ジョースター家と吸血鬼 (黝 証呂)
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第一部
1.産まれながらの悪と…


 「ここへ来い。聞こえねぇのか⁉︎ディオ、レオン……ゴホッ‼︎ゴホッ…」

 

  不快な男の声が薄汚れた部屋に響く、隣で静かに本を読む我が弟……レオンは本を閉じて父の元へ向かう。

  自分の時間を割いて行動するお前は我らの母の様だが、父の為となればその行動も不快に感じる。ひとまず私もレオンに続いて父の元へ行く。

 

 「なんだい父さん。薬かい?」

 

 「いや…薬はいらねぇ。ディオ…レオン……話がある」

 

 胸を押さえながら咳き込み苦しむ我らが父、ダリオ・ブランドー。

 私達が微笑んで尋ねるとその苦しげな表情が和いだ。レオンは善意から笑みを浮かべているが、私の笑みは貴様の苦しみからきているのだがな。

 

 「お、俺はもう長いことねえ……分かるんだ。最後の気がかりはお前達兄弟だけだ……」

 

 「そんな情けないことを言わないでください」

 

 「レオン、お前は母親に似て良い奴だな……俺が死んだらこの手紙を出して宛名の所へ行け‼︎ 面倒は全部見てくれる。こいつは俺に恩があるんだ‼︎ ケケケ‼︎」

 

 何の話かと煩わしく感じながらも耳を傾けると、12年前の日の事を話し始めた。父は激しい雨の日に偶然崖から落下した馬車の一行を見つけ、本性を隠そうともせずに落下した馬車の者達から金品を巻き上げたとのことだ。

 その際にまだ生きていた男が何を勘違いしたのかダリオを恩人と認識した。しかもその人物は貴族の一員だという。

 貴族の名はジョージ・ジョースター卿。命の恩人の頼みとあればと快諾し、我ら兄弟を養子として引き取る事を許したらしい。

 

 「ディオ、レオンッ‼︎ 俺が死んだらジョースター家へ行けッ‼︎ お前たちは頭がいいッ‼︎ だれにも負けねえ一番の金持ちになれよ‼︎」

 

 「「……」」

 

 この男に心配されるなど呆れて笑えてくる。だが利用できるものは全て利用してやるさ!

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ロンドンの貧民街にある薄汚れた自宅の前へ停められた豪華な馬車…その迎えの馬車に乗り込むと、馬がゆっくりと歩を進め始め、道中は快適な移動となった。

 ギャンブルやらで貯め込んでおいた資金で礼服を買い、礼儀作法を必死に学んだ。この日の為だけに財産のほとんどを使って準備してきたのだ。

 

 「ジョースター家にはジョナサンという私達と同い年の子がいるみたいだ」

 

 「らしいな」

 

 我が兄、ディオ・ブランドーにそう言うと、ディオは興味無さそうに答える。まぁ予想通りだが……

 実を言うと、私はこの世界の住人ではない。厳密に言うと違うが、私はこの世界の外で生きていた。ある日私は車に撥ねられ呆気なく他界したが、やがて朦朧とした意識が覚醒したのだ。そして気が付いたらコレだ……何故私が読んでいた読みかけの漫画…それも敵側の弟として生まれているのだ?

 

 最初は夢だとも思ったが数日経てばその可能性は限りなく低い。夢というのは、見たことのない景色は鮮明に見れないものだ。しかし私がこの世界で生まれ育った貧民街はテレビ越しにも見たことのない薄汚れた所だった。それから私は現実逃避を止め…もとい、現実に戻ることを諦めて弟として過ごして来たのだ。

 

(ようやく本編とも言える出来事が始まる。ディオは第一部のラスボスだが兄だ……出来ることなら運命を変えたいものだな…)

 

 そう決意すると、私は座席に座り直して楽な姿勢をとった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 まもなく到着すると知らされ、やがて馬車が停止した。どうやら目的地に到着したらしく、ディオが勢いよく荷物を外へ放り投げて、原作通りの妙な姿勢で飛びだした。それに対し私は極普通に、ゆっくりと馬車から降りた。すると、ふと視線を感じてそちらへ目を向けてみる。質の良さそうな服を纏った少年がそこにいた。

 

 ジョナサン・ジョースター…メタいことを言うと。第一部の主人公だ。

 

 「君達がディオ・ブランドーとレオン・ブランドーだね?」

 

 「そういう君はジョナサン・ジョースター」

 

 「よろしくお願いします。ジョナサン」

 

 「そんな畏まらなくて良いよ。あと、みんなは僕をジョジョって呼んでるよ」

 

 「じゃあよろしく、ジョジョ」

 

 ディオと違って、私は彼と親しくしていくつもりだ。なんせ私の前世は極普通の男子高校生だ。特に目立った点の無い、第一人称が「私」の少年……何故そんな私がブランドー家に産まれたのだろう……

 ひとまず思考を切り替え、私は馬車から荷物を下ろす。すると騒がしい犬の鳴き声が辺りに響き、この家で飼われている『ダニー』と呼ばれる猟犬が走ってくる。

 ジョナサンがその犬の説明をしていると、突然ディオが犬に近付く。原作を知っている私はそれより早くダニーの側に座り撫で回してやる。

 私は動物が大好きだ。蹴り上げられるところなんて見たくない。

 そうやって撫で回すとダニーはその場で横になり腹を見せてくる……可愛いじゃないか。

 そこでディオを盗み見てみると、少し不機嫌な様子で私を眺めている。

 

 「レオン。ばい菌が付くぞ」

 

 「大丈夫だ、どの道手は洗う。ジョジョ、兄は犬が苦手なんだ。気にしないでくれ」

 

 「そうなのかい? ビックリさせたのなら謝るよ」

 

 動物愛好家ほどではないが、動物をあまり悪く言わないで欲しい。

 ディオは弟に相手の方を持たれたのが癪だったのか、「フンッ」と鼻を鳴らしてソッポを向く。

 

 「疲れたろう二人とも。ロンドンからは遠いからね、君達は今からわたしたちの家族だ」

 

 屋敷の中へと召し使いに案内されて入ると、優しい笑みを浮かべる壮年の男性…ジョースター卿が私達を出迎えてくれた。

 ディオと共に丁寧に一礼をすると、ジョジョが早速部屋を案内してくれる。

 私が自分の荷物を持ち上げると、ディオの荷物を持とうとしたジョナサンが手首をディオに捻られている光景が見えた。

 

 「何してんだ?気やすくぼくのカバンに触るんじゃあない!」

 

 「うあぁ! う、うっ!」

 

 コレだからディオは……

 

 「ディオ。手荒な真似はやめてくれ」

 

 ディオの手首を握って私がそう言うと、ディオは荒々しく手を離す。弟である私がコレだけ冷静だと、兄として派手には動けないのだろう。

 それに対してジョジョは流石に不機嫌な様子でディオを見ている。私としては仲良くして欲しいのだが……

 

「ディオは警戒心が強すぎる。ジョジョ、済まないけど荷物を運ぶのを手伝ってくれないか?」

 

 気まずい雰囲気が流れる前にわたしがジョジョを頼る。

 部屋に着くまでの道中を笑顔で接していると、私はジョジョと早々に親しくなれたと思う。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 全く……我が弟ながら邪魔してくれる。犬を蹴ろうとした時も、ジョジョの腕を捻り上げた時もな。

 

 レオンは昔から甘過ぎるんだ。貧民街の頃だって、お前の身に危険が迫っていたというのに、相手に情をかけてトドメをいつも怠るんだ。

 

 かと言って不都合な点ばかりではない。レオンは俺が怪我して帰るとどこで覚えたのか応急処置をしてくれる。あのクズのような父が病気になった時も、健全に介護していた。まるでクズの血を受け付けず、母さんの遺伝子だけを継いだような弟だった。

 

 だが俺はジョースター家を乗っ取って財産を奪いNo. 1になる。

 

 それを知ったらお前は邪魔するだろうが、その時はお前でも容赦しないぞ………だができることなら、お前は俺の家族のままでいて欲しい…たった一人の家族なのだから。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 快適な一人部屋を与えられた翌日…私はベッドの上で布団に包まったまま目を覚ます。

 朝は苦手でこのまま三十分は包まっていたいがそうもいかない。着替えを済ませて廊下へ出ると、丁度ジョジョが通りかかる。

 

「おはようレオン。昨日は眠れたかい?」

 

「環境の変わり具合に少し違和感があるがね」

(また暖かい布団で眠れて良かった)

 

 私は前世の生活を軽く思い出す。当時は貧しくも裕福でもない極普通の生活……故に私は貧民街もココも未知の世界だ。

 

「そういえば君達は、双子なのにあまり似ていないね」

 

 それもそうだ。私の今の姿は、髪の色以外は前世と瓜二つなのだ。だが奇跡的に、目付きだけは元々ディオに似ていてロンドン育ちと言って通る顔立ちだった。

 

「双子だからといって似てると思ったら大間違いだぞ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「また間違えたぞジョジョ!同じ基本的な間違いを6回もしたのだぞ。ディオとレオンを見ろッ‼︎20問中20問正解だッ‼︎」

 

 ジョースター卿が手に持つ棒でジョジョの手を叩く。

 苦悶の表情を浮かべているが、ディオはそんな様子など気にもとめず教本の先のページを予習している。

 私も前世での成績は上の中でこの位は他愛もない。故に少し助け舟を出してみよう。

 

「少し見せてください………ジョジョ、ここの問題はだな…」

 

「レオン。あまりジョジョを甘やかすな。彼の為にもならないぞ」

 

「知ってるかディオ。人は教える事で自分もより深く理解する生き物なんだ。それに答えを教えるわけじゃないさ」

 

 そう言って問題の解き方をわかりやすくレクチャーする。すると最初は眉間にシワを寄せていたジョジョだが、次第に表情が明るくなる。理解できたようだ。

 

「そういうことか! ありがとうレオン」

 

「気にしないでくれ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 その後の食事のマナーでもジョジョは失態を繰り返し、食事抜きの罰を受けることとなった。

 なぜ教えられた通りに出来ないのだろう? 流石に不思議に感じるものだ。少し落ち着きを持って音を立てなければ基本大丈夫だというのに……

 

 食事を終えると私はディオに連れられて彼の自室へと入る。心なしか苛立っているようだ。

 

「なんだ?」

 

「レオンはレオンで行動してくれて構わないがジョジョにはあまり関わるな」

 

 やはり何もかも奪うつもりなのだろう。

 

「ディオは少し、ジョジョと仲良く出来ないのか?」

 

「ふざけた事を言うなよな。俺は養われる為に来たんじゃない…乗っ取る為にジョースター家に来たんだ。あいつから何もかも俺が奪い取り、孤独に追い詰めてふぬけにしてやるさ」

 

「私に明かしていいのか? そんな大事な事を…」

 

「構わないさ。僕は一番が好きだ。No. 1だ! 邪魔する者は弟でも容赦しない」

 

「そうか…それじゃ私は、ディオが改心できるように徹するよ」

 

  その言葉を最後に、私は静かな足音でディオの部屋を出た。そして扉を閉めて耳を扉に当てる。

  元々小さな足音だ。ディオは立ち止まってることに気づかないだろう。

 

「……やはり…か」

 

 扉の向こうでディオが呟いた。どうやら家族の情は、まだあるらしい。

 




・レオン・ジョースター(ブランドー) 男
前世は男子高校生だったが事故に…転生して今に至る。
趣味は人間観察…前世の記憶は飛んでいる。
第一人称は男だが「私」。これには何か理由があったはず……
現時点では特徴の無い少年


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2.陰から陽を守る

 あれから何日か過ぎ、ココの環境にまだ違和感を感じるある日……私は村の近くの草の原に来ていた。ココではボクシングの試合が行われていて、ジョジョもココでスポーツとして楽しんでいたのだ。

 

 かく言う私も興味が有り足を運んでいる。前世では合気道を習っていたので、相手の動きを見極める観察眼は優れている。応用すればそれなりに活躍もできるだろう。

 

 暫くして一試合が終わり次の試合が始まる。

 

「さぁ続いてのチャレンジャーはこちら‼︎」

 

「む…ジョジョか」

 

 野次馬達の中からリングにいるジョジョを見つける。司会役がジョジョの紹介をしてから相手の紹介をしようとする。すると対戦相手が司会に耳打ちをしている。

 

「皆さんお静かに‼︎ 只今チャンピオンの友人が代わりに出たいのと申し出がありました」

 

 司会がそう言って、チャンピオンのいる場所とは別の場所を指差す。そこにいたのはディオだった。

 

「あぁ…今日はこの日か」

 

 ディオは既に人気があり、観客達はジョジョとディオの対戦を待ち望んでいる。やがて試合が始まり、私はそれを黙って見守る。

 

「………原作通りか」

 

 数秒もしないうちにジョジョはディオの拳を顔面に食らう。しかも親指を目に差し込んで殴り抜くという非道な技まで使っている。

 倒れたジョジョを尻目に、観客はディオの元に集まって行く。

 

「ジョジョ、大丈夫か?」

 

「うぐっ、レ、レオンか?」

 

 唯一私がジョジョに話しかけると、ジョジョは悔しそうに歯を食いしばっている。

 ジョジョに肩を貸そうとすると、周りの野次馬が私を悪者扱いしてくる。勝者は英雄扱いされるが、敗者の扱いはこんなものだ。

 そこで私は一つ…ある行動に出てみる。

 

「流石は我が兄。あっという間に人気者だ」

 

「……そうか?」

(こいつ…一体何を考えていやがる⁉︎)

 

 勝者を兄呼ばわりすると、周りが多少騒めく。なんせ私は名前しか名乗っていないので、ブランドーだと知る者は少ないのだ。

 

「そうだ。たまには身体を動かさないといけない……ディオ、相手をしてくれないか?」

 

「なんだと?」

 

 ディオの額に汗が流れる。兄弟喧嘩をしたことはないが、私の実力は彼が一番知っている。

 貧民街では嫌という程のトラブルに巻き込まれ、巻き込まれるたびに合気で投げ倒していたからだ。

 YESかNOかをディオが言う前に、周りの観客は私達二人の戦いを望んでいる。これではディオは逃げれないだろう。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私はグローブを着けてリングに上がる。するとそこにはディオが警戒した表情で立っていた。

 

「悪いがこれはガキのスポーツじゃない。同じ金額をチャレンジャーは賭けてもらうが構わないか?」

 

 ディオの賭け金は今月分の小遣い二人分(先程のジョジョとの試合で勝ち取った金額)だ。

 

「わかった」

 

 私が硬貨を払うとディオは少し驚いた表情を浮かべる。私はあまり金を使わないんだ。貯金してれば二ヶ月分なんて二ヶ月で溜まる。

 そしてようやく試合が始まった。

 

「後悔するなよレオン。お前をココで、このディオに…兄には敵わないということを覚えこませてやる‼︎」

 

「数秒早く生まれただけだろう。早くかかってきたらどうだ?」

 

 そこで私は腕を後ろで組む。これは別に防御手段でも攻撃手段でも無い。こちらから攻撃しないというただの挑発だ。

 

「貴様ッ!」

 

 案の定ディオは挑発に乗って殴りかかってくる。しかしどれもこれも私には当たらない。先ほども言ったように観察眼に優れているのだ。

 そしてディオが大振りのパンチを放った時、私は姿勢を落としてディオの脇腹に自分の肩を入れる。すると自然とディオは私の横をすり抜け、私は彼の背後を取る。

 

「おのれっ……なっ⁉︎」

 

 パンチとは言えぬほどの威力。私は拳を前に突き出して停止していただけで、振り向いたディオ自らぶつかってきたのだから当たり前だ。

 

「ルール上は私の勝ちだ。力無き者に負けた気分はどうだ?」

 

 私の知る限り、合気道はこの時代だと日本の一部でしか知られていない。力無く制するその姿は実に魅力的だろう。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私がボクシングでディオを負かしてから長い月日が経った。

 二人はかなり筋肉がついており、それでいて長身でスマートな体格をしている。

 ジョジョもディオも、どこをどう鍛えたらあんなに丸太みたいな足や筋肉を手に入れたのだろうか…同じ環境下にいた私は未だに細身長身だぞ? 筋肉? 腹筋が多少割れ、二の腕の肉が引き締まってるだけだ…筋肉質とは言えない……自分で言うのもアレだがモデル体型だ。そういう本があれば、白髪で特徴的で案外ワンチャンあるかもしれない……話が逸れたな。

 

 私はその月日の間にエリナと言うジョジョの友人を紹介され三人で遊ぶ事もあった。しかし原作と違い、ディオがファーストキスを奪う下りはなかった。そして愛犬のダニーが焼かれることも無かった。

 これを機に改心したなら良いのだが………当時私はそう思った。

 更に長い年月がたった。私を含めた3人はヒュー・ハドソン大学へと進学し、ジョジョは考古学の分野で…ディオは法律…私は医学部において優秀な成績を残した。医学を選択した理由は、前世で目指した職業が医者で、周りよりリードできていたからだ。おそらく他を選択すれば、私はきっとついていけない。

 

 そして卒業式を終えたある日……私はジョースター卿の寝室にいた。理由はジョースター卿の病を診断する為だ。

 医学でトップを取れた私はもちろん原因がわかってはいた。

 

「どうだったレオン」

 

 診察を終えると、部屋の前にディオが立っていた。

 

「西洋で稀に発生するタチの悪い風邪だ。大丈夫。今が山場なだけでまだ熱は上がるが、その後は次第に良くなる」

 

「そうか………」

 

(本当に西洋の風邪だ…むしろ東洋では見られない………ディオは毒を盛らなかったのか?)

 

「…ん、どうかしたのか?」

 

「いや、何でもない」

 

 私はそう言ってその場を離れた。

 

 やる事を終えた私はひとまず自室に戻ろうとする。そこでふと、私は廊下の途中に飾られた石仮面の前で足を止める。

 

「最悪これを破壊するつもりだったが……大丈夫みたいだな」

 

「おや、レオン。何を見てるんだい?」

 

 立ち止まっているとジョジョがやって来る。

 

「この仮面…実に奇妙だと思ってな」

 

「君も気になるのかい⁉︎ ならお互い興味を持つ者同士として、この石仮面を研究しよう‼︎」

 

「……ん? 研究してるのか?」

 

 何だと? 研究して秘密を知ったとしたら、吸血鬼が世に蔓延る可能性があるじゃないか。

 

「そうだよ。言ってなかったかな? 見ててくれ……ッ!」

 

 そう言ってジョジョは指を噛み切り、自分の血を仮面につける。すると仮面の裏側から数本の骨針が伸びる。

 マズイ……いつの間に秘密を知っていたんだ?

 

「昔偶然発見したんだ‼︎」

 

 しまった。ジョジョは好奇心旺盛な男。一度熱中すればどんどん追求してしまう性格。

 私はジョジョに手を掴まれ、そのままジョジョの部屋まで連れて来られてしまった。そしてジョジョは自分のタンスの中から紙束を取り出すと、それを私に見せて来た。

 

「既にここまで………」

 

 こればかりは予想外だ。ディオを警戒するあまりジョジョの行動を把握していなかった。

 私の勘だが、原作と同じイベントが発生するフラグは「ディオが追い詰められる」「ディオが仮面の秘密を知る」の二つだ。この二つを満たせばディオは吸血鬼になり敵となるだろう。それを防ぐためにも、石仮面は触れずにいたかったのだが……まぁディオが毒を盛ってる訳ではないし、ディオが追い詰められる危険性は無いだろう。

 

「石仮面の秘密をより詳しく知る為には、より多くの情報が必要だ。そこで僕はロンドンに行こうと思う」

 

「………嘘だろうジョジョ…」

 

 いや落ち着け、ジョジョがロンドンに…仮に食屍鬼街に行ったとしても、シナリオが進む事はあるのか? 東洋の解毒剤を探しに行くわけではないし、私が残りディオを見張ればいいだけじゃないか! そうだ…何の危険もない…大丈夫なはずだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ここが食屍鬼街だ。ところでジョジョ…何故私はここにいるんだ?」

 

 数日後、私はジョジョと食屍鬼街に来ていた。理由は半ば強引に協力させられたのだ。

 

「現地を知る君がいてくれれば心強いよ」

 

「確かに私もココで小遣いを稼いだことはあるが……」

 

「えっ? 今なんて言ったんだい?」

 

「確かにココは道が複雑で迷いやすいが……と言ったんだ。行こうジョジョ。あまり長居したくはない」

 

 知られて得はない昔話だ。早々に用事を済ませ、私はジョースター家に戻りたいのだ。

 理由はもちろんディオの事だ。私以外に彼を危険視する者はいない。そんなディオが今、私の代わりにジョースター卿の看病をしているのだ。もし衰弱してる今毒を盛られたら、すぐにポックリ逝ってしまうだろう。

 

「ところでレオン。本当に石仮面は持ってこなくて良かったのかい?」

 

「持って来たところで盗難に遭うのがオチだ。石仮面の写真はあるし、人に聞くときはコレで十分だ」

 

 もし取られて吸血鬼大量発生ともなれば、世界の基盤が大きく崩壊する。それは避けなければいけない。

 するとその時、先の方で人影が見えた。そしてその人影は、私達に走って近づいている。

 

「おい刺青! おめぇっちのナイフに任せるぜ!」

「ああ……!」

「あの身なりの良いあんちゃんの身ぐるみをはいじまいなッ‼︎」

 

 それは街の連中だった。

 だが、あの三人の中の内一人だけ、俺は確かに知っている。あの帽子と顔面の傷。あの男はスピードワゴンだ。

 もちろん原作でも知っているが、俺はすでにこの人とコンタクトを取ったことがある。

 

「待ってくれ! 僕らは戦うつもりは…」

 

 ジョジョの制止を無視して男達は襲い掛かってくる。この様子では彼も私の事を忘れているのだろう。八年経つのだ、無理もない。

 

「あちょー! 中国拳法であの世に逝きなぁ‼︎」

 

「見え透いた動きだ。それでは私の合気は乱れない」

 

 相手の足の側面から掴んで一歩下がる。後はなけなしの腕力で引っ張れば遠心力で投げれるのだ。

 上手い具合にもう一人に投げつけると、刺青の男の鳩尾に見事頭がぶつかる。

 

「ちった〜やるようだな坊ちゃん! このスピードワゴンが相手になってやるぜ‼︎」

 

 スピードワゴンは帽子の唾を叩き、刃を出現させた。

 やはりあの帽子で戦うのか……八年前に対処法を見つけたというのに…

 

「スキだらけだぜーーー‼︎」

 

 私の首を狙って刃が迫る。だが所詮は帽子…被るための穴にタイミング良く腕を入れれば簡単に受け止められるのだ。

 その対処通りに動こうとしたその時、私の前にジョジョが現れた。

 

「ジョジョ⁉︎」

 

「うおおおおぉぉ……‼︎」

 

「何だこいつ〜、友達を庇って自分から攻撃を受けやがった⁉︎」

 

 私を庇ったジョジョの腕に、帽子の刃がギャリギャリと音を響かせる。そうすれば当然ジョジョの腕からは大量の血が吹き出した。

 

「親友を守る為ならば、この両腕を失っても構わない!!」

 

「バカか君は? 帽子の穴にタイミング良く腕を入れれば、簡単に止められるのだぞ⁉︎」

 

 帽子をジョジョの腕から外すと、私はバッグから救急箱一式を取り出す。

 

「治療は後だ‼︎」

 

「もうよせジョジョ。スピード。君も手を引いてくれ」

 

「アンッ?なんで俺の名前を知ってんだ?」

 

「何?レオン、知り合いなのかい?」

 

「なっ…お前レオン・ブランドーか⁉︎ デカくなったじゃねえか‼︎」

 

 ジョジョが私の名を呼ぶと、スピードワゴンは笑顔を浮かべて近づいて来る。何を隠そう、彼は昔私が命を救った男だ。

 

「話は長くなるが要約するとだな! レオンは俺が大怪我した時に自分の衣服を包帯代わりに止血してくれたんだよ‼︎ あの時お前がいなけりゃ、俺は出血多量で間違いなく死んでたぜ‼︎」

 

「そ、そんな事が…」

 

「それはともあれスピード…私の親友に何してくれているんだ?」

 

 笑みを浮かべて静かに怒ってみると、彼はわかりやすくオドオドしている。命の恩人の親友の腕を切断しかけた……恩を仇で返してしまったのだ。

 

「ほ、本当にすまねぇ‼︎ このスピードワゴン‼︎ 今回の失態は命に代えても償わせてもらう‼︎」

 

 計算通りだ……死神のノートを手にした殺人鬼ばりの笑みを、私は心の内で浮かべる。

 

「では早速協力してください。この写真の仮面について調べてるんです」

 

「仮面?……はて、生憎この仮面を見たことはない。が‼︎ 俺はお節介焼きスピードワゴン‼︎ 全力で調査に協力するぜ‼︎」

 

「え、悪いよ。君は無関係だというのに」

 

「ジョジョ、ここは甘えよう。彼はこの街の親玉だ…ココの情報網を最も握っているのは彼だ」

 

 私がそう言うと、遠慮しつつもジョジョは改めて頭を下げた。

 

「それよりジョジョ……お前はまず止血をしろ」

 

「………あっ…」

 

 その腕の怪我を忘れていたのか? 鈍感すぎるぞジョジョ。

 

「違うよレオン。あれ!」

 

 ジョジョに言われて振り向くと、そこには小柄な老人が私の救急一式を詰めたバッグを持っていた。

 

「ヒッヒッヒ。石仮面は貰ったね!」

 

 あの男は…原作でディオに毒を売った東洋人じゃないか……待て、今石仮面と言ったのか?

 

「あの東洋人、僕に石仮面の情報源を教えてくれた男だ‼︎」

 

 ……なるほど…話が見えた。

 

「そういう事か……」

 

「な、何がだい?」

 

「あの男は石仮面を狙っていたんだ。ジョジョにガセネタを掴ませ、調査の為にココは来た時に仮面を持ってくると思ったんだろう」

 

「なるほどな。それであのバッグに仮面があると勝手に思い込んだのか…」

 

「救急一式は結構金がかかる。どのみち奪い返しに行こうか」

 

 スピードに案内を任せ、我々は東洋人の住処に向かった。

 




現在でのレオン情報
・合気道
・弱くは無い…筋肉は無い


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3.悪は闇に染まる運命

「何か言うことは?」

 

 凄みを聞かせて笑顔で質問すると、東洋人はガタガタと震えながら謝罪する。

 

「レオン……どうしたんだ…急に」

 

 怒りを覚える機会がなかっただけで、私が怒った時は大体相手は後悔する。ついでに言うと、私は自分と知り合いに対して悪事を働く奴が嫌いだ。

 私はこれが原因で、前世では「自己中な正義」と呼ばれた事もある。

 

「さて…どう落とし前をつけてもらおうか?」

 

「ひっ⁉︎」

 

 だが私は、意味なく恐怖を覚えさせてるの訳ではない。

 

「許してほしいか?」

 

「み、ミーなんでもするネ。だから許してヨ…まさかアンタがレオンだとは思わなかったのヨ」

 

 実を言うとこの男ともコンタクトは既にとっていた。昔この男に盗難にあったことがあったのだ。要するに今回で二度目なのだ。

 そして私は今の言葉を待っていた。ここで私は、この東洋人に交渉する。

 

「確か君は東洋の薬を扱っていたよね? 一番良い栄養剤を幾つか分けて欲しい。まさか騙すなんてことはないだろうけど…念の為付いてきてもらおうか」

 

「やッ⁉︎ アレは希少で……」

 

「だからこそ欲しいんだ。三割引きで買い取っても構わない」

 

「それなら……まぁ…」

 

「ついでと言ってはなんだが、東洋の薬物を色々持ってきてくれ。医学部卒業した者として興味がある」

 

 一度断らせてからハードルを下げた交渉をする。この状況では罪悪感と恐怖から二度目の交渉は高確率で成功するのだ。

 本当の目的は解毒剤を持ってジョースター家に来てもらうことだがな…これはディオが毒を盛った時の保険だ。ダリオ・ブランドーに盛った毒と同じものなら、彼と解毒剤があればどうにかなる。

 ダリオに毒を盛った時は目を瞑ったが、あの人に毒は盛らせない……ん?ダリオの時に目を瞑った理由?

 私だって虐待を受けていたし、少なかれ母を殺され恨んでいる……だから「自己中な正義」なんだよ。悪党まで助けるつもりはない。もし生き延びたらジョジョに会えないかもしれんし……

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 結局石仮面の情報は掴めず、ジョジョは頭を垂らす。馬車で帰る最中もそれがショックだったのか、時折溜息をついて東洋人の男、ワンチェンを睨んでいた。

 

「……ところでスピード、何で君は私達に付いて来ているんだ?」

 

「へっへっへ! 俺ぁお節介焼きのスピードワゴンなんでな! な〜んかあんた等二人に東洋人を任せると不幸な事が起こりそうな気がしたんでよ、勝手だが付いて来てやってるんだよ」

 

 そう言ってスピードワゴンはびしっと決め顔を見せて来た。ジョジョの事も気に入り有り難い事だが……一つ気になるな……昔からスピードワゴンの勘は当たる。私の嫌な原作混じりの推測が当たってしまいそうだ。

 

「なぁジョジョ、良いのか? 彼を屋敷に連れ込んでも」

 

「構わないよ。スピードワゴンは良い人みたいだし」

 

 そこまで言うと馬車の揺れが止まる。どうやらジョースター邸に付いたようだ。

 降りる為に扉を開けようとしたその時、私が扉に手をかける前に外部から慌ただしく開けられる。

 

「レオン様‼︎ ようやくお戻りになりましたか‼︎」

 

 それはココで働く若いメイド…リリーだった。私の帰りを待っていたようだが、一体どうしたというのだ?

 

「おや? こちらのお二人は?」

 

「それは後だ。何か私に用があるのだろう?」

 

 馬車の中に顔を突っ込み、スピードとワンチェンに目を向ける。そんな彼女の肩を掴んで外に押し戻す。そして私はその足でそのまま外へ出る。

 

「それで、どうしたんだ?」

 

「それが……ジョースター卿が…」

 

「何ッ⁉︎ 父さんがどうしたんだ⁉︎」

 

 ジョースター卿という単語に反応して、ジョジョは客人二人を押し退けて出てくる。

 まさか……だが問題無い。既に私は対策を打っている。

 

「診察だな? わかった。リリー、悪いが客人二人を私の部屋に案内してくれ……あと、もう一つ頼んでいいか?」

 

 早足で玄関に向かいながら命じていたが、私は足を止めてリリーを引き寄せ耳打ちをする。

 すると、リリーはメイド服のドレスの裾を上げUターン。馬車に戻って客人を出迎えた。

 

「ジョースター卿‼︎ 大丈夫ですか⁉︎」

 

 極力静かにしたつもりだが、少々荒々しく扉を開けてしまう。それに反省しながらも、ジョースター卿が横たわるベッドに駆け寄る。

 

「……レオンか……安心してくれ…私は大丈夫だ……」

 

「それは私が判断します。診察道具は何処だ?」

 

「こちらに…」

 

 既にベッドの隣には、私が使う道具が用意されていた。つくづくここの召使いは優秀で助かる。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 フッフッフッ……どうやらジョジョ達が帰ってきた様だ。しかしもう遅い…怨むなら、父親が病気の時に外出した自分達を怨むんだな!

 

「さて…俺も下へ降りるとしよう」

 

 善人を演じる為に俺はジョースター卿の寝室に足を運ぶ。そこにはジョジョと、既に診察を終えたジョースター卿……そして我が弟、レオンがいた。

 

「レオン……父さんの具合はどうだ?」

 

「……おかしい…前診察した時と完全に症状が違う…」

 

 それもそのはずだ弟よ…ジョースター卿には東洋にしかない毒を盛った。本来は何度かに分けて定期的に摂取させなければ効果は無いが、今のジョースター卿は病で元々衰弱していた為一度だけで十分よ!

 

「父さん…どうして……」

 

「レオン! 前の診察は本当に正しかったんだろうな⁉︎」

 

 俺の邪魔をする者は弟でも容赦しない………今まではただ泳がせていただけだ! 俺の家族に対する最後の許しだ。満足に楽しめただろう? レオンよ……

 

「もし……お前の診察が正しければ…」

 

 お前の心を叩き折る為に罪悪感を煽る。お前が未熟だった事にし、お前が悪役になるのだ!

 

「よしなさいディオ……レオン、お前は悪くない…」

 

「いえ……私のせいです…」

 

 そうだレオン、お前のせいだ。さあ、このディオに絶望に染まった顔を見せてみろ。そうすれば後はジョジョを始末するだけだ。

 

「私が未熟なばかりに……私自らの手で助けることができない‼︎」

 

(……なんだレオンよ…なんだその表情は…⁉︎)

 

 確かに悔やんでいるが絶望とは程遠い。まるでジョースター卿の死を恐れてないかのよう……いや恐れていないのではない‼︎ あの顔は自信に満ちた顔だ‼︎

 

「君を連れてきてよかったよワンチェン。この東洋の病は君の持ってる解毒剤でしか治せないからね」

 

 ……絶望の顔を晒したのはレオンではない…このディオだった。

 寝室の出入り口に目をやると、そこには俺に毒を売った東洋人がいた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ミーが売った毒と同じ症状ね。むしろ自然と発病する可能性はほぼ皆無ネ」

 

 嘘をついたところで何の得もない事を察していたのか、ワンチェンは素直に白状する。それに対してディオの表情からは焦りが見える。十中八九毒を盛ったのだろう。

 

「という事は……父さんは誰かに毒を盛られたと言うのか⁉︎」

 

「そういう事だよジョジョ……ワンチェン。教えてくれ…毒を誰に売った?」

 

「待て‼︎ そいつが毒を盛った可能性もある‼︎ レオン! そう簡単にいう事を信じるな‼︎」

 

 ワンチェンがディオを指差そうとするが、ディオの張り詰めた声でその動きを止めさせる。

 

「ディオ…正直言うと私は、既に犯人に見当がついているんだ」

 

「なんだと?」

(レオンは俺の策を見据えていたのか⁉︎)

 

「よさないかレオン! 身内で犯人探しなぞしたくはない‼︎」

 

「貴方も気付いているでしょう…ジョースター卿……貴方に薬を運んだのは誰ですか?」

 

「よしなさいと言っている‼︎…はぁ、少し席を外してくれないか? ディオ。お前は残りなさい」

 

 ……少し意外な展開だ。原作はバトル漫画なのだが、まるで王道推理漫画のようでシリアスな流れだ。まさかこのままディオを改心させるつもりか?

 ひとまず私達はディオとジョースター卿を残して寝室を出た。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私は素直に寝室を去ると、その足で自室に向かう。その際にリリーと合流し、彼女を連れて部屋に入る。

 

「こちら……です…」

 

「間違いないな?」

 

「はい……屑籠は今朝早くに中身を捨てておきました。そして間も無くジョースター卿が薬を服用したので、屑籠に残った使用済みの包み紙は今朝のものです」

 

 私が言ったことを全て指示通りに行ってくれたようだ。本当に優秀で助かる。

 

「ありがとう、リリー。後はこの包み紙に着いた粉をワンチェンに調べさせれば……今はいいか」

 

 ジョースター卿が今ディオと話している。改心させる為かどうかはわからないが、あの人が止めろと言って話を止めた以上これ以上の詮索は一旦中止しよう。

 

「レオン様…」

 

「…ん?」

 

 ひとまず時間が過ぎるのを待とうと思い、私はベッドに腰をかける。するとそのタイミングでリリーが私の名を呼ぶ。

 

「レオン様はご兄弟であるディオ様が、ジョースター卿を毒殺すると睨んでいたのですか?」

 

「あぁ。そして私は兄の過ちを弟として正そうとしていたんだ。しかし実現できずに今に至る」

 

「ディオ様の……えっと………その」

 

 随分と言いにくそうだな……私はそんな彼女の口を、人差し指で塞ぐ。

 

「罪を何故隠そうとしないのか…兄弟なのだから味方をしてやろうとは思わなかったのか? そう聞きたいのか?」

 

 歯切れの悪いリリーの口を押さえ、私は代わりに聞きたい事を口に出してやる。

 するとリリーは驚いた様子で目を丸くする。当たりのようだ……

 

「私はディオに正しい道を歩ませれなかった。だから諦めて知らん振り……そういう訳にもいかないだろう? 私なりのケジメだ…兄弟だからと言って目を瞑る事は出来ない……それにジョースター卿の命だってかかっている」

 

 そう言うと渋々納得した表情をする。

 

「納得出来ないのか?」

 

「……レオン様は心を読むのがお得意ですね」

 

 苦笑いを浮かべる彼女とそんな話をしていると、急に下の階が騒がしくなる。一体何があったのだろう……何故だか嫌な予感がする。

 

 …………そしてその予感は的中した。

 

「父さぁぁぁあん‼︎」

 

 手摺りから身を乗り出してエントランスを覗くと、そこにはジョジョに抱かれるジョースター卿の姿がある。それを見た私は急ぐあまり、手摺りから飛び降りる。

 

「レオン‼︎ 早く処置を‼︎」

 

 そう言われて止血を始めるが、どう見ても手遅れだ。傷は心臓に達していてどうすることもできない。

 

「息子達の……腕の中で死ぬのも……悪くないぞ……」

 

「父さん。そんなこと言わないでくたさい‼︎」

 

「すまないなジョジョ……そしてレオン…お前にも謝らなければならない。私はお前の兄を助けられなかった…」

 

 貴方という人は……やはりディオの為の行動を取っていたのだな。

 私達の腕の中で生命の灯火が消えていく。それが消え切る前に私は感謝を述べた。

 

「今までありがとう…父さん」

 

 初めてジョースター卿の事を父さんと呼んだ。するとジョースター卿は満足そうに息を引き取った。

 私の隣ではジョジョが嘆いているが、私はまだ嘆いてる場合じゃない。

 

「スピード……ディオは何処だ?」

 

「ディオは…………俺が殺した」

 

「それは知ってる。君ならきっと、暴挙に出たディオからジョジョを守る為に発砲してくれる…君はそんな人だ」

 

 ディオは何かしらの武器…恐らくナイフでジョジョを刺そうとした、そしてソレを父さんが庇ったのだろう。

 冷たい表情で立ち上がると、皆は驚いた様子で私を見る。

 

「生憎私はまだ、安心して泣くことができないんだ。スピード、ディオは何処だ?」

 

 同じ質問をすると、彼は遺体の場所を聞いているのだと理解して、窓の外を指さしてくれる。

 

「そうか………ディオ。聞こえるか? いい加減出てきたらどうだ?」

 

 窓の外に向かって呼びかける。私は知っている、仮面の力を…私は知っている、ディオが仮面の力に気付いたことを……石仮面の力を知らなければ、彼はこんな無謀なことはしない。

 

「貴様……どこまでこのディオの策を見透かしているのだ?」

 

 窓からディオが姿を現す。すると周囲の者達は騒めく。

 

「こ、こいつは確かに俺が眉間を…」

 

「借りるぞ……ディオ、今回の出来事で君はもうこちらには恐らく戻れない。そもそも戻るつもりはないだろう?」

 

 スピードの懐から拳銃を引き抜く。そして私は淡々と話し掛ける。

 

「当たり前だ。こんな素晴らしい力を手に入れたというのに、何故貧弱な人間として生きる必要がある⁉︎」

 

「ディオ……私はお前を殺す。これが私のけじめだ」

 

 そう……これが父さんに甘え死に追いやってしまった私のけじめ…

 

「知っているよ…お前はそういう男だ。だが俺も!ここでくたばるわけにはいかん‼︎」

 

 悠長に会話ができたおかげで、私とディオ以外は皆外へ出た。原作と違い、ジョジョと父さんの亡骸も持ち出されている。

 

「レオンよ…私は今日気付いたよ…俺がお前に抱いていた感情に……俺は貴様に嫉妬していたのだ! 醜いことにな‼︎ 貴様は俺より優れていた! そんな貴様を守る立場として振る舞い、あたかもこのディオの存在意義を再確認していたのだ」

 

 何を言うかと思えばそんな事か…私がディオより優れている? そんな訳ないだろう。ただ十七年間だけ恵まれた環境で生きてるだけ…前世の記憶があるだけだ。

 

「死んでくれ…ディオ」

 

「我が命の糧となれ‼︎ レオン‼︎」

 



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4.闇を持って闇を制す

 時刻はわからない。しかし日は既に沈んでしまっている。備え付けのランプが淡い光を放っている。

 そんなジョースター邸にいるのは私と吸血鬼となったディオのみ……私の武器は五発分の弾丸の入った拳銃…それと前世から磨いていた合気道だ。

 

「WRY………」

 

 ディオが低く唸る。彼の武器はその肉体のみ……だが私が圧倒的不利だ。相手は人類を超越した吸血鬼……

 

「だが私は臆さない…今まで通り、力無くして倒す」

 

「やってみろ!このディオに対して‼︎」

 

 窓に腰を掛けていたディオは悠然と立ち上がる。そして私にゆっくりと近づいて来る。

 

(何処からどの角度で攻撃してくる?)

