偽物の英雄王〜inオバロ〜 (蒼天伍号)
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ああ、また新しいのを

でもやるよ、英雄王大好きだもん。




オリ主転移ものです。ナザリックも転移済み。


「これで最後か……」

 

 石造りの古城の最奥にして最上階。玉座の間に鎮座する男は鬱屈とした声音でそう零した。

 

「いや……()()()のか」

 

 しかし次の瞬間には己を鼓舞せんと気を引き締め決意を新たにした。

 

 男は思う、この世に生を受けて三十年。当初こそこの世界の有り様に“悲嘆”したが、十二年まえに見つけたとある“ゲーム”の存在を確認した途端、それは歓喜に変わった。

 

 VRMMO『ユグドラシル』。

 その完成度の高さとリアリティ、無限に遊べるとまで言われる自由度によって一大ブームとなったゲーム。

 これを俺は()()()()()()()()

 

そしてこのゲームが終わる時、一つの物語が幕を開けることも。

 

 

 

これは賭けだ。運営終了とともに転移できるのは“彼ら”だけという可能性もなきにしもあらずだから。

しかし、それでも、と。たとえ転移できなくても悔いの残らないように遊び尽くしたことも事実。

 

当たれば上々、といった心持ちだ。

とはいえ、この時のために色々と準備してきたことも確かであり、静かにログアウトさせられたならそれなりに嘆きもしよう。

 

だが、俺には多少の勝算はある。

 

 

 

原作において“彼ら”が転移できたのは事実で、他のプレイヤーが転移出来たのか否かは定かでないし、それ自体はさしたる重要性を持たない。

 

大事なのは俺が“異物”であることだ。

 

本来であれば俺という人間はこの世界には存在せず、このようなギルドは存在しなかった。

“ワールドチャンピオンの中に俺の名前が載る”こともなかった、

 

であるならば、多少なりとも“不具合”もとい

異常事態(イレギュラー)”が発生してもおかしくはない。

 

ただこちらも“世界の修正力”というものが働く可能性がある。その場合は俺は大人しく強制ログアウトさせられて終わるのみだ。

 

 

 

なればこそこれは賭けなのだ。

 

あの転移が偶発的なものか人為的なものか定かでない以上はここで手詰まり、最後は運に賭けるしかない。

 

「まあ、この姿の元となった人物なら容易に引き寄せられるほどの幸運なのだろうが」

 

最早何も語るまい。どう転んでも俺は最善を尽くしたのだから。

 

 

 

「……来い、“エルキドゥ”」

 

部屋の奥に控えていた俺の唯一のNPCを呼ぶ。

すると、“彼”はスタスタと俺の前に歩み寄った。

 

「良い、俺の横に来て共に旗を見上げよ」

 

NPCたる“彼”に否やはない。ただ命令通りに横に来て旗を見上げるのみ。

このギルド『ウルク』の象徴たる旗を。

 

長いようで短かった。ただの人間種として剣一本で我武者羅に戦った頃から比べればよくぞここまでと感動すら湧いてくる。

俺は一切の妥協を許さなかった。それは前世で憧れこそしたがついぞ目指すことが出来なかった後悔からのもの。

俺は本気で“あの王”を目指した。

そのために対人、対モンスター、対ボスから対レイドボス、ギルド戦に至るまでありとあらゆる戦術を思案し実行し、時には惨敗、時には勝利を掴みここまでのし上がった。

……まあ、かつてのギルドメンバーはもう引退済みだが、それでも最後は清々しい別れだった。俺も他のギルメンも無理に引き留めたりはしない。それこそがこのウルクの掲げる唯一にして絶対の法。

『全力投球、去る者追わず』

己がやり切ったと感じられたなら去ればいい。未だ道半ばと感じたなら燃え尽きるまでやり切れ。

後悔が残らないようにやり尽くす、これが守れる奴ならみんな仲間だ。

 

 

23:58:30。

 

サービス終了までの時間は二分を切った。

 

俺は来るべき時に備え目を閉じる。

 

「来るなら来い、俺はその先で“果たせなかった夢を果たす”」

 

 

23:59:58、59……。

 

「願わくば……先へ、俺は、あの王にーー」

 

00:00:00ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ギル。僕はいつまで旗を見ていればいいのかな?」

 

ふと、“彼”の声が聞こえてくる。

 

「先へ、か。何のことかは兵器の僕にはさっぱりだけど……」

 

男とも女とも取れる、しかし美しき人の声が。

 

「やるべきことがあるんだろう? なら手を貸すよ、君一人で行かせるのは心配だからね」

 

目を開ければ“彼”が横からこちらを覗き込んでいた。

自分で作っておきながらその美しさに思わず息を飲むが、湧き上がる喜びに押されすぐに応え返す。

 

「ああ、共に行こう。友よ」

 

 

 




【名前】エルキドゥ
【種族】天の鎖※専用
【ジョブ】ランサーLv10ほか
【性別】自由自在
【身長】自由自在
【体重】自由自在

【カルマ値】中立(0)
【スキル】
???
???
???
???
【装備】
『布』


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初手からブレイカー

遅まきながら二話投稿。

この話でなんでこの作品が短編扱いなのか分かる模様。


「フハ、フハハハハハハ!!!!」

 

  勝った!俺は賭けに勝ったのだ!!

 

  馬鹿め、俺という存在をついぞ測りきれなかったようだな抑止力め!

 修正を受けることなく俺はまんまと貴様の抜け穴を通ったぞ!

 

 “なんだこいつ、うーん、よく分からないから一緒に飛ばすか”

 

 みたいなノリに違いない。フハ! ヴァカめが! 俺はとことん原作を無視するぞ? 運命を蹴散らすぞ?やりたい放題に暴れ回るぞ? いいのか? いいんだな?

 ハッ! もう遅い! 俺は俺のやりたいようにやる、恨むんなら己の浅はかさを恨むがいいさ抑止力! フハハハハハハハハハハハ!!

 

「……えーと、ギル?」

 

  ハッとして振り向けば少し困ったような顔をした盟友(自作)の姿が。

 あまりにも嬉しすぎてつい感情を抑えきれなくなっていた。

 

「いや、済まぬ。上手くことが運んだのでな、少し感情が昂ぶってしまった」

 

  しかし、すぐに冷静さを取り戻しいつものロールプレイで受け答えることができた。ふむ、これが転移の影響か。

 俺の精神は多少なりとも影響を受けているらしい。

  今も、エルキドゥに応待しながら十個くらいの考え事をしていられる。

 

  優秀過ぎだろ、『半神半人』。

 

「時にエルキドゥよ、お前はどこまでさっきのことを覚えている?」

 

「さっき?」

 

  こてん、と首をかしげる姿も可愛い……ああ、いかんいかん。こいつは盟友、こいつは盟友。

 

「俺が玉座に座ってから先のことだ」

 

「ああ、全部覚えてるよ。ぼんやりだけどね」

 

  朗らかに笑うその仕草も様になるというかなんというか。有り体にイける。

 

「なるほど、奴らと同じか」

 

  とにかくエルキドゥの状態に問題はない、想定通りだと分かった。

 

「ならば次は地形か。エルキドゥ、付いて来い」

 

「ああ、何処へだって付いていくよ」

 

  足早に玉座の間を出る俺に忠犬のようにトコトコと付き随う様はとても萌えた。

 ……いや、エルキドゥってこんなだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

「壮観だな」

 

  玉座の間を出て、この建物ジグラットの屋上に来てみれば、ウルクの外が一望できる。

 

  そこからの見晴らしは最高の一言に尽きる。だって、めっちゃ凝って作ったもんウルクの街並み。

 

「おや? なんだか外の様子、おかしくないかい?」

 

  十二年間積み上げてきたウルクの栄光を噛み締めていると、傍の盟友が何かに気づいた。

 

「ああ、気付いたか。“転移”に」

 

  しかしそんなことは想定内、というより俺の目論見の通りだ。

 とはいえいち早く気づいた盟友はやはり優秀、褒美に頭を撫でてやる。

 

「え? ちょ、ギル?」

 

  素で困惑している盟友に構わず撫でる。

 

  良い、良きに計らえ。

 

「……転移?」

 

「うむ、ここは今までいたユグドラシルとは違う。と言っても力は問題なく振るえるがな」

 

  言いつつ『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を起動し、空中に現れた黄金の波紋から黄金の瓶と二つの盃が現れる。別に聖杯ではない。

 

「これこそ俺の待ち望んだ現象よ、これより先は俺の()()()()()を目指すことが出来る」

 

  盃の片方を盟友に渡しとくとくと酒を注ぎつつ語る。

 

「へぇ、それってさっき言ってた“先へ……”ていうのと関係あるのかい?」

 

  ニコニコして質問してくる盟友に、俺は先の発言を思い出して羞恥心を感じつつ答える。

 

「ああ、お前も知っていようが前の世界では俺のこの体は本来のものでなかったからな。いや、厳密には今も違うのだが、まあ俺の魂の器となったことに変わりはない。それが借り物であろうとな」

 

  故に思う、これは反則なのではと。知っていたからこそ“この姿”を作ったのだし、大会の優勝に際した景品も随分と無理を言って作ってもらった。

 

  だが、同時にこれも力であると言える。転生という幸運のみならず『オーバーロード』と呼ばれるよく見知った物語へと入り込めたのだから。

 

  かの王も豪運の持ち主だった。それはひとえに神の血を引くからなのだが、本人は神嫌い。

 

  まあ、とにかくここから先の俺の野望に迷いはない。

 

「これからは“本気で”あの王を目指すことが出来る。0と1で出来た仮初めの世界ではなく、肉と血のある一生命体としてな」

 

  思うだけで歓喜する。

 

  データで出来た、バランス調整の成された世界でなく、無限の可能性を内包したこの三千世界でなら、俺は本当にあの王になることが出来るのではないかと。

 

「ふぅん、その王様っていうのに随分とご執心みたいだね」

 

  少しだけつまらなそうに呟く盟友にドキリとしつつ、顔色を伺う。

 

「そう膨れるな、あの王はな、俺の原点なんだよ。その盟友はお前の原点なんだぞ?」

 

「そうなのかい?」

 

「ああ、『神に造られし美しき緑の人』。或いは『天の鎖』と呼ばれたな」

 

「それって……」

 

  興味津々な様子の盟友に、俺はつい語り過ぎたと気づく。

 

  このNPCエルキドゥもなかなかに設定の凝った存在だ。

 

  なるべく原典のエルキドゥのように、しかしユグドラシルの世界観に合わせボカす部分はボカし、明記するべき重要な要素はしっかり叩き込んだ。

 

  故にあまりメタいことを言ってぶち壊すもんじゃない。

 

「……まあ原典がどうあれ、貴様は貴様だ。思う通りに生きればいい」

 

「ウルクの掟だね、わかるとも!」

 

  そう、彼は彼だ。いや、彼女?……まあ、とにかく盟友は盟友だ。無理に原典のエルキドゥになる必要はない。あくまでモデルだ、自我を得た今となっては自由に生きて欲しい。決して結末まで同じになる必要なんてない。

 

「その通りだ盟友! “己のなすべきを全力で”それさえ守れば俺は何も言わん、生きるも死ぬも……去るも自由だ」

 

  そう、それはかつての俺が出来なかったこと。

 

  社会の歯車、ならまだよかった。それすら放棄し堕落の極みを得て無為に死んだかつての俺をこそ俺は嫌悪する。

 己の思いも信条も無視して、流されるままに楽な方へと……。

 

 

「……先ずは周辺の偵察だ。頼めるか、エルキドゥ?」

 

  鬱になりだした思考を振り払い今なすべきをなす。

 

「うん、任せて」

 

  快諾した盟友は地に手を添え静かに目を閉じる。

 

『気配感知』

 

  NPCエルキドゥの持つ固有スキルの一つ。大地を通じ、広範囲に渡っての偵察を行えるチートスキル。生き物の気配はもとより、建物、地形すら測ることができる優れものだ。

 

「どうだ?」

 

「……周囲数キロには何もないね、ただもう少し行くと壊れた建物と幾つか()()()()()の反応がある」

 

「ふむ」

 

 その答えと、目の前に広がる光景から推測されるに、ここは“カッツェ平野”だ。

 赤茶けた大地が延々と広がっているような景色から薄々勘付いてはいたがそれにしてはおかしな状況である。

 

 カッツェ平野。王国と帝国の間にある荒廃した大地の名前だ。そこには廃墟と化した建物跡やアンデッドが横行する人気のない地帯。

 だが本来であればここは()()()()()()()()()()()()()

 

 しかしながら上を見上げれば煌々と太陽が輝き荒廃した大地を照らし上げている。

 が、少し先に目を配るとぼんやりだが霧が立ち込めているようにも見える。

 

「ここだけ、というわけか?」

 

 それならば幾つか原因が推測できる。まあ十中八九、ウルクの機能によるものだろうが。

 

「もうよいエルキドゥ」

 

「そうかい?」

 

 すっと立ち上がりパンパンと土を払う盟友を一瞥し次のなすべきを思案する。

 

 今の気配感知で盟友のスキルも問題なく発動することが確認できた。数キロ先と言っていたので霧のジャミングも造作もなく無効化して見せたのだろう。

 

「平野のどの位置に来たのかも気になるが、先ずは不遜にも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 英雄王を騙るこの男がニヤリと笑った瞬間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『っ!!』

 

『ほう、貴様のような肉人形でも驚くことがあるのだな。それとも貴様を縛るアイテム(おもちゃ)の機能か?』

 

 色彩の狂った幻想的な空間にて相対するのは黄金の王と()()()()()

 彼らの対話する空間は精神世界。一時的に精神を飛ばした彼が彼女の心の中へと割り込んでいるのだ。

 

 ちなみにこのようなことが出来る宝具があると宝物庫を漁って初めて知った彼が一番びっくりしていたりする。

 

『……』

 

『語らぬか語れぬのか、おそらく後者であろうが随分と哀れな姿よな』

 

 ちらりと目を向けるのは薄衣一枚を纏った麗しき美少女の肢体。叡者の額冠と呼ばれる宝石のような美しい非人道的魔導具を付けている影響で無表情無感情なその様は一種のエロティシズムを感じさせる。

 

 事実としてこの偽物の英雄王の中の人は非常に興奮していた。

 

『フン……だんまりか(え、なにあれ、服? アレ服なの!? 巫女姫の格好がガチで痴女って本当だったんだ!)』

 

『……』

 

 だんまりを貫く巫女姫であったが彼女は、厳密には彼女の装備するアイテムの機能は彼の動揺をしっかりと読み取っていた。

 何を隠そうここは精神空間である。いくら外面を取り繕おうとしてもそもそも外面が存在しないので心の声がダダ漏れになってしまうのだ。

 

 かの英雄王の宝物庫ならばそれをも隠蔽するものが存在していたのだろうがこの愚かな男は確認を怠った。

 ……まあ、それも慢心王リスペクトという苦しいフォローでなんとかできなくもないが。

 

『操り人形とはいえ不遜にも俺の肢体を覗き見たのだ。さて、どうしたものか(ホントにどうしよう。っていうかこのタイミングで観測してくるのは土の巫女姫だったよな? それでモモンガ見てトラップに引っかかって爆発四散しちゃう可哀想な子だった気がする)』

 

 その時彼は思った。

 

 “何この子めっちゃ救いたい”と。

 

 その心情の変化は彼自身にしか測れぬが多分に、いや十中八九彼女の“痴女ファッション”に魅了されてしまっていたのだろう。

 その証拠に今の彼の息子ははち切れんばかりに自己主張をしてしまっている。

 

『……とはいえ、貴様も余人に拐かされた哀れな羊。ならば貴様自体に罪はないということもーー』

 

 この男、必死になって“英雄王をRPしながら彼女を許す口実を探している”。

 だがよく考えてほしい。ここまで言葉を発していたのは彼一人。その上で自分の先の失言を取り消そうと躍起になっている姿は最早滑稽以上に不憫にしか見えない。

 

 それでも彼は一つの結論に達する。

 

『……うむ、興が乗った。今より貴様を我が妾として迎えてやろう』

 

 自信満々に言い放つ彼と終始スルーの巫女姫。ことここにいたり彼は理解した。

 

 あれ、俺めっちゃ道化じゃね?と。

 

 しかしこの“無表情系痴女っ娘(彼命名)”をどうしても救ってやりたい彼は半ばヤケクソ気味に宝物庫にアクセスし彼女を縛る叡者の額冠をひっぺがす宝具を探す。

 

 “今は俺が英雄王なのだし、この子手篭めにしたいのも本心だし、英雄王的ジャイアニズムと考えればあながち間違いではない”。

 

 有り体に開き直りである。

 

 

『あ、あった! っ!ゲフンゲフン。先ずはその粗末な装飾品をどうにかせねばな』

 

 語った途端、土の巫女姫の頭に巻かれていた忌々しき呪縛はいとも容易く、まるで錆びた鉄を砕くように一瞬で消し飛んだ。

 そしてこれまでずっと無表情だった巫女姫の顔に初めて感情が浮かび上がる。

 

『あ、れ? 私、どう、して……え、見えない。真っ暗で何も見えないよ!!』

 

 彼の使った宝具は魔導具の機能諸共消し飛ばす効力を持ったものだ。つまりは彼女が発狂し掛けているのはセルフ発狂ということ。

 だが、何も分からぬままに突然意識が戻ったと思えば目が見えなくてあまつさえ痴女みたいな格好させられていたらセルフで発狂するのも仕方ないことだろう。

 

 それを分かっていたのかいないのか、ともかく彼はセルフで永続的発狂に陥りそうな巫女姫(の精神体)を優しく抱き寄せる。

 

『案ずるな。もう貴様を縛るものは何もない、これよりは自由だ。家族の元へ行くなりなんなり自由に生きよ。……それまでは俺が貴様を守ってやる』

 

『あ……』

 

 強く美しく、そして王威に満ち足りた言葉に自然と巫女姫の心は落ち着きを取り戻す。

 まるで父のような、ともすれば偉大なる“神”のような圧倒的抱擁力に巫女姫は一瞬で()()()()()()()

 

 これまで自分が信じていた神はなんだったのか、その教えを説いた信者たちは道化だったのだろうか? ああ、我が主人はここにおられた。

 みるみるうちに自らの内側が満たされていくのを感じながら彼女は穏やかな眠りに落ちていった。

 

『気を失ったか、ならばこの世界も保てまい』

 

 その言葉通り空間にはピシピシと亀裂が生まれその中から別の世界が姿を表そうとしていた。

 

『よもや夢の世界に取り込まれる訳にはいくまい!』

 

 ギルはぐったりとした彼女の精神体を抱えながら即座に空間を離脱する。

 

 ……ちなみに彼の去った後の空間にて現れたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であったことは巫女姫だけの秘密になるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ギル?」

 

 美しき緑の人の問い掛けによりようやく意識を取り戻した彼は両腕に掛かる軽やかな重みを意識して安堵の息を吐いた。

 

「ふむ、戻るときに同時に本体も呼び寄せてみたがどうにか上手くいったようだ」

 

 語る彼の腕の中には精神世界で見たように薄衣のようなベール一枚を纏った美少女がいた。

 薄い茶髪はまるで糸のように滑らかで薄いベールが申し訳程度に隠した肌は傷ひとつない純白の柔肌。

 

 ギルはどうしてこんな美少女を使い捨ての道具にしようと思ったのか純粋に疑問に思った。

 

「……なんだ、エルキドゥ?」

 

「別に。ただ、僕の親友はこんなにも軽々と女の子攫ってくるヤリ◯ンだったのかって幻滅してただけさ」

 

 ヤリ……!?おまっ、エルキドゥがそんな卑猥な発言するだなんて予想外だぞ!?

 

 ていうか攫ってねぇし! 救っただけだし!

 

「案ずるな盟友。今回は興が乗った故に此奴を連れ帰っただけのこと。なに、万物の王たる俺が妾の一人もいないのは情けなかろう?」

 

「別に僕一人でも……ちょ、撫でるのはズルいよ!」

 

 いいつつ頬を染めるエルキドゥを見て俺はいよいよこいつが女にしか見えなくなって来ていた。

 まあでも設定的にもこいつは両性類なわけだしあながち間違いじゃない。

 

 それにこれまでずっと一緒にやって来たんだからな。こいつが大事なことに変わりもない。

 

「もう! 撫でないでってば!」

 

 強引に振り払われた俺は少し傷つきながらもいそいそと髪を整えるエルキドゥの姿に癒された。

 やっぱこいつ女だわ。

 

「さて、では手始めにこの世界を見定めに行くとするか」

 

 美少女もゲットして、盟友の可愛さに癒されて満足した俺は意気揚々と次の目的を告げる。

 

 ボサボサになった艶やかな緑髪を直しながら盟友もこちらを見る。

 

「どこかに行くの? なら僕も行くよ」

 

 先ほどと同じような声、決意で告げる“彼女”だったがそこはかとなく『これ以上、女の子攫ってこないように監視しなきゃ』と言っているようにも聞こえて、少しだけ自重しようと思う俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、土の巫女姫を攫ってしまったことによる弊害を思い出したギルは慌てて土の神殿にテレポート爆撃を行なったのは完全なる余談である。

 

 

 

 

 

 




【名前】元・土の巫女姫
【種族】人間
【ジョブ】元巫女姫
【性別】女
【身長】148cm
【体重】38kg

【カルマ値】善(200)
【スキル】
???
【装備】
『布』


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一方、そのころ(唐突な誰かの為の物語感

注意!

このお話にはfgoEoRのネタバレがふんだんに仕込まれています!まだクリアしていない方は気をつけてください!

ネタバレオーケーウェルカムな方はお通りください。


 黄金の英雄王を騙る超常存在がこの世界に顕現した頃、とある国、とある場所にて微睡む“竜”がいた。

 

 古き時より、厳密には神話に語られる頃より守護してきたとあるアイテムを前に微睡む竜は突如として瞼を開いた。

 

『この気配……まさか!!』

 

 それは偏に永き時を生きたが故の感覚、あるいはかの王の存在があまりにも規格外に過ぎたのか。

 いずれにしてもこの竜は明確にかの黄金王の存在を認識した。

 

 それは奇しくもかつて共に戦った英雄たちと同じ、いや、その誰をも()()()()もの。

 しかしてその強大さに反して圧倒的なまでの多幸感、抱擁感、もしくは絶対存在としてのまさしく王そのものと呼べる黄金の覇気。

 

 “ツアー”はこれまで感じたことのない異様な気配に全身の鱗が震える感覚を覚えた。

 

『バカな……なんだ、なんなんだこの気配は!?』

 

 それを正しく表す言葉が見当たらない。他者を寄せ付けない圧倒的なまでの存在感に比して全てを従えてしまうような気配など、それこそ『王』と称するしかない。

 それに加えて神の如き神聖さをも持ち合わせている。

 

 要するに訳がわからなかった。

 

 こんな存在が突如として世界に現れたことに。それを隠すそぶりすら無く寧ろひけらかす、いや、それを当然として尚、世界を従わせるつもりなのだと思った。

 

 アレは危険だ。

 

 本能が告げる。過去最大レベルで警鐘を鳴らす。しかしどうしてもアレを滅ぼす術が思い浮かばない。どう足掻いてもアレに触れることすら出来そうにない。

 ()()()()()()()()()()()

 

 以上のことから彼は長らく停滞を続けていた評議会を最大限活用することにした。

 

 体裁とか守護がどうとか言っている場合では最早ない。

 

 アレは世界全てが団結してようやく土俵に立てる存在なのだと理解していたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみにギルは上記の一切について身に覚えがなかった。世界を従わせるとか気配をひけらかすとか全くもって身に覚えのない預かり知らぬ事柄であった。

 

 この男、既に世界有数の実力者に目をつけられているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくの時が流れて、ギルが気紛れから巫女姫を攫った直後にまで時が進む。

 

 壮厳にして神聖なる建造物の中で二人の『人間』が向かい合っていた。

 

 肩や美しき純白の鎧を纏ったイケメン騎士。肩や頭髪がモノクロ気味の厨二チックな少女。

 このような姿だが二人ともに“人類を超越した存在”である。その力の真の使い道は世界平和のためだとか色々と理念はあるが今はどうでもいい。

 

 大事なのはこの二人、厳密にはモノクロ少女の方が“かの王”の存在を認知したこと。

 

「……以上が土の神殿の()()だ」

 

 語った男騎士の方がなぜか信じられないといった表情をしていること以外は特筆すべき点はない。

 

「へぇ、要するに“突如土の巫女姫が消えたかと思ったら直後に空間が歪んで現れた無数の兵器に爆撃されて壊滅倒壊、全滅した”と?」

 

 嫌味ったらしく復唱する少女に騎士は困惑を更に深めて問いかけた。

 

「……全くもって()()()()()()()()。分かるとするならばこれが何者かによる攻撃であるということだけだ」

 

 その言葉の通り騎士はそれ以上の事実を知らなかった。

 彼自身、この報告を聞いた時はいよいよ伝令が狂ったのかと思ったほどだ。

 自身の所属する組織の仕事柄発狂してしまうのも無理はないという自覚はあったために彼は本気で部下を精神科に連れて行こうとしてしまった。

 

「……ふふ、ふふふふふ」

 

 突然、目の前の同僚が笑い出した。騎士は不気味さと恐怖を感じながらも敢えて問う。

 

「どうかしたか?」と。

 

「どうも何も、ようやく()()()()()()()()()()()()()()()()()に決まっているじゃない」

 

 この少女、俗に番外席次とのみ呼称される『超越者』はその強大なる力ゆえに“かの王”の圧倒的存在感を感じ取ってしまっていた。

 

 同時に理解した。

 

 “アレは天災か何かだ。神ですらない、生命体如きではどうすることもできない真の超越存在なのだ”と。

 

 そしてこの番外席次と呼ばれる少女は強過ぎるが故に『己を超える男との間に子を成す』という妄執に取り憑かれてしまっている。

 

 ここに預かり知らぬ間に人類最強に婿認定される黄金王が誕生した。

 

 当然ながら、もう分かりきったことながら、ギルは全くもって認知していない。そもそも存在がバレるなど龍の玉みたいな展開は完全に予想外想定外なのだ。

 別に彼は怒りで変身したり、あと二回変身を残していたり、他者を吸収して成長したりしない。

 

 だが、転移の影響によって()()()()()()()()()()()()()()()のは事実である。

 なにもそれはアインズ=モモンガ=鈴木悟のような生易しいものではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかしそれすらも彼は分からない。

 

 なぜならば、

 

 

 

 彼はバカだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界の実力者たちが各々にかの黄金王の存在を認識する中、件の超常存在(笑)のギルは未だジグラットにいた。

 

 あれだけ威勢良く『見定める(キリッ』と言い放ったにも関わらず、この時点で原作ブレイクすることにビビってしまった彼は大人しくジグラットに引き篭もることにした。

 幸いにここはカッツェ平野。否が応でも王国もしくは帝国が干渉してくるに違いない。それまでは下手に動かず後手後手に回るという悪手以外の何物でもない決断をした。

 本来であればモモンガのように拠点隠蔽やら情報収集に努めるべきなのだが、彼には原作知識というチートがある。

 

 未だ原作未完ということで詳細までは分からずとも大凡そ周辺地帯の事情には詳しい筈なのだ。

 

 にも関わらず彼は行動を避けた。

 

 さりとて己の存在を隠す気はない。何故ならばーー

 

「こうして待つだけで雑種の方から見定められに来るというものよ」

 

 ワイングラス片手に玉座に座す英雄王。その顔は愉悦と書いてありそうなくらい愉悦している。

 

 傍らには膝立ちでギルの手を握るエルキドゥ。

 胡散臭そうにギルを見つめている。

 

「とか言って、本当はビビってるんでしょ?」

 

「……何を言うか。俺は天上天下唯一にして至高の王、ギルガメッシュだぞ? ビビるわけがなかろう」

 

 嘘である。それを隠すようにグラスのワインを一気に煽ったギルはエルキドゥの手を握り返しながらほくそ笑む。

 

「くだらぬ雑種どもを見定めるためにこの俺自ら動くなど王の沽券に関わる。それに雑種なぞ構えておれば自然と集まるものよ。故にこそ俺はこうして貴様と過ごしているのだ」

 

 最後の部分だけエルキドゥに顔を近づけながらその髪を撫でつつ述べる。

 それだけでエルキドゥは顔をほんのり赤くしながら緩む頬を引き締めることに必死になった。

 

「(こいつマジ可愛いな)ところでエルキドゥよ、あの小娘はどうした?」

 

「ああ、あの子ならギルの言いつけ通りエリクサー飲ませてちゃんと更衣室に案内しといたよ」

 

「なん……だと?」

 

