ダンジョン冒険者はロクでなし (とぅりりりり)
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プロローグ:キゼルドゥグクの洞
出会いは突然に


別サイト様にて連載しているオリジナルをこちらでも投稿させていただきます。更新はかなり遅めの予定です。


 ダンジョンはいつだって残酷だ。

 そして、魔物や罠なんかよりも恐ろしいのは()()の際限なき欲望だ。

「はあっ、はぁ――」

 後の体力なんて一切考慮せずとにかく走る。

 このダンジョンは植物系の魔物が出る比較的低難易度のダンジョンだ。壁や地面のいたるところに蔦が伸びており、時折樹木や花といったものも見られる。いつだって明るく、不気味なほどに咲き誇るそれらはこの万年照りのダンジョンを彩っている。

 ――こんなことになるんだったらもっと道具を持ち込むべきだった。

 自分の認識不足に苛立ちながら駆ける。この階層に誰か、誰もいいから人はいないのかと気配を探る。

 ――いた!

 頭の中で地図を思い出して迷いなく角を曲がり、人のいるであろう小部屋へと駆け込んだ。

 

 

 僕はこの時、運命に出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ――子供の頃の憧れを今でも覚えているだろうか?

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン。元々は地下牢などを意味する言葉だったらしい。

 

 今では各地に存在する地下迷宮等をそう呼び、冒険者がダンジョンに潜っては魔物を倒したり、宝物を収集して売り捌く。そんなふうに冒険者はある種の職業として定着した。

 魔物をいくら狩ってもしばらく時間をおけば再び出現する。しかしダンジョンの外へと出ることはない魔物たち。そんな魔物へと挑み失われし技術の結晶ともいうべき幻想級のアイテムを求め、冒険者たちは命を賭ける。

 宝箱の中身は常に変化し、レア物を当てたら装備するもよし。売って次の探索に備えるもよし。そして難易度の高いダンジョンへと挑んでは挫折する。

 現状、冒険者は飽和状態。夢を抱いて飛び込む人間が後を絶たない。それと同じくらい死者も出る。そもそも死んだのかわからない人間がいる。つまり、一人でダンジョンに挑む馬鹿だ。

 

 それがソロ冒険者。またの名を寂しい根暗野郎。

 

 味方がいないため死亡しても誰も看取ってくれないし動けなくなっても助けてくれない。常に危険が隣り合わせのダンジョンで単独行動は大変危険である。それでも、単独行動――ソロ冒険者も一定数存在する。

 理由としてはパーティやギルドで行動する場合、分け前の配分や冒険者を雇う金、維持費がかかる。人数だけ多く、たいして稼げないギルドは自然消滅することもあるのだ。また、ギルド間での抗争や内部分裂、引き抜きや横領などのドロドロした揉め事もギルドにはあるし、野良パーティだと分け前で揉めやすい。

 ソロの利点を挙げるとすれば分け前が独り占め、フットワークが軽いため別ダンジョンのある町や地域への移動が楽というところだろう。

 まあ、普通は危険すぎてパーティメンバーを募集するかギルドに入るべきなんだろうが。

 

 そんなソロが大変な危険極まりない行為だとわかった上でダンジョンでソロ活動をしているのが俺、レブルス・クラージュである。

 

 髪はよく辛気臭いと言われる黒。それを手入れもしないものだからボサボサになり果て、冒険者支援の受付嬢に苦言を呈されるほどである。瞳は量産型ヘーゼル――つまり淡褐色だ。

 特別珍しくもない赤と黒のジャケットに早く動けるという触れ込みの冒険者がよく履くブーツ。当然武器である双剣も安物でどこにでもいる冒険者だ。

 現在19歳とそこそこいい歳に差し掛かり、一人でダンジョンに潜っているのには理由がある。

 若いうちから「俺、冒険者になる!」と夢に瞳を煌めかせ、両親もダンジョンに潜る冒険者だったことから激しい反対もなく、14歳でダンジョンデビューを果たした。もちろんそのときはギルドに所属していた。が、わけあって現在はソロだ。そして俺は悟ったのだ。他人と一緒に行動するものじゃないんだと。

 

 そんなわけでいつもどおり十分な安全対策を取ってダンジョンを進んでいく。といってもまだ入って2層ほどしか潜ってない。

 ここのダンジョンは『キゼルドゥグクの洞』という名称で比較的難易度の低いダンジョンだが植物系の素材が入手しやすく自給自足が容易で中級者もよく足を運ぶ。なにより地形が一定のダンジョンなのだ。

 ダンジョンにも種類があり、難易度も大幅に変わってくる。例えば入るたびに地形の変化する不定形ダンジョン。これはマッピングがほぼ無意味となる。1回目にマッピングした地図を2回目の探索で参考にしてもまるっきり地形が変化していたり罠や部屋の配置が変化していたりだ。上級者向けと言えるだろう。

 かといって今いる一定の地形のダンジョンが全て簡単というわけでもない。一定のダンジョンでも難易度が高いダンジョンは凶悪な魔物や即死級の罠にかかればあっという間に全滅する。まあ、要はどこでも安全ではないということは確かだ。

 キゼルドゥグクの洞は植物というか緑が多い地形のマップで、壁には蔦が絡みつき、道中にも木が生えていたり、花が季節を無視して咲き誇っている。常に、昼だろうが夜だろうが地下のはずなのになぜか明るく、光源がどこなのかもわからない。薬草収集やここで狩れるプラントディアという鹿のような魔物の素材を狙って俺は多くて毎日、少なくても週に3回は潜っている。牡のプラントディアの角と牝のプラントディアの毛皮がそこそこいい値で売れる。ソロで狩るには余裕のある魔物だ。数も多く市場での需要も高い。

 

 

 が、当然需要が高く狩りやすければ人も多く、面倒な輩もいるもので……

 

 

 いわゆるダンジョンの小部屋で薬草を収集していると聞こえてくる複数の足音。ここは地図さえあれば行き止まりだとわかるので薬草目当てか初心者の休憩狙いしかないと思うのだが、どうもおかしい。一つ、やたら早い足音が聞こえる。それを追いかけるように4人ほどが迫ってきてる。足音からしてゴブリンではない。ほぼ間違いなく人間だ。

 

 そう、その足音たちはすぐに俺の視界に映ることになる。

 

 小部屋に飛び込んできたのは小柄な人影、緑色のフード付きケープで顔は見えない――と思ったらすぐにこちらを振り向いてフードが外れる。

 その人物はおそらく10人中10人が美少女と答えるであろう愛らしい顔立ちをしていた。サラサラの金髪。パッチリと大きく、透き通るような青い瞳。色白でとても冒険者と思えないその容姿だが服装は露出がほとんどない。むしろガチガチに固めてボディラインすらわからないがどちらかといえば軽装に分類するのでシーフ・スカウト系の人間だろう。ざっと背丈は155cm前後だろうか。

「き、君! 助けてくれ! 小汚い暴漢に――」

「もう逃がさねぇぞ!」

 助けを求める声を遮ったのは息を切らして部屋になだれ込んでくる。数は4。装備から見て初心者と中級者の間くらいだろうか。全員20代後半にさしかかりそうな歳に見える。冒険者には年齢制限などないのでこれくらいの歳で初心者もいるだろうが……ちょっとどうなんだろう。

 メンバーを推察するに前衛戦士の斧持ち。剣士が二人に攻撃系魔法使いが一人……。

 なんというか、偏ってる。

「この部屋は行き止ま――」

 リーダー格の男がようやく俺の姿を確認して声を詰まらせる。

「ふんっ! この僕が無意味に逃げたとでも? さあそこの君! 僕を助けてくれるよな? もちろん即答してくれるだろう? 何、ちゃんと謝礼は――」

 

 

「あ、俺そういうのいいんでお好きにどうぞ」

 

 めんどうだし帰ろ。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ダンジョンに法は適用されない。

 ダンジョンは無法地帯であり、何が起こっても自己責任なのだ。

 当然暗黙の了解というものはある。が、これはマナーの範囲だ。ルールではない。絶対遵守すべきものはない。もちろん、マナーを守れないものは白い目で見られ、仕事も減る。それ相応のリスクがある。しかしそれは自分がそれでも構わないと思ってしまえば何も影響はない。

 

 だから俺がここで少女が野郎に犯されようと知ったことではないし自衛できない少女の自己責任である。

 

 

「ぎゃああああああああああああああ」

 

 

 うるせぇ。

 少女の声はあまり甲高いものではないが大声を出されるとうるさい。というか少女にしては落ち着いた声というかキンキンした声ではないのでもしかしたら年齢はそこそこいっているのかもしれない。ただしちらりと様子を見てみるが小柄である上に非常に愛らしい顔立ちなので美人というより美少女だ。もしかしたら俺の知ってる女の中では一番かわいいかもしれない。

 なぜ叫んでいるかというと今まさに少女を男二人が押さえつけているからだ。

 

「そこの君!! 助けてくれよ! なんだよ! 可憐な僕がこんな大ピンチだっていうのに!!」

 

 やかましい。

 しかも上から目線が腹立つ。無視するに限る。

 

「ああああああ無視しないでくれ!! 頼む!」

 

 次通りかかる人間に頼め。

 

「ねえ!! せめてなにか言ってくれえええええええええ」

「うるさい小娘だな!」

「さっさと剥いちまえ」

 

 今日はこれからどうしようか。

 もう少し収集するのもアリだが今日はダンジョンに入ったのが14の刻だったので今頃外は17の刻くらいだろうか。

 時計があったら便利なんだろうと思うがあんなもの、貴族の道具だし、時刻を知らせる鐘があれば事足りる。まあダンジョンの中では陽が見えないので時間の感覚がずれると出た時に真夜中だったりするのでそういうときに時計とかあるとありがたいんだろうな――

 

 

「聞けって言ってんだろそこの君ィ!」

 

 

 小部屋から出ようと少女や男たちに背を向けていると咄嗟に危険を感じ取って右手で剣を引き抜き飛来物を弾く。

 それは投擲用のナイフで殺傷力はそこまで高くない、のだが今当たっていたら脳天に突き刺さっていた。

「……」

「……」

 俺がリーダー格の男がじっと視線を向ける。首を横に振って俺じゃないと無言で訴えるリーダー格の男。まあ、そうだろうな。

 とすると――

 

「聞けよ! この僕を置いていくなんて君は愚か者か!!」

 いつの間にか押さえつけていたはずの剣士たちをすり抜け俺のそばにまで接近してくる少女。

「逃げられるなら自分でお願いします。俺は平和主義なんです」

「平和主義なら暴漢に襲われそうな僕を助けるべきじゃないのか!?」

「いやだってそういうのは自己責任だろ……」

 というかあれだけ正確にナイフ投げができるなら余裕なんじゃ。

「僕は生粋のスカウトだぞ!! 人間複数相手の想定なんてしているはずないだろう!!」

「ソロなら自衛は当然」

「魔物ならどうにかなる!! 人間は殺さないようにするのが特に無理だ! オーケーわかる!?」

「あの……」

「いや別に襲ってきたなら殺せばいいだろ。互いに自己責任。問題なし。それとも何? 非殺生主義? それマジで言ってる?」

「はぁー? あんな醜い豚男なんて殺すことに抵抗はない。が、僕は戦闘能力、技能、魔法がほぼ皆無だ!! 多人数相手なんて無理だと判断して君に助けを求めているんじゃないか!!」

「あのー……」

「俺に助けを求めるとか言われても俺はお前なんて知らないしそもそも報酬もらったってやらねぇよ。次通りかかるやつにでも助けを求めろ」

「次っていつだよ!! この階層に君しか気配がなかったから駆け込んだっていうのに!!」

「知るか!! 自分で蒔いた種だろ。自己解決しろ」

 

「あの!!」

 

 さっきから会話に入ろうとしていた魔法使いらしき男が割って入る。

「えっと、で、助けるんですか?」

「助けないです」

「じゃあこの子襲ってもいいですか?」

「どうぞ」

 実に茶番である。が、これも暗黙の了解というやつだ。

 剣を抜いたままだったので敵意がないことを示そうとし――

 

 突如腕を掴んだ少女が魔法使いの腹に俺の剣を、まるで俺が刺したかのように突き立てた。

 

「わー! さすが正義の味方!! やっぱり助けてくれるんだね!!」

「は、ちょ、待」

「こいつ! よくもハンスを!!」

 リーダー格の男が激高して襲いかかってくる。斧の動きは遅い、が当たればダメージは大きいだろう。それだけの威力を寸でのところでかわし、どうにか誤解をとこうとリーダー格の男に声をかける。

「待って俺じゃない!!」

「てめぇその手に持ってる剣と血で誤魔化せると思うなよ!!」

 そう、俺が持っている剣にはハンスとやらの血がべったりとついている。そしてハンスとやらは地面に蹲り、一応生きてはいるがしばらく行動できないだろう。

 罪悪感は別にない。でも誤解されて敵認定されたことがめんどう極まりない。

「くそっ!!」

 斧使いが前線で暴れると剣士二人は前に出れない。本当にバランスの悪いパーティだがこちらとしては都合がいい。

 斧使いの背後に回り込み、剣の柄で後頭部を思いっきり殴る。すると体の防具はしっかりしていたが頭部の防具がないためとてもありがたい。

 残った二人の剣士もそんなに重装備ではないため気絶を狙える。

 もう一方、まだ抜いていなかった片割れを抜き、双剣を剣士二人に見せつける。

「俺は敵対したくないんですけど」

「剣構えてハンスとヨツンを攻撃しといてよく言うぜ!!」

 突進してくる剣士は突きを狙ったらしいが、その割には速さがさほどない。武器と攻撃方法間違えてる気がする。突きを左での剣でいなし、右手で思いっきり腹部を殴りつける。剣士の一人はあっさりと気絶し、残った剣士は震えて動こうとしない。

「……どうする?」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 土下座されてしまった。どうやら初心者パーティだったらしく、少女を見て魔が差したとのこと。

