聖槍の照らす地平に、闇は無く (逆立ちバナナテキーラ添え)
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前日譚

 年末三十分クオリティ。


 続くかは未定です。多分不定期。









 まず感じたのは言い知れぬ不気味さだった。

 ふと、空を見上げた時何を思うだろう?空が青い。星が綺麗。この空の果てはどうなっているんだろう。取り留めの無いようなことを浮かべることが多いのだろう。空を見たからといって、そんなに高尚なことを考える訳でも無し、黄昏る訳でもない。自分を包む極大の天蓋に思う事を持つ者はどれ程いるのだろう?

 しかし、兵藤一誠は違った。空の果て、星星の彼方、人を包む無限の宙に某かの存在を感じた。幼い頃、星を見ている時に一瞬だけ感じた視線。ちらりと見られたような、全身が総毛立つような邪悪な感覚。外宇宙と銀河の狭間、次元の狭間と呼ばれる理外の領域の最奥。深き闇の底にて微睡む邪悪なるモノの寝息が少年であった一誠の頬を掠め、脳裏を掻き乱した。

 恐怖という感情は不思議なことに出てこなかった。やはり、不気味さという形容し難い感情が一誠の大脳皮質に貼り付いていた。常人では発狂し、錯乱して、膨大な宇宙からの情報に頭を破裂させ絶命してもおかしくない邪悪の息吹に対してその程度の感覚しか抱かないという事実は、彼に宿った神器の影響と、兵藤一誠という人間の器を示す物でもあった。

 と言うものの、兵藤一誠という人間は別段、突出した何かがある訳ではなかった。平凡な家庭に生まれ、両親と歳の離れた妹がいるだけ。生まれつき異能が使えただとか、化け物染みた強さを誇っていただとか、そんな事は無い。強いて言うなら、神器が宿っていただけ。神器が宿ること自体は然程珍しいことでは無い。嘗て、聖書に語られる神──聖四文字が人界へとばら蒔いた神造兵器は数え知れず、劣悪な物から修羅神仏を滅ぼしうる物まで世界中に無作為に在る。その中の一つが彼にも宿っていた。

 誰しもそうであるように、幼年期が終わり、一誠もある程度物を考えられるようになった。少年はその頃より夢を見るようになる。それも摩訶不思議な物であった。翼を生やした異形たちの夢だ。蝙蝠のような純黒や、鴉のような濡羽に白鳥を思わせる純白の翼。彼らが二体の竜と争う光景が睡眠中の脳内を駆け巡る。それ以外にも、蝙蝠たちが無辜の民を襲い、カソックに身を包んだ信徒たちが異なる神を信仰する者を鏖殺していく様。ただ神器を宿した子供を鴉が拐い、神器を抜き取り打ち捨てる一部始終。正しく悪夢と呼ぶべき物だ。

 だが、一誠はそれを夢と切り捨てる事は出来なかった。それが今、この瞬間も行われている蛮行で、太古の昔より連綿と続けられている現実の出来事であると確信を持っていた。何処から沸いて来るか分からないが、彼の理外にある物──星の果てに座す某かのように邪悪なモノに非ず──が耳元で、脳内に、形而上で言う魂に囁くのだ。此は空想に非ず、現の事象なり、としつこく、執拗に繰り返す。

 夢を通じ一誠は異形の存在、修羅神仏の存在、自分を視た邪悪の存在を知った。悪魔は人を騙し家畜のように虐げ殺す。堕天使は神器を宿す人間から神器を抜き取り、自らの研鑽の糧とし殺す。天使は信徒の凶行を黙認し、生きるべき命を手を汚さずに殺す。そして、神はいない。

 何ということだろう。一誠は言葉を失った。そして憤慨する。

 ここで一つ付け加えなければならないことがある。彼の人となりについてだ。彼は善人である。悪逆を憎み、隣人を愛し、悲劇を見逃せない。公平さや安寧を踏みにじる物を許さず、誰かの為に真に怒れる正義感に満ち溢れた善良なる人間。

 故に、彼は激昂する。人が理由も無く苦しめられ、異形の恐怖に晒されている。それは誰かが泣いていることに他ならない。怒髪天を衝くを衝くにはそれで充分。おまけに祈るべき神は既に没し、善き存在である筈の御使いはそれを隠匿し、敬虔な信徒を欺き、挙げ句虐殺を容認している。

 此は悪逆であろう。其は罪であろう。許されないことだ。ふざけるな。このような暴虐が認められていい筈が無い。こういった輩のせいで人々の安寧や営みが壊されている。看過出来ないことだ。一誠は拳を強く握り締め、歯軋りをする。拳からは赤い雫が流れて、床に垂れた。それはカーペットに大きな染みを作り、次第に彼の手は赤く染まり、燃え盛る焔よりも猛き赭へと変わった。

 「許せんな」

 ぽつりと漏れた言葉には短くも、隠しきれない嚇怒の念が込められていた。何処かの誰かの惨状を生々しく頭に浮かべる。それだけで血潮が沸騰し、胸の内を焼かれるような錯覚に陥る。

 一誠が怒りを覚えたのは異形のみではない。幼き日、彼に触れたモノの正体を知った。黙示録の皇獣、アンチキリスト、獣。嘗て聖四文字が封じた極大の邪悪。在るだけで厄災齎す絶対悪。宙の果てにて微睡む獣の封印が緩んでいる。一誠が存在を感じたのも、それが要因だ。

 滅ぼさねばならない。一誠は星が煌めく大海を睨む。()()()()()()()()()()は獣の躰を射抜いた。獣の封印が解かれるのは時間の問題らしい。あれがこの星の地を踏み、忌むべき咆哮を轟かせたが最後。間違いなく、逃れ得ぬ滅びが訪れるだろう。この星で最大の信仰を誇っていた神格が滅ぼさずに封印したということは、残存する修羅神仏が手を合わせても敵う道理は無い。そして、誰も率先して事に当たる者もいないだろう。彼らはただ在るだけなのだから。

 ならば、俺がやる他あるまい。鋼のように硬い決意を以て一誠は宣言する。俺は悪の敵になろう。人々を苦しめる異形も、滅びを運ぶ獣も、俺が滅ぼそう。誰もやらないのなら、俺がやる。いや、俺がやらねば誰がやる?


 「人々の明日と光の為、俺はこの身を捧げよう」

 決めたからこそ、果てなく征くのだ。それ以上の理由など兵藤一誠にとっては必要ない。

 そして兵藤一誠は失踪した。兵藤一誠十八歳、その妹──兵藤皐月十三歳の冬の夜、彼は静かに姿を眩ませたのであった。








 ▲▼▲▼

 神器には神滅具と呼ばれる物が存在する。呼んで字の如く、神仏さえ滅ぼしうるポテンシャルを持つ神器を示す。その神滅具の中で一際強大な力を持つ物は上位神滅具と呼ばれ、現在四種の上位神滅具が確認されている。

 ブリテンの赤き竜と白き竜を封じた籠手や聖杯を凌ぐ規格外の力。神の子を貫きし聖槍、位相を操る霧の結界、天候を操る聖槍に次ぐ力を誇る神器、幾体もの魔獣を生み出す創造を司る半権能。

 これらの聖四文字によって拡散された神造兵器は神話や伝承が基となり、形成された物が多い。聖遺物や幻想に生きる生物を封じた物。前述した聖杯や聖槍、ア・ドライグ・ゴッホやアルビオン・グウィパーを封じた物がそれに当たる。

 さて、ここで突然ではあるが、疑問を提唱させて貰おう。神滅具の中には世界最大規模の宗教に於ける聖遺物が三つある。聖槍、聖杯、聖十字架。何れも強力な力を持つ神器で、神滅具に名を連ねるに不足など何処にも無い。しかし、一つ足りないと思わないかね?その三つがあって、何故あれが無い?

 そう、聖釘だ。神の子を磔にした際に手足を聖十字架に打ち付けた釘。現在、世界中で祭られている聖釘は三十は下らないと言われているが、あのようなレプリカでなく実物が神器となっていてもおかしくは無いだろう。

 しかし、未だに聖釘の神器は確認されていない。ただの一つも無いのだよ。神器について造詣の深い神の子を見張る者(グリゴリ)は勿論、各勢力は新たな神滅具たり得る聖釘を血眼になって探しているが、全く以て見つからない。

 では、聖釘は存在しないのかと問われれば、それは否である。聖釘は存在する。それは確実だ。

 何故、聖釘の神器も所有者も見つけられないのか。見つけられないのではない、彼らが探している時に現出していないのだ。存在はする、だが誰にも宿らずに神器は自ら姿を隠して来た。

 其は象徴であり、正当な器を示す物である故に代替わり等しない。史上、聖釘を宿す者はただ一人。その者が聖四文字が残滓の器となる者なのだ。












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聖四文字残影・断罪至高天

 曹操くん……?知らない子ですねぇ……。

 この時点で曹操くんは死んでます。









 コカビエル。太古より存在する堕ちた天使。

 第一エノク書に語られる、神の子を見張る者(グリゴリ)の一員。エノク書第六章に於いてヘルモン山に集った二百人の天使の一人にして、人間の娘を妻に迎え、誓いを立て堕天した。人間に禁じられた天界の知識を授けたとも言われる。彼が授けた知識は天や宙の兆し──占星術であった。星の動きを未来に結び付け、様々な天望を決める古の人類にとって超常と言える叡智。

 書物に語られるコカビエルという堕天使はそういった具合であるが、実際はどうなのかと問われれば、些か書物と齟齬が出るだろう。

 天使、堕天使、悪魔の三つ巴の戦争。エノク書より後の時代、大戦とも言われる神話の終焉の淵があった。最終的には様々な要因の絡み合った三陣営の壊滅的な疲弊によって休戦となったが、その最大規模の闘争に於いてコカビエルは多くの者に畏れられた。魔を滅する光は悪魔の悉くを焼き祓い、嘗ての同胞である御使いを同種の力が宿る槍で貫き、数で劣る堕天使の戦線を単身押し上げる獅子奮迅の大戦果を上げた。闘争を愛し、闘争に愛された者。彼が求めたのは終焉まで続く永遠の闘争であり、彼にとって平穏とは忌むべき塵であった。

 故に彼が同胞を見限る事は自明の理であった。聖書に語られる者たちの疲弊は極まっていた。一つの神話体系に於ける主を失い、不倶戴天の敵の首魁を失い、著しく弱体化した陣営の建て直しは目処が立たない。人間がそうであるように、戦争の後の損耗は己の首を緩やかに、しかし苛烈に絞めていった。経済状況はお世辞にも良いとは言えなくなった。それでも細かな紛争規模の戦闘はあった。彼らの魂に刻まれた業は無意識的に彼らを闘争へと誘おうとする。コカビエルもこれに同調した。先陣を切り、堕天使領と悪魔領の国境での虐殺染みた威力偵察は彼に対する恐怖を上塗りさせた。

 だが、いつしか時代は流れ、世は和平を求むようになっていった。血が薄まったせいか、各勢力の上層部による判断か、或いは忌まわしき魔王(若造)の一角──ベルゼブブの策か。何れにせよ、コカビエルはこれを正気の沙汰には思えなかった。あんなにも互いに殺意を剥き出しにして血肉を抉り穿ち合ってたのにも関わらず、掌を返したように軍備を縮小させ、挙げ句の果てに非公式ながら和平協議の下準備まで始めているとのことだ。

 彼は闘争を求める。闘争こそが至高。そして彼は一つの火薬庫に目を付けた。現魔王の妹二人、聖剣計画の生き残り、今代の赤龍帝。悪魔と天使のデリケートな部分に関わる要素が都合よく落ちていた。駒王学園。火種、いや、ほんの少し温めるだけで再び三陣営を巻き込んだ大戦が起こるだけの膿が弾け出る。

 忌まわしき聖剣計画の首謀者、第一級優先拘束対象異端、ガルパー・ガリレイ。シグルドのなり損ないのホムンクルス、第二級拘束対象異端、リント・セルゼン。各宗派より強奪した四本の聖剣(贋作)。彼らを拘束または殺害する為に各勢力は密約を交わした。天界より先遣隊として聖剣使いを二人、悪魔より後続に大規模の鎮圧部隊を、堕天使より保険の為に今代の白竜皇を派遣する旨が取り交わされた。

 しかし、深く考えずとも分かると思うが、先の大戦を生き残り屍山血河を築いた古強者に、幾ら魔王の血縁や神滅具を宿す者がいようとも勝利出来る可能性は余りに低い。経験が、場数が、覚悟が、渇望が違った。コカビエル然り、リアス・グレモリーや兵藤皐月と同年代のリント然り。故に不完全ながら統合された贋作はイレギュラーな禁手と化した聖魔剣に拮抗していた。

 そして何よりも致命的な一撃がグレモリー眷属と教会の戦士に突き刺さる。

 「主?あぁ、貴様らは知らぬのか。哀れだな、聖剣使い。既にいないモノの為に闘うとは」

 「どういう意味だ……?」

 「言葉のままの意味だ。貴様らの信奉する主は、貴様らの父は死んだのだよ。先の大戦でな。随分と傷が深かったらしい」

 リントは笑みを深めた。バルパーは木場祐斗の禁手を目にして、某かに気付き発狂した。それを見て、使い物にならなくなったと判断したコカビエルに胸を一突きされて絶命した。この瞬間を以て天界はゼノヴィア・クァルタを異端認定した。あくまで形式上の話であったが、これが後にとんでもない悪手であったと気付く事になるとは誰も知らない。

 ゼノヴィアの手からデュランダルが滑り落ちる。誰かの叫びが遠く感じる。濡羽色の翼を広げるコカビエルは光を掌中にて収束させ、形状を槍へと変える。大熱量の一投は悉くを焼き尽くすだろう。この場にあの槍を防げる者はいない。学園に張られた結界を破り、余波は街を焼くに違いない。皐月の倍加させた攻撃も効果を得られない。滅びの魔力は格上の相手に微塵も通用しなかった。

 結界のせいで赭く染まった空に眩い光が差す。ゼノヴィアの見る終わりの風景はおどろおどろしく、不気味で、しかし何処か納得出来る物だった。膝を着いて、空を見上げると腕を振り上げる敵。悔しいとか、憎いとか、そういった感情は無かった。最期に思うのは──

 「どうして、主の不在を教えてくれなかったんだ……」

 「さらばだ、若造共。貴様らは闘争の糧となる」

 そして、槍が地に落ち、彼ら諸とも街を焼き尽くす










 「そこまでだ──」

 ことは無かった。結界の中に霧が立ち込める。視界は全て潰され、有視界に頼ることは出来なくなった。その霧はコカビエルの視界すら潰すほどの力を持っていた。構成する水分ですら、あり得ないほど密度の高い魔力で出来ている。

 「手出しをする気は無かったが、どうやら三大勢力の援軍は遅れているらしい。このままでは、この街に住まう無関係の人々まで巻き込まれてしまう。それを看過する訳にはいかない」

 「と、いう訳だ。そこの鴉と愚妹、疾く地に伏せたまえ。そして滅びろ。閣下の故郷が悪魔の支配下にあるというだけでも度し難いのに、ここを起点に戦争を再開させるだと?閣下の故郷を滅ぼすなど、死すら生温い」

 「いやぁ、フリード君は物騒だねぇ。僕は肉体労働は得意じゃないから、何時も通り後ろに下がらせて貰うけど良いかな?」

 「構わん。役目を果たせば、それで良い」

 「辛辣、辛辣」

 校舎の上に立つ三つの人影。黒い軍服が二つ、白いローブが一つ。霧がグレモリー眷属に纏わり付く。それは強固な結界と化し、何者からも内にいる者を傷付けはしない。

 何れも男の声だった。その内の一つ、始めに聞こえた声に皐月は懐かしさを感じた。聞き覚えのある声だった。

 「フリード・セルゼン!!貴様ァァァァァァァ!!」

 「そう声を荒げるなよ、愚妹。随分と調子づいているようだが、やはりその程度か」

 贋作の聖剣を何の変哲も無いただの軍刀で弾き返すフリード。顔には薄い笑みが張り付き、リントの濁った瞳を見据えていた。それがリントには不快で堪らない。

 「何故、君が私を憎んでいるかは知らないが、一つ言わせて貰おう。どうして君はその程度で満足しているのだ?何故、その程度に甘んじているのだ?何故、本気を出して己の限界を突破しないのだ?」

 「五月蝿い、黙れ……黙れェェェェェェェェ!!貴様が、あの子たちを、シグルド機関の子供たちを皆殺しに……」

 「む?あぁ、あれか。仕方あるまい。あの子供たちの中には全身を弄られて長く無い者もいた。楽にしてやったに過ぎないよ」

 「ふざけるな!!そういった子は極少数だった!!お前らは全く関係無い人たちも、生まれたばかりの子たちも殺した!!何故だ、答えろ!!」

 「無論、正義の為、閣下の為、人類の安寧の為だ。それ以外に何があるというのだ?」

 「あんな、虐殺が……人類の為だと……?」

 「虐殺と言うか。ふむ、確かに見方によれば、そう見えるのかもしれないな。だが、あれは必要な犠牲だった。勿論、あの地で命を落とした子供たちの命を無駄にはしない。私も、閣下も、犠牲を払わねばならぬことには悲しみを覚えたさ。だが、その先に輝かしい未来が必ず待っている!!閣下はそう仰ったのだ!!故に私も続くのみ!!さぁ、剣を取れ。お前の本気を見せてくれ」

 白髪に眼鏡を掛けたフリードは外套をはためかせ軍刀をリントへと突き付けた。

 「ほら、お前の雇い主は既に絶えたぞ。ここからだろう?お前の本気は。閣下なら何の問題もなく逆転するぞ?閣下が出来るのだ。同じ人間である我々に出来ない道理は無いだろう?」

 瞬間、光が校庭を覆い尽くした。コカビエルの光などとは比べようも無い神聖な黄金光。発生源は上空。浴びるだけで滅される聖光の中心に佇むフリードと同じ軍服の男。日本人らしからぬ碧眼と、砂金のように煌めく黄金の髪。槍を携え、堕天使を見下ろす様は、まるで在りし日の聖四文字を想起させた。

 『聖四文字残影(テトラグラマトン)祝福す在りて在るもの(ベネディクティオー)

 彼の者が唱えると、携えた聖槍が輝きを増した。その光輝は聖書に語られる御使いが使う力の原典である。裁きの光。最適化(ダウングレード)された光では無い。だが、これは残滓なのだ。今は亡き主が扱いし権能の一端。

 そして光は放たれる。有無を言わさぬ死刑宣告。コカビエルは動く間も無く消滅した。

 絶対滅悪の光に鴉の羽根が舞う。髪が逆巻き、暴風が吹き荒れる。

 その最中、兵藤皐月は肌を貫き焦がすような痛みに耐えながら、光の先を見た。そこにいたのは、容貌の変わりきった、しかし幾度となく探し求めた者だった。

 「兄さん……」

 




 

 

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霧中のアガルタ

 若干の型月要素があります。

 見えるぞ、見えるぞ……評価が暴落する様が……!!




 事の顛末を語るならば、実に単純な結果が残ったと言えるだろう。

 コカビエルは消滅しバルパー・ガリレイは死亡。リント・セルゼンは逃亡、消息不明。周囲への被害は無く、怪我人こそあれど死者も無し。字面を見れば、ハッピーエンドに近いと喜べる結果だ。そこに至る過程や、あの校庭にて起きた詳細を知らねば、という注釈を着けなければならないのだが。

 駒王学園オカルト研究部に多くの者が集まっていた。部長のリアスを初めとしたグレモリー眷族と生徒会──シトリー眷族。そしてリアスの実兄にして冥界を統べる魔王の一角を担うサーゼクス・ルシファーと妻のグレイフィア・ルキフグス。グレモリー家が運営する駒王学園では授業参観が催されていた。それに際し、サーゼクスは参観の名目の元両眷族を訪ねた。

 「お兄様、教えてください。皐月の兄、兵藤一誠について」

 リアスが重い空気の中で口を開く。彼らの脳裏に浮かぶのは荘厳な光を背負う金髪碧眼の男。あの後、霧に紛れて姿を消してしまった謎の存在。唯一の手掛かりは兵藤皐月の兄に酷似していることのみ。

 「サーゼクス様、お願いします!!兄さんのこと、何でも良いんです。教えてください!!」

 ふむ、と唸るサーゼクス。頭を下げる皐月を一瞥した後、燃える紅髪を揺らし、部屋にいる者たちを見渡す。

 私も大した事は知らないのだがね、と苦笑しながらサーゼクスは了承した。魔王としても教えるべきであると判断したのだ。期待を浮かべる皐月の瞳をちらりと流して語る。

 「近年、あらゆる神話体系からも独立した組織、いや小国とでも言うべきかな?兎も角、そういった集団が台頭してきた。知ってるかな?」

 皆、頭を振る。そもそも、各神話体系の上層部しか知り得ない情報である故、リアスたちが知っている筈も無い。

 「シャンバラ、と名乗っていてね。本拠は東欧にあると推測されるが、いかんせん彼らは尻尾を全く見せない。二か月前、ルーマニアのヴァンパイアたちが彼らによって虐殺された。第一王位継承者のヴァレリー・ツェペシュと聖杯は行方不明。その半年前にはバチカン直轄のシグルド機関の施設が襲撃され、生存者はゼロだったそうだ」

 現場の写真が添付された報告書がテーブルに置かれる。シトリー家の印が記されていた。ソーナの姉──セラフォルーが現地へと向かったらしい。死屍累々の惨状が写り込んでいた。人体の形状を保てず、砂に成り果てたヴァンパイアたち。大きな刀傷、袈裟斬りの軌跡が残された白髪の聖剣使い。その傍らには根元から砕かれた聖剣。強力な聖剣だった筈の鉄屑は赤い鉄分の水溜まりで無様を晒している。

 「彼らは人間を至上として行動している。神器を宿した人間を保護して、その親類や家族も含めて彼らの領域で匿っている。その数は小国と言っても良い程には多い。人類の安寧と平穏の為に、というのが彼らの信条だという。その為に神秘の存在に牙を剥き、虐殺すら辞さない。黒の軍服と軍刀が彼らの正装だ」

 「そのリーダーが……」

 「総統と呼ばれる男。黄昏の聖槍の宿主。彼の名は確かに兵藤一誠だ。君の兄と同一人物であるかは分かりかねるがね」

 皐月は俯く。消える前の兄を思い返しても、どうしてもあの荘厳な佇まいや手も足も出なかったコカビエルを片手間で滅した姿と結びつけることが出来ない。しかし、あれは兄だ。そう、不思議と確信出来る。

 皐月が口を開こうとすると、彼女の左腕が深紅の輝きを発する。彼女が宿す神器、偉大なるブリテンの赤き竜を宿す籠手が宿主の意思とは関係無く顕現した。

 『驚かせてすまないな。だが、どうしても相棒の兄のことで言うことがある』

 「ちょっと、ドライグ!?」

 すぐ済む、と翡翠色の宝玉が輝き、皐月を諫める。

 「何かな?ブリテンの赤き竜。君が態々自ら神器を現出させて言うほどのことなのかな?」

 『そうだな。俺にとってはどうでも良いが、お前らにとっては有益だろう。相棒も含めてな』

 深みのある低い声は部屋にいる者の耳へと、聖書に語られる者たちに対して爆弾とも取れる言葉を発した。

 『あの男から主神並みの神性を感じた』 











 ◆◇◆◇

 この世界とは薄皮一枚隔てた位相。酷く曖昧な幻想と現実の狭間に小さな国がある。白い霧に囲まれ、外界とは隔絶された広大な空間。ある意味では次元の狭間と呼ばれる邪悪の住み処と類似した場所に築かれた白亜の理想郷。

 子供たちの笑顔と笑い声が街に響き、道行く大人たちはそれを微笑ましく見つめ、時折気を付けるように注意する。子供たちも快活な声で答えて、雑踏へと消えていく。

 人の国がそこにはある。人間による、人間の為の楽園。異形や修羅神仏に干渉、脅かされない平穏に満ちた善き国だ。当たり前の営みが当たり前に存在している、普通の光景が広がる真白い街並みは光を反射し眩く輝いている。穢れ無き理想都市。迫害され、訳も無く踏みにじられてきた人々が辿り着いた安息の地である。

 『光都』と呼ばれる都市の中央に聳え立つ荘厳な城。この地を治める英雄の居城──パラディージュムの一室、英雄が執務を行う私室に二人の男がいた。デスクへと向かい黙々と政務をこなす壮麗にして至高と言うべき金髪碧眼の男、光都を統べるシャンバラが長、兵藤一誠。そして応接用のソファーに凭れ、ふやけた顔で紅茶の香りを楽しむ純白のローブを身に纏う優男然の魔術師、ゲオルク・ファウスト。対称的な二人は一言も無く、互いに己の為すべきことを実行する。一誠は政務を、ゲオルクはアフタヌーンティーを。

 「ところで、マイロード。君はお昼ご飯は食べたのかな?」

 ふと、ゲオルクが訊く。書類にサインをする手を休めずに一誠は答える。

 「食べたぞ、問題ない」

 「どうせ、エネルギーゼリーの類いなんだろう?駄目だ、問題ある。倒れたらどうするんだい?」

 ティーカップをソーサーに置くとゲオルクは立ち上がり、一誠のデスクまで行くと書類を取り上げた。

 「少し休みたまえ。それも王としての務めだよ。何か摘まめる物を持ってきて貰おう」

 「いらん。まだまだやるべき仕事が山積みだ。それに、俺は王では無い。俺のような塵屑より上手く執政を取れる者はごまんといる。俺は適任者が現れるまでの繋ぎに過ぎん」

 ゲオルクは嘆息する。彼が仕える男は自分を過小評価する癖がある。悪癖と言っても過言では無いだろう。言って治る類いの物では無いことは百も承知だが、せめて悪癖以前に食事ぐらいはきちんと取って欲しいと常々思っている。

 「それはそれ、これはこれだ。君、また寝てないだろう?聞いたよ、昨日も一昨日もこの部屋から出なかったんだって?ここにシャワーがあるからって、それは無いだろう。ほら、上がりだよ、休憩だよ。諫言申し上げるよ」

 書類を取り返そうとする一誠から手を遠ざけて、幻術で書類を隠す。満足気なゲオルクを見て、一誠は折れた。再び椅子に腰掛け、光が射し込む窓へと視線を向ける。

 「そういえば、ケルトの神と会談するとか?珍しいね、君が出るとは」

 「あぁ、アリアンロッド神とな。主神、ダヌ神の娘だ。俺が出向くのが筋だろう」

 「ダヌ神の娘……月の女神か。それで、どのような用向きなんだい?」

 再び紅茶を手に取る。一誠は変わらず窓の向こうを見たまま。逆光で黒い軍服が塗り潰される。

 「取り引きだ。以前より計画していた発掘作業の許可を得る代わりに、幾らかこちらからケルト所縁の品を返納して、イーヴィルピースの解呪を。俺らにとっては拾い物だ、痛手ではない」

 ケルト神話、その中でもブリテン島の支配に大きな影響を与えているウェールズ神話の月の女神。ケルトの主神の娘たる彼女の許しを得ることが出来るのなら、ブリテン島──イギリスでの行動に際しイギリス国教会の妨害にのみ専念することが出来る。

 「目当ては何だい?」

 「ガラティーンだ。二振り目の天然物の聖剣。片方は既に湖の乙女に返納されているが、あれはまだ現存している。バロールの邪眼に対抗するには丁度良い素材だ。ガウェインとクーフーリンの起源は同一視されることがあることから、共に太陽に縁があると言える。太陽神ルーに討たれたバロールと相性は良い筈だろう。槍にしてしまえば、尚更にな」

 「こちらからは何を渡すのかな?」

 「ヌアザの剣と銀の腕(アガートラム)の二つだ。銀の腕に関してはお前がレプリカの製作に成功した故、不要だ。ヌアザの剣はダインスレイヴと同一視される。持っていても制御出来る者は少ないだろう。そちらはどうだ?聖杯の摘出の進捗は」

 「恙無く、終了したよ。摘出は問題なく、君の用意した新たな聖杯の移植も完了。彼女の容態も安定している」

 そうか、と短く返して一誠は身体をゲオルクへと向けた。ゲオルクが淹れた紅茶を口に含み、一拍置く。

 「他の発掘は?」

 「及第点という所かな?ここ最近は冥府の死神の妨害が激しいとフリード君が言ってたよ。本命にはまだ辿り着けていないというのが現状だね」

 一誠は僅かに眉間の皺を寄せた。一刻も早く進ませるべき案件が滞っている。若干の苛立ち──いたらぬ自分への叱責を胸に閉じ込めた。

 「一刻も早く、アヴェスターの偽典を確保せねばならない。あれをアンリマユに使われては厄介だ。リゼヴィムも偽典を狙っている。星を滅ぼす終末の悪を増長させる道理は無い。ゲオルク、働いて貰うぞ」

 魔術師は笑みを浮かべながら、芝居掛かった仕草で頭を垂れた。

 「仰せのままに、マイロード」


















 
 「あぁ、それはそうとマイロード。デュランダル、欲しくないかい?」







 

 

 



 ゲオルク▪ファウスト


 フリードの糞眼鏡ムーヴに対して、こちらは某グランドクソ野郎お兄さんムーヴ。本家ほどのクソ野郎では無く、トンチキに出会う前は灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)で研究しつつフリーランスの何でも屋(異形関係のトラブルバスター)になろうとか考えていた元学者の脳筋。何だかんだ言いつつ人間大好き。最高峰の魔術師だが、大体神器か貰い物聖剣を使ってなんとかする。だって呪文噛(以下略)









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焼ける徒花


 邪ンヌ狙ったらすまないさんが来ました。

 宝具2になりました。

 作者の中のすまないさん(CV本気おじさん)が書けと言ったので書きました。

 ランキング乗ったり、評価バーが赤だったりで怖いですが……





 本 気 で や れ ば 、 ど う に か な る ! !

 そんな本編です(意味不明)








 暗い、暗い、深き闇の淵。柔らかな物がまぐわる音がする。

 ──第三聖杯、起動開始──

 温い、温い、お湯の中。何かが産まれる感覚が心地よくて、懐かしくて、哀しい。

 ──第四聖杯、起動開始。第一聖杯、存在消滅を確認。『大地蝕む血毒(オリーゴ▪マエステティア)』の流出を確認──

 ふたつの海。塩水と淡水。眼球から流れ出す大いなる涙。

 「お目覚めの所を失礼するよ。偉大なる母よ」

 あなたは……?

 「私はゲオルク・ファウスト。魔導の徒であります。偉大なる母よ、どうか鎮まってはくれないだろうか?今の貴方は星の表層に僅かに残った残滓を掻き集めた不安定な存在ではあるが、それでも強大な存在に変わりは無い。貴方が目覚めれば一人の少年が──この星に住まう人間の一人が消えてしまう」

 この星の……私のせいで……?

 「そうだ、偉大なる母よ。貴方の残滓で構成された神器を宿す少年は今、生死の境を彷徨っている。今では無い。近い将来、必ずや貴方と少年の力を必要とする時が来る。この星を守る大いなる聖戦が訪れる。どうか目覚めはその時に……」

 この星に、何か善からぬことが……?

 「然り、宙の果てにて微睡む終末の獣の封印は今や解けかかっている。息吹は幼き頃の我が王に降りかかった。それに便乗する者もいる。世界は緩やかに終末へと歩みを進めている」

 それは──

 「しかし、問題は無い、偉大なる母よ。我が王は、人を想う我らが王がそれを許さない。彼の王は悲劇を許さない。彼は全てを救うだろう。人類を、この星を、貴方の哀しみを。故に、我らが母よ。子に力を貸して欲しい」

 幻想のような魔術の徒を視て、彼が仕える王が視えた。人を統べるべき王、自らを顧みずに民を護る黄金の光輝。穢れを許さない、我が子を導く最新の英雄。

 ──第二聖杯、存在消滅。『天魔の業龍(ティアマット)の外殻』を神器外部へ接続。『大地蝕む血毒(オリーゴ▪マエステティア)』の流出範囲拡大の遅滞を開始、汚染の拡大阻止を開始──

 しかし、彼は犠牲を出しすぎる。民の為に虐殺すら辞さない鋼のような硬さと慈しみに溢れた黄金を合わせ持つ哀しい(雄々しい)子。己を焼き尽くし、少数を焼き尽くし、人々の眼と心を焼き尽くし、全てを喰らい尽くして、邪悪を滅ぼす。裁きの理を背負い、新たにこの星を統べるであろう新星。彼が己の純度を高めれば高めるほど、誰も彼を真に理解する者は……。

 だからこそ、果てなき覇道を突き進む我が子を護りたいと。未だに私を愛してくれている子を護りたいと思った。

 「我が王に代わり感謝を、我らが母よ。来るべき時、この星の新生の日まで安らかな眠りを。その日貴方は再び母になる」

 黄金の我が子に祝福を。その果てが善き物であることを、心から祈って、再びの眠りへと。

 ──『大地蝕む血毒』の消失を確認。汚染の停止を確認。術式の稼働率を下降。光都全域に展開した結界を解除──






 「先生!!」

 白髪のお下げを揺らしながら、杖に凭れるゲオルクへと駆け寄る少女。ゲオルクの顔にはいつも通りの軽薄な笑みが張り付いている。しかし、額には夥しい量の汗を浮かべ、心なしか顔色も僅かに悪い。

 「トスカ、何故ここに?来てはいけないと言った筈だが?」

 「俺が連れてきた」

 掠れた低い声がした。声の主はゆっくりとゲオルクと少女──トスカへと近付いてくる。軍服を着崩し、目深に被った軍帽から猛禽類のような、獲物を狩り殺す眼を覗かせる男。男を見たトスカはゲオルクのローブの裾を掴み、背に隠れてしまった。トスカはこの男が苦手だった。悪い人ではないが少し怖い、と以前ゲオルクに漏らしたことを思い出して、白いローブの魔術師はくすりと笑った。

 「それで、何でトスカをここに連れてきたんだい?正臣君。第二種警戒体制で、待機と発令された筈だけど?」

 軽やかな口調で発せられる詰問に男──八重垣正臣は眼を伏せて、淡々と返す。

 「今さっき、メキシコから戻った。それで、戻るなりお前の弟子にぶつかられてな。何事か訊けば、お前が研究区の地下に潜ったまま出てこないで、警戒体制に移行して、居ても立ってもいられなかったらしい。俺がいれば大抵のことには対処出来ると判断したからここに連れてきた。すまんな」

 ふむ、とゲオルク。どうやら嘘は言っていないらしい。善意からの行動であることも分かった。だからと言って愛弟子を危険な眼に合わせかけたことはそれとは別問題だ。危険だから態々、都市全域に警戒体制を敷いたのにも関わらず、意図と真逆のことをされては堪った物ではない。しかし、それを八重垣本人に言った所で意味は無いだろう。どうせ、話し半分にしか聞いては無いのだ。現にゲオルクのやや鋭くなった視線もどこ吹く風だ。

 「それで、鎮まったのか……?」

 脈絡も無く飛び出す問い。八重垣の視線の先には巨大な水槽と、そこにたゆたう一人の少年。体表を黒いラインが走り、髪の色はトスカと同じように抜けきっている。

 「うん、何とかね。だけど、やっぱりすごいね……、残滓の寄せ集めとは言っても、流石は星造りの一端を担うだけはある。これほどとはね……」

 ゲオルクの手を蝕む常闇色の泥。海水と同程度の塩分を含むそれは神仏さえ殺し得る猛毒でもある。苦悶の表情を浮かべ、膝を着くゲオルクにトスカが近寄ろうとすると、ゲオルクが制した。

 腰に差した短剣の切っ先を腕に当てる。そしてゲオルクが詠唱を開始すると、それは理解不能の音声となってトスカと八重垣の鼓膜を震わせる。ノイズが掛かったような、これ迄聞いたことも無い言語は、それを聞いた者の脳が警鐘を鳴らす物であった。どの神話体系、魔術体系にも無い理外の法則はゲオルクを侵していた毒泥を浄化していった。

 「それは……」

 「あぁ、見せるのは初めてだったかな?これは僕のオリジナルでね。呪文を編む言語は相当に昔の物を使っているから、君たちには理解出来ないと思うよ」

 「理解出来ないほど古い言語ですか?」

 ゲオルクはトスカの頭を撫でて、水槽へと眼をやる。

 「やはり、彼の神器は厄介だね」

 「仮にも当代最高峰の魔術師とは思えない弱音だな。それほどまでか?魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)というのは」

 「そうだねぇ。アレは他の神滅具と違って少々特殊だからね。バロールの邪眼よりも面倒な類いの物だよ。神格の残滓、しかもこの星に強く結び付いた物を、無理矢理統合させた不安定な意思を神器というシステムに押し込めた。違う神話体系に属する彼女を規格の違う枠に押し込めば、必ず破綻する。ほんの些細な外的要因でね。それに、大前提として存在規模が違いすぎる」

 それでも、とゲオルクは続ける。笑みは無く、そこにいつもへらへらしている軽薄な姿は無かった。紛れもなく、そこには世界に五人といない魔術を極めた者がいた。夢と幻を自在に操る、最高の幻術使い。創世前夜の古き神の言葉を唯一解読した、人間という限界を逸脱した曖昧な存在。

 「連中が本当にリリスの身体を確保しているというのなら、こちらも対抗しなければならない。来るべき聖戦の日、マイロードに憂いを持たせる訳にはいかない。あちらがリリスを利用するならば、此方は我らの偉大なる母を頼らせて貰おう。ついでにこの星も守って貰おう。うっかりと聖戦の余波で、この星と人類が滅びても困るしね」

 「英雄派の負の遺産がこんな所で役に立つとはな。あの御方も良い拾い物をした」

 「そんな言い方は止した方が良い。この子は──レオナルドは意図せずに、笑えるほどの理不尽でこうなったんだ。ただの人間に濃縮した悪魔の血を投与して強制的に禁手へと至らせるなんて、無謀にも程がある。これは紛れもない悲劇だよ。僕は悲劇は好まない」

 ゲオルクは踵を返し、八重垣から遠ざかっていく。トスカも早足で師に追従する。

 「何処へ?」

 「ちょっと、スカウトしにね……トスカ、喜びなさい。年上の妹弟子が増えるかもしれないよ?」

 「ふぇっ!?先生、どういうことですか!?年上の妹弟子!?」

 霧の魔術師は朗らかに笑いながらパラディージュムの白光へと消えていった。













 ◆◇◆◇

 彼らの虐殺の跡には歪な臭いが残る。

 余りに大きな事象にリアリティが欠如するように、彼らの為す虐殺の跡には不思議と血生臭さが無い。写真で見れば確かに世にもおぞましい人造の地獄が見えるかもしれない。鉄分のツンとした鼻を突く臭いや、原型が分からなくなった嘗て人体の形を取っていた物に、写真からも伝わる荒ぶ風に残る怨嗟の思念。

 しかし、現状を己の眼で見ると全く違う所感を抱くであろう。そこにあるのは成る程、確かに大量の屍が積み上がる虐殺の跡だ。だが、そこには紛れもない正義の薫りが漂う。圧倒的にして絶対の大義を御旗に執行された、正義の行為。不思議と鏖殺された側が悪逆の徒に見えてくる者もいるだろう。そのような歪さが彼らの執行の後に現れる。

 「総員、傾注」

 血風と正義の薫り漂う北欧某所。黒いローブを赤黒く染め直して絶命する魔術師の屍の山を背に、軍服の者たちが背筋を立てて整列している。雄々しい一声で全ての者の気が引き締まり、臨戦態勢と見紛うほどの圧を発する。いや、それは正しく臨戦態勢なのだ。彼らは常在戦場。戦場の次には戦場。一つ戦場を平らげたなら、また新しい戦場を喰らいに行く。

 「大隊長より次の戦場に関してお言葉がある」

 総勢二百名の軍服たち──シャンバラ第七特務大隊の前に彼らの隊長が立つ。忌まわしきシグルド機関出身の証である白髪に、黒いフレームの眼鏡。肩に掛けた外套は総統直轄の証足る無二の物。シャンバラに於いてこの特別製の外套を持つ者は十人のみ。そこいらの佐官が羽織る外套とは違う。
 
 「諸君、此度も任務ご苦労。諸君らの働きにより、旧魔王派の戦力は確実に削ぎ落とされている。諸君らが正義を成せば成すほど光都に住まう民、我らが護るべき人類の安寧が近付き、兵藤閣下の目指す新世界へと近付く」

 第七特務大隊、シャンバラに於いて最も凶悪な部隊。仲間内からも虐殺部隊と呼ばれる、兵藤一誠直轄の濡れ仕事屋(ウェットワークス)。その隊長、英雄の光に眼を焼かれた信奉者──フリード・セルゼンは人の良さそうな笑みを浮かべ、己の同志たちに語りかける。

 「さて、早速ではあるが次の任務について話そうと思う。あぁ、分かっているとも、そう焦らなくても良い。諸君の閣下への忠誠は痛いほどよく分かる。閣下の新世界に仇成す塵芥を消し去りたい気持ちは私とて同じだとも」

 大隊の執行人たちは凄惨な、鬼のような笑みを浮かべた。彼らは獲物を欲している。彼らはその身体、髪の一本に至るまで英雄の爪牙である。例え、望まれなくとも彼らは英雄に魂まで捧げる覚悟がある。恩義、憧憬、恋慕、親愛。形は違えど、彼らはみな等しく兵藤一誠に絶対の忠誠を誓っている。そして、フリードはその頂点に立つ。

 「我らはこれより日本、駒王へと飛ぶ。聖書の三勢力の和平会談を襲撃するであろう旧魔王派を叩き、カテレア・レヴィアタンの討滅を第一目標とする。これは閣下からの指令である。確実にオーダーを遂行するように。一匹たりとも逃すことは許されない」

 ──総統閣下の御心のままに──

 二百名の声が重なる。乱れの無いハーモニー。光の奴隷たちがその爪を、牙を剥き出しにする。

 「閣下はそろそろイギリスに着く頃合いだろう。我らも行くとしよう。閣下に我らの忠誠を成果を以て、お見せしよう。最も真に忠誠を誓うのは霧の魔術師でも無く、我が旧友──死に損ないの復讐鬼でも無い。我らである!!さぁ、閣下の足跡へと続くのだ!!」

 後世に語られる、歴史のターニングポイント、駒王会談は波乱の様相を呈しながら開幕を迎えることとなる。


















 トスカ

 聖剣計画の生き残り。ゲオルクの弟子。お散歩中に拾ったとはゲオルクの談。師匠のだらしなさとクズっぷりに頭を痛める不憫な子。でも何だかんだとんでもない師匠を尊敬しているゲオルクさん家の娘系魔術師見習い。尚、本人は否定しているが師匠譲りの聖剣ブンブンウーマンである。木場きゅん発狂不可避。でも魔術も筋は良いらしい。

 ゲオルク「やだ、ウチの弟子天使すぎ……!?」




 八重樫正臣

 死にかけをトンチキ一誠に拾われたやべー奴。バーサーカー。シャンバラの核弾頭。天界も悪魔も絶対滅ぼすマン。フリードとはバチカンの同期で、元同僚。昔は仲良かった。




 第七特務大隊

 Q:閣下のことどれくらい好き?