 盟友の報告を聞きギルは戦慄した。彼が言い渡したのはエリクサーを飲ませるまでだ。更衣室に放り込めなど一言も発していない。別室にやったのだって危うく襲いそうになる浅ましき欲得を鎮めるため(意味深)に他ならない。

 

「いやぁ、ギルは優しいね。あんな際どい格好させられてた子を言外に更衣室に連れて行かせるために別室でエリクサー飲ませろだなんて命令するんだから」

 

 ニコニコしているがこの盟友、目が笑っていない。

 

 そのことに更に戦慄しながらもギルは平静を装いなんとか言葉を紡ぐ。

 

「……さすがは盟友、よく分かっているではないか(くそぅ、あの痴女っぽい格好で玉座の間に延々と侍らせるつもりだったのにぃ!)」

 

 さも尊大そうに満足そうに笑むギルだがその心は血の涙を流し続けていた。

 

 だが如何に盟友とて十二年間RPをしてきた男の心を読めるはずもなく大して堪えていないと思い頬を膨らませた。

 

「……そうだよ、僕が一番ギルのこと分かってるんだから」

 

 言うなり「ふん!」とそっぽを向いてしまう盟友にギルは困惑する。

 

「(こいつなに怒ってんの?)まあ良い、あの小娘ならばこのウルクの装束もよく着こなすだろうよ」

 

 思い返すのはロングな茶髪の痴女(痴女ではない)。スケスケの薄いローブ一枚で艶やかな肢体を露わにしていたあの姿を想像して再び生殖本能が起立を始めたために即座に中断する。

 

 傍ではやはりエルキドゥがジト目でこちらを見ていた。

 

 その時、ちょうどいいタイミングでコンコンと扉をノックする音が響いた。

 

「入れ」

 

 ギルの返答と共に玉座の間の大扉がギギィと音を立てて開かれる。

 その先に現れたのはウルクの装束に身を包んだ巫女姫の姿だった。

 

「あ、あの……」

 

 緊張しているのか萎縮した様子の巫女姫はもじもじするだけでなかなか中に入ってこない。

 

「良い、我が面前に立つことを許そう」

 

「は、はい!」

 

 ギルの許しを聞くや巫女姫は嬉しそうな顔でトテトテとギルの前まで走ってきた。

 

「(結構ロリっぽいなぁ)……なかなかに似合っているではないか」

 

「はっ!あ、ありがたき幸せにご、ごございます!」

 

 王の面前に出ることに慣れていないのか(当たり前)舌ったらずな返答をする巫女姫にギルは少しほんわかした気持ちになった。

 

「そう畏まらずとも良い。お前はまだ幼子(おさなご)だ。俺は幼子にまで臣下の礼を強いることはない。今のうちに我が王威を存分にその目に焼き付けておけば良い」

 

 嘘だよ、本当は今すぐ襲いたいよ。ベッド直行したいよ。

 

「は、はい!ありがとうございますギルガメッシュ様!」

 

 まるで太陽のごとき眩しい笑顔で巫女姫は答える。

 ギルは思った。こいつ俺を萌え死にさせる気か、と。

 

「おや、聞いていた話と違いますね我が王よ」

 

 だが次の瞬間、巫女姫の背後から放たれた言葉にギルは背筋を凍らせた。

 大扉より姿を現したのは巫女姫と似たようなウルクの装束を纏った美しき女性。巫女姫よりも大人な美しい女性だ。

 その者、ウルクNPCの中においてさしたる戦闘能力を持たないながらエルキドゥと双璧を成してギルに諫言することのできる地位にある存在。

 司祭長とも呼ばれるギルの側近の一人。

 

「シドゥリ!!」

 

「はい、エルキドゥ。久しいですね」

 

 司祭長シドゥリ。ギルが自分で作っておきながら転移後の世界において恐怖から会いに行かなかったNPCの一人である。

 

「シドゥリ……」

 

 微妙に顔を痙攣らせるギルにシドゥリはニコニコとしながら礼をする。この女性、諫言を述べはするもののギルを王として一番忠誠を尽くしている……という設定の存在なのだ。

 

「お久しぶりです、ギルガメッシュ王。何やらウルクの外に違和感があると『守護者たち』から報告を受けまして参りました」

 

「お、おう。あとで伝えに行こうと思っていたのだ」

 

「まあ、そんな、わざわざ私どもの下まで足を運ばれるなど畏れ多い。そんなことよりも今は確認しなくてはならないことがありますので」

 

 相変わらずニコニコしながら微塵も暖かさを感じさせないその笑みに怖気を感じながらギルは問う。

 

「なんだ、申してみよ」

 

「あの娘、妾になさるおつもりだとか。……本当ですか?いや、正気ですか、我が王」

 

「ぐ……そ、それは」

 

 王を前にして『正気か』などと問うこの女性はやはり常軌を逸している。この世界有数の実力者さえ恐れを抱く王の御前にて堂々とかの王の正気を疑ったのだ。

 

 しかし、ギルの方こそ狼狽えていた。言外にシドゥリが『こんな小さい子を妾にするとかナマ言ってんじゃねぇよ』と言っているように聞こえたのだ。

 

 だがここで折れてはそれこそシドゥリの忠誠を揺るがしかねない。

 俺は決意を新たに答える。

 

「当然よ。他ならぬこの俺が自ら見定め認めた女だ。今は幼子故に己の道を決める猶予を与えているまで。いくらシドゥリとてこればかりは譲れんぞ?」

 

 尊大な態度とは裏腹に内心は冷や汗をかいているギル。

 それをジッと見つめていたシドゥリはしばらくしてふぅ、と息を吐いた。

 

「それならば大いに結構にございます。私はもしや御身が軽々しく幼子を攫ってきたのではないかと心配していたまで、どうかこの不忠お許しください」

 

 と、先ほどとは逆に穏やかな様子で深々と頭を下げるシドゥリに困惑しながらもまさか彼女に罰を与えることもないのでやめさせる。

 

「まさか、この俺が頼りにしているのは貴様とエルキドゥよ。今後も我が補佐として存分に励めば良い」

 

「ありがたき幸せ。……このシドゥリ、誠心誠意尽くして参ります」

 

 一転、信頼の眼差しを向けるシドゥリを見て俺はようやくこれが、モモンガがいつかやっていた忠誠の儀みたいなものだったと気が付いた。

 

「(まさかさっきの試されてたのかなぁ)ふ、当然よ。時にシドゥリよ、『守護者達』と言っていたがそれはつまり……」

 

「はい、冥界七階層全ての守護者たちから報告が上がっております」

 

 おう、それはなかなか。これは早急に指示を与えなければならないようだ。

 奴らはどいつもこいつも一癖も二癖もある連中だからな。まあ作ったの俺だけど。

 

「ならば各階層の特使を会議室に遣わせよ。これより緊急会議を開く」

 

「かしこまりました」

 

 指示を受けたシドゥリはすぐさま『拠点内転移アイテム:ゲート・オブ・ウルク』を使用し各階層へと向かった。

 ちなみになぜ守護者本人を呼ばないのかと言えば、守護者同士で殺し合いに発展するまでの険悪な関係がある者たちがいるからだ。ともすれば会議どころではなく転移早々に部下の首を飛ばさねばならなくなりそうだからだ、もちろん物理的に。

 ……まあ、その設定も俺が作ったのだから是非もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回貴様らに集まってもらったのは他でもない。各々、上司が感じ取った違和感のことについてだ」

 

 数分ののち、ジグラット内会議室には長机を囲むようにして各階層ごとの特使が集まっていた。

 

 その上座、最奥にて俺は鎮座する。

 

 第七から第一までの階層とは即ちウルクの冥界における試練の門と同数の階層のことだ。

 このギルドホーム・ウルクは一見するとただの城塞都市ではあるが、城門を抜けて市街地に踏み入ろうとすると、オートで冥界に落ちるようになっている。これはトラップとかそういう類のものではなく元からそういう作りなのだ。

 つまり冥界を含めたジグラットまでの道のりこそがこのウルクのダンジョン。もちろん玉座の間まで続くように作ってあるので違反ではない。

 

 そして冥界における七つの関門こそこのウルクの真の防衛ライン。各々、俺が手ずから作り上げた至高のNPCたちが守護している自慢の防衛線だ。

 ……まあ、途中、ウルク関係ない所が多々あるがそこには目を瞑っていただきたい。俺とて最初は普通の冥界にしようと思ったのだ。

 でもそれだけだと簡単だしレベルも余るしで……

 

「……先ずは各階層ごとに意見を聞こう」

 

 俺はやり過ぎた黒歴史から目を逸らし目の前の現実を見ることにした。

 

 俺の声に一番に反応したのは第一階層を守護する“忍びの長”……こらそこ、もう既にウルク関係ないとか言うんじゃない。

 

「は、僭越ながら拙者たちの領域が一番地上に近かったために勝手ながら周辺偵察を済ませた次第にございます。その上で述べさせて頂くならば、()()()()()()()()()()()()()()()という結論にございます」

 

 忍び装束を纏った赤毛の少年・()()()()()は真剣な眼差しを前髪から覗かせながら語る。

 

「ええ、それは私も同意見に御座います。()()()()()()()()()も同様の意見を述べておりました」

 

 続けて語るのは第二階層の守護者()()()。女武者・巴御前。

『同僚……』の辺りで複雑そうな視線を俺に送っていたが、他に合いそうな階層もないので君には第二層を守護してもらう他ない、諦めたまえ。

 というかたまにジグラットに連れ出してあげてたから許して。

 

「私も皆様と同じ意見です。というか“私”が『なにやら外の空気が変わった』とか言ってたので」

 

 今度は和風から遠のき西洋の鎧姿の美少女、今は黒いローブにフードを目深に被ったアナ女史が続く。第三階層の特使だ。

 

「同じく。ヨシ……ゲフンゲフン!我が主人も同様の意見かと」

 

 第四の階層、その守護者の部下たる武蔵坊弁慶が述べる。途中咳払いで誤魔化した時に巴が鋭い視線を送っていたことに俺は気付いていた。……あれ? もしかして俺、設定凝りすぎた?

 

「私の階層は特に何も。強いて言うなら最近、セミラミスが甘い匂いを猛烈に漂わせながら近づいてくるのですが、王よ、何かご存知ないですか?」

 

 それバレンタインじゃね? とりあえずリア充は御断りなのでスルー。

 

「なんだ皆んな気づいてたんだね、ちなみに僕はーー」

 

「初代様も気づいておられる様子にございます、王よ」

 

 最後に第七階層の特使、百貌の意見をもって全て出揃った。

 途中なにやら喋ろうとした花の魔術師が百貌に遮られていたけど、ごめんね、そういう設定だから俺は何もしてあげられない。

 

「流石だ貴様ら。その通り、今、我らは異なる世界、異なる大地の上に転移している!」

 

 ドドン、と効果音が付きそうなくらいカッコよく言ってみる。

 

 しかし皆、気づいていたからか特に反応もなくスルーされた。

 

「……そこで、だ。手始めとして周辺の偵察、並びに情報収集を任せたいと思う。もし知的生命体と接触したならばすぐさま俺に知らせよ。おって指示を与える」

 

 俺の命に各々頷く中、俺はそれぞれに指示を与える。

 

「第七、第一は共に諜報に優れた人員を選抜、周囲の偵察、情報収集に動け」

 

「「はっ!」」

 

「第六、第五は待機。現状維持、つまりはいつも通り階層の守護に当たれ」

 

「え〜それなら僕だけでもーー」

 

「かしこまりました、王」

 

「第四、第二も同じだ。というかちょっとハラハラするからお前らは階層に引っ込んでろ!」

 

「ですな、かしこまりましてございます」

 

「よく分かりませぬが、御意に」

 

「第三も同じく!だがアナ!貴様はジグラットに残れ!」

 

「……わかりました」

 

 え、アナちゃん、今ため息ついた? やべぇな、思ったよりこいつら忠誠心ないぞ。

 

「残りは普段通りで構わん。これにて会議は終了だ、各自、仕事に掛かれ!」

 

 俺の号令により集まった特使たちは各々の仕事を果たすべく去っていった。

 

 

 ……思ったよりギスギスしてたからもうお開きにしちゃったけど、これは会議に呼ぶ奴も考え直さないといけないかな。

 

 ていうか源氏と巴ちゃん殺伐とし過ぎぃ!

 

 




補足すると、空中からの進入も無効です。漏れ無く冥界行きなります。

今回は階層の特使しか出てこないですがその奥の神殿にはもちろんあの寂しがり屋の女の子が控えていたりします。
いっぱいいるけどその分、レベル差は激しい模様。

以下、冥界の概要です


【第一の門:隠密領域】
『守護者』
風魔小太郎
絡繰忍者
戦国くノ一未亡人巫女少女
他、忍びたち

【第二の門:鬼の御殿】
『守護者』
巴御前
享楽の鬼
鬼の頭領
他、鬼系モンスター

【第三の門:鮮血神殿】
『守護者』
魔獣の女王
アナ女史
他、原初の母から生まれた魔獣たち

【第四の門:平安京】
『守護者』
牛頭天王の化身とその配下四人
源氏の天才と従者
腹黒系草食弓男子
他、武者系モンスター

【第五の門:虚栄なる空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)
『守護者』
リア充神父
アッシリアの女王
太陽神の子
俊足の大英雄
女狩人
劇作家
反逆者
他、スケルトン系モンスター

【第六の門:神聖円卓領域キャメロット】
『守護者』
騎士王※最果て装備あり
花の魔術師
太陽の騎士
最強の騎士
と息子
悲しい人
鉄の騎士
叛逆の騎士
他、騎士系

【第七の門:幽谷の淵・アズライールの霊廟】
『守護者』
冠位の暗殺者
悪魔の右腕を持つ暗殺者
毒の身体を持つ暗殺者
百貌のハサン
他、ハサン

【最奥:冥界神の神殿】
冥界神
ガルちゃん
他、死霊系モンスター

【真なる最奥:深淵の底】
?????
??・???
他、???


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冥界の守護者・一

かなりギルの好き勝手にギルド弄ってますが基本的にかつてのギルメンは拠点に興味がなく己の目標に真っしぐらだったので防衛、運営は全てマスターであるギルに一任されていました。
だからこそ己の趣味と性能を考慮してギルはウルクと守護者の作成に四苦八苦したどうでもいい設定があります。


「ではアナよ、そこの小娘と遊んでくるといい」

 

「……なぜですか?」

 

 一人残したアナを玉座の間に連れて行き、そこに待たせていた巫女姫と会わせてみた。

 俺としては同じような外見年齢の二人ならば仲良くなれるだろうし未だ緊張気味の巫女姫のメンタルケアにもなると思っての行動だったのだが。

 

 アナはひどく面倒臭そうな顔で問い返してきた。

 

「なぜ、か。……そこの小娘はな、つい先刻まで一部の人間どもの操り人形にされていたのだ」

 

 なのでここは一つ小芝居をすることにする。

 

「それと何か関係が?」

 

「あるとも。小娘に付けられた魔導具は付けたら最後、外した途端に正気を失うものだ」

 

「……」

 

 事実である。叡者の額冠は外した者に永続的発狂を付与する。そして使い物にならなくなったソレは暗部によって始末される。

 

「つまり延々に操り人形になるしかない運命だった。……だがそんなものはつまらなかろう?故に攫って来たのだが、どうしたものか。特に使い道がない故、こうして放っているのだが俺は別に幼子が好きというわけではないからな」

 

 嘘である。本当はすごく大好きだしアナもペロペロしたいがそんなこと英雄王がする筈もない。故にしない。……たぶん。

 

「……最後に嘘をついたのはバレバレですが、まあ、そういうことなら私が遊んであげないこともありません」

 

 こいつ、意外にチョロかった。フードの端を掴んで必死に顔を隠しているが頬がほんのり赤いのはバレバレである。ついでに俺のロリコン癖もバレバレである。

 

「何のことか分からんがそういうことなら貴様に任せよう」

 

 そう言ってさっさとこの場を去る。

 まさかアナにバレていたとは。これはもっと自重せねば英雄王の名に傷を付けることになりそうだ。

 

「……ホント、バカな人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に巫女姫のお守役も見つかった俺は、今更ながら各階層の守護者の元へと向かうことにした。

 

 先の会議で判明した『俺、あんまり敬われてない説』を検証するためだ。杞憂であってほしいが望みは薄い。

 

 とりあえず、一階層から訪ねていこう。

 

 

 

 第一の門:隠密領域

 

 ゲートで一層の深部まで来てみた。そこは鬱蒼とした木々が敷き詰められた薄暗いただの森だ。

 しかしながら彼ら忍の能力を活かすならばこのような場所こそ最適である。

 

 そんなことを考えながら一層を回ってみたが、モブの忍がポップしているくらいで小太郎も千代女も段蔵も居なかった。

 

「皆出払ってるのか……いや、一層丸々守護者不在ってどうなのだ」

 

 

 まあ、問題はあまりなさそうだが。

 

「三層のアイツさえいればなんとかなるとは思うが」

 

 思いつつ今度は二層の『鬼の御殿』まで転移する。

 

 

 

 

 

 

 第二の門:鬼の御殿

 

「おや、旦那はん。うちらのとこまで来るなんて珍しい」

 

「酒呑か。なに、ちょっとした視察のようなものだ、気にするな」

 

 転移して御殿に入って早々に畳で酒を呑む酒呑童子と出会った。彼女もこの階層の守護者として設置されたNPCだ。

 随分と寛いでいるように見えるが仕様だ。

 

「ところで巴と茨木はどこだ?」

 

「ああ、茨木なら手下の鍛錬で、巴はんは……分からんなぁ」

 

「そうか」

 

 茨木は根が真面目だから鍛錬しているのには納得。というか鬼どもは基本自由な気質を設定しているので特に問題はない。

 だが巴は比較的生真面目に設定している。

 

「探すか」

 

 思い立つや御殿内の捜索を開始した。

 

 回廊を歩いているとこの御殿もなかなか凝った作りをしたものだと自画自賛してしまっていた。

 

 基本は日本の城と同じ作りながら妖しい輝きを御殿全体が放ち所々に鬼の絵が描かれていたり、卑猥なことに使いそうな部屋があったりする。吉原とかにあるあの桃色っぽい部屋だ。

 

 うわぁ、こりゃ巴ちゃんも気が滅入るはずだ。

 

 真面目な彼女とは根本的に合わない作りである。加えて同僚全て鬼というまさに鬼畜仕様。我ながら巴ちゃんに何か恨みがあったのかと問いかけたくなる。

 

「これは人事異動も考えねば」

 

 そうこうしていると天守閣まで辿り着いてしまった。奥には次の階層に続く『第二の門』通称ゲートがある。和風の背景に石造りの無骨な門が鎮座する様はなかなかシュールだがそんなのはどうでもいい。

 

 ふと、頬を撫でる風を感じ目を向けてみると

 

「なるほど、上か」

 

 窓の一つが開け放たれそこから酒気を纏った甘ったるくて生温い風が流れ込んでいた。この風を浴びればもれなくバッドステータス付与である。

 しかしながらここを守護する鬼どもには寧ろバフを乗せてくれるありがたい風でもある。

 無論、俺は宝物庫内の宝具でシャットアウトだ。

 

 とにかく巴に会うべく窓から外へと乗り出し、屋根の上へと登る。

 

「探したぞ」

 

 そこには、ぼんやりと外を眺めながら座り込む巴の姿。

 

「マスター? 珍しいですね、何か御用でも?」

 

 俺に気付いた巴は不思議そうに首を傾げる。

 

「なに、大したことではない。単なる視察だ」

 

 よっこいしょ、と心の中で呟きながら巴の隣に座る。

 

「時にトモエよ、貴様、外に出てみる気はあるか?」

 

「はい?」

 

 唐突な問いに巴は素っ頓狂な声を出した。

 

「今、外の様子を忍とハサンどもに偵察させているが、俺の推測が正しければまず間違いなく人の住む街を見つけることだろう。街があるということは九割方国が存在する。それも一つとは限らん。

 ならばそれらを調べ“見定める”のも俺の役目よ」

 

「何が、仰りたいのでしょう?」

 

「つまりな、その時に調査に出向くメンバーに貴様を加えようという話だ」

 

「巴を、でございますか?」

 

 驚いたような顔をしているが、実際、ウルクNPCの中でも比較的常識人寄りな彼女だからこそ付いてきてもらいたいのだ。

 

「ここの鬼どもの中では貴様が一番良識的だ。加えて乱戦の心得もある。臨機応変に対応できるからこその選抜だ」

 

 彼女は戦闘能力においてもバランスがいい。遠近どちらとも対応でき、かつ『乱戦の心得』というスキルのおかげで彼女は乱戦においてこそ真価を発揮する。

 

「なるほど、承りましてございます」

 

 得心がいったと頷きこちらに平伏する巴を見て、彼女は比較的忠誠に厚いと判断する。というか原作からして特に裏切ったりとか心配いらなかった。

 

「ふ、期待しているぞ」

 

「はい! 巴にお任せください!」

 

 とびっきりの笑顔で答える巴に俺も満足しながら頷く。

 ……さっきは少し暗い雰囲気を纏っていたから咄嗟に言ってみたが、楽しみにしてくれているようで安心だ。

 

「それと、連絡さえ取れるなら別にこの階に留まることもないのだぞ?息抜きに他の階層にも出向いてみるといい。有事に動ければ問題ない」

 

 最悪『メッセージ』で事足りる。

 

 俺としては気を遣ったつもりだったのだが巴は少し困った顔で首を横に振った。

 

「お心遣い感謝します。ですがここの守りを任されている以上、責務を疎かにするわけにはいきません。お気持ちだけ受け取っておきますよ」

 

 そう優しく微笑みながら言う彼女に、俺は「なんていい子なんだ」と感激した。

 

「そうか。では任せた」

 

 そして改めて巴に階層守護を任せた俺は『第二の門』を潜り次の階層の視察へ。

 『第三の門:鮮血神殿』へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 第三の門:鮮血神殿

 

 門を潜った先に広がるのは古代ギリシャを思わせる白亜の神殿……ではなく石造りの壁の至る所に紅い線が這っている少々グロテスクな神殿である。

 神殿内の随所に『原初の母』より生まれ出でたとされる古代バビロニアの魔獣たちが巣食っている。

 中でもウリディンムがよく見かける個体だ。

 こいつは戦闘時においては二つ名のごとくまさしく『狂犬』として侵入者に牙をむく頼もしい存在だが、非戦闘時の今のような平時にはどうやら大人しいらしく今も目の前で毛玉を転がして遊んでいる個体や丸まって昼寝している個体、果てはじゃれ合う個体までいる。

 

「こいつら意外に可愛いな」

 

 曲がりなりにも中級モンスターのくせになんとも可愛げのある奴らである。

 

 他にもこいつの親玉みたいな見た目をしたウガル、毒蛇の二つ名を持ちながら完全に竜にしか見えないバシュム、龍の二つ名を持ちながらも四足歩行の猛獣(炎上)にしか見えないウシュムガル、某青髭の旦那の海魔の色違いみたいなムシュマッヘ、イッカクみたいに鋭いツノが生えたムシュフシュ。

 ここまではfgoでも出てきた魔獣たちだが、グリフォンみたいな鳥人間みたいな姿で神殿内をチョロチョロしているのはウム・ダブルチュという『原初の母』の子どもの一種。他にも『牛人間』と呼ばれるミノタウロスみたいなクサリク、人魚まんまなクルルがいる。

 

「おや、偉大なる王。我らのような卑しき魔獣の住処まで足を運ばれるなど珍しい。何用ですかな?」

 

 そして目の前で膝を折りながら胡散臭い口調で流暢に喋るのがギルタブリル。

 この鮮血神殿において前線指揮官を担う魔獣の頭脳と呼ぶべき存在だ。

 

 ギルタブリルは原作においても姿形の詳しい記述が無かったので好き勝手に作らせてもらった結果、見事に褐色美女になってしまった。

 中東の踊り子のような服装ながらその身体は程よく筋肉が付いていて引き締まった、有り体にいい身体をしている。

 

「ギルタブリルか、久しいな。なに、単なる視察よ」

 

「それはそれは、ならば我らが“母”にもお会いしていかれるか?」

 

「ふむ、それは()()()のことを言っている?」

 

 俺の問いにギルタブリルは嬉しそうに笑みながら答える。

 

「無論、我らが()()()()にございます」

 

 

 

 

 

 

 ギルタブリルの案内により鮮血神殿最奥までやってきた。

 神殿内で最も巨大で荘厳な大扉を抜けた先にあるのは、闘技場にも似た巨大な円形のホール。天井から放射線状に広がる赤い線はこの階層の守護者たる“彼女”の能力だ。

 

 その奥、『第三の門』と呼ばれるゲートの前にて鎮座するのが第三階層を守護する魔獣の女王。今は巨大な黄金の翼で身体を覆っているために蛇身しか見えない。

 

 ふと俺らの存在に気付いたのか翼がピクリと反応する。俺たちの歩みに応じて両翼がゆっくりと開かれ中から妖艶とも神々しいとも『デカァァァイ!!』とも言える女体が現れた。

 

「貴様か、何の用だ?」

 

 出会って早々辛辣な物言いである。しかしこいつには忠誠心とか別に設定してないので仕方ない。

 

「息災であったか()()()()()

 

 俺の挨拶に彼女は「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。おまけに彼女の髪の先にある蛇たちもシャーシャー言ってる。

 いやぁこれは見事に懐かれてませんね。

 

「地上を治める至高の王が地の底にある獣の園まで赴くとは、我の手を借りねばならん事態でも起きたのか?」

 

 皮肉にも聞こえる物言いは不敬を通り越して敵意すら感じるが、他ならぬ彼女の言うことなので気にならない。寧ろ彼女が言うと愛しく思えて仕方ない。

 

 俺は彼女に多大な借りがあるのだ。

 というのも彼女がウルク防衛ラインにおける第一関門としてユグ時代に数多のプレイヤーを血祭りに上げてきたことに由来する。

 

 ここウルクもギルドホームである以上、少なからず侵攻に晒されることもあった。その際はまず第一階層の忍たちのいやらしいゲリラ戦法によって情報分析を行い、第二階層の個性的な鬼たちとまさしく鬼神のごとき強さの守護者たちによって消耗させ、その上で鮮血神殿の上位モンスター群・通称『十一の魔獣』の猛攻を与え最後の掃討戦としてウルク100LvNPCの一人、ゴルゴーンが立ちはだかるのだ。

 これまでの侵攻の大半は大した脅威でも無かったので大体、第二階層かゴルゴーンの圧倒的個体性能で追い払っていた。

 

 故に彼女はこのウルクで最も階層を守護した実績のある、ある意味、功労者であると言える。そんな彼女に対して俺は多大な感謝を抱いている。

 まあ、キャラ的にもゴルゴーンは大好きなわけだが。

 

「何を言う、俺はいつもお前の働きには感謝しているのだぞ。度重なる侵攻においてお前が屠った雑種の数はどの守護者よりも上だろうよ」

 

「……褒めても何も出んぞ」

 

 素っ気ない物言いに反して頬がほんのりと赤い。加えて尻尾の先がパタパタと激しく揺れている。犬かこいつは。

 分かりやす過ぎる反応に少し虐めたくなる。

 

「いや、俺は事実を述べたまでよ。その功績、俺も鼻が高い。これからも俺に力を貸してくれると嬉しい」

 

「……考えておこう」

 

 満更でもないような顔してる彼女を見て安堵に胸を撫でおろす。あり得ない話ではあるが、一切の忠誠を設定していない彼女が万が一にも叛逆を企てたなら少なくない犠牲が出たことも事実だ。

 加えてこの鮮血神殿内は彼女のフィールド故に、俺とて気を抜けば生命力を吸い取られた挙句に溶かされていた可能性を思うと素直に嬉しい。

 

「感謝する。ではこれからもギルタブリル共々活躍を期待しているぞ」

 

 言って側のギルタブリルの頭を不意打ち気味に撫でてやると、一瞬驚いたような仕草をしたあとだらしなく頬を緩ませる褐色美女が出来上がった。こいつも可愛いな。

 

「さて、残りの階層の視察に向かうとするか」

 

「あ……もう、行くのか?」

 

 残り四階層の視察も終わらせてしまうべくゲートを潜ろうとすると、後ろでゴルゴーンが妙に寂しそうな声をあげた。……一瞬、信じ難いその現象に固まってしまったのは内緒だ。

 

「いや、別に名残惜しい訳ではないが……随分と呆気なかったのでな、そ、その、ほら! 細部までしっかり見ていかんと反乱、とか、考えているかもしれんぞ? ふ、ふふふ……」

 

 軽くキャラ崩壊を起こしている彼女をしばし冷静に観察する。

 

「な、なんだその目は? よもや忘れたわけではあるまい、私は魔獣を統べる女王。人間に対して恨みも一入な邪悪な復讐者なのだぞ?」

 

