衛宮士郎に憧れた少年 (黒幕系神父)
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始まりの物語
プロローグ「運命の夜」


一応以前書いたリメイクです。全部書き終えていますが、書き直したい部分もあるので2話から1週間に1度投稿にします。


人を殺したことがあるか。世界が黒く醜く見えたことがあるか。

 

そんな質問をされた時、ほとんどの人が違う、だとか別に、だとか。そう答えるだろう。

 

 

では僕はどうか。

それに否と答えることは出来るのか。

 

 

 

 

「―――――」

その問いかけには。

それに答えることは、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い昔の、おぼろげで、でも、確かに覚えている。

そんな、幼少の頃の記憶。自我が薄く、されど自分が自分たりえた原初の記憶。

 

 

 

 

あれは世界の全てに絶望して。

現実の何もかもが黒い濁点のように見えて。全てが醜く見えて。

世界はとても醜いものだと。そう、燃え盛る災禍から、そこから生まれた大量の悲劇から見せ付けられた。あの時。

 

 

たまたま、その跡地で拾ったDVD。

 

 

理由はない。ただ気まぐれに、血にぬれ、焼け焦げたボロボロのその円盤がまるで自分と同じように見えたから。

なんとなく。ただなんとなくその円盤を綺麗にして、映像を見ようとした。

 

必死に、必死に。何日かかったか分からない。業者には頼まなかった。自分で綺麗にしたいと思ったから。必死に、必死に、必死に。

学校もいかずに、ただそれだけを綺麗にしようと必死に足掻いた。

まるで自分のように見えたから。だから自身を綺麗にしたかった。

 

――――結局、そのボロボロの円盤は見た目は完璧に、けれど中身は完全には修復されなかった。

タイトルはわからなくて、ほとんどの映像にノイズが走ってて。

それが中身がボロボロになった自分と重なって見えて。

 

それでも、唯一まともに見えた、ノイズが一切無くきれいに残っていた数分間の映像.。

 

 

美しい金髪の少女が主人公を危機から助ける場面。

 

 

 

 

「――――――」

 

 

―――声が、でなかった。

 

 

 

あの時に、自分の運命は決まったのだ。

 

幻想的な蒼い光に包まれていた彼女を。

 

彼女を、どうしようもなく美しいと思った。

気高いと思った。

愛しいと思った。

 

 

何より、その眼に映る信念を汚してはいけないと思った。

 

 

 

その女の子の瞳の輝きが余りにも今の彼には眩しくて、けれど目を離すことなんて出来なかった。

 

 

一目惚れだった。例え現実には存在していなくても、彼女を知りたいと思った。

 

きっかけはそんなものだ。

そして自分は物語を知り、彼女に憧れた自分は衛宮士郎に憧れた。

 

 

 

だって、憧れるのも仕方がなかったんだ。

 

彼の届かぬ星に手を伸ばすような途方もない夢に、正義の味方になろうとするその精神がきれいだったんだから。

 

 

剣と共に自分の道を突き進んだ衛宮士郎。

理想の自分に現実を見せられて、なお理想を抱き続けた衛宮士郎

 

その二つの世界の衛宮士郎も勿論憧れたが、それ以上に

 

 

――――たった一人の少女のためにこれまでの信念を曲げ、正義の味方を辞めた衛宮士郎

 

 

その全てに憧れた。

まるで自分とは別の存在のように。似たような過程を得たのに。

それでも自分とは真逆の彼のその性質に。

 

彼のように生きれたらどれだけいいのだろうかと。ただ、憧れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――子供である彼に、衛宮士郎の生き方は劇薬だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局彼は死んだ。正義の味方などという分不相応な夢を抱いて、大勢の人を救おうとして、誰も救えずに。全てを殺しつくして。

 

そんな彼が死に、意識がこの世からなくなる時、最後に思い出したのはあの金色の髪を持つ美しい少女

 

 

 

 

ではなく

 

 

 

 

 

その身体を血に濡らし、銅色の髪を持つ、涙を流している正義の味方を目指した少年だった。

 

 

―――理想を抱いて溺死した。

それが彼が衛宮士郎になる前の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――暗い。暗い。暗い

墜ちていく。体は動かない。ただ、濁流に飲まれるように、墜ちていく。

闇は黒い点となって、自分の要素を粉々にしていく。

何かが抜けて、擦り切れて。僕を構成する全てがなくなるようで、削り取られて。

元から燃え尽きた魂はさらにボロボロに崩れ去り、闇に解けていった。

ただ、不思議と恐怖はない。僕は消えるし、ここがどこかはわからないけど、でも。

それでも、死ねることは幸せだ。

 

そんな、諦めと共に。

その深淵から突如湧き出た光が僕を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

重力が身体に戻る。この感覚は、酷く懐かしく感じる。

―――――ここは、どこだ?

 

声が出ない。この感覚は何だ?これは―――

 

 

「―――ッ!」

 

 

 

身体が、重い―――

鉛のように体が重い。燃えそうに体が熱い

痛い。痛い。痛い。痛い。熱い。熱い――。

 

 

体が痛い、それは分かる。

 

 

体が熱い、それも分かる。

 

 

生きている、分からない。

 

 

そうだ。なぜ自分は生きている。僕は確かに、あの時に死んだはずでは?

それに、全身に感じるこの説明できない違和感は何だ?

ギチギチ、と。身体が鋼に包まれたように動かし辛い。

そんな疑問と共に、重くなった眼を開く

 

 

 

 

はじめに見えた自分の手はボロボロで、とても小さかった。

 

体は…とても軽く、けれど先ほどと変わらず酷く動かしにくい。

 

また、自分が死んだ場所と今いるここは違うとも。

 

「―――ッ!?」

 

声なんて出ない。肺が燃えているのか、それは言葉となっていなかった。

でも、それでも目は動く。

 

燃えている。全てが燃えている。周り全てが燃えている。

ここにいたら死ぬ。間違いなく死ぬ。嫌だ。それはいやだ。理由もなくしにたくない。

 

 

そうして、どうにも馴染まない体を無理矢理動かし立ちあがって辺りを見回すと、そこには轟々と燃え盛るナニカ。

 

こんな光景知らないけれど、でもこの体は知っていた。

かつてこの体が住んでいた街。記憶にはなくとも、それらには見覚えがある。

 

ふと、気づく。何かが聞こえる。

 

―――これは、声だ。

 

助けてくれと、この子だけでもと、死にたくないと、周囲から聞こえる縋り付く声。

全てが黒い闇に染まった世界。地獄とはこのことをいうのかと、そんな世界が広がっていた。

焦げ付いた風景。そして、肉が燃える臭い。この独特な、香ばしい匂いは知っている。人が燃えている。僕もかつて経験したことがある。

ここは地獄、人の悪意によって生まれた人災。

 

そこまでなら今までも見たことがある地獄と同じ。

 

だがあの時とは決定的に違う何かがある。そう。あれは…

 

 

まるでそれは世界の呪いのようで。

まるでそれは人類の悪意のようで。

 

こちらを覗き込むような、それはそんな視線を出している。

黒い月。まるで全てを飲み込むような深遠が、空に浮かんでいた。

 

 

 

 

それはまるで地獄の穴のようで。何もかもを呪い尽くす様な威圧感を持っていて。

 

その、絶望の月を見た彼はこの地獄をすぐに理解した。してしまった。

 

 

ここはこの世全ての悪によって呪われた聖杯の悪意によって汚染され全てが穢れた地獄だと。

 

 

そして、自分はあの”衛宮士郎”になったのだと。

 

 

もう自分は、■ ■ ■ ではないのだと。

 

 

 

 

―――――――理解、してしまった。

 

 

 

「――――」

叫びたかった。でないと心が壊れそうだった。けれど身体は動いてくれなくて。

 

何を、しているんだ僕は。

救えなかった。

救えなかった救えなかった救えなかった。

あの時、涙を流した彼らを救えなかった。

 

 

 

正義の味方を目指したのに、人を救おうとしたのに、彼らを救えなかった。

夢に見ていたあの人の影を。正義を追ったのに何も出来なかった。

 

何も出来なかった。誰も救えなかった。僕はあの時、正義の味方を目指すと。そう、確かに決意したはずなのに。それでも救えなかった。

これでは、失格だ。何も出来なかったあの頃と同じで。無能の烙印を押されても仕方が無い。僕は何をしているんだ。

そんな正義の味方失格の自分が自身が憧れた正義の味方。

衛宮士郎になるなんて、何て―---皮肉。

 

ましてや、人格の上書きなど、将来の彼を殺したのと変わらない。

 

人を救おうとした結果が、かつての憧れを消すこととなるなんて。

 

 

 

 

――思ってはいけない。そんな事、思ってはいけない。

これを思ってしまったら、僕は僕でなくなってしまいそうだ。

 

ああ、けれど

こんなこと。決して思ってはいけないのに、そう感じてはいけないのに――

 

 

 

 

 

 

 

うれしいと、そんな感情がわいてしまった。思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

衛宮士郎。僕にとっての正義の味方。

 

彼になれるんだから。友人よりも、恩師よりも、好きだった人よりも、そして何より親よりも憧れた。僕の生きる原点。

 

 

あの時あこがれた、正義の味方になれるのだから。

 

 

 

 

 

そう思えばこの血にぬれた地獄も美しいと感じた。

嘆き、哀しみの声が、まるで地獄で唯一聞こえるオーケストラのように、そんな事を思ってはいけないのに。祝福の声のように思えた。

生前、救えなかったことも。目の前に広がる地獄も仕方がないと、必要な犠牲だと感じてしまった。

それが歪んでいるなんて、自分が一番わかってる。そんなこと彼を目指すのならあり得ない考えなのに

 

 

 

夢にみた、正義の味方になれるのだと。この光景と誰も救えなかった過去はその第一歩の地獄だと。

 

 

 

そう、思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は言うまでもない。

 

 

彼は周りの人を誰一人として救えず、衛宮切嗣に救われるという本来の正史を辿った。

 

 

 

 

これは、偽者に憧れた偽者が、本物を目指す物語。

 




プロローグ。短め。


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1話「少年の過去」

この作品は短めですので、1話目から過去編ぶっこんで行きます。
少年の根幹に関わる話ですので。これないと主人公の動機意味不明ですので。


他者による救いは救いではない。

確かに、誰かを救うということは達成できる。けれど、それで自分が救われないんじゃ意味がない。

自分じゃない、借り物の理想を抱いて人を救い続ける。そんな理想、無意味だ。

人助けの果てには何もなく、結局自分も他人も救えない。

そんな偽りの人生に意味はない。

 

 

そう言った英霊。

赤い衣を着た嘗ての理想の体現者の言葉は、どうしようもなく自分の喉に引っかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――これは、■ ■ ■ が衛宮士郎になる前の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

0歳の頃、僕は自分が転生したのだと自覚した。理由はない。

かつての記憶はない。何回も、何十回も僕は転生を繰り返した。

それだけが分かった。記憶を持ち込めないのは、無意識に自分を守るためか。

そうでないと僕は永遠の時を得ている。気が狂うのだろう。無意識のうちに作り出した自己防衛本能なのかもしれない。

だから僕は、転生した、ということしか分かっていない。ただそれだけ。

でも、何故だろう。僕は決定的な何かを忘れている気がする。それが何かは分からないけど。それでも、確かに何かを誓った気がする。

 

 

 

 

 

5歳の頃、僕は父を殺した。

病気だったのだ。不治の病だった。父はせめてもと病院ではなく自宅にいたが、いつもベッドの上で苦しんでいた。

父は聡明で明るく、家族に優しい人だった。

だから僕は、彼を殺した。大好きな父が苦しむ様子を見たくなくて。台所にあった包丁を使って。

殺したら人は蘇る。そんな教えが僕の中にあった。

だから殺した。

結局父は自殺と扱われた。僕が殺したのに。よく分からないものだ。

 

その時、僕は死というのを理解していなかった。

 

 

7歳の頃。母が自殺した。

僕は周りから異常な眼で見られていたらしい。周りの陰口でそれに気づいた。

異常に聡明で、人の心を理解できない。いわゆるサイコパスと呼ばれる人種。それが僕だった。

夫が死んで、子供は異常者。母の心が折れるのも時間の問題だった。

僕はただ父親が苦しまないでほしいと願っただけだ。いつの日か、家族とみんなで旅行に行きたい。食事をしたい。そんな平凡な夢を願って、だから僕は父親を殺した。

結果がこれか。そうだ。僕は僕自身が異常だと気づいていなかった。

人は死んだら蘇らない。そんな当たり前のことを、両親の死でようやく気づいた。

 

 

 

母の葬儀で、胸の中に何かシコリのようなものが残った。

 

――――ああ。これが罪悪感、というものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10歳の頃、町が燃えた。理由は分からない。ただ、燃えたのだ。

人は蘇らないと知ったので、僕は僕自身の死が恐ろしかった。

今までの転生?前世の記憶がないのにそもそも転生していたのか、という疑問すらある。そうだ、僕自身に前世の記憶がないのならそれは転生とは呼べない。

だから僕は逃げた。僕には無理だと。人を救うことはできないと。

必死に、必死に。全てから逃げるように、逃げた。

 

 

結局僕は臆病だったのだ。父と母を殺したのに、そんな、最低最悪の悪なのに、それでも自分の命惜しさに逃げた。

 

助けてくれと、子供だけでもと。そんな声を無視して、気づかないふりをして。ただ、生にしがみ付いた。

どうせ自分では助けれないのだと、所詮その程度だと諦めた。逃げて、逃げて、逃げ続けて。

助けを求めてただ走った。ただ自分だけが生き残ればいいのだと。

 

 

 

 

 

 

――その火事で生き残ったのは僕一人だった。知り合いは好嫌関係なくみな焼死した。

望みどおり、ただ一人。自分だけが助かった。

 

 

母が死んだときと同じ、胸のシコリが残った。

 

苦しんで死んだ人を見た。それと同数。悲しんでいる人を見た。

その全てを。あらゆる悲しみを。あの火事で死んでいった人たちを。記憶しなくちゃいけないと思った。

ただ一人、生きてしまった自分が彼らの死を受け持つのは当然だから。

 

 

 

 

11歳の頃、僕は運命を知った。

薄暗い、陰気で何もない部屋に僕はいた。

結局あの火事があった所で何も変わらない。何も出来ない。

そんな自分はゴミのような存在だと、日陰の人間でなくてはいけないと思ったからだ。

たまたま。たまたまだ。あの火災の跡地を見ていたら、たまたま見つけた薄汚れた円盤。それは自分は生きていると主張しているように見えた。

まるで自分と同じように見えて、必死にその円盤を磨いて、再生した。

ほとんどのデータは破損していたけれど、とあるシーンだけは再生できた。

その時に僕はアルトリアという女性と衛宮士郎を知った。

そして衛宮士郎の生き様を見て、思ってしまった。

僕は彼を知るために今まで転生してきたのだと。正義の味方になるために今までがあったのだと。

彼の経歴はとても僕に似ていて。ならば彼のようになれるのではないかと夢を見た。

僕は父と母を直接的に、間接的に殺した。あの火事で、たくさんの人を見殺しにした。

ならば僕はその罪を背負わなければならない。何も知らないから、で人を殺していいはずがない。何も出来ないから、で人を見捨てていいはずがない。

 

僕は、彼のような正義の味方を目指すことにした。

 

 

 

 

 

12歳の頃、僕は警察官のある人に引き取ってもらった。

彼は正義感の強い人で、彼を見ていると、自分の人生を否定されてるようで、でも、ただ彼の生き方はとても美しかった。目を背けることは出来なかった。

誰かを救おうとしている彼がまるで正義の味方のようで、その影を追った。

 

その頃から頭の中で時折響く、両親の忘れるな、という声。

知り合いの、見知らぬ人の助けてと、自分の子供だけでもと、そんな怨嗟の声。

僕はその声を受け入れなければならない。人々の無念を。人々の呪いを。

両親を殺し、あの災禍の中ただ一人生き残った、そんなお前には義務があると。

僕は確かに、あの火事で亡くなった人の家族を見て。彼らの泣く姿を見て。確かなものがそこにあると。正義の味方にならなければならないと、そう、決意した。

心が折れそうになっても、衛宮士郎の物語を見返すことでその心を補強した。

 

 

 

 

18歳の頃、保護者が捕まった。人を殺したのだ。酒を飲んで辺り構わず暴れた。そんな彼を止めようとした人が死んだ。僕の中の現実の正義はあっけなく崩れ去った。酷く、失望した。

ただ彼が護送される時に見せた、後悔に満ちた目は酷く人間的で、ほんの少しその目に憧れた。

認めたくなかった。自分は正義といえるかすらわからない、偽善すら行えないクズなのに。

その目が自分よりも人間らしいと感じたのを、認めたくなかった。

僕は人間になりたかったのだと、機械には成りたくないと、ようやくその時に気づいた。

 

そうして、僕は町を逃げるように去った。

 

 

それでも、夢を捨てることなんて出来なかった。それをしたら最後、僕は何かが終わるような、そんな気がしたからだ。

 

世界中を周った。困った人を、何か助けが出来ないのかと、両親を殺した僕が何も出来るとは思えないけれど、それでも正義の味方になりたかった。

 

 

 

23歳の頃、病に汚染された村に僕はたどり着いた。

その付近に病院はなく、彼らは限界だった。体を動かすことすら出来ない、そんな彼らが罹った病は見てすぐに分かった。

それは父と同じ不治の病だった。決して治ることがなく、地獄の苦しみを味わう最低最悪の病。

彼らは言った。殺してくれと。この地獄から開放してくれと。

 

 

だから僕は彼らを、子供を含めて全員を殺した。84人。その日村人は全滅した。

 

 

 

僕は次の日、村を燃やした後自殺した。彼なら、衛宮士郎なら村人を救えたのかもしれないと、正義の味方に助けを求めながら。

ほほに涙をつたわせて。

 

 

 

 

 

そうして、俺は衛宮士郎となった。



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2話「デミ・サーヴァント」

タイトルでネタバレ。
次話は1週間後
全部でプロローグ+10話の合計11話予定


本物が憧れた。かつての正義の味方。

正義の味方の出来損ないである衛宮切嗣との出会い、そして別れ。

魔術とは何なのか。正義とは何なのか。倫理とは、またどのようにすれば正義の味方になるのか。

 

切嗣と話してわかった。これは、もうどうしようもない。

カリスマというものか、それがあるのかは分からないが。彼の言葉には。

彼の、その正義を語る全ての発言に力があった。

 

力の使い方。倫理観。その全てを許容する背中。そして、全てを諦めたかのような、けれど何かにすがりつくような、子供の目。

 

それがあの時。あの大火災で見た何かを救えた顔に重なるようで。

 

その全てが、どうしようもなく格好がよかった。正義の味方とはこういうものではないのかと。そう思わされた。

 

まるで、自分は衛宮士郎なのだと、衛宮士郎が切嗣にあこがれるのは必然だと、そんな運命じみたものを感じた。

 

でも、それは偽りだ。それだけは認められない。

だって、俺は衛宮士郎という存在に憧れたんだから。だから、切嗣に憧れることなんて出来ない。

大体、俺は本来の衛宮士郎の精神を消した。そんな俺が、切嗣に憧れていい理由がない。それは本物が持つべき感情だ。所詮、偽者。偽善者の俺が抱いていい感情じゃない。

 

所詮正義の味方のなりそこないと、機械の振りをした人間では本物の正義の味方になれないと、そう思い込んで。

彼の言葉を切って捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――とある、満月の夜

 

 

 

僕の隣には自分が救った。こういってはなんだが、狂った少年がいる。ただ、それも悪いことでない。

彼は正義の味方に憧れている。その目は酷く以前の僕に似ていて。

 

―――だからこそ分かる。彼は決して僕のような殺人鬼にはならないだろう。

だから、せめて大人の義務として、子供を導こう。それが、最後の僕の仕事だ。

 

”子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた”

 

ああ。正面に浮かぶ満月しか見えない。月光はまるで僕を迎えにきたようで、不思議と気分がいい。

僕は、もう長くない。今夜息絶えるだろう。

 

「何だよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 

”うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると、名乗るのが難しくなるんだ。 …そんなこと、もっと早くに気づくべきだった。”

 

もうどうしようもないくらいに時間が過ぎた。あの時、確かに失敗して、全てを失って。後悔しかないけれど。

 

「そっか、それじゃしょうがないな」

 

”そうだね、本当にしょうがない”

 

もう本当に、どうしようもない。けれど…

 

”本当に…いい月だ…。”

 

こんな満月の中死ねるなんて、僕はなんて幸福なのだろうか。何も成し遂げれなかったけど、それでもこの光はとても美しい。

 

「じゃあさ、爺さんは正義の味方って何だと思う?」

 

その言葉に、酷く心が揺さぶられる。もう心なんて擦り切れているはずなのに

 

”それは――――”

 

まるで自分の人生を語れと、自分が得た答えを言えと、そんな視線を。士郎の眼は語っている。

満月の光しかもう見えないはずなのに、それでも確かに彼の瞳を一瞬、見てしまった。

 

だったら、嘘はつけない。彼の目を見て、あんな、あんな狂気に落ちた目を見て。

 

ああ、彼は僕とは違う。

士郎は、決して自分を見失わない。そんなことはこの5年間で痛いほど痛感した。

僕はもう消える身だ、だったら、心の底からその言葉を言わなくちゃいけない

 

どうしようもなく喉が渇く、それを言ったら最後、士郎は永遠と呪われた人生を送らないといけなくなるのかもしれない。それでも、かつての憧れは捨てきれない。

士郎のために、平和のために言わなくてはいけない。

 

”それはね、大切な人を、自分の大切な関係を守れる人間だ”

”自分を大切に出来ない人間に、他人を救うことなんて出来ない”

”全員を救うなんて、出来ないんだ”

 

…どの口がいうんだか。父を、母を、妻を、娘を裏切った自分が言うことじゃない。

僕はやはり偽善者だ。全てを救えと、そういえば士郎は正義の味方になるはずなのに。

ただ、士郎のことを思えばそんなこといえない。いえるはずがない。残った唯一の家族だ。

 

僕の答えは、案の定彼には届かなかった。当たり前だ、本心じゃないしそもそもこんな殺人鬼の言うことに意味はない。

 

「そっか。―――ごめんな、爺さん。本当はそうであっても、それが世界の真実だとしても、俺は認められないんだ。だってさ、爺さんは俺を救ってくれたじゃないか。あの地獄から。

何もかも零して、失ったけど。それでも俺は確かに救われた。だったら俺は皆を助けるよ。俺には爺さんが言ったそれが正義の味方だと思えないんだ。だって」

 

 

 

「―――全てを救おうとする考えは、決して間違いじゃないんだから」

 

 

その言葉に、心の底では求めていたであろう答えに、今までの人生を認められたような気がした。

今までの生き方が、世界平和を求めた工程を。あの聖杯を追い求めた過程を認められたような、何も成していないのに

決して、そんな言葉を認めてはいけないのに、ただ…その言葉に

 

「ああ…安心した―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その、酷く満足した顔を見た少年は

 

「安心して眠りなよ爺さん。俺は絶対に全てを救う。―――絶対に。」

 

決して自分の道は間違いじゃないのだと、勘違いをして

 

 

 

こうして彼の正義感はさらに歪んで捻じれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5年後

 

 

「衛宮、もうすぐ聖杯戦争が始まるが大丈夫か?こっちはもう召喚を終えているけど?」

 

「ああ、こっちもとっくに触媒を用意している。今夜にでも召喚をしようと思う。俺たちの目的を決して忘れるなよ、慎二。」

 

「言われなくても分かってるさ。それが、僕が聖杯戦争に挑む理由なんだから。」

 

 

薄暗い教室で、周りに聞こえないよう話す青髪と銅髪の二人組。

衛宮士郎ともう一人、彼の名は間桐慎二。原作では外道として扱われた少年。

 

けど、彼は本来外道ではない。自分では扱えない魔術を使う高揚感。自分の本心を曝け出さない義理の妹である桜との関係。彼自身が親友と思っていた衛宮士郎の、人の言う事をきくだけの機械のような、まるで自分との友情は嘘だったかのような行動。

 

全てが絶妙に絡み合い、彼は外道となった。

 

そんな未来を知っている故に、正史と違い彼との仲はよくなった。

 

桜の仲は取り持ったし、魔術に対するコンプレックスの解消、そして衛宮士郎との友情。全てを完璧にした。理想の関係。

 

 

 

本来ではありえない、慎二との共闘。それが桜を救うために俺が取った道だ。

 

桜との面識はそれほど多くない。原作では桜は衛宮士郎の通い妻のようなことをしていたが、現実は数ある友達の一人、くらいの面識だ。

 

 

けれど、それで救わないなんて理由にはならない。

 

 

俺の魔術の起源は剣、どうあがいたって桜を救うことなんて出来はしない。ゆえに慎二と共闘して、桜の虫を取り除くための技術を持つ英霊を呼ぶことにしている。

 

その為に、聖杯戦争を勝ち抜くために、俺は自分の体を苛め続けた。

 

俺は英霊であるエミヤを知っている。将来の理想の姿を知っている。その成り方を、知っている。だから俺は強化の魔術よりも投影魔術を鍛えた。

 

勿論宝具なんて投影できるわけがない。所詮俺は偽者。贋作者としての才能は、本来の衛宮士郎に劣る。

 

けれど、原作開始時よりかは強い自信がある。決して悪に負けないために体を鍛えた。対マスターで優位になれるよう切嗣が置いていった銃の扱い方を覚えた。

 

衛宮士郎となってから10年、理想の自分になるために進み続けた。

そして今夜、俺はキャスター、裏切りの魔女・メディアを召喚するつもりだ。そのための触媒も用意した。

 

俺は本来の衛宮士郎より今の段階では強いし、最強の知識である原作知識がある。キャスターと知識を共有すれば負けはしないだろう。

 

一番の問題は英雄王であるが…自分の魔術である無限の剣製は英雄王の天敵だ。キャスターの補助があれば宝具の投影を可能にし、優位に戦えるかもしれない。

 

もっとも、これはキャスターを召喚できればの話だ。

 

自分の体にはあのアーサー王の触媒である宝具であるアヴァロンが眠っている。だからアーサー王を呼んでしまうのかもしれない。だが、アヴァロンは間違いなく最強の宝具だ。それを所有している限り負けはない。

 

 

桜に関しては自分を犠牲にしてアヴァロンを埋め込めば救えるのだから、なんの問題もない。

 

 

 

 

「でさぁ衛宮。お前はキャスターを召喚するつもりなんだろうけど、気をつけろよ?」

 

「気をつけるって何がだ?慎二」

 

「――はぁ。裏切られないよう気をつけろってことだよ。魔術師は外道が多いからな。」

 

 

「ああ…そういうことか。わかった。忠告感謝するよ」

 

「まあ、せいぜい死なないようがんばれよ」

 

青髪の彼は笑顔で、でも心の底から自分を心配していた。

ただなんとなく、それは嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の離れには召喚紋があることはしっている。触媒も用意した。グズグズ召喚を先延ばしにしてキャスターを別のマスターに召喚されても困る。ゆえに急がねばならない。

 

真夜中、離れに切嗣が用意していた召喚紋。それを使う。

 

 

「素に銀と鉄。祖には我が大師シュバインオーグ。 礎に石と契約の大公。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

俺は別にシュバインオーグを師にしていない。けれど、原作のセリフをそのまま使えば召還できるだろう。

 

「セット」

 

 

「―――――Anfang」

「――――――告げる」

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

不思議な、湧き上がるような感覚がある。まるで運命が何か糸をつなぐような。そんな不思議な。

 

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 

―――ピキリ。

 

その時、確かに召還紋にヒビが入り。そうして

 

「―――ッガ!?」

 

 

入る。

 

 

入る。

 

入る。

何かが、入ってくる。何かが俺を浸食して、侵食して、心象を塗り替えて。これは―――!