 

 それを見極める為に、私は脱力して全神経を目に集中させる。人類には稀に、能力を削ぐことで他の能力が向上する者がいる……目を閉じれば聴覚が一時的に良くなる者のようにな。

 そして私もその部類だ。脱力して無心になる事で反射神経を高められるのだ。

 

「その目だ……」

 

 僅かな攻撃予備動作も逃さないように集中していると、ディオが足を止めて口を開いてくる。

 

「お前のその目が私は憎いのだ。貴様の気高く冷静なその目がな‼︎」

 

 立ち止まったかと思えば、ディオは床を蹴り上げて瓦礫を飛ばしてくる。少し驚いたが園児が投げたボールのように遅く見える。

 ランダムで飛んで来る瓦礫の中で自分に被弾する物だけを見極める。そして被弾する物の側面を撫でて軌道をずらす。

 この技は銃弾すらも軌道をずらせる技だ……理論上の話で試した事はないが、私もそれは可能だと思う。

 

「かかったなアホが‼︎」

 

 気がつくとディオが頭上にいた。瓦礫は目眩しだったらしい。

 前世の母に感謝しよう。合気と超感覚の才能ある私を産んでくれて。

 

「無駄だディオ」

 

 彼の振り下ろした拳を受け止める。それと同時に、同じ速さで後退すれば勢いこそ消せないがダメージは消せる。

 私は彼の腕を鉄棒のように扱って吹き飛ぶように逃げる。

 

「ほう……レオン、お前は何度も私を驚かせてくれるな。ところでその拳銃は使わないのか? お前の武器はソレと体術のみだろう?」

 

「そうだ…武器はこれだけだ……武器はな……」

 

 その時、ディオの頭上から瓶が落下してくる。吸血鬼ならばその聴覚で気付けるだろうが、生憎今は瓦礫の崩壊音がそれを邪魔している。

 

「私は成功確率の低い策を武器とは呼ばないんだ」

 

 そしてその瓶はディオの頭部に打ち付けられ、瞬時にヒビが入り中身が漏れる。

 

「今回は……成功したがな」

 

「URYYYAAAAA⁉︎」

 

 瓶の中身は濃硫酸という酸性の溶解液だ。この日の為に作っておいたのさ。

 

「吸血鬼の再生速度は異常だが、皮膚に染み込み深く溶かすソレに耐えれるかな?」

 

 ここぞとばかりに発砲。扱うのは初めてだが、向けた方向に弾が飛ぶという事実だけ知ってれば、このくらいの距離で頭に当てるのも難しくは無い。

 ………外すのが怖くて、五発全て撃ったがな…しかも結局被弾数は二発。

 

「おのれレオンッ‼︎」

 

 痛みに耐えながらもディオが突進して来る。その間に私は、壁に掛かっていた模造刀を取る。切れ味は悪いが、鉄の棒としての働きくらいはしてくれるだろう。

 さっきと同じ方法で受け流すのは危険が高い。ディオが殴る速度を変化させれば一巻の終わりなのだ。

 

「ディオォォォオオ‼︎」

 

 ……戻ってきてしまったか、ジョジョ。仕方ないか……君はそんな男だ。

 声だけ聞いてジョジョが来たことを察する。目を離そうものなら、その瞬間私は死ぬからな。

 

「フンッ、ジョジョか……尻尾を巻いて逃げればよかったものを‼︎」

 

 ディオは攻撃を止めてジョジョにターゲットを移す。彼に被害が出るのはごめんだが、私はこれを利用しよう。

 注意がジョジョに逸れると、私は模造刀をディオの心臓に突き刺す。本当は脳を狙いたかったが、血の流れに支障が出ればパワーダウンするだろう。

 

「…やはり甘いなレオン……貴様ならそうすると思ったぞ‼︎」

 

「なんだと?」

 

 肉に突き刺す感触とともに、模造刀は確かにディオを貫いた。だがまるでノーダメージなのは予想外だ……ん?模造刀を伝って感じるこれは心臓の鼓動か? いや違う。

 

「貧弱貧弱ゥ‼︎」

 

 筋肉をポンプのように動かして血液を循環させているのか………しまった、こんな事を考えてる場合じゃなかったな。

 手遅れな事に、丸太のような太長い足が眼前に迫った。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ジョースターさん‼︎ ダメだっ‼︎」

 

「止めないでくれスピードワゴン‼︎僕はこれ以上家族を失うわけにはいかないんだ‼︎」

 

 スピードワゴンが止めようとするが、それを振り切ってジョジョが館に飛び込む。

 

「レオン様…ジョナサン様…」

 

 リリーは服の下に隠れたペンダントを取り出し、それを両手で握って祈り始めた。しかしその祈りは届かず、レオンが窓を突き破って外へ飛んでくる。

 地面を一度バウンドしてから、何かに引きずられるように地面を転がる。それが止まるとレオンは立ち上がろうとするが、両腕を持ち上げただけで激痛が走る。僅かに持ち上がった頭もやがて下がり、オマケに吐血する。

 

 「「レオン(様)‼︎」」

 

 スピードワゴンとリリーが駆け寄ってくる。

 

「おいしっかりしろ‼︎ レオン‼︎ 聞こえるか⁉︎」

 

「えぇ聞こえます。ですから耳元で騒がないでください」

 

「レオン様、大丈夫ですか⁉︎」

 

「痩せ我慢は得意だが大丈夫に見えるか? 両腕骨折、臓器に折れた肋骨が刺さってるかもしれないな………」

 

 咄嗟に両腕で頭部を守りバックステップを踏んだが、ディオの蹴りを消し切ることは出来なかったようだ。

 

「そんな……レオン様…」

 

「二人共……もう少し近付いてくれ…大声も出せないんだ」

 

 レオンがそう言うと、二人は口元に耳を近付ける。レオンが発する弱々しい声を聴き終えると二人は驚愕する。

 

「な、何を言ってるんですかレオン様‼︎」

 

「そうだぜ‼︎そんな事を俺はさせれねぇ‼︎」

 

「お願いだ二人とも…私はもう動けないんだ」

 

「俺に……そんな酷な事をさせようってのか⁉︎」

 

「この選択に私とジョジョの生死がかかっている。私はこのままでは死ぬ……だがジョースター家を…我が親友ジョジョを、私の血族で消し去りたくないんだ……」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……わかりました。私、探してきます」

 

 良かった…私の願いを聞いてくれるのか。リリーがドレスの裾を掴んで踏まぬように持ち上げる。そして走り出そうとすると、その先に人影が現れる。

 

「ここにあるネ」

 

 いつの間にいたのか、ワンチェンが残念そうな顔を浮かべて石仮面を持っていた。

 

「ワンチェン⁉︎」

 

「本当は持ってトンズラしよう思たけど、ミーはレオンに恩あるネ」

 

 ハハ…嬉しい誤算だ。まさか悪徳商業者のようなお前が私に協力してくれるとは……ワンチェンはそのまま私に石仮面を被せてくれる。

 

「コレでミーを見逃した時の貸借り無しネ。薬も上げないヨ」

 

「ありがとう ワンチェン」

 

「どきな……後は俺に任せろ」

 

 震える手でスピードが私の吐血に触れる。

 そして朦朧とする意識の中、仮面越しに圧がかかる。血の付いた手でスピードが仮面を抑えてるようだ。

 次の瞬間、鋭利な者が頭部に食い込んでくる。余りの痛みに意識が覚醒するが、そこから先は快感に似たものが全身を駆け巡り、不思議と力が漲ってくる。怪我の痛みも多少はマシになったな。

 最高にハイとまではいかないが…ふむ、なるほど……

 

 わからなくもない。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ジョジョの奴、どうやらこのディオを上階に誘い込みたいようだな…

 

「来いディオ‼︎君との決着を、今ここで付ける‼︎」

 

「いいだろう。レオン達を逃がそうとするその見え透いた安い策、俺があえてかかってやろうじゃないか‼︎」

 

 レオンは虫の息…もう死んでいるかもな。スピードワゴンとかいうカスと、逃げずに外に残っているマヌケなメイドを殺すのはジョジョ!…お前を殺してからにしてやろう‼︎

 

 壁に足を突き刺して歩くように上階へ上がる……フッフッフッ、本当に素晴らしい力だ。

 

「くらえ!ディオ‼︎」

 

 大振りな動きでジョジョが何か投げてくる。それで何ができるというのだ。

 

「マヌケがぁ‼︎このディオに対する攻撃は、そんなチャチな物なのか⁉︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「父さん…これからやる事が成せるように、炎に力をください」

 

 僕は祈りを捧げると、すぐにディオと向き直った。

 

「ぬぅ…蝋台だったか……」

 

 僕が投げたのは火の付いた蝋台だ。それをディオは避け、蝋台はエントランスの床で砕け散る。すると火は瞬く間に広がり、炎の海が広がる。

 

「ならば早々にケリをつけようじゃないか!」

 

 ディオが僕に向かって腕を伸ばして来る。きっとあの手で僕の事を殺すつもりなのだろう。

 

「僕もそのつもりだ。ディオ‼︎」

 

 僕はディオに向かって走り出した。ディオの腹部にしがみ付き、下の階に突き落とそうと足に力を入れる。

 

「むっ⁉︎ジョジョ、共死にするつもりかッ⁉︎」

 

「このまま貴様を地面に突き落としてやる! ディオ‼︎」

 

 落下した先は炎で埋め尽くされている。例え落下で倒せなかったとしても炎が彼を焼き殺してくれるだろう。だがその時は僕も同じように死ぬ……だがそれで良い。この化物を倒す為には犠牲を払わなくてはならない…それが僕だけの命であるならば安いものだ。

 

「フンッ!この程度か? ジョジョォ‼︎」

 

 このまま落とせると思ったが彼の方が一枚上手だった。ディオは壁に腕を突き刺し、片手で身体を支えた。そして片手の腕力だけで僕ごと屋根へと飛び上がったのだ。

 

「カハッ……⁉︎」

 

「既に俺は人間を超越している‼︎この程度で倒せると思っていたなら自惚れが過ぎるんじゃないのか?」

 

 吹き飛ばされて屋根へと叩き付けられる。駄目だ……とても勝てない…この化け物を倒す事は出来ないのか?

 

「さらばだ…ジョジョォ‼︎」

 

「そう慌てるな…ディオ」

 

 僕は目を疑った。そこにはディオの腕を背後から掴んで止めるレオンの姿があったのだ。

 

「レオン⁉︎ 何故貴様が此処に……まさか‼︎」

 

「ディオ…君はもう血を吸ったか? まだだよな。それでは満足に力を出せないぞ」

 

 レオンの口から刃が見える。

 

「レ、レオン……」

 

「どうだいこの姿…中々いいものだよ。日向には出る事は出来なくなったが、元々私は暑がりだ…問題ない」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私はディオの背中に手刀を突き刺す。そして気化冷凍法で内側から凍らせてやる。吸血鬼の能力をまだ把握しきっていないディオは、困惑し苦痛を感じながらも攻撃してくる。

 もちろんそんな苦し紛れな攻撃は、合気道の餌食になるだけだが……

 下の階へ投げ落とすと、私は振り向く。そこには哀れんだ表情を浮かべるジョジョがいた。

 私が吸血鬼になった事に対する感情だろう。君はこんな状態でも相変わらずお人好しだ。

 

「ジョジョ、外にスピードとリリーが待っている。先に逃げてくれ」

 

「なっ!レオンを置いてはいけない」

 

「私が信用できないのか? 吸血鬼ともなれば脱出は容易い。それはディオも同様……私は弟としてケジメを付けないといけない」

 

 私が優雅に手摺に肘をつき頬杖をつくと、下へ続く壁の途中で腕を突き刺して静止しているディオを見つめる。

 

「上がってこれるか兄さん。無理ならそのまま落ちて構わないぞ」

 

「どこまで邪魔をすれば気がすむのだ…レオンッ‼︎」

 

 再び上階へ上がって来ようとするが、脊髄を凍らせてある…もう少し火で炙られないと上手く動かせないだろう。

 

「あの様子じゃすぐ登ってくるな。ジョジョ、向こうの窓から飛び降り……はぁ…どこまでお人好しなんだ君…」

 

「ま、待てレオン‼︎止めるんだ‼︎」

 

 私はジョジョを窓まで強引に引き摺る。多少抵抗はされるが、非力な私でも吸血鬼になれば力は上回る。

 

「また会おう、ジョジョ」

 

「レオォォォン‼︎」

 

 ジョジョを無理矢理突き落とす。下には事前に用意した馬の餌用の牧草が積まれ、近くにスピードとリリーも立っている。

 先ほど積んだばかりの牧草だが多少引火しているな……まぁジョジョなら軽症で済むだろう。

 

「レオンッ‼︎貴様ァ‼︎」

 

 ふむ…丁度ディオも上がってきたようだ。と言っても、また突き落とす形になるが。

 

「最後に聞かせろレオン…何故お前は石仮面の秘密をそこまで知っている? 何故俺の行動の全ての先にいる⁉︎」

 

「さぁな……一つ言えるとしたら…それがお前の弟だという事だ」

 



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5.風の騎士達の町

「クソッ……コレだけ無理して失敗か……」

 

 あの後…私とディオはある程度戦いを繰り広げ、火の力が十分になってから彼を原作通りに慈愛の女神像に突き刺して来た。なんせ私が負ける要素は何も無かったからな…ディオは能力を把握しきっていない。それに対して私は油断せずに、原作知識と合気道で迎え撃ったのだからな。まぁ結局逃げられてしまったようだが……

 翌日…私は森奥にあった空き家で昼を過ごしていた。ここは私の隠れ家とも言える場所で、三年前から私が気に入って利用している。

 話を戻そう…何故ディオが逃げた事を私が知ってるかというと、それはリリーのお陰だ。リリーがジョースター邸で亡骸が見つからなかったことを今朝教えてくれたのだ。

 

「お腹は空いてませんか?」

 

 そしてリリーは今、私の目の前にいる。なんせココを利用するのは、私と彼女だけだ。ココで待てばいずれ来ると思ったが、まさか翌日真っ先に来るとは………

 

「それより石仮面は?」

 

「言われた通り持って来ました」

 

 リリーはバッグから石仮面を取り出す。ワンチェンが譲って欲しいとせがんだらしいが、リリーはちゃんと死守してくれたようだ。

 もうコレに用はない…今後吸血鬼が増えぬように私は破壊する事にした。軽く力を込めると、もともとヒビが入っていた石仮面は更に大きなヒビが入り壊れる。先の話だが、これでジョジョ…ジョナサン・ジョースターの息子が殺される事も無「グゥ〜…」……リリー…腹が減ったのは、君のようだね。

 

「コレで悩みの種は一つ消えた…少し空腹を感じるな。何か食べようか」

 

 私が気を利かせてる事に気付いたのか、リリーは顔を赤く染める。

 それは置いといて……確か棚にアレがあったな。

 

「あ、レオン様。料理でしたら私が…」

 

「もう君はメイドじゃない。遠慮しなくていいし、様もいらない」

 

 それだけ言って私は、棚から干し肉を取ってくる。この隠れ家は簡素な料理台が置いてあり、ナイフと研ぎ石もある。しばらくはココで暮らせるな。

 

「これ……もしかしてレオン様が?」

 

「昨夜獲った兎肉だ。塩漬けもして干しておいたので食べごろかと…あとレオンで良い」

 

 皿の上に並べられたスライスされた干し肉を並べると、独特な香りが食欲を誘う。

 

「口には合うかな?」

 

「美味しいです レオン様」

 

「レオンで良い。それと、食べ終えたらジョジョとスピードワゴンを呼んできてくれないか?」

 

 そう頼むとリリーは、干し肉を二切れ持って隠れ家を出て行った。食べ終えてからでいいと言ったのだが……

 私はまた一切れ口に放り込み、彼女の帰りを待つことにした。

 そういえばこの干し肉…思ってたより美味いな……別に美味しく作れたとかそういう意味ではない。私の今の味覚で味わえる事が驚きだ。

 昨日ディオと戦う前にリリーの血を少量頂いたが、あの時味わった血の味を占めて人間の食生活などもう出来ないと思っていたところだ。

 自論だが、人としての食生活は生きる為のもの…吸血鬼として血を吸うのは戦う為の所作だと私は思う。要するに吸血が無くとも生きていけるようだ。できることなら極力血を吸いたくはないな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「レオン‼︎」

 

「むっ⁉︎ ジョジョか……今の私は世間に出れる存在では無いんだ。静かにしてくれ…」

 

 自分の能力の可能性を試していると、ジョジョが荒々しく扉を開けてくる。腕には包帯が巻かれていて、おそらく突き落とした時に負ったのだろう。

 

「う…ご、ゴメンよ。でも君が生きていてくれて本当に良かった…」

 

「ひとまず扉を閉めてくれ……日光が入ってくる」

 

 私がそう言うとジョジョが中に入る。続けてスピードとリリーも入室する。

 

「さて…リリーから聞いたよ。ディオの遺体が見つかっていないようだな」

 

 私の言葉に、一同は言葉を詰まらせる。

 

「やはりレオンも生きてると思うかい?」

 

「現に私が生きているんだ。おそらく……ね…私の勘は悪い意味で良く当たるんだ」

 

「だがよう…あんな化物相手にどうやって戦えってんだよ‼︎俺らまで化物になれとでも言うのか⁉︎」

 

「あれを使った者は高確率で敵を作る。君達に使わせる気はない……もっとも、既に壊してしまったがね」

 

 やれやれと両手を広げて肩をすくめる。するとスピードが腕を組んで唸り声を上げる。頭をひねるが案が出ないのだろう…その様子を見れば見て分かる。

 

「ならどうすれば……世に放たれたディオをどうすれば…」

 

「そこで一つ、ジョジョに頼みがあるんだ。スピードにはそんなジョジョを支えて欲しい」

 

 そう言って私は一枚の手紙を取り出す。私がある男に向けて書いた手紙だ。

 

「レオン…頼みというのは?」

 

「その前に……Mr.ツェペリ、話があるので入って来てくれますか?」

 

 扉の向こうに話し掛けると、帽子を被った男爵が入ってくる。

 

「ワシの気配によく気付いたのう…」

 

「だ、誰だテメェ‼︎」

 

「私はツェペリ男爵だ……そこの吸血鬼……何故ワシを知っていたという疑問を含めて聞かせてもらおう。貴様…何者だ?」

 

 奇妙な構えを取ってツェペリが質問してくる。悪いな男爵…前世云々は言わないでおくよ…面倒だからね。

 

「昨日吸血鬼になった善人だ」

 

「善人だと?ふざけおって…石仮面は人の邪悪性を高める力がある。信じられるものか……」

 

 予想はしていたが、波紋使いには敵対されるか……チラリと外を見てみると、運良く天候は霧雨だ。

 

「テメェ‼︎何するつもりだ‼︎」

 

「恨みは無いが、君達は黙っていなさい」

 

「ウッ⁉︎」

 

 スパーク音と共に男二人が硬直する。あれが波紋か……

 

「ツェペリ男爵、少し話をしませんか?」

 

「断る」

 

 少しくらい話してもいいじゃないか……まぁ話せないことを考慮してこれがあるんだがな。

 私は彼に直接触れる事なく、彼の胸ポケットに手紙を入れる。

 

「な、なんと精錬された滑らかな動き‼︎敵ながら天晴れと言わざるをえない…」

 

 お褒めに預かり光栄だ。だが私はこのままトンズラさせてもらおう。

 

「ジョジョ‼︎再会したばかりだがお別れだ。また会おう」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 さて…勝手なことをし続けてるわけだが、いい加減私のやれる事も少なくなってきたな。

 ツェペリ男爵に押し付けた手紙はディオの情報と居場所、ウィンドナイツロットへの行き方…そしてジョジョに波紋を教えて欲しいと願いを一文添えたものだ。

 

「俺はもちろん波紋を習得出来ない。吸血鬼が吸血鬼を殺す方法…脳を跡形無く消せば殺せるだろうが、それを行う攻撃手段がな……」

 

 霧雨が止まぬうちに、私は食屍鬼街へ向かった。犯罪が多く暗い路地裏の多い無法地帯だ。ここなら多少荒っぽいことを起こしても問題にはならないし、生き血も確保できる。

 一つ贅沢を言うとしたら男の血は勘弁したい……人の血を吸う行為にも違和感を感じるのに、犯罪者の血は単純に嫌だ。私が嫌悪する存在だし、どうせ不潔感の漂うむさい男ばかりだろう。時と場合によっては吐く自信がある。

 

「馬車で数時間の場所だが……うむ、霧雨が止んだ頃には日も暮れているだろう」

 

 ひとまず私は、その街で力をつけることにしよう。

 ………にしても吸血鬼というのは凄いな。人の目に付かぬように走っての移動だが、息切れも無ければ汗も掻かない。しかも馬車より早いんじゃないか?

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 恐らく夕暮れ時……分厚い雲のせいで太陽の位置はわからないが、私は明るいうちに目的地へ到着した。

 

「相変わらずここは暗いな」

 

 時折腐臭のする街を歩きながら、私は独り言を呟く。逆に明るかったら困るのだがな。

 まずは武器屋に行くか。無法地帯だからこそ、相性の良い掘り出し物を見つけるかもしれない。

 

「お?中々身なりの良い兄ちゃんじゃねぇか‼︎」

 

 店を目指そうとした矢先、世紀末ヒャッハーのようなチンピラが現れる。手にはナイフが握られていて、私を襲う気のようだ。

 

「丁度いい…一つ試したい技があるんだ」

 

 私は全身を振動させて振動熱を生み始める。すると体温はあっという間に百度を超え、霧雨の雨粒が蒸発して霧を発生させる。私の血液は人間のソレと違い、沸点はもっと高いようだな……さもなくば、私は内側から破裂するだろう。

 

「ふむ………これが限界か…」

 

 百度を超えたはいいが、それ以上には上がらない。霧の密度は道一つを隠すくらいのものだな。

 試したい技も試したので、私は先を急ぐとしよう。

 

「なんだこの霧の量………あ‼︎俺のナイフと銭入れがねぇ⁉︎」

 

 悪いな。今の私は一文無し…そして私の座右の銘は「自己中な正義」なのだ。勝手な話だが、相手が悪人…かつ必要な場合…私は盗みを働くぞ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 あの後二人に襲われたが、返り討ちにして逆に巻き上げてやった。ついでに武器屋を聞くことで、ようやく目的地に到着する。

 

「失礼する」

 

 扉を開けると、備え付けの錆びたベルがガラガラと音を立てる。それに気付いた店員は、私に睨みを利かせて身体をこちらに向ける。

 

「武器が欲しい……少し見て回って構わないか?」

 

 店員は身体中に古傷の跡がある大男だった。見るからに屈強な男だ…これくらいの力が無いと、無法地帯で武器など売れないのだろう。

 私がそう言うと、店員は無愛想な対応で壁を指差す。

 

「ふむ……ナイフに短刀、長刀…銃は相性が悪いな……ふむ…む?」

 

 特徴的な武器が目に入る。ソレは刃はもちろん、持ち手まで鉄で作られた斧だった。先端は槍のようになっていて突きと斬撃と使い分けれる良い武器だな。

 

「コレはいくらだ?これで足りるか?」

 

 チンピラ三人分の銭を全て提示してみせる。すると店員は銭を指で並べ数えて頷く。

 

「十分だ。が、お前じゃハルバートを持ち上げるので精一杯だと思うぞ?」

 

「ハハハ。ご親切にどうも」

 

 ハルバードと呼ばれた武器を軽々と持ち上げて見せ、私はそう言い残して店を出た。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 食屍鬼街に来てから二週間後……既にその街に、私はいなかった。今私はハルバードを背中に提げてトンネル内を駆けている。

 トンネルの先は風の騎士たちの町…ウインドナイツロットだ。

 

「ここにディオが……」

 

 トンネルを潜り終えた私は町の風貌を眺める。岩山に囲まれた自然の中に佇む町…ここの町付近の崖の上…そこが今のディオの根城だ。

 

「おそらく私の単純な力はディオより下……今まで通り技術特化で貴様を倒す」

 

 トンネル出口から館を見上げ、私は独り言をまた呟く。

 すると私の背後…トンネルの中から誰かが走ってくる。足音からして馬車だろう。悠長に立ち止まり過ぎたか…

 

「こんな夜更けに立ち止まっては不審に思われるな」

 

 私がその場を離れようとすると、トンネル内で騒音が響く。馬車の車輪でも外れたか?

 最初はそう思ったが、私の耳に聞き覚えのある声が飛び込んだ。

 

「……ジョジョか…」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 同じ日にここへ来るとは……波紋の修行はちゃんと進んでいたのか?ジョジョは波紋を身に付けているのか?正直な話、原作ではどれだけ修行を積んでいたのかわからない。なんせ最後に読んだのは20年以上も前だ…しかもこっちの世界で覚えないといけないことも多い。記憶が抜けて当然だ。

 ひとまず様子を見よう……トンネルの出口の上に潜み、私は現れるであろう人影を待った。

 

「…遅いな……ディオの手下にでも襲われているのか?」

 

 我々吸血鬼は自分の血を与える事で、ゾンビという従順な僕に出来るのだ。原作知識だけで私は試したことないが、ディオならきっと既に軍を作っているだろう。

 

「ココがレオンの言っていたウインドナイツロット……」

 

「奴の手紙は半信半疑だったが、途中でゾンビの襲撃を受けた…間違いなくディオはここにいる!」

 

 ようやくトンネルからジョジョ達が出てきた。どれ……挨拶くらいしようか。

 

「数週間ぶりだなジョジョ」

 

「この声は…レオン‼︎」

 

 壁に指を差し込んで上で静止したまま声をかける。またツェペリに攻撃されるかもしれないからな。

 

「レオン‼︎お前もやっぱり来てたのか‼︎」

 

 当たり前だ。この世界に兄弟として生まれた以上、私は必ず「波紋カッター‼︎」ウオッ⁉︎

 

「ツェペリさん‼︎いったい何を⁉︎」

 

「ワシらを誘き出す策かもしれん…悪いが私は奴を知らん。信用できんのだ」

 

 歯の隙間から押し出したワインは、波紋を帯びて刃物のように飛んでくる。間一髪躱せたが、もし被弾すれば手足一本持ってかれそうだな……

 

「いくつか質問したいだけなんだ。少しでいい……落ち着いてくれ」

 

「……ツェペリさん…」

 

「ジョジョ、お前達は石仮面の恐ろしさを知らぬのだ。どれだけ善良な人間も、悪の化身と変えてしまうのが石仮面なのだ!」

 

 そう言って構える彼に嫌気が差す…コレでは話が進まないじゃないか。

 その時…周囲に新たな殺気が現れる………まったく…コレで三つ巴の完成だな、実に面倒くさい。

 

「これが吸血鬼だ二人とも」

 

「誤解しないでくれ…まるで私が呼び寄せたような言い方だ」

 

「貴様の仕業だろう!それ以外に何が考えられる⁉︎」

 

 頑なに私を信用してくれないな…どうしたものか……

 

「口喧嘩してる場合じゃねぇぞ二人とも‼︎」

 

「それもそうだな」

 

 やれやれ…スピードに注意されるとは…だがツェペリもその注意でゾンビ達を…………

 

「何故未だに私に構えている」

 

「君達は周りのゾンビを相手しろ…」

 

「まさか……私とやる気か?」

 

 ………冗談だろ?だがヤル気のようだな……仕方ない。

 

「恨むなら私でなく、己の用心深さを恨んでくれ」

 

 地面を思い切り蹴ると、私の身体はゾンビ達の頭上を越える。

 

「すまないジョジョ…波紋使いから逃げながら戦うのはリスクが高い……加勢できないが大丈夫か?」

 

「あぁ、君は先に進んでくれ。必ず追い掛ける!」

 

 ここで合流したかったのだが……残念だ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ジョジョ達を置いて先へ進むと、やがて墓地に着く。

 …嫌な予感…というよりはほぼ確信だな。土の下から腐臭がする。高確率でゾンビが身を潜めている。

 

「おやおや……ゾンビ共が吸血鬼を見かけたというから来てみれば…愛しの我が弟、レオンではないか」

 

 闇夜に邪気の混じった声が響く。鼓膜が揺らされ、私は声のする方へ顔を向ける。

 

「高いところが好きなのか?ディオ」

 

 墓地に佇む枯れ木の上にディオはいた。私がそんなディオを軽く嘲笑うと、彼は気に食わんとばかりに鼻で笑う。

 

「フンッ…貴様とは言葉を交わすこの行為すらも不快に感じる」

 

「お互い様だ。私はお前を許さない…ジョースター家を守り、ブランドー家の落とし前を付ける。それが私の…今の使命だ」

 

「何処までも邪魔をするつもりのようだな…レオン‼︎」

 

 ディオが右手を上げると、それを合図としたゾンビ達が這い出てくる。

 

「どれ……ジョジョ達の方も見てくるか」

 

 この程度のゾンビでは私は倒せない。どうやら捨て駒の様だな。

 

「可能ならばもう会いたくも無いが……」

 

「これだと足止め関の山だ。good-bye ディオ。また後で会おう」

 

 背中に担いだハルバードに手を伸ばし取り出す。持ち手の部分を組み立てると、私の背丈より長くなる。この間僅か一秒前後……まだ私に飛び掛かる者はいない。

 

「二度目の死を味わいたい奴は誰だ?」

 

 ゾンビとはいえ姿は人に似ている。だが殺すことにためらいは無かった…今思えばディオを女神像に突き刺した時、ちゃんとした殺意を私は抱いていた。

 

「ツェペリの言う通り…少なからず私は化物に染まったかもしれないな」

 

 鋼色のハルバートがゾンビの脳を断裂させる。嗅覚を擽る血の香りが、私の気持ちを高ぶらせる。

 

「その程度か?」

 

 あっという間に動かなくなるゾンビ共に、物足りなさまで感じる程だ。

 

「………ふぅ…」

 

 気が付けばゾンビの奇襲は止まっていた。まだいる事にはいるが、私単体との戦力差に怖じ気付いたようだ。

 

「化物が化物にビビってどうする。私は目的の為なら非道な事だってするぞ?」

 

 私がそういって煽ると、ゾンビ達は死ぬ気で襲いかかってくる。

 と言っても、今の私は罠を張っている。無鉄砲に突っ込めば肉片になるだけなのだがな。

 

「……時すでに遅し…簡単な作業だったな」

 

 私の足元に肉片が転がる。中には頭部を丸々残した奴もいるな…一対多で使う時は、もう少し練習を積んでからだな。

 

「一体……ナニヲ?」

 

「企業秘密だ」

 

 最後の頭部を踏み潰して絶命させると、私はディオを追うべく来た道を戻り始めた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 レオンと別れた後、ジョジョ達はゾンビを殲滅させて後を追った。波紋使いが2人もいればゾンビなど大した脅威ではなかったのだ。

 スピードワゴンに波紋の才能はないが、食屍鬼街で養った戦闘スタイルはゾンビ相手に遅れは取らない。

 

「俺は足手纏いになる為についてきたわけじゃねぇ……だが…俺じゃ奴には敵わねぇ‼︎」

 

 スピードワゴンは積み上げられた岩の上を見上げている。そこにいたのはディオだ。傍らには長髪のゾンビと巨大な体を持つゾンビもいた。



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6信頼を得る為

「見えるか?この腹の傷が……レオンにやられた傷だ。コレさえ癒えれば、あの火事で負った怪我は全て完治する。ジョジョ…貴様の血でな!」

 

 ジョジョ達を見下しながら、ディオは自分の服をたくし上げて傷を見せてくる。

 

「貴様…その傷を癒す為にどれだけの生命を吸い取った?」

 

「お前は…今まで食ったパンの枚数を覚えているのか?」

 

 ツェペリの問いに挑発で返すディオ…その答えに思わず顔を歪め、ツェペリは波紋を帯びた攻撃を繰り出す。

 

「山吹色の波紋疾走!」

 

「それがゾンビの言っていた波紋とやらか」

 

 彼の拳をディオは直接受け止めた。ツェペリの波紋は拳から放たれ、ディオの掌に衝突する。しかし波紋がディオに流れる事は無かった。

 

「こ、これは!凍っている‼︎」

 

「それがレオンの言っていた気化冷凍法か!」

 

 その声とともにディオが背後を向く。彼の背後には、既にジョジョが岩を駆け上っていたのだ。

 

「コォォォォオ‼︎」

 

 波紋の呼吸を行うジョジョの拳がディオの顔面へ伸びる。

 

「その程度で攻略できると思うなよ。ジョジョォ‼︎」

 

 気化冷凍法によって凍り付いたディオの足が、ジョジョの拳を打ち払う。そしてバランスを崩し空いた胴体に、ディオの蹴りが命中する。

 

「ガフッ!」

 

「ダメだ…二人が前後から攻撃しても、予期して止められちまう!」

 

「まずは……貴様からだ。名も知らぬ男爵よ!」

 

「グオッ⁉︎」

 

 気化冷凍法の力で、ツェペリは腕だけでなく全身が凍り始める。

 

「精々哀れな悲鳴を聞かせてみろ!」

 

 中途半端に凍らせると、ディオはツェペリを地面に投げ落とした。

 

(わざと全身を凍らせなかったな⁉︎くそっ!このワシが遊ばれるとは…)

「せめて波紋でダメージを和らげねば!」

 

 波紋は特殊な呼吸法により血管を通してエネルギーを生む技……血管の大半が凍ったツェペリは満足に波紋が練れない。このまま叩きつけられ粉砕されるのがオチだろう。

 

「む…無念……」

 

「ツェペリのおっさん‼︎」

 

「ガァァァァァアアア‼︎」

 

 次の瞬間…辺りに男性の悲鳴が響いた。しかしソレはツェペリの声ではなかった。

 

「ほう………今のは貴様の悲鳴だったか……」

 

「な……貴様は……」

 

 ツェペリが自分を助けた者を見て驚愕する。

 

 「「レオン⁉︎」」

 

「グゥ……布越しの弱った波紋とはいえ……なるほど…これは効く…」

 

 両腕が燃えるように痛い…というか現に肌が焼け爛れる。流石はジョジョの師匠……波紋使い恐るべしだな。

 

「君は……何故⁉︎」

 

 凍った体にヒビが入らぬよう、私はゆっくりと彼を下す。触れてる間も微量だが波紋が流れるが、早々に手放したい気持ちをぐっと堪える。

 

「大丈夫かよレオン‼︎」

 

「まあまあだ…」

 

 彼を受け止めクッションの働きをした為、背中は岩に叩きつけられ背中に背負っていたハルバードで背骨を痛めてしまった。まぁこれはすぐに治るが、問題は腕と前半身だな……ツェペリを下ろしたが現在進行形で目に見えながら溶けていく。ひとまず気化冷凍法で進行を止めるか…波紋は血管の血液を流れるのだ。凍らせれば途中で止められる。

 

「フッフッフッ、やはり甘いな貴様は!そんな奴、見捨てておけばよかったものを!」

 

「奴の言う通りだ…何故助けた?」

 

「敵の敵は味方、仲間の仲間も味方だ…助ける理由はそれだけで十分だ。例え相手に敵対されてもな」

 

 自身の身体を凍らせてみると、予想通り波紋の進行は止まる。

 

「すまない…私は君の見方を間違っていた……本当に…」

 

「五月蝿い。謝りたい気持ちは見ればわかる。ひとまず君の身体を解凍する…波紋を止めてくれ」

 

 私が振動熱で溶かそうとすると、誰かが大剣を振り下ろしてくる。

 素早く彼を動かすわけにもいかず、私はハルバートでそれを受け止める。

 

「タルカス、黒騎士ブラフォード!もはや俺の出るまでもない。こいつらにファンファーレと言う悲鳴を吹かせてみろ!」

 

 「「ハッ!」」

 

 巨大な男と長髪な男が返事をする。うろ覚えだが、確か大男はただの馬鹿力が売りな戦士だったはず。ならば…

 

「ジョジョ。向こうの長髪の相手を頼む。スピードはツェペリを見ていてくれ」

 

 タルカスの大剣を支えながら二人に指示すると、スピードはツェペリを抱えて下がる。

 

「これで心置きなく戦えるな」

 

 私の言葉に嬉しそうな表情を浮かべたタルカスは。一度大剣を振り上げて今度は横から振り下ろす。

 

「MUOOOOO!」

 

「遅い…そして単純だ」

 

 私の目と反射神経は吸血鬼になり更に鋭くなっている。止まって見えるといった夢のような洞察力ではないが、足場として利用するくらいはできる。

 

「波紋は使えずとも、貴様を殺すくらいの事は出来るさ」

 

 奴の大剣の側面に足をかけて跳躍……後はハルバートを振り下ろすだけ。

 

「無駄だレオンよ。その男はかつて処刑の際…筋肉の硬さのあまり、何本もの斧を折った戦士だ」

 

「それを早く言って欲しかったな…弾かれる前に」

 

 私のハルバートはタルカスの筋肉に弾かれ、私は慣性の法則にしたがって回転……そのままタルカスに背中を見せることとなった。

 

「絶望と悲鳴を発せ!」

 

 振り切った大剣はすぐには戻せない…それが唯一の救いだろう。奴は拳で私を背後から攻撃してきた。

 

「おっと…救いはもう一つあったか」

 

 それは私が宙にいたこと。吸血鬼の屈強な身体を巨大な拳で殴っても、空中ではダメージのほとんどは拡散され無傷だ。壁と拳にでも挟まれれば話は別だが……

 

「想像してみるとゾッとするな」

 

 体勢を立て直してタルカスと向き直る。するとこのタイミングでディオがその場を離れた。見届ける価値も無いとでも言いたいのだろう。

 

「ひとまず武器は頼りにならないか……邪魔になるだけだし、置いておくか…」

 

 足元にハルバートを転がす。そんな些細な動作をしてる間も、タルカスは私に襲いかかってくる。

 

「このワシに…殺戮のエリートを目指したワシに素手で挑むかァ!」

 

「そんな事、一言も言ってないだろ」

 

 空いた両手に瓶を1本ずつ持ち、足元に転がしたばかりのハルバートを蹴り上げる。ソレはもちろん頭上高くに舞い上り、私はタルカスの顔面に瓶を投げ付ける。

 

「何のつもりだ!」

 

 そう言ってまた大剣を縦に振り下ろす。この軌道なら半歩ずれるだけで避けれるな。

 

「酒の匂い…レオンが投げ付けたのは酒だ!」

 

 岩陰に隠れるスピードが代わって実況してくれる。そう…さっきのは酒瓶…つまりアルコールだ。

 

「昔からゾンビの弱点は炎と決まっているのだよ。酒は良く燃えるぞ?」

 

 空中に跳び上がりハルバートを掴む。そして奴の兜を掠めるように振り下ろした。

 

「馬鹿め!よくねら…え…UBOAAAAAA‼︎‼︎」

 

 兜とハルバートの接触で発生した火花が引火し、炎がタルカスの顔面を包む。どれだけ防御力が高かろうと、物体である以上熱を持つ。

 

「後は熱が脳の奥まで通るように穴を開けるだけだ」

 

 どれだけ修行しようと人間である以上、耳と目は鍛えられない…それはゾンビも同じだ。私はその四カ所に釘を深く差し込んだ。

 

「……で、誰が素手で戦うって?」

 

 かろうじてまだ生きているが、物事を考える脳細胞が傷付いたのか返事は無い。じきに動かなくなるな。

 

「波紋なしで…アレだけの巨体を…」

 

 私の背後で燃える肉片を見てツェペリが驚いてる。さて…いい加減解凍してあげないとな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「波紋は正常に流れているか?」

 

「うむ。いたって正常だよ……えぇと」

 

「レオンと呼んでくれ…姓は捨てた」

 

 敵対心が解けようやく自己紹介をする。その時また謝罪をされたが今はどうでもいい…私はケジメをつけなければならないのだ。

 

「あれ……タルカスは?」

 

「ジョースターさん!無事だったか!」

 

 鞘に収まった剣を片手に、ジョジョが悠然と戻ってくる。川にでも飛び込んだのか、何故かびしょ濡れだ。

 

「何故剣を片手にびしょ濡れで帰ってきたか不明だが、ひとまず先へ進もう」

 

「もう村に被害が出てる可能性もある。早く根本を断たねば!」

 

 拳を握りしめてジョジョが力強く賛同する。私とジョジョを先頭に、一同はディオのいる根城に向かった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 四人でディオの元へ急いでいると、途中で町の近くの道を通る。なんだかんだで私が三度通った道だ。その道中で一人の青年とすれ違う。

 最低限の礼儀として言葉も交わさずに会釈をして通り過ぎる。

 

「…………」

 

 なんとなくだが、皆が今の男に違和感を感じたようだ。次の瞬間背後からソレに襲われたが、誰も驚くことなくジョジョに始末される。

 

「この様子だと町も……」

 

「その通り」

 

 ジョジョの呟きに、背後から現れた三人の男性陣の一人が答える。

 

「貴方方は?」

 

「此方は我が師 トンペティ。そして私は弟子のダイアー」

 

「同じくストレイツォ」

 

「来てくれましたか」

 

 現れた三人の男達の中で最も老いている男性…トンペティにツェペリが歩み寄る。彼が寄越した援軍らしい。

 するとトンペティはおもむろに手をツェペリに差し伸べた。何故か少しツェペリは緊張している……握手とは何か違う意味があるのか?

 

「あの人は一体何を?」

 

「生命の波長をああして読めるのだ。簡単に言えば……その者の運命を見ているとでも言おうか」

 

 ストレイツォが目を瞑ったままジョジョの問いに答えている。今私は蚊帳の外にいた方が良さそうだ。

 

「……これは…」

 

 トンペティはツェペリの手を離し、今度はジョジョの手を握る。すると間も開けずに首を振り私に手を差し出してくる。私の生命の波長を読んでくれるのか?だとしたら運命を知り、何故この世界に来たのかまで知れるかも知れないな。

 そう思い私は老師の手を握る…が、迸る痛みに耐え切れず、私は手を振り払う。

 

「なんとっ!」

 

「い、一体何をした…今のは波紋だな?」

 

 運命を見るなんて言っていたが老師は波紋使いでもある。生命の波長もきっと波紋を使った何かなのだろう。

 クソッ…また手が焼け爛れた。

 

「お主……名は?」

 

「…レオン……姓は捨てた」

 

「主…吸血鬼じゃな?」

 

 老師がそう言うと、ダイアーとストレイツォが身構える。無理も無いか。

 

「待って下さい。彼は僕らの仲間です!害ある存在ではありません!」

 

「わかっているよ。すまないな、波紋を流してしまって…お詫びと言ってはなんだが、血でも分けようか?」

 

「結構です」

 

 キツイ冗談を言う人だな。弟子の二人はまだ私を警戒してるから、「何言ってんだこの人」みたいな目で老師を見ている。

 

「それで老師……どうかしたのですか?」

 

「また後に話そう……我々が死ぬ運命は見えぬ」

 

 ……一体何がしたかったのだろう。

 まぁ戦力が増えたのだ。心強い。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 戦力が四人から七人へ…これならほぼ確実に勝てると思ってしまう。しかしディオは別格だ……ジョジョ達波紋使いで敵うかどうか。

 

「どうしたんだい、レオン」

 

「なんでもない」

 

「本当は……辛いんだね」

 

 古城に到着して中を歩いて進んでいると、ジョジョが急に話しかけてくる。人間関係には鋭いな……

 

「辛くない訳ではない……ただ野放しにするのがソレ以上に辛いだけだ」

 

 腐っても共に育った兄だ。原作どうこうで考える事もあるが、今はココが現実……私の世界はここにあるのだ。む?