 そうだな、そういう設定だったはずだ。確かにお前の言い分は正しいよ。というかこいつ単に寂しかっただけみたいだ。

 

「だから、ほら……ええい! その見透かしたような薄ら笑いを止めろ!!」

 

 えー、でもゴルゴーン、君、可愛過ぎない? 一連の動作を動画に収めて見返した方がいいよ絶対。

 

「き、貴様ぁ……!!」

 

 顔を真っ赤にしながら髪を逆立て始めた彼女に、俺もいよいよからかい過ぎたと先を急ぐ。

 

「よい、よきにはからえ」

 

 最後に生暖かい視線を送りながら静かにゲートをくぐった。

 

「おい待て! ギルガメッシューーー!!!!」

 

 うわ、ゲート内にも響く咆哮とか、神殿の魔獣もさぞ怯えているに違いない。

 そう思いつつ俺は四階層へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四の門:平安京

 

 降り立つのは巨大にして幻想的な都の外郭、外壁の外だ。この地は演出上、夜空が一日中覆うフィールド。あとは酔っ払いの民間人風雑魚モンスターがたまに現れる他は特にギミックのない……いや、一つだけ特大のギミックがあった。

 この都を覆う強力な魔除けの結界、五芒星を描く原始的だからこそ強力な結界ともう一つ。裏と呼ばれる二重三重の結界だ。

 

 まあ、細かいところは省くがそれら結界に加えてこの階層の本懐。対魔性に特化した精鋭部隊。

 

主人(あるじ)どの!」

 

 噂をすれば外壁の上からこちらに手を振る我が忠犬・牛若が現れた。

 なんであんなところにいるのかは不明だがフットワークの軽い彼女のことだ、考えるだけ無駄である。それよりもその痴女ファッションのまま駆けずり回るのは如何なものだろう。

 まあ、俺の設定の所為だがな。眼福眼福。

 

 壁から飛び降り嬉しそうな顔でこちらに突撃してくる牛若丸をしっかりと腰を据えて受け止める。

 うっ、結構勢い強いな。

 

「主人どの〜」

 

「おー、よしよし。相変わらず元気がいいなお前は」

 

 胸板にスリスリしてくる彼女の頭を優しく撫でてやると更に甘えた声で抱きついてきた。

 

 こいつは問題なさそうだ。

 

「おお、殿が急に走り出されたので何事かと思えばマスターではありませぬか」

 

「さっきぶりだな弁慶」

 

 遅れてやってきたのは僧衣に身を包んだ巨漢の薙刀使い、しかしてその本懐は仙人という武蔵坊弁慶。

 

「マスター自ら出向かれるとは珍しい、何かありましたかな?」

 

 用がないと来ちゃいけないのかよ、どいつこいつも冷たい。

 などとは思わずさっきまでと同じように用向きを伝える。

 

「視察だ。と言っても簡易的なもの故、そう畏まらずとも良いぞ」

 

 お前の主人なんか王の胸板に頬ずりしてるからな。

 

「ははは、我が主人は元より、ライコウ殿もさぞお喜びになられるでしょうな」

 

「あ、ああ」

 

 ライコウ、この階層の実質的な守護者筆頭であり優れた武勇を誇る怪異殺しのスペシャリストだ。対魔性性能はトップレベルで、彼女に匹敵する対魔性NPCは同じく四層の守護者である()()()くらいだ。

 

 だが、原作よろしく『子煩悩』な彼女に会うのは少々勇気がいる。

 

「まあ、何れにしても会わねば意味がないのだが……」

 

 懐く牛若を撫でて心を落ち着けていると、視界の端で『ウルク・オブ・ゲート』が起動した。

 

「王よ、周辺地域の把握、及び人里、都市の幾つかを発見いたしました故に帰還いたしました」

 

 現れたのは黒に身を包んだ髑髏仮面の女性、百貌のハサンことハサ子だ。

 

「うむ、ご苦労。続けよ」

 

「はっ、我ら“百貌”の中でも偵察に優れた数名と気配遮断に優れた他ハサン数名、第一階層の守護者並びに配下の忍と共に四方に散って調査を行なった結果、この大地が『カッツェ平野』と呼ばれる荒廃した土地であり滅多に人の立ち入らぬ場所であること。その情報を得たここから最も近い都市の他に幾つかの町や村、それらを統べる二国家の存在を把握致しました」

 

 ペラペラと報告を続ける百貌に俺は呆気にとられていた。

 すげぇなこいつら、この短時間でもうそんなに調べたのかよ。

 

「う、うむ。続きは玉座で聞こう。シドゥリを交えての報告会を開く故、忍共にも声をかけてきてくれるか」

 

「はっ!」

 

 跪きながら一度頭を下げた彼女は再びゲートで去っていった。

 

 俺も玉座の間に向かうべくゲートを起動する。

 とーー

 

「主人どの、行ってしまわれるのですか?」

 

 名残惜しそうにこちらを見上げる牛若がいた。その上目遣いやめろ、なでなでしていたくなる。

 

「すまんな、今度、ハサンの言っていた街にでも出掛けよう」

 

 そう、この次は巴に語ったように都市潜入作戦が控えている。メンバーはすでに俺の中で決まっているので後は詳細を詰めるのみだ。

 この作戦は一見してお忍びで遊びに出かけるみたいだが、ちゃんと“原作に相違ないかの確認、都市及び国家の内情を探る”という意味があっての行動である。まあ、ちょっぴり冒険者してみたいという願望も含まれていたりするが本分は調査だ。

 

 俺は意気消沈しつつも手を振る牛若に手を振り返し玉座へと続くゲートをくぐった。

 

 

 

 




ラハムについては意図的に除外しております。

あと、各階層の詳しいギミックとか守護者間の関係について詳しい記述は希望がございましたら記載します。
たぶん書き始めるとダラダラと長文になってしまい本編の進行を阻害してしまいますので……。


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報告

今更ながらギルはこれまでずっとキャスギル衣装でした。




追記:いつも誤字修正、圧倒的感謝です。全力で気をつけたいと思いますが今後も幾つか出てしまうと思うのでその時はどうか宜しくお願い申し上げます。


「西のリ・エスティーゼ王国。封建国家であり土地も豊かな国であります。しかし、近年裏表に幅広いパイプを持つ諸侯に王は押されつつある模様。また、諸侯たちの腐敗も著しく現在は王派閥と貴族派閥の二対立となっていますが、いずれ王が排斥されれば国が崩壊するのは目に見えております。

 また、隣国であるバハルス帝国により度重なる侵攻を受けているために農民等への徴兵が繰り返され国力は衰退の一途かと」

 

「東のバハルス帝国は近年封建制から専制君主制へと移行し、現皇帝ジルクニフの手腕により力を高めつつある国です。

 歴代どの皇帝も優秀であり、王国とは真逆の発展を重ねた国と言えます。また、ジルクニフは封建制の撤廃を前に国内の粛清を大々的に敢行しており腐敗した貴族、身内さえも手に掛けたと言われます。以後、帝国では実力主義が主流となり例え民草であっても有能であれば地位を上げることも可能となりました。

 軍事面においても抜かりはなく、一万の軍隊を計八つ、皇帝直属の四つの騎士団の長はそれぞれ帝国きっての実力者とされています。また魔法技術の研究にも熱心で、総責任者であるフールーダなるものは大陸で四人しかいない実力者であるとか」

 

 玉座の間、鎮座する王の御前に頭を垂れ報告するのは二人の忍。片や身体の節々が人のそれとは異なる“関節”をしたうら若き女性。

 もう片方は先の会議にも参加した風魔の頭領たる赤毛の少年である。

 

 両名の報告を静かに聞いていた王・ギルガメッシュは頷きをもって返す。

 

「ご苦労であった。しかし、短時間でここまでの情報を得てくるとはな。少々驚かされたぞ」

 

 正直な話、ギルは内心、冷や汗をかいていた。一日でここまでの情報を得てくるとは思わなかったのだ。敵でなくて本当に良かったと胸をなで下ろす。

 

 他にも武技や魔法やらについても報告を受けるも、ギルは原作という形で全て修めていた。

 この偵察もまた彼らNPCの性能調査の一環なのだ。

 

 だが、予想外に成果を上げた偵察隊には素直に賛辞を送りたい。後で何か褒美を与えるべきか。

 

「……おそれながら王よ、御身は今、我らへの褒賞を思案されておられるのではないかと愚考いたします。その上で申し上げさせていただくならば、そのようなモノは()()()()

 

 とか考えていたら百貌にズバリ言い当てられてしまった。こいつ心を見抜いていやがる……!

 

「我らは隠密。歴史の表にて輝ける我が王が如きお人に仕えるべき陰。要は陰と陽にございます。その太極における陰を預からせていただける、その栄誉を賜れるのであればその以上に望むものなどあり得ようはずもございません。

 ……だからどうか、我らに命を。どのようなご命令にも応えて御覧にいれましょう」

 

「……」

 

 薄々、隠密どもの忠誠が高いのは気づいていたが、これは予想以上だ。

 もしかしたらNPC内で一の忠誠心を持っているのではなかろうか?

 

 何が、彼女らにここまでの忠誠心を与えているのかは分からない。分からないが、それでも、悪くはない気分だ。

 

 素直に嬉しい。

 

 だからこそーー

 

「ならば百貌、今夜我が寝室まで来るがいい。存分に役目を与えてやろう」

 

「なっ!?」

 

 虐めたくなるというものだ。

 

 やはりというべきか、予想だにしない俺の提案に百貌は驚いている。仮面越しではあるがおそらく赤面しているのは想像に難くない。

 

 しかし、そこは優秀なハサ子。すぐに先の反応が不敬に値すると思い至ったのか慌てて平伏し直す。

 

「ぎ、御意……!」

 

 プルプルと震えながらもなんとか返答する彼女に少し違和感を覚える。

 原作で明言されていたわけではないが、彼女はその特性上、一人で百人分の仕事をこなしたという。

 それは数多に別たれた人格のそれぞれが個性に溢れた長所を有していたことに由来するのだが、その中には拷問を受けた時用の『何も知らない人格』通称ちびアサがいた。

 ならば、夜伽に優れた人格もいるのではなかろうか?少なくとも、そういう任務だって生前にはあったと思う。

 

 ……いや、そもそも彼女は俺が設定し創造したのだった。元ネタが百貌というだけのただの『俺の子ども』だ。百貌のハサンその人とは区別して考えるべきだな。

 もしかしたら、意外と初心だったりするのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 その後も残りの隠密から報告を聞き、おおよそ原作知識の方と相違ないことを確認した俺は周辺、厳密には霧の晴れた地域の警戒を交代制で行うように言い渡しそれぞれの階層へと帰した後、玉座の間へと戻った。

 

『ゲート・オブ・ウルク』を起動し一瞬にして執務室兼謁見の間でもあるジグラット頂上の玉座の間へと帰還した俺を出迎えたのはシドゥリとエルキドゥの両名だった。

 

「お疲れ様です、王よ」

 

 シドゥリはまるで敏腕秘書のようにきっちりとした仕草だった。にも関わらず、我が盟友はひどく退屈そうに玉座へともたれかかって、ぐでーん、としていた。

 

「……流石にそれはどうかと思うぞ」

 

「あ、ギル。おかえり」

 

 さながら休日にグダるOLのような、いや、学校から帰ってソファに寝転びながらグダるJK妹のような。

 そんなモヤモヤとした感覚を覚える有様に、俺の怠惰センサーがアラートを鳴らした。

 

「いや、俺が悪かったな。今日一日中お前をほったらかしにしていた」

 

「ほんとだよ、シドゥリも『ウルク』の機能チェックだとかで忙しかったみたいだし、あの女の子もアナと楽しそうに遊んでるみたいだから邪魔したくなかったし」

 

 ブツブツと不貞腐れたように語る盟友に思わず苦笑してしまう。

 

「ならば他の階層にでも遊びに行けばよかったのではないか?お前は特に誰とも付き合えない者のない性格だったと思うが」

 

 盟友ことエルキドゥは階層守護等の役割には付かせていない。それは遊撃隊隊長の女神や宮廷魔術師のマーリンも同じようなものだが、女神は基本自由気ままだし、マーリンも六階層が本拠みたいなものだから、ウルクにおいて真にどこにも属しておらずこれといった役割も持たせていないのはエルキドゥのみだ。

 

「もしかしたら僕のいない時にギルが戻ってくるかもしれないだろ、その時に誰もいなかったら、寂しいだろうと思って」

 

 不貞腐れながらもその理由がどうしようもなく可愛い件について。

 

 こいつは俺専用のヒロインなのだろうか?俺の理想のラノベ的展開を与えてくれる至高のヒロインなのだろうか?

 

 捩じくれそうになる思考をなんとか制御し思考する。

 

「ふむ、まあ、今日のうちに動くべきことも特にない。……なら、どうだ? これから闘技場でも貸し切って汗を流すというのは」

 

 丁度いい。戦闘行動における試験も兼ねて模擬戦といこうではないか。

 このウルクにおいても実験場として製作されたコロッセオ擬きが存在する。そこならば多少暴れても問題ないのでテストにはうってつけだ。

 

 今後、モモンガレベルの実力者と当たる可能性を考えれば早めにこの世界での動きに慣れておいた方が良いとの判断だ。

 

「いいね! 行こう!」

 

 盟友もさっきの様子はなんだったのだと言わんばかりに食いついてくる。

 

「問題ないでしょうが、ご自重くださいね? 王。修繕もタダではないのですから」

 

 何かの資料に目を通しながら苦言を呈するシドゥリ。ていうかその資料なに? 俺なんも報告受けてないのだけど?

 まあ、シドゥリは内政、事務方面は優秀であるはずなので大丈夫だとは思うが。気になる。

 

「案ずるな、アレは使わぬ」

 

 今回はお遊びのようなものなので『王の財宝』と『終末剣』の取り回しくらいしか使わない。

 さすがに我が宝物最高峰の乖離なんちゃらは怖すぎるのでテストは後日に後回しだ。というかアレを使う機会とかあるのだろうか? それこそ冥界の底に封じてあるアレが暴走した時くらいしか使わないような気がする。

 

 何はともあれ今考えても仕方ないと、俺はすぐに闘技場までのゲートを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルク市街・最古の闘技場

 

 円形に建造された粘土作りのそれはまさしく闘技場と呼ぶべき建造物だ。古代ローマのコロッセオを思わせる形ながら細部の装飾はウルク形式。アヌンナキをイメージした彫刻がそこかしこに彫られている。

 

 その中央、地面の上に降り立った俺とエルキドゥは互いに距離をとった。

 

「ここに来るのは久しぶりだね、そういえばこうして戦うというのも初めてかな?」

 

「そうだな。お前の起動実験において訪れたのが最後だろう。無論、戦闘など初めてだ」

 

 実験場だしな。決闘等以外でフレンドリーファイアが制限されている以上、ここを使用するにしても実験くらいしか思いつかない。

 ギルメンの何名かは頻繁に使用していたようだが、俺は管理業務で忙しくてそれどころではなかった。

 

 と、苦労話はさておき。俺はいつものキャスギル衣装から英雄王スタイル即ち黄金の鎧へと換装する。

 

 一瞬の輝きののちにいつもの黄金鎧が現れるモーションは率直に何度見てもかっこいい。

 

 対して盟友の方はいつもの布一枚。さすがに布一枚はどうかと思った時期もあったが盟友は種族性質上、()()()()()()()()()()()()()()。加えて余計な衣服は戦闘に差し障るのだ。

 

「僕はいつでもいいよ」

 

 そうリラックスした様子で語るエルキドゥ。『彼』は構える必要がない、なぜならばその身こそが最大の武器なのだから。

 

「ふ、ではこちらからいくとするか」

 

 俺は『王の財宝』を起動し背後に幾つかの黄金の波紋を生み出した。

 そこからゆっくりと覗き出でたのは数多の武器。三叉槍から大剣、短剣、斧まで。

 豪華な作りのそれらは()()()()()

 宝物庫の中でも最高峰の逸品たちを選りすぐった。

 

「“即死せぬ”とは言え、本気で抗わねばタダでは済まんぞ?」

 

 宣言し発射する。

 

 名だたる名剣聖剣魔槍、神話に語られる武具をモデルに作られた最高峰の武器たちが音速を超えて盟友へと放たれた。

 

「……ふっ!」

 

 それらを一撃の元に弾き飛ばすエルキドゥ。振るった右手が一瞬だけ光り、刃のような形を作ったのは『彼』のスキルだ。

 

 神々の兵器として造り出された泥人形エルキドゥ。その正体は()()()()()()()()()()()()()()()まさに兵器そのもの。

『可変』と略されるスキルにより『彼』がその右手を()()()()()()()()()()()()()()()()に変化させたに他ならない。

 

 最早笑えてくるチート具合に自然とこちらも昂ぶる。

 

「それでこそだな盟友。ならば俺も少し本気でやろう」

 

 言うや否や波紋から取り出したるは二本の剣。同じ作りのそれは双剣として振るうことを前提に作られた代物。他にも用途はあるのだが今回は双剣形態でのみの使用とする。

 俺が最も使い慣れた、愛用の双剣だ。

 

 それとは別に波紋を生み出し射出の体制を整える。

 

「行くぞ」

 

 宣言とともに数多の宝具が放たれ遅れて俺も地を蹴った。

 

「タイマンだね? わかるとも!」

 

 エルキドゥも嬉しそうに笑いながら両手から射出する武具で『王の財宝』を相殺しこちらに突貫する。

 

 応じて振るわれる双剣、それに合わせるように振るわれた右手の光剣。

 

 激突により生まれる衝撃波はコロッセオの壁面を容易に崩壊させた。

 

 ギリギリと鍔迫り合いのような状態のままに俺らは昂ぶる感情を声に載せる。

 

「ああ、俺は生きている! なぁ、エルキドゥ!!」

 

「そうだとも! 僕らは、確かに生きている!!」

 

 片や夢にまでみた“かの黄金王の力”に歓喜し、片や被造物として虚ろな記憶しか持たない自身の確かな“今”を実感し同じく歓喜した。

 

 

 ……この後、調子に乗りすぎた二人の対戦はコロッセオ崩壊まで続き額に青筋を浮かべた満面の笑みのシドゥリが現れたことにより急速に終息へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、我が王にはもう少し落ち着きというものを覚えていただかねば」

 

 コロッセオを崩壊させた二人を叱りつけ寝室に叩き込んだシドゥリは自身に与えられた執務室にて資料に目を通していた。

 

「久方ぶりの戦闘に興奮なされるのは理解しますが、その度に設備を壊されてはたまりません」

 

(しかし、コロッセオが壊れるなど()()()()。記憶している限り、そんなことは過去起こったこともなかった。王以外の方々が色々な実験をなされていたり決闘を行われていた、その中には先ほどよりも大規模なものもあったはずなのに)

 

「やはり“機能に不備が出ていますね”」

 

 思うのはこの未知の世界に突然転移した直後。あの時は妙に意識がはっきりしたくらいしか分からなかったが、ウルクを見て回りすぐに()()()()()()()()()()()()に気が付いた。

 

「『ナピシュテムの牙』に『王の号砲(メラム・ディンギル)』。平時においては先ず使う必要のないものですが、初期化されているのは流石に看過致しかねます」

 

 故に元に戻した。他にも常時発動しているはずのもの全て。例えば『辺りを照らすような』ものさえ停止していた。

 なぜ? その疑問を今日一日抱えていたのだ。

 

 手に持つ資料、机に並べられた全てがウルクの機能の状態についてのもの。

 各階層の守護者筆頭により纏められたそれらを見ながら、それでも何の解決にもならない現状にシドゥリは頭を悩ませていた。

 

「転移、そう王は仰られていたという」

 

 ならば、我が王は()()()()()()()()()

 なら、なぜそれを黙っているのか?

 個性溢れる守護者たちならいざ知らず、ウルクの運営を任された私にまで黙っているのはなぜか?

 

「私は、王の望む役割には不足ということでしょうか」

 

 そんなはずはない、と思いつつも、それでも、そうあれかしと造られた彼女は矛盾した現状に堪えられない。

 

 ただ、それでも理路整然と究明に努めるのは少なからず彼女が『ウルクの民』という証左なのだろう。

 

 “決して諦めない”。

 命続く限り、上を目指し続けたウルクの誇りこそ彼女がこの偽りのウルクにおいて造られた意味。

 

 だが、そんなことを彼女が知るはずもなく、ただひたすらに己の役目を果たそうとする。

 

『王不在時における司令塔』。そう設定されている彼女は同時に、ウルクの運営においてもほぼ全てを任されている。

 その設定が転移で意識が明朗となったことにより急にのしかかってきたようなもの。

 これまではユグドラシルのシステムによって管理されていた全てを、これからは彼女が全て管理していかねばならない。

 

 ただ、そこに不満があるのかと言えばそうではないと断言するのだろう。

 

 彼女はこの役目に誇りを持っているから。

 

 この英雄の跳梁跋扈するウルクにおいて直接的な戦闘能力皆無な彼女がNo2として扱われる所以。()()()()()()()()()()()

 それこそがこれなのだと。

 

「……やはり、王は知っておられた。その上で我らを試しているのですね」

 

 それ即ち、未だこの身が未熟である証左。伝えるべき時になれば王はきっとお教えくださる。それまでは、彼のお眼鏡に適う存在になれるように一層邁進するのみだ。

 そう硬い決意を新たに、シドゥリは再度、資料へと目を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これよりの数日、ウルクは情報収集に努めることになる。

 ギルの方針として『この世界の人間を見定める』というのは変わらずとも、その前段階としてこの世界、少なくとも周辺地域の情報は出来る限り得ていかねばならない。

 そも、情報とは時と共に、瞬きの間に変化するものであるために情報の獲得はこれからも必須となる。これはその前段階。下地としての情報を元に必要に応じて深いところに探りを入れるのだ。

 

 守護者たちの手前、口に出すわけにはいかないが、もしもこの世界にギル以外の『転生者』の存在があるとすればそれは確実に今後に影響を与えてくるに違いない。

 なにせ、原作にそもそも登場しない俺という特大のイレギュラーがあまつさえ転移後の世界にもでしゃばっているのだ。これで気づかない奴はいないだろう。

 

 バレるのは良い、何れは通らねばならない道である。

 

 




次回よりようやくギルが動きます。


※ハサ子の夜伽については後日幕間として出そうと思います


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エ・ランテル
冒険者・一


追記:デスナイトのくだりに違和感を感じる声がいくつか寄せられ、筆者も違和感を感じたので少し直してみました。
筆者の無思慮無軌道な文によりご迷惑をおかけしましたことお詫び申し上げます。
また、ご意見ございましたら都度ご連絡をお願いします。


「……以上が本日の調査結果となります」

 

 玉座の間にて膝を折る赤毛の少年。周辺に放った配下からの報告を王に伝えるのが最近の仕事だ。

 

「ご苦労。下がってよい」

 

「はっ!」

 

 ギルの言葉に少年は短い返答と共に一瞬で姿を消した。実に隠密に相応しい歩法にギルも感心する。

 そも、彼も守護者の一人なのだ。実質、捨て駒のような一階層ではあるが守護者ともなればその力は並みの忍共とは一線を画す。

 

「しかしだいぶ詳細も掴めてきたな。そろそろ現地調査に赴くべきか」

 

 ここ数日間の徹底的な諜報により王国、帝国はほぼ丸裸となった。先ほどの報告もエ・ランテルの今日の出来事とアダマンタイト級冒険者たちの動向といった簡素な、悪く言えばどうでもいい報告だった。

 情報の重要性を理解しているからこそギルはそのような報告にも思考を走らせていたのだが、そろそろ聞くべき案件も無くなったと判断を下した。

 

「シドゥリ、俺はこれより王国へと出向く。以前に伝えておいたメンバーを招集せよ」

 

「かしこまりました」

 

 傍に立つ司祭長の女性は恭しく礼をしメッセージの魔法を発動させた。

 数分ののちにギルへと向き直ったシドゥリは再び礼をする。

 

「調査部隊各員への通達を終えました、数分で集まると思われます」

 

 その言葉にギルは頷きで返しメンバーの到着を待つ。

 

 その間に思案するのは今後の動向。

 主に王都の『価値』をこの目で見定めるのが目的ではあるが、その際に国の指導者どもの『価値』、国の守護者である冒険者どもの『価値』においても測るつもりだ。

 果たして、彼らを“死の支配者”から救う価値があるのかどうか。その魂の輝きは如何程なのか。

 

 そも、この世界を支配するだけならば可能であると結論付けている。少なからず激戦、苦戦することもあろうがウルクの全戦力を投入すれば支配できなくとも滅ぼすことは容易い。

 その過程において障害となるのは、あのナザリック陣営、次点で番外席次と呼ばれる未知、ツアーという竜王くらいなものだろう。

 東の諸国についての情報は未だないが、これらを超える脅威があるとすれば浮遊都市にいるとされる存在たちか。

 

 まあ、いざとなれば“獣”を解き放てば誰も勝つことなど出来ないだろう。その場合は世界そのものが死ぬが。

 

 ともあれ()()()()()は眼中にない。そもそもが“世界は俺の庭”であるのだが、純粋に興味がない。

 

 この偽物の英雄王が求めるのは、いと美しき魂の輝き。

 絶望の淵にあっても諦めぬ、圧倒的脅威を前に決して折れぬ魂。例えば“人理を燃やされても尚、諦めなかった人々”のような。

 

 彼、ギルはそういった『人間の本質的な価値』をこそ求めていた。それは奇しくも前世(かつて)の自分が出来なかった輝きであるのだが。

 

 思考を進めていると玉座の間に複数のゲートが開いた。

 中からは数人の守護者たちが現れる。

 

「主命に従い推参したしました、マスター」

 

 先ずは武者装備を纏った白髪の女傑、巴御前。

 

「おや、私が一番乗りかと思ったんですがね」

 

 遅れて赤い礼装を纏った神父、天草四郎時貞が現れた。

 その後からは黄金の鎧を纏った太陽の戦士・カルナが続いた。

 皆、一様に王の御前にて膝を折る。

 

「集まったか。各員、先日の通達により知っていようが王国、帝国ともに現地調査として支配者階級の派遣を考えている。

 先ほど定期報告を聞いた俺は最早、情報収集は十分と判断し本日より現地調査を開始することにした」

 

 調査対象は二国。どちらも俺が出向かなければ意味がないのだが、色々とイベントが待ち構えている王国の方を先に見ておいた方がいいと考え今回の調査に踏み切った。

 発展を続ける帝国よりも既に国として限界を迎えつつある王国の方が今は重要だ。見定める前に滅んでしまっては意味がない。

 そのような怠惰を見せればかの暗殺者に首を飛ばされてしまいかねない。

 

「先ずは王国の調査を行う。貴様らは俺と共に王国へと出向き冒険者として潜入するのだ」

 

 仔細はすでに聞き及んでいる守護者たちは特に反論もなく平伏を続ける。

 

 ふと、俺の側に一つの影が落ちた。

 

「遅ればせながら推参いたしてございますお館様」

 

 膝をつく姿で現れたのは隠密の一人にして第一階層の守護者の一人・望月千代女だ。

 服装は任務時の西川衣装だが、おそらくは諜報活動からの帰還に際して急いで駆けつけたのだろう。

 

「連日の働きご苦労であった、此度の招集の理由は分かっているな?」

 

「はっ! 卑しき我が身に余る光栄にございますが、お館様と共に王国にて調査を行う、今回はその件かと」

 

「その通りだ。今後の働きにも期待しているぞ。……それと、王に仕える身でありながら『卑しい』などと自身を卑下するな。それはつまり貴様を従える俺の名に泥を塗るに等しいと知れ」

 

「はっ! 申し訳ございません!」

 

 徹底して従者の態度を崩さぬ彼女だが、今は俯いた状態でも分かるくらい頬が赤らんでいる。

 やはり隠密は良い文明、はっきりわかんだね。

 

「では貴様ら、出陣だ!」

 

 四人の従者を従え、ギルはウルクを出立した。転移後、初めてとなる外出に少しばかり気分を高揚させながらも今後の動きを冷静に思案し続けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーこの魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 

 天草の詠唱により集団で群れていたアンデッド共は纏めて天へと召されていった。

 霧の立ち込める中、昇天の光の中で祈りを捧げる彼は少しだけ神父っぽいな、と思いながらギルは歩みを止めた。応じて従者もその場に停止する。

 この地に現れるアンデッド程度ではこの場の誰にも傷をつけることなどできないと分かってはいるがそれでも不測の事態に備えて全員が王を守護する配置についていた。

 

「ここらで良かろう」

 

 呟き一つ、ギルを一瞬、光が包み込みすぐに霧散する。

 そこには普段の装いや黄金鎧姿とも少し異なる衣装に身を包んだギルの姿があった。

 