 

 

 

 

 

 

 

ある、少年がいた。

その少年はとある火事でこれまでの全てを失って。

そんな少年を助けてくれた正義の味方に憧れた。

正義の味方の見せた笑顔がとても美しくて、どうしようもなくその存在になりたいと願った。

 

自分の死に場所を求めて、否。自分の命を削ってでも、人を助けたいと願った少年がいた。

 

そうして彼は人を助けて、人を助けて、人を助けて。

 

 

 

 

 

――そうして、結局助けた人達に裏切られて、殺された。

 

 

 

ただ、それは別に悲観すべきことじゃない。ただ彼が民にとって、大多数の人間にとって悪に見えたから殺された。ただ、それだけ。それだけならば彼は受け入れた。

 

 

死後、彼はかつての呪いから磨耗するまで、人を殺し続けた。

ただそこにいたから。ただ他に悪影響を及ぼすから。そんな理由で、善人も、悪人も。等しく。

 

 

殺して殺して殺して殺して殺しつくして―――――。

 

 

 

 

かつて、正義の味方を目指した。だから、そんな身勝手な殺人は。それだけは受け入れられなかった。だから、彼は―――。

 

 

 

 

そうだ、これは彼の記憶。いや、記憶ではない。

 

これは経験だ。頭の中に具体的な記憶はない。けれど、強烈な既知感がある。

 

 

”安心した”

 

 

ああ。そうだ。俺は、僕は。私は。

 

確かにあの時の切嗣の顔を見て――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――終わった。

召還紋は消え去り、その役目を果たして。だが、俺の前には英霊は存在せず。

 

ああ。確かに。今の俺の目の前には英雄はいない。

 

ただ、俺が英雄になっただけ。

英霊エミヤのデミ・サーヴァント。衛宮士郎になっただけ。

 

 

――笑わせる。確かに、この体は衛宮士郎だ。だから彼の魂が合うのも必然である。

でも、これはないだろう。

別に英霊特有の筋力があがったわけでも、投影の技術が上がったわけでもない。エクスカリバー等といった最高の性能を持つ宝具を投影なんて出来ない。

 

ただ、貯蓄された。それだけ。俺がデミ・サーヴァントになったことで、俺の投影のバリュエーションが増えただけだ。

なるほど通常ならば脅威だろう。だがこれは聖杯戦争。投影のバリュエーションが増えた所でサーヴァントほどのアドバンテージはないし、ましてや身体能力がただの高校生レベルでしかない。これでは足手まといでしかない。

 

彼ではない、ただ経験を得ただけで記憶はない。だからその強さを再現することも出来ない。

 

これでは救えない。誰も救えない。聖杯戦争で犠牲になる人を救うことは出来ない。

最優の英雄もいなければ、裏切りの魔女も、理想の弓兵もいない。

 

 

――――ただ、それでも。例え、可能性が低くても。それでも諦めることなんて出来ない。

だって、力がないから諦めるなんて、あの時と一緒じゃないか。あの火事で誰も助けれなかったあの時と。

 

 

だから、未来は絶望的だけど。それでも頑張ろうと決意した。



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3話「衛宮士郎」

サクサクっとね


地獄を見た

 

 

 

燃え盛る街。狂える人。哀しみの声。その全てがまるで自分のしたようで、否。これは自分で再現した地獄。

 

 

 

地獄を見た。

 

 

泣き叫ぶ声、血まみれの人形。その全てを破壊しつくした。

彼らが存在すると多くの人間が死ぬ。だから、善良なる人間を殺して。

1を殺して10を助けた。

 

 

地獄を見た。

 

ただ近くにいただけ。それだけの理由で、巻き込むように少年を殺した。そちらのほうがより確実に、人々を救うことが出来るのだから。

 

 

 

 

いずれ辿る、地獄をみた。

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!―――はぁ…はぁ…」

今のは――――――恐らく英霊エミヤの記憶。

 

 

「――――――――――――――ックソ!」

 

無償に、イライラする。

 

衛宮士郎の失敗した未来。そんなものを見せられて。まるで全てを救うことは不可能だと言ってるようで。

 

 

それだけは認められない。

だって、俺は衛宮士郎に、正義の味方になるのだから。

 

全てを救うのだから。

 

 

 

だから、俺が信じる理想の正義。

衛宮士郎なら、あの時の地獄も救えると信じてる。俺はあの時衛宮士郎じゃない。だから救えなかった。それだけだ。

 

 

俺は英霊エミヤを、失敗した未来を否定しなくちゃいけない、でないと俺はなんのために、あの地獄を生き延び、見送られたのか…。

 

例えどんなことがあっても

 

 

 

俺は、正義の味方を張り続ける。

 

 

そして、全てを救ってみせる――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

翌日

 

衛宮が休学届けを学校に提出したらしい。アイツのことだ。なんかヘマをしたんだろう。

一応無事ということは電話で確認してるし、アイツが聖杯戦争で失敗してもまあ問題はない。第2プランに移るだけだ。というか藤村がうるさい。そんなに気になるなら家にいけばいいのに…。まあ、いいか。

 

僕は必ず桜を助ける。

それだけが、僕の唯一の願いなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

俺は10年ぶりに火災の焼け跡にきていた。ベンチ以外何もない、まるで荒野のような場所。

芝生でもまけばいいのに、とは思わない。

ここにいるだけで体が重い。まるで呪われたようだ。いや、実際呪われているのだろう。

 

こんな場所誰もよりたがらないし、仮に芝生を撒いたところで腐り落ちる。

 

なぜこんな場所にきたのか、俺の中の衛宮士郎が英霊エミヤとなんらかの共感をしたのか。理由はわからない。

 

ただ、あの時の、あの地獄を脳裏に浮かべて。

 

――――――うん。ここにきてよかったと思う。

自分の中の正義を再確認できる。

けして、決して10年前のあの事故を、今回の聖杯戦争で起こさせない。

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか夕方になっていたようだ。夕食も作らないといけないし、マスター殺しをしたであろうキャスター・メデュアを探さなくてはならない。

 

そうだ、桜を救うことはもう、キャスターがいなければ不可能だ。

 

アヴァロンはアーサー王の魔力がなければその性質を発揮しない。だから例え俺の中のアヴァロンを桜に渡したところで意味はない。それでは桜を助けれない。

 

 

 

だからこそ、俺は消えそうになっているであろう神代の魔女を探す。

それが俺に出来る、唯一のことだった。

 

 

 

 

 

数日後

 

 

収穫は何もない。大河からの電話ラッシュもスルーしてたら家にまで突撃してきたのには驚いた。

とはいえ大河の相手は楽だ。気負わなくていいし善性でもある。

切嗣の生前の知り合いに会っていたといったら笑って許してくれた。

けど、もう会ったのなら学校に来いとのこと。もう引き伸ばしは出来ないだろう。何より、大河に申し訳がない。

 

慎二とは電話で話しをしているが直接会ってこれからの計画も練っていきたいというのもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果は敗北。キャスターは見つからなかった。現在は夜、明日から学校にいかなくてはならない。

まぁ、死にかけの女性を見つけるなんて元々無謀である。

あまり期待はしていなかったので落胆はない。

 

―――さて、どうしたものか。

桜は現在はそこまで問題ない。それならセイバールートを辿るべきか…?現状維持が最善か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、少し憂鬱な気分で帰路に着いたとき。

ふと――――風が吹いた。

 

冷たい。余りにも冷たいそれは。

これは――――。何かが、そうだ。何かがおかしい。

今の風には熱がなかった。

まるで人が周りにひとっこ独りいないかのような、そんな、無機質めいた風。

――――どうも不自然だ。そもそもここは大通りとはいわないが、それでも多少は人がいる。

 

だというのに人が一人もいない、まるでこれは――――!

 

 

 

 

そこに、確かな温かみを持った声が響いた。

 

 

 

「早く召喚しないと、しんじゃうよ?お兄ちゃん」

 

 

――――ふと、息がとまりそうになる。

ピシリ、と。魂が何かを訴えるようで。その声を聞いたとき、俺の心は確かに少し満たされた。

 

その声を覚えている。かつての俺が何度も何度もきいたことのある声。

俺のように養子ではない衛宮切嗣の実の娘。名をイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

まるで白い妖精のような、可憐な少女。ホムンクルス。実の姉。

だが、そんな彼女は決して善性ではない。

 

 

アインツベルンの呪いというべきか、それとも教育の賜物か。彼女はまともな善悪が存在していない。何が良くて、何が悪いかの線引きが出来てない、怪物。

 

危険だ。はっきり言って、彼女を救うことは俺に出来るとは…思えない。

俺では彼女を救えない。正義の味方失格の最低最悪の悪。それが俺だ。

でも、それでも現状維持はありえない。そうだ、彼女は危険だ。だから、

 

 

 

 

「トレース。オン」

小声でそう、心より浮き出た言葉を紡ぎ。

その剣に神秘はいらない。

切れ味はいらない。

ただ、ただ鋭く、人を確実に殺す剣。

 

 

すかさず投影した宝具ですらない無名の剣で

彼女の首を切断する――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キィン!

 

 

 

 

 

 

 

――――ことは、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如現れた鉛色の巨人が、巨大な、とても人が扱うものとは思えない岩剣を持って俺の剣戟を防ぐ。

俺の持つ知識が、その存在を認識している。

 

 

 

ヘラクレス。

 

世界を支え、12の難行を乗り越えた、ヘラ(女神)クレス(栄光)の名を神より授かり、その後民草の信仰によって神となった大英雄。

ギリシャ神話最強の英雄が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

「あはっ」

 

はしたないが、思わず笑みがこぼれる。英霊がいないとはいえいきなり殺そうとする奴に慈悲なんて与えない。

切嗣が助けた、まだ見ぬ弟にワクワクした過去もあったがそれは昔だ。もう私には彼は切嗣の息子で、復讐すべき敵でしかない。

 

だから自分の奴隷に、確実な命令を下す。

 

「やっちゃえ!バーサーカー!」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――失敗した。

 

 

失敗した、失敗した。失敗した。

当たり前だ。今は夜。いないはずがない。実体化させてなかっただけだったんだ。

 

ヘラクレス、最強の英霊、無敵の巨人。

 

その性質は12回殺さないと倒せない最強クラスの宝具にあらず、その武力は英霊最強。

そんな大英雄が確かに白い妖精を守った。彼女に傷一つつけないと、そんな狂気の目つきで俺を見ていた。

 

 

勝てない――――

 

 

 

 

そうだ、そんな事分かっている。だから―――

 

 

 

 

 

俺がとった行動は逃亡だった。どこに逃げるかなんて何も意識せずただがむしゃらに走り続けた。

人は恐怖を得た際安心を欲する。その為彼が意識していなくても常日ごろ魔術のためにいた屋敷の離れに向かったのは必然であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、ここで切嗣と住んでたんだ。これは…ガラクタ?まあいいや、やっちゃえバーサーカー」

 

気づけば、何故かいつもの場所にいた。

俺は何でこんなところに来たんだ。

 

ここには投影に失敗したガラクタしかない。

俺が使うべき拳銃などは屋敷にあるのに。

 

――――いや。意味がない。

ヘラクレスに、否。サーヴァントには等しく拳銃なんてきかない。

 

イリヤに向けた所でヘラクレスは彼女を守るだろう。

ではなぜだ。なぜここに来たんだ。ここが安心するから?何かを求めていたから?

わからない。完全に失敗した。

 

 

 

ゆっくりと。確実に追い詰めるように、大英雄は俺の傍に近づいていき。

怖い、怖い怖い怖い。死ぬのが怖い。嫌だ。俺はまた、また死ぬのか。

 

 

そして、かの大英雄はその腕をゆっくりと上げ。

確実に彼を殺すために、岩のような大剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

ああ、俺は死ぬ。

 

 

――――もう、いいのかもしれない。

だって、どうしようもないじゃないか。

サーヴァントを呼ぶこともできず。衛宮士郎の魂を持っていないからか、投影技術も低い。

所詮、偽者だと、俺のしてきたことに意味はないと。そうヘラクレスが振り下ろしている剣は言ってるようで。

 

 

 

 

 

――――安心した。

 

 

 

 

 

 

 

違う。違う違う違う!

 

そうだ、違う。俺はあの時、確かに切嗣に託された。

俺は全てを、報われぬ者たちを助けると、確かにあの時誓った。

負けられない。決して、俺が弱くても、それでも人を助けることを、諦めることはできない。

俺は何もなしてない。誰も救えていない。

 

 

 

できない?関係ない、俺はやらなければならない。でなければ全てが消える。

投影技術は上がっていない。けれど、俺の体は衛宮士郎だ。

 

英霊エミヤのデミサーヴァントであり。

衛宮士郎の体を持つものであり。

彼に憧れたちっぽけな魂だけど。

 

 

それでも…!

 

 

「――――投影、開始(トレース・オン)!!!!」

 

 

工程など関係ない、間に合わない、そんなもの凌駕しろ、最強のあの剣を思い出せ。所有者の技量を完全に憑依、経験させろ。

 

 

 

求めるは最強の自分。

求めるは最強の剣。

求めるは最強の技術。

 

 

彼が、彼女と共に使ったあの剣。

挑むべきは自分自身。

あの時みた幻想を本物以上の形を作ることこそ俺の戦い。

早く、早く。

 

もっと速く―――――――

 

 

 

 

 

あっ

 

 

ピシリ、と。

 

 

――――――お、ちた。

 

確かに今、全てが消えた。完全に頭の中から、それを作り出すための燃料のような、そんなものが。

確かに、今頭の中から消えた。とても大切な何かが。

それは確かに大切なもので、でも何も思い出すことが出来ないもので。強烈な喪失感が、自身の胸に刻まれた。

これは、これは俺が、俺じゃなくなる。俺が衛宮士郎だという証明がなくなる。消えうせていく。やめろ、と心が叫ぼうと。ともすれば酷く残念で悲しい心が、そのナニカが消えうせた。

 

 

それが、でも、それがどうした。そんなものふるい落とせ。でなければ死ぬ。そうだ。

挑め、挑み続けろ。確かに何かが失おうと俺の体は衛宮士郎。故に俺の体は剣。魂が違おうとも、俺の身体が衛宮士郎ならば――――

 

 

 

今、ここに、幻想を結び剣と成す!

 

 

ピシリ、ピシリ。と編みこまれていく。圧倒的な魔力を帯びたその黄金が。俺のナニカ大切なものを失ったことで、それは完成した。

圧倒的な輝きと王気をまとう宝具。

本来俺では理解すら出来ない存在。それを投影した。

それは所有者に勝利をもたらす、勝利すべき黄金の剣。

 

 

カリバーン。

 

かの騎士王が引き抜いた。選定の剣。

 

 

 

本来ではありえない、限りなく劣化を抑えられた投影によって作り出された剣は確かに最強の剣であった。

 

 

 

「――――う、あッ」 

プツンと、頭の何かが切れた感覚。

 

 

当たり前、だ。

今まで宝具の複製は成功しなかった。だのに、いきなりこんなものを複製すればこうなるに決まっている―――!

 

 

でも、それでも、俺は出来た。ならば。

 

「―――――――――うぉおおおオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 

そうして、俺の全精力を持って振りかぶった黄金の剣は、その怒号とともに。真に迫った贋作は易々と大英雄の剣を跳ね返した。



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4話「桜への執念」

「そんな…!」

 

白い妖精の、驚愕した声が聞こえる。が、関係ない。

そうだ。たとえ大英雄であろうと。それでも、俺はヘラクレスを打ち倒さなくてはならない。だから――――

 

 

「カリ、バアアアアアアアアン!!!!!」

 

 

そうして、真名を開放した剣は確かに、岩の巨人に突き刺さった。

 

 

限りなく真に近い剣。現在俺がいる場所がセイバーが召喚されるであろう場所だからか。なんらかの因果が働いたのか分からない。たまたま、というには運命性を感じる剣。

ランクにしてA+。最高峰の剣は確かに大英雄の命のストックを削りきり――――

 

 

 

 

その役目を終えるかのように、カリバーンの刀身はコナゴナになった。

 

 

バーサーカーは呻いている。その隙に彼の剣に当たらない範囲に移動する。

 

 

 

「まさか、まさかバーサーカーのストックを7つも…!」

 

 

7つ。

 

俺は7つ命のストックを削ったのか。そうか、そこまで削れたか。

 

だが、それだけだ。

俺はこれ以上の投影は出来ない。確信がある。これでは勝てない。

ならば―――

 

 

「どうした。アインツベルンのマスター。いや。イリヤスフィールといったほうがいいか?ご自慢のヘラクレスがボロボロになって戦意を喪失したか?」

 

 

「なっ…!」

 

 

彼女はまだ、自分の名前もサーヴァントの名前も出していない。だが、俺は原作知識によってその存在を知っている。彼女からしたら俺の発言はこれで無視できなくなった。

 

「どうした、イリヤスフィール。それとも何か?切嗣の敵討ちでもとろうと?」

 

煽れ。煽るんだ。

イリヤスフィールは切嗣を憎んでいる。

その自分がまさか切嗣の敵討ちをするために来たのだと思われたなら。

 

「ふ、ふざけないで…!」

彼女が切れるのも道理だ。だが、それで判断を鈍らせれば。

 

「で?そんなことどうでもいいが、俺はヘラクレスを確実に殺す術を持っている。それを疑ったとして、俺はサーヴァントを召喚していない。この意味がわかるだろう?」

 

俺は召喚をしている。そしてデミ・サーヴァントになった。けれどそれをイリヤは知らない。だから手の甲にある令呪を見せつければ。それで―――

 

「クッ。…ふん。絶対許してあげないんだから。帰るわよ。バーサーカー。」

 

「それはこちらの台詞だ。次は確実に殺す。覚えておけ。」

 

「ふん!」

 

そうして、鉛色の巨人はイリヤを肩に抱え、帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――危なかった。あのまま戦っていたら確実に負けていた。

彼女が逆上したら、それだけで俺は死んでいた。

綱渡りのような行動だが、それしか俺に生きる術はなかった。上手くいってよかった。

 

ただ、改めて思う。

原作知識は最強の知識だ。

この知識があれば、俺は英雄とも張り合える。

 

聖杯には興味がないけれど、彼ら英霊は現世において邪魔でしかない。

実力で劣ろうが、それでも俺は。

 

勝って勝って勝ち続ける――――!

 

 

 

 

 

こうして、俺の聖杯戦争初めての戦いは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投影技術。

カリバーンを投影してから、俺は確実に投影の技術が増している。それはまるで、自分自身に備わっている聖剣の鞘が動きだしたかのようで。

今の俺なら、無理をすればランクC台ならば投影が可能だろう。つまり、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)も投影が可能である。

 

 

破戒すべき全ての符

コルキスの女王。メデュアの逸話が昇華した宝具。

生前『裏切りの魔女』と言われた彼女の人生そのものが具現化した短剣。

かの宝具は魔術的な縛り・契約を解除できる能力を持つ。

人外の力を持つサーヴァントを唯一強制的に支配することが出来るマスターの権限・令呪すらも無効にできる。

どころかサーヴァントのマスター権すら解除できるインチキきわまりない武器だ。

 

 

 

これがあれば、桜を救うことが可能になる。だから、俺はまずひと目その宝具を見なければならない。

 

その為に、俺が取る行動はキャスターがいるであろう柳洞寺に向かうこと。何も戦って勝つ必要はない。ただ、ひと目みるだけ。それだけならば今の俺ならば可能だろう。

 

なに。ヘラクレスを打ち倒したんだ。それくらいの自信はある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――大きな階段。山頂にある柳洞寺に繋がる唯一の道。

まったく、いつも思うが遠すぎる。

一成は毎日ここを上り下りしているのか。まともじゃないな。

 

 

夜だからか、そこに気配はない。

 

少し緊張をほぐしながら階段をのぼっていると、つい宙を見てしまう。

 

習慣だろうか。それとも未練だろうか。

もしかしたら、宇宙の果てには俺が生前いた世界があるのかもしれない。

 

そう、思わず感傷に浸ってしまう。

 

どんどん星は近くなる。山道を上ってるのだから当たり前だ。それでも、決して星はオレの手には届かない。

星に手を伸ばしても決して届くことはないけれど――――。

 

それでも。

 

 

 

 

ああ―――いつも通り星がきれいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――何だ…これ…。」

思わず声を失ってしまう。こんなこと、予想できるはずがない。

 

山門を守るアサシンはいなかった。

 

いや、正確にはそうではない。

柳洞寺そのものが跡形もなく吹き飛んでいた。爆撃を受けたかのような、大きな穴があいていた。

ただ、そこに死体はない。

 

 

理由は分からない、が恐らく慎二だろう。

バーサーカーはありえない。ここまでの大穴、バーサーカーが意図して掘らなければあけれない。

ランサーはこんな大勢を巻き込むことはしないはずだし、そもそもマスターである言峰がこんな事させないだろう。

審判役である言峰が修繕することになるから、労力が増えるだけだ。そんなの奴は望まない。

 

アーチャーは召喚されないし、セイバーはまだ召喚されていない。

 

消去法でライダー・慎二以外あり得ない。

 

 

おそらく、慎二なりに考えたことだろう。

慎二は聖杯の呪いを知らない。桜を救うために聖杯を求めるのは当然。

だから、あらゆるマスターを殺しつくそうと考えているのかもしれない。

その為に、厄介なキャスターを先に潰そうとして――――――

 

 

「―――クソッ!!!」

 

 

キャスターが見つからない。そんな事想定していなかった。

 

 

 

もう、どうすることもできない。ルールブレイカーを投影することも出来なくなった。

これでは桜は…

 

 

 

―――バカか。バカか俺は!

 

たかだかその程度の、それだけの理由で彼女を見捨てるなんて出来るわけがないだろうが!

 

そんな程度で諦めるなら、正義の味方なんて辞めてしまえ。

 

 

―――仕方が無い。

策なんて今のところ思いつかないけれど、家に帰って作戦を―――――――――

 

 

 

 

「あ?」

 

あれ。なんだろう。頭が痛い。

 

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い

体が重い。動かない。何か、何かが違う。

 

 

ゆっくりと体が倒れる。瞼が、重い。あれ―――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、体が唐突に軽くなった。

重力から開放されたかのような。そんな、感覚。

先ほどまであった頭痛もなくなっている。

 

よく分からない、がこれなら大丈夫だ。

瞼をあけ、周りを見て―――

 

 

 

「―――なん、だ、これ。」

 

 

そこには、何も無かった。

 

 

白。虚無ともいうべきか。

 

 

何も写さず、何も通さない。濁りきった白。

 

まるでそれは俺の全てをあらわしているようで、酷く醜い白に見えた。

 

この場所は…。

まるで違う景色だが、この空間。異界には覚えがある。

 

俺はこれの担い手だ。だから、その意味が十全に分かる。

 

 

無限の剣製。俺が持つ固有結界。

世界を丸ごと作り出す大魔術。

 

俺だからか、それとも見当違いか。ここには剣も、荒野も。荒れ果てた空もない。

ただ、虚無。無限の白が広がっていた。

 

 

 

 

何もない。そうだ、俺には何もない。

 

 

改めて思わされる。

 

所詮俺の理想は偽者だと、お前に正義の真似事は似合わないと。

そう、突きつけられているようで。

 

 

こんな、こんな場所。大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、それで正しい。ここは無限の剣製内部。いや、正確に言えば、アンタの心と言ったところか。この空間に魔力はないからな。」

 

 

 

ふと、後ろから声が聞こえた。

 

 

こ、の声は―――

 

 

あり得ない。

彼は消えたはずだ。確かに俺が消したはずだ。

そうだ、あり得ない。俺の心に彼が存在するなどあり得ない。

 

 

だが、この声は。

酷く、聞きなれた声。この、声は…!

 

 

 

 

 

まさか、まさか――――!

 

 

 

 

 

 

 

オレは彼を知っている。

 

そうだ、俺は確かに彼に憧れた。

正義の味方に憧れた。

 

 

俺が奪った罪の象徴であり。

 

俺が信じた正義の象徴。

 

 

 

 

ああ。彼が、彼こそが――――――

 

 

「そんな、見つめないでくれ。流石に照れるよ。」

 

 

 

 

銅色の髪を携え。

真っ直ぐな瞳を覗かせた。

 

 

 

 

衛宮士郎が、そこにいた。

 



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5話「先輩」

衛宮士郎よりやべー奴を主人公にしようとしたのに
衛宮士郎がもっとヤベー奴になってしまった件


まるで、重圧をかけられたかのように、声が出なかった。

 

死んだはずだとか、何故こんな所にいるのだとか、そんな事頭の中から消え失せていた。

今ここにある真実は、俺が彼と対面しているというだけ。

 

 

そうだ。俺は彼を殺した。

それが意図的でなかったとして、それでも俺は彼の人生を奪い取った。

そんな俺が、彼の前に立つことなど――――

 

 

 

「ああ、そんな顔をしないでくれ。俺は別にアンタを責めようとするつもりはない。」

 

 

 

―――は?

 

コイツは。何を言っている。

 

ありえない。

 

ありえないだろう、それは。それはアンタが言っちゃいけない台詞だろう。だって、俺は―――

 

「それにさ、嬉しいんだ。」

 

「だって。アンタは俺の代わりに正義の味方であろうとした。俺が生きているよりも多くの人を救えるだろうし。この選択に後悔はないさ」

 

 

俺の知識。原作知識を知っている。

だが、そんなことどうでもいい。

 

この人は…。

 

 

 

そうか。

俺は、何一つ衛宮士郎という存在を理解できていなかったのか。

 

 

コイツはただ、イカれている。それだけだ。

 

 

 

何十回も転生して、かつての記憶もなくなって。感情もなくなって。

そんな、まともとは言えない。化け物のような人生を送ってきた俺が、異常と断言できる思考回路。

それが、どうしようもなく輝いて見えて。

 

 

そうか。これが、衛宮士郎。

本物の正義の味方―――か。

 

ピシリ、と世界にヒビの入った音が響いた。

 

 

 

俺が憧れても、決して為れない訳だ。

こんな自分の命を最底辺に置く破綻者、真似など出来るわけがない。

俺は衛宮士郎を甘く見ていた。

 

ずっと、ずっと追いかけていたのに。

 

俺には正義の味方は無理だと。そう、突きつけられた。

 

 

 

指標がない。

俺は正義の味方に為れない。

なら、どうすれば―――

 

どうすれば、俺はどうやって生きていけばいい。どう、償えばいい。

 

 

ポロポロと、空間が、世界が崩れていく。

 

それは俺の心を表していて―――。

 

 

 

「ありがとう。俺の代わりに戦ってくれて。アンタならきっと―――」

 

 

その次の言葉は聞こえなくて。

 

 

 

世界は壊れて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――もし、私が悪い子になったら先輩はしかってくれますか?

 

 

そんな声が、ふと頭に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――ッ!

目が覚める。体が先ほどより重い。

そうだ、この重み。重力。

この負荷が、俺が生まれた時からずっと共にいた現実と教えてくれる指標。

 

 

そうだ、ここは現実。先ほどの世界ではない。

 

あの世界に、何故俺が行ったのかは分からない。

だが、その理由に興味はない。問題はこの先だ。

 

 

キャスターはいない。だから、ルール・ブレイカーを投影することが出来ない。

俺は桜を、彼女を救うことが出来ないのか。

 

 

 

―――――違う。彼、衛宮士郎は言った。俺よりも救うことが出来ると。

fateルート。UBWルート。HFルート。その全ての知識を見て、なおそう言った。

このタイミングで彼があえて言ったのなら、それは桜を救う術があるということ。

衛宮士郎にはなくて、俺にあるもの。原作知識。

 

だが、何か違うと思った。

これは直感だ。だから信憑性も薄いが、何故か俺はそうじゃないと確信している。

原作知識じゃなく、俺が決定的に忘れた物。それが何か分からない。

 

 

それこそが、桜を救う鍵だろう。

そうだ、俺はこのまま突き進めば彼女を助けることが出来る。

 

俺よりも救うことが出来る。それはつまり、俺は聖杯戦争で生き残ることが可能ということ。

 

ならば、俺は俺の思うように進む。彼が認めたのだから。それに間違いはない。

 

 

 

そんな、決意をして、

 

 

 

 

 

 

 

唐突と。

 

 

「へぇー。この寺の状態。オマエさんがやったのか?」

 

そんな、声が響き―――――

 

 

「ほう?」

 

 

その男から、穿たれた真紅の槍をギリギリで回避する。

 

コイツは―――――

 

「その手の甲に、うん。やっぱりマスターか。ならば殺すしかねーよなぁ?」

 

ニヤリと。その男は笑みを浮かべ。

 

間違いない。ランサーのサーヴァント。クー・フーリンだ。

 

クー・フーリン。ケルト神話最強の大英雄。

ケルト版ヘラクレスとも呼ばれ、その槍は心臓を確実に穿つ運命を歪める槍。

確実に相手を殺す、最も殺傷能力に優れた宝具を持つサーヴァント。

 

けん制のように放たれた槍。その槍を

 

「――――投影、開始トレース・オン」

俺は現在ランクCまでなら投影できる。干将・莫耶をトレースできる、が。

 

その槍を両刃で防ぎ、けれど一撃の下。

ピシリ、と音とともにコナゴナに破壊された。

 

 

破壊された。つまりそれは行程が甘いということ。

だが、それがどうした。もとより俺は本来の衛宮士郎より投影技術は劣る。そんなこと知っている。

「――――投影、開始トレース・オン」

再度投影。硬度はある程度で妥協し、一撃を耐えれるだけにする。それならば、最速で投影が可能。

槍の2撃目を確実に防ぎ。

 

「――――投影、開始トレース・オン」

4振りの剣を投影。二つで防ぎ、もう二つを射出。防がれる。

ならば

 

「――――投影、開始トレース・オン」

8振りの剣を投影、二つで防ぎ、もう六つを射出。防がれる。

 

「テ、メェ―――」

そうだ、技量は俺のほうが低いし、俺は確実に彼より弱い。だが。俺は自身のサーヴァントを見せていない。

だから彼は俺以外を気にしなくちゃいけないし、それに宝具の投影だ。驚かないはずがない。

その隙を狙えば――――

 

「いい加減に、しやがれ!」

 

カキンと、槍と剣が交差する。だが―――

「グッ、あッ!」

重い。重すぎる一撃。

単純な力。サーヴァントと人の差。それによって剣ごと体が吹き飛ばされた。

 

だが、関係ない。吹き飛ばされただけ。自身を解析。骨は折れてない。ならば。

 

「――――投影、開始トレース・オン」

 

16振りの剣を投影。これでは足りない。ならば、もう一度

 

「――――投影、開始トレース・オン!!!!!!!!!」

 

 

64振りの剣。基本骨子も甘く。一撃で潰える虚像の剣。だが確かにそれは切れ味をもって

 

 

 

「―――――全投影連続層写!!!!」

 

射出する!

 

その剣をもって確実にランサーを…!