 

「待ってくださいダイアー」

 

「…………」

 

 次の部屋に続く扉の前で、扉を押し開けようとしたダイアーを呼び止める。当の本人は無言で振り向く。

 

「私が先に行きます」

 

 それだけ言うと、ダイアーはツェペリの方を向く。ダイアーと目を合わせたツェペリが頷くと、ダイアーは大人しく道を開けてくれる。

 

「悪いな」

 

 ここまでの来る道中にも腐臭は漂っていたが、扉の向こうからは新鮮な腐臭…と言っては変だが、死人とは別の腐臭がする。ゾンビと死人の匂いは若干違うのだ…人にはわからないだろうし、私も注意しなければ気付かないが……

 

 「「「「「キシャァァァア!」」」」」

 

 予想通り…扉を開けると同時に、部屋の中からゾンビ達が飛び出してくる。

 

「アッタカイ血ぃスワセロォ!」

 

「嫌だ」

 

「アギャァア!」

 

 一番近くにいたゾンビが最初に飛びかかってきたので、私はハルバートで顔面を断裂する。さて…さっさと此奴らを片付けよう。

 私はあの時のように罠を張る。すると無鉄砲に突っ込んでくるゾンビが細切れになる。

 

「前よりは上手くなったな」

 

 意外、それは髪の毛……ブラフォードの技を思い出して参考にした技だ。

 注意しないと気付かない程の細い髪の毛…それを私の周囲に張り巡らせ、糸ノコギリのように動かしていたのだ。

 

「む…警戒して突っ込まなくなったか」

 

 まぁいい。そしたら私が突っ込めば良いのだから。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「なんという戦闘力……敵だと想像するとゾッとするわい」

 

「待たせた」

 

「何が待たせただ!まだ一分前後しかたってねぇよ!」

 

 そうだったのか…無我夢中でわからなかった。思いの外早かったな。

 

「流石は我が弟だ…良い参考になったよ」

 

 拍手と共に奴の声が聞こえる。

 

「ディオ⁉︎何処だ!」

 

「あ、あそこだ!」

 

 いつの間に開けたのか、奥に通ずる扉が開放されていて、ディオはその奥の玉座に座っていた。



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7.その血の定め

 我々はディオと再び対峙する。さっきと違い波紋使いが三人増えているが、ディオは大した問題ではないと言って余裕の笑みを浮かべる。

 

「良くここまで来たものだ。だが招かれざる者も何人かいるな……」

 

 その言い方だと何人か招いたということになる。比喩だとしても望んで通したということか?

 

「私は話をしに来たんじゃない。ディオ…貴様を葬るために来た」

 

「そうか…だがそれは、ここまでこれたらの話だろう?」

 

 ディオが言い終えると同時に天井に引っ付いていたのか、大量のゾンビ共が降りてくる。

 

「ジョジョ、レオン。ここは俺らに任せな」

 

「悪いな…ジョジョ」

 

「あぁ!」

 

 ハルバートを盾のように構えて突進すると、ジョジョは私の背後をピッタリついてくる。

 私の前に立ちはだかるゾンビは、ダンプカーにでも撥ねられたかのように吹き飛ばされる。

 

「レオン……その様子では血を摂取していないのか?」

 

「食屍鬼街で頂いたのが最後だ。が…貴様より力が劣っているのはいつもの事だろう?」

 

「フンッ…その余裕がいつまで続くかな!」

 

 ディオはそう言って攻撃してくる。新鮮な血を摂取していない私と違い、ディオは私の倍近く速い。

 

「このディオの速さについてこれるか!」

 

「石仮面を被る前から、お前の方が速いし強いよ。私は強くなる術を持っているのではない…強者に勝つ力を持っているのだ」

 

 持ち前の合気道で攻撃を流す。気化冷凍法を使っているようで、触れた面が僅かに凍る。

 

「貴様…何らかの手段で熱を持っているな?」

 

「それでも僅かに凍るか…」

 

 私とディオの接触で生じた僅かな硬直…ジョジョはその一瞬に、剣でディオに切り掛かる。

 

「鈍いぞ、ジョジョ!所詮貴様は、進化し損ねたモンキーなんだよ‼︎」

 

 ジョジョを蹴り飛ばし、ディオは私に視線を戻す。私を先に始末したいようだ。

 

「WRYYYYYY‼︎」

 

 気化冷凍法を使用しながらの手刀によるラッシュ…攻撃を流す事は簡単だが、少しずつ体温を奪われ凍りつつある。しかし私が凍りつくより早く、ディオは悪手を放ってきた…いや、決して悪手ではないが、カウンターの取りやすい攻撃だ。

 

「シッ‼︎」

 

 ディオの顔面を右拳が捉えるが、少し退け反らせるだけで大きなダメージが見られない。

 

「む…口を切ったか」

 

「フッ!」

 

 それでも僅かにディオは硬直する。その隙にハルバートを思い切り振り払う。

 

「んっん〜。軽すぎないかレオン…なるほど、血を吸わない吸血鬼はここまで弱いのか」

 

「………」

 

 押しても引いても、ハルバートはビクともしない。ディオはハルバートを受け止めると同時に、指を側面に減り込ませていた。やがて刃は砕かれ、ハルバートは鉄屑に変わる……クソッ、気に入ってたのに…

 

「さぁ…次はどんな技を見せてくれるんだ?」

 

 こいつ…私の技を見て盗むつもりか…だとすれば出し惜しみしたいが……してられないな。

 

「そんなに見たいならよく見るといい」

 

 距離をとってから筋肉をポンプのように動かす。すると血液はより早く流れ、多くの酸素を全身に運ぶ。

 

「ハァァァ……」

 

 振動熱もこの間に生み出して体温を上げる。これでまた気化冷凍法に少しは耐えれるだろう。

 そして私はチラリとジョジョを見る。既に立ち上がっている……どうか俺の策に気付いてくれないだろうか。

 

「……その目は…」

 

 ディオの口元から笑みが消える。私は脱力し、目を空にしながら歩み寄る。ディオが私に何か言っているが良く聞こえない。全神経を反射に使っているからだろう。

 

「…………」

 

 まだ何かを言っているな。いや…後ろのゾンビに話し掛けていたのか。私の背後から襲わせるが、 今の私は気配を強く感じ取れるのだ。

 

「邪魔だ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「うぐっ…こ、呼吸を…」

 

 ディオに蹴り飛ばされて背骨を痛めたか、僕は呼吸の乱しを直し立ち上がる。

 レオンは既にディオと、二転三転した戦いを繰り広げている。

 

「落ち着け、今の僕に出来ることを…」

 

 そう僕が考えていると、レオンがこちらを見た。それも二度三度……何かを伝えようとしている?

 そしてその時、ディオの指示で彼の背後からゾンビが二体襲ってくる。レオンはそれをものともせずに地面に叩きつけ頭を踏み潰した。

 

「地面に叩きつけた……彼なら振り向きざまにカウンターを入れて、葬ることができたんじゃ?」

 

 二体目がレオンに飛び掛かると、今度は両腕を手刀で切り落とす。そしてやはり地面に叩きつけて、彼は頭を踏み潰した。

 間違いない……アレは何らかのメッセージだ!

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 さて…二体のゾンビをわざわざ地面に叩きつけたが、ジョジョは私の意図に気付いたか?

 

「どうしたレオン…来ないのか?」

 

 ゾンビを葬った後、私は立ち止まっていたらしい。そしてディオの声が聞こえたということは、集中力が切れたようだ。元々コレはカウンター用のスキルで、自らの反撃には適さないんだよな。削ぐことで集中力が増す…要するに、無心になれば成る程深く集中できる。攻撃するということは手段を考えないといけないし、今さっきまでジョジョに作戦が伝わったかを考えていたからな。

 

「どうやらその術は長続きしないカウンター用のようだな?」

 

「ばれたか…正解だ」

 

 私が覚えた合気道は、相手のリズムを利用する技が大半だ。護身用で覚えた格闘技なのだから、攻める技はあまり覚えていないのだよ。

 

「攻撃用もないわけではないが……」

 

 ディオに通じるか?この技を狙うくらいなら、通常攻撃の連撃の方が効率がいい気がする。

 

「来ないならこちらから行くぞ!」

 

 床を蹴ってディオが突進してくる。手刀を受け止めると、私から体温が僅かに奪われる。

 

「む…なるほど、そういう事か。フッフッフッ」

 

 不敵に笑ってからディオが距離を取る。すると吸血鬼だというのにディオの肌に赤みが増す。

 

「どうだレオン…上手く出来ているか?フッフッフッ」

 

「仮に超酸素運動と呼んでいる…ジョースター邸で貴様も使っていただろ?」

 

 私が行っていた血流の加速をディオが真似る。コレで奴のスピード…反射神経は更に増す。

 

「感謝するぞレオン…貴様の知識は俺の力として役立ったぞ!」

 

 瞬く間にまた距離を詰め、私は思い切り蹴り上げられてしまう。速さのギャップから一瞬反応が遅れ、合気を使い損ねてしまったのだ。

 

「レオン!」

 

 天井に減り込んで落ちて来ない私をジョジョが心配してくる。それより私のメッセージは伝わったのか?

 あ…普通にディオに構えて戦おうとしてる。これはダメだな…何の為にゾンビ二体の相手をしたと思ってるんだ?何の為に超酸素運動をわざと真似させたと思ってる?

 私が右手を天井から出して地面を指差す。今のディオのスピードについていく自信はない。これが最後のチャンスのようなものなのだ。

 

「……レオン?」

 

 ダメだこいつ、まるで分かってない。仕方ない…私が無茶するか。

 

「床に波紋を流せジョジョ!」

 

「床に……?ハッ!」

 

 ようやく気付いたか…だがディオも気付いてしまったようだ…波紋と気化冷凍法、どちらが早い?

 

「レオン貴様!このディオに触れずに波紋を流すため、わざと地面にゾンビの血液を撒き散らしたな!」

 

「震えるぞハート!燃え尽きるほどヒート!刻むぞ…血液のビート‼︎」

 

 右拳に最大出力の波紋が込められる。

 

「無駄だ。気化冷凍法で、血液越しに凍らしてくれ……ぬぅ」

 

 超酸素運動の欠点は、筋肉をポンプのように動かして血流を加速させて熱を持つこと。それを冷まして気化冷凍法を使うにはコンマ一秒の遅れが発生する。

 

「山吹色の波紋疾走‼︎」

 

「ぬん!」

 

 血液を伝わる波紋をディオは跳躍して避ける。気化冷凍法は間に合わなかったが避ける事は出来るよな。

 ディオに避けられ、床に撒かれたゾンビの血液だけ蒸発する。

 

「無様だなジョジョ!貴様は自分の低脳な頭脳のせいで、レオンの策を無駄にしたのだァ!」

 

「クッ…!」

 

「言っただろディオ…可能性の低い策を武器と私は呼ばないんだ。武器と呼ぶからには、それも考慮しているさ」

 

 未だに天井を減り込んでいた私は、天井を蹴ってディオに迫る。いくら速くとも、空中での回避行動は無理に等しい。

 

「多少は焦ったのか?貴様のリズムが見えるぞ」

 

 数少ない合気の攻撃技…今なら打てると確信する。

 

 ディオの呼吸に注意を払う…

 

 奴が宙で振り向き此方を向く…

 

 そして奴は……息を吐いた。

 

「今だ!」

 

 両手による心臓打ちと顎への掌底。

 

 空気を吐いたばかりの肺は酸素を求めて膨張するが、それに合わせて打った心臓打ちがソレを許さない。

 そして顎を捉えた掌底は脳を揺らし、思考力を無理矢理削ぎ落とさせる。

 

「ジョジョ…今度こそ決めてくれよ?」

 

 嗚咽するディオをジョジョに向けて蹴り飛ばす。するとジョジョはすぐさま攻撃態勢に入った。

 

「震えるぞハート」

 

「こ、こ……」

 

「燃え尽きるほどヒート!」

 

「こ、んな…や、つ」

 

「刻むぞ…血液のビート!」

 

「奴ら、に……このディオがァァー‼︎」

 

「山吹色の波紋疾走‼︎‼︎」

 

 スパーク音と共に、ジョジョの拳がディオの胴体に突き刺さった。

 

「ルゥォォオオオ!」

 

 ジョジョがディオを殴り抜き、ディオの身体が私の横を通り抜けて飛んでいく。

 その刹那…私はディオの腹部から焼き爛れていくのが見えた。

 

「すまないディオ…私は血の繋がった兄弟として…貴様を助けられなかった」

 

 テラスの手すりを越えてディオが落下していく。その時…ディオは最後の足掻きとして、眼から体液を圧縮して飛ばしてくる。

 それを私はハルバートの破片で体液の側面を撫で上げて上へ流す。

 

 レ…オン……貴様…どこまで……

 

 最後にそう聞こえた気がしたが、既にディオは下へ落下して確認することは出来ない。

 

「……終わったのか?レオン」

 

「………あぁ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 こうして私達の戦いは幕を閉じた。町の方はトンペティ老師の弟子達がゾンビを殲滅していてくれて、後は皆で帰るだけだった。

 

「レオン…本当に僕は君に助けられてばかりだった」

 

「気にしなくていい。君がいなければディオを倒す事は出来なかったし、ジョジョのお陰で私は弱者のまま奴を葬ることに成功した」

 

 帰りの馬車の中…そこで私達は終えた事柄と、勝ち取った勝利を噛み締めていた。

 私達の乗っている馬車は六人掛けの大きめの物で、私とジョジョの他にスピード、ツェペリ、トンペティが乗っている。ダイアーとストレイツォは別の馬車だ。

 

「レオン…僕は君に恩返しがしたい。だからせめて僕の血で、その傷を癒してくれないか?」

 

「嫌だよ気持ち悪い」

 

「キモっ⁉︎」

 

 何ショック受けているんだ君は…私はBLものが嫌いなんだよ。

 

「本当に不思議な吸血鬼じゃのう。改めてワシを助けてくれたことに感謝しよう」

 

 ツェペリが帽子を取って頭を下げてくる。

 

「やめてくれ堅苦しい。恩を売りたいというなら、私に間違えても波紋を流さないでくれよ。トンペティさんの様にな」

 

「ホッホッホ…すまなかったな。ところでツェペリ……お前は今日死ぬ」

 

「…は?」

 

 空気が一気に凍り付き、私達は絶句する。しかしそれは漫才のように崩れ落ちた。

 

「…はずだった」

 

「な、何だよ不謹慎だな!変な事言うなよ爺さん!」

 

 スピードが思わず立ち上がる。まぁ無理も無い。

 

「かつてワシはツェペリの生命の波長を読んで運命を教えた。ディオと戦う前……ワシはツェペリの生命の波長を再度読んだ」

 

「それが…どうかしたのですか?」

 

 ツェペリがトンペティに問う。すると驚きの事を告げられた。

 

「運命が変わっていたのだ。絶対とも言えるツェペリの運命は変化し、今は家族に囲まれ見送られる幸せな物が見える」

 

「なんと!」

 

「人の死期をそう簡単に教えていいのか?」

 

 私のツッコミを無視して、トンペティは私を指差す。

 

「レオン……ツェペリの運命を変えたのは君だ。君の身には多くの試練が今後降り注ぐ……」

 

「そうか…興味深いな。是非詳しく教えてくれないか?」

 

 私は手を差し出す。すると周りがそれを止めようとする。

 

「右肘だけ凍らせる。それでもその先は波紋で溶けるかもしれないが、それだけの価値はある……頼む」

 

「……それだけの覚悟があるなら…君のためにも教えよう……ここで言って良いのか?」

 

「構わない。どうせ遠い未来だ」

 

 そしてトンペティは私の手を掴む。焼け爛れるがそんなの無視して、私はトンペティの答えを待つ。

 

「ふむ…流石吸血鬼…長生きゆえに長いな」

 

 …第二の兄弟、星の血族…その孫と第二の孫…その者二人の命を主は紡ぐ。やがて現れし闇と星の血を引く者…その者の王の才を解き放ち、主は意図して黄金の鏃に貫かれ、使命を全うし息絶えるであろう。

 

「……星の血族……どうやら私は、ジョジョの孫の孫まで面倒かけられるようだ」

 

「何笑ってんだレオン!腕焼けてんの忘れてねぇか?」

 

 おっと…すっかり忘れてた。

 

「孫か…その時のワシは力になれるだろうか……私はレオンに命を救われた身だ。ワシの血族が力になるよう語り継がせよう」

 

「そんな…いいよツェペリ。君の子孫に悪い」

 

「レオン……今のが本当なら、また迷惑をかけてしまうね。やはり何か恩返しをさせてくれないか?」

 

「君もシツコイな!……そうだ。なら一つ頼まれてくれないか?」

 

「なんだい?何でもするよ!」



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8.非情なる別れ

 あの後私はまず隠れ家を訪れた。スピードがうちで匿うと言ってくれたが、ジョジョが隠れ家へ向かって欲しいと言うので遠慮した。何かサプライズでもあるのか?

 ただ昼でも動ける様にと、日光を遮れる長めのコート服等を用意してくれた。更に貴族がつける白手袋とブーツ…この時点ではまだ良い。更に受け取ったのは唾が異様に広いシルクハットと仮面とスカーフ…帽子はツェペリの物よりツバが広いし、仮面まで付けたら奇妙過ぎる。そして何故か首に巻くスカーフだけはトンペティからのプレゼントだった。

 サッポロビールとかいう酒の名前みたいな虫の腸を編んで作った物で、波紋伝導率が高く拡散させてくれるらしい。対波紋物質のスカーフをくれた理由は、敵ではないと心からの証明の証として受け取って欲しいとのことだ。

 

 エリナがデザインしてくれたのが不幸中の幸いだな…パッとみは酷かったが、いざ着てみると異様に似合う。

 そんな訳で私はこの服装で隠れ家に足を運んだのだが、そこに違和感を感じた。

 

「……随分と歩きやすくなったな」

 

 空き家までの道が整備され、花壇に花が生けてある。まるで人が住んでいるようだ…それだけなら誰かが買い取って住んでいると考えているが、一番の問題はこの家の変わり具合だ。

 

「何だこれは……」

 

 ココらでよく見る木が空き家の直ぐ近くに数本聳え立ち、屋根の幅が異様に広い。まるで枝と屋根が日光を遮るために存在するかのようだ。

 

「まるで吸血鬼の為の家のようだ」

 

「当たり前ですよ。貴方様のための家ですから」

 

 空き家の中から壁越しに話しかけられる。気配には気付いていたが……

 そして彼女は扉を押し開けて現れる。

 

「…リリー……これは全部君がやったのか?」

 

「私だけではありません。ジョナサン様や他の使用人達の置き土産でもあります」

 

 話を聞く限り、ジョースター家の遺産で改装したらしい。

 

「成熟した木を植える理由は、私の為に今すぐ日陰が必要だからか」

 

「その通りですレオン様」

 

「様は止めてくれ」

 

 まったく…遺産も無限ではないのに、木を植えたりと無茶な改装工事をしたものだ。

 しかしデザインといい設計といい、中々私の欲する物の的を射ているな………

 

「どうだいレオン。気に入ってくれたかい?」

 

 心の中で感想を述べていると、背後からジョジョが現れる。

 

「見せたかったのはコレで良いんだな?」

 

「うん。僕からの感謝の気持ちさ」

 

「………これを用意して尚、君は馬車の中で恩返しを願い出ていたのか?」

 

「僕は君に助けられてばかりだからね。まだ君に借りを返しきったとは思っていないよ?」

 

「何ッ⁉︎勘弁してくれ……罪悪感が(まさ)ってしまうだろう?」

 

「アハハッ、楽しみに覚悟しといてくれ」

 

「フンッ……クッ…ハハハ!」

 

 あまりにもストレートに言うもんだから、私は思わず大口で笑う。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 あれから二ヶ月近くの時が流れた。その間を私はあの家で静かに暮らしていた。

 そして昨日…ジョジョはエリナと正式に結婚して式を挙げた。もちろん私は出席したのだが、それは日が暮れてからだ…ちゃんとした正装で赴きたかったので、日が沈んだ安全な時間帯じゃないといけなかったのだ。

 

「ついに結婚しちゃいましたね」

 

「当たり前だ。ジョジョは昔から彼女にゾッコンだったからな」

 

 そしてその翌日…つまり今日。私は彼らを見送るべく港へ来ていた。

 

 今日彼らは、新婚旅行でアメリカに行く……そして約束の日でもあるため、私は日傘を差して何が何でもここで立ち待たねばならない。

 ちなみに言うが、リリー以外のメンバーもちゃんと揃っている。

 

「お、来たぞ!」

 

 スピードがそう言うので、私は彼の指差す方向に目を向ける。その先から二人は、仲良く腕を組んでこちらに歩いてきた。

 

「みんな、見送りに来てくれたのかい?」

 

「このワシが弟子のお前の見送りに来ないはずがなかろう。この後私は家族の元に帰るよ……あぁ、きっと嫁さんに怒鳴り散らされるだろうな」

 

 ツェペリはそう言っておどける。あの時死ぬ運命にあった男とはとても思えない。

 

「さてとジョジョ。約束の品を約束通り……君の手で私に手渡してくれ」

 

「あぁ」

 

 ウインドナイツロットの帰りの馬車で頼んだ些細な願いの品……たかがプレゼントだというのに受け取ろうとする私の手も、渡そうとするジョジョの手も震えている。

 

「レオン…」

 

「幸せになれよ…ジョジョ」

 

 品を受け取る……というよりは、品を手と手の間に挟んで握手を交わす。

 やがて手を離すと、二人はそのまま船に乗った。私は受け取った品に視線を落とした。

 

「レオン様…それはなんですか?」

 

「ロケットだよ…家族の写真の入った」

 

 私がジョジョに頼んだ品は無着色の錆びにくい鋼でできた六角形のロケットだ。中にはジョースター卿とジョジョと私…そしてディオと撮った家族写真が収まっていた。ロケットの裏側にはトンペティが予言した事を彫ってもらっている。そして何よりも特徴的なのはこの窪み……これはディオの最後の攻撃を弾いたハルバートの残骸で、戦利品として持ち帰り形を保ったまま加工してもらったのだ。

 

「じゃあレオンの宝物ってわけだ!」

 

「それは違うな」

 

 その場を離れながら私はスピードに教えてやった。

 

「これは宝物じゃない……宝物を思い出すための道具だ。この先百年以上生きるとしたら、私には必要な品だ」

 

 それだけ言って私は笑顔でその場を去ろうとした。

 

 ………しかし私は胸の奥底に突っかかるような違和感を感じ、一度振り返ってみる。

 そこには船に向かって手を振るスピードや波紋使い達の姿…船から彼らに手を振る二人の姿が見える。

 

「………気のせいか」

 

 ………この時用心するべきだったと私は強く思う………この時の私は、ジョジョがこれから死ぬなどと微塵も思っていなかった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………今何と言った…」

 

「……ジョナサン様が……お亡くなりになったと……」

 

 ある日、前触れもなくリリーとストレイツォがうちにやってくる。

 

「……何の冗談だ?」

 

「落ち着けレオン。私も詳しくは知らんのだ」

 

 そう前置きを挟むと、ストレイツォは知ってる事を私に話してくれた。

 どうやら船が爆破し、エリナとエリナが助けた赤子以外が行方不明らしい。

 

「それだけではよくわからないな。エリナは何処に?」

 

「ジョジョと住む予定だった新居……おい、待てレオン!」

 

 それだけ聞くと、私は足元まで垂れる長めのコートを着て日傘を持って飛び出した。

 行き先はもちろんエリナのところだ。最初は急いでいたが、私は徐々にスピードを緩める……同時にある記憶を思い出したのだ。

 

「……まさか…ディオが生きて…」

 

 原作ではディオは生きている。まだ戦いは終わっていないのか?

 

「いや…そんなはずはない」

 

 自ら確信の持てる答えを導き出しておいて、私は絶望を噛み締めながらエリナの元へ行った。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ディオは生きていたわ……そしてスピードワゴンさんから全て聞いた」

 

 ……やはりか…

 部屋の中にいたエリナはディオの生存を教えてくれた。今は一人でいたかったらしく、スピードはいない。

 

「私のせいだ……」

 

「それは違うわレオン!」

 

 原作ではワンチェンがディオの首から上を回収してジョジョを襲った……そのワンチェンがいなければ問題無いなどという甘い考えに至ってしまった。

 いくら悔やんでも埋まらない罪悪感は心の中でどんどん膨れ上がる。

 

「助ける力が私にはあった……にも関わらず……私は…」

 

 原作を知っていた。ワンチェンの代わりが現れる可能性だって十分あったじゃないか!

 頭を抱える私は膝から泣き崩れ、頭から血が滲むほどに爪が食い込む。今の私はとても目なんて当てられないほどに無様な様子だろう。

 

「落ち着いて。気高かった貴方がそれでは頼りないわ」

 

 そう言ってエリナは、赤子を抱えながらしゃがみ込んで私の腕を掴んで揺する。

 

「ジョナサンは私に言いました……必要な時はレオンに助けてもらえ。と…貴方はジョナサンに信頼され必要とされているのよ!」

 

 彼女の言葉が私の心に……正確には罪悪感に突き刺さる。

 ジョジョ……お前はこんな私を、死んでなお信頼してくれるのか?

 ディオと同じ血を引くこの私を…

 

「君は……強い女性なんだな。わかった…君がそう言ってくれると、心が救われるよ」

 

 まったく……早速貴様は私に面倒事を押し付けるのだな、ジョジョ。

 

「必要な時は遠慮無く頼ってくれ…それでは…」

 

「ならこの子をお願いできる?」

 

 部屋を出ようとしたその瞬間…エリナはあろう事か、自分が抱いている赤子を私に押し付けてくる。

 

「な、私は吸血鬼だぞ?」

 

「あら…こんな小さな子の血を吸うの?」

 

「違う!力加減を誤ったら…あ、う…」

 

 無理やり赤子を抱かせられる。あまりに唐突なことで、私は緊張と焦りで腕が硬くなる。

 

「あぁそんなんじゃダメよ。もっと腕を……」

 

「抱き方はわかってる。君が急に押し付けるからだろ」

 

 大声を出してはこの子が泣いてしまう。私が腕の面を使うように抱き直すと、最初は不機嫌そうな顔をしていたがやがて安定し、安らかに寝息を立てている。

 腕だけで抱き上げるのは少しコツがいるな……手を使わない理由?たった今自分で頭に爪を立てたから割と血が付いているんだ。

 

「あら、子守の才能あるんじゃない?」

 

「才能どうこうは置いといて…何故この子を?」

 

 するとエリナは、自分が今妊婦であることを告げる。つまりジョジョの子が今腹の中にいるのだ。

 

「それでか……」

 

 トンペティの予言からジョースターの血統が途絶えないことは知っていたので、当たり前といえば当たり前か…

 

「しかし私が育てるには無理がある」

 

「レオン様、やっと追いついた」

 

 このタイミングでストレイツォとリリーがやってくる。そうだ、丁度いい。

 

「ちょうどいいところに来た。ストレイツォ、君がこの子を育ててくれ」

 

「……は?」

 

「何か困る事があればリリーの助けを借りてくれ」

 

「へ…?」

 

 リリーは急に自分の名が出てきて驚き、ストレイツォは珍しくマヌケな顔を晒している。

 

「急に言われても驚くだけか」

 

 私はエリナの事情と私の手では育てられないことを二人に伝えた。

 

「ですが…何故私達に?」

 

「信頼して頼める知り合いが君達くらいしかいないのだ。ツェペリは家庭を持っているし、スピードは私の勘だが不向きだ」

 

「ならばダイアーがおるだろう」

 

「彼もそう言うのは不向きそうだ。それに………君になら任せられる」

 

 そう言いながら赤子をストレイツォに手渡す。それを優しく抱き抱えるストレイツォだが、「本当に私で良いのか?」と目で訴えかけている。

 

 …彼に任せる決定打は原作知識だが………

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 アレから数年の年月が過ぎた……そんなある日、私は一冊のノートと向き合っている。

 極普通の何処にでも売ってるノートだが、これに記されているのは私が今覚えている原作知識の全てと推測だ。

 簡単には読めぬよう日本語でここに書き綴っておいたのだ。ロンドンで長い間育ったが、前世の母国語は忘れたりしない…漢字は幾つか忘れたが……

 

「私が知っているのは第二部の終わりと第三部の始まりまでだ」

 

 星の血族の第二の孫……孫の孫の事だろう。確か名前は空条 承太郎…彼と共に戦う事になるだろうな。

 

「レオン…邪魔するぞ」

 

「むっ…」

 

 ノックぐらいして欲しいものだ。ノートを閉じると、私は客人に目を向ける。

 

「三人してきたのか……いや、五人だな」

 

 扉を開けたストレイツォがいち早く中に入り、その後ろから子供を抱いたエリナとリリーが入ってくる。

 リリー達が改築してくれた住まいだが、大人四人と赤子二人が客として入ってくるには少し狭い部屋だ。

 

「それで…何の用だ?」

 

「遊びに来たのよ。そこらの公園より、ここの方が幻想的で素敵じゃない?」

 

 エリナがそう言ってリリーも賛同する。だがストレイツォだけは乗り気とは思えない表情だ。

 完全に巻き込まれた人間の顔だ。

 

「では、お前達は表で遊ばせてなさい。私はレオンと話がある」

 

「はーい。レオン様、主人をお願いしますね」

 

 ストレイツォもすっかり父親だな。

 子を任せ協力するうちに芽生えたのか、2人はトントン拍子で距離が縮まっていったらしい。

 子を任せ協力するうちにリリーが病気で二人の間に子供は産まれないと聞いた時は残念そうに思ったが、二人は気にせず幸せに過ごしている。

 

「珈琲でも淹れよう。どうせ話があるというのは、子供と遊ばぬ口実だろう」

 

「あぁ」

 

 二人分の珈琲を運び、私は一階の出窓から外で遊ぶ子供達に目を向ける。

 もちろん室内は全箇所安置で、ココにも絶対に日差しは入らない。

 

「もう走れるのか…早いものだな」

 

「そうだな。吸血鬼の貴様からすれば瞬く間の出来事じゃないのか?」

 

 ジョジョとエリナの息子、ジョージ…ストレイツォとリリーが育てている娘、エリザベス……この二人は既に七歳だ。確かにエリナがジョージを出産したのが、つい昨日の出来事のように感じる。

 

「そういえばレオン…貴様の生活費は何処から出ているのだ?」

 

「情けない話、ほとんどがスピードワゴン財団のお零れだ」

 

 スピードは数年前に、テキサスで私と石油を掘り当てて見事石油王になったのだ。

 案外掘りあてるのは簡単だった。石油の匂いを嗅いだ事はなかったが、独特なその匂いを頼りに私は発信源まで掘り進んだ。そして簡単に見つけられたのだ。

 

「そっちはどうだ?エリザベスの纏っているローブ……記憶が正しければ、波紋使いの修行僧の物だろう?」

 

「そうだ。エリザベスの今の波紋は、十分に貴様を昇天させられる」

 

「やめてくれ」

 

 何気ない世間話を静かに弾ませる。

 こんな幸せな時間を過ごし、大切な家族を得たストレイツォも、数十年後には老いを感じて狂気に走るのだろうか?

 

「…そんな訳ないか」

 

「ん?…何か言ったか?」

 

「なんでもないさ」



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第二部
9.未来の為に…


 あれから長い年月が再び流れた。

 エリザベスとジョージは結婚し、ジョセフ・ジョースターを出産した。

 だが私は彼らの結婚式にも出産にも立ち会っていない。それが原因で今…私は非常に困っていた。

 

「レオン!昨日の立食パーティー、何故来てくれなかったの!」

 

「そうだよ。式の時だって招待状送ったのに来てくれなかったよね?」

 

 私が自宅のソファーに腰を下ろして新聞を広げていると、ノックもせずに彼らが来た。エリザベスとジョージだ。

 

「手紙に止まらず、ついに家まで来たか」

 

「話を逸らさないで!」

 

 エリザベスは結構怒っているな。ジョージは呆れているようだ。

 

「はぁ……二人共…私の今の立場は知っているだろう?」

 

 私はある日を境に周りと疎遠になりつつあった。スピードとは仕事の事で何度か話す必要はあったが、直接会わずに手紙でやり取りをしていたのだ。

 

「私の職はなんだ?」

 

 私の今の職業……望んでなったわけではないが、コレが疎遠になった理由だ。

 

「殺し屋でしょ?それが何?」

 

 殺し屋……それが私の仕事。

 こうなったのには訳がある…始まりはまだジョナサンが生きていた数十年前の事だ……一度幕を閉じたあの物語の中で生き永らえたゾンビがいたのだ。

 それが世にはびこり、裏の世界で増殖しつつあるのだ。

 

「そのゾンビの中には、中々の地位を築いた者もいる。ジョージが働くイギリス空軍の司令官……とかね」

 

「やっぱりアレはレオンの仕業か…」

 

 そして私は殺し屋という肩書きを提げ、ゾンビの殲滅に動いている。

 あくまでも殺すのはゾンビだけだが、世間体がそれで良くなるわけではない。そもそも世間はゾンビの存在を知らない。

 

「そんなの知らないわ。私達とレオンは家族だし、エリナさんも会いたがってるわ」

 

「必要な時は力を貸しに現れるさ…仕事を全て処理したら、用もなく遊びに行くさ」

 

「また同じ事を言って…呆れるわ」

 

 呆れて結構…エリザベスやジョセフは、いずれ柱の男と戦う運命にある。それまでの間に面倒な敵を作らせるわけにはいかないのだ。

 

「ほら…今日は帰りなさい。リリー達も待っているだろう」

 

 半ば強引に家から追い出すと、二人は渋々と帰って行った。何故ここまで私に付きまとうのかがわからないな。

 疎遠になってからもう大分経つぞ?

 

「…さて……相変わらず気配を消すのが上手いな」

 

「なんだ…気付いていたのか…」

 

 屋根の上からストレイツォが降りてくる。波紋使いの彼も老いを感じる時期か…昔と比べるとシワと白髪が目立ってきたな。

 

「自分の娘のストーカーでもしてたのか?」

 

「ふざけるな。スピードワゴンから手紙を頼まれただけだ」

 

「…そうか。ありがとう」

 

「まったく……少しはエリザベスの頼みも聞いてやってくれ。噂に聞く限り…デビルと貴様の繋がりは全くない。多少世間にプライベートを晒しても、問題はないと思うのだが…」

 

 デビル…人離れした技の数々で命を摘み取る悪魔……シンプルかつ分かりやすいソレが、殺し屋としての私の呼称だ。

 

「お前への手がかりは毎回ゼロ。僅かな目撃証言も、「仮面を被っていた」以上の有力な情報は出ていない」

 

 私の犯行手口は真夜中に自宅を出発する…理由なく人が近寄るはずもない森へ行く…仮面を被る…現場に向かい犯行を行う…誰かに見られても、豹並みの脚力で山奥に逃走…仮面を外して帰宅。

 車ならまだしも、人間が私に追いつく事は出来ない。しかも足場の悪い森や山奥に逃げれば、ほぼ確実だ。

 

「そうだな……今溜まってる仕事が終わればな」

 

 そう言って受け取った手紙を掲げて見せると、ストレイツォは不満そうに帰って行った。

 

「………さて」

 

 私は今夜も生ゴミを処分する。人の形をしたただの腐肉だが、私以外に片付けられる者はいないのだから。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 あぁ約束しといて、私がジョセフと初顔合わせをはたしたのはそれから半年後の事だった。

 現時点でジョジョの面影があるジョセフを私は抱き抱えてみる。すると驚く事に私の皮膚が溶け始め、私は慌ててベビーベッドにジョセフを戻す。

 生まれ持っての波紋の才能があったのだ。そしたらエリザベスに「私達を放っておいた天罰ね」と笑われた。少し根に持ちすぎだ…仮にも君の叔父が、君の息子に腕を溶かされたんだぞ?