 逆立った黄金の髪は前髪の一部のみ前に垂れ、戦闘時の黄金鎧は下半身と肩を覆う物を残して外され至高の腹筋が露わに。

 そして背中には黄金の双剣が携えられていた。

 

「良し! では行くぞ、貴様ら」

 

 いつもよりもテンション高めな声音のギルに従者たちは一瞬、動揺するも些細なこととしてすぐに移動を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国国王直轄領エ・ランテル。

 三重の城壁に囲まれた王国の重要拠点の一つ。帝国と王国を分ける境界に立つ関係上そのように定義されてはいるものの兵士の練度は並み以下であり暮らす民たちも何ら危機感を持っていない平凡な都市だ。

 

 そこから少し外れた郊外、森に隣接した街道にて一つの冒険者パーティーが奮戦していた。

 

「でりゃぁ!」

 

 長剣を振るい小鬼の肢体を両断する青年。短い金髪にバランスの良い装備を纏う彼こそこのパーティーのリーダー。

 

 その後ろから的確に小鬼の額を撃ち抜くのは同じく金髪の青年。比較的軽装の彼が構える弓と腰の短剣が、彼が索敵、狙撃に優れたレンジャーであることを物語っている。

 

 更に後方にはローブに身を包んだ短い茶髪の()()。手に持つ杖から淡い光を放ちながら魔法を放つ。

 その側で控える巨漢は見た目に似合わずパーティーの回復役の僧侶であったりする。

 

 以上、バランスの取れた彼ら四人のパーティーの名は『漆黒の剣』。かつて世界を救った英雄の一人が使った剣に因んだ名を持つ冒険者パーティーだ。

 

 彼らが行なっているのはモンスター退治。ギルドから恒常的に提示されている街道のお掃除。

 彼らはこのフリークエストのような仕事で日頃の生活費を稼ぐ。いずれはもっと上のランクの冒険者を目指して日々を冒険に費やす、よく言えば今を輝く若者、悪く言えばありふれた駆け出し冒険者たちだ。

 

 堅実かつ抜群のコンビネーションで次々に小鬼を屠り、遂にはオーガをも殲滅した彼らはその最後の一撃をリーダーが決めたことにより小休止に入った。

 

「ふぅ、今日はここまでかな」

 

 木陰にて身体を休ませるリーダー・ペテル。その傍らには弓を片手に同じく一息つくレンジャー・ルクルット。いつもの軽薄そうな雰囲気はまだ保てているが些か息を切らしている。

 

 そんな彼らに治療の魔法をかけながら僧侶ダインが労いの言葉をかける。

 

「うむ、今日も十分な成果である」

 

 言って目を向けるのは、地に伏したモンスターから身体の一部を切り取って回る魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャ。

 

「そうですね、これだけあれば当分は生活できますよ」

 

 視線に気づいたニニャも朗らかに微笑みながら語る。

 

 有り体にありふれた、中堅冒険者から小慣れた冒険者たちの中においてごくごくありふれた光景だ。

 日々の糧にモンスターを狩ることこそ彼らの使命であり義務であり、そしてその中でも上を目指して精進するのが正しい冒険者のあり方である。

 

「しっかし、こうも同じことの繰り返しだと流石に飽きてこねぇか?」

 

 だが、彼らもまだ若い。故に単純作業になりつつある今のモンスター狩りに飽きが出てくるのもまた仕方ないことである。

 

「だからと言って、今の俺たちではここらが関の山、無理したところで死ぬだけだぞ」

 

 それを諌めるのもリーダーの務め。冒険者と名が付いてはいるが本当に冒険気分で仕事に臨めばそこにはあっけない死が待ち構えている。

 

「わかってるよ、今はこいつらで腕を上げる必要があるくらい」

 

 それはこの場の誰もが理解していること。最も、殆どの冒険者はシビアに自分に適した仕事を選んでいる。それはランク分けがなされていて尚、その中でも今の自分たちの力量に適した仕事というものが存在するからだ。

 

 彼らの狩るモンスターたちにも指標として難度と呼ばれるものが定められているものの、あくまで生き物であるモンスターたちの中には当然、個体差というものが存在する。多くのモンスターにとって難度とは大雑把な平均値に過ぎない。

 ±で激しく振れ幅のあるモンスターたちだからこそ、多く見積もった難度を軽く超えれる実力を持たないと思わぬところで死ぬ可能性がある。

 

 例えば一般兵士がゴブリンに殺されることだって有り得ない話ではない。これがシルバーランクの冒険者となれば話は違うが、そこまでの差があって初めて安定した狩りができると考えた方が良い。

 何事も安全が第一というのが人間の本質的な思考回路である。

 

「ふむ、ルクルットの意見。頭ごなしには否定しがたいのであるな」

 

 その考えにまったを掛けたのは意外にも堅実な方針を好むダインだった。

 

「ダイン?」

 

「いや、確かに安全であることが当然ではあるが、そろそろ、もう少し上を目指しても良いのでは?」

 

 その言葉にペテルも口ごもる。

 他ならぬダインが語っているのもあるが、ペテル自身もこの領域はそろそろ卒業すべきだと考えていたのだ。

 

「……そうだな、ならこの前見つけた依頼にちょうどいいのがあった」

 

「お、なんだよ初耳だぞ」

 

 機敏に反応したのはやはりルクルット。役割柄、反応速度に関して言えば妥当ではあるが出来るなら戦闘中だけにしてほしい、と思いつつも観念したようにペテルは語る。

 

「実はだなーー」

 

 その瞬間、森の中からおぞましい叫び声が聞こえてきた。

 

 身体全体、魂そのものを震わせるような怖気に満ちた声。或いは生者に特別作用するような、そんな声。

 

 一瞬で理解する、この声の主人は到底、自分たちでは敵わない存在なのだろうと。

 

 理解はしているが、それでも、身体は動かなかった。

 

「くそっ!どうして、震えが止まらねぇ!」

 

 声とは裏腹に小刻みに震える両足は後退の一歩を踏み出せない。

 

 

 そうこうしているうちに、ヤツは来た。

 

 

「ウゥゥ……」

 

「あ……」

 

 それは死の体現だった。

 

 かつては屈強を誇ったであろう肉体は瘦せ細りその皮を骨に貼りつけただけに変わり果てた。栄光に輝いていたであろう見事な鎧からは負のオーラが立ち上り、戦場の誉れであった剣は血と脂で見るも無惨に錆びついている。

 

 ただ、それでも、自分たちを屠るには数秒とて必要としない。そう直感できるほどにかのアンデッドは強大だった。

 

「デス、ナイト……」

 

 絞り出すようにニニャが呟く。

 

 意図せず発したその言葉はかのアンデッドの特徴を指したものだった。己らに死をもたらす騎士、そんなのは誰もが気づいていた。重要なのはどうやってこいつから逃げ切るかだ。

 だが、所詮は銀の冒険者。駆け出しをようやく抜けそうな領域の自分たちでは背を向けた瞬間に人生が終わる。

 

 ならどうする?考えれば考えるほどに逃げ道が見当たらなくなる。

 

 やがて、死の騎士は最初の犠牲者を選んだ。

 

「ひっ!?」

 

 その怨念に満ち満ちた双眸に見据えられただけでニニャは何も考えられなくなった。

 思考が恐怖で満たされていく。

 自身が目指した目標を遂げることなく無残な屍を晒す顚末が容易に思い浮かぶ。

 

 デスナイトにとって、彼らは等しく弱者だった。ただ、一番殺しやすそうな対象に魔法詠唱者であるニニャを選んだだけだった。

 

 一歩でも動けば首を飛ばしかねない状況に、さらなる悪夢が現れる。

 

「グ、ウゥ」

 

 森から新たに現れたのは二体目のデスナイト。本来であれば一体生まれることすら稀であるアンデッドがさらにもう一体。

 

「二匹目だと?」

 

 いよいよ万事休すという言葉が脳裏をチラつく。

 そんな中でも希望を見出すのが冒険者が冒険者たる所以。

 

 一瞬で一人を除くパーティー全員の覚悟が決まった。

 

「ダイン、ルクルット。頼めるか?」

 

「当たり前だ」

 

「当然である。……ニニャ、我らが殿となる。その隙に街に戻り知らせるのだ」

 

 短い問いに彼らは即座に肯定を示す。奇しくもこれまでの経験と信頼、絆が成し得た奇跡だ。

 

「ダイン!?」

 

 当然、ニニャは抗議を示す。

 

「これはリーダー命令だ。……みんなを、救ってやってくれ」

 

「ですが!」

 

「ニニャ」

 

 短い言葉、しかしそこには強く硬い拒絶があった。

 ようやく彼らの『覚悟』を感じたニニャは目尻に涙を浮かべながら述べる。

 

「みんなは……エ・ランテルのみんなは僕に、任せてください」

 

 己の力量、力の無さを純粋に悔やむ。いや、怒りすら感じていたニニャだったが、仲間たちは一様に愛おしげな眼差しを向ける。

 

「うむ、なら安心であるな」

 

「ああ、俺らも安心して任せられる」

 

「……生きろよ、ニニャ」

 

「っ……」

 

 リーダーの言葉を最後に、ニニャは一気に駆け出した。全力全開で、止まればきっと戻ってしまうから。彼らと共にいたいと、強く願ってしまうから。

 

 それに呼応するように二体の『絶対者』が動く。だが、本来の動きよりも遥かに遅い速度で。

 ……彼らの性格柄、弱者をいたぶるべく手加減しているのは言うまでもない。そうして存分に痛めつけたあとにその首を刎ねる、これまでずっとそうしてきたのだ。

 

「させる、かぁぁぁ!!」

 

「うぉぉぉ!!」

 

「オォォォォ!!」

 

 応じて『死者の玩具たち』も動き出す。全てを出し切って、それでも到底届かない存在に果敢に立ち向かう。全ては大切な仲間を守るために。

 

 両者接触する、その瞬間。場違いなほどに陽気な声が天空より降り注ぐ。

 

「見事だ雑種ども!」

 

 一瞬、その場の誰もが声の方へと気を取られた。

 ペテルたちはもちろん、デスナイトすらこの異様な乱入者に注意を向けた。

 

 まあ、注意を向けたところで敵う道理は存在しないわけだが。

 

「ふん!」

 

 声と共にいつの間にか両者の間に男が降り立っていた。黄金の鎧を纏いその手には同じく黄金の双剣を携えながら。

 

 よく見れば男の前にいたデスナイトが()()()()()()()()()()()()()()()()()()見えた。

 

「は……?」

 

 思わずペテルは気の抜けた声を漏らす。

 その間に黄金の男は別れたデスナイトの身体を蹴り飛ばしながらもう一体のデスナイトへと黄金の軌跡を走らせる。

 

「グッ!?」

 

「ほう、防ぐか。些か手加減が過ぎたか?」

 

 手加減。一国を滅ぼすと言われるモンスターを前に手加減などと宣うこの男は何者だ?

 答えを見つけるよりも早く男はデスナイトを()()()()()()その身を横に引き裂いていた。

 

「所詮はザコか、試し斬りにもならんな」

 

 つまらなそうに嘯く男の傍らには二体のデスナイトが綺麗に身体を両断されて横たわる。

 

 一瞬だった。自分たちが死を覚悟した存在を彼は一瞬のうちに殲滅した。呆気ないまでに自分たちの覚悟が無為となった状況に誰もが思考を停止させていた。

 

「フハハハ! やはりこのスタイルが一番しっくりくる。双剣こそ至高」

 

 呑気に一人で盛り上がる男の側には、やはりデスナイトの死骸が転がる。見間違いかと思って二度見、三度見してしまったがやはりある。

 

「……ん? どうした貴様ら。脅威は去ったぞ、疾く己が仕事に戻るが良い。それとも、至高の我が玉体に見惚れたか?」

 

 得意げに笑む男は彼らが呆けてしまっていることに気づいていない。

 

「ふ、AUOジョークだ! 笑うが良い! フハハハハ!!」

 

 高笑いする男を見ているとあまりにも先ほどまでの自分たちがバカバカしく思えてきてしまう。

 

 これがAUOと銀級(シルバー)冒険者パーティー・漆黒の剣のファーストコンタクトであった。

 

 

 




プロトギル参上。


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冒険者・二

今回はゆるいお話です。筆者の頭も緩いです。





 何気ない日常、その中で突然訪れた絶対的な死の脅威はあっさりと、退けられた。

 

 黄金の戦士。

 輝く金色の鎧を纏った快活で少し傲慢気な青年は自身の髪色と同色の双剣を操り一息のうちにあのアンデッドを仕留めてしまった。

 

 呆気にとられる私たちをよそに彼はアンデッドの死体を見ながらブツブツと何やら呟いたり突然大声で笑い出したりしていた。

 そしてしばらくすると彼の仲間と思しき数名が現れた。

 

 一人は見慣れない鎧を纏った綺麗な銀髪の女性。

 一人は服装からして聖職者に見えるがその配色が赤というのが奇抜な青年。

 そして、最後に現れた黄金の槍を持った痩せ気味の青年。

 

 彼らは黄金の青年と数回言葉を交わしてからいそいそとアンデッドの死骸を運び始めた。

 ただ、なぜか一体だけ運んでおりもう一体はどうするのかと辺りを見回してみると。

 

「あれ?」

 

 さっきまでそこにあったはずの横に斬り裂かれたアンデッドの死骸が忽然と姿を消していた。

 

 そのことに戸惑っていると、彼らは既に街の方へと移動を開始していた。

 

 慌てて声をかける。

 

「待ってください!」

 

「ん?」

 

 こちらに振り返った彼の顔を見て、少し胸がドキドキしてしまったが先ずは先ほどの礼をしなければならない。

 

「あの、助けてくださり本当にありがとうございました!」

 

「わ、私からも礼を言わせてください!」

 

 私に遅れてペテルも我に返ったらしく同じく頭を下げる。後にはダインもルクルットすら深く礼をしていた。

 

 その光景に黄金の青年は軽く微笑んで返す。

 

「なに、礼には及ばん。よもやこのような場所で危機に見舞われるとは思わなかったが、貴様らを()()こともできた。俺にとってもメリットのあることだ」

 

 こいつを手土産にギルドに戻れるしな、とアンデッドの半身を持ち上げながら笑う彼。

 

「あの、せめてお名前だけでも……」

 

「名前? ふむ、そうだな。ここで名乗っておくのも一興か。よかろう! 心して我が名を拝聴するが良い!」

 

 大仰な身振りで高らかに叫ぶ。

 

「最古にして最強の英雄、世界の全てを手に入れた黄金の王である我こそはギルーー」

 

 しかしその口を慌てて塞ぐのは銀髪の女性だった。それでもモガモガと何か言っていたが、やがて女性が耳打ちをすると途端に静かになり頷きを返した。

 

「……俺の名はギル。辺鄙な片田舎から冒険者に憧れて出てきた農民だ」

 

 絶対に嘘だ。本人も不本意そうに口を尖らせながら棒読みである。

 傍では先ほどの女性が額に手を当ててため息を吐いている。

 

 だが、何かしら理由があって名乗れないのであろうことは先のやり取りを見ていれば察することができた。みんなも気づいているのか口に出す者はいなかった。

 

「パーティー名は……“黄金”だ」

 

 これも今考えたのが丸わかりだったが口にはしない。なにか、そう何か理由があって語らないのだろう。もしかしたら他国の著名な冒険者かもしれないし。

 

 さすがにこれ以上、ギルさん(仮)に喋らせることに危険を感じたのか銀髪の女性が前に出てきた。

 

「私の名はトモエ。このパーティーでは副官を務めさせていただいております」

 

 胸に手を添え優雅に礼をする姿は仕える場がそれ相応に高貴なものであることを語っていた。

 おそらくはギルさんの部下なのだろう。

 

「こちらの胡散臭そうな僧侶がシロウ。パーティーの回復役ですが多少戦闘の心得もあります」

 

「シロウと申します。以後お見知り置きを」

 

 紹介されたシロウという聖職者はニコニコとしながら挨拶するが、確かに、なんとなく胡散臭い。

 

「こちらの槍兵はカルナ。こう見えてパーティーで二番目の実力者です」

 

「カルナだ。よろしく頼む」

 

 無表情ながらもその佇まいはどこか高潔さを感じさせ、その瞳の奥には優しい炎を幻視する。

 確かに瘦せ型の体型からあまり戦闘向きには見えないが。

 

「ふむ、此奴らならばチヨメも紹介して問題なかろう」

 

 ふと、先ほどまで仏頂面で黙っていてギルさんが口を開いた。途端ーー

 

「お呼びでしょうか、お館様」

 

 突然、その傍にローブを纏った少女が現れた。

 

「うむ、此奴らに我がパーティーを紹介していたのだ、お前も挨拶をしておけ」

 

「はっ!」

 

 短く返答しこちらに向き直った彼女。

 

「拙者はチヨメと申す、お館様に仕え“ぱーてぃー”では偵察を主に担当しているでござる」

 

 手短に挨拶しそのまま「では御免」と、現れた時のように突然姿を消してしまった。

 もしや、あれは『蒼の薔薇』のメンバーと同じ“ニンジャ”と呼ばれる存在なのではなかろうか。

 

「以上五名、未だ成り立ての新参者ではありますがよろしくお願いしますね」

 

「え、は、はい!」

 

 成り立て? 冗談にもほどがある。あのような強大なアンデッドを簡単に倒せてしまうパーティーが成り立てのはずが無い。

 たぶん、これも訳あっての偽りなのだろうが。些か、雑な気がしないでもない。

 

「そろそろ街に帰還するぞ」

 

 そこに痺れを切らしたようにため息をつきながらギルさんが告げた。

 

「はっ! ……あ、いや、わかりましたギルさん」

 

 先ほどの少女のようにキビキビと従者の態度を取ってから改めて言い直すトモエさんに、今度はギルさんが冷たい視線を送っていた。

 なんというか、ここまで大根役者な人たちも珍しい。

 

 そんな中でもニコニコとマイペース気味な僧侶の青年も中々に侮りがたいと私は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルのギルドに帰還し件のアンデッドを提出したギルさん達だったが案の定、ちょっとした騒ぎになった。

 

 誰も見たことがないアンデッドであるらしくその正体、力、他諸々を探るべく魔術師組合、街の神官等を招いての調査となった。

 

 とりあえず高位のアンデッドを討伐したということで報奨を渡されたが詳細は後日に回されることになった。

 これについてギルさんも「思ったより大事になったな」と心配そうな顔つきでつぶやいていた。

 

 とりあえず今日のところは宿に戻るとのことで、私たちと同じ宿に泊まっていたこともあり、一緒に食事でもと誘われた。

 

 現在は宿の食堂にて食事を共にしている。

 

「それでぇ、トモエさんは現在お付き合いされてる方はいるので?」

 

 すっかりいつもの調子を取り戻したルクルットがさっそくトモエさんを口説いている。

 

「ルクルット、お前な……」

 

「いえ、構いませんよ。でもごめんなさい、私には既に愛したお方がおりますので」

 

 諌めるペテルを手で制し、慣れた様子で答えるトモエさん。

 ルクルットは「やっぱりかー、そんな気はしてたんだよなぁ!」と悔しそうに喚いていたが、彼女の慣れた様子からやはり良くルクルットのような手合いに声を掛けられるのだろう。だからこそパーティーに異性を加えているのだと思う。それほどまで愛し愛された関係には少し羨ましく思えなくもない。

 

「これだけ美人なら、そうですよね……」

 

 少しだけ、今は捨てたはずの女の部分が黒い感情を抱いた気がした。

 当たり前のような嫉妬、私も“女”として生きていればもう少し見栄え良くできたのだろうか。

 ふと、思い浮かんだ考えを急いで振り払う。

 いけない、私は、私にはそんなことよりも大切な目的があるのだから。

 見栄えなんか気にしてる暇はないんだ。

 

 周りに目を向ければ、ルクルットは言わずもがな。ダインはシロウという青年と、ペテルはカルナという青年に熱心に話を聞いていた。

 必然、目の前に座るギルさんに目が行くわけで。

 

「っ!」

 

 偶然にもバッチリと目が合ってしまった私は、また、ドキリと胸を高鳴らせてしまった。

 昼間にも一度あったが、彼を見るとなんだか胸のあたりが熱くなって心臓の鼓動が早く、大きく聞こえてくる。頭も霧がかかったように上手く回らなくなって何を話せばいいのかも分からなくなる。

 緊張、してるのかな? でも、なぜか嫌だとはカケラも感じない。寧ろ彼といると居心地がいいというか温かい気持ちになるというか。

 

「ニニャよ、少し、外に出ないか?」

 

「え?」

 

 不意に彼の方から声をかけられ、慌てて首肯してしまう。

 

「よし、では行くか」

 

 そのまま彼に連れられ外に出る。出際に彼はトモエさんと二言三言交わしていたが多分、明日の予定とかだろう。

 

 しばらく歩く彼の後をついていくと、中心の広場まで来ていた。昼間は露店が立ち並び活気に満ちた場所だが夜も更けるとガラリと人気を無くし静かな場所となる。

 そこの椅子の一つに共に腰掛けながら、やがてギルさんは口を開いた。

 

「そう緊張せずとも良い。俺は冒険者でお前も冒険者。謂わば同僚のようなものだ気楽に接して構わん」

 

 優しく笑みながら語る彼に、またもドキリとしつつもなるだけ平静を装って返す。

 

「でも、ギルさんは私たちよりも遥かに強いです。やっぱり最低限の礼儀は弁えないと」

 

 私たちは未だ弱者だ。銀級にはなったけどまだまだギルさんたちのような領域には程遠い。

 

「はっ、肉体面の強さなど所詮は上辺だけのものだ。特別誇ることではなかろうよ、特に俺に関していえばな」

 

「え、それはどういう?」

 

「なに、瑣末なことだ気にするな。それよりも俺はお前たちの『心の強さ』の方がよっぽど尊いものであると考えるぞ」

 

 心の強さ?

 

「ああ、あのアンデッドを前にして、それでも抗うことを諦めなかった。怖かっただろう、死も覚悟しただろう。それでも、前に進むことを諦めなかったのはお前たちだ」

 

「……」

 

「あの場において己がすべきことを的確に把握し、僅かでも希望があるのならば決して見失わない。そんなお前たちの高潔さこそが俺の求める強さだ。

 だから、今は力が足りなくとも、お前は必ず、目的を果たすことができるだろう」

 

「っ! 知って、いるのですか?」

 

「さてな、だが、何か大きな目標を持っていてそのために()()()()()ことくらいはわかる。それだけ困難な目的があるのだろうと予想するのは容易だ」

 

「私が、男装しているのも気付いて……?」

 

 まさか、今日会ったばかりの彼に見破られるとは思わなかった。これまでだって誰一人として気づかれたことはなかったのに。

 

「安心しろ、告げ口などという無粋な真似をするつもりはない。ただ、俺はお前を()()()()()。だから、お前が目的を達するまでの露払い程度ならしてやる」

 

 強く、そして優しい瞳でそう語る彼。未だよく知らない人間であるのに、不思議と彼には全てを預けてしまえる気がする。

 昼間の件からも彼が嘘をつけないタチなのは分かっている。きっと、彼はその言葉通りにしてくれるのだろう。

 でもーー

 

「……ありがとうございます、ギルさん。でも、これは私個人の勝手な目的。もちろんパーティーのみんなに迷惑を掛けるつもりもありません。だから、貴方にも、迷惑をかけたくない」

 

 よく知らない私に対しても素直な優しさを持って接してくれる貴方だからこそ。

 それに、頼ってしまったらきっと、そのまま頼りきりになってしまうと思うから。

 

 そう告げると、彼は一瞬、悲しそうな顔をした気がしたがいつの間にか出会った当初の快活な笑みを浮かべていた。

 

「そうだな、これ以上は余計なお節介というものだ。見事だニニャ、お前のその志は王国戦士長などよりもよっぽど価値がある」

 

「そ、そんな! さすがにお世辞が過ぎますよ!」

 

「ハハハ! 俺がお世辞など使う輩に見えるか?」

 

「それは……」

 

 その言葉はずるい。貴方のように、()()()()()()()()()()()()()()()がそういう言葉を使えば、何も返せなくなるのは分かりきったことだろうに。

 

「いや、すまんな。どうにも勘が良すぎると仲間に言われる故に、出すぎた真似をしてしまった。許せとは言わぬが謝罪は受け取ってくれ」

 

「そんな、謝罪なんて! 私の方こそせっかくおっしゃっていただいたのに」

 

 今日会ったばかりだというのにおかしな会話だ。私自身、こんなにも初対面の相手と話せる事に驚いている。

 でも、彼ならば大丈夫だと根拠もない信頼を抱いてしまうことも事実だ。

 きっと、こういう存在を人は『英雄』と呼ぶのだろう。

 

「ではそろそろ戻るか、あまり長く空けては仲間も心配しよう」

 

「……はい!」

 

 

 

 宿に戻ればちょうどお開きにするところだったらしくそのまま私たちは割り当てられた部屋へと別れていった。また朝会えるとはいえ、少しだけ寂しい気持ちになる自分が不思議だった。

 

 部屋に入る時にルクルットがニヤニヤしながら声をかけてきた。

 

「チャンスはそう何度もあるわけじゃない。モノにしといた方がいいぜ」

 

「はぇ!? る、ルクルット! 何を!」

 

 それだけ言うと彼はさっさと自分の部屋へと帰っていった。

 ギルさんのことを考えている時に咄嗟に話しかけるものだから慌ててしまったがよく考えれば単に英雄級のギルさんから何かを学べという助言だったように思う。

 

 

 

 その日の夜はなかなか寝付けなく、ずっとギルさんのことを考えてしまっていた。

 

「ギルさん……」

 

 もうダメだ、と仲間の命を諦めていたところに颯爽と現れて助けてくれた彼。黄金の鎧と双剣を持ち力強い瞳とそれに似合う強さを持っている。おまけに優しい。

 

「そんなの、反則ですよ……」

 

 そんなかっこいい姿を見せられてその上、優しくされたら誰だって落ちてしまう。

 きっと、私は“そういう想い”を抱いてしまっているのだと思う。

 

「ギル、さん……」

 

 だから今日は横に寝るリーダーを起こさないように、そっと、慎重に自分を慰めてしまったのも仕方ないことだと思う。

 ただ、久方ぶりだったために予想以上に感じてしまい慌てて乾燥魔法を連発した時は流石に焦ってしまった。

 

 とりあえず、宿屋の人には心の中で謝っておいた。

 

 

 

 




ニニャ回。俺はニニャが大好きだ!!