 A:いっぱいちゅき……

 Q:どうして本気で閣下への愛を示そうとしない?

 質問者側が第七特務大隊の方です。全員光の奴隷で、閣下の爪牙で、兵藤一誠挺身追跡隊。



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海蛇失墜

やっぱ、光の亡者はホモ……?







 それは唐突な乱入であった。

 あらゆる生物が、物体が、有機が、無機が停止した、ある種の隔離されたと言える空間に雪崩れ込んできた黒衣の軍服。禍々しく染まる空に入った亀裂を抉じ開け、軍刀を振るう一騎当千の戦士たちはローブを纏う魔術師たちを次々と斬り伏せていく。

 戦線はここに瓦解する。飛び交う光弾を斬撃が撃ち落とす。旧魔王派に属する悪魔が空に逃げれば、大気を踏みそれを追う。全力の火焔が放たれれば、それを上回る燃焼反応発生能力で焔を喰らう。可視光線を操作した光学迷彩能力で背後からの致命的な一撃を欠片の容赦も無く叩き込む。黒衣は更に血を吸い、穢れた色合いへと染まっていく。しかし、それこそが勲章、それこそが名誉。正義は我らの側にあり、と雄々しく叫ぼう。敬愛する総統閣下に勝利の輝きを。

 そして、悠然と戦場に姿を見せる黒衣の戦士たちの長──フリード・セルゼン。変わらぬ薄い笑みを貼り付け、阿鼻叫喚の乱戦を俯瞰する。その眼に映るは己の獲物足る敵将のみ。凄まじい剣幕で自身を睨み付けるカテレア・レヴィアタンにフリードは美しい微笑みを返す。魔王?堕天使総督?天使長?彼にはそのような者たちは眼中に無い。狩りの獲物は旧きレヴィアタンのみ。敬愛する光の英雄より賜った、何よりも愛着を持つ、肩に掛かる外套を優しく撫でながら嘗てバチカンで最も優秀であった光の亡者はカテレアへと剣を抜く。

 「黒衣の軍服……貴様らここ最近我らに楯突くようになった人間の群れか!!」

 「ふむ、群れと来たか、カテレア・レヴィアタン。旧き悪魔は頭脳まで旧く、劣化していると見える。成る程、貴様がレヴィアタンを継承することの無かった理由が分かる。そして、それこそが貴様の死因なのだよ」

 「ほざくではないか、人間。名を名乗れ」

 「シャンバラ総統府直轄第七特務大隊長、フリード・セルゼン。新世界を切り拓く英雄の爪牙なり」

 瞬間、氷柱がフリードに降り注ぐ。総数三十八本の魔力を内包した氷の矢は氷点下の殺意を込め、貧弱な人間を貫こうと直進する。しかし、その程度の脆弱極まる攻撃はヴァスコ・ストラーダが後継と評された光の亡者にとって児戯にも等しい。軍刀の一振りで氷柱は霧散した。人の良い笑顔はそのまま、傲慢でも無く、慢心でも無い、ただただ穏やかな笑みを浮かべて。

 「あぁは言ったが、流石はレヴィアタンと言うべきかな?こと、水分の操作に関しては眼を見張る者がある」

 カテレアの理解の外にある力は真正面から彼女の象徴とも言える技を破った。

 本来、レヴィアタンとは旧約聖書に語られる怪物である。天地創造の五日目に造られ、ベヒモスと対を成し、イザヤ書のラハブと同一視されることもある。あらゆる武器が通じない最強と定義された魔物だが、悪魔としてのレヴィアタンは些か性質を違えてくる。あらゆる武器はあらゆる悪魔払いへとされ、大嘘吐きで追い払うことが困難であるとされる。しかし、今となっては薄くなった血脈にそれほどの、嘗ての原初の魔物に類似する力を行使するには及ばない。だが、そのレヴィアタンの名に付随する水分への親和性は健在であった。

 さて、とフリードは言う。カテレアの意識を自分へと向けさせる。

 「挨拶をされたら返さねばならないな。返事をしないのは礼を欠いている。常識だろう?」

 そうして彼は虚空を斬った。

 「あ、え─────?」

 カテレアは理解が追い付かない。フリードが剣を振るうと自分の身体に幾条もの傷が浮かび、血が吹き出したのだ。不可視の斬撃は完璧に、確実にカテレアを出し抜き、致命傷を与えた。血潮が雫となり、宙を舞う。あらゆる悪魔払いは通用しないが、戦士の一撃は確かにレヴィアタンの末裔に届いた。

 「ふむ、こんな物か……。想定内と言えば、その通りだが。拍子抜けだな」

 その場にいた者たちの耳にフリードの声はよく響いた。古巣の長である天使長ミカエルは眼前の光景に眼を疑った。ただの人間が振るった軍刀の一閃で旧魔王に連なる者が倒されたということにでは無い。少なからず二人の魔王と堕天使の総督もフリード・セルゼンの異常さを感じ取っていた。

 「ありゃあ、権能の類いか……?」

 堕天使総督──アザゼルは疑問を漏らす。フリードの行使した力の一端、不可視の斬撃はどのような魔術体系にも属さず、かと言って神器による現象でも無い。先天的な素質と滓かに感じる某かの神仏による権能の補助。それが彼の能力を擬似的な権能域にまで力を押し上げている、と推測する。聖書に語られる三勢力の内で最も技術力に優れ、神器や魔術への造詣が深い堕天使の長を以てしても理解の出来ない謎の力。カテレアとは力の位階が違う。

 褐色の肌を朱に染めたカテレアは途切れそうな意識の中で最後の手段に打って出た。手には怪しげに鳴動する尾を飲み込む蛇(ウロボロス)。それを血が溢れる口内に押し込み、飲み込んだ。

 やがて褐色の肌に深紫の蛇が絡み付き、怨嗟の断末魔を挙げるカテレアを飲み込み、喰らった。これはカテレアにとっても最大最悪の誤算であった。その蛇の源泉、無限を騙る龍神オーフィスはしばしば蛇として捉えられることがある。その象徴こそが尾を飲み込む蛇(ウロボロス)。円環や循環、回帰、そして不老不死としての無限を司るその紋章を、絶えることの無い物質的な意味での『無限』に結び付けた。

 その不完全足る無限とカテレアは強く共振してしまった。共通項は一つ、『蛇』である。旧約聖書に語られるレヴィアタンは海蛇や竜としても描かれ、人々の聖四文字と聖書への信仰に付随していった。故に薄くながらもレヴィアタンの流れを汲むカテレアはオーフィスの一端である蛇と共振し、逆に取り込まれてしまったのだ。

 「蛇に飲まれたか。微量とは言え、龍神の因子だ。共振しなくとも取り込まれていただろう」

 理性なき獣となったカテレアは軟体が如き腕を伸ばす。奇怪な瘴気を撒き散らし、眼中に入る生命体を貪り尽くさんが為、もはや腕と呼ぶには相応しく無い触手を振るう。

 「笑止──」

 しかし、理性を失った人外が百戦錬磨の英雄の総軍に於いて特別な外套を賜るほどの者を打ち倒すなどという悪しき奇跡は起こらない。悪は正義に、闇は光に滅ぼされることこそ道理。当たり前の勧善懲悪が堕ちた旧き悪魔を血の一滴すら残さず殺しきる。

 その衝撃は初撃と変わらぬ無音で、悪性の輩に死を確定させた。軍刀の一振りは十条の剣閃と化し、魔物の身体を十分割した。何とも呆気ない、フリードの言葉通り拍子抜けな幕引き。旧きレヴィアタンも所詮はその程度であったということだ。

 駒王学園を襲撃した旧魔王派は余さず狩り尽くされた。倒れ伏す魔術師や悪魔に軍刀を突き立て、死亡確認と止めを兼ねる光の尖兵たち。刀身はワインよりも深い赭に染まり、どれ程の虐殺(正義)が成されたかを静かに物語っていた。

 「フリード・セルゼン……何故、貴方がここに?それに、貴方は……」

 「あぁ、お久し振りですね、天使長。いやはや、その偽りの輝き。実に目障りだ。鍍金で取り繕った屑鉄如きが、天に立つなどとは笑わせてくれる」

 「貴方、ミカエル様に何て事を……!!」

 ミカエルの護衛、紫藤イリナが聖剣(贋作)を抜く。その真実紛れもなく純粋な怒りをフリードは嗤う。

 「紫藤イリナ、あぁ、あの異端殺しの紫藤トウジの娘か。真実を知りながらも、罪無き同胞(人類)を鏖殺し続けたシリアルキラーの娘だ。血は争えないか」

 「フリード・セルゼン!!何故、貴方ほどの人物が世の平穏を!?」

 「愚かだな、紫藤イリナ。この世に平穏などありはしない。皆すべからく何かと闘っているのだよ。生命は闘いを止めることは出来ない。そこに血が流れるか流れないかの差でしか無い。開発競争、テストの順位、命のやり取り、運動会でのリレー。これら全て、本質は全て同じだ。そう、閣下も闘っておられるのだ……。この世界を救い、人類に当然の幸せと真なる安寧を齎す為に闘い続けておられる!!貴様が信奉する熾天使よりも格段に誠実にこの星に住まう人類を愛しているのだ。素晴らしいじゃないか、素晴らしすぎるではないかァッ!!バチカンにいた時、救えなかった人々がいた。貴様の父親のような顔も知らぬ同胞が守るべき民を殺していく悪逆を正せなかった。我らが守るべきは罪無き人間であるというのに、信仰が違うというだけでそのような悪逆を赦して良い訳が無いだろうが。それは一片の弁解の余地も無い悪逆だろうが。我が旧友もその被害者だ。そこにあった異次元の(対話という)可能性を潰してでも貴様らは闘争を選んだのだよ。何処までも、貴様らは悪なのだよ」

嗚呼、だからこそ。フリード・セルゼンは万感の思いを込めて宣言する。己の闘う意味を、その理由を。

 「私は真実、いずれ来る楽園を照らす光を尊ぶ守護の盾に──正義の味方──に成りたいのだ。その為に私は闘い続けよう、閣下のお側にてこの星の新生を祝福しよう!!人類に荘厳なる正義の輝きを!!」















 

 荒野に倒れる生き物がいた。肌は浅黒く汚れ、垢だらけになり、髪は伸びきって、はっきり言えば不潔極まる。高潔な輝きを放つ剣を杖代わりにし、よろめきながら立ち上がる野人。その容姿には似つかわしく無い剣に全体重を掛け、果ての無い道を歩く。ここは砂漠か、荒れた草原か。視界や認識すら曖昧になりながらも進む野人の眼光はしかし鋭かった。

 溢れんばかりの不滅の焔が猛く燃え盛る。全てに裏切られ、全てに騙され、全てに棄てられた。だがそれでも、野人は光を見た。あれこそが英雄、あれこそが主の再来、あれこそが人類の最高到達点。民を慈しみ、悪を赦さない絶対の王者。命の恩人。

 憧れてしまった。聖槍の輝きよりも眩い英雄の光輝に眼を焼かれたのだ。その光が瞼に焼き付いている。その光がある限り、野人はまだ進み続けることが出来る。

 「おや、これはこれは。また随分とくたびれた格好の女の子がいるね。もう少し身の回りに関して気を遣うべきじゃないかな?素材が良いのに、実に勿体ない」

 霧の向こうから声が聞こえる。軽薄そうで、爽やかな風のような声の主はゆっくりと野人へと近付いてくる。

 「お、まえ……は……」

 「初めまして、では無いね。ゼノヴィア・クァルタ。コカビエルの時以来だね、と言っても別段話した訳でも無いのだが」

 白いローブに身を包み、フードを目深に被った魔術師は杖を片手に野人と見紛う程に疲れ果てたゼノヴィアへとしゃがむ。そこにいて、しかし現実感を感じさせない不思議な男だった。何処からともなく現れた霧と共に姿を見せた怪しげな男だが、敵意が無いことは分かった。

 「だ……、れ?」

 「あぁ、そうだね。まだ僕の名前を教えてなかったね。これは失敬。失念していたよ」

 これこそ天界が犯した致命的なミス。彼の王に仕える世界最高峰の魔術師と、新たな光の芽を巡り合わせてしまった。己の翼を燃やしてでも眩き恒星へと飛翔し続ける狂気の芽吹き。

 「では改めて、私はゲオルク・ファウスト。気軽にゲオルクお兄さん、もしくは先生と呼んでくれたまえ。ところで、これからお茶でもどうかな?」










 

 


 




 フリード▪セルゼン

 ごった煮で、この作品で一番やべー奴。原作とは違い、年齢は八重垣と同い歳。ウザイ煽り方をする無駄に熱い光の亡者。以前はバチカンで一番優秀な男と呼ばれていて、順調に行けば枢機卿になっていた。実は八重垣とクレーリアに一縷の新たな可能性──共存と和平──を夢見た時もあったが、結局は白昼夢に過ぎなかった。同胞の異端狩りに反発して左遷された。同期の八重垣とは昔は仲がよかった。汚点を消す時だけ手を取り合った天界と悪魔を心底侮蔑している。ゲオルクとは何だかんだ皮肉を言い合うが、たまに飲むぐらいには仲が良い。




 ゲオルク、キングメイカーやるってよ?







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変生予兆


そろそろ原作キャラたちもガッツリ絡ませたいなぁ、等と考えるこの頃。


迂闊にトンチキ一誠戦わせたらガンマレイ☆しちゃうし……。












 シャンバラの民が住まう理想の都、光都。その中央に聳え立つ穢れ無き光都の象徴──パラディージュム。今日も今日とてその姿に変わりは無い。人々の営みを照らし、慈しんでいる。人類の救済、異形との闘いの最前線。

 そのパラディージュムの一角に庭園があるということを知る者は少ない。英雄の居城の最奥にひっそりと、しかし絢爛に咲き誇る数多の花たちは枯れること無く、その薫りを、美しさを惜し気もなく披露している。既に絶えてしまった品種に、人界に咲かぬ花。四季を越え、夏の花と冬の花が仲良さげに隣り合わせで咲いている。この世には無いであろう美しさがそこにあった。

 楽園の花畑にて佇む一人の少女。似つかわしくない車椅子に身体を預け、足元に咲くガーベラを見つめながら物思いに耽る様は庭園の風景も合間って浮世離れした雰囲気を感じさせた。血、取り分け明るい動脈血のような紅眼を下に向け、悲しげに眉を下げる少女──ヴァレリー・ツェペシュはガーベラの花弁にそっと触れた。僅かに触れた指先でなぞるその仕草さえも、今にも消えてしまいそうな儚さを醸し出す。白磁のような肌は恐ろしい程に幽玄的な美しさと犯しがたい神秘性が滲み出る。庭園に劣らぬ非現実性をヴァレリーも持ち合わせていた。

 「ここが気に入ったのか?」

 男の声。背後へと車椅子を回し、ヴァレリーは声の主を確認する。

 その姿はパラディージュムが霞む程の荘厳さを持っていた。黄金の如き輝きの金髪に、鋼のような硬き意思と尽きぬ焔を灯す碧眼。将官クラスの様相に、光都に於いて一人しか着用を許されない外套を纏う偉丈夫。ヴァレリーはこの人物(化物)を知らない。しかし、その正体を予想することは容易であった。

 「貴方は……」

 「初見となる、王女殿下。俺は兵藤一誠。暫定的にだが、この光都の統治と守護を民より任されている者だ。容態が大幅に回復したと聞いて見舞いに来た次第だが、身体の調子はどうだろうか?」

 「えぇ、初めまして、兵藤様。ご存知でしょうが、ヴァレリー・ツェペシュと申します。この度は命を救って頂き、ありがとうございます。それと、もう私は王女ではありません。ヴァレリーとお呼びください。身体の方はまだ一人では立てませんが、こうして外に出ることは出来るように」

 「了解した、ヴァレリー殿。順調に回復しているようで、何よりだ」

 イギリスより帰還した英雄、一誠はヴァレリーの元へと歩み寄る。軍刀も槍も持たぬ丸腰の一誠はガーベラを一輪だけ手折って、ヴァレリーに手渡した。車椅子故に手が届かず、近くで見れなかったヴァレリーは顔を綻ばせた。白いガーベラ。花言葉は希望、律儀、純潔。

 「ヴァレリー殿、俺は貴方に謝罪せねばならない」

 ヴァレリーは一誠の顔を見上げた。表情は変わらず、平時通りに真剣その物。

 「我らは理由はあれど、貴方の故国の民を虐殺した。如何な理由があれど、あの国唯一の生存者である貴方には謝罪と説明をすべきであるだろう。我らは貴方の家族を殺し、貴方の国を焼いた。それは変わらぬ、純然たる事実だ。その上で仇を討つというのならば、喜んでその仇討ちを受けよう。犠牲を出さねばならぬことは俺としても心苦しかった。だが──」

 一誠は続ける。碧眼の奥で焔が燃え上がり、眩き光が輝く。

 「それでも俺は前に進まなければならない。その仇討ちも、俺が勝つ。俺は悪の敵にならねばならないのだ」

 ヴァレリーはその紅眼で碧眼を見た。不退転の覚悟を以て発せられた宣言は雄々しく、傲慢に聞こえる文言であれど、そこに邪な物を一切感じさせなかった。徹頭徹尾、真に英雄は悔やみ、悲しみ、謝罪し、しかして前に進もうとしている。

 「良いのです」

 ヴァレリーは弱々しく微笑み、短く返した。

 「記憶が混濁していますが、僅かに覚えています。私は幽閉されていましたが、牢の中で国内の情勢や民の様子がおかしいという噂を耳にしたのです。あの日、確かにあの国は滅んだのです。貴方たちでは無い、何者かの手によって。以前より国内はツェペシュ派とカーミラ派で二分されていましたが、それでもあのような……。同胞同士で血肉を貪り、喰らい合うなんてことはありませんでした」

 思い返すのは微かだが、脳に焼き付いた終末の如き惨状。破壊された牢から抜け出して、眼に入ったのは互いを殺し、犯し、喰らい、貶める吸血鬼たちの姿だった。自己を優先して行動し、自己を至上とし、自己の欲望の赴くままに蛮行を繰り返す。最低最悪の悪鬼羅刹へと堕ちた民の織り成す終末の光景。

 ヴァレリー自身にも不可解な現象が起きていた。心臓の周辺、彼女が宿していた神器を襲う想像を絶する不快感と、激しい頭痛。己を内から穢し、犯し、凌辱しようとする何者かの悪意がヴァレリーを断続的に攻撃していた。脳裏に流れる冒涜的な言語、情報、悪性の数々。吐き気を催すような恐怖と高揚感。

 彼女は理解する。己の兄でも無く、カーミラ派でも無い第三者。それも想像も出来ない程に醜い邪悪による侵略行為が、この事態を引き起こしたのだと。この場に姿を見せずに、何処からか地獄すら生温い現状を眺めて嗤い、喜悦に浸っている存在を感じた。

 復興は叶わないだろう。既に吸血鬼の国は滅んだ。護国の王、ヴラド三世より続いた公国は滅びたのだ。更に、このままであれば、周辺の人間にも甚大な被害が及ぶだろう。しかし、ヴァレリーにはそれを阻止するだけの力は残されていなかった。汚染された聖杯は着実にヴァレリーを蝕み、自己愛で動く獣に変生させようとしていた。

 そしてヴァレリーは意識を落とした。最後まで邪悪に抗ったヴァレリーが見た物は軍刀を振るう黒衣の軍服の集団と、聖剣を携えて彼女の元へ駆け寄る白いローブの魔術師だった。

 「貴方たちは民たちを楽にしてくれました。あれ以上、貶めること無く終わらせてくれました。感謝はすれど、憎みはしません。加えて、本来人類を至上とされるにも関わらず、吸血鬼である私を助けて頂きました。貴方たちを憎むのは筋違いかと。改めて感謝を、兵藤様」

 「そう言って頂けるとはな。我らは何も人類種以外を全て排斥している訳では無い。少数ながら、光都にも人類以外の種の者もいる。彼らも貴方のように謂われ無き理不尽に苦しめられた者たちだ。我らが憎むのは暴虐であり、悪だ。それに救命とは言え、貴方の聖杯を頂いた。これも俺が貴方に謝罪する要項の一つだ」

 「ならば、私の願いを一つ聞いて頂けないでしょうか?」

 「俺が叶えられる範囲であるなら、善処しよう」

 「貴方はいずれ悪魔と敵対するのですよね?」

 一誠は首を縦に振る。希望的観測や楽観を捨て去り、最も確率の高い未来を肯定した。いずれ来るであろう決定的な対立、致命的な開戦を予想した。

 「ならば、どうか、ギャスパー・ヴラディはお助けください。私の唯一の縁者です。あの子も、貴方の言う謂われ無き理不尽に苦しめられた犠牲者の一人です。御助命頂けないでしょうか……?」

 数拍置いて、一誠は口を開く。

 「その者が悪でなければ、俺は約束を違えない」

 「保証します。あの子は悪ではありません」













 「良かったのですか?あのような口約束を……」

 「構わん。不服か?」

 「いえ、ですがギャスパー・ヴラディはバロールの邪眼の宿主です。残滓と言えど、光都に邪神の魔眼を招くことは些か不味いのではないかと」

 霧の魔術師が作った庭園から離れた廊下を歩く男が二人。一誠と駒王より帰還したフリード・セルゼン。話題は先程のヴァレリーとの会話だ。三歩下がった位置からフリードは上申する。

 「フリード、ツェペシュ公国の件のレポートは読んだか?」

 「はい、一通りは目を通しました。国民同士による殺し合いが起きたとか。精神干渉系の神器もしくは魔術による集団暴動。周囲への魔術的被害を想定し、鎮圧はファウストが率いた魔術師が担当したと聞いております」

 「ならば話が早い。あれを引き起こしたのは魔術師でも、神器保持者でも無い。俺とゲオルクの見立てが一致した。魔術的権能によって意図的に発生させられた災害だ。邪竜が目覚めかけている」

 「邪竜ですか。魔術のような権能……ゾロアスターの邪竜が変生したということですか?」

 「恐らくは、そうだろう。『三厄顕す終末悪(アジ・ダハーカ)』が現出したと考えて間違いない。トライヘキサの封印が緩んでいたように、奴に被せた『魔源の禁龍(アジ・ダハーカ)』というテクスチャが剥がれたのだろう。故に、魔獣創造(アナイアレイション・メイカー)内部の拘束力が弱まった。突然、終末の悪に定義される悪性が星に現出したせいで不安定な総体に皹が入った訳だ。リゼヴィムは余程我らがリリスへの対抗策を持つことが気に入らないらしい。リリスの変生因子の投与実験のつもりか……」

 ゾロアスター教に於ける善悪二元論の絶対悪、アンリマユに創造された最悪の邪竜、アジ・ダハーカ。ゾロアスター以前の古代ペルシャより存在されていたとされる星に終末を齎す悪性の存在の一つ。黙示録の獣(トライヘキサ)同様に一つの神話──一つの世界に滅びを運ぶ赦されざるモノ。千の魔術を使い、アフラ・マズターらと激しい闘いを繰り広げ、最後には英雄スラエータオナによってダマーヴァンド山に封印されたと伝承に語られる。

 スラエータオナは『三厄顕す終末悪(アジ・ダハーカ)』を殺しきることが出来なかった故に、封印した。この点は黙示録の獣(トライヘキサ)と共通している。元よりゾロアスター教は十字教に少なからず影響を与えている。そういう意味では『三厄顕す終末悪(アジ・ダハーカ)』と黙示録の獣(トライヘキサ)は相性が良く、共振しやすい。黙示録の獣の封印を解き放ちたいリゼヴィム・リヴァン・ルシファーは性質の似た同種の存在を現出させることによって術式の解凍作業を早めるつもりである。

 吸血鬼の国──ツェペシュ公国を滅びに追いやったのも『三厄顕す終末悪(アジ・ダハーカ)』だ。終末を齎す悪性としての邪竜が操る数多の魔術の一つ、人々の心を誘導する魔性の幻術。これは心の内に負の感情を持つ者ほど深く嵌まりやすい術である。それによって邪竜が増長させたのは()()()。己以外必要無い、己以外消えて無くなればいい、下劣畜生の道理。ただただ強化された自己愛によって罹患者は他者の存在を認めずに、自己以外を滅ぼす為に無差別に他者を襲い始める。ヴァレリーがこれに抵抗出来たのは生来の清廉さと最高位の聖遺物たる幽世の聖杯(セフィロト・グラール)の影響である。しかし、その呪詛は幽世の聖杯を蝕み、汚染するほどの悪性を秘めていた。

 「手を打つ必要がある。バロールの邪眼に関しては摘出もしくは破壊すれば良い。代替神器は生体同期型の魔眼か、()()()()()()()を使えば問題無いだろう。勿論、ギャスパー・ヴラディが悪でなければの話だが」

 フリードは無言で一誠の言葉に頷いた。その顔には楽園の到来を妨げる悪への侮蔑が露になっていた。

 「バロールの邪眼には使い道がある。アリアンロッド神との会談で確信した。三大勢力もケルトもバロールの邪眼に対して致命的な勘違いをしている。理解しているのは北欧の大神ぐらいだろう」

 「やはりですか」

 「あれは、時間停止の能力など有していない。結果的にそうなっているだけだ。アヴェスターの偽典同様、早目に確保しておくべきだろう」














  





一誠「ところで、八重垣は?」

フリード「YAMAにTUBAMEを斬りに行きました」



 ヴァレリー・ツェペシュ

 吸血鬼の国の元お姫様。神器としての聖杯の宿主だったせいで実兄に幽閉される不憫ちゃん。一歩間違えば某ラスボス後輩のようになりかけていた。トンチキ一誠的には「こいつも被害者じゃん?守らなきゃ」という感じ。祖先のヴラド三世もある意味、十字教の被害者だったからセーフ?ゲオルクに助けられてからは彼の客人という形で保護されている。将来の夢はお嫁さん。現在、幽世の聖杯は摘出されている。





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純粋悪性



吸血鬼「下劣畜生──邪見即正の道ォォ理!!獅子像ォォ狐狼ォォッ!!」

ゲオルク「この辺り、弄った方がいいんじゃない?(聖剣ブンブン)」

モブ光の亡者A「魔術師は魔術使うより、聖剣でぶん殴った方が早い」

モブ光の亡者B「新入り、覚えとけよ?」

モブ光の亡者C「えぇ……」

モブ光の亡者D「光都で常識は通用しねぇ」

ゲオルク「だって呪文噛むからね」






 冥界の大気が悲鳴を挙げていた。軋み、ひび割れ、砕かれそうになっている。大気と魔力の焼ける臭いが鼻を突き、熱量は龍の鱗をも焦がすほどの高まりを見せていた。

 「フハハハハハハハハハハハハ!!良いぞ、もっと俺にお前の輝きを魅せてくれ!!兵藤皐月ィ!!」

 紫色の空に輝く白銀の鎧は心底楽しそうに笑い、語りかける。昂りと呼応するように背面の翼は輝きを増し、その拳に込める力は彼が与える効果とは相対的に増していく。連綿たる自己強化。凡百の強化魔術であるが、こと彼に当たってはその何でも無い強化魔術が致命的な一撃を与える決め手にもなりうる。

 対するは赤き鎧を纏う少女、赤龍帝──兵藤皐月。偉大なる赤き竜、ア・ドライグ・ゴッホを封じた神器の禁手形態である赤龍帝の鎧を発現し、冥界で催されていたパーティーを襲撃した禍の団の制圧に出撃していた。揺らめく魔力は可視出来るほどに高密度の物になり、竜の因子を存分に発揮させていた。尽きぬ無限と見紛う増幅能力(倍加)、力の象徴の片鱗が具現された。倍加の能力は正にそれの最たる物だ。

 しかし、赤き竜に立ち塞がる白銀の鎧の主、白龍皇──ヴァーリ・ルシファーの能力はその真逆。半減。倍加した運動エネルギーはすぐに半減され、元の地力へと初期化される。倍加と半減の応酬。古き先人たちの時代から繰り広げられて来た不毛極まる闘いは歴代の宿主たちの力量に大きく左右され、依存していた。その屍の歴史上、ヴァーリ・ルシファーという男は最高のスペックを誇る宿主であった。明けの明星(ルシファー)の血を引きながらサクソンの白き竜、アルビオン・グウィパーを宿した男。最上の才を宿した白き竜の化身。

 「なんで、こんなことを……!?どうして、テロなんか!?」

 叫ぶ皐月。怒りの念は竜の力を強く引き出す。赤い風がとぐろを巻き、竜巻となる。屍が吹き上がり、血が混じった竜巻はその色を暗くしていく。

 ヴァーリはその問いに真摯に答える。彼は嘘や虚言を好まない。故に己の目的をはっきりと、定められた宿敵へと叫ぶ。

 「勿論、お前ら生きとし生ける全ての生命の輝きを愛でる為だ。俺個人の目的は、な。他の者らは違うようだが」

 「生命の輝き……?何なの、それ……?」

 皐月は言い知れぬ感覚に襲われた。久しく感じていなかったような、懐かしいような物だった。字面として理解は出来るが、その意味を真に理解出来ない。多くの生命を奪っておいて、輝きを愛でる?当たり前に、酷く歪んでいる。

 「俺はこの星に生ける者らを真実愛しているのだよ。突拍子も無いと思うかもしれないが、これは俺の本心でね。俺はお前も愛しているし、お前の主も愛している。サバンナに住まうライオンも、ここより少しばかり離れた場所で闘う竜王も愛している」

 喜色が滲み出る声でヴァーリ・ルシファーは語り始める。

 彼は生命という大きな括りを愛している。人間、悪魔、天使、堕天使、神仏に関わらず、その生命が放つ輝き──それらが抱く想い、夢、勇気、願いを魂の底から尊び、慈しみ、賛美している。人であろうと、異形であろうと皆平等に、それらが発する輝きを愛でたいと。

 しかし、彼はその出自も相俟って、生命の腐敗や醜さも知っている。実父による虐待、元来同じ生命である筈の異形の存在による私欲の為の暴虐。他者よりもちょっと力があるだけでありもしない権威を振りかざし、星の同胞を虐げ、信仰を無秩序に広げる輩。

 彼とてこのような理不尽を是とする訳では無い。幼き赤子が訳も無く、その希望に満ちた新たな命を奪われる事が正道とは天地がひっくり返ろうが言えない。そのような悲劇を好む嗜好は彼には無い。

 だが、同時にそういった類いの絶望的な理不尽──つまる所、試練や高き壁が無ければ真の輝きを見る事は出来ないとヴァーリは考える。異形が人間に暴虐を強いた時に現れる英雄、英雄に滅ぼされる結末に抗う異形の逆襲者、強敵に一矢報いようと最期に規格外の力を発現させる者。種の生存が危ぶまれた時に見せられる輝きは何の試練も無しに現れる物では無いのだ。

 忌むべきは生命の魂が腐敗し、劣化すること。全ての生命は愛すべきであるが、それらが己らの理不尽で、緩い安寧で、堕落していく事は実に嘆かわしい。必然的に生命という総体に対する試練が必要になる。戒めとなる、生命の輝きを守る()()の如き存在が。

 「だから──俺は魔王として君臨したい!!俺に抗い、立ち向かおうとする雄々しい者たち。その命が放つ輝きを未来永劫、愛していたい!!慈しんで、尊びたいのだ。守り抜きたいと切に願う。絶やしたくないのだよ。お前や、我が親愛なる友──お前の兄のような生命を」

 兵藤一誠という人間の何と勇敢で、雄々しく、輝かしく、美しいことか!!

 兵藤皐月という転生悪魔の何と、健気で、凛々しく、暖かで、美しいことか!!

 嗚呼、堕落させてなるものか。腐敗させてなるものか。世界には、この星にはこんなにも輝かしい生命が存在しているのだ。その美徳を、輝きをどうか手放さないでくれ。ヴァーリ・ルシファーはその輝きを永遠に愛でていたい。明けの明星(ルシファー)の名の如く、生命の輝きという光を運びたいのだ。

 『ヴァーリ、我らは()()だ。我らは悪性の存在であり、何時か光に滅される存在だ。だが、だからと言って、我らが一概に闇しか掴めないという訳でも無い。悪性を尊びなさい、悪性を愛でなさい、その先にお前の(悪逆)があるだろう。私はその光を尊ぼう。そして、滅ぼそう』

 己の祖父の言葉が脳裏で回帰される。明けの明星の嫡子たる悪であれかしと定められた原初の悪魔。

 成る程、悪で結構。これがヴァーリ・ルシファーという混血悪魔が見出だした光だ。何処かでこの声を聞いているであろう祖父に向けて、そして愛する全てに向けて彼は叫ぶ。






 「生命賛歌を謳わせてくれ、喉が枯れ果てるほどにッ──!!」


 兵藤皐月は先ほど感じた感覚の正体を知る。これ程までに深い場所に刻まれた物を、彼女は一つしか知らない。堕天使に殺された時に味わった物。それらをひたすらに純粋化した最大限の恐怖。生命の誕生と共に晒される外界に対しての魂が感じる恐怖が皐月の背を撫でた。

 悪魔になり、脅威への恐怖に耐性は付いた筈だった。それでも、これは格が違う。サーゼクス・ルシファー──否、サーゼクス・グレモリーのような偽りのルシファーでは無い。これこそ、ルシファー、真の魔王。身を焦がされそうなほどの熱量を伴った想いと根源的な畏れ。

 『相棒……』

 「分かってるよ、ドライグ。あいつは赤龍帝だからだとか、白龍皇だからだとか関係なく倒さなくちゃいけない」

 余りに、危険すぎる。

 皐月が魔力を全開にする。絶対の殺意を、生存を懸けた魔力放出はヴァーリとの距離を瞬時に詰めた。振り上げられた拳はヴァーリの鎧に皹を入れるかに思われた。

 「ほう、ここでお前が出てくるか……」

 第六感とも言うべき危機察知能力が皐月に距離を離させた。森の奥、薄暗闇の向こうから何かが歩いてくる。地を殺し、植物を枯らし、大気を腐らせる逃れ得ぬ死が、猛毒が人型で歩いてくるのだ。濃密な殺意と憎悪を抱いて、皐月とヴァーリを狙っている。

 「久しいなぁ、八重垣正臣」

 黒衣の軍服を着崩した男は静かに、軍刀を抜いた。












 ◆◇◆◇

 「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!!良いねぇ、良いぜぇ?ヴァーリきゅん、君はちゃあんとボクちんが言った通りに育ってくれたんだねぇ!!お爺ちゃん嬉しくてユークリッドきゅんを殺して、その屍で気持ちよくなっちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 「リゼヴィム様、そのおふざけに付き合う僕の身にもなってください。それと、僕が屍を捧げるのは姉だけですので」

 「ん?あぁ、すまないね。でも、たまにはこうして大きな声を挙げてストレスを散らさないと。しかし相変わらず、私が言えた義理じゃないが、君は本当に業が深いね。まぁ、それも悪性であるならば、私は是であると思うよ」

 「ありがとうございます」

 銀髪の悪魔が二人、ゴシック調の部屋で向かい合っている。光源は蝋燭のみ。揺らめく影が壁で踊っている。

 奇妙な笑い声を挙げた後に理知的な態度を取り戻した美丈夫は対面に座る青年に微笑む。悪性の祝福。悪魔の父祖たる明けの明星が嫡子──リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは己に付き従うユークリッド・ルキフグスと語らう。

 「お孫様は貴方のお眼鏡に適いましたか?」

 「ふむ、その質問には適切に返す事は出来ないな。あれは私が知覚する以前に基準を満たしていたよ。私はある程度の助言をしたに過ぎない。産まれたその時から、形はどうであれ魔王になる資質を持ち合わせていた。流石はルシファーか。あれの父が恐れるのも分からなく無い」

 「確か、貴方の御子息はお孫様に随分な仕打ちをされていたとか。自分が孕ませた子供に恐れを抱きますか。いやはや、ルシファーに名を連ねるには些か肝が小さかったようで」

 「言ってやらないでくれ。あれはあれで悪くはなかった。君の皮肉は時として相手が可哀想になってくる」
 
 優雅な仕草でティーカップを持ち上げるリゼヴィム。気品溢れる様は正しく貴き者そのもの。目をゆっくりと開き、黄金の淫靡な眼差しは虚空を愛でるようになぞる。

 「我らは悪魔なのだよ。父や母とは違う、()()()()()()()()()()()存在なのだよ。一つの世界で悪と定められた役者の一人に過ぎない。最期は既に規定されている。どう足掻こうが、覆りはしない」

 世界中のどのような神話や伝承も悪が永らえる事は無い。サタンは火と硫黄の池に投げ込まれ二度の死を迎える。アンリ・マユはアフラ・マズターらに敗れる。聖書にも、アヴェスターにもそう記されている。そうあれかし、と。
 
 「私は芝居は好きでね。演じるのなら忠実に演じたいのだよ。滅ぼされる悪逆。我が父、明けの明星は既に没した。彼は火と硫黄の池に投げ込まれたのだ。聖書という世界の悪として。そして聖四文字も没し、我ら純粋な悪魔が残された」

 「しかし、現在の情勢は貴方の思想の真逆を行っている」

 困った物だ。そう、リゼヴィムは笑う。まるで子供が悪戯をした姿を見たかのような慈愛に満ちた笑顔であった。ユークリッドの本を捲る音がやけに部屋に響く。

 「だから、世界を滅ぼすと?随分とスケールが跳ね上がりましたね。目的も字にすれば、これまた安っぽい」

 「そうでも無いよ。私たちは元来そういった基準で物を見なくてはならない。ハデスもグレモリーの長子も、アザゼルも、小さな箱庭で完結してしまっている。それでは駄目だ。安っぽかろうが、高尚だろうが、問題は起こす事象の規模だよ、ユークリッド。単一的な世界の話をしていてはいけない。私たちには眼があり、鼻があり、耳がある。それらで感じられる物は無限にある。決め付けないで、大きな視野で世界を見るべきだ。顔も知らぬ隣人たちもそう思っている筈だと思うよ」

 恐ろしいのはほんの数人だ、とリゼヴィムは言う。インドの破壊神、北欧の大神。そして光の英雄。リゼヴィムと彼らの視点は同じだ。目的は違えど、既にこの世界を主題として見てはいない。全知の叡智を以て予感した大神は策を練り、宙すら破壊する神はすぐさま存在を感知して戦支度を始めた。大神よりも深い場所に手を伸ばしかけている英雄も迎撃の準備を着々と進めている。

 「星の死を見た後は金星にでも移ってお隣に獣をけしかけようか。それはきっと、素晴らしい悪性なのだろうね」

 「若輩の私では到底理解が及びませんが、勉強させていただきますよ」

 「その勤勉な姿勢は悪魔としても好ましいよ」

 蝋燭の火が消えた。










 「まぁ、それまでに我らの果てが訪れなければの話だが」









 





 八重垣「TUBAMEを追ってたら冥界に来てた。帰ろうと思ってたら赤龍帝と白龍皇がドンパチしてたので、とりあえず殺す」





 ユークリッド・ルキフグス

 先の大戦で死んだとされているグレイフィアの実弟。シスコンだが、原作ほど拗らせていない。サーゼクス?死ねばいい。ミリキャス?死ねばいい。リアス?死ねばいい。とりあえずグレモリー死ねばいいマン。グレモリーと結婚したグレイフィアには正直失望しているらしいが、それでも姉がいっぱいちゅき。死亡を偽造してリゼヴィムと地下に潜っていた。リゼヴィムの秘書紛いの事をやっている。


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祭祀一切夜叉羅刹食血肉者


KKKのサントラでタイトルの曲を聞きながら書きました。

ISに詰まったのでこっちを更新しようと思ったんですが、こっちも案外難産でした……。

やっぱ十四歳神とか高濱ァ!!大先生やオサレ師匠や菌糸類は偉大だなって……。



フワッと思いついた小ネタ①

一誠「トスカ、その獣は?」

トスカ「師匠が遠い所にいる友達?から預かったって言ってました」

???「フォウフォウ、フォ?」

一誠「創生せよ、天に描いた星辰を──」

トスカ・???「!?」
















 ──其は魂の深淵にて形作られた猛毒であった。

 八重垣正臣の身体には大きな刀傷が刻まれている。右の肩より左の腹へと抜ける袈裟斬りの痕。
 嘗て、己の師に、同胞に付けられた癒えぬ呪痕は今尚彼の身体を古傷という形で蝕む。その禍を、無念を、慟哭を永劫刻み続けるのだ。黒紫の血を流し、万象を腐らせながら怨みを叫び続けている。

 忘れもしない残酷な運命の日、眼前で最愛の女──クレーリア・べリアルを殺された時、彼が目にした物は総毛立つ程に醜悪で、おぞましく、とても直視出来る物ではなかった。
 七十二柱が一柱、皇帝を擁するクレーリアの生家、べリアル家の悪魔と共闘する同胞たる教会の戦士たち。見知った顔であるクレーリアの眷族を滅ぼす不倶戴天の敵同士は嫌に噛み合った連携で彼の友をも奪い去っていった。殺し合い、滅ぼし合っていた筈の異種族は手を取り合ってそこに芽生えた新たな希望の芽を踏みつけ、荒らし、潰していった。そして、己に彼の知将が携えし美しき剣を振りかざす師。

 意識を半ば手放しながらも落ち延びた先で八重垣正臣は忌々しき悪夢であって欲しい現実を回顧する。その手には、顔には、魂には以前に枢機卿が讃えた魂の清らかさは無かった。

 嗚呼、何故、なにゆえに、貴様らは──何故だ、どうして己が血族を容易く殺せるのだ!?貴様らを信じて、街に使い魔の一つも放さずにべリアルの遣いという方便を信じて待っていた清らかな彼女の首をどうして何の躊躇い無く落とせた!?
 何故だ、我が嘗ての同胞たちよ!!確かに俺は不義の恋に走っただろう。しかし、そこには新たな未来があった。対話という血の流れぬ闘いを選ぶ道があった筈なのに、貴方らは強硬を貫いた。それなのに、何故だ!?それならば何故、貴様らは己が定めた絶対の敵と手を結び我らを殺した!?

 吹けば倒れそうな小屋の中で傷は八重垣を容赦なく蝕んだ。死に体の彼には蟲が集り、傷口をなぞり、蛇が血色の無くなった肉に喰らい付き、死の淵へと堕ちた神聖の戦士を叩き落とそうとしていた。小屋は死と呪詛と穢れに満ちた蠱毒の壷と化した。
 正しく命の灯火が絶えそうになっている八重垣正臣は酷い幻聴を聴く。それは己を喰らう蛇の声であり、己の身中に潜り込む蟲の声であり、漂う死霊の声。聴くに耐えない怨恨、罵詈雑言が彼の鼓膜を野蛮に叩く。穢れに満ちた小屋は更に穢れて、そこは既に人界と言える領域に無かった。

 半ば異界となった小屋にて伏せて一月が経った。栄養分も水分も補給出来ぬ状況で、彼は奇跡的──否、何故か生命活動を続けていた。傷は癒えぬ、穢れは払えぬ、身体は蟲と蛇に覆われ肌が見えぬ。どうして生きているのだ?希薄になる自我の中で八重垣はぼんやりと思考する。
 不思議とあれほど自分を貶めた幻聴は消えていた。痛みすら無い。傷はあるのだ。斜に刻まれた溝から某かが流れる感覚を脳が捉えている。しかし、ある種の爽快感すら感じる。

 「フハッ……」

 笑み。意図せぬ笑いが溢れた。
 成る程、彼は事態を把握する。次第に明瞭なる意識の内に顛末を悟る。
 八重垣は喰らったのだ。自らを喰らわれたように、蛇を、蟲を、穢れを喰らい、己の抱える憎悪に従い命を繋いだのだ。憎い、悪魔が。憎い、御使いとその尖兵が。憎い、人ならざる存在が憎くて堪らない。このような悲劇を二度と演じさせてはならない。この憎悪を忘れてなるものか!!