 気絶したやつらをどうにか地上に運ぶつもりらしいが三人は無理だろう。助ける義理もないが。非常に気まずい中部小部屋を立ち去る。

 そして、腹立たしいことにこの全ての元凶である少女がにんまりとこちらを見てくる。

「強いねぇ。もしかしてずっとソロなのかい?」

「お前に関係ないだろ」

「えー? 謝礼はきちんと払うって言ったじゃないか。ほら」

 そう言って差し出されたのはなぜか使用感バリバリの財布2つ。あと片方に血がついてる。

「……おい、まさか」

「さっきの暴漢たちの財布だけど」

「ふざけんなよ!! ちょっと返してくる!!」

「やめときなって。彼らもまたダンジョンの洗礼を受けたんだ。そういうのはよくない」

「お前がそもそもの元凶だろうが!!」

「そう……僕ってこんなにも美しく可憐だから……性別問わずいつでも魅了してしまう……罪作りってやつだな……」

「そうか、自覚あるんだな。一生表出るな」

 まあ正直な話、小柄で一見スカウト系の美少女だから男がつい魔が差してしまうのもわからなくない。が、致命的なまでに性格がゴミだ。

「まあこんな出会いもなにかの縁。僕はミシェルだ! 特別に呼び捨てする権利をあげよう」

「おう、その権利ミミックにでも食わせるよ」

 

 

 

 そう、俺はこの時こいつを始末しておくべきだった。

 まさかこいつと関わったせいで俺の冒険者人生が大きく変動することになるなんて、思ってもみなかったのだから。

 

 

 

 

 



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1章:オルヴァーリオの湖底
1階層:不審者


 

 

 ダンジョンから出てすぐ近く、拠点にしている町へと戻る。オルテンシアの町は付近にあるダンジョンが初心者から中級者、かつダンジョン内が一定のものばかりのため、冒険者になったばかりの人間や初めて探索に向かう人間も多くいる。治安はそこそこで穏やかな気候とダンジョンによる人口増加と旅行客増加に伴い、代わり映えしなかった田舎町が活気づいたとのこと。名産や特産なんてものは元々なかったのだが先ほども言ったとおり、プラントディア需要が高いため、素材の取引とそれによる武器防具の生産が特に目立っていた。

 町並みは古めかしい作りをした建物が並び、王都のように煌びやかではないものの住みやすい町ではある。ほかの町へ移動するための魔法陣があり、高額だが一瞬で移動できるためある程度の流通も安定している方だ。が、飛空艇なんかも開発されておりそちらが主流になるのではという説もある。魔法陣はあまり大きなものは運べないため、一度に多く運べる飛空艇や船はきちんと利用されるのだ。

 素材を売るために馴染みの工房へと足を踏み入れる。町の表通りとは少しずれたあまり活気のない店の並ぶ道。そこにこじんまりと主張する装備品工房。

 素材や装備の売り方はいくつかある。俺の場合は素材を使って装備品へと加工する職人に直接売りつけている。

 もちろん、冒険者支援センターこと冒険者支援協会で素材の取引もできる。ほかにも仲介屋があるのだが、ここで作ってもらった防具が気に入っており、なによりここの主である親父さんとは古馴染なのだ。

「イグニドさん」

「ん? おお、レブルスか。プラントディアか?」

「正解。今日は角が2本、毛皮が3枚だ」

「ちょっと待ってろ。……おや? 後ろにいるのは」

「ごめん、これストーカーだから気にしないでくれ」

「ひっどいなぁ。僕をストーカー呼ばわりするなんてきっと君くらいだよ」

 イグニドさんは小綺麗な少女――ミシェルを見て目を丸くする。

「……ああ、なんだ。てっきり、ようやくレブルスも女見つけたのかと思ったらそいつか」

「イグニドさん、こいつ知ってんの?」

「ああ、そりゃ有名だしな」

 有名、と聞いてもう一度ミシェルへ視線を向ける。

 視線があってどや顔をされたので無性に腹が立った。確かに目立つしこれだけ美人なら男はうっかり視線を向けてしまうだろうが有名とまで言われるなんて。

 イグニドさんが工房の奥から現金を取り出している。その間に、ミシェルは俺に問いかけた。

「まさか冗談抜きで僕のこと知らなかったのかい?」

「知らない」

 すると、「へぇ……」と何やら企んだような笑みを浮かべ出す。これ以上こいつに関わってはいけない気がする。

「というか、いつまでついてくる気だよ」

「え? そりゃあ、君の宿を抑えるまで?」

「ふざけんなよ警吏呼ぶぞ」

 一応この町の警吏は優秀だ。人が多いにも関わらず治安がいいことからそれを証明している。

 ついでに俺はこの町に住んでいるのでこいつの想像している冒険者によくある宿を借りてダンジョン攻略遠征をしている人間ではない。元々出身がここで、一度は離れたがソロになって以来、親の元へと一度戻って両親を手伝いながらダンジョンに潜っていた。家、というか両親が冒険者時代に稼いだ金で購入した大きめの建物は貸宿でその運営も母親が主にしていた。二人共死んだあとは貸宿は営業停止し、俺が住むだけで無駄に広い家となった。

「……ま、今日はこの辺でいいや。またね」

 不吉すぎる宣言を残して工房からミシェルが立ち去る。それと入れ違いになるようにイグニドさんが戻ってきた。

「待たせてすまないな。って、あいつは帰ったのか」

「らしい」

「まったく……ようやくお前にも仲間が出来たかと思ったのにな」

「……いらないよ、俺は」

「そんなだと嫁もできねーぞ。結婚できないようだったらうちの娘でも嫁にどうだ」

「いや遠慮する……ってイグニドさんって娘いたんだ」

「ああ。昔、嫁が娘を連れてここを出て行ってな……」

「あ、ごめん。その話暗そうだから遠慮しとく」

 イグニドさんはそうか、とだけ言い、素材の売値、合計金額3000ニルを受け取る。

 残る薬草は売りにいく分と自分で使う分でわけてから明日売りに行こう。

「じゃ、また近いうちに」

「おう。そろそろ武器の整備もしにこいよ」

「自分でできる範囲の手入れなら大丈夫だよ」

 工房から出て日が沈みかけたオルテンシアの町並みを見つめる。変わらない、代わり映えのしない夕焼けと行き交う人々。

 

 つまらない。

 

 日々安全なダンジョンに潜りながらそこそこ安定した素材の狩りをして、それを売って、家に戻って、飯を食べる。

 面白いともなんとも思えない。

 かつて、ダンジョン冒険者に憧れたこともあった。今ではそんなこともあった、と若い自分を思い出して苦い気持ちに浸る。

 かつて描いた夢は驚く程に味気ない。くだらなくて、あの頃なにを期待していたのかすら忘れてしまうほどに惰性で続けるような毎日。

 本当に、これでいいのかと自問自答を幾度となく繰り返し、気づけば一人には大きすぎる家にたどり着く。

 

「ただいま」

 

 当然返答なんてくるはずもなく、静まり返って生活感のない室内を眺めてから2階の自室へ戻る。

 使い古したベッドが軋み、天井を見上げてぼんやりと考えながら休息を取る。

 

 

 明日も、来週も、1年後も、ずっとこうなのだろうか。

 

 

 

 

「俺って、なんのために冒険者になったんだろ」

 

 

 

 その返答も、あるはずもなく、暗闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、差し込む日差しで目を覚まし、時間がわからず時計塔を見る。時計塔というより、町の中央にある塔なのだが、時刻を知らせる鐘があるためそう呼ばれる。そこには11の刻のプレートが吊り下がっていた。少なくとも現在は11の刻は過ぎている。

 想定より寝過ごしたのは誤算だったが別に焦る必要もない。今日はこの後薬草を売りに行ってダンジョンでいつも通りの――

 

 

「あ、おはよー」

 

 

 なんかいた。

 

 元宿屋の食堂――現在はダイニング兼リビングのような場所で平然と自前のレタスサンドを食っているやつがいる。

 

 というか、ミシェルだった。

 

「大丈夫かい? 寝すぎで顔色がよくないぞ」

 大丈夫、俺は冷静だ。

 窓を開け、出歩いている人間がいることを確認する。

 

「すいませーん!! 誰か警吏の人呼んでくださーい!! 不審者がー!!」

 

 

 

 

 

 仕方ないと思う。だって家に勝手に侵入されていたらこうするだろう。

 

 一旦落ち着いて大人数が本来集まって使うべきファミリーテーブルに向かい合って座っている。

「まったく……ひどいことするね。この僕を見て不審者扱いするとは」

「当たり前だろ」

「確かにこの僕の美しさと可憐さは罪……いろんな人間を魅了してしまう……ああ、たしかに罪作りだね」

「よし、新しい罪状を追加してやる。不法侵入者が。というかどうやって忍び込みやがった」

 戸締りはしていたはずなのに。

「えー? ああ、鍵の形式がだいぶ古いね。余裕だったよ」

 ピッキングツールと鍵の束のようないくつもの棒がついた輪を見せびらかし自慢げにミシェルは語りだす。

「戸締りはいいけど鍵の形式が古いし防犯対策もなっちゃいないね。付け替えたら? 鍵開け技能持ちなら大半が開けられるよあれ。最近は魔法防犯水晶とかあるらしいけどあれ貴族向けだし、普通に最新の――」

「ちょっと待て!! お前鍵開け技能で入ったのか?」

 

 技能とは、元々は魔力を消費しないで扱える特技や技、技術などの総称する冒険者用語の一つだ。冒険者支援協会では初回に冒険者カードというものを作成させられる。冒険者の身分証でもあり、自分を売り込むためのアピールカードでもある。

 名前と現在所属しているギルド。そして顔やステータスが記載され、裏面には所持技能が表記される。これらはカードを作る魔法の効果で更新され、詳細を見る場合は意識してその部分に触れると詳しい情報などが確認できるのだ。

 そして、技能についてだがこれが単純に技術面だけではない。生まれ付き持っている才能、とでもいうのだろうか。例えばの話、俺は直感(60)を所持している。これは生まれつきで、この数値の上限は100。いかに第六感が優れているかなのだがこれも技能に入るらしい。数値60というのは中の上に分類される、と思うかもしれないがそもそも持っている時点でそこそこ扱えている、または効果があるということだ。だから俺の直感は高い方だという見方もある。

 どれくらいが基準かというと定義というか場所により様々だが90以上は神業、70前後は熟練、50前後は優秀、20前後は趣味特技レベル。といった具合だったはず。

 そして、技能でこの家に侵入したということだが、少なくともこいつは鍵開け技能を所有しているということだ。

 鍵開け技能は決して珍しい技能ではない。が、俺にとってはある意味憧れの技能だ。なにせ鍵付きの宝箱を開けることが出来るのだから。

 ギルドやパーティがシーフやスカウトを欲しがるのはこういう意味もある。

 ちなみに俺は鍵開け技能を取得しようとして失敗した。ステータスの器用を上げてから試すべきなのかもしれない。

 ちなみにステータスはHP、MP、攻撃、防御、魔攻、魔防、敏捷、器用、幸運といったもので、これらが高いほど優秀だと示すわかりやすい指標となる。数値で人の本質は測れないとは言うが、大きな目安ではあるだろう。

 例えば同じような戦士が二人ギルドへの入団を希望していたが空き枠が1人だとする。片方は攻撃が高く、片方は攻撃が低い。これだと高い方を取るだろう。そういう意味ではある程度の目安になる。当然、鍛えれば成長するものだし、更新して成長すれば自分の実力を感じ取れることは間違いない。

 

 ふと、昨日のやりとりを思い出し、こいつの冒険者カードが見たくなった。

 有名人ということは恐らく顔と名前が知られているということ。それは冒険者として優秀な証か――いやもう一つの可能性はないだろう。恐らく優秀なのだ。

 なにせ、鍵開けだけでなく、家に侵入して直接見るまで俺が気配に気づけないほど気配を隠すのがうまいのだ。技能値がいくつほどかはわからないがある程度取得しているのだろう。そう考えるとステータスも高いはずだ。

「……お前、冒険者カード見せろ」

 できるだけ平静を装って声を出す。すると、ミシェルはにっこりとまるで天使のように微笑み――

 

 

「嫌だよ」

 

 

 めっちゃ明るい声で拒否された。どうしよう、こいつの考えが読めない。

「ていうか、なんで俺の家わかったんだよ……」

「調べた。ここの町の出身だしすぐにわかったよ。レブルス・クラージュ君?」

「気持ちわりぃよ」

 ぞっとした。

「ま、カードを見せるのは僕の頼みを聞いてくれたら好きなだけ見せてあげるよ」

「は? 頼み?」

「そう、頼み。そんなに難しいものじゃないよ?」

 そう言ってミシェルは目を細め、流し目で俺を見つめる。無駄に仕草が色っぽいのはなんなのか。腹が立つ。

 

 

「僕とパーティ……いや、ギルドを組もうよ」

 

 

 

 



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2階層:仮初の仲間

 

 冒険者支援協会。基本的には人がごった返しており、時折一般人も立ち寄っては受付で何やら記入している。

 ここ冒険者支援協会の支部では冒険者の素材買取や戦闘訓練、冒険者志望の若者が技能を上げるための講座など様々なことができる。一般人からの依頼なども受け付けており、ダンジョンに潜るだけではなく、依頼者の任務を受け、ダンジョンで素材を収集したりするギルドやパーティもある。

 比較的しっかりした造りの建物は町の建物と比べると新しく、内装もどこか洒落た雰囲気を漂わせている。内装担当は支部長とかの趣味らしいのでここの支部長はきっと趣味がいいのだろう。

 

 そして俺は昨日採取した薬草を売りになじみの受付嬢に無言で薬草の入った袋を叩きつける。

「あら、随分と不機嫌ね」

 そうクールに返すのは凛とした黒髪の女性。髪をきっちりまとめており、清潔感を漂わせる。いかにもデキる女という風貌の彼女はここの受付嬢、サリーナ。

 同郷ということもあり年上だがそこそこ互いのことを知っているためほかの受付嬢よりも話しやすいためいるときはだいたいこいつに声をかける。現在27歳でだいぶ行き遅れだが男の影は一切ない。いい年してまだ結婚しないのかよと思うが口に出したら戦争だ。