 まぁそんな事もあったが、今では良い思い出だ。

 更にそれから十数年後……私が暗殺という仕事を終えて帰る時…仮面を外すためにまず人気の無い場所へと走っていた。

 

「……む…あれは…」

 

 道中に知った顔がいた気がしたが、止まるわけにはいかず通りすぎる。そして人がいない事を確認して、私は仮面を取りさっきの場所まで戻った。

 

「やはり君か…君も老いたな」

 

「今回の仕事場からなら、帰宅時にここを通ると思ったよ」

 

 杖をついて仁王立ちする老人…シワと白髪も増えだいぶ老いたが、あの時の眼ざしだけは変わらない。

 

「石油王となった今じゃ、気軽にスピードなんて呼べないな」

 

「私はその省略された呼称も好きだがね。ところで話があるんだ。乗りたまえ」

 

 傍に停めてあった車に二人して乗り込み、スピードの部下と思われる者が車を出した。

 

「これからエリザベスの元へ行く」

 

「エリザベス?彼女の身に何かあったのか?」

 

「話せば長い…彼女はストレイツォからエイジャの赤石を受け継いだ。そして……」

 

「使命も受け継いだ。エイジャと柱の男の事だろう?」

 

「……知っていたのか?」

 

 原作知識でな……この世界では何の情報も得られてないし、仕事もあって派手に動けていないだけで、私は奴らに対抗できる策を講じていた。

 

「いずれ使う事になると頼んで特注で作らせた武器があるだろ?アレは私が柱の男と戦うために作らせた武器だ」

 

「そうか……だが無理はするな。吸血鬼であるお前は波紋使いより勝算が低い……これからは暗殺を止め、エリザベスとともに柱の男の調査を始めて欲しいのだ」

 

「それが話の本筋か……もちろん引き受けよう」

 

 私はスピードに従って暗殺稼業を二の次に…柱の男の調査を優先した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「どうだマリオ」

 

「やはり無機物状態のこいつらにはいかなる攻撃も通じない。波紋どころか、爆薬を持ってしても傷すらつかない」

 

 時はまた流れ、ここはローマのコロッセオ。そして彼の名はマリオ…ツェペリ家の人間だ。

 彼は彼で柱の男達を倒す方法を研究している。

 

「エイジャの赤石で、波紋でも照射してみるか?」

 

「無駄だ。恐らくな…」

 

 ダメ元で案を提示するが、即却下される。

 

「コレが目覚める前に破壊出来たらどれだけ楽か…」

 

 私は触れないように壁を見上げる。その壁は奇妙な事に三人の人が減り込んでいる。この三人が柱の男…この三人より弱いのが別の場所に一人いるが、それはまだ見つかっていないし、私は発見場所を覚えていない。なんせ原作を最後に読んだのは、体感時間で50年以上前の前世…大雑把かつ、印象的なところは覚えているが全てを暗記してるわけじゃない。

 

「やはり、目覚めてからでないとダメか……ん?」

 

 その時…私の耳に誰かの足音が飛び込む。ここはコロッセオの地下だ……そしてマリオは私の隣にいる…侵入者のようだな。

 

「マリオ……誰か来た」

 

「何?」

 

 短くそれだけ伝えると、私は闇に隠れながら足音を追う。

 誰かが頭の上を音なく移動するなど予想するわけもなく、侵入者は私に気づいていない。

 

「ん…子供じゃないか…」

 

 地下に入ってきたのは、癖のある薄い金髪をした少年だった。私はその子供の背後に音なく飛び降りる。

 

「君…こんなところで何をしているんだい?」

 

「なっ!テメェいつの間に!」

 

 その少年は振り向きざまにペンチを振り抜いてきた。いきなりこんな子供が攻撃してくるとは思わなかった私は、それを防御する事こそできたが、力量を誤ってペンチを握力で変形させてしまう。

 

「あ……」

 

「な、何もんだ!」

 

 そう質問してくるが、彼は答えを待たずに私に殴りかかってくる。今度は冷静に対処しようと思ったが、私の直感が危険だと告げてくる。

 

「いっ!」

 

「あ……」

 

 無意識に気化冷凍で己の手を凍らし、それで彼の拳を防御してしまう。

 氷の塊を素手で殴ったのだ。勿論少年は疼くまって悶絶する。

 

「すまない。大丈夫か?」

 

「ウルセェ!触るな!」

 

 膝をついたまま痛めた拳を振り回し、めいいっぱいの威嚇をする……仕方ない。アレを試してみるか。

 

「落ち着きなさい。私は敵ではない……この手の事は謝らせてもらうが……」

 

「ぅ……ぁ……」

 

 笑みを浮かべて彼の目を見て語りかける。すると彼は自ら発していたプレッシャーを弱めていく。

 吸血鬼は目を合わせ集中する事で、簡単な催眠をかけることが出来るのだ。実際ディオはこの力で昼間動ける手下を増やしていたらしいし………会ったことないが、原作ではポコという少年が催眠にかけられていたな。

 

「大丈夫か?骨を痛めてないか?」

 

 私も座り込んで目線を合わせ、彼の拳を両手で包む。

 

「君…名前は?」

 

「……シーザー……」

 

 それを聞いて、遠い昔の記憶が蘇る。そうか……今日はあの日か…

 

「そうか…君がシーザー・アントニオ・ツェペリか」

 

「何故俺の名を…それも捨てた姓まで」

 

「君の父親と知り合いだからね。来なさい、会わせてあげよう……彼を探しに来たのだろう?」

 

 私が立ち上がり手を差し伸べると、少し迷いながらもその手を掴んで立ち上がった。

 

「マリオ。客人だ」

 

「客人?」

 

 こちらからは見えない所にいるのか、疑問を持った声だけが返ってくる。

 やがてマリオは此方に小走りでやって来た。

 

「一体誰が……な…お前!シーザーか?」

 

 シーザーの姿を見るなりマリオは驚愕し、シーザーは内側から憎しみや怒りを溢れさせている。

 

「あぁそうだ。俺はお前が捨てた息子のシーザーだよ!」

 

「待ってくれシーザー。少し話を聞いてやってくれ」

 

 私がストップをかけると、眉間に皺を寄せていたシーザーはゆっくりと冷静さを取り戻す。一旦目を瞑り深呼吸すると、彼は怒りを目に残しつつも頭を冷やす。

 

「マリオ。先ほどシーザーに殴られかけたが、その時わかった…彼には波紋の才能がある。此処まで付いてきたのだから、もう真実を伝えてもいいんじゃないのか?」

 

 真実という言葉に反応してシーザーが此方を見上げる。そしてマリオも腹を括り真実を話し始めた。

 ツェペリ家の宿命と柱の男達の事…そして家族を巻き込みたくなかったがために、家族を捨てたことを……

 そして私は付け足すように、昔の悲劇を語った。だが彼は信じられないという顔をしている。

 

「信じられないか…無理もない。来なさいシーザー……」

 

 そう言ってマリオが背を向けて歩き出す。シーザーは怪訝な表情を浮かべるが、私が頭に手を乗せると大人しくなる……私が持っているのはカリスマというよりは、安心させる包容力だな。

 マリオについていくと、シーザーはそこで異様な光景を目にしる。今話に出た眠っている柱の男達である。

 

「これが柱の男だ」

 

「これを見ろ」

 

 そう言って私は二人を下がらせて、私は壁に触れる。すると瞬く間に骨針が飛び出し、私を捉えようとする。

 

「寝てる間は人間の好奇心を利用し、こうして奴らは捕食する。だから秘密にする必要があった」

 

 だが予期していれば私なら躱せる。それを見たシーザーは冷や汗をかいて此方を見つめている。

 

「つまり……父さんは俺達を守る為に……姿を消したっていうのか?」

 

 ワナワナと肩が震える。

 

「そうだ。だがそれを言い訳にするつもりは無い……お前達を悲しませた事は事実だ。その事については深く謝罪する………本当にすまない」

 

 マリオが深々と頭をさげる。それを見て私はその場を離れる。

 二人だけの空間にすれば、互いに本音を言いやすくなると思ったからだ。

 

 そして翌日…私は彼らが無事に和解したことをエリザベスから聞いた。

 マリオは望んでいなかったが、シーザーは自らの意思でツェペリ家の宿命を受け継ぎ、今は彼女の元で波紋の修行を行っているらしい。

 一つ問題があるとすれば、共に修行しているジョセフと気が合わず時折喧嘩しているようだ。それが刺激になって今の二人は成長しているのだがな。

 

「さて……運命はどう変わる?」

 

 原作と違い、ジョセフには物心がついた時から波紋を教えている。彼自身努力が嫌いで伸び代はイマイチだったが、シーザーのお陰でそれもなくなった。

 

「…………ジョジョ…私はお前の子孫を守れるか?」

 

 肌身離さずに持っていたロケットを握り、私は天を仰いだ。



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10.メキシコに吹く熱風

 ジョセフとシーザーが波紋の修行を行っているある日、私はエア・サプレーナ島と言う修行場所で、彼等の修行風景を眺めながらワイングラスを傾けていた。

 

「どうだ…二人の調子は」

 

「二人とも競争心のおかげで、みるみるうちに力をつけているよ」

 

 日の入らぬ室内にスピードがやってくる。今日は大事な話があり、ここへ来たらしい。

 

「それで…話というのは?」

 

 事前に用意したワインボトルとグラスを取り出し、私は彼の分を注ぐ。

 

「話…というより相談だな。レオンの考えを聞きたくてな」

 

 そう言ってワインを一口飲み、本題を話し始めた。

 

「四人目の柱の男を見つけた」

 

 サンタナか……いや、アレの名を付けたのはドイツ軍人…まだ名前は無いか。

 

「そうか……残り三体はナチスがローマで保管しているのだったな」

 

「新たに見つけた柱の男は、我が財団が遺跡ごと確保している……のだが」

 

「……のだが…なんだ?」

 

 歯切りが悪そうに言葉を止めて喉にワインを通す。

 

「……ある軍の男が柱の男を渡すように交渉してきた」

 

「なるほど……ナチスの軍人か」

 

 渡すべきか渡さぬべきか……それが相談の本筋だな。だとすれば……

 

「渡すべきだな。できることなら更に協定を結んで欲しい」

 

「……ドイツ軍人に任せた上で、財団とナチスで協力する。それがお前の意見か?」

 

「あぁ…次会うのはいつだ?」

 

 奴らの科学力なら我々に出来ぬことも可能だろう。

 

「その交渉の答えを今日の夜に出すという約束だ」

 

「なら今すぐ行こう。私もついていく」

 

 それを聞いて窓の外へ視線を戻す。既に太陽は沈みつつあるが、念の為に仮面と帽子と傘は持って行こう。

 

「そう言うと思ったよ」

 

 そして私達は部屋を出て、待ち合わせ場所へ向かった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 島を出て数十分……待ち合わせの場所はホテルの一室とのことだ。

 特に問題もなくその部屋に私達はたどり着く。

 

「失礼する」

 

 そう言って中に入ると、軍服を着た男が五人……そのうちの一人はソファーに座り、あとの四人は銃を持ち後ろに立っている。

 

「貴様がスピードワゴンの話に聞くレオン・ブランドー…いや、レオン・ジョースターと呼ぶべきかな?」

 

 言葉を発するたびに大なり小なりアクションをつけるこの男は、ルドル・フォン・シュトロハイム。波紋を身につけずに武装のみで柱の男に立ち向かう軍人だ。

 

「姓は捨てた。レオンでいい」

 

「そうか、ならば遠慮なく呼ばせてもらおう。ひとまず座りたまえ」

 

 そう言われ、私とスピードは向かいのソファーに座る。すると彼の後ろに立っていた男が二人、私達の後ろに回りこむ。

 

「では早速だがスピードワゴン…答えを聞こうか?」

 

「……今回の件は全て彼に任せている」

 

 スピードは顎で私を指す。当の私は傘と帽子を軍の男に託して壁に置いといてもらう。

 オイオイ…私は話がどう転じるか知りたくて付いてきたんだ。急に私に全責任を押し付けるなよ…

 

「随分と信用されているじゃないか。ではレオン…君の決断を聞こう」

 

 足を組み直して腕を組み、見下すように私を見てくる。私は一度スピードに目を向けると、彼の表情からは決してふざけて責任を押し付けたわけではない事がわかる。

 昔から変わらないあの眼差しを向けて、私が口を開くのを黙って待っている。

 

「ハァ……その前に聞きたいことがある。念の為に聞くが盗聴は?」

 

「もぉちろん‼︎心配せんでいい」

 

 少し驚く発音で自信満々に答えてくれる。ならば私も質問しよう。

 

「柱の男…吸血鬼…石仮面……どこまで理解している?」

 

 大前提として柱の男達の危険性を十分把握していないととても困る。私は真剣な眼差しでシュトロハイムの答えを待つ。

 

「それを貴様に言う必要が……何故ある?」

 

 そう言う彼は私を警戒する。無理もないか………

 

「我々は柱の男を倒す準備を進めている。それは君達も同じだろう?日光と波紋…その他の弱点を知るために、四体の中で最も弱い柱の男を手に入れようとしている」

 

「随分と勘が鋭いじゃないか…貴様こそどこまで知っているのだ?」

 

 一度スピードを見ると、彼は意図を察したのか頷く。好きに話していいようだ。

 

「奴らの狙い…倒し方…石仮面の用途…吸血鬼…餌…近々目覚めること…まぁこんなものか」

 

「ほう…」

 

 難しい顔をして上半身を仰け反らせる。

 

「一度話を最初に戻そう。譲る譲らないの答えを聞き、そして貴様がどうしたいのかが聞きたい」

 

 やれやれ…仕方ないな。敵ではないし全て教えてやろう。

 

「君達に譲った上でスピードワゴン財団と協力し、柱の男の研究を進めてほしい。奴を目覚めさせる実験をするならば、私がその時は立ち会う。これが条件だ……そしてこれはお願いだが、ある事を試して欲しい」

 

「ある事……だと?」

 

 この言葉にはスピードも疑問の表情を浮かべている。

 

「四人目の柱の男、仮にサンタナと呼ぼう……少し耳を貸してくれ」

 

 妖艶な笑みを浮かべて私は身を乗り出す。そして二人に私は耳打ちした。

 

「なっ!」

 

「ブゥァアアカか貴様ァ⁉︎」

 

 …その発音の仕方はやめろ…凄い唾が飛ぶ。

 

「そんなことをして何になる⁉︎貴重な実験体を無駄にするきかァ?」

 

「私のような吸血鬼では勝算が低いのだ。これが成功すれば大きな戦力となる」

 

 私がそう言うと、シュトロハイムは右手を上げる。すると四人が私に銃を構えた。

 

「貴様……今何と言った?」

 

「そうか……言い忘れていたな。私は吸血鬼だ。だがただの吸血鬼ではない…善人だ」

 

 そう言って八重歯を見せたり、気化冷凍法で腕を凍らしてみる。

 すると吸血鬼だという事を信じたのか周りの軍人の手が震える。

 

「……ひとまずサンタナは君達に譲る。条件は守ってもらうが、お願いの方はひとまず忘れてもらって構わない」

 

 そう言って立ち上がると、それに合わせて銃口が動く。しかし私がシュトロハイムに視線を下ろすと、彼はゆっくり手を下ろし銃を下げさせた。

 

「では今日は失礼する。サンタナを起こす事があればスピードを通して連絡をくれ」

 

 そう言い残して私とスピードは立ち去った。

 

「……スピード…任せるなら事前に言って欲しい」

 

「いや済まない、伝え忘れていた。私よりレオンの方が口先は切れるからな」

 

 まったく……私は自ら向かおうとしたが、スピードは最初から、私をこの場に引き摺り出す気だったのか。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 柱の男達が目覚めるまで後どれくらいだろうか……私に出来ることは少ない。

 だが逆に、少ないからこそ一つのことに集中出来るものだ。

 

「シッ!」

 

 集中して鞭を振ると、狙った的の中心に先端が被弾する。

 

「……不安だな」

 

 この鞭はスピードワゴン財団に作ってもらった私専用の武器だ。

 長さ8mの強化ワイヤーで作り、持ち手の反対側はナイフになっている。

 

「そういえば……今頃ジョセフとエリナはニューヨークか?」

 

 懐中時計を手に取り時刻を確認する。明日になればきっとスモーキーという黒人少年と知り合いになるだろう。

 

「レオン様、使い心地はどうですか?」

 

 ここはスピードが用意した練習場で、私の後ろには武器開発担当の若い男が立っている。

 

「もう少し刃を伸ばせないか?」

 

「これ以上伸ばすと動きに支障が…」

 

「仕込み刃にしてくれ。あと伸ばした分だけ刃を厚くしてくれると助かる」

 

 長さに合わせて強度を上げなければ簡単に折れてしまうかもしれない。なんせ相手は柱の男だ。

 無機物状態では効果を発揮しないが、波紋でなくともダメージは与えられるはずだ。確かサイボーグとなったシュトロハイムが、徹甲弾でダメージを与える描写があったはず。

 

「直ちに取り掛かります」

 

 私のリクエストを聞いて、青年はすぐに開発に取り掛かる。

 ひとまず鞭の方に改善点は見られないし、こっちの練習に集中するか。

 そう思った矢先に、財団の人間が一人…大急ぎで私の元へやってきた。なにやら私宛に電話がかかってきたらしい。

 

「私だ……なんだと?」

 

 私は耳を疑った。だが何度聞き返しても返ってくる答えは同じだ。

 

「……わかった。私がなんとかする……いやエリザベス達は修行に集中させろ。もうすぐ奴らが目覚めるのに、無駄な戦いはさせられない……比較的弱い個体だ、どれくらい通用するかも確認したい」

 

 そう言って一方的に電話を切ると私はすぐさま走り出した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私の名前はケライン・エーデルガルト。新兵だが女である事を捨てて国の為に戦う誇り高きドイツ軍人だ。

 私は今実験体を追って民家の影から身を乗り出している。隣にはもう一人軍人がいるが頼りない…クソが!こうなったのは全部少佐のせいだ。

 レオンとかいう男どころか、スピードワゴン財団の人間にすら秘密にして実験した結果がこれだ。シュトロハイム少佐の命令でサンタナを起こしたは良いが、あいつはドイツ軍の科学力をもってして作った独房を脱走したのだ!それも軍の男一人の体内に入って……そして私は見た……日が沈みきったと同時に、男の身体は爆ぜるように千切れ、中からサンタナが現れた。

 

「日が沈んだ今、どうやってあいつを殺すというんだ?俺たちが餌になるだけじゃねぇかよ」

 

「静かにしろ…奴に見つかる」

 

 奴は今民間人を捕食しながら村のどこかを徘徊している……少佐は血眼になって追っているが手が付けられない。なす術がないにもかかわらず、我々に始末するよう命じた。

 

「時間稼ぎにも良いとこだ…これじゃ俺達の命が絶えるだけだ!」

 

「静かにしろと言ったはずだ」

 

「俺一応お前の先輩だぞ?」

 

 私は誇り高きドイツ軍だ……私は恐れない…例え死ぬとわかっていても…無駄だとわかっていたとしても。

 

「私は屈しない!必ず使命を…」

 

「五月蝿…い、と思え…ば」

 

「…………ぁ……」

 

 いつの間にか私の背後にはサンタナが立っていた。

 

「HUOHAHHHHH」

 

 独特な奇声とともに奴の手が隣に立っていた男に伸びる。触れた瞬間、男の頭は吸い付くように掌に埋まり一体化していく。

 ビクンビクンと男の首から下が大きく痙攣しているが、私は直感でもう死んでいると確信した。

 

「私は…屈しない…絶対に……」

 

 銃を持つ手が震える…ここに配属されたのも最近で、実を言うと初任務だ。訓練以外で銃を発砲するのも初めてだし、殺そうとする動作自体初めてだ。

 

「止まれ……止まれ……」

 

 ゆっくりと近づいて来る化物に……そして私の震えに対してそう言った。しかしどちらも止まらない。私がゆっくりと後退するだけだった。

 

「私は屈しない…私は屈しない…私は……ぅ」

 

 私は背中を向けて逃げ出した。銃を抱き締めるように抱えながら…自分が情け無い…軍に入った当時はあんなに殺意に満ちていたというのに、今は恐怖しか溢れてこない…

 

「逃げるの、か?」

 

 私が走り出すと奴も私を追って走り出す。

 私は足を止めずに銃をだけを後ろに構えて発砲した。被弾したかどうかは確認できない。わかるのは重い足音が次第に近づいてくることだけ…

 

「せめて…震えだけでも止まれ!屈するな!恐怖に!」

 

 サンタナを私の家族を殺した犯人だと思え…そうだ…妬め、恨め、呪え…奴が殺したんだ奴が!

 

「サンタナァァア!」

 

 振り向いて銃をしっかり構えて発砲しようとする……しかし発砲音は聞こえず、カチッ と言う情けない金属音が耳に入る。同時に…私のなけなしの勇気が空になる。

 

「弾切れ……嘘だろ…」

 

 あぁ……私はここで死ぬのか……ごめんなさい、父さん、母さん。貴方達の娘は何も達成できずにそちらにいきます。

 これが走馬灯か?嫌なものだな……私の前で両親が殺された時の映像が流れる……そう…此奴だ……此奴に私の家族は殺されたんだ。顔が中途半端に腐ったような化物に……あれ?なんで私はあの時生き残ったんだっけ?親が殺された後、確か私も襲われたはず…

 

「逃げるのは…止めたのか」

 

 そこで私は現実に引き戻される。奴の腕が私に伸びる……私もあいつみたいに吸収されるのか……

 

(大丈夫か?)

 

 何処かで聞いたことのある声だ…これは走馬灯の続き?…そうだ、思い出した……私は仮面を被った白髪の男に助けられて……確かデビルと呼ばれてるんだっけ?まぁいい…どうせこれから死ぬんだ。どうでもいい。

 

「聞こえないのか?おい」

 

 私の顔を誰かが覗いている……そうそう…デビルの仮面も、顔を隠す事だけを目的としたような、何のデザインもない黒い仮面だったな……こんな感じの……え?

 

「お前は……デビル?」

 

 かつて私の命を救ってくれた殺し屋……その本人と思われる方に、私は今抱かれて空を跳んでいた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 やはり仮面は外して来るべきだったか?まさか殺し屋の顔を知ってる奴が軍にいたとは……住民に見られても問題無いように装着してきたのだが……

 

「貴様…吸血鬼か?」

 

 サンタナが彼女を殺そうとしていたので、私は彼女を抱いて飛んで逃げていたのだが……すぐに追いかけて来たようだな。

 

「吸血鬼……まさかお前がレオン?」

 

「君…ひとまず逃げるなり隠れるなりしていてくれ……邪魔だ」

 

 私は仮面を被りなおし、腰に下げていた試作品の鞭を手に取り構える。

 

「そんな軟弱な武器で戦うのか?無理だ!奴には銃器だって効かないんだ!」

 

 私の言ったことを無視して、軍人の女性は私に警告してくる。それに返答しようとも思ったが、サンタナが攻撃してくるので私は反撃に出る。

 

「遅いな」

 

 横に飛んでそれを躱すと、私は鞭を振り回し風を切る。特注品のコレは普通の鞭と素材が違う…仕組みが違う…そして破壊力が違う。

 軌道に合わせて鞭の芯が遠心力を先端に集めようと自動で僅かに変形するのだ。

 

「NUUUAHAA!」

 

 先端に被弾した奴の右腕が抉れる。波紋の力はもちろん備わっていないので、すぐにくっ付いてしまうだろう。

 

「この武器は軟弱じゃない……柔軟なだけだ」

 

 奴が怯んでる隙に自分で編み出した技を放つ……と言っても、計算上もっとも先端にパワーが集まる動きなだけで技とは言えない。

 

「行動に出てからダメージを与えるまで三秒かかる…戦闘中では致命的な隙だが、当たればこの通り……え」

 

 最も長い時間を必要とする最も攻撃力の高い技がサンタナの胸部に被弾する。すると奴は血液と肉片をばら撒きながら、左肩、頭、それ以外の三つに分裂する。

 

「……この通り、徹甲弾を凌ぐ威力を発揮するのだよ」

(まじか……ココまで威力あんの?)

 

 内心ビビりながらもそう言うと、彼女も驚愕している……いや…あれはショッキングな光景を見て気分を悪くしているな。む?

 

「だがコレを食らっても生き残るのが柱の男だ。一旦離れるぞ」

 

「お、お前の助けなんかいらん。私は誇り高きドイツ軍人だ」

 

 先程まで逃げ回っていたのにガンコな女性だ。

 

「いいから掴まりなさい」

 

 強引に抱き抱えると何か私に抗議しているが軽く聞き流す。顔が赤かった気がするが気のせいだろう。

 

「肉片が集まりだしたな……」

 

 ある程度距離を取ったところで振り返る。するとそこには、原型がほぼ戻ったサンタナが立っている。その表情は怒りを露わにしていて、私の方へ突進してくる。

 

「さっき私の助けはいらないと言ったな?」

 

「え?」

 

「ターゲットは私だ。幸運を祈る」

 

 私は彼女を適当な所で下ろし、急いでその場を離れる。するとサンタナはやはり私を追ってきて、女性の方には目もくれない。

 

「そうだ私を追ってこい」

 

 サンタナは全力で私を追いかけてくる。走る速さは私と同じくらいか…下手すれば追い付かれる為、私も目的地まで全力疾走だ。

 やがて街を離れ、私は視界の悪い森にやって来る。もちろん後ろにはサンタナが追ってきている…さっきよりも距離が縮まっているな。

 

「逃げれると思うな!」

 

「…そうだな…だが町から離れた。被害が出ないなら良い…ここで殺ろうか」

 

 鞭を構え直しサンタナと向き合う。すると奴は私に突進してくる。そのまま走り抜きながら吸収でもしようというのか?かなり単調な攻撃だぞ…

 

「あまい…」

 

「何ッ!」

 

 横に飛んで避けると、奴の脇から肋骨と思われる骨芯がとび出る。

 そしてそれは私の右腕を切り裂く。

 

「チッ…掠っただけか…」

 

「あぁ、そのようだな」

 

 掠ったと言っても、骨に達する傷が二本上腕に入っている。あまりの早さで吸収こそされなかったが、治るまで上手く動かせない。しかも傷をくっつけるために反対の手で押さえていないとな…

 

「次で決めてやろう!」

 

 先程より流暢に意気込んで、奴は私に向かって突進してくる。横に逃げたらニの舞になるし、飛び越えてもきっと同じだろう……となれば…

 

「迎え撃つ」

(これは賭けだ…これが成功すれば、今後の戦いが大きく変わる!)

 

 私は奴に向かって跳躍して顔面に蹴りを放つ。

 

「何を血迷ったか!バカムッ!」

 

 バカめ…と言いたかったのだろう。しかし私の蹴りが奴の顔面を捉え、発せられた言葉が歪む。仕方ない…代わりに言ってやろう。

 

「バカめ……」

 

 避けるなどといった考えが無かったのか蹴りを当てるのに苦労はしなかった。逆に奴は私が避けると思っての突進だったので、踏ん張ろうとするはずも無く後頭部から地面に叩きつけられる。

 

「これは嬉しい誤算だ。為になったよ」

 

「何故だ…何故吸収されん!」

 

 気化冷凍法で蹴る瞬間に、自分の足を凍らせただけだ。奴は細胞で消化液を出して吸収する……吸収する対象と細胞の間に氷があれば、吸収するのに一瞬時間が掛かる。ならば吸収スピードを上回る速さで攻撃すれば、一瞬の接触は許されるのだ。だが皮膚が僅かに吸収されている…カーズ達には恐らく通用しないな。

 

「種明かしをするつもりは…無い」

 

 抑えていた腕をゆっくり離すと、完治こそしていないが既に腕は満足に動かせた。

 

「餌の分際で…とでも言いたいのか?」

 

「餌の分際で……ハッ!」

 

「………今のは偶然だ」

 

 それはジョセフの十八番だろうと思いながらも、鞭を構え直した私は距離を取って盛大にソレを振り回す。鞭の先端は風を切る音を鳴らし、今触れれば肉片が飛び散るだろう。話に聞く限り、鞭の最高速度は音速を超えるらしい。

 

「おのれぇ……」

 

 私が鞭を振り回すと、破壊力を知っているサンタナは動きを止めて慎重になる。振り回すだけのこの行動が罠への布石だとも知らずに。

 

「今だ…やれ……」

 

「イケェ!紫外線照射装置ィィィィ!」

 

 独特な発音と共に眩い光がサンタナを四方から包んだ。すると奴は悲鳴を上げてその場を離れようとする。しかし私の鞭が足を捉え、サンタナはその場に崩れ落ちて無機物に変化する。

 

「…ふぅ……シュトロハイム。こんな事二度とゴメンだからな?私が信用出来なくとも、波紋使いに声くらいかけろ。キツイ言い方だが、貴様のせいで多くの住人が…」

 

「わかったと先程に言っただろうがァ!今回の件は酷く反省しておるわァ!」

 

 逆に半ギレする様にそう言ってくると、シュトロハイムは被っていた帽子を更に深く被り再度謝罪する。

 

「…すまん……手間取らせてしまったな」

 

 私が場所を移動した本当の意味は、私がここで紫外線照射装置を用意して待機するように軍の人間に指示したからだ。

 でなければ鞭を満足に振るえないこんな森に来たりしない。だが直線的に飛来させてあの威力か…千切れはしなかったが、肉を抉る程度の威力…ふむ。

 そうやって武器の事を考えているとシュトロハイムが姿勢を正し、こちらに向かって敬礼をする。

 

「本来ならばイギリス人との協力などゴメンだが、このシュトロハイムは勇気ある者を尊敬する。レオン……貴様が善人な吸血鬼だという事実…友人として信用しよう!」

 

 ようやく信用が得られたところだが、ひとまずサンタナを移動させなければな。光を当ててる間は大丈夫なはずだが……



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11.ナチスと吸血鬼

 サンタナはあの後、スピードワゴン財団が用意した密室に移され、紫外線を継続的に浴びさせることとなった。

 

「それでシュトロハイム。目覚めさせてみて何かわかったことは?」

 

「計算上サンタナの実力は、残りの柱の男達の一割にも満たない……逆に言えば残りの三体の戦闘力はサンタナの十倍ということだ………サンタナと直接戦った貴様なら、奴らの実力に見当もつくんじゃないのか?」

 

 ガラス越しに石化したサンタナを眺めながら成果を聞く。シュトロハイムは二人の部下を連れて、私と共にスピードワゴンの研究施設に来ていた。

 すると別室から二人を呼ぶ声が聞こえる。

 

「レオン、シュトロハイム。少しこっちに来てくれんか?」

 

 我々を呼びに来たのはスピードワゴンだった。側には研究員と思われる中年男性が立っている。

 

「どうかしたのか?」

 

「サンタナの右腕が再起動しました」

 

 そう言われて私達は別室の実験室に移動した。

 移動した先には、特殊なカプセルに収まったサンタナの腕がある。森で紫外線を照射した際に本体と分離した物だ。意外とおとなしい。

 

「本体が石化しているからでしょうか……血流は正常に流れていますが、何の反応も示しません」

 

 カプセル内に備え付けられたアームで弄ってみるが、サンタナの腕は何の反応も起こさない。

 

「熱しても冷やしても…紫外線を当てても身動ぎすらしないのです」

 

「柱の男は賢い……あえて無反応で油断させようとしてるかもな」

 

「奴は脱走する際に、銃器を一瞬で分解して仕組みを理解する程の賢さを持っています」

 

 シュトロハイムが私にそう言うと、側に立っていた女兵士が付け足すように口を挟む。

 セリフを取られたとばかりに、シュトロハイムは女兵士を見てフンッと鼻を鳴らす。するとおもむろに咳き込み視線を集める。

 

「オホン…ところでレオンよ。今回サンタナを捕らえたのは貴様の成果だ…よってシュトロハイムは貴様の願いを聞くことにした。光栄に思うがいい」

 

 私の願い…か……自分でも軽く忘れかけていた事だが、彼は覚えていたようだ。

 

「いいんだな?」

 

「構わん。現代の医学力ではこれ以上の解明は不可能…好きに使うがいい、だが失敗しても我々は一切の責任を負わん!わかったか⁉︎」

 

「あぁ……ならば今すぐ準備に取り掛かるぞ。スピードワゴンも構わないか?」

 

「もちろんだ」

 

 指揮官二人の許可が出たところで、私は早速行動に移し始めた。

 数人の医学者に声を掛け、私はエリザベスに連絡を入れる。

 

「柱の男達が近い内に目覚める……仮に一週間以内と想定し、今すぐ力をつけなければ……」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 場所は変わってエア・サプレーナ島。

 

「レオン?貴方は何を言っているの?」

 

 俺が波紋の修行に勤しんでいると、リサリサ先生が電話で誰かと話す声が耳に入る。話し相手はレオンさんのようだ。

 

「だからと言って……ハァ…すごい無茶するのね。分かったわ」

 

 電話を終えた先生は受話器を置き、顔だけを俺の方に向けてきた。

 

「シーザー、私は今からメキシコに飛びます」

 

「え…何を言っているんですかリサリサ先生!こんな大事な時に!」

 

「だからこそやらねばならない事が出来ました。貴方はまだ未熟ですがローマへ先に行ってください。ジョジョもすぐに向かわせます」

 

 そう言って先生は歩き去るが、話が終わってないので慌てて追いかける。

 

「いったい何があったのです?訳を教えてください」

 

「詳しくはまだ言えません。ただコレだけは言っておきます……レオンの指示です」

 

「レオンさんが?」

 

 そう言われると何故か不思議な気持ちにかられる。レオンさんはツェペリ家の運命を変えるほどの力を持った俺の尊敬にあたる人物……

 先生はレオンさんの名前を出せば、半信半疑でも従う事を知っているんだろう……まったくその通りだ。

 

「わかりました。すぐローマへ飛ぶ準備に入ります」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………少し無茶を言ってしまったか?」

 

 エリザベスが受話器をきちんと置かなかったのか、シーザーとエリザベスの話が筒抜けになっていた。

 

「ここに来るまで最短で半日……プロジェクトに掛かる時間は不明」

 

 間に合うか?奴らが目覚めるまでに。

 

「ところでレオン様…実戦で使ってみてどうでした?」

 

 気がつくと私の隣には、武器開発担当の彼がいた。彼の存在に気づかないとは、私はかなり考え込んでいたらしい。

 

「素晴らしい威力だったよ。だが仕込み刃は使ってないからわからないな」

 

「段階が段階なので、リクエストがあれば今作成してる武器に反映させられますが……」

 

「そうだな……なら仕込み刃を打ち出せるようにできるか?出来ないにしろ、取り外しが出来るようにしてほしい」

 

「……用途はわかりませんがわかりました。取り外し機能ですね?でしたら替えの刃も用意しましょう」

 

 そう言って彼は嬉しそうに小走りで去っていった。作ることを生き甲斐としたような男だったな。

 ………さて…そろそろ準備ができた頃じゃないか?

 

「……これは賭けだ…成功すれば良いが…」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「なんでテメェがここにいやがんだよ!」

「五月蝿いこのスカタン!レオンさんの指示だ!」

「にゃにぃ〜〜?よりによって何でお前とルームシェアなんだァァァ!」

「五月蝿いと言っているだろ!お前のいい加減さには相変わらずうんざりする…」

 

 ここはローマのホテルの一室……の扉の前……つまり廊下。私はメキシコでやる事を終えた翌日にすぐここまで足を運んだのだが……

 

「二人共……もう少し仲良くできないのかしら?」

 

 「「こんな奴とは絶対に仲良くなんかできない(ぜ)‼︎」」

 

「そこで……息が合うのか……」

 

 扉を押し開けてエリザベスと共に中に入る。そこでは予想通り二人が喧嘩していた。

 

「……ってレオン⁉︎一体どうしたんだ!」

 

「外まで丸聞こえだったぞ……静かにしてくれ」

 

「俺の話を無視すんじゃねぇ!」

 

「ん……あぁすまない。調子が悪くて耳元がこもり聞こえないんだ……騒がしいのはよく伝わったが…」

 

 ジョセフとシーザーがギョッとした顔で私を心配してくれる。なんせ私は今かなり弱体化していて、エリザベスに背負われているのだ。

 まさかこの歳になって娘のような存在におぶられるとは……

 

「どうしたんですかレオンさん!顔色が凄く悪いですよ?」

 

「シーザーちゃんの言うとおりだぜ!元々死人みたいな綺麗な肌が、今じゃ本当に死んでるみたいだぜ?白を通り越して青!ブルーだぜ⁉︎」

 

 エリザベスの支えを借りて、私はソファーに寝転ぶ。こうしてる今も吐き気と頭痛で目が回る…凄く気分が悪い…最・低・に・ロ・ー・ってやつだ。

 

「そのうち治る……それよりエリナは?」

 

「エリナ婆ちゃんは言われた通り、スピードワゴンの爺さんに預かってもらったぜ!」

 

「ならいい……あとは奴が目覚めるまでの間…万全な状態で過ごす事……それまで自由時間だ」

 

「お、おう」

 

 こんな状態の私に言われても、内心戸惑うだけか……

 

「それでは……私はしばらく寝かせてもらう……もしかしたら財団かナチスの人間が…配達に来るかもしれないが……別に気にしないでくれ…」

 

「ほ、本当に大丈夫かよレオン…」

 

「今日は少し無茶したからかしら…レオン、私の血でよければ分けましょうか?」

 

「いやいい……」

 

 フラつく足で立ち上がり、壁に手をかけながら私は退出した。そしてすぐ隣の部屋の鍵を開けて入室……倒れこむようにソファーに寝転がった。

 部屋を分けた理由は、万が一二人の喧嘩の流れ弾が私に飛んできたら命が危険だからである。二人の波紋はまだ僅かに未熟だが、私が昇天するくらいの力はある。

 

「……ハァ…ゥ…」

 

 ……にしても本当に苦しいな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私の名前はケライン・エーデルガルト。ドイツ軍の女軍人だ……私は今ある任務を遂行するためにローマに来ている。

 任務というのは実に簡単な輸送任務だ……あの方へこのケースを届ける…たったそれだけの簡単な任務なのだが、渡す相手があの方だというだけで極度の緊張感が私を襲う。

 

(落ち着け…落ち着くんだエーデルガルト……いつも通り気高く振る舞えばいい……いや、それだと失礼じゃないのか?あの人と張り合うかの様に見えたらどうしよう……だとしたら恐れ多い。あぁ、一体どうすれば……)

 

「ん?なんだオメェ…その服はナチ公か?」

 

 私がそうこう悩んでいると、ガタイのいい男が話しかけてくる。たしか…名前はジョセフ・ジョースター……だったはず。

 

「あっ!わかった!お前がレオンの言ってたナチスの配達人だな?」

 

「配達人……まぁ確かに配達の様なものだが…」

 

「んで…こんなとこで何やってんだ?吸血鬼ってのが怖くて届けにくいとか?」

 

「別に怖くなどない」

 

「そう遠慮すんなって。俺が代わりに届けてやんよ」

 

 そう言って私からケースを奪おうとする。すると私はつい、相手の腕を捻り上げてしまう。

 

「イデデデデ、いきなり何しやがんだこのアマ!」

 

「私に与えられた任務だ!だから私の手でやり遂げる……ただそれだけだ!」

 

 危なかった…ケースを取られればあの方に会う機会を失ってしまう。

 

「そう怖い顔すんなって。可愛いお顔が台無しだぜ?」

 

「気安く話しかけるな。私は貴様のようなナンパ師が大嫌いだ!」

 

「ハハァーン。それでクールでイケメンなレオンに惚れちゃったとか?」

 

「なっ!」

 

「…あれ?もしかして図星?」

 

 ………図星だ。

 

「貴様ァァァア!」

 

「オワッ!テメェ、ホテル内でナイフ振り回すんじゃねぇ!…ふぅ…とんだクレイジー女だったぜ」

 

 私に背を向けて男は逃げていった。クソッ…無駄な体力を使ってしまった。ひとまず落ち着け…深呼吸だ。

 

「……ふぅ…よし」

 

 そう言ってエレベーターが降りてくるのを待ち、私はあの人の部屋を目指した。

 

「……あの方の部屋は……ここか」

 

 部屋番を確認し、私はドアをノックする。

 

「私はドイツ軍のケライン・エーデルガルト。レオン殿の部屋で間違いないか?」

 

 そう言うとしばらく静寂が流れ、やがてカチッという金属音が響き鍵が解錠されたことがわかる。

 入っていいのか?

 

「し、失礼する」

 

 扉を開けて中に入ると、すぐそこにあの方がいた。壁に手を付き覚束ない足で部屋の奥へ移動すると、力無く彼はソファーに倒れこんだ。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 今の彼は昨日の様な気高さも力強さも感じない。その代わり彼は美しかった………苦しさから漏れるその呼吸が妖艶な美しさと魅力を感じさせる。

 

(…って、いかんいかん!何を考えているんだ私は!)

 

 頭を振って煩悩を振り払う。

 

「あの……そろそろ品を渡してくれないか?」

 

「す、すみません!」

 

 扉の前で立ち尽くしていた私に彼が声を掛ける。だから私は急いで彼の前のソファーに腰を下ろし、テーブルの上にケースを置いた。

 すると彼は早速ケースを開けて、中からワインボトルのようなものを取り出す。

 鮮度を保つ仕組みになっていて、中には血液が入っている。それを彼はワイングラスに注いで喉を通す。

 

「…ふぅ………何か?」

 

「あ、いえ……」

 

 恐らく彼は何故私が帰らないのかを疑問に思っているのだろう。

 何か私がここに残る理由はないだろうか………

 

「あの……さ、昨晩は命を救っていただき感謝します。他に我々で力になれることはございませんか?」

 

 言葉遣いが怪しい気がするが、私はそう言ってその場に残る時間を稼ぐ。

 

「特にない。ところで君はいつまでいるつもりだ?」

 

 うっ……単刀直入にそう言われると帰らざるをえないな……そうだ。

 

「はい。すぐ帰ります……ですがその前に、個人的な質問をしてもよろしいですか?」

 

「質問?構わないが……」

 

 血を摂取したからか、少し顔色が良くなる。どうやら答えてくれそうだ。

 

「貴方とデビルは同一人物ですか?…この答えがYESなら、私の事を覚えているか教えてください」

 

 私はデビルに命を救われた…世間が悪魔と呼ぶ殺し屋に……もし本人なら個人的な感謝を伝えたい。

 

「YES……そして仕事中に会話をした事は一度しかない。言われるまで気がつかなかったが、おそらく私は君を知っている」

 

 覚えていてくれた……それだけで何故か喜びで身体が震える。

 

「あの時はありがとうございました…私は貴方に二度助けられました。それがどうしても伝えたくて時間を取らさせて頂きました。すいません」

 

 何故か自分で言っていることがおかしくなる。私は対人会話が苦手だったのか?

 

「誰にも言わないでくれ……私は目立っていい存在じゃないんだ」

 

「言いません、貴方のためなら……レオン殿の為なら命を捧げても構わない」

 

 うっ……また私は何を口走っているんだ?会話が苦手かと思いきやグイグイと……自分で自分にツッコミたくなる。

 

「なら……早速君の命…少しだけ貰えるかな?」

 

「…え?」

 

 私が戸惑っていると、彼は私の肩を掴み顔を近付けてくる。

 

「レ、レオン殿⁉︎」

 

「すまない……私も直接取るのは抵抗があるが、生き血の方が栄養価があるんだ」

 

 そう言って私の首筋に刃が刺さる。一瞬痛みが走ると、徐々にそれが快楽として広がる。

 

「あ……ぁ………」

 

 夢の様だ……ホテル一階で気付いたばかりの恋心だが、身も心もこのまま溶けてしまいそうだ……

 

「気をつけて帰りなさい」

 

「………え?あ、はい」

 

 気がつくと彼は、既にソファーに座っていた。私だけが余韻に浸って、立ち尽くしていたようだ……恥ずかしい。

 

「それでは……失礼します」

 

 今日は……良くも悪くも忘れられないな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ふむ……やはり生き血の方が良いな。栄養価といい喉越しといい…なにより緩く深い味は、支給品と比べ物にならない。

 

「私の血は拒んだのに、ナチスの血は飲むのね」

 

「君の血が嫌なわけではない……ただ君の波紋はやつらに対して最も有効な武器だ…私の賭けの為に、君の調子を悪くするわけにはいかない」

 

「そう……ちなみに、生き血を頂く基準てなんなの?」

 

 基準?そうだな……

 

「私も男だ…できることなら女性の方が良い……だが肉に歯を刺すのは抵抗があるし、許可がなければそうそう生き血は奪わない」

 

「貴方は本当に石仮面を被ったの?まったく邪悪さを感じないのだけど」

 

「……褒め言葉として受け取っておくよ………さぁ…そろそろ部屋に戻ってくれ……私は休みたいんだ」

 

 生き血を多少貰いはしたが、未だに症状は収まらない。血液を摂取したところで回復はあまり促進されない…

 少しは良くなったと信じたいな………



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12.柱の男達

 レオンが弱体化した五日後……彼はその日、自ら目を覚まさす事はなかった。エリザベス…もとい波紋後継者リサリサが、朝昼晩と様子を見にくると常に寝てるのだ。

 用事があって声を掛ければ起きるが、それが無ければ苦しそうに呻いて目を閉じ続けているのだ。そしてそれは未だ変わりない…

 隣の部屋では二人が心配の声を漏らす。四六時中喧嘩している二人も、レオンの事となれば休戦に入る。それだけレオンの信頼は厚いのだろう。

 するとそこへリサリサが戻ってくる。そして彼女は静かな声で、落ち着いて聞いてください。と、前置きを挟む。

 

「柱の男達が目覚めました」

 

 小声でそう言うと、二人の顔は険しいものとなる。そしてシーザーがリサリサに意見する。

 

「それだけ静かに伝えるということは、レオンさんは置いていくということですね?」

 

「もちろん。今の彼では足を引っ張り命を落とす危険性があります」

 

 吸血鬼ともなれば隣の部屋から聞き耳も立てれる事も可能だ。しかし今のレオンは弱体化していて小声で話せば聞こえないだろう。

 

「よって私達三人で迎え撃ちます。覚悟は良いですね?」

 

「もちろんだ、リサリサ先生!」

 

 息子としてでなく、波紋の戦士として自分の母をそう呼ぶ。そして家族としてジョセフは、レオンを置いていくことに賛同……シーザーも同意見だった。

 

 しかしこのレオンに対する思いやりが……この決意が後に悲劇を生む。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 その後…三人の波紋使いは柱の男たちが眠っていた場所に向かうべく、すぐさまホテルを飛び出した。

 

「ここです。リサリサ先生」

 

「そういや初めてお目にかかるが、まさか入り口が観光名所だったとはな〜」

 

 シーザーが有名な観光名所の一つ、真実の口に指を突っ込み捻るように持ち上げる。するとそれの後ろに通路が現れる。

 

「見張りのナチスがいない……まさか、すでに……」

 

「シーザー。悔やんでる暇はありませんよ?」

 

 そう言って足を踏み入れると、空気に乗って殺意が流れ出てくる。そして奥へ進むと、その感情の主はすぐさま現れた。

 

「新たな客人か……」

 

「…ほう?」

 

「いかがなさいますか、カーズ様?」

 

 暗闇の奥には、三人の屈強な戦士がいた。順にカーズ、エシディシ、ワムウ…彼らが柱の男と呼ばれる生命体……吸血鬼の捕食者だ。

 彼らの目の前に立つだけで自分の死ぬ姿を想像してしまう。そしてそれを払拭して攻撃に転じれたのは、リサリサただ一人だった。

 

「スネックマフラー!」

 

 マフラーを武器に攻撃を仕掛けるが、初撃は避けられる…しかしマフラーは引き寄せられるように柱の男を追尾する。

 

「ぬぅ……」

 

 しかしそれも容易く奴らは避ける。そして興味深そうにリサリサを見つめる。

 

「まさか波紋?」

 

「我々が根絶やしにした波紋一族が生きておったか……」

 

「後ろの二人……おそらくそちらも波紋使いかと」

 

 冷静に奴らが推測していると、リサリサは珍しく声を張り上げた。

 

「ジョジョ、シーザー!私は見学させる為に連れてきたのではありません!」

 

 すると二人は意味を理解したのか、それぞれが戦闘の構えをとる。

 

「エシディシ、ワムウ。お前たちは後ろの二人を殺れ」

 

 そうカーズが指示すると、二人は悠然とリサリサの隣を通りすぎる。彼女が攻撃する可能性があるにも関わらず、攻撃しないという確証でもあったかのような移動だ。

 実際にリサリサはカーズから目を離せず攻撃できなかった。そして彼らの余裕のある動きは、波紋使い達にプレッシャーを与える。

 だがリサリサはサシで戦える事に安堵した。三対三で乱闘するよりは勝算が高いからだ。

 そう思いリサリサは焦りつつ冷静に戦闘を繰り広げる。

 

(ジョジョ達にも勝算はある。ここはまず目の前の敵に集中しましょう。カーズを倒せば増援に行ける)

 

 そうリサリサは考えていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 頭が痛い……吐き気ももちろん継続的に収まらない。そんな時に彼女は来た。

 ケライン・エーデルガルト。毎度私に血液パックを持ってきてくれるドイツの女軍人だ。今日も私が心地良くない眠りに沈んでいると、彼女のノック音が私を起こす。

 

「失礼する。ご気分は?」

 

「変わらず不調だ」

 

 そんな私の為に、彼女は急いで血液をケースから取り出して、用意してくれる。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう…」

 

 血液を摂取したこの瞬間だけ毎度気分が良くなる。吸血鬼としての欲を満たしているからだろうか?