 ──俺は異形を苦悶の内に蝕み殺す猛毒になりたいのだ──


 魂の深淵にて精製された毒は宿主を生かした。その憎悪に応えるように血を止め、息を整え、熱を下げた。

 さぁ、貴様ら、死人の報恩は如何かな?苦しみ、足掻き、絶望の内に、我が憎悪の毒を味わえ。それが貴様らの最期だ。















 逃れ得ぬ死が終わりを告げに来た。
 暗く、暗く、暗く。異形に苦悶と死の祝福を与えるが為に憎悪と穢れの化身が足を進める。

 「兵藤皐月、忠告しておこう。気を付けろよ?あれは正しく必殺、致死の毒だ。『神の悪意』よりも質の悪い、我ら人外に対する猛毒。掠めただけで死ぬぞ」

 「嘘でしょ……?人外に対する猛毒の割りには、他にも色々腐らせてる気がするのは気のせいかな……?」

 『気のせいでは無いぞ、相棒。大気を腐らせ、魔力を腐らせる。嘗て、あれほどの呪詛を宿した人間……生命を見たこと等無い。ただの呪詛では無い』

 「それだけでは無いぞ、赤き竜。奴ら、特にお前の兄に付き従う三人はその能力を擬似的な権能にまで押し上げている。今回に関しては奴も本気らしい。堕ちた神と闘うと考えた方が良い。奴を人間だと考えるな」

 影が揺れる。外套も軍服も影の如し。死の眼光の奥で正義(邪悪)が嗤う。俺は正義(邪悪)を執行するのだ、貴様らのように、貴様らと同じように泰平の世を築く為に俺は邪悪(正義)を容認したのだ、と。



 ──我が血肉は穢れに満ち 我が血肉は忌まわしき憎悪に満ち満ち 我が血肉は万象を腐敗させる禍災となりし──
 


 その軍刀はただの刀では無い。遥か以前に絶えた鍛冶の一族が鋳造せし無二の金属で鍛えられた妖刀。製造の過程で捧げられた人身御供の念が媚びりついた所持者を喰らう呪詛の剣、無銘、緋々色金の剣。



 ───深淵の蠱毒 我を喰らいし蛇 飲み干した憎念 今再び、傷口より流れ出し、我を覆い尽くさん──



 紡がれる詠唱。音は呪詛その物。内容の理解を試みれば、凡百の輩はその魂を腐らせ、絶命する。その狂気(渇望)は固有の能力として具現化し、今や堕天使の長や白き竜の化身が推測したように権能の域にまで手を伸ばしている。



 ──屍を抱け 愛は穢された 傷口から流れ出た涙で汝らを祝福しよう その先に汝らの楽土(苦悶)があるゆえに──



 どろり、と八重垣の足元が液状化した。足跡は腐敗し、生を許さぬ不毛の地へと変わる。
 ヴァーリは半減の出力を上げた。神仏すら葬る致死毒を前に手加減は無用。あれも一つの生命の輝きならば愛でぬ理由は無い。鎧の下では裂けた三日月のように口元が歪んでいた。その身に強化魔術を施し、死を睨み付けた。



 ──滅べ 苦しめ 叫べ 乞え 哭け 亡け 我こそが新世界の神の悪意──



 刃に毒が滴る。黒く、他の(感情)を残さない純粋な憎悪の集合体。楽には死ねない、しかし確実に存在を蝕み滅ぼす概念の押し付け。過程も、術式もすっ飛ばして確実な滅びと猛毒を与える権能。



 ──怨み、憎み、蝕む、深き穢れ纏いし猛毒変生(Sciens autem odio Clelia)──

 死の暴風が吹き荒れた。
 足は震え、心臓は自ら動きを止めようとしている。己の意思に関わらず、身体が、精神が死に急ぐ。
 皐月は戦慄した。接近する敵の強大さとおぞましさに、彼の赤き竜でさえも驚愕を隠せなかった。

 これが、こんなおぞましい物が正義を語って良いのだろうか?

 しかし、そこには確かに輝きがあった。黒曜石のような、オニキスのような暗い輝きが燐然と存在している。何者にも侵されぬ漆黒。黄金の光輝の中でも埋もれぬ絶対憎悪。

 「滅びろ……異形……」

 冥界が腐り堕ちる。















 ◆◇◆◇

 どうしようも無い不安にギャスパー・ヴラディは駆られる。

 冥界特有の空、おどろおどろしい空は幼き混血吸血鬼の心象をそのまま写しているようだった。キャンバスにライラックをぶちまけた所に朱が差す何処か夕暮れにも似たそれは戦火の証である。
 有機物が焦げた臭いをギャスパーは知っている。嗅ぎ慣れてしまった屍の薫りが熱い風と共に鼻を、頬を撫でる。熱のせいか、臭いはキツく感じた。慣れてしまっても尚、込み上げる胃液を堪えながらただただ空を見上げる。喉が焼けた感覚が不快に感じる。

 行方も生存も不明な幼馴染みに想いを馳せる。
 ヴァレリー・ツェペシュ。
 ギャスパーが故国にて虐げられている時分に味方をしてくれた唯一の者。姉のような、初恋の相手。

 「ヴァレリー……」

 名を呼べど返ってくることは無い。
 
 報せはギャスパーの耳にも入った。故国が滅ぼされ、想い人が行方知れず。聖杯の担い手である彼女を狙う輩は多いが、しかし今回は相手の毛色が違った。
 聖槍の担い手が率いる異形の敵たる光の軍勢。悪と断じるモノを必ず滅ぼす新興にして目下最大の人類の守り手。黒衣の軍服を纏う絶対滅悪の正義の使徒たちは人類を脅かす異形を赦さない。生存の可能性は限りなく低いだろう。

 己の眼を手で隠す。外界からの視覚情報が遮断され、視界は完全な闇に落ちる。
 『停止世界の邪眼(フォービドゥン・バロール・ビュー)』、バロールの邪眼による時間停止の暴発は起きない。ケルトの邪神が残滓は宿主の制御を離れ、しばしば悪戯に時を止めていたが、ここ最近はぱたりとそのじゃじゃ馬っぷりが鳴りを潜めていた。
 まるで前兆のように、警戒のように。

 ギャスパーは祈る。ヴァレリーの無事を願い、戦火の届かぬ安全地帯で某に敬虔な祈りを捧げた。
 悪魔であり、吸血鬼である彼が何者に祈るのか。亡き聖四文字への祈りは当然跳ね除けられる。他所の神話への祈りも効果は薄いだろう。ならば、こちらも亡き明けの明星か。それとも在位する四柱の魔王か。
 その祈りは酷く利己的で、しかして清廉なる物であった。ヴァレリーの懇願が如く、一辺の汚れも無い、誰かの無事を心底願う無垢なる少年。

 ゆえに、彼女の懇願は果たされることとなる。

 神器の不安定さと危険性ゆえに前線では無く、結界にて守られた安全地帯に待機を命じられたギャスパーは背後に気配を感じ取った。悪寒とも呼べるそれを。護衛の悪魔は音も無く意識を刈り取られていた。
 地に伏す悪魔を見下ろすのは黒衣の軍服に真白いローブを纏う女であった。

 「貴方は……」

 「ギャスパー・ヴラディで相違無いな?」

 最高峰の魔術師、霧の魔術師の弟子の証であるローブ。その目深なフードを外して素顔を晒したのはゼノヴィア・クァルタだった。二本の軍刀を腰に差した嘗ての教会の戦士は柔和な笑みと共にギャスパーへと問う。

 言い知れぬ寒気。ギャスパーの眼球が疼き、暴れる。ゼノヴィアの腰の軍刀が恐ろしくて堪らない。脂汗が滲み出る。歯が噛み合わない。
 邪眼は察する。あれは己の絶対の弱点をなぞる物である、と。その身は既に滅びた残滓なれば、為す術も無く滅ぼされてしまうだろう。その担い手も相当の者だ。魔術師らしき女は凡庸な魔術師を歯牙に掛けない才と力を秘めている。

 「貴様を連行するように言われている。手荒な真似はしない。そちらにとっても悪い話では無いので、抵抗はしないで貰えると助かる」

 「お……お前たちが……ヴァレリーを……」
 
 「ヴァレリー?私は師匠に貴様を連れてくるように言われただけであって、そのヴァレリーという者のことはとんと知らぬ」
 
 呆気らかんと告げたゼノヴィアに更なる不信を抱くギャスパー。眼光は鋭く、今にも邪眼を発動しそうなほどに昂っていた。
 その様をゼノヴィアは無感情に見つめ、軍刀の鯉口を切る。

 「────!?」

 「だろうな。バロールを討ったのは太陽神ルーだ。太陽に縁のあるモノには因縁がある。特に貴様は影響を受けやすい筈だ。何せ、深く残滓と繋がりすぎてしまっているのだから」

 『それは……何だ……?』

 「残滓が出てきたか……。ルーの槍とまではいかないが、これも高位の聖遺物だ。()()()()()()余剰分を鍛え直した聖剣だよ。純度は低いが、天然物だ。濃度は高いぞ?」

 太陽の聖剣が陽炎を現出させる。その焔は悪しき邪神を急速に弱らせる。嘗ての本体では無い思念に抵抗する手段は無かった。

 「手荒な真似はしたく無いと言ったのだがな。少しばかり眠って貰うぞ、吸血鬼(ふかく おちて まどろんで たゆたって)

 奇妙な文言の後、ギャスパーの意識はふと途切れた。
 霧の魔術師が一つのハッピーエンドにほくそえんだ。
 














 






フワッと(以下略)その②

???「我が名はゲーティア!!」

ボブ「ステイステイステイ」

???「フォウフォウ」

ボブ「ステイステイステイ」

???「ようこそ、私の胎内へ」

ボブ「GOGOGO!!」

一誠「創生せよ、天に描いた星辰を──」






 灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)

 この作品の設定ではD╳D世界の時計塔的存在。広義に於ける魔術師の集まり──魔術協会の一部門である結社。比較的オープンな集団。最大の規模を誇る学府。型月の時計塔と同じように十二の学部に分かれており、教会や冥界、他勢力とは一応の不可侵友好協定を結んでいる。他にも魔術結社はあるが、魔術を学びたければここに来る事が無難である。ゲオルクは伝承科の出身。彼が灰色の魔術師で何を研究していたか知る者はいない。彼のメフィストフェレスでさえもその概要を知ることは出来ない。何故かその記録だけすっぱりと消えている。

 他にもアトラス山脈で引き籠っている錬金術師や海の上を彷徨う山脈で研究する奴らもいるが、別に世界を七度壊す兵器を作っている訳ではない。ひたすら計算と礼装作りに明け暮れるただのヒッキーたち。灰色の魔術師の理事が悪魔なら、錬金術師たちの頭は吸血鬼。トップ同士の仲は悪い。




 個人的にD╳Dの魔術師間でのドロドロした雰囲気の作品が読みてぇなぁ……とか思うこの頃。矛盾螺旋みたいなやつ。誰か書いてくれることを祈ってます。




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俯瞰誤認

 あの人が居なくなった、冬の夜


 張り裂けそうな胸の中で


 何処かホッとする私がいた














 致死の斬撃が襲い掛かる。
 魔力放出によって一直線に接近する八重垣の持つ軍刀の刀身が黒光りする。
 その軌跡は淀み、腐り、死が尾を引く。じわじわと蝕む幕引きの猛毒。
 滅びが刀身に姿を変えて、悪逆から生命の輝きを剥奪せんとする。

 人間にして化外。現状の八重垣を形容するには、こう語る他は無い。魔力は腐蝕の性質を発揮し、万象を侵食する。凡そ、人の域には無い。
 無銘の妖刀も担い手に応える。魂の猛毒を宿しながらも切れ味は落ちること無く、空を裂き、白き竜の魔力を裂き、道を斬り拓く。刃に宿る思念も彼に与す。右腕に走る幾何学的な紋様は柄と繋がり、血管のように脈動する。

 遠い昔、ヴァチカンにて最強の一角と評された集団──虚数聖項執行機関。そこでフリード・セルゼンと共に異形討滅の双璧を成した八重垣に小手先の手段は通用しない。
 微弱な魔力を周囲に展開した探査術式など用いずに、隠形のルーンを施した白龍皇へ斬撃を飛ばす。魔力放出の要領で発射された斬撃は正確に潜む竜へと飛来する。

 それを白龍皇──ヴァーリ・ルシファーは魔力を圧縮した光弾で相殺する。半減の性質を内包した光弾は斬撃と衝突した後、僅かにその毒性を減衰させ相討った。完全には消滅させることは出来ないものの、幾ばくかの弱体化が可能であることが証明された。
 ヴァーリの顔に更に凄惨な笑みが浮かび上がる。胸の高揚が抑えきれずに、美しき鎧の上から胸部を抑え、掻き毟った。闘争の、生命の輝きが狂おしいほどに、蠱惑的にヴァーリの琴線に触れる。

 「嗚呼、良いぞ、実に良いぞォッ、八重垣正臣ィッ!!その毒、悪性、眩しくて眼を焼かれそうだァッ!!流石は我が友の爪牙だ」
 
 「貴様が……あの御方の友……であること、など……断じて無いぞォ、異形……」

 大気が爆ぜる。

 空間跳躍と見紛うほどの神速。一瞬にして詰められたヴァーリと八重垣の間合い。構えられた妖刀に漲る殺意はヴァーリを滅ぼすかのように見えた。

 「──ッ!?」

 だが、その刃は白銀の光剣によって阻まれていた。
 堕天使が、天使が裁きの光を変形させて武具にするように、精密かつ高度な魔力操作を出来るのならばそれを模倣することも可能である。
 最上の才、最高のカタログスペック、諦めを知らぬ努力家。たゆまぬ鍛練を己に課していた史上最強の白龍皇にその程度の技が扱えない訳が無い。光剣の刀身を毒が蝕むが、その侵食は決して速いとは言えない速度だ。

 「小癪……」

 光剣を構成するは魔力のみに非ず。
 エイワズ──死と再生のルーン、不死の象徴たるイチイの木を司るルーン。カーン──不動明王を示す梵字、全ての厄災を焼き尽くし光明を導く。神器固有の半減の能力。現代西洋魔術に於ける結界、強化魔術。そして、サクソンの白き竜が封じていた能力の一端である反射と毒。
 数多の術式を瞬時に編み形成した光剣は八重垣の能力と類似性を持っていた。ハンムラビが如く毒には毒を。同質の能力でやり返す、同じ土俵で挑戦したいというヴァーリの悪癖(ノリ)が出ていた。

 「もっと、もっとだ!!八重垣正臣!!お前の輝き(憎悪)をもっと、俺に見せてくれッ!!」

 是非も無し。
 ヴァーリの叫びは八重垣の魂を不快に揺さぶった。右腕の紋様がどくんと脈打ち、瘴気は濃度を増す。刃にも紋様が走り、無銘の妖刀はその真価をとうとう顕す。

 「ぉぉ……ォォオオォオオォオオオ、オオッ!!」

 毒性は倍に跳ね上がる。平時でさえ、神秘の存在である広義の異形を殺す概念である穢れがその力を増した。輝き(憎悪)が増し、拮抗していた白銀の光剣を瞬く間に蝕んだ。美しき無垢の光は汚され、貶められ、砕かれた。返す刀で閃く逆袈裟。
 切っ先は僅かに届かない。ヴァーリの反らした上体に狂わされる。八重垣の眼力が鋭くなる。獲物を逃がしたゆえの苛立ち。大気を踏みつけ、ヴァーリを追撃する。

 しかし、追撃はならない。

 背後からの奇襲。ヴァーリが放った物と同種の光弾。周囲に広がる森の何処からか放たれた赤き竜の一撃。絶えず森を移動しながら八重垣を狙う暗殺者がいる。
 だが、その光弾は八重垣に直撃するも効果を得られない。軍服にも外套にも傷一つ無く、眼光は暗殺者を射抜いた。

 『どうする、相棒?』

 「お手上げかもね──ッ!!」

 森に潜む暗殺者──兵藤皐月は迫り来る斬撃を回避しつつ、己の相棒に返す。斬撃の跡は腐蝕され、近付けばただではすまない。禁手を纏ったまま気配を遮断し、再び森に溶け込む。赤き竜の能力である透過の応用である。

 皐月は八重垣と対峙して本能的に敗北──己の死を悟った。決して()()()の無い、馬鹿馬鹿しいほどの実力差、隔絶された位階の差が彼女と八重垣の間にはあった。
 皐月にはヴァーリのような才も、八重垣を打倒しうる格上殺し(ジャイアントキリング)の手段も無い。この状況で彼女が()()を手中に納めることは不可能だ。ヴァーリにすら届かない彼女が万象を朽ちさせる憎悪の権能に敵う道理は無い。


 ──勝利とは何か?──

 皐月は己に問う。活路を見出だす為に。
 いや、それが真に兵藤皐月が発した疑問であるかは分からない。皐月の声だったかもしれないし、よく似た別人の声だったかもしれない。男の、兄に似た声だったような気もする。
 そもそも、何故この場で勝利という言葉が頭に浮かぶのだろうか。こんな相手、こんな状況、逃げてしまった方が良いに決まっている筈なのに、勝利が頭から離れてくれない。
 みんなを守る為に勝つ?部長の為に勝つ?冥界や天界が手を結んでようやく訪れる平和の為に勝つ?
 今まで通りに、アーシアの時のように。ライザーの時のように、皐月は勝利するべきで……。


 ──それは本当に望んで得た勝利なのか?──

 皐月の心臓がきゅう、と絞まる。決定的な間違いに気がついてしまったような、心が冷えていく感覚が気持ち悪い。八重垣と対峙した時のように汗が吹き出る。
 
 『相棒ッ!!』

 ドライグの声で我に戻った皐月は飛来する斬撃を回避した。

 「勝利は……生存すること……。私はまだ死ねないから……」

 斯くして兵藤皐月は決定的な問題を先送りにする。何故、脳裏に勝利が媚びりつくのか。その真の意味を彼女はまだ知らない。知ることになるのは、まだ先のこと。

 ほんの少し、何かに頭の中で皹が入る音がした。

 己の勝利を生存と定義した皐月が取る行動はこれまでと何も変わりはしない。
 暗殺者、或いは弓兵の如く死角を突き、遠距離から意識外の一撃を狙い続ける。常に移動し続け、居場所を特定されないようにする。
 狙うは意識を分散させた八重垣をヴァーリが仕留めてくれる結果による漁夫の利。他力本願も良いところだが、現状皐月が生存して、八重垣にある程度の損傷を与えられる手段はこれしか無い。

 だが、無情にもその策は悪癖(ノリ)と暴威によって瓦解することになる。

 吹き荒れ、激突し、喰らい合う魔力の暴風。
 せめぎ合う力場は両者がギアを一つ上げたということの証。腐蝕し、半減し、穢れと稲妻が絡み合う。
 それはただの魔力放出でしかない。魔力を無作為に解き放っただけのそれは、森を抉り、大地を削り、パーティー会場を守護する結界をも砕いた。

 咄嗟に上空へと退避した皐月は自分を見上げるヴァーリの表情を見て悟った。

 確信犯であると。

 「アイツ……もしかして……」

 『特大の馬鹿だろうな。ヴァカだ、ノリでやり過ぎる類いのな』

 子供のように楽しげな、しかし凶悪な笑みと高笑いを挙げるヴァーリを見て、皐月は彼の傍迷惑さを痛感する。流石はテロリスト、やることが違う。一遍地獄に落ちてくれ、と恨み言を心中で並べ散らす。

 巨大な隕石が落ちたようなクレーターが広がる森の跡に佇む二人は互いに自然体。無形こそが構え。
 高まる緊張と張り詰める空気。闘争の第二幕が開演する前兆。
 皐月も静かに身体能力を倍加させ、高める。

 ──だが、第二幕の役者の数は予定とは違った。

 「些かやりすぎですね……悪童には仕置きが必要ですかね?」

 魔王の眷族たる嘗ての最高峰の魔術師が。

 「ヴァーリのお守りと、ガキ一人拐うだけの下らない仕事かと思ったら、どうして、これがなかなかイイ相手がいるんじゃねぇの!!」

 白髪の猫又の少女を担いだ闘戦勝仏の末裔が。

 「異形がひぃ、ふぅ、みぃ……初陣にしては豪華な面子だな。胸を借りるつもりでいかせて(滅ぼさせて)貰おう……、僭越ながら援護させて頂きます、八重垣さん」

 吸血鬼を霧へと押し込んだ光の使徒が、一同に集う。

 八重垣の影の中で、何かが蠢いた。















 ◆◇◆◇
 
 「おやおや、これはこれは。初陣でマクレガーとサクソンの白き竜を相手にするとは。最近の若い子は血の気が多いねぇ……、まぁ聖剣持たせてるし、危なくなれば無理矢理こっちに引き戻せばいいか。正直、今すぐ連れ戻すのは面倒くさいし」

 パラディージュムに作成された工房にて、霧の魔術師は遠く離れた冥界の様子を窺い視る。
 閉じられた眼の裏には筆舌に尽くし難いほどにおぞましい魔力を纏う知り合いと、先日拾った愛弟子が映る。太陽の聖剣の断片を抜き、焔を刃に宿すゼノヴィアの姿に満足そうに笑みを浮かべて、眼を開いた。

 「それにしても、マイロードも意地が悪い。実の妹に八重垣君をぶつけるなんて、酷じゃないかなぁ?一度限りとは言え、あんなモノを初めからぶつけるとか難易度高すぎだと思うんだけどなぁ。でも、向こうにマクレガーと白龍皇ならバランスは取れているか」

 軽薄そうな笑みはそのまま。己の弟子の初陣にも憂いは無い。それなりの剣も渡してある。懸案事項も特には無い。

 手を翳して空間を別位相に繋げる。異空間に作られた倉庫から一つの書物を取り出す。古い、風化しかけてカバーのタイトルも読めない。ゲオルクはそれを一頁ずつ捲っていく。

 「マクレガー・メイザース。黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)の創始者の一人。近代魔術の祖、僕を下した魔術師紛いの悪魔。灰色の魔術師(グラウ・ツァオペラー)史上最悪の裏切り者」

 また一頁、静かに本を読み進める。誰へ向けて、という訳でも無くゲオルクは独り言ちる。恥知らずの名を口にしながら、目当ての情報を探す。
 手つきは軽やかに、心も穏やかに、()()()()()()()()()()を指先で弄ぶ。

 「貴様にはコレを解読することは出来ない。貴様は彼に辿り着けない、永遠に追い付けない。悪魔に身を転じても無駄だよ。その研鑽は全てが無意味だったんだ。その探求心は認めよう。僕も魔術師の端くれだからね。だが、断言するよ。貴様は道を根本から間違えた。そもそも、着眼点が初めから間違っているんだ」

 冥界にて弟子と闘う魔術師を嗤う。全てを間違えた、愚かな悪魔。口元が歪む。愉悦では無く、憐憫。

 「宙を見たか?地を見たか?終わりを見たか?そうだね、貴様は何も見ていない。彼のブラフに見事に引っ掛かった。生命の木(セフィロト)なんて無関係だ。彼は元よりヒントなんて残していないんだから」

 しかして、ゲオルクは本を閉じる。欲していた知識は得られた。完全に解読は出来ないものの、断片的に知識を抽出することは出来る。

 「クロウリーの影に憑かれた老害よ。僕の弟子は強いぞ?魔術は兎も角、腕っぷしは一級品だ」

 霧に包まれる工房の中で、ゲオルクは再び眼を閉じた。


















 皐月ちゃんを苛めたい(シナリオ的に)

 もっと、こう、ゼファーさんみたいに……。




 虚数聖項執行機関

 十字教、カトリックの最高戦力。型月でいう所の埋葬機関。他の聖項機関とは隔絶された実力主義。異端──取り分け上級悪魔と上級堕天使を専門に狩る神の使徒。本来教会にはいない魔術師や、傭兵として席を置いている者もいた。フリードと八重垣の古巣。定員は十三名。嘗て、フリードと八重垣が在籍していた際の第一席は紫藤トウジ。フリードは第五席、八重垣は第七席。対人戦(異教徒殲滅・再征服)は想定されていないが、過去に二度、第三聖項執行機関とアトラス山脈の錬金術師を襲撃している。後者は作戦の失敗の後、撤退している。現在は凍結されている。


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煌翼嚇怒

パワーインフレ回です。



眼  か  ら  ビ  ー  ム  


戦闘描写ってやっぱ難しい()

誰か作者にオサレ力と文才をくれ……(スパァ









 再び、戦端は開かれる。

 乱戦。否、大乱戦。

 稀代の魔術師が放つ頂点域の魔術をサクソンの白き竜が放つ魔力が減衰し、吸収する。その魔術師に光の使徒が太陽の焔を宿せし軍刀を振るい、その背を狙う白き竜を万象を腐蝕する猛毒が守る。
 上空では闘戦勝仏の末裔とウェールズの赤き竜がドッグファイトを繰り広げる。伸縮自在の如意棒を操り、光弾を払い、聖剣──彼の竜殺しのアスカロンと斬り結ぶ。時折、闘戦勝仏の末裔──美猴が放出させた気功の波動が赤き竜を吹き飛ばすものの、衝撃は鎧に阻まれる。

 たった六人で展開される戦争。三つ巴の、冥界を揺るがすバトル・ロワイアル。
 禍の団、シャンバラ、悪魔。
 冥界が震える程に膨れ上がる力場に、凡百の悪魔たちは卒倒していた。赤き竜と白き竜──二天龍がいるだけでもそのプレッシャーは尋常の物では無い。それに匹敵する実力の者が他四名。今更、一人二人の強者が参戦したとて、どうにかなる次元には無かった。

 総数にして二百を超える光弾がマクレガーによって展開される。

 「ほう、流石は最高位の魔術師か」

 ヴァーリは光弾の性質を即座に見抜く。
 追尾性に優れた光弾は敵性体を追尾し続けるという代物では無い。僅かながら因果に干渉し、必ず被弾するという未来が訪れる可能性を高めるという因果干渉・未来干渉の性質を秘めている。アルスターの大英雄の魔槍や大神の槍に通じるルーンの術式と北欧の術式が用いられている。
 しかし、マクレガーは神仏の域には無い。ゆえに、干渉することは出来ても結果を確定させることが出来ない。

 迫る光弾をヴァーリは真っ向から同数の光弾をぶつけ、相殺する。
 しかし、着弾の未来が強く刻まれた光弾はヴァーリの弾幕を潜り抜け、白き竜を狙う。何処までも追跡して爆散すべく。
 だからこそ、ヴァーリの悪癖がここでも発揮された。同じ土俵で、正面から打倒するというポリシーを彼は重要視する。

 未来の可能性を半減させる。反則級の、ただの竜種では到底出来ない、主神の域に手を掛ける出鱈目極まる技を魔術師の研鑽に返す。着弾の可能性を半減された光弾は容易く撃墜された。

 結果にしろ、可能性にしろ、未来という不明瞭なモノに干渉することは恐ろしく困難だ。
 まず、それに干渉する為の因果を認識する必要がある。この時点で人間だろうが、悪魔だろうが、神仏だろうが出来ない者ばかりだ。通常、出来る者がいる方が異常なのだ。
 未来視という可能性の観測では無く、事象としての未来に直接的に干渉するという行為。それは規格外の権能や強力な呪詛──少なくとも八重垣と同等程度の物が無ければ不可能に近い。

 それをマクレガーは人間であった頃に積み重ねた研鑽で、一人の魔術師に追い付きたいという憧憬と尊敬と嫉妬が、嘗て人間であったマクレガーに極少ながらも因果の認識を可能にさせた。
 ヴァーリは前述の悪癖と天性のスペックによって無理矢理やってのけてしまった。

 八重垣は直撃を自身の霊的装甲で耐え切る。
 皐月も鎧の強度を倍加させ、墜としきれなかった光弾を受ける。
 八重垣の背を守るゼノヴィアは疑似フレアを発生させ、強引に焼き払った。
 美猴は法術による結界で光弾を包み込み、結界内で誘爆を引き起こす。

 「こんな物では物足りないよなぁ?さぁ、もっとだ諸君!!」

 「ヴァーリ、頼むから自重してくれよ?」

 「なんだ、美猴。臆したか?」

 まさか、と美猴は唇の両端を吊り上げる。単純に、彼の獲物が無くなることを危惧しての言動であった。

 直後、美猴を大火が包む。ゼノヴィアの聖剣が放つ太陽の熱線。
 太陽の写し身たる聖剣の柄に内臓された疑似太陽は出力を上昇させる。

 「は、いいねぇ!流石は太陽の騎士の聖剣だ!!完全体でなくても、この威力とはなァ!!乱戦ってのは、こうでなくっちゃな……、お返しだ、オラァッ!!」

 火焔から飛び出す如意棒はゼノヴィアに直進する。聖剣──ガラティーンの断片を鍛え直した軍刀がその打突の軌道を逸らす。刃と棒が摩擦し、火花が散る。
 前へ、前へ、前へ。
 猛火の中で野蛮に喜悦する、闘戦勝仏の末裔を睨み付け、間合いを詰める。邪魔をするな花果山の暴れ猿。両眼に宿る不滅の焔が激しく燃え上がる。
 しかし、美猴も距離を放す。觔斗雲を駆り、上空へと飛翔した。

 「邪魔だ、猿。灰に帰せ」

 ゼノヴィアの眼球に多大な力が掛かる。圧縮される魔力と眼光。視線の最奥に揺らめく焔が輝きを増す。逃がしてなるものか、と。

 「煌赫熱視(ニュークリアランチャー)照射(バースト)──ッ!!」

 放たれるのは灼熱の視線。太陽熱を宿した嚇怒の眼力。
 ゼノヴィアの新たな性質と、光の英雄の補助──能力の押し上げ──と、霧の魔術師の叡智が編んだ一つの極地。
 邪悪なるモノを焼き尽くす絶滅焔は地を溶かし、空を焼き、八重垣を除く者を視線でなぞっていく。
 熱線を放つゼノヴィアの右眼からは血が流れる。激痛が走り、意識が飛びそうになる。それに耐えうるだけの身体の強度は今の彼女には無く、眼球は形容し難い痛みに苛まれ続ける。
 しかし、彼女はその反動を胆力のみで耐える。眼球が沸騰する程度、激痛に苦しむ程度、何だと言うのだ?その程度、彼女が抱く嚇怒、殺意に比べればどうということは無い。

 さながら、噴火の跡。
 その煮えたぎる大地を覆うのは膨大な穢れの波、八重垣の憎悪の権化。地獄、という言葉すら生温い極限環境が展開される。蛇が、蟲が、八重垣の影より這い出て、異形の地を蝕み汚す。

 「こういうの(滅茶苦茶な乱戦)は、向いてないのにぃッ!!」

 『しかし、やらねば我らの命が危ない。死線を潜るしかあるまい。相棒、生き延びることを至上とするならば、立ち向かう他、手段は無い』

 「赤き竜の化身、いくらあの御方の妹君であれど邪魔立てするならば、貴様も同じ異形ゆえ、消す。文句はあるまい」

 背後からの一撃を光の使徒が払った。鎧の籠手から伸びるアスカロンの刺突は焔に阻まれ、致命的な隙を晒す。

 「させませんよ、熱くなりすぎですので、少し頭を冷やしては如何かな?」

 マクレガーの手の動きに合わせ、光弾と水流が降り注ぐ。ゼノヴィアの焔は水流とぶつかり合い、互いを喰らおうと拮抗する。それどころか、太陽の焔は勢いを増し、大河の如き水流を飲み込んだ。
 これにはマクレガーも驚愕を隠し得ない。瞬間的に膨れ上がった魔力量は魔王に匹敵する物であった。何としても勝利を勝ち取る。狂気染みた念が彼女に覚醒を促すのだ。

 三陣営入り乱れての混戦は光を奉じる者らの想定以上の能力によって修復不可能なまでに破壊された。
 既に以前の冥界の面影は無い。
 しかし──

 「フハハハハハハハハハハハッ!!素晴らしいな、若き戦士よ。成る程、これほどの輝きを見せて貰ったのだ。返礼しなければなるまいなッ!!」


 終わらない。破壊され尽くしても、まだ止まらない。
 闘争の酒精が、輝きが白き竜を酔わせる。

 「覆い尽くせ、万界歪み減らす竜の毒息(ハァァァァァフ・ディメンショォォォォン)ッ!!」

 白銀の翼が煌めき、界が、空間が、位相が歪み、軋み、存在規模(スケール)を半分に落とす。
 万象の存在が半分に削られ、位階が落とされる。最高位の魔術師であった悪魔は膝を付き、赤き竜の化身は己の存在規模に対し倍加の能力を適用して、何とか持ちこたえる。例外を挙げるとするならば、八重垣とその背に守られるゼノヴィア。そして味方である美猴。

 対界半減。
 白龍皇という称号を持つヴァーリが編み出した半減の極限。世界という概念に干渉するという因果干渉に匹敵する反則技。
 因果を認識するほど難しくは無いが、その情報量は因果よりも膨大である。
 もっとも、干渉出来る範囲はごく狭い範囲に限られるが、それでも強力過ぎる。

 ゼノヴィアが空中にて輝くヴァーリを赤く染まった視界で捉える。
 息を大きく吐く。熱を帯びた呼気は未だに衰えぬ嚇怒の表れである。
 帯刀した二本目の軍刀に手を掛ける。まだ、まだ闘える。界を、万象を遍く半分にする?その程度、あの御方なら、真の英雄なら容易く打ち破るだろう。八重垣のように権能の域まで能力が高められてなくとも、兵藤一誠がゼノヴィアと同じ状況なら難なく覆す筈だ。

 「愚かなり、無知蒙昧たる熾天の四席たちよ──」

 紡がれるは怒りの祝詞。
 その身に焔を宿す。二振り目の軍刀が抜かれる。それは眩き黄金光を発する()()の聖剣。

 「虚偽の信仰と、連綿たる隠匿で、我が心より希望と明日を搾取できると何故貴様らは信じたのだ──」

 眼球から流れる血が燃え上がり、肌を焦がす。美しき貌に黒い傷が刻まれる。
 
 ──だが、師は彼女が力を使うことを認めなかった。

 場に漂う霧はその場にいる者らに絡み付き、視界を奪った。古き堕天使が滅ぼされた時と同じように、戦場から眼を拐い、あらゆる行動を制限する。
 神滅具『絶霧』、霧の魔術師が有する最高位の神器。二天龍を越す、位相操作最強の神造兵器。
 
 霧が晴れるには三秒と掛からなかった。
 八重垣とゼノヴィアの影は無く、撤退したことを窺わせた。

 白き竜の化身と闘戦勝仏の末裔の姿も無かった。

 冥界を揺るがした大乱戦の幕引きは呆気ない、肩透かしを喰らったような物だった。
 皐月は鎧を解き、空に佇みながら大きく嘆息した。

 「何とか、生き延びた……か。勝った、のかな……?」
















 ◆◇◆◇

 さて、明けの明星が嫡子と見出されたる悪魔の語らいの時間が始まる。

 冥界にて環境を変動させかねない大闘争が展開される中、彼らは氷の渓谷にて芳醇な薫りの茶葉を楽しみ、それらしいゴシック調の部屋で蝋燭だけを光源とし、誰にも侵されぬ語らいを楽しむのだ。
 それはある種の儀式と言っても良いだろう。ユークリッドが頁を捲る音と、静かな光の揺らめきが空間に満ちる知性を高める催眠と化す。

 愉快だなぁ、とリゼヴィム。眼前にて黙々と知識に触れる若者──リゼヴィムからすればというだけであるが──を眺め、その悪性を愛でる。その無自覚な貪欲さ。手を大きく広げ、抱き締めてやりたいなぁ。なかなかどうして、悪魔という種族も悪くない。

 「さて、ユークリッド。今夜もまた語らおう」

 若き、自覚無き探求者、ユークリッドが視線を上げる。美しき銀髪が揺れ、魔性の美貌を現す。

 「今夜は我らが、そして我らの不倶戴天の敵が狙うアヴェスターの偽典について言葉を交わそうか」

 「はい、構いませんよ。貴方の話は飽きません」

 そも、アヴェスターとはゾロアスターの教典である。アパスターク、またはアベスターグとも。
 口伝にて伝えられた後、三世紀頃に発明されたアヴェスター文字で書物という形に纏められた、善悪二元論の神学、神話、神々への讃歌、呪文等から成る五部の教典。原典は口伝の為存在しない特異な書物である。

 全七十二章からなる祭儀書ヤスナ。
 ヤスナに多少の手が加えられた、神々を讃える補遺的小祭儀書ウィスプ・ラト。
 除魔書、祓魔やゾロアスター系の清めの魔術が記されたウィーデーウ・ダート。
 二十一の神々に捧げられた頌神書、ゾロアスター教完成以前の神話も含まれるヤシュト。
 簡易版、日常的に使われる祈祷文を纏めたホゥワルタク・アパスターク。

 「では、偽典とはどういうことだろうか」

 「十字教では偽典と言えば、旧約聖書の正典・外典に含まれないユダヤ教・十字教の文書です。ギリシャの巫女──シビュラの託宣や、ダマスコ文書やエノク書があたるでしょうか」

 「我らが属する十字教に於いては、そうだろう。霧の魔術師も幾つか偽典を保有している。まぁ、彼の保有する偽典は、一つの聖遺物に組み込まれた物であるから、一概に定義出来ないのだがね」

 一拍。紅茶で喉を潤す。

 「しかし、ゾロアスター教に於いて、偽典も、外典も、ましてや原典等という概念も無い。アヴェスターという一つの教典で、五つの集合体で完結しているのだよ。では、アヴェスターの偽典とは?」

 両手を広げ、芝居がかった調子で雄弁に語るリゼヴィム。ユークリッドはそれを好ましく眺める。
 探求。明けの明星が嫡子はあらゆる悪魔を欺き、自らの知性を隠し通した。その狡猾さ、怠慢さ、悪辣さ、超然性をユークリッドは尊び、敬う。

 「偽、と断じ、口伝から消した存在しない六部目。あってはならない、二元論の悪性。三厄顕す終末悪(アジ・ダハーカ)の悪性を優に越える悪性情報の塊……」

 「リゼヴィム様?」

 空を見たまま、静止するリゼヴィム。

 何を視ている?ユークリッドは自覚せぬ知的探求心を昂らせる。
 傍目に見れば、どうという変化は無い表情に、確かに熱が籠る。何に気付いたのだ?何を察知したのだ?貴方の叡智を、知性の一端を覗かせて欲しい。
 
 「少々不味いね。厄介な手合いに見つかったようだ。ユークリッド、座標を変換してくれ」

 「相手は?」

 「摩訶迦羅(シヴァ)だよ。三叉戟(トリシューラ)が向けられているよ」
 
 語らいはお開き。
 ユークリッドは理解出来ぬ怒りを抱きながら、逃走の準備を始める。己の探求心を阻んだ破壊神に不条理を感じながら。

 そして、南極に神威が落ちる。
















 ゼノヴィア「真の英雄は眼で殺す」

 フリード「閣下なら出来たぞ?」

 トンチキ一誠「去年の忘年会でな」

 へいよーかるでらっくす?「武具など無粋。成る程、素晴らしい二番煎じだ。だが、それでもオレには遠く及ばない」

 ゲオルク「訳:『素晴らしいコピーです!!感動しました。ですが、まだ負ける訳にはいきません。私も精進します』だってさ」



 紫藤トウジ

 元虚数聖項執行機関第一席。虚数聖項執行機関に配属される前は第六聖項執行機関にて異端討伐(異教徒殲滅)に従事していた。オートクレールの担い手。娘の紫藤イリナは天使長の御使いに転生。八重垣正臣処分作戦の責任者であり、第八席、第五席(フリード)、第三席の制止を振り切って作戦を強行、べリアル家との協力を熾天使へ上申した。鉄の信仰心を持つと言われていた。ゲオルク・ファウストが追跡中、アトラス院へと逃亡した際に同施設を襲撃。その際に重傷を負い、第一席を退く。



 これ、短編じゃ終わらないって悟った。


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紫空鬱々

たまにはこういうほのぼのした話も良いよね。


皐月ちゃん、幸せになって欲しいなぁ。(スパァ










 空の色が晴れないと、気分も晴れない。

 冥界の空は人界のように青くは無い。蒼穹とは言い難い毒々しい色の、不健康的な空に漂う鼠色の雲。
 イギリス人は鬱病になりやすい、という話を聞いたことがある。頭の中で思い出してみる。詳しい理由は知らないが、この話を聞いた時皐月は天気のせいだと考えた。霧の都、天気が悪いという噂、曇天が似合う街。やはり、光は大事らしい。

 皐月は腕と頭に包帯を巻き付け、病院の屋上でただ空を見ていた。どう頑張っても、赤を抜いても蒼にはならないライラック。絵の具入り葡萄ジュース。
 頬を撫で、頭を冷やす風は揺らぎの無い皐月の内に虚しく風音を残す。

 乱戦を潜り抜け、生存したという勝利は虚しく、空虚で、しかして重い物であった。
 死に物狂いで不得手な状況を走り抜け、気が付けば皐月は生存していた。四肢も五体も満足。兵藤皐月はまた一つ勝利を積み重ねた。望む望まざるに関わらず、足掻きは、藻掻きは定義された勝利を呼び込んだ。

 「勝利からは逃れられない……」

 ふと、皐月の口から言葉が溢れる。意識せずに漏れた音は風に流され、融けて消える。
 相棒たる赤き竜は深く眠りに就いている。それは紛れもなく、誰の意思も介在しない、皐月自身の深層から漏れた言葉であった。
 生き延びたのだから、死ななかったのだから、それで良い。それがあの状況での勝利という最適解だったのだ。脳裏で幾度と無く反芻する。違和感を取り除く為のクリーニングのように。

 「兄さんは、今、何をしてるの……?何処にいるの?」

 一度だけ垣間見た変貌した己の兄。聖槍を携え、覇者の王冠を担う光の英雄。人外の不倶戴天の敵。
 栗色だった髪は眩く、美しい金髪に変わり、碧眼は鋭さを増していた。神々しさを感じさせながら、皐月を視る眼は鋼のように硬く、雄々しい物であった。

 家族の元を去ってからの数年間、兄が何をしていたのか。何故、兄は姿を晦ましたのか。何故、シャンバラという組織を率いているのか。訊きたいこと、話したいこと、訊かねばならないことは山ほどある。
 しかし、それは現状叶わない。その為に悪魔になったというのに。