「何かあったのかしら?」

「うし、ろを見ろっ!」

 そう指差す先には大勢の人間に囲まれたミシェルの姿。

 誰もがミシェルに好意的でやつを勧誘しようとする人間が次々と現れ、一緒にいたせいでなぜか敵意を抱かれ、挙句の果てに足を踏まれたり見えないように小突いて弾いたりと嫌がらせを食らった。

「くそっくそっくそっ! あいつなんなんだ!」

「あら、ミシェル? あの子も相変わらずだけど……周りも飽きないわねぇ」

 他人事だと言わんばかりに薬草を確認し、秤にかけて買取金額を書類に記入していく。

「何、あの子を誘ったりしたの? あんたが? 珍しいこともあるものね」

「ちっげぇ!! あいつが! 昨日から! 付きまとってんだ!」

「あら、もっと意外。あの子、自分から他人を誘ったことなんてないのに」

 サリーナはたいして驚いた様子も見せず淡々と現金を確認して俺に差し出す。1200ニル。まあ薬草ならこんなものだが今はやつのせいもあってかこのはした金にイライラさせられる。

 

 

 

『僕とパーティ……いや、ギルドを組もうよ。他にも仲間を集めてさ』

 

『そういうの間に合ってます』

 

 

 

 一時的に組むならいい。だがほかに仲間も集めてギルド? 無理無理。

 そりゃ引く手数多なやつは簡単に言えるだろう。やつ目当てでギルドに入りたがる男だっていそうだし。だがもうギルドなんて――

「辛気臭い顔するのやめてよ。何、まだ引きずってんの?」

「お前みたいな順風満帆に冒険者生活を満喫して引退しても職のあるやつにはわかんねーよ」

 サリーナは元冒険者だ。このへんではなくもっと難易度の高いダンジョンを巡っていたらしいが実力は正直俺もよくわかっていない。聞いてもはぐらかされるのでまあそこそこの地位にはいたはずだ。

「はぁ……あの子は()()()()()()はないから大丈夫でしょ」

「俺、そう思って前回失敗してるから見た目で判断しねーの」

 女に惑わされて失敗して人生終わりなんてまっぴらだ。ああ嫌だ。女の冒険者とか本当に嫌だ。

 ミシェルは確かにあんまりそういう女っぽくはないが腹の底で何を考えているかなんてわからない。女はそういう生き物だと思っている。実力ない癖して寄生するやつの多いこと多いこと。

「なに、あの子と組まないの? 喜んで組んどきなさいよ。かなり美味しいわよあの子」

「美味しいって……何が」

 すっ、と差し出されたのは冒険者カードの写し。いわゆるソロがパーティ募集する際の自分のアピールするためのものだ。

「技能のところ見てみなさい」

 全ては載っていないもののある程度技能が載っている。

 最初、やけに技能の数が多いな、と思ってワンテンポ遅れて気づく。

 ――なんだこの技能!?

 

 

・鍵開け(85):宝箱や扉の鍵を解錠する。練度が高ければ色々な鍵を破ることもできるだろう。

・偵察(80):敵の位置距離を事前に把握し戦闘を回避・奇襲を仕掛けるなどができる。練度が高いほど索敵能力が高く、正確さや細かい情報まで得られる。

・罠師(85):罠の発見・解除をすることができる。連度が高ければ高いほど成功率が上がる。また、罠設置も可能。練度が高ければ高いほど巧妙に仕組むことができる。

・盗む(70):相手の懐から持ち物や装備品をくすねる技能。連度が高いと相手は盗まれたことに気づかないかもしれない。

・地図作成(70):ダンジョンで地図作成する技能。練度に応じて正確、表現が上昇する。

・聞き耳(80):遠くの音を聞き取る。練度が高いほどより正確に、詳細にわかる。

 

 

 技能値が軒並み高い。ここまで高いともはやドン引きするレベルに高い。

 挙句、ステータスが極端すぎる。攻撃や防御が一般人に毛が生えた程度しかないのに敏捷、器用、幸運が俺を超える高さだ。一応器用が高いので攻撃ができないわけではないのだろうができても威力がほんの少し程度に違いない。

 道理で戦闘がまともにできないわけだ……。ナイフ使いということは接近戦だしこれは致命的すぎる。が、それを補うだけの後半のステータスがある。

 

「な、なるほど……確かにこれはスカウトとしては優秀だな……」

 こいつが戦わなくても周りが戦えばいいだけだし、いるだけで無益な戦闘回避は余裕だろう。

「あら、技能ももちろんだけど一番重要な部分を見落としてるわよ?」

 そう言ってトントンと指さしたのは技能の端の方にある一文。

 

 

・女神の施し(90):幸運の数値とは関係なしに宝箱のアイテムのランクが上昇する。値が高ければ高いほど高ランクが出やすくなる。

 

 

「…………」

「どうしたの、急に真顔になって」

「え、これって……マジ?」

「大マジ」

「……本物? 90? は?」

 

 女神の施し。ダンジョンにおけるランダムな戦利品である宝箱にはランクが存在する。1~10まであり、ダンジョンにもよるがこのあたりでは高くても3くらいまでのランクしか出ないだろう。そのランクを引き上げる生まれついての体質。例えばもし、ミシェルを連れて宝箱を発見し、やつに開けさせればランク3が限界であろうダンジョンでもうまくいけばランク5~6くらいが出てしまうかもしれない。技能値が90もあるため上昇率は高いはず。つまり、高難易度ダンジョンにいけばほぼ確実に9、10という幻想級のアイテムすら手に入るかも知れないということ。売ろうがそのまま装備しようが一躍冒険者の上位に上り詰めるかも知れない可能性を秘めている。

 

 そんなの誰だって勧誘にするに決まってるだろ!!

 

 咄嗟にミシェルを確認するために振り返る。偶然、視線が合ってミシェルが周りに断りを入れてから駆け寄ってくる。

「そっちの用事は終わったかい? で、どうする?」

 ニコニコと含みある笑顔で見てくる。これは俺がミシェルの技能を見たことに気づいている顔だ。

 あんなの見たあとで邪険にできる冒険者なんているはずがない。そう言いたげな顔。わかっていたからさっき家でカードを見せなかったのかこいつ。

 だがこいつは根っからのやばいナルシストで変態でストーカーだぞ。いいのか、こんなやつと組んで。

 いやでもあれだけ優秀な奴がギルド作ろうって誘ってるって相当稼ぐチャンスなんじゃ。

 

 でも――また騙されたら。

 

 いや、一度くらいは信じても――。

 

 

 

 

『クズが』

 

 

 かつて言われた言葉。幻聴ではあるが胃がじくじくと痛む。

 パン、と目の前で手を叩かれはっとする。呆れたような、でも面白いといいたげなミシェルの顔。こんなときまで整っていていっそイラつく。

「もー、そんなに悩む? しょうがないなぁ。じゃあ、お試しで1回だけ二人でダンジョン行こう。それで判断してくれよ」

 1回だけ、試しに。

 なぜ、こいつはここまで俺を誘おうとするのか。

 一周回って詐欺を疑いそうになる。実は俺を嵌めようとしてるんじゃないかって。

 

 でも、ここで断ってしまえば、何かを手放してしまいそうな、そんな気がした。

 

「わかった……。とりあえず一度だけな」

 

「よろしい! それじゃあまずは昼食とダンジョン準備だ!」

 

 




女神の施し:要するに宝箱ガチャ回したらレア度がワンランク以上アップする体質。超幸運


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3階層:食事と買い出し

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者支援協会から出てまず昼食だと連れて行かれたのは近場の中規模食堂。元々酒場が多かったのだが、いつからか冒険者が増え、食堂の需要が高まり酒場から食堂へと姿を変えた。ここもその一つで、結構な人数が食事を取ることができる。

 冒険者が多く、時間も12の刻半ばなのでかなり賑わっていた。

 どこに行ってもミシェルは注目を集めるらしく、ちらちらとミシェルへ視線を向け、後ろにいる俺へと恨みを込めた視線を突き刺す。

 しかしミシェル本人は慣れているのか無関心なのか、ささっと注文を済ませ出来上がるのを待ちわびている。番号札を手のひらで弄ぶその仕草すら絵になり、近くの男がちらちらミシェルを見ていた。

 俺は、とりあえずリーフボアの肉定食を注文し、ミシェルと並んでできあがりを待つ。

 そういえばこいつ、俺の家でレタスサンド食ってたような。

「レタスサンド? ああ、あんなの朝食代わりだよ」

「……お前もしかして大食い?」

 女の割によく食うなと思う。全体的に細いし小さいし食も少ない印象だった。

「大食いかな? 別にこれくらい普通だと思うけど……」

 意外そうな顔をされて自分の中の価値観が間違っているのかと少し悩む。まあ見た目で判断していた部分もあるので変に偏見を持つのは良くないことだ。

「そういやお前いくつ」

「あれ、言ってなかったっけ? 僕18だよ」

 思ったより歳がいっててびっくりした。てっきり15歳くらいかとばかり思っていたのだが俺とそう変わらない歳だったとは。

「君は?」

「今年で19だな」

「あれ、年上だったのか。てっきり年下だと思ってたよ」

「そう思われていたことが心外だよ」

 自分の顔がそんな若く見られるものでもないのでその評価はちょっと意外だった。少なくとも17以下に思われていたとかこいつ見る目がないんじゃないか。

「レブルス、君は何年冒険者やってるんだ?」

「14の頃からだから5年目だな」

「じゃあ同じくらいか。なんだ、思ったよりベテランじゃないか」

 こいつ俺のことなんだと思ってたんだろう。こいつも5年くらいってことは13やそこらで冒険者になったということだがその年で冒険者になるって相当だと思う。俺みたいな馬鹿を除いて冒険者とは職がないやつがすがりつくものでもあるからだ。たまに騎士崩れや没落貴族なんかが冒険者に身を落としてたりするし。

 単純に冒険者は代えのきくものだ。それでいてここ数年は特にダンジョンも増え、冒険者も増加している。飽和状態ではあるが冒険者は増え続けている。つまりその分減ってもいる。

 幼い頃から冒険者なんてよっぽど生活に困っているかまともな職につけないか、単なる馬鹿か。ミシェルの場合はどれもぴんとこない。

 別に長い付き合いになるわけでもないのにミシェルの冒険者になった理由にちょっぴり興味が湧いた。これだけの顔なのだから冒険者でなくとも引く手は数多だろう。

「……お前さ、なんで冒険者なの」

「うん? それは――」

 ふと、笑顔だったミシェルの顔は突然無表情になる。何か、引っかかったようなその様子に踏み込んではいけないものを感じた。

「忘れちゃったな」

 そして雑談しているとミシェルの番号が呼ばれ、振り返ってみるとそこにはブルームコニーのローストと自分と同じくリーフボアの肉定食。この店はそもそも基本量が多く、パンも分厚い。スープだって具たくさんの定食なのに二品とか女一人が食べる量とは思えない。

 ちなみにリーフボアとブルームコニーはそれぞれキゼルドゥグクの洞の深部に出てくる魔物でそれぞれ猪と兎に近い見た目をしている。キゼルドゥグクの洞の魔物の肉はプラントディアを除きさっぱりしているが柔らかく、この町の定食屋でもよく取り扱われる。ちなみにプラントディアの肉は硬い。まずい。なので俺は普段そこまで収集していないがベテランだと上手く調理できるとかできないとか。

 ミシェルが空いている席を探していると、俺も店員に番号を呼ばれ、定食を受け取る。ミシェルが二人分の空席を確保したので仕方なく隣り合って座る。

「はー、やっぱ肉だね肉!」

「……」

 いつの間にか笑顔に戻っていたミシェル。嬉しそうにブルームコニーのロースト肉にがっついている。できたてで熱を帯びているそれを噛みちぎって一旦口元から離して咀嚼する。一見鶏肉に近い感じだ。なんというか、食べ方が豪快なのだが何しても絵になるのは本当に卑怯というかずるいと思う。多分女の多くが嫉妬で狂いかねないくらいに何をさせても愛らしい、もしくは艶かしい。

 しかし中身がアレだと思うととても納得がいく。

 俺もリーフボアの肉焼きを一口分ほどに切って口へと運ぶ。リーフボアはあまり臭みがなく、豚肉に近い味であつあつの肉汁が口の中に広がる。リーフボアは狩りやすいので大量に売り捌かれる。そのためこういった食堂では安価で提供されているのだ。

 付け合せの野菜なんかも時折口にしながら、頃合を見てミシェルに声をかける。

「お前、なんで俺と組みたがったんだ?」

 先程よりは踏み込んだことではないだろう。それに本気で理由がわからないし、詐欺でないなら是非とも教えて欲しい。

「んー?」

「お前ならいくらでも誘いがかかるだろ」

「んー……そうだね。まあ僕は常に美しいから目の保養にもなるし……」

 そういうのは聞いてねぇ。

「でもまあ、大抵誘ったやつはいつの間にか僕にやっぱり外れてくれって言うんだよね」

 性格か。やっぱり性格のせいで最初は我慢できそうだと思ったけど耐えられなかったんだな。見た目で騙されたやつはこのうざさに耐え切れず、技能目当てもやっぱりうざさに耐えられなかったに違いない。俺にはそれがわかる。

「あとはまあ……僕はそういう縁に恵まれないのか長続きしなくてね。僕もだいたいすぐに色んなギルドを辞めたりしたかな」

 困ったような顔をしているが自分から辞めた理由を言わないせいで真意までは読み取れない。でもどうせろくでもないんだろうなこいつ。

「……それに、僕はそういうのより君くらいの方が付き合いやすい」

「……マゾか?」

 罵られて悦ぶタイプの人間なのか。

「んー、なんていうのかな。君は僕に過度な期待をしないと思ったのと」

 そう言いかけて一度、リーフボアの肉を咀嚼して飲み込む。そのわずかな間の後、ミシェルは呟いた。

 

「運命って、やつかな」

 

「え、気持ち悪い」

 

 昨日今日で俺何回ぞっとしてるんだろう。

「ははっ、そうやってからかってくれるくらいの方が楽しいよ」

「運命なんて陳腐な単語を使うとは思わなかったぜ……」

「そうかい? でも君とダンジョンで出会って見捨てられそうになったけど、君とはいい縁を築けそうだと思ったんだ」

「何を以てそう思ったのか是非知りたいけどやっぱりいいや」

 昨日のやりとりでそんな感動的なシーンなどなかっただろう。昨日って俺がこいつを見捨ててこいつにはめられてこいつに付きまとわれて――あれ、被害者俺じゃね?