 

「あの……今日は?」

 

「ん?いやいいよ。そう簡単に何度ももらえない」

 

 実を言うと私は、初日しか彼女の血を頂いていない。取りすぎて彼女が貧血を起こしてしまう可能性もあるし、何より味を占めてしまうのが怖かった。

 

「…ところで…やたらと静かだな…」

 

「室内は元々静かですが?」

 

 エーデルガルトはそう言って首を傾げる。しかし私が言っているのは、この部屋の外の話だ。

 ジョセフとシーザーの喧騒も彼等の日常音も聞こえないのだ。反対側の壁に意識を集中させても同じ…エリザベスの部屋は私の部屋を挟んだ反対側の部屋なのだが、こちらもまた静かなのだ。

 

「三人ともいないようだが…」

 

「あぁ、吸血鬼ですから聞こえるんですね。そういえば……私がホテルに到着した時に、車でそれらしき人が三人走り去って行った気がします。向こうは気付いていないようでした…」

 

 気のせいの可能性もありますが…と、彼女が最後に付け足すと、私は備え付けの電話に手を掛けた。

 電話の相手はスピードだ。

 

「もしもし?スピードワゴンか?……まさかと思うが、柱の男達は目覚めたのか?」

 

『まさかも何も……先程エリザベスに伝えたばかりだが?』

 

「そうか……ありがとう」

 

 一方的に電話を切り、私は振り向きざまに彼女の肩を掴む。

 

「ど、どうなさいました?」

 

 急な事で彼女は赤面しているがそれどころじゃない。

 

「置いて行かれた。弱体化した姿を見て、戦えないと判断したのだろう。緊急事態だ…やはり血を分けてもらえるか?」

 

「…もちろん。貧血になるまで覚悟しております」

 

 そう言って目を閉じる彼女に感謝し、私は刃を突き立てた。貧血まで吸うつもりはないが、初日より少し多めに頂く。そして吸い終わると、彼女は私の手を引いて外へ誘導する。

 

「急ぎましょう。残った配布した血液は道中で……私が運転します」

 

 それは助かる…が、今は時間が惜しい。エレベーターを待っている暇すら短縮したいのだ。

 

「なら急ごう。君も軍人だ…これくらい我慢できるよな?」

 

「フェッ!れ、レオン殿?」

 

 私は彼女を担ぐと彼女に血の入ったケースを持たせる。そして窓を全開にしてルームキーをポケットにねじ込む。

 

「ま、まさか…」

 

「そのまさかだ」

 

 地上二十二階…流石に私もこの高さは怪我をするが、途中で窓に手を掛けて落下スピードを軽減すれば問題ない。

 もちろん弁償などしたくないので、ヒビなどが壁に走らぬよう気遣う。

 そうやって地面に降り立つと、私は彼女の車を見つけ、運転席に彼女を押し込む。

 

「急いでくれ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 《クラッカーヴォレイ》

 アメリカンクラッカーと言う玩具に似せた鉄球を振り回し、外側をぶち壊してから内側に波紋を流すというジョセフが使う攻撃手段だ。

 

 《シャボンランチャー》

 波紋を纏わせたシャボンを放ち、攻撃しながら逃げ場を埋めるように漂わせる事ができる応用の高いシーザーの攻撃手段だ。

 

「なんだこいつ‼︎関節がありえない方向に曲がって……」

 

「俺のシャボンが割られた?今のはまさか……カマイタチ⁉︎」

 

 ジョセフの攻撃はエシディシが関節を異常に曲げて全て回避…シーザーのシャボンはワムウの頭から伸びたワイヤーのような武器が、真空竜巻を発生させて切り裂いていた。

 

「人間も少しは成長するのか……」

 

 柱の男二人は余裕では無いが、決して苦労していない…まだ本来の力を隠しているかのようだった。

 

「この二人より先程の女の方が手練れのようだ……ワムウ…あとは任せた」

 

「ハッ!」

 

「なっ!テメェの相手は俺だ!どこ行きやがる」

 

「まてジョジョ!何か来るぞ!」

 

「闘技・神砂嵐‼︎」

 

 ワムウが両腕を二人に向けて回転させると、ジョセフとシーザーに向かって横殴りの竜巻が伸びる。

 

「なにぃ⁉︎」

 

「避けろ、ジョジョォ‼︎」

 

 そう叫んでシーザーが近くの石柱に身を隠し、ジョジョも同じように隠れた……が、二人の身体は隠れていた柱と共にズタズタに引き裂かれた。

 

「グァアアア!」

 

 激痛から二人の悲鳴が響く。そしてワムウは二人に近付き、何かを取り出してジョセフの体内に埋め込む。するとエシディシは興味深そうに顎を撫でて戻ってくる。

 

「ほほう…ワムウ、例のアレをやったのか…」

 

「はい。私はこの波紋使い達をえらく気に入りました」

 

「まだ息があるな…どれ…俺はこっちの泡使いに埋め込んでやろう」

 

 エシディシがワムウと同じものを取り出してシーザーに埋め込む。

 

「次会った時を楽しみにしているぞ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「このマフラーは波紋を100%伝える」

 

「ヌゥゥ!」

 

 その頃リサリサはカーズと一進一退の攻防を繰り広げていた。

 リサリサの武器は波紋を完全に伝えるマフラー…そしてカーズは腕から刃を生やして戦っていた。

 しかし劣勢なのはリサリサ…脹脛に入った大きな傷が機動力を下げている上、カーズはまだ本領を発揮していない。

 苦し紛れに放った今の攻撃も、カーズに紙一重で躱されてしまった。

 

「中々の手練れだ……だが貴様もこれで終いだ。輝彩滑刀の流法!」

 

「くっ!」

 

 突如カーズの刃が妙な光を発し、暗闇に慣れたリサリサの視界を潰す。その瞬間…リサリサの背中に、縦に伸びた痛みが現れる。

 

(早い……今の一瞬で背後に?)

 

「我らが天敵の波紋使いは根絶やしにせねばならん。さらばだ…名も知らぬ女よ」

 

 トドメを刺そうと、カーズはリサリサの頭上に刃を振りかざす。

 

(ごめんなさいレオン……後は頼み…ます…)

 

 薄れゆく意識の中そう願うと、リサリサはゆっくりと目を閉じた。

 しかしいくら待っても自身の身に痛みが走ることはなかった。代わりに爆発音が聞こえ、それに続くかのように全身を冷たく心地よい何かが包んでいる。

 

(誰かに抱えられている?)

 

 そう疑問を持ったリサリサは重い瞼を開けた。そこには自分が生まれたときから存在する知人の顔があった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「エーデルガルト…すまないな、助かる」

 

「気にしないでください」

 

 私は間一髪のところでカーズの刃を鞭で弾き、工事現場でくすねたダイナマイトを遺跡の中で爆破させた。それを贅沢な目眩しとして使いエリザベスを救出して今に至る。

 

「ジョセフとシーザーは?」

 

「すでに外の車に乗せてある。私達も早く退散しましょう」

 

 遺跡から連れ出すことには成功した。全員傷だらけだが命に別状はないし、あとは車で一度逃げて体制を立て直すだけだった。

 しかし……上手くいかないものだな。

 

「リサリサを頼む。まだ救出には成功していない」

 

 私の背後に佇む強大な気配……誰かが食い止めないと共倒れだ。

 彼女も私の背後の気配に気付いたのか、エリザベスを担ぐと大人しく逃げてくれる。

 

「…ご武運を……」

 

 ………さて、私は生きて帰れるだろうか?頭痛は未だ消えず、吐き気は催すばかりだ。

 

「素晴らしい手際の良さだ…貴様、吸血鬼だな?」

 

 まるであえて逃したかのように三人が現れる。私は腰の鞭に手をかける。

 

「褒め言葉として受け取ろう…」

 

 掻きたくもない汗が頬を伝う。するとカーズが口を開き不敵に笑う。

 

「貴様には不思議な物を感じる。ワムウ…相手をしてみろ」

 

「何?吸血鬼の相手をさせるのか?」

 

 エシディシは少し驚いた表情を浮かべるが、ワムウは何も言わずに従う。ワムウにとってあの二人は主人のような存在なのだろう。

 

「少し気になる点がある…」

 

「ふん…ワムウ、精々足を掬われるなよ?」

 

 奴らにとって吸血鬼はただの餌や奴隷……私を下に見てタイマンで戦わせてくれるのは好都合だが、ワムウは私に一切の油断をしていないことが目でわかる。

 

「私のような無力な吸血鬼を相手にすると?」

 

「我々が奴を追えば貴様は奇襲を仕掛けるだろう。貴様の技はなかなかのものだ」

 

 そう言ってカーズは自分の刃を見せてくる。その刃のある一点は、僅かに欠けていた。

 

「このワムウに殺される事を誇りに思うがいい」

 

「やるしか…ないか……」

 

 彼らを追わず私の相手をせず…そのまますんなり立ち去ってくれることを期待したが無理のようだ。

 頭痛も吐き気も相変わらず……痩せ我慢がいつまで続くだろうか。

 私は自分の胸に手を置いて、自己暗示のように呟く。

 

「貴様の主導権は私にある……抗うな…この身体は私のものだ…」

 

「ゼィアァァァア!」

 

 ワムウがその豪腕を私に向けて振るう。すると細く鋭い風の渦が私に向かって伸びる。

 私はそれを避けるが余波だけで傷が入る。目に見えた渦を避けただけでは回避とは呼べないな。

 

「シッ!」

 

 私はすぐさま鞭を放つが、竜巻の残風で軌道が乱れる。奴が生んだ強風が止むまで、カウンターはできないな。

 

「奴は吸血鬼だが中々の戦闘力を持ち、我々に屈する素振りを見せぬ。不安な芽は早々に潰す」

 

「ははぁん。それでワムウに…」

 

 奴が思うに私の鞭は、ワムウと最も相性の悪い相手だと思ったからのようだ。まったくその通りだよ……だが…

 

「それはそっちが勝手に言っているだけだ……私は彼を相手にしようとなど思っていない」

 

 私の鞭はワムウの横を通り抜け、そこにいたエシディシに飛来する。爆風を生むワムウは狙えないが、発信源から離れた物なら狙える。それでも若干軌道は乱れるが、身体の何処かに当たれば儲け物だ。

 

「ワムウなど最初から狙っていなかったのか……」

 

「チッ」

 

 本来の速さを発揮できず、私の鞭は弾かれてしまう。だがこれで終わりではない……私は弾かれた時の勢いを利用して、遠心力を加速させて第二撃を放つ。ここでようやく本来の速さを再現できた。

 

「……見事だな」

 

「クソッ…」

 

 それでも放った鞭はカーズによって切断される。どうしたものか……

 

「貴様ァ!このワムウを前にして眼中にないというのか!」

 

 激情したワムウは両腕を構えてこちらに向ける。あれが来るようだ…前方広範囲に広がる小竜巻の大技。

 

「闘技・神砂嵐!」

 

 予想通りの攻撃だ。今の立ち位置からでは絶対に躱せない。あの両腕から放たれた二本の竜巻の間は真空状になっておりズタボロにされる…かといって思い切り横に飛んで逃げても、無数のカマイタチで同じくズタボロに……

 

「しかしこの技……二箇所だけ比較的安全な場所が存在する」

 

「何ッ!」

 

 私は右腕から発生した小竜巻の中心に飛び込んだ。自然災害の台風と同じでこれにも目は存在する。ただ小さい分目も小さい、しかも竜巻はうねる……半径20cmほどの穴の中に身体を突っ込み、風に合わせて身体を回転させれば何とかなるのだ。

 

「……まぁ…こんなものか…」

 

 中心からはみ出た両腕はズタボロだが、風に合わせて回転したのでリスカサイズの傷ばかりだ。

 

「この技を破られたのは初めてか?隙が大きいぞ!」

 

「ハッ!」

 

 三秒かけて放った鞭は、見事ワムウの右腕を吹き飛ばす。

 

「ヌォオオオオ!」

 

 吹き飛ばされた腕が宙を舞い、私は鞭でそれを捕まえる。最後に私は、持ってきた特殊カプセルにワムウの腕をしまう。

 十分時間は稼いだ……そろそろ私も逃げるか。

 

「おのれッ!逃げるつもりか!」

 

 もちろん奴は私を追ってくる。だが私は知っている。筋力だけでは早く走れないことを…原作では驚異的跳躍で立ち去る描写もあったが、目にも留まらぬ速さで走る描写は無かった。

 これは推測だが、奴らの人外紛いの特徴は力、体力、生命力、特殊能力の四つだ。

 

「勝算のない戦いは嫌いなんだ。悪いな」

 

 私は全速力で逃げ出した。だが私の肩に石が減り込み転倒する……投擲か。逃げようとした瞬間に対処されるなんて…私の考えは浅はか過ぎるな。

 

「フッフッフッ。中々やるではないか……貴様なら我々の仲間に欲しいくらいだ」

 

「それは……どうも……だが断る」

 

 息が絶え絶えになるがなんとか答える。

 

「今はまだ良い。気が変わるかもしれん…どうれ、名前を聞いておこうじゃないか」

 

「…レオン……」

 

「レオンよ、一ついい事を教えてやろう」

 

 そう言って倒れる私に顔を近づけ小声で囁く………クソッ…原作より最悪だ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「カーズ様、逃してよろしかったのですか?」

 

 柱の男達はレオンの逃げる姿をただ見つめていた。

 

「奴の動きを見ただろう?ある点で言えば我々を上回る才能を持っている。奴なら満足させてくれるかもしれん」

 

「確かにそれも一理ある…だが所詮吸血鬼だろう?」

 

「我々の知る吸血鬼は邪悪に溢れ、己の力を過信するものばかりだった。だが奴は自分の力の限界を知り精錬されている。現状仲間にはならんが、奴も仲間を失えば気が変わるだろう…フッフッフッ」

 

(カーズ様がそう言うのなら、私の片腕くらいくれてやろう。私の油断した代償としてな)

 

 ワムウがそう思うと、不敵な笑い声が夜の街に響いた。




カーズ
「お前が欲しい‼︎」

レオン
「言い方………」


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13.吸血鬼 兼 柱の男 兼 波紋使い

 今回ばかりは死ぬと思った。

 あれが柱の男か……前世の記憶が正しければ、石仮面とエイジャの赤石で究極生物となり更に強くなる……そうなれば誰も勝てない……確率が低いが、そうなったら火山噴火などで地球外に放り出すしかないな。

 

「さて……お前達は今回の戦いでどう思った?」

 

 私は今スピードワゴン財団が有する病院の一室で仁王立ちしている。そこにはジョセフとシーザーがベッドに横たわり、リサリサは腰を下ろしている。

 

「どうって……」

 

「…実力不足だと私は思う」

 

 口籠るジョセフを見かねて私が言う。

 まさかリサリサまでやられるとは思わなかったが、相手がカーズだとあり得るのか。

 

「冷静に対処しようとしていたリサリサも、奴らを見てそれに勘付いて焦っていた……光の目眩しがあっても、私がプレゼントした波紋探知機の役割をするマフラーで気付けたはずだ」

 

 不甲斐ないとばかりにリサリサが俯向く。もちろんシーザーも無力感を感じたのか歯を食いしばっている。

 

「そこでリサリサ…サプレーナ島に戻り再び二人の修行の面倒を見てくれ。それもハードなやつ…一ヶ月以内に奴らを倒せるくらい、それこそしごき殺す勢いでな」

 

「オウ ノォーーー!またあそこで修行すんのかよ!俺は嫌だぜ!」

 

 私に抗議するジョセフを見て、私はある事を告げる……奴らが私を逃しても問題なかったわけ…それはいずれ出会う確信があったからだ。

 

「奴がやすやすと逃がしたわけ…それはジョセフ、シーザー……お前達二人の今の状況が人質と同じだからだ」

 

「人質?いったいどういうことですか?」

 

 私は二人の体内に猛毒の入った指輪を引っ掛けられていることを教えてやる。

 

「二人は奴らに指輪のようなリングを埋め込まれたんじゃないのか?」

 

 私の問いに、二人は一度顔を見合わせてから頷く。

 

「それを奴らは死の結婚指輪と呼んでいた。リングの中には毒が入っていて三十三日後に外郭が溶ける。そして毒が全身に回る前に、リングをつけた本人を倒して解毒薬を飲まなければ君達は死ぬ」

 

 淡々と私は事実を告げる。すると私以外は絶望にあふれた表情を浮かべる。至極当然の反応だ。

 

「君達に告げることは以上だ。精々死ぬ気で死ぬまで修行しろ…さもなければ、三十三日後に死ぬ。わかったな?」

 

 そう言って私が荷物を持って病室を出ようとした時、ジョセフが私に話し掛けてきた。

 

「へっ……また保護者面か」

 

「……何か言ったか?」

 

 聞こえているがあえて聞き直す。

 

「血も繋がってねぇテメェに保護者面される筋合いはねぇ!つってんだよ!」

 

 怪我した身体を持ち上げて私の胸倉を掴む。かなり苛立っているな…

 

「やめなさいジョジョ!」

 

「テメェは仮面被って楽に力手に入れて、敵わない敵は波紋使い任せで楽な立場だよなホント!部外者はすっこんでろ‼︎」

 

 ジョセフに手品や手先の器用さを教えたのは私だ……だがジョセフはそれで私に勝ったことがない。

 当時は幼かったからそれが気に食わなくて私は毛嫌いされたが、その名残で事あるごとに突っかかってくるのだ。

 

「要するに……修行するかは貴様の勝手……私の命令を聞く義務はないと?」

 

 私だって仏ではない。目の底に怒りを込めて微笑むと、ジョセフは少し後込みながらも肯定してくる。

 

 そうか………見損なった。

 

「ッ!」

 

「ジョジョ‼︎」

 

 私は支障が出ない程度にジョセフを殴り飛ばす。私はジョジョとの約束を果たすべく貴様の助けをしている。ジョジョの孫だからであってジョセフだからではない。

 

「なら修行しなくていい。貴様はいつも通りサボって怠けてエリナの側で私の帰りを待っていろ。ジョジョとの約束の為に助けてやる」

 

 私を睨むジョセフには目もくれず、部屋を出る途中にシーザーの肩に手を置く。

 

「私もやれる事はやる……共に戦ってくれるか?」

 

「………はい」

 

 重い空気の中シーザーが答える。

 

「ケッ。カッコつけやがって…吸血鬼のテメェに何ができんだか」

 

「それ以上私に見損なわせるな。まったく…ジョジョと似てるのは身体付きだけか……」

 

 そう言って担いでいた荷物の中から特製のガラスケースを取り出す。

 

「なっ!それは!」

 

「ワムウの右腕だ。波紋が無くとも、これぐらいの事は出来る。今のジョセフよりは万倍役に立つさ。リサリサ…私は例のプロジェクトを進めてくる」

 

 そこで私は話を止めて部屋を出た。後ろでジョセフが騒いでいるが、あんな奴と話しているだけ時間の無駄だ。

 

「…まったく……貴様の孫はいつまでガキなんだ?」

 

 ロケットを握りしめ、私は独り言を呟いた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「コォォォォオ!」

 

 アレから数日たったある日…リサリサはレオンに言われた通り、波紋の指導に力を入れていた。その場にはシーザーとは別にジョセフの姿もある。

 修行中だというのに不機嫌で、レオンとの喧嘩に後悔しているらしい。

 

「リサリサ…調子はどうだ」

 

「レオン……!」

 

 ちょうどこのタイミングでレオンがサプレーナ島に到着する。

 ジョセフの視線を感じるがレオンは見向きもしない。

 

「何か用?」

 

「別れた日の翌日に手術を行った。結果はこの通りだ」

 

 レオンは十メートルほど跳躍してみせる。明らかに前よりパワーアップしていた。

 

「…ジョセフも修行してるのだな」

 

「えぇ…貴方に言われた事を気にしてるようよ」

 

「そうか……それでリサリサ…お前の足は?」

 

 私の質問にリサリサは俯き、申し訳無さそうに首を振る。

 彼女の脹脛にはカーズにつけられた大きな傷があり、歩くと足が突っ張っているのが一目でわかった。

 

「そうか…なら今は、その足を治すことに専念してくれ。それと、表で二人が修行してるということは、地獄昇柱は空いているな?」

 

 地獄昇柱(ヘルクライムピラー)

 多くの波紋修行に来た者が死んでいったという塔の中にある過酷な修行場所だ。

 

「空いてるには空いてるけど……それがどうしたというの?」

 

「…私も波紋を身に付けようと思ってね。君が満足に戦えない分、私も力をつけないといけないからね」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「波紋?…レオンさん…貴方は自分が吸血鬼だというのをお忘れですか?」

 

 修行中のシーザーが疑問に思って声を掛けてくる。それを聞いて私は右手に波紋を纏わせる……付け焼き刃でまだ未熟でジョジョやジョセフよりは遥か格下だが、ストレイツォはコレでも才能がある方だと言っていた。ちなみにジョジョの才能値を300とすれば、私の才能値は10だ……15人に一人の才能だとも言っていたな。正直微妙すぎてなんとも言えない。

 

「な、なんでテメェが波紋使えんだ?」

 

 たまらずジョセフまで私に質問してくる。その驚いた顔が見れて私は満足だ。

 

「貴様が逃げ出すと仮定していたからな……私も波紋を身に付けようと試行錯誤を繰り返し、人間に返り咲いたのさ。それで古き友人、ストレイツォに波紋の基礎を習ってきた」

 

 いきなりの話でリサリサ以外は付いてこれていないな……

 私はまず最初にサンタナの細胞を少しずつ私に移植した。所詮吸血鬼は餌……逆に細胞に食われかけたが、私は何とかそれを取り込んだのだ。

 

「ローマで気分が悪かったのはそのせいだ。そしてあの時必要だったのは休息ではなくリハビリ……体を動かすたびに細胞は身体に馴染んだよ」

 

 そして次に私はワムウの右手から細胞を移植した。流石にこれは強烈で、その日と翌日はトチ狂ったように悶えたな……日が沈むと同時に外へ飛び出し、70km程走ったところでようやく体に馴染み始めた。

 

「そうやって私は吸血鬼と柱の男を足して二で割ったような存在となった。そしてカーズ達の狙いであるエイジャの赤石……それもリサリサが持つものより純度の低いもので進化し、太陽を克服したのだ。他に質問がある人いるか?」

 

 案の定……二人は口を開けて固まっている。ので私は無視して話を付け足す。

 

「それでも私の今の力は柱の男と比べれば十分劣る…吸血鬼としての能力は陽の光や波紋を使ってる間は皆無…それこそ人間だった頃の身体能力に近い」

 

「ちょ、ちょっと待て!話が急展開すぎて頭パンクしそうだ!」

 

「理解しなくていい。戦わない貴様には関係ないだろ?」

 

 その言葉が癪に触ったのか…しかし何も言い返せないのか、ジョセフは修行に戻った。

 

「波紋も二人の才能に比べれば劣るが、そこそこはできる」

 

「それで波紋の修行に来たのですね?」

 

「あぁ…というわけで、地獄昇柱借りるぞ」

 

 そう言って私は、塔の中にある立て抜けの空洞に飛び降りた。

 底には腰まで浸かるほどのオイルで溢れ、真ん中に聳え立つ柱からはオイルが滴り落ちている。

 波紋の力でこれに引っ付き上まで登る……そういう修行だ。

 

「ふむ…わかりやすい」

 

 私の現在の波紋は、原作のジョセフの修行前くらいだろう……ともなれば、時間を掛ければ何とか登りきれるはず……

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私がエア・サプレーナ島に来てから一週間がたった。その一週間をかけて私はようやく柱を登りきった。地獄昇柱を登りきって外へ出ると、そこには更に波紋の力を身につけていたジョセフとシーザーがいた。

 

「………所詮は…不完全品ということか………フゥ…」

 

 彼らを見たところ私の波紋は、地獄昇柱こそクリアしたが彼らの3割にも満たないだろう。

 そして波紋を使ってる間はやはり、吸血鬼としての能力はほぼ失われる。その為スタミナも常人並み……私は肩を上下に動かし、波紋の呼吸を乱しながら酸素を取り込む。

 

「おやおや〜ん?レオン、テメェ修行サボってんじゃねぇぞ」

 

「丁度さっき地獄昇柱を登りきったところだ…にしても…お前はいつまでたっても子供のままだな」

 

「んなっ…いきなりにゃにをぉ〜⁉︎」

 

「昔からそうだ……私と喧嘩して負かされて…叱ったらヘソ曲げて、しばらくすると忘れた素振りを見せてふざけた口調で話しかけてくる」

 

 私がそう指摘すると、ジョセフはムッとした顔をしてソッポを向く。ちなみにアレから私とジョセフは、どちらも謝っていない。

 

「……で…あんたはどうするつもりだ?」

 

「私の波紋の成長速度は遅い。私の身体は日光を克服したが完全ではない……波紋を使ってる間、私の身体能力は弱体化する」

 

「それは知ってるぜ……かといって、波紋以外に奴らを倒す決定打に、心当たりあるのか?」

 

 そこで私は立ち上がり、腰に手をかける。

 

「あるよ。小型で強力なとっておきがね。波紋を流せば内側から破壊できるだろう」

 

 となると、また私は鞭の鍛錬を始めるかな。

 

「にしてもレオンも無茶するよな」

 

「誰も理解しきっていない石仮面を被り、私を捕食する者を捕食し、弱点とも言える日光にその身を投げた……何度も無茶を繰り返さないとジョースター家は守れない」

 

 そう言い残して部屋を出ると、私はメッシーナかロギンスを探しに向かった。彼らに対人戦でも頼もうと思っての行動だ………無謀かもしれんが。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私が一人で向かったその場所は、剣山で埋められた場所があったり戦いの中で使う仕掛けでいっぱいだった。

 

「ロギンス、メッシーナ!……ここにもいないか……いったいどこにいるんだ?」

 

 目的の人が見つからず、私は足に波紋を集中させて剣山の上を歩いてみる。この程度はできるのだな……そんな事をしていると、誰かが海から上がって来た。それを耳にした私は剣山から降りて警戒する。

 誰かが海から上がってきた……それだけのキーワードで、私はある原作知識を思い出したからだ。

 

「ふぅ……やはり泳ぐのは疲れるな。この島に着くまで大分時間を使ってしまった」

 

 島へと上陸した男は一息吐き、周りの状況を確認した。

 実にタイミングが悪いな……海から上がってきた男はエシディシだった。原作ではこの地に同じように泳いできて、ロギンスを殺した後にジョセフと戦い敗北する。しかし今この場所には私以外味方はいない……かといって逃げれば誰かが殺されるかもしれないし、リハビリ中のリサリサの元に行かせるのだけは防がねばならない。

 

「エイジャの赤石があると情報があった島……確かエア・サプレーナ島だったか?この島のどこかの塔に赤石を持った女が住んでいるという噂だったが………貴様は……」

 

「泳いで来たのか…ひとまずお疲れ様、エシディシ」

 

 私にピントを合わせ、奴は静かな足取りで近付いて来る。不意打ちでもかましたかったのだが、物陰などに隠れる前に見つかってしまったのだ……私一人でやるしかないか…

 

「随分と変わった島だな。そして何故貴様がここにいる?」

 

「ここは波紋使いを育てる闘技場を兼ねた修行場所だ。人間にしてはいいセンスだろう?今度ワムウと一戦やってみるといい…生きて帰れたらな」

 

 私がそう挑発すると、奴は足を止めてニタリと笑って来る。不敵な笑みだが嫌いじゃない……何しろ私もおそらく同じ表情を浮かべている。負ける可能性が高くとも、戦闘狂というのは血が滾るものなのだな。

 

「そして遅れながらも質問の答えだが…ここで私の仲間が修行している。だから私もいる」

 

「という事は……この島に他の波紋使いもいるのか?」

 

「もちろん。一度手を引いたらどうだ?数の暴力でタダでは済まんぞ?」

 

「…………」

 

 奴が目を細めて辺りを警戒する。気配でも探っているようだ。

 

「ココには貴様以外、誰もいないようだ……が?」

 

「………まぁ、バレるよな」

 

 そう言いながら腰にかけていた鞭を取り外して構える。

 

「ほぉ…貴様一人で向かってくるか…」

 

「あぁ…貴様が楽しみに取っておいた泡使い…泡ではなくシャボン玉だが今はどうでもいいか………守れる者は守りたい。よって私で我慢してくれ……楽しませてやるからさ」

 

 鞭で二度地面を叩き弾けるような音を出すと、またエシディシはニタリと微笑む。

 

「不思議な男だ、面白い!カーズが貴様を仲間にしようとしたのも今ならわかるぞ!どれ……手合わせ願おうか!」

 

 エシディシが私の鞭をかい潜り走ってくる。

 やれやれ……シーザーの命がかかっているというのに私ときたら…まったく………

 

「……嬉しくてたまらない…な……」

 

 エシディシの笑顔に私も笑顔を返す。吸血鬼の遺伝子を薄めても、戦闘狂は変わらないようだ。



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14.熱を操る流法

「いきなり喰らえ!怪焔王の流法!」

 

 エシディシの指の爪が剥がれ、中から血管が伸びてきた。先端は注射器の針のようになっている。

 

「単調な攻撃だな」

 

 射程外に飛び退いてそれを避けると、エシディシがまた不敵に笑いバク転する。

 

「油断したなバカめ!」

 

 バク転により更に距離を詰め、足の指からも血管が出てくる。両手合わせて合計二十本の血管針が私に伸びる。

 避けれないと判断した私は髪の毛をイトノコギリのように使い、血管針に押し当てて切断を試みる。しかし血管は切れず、血管針が私に突き刺さる。

 

「ぐっ…髪が燃えた」

 

「ほう……髪の毛を一本一本精密に動かすか。器用なことをするのだな」

 

 突き刺さった血管をどうにかしようと抵抗するが、血管は私に突き刺さったままだ。

 

「これで終わると思うなよ?……俺の熱血を送り込み‼︎」

 

 まるで蛇口に繋がったホースのように、結構な力で私に血液が流し込まれる。

 

「グゥ……!」

 

「火を灯して焼いてくれるぜぇ‼︎」

 

 血管を通して灼熱が流れ込む。内側から焼け爛れるが、気化冷凍法で冷まそうとする…あまり効果は無いようだ。

 

「吸血鬼、こんなものか?」

 

「あいにく……今はこれを耐えるしかない…な」

 

「フンッ…所詮そんなものか…」

 

 継続的に高温の血液が流れ込んでくる。しかし私も黙ってやられてるわけではない。まずは呼吸を整えないと……

 

「ほれほれ、どうした?」

 

「コッ…コォォォオ‼︎」

 

 激痛を無視しながら無理矢理波紋の呼吸をする。そして血管に波紋を食らわせると、血流に逆らって微量な波紋が奴に走る。

 

「ウボォァアアア‼︎」

 

 奴の手足の指先が根元から焼け落ち、私に伸びていた血管はチリに変わる。

 

「い…今のは……まさか!何故貴様が⁉︎」

 

「企業秘密だ」

 

 今の油断した奴への不意打ちで終わらせたかったのだが手先にしか流れていないか。やはり威力不足か…コレでは割が合わない。

 

「まずは足だな……シッ!」

 

 爪先が焼き爛れ、踏ん張りの効かない足に私の鞭が飛来する。吸血鬼の腕力では無いので奴の足を吹き飛ばすまでにはいたらなかった。が、奴は衝撃で体勢を崩す。

 

「クッ、貴様ァァア‼︎」

 

 僅かだが波紋が流れ、エシディシは苦悶の表情を浮かべる。

 

「痛いか?私の血で癒してみるか?」

 

 私から流れ出た血液を波紋で小さな水風船のように指先で掴む。そして足を振り上げ、野球のピッチャーのように血液を投げつけた。

 

「……ストライク」

 

 波紋を帯びた血液の球は、肉の内面をむき出しにしたエシディシの脛に被弾して破裂する。同時に奴の足も吹き飛んだ。

 

「これは大事に取り扱わせてもらう」

 

 ワムウの時のように、エシディシの足をカプセルに器用に入れる。

 今日来ることは予測していなかったが、ここに来ることは知っていた。ので、カプセルはそこらの岩陰に事前に隠しておいたのだ。

 

「うぬぬぅ……き、貴様ぁ〜…」

 

 片足を失ったエシディシは片手を地面につけて表情を歪ませる。すぐさま私は追撃しようとしたが、奴の次の行動を目の当たりにして思わず足を止めてしまう。

 

「ぁ…あんまりだぁ……俺の足がぁ…アァンマァリダァァア‼︎ HEEEYYYYY‼︎」

 

「…うわぁ……」

 

 あらかじめ知っていても、いざ目の当たりにするとドン引きだな。

 エシディシは突如として駄々っ子のように泣き噦り始め、玩具を取り上げられた子供のような目付きでカプセルを見つめている。

 

「………気は済んだか?」

 

「…フーーーッ。スッとしたぜ。俺はチト荒っぽい性格でな。激昂してトチ狂いそうになると泣き喚いて頭を冷静にすることにしているのだ」

 

 知ってる……が、本当にそれで冷静さを取り戻せるのか?確かに今エシディシは一仕事終えたかのようにスッキリした表情を浮かべているが、普通なら今の醜態を思い出して赤面すると思うのだが……こいつには恥じらいはあるのか?

 そんな事を考えていると、エシディシは私を指差して口を開いた。

 

「レオン!なぜとっておくかは知らんが、波紋で蒸発しなかったのは過ちだ‼︎」

 

「そうでもない。遠隔操作ができたとしても、脛から下だけを動かしてカプセルを壊すような動作は出来ない。そしてこれの融点は五百度以上…溶かすこともできない」

 

「それは……どうかな?」

 

 丁寧に説明してやると、エシディシがまたニタリと笑う。するとカプセルに入れておいた奴の足にヒビが入り、赤く滾る光源を生み出す。

 

「なるほど…この手があったのか」

 

 頭上高くにカプセルごと投げ捨てる。すると時間差でカプセルは爆発した。またアレを吸収して、基礎能力を底上げしたかったのだが……

 

「足を熱で爆裂させて溶岩弾のように肉片を弾き飛ばしたのか…」

 

「勘のいい男だ。それでは………続けようか!」

 

 奴が反撃に出る前に、今度は私から反撃に出る。波紋を使って戦っているので吸血鬼の力は発揮されないが、鞭という遠心力を使う武器は、力でなく精錬な動きが必要とされる。

 

「半径8mが私の間合いだ!」

 

 射程範囲に入ったエシディシは、苦しくも全て避ける。足の断面からは伸びた血管の束はしっかりと身体を支えていて、先程と比べて機動力はあまり落ちていない。別の攻撃手段と組み合わせなければ当たりそうにないな。

 

「こうやって時間を稼いでる間…貴様は別の攻撃手段を考えているな?」

 

「ふむ…心を読むのがうまいな」

 

 鞭を振り回しながら、脱力ほどではないが私は神経を研ぎ澄ませる。

 

「クックックッ…俺は正直嬉しいぞ。久しく好敵手がいなかったからな……確か…レオンと言ったか?」

 

「……そうだ」

 

「…レオン……仲間になる気はないのか?」

 

 私の射程外に飛び退いてエシディシは、笑みをやめて真剣な目で私を見つめてくる。

 

「………思いの外 私は、貴様達に人気のようだな………」

 

 奴らが私の実力を認めてくれるのは正直嬉しい。が、仲間を裏切る理由になる訳がない。

 

「私はそっち側には行けんよ……こっちに大事な物や者が沢山あるんだ」

 

「そうか……それは残念だな」

 

 本当に残念そうに溜息をつく。しかしすぐに切り替え再度笑みを浮かべる。

 

「ならばせめて、今繰り広げられる死闘を楽しませてもらおう!」

 

 奴は跳躍して私を頭上から攻めてくる。背中からは先程とは比べ物にならない血管針が飛び出ていた。

 

「怪焔王大車獄の流法!」

 

 灼熱の血液が雨のように降り注ぐ。そしてそんな雨の中を、エシディシは血管針を伸ばして追撃してくる。

 

「コォォォオ!」

 

 一撃一撃の力は強いが、鞭は切り返しが遅い……よって私は、反射的に鞭を手放して波紋の呼吸をする。

 

「波紋疾走連打!」

 

 動き回って血液を躱し、追尾してくる血管を波紋で蒸発させる。

 

「どうした?防戦一方だぞ!」

 

 確かにな…両手で血管を打ち払い、両足は避ける為に動かし続けている…それでも避けきれない血液に被弾すると、接触面が焼かれてしまう。

 

(吸血鬼としての再生能力は傷ならすぐ治せる……しかし細胞ごと破壊する火傷系統のダメージには使えない。血を吸えばなんとかなるが波紋を今は使っているし…………あ、波紋で治せるじゃないか)

 

 そう思いながら時間を稼ぐが、いくら経っても打開策は思いつかない。波紋より血液を摂取する方が回復できるが、幾ら何でも奴の血は御免こうむりたい。口内炎じゃ済まなそうだし……今は回復より先に、攻撃手段を考えるべきか。

 

「となると……」

 

 私は波紋の呼吸を止める。すると血管針を打ち払えず、私の身体に突き刺さる。

 

「ぬっ、諦めたか」

 

「打開策が思い付かなくてな……少し無茶をすることにした」

 

 波紋の呼吸を止めると、吸血鬼としての力が舞い戻ってくる。この間にダメージを幾つか受けるがやむを得ない…

 

「喰らえっ!」

 

 確か原作のストレイツォはスペースリバーナントカとかいう覚えにくい名前をつけていたな。

 私は目から圧縮した体液をエシディシに向けて放つ。それは避けられるが、首を横に振って血管を全て切断する。

 

「……ハァ…ハァ…」

 

 サンタナとは比べ物にならないな……やはり私より断然強い。だがそれはいつものことだ。

 

「弱肉強食…っていう言葉は知っているか?弱者は強者に良いように利用されるって意味だ」

 

 距離を取ったままそう言って僅かでも時間を稼ぐ……まだ吸血鬼としての能力は戻りきっていない……

 

「だが私は……その常識を捻じ曲げて今まで生きてきた」

 

「強肉弱食…という事か?フンッ…おかしな事を言う。さて……そろそろ能力は吸血鬼に戻ったか?」

 

「わざと時間をくれたのか……随分と優しいな」

 

「なぁに、俺にとって有利だと思っただけよ。貴様に油断などしない」

 

 吸血鬼より波紋の方がエシディシにとっては厄介のようだ…

 

「その有利だと思う常識も……今ここで捻じ曲げる」

 

「やってみろ」

 

 もうエシディシは笑わず、私を真っ直ぐと見据えている。運悪く鞭はエシディシの背後……私は即席の武器として、剣山の太い針を一つ抜き取る。

 

「いくぞ……」

 

「……来い、レオン」

 

 ロケットスタートからの全速力。私は剣山を振りかぶり、奴の顔面に振り下ろす。それをエシディシは手で受け止める。が、その時私は既に手放している。髪の毛を伸ばして鞭を手繰り寄せると、エシディシは私の髪の毛を焼き切って阻止してくる。

 

「怪焔王の流法!」

 

 一度出した血管がそのまま私に伸びてくる。

 

「ところでエシディシ……貴様の後ろに転がっているのはなんだ?」

 

 ミスディレクション。

 私が鞭に髪を伸ばした時、手を背中に回して死角からある物を投げていた。私の髪に気を取られたエシディシは、そのお陰で投げた物体に気づいていなかった。

 そして私が投げたのは、ドイツ軍に用意させた護身用の手榴弾だ。

 

「ッ!……これしき!」

 

 ダイナマイトを丸呑みして「ドモン‼︎」できる奴だ。手榴弾程度の爆発ではエシディシにダメージは通らない。しかし爆風でエシディシの体勢が崩れる。その隙に私は鞭を拾い、最速の攻撃を放つ。

 

「グォッ!」

 

 鞭を使った攻撃の中では最弱だが、先端に集まった力は十分ある。

 体勢がさらに崩れたエシディシに、私は時間を掛けて追撃する。

 

「3……2…」

 

「おのれ…だが遅い!今度こそ喰らえ!」

 

 起き上がったエシディシが血管針を伸ばしてくる。更に膝下の断面から伸びた血管は束ねられ、鞭のようにしなっている。

 

「怪焔王の流法!そして……」

 

「……1…」

 

 血管針が突き刺さる。だがその苦痛も無視する……次の一撃に集中するために……そして三秒がたった。

 

「波紋!」

 

 鞭が被弾する直前に波紋を練ると、奴の頭が木っ端微塵に吹き飛び肉片が気化する。

 しかし…声も上げずに脳が吹き飛んだエシディシの首から下は、それでも攻撃を中断することはなかった。

 

(…クソッ……満身創痍だよ バカ…)

 

 私の血が沸騰して内側から破裂する…沸点は百度以上、五百度未満のようだ。そして横から高熱の鞭が私の両足を溶断した。

 そこで私に何かがしがみついた。それがなにかを確認する間も無く、私の意識は遠退いた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 次に目が覚めた場所は、どこかの施設の隔離部屋だった。両足は何故か無事生えている……しかし血が足りないのか、頭がクラクラする。

 

「おはようレオン。随分と長い間眠っていたようだが、気分はどうかなぁ?」

 

「この独特なアクセント…シュトロハイムか」

 

「いかにも私はシュトロハイムだ。その生命力……流石は吸血鬼といったところか」

 

「なぜ足が付いている?」

 

「切断面を合わせただけだ。あとは貴様の治癒力がそうさせたのだろう」

 

 そこで私は重大なことを思い出す。シーザーはどうなった?エシディシの鼻に付いていたリング…あれが解毒剤なのだが……

 

「そう慌てるな。一つずつ説明してやる」

 

 表情で察したのか、シュトロハイムはそう言ってまず最初に、私が気絶した後のことを話してくれた。

 

「まずエシディシは脳みそだけで生きていた。そして貴様の身体をエシディシは乗っ取った。それを最初に見つけたのはシーザーらしい」

 

「……それで?」

 

「貴様の身体を使って攻撃したそうだが、本来の力を発揮できなかったエシディシはそこまで強くなかったそうだぞ。だが死骸は全て消失ロストした」

 

「要するにいいとこ取りされたか……遺体の方は……まぁ、しょうがないと諦めるしかないな」

 

 そして数日の間、私はスピードワゴン財団の医学者達の監視の中、しばらく入院することになった。



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15.終戦を始めよう

 私が皆の元に戻ったのは更に一週間後。この時点でジョセフに埋め込まれた指輪溶解まで、後六日……

 

「リサリサ…いるか?」

 

 エア・サプレーナ島に戻った私は、ひとまず彼女に顔を出すことにした。

 

「レオン!」

 

 リサリサの部屋の扉を叩くと、勢い良く扉は開かれてリサリサが飛び出してくる。

 

「心配かけたな」

 

「もう大丈夫なの?」

 

「あぁ、動きに支障はない」

 

 火傷はまだ完治はしていないが、一度切り離された足も正常に動く。

 

「……まさか泣いているのか?」

 

「五月蝿いわね。二人も心配してたわ…早く顔を出してあげて」

 

 赤く腫れた目を隠しながら、リサリサは私を軽く突き飛ばして部屋の中に戻ってしまった。

 彼女にも心配させてしまったな……申し訳ない。

 

「さてと………ん?」

 

 外から聞こえてくるスパークに似た音。波紋同士が衝突した時の音だ。

 その音につられて外を見ると、そこにはジョセフとシーザーが師範代二人を相手に戦っていた。

 

「はぁ…はぁ……も、もう今日の修行は十分だ!」

 

「まだだ!俺たちはもっと強くならなければいけない!」

 

「立ちなロギンス師範代!メッシーナ師範代!俺だって家族を失うのはゴメンだ!」

 

 努力が大っ嫌いなジョセフがあそこまで必死になるとは……死にかけた甲斐があったな。

 

「止めろ!見ろ俺の腕を……今の波紋のスパークで産毛が全部焼けちまった!」

 

「だからなんだってんだ!つるっ禿げになるまで付き合ってもらうぞ!」

 

「やれやれ……師範代が教え子にやられっぱなしだな」

 

 窓から飛び降りて二組の間に降り立つ。すると皆は安堵の表情を浮かべ、私への心配を口にしてくれる。しかしジョセフだけはすぐにムッとなり、私に殴りかかってくる。

 

「ズームパンチ!」

 

「ッ!……ったいな…太陽克服したからといって、退院上がりの患者を殴るなよ」

 

 拳を受け止めてジョセフを睨む。しかしジョセフは私以上に怒っているようだ。

 

「ルッセェーこのタコ!心配ばっかりかけやがって!なんでエシディシが来た時誰も呼ばなかった!」

 

「呼びに行く暇がなかった。その間に赤石の元に行かせるわけにはいかない。だから途中で天に向けて体液を射出した…そうすれば誰か気付くと思って……」

 

 本当は攻撃しただけなのだが、アレがSOSの代わりのサインだって事にしておこう。

 

「だったら次からレオンは一人行動禁止!常に俺の側にいろ!」

 

「なんだ…寂しいのか?」

 

「んなっ⁉︎違ぇよ!不老不死でもボケんのか?」

 

「ジョセフをからかうのは楽しいな」

 

 いつもはからかい専門のジョセフをからかえるのは私くらいだろう。シーザーはそんな私達二人のやり取りを見て、口元を押さえて楽しそうに笑っている。師範代は……フッ、これ以上修行に巻き込まれんとばかりに逃げたか。

 

「さてジョセフ……今回ばかりは聞かせてもらおうか」

 

「あん?何を?」

 

「お前がどうしたいのかを…だ」

 

 一瞬ジョセフは黙り込むと、一度深呼吸を挟んで口を開く。

 

「俺は戦うぜ。あんたと共に!だから強くなると決めた!」

 

「……うん。わかった…逃げるなら止めはしないが、お前の向上心も止める気はない」

 

「ケッ。なんせ俺が強くなんねぇと、どっかの誰かさんが無茶するからよ?」

 

「んー?それは一体誰だ(棒読み)?しょうがない…その人の為にも私がお前の向上心に拍車をかけてやろう」

 

 わざとらしく棒読みを決めると、私はジョセフの胸倉を掴んで海に投げ捨てた。

 だらしない悲鳴を上げながら、ジョセフは綺麗な弧を描いて着水する。そして弾く波紋で水面に立ち上がって抗議してくる。

 

「フッフッフッ。まだまだ元気そうだな。よし、そのまま水上で何戦か相手してくれ」

 

 そう言って水面に私が降りると、ジョセフはゲッ!っと嫌そうな顔をする。

 なんだ?折角私が胸を貸してやるというのに。波紋も貴様の方が上だし有利なのはジョセフだろ?