 「やぁ、怪我の具合はどうだい?」

 背後からの声。
 視線の先には金髪の男、木場祐斗が笑みを浮かべて立っていた。ゆったりとしたサマーニットの袖と襟から覗く白い包帯。負傷したことを悟った。

 「私は大したことはなかったよ、木場君こそ平気?ぐるぐる巻きにされたみたいだけれど」

 「浅く、広くだよ。僕の所は皐月ちゃんみたいにスケールの大きい戦闘では無かったからさ。ずっと、来賓の護衛に駆り出されていたんだよ。眷族、皆バラバラで闘ってた。傷も損失もまちまちさ」

 木場は転落防止用の柵に背を預け、小さな紙袋からタンブラーを二個出した。二人分のアップルティー。
 皐月はタンブラーを両手で包み込み、変わらず空を仰ぐ。

 「ギャスパー君も、小猫ちゃんもいなくなっちゃったね」

 「連れ拐われたらしいよ。ギャスパー君はゼノヴィア、小猫ちゃんはヴァーリたちに。部長が絶対取り返すって息巻いてた。あれだけ怒れるなら心配無いだろうね」

 へぇ、と皐月。
 木場の横顔を覗く。白く、キメ細やかな肌と整った顔立ち。
 そして、何かが抜け落ちた(カラ)

 「木場君、その割りには落ち着いてるね。案外薄情だったりするの?」

 「あぁ、いや、そうじゃないんだよ。僕は悲しいと思ってるさ、本当に……」

 でもさ、と木場は俯いた。真っ白なスニーカーには赤黒い染みが点在している。
 
 「コカビエルの件が終わってからさ、分からなくなったんだ。生き続ける意味とか、悪魔である意味とか。不完全なまま事が終わって、僕には聖魔剣なんて大仰な物が残ってさ。あぁ、そうだね。僕は、バルパーをこの手で殺したかったよ。深く、深くあいつの身体に剣を突き刺してさ。臓物を引き摺り出してやってさ。仲間たちに諭されても……やっぱり」

 コカビエルの一件の際、怨敵バルパー・ガリレイを殺害したのはコカビエルであった。
 仲間たちの残留思念を感受し、新たな力を手に入れたとしても木場の憎悪は消えず、仇は既にこの世にいない。

 グレモリー眷族は過去に某かの傷がある者ばかりだ。皐月然り、木場然り、彼らはその過去に由来することが切っ掛けで眷族契約を結んだ。
 皐月は兄の捜索、木場は復讐の為に。 

 彼には不完全な結末が残った。仇も取れず、逆に仇に殺される訳でも無く、生き甲斐は消えて、力だけ渡されて安寧が彼を包み込んだ。
 何も成せずに、誰かに責められることも無く部室で紅茶を飲む毎日。猫又の後輩の話をそれなりに聞き、堕天使の娘に気を遣い、元聖女と他愛ない会話をする。そういう上の空の毎日は木場の喉元を真綿のように優しく絞めていった。

 そして、命が酷く軽い物のように思える錯覚に陥った。
 己を顧みない戦い方は主であるリアスに不安を抱かせ、皐月にも違和を覚えさせた。
 転生してまで生き長らえた意味を喪失した木場は完全に指針を、()のコンパスを見失ってしまった。
 眷族である意味も無し、恩義のみで生きるだけの木偶。

 「そっか、そうなんだ……」

 「まるで騎士らしく無いね。馬鹿らしいと思う?」

 「いや。分かるとは言わないけど、理解出来ない訳じゃない、かな。私もそうなりうる可能性があるし」

 ──もし、満足の行くハッピーエンドが訪れたらどうなるのだろうか?──

 皐月の脳裏を声が掠める。八重垣との闘いの最中に聞こえた幻聴と同じ声だった。
 そも、満足が行くハッピーエンドとは何だ?何時かの兄が帰ってきて、家族皆で暮らす団欒か。兄の率いる勢力と聖書に語られる三勢力が和平を結び、手を取り合う未来か?それとも、それとも?
 直視しろ、と声が嘯く。ハッピーエンドなど訪れないことは自分が一番理解しているだろう。亀裂は致命的だ、と嗤う、嘲笑する、嘲る。
 
 「でも、私は木場君に生きていて欲しいよ。月並みなことしか言えないけど、そう思うよ」

 「それは嬉しいね。ありがとう。それが建前にしろ、本音にしろ、少しだけ意味が持てるよ」

 それじゃあ、と残して皐月は逃げるようにして屋上を後にした。若干、顔色が悪かったようにも見えた。

 ドアが閉まるのを見ると、木場はずるずると柵に背を這わせ、座り込んだ。胸部の傷に鈍い痛みが走る。
 虚ろな眼でドアを見つめ、ぽつりと呟いた。

 「言えた口じゃないけれど、僕も君には生きていて欲しいと──幸せになって欲しいと思っているんだよ、皐月ちゃん。心の底からね……」















 ◆◇◆◇

 グラズヘイム、喜びの世界、戦死者の館。
 その第五の場に在る大神が宮殿。ヴァルハラ。

 一般的に北欧の主神、大神オーディンが座す宮はこのヴァルハラであると考える者が多い。ヴァルキュリアによって招かれた戦士の魂(エインヘリヤル)が来るラグナロクに備え、終わらぬ闘争の宴に酔いしれる修羅の楽土。黄金の世界。
 しかし、実際にオーディンが住まう宮はヴァルハラでは無い。エッダ第一部、ギュルヴィたぶらかしに記された、輝く銀に覆われたヴァーラスキャールヴが大神の宮である。万界捉え視る高座(フリズスキャールヴ)もそこにある。

 万界捉え視る高座(フリズスキャールヴ)にて両眼を閉じ、微睡む一柱の神格──大神オーディン。自身の内に、ミーミルに捧げた左眼より循環する叡智を感じ、思案に耽る。静謐なる高座の間に、冷たく、理知的な神威が満ちる。叡智の断片が大神より剥離し、漂う。

 「シヴァめ、先走りおって……。そう容易く仕留められるモノでもなかろうに。少しは聖槍の小僧を見習って、落ち着きを持って欲しいのじゃがな。ヴィシュヌもブラフマーも大人しいのに、あやつだけ何処か飛んでおるからのぉ……」

 「オーディン様」

 高座の間に立ち入る銀髪の美女。ヴァルキュリア、ロスヴァイセ。主神の付き人である。

 「確認が取れました。南極にて観測された神威はシヴァ神の三叉戟による物と断定、着弾地点は融解しました」

 「じゃろうな。仮にも宙を壊す権能じゃ。南極が消滅したら、人類の生存が危ういわい。何ぞ、リゼヴィムに出し抜かれでもしたか?」

 嘆息し、眼を開く。
 他所とは言え、仮にも己と並び立つ神格。それも破壊神という性質を持つ神格なのだ。星の環境を変動させるような軽率な行動は控えて欲しいと北欧の主神は嘆く。
 これがもし、リゼヴィムが北極にいたとして、北極圏のアースガルズ主権領域に着弾していれば外交努力をすっ飛ばして戦争に突入していただろう。北欧対インドという血の気が多い神話トップツーによる終末が始まってしまう。黙示録も、ラグナロクも、カリ・ユガも越えた滅亡が確定された惑星最大級の最終闘争。

 「まぁ、それに関しては今度の『会合』にて、抗議すれば良いじゃろう。アステカ辺りは煩く言うじゃろうが、儂もヒヤヒヤしたからの。最近はただでさえ聖書も冥界も賑やかじゃのに、余計なことを……」

 「抗議文を送付しますか?他神話、ケルトは既に外交官を通さずにホットラインで抗議したようですが」

 「よい、会合での言及に留めておけ。どの道、ヴィシュヌにこってり絞られる。須弥山との緊張を煽る愚行ゆえな」

 一礼するロスヴァイセ。了解の意。静かに頭を上げ、業務を続行する。

 「では、次回の会合には出席なさるということで?」

 「気は乗らんが、せねばなるまい」

 屡々、会話に出る『会合』という言葉。
 数年に一度開催される、各地の神話の代表による会談であり、外交の場である。人界で言う所のG20等のサミット。聖書の三勢力を始め、ケルトやアステカ、インドといった多くの神話から神仏が集まる稀有なイベントと言えるだろう。
 次回開催される会合は日本神話がホストとなっている。冥界の信託統治領となっている駒王町より程近い街で行われる予定が組まれている。

 オーディンは次回会合への参加を渋っていた。
 単純に気が乗らないということもあったが、現在の情勢を鑑みて、会合に参加する意味が見出だせなかった。禍の団、シャンバラ、リゼヴィム、動き始めた三つのイレギュラー。それらは確実に世界の有り様に変化を与え始めている。
 見定める必要があるのだ。行き先を、起点を。その、叡智を以て測らねばならない。

 ふと、オーディンが貌を上げた。喜悦と期待に満ちた表情と開かれた左眼。

 「そうじゃ、あやつを呼ぶのはどうじゃろうな?サーゼクスめに妹の眷族を連れてこさせるのも中々に面白そうじゃのう」

 「あやつ、とはどなたでしょうか?」

 大神は老いた貌を歪ませ、笑む。

 「聖槍の小僧じゃよ。あやつも一応は神性を有しておるじゃろう?」

 ロスヴァイセは上司の悪辣さに言葉も出なかった。














 





 




チトセ+柱間大好きおじさん+黒幕系後輩+薄幸要素÷4を三倍希釈した木場きゅん。


頑張れ、男難爆弾皐月ちゃん!!生きる意味を拗らせたヒロインに付き纏われながら、大好きなお兄ちゃんの元へと辿り着くんだ!!その先に幸せが待ってるよ!!主人公だから乗り越えられるよね!!

君 の お 兄 ち ゃ ん な ら 出 来 た ぞ ?






 木場祐斗

 皐月のヒロインなんじゃないですかね……?(震え声)聖剣計画の生き残り。復讐の為に悪魔になったが、当のバルパーはコカビエルに殺され、復讐を成せずに燃え尽きた拗らせイケメン。前々から皐月に剣のレクチャーやら悪魔稼業のガイダンスやら、接する機会は多く、仲は良かった。友愛……なのかな……?最近、皐月を眼で追うことが多いらしい。せめて、友人(皐月)だけは守りたいと思っている。

 尚、自分の譲れない物の為なら主に背信することも厭わない。復讐然り……


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序譚・別れ道


天気のせいか、体調やコンディションが良くないここ数日。

筆も乗らず、頭が回らないという状況で気分転換に回したガチャでセミ様狙って出てきた魔性菩薩。見事に爆死。

責任取って、次回から皐月ちゃん苛め……幸せ計画始めます。

今回はその為の調整回でしょうか?















 深い水底から、ゆっくりと水面に浮き上がるような感覚を覚える。重力とも浮力とも言えない力が作用し、身体をゆらゆら、日溜まりのような海に漂わせていた。そして僅かに浮力に似た物が強まった。

 夢、なのだろう。そう推測することが最も自然である。眠りの淵、覚醒との狭間に広がる海に少年は身体を預けている。
 何かいるという訳では無いらしい。海中はひたすら無で、カンブリア紀のように摩訶不思議な生物がいることは無い。かと言って、死海のように水生生物の生存を許さない()でも無い。某かが内包されているが、それを視認することは出来ず、曖昧な不定形で息を潜めている。そういう、無。存在を証明出来ず、不在も証明出来ない。そういう、碧。
 酷く抽象的な印象とリアリティの欠如を与える風景と概念は、脳が認識する視界(夢の海)がぼやけることによって更にその弊害を増す。塩と命と鉄の薫りが鼻を敏感にさせる。懐かしい、と感じた。初恋の薫り、姉の薫り、母の胎内。涙が海に溶ける。

 浮上の感覚は尚も少年を上へと押す。意識は徐々に明瞭となり、視界は白く塗り潰されていく。
 海を脱し、何処へ向かうのか?ぼんやりとした疑問と共に、少年は目覚める。

 清潔な部屋、病室であった。無垢な天井、薬品のツンとした臭い、脈拍を刻む電子音。視界が狭い、少し暗く感じた。
 左眼に触れると、拘束具にも似た眼帯が少年の貌を覆っていた。突起も凹凸も無いが、肌と密着して、勝手に外すことは出来ないと悟る。何かしらの魔術やそれに類する技術を用いた代物だと少年は最大限に思考を回す。酸素マスクが鬱陶しい。

 「おはよう、ギャスパー」

 少年は己の名を呼ぶ者を見て、自分の生死を疑った。実は既に自分は死んでいて、涅槃にて都合の良い夢を見ているのではないかと。
 少年──ギャスパー・ヴラディが横たわるベッドの縁で笑みを浮かべる車椅子の少女。ルビーのように明るい紅眼と幽鬼の如く真白い肌。幾分か窶れた様子はあるが、ヴァレリー・ツェペシュがそこにいた。彼が求め、案じた者が確かに存在していた。
 言葉は無く、ぽろぽろと涙が溢れる。留めどなく、声も出さずに、掛けられたシーツで貌を隠して啜り泣く。車輪の作動音の後にギャスパーを熱が包んだ。人型の体温は夢の海と同じ薫りがした。
 静かに手を回して、ヴァレリーを抱き締める。虚構でないことを証明する為に、強く、強く、強く抱擁する。

 「痛いわ、ギャスパー。大丈夫だから、ね?私はここにいるから……」

 「良かった……君が、生きていてくれて本当に……あぁ、夢じゃない……」

 幾つものコードや電極は身体から剥がれ、ぶらりと撓垂れて、患者の異常をけたたましく知らせるが、気にも留めない。壊れるほどに強く、自らの印を刻み込むかのような抱擁を解いて、ギャスパーはヴァレリーを見る。
 窓から射す白い光に照らされたヴァレリーが逆光になっていて、影に見えた。光に塗り潰されたように。

 「お邪魔するよ。随分と早いお目覚めだねぇ。()()にはもう少し時間が掛かると思ったんだけどね」

 ドアが開き、白いローブの男が悠然と入ってきた。胡散臭いというか、軽そうというか。如何にも魔術師といった出で立ちの男だった。その後ろには白髪の少女。

 「おはよう、ギャスパー・ヴラディ君。気分はどうだい?眼が痛むとか、吐き気がするとか」

 「あぁ……えっと、特には無いです」

 魔術師はそうかい、と言うとヴァレリーの隣に立つ。固定化されたような笑みを浮かべる彼がギャスパーは、早くも苦手に感じていた。得体が知れない。

 「まずは、自己紹介をしようか。僕はゲオルク・ファウスト。しがない魔術師だよ」

 「ゲオルク・ファウスト……?ゲオルク・ファウストぉ!?ロクデナシのぉ!?」

 「何だい、それ?誰がそんなことを言ってるか教えてほしいなぁ」

 「いや、事実でしょう?先生がロクデナシってことは常識ですよ」

 「トスカ。君、最近は何時にも増して辛辣じゃないかなぁ!?酷いなぁ、一応は君の師匠なんだよ?」

 少女の指摘にわざとらしく肩を落とす魔術師。
 尚、何故ギャスパーがゲオルクをロクデナシと評したかと言うと、悪魔になる以前に故郷に訪れていた灰色の魔術師(グラウ・ツァオペラー)所属の魔術師の立ち話を聞いたからである。
 曰く、魔術の腕は最高だが私生活の爛れ具合が目も当てられない。
 曰く、彼が怪我をしている時は大体女絡みでやられた物。
 曰く、在籍していた伝承科に資料を借りに来た天体科の女性を何気なく食べちゃったら、凄まじい、常軌を逸した依存をされた。彼が灰色の魔術師を出奔したのは天体科の女から逃げる為らしい。
 曰く、幾度の夜戦を越えて不敗。
 曰く、グランドクソ野郎。

 「あのぉ、ところで、ここは何処なんですか?」

 「うん、そうだね。僕はそれらを君に話さなければならない。君が抱える疑問の全てに答えよう。何故、君がここにいるのか?何故、ヴァレリー君がここにいるのか?それに至る迄の経緯。君には知る権利と義務がある」

 そうして、ゲオルクは雄弁に語る。故国の滅亡とその起因、ヴァレリー・ツェペシュの現状とこの星を取り巻く情勢を。
 それらはギャスパーの伝え聞いた物とはまるで違う物だった。黒衣の軍服たちが襲撃したという事実は無く、寧ろヴァレリーを保護し、治療した恩人とも言える集団であった。大いに擦れ違う事実と虚構がギャスパーの頭を熱くさせる。
 しかし、人外の敵が吸血鬼を助けて、あまつさえ治療まで施す。これは矛盾しているようにも思えた。自分やヴァレリーを助ける意味は何か?考えうる要素は神器だろう。

 「あぁ、一応言っておくけど僕らは君の神器には大して興味は無いんだ。ヴァレリー君の聖杯は摘出させて貰ったが、君の邪眼を使うつもりは無いよ。君を連れてきた理由はヴァレリー君に頼まれたのと、その危なっかしい邪眼の確保の為だから」

 「確保、ですか?」

 「君らは勘違いしているようだが、その神器の能力は時間停止じゃないんだよ。邪神バロールに時間停止の権能なんて無いだろう?それはね、周囲の有機、無機、概念を一時的に仮死させる邪眼だよ。本来のバロールの邪眼の劣化版だね」

 ケルト神話、フォモール神族の王、邪神バロールの片眼は視線で相手を殺すことの出来る魔眼、邪眼或いは邪視と呼ばれる権能を有していた。概念の押し付けという点に於いては最高位の力を持ち、邪視の始祖と呼ばれるサリエルをも上回ったという。
 太陽神ルーに討たれた後、その神格の残滓は亡き聖四文字によって回収され、神器という異なる神話体系の規格に押し込められた。素材の脆弱性、合致しない型枠により発現した神器の能力は劣化の激しい物になってしまった。
 それが仮死状態にさせる能力で、宿主の力量不足にて暴走し、結果的に時間停止の能力を持つ神器であると誤認されるようになったのだ。

 「まぁ、そういう訳だから確保したんだ。何でもかんでも仮死させるとか危ないからね。君が望むならその邪眼を摘出して破壊しても良い。代替用の魔眼や人工神器も直ぐに用意出来る。その後もここにヴァレリー君と一緒にいても良いし、ここが嫌なら僕の知り合いが取り纏めをしている錬金術師の所にでも行けば良いさ。彼も吸血鬼だからね」

 そう言うとゲオルクは部屋を出ていこうとして、ドアの前で立ち止まる。

 「僕の話を信じるも、信じないも、君の勝手だよ、ギャスパー君。だから、ゆっくり考えたまえ。悪魔に戻るも、吸血鬼に戻るも自由だ」


















 ◆◇◆◇

 

 「何故、という貌だ。その疑問、懐疑は至極当然の物だよ。安心したまえよ、若き輩。君に異常は無いさ。嗚呼、何も無いさ、私に牙を向けた者よ」

 美しき笑み。霧の魔術師のように軽薄で無く、慈愛に満ちた優しげなそれを血溜まりに沈む悪魔へ向ける。諭すのだ。君は正常だよ、と。善良だよ、と。餓鬼に程度を教えるのだ。
 美しき悪逆──リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは伏す若き悪魔、シャルバ・ベルゼブブを覗き込む。果敢に矮小な己に、未だ目指す悪へと到達出来ぬ老い耄れに立ち向かった者に賛辞と敬意を贈りたかった。孫の嗜好を真似るのも悪くは無いだろうと。

 「強いて言うならば、私が君を殺す理由は。そうだな。ただ、間が悪かったのだよ。君が私にちょっかいを出すタイミングが、破壊神が激怒するタイミングが、あらゆる要素がたまたま悪く噛み合ってしまった。ゆえに、私は君を殺さねばならないのだよ、若きベルゼブブ。悲しいが、ふむ。避けられぬよ」

 輝く銀髪が揺れる。傍に控えるユークリッド・ルキフグスがシャルバを踏み付ける。地団駄を踏むように、何回も、何回も、何回も、何回も。
 息が詰まり、咳き込むと喉から血がせり上がる。その血も喉で詰まり、上手く息が出来なくなる。腹には綺麗な円状の風穴。血が止まらない。
 見渡せば眷族も皆、シャルバと同じように伏している。しかし、彼らは皆全て、絶命していた。僧侶は朝食のスムージーのように原型、固形を成していない。ユークリッドの仕業である。心臓を、胃を、子宮を、胎盤を、全て磨り潰してしまったのだ。リゼヴィムの悪逆を成せ、の一言の元に。

 「何故、貴方程の方が……我らの目的に賛同しない……?何故、表舞台に舞い戻らないのです、正統なるルシファーよォッ!!」

 血吐き、叫ぶベルゼブブ。悲痛な慟哭にも似た、怒声はユークリッドの足蹴により途切れる。貌を踵で踏み付けられ、頭蓋が軋み、悲鳴を挙げる。

 「興味が無い。私は白痴で良い。珍妙な奇声と年齢にそぐわぬ精神性を持った狂怪人の落伍者という、一般的な認識が気に入っているのだ。それに、血筋なぞ今さら気にした所で意味など無かろうに」

 どうせ滅ぼすのだから、と付け足す。誰がとは言わない。

 それは彼が言うように、ただただ間が悪い事故だったのだ。
 南極から逃走した悪逆の徒二名は故郷(冥界)に転移していた。彼らの意思に反して誘導された探求の拠点は巨大な邸宅を臨む庭園へと現出した。そこで跪いていた古風な貴族服を着込んだ悪魔、シャルバを見て、彼らは自分たちを呼び寄せた相手を悟った。
 豪奢な歓待と古風な旧き善き悪魔の文化はリゼヴィムとユークリッドの好む物ではなかった。シャルバの貴族服に対し、彼らが纏うのは人界に於けるスーツ。フォーマルになりすぎないように、適度に着崩され、品性が保たれた様相。悪魔原理主義的な要素を廃した、どちらかと言えば体制派に僅かに則する彼らは旧魔王派と呼ばれる輩に高い好感は抱かない。万物は変わり、移ろい、終わるモノなのだ。変化を迎合せぬ者は愚かしいとリゼヴィムは考える。そして彼らが滅ぼす。
 ゆえに、彼らがシャルバの申し出を受けること等あり得ないのだ。旧魔王派の総督として共に戦うという遊戯に付き合う程、暇では無い。興味も無ければ、意義も、必要性も無い。目標に関わることでも無し。
 しかし、このまま、それではさようなら、と帰る訳にもいかなくなった。無限の龍神に己の正気を教えられ、呼び寄せたシャルバは痕跡となり得てしまう。消さねばなるまい。そして、過ごしやすい南極を追われた八つ当たりの捌け口になって貰う。記憶の消去で無く、殺害という形で。 

 「お前、何なの?本当にさ。リゼヴィム様がお前らと共に戦う訳ねぇだろうが。弁えろよ。蛇とか貰ってはしゃいじゃってさぁ……良い歳して餓鬼のままかよ」

 「ルキフグス……貴様こそ立ち上がるべきだろう……。姉をサーゼクスから奪い返そうとは思わないのか!」

 「あぁ、まぁ、それに関しては考えたこともあるけど。僕は公的には死んでんの。それがさ、ノコノコ出張って感動の対面からの御都合主義な展開でクーデター成功とか考えてる訳?やめてくれよ、気色悪い。確かに姉さんのことは好きだけれど、同じくらい失望もしてるんだよ。一族を裏切ったからとかじゃなくて、なんかさ。温くない?ミリキャスって何よ?」

 凄まじい生命力と評価出来るだろう。流石は旧き魔王の血を汲む者と言うべきか。致命的な外傷と出血を負いながら、このようにして未だにはっきりと言葉を発することが出来る者は中々いない。生き永らえさせるのは執念か、希望的観測か。

 「でも、安心しろよベルゼブブ。グレモリーだけは必ず滅ぼしてやるからさ。個人的に気に喰わないんだよね。情愛とか宣ってさ。天界にでも行っとけよ。悪魔に情愛とか、似合わねえよ。それにあいつらが情愛を司るのもおかしな話だよ」

 情愛を司る者(グレモリー)が魔王の座に就いてから、その情愛の恩恵を受けた者は手を上げろ。
 そうした場合、一体どれ程の悪魔が迷いも曇りも無く挙手するだろうか?情愛が悲劇を消すことは無く、情愛が格差を消すことは無く、所詮は大公の鶴の一声で全てが覆る。純血でない悪魔が虐げられるケースは増加もしなければ、減少することも無い。腫瘍は取れない。
 サーゼクス・グレモリーは無能な貴族でしかない、とユークリッドは評する。敵である光の英雄、北欧の大神の方が為政者としては格段に優秀である。
 前提として、真に改革を成そうとしたのならば、反抗勢力のトップである初代バアルを殺すべきで、バアルという家その物を潰すべきであった。それが自分の先祖であろうとだ。

 「いいかね?シャルバ。やはり君もスケールが小さすぎる。君らが再び政権を奪取したとして、どうするのだね?滅多矢鱈戦争を吹っ掛けて、自滅するのだろう?君、まさかとは思うが、今の冥界に嘗て程の力があるとでも思っているのか?よせよ、止めておけ。阿呆臭く自滅するのが理だよ。大方、天使と堕天使を滅ぼしたらそのまま高天ヶ原にでも攻め入ろうとか考えているのだろう?その先は悪魔の理想郷か?」

 一転して嗤うリゼヴィム。笑みは嘲笑のそれに変わり、酷薄にシャルバを見下す。
 ユークリッドを手で制する。

 「役者不足だ。思慮が浅い。君らは、嗚呼、本当に、可愛いなぁシャルバ。まるで幼子だ」

 リゼヴィムが懐から取り出したのは銃。人界にて、トンプソン・コンテンダーと名付けられた大型単発式拳銃を模したリゼヴィム謹製の魔術礼装。装填するのは二十二口径のロングライフル弾。
 鼻唄を唄いながら、大仰な動きで銃口をシャルバの額に向ける。

 「安心するといい。君の友人、なのかな?アスタロトの若者も後を追わせよう。寂しくはさせないよ」

 ありがちな第九に酔い、状況に酔い、いよいよ三文芝居の幕が降りる。
 嘗て孫が入れあげていた人間の言葉を思い出し、ふと口にした。

 「落ち着け、そしてよく狙え。お前はこれから一人の同胞を殺すのだ」

 乾いた音が、誰もいなくなったベルゼブブ邸に響いた。

















 





 バレンタインイベの、チョコ貰う所でのセミ様可愛すぎない?

 もう、マジ無理。心奪われた責任取って、皐月ちゃん幸せになって?覚悟しろ。

 理不尽な試練が皐月ちゃんを襲う!!でも、某盧生はもっと酷いからヘーキヘーキ!!

 君 の お 兄 ち ゃ ん な ら 乗 り 越 え ら れ る ぞ ?


 今回はシャルバさん排除回でした。次回から、『会合』入れたら良いなぁ。








 シャルバ・ベルゼブブ

 即刻退場したスピードスター。コカビエルを越える速さで、登場した時点で瀕死の状態。
オーフィスに「リゼヴィム正気やで」と教えられ、旧魔王派の旗頭にしようと南極から逃走する際に転移に干渉して自宅に招待して接待するも、機嫌が悪かったリゼヴィムとユークリッドに一族、眷族皆殺しにされる。ユークリッドが素を出しちゃうぐらいには頭に来た模様。これにより、話に出たディオドラ(シャルバ的には友人では無い)もぶっ殺され、アーシア誘拐フラグが折れました。ディオドラさんマジとばっちり。


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序譚・墜ち雫

木場「もし、僕が悪い子になったら皐月ちゃんは叱ってくれるかい?」

皐月「うん。木場君が悪いことをしたら怒る。きっと、他の誰より何倍も怒ると思う」

木場「良かった。皐月ちゃんにならいいよ……」



こういう幸せもあるんだよ?皐月ちゃん。








 悪魔の駒の原材料となる鉱石は冥界に浮遊する要塞アグレアス内の鉱山にて産出される。
 太古の昔、明けの明星が存命の頃よりその鉱石の用途は研究されてきた。化石燃料として、建材として、礼装や魔術師が使う触媒として様々な研究がされてきたが、目立った成果は出せずただの石ころとして放られてきた。
 しかし、魔王四柱崩御の後に即位した新たなるベルゼブブと大公アガレスの発表した論文がその石ころに光を当てた。人間を悪魔に転生させるツール、触媒としての有用性が証明されたのだ。種族という生物学的、魔術的な壁を破り、吸血鬼が眷族を作るように、悪魔も眷族を作れるようになったのだ。
 これにより、冥界の均衡に大きな皹が入った。首都周辺を追放され、辺境へと幽閉された旧魔王派と呼ばれる原理主義者たちはこれにいち早く飛び付いた。彼らは嘗てのコネクションを利用して入手した悪魔の駒を使って、削ぎ落とされた戦力の回復を図った。精鋭と言える少数の眷族を組織した濡れ仕事屋(ウェットワークス)は体制派の要人暗殺、誘拐、拷問を請け負い、一定の成果を示した。新魔王即位の歓喜の裏では両陣営の暗部による諜報戦争が展開されていた。

 少しばかり話は逸れるが、旧魔王派が体制派に対して起こした抵抗とは何だったのか御存知だろうか?
 暗殺、ばかりでは無い。自領への首都リリス圏よりの物資輸入の凍結、同じ旧魔王派の貴族との独自の通商協定(県間条例)の締結、完全なる自給自足──一種のコロニーを形成しようとした。残念ながら、コロニーの形成は体制派の妨害により断念したが、旧魔王派の者たちは辺境の地で確実に力を蓄えていたのだ。それと並行して禍の団とのパイプを構築していた。

 さて、このアグレアスから産出される鉱物──仮称、『原石』だが、度々旧魔王派の襲撃の対象となってきた。理由は明白で、アグレアスを奪取して権益を奪おうとする物である。前述の暗部は度々浮遊要塞へと侵入し、最奥の掘削区を目指したが、一人として到達出来る者は無く、次第に旧魔王派という集団は禍の団との密着を強くしていき、吸収されてしまった。保有していた軍団は禍の団の尖兵になり果て、形骸化された理念と雑兵が残った。利用するつもりが、ミイラ取りがミイラになってしまったのである。

 そして、漸く旧魔王派は壊滅した。シャルバ・ベルゼブブの死亡と共に統制は崩壊し、空中分解した。
 英雄派に続いて、旧魔王派の消滅は禍の団の総体に甚大な損失を与えた。冥界体制派にとっては、これ以上無い朗報であったが、不可解極まる報せでもあった。
 同日に死亡したディオドラ・アスタロトにも当て嵌まることであるが、余りにも徹底された殺し方だった。他の者の肉塊一つ残さず、それらを塗料に使用し、シャルバの遺体をメインにしたオブジェが現場に残されていた。肉の華、腸のリボン、地に描かれた家紋、銃弾が貫通した頭蓋を頂点に置いた冒涜的な立体。ディオドラも同じような置物に変貌していた。

 「ふむ……、これは……」

 人界を走行するリムジン内で、報告書に添付された遺体写真を目にして、魔王が一角、サーゼクス・ルシファーは唸る。頭蓋の弾痕から殺害方法を推測する。

 「魔術礼装か?弾丸、法儀礼でない、呪詛。アジュカならば、もう少し踏み込んだことが分かるか」

 頭蓋に浮かび上がる魔術痕を睨むが、魔術はサーゼクスの領分では無い。ベルゼブブの座を冠す友人、もしくは人界で魔術師の取り纏めをする旧知ならば或いはと考えるが、現状としてそれは敵わない。
 ゆえに、間近にいる専門家に頼ることにした。

 「マクレガー、どう見る?」

 向かいに座る稀代の魔術師であった悪魔は主に渡されたレジュメを手に取る。銀縁の眼鏡を掛け、隈無く、嘗めるように眼を動かす。
 
 「そうですね、御推察の通りかと。検死の結果、脳内がシェイクされたようになっていたようですので、オーソドックスな西洋魔術、弾頭部に刻まれた某かの呪詛が頭蓋に到達した際に脳を破壊したのでしょう。アジュカ様がどのように見られるかは分かりませんが、恐らくは……」

 「旧魔王派との小競り合いがこんな形で終わるとはね。アグレアスの警備に割く人員も減らすことが出来るとは言え、アスタロト家の次期当主まで殺されたのは予想外だ。これもシャンバラの攻撃か?」

 「どうでしょうか?連中の主武装は軍刀。偽装の為に銃を用いたとしても、このような殺し方はしないでしょう」

 「では、怨恨か愉快犯、もしくはただのテロリストだと?」

 「私はそう思います。司法局の捜査次第ですが、フリーの魔術師か、同じ悪魔の犯行かと」

 サーゼクスはシャンパングラスを傾ける。炭酸水が喉を刺激しながら、胃へ下っていった。
 政争に一つの区切りが着いたという安堵と新たな懸案がない交ぜになり、サーゼクスの内を乱していく。

 シャンバラという未知の勢力と、禍の団、仮想敵認定している他神話。対処すべき勢力が多すぎる。
 これから行われる『会合』で、どれだけ牽制、不可侵を確約できるか。それがサーゼクスとセラフォルー、延いては聖書三勢力の狙いであった。
 しかし、三陣営の客観的評価を差し置いたとしても、不可侵を約する者たちは多く無いだろう。溜め込んだ厄が多すぎるのだ。何処も、誰も、火の粉を被りたくは無い。メリットも無い。得体の知れない勢力、それも旧き堕天使を造作も無く消す程の聖槍の担い手とその総軍に目を付けられたいという奇特な者らはいない。

 備え付けの電話が鳴った。マクレガーが受話器を取り、応対する。数回の相槌、そして驚愕と目一杯に開かれた眼。馬鹿な、という叫びと虚偽を疑う怒声。

 「どうした、マクレガー?」

 サーゼクスが訊ね、運転席のベオウルフも注意を向ける。
 マクレガーは顔を青くしながら、口を開いた。あり得ない事実を、虚構であるべき真実を偽り無く主へと伝えた。

 「司法局からの連絡で……、遺体の頭蓋から微量の……『原石』の粒子が検出されたと……」

 「何だと!?」

 サーゼクスの驚きを遮るように、本国とのホットラインが緊急を報せる。

 「ファルビウムか!?」

 『そうだよぉ、サーゼクス、落ち着いて聞いてね?──()()()()()()()()()()()

 会談開始三時間前であった。
















 ◆◇◆◇

 「アグレアスの撃墜か……、奴もよくやる。いや、墜としたのはルキフグスの亡霊か」

 「それだけの理由があるのだろうね。例えば、自分の痕跡を消す為とかね。アグレアスを撃墜させるとしたら、『原石』絡みで間違いない筈。巷で聞いた話だけれど、『原石』が僅かながらフリーの魔術師の間で流通しているらしいよ」

 パラディージュムの一室、応接用の部屋で兵藤一誠とゲオルク・ファウストが言葉を交わす。両者の眼は変色し、片や黄金、片やマゼンタとライトブルーを混ぜたマーブル。徐々にそれは元の瞳の色へと戻っていく。
 白亜の都を照らす白き光が部屋に射し込み、彼らの貌を白く照らした。ゲオルクの虹のような光彩が一誠を貫く。

 「それはそうと、マイロード。君が神仏の外交の場に顔を出すなんて、どういった風の吹き回しだい?」

 剣呑では無いが、緩くも無い。しかし、目尻が歪み、それは確かに笑みを浮かべていると言える。
 見る者が見ればその笑みの異質さを指摘するだろう。霧の魔術師が普段から浮かべる胡散臭い笑みとは、また違う、得体の知れない歯を僅かに見せたそれはどのような心境を表すのか。

 「アリアンロッド神から書簡が届いた。直筆でな、恐れ入ったよ。北欧の御老体も余程暇なのだろうな。我らの為に態々席を設けたらしい」

 「彼の大神ならば、まぁ、やりかねないね。どうせ、妹君との感動の御対面を見たいとか」

 鼻で笑った。
 誰かを嘲った訳ではなかった。老神のやんちゃ振りに呆れた。遊び心とも言えるだろうか?
 
 「御老体には幾分か借りがある。ここらで清算しておきたい。あちらなりの気遣いでもあるんだろう。わざとケルトを経由してメッセージを寄越したのも、回りくどい気遣いだ」

 シャンバラと北欧は()()()()敵対関係には無い。人類への迫害や暴虐は無く、神仏の領分を弁えるオーディンと一誠はそう悪くない関係を築いていた。戦士としての一誠、人間の神(ヴェラチュール)高き者(ハーヴィ)戦の父(シグフェズル)としてのオーディン。相性は悪くない。
 互いに界を壊せる者同士、無限の底を砕き得る者同士、悟り合い、尊重し合う部分があった。

 ゲオルクをは歯を隠した。元の胡散臭い笑みを浮かべて、そうかいそうかい、と頷いている。

 「まぁ、大神は僕たちの目的に反感は抱いていないからね。いいんじゃないかな?」

 「……不満があるなら、はっきりと言え」

 笑みが消えた。

 「視たなら、何故行くんだい?僕には嵐の最中に突っ込む必要があるようには思えなくてね」

 空気が凍った。ピシリ、と音が鳴り響く。濃密な魔力が漏れ、部屋を霧が満たし、白亜の城を内から壊す。
 ゲオルクの瞳は虹が螺旋を描き、色が髪にも伝播していく。魔術師の感情が吹き荒れる。

 「フリード君辺りを名代として行かせれば良いだろう?僕たち……、僕は君に負担を強いたくは無い」

 本心からの言葉であった。どうか、留まって欲しい、と。
 大神が彼を呼び寄せた理由はそれだけでは無い筈だ、とゲオルクは断じる。狡知をも司る神が、何の腹積もりも無しに誘いを掛けるというのは、眉唾な話だ。恐らくは側近のヴァルキュリアにも伝えていない何かがあるのだ。それは恐らく──

 「案ずるな、ゲオルク」

 魔術師の、友の諫言に英雄は雄々しき視線で答える。碧と黄金の入り交じる至高の宝石が、虹の視線と絡み合った。背後に射す白光が目を焼くほどに眩しい。

 「委細承知の上だ。御老体の性も、策も分かった上で行くのだ。その先に光があるからこそ、誓いを胸に駆け抜けよう。心配はいらない。全て喰い破ろう。御老体の肝を冷やしてやるとも。だからこそ、感謝する、ゲオルク。その心遣いは、何物にも替え難い。俺は善き友を、師を、部下を持った」

 虹の眼が見開かれる。俯き、ゲオルクの貌が隠れる。空気は暖かく、霧も晴れていた。

 「嗚呼、うん。ずるいなぁ……、そう言われたら敵わないよ、マイロード」

 ゲオルクはその場に跪き、頭を垂れた。ローブが霧に包まれると、その下から滅多に着ない黒い軍服が現れる。弟子と同じように、軍服の上からローブを羽織り、腰に短剣と軍刀を一振りずつ。

 「マイロード、我が無二の友よ、我が唯一の主よ。改めて誓わせて貰う。私は貴方に何処までも付いていこう。貴方の旅路に果てが無いことは承知の上だ。この身、この魂、欠片も残さず貴方に捧げよう。貴方が自分のことをどう評そうと、私には関係無い。どうか、御身の側に……」

 「ゲオルク……、俺は俺の成すべきことを成すだけだ。お前も好きにすれば良い」

 「うん、僕は勝手に付いていくさ。君の友であり、魔術の師であり、側近でもある。一番弟子のことが心配で、心配でさ」

 いつの間にか戻っていた服装を整え、立ち上がるゲオルク。杖を携え、フードを目深に被った。

 「では、行こうかマイロード。微力ながら力添えさせて頂くよ」

 












 



ゲ オ ル ク 、 可 愛 い な ぁ …… 。

ヒロイン確定しましたね、はい。



ふらっと、好きな作品を書いてらっしゃる作者様のページを見たら、拙作をお気に入り登録して頂いてて変な声と一緒にコーヒーが鼻から出ました。ありがとうございます!!










「……万象、全ては化かし合いさ。誰も、彼も、何も、魔術も例外無くね。だからこそ、君は僕に勝てないのだよ、ヴァレンチナの落胤よ」

灰色の魔術師(グラウ・ツァオペラー)
それは魔術、人が関わる神秘世界の中心。最大規模の学府である魔術師たちの総本山。
『灰色の魔術師』において伝承科の講師であったゲオルク・ファウストは、とある事情から『灰色の魔術師』を出奔する。迫る追っ手、教会からの刺客を煙に巻きながら逃亡生活を続けている最中、東欧の片田舎で一人の少女と出会う。しかし、その出会いは偶然では無く、運命という余りにも巨大な機構によって仕組まれた必然であった。静謐な町で勃発する食屍鬼爆発(アウトブレイク)。強襲するツェペシュ公国カーミラ派。腑海林アインナッシュ。虚数聖項執行機関第三席。様々な思惑が入り乱れ、絡み合った泥沼で、少女とゲオルクが歩む結末は──

最高位の魔術師、霧の魔術師ゲオルク・ファウストが唯一の主に出会う以前を描いた前日譚、『霧中の蟻File1・血統支配狂宴ヴァレンチナ』 近日公開。





しません!!嘘です♡

ふと、思い付いただけで、作者にそんな文才は無い!!




