東京の池袋を歩いている少年、「天沢ケイスケ」は、今朝から妙な違和感に包まれていた。理由はわからない。とにかく違和感があった。具体的に言うなら、朝起きたとき夢を見ていたと言うことは覚えているが、内容が思い出せない。そんな感覚に晒されていた。
「(何なんだろうな・・・この気持ち。)」
忘れるくらいだったらたいしたことないだろうというそんな気持ちで思考を切り替えようとするが、どうにも違和感がぬぐえない。イライラしている訳ではないが、どうにも気になって仕方ない。
「(考えていても仕方ないか。後にしよう。それよりも、急がなきゃ。)」
今日はバイト先の先輩の就職が決まって、そのお祝いとして一度ネットカフェ「フーディエ」に集まる予定なのだ。尊敬する先輩の就職が決まって嬉しくないわけがない。早く向かわなければ。
「フーディエ」の階段を上り、自動ドアが開ききるのを確認すると、足を踏み入れて中に入る。入った瞬間、蝶の刺繍が背中に入った青い服を着た金髪の人に声をかけられた。
「よっ、おつかれ。」
見た目からしていかにも軽薄そうな金髪の男、「今井千歳」が軽い感じでケイスケに声をかけた。こんな見た目でもバイト先の先輩の一人であり、右も左もわからなかった自分にあれこれ教えてくれた面倒見のいい先輩なのだ。ちょっと女好きでチャラチャラしてるのが玉に瑕だが。
「よう。」
同じくして、千歳と同じ青い服を腰に巻いたノースリーブのシャツ姿の灰色の短髪の男、「御島龍司」が声をかける。
「話は聞いていると思うが、今日は龍司の就職先が決まったお祝いとして、焼肉を食いに行こうと思うんだ!もちろんケイスケも行くだろう?」
「うん!」
「もちろん、おまえも行くよな?優。」
名前を呼ばれて店の奥から出てきたのは、薄紫の髪をした一見すると少女に見える顔をしたケイスケの幼馴染で親友の「乃木優」だ。
「もちろんいくさ。リーダーの奢りでな。」
「何で祝われる側の俺が金を払わなきゃいけないんだ。お前が払え。全額な。」
「もちろんケイスケも食いたいよな?リーダーの金で。」
「いや、普通に僕達が払おうよ・・・。」
親友の悪ふざけに呆れながら突っ込みを入れるケイスケ。
「はっはっは、仲良いなお前ら・・・んじゃま、そろそろ行こうぜ。」
千歳に促されて全員店の外へと移動する。ケイスケもそれに続いて足を動かす。いざ外に向かおうとした瞬間、ふと店の奥にある扉に目が向く。あの扉の奥は物置になっている。バイトしている際に自分も何度も確認しているのでそれ程気にならない筈なのに、なぜか妙に気になった。
扉を開ける。そこにあるのは店の備品が入った大量の段ボール箱と使われていないパソコンが一台。いつも見慣れている光景だというのに、目に入った途端、鼻の奥がツンと刺激され、涙を流す。なぜこんなにも苦しいのだろう。なぜこんなにも寂しいのだろう。まるで、大事な何かが抜け落ちたかのように、胸にぽっかりと穴が開いたかのように、心が痛んだ。
「おーい、何してるんだ?置いてっちまうぞ?」
感傷に浸っていたら千歳の声が聞こえてきた。いつまでもこうしているわけには行かない。思考を切り替え、踵を返して店を出ようとしたとき、不意に声が聞こえた。
---ケイスケ・・・。
「・・・!」
聞こえてきた声に思わず振り向く。振り向いた先には先ほど見た光景と変わらない物置。だがはっきりと聞こえた。その声を聞いた途端に、胸の奥から激しい何かが込み上げてくる。その声の正体を確かめるべく、もう一度物置の中に入る。
右を見渡す。あるのは積み上げられた段ボール箱。
左を見渡す。あるのは積み上げられた段ボール箱。
前方を見渡す。あるのは少量の荷物と使われていないパソコン。
ケイスケは迷わずに目に映ったパソコンの元へと歩き、電源を入れてシステムを起ち上げる。
パソコン起動したとき一番最初に表示されたのはページを開くためのパスワード入力画面。このパソコンはまだ店には設置するどころかパスワードの入力すらしていない初期状態のものだ。常識的に考えればわからなくて当然だ。だがケイスケにはわかった。ケイスケは迷わずに頭に浮かび上がったパスワードを入力する。
入力したパスワード。その名は・・・。
『DIGITAL_GATE_OPEN』
入力した瞬間、物置内は眩い光に包まれる。パソコンから溢れ出る光が辺りを包み込み、暗い一室を明るくする。溢れ出る光に目を瞑っていたケイスケは、目の前で起きた出来事に目を見開き、驚愕する。