 

「強くなるんだろ?私がタップリしごいてあげよう」

 

「オー!ノーッ!お願いだシーザー!代わってくれ!」

 

「今はいい、俺は後で相手してもらう」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「イテテッ!スージーQ、もっと優しく頼む」

 

「ワガママ言わない」

 

 彼女はここの使用人のスージーQ。今はジョセフの怪我の簡単な手当てをしてくれている。記憶が正しければ、彼女がジョセフの妻となる女性だ。

 怪我を負った原因?もちろん私だが?合気道で何度か水面に叩きつけただけなのだがな……

 

「水は速ければ速いほど接触する瞬間に硬くなる。レオンの技で投げられたとすれば普通の地べたと変わらないんじゃないかしら?」

 

「合気道というんだ。私の十八番さ」

 

 夕食を終えた我々は、そんな雑談をしていた。もしジョセフの首に指輪が無ければ、落ち着いて話せるのだがな。

 その時……私がふと、窓から夜空を見上げる。エア・サプレーナ島の中で最も高い塔の先端…夜目の利く私の目が、そこにある人影を捉える。

 

「………カーズ」

 

「…なんですって?」

 

「真っ直ぐこっちを見ている」

 

 私が目を向ける窓から身を乗り出し、皆がカーズを見つけようとする。しかし皆はよく見えないようだ。

 その時…カーズが腕の刃を構え、独特な光を発生させる。その場にいた全員は目が闇に慣れてしまい、急に発された眩い光に目を閉じる。

 

「窓から離れろ!」

 

 私はそう言いながら複数の髪の毛を伸ばし、髪の触覚を頼りに窓に一番近い二人の腕を掴む。そして力任せには引っ張ると、窓から盛大な切断音が聞こえた。

 やがて目が慣れると、私は何が起きたか瞬時に理解した。天井から床にかけて、壁ごと大きく断裂されている…完全に我々を殺しにきているな。

 

「全員無事か?」

 

「な…なんとか」

 

「一体何が起こった…」

 

 状況が理解できていない者が何人かいるな……その時…私に腕を掴まれているリサリサが、何故か小刻みに震えているのが目に止まる。まさか攻撃を受けたのか?

 

「リサリサ、大丈夫か?」

 

「…エイジャが……」

 

「ん?」

 

「エイジャの赤石が無い!」

 

 リサリサが首から下げていた高価なネックレス……それこそが奴らの狙うエイジャの赤石だったのだ。そしてそのネックレスは今、リサリサの胸元に収まっていない。

 

「盗られたのか!」

 

 ロギンスがそう叫ぶと、リサリサは蒼白な表情で頷く。

 不味い……今すぐ取り返さないと…

 

「その必要はないぜレオン!」

 

 そう言ってわざとらしく咳き込むと、ジョセフは悪戯をする子供のような笑みを浮かべる。

 

「まさか……」

 

「そのまさかよん!」

 

 ポケットからジョセフが赤石を取り出す。ペンダントには嵌っておらず、紅色の輝きを放っている。

 

「一点の曇りもない……本物か。ならカーズが持って行ったのは?」

 

 私がそう質問すると同時に、背後に殺気と執念が渦巻く気配を感じ取る。振り向くと、空のペンダントを握り潰すカーズがそこにいた。

 

「ジョジョォォ!」

 

「シャボンカッター!」

 

 現れたカーズにシーザーがすかさず攻撃を放つ。しかしカーズはまた眩い光を放って消えた。

 

「今度は渡さねぇぜ!」

 

 懐深く赤石をしまうと、カーズがジョセフをターゲッティングする。

 目には見えないが、既に髪を広げている。髪で止めることはできないが、カーズの居場所を探知することはできた。

 

「そこだ」

 

「髪の結界か。だが甘い!」

 

 私が攻撃するより早く、カーズの蹴りが私の腹部を捉える。しかもカーズの攻撃はまだ終わらない…踵あたりから腕と同じ刃が伸びて、私の肩に突き刺さる。

 

「グッ…」

 

 刃と私の肩が一体化する。そしてそこから何かを吸われる感覚がある…まさか細胞消化で私の体を吸収しているのか?

 

「ならば…」

 

 波紋の呼吸に切り替えて、私は肩に刺さった刃に波紋を送り込もうとする。

 

「ヌッ!これは…」

 

「波紋だ」

 

 直接波紋を流そうとしたが、奴は刃を切り離して私から距離をとる。

 

「レオン……貴様……まさか!」

 

 流石IQ400。私がどんな手術を終えたのか理解したようだな。すると驚愕の表情を秒速で引っ込め、奴は不気味に大声で笑い始めた。

 

「フハハハハハ‼︎面白い…面白いぞ貴様‼︎ますます貴様が欲しくなったぞ‼︎」

 

 おぉっと…奴の頭脳を持ってすれば、私がエシディシを死に追いやった事くらい知っているはず………それをプラスしても好印象か。

 それと「仲間として」とか、そういうセリフを挟んでくれ。今のじゃただの告白だ。そして私はBLが嫌いだ。前も言ったが大事な事なので二回言います。

 

「そう思ってくれるのは嬉しいが……カーズ…お前は自ら私の敵になろうとしている。どうなろうと交わえぬ仲だ、諦めろ」

 

 私が腹部に受けたダメージを耐えながらそう言うと、カーズは笑みを止めて壊れた窓に立つ。

 

「エイジャの赤石はまだ貴様らに預かっていてもらおう。近い内にまた会うだろうしなぁ〜」

 

 ジョセフに目を向けて不敵に笑うと、ジョセフは胸にそっと手を当てて苦笑いする。それを見てカーズは闇夜に身を投げ、闇そのものになったかの様に姿を消した。

 

「結局何しに来たのだ?」

 

「エイジャの赤石を盗りに来た…が、まだ泳がせたくなったようだな」

 

「レオンがいなければ何人かは最初の一撃で死んでいた。そしてジョジョの抜け目のない行動が無ければ赤石は盗まれていた」

 

「もっと褒めても良いのよん♪」

 

 機嫌良くジョセフがニヤニヤと笑う。しかしその笑顔から僅かに、心臓に引っ掛けられた毒入り指輪に恐怖してることがわかる。

 

「ひとまず……今のやり取りで我々は何も失っていない。修行も十分積んだ…これから我々は奴らの根城を突き止めて乗り込む。そろそろ攻めないと、奴ら以前に時間に負けるぞ」

 

 私がそう言うと、一同は鋭い目付きで私を見つめ返してくる。意を決した力強い目だ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 その日の翌日の夜……シュトロハイムからカーズ達の根城を突き止めたとの一報が届く。それを聞いた私は夕食を終えると同時にそれを皆に伝えた。

 

「ナチス軍が成果を上げてくれた。柱の男の根城はスイスにあるサンモリッツ…別名 太陽の谷。その周辺にある閉鎖されたホテルだ」

 

「太陽の谷ィー?太陽と無縁な奴らがそこに居るのか…いやそれより、随分と発見が早いんじゃないの?」

 

「何……私の推測が当たっただけだ」

 

 種明かしをすると原作知識だ……うろ覚えで正確な場所はわからなかったが、スイスの廃ホテルだったのは覚えていた。あとはそのキーワードで探してもらうだけだ。

 

「出発は明日の早朝…ロギンスとメッシーナには既に伝えてある。三人ともそれまで英気を養うように」

 

 静かに私が淡々と述べると、皆が飲み物で満たされたワイングラスを掲げる。そして皆が私に視線を向ける。

 何処かの映画でやってそうな儀式だが、僅かにでも士気が上がるなら行おう。

 私も血で満たされたワイングラスを持って掲げてみせる。

 するとジョセフがワイングラスを更に掲げる。

 

「己の命…そしてジョースター家の血統の為…」

 

 シーザーが…

 

「呪われし運命に終止符を打つため…」

 

 リサリサが…

 

「代々伝わる使命を全うするため…」

 

 最後に私が…

 

「五十年前の友との約束の為…討ちとるぞ…我々の力で」

 

 私が口を閉じると同時に、私を含めた四人はワイングラスを傾けて一気に飲み干す。

 

「…ふぅ……では私は先に寝かせてもらう」

 

「私もそうするわ…」

 

「俺もそうします」

 

「俺も」

 

 我々はバラバラに別れ、それぞれが自分の寝室に向かった。



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16.決闘のプロローグ

 ここは廃ホテルの広間……そこには瞑想をするカーズ様が佇んでおり、傍で私はいつでも命令に対応できるように備えている。

 

「…カーズ様…一つよろしいでしょうか…」

 

「なんだ」

 

 石のようにピクリとも動かなかったカーズ様が、口だけを動かして声を発する。

 

「このワムウ…ジョジョという男はローマで決闘の約束をしました。奴が来た際…ぜひ、戦いの許可を…」

 

「ならぬ……と、言いたいところだが良いだろう。私もレオンという男に興味がある。好きにせい」

 

「はっ!」

 

 そう言ってまたカーズ様は瞑想を再開する。が、何故かすぐに頬を釣り上げてしまう。

 

「…ククッ」

 

「カーズ様?」

 

「いやスマン。柄にもなく楽しみに思ってしまってな……」

 

 そう言って立ち上がり、カーズ様は玉座に腰を下ろした。

 カーズ様が瞑想すらままならぬ程に歓喜しておられる……レオン…貴様は一体?

 主人の意外な表情に驚いていると、次の瞬間…激しい爆発音と共に崩壊音が混じって聞こえてくる。

 

「何の音だ」

 

 無表情に戻ったカーズ様が疑問を投げると、すぐさま手下の吸血鬼が我々のいる部屋に入ってくる。

 

「ほ、報告します!侵入者でゴVOAAAAA!!!!」

 

 告げる事を最後まで伝えられずに、吸血鬼に頭サイズの鉄球が被弾して爆発する。

 

「フンッ……来たか」

 

「Good Morning」

 

 そこには妙なガラクタを押して入る波紋使い達がいた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 時は遡って十数分前……

 

「……アレのようだ」

 

 我々は予定通り朝に島を出て、カーズ達のいるスイスに来ていた。

 私はリサリサに双眼鏡を手渡し、閉鎖されたホテルを確認させる。

 

「板と暗幕で日光が入らないようになってるようね。さて…重要なのはここからどうするかです」

 

 そう言ってリサリサが振り返ると、シーザーが口角を僅かに上げる。

 

「当然のこと。すかさず攻撃すべし!」

 

「同感だ!昼間だからカーズは外へ出られない。我々にとって今が有利!」

 

 シーザーとメッシーナがそう意見し、ロギンスもそれに賛同する。そしてリサリサはジョセフの意見を仰ぐ。

 

「俺は…反対だぜ…」

 

 冷や汗を流してジョセフがそう答える。そして僅かな沈黙が流れ、またジョセフが口を開く。

 

「太陽が外で照ってるからこそ、逆に危ねぇと思うぜ!カーズが外からの侵入者に、何の対策もしてないとは思えない!」

 

 ジョセフが言うことも一理ある…だがシーザーはその意見に対して「怖気付いたか」と返す。そこからはいつものように、二人は口論という口喧嘩を始める。

 

「…レオン…貴方の意見は?」

 

 二人のやり取りを放置して、リサリサは私に意見を聞いてくる。

 

「ふむ……奴らが外に出れないのは確か…だが対策しているのも確かだろう……そこでこういうのはどうかな?」

 

 そう言って私は、スピードワゴン財団に秘密裏で輸送してもらった積荷を持ってくる。

 

「なんだそれは?」

 

 ロギンスが腕を組んで私に聞いてくる。私はニヤリとだけ笑い、荷物に被さっていた風呂敷を外す。

 

「こ、これは!」

 

 喧嘩を止めてジョセフが荷物に食いつく。

 

「コレはネーベルヴェルファーという多連装ロケットランチャーだ。試作段階で完成していないから一度撃てば本体も壊れて再装填ができない………装填数は六発。これがあと二つあるから計十八発……コレで外部から破壊しながら進入しようと思う」

 

 本来は毒ガス弾を使う兵器だが、その辺は私の要望で無茶な改造をしてもらった。試作機の改良型だから、完全な使い捨て品だ。ホテルを全壊させるまでにはいかないが、奴らのテリトリーを狭められるはずだ。

 

「にゃるほど〜。コレで盛大にノックしてやるってわけね!」

 

 ニタニタと笑うジョセフ以外は面食らって口を開けている。リサリサのそんな表情は少々珍しくも思えるな。

 

「だかそんなことして大丈夫なのか?少し離れれば町が…」

 

「表向きは解体作業ついでの兵器実験って事になっている。責任はシュトロハイムが喜んで負ってくれた。本当はミサイルを打ち込みたかったが、流石にソレは許されなかったそうだ」

 

 そう説明していると、ドイツ軍と財団の特別科学戦闘隊が兵器を持ってくる。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 やはり弾数が足りなかったか……もっと輸送してもらいたかったが、急な要望だったし無理があったのだろう。

 これでケリを楽につけたかった私は、装填数がゼロになったロケランを残念そうに横に投げ捨ててカーズ達と向き合う。

 リサリサ達は私の後ろに付いてきていて、万全な状態で波紋の呼吸をしている。

 

「ジョセフ…そしてシーザー。成長したらしいな、実に!」

 

「ワムウ……!」

 

 ジョセフとワムウが火花を散らす勢いで睨み合う。

 

「待っていたぞレオン」

 

「カーズ。この部屋に来るまでの間に弾は切れたが、一歩部屋を出ればそこは日の当たる外だ。どうする?この狭い空間で我々と戦うか?」

 

 奴らのパワーで暴れられたら、我々の誰か…ロギンスあたりがおそらく死ぬだろう。だが派手に暴れればホテルが崩壊する程度に破壊は進んでいる。ワムウの神砂嵐なんかを放ってしまえば、天井が崩壊して日の光をもろに浴びる事となるだろう。

 

「さぁどうする?貴方達に一斉に襲われてしまえば、我々もただでは済まない……でもこんなボロボロの欠陥ホテルが崩れて仕舞えば貴方達もただでは済まない。だから私達はカーズ…貴方に交渉しに来た」

 

「交渉…だと?」

 

 リサリサがそう言うと、ジョセフとシーザーが質問してくる。

 

「待ってください先生。我々は六人、相手は二人…その言い方は少しおかしいのでは?」

 

「そうだぜ!問答無用でここで決着をつける!違うのか⁉︎」

 

「相手が二人?…まだ修行が足りないようだな」

 

 そう言って私が天井を指さすと、そこには百人近くの吸血鬼がぶら下がっていた。

 

「我々がここに来た際に、一斉に襲いかかるつもりだったのだろう?それを踏まえて我々六人で死者を出せずに戦えると思うのか?むしろこちらが全滅する可能性もある」

 

「うぅ…」

 

 ロギンスとメッシーナがたじろいでいる。そしてジョセフとシーザーも同じリアクションをしている。

 戦闘員と紫外線照射装置も持ってこれていたらよかったのだが、装置の小型化まで手は回らなかったようだ。

 原作と違い「住処の特定」「完成していないロケランの無茶な改良」「兵器実験という表向きの隠蔽」などを頼んでしまったからな。ロケランは止めて、紫外線装置を武装したドイツ軍引き連れた方が良かったか?

 まぁ、過ぎた失敗だな……

 

「フッフッフッ、レオン。貴様は何から何までお見通しというわけか……だがその程度の細工で交渉に応じると思ったか?」

 

 長々と考え事をして軽く後悔していると、カーズが私にそう言ってきた。

 

「もちろん交渉の手札はまだ残っている。我々をここで殺したら赤石は二度と手に入らない」

 

 私の言葉にカーズは眉間に皺を寄せ、静かにしていた吸血鬼達が僅かに騒めく。

 

「敵の住処に赤石を持ってくるほど、私は馬鹿な女じゃ無いわ」

 

 リサリサが首筋を見せてネックレスがかかっていないことを示す。そして私が続けて口を開く。

 

「我々の誰かがある場所のある時刻に戻らなければ赤石は時限装置で爆破される。そして今ここで一人でも殺してみろ……そしたら逆に残された者はそこへ戻らず、赤石を爆破されるのを我々は待つつもりだ」

 

「フフッ…妙なハッタリはよせ」

 

「ハッタリだと思うか?貴様らがこの人数で待ち構えてるのを知っていて、現在の環境を作るための兵器を寄せ集めて、交渉が成り立つ範囲の戦力を連れてきたこの私が言ってる事がハッタリだと思うのか?本当に時限爆弾を用意していないと…そう思うのか?」

 

 口調がおかしくなったが、私は畳み掛けるように早口で述べる。するとカーズが呻き声を上げて考える。

 

「だからといってこのまま思い通りにはさせられん」

 

「そこで交渉よ」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、リサリサはカーズの言葉に被せ気味で言った。

 

「ワムウとジョジョ…カーズとレオンが一対一で戦う。その勝負に赤石を賭ける」

 

「何ッ!」

 

「勝者が赤石と未来を手にする…とてもシンプルでわかりやすいだろ?どうするカーズ?」

 

 真面目な表情で私が述べると暫く沈黙が流れる。するとカーズがニヤリと笑って己の選んだ選択を口にした。

 

「良い度胸だ、いいだろう。赤石の為に受けてやる。だが自惚れるな…貴様らに明日は無い!」

 

(あ…圧倒的不利な状態から対等まで持っていった!…流石レオンとリサリサ…駆け引きが上手い!)

 

「決闘となればそれに相応しい時と場所が必要だな!ワムウ、希望を言え」

 

「今宵は満月、時はそれ。場所は…ここから南東へ十五キロメートルのピッツベルリナの骸骨の踵石と呼ばれる古代環状列石サークルストーンの場…古代の人間どもが天体の観測の為に作った巨石建造物だが後に決闘場として多くの選手達が栄光と死の運命を分け合った所だ‼︎」

 

「こらァ〜〜〜ッ!勝手に決めんなよ、てめーらに有利な条件をッ‼︎」

 

「よせジョセフ…タイマンを受けてくれただけで儲け物だ」

 

 そう言ってジョセフを宥めていると、カーズがジョセフを指差す。

 

「ジョジョ!赤石は貴様が今夜の夜中の十二時、環状列石の場まで持ってこい…時限装置とやらを外してな。レオンは人質としてここに残る」

 

 そう告げてカーズとワムウは姿を闇の中に消した。リサリサではなく私か………ちょっぴり怖いな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……ふむ……人質というのは暇なものだな」

 

 人質として残った私は、崩れていない部屋の奥の地下室に通された。しかもカーズが直接私が逃げぬよう監視している。

 ……正直リラックスができない。

 

「レオン…ワムウが勝てば赤石を貰う。ジョジョが勝てば解毒剤…だったな」

 

「………そうだ。ついでに言うと相手の命も……な」

 

 部屋の壁に背をつけて座り込んでいると、死んだように動かなかったカーズが話しかけてきた。

 

「ワムウが勝った時点で赤石は我々の物…ではこのカーズと貴様の決闘には何が賭けられるのだ?」

 

 まぁ当然の疑問点だな。先にワムウが勝ってしまえば、二回戦目でもちろん赤石を賭けることはできない。

 

「そうだな……皆には言っていないのだが、もし貴様と戦う際に赤石を賭けれない状態だったら、貴様には赤石を賭けてもらい、私はこの身を賭けよう」

 

 そう言って自分の心臓のある場所に右手を置く。するとカーズは閉じていた目を薄っすらと上げる。

 

「…赤石に比べれば釣り合わぬか?」

 

「いや…今はそれで良い。約束は…守れよ?」

 

 フフッ…貴様が言うな。原作ではルールを無視し、リサリサを背後から切り裂いた貴様がな……

 原作を知っている私は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「カーズ様。日が沈みました」

 

「うむ。行くぞレオン」

 

 カーズがそう言って部屋を出て、私はその後ろをついて歩く。それだけで私の背筋に悪寒が走る。

 現在のジョセフを下回る私の波紋で、私はコイツを倒せるのだろうか?

 

 …………と言っても……倒せない前提で策を練っているがな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 しばらく吸血鬼達とジョギングで現地に向かい、私は爽やかな汗を流す……ことはできず冷や汗がただただ滴っていた。そもそも十五キロ程度で吸血鬼は汗はかかない。

 

(逃がさないためとはいえ、まさかすぐ側をピッタリ並走するとは…)

 

 冷や汗の原因はこの二人…ワムウとカーズが私を挟む形でしっかりマークしていたのだ。離れず縮まらず、一定の距離を保ちながら並走してきた。景色は流れるがこの二人は常に隣にいて、逆に酔いそうになる。

 そんなこんなで、私は決戦の場に到着した。

 そしてその数十分後にリサリサ達がやってくる。ジョセフの手には赤石とマッチ棒が握られている。

 一度赤石を掲げ、マッチに火をつけて赤石に近付ける。すると火の光を吸収して赤石は淡い光線を放つ。

 

「よし本物だ…お前が約束を守り逃げずに赤石を持って来たからには、我々も約束を守ろう。一対一の決闘を行ってやるッ!」

 

 そう言ってカーズは私を見て顎を突き出す。彼らの元に向かって良いようだ。

 

「レオン!無事か?」

 

「あぁ…だが二人に挟まれ監視され、おちおち寝ることもできなかったよ」

 

 そう言って緩んだ笑みを浮かべると、皆が一安心した表情を浮かべる。

 

「来たな!こいつが揃えばいよいよ決闘が始まる」

 

 突如として地響き聞こえ、遠くから何かが走ってくる。

 

「これは…」

 

 走ってきたのは恐竜と見間違える程の迫力を持った馬だった。その馬は車輪のついた荷台を引いていて、馬の物とは思えない二本の牙が生えていた。

 

「この馬の脳には骨針が打ち込んであり吸血馬としてある」

 

「今よりこの闘技場でワムウ対ジョジョの古式にのっとった戦車戦を実施するッ!」

 

「戦車戦!?」

 

 吸血鬼達はワムウコールを繰り返し、一人の吸血鬼が説明を始める。

 

「この戦車に乗りこの闘技場を闘いながら走り続ける!ワムウ様かジョジョ、どちらかが振り落とされ相手の戦車に踏みつぶされるか…あるいは走りの途中で叩きのめされるか…ゴールは死のみッ!古代ローマの戦車デスマッチ!」

 

「やってもらうぞジョジョ!この吸血馬は百五十頭の馬に匹敵するパワー…つまり百五十馬力!ワムウ様にとっても操るのは骨が折れる!」

 

「待ちな!戦車戦だろうがなんだろうが受けてやる。しかし吸血馬だと?テメェらの手下じゃねえか!」

 

「心配するな、手綱は波紋が通るようにできている。ワムウはパワーで馬を操るが、お前は吸血馬を波紋で操って走らせることができる!」

 

 どうやらちゃんとフェアなルールらしい…リサリサが試しに波紋を流すと、吸血馬は大人しく従っている。

 

「ではこれより!エイジャの赤石を賭けて、ジョジョ対ワムウの戦車戦を開始する。スタートの合図はあの雲の切れ目から、次に月の光が輝き出た時とする!」

 

 カーズが声を張り上げてそう言うと、ワムウとジョセフが荷台に飛び乗る。こうして二人の戦いが今始まった。



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17.私は悪くない

「やったな…ジョジョ……」

 

「ワムウ……」

 

 一言で言えば原作通りの結末だった。それを知ってはいたが、ジョセフが落馬した時は流石にハラハラしたな。原作と違いジョセフは、シーザーの最後の波紋を込めた血液のシャボンに触れていない。原作より僅かばかり弱いからか、怪我が思っていたより酷い…勝てたから良かったが。

 あと欲を言わせて貰えば、ワムウを爆破して倒さずに肉片を残して欲しかったな……

 ワムウの身体はジョセフの策によって爆破され、断面は微量な波紋で溶けている。

 

「…さらばだ……ジョジョ…」

 

 強者こそが友であると言っていたワムウは、ジョセフが解毒剤を飲んだのを確認すると、笑顔を見せてチリになった。

 チリは風で舞い上がり、土煙に混じって飛んで行く。その進路の空間を、カーズはあたかもそこに何かがあるかのように掴む。長年共に生きた仲間の死の悲しみに浸っているのだろうか?

 やがてカーズは目を開けて私の方へ向く。

 

「……残るはこのカーズただ一人か。だが…頂点に立つ者は常に一人!」

 

 ずっと被っていた頭巾を外し、カーズの長髪が大きくなびいた。それを見つめる私の隣では、私に期待と不安を目で伝える仲間達がいる。

 

「……奴の思い通りにはさせないさ。行ってくる」

 

「信じてるわ…行ってらっしゃい」

 

 そう言ってリサリサからエイジャの赤石の首飾りを渡される。中には確かに赤石が嵌められていた。

 

「レオン!」

 

 首から赤石を提げると、我々の元にジョセフが戻ってくる。そしておもむろにシーザーから何かを分捕るように受け取り、私に見せびらかしてきた。

 

「…それは……」

 

 それは鋼色に鈍く光る、不恰好なロケットだった。私の宝物を思い出すために作らせた大切な品だ。

 

「あんたの荷物の中にあった……よくよく考えてみれば、俺はレオンの身の上話よく知らねぇんだよな。だから終わったら聞かせてくれ。だから……戻って来てくれ」

 

 戦いの最中に壊さないかと不安に思い置いてきたのだが、私の腕はそれを勝手に受け取って握りしめていた。

 正直に言うと、カーズとの決闘の時が近づくにつれて私の身体は静かに震えていた。

 強がりかもしれないが死ぬのは怖くない…死んだ後が怖いのだ……残された者は私がいなくとも大丈夫なのか?

 いや……こんな死ぬ前提の話はやめよう。それに保険もあるしな。

 やがて震えが止まり、私はロケットをジョセフに預かってもらった……必ず戻るという約束の言葉を添えて…

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ワムウとの戦いを終えた俺は、極度の疲労を感じながらも移動した。ワムウの敗北をきっかけに吸血鬼が何人か襲ってきたが、カーズが瞬く間に吸血鬼を直接殺した。

 

「カーズ様?」

 

「ルールを破るつもりはない。その下衆らが犯した行動は……すでに殺していることからわかるはず」

 

(は、早ぇ!吸血鬼を一撃で…とてもじゃねぇが、反応すら出来なかった…)

 

 だがあんな化物相手でもレオンなら勝てる……そう俺は思ってしまう。

 

「ついて来い。このカーズとレオンの次なる決闘場はあそこだ」

 

 俺達を連れてカーズが向かった場所は先程の闘技場のすぐ近くにあった。

 

「ピッツベルリナ山神殿遺跡。かつて下の戦車戦競技場の優勝者がこの神殿で敗者の血を御神酒に混ぜて飲み干し、生命の喜びを神に感謝した場所。闘技場ではないが立体的な戦闘が楽しめよう」

 

 立体的に入り組んだジャングルジムのような石柱の数々……機動力があれば四方八方から仕掛けられるフィールドだ。

 

「レオン…待ってるぜ」

 

「あぁ。行ってくる」

 

 ちょっと散歩に行ってくるっといったノリで、レオンは軽々しく神殿に足を向ける。悔しいがレオンはあらゆる点で俺より遥か上にいる。だからきっと勝てる…そう思っているはずだというのに、不安からか汗が止まらない。

 

「それでは始めようか…カーズ…」

 

「ほぅ…鞭は使わんのか?」

 

「貴様の速さは流石に捉えきれない。気にせず始めてくれ、赤石はココだ。私を殺してから、死体の横に落ちているこれを拾うがいい」

 

 そう言ってレオンが赤石を見せつけてから懐深くにしまう。するとその時…カーズが不敵に笑って飛び掛かり、腕から出したサーベルが眩い光を放つ。

 

「飛んだ!そしてき…消えた?」

 

「カーズがちょっとした光とともに消えたぞ。どこだ!」

 

 俺とシーザーが驚きを顔に出していると、レオンの背後のヒビから何かが這い出てきた。

 

「喰らえ!輝彩滑刀の流法!」

 

「柱のヒビの中から!その能力があったか!」

 

 骨格を無理やり畳み折り、カーズは柱のヒビの中を移動していたのか!

 

「だが全てお見通しだ」

 

 レオンの波紋を帯びた回し蹴りが、カーズの顎を蹴り抜く。攻撃を食らったカーズは顔面から気化していく。

 

「や、ヤッタ!完璧に不意をついたようだがレオンにそんな手は通じない!」

 

 流石レオンだぜ、後ろの師範代達も騒がずにはいられねぇようだな。

 

「ワムウに比べれば呆気なかったが、威張ってる奴の実力なんてあんなもんだ!」

 

 そう俺達は歓喜したが、まだ決着は付いていなかった……喜ぶのはまだ早かった。

 

「…カハッ……」

 

 レオンが膝から崩れ落ちて俯けに倒れる。その背後には血の付いたサーベルを構えるカーズがいた。

 

「くだらん…実にくだらんよ、一対一の決闘なんてなあ〜〜ッ。このカーズの目的はあくまでも究極生物になること。ワムウのような戦士になるつもりもなければロマンチストでもない。どんな手を使おうが最終的に……勝てばよかろうなのだァァ!」

 

「か、カーズが背後に!じゃあさっき波紋を食らわしたやつは?」

 

「あいつ…波紋で顔面が溶けるまで気づかなかったが影武者だ!レオンさんが倒したのはカーズの影武者だったんだ!」

 

「レオンッ!」

 

「残りのゴミ共を全員で始末せよーーッ!」

 

「カ……カーズ……許さねぇぇ!」

 

 沸々と怒りが込み上がってくる。それは俺だけではないようでシーザー達も鬼の形相をしている。俺を含めた皆が、睨んだだけでショック死を引き起こせそうな殺気を纏っていた。

 しかし意外な事に、その怒りはフッと一瞬で消え失せた。

 

「フフッ…フッフッ…アッハッハッハッハ‼︎‼︎」

 

 理由は闇夜に響き渡る笑い声だった。しかしそれはカーズではなく、地に倒れたレオンのものだった。

 レオンは俯けに倒れていたが、腕を使って仰向けになると何が面白いのか爆笑している。

 

「ジョセフ…別に発狂したわけではないから安心しなさい………言っただろカーズ………全てお見通しだと…」

 

 そう言ってレオンは、真っ二つに切断された赤石を掲げて見せた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私は原作を知っている……カーズがこのような行動をとることは知っていた。だからまず私は奴の目的を根本的に潰し、後悔させることにした。

 

「なっ!何故赤石が!」

 

 私は懐に赤石をしまったように見せて、髪で引っ張って背中に移動させたのだ。

 カーズが不意打ちを放ってくる背中にな……

 

「あえて……あえて切られたのか!貴様はぁぁぁあ!」

 

「ルールを破ったのは貴様だ。赤石を切断したのも貴様だ。私は何も悪くない………そして‼︎」

 

 私は天に向けて目から体液を射出させる。薄気味悪く僅かな光を反射する細い柱は、やがて闇夜に消えていった……すると神殿を取り囲むように眩い光が現れる。

 

「レオンの合図を確認んんん!おのれらッ吸血鬼!このシュトロハイムとナチス親衛隊が相手だ!」

 

「我らSPW財団特別科学戦闘員もいるぞ!」

 

「…そして……一対一を先に止めたのも貴様だ」

 

 何日か前にあらかじめ声を掛けておいた援軍が我々を取り囲む。財団の紫外線照射装置小型化の実現が間に合い、彼らは皆それを武器化して身に付けている。

 

「グァァァァ!」

「カーズ様ァァァア!」

 

 いくら吸血鬼といえど、これだけの数の光は避けきれない。弱点である日光と同じ紫外線は、次々と吸血鬼をチリに変えていく。

 

「さてカーズ……まだ無駄な戦を続けたいか?」

 

 悠々と立ち上がってカーズを見てみると、カーズは絶望を怒りで誤魔化しているかのような醜い表情を浮かべる。

 

「貴様ァァァア‼︎‼︎‼︎」

 

 そう雄叫びを上げると、カーズの眉間に一筋の光線が伸びる。それは紫外線照射装置のライフル型の光だった。

 射程距離を伸ばした分僅かに威力は弱まったが、カーズは苦痛から顔を両手で押さえる。

 

「……いい腕だ、エーデルガルト」

 

 怯んだ隙に私は、自分の練れる最大級の波紋を流そうと腕を振り被る。原作を知っている私は、ジョセフ以上に計算塗れの策を練っていた。

 カーズが進化しなくとも、現時点での一対一で私が勝つ可能性は、真面目に考えて30%前後だからだ…だから援軍を用意した。だから決定打を他人の不意打ちに任せた。

 

 ………ここまできたらトドメも他人任せにするべきだった。

 

 次の瞬間……私はそう思った。

 

「ならば……ならば貴様も道連れだァァァア!」

 

 波紋を帯びた私の手刀を無視して、カーズは私を襲ってきた。私は一瞬呆気にとられた……その行動にではない…攻撃手段にだ。

 

「何ッ!」

 

 刃による輝彩滑刀ではなく、カーズは私に抱き付いてきたのだ。零距離にまで接近してくるとは思っておらず、私の手刀は上手く決まらなかった…波紋を食らわせられなかったのだ……なのにカーズは気化し始めた。

 

「……ま、まさか…!」

 

「そおうだ、波紋だよォ‼︎長年見てきた呼吸法を使えないとでも思ったか⁉︎そして貴様が究極生物でないことを教えてやろう‼︎‼︎」

 

 流石IQ400…使えば自分が死ぬ可能性があるから使わなかっただけで、使用するのが不可能なわけではない……そしてヤバイな……カーズの言う通り、私は日光を克服しただけで究極生物ではない…私は日光を克服したただの吸血鬼なのだ。

 

「貴様を輝彩滑刀で即死させれる可能性は低い……が‼︎細胞ごと気化させてしまえばどうなる⁉︎貴様は耐えれるかァァァア⁉︎」

 

 カーズの指と爪が、治りかけの背中の傷に深く突き刺さる。これは本格的にヤバイ。波紋の耐性が本来の人間より衰える私は強大なダメージを覚悟する。

 

「コォォォォオオオ!」

 

 …この焼ける痛みを何度経験しただろうか……私は次の瞬間意識を手放した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 究極進化したカーズは人の身体を気化させる程の波紋を練ることができ、原作ではジョセフの波紋の四、五百倍の威力だったはずだ。

 進化前と進化後の波紋にどれだけの威力の違いがあったのかはわからないが、私が食らった波紋は精々ジョセフの二百倍前後だろう……十分過ぎるその威力は、輝彩滑刀で切断するよりは私に有効な攻撃だったようだな。

 

「………ここは何処だ?」

 

 気絶から覚めて決まり事のようそう呟く。この時…私は結局生き延びたのかと安堵する。が、辺りを見回して冷や汗をかく。

 

「…オ、オイオイオイ……本当にここは何処だ⁉︎」

 

 助かったとなれば普通、私がいる場所は軍か財団の施設か病院だろう。だが私が今いる場所は外……それもゴツゴツとした石が転がる川沿いだ。

 目の前には終わりが見えないほどに長い川が流れていて、私は流されていた最中に川沿いに上げられたような形で寝転がっていたのだ。

 

「まさか……俗に言う三途の川?これから私はこれを渡って死ぬ?いやッ!もう渡ってしまったのか!」

 

 トンペティの予言でまだ私はやる事があるのだ!使命をまだ全うしていない!