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序譚・泥寧

前回までのあらすじ

・ユークリッド「ムカついたから吹っ飛ばした」

・ゲオルクと一誠のイチャイチャ。

・ゲオルク「好き、ずっと着いてくから。離さないから(要約)」



 ラブコメというか、アンチ・ヘイトタグにあるまじき、ほのぼの回はこれで終わりです。










 ごみ箱の中を覗き込む。
 透明なビニール袋の中には何も棄てられていない。塵すら無い。
 翼を羽ばたかせ、豪奢なシャンデリアを隈無く検査する。何か仕掛けられていないか、領外である魔術的なトラップを支給された検査キットで炙り出していく。数瞬の後に、画面に表示されたのは基準値と高い安全性を保証する旨。

 着地の後に手にしていたシートをチェックして、皐月は木場に検査の終了を知らせる。
 手渡された不審物チェックの結果を流し、木場は手近なソファーに身体を沈める。利き手でボールペンをくるくる回しながら、プラスチック製のバインダーと紙とにらめっこしている。どうしたの、と皐月が訊く。不備があったのか、と。木場は笑って、懸念を否定した。

 「いや、会場警備の仕事なんて初めてだけど、こういう所はやっぱり旧態依然としたままなんだなぁ、って」

 「旧態依然って?」

 「ほら、世の中(人界で)さ、ペーパーレスとかクラウドとかって言うけど。こういう所はやっぱり何処もマンパワーで詰めていくんだなって。単に神秘の世界が変化を嫌う傾向を持ち合わせているせいかもしれないけれど」

 「情報の漏洩防止って意味があるんだよね?」

 「そうだけどさ、こんな作業は使い魔にでもやらせれば良いんだ。僕らがやる意味があると思うかい?」

 バインダーをペンの尻でコツコツと叩いた。悪戯っぽく笑っている辺り、冗談であると分かる。皐月も笑い返した。

 『会合』会場に先行してリアス・グレモリー眷族は会場の警備態勢の確認をしていた。会場の構造の把握、脱出路の確認、不審物や不審術式の検査等、参加する魔王二柱の安全確保に勤しんでいた。
 同じエリア、同行することになった二人は一通りのタスクを消化し終えていた。最後の項目、広間のシャンデリアを確認した彼らは誰もいない広間で小休止していた。

 「使い魔にやらせて、木場君はどうするの?」

 「どうしようか。コーヒーでも飲んでいたいな。どうせ、僕らは警備の頭数には入っちゃいないよ。こんなアマチュア以下の戦力が何になるっていうんだい?師匠たち、サーゼクス様の眷族で事足りる筈だよ。言っちゃ悪いけど、僕らを呼ぶ理由は無いんだ」

 コーヒー貰ってこようか、と皐月。首を横に振った木場を見て皐月も隣に腰を下ろす。

 「部長も分かってると思うよ。僕たちが今回、この会合に帯同する理由が無いって。御偉方の意向で、ろくでも無い理由で呼ばれたことぐらい」

 「誰が私たちを呼んだのかな?」

 さぁ、と木場は背凭れに体重の全てを預けた。疲れた貌、兄のような金髪、碧眼。リボンタイを解いた。

 「どうせ、何処かの性格が悪い神様だよ。皐月ちゃんは気にしなくて良いと思うよ。現職魔王の妹(部長)と、堕天使の幹部の娘(朱乃先輩)は苛立ってるようだけど、僕は然して思うことは無いからね。だから、皐月ちゃんも重く考えない方が良い」

 「木場君って、結構毒舌なんだね」

 「実はね。結構、心の中で色々言ってたりするんだよ。ほら、僕も悪魔だし。不満、不平を溜め込める程従順じゃない。それなりにストレスが溜まるもんだよ。女所帯に男一人ってのは」

 首を曲げながら、肩を揉む。皐月には理解出来ない心情だろう。
 いつもにこやかに笑っている木場の素を垣間見た。それがおかしくて、くすり、と皐月は小さく笑みを溢した。
 部長は話が長くて、喧嘩早いからヒヤヒヤする。朱乃先輩は実は純真でそれらしく振る舞っているだけで、部室で朱乃先輩に着替えを見られた時に貌を赤くしていて意外だった。アーシアは悪魔に向いて無い程に優しくて正直これからやっていけるか不安だ。毒にも薬にもならないような日々の苦労、ふとしたストレス。木場が話すそれは彼のイメージを大きく塗り替える物だった。

 「王子様ってイメージが崩れちゃうよ?」

 「不相応だし、誰かにあげたいぐらいの評価だよ。僕はそんなキャラじゃない。言うほど、優しくも無い」

 そう言って肩を竦める木場。バインダーをテーブルに放って、思い切り身体を伸ばした。その言動か、仕草か。何かが皐月の心臓をざらりと逆撫でた。

 「優しいと思うよ。木場君は優しい」

 自嘲したような調子では無かったが、皐月はそれを大袈裟な程真剣に否定した。
 木場は面喰らったように、表情を固め、皐月を見ていた。

 「びっくりしたなぁ。そう、感情的になられると、何だかこそばゆいな」

 「ごめんね、何かムカついたから……」

 それは悪かったね。謝罪の後にリボンタイを結び直す。休憩は終わり。

 「お詫びにコーヒー奢るよ。あ、コーヒーじゃなくても良いよ」

 「オレンジジュースが良いな。木場君のは私が出すよ、こっちもお詫びってことで」

 「あぁ、うん。おあいこだ。先に行ってて。御手洗いに行ってくるから」

 広間から出ていく皐月を見送る。出鱈目に広い空間から彼女の姿が消えると、くるりと背後を見やる。
 魔剣創造(ソード・バース)。神器を発動する。

 ──創造経始(バースオープン)

 創造するのは一振りの魔剣。強度を重視した、何の属性も付与されていない両手剣。しかし、対魔力に優れた剣である。
 水平に切っ先を虚空へと向けて口を開く。視線は冷たい。

 「趣味が悪いな。北欧のヴァルキュリアの間では覗きが流行っているのか?」

 キャンバスに絵の具が垂れるように、偽装が解除される。ぽつりぽつり、と出現する白銀の戦乙女。槍を携えたヴァルキュリアは一礼した。

 「僕だけに殺気を当てるだなんて器用な真似までしやがって。何の用だ?生憎と死後、ヴァルハラに行くつもりは無い。好き勝手に死なせて貰う」

 「非礼はお詫びしましょう。しかし、私共としましても貴方との接触を周知される訳にはいかないのです。平に御容赦を」

 ちらりと意識を広間の外へと向ける。人払いのルーン、微弱ながらも結界が発動している。成る程、徹底されている。
 心当たりは無いが、北欧神話が自分に接触する為にこのような面倒を負ったことは確からしい。自分を殺害する理由は無い筈、自分が北欧に関わったことも無い、悪魔という種を狙ったとしても隠形したままに仕掛ければ良い。隻眼の主神の意図なぞ、凡俗が読もうとするだけ無駄だと思考を一時的に停滞させた。

 「改めまして、ヴァルキュリア、ロスヴァイセと申します」

 「木場祐斗、悪魔だ。リアス・グレモリー眷族の騎士だが、礼儀には期待しないでくれ。貴方には払う義理は無いだろう?」

 結構、とロスヴァイセは頷く。薄い笑み。美しく、万人を魅了するに値するそれを見て、木場は苦虫を噛み潰したように美貌を歪めた。

 「では、本題に入らせて頂きます。我らが主神からの細やかな助言だそうです。最悪、兵藤皐月さんの安否に関わる事です。今回の会合中に──」
 
 どろりとした物が湧いた。喉元が焼けるような痛みと、胸が爛れたような苦悶。
 口の両端が吊り上がった。
 



















 ◆◇◆◇

 心中は安いポストアポカリプス小説の荒野染みていた。焦燥は更なる焦燥を、不安は平坦な精神を大きく乱す。しかし、貌にはそれは出さない。最低限のポーカーフェイスは装えていた。
 
 どの道、サーゼクス・ルシファーとセラフォルー・レヴィアタンは会合に出席する他無いのだ。
 本国では二柱の魔王が対応に当たっている。アグアレス撃墜の情報は三大勢力内でのみ共有され、部外秘となった。面子を保つ為、弱味を見せない為、彼らは何を押しても出席して、健在をアピールする必要がある。
 北欧の大神やホストの高天ヶ原、インドの破壊神にオリュンポス。虎視眈々と互いを牽制し合う状況で、少しの怯みが、懸念が命取りとなり、喉元を喰い破られる。

 巨大な円卓と、突き刺さるような修羅神仏の無自覚な圧。談笑と喧騒。濃密な泥沼。力を持つ言葉を武器にした、最大にして無血の戦場。

 「お久し振りですわ、サーゼクス・ルシファー」

 月の光のような髪。煌めき、穏やかに、優しく光を反射する。銀。
 ダヌ神が娘、アリアンロッド神。ケルト代表たる女神がサーゼクスの背後に立っていた。

 「えぇ、お久し振りです、アリアンロッド神。御元気そうで何よりです」

 「そちらこそ、随分と大変なようで……。あぁ、三勢力同盟締結、御祝い申し上げますわ」

 そう言うと月の女神はオーディンの隣に設けられた席に座った。

 「サーゼクス君、私たちも座ろう」

 セラフォルーに促され、円卓の一席に座る。

 「これで全員揃いましたね。漸く、始められます」

 黒髪が紅白の着物に映える女神──天照大神が口を開いた。
 アフリカからアステカに至る迄の世界中の神話、神秘の存在が一同に介していた。それらが一斉に静まり返り、今回のホストである日本神話の代表、太陽の女神へと意識を向けた。

 「では、今年の会合を始めようと思います。今回、議長を勤めさせて頂きます、日本神話代表天照……」

 「ワーオ、この御饅頭美味しいデース!!」

 「金星の女神よ、それほどか?」

 「お爺ちゃん(オーディン)も食べるのデース、ほらほらー」

 アステカの女神と、北欧の大神の呑気な声が会議場に響く。
 天照大神の眉間に皺が寄る。ぴくりぴくり、と青筋が浮かび、肩が震える。
 周囲の神仏たちも、今にも爆発しそうな爆弾を見るかのように彼女を見る。天照大神の隣に座っていたイチキシマヒメがあたふたとして、面倒の襲来を予感する。
 俯いた天照大神が貌を上げると、その貌はぷっくりと膨れていた。

 ──プツリ

 「オーディンさん!!ケツァルコアトルさん!!貴方たちはいつもいつも、毎年毎年、始まる前に茶番を挟んで!!貴方たちも神ならば、少しは弁えて下さい!!」

 「出おったな、委員長」

 「誰が委員長ですか!!」

 「アマテラス、この御饅頭お土産にクダサーイ!!」

 「後でお渡ししますっ!!始めますよ!はい、始めますっ!!始めますー」

 誰が言ったか、神仏界の委員長こと天照大神。
 若干、涙眼になりながら問題児二名を叱りつけたが当の本人たちは注意も何処吹く風で饅頭を頬張っている。全く反省せずに、頑張る委員長を愛でている。
 九重印の饅頭を阿呆のように食べまくる世界的知名度を誇る神格二柱はどんどん涙を溜める天照大神を眺めながら、更に饅頭を喰らう。この二柱、好きな相手には意地悪したくなっちゃうタイプである。素直になれないタイプなのだろう。きっと。面白半分でやっている訳では無い筈である。そう信じたい。

 「まぁ、御三方とも落ち着いて下さいな。アマテラスも、オーディン様も。ケツァルも余り苛めてはいけませんわ」

 言ったのは月の女神。見かねたアリアンロッドが仲裁に入ったのだ。
 
 「アマテラス、お願い。少しだけ、開始を待ってくれないかしら?まだ、一組来てないメンバーがいるの。ほら、あそこの席が空いているでしょう?」

 「えぇ。しかし、名簿に記載されたメンバーは全員到着しているのですが、何方が来られるのでしょうか?」

 「儂の知己じゃよ。この会合もマンネリが酷いからの、呼ばせて貰ったのじゃ。何かしら刺激になればと思ってな。のぉ、シヴァよ。お主も知り合いじゃろう?」

 黒髪の美少年──シヴァがばつが悪そうに貌を背けた。
 なまじ、招待された者の素性を知っている分、数日前の行動について小言を言われることを想像していしまい、嫌気が刺したのだ。
 他の神仏たちは驚愕し、ざわめきが伝播していく。北欧の大神が直々に招待した者とは誰かという疑問と好奇が彼らを掻き立てた。
 そして、それは程無く解消されることとなる。

 瞬間、音が消え、霧が満ちた。
 護衛の者たちは主を囲み、臨戦態勢に入る。
 リアス・グレモリー眷族も三大勢力の要人たちの壁となった。

 「あぁ、失礼するよ。名だたる神仏のお歴々。少しばかり遅れてしまったようだね。いやぁ、申し訳無い。マイロードは多忙でね」

 霧の中から聞こえる軽薄な声。そして、全てを暴き出す絶対の光輝が現出した。

 「うそ……」

 セラフォルーは側にいる兵藤皐月の微かな呟きを捉えた。その視線の先には光が在った。
 腰に帯びた計七本の軍刀。煌めく金髪と()()()()。放出される神性は主神の域に手を掛ける。その姿は至高にして荘厳。あらゆる神が、仏が、超常の存在が、彼に眼を奪われていた。
 白いローブの男──霧の魔術師を従え、聖槍の担い手がここに顕現する。

 「諸事情により、些か遅刻してしまったことをお詫びする。独立勢力シャンバラ代表兵藤一誠、只今北欧の御老体の招待を受け、参上した。どうか末席に加えていただくことを赦して頂きたい」

 

 

 
 

 






 



何で、一誠さん瞳が黄金になってるんですかねぇ?

好意を意識してないけど、素を晒すぐらいには皐月ちゃんに心を赦している木場君。

皐月ちゃんの幸せカウンターが増える増える。(ニッコリ)

皐月ちゃんの幸せを心から作者は願っています。(念押し)


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遊戯機構/器官

突然ですが、作者の雑談が始まります。

寒かったり、評価が下がりまくりだったり、筆が乗らなかったりと、最近は良いことが無い作者です。

前述の通り、アンラッキーな今日この頃、自慢では無いのですが、単発でセミ様が来てくださいました!!前回爆死してしまった分、嬉しさや幸せも一入です。

そこで作者は思いました。この幸せな気持ちをお裾分けしてあげたいと……。

皐月ちゃん、喜べよ?





早く、皐月ちゃんとトンチキの兄妹の感動の再会を書きたいなぁ。








 旧魔王派を構成していた純血主義の悪魔、或いは原理主義者とも呼ばれる彼ら。

 彼らと体制派の長きに渡る政争は混迷を極め、首都の路地裏で身元不明の死体が朝から十以上発見されることなど茶飯事として淡々と処理される時代もあった。警察機構の公安部門が刺客を始末して、野垂れ死んだ浮浪者に見せかけて、放り棄てるのだ。
 悪魔の駒を使用した悪魔数の減少に歯止めを掛ける為の策の裏で、それらを利用した同種どうしでの殺し合いが種としての個体減少に拍車を掛ける。
 嘗て、コカビエルが終わらぬ闘争を求めたように、結果として彼ら聖四文字の被造物は戦いから逃れられなかった。他種族、他神話への侵略こそ減れど、血を流し続ける。そう、魂にプログラムされたように、業は払えない。

 では、そんな業深き悪魔という種の中で、純血主義を掲げる者たちが、血を薄めるであろう悪魔の駒を用いたことに疑問を持つ者もいるのではだろうか?
 元来、そういった手合いは頑なに変化を嫌い、保守などという言葉では生温く、形容出来ない程の意固地さを見せる物だ。単に、安易に戦力を増強出来るというだけでは、体制派の技術を使うとは思えない。新たなるベルゼブブと、裏切り者の大公アガレスが開発した代物など、忌避することは赤子でも分かる道理であろう。

 彼らがその理想、主義を棄てたという訳では無かった。貴き悪魔の血統を重んじ、人類を劣等と見なす。天使然り、堕天使然り、純血悪魔以外は皆劣等。その思想はこびり付き、剥がれることは永劫無い。
 諦めてなど無いのだ。彼らは真実、その自滅の花道を目指していた。ただ、その道程を大きく迂回し、辛酸を舐めることを屈辱感と共に受け入れただけだった。

 民族浄化という言葉を知っているだろうか?

 望まぬ民族を排除し、単一種族のみで構成される区域、国家を創出する行為。
 人界に於いて、有名な事例を挙げればユーゴスラビア紛争やボスニア・ヘルツェゴビナ紛争らが高く認知されているだろう。
 『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家』
 こう形容されるように、ユーゴスラビアという国家は多様性に溢れていた。ユーゴ紛争に伴うユーゴスラビア解体に端を発したボスニア紛争では三つの民族が二つの陣営に分かれ、三年半に及ぶ内戦の後に二十万人もの死者が発生した。
 スレブレニツァの虐殺を指揮した指揮官はハーグにて終身刑を言い渡された際に『リリンの徒、我ら敬虔なるリリンの僕なり、間引きを、総人口の間引きを、収穫を』と口走っていたという。

 話が逸れたが、つまりはそういう事である。
 体制派の打倒の後、残るのは純血主義の悪魔と、その尖兵として戦った転生悪魔。二つの種族。穢れた血。
 彼らが目指す楽土は、彼らの言う穢れた血で土壌を濡らして訪れる物だったらしい。転生悪魔の処分を終えれば、浄化は完了し、単一種族──純血悪魔のみが統べる冥界が出来上がるという構図だった訳だが、現状では見る影も無い。

 カテレア・レヴィアタンの戦死、シャルバ・ベルゼブブの惨殺。旧魔王派全体の、禍の団への接収。前述の二名の死亡による指揮系統の瓦解によって、彼らの理想への道は完全に閉ざされた。
 失敗の因は数多あるが、そもそも外部組織に対して不用意に接触した事が最たる物ではないだろうか。彼らの意識や思想を除いた場合、幾ら首領に据えられている龍神が強力な力と正反対の精神性を有していたとしても、警戒を解くべきではなかった。自分たちだけ利用するという都合のいい展開など、そうそうありはしない。

 しかし、ただ一人。旧魔王派で生存している悪魔がいる。
 クルゼレイ・アスモデウス。カテレア・レヴィアタンの恋人であり、旧魔王派最後の一人であるが、彼は理想を棄て、恋人を殺したシャンバラ第七特務大隊長──フリード・セルゼンへの復讐を目論んでいた。


 ()()()()()()()


 「リ……ンの徒、我ら敬虔なるリrrrrrrrrンの僕n■■り、?????を、──vengeance+(Aži Dahāka)、啓蒙を──dddddddd、糞が糞が糞が糞が糞が糞がァ!?」

 「おや?壊れてしまったかぁ……。やはりと言うべきか、必然であったのか?式の入力を誤ってしまったのだろうか?いや、否だな。容器自体の強度が問題か……。邪竜の因子は酷であったらしい。いやはや、赦したまえよ、若きアスモデウスよ。我ら悪魔という種の脆弱性を甘く見ていたよ、すまないね」

 カチャリカチャリと、金属の触れ合う音が薄暗い手術室に響く。
 切開された頭蓋へと手を入れる手術衣の美丈夫。ラテックスの手袋はぬらぬらと鈍い光の反射をし、ウェットな感触を男へと伝えている。
 麻酔は無く、被験者は痛覚を生かしたままに頭蓋にメスを入れられた。

 「jsidmdhxi@sosodnfhcjsos@──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──おれは、あなたは……si,あ゛あ゛あ゛あ゛あァ堊襾婀會ぁ──sleepぇ」

 手術台へと拘束され、白眼を剥きながら発狂するのは件のクルゼレイ・アスモデウス。
 美麗な黒髪は血や名状し難い謎の液体と脳漿が混ざった汚物が固まり、額には捩じ込まれたような三眼。上流階級の悪魔らしい美貌は崩れ去り、言語機能は機能不全を起こし、脈絡も無い音声と冒涜的なそれを時折つかえながら、垂れ流す。

 「お星さまがきらきら光るよ!!御伽の国でお菓子をお腹一杯に食べて、アリスといっしょにおひるねするんだぁ!!──────vengeance,vengeance╳(──1110100011),vengeance 」

 じゅるり、と水っぽい音を立てながら男は手を頭蓋から引き抜く。慣れた手付きで、そのまま切開面を縫合する。
 おや、と男はクルゼレイの瞳を見て興味を抱く。マスクで隠された貌を間近に近付け、よく観察する。

 「遊びで弄った割りには、予期せずに高いクオリティになってしまったか。これで正気を保ってくれていれば、同族、君らが言う所の貴き血統に属する者に自らを貶められる気分を訊ねてみたかったのだが、詮無き事か」

 漂白された眼球に浮かび上がる三頭龍の意匠。そして懐かしき母の薫りを発する体液。
 男は笑う。満足そうに、ニタリと愉悦する。所詮は遊びの一環に過ぎないガラクタではあるが、彼自身予想外の結果を出してしまった。
 思う以上にリリスの変性因子が馴染んでしまい、劣化版の邪竜と呼べる何かが出来上がってしまったのだ。三厄顕す終末悪(アジ・ダガーハ)の因子に浸食され尽くす前に中和したようだ。

 「あぁ、愉しいなぁ。愉快だ。君を神仏の集会に放り入れたら、さぞかし賑やかになるのだろうね。彼も楽しんでくれるだろう。アスモデウスであった出来損ないの竜よ、暫し待っていると良い。とても善いお祭りがあるよ」

 そう言って男、リゼヴィムは手術室を出ていく。手術衣を脱ぎ棄て、マスクも手袋も放り棄てる。無邪気な少年のような笑みを浮かべ、リズムを刻みながら冷たい廊下をスキップする。
 愉しいのだ。リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは生を謳歌していて、それを実感していて、その事実がどうしようもなく愉しくて仕方が無いのだ。

 「ユークリッド、コーヒーを淹れてくれないかな?熱い物をお願いするよ」

 「構いませんが、貴方は何時も愉しそうですね。羨ましい限りです」

 「そうかい?ユークリッド、生はね、謳歌して、楽しまなければならないよ?したいことを、何の躊躇いや呵責無くしなければならない。覚えておくと良いさ」

 何故、旧きアスモデウスがこうなってしまったか。
 それには紆余曲折も、複雑怪奇な理由等は一つも無い。
 ただ、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーの玩具として白羽の矢が立ってしまっただけの話である。

 「しかし、やはり333を打倒せねば、アレには辿り着けないか……。666では役不足か?」


















 ◆◇◆◇

 「では、全神話体系を通して禍の団への締め付けを強化していくという形を再認識した。対外的にはこのような声明を発表します。異議はございますか?」

 誰も異は唱えなかった。
 形骸化も極まった会合で、真面目に些細な事に異を唱える者はいない。
 と言うよりは、別段異議を申し立てる要素が無いだけなのだが。

 「オーディンさん、宜しいでしょうか?」

 「大丈夫じゃよ、アマテラス。別に寝ておらんからの?おぉ、聖槍の、お主はどうじゃ?」

 「俺は貴方に招かれて、末席に控えているだけなのだが。発言しても良いだろうか?」

 大神が頷く。黄金の瞳がそれを捉えると、一言。

 「良いのではないだろうか?」

 肯定の意。
 巨大なテロ、反動組織に対して、国際社会が連携して対処に当たる。ありふれた、氾濫した声明の使い回し。実に結構。
 役立たずの言葉が政治家の口から流れることは珍しく無い。本気なのだろう。権益を守る為に必死なのだろう。神も然り。形骸化しようとも、ここは外交という戦場であり、無用な軋轢を起こしたくは無いと考えるのだ。第一に己の権益──支配領域と、そこにある人的資源(人類)、鉱物資源、財源となるあらゆる物を。リソースを守る為に、特大の火種を態々拾いたくは無い。
 誰かがやれよ、と。

 しかし、やりたがらないのもある意味当然と言える。
 無限の龍神を相手にしろ、言われているのだ。訳すれば、死ねと通告されているに等しい。

 「随分と投げやりじゃな、退屈か?」

 「そういう訳では無い。本来、俺は部外者だ。ここで多くを語る資格は持ち合わせていない。ゆえに、簡潔に纏めただけだ。誤解を生んでしまったのなら謝罪しよう」

 「君は何というか、たまに口下手になるよね」

 「シヴァ神、頭に血が昇って、つい南極に三叉戟を撃つような貴方に何かを言われたくは無い。自重して欲しい。最悪、人類の種としての生存に関わる」

 「そうデース!!その人の言う通りデース!!スッゴく、ヒヤヒヤしましたよ?お詫びとして、ルチャリブレしましょう」

 「やめて、お願いします、許してください。ルチャは、ホラ、ゼウスとかアマテラスに付き合って貰いなよ……」

 「デハハハ!!シヴァよ、すまんな最近全身の骨を折ってしまってな!!許せ」

 「私は膝に矢を受けましたので……、頑張ってください……」

 シヴァは末席に佇む男、一誠に助けを求めるが如く視線を向けるが、

 「因果応報だ」

 虚しくも、ここに金星の女神対破壊神の対戦カードが実現してしまったのである。

 「ところで、聖槍の担い手よ。お主に訊きたいことがあるんだが」

 ギリシャの天空神ゼウスが一誠に問う。視線を返し、一誠は質問を促した。

 「単刀直入に訊くが、お主らの目的は何だ?不可知の領域に国を造り、禍の団を狩り、教会の施設まで襲ったと聞いたのだが、お主らの目的が分からぬ。ちょうど良い機会だから、ハッキリさせておこうと思ってな」

 それはこの場にいる者全ての意思の代弁であった。
 聖槍の担い手にして、最大の人類勢力を率いる英雄。あらゆる超常の存在が彼を測りかねていた。北欧の大神とインドの破壊神は興味無さげに俯瞰しており、ケルトの月の女神は妖艶に英雄を見つめていた。
 兵藤皐月は悠然と構える兄を力強く、しかし僅かに不安の入り交じった視線を向ける。俯きがちに、前髪越しに、悟られないように。

 そのような数多の視線を受けて、光の英雄は臆すること無く、口を開き、己の目的を宣誓する。

 「良いだろう、ゼウス神よ。俺の目的は一つ。人類を脅かす悪逆から、同胞たちを護ることだ。それが神だろうが、仏だろうが、俺は人類を理不尽な暴虐で脅かす輩を赦しはせん」

 黄金の瞳の奥に輝く光は碧眼の時と変わらず、鋼の如き表明は世のどんな言葉よりも重かった。
 霧の魔術師は満足げに微笑み、座する主に優しい視線を向けた。
 神々は彼の者が発する輝きに嘗ての最大信仰を誇った唯一神の幻影を見る。相違はその信条。
 荘厳な神威、その圧は紛れもなく聖四文字の物であり、天使長が我を忘れるに値する物であった。

 「質問させて貰っても、よろしいか?」

 挙手するのは魔王、サーゼクス・ルシファー。

 「貴殿の目的は理解した。では、貴殿方が関与したシグルド機関第八研究施設襲撃に於ける虐殺と、ツェペシュ公国での同様の虐殺は如何なる物か説明して頂きたい」

 「了解した。委細説明しよう。シグルド機関第八研究施設殲滅作戦を立案したのは俺の部下だ。フリード・セルゼン。内偵の結果、第八研究施設では対異端用兵装の製造が確認された。これは、貴殿ら会合で定めた禁止礼装・兵器条約に該当する物であった。天界はこの条約に批准しているにも関わらず、禁止兵器を製造していたこととなる。更なる調査の結果、これは第八研究施設の独断であることが判明したが、彼らは禁止兵器を異端狩り専門の第六聖項執行機関に供給する腹積もりだった。ゆえに、性急な対処が望まれた」

 「しかし、何故虐殺を?」

 「当初の作戦目標は施設の制圧、最低限の殺害と子供たちの保護だった。しかし、施設に突入した際にあったのは投薬によってボロボロになった子供たちの屍と、生体同期型の試作人工神器を埋め込まれ、正気を奪われ、突撃してくる子供たち。そして、逃げる準備をする神父どもだったと聞く。延命した所で苦痛を味合わせるだけだ。説明を要求する、天使長ミカエル。何故、貴様らはこれを黙認していた?信じないのであれば、証拠を提出しよう。聞かせてくれ、この悲劇を産み出した理由を、魂胆を」

 それは衝撃の事実であり、初めて聞く物であった。
 綿密に隠匿された事実は下部組織である教会が封じ、天界まで情報が上がらない。事件が起きたという事実は認知しているが、その背景も、結果も、何もかもが途中で削ぎ落とされ、無知を齎す。

 「申し訳ありません。現状では解答することは出来ません。その一件に関しましては、恐らく教会内部で隠滅された可能性が高いです。直ちに査察部隊を第六聖項執行機関へと派遣させます。しかし、何故我らにお伝えくださらなかったのでしょうか?」

 「信用が置けないからだ。仮にも仮想敵認定している相手にノコノコと情報をくれてやる訳が無いだろう。接触する理由も無い」

 ミカエルの問いに簡潔に答える。その答は、敵対の意思を示す物でもある。聖書の三勢力だけでは無い。彼は神だろうが、仏だろうが、と言った。つまり、何処の神話群であろうと変わりは無く、平等に仮想敵として見なしているということ。

 「では、ツェペシュ公国の件は……」

 サーゼクスが問いの続きを口にしている瞬間、円卓を囲む三柱と一人が突然、何かを悟ったかのようにその神威を全開にし、放出した。同時に、北欧の大神は閉ざされた左眼を開く。
 現出させるのはそれぞれの得物。

 『界、滅し、溶解す雷霆(ティタノマキア・ケラウノス)
 『破壊神の三叉戟(トリシューラ・ブラフマン)
 『大神の御名、此処に勝利を宣告す(グングニル)
 『黄昏の聖槍(トゥルーロンギヌス)

 彼らが石突きで地を突くと、円卓を覆うように結界が形成される。そして、霧の魔術師が神器で結界を補強する。

 「やはり、来おったか……。骨が折れるわい……」

 汚泥と化外が降り注いだ。


















何だかんだ、書いてて一番楽しいのはリゼヴィムだったりする。


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疑似邪竜・劣化三眼

当初の作者「くっ……、決して連載になんてしない……。負けるものか……っ」

 ↓

現在「堕ちちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!(連載)」







 降り注ぐ泥は悪性情報の塊である。

 あらゆるモノに対し、最悪の呪詛を与える終末悪の一部。万象を構成するファクターを神秘、魔術的な観点で情報へと変換した際に、それらを根刮ぎ否定し、浸食して書き換えるウィルス。
 それが三厄顕す終末悪(アジ・ダガーハ)の持つ滅びの形。終末悪に定義される存在が持つ否定の権能。
 泥に浸食されたモノは存在を書き換えられ、余さず終末悪の眷族へと再構成されてしまう。神であろうと、仏であろうとそれは逃れられない。どれ程強大な神格で、絶大な権能を持っていようが、惑星の営み──世界を否定する存在の前では等しく無力なのだ。

 しかし、結界に阻まれ不気味に泡立つ汚泥は劣化版に過ぎない。
 クルゼレイ・アスモデウスが邪竜へと変生した際に、投与された因子より遺伝した能力は当然、劣化しており、権能の域には無い。主神であれば防ぐことは容易い。

 「面倒くさいのぉ。何処ぞの阿呆が邪竜の因子なぞ埋め込むからに」

 「オーディンさん、これは一体!?」

 「落ち着きたまえ、太陽の女神よ。襲撃だよ、大神が言う所の阿呆が悪魔を器にして邪竜を吹っ掛けて来たのさ」

 天照大神に霧の魔術師が言う。
 半狂乱になる円卓、要人を囲み、臨戦態勢を取る各勢力の護衛。現出した神威による結界には綻びは無く、汚泥の流入を一切赦さない。
 だが、結界は断続的に衝撃を加えられ続けている。汚泥に混じる半獣半人の化外がその毛に覆われた腕で神聖な領域の壁を殴るのだ。酷く原始的な方法ではあるが、数に物を言わせている。それらは、無視出来ない。
 曰く、三厄顕す終末悪(アジ・ダガーハ)は伝承に於いて、身体を剣で突き刺すと邪悪な生物が這い出して来る為に殺すことが出来なかったという。結界をひたすらに殴る化外の群れはその伝承から由来している、と霧の魔術師は推測する。爬虫類では無く、哺乳類の特徴が取り込まれているのはリリスの変生因子と容器内部のバグか。

 「ゲオルク、場を整えろ」

 「お任せを、夢のように片付けよう……」

 黄金の神威を纏う英雄が魔術師に命じる。
 ゲオルクが杖を一振りすると、結界内を濃霧が満たす。絶霧の真骨頂が発揮される。本来の位相操作という規格外の能力が界をズラす。

 霧が晴れるとそこは日本神話が用意した会合会場では無かった。円卓は何処までも広がる白い空間に結界ごと転移した。
 一つの世界を創出し、現実に位置する世界、惑星の表層と虚数空間の狭間──ズレた時空に創り出した世界を展開させる。

 「浄滅せよ──」

 存在する世界が変化したことにより、権能が一時的に緩む。それによって、結界が解かれる。
 間もなく落下してくる汚泥と化外の群れ。それらを光の英雄の一撃が蒸発させた。

 迫る轟音に誰もが空を見て、震えた。
 彼方より飛来する火の星。霧を突き破って顕れたのは、巨大な火球であった。

 『聖四文字残影(テトラグラマトン)天からの硫黄と火、流墜(アテンアステロイド)

 其は嘗て聖四文字がソドムとゴモラを滅ぼした裁きの権能の一側面。
 古代核戦争論の対極に位置する、隕石。紀元前に落下したアテン群小惑星アビン。惑星の環境を大きく変えかねない流星を召喚し、降らせ、空中爆発させた。
 直径一キロ以上の小惑星の衝突の威力は核兵器の百倍。幾ら手加減して、ダウングレードさせた物を降らせようと、その衝撃は凄まじく、三柱と大日如来が結界を再展開するのが僅かでも遅ければ、円卓を囲む者らは余さず消滅していただろう。
 正しくそれは亡き聖四文字の再来と呼べる物であった。天界の者は困惑し、冥界の者は記憶の最奥に刻み込まれた闘争と恐怖を思い出した。
 
 「君らも大概僕のこと言えないよね?結構デタラメだよ、それ」

 「何を仰る、破壊神。マイロードは地上ではこんな技、余程のことが無ければ使わないよ」

 「それでも、隕石落とすとかおかしいよね?君らまだ人間だよね?インドに来る時は連絡入れてよ?怖いから」

 シヴァが貌を引きつらせながら抗議するも、光の英雄は黄金の瞳を星が爆散した空に向けたまま。某かを探すかのように、見据えている。
 
 「やはり、親はいないか。ゲオルク、一本取られたな」

 「そのようだね。ほら、漸くお出ましだ」

 蒸発した筈の化外と泥が地より湧き出る。それらと共に這い出てくるおぞましく、冒涜的な姿をした邪悪。無名の邪竜、終末悪の子、クルゼレイ・アスモデウスであった者。額の三眼は頻りに蠢き、ぎょろりぎょろりと生ある者を認識していく。舐めるように、生理的な嫌悪感を振り撒きながら。
 身体も変形していた。首筋に浮かぶ女の貌は何処か、カテレア・レヴィアタンに似ていた。至るところから流れる体液には悪魔にとって抗い難い胎内回帰願望を呼び起こす。
 
 「あれは……、クルゼレイ、なのか……?」

 「そうじゃ、サーゼクス。正真正銘、アスモデウスの若造じゃよ。尤も、終末悪の子に成り果てた、残骸じゃがな」

 邪竜は人型を保ちつつも、肌の表面には黄土色の鱗を帯びていた。それらが地に落ち、形を成して、()()()()()()()()を産み出す。

 咆哮。或いは、殺戮の号砲。
 邪竜が穢れた音を轟かせると、産み出された悪魔と泥の化外が侵攻を開始した。聖なる神威を最低の邪悪が貪らんとする。

 「サーゼクス様、セラフォルー様、お下がりを!!」

 魔王二柱の前に立つルシファー眷族三名。ベオウルフ、マクレガー・メイザース、グレイフィア・ルキフグス。
 化外の軍勢を囲むように、マクレガーが大量の光弾を展開し、爆撃する。それに続くようにベオウルフとグレイフィアも光弾を撃ち込む。爆煙の後、化外達の骸が地を覆う。
 しかし、消しても、消しても、化外たちは湧き出てくる。親を、生産元である邪竜を滅ぼさねば、軍勢は際限無く現出する。

 「さて、どうするよ?シヴァ、オーディン、仏」

 「まぁ、今回の件は聖書の連中に因が……、あるのかは知らないけど、僕は個人的に憂さ晴らしさせて貰うよ」

 「儂はアレじゃ。腰が痛い。聖槍の、バトンタッチ。もう一回、隕石落としてくれい」

 「荒事は得手ではありませんので……、皆様にお任せします」

 「御老体よ、貴方はまだ行ける筈だ。何故、ベストを尽くさない?」

 聖書や他の神話群の者たちが迎撃している中、大日如来を含めた四柱と英雄一人は未だに円卓に座したまま、歓談していた。片手間で振るわれる神威が出来損ないの悪魔を焼き、毛に覆われた邪悪の尖兵を溶かす。
 雷霆が響き、光が暴き、因果が捻れ、救いが与えられ、破壊が形を成す。
 化外とは違い、自己再生能力と耐久度が格段に高い他の者たちが苦戦する劣化悪魔を一掃した。力の奔流、圧倒的な破壊と暴力が、邪な輩を飲み込んでいく。

 リアス・グレモリーとその眷族たちも戦闘に参加している。
 カテレア・レヴィアタンが放った物よりも強力な氷柱を絶え間無く撃ち続けるセラフォルーの隣で、遺伝の賜物であるバアルの滅びの魔力を放つリアスと、雷撃を放つ姫島朱乃。二人が後衛で、セラフォルーの直援に付き、前線では木場と皐月が乱戦に身を投じる。アーシアは彼らとは別行動で、サーゼクスの隣で回復要員として控えている。
 得手では無い乱戦にまたしても放り込まれた皐月は自らの運の無さを呪う。禁手化はしている物の、やはり彼女に一対多や、真正面から交戦するといった状況は向いていないらしい。どれだけ自分の力を倍加出来ようが、他人に力を譲渡出来ようが、格上の相手や、多すぎる物量の前に敗れてしまうだろう。
 彼女本来のスタイルは暗殺染みた奇襲による状況の終了であるのだから。

 邪竜が動く。
 同じ竜種の波動に誘われたかのように、皐月へと歩を進める。一歩、また一歩と。歩みは、走りに。
 足跡は不浄の痕となり、動けば鱗が剥がれ落ちる。邪竜に続くように、その鱗から産まれ堕ちた悪魔も迫る。

 「ドライグ!!」

 『行くぞ、相棒!!』

 右腕に現出させるアスカロン。背部に展開される紅蓮の翼。
 魔力放出による飛翔。背後は竜の魔力で吹き飛ばされ、焼き尽くされる。

 赤き竜の魔力を帯びたアスカロンは平時よりも高い対竜種性能を発揮する。
 聖ゲオルギウスが毒竜を討伐した際に用いた聖剣、又は聖槍はネーデルランドの大英雄の剣と並ぶ竜殺しとして名高い。加えて、悪竜を滅ぼしたという伝承から、邪竜に対しては特に強い毒となる。
 力の譲渡と倍加の対象は、その対竜種性能。その斬撃は、並みの竜種ならば即死。名立たる邪竜も無傷ではいられないだろう。

 しかして、刀身は邪竜の鱗に触れた。

 「Demi─Avestā,Pseudepigrapha,起動」

 そして容易に弾かれた。

 その光景に光の英雄と四柱は僅かにだが、眼を見開く。邪竜が使用した術式は、あり得ざる物だった。

 「何でアスカロンが弾かれるのッ!?」

 皐月の叫びに反応するかのように、邪竜の三眼が充血する。極小の瞳と、三頭竜の意匠がぐるぐると回転し、新たな術式が起動される。

 「Demi─Alteration,Vīdēv-dāt,6th,100010000111,起動」

 偽典の偽典。
 存在せざるアヴェスターの偽典を再現した、疑似偽典。除魔書ウィーデーウ・ダートを反転させた粗末な機構を、邪竜の権能で強化した対人に於いて最悪の呪詛。
 本来、悪魔に対して人を呪う術式は効果を示さないが、皐月は()()()()であった。その上、竜の因子──赤龍帝の籠手を宿した、『人』『魔』『竜』、三つの要素が混合した不安定な存在。

 皐月の人であった残滓に呪詛が牙を剥く。

 邪竜が使用した呪詛は三眼による邪視。魔眼や邪眼に匹敵する程のそれは、オーソドックスで普遍的な呪いだが、単純ゆえにそれは良く効く。
 赤き竜の対魔力を以てしてもその邪視は止められない。減衰はしたが、皐月は視線を合わせてしまった。
 マクレガーの障壁も間に合わなかった。

 しかし、

 「やっぱ、劣化じゃあ、その程度だよねぇ」

 皐月が死に至ることは無かった。
 何時の間にか背後に立ち、短剣を皐月に突き刺すゲオルク。血は流れていない。
 
 「偽典だって聞いたから萎縮してしまったけど、さては失敗作だな?」

 「リリンの徒、我ら敬虔なるリrrr──jshsuimslopplrrrンの■■り、、──ve……eance+(Aži Dahāka)、啓蒙を、啓蒙を、啓蒙を──」

 「発狂してるじゃないか。駄目だね、だから邪視の威力も下がる。あの邪竜ならば、邪視一つで国一つ分の人口を殺せる。ちょっと、抗体を挟むだけで進行を阻止出来るなんて、その疑似偽典も廃棄予定の失敗作を無理矢理インストールしただけかな?その気持ち悪い悪魔擬きだって、大方リリスの因子とも激しく共鳴してしまったんだろう?遊びの副産物に過ぎない」

 ゲオルクは皐月を後方へと放り投げた。木場が皐月をキャッチして、後方へと下がる。

 轟、と地が爆ぜた。
 邪竜が皐月へと向かい、弾丸のように飛んでいく。
 それをゲオルクは杖で阻む。鋭利な爪を杖に突き立てる邪竜を蹴り飛ばして、パラディージュムの工房から適当な聖剣を召喚する。

 「そぉれっ!!」

 地に突き立てられた聖剣から発生する斬撃は地を砕きながら、邪竜を呑み込む。続けざまに放たれる光弾と、霧で形成された槍が邪竜の鱗を貫く。
 アスカロンを通さなかった鱗を貫いた槍は霧散していく。
 廃棄場とゲオルクが呼ぶ異空間には、彼が編んだ呪詛が放置されている。位相操作の能力を内包した霧の槍は、そこにある呪詛と鱗に施された疑似偽典による強化を置換した。
 緻密な術式構築と魔力制御を目の当たりにしたマクレガーは思わず下唇を噛んだ。

 「いやぁ、女の子の危機だったから思わず出しゃばっちゃったけれども、うん、やっぱり僕は運動とか戦いとかには向いてないな!!悪魔諸君、後は任せるよ!!」

 邪竜は手傷を負うも、未だ健在。
 霧の魔術師は主の元へと戻っていく。

 「まぁ、疑似とはいえ、最悪の悪性情報へのアプローチの一つとして造られた魔術書だ。油断や慢心は棄てることをお勧めするよ」

 「唯我……唯我……唯我、唯我、唯我、唯我唯我唯我唯我唯我唯我唯我唯我唯我唯我唯我唯我唯我唯我ァ!!」

 邪竜の三眼が再び蠢き、怪しく煌めく。
 
 『疑似唯我・自愛蔓延畜生相殺』

 吸血鬼の国を滅びに導いた、自己愛の増幅が劣化版として振り撒かれる。














 



 連載に変えました。

 短編にするつもりだったのに……、どうしてこうなった……。




 
 
 『聖四文字残影(テトラグラマトン)天からの硫黄と火、流墜(アテンアステロイド)

 ガンマレイ☆が来ると思った?残念、インチキ占星術でした!!

 劣化版『計都・天墜』。

 嘗てソドムとゴモラを滅ぼしたとされる硫黄と火を再現させる権能の一側面。
 紀元前に地球に衝突した地球近傍小惑星であるアテン群小惑星を召喚して落とすだけの占星術。
 完全詠唱の場合、星が滅びる()

 Q:太極域に無い聖四文字が何故、このようなことが出来るか?

 A:聖四文字「星を落とそう。でも、手が届かない……。ん?何か近付いて来る星がある……。あれの軌道を弄って、落とすか☆」
 こんな感じ。




 コ ズ ミ ッ ク ト ン チ キ 


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遊戯器官/悦楽劇



 何時からクルゼレイが強敵だと思っていた……?