ちなみに死の騎士さんの件で少し構成を変えたために今後のお話もゆったり進んでいくと思われます。
それに伴いまして短編から連載に切り替えたいと思います。
改めて構成見て「あ、これ無理だ」と思った次第です。
とてもじゃないけどあと数話で完結とか無理でした。ごめんなさい。


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冒険者・三

遅れてしまいましたが生きております。

ごめんなさい。


 エ・ランテル郊外、街道沿いの森林地帯にて冒険者チーム『黄金』はモンスター狩りに勤しんでいた。

 

「ふっ!」

 

 鎧姿の女武者・トモエの放った一矢がオーガの額を撃ち抜いたのを最後にこの場において活動するモンスターは皆無となった。

 

「逃走する個体は全て片付きました、ギルさん」

 

「うむ、こちらも終わった」

 

 小鬼ーーゴブリンの肢体を貫いた黄金の剣を引き抜きながらギルは応えた。

 

 剣に付いた血を払いつつ背中のホルスターへと双剣を仕舞う。

 

「今頃はカルナ共も依頼を終えた頃だろう」

 

 現在、この場にいるメンバーはギルとトモエのみであった。

 チーム『黄金』は効率を考え大きく二手に分かれてクエストをこなしている。モンスター討伐の常駐クエストをこなすギルにトモエの二名と、カッツェ平野におけるアンデッドの討伐に赴くカルナ、シロウだ。残るチヨメにはとある任務を与えている。

 

 ギルたちの力量ならば単騎で討伐クエストをこなすことも可能ではあるが世間体を鑑みて二名構成の分担としていた。

 それでもあまりに呆気なく強大なモンスターが駆逐されていく様に、冒険者組合は先の騎士風のアンデッド討伐の功績を鑑みて彼らの階級を白金(プラチナ)まで昇格させていた。

 今のギルの首にぶら下げるプレートは重厚な輝きを放っている。

 

 件のアンデッド討伐についてはあまり公にはなっていない。

 というのも冒険者、魔術師双方の組合の上層部が情報を秘匿しているからだ。そのため討伐自体を知る者も組合長、その他幹部、漆黒の剣のみとなっていた。

 その意図は不明だがギルとしては今後現れるだろうモモンの障害にならずに済んで御の字といった心持ちだ。

 

 

 

 

「……時にトモエよ、俺がなぜ冒険者などしているか、その意味が分かるか?」

 

 ギルドへ提出するモンスターの一部を切り取る作業の最中、何の気なしにギルが口を開いた。

 

「この地の人間を見定める、そのための現地調査であると。それ以上のことはトモエには考えもつきませぬが、この身はマスターの僕なれば如何なる意図があろうとも従う所存にございます」

 

「そう硬く考えるな、単なる雑談にすぎん。……まあ、調査であることに変わりはないのだがな、その先、気にはならないか?」

 

 ギルの柔和な雰囲気から真に雑談のつもりで語っているのだとトモエは感じつつも、戦働きのみが取り柄の己ごときが聞いて良い内容なのかと僅かに戸惑う。

 こういうのはシドゥリ様にお話すべきではなかろうか、と。

 

 そんな彼女を無視してギルは語り始める。

 

「俺はな、常々考えていたんだ。どうすればあの王のようになれるのか、俺が真に憧れたのはあの王のどの側面であったのか」

 

 あの王、ぼんやりとした記憶ではあるがマスターが以前の世界にいた頃から時折口にしていた言葉だ。

 かつての“主人の友たち”といる時にはおくびにも出さなかった独特の雰囲気を、あの王について語るマスターは出していた。

 それは強い情景でありながらも、どこか狂気に満ちていたようにも思う。今となってはよく思い出せないが。

 

「己の歓びのために、だけでは単なる暴君だ。民のため、だけではあの王は語れない、それならば別の古代王を名乗るべきだ。

 では、あの王を真に体現するにはどうすればいいのか、何を持ってあの黄金の英雄王たり得るのか」

 

「力、名声、財宝、ありとあらゆる面においてあの王に近づくべく高め続けてきた。

 だが、所詮は真似事。どれ一つとしてあの王に匹敵するほどにはなれなかった」

 

 そんなことはない、とトモエは叫びそうになるのを堪える。

 ウルクにおいて彼を蔑む輩は誰一人としていない、それは全守護者が彼からの“愛”を認識しそれぞれのやり方で彼の僕であろうと尽くしている事実からも証明されている。

 

 貴方は間違いなく私たちの王、最高の主人だとトモエは信じて疑わない。おそらくは他の守護者たちもそう思っているだろう。

 

「そして、俺が至ったのは一つの理想だった。英雄の王としての圧倒的力だけでなく、優れた治世を行う賢王としてだけでなく。

 その本質、とある電子世界にて彼が語った『裁定者』としての役目、だけではない」

 

 語るうちに昂りを抑えきれなくなったギルは大仰に両腕を広げその先を語る。

 

「全てだ。それら全てを手に入れあの王を体現する。その上で俺個人の、望みを落とし込んでやれば答えは一つだった」

 

「それは……」

 

 その覇気にトモエも思わず手を止め言葉を発していた。

 

 それを受けギルは宣言する。この物語の子細を知りつつも、あくまで英雄王たらんとするこの男の独善と欲望の名を。

 

「俺はこの地にて“理想の国家”を作り上げる」

 

 国家、それは世界征服などではなく、かと言って隠遁を良しとするわけでもなく。

 独立した、彼の、彼のためだけの世界をこの地に作り出すということ。

 彼が認めた強き魂を持つ者たちを集め、管理、統率しその何処までも続く発展を見守る。

 

 聞けばそれは高尚な願いにも見えるだろう、しかしその本質はどこまでいっても彼の我欲であり独善に過ぎない。既に確立した世界を築くこの世界の者たちにとっては余計なお世話に過ぎない。

 或いは、外敵の脅威を消し飛ばすという一点においては利となるやも知れないが。

 

 それを理解して尚、彼は野望を叶えるべく活動する。それこそがあの王が掲げる信念を体現することだと信じて。

 

「しかし俺は貴様らにこの理想を強制する気はない。貴様らは俺が統率する段階を既に逸脱した存在だ。自らで考え、行動することが出来る存在だ。もし俺の理想に忌避を感じたならーー」

 

「永遠に、あなた様に忠誠を誓います」

 

 主人たるギルの言葉を遮ってまでトモエは自身の忠義を示した。

 最初から迷うことは無かった。己で考えた上で彼女は“この王”に付き随う道を選びとった。

 

「それがトモエが感じ、考え、選んだ道です。いつまでも、どこまでも、トモエは貴方様の僕であり矛となりましょう」

 

 彼の付与した“設定”など関係ない。

 

 巴御前としてではなく、彼が作り愛してくれた『巴御前』として彼女は真にギルに忠誠を誓っていた。

 

 それに気づくことはなくともその思いが確固たるものと判断したギルは強く頷き返した。

 

「忠道、大義である。……その想いに恥じぬよう、俺も全力で進むとしよう」

 

「はっ、このトモエ、如何なる御下命をもこなしてみせます。だからどうか、末長くお側に」

 

 改めて忠誠の儀を果たした両名はより一層、硬い絆を得るに至った。

 果たしてそれがどのような結果を生むのか。否、どのような結果になろうとも後悔は無いと二人ともに感じていた。

 

 後の世に、偉大なるウルクの栄光を知らしめるために。

 

 どこまでも突き進むのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、とある国家最高権力者は執務室にてある報告書に目を通していた。

 

 豪勢な装飾を施されながらも厳格な雰囲気を醸し出す一室は、正にその男の進む道の如く苛烈で血に塗れた覇道を表現したように紅であった。

 

 ギルの活動する王国と敵対する国家・バハルス帝国、その皇帝を務めるジルクニフは今、部下の一人から提出された報告書に興味を抱いていた。

 

「カッツェ平野に異変?」

 

 その名は彼も良く知る地名だ、なにせ目下敵対するリ・エスティーゼ王国との毎年の合戦場となる場所なのだから。

 

 じわじわとその国力を削る戦いは最早行事のようになりつつも着実に王国の力を削いでいるのは事実。うまくいけば次の戦いで王国を崩壊させられる域にまで達している。

 

 その重要な地域にて現在異常が発生しているらしい。

 そもそもが謎の霧とアンデッド発生地帯であるカッツェ平野に更に異常などと不可解極まりない。

 

 曰く、目撃者も平野深部に足かけた場所で一瞬だけ目視したのだという。

 あの陰鬱な地域において“陽光の降り注ぐ巨大な城塞国家”を。

 

「バカバカしい……」

 

 あんな場所に国だと? 年中アンデッドの蔓延る痩せた土地にどこのバカが国を作るというのか。そもそも毎年の戦争で一度たりとてそのような建造物を見たことがない。

 よもや一年も掛けずしてそんなものを建てたとでも?

 

 おまけに開戦時期でもないのにその場所だけ太陽の光が降り注いでいたのだという。

 

 まるでお伽話のような報告だ。

 

 一笑に伏したい彼だったが存外目撃者が多いことと幻術の類ではないという同行した魔法詠唱者の証言から考えを改める。

 

「とはいえ、情報が少ない」

 

 これでは何も対処できない。

 ならば次の手は決まっている。

 

「おい」

 

 彼は近くに控えた部下に声をかける。

 側に寄る部下に彼は続けて命令を下した。

 

「カッツェの異変、請負人(ワーカー)に調査させろ」

 

 短い命令に、部下は彼の意を汲み口を開く。

 

「どの貴族を使いましょう?」

 

「こちらに寝返った奴がいただろう。奴にやらせる」

 

「かしこまりました、すぐに使いの者を。ルートは例のを使えば?」

 

「いや、山岳の伯爵は替えろ。奴は信用ならん」

 

「では中部の侯爵を使いましょう」

 

「任せた」

 

 部下は礼を一つ、執務室から出て行った。

 見送ったジルクニフは、傍で黙って事の顛末を見守っていた老人・フールーダに視線を移した。

 

「これで良いのだろう?」

 

「はい、流石は陛下にございます」

 

 目を細め柔和な表情のフールーダに、ジルクニフは「その気持ち悪い笑顔はよせ」と言いつつ満更でもない顔で鼻を鳴らした。

 

「それにしても、貴様が感じた魔力とやらは、本当なのか?」

 

 訝しげなジルクニフにフールーダは真剣な目で答える。

 

「間違いありませぬ。あの様な人外の魔力、このフールーダが間違えるはずもありません」

 

「まあ、そうだろうが……」

 

 そう答えながらもジルクニフは内心、半信半疑であった。

 

 事の起こりは深夜にフールーダがジルクニフの寝室に突撃した日。

 日頃の疲れからベッドでぐっすりと眠っていたジルクニフをいきなり叩き起こしたのは、幼き頃からの謀臣にして師匠にして側近たる老人・フールーダであった。

 さすがに額に青筋を浮かべてブチ切れたジルクニフだったが、それすら眼中になく興奮した様子(気持ち悪い)のフールーダにいよいよ首を刎ねてやろうかとフツフツと怒りがこみ上げてきた彼に、フールーダは述べた。

 

『自分を超える膨大な魔力の持ち主が現れた』と。

 

 それだけならさして驚きはしないのだが、その魔力は突然、現れたのだという。そして、その発生源を咄嗟に探せないほどに距離を置きながらしっかりとその強大な力を放っていたらしい。

 不幸にも、調査隊を編成する頃にはピタリと止んでしまったためにそれ以上の捜索は頓挫した。

 

 しかし、数日前にカッツェ付近で依頼をこなしていた冒険者が偶然にも先述の“城塞都市”を目撃。フールーダが『なんとなくこっち』と言っていた方角だったこともあり今回の調査に至った。

 

 

 有り体にフールーダの我儘である。

 しかし尤もらしい説得を延々と受けたジルクニフは渋々調査を行うことにした。

 さすがに軍を動かすことは断固拒否した彼にフールーダが献策したのがワーカーを使った調査である。

 

「こちらとしては奴の忠誠心を測ることにもなるしメリットの方が大きいとは思うが」

 

 そのメリットも大して嬉しくはない。別に伯爵がいようがいまいが問題はないのだ。

 ただ、大事な恩師の頼みでもあるゆえにジルクニフも許した。

 

「いやぁ、結果が楽しみですな!」

 

 ホクホク顔のフールーダに、ジルクニフは「いや、別に」と真顔で答えた。

 数秒後にはすでに頭の片隅に追いやられたこの調査、当然、ジルクニフ自身はあまり興味を持っていなかった。

 

 

 

 




ナザリックは一応、もう来てます。
ほぼほぼ原作通りなので敢えて書くこともないかと端折ってますが。

ちなみに、今回はちょうどモモンがエ・ランテル来る直前くらいの出来事。


追記:誤字修正ありがとう! いや本当にありがとうございます。


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幕間 竜の国と黄金

…。(五体投地

本当にごめんなさい。生きてます。意地汚くも生きております。
これからもチマチマ書いては、三次元の魔物に殺され、また書き始めては殺され…を繰り返すかもしれません!


時系列は前話より前です!


追記:間違えたー!黄金の輝き亭はエ・ランテルだよッ!!


「竜王国?」

 

 ウルク中央・ジグラット最上階、王の間、または謁見の間とも呼ばれる一室にて俺は配下の報告に疑問の声をあげた。

 

 対して、報告をした相手、俺の一の配下たる側近シドゥリは手に持つ資料の束を見つつ続きを述べる。

 

「はい。王国、帝国に続き調査対象に指定されていた竜王国です……まさか、お忘れですか?」

 

 一瞬にして厳しい目線へと変わったシドゥリが全身が凍るような冷たい声で問いかけてくる。

 俺は内心慌てて、表向き余裕ある態度で返す。

 

「戯け、忘れるはずがあるまい。えーと、アレだろ?カッツェと隣接する国々の一つで、ビーストマンに攻められているとかいう」

 

 確か、合ってたはず。

 いや、もう三十年以上も昔の、しかも前世の記憶なんてあやふやなんで正確に覚えていられるはずもない。

 俺は、以前の隠密からの報告を必死に記憶から引きずり出して答える。

 

 前世なら確実にど忘れしていた、やっぱり半神設定は優秀。

 

「ええ、カッツェ平野……我らが降り立ったこの地は常時霧に包まれ、アンデッドが多数発生する危険地帯として現地の者たちには知られております。

 その平野を中心に、隣接する国家が四つほど存在します。

 一つは王が調査に赴かれているリ・エスティーゼ王国。

 もう一つが別働隊が調査に向かったバハルス帝国。

 

 そして、法国と竜王国。

 

 法国についての調査は現在難航しておりますが、竜王国の情報については今回の報告であらかた終了したと見ております」

 

 そう言って手に持つ紙束を俺へと寄越す。

 早速、内容に目を通してみればーー

 

「……相変わらず、桁外れの諜報力だな」

 

 かの国の保有戦力、単純な兵数から使用魔法、個人の能力についてもあらかた記述されている。

 あと、セラブレイトがロリコンなのは知ってる。

 俺と気が合いそうだと転移前からワクワクしていたのだ。こいつだけは覚えている。もしかしたらロリっ子帝国とかそんな感じの土地を知ってたりするかもしれないし。

 捕まえて吐かせるのも吝かではない。

 

「特記事項にあります『始原の魔法』なるものについては一応、目を通しておかれますよう」

 

 ふむ?

 言われて見てみれば確かに『重要!』と書かれた丸文字の横にデフォルメされた千代女の顔が描かれていた。

 ……いや、待て。これ、誰が書いたんだ?

 

「グッジョブ」

 

「は?」

 

 可愛すぎて思わず声に出てしまったが、無かったことにして改めて記述に目を通す。

 

 なんでも、ユグドラシル由来の現在の魔法とは異なる、この世界に古より根付いていた古き魔法が始原の魔法らしい。うん、ここは知ってる。

 

 そしてかの国の女王は、竜の血を八分の一受け継ぐためにそれを行使できるのだという。だが、その代償として民の命を生贄にしなければならず、ビーストマンの軍勢に有効打を与えるには実に百万ほどの人命を消費しなければならないらしい。

 コスパ悪っ!

 

「そういえば、そんな感じだったな」

 

 これも前世において知っていた情報で今も覚えている。

 というか女王たるドラウディロン・オーリウクルスが幼女形態を取ることのできるロリババアという段階で俺の記憶から抜け落ちる可能性など皆無であったと言わざるを得ない。

 本性がやさぐれた年増な点もグッドだ。

 

「ただ、かの国の命運はすでに風前の灯火。下手をすれば明日にでも滅亡する段階に差し掛かっております」

 

 は!?

 

「いや、まさかそんなはずは……」

 

 慌てて資料に視線を戻す。

 ……確かに、風前の灯火であった。

 

 主要な砦、防衛の要たる要地はすでに過半数が陥落し、現在の最前線たる砦を抜かれれば王都への最終防衛ラインにぶち当たる。

 そして、兵力、兵糧ともに赤ゲージである。

 

 いや、そんなバカな。

 まだ俺たちが来てから一年も経ってないぞ?

 確か書籍の方でもまだ持ち堪えられる時期だったはず。やばくなったのは、かの国に援軍に向かうはずだった六色聖典の一つ、陽光聖典をナザリックが叩き潰してしまい、シャルティア関連で漆黒聖典にまで甚大な被害を与えた所為じゃなかったか?

 おまけに巫女姫の遠見の魔法がモモンガの探知に引っかかって大爆発して、巻き添えで風花聖典だかが壊滅してーー

 

「あ」

 

「どうされました?」

 

 ……すっっっかり忘れていた。

 

 

 あの痴女ファッション巫女少女を助けた際に、深く考えずに神殿に遠距離爆撃を敢行していたのだ。

 そのせいで原作と同じく風なんちゃらという部隊も吹き飛んでしまったのだろう。

 おまけに、陽光聖典の話はだいぶ初期、つまりナザリックが来て早々に起きた出来事だったと思い出した。

 つまり、原作と同じく竜王国へと派遣する援軍が無くなってしまったのだ。

 

 なんてこった。

 パンナコッタ。

 

 

 

 

「シィィドゥリィィィ!!」

 

「へぁ!? は、はい!?」

 

「即刻、かの国へと救援部隊を派遣する!資料通りならばビーストマンなんぞ片手で捻り潰せる雑魚どもだ!

 ならば、女王が……竜王国が滅びる前に救済せねばならん!!」

 

 ロリババアが危ない(二つの意味で)。

 もはや、形振りなど構っていられるか。それにビーストマン風情に警戒する意味も価値もない。

 ビースト、なんて付いてるから不安になったりもしたがこっちにだってビーストはいる。それも公式チートのモンスターを鹵獲したものが。

 

 そもそも、竜王国についても前々から考えていた計画があるのだ。実行に移す機会を伺っている段階のものが。

 

 ならば、迷う必要など何もない。

 

「だが!生半可な戦力で向かって、貴様たちに万が一があれば俺は自害するしかなくなる!

 

 

 

 故に!!

 

『キャメロット』の全軍を派遣せよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜王都のとある宿屋・一階酒場〜

 

 

「チーム“黄金”?」

 

 紅茶を啜りながら、ラキュースは少し眉を顰めて聞き返した。

 

「なんでも、伝説級のアンデットを討伐した凄腕の新人冒険者(ルーキー)らしい」

 

 彼女の問いに、仲間でありチームの諜報役、その片割れたるティナが答える。

 

「他にも、平野から流れてきた師団クラスのアンデッドたちを殲滅、オーガ・ゴブリンの混成部隊を軍団規模で狩り尽くしたらしい。

 おまけに、そのリーダーは単身でギガント・バジリスクを討伐している」

 

「単身!?一人でやったってか!?」

 

 続けて、もう片割れのティアが語る。

 それに待ったをかけたのは、同じくチームの仲間である筋骨隆々の()()、ガガーランであった。

 四角く大きな顔を驚愕に歪めている。

 

「流石に、尾ひれが付きすぎだな、それは」

 

 それを見ながら、全身をローブで包んだ仮面の少女・イビルアイが溜め息混じりに口を挟む。

 その言葉に、ティナ・ティアを除く全員が同意とばかりに首を振った。

 

 この五名、全員が女性でありながら並みの男ども、特に冒険者など寄せ付けないほどの強さを誇る実力者であった。

 チーム『蒼の薔薇』。

 リ・エスティーゼ王国が二チームしか保有していない最上級冒険者、アダマンタイト級冒険者チーム。その片割れであるからだ。

 そんな凄腕が、最高級とはいえ宿屋の一階に集まっていれば自然と周りの冒険者は萎縮するもの。

 

 遠巻きにも分かるその隙のない佇まいに、皆、緊張の色を隠しきれないでいる。

 

「しかし、情報の精度は高い。元々、別の依頼で動いていた際に偶然遭遇したらしく、その際に同行していた他の冒険者、依頼人双方からの言質も取れている」

 

「なに……?」

 

 ティナの言葉に、眉唾と高を括っていたイビルアイは、いつもの無機質な声に僅かな動揺を乗せた。

 

「伝説級アンデッドの件も組合幹部からのタレコミ」

 

「マジかよ……」

 

 呆けたように呟くガガーランを他所に、リーダーであるラキュースは苛立ちを隠しきれない声で述べた。

 

「黄金……って名前は気に入らないわね」

 

「やっぱそこなんだ、鬼ボス」

 

 ティアの言葉に返事をすることなく、ラキュースは自らの内に燻る思いをなんとか鎮めようとする。

 

 別に、ラキュースという女性は高慢な人物ではない。

 アインドラという有力な貴族の娘であろうとも、国に二つしかないアダマンタイト級のリーダーであろうとも、そのことを鼻にかけるような性格ではないのだ。

 

 しかし、『黄金』という二つ名は彼女の唯一無二の親友、王女ラナーのものであるがゆえに。ポッと出のルーキーに名前を使われるのは、なんとも言い難い複雑な感情を抱かせるものだった。

 

 第一、なぜ、そんな名前を?

 

「リーダーが金髪で黄金一色の鎧を纏い、おまけに黄金の双剣を使うらしい」

 

「派手過ぎる!……ああ、いや、冒険者としては別に悪いことではないのよね」

 

 冒険者という仕事柄、名前を売るために敢えて目立つ格好をする者もいるという話だ。理に適ってはいるし悪いことではないが。

 

「一度、街中で見かけたけど……金ピカだった」

 

「アレは間違いなく目立つ。むしろ眩しくて目を細めている人もいた」

 

 双子からの報告に、「そうなるわな」という感情を全員が感じたのは無理もない。

 

「おまけに、声がでかい。テンションも高い」

 

「でも、意外に好青年。ガガーランとは話が合いそう」

 

「俺と?……ふーむ、声がデカくて金ピカねぇ」

 

 ティナの言葉に、ガガーランは真剣に考え始める。

 もちろん、食うか食わないかの話だ。

 

「ちなみに顔は良い。王国や近隣諸国でもまず見ないほどの美青年……あと十年は早く出会いたかった」

 

「よし!とりあえず初物かどうかを確かめるところから始める!」

 

 ぼそり、と呟いたティナの言葉は続くガガーランの声に掻き消された。

 ギルの知らないところで彼の貞操が危機を迎えていた。

 

 

「話が逸れている。本当に、その金ピカとやらはギガント・バジリスクを倒せるほどの男なのか?」

 

 しつこくも思えるイビルアイの疑念だが、無理もない。

 

 ギガント・バジリスクというモンスターは蜥蜴か蛇にも似た全長十mのモンスターである。

 バジリスクの名の通り、石化の魔眼を持ち、体液は人間にとっては即死するレベルの猛毒。おまけに表皮はミスリルにも匹敵する硬度を持った最悪の魔物。

 一匹で町を滅ぼせる強力なモンスターなのである。

 

「それを単騎で……」

 

 そこまで言いかけて、ラキュースは思い出したように声をあげた。

 

「待って、それなら同行していた人たちにもそれなりの被害が出たんじゃーー」

 

 石化の魔眼、猛毒の体液、それを十mの巨体で振るわれれば周りにいた人たちにも甚大な被害が及ぶはず。

 

「……いや、戦いは一瞬。その男が振るった双剣で一撃で三枚におろされたらしい」

 

「一撃!?」

 

 双剣ということから正確には二撃だが、大した差ではない。

 ギガント・バジリスクは二撃や三撃など数える手数で倒せる相手ではないのだ。

 事前に入念な準備をして、支援も万全にした状態で時間をかけて仕留めるもの。

 それを、金ピカの男は双剣の一振りで仕留めた。

 

 その事実に、イビルアイも仮面の上からでも分かるほど驚愕の感情を見せた。

 

「いや……ならば、その男が持つ黄金の双剣こそが信じられないほどの業物なのかもしれん」

 

 冷静に考えればそうだ、そうとしか思えない。

 それにしたって、一撃とは……。

 

「伝説の武器……或いは東の亜人種の国で作られたもの、もしくはドワーフのか」

 

「リーダーの持つ魔剣と似たような出自かもな」

 

 ガガーランの言葉に、ラキュースは自らの愛剣、魔剣キリネイラムをそっと撫でた。

 

「そうね、もし本当の話ならそういう可能性もあるかも」

 

 或いは王国の秘宝に比肩するものか。

 

 彼女らの知らぬことではあるが、事実として終末剣エンキは神器級にカテゴリされる業物である。

 その切れ味、硬度は圧倒的でありながらその真の力は別にある。

 

 

 何はともあれ、あまりにも荒唐無稽、突拍子もない現実離れした話に、結局のところ双子を含めてその話を完全に信じるものはいなかった。

 

「それに関連してなんだけど、組合長からそれとなく例のチームを探って欲しいと言われた」

 

「探る?……いくら組合長の頼みでもそれは」

 

「いや、調査とかじゃなく。その人となりを私たちで見定めてほしい、と」

 

 ティナに続いてのティアの発言に、ラキュースも「まあ、それくらいなら」と了承の意を示す。

 それを節目として、ガガーランが唐突に宣言する。

 

「よし!なら飲み直すか!」

 

「何がよしなのか分からないが……まあ、私も付き合おう」

 

「ええ!?」

 

 唐突な二人の会話に、リーダーたるラキュースは困惑した。

 長話をしていたために、ガガーランの持つジョッキの酒はすでに人肌温度にまで上昇していた。

 側から見ても泡の無くなったその中身はあまり美味しそうには見えない。

 

 しかし、ラキュースとしてはこれから依頼の件で、例のラナー王女と会うことになっているためにお酒はお預けとなる。

 

「……まったく、自分たちが行かないからって」

 

「いやぁ、どうにも王城の堅苦しい空気は苦手でね。余程のことが無けりゃ行きたかないよ」

 

「まあ、私も似たようなものだ……私たちに構わず、友との語らいに興じてくれ」

 

 ガガーラン、イビルアイ。この両名は当初から何かと理由をつけて王城に行くのを渋っていたが、最近は「行きたくない」と馬鹿正直に告げてくるようになった。

 信頼の証、とでも思わなければやっていられない。

 

「まあ、私とティナかティアがいれば問題ないけどね」

 

 その発言通り、ガガーランやイビルアイが行ったところで、政治やその他の話題にはついていけないだろう。

 いや、イビルアイだけはその豊富な知識量から良いアドバイスを貰えるかもしれないが。

 

「行かんぞ?絶対に、行かん」

 

 こうまで言われては仕方ない。元々、彼女は頑固なのだ。

 彼女を初めてチームに招いた時のことを思い出しながらラキュースは「仕方ない」と溜め息を吐きつつ宿屋を後にした。

 

 

 




竜王国跡地にキャメロットⅡが建国されます(嘘





おまけ


【名称】ギルガメッシュ
【異名・二つ名】英雄王、黄金王、コレクター

【役職】ギルドマスター→都市国家ウルク初代国王
【住居】ジグラット内居住区『王の寝室』

属性(アライメント)】中立[カルマ値:0]

【種族レベル】
なし

職業(クラス)レベル】
英雄王:5lv
コレクター:5lv


[種族レベル]+[職業レベル]=100レベル
[種族レベル]取得総計0レベル
[職業レベル]取得総計100レベル


【備考】
ワールドチャンピオン券を手放した代わりに得た英雄王クラスを所持。
また、ナザリックに次ぐワールドアイテム保有数、その他、武器を含むアイテムの保有数が断トツであったためにコレクターというクラスも習得。

それら特殊クラスを得る前からワールドチャンピオンになるくらいの実力を持った戦士として、高い戦闘能力を有する。
また、英雄王クラスの能力でこれまで集めたり作って貯めておいた武器を雨霰の如く射出することが可能。おまけに、壊れても蔵の中で再生する。
ただし、手に持って振るう際は壊れたら永久に元に戻らない。あくまで射出しての使用に限る。だが、装備しなくても発動できる能力は使える。
また、誰かに譲渡した際も同じく。蔵からデータが抹消される。壊れる前に戻すと戻る。



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考察と救済

ナザリックへの認識がふわっふわし始めたので改めて読み直して「だいたいこんな感じじゃろ?」と改めてフワッフワした認識を得て書き上げた一話。

あと、ナーベ、無駄に虫の知識豊富過ぎない?
おじさんは虫とか興味薄いのであんまり種類に詳しくない。



 アインズ・ウール・ゴウン。

 

 

 その名はかつて、大人気ゲームとしてDMMO-RPG業界に君臨したユグドラシルというゲームタイトルにおいて知らぬ者のいないギルドネームだった。

 名声……というよりは悪名の方が圧倒的だったが、ギルドの方針からすればそれも致し方ないこと。寧ろ、悪としての名が高まるほどにギルドメンバーたちは沸き立った。

 

 というのも、このギルドは『悪』のロールプレイを基本とする変わり種だったからだ。

 PK(プレイヤーキル)はお約束として、そのほか様々なことをしでかしてきた。

 もちろん、規約違反とかそういう不粋な……要は小悪党じみた真似などはしていない。

 

 もっと、偉大な、誰もが畏怖する『悪』であれ、と活動してきた。

 

 

 ギルドホームにして、ユグドラシル屈指の不落要塞として名高いナザリック地下大墳墓は過去、幾度となく侵攻に晒されながら一度として陥落することはなかった。

 ユグドラシル始まって以来の大軍勢とされる、千五百人による討伐隊が編成された際にも、なんとか首の皮一枚で拠点を守り抜いた。

 全十階層のうち、八階層まで侵攻を許したが、その八階層に配置されたナザリック最高戦力によって討伐隊の猛者たちを蹂躙した様は伝説として長く語り継がれている。

 

 他にも、ユグドラシル本来の楽しみ方である冒険だっていくつもこなしてきた。

 ギルドの象徴たるギルド武器を作る時に揉めたりもした。

 仲間同士で喧嘩することだって少なくなかった。

 それでも、結局は仲間。なんだかんだ言いつつ仲良くやってきた。

 

 

 

 

 

 楽しかった。

 

 そう、楽しかったんだ。

 

 たとえ、みんなが居なくなっても、だんだんと、仲間たちが引退していっても。

 それでも、いつかまた帰ってくるって。そう、願っていたんだ。

 