「まあ、直感ってやつかな! 技能はないが!」

「俺は直感技能あるけどお前に一切、ぴんとこなかった」

 そんなくだらない会話をとぎれとぎれにしながらも俺が完食し終える頃にはミシェルも満足そうに完食しており、食器を下げる場所にトレーごと置いて食堂を出た。

「さて、あとは軽い買い出しかな」

「……どこまで行くつもりなんだよ。キゼルドゥグクの洞じゃないのか?」

「キゼル? あんなのいつだって行けるだろ?」

 なんでもないように言うミシェルに呆気にとられる。キゼルドゥグクの洞は町を出て徒歩3分のところにある。確かに近いしいつでも行けるが安全な狩場といえばここだ。こいつ、戦闘がほぼできないくせに何言ってんだ。

「だってレブルス、君……少なくともオルヴァーリオの湖底くらいは行けるだろ?」

 

 オルヴァーリオの湖底。それは町から30分ほど離れた先にあるダンジョンの一つで水場系のダンジョンだ。魔物も魚類や水属性の魔物が多く、鱗などの素材が入手できる。ただし、キゼルドゥグクの洞とくらべて難易度がぐんと上がっている。

 正直、1層目くらいなら行けなくもないかもしれない。だが、それ以降の自信は俺にはなかった。

「あそこは、危険だろ……」

「……行けるよ」

 含みもない淀みない声。それを聞いて俺ははっと顔をあげる。

 

「だって、僕がいる。君一人じゃないんだ」

 

 微笑むミシェルはまるで天使のようで、それでいて安心できる言葉を俺にかける。

「それに、君に見せたいものもあるしね」

「見せたいもの?」

「目的地についてからのお楽しみ。そのためにも買い出し行くぞ!」

 早く来いと急かされ、ミシェルについていく。その先は町に複数ある冒険者向けのアイテム屋。

 人はいるが想像よりも少ない。恐らく昼食時だから食堂の方に人が集中しているのだろう。

 

「レブルス。君、マジックポーチはどれくらい入る?」

 マジックポーチとは冒険者の必需品とも言える装備品だ。質にもよるが荷物を異空間へ収納できる効果を持つ。基本的に市販で売っているのは20個ほどが入る。当然、替えの武器や回復薬、収集した素材なども入れられ、入れられない物は一部の生きている存在とかだろう。中に手をいれ、取り出したいものを意識してから手を出すと手に持った状態で引き出される。大きな武器などもこうやって収納が可能だ。

 そして、俺のマジックポーチは――

「……40」

「えっ、これは驚いた。そこそこレア物じゃん。失礼だが君の戦利品とは正直思えないけど……」

 そう、これは俺の得たものではない。正確には親の遺品の一つだ。

 引退する前の親父が使っていたもので、レア物だということは知っていた。まず、人の手でつくる場合、かなり素材が貴重なものを必要とする。そのため、容量の多いマジックポーチはあまり出回っていない。親父のマジックポーチはダンジョンでの戦利品らしく、ありがたく使わせてもらっているが不相応だと自分でもわかっていた。

「ま、それなら僕のも合わせて100は入るし余裕だね。戦利品もできるだけ収集したいし」

「……お前60かよ……」

 まさかの上だった。それもそうか。女神の施しできっとレア宝箱で入手したかいい素材が出て作らせたかなんだろう。

「ま、回復薬系は僕が多く持つとして……レブルス? 君は何も買わないのかい?」

「……そんなに手持ちがないからな」

 元々多く稼ぐ方ではないし、銀行にいかなければ余分な金は持たない。昨日売った分しかないし。

「なんだ。じゃあ今回だけは僕が奢ってやろう。何か買うかい?」

「……お前、金持ってそうだな」

 顔から「金には困ってない」オーラがびしびしと伝わってくる。知ってたよ……うん。なんかこう、男に貢いでもらってそうな顔してるよな。

「じゃあ、ポーション2つとマジックポーション3つ……」

「えっ、下級?」

「下級だけど」

 ポーションにもグレードがある。上級ポーションなどは高いが効果もいい。俺は買うとしても下級ポーションしか買ったことがない。元々そんなに怪我をすることもないしだいたい安全圏での狩りしかしないのもある。ポーションを買いに来たのすら久しぶりだった。

「せめて中級にしときなよ。一緒にまとめて買うからそこの中級マジックポーション取って」

 中級ポーションを棚から取って俺からマジックポーションを受け取ると会計へと向かう。

 

 なんというか、ヒモになった気分というか、世界が違うと思い知らされてる。

 

 戻ってきたミシェルからポーションを受け取ってポーチに収める。初めて中級を手にしたが自分の金じゃないというのがなんだか悔しい。

「よし、僕も物資補給完了。そんなに長い探索ではないし、ちゃちゃっと行こう!」

 一人元気なミシェルにもはや文句を言うことさえ面倒だ。無言でミシェルの後についていく。

 町の門から出て門番に挨拶しながらオルヴァーリオの湖底があるほうを見つめる。ずっとそちらの方面を見ていなかったから知っているはずなのにどこか新鮮な景色に思えた。

「そういえば最近変なやつがいるらしいから気をつけるんだぞ」

 あんまり見たことのない門番の人が忠告してくれる。変なやつってなんだろう。

「手配書でも出てるんですか」

「いや……どうもマナーの悪いやつが冒険者の邪魔しているらしい。ダンジョン内では合法だが持ち物を巻き上げられたという話も聞くから気をつけたほうがいい」

 門番というかこの町の役人はいい人だ。びっくりするほどまともだし。

「へぇ、そんなやついたんだ」

 ミシェルも初耳なのかその話に加わってくる。門番の人はミシェルを見て少し照れたように声が上ずる。

「ダンジョン内でのやり取りは自己責任、ってまあ君たちなら十分わかると思うが気をつけて」

 そう、ダンジョン内での無法をいいことに好き勝手するやつは少なくない。というかミシェルの先日のことだってダンジョン外では違法行為でもダンジョン内であれば罷り通ってしまう。ダンジョン内での犯罪行為は取締がとても難しいのだ。あんまりにもひどければ手配書も出るらしいがそれはよっぽどのことなので小悪党程度ならそういうことにもならない。

「まあ出会わないのが一番だがどうなるかな」

 ミシェルはそう言うがこの町の周辺のダンジョンは内部含めて7つ。そうそう出会うようなものでもないだろう。

 

「目標! オルヴァーリオの湖底7層目!!」

 

 ミシェルが声高々に目標を宣言する後ろで俺はこれからの不安と、わずかな期待と緊張感に困惑しながらも、愛剣たちに触れて覚悟を決めた。

 

 



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4階層:湖底にて初戦

 オルヴァーリオの湖底は水棲魔物が多く、足元がジメジメしている。たまにその階層ごと水で浸かっていることもあるらしく、若干の不安はあった。足がもつれる危険があるからだ。

 しかし、心配は今のところ杞憂だったらしい。足元はジメジメしているがぐにゅぐにゅと不安定な足場はしていない。

 水の匂いが強く、じめじめとした空間はどこか寒いと涼しいの間を行き来している。見渡してみるとひび割れた鱗らしきものがところどころにあり、綺麗な水場というより少し薄汚れた湖底という感じだ。

 1層目に入るとき、丁度出て行くパーティとすれ違った。一人怪我をして背負われていたが死に至るほどではなさそうだ。

 ダンジョンから出るには来た道を戻るか、ダンジョンの入口へと戻る上級魔法や高級なアイテムを使う必要がある。あとは最奥などに行くというのもあるがそれは割愛しよう。当然、俺たちのような冒険者には手が届くものではない。

 だから、行きだけでなく、帰りも考慮して進むのが基本なのだ。

 長期でダンジョンにこもる場合は食料や水などの物資もかさばるし事前に計画を立てるべきことであり、なんとなくノリで、なんてやらかしたら死者多数で生存者が2人だけだったギルドだってある。

 オルヴァーリオの湖底は最下層が40層で最下層に到達することができれば中級者パーティでも実力がついた方だろう。ただ、二人で挑むには10層程度までが限度だと思われる。

「7層を目指すことが目的だからできるだけ戦闘は避けるようにはするよ」

 そうミシェルは呟き、すっと目を細める。

 必要以上にやかましいやつだと思っていたが、さすがにこのダンジョンでは真剣になるらしい。

 技能は特別な力というわけではない。当然、女神の施しのようなものは特別だが、鍵開けや索敵は努力で積み重ねたものだ。魔力などは使わないため、静かにダンジョン内の音と息遣いだけが聞こえる。

「この階層の敵はそんなにいないな。遠回りしなくても次の階層にいけるよ」

 そう呟いてあらかじめ用意しておいたのだろう。このダンジョンの地図帳を取り出す。一定マップのダンジョンは近隣の町で突破者が提供したダンジョンデータを編集し、小冊子のようにまとめたものが売られている。それを確認して、ミシェルはこちらに声をかけた。

「念のため武器は準備しておいてくれ。このまま行けば敵と接触することはないだろうが万が一もある。……ってなんだ? その変なものを見るような目は」

「……お前、いつもそれくらいの方がいいと思う」

 先ほどまでの様子が凛とした美人に見えるのだが、中身を思い出して何度目かの頭を抱えたくなるような気持ちに陥る。どっちが素なんだこいつは。

 ミシェルは首をかしげながら先へと進む。俺も武器を一応確認してそのあとについていく。

 ぴちょん、と水の滴る音がやけに心地よい。ミシェルのしっかりとした警戒と索敵により不思議なほど前に進むのが恐ろしくない。技能が高いから、とかいうものではなく、こいつなら信じて進んでもいいと思える安心感があった。

「んー……」

 ふと、ミシェルが手で俺の歩みを制する。

「ちょいと待ちたまえ」

 そう言ってミシェルが近くにあった小石を一つ拾い上げ、数メートル先の床にそれを投げつけた。それと連動するように足元が崩れ、泥の沼が出現した。それほど大きくはないが、ハマるとしばらく動けなくなりそうだ。

「うん、大丈夫。そこ飛び越えられるな?」

「ああ」

 ミシェルはふわりと飛んで沼を飛び越える。俺も軽く跳んでそれに続く。しかし、ここに来たことはないがキゼルドゥグクの洞よりも罠が高度に隠されているようだ。やはり、自分一人では厳しい場所だろう。

 また、ミシェルも一人でここを進んでいくのは極めて難しいだろう。この階層は魔物と遭遇しなくても進めそうだが、どこかで必ず戦闘になるのは間違いない。最低二人いれば互いにフォローできる。もちろん、パーティが多ければ戦略も広がるし出来ることも増える。が、それぞれにメリットデメリットはあるため難しいところだ。

 警戒しつつ進んでいくと階層を移動する魔法陣へとたどり着く。この魔法陣で階層を行き来できるのだが、現在もこの仕組みは分かっておらず、研究されているという。

 魔法陣に乗ると起動音のような鈍い音が響き、一瞬のうちに視界に映る景色が変化する。といっても、1階層から2階層だと大きな変化はさほどない。せいぜい壁や通路の配置が違うくらいだ。

「…………うん、ごめん、戦う準備よろしく」

「近くか?」

「いや、次の階層への魔法陣近くに2……いや3体……恐らくサファギンだな」

 サファギン。実物は一度しか見たことがないが半魚人というか歩く魚のような魔物だ。

「いけるだろ?」

「多分な」

 自信満々に蹴散らせるとは言えない。サファギンの相手は1度あるかないかくらいなのだ。この双剣も通るかわからない。

「おいおい、違うだろレブルス」

「は?」

「君なら余裕だろ?」

「何を根拠に言ってるか知らねぇが……」

 

「できるよ、君は。この僕が見込んだんだ」

 

 そう真剣に返され、言葉が出てこない。なぜここまで自分を持ち上げるのか理解できないし、自分の力量も誤解してしまいそうになる。

「さて、そう遠くない。さっさと済ませてしまおう」

 ミシェルの言うとおり、魔法陣まではそう時間はかからなかった。が、その目の前にサファギンが視線をせわしなく移動させている。2体は銛を手にしており、1体は手になにか爪のような武器をはめているようだ。

 

「それじゃあ――いくぞっ! 交戦開始(エンゲージ)だ!!」

 

 まずミシェルのナイフ投擲がサファギンの肩に突き刺さり、3体とも困惑する。その混乱に乗じて、俺の右の剣がナイフを刺されたサファギンの胴体を真っ二つにかっさばく。剣技の一つである魚斬りを使用し、通常の斬撃よりも魚系魔物に大ダメージを与え、まず1体目があえなく絶命した。

 そのまま流れに乗るように左の剣で襲い来る2体目のサファギンの銛を受け止め、右の剣で胸辺りを突き刺した。

 おぞましいサファギンの悲鳴をかき消すように受け止めていた左の剣で銛をなぎ払い、そのままサファギンの首を切り落とす。

 爪装備のサファギンが背後でなにか喚き散らしながら遅いかかかってくるが、銛よりリーチが短いからであろう。俺のリーチに入った瞬間、二刀魚斬りで一瞬のうちに切り刻み、あっさりと戦闘終了となった。

 多少魔力は消費したものの無傷で終えられたし、マジックポーションもあるので問題はなさそうだ。

「うんうん、やっぱり余裕じゃないか。期待通り」

「……久しぶりだな。こうやってちゃんと戦ったの」

 ずっとか弱い魔物であるプラントディアを素材になる部分を傷つけないよう一撃で倒していた。戦闘らしい戦闘なんて、あそこでは長らくしていないというのにいざサファギンと対峙してみればあのときのように体は動いてくれた。