 ほらね、だから僕は嫌だったんだ。トンチキは本当に……さぁ……。












 化外を払う為に破壊が顕現したように、怒りも破壊という形を伴って顕現した。

 三叉戟の一振り。破壊神の怒りが神威へと変換される。暴風と宙をも破壊する力場。破壊の権能。

 「下郎が、その汚物を僕の前に出すな。不敬、不快、下劣極まる。消え失せろ」

 絶対零度の神言。
 星の大海を焼く熱量。
 邪竜の振り撒いた自己愛の増幅は破壊の神威によって凪ぎ払われ、滅された。彼の悪魔が誂えた玩具を目にするだけでも不快極まるのに、それが最低最悪の術を、汚物をばら蒔く様を見せられることにシヴァは耐えられなかった。
 これにより、大半の者が自己愛の奴隷にならずに済んだ。

 しかし、シヴァが神威を振るう以前に飛散した術式に罹患した者たちもいた。ケルトの戦士たちや、日本神話や、エジプト神話の神官や退魔師。罹患した者は無秩序、無差別に己以外を認めず、唯一の己を最も尊びながら、殺し合う。正に畜生の衆。
 力量差を考えず、位階差を考えず、あらゆる要素を度外視して互いを喰らい合う悪鬼羅刹に堕ちた彼らを蝕む精神汚染を解く術は無い。
 殺す他無いのだ。

 恐慌は伝播する。
 仲間割れが恐れを喚起し、化外と悪魔擬きへの対処が遅れる。軍勢は潰えず、押し寄せ、自己愛に染まらなかった清浄なる者を飲み込まんとする。

 ケルト神話代表、アリアンロッドの周囲に控えていた戦士たちは穢れた同胞を迷い無く殺した。
 大日如来は邪な法に染められた者に救いを与え、苦から解放させた。
 各々が自己愛の奴隷と、邪悪の軍勢に対抗する中、一柱の神が立ち上がる。

 「遅い。手緩い。これでは日が暮れる。聖槍の、君も手伝え」

 「承知した。微力ながら、力添えさせて貰おう」

 シヴァと光の英雄が席を立つ。オーディンが両眼を伏せて、嘆息した。
 手にした三叉戟と聖槍が輝き始める。神威が再び解放される。

 邪竜の三眼が英雄と破壊神を認識する。一層、冒涜的に意匠と瞳が蠢き、術式の発動を開始する。
 疑似偽典から検索するのは最大級の呪詛。周囲の生物が持つ負の感情を集合させ、圧縮した物を放出させる魔術である。絶望、憎悪、憤怒、敵意がない交ぜとなった醜悪な邪悪の波動。
 消えろ、滅びろ、と邪竜の貌に醜い喜悦が浮かぶ。だらり、と舌を出した。生けるモノを赦さぬ怨念と妄執が瘴気となり、邪竜に纏わる。
 それに呼応するかのように、軍勢が湧き出る。底から、悪性の深淵、邪竜の胎内より産まれ出た邪悪の子らは産声を挙げながら神威へと吸い寄せられ、光ある物を喰らうべく口を大きく広げる。
 光を犯せ、と術式の最終入力が三眼によって完了すると、邪悪の舌から一条の暗黒が発射された。
 迫る暗黒に英雄と破壊神はただ佇むのみ。

 瞬間、爆発。
 破壊神の神威が膨れ上がった。
 力場が波状に広がり、軍勢を押し流し、呪詛の暗黒線を停滞させる。界が震え、皹が入る。霧の魔術師が慌てながら、界を補強した。彼が創り出した界が壊れれば、惑星の表層で破壊神の神威が解放され、日本列島が吹き飛びかねない。

 邪竜の暗黒線と破壊神の神威のせめぎ合いは拮抗する。
 全力を出せない破壊神の神威は出力を抑えられている。三十パーセントの神威が、邪竜の全力を止めている。
 そして、破壊神は伏せていた眼を開いた。

 「聖槍の」

 「了解した」

 逆巻く金髪、溢れ出す黄金の神威と黄昏のような瞳。
 聖槍がその身に光輝を収束させる。

 英雄が聖槍を構える。投擲の態勢。腕を大きく振り上げ、聖槍を壊れそうな程に握り締める。
 放たれるは、聖四文字の権能でも何でも無い、ただ全力による神威を纏った投擲。黄金光が尾を引き、音の壁を突き破って、暗黒線と力場の接地面へと飛翔していく。
 投擲された聖槍は力場を一瞬にして破壊し、暗黒線を貫いた。砕かれた呪詛を裂き、聖槍は邪竜を目指し突き進む。

 邪竜の脳裏に警鐘が響く。アレは回避せねばならない──
 身を捻り、聖槍の軌道から間一髪逃れる邪竜。背後で発生する爆発、轟音、閃光、衝撃。それらを意識外に置いて、反撃に転じようとした邪悪が見た物は、二刀を構え、己の懐に接近する英雄の姿だった。
 光、二閃。英雄の振るう刃に付属された黄金の神威が煌めき、邪竜の鱗を絶ち斬る。

 「グァァァァァァァァァァァァaaaaァァ遭蛙閼唖襾椏ァァァァァァァァァァァァァ──!?」

 邪竜の絶叫。噴出する紫色の血が英雄の美貌を汚す。
 しかし、黄金の瞳に宿る輝きには汚濁の欠片も付かない。その光輝は更に猛く、増すばかり。光が陰ることは無く、衰えは無い。
 剣戟は止まらない。二条、四条、六条、八条──
 邪竜を滅ぼすまで、英雄は斬撃を刻み続ける。

 疑似偽典を発動させる隙も無い猛攻。再生しようとすれば肉を絶たれ、障壁を張ろうとすれば骨を絶たれる。悪を滅ぼす正義の暴力。
 斬撃、刺突、殴打、刺し抉る、斬り穿つ──様々な手段、攻撃を以て邪竜に刻まれる光の輝き、意志。それらは終末悪の否定を否定する。人の世に栄光と安寧を。その想いが籠められた刃が哀れな悪魔であったモノを解放していく。

 「滅びろ、終末悪の子。この星に、貴様の居場所は無い」
 
 最終の一閃。邪竜に刻まれた刀傷は数知れず。額の三眼は消え、邪竜の基礎となったクルゼレイ・アスモデウスの姿が現出する。その貌に面影は無く、変色した肌と潰れ、がらんどう。
 アスモデウスの身体が崩壊していく。これまでの負荷を精算するかのように、砂状に、風化していくように身体は形を無に帰していく。風に吹かれて、骨すら残さずに空へ溶ける。

 決着は此処に着いた。

 悪は滅びる。此こそ、道理なり。

 















 ◆◇◆◇

 眼が覚めると、眩い金の風が吹き込んできた。それは、彼女が手を伸ばし、されど届かないモノに見えた。

 「兄さん……?」

朧気で、不安定な意識で、夢見心地で風へと呼び掛けた。サファイアの三日月が二つ浮かんだ。

 「残念だけど、僕だよ。おはよう、皐月ちゃん」

 「木場君……?」

 ピントが合い始めた視界で皐月に微笑むのは木場だった。兄に似た金髪と碧眼。誤認して、呼び間違えたらしい。それを思い出すと、貌が熱くなるのを感じた。
 横になっている身体を起こそうとすると、木場に制される。無理に身体を動かすな、と諭され、姿勢を戻した。頭が重く、身体も怠い。風邪を引いたような身体は、確かに起き上がるには億劫この上無い。
 あー、と気の抜けたような声。木場は小さく笑った。

 横たわりながら見る天は霧に覆われた白では無く、人工的な建材と意匠に覆われた色彩。皐月は状況が好転したことを悟った。

 「どうなったの?」

 「君のお兄さんとシヴァ神が怒って、ボッコボコ。聖槍をぶん投げるとか信じられないよ」

 「私、アスカロンが弾かれて、それで……」

 「それは、ほら」

 木場が視線を向けた先には涙を流す北欧のヴァルキュリアと向かい合う魔術師。爽やかな笑みと小粋な魔術で花を出して、プレゼントしている最中だった。泣き止んだついでに、連絡先の交換を忘れない。

 「あの魔術師のおかげだよ。僕も余り魔術には詳しく無いけど、咄嗟に短剣を刺して抗体と呪詛が流れる排出口を作ったらしい。僕が君を受け止めた時には短剣も抜けていて、傷も無かったよ」

 再び魔術師を見ると、皐月と木場に手を振っていた。弱々しくだが、手を振り返す。木場は会釈だけ。
 聴こえてくる喧騒に周囲を見渡すと、皐月と同じように横になり、治療を受ける者たちが大量にいた。日本神話所属の術者や、各勢力の心得のある者らや回復、治癒系統の能力を持った者が処置に当たっている。ちらほら見える軍服の者はシャンバラ所属の医官か。

 邪竜の討伐が完了した後、各勢力の本拠から人員が派遣される措置が取られた。怪我人への対応に現状では手が回らないことを考慮しての物だった。
 皐月を治療したのはシャンバラの医官、ゲオルクが呼び寄せた部下(トスカ)だった。当初、難色を示したリアスを木場が抑えている内に治療は終わり、今に至る。

 「部長たちは?」

 「魔王様の護衛と、治療の助手に分かれて色々やっているよ。てんやわんやだ」

 「木場君は、何してるの?」

 「君の護衛。怪我の後、眼が覚めた時に一人っていうのは、心細いだろうからね」

 ふわり、と笑う。天使の羽根がくるりくるりと落ちるようなそれ。皐月は少し、胸が軽くなった気がした。木場は剣の柄を強く握った。
 一通り、言葉を交わすと木場は俯いた。貌は窺え無い。

 「すまない。僕がもう少し気を払えれば、君はこんな危ない目には遭わなかった。君に不得手な状況を強いてしまった」

 木場は皐月の戦い方を熟知している。赤龍帝らしい正面切っての戦闘よりも、搦め手や隙を突く奇襲を得手としていることを誰よりも理解していた。
 皐月に剣を教えたのは木場だ。皐月に戦い方を教えたのも木場だ。ゆえに、今回や冥界の時のような乱戦が皐月にとって弱点となり得ることも分かっていたが、手が回らなかった。竜種同士の激突は発生してしまった。
 もし、木場があの時、皐月の代わりに邪竜と接敵してたなら、皐月は竜殺しの聖剣を悟られずに、死角から致命的な一撃を入れて、その力を遺憾無く発揮出来た筈だ。邪竜の呪詛に蝕まれずに済んだのだ。霧の魔術師がいなければ、どうなっていたか。

 「謝らなくていいよ。別に木場君のせいじゃ無いし、あれは私が勝手にやられただけだからさ」

 「そうは言うけど、君はこれまでもそうやって無茶ばかりしてきたよね。心配しているんだ。ライザーの時も、冥界の時も、今回も。もう少し、自分を大事にして欲しい」

 それは君にも言えることでは、と皐月は出掛かった言葉を押し込めた。
 致命傷以外を無視して戦った木場の身体は包帯だらけだった。冥界の病院の屋上で話した時よりも包帯を巻かれている箇所が増えていた。口の端には痣と切り傷。その美貌に生々しい傷は倒錯的に映えた。
 創り出した剣を惜し気もなく使い潰し、騎士とは程遠い粗暴な戦い方。化外の首を折り、体術で急所を突いて絶命させる。本人が真似事と評する体術は乱戦に於いて、高い成果を叩き出した。師である幕末最強の剣士とも違う、()()()()()()()()()()()()()()()()()に着眼した木場独自の流派。致命傷以外の傷は回避せずに前進する狂気的なまでのスタイル。
 皐月はそれが時折、恐ろしく感じる時があった。

 「兎に角、私は大丈夫だよ。私は木場君の方が心配だよ。大丈夫なの……?前より怪我した所が多い気がするんだけど?」

 「これぐらいは平気だよ。死なない程度に受けているだけだからね」

 事も無げに言った木場は離れた場所で指示を出すサーゼクス・ルシファーへと眼を向けた。冥界から召集した部隊の配置と運用についてベオウルフと打ち合わせをする彼を見て、木場は呟いた。

 「隙だらけだ……、誘ってるのか?」

 「え……?」

 上手く聞き取れなかった皐月に木場は微笑んで、毛布を掛けた。

 「大丈夫、君は守るよ。何も心配しなくていい」








 サーゼクスが眷族と今後の動向について協議している中に、日本神話所属の神官が茶を持ってきた。

 「サーゼクス・ルシファー様、此より術式残留の痕跡が無いか探る為、探査術式が周囲で発動されますので、御注意を」

 「了解した。お茶、美味しく頂かせて貰ったよ」

 神官は一礼して去っていく。眷族もそれを見送り、主の方へと向き直ると、

 「──え?」

 とん、と軽い衝撃。内から叩かれた感覚。
 潰れる音がした。
 サーゼクスの胸から突き出る切っ先。溢れる朱。静まる空間。
 サーゼクスは胸に手を当てる。それは幻影では無い。実在する、()()であった。聖剣が胸から生えていたのだ。

 さ、──

 さ、──

 「──サーゼクス様ぁぁあぁぁぁああぁあぁぁぁぁああああああ!!」

 げらげらげら、と下卑た笑い声が聞こえてくる。

 「サーゼクス、サーゼクスッ……、誰か、医官をぉぉぉっ!!」

 ゲラゲラゲラ、とおぞましく笑む。

 兄を案ずる悲鳴が、夫に縋り付く妻の慟哭が、臣下の怒号が木霊する。
 いいなぁ、いいなぁ。ニタリ、と卑しい高揚感をひた隠す。
 以前、採取した擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の欠片は上手く作用した、と犯人は犯行の成功に安堵する。擬態した姿はバレていない。恐慌状態の会場内へ潜り込むのも容易かった。
 粒子状に粉砕した擬態の聖剣を茶に混ぜて、嚥下を確認したら仕込んだ術式を発動させ、内から聖剣を顕現させる。余りに簡単に、ルシファーを騙る情愛の悪魔の胸は穿たれた。殺すつもりは元より無いが、無用心すぎではないかと失笑してしまう。

 一人目はやった。次は二人目だ。

 横になりながら、突然の事態に困惑する少女に背後からそっと近付く。毛布を被って、視界は狭まっている。呪詛の後遺症で勘も潰れている。
 欠片を出す。形状は万年筆。手にはバインダーと書類。姿は北欧の医官。
 光の英雄は妹に手を出されたら、どのような反応をするのか。
 距離は後、三歩。


 そして──


 「創造経始(バースオープン)

 突き立てられる剣群。引かれた境界線。
 殺気、上空。落下してくる影と、砕かれる地。

 「聖剣の欠片か……、嗚呼、確かにちょうど良いかもしれない。燃え滓の八つ当たりにはな……」

 無銘の魔剣を手にした男──木場裕斗。身の丈以上ある大剣を肩に担ぎ、神官を睨む。

 「はじめまして、ユークリッド・ルキフグス。御丁寧に聖剣の残骸まで持って、彼女に手を出すとは。随分と高い喧嘩を吹っ掛けられたものだ」

 「──へ、は、は」

 旧き悪魔。番外の悪魔が一柱。
 明けの明星が嫡子に見出だされた悪性が、遊戯に耽る。
















迂闊にトンチキを戦わせてはいけない。(戒め)


因みにガンマレイ☆無しで、ぬっ殺した模様。なにこいつ?聖槍使ってやれよ。


ところで、愉悦部のハーメルン支部に入りたいのですが、何処に行けば入部出来ますか?


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番外編:霧中の蟻──血統支配狂宴ヴァレンチナ


ハッピーバレンタイン。(中指)


やぁ、みんな!!バレンタインデー、如何お過ごしかな?

僕かい?僕はセミ様とパールヴァティ様にチョコを貰えたから満足さ☆

なに可哀想な奴を見る眼で見てるんだよ?笑えよ?

………………

ということで、作者からもバレンタインプレゼントです。

一日に複数更新とかマジ死ねる。







 ピックアップトラックの荷台に揺られながら、深い森を抜けると、そこには小さな街があった。
 オレンジの煉瓦屋根が並び、石畳の上を馬車が走る風景が丘の上からでも見えた。街を囲む城壁も風情を感じさせる物だった。
 
 「綺麗な街だねぇ……、ここがヴァレンチナかい?」

 「おう、この先の平原に広がる街がヴァレンチナさ。城は大昔に壊れちまったが、中世から街並みは変わらねぇ。小さな街だが、二三日の観光にゃ充分な見所があると思うぜ?」

 青年──ゲオルク・ファウストは運転席の初老の男の話を聞くと、へぇ、と短く返して、眼下のヴァレンチナを見やる。

 「そうかぁ……綺麗な子や、可愛い子に出会えるといいなぁ、なぁんてね」



 ゲオルク・ファウスト。
 軽薄な笑みと、最底辺の女癖を合わせ持つ彼は魔術師である。嘗て、灰色の魔術師にて伝承科の講師、学部長補佐、資料管理局主任担当等の役職を若くして歴任した当代最高峰の魔術師の一人。理事メフィスト・フェレスより直々に『霧』の二つ名を贈られたその界隈では知らぬ者はいないほどの人物だ。
 ゲオルクの功績は数知れず、魔術師の間では伝説と化している物もある。曰く、魔術師崩れの吸血鬼が引き起こした大規模食屍鬼爆発(アウトブレイク)の執行に駆り出された際に、生存者のいない都市を詠唱もせずに杖を一振りして焼き払っただとか、呪詛科の学部長と予算案に関してトラブルになって、相手の呪詛を素殴りと自前の対魔力で吹き飛ばして、顔面に一発聖剣を捩じ込んだだとか。天体科の御令嬢の狂気染みた粘着を神器と幻術で巧みに交わして、背後から刺されることを回避していただとか。
 とは言え、それらの内どれだけの事が真実かは定かでは無い。天体科の御令嬢の話にしたって、ゲオルク擁護派とゲオルク断罪派で今も尚、灰色の魔術師内で激しい論争が繰り広げられている。内向的、契約以外では排他的と思われがちな魔術師も内輪ではそれなりに仲が良い相手もいるのだ。全員が生涯を魔術へと捧げる訳では無い。

 そんな、ちょっとした有名人である彼は今、東欧の片田舎をヒッチハイクした車の荷台でとある街に向かっている最中であった。
 とある事情から灰色の魔術師を出奔し、対立していた裁示局からの追っ手と、これまた妙な事情により追われることとなった教会の最高戦力──虚数聖項執行機関の代行者から逃げ回り、世界を一周した末に再び欧州の地を踏むことになった。
 ウクライナとルーマニアの国境近くにある小さな街であるヴァレンチナ。ゲオルクが以前、共に魔導を学んだ学友が眠る街でもある。結社間抗争の調停団として中米に派遣された友人は現地の魔術結社と介入してきた第五聖項執行機関との戦闘に巻き込まれ、死んだ。遺体は故郷のヴァレンチナに埋められた。
 今回、この街を訪れたのは潜伏では無く、墓参りが第一の目的であった。

 澄んだ空の下、ヴァレンチナ市街まで三キロ程の地点で、運転手がブレーキを掛けた。
 
 「どうしたんだい?何かトラブルでも?」

 窓から貌を出して、運転手は言う。

 「いや、いきなりエンジンが止まっちまった……。すまねぇ、ちょっと待っててくれ」

 ボンネットを開けて、エンジンルームを弄る運転手を横目に、ゲオルクは少しばかり離れた場所に広がる林に視線を送る。
 嫌な臭い。腐臭。猟犬。人払い。同業の者。

 「運転手、大丈夫だ。後は歩いていく。ここまで、ありがとう」

 軽く肩を叩いて、運転手に暗示を掛けたゲオルクは林へと歩を進める。

 「昔から言われていたけれど、僕が休暇を取ると毎回ろくな目に遭わない。墓参りぐらい普通にさせておくれよ」
 
 魔術師の間で囁かれる霧の魔術師の伝説曰く、彼が休暇を取ると毎度、トラブルに巻き込まれて帰ってくるという。
 
 
 
 

 
 

 


 時刻は午後三時。太陽は天に座し、未だ健やかな光を放っている。
 しかし、本来ならば、木漏れ日が地に揺らめく林は暗黒に包まれていた。
 結界により遮光され、閉ざされた檻の中を蠢き駆ける吸血鬼たち。彼らは白いワンピースの少女を追っている。サンダルは脱げ、カーディガンも何処かへと落としてしまった。裸足で折れた枝の上を走り、必死で鬼から逃げる金髪の少女は永劫に廻る迷宮と化した林を彷徨う。
 そして、その二者を追う者もいる。カソックや修道服に身を包んだ法皇庁異端審問統括局所属の代行者たち。そして、服装に統一性の無い集団、灰色の魔術師より派遣された執行者部隊。

 吸血鬼たちへと代行者の刃が投擲され、四巴の戦端が開かれた。
 
 宵闇の彼方から迫り来る炎の波が吸血鬼と代行者を飲み込む。詠唱が絶え間なく紡がれ、波は寄せては引くを繰り返す。摂氏千度以上の津波は林を炭化させた。
 だが、その中で動く影を執行者は視認した。代行者だった。彼らが扱うのは魔術では無く、神器。結界か、肉体強化か。何れにせよ、執行者たちの攻撃は防がれてしまった。
 自己再生能力の高い吸血鬼たちも直ぐに再起した。召喚し、放つのは犬の眷族。食屍鬼と成り果てた野犬を三者へとけしかける。

 爆発と閃光。

 お得意の食屍鬼焼却に則った対処法と、唯一神を崇める言葉を刻んだ手榴弾。
 この程度のことはプロである彼らにとっては大したことでは無い。猟犬如きにやられるようでは、このような職務に就くことは出来ない。
 彼らに向けて放たれた猟犬は余さず滅ぼされ、その一瞬の隙を突き、一人の代行者が矢を放った。法儀礼が施された神聖な矢は吸血鬼の眼窩を穿ち、発火した。そしてその射手の首に鋼糸が絡み付き、断つ。残心の一瞬、執行者は背後に回ったのだ。

 されど、このような対処を、アプローチを成せるのは彼らが幾度もの戦場を経た戦士であるからだ。
 ただの少女にはどうしようも無い。
 俊足の猟犬は少女を的確に追跡し、その距離を縮め、喰らおうとする。足裏から流れる血の痕跡、滴り落ちた汗と涙の臭い。異なる要素が嗅覚に訴える。獲物の位置を。

 逃げる。逃げる。逃げる。
 だが、無意味。
 走る。走る。走る。
 しかし、牙はすぐそこに。

 石に躓いた。爪は割れて、爪先は赤黒く染まって、食屍鬼の性質を内包した畜生を甘美に誘惑する。口端から滴る涎はその証。食欲が、貪り蹂躙させろという衝動が剥き出しの牙と共に見える。

 後退りする少女。涙を眼一杯に溜めて、震える。
 三頭の猟犬に彼女は肉を裂かれ、咀嚼され、骨まで貪られるだろう。助けは来ない。外とは隔絶され、音は漏れず、声は勿論届かない。
 牙が迫る中、その柔肌に突き立てられる直前に、少女はそれでも声を挙げた。全霊の悲鳴を叫んだ。

 「誰か助けてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 「お任せあれ、そぉれっ」

 業火が、執行者たちの炎の津波を上回る炎が林を蹂躙した。

 空中に刻まれたルーンは、ケン()ハガル(破壊)ソウェル(太陽)を合わせた一文字(バインドルーン)

 「いやぁ、やっぱりルーンは便利だねぇ。野営のライター代わりから、食屍鬼焼却まで何でもござれだ。まぁ、聖剣の方が楽なんだけどね!!」

 少女の前に立つスプリングコートを着た青年を見て、三者は戦慄した。何故、この男がここにいるのだ、と。
 執行者は裁示局が目の敵にする青年の恐ろしさを知っている。出奔前に青年が犯した事件、執行者三十八人の殺害は彼らにとって悪夢、最悪の失態となって禁忌とされている。
 代行者たちは青年の出鱈目さを知っている。彼らよりも格段に強い最高戦力である虚数の名を冠する集団が煙に巻かれ、未だに殺害出来ていない最上級の排除対象。
 吸血鬼たちも青年の強さを身に染みて実感している。彼がツェペシュ公国に滞在中の際、ちょっかいを掛けた青年貴族とその私兵が翌朝、串刺しになって見つかった。

 勝てない、と全ての者が悟る。その軽薄な笑みに隠された暴威が、有史以来最高峰の一人とされる魔術師の叡知が、彼らに向けられている。彼らは、青年と渡り合える場所にいない。容易く潰されてしまうだろう。

 「さて、僕の友人が眠る街の近くでこんな可愛いお嬢さんを寄って集ってさぁ。君たち酷すぎるよねぇ?」

 ──疾く、消えろ。下衆が。

 霧に包まれた手に顕れた聖剣を振るうと、闇は晴れ、少女を狙う者たちも消えていた。













(∴)<どうだぁ?俺のチョコは美味かったかぁ?


続 か ね ぇ 。



出来ない……、僕には出来ない……。

短編から連載になった作品と並行して番外編を書くなんて、無理だ……。

そんな文才、僕には無いんだ……。

僕は、もっとドロドロした奴を書きたかったんだ……。




誰かD╳Dの世界観で魔術師のドロドロした感じの作品を書いてくれ……。



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剣戟境界

火を、炉の火を燃やせ。


汚い火を燃やせ。


その火は己を直に焼くことは無いけれど、それが確実に僕を壊していく。


でも、それでも良いと思った。思えてしまった。


不思議だね、皐月ちゃん。





 無数の剣戟。創造される剣は百を越える。
 一瞬にして、場は剣の莚となった。

 木場が駆ける。速度は姿を視認出来ぬ程に、迅い。風を裂き、音を置き去りにしそうな加速。
 手にするは二振りの魔剣。どちらにも銘など無い創造の剣だが、それは一級の聖剣をも砕くに値する代物である。魔力を切り裂く剣と、紫電を纏い、敵を焼き、痺れさせる剣。それらは創り手の想いを顕し、外界へと出力する。間合いに入った瞬間に繰り出される幾閃もの斬撃。怒りが、殺意が、確実に出力されている。
 騎士の位に在る木場の猛攻はされど止まらない。転移と錯覚する程の高速での移動は騎士の特性でもある。

 斬、斬、斬──

 数多の剣を使い潰す。火の魔剣を、水の魔剣を、風の魔剣を、地の魔剣を、四元素を基盤とした彼が創造しうる魔剣を総動員する。属性の嵐が吹き荒れ、雷と氷の波動が番外の悪魔を喰らう。

 「ふへへへ、は──」

 「創造経始(バースオープン)

 手にした二振りの魔剣を投げつけて、新たに創造するは巨剣。伝説上の怪物を物理的に葬るだけの形状と重さを反映した、木場だけが持つ対怪物兵装。持ち手に施された拙い強化魔術で、その重量を何とか支えている。
 跳躍から振り下ろされる、もはや戦槌とも見える巨剣は重力に後押しされ、内包した破壊力を増す。
 轟音と爆発。
 巨剣が振り下ろされた先は、地が砕け、破片が浮遊し、不可視の波動が畝る。その中で、木場を見て笑む番外の悪魔。木場の眉間に深い皺が寄る。

 「聖魔剣は、使わないのかなぁ?」

 囁き。しかし、それは木場の鼓膜を明瞭に、乱暴に叩いた。

 「オォォォォォォォォォォォッ──!!」

 身体を雑巾のように捻り切る。最大の遠心力を以て、巨剣を振り抜く。空を裂き、音すら砕く一撃。腕が悲鳴を上げる。筋繊維の切れる音が内から響く。その音を掻き消すように、木場は咆哮する。
 だが、それを番外の悪魔はひらりひらり、と回避し、薄気味悪い笑みを木場に向ける。嘲りか、憐れみか、どうとも取れて、どうとも取れない表情は万人を不快にさせるだろう。邪悪を煮詰めたような、悪性の極み。
 
 番外の悪魔は激情を迸らせる後輩へと掌を掲げる。そこに刻印された幾何学模様、魔術式が怪しく発光する。

 「Das Feuer scheint(火は煌々と) Bone Dancing Wildnis(灰舞う荒野) DISPARAGED Knochen ist nicht inp(貶める骨は在らず)

 詠唱の後に発動される魔術は大火を産んだ。高き炎の波は鉤爪のように反り、木場とその場にいる者全てを灰塵に帰そうと酸素と反応する。
 そして、番外の悪魔は握り締めた拳から、粉末を蒔く。

 「創造(バース)装填(リロード)射出(バレット)ッ!!」

 木場が空中に創造した魔剣を炎へと射出した。
 炎を打ち消す魔剣、水の魔剣、氷の魔剣、災厄を塗り潰す魔剣──二百を越える剣群が炎を阻む防波堤となり、剣を構成する魔力が壁を造る。
 粉末が炎に触れると、無数の爆発が発生する。それらは剣の障壁を揺らし、亀裂を入れる。木場は補強の為に次々と剣を射出し、炎を押し留める。三百を越え、四百。四百を越え、五百。剣は牙城と化す。それは木場が持てる最高の守り。
 
 『傷阻む、魔剣の牙城(カースソード・ロードトリテレイア)

 剣群が炎を打ち消して、煙が晴れると、番外の悪魔は手をだらりと下げて消耗する木場を見ていた。

 「すごいなぁ。魔剣だけでよくやるよねぇ、すごいすごい。は、は、ふふふ。聖魔剣使えば楽なのになぁ。もしかして、マゾ?」

 「生憎と、僕にそういう趣味嗜好は無い。そういう貴様こそ、よくもまぁ、ここに出てこられたよ。死人が蘇って悪戯をするのは、ハロウィンだけにしてくれ。尤も、悪戯にしては貴様はやり過ぎだがな」

 「ユークリッドォッ!!」

 外野からの叫び。実姉、グレイフィア・ルキフグスの怒号。血を吐くような声色だった。

 「おや、これはこれは。姉上?姉さん?御機嫌麗しゅう。御元気そうで、僕は嬉しいですよ」

 「何故、貴方は生きているのです!?貴方は大戦で戦死したと……」

 グレイフィアは幻覚を見ているかと驚き惑う。
 事実、ユークリッド・ルキフグスは遥か昔、聖書三勢力間にて勃発した大戦に於いて戦死が確認されている。堕天使領との境界線で部隊を指揮していたユークリッドは堕天使側の戦術兵器──高濃度に圧縮された御使いの光を束ねた弩の一撃を防いで力尽き、遺体はルキフグス家によって回収され、埋葬された。それはグレイフィアも己の眼でしかと見て、触れて、過ぎた現実だった。そうだった筈。

 ユークリッドが嗤った。

 「嗚呼、嘆かわしいなぁ。情愛に絆されたか、我が親愛なる姉よ」

 グレイフィアの後ろでサーゼクスが運ばれていく。一命は取り留めたらしく、うっすらと瞼を開けている。

 「以前の貴方であれば、そのような愚昧極まる問いはしなかった。やはり、僕の失望は間違いでは無かったということだ」

 何を以て、ユークリッド・ルキフグスの死を確信したのか?
 回収された遺体の遺伝情報と身体的特徴が一致していれば、それは本人なのか?その屍を墓の下に埋めれば死亡が確定して、覆しようの無い厳然たる事実になるのか?
 現実を見るべきであると、ユークリッドは厳かに、しかして優しく姉に指摘する。現にユークリッドはグレイフィアの前に実在している。最愛の夫を聖剣を用いて謀殺しようとしたのだ。貴様の弟は、ルキフグスの血統は絶えて無かったのだ、と。
 その美しき銀髪を揺らしながら、歪な美貌を見せる。その貌は紛うことなき、ユークリッド・ルキフグスの物であった。

 「しかし、やはり本命は乗ってこない。流石に遊びだとバレているらしい。ねぇ、聖魔剣。慰めてくれるかい?」

 「抜かせよ、享楽主義者。僕は慰めるのも、慰められるのも、御免だ。遊んで(殺して)やる。死ぬ気で踊れよ?」

 再び創造される剣群、総数にして五百。それらがユークリッドへと一斉に射出される。
 魔剣が持つ能力は追跡。射出、投擲を前提として創造された遠距離兵装。更に、四元素から成る属性が付与されている。
 それに追随するようにグレイフィアが飛び出す。手に魔力を纏わせ、手刀を形作る。憤怒が色を持ち、紅となる。

 しかし──

 「お呼びでは無いよ、姉上」

 「グレイフィア様、これは僕の獲物だ。僕が先に唾をつけた。引っ込んでいて貰おう」

 剣群と水流がグレイフィアを退かせる。

 「裕斗ッ!!」

 「部長もだ。その剣線を越えたら、僕は敵味方区別出来ない。こいつはそう甘い相手じゃない」

 襲来する魔術を剣の射出で相殺し、斬り裂き、前へ進む。
 己の限界を突き破る速度に達していた。巨剣を振るった時のように足から糸が千切れるような音が鼓膜を内から震わせる。それを魔術で誤魔化して、前へ進む。全ては、一人の女を狙った報復の為に。

 実を言うと、木場は己を突き動かす理由をきちんと理解はしていないのだ。
 たかが復讐し損なった燃え滓が何故、復讐を望んでいた時分が如く怒り、殺意を露にしているのか。木場は少なからず、己に違和を覚えている。ただの仲間、ただの友人。灰に熱が灯るほどの要素では無い。
 しかし、今、確かに火は燃え上がっている。北欧の大神に番外の悪魔の兵藤皐月への悪戯を予言された時、エクスカリバーへ向ける物と同等の醜い感情を抱いた。兵藤皐月が怪我をしている姿を見ると、酷く胸が痛んだ。それが何を意味するかは分からない。それでも、木場はユークリッドへと剣を向ける。彼は既に燃え尽きた灰などでは無い。
 木場の炉には火が戻っていた。

 疾走は止まらない。再び灯った火は木場を、木場裕斗という機構を稼働させ続ける。
 現状、木場は上級悪魔と同等の力を発揮していた。獲物を定めた彼は、勝負する相手を間違えない。彼が戦う相手は己自身。一瞬前の己を乗り越え、進化する。誰よりも強大な敵を相手に挑み、進み続ける。ユークリッドの手前で嗤う一秒後の自分を追い越していく。
 身体が軽いのだ。内燃する火は己を焼けど、その熱は不思議と力を湧かす日溜まりのような物であった。
 創造する剣の構成が、設計が、次々に脳裏へと浮かび、止めどなく溢れる。頭は冴え、手数は尽きず、これまで創造した魔剣のどれよりも洗練され、強力な物が手に顕れる。激情と沈着が共存し、木場を後押しする。

 寒気を覚えた。第六感が警鐘を鳴らす。
 己が創造出来うる最上級の魔剣を創り、来る斬撃を防ぐ。刀身にそれが接触すると、魔剣は火花を散らすことも無く砕かれた。
 擬態の聖剣。形状を自在に変える七つの贋作の一つ。その断片。掌に収まるほどの大きさの欠片は、木場の頬を掠め、鞭のように長さを変えていた。頬に走る朱の一線が焼けるような痛みを脳に伝達する。
 激しい剣戟が木場を襲う。剣を砕き、軌道を逸らすだけで精一杯。前進が止まる。うねり、撓る、自在の剣が蛇のようにとぐろを巻く。

 「悪魔が、断片とは言え聖剣を使うなんて。それも、そこまで巧く使いこなすとはね。流石はルキフグスの嫡子、腐っても一級か……」

 思わず、悪態を漏らす。
 剣とは言えない、紐状の刀身は時に魔剣に絡み付き、木場の防御を潜り抜けようとする。

 木場は焦燥を感じていた。
 手数は足りている。刃が届かない訳でも無い。しかし、足りない。圧倒的に不足している要素がある。
 聖剣が作り出す防御圏を粉砕し、ユークリッドが放つあらゆる魔術を打ち破り、喉元に刃を突き立てるだけの決定力を持った得物。

 木場の神器『魔剣創造(ソード・バース)』は所有者の思い描く魔剣を創造するという物である。属性も、設計も、材質も、全てが思う通りの一級の魔剣を造り出すことが出来るが、伝承や神話に語られるほどの物は創造出来ない。
 彼が求めている得物はその神話級の剣である。例えば、グラム、ダインスレイヴ。それらと同等、或いは準ずる物でなくてはならない。
 手中に無い武器を使うことが出来ないということは稚児でも分かる道理だ。しかし、冷静な分析により叩き出された結果はそれらを不可欠としている。

 「やるしかない、か……」

 だからこそ、木場は覚悟を決めた。
 眼前で嗤う己を越え、死線を越える鉄の決心。前人未踏の境地に足を踏み入れる第一歩。
 彼は数多の神話へと挑む。

 「創造径始(バースオープン)──」

 木場は未だに一流に届かぬ二流でしか無い。ゆえに、彼が創る剣も二流が創った一流でしかなく、一流の一流には及ばない。
 それでも、二流が一流に勝ることは無い、とは言い切れない。世界に絶対は無いのだから。

 「精密創造(ディテールバース)──」

 剣の基盤とする伝承は北欧の伝承に於いて、最も高い知名度を誇るドヴェルグの遺産──ダインスレイヴ。生き血を啜るまで鞘に納まらない絶死の伝承を反映する。
 この時点で木場の身体と神器は限界を迎えていた。内にある神器が損傷する音を聞きつつ、木場は創造を止めない。視界が赤く染まっていく。

 「過重創造(オーバーウェイト)──」

 基盤に付与する概念は光を喰らう『魔』。邪悪なる因子を呼び込み、聖なるモノを貶める悪性を持ちし魔剣を基盤に接続する。源泉は憎悪。再燃した火より出る灰が剣を構成する。
 眩む視界と感覚を押して、更に概念を付与する。二重に、三重に、四重に。
 
 ぐちゅり、と水っぽく潰れる音が、遠く聞こえた。
 剣の形状を創る段階では意識を保っていられることが不思議だった。瞳から光は消え失せ、血涙を流す姿に覇気は感じられず、死人と形容してもおかしくはなかった。
 内部に機構を仕込み、二刀分の戦力を一刀に集中させる。剣では無い要素を反映したツケは限界を越えた木場に杭を刺すような痛みを与え、それで何とか意識を保たせる。

 ユークリッドは感嘆し、後輩である遊び相手を称賛する。
 素晴らしい気概だ。主や、その孫が見れば手を叩き、その様を絶賛するだろう。いや、或いは既に何処かで席を立って彼に声援を贈っているのかもしれない。自分も状況や場が違えば、一人の悪魔として、悪性の輩として最大の敬意を以て相手をしていただろう。
 しかし、残念ながらここは遊戯の場。彼が()()()()()()()()()

 ゆえに、彼は玩具(聖剣)で木場を弄ぶ。
 弧を描いた軌跡は俯き、膝を着く木場を捉えようとして──



 「完全現出確認(フルオープン)創造完了(バースコンプリート)──」


 ──打ち砕かれた。

 創造された魔剣は、一概に剣と言える形では無かった。
 細身の刀身と先細りしたそれはレイピアのようにも、突撃槍のようにも見て取れる。
 しかし、その刀身は全方位が刃であり、触れるモノ全てを傷付ける、血に渇いた真性の魔剣である。纏う邪気は白痴を騙る悪魔を知るユークリッドをして、眼を見張る物があった。

 伝承や神話に匹敵する新たな魔剣、その銘を『無形、灰の剣』。

 「これが、今の僕が創り出せる究極だ……、遊び足りないならば来い。少なくともまだ、()は遊び足りないぞ?」
 
 その凄惨な笑みは、邪悪が過ぎた。



 









 
 
 



今回のあらすじ→KIBAがパチモン守護者エセロールプレイ擬き&何か自覚し始めたやべー奴



パールヴァティ様、すみません。僕は……、ふじのんに浮気します……。


ちょっと、ふじのんエロくない?どうしてあんなに色っぽいの?逆立ちバナナは訝しんだ。


何故、閣下とグランドクソ野郎はこの事態を静観しているか。それはまた後で。



あっ、オリジナル作品を書き始めました。

見ていただけると、嬉しいです。(露骨な宣伝)

嬉しいです!!(念押し)


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災禍嵐招/死人の隠れ家


 やっとこ書けた……。

 オリジナルも書きたいし、フワッと思い付いたネタも書きたい……。

 時間をくれぇっ!!