 たとえ、一人になっても。

 ここだけは守り抜くって、そう、決めたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモンさ……ん。如何されましたか?」

 

 ふと、凛とした綺麗な女性の声が聞こえてきた。

 

「む。いや、問題ない。少し、考え事をしていただけだ」

 

 というよりは物思いに耽っていたというべきか。

 我ながら気を緩めすぎたと思う。軽く寝ていたんじゃないかというほどに。

 アンデッドに睡眠など必要ないというのに。

 

 意識を現実に引き戻し、改めて眼前に広がる光景に意識を向ける。

 ファンタジー系のアニメや漫画でよく見るような街並み、端的に述べるのであれば中世ヨーロッパ風という言葉が驚くほどしっくりくる。

 

 都市エ・ランテル。

 リ・エスティーゼ王国という国の領地にあたる都市であり、帝国、法国と隣接する関係から交易都市としての面も持つ。

 また、王国と現在戦争中である帝国からの侵攻に備えて幾重にも囲むように建ち並ぶ城壁からは城塞都市としての姿もうかがえる。

 私、冒険者モモンが活動する拠点でもある。

 

 

 

 異世界転移。

 ユグドラシルのサービス終了に際して、突如としてナザリックごと俺・モモンガはこの世界に飛ばされた。

 

 転移当初、あまりにも現実離れしたこの現象に、即座に状況が飲み込めず色々と遠回りをしてしまったと思う。

 とはいえ、真っ先にナザリックの現状と守護者の状態を確認した俺は、続いて外界の調査に移った。

 

 

 そこで目にしたのがカルネ村と呼ばれる農村とそれを襲撃する騎士たち。

 まあ、その件で一悶着あったりもしたがおかげで多くの実験を行うことができたし、貴重な情報源も幾つか確保できた。

 ただ、その情報源を簡単な質問だけで失ってしまったのは痛恨の極みであったが。

 

 何はともあれ、外界・つまりはこの異世界の情報をもっと集めるために現在俺は冒険者モモンとして活動を始めていた。

 並行しての計画は幾つかあるが、ここまで順調に進んでいると見ている。

 ただ、最終的な目標はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は、銀級冒険者『漆黒の剣』と共に受けた薬師ンフィーレア・バレアレの依頼を終えての帰路。

 二泊三日の旅路の最中には実に様々な発見と出来事があったが、ンフィーレアという少年についてはかなり有益なものを得たと思う。

 次点で、まあ……とある魔獣を従わせることに成功したことか。

 

 いや、今はその話はどうでもいい。

 それよりも、道中で『漆黒の剣』メンバーのニニャと気まずい空気になってしまったことが汚点として残った。

 幸い、ンフィーレアのおかげで少しだけ改善もしたが、やはり自らの癇癪の所為で余計な手間を増やしてしまったのは痛い。

 今後も気をつけてーー

 

「なんなの、あの魔獣は!?」

 

「あのような深い知性を感じさせる獣を従わせるとは……いったい何者なんだ」

 

 ……やめろ。

 

「きゃー、すてきー!」

 

「あんなすごそうな魔獣を従わせてるんだ、どこぞの偉い冒険者様なんじゃろなぁ」

 

 やめてくれ。

 

 

「流石です、アインズ様。下等生物(イモムシ)どもは皆、賞賛の念を向けております。……御身が至高にして偉大であるという事実に今更気付くというのも愚かではありますが、所詮は下等生物(ミジンコ)

 それも致し方ないのかもしれませんね」

 

 トドメとばかりに相棒ナーベ……本名ナーベラル・ガンマが崇拝するかのような純粋な瞳で語ってきた。

 

「……モモン、な?」

 

 モモンガは深い溜息を吐くと共に深く肩を落とした。

 しかし、観衆の目があることを思い出しすぐに、なるだけ凛々しい姿を演出する。

 

 彼がこうまで精神的ストレスを感じているのは、他でもない。彼が今現在騎乗している魔獣の形状が問題であったのだ。

 

 

 

(森の賢王とか言うから、どれだけ知性溢れるかっこいいモンスターなのかと思えば)

 

 巨大ジャンガリアンハムスター。

 モモンガの乗る魔獣はまさにこの言葉がぴったり当てはまる外見をしていた。

 正確には尻尾が蛇であったりと細かい相違点はあるものの大差ない。

 

 つぶらな黒い瞳は愛らしく、ふわふわそうな毛に覆われた肉体は饅頭と呼ぶに相応しい。

 おまけに声まで可愛いとなれば、これはそもそも森の賢王というネーミングに対する侮辱にも近い。有り体に詐欺である。

 

(そんなモンスターの上に全身鎧のおっさんが乗っかってるの図)

 

 自分で言って悲しくなるモモンガ。

 しかしながら、誰一人としてその構図に嘲笑を向けるものはいない。それもまたモモンガが複雑な心境に至る原因でもあるのだが、彼はこれ以上のストレスから逃れるためにそれ以上この件について考えることをやめた。

 そもそも、過去を思い出したり、これまでの道中を振り返ったのだって現実逃避の一種だ。

 

 それからモモンガは、冒険者組合の建物に到着するまでの間、森の賢王ことハムスケのことを完全に認識の外へと置くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、申し訳ないですけど、薬草を運んでもらえますか?」

 

 エ・ランテルの冒険者組合へと到着した一行は、そこからモモンたちと漆黒の剣の二手に分かれた。

 理由は冒険者モモンが屈服させた魔獣、森の賢王ことハムスケの登録を組合で行う必要があったためだ。

 

 戦闘においてはモモンが圧倒的な活躍を見せていたので、せめて薬草などの荷物を運ぶくらいは自分たちがやりたい。と漆黒の剣が申し出たこともありこのような分担になった。

 モモンとしては断る理由も無かったために素直に了承し、先行した漆黒の剣一行がこうして荷物運びの雑務をこなす結果となる。

 

 

 注意深く薬草の束を部屋の中に置き、やがて全ての荷物を運び終えたところでンフィーレアから声がかかる。

 

「お疲れさまです! 果実水が母屋に冷やしてあるはずですから、飲んでいってください」

 

 その言葉に、額に僅かに汗を浮かべたルクルットが嬉しそうに声をあげ、決して重くない薬草の束を運んだことにより同じく息を切らしていた他のメンバーも了承の意を示した。

 

(おばあちゃん、いないのかな?)

 

 面々を母屋へと案内する最中、ンフィーレアはふとそのようなことを考えた。

 彼の祖母は、結構な年齢であるにも関わらず健康そのものでどこも悪いところはなかった。

 ゆえにこれだけ物音を立てて気が付かないはずがない。一声かけにくるのが普通だ。

 

 しかし、祖母リイジーは孫のンフィーレアと同じくポーション作りに熱中すると周りが見えなくなるタチであり、その場合は全く彼らに気付いていない、という可能性もなくはなかった。

 

 それゆえに特に深く考えることはなく、彼は改めて面々を母屋へと案内……しようとして、唐突に目の前の扉が開かれた。

 

「はーい、お帰りなさーい」

 

 そこに立つのは女。整った顔立ち、整った体型、見る人の大半が美女と言うであろう女が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後の祭りだが、やはり『絵画に興味がある』というのは苦しかったか?」

 

 実に一時間半もかけてようやく登録を済ませたモモンは少し疲れた声でそう述べた。

 

 なぜ、時間がかかったのかといえば登録に際してハムスケの写生をお願いしたからだ。いや、別にこちらからお願いしたかったわけじゃない。

 ちゃんと、魔法で瞬時に姿を登録する選択肢もあった。

 しかし、かかる魔法の費用はこちら持ちと言われ、渋々、手書きでお願いすることになったのだ。

 その際にお金をケチったと思われると、『この街で冒険者として名声を得る』という計画にも支障が出ると考え前述の言い訳を宣ったわけだ。

 

 予想以上に時間を食われたのには苦い気持ちが湧くが、どうせならここで『ある件』について考えを整理しておこうと思った。

 

「時にナーベよ、道中において彼らが度々口に出していた『冒険者』。お前はどう思う?」

 

 それは、依頼の道中、同行した漆黒の剣の面々が時折口に出していたとある冒険者チームのことだ。モモンが力を見せるたびに、悪く言えば比較するように話題に上がったいた。

 

「チーム『黄金』とか呼ばれている下等生物(オケラ)のことですね?」

 

 ナーベの発言に「いちいち虫とかの名前考えながら発言するのめんどくさくない?」と一瞬考えたモモンだがすぐにそれを頭の片隅においやる。

 

「そうだ。聞けば、最近、この街に突然現れた者たちだと言う」

 

 時期も、自分たちと近い。

 

「そして、驚くほどの速さで昇格し、今やオリハルコン級にまでなったらしい」

 

 それに見合うほどの強さも当然、待ち合わせているらしい。

 

「……となれば、もしやーー」

 

 モモンの語りに、ようやく何が言いたいのかわかったナーベはピクリと眉を動かして声を出す。

 

「そう、その冒険者チームはプレイヤー(私と同じ)である可能性がある」

 

 突拍子も無い考えかもしれない、しかし、聞けばその者たちも自分たちと同じくらいには世間知らずであり、強さも圧倒的であったという。

 また、四人のメンバーそれぞれがこの辺りではまず見ない出で立ち、顔立ちをしていたことも先の推察を補強する要素となり得る。

 

 ……そして、定かならざる事とはいえ、漆黒の剣の面々が言うには『黄金のリーダーはモモンよりも強い』らしい。

 

下等生物(ゴミムシ)が戯言を……偉大なるアインズ様が魔法を使われれば、黄金とかいう下等生物(下等生物)など一秒と保たないでしょうに」

 

 彼らの発言を思い出したナーベが不機嫌そうにブツブツと呟く。

 

「うん、もういいや、アインズ様で」

 

(それに、ついに下等生物ってモロに言っちゃったし)

 念のために下級の防音魔法効果を持つアイテムを発動させといて正解であった、と考えると共に相棒のポンコツ具合に軽く目眩を覚えながらもモモンはさらに話を進める。

 

「知っての通り、この姿は、剣を振るう様は所詮は真似事にすぎん。とはいえ、私の膂力をもってすればゴブリンやオーガ如きは一撃で事足りる」

 

 レベルで換算してみると三十ほどか、とモモンは今の自分の対外的な強さを推し量る。

 とはいえ、漆黒の剣や他の民衆の話を聞くかぎりはそれでも充分に桁外れな強さらしい。

 すると、少なくともこの地域においては二十から十、下手したら一桁レベルの強さが関の山と見える。

 

 そのような地域にあって、モモンを凌ぐ強さの冒険者。

 それも、純粋な戦士職ともなってくると今のモモンでは太刀打ちできない可能性がある。

 

 そうなれば計画は御破算だ。

 

 仮に、その冒険者がプレイヤーではなかったとしても結局、計画を見直す必要がある。

 

 

 

「厄介な奴が出てきたものだ」

 

 計画を一から組み立てるという事態にモモンは軽くイラつきを覚えた。

 同じく新進気鋭のルーキーというのがまた痛い。ベテランであればすでに知られている強さゆえにさして話題になることもないが、ルーキーで強いともなると自分たちが活躍したところで、そのルーキーの方に話題が持っていかれる確率が高い。

 すでに、幾つもの逸話を残している点もさらに痛い。

 ついでに、無いはずの胃も痛い。

 

「とはいえ、実際にこの目で見る。もしくは会ってみないことにはなんとも言えんがな」

 

「それは……危険なのではありませんか?」

 

 確かに危険だ、しかし、伝え聞くだけでは分からないことと言うのは往々にしてある。

 というか、それを無くすため、できるだけ自らの目で確かめるために自分はこうして冒険者としてこの街まで出向いたのだ。

 それを一時の不安で覆すのは、やはり、あまり良くない傾向と言える。

 

「まあ、事前にある程度の情報は調べさせてもらうさ」

 

 情報収集は基本中の基本、それを怠る気はない。

 最終的に、この目できちんと確かめるまでがセットだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー心配しちゃったんだよ? いなくなっちゃったからさ」

 

 目の前の女はペラペラと、まるで親しい友人に語りかけるように気楽に声をかけてくる。

 陽気でフランクな美人、しかしながらどこか、彼女からは得体の知れない『狂気』が滲み出ているとンフィーレアは思った。

 というか、そもそもーー

 

「あの、どなたなんでしょうか?」

 

 彼女を、知らない。

 

「え! お知り合いじゃなかったんですか!?」

 

 あまりにも馴れ馴れしい彼女に、ペテルたちはすっかり彼女がンフィーレアの友人であるとの認識でいた。

 それゆえに、驚きの声をあげる。

 

「ん? えへへへー。私はね、君を攫いに来たんだー。

 アンデッドの大群を召喚(サモン)する魔法、

 〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉を使ってもらいたいから私たちの道具になってよ。

 お姉さんのおねがい」

 

 ペラペラとまるでなんて事ないように恐ろしいことを宣う彼女から、邪悪な気配を感じ取った漆黒の剣は即座に武器を抜き、戦闘態勢へと移行する。

 それを気にせず、彼女は語り続ける。

 

「第七位階魔法。普通の人じゃ行使は困難だけど、叡者(えいじゃ)額冠(がっかん)を使えばそれも可能ーー」

 

 要するに、ンフィーレアが持つ生まれながらの異能(タレント)、『どんなアイテムも制限を無視して行使可能』という力を目当てにこの女は来たのだ。つまりは彼が狙い。

 それも、良からぬ企てを実行するために。

 

「ンフィーレアさん。下がって! ここから逃げてください」

 

 ペテルはすぐに声を上げる。

 続けて、女が自分たちを確実に殺せるほどの実力者であることを説明し、ンフィーレアを逃がすことが最善であることを告げる。

 

「ニニャ! お前も下がるのである!」

 

「ガキ連れて逃げろや!」

 

「そうです。あなたにはしなくてはならないことがあるはずです」

 

 ダイン、ルクルット、ペテルが大切な仲間へと二回目ともなる覚悟を持った言葉を発する。

 しかし、今回は然程絶望に満ちているわけではない。

 

「……それに、この街には『彼』が居ます。彼の元まで辿り着ければ、あなたたちは安全だ。

 ……私たちは最後まであなたの大切な目的に協力することはできそうにありませんが」

 

「時間くらいは稼いでやる。……今度こそ、頼んだぜ、ニニャ」

 

「みんな……」

 

 降り掛かる不運。あのアンデッドの一件からそう間を置かずして自分たちはまたしても絶望に遭遇した。

 いったい、自分たちが何をしたというのか、あるいは今まで倒してきたモンスターの怨念か?

 

 くだらない考えを即座に捨て去り、ペテルは目の前の女へと警戒を厳にする。

 

「……今度こそ、終わりであるな」

 

「まあ、なかなか楽しかったぜ。お前らとの冒険はよ」

 

「冒険、というほどの冒険が出来たかは疑問だが……まあ、俺も楽しかった。

 すまんがみんな、命をくれ」

 

 告げるペテルの声に悲嘆は無く、他の二人も希望に満ちた顔をしている。

 

「俺はもともとお前に預けてるぜ」

 

「珍しくルクルットと意見が合ったのである」

 

 覚悟を決めた面々は士気も高々に武器を構える。

 相対する女は、身に纏ったローブの中からゆっくりとスティレットを取り出す。

 

「んー、お涙頂戴かとおもったけど……なんか、気にくわない言葉が出た気がするなー」

 

 クルクルと手の中でスティレットを回しながら女は語る。

 

「安全? そもそも、逃げられると思ってる?

 バッカだなぁ……逃がすわけないじゃん」

 

 瞬間、一陣の風のごとき速さで女が突撃してきた。

 

 当然ながらこの場の誰もがその速さに反応できない。

 唯一、ペテルが、真正面から突っ込んでくる女の姿を一瞬だけ視認するに留まる。

 

 あとは、死を待つのみ。

 

 

 

 

 ーーそう思われた圧倒的強者からの初撃は、甲高い音と共に中断させられた。

 

「ッ!!」

 

 初めて驚愕の表情を浮かべた女が、自らの必殺の一撃を無効化した不粋な乱入者の姿を凝視する。

 

 その者は、小さかった。

 漆黒の剣の面々から見ればちょうどニニャと同じか、それにわずかに前後するほどの背丈しかない。

 

「……お館様の命に従い、この場にて貴殿らを助太刀する」

 

 少女の声が響くと共に、その身を包んでいたローブが一気に剥がされる。

 

「っ、あなたは!」

 

 その姿に見覚えがあったペテルは驚き、声をあげた。

 

 それに頷きで返し、少女は身に纏う“忍装束”の帯に差していたクナイを抜き放つ。

 

 かつて、甲賀忍者の筆頭として戦乱を駆け抜け、そして人知れず姿を消した伝説のくノ一。

 実在が疑問視される彼女であるがその伝説は二十一世紀まで脈々と語り継がれ、とある世界では英雄と謳われるまでになった。

 

 その模造品でありながらも、彼女は忠節を尽くす主人のためにその命を果たさんと、今、彼らの前に姿を現した。

 

「……何者だ、テメェ」

 

 自らの思い通りにいかず額に青筋を浮かべた女が、少女へと鋭い目を向ける。その声には先ほどまでの陽気な感情は無く、ただただ殺意だけが満ちていた。

 

 その様子にンフィーレア含めた面々が息を飲む中、少女はまったく気にした風もなく宣言する。

 

「不本意ではござるが、これも主命なれば。

 

 大人しく投降するがよろしい、さすればその命だけは助けよう」

 

 まあ、この場に限った話だが。

 という言葉を彼女・望月千代女は心の内でのみ述べた。

 

 

 

 

 

 

 




守護者のステを載せてみることにした。
正直、あまり細かくは考えてない奴が殆どである。


【名称】望月千代女
【異名・二つ名】戦国くノ一少女未亡人巫女(属性過多)

【役職】冥界第一階層守護、隠密情報局エ・ランテル担当課課長
【住居】お館様の寝室(事案

属性(アライメント)】悪[カルマ値:-150]

【種族レベル】
なし

職業(クラス)レベル】
アサシン:10lv
ニンジャ:5lv
御神子(ミカンコ):5lv


[種族レベル]+[職業レベル]=80レベル
[種族レベル]取得総計0レベル
[職業レベル]取得総計80レベル

【備考】
我らが生足魅惑のパライソちゃん。御御足ぺろぺろしたい。
ニンジャの取得条件を見る限り、このくらいのレベルは必要と判断したまで。結果、忍び軍団が修羅と化した。
ミカン子クラスは単純に巫女の上位互換と思ってもらって構わない。大蛇系はもちろん召喚する。
住居は寝室とあるが、やましいことは一切ない。断じて。


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戦国くノ一少女未亡人巫女と漆黒聖典元第九席次

パ「属性の数なら負けてない(たわわを見つめながら」


「投降……だと?」

 

 女・クレマンティーヌは理解できない、という表情でポツリと呟いた。

 

「そうだ。お館様は貴様のような輩であっても価値を見定める必要があるとおっしゃった。

 ならば、この場にて捕縛するのがよろしかろう」

 

 対して、千代女は「二度も言わせるな」という様子で返答する。

 その顔には、ただただ何の感情もなく、作業を行うような虚無感が漂っていた。

 

 それを認識して、クレマンティーヌは強い憤りを感じた。

 

「お前が、私を、捕まえる? この、英雄の領域に足を踏み入れたクレマンティーヌ様を?

 ……ナマ言ってんじゃねーぞクソガキがぁぁぁ!!」

 

 獣のごとき咆哮を上げたクレマンティーヌからは確かに、それ相応の覇気が発せられ、それに当てられたンフィーレアが意識を手放す。

 

「バレアレさん!」

 

 慌てて傍らのニニャが彼の身体を支えるも、魔法詠唱者(マジックキャスター)である彼女では少々厳しい。

 その様を見てダインが代わりに彼を担ぎ上げた。

 

 一連の動きを横目で観察していた千代女は、一度だけ()()()()()()に目を向けると、すぐに彼らの方へと視線を戻した。

 

「その御仁は部屋の隅にでも寝かせて置くでござる、貴殿らの実力では人一人を抱えてこの女に相対するのは危険でござるゆえ」

 

 その言葉に、しかし、標的たるバレアレ氏から目を離すのは悪手では? と考えた一行だが、すぐに千代女の言う通りにする。

 彼女の言う通り、自分たちの実力では逆にンフィーレアを危険に晒してしまうと思ったがため。

 

「……あぁ? ガキが、なに、無視してんだ、よ!!」

 

 それを見たクレマンティーヌが、痺れを切らして千代女へと突撃する。

 刺突武器スティレット。攻撃パターンが限られる武器ゆえに人気のないこの武器を敢えて選択する彼女は、当然のごとく、それを補うほどの努力と才能を持つ。

 一撃必殺、常人、あるいは並みの冒険者程度では見ることすら叶わぬ高速の刺突。それによって彼女はこれまで無数の冒険者を葬り去ってきた。

 胸当てにぶら下げられたプレートの数々がそれを物語る。

 

 ゆえに、この一撃も千代女の心臓を刺し貫いて終わり。

 そう、彼女は思った。

 

 

「……笑止。我ら忍と相対するにはあまりにも()()()()。これならば怪腕のゴズール殿の方が数倍は速い」

 

 同僚の中でも速さより腕力を取った者を思い浮かべながら千代女は易々と彼女の刺突をクナイで受け止めていた。

 一方、自らが誇る速さを貶されたことにクレマンティーヌはさらなる激情に駆られる。

 

 しかし、それ以上に千代女の高い実力の片鱗を感じ取ったクレマンティーヌは冷静に状況を分析し、即座に後ろへと飛び退る。

 

「ほう……獣ゆえの本能で危険を察したのござるか?」

 

「ちっ!」

 

 余裕にあふれた千代女のセリフに、クレマンティーヌは苛立ちを募らせた。

 

 同時に、この女は自らが全力を出さねば勝てない相手であることも悟っていた。

 

「……え、何? まさか今のが私の最速だと思った?」

 

「バーカ」と呟きつつ、ゆっくりとその身を屈めるクレマンティーヌ。

 その様子に疑問を感じながらも千代女からは緊張の色は見えない。これまでのやりとりで、すでにこの女がどう足掻こうと自らには到底及ばない存在であると分析していたために。

 とはいえ、警戒を緩める気はなく、冷静に出方を伺う。

 

 それを好機とクレマンティーヌは同時に四つの武技を発動させる。

 〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈超能力向上〉。

 速さ一点特化型の構成からは撤退の二文字は連想できない。

 確実にこの場で殺す、その覚悟だけが伝わってくる。

 

 かくして、自らの基礎能力を遥かに上回る速さを手に入れたクレマンティーヌは弾丸を思わせる速さで千代女へと一直線に駆け抜けた。

 

 能力が大幅に向上した影響から、思考さえ加速したクレマンティーヌは駆ける最中にも冷静に千代女の出方を伺っていた。

 

 手に持つ奇妙な短剣で防ぐか、或いは回避しようとするか。

 いずれにせよ、それら全てを突破して心臓を貫く自信があった。

 

 果たして答えはーー

 

(反応もできない、か)

 

 千代女は動かなかった。

 その様子に、初めて有利に立てたことにクレマンティーヌは心からの喜びを歪な笑みに変えて表出する。

 

「そら、終わり!!」

 

 懐まで飛び込んだ彼女は、嘲笑と共にスティレットを千代女の心臓目掛けて突き出した。

 

 

 

 

 ーー刹那、彼女の視認できない速さで千代女の腕が動き、クナイがスティレットを弾き返した。

 

「っ!!!!」

 

 一瞬、呆気にとられるも、即座に〈流水加速〉を発動させ、さらに速度を上げた肉体でもう一本のスティレットを抜き放ち千代女へと突き出した。

 

「はぁっ!?」

 

 しかし、それすらも容易く弾かれ、代わりに鋭い回し蹴りが彼女の腹部へと突き刺さる。

 

「ぐぶっ!? ごっーー」

 

 ミシミシ、と嫌な音を立てながらくの字に折れ曲がる自らの身体を、クレマンティーヌは信じられなかった。

 

 続けて放たれたもう片脚による蹴りによって、彼女の肉体は部屋の壁へと激突する。

 グシャッと壁が凹みと亀裂を生む中、床に放り出されたクレマンティーヌは、痛む身体に鞭を打ち、無理やりその身を起こす。

 

「がっ、ごぼっ!! て、テメェ!!」

 

 ビチャビチャと口から溢れた鮮血が床に血溜まりを作る中、彼女は吠えた。

 

「……まだ、抵抗するのでござるか? 今ので実力の差ははっきりしたと思うのでござるが」

 

 ーーというか、早く()()()()()()()()()()

 

 心中でそんな焦りを千代女は漏らす。

 これまでの甚振り勿体ぶるかのような行動こそは、全て『ンフィーレアがカジットに攫われるまでの時間稼ぎ』に過ぎないのだから。

 慣れない手加減ゆえに、蹴りだけでクレマンティーヌの内臓を幾つか潰してしまったことからも彼女が「真面目すぎる隠密」であることは明らかであった。

 殺すか生け捕るか。

 その二択しか本来なら出来ないのだ。

 

 

 そんな彼女の本音など知らず、ようやく歴然たる実力差を感じ取ったクレマンティーヌは、先ほど同様に四つの武技を発動させると共に、背後の扉へと一目散に逃げ始めた。

 

「っ、致し方なし!」

 

 ーーここで逃がせば、もう一人も逃げるかもしれない。そうなれば、お館様の計画は破綻してしまう。

 自らの主命に反する相手の動きに、千代女は苦い顔をしながらも、余裕を持ってクレマンティーヌへと肉薄する。

 

「くっ!?」

 

 突然、目の前に現れた千代女に驚愕しながらも戦士としての経験から即座にスティレットを構え、内部に蓄積された〈雷撃(ライトニング)〉の魔法を放つ。

 

 逃げの一手としては上々、しかし相手が悪かった。

 

 放たれた魔法、続けて隙なく放たれた刺突を容易に回避し、千代女はクレマンティーヌの両腕の腱を瞬時に断ち切る。

 

「がぁぁぁ、クソがぁぁぁぁ!!!!」

 

 戦士の命たる腕を両方とも失ったクレマンティーヌが絶叫に近い咆哮を放つ。

 その喧しさに眉を顰めながら千代女は続けて足の腱、筋も断ち切る。

 

 支えを失った身体が床に投げ出されるのを眺めながら、「仕方ないか」と呟いて腰の袋から抜き出した長い縄で、彼女の身体を縛り始める。

 

「もごっ!?」

 

 最後にその口に猿轡を噛ませたところで、ようやく、千代女の待ち望んだ人物が行動を起こした。

 

「っ、〈幻霧(イリュージョンミスト)〉!」

 

 一行の背後の扉からこっそりと現れていたカジットが、これまたコソコソとンフィーレアを引き摺って攫おうとしていたのだ。

 それを当然、千代女は感知しながら見逃した。

 

 しかし、慣れない行動からか一番近くのニニャに察知されたカジットは即座に魔法を発動させてこちらの目をくらませてきた。

 

「幻覚を見せる霧か!」

 

 魔法の種類を看破したニニャだが、残念ながらそれを破る術までは持ち合わせていなかった。

 魔法に対して一際知識を持つニニャに不可能なことを他の漆黒の剣メンバーができるはずもなく、霧が晴れる頃には、もうカジットもンフィーレアも姿を消していた。

 

「くそっ! まんまと連れ去られるなんて!」

 

 一番近くにいたニニャが、己の不甲斐なさからやり場のない怒りを床にぶつける。

 

 それを他のメンバーが宥めている中、千代女は縛り上げたクレマンティーヌの上でぼそり、と呟いた。

 

「第一段階はなんとかなった、でごさる」

 

 次いで吐き出された溜め息は、『手加減しながら不自然にならないようにンフィーレアを攫わせた上でクレマンティーヌを捕らえて情報を吐かせる』という鬼畜な任務を言い渡されたがためのものであった。

 

 とはいえ、主人に不満は一切ない。

 寧ろ、「困難な任務をこなしてお館様に褒められたい」という感情の方が強かったのは言うまでもないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間半前に別れた冒険者と依頼人が悪者に襲われて依頼人が攫われていた件。

 うーむ、微妙なタイトルだな。

 

 そんなことを考えながらモモンは、街で出会ったンフィーレアの祖母リイジー・バレアレを伴って彼女らの自宅にて漆黒の剣と合流していた。

 

 先の言葉の通り、ちょっと離れた隙に今回の依頼人が攫われてしまっており、おまけにその理由が大量のアンデッドを呼ぶため、とトントン拍子でゲームの緊急クエスト並みの事態に陥っていた。

 

 というかアンデッドの軍勢召喚とか、ベタ過ぎる悪行ではなかろうか。

 

 度重なるストレスから、現実逃避が癖になりつつあったモモンはくだらない考えを脳内に展開する。

 

 

「いや、現実を見よう」

 

「モモンさん?」

 

 ようやくマトモに呼べるようになった相棒ナーベに軽く感激し、自然とその頭を撫でる、という奇行に走ったことでその場の面々から奇異の目を向けられたが、それに気付かずモモンは情報を整理する。

 ちなみにナーベは感激のあまり号泣していた。

 

「纏めると、

 バレアレ薬品店に帰ってきたンフィーレアさんと漆黒の剣の皆さんはクレマンティーヌと名乗る戦士と遭遇、その目的がンフィーレアさんと知り戦闘に発展した」

 

「はい。しかし、私たちでは到底敵う相手ではなくーー」

 

「で、そこのチヨメさんが助太刀に現れ、なんとかクレマンティーヌとやらを捕獲。しかし、潜伏していた別の犯人にンフィーレアさんを攫われてしまった、と」

 

 軽く纏めてみるとこんな感じ。

 しかし、チヨメという人物。確かその名前は“あの”冒険者チームの一員のものであったはずだが?