パソコンの画面から0と1の数字が無数に飛び出し、それらがパソコンの画面の中心に渦を巻くようにして集まる。その渦が中心から広がるように動くと、それと同時に0と1が集まった空間に穴が開いた。
---ケイスケ・・・。
穴が広がると同時に先ほど聞こえた声と同じ声が聞こえてきた。
「(間違いない。僕は、この声を知っている!)」
声だけじゃない。この声を発しているものがどういった人物なのかわかる。
「(思い出せ。思い出すんだ!)」
頭に浮かび上がってくるのは一人の少女。浮かび上がっているものに合わせて0と1の数字が、自分が想像している何かを形作る。
「(君のその声、その姿、その温もり、その表情・・・!)」
段々と思い出してくる自分のもうひとつの物語と、無愛想でありながらも誰よりも仲間を気に掛け、誰よりも自由を求めていた一人の少女。
---ケイスケ・・・。
0と1が集まり、姿形の形成が最終段階となり、一人の少女の姿を形作る。
「(そして、君の名は・・・!)」
0と1の最後のピースが当てはまると同時に、一人の少女の名を呼ぶ。その名は------。
「------エリカ!」
名を口にした瞬間、0と1の集合体が一瞬だけ眩い光を発し、光が落ち着くと同時に地面に降り立ち、閉じている目をゆっくりと開いていく。
少女の目に最初に映ったのは、一人の少年だ。何処にでもいる、蝶の刺繍が入った青い服を着た、今一ぱっとしない顔の持ち主である少年。けれど少女にとって、誰よりも自分と向き合い、生きたいという自身の願いを受け止め、辛いときに傍に居てくれた大切な存在。その名は------。
「ケイスケ・・・。」
「っ!エリカ!!」
自身の名を呼んでくれた少女に足を大きく踏み入れ、少女を力強く抱き締める。
確信した。ここに居る。確かにここに居る。抱き締めている腕から伝わる少女の温もり。それを逃がさないと言わんばかりに力いっぱい抱き締める。
それと同時に少女、「御島エリカ」も同じように抱き締め返し、自身を包んでくれる少年の温もりをその身で感じ取る。
「エリカ・・エリカ・・・!」
「ケイスケ・・・ケイスケ・・・!」
お互いに涙を流しながら名を呼び合う二人。そして、どちらからともなく二人は離れ、エリカが言う。
「言ったでしょ?また会えるって。」
「うん。約束、果たせたね。夢じゃ、ないんだよね?」
「うん!」
「・・・!エリカ!!」
嬉しさのあまりにまた力強くエリカを抱き締めるケイスケ。それに答えるように優しく抱き返すエリカ。もう絶対に手を離さない。他の誰がなんと言おうと知ったことか。もし、二人がまた離れ離れになるような運命が来るのであれば、そんな運命は壊してやる。その結果、世界が崩壊したって知るものか。ここに誓おう。この先どんな結果が待ち受けていようと、それに真っ向から立ち向かってやる。そして、自分が望む未来を掴み取って見せる。絶対にだ。絶対の絶対にだ。故に宣言する。
僕達の物語は、絶対に終わらない。
~FIN~
「様子がおかしいと思って戻ってきてみたらいきなりラブシーン突入って、彼女居ない暦=年齢の俺たちに対するあてつけ?感動のシーンのはずなのにムカつくんだけど?」
「あのやろう・・・俺の妹に何してやがる・・・!」
「まあまあ、何でかわかんないんだけど、俺たちも記憶を取り戻したわけだし?ここは、後輩の顔を立ててやろうぜい?」
「それとこれとは話は別だ!ケイスケを一人の男として認めはするが、交際となればタダでは認めねえぞ!」
「思い出した瞬間にシスコン発揮かよ。はぁ~ぁ。先が思いやられるぜ。」
「・・・え?何?どう言うこと?話についていけないんだけど。説明して欲しいんだけど?」
~今度こそ完!!~
あらあら、こんなところにまで来るなんて、本当に物好きね。同じ観測者として、こんな面白いことなんてないわ。
今回、ここで語られた後日談は、ひとつの可能性の話。枝分かれした物語のひとつの結末。人の数だけ物語(せかい)があり、物語(せかい)の数だけ、人が居る。たとえそれが本筋には絡まない端役の人であってもよ。
あなたもその一人よ?もちろん、観測者である私も、物語(せかい)を持っているわ。
え?理解できないって?そうねえ。完結に言うなら・・・「夢は無限大」。
無限にある世界から、あなただけの物語(せかい)を、私に見せて頂戴。そのほうが、観測者として、もっと面白いから。それじゃ、縁があったら次の物語(せかい)でまた会いましょう。
それではね。
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