 取り敢えず、今回は閑話的なやつです。












 「ほう……、こりゃあ驚いた。よもや、神話に手を掛ける剣を創り出すとはのぉ」

 蓄えられた豊かな白髭を撫でながら、少年を見る老齢の神オーディン。両眼を薄く開き、少年の持つ武器を捉え、視て、感嘆する。

 「ドヴェルグの……、ダーインの剣を基にして呑まれぬか。良いな。逸材じゃな。しかし、これはいかんなぁ。欲しくなってしまうのぉ。聖槍の、お主の眼鏡には適うか?」

 「俺の所感など、何の役にも立たないだろう。だが、良い戦士だ。あの気概は称賛に値する」

 霧の防壁に囲まれた領域で、大神と英雄はその戦いを見守っていた。
 己の限界を突破し、不可能とされていた神話級の武具を創り出した一人の転生悪魔はボロボロになりながらも、二つの足で地に立ち、魔剣を番外の悪魔へと突き付けている。笑みは邪悪な、引き裂かれたようなそれだが、その意思は曇り無き、眩く輝く物であった。

 世界中、何処の神話と比較しても北欧のドヴェルグ、或いはドワーフの技術力は随一と言わざるをえないだろう。神造兵器にも引けを取らない彼らの武具は、神々の象徴として用いられることも多かったとされる。
 邪竜の財宝であったダインスレイヴもその一つ。優秀な鍛治師、ダーインの鍛えた剣は邪竜が施した呪いによって魔剣へと変質した。その呪いは所有者だけでなく、創造系神器や鍛治師がその魔剣を基にした剣を造ろうとした際にも発動する強力な呪詛であった。それは半ば、悪性の概念へと昇華しつつある。
 しかし、木場裕斗はその呪いを超克した。厳密に言えば、彼の身体を呪いは蝕んでいるままで、今も激痛と流れ込む恐怖で精神は砕ける寸前だろう。保って、三分。彼が新たな魔剣を振るい、動けるのはそれが限度だ。だが、それでも、それさえも破格である。本来、ただの転生悪魔が最上位の魔剣の呪いを受けて、三分も戦えるということはあり得ない。

 ゆえに、大神オーディン──軍勢の父、戦の父(シグフェズル)は彼を欲する。
 勇敢な戦士。勇気を持つ誇り高き者。いずれ来る、神々の黄昏で巨人と戦う勇士たちはグラズヘイムのヴァルハラに招かれ、永劫戦い続ける。
 木場の戦いはそれに適う物だった。大神の傍に控えていたロスヴァイセも目をむいていた。一つ一つがマクレガー・メイザースが放つ物と同等の魔術を物ともせず、遥か格上の相手に臆せずに立ち向かう姿は戦と縁深い北欧の者たちの心を打った。

 だからこその密告でもあった。
 大神は有望な戦士を万界捉え視る高座(フリズスキャールヴ)で視て、白羽の矢を立てた。
 しかし、復讐のみを糧にして来た哀れな元人間は、火を失った灰となり、消える寸前であった。そこで、彼の心に僅かに残った火種に、大神は望みを掛けた。ロスヴァイセに番外の悪魔、白痴を騙る悪魔の遊戯を木場に伝えさせ、再燃を刺激した。
 そして、結果、思惑は成功した。

 「しかし、あれはグラズヘイムへは下るまい。貴方が欲しがろうが、本人が了承しない以上、どうすることも出来ないだろう」

 「そこなのじゃよ。あの者は戦いを至上とはしておらぬ。お主の妹一筋じゃからなぁ。実に勿体ない。兄として思うことは無いのか?」

 「それこそ俺が口出しすることでは無い。妹の生は、妹の物だ。あいつのしたいことをすれば良い」

 それがどんな選択であれ、と英雄は小さく溢す。霧の魔術師は薄く笑んだまま。大神はその主従を横目で捉えていた。
 喧騒と混乱がぶちまけられた場の中で、彼らだけは凪いだ海のような静けさを保っていた。シヴァやゼウスとも違う、某かに備えているような佇まいは一部の者たちに、更なる不安を抱かせる。

 静謐な、しかして膨れ上がる圧の中、英雄が口を開いた。

 「それで、何時、()()()()()()?」

 霧の魔術師の貌から笑みが消え、虹色の螺旋が光る瞳が開かれる。マゼンタとライトブルーの混濁が大神を射抜いた。
 大神がほうっ、と息を吐く。その息は白い靄となり、中空で鏡と化す。そこに映るのは湖面。波紋が等間隔に伝播する。ミーミルの泉。嘗て、大神が片眼を抉り、捧げた智の源泉。その湖面を大神は俯瞰し、何かを待つ。




 欧州全域に伝わる伝承に、ワイルドハントという物がある。猟師の一団が猟犬や馬を引き連れ、空や大地を移動する物であるとされる。猟師たちは死者や亡霊、または妖精であり、この猟団は戦争や疫病などの大禍の前兆とされ目にした者は死を免れないとも。彼らを妨害したり、追跡しても然り。
 このワイルドハントの主、首領(嵐の王)は地域によって伝承が違う。例えば、最優の騎士、アーサー王。東ゴートのテオドリック大王。死者たちの王女、女神ヘカテー。そして北欧の大神であり、死と霊感の神でもある、オーディン。
 北欧神話に於いて、ワイルドハントはオーディンの狩猟団であるとされている。『オーディンの渡り』とも呼称されている。日本の怪異、百鬼夜行に類する部分があり、魔物の軍団としての性質が与えられていった。

 このように、嵐の王に数えられる者には本来の伝承より来る性質に加え、ワイルドハントの主──災いと禍を引き付ける性質が否が応にでも付加される。これは如何なる神格でも逃れられない、法則である。
 数あるオーディンの呼び名(ケニング)、性質の中にも禍を引きおこす者(ベルヴェルク)という物がある。これが嵐の王としての大神の側面である。

 ゆえに、彼らはどうあっても災いを呼び寄せてしまう。
 ブリテンの崩壊が確定されたターニングポイントであるように、神々の黄昏(ラグナロク)が不可避であるように、それは連鎖的に発生するのだ。周囲に禍があればあるほど、悪いことが続くように災いを呼び寄せる。

 湖面が凪いだ。

 「聖槍の、来るぞ」

 「ゲオルク、頼む」

 霧の魔術師が杖で地を突いた。瞳が怪しく輝き、魔力の奔流が大神と英雄、自身とロスヴァイセを包む。

 「飛ぶよ──ッ」

 転瞬、霧が彼の瞳と同色に染まる。
 瞳が空間を探査する。創り出した界を、新たな界へと展開させる為に、安定した地点を探す。それは例えるならば、台風の目。吹き荒れる嵐の中にぽっかりと空いた、安全地帯である。外宇宙との境界へと空間を転移させる。
 そこは次元の狭間の表層。理外の存在の領域。そこかしこに廃棄され、腐敗する旧き巨人の残骸と存在を削り取る死風。
 
 英雄が黄金の瞳を細めた。大神は捧げた瞳に、理外の力を宿す。
 視線の先には、ドレスの少女。しかし、その姿は定まらない。老人のようにも、青年のようにも、果ては蛇のようにも、形容し難く変化する。
 霧の魔術師が静かに、己の工房から最上級の聖剣を顕現させた。

 「イッセー、オーディン、久しい」

 無限の龍神、オーフィス。嵐の王が呼び寄せた特大の災禍。
 嵐の王によって、災禍という形で現出した龍神は淡白に言葉を紡ぐ。

 龍神を視認した英雄は聖槍を目覚めさせ、禁手へと昇華させる。
 顕れるのは究極の神殺し。地球上のあらゆる神話を侵略してきた、聖四文字の権能が宿り、且つ聖四文字を喰い破ることの出来る最上級の聖遺物。その真価。

 『禁手──聖約・光齎す開闢の神槍(ロンギヌスランゼ・フィーアト ルクス)

 聖槍が輝き、その身を分裂させ、二槍へと変容した。
 迸る神威が逆巻き、黄金の瞳が燃え上がる。槍に宿る雷火は、ゼウスの雷霆にも酷似している。
 

 「聖槍の、世話を掛けるな」

 「埋め合わせはして貰うぞ、御老体(ワイルドハント)。しかし、どの道、龍神はあの場へ顕れるつもりだったのだろう。水際で防げたと思えば得だ」

 「イッセー、オーディン、そこを通す。我、その先に用がある」

 ウロボロスが蠢き、界が震える。龍神の眼は深紫の火を灯す。
 英雄はその視線に黄金の視線をぶつける。次元の狭間にパキリ、と乾いた音が響き、視線の衝突点が歪み、死風を消し飛ばす。

 「それは無理だ、無限の龍神。貴様を通す訳にはいかない。貴様を通せば、不安定な界が崩れ、地上での戦闘を余儀なくされる。その場合、民たちに要らぬ被害が及ぶ。それを看過する訳にはいかない」

 「そういう訳じゃ。のぉ、オーフィス。引いてくれんか?」

 「ならば、押し通る」
 
 龍神の背後に顕現する尾を飲み込む蛇を一瞥し、英雄は朗々と告げた。

 「ならば、致し方なし」

 嵐の中へと突っ込む。















 ◆◇◆◇

 夜の闇に紛れる影が、音も無く蠢く。
 ゆらりゆらり、と陽炎のように。

 嘗て、吸血鬼たちの国──ツェペシュ公国があった焦土に潜む影たちは、ジリジリ、とガイガーカウンターにも似た音と共に、姿を現した。
 隕鉄を含有し、対魔力を付与したボディアーマーが付いたボディースーツの上に戦闘用の防護服。アサルトカービンを装備した四つの影が暗視装置越しの視界で何かを探している。視界に投影される情報は随時更新され、生命の存在を赦さない汚染地域での活動限界迄のリミットを知らせる。

 影──シャンバラ第三技術研究大隊第十二検索分隊の実働要員たちは死の都を進む。蔓延する呪詛と怨念はじわりじわり、と防護服を蝕み、彼らを侵そうと毒牙を剥く。
 街に以前の繁栄は無く、石造りの荘厳なゴシック建築の悉くが瓦礫と化していた。その瓦礫の一つ一つが、邪竜、終末悪の暴威を物語り、魂を蝕む悪性物質へと変質している。
 彼らが直接対応した訳ではなかったが、同僚──とは言っても、貌も知らない魔術師連中、何かと仲の悪い奴らなのだが──の派手なやり方に笑ってしまう。この街を襲った災厄がどれだけスケールの大きな物だろうと、彼らの対処は食屍鬼爆発と何ら変わらない物だった。皆殺しにして、都市を焼却する。執行者の十八番、由緒正しき化け物退治の伝統。何処か拍子抜けしてしまう。
 この世ならざる領域を造り出した陳腐な手段。バランスが取れていないような気がした。

 「おい、近いぞ」

 隊員の一人が言う。視界に映る赤い点は彼らの探し物の位置を示していた。
 距離は凡そ三百。それは着実に近付いていた。

 踏み締める地から検出されるのは、吸血鬼の滓だ。黒い砂粒。有機物の成れの果てとして、彼らは今でもこの街に生き続けている。それは、例えるのならば死者の国。天でも、地でも無く現出した死後の世界。見知らぬ他人同士が細かくなって、交ざり合って、乱れて、地べたで踊っている。踏む度に軽快な音を立てて、生者を誘う。貴方も如何、と。

 生命の存在を赦さないとされていても、そこには臭気がある。何かが燃える臭いで、それはおぞましくくさいが、馴染みのある物だった。髪や臓物、有り体に言えば筋肉で無い部分が焼ける臭い。かち割られた頭蓋の中身や、裂かれた腹から溢れる腸。ある筈の無い物が今尚、煙をあげている。
 
 「気味が悪いですね」

 先程の隊員に、後続の隊員が言った。

 「前やったゲームを思い出すよ。ポストアポカリプス物だった。核戦争で滅んだ世界の話でさ」

 「突然変異したバケモノが出てこないだけ、現実の方がマシかもしれないですね」

 確かに、と短く返して、距離は百を切る。
 視界は十メートルも無いから、手探りで歩いているような物だった。風は吹かない筈なのに、カラビナが音を立てた。臭い然り、ここでは不可思議なことが起こるらしい。隊員たちは、少し立ち止まって、また歩き出した。

 家の残骸がいきなり現れた。普遍的な一軒家だった、少ない壁と骨組みが辛うじて立っているだけの物。赤点が眼の前で、ちかちか煩く点滅している。探し物はそこにある。
 ドアがあった場所を潜って彼らはお邪魔した。軽い音が足元から伝わるのは硝子だろう。真っ黒なテーブルと椅子を蹴り壊して、彼らは地面に粘土状の物を設置する。そこにワイヤー、導線を付けて、離れる。
 建物の外へと出ると、一人が腕に取り付けられた端末を操作する。小さな電子音の後に、くぐもった爆発音と、煙。ブリーチングが完了した合図だ。

 地面だった場所には、人為的な空洞が姿を見せていた。地下へと続く階段と、そこを照らすナトリウム灯。

 「レクターより本部(ロード)、目標ポイントへ到着。結果はクロ。シェルターらしき施設を確認した。座標を記録した後、探索を開始する」

 『本部(ロード)より、レクター。了解した。活動限界までは三時間十二秒。回収部隊は既に都市外周にて待機している。無理はせずに、アクシデントに遭遇した場合は即座に離脱してくれて構わない』

 ナトリウム灯の、橙色の世界を彼らは下って行った。
 人の焼ける臭いが、階段の先から漂ってきた。











 

 
 


 






 誰もそれを知らなかった。


 誰も計画された企てを知らなかった。


 そこではあり得ないことが起こる。


 汝ら、知らぬのなら、かねて白痴の者を恐れたまえ
 


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-20


 剣式は来なかったよ……。

 空の境界のBGMを聴いていると何故か涙腺が緩んでしまう、この頃。


 今回も閑話的な奴です。ちょっと、いつもと毛色が違うかも?
 少し短いですが、どうぞ!!



 さて、こいつは誰でしょう?






 温かみのある部屋だった。木を主としてあつらわれた内装は素朴な雰囲気を醸し出し、しかし上品な高級さを演出する。火の無い暖炉は冬になれば寒く、長い夜を、優しい朗読会の会場へと変えてくれるだろう。
 恰幅の良い男はその腹を揺らしながら、デスク裏の窓から庭を見ている。スプリンクラーがくるくる回る芝生の上で、幼い女児と白い犬が走り回っている。飛沫に虹が架かり、それを掴もうと女児は手を伸ばし、犬も跳び跳ねる。それを母親がテラスから見守り、ハーブティーを楽しんでいる。穏やかな昼下がり。男もそれを慈しみ、心底幸せそうに笑む。

 「いやはや、今日は良い天気だ。空が蒼い、澄みきっている。外遊びには絶好の日和ですね」
 
 応接用のソファーで本を開いていた青年が言う。麗しい銀髪と貌立ちの青年は妖艶な眼をちらりと窓へと向けた。そしてすぐに本へと視線を戻す。ジョージ・オーウェルの『一九八四年』。ウィンストン・スミスが愛情省の監房でテレスクリーンから怒声を浴びせられている。法と秩序の恐怖は愛情を司る。ビッグ・ブラザーは君を見ている、青年をも。何もかもが信じられない。全部嘘っぱち?

 「それは読んだことが無いな。どうだね?面白いかね?」

 「お勧めはしましょう。ですが、面白いか、そうでないかは答えかねます。それは貴方次第です。ちなみにこれ、イギリスの読んだふり本ランキングで一位になったそうですよ……」

 ただ、窮屈です、と青年は言って本を閉じた。組まれた足を崩さす、男の妻が焼いたクッキーを口に運ぶ。仄かな甘味と、バターの芳ばしい香りが口内でふわりと咲いた。

 「君がそういう本を読むとは思わなかったよ。ハンニバル、羊たちの沈黙。サイコホラー物が好きなのかと。他にはドグラマグラに、変身……」

 「そういう訳では無いですよ。私はこういうSFも読みます。むしろ、好きです。ミーハーかもしれませんが、ギブスンや、フィリップ・K・ディックの作品を幾つか読んでから」

 男は窓から向き直り、椅子に背を預けた。背凭れが揺れて、音をあげて、身体が沈む。革が背に吸い付くように肉を包んだ。まるで生地と具だ、と青年は内心、笑う。
 デスクの下から男はシガーケースから葉巻を取り出した。カッターで吸い口を切って、ガスライターを近付けた。モンテクリスト。青年は男の視線にゆっくりと頭を振った。残念そうに男は煙を吐き出す。青年は紙巻きも葉巻も吸わなかった。

 「この本を読んでいると、カチンの森を思い出します」

 「ソ連によるポーランド人虐殺だったか……そういう内容なのかね?」

 「いえ、一九八四年にはそういった描写はありません。ただ、不思議とポーランド人が強制収容所(ラーゲリ)から移送されて、山羊ヶ丘に並ばされて、そして、一斉に頭蓋や肋骨を貫いて、時には身体の中で跳ね回って、掘った穴に落ちていく様子が浮かぶんです。生々しく。当時は古めかしいボルトアクションだったかもしれないが、今だったらAK辺りだろうか、なんてことも」

 「まるでその場にいたようだ」

 「ロシア政府に友人が。以前、その友人に資料を見せて貰うことがありまして……、ソ連崩壊後、ロシア政府は事件に関係する機密文書を一部公開しました。それらをこっそりと、ね」

 「こっそり、か」

 男が吐き出した煙が空に消えていく。青年は眼を伏せて、口を薄く歪めている。

 「ジョージ・オーウェルの世界、一九八四年のオセアニアはとても窮屈な世界です。徹底された全体主義のディストピア。オーウェルのスターリニズムへの疑問と不満が投影された、暗夜の家畜場。だから、それを想起してしまったのでしょう。ポーランド人が大勢殺されたように、オセアニアでも大勢殺されたのでしょう。形式は違えど、後頭部から銃弾が中身をぐちゃぐちゃにして」

 「悲劇だな」

 「えぇ、悲劇です。とても哀しいことだ。しかし、意外なことにこのカチンの森事件はジェノサイド罪が適用されていない。ロシア政府が調査を打ち切って、そのまま。ポル・ポト政権の大虐殺は国内法廷でしたが……。オスマン帝国のアルメニア人虐殺、ルワンダ虐殺、そして進行中のダルフール紛争。これらはジェノサイド罪に該当すると言われてますが」

 「国連、安保理がジェノサイドと見なすケースは少ない。ダルフールが良い例だろう。反乱軍とスーダン政府をそれぞれ、アメリカ、ロシアと中国が支援している。常任理事国同士の代理戦争の様相も含むのか。停戦協定は締結されたが、それまでとも言える。安保理が機能しないことは、大昔からの慣例だ。それこそ、もっとはっきりとした、例えば旧ユーゴのような民族浄化。彼らの鼻先で大勢血が流れれば、動くかもしれんがね」

 「えぇ。ところで、文化的なジェノサイド、文化浄化についてはご存知ですか?」

 青年はシャツのポケットから小さな鏡を取り出した。何の変哲も無い、鏡の中に青年の美貌が映る。窓からの光が反射して、壁に陽光の欠片が光った。
 
 「何のことはありません。文化的、宗教的な存在や資産、人員を部分的に、もしくは全体を破壊する意図を持って成される破壊。それが文化浄化です。ラファエロ・レムキンはジェノサイドを構成するファクターの一つとも。言語破壊──使用されている言語を禁止し、その言語を用いた書物や記録、情報の破壊といった物もありますが、典型的な物としては像や遺産の破壊でしょうか。あぁ、それと──」

 青年の朗らかな声に男は視線をやる。理知的な語り口であった青年の変調に男は関心を引かれた。屈託の無い澄んだ笑みが、少年のような日溜まりを思わせる無邪気なそれがあった。しかし、それと正反対の要素が介在する瞳は怪しく、艶やかな光を灯していた。
 眼が合う。

 「聖絶(ヘーレム)。聖書信仰の神への奉納も、ジェノサイドと言えるでしょうね」

 青年の言葉に男は破顔した。愉快げに声を立てて笑う。大笑いする。
 煙が身体の揺れに合わせてゆらりゆらり揺れて、椅子が悲鳴をあげている。
 青年は微笑を崩さずに男を見ている。笑い声が下品な物に変わろうとも、耳に入る汚い笑い声を澄ました貌で流している。あぁ、本の並びが変だな、ぐらいのことを考えながら男に平静が訪れるのを待っている。外から聴こえてくる女児の笑い声と犬の鳴き声が塗り潰され、穢され、溶け合って消える。

 「いやあ、やはり君を招き入れたのは正解だったな。うん、面白いな。君といると飽きない、退屈しない。世界に彩が溢れるようだ」

 「それはありがたい御言葉ですね。そして、そのジェノサイドは未だに継続されています。主が変われど、思想が変われど、実行役が違えど、あらゆる物が変わっても虐殺は止まらない。例えば、ツェペシュ公国。聖四文字の周囲には争いの火種が絶えない。原初の、旧約時代から連綿と続く由緒正しき歯車(ソフトウェア)。この星は創世の混沌(カオス)から抜け出しきれていない。ゆえに、時折ディストピアが恋しくなるのでしょう。掻き乱された混沌より、空想の、絶望的なまでに整然された世界が不思議と眩く見える」

 隣の芝が青く見えるように、と青年は付け加えて温くなったハーブティーで喉を潤した。
 勿論、青年が全体主義社会を迎合しているという訳では無い。むしろ、そのような社会は人間の個性を潰し、輝きを曇らせてしまう愚行であると考えている。しかし、それもまた一興であるとも思考する。そのどちらにも悪性が介在するゆえの矛盾。だからと言って、青年はその矛盾を忘却したりはしない。二足す二は四である。三にも四にも五にもなりうることなど断じて無い。彼は自由なのだから。彼は矛盾という悪性を愛でているのだから。

 混沌ながらも、この世界には大きな、しかして誰が意図した訳でも無く構築されたシステムが存在する。摩訶不思議な循環。あらゆる生命、種は一定数の削減と生産を繰り返して星の構成要素として存在している。
 もし、この星で起こる虐殺の全てが、あらかじめ世界にインストールされていたソフトウェアだったとして、それが種の総数をコントロールしていたとするならば。それは誰が意図して、どのように稼働してきたのか。青年は思考せずにはいられない。盲目なる御遣いが、堕ちた御遣いが、主への反逆者たる悪魔が魂魄に刻まれた闘争への業すら、聖四文字でない某かに設定された物だとしたら。
 青年は知りたかった。その循環の仔細を、全てを。悪を成せとされながらも、それに疑問を抱いた彼はその矛盾に同胞の誰よりも早く気がついた。矛盾を消去せず、思考を放棄しなかった。
 ゆえに、彼は一つのモデルケースを作った。一つの世界──『太極』の縮図を。それは今ごろ、もう一人の同じ視点を持つ者の部下たちが暴いているだろう。

 余りにもスケールが大きい物を、誰しも正しく認識出来ない。
 この世界は余りにも幸せなディストピアだった。

 「ふむ、そして私はそれに倣い、小さな虐殺を成すと?」

 「えぇ。それだけではありませんが……、まぁ概ねそうですね。貴方にとっても彼らは邪魔なのでしょう?五大宗家と虚蝉機関とやらは……?」

 「確かに私、いや、我々とは仲が良いとは言えないな。そも、我らは大概の同業とは仲が良いとは言えない。私は炙れ者たちの世話をしているだけだというのに。少々やんちゃが過ぎるが、良い子ばかりだ」

 「五割の慈善と、五割の愉しみ(悪逆)が貴方の魂を若々しく、健やかに保つ」

 満足気に男は首肯する。青年もそれに同調して、また、笑む。貼り付けたような、シールのような表情。顔筋をぐるりと覆うテクスチャ。

 「あぁ、そういえば、先程連絡があったのだがね。何でも、冥界の様子がおかしいらしい。随分と慌ただしいようでねぇ」

 「要塞アグレアス。悪魔が保有する戦略兵器の一つであり、彼らの生命線とも言える資産の一つです。それが撃墜されたのでしょう。堕天使領との国境沿いは接近禁止域に指定されている筈ですよ」

 然も当然のことのように語る青年に男は不審を抱く所か、興味深そうに彼を見る。
 青年はいつの間にか読書に戻り、項をぺらりぺらりと捲る。紙が擦れる音を心地良さげに聴きながら、窮屈な世界を夢遊する。 

 「()()()()()()がどうすればそんなに早く、情報を得ることが出来るのだろうか?良かったら教えてはくれまいか?」

 「大したことではありません。ただ、彼らはこと生存のためとなると、色々と形振り構わない連中です。可能性は高いであろうと推測したまでですよ。知っての通り、彼処は『原石』の産地ですからね」

 「そうか、そうか。いや、私は君のそういう部分は嫌いでは無いよ。良い男には秘密がある物だ」

 恐縮です、と青年。
 男は葉巻を置き、立ち上がる。外から男を呼ぶ、幼く甲高い声。女児が彼を呼ぶ。父と遊びたいらしい。デスクに立て掛けていたステッキを手に男はドアへと向かう。
 青年はステッキのハンドルをちらり、と見た。

 「素敵なハンドルですね。象牙ですか?」

 青年の問いに男はにやり、と真白い歯を見せて言った。

 「あぁ、これはね、天使の骨だよ、()()()()君」


















 とある小説の主人公が『ことば』をただのツールでは無く、リアルな手触りを持つ実体として捉えていたように、私はその『矛盾』や『違和』をそう捉えていた。

 彼が言語愛者、『ことば』にフェティッシュがあったと評されるのならば、私は矛盾愛者とでも評されるのだろうか?いや、違うのだ。私は確かにそれをも愛しているが、本質はそこから漏れ出た悪性にこそある。

 少なくとも私は、そう自負している。


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險隙狂解



 前回は閑話で好き勝手やったので、今回はちゃんと本編で好き勝手します。

 
 今週は……、今週こそはオリジナルを書くんだ……!!と言いつつ木曜日。全部、再燃したFGOが悪い。
 時間と文才をくれぇ……、あぁ、純愛的な青春モノ(沙耶の唄基準)も書きたい……。

 きあらさまの代わりにボブと三蔵ちゃん……次はお前だ……来いよ、プーサー!!

 そんなこんなで本編です。














 灰が舞う。
 その軌跡には独特の臭いがあった。血の臭い、生臭さ。そして、僅かに焦げた臭い。それらは主張せずに、するりと鼻腔に入り込み、燃え尽きる。何処か懐かしくもあり、寂しい、そう、例えるならば一人で火の無い暖炉の前に立ち尽くすような。

 木場は風のような疾走を再開する。
 剣群など不要。彼が手にするのは新たな魔剣の一振りのみ。
 二十メートルほど先で笑む銀髪はけらけら、と奇怪な笑い声を発する。それは歓喜のようにも、或いは嘲笑のようにも取れる不思議な声色だった。木場の耳には挑発に聴こえた。

 「上等だ」

 小さく動いた唇と、口角。ユークリッドはそれを見逃さなかった。
 指先で描かれた陣から這い出る呪詛と魔物。姿は獅子の頭に、鰐の身体と蛇の頭の尾。それに翼。羽毛は翼に留まらず、身体中を覆っている。合成獣(キメラ)が涎を顎に溜めきれずに垂らしながら、向かい来る木場を捉えた。
 咆哮は邪竜の紛い物よりは小さく感じた。それでも、合成獣(キメラ)というモノは恐ろしい。他の神秘に生きる生物よりも、何かに特化した要素を、良い部分を好き放題に詰め込んだ人工のそれらは一般的に脆弱で、ある程度の力量を持った者には容易くあしらわれてしまうと言われている。しかし、それは製作者の力量が十分でない為に起こる失敗だ。異分子どうしの境界を無くし、一個の生命としての純度を極限まで高めた合成獣はもはや、何かの寄せ集めでは無い。それは新たな種としての一生命だと言える。

 無銘の新生命は木場へと飛び掛かる。ずんぐりとした体躯に見合わぬ鋭敏さと飛翔。強靭な脚力と翼が風を巻き上げた。
 木場は剣を突き出す。生き血を求める魔剣を基にした得物は切っ先を向けた途端に、鈍く、禍々しく、艶の無い黒い刀身を光らせる。

 「機構変位(シフト)──」

 赤熱する剣と、火の粉へと変成する灰。
 先端より発生する円錐形の力場が木場を包む。空気の抵抗を軽減する形状は同時に、鋭い槍の穂先ともなる。
 地を思い切り蹴りつけて、木場は新生命へと突進する。騎士としての特性か、その速度は瞬間的に音をも置き去りにするほどの物だった。

 肉が弾け、結合が弾け、赤い果実が弾けたように合成獣は貫かれた。腹下を捉えた剣はその身体を豆腐のように崩壊させ、接触した合成獣の体組織は沸騰していた。
 柘榴の雨が木場に降り注ぐ。西の五月雨のような激しい飛沫が肌を打つ。

 降るシャワーに脇目も振らず前進する木場は、その時直感した。研ぎ澄まされた感覚、コンバットハイ、溢れるアドレナリン、鋭敏が過ぎる五感とシックスセンス。
 あぁ、これは罠だ──

 「機構変位(シフト)──液状防壁構築」

 剣を地に突き立てると、刀身が液状に弾けて崩壊する。先の合成獣のように。液体化した刀身は雫の一つ一つが中に浮き、再度、形を成していく。
 球状の防壁を揺らすのは合成獣の骸から出た怨霊の思念。心臓に刻まれた封印は、合成獣の死を以て解かれた。油断を誘い、二手目で葬る算段だったらしい。

 隙を突く。思念の波は耐えきった。次のアクションへのインターバルであるこの瞬間こそ好機である。
 防壁を解除した木場は浮遊する動物の頭蓋を剣の投擲で砕く。剣である筈が、それは投槍のように見えた。凡そ騎士らしくはない戦法だが、それこそが木場のスタイルだ。
 頭蓋の眉間を見事穿った剣は、担い手の心臓めがけて帰還する。暴れる剣の柄を潰すほど、力強く掴んで木場は前を向く。  

 ユークリッドの笑いは止まらない。むしろ、更に喜色を増している。

 「いいねぇ……好きだよ、そういうのはぁ……」

 現出する数列と、ヘブライ文字列がユークリッドを取り囲んだ。ユダヤカバラ、ゲマトリア、ノタリコンをベースにした独自性の高い数秘術系魔術。編んだ術式(プログラム)は攻性防壁と、聖書の文言の反転。鎖のようにうねる文字列は砕かれた擬態の聖剣の代わりにユークリッドの周囲でとぐろを巻く。

 衝突。
 甲高い音。摩擦。火花が飛び散る。ぎりぎり、と鍔迫り合いをする。文字列の鎖は一つでは無い。幾重にも重なり合い、補強し合い、魔剣に絡み付く。
 
 「面倒な。攻めにくいな……」

 擬態の聖剣を砕こうとも防御圏は健在であった。いや、より強固になったと言うべきか。
 剣の一振りで、どれだけ振り回そうともあの防御圏を突破するのは至難だ。反応速度も高い。自動的に迎撃しているのだろう。
 ならば、手数を増やせば良いのか、という話でも無い。灰の剣を顕現させている最中は、他の魔剣を創造することは出来ない。負荷が大きすぎるのだ。神器がオーバーロードしてしまう。
 手段は少なく、そのほとんどが現状、不可能な物ばかり。それでも突破する他はなくて、しかしリスクは少ない方が良い。

 だからこそ、木場は思考を放棄した。

 剣がどくん、と脈打つ。表面を螺旋状の紋様が覆い、走り抜ける。
 ユークリッドは一瞬眉を顰め、そして僅かに眼を大きくした。その後には何時もの喜悦だらけの薄ら笑いが浮かぶ。

 木場は叫ぶ。意味は無い。ただ、母音の()、を断続的にがなり立て、怒鳴りあげ、喉を震わせる、奮わせる。
 剣に収束する魔力は木場の物だけでは無い。剣を縛り立てる鎖から、ユークリッドの魔力が流入してくる。
 血を求める、血を啜る、という伝承。この『血』というモノは魔術師の間ではとても深い意味を持つ。例えば魂や形而上の概念に於ける通貨。例えばそれ自体が武器であり、血という物が人間の本体、本質と捉える魔術もある。そして、しばしば魔力と血は同一視、または代替されることもある。

 「オォッ──!!」

 力任せに剣を振り抜く。ユークリッドから蒐集した魔力をも溜め込んだ剣から放出された莫大な魔力は文字列の縛鎖を消し砕き、ユークリッドの展開した攻性防壁を破壊した。
 すかさず木場は前進する。今こそ、ユークリッドは何の防護策も無い丸裸の状態。
 煙を斬り、駆ける。眼が映す視界は狭いが、敵は恐ろしく近い。凡そ、五メートル強。

 「ここだ──機構変位(シフト)

 刺突の体勢。突撃する。
 剣の先端が音の壁を突き破り、白い傘が鍔となって──

 「それ、たまにはよそ見も大事だぞ?」

 煙の向こう、前方から飄々とした、しかし卑しい声。
 煙の向こう、右方より伸びて、ぬるりと木場の腕を掴む手。
 煙の中、ぐるりと廻った視界と零になる視界。
 これは──

 「Neigung von 236 Grad(236度の傾斜) Fleisch von Juda(ユダの血肉) Krähen sind weg und Tauben sind verbrannt(カラスは消え、鳩が焼ける) Das Horn Aussaat der Samen und die Klang Knospen aus(角笛が種を蒔いて、禍音の芽が出る)

 これも罠だ──

 この場で流された血と肉が結合して、中空に大きな眼を形作る。触れられた腕には印が刻まれ、開眼していた。
 体勢を整えた木場は己の腕を見て、異常に気が付く。力が入らずに、変色していく右腕。じゅくじゅく、と音もなく、しかし大胆、明白に侵食する某。呪詛か封印か。それは木場の限界を大幅に縮める。
 木場が動ける時間はせいぜい、残り二分弱。剣を左に持ち換えて、立ち上がる。晴れぬ煙を凝視して、探る。
 声は八方から聴こえてくる。笑い声、啜り泣く声、苦しみ悶える声、悩ましい声。
 右腕の感覚が無くなり始め、とうとう木場の限界が六十秒を切った。
 ぶらり、と垂れ下がる腕を木場は意識外──元から身体に備わって無かったように想定し、追いやる。隻腕としての剣の振り方を、これまで死合った敵の姿から想起し、馴染ませる。付け焼き刃に過ぎない策だが、どの道、どの手段を用いても付け焼き刃の域を出ない。ならばこそ、と木場は敢えてこれを選ぶ。いや、選ぶ他無かった。

 視界の端、極小のゆらめき。何かが動いた。
 光が閃く。純黒の剣が空を裂く。粗い、野蛮な振りだった。
 ふわり、と逆に舞う煙。もう一閃。嘲笑の風鳴りが笑い声と共に木場の耳介にぶつかる。奥歯は砕けそうで、血は熱く、しかし思考は清流のように綺麗。
 ──どうしてだろう。どうして、こんなにも澄み渡るような気持ちなんだろう。
 木場は、伸長した瞬間の中で思う。焼ききれるような神経と血流と裏腹に、しんと冷たい脳。オーバーヒートしそうなマシンを何かが冷却している。心の臓よりも深い、淵にて熱を灯した知られざる意志。
 ──そうか、お前も見てみたいのか……、この()の向こう側を、限界のその先を
 
 冷たさは沈着ではなく、死の入口なのかもしれない。
 焼ききれそうな、という表現は適切で無く、実は既に溶け始めているのかもしれない。
 右腕はもう、だめだ。動かないし、鈍かった感覚も無くなった

 きっと、端から見ればこの戦いは酷く無意味で無駄な物に見えるのだろう。
 大神や英雄の意図など、──僅かには推測出来るが──計り知れない。クレアボイアンス、最上位の千里眼があれば話は別だが、彼らは彼らだけの視点と思考を有している。大神の密告の意図はやはり理解できず、友人を狙ったことと聖剣に対する報復で投じた戦いは、何時しか不可思議な、一種の自己探究へと変わっていた。
 愛しい時間が、終わってしまう。
 笑い声は、慈しみに溢れた物に聴こえた。祝福、肯定されているような優しさが刹那を撫でた。
 ──これではまるで、死せる戦士(エインヘリヤル)じゃないか。木場はふっ、と笑った。グラズヘイムに赴く気などさらさら無い。
 だが、それでも先を見てみたいと思った。復讐心が消えた訳では無く、燻りが潰えたという訳でも無い。それら全てを突き抜けた先にあるモノを知りたかった。空か、宙か、ソラか、太極(そら)か。根拠も無く、今なら何かに手が届きそうな気がする。

 「創造経始(バースオープン)……」

 残りは二十三秒。
 身体に痛みは無かった。神器が悲鳴をあげている。魂も崩れそうだ。
 無茶も無謀も一纏めにして、木場は最後の一歩を踏み出した。
 顕現させたのは、愛用の魔剣。何の属性も無い対魔力に優れた堅牢なだけの剣。それを浮遊、待機させる。

 灰が舞った。

 視線が、生きた視線を感じた。
 最後の笑い声は感嘆と称賛に聴こえた。

 「ふざけるなよ……」
 
 すぅ、と極めて緩やかに堅牢な魔剣は射出されて煙を射貫き、ユークリッドの身体()を刺し貫いた。
 遠くなる気と、削られていく現実感。出ているのか分からない声を振り絞り、足を地に叩き付ける。身体を捻って、左腕を突き出す。
 
 音が伝わる。皮を貫き。肉を貫き。繊維を貫き。骨を貫き。臓物を貫いて、また逆順に貫いていく音が、手応えを教える。殺った、と。
 灰の剣は確かに現出したユークリッドの胸を貫通していた。

 そして、パチン、と中心窩で光が弾けた。

 「おめでとう、君がいちばんだぁ……」

 へらへら笑いながら自分を殺す剣を撫でるユークリッドは、大層嬉しそうに木場を見る。

 「いちばんには、御褒美をあげなければねぇ……、いけないよねぇ、木場裕斗くん?」

 木場の左眼が赭く染まる。
 敗者であるユークリッドは嗤っていた。




 溶ける、溶ける、溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける──

 流入する意味を為さない言語の、数列の、情報の奔流。壊れかけの存在を蹂躙する圧倒的な存在負荷。

 幸か不幸か、いや、不幸にも彼は届いてしまった……。
 違う。違うのだ、届きすらしてない。垣間見た、という表現が正しい。
 それを見るには、存在が矮小過ぎた。強度も然り。
 運命の悪戯はかくも悪辣なモノで、不幸は、誤差、狂いはこのようにして唐突に振りかかる。

 理外の情報が流れ込む脳内で、木場は唯一明確に認識出来る『画像』、『写真』、『記憶』、『未来』、『イメージ』を見た。視て、観た──


 ──兵藤皐月が殺され、泥に沈み行く様を。


 三度、灰が舞う。













 解は界に、狂う境を見させた。

 あそこではあり得ないことが起きる。

 あり得ないのだから、あり得ないこともあり得てしまう。

 白痴の者を恐れたまえよ。


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混沌太極/白痴の深淵、あるいは夢中


 適当に計算したら、この作品。100話超えるらしいです……。


 そんなことより!!(目逸らし)

 セイバーウォーズだ!!復刻だ!!

 や っ た ぜ 。
 










 「そこを、退く」

 襲い来る数多の龍頭。深い紫、もはや黒色と言える鱗のそれらは、淡く音が鳴って、数瞬後に全て斬首された。 

 瞬く閃光。迸る黄金光と、荒れ狂う極光。
 ぶつかり合う極大の力。暴力の権化が奔流となり、次元の狭間の上澄みを震わせる。それは、嵐のようだった。『無』すら薙ぎ払う滅びの災害は、いとも簡単に惑星を破壊してしまうほどの暴威を発揮している。場が隔絶された別位相でなければ、地球という星はたちまち崩壊していただろう。

 変貌した聖槍を両手に、英雄──兵藤一誠は無限の龍神を直視する。黄昏のような瞳は魔性の美しさを発しながら、立ちはだかる者を視界に捉えて決して逃がさない。
 手を翳した龍神の背後から再び顕れる無数の龍。いや、龍というよりは蛇。細長い舌をちろちろ揺らしながら、一誠にその毒牙を突き立てようと、顎を大きく開けている。それらは黒い壁となって、押し寄せる。

 その圧倒的物量を前に一誠は強く、強く、二槍を握り締めた。
 蛇の壁はどうしようもなく巨大だ。数えるのも億劫なほどに膨大な数を有していて、ただ一人がどれだけ足掻いてもその差を覆すことは不可能だろう。百や二百などという次元では無い、京や垓の域に達していた。桁違いの数による暴力。個々が脆弱でもそれを補って余りある数で押し潰す、『無限』の名に違わぬ理不尽。
 立ち向かう結末は死、だ。逃れ得ぬ圧死、毒死、出血死、窒息死……。確実に肉片一つ残さず貪られ食いつくされるのだ。

 しかし、一誠には恐れの欠片すら無い。近付く蛇の大群を前に、厳かに、しかして美しい詩のように流麗な挙動で左の槍で以て天を突いた。

 『聖四文字残影(テトラグラマトン)祝福す在りて在るもの(ベネディクティオー)

 古の堕天使を葬り去った、裁きの光が次元の狭間を照らし出した。禁手化した聖槍から放出されるその光輝は蛇を、その神聖で滅却する。
 あらゆる神話を異端として侵略、駆逐してきた十字教の主神の権能は容易く担い手が定めた異端を滅ぼす。聖絶、聖戦。太古より織り重なる血塗られた最大信仰が理不尽を打ち砕く。先代の担い手ではこれほどまでの力は引き出せなかっただろう。鋼のような精神と狂気的な自己鍛練と努力の結果がここに実を結んだ。地上では発揮出来ない全力の行使。その聖光は日本の本州を消し飛ばすほどの熱量を携えていた。

 続いて、大神の槍が因果を歪ませ、『勝利』を齎さんとする。聖四文字を想起させる黄金光に大神の赤色の神威が絡み付く。一誠にこの戦いで勝利するという因果が付与されたのだ。
 物質に於ける『無限』を司る龍神にとって、先程の物量はほんの朝飯前に過ぎない。聖光に滅ぼされた先から再生成される眷族の蛇はまさに無尽蔵。何の反応も無く、龍神は蛇を産み出し続ける。そして、それに対応する一誠は『無限』の物量を破る手を打つ。

 「聖光へ掲げる預言の杖、出る雹が悪逆へ災いを与える、其は七の禍──『聖四文字残影(テトラグラマトン)十の災い、降り注ぐ零下の礫(ヘイルフロムゴッド)』」

 雷鳴が轟き、黄金に輝く天から降るのは夥しい数の雹。
 それは、出エジプト記に於いて聖四文字がイスラエル人を救う為にモーゼを介してエジプトに下した災禍──十の災いの再現である。その内の一つ、第七の災い。稲妻と共に降り注ぎ、作物を枯らし尽くし、あらゆる物を砕いたとされる雹。それらが裁きの光に進行形で滅ぼされながらも襲い来る蛇へと雷と共に落ちる。
 更にその雹の一つ一つが赤色の神威を纏う。勝利の弾幕と化した災禍は脆弱な個々である蛇自体に敗北を突き付けていく。

 「では、儂も久し振りに身体を動かすとしようかの」

 左眼に碧の輝きが宿る。それを皮切りに大神の周囲に文字群が展開された。
 これこそが全てのルーン系魔術の祖たる原初のルーン。魔術の神でもあるオーディンがトネリコの木に首を吊って、己の胸を槍で貫いたまま九日九夜を過ごした末に見出だした十八文字の神秘、その原典が開帳される。
 中空に顕現した魔杖ゲンドゥルを手に、槍を傍らに浮遊させる。空に刻むのはソウェル──太陽のルーン。
 現出した火球は火の玉というよりは、疑似太陽と言った方がしっくり来る代物だった。勿論、内部で熱核融合を起こしている恒星では無いが、そう見紛うほどに灼熱していた。

 裁きの黄金光、因果操作の権能、旧約聖書に語られる雷火と雹、原初のルーン。
 星を滅ぼしかねない力の相乗。惑星最大の信仰を誇った聖四文字の権能の残滓と、最強の一角、全知全能とされる北欧の大神の権能が組合わさり、『無限』の物量を打ち砕く。
 灼かれ、消され、貫かれ、潰され、溶かされ、堕とされて、蛇は滅ぼされていく。
 余りに単純な構図だ。力比べ。根気比べ。我慢強い方が勝つ。
 英雄と大神の共闘を前にゲオルクとロスヴァイセは控えていた。下手な援護はかえって足手まといになることが分かっているからだ。それでもゲオルクは的確なフォローを入れる。一誠を囲むように霧の楯が周囲に浮遊しているのだ。それらは絶霧の産物であり、英雄と大神に向けて飛来する龍神の魔力を防いでいた。ロスヴァイセも負けじと障壁を展開するが、最高峰の魔術師とは技量が離れ過ぎていた。

 しかし、それでも、それほどまでの力をぶつけようとも、龍神には傷一つ付けることが出来ない。その鱗は創世の爆発さえも寄せ付けない。マルドゥク神の天地創造(エヌマエリシュ)ですら掠り傷にもならないだろう。
 ()()()()が創造される以前。虚数時間の世界で意思すら無く、竜種という形を得る前──旧き神の言葉がガスに混じり、漂っていた『無』の世界から在る龍神に星造りの一つや二つは意味を成さない。
 最大の権能だろうが、勝利を確定させる権能だろうが、年季と位階が違った。ただ存在するだけの巨大すぎる力の前には全てが芥と同じ。
 だからこそ、一誠とオーディンは疑問に思った。


 "何故、この龍神は現世へと侵攻しようとしているのだ?"