 

 

「あめぇよ」

 

 

その全てを、ランサーは一蹴した。

 

 

 

「―――なっ」

 

バカな。あり得ない。あり得ないだろうそれは。

いくらランサーが強くても。いくら投影した物が弱くても。それでも宝具。それを64振りだぞ。

それを―――――――

 

 

 

「じゃあなボウズ。楽しめたぜ。手向けとして受け取るがいい」

 

 

マズイ、マズい、マズい―――――――

 

だが、そんな俺の焦りなど何の意味もなく。

 

そうして、最速の槍兵は俺の心臓を

 

 

「刺し穿つ死棘の槍 ゲイ・ボルク!!」

 

 

因果の槍が、確実に貫いた。

 

 

「あばよ」

 

 




※独自設定

投影技術は士郎>オリ主です。これは変わりません。
ただ妥協した性能で投影してるので早く投影できるだけ。
贋作者たるシロウは投影で妥協しないので、投影がオリ主のほうが早くなるのです。

ちなみに妥協した宝具では英霊は絶対に倒せません。そこまで甘くないです。


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6話「第6魔法」

主人公の正体バレ。最終回10話までで全部複線は回収するつもり。
全て繋がるようにします。
※主人公は死をある程度理解していますが直死の魔眼は持っていません。


――――ああ、この感覚は懐かしい。

ただ、そう思う。嘗ていた場所。そこがここ。死の世界。

数多もの黒い点が隅々まであり。それが全てを覆っていて。

 

これこそが死であると。そう錯覚させられる。

常人ならば発狂し、精神が崩れる空間。全てが無になり、開放された空間。

感覚はない。何も見えず、何も出来ず。どうしようもなく、寂しさだけがただよう空間。

ただ、この空間はどうしようもなく。

 

 

”好き”だ。

 

生のある世界は巡っている。ただ独り、個人が死のうが関係なく世界は周っている。

ただ、ここは間違いなく俺のための世界。自身が主人公の世界。それこそが死の世界。俺という一個人がいないと成立しない空間。だから、とても好きだ。

 

 

 

ああ。そうか。俺は死ぬことがどうしようもなく、好きだった。そうなんだ。だからこの感覚を一緒に得ようと父親を殺したんだ。

 

ただそれだけ。一緒の仲間がほしかったから殺した。

 

 

 

世界は矛盾を嫌う。だからか。

この世界の記憶は決して生ある世界に持ち込めない。逆も同じ。

死の世界を生ある人が知覚できないと同じで。死の世界の記憶は死の世界でしか存在しない。

それでも、生前父を殺したことだけは覚えている。

あの、苦しんでいた父を覚えている。

それが俺の始まりだから。それだけは覚えている。

 

 

 

ああ。そうだ。俺がどうやって死んだかすら覚えていないけど。それでも。

 

あっちの俺がふがいなくても、それでも。

 

 

俺は俺として今、”魔法使い”として確かにここに存在している。

 

 

 

 

ならば、撒き戻そうか。もう独りの”人”としての俺をあの世界へ―――――

 

 

ハッピーエンドに至るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――目を、あける。

また、あの感覚を得た。

いつもいつも得ているあの感覚。どうしようもない黒。

この、生き返る瞬間だけは。数えるのも馬鹿らしいほど得た感覚は酷く嫌いだ。

 

 

目の前には、まるで化け物を見る目で、目を見開いたランサーがいた。

 

「おいおい…。どうなっているんだこりゃ。俺の槍は確実にお前の心臓を穿ったはずだが?」

 

 

 

ふと、胸をさする、が服が破けているだけで傷はない。恐らくアヴァロンだろう。何故、発動したかは分からないが。

ただ、この好機。決して逃がさない。故に

 

 

 

 

「トレース」

ただ、長く。永く。剣を投影する。

故に強度はいらず。ただあの技術を模倣すればいいだけ。

 

「オン」

 

宝具とは呼べない。神秘もない。

ただの名刀。それを以て。

 

 

「―――燕返し」

 

回避不可能の3連激をランサーに叩き込み――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…単純な話。

 

宝具を投影でき。

 

英霊の筋力を投影、再現でき。

 

その担い手になることが出来る。

 

少し劣るとはいえ、あらゆる英霊の良い所どりが出来るような能力。

ハッキリ言って、そんなインチキじみた能力でどう負けるというのか。

 

無限の剣製。アンリミテッド・ブレイドワークス。それが俺の能力。

いや、衛宮士郎から譲りうけた能力。心の心象風景を映し出す。ただそれだけの能力。

 

その異能を完全に扱いきれば、どのような存在にも負けることはない。

無敗の英雄。それが持つに相応しい。

 

 

 

 

なら。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()

 

 

 

 

 

 

――――この時、彼も気づかないことであったが。

彼の燕返しは劣化をせず、最高峰の技術を以て完璧に投影していた。

それはつまり、投影技術において本物の衛宮士郎。いや、アーチャー。英霊エミヤですら超えていることであり。

 

 

 

そうして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりは。

 

 

始まりは突然だった。そして、かつての世界を。本質を知った。

本質を知る。つまりは。全てを知った。以前の世界は虚構だと。誰かの創作物だと。そう知ってしまった。

自分の過去が、全て偽りに見えた。かつての家族が。かつての信念が嘘だと。そう思わされた。

今までの借り物の、真似ただけの信念。それすらも平等に。全てが嘘だと。

 

だから、どうしようもなくなった。

全てを壊したくなった。死にたくなった。何も見えなくなった。

 

あの時、確かに俺の理想は死んだ。

 

 

―――――でも、それはいけないことなのか。

人も何も、全てが信じられなくて。からっぽになって。

虚像のように全てが見えたあの日。

 

何もかもを捨て去って。自分の感情すら定まらなかったあの日。

 

 

しょうがないじゃないか。そう、叫びたかった。だって、かつての世界が。

かつての自分が。 『』だったんだから。

 

衛宮切嗣の”ZERO”を知った。

岸波白野の"EXTRA"を知った。

ジークの”Apocrypha”を知った。

イリヤの”kaleid liner"を知った。

藤丸立香の”Grand Order”を知った。

 

 

そして、衛宮士郎の”stay night”を知った。

 

 

その時、俺は自分自身が生きる意味、指標を失った。それはつまり、自身の死に他ならない。

俺は確かにあの時死んで。そうして、そんな時に俺はたまたま子供を救って。

 

彼か、彼女か。誰かは分からないが。

救われた子供のあの笑顔を見て。

俺はあの時、確かに救われた。

 

誰も傷つかず。全てを救おうと。そんな偽善であっても。それは自分が出した気持ちだから。

この気持ちだけは本物だから。

本当の自分を、これから創っていこうと。

 

 

そうして、何度も何度も。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 

消えそうで。

挫けそうで。

 

あらゆることが磨耗して、消し去って。

何度も何度も転生を。憑依を繰り返した。

 

 

ただ一つの、たった一つの願いをかなえるために。

そうして、俺は――――――――

 

 

 

”先輩”

 

 

 

いや、それは―――違う。

 

そうだ。その願いは違う。それは俺が本当に求めていたものじゃない。

人間なんてそんなものだけど。それでもあの時の気持ちは間違いじゃない。

かつての理想を捨て、正義の味方を張り続けれなくて、それでも。

彼女を。かつての後輩を救うために全てを捨てた。

 

ゆれていたんだ。あの頃の気持ちが本物か、否か。

そんなの、答えは決まっている。だって、それは俺が受け継いだ気持ちと違う。確かな俺の気持ちなのだから。

それは間違いなく、本物だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あめぇよ」

 

その3つの絶技はなるほど確かに。完全に再現されていた。

しかし、それでも所詮は人間の放った技。英霊が放った技ではない。

ゆえに圧倒的に神秘が、サーヴァントを倒すためには足りない。

一撃は確かに彼を切り裂くが、ただそれだけ。

霊核を少し傷つけたが、所詮はその程度。クー・フーリンの命には届いていない。

 

 

ゆえにカウンターを食らうのは必然であり。

 

 

「―――刺し穿つ死棘の槍 ゲイ・ボルク」

 

 

極光。圧倒的な赤き輝きとともにその槍は

再度。俺の心臓を貫いた。

 

 

確実に、蘇らないように。先ほどとは比べ物にならない呪詛を乗せて。



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7話「ループ」

この話が書きたかったからこの物語を書きました。
1話目で過去編をしたのもそのためです。



―――天才という言葉は嫌いだった。

だって、才能がある。それだけでどんなにも努力をした人よりも上の結果を得るのだから。そう、思っていた。

 

けれど、けれどだ。何度も転生してふと思った。

 

 

 

 

本当に天才とはいるのか?と。

 

 

 

 

 

結果として、本当に天才と呼べるものはいなかった。異常な才、というのはいたがそれも一極集中型。天は決して二物を与えない。

 

それに近い人はいた。けれど、その人は他人とは比べ物にならないほど努力をしていた。それは天才ではない。それは努力をした人だ。天才という言葉で済ませていいはずがない。

 

 

魔術師にも天才と呼ばれるものはいる。たとえば遠坂凛。2つの魔術属性を持つだけで天才と呼ばれる世界で、5つの魔術属性を持つ鬼才の持ち主。魔力量も一級品。欠点はない。だが…天才か?本当にそうか?

 

戦闘力や魔術の希少性では衛宮士郎に劣る。

 

魔力量ではセイバーどころか彼女の数十倍の人間もこの世界ではゴロゴロいる。

 

 

いや、そもそも彼女と同じ才を持つ魔術師は明確に存在する。ルヴィア、という女性が。凛は、彼女は決して唯一無二ではない。ただ少し優れているだけで埋もれてしまう程度の人材。

 

 

俺は天才と呼ばれた事がある。それは何回も転生していたからで、結局はただの早熟というオチがついた。

 

天才とは、理不尽の塊だと思っていた。けれど、そんな理不尽はこの世には存在しなかった。

天才とは、努力をした人に対する侮辱の言葉でしかない。

 

そう思っていた―――――。それでも、戦闘の天才というのはいるのだと、実感した。

 

そうだ。俺は知っている。ただ目を背けていただけ。

あのセイバーを。ランサーを。バーサーカーを。アサシンを。

星により生み出された絶対的な聖剣を持つ少女の才を。

とある神話において頂点。最高峰の槍使いの半神の才を。

世界を力づくで支え、後にその偉業から神となった圧倒的な知名度を誇る英雄の才を。

ただ一つを極める。燕を斬るためだけに生涯をかけ、魔法使いにまで至った剣神の才を。

 

俺ではどうあっても、届かない極地。

 

 

心が、折れそうになる。

 

「――――」

声が、出ない。

孔が開いた。

胸に大きな。大きな孔が。

 

 

嗚呼、これは無理だ。どうあがいても、こんなもの助かることは不可能だ。

俺の命はあと数秒で尽きる。でも、それはダメだ。俺はまだ義務を果たしていない。

 

それだけは―――――

 

今まで、数え切れないほど救われてきた。

何度も何度も憑依転生を繰り返して、その都度本来の人格を追い払って。

何人、殺してきたのだろうか。何の罪もない人を、これから輝かしい人生を突き進む人達を。

家族に祝福され、世界に誕生した尊い命だ。そんな命を魂ごと消し去って。

 

 

ああ―――。それはとてもいけないことだ。でも、俺がどうこうしてもそれは止まらない。

俺がここで死んだら、また違う人を乗っ取ってしまう。それだけは、してはだめだ。

 

一人。殺した。だから一人救った。

 

それで、帳消し?…そんな訳がない。

一人の命を救ったところで、一人の命を奪った罪は決して消えない。

 

――――なくした物は、戻らないのだから。

 

だから、俺は全てを救おうとしたのかもしれない。

あの、燃えた人々を見て、そう改めて決意したのだ。

だから―――――

 

 

「あっ、あああァァァァアアァァ!!」

気力を振り絞れ。俺の中にはアヴァロンがある。それを全力で使えば、延命が出来る。

心臓がつぶれた?だからどうした。

脳髄が消し飛んでも、魂が吹き飛んでも、それでも俺は前に進むしかないんだ。

ならば自滅覚悟で、カリバーンを投影する―――!

カリバーンを持ちて、かつての所有者の技量を投影すれば、アヴァロンは俺をアーサー王と誤認するかもしれない。

だから

 

 

 

―――その時に、ふと。

 

 

「それは難しいな。そもそも、お前の魂は歪みきっている。」

 

 

「貴様が勝ちすすむには、本当の夢を果たすには。実現するには、二つの奇跡が必要だ」

 

 

「お前が本来の記憶を思い出して。そして答えを得る。それはほら、言いにくいけど、失われたものだからな。そんなこと起こりえない。それはただの夢物語だ。」

 

「―――でも、仮にそんな奇跡が起きたとして。それが本当にいいのかは別の話だ。お前が本来の自分を取り戻すということは、それまでの道程を捨て去るということに他ならない」

 

「ああ、勘違いはするなよ。正義の味方をやめろって話じゃない。俺はその夢を嫌悪しているが、お前の言う正義の味方と俺の言う正義の味方は違うから。まあ、応援してもいい。いや、切嗣と会った時点で、お前は骨の髄まで衛宮士郎だ。そんなお前から信念を取り除いたらどうなるか。それがお前なんだから。」

 

 

 

「それでも、お前は本来の自分に、前に。あの荒れ果てた荒野をつき進むのか?」

 

 

―――こんな声にわざわざ言われなくても、答えは決まっている。

俺は俺が決めた敵を倒さないといけない。前に進むしかない。それが俺の生き方なんだから。

お前に言われなくても、答えは決まっている。だろう?

 

()()()()()

 

 

「―――ああ、お前はやはり。俺とは違った道を歩んだ衛宮士郎なのだな。」

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、俺は衛宮士郎だ。

かつての憧れじゃなく、決して敗北を認めず、ただの一つの勝利もなかった。あの男である。

震えている。体は冷たく、その心は歪。それでも。

 

それでも俺の体は――――!

 

 

 

「I am the bone of my sword」

 

剣で出来ていた。

 

 

 

 

ギシリ、ギシリ。

 

キン、キン。と、刃が合わさるような音とともに俺の胸の傷は回復していく。

いや、変質している。俺の体は剣。ただそれだけ―――。心が鉄になって動く道理はないけれど、それでもそれは一種の延命になっている。

 

もう、アヴァロンで修復することは困難だ。代替品の鉄の心がある限り、あらゆる治癒は意味を成さない。そこに心臓があるのだから、アヴァロンは心臓を決して再生させないだろう。

 

けれど、体は動く。命のともし火はまだ続いている。

それならばやっていける。たとえ一分後に命が潰えるとしても。それでも目の前の敵を倒せれば――――!

 

 

 

 

 

 

 

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおお!」

手には何かすら分からない。ただの無銘の。宝具ですらない剣。だが、それでも―――!

ただがむしゃらに。

ただ直向に。

そうだ、あの男はただの一度の敗走も、敗北もなかった。それならば。俺がかつて憧れた衛宮士郎ならば。

俺が負けることはない―――!

 

 

 

そうして、身体の負担を無視した大振りのその一撃は。

 

 

 

キィン、と虚しい音が響き

 

「―――あっ」

 

 

その捨て身の攻撃はあっさりと防がれ。

 

何か、強い衝撃が体を襲って。

 

俺の体は吹き飛んだ。

 

 

 

 

たて、ない。

身体が、重い。

ああ。眠い。ここで眠ったら全てが終わるけれど、それでも。

 

もう、身体が動かない。

こんな、ところで…っあ、れ。

 

ふと、声が聞こえた。

 

「どうして―――」

誰か分からない。ただ、この声は聞いたことがある。

その時、身体は暖かく赤く輝いて。

嗚呼、これは。

とおさ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忘れるな、あの時抱いた苦しみを。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――…

 

 

 

ある所に、ただ。災禍に巻き込まれた少年がいた。

彼の名前は、■ ■士郎という名前。ただの、一般的な、平和に生きて、普通に笑う。そんな平凡な少年だった。

 

 

けれど―――

 

燃えた。

メラメラと、ゆらゆらと。美しくも気持ちが悪い。そんな矛盾を抱えた蒼く、そして赤い炎が突如として全てを燃やし尽くした。

 

理由はわからない。何故かはわからないが。突如発生したその炎は全てを燃やしたのだ。

まずは家が燃えて、その中にいた母が。妹が燃えて。それを助けようとした父親は家の下敷きになって。

 

 

あの時の父の、家族を助けようと必死な顔は。ボロボロになっても、必死にかつての炭となった家を必死に壊して。あの、涙を流しながら。もう救えないことに気づいて、それでも必死のあの顔は。

心に、魂に刻まれたのだろう。

彼はその父の姿を見て。悲しいとか、そんな感情よりも。

 

――――ただ、憧れた。

 

 

けど、そんな父の行動は無意味だった。

そうして、結局かつての家族はみな死んで。

 

かつての家族は言った。何がなんでも生き延びろ。と。

あたりは燃えて、何もかも燃えて。彼が■ ■士郎だったという証明は全て消えた。

 

でも、父親の遺言の生きろ、という言葉は忘れることは出来なくて。

周りの声が。助けてと。この子だけでもと。そんな声を無視して。逃げるように、ただ、生き延びようとした。

 

そうして―――

 

 

「生きてる。生きている!」

 

彼は、衛宮切嗣と出会い、衛宮士郎となった。

 

 

そして衛宮士郎となった彼は、かつての父を、第2の父である切嗣のような格好いい正義の味方になろうと、努力をした。だって、人を助けようとする心が間違いのはずないのだから。

けれど、無理だと悟った。だって、あんなに格好いい父が、切嗣が。失敗したのに、どうしてあの時逃げた俺が、と自嘲するように。

世界中の人間を幸せにすることなんて、そんな事出来ないのはわかっている。

だから彼は、せめて自分の周りだけでもと。自分だけのつながりを決して離さないと、執着した。

 

 

そうして、高校2年生に成長した彼は、とある魔術師の戦争に巻き込まれた。

 

 

 

聖杯戦争。魔術師とその使い魔が織り成す戦いの儀式。

 

正義の味方、それを目指す彼は聖杯戦争で勝利した。名前は衛宮士郎。アルトリア・ペンドラゴン。アーサー王をサーヴァントにした少年。

 

なし崩しの参加だったけど、少年が持つ特異な魔術と、義理の父親から譲り受け、所持していた宝具、アヴァロン。それによって少年は最終的に最強の英雄であるギルガメッシュを倒し、聖杯戦争は集結した。

 

結果として、彼は勝者となった。だが、彼は繋がりを失った。

かつての家族であり、自身が憧れた正義の味方の衛宮切嗣。その忘れ形見であり、自身の義理の姉のイリヤ。彼女を見殺しにし、そして彼女は聖杯となった。

 

親友の妹であり大切な後輩。いや、かつての信念を捨ててでも助けようとした最愛の人。間桐桜を―――殺した。

 

 

ギルガメッシュと少年の間に何かがあった。結果、ギルガメッシュは少年との戦いで敗北を認め、イリヤを犠牲にすることで完成した聖杯。ギルガメッシュが持つ宝具によって浄化された真っ白な聖杯を彼に渡した。

 

 

 

少年はただ、ただ願った。桜と、イリヤが幸せな世界を。でも、聖杯の力ではそれは不可能だった。

 

単純な話。そんなことを彼は本心で望んでいなかった。

だって、彼女たちを蘇らせるということは。かつて大火災から逃げたあの事実をなかったことにすることと同じだから。

だって、人は―――人は、様々な哀しみを、苦難を乗り越えて成長していく。

かつて悲劇があった。でもそれをなかったことにするのは、哀しみながらも前に進もうとする人の侮辱でしかない。そんなことをしていいはずがない。

 

―――かつてあったことをなかったことにする事は、彼には出来なかった。

 

 

―聖杯は願望器である。聖杯が。本心以外の、上っ面の感情を読み込むことはない。だから、本来聖杯はその願いに答えなかった。

 

けれど、それは上っ面であっても間違いなく彼の願い。ゆえに聖杯は、否。イリヤはその願いも内包した願いをかなえた。

だって、衛宮士郎が本心でそれを望んでいなかったとしても。そしてそれに気づいていなかったとしても。それでも桜を、大好きな人のために正義の味方を辞めると。そう言ったのだから。

 

だから、彼女は。泣いている弟の姿を見たくなくて。聖杯の機能が衛宮士郎の上っ面の願いを無視しても。彼女は、イリヤはその願いをかなえようとした。結局、それは歪な形となって成功した。

それが、衛宮士郎の。聖杯、イリヤの失敗。

 

 

 

 

そうして、彼は

「――――」

気づけば、彼は少年の。衛宮士郎になる以前の、■ ■士郎の時代に戻っていた。

 

正義の味方になり、かつ桜とイリヤが笑顔でいられる世界を作るためには過去に彼が逆行することしか方法がなかった。

かつての未来を経験した彼は、彼女達を助けるため、あらゆる手を尽くそうとした。

そうして、聖杯であったイリヤの後押しもあったのか、彼は自身が思い描く最強の自分。最高の結果を得るために魔術を勉強し、聖杯戦争屈指のマスターとなった。

潤沢な魔力量を持ち、聖杯を解析することでその呪いを解くことが可能なほどに。本来ならばあり得ないレベルで彼は自身を強くしていった。

 

 

それでも、失敗した。

ならば、と。何か他に理由があるのだと。もう一度、聖杯を手に入れた彼はループをした。

 

 

失敗した。

何度も、何度も聖杯戦争をループした。

最良の未来を得るために、最高の結果を得るために。

 

 

 

けれど、それは全て失敗した。

まるで運命がそう定めたかのように。その因果は収束する。

あらゆることをしようとした。どのような外法に自身を染めようと、彼女達を助けるために。そう思い、何度も何度も繰り返した。

それは全て失敗した。

自身を外法に染めようとしても、それは失敗した。まるで世界が、彼にそれを使うことは認めないと遠ざけるように。

成功したのは、自身が桜を殺さない未来。でも、他の要因で必ず桜は死んだ。

 

そうして、何度も何度も何度も何度も。

桜は死んで、イリヤは聖杯になって。その都度。聖杯を使ってループをした。

 

 

 

何回もループをし、ついに彼は理解した。もう、分かっている。運命を変えることは出来ないことを。結局、彼がどれだけ強くなろうと未来は変わらない。

人生はプラスマイナス0。この言葉が今では余りにも重い。でも、それでも諦められない。

 

 

 

 

そうだ。

 

彼だけが覚えている。かつてのあの、初めの世界で絶望した顔の桜を。

彼が殺した、間桐桜を覚えている。

嘘に見えたこともある。何度も逆行した為か。世界がどうしようもなく、既知感が世界を腐ったように見せてしまっていたこともある。 

 

 

それでも、その時、決して彼は敗走をしなかった。

 

何度も、何度も繰り返した。世界を何度もやり直した。それはつまり、何度も世界を虚構に、嘘にしたということ。

哀しみも、喜びも。嘗ての世界を全て消し去った。

 

最低最悪の極悪人だろう。自身の願いのために、桜とイリヤを救う。それだけのために何十億もの人間を何回も、何回も消しているのだから。ソレを知っているのが彼だけであっても、それは決して許されることじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

それが何度続いたか。

 

何度も。何度も。何度も…

 

 

 

 

 

 

 

 

憑依して、憑依して、憑依して、その全てで桜とイリヤの味方を張り続けて。

 

 

 

 

 

元々自身が持つ因果だろうか。何度も、何度も、何度も。

 

必ず自分が住む街は燃えて、自分を知る人は全て消えて。

 

 

 

 

 

かつての自分の記憶すら磨耗してなくなって、何故正義の味方を目指すのか分からないくらい自我が消えて、そうして、彼は遂には別人に憑依した。

単純に容量が足りなくなったのだ。何度も何度も憑依を。ループを繰り返したことでその数だけ魂の大きさは比例して大きくなっていく。

 

それでも、彼は憑依を繰り返した。

世界は矛盾を許さない。ゆえに彼の魂をそれに見合った体に。否、そんなものはその世界には存在しない。けれど世界は矛盾を許さない。

 

だから、彼の魂はその世界を創作物として見れる。その世界よりも上位の世界に召し上げられた。

世界を上位者と見れるようになったからか、存在が上位になったからか。彼は運命を、死を無自覚に操る魔術。否。魔法使い。第6魔法であるFate(運命)の魔法使いとなっていた。

 

 

 

 

 

――――そうして、衛宮士郎だった少年は、デジタルの中でかつての自分と出会う。

例え彼が衛宮士郎でなくなっても、その根源が衛宮士郎である限り。

彼が正義の味方である衛宮士郎に惹かれるのは必然だった。

 

 

 

 

彼は進み続ける。原初の思い。

桜を救い、イリヤを救う。その願いのために。

 

彼は荒野を歩き続ける。

 

だって、大切な人を。好きな子を守ろうとする事が。正しくないはずないんだから。

 




タイムループ逆行物というオチ。
衛宮士郎になる前の家族はほとんど物語で出てないなぁ。と思ってそれを主軸にしました。この作品のテーマは父親。

衛宮士郎から別人に憑依してからも、何回も別人に憑依したあとに1話の主人公に憑依しています。
自身が衛宮士郎だと忘れていたのもそのため。
衛宮士郎→1話主人公→衛宮士郎 ではなく
衛宮士郎→別人(数多)→1話主人公→衛宮士郎 が憑依の順番です。


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8話「正義の味方」

すかすか(終末な略)だったりplanetarianだったり四月は君の嘘だったり。
主人公とヒロインが死別がする作品が本当に好きでたまらないです。
悲しいハッピーエンド が大好き。
fate本編でもHFノーマルエンドが一番好きだったり。


―――夢を見ている。

 

それは、少年が夢を諦めても二人の女の子を救おうと頑張る物語。

結局少年は誰も助けれなくて、その物語はバッドエンドだった。

記憶が磨耗して、それでも過去にしがみついて。

今の自分は確かに衛宮士郎であり、桜を愛した人間であり。イリヤの弟なのだと。それだけは覚えていて。

最後に、その気持ちがなくなるまで、必死にそれにしがみついた。胸を締め付ける哀しみも。喉が渇く自身への怒りも。その全てが自分が自分である証明。自分が衛宮士郎だから。

ここにいるのは衛宮士郎だから。それだけは変わらないと、そう願い続けた。

 

 

結局。必死にしがみついてもその思いは消えうせて。それでも、一歩ずつ彼は歩いていった。

まるでなくしたものを探すように。全てがなくなっても歩き続ける。

 

 

 

その物語がバッドエンドでも。

 

 

 

彼の生き方はとても、とても美しく感じた。

記憶をなくしても、数多の世界をめぐりわたった彼の物語を見て、嗚呼。余りにも彼の生き様は美しくて。

数多の悲劇があった。

 

人が化け物になり、文明が滅びた世界。

あらゆる病魔が世界を覆い、絶望しかない世界。

ふとした日常から一転、血に塗れた地獄と化す防衛機能が機能していない世界。

 

あらゆる地獄を、彼は数多ある世界を憑依転生して経験していた。

死にたい、と。何度願ったか。何度、いなくなろうと。消え去ろうと思ったか。

それでも、記憶がなくなっても、強烈な自殺願望に犯されても、彼は常に正しくあろうとした。 

 

初めは、身体を奪われたことによる憤りを感じた。当たり前だ。自分自身の身体を奪われて、かつての家族は、友人はみな死んだ。世界全てを呪い尽くそうと思ったこともある。けれども、自身を乗っ取った彼の。未来の自分自身が余りにも格好良かったから。

 

彼に、自分の身体を渡そうと思った。

たとえ彼が破滅しても、それでも自分に後悔はない。

何故なら、身体を渡せば。彼は。否、俺は数多の人を救うことが出来るのだから。

 

それが、憑依されて本来の人格を心の奥底に封じ込められた衛宮士郎の願い。

彼の心象風景で初めて彼に姿を見せた。本来の身体の持ち主、衛宮士郎の。

 

「こんにちは。君が士郎くんだね。率直に聞くけど、孤児院に預けられるか初めて会ったおじさんに引き取られるか。君はどっちがいいかな?」

 

ただ一つの、残された願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―-――-ッ」

 

目を、開ける。

 

ただ、声が。喉がカスれて何も声が出ない。

 

気づけばそこにはボロボロに、まともな形を成していない寺しかなく。

 

 

「―――――」

自身を、解析。血流は正常に流れ、心臓が―――戻っている。あり得ない。アヴァロンでは、決して復活しない。

これは、まさか。

辺りを探すと。なるほど、見つけた。

 

この、赤色の宝石は。やはり――-ああ、そうか。

原作とは場所が違うけれど、それでもこの運命は確定しているのか。

遠坂には、助けられてばかりなのかもしれない。あの時も俺は――――

 

 

 

 

 

…あの時?俺は、別に遠坂としゃべったことが無い。

そのはずなのに、何故だろう。

 

何かを忘れている気がする。

とても、大切な事を。

思い出せない。ピシリ、と頭が疼く。けれど、それは結局思い出せなくて。

 

そうして、フラフラと地に落ちない歩き方で。俺は、血に塗れた状態で、帰路に着いた。

 

 

 

 

 

夢を見た。

 

「先輩、先輩はどうして、料理がそこまで上手なんです?料理人も顔負けじゃないですか?」

「ああ。実は、切嗣。俺の親父にハンバーグを作ったんだ。」

「その時の、親父の顔を見て、料理が好きになったんだよ。俺なんかより、桜はどうして料理が好きなんだ?」

「え、あの。それは」

「なんだか言いたくなさそうだな。言いたくないなら言わなくてもいいぞ?」

「そうですか、なら」

 

「ああ、遠坂も呼ぶか。イリヤとセイバーと、藤ねえの分も必要だから、っと。」

 

「やっぱり、大勢で食べたほうが美味しいですもんね。先輩。私も頑張ります!」

 

「うん、大人数で食べたほうが、美味しいに決まっている。…決まっている」

 

「先輩?どうしました?」

 

「―――いや、何でもないよ。桜。じゃあ、盛り付けの準備をするか」

 

「はい!」

 

 

そんな、一コマの、幸せな。夢を見た。

 

 

 

 

 

「あ、れ…?」

目が、霞む。何か夢を見た。とても、とても大切な夢を。けれど思い出せない。

胸に来るこの哀しみは。喉が渇いて。息がしづらいこの感覚は。

嗚呼、どうしようもなく。何かを俺は懐かしんで。ただ、悲しんだんだ。

 

何が、俺には。衛宮士郎になる前。憑依転生を繰り返した俺が、いったい何をしたのか。どんな人物だったのか。

磨耗して、忘れてしまったけれど。それでも。

 

それはきっと大切な日常の思い出だと、そう、思った。

 

 

 

そんな時、頭が酷く痛く。

”お前はいったい何をしている”

何、を。

”はて、そのような状態で。貴様は何をしている?”