 もう、俺には立ち向かえる強さなんてないと思っていたのに。

「君は自分を過小評価している。君は十分強いほうだよ」

「俺より強いやつなんていくらでもいる」

「なんで上を見るのかは知らないが、僕からしてみればそうやって自分を下げるような考えは良くないと思うぞ」

 そう言いながらサファギンの鱗をミシェルが手際よく剥ぎ取っていく。先ほど投げたナイフも回収しつつ、サファギンの3体分の死体をまじまじと見てどこが素材として有用か確認しているようだ。サファギンの素材部位は鱗やヒレなどだが、下級サファギンの鱗は綺麗なものがあまり多くない。売買の過程で安く取引されることも多いと聞く。ミシェルは綺麗な鱗だけを数枚取り、素材袋に入れて立ち上がった。

「ヒレは破損してるからだめだね。とりあえず進もうか」

 すぐそばにあった魔法陣へと進み、先へ先へと進んでいく。

 

 言葉にしないが、心のどこかで俺はこう感じていた。

 

 ――楽しい、と。

 

 そうやって思えるだけ、どれだけ幸せなことか。

 昔描いた理想が今こいつといるだけで叶うかもしれない。

 じっと見ていたせいかミシェルは不意に振り向いてにやにやと笑う。

「なんだい? もう僕と正式に組む気になったのかい? 案外チョロいじゃないか」

「今の余計な一言でその気が失せた」

 こいつどうして黙っていられないんだろう。

 ミシェルは確かに優秀だ。優秀であればあるほど余計にわからなくなる。

 俺に特別な才などない。ミシェルと違って俺は本当に普通の冒険者だ。冒険者も上を見ればたくさんいて、到底俺はそこに混じることのできない人間である。

 だから、甘言にあっさり乗って裏切られた時のことを考えて踏み切れない。

 自分でも根暗だな、面倒なやつだという自覚はある。しかし、期待すればするほど裏切られたときの絶望は大きい。

「強情だなー。何が君をそうさせるんだ」

「昔ちょっと揉めただけだ」

「揉めたって、ギルド? 君ずっとソロじゃないのか」

「俺、昔は別の地域のギルドにいたんだよ」

 今では遠い昔のことのように思うがせいぜい3年くらい前までのことだ。すっかりソロとしての活動が馴染んだが昔はこれでも集団行動はできていた。

「それでもうギルドは懲り懲りって?」

「まあな」

「ふーん……そっかぁ」

「なんだよ」

 何かを考えるようにミシェルは意味ありげな呟きを漏らす。こいつの真意は相変わらず読めない。

 そういえば自分の話なんて、他人に話すのはいつぶりだろう。

「一応ありきたりなセリフとしては『僕は君が苦手なやつらとは違う』とだけ言っておくよ」

「お決まりすぎて信用できる要素が一切ないな」

「だよねー。僕もそれ思った。気が合うと思わない?」

「お前のその強引な流し方は嫌いじゃないけど好きではない」

 楽しい。馬鹿みたいな話ができることが。

 久しく忘れていた何かを思い出す程度には楽しかった。

「あ、笑った」

 ミシェルに指摘されて自分の表情が緩んでいたことに気づく。笑っていたことに気づかないのも驚いたがそもそも自分は笑えたことに驚いた。

「なんか、お前がいると調子狂うな」

「君もうちょっと笑えよ。そっちのほうが僕はいいと思う」

「じゃあお前はもっと口数減らしたほうがいいよ」

 まるで友達みたいな会話にまた笑みが浮かぶ。

 

 ――それでも、俺はこいつのことを信用しきれない。

 



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5階層:夢を嘲笑う

 

 

 

 道中進んでいくとなぜかやたら魔物の死骸を目にする。ミシェル曰く、通常に比べて明らかに生きた魔物が少ないらしく「まあ戦闘目当てじゃないしいいけどさ」とぼやいていた。

 時折ミシェルが何かに目を留めるがすぐに気落ちしたように視線を進行方向へと戻す。

「さっきからどうした」

「いや、やけに今日は何もないなって」

 オルヴァーリオの湖底。ここは魔物を狩る以外に得られるものは結晶や水晶の欠片などだ。これらは魔法使いの触媒や魔法具の素材になるものでそんなに頻繁に見つかるものではないのだが、それにしてもまず数が少ないとミシェルは渋い顔をする。

「乱獲してるやつがいるかなぁ……他所から来た、しかもとびきりの下手くそ」

 不自然にへし折られた水晶の根本をなぞりながらミシェルはますます不愉快そうに顔をしかめる。

「あそこは無事だといいんだけど――」

 何か呟いたかと思えばはっとしたようにミシェルが振り向く。戦闘態勢、とこちらへ合図をすると同時に目の前に魔物が突如出現し、俺達を見て襲い掛かってくる。

 たかがサファギン3体、と思って剣を抜くと同時にサファギンの1体が壁へと吹っ飛んだ。

 魔物たちが突然現れることよりも一瞬の出来事で思わず目を丸くすると、次いで残りの2体を素手で攻撃する男が俺達の前に立ちはだかる。

「よーしこれで99! 案外100の大台乗るじゃねーか!」

 得意げに絶命したサファギンを数えながらそのまま素材を剥ぎ取ろうとして不器用なのかミシェルよりも雑に、しかも失敗していくつか諦めて死体を打ち捨てる。

 男は体格がよく、俺より背丈もある。全体的に戦い慣れているといった雰囲気をまとっており、それでいてこの素材の剥ぎ取りの下手さからして冒険者らしくはないと思われた。

「……おい……」

 冒険者じゃないにしろあまりにもマナーが悪い。乱入してきた男に思わず声をかけるほどに。

「こっちの獲物だったんだが?」

「はあ? 獲物なんて殺したもんのものだろ」

 独特の雰囲気からして恐らくこの国の人間ではない。価値観が違う相手と理解し合おうというのは難しい話で、一歩間違えたら戦闘なんてことはごめんだった。

 これは会話しても無駄だ。ミシェルに視線を向けると同感、とでも言いたげに肩をすくめている。

「はあ、わかった。じゃあ俺たちは先に進ませてもらう」

 関わってもろくなことにならない。ならばと先に進もうとすると解体用のナイフがつま先を掠める。投擲されたそれはこのマナーの悪そうな男のものだ。

「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。有り金と素材置いてけや」

 悪びれもしない笑顔。そうだ、こういうやつがいるから冒険者はロクでなししかいない。性根が腐ったクソ野郎どもめ。

 ミシェルも鬱陶しそうに顔を歪めている。隙を伺っているのか視線だけが動いていた。

「いいのかなぁ? 喧嘩を売るってことはそういうことなんだけど、もしかして調子に乗った初心者クンだったかな?」

 ミシェルの挑発に男は楽しげに笑う。得体の知れない不気味さは笑顔からくるものか。

「ま、俺たちはこっちじゃぺーぺーの新米だわな。暗黙の了解だかなんだか知らねぇけど察しろって空気はどうも苦手でさぁ」

「はっ、随分と残念なオツムをしているようだ」

 音もなく、足元にあった小石を蹴り上げたかと思うと男がそれを回避した隙を狙ってミシェルはポーチから何やら煙幕を出して周囲に白い煙を撒き散らす。

 ミシェルが煙の中走るのを感知して俺もそれに続く。せめて合図をしろとは思ったがこればかりは仕方がない。

「あの煙幕なんだ」

「あーあれね、普通の煙幕なかったから魔物除けのやつ」

「すごい嫌がらせだな」

 獲物を探しているやつに魔物除けとかすごく意地が悪い。まあ本当にそれしかなかったのかもしれないが。このまま逃げおおせれば向こうも諦めてくれるだろう。

 そう思ったのだがどうやらうまくいかないらしい。

「え――」

 ミシェルが驚愕に目を見開いたかと思うと横で走っていたミシェルが吹っ飛んだ。驚異的な速さで近づいてきた男は躊躇なくミシェルを蹴り飛ばし、離れた壁に打ち付けられていた。

「てめぇ、いい加減に!」

「この国の魔物の弱さに飽き飽きしてたからさー、ちょっくら相手しろよ兄さん」

 先ほどと変わらない笑顔で男は言う。この国の人間ではない。粗野で常識も知らないこいつを見てくると苛立ちが増す。関わりたくないが向こうが絡んでくるというのなら話は別だ。

「てめぇみたいなロクでなしを相手にしてるほど俺たち暇じゃねぇんだよ!」

 男は素手。恐らく先程のサファギンのときも素手だったことからそういう戦闘スタイルなんだろう。

 ならば答えは簡単。

 初撃は男の首を狙う。当然男はそれを回避するはずだ。読み通り動いたその男に次は回避できないよう避けてくる方へと剣を向ける。この一瞬で二撃目は回避できるはずがない――というのは甘い見通しだった。

 男は一瞬のうちに視界から消えたかと思うと背後へと回っていた。やばい、と思ったときにはすでに首を掴まれ、地へと叩きつけられる。

 男の力は凄まじく、地面がえぐれ、俺もそこそこの傷を負う。が、手加減しているのか致命的なダメージはない。

「チッ、加減ミスったか。動けなくなるくらいですまそうと思ったんだけど」

 俺が動けるのが意外とでも言うように言う。恐らくミシェルが先程の一撃でまだ動けてないことから俺もそれくらいだと判断されていたのだろう。

「調子に――」

「そら一撃くらい寄越せよ。それで飯食ってるんだろ『冒険者』」

 嘲笑うように、俺たち冒険者を揶揄する。こいつらは冒険者ではない。が、冒険者の真似事のようなことをしている意味がわからない。

「お前らみたいな冒険者ってやつら、要はまともな職につけないあぶれ者だろ? んでもって戦闘は本職以下。はぁー、つまんね」

「はっ――お生憎様、俺が冒険者やってる理由はお前なんかに理解できないだろうよ」

 

 夢を見た。それは今思えばひどく滑稽で、まさに夢物語だった。

 それでも、俺は心のどこかでまだ期待している。

 

「見たこともない景色を見るっていう、本当の意味で『冒険』してーんだよ!」

 

 男の右腕への一閃。男の回避は少し遅れたのかかすり傷ではない程度に腕から血が流れる。

 続く二撃。本来俺の双剣は連撃こそが真髄。二撃目は回避されるが続く三撃は肩のあたりを斬りつける。男は痛みで僅かに顔を歪め、俺との距離を取る。

「なんだそれ。あほらし」

 それだけ言って俺へと拳が襲い掛かってくる。早い。頬を掠めると同時に腹部を剣で守り、剣を伝って衝撃が腕まで伝わってきた。

 その瞬間、男の腕にナイフが突き刺さる。投擲されたそれはミシェルのもの。ようやく動けるようになったのか少し苦しそうにだがミシェルは立ち上がる。

「クソ野郎が……いい加減にしろよニュービー」

 ドスの利いたミシェルの低音。片手にナイフを持ちながら完全に殺る気の雰囲気に思わず息を呑む。が、ミシェルにはこの男は倒せない。倒せるはずもない。

「ミシェル下がってろ! お前にこいつは無理だ!」

「馬鹿が! 君はその夢を否定されて悔しくないのか! 僕は殺してやりたいほどには腹が立つね!」

 男は腕に刺さったナイフを乱暴に引き抜いて適当に投げ捨てる。服がどんどん赤く染まっていくが気にも留めずミシェルを見て笑う。

「やる気なら相手するぜー。まあ、どのみちお前ら二人のもの全部もらってくつもりだったしな」

 男がミシェルへと襲いかかるが、ミシェルをかばうために剣で拳を受け止めもう一刀で男へと反撃する。

「あ――」

 反撃は届かず、男のカウンターで俺は再び地面に倒れ伏す。先程よりダメージが大きい。

「レブルス!」

 追撃がくるかと思われたその瞬間、ミシェルの声とほぼ同時にばしゃっと水が降り注ぐ音。

 ぴちょん、と水滴が水たまりに落ちるだけで急に静かになりのろのろと起き上がると男は俺達を見ていなかった。前身ずぶ濡れでわなわなと震えながら誰かを睨んでいる。

「おい、なにやってんの脳筋馬鹿」

 現れたのは小柄な少女。だが、俺たちが戦っている男はその人物を見るなり怒声をぶつけた。

「いいからお前も手伝えよ! 男のくせに遠巻きから見てんじゃねぇよ! つーかなんで水ぶっかけやがった!」

 え、あれ男なのか。ミシェルには及ばずともかなりかわいい顔をしているのだがその外見にも関わらず男らしい。つまりは少年か。

「少し頭冷えるんじゃないかと思って。で、何。どういう状況」

「冒険者とちょっと遊んでただけだっつーの」

「……は? 冒険者に喧嘩売られたのか?」

 近づいてきた少年は軽装だが武器の類は見当たらず魔法具などの装飾が目立つ。先程水を降らせたのが少年の仕業なら魔法使いか。

「せっかくだから冒険者の持ち物を貰おうと思っただけだ」

 ひどい暴論である。少年もみるみるうちに顔を呆れから怒りに変えて男に詰め寄った。

「馬鹿野郎! この脳味噌にクソの詰まった馬鹿犬! 私がいない間にふざけやがって! そんなだからお前とバディを組むのは嫌だったんだ! たかが冒険者に喧嘩を売ってるんじゃない!」

「うっせーな! 人を馬鹿馬鹿言うならお前はチビだ! チビ、小人、ガキ!」

「貧相な語彙力で人を罵倒する暇があったらさっさと本命を――」

「お前らちょっと黙って」

 口喧嘩をしてお互いの顔を引っ張ったり肩を殴ったりしている二人組の後頭部を同時に剣の柄で殴ると額がぶつかり合い、二人揃ってその場に倒れ伏す。自滅してくれて助かった。

 まあそんなに長々と気絶はしていないだろう。魔物除けの煙もあるし死にはしないはずだ。

「マナーの悪いやつもいたもんだ」

 ポーションを飲みながらある程度回復を行い、伸びている二人を見下ろした。冒険者じゃないにしろある程度マナーというものはある。それすら理解できない者はダンジョンでも淘汰されるというのに。

「でもまあ、そういうのが大半だよ。特に冒険者を見下すタイプの人種はね。この辺は腑抜けたやつ多いから比較的マシだけど」

 ミシェルの嘲るような言い方にどこか含みを感じる。お前だって冒険者の中じゃ人に奢る余裕のある金持ちの部類だろうに。それとも腑抜けた冒険者に対して何か思うところがあるのだろうか。