 モモンの疑問というよりも確信に近い思いは、ペテルの発言で証明される。

 

「チヨメさんは道中にもお話したチーム黄金のメンバーです。彼女がいなければ今頃自分たちはーー」

 

 そこから先を語る勇気は無いとばかりにペテルは力無く首を振った。

 

「チーム黄金……」

 

(件の冒険者チーム、まさか情報を整理してすぐに会う羽目になるとは思わなかったが、『噂をすれば』というやつなのかな?)

 

 モモンからの静かながら、確かな警戒を込めた視線に気付きながらもチヨメは亀甲縛りにしたクレマンティーヌの上に跨りながら声をあげた。

 

「拙者はチヨメ。チーム黄金にておy……ギルさ……んと共に冒険者をしているでござる」

 

 チヨメの様子に、どことなく既視感を感じたモモンは、まだ見ぬ黄金のリーダーに対してなぜか強い親近感を覚えた。

 もしかしたら、仲良くなれるかも。そんな思いすら湧き上がってくる。

 

 もっとも、慣れない任務ゆえに発現したミスでありチヨメに責は無い。これは致し方ないミスなのである。by黄金王

 

「そういえば自己紹介がまだでした。

 私はモモン、そしてこちらがナーベ」

 

「ナーベです、よろしくお願いします(棒)」

 

 驚くほどの棒読みに漆黒の剣は苦笑し、チヨメは特に気にすることもなく。

 そしてモモンはついに頭を抱えた。

 

「……失礼、ナーベは少し世間知らずでして。浮世離れした発言をするかもしれませんがどうか大目に見てやってください」

 

「知ってます、だがそこがいい!」とルクルットがフォローとも言えない発言をすると、続け様に「下等生物(ゾウリムシ)が。苔でも食ってその足らないオツムに少しでも栄養を送ることね」と罵倒する。

 モモンは両手で目を覆い始めた。

 

「(黄金とやらは重要な奴らだから一層注意深くね、ってさっき言ったばっかりでしょーー!?)ハハハ、ナーベ、もうルクルットさんとそんなに仲良くなって」

 

「モモン様!? まさか、このような下等生物(アメンボ)ごときなどーー」

 

「ナーベ」

 

 穏やかでありながら硬い声がモモンのヘルムから響く。

 その声に、ようやく失態を悟ったナーベが青ざめた顔で沈黙した。

 

 さながら執行を待つ死刑者のように、ギロチンの真下に首を突っ込んだ人のように。

 

「……あの、拙者、重要な情報を持ってるのでござるが」

 

 蚊帳の外に置かれたチヨメがおずおずと告げる。

 

 その言葉に、一行は「こんなバカなことしてる場合じゃなかった」と反省する。

 また、モモンはーー

 

(……ござる?)

 

 聞き覚えがあり過ぎる口調になんとも言えない思いを感じているとーー

 

「殿ーー! 拙者にも話を聞かせて欲しいでござるよー!」

 

 建物の外から気の抜けた声が聞こえてきた。

 ハムスケである。

 

 まあ、自分が捕獲したモンスターでありこの世界の住人にとってはすごい魔獣っぽい見た目と覇気を持つらしいのだが、真面目な場面で出てこられるとどうも調子が狂う。

 そして、図らずも「ござる口調」が被っている。

 

「……今のは、モンスターでござるか?」

 

「そうでござる……失礼、ええ、私が捩じ伏せた魔獣でして。まあ、サイズ的に入りきらないので外に待機させていますが」

 

「そうでこざるか」

 

「そうなのでござる」

 

 自然と自分の口から出てしまった言葉に、モモンは今度は言い直さなかった。

 

「モモン、あなた疲れてるのよ」

 今は会うことも叶わないかつてのギルメンの声が聞こえたような気がしたモモンことモモンガであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チヨメがクレマンティーヌを拷問し(大蛇でしばい)て引き出した情報を基に、モモンとナーベは、当初の歴史通りに墓地へと向かう。

 経緯はかなり異なり、敵の戦力も半減してはいるものの、これを解決すれば十分に偉業となるであろうことは確かであった。

 と、ギルガメッシュは千代女の報告を聞きながら思う。

 

 

「ご苦労であった。チヨメよ」

 

「はっ! お館様のご命令であれば。どのようなものであれ確実に遂行致しまする!」

 

 相変わらず高い忠誠心を見せる隠密に、ギルは深い感謝と「何かあげるべきか」という思いを抱いた。

 

 当初より、ウルクの情報収集は隠密一同に頼りっきりであった。

 それは転移直後に真っ先に彼女らを動かしてから以後、あらゆる情報を求めて四方に放ち、これまでずっと情報を集めさせてきた。

 それはつまり、今現在のウルクにおいて、事務のほぼ全てを総括するシドゥリに匹敵する貢献具合であり、働きぶりであるということ。

 

 ここまで完璧にモモンの支援に動けたのも隠密のおかげである、とギルは感じていた。

 実際は、モモンに目をつけられていたりするのだが。

 完璧とは言い難い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜ウルク・冥界第七層『アズライールの霊廟』最深部『???』〜

 

 

「煙酔、震菅、そして“輝く星のハサン”。共に起動(覚醒)に成功しました。以後の諜報任務に加える予定です」

 

「承知した」

 

 薄暗い闇の中、冷たい印象を与える大理石の床の上で二人のハサンは情報交換をしていた。

 しかし、本来なら同格であるはずの二人だが片方のハサン、静謐のみが片膝をつく形で口を開いていた。

 

「……しかし、いい加減、止めぬか? 我らは共に王によって作られし同胞。加えて『原典』でも同格の存在であったと記憶する。

 ならば、お主だけがこうして下手に出る必要はあるまい?」

 

「いえ。私は…………こうして、偉大なる山の翁ハサン・サッバーハ様と共に戦えるだけで、望外の幸せです」

 

 男、呪腕のハサンが諭すも、静謐は憮然とした態度でそれを拒み続ける。

 その様に呪腕は「うぅむ……」と唸り声をあげた。

 

 彼としては、彼女・静謐も同じ山の翁として認めているからこそ変に下手に出られるのはむず痒いというか、気まずいというか。

 

「王は何故(なにゆえ)、このような設定(記録)をお与えになったのか……」

 

 平伏してないだけまだマシ、とは同僚の百貌の言葉だったか。と呪腕は、いつぞやの定例会議にて溜め息と共にそう漏らした苦労性のことを思い出す。

 

 

 その後、二、三時間ほど説得してようやく、同じ目線で話してくれるようになったことを、今度は呪腕が百貌へと聞かせることになるであろうことは、本人が一番悟っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人がほんわかした空気を作り出す通路の更に先。この階層における最終防衛ラインにして、現在のウルク最強の一角が鎮座する場所。

 

 即ち、真なる『アズライールの霊廟』。

 

 死を司る天使の霊廟として作られた場所は深い暗闇に覆われていた。

 

 人間はもとより、動物さえ息を殺し、命を落とし。草木すら生命を止めるほどの重苦しい、重圧と表現すべき存在で満ち満ちた場所。

 

 

 闇に光る青い相貌が、静かにその時を待ち続けていた。

 

 

 

 

 

『偽りの身体に魂を窶し、“偽りを超えんとしたかつての友ら”すら顧みず。ただ、虚構のみを追い求める』

 

 

『あまつさえ、偽物で自らを囲い、命すら模造品として貶めるか』

 

 

 ーー古びた黒い大剣が床に突き立てられる。

 

 

『愚かなり。まこと、愚かなり』

 

 

『しかして、我すらも偽りに過ぎぬ存在。この情動、信念、技の冴えであっても、虚構より再現されしものなり。

 そも、その有様は“英霊なるモノ”とも同義か』

 

 

 死告の剣士は未だ決断を下さない。

 己が何者か、果たしてその信念は正しきものであるのか。

 

 自らを理解するからこそ、この剣士は未だ審判を下さずにいる。

 

 

 

『晩鐘は未だ鳴らず。契約者の志は未だ揺るがず』

 

『ならば、今はただ、時を待つのみ』

 

 

 

 これまでと変わらず、彼はこの場を守護し続ける。

 オリジナルがどうであったかは知らぬが、彼はこの偽りの霊廟を自らの住処たるに相応しいと認めていた。

 模造品であろうと、ここがかの霊廟たりうるのであれば、自らはそこを守り、いずれ来たる審判に備えよう。

 

 

 

 

 

 

 ーー世界の情勢やら、転移やらとは一切の関係を持たず関心を持たず。彼は自らの意思でのみ世界に干渉する。

 

 

 

 この思考さえ契約者の与えたものであるのか。

 そのようなことを日がな一日考えながら、原初のハサンの一日は今日も平和なままに過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 




幸せな世界に旅立ちたい今日この頃。

具体的にはロリっ子大帝国に永住したい。


追記:おまけを付け忘れていたでござる。



【名称】山の翁
【異名・二つ名】キングハサン、幽谷の支配者、冠位の暗殺者

【役職】冥界第七層『アズライールの霊廟』守護統括、始まりにして終わりの山の翁、etc
【住居】不明

属性(アライメント)】[カルマ値:???]

【種族レベル】
死を運ぶ者(ブリング・オブ・デッド):5lv


職業(クラス)レベル】
ソードマン:15lv
マスターアサシン:5lv
『グランドアサシン』:5lv


[種族レベル]+[職業レベル]=100レベル
[種族レベル]取得総計10レベル
[職業レベル]取得総計90レベル


【備考】
特殊条件による限定種族二つ。
即死無効、即死無効貫通を所持。
通常攻撃に即死付与、スキルにより確率上昇、装備によってさらに確率上昇……と即死させることしか考えていない。
『首を出せ』


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設定1 ユグドラシル・イベントボス

本編の進行が滞ってしまったためにこれを献上いたす。

ユグドラシルのオリ設定部分でございます。

短いけど許してほしい。



追記:ちなみにワールドエネミーの総数は若干増えております。


【名称】ゲーティア

【異名・二つ名】魔神王、焼却式、う◯い棒の親玉

 

【役職】焼却式

【住居】時間神殿

 

属性(アライメント)】???

 

【種族レベル】

 

職業(クラス)レベル】

 

[種族レベル]+[職業レベル]=-レベル

[種族レベル]取得総計-レベル

[職業レベル]取得総計-レベル

 

【備考】

特殊イベント『憐憫の獣』におけるレイドボス、ワールドエネミー。

柱狩りと呼ばれる無数の柱との戦いを経て、ようやく対峙することができるう◯い棒の親玉。

公式ストーリーに沿った設定を付与されているが、彼の生き様は多くのプレイヤーから好感を抱かれた。

 

しかし、開幕オーバーキル攻撃、一定時間ほぼ無敵、弱点皆無・全門耐性などなど、公式がチートを使ったかのような無理ゲー仕様に多くのプレイヤーからクレームが入ったのは言うまでもない。

ただし、ストーリーで挽回した。

 

捕獲はほぼ不可能に近く、プレイヤーの猛攻によって倒された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【名称】回帰の獣

【異名・二つ名】グレートグランドマッマ、原初の母、おっぱい、おっぱい(二回目

 

【役職】創世期生命系統樹作成装置

【住居】???

 

属性(アライメント)】???

 

【種族レベル】

 

職業(クラス)レベル】

 

[種族レベル]+[職業レベル]=-レベル

[種族レベル]取得総計-レベル

[職業レベル]取得総計-レベル

 

【備考】

回帰の獣イベントにおけるワールドエネミー。

全プレイヤーの総HP分という頭のおかしい体力を持ち、削りきると全回復する。

特殊な方法によってこれらのバフは剥がれて、ようやく、素で馬鹿高いHP以外は他ワールドエネミーなりの戦いになる公式チート。憐憫の獣同様にクレームが殺到した。

しかし、ストーリーによってなんとか挽回した。

 

 

この獣だけはどこかのギルドに捕獲されており、ホームの最下層に沈められていると言われている。

 

頭脳体の風営法ギリギリの際どい衣装が多くのプレイヤーの心を打ち、再登場を期待されたことから、以後、似たような姿のエネミーが多く登場することとなり、一時期、とある機関から制裁を受けてサービスが停止した時期があった。

が、なんとか誤魔化して再開に至った。

 

『百獣母胎』というスキルによって無数の魔獣を生み出すことが可能。その中には『十一の魔獣』も含まれており、イベント以降にモンスターとして出現するようになった。

また、ラフムだけは異質であり以後恒常モンスターにも追加されておらず、通常のベル・ラフムとは異なる司令塔のベル・ラフム十一体に至っては憐憫イベントの柱よりも強い。そのバリバリな異形種(ずら)と、狂気的な性質からナザリックの一部のプレイヤーからは興味を持たれていた。

余談ながらラハムというモンスターが重要な条件を有していると噂されているが、ラハムだけは十一の魔獣から除外されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【名称】随喜自在第三外法快楽天

【異名・二つ名】歩く18禁、ユグドラシルの三大問題児、サービス停止の元凶

 

【役職】快楽天

【住居】???

 

属性(アライメント)】???

 

【種族レベル】

 

職業(クラス)レベル】

 

[種族レベル]+[職業レベル]=-レベル

[種族レベル]取得総計-レベル

[職業レベル]取得総計-レベル

 

【備考】

ヴァルキュリアの失墜以降に追加されたワールドエネミー。

五色如来の番外席として登場しており、聖なる者に対して徹底的にメタを張ってくる。不浄なる存在も纏めて葬ってくるが。

獣イベント同様のチート性能を持ち、多くのプレイヤーを葬った。

スキル『快楽天・胎蔵曼荼羅(アミダアミデュラ・ヘブンズホール)』を持つ。

また、ロゴスイーター、ネガ・セイヴァー、カルマファージ等々、プレイヤーキラーとしての性能が揃い踏みとなっている。

 

また、その仕草、姿形、所業から果てにはスキルまでが卑猥の塊でありあまりにもあんまりな演出からサービス停止にさせられた時期がある。

そのため多くのプレイヤーから苦情が入ったが、一部の紳士方からは熱烈な信奉を向けられており『キアラ教』なる宗教が流行った。

キアラ教は立川真言流の傍流である、と実しやかに囁かれているがもちろん関係ない。

噂では、シークレットクエストをこなすことで復活するとか、眼鏡の少年作家をNPCに持つギルドが復活させたとか言われている。




他にも、大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』に伴い追加されたとある戦乙女型ボス四騎が、まんま彼女たちだったり。
その四騎が揃って鹵獲され、とあるギルドの城下町を守護する存在になっていたり、先客である女神と仲悪かったりします。




おまけ


【名称】???
【異名・二つ名】???

【役職】GM
【住居】不明

属性(アライメント)】???

【種族レベル】
???

職業(クラス)レベル】
???

[種族レベル]+[職業レベル]=???レベル
[種族レベル]取得総計??レベル
[職業レベル]取得総計??レベル

【備考】
運営の人。回帰の獣イベントや憐憫の獣イベントを企画した人でもある。
また、グランドクラスやその他fate関連のクラスをそこはかとなく追加したり、ユグドラシル内のfateっぽい仕様はだいたいこいつのせい。
多くのトラブルを巻き起こしているが、その度にどこかで挽回してくるので上も切るに切れない、扱いの難しい奇才として人事に苦慮しているが本人は全く気にしていない。

たまにプレイヤーとしてこっそりユグドラシルを楽しんでいた。もちろんGM権限は使わない上で。
その際にギルのギルドやメンバーを見て「fateっぽい!」とテンションを爆上げして前述の獣イベントを企画した。
また、ヴァルキュリアの失墜においてはヒルド、スルーズ、オルトリンデのキャラ原案・およびキャラ性能等の設定を担当した。
それなりに偉い人。
当然のごとく転生者である。


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クレマン奮闘記

なお、特に奮闘しない模様。


「面を上げろ。我が玉体を仰ぎ見ることを許す」

 

 

言葉が重圧となってそのまま身体に圧し掛かる。

それだけで指一つ動かせなくなるが、ここで無理矢理にでも動かさなければ次の瞬間には消し飛びかねないので。

これまでの人生で一番の力を振り絞って、なんとか侍るように顔を上げた。

 

視線の先には、感じたこともないほどの覇気を放つ一人の男。

苛烈に見えて冷静、暴君の様を見せながらも深い智慧を感じさせる不思議な姿。

 

黄金の鎧を見に纏っているが、アレは私でも分かる。

神器だ。

神々にのみ許された至高の品の中でも最上級に位置する逸品。古巣である漆黒聖典の保有するモノと同等か或いはそれ以上。

そんなものを纏った人物が普通なわけがない。

そもそも人間かすら怪しい。

 

 

「……ふむ。伊達に英雄を僭称するだけはあるか。

まあ、いい。

 

ではこれより、この俺自ら、貴様の『価値』を見定めてやろう」

 

 

男の宣言により、私の『命』をかけた裁判が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜偽王side〜

 

モモンたちが墓地に向かったのと時を同じくして、俺はウルクへと帰還していた。

もちろん、千代女と、彼女の捕縛した『アレ』を伴って。

カルナ、シロウ、は依頼があるために別行動だ。

巴には不在時の連絡役、要は留守番としてエ・ランテルの仮拠点に残ってもらった。

 

「最近、チームで活動すること少ないなぁ」

 

まあ、最近は特に色々と立て込んでるので仕方ない面はあるが、冒険者ライフがそれなりに気に入っている俺としては寂しい。

 

 

 

ともあれ、帰還すると共に先ずは『アレ』に処置を施さねばならない。

例の『特定条件下で質問に答えると云々』なアレである。

面倒だが、むざむざ貴重な法国関係者を死なせるわけにはいかない。

 

とりあえず、気を失っている『彼女』に掛かっている時限爆弾を解析する。

宝物庫の中から一級品の魔法探知アイテムを取り出し早速使ってみる。ちなみにアイテムの名は『万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)』と言う。

 

「ほう、これはなかなか」

 

結果、彼女に掛けられているものは七位階以上の代物と判明。どうやって使ったのか知らんが、大方巫女姫でも使ったのだとあたりをつける。

 

重要なのは、この術式が『何位階の魔法であっても解除不可』ということ。いや、単純に解除だけなら容易だ。代わりに対象の生命活動も停止するが。

 

「核と魔法を繋げるとは……この世界には面白い魔法があるものだな」

 

当たり前だがユグドラシルには無い、極めて卑劣な術だ。

しかし、合理的かつ優秀な術であるのも確かだ。

 

スレイン法国。

人間こそを至上とし、亜人すら容赦無く殺す苛烈な連中ではあるがその根底にある願いは『世界で最も劣る人間という種の存続』である。

そのためならば手段を選ばない連中だが、人間にとってはまさしく人類の守護者。

fate風に言うなら抑止の守護者みたいなものだ。

 

そう考えるからこそ、俺もかの国にはさほど敵意は抱いていない。

いや、まあ、土の巫女姫の一件ではやらかしてしまったが。

そもそも、『今の俺』にはこの世界の人間はさほどーー

 

 

 

 

ともあれ、『例の爆弾』が仕掛けられているコイツに対しては何らかの予防を施さねばならない。

しかし、どう足掻いても解除と共にコイツは死んでしまう。

 

「ふむ。ならば一度殺すか」

 

単純明快な解決策を選んだ俺は、横たわる『コレ』に対して容赦無く剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

ちなみに、蘇生に際してのレベルダウン及び失敗の可能性については完全に失念しており、蘇生の際に多少あたふたしたことは秘密である。

「宝物庫の最高級蘇生杖でほぼデスペナ緩和蘇生余裕だったわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜クレマンside〜

 

「スレイン法国が保有する特殊部隊計六つ。その中の最精鋭部隊である漆黒聖典にかつて所属し、第九席次の序列を賜る。

が、巫女姫の一人から叡者(えいじゃ)額冠(がっかん)を強奪したのを機に、法国から追われる身となり隠れ家の意味合いもあって秘密結社ズーラーノーンへと身を寄せる。

 

しかし、追っ手の追跡は執拗なものでありエ・ランテルを拠点としていたズーラーノーン十三高弟が一人、カジットの野望に協力することでそのドサクサに紛れて追っ手を撒こうと思い至る。

 

その過程にて、アイテム使用制限を無視できる生まれながらの異能(タレント)を保有するンフィーレアの誘拐を画策し、偶然居合わせた冒険者チーム『漆黒の剣』の殺害を目論んだ。

 

……間違いはないな?」

 

静かな怒気を込めた赤い双眸がこちらに向けられる。それだけで失禁してしまいそうになるのをなんとか堪える。

そんなことをすれば確実に殺されてしまう、という直感からだ。

 

「……どうした? 何か、弁明があるなら気にせず申してみよ」

 

男は愉快げに笑みを浮かべながら語る。しかし、そのどこにも優しさなどなく、『どうあれ殺す』という感情がありありと見て取れた。

 

「あ……ぅ……」

 

この数分で私のこれまでのプライドやらなにやらは完全に粉砕されている。

この男の怒りに満ちた姿を見れば、当然だ。

神さえ惨殺し兼ねない、凶暴そのもののオーラすら感じられーー

 

ーーあ、ダメ。もう漏る。

 

股下からじんわりと暖かいものが少量漏れ出したところで、男は不意に破顔した。

 

「フハハハハ!! とまあ、凄んではみたものの。貴様が襲撃してくるタイミングはおおよそ見当はついていた。そして、千代女ならば確実にそれを防いで見せてくれるともな」

 

そう言って男は、隣に侍ていたあの忌々しい小娘の頭を撫でた。

その瞬間、小娘はふにゃりと表情を崩して頬を染め、されるがままに身を委ねてしまった。

 

その光景を見ていた、小娘とは逆の位置に立つ()()()()が態とらしく咳払いをする。

 

「畏れながら王よ、今は裁定の最中では?

配下への労い、褒美の下賜は立派なれど、少々タイミングをズラすべきではと具申いたします」

 

「そうであったそうであった。では千代女よ、おって褒美を賜わす故、しばし期待に胸躍らせているがいい」

 

老人の言葉に僅かに不満げな顔を一瞬だけ見せた小娘だったが、黄金の男の最後の言葉にすぐに笑顔に戻っていた。

 

 

しかし、あの老人。只者ではない。

あの男に臆せず意見を述べる時点でもう凄いとしか言いようがないが、なによりもその身からは強者の凄みが発せられている。

 

一定以上の強者、つまり英雄の領域に足を踏み入れた存在というのは一目見ただけでその凄まじさというものが感じ取れることがある。

それは戦いに縁の無いものには感じ取れない程度の実力であったり、逆に大衆にさえ看破できるほどの超級のオーラを持つものもいる。

 

黄金の男は確実に後者。それも、人間種の枠に収まり切らない、亜人種異形種含めた全存在の中でも上位に位置する……と思われる強者だ。

 

神。そう形容するほかない。

 

対して老人は、武に特化した達人ともいうべき隙のなさが感じ取れた。

武練の極致、ただ一つの何か(恐らくは格闘術)を極限まで高め、その技を身体、魂にまで刻みつけた頂点の達人。

例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()にも同じものを感じていた。

一目見ただけだが、あの剣士も、凄まじい。

 

 

 

人間というのは、圧倒的な上位者に囲まれると一周回って冷静になるという性質があるようで、今の私はかつてないほどに冷静に物事を考えることができていた。諦めたともいう。

 

 

「で? クレマンティーヌとやら。何か、俺を喜ばせるようなモノ。もしくは俺に『貴様の価値』を認めさせる何かを、持ってはおらぬのか?」

 

価値……。

 

心底愉しげに男は告げる。

つまり、返答次第では命を助けてくれると?

先ほどの怒気は綺麗さっぱりと消えているあたり、冗談というのは確かだったらしいが、それでも、この問いかけに秘められた目的は全くもって不明である。

 

或いは、純粋に、愉しんでいるだけなのか?

少なくとも男にとっては、これは単なる『遊び』に過ぎないのでは?

 

多少、困惑はするがそれでも『僅かでも助かる可能性』があるのならそれに縋りたい。

なので、冷静な脳みそをフル回転させて、なんとかこの男の喜びそうな情報を探す。

なんでもいい、命以外ならなんであってもくれてやる覚悟だ。いや、そうでもしないと確実に納得してくれない。腕やら足やらは当然のごとく切り捨てるつもりだ、内臓だって死なない程度には献上させていただく。

 

「ああ、ちなみに、法国の情報については要らん。すでに貴様の記憶を覗き見て知っているからな。まあ、貴様の持つ情報が大したことのないものばかりで拍子抜けではあったが……。

 

ともかく、そんなものは要らん」

 

男の、一段階低い声に自然と身体が震えた。

武者震いとか、興奮とかじゃない。

純粋な恐怖だ。

 

おそらく、おそらくだが。男にとってつまらないモノを差し出した場合、私は容赦なく殺されるだろう。

 

何か、なにかないのか? この神に等しき超越者を納得させる代物が。

当たり前だが、持ち物は全て没収されているために物は選択肢にはない。となると必然、情報となるわけだが。

 

それも、すでに奪われていたらしい。

 

 

答えの見つからない難問に、自然と身体中から汗が滲み出る。冷や汗というべきものが絶え間なく、どんどんと量を増して溢れ出てくる。

冷静だった思考が、じわじわと迫る死の恐怖によって溶かされ、焦りだけが生まれ出てくる。

 

こんなのは、初めてだ。

 

クソッタレな兄貴と比べられた惨めさ、先祖返りのあの野郎を見た時の底知れなさ。

それら全てを凌駕する恐怖が私の内から流れ出てくる。

 

神の住処に連れ去られ、神話級の超人に囲まれた逃げ場のないこの場所で、私は今、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている。

文字通り命懸けの綱渡り状態だ。

 

ーーしかし、たった一つだけ。私は、光を見出した。

 

 

それは先ほどの小娘への対応と同じく、ここに連れてこられた時に居た一人の少女。

見覚えがあった私は、自然とその存在の情報を脳裏に浮かべていたのだ。

 

土の巫女姫。

 

噂では突如として行方知れずになったとか、もう生きてはいないと小耳に挟んでいたのだが。何がどうあって、こんな魔境にいるのか。

そんなことは別にどうでもいいが、この娘。どうやらあの男にいたく気に入られているらしい。

 

ちらっと見ただけでも、

 

『うむうむ、今日も麗しいな小娘よ』

 

『はわわわ、も、勿体なきお言葉でございます王様ぁ』

 

などとイチャコラしていた。

いや、絵面としては完全にアウトなのだがこの男に対してそれが通用するかしないかでいったら確実に後者だろう。

 

小娘だけではない。

 

今も、玉座に座るあの男の膝にもたれかかるようにしている緑髪の……女。これにもあの男はいやらしい目を向けていたことを私はバッチリと見ていた。

 

それらの情報を統合してみると一つの答えが浮かんでくる。

 

つまり、あの男が下半身にだらしないという答えが!