頭に響く、剣が軋むような声。アーチャー、か。

 

「何を、か。俺は何をしているんだろうな。」

結局、正義の味方とは何なのか分からずに。何か不思議な記憶を見せられて。否、見せられてもソレを記憶できずにいて。

今の俺は正義の味方じゃなく、ただ、桜を。親友の妹を救おうとガムシャラになっているだけの愚者。それが俺。

 

”違う、そういう意味じゃない。”

 

…何を言っているのか分からない。お前は何をいっている。それは、どういう――――

 

”いつまで、目を。現実から目を背ける。お前はもうとっくに、あの頃の記憶を思い出しているはずだろう”

 

な、にを―――――。

 

そう、問いただしても。結局、その後に響く声はなかった。

所詮は偽者だと、そういうかのように。アーチャーは何も答えてくれなかった。

喉が渇く、イライラする。無償に、苛立つ、俺はいったい。何を忘れていて。何から目を背けているというんだ…。

 

それが、アーチャーとの最後の会話。

 

 

 

 

結局、その後の体調は最悪だった。

何かが、グシャリとグシャリと。そう、頭が軋むように痛かった。

学校だとか、聖杯戦争だとか。そんな事同でもいいと思えるほどに、全てが。自身が軋んでいく感覚がある。

アーチャーが言っていてたこと。それはどうしようもなく胸に突っかかって。自身が何者かすら定まらなくなっていく。

-――俺は衛宮士郎じゃない。そう思うことが、何故かシックリくる。そうだ、俺は衛宮士郎じゃない。

だったら、俺が忘れた記憶とは。いったいなんだ?

俺はこの世界じゃない。別の世界で桜を知っている。そんな気がする。あくまで気がするだけだ。

でも、それはどうしようもない確信を持っていて。

 

ならば、何故俺は衛宮士郎じゃない?

桜を知っている。とてつもなく酷いことをしたことを、なんとなく理解している。

それが何かはわからないけれど、じゃあなぜ俺は衛宮士郎じゃないんだ?

 

ワカラナイ。わからない。わからない。

たとえ、俺が元々衛宮士郎だったとして。ならば何故俺は今あるこの身体が自身の物だと思えないんだ?

俺の精神に今あるこの身体の衛宮士郎の精神があるから?

――違う。それはきっと、違うと思う。何故かはわからないけれど、俺は衛宮士郎じゃない。

 

じゃあ、俺は…?俺はいったい、なんなんだ?

 

グルグル、と。頭が可笑しくなりそうなくらい回転している。

フラフラ、と。まるで行き着く未来がわからないようで、そうして、いつの間にか

 

「――-もう、夜か。」

気がついたら、冬木大橋に自分はいた。

いつ来たのか、どうしてきたのか。わからない。

あたりには誰もいない。だが、誰もいないのがどうも気持ちがいい。

やはり一人というのはいいものだ。独り。孤独。それはかつての俺のようで。

 

かつての俺は…。

そうして、決して蘇らない記憶を思い出そうと必死に頭をめぐらせていると、そこに音が響いた。

カツ、カツ。と誰かが歩く音。その数は、二人。

 

何もおかしくない。ここは橋の上だ。だから別に人がいても可笑しくない。

けれど、何かが可笑しく、不思議な感覚を持っていて。

 

ふと、音のなる方を見た。

 

 

 

「――------」

神様。これは、卑怯だろう。

 

俺が衛宮士郎を知ったキッカケ。

「こんにちは、衛宮君。」

見えない、遠坂の声が理解できない。頭が空っぽになる。

「あの時は気づかなかったけど、その腕の魔力。あなた、マスターだったのね。この程度の暗示に引っかかるようじゃ、まだまだだけど。」

 

何を言っているのか分からない。そんなことに興味はない。ただ俺が、遠坂の隣にいる彼女に。

 

 

――――裏切りだと思った。俺が衛宮士郎を目指すのなら、決してしてはいけない選択。

彼女を殺すことは、反転していない彼女を殺すことだけは、衛宮士郎になってからしてはいけないと。そう誓ったはずなのに。

 

だけど、それでも。俺は、俺は彼女

「…ジロジロ見るな。メイガス。」

初めて恋をした少女。金髪の少女。あの時見た理想。

目の前に現れた金髪の少女。セイバー。

 

 

俺の、憧れ。

 

嗚呼。だがどうしてか、ワカラナイが。

 

殺意が沸いた。彼女は絶対に殺さなくてはいけないと。そう感覚が言っている。

 

俺は、彼女を殺す。

 

 

 

 

 

 

 

ピシリ、と。欠けたピースがくっ付いたような気がした。



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9話「かつての憧れ」

彼女を、倒すことだけは、してはいけない。

そう、思った。だって、あの時衛宮士郎に憧れた時。俺はデジタルの彼女を見て。

 

 

だったら、俺が衛宮士郎ならば、彼女を想わなくては。彼女を大切だと思わなければいけなくて。

 

 

―――違う。それはきっと、違う。

だって、俺は今まで歩き続けた。何度も何度も。歩き続けた。もう記憶は磨耗して覚えていないけど、それでも。

かつて、俺はある目的のために歩き続けた。

戦い続けていたかった。そうすれば、大切な者を守れると信じていた。けれどそれは単なる思い込みだった。

俺は何度も、何度も。この手から零れ落ちたはずなのに。何も守れなかったのに。

今更、その目的をかなえることなんて出来ない。ソレを思い知ったはずだ。

 

それでも、それでも――――

俺は、剣を振るうことしか出来なかった。何の罪もない人をが傷つくのを見ていられなかった。

だって、そうじゃないと可笑しいじゃないか。何もしていない人が傷をつくのは帳尻が合わない。

 

だから、俺はあらゆる助けを求め続けた。そんなことは出来ないと理解していても、矛盾していた願いだとしても。

 

それでも、俺は。

それでも。俺は()()()、誓った。桜を助けて見せる、そう。誓ったんだ。だから―――!

 

 

「トレース」

バチバチ、と。己の意思を受け継ぐように、その剣は複製されていく。

「オン」

バチリ、バチリと。剣が編みこまれ、それは二刀の剣となって。作り出すは幻想。

自身が思い描く最強の武器。

そうして彼女に立ち向かい。

キィン!と。

響く。

鉄の音が。刃と刃をすり合わせた音が。己の信念をぶつけ合う音が。何度も。何度も。

 

金属音が響き渡って。

まるでそれは俺の心を表してるようで。

―――理解した。やはり、今の俺ではサーヴァントを倒すことはできない。

筋力が違う。速さが違う。直感が違う。才能が違う。俺では、それら全てが彼女に劣っている。

否。それでも、俺と彼女は互角。

 

――――分かる。彼女の剣が。

彼女の見えない剣は左の肩を狙っている。それが分かる。

その後、右腹を狙っていることも。

 

何かが繋がっていく感覚。それとともに彼女の剣が読めるようになっていく。

 

 

読めている。全てが読めている。まるで、かつて経験したかのような剣の応酬。

ただ理想的な位置に剣をおくだけで。彼女の剣を全て防いでいく。

ならば速く。もっと速く。速く…!

 

「なっ」

驚愕する声など知ったことか。その速度を、常人では到底出すことの出来ない速度で、確かに。

はじく、はじく。はじく。そうしてついには。

 

ザシュリ、と一太刀。酷く覚えがある感覚とともに、自身の剣は彼女の左腕に傷をつける。

 

それは痛みとなって、彼女に苦悶の表情を与え。

まだだ。まだ戦いは終わっていない

右手で大げさに振られた剣。それを。八極拳の技術を用いてかわす。なぜその技術を持っているか。自身でも分からないが関係ない。

 

つなげられたピースのように。何かが俺の身体に戻っていく。何かが回復するように。彼女との戦いは、剣のせめぎ合いは俺にかつてのキレを戻させていく。

 

剣道で。空手で。合気道で。あらゆる武術の真髄を以って、彼女の超直感をかわしていく。

意識せず。無意識に。身体が勝手に反応し彼女の全てを無効化していく。

 

恐らくこの感覚は。そうか。この感覚はアヴァロンか。アーサー王と戦えばそれが発動するのは必然。だが何を回復させているというのか、分からない。分からないがこれは好機。

 

全ての太刀筋を読み、もう一度その剣は彼女を襲う。

二太刀。

そうして、彼女の左腕をもう一度斬る。それは切断はしなかったけれど、それでも斬ったその感覚から彼女の右腕は使い物にならなくなったのは分かる。

 

だがそれが関係あるか。彼女は絶対的な再生力を持つアーサー王だ。すぐに回復する、と自身を叱責し、更なる追撃を。

 

「いったいどうなっているのよ!」

そんな遠坂の声が響くが、このキレ。何故俺が彼女を追い詰めているのか。

それは俺にだってわからない。ただ、この状況。俺は勝てる。彼女に勝てる。

 

 

そんな希望をへし折るかのように

「う。オオオオオオオオオ!」

そんな彼女の声とともに剣から爆風が発生し。しまった。これはインビジブル・エア―――!

 

-----違う。俺はしっている、この攻撃の対策方法も。

 

「えっ…?」

そんな呆気ないセイバーの声とともに。

 

シュン、と。

絶対的な暴風すらも回避した一本の剣。空中から突如現れたそれは風を無効化する能力を持つ宝具で以って。

見えない剣は、呆気なく無力化された。

 

「―――---!」

声は叫び声となり、もはや意味はなさず。

そうして、その勢いのまま彼女に致命的な剣の一撃を加えようとして---!

 

 

ドクン、と。何かが悪寒が。

ダメだ。これは、逃げなければ。そんな本能と共に。

結局一撃を与えることはできず、慌ててその場から回避した。

 

何かかは分からない。けれど。何かから恐れた。デミ・サーヴァントとしての力か、それはサーヴァントの天敵であると理解した。

 

俺がいた場所には黒き影が、何かを取り込むかのような動きで艶めかしく動いていて。

 

グシュリ、と。虫が磨り潰されるような、音がした。

ふと、気づけば。

気配もなく、音も無く。セイバーすらそこにいると、俺と同時に気づくほど何も感じさせない存在が。

そこには。黒く、泥に塗れた異形がいた。

 

「―――――」

コイ、ツは。

 

ピシリ、と頭に響く。この存在は、これだけは。

 

嗚呼―――俺は、失敗したというのか。

俺だけが知っている。原作知識を知っている俺だけが。

 

 

そうだ。この、異形は。

そんな。そんな事が、そんな事が合ってたまるか。

 

 

 

”先輩”

そう俺を呼んだ嘗ての彼女が、見せた一面。

 

さく、ら――――!

 

そう、その異物を認識した時。

 

「――――――――ッあ」

その顔を見た時。

最後のピースが、繋がった気がした。

 

ピシリ、ピシリと。セイバーとの戦いで回復した何かが。

全てがグシャグシャに混ざって、結びついて、繋がった。

 

嫌だ。いやだ。いやだ。

「――――――」

 

やめろ。

やめろ。

やめろ。

 

俺に、俺にその思い出は、記憶だけは。それだけは。

 

「先輩。指きりをしましょう。お互いの幸せを、誓ってください」

やめろ

「私は、幸せです」

やめろ

「どうしました?先輩」

やめろ

「いつまでも、先輩は私の料理の師匠でいてくださいね」

やめろ

「ありがとう」

やめて、くれ。

 

 

 

「いいですよ先輩。お願いします。私を――――殺してください」

 

 

 

「ッあ――――」

何かが砕けたような気がした

そうだ、俺は、俺は――――!

 

「――――――」

あの時。桜を、殺したんだ。

 

 

 

 

そうして、彼は全てを思い出す。

自分の過去を、過ちを。

あの時、苦しみ血反吐を吐き。そうして至った結末を。




主人公セイバーより強いとかやりすぎぃ!と書いてて思いましたけど何万年も正義の味方張り続けた衛宮士郎って考えたらそりゃ強いよね、と。
ましてやサーヴァントだからセイバーも劣化しているし。

謎の回復:アヴァロンの能力。セイバーとの打ち合いで、魔力が主人公に流れ出たため。


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最終回「世界で一番幸せな少年」

よみ、がえる。

ピースが繋がって、全ての記憶が繋がって。

この感覚は。嗚呼――――そうか。

全てを、思い出した。

あの時の苦しみも。

あの時の哀しみも。

 

あの後。

衛宮士郎以外の別人に憑依して、憑依して、憑依して。ソレを繰り返して。

その全てがバッドエンドだった、あの記憶を。

 

―――全てを思い出した。かつて進んだ絶望の道を、道程を思い出した。

その全てが失敗した。これは、無理だ。この記憶は…。

―――――俺には、もう前に進めない。

何年、何十年。いや。何千年歩んだか。もう年月を数えることも出来ないくらい、歩き続けた。桜を救うと心に決めて、心が磨耗しても、記憶がボロボロになっても、衛宮士郎という存在がかけていってもそれでもかつての恋人を求め続けた。

でも、もうだめだ。

 

こんな、こんな記憶を見せ付けられたら…!

俺はもう――――無理だ。

 

俺は失敗した。

あの時の桜は苦しかったはずだ。悲しかったはずだ。

俺があの時桜を殺した。だから、贖罪の道を歩み続けなければならないのは分かっている…!

けれど、もう無理だ。だって、その道を進み続けた結果俺は人を殺し続けた。

何度も何度も世界をやり直して、様々な人達の道程を、つながれた想いを全て無かったことにした。それでも失敗した。

ただ、ただ、疲れた。こんなことなら記憶など、復活しなければよかったと。

世界が黒く見える。心が絶望に染まっていく。罪悪感が自身を蝕んでいく。

弱きをはくことは許されないけれど、それでももうダメだ。

もう、疲れたよ。切嗣。

 

だから、ごめん。桜。俺はお前を諦める。

 

 

――――でも、

それでも。それでも俺は。

ああ、でも、最後に、これくらいは―――!

 

足はボロボロで。身体はもはや錆び付いて。心はグシャグシャになって、

 

それでも、それでも。

 

「桜――――!」

それだけは許されない。桜が誰かを殺す姿。それだけは。

 

 

黒き泥に塗れた少女は、俺が犯してきた罪を塗り固めたようで。

あの贖罪の日々は、何の意味もなかったと語ってるようで。

強い呪いを以って、遠坂に闇より深い影に捕らえようと。ゆっくりと。ゆっくりと。けれど人には対抗できない速さで彼女に近づいていて。

 

俺は、何も救えなかった。何も、誰も救えなかった。

そうだ、俺は敗北者だ。罪人。醜悪な殺人鬼。それらが俺には相応しい。俺は正義の味方にはなれない。

 

――――けれど、それでも、意地はある。

決して失敗は許されない。ゆえにその剣は精巧に、完璧に。

コルキスの女王が持つ宝具。あらゆる魔術的な縛りからの開放を強制する宝具。

ルール・ブレイカー。それを

「トレース」

 

完璧に、精巧に。裏切りの魔女から生み出された逸話の宝具。それを。

 

「オン」

 

バチリ、バチリと電流のようなものが流れ、何かが俺の中から、あふれ出て。そうして、そのナイフが構成されて、確かに完成されたそれを。

 

弓を射るように、身体を軸にして、思い切り腕を大きく振るった。

 

投げナイフの要領で、彼女が遠坂を食らうその寸前の所で。確かに。その剣は彼女を突き刺した。

 

 

「―――――」

 

 

浅い。血は少なく、致命傷ではない。けれど、傷の深さは関係がない。

それは魔術を絶つ剣。物語でのデウス・エクス・マキナのような、ルールを破壊する剣。

その短剣は十全に効力を発揮し、パキリ、パキリと音をたて。彼女に纏っていた泥が消えていく。

一つ一つが。その呪いが。ボトリ、ボトリ。と。彼女の心のように、落ちていく。

それは地面におちて消えていくが、俺にまとわり付くような感覚を残した。

悪意。世界全ての悪意。それが俺を蝕んでいくような気がした。

そうして、ボトリ、と全てが落ち。

彼女はついに悪意ある泥から解放された。

 

彼女は解放された。解析しなくても分かる。泥に塗れたことで虫を汚染しつくしたのか、その身体は全ての魔術的要因から開放されていた。

ゆっくりと、ゆっくりと倒れる彼女の身体を走って支える。

すぅ、すぅと胸を上下させ、眠る彼女は、まるで眠り姫のような。何も知らない、無垢の少女のような。

まるで全てに開放されたかのように穏やかに、眠っていた。

 

「―――終わった。」

思わず声に出る。

そうだ、全てが終わった。後は聖杯戦争の。サーヴァントとしての戦いのみ。

ただそれは、俺が求めたものではない。俺は、そんなものに参加するつもりはない。

だって、それは俺じゃなく、今を生きるものが行うべき儀式だ。

俺が求めた、桜の救済。それを成し遂げた。ならばもう悔いはない。

 

―――ソレは違う、と。とある自身の内なる心がささやいたが、些細なことだと無視した。そんなこと、分かっている。俺には悔いしかない。ただ、ソレを認めたくないだけだ。

でも、それでも。それが分かっていても俺は無視をする。でなければ、生きていけないから。

 

 

最後に、俺は俺が求めた最後の願い。

誰にも気づかれず、いや。自分では気づいていたが、それに目を背けていた願い。

俺の取るべき行動。それは決まっている。

あの時、確かに彼女の声を聞いた。その声は、目の前の桜――――ではない。

そうだ。俺の今の身体には俺と、この身体の本来の持ち主の衛宮士郎の2つの人格がいる。

 

それはつまり、目の前の桜が俺が探している桜ではないのと同様で。

 

 

「――――ああ」

ようやく、しっくりと来た。そうだ、彼女は俺の好きな人ではない。

同じ行程を歩んだとしても、彼女と桜は別人だ。ならば。

 

俺が生きていることに、意味はない。彼女と一緒に生きていくことなんて出来ない。

 

もとより、俺の魂はもはや原型を保っていない。

幾たびも憑依をした。そして、本来の身体の魂を取り込み続けた。それでも自我を保ち、進み続けた。

 

結果として、俺は記憶を失った。それはつまり、単純な話。本来の衛宮士郎の魂の寿命。それだけだ。

もはやボロボロで、磨り減って欠片しかない。とてもとても小さな魂になった。だからこそこの世界を創作物として見れる世界から、この世界に墜ちたんだ。

世界は矛盾を許さない。ならば、矛盾しなければ。俺がここの、下位世界に戻るのも必然といえる。

 

そしてあの時、カリバーンを。イリヤとの、ヘラクレスとの戦いで投影した時点で、俺の。衛宮士郎としての魂は消え去ったんだ。俺の運命は決まっていた。

無くなったものは戻らない。消え去った魂は、例えアヴァロンがあろうともう。戻らない。

 

俺はもう死んでいる。ただ本来の俺の魂の記憶を他の魂が継承していただけ。もう、俺は衛宮士郎じゃない。だったら、俺が衛宮士郎の自我を継承し、生きていることに何の意味がある。

 

 

桜を助けることも出来た。

慎二とも共闘出来た。

自身の魔術特性を理解した。

様々な経験を、あらゆる戦闘の戦いを知った。

だから、この記憶があれば彼は――――。

 

 

もう、いいだろう。

もう俺は何も失いたくなかった。

あの時、衛宮士郎がはじめて憑依した身体の魂の持ち主。

俺のかつての本名は、確かシェ■・ル■プライン。ずっと、ずっと。最古よりあの時から衛宮士郎を見てきた()()

今の俺をつくりあげていた、魂の集合体の主軸となった魂。

衛宮士郎より、記憶を。経験を。信念を受け継いだ魂。そのことに泥に塗れた桜を見たことでようやく気がついた。

 

俺は彼じゃない。衛宮士郎じゃない。

 

俺はただ、彼に憧れた子供だ。

衛宮士郎に憧れた少年。それが俺の正体。

 

それが俺の正体。俺が衛宮士郎になれないのも必然といえる。

だって俺は別人なのだから。ただの、何千年も彼と共に歩んだ友人でしかない。

 

あの時、カリバーンを投影した時に彼は死んだ。

あの時何かを失った感覚は俺が衛宮士郎じゃないという証明。

 

だからか、俺はもう、衛宮士郎が消えてなくなるのは見たくない。

 

だって、何千年も彼を見続けたんだ。平行世界であろうと彼が消えるのなんて見たくない。

 

だからこそ、これ以上彼を汚すことだけは、してはならない。

 

だから。

グシュ、と少しの血を出しながら。

 

そうして、桜から突き刺さったその剣を抜き取り、

「――――」

勢い良く、自身に剣を刺した。

グシュリ、と。かつて体験した、肉を剣で貫く感覚を味わって。

自身にルール・ブレイカーを突き刺した。

痛みはない。もう磨耗して、そもそも痛みなんて憑依してから感じたこともなかった。

俺の最後の願いを。無自覚に願い続けたその願い。

 

完全に消滅して、いなくなりたい。

 

その、最後の願いを、それは十全に叶えるだろう。

 

ルール・ブレイカーとは本来そういう宝具だ。神の呪縛から開放されたコルキスの女王メデュアの逸話を写した宝具。それならば、俺は解放されて、永久に他人に憑依されることはなくなるだろう。

聖杯、いや。もはや人格すら消えたイリヤの呪縛からは、間違いなく開放される。

それはつまり、他者の身体を乗っ取ることがなくなることだ。それはとても、良い事だ。

 

「―――ああ」

失っていく。

 

刺した場所から。何かが、漏れ出て、あふれ出て。

 

失うような、消えていくような。そうして。

 

解れていく。自身の魂が。

何十にも、幾重にも重なった自分の魂が解けていく。

 

一つ。一つと。かつて人格を乗っ取った身体。その持ち主の魂。

それらが俺から開放されていく。

 

”ありがとう”

そんな、声を聞きながら。

 

何かから開放されていくような感覚。全てが終わるような感覚。

けれど、その感覚は。自身が完全に無になろうとしていても、それでも俺の中には喜びしかない。

良かった、これでハッピーエンドだ。そう、心の底から俺は実感していた。

 

無責任だろう。

酷く自分勝手だろう。

それでも、そういわれても俺に後悔はない。

だって、俺が生きていることのほうが不条理だし自分勝手だ。

何万年も生きて、その間様々な人達の身体を乗っ取って、今更無責任も何もない。

だったら、勝手にいなくなっても。許してくれるだろう…?

なあ、■。

 

 

…?

…■?誰だ、それは。

ゆっくりと、記憶がかけていく。心が離れていく。人格がこぼれていく。

私は、誰だ? 目の前の、白い髪の女の子は、誰だ。

僕の罪の象徴だ。彼女は。助けれなかった少女。それだけだ。

私?俺?僕?自分をなんと呼んでいたのかすら、分からない。

でも、壊れかけの自分は、確かに士郎と呼ばれた少年だったはずだ。

苦しくてつらくて、寂しくて悲しい。そんな気持ちが。まだ自分が自分だと実感できて。

 

「まったく、もう」

 

その時に、ふと。

「もう、どうしてこうなったんですか?私、言いましたよね」

 

聞いたことがある気がする。

思い出は、失った思い出はもう戻らない。

けれど確かにその時、自身の時間が止まった。

この、声は――――!

 

今なら分かる。この声は。今なら分かる。いつも、いつも俺に声をかけてくれた少女。

求め続けて、求め続けて。手を血でぬらしても、罪に塗れても追い続けた少女。

 

「先輩」

こんな、こんなにも近くに。いたのか。

 

俺はいつも、彼女に守られていたのか。

 

なのに、なのに俺は…!

 

「大丈夫、先輩。私は、後悔していません。」

 

――――何かが、外れた。俺が常に抱えていた重み。重圧が、確かに外れた。

その、一言が。俺にとって何よりの救いで。

 

そうだ。俺は

 

 

 

「ありがとう。」

 

 

―――――幸せ、だ

 

 

 

桜。お前を、愛していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メイガス、あなたは一体…」

 

彼女、セイバーからすれば、いきなり自身に宝具を突き刺した異常者。ソレにしか見えないだろう。

誰も、否。俺以外理解できないものはもはやこの場にいないけれど、それでも。

口に出た。

 

「―――――そうだ」

「…?」

 

 

「そうだ。俺は確かに彼に憧れた。彼が俺に、衛宮士郎に憧れたように、二人の味方を張り続けた彼を俺は確かに憧れた。彼は確かに俺の理想だった。」

 

苦しかったはずだ。

悲しかったはずだ。

ただただ、救いを求めたはずだ。

それでも、彼は。何度も憑依転生し、その身体を乗っ取ったという罪悪感に。そこから生まれでた強烈な自殺願望に苦しんでも。それでも彼は今の今まで自分の願いのために、歩き続けた。

だったら、もういいだろう。彼は眠りを求めた。その願いを叶えることに何の異議があるというのだ。

 

「衛宮、くん?」

 

ただ二人の少女の味方になろうとする、その生き方に憧れた。その真っ直ぐな、届かぬ星を目指す生き方に憧れた。

 

 

だから、一緒にいたかった。体は彼が動かしていたけれど、それでも彼の生き方はどうしようもなく美しかったから、だから彼に体を貸すことに拒否感はなかった。

 

いや。正直に言おう。俺は自分自身の運命に抗い続けた彼と一緒にいれて、嬉しかったんだ。

 

まるで自分も正義の味方であると、そう錯覚させられた。

 

 

 

それはもう夢物語。

そうだ、もう。彼はいない。

 

ただ、彼は何も残さなかったわけじゃない。彼は確かに俺に置き土産を置いていった。

 

その記憶。あらゆる戦闘を繰り返した。衛宮士郎の、否。衛宮士郎も含めたあらゆる彼らの過去の記憶。それを俺は全て知ることが出来た。

 

「だから」

 

だからこそ、俺は彼の。否、彼とともに歩んだ魂達の意思を継ぐ。決して諦めない。俺は――――

 

「その人生が偽善に満ちたものだとしても」

 

それでも

 

「それでも俺は、正義の味方を張り続ける。」

 

 

俺は彼らの生涯を見た。

ならば―――そのバトンを受け取らなくちゃ嘘になる。

 

俺は決して彼らの選択を否定しない。彼らは本物の正義の味方だ。だったらそれを受け取らなくちゃいけない。

 

それこそが、彼らが生きた衛宮士郎の証明。

 

”進むのか、その果て無き荒野を。その先は地獄だぞ。”

俺は、アーチャーの。英霊エミヤのデミ・サーヴァントでもある。彼の声を聞いた。

 

そんなこと、決まっている。俺は前を進み続ける。

彼らの思い。それが、アーチャー。お前が忘れたものだ。

確かに、始まりは憧れだった。衛宮士郎に憧れた。けど、それの根底にあったのは願いなんだ。

あの時の地獄を覆してほしいという願い。誰かの、桜の力になりたかったのに、結局、何もかもを取りこぼして、果たされなかった願い。

穢れた夢の果て。全てを歩き続けて、最後に見つけた彼の願い。

傷つくのが定めだとしても、心が色を持つ限り、持ち続けた彼の願い。

 

 

”ああ、そうか。”

”そんな事も、嘗て、あったな。そうか、それこそが、衛宮士郎、か。”

 

 

 

だからこそ、俺は必ず勝つ。彼女に、セイバーに。

かつての憧れを超える。

 

「身体は、剣で出来ている」

 

血潮は鉄で、心は硝子

 

幾たびの戦場を越えて不敗

 

ただの一度も敗走はなく

 

ただの一度も勝利もなし

 

 

担い手はここに二人

 

 

ならば我が生涯に意味は不要ず

 

けれど、

 

偽者の心は未だ朽ちず

 

ならば彼らのその生涯に意味は有り、

 

その数多の魂はきっと。

 

「We are the bone of my sword」

 

―――剣で出来ていた。

 

 

 

 

 

そこは白。虚無の空間。何人も犯すことの出来ない。ただ、白に塗りつぶされた光景。

そこにあるのは、どこか。役割を失ったような大量の剣が地に突き刺さった、その光景だけ。それこそが彼の心象風景。

 

「まさか、そんな…!」

 

「セイバー。遠坂。お前らにはこの世界がどう見える?」

 

 

「俺には、この風景が、この剣達が。墓標に見えるよ」

 

 

 

 

 

その後は語る意味はない。

ライダーのマスター、間桐慎二と協力し。何千、何万人もの記憶と経験。そして原作知識を継承した彼に敵う者は決していなく。その終わりはハッピーエンドで迎えるのは必然である。ゆえに、決まった未来を語る必要はない。

 

 

 

END




これにより完結。
オリ主の物語はここで終わり。あとは原作主人公の物語ですので。
過去編2話(外伝)で完全に終了です。同時投稿ですので、そちらもどうぞ。

桜を回想以外出さなかったのは、主人公が過去の衛宮士郎(とはいえ最早別人ですが)だからです。
平行世界の衛宮士郎に憑依しても、決してその世界の衛宮士郎に成り代わることは出来ないし許されない。という理由がありました。
この世界で生きているイリヤや桜で満足するのは、それは違うかと思ったので。

オリ主は元々は衛宮士郎でしたが、数多ある憑依をしたことで魂が混ざり合って新しい魂になっていました。故に真に衛宮士郎ではありません。4話からは完全に衛宮士郎ではありません。設定としたらEXTRAの無銘に近いです。

主人公の自殺願望
ぶっちゃけ序盤からずっと卑屈なのはこのため。

主人公の死亡
3話「衛宮士郎」でカリバーンを投影した時主人公は実は死んでいました。
4話からは本当は衛宮士郎ではない”別人”が主人公です
ようは自分を衛宮士郎だと思い込んだ精神異常者ですね。

本編では明かさなかった(明かせなかった)設定は置いておきます。


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0話「世界で一番幸せな少女」

黒く、塗れたかつての後輩が。悪意に犯された少女を、刺した。

救おうとした。助けようとした。決してそんなことを桜はしないと。思い続けた。

 

でも、現実は暗くて、苦しくて。

助ける方法は見つからなかった。でも、彼女をなんとかしないと。色々な人が、何の罪もない人がしぬ。

 

だから俺は刺す。決して、決して、決して望む道じゃないけれど。それでも。

あの時、大火災から救われて、爺さん。切嗣に救われて。だから、正義の味方にならなくちゃいけなくて。

 

 

だから――――!

 

「桜――――!」

 

「いいですよ先輩。お願いします。私を――――殺してください」

 

ギリッと奥歯が割れた。力をこめすぎたのか、神経がむき出しになって、でもその痛みが俺を冷静にさせて。

そうだ、彼女を。殺さなくてはいけない。

幸せにすると。そう、誓ったのに

 

俺は、俺は―――!