 俺もその腑抜けの一人であるが故に深くは聞かない。

「にしても本当にお前、戦闘駄目なんだな」

 話題を変えようと先程の話を持ち出す。速さはあるがさっきの男にすぐさま吹き飛ばされたシェル。スカウトとはいえあそこまで弱いとは思わなかった。

「いやー、本気でやれば少しはなんとかなるよ? この前のあの暴漢みたいに集団で来るとちょっと厳しいけど」

「よく今まで一人でやってきたな」

「王都とか別の場所はもっと治安ひどいからね。慣れだよ」

 女の冒険者はかなり危ない。それこそ無法のダンジョンで一人でふらついていたら襲ってくださいと言っているようなものだ。

 実際に、ダンジョンで冒険者の女を捕まえて売り飛ばす売人もいると聞いた。それでも一定数存在する理由は至極簡単。女が金を稼げるのは冒険者くらいしか手段がないのだ。

 だがもちろん戦う術も、役立つ手段もなければ一生細々と暮らしていくしかない。ミシェルにも思うところがあって冒険者の道を選んだのだろう。あの技能の数値は異常だ。どれだけ長い年月をかけて身につけるものか、想像できない。あれほどの熟練に到達する人間はそう多くない。もともと才能があったにしても苦労しているのは容易にわかる。

 それに比べて俺は単に子供の憧れを拗らせただけの馬鹿だ。

 いくらでも稼ぐ手段はある。それでも冒険者を惰性で続けていたのは逃げだ。

 あの時から、俺は冒険者は憧れたものではなく、ただの言い訳になった。まだ冒険者として生活できるから。今更普通の仕事に就くなんてみっともない。冒険者として活動できるうちはまだチャンスがあるかもしれないと。

 馬鹿馬鹿しい。本来の目的はどこにいった。

 ミシェルの女神の施しに釣られてしまったことすら恥ずべきことだ。たしかに金は大事だ。もう誰かと組むつもりはないと思っていたのにあっさりとそれを覆した。

「――僕の能力に釣られたの、後悔してるかい?」

 哀れみが混じった目を向けられる。まるで心を読んでいるかのようなタイミングに思わず息を吐く。

「ああ、俺は所詮利益に目の眩むロクでなしの冒険者だよ」

「でも君はそれを悔やんでる」

 まるで俺をかばうような発言。こいつの考えは相変わらず読めない。

「僕はそんな君だから気に入ったよ。ていうか、目の眩んだ豚なら悩んだりお試し期間なんてしないですぐに飛びつくさ」

「……俺にも色々あるんだよ」

「だからさ! 僕はそれがいい! 君ならきっとわかってくれるさ。さあ、先に進もう」

 差し伸べられた手をまだ俺は取れない。

 躊躇いは毒のように俺を戒める。あの頃の記憶が俺の手を阻む。

 

 



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6階層:大物遭遇

 

 それから、2度ほどサファギンとの交戦はあったものの、特に問題なく6階層にたどり着いた。

 6階層も先ほどまでと対して代わり映えしないような場所で、道が入り組んでいるのがわかる。

 が、6階層に降り立った瞬間、ミシェルが顔色を変える。

「……この気配はまさか」

 ミシェルは真剣ではあったものの、先ほどまで余裕がわずかに浮かんでいた。が、今は余裕がそげ落ち、張り詰めた緊張感と苦笑いでこちらを見る。

 気配に疎い俺にもわかる重圧。だがそれがなにかまではわからない。少し生臭いような気もするが自分の感知能力だとこれが限界だ。

「ちょっとまずいかもしれない……。僕も予想してなかった大物がいる」

「大物?」

「レイクラブ」

 

 ――レイクラブ。オルヴァーリオの湖底では稀に出現する魔物で、このダンジョンで恐らく中ボスに相当する強さを誇る強敵だ。難易度の高いダンジョンではそれこそ雑魚敵として出現するがこのダンジョンを訪れるメインの冒険者の実力では相当苦労する。まず強固な殻。斬撃が通りにくいことから剣士の敵だ。バブルブレスを放ち、距離をとっても攻撃され、戦いづらいとのこと。あくまで魔物図鑑からの引用だがミシェルが顔色を変えるのだから事実に相違ないはず。

 

「レイクラブか……レブルスは双剣だし避けるに越したことはないか」

「なんだ……お前のことだからてっきり挑めとか言い出すのかと思ったぜ」

 少し安心する。斬撃が通りにくい敵と戦うなんて今の二人パーティでは自殺行為に近い。

「僕は君の力量を見て言ってるから。レイクラブは確かにここでは珍しいし硬いから強敵扱いされるけどメンバーさえ揃ってればそんなに問題はないさ。今回は君が双剣使いだから攻撃が通らないし、僕も基本使うとしても短剣だから……」

「避けて進むってことでいいんだな?」

「そうだね。挑戦は大事だけど勇敢と蛮勇は違うから」

 そう言いながら地図を見てルートを考えるミシェル。地図をなぞって最適解を導き出しているようだ。

「……レイクラブ以外の魔物の反応がない……そうか、あいつらのせいか。だからレイクラブが沸いたんだろうな」

 先程の二人組が根こそぎ魔物を狩ったせいでレイクラブが出現するまでになったとの予想だがもしやあの二人はそれが狙いだったのではないだろうか。が、こちらとしては本当にいい迷惑で、余計な手間が増えるだけだ。

 顔を上げ、何かを聞き取るように目をつぶるミシェル。すると、忌々しげに舌打ちして左の通路の方へと歩みを進めた。

「どうかしたのか」

「今移動魔法陣で下から移動してきたやつがいる。数は6人。そいつらがもし魔法陣前で戦闘でもしだしたら――!!」

 ミシェルが半ば駆け足でダンジョンを進んでいく。途中、罠らしいものはなかったのが幸運で、スムーズに進んむことができたが――

 

 右の曲がり角の向こうから轟音が聞こえる。ミシェルは舌打ちして様子を伺うように通路の先を隠れて見る。俺も顔を出し過ぎないように通路奥の様子を見ると、6人パーティが巨大な蟹と戦闘していた。蟹はほぼ間違いなくレイクラブ。赤紫色の堅い殻は剣や矢を弾き、慌てふためくパーティを鋏でなぎ払っている。至近距離でもないのに生臭さが漂っており、つい鼻を覆う。

 しかも都合悪く、魔法陣へ向かうための通路を塞いでいる。

「あのメンツじゃ勝てるわけないだろっ。バカかあいつら……!」

 パーティメンバーは剣士が1人、ヒーラーが1人、シーフが1人、槍使いが1人とボウガン使いが1人、そしてなんとトドメは弓使い。

 後衛魔法もいなければ重量武器もいない。甲殻系には相性が悪いパーティだった。

 先程の二人なら恐らく相手ができた。が、俺が気絶させた上にこことは階層が離れている。期待はできない。

「……っ」

「……助けに入るか?」

「…………ダメだ、そんなことしたらあいつら僕らに押し付けて逃げる」

 それは確かにありえる話だ。中には強敵と遭遇し、別のパーティにその相手を擦り付ける嫌がらせ行為をする冒険者だっている。もちろん、故意じゃない場合も存在するが、誰だって命は惜しい。が、このままだと俺たちが進めない。

 ほどよく逃げてレイクラブがここから離れてくれるのを待つべきだが……パーティは逃げない。

「……ああくそっ……」

 苛立たしげに舌打ちしてミシェルは接近戦用のナイフを握り締める。

 俺も双剣の柄を握るが通るかどうか怪しいあの殻を持つ相手に挑むのは無謀さよりも恐怖が勝ってしまう。

 

 自分たちの行動を決めかねていると、ボウガン使いが態勢を崩し、レイクラブに補足される。その瞬間、パーティのメンバーは何を思ったのだろうか。ボウガン使いを置いてこちらとは違う通路を使ってレイクラブからの逃走を計った。

 レイクラブはボウガン使いを鋏部分で捕らえ、持ち上げる。レイクラブの口が開かれ、捕まったボウガン使いは暴れるも敵いはしなかった。

 ボウガン使いの口が動き、悲しげな声で呟く。

 

 

「たす、け――」

 

 

 音が消え、俺は無意識のうちに駆ける。ボウガン使いを掴んでいた腕の関節部分、殻よりもまだ柔らかい部位を狙って斬りつけた。

 腕が切り落とされ、レイクラブの耳障りな絶叫が響く。

「逃げるなら早く行けっ!!」

 呆然と俺を見るボウガン使いの少年か少女かわからない幼い顔。俺の声ではっとしたのか、慌てて逃げていった。

 ま、援護なんて期待してないし、どのみちあいつでは攻撃が通らなかっただろう。

「あーくそ……俺もバカだ……」

 ダンジョンでのできごとは自己責任。良いも悪いも自分の責任になる。

 人助けなんてしても、返ってくるものはなにもない。それでも、俺は助けてしまった。自分がこれから死ぬかも知れないというのに。

「ああ、うん、バカだよ。でも僕もバカになってやろう」

 ミシェルは呆れつつもポーチから先ほどとは違うナイフを取り出す。雷の細工が施されているそのナイフはただのナイフには見えない。バチバチとミシェルの魔力に反応して電撃を纏うナイフ。雷がレイクラブの弱点だとしたら有効だろうが殻に阻まれることを考えると過度な期待はできない。

「仕方ないから僕も本気で戦ってあげるが、期待はするなよ?」

「ないよりマシだ」

 

 今、ここにバカ二人がまさに命の危機に晒されている。

 

 が、なぜか二人共どこか楽しげな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 レイクラブのほかの腕を切り落とそうとするが既に右腕の一つを切られたからか関節を狙われないように警戒した動きをされ、有利に運べないでいた。

 ミシェルのナイフも雷属性ナイフで気を引いてダメージを与えるが殻のせいであまり通らず、元々戦闘がそれほど向いていないためかほとんど効果はないように見えた。

 ナイフの効果を発揮するために魔力を消費しているためかミシェルの表情がやや曇る。

 やはり、殻をどうにかしないと二人だけでは倒せない。逃げるという選択肢もあるが――

 

「逃げるか!?」

 

 あえてミシェルに選択肢を投げかける。が、ミシェルは逆に問い返してきた。

 

「はぁ? 君その表情で言う!?」

 

「言わねぇ!!」

 

 両者の瞳に映った互いの顔は窮地だというのに楽しげである。

 逃げないなんて馬鹿ななことを選んだ二人は出会ってすぐにこの気持ちを共有した。

 

「なあ、失敗したら共倒れする策がある!!」

「なにそれ。成功率は?」

「5割!」

「上等!! 失敗したらそれこそ死ぬ気で逃げる?」

「逃げる前に多分俺は死ぬ!」

「じゃあとっととやれ!」

 

 甲殻系や鎧など硬い敵へ有効な技能、防具破壊。成功すれば相手の防具や殻を破壊することのできるものだが、刃物による成功の難易度が高く練度が高くても失敗することも多い。失敗の代償は武器破損。この戦闘では使えなくなる。

 だからこれは賭けだ。

 左の剣を握り締め、レイクラブに駆け寄る。レイクラブも反応して鋏を振り下ろすが避けることは容易で、その鋏を足場にして跳んだ。

 本体の脆い部分。一瞬で見極め、的確にそこを突けば――

 

 全ての動きがまるで止まったかのように遅く見える。

 

 そして、感覚を研ぎ澄ませ、殻の脆い部分を突き刺した。

 

 ガキンッと殻の硬さに負けた剣が真ん中で折れ、剣先が宙を舞う。

 

「レブルス――!!」

 

「もう一度!!」

 

 まだ、終わっていない。

 右剣で今度こそと突き刺し、ひび割れるような音と共にレイクラブの殻が剥がれる。

「うらぁっ!」

 追撃とばかりに折れた左剣と右剣を内部の柔らかい部分へ突き刺し追い打ちで剣がよく突き刺さるように蹴りで柄を蹴った。

 レイクラブが暴れだし、跳んで攻撃範囲から逃れる。

 あとは、仕上げだ。

 

「この僕に決めさせるなんてほんっと、いい度胸してるよ!!」

 

 ミシェルが暴れるレイクラブを躱し、先ほど俺が露にした部分へ跳んで雷ナイフを突き刺した。

 

「くたばりやがれっ!! 『サンダーソーン』!!」

 

 ナイフが言葉を発したとたん、今までとは比べ物にならない電撃を内部へ流し込み、しばらく暴れたレイクラブは感電死してその場に倒れた。

 

「……」

「……」

 恐る恐る二人して剣とナイフを抜いてレイクラブが完全に死んだかどうかを確認する。

「大丈夫、だよな?」

「……大丈夫、なはず……」

「ということは……」

「僕たち大勝利」

 淡々と事実確認をし、感情が追いつかないがとりあえずミシェルに手を向けられ、ハイタッチをして喜びを分かち合う。

「レイクラブの素材かー……結構取れるしなによりミソがいい値で売れるんだよなー!」

 ミシェルが楽しそうに解体作業に勤しむ。俺も一応手伝うがレイクラブのような大型を解体したことがないのであまり役には立たなかった。

 レイクラブの大鋏が二つとレイクラブのミソ。それらを回収し、一応折れた双剣の刃も拾って戦後処理が終わった。

 

「いやー、なんとかなったなんとかなった。やっぱり、僕が見込んだだけはあるね」

「こんな無茶は滅多にしないぞ」

「というか、人助けするんだね? 僕は助けてくれなかったのに」

「あれはお前がうざいから悪い」

 「なんでさー!」と文句を言うミシェルを無視し、魔法陣を確認する。レイクラブが近くで暴れてもなんら損傷はしていない。

「目的の7階層……」

「ああ、7階層はね、魔物の出ない休憩地点なんだ」

 

 そう言って、ミシェルが先に魔法陣に乗る。俺もそれに続いて階下へと移動すると先ほどよりも少し暗い場所へと降り立った。

「こっちだよ」

 そう導かれ、薄暗くも青い光の方へと進み――

 

 青い世界に包まれた。

 

 



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7階層:蒼き地底湖での約束

 

 

 

 青く輝く水晶に囲まれた美しい地底湖が目の前に広がっていた。

 