 

「これでは死んでも死にきれん!どうにかして戻らねば!」

 

 どうにかして川を渡ろうとするが、その前にココがどっち側かわからないので足を止めて頭を抱える。

 

「クソッ!このままではジョジョに合わせる顔もないというのに!」

 

「呼んだかい?」

 

 ………その柔らかく優しい声に反応し…私はゆっくりと背後に目を向ける。するとそこには、40年以上も会っていない友人の顔があった。

 彼は相変わらず筋肉質の高身長で、あの日船に乗った時と同じ服装をしていた。

 

「ジョ……ジョ………?」

 

「久しぶりだねレオン」

 

 思わず私は涙を流してジョジョに抱き着いた。そして私は懺悔を始め、情けない姿を晒す。

 

「すまない!私は…君を助けることができなかった!君の子孫もまだ助けきっていない……にも関わらず、私はここへ来てしまった!すまない……すまなぃ……」

 

 あまりの取り乱しように驚いているのか、ジョジョは一瞬ポカン…とマヌケな表情を浮かべてから私の肩に手を置いて引き離した。

 

「何を言っているんだ!君は全力で僕の子孫を守ってくれた。そしてこれからも守ってくれると信じている!」

 

「だが私は…もう……」

 

「いいや、まだ間に合う。ここはあの世より現実側の川岸だからね」

 

 そう言ってジョジョは川に背を向けてある一点を指差す。そこには細く狭い道があり、弱々しく淡い光が先から漏れていた。

 

「まだ君は死んでなんかいない…僕がそうはさせない。まだ僕は君に、借りを返し切ったと思ってないから…」

 

 そう言ってジョジョは私を光る道に向けて突き飛ばす。

 背中を押された拍子に足を踏み出すと、私とジョジョの間に亀裂が走り戻れなくなる。

 

「ジョジョ!待ってくれ!君も川のこっち側にいる!戻れるんだろう?」

 

「いいや…僕は戻れない……死と生の狭間にいるからここに居るだけなんだ」

 

「生と死の狭間?何を言っているんだ?」

 

 そう言うと、ジョジョが驚くべき事を告げてきた。

 

「僕はあの沈没した船の中で死んだ…だがディオはそんな僕の身体を乗っ取り生きながらえている。僕の首から下は生命活動を止めていないんだ」

 

「なんだと⁉︎」

 

「今はまだ海底の底で沈んでいるが、ツェペリさんから聞いたんだ……労力を使わなければ、吸血鬼は飲み食い無しで百年生きると…」

 

「………となると私の使命が一つ増えたな。ジョジョをいつまでもここで彷徨わせるわけにはいかない」

 

「君ならそう言ってくれると思ったよ」

 

 そう言うと亀裂の入った地面の崩落が始まり、止むを得ず私は光の先へ進んだ。

 

「ジョジョ!必ず約束は守るからな!」

 

 そう言うとジョジョは一瞬微笑み、何かを思い出したかのように叫んでくる。

 

「エリナによろしく伝えてくれ…アッ!それと君は……」

 

 そこで私は意識を手放した。

 

 ……いや……意識を覚醒させた。

 

「……ここは…ドイツ軍の施設………か?」

 

 献血やらのチューブが繋がった上半身を起こすと、側のテーブルに輸血パックと「目覚めたら飲むといい」と書かれたメモを見つけた。

 私はそれをありがたく頂くと誰かが入ってくる。

 

「レオン殿!やっと目覚めましたか!」

 

 入って来たのはエーデルガルトだった。彼女は私の返事も聞かずに鏡を取り出して私に見せてくる。

 

「最初、レオン殿の顔は焼け爛れていたんです!どうですか?元通りに再生されてますか?」

 

「最初にまず顔の確認か……ひとまずは大丈夫そうだ…」

 

 そう言って手鏡を受け取ると、彼女は私の目覚めを伝えるべく出て行った。

 やれやれ…忙しい子だな。

 

『君は間違いなく誇り高きジョースター家の人間だ…だから僕はこれを贈る』

 

「ウッ………気のせいか?」

 

 一瞬頭痛が走り何か聞こえた気がしたが、 私は気のせいだと思い込む。そして何を思ったのか私は、無意識に手鏡を後頭部まで持っていき肩を確認した。まるで誰かが私の手首を掴んで動かしたかのように………

 

「………ん?何故私はこんな事を?」

 

 そう言って手鏡をテーブルに置こうと思ったが、私は鏡越しにあるものを見つける。

 

「なッ!こ…これは⁉︎」

 

 肩に分厚く巻かれた包帯の隙間から、とんがった図形の角のような物が見える。咄嗟に包帯を引き裂くと私はある物を視認して絶句した。

 

「レオン!起きたかァ!あぁ聞かんでもよい、聞きたい事はよくわかっておぉるゥ。吸血鬼の残党どもは我々ドイツ軍が一匹残さずチリに変えてやったァ‼︎」

 

 部屋に入ってきたシュトロハイムが一人で何か叫んでいるが、私は気にもとめずに手鏡を凝視する。

 

「……あぁーレオン?一体どうしたというのだ?」

 

 流石に不審がってシュトロハイムが話しかけてくる。私は満面の笑みを彼に見せて口を開く。

 

「フフッ……レオンだと?一言足りないんじゃないか?」

 

「………は?」

 

 訳がわからないといった表情を浮かべて首をかしげる。

 

「姓は捨てたとかつて言っといて悪いが、以後私の事はこう呼んでくれ。そのカルテの名前欄も変更してくれよ?」

 

 そう言って私は高らかに宣言した。

 

「私はレオン・ジョースター‼︎誇り高き血統‼︎ジョースター家の人間だ‼︎‼︎」

 

 ありがとうジョジョ…最高のプレゼントだ。君が許してくれるなら……私はジョースター家の名を使わせてもらうよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の首筋には、星型のアザが違和感なく鎮座していた。



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18.使命を終えた者達のその後

 生前ジョジョに見せてもらったことがある。ジョースター家の一族は皆、首筋に星型の痣を持って産まれてくると………ジョジョの言う通り、ジョージもジョセフも首筋に星型の痣を持っていた。

 そして現在……私の首筋にはソレと同じものがあった。

 

『君は間違いなく誇り高きジョースター家の人間だ…だから僕はこれを贈る』

 

「確かにそう聞こえたんだ……もしかしたら都合のいい夢かもしれないがな」

 

 ニューヨークに戻る飛行機の中で私はスピードとそんな会話をしている。

 

「夢なんかじゃないさ。ジョースターさんには姓を捨てた理由と苦しみを見透かされていたようだな」

 

「おっと…そういうスピードも勘付いていたのか?」

 

 姓を捨てた理由……ブランドーを使わない理由は、ジョースター家を滅ぼしかけたディオと、母を殺したダリオと同じ悪名を名乗りたくなかったからだ。

 そしてジョースターを名乗らなかった理由は、否が応でもブランドーと同じ血を引いてしまっている私にソレを名乗る権利がないと思ったからだ……今となっては被害妄想だが、レオン・ジョースターと名乗ってしまえば、誰かに何処かで否定されるような気がしていたのだ。

 

「実を言うと……私はレオンがいつでもジョースターと名乗れるよう、ジョセフの兄という形で戸籍の準備をしていたのだよ。もちろん長生きな為、時が過ぎれば毎度偽造で発行しないといけないがな」

 

 そう言って一つの書類を渡してくる。それは偽造で作られた戸籍の書類の類だった。そしてファミリーネームは確かにジョースターになっている。

 

「ありがとう…スピードワゴン…」

 

「スピードと呼んでくれ。親しみを込めて友人に接するようにな」

 

 老いてなおスピードは、昔のように歯を剥いて笑ってきた。その笑顔が私の心を煽り、ジョジョと再開した夢の中と同じように涙を浮かべる。

 

「最高のプレゼントだ……ジョジョにも言った言葉だが、二度目の使用では嘘っぽく聞こえるかな?」

 

「そんなことはない。それよりそろそろニューヨークに着く頃だぞ」

 

 そう言われて私は座席の下に置いておいた荷物を取り出した。

 そういえば私のロケット……ジョセフに預かってもらっているままだな。

 

 空港に無事着陸した飛行機を降り、私は久々のニューヨークに足をつけた。するとSPW財団の迎えの人がやってくる。

 

「……おかしいな」

 

「ん?どうかしたのか?」

 

 杖をつき歩くスピードは、辺りをキョロキョロと見回している。

 

「今日ニューヨークに戻る事を電報で知らせたはずなのだが……」

 

「……?電報を送った。だからここに迎えがいるんだろう?」

 

「いやそれはそうなのだが……ジョジョ達には言っていないのか?」

 

 スピードが迎えに来た男に尋ねる。

 

 「伝えたのですが、「用事があって迎えに行けない」と言われました」

 

 男も首を傾げてよくわかっていない様子だ。

 

「用事?何かあったのか?」

 

「よくわかりませんが、今日は誰かの葬式を上げているそうです」

 

 ………葬式?……あぁ、なんとなくわかった気がする。

 

「なら葬式会場へ急ごう。恐らく彼らは勘違いをしている」

 

 そう言って迎えの車に乗り込み、我々は葬式会場に向かった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「天にまします我らの父よ。御名をあがめさせたまえ」

 

 ココはシトシトと雨の降る墓地。

 そこではある男の葬式が挙げられていた。

 

「御国を来たらせたまえ。御心が天にあるように…地にもなさせたまえ」

 

 それはレオンの葬式だった。

 吸血鬼故に戸籍も怪しいからか、墓石には名前だけが彫られていた。

 

「エリナさん。冷えるといけません。そろそろ……」

 

「エリザベス…もう少しここにいさせてちょうだい」

 

 その場にいる皆が喪服を身に纏い、暗い表情を浮かべている。

 

「レオンさん…うぅ……俺が未熟なばかりに!」

 

「レオン……約束はどうしたんだよ。ひとまず………これは返すぜ」

 

 傘もささずにシーザーが俯いて涙を流している。ジョセフは墓石の前で膝をつき、レオンが大切にしていた六角形のロケットを墓石の前に置く。

 

「おいジョセフ。そんな所に置かないでくれ、ロケットが錆びてしまう」

 

「…………えっ……」

 

 一同が墓石に背を向けると、そこには一台の車が止められている。そしてその車の窓から誰かが彼らを見つめていた。

 

「………私の葬式は何処まで進んでしまった?」

 

 「「「「「「レオン‼︎‼︎⁇」」」」」」

 

 葬式に似合わぬ大声で、皆がレオンの名を呼んだ。

 

「スージー…ちょっと来てくれ」

 

「え、あ、はい。え?なんで生きてるんですか?」

 

「SPW財団の人から聞いた電報の内容を覚えているか?」

 

 混乱しながらもレオンの元に走ってきたスージーにレオンが質問する。

 

「確か……レオンさんはもう目覚めない…と……」

 

「…こんなことだと思ったよ。運転手の君…君が確か伝えたんだよね?なんて伝えたんだ?」

 

「はい。私は「レオンさんはまだ目覚めない」と伝えました」

 

 運転席の窓を開けて運転手の男がそう述べた。するとスージーは冷や汗をかきながら後ろを振り返る。

 そこにはジョジョ達が冷たく無表情で彼女を見ている。

 

「……ご……ごめんなさーーい‼︎」

 

「オウ ノォォー‼︎信じらんネェェ!このアマ‼︎」

 

 スタコラサッサとスージーが逃げ出し、ジョセフは一度頭を抱えて唸るとスージーを追いかけ始めた。

 迎えに来なかったのはこれが原因か……私達の帰宅を知らせた時は「スピードワゴンさん達が帰ってくる」と伝言したせいか、おそらくスピードと財団の人間数名のことだと思っていたのだろう。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 結局私の墓石は撤去されることになり、私は皆と再会を果たした。嬉しいような呆れたような表情を浮かべる皆との再会は実に気まずかったな。

 

「…ハハハ……なんと言えばいいか」

 

 全てスージーQのせいだ。原作では彼女が原因でジョセフの葬式が行われたが、今回の被害者は私のようだ。

 ひとまず私は撤去中の墓石の前に置かれたロケットを拾い、自分の首に下げて服の下にしまった。雨に晒されていたので結構冷たい。

 

「レオン…本当に貴方なのですね?」

 

 最初に口を開いたのはエリナだった。彼女は私の元に歩み寄ると、さしていた傘を畳んで一発だけソレで私を叩いてきた。

 

「この大馬鹿者が‼︎」

 

「痛っ⁉︎エリナ…何も叩かなくても良いじゃないか」

 

「どれだけ皆が心配したと思っているんですか!」

 

「それはスージーの聞き間違いのせいだろう。そしてジョセフとスージーはいつまで鬼ごっこをしているんだ?」

 

 そう呟いてから私は手を口に持って行き、彼ら二人にも聞こえるように叫んだ。

 

「ジョセフーー!そろそろ許してやれ!お前の愛しき妻だろ?」

 

 そう叫ぶと一同がギョッとした表情を浮かべて私を見た。そしてジョセフは私の言葉に動揺したのか、それとも雨でぬかるんだ地面を踏んだのか盛大に転ける。

 

「……まさかまだ言ってなかったのか?」

 

「誰にも言ってねぇよ‼︎それをなんでテメェが知ってんだよ‼︎」

 

 原作知識だ…

 遠くから怒気混じりに叫んでくるジョセフを見て、私は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ良いじゃないか。ひとまず帰ろう。いつまでも雨の中で立ち話をする気はない」

 

 私がそう言うと、皆がヤレヤレと首を振りながら帰路につき始めた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 その後私がホテルにチェックインすると、皆が部屋に押し寄せてきて質問攻めにあった。

 なぜ生きている? 今まで何をしていた? 何故結婚の話を知っている? 具合はどうだ? などなどなど…

 

「死にかけただけだ!私は生きている!今までドイツ軍の施設で入院していただけだ‼︎結婚については勘だ!」

 

 しらみ潰しに質問に応答する。ちなみに現時点のジョセフは、プロポーズを済ませただけで式はまだ上げていないし、指輪の用意もまだらしい。

 そして次の質問が来る前に、今度は私から質問する。

 

「カーズは無事死んだのか?私が意識を失った後どうなった?」

 

 その質問に答えたのはリサリサだった。

 

「カーズは自ら波紋を練って自爆しました。肉片一つ残さずに気化しましたよ。その後貴方はドイツ軍とSPW財団の医師たちに運ばれました」

 

「マジで危なかったんだぜ⁉︎レオンの溶けた肉が石柱にくっ付いて、引き剥がすたびに流血すんだからよぉ‼︎」

 

「その為レオンさんをすぐに施設に移すことができませんでした。肉と石柱の切断と、流した分の輸血を繰り返して数時間かけてようやくヘリに積まれたんです」

 

 リサリサの後に続くようにジョセフとシーザーが熱弁してくれる。後で知ったことだが、何度か脈と呼吸が止まったらしい。

 

「そこまで重体だったのか……三途の川にまで行けるわけだ」

 

「三途の川?随分と物騒な夢を見てたんだな」

 

「本当にただの夢だったのかはわからない。だがこれを見てくれ」

 

 メッシーナが呆れたように腕を組み、私はそう言って服を脱いで皆に首筋を見せる。

 

「星型の……痣…⁉︎」

 

「ん?それがどうかしたのか?」

 

 ジョースター家の特徴を知らないロギンスが首をひねる。

 

「エリナ…その夢の中にはジョジョがいて、その時ジョジョが何かを私にくれたんだ。そして目が覚めたらこの痣があった……君はこれを夢だと思うか?」

 

 目を丸くして驚いたエリナは軽く微笑み、優しくソレを現実だと肯定してくれた。

 

「ジョナサンに会えたのね。それならきっと、見た夢は現実……それはまさしくジョナサンの贈り物ね。それで随分と貴方も救われたんじゃない?レオン?」

 

 この様子だとエリナも気付いていたようだな。私の被害妄想に……

 

「オイオイオイ‼︎二人で話し進めんなよ‼︎まずレオン!約束通りあんたの過去から話してくれ‼︎」

 

「それもそうだな…」

 

 その日私は夜明けまで話す勢いで昔話をした。ジョジョとの出会いや吸血鬼になったきっかけを…更には若い頃のエリナの話もしようとしたが、告白の話を持ち出したあたりで真っ赤になった本人に止められてしまった。

 それなりに騒いで楽しい一時だったが、その後ホテルから苦情が来て解散する事になった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 《リサリサ(エリザベス・ジョースター)》

 その数年後…現役で波紋の達人と言われていた彼女だが、その座をシーザーに譲り、ジョセフとともにアメリカに移住。

 そしてその一週間後にスージーQがジョースター家に加わる。

 

 《エリナ・ジョースター》

 ジョセフ達にアメリカに共に移住しないかと持ちかけられたが断り小学校の英語教師を続ける。

 そして1950年に81歳の生涯に幕を閉じる。

 死ぬ間際に「もしこの世界を飛びたった先に川があったら、渡る前に川岸を散歩してみてくれ。彼が手前側にいるかもしれない」と伝えた。

 エリナは無事にジョジョに会えただろうか?

 

 《ロバート・E・O・スピードワゴン》

 石油王、財団設立者として経済界や医学界を発展させたが1952年に心臓発作で89歳の生涯を終わらせた。

 最後まで彼は結局独身だったらしい。

 そして彼は、死後もジョースター家を影から支援するつもりだったらしく、死ぬ間際の遺言で「財団はジョースター家が危険に陥った際には全面的に協力する」と命じ、さらに別の遺言で財団の最大権力を私に擦りつけてきた。抗議したくもこれは遺言…黙ったままスピードはこの世を去り、私は半強制的に財団の最大権力者にされてしまう。

 遺言を使うとは……スピードも考えたものだな。

 

 《ルドル・フォン・シュトロハイム》

 スイスでの表向き兵器実験が原因なのか、階級を下げられた。しかしスターリングラード戦線で、原作通りの誇り高きドイツ軍人として名誉の戦死を遂げる。

 

 《ケライン・エーデルガルト》

 レオンが目覚めた数日後に、かつて実験施設から脱出したサンタナを前にして逃亡した事を自ら告発。敵前逃亡は軍人としては大きな罪で、彼女は不名誉除隊を命じられた。しかしそれは彼女の望んでいたことで、軍を抜けた彼女は孤児院で働くようになる。

 のちに聞いたが「力が無いのに両親を殺された復讐心で戦うのが馬鹿馬鹿しくなった」との事……子供が好きで夢は教師だったらしいが、今からそれになるのは難しいので孤児院で働く事にしたらしい。

 

 《シーザー・アントニオ・ツェペリ》

 波紋の達人としての責任をリサリサから譲り受け、エア・サプレーナ島に移り住む。

 そして数年後に新しくやって来た使用人と恋に落ちて結婚。3人の子供に恵まれ、ロギンスとメッシーナの力を借りて父親と波紋の師匠の立場を上手く両立している。

 

 《ロギンスとメッシーナ》

 エア・サプレーナ島でシーザーと共に波紋使い育成に力を入れる。が、シーザーが結婚して第二子が出産した頃には、シーザーの子守を手伝うようになる。

 子供達から見れば二人は「近所のおじさん」程度の認識だろう。

 

 《ジョージ・ジョースター》

 ジョセフとリサリサがアメリカに移住した後も空軍として誇れる実績を積み上げていく。事故などの不安にさらされることはなく、歳のせいで辞任した後はリサリサと二人で残りの短い人生を謳歌する。辞任した頃、ジョセフは既にスージーと新居に移っていた。

 

 《ジョセフ・ジョースター》

 アメリカに移住後、旅行で乗った飛行機が墜落…不慮の事故に遭い左手を切断し、結局原作通り義手を利用する羽目になる。

 夢はパイロットだったがやがて不動産王となり、スージーとの間にホリィと言う名の娘に恵まれる。

 

 《レオン・ジョースター》

 ジョースター家のアメリカ移住にはついて行かずに、エリナの元で存命の間は生活を共にする。エリナが死去するとエア・サプレーナ島へ向かい、二年間波紋の修行に熱中。

 やがてSPW財団から遺言の件を聞き、SPW財団代表取締役会長の座を強制的に得ることになる。そして財団を更に大きくした後に会長の座を信頼できる者に譲り、ジョセフとスージーの新居付近に移住した。すでに二人の血を継いだ娘「ホリィ」が産まれていて、ジョセフに育児を任される。

 会長の座を降りた今でも財団内では「SPW財団代表取締役会長(裏)」と呼ばれていて、会長と同様の仕事を度々することとなる。

 

 そして数十年の間……実に平凡で平和な時間が私達の世界には流れ、私以外の世代が交代していく。



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第三部
19.謎めいた少女


 自分の最初の名前………残念な事に僕はそれを覚えていない。今は「礼神(れいか)」というシスターがくれた名前を名乗っている。

 シスターというのは僕が赤子の頃、捨て犬や捨て猫の様に路地裏に放置されていた僕を拾ってくれた女性だ。

 

「礼神、あーそーぼー」

 

 僕は捨て子で、今はこの孤児院「ツバメ」で生活する6歳児だ。今年小学1年生になる…院の中では年上な方で、院の二番目の古株だ。だからよく年下の面倒をシスターに頼まれる。そして勘違いされるかもしれないから言っておく。

 

「礼神じゃなくて、礼神()()()()()でしょ?」

 

 僕は女だ。

 第一人称が「僕」で外見もボーイッシュだからよく間違われるけどね。

 

「まったく……前世からコレだけは変わらないな」

 

「何か言った?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

 危ない危ない…ボソッと呟いた僕の言葉にこの子は首を傾げている。聞き返してもこれは教えられないな、変な子だと思われちゃうし。

 

 

 ………だから秘密…僕が転生者だってことは……

 

 

 転生者(てんせいしゃ)……書いて字の如く、転生してきた者の事を僕はそう呼んでいる。

 僕は気が付いたら自分の生きていた時代とは違う時代にいた。しかも物心つきたての4歳児くらい……それ以前の記憶は良く覚えていないが、シスターの顔を見た瞬間 この人が僕を育ててくれたんだと理解した。

 おっと…そろそろ時間かな。

 

「レイカ。どこへ行くんだ?」

 

「ちょっと外に…すぐ戻ってくるね」

 

 僕はそう言って靴を履き外へ出る。敷地内を走って道路まで出ると、僕は心の中であの子を呼ぶ。

 すると遠くからやってきた重くリズミカルな足音が僕の目の前で止まる。

 

「おかえり」

 

 僕の目の前で止まった生き物にそう言うと、ソレはスゥッと消えて僕は孤児院に戻る。

 散歩の出迎えを終わらせて孤児院に入る。ツバメに住む孤児の子達は僕を入れて6人…年上のお姉さんが1人と、年下の男の子3人…女の子1人。そろそろ夕食なので、皆が下の階に降りてきていた。

 

「何をしてたんだ?」

 

「散歩」

 

 厳密に言うと散歩の出迎え……昔から僕の側にいるこの子は何故か周りの人には見えない。一時期存在を信じ込ませようとしたが相手にされなかったので、僕はこの子の存在を教える事を諦めた。

 この子は普段、僕の体の中に隠れて大人しくしている。でもたまに勝手に出てきたりするので、毎日散歩を一時間許可して街中を走らせているのだ。

 僕にしか見えない友達…僕の言う事は聞くけど会話はできない。だからこの子が何者なのかも僕にはさっぱりわからなかった。

 ただでさえ前世の記憶のせいで混乱してるというのに……

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私の名前はケライン・エーデルガルト。元ドイツ軍人で、今は孤児院で働いている。ここの子達からは「シスター」という呼称で呼ばれている。子供というのは安直だな…外人という理由だけでそう呼ぶとは………

 私は軍を辞めてすぐの頃は故郷の近くの孤児院で働いていたが、日本から来た同業者…葎崎 梅という老女に頼まれて日本に移り住んだのだ。そしてその老女と共に、私は二人でこの孤児院…通称「ツバメ」を経営している。

 

「レイカ。どこへ行くんだ?」

 

「ちょっと外に…すぐ戻ってくるね」

 

 そう言って礼神は靴を履き孤児の家を出る。

 彼女は葎崎 礼神…8年前に路地裏で拾った捨て子だ……名前も生年月日もわからず、私は名前と誕生日を彼女にあげた。名字はの葎崎(むくらざき)さんの名字を…誕生日は私が彼女を拾った日にした。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 宣言通りすぐ帰ってきた礼神……彼女は今も昔も変わらず実に不思議な子だ。ようやく言葉を話せる年になると、発音の仕方をマスターし、予め知っていたかのように難しい言葉をすぐ使うようになったのだ。そして5歳の時……彼女はいつも一人遊びをしていた…不憫に思い私が遊び相手になろうとすると「僕は今この子と遊んでるからまた今度ね」と言われてしまった。そう言って指差す先には何もいない…にもかかわらず礼神はそこにいる何かに話しかけて、ソレの頭を撫でるような動作をする。

 

「何をしてたんだ?」

 

「散歩」

 

 外から戻ってきた礼神に何をしてたか尋ねると、毎度礼神は私に同じ答えを言う。

 散歩にしては短すぎる…外に出てる時間は一分も無く、精々孤児院の前の道路にまでにしか時間的に行けない。

 夜六時と七時頃に行う二回の散歩…そして彼女にしか見えない何か……

 それさえ取り除けば普通の少女なのだが未だに私はよく理解していない。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 数日後…僕は小学校に入学した。

 前世をカウントすれば二度目の小学校生活が今日から始まる。自分のクラスに移動して自分の席を確認して座る。二度目の小学生体験ということもあって、僕はここで溜息をこぼす。

 

「面倒臭いな〜」

 

 つい本音を零すと隣の席に誰かが座ってくる。折角だし早速友人でも作ろうと、僕は隣の席の子に目を向ける。

 初めて隣の席になった子は男の子で、小学一年生にしては少しガッツリした体型をしている。将来絶対体育会系になるな。

 

「はじめまして。僕は葎崎 礼神、君の名前は?」

 

 僕が話しかけると、体育会系かと思った男の子は柔らかい雰囲気を感じさせながらこちらを向いてくれる。

 正面から彼の顔を見ると、僕の頭の中で何かが引っかかる。んん〜…何処かで見たような……何か凄く大事な気がする………あぁ…ここまで……ここまで出てるんだけどな…

 

「僕の名前は空条 承太郎。これからよろしくね」

 

 ……その時……僕は雷に打たれたような錯覚に陥る。

 承太郎……ジョウタロウ?………承太郎⁉︎ 空条 承太郎⁉︎

 えっ⁉︎僕が転生した世界はジョジョの奇妙な冒険なの⁉︎

 

「……どうかしたの?」

 

「あ、いやうん。なんでもないよ、よろしく」

 

 咄嗟にそう答えて前を向き頭をフル回転させる。そして後から押し寄せてくる興奮が半端ない。だが同時に初見で承太郎に気付けないという事実がショックだ…ジョジョファンとしての一生の恥……ジョジョファンと言っても4部途中までしか知らんけども…

 だがこれで一つ片付いた問題があるな……

 

 ……………僕は幽波紋(スタンド)使いみたいだ。

 

 幽波紋…「パワーを持った像」であり、持ち主の傍に出現して様々な超常的能力を発揮し、他人を攻撃したり持ち主を守ったりする守護霊のような存在。その姿は人間に似たものから動物や怪物のようなもの…果ては無機物まで千差万別。一言で言えば超能力が具現化したものである。

 

 そして僕のスタンドの姿はホラー映画に出てきそうな形をしている。一言で言えばゾンビ犬……犬の皮を所々引裂き、朱色の骨が剥き出しになっている。ちょうど真上から光を当てて影になると思われる部分はほとんど骨だけだ。目は空洞で空洞の中心に群青色のビー玉みたいな光球が浮いている。オマケにサイズは馬と同じくらい……初めて見たときはもちろん泣いたよ。

 

 そして能力……正直今までここがジョジョの世界だと知らなかったし、この子も僕に付きまとう幽霊か何かだと思っていた。だから何が出来るのか全く理解していないし、試す機会がない。ここは孤児院ツバメ…ほぼ毎日同居人の誰かが同じ空間にいる。実験できるわけがない。

 だが幽波紋使い同士は惹かれあう運命にあったきがする……とにかくスタンドを持つ以上、自分のスタンドを把握しておかないと……

 

「ひとまず……」

 

 帰路を急いで自分の部屋(僕だけの部屋ではないけど)に飛び込む。出てきて…と心の中で呟いてみる。すると僕のスタンドは素直に現れた。でも僕の身に危険が迫って来た訳ではないのに、勝手に現れることがあるから自我があるスタンドなんだろうな。

 

「君って……自分の意志ある?」

 

 そう小声で質問すると、僕のスタンドは少し迷ってから頷く。

 

「能力は?…何が出来るの?」

 

 また小声で質問すると、僕のスタンドは困った様にオドオドする。まぁ話せないから当たり前だね。でも意思はある…ならYes,Noで答えられる質問をすれば少しずつ能力を知れるかもしれないな。

 

「レイカ、いるか?」

 

 次の質問を考えているとシスターがやってくる。

 

「何、シスター」

 

「買い物に行ってくる。何かあったら葎崎さんに言いなさい」

 

「はーい」

 

 返事をしながら外に目を向けると、敷地内で遊ぶチビッ子達とそれの相手をする姉さんの姿がある。

 

「では行ってくる」

 

「うん」

 

 シスターはそう言い残して街へ向かっていった。それを見送ってから僕はこの子に向き直る。

 毎度この子というのもアレだし、名前も考えないとな……原作はタロットカードか洋楽の名前をモチーフにしてるんだよね………うん、両方よく知らない。

 

「原作通りの名前をつけないといけないわけじゃないし…それは後にしようか……じゃあ次の質問……」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私は礼神に一言言ってから買い物に行く。今年で60になるが、買い物程度の力仕事は問題ない。

 にしても礼神……私が部屋に入る前に何か独り言を呟いていたな。まるでそこに誰かがいるかのように………時折頭はおかしくないか不安になる。

 

「あら…貴女は…」

 

 私がスーパーに向かうと、私を見て誰かが反応する。私もソレに反応して声のする方へ向く。するとそこには、近所付き合いの多い空条 ホリィさんがいた。

 30代後半とは思えない無邪気な顔付きで、私に向かって手を振っている。そんな無邪気な仕草は昔のおちゃらけた彼女の父親にも似ていると思ったりもする。

 彼女はあの忌々しいナンパ師、ジョセフ・ジョースターの娘だ。日本人のミュージシャンと結婚し、数年前に日本に移り住んできたのだ。その時にレオン殿とも再会した……ついでにジョセフも……そんなわけで私達は、知り合いの身内というわけもあって仲良く近所付き合いをしているのだ。

 

「エーデルさんこんにちは〜」

 

「こんにちは、ホリィさんも買い物に?」

 

「えぇ、承太郎に「母さんの手料理が食べたい」なんて言われたら頑張るしかないもの」

 

 幸せそうに「キャーッ」と笑う彼女は相変わらず元気そうだな。

 

「そういえばツバメの子……確か…礼神ちゃんって子がいましたわね。承太郎と同じクラスになったそうですよ」

 

「そうですか。初耳です。それでは承太郎君に、礼神と仲良くしてやってください、と言っておいてください」

 

「えぇもちろん」

 

 そう言って私達は共に買い物を済ませ、しばらく立ち尽くしたまま世間話を決め込む。そして日が暮れた頃……私達の隣を消防車がサイレンを鳴らしながら走り去る。火事でもあったのか?

 

「火事かしら…最近物騒だから怖いわ」

 

「そうですね。未だに捕まっていない殺人犯もいる事ですし……今日はこれくらいにして帰りましょう」

 

 私の言うことに賛同して彼女は帰路につく。そして私も孤児院に帰ろうと帰宅し始めた………しかしそれはもう遅かった…遅すぎた………

 

「なん……だ………これは…」

 

 孤児院に戻ってきた私は多くの野次馬達と、その向こうで燃える孤児院を目にして立ち止まる。水を放射する消防車と衰えることを知らぬ業火が私の脳裏に焼きついた瞬間だった。警察の方々が野次馬を道路の端に寄せさせて、パトカーがその空いた道を進んで孤児院の前で止まる。

 

「どうかしたのこれ?」

「放火魔らしいわよ。今逃亡中の犯人と同一人物らしいわよ」

「なんでそんなことわかるのよ?」

「詳しくはわからないんだけど、さっき警察の人が放火魔の犯人をパトカーで連行して行ったのよ!指名手配書と同じ顔だったわ!何故かぐったりして気絶してたみたいだけど…」

 

 野次馬の会話に耳を傾けたまま私は放心状態になる。そして私は買い物袋を捨て、人混みを掻き分けて進み始めた。警察が張ったテープのバリケードをくぐると警察官に止められるが、私がここの従業員だと教えると無言で通してくれた。

 

「葎崎さん!みんな!どこです⁉︎」

 

 返事は返ってこない…その代わりに孤児院の建物が派手に崩れて、背後で野次馬達が「おぉ…」と無意識に声を上げる。

 そしてその時…私の視界の隅に一人の少女が映った。

 

「レイカ‼︎」

 

 建物から離れた地べたに彼女は蹲っていた。無表情だが彼女の頬には、重力にしたがって涙が一直線に流れている。

 私は彼女に何があったのかを聞かず、力一杯抱きしめる。体温は暖かい…心臓の鼓動が肌で感じられる…彼女は呼吸をしている…彼女は生きていた。

 

「………シ…ター」

 

「何だ?」

 

「…シスター……」

 

「私ならここにいるぞ」

 

「シス…ゥ…ウアァァァーーッ‼︎」

 

「泣け……泣き終わるまで私は側にいる」

 

 泣き崩れた彼女を支えると、彼女は私の背中に手を回してしがみ付く。それからはしばらくの間どちらも動かなかった。ただ私の耳元では、少女の悲鳴が永遠に続くかのように響いていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 あの後…私は泣き止んだ礼神を連れて近くのホテルに泊まった。孤児院は全焼して荒地以外は何も残らなかったからだ。それは物に限らず生命も……数人の子供の焼死体と老女の焼死体が翌日見つかった……私と礼神を除いたツバメに住む住人、全ての亡骸だった。全員足が切断されていて逃げる事ができなかったようだ。

 そして警察から今回の事件について知らされたが、犯人は野次馬の言う通り現在逃亡中の犯罪者だったらしい。別件の放火があった時の目撃情報では、生きたまま人が燃えるところを見て笑っていたという……そいつが孤児院に火をつけ皆を殺した。怒りのあまり私は、警官の前で殺意を持って殺してやると呟いてしまった。すると警官から驚くべきことを知らされて。

 

()()()()()()()

 

 理由はわからない……警察も信じがたいと言っていたが、検視の結果…放火した数分後に心臓麻痺でその場に倒れたという。連行した時にはすでに死んでいたらしい。

 

「シスター……僕達はこれからどうなるの?」

 

「………」

 

 警察が帰った後、私はホテルに延長で泊まることにして礼神に言った。

 

「私と暮らそう。大丈夫…安心しなさい」

 

 火災保険や葎崎さんと子供達の医療保険でそれなりの額が口座に振り込まれている。再び孤児院を開くのは後回しにして、心苦しいが私はその金で一人の少女を育てる事にした………残された家族を失うわけにはいかないからだ。

 それでも保険金はすぐに底をつくだろう……申し訳ないが、レオン殿を頼りに安定した仕事を今度紹介してもらおう。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 アレから10年近くが経過した。アレというのは孤児院が全焼崩壊してシスターと二人暮らしを始めた日の事を指す。生活は早々に安定したけど、孤児院を再開するのは無理らしい。シスターがそう言ってしばらく落ち込んでいたのを今も覚えている。

 ただ1つ気になることがある…僕らの生活を支援してくれる人の存在だ。

 住居、シスターの仕事、生活費、僕の入学金、et cetera…

 それを全て肩代わりしてくれる人がいたのだ。一度だけその人と会ったことがある……上等な服を着た老人が大金持ちのイメージだった僕は、その人と会って絶句した。

 風邪なのかマスクをつけてたけど、その上からでもわかるほどの凄いイケメン男性……名前は聞けなかった。

 表向きは「昔シスターをこき使った時のお礼」と言っていたが、昔って何?

 当時のシスターは60代の高齢なんだよ?外見高校生〜大学生の人と何があったのさ…

 

「さっきからブツブツ何考えてやがる」

 

「別に〜なんでもないよー」

 

 現在僕と承太郎は17歳…原作開始の年だ……

 

「ふぁ〜……今日も眠いねぇ…」

 

「テメェは相変わらずだらしねぇツラしてんな」

 

 欠伸をしながら通学路を歩いていると、隣を歩く大柄な男が話しかけてくる。

 裾の長い学ラン…襟元に繋がれているアクセサリーの鎖…後頭部の髪と同化したかのような錯覚に陥る学生帽…そして10年前の少年と同一人物とは思えない口調…彼が空条 承太郎だ。

 

「相変わらずの改造制服だね。校則違反だよ」

 

「テメェだって似たようなもんだろ」

 

「まぁね」

 

 僕が今着ているのは セーラー服の上を現代風(2014くらい)のブレザーにアレンジした物で、ボタンを留めずにネクタイを首に巻いている。オマケに下は男子用の学生ズボン…承太郎と同じ物だ。

 

「女子要素を出して君の近くにいると敵視されるんだよ」

 

「俺のせいみたいに言うんじゃねぇぜ」

 

 高校の門を潜ると僕らに気付いた女性陣が黄色い声を上げて近づいて来る。

 

「おはようジョジョ」

「おはよう」

「あ、ジョジョだ!」

「本当だ、ジョジョおはよう」

 

「やかましいッ!うっとおしいぞ‼︎」

 

 「「「「キャァーーーーッ‼︎」」」」

 

 承太郎の罵声で黄色い声援が更に濃くなる。それを見て承太郎は軽く舌打ちして歩を進める。

 

「やれやれ…みんなも飽きないねぇ」

 

「葎崎さん、おはよう」

 

「おはよー」

 

 ボーイッシュだからなのか承太郎信者の女子達は、僕にも快く挨拶をしてくれる。というか、何人かは僕が男だと本気で思ってるんだろうな……現に隣のクラスの女子から告白されたことがある……百合は…チョットゴメンかな?

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 そして時はさらに流れて1987年の12月前半……

 いつも通り学校へ通うと、僕の席の斜め前の席が空席になっていた。いつもならそこで大柄な友人が居眠りこいているのだが、今日は休みのようだ。もっとも…昨日派手に喧嘩をして留置所に入ることになったのだけどね。

 

(…ということは…原作スタートかな?)

 

 第3部の原作シナリオでは、スタートは留置所の檻の中だ。主人公である空条 承太郎は、突如現れた己のスタンドを危険視して独房に入ったのだ。

 まだ見ぬジョセフさんとアブドゥルさんが日本に来るのは、原作通りだと仮定すれば承太郎が留置所に入った四日後のハズ。

 

「……そろそろ僕も動こうかな…」

 

 教卓に立って頭から光を放つ教師の話を聞き流し、僕は帰りに留置場を寄ろうと決めた。説得する為に僕のスタンドを見せる必要があるだろうけど、ずっと秘密にしてたわけだし彼は拗ねちゃうかな?



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20.転生者同士の接触

 木の葉がまだ落ちきってない肌寒い道を僕は歩いている。歩を進める先は留置所だ。

 やがて目的地に着き中に入る。そして最初に目に入った警官と思われるオジさんに「僕は承太郎を連れて帰るために面会に来た」と伝える。

 

「友達思いの良い子だね。でも変わった友達だね…釈放といっても檻から出ない…彼のお母さんも説得できなかったんだ」

 

「大丈夫です。僕が連れて行きます」

 

 そう言って僕は承太郎のいる監房に向かう。長い通路を歩き進むと、やがて承太郎らしき人物が入った檻が見える。すると急に前を歩くオジさんが足を止めて振り返った。

 

「これより先に進むのは危険だ。ここから説得してくれ」

 

「危険?」

 

「彼には悪霊がとりついている…頭がおかしい思われるかもしれないが、これは本当なんだ」

 

「いいから退いて、僕に任せてください」

 

 小柄な僕はオジさんの腕を掻い潜り、承太郎のいる監房の前に立つ。オジさんは止めようとするが、承太郎の悪霊を恐れて入ってこない。

 

「承太郎。寝てるの?」

 

 承太郎は薄汚いベットで横になり背を向けている。どうやら本当に寝ているようだ。

 

「スゥ……承太郎‼︎」

 

 「「ヒィッ⁉︎」」

 

 少し声を張って彼を呼ぶと、別の監房に入っていた囚人達が短く悲鳴をあげる。そして僕を見つめる彼らは「承太郎を刺激しないでくれ」と目で訴えかけてくる。

 

「なんだテメェか。フンッ、帰りな。わざわざ面会に来てもらって悪いが、俺はしばらくココを出ない」

 

「ま…また物が増えている…」

 

 情けない声でオジさんが呟く。

 

「檻の中にあるもの…全部悪霊が持ってきてくれたの?」

 

「なんだ…知ってるなら話が早い。そう…これは全部悪霊が持ってきてくれた」

 

「ヒッ⁉︎…少年誌が勝手に……」

 

 スタンドを持たない警官の目には、少年誌が勝手に中を浮いて承太郎の手に収まったように映る。

 しかし幽波紋使いの僕の目には、彼のスタンド…星の白金(スタープラチナ)が少年誌を取ってくれたところを目撃した。

 

「見えたか?これが悪霊だ。今は大人しいが四人相手にケンカして全員病院送りにするほど危険だ……だから帰りな。友達を傷つけるほど、俺は腐っちゃいねぇ」

 

 そう言ってスタンドにラジカセの電源を入れさせて少年誌を読み始める。そしてさりげなく友達認定された…今僕は歓喜している!