 

 

ズブリ、と。肉を貫く感覚。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

その手の感覚が、生暖かい血が。俺に、どうしようもない現実を教えているようで。

 

頭が真っ白になって、何も考えることが出来なくなって。

涙が、止まらない。どうして。どうしてどうしてどうして。

 

 

それでも、彼女は笑みを浮かべて

「―――――」

と、一言。そういって、その命を終わらせた。

 

頭が、可笑しくなりそうになる。

本当に、正義の味方に。こんなものを、背負わなくちゃいけないのか…。

でも、俺が今目の前にいる血まみれの後輩を。大切だと。好きだと想った桜をそうさせた原因ならば。

俺は、桜をイリヤを。守って。それでも正義の味方を張り続けるべきなのか。

 

 

幸せにすると誓った。

いつまでも、一緒にいると言った。

幸せにしてやると、言った。

そう、言えたことで、満たされた。

 

壊れた心を癒してくれた。

何もかもを、彼女はくれた。

 

 

それでも、結果は、こんな、結末なのか。

 

なのに俺は…。俺は…!

俺は、どうすればよかった。こんな結末が、正義の味方が得るものだというのか。

あの時、桜を救うと誓った。ならば、どんなことをしてでも救わなくては、いけなかった。

例え、これからどのような道程を辿ろうと。この、血に塗れた笑顔の後輩は。決して。決して忘れない。

 

 

どんなことをしても。彼女だけは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜―――!」

悲痛な、余りにも悔しそうな、涙を流す先輩が私の目の前にいて。

私の身体は剣で貫かれていて。

 

ああ。終わったんだ。そう、思った。

 

けれど。

 

これでいいのかもしれない。

私は気づかないうちにだけど、いろいろな。全く無関係の人を殺した。

人を殺した実感なんてなかった。分からないけど、それでもこんな私が。

 

あの時、地獄を見た。

暗い、暗い。あらゆる痛みが濃縮した地獄の中で。

 

けれど、あの時。先輩の家に行って、そうして。私の人生は照らされた。

 

先輩と誓った。

いつまでも一緒にいようと。ずっといようと。その願いは叶わなかったけれど、それでも、誓ってくれた。

 

それだけで、私は、幸せだった。

 

でも、他の人に不幸って言われるくらいなら。

 

これくらい、許してもらえますよね?

 

魂を、分けて、先輩へ。私は元々聖杯らしい。だから、こんな事も出来てしまう。

ほんの少しのおすそ分け。もう一人の私が、先輩を間違わない道に送ってくれるだろう。

だって、私はこんなにも先輩が好きなのだから。彼女は先輩を助けてくれる。

これでもう、悔いはない。私は満たされた。

 

 

いつまでも、一緒にいると言ってくれた。

言ってくれたことは、救いだった。

 

あの時、先輩と一緒にいようと、そう誓えたことは安らぎだった。幸せだった。

 

この人のことが、好きだと想った。大切だと想った。

 

そう思えたことが、幸せだった。それが喜びだった。

 

彼は私を救ってやるといってくれた。

 

 

 

「ああ。桜が悪いことをしたら怒る。きっと、他のやつより何倍も怒ると思う」

 

 

 

そういってくれたことが、幸せだった。言われたことで、心が満たされた。

 

こんなにも幸せなものを、先輩から貰った。

 

それに、私を殺すということは。先輩は絶対に私を忘れないだろう。

 

先輩は私と違ってこれからも生きるだろう。そんな先輩が死ぬまで、私のことを思ってくれる。

 

たとえ誰もが私の人生を不幸といおうが、後悔はない。

 

 

だって、好きな人にいつまでも想われるのだから。

 

 

好きな人に一生想われるんだから。

 

だから、きっと

 

 

 

 

 

今の私は、誰がどう言おうと、世界で一番幸せな女の子だ。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、それでも一言だけ。これだけは伝えておきたい。

 

「ありがとう」

 

ああ、いえた。そう、満足して。

そうして、少女の意識は、まどろみの闇に完全に消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボトリ、と。

魂の無くなった肉塊は。その全てに満足したような微笑を浮かべ。

その身体は自身の血にぬれ、力なく地に落ち。

「――――さく、ら?」

 

その、銅髪の少年の声にも何も反応せず。

 

「ッ―――」

 

その、慟哭も

 

「―――――ア」

 

 

言葉にならない、その、哀しみの叫び声も。

 

それでも、少女の死は。

現実は、何も変わらなかった。



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裏話「2人の主人公」

ルート:終末の世界

 

―――――斬る。

音速を超えた速さで繰り出される殴打を回避し、確実に敵の命を取るために。

一太刀。

斬って。大きな緑色の身体は引きちぎれて。

 

そうして、敵が怯んだその瞬間に、

二太刀。

斬って。大きな触覚を切り落として。

 

斬り続けて。そうして、斬り続けて。

赤く、赤く。その化け物から血があふれ出ていて。

そうして、斬り続けて。

 

 

あらぶる神は、ついに墜ちる。

緑色の体表を持つものは、その身体を赤き血に染めて。

目の前の化け物は、自身の生命を終え、霧散した。

 

 

「あ、ありがとう…。」

俺の後ろには少女がいて、

 

「ああ」

 

そうして、俺はとある少女を救うことができた。

 

”あの時とは違って”

そんな、脳裏に声が響くが無視した。

 

 

助ける、ことが出来た。ならば俺がここにいる意味はない。

 

後ろの化け物に振り向くことなく、俺は歩む。

そうして、唖然とした少女を通り過ぎ、地面の砂地をかきむしるように歩き出す。

 

太陽は黒ずみ。

草木は枯れ。

文明は潰えた。

 

人類は滅亡しており、人と呼ばれた種族は彼一人しか生存者がいない。終末の世界だった。

人はお釈迦話の存在となった、そんな世界。

 

そんな、彼が歩んだ。かつての物語。

 

 

「どうして、あなたはこんな所に?」

「ああ、実はこの付近に同胞がいると聞いてな」

 

何故かついてきた少女。最も、この付近には少女以外何もない。

その理由も知っているが、それでもその現実から目をそらしていた。

 

「でも、人間はもう絶滅したんじゃ?そもそも、あなたが人間だっていうのも嘘くさんだけど」

半眼で、ジっと自分を見る少女。彼女はそんな顔をして、けれど。すぐにコロリと表情が変わり。

とても、とても眩しい笑顔で。

「お礼を、言い忘れてた。私を、助けてくれてありがとう」

 

「そんなことは」

 

「私の家族を殺してくれて、ありがとう!」

そうして、笑顔の彼女を。

 

()()の皮膚の、彼女を見て。

 

「…ああ。」

 

元々人間であった彼女も、時間がたつにつれ自我が消え、あの緑の化け物になるだろう。

誰が悪いとかではなく、ただ、運が悪かった。それだけの理由で、俺以外のこの世界の人間は肌が緑色になり、年齢を30を超える頃には皆化け物になる。

俺は気づいたら、そんな世界にいた。衛宮士郎として、何度もループをして、そして気づいたらこの身体になっていた。

この身体の持ち主はただ一人の人間として。魔術で凍結させられていて、奇跡的に蘇ったのだとか。

凍結される前の記憶はない。

それでも――――。

 

脳裏にちらつく、かつての家族の顔を。

弟がいた。

妹がいた。

父親がいた。

母親がいた。

それは、衛宮士郎の時の記憶ではない。彼らはみな死んだ。だって、あの時から何千年もたっていたのだから。

その間、魔術で自身の殻を凍結させられて。そうして、世界はいつのまにか滅んでいた。

 

…俺が乗っ取ったこの身体の精神は。どこにいったのか分からない。

それでも、この結果は余りにも。余りにも報われない。

シェロ・ループライン。この身体の持ち主。それに俺の魂が合うはずがない。

かつての記憶はどんどんと欠け、最早俺が衛宮士郎だとすら分からなくなっていく。

この壊れかけの自分は、今はまだ衛宮士郎と呼ばれたものだ。それでも、ボロボロ。

 

ただ、悲しいと思ったこの感情は、失いたくなかった。だって。この胸にくる感情すらなくなってしまったら俺はきっと後悔すると思うから。

だったら、せめて後悔がないように。

せめて、俺がこの身体を乗っ取っている間だけは。この名前でいようと、そう思った。

 

だから、俺はこの名前を受け継ぐ。

「シェロ・ループライン。そうだ、それが俺の名前だ。」

 

「え?…そうなんだ。シェロ。シェロ、かぁ。それがアナタの名前か」

 

「それよりなんだ、君さえよければ。一緒に俺と旅をしないか?」

 

「…え?」

 

「もう一度言うけど、一緒にいかないか?」

 

「で、でも…うん!」

 

俺は最終的には、この子を殺すのだろう。所詮偽善。彼女と寄り添うことに意味はない。

けれど、それでも寄り添って、助け合って生きて生きたい。

そうでないと、この少女すら見捨てたら、俺は俺でなくなってしまうから。

 

 

この世界は、人が存在しなく、化け物が闊歩する世界。

それでも彼は、正義の味方を歩み続ける。

 

■を救うために。

彼は贖罪の道を歩み続ける。

 

その先に、破綻の道しかないとしても。

最後に、その少女を殺すこととなっても。

 

それでも、彼は進み続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルート:シェロ・ループライン

 

 

俺は、なんだろう。

ゆっくりと、記憶が薄れていく。かつて、家族がいた。5人家族。父と、母と。妹と、弟がいた。

彼らはまあ、死んだ。それに拘ることはなかった。

だって、しんだのだから、どうしようもないと。前を向いて歩いていこうと。そうやって、無理矢理諦めた。

それでも、その記憶だけは持っていたかった。かつての自分を作り出した、象徴するエピソードだったから。

それがないと俺は俺でなく、シェロ・ループラインではない。

 

けれども、削れて行く。欠けていく。上書きされていく。

とある少女を刺し殺した記憶。大火災の中、老けた、それでいて少年の眼をした親父に助けられた記憶。

地獄のような痛みを持って、修行をした記憶。かつての親友に呆れられ、嫌われた記憶。

 

銅髪の少年の記憶が、流れていって。そのせいか、俺の記憶がほとんど上書きされていって。

俺は、大切な人達が、友人がいた。そして、俺には特異な力があった。

その力を持って、大切な人達を守ろうと、必死に世界の敵に、突如現れた緑の肌の化け物に抗った。けれど、それは無意味だった。

人類は大きく削れていき、かつての仲間は。大切な人達は皆死んだ。彼らのことは、顔も、名前も。もう失っていった。

名前なら、問題ない。顔も、かつての気持ちを忘れても問題ない。

けれど、あの時の思い出全てを失ったら、俺はもうシェロ・ループラインじゃない。

削られた。壊れかけていた。それでも、俺はまだ。シェロ・ループラインだ。

銅髪の少年ではない。俺は、衛■士郎じゃない。

 

あの時、俺がした行動は無意味だった。所詮一人の力。特異な力を持ったとしても数には勝てない。

それでも、最後の悪あがきをして、自身のあらゆる異能を使い切って、化け物を生み出すサイクルを破壊した。

もう、化け物が増えることはないと。人類は。これから頑張っていけるのだと。そう、前世の記憶であろう衛宮士郎に犯された状態で。ただ願った。

 

禁呪に手を出した。世界を守るために。いや、かつての自分の繋がりを守るために。けれど、それらには代償があった。使ったものは石になる。それは禁呪の逃げられない運命。この世界の宿命。

何度も、何度も。顔も名前も覚えていないけど、嘗て憧れた先輩達が石になったのを見たことがある。

 

恐怖はあった。哀しみはあった。それでも俺は今感情があると。そうだ、感情があると。

俺はシェロ・ループラインだと。そう実感して。そうしたら、嬉しくて。

そうして、俺は石になって、数千年後の世界で生き返った。

 

 

…いや、生き返ったとはいえない。シェロ・ループラインは、衛宮士郎に乗っ取られた。

もはや思い出を語ることは出来ない。壊れ欠けた自分はシェロ・ループラインという名前しかないが、それでも俺は彼に乗っ取られた。

結局、世界は変わらず化け物に支配されていて、俺がしたことは全て無意味だと知った。

それでも、それでも記憶が、かつての思い出があるのならば前を向いて歩けた。世界を救うために歩くことも出来た。

でも、もう俺には記憶がない。ならば前に進めない。

家族の、好きな人の、大切な人の記憶を奪い取った衛宮士郎を、俺は決して許さない。

俺から大切な人達を、人類を奪った世界を許さない。

未来永劫、俺は彼を、世界を呪い続ける。

俺の身体を、返せ。―――返して、くれ。

 

そう、思っていた。自身を取り戻そうとした。けれど、俺の呼び声に衛宮士郎は気づくことはなく、結局身体は元に戻らなかった。

そうして、何十年も衛宮士郎とともに歩み続けた。それは俺がしたことじゃないけれど、あの緑の肌をした少女を殺した時の感情は、悲しくて寂しい、辛くて心が欠けそうになった。

そんな感情を抱いた彼、衛宮士郎の姿はどうしようもなく人間で。

 

彼を否定することは、かつての自分を否定するようで、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼。シェロ・ループラインは数多の世界を、衛宮士郎とともに歩み続ける。




外伝。
主人公を主人公のようにしたエピソード。
衛宮士郎(プロローグから1~3話)
シェロ・ループライン(4話~最終話)の主人公


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設定・解説

主人公

真名 エミヤシロウ

 

桜を救うために聖杯の勝者となった魔術使い。

HFルートのif士郎。桜を救えなかったifルート。

 

ギルガメッシュの手により呪いが消えた無色の聖杯(イリヤ)を使いループをし続けたのち、数多ある世界を転生し1話の主人公(fate stay nightが創作物として存在する世界)に憑依転生した。

 

何百回と憑依を繰り返したが、その時の身体に元々存在していた魂は主人公と合体している。その為、主人公の魂は何百人もの魂の集合体。

 

魂が大きくなりすぎたため、本来の世界より上位の世界に抑止力が魂を追放した。

 

 

 

 

アーチャーのデミ・サーヴァントになったり、衛宮士郎へ憑依したのは元から彼が衛宮士郎だったから。

 

投影技術は記憶を取り戻す前は原作開始時の士郎の投影技術より下。ただアーチャーという理想の自分を知っているため原作開始時の士郎と違って自分の特性を理解していただけ。

記憶を取り戻した後はアーチャーの投影技術を超えている。ただ剣の技術はアーチャーに遥かに劣るため、総合的な戦闘能力はアーチャー未満。肉体もあくまで人間レベルであり、サーヴァントには決して勝てない。

英霊になることはない。型月世界に明確な武勇が彼には存在しないため、座に登録されることはない。

 

 

オリ主は正確には衛宮士郎ではない。衛宮士郎だったのはvsヘラクレスまでで、ヘラクレスとの戦いでカリバーンを投影した時、反動で衛宮士郎の魂が完全に消滅している。魂の集合体であるオリ主は、魂の記憶を継承している。彼の正体はしいて言うなら衛宮士郎の道程が作り出した概念のようなもの。

 

魔法使い。

何度も憑依転生することで、運命に縛られなくなった彼が持つ魔法。ただ、運命を操るには世界の理の外(世界を物語として観測できる上位者)に出なくてはいけないため、死後の世界に分霊のようなものが存在している。

 

 

魔法使いとしての彼の力は運命を操る力。

人としての彼を世界一つにつき一回蘇らせる権能。何も知覚できない空間でしか存在できないため、戦闘能力は皆無。

最終話の後、生ある世界の主人公が完全に消滅したことを魔法使いである主人公は知り、満足して自害。魔法使いとしての側面の主人公も完全に消滅している。

 

 

 

無自覚な強烈な自殺願望

憑依=乗っ取りを繰り返すことで罪悪感が膨れ上がり、既知感などといったあらゆる感情が最終的には人としてのキャパシティを超えたため。

 

記憶の磨耗

衛宮士郎から別人に憑依してから、何百回も憑依転生した結果、かつて自身が衛宮士郎だということも忘れてしまう。

 

父親殺し

衛宮士郎に憑依する前の主人公が行った罪。何度も転生した主人公が始めて自分の感情の赴くままに倫理観を捨てて殺した人。

憧れた人だから自分の手で殺したかった、という感情で殺害をしている。

主人公もある程度は自覚していたが、完全に感情や感性がぶっ壊れているため、理解できない行動を時たま行う。

 

 

 

桜への恋心と父親に対する憧れ(正義の味方)

彼の原点のため、どれだけ記憶がなくなってもそれだけはなくならない。

 

 

主人公の死亡

プロローグの時点で決まっていた。好きな人のためとはいえ数多の世界を無かったことにした罪があるのに桜と幸せになるのはどうかと思っていたので。

ただ、余りに救いがない話は大嫌いなのでこのような最後に。

 

 

 

 

 

回想でしか登場していないが主人公が憑依転生するキッカケを作った人物

イリヤと同じ聖杯の性質を持つため、主人公が桜を殺した際に魂の欠片を意図的に混じらせていた。

実は殺された瞬間は幸せに死んでる

 

イリヤ

やらかしちゃった系ヒロイン。

実は聖杯と為って初めて士郎を逆行憑依させたときから士郎の魂に魂の欠片が混じった。

初めのほうはループするたびにオリ主についていったが、最終的に魂が磨耗して消滅。平行世界とはいえ敵対もしちゃってる、恐らく最も報われていないヒロイン。

まあ聖杯になって士郎の願いかなえて満足しちゃったから、問題ないよね。

 

セイバー

裏方ヒロイン。過去編でもたまに名前が出るキャラ。

サーヴァントとして主人公とのパスを持つため、初めて士郎を逆行憑依した際主人公の魂に魂の欠片が混じった

実を言うとヘラクレスとの戦いの際カリバーンの投影を手伝ったりと意外と最も活躍していたヒロイン

 

 

最終的な強さ

未来の英雄たる衛宮士郎が何万もの人間に憑依しているため、あらゆる武術体系、魔術関係を習得している。

重荷であった様々な魂が抜け落ち純粋な衛宮士郎になったので、アーチャー(英霊エミヤ)のデミ・サーヴァントとして十全の力を使える。

具体的にいうならアーチャーの身体能力+劣化なし投影技術(神造兵器は不可)+何万もの人間たちの戦闘技術の集大成。

サーヴァントのステータスで言うならばアーチャーのステータスの宝具欄がEXに変わった状態

 

シェロ・ループライン

オリ主。4話からの主人公。数多の魂の集合体の主軸のような存在。実は主人公は衛宮士郎だった→実は主人公は衛宮士郎じゃなかった。というミスリード。タイトル回収。

名前のネタはシェロ(ルヴィアの士郎呼び)ループ(逆行、繰り返し)ライン(繋がり)

 

元ネタ

fate staynight 言うまでもなく原作

 

すかすか(終末な略) 全体的に影響を受けています。悲しいハッピーエンドを目的に書いていたので。クトリ可愛い。

 

ネウロ 最終回の主人公の最後はHALの最後の消滅を意識

 

 

 

話の流れ

 

0話→裏話→1話→プロローグ

 

 



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ラスト・エピソード

夢を見た。

 

かつて金色の髪を持つ少女と歩き続け。

結局、その彼女を殺すこととなり。

 

 

かつて、白色の髪を持つ少女と敵対し。

結局、その少女を絶望させることになり。

 

かつて、後輩と慕った少女を想い続けて。

結局、その女の子を自分の手で潰すことになって。

 

そんな、狂おしいほどの夢を見た。

 

 

俺は、何をしているのだろうか。そんな、もう過ぎ去って変えることの出来ない過去を思う。

結局、俺は何もなしていない。あの時、バーサーカー相手にカリバーンを投影した時、確かに俺は死んだ。

限界を超えた投影。それによりボロボロだった俺の魂は完全に消滅した。

 

イリヤと。イリヤと戦おうとしたことが罪なのか。それが罪だというのなら、俺はいったいどうすればよかったというのだ。

 

ただ、恋焦がれたあの少女達を救おうとして、結局何もかもを失って。こんな、こんなことがあってたまるか。こんなバッドエンド。認められるか。

 

だって、俺は結局救えていないのだから。

その先の。シェロ・ループラインの答えを見た。彼は消えようとし、そしてその願いをかなえた。けれど。俺の願いは違う。

 

 

俺は桜に、ただ幸せになってほしかっただけだ。

 

 

それが俺の原点。正義の味方だとか、そんなことどうでもいいと思えるほどの、俺の想い。

それだけは、例え誰であろうと、否定させない。

 

 

 

”それは、どうだろう。”

そんな、声が響く。

ここが今、俺がどこにいるのか。そんな事俺にはわからない。知覚できない。認識できない。黒とか。白とか。そんな色すらわからない。そんな空間にいたけれど。

それでも、その声は聞いた。

 

”だって、君の最後は恐らく考えうる最高のハッピーエンドだったはずだ。何度も世界をやり直して、消してしまった男にしたら最上の末路といえる。”

 

”ましてや、君に最も近い魂を持つシェロ・ループラインが幸せに逝ったんだ。少し往生際が悪い。いや、傲慢にすぎるのではないか?”

そんな、声が、俺を否定するようで。

 

-――うるさい。うるさい!うるさい!!

そんなことわかっている。俺に、俺にそんな資格がないことは、わかっている。

それでも、それでも。諦められない。諦めれないんだよ…!

”なら、君はいったいどうするつもりだい?そのボロボロの魂で、出来ることなどたかが知れているというのに”

 

―――言われるまでもなく、そんなこと決まっている。

身体はない。心は欠け、記憶も磨耗して。もはや誰かわからない状態でも。

それでも、俺は桜を助けると誓った。ならば、俺が彼女を助けないことに何の意味がある。

 

苦しんだ。悲しんだ。吐き気を覚えた。あらゆる苦痛を知った。

ならば、後は進むだけ。それだけだ。

 

 

身体はない。けれど、それでも。かつての感覚は忘れない。

あの時、俺が抱いた理想郷。それは本来あり得ないけれど、それでもそれを投影すれば。

 

魔術回路など存在しない。けれど、この精神こそが俺の世界。ならば勝ち取る。無限の剣製をもつ俺に、出来ぬ投影などない。

 

”トレース・オン”

声は出ない。ここに酸素などないのだから。

それでも、それでも。それでも。あの時彼女が抱いた。理想郷。

 

その名は。”全て遠き理想郷。アヴァロン”

 

 

光輝いて。ああ、その光は何度も世界を終わらせてきた俺に対しては余りに強い光で。

本来ならばあり得ない投影なのに。それでも。それは十全の力を持って。

 

”ああ。やはりマーリンの真似など私には出来ませんでした”

 

知っている。先ほどから俺を試そうとしているこの声を。俺は知っている。

あの時。桜を殺すことになって。何度も逆行して。それでも必ず一緒についてきた相棒。セイバー。

 

”やはり。あなたは、私の。鞘だったのですね”

 

――――――そうして、俺の魂は修復されていく。

 

第2ラウンド開始だ。俺は、歩き続ける。

 

 

 

 

そうして、彼は数多ある世界を再度歩き続けた。

それは無限に等しい時間。それでも、彼は諦めることなく、ただ只管かつての世界を求め続けた。それに、意味があるのかといわれたら、その時間のほとんどに意味などなかっただろう。

 

けれど、それでも彼は諦めなかった。

 

数多ある世界を見た。

あらゆる終末を内包した世界。

心がボロボロになって、砕けようとなった世界。

黄金の、光り輝く世界。

 

 

 

かつての、騎士王が求めた理想郷の世界。

 

 

それは、違う。そこでかつての相棒と再会したけれど、それでも俺が求めた彼女ではないと、そう切り捨てて。さらに歩き続けた。

サーヴァントとして召喚されたこともあった。世界の悪として断じられようとされたこともあった。全てを殺しつくしてしまおうとしたこともあった。

 

 

けれども、それでも諦め切れなかった。だって、彼女は。彼女だけは。俺は忘れられない。

 

かつて、殺した少女がいた。その少女は笑顔で俺に殺された。

それは、どうしようもないくらい正しいことだった。だって、そうしなければ世界が終わっていたのだから。

 

それでも、その選択を俺は否定する。たとえ世界が消えたとしても、それでも俺は桜を愛した。だったら、殺すんじゃなかったと、そう願い続けて、思い続けて。歩き続けた。

 

記憶が磨耗して、もはやかつての切嗣の思い出すら、セイバーとの邂逅すら磨耗して消え去って。それでも、歩き続けた。

 

そうして、遂に彼は。

 

「先輩。久し振り、ですね。」

 

「…ああ、久し振り」

 

「おかえりなさい。」

 

「――――ただいま。」

 

そうして、彼の旅路は、終点を迎えた。



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本編
1話「Fate Staynight Encore」


――――地獄を見た。
燃え尽きる家。風景。景色。人。全てが燃えて。チリチリと、焼ける人の臭い。
――――地獄を見た
あらゆる希望を絶望に変える、怨念の固まり。黒く、けれど美しい満月を見た。
――――地獄を見た。
かつての家族が自分が住んでいた家に押しつぶされる瞬間を
助けを請い、せめてこの子だけでもと赤ん坊を差し出す母親を。
そしてそれら全てが目の前で死んでいって。
――――地獄を見た。
かつての家族の、お前は生きろという言葉。
その為に、生きるために。周りの助けを求める声を無視して、無視して、無視して。
ただ、独りだけ。燃え尽きず、原型を保ったまま。

けれど、もうその命のともし火は消えそうで。全てに後悔して、何もかもに絶望し黒く塗り潰されそうになって。そうして。
「―――生きてる!生きている!」

唯一の希望。パンドラの箱に残った希望。それを見て。
彼の、衛宮切嗣の。本来ならばあり得ない人を救えたという安堵の表情を見て。
――――どうしようもなくその笑顔に、憧れた。


ふと、とある夢を見た。それは俺が辿る1つのif。もう一つの未来。

それは妄想と呼べるものかもしれないが、何かが俺に一つの未来と確信をさせた。

桜を刺した。金髪の美しい少女を刺した。白髪の妖精と敵対した。

正義の味方を諦めて、数え切れないほどの悪逆を繰り返し。それでも目的のために歩き続けた修羅の男。

死相。デッドフェイスと呼ばれるそれ。ただの怨念が、願いをかなえることが出来ずに歩き続けた執念。醜悪な殺人鬼。何も生み出さない悪性の塊。

何も生み出さず、何も救えなかった死人。その男に未来は存在せず、負け犬の魂の寄せ集め。

そんな男の夢を見た。

人としての為りをすて、少年としての殻を捨て、衛宮士郎という自身を捨てた男。

 

シェロ・ループラインという少年に最後は乗っ取られ、結局は死んでいった男。ソレが衛宮士郎のもう一つの可能性。

大切な人を助けれず、余りにも哀れなその最後は、ああ。余りにも哀れだった。

 

 

それが、衛宮士郎がとある槍兵に心臓を穿たれた直後に思い出した夢。

血に塗れた自身の身体が、なんらかの補助により思い出した何かの夢。

自身が憧れた男の夢。

 

とある、魂が見せた夢。

 

それを知ったからには、彼は立ち止まることを許されなかった。

 

 

 

 

「――――」

ふと、目が覚める。カラカラ、と。ヒュウヒュウ。と。喉から声は出ない。何があったか、何が起きたか。朦朧とした頭からは、何かが抜けたかのような気がして。それでも、自身に付着した大量の血液から。周りの状況から、一つの事実を思い出した。

 

とある、白い髪の男と。赤い槍を持つ男。その二人の化け物の頂上の戦いを見て。そして、結局はその化け物たちにバレて追われて、殺された。

 

俺は確かに心臓をあの赤い槍で穿たれた。それは事実だ。だが、思い出せない。なぜ俺が生きているか。あの時何かを知った気がするが、ソレが何なのか。

それはとても大切な記憶のように想う。それだけは覚えている。

わからない。それを思い出そうとするたびに、頭が割れそうになって霧散していく。

嫌だ、失いたくない。そう手を伸ばしても、消えていって霧散して。最後には、それが大切な記憶ですら分からなくなった。

ならば、それは大切な記憶ではないのだろう。もとより俺は記憶喪失でもなく、それ以上に大切で重大な現実が今目の前にあるのだから。

だから、俺の事情などどうでもいい。

それよりも、あの化け物が学校の外に放たれることのほうが問題だ。

 

自身の眼に広がる、血にぬれた学校の廊下。少し黒色がまじったその血を周りに見られることはいけない。この血を知るということは、あの戦いに近づくかもしれないのだから。

 

だから、必死に。身体に足りない血でボロボロになりながらも、ガムシャラに掃除をした。

息が切れそうで、苦しくて。それでも止まることなく身体を動かして。

「消えろ、消えろ―――!」

必死に、必死に。自身が撒き散らした血液が、まるで害悪の固まりのように見えて。世界の染みのように見えて―――――――

――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

必死に、必死に。その黒き血を消し去ろうと必死になって。

 

そうして、数時間かけて廊下は以前の姿を取り戻した。無かったことにできた。

 

―――これでもう、問題はない。ならば、俺が学校にいる意味はない。

あの戦いが何なのかわからないけれど、それでもあれは危険だ。とても許せるものじゃない。

だから、せめて武装をしなければならない。でないと、あの化け物との対面で自身の夢が、理想が揺れてしまいそうになるから。心だけは折れてはいけないと、そう。自身の家にある武具を求めて帰宅した。

足を引きずり、息が乱れ、それでも俺は自身の身体に鞭打ち。

いつかはわからないが、身体に纏う呪いのような。全てを、世界の全てを殺したいと想う執念にかられながら。

 

 

 

 

 

家の屋敷。かつて父親と住んでいた自宅。それはとても大きい。俺が独りで生きていくには使い切れないほどの大きさがその家にはある。だからこそ、そのほとんどが物置となっている。その中の一つには、かつての憧れが置いていった殺しの道具が存在する。

ハンドガン。ライフル。ショットガン。その他もろもろのあらゆる重火器。流石に手榴弾等は置いていないが、大きな黒弓や刀、特別な力を持つ矢などそこにはこの世の殺しの武器のほとんど全てがあった。

 