 

 

小さい子にしか興味がない変態という可能性もなきにしもあらずだが、結構幅広い年齢層に対して興味を向けていると私は推測する。

そうなると、シドゥリとかいう女に一切、目を向けない点が気掛かりではあるが。

 

 

あれだけ獣欲に塗れた男であれば、多少年齢がいった女でも差し出されれば気にせず食らうと考える。

 

ならば。

ならば、もはやこの手しかあるまい。

 

 

 

「お、恐れながら、私から王に、献上したきモノがございます」

 

震える口をなんとか開き声を吐き出す。

流れ出る汗が一段と増えてきたが、まだ意識はある。

 

「ほう、此の期に及んで、まだこの俺を満足させるだけのモノを有していると申すか」

 

男は、少しだけ興味を持った様子で応えた。

よし、まだ命を助ける気はあるようだ。一割くらいだろうけど。

 

私は、相変わらずの威圧感と、かつてない羞恥を感じながら、必死に。絞り出すようにその言葉を告げた。

 

「私の処女を! 偉大なる御身に献上したくございます!!」

 

言った。言ってしまった。

これまで2×年間守り続けてきたモノを、この超越者にくれてやると。

 

思えば、クソッタレを超えるために必死に血生臭いことばかりしてきた人生だった。

漆黒聖典に入ってからは、より一層血生臭い日々にどっぷりだ。

別に嫌なわけじゃなく、寧ろ快感すら覚えるほどに私は殺しが好きだ。

 

しかし、数年前にあのクソッタレから「一度も男を紹介されたことがないが……あっ(察し」とか言われてからは、他人事に感じられなくなっていた。というか彼奴マジでブチ殺したい。

昔ならば「どっかでテキトーに」などと考えていたが、ここまで未通で生きてしまうと逆に勿体なくて捨てられない。

 

 

ともあれ、

緊張から妙に意気込んだ形になってしまったが、必死なのは確かだ。

 

私にはもうこれしかない。力は言うに及ばず、知識すら看破され、身ぐるみ剥がされた今の私には文字通りこの身を差し出す以外の選択肢がないのだ。

 

それに、モノは考えようだ。誰にも捧げることなく守ってきたものをこのような超越者に差し出すことができるのならば本望。

要は死ぬよりはマシ、ということである。

 

果たしてかの御仁の反応はーー

 

 

 

 

「フ、フハハハハハハ!!!!」

 

肘置きを叩きながら大爆笑していた。

 

……別に、助けてもらえるならこのくらい恥辱は耐えられる。別に恥ずかしいとか、思ってないし。うん。

 

ところが、王の横に変わらず侍ていた小娘は心底嫌そうな顔をこちらに向けている。

お前には用はない。それに決めるのは王様なのだから。

しかしーー

 

 

「ひっ!?」

 

王の膝にもたれかかる緑髪の女は違った。

ポジティヴな感情の全てを捨て去ったかのような圧倒的な殺意。威圧感を伴った眼光を真っ直ぐこちらに向けているのだ。

 

「コロス、コロスコロスコロス……」

 

「ひぃぃ!!!?」

 

殺意が満タン過ぎる!

ダメダメ、これ死んだ。完全に死んだわ。

恐怖からの狂乱と諦観の中で私はただ身を震わせることしかできない。

 

 

そんな中。

 

 

「待て待てエルキドゥよ。俺とて此奴を妾に加えるなどという考えは抱いていない。それに、此奴の状況を考えればそれしか選択肢がないのも理解できる」

 

「ほ、ほんと?」

 

「ほんと」

 

真面目な顔で頷く王に、女は「わーい」と無邪気な表情で声に出しながら抱きついていた。

……なんだろう、生と死の境目に立っているのに沸々と怒りのようなものが湧き出てくる。

 

これがかの英雄が残した名言『リア充爆発しろ』というやつなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

〜偽王side〜

 

どんな言動が飛び出すかワクワクしながら待っていたら予想の斜め上をいく答えが返ってきた。

とりあえず笑ってしまったが、少し考えれば当然の帰結と言えた。

 

だからって別に同情とかは微塵も湧かないが。

 

それに、こいつも中々に美人であるのは確かだ。

正直言うと、抱けるなら抱きたい。

 

とはいえ馬鹿正直にそれを実行に移したなら守護者の離反だけに留まらず、七階層のチート暗殺者に首を落とされかねない。

 

で、結論からしてこいつをどうするのかというと。

 

 

 

「……クレマンティーヌよ。先の発言に偽りはないな?」

 

「え!? は、はははい!! お許しいただけるならば喜んで献上いたします!!」

 

一瞬、呆気にとられながらも必死に懇願してくる。

このままイジメても面白そうだが、さすがに時間の無駄なのでさっさとこの茶番をお開きにする。

 

「フッ……貴様のその浅ましき生存欲、人としての尊厳すら放棄する言動はとても見るに堪えないものであった。

率直に言って、愚の極みよな」

 

「え」

 

俺の言葉に彼女の顔から一瞬にして感情が抜け落ちた。

 

「……だが、それほどまでの生への渇望は寧ろ賞賛に値するものと判断した。

 

よって、貴様の『命だけは』助けてやろう」

 

その時、室内がシン……と静まりかえった。

え、なに、なんか変なこと言っちゃった?

それっぽい感じで言えた自信あったんだけど。

 

まあ、今更止められないのでスルー。

 

「あ……ありがとうございますぅぅぅぅ!!!!」

 

一拍置いて、クレマンティーヌが凄まじい勢いで土下座して叫んだ。

床で額を削り取らんばかりの勢いに、『床の』心配をしてしまう。

ジグラットのデザインはかなり気に入ってるので汚さないでほしい。

 

「よい、とりあえず面をあげよ」

 

「は、はいぃぃ!!」

 

うわ、顔が涙やら鼻水やらで凄まじいことになっている。

……別にSな趣味はないのだが、一連の流れを思い返すと少しだけ気分が高揚してしまう自分がいる。

いかんいかん。

 

「貴様の役目はすでに考えてある。……おい、『例の場所』までこいつを連れていけ」

 

部屋の隅で控えていた衛兵型モンスター『ローマ兵・改』に命じて、さっさとクレマンティーヌを部屋から連れ出させる。

 

それを見届けてから、俺は玉座に深く腰掛けた。

 

「うーん、もう少し面白いことしてくれたら盛り上がったんだがな」

 

「……まあ、王の威光は十分に示せたでしょう。あとは時間をかけてこちらの力を見せ付け従順にしていけば良いかと」

 

『彼』の言葉に素直に頷く。

まあ、囮としての役目が果たせるならばどうでもいい話なんだがな。

 

「……そういえば、奴を見て思い出したが巫女姫の検査の方はどうなった?」

 

「全て異常なし、と聞いております。『軍師殿』も特に見るべき素質は持ち合わせていないと申しておりました」

 

なるほど。ならば巫女姫の価値とは叡者の額冠だけに集約されているということか。

 

そうなると助けたメリットは薄かったか。

 

「……いや、デメリットもさして大きくはない」

 

予定は早まったが何にしろ竜王国はアルトリアに任せるつもりでいた。彼女と彼女の配下ならば亜人どもに対する牽制も十分、その対処においても安心して任せられる。

伊達に原典で蛮族退治していない。

 

「……しかし、本当によろしかったのですかお館様?」

 

不意に横の千代女が不安げに声をかけてきた。

 

「なにが?」

 

「あのなんとかティーという女のことです」

 

ティーの部分しか覚えてないのかよ……という野暮なツッコミは無しにして。

 

「まあ、以前言った通りだ。法国の情報収集が難航しているのはお前の方が知っていよう?

故に奴を使って誘き出すのだ。その役目が果たせるならば他はどうでも良い。終われば好きにして構わん」

 

「なるほど!」

 

嬉々として千代女は頷く。

……いや、やっぱり好きにするのはいかんな。彼女がそこまで猟奇的な人物だとは思わないが、一応クノイチだ。気に入らない奴相手には割とエグいことをするかもしれん。

 

「やっぱ、俺に断ってからな?」

 

「ええ!? そんな御無体な!」

 

いったい何をしようとしてたんですかねぇ?

 

 

 

「とまぁ茶番は終わりにして、だ。

……そろそろ墓地の件も終わっている頃合いだろう。一度街に戻って様子を見に行くぞ」

 

「はっ!」

 

片膝をついて元気に返事する千代女を横目に、俺はエ・ランテルの拠点へと続くゲートを開いた。

 

 

 

 

さて、ここからどうやって彼らとコンタクトを取るべきか。

 




【おまけ】


【名称】カルナ
【異名・二つ名】施しの英雄、懐が広すぎる大英雄

【役職】冥界第五層『虚栄なる空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』守護、空中庭園内大広間守護
【住居】空中庭園の一室

属性(アライメント)】極善[カルマ値:450]

【種族レベル】
なし

職業(クラス)レベル】
ランサー:10lv
アーチャー:10lv
ソウセイ(槍聖):5lv
太陽神の御子(サン・オブ・サン)』:5lv


[種族レベル]+[職業レベル]=100レベル
[種族レベル]取得総計0レベル
[職業レベル]取得総計100レベル

【備考】
エ・ランテルで活動する新進気鋭の冒険者チーム『黄金』!
その前衛担当にして最大戦力と目される神速の槍兵。

しかしてその正体は、インドが誇る大英雄カルナ!
神器の大槍で敵を八つ裂きにしたり、お空に投げて炎をいっぱい降らせたり、目からビーム出たり、更に切っても撃っても傷つかず傷ついても回復しちゃう万能鎧を脱いで超絶必殺技『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』を放つことができるぞ!
なお、相手は死ぬ。



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幕間 帝都の騎士

後半雑になってますけど、まあ、そんな感じで。


帝都アーウィンタール。

 

バハルス帝国西部に位置するこの大都市は、隣国リ・エスティーゼの王都と比べても見劣りしないどころか凌駕する発展を見せる場所である。

整備された石畳の道路、区画整理の行き届いた整った街並み。

 

皇城を中心に放射線上に大学院や行政機関などが建ち並ぶ様はまさに発展の只中にあると見て取れる。

また、魔法省を始めその人員を育成する魔法学院がある点も特徴の一つと言える。

 

古臭い考えで魔法に懐疑的な王国とは対照的に、帝国は近隣諸国と比べても魔法研究が盛んで、街灯を始めとした生活品の中にも魔法を積極的に取り入れている。もちろん、それは軍事面にも反映されており、帝国最高にして最強と名高いフールーダ率いる魔法詠唱者たちは第四位階の使い手として。長たるフールーダに至っては単独で帝国全軍を相手に出来るとまで言われている魔法発展国家なのである。

 

 

そんな帝都の大通りを歩む青年が一人。

 

「ここが帝都……情報以上に活気と繁栄を感じられますね」

 

銀に輝く艶やかな髪。

白のマントを羽織り、その下に髪色と同じ銀に輝く鎧を覗かせた青年。

見る者が思わず足を止めてしまうほどの整った顔、美形と総称される中性的な見た目であるが、腰から下げた長剣の存在が彼を『戦闘を生業とする者』であることを周囲に認識させていた。

 

事実として彼は『騎士』という身分にあたり、今は任務の一環としてこの国を訪れている。

『職業』という一点でいえば『放浪騎士』の技能を修めており、旅人という認識もあながち間違いでもない。

立ち振る舞いもお堅い騎士というよりは『旅の騎士』という言葉が似合うほど穏やかに見える。

 

彼がここに訪れた理由は先述の通り任務のためである。

 

霧深き平野に拠点を移した偉大なる古代王の配下たる騎士王の側近にして、古代王の従者でもある青年は非常に高い身分にある。

本来ならこのような任務は下の者に任せるべきなのだが、件の古代王は彼の人柄や諸々の素質を鑑みて今回の調査には彼が適任であるとの判断を下していた。

 

青年自身も身分を鼻に掛ける性格ではないので素直に任務に従い今日まで旅を続けてきた。

 

 

調査は帝国全土に及ぶ。しかし流石に一つ一つ念入りに回っていては時間の無駄であり、なにより情報ならば隠密部隊がしっかりと集めているために彼はより深い、そこに住む『人』を見定める目的で派遣されていた。

 

 

キョロキョロと上京したての学生のように街を見回しながら歩いた彼は、不意に立ち止まり懐から地図を取り出し目を通した。

 

「さて、次は北市場とやらに行ってみるとしますか」

 

人間、一人が長いと自然と独り言が多くなるものである。

彼も例外ではなく、誰にともなく呟いてから地図を仕舞い、目的の場所へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都北市場。

中央通りのものとは異なりここは活気が感じられなかった。とはいえ経営不振が多発しているというわけではない。

実はこの通りに店を出す露天商たちはほとんどが請負人(ワーカー)や冒険者を本業とする者たちなのだ。

そんな彼らが店に並べるのは仕事中に拾ったものの自身のチームでは使い道がないモノなどで、必然、それらは冒険用アイテムに比重が傾く。

なので、ここには冒険者ないしワーカーのみが集まる場所なのだ。そうなると、客側も自身の命をかけたアイテムの品定めに真剣になるし、店主も冒険者ゆえに余計な会話もなくなる。

そしてなにより戦闘のプロが集まるこの場にはスリやかっぱらいなども現れないために今のような落ち着いた雰囲気が場を満たすことになるのだ。

 

そんな北市場の有様を青年は興味深そうに眺めつつ歩む。

 

事前情報としてここがどういう場所かはもちろん知っている彼だったが、文字を眺めるのと実際に訪れるのでは認識に雲泥の差がある。

良いか悪いかでいえば彼の気分はとても優れていたと言える。

 

城塞都市や彼の本拠たる聖都に篭っていては感じること、知ることのできない発見の数々に彼も今回の旅を好ましく思っていた。

 

本来の目的である調査はもちろん忘れていないが、そこに住む人々との交流も彼に課せられた任務の中に含まれている。

帝都観光も人々の暮らしぶりを調べるという立派な仕事なのである。

……隠密たちが聞いたら羨むことだろう、と察しながらも彼自身、この旅行にも等しい任務をむざむざと誰かに与える気はなくいつも通りに観光……もとい調査を行おうと改めて心に決める。

 

 

市場に入ってからいくつか店を回ったが、そのどれもが中古品を一つ二つ薄板に置いただけの商売っ気のない品揃えであったと感じた。

 

冒険者が不用品を処分する目的で店を開いていることを考えれば納得のいく光景である。

とはいえ、掘り出し物もあるとの情報もあったために青年も『同僚にお土産でも』という気持ちで引き続き店を回る。

 

「あ、アレとかモードレッドが喜びそうですね」

 

思わず声に出してしまったその品物は、この世界の言語で『滑る板』と書かれた紙の貼られた群青色の薄板であった。

一目でマジックアイテムと分かる独特のオーラを発するその品物に吸い寄せられるように彼は店の前まで赴く。

 

近くで見ると青年が予想していた通り、前の世界で主が話題にしていた『サーフボード』なるものと酷似した見た目をしている。

王城でモードレッドがこそこそしながら見ていたパンフレットの写真とも酷似している。

 

主曰く『モードレッドはきっと似合う。プリドゥエンはおいそれと持ち出せないから専用のボードとか作ってやりたいな』とのことで、ちなみにサーフボードを携えたモードレッドのことは『サモさん』と呼ばなければならないらしい。

 

「夏の海で使用するものらしいですが」

 

詳しくは知らない青年であったが、主の言葉に間違いはないだろうと深くは考えなかった。

有り体に言って、旅行特有の散財な気がしなくもない。

 

「っ!!」

 

ふと、彼は自身に向けられる視線に気がついた。

警戒と好奇心を混ぜたような独特の気配に、すぐにその源を特定しこちらも視線を向ける。

 

 

「あ」

 

青年の視線に気付いて思わず声をあげたのは金髪の活発そうな男性であった。

その隣に立つ大柄の男性が「やれやれ」と言わんばかりに額に手を当て首を振る。

 

ーーいちおう彼の名誉を守るために述べるが、金髪の彼がこんな凡ミスをするのは滅多にあることではなく、振り向いた青年の顔が予想以上に整っていた事実に驚愕してしまったために起きた事故である。

 

まさか気付かれるとは思わなかった金髪の男はどうしたものか、とあたふたしている。

その間に青年はスタスタと彼らの方へと足を進める。

 

なるべく警戒を抱かせないように物腰柔らかく、自然な笑みを浮かべながら青年は声をかけた。

 

「あの、私に何か用でしょうか?」

 

「え!?」

 

「え?」

 

青年の言葉に相手の男が驚いたような声を出す。

予想外の反応に青年も思わず同じ音を発する。

 

そのまま沈黙が数瞬続いたために、金髪の彼を見兼ねた大柄の男が柔らかい口調で声をかけた。

 

「失礼しました、どうもこの辺りでは見かけない方だったので思わず目を向けてしまったのです。気分を害されたなら申し訳ありません」

 

見た目に反してとても優しい印象を受ける彼に、青年も笑顔で答える。

 

「いえ、気にしていませんよ。確かに、この場には少々不釣り合いな格好ですからね」

 

「それは良かった」

 

青年の様子に、二人の男たちも警戒を緩め言葉を返す。

 

「帝都には観光に? ……って格好でもないか」

 

「あながち間違いでもないですが……そうですね。先ずは自己紹介をした方が良いでしょう」

 

そう述べた後にスッと胸に手を当て青年は軽く頭を下げる。

 

「騎士、ベディヴィエールと申します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騎士ベディと二人の男(金髪の若い男性がヘッケラン。同じく金髪の大柄の男性がロバーデイクと名乗った)は北市場を揃って見て回ることになった。

 

というのもベディ自身が「慣れているお二人に色々と案内してもらいたい」と願い出たからである。

ベディの紳士で穏やかな気質を好ましく感じた二人は二つ返事で了承し三人で露店巡りをする流れとなった。

 

店に並ぶ品々はベディにとって見たことのない品が大半であり、それらに出くわすたびに二人に疑問を投げかける様はどこか無邪気さすら感じられた。

ヘッケランとロバーデイクの二人も比較的人格者であり、ベディの問いに親切に答えてくれる。

 

三人が仲を深めるのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

「この度は誠にありがとうございました。お二人のおかげで友へのお土産も無事に買い揃えることができました」

 

「いいっていいって、俺たちもちょうど暇してたし、な?」

 

隣のロバーへと話を振るヘッケラン。ウルク所属の人員の中では比較的コミュニケーション能力が高いベディゆえに彼らとも友好的な付き合いができた。

ヘッケランも、さすがに『仕事』に関する情報は見せないがこのまま飯まで奢りそうな勢いである。

 

「しかし、法国や聖王国の方でないとなると、その大荷物での帰路が心配ですね」

 

ロバーの視線の先には両手に大荷物をぶら下げた美形の騎士。見ようによってはシュールである。

 

「ああ、そういやどこの国の騎士様なんだ?」

 

「……申し訳ありません。お世話になった二人には是非ともお伝えしたいのですが。

此度は内密での観光。もし同僚にでも知られれば折檻どころでは済みませんので」

 

嘘は言っていない。

事実として、同僚たる円卓の面々がこれを聞けば……

 

『なにぃ!? なんでテメェだけ外に出てんだよコンチクショウ!』

とか。

 

『私は悲しい。信じて送り出した友が外で遊び放題して帰ってくるなんて』

とか。

 

『ところで、帝国の婦女子方の様子はどうだった?』

とか。

 

大騒ぎになるのは間違いない。

ちなみに、事務仕事を一手に引き受ける補佐官と、彼の主君は当然ながら事情を把握している。

 

しかし、ああ見えて意外に好奇心旺盛な主君あたりからは小言が飛んできそうな気がしなくもない。

お土産を買ったのも、もし知られてしまった場合の保険である。

 

 

「不審に思われるのも致し方ないのですが……」

 

「あー、別に構わねぇよ。人間、聞かれたくないことの一つや二つあるもんだしな」

 

「ええ、こちらこそ不躾な質問をして申し訳ありません」

 

心底申し訳なさそうなベディの様子に二人も柔らかい笑みで答える。

そんな二人にベディも深い感銘を受け再度、礼を述べた。

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、俺らはこっちだから」

 

「また、どこかでお会いしましょう」

 

二手に分かれた路地でヘッケランとロバーデイクが手を振る。

応じてベディも片手を挙げて応える。

まるで荷物の重さを感じさせないほど軽やかな動きで。

 

「本日は本当にありがとうございました。またお会いできることを楽しみにしています」

 

そう言って去っていく二人を見送ったベディは「さて」と一息入れてから、彼らとは逆の路地を進んでいく。

 

「お土産はお二人のおかげで揃ったし、あとは……」

 

もはや、調査ではなく観光になっているがもちろん目的は忘れていない……たぶん。

 

空を見ればすでに夕焼けで赤く染まり、陽の当たらない路地は真っ先に暗くなっていく。

これでも円卓に名を連ねる実力者たるベディにとってはさして問題はなく、荷物を両手に持ちながらブツブツと明日の予定を確認していた。

 

道はもう覚えていたベディは入り組んだ路地をスイスイと進んでいく。

気がつけば、目的の宿屋まであと少しという距離。

 

その時だった。

 

 

 

「だから! 払えねぇんだったら相応の手段で支払ってもらわねぇと」

 

「あと、もう少し。二、三日……いや、一日で構わない。待って欲しい」

 

「お前も分からねぇ奴だな! 期限はとっくに過ぎてんだよ!!」

 

路地を抜けてすぐの辺りから言い争う声が聞こえてきた。

否、片方の声は可憐な少女のそれでありもう片方の野太い声に気圧されている様子が感じ取れる。

 

……只事ではない。

 

ベディは咄嗟にそう判断して声のする方へと足を向けた。

 

 

元来、調査の名目で訪れている彼が自ら厄介ごとに首を突っ込むのは厳に慎まれるべきことである。

しかし、今回の調査とは名ばかりのゆるゆるな任務は実質観光と同義であり主からも『お前の裁量で自由に振る舞え』と仰せつかっている。

それはつまり彼の人柄を考慮しての発言であり、現に、ベディが聞き返した際も『目的が果たせるなら好きにして構わん』と言質を取っている。

 

ゆえに、彼はそのお人好しな性格を存分に発揮して騒動の最中へと堂々と割って入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大の大人が、さすがにやり過ぎではありませんか?」

 

急に路地から現れた優男に、少女と言い争っていた大柄で人相の悪い男は鋭い視線を向けた。

 

「あぁ? 外野がなにでしゃばってんだ?」

 

「っ!」

 

男の視線が完全にベディに向けられ、今にも拳が飛び出しそうな様子に少女は咄嗟に両者の間に立つ。

 

「この人は関係ない。……今月の分は、なんとか夜のうちに用意するから」

 

「そう言ってこの前も足りなかったじゃねぇか!」

 

男の怒声に、少女も言い返すことができない。

彼の言う通り少女はこのところ、何度も返済期日を超過していた。

 

「払えねぇなら身体で稼いでもらうしかねぇんだよ!!」

 

痺れを切らした男の言葉に、今度はベディが眉をピクリと動かした。

 

籠手にしてはやけに金属音の多い右手で優しく少女を横にどかした彼は懐から皮袋を取り出す。

 

「いくらですか?」

 

「あ?」

 

「いくら払えばこの場を引いてくれるのかと聞いているのです」

 

ベディとて、このイザコザが借金に関するものだというのはとっくに気付いていた。だが、だからこそ別の手段でこの場を収めようと考えていたのだが、男の激昂する様子を見て「このままでは流血沙汰になる」と判断した彼はこのような行動に出た。

 

しばらくベディを見定めるように沈黙していた男だったが、彼の真剣な眼差しを見てスッと警戒を和らげた。

 

「どうやら本気らしいな」

 

「私とて伊達や酔狂でこのような真似はしません」

 

「五十だ。もちろん金貨で」

 

「っ、さっきと話が違う!」

 

男の言葉に少女がすかさず声をあげた。

男も少女に威圧するような視線を送る。言外に「文句を言える立場なのか?」という意味も含めて。

 

「わかりました。お支払いしましょう」

 

言ってすぐにベディは皮袋ごと男に突きつける。

 

「なっ!?」

 

その行動に一番驚いているのは少女だった。

対して男は、即座に袋の中身を確認する。

 

「……ブッハハハハ!! マジかよ、ホントに払いやがったぜ!!」

 

そして、確かに五十枚の金貨がきっちり入っていると理解した男は心底愉快げに大笑いした。それも、おまけの銀貨や銅貨まで添えられているのだ。

男も、まさか即座に金貨を、それも五十枚払うバカがいるとは思っていなかった。

 

これが野盗の類ならすぐにでもベディへと襲い掛かったことだろう。しかし、男はこれでも借金取り。規定以上の欲張りはしない。

 

「確かにいただいたぜ。……しかし、お前さん本物のバカだな。見ず知らずの人間にそこまでするかね、普通」

 

「騎士ですから」

 

男の言葉に、ベディは即答した。

それも少し笑みを浮かべて。

 

「…………なるほどな。

ともかく、これだけ貰えばもう少し待ってやることもできる」

 

ベディの言葉に何か思うところがあったのか、男は一転して神妙な面持ちで語る。

 

「おい、そういうことだから精々そこの兄ちゃんに感謝しとくことだな」

 

去り際、捨て台詞のように少女に声をかけた男は何事もなかったかのようにさっさと帰ってしまった。

 

どこまでが演技でどこまでが本気か。

生憎と交渉ごとには疎いベディには分からなかったが、最後の様子からして男も言葉通りに期限を先延ばしにしてくれるだろうと踏んでいた。

さっきの皮袋が頂いた経費の残りだったのだが、これも『好きに使え』と仰せつかっているために問題ない。

ベディが野宿する羽目になる以外は。

 

さて、と今度はベディの方が重い気分になりながら、心なしか身構えた。

 

 

 

「どうして……」

 

案の定、少女は俯き絞り出すように声を出した。

 

「これが私の騎士道だからです」

 

「ふざけないで!!」

 

ベディの返答に、耐えきれなくなった少女が叫んだ。

 

「私は関係ないと言ったのに、なんで……!

こんなの……余計なお世話だわ!」

 

「……」

 

少女の言葉に、ベディもしばし沈黙する。

 

 

 

少女とて、無闇矢鱈と人を罵倒する人間ではない。

普段は寡黙で真面目、『仕事』においても冷静沈着で『チーム』のために何をするべきかを考えることができる。

 

プライベートにおいても、浪費の激しい両親の浮世離れした妄言に耐えつつ、最愛の妹たちの前では笑顔でいられる。そんな健気で優しい少女。

 

しかし、返しても返しても逆に増えていく借金と、ここ最近の実入りの乏しさから来る返済の催促。

あわや『チーム』の元にまで赴きそうなところを必死に食い止めて、先ほどのような問答を繰り返してきた。

 

家族のため、今はもう耄碌してしまった両親からかつて受けた恩をかえすため。何より、可愛い妹たちのため。

そう思い耐えてきた彼女のプライド。

 

それをベディは容易くうち壊してしまった。

 

自身の行動を必死に正当化して精神を保ってきた少女の心の領域(デリケートな部分)に土足で踏み入れ、尚且つ乱雑に除草してしまったかのような行動。

 

気づけば、少女はベディに八つ当たりしていた。

 

 

 

 

あらゆる罵詈雑言、理不尽に等しい発言の数々をベディは黙って受け止める。

 

彼は、とても優しい人間であった。

加えて思慮深く、人の機微に敏感な部分からして彼は少女の心境をほぼほぼ看破していた。

だからこそ静かに耐えることができる。

 

 

 

実を言えば、ベディはこのようなお節介を道中、幾度か繰り返していた。

 

それは何も自己満足だけからくるものでなく、彼が『ベディヴィエール』としてかの英雄王に創造されたがゆえのもの。

ポリシー、とでも呼ぶべき感情を多分に含んでいることを彼自身は気づいていなかった。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

しばらく感情のままに叫び続けて、少女は肩を揺らしながら荒い息を()いていた。

 

それからまたしばらくして、今度は少女の方が重い気分、罪悪感を感じ始めていた。

 

彼女とて理解している。先ほどまでの発言がとても不義理であることを。

しかし、それでも止まれなかったのだ。

それほどまでに彼女の精神は磨耗している。

 

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

ポロポロと涙を流し始めた少女に、ベディはそっとハンカチを差し出した。もちろん使っていない新品。

紳士の嗜みとして『こういう時用』に円卓の面々は持ち歩いているのだ。

 

「謝る必要はありません。先ほどのは私の我儘なのですから。……気持ちが落ち着いたなら、今日はもう帰った方が良いでしょう」

 

受け取ったハンカチで涙やら鼻水やらを拭いた少女は、一呼吸置いてから彼に声をかけようとする。

 

「っ、待って!」

 

しかし、ベディはすでにその場から離れて人混みへと紛れていく。

 

「名前を、せめて名前を聞かせてください!!」

 

必死に声をかける少女だが、その時にはベディの姿は完全に見えなくなっていた。

 

 

ハンカチを片手に、しばし呆然とその場に立ち尽くしていた彼女だったが。

ふと、そのハンカチの存在を思い出し慌てて生地を広げて目を通す。

 

大部分が彼女の『汁』でぐちゃぐちゃだったが、端っこに小さく紋章が描かれているのを発見する。

 

金の刺繍で描かれているのは『十字架の左右を支えるように立つ二頭の獅子』。

 

 

 

 

生憎と、少女が見たこともない紋章であった。

 

 

 




やはり後半気になる(しつこい
クサ過ぎる気もしなくないが円卓ってこういうもんでしょうよ(偏見

……あとでこっそりちまちま変えるかも。

次もベディです。

補足:紋章なんですが、円卓の紋章って複数あるみたいなんで六章のやつパクってます。


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