 地面まではっきりと見える透き通った水。所々に生えた水晶が青白く輝き、地底湖を幻想的に演出している。聞こえるのは水の音だけで静かで安らぐ空間だ。

 水晶は大きく地面から伸びているものもあれば、自然で形成されたとすれば奇跡的な花のような形をした水晶もある。

「ここは休憩地点だからほとんどの冒険者が手を出さない地帯なんだ。ありのまま、美しい姿を保っているから他よりも神秘的で魔力も澄んでいる」

 軽く水晶に触れるだけで瑞々しい魔力が弾けて宙に溶けていく。

 恐らくこの階層が休憩地点になっているのはこの水晶のおかげもあるのだろう。これだけ澄んだ魔力が漂っているから魔物も沸かない。先程のマナーの悪いやつがここにきていたら乱暴にへし折っていたかもしれないと思うとぞっとする。

 ――本当に、美しい光景だと思った。

 一朝一夕では形成されないこの美しい空間。それを見れたことを心からうれしく思う。

「美しいだろう? 僕も初めてここに来たとき心から思ったよ。世界にはこんなにも美しい景色やものがたくさんあるって」

 そう地底湖を見つめるミシェルの横顔はかつての自分を彷彿させた。純粋に普段は見られない未知の光景に焦がれ、追い求める子供のような、そんな目。

 その横顔がとても綺麗だと思った。邪気のない、心からの願いはとても脆く儚い。だからこそ価値があり、叶えてやりたいとも思う。

 

 幼い頃、何も知らない自分は両親にダンジョンの話をねだった。永遠に花舞う丘、赤い水で満たされた洞窟、氷でできた城、桜満ちる迷宮。そんな幻想的な話を何度も聞いて、いつからか自分もそんな景色を見たいと思った。子供ながらに単純で、けど誰でも一度は思う憧れ。あの頃は誰でもギルドに入り、パーティを組んで宝を求めて美しいダンジョンを踏破する。そう、疑いなく思っていたものだ。

 

 いつからだろうか。そんなことすら、すっかり忘れてしまっていた。

 

 現実的なことを考えれば生きていく上で金銭を考えるのは当然で、夢ばかり見ていられなくなった。だからただ『冒険したい』という子供じみた願いは冒険者にもそれ以外にも笑われる夢物語。

「僕は、宝物や強さよりもこの歓びを分かち合う友が欲しい。仲間が欲しい」

 

 そう儚げに呟いて、ミシェルは俺に手を差し出す。

 ミシェルもまた、俺と同じ夢を抱いていた。

 不思議とミシェルを振り払えなかったのはきっとこの、自分と同じものを願っているからだったのだろう。探せばいるけれど、叶えることは難しい冒険の同志。

 

「僕の夢、一緒に叶えてくれないかな」

 

 それは俺がかつて望んだ子供じみた願い。そして、ミシェルにとっても願いはしても叶えられなかったであろう願い。

 

 

『仲間と一緒にたくさんのダンジョンを巡りたい』

 

 

 現実は厳しく、俺たちを蝕む。

 ギルドを組めば金銭的問題や仲間同士の揉め事が日常茶飯事。

 死が当然のように隣り合わせの生活を続ける者は少ない昨今、ミシェルの夢は無謀極まりなく、言ってしまえば理想が高い。

 

 でも、俺は、それでもいいと思ってしまった。

 

 昔描いた夢を、もう一度見られる気がしたから。

 

「俺が、できる限りのことならな」

 

 そう返し、ミシェルの小さい手を握る。握り返された手は強く握ってしまえば折れてしまいそうで、一人であんな夢を成し遂げられるとは到底思えない。

 また俺は間違えるかもしれない。それでも、ミシェルのその顔を見てしまえば、騙されても構わないと思ってしまった。

 ――きっとこれが正真正銘最後のチャンス。

 だから、俺はこいつの馬鹿げた夢物語を支えてやろう。俺も所詮馬鹿なのだから。

 

「ああ! これからよろしく頼むよ、レブルス!」

 

 満面の笑みを浮かべるミシェルは青白い光に照らされ、この上なく幸せそうだった。

 

 この約束をきっと俺は一生忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 ――蒼き地底湖で交わした俺のたった一人の相棒との約束を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔物の出ない地底湖で休憩を取り、消費した魔力を回復したりなどして帰る準備をする。小腹がすいたが戻って食事をしたほうが早いだろう。そう考え、携帯食料は口にせず水分補給はしっかりと行う。

 帰りは恐らくレイクラブ相当のものは出ないと思うのでできるだけ戦闘を避けたい。なんせ、片方剣が折れてしまっているのだから。先程の二人組と遭遇でもしたら敗北は必至だ。

「あいつら帰ってるといいんだけどなー」

「どうだかな……」

 俺としても会いたくはないのだが何か目的があったっぽいし。ミシェルがうまく気配を探って避けてくれればありがたいんだが。

 大きく伸びをするミシェルを見てやっぱりこいつ顔はすごくかわいいなとしみじみ思う。黙ってれば好みなんだが黙ってくれないから好みにはならない。

 というか、なんともいえない違和感あるからそういう目では見れないしな……。

 きっと世の男にそれを言ったら殺されかねないのだが事実ミシェルに男としてのなにかが反応しないのだ。こう、すごく、顔はいい。顔はいいんだけど。

「さーて、帰ったらギルドのことも考えないとなぁ」

 そう軽く伸びをしながら呟くミシェル。そうだ、ギルドを設立するつもりだとすれば現状では人数が足りない。確かギルドを設立するには最低6人が必要だったはず。

 ……集まるだろうか? いや、こいつの顔だし希望者は多く来るはず。その中からまともなやつを選ぶのは骨が折れそうだ。

「ギルドメンバーを集めるなら俺も何かするか?」

「んーまあ、そうだね。一応最初の選別は僕がするけど君も一緒に考えてくれるとありがたいかな」

 ギルドのことは真剣に考えているのか、ふざけた様子なくミシェルは答える。

「僕もギルドに関してはそこまで詳しくないけどこれから色々協会で学ぶつもりだし……まあ、言いだしっぺだからな」

「……すごいな」

「何が?」

 心底不思議そうに振り返ったミシェルに苦笑しながら告げた。

 

「いや、お前のこと女のくせに生意気でうざいやつだと思ってたけど考えを改めるよ」

 

 これからのことを真摯に考え、率先して学ぼうとしている姿は尊敬できる。ふざけた様子もない。これが素なのではないかと思うほど自然で、ふざけているのは一種の仮面なのかもしれない。

 すると、なぜかミシェルが信じられないものを見るような目でこちらを見つめる。というか、明らかに顔が引きつっている。

 そして、地を這うような低い声でミシェルは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……僕、#男__・__#だぞ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 

 

 一瞬、何を言っているのかわからず絶句する。頭の天辺からつま先までミシェルをよく見て、改めて可愛らしい美少女だという感想しか出てこない。

 ――男?

 昨日から今日までの出来事が脳内に蘇る。

 

 

『……ああ、なんだ。てっきり、ようやくレブルスも女見つけたのかと思ったらそいつか』

 

 

『あら、ミシェル? あの子も相変わらずだけど……周りも飽きないわねぇ』

 

 

 思えばこいつのことを詳しく知っている奴らは性別を言及してねぇ!!

 そういえばさっきの二人組の片方も男だった。あれか、もしかしてそういうタイプだったのかこいつ!

 

 

 

 

「まさか……僕のこと女だとずっと勘違いしていたのか!?」

 

 

 

 その、まるで天使が具現したかのような愛らしい顔を歪ませてミシェルは仰け反る。

 その仕草すらもまるで少女のようなのにもうそんなことはどうでもよく、今目の前にいるそれが男という事実に混乱して視界が回りそうになった。

 そりゃ反応するわけない! 男に欲情するはずもない! 俺は正常だった! 安心すると同時にどうしようもない怒りもこみ上げてきた。

 信じられないものを見るような目で俺を見るミシェルに言うことは一つ。

 

 

 

「そのツラで男ってわかるわけないだろうがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 訂正。やっぱりこいつと関わりたくない。

 

 

 



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幕間:夢のあとに見る夢

 

 

 夢を見ている。

 たった一人、僕の心に刺さったまま消えてくれない人。

 

『ミシェル』

 

 そう、これは過去の記憶。それが夢となって追体験をしている。

 嬉しそうにこちらを見てくる彼女の顔はもう霞んでいてろくに思い出せなかった。

 それでも、彼女の髪を編むのは僕のささやかな楽しみで、夢の中でも僕は彼女の髪に触れていた。

『みつあみ、緩んでるから直してあげるよ。後ろ向いて』

 素直に後ろを向いた彼女の一つにまとめられたみつあみを一度解いてブラシで軽く整える。この時間が唯一の癒やしだった。

 その程度のこと。その程度のことのはずなのに、僕の希望と安らぎ。彼女がどう思っていたかはわからないがなんの躊躇いもなく僕に髪を触らせる程度には心を許していると思っている。

 その髪を結う空間は石造りの重く冷たい部屋。まるで囚人を収容する牢のようなそれは部屋と言うには少々無理がある。外を見ることのできる小窓には鉄格子がはまっており映る世界はストライプの空。この狭く寒い鳥籠で僕らは寄り添うように些細な幸せを願った。

『ねえミシェル。私、いつか海が見てみたいです』

 彼女が呟いた『うみ』というものがなにか一瞬わからなくて数秒の間ができる。そしてようやくあの海だとわかり頷くように言う。

『海……ああ、僕も実物は見てないな……』

『はい、だから、いつか好きな場所にいけるようになったら、二人で海を見に行きましょうね』

『――そうだね。それもいいし、ダンジョンにはもっと美しい光景もあるらしい。そういうのを見に行くのも楽しいと思うよ』

 ダンジョンなんて大嫌いだ。僕は所詮、この生まれ持った異能を体よく使われるだけの消耗品にすぎない。

 嫌いで、憎くて、でも――まだ純粋だった頃に見た冒険する夢を捨てられないでいた。

 ブラシで梳いた髪を3つに分け、ゆるく編んでいく。本当はもっと可愛らしい髪型にしてもいいのだが、彼女はこのみつあみで一つにまとめるのを好む。二つにするとか、編み込みとか色々あるだろうに。

『楽しみです! 早く、大人になりたいですね』

 二人とも頭では理解していたのだ。きっとそれは叶わないことだと。それでも、幼い僕たちは夢を見た。憧れを抱いた。そして、依存した。

 そんな関係でも、拠り所は拠り所だ。極限にまで追い詰められ、たとえそれが仕組まれたものだとしてもだ。

 初恋かと聞かれれば否。嫌いかと聞かれても否。

 彼女を独占し、未来を奪うことは僕に許されるはずもないだけだ。

『大人になっても、一緒にいよう』

『はい。ずっと一緒です』

 ――嘘つき。

 過去の自分を嘲笑う。何が一緒にいようだ。結局僕はあの時も自分だけのことしか考えていなかったくせに。

 髪を結い終えると彼女の肩をたたいてそれを伝える。

『終わったよ。それにしてもみつあみが好きだね、君も』

 なぜかこの髪型をずっと好んでしている。そのきっかけは――きっかけは、なんだっただろうか。確か彼女はその理由を教えてくれたはず。

『はい、だって――』

 振り返った彼女。

 

 だがその先はもう見えない。否――塗りつぶされた。

 

『――――み、――、――ご――なさ――』

 

 雑音のような不快な音に声が掻き消えていく。気づけば自分の姿は幼い頃のものではなく今の――

 

 僕の、今の姿?

 

 鏡面などないからわからないが視線を動かせば見える自分の手や服装は見たことのないもの。髪に触れればなぜかいつもより短い。

 これは、本当に僕か?

 

 そんなことを考えている間にも彼女は遠のいていく。

『待って、待ってくれ!』

『――』

 声はもう届かない。思い出せなかったはずの彼女の顔がはっきりと、一瞬だけ鮮明になる。僕の知らないはずの、大人になった君の顔は泣いていた。

 

『――――っ!』

 叫んでも自分の声は塗りつぶされ彼女の名を呼ぶことすら許されない。

『許してくれ! 僕は君を見捨てたかったわけじゃない! お願いだ、僕を、僕の手を取って! マリー!』

 

 僕だけが呼ぶ彼女の愛称。僕の大事なマリー。マリー、そうだマリー!