確実に標的を殺す道具。その道具に囲まれて、うずくまるように俺はいる。

その武具達は確かに本質は人を害するものでしかないけれど、それでもその道具はかつての父親の置き土産で。自身が持つ不思議な殺意を少し軽減させることが出来た。

悪意を悪意で塗り替える感覚。この殺ししか使えない道具の悪意で、自身の悪意を上書きする感覚。

いつかはわからない。刺されたときか、それ以前か。あらゆる世界への憎しみが、身体を覆っていた。

―――とても、憎い。世界が憎い。破滅させたい。そんな俺を占める一つの感情はかつての憧れ。正義の味方という願いを消し去ってしまいそうなそんな兆候が見える。

俺は恐らく、このまま殺意に。憎しみに覆われて消えてしまうのだろう。それでも不思議と頭は冴え渡り焦るようなことはなかった。その憎しみを悪人にぶつければいいと想うから。

 

 

ふと、ナニカが近づいてくる感覚がある。

コツ、コツ。と歩く靴がした。

空気は変わらない。そこには、殺しの日常しかない。

「へぇ、現代の武器はよくわからんが、殺しの武具か。こんな所持するたぁ一体どうなってんだ?おい。」

コツ、コツ。と近づいてくる男。

俺の領域に、俺の範囲に、脚を踏み入れた狗がいる。けれど不思議と空気は変わらない。

蒼い男。赤い槍を持つ男。紅い瞳を持つ男。身体に圧力を出し、そうだと。英雄とはこういうものだなと理解させる男。

一騎当千の化け物。

コイツは、コイツは俺を殺した男だ。あの時槍で俺の心臓を潰した男だ。憎むべき悪だ。

「そうだな、ここには。俺と、お前と、殺しの道具だけしかない」

―――ここにある切嗣の思い出も、色あせてきている。もはや、かつての記憶を思い出すことに意味すら感じなくなってきている。

「…おいおい。一度死んだショックで可笑しくなったのか?お前さん、今の自分の状況わかっているのか?」

 

「――――そんなこと、わかっているさ。お前は俺を追ってきて、俺はお前に殺されようとしている。絶体絶命のピンチって奴だな」

 

「なら、何でてめえそこまで落ちついていられる?自分の死に無頓着な奴はまあ見てきたが、そいつらには感情ってものがあった」

 

「お前、何がいいたいんだ?」

 

「…そういうことか。じゃあな人形。潔く死んでくれや」

 

 

そうして。目の前に赤い槍が俺をゆっくりと、けれど確実に刺そうとしている。

俺はこの槍に貫かれて死ぬのだろう。それが何かはわからないが、それでも死を認めることに異存はなかった。

 

あの時、槍が心臓に突き刺さって何かを思い出したあの時。俺は確かに死んだのだ。侵されたのだ。それがわかるから、俺はこの槍を避けようとしないのだ。

だが、それでも。それでも。かつて誓った正義の味方。それをもう追い求めようと想わない。あの時、慎二を見捨てた時に。それは、その気持ちは霧散している。それでも目の前の男は殺さなくてはならないと魂が言っている。

悪意に満ちたこの身体が言っている。

 

――――うん、この男は、殺そう。

 

槍が俺に放たれる直前。自身の魔力を暴走させ、部屋に備え付けられていた防衛機能を作動させる。無理に起動された魔力回路がはちきれそうになるが、その痛みすらもどうでもいいと思い始めてきている。

心は歪で、魂は燃え尽き、身体が正常を保つ。その感覚を持って、呪いは完成される。

そうしてそれは俺の魔力を持って自動発動し、大量の呪いとなってその槍の男を狙った。

 

起源弾。切嗣が、最後の最後においていったモノ。魔術回路を切って繋ぐことで、魔術を知るものを確実に殺す弾。魔術に長けるものほどその効力は絶大。

それが一つならば、なるほど目の前の化け物は殺せない。

けれど、それが何十発も集まれば、それは確かな殺意を持って目の前の化け物をも殺すだろう。

 

これが俺の切り札。俺が今まで使わなかった切り札の一つ。数限りある使いすての切り札。その全てを使った。

 

 

男は、けれどそれに焦る様子もなく。

そして、キン、キン。と。大きな金属音と共にその全ての弾は赤い槍に弾かれて。

 

 

「ふん、この程度、どうということはない。で?他にあるなら見せてみろよ」

 

―――弾かれた。失敗した。ならばもう俺に策はない。敗北だ。潔く死のう。それでいい。それがいい。

この全てを憎もうとする心を滅することが出来るのならば、それは正義の味方のやるべきことだと想うから。

 

「…なんだ、これで終わりか。興が冷めたぜボウズ。じゃあな」

 

そうして、死の槍は俺に近づき。

 

 

 

ガキ、っと。効きなれない音が。

 

重圧が、金属音が響く。

 

大きな音とともに。

見えない、ナニカに纏われていたであろう剣でその槍は呆気なく防がれた。

「なっ―――」驚愕する男。弾かれる青い身体。目の前の化け物は簡単に吹き飛んでいき。

 

 

このとき、俺の運命は決まったのだろう。

 

その光景を覚えている。

 

「サーヴァント・セイバー。召喚に従い参上した。」

 

蒼い光と共に、突如目の前に現れた美しい金色の髪の少女。俺の脅威から助けてくれたその少女は余りにも美しいと想った。

月の光に照らされ、光輝く黄金の髪。その顔は、余りにも美しい。それは、この世の美を追求したかのような、作られた顔。

綺麗だ。とても、とても綺麗だ。幻想的で、それは素直に美しいと想った。

ただ、何故か自信から溢れ出てきた強烈な既知感を除けば。それがあるから、心の底からその邂逅を喜ぶことが出来なかった。

それ以上の感情がでなかった。否。

どうでもいいと、想ってしまった。

 

「問おう、アナタが私のマスターか」

 

その少女の真っ直ぐな瞳は、俺の魂が何の感慨を得ることもなかった。

まるで、お前ではないと。お前は違うと、そういってるようで。

 

 

何も、心に響くものがなかった。そんな色あせた少年の物語。

 

 

これは、友を失い、全てに失敗した少年の物語である。




セイバールートです。


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2話「この腐り墜ちた世界で理想を抱く者」

たとえどのような悪意に晒されようが、衛宮士郎は衛宮士郎である。


かつての友人の慎二に、これは面白いから。お前のためになるからと、とある小説を教えられた。

彼がいなくなってから、何年かたった後、それを読もうと思った。

その小説は何十巻も続く長編小説だが、俺が見たのは1巻だけ。それ以上を見たいと思わなかったから。

その小説の主人公は生まれながらに不幸だった。幼少の頃に通り魔にナイフで身体を貫かれ、あらゆる人間から貧乏神と呼ばれ、不幸を司る化け物と言われた少年だった。

 

全てに諦めて、全てに絶望した少年は白い少女とであった。その少女はその少年以上に不幸で不運で最悪の境遇で、それに同情したのだろう。

少年はその少女を助けるためにボロボロになって、ついには記憶を失った。

けれど、その少年は記憶を失っても、その少女に泣いてほしくないと願った。結果、彼は記憶が失っていないと少女に偽った。

ただ、彼女に泣いてほしくないから。その一心で、その主人公はその嘘を貫きとおした。

 

余りにも、格好が良かった。ああ、正義の味方とはこのような少年を言うのかと思った。

だから、その幻想を壊したくないから続きは読まなかった。

 

 

そんな、醜くも世界全てが美しく見えた少年と俺は違う。

酷く世界が億劫に、窮屈に、ゆらゆらと、屍のように見える。そう見たいから見えてるのか、それとも本質がそうなのかはわからないが以前はこんなことは無かったと思う。

 

記憶はあいまいではなく、では自我はというと特に曖昧でもないのに何故かこんな事を思ってしまう。~は無かったと思う。~は違うと思う。俺の考えには全て”思う”がついている。

理由は、あの時から感じている既知感。あの時槍に心臓を穿たれて、その時に得た呪い。世界全てを呪い殺そうとする復讐の心。ソレが俺の魂を汚したのだろう。

 

酷く、気味が悪い。

 

気味が悪い。気味が悪い気味が悪い気味が悪い気味が悪い君が悪い君が悪い。

 

君が悪い。お前が悪い。お前は失敗した。君が悪くていい気味だ。

 

そう、視界は。俺の全てはこの世界に対して言われているようで。

世界がブラックに、歪んで見えて。

気持ちが悪い。とても、気持ちが悪かった。

 

あの時の、衛宮切嗣に助けられたあの時の。切嗣の笑顔。依然は余りにも綺麗だったそれすらも気味が悪くて。

まるで、自分自身が世界の次元から離れたようで。2次元の世界を無理やり3次元に投影したかのようで。

 

 

この世界は、とても気味が悪く、気持ち悪く、吐き気を催す気色の悪い世界だった。

 

 

 

 

 

物置にあった大きな黒弓ととある矢を持ち、外へ。

 

 

―――響く。

金髪の見えない剣を持つ少女と青髪の赤い槍を持つ男の打ち合いが。

金属音が、キンキンとあたりに爆音となって広がる。その化け物たちの戦いは、とてもよく見えた。

何故だかわからない。キッカケも分からないが、俺自身の動体視力が増している。この眼を持ってすれば、だからこそ良くわかる。

この二人は化け物だ。こんな技量。こんな戦い。この速度で維持できるというのかと。

詰め将棋のように一つ一つの攻撃に意味があり、それは世界でも最高峰の戦いだと認識できた。

だからこそ、こんな事を思う。

 

ふがいない、と。

自分自身に対する嘲笑。

 

自分は正義の味方になりたいと誓っていた。

ならば目の前にいる化け物に対抗できるか。できるわけがない。

こんな人を人とも思っていない。ただ戦いを見つかったというだけで平気で人を殺そうとするような奴らに俺は明確に実力で劣っている。

 

そんな自分に嫌気が差す。

許せない。許せない許せない許せない。許せるはずがない。

何が正義の味方か。

あの時、俺は知ったはずだ。あの燃える地獄の中力を持たなければ全てを失うことを。

 

必死に、必死に頑張ったつもりでいた。いや、実際俺は同年代ではかなり努力をしただろう、と思う。

だからこそこの結果が認められない。自分を歯牙にもかけない実力を持つ彼らを認められない。

ああ―――。やはりこの世界は、この理不尽な世界は大嫌いだ。世界を殺したくなる。

 

実力が足りない、ソレは仕方が無い。

仕方が無い。

俺の実力は劣っている。認めよう。仕方が無い。俺では辿りつけない境地だったんだと諦めよう。

 

 

そんなこと、許されるはずが無い。

…ふざけるな。俺が実力で劣っていたとしても、俺の信念が劣るとは決して言わせない。

俺があの燃え盛る業火で知ったしなければいけない義務。人を救うためにあらゆる人を殺さなくてはいけない俺の責務。

最悪の殺人者で、最後は自決し自害するであろう正義の味方になれない俺の義務。

正義は勝たなくては為らない。俺は正義でないけれど、それでも俺は正義をかつて目指した。ならば勝たなくてはならない。

俺の心のあるがままに、彼らを殺そう。

 

世界を呪おうとする怨念を。全てを燃やし尽くそうとする復讐の心を、彼らを殺すために向けよう。

 

たとえ、結末が決まっていても。それでも、俺は――――

 

そうして機を待つ。拮抗する彼らとの戦いは苛烈を極めるが待ち、待ち。ついに。

 

「ここらで痛み分けってことにしねぇか?」

「冗談を。アナタはここで打つ」

「…しゃあねえな。逃がしてくれねえなら仕方が無い。手向けとして受け取るがいい」

 

そんな、化け物たちの会話。気持ち悪い。気色が悪い。人間のような見た目の醜悪な癌。異物。この世界は人間が住む場所だ。決してお前たち化け物の住む場所じゃない。

だが、その発言からあの青い男が何か必殺のようなものを放とうとしているのは眼に見えてわかり。

 

「ゲイ・」

 

赤い槍がさらに真紅に。燃えるように。

ここだ。今、チャンスはここしかない。

稚拙な考えで、その男に隙のようなものは見えなかったけれど、それでもキッカケはここしかないと直感が、強烈な既知感が言っている。ならば。

そうして、俺は黒弓に矢である宝具・カラドボルグを接ぐ。

その矢の名はカラドボルグ。伝説の武具をなんらかの行程をへて矢に変えたもの。切嗣が何故か持っていたもの。

ギチ、ギチと弓を引き。

 

ズキリ、と頭に強烈な痛みと共に

『緑色の肌の少女』

声が、響く。

…なんだこれは。この、気持ちの悪さはなんだ。

ああ。ナニカに侵食される。何故かわからないが。

 

『黒い泥』『黄金の剣の余波』『獣の形をした人間』『世界を守れない防衛機構』『甘辛いハンバーグ』『黄金の船と理想郷』『数多ある死人の村人』『白い女』『hollow atraxia』『燃え墜ちた家』『サヴァイヴァーズ・ギルト』『竜の化身』『殺した女』『聖女』

 

 

ッ――――。

何か、呪詛のようなものがこの矢から俺に混ざりこんでくる。白い風景に浮かぶ黒い濁点のような気持ち悪さ。

以前この矢を持ったときはこんなことはなかった。俺にいつからか纏われた悪意がこの矢に反応しているのか。

侵食されていく。何かに、脳髄をグチャグチャに混ぜられたように。

自我を保てない。俺が俺であるという証明が出来ない。別人に成り果てていくようで。

ああ。憎い。殺したい。

憎い。にくい。難い。悪い。全てを壊しそうになる。

ただ、自身の義務感。正義の味方にならなければならない。そんな義務感だけが、俺を俺たらしめている。

この義務感さえなくなったら、もう俺は衛宮士郎じゃなくなるのだろう。

 

逆に言えば、その義務感さえあれば俺は衛宮士郎だ。

ならば、と。この悪意から眼をそらさず。

再度、その矢を黒弓に接ぎ、その矢に自身の怒りを。苦しみを。世界に対する憎しみを乗せて。ギチギチと、黒弓は悲鳴をあげ。

ビギ、と矢が呻く。関係ない。この一撃さえ持てば。

そうして、最速の矢を持ちて、自身の呪詛を青い男に放った。

 

 

彼、衛宮士郎が知らないことであるが。ランサーのサーヴァント。クー・フーリンは生前の制約として”カラドボルグに対し、その使い手がアルスターゆかりの者であった場合、一度は破れなければならない”というものがある。

 

弱体化し、サーヴァントとなったクーフーリンはその制約すら強力なものであり、カラドボルクに対して絶対に当たるという因果が発生する。

ゆえに、クーフーリン。ランサーにその一矢が当たるのは必然であった。

 

「なっ」

驚愕の声をあげ、自身を貫きかけた矢を手で受け止める男。だが止まらない。その矢は呪いの黒き矢。宝具と呼ばれるそれ。簡単に止まるはずがない。

矢の一撃。その一撃に宝具は本来の火力以上の力を出したのか。それとも担い手でなかったからなのか。

 

男の胸を貫くころには、それは粒子となって霧散した。

その顔には驚愕と怒り。そして焦りが見えていて。

「てめぇ…どういうことだ!どうしてこの剣を持っている!」

驚愕する男。この矢が何かわからないが、それがこの男ゆかりのものらしい。

だが、その身体は血にぬれており、あの少女を()()()()にぶつければ勝てるのは眼に見えて分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、男。ランサーと呼ばれた男は撤退した。自身が得た傷が、血が。負傷した自分では戦えないと悟ったか。圧倒的な音を置き去りにする速度で撤退した。狗のようだと。負け犬のようだと、そんな考えが浮かんだ。

あの男は、今の俺では殺せない。決して殺せない。けれど、あの男を放って置いたら多くの無窮の者が死ぬ。

ならば、あの男は確実に殺そうと、そう決意した。

だったら、この少女を味方に引き入れなければならない。化け物呼ばわりしたが、それでも彼女がいなければ俺はあのランサーに勝てないのだから。

「その前に、だ。お前、いや、君といったほうがいいか。質問に答えてほしい。」

「はい、どうなされましたか?」

「マスター、と君は言ったな。ハッキリ言って意味が分からない。」

 

そう、俺が言うと少女は少し俯き、

「なるほど、此度のマスターは素人、と。…そうですね、実は」

 

そう、説明しようとした時に

「すみません、説明はのちほど。敵がきます!」

 

 

その後。

突如、現れた憧れの同級生、遠坂と、あの時ランサーと戦っていた赤衣の白髪の男。

白髪の男、アーチャーと呼ばれたその男はこちらの顔を見るに、驚愕の顔を浮かべ。

 

ならば、その一瞬を見逃すはずもなく。

セイバーと遠坂に呼ばれた少女。その少女から生み出された斬激は、あの赤い服を着た男を切りつけて。

 

哀れにも、呆気なくその男は敗北した。棒立ちで、何かあり得ないものを見たその男は。

 

―――既知感。唐突に何度もくるそれは、俺にとある感覚を思い出した。

その男を知っている。俺はこの男を知っている。

俺が知っている男。俺が見たことのある男。俺が■れた男。

 

何が、何かわからないが。俺はこの男を知っている。記憶はない。経験もなく、あるのは強烈な既知感のみ。

だが、何故だろう。この男だけは決して許せないと、認めてはいけないと。そう嫌悪感を沸かせた。

 

ああ、ならば。心に刻まれた、意味も分からないが。

それでも、この男を倒す言葉を高らかに。

「霊呪を以って命ずる。あの男を――――」

そう、本能のように叫び上げて。

 

「ッ―――――」

 

ふとその血に塗れた赤い男に守られるように、おびえた独りの少女を見つけた。それは絶望し、もうダメだとその顔は語っていて。

ああ。思い出させるな。俺に思い出させるな。この絶望した顔は、あの大火災を思い出すようで。

気分が、悪い。何度も、何度もみた絶望の顔。そんなものを見せられ、不思議と身体に宿るあの男に対する嫌悪感は霧散した。

 

 

 

 

 

結局、彼女。遠坂との戦いは中断し、

 

 

 

「へぇ。エミヤ君。素人のマスターなんだ。何が今起こっているか、わからないと。

それじゃあ、その説明を受けに協会にいきましょうか。」

そうして、遠坂と共に、運営、裁定者の下に向かうこととなる。

 

 

 

 

 

 

協会にて――――

ニヤ、ニヤ。と目の前の神父は笑みを抑えきれずに俺に現状を説明してくれた。

聖杯戦争。英雄たちの戦い。死んだ英雄をサーヴァント。従者にし競わせ、最後に残った独りが万能の願望器。聖杯を手に入れるための戦い。

英雄たちは一人ひとりが軍隊を超える力を持つ。そんな化け物が住宅街で、力を振るえば関係の無い人達が被害を被るのは明白。

それがこの戦い。聖杯戦争とよばれるそれ。

 

…ふざけるな。死んだ人間が、今を生きている。謳歌している人達を蹂躙し、自身の願いをかなえようとする、だと?

それは許されないことだ。そも、人が生き返ること自体理不尽だし、決してあってはならない。過去死んでいった者たちの重みを引き継いでいく。それが今を生きている人間の証明なのだから。

 

「ふむ、では君は10年前の災害をどう思う?衛宮士郎よ。」

頭からすり抜けるようだった。

この神父の発言。言葉。全てに色が見えた、その男の声からは、強烈な魔力のようなものが宿っているような気がした。

「マスター達は無差別に聖杯を求めるために殺しあった。」

「望みをかなえる万能の杯はそれだけに魅力的であったのだろう」

「はて、殺人鬼が聖杯を手に入れた場合、どのような願いを求めるのだろうか」

「10年前の最後。相応しくないマスターが聖杯に触れた。それだけであの災害が起きた」

 

―――まさか。

グラリ、と。ヒザが折れ、身体が熱に倒れそうになる。

「まさか、それは―――」

「ああ。10年前冬木を襲ったあの大災害。あれは聖杯戦争の影響でおきたものだ。」

 

その、神父の言葉は俺の脳髄を侵食し、血液の流れを狂わせていく。

「衛宮くん!?」

そんな。あの時の火災が。あの時の地獄が。人の手によって生み出されたものだというのか。

あんな、あんな最悪が、人の作り出したものなのか。

 

それは、それだけは。見逃すことが出来ない。あの地獄を再現させるのだけは絶対にダメだ。

たとえ自身に世界に対する恨みがあったとしても、それでも無関係の人を巻き込んで全てを不幸にするのはダメだ。それだけは、認められない。

 

あの時、地獄を見た。

泣き叫ぶ人を見た。

苦しんでいる人を見た。

助けを求める人を見た。

燃え尽きた、かつての人を見た。

それら全てが、かつて自身に笑顔を見せた親しき隣人で。親しい家族で。

火災で燃えた母親を見た。

家に埋もれた妹を見た。

家族を助けようと必死にあがいた父親を見た。

黒い、全てを飲み込む呪いの月を見た。

 

大切な人は皆死んだ。人が死ぬのを慣れる程度には、人が死んでいく様を見てきた。

 

 

そうして

”生きている。生きている!”

泣きながらも笑顔で、どうしようもなく救われた顔をした、切嗣を見た。

 

 

 

アレだけは。あれだけは。どんなことがあっても、くりかえしてはならない。

ならば―――。

 

”何度世界を繰り返しても”

 

そんな、声が頭に響いた。既知感。これはあの時と一緒の既知感。俺を俺でなくする強烈な既知感。世界からの干渉。

いったい、これはなんだ。俺の身に何が起きている。俺の思いか。この呪いの、恨みの正体か。

世界を繰り返す…?何を言っている。何を知っている。あの時何が起きたのか、お前は何を知っている。

頭が沸騰しそうだ。血が沸き立ち、身体と心が剥離して、グシャグシャになって一つの物体になりかけている。

 

そんな俺の痛みと苦悩を知ってか知らずか、目の前の神父は口角をあげて。

「喜べ少年。君の願いはようやくかなう」

 

 

―――願い。神父が呆気なく言ったこの単語が、グシャグシャの頭に突き刺さる。この自身の恨みを。世界への恨みを果たすことが出来るなら。それはどれだけいいのだろうか。

 

そう言った神父の瞳は黒く。黒く、黒く。全てを見透かしたかのような真っ黒な瞳で俺を見ていて。

その瞳は、酷く今の俺に似たものであった。

まるで、鏡写しのようだ。

 

「君の願いは、敵が必要だ。わかっていたはずだ。明確な悪がいなければ正義の味方は存在できない。正義の味方には倒すべき敵が必要なのだから」

 

―――ああ、それならば。この神父の言うことが正しいのならば。世界を破壊しようとして、それでも人を助けなければ為らない。そんな矛盾した俺はいったい何が敵なのか。何が悪なのか。何をしたいのか。

こいつの口ぶりからするに、俺は正義の味方に憧れているらしい。それを何故知っているか、とかはわからないが、それでも。

俺に、正義の味方を語る資格はない。

世界を破壊しようとする、全てを憎もうとするこの心を持つ者が正義の味方のはずがない。

それでも、この神父はその底すら見通したかのような瞳で、俺の願いは正義の味方と言った。

わからない、ワカラナイ。分からない。正義の味方とは何か、俺にはわからない。

 

俺には、わからないよ。切嗣――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある、大いなる空の下。誰も知覚できない部分で、徹底的なまでに星の根核は穢れた。

何度も繰り返した世界はバグを発生させた。それは悪意となって人を蝕むだろう。

その悪意が世界を覆うことになろうとも、人理を焼却することとなろうとも。

それは、世界を繰り返した者に対する罪であり、罰である。

その悪意は胎動する。誕生に向けて。

 

 

 

 

「世界は反転した。何度も繰り返される日常。世界、それに遂に抑止力は自身を停止させ、人理は崩壊しつつある。」

「まったく、予定調和とはいえ、ここまで来るのに時間がかかった。」

「私は、今度こそ、私の願いをかなえて見せます」

「だからこそもう一度、力を私に貸してください。セミラミス。」

 

「…ふん。どうでもいい、が。今度は失敗するなよ」

 

「ええ。だって明確な世界平和の方法が分かりましたからね。以前のような偽の平和とは違う。完全なハッピーエンドを迎えることが出来ますから。今度はぜったいに失敗したりしません」

 

「明確な平和など存在しない、と。あの時お前は気づかなかったのか?」

 

「そういう原理原則、どうでもいいということです。矛盾なんてしようがしまいが関係ないです。単純に物語の最後にハッピーエンドだとか、世界は平和になったとか書けばいいだけですから。所詮この世界は紙とペンと人々の空想でしかないですし。ねぇ?」

 

 

 

「今なお見てる、観測次元の糞どもが。」

 

 

さぁ。何千回目の、正しい世界を始めよう。

 




1部はHF。2部はUBWを意識。
とはいえ一番好きなシーンはセイバールートのほほをつたうなので、セイバールート的要素も入れていきたいなぁ。
盲信のような天啓のようなものに支配されてる衛宮士郎。凄く、ジャンヌです…。


初めの回想の少年は上条当麻。とある魔術の禁書目録の主人公
衛宮士郎と似てるところがありますよね。
とはいえクロスオーバー物じゃないので出番はありません。影響を受けただけと思ってもらってOK。

1部と2部はガッツリ繋がっています。そしてこの物語の全体の主人公はオリ主です。
決して衛宮士郎ではありません。

最後のは、世界が創作物だと知った時一番ブチぎれるのは誰かなぁと思って考えたらこうなりました。


…アサシンとは変更になりました。でも佐々木小次郎かきたいなって。


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3話「主人公になれなかった執念」

とある、執念の話をしよう。


―――――あの時、シェロ・ループラインが自身にルール・ブレイカーを突き刺した時。

磨耗して、磨り減って、全てに絶望した記憶を思い出したシェロ・ループラインという男が取った行動。自分自身を解放するために、自身に宝具を刺して全てが開放された時。

 

 

――――それは違うだろうと。数多ある魂の一つ。その魂だけがそう思った。

何千、何万という魂の集合体。その全てが融合し、そして衛宮士郎の軌道を、道程を見てきて、その結果に満足して最後はルール・ブレイカーによって散って霧散していった。――――たった一つの魂を除いて。

彼は、否。彼女かもしれないが。―――その魂はその結末が余りにも最低で最悪で劣悪だとはき捨てた。

 

平行世界の桜を救った。ソレはいい事だ。だがそれでも、たとえ元々の世界の桜が救えないと知ったとしても自害をするのだけは認めることが出来ない。

だって、それは。自害をして桜を追い求めることを結局諦めたということは。

 

何度も、何度もやり直した。世界を破壊すると知ったうえで、衛宮士郎は世界を何度もやり直して、そのたび70億もの人間を無かったことにしてきた。

その意思を、意識を継いだシェロ・ループラインが。全てに諦めて自害して満足して散るのを認めることは出来ない。否、たとえ彼が散ったとしても、自身が納得できない。

 

地獄を見た。燃え盛るかつての人。切り刻まれた、血に塗れた人形。病魔に冒された少年。最後は化け物になった少女。

 

それら全てを切り捨てて、桜を救おうと足掻いて。それで失敗したから自害?

 

―――それだけは許されない。許さない。自身が許せない。

 

あらゆる哀しみを、苦しみぬいた人達を知った。それ以上に何億もの人間が何も気づかずに何度も無かったことにされた。悲しむとか、それすらも出来ずに何度も世界を消し去って。

 

それは、その全てを覚えておかなくちゃいけないと。消えていった彼らを記憶しなくちゃいけないと思った。

否、そう思わなければいけないとそう我々は思ったのではないのか…?

何万年生きた?だから自害?