 龍神に何時、精神という概念が芽生え、生命らしい形を取るようになったか、という話は置いておくとして、"この龍神に『悪意』を植え付けたのは誰なのか"、という話だ。
 仰々しい名とは裏腹に、龍神は幼い。姿形では無く、内面がだ。簡単な虚偽すら見破れないほどに純粋な──言ってしまえば、阿呆なのだ。極端な話、ラベルに硫酸と書かれた液体をジュースと言えば飲んでしまう。それで龍神がどうこうなる訳では無いが、それほどまでに単純なのだ。
 ゆえに、龍神は悪意を知らない。感情の希薄さも相俟って、龍神は善悪関係無く力を行使する。そんな龍神に感情を教授するのは困難極まる。一朝一夕で出来る話では無い。
 龍神の目的である『静寂を得る』という部分を捻じ曲げ、悪意を根幹に埋め込む。その結果がこれであると一誠は推測する。
 では、誰が、どうやって、出鱈目という言葉すら適格でない存在にそのような真似が出来るのだろう。

 「手数の多い奴だ。リゼヴィム・リヴァン・ルシファー」

 悪逆の体現。探究の徒。矛盾と悪性の境でたゆたう賢者。白痴を騙る者。
 呼び名は数あれど、このようなことが出来る者を一誠は、オーディンは一人しか知らない。

 「『太極』の具現。この為か……」

 「世界としての『太極』。太極図を極小の世界──惑星のモデルケースとしたか。中々に面白いことを考える。スケールは小さいが、それを構築したならば、成る程、確かにそれは一つの世界、いや、奴は星と定義したのじゃろうな。何処かに結界を張り、その中で星の育みを再現する……。じゃが、両儀の螺旋を構築していないのは、」

 「特異点の形成が出来てないからだ。そも、特異点は奴一人では発生させられない。そこに至る道があるならば別だが、そんな物は無い。だからこそ、そこに至るには力づくでしか辿り着けない」

 「無限の龍神の内に細工する為の太極の具現とは、豪気じゃな。幼子の外面に傷を付けられないのならば、脆い内を突くとは、どの悪魔よりも悪魔らしい。しかし、オーフィスの対魔力と存在規模に負けないほどの術など初耳じゃ」

 「それは、少し違うのだよ。大神よ。マイロードの推測も残念だが、違う」

 霧の魔術師、ゲオルク・ファウストが口を開いた。最高峰の魔術師は無限の龍神に掛けられた術の全貌を見抜いていた。

 「ツェペシュ公国の地下に造られたシェルター。リゼヴィムによる太極の具現。それの狙いは恐らくは真の『太極』への試みではあるが、この局面では些か違う意味合いを持つ」

 好奇心に燃えるロスヴァイセの視線を横目にゲオルクはにこやかに続ける。

 「さきほど大神が言ったように、無限の龍神の精神を操作するほどの幻術や精神干渉系の術式を僕は知らない。力の塊みたいな、下手をすれば終末悪を一息で消し飛ばすようなあれをどうこう出来るモノはそうそう無い。いくら太極を具現して、界を一つ使ったとしてもあそこまで深く填まりはしない。まぁ、つまる所、あれは幻術では無いんだよね。うん、僕が言うんだから間違いない」

 では、あれは何か、と大神が訊く。一誠もロスヴァイセも同様に眼を向けた。

 「夢を見ているんだ。白昼夢、というやつだよ」

 ゲオルクは虹に輝く瞳を龍神に向けながら言う。その視線は最上級の対幻術の解術抗体。しかし、それは全く効果を示さない。ゲオルクは苦笑しながら嘆息した。

 「彼は魔王だ。紛うことなき真性の魔王だよ。だからこそ、彼は引き寄せてしまったのかもしれないね。その"魔王"の力の一端を。おまけに彼は"白痴"を騙る者なんて呼ばれている。出来すぎだよ。或いは、彼があの男の作品のファンか」

 「それはどういうことですか?魔王と呼称されるのは冥界の四大魔王ですが、何れも夢に関係する力は……」

 「ロスヴァイセ君はあまり小説、ホラーは好まないようだね。まぁ、適当に纏めるなら。あり得ないことが起こってしまったんだよ。格落ちしているとはいえ、まさか()()()()()()()()()()を再定義して、龍神にぶつけるとは。太極の具現は門であり、宇宙であり、変換機構でもあったのか。宇宙法則が違うからといって無茶苦茶だよ。それ以前に、その神格、いや、現象が実在しているとも限らないのに」

 ある男の妄想の産物。溢れたフィクションの中の一つ。一部の()()()なファンによる熱烈な信仰があるのみの、架空の神話。
 空想の根は落ちた。それが世界の何処かにひっそりと潜む酷似した別物なのか、原初の混沌──遥か彼方の別宇宙の中心に座す冒涜的な実在であるかなどどうでもいい。何の因果か、それに準ずる力を得たリゼヴィムが無限の龍神に掛けた理は現実からの逃避。盲目にして白痴。
 人神の相互観測など不可能。おぞましく。ただただ、おぞましい神格。その規模は万象の起源。龍神を夢に堕とすのは容易い。それが一端ですらも。

 「今の龍神は正常な現実を見ていない。夢や白昼夢以外で例えるなら、幻覚だ。麻薬とか、その辺りの。認識のズレ、というには誤差が大きすぎる」
 
 ゲオルクの言葉に固まる大神と戦乙女。スケールの感覚が狂いそうだった。理外、余りにも冒涜的な力を相手取るという無謀。ロスヴァイセの貌から血の気が引いた。
 オーディンが再び槍を手にすると、一誠が小さく笑った。呟かれた文言は非常に小さかった。それでもゲオルクは何かを察して、目を伏せながら笑んだ。

 「夢を見ているのらば、叩き起こすまでだ。征くぞ──ッ!!」














(゚∀。)y─┛~~<スパァ


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限界/彼方よりの不浄





 「あぁ、明星……、白痴の虚偽……あるいは、万象の微睡み……」

 惚けて口から寝言を呟く龍神。眼に知性の光は無く、堕ちた夢の中で龍神は不可思議を見ていた。
 深き、深き此処でない何処か。そこは桃源郷であり、奈落でもある。内在し、思考を占有し、展開される静寂の胎で、龍神は浮遊感と共に虚像を相手に戦っていた。
 何時の間にか己が内に芽生えた悪意は何をした訳でもないのに、独りでに膨張していく。胸を刺し、強烈な不快感と、卑猥で冒涜的な文言を以て、英雄と大神は龍神を苛み、阻む。その悪意を受けて、龍神の悪意も肥大していくのだ。夢の中で、幻惑の内に龍神は悪意の苗床へと堕ち果てて、ある筈も無い完全な静寂を求めて、誤認した地点へと進んでいく。

 ゆえに、殴り付ける必要がある。英雄──一誠は遍く者の眼を、心を焼き尽くす光輝と雷火を手に、そう雄弁する。
 呼び掛けても起きない者を、身体を揺すって起こすように。それでも起きないのならば、軽く叩いて起こすように。彼が龍神へやることはそれと何ら変わらないことだ。声が届かぬのならば、殴ってでも正気を取り戻させる。いや、取り戻させなければならないのだ。そうしなければ、現世が、地球という惑星が崩壊し、人界の定礎が乱れてしまう。その影響は測り知れず、惑星の環境や、生態系が著しく乱れるだけでは済まないだろう。

 邪悪を滅ぼす雷火と黄金光が竜の如く、とぐろを巻いた。凄まじい膂力が、聖槍を握り潰さんと見紛うほどに注がれる。トロイアの大英雄に匹敵、否、凌駕する投槍。数刻前に邪竜の劣化版(デッドコピー)に放たれた全力が再び、龍神に向けて解放された。
 しかし、それは前回のものとは明らかに異なる。聖槍に纏う雷火が槍の形を具現し、無数の槍群となり龍神と蛇へと飛翔する。都市一つを呑み込む光の束。それは群れというより、さながら極大の熱線の如し。龍神の内に巣食う悪性を察知した聖光の分裂は止まず、やがて莫大な光量は周囲の視界を完全に潰した。

 激突、爆発、そして閃光と消滅。

 空から注ぐ裁きの黄金光、雷火と赤雷を纏う雹、聖槍と雷槍の群れ。龍神の圧倒的な物量戦法を真正面から受けて立つ、真っ向勝負を体現した英雄の王道。それは蛇の軍勢と拮抗し、互いを喰らい合う。界の衝突。善悪二元論を彷彿とさせる邪悪と光の対決は終末の目前か、神話の創世をも想起させた。
 ホワイトアウトする世界で一誠は瞳の奥に燃える焔を輝かせて、白の先を睨み付ける。軋み、捻れる空間と圧縮される黄金光。ゼノヴィア・クァルタが模倣した熱線の源流が光の先で健在であろう龍神へと射られる。何倍にも増幅して放射されたそれは先を塞ぐ壁を紙切れのように溶かし貫くだろう。手応えはある。現に蛇の壁を貫通して、黄金の眼光は龍神の鱗へと着弾していた。

 「退く、消えて、英雄、オーディン」

 か細い声に揺らぐ均衡。予想通りの龍神の攻勢に一誠は槍の穂先で次元断層を生成して対応する。幾重にも重なる空間の断絶は押し返そうとする蛇を押し留め、前進を許さない。絶対不可侵の一線を蛇は越えることが出来ない。殺到するその大群を聖光が滅ぼし尽くす。何度も、何度も、何度でも。繰り返して。
 だが、一誠は理解している。それだけでは、その程度ではやはり意味が無いということを。どうあろうと、この程度の外圧では龍神を揺らすことすら出来ないのだ。元来の存在規模と強度、そして、植え付けられた夢の深さ。並大抵の神格が束になっても一蹴されてしまうだろう。それは一誠とて同じことだ。彼は神格こそ有してはいても、未だ人間なのだから。

 「ゲオルク、どうした?」

 後方にて支援に回っていたゲオルクの異変を一誠は感知した。負傷とは違う、長年共に戦ってきたから分かる違和感。友の纏う空気の変調を一誠は見逃さなかった。

 「申し訳ない、マイロード。どうやら招かれざる客は一人だけではないようだ。少し、外させて貰うよ。あぁ、それと彼女を借りても宜しいかな、北欧の大神よ。是非とも魔導の先達として教えたいことがあってね。といっても、貴公と比べれば教授できるものなんて無いようなものなのだがね……」

 「構わぬよ。ついでに、その生娘に男を教えてやってほしいくらいじゃよ。儂では教えられぬこともあるからの」

 「では、遠慮なく……。マイロード、御武運を」

 ゲオルクはロスヴァイセを有無を言わさずに抱えて霧を纏って姿を消した。

 「いやはや、末恐ろしいのぉ。これでは魔術の神の看板は降ろさざるをえないの。人の身で、あそこまで鼻が効くとは……、オリュンポスの連中ですら気付きはしないだろうに……」

 オーディンが原初の十八文字を組み合わせて最上位の結界を貼る。張るのでは無い、シールを貼るようにテクスチャとして次元の狭間に一つの世界を造り出す。主神であり、その神秘の原初の担い手ということを含めて、次元の狭間という不安定な領域だから出来る強引な手であったが、だからこそ、その強引な手段を用いたさらに強引なことも出来る。
 界を構築して、それを基点にして閉塞する封印。対象の存在規模を抉り、削る魔術の神という性質を冠する神格ゆえに扱える大魔術。その前には破壊神シヴァさえも、霊格を削り取られてしまう。勿論、それだけで龍神を封印出来るとは大神も考えてはいない。しかし、ほんの一瞬の隙、完全な空白地帯を作ることは可能だ。道が開ければ十分。それが一誠とオーディンの狙いだった。

 だったのだ──。

 「む──」

 極光のカーテンの先で深紫の点が光る。
 
 「聖槍の!避けろ──」

 白を、黄金を突き破って来る光条。それは意趣返しの意か。
 それは黄金光も、雷火も、次元断層をも貫通して、太虚を通過して、

 「ぐ……ガァァ、あ゛あ゛ァァ──」

 一誠を射抜いた。
 









 ◇◆◇◆

 ゲオルクが転移したのは同じ次元の狭間の別地点であった。先ほどと幾分か深い場所の、距離にして地球と月ほどの差がある何処か。

 「それで、私を無理矢理ここまで引っ張ってきた理由は何ですか?」

 ロスヴァイセは不満げにゲオルクを見た。いきなり脇に抱えられて、誘拐同然に連れてこられたのだ。その不満は当然のものであり、尚且つ、間際に上司に看過出来ないセクハラを受けていた。
 そんな厳しい視線にゲオルクは変わらぬ、軽薄な笑みを浮かべて肩を竦める。周囲を漂う霧を弄びながら彼は両手を合わせて頭を軽く下げた。

 「いやぁ、ごめんね?いきなり連れて来ちゃって。まぁ、理由は二つあるんだけどさ。一つはさっき言った通りのことで、二つ目はあの場で君が邪魔だったからさ。僕はまだ平気だけど、君は耐えられないだろう?」

 ゲオルクの酷薄なまでの言葉にロスヴァイセは貌を背けた。それは彼女自身、自覚していたことであり、厳然たる事実でもあった。
 あの場、神域すら超越した戦いの中でロスヴァイセは完全な足手まといだった。最強の称号に名を連ねる者たち──北欧の大神や、聖槍の担い手であり破壊神や大神と真っ向からぶつかれる最新の英雄、英雄に従う当代最高峰の魔術師、恐るべき白痴の明星に陥れられた無限の龍神。彼らが入り乱れる中でロスヴァイセは余りにも無力で、非力だった。英雄のように星を墜とせる訳でもなければ、ゲオルクのように人智を越えた魔導の最奥を垣間見た訳でもない。彼女はどこまで行ってもただのヴァルキュリアでしかないのだ。

 「デリカシーがないような物言いだが、事実だ。君は余波、その飛沫ですら耐えることは出来ない。みすみす死ぬことは無いだろう?それに、言ったよね?君に先達として教えを授けると……」

 ゲオルクは無限に広がるサイケデリックな空間を見る。

 「知っているだろうけど、僕は昔、灰色の魔術師(グラウ・ツァオペラー)で教鞭を振るっていた。その時に、君の論文を読んだことがあったんだ。君が灰色の魔術師の考古学科(アステリア)に出向していた時に書いた、ほら、十字教に於ける終末悪と数秘術を用いた記号化のやつさ……」

 「えっと……、666の否定ですか?」

 ゲオルクは首肯する。その表情は久しく見せていなかった、師でも無く、霧の魔術師でも無い、講師としての貌だった。

 「あれの是非を論じることはしないが、それに関することだよ。君が辿り着いた666でない、一つの可能性。3()3()3()についてだ。端的に言えば、その可能性は大間違いなのだが……」

 貌から笑みが消えた。片手で()()()()()()()を中空に刻みながら、ゲオルクは続ける。

 「それは、たまたまなのだろうね。君がその数字に辿り着いてしまったのは天文学的な数値での幸運であり、最大の皮肉でもある。よりによって、十字教の系譜を辿ってそこに行き着くというのは、なんとまぁ……、プレラーティもびっくりな運勢だ」

 「というと……?」

 「詳細は伏せるけど、リゼヴィムは目的達成のためにその333を打倒する必要がある。それは、まぁ、恐らくは殺しきることが非常に難しい。僕も333周りのことは詳しくないのだけれど、君の上司とシヴァ神が手を組んで、さらにオリュンポスの総軍を引き連れても、一分も保たないだろう。そういう風な仕組みなんだよ。そこで、例えばそれに対する絶対的な対抗要素があれば、とリゼヴィムは考えたんだろうね。333相手には意味を成さないが、それと対を成す93相手ならという風に。だからこそ、少し無理はあるが、奴は招かれざる二組目の客を呼び込んだ。まったく、どうやったかは知らないけど、白痴が座す別宇宙のさらに外の宇宙、そこの時間に自分に人間というカバーを掛けて干渉して、連中の領分を侵害する。その際にその術式を同じように人間というテクスチャを貼り付けた龍神が起動させたと誤認させる。そうすれば標的はリゼヴィムから龍神へと変移する。『とがった時間』に干渉したのは、この時点で龍神ということになっているのだから……」

 空間に刻み込まれた文字をロスヴァイセが視界に入れると、それらは膨大な情報量と激痛を彼女の脳内に流し込んだ。その情報を認識するには、存在規模が脆弱すぎた。
 理解不能な文字群はゲオルクが手を翳すと空に溶けていく。それが何を意味し、どのような魔術的意味を持つのか、ロスヴァイセにはやはり理解出来ない。それらはどの魔術、神話体系にも属さない、未知の物であり、基本的な現在の生命のフォーマットには対応していないゆえに、当然であった。

 そして、ゲオルクは適当な聖剣を前方向けて大きく放り投げた。

 「ほら、来るよ。忌々しい猟犬が来るぞ──」

 聖剣の切っ先、人間の清浄を凝縮したそれから耐え難い異臭を放つ煙が出た。刺激を伴い、不浄をかき集めたような、唾棄すべき、忌々しき存在。
 先ず、現出したのは頭部であった。その姿は不定形で、獣のようにも見えるが、まったく別の生命体の姿にも見える。辛うじて最初に姿を顕した部分が頭ではないか、と推測出来るだけ。確定は誰にも出来ない。ある者はそれの姿を、おぼろげながら狼めいており、牙を鳴らす顎と燃え上がる眼を備えていたが、彼らが前進してくるにつれて姿が変化した、と記した。 垂れ流す青い体液と、痩せ細った野犬のような身。
 ロスヴァイセはその不浄の体現に生涯最大の恐怖と怒りと狂気を己の内に見た。
 古代ギリシア人はそれらから身を護るためには、鋭角と廃し、身辺を曲線のみにすることこそ唯一の手段だと言った。そのような不可能でしか、不浄の侵入は防げない。それらは鋭角、または直線や直角があれば何処でも『曲がった時間』に現出することが可能なのだから。

 一つのアプローチ。模索の一端。別宇宙のさらに外の悪夢のような都市からの、降臨者(フォーリナー)。それを手段として運用する際のテストと言うべきか。
 斯くして、遥か遠く、時間の存在しない始原の不浄の生物は完全に現出した。


 その名を、ティンダロスの猟犬。
 別宇宙の不浄を凝縮し、清浄を忌む獣が、げにおぞましき咆哮をあげた。




 「ようし、戦いだ!苦手だけど、全力でやろうか!!」









ワーイッセイサンガー(棒読み)


あっ、そうだ!!(唐突)

新連載始めました。これまで書いてたのとは違う感じのやつに挑戦してます。是非、そちらも宜しくお願いします。感想評価をくれたりすると、いつもと違う、凄い真面目腐ったかんじに返す気の触れた逆立ちバナナが見れます。


次回:『待ちに待ったお約束』


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絶えぬ光

 ごく単純な話をしよう。

 そう、例えるなら人間どうしの喧嘩。人間が互いを殴り合う様子を思い浮かべて欲しい。同じ種族の生き物がどちらかの息の根を止めようと、もしくは行動不能にさせようと、目的を持って闘争を始めた場合、それは呼称や見方がどうであれ成立する行為である。繰り出される攻撃は相手に傷を付けることが出来る。相手にその手段が通用する。そうして、闘争を成立させるどちらかの敗北を以て帰結へと繋がる。
 では、これが人間と蟻だったらどうだろうか。考えるまでもなく、多くの者が勝つのは人間であると答え、そして、それは実際正しい。異なる種族どうしだが、それは大した問題ではない。その二者にはどうしても越えられない絶対的な壁というものがある。その大きさ、力、質量。どれを取っても蟻は人間に敵うことはなく、その壁を越えることは決して出来ない。不可能という理に阻まれている。
 そして、この理は人間──人類種にも漏れなく適用される。つまるところ、己よりも上位の存在と相対した時、それを上回れるのは、その差が一定の範囲内にある場合のみ、ということだ。
 古来、人間は自然を、超常の存在を畏れた。荒ぶる自然の化身たる神格を祀り、敬い、その庇護を求めた。それは本能で人類が神に敵わないということを察知していたからだ。メソポタミア神話の創世記『エヌマ・エリシュ』には人間は神々の労働を身代わりさせるために創造されたという旨の記述が存在し、神々の意思に背いた場合、大洪水などの災害によって人類は滅ぼされる。そのような時代を──神格が地上にてその権能と畏怖を十全に振るえた紀元前の古き世を神代と呼ぶ。
 しかし、現代は神や超常の存在は薄れ、己の領域から外に出ることは少ない。それらは神代の終焉──『混合紀』への突入に端を発する権能の弱体が大きな要因となっている。
 と言うものの、何が大きく弱体化したというわけでもなく、ほとんどの神格は地上でも己の力を十全に発揮することが出来た。弱体化した神格はみな大地やこの星に密接に関係する者のみ。彼らはその権能の凡そ二割を削ぎ落とされてしまったのだ。それは突然発生した現象であり、その規模が復元されることも無い。
 ウルク第一王朝第五代の王、神々が設計した完全なる神の代理人が治めた王国から波紋していった混合紀。彼の王の神格化に伴って強力無比な物となった王権は神威──権能を否定した。神々の支配からの脱却。人が人を治め、その関係性を尊重する新たなる生命の形の発露。則ち、文明の加速である。それは留まることを知らず、現在の人類種の繁栄へと繋がる。

 そしてこの混合紀に於いて、『()の英雄』と呼ばれる人種が誕生するようになる。
 ニーベルンゲンの歌に語られる竜殺しの騎士。
 故国の守護者でありながら、汚名を被り語り継がれた王。
 比類なき才覚を持ち、時代の転換を担いながらも、実兄に討たれた武士。
 神代に於ける英雄──『(ぜん)の英雄』とは違う、人の面が色濃く現れた人類の極点を更新する者たち。神の血を宿すことはなく、神性を持つわけでもない彼らはただの人間として己が持ち合わせた才覚とたゆまぬ鍛錬を積み重ねて、歴史に名を刻み込む偉業を打ち立てた。
 そんな二分される英雄たちに共通することがある。それは諦めない不退転の覚悟だ。アルスターの大英雄は最期の瞬間、ゲッシュを破らされ半身を不随にされても、己を石柱に縛り付けて立ったまま倒れることはなかったという。己の最期を受け入れることと、諦めることは違う。彼らは自分が成すと決めたことを達成するまで足掻き、その手に成果を掴み取ってきた。時に自分よりも強大な相手──人類を容易く鏖殺出来る存在と対峙し、その決して埋められぬ差に絶望する事なく、存在規模(スケール)を覆し、不可能を打ち砕いてきたのだ。
 
 だからこそ、これは当然の結末であり、当たり前の展開であった。

 人間と竜。しかも、無限の龍神。その差は歴然。
 その存在が何時から在る物なのか、正確な由来さえ分からない悠久の時を越えてきた仮初めの竜に人間が勝てるはずが無いのだ。その存在規模を『前の英雄』と同様の物に昇華させていようとも、そこにはやはり越えられない壁がある。
 そう、ごくごく単純明快な話なのだ。人間と蟻の関係性がそっくりそのまま適用されただけのことだ。
 どれだけ攻撃しようが、最強の神造兵器を振るおうが、その力を最大限行使しようが、彼が人間であることに変わりはなく、容易く死に至る脆弱な生き物に過ぎない。

 何度でも言おう。()()()()()()()()()()()()()()

 龍神の収束光線は彼の心臓を正確に射抜いた。彼の眼力を黄金光に乗せた光線を模したその熱量は心臓を一瞬で分解し、蒸発させた。そこにあった筈の器官が無くなったことで、胸から大輪の花が赤い花弁を咲かせ、全身に血液が循環することは無くなった。口からも止めどなく血が流れ、彼の絶命は必至のものと確定した。その身体の損傷は、たとえアスクレーピオスでさえも匙を投げ、ミネルヴァやエイルも首を横に振り、手段は死者の蘇生に限られてくるだろう。
 しかし、彼にはやり残したことがある。それも特大の物だ。その目的を成さんがために、彼は多くの物を棄て、数多の犠牲を乗り越え、築かれた屍の山を登ってきた。護り抜くべきモノがあり、成し遂げなくてはならないことがあって、無駄にしてはいけない犠牲があった。
 互いの正義を貫く為にぶつかり合い、討ち果たした者たちの貌が脳裏をよぎる。
 護ることが出来なかった民たちの、筆舌には尽くしがたい死に貌がありありと浮かぶ。
 破綻しきった自分を長としてくれた民の幸せそうな笑顔が暗闇の中で眩き道標となる。
 人類の誕生以来、謂れの無い暴虐に倒れていった忌むべき歴史が、慟哭を挙げる。
 そして、今も何処かで涙を流す誰かがいる。

 ふざけるな。そのような悲劇がどうして、なにゆえに、赦されるのか──!!

 徹頭徹尾、彼は一貫している。次元の狭間の最奥にて眠る終末悪を認識し、この世界の秩序が暴虐であると知ったその瞬間から、彼の嚇怒は絶えず燃え続けている。
 眼前の龍神もそうだ。騙られ、罠に填まり、陥れられた被害者というべき存在だ。この幼子に等しく、滅ぼすべき悪の一つに傷つけられた者も救わねばならない。悪しき夢から覚まさねばならぬ。

 前へ。
 殺した者が願った夢や理想のためにも──。
 前へ。
 これまで流された涙を笑顔に変えんがために──。
 前へ。
 前へ、
 前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ──!!

 彼は後ろを振り返らず、ただ前へと進む。雄々しく、輝かしく、様々なモノを焼き尽くしながら。
 決めたからこそ、果てなく征くのだ。原初の宣誓を胸に兵藤一誠は落ちてくる目蓋を押し上げる。
 悪の敵になりたい。その渇望が冷たくなる世界に熱を取り戻す。

 『なればこそ、死んでいる場合ではないぞ?我が宿敵よ──』

 アルスターの大英雄は己の魔槍で貫かれ、命を落とした後に溢れた臓物を洗って内へ戻したという。
 だからこそ、これは当然の結末であり、当たり前の展開であり、自明たる開幕だった。
 英雄たちは、彼の先達たちは諦めなかった。死して尚、倒れずに臓物を戻せるのなら、それ以上のことが出来て当然だろう。十二の功業を成した古代ギリシャの大英雄が死の神を捩じ伏せたのならば、やはりそれ以上のことが出来て当然だろう。先達を越えてこその後輩だ。
 自身が己を英雄と認識していなくとも、兵藤一誠のその姿は真実、紛れもない『後の英雄』であった。


 「まだだ────ッ!!」


 明朗に、彼は否定する。自分の終わり、その死を拒む。断じて認めない。
 胸に咲く花は花弁を黄金に変え、そも風穴を神聖かつ高潔な黄金の粒子が補填していく。
 其は鋼の意思が成せる不退転の業。己が意志力と精神力を以て、限界を越える。心一つであらゆる困難を打破し、踏破し、不可能を切り拓く気合いと根性の究極形。
 断片すら残っていなかった心臓は黄金の粒子によって再構成され、完全にその機能を復活させた。
 死はあまねく存在に平等に与えられる物だ。必ず来る、生命の終点。それは間違いなく兵藤一誠にもある物で、彼はそれを受け入れている。死後は誰よりも重い罰を受け、その積み上げてきた宿業を清算するべきであると。
 だが、それは今では無いのだ。断じて今、この時ではなく、死ぬわけにはいかない。それでも死が追い縋ってくるのならば、その死を滅ぼすまでだ。

 ここに混合紀、否、人類史上最新にして最高の英雄は復活を果たす。
 即死すら跳ね返して、死を滅ぼした鋼の英雄はここに数多の先達を越え、再び聖槍を掲げる。黄金の髪は天を突かんばかりに極光に逆巻き、その神威は胸を貫かれる前よりも濃密で、大神の肌を焦がすほどに膨れ上がっていた。

 「()()()()()倒れるわけにはいかぬ。俺にはまだやるべきことがある。護るべきモノがある。築かれた屍の山を前に膝を屈するなど、俺には出来ん。来るがいい、オーフィス。護り抜かんと願う限り俺は無敵だ。貴様の夢、覚ましてやろう。幾度胸を貫かれようとも、俺は諦めぬぞ──」

 そして彼は言葉を紡ぐ。
 霧の魔術師が読み解いた、創世前夜の古き神の言葉を。

 「■■■■■■■■■■■■■■(quem di diligunt juvenis moritur) ■■■■■■■■■■■■(per asprera ad astra)

 一誠が放った『聖四文字残影(テトラグラマトン)天からの硫黄と火、流墜(アテンアステロイド)』。それは嘗て地球に落下したアテン群小惑星アビンを召喚して墜とす権能である。その際に現出する流星はその流星一つのみ。過去の事象の再現であるため、一度に墜落する星は変えられず、数を放ちたい場合は連発するほか無い。

 大神が、龍神が空を見上げた。
 そこにあるのは、彼方より轟音と共に空を埋め尽くす万の流星群。その一つ一つが、()()()()()()()()の威力を持っている。

 「目を覚ませ、オーフィス」

 占星術の極致、その一端が遥か外の世界よりの降臨者に牙を剥く。











 



はぁ?何コイツ……?


新連載の方のウケがよろしく無いので、こっちを更新しました。
やっぱ、SFって需要無いのかなぁ……。

って思ってたらハイスクールD╳D最新刊で聖釘が登場して、プロットが射殺す百頭(ナインライブス)されました。

どないしよ……。





ふと思ったんですが、トンチキ一誠、麻婆傭兵オリ主教師、PSYCHO-PASS潜在犯系ワンサマって……。わたしの作品、ろくな主人公いなさすぎ……っ!?


ちなみに今回、前半部で結構大事なこと書いてます。


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青ざめた月明かり

 ダリフラ怖い……。見るのが、怖い……。ワインが美味い……。

 てか、ボダブレがPS4に登場とか、身体が闘争を求める。


 腐敗しているとは思えない強靭な噛力が聖剣をいとも容易く、砕いた。一級と言って差し支えない清浄たる刀身はまるで飴細工が如く彼の猟犬の口内で、見る影もなく溶かされている。
 それを見て、子供の悪戯を叱るように駄目じゃないか、と言いながら霧の魔術師は工房より新たな聖剣を、砕かれたものと同等の一振りを召喚する。教会の戦士たちが見れば卒倒するような光景だった。天然モノではないとはいえ、上質な聖剣をこうもぞんざいに、贅沢に使い倒すなんてことはありえない。投げて、砕かれて、殴って。武器を労るということを知らないかのような、使い潰しにかかるような戦い方。

 「そぉっれ!!」

 ゲオルクが聖剣を投擲する。猟犬へと回転しながら進むそれに、ゲオルクの杖から漏れ出た紫光が絡み付く。すると、聖剣は分裂を開始し、猟犬を囲むようにその数を大きく増やした。工房に存在する同型の聖剣を連鎖召喚。その全てが祝福の聖剣(エクスかリバー・ブレッシング)に匹敵する神聖を有している。
 そして、それらが猟犬の身に触れた刹那、白を伴って爆ぜた。内包する神聖は圧縮されていた。その高濃度の神聖が一気に放出され、さらに他の聖剣から放出された神聖と反応して巨大な熱量を発する。
 滴り落ちる腐肉を一片残らず消し去る光熱が猟犬を包む。ロスヴァイセは理外の化け物どうしの闘いに目を奪われ、根元的な場所より来る恐怖に身を震わせていた。

 光が晴れると、ゲオルクは困ったように唸る。

 「いやぁ、やっぱ面倒だねぇ。神聖とか、清浄とか。つまるところ、やっぱりきみにはそういう類いのモノは効かないってことだよね、小説通り……」

 彼の視線の先には四つ足で確かに空を踏み締める忌まわしき猟犬の姿。健在であった。怨嗟など生温い汚声を鳴らし、ゲオルクを睨み付けている。

 「ファウストさん……、ぜんぜん効いてないですよ……?」
 「んん?おや、喋るぐらいには気を保てているのかい。驚いた。まぁ、小手調べだよ。これで終わってくれるとは、流石に思ってないよ。まだまだこれからさ」

 聖剣の爆発は範囲であれば、都市など優に飲み込み、小国であれば地図から消え去るほどの威力を持っていた。
 かつて、ロスヴァイセが灰色の魔術師に出向していた際に見た食屍鬼に汚染された都市への執行──焼却などとは比べ物にならない規模の、戦術を越えた戦略としてのスケール。彼女があの規模の魔術を発動させようとした場合、七日以上の時間を掛けて、いくつもの術式を編み、魔力を流して、それらを寸分違わぬ精度で統合させて一つの術式にしなくてはならない。
 しかし、霧の称号を授かった魔術師はさも簡単な魔術のように、その規模の破壊を発動した。単に聖剣を爆発させただけではない。そも、あのレベルの聖剣を一人で鍛造し、使い捨てられるほど保存していること自体が度を超えている。元はレプリカではあるが、最高位の天使たちが手ずから鍛えた聖剣の一端に肩を並べる、それも神聖という点に特化したモノと同位の神聖を圧縮内包させる技術や技量、北欧神話が誇るドヴェルグに匹敵するほどの腕前は当代最高峰の面目躍如であるだろう。
 本分である幻術や位相操作でなくてこの圧倒的な力。そして、さらに上がある。
 ロスヴァイセはあのおぞましき猟犬よりも、同じ星の存在であるはずのゲオルクに明確な畏れを抱いた。一重に才能なのか、それとも別の何かか。何を、どうすれば。あの領域へと手を掛けられるのか。神格と並び立つほどの魔術の腕を手に入れられるのか。
 戦乙女である前に、彼女は魔術師である。ゆえに、その好奇心が。生来の知的探究への飢えが猟犬への恐怖に僅かに勝った。そういった面で言えば、他の魔術師と同じように彼女も狂気的な部分を持っていた。

 咆哮が頬に音圧として激突する。
 ゲオルクは目元を綻ばせる。笑んだ。穢れの音をぶつけられて、恐怖に支配されることもなく、彼は猟犬をただただ見据えて、相対していた。

 「どうするのですか……?」

 ロスヴァイセが訊ねた。

 「あれほどの攻撃が通用しなかった。小手調べと言いましたが、あの怪物を滅ぼすにはあれよりも何倍も強い手段が必要になる。いくら、あなたでも……」
 ゲオルクはロスヴァイセを見て、「そうだねぇ。確かにさっきの爆発よりも何倍も、いや何百倍も強力な力がいるね」
 「なら、どうやって……」
 「それじゃあ、授業の時間だ。僕の本分を見せてあげよう」

 猟犬が空を蹴る。脆弱な、しかし強靭無比な四肢がその身を魔術師へと弾丸のように迫らせる。
 大きく開かれた顎門がゲオルクを捉える。一撃で命を噛み砕くその脅威を前にして、ゲオルクは微塵も動かず、抵抗する素振りもしない。変わらぬ笑みを携えている。
 しかして、猟犬はゲオルクを噛み千切った。腰より上と下が離ればなれに宙を舞う。血が飛沫となり、ロスヴァイセの美貌に赭く熱を灯す。絶命。そう確信出来るだけの重傷だった。
 間近に存在する宇宙規模の穢れの集合体にロスヴァイセはあらゆる思考と意識が乱されていくのを感じた。初めて見た時に感じた不快とは到底比べようもない。筆舌には尽くせない恐怖を味わう。
 が、どうしてか、何かがおかしい。塗りつぶされそうな感覚の中で、恐怖の内に一つだけある異物。
 猟犬はゲオルクの身体を喰らい、咀嚼する。純白のローブがぼろ切れのように顎の端から垂れている。この世のものとは思えないような息の臭いと共に猟犬はゲオルクであった物を飲み込んだ。

 ()()()()()()()()()

 「え……?」

 困惑する。ロスヴァイセは呆けた声を出すも、それは猟犬の耳には届いていない。
 ロスヴァイセと猟犬との距離は五メートルにも満たない。その至近距離にいる獲物を、悪名高き、ティンダロスの猟犬は気付きもしないで素通りしたのだ。
 彼の捕食者の姿が明確に伝えられていないのは、その姿を目撃した者が生き残ることがないからだとされている。つまり、猟犬は如何なる獲物も逃がさないのである。人間の持つ清浄に飢え、明確な殺意を持って襲い掛かる猟犬がその獲物を、目撃者を殺さずにいるということはありえない。
 遠ざかる猟犬を見ていたロスヴァイセは自分の腕に何かが絡み付く感覚を覚え、視線を下げた。そこには幽かな白い靄が彼女の腕に巻き付いていた。

 「これは……」

 靄に触れようとした瞬間、再びおぞましい咆哮が次元の狭間に響き渡った。それは悲鳴のようにも聴こえる。
 猟犬は暴れ、のたうち、苦しんでいる。あの暴威の塊である存在が初めて、明確なダメージを負っていた。

 「あぁ、やっぱりそれは効くみたいだね。うん、思った通りだ。それっぽい再現品だったけれど、効果があって良かったよ」
 「ファウストさん……!?どうして、だって」
 「やぁ!!あんな法螺を吹いたくせにすぐやられちゃって、それなのにどうして生きてるんだって?流石にそれじゃあ格好悪いからね。言っただろう?僕の本分を見せるって」
 「幻術……」

 ロスヴァイセの背後に現れた無傷のゲオルクは茫然とする彼女にウィンクを飛ばして微笑む。

 「びっくりしたかい?」

 首肯するロスヴァイセを見て、満足そうに頷いて庇うように前へと出る。

 「あれが喰らったのは僕じゃないよ。僕に見せかけたちょっと細工をした聖剣さ。まんまと騙されて、がっぷりといってくれたね。いやぁ、ホントに良かったよ」

 ティンダロスの猟犬を追い払うことに成功した逸話は一つだけある。
 錬金術師エイノクラが用いた万物溶解液。彼を抹殺せんが為に放たれたティンダロスの猟犬──ルルハリルは万物溶解液によってその実体を溶かされ、撃退されてしまった。
 その非実在の魔法の薬の模倣。片手間で作った中途半端な遊び道具の一つ。まさか、それが役に立つとは造った本人も思いもしなかった。猟犬の持つ霊的装甲を外側から溶かすほどの力を持っていないそれを活用する為に取った手段は、内側から灼くことだった。
 清浄を放つ聖剣を幻術によってゲオルクと誤認させられた猟犬は聖剣に喰らいつき、その内に仕込まれた溶解液の封印さえも破壊した。

 「あれに幻術が効いたの?」
 「そこは腕の見せ所さ。これでも幻術と位相操作をウリにしてるからね……」

 その言葉の最中、彼方より黄金の光と界の震えが伝播してきた。断続的な揺れは大きさを増し、止まることなく震え続ける。
 猟犬はそれに反応するも、内から己を焦がす灼熱に未だ苦悶している。

 「おやおや、向こうは随分と派手にやっているようだね……。星でも墜としたかな?まぁ、何はともあれ、痛かろう、猟犬。なんせ、お前の装甲が効かない場所が灼かれてるんだ。いくら不死性が高かろうとも、痛みは感じるだろう。拾い喰いには注意したまえよ」

 転瞬、猟犬がゲオルクに飛び掛かる。だが、その位置は彼が立つ位置の真逆。一見、意味のない行動に見えるだろうそれ。しかし、"猟犬は確かにゲオルクへと飛び掛かっていたのだ。"
 空を切る牙。猟犬は虚空を認め、一歩も動いていないゲオルクを睨み付けた。

 「君には知性がある。理性がある。理解出来ないかい?どうして、君の正面で喋っていたはずの僕が背後にいるのか。知性がある分、悔しさもひとしおかな……」

 ゲオルクが得意とする位相操作はなにも、人や物を別の地点へと転移させたり、空間を歪めて結界を形成するだけしか出来ない訳ではない。彼ほどの手腕を以てすれば、それはあらゆる術への応用が可能である。それを後押しする絶霧の存在もある。
 ロスヴァイセが素通りされた物と原理は同じである。位相を操るということは、その地点と別の地点を切り貼りすることも出来る。
 Aという地点に存在する本体に幻影を被せる。例えるのならば、本人が精巧な自分のマスクを被るようなものだ。このマスクを被った幻影のみの状態をA´とする。このA´をBという地点と置き換える。A´が立つ地点という情報をBという位置の情報位相と幻影ごと置換する。これによって、相手はAにあるはずの本体をBにあると、A´が本体だと誤認する。AにはBにある物、虚空があると認識する。
 ロスヴァイセはゲオルクの幻影を被せられた時点で、猟犬の視界には存在しなかった。猟犬と交戦を開始する前に、ゲオルクが彼女に悟られぬように付けたマーカーによって位相操作は容易に行われた。猟犬が踵を返したのは、背後の遥か彼方に彼女の存在を感知したからだ。ロスヴァイセの幻影は清浄さを本体と同じように発生し、見事に猟犬の目を欺いた。彼女自身の清浄も猟犬に掛けた幻術で薄め、その嗅覚を誤魔化した。
 そして、今、猟犬が虚空を噛んだのも同じこと。ゲオルクの幻影を置換した地点へと突っ込んだだけのことだった。
 これこそが、当代最高峰と呼ばれる魔術師たちの中でも、郡を抜いて相手を翻弄することに長けた幻術使いの本領。トリックスターと名高い悪神ロキと魔術のみで張り合えるだけの力を得た超越者の領域、その一端。

 「さて、ではそろそろ終わりにしようか。戦いは余り得意じゃなくてね。それに、君を見ていて余りいい気分はしないから……」

 杖を掲げると空間が歪み、文字群で編まれた鎖が猟犬を縛り上げた。猟犬が現出する前に空間へと刻み込まれた、旧き神々の言葉。その文字が効力を放ち、惑う獲物の腐った血肉を貫いて離さない。
 がんじがらめにされた猟犬を前に、ゲオルクは工房より一振りの聖剣を召喚する。これまでと同じ工程を踏んで呼び出される剣。しかし、その剣は明らかにそれまでのモノとは格が違った。

 「少し本気を出そう。疾く、巣へと帰りたまえ、君は招かれざる客なのだよ……」

 深い、深い、それはいと深き碧、もしくは碧翠。
 珊瑚の海のようにも見えるその刀身の光は言葉で正確に言い表すことは難しく、ここではない何処(いずこ)かへの道を照らす導にも見えるが、ある者は──番外の悪魔、こと魔術という面に於いて追随を許さぬ霧の魔術師の師、メフィストフェレスはその光をこう評した。

 まるで、月明かり──青ざめた月光のようだ、と。

 ロスヴァイセは声を挙げて気を失った。文字群以上に、その光が齎すモノは多すぎる。そして、膨大すぎる。

 「あぁ、我が王よ。彼方にて闘い続ける我が主よ、この月光を御照覧あれ……」

 その大剣に銘は無い。彼がそれを担ってより、付けようと思ったことすら無い。あらゆる全てが超越された鍵にして、灯火。そこに新たな意味を持たせることを若き日のゲオルク・ファウストは善しとしなかった。
 深淵が啓かれる。光波が迸り、世界は薫りに満たされる。雨と、霧と、穏やかな月。

 しかして、剣は振るわれる。放たれた。啓かれた。

 光が消え去ったのは、どれほど経ってからか。それを正確に感じた者は一人としていない。
 振るわれた後の界は静謐なものだった。佇む男の手には杖が一つ。永劫に広がる界に立つのは彼のみだった。倒れるロスヴァイセの頭を膝に乗せ、ゲオルクは工房から召喚した魔術書を読み始めた。

 おぞましき猟犬は、痕跡すら見当たらず、滅んだのか、退いたのか。誰もそれを知らない。
 少なくとも、もうこの世界には、あの穢れは存在しなかった。











 蜃気楼より~ばかりじゃバランス悪いので、こっちも更新。
 プロットを砕かれた傷は深かった……。

 蜃気楼より~との温度差というか、毛色の違いに戸惑いつつも何とか完成いたしました。

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