 伸ばした手は彼女の指先に触れる。

 だが触れたはずの指先に絡みついたものはおぞましくも蠢く『髪』。

 彼女の手を取ることはできず僕はただ叫びながら彼女を呼ぶ。

『マリー! 必ず君を救うから! だから!』

 一瞬、驚いたように彼女が僕を見る。その姿は知らないはずの、彼女。目を丸くして僕が手をのばすのを信じられないと言いたげに何かを呟いた。

『――、――!』

 

 

 

『迎えに行くから!』

 

 嵐のように消えていく彼女の幻影は世界を壊すかのように激しく吹き荒れる。

ガラスの破片が飛び散るように吹き荒れ、その欠片には見たことのない光景が記憶のように舞う。僕の決して綺麗ではない記憶。意地汚く、惨めでも自由になろうとして、結局大事なものを失った。

 欠片は急に重力に従い、そして自分自身も落ちていく。床が抜けたように夢だからかずっと、延々と落ちていく感覚。

 

『僕の――』

 

 

 刹那の微睡みに消える夢の出来事であっても、彼女にもう伝えたいことを力の限り叫んだ。

 

 

『――()()()()()()()()()()!!』

 

 

 忘れないで。恐ろしいほどに利己的な願いに彼女はなんて言うだろうか。現実にもし会えたとしても、僕は彼女にそんなことを言う資格はとうにないというのに。

 

 それは呆気なく掻き消え、支離滅裂な夢は終わり、朝の日差しが僕に目覚めを促した。

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 とても虚しい夢。あまり思い出せないがおそらくいつもの夢だろうと決めいつも通りの支度をする。

 硬いベッドで体を起こし、軽く伸びをする。寝汗がひどく、ベタベタと不愉快で溜息をついた。わざわざ水浴びを朝からするのもどうかと考え、取り敢えず身支度を整えるために顔を洗おうと備え付けの洗面所で頭から水を被った。普段ならこれでだいぶ気分が治るのだが今日は効果がないらしい。濡れた髪をガシガシと乱暴に乱すも気分は晴れない。

 少し長めの髪がうざったい。濡れた髪が頬や首に張り付いて気持ち悪い。ばっさり切ってしまおうか。長いと女と思われるしめんどくさい。

『ミシェルの髪、これくらいなら私も結んであげられますね』

 ふと、ある記憶が蘇る。

 ――未練がましいな。

「……水浴びするか」

 寝間着のまま、宿の一階にある水浴び場へと向かう。その途中、別の冒険者からの視線を何度も浴びて若干の不愉快さが募った。

(顔だけ見やがってほんと……)

 これが機嫌のいいときならば自分の顔の良さを得意げにこれでもかと愛想を振りまけるのだが今日は余裕がなかった。元々、自分の顔に自信はあるが同時に厄介の種でもあるためその時の気分によっては忌まわしくさえ思う。

 後で知ったのだがこの時の若干不機嫌さが滲み出た姿は一部女性冒険者の何かを刺激したらしく、視線の数はこのときだけは女性が多かったとか。

 水浴びで一番嫌なのが複数人で使うタイプだ。さすがに男女は別れているが男は同じ。だが、男の水浴び場に行くとどうしても面倒なことになる。場合によっては欲情する馬鹿すらいる。

 一番嫌な理由はまた別にあるのだがとにかく人に裸を見られるのが嫌だ。

 この宿に長く泊まっているのはそれが理由だ。ここは料金さえ支払えば個別で水浴びができる部屋を貸してくれる。高く付くが高級宿に比べたら安い。公衆浴場もあるがあれはわざわざ行くのが面倒だしなによりこちらのほうが安い。

 金に困っているわけではないし、必要なら使うことは惜しまないが金があると思われると目をつけられるためできるだけ最低限にしか使っていない。まあ、それでも貧困冒険者に比べたら金を使っている方だとは思う。

 水浴びをしながら自分の手を見た。疲れているのか、やたら自分の手が小さく頼りないものに思えた。

 髪の水分を絞って適当に結って水浴び場から出ると再び視線を感じる。さすがに気になって警戒してみると明らかに自分に対して性的な目を向けている輩がいた。

(これだから見た目でしか判断できない猿は……)

 実を言うと割とよくあることだった。というかそういう目を向けられたことがない方が稀だった。

 前にも最初は男として接してくれたがいつの間にか性的対象として見るようになり男でもいいから、と迫ってきたパーティメンバーすらいる。男女混合だったのだがまあ、見事にパーティは壊滅した。そりゃそうだろう。新人の男にリーダーが惚れ込んでればドン引きしたり幻滅してしまうのも。そして、被害者でもあるはずの僕は「あいつさえ来なければ」と理不尽な扱いを受ける。

 特に女受けは最悪だ。自分よりかわいい顔をした男に男が目を奪われるなどプライドが許さない。

 女冒険者と一夜の遊びをしたことがないのはだいたいそれが理由だ。

 だが男だけのギルドやパーティはそれはそれで面倒だ。なぜなら女っ気がないから余計に僕を持ち上げてくる。正直言って気持ち悪い。だから女が多いほうが楽だ。女は多くなると群れて強い。均等より女に偏ってるくらいが僕のことを変な目で見ても女の立場が強いから下手なことはできない。

 で、だ。視線の主はあっさり特定できた。この宿の客であろう冒険者四人。全員男で値踏みするような目だ。

 たいして強そうでもないしこんな場じゃなにもしないだろう。だいたいは人のことを頭の中で勝手にオカズにするに留まる。不愉快だが変に絡んでも面倒なだけだ。

 自室に戻り、冒険者としての衣服を身に着け、気を引き締める。いついかなる時も、自分の周りはカモか敵だけ。

 信頼できる仲間など、できるはずもない。

 

 

 

 

 

 

 協会に寄るか悩んで今日はやめておこうと決めた。今人に群がられたら苛立ちが増すだけだ。

 ゆっくり町で品物を見たり買い食いをしながら今日の仕事を考えているとなんとなくだがキゼル産の薬草が目に入る。

 あそこは初心者向けではあるがそこそこ人がいる。プラントディアなどの魔物は需要が高く狩人が毛皮や角を求めて小遣い稼ぎに赴くこともしょっちゅうだった。

 荷物もそこそこ、まあキゼル程度で小遣い稼ぎをするならむしろ余裕があるくらいだ。数をこなしたいのでポーチの中身はできるだけ減らし、とにかく薬草や弱い魔物の素材を集める。

(今日のキゼルは人の気配が少ない)

 初心者向けではあるが不人気ではないのでなんとなく不気味だと思いつつも獲物で揉めることはなさそうだと前向きな考えで黙々と金になる薬草を採取していく。

 僕は幸運の女神に愛されている。

 まあ言ってしまえば生まれつきの恩恵、一種の能力なのだが大きく間違ってはいない。冒険者カードにはスキルとして表記されることからそれは明らかだ。

 幸運の女神による施しは僕の行く先々で幸運を呼ぶ。

(おっと……珍しいキゼルの青リンゴだ)

 真っ青な色をしたそれは未熟なリンゴのことではなく『青色』のリンゴだ。地域によっては緑色のリンゴを青リンゴと呼ぶところもあるらしくややこしいことこの上ない。

 キゼルの青リンゴは魔力が詰まった貴重なもので甘さは控えめだが色も美しく、そこそこ値がつく。

 今日はこれだけで万はいったか。

 別にのんびりまだ獲物を探すか薬草採取をするか選べるがやはり気が乗らない。

 夢でここまで気分が落ち込むなんて。

 後悔し続ける。彼女のことを忘れることはできないから。それなのに、僕は彼女を迎えに行く度胸もなく逃げ続けることしかできない。

 感傷に浸っていると複数の足音――それも冒険者のものがこちらに近づいてくる。

 姿を目視できたあたりで宿でジロジロ見てきた四人組だということに気づき、ぞわりとする嫌悪感で鳥肌が立つ。

 これは迷宮姦だ。

 気づいた瞬間逃げようとして後ずさるも地上に戻る道は男たちが来た道だ。

 手持ちに有効な道具はあっただろうか。いいや、男四人の動きを封じるものはない。

 迷宮での行為は罪に問われない。全て自己責任、油断する方が悪い。

 その理の元、今自分ができることはとにかく逃げることだけだ。

 出口に出れないのなら誰かほかの冒険者でいい。わかりやすい正義感を煽ってこの顔でちょっと被害者ヅラすればたいていの人間はちっぽけな自尊心が満たされて終わるだろう。

 だが、今日に限って人が少ない。何もかもついていない。

 

 ああほんと、嫌になる。どうしてこうも冒険者はロクでなししかいないのか。そして、それをよくわかっているはずの自分がなぜこんな単純なミスを犯したのか。

 

「はあっ、はぁ――」

 後の体力なんて一切考慮せずとにかく走る。

 ――こんなことになるんだったらもっと道具を持ち込むべきだった。

 自分の認識不足に苛立ちながら駆ける。この階層に誰か、誰もいいから人はいないのかと気配を探る。

 ――いた!

 頭の中で地図を思い出して迷いなく角を曲がり、人のいるであろう小部屋へと駆け込んだ。

 そこにいたのは冴えない青年だった。歳は僕より上だろうが陰気な雰囲気だからか老けて見える。それ以外は何から何まで地味で、どこにでもいそうな男。

 が、この際なんでもいい。幸い僕はこの顔だ。ここは体よく利用しよう。

 そう思っていたのになんでか見捨てられそうになるし危うく男に脱がされるところだった。

 特別強そうにも見えないがクソ野郎どもをいなしたのを見て少し認識を改める。正直キゼルでちまちま日銭を稼いでいるにしては動きがいい。何よりにじみ出る自信のなさ――過小評価からくる慎重な判断。

 これは、狙い目かもしれない。

 ソロだとすればちょうどいい。元々この町では組む相手も決めていなかった。そろそろどこかのギルドかパーティーに潜り込むかを考えていたのもあってこの男はいいカモに見えた。

 だが、普段なら気色悪いほど他人を引きつけるこの顔は効果がなかった。まあ、男に興味のないタイプなんだろう。それなら増々都合がいい。

 僕に下心を持たず、ほどよく稼げる冒険者を探していた。

 まあ、すぐに声をかけても反応しないであろうというのはわかったので日をおいて誘ってみようと考え、協会へと向かい、換金を済ませようとして、ふと彼のことが気になって換金を担当している受付嬢に聞いてみた。

「ねえ、ぼさっとした黒髪でヘーゼルアイの暗いというか地味でキゼルに行ってそうな冒険者知らない?」

 さすがによくいるような特徴だからわからないかと期待しないで聞いてみたら思い当たることがあったのか受付嬢は少し間を置いて喋る。

「えっ? ああ、多分それならサリーナさんがよくお相手してる人ですね。あの人は……」

 受付嬢は少し――なんというか、馬鹿にしたような表情で彼の話をした。

「サリーナさんにしか話しかけないし正直暗くて何考えてるかわからない人なんですよね。ずっと一人だし人とのコミュニケーションが下手っていうか」

「あれはただの馬鹿よ」

 話を遮るように言葉をかぶせてきたのはこの協会支部では有名なサリーナ嬢だった。美人でクールなこともあって人気はあるものの基本的にそっけないせいで苦手意識を持つ冒険者もいるという。

 受付嬢が少しバツの悪そうな顔で後ろから話に割り込んできたサリーナさんを見る。

「さ、サリーナさん……今の話聞いて……?」

「冒険者の陰口を受付嬢がほかの冒険者に言うもんじゃないわよ。と言いたいけどあいつの場合、陰口っていうより事実だから仕方ないわ。本当に馬鹿なんだもの」

 陰口を控えろと言う割には自分も陰口を叩いているけどそれはいいのだろうか。

「彼のこと知ってるのかい?」

「何、あいつが気になるの? あんたが?」

 遠回しにお前が気になるなんてどんな心境だと探られているようで少しそれを隠すように目を背けた。

「別に……ちょっと今日会ったから」

「そう。まあ、あんたみたいなのが目をつけるようなやつでもないものね」

 若干訳知り顔なサリーナ嬢が少し苛つきを煽る。彼女は元冒険者ということもあってか恐らく僕の過去の()()を知っている。どうせ女神の施しなんてもの、そうそう他にいるはずもないし知っていれば気づいてい当然だが。だから僕は彼女のことが少し苦手だ。悪い人間ではないが、うっかり昔のことをバラされるとまたこの町から出て次の居場所を探す羽目になる。

 こちらが黙っているとサリーナ嬢が興味を失ったように背を向けながらぼやくように呟いた。

「真性の馬鹿。冒険がしたいなんて子供の夢物語を実行して、現実に打ちのめされて出戻りした馬鹿よ、あれは」

 どこか親しみを込めた罵倒に受付嬢は困惑したようにサリーナ嬢を見る。そのまま自分の持ち場へと戻ったサリーナ嬢だったが彼女の言葉を聞いて僕は心が沸き立った。

 

 

 ――昔の夢を思い出す。

 

 

『綺麗な景色。見たこともない世界を見たい』

 まだ何も知らない僕は純粋にそう願っていた。現実は僕にとってダンジョンはただの掃き溜め。利益に群がる豚どもを見下して主導権を握り、ただただ金と貴重品を集めてハリボテの自由を着飾った。傲慢で虚飾の豚。同じ穴の狢だというのに冒険者を見下してる醜さ。

 そんな僕がただひとつだけ、いつかと夢見ること。

 

 同じ夢を持つ、信頼できる仲間と冒険をして世界を見たい。

 

 彼女のことは心のどこかで諦めていた。時折夢に見て、後悔に潰されそうになるけれど、もう取り返しのつかない愚行の結果だ。

 だからせめて、たったひとつ残った純粋な願いだけは、いつか、遠い未来でもいいから叶えたいと。

 けれど冒険者にそんな志を持つ者はいない。金に名誉、生活のためがほとんど。冒険をする心の余裕などない。そもそもそんなことを夢見るのは子供のうちだけだ。

 でも、子供の頃の純粋な願いをきっと彼もまだ持っている。

 運命だと、柄にもなく感じた。きっと最初で最後のチャンス。

 その後の行動は早かった。住居を突き止め、名前を知り、朝は遅いのか出て来る気配がなかったので少々失礼だが中へと侵入した。

 その後の反応を見るに僕のことをあまり良く思っていないのも彼なら変な下心を持たないという確信を抱いた。たとえ同じ夢を持っていたとしても言い寄られるのだけは我慢できない。

 正直、楽しくて、ついつい素が漏れてしまうほどに、彼――レブルスは友人としていい相手だった。

 けれど、きっとレブルスはなにか傷があって人との関わりを恐れている。この壁を越えられなければチャンスはない。

 だから、僕はありったけの真摯さをあの蒼い地底湖でぶつけた。

 きっと、わかってくれる。美しい世界はたくさんあって、一人では成し遂げられない道程もある。僕のエゴ、それも確かにあるけど、きっと伝わる。

 そう信じて差し伸べた手。その瞬間は永遠に思えるほど長く、繋がれた途端、世界はいつもよりも華やかに見えた。

 

 ここから始まる僕と君の旅路はきっと困難だけど――それでも、君となら楽しいと思ったから。

 

 

 

 

 

「どこをどう見たら女なんだよ! 目玉腐ってるんじゃないか!?」

「何もかも女にしか見えねぇよチビ!」

「馬鹿じゃないのか!? せめて確認するなりすればいいのになに勝手に人のこと女だと思ってるんだ! 気持ち悪いんだよ!」

「いっそ頭でも丸めろよ! なんだよ男の癖に髪伸ばしやがって!」

「この程度大して長くもないだろ!?」

 

 

 帰り道に、馬鹿みたいな喧嘩をしながらそれでも楽しいと……。

 

 

「うるせぇカマホモ野郎」

「ほー? 言ったな? 言ったな根暗童貞くんがほざいたな?」

 

 

 ――楽しい、こともあるけどまあ人間なのでたまに喧嘩は必要だと思う。

 

 

 

 

 

 



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