 

…それは、それだけは違う。

かつてあったことを無かったことにしてはならない。そう誓った。人々は真っ直ぐに生きて、過去のバトンを受け取って現代の人達に繋がっていく。そうして人理は、世界は繋がっている。それを何度も、何度も何度も何度も何度も無かったことにした。

 

その罪を忘れることが出来たら、彼らのようにかつての痛みを忘れて自害することが出来たなら。それはどれだけ幸せか。

 

彼らのそれはただの現実逃避だ。何万も生きて、そうして磨り減った彼らが死という開放にすがりついただけ。そこにかつての信念は存在しない。醜悪で劣悪な最低のゴミの魂達。シェロ・ループラインもそうだが、その魂達が酷く気持ち悪かった。

 

ただ、憎たらしかった。そうやって満足して消えていく彼らが、余りにも世界に対して無責任な彼らが憎たらしかった。

悪い。憎い。難い。

その怒りだけが、ルール・ブレイカーからの解放をさえぎっていった。

あの時、自分達の主人核である衛宮士郎は言った。その言葉は一字一句忘れずに覚えている。否。彼から確かにその磨耗した記憶は継承されている。

 

「いらない、そんな事望めない。あの時の地獄を無かったことには。」

「―――かつての地獄を、元に戻すことは出来ない。」

「それが、俺の答えだ。あの時燃え盛る炎で数多の人を見た。その全てが救えなかった。助けを請う人々から逃げて逃げて逃げ続けた。」

「それでも、それが現実だ。無かったことにする事は出来ない。だってそうだろう。」

「死者は蘇らないし、起こったことは元に戻せない。そんな軌跡要らない。そんなおかしな望みはもてない」

 

「それを可能にするのが、聖杯だが?」

 

「それでも、ダメだ。地獄を知った。悲しみを知った。ソレをしって、10年間がたって今がある。」

「たとえ、過去をやり直せたとしてもそれでもおきたことを戻してはいけない。だってそれをしたら、あの涙も。あの痛みも。あの記憶も。全てが嘘になってしまう。」

「痛みも、哀しみも。余りにも重いソレを抱えて進むことが失われたものを残すということだ。…勿論人はいつか死ぬ。哀しみも、涙もあるだろうけど、残るのは痛みだけじゃないはずだ。」

「俺が彼らの、燃え盛る人々の死に雁字搦めにされているように、切嗣との思い出が俺を人にしてくれたように。思い出は、かつての記憶は今を生きていく人々の元となって、そして変えていくものだと俺は信じている。」

「…それが、時間と共に消えていこうとも」

 

 

 

 

「――――その道が、今までの自分が間違っていなかったと信じている。」

 

「――――そうか、つまるところお前は。」

 

「聖杯なんて、万能の願望器なんていらない。あの時置き去りにして見捨てていった人達のためにも自分を変えるなんて出来ない。」

 

 

 

泣きながら、慟哭しながら。それでも全てに絶望した後には希望が残っていると。

そう、彼がとある神父に言った言葉。それだけは胸に刻まれている。

そんな彼がその想いすら無視して世界を何度も繰り返したのは、余りにも皮肉。屈辱だっただろう。悔しかっただろう。自己を否定し、心が折れかけただろう。それでも、それほどの思いがあってもそれを無視して桜を救うために世界を繰り返した彼の。衛宮士郎の思いを引き継ぐことが、我々の、いや。自分がすべきことだと想っている。

だから、シェロ・ループラインの。かつての衛宮士郎の世界の桜を諦めるような行動だけは見逃せないし、許せない。

 

所詮、自分自身と桜は会ったことすらない、衛宮士郎にすらなれない偽者。この思いが借り物で偽善だと分かっている。

けれど、空っぽの自分を埋めてくれた人がいた。その人が願った理想をかなえようとすることは決して間違いじゃない。

 

 

そこからは必死だった。魂だけの小さな小さな存在となった欠片は必死に世界をただよい続けた。その執念だけを持って、かつての桜を救おうと。ただそれだけのために。

 

結局何万と時間をかけても結局何も出来ず。そうしてその魂は余りにも理不尽すぎる世界に対して猛烈な殺意を抱かせた。

なぜ、なぜ桜を救うことが出来ないのか。

 

諦めてしまおうかと、霧散して消えようと何度想ったか。それでも、何度も消し去った世界を思えばその魂に自害するという考えは消えうせていった。

 

黒く、黒く。醜悪で、劣悪で。怨念と為ったその魂はそれでも最後まで自身の願いと記憶を持ち続けて、遂に。

 

その魂は、とある終着点を迎えることと成った。




1部:始まりの物語の最終回自分で書いてあれなんですけど凄く主人公自分勝手だなぁと思ったんですよね。本来は1部で終わる予定だったんですけど、流石に何度も繰り返してなかったことにされた世界が余りに報われないと思ったので2部書き始めました。


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4話「消えない想い」

原初の世界の衛宮士郎は何を思ったのか。
それを知るものは、もはや執念となった魂だけ。


彼、元英雄にして元サーヴァント。とある事象により、英霊でなく受肉した生きる神秘。生きる英雄。

真名:天草四郎時貞はとある事情である人物と出会い、世界の真実を知った。

 

原作を知った。物語を知った。理由を知った。過程を、結果を知った。

世界はペンで出来ていて、上位世界の、否。観測次元の人間たちが世界を作り上げているのだと。

自分たちは所詮、物語のキャラクター。架空の存在。創作物でしかないのだと知ってしまった。

 

悲劇的な過去、醜悪な現実。凄惨な未来。それらが物語を、ひいては読者を楽しませるためのエンターテイメントによって作り出された現実だと。

ソレを知った男は

 

「…ふざけるな」

彼が怒りに震えるのも仕方が無いことだった。

 

地獄を見た。かつての同郷のものが燃え尽き、何もかもを失った。そしてその反動から、自身だけが生きてしまったという罪悪感から平和を願い、その生涯を使い続け、ついに平和を実現できずに死んでいった男からすれば。

 

紙の上で、ペンを動かすだけで世界を自由自在に動かすことができ、根源すらも所詮原稿用紙に描かれた設定と知ったら。

 

彼はその理不尽に。自身が生きる世界を娯楽のように見ることが出来る人間たちに強烈な憎悪を抱くのも仕方がないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神父の言葉が突き刺さる。俺は正義の味方じゃない。けれど、神父は俺を正義の味方という。

それは俺の理想は借り物で、自身が持っている感情は偽者でしかないと。そういってるようだった。

違わない。それは真実だと思う。この世界を呪い殺すような恨みも、正義の味方になりたいという感情も。自身を覆う怨念が取り付いた悪意、誰かを救う誰かを見て真似ただけの飾り物。

自身が生み出したものが一つとしてない。恨みも、哀しみも。その全てが自身から生み出されていない偽者。それが俺。空っぽの殻である衛宮士郎に、衛宮切嗣への憧れと世界の恨みを詰めただけの存在。

それでも、それでも俺は誰も傷つかない世界を望んでいる。誰もが傷つき、嘆き悲しむこの世界を呪い殺してでも、それでも矛盾したハッピーエンドを望んだ。

それが、無理だなんて。そんな事分かっている。でも、それでも。衛宮切嗣のあの背を見て、その理想に、ハッピーエンドに憧れた。

それは、いけないことなのか?かなえられない願いだから諦めることは簡単だし、そうしなければならないと分かっていても。それでも、それでも俺は

 

「それは、違うよ。言峰」

 

「…ほう?何が違う、と?」

 

「俺は、俺は正義の味方じゃない。所詮俺は偽善者で、半端者だ。切嗣とは別人で、所詮偽者だ。だから、俺は正義の味方になれないと思う。」

 

「ならば、諦めると?まさか衛宮切嗣に育てられたお前が、この戦争を無視しようとするとは。」

 

「それは、違う」

「俺には、ただ一つ。願いがあるんだ。所詮半端者の俺だけど、それでも俺にはとあるチッポケな願いがある。…かつて、とある男が追い求めたソレを、俺は――――叶えたい。」

「聖杯戦争は、結果的に俺の勝利で終わって死傷者は出さない。出させない。」

「俺は自分の自己満足のために、自身の願望のために彼らを、英雄と呼ばれた存在を全員殺す。そして、願いをかなえて見せる。」

「俺は俺が信じる道を歩き、そうして最高の物語を紡ぐ。それだけを願って今を生きてきたんだから。」

 

「…ほう?ならば、これは審判ではなく。神父としてお前の願いを聞いておこうか。何、答えなくても別にいいが。」

 

「いや、別に決まっているからいいさ。俺の願いは――――――」

 

そうして、俺の願いを聞いたその神父はニヤリ、と。まるでオモチャを見つけるかのように

 

「それは…それは、聖杯でも難しいな。願いの方向を明確にしなければ、君の願いはかなえられない。だって、それは、個々の人の感情というものは概念的なものだ。はて、どうするつもりだ?」

 

「なんとかする。足りないなら、自身を使ってでも補う。この魂が矮小でつまらなく、英雄の魂とは数段格が落ちるものだとしても、それでも」

「俺は、この願いを絶対にかなえて見せる。」

 

「…その余りにも自己中心的なエゴの願い。確かに聞き入れた。なるほど、お前は衛宮切嗣とは違う。だが…」

 

 

「確かに、お前は衛宮切嗣の息子だな」

 

 

衛宮士郎の願い。

――――俺の大切な人達が、最後は笑って死ねますように。

それは、何万年も歩き続けた執念が持っていた、最後の願い。

友を失い、その全てに絶望した少年が持った願い。

 

このとき、彼は無意識だったが、神父だけは気づいていた。

大切な人とは、どこまでのことをいうのか、と。

大切な人が悪人だったら、その笑って死ぬということは自身の悪逆を達成できた時ではないのかと。

 

そのことに、衛宮士郎は気づいているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

頭に。モヤがかかる。かの神父との邂逅。それは俺に対して新たな決意とともに、あたらしい苦しみを生み出した。

願い、理想といったそれ。それを俺は言った。ならばそれを叶えなければならない。

泥のような、黒き闇。それに浸る今の俺の魂が持つのか、聖杯は俺の目の前に現れるのか。分からない。

苦しい。自我が書き換わる感覚。つらい。ブレてしまいそうだ。

――――けれど、それを。身近な人でもいい。それでも幸せに死ぬことが出来るというのなら、俺は諦めたりしないと、そう誓える。そう、切嗣に。否、あの時の大火災で誓った――――

ならば、前を歩いていける。この苦しみがいつか俺を変えてしまうのだとしても、せめてこの戦いが終わるまでは――――

 

それに。

 

「行きましょうか、マスター」

 

「…ああ」

 

目の前の、金色の髪の少女。彼女となら、不思議と負ける気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

白い皮膚と、金色の髪を持つ、漆黒の鎧を身に着けた彼女が、目の前にいる。

冷たい瞳が俺を見ていた。その身体はボロボロで、まるで消えそうだけど威圧感は変わらない。そんな彼女に馬乗りになり、目前にいる俺を見ていた。それは黒く、悪逆で。清廉潔白とは逆の位置に存在している。

暴君。民に恐れられ、恐怖された王の瞳。それはまるで、王者のように。まるでその後を見定めるかのように。

「――――」

彼女は、ただ俺を見上げている。何の感慨もなく、感情もなく。馬乗りになった俺を見つめている。

俺の手には短剣がある。これを振れば彼女を殺すことになるが、■を助けることが出来るかもしれない。ならば俺が辿る道は。

 

 

…彼女を助けるか。

…腕を振り下ろすか。

 

その二つの選択肢を突きつかれ、俺は。

 

「―――――」

 

 

その腕を、彼女の胸に振り下ろした。

 

「ッガ―――!?」

 

血にぬれていく短剣。降り注ぐ鮮血が俺の身に触れていく。ベチャベチャ、と。トマトのように血が溢れてくる。

彼女のことは、その美しい剣技を覚えている。何度も、何度も俺の命を救ってくれたそのことを鮮明に覚えている。

彼女は俺を、何も知らず無知で無能な俺をマスターと認めてくれた。最後まで俺の剣であってくれた。

――――その彼女の決意は、決して鈍らず。何度傷つき、ボロボロになろうが俺を救ってくれた。

忘れない。忘れられない。あの時、月にぬれた金の髪を見た時。 

あの光景は、俺の心に強烈に刻まれた。確かにあの時、世界に色が付いた気がした。

 

その彼女を、今、目の前で殺そうと、否。殺し続けている。彼女は不死身の伝承を持つ。だからこそ、何度も、何度も何度も何度も短剣を振り下ろした。そのたびに、彼女の苦しみのうめき声と血が辺りに広がっていく。

風景が血の色に。赤色に変わっていく。世界が赤に染まっていく。ボロボロと。彼女が粒子となっていく。

それでも、念に念を重ねて。何度も、何度も。彼女の意識が消えうせ、そのうめき声が。苦しみの声がなくなっても何度も突き刺した。

彼女が完全に消えても、それでも俺は地面に何度も。何度も何度も短剣を突き刺した。

「―――――」

…重い。余りにも重い。心が折れそうになる。

彼女は、俺の憧れだった。その憧れを切り捨てた。

こんな、世界なんて。現実なんてこんなものなのか。

正義の味方とは、ここまで辛いものなのか。

こんなものを切嗣は背負っていたのか。大切な人を殺すということは、俺には、あまりにも―――――

 

 

「…さようなら、セイバー」

 

 

苦しく、涙がほほを伝う。それでも俺はその言葉を言った。

決別と共に。ありがとうは言わない。俺にはその資格がない。

―――前を進む。頭にモヤがかかる。もはや自分が誰かすら分からなくなってきている。俺の名前が何かすら、それすらもボロボロのグシャグシャになってきている。

 

それでも、もう後に引くことは許されない。俺はセイバーを刺し殺した。その罪を消すことはできない。

 

俺は俺が愛する者のために、全てを捨てる。俺は、■をその全てから守って見せる。

■が犯した罪、■を責める罪、■が思い返す罪、全部から、守るんだ。

俺の前でだけ笑えた少女。

未来のない体で、俺を守ると言った彼女が―――

―――俺以外の前でも、いつか、強く笑えるように。

俺は、■を。

 

 

桜を、救う。

 

 

そうして、彼は歩き続ける。




短め。長くしたらどうしても投稿遅くなるから、短いのを連発していきたい。

1部は桜ルートだが2部はセイバールートだぜひゃっふううううう
ヒロインもセイバーです。嘘ですヒロインは士郎です。
セイバーが士郎をデレさせる物語です。
ぜんぜん話が進んでないですけど、話を進めるためにこれから当分天草四郎はでません。
最後のは過去話です。


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5話「桜舞い散る道の中で」

新学期。かつての衛宮士郎の過去は―――――


――――いつも、窓の向こう側で誰かがいるような気がした。

 

けれど、誰もいるはずもなく。そうして、俺はいつもどおりの日々を過ごす。

あの時、失ってから。友を失った時、世界が黒く見えた日々。

あの日、俺は桜舞い散る通行路で、彼女に出会ったんだ。

 

 

 

 

俺にはどこにも、居場所はなかった。切嗣と永遠の別れをして、藤ねえに当り散らして。そうして――――

ついに、親友だった慎二と喧嘩して。ソレがきっかけで俺が魔術師だとバレて。

結局、慎二と魔術師同士の戦いになって。

お互いの信念をぶつけた。自分の気持ちをぶつけた。俺は間違っていないのだと、正義の味方になるのだと。そんなガキのように癇癪を起こして親友と戦った。

意地の張り合いだった。傍からみたらくだらない争いだったのだろう。でも、その当時俺には余りにもその意地が重要だと思っていて。

 

―――それに、ハッキリと後悔の気持ちがある。何故そんなことをしたのだと、そういう感情があった。若気の至り、というには罪が重すぎる。

激戦に激戦を重ねて、最終的に慎二は高層ビルから落ちて消えていった。あの時の、落ちたときの慎二の絶望した瞳を明確に覚えている。涙は出なかった。それが現実だと認識できなかった。

それはまるで夢だと思ったが、それでもそれは変えることが出来ない現実だった。

―――でも、それ以上に。あの時、慎二が落ちたとき俺が走って彼の手を握っていたら確かに助けられたはずだ。その程度には俺と慎二の距離は近かった。

俺は自分が一緒に落ちることを考えると怖くなって、慎二を見殺しにしたんだ。

それは、俺の信念をコナゴナにするには十分な出来事だった。

 

 

――――死体はなかった。でも、高層ビルの屋上から落ちたらどんなことがあっても人が生きることはない。

慎二は、死んだのだろう。俺のくだらない信念の、正義の味方になりたいという感情を振りかざして、最後に残った繋がり。親友すら結局失った。

 

自業自得。罪人。殺人者。―――俺は、余りにも重い罪を背負った。一時期は家に引きこもっていた。でも、藤ねえの言葉は聞いておこうと、それがせめてもの謝罪だと信じて。

惰性のように、何の意味もなく俺は学園生活を送っている。

 

 

新学期。桜舞い散る通学路。俺は高校2年になった。かつて隣にいた友はいない。世界は黒く見える。

疲れるから、ゆっくりと、けれど眼をつけられたくないから遅刻はしないように学校に向かっている最中

久し振りー、とか。今年もよろしくーとか。そんな言葉が聞こえてくる。どうでもいい、がうっとおしい。

俺に友はいない。あの時、慎二を見捨てた時に友を作る資格がないと思ったからだ。

ゆっくりと、ゆっくりと歩く。辺りに散る桜が、この黒い世界に移る唯一の光の色だったから。理由は分からない。

 

「本当に、本当に綺麗…です。」

ふと、声が聞こえた。

隣に、いつの間にか少女がいた。その髪の色は黒く、けれど蒼く。

―――その色は、嘗ての親友を思い出した。顔は似ていない。恐らく赤の他人だろう。でも、彼女から眼を離すことはできなかった。だから、不思議と声が出た。

「あっというまさ。どうせ、1週間もすれば皆散ってしまうだけだ」

俺の返答に予想していなかったのか、少女はその大きな瞳を少し広げ、けれどすぐさま微笑み

「そう、ですね。でも来年また咲きます。その次も、そのまた次の年も。この桜の花びらは咲いてくれます。」

 

 

「そう、か。…遅刻だ。もうチャイムはなっている。俺はいくぞ」

 

「…はい。」

それが、俺と彼女。間桐桜の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

1月。雪が降ることもある、冷たい季節。

 

「これで、終わりだ。もうお前との関係は終わりだ」

 

「…はい。分かりました。先輩。今までありがとうございます。」

 

「―――ああ。」

 

結局、俺は彼女の正体をしった。

かつて切り捨てた親友の妹。虫に犯され、兄と慕った唯一の希望を失った少女。世界全てに絶望した少女。それが彼女だった。

俺は、奮闘した、と思う。彼女を様々な悪意から守りきった。かつての親友が守ろうとした少女を、せめてもの罪滅ぼしと全てを犠牲にしても頑張った。

あの日、桜と出会ってから8ヶ月。短いようで長い期間化け物と対峙して、殺し合いに発展して。俺は全てを、切嗣から受け継いだ物をほとんど全てを失った。

結局、その時に魔術の反動で俺は一部の感情を失った、と思う。感情が失うというのがどういうものかわからないから、たぶんそうだと思う。

何も感じない。何も考えられない。心に何も響くものがない。世界が黒いのではなく、灰色に見える。世界の意味を理解できなくなった。黒いのなら黒いなりにあった価値を見出せなくなった。

 

 

 

 

 

――――かつての通学路。俺たち二人はそこにいた。そこに桜の花びらはなく、舞うのは雪のみ。白い雪に色はなく、それはただ冷たいという感覚だけを知らしてくれる。

「じゃあな、桜」

 

「さようなら、先輩。私、先輩と出会えてよかったです。」

 

「―――俺もだ。」

俺たちは笑顔で目を合わせた。嬉しい、という感情はわからないけど、それでも笑顔で。彼女の笑い顔が、本物のそれか偽者のそれかはわからないけれど。

それでも、救われた気がした。そうして――――――

―――――手にあった剣で、桜を胸の上から突き刺した。

 

 

 

―――――結果として。

桜は魔術回路を全て失い、俺との8ヶ月の記憶全てを失った。俺という部分だけが記憶から消え、それに違和感なく日常過ごすこととなる。

祖父も、兄もいないが彼らは事故で死んだと勝手に解釈するようになっている。

 

それが、俺と桜の契約。慎二を殺した俺の罪滅ぼしとして俺が提案し、桜が了承した契約。

 

「…すまなかった。さようなら」

そうして、俺と桜は永遠の別れをした。

 

 

 

フラフラ、と。足が定まらない。かつての慎二の義理は果たした。ならば、目標が、指標がない。何もすることがない。何も向かうものがない。

正義の味方にはなれない。目指したものは、もう目指せない。それをするには罪を背負いすぎた。

死にたい、と。そう思うこともある。けれど、慎二を殺したのに自分の命を諦めることは許されないと思って。

俺は人形だ。ボロボロの信念を詰め込まれただけの人形。人ですらない存在。

かつて友と歩んだ学校。かつて守るべき人と歩んだ学校。かつての恩人が教師をする学校。何故そこに向かったのかわからない。

でも、学びやというのは人を教えるためにあるものだ。ならば教えてくれ、と。俺はどうすればいいのかと。そんな気持ちがあったのかもしれない。

 

おぼろげで、ボロボロで。世界が灰色に見えて。それでも俺には求める気持ちがあった。

俺が最後に求めたものは―――――――

 

 

そうして、彼。衛宮士郎は槍兵と弓兵の争いに巻き込まれ、心臓を穿たれた。

その時、とある悪意ある執念がどこかから紛れ込んで、彼の殻に混ざっていった。




これで桜編はいったん区切ります。この世界の桜は救われているという前提で。
というのもセイバールートなのに桜が出すぎるのもソレは違うのだろうと思ったので。
闇落ち士郎君(2部主人公)の過去の1ページ。かつての執念に呪われる前から病んでた模様。


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6話「sorrow」

あらゆる平行世界の衛宮士郎は、バーサーカーと戦うこととなる。
そして、彼はついにその心を―――――。


デウス・エクス・マキナ。機械仕掛けの神。時の神とも呼ばれるもの。

物語をどんでん返しし、幸せな、幸福な最後を物語の途中に関係なく導く女神。

それは物語においては禁忌とされる手段だが、俺はとても好きだった。

だって、どんな醜悪な途中経過でも、最高のハッピーエンドが出来るのだから。

この神は傲慢だが、それでもとても優しい神なのだな、と。そう思わずにはいられなかったんだ。

 

 

 

 

 

帰路につく。時間はもはや夜。そこに、音はない。俺たちは無言で歩いている。寒々しい空気は、俺たちの関係を表しているようで。

重い圧力が辺りに紛れていく。

そうしてついに二つ、道が分かれた。

それは俺たちの決別を意味しているようで。

 

「それで、ここまでは助けたけど、明日からは敵。いいわね?衛宮君?」

 

「ああ。何もわからない俺を助けてくれてありがとう」

 

「礼なんていらないわよ。どうせ明日から殺しあうんだし。」

 

「それでも、だ。ありがとう。遠坂。」

そういうと、遠坂はどこか顔を赤くして。

 

「ふん…。まあいいか。行くわよ、アーチャー」

そうして、遠坂は俺の家とは反対の道を選び。

これで、終わり。ここからは俺たちは敵同士。殺しあう敵同士。

「ああ、行こうか凛。だが、その前に一つだけそこの小僧に聞いておきたいことがある。」

 

「何だ?アーチャー。」

 

「貴様の願いは、自分が大切な人が幸せに死ねること、だったな。」

 

「ああ、そうだがそれがどうしたんだ?」

 

俺にはわからないことだけど、その赤い弓兵はどこか安堵したような、それと同時に悲しそうな瞳をして。

「いや…。まあいい。貴様、その信念を忘れるなよ。でなければどうしようもないほどにお前は後悔することとなるからな。今は…まあいい、か。」

そうして、俺たちは決別をした。

 

 

 

 

 

が、俺たちの決別は呆気なく崩れ去った。

 

「ねぇ。おしゃべりはもうおしまい?」

 

 

ふ声が響く。その声は暖かさを持っていて。けれど空気は冷え切っている。

アーチャーは驚愕な顔を。遠坂は足を震えさせ顔を青くし、セイバーは無表情を。

でも、その全てが理解した。これはダメだと。

気づけなかった。ソレに。その圧に。その重みに身体が動けなくなる。

これは――ダメだ。俺は知っている。あの時のランサーと同じ。けれど重みが違う。これは、この重圧は―――――。

 

振り返る。そして、そこには…。

 

「―――――」

背筋に汗がにじみ出る。逃げたいと、そんな感情がわきあがってくる。

 

そこには幼い少女と、否。そんなものどうでもいい。そんなものよりアレは、隣の化け物は一体なんだ。

あの、岩に見えるような巨人は何だ。

アレはダメだ。俺たちとは格が違う。存在が違う。位が違う。

アレは次元が文字通り違う。超えられない。超えれない。アレを直視できない。アレを、あんなものを見たら俺は敗北を理解する。

そんな、すがるような感情が湧き出て。

けれど、そんな俺の事情など知ったことかと隣にいた少女は凄惨な笑みを浮かべ。

 

 

「やっちゃえ、バーサーカー!」

そんな掛け声とともに。

そうして、岩の化け物は俺に近づいて―――――ヤメロ、という間すらなく間一髪、近くにいた彼女の剣に押し留まれた。剣が重なり合う爆音が辺りに広がり、だが、その威力を完全に防ぐことは敵わず。

剣圧。それに触れただけで、俺の身体は宙を舞った。

俺の全身をズタズタにしていくそれは風となって、俺を飛ばしていく。

「―――――あっぐっ」

ズザザザザ、と。俺を引きずる音がして。

10メートルは飛んだだろうか。その後重力という力は俺を襲って、地に自身の身体をぶつけた。

その衝撃は俺を襲い、本物の――――化け物。当たってすらいないのに、俺は自分の身体が動かない。動けない。全身が狂うように痛い。

 

 

 

――――何も見えない。何もわからない。ただ、金属が響きあう音だけが響く。

 

恐らく、彼女はあの化け物と戦っているのだろう。今は互角。けれど―――そんなことを認めてはいけないのに、それでも結果は子供でも分かる。分かってしまう。

 

このままでは彼女は―――――負ける。

胸が苦しく、痛くなってくる。こんな感情、今の俺にはなかったのに、それでも湧き上がるその感情は――――

それは。それだけはダメだ。彼女が負けて消え去るのだけはダメだ。それだけは、それだけは嫌なんだ。

でも、そんなことを思っても現実は変わらない。余りにも自身は無力だ。

ググ、と。身体と首を少し動かし眼球に力を入れる。そうすると、その頂上の闘いが見えた。

あの赤い弓兵と青い槍兵との戦いとは次元の違う戦い。それは人体を超越した動きをしていて。

けれど、それでも分かる。彼女は、セイバーはあの岩の巨人に敗北する。

彼女達は次元が違う強さを持っているが、あの巨人は別格。文字通りほかとは桁が違う。超越している。あの巨人はいわば頂点。決して崩れることなき頂に至った英雄。

付け焼刃など、今の俺がいくら何をしようが無駄と思える存在。

押されている。彼女が、あの頂上の戦いを見せつけた彼女が明らかに押されている。

負ける。このままでは彼女は確実に負ける。―――けれど、その戦いに入り込むことなんて出来なかった。

所詮人間なんてそんなものだとそれは見せ付けてるようで。

そうして、ついに。

巨人の正確無比な一手一手が確実に彼女を追い込み

 

その岩の巨人が、ついに彼女を切り裂いた。

 

「――――――」

それは、間違いなく致命傷―――――。

ゆっくりと、ゆっくりと。剣が切り裂いたその身体をゆっくりと浮かせていく。

世界がゆっくりに見える。遅く見える。色あせて見える。

また、あの時と同じなのか。

世界が灰色なった。また、光が世界から消えた。心がかけていく。世界に意味をなくしていく。

 

 

それでも、俺の感情とは裏腹に彼女は必死にその信念のようなもので、否。ただの意地だろう。彼女は見えない剣をまるで杖のように使って自身の身体を支えた。けれど、それはつまりもう助からないのだと言ってるもので。

血にぬれた彼女は余りに、―――脆い。臓物が飛び出て、血が辺り一面に広がり。それは確実な致命傷であると、今の彼女なら俺でも簡単に倒せると。そう改めて認識できた。

そんな姿の彼女を見て。

俺は、俺は――――何をしている。

かつて、正義の味方を目指した。結果、慎二が死ぬことになった。慎二を、俺は人を殺した。そうして、勝手に世界に絶望して、結局何も成し遂げていない。

あの時と、慎二を見殺しにしたときと同じだ。俺は失うのか。また、自分の繋がりを失うのか。

 

彼女は助からない。死体は飽きるほど見てきた。もうダメだと、そう認めたくないのに俺にはわかってしまう。

身体をまとう悪意も言っている。もうだめだと。終わりだと。失敗したと。

 

―――なんて、無力。俺はこの程度なのか。何もなせないまま、結局終わるのか。

 

…自分の命が消えるなんてどうでもいいことだと思っていた。

自分が死んでも、それはいいことだと思っていた。そんな考えは今だ変わることはない。

 

――――けれど、それでも。俺をマスターと呼んでくれた。

俺をあのランサーから救ってくれた。彼女がいなかったら俺は間違いなく全てを失っていた。

だというのに、だというのに何をしているんだ、俺は。

俺はあの日から、慎二を殺してから。桜を救おうと頑張って何もかも失ってから。何も変わっちゃいない。

結局、俺なんてその程度だと、その戦いはそういってるようで。そういうことなのか。

それは…クソッ…嫌だ。嫌だ。

 

嫌だ。それだけは、彼女が血に塗れるその姿だけは――――!

 

その時。

「―――――――」

ピシリ、と。その時、頭の中の何かが弾けた。赤い果実が割れた。頭の中に何かが咲いた。

これは――――

それは記憶。

脳裏に蘇る記憶。それが誰のものか、いったいなんなのかはわからない。

 

でも、その記憶は―――――

 

セイバーのの胸に剣を刺した記憶がある。ワカラナイ。

セイバーを何度も何度も刺した記憶がある。ワカラナイ。

あの、黒いナニカに侵食されたセイバーの瞳を見た記憶がある。ワカラナイ。

あの、断末魔を覚えている―――――ワカラナイ。

 

何かが入り込んでくる。意味のわからない、自身が経験したことがない記憶が混ざりこんでいく。身体を纏う悪意から。自身を塗り替えていく。己を補完していく。完成させていく。

欠けた何かが混ざりこんでいく。今まで届かなかった何かに届いていく感覚。おぼろげで暗い世界が、色に侵されていく。それは赤。血にぬれた赤。

彼女が辺りに散らした赤色の血。

だが、どうしてだろう。その時は、その血がどうしようもなく綺麗に見えたんだ。

そんな景色に、色の付いた世界に捕らわれる前に、それを認識する前に強烈な何かが入り込んでくる。

記憶。明確な記憶。今までの既知感とは違い、それは映像となって頭に再生されていく。なぜ、どうして。わからない。わからないけれど。

それは、俺の姿だった。血にぬれた、涙を流した俺だった。

俺は何度も、何度も何度も彼女を手を持った短剣で突き刺した。嫌だ、と。苦しいと。

そう思っても何度も何度も、誰かを救うために。愛した人を救うためにかつての信念を捻じ曲げて。

 

そうして、ようやく気づいた。

ああ―――――そうだったのか。

 

 

その苦しみから、悪意から、哀しみから。誰かを守るために俺に纏うこの執念は―――――

 

ビキリ、ビキリと脳が変質していく。悪意が変わっていく。執念が消えかけていく。一つの人格を成していく。

 

そうして、遂に――――理解した。お前の正体を。

そうだ、お前だ。お前だよ。俺の中にいる、お前だ。

お前が―――――衛宮士郎の生き方にただ憧れたお前こそが、俺の執念の正体だったんだ。

 

いや、その正体は正確にはわからない。だってセイバーを何度も刺し殺しているのは俺だったから。

だのに、そんな記憶を持った衛宮士郎に憧れた存在。ソレは矛盾。俺が俺に憧れるという矛盾。だから、ソレがナニかはわからない。

神か、亡霊か、多重人格か。その執念の、未来の俺に憧れたその存在が何者かはわからない。けれど、これだけは分かる。

 

お前は、俺と同じだったんだ。

あの時、俺は火災で全てを失った。その時の罪悪感から、正義の味方を目指そうと頑張った。

あの時、お前は大切なナニカを救うために全てを失った。セイバーを殺してでも、そのナニカを救おうとした。そのナニカを救うことは出来なかった。その時に得た罪悪感から、正義の味方を目指そうと頑張った。

 

 

一緒だった。俺たちは、結局一緒だったんだ。罪悪感から全てが始まったんだ。

俺に纏う執念。それが何を、誰を救おうとしたのかはわからない。セイバーを、かつて憧れた存在を消してまでなそうとしたソレが何かはわからない。俺が見たのはセイバーを刺し殺す所だけ。

 

 

それでも、それは――――

それは、とても大切な記憶だ。醜悪な記憶であろうと最悪の記憶であろうと。それでも記憶というのは人が繋いできた過去だ。

執念に刻まれた記憶。それは本物だ。たとえこの執念が衛宮士郎じゃなくて、その記憶が衛宮士郎が得た記憶だったとしても、それでもその記憶は本物だ。

俺は大火災で全てを失った。この執念はとあるナニカを救うためにセイバーを刺し殺した。

それを否定してはいけない。生きてきた人生を、懸命に生きた証をなかったことにしてはいけない。

 

俺は――――お前から、受け取った。自分のようになるなと、そう執念が言っているのを知った。

その執念の想いを――――知っても否定する。

だって、どんな悪人でもどんな善人でも。記憶というのはその人が賢明に生きた証だから。それが、人が人を形作る上で最も重要なものだとあの火災で知ったから。だから、その執念が自分を否定しようとするのを認めることは出来ない。

 

俺は、過去を否定する事が出来ない。あの時セイバーを刺し殺した事実をなかったことにしてはいけない。ナニカを助けるためにセイバーを犠牲にした記憶をなかったことにはしない。それは、過去を否定するということは衛宮士郎の否定だから。

それを、遂に理解した。

それでも――――

 

 

…それでもただ、憧れたんだ。俺たちは。彼女のその剣に、そのあり方に、その魂に。だから、俺たちが彼女を見捨てていたとしても、助けたいと思うことが偽善だと分かっていても、それでも助けたいと思ったんだ。

切嗣とは違う。それでも俺達は確かにあの時彼女に憧れた。あの時、初めて彼女を見た時俺は何も感じていなかった。けれど、それは違った。

―――確かに、あの時。ランサーに助けてもらった時俺たちはその姿に憧れたんだ。それに気づかなかったのは、俺が自分自身を認められなかったから。

 

俺はもう―――失いたくない。慎二の時みたいに、桜と分かれた時みたいに。かつての知り合いが自分から去る姿を見たくない。

…身体が痛い。あの岩の化け物の攻撃は確かに俺をずたずたにしたのだろう。眼がふらつき、感覚はなくなりそうになる。それでも―――――失いたくないんだ。

――――目の前で切嗣は死んだ。慎二は墜ちて消えていった。俺の大切な人は、藤ねえと桜以外皆死んだ。

 

目の前にいる、血にぬれた少女は。俺よりボロボロなのに、助けられたと笑顔を浮かべるソイツが彼らと被るようだった。でも、俺じゃあ――――救えない。

俺には救えない。俺にはその実力がない。

無償にハラがたつ、けれど。俺には救えない。

だから本当は、こんな事を頼むのが間違いなんて分かっているけれど。

 

頼むよ、俺の中のオマエ。俺の変わりに、彼女を救ってくれ。

 

そう思うと。

 

クラリ、と。身体にまとう悪意、執念はそれに応じたかのようで。

 

意識が、墜ちそうになる。頭にモヤがかかる。ナニも考えられない。何も認識できなくなっていく。

 

 

 

 

 

あの日から、俺は何をしてきたんだ。結局失って、何もかもを失って。無力なままじゃないか。

せめて、セイバーだけで、も…――――――

 

 

 

 

 

 

「シロウ…?」

それは、誰の呟きだったか。血にぬれたセイバーのものか。赤い服を着た魔術師のものか。それとも白い妖精か。

それが誰かはわからないが、その全ての者は彼の状態に困惑していた。

血に塗れた少年。それは分かっているが、それ以上に。

 

彼は――――余りにも黒かった。

禍々しい黒。いっそ眼を背けた苦なるほどの黒い影。髪の毛はその銅から真っ黒に、そして身体には痛々しい、おびただしい数の刺青。それは魔術に詳しくないものでも、呪われたものだと分かる。そんな呪詛が刻み込まれていた。

それは、どこにも身体に傷はないのに、

けれど何故か。生きているのかすら分からなくなるほどの傷を負っているように見えて。

 

「――――ああ、そういうこと、か。まったく、しょうがないなぁ…」

 

その声は、衛宮士郎のものと同一であり、彼女らにはソレが衛宮士郎にしか思えなかった。

見た目は変わり、明らかな変化をした彼。それでも彼女らはそれが衛宮士郎だと、認識してしまう。

セイバーの直感すらも、彼は衛宮士郎で、何一つ変わっていないと言っている。

ニヘラと、どこか安心したような顔をした彼は、何一つ危険なことなどない様で、否。ソレはあり得ない。

あの周りに付いた黒いナニカ。あれは呪いだ。それも、魂ごとグシャグシャにする最悪の呪い。

それは、そのことにセイバーが一番おどろいていた。それを直感で感知できないことに。

マスター、アナタは何者だと。そう考えるほどに。

いつの間にか、彼が岩の巨人につけられた致命傷がふさがっていたとしても、それを気にすることすらどうでもいいほどに彼は禍々しい存在だった。

 

「で、だ。」

 

「お前ら、覚悟できてるんだろうな?いくら私がもう壊れかけだからって、それでもコレは許せるものじゃないぞ。」

 

「衛宮士郎に手を出した。それだけでお前らは罪人であり、処刑対象だよ。」

 

彼はニヤリと笑い。

 

「トレース・オン」

 

そうして、両方の手に白と黒の剣を携えた。

 

 

その執念は笑う。もはや自身が灯火で、その戦いをするだけで完全に消えると知っていても、それでも彼は笑う。

 

衛宮士郎を助けるために。

何も成し遂げられなかったかつての無念を果たすために。




執念さんブチギレモード 
この作品始まって以来の俺TUEEEです。
クラナドとリトバスの同時プレイをしてたら投稿が遅くなってしまうぜ。ムヒョっす!ギャルゲーは最高だっぜ!

見た目はアヴァンジャー(アンリマユ)です。


一応ややこしくなったのでこれまでの物語のおさらい。

1部0話の士郎、桜を救えず世界を何度も繰り返す。最終的に記憶が磨耗し別人に憑依転生する。
→1部裏話のシェロ・ループラインに転生→数度にわたった転生ののちfateを創作物として見れる世界にいた1部プロローグ主人公に憑依転生→1部3話で無茶な投影したため主人公死亡。3話→1部ラストエピローグへ。

ここまでが衛宮士郎(初代)

1部4話から1部最終話までシェロ・ループライン(オリ主)というかつて衛宮士郎が乗っ取った魂の別人が主人公。記憶と意識を無自覚のうちに継承→1部最終話で自害する。

ここまでが1部の物語。
2部はシェロ・ループラインが自害した際、分かれた魂の一部(執念ちゃん)に何かがあって平行世界?の衛宮士郎にたどり着いた話。


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6話「消えうせる少女」

かつての少女は、男を愛した。


とある少女がいた。その少女は家族を衛宮士郎に殺された。だが、それは仕方がないことだった。彼女の家族はもはや殺す以外では助からず、他者へ害悪を撒き散らす存在に成り果てたからだ。

だから少女は、ありがとう。と、そう衛宮士郎に伝えた。それが衛宮士郎にどのような影響を与えたか、それは遠い過去でもはやその少女にはわからない。

 

けれど――――それでも、少女自身は衛宮士郎に救われたのだ。家族を殺されて、確かに救われた。

自身の命を。そして、かつての家族を代わりに殺してもらえた。それがどれだけ孤独になった彼女の心の支えになったか。

彼女が抱く衛宮士郎に抱く感情は憎悪でも愛情でも友情でもなく、尊敬。敬意であった。ソレを抱いたからには、彼女が衛宮士郎に寄り添うのは仕方がないことだった。

たとえ最後に少女が衛宮士郎に殺されたとしても、その時彼女が抱いたのは安堵だけである。

だって、彼の信念を。感情を。求めたものを知っていたから。だから恋愛感情は抱かないと、そう思っていた。

そう、彼女は信じていた。

 

 

 

 

この身体は衛宮士郎のものだが、英雄のものではない。衛宮士郎を極めつくしたアーチャーのような身体能力はない。故にヘラクレスに勝てる道理はない。

――――それがどうした。

私には最強の記憶がある。あの時彼が見せた武の極み。それを知っている。

ヘラクレスの岩剣は左から来る。ならば――――右に受け流し、その勢いで相手の更なる追撃。蹴り――その一撃は私を絶命させるだろう。だが、先ほどの岩剣から得た力でカウンターする。

 

相殺。するも―――更なる攻撃は必須。ならばと手に持った剣で、一撃を軽く与える。

ダメージはない。もとよりこの宝具はランクC。ランクA以上じゃないとヘラクレスにダメージを与えることは出来ない。が、

 

思わず口角が上がる。一つでも間違えたらこの身体はズタズタに切り裂かれるだろう。極限の一刀。こちらの攻撃は効かず、されど相手の一撃を貰えば終わり。なんていうか、無理ゲーという奴だ。

 

されど、心は熱く、高ぶっていく。剣が交差する音が辺りに広がり、それが私の闘争本能を呼び覚ます。

背筋が冷たくなる。私は今にも死ぬかもしれない極限の闘い。だが――――

不思議と興奮が止まらない。さらに口の口角が上がるのを押さえることが出来ない。どうしようもなく命のやり取りが楽しい。

私は生きている。今、この瞬間生きていると実感できる。

 

だからこそ、今を生きる者だからこそ、我々の極限の一手一手に意味はある。

 

この時、衛宮士郎ならばどうしたか。これなら、衛宮士郎はどう返すか。

私に戦闘の経験はない。記憶は継承したが、自身は戦闘を行っていない。ならばこそ、記憶の中のかつての衛宮士郎を模倣する。

正しい場所に正しい速度、正しい力量で剣を空間におくだけでいい。それだけで戦える。

あの時みた最強の自分を思い出せ。この身体は脆弱。だが、そんな危険はあの男は何度も跳ね返してきた―――ならば私が負ける道理はない。

 

だが、相手はヘラクレス。都合よくいくはずもなく――――

 

―――動きが、変わった?この動きはなんだ。まさか――――。

クソ、これは―――大きく振りかぶった一撃。今から来る攻撃を直感で理解する。これは今までのカウンターでは回避不可能。だが、これなら―――

自身の宝具、右の剣に対して壊れた幻想を発動する。手にダメージを追わない最小限の爆破を持って、自身と奴の距離を離れさせ、再度剣を投影。

宝具を破壊する、という行為はヘラクレスに一瞬の隙を与え。ならば再度自身の手にある壊れた幻想を復元させた。それは今まで使っていた剣ではない。オーバーエッジ。強化魔術と重ねた本来の宝具をさらに一段階強くする魔術。アーチャーを超える投影技術を持つ私が放つ最大の利点。最速で紡がれたその剣は確かに一瞬隙を晒したヘラクレスを見定め。

 

ザシュ、と血が舞う音がした。一死。奴の心臓を確実に穿った。だが、これで終わりではない。ヘラクレスは12回殺さなければ倒せない宝具を持つ。それならば。

胸に剣を刺した状態で壊れた幻想を行う。ヘラクレスの身体を中心に膨大な爆風が辺りに広がり、それを利用して距離をとる。これにより二死。あと10回――――

いける、とそう確信しようとした瞬間。

 

―――甘かった。

しかして、英雄は危機的状況でも英雄的行動を取れるからこその英雄。ヘラクレスは自身のダメージの回復など無視して、衛宮士郎に襲い掛かる。最速の、かつ無駄のない拳の一撃を。

 

 

―――それすらも、読んでいる。

合気道を持って受け流し。柔道を持って跳ね返し。太極拳を持ってダメージを完全にゼロにし。剣道を持ってその英雄に剣のカウンター。それはアーチャーの技量を遥かに超えており。

 

彼、衛宮士郎は技量によりヘラクレスをも確かに圧倒した。

 

衛宮士郎は転生者であり憑依者である。何万回も憑依を行った男。正義をかつて目指した男。彼はその膨大な時間を使って様々な体術。剣術を持っていて、それを組み合わせることで最善の一手を作り出すことを膨大な時間を持って可能にした。

―――衛宮士郎に武術の才能は少ししかない。一流にはなれるが超一流には、最上位にはなれない。だからこそアーチャーは衛宮士郎の極地であるが、その剣術は他の英雄に少し劣る。

だが、それは本来の衛宮士郎である。

ケルト神話というものがある。その神話において最も強い英雄はクー・フーリン。ランサーであるとされるが、実際はそんな彼の師であるスカサハが彼を超えて最強であった。それは何故か。

彼女は不死である。不老である。永い年月を生きた魔女。それが彼女。ならばそんな彼女が才能でクー・フーリンに遥かに劣っていたとしても、その永い年月をもって鍛えに鍛えたら――――。

結果、彼女は彼を凌駕し、最強に至った。

 

ならば、強さを貪欲に、誰よりも求めた衛宮士郎がその領域に至らないはずもなく。

身体能力ならばともかく、こと技量においてヘラクレスを彼は圧倒している。そしてその記憶を受け継いだ執念もまた、かつての衛宮士郎に劣るとしても―――。

 

それでも、ヘラクレスを圧倒するには十分の技量が――――

 

 

 

「いい夢は見れたかしら?」

そんな、白い少女の声が響いて――――

 

 

それでもサーヴァントと人間には明確な差が存在する。

 

 

一瞬。その声に気をとられた一瞬を付いて大剣―――ではない。それすらもフェイント。本命は―――大きく振った蹴りだ。その巨体を最大限生かした一撃は、

 

「グッ、あッ――――」

一撃で、衛宮士郎を紙くずのように吹き飛ばした。

 

 

技量がいくらヘラクレスを超えようと。

たとえ、投影技術を持とうと。それでも、所詮は人間。所詮は成長途中の衛宮士郎。身体能力。絶対的な差。そこは、技術どうこうの次元ではない。

例え達人であったとしても熊には勝てないように。生物的な差は技術を圧倒する。

 

身体をバウンドさせて、ヘラクレスの蹴りの一撃は確かに衛宮士郎を再起不能にした。

 

 

「ク、ソ――――」

―――口は、動く。声は出る。もとより痛みはない。そんなもの今の私は磨耗しきっていて、感じることは出来ない。

でも、身体は動かない。もうボロボロで、何も出来ない。

私は負けるのか。私は負けたのか。

 

心が砕けそうになる。けれど、これでは終われない。まだ私は、最後の切り札を切っていない。

あの時、あの時衛宮士郎が世界を歩き続けて知った技術。それを再現するために、自身の魂の最後を使っても可能にさせる。

本来私自身では不可能なモノ。アーチャーとなった英霊エミヤすら不可能の弓の絶技。理論こそ知っているが、弓兵としてはとある英霊以外には絶対不可能な確実な一撃。

その彼を憑依経験させる。もとより投影はアーチャーを超えている。故にその絶技にいっぺんの曇りもなく、十全にその宝具の性能を引き出す。

 

「初めから、わかっていたんだ。私ではヘラクレス。アナタには勝てない。」

 

倒れふし、血にぬれた。そんな男の言葉は負け惜しみのようには聞こえず。

「けれど、それでもアナタの心の支えは折っておきましょうか。」

ゆえに、その男に敗北はない。

 

私は衛宮士郎であり、投影を極めた者。それが神が創りし宝具出ない限り、どんなものでも完璧に投影する事が出来る。

ならば、あの宝具を以って、彼を倒そう。

その宝具に真名を語る必要はない。その宝具は正確無比。確実にイリヤを貫くだろう。

 

今は夜。ならば星は浮かんでいる。星が見ている。あの時、この世界をゲームの世界に見える上位世界を求めて、それでも手を伸ばしても届かなかった。宇宙の果て。かつての世界。

ついには手は届かなかったけど、その手前にある星。

その星。いて座。それにはついに届いた。

 

「弓を構える必要はない。もうそれはすでに射抜かれているのだから。」

 

「ゆえに、宝具の真名を語る必要もない。この星の一撃、受けるがいいさ」

 

その宝具の名前は天蠍一射(アンタレス・スナイプ)

賢者であり最高峰のアーチャーであるケイローンの宝具。いて座となったケイローンが使う、いて座から穿たれた流星。

それはもう構えられている。弓は放たれている。星は常に外から人を見ている。星こそが弓であり、矢なのだから。構える必要はない。

 

ピシュン、と。音速を超える速度で放たれたソレは、凄まじい圧力を持って。

 

 

 

―――――世界から、音が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

空から穿たれた矢。流星と呼べるもの。

だが、その威力は対軍宝具には届かない。しかして、正確無比な矢は、確かにイリヤを、否。寸前で彼女を守ったヘラクレスに致命的なダメージを与えた。

その宝具のランクはAには届かない。故にヘラクレスを倒すには余りにも脆弱な一撃。だが、その速度、タイムラグのなさは全ての英雄を置き去りにする

 

 

 

ヘラクレスは最強の英雄である。ならばその強さの根源は何か?

身体能力?

力というならば、なるほど最上位ではある。だがそれで強さは決まらない。当たらなければ意味がないのだから。

速度ならばアキレウスという英雄にまける。

賢さ?それも違う。彼より知性ある英雄はいくらでもいる。

 

彼が持つ最大の能力は瞬時の判断能力。そこにあるものを最大限に活用できる能力。

だからこそ、彼は身体能力では、頭脳では不可能な12の試練を制覇出来たのだ。

 

 

 

ヘラクレスとて、最上位の英雄とて空から穿たれたソレには間に合わない。それは違わない。だから、彼はとっさの判断でイリヤを守るために命のストックを全て消費し、自身の速度に上書きした。

そのような使い方は本来ではあり得ない。故にヘラクレス自身も始めて使うもの。だが、彼は迷うことなく全ての命のストックを消費した。それを選択できたのは彼の判断能力の高さにあった。

それは本来ならば不可能な力技。ゆえにその速度は一瞬だが、しかしその速度は音を超え、かの最速の英雄、アキレウスすら超越した。ならば、彼の矢からイリヤを守るには十分な速度で。

 

結果、彼はその攻撃を受けてもダメージはない。ない、が―――全ての命のストックが消滅した。ゆえに一撃。今、一撃を加えられたらそれでヘラクレスは終わる。

 

そして、それを見逃すあの赤い弓兵ではない。

 

ピシュン、と。音が響いて。

カラドボルグ。ランクにしてA。それを矢にして穿たれた一撃は決してはずすことなく。

イリヤを守るため、自身を超越した動きをしたヘラクレスは何も抵抗することなく呆気なく。

 

その矢はヘラクレスの胸に突き刺さり、さらに追い討ちをかけるようにその宝具を爆破させ。

 

そうしてヘラクレスは、叫び声一つあげることなく呆気なく消滅した。

だが、その時、爆破する瞬間の彼の顔はどこか、満足したようだった。

 

 

それを見終えた私は――――

 

力が抜ける。自身が生み出した、悪意が消えていく。

身体をまとう泥が落ちていく。ソレを見て、理解した。

 

―――終わった。私の役割は終わった。

最上の結果。ヘラクレスを打ち倒し、味方には死傷者がいない。恐らくセイバーもこの後原作通り元に戻るだろう。

そう、安堵したとき、ピシリ―――と。自分が壊れた気がした。

ああ―――もう、時間なのか。

意識が薄れていく。自我が消えていく。

遠坂が何かいっているが、イリヤが何か言っているが何も聞こえない。何も見えない。

 

永く、生きた。衛宮士郎に自身の魂を渡して、彼とともに歩き続けて何万年か。さらに衛宮士郎の自我が消えて、執念となってから何万年。何の因果かまたもや衛宮士郎に魂が混ざりこんで。そうして、彼を、今代の衛宮士郎を見てようやく気づけた。

シェロ・ループラインが知ったことを何万年もたってようやく気づけた。

もう、桜は救えない。救うことが出来ない。それは理論上でも、気持ちでも無理だと。

そもそも初めから矛盾していた。世界をなかったことにした。世界を消し去った。だからこそ桜を救わなくてはいけないのだと。

――――そも、初めの世界をなかったことにした時点で、桜を救うことなど不可能だと気づいてしまった。世界をやり直した時点で自身が求めた桜を救うことなど出来ない。たとえ、初めの世界にこの世界を書き換えたとしても、それは今の世界を消すこととなるのだから、そうしたら自分は今の世界を取り戻そうと必死になるだろう。そうして桜を消してしまう。

これでは結局意味がない。桜を救うために世界を消した。その罪悪感から桜を救おうとしているのに、世界を消して桜を助けるのでは意味がないんだ…。

 

――――気づいていた。初めから気づいていたさ、そんなこと。何万年も時間はあったんだ。とっくにそんなことには気づいていた。ただ目を背けていただけ。現実から目をそらして、シェロ・ループラインへ思い違いの恨みを持って、そうして何万年もたった子供。それが自分。ならば、何故自分は必死に生きていた。なぜこんな執念になってまで、自我を保ち続けたのか。

 

ああ――――そうか。

 

桜を救うことが私の幸せでは――――ない。初めからそんな事、どうでもよかったんだ。

だって、彼女は笑って死んだのだから。あの笑顔を知っている。

私は、私は初めから。シェロ・ループラインも、私も。その他大勢の魂があの時の衛宮士郎に付き添った。

自身の身体がなくなっても、かつての思い出が消えても私たちは

彼についていった。

それは―――――それはつまり、私たちの彼を思う気持ちは尊敬とか敬意とかではなく。

 

私の本当の願いは――――

衛宮士郎と、あの時自分を救ってくれた彼とずっとずっと傍にいたかったんだ。ただ、彼を愛していたかった。それだけを、願い続けたんだ。

自分の魂を彼に渡した理由。初めの記憶。

 

私は―――そんなことも忘れていたのか。

 

血にぬれた彼。剣を振るう彼。笑う彼。泣き叫んで、自身を殺そうとする彼。そうして、殺した彼。

あの日みた彼の思い出は雪のように消えていく。溶けていく。

 

消えていく。自分が消えていく。夢のように消えていく。

 

ああ、私は死ぬのだろう。文字通り完全に消滅するのだろう。

 

それに、後悔はないけれど。それでも、知りたかったなぁ。

 

もっと――――知りたかった。

 

好きという気持ちを。

 

 

そうして、何万年も生きながらえた執念は、最後にその感情だけを衛宮士郎に残して消え去った。

 

 




強さ的には
一部最終回衛宮士郎>今回の衛宮士郎です。そりゃハッピーエンドになるというもの。逆にいえばそれくらいの強さがないとハッピーエンドになれないということですが。

星への語りについては
1部の4話「桜への執念」でて語ってます。柳洞寺に向かう時のことですね。



執念の正体=1部裏話に出てきた緑色の肌の少女。
もう少しで最終回です。


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最終回「真実」

―――それは、呪い。


ふわふわと、宙を浮いている。そこは黒い渦のような場所。俺、衛宮士郎が知ることが出来る場所。それだけを知っている。そこに理由はない。

 

とても、とても――――ここを、悲しい場所だと思った。

自身の執念の正体を知った。そして、彼女に全てを託したと思ったら俺はここにいた。

恐らく、彼女は俺の代わりに戦っている。けれど、理解してしまう。彼女では敵わないと。あの岩の巨人には届かないと。

―――この世界はひび割れている。恐らく、ここは彼女の心象風景。

黒く、黒く。悪意が集まる世界。ボロボロの世界。それは、彼女がもう自我を保てないと言ってるようなもので―――――。

 

それに――――この世界には悪意しかない。否。この世界はそれが濃縮したもの。まるでソレは、世界は醜いものだと、そう錯覚してしまうようなもので――――。

 

 

 

ピシリ、と。あの時と同じ。頭に何かが開いた感覚。

「――――――」

そこで、とある少女の生涯を見た。

 

 

 

 

彼女は人ではなかった。否。彼女は元々は人だった。けれど、とある研究者が生み出したウイルス。それが世界を覆いつくし、結果彼らは人であり、人でない存在となった。

その肌は緑色であり、30歳を超える頃にはウイルスに耐えられなくなって化け物となる。そんな世界で、かつての隣人、家族全てを衛宮士郎に殺された少女。名を、――――何の因果か。桜、と。それが少女の名前だった。

それを偶然と切り捨てたのが、衛宮士郎の最大の失敗。

とある世界において衛宮士郎は桜を救おうとして――――失敗した。それでも、彼女を助けようと、生き返らせようと世界を何度もやり直して、結局ソレが原因で世界から追放された。そうして、あらゆる他者に乗り移った。

 

でも―――彼は、衛宮士郎は桜を求めた。それが結果か、理由か。それはわからないが。

彼は数多ある平行世界の衛宮士郎に憑依して、そしてあらゆる平行世界の桜を殺しつくした。

そうだ――――彼が手にかけた少女。緑色の肌の少女。それは、世界が違う故に姿形が違うが、確かに桜だった。結局彼は桜を殺す運命に縛られていた。

彼は、あらゆる他者に乗り移っていなかった。

他者に魂を移す?そんな事をすれば、肉体と魂のズレで崩壊を迎えに決まっている

シェロ・ループライン?それは平行世界の衛宮士郎の名前だ。もとより、彼は衛宮士郎だった。

 

 

それが答え。それが結末。結局衛宮士郎は何度憑依しようが衛宮士郎以外にはなれず、何度繰り返しても最終的には桜を殺す。それが結末。

 

 

そんな、そんな余りにも残酷な結末を知った。

彼らは満足して消えていったかもしれない。執念の少女。桜すらもそれは変わらない。

けれど―――それは、本当に。

 

 

本当に、彼らは幸せだったのか?

 

 

 

俺は俺だ。衛宮士郎だ。慎二を殺し、切嗣を騙し続け、桜の記憶を奪い、結局彼女に救われた存在。彼らとは違う。それでも――――

 

それでも、平行世界の彼らは幸せじゃなかったとしても―――それでも、その信念に向かって突き進んだ彼らは余りにも――――遠い…。

 

世界をなかったことにしてでも、数多の世界を渡り歩いても。

数多ある衛宮士郎に憑依した初代衛宮士郎。彼が、否。彼と一緒に歩み続けたあらゆる平行世界の衛宮士郎。

何万年も歩み続けた彼らを超えることが出来ると――――とても、思えなかった。

 

俺は彼らを超えれない。俺はたまたま、桜を救えただけで彼らのように何万年も歩み続けることなんて出来ると思えない。

 

俺は彼らが求めた桜を知らない。だから、助けようとは思えない。けれど――――それでも、それでも…!

心から湧き出た気持ちに嘘はつけない。

彼らの死を――――なかったことにしてはならないと、そう思ったんだ。

 

 

ふと、そんなことを思った時。暗闇、黒い渦の中から。突如として目の前に衛宮士郎が現れた。

それは俺とかがみ写しのよう―――ではない。違う。

まとう雰囲気が違う。何より、この男には決定的な年期がある。

この男は誰だ。俺ではない。俺はここまで完成されていない。

俺ではない衛宮士郎―――ならば、平行世界の?

 

 

そんな、怪しむ俺のことなんて知ったことかと、目の前の衛宮士郎は笑顔で手を差し出して。

 

 

 

気づけば俺は。

 

俺は、その手を握ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、呪いかもしれない。

未来永劫続く衛宮士郎の呪い。正義の味方に、少女の味方になり続けるという願い。

ソレが続く限り、彼に終わりはない。

執念から彼へバトンは渡された。

 

 

彼は桜を救った。それはもう一つの未来。とある世界の衛宮士郎にとっての最高のハッピーエンド。だが、桜を救うという未来は確かに存在した。

 

 

―――けれど、代償は存在する。

人生はプラスマイナス0である。それは変わらない。

彼は桜を助けた。そして、ヘラクレスをも打ち破った。それはプラスだろう。

しかして、この世界は本来とは違う。

世界に対して怒りに満ちた天草四郎時貞がいる。

かつて、切り捨てた慎二がいない。

その極大のマイナスが存在するだけで。

それだけで、未来は大きく変わる。

 

3つの平行世界があった。それはとある世界でfate、UBW、HFと呼ばれた世界。

fateの世界では桜と、慎二を犠牲にし。

UBWの世界では桜とイリヤを犠牲にし。

HFの世界ではセイバーとイリヤ、慎二を犠牲にした。

最優の、最も犠牲の少ない3つの世界。それらすら最小限の犠牲はあった。

 

この世界はそれとは違う。最優の世界ではない。ならば――――。

これ以上衛宮士郎の周りに犠牲が増えることは、運命として決まっている。

 

 

 

それに気づけるのは、その3つ以上の世界を掴み取れるのは世界をゲームとして見れる上位世界に行った事がある衛宮士郎だけだった。

上位世界に行き、運命を操る魔法を持つことが出来た衛宮士郎のみ。

 

彼は、違う――――。上位世界に一度も行った事がない衛宮士郎。彼は、最優の世界を超えることが出来るのか。はたまた、そんな世界に横槍を入れるものが現れるのか。

 

それは、世界にしか分からないことだった。

 

 

END




…唐突に見えるエンド。実は2部を書き始めてから決まっていたことだったり。
2部は1部の補完として書いてます。一度1部を書き終わった後、実は完結に設定したんですが掘り下げがたりねーな。と思い2部を書き始めました。

いやまあ…本当はもうちょっと、続けたかったんじゃよ?でも、もうなんていうか自分が思う主人公の底の底を書きつくした感が個人的にあって…。もう掘り下げる所ねーじゃんってなっちゃって。

原作の3ルートを超える完全無欠のハッピーエンドなんて存在しないです。それを超えるハッピーエンドは、かつての3ルートの衛宮士郎が間違えたといってるようなもの。それは冒涜というものです。1部最終回の衛宮士郎すら、3ルートと同等にはハッピーエンドですがそれ以上ではないです。


この後の話のヒントとして、1部主人公の原初衛宮士郎といいますか、運命を操る魔法を持つ衛宮士郎。1部ラスト・エピローグの衛宮士郎ですね。彼は桜を求めて歩き続けています。その為にあらゆる平行世界を歩き続けています…。


これで、終わります。


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