 ……なんて感情はひとまず置いておこう……僕は自分のスタンド……仮に「スケルトンケロベロス(ケロちゃん)」と呼んでいるこの子を檻の中に入らせる。

 ネーミングセンスは気にしないでほしい。

 

「いいから出て来なよ。檻の中で研究なんかしなくても、僕が知ってること全部教えてあげるからさ」

 

 そう僕が言うと、ケロちゃんがラジカセを前足で踏み潰し破壊する。少年誌に目を向けていた承太郎は、ケロちゃんを見て絶句している。

 

「…なんだ……こいつは……⁉︎」

 

「宿主の意のままに動く分身のような存在…これは後に幽波紋(スタンド)と呼ばれるようになる。悪霊の正体だよ」

 

「……葎崎……テメェ…」

 

「君が言う悪霊を僕も持っている。ここから出てきてくれるなら聞きたいこと全部教えてあげるよ…スリーサイズ以外ならね?」

 

 最後にボケをかますが、承太郎は僕を睨むだけで絶句している。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ここだ、入れ」

 

「おっ邪魔っしまーす。空条家に入るの久しぶりだなー」

 

 無事釈放させた僕は今、空条家の畳張りの部屋に上がり込んでいる。帰宅した承太郎を見て承太郎の母…ホリィ・ジョースター(旧姓)さんが大歓喜して承太郎を出迎え、僕が説得したことを知ると、抱き付いて感謝の意思表示をした後に上げてくれたのだ。フレンドリーなのは良いけど、少し度がすぎるね。

 

「適当に座れ」

 

 そう言って畳張りの床に座布団を投げて、承太郎は「ドカッ」と座る。それに対して僕は、ローテーブルを挟んだ向かいに座布団を敷いて座る。うん……フカフカする。

 

「今から幾つか質問する。最後まで聞いてやるから全て話せ」

 

「OK」

 

 即答して僕は背筋を伸ばす。

 

「そのスタンドってのを、テメェはいつから使える?」

 

「物心がついた頃には側にいた。最初は今の承太郎と同じで危険視していた。そのせいで上手くコントロールはできなかったな」

 

「なら俺がコイツを受け入れれば簡単に操れる…そういう事か?」

 

 正直その辺はわからないな…

 

「推測だけどね……スタンドにも種類があって第三の手や六本目の指みたいに操作できるのもあれば、自我を持っていて命令する形で操作するのもある。別の視点で言えば、種類はさらにあるよ」

 

「俺とテメェはどっちだ?」

 

「承太郎は前者。僕は……中間かな?」

 

「中間?」

 

「僕のケロちゃんは僕の意思通りに動いてくれる。でも僕の意識が別のものに集中していると、勝手に行動することがある。それこそ犬みたいに地面の匂いを嗅いだり、後ろ足で首筋を掻いたり………だから中間」

 

「なるほどな。なら次の質問だ。大雑把で悪いが……スタンドってのは何だ?知ってる事を全て言ってみろ」

 

「少し長くなるよ」

 

 そう前置きを挟んでから、僕はケロちゃんを呼び出す。そして僕はケロちゃんの上に座布団を敷いてその上に座る。

 

「スタンドってのは目に見える超能力みたいなもの…かな?超能力で有名なサイコキネシスを例とすると、念じるだけでスプーンが曲がったり物が浮くんじゃなくて、スタンドが出てきてスプーンを指で曲げたり、物を持ち上げてる感じ………今この状況も幽波紋使い以外には、僕が空中浮遊してるように見える。ここまではわかる?」

 

「あぁ」

 

「それでスタンドにはそれぞれ能力があって、他人を攻撃したり持ち主を守ったりする守護霊のような存在なんだよ。悪霊とは逆…自分に向けて銃を発砲しても、自分の意思とは関係せず無意識に守ってくれたでしょ?」

 

「ちょっと待て。何でテメェがそこまで知ってる?」

 

「えっ?いや、スタンド歴長いから…」

 

「そっちもそうだがそっちじゃねぇ。銃を発砲した方だ」

 

 あ……そっか。原作で知っているだけで実際に見てはなかったな。

 

「承太郎が悪霊と呼んでいたことも事前に知っていたでしょ?警官のオジさんに拳銃の件も聞いたんだよ」

 

 適当に嘘をつくと「そうか」と承太郎は短く言って、僕に説明の続きを頼む。承太郎は注意深いからな……下手に口が滑らないか不安だ。

 

「説明の続きだけど…スタンドは持ち主の分身。スタンドが傷付けば宿主も傷つくから気を付けてね。その逆もしかり……幽波紋使いがダメージを受けると精神力みたいなのが弱まってスタンドも力を落とすよ…僕が知ってるのはこのくらいかな。別の質問はない?」

 

 そう答えると承太郎は胡座を組み直し質問してくる。

 

「さっき別視点が如何の斯うの言ってたな。どういう事だ?」

 

「先程言ったのはスタンドの自我の話…それとは別でスタンドの力にはルールがあるんだ」

 

「ルール?」

 

 首を僅かに傾げる承太郎を見て僕はケロちゃんから降りる。

 

「承太郎の星の白金(スタープラチナ)みたいに近距離パワー型のスタンドもいれば、力は弱いけど遠距離まで操作できる遠距離操作型もいる。他にも分裂するタイプや、幽波紋使いにダメージがフィードバックしない奴もいるよ。一人一体までだと考えてる人もいるけど、軍隊型のスタンドもいる。さらに言えば、自分がスタンドになる一体化型、鎧のように身に纏う装着型、武器として扱う道具型もあるよ。推測だけど、結果的に長所と短所があるのがルールかな?僕のも少し例外だし」

 

「テメェのスタンド?」

 

「遠距離操作型のパワースタンド。ケロちゃんは遠距離操作型とは思えないほどに力がある。そして防御力が異常。その代わり、僕のスタンドは地面の上でしか活動できないし不器用なんだ」

 

「次の質問だ」

 

 まだあるのか………もうほとんど話したと思うんだけどな。

 

「何でテメェがそこまで知ってる?」

 

 ……あれ?デジャブ?

 そう思って口を開こうとしたが、承太郎の次の一言で僕は硬直する。

 

「スタンドについてじゃねぇぜ。俺のスタンド……テメェは星の白金(スタープラチナ)と言ったな」

 

「……………」

 

 …やっちゃった?僕は口がちょっと軽いんだよね。注意しようときた矢先にコレだ…どうしよう。

 

「俺はこいつに名前をつけた覚えはない。もう一度問う…なんでテメェがそこまで知ってる?」

 

「………す…」

 

「す?」

 

「すいませんでしたァァァ‼︎」

 

 僕は土下座をかまし、秘密を貫く事を諦めた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 あの後…小一時間かけて僕には前世の記憶があることと、ジョジョの原作云々の話をした。

 

「……それを信じろってのか?」

 

「うん知ってた、信じてもらえないのは。だからずっと黙ってた。言ったら精神病院に送られて終わりだもん」

 

 承太郎は呆れた顔……というか僕が言ったことを全く信じてないかも。時間をかけて説明したスタンドの話も真偽が怪しいと思っているかもしれない。

 

「ひ…ひとまず今日は帰るね……」

 

 居心地が悪いあまり、僕はそっと立ち上がって帰ろうとする。

 

「……しろ……」

 

「えっ?」

 

 背後から承太郎が何かを呟いた。あまりに呟きが小さ過ぎるので、僕は振り向いて聞き直す。

 

「予言しろ……と言ったんだ。仮にお前が未来のパラレルワールドから来たってんならできるだろ?」

 

 そうだ…予言!その手があったか……これから起こりうる事を予言すれば……

 だがそこで一つの問題に差し掛かる。

 ジョセフさん達が来るのは、ホリィさんが檻から出ない承太郎を説得して欲しいとお願いするからだ。すでに僕が牢屋から連れ出してしまった………この場合はどうなるんだろう。

 ひとまず今できる予言は………

 

「……ごめん…承太郎を牢屋から連れだしたことで、今予言できる未来が原作からずれちゃってる」

 

「なら過去はどうだ?俺の祖父の祖父の代から物語を知ってんだろ?」

 

 ……承太郎が頭切れる子で助かります。

 

「それだ!……でもなんでそこまで助言してくれるの?」

 

「最後まで話を聞くと言ったからな」

 

 優しい………これが本来の承太郎の優しさか?

 

「じゃあジョセフさんに……話できるの?不動産王と…」

 

「その気になればな…電話にはスージー婆ちゃんかレオンが出るかも知れねぇが」

 

 そこで聞きなれぬ名前が出てくる。レオン……?

 

「レオンって誰?スージーさんとジョセフさんは原作を知ってるからわかるけど……」

 

「……レオンは知らねえのか?」

 

 そこで承太郎にレオンさんのことを教えて貰おうとしたが、何故か教えてはくれなかった。

 

「んー……やっぱり今日は帰るね……それとスタンド云々以外の話は忘れて………あ、そういえば…原作ではジョセフさんがスタンドをすでに身に付けてたはずだよ」

 

 そう言って僕は帰宅した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 うぅーどうしよう……承太郎は今はまだ半信半疑で信用してくれている。でもそれは友人としてなんだろうなぁ…

 ジョセフさんにスタンドが発現してるかどうか裏取ってくれれば、少しは信用度が上がるかな?

 

「レイカ、晩飯ができたぞ」

 

「はーい」

 

 自室で悩み悩んでどうしようか考えていると、シスターの柔らかく凛とした声が現実に戻す。

 戸を開けてリビングに入ると香ばしい匂いが鼻を擽る。

 

「美味しそうないい匂い!今日はハンバーグだね」

 

「あぁ。テーブルに持っていくのを手伝ってくれ」

 

 そう言われて台所に回りこみ、僕は晩飯を乗せた食器を手に取る。そこで僕は不自然な点に気付く。

 用意された食事が一人分多いのだ。3人分のハンバーグ、白米が盛られた3つのお椀、そしていつもは誰も座らない場所に椅子が置かれている。

 

「今日誰か来るの?」

 

「急な事にな」

 

「急なの?非常識な人だね」

 

「そう言うな。我々が世話になっている方だぞ」

 

 世話になってる人?それって生活を援助してもらってるあのイケメンさんかな?

 

「何の用で来るの?」

 

「それはよくわからない「ピンポーン」…噂をすれば」

 

 僕は玄関に向かうシスターの後をつける。シスターが鍵を開け、扉がゆっくりと開かれた。

 

「エーデルガルト、急にすまないな」

 

「……………」

 

「私は構いませんよ。どうぞ中へ」

 

 僕の記憶が正しければ、その人は昔と同じ若さを保っていた。え?何?波紋使いなの?

 

「君も久しぶりだ葎崎 礼神。大きくなったな」

 

  「ど、どうも」

 

「それで……今日はどのようなご用件で?」

 

 リビングに通されたお兄さんは、椅子の背もたれにコートを掛け僕の方に手を向ける。

 

「彼女に話があってな」

 

「………え?」

 

 なにそれ知らない。

 

「その様子じゃ承太郎は何も言わなかったのか…」

 

 なんでこのタイミングで承太郎の名前が出てきた?そう思ったが口には出さず、彼が自己紹介をするのを待った。

 

「私はレオン。承太郎の親戚だ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 レオンと名乗ったイケメンさんは事情を説明してくれた。どうも承太郎から「頭のおかしな奴がいるんだが一度会って、話を聞いてやってくれ」と言われてきたらしい。

 なんだよ頭のおかしな奴って!確かに承太郎からしたらその通りだけどさ‼︎

 

「ご馳走様…」

 

「お粗末様です」

 

 会話もせずに夕食を終え、レオンさんが本題を切り出す。

 

「それで……私は何を聞けばいいんだ?」

 

 そう言われてもなぁ……僕は原作を知っている、だから運命に抗ってハッピーエンドに持っていきたい……第3部で出てくる死人……そして僕が大好きなイギー。死なせたくない。

 かといってなんて言えばいいんだ?僕のスタンド能力は未来が見えます?ダメだ…原作からズレてしまったら予言できない。ならどうする?承太郎の時見たく「僕はパラレルワールドから来て皆さんの運命を漫画として見ていました」とでも言うのか⁉︎

 

「……大丈夫か?」

 

 頭を抱えて視線を右往左往させる私を見かねて、レオンさんが僕に声をかける。

 

「信じる信じないは一度置いておいて、言いたいことを言ってみなさい」

 

 そう言われて僕はその通り話す…承太郎に言った台詞と同じ台詞をな……きっと信じてもらえないが……

 

「僕は前世の記憶があります……死んで転生しました…たぶんパラレルワールドから来たんだと思います」

 

「……それで…?」

 

「前世で読んでいた漫画……書物に、この世界の…ジョースター家の物語を記したものがありました。要約すると僕はこの先の未来を知っています」

 

 言ってしまった……弱々しい声で俯きながら僕は、信じてもらえないと思うことを口先で並べ終えたのだ。

 

「レイカ…何を言っているんだ?レオン殿、気にしないでください」

 

 シスターが我が娘の言動を恥じるかのように言う。軽くショックだな。そしてゆっくり僕は顔を上げてレオンさんを見る。すると……

 

()()()()()()()()()()

 

「………へ?」

 

「エーデルガルド、すまないがこの子と長話がしたい。1日借りてもいいか?」

 

 え?この人何言ってんの?一人の少女を大胆に誘拐しようとしてんの?

 

「どうしてかはわかりませんが……わかりました」

 

「え゛⁉︎」

 

 シスター?良いの?貴女の娘みたいなものだよ?無用心に男の人に預けていいの?僕はこの人を良く知らないんだよ?

 

「礼神、急ですまないが一緒に来てくれ」

 

「え?え?え?」

 

 頭の回転も追いつかず、僕はレオンさんに連れられ外へ出た。道中でタクシーを捕まえて乗り込み、口早に運転手に目的地を告げたレオンさんの隣に座る。オマケに「急いでくれ」と付け足すとタクシーは出発した。

 やがてタクシーがソコソコ高級なホテルの前で止まる。

 

「礼神、来なさい」

 

「へ?は、はい」

 

 何故か逆らうこともできず、僕はレオンさんに手を引かれて中に入った。

 

「SPW財団のレオンだ」

 

「え?」

 

 何度目かの驚きと疑問を短く吐く。その間にレオンさんは鍵を受け取り、急ぎ足でエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターガールに最上階と言う、ようやく心の整理と現状を理解しレオンさんに問う。

 

「あの〜…何故このような所に?」

 

「私と君以外に会話の内容をきかせないためだ」

 

 僕が転生者だということを信じているの?だとしてもシスターの前で言ったって僕は構わないんだけどな…承太郎にも言ってあるし……

 

「自分は構わないって顔だな」

 

 僕の心を汲み取ったかのようにレオンさんがそう言った。

 

「続きは部屋に入ってから話そう」

 



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21.二人の転生者

 SPW財団の仕事の一環で、私は日本のホテルに泊まっていた。そのホテルの部屋に珍しく承太郎から電話がかかってきた。

 承太郎というのはジョセフの一人娘のホリィの息子…要するにジョセフの孫にあたる者だ。日本の血が混じったが、彼も正真正銘…星の一族の血を引く男……第二の孫である。

 今更だがトンペティの奴…玄孫(やしゃご)(孫の孫)と言う意味を持つ言葉は知らなかったのか?

 

「私だ。どうした?」

 

『ちょっと用があってな。今日本にいると知って電話させてもらった……レオン、今暇か?』

 

「あぁ、丁度風呂を上がったところだ」

 

 頭をタオルでワシャワシャと掻き乱して水分を取りはらう。すると受話器の向こうから承太郎のため息が聞こえてくる。

 

『風呂入ったばかりで悪いが、一つ頼まれてくれねぇか?』

 

 謝罪を文の頭につけて承太郎がそう言ってきた。仕事も終えた後…そして彼の頼みというのも珍しく、私は二つ返事で承諾した。

 

『頭のおかしな奴がいるんだが一度会ってみてくれ』

 

「?……それは誰だ?」

 

『葎崎 礼神…テメェも知ってるはずだぜ』

 

 確かに知っている名前だ。孤児院全焼時の唯一の生き残り…名字こそそのままだが、エーデルガルドの娘だ。

 

「何故?」

 

『詳しくはそいつに聞いてくれ』

 

 そして一方的に通話を切られ、私は彼女の住まいに足を運んだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「そんな訳で私は君の元に来て話を聞いた」

 

「それで……僕が言ってる事を信じてくれるんですか?」

 

「転生者ということをか?信じたいと思っている」

 

 私自身も忘れかけていたことだが、この私も転生者(この呼称は礼神が呼んでいるのから使わせてもらう)だ。もし私と同じ境遇の者なら親近感が湧くし、私の知らないこの先のシナリオを知っているなら放ってはおけない。

 

「まず転生者だという証明として、過去について述べてくれ。ジョセフ・ジョースターが若かった頃からの話だ」

 

 もし本当に転生者なら、これで原作通りに述べるはず。逆にすでに変わった運命を述べるのなら、何かしらの手段で裏を取った偽物だ。

 

「良いですけど……わかるんですか?」

 

「あぁ、私はSPW財団の一員でそれなりに過去の事を古株の先輩から聞いている」

 

 私が人外だと知らない彼女に適当な嘘をつくと、彼女は迷いながらも述べてくれた。

 

「ストレイツォが育てたリサリサは、夫であるジョージ・ジョースターを、ディオによってゾンビにされた上司に殺されて復讐し指名手配される」

 

「わかった。もう十分だ」

 

「え?もう?」

 

 最初に告げられたこの文で私は十中八九信用した。既にこの時点で、この世界は原作からかけ離れている。ジョージは死んでいないし、リサリサは指名手配されていないからだ。

 

「君が転生者だと言うことを信じる」

 

「あの……僕まだ序盤中の序盤しか…」

 

「あぁ…気にしないでくれ。今ので十分君の存在を証明できた」

 

 私の言葉に首を傾げる礼神…彼女が転生者ならば私も本当のことを話して構わないだろう。

 

「見えるか?ここを見てくれ」

 

 彼女に背を向けて、私は男にしては長めの髪を持ち上げて首筋を見せる。

 

「星型の……痣……」

 

「私はレオン・ジョースター。君と同じ、死後この世界に飛び込んだイレギュラーだ」

 

 彼女は迷いながらも自分の事を…原作を明かすという行動を起こしてくれた。もし私が敵だったら取り返しのつかないことになったかもしれないのに………だから私も、この世界での自分の立場を話した。

 

 

 

 

 

「……ヨガッダ…グスッ…僕一人じゃなぐで…」

 

 礼神は涙声で安堵を漏らす。

 この世界では両親に捨てられ、第二の家族の大半を火事で失ったのだ……主人公と友達になれたとはいえ、さぞかし心細かっただろう。

 ちなみにディオの実の弟だということは伝えていない。私は第2部からこの世界にいると伝えてある。

 

「教えてくれ礼神…第3部の大まかなシナリオを…」

 

「グズン…ッエ?…じらないんですが?」

 

「私が知っているのは第2部まで…正確にはコミックスの12巻までだ」

 

 そう言うと、礼神は深呼吸を何度か繰り返してから口を開く。

 

「ディオが復活してスタンド能力を手に入れる。その時ジョナサンの肉体が子孫に電波のようなものを発し、ジョースター家も幽波紋使いになる。でもホリィさんだけスタンドを使う力が無くて、スタンドの存在が逆に害になる。そんなホリィさんを助ける為に主人公チームはディオを倒しに行く…大雑把ですが、これが第3部の原作です」

 

「やはりディオか……」

 

 生きている事は知っていた。何を隠そう、海底に沈んだ奴を引き上げたのはSPW財団だ。私の命令に基づいて引き上げ、私が直接始末するつもりだった………しかし逃してしまった。

 貨物船が見つかった時点で「私が現地に着くまで待て」と指示したのだが、新人の自分勝手な奴が棺を引き上げてしまったのだ。紫外線照射装置もまだ運搬を終えておらず、波紋使いもその場にはいない……結果…もちろんDIOは世に解き放たれてしまったのだ。

 こんな事になるなら引き上げず、世に解き放たずに餓死するのを待った方が良かったか?

 

「間違いに気付く時は……いつだって遅いものだな」

 

「それで…あの……レオンさんはスタンドを知っているの?」

 

 彼女の言葉に反応するかのように、礼神の背後に赤い狼のような生物が現れる。よく見てみると腹部と足が骨になりかけている。

 それが礼神のスタンドなんだろうな…

 

「スタンド…知っているよ。私も一応発現しているからね…だが詳しくは知らないんだ……教えてくれないか?」

 

 私は礼神からスタンドについてを教えてもらう。

 

「…と言った感じです。原作では、【破壊力:B / スピード:B / 射程距離:B / 持続力:B / 精密動作性:D/ 成長性:?】って感じで表記されてます……ちなみにこれはケロちゃんのステータスです。成長性は成長したことないんでわからないです。レオンさんのスタンドは何?」

 

「私のスタンドか?」

 

「うん。能力とか…ちなみに僕のケロちゃんは結構いろいろできるよ。肋骨の中が収納スペースになってたり、尻尾が取れたり」

 

「そうか。私のスタンドはこれだ」

 

 結構親しく接してくれる彼女に好感を覚えつつも、私は私のスタンドを出した。

 

「これは……装着型のスタンドかな?」

 

 私のスタンドは、両手両足に嵌められた手袋とブーツだ。デザインは黒と群青色のシンプル極まりない物で、センスなんてない。ただ精神の具現化と言われた時はなんとなく「それでか」と納得した。

 余談だが、私の好きな色は白と暗めの色……一言で言うと地味な色だ。

 

「能力は?」

 

「触れる」

 

「………え?」

 

「装着型だから素手でスタンドを殴る、蹴るが可能」

 

「………それだけ?」

 

「そんなわけないだろ」

 

「だよね⁉︎ びっくりしたぁー‼︎」

 

 礼神が派手なリアクションをとって安堵の息を吐く。

 

「私のスタンドは能力が強力でね……代わりにステータスに関しては最低ランクなんだ」

 

「そうなの?」

 

【破壊力:E / スピード:E / 射程距離:E / 持続力:E / 精密動作性:E / 成長性:E】

 

「………マジで?」

 

「あぁ。というか、パワーもスピードも精密動作も…全て本人の手先、筋力に=(イコール)しているだけだ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 翌日の早朝、AM:5:28……僕は高級クラスの部屋のベッドで目を覚ます。隣のベッドではイケメンなレオンさんが寝息を立てている。

 

「……今更だけど、僕男の人と外泊なんて初めてだよ………そう思うと恥ずかしいな」

 

 寝ているベッドは別だが、同じ空間だと考えてしまうと恥ずかしい。顔に赤みがかかっているのがわかる。

 それを感じて頬を両手で押さえていると、置いてあった目覚ましがベルを鳴らす。

 

「…ん………んっ「パシッ」……スー……Zzz」

 

 目覚ましに目も向けず、レオンさんは片手で目覚ましを止める。しかしこの目覚ましは電源を落とすまで鳴り続けるものらしく、30秒ほど経つとまた鳴り始める。それを3回繰り返し、いい加減僕が起こそうとしたその時……

 

「……ん‼︎「ガシャン‼︎」………ん?」

 

「……………」

 

 昨夜は同じ転生者だという喜びからスルーしたけど、この人吸血鬼だったんだよね………しつこく鳴り響く目覚まし時計が粉々になり、壊した本人は寝惚けた表情を浮かべたまま停止している。

 

「……私が壊したのかな?」

 

「うん」

 

「………朝は苦手なんです」

 

 そう言ってガラクタと化した時計を片付ける。その慣れた手つきから、これは珍しい事ではないことがわかる………ってレオンさん⁉︎ベランダ出たら昇天するよ⁉︎

 

「ん?…あぁ、大丈夫ですよ」

 

 必死に止めようとする僕の頭を撫でてから、ほぼ真横から伸びる日の光を浴びて欠伸をする。あれ?吸血鬼……あれ?

 

「昨日は吸血鬼になって不老不死になったことを説明しただけで教えていなかったね。実は私は、もう1ランク上の生物なんだよ」

 

 僕はレオンさんが柱の男の細胞を吸収し、不完全だか日光を克服したことを知った。ついでに波紋も覚えたらしい。

 

「……って事は吸血鬼と柱の男のハーフの究極生物の波紋&幽波紋使い?完全にチートじゃないですか⁉︎」

 

「聞く分にはね…実力はイマイチなのだよ…」

 

 そう言って眠そうなレオンさんは顔を洗いに洗面台へ向かう。そして戻ってくると鋭い目つきで僕を見つめ、口を開いて告げることを告げた。

 

「君の目的は私と同じ…原作で出てくる死者を無くすこと…そしてそれを実行するために旅に同行することだな?」

 

「は、はい!」

 

 少し低くなった凛々しい声のせいで、無意識に背筋が伸びる。レオンさんは、寝起きは言葉が柔らかくなるタイプの人なんだね。

 

「危険な旅だ。まず君はエーデルガルドに許可を貰いなさい。話はそれからだ」

 

「わっかりましたぁー」

 

 

 

 

 

「わかりました。気を付けなさい」

 

「え?良いの?」

 

 自宅に帰ってシスターに事情を話すと、溜息を一度だけ吐いて旅に出ることを承諾してくれる。

 ちなみにレオンさんは、僕を家前まで送って帰って行った。

 

「なんで?僕の事心配じゃないの?」

 

「行きたいのか行きたくないのかどっちかにしなさい」

 

「ごもっともですシスター…でもどうして?」

 

「危険な旅です…だからもちろん心配です。でも、私は昔 生きる為にドイツ軍人になって戦う事になった。貴女は誰かの為に戦おうと自ら望んでいる。戦いから逃げた私が、貴女を止める権利はありません。それに…レオン殿なら信頼できるし、助けにもなりたいのでしょう?」

 

 レオンさん…貴方は中々の信頼されてるんですね………

 

「それよりレイカ…もうそろそろ準備をしないと遅刻しますよ?」

 

「うわっ‼︎ヤッベ⁉︎」

 

 そう言って急いで着替え、僕は食パンを口に咥えて家を飛び出す。すると玄関を開けてすぐのところで大男と出喰わす。

 

「よお。迎えに来たぜ」

 

 ……承太郎の迎えとか贅沢過ぎる…ファンの方々に妬まれないか怖いな……

 

「ほれじゃ……ゴクン……行ってきます!」

 

「はい行ってらっしゃい」

 

 咀嚼して口に含んでた分を飲み込み、僕はハッキリそう言って玄関の戸を閉めた。

 

「………レオンは頭の切れる奴だ。あいつが信じるなら俺も信じる」

 

 高さの違う肩を並べて通学路を歩いていると、ずっと無言だった承太郎が話しかけてくる。

 

「レオンさんから何か聞いたの?」

 

「今朝うちに来て、テメェの事を聞かされた」

 

 下から承太郎を見上げて聞くと、承太郎はこっちを見ずに答える。

 

「昨夜のうちに連絡を取ったらしく、今日の昼…ジイさんがこっちに来る。テメェも放課後うちに来い。わかったな?」

 

「……へい」

 

 今更になって原作に関わり始める自分が怖くなってきた。スタンドの扱いには慣れてるけど、実践して戦った事なんか勿論ない……前世では格闘技なんかも習っておらず、前世所属した部活は合唱部だ。

 

「……お腹痛くなってきた」

 

「急いで飯食うからだろ」

 

「そういう意味じゃないんだな……」

 

 この後僕は承太郎と共に登校して、承太郎への黄色い悲鳴を隣で浴びた。その次は教室に入り…授業を受け…授業を終え…昼ご飯を食べて…昼に承太郎を見に来るファン達と話して…また黄色い悲鳴を浴びて…下校して………とにかく僕は放課後までいつも通りの日常を送った。

 …しかし………まだ平和なはずの日常がとても落ち着かない。高校受験の面接時の待ち時間に似ているがそれより酷い。

 何をしても落ち着かない…これが恐怖なのか不安なのかもわからない。ただただ黙々と時間が過ぎるのを感じて、なぜか焦りを覚えているだけだ。

 

「……レオンさんも、最初はこんな気持ちだったのかな?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 礼神を家に送り届けた後……私はチェックインしたままのホテルに戻ろうとした。しかしその道中で厄介な人に捕まる。

 

「レオンさん!見ーつけた!」

 

 40過ぎたにも関わらず、無邪気な女子高生の様な言葉遣いで彼女は背後から話しかけてくる。恐る恐る振り向くと、そこには買い物袋を持ったホリィがいた。これから買い物に行くのだろう。

 

「もぉ!こっち来てるなら言ってくれれば良いのに」

 

「………ホリィ……」

 

「なんでそんな嫌そうな顔するのよ!それからコッチでは聖子さんって呼んで」

 

 頬を膨らまして距離を詰めてくる。豊麗線さえ無けければ、大学生と言ってもおかしくない顔立ち…しかもこの接し方のせいで、本当に若返ったのかと幻覚を見ることもあるから困る。

 

「あら聖子さ……ん⁉︎…えっ‼︎ 浮気⁉︎」

 

 近所のご婦人が我々を見てそんな事を言ってくる。

 ……またか…ホリィと外で話すとこういう事が多々あるから面倒だというのに………

 

「姉がお世話になってます。ところで、私はまだ17歳なんですがそんな老けて見えますか?」

 

「あら‼︎弟さんがいたなんて初耳‼︎」

 

 私の外見はホリィの息子としても通る若さだ。だから私は決まって「年の差のあるホリィの弟」という設定を使う。

 

「それではこの辺で……レオン、荷物持ちお願いね?」

 

 私に買い物袋を押し付けてホリィが微笑む。この状況下では付いて行かざるを得ないので困る。

 結果は私はホリィの買い物に付き合い、空条家にお邪魔することになった。

 

「私の伯父だったレオンさんに、姉扱いされるなんて新鮮ね」

 

「仕方ないだろう。寿命が違うのだから」

 

 昔 私は、スピードのお陰でジョースター家のファミリーネームで戸籍を偽造した。しかし私は吸血鬼……この外見で何時までもジョセフの兄として生きる事は出来ない。だから戸籍上はジョセフの息子という形で、偽造再発行する事になる。空条夫妻に引き取られた養子という設定の方が、外見年齢的には違和感はないが、ジョースターの名を使えなくなるのは嫌なのでジョセフの息子になった。

 要するに昔は孫のように接していたジョセフを、世間の前では「父さん」と呼ばないといけないのだ。

 そうこう考えているうちに空条家の客間に通された私は、飲み物を片手に雑談をしていた。日本茶は苦くてあまり好きではないのを覚えていてくれたのか、グラスコップの中身は紅茶が注がれている。

 

「ねぇ、今日は泊まっていくんでしょ?」

 

「そんなこと言っていない」

 

「お願いよ。可愛い姪っ子のお願い!」

 

「姉になるのか姪でいるのかどっちかにしなさい」

 

 私がそう言うとホリィは姪でいることを選んだ。世間の前ではどの道 姉呼ばわりしないといけないというのに……

 

 そしてその後もホリィがしつこいので、結局空条家で今日は過ごす事になった。

 




葎崎 礼神 18歳 163cm 59kg
第一人称「僕」
武器:スタンド

基本不器用だが物を奪い取る事に関しては何故か上手い

スタンド名:ケロベロス
骨ゾンビ犬の様な姿をした遠距離防御型スタンド。
圧倒的防御力を誇り、一部の骨の操作が可能。
自我を持つスタンドなので命令する事で自動操縦もできる。
肋骨の内側は空洞のシェルターのようになっていて、人1人入れるくらいのスペースがある。
しかし肋骨も骨なので隙間はある。隠れたところで 炎などの流動する攻撃や細かい攻撃は防げない。

ケルベロスが正しい呼称だがまだ気付いていない。


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22.我々を知らない

「………なんか緊張するなぁ」

 

 和を基調とした大きな屋敷…承太郎がグレる前は何度か遊びに来た事もあったが、今日に限っては緊張感が凄い。

 

「何度も来たことあるじゃねえか」

 

「時と場合が違うんだよ。まだジョセフさん達になんて説明しようか整理がついてないんだから……」

 

 下校時から共にいる承太郎は軽々と門扉を押し開けるが、僕の目に映る門扉は、何故かいつにも増して重く見える。

 そして門の奥に広がっていた空条家の庭は(元々広いのだが)異様に広く感じ、ほんの数歩の玄関までの道程が長く感じる。

 これは完全に僕がビビってますね。

 

「おかえりなさーい。あら、礼神ちゃんも一緒なのね」

 

 玄関の開閉音で気付いたのか、ホリィさんがパタパタと玄関まで走ってくる。

 

「お邪魔します」

 

「おい、ジジィはもう来てるのか?」

 

「えぇ、客間に来てるわ。アヴドゥルさん…っていうお友達もいるけど………あ、いけない!お飲み物お出ししないと…」

 

 そう言い残してホリィさんはその場から離れた。

 

「アヴドゥルさんか……」

 

「知り合いか?」

 

「一方的に僕が知ってるだけだよ」

 

 靴を脱いで僕は客間に向かおうとする。しかしある事を思い出して承太郎の方に振り返る。

 

「客間ってどこ?」

 

「……やれやれだぜ」

 

 仕方ないだろ。ここ広くて毎度迷子になるんだから。

 

 承太郎の背中を追いかけていると、やがて昨日来た客間に辿り着く。昨日通ったはずの道なのだが、今日通った道順は昨日と違う気がする……気のせい?僕が方向音痴なだけ?

 そんな話は置いといて、僕は承太郎の後ろから顔を出す。そこにはジョセフさん、アヴドゥルさんの他にレオンさんもいた。

 あの人がジョセフさん……そしてアヴドゥルさんか……

 ジョセフさんはアニメや漫画で見た銀色の髭を蓄えていて、アヴドゥルさんは褐色肌の頬に、豊麗線のようなラインが引かれていた。

 

「……原作通りの外見だ……並んだ小人ポルナレフ」

 

 アヴドゥルさんの頭部を見てそう呟くと、一同が首を傾げ、アヴドゥルさんは何か付いてると思ったのか頭を掻く。

 

「レオン、言われた通り連れてきたぜ」

 

「いらっしゃい礼神」

 

 畳の上に置かれた四角いローテーブルにジョセフさんとアブドゥルさんが並んで座り、角を挟んだ隣にレオンさんが座っている。僕は緊張しながらもジョセフさん達の正面に座った。承太郎は角を挟んだジョセフさんの隣…レオンさんの向かいだ。

 

(な…なんて威圧感のある客間なんだ……)

 

 冷や汗を流しながら僕はそう思った……なんたって皆さん身長があるし、承太郎とジョセフさんはガタイがよすぎる。

 

「…アァー、ソノ前ニ嬢チャンは…イングリッシュOK?」

 

「英語はできませんがスタンドで会話が可能です。ご心配なく」

 

 僕に向かってジョセフさんがカタカナ日本語で質問してくるので、僕はスタンドを使って話しかけてみる。すると向こうから驚きの声が英語で返ってきた。英語は聞き取れなかったが、なぜか理解出来た。脳内で翻訳されて再生される感じ……これがスタンドを使った会話なんだろうな。

 そう言えばレオンさん日本語ペラペラだったね。前世は日本人だったのかな?もしくは日本滞在日数が多いのかな?

 

「君も幽波紋使いか……では会話に問題ないな。早速本題に入らせてもらいたいのだが……」

 

 聞き取れない言葉でアヴドゥルさんが僕の目を真っ直ぐ見て言ってくる。こうして見ると案外イケメンだね。

 

「君……未来を…運命を知っているというのは本当か?」

 

「はい。でもアヴドゥルさんの同業者ではありません。占いで未来を知ったわけではなく、テレビで見ました」

 

 なんて言えばいいかわからないが、僕は堂々と真実を話す。信じて貰えない内容でも、自信を持って話さないとどの道信じて貰えない。第一僕は嘘が苦手だ。

 

「…ふざけているのか?」

 

「僕は仮に自分を転生者と呼んでいます。死んで別世界に転生した、前世の記憶を持った人のことです。僕が前世で生きていた世界には「ジョジョの奇妙な冒険」という人気漫画が連載中でアニメにもなりました。僕は第4部の途中までを漫画で持ってました」

 

 続きのコミックスは誕プレで衝動買いしてもらうつもりだったんだけど、その前に転生しちゃったからなぁ……

 アヴドゥルさんが怪訝な表情を浮かべているが、僕は無視して事実を述べる。

 

「ジョジョの奇妙な冒険…ねぇ……」

 

 ジョジョという単語に反応したのか、ジョセフさんが呆れ顔で唸るように呟く。

 

「第1部の主人公はジョナサン・ジョースター。第2部がジョセフさん。第3部が承太郎です」

 

 ほんの少しでも食いついたのなら、僕は必死に説得する。信じてもらえなくとも、せめて旅の同行を許して欲しい。

 

「いきなりは信じて貰えないようだな。無理もない」

 

 僕が説得の次の言葉を考えていると、レオンさんが口を開いてくる。助け舟を求めるつもりでレオンさんを見つめると、意図を察してくれたのかウインクをしてくる。

 ……やめて下さい惚れてしまいます。

 

「ではまず転生者がいる。という事実を信じてもらいたい」

 

「信じて貰いたいと言われても、「はい、そうですか」とは割り切れませんよ?」

 

 アヴドゥルさんの言い分ももっともだ。第三者的に見れば、「頭おかしんじゃねぇの?」と、思うのが普通だ。

 

「実を言うと君達は、彼女以外の転生者にすでにあったことがある」

 

「何じゃと⁉︎」

 

 ジョセフさんが声を張り上げる。レオンさんはどうやら、自分が転生者だということを説明するつもりらしい……でもどうやって?

 

「礼神…ジョセフが柱の男達と戦った頃の運命を述べてくれないか?」

 

「え?わかりました。でも何処を?」

 

「昨日私に言った部分とシュトロハイムがサンタナの体で何をしたか……シーザーの死因とカーズの最後についてだ」

 

 それが何を指しているのかはわからないけど、僕は言われた通りに原作知識を述べた。

 リサリサがジョージの敵討ちで、空軍の上司のゾンビを殺して犯罪者扱いされた事…シュトロハイムがサンタナを基準にサイボーグ化した事…シーザーが死んだ父と祖父をジョセフに馬鹿にされて怒り、一人で廃ホテルに乗り込みワムウに殺された事…そして最後にカーズが赤石を使って究極生物になり、宇宙空間に放り出された事を述べた。

 

「……です」

 

「…んんー?」

 

 僕が言い終わってからジョセフさんが首を傾げる。

 

「レオン、この子の言っている事は全て間違いじゃないか?」

 

「そうだ。今述べた事は全て違う」

 

 えっ⁉︎違うの⁉︎じゃあなんで言わせたの‼︎

 

「だがジョセフ、よく考えてくれ……今述べた運命全てに関わっている者について……」

 

「関わっている者?」

 

 ここでまた首を傾げるジョセフさん。

 

「空軍のゾンビはデビルという殺し屋が殺した。シュトロハイムはサンタナを使って吸血鬼を改造した。シーザーの父マリオはある吸血鬼が死なぬように取計らった。生きていたのでシーザーがジョセフに一族を貶される事はなかった。結局廃ホテルには不完全究極生物の案でロケラン特攻。カーズは赤石を使う前に、決闘の相手の策にはまり赤石を失う」

 

 レオンさんが早口で原作とは違う事実を述べる。それを聞いたジョセフさんは冷や汗をかいて唖然していた。

 

「おいレオン。昔話の真実なんざ知らねぇが、その口ぶり…まさか……」

 

「察しがよくて助かる」

 

「ま、待て待て‼︎レオン、お前が転生者とか言う奴だと⁉︎長年共に生きた者としては信じられんぞ⁉︎」

 

「よく考えてみろ。何故私がIQ400のカーズを罠に嵌めれたと思う?何故人質として残り連絡も取れない私が、ワムウの指定した環状列石の場に援軍を呼べたと思う?」

 

 レオンさんがまた早口で述べる。恐らくレオンさんが既に運命を変えていたのだろう。

 ……って事はシーザー生きてるの⁉︎これは嬉しいね。

 

「………転生者の存在はこれで信じてくれたか?」

 

 レオンさんがそう言うと、信じられないという表情を浮かべているが、ジョセフさんとアヴドゥルさんは渋々頷く。

 

「信じたわけじゃない…が、仮に転生者が存在するとして、この嬢ちゃんが転生者だという証拠にはならないじゃろ⁉︎」

 

 なかなか信じてもらえないな。仕方ない……とっておきの情報を出すか。

 

「漫画を第3部の最後まで読みました。という事はもちろん…DIOの事もよく知っています。生い立ち、過程、スタンド能力」

 

 「「「⁉︎」」」

 

 これには流石に食いついたようだ。レオンさんも驚愕こそしなかったが、鋭い視線を僕に投げかける。

 

「僕は皆さんと共にエジプトに向かい、力になりたいと思ってる。転生者という事を信じてくれないならそれはそれでいい。でも幽波紋使いなんだから普通に戦力になれると思うよ……それでもダメ?」

 

 それを聞いてジョセフさんは、諦めたかのように表情を緩めて口を開いた。

 

「……わかったよ。本来こちらは頼まれて連れて行く側じゃない……同行を頼む側じゃ。頼りにしてるよ、女神さん」

 

「女神⁉︎」

 

 まさかの呼ばれ方に声が裏返る。

 

「礼儀に神様と書くんじゃろ?我々の死期を避けてくれる女神…あながち間違いではない」

 

 「ニヒッ」と笑うジョセフさんは、第2期の面影が僅かに浮かび上がった。

 

「さて……短く感じたが1時間ほど座りっぱなしだ。休憩を挟もうか」

 

 レオンさんがそう切り上げてくれたおかげで、ひとまず話は一段落ついた……僕はずっと緊張感を高めていたので、一旦客間を出る。

 

「はぁ〜〜寿命が縮んだ気がした…」

 

 縁側に座り込んで深呼吸を何回か繰り返す。緊張の糸が切れたからか、服が結構汗ばんでいる。

 

 

 

 

 

 しばらく縁側で休んでいると、ホリィさんがお盆を片手に客間から出くる。あぁ……ホリィさんを見てるとなんか元気になるね…心が安らぐよ。

 

「礼神ちゃん。客間にお菓子置いておくから好きに摘んでいいわよ」

 

「ありがとうございます」

 

 お菓子……少し小腹も空いたので、僕は障子張りされた襖を開けて客間に戻る。するとそこにはまだジョセフさんとアヴドゥルさんがいた。

 

「……ど、どうもぉ〜。お菓子を頂いてもよろしいですか?」

 

 二人が同時に振り向くので、僕はまた萎縮してしまう。するとそれに気付いたジョセフさんが大声で笑って来る。

 

「プッ……ワッハッハ!おう持っていけ!別に取って食おうとしてるわけじゃないから安心せい‼︎」

 

 ジョセフさんからカステラを受け取り、僕はその場で座り込み頬張る。

 

「なんかお前さん……小動物みたいじゃな」

 

「小動物て……」

 

 確かに僕の頭頂部は承太郎の胸板くらいの高さだけど、着痩せしてるだけであるところはあるんだからね?

 自分の胸板に目をおろして僕はそう思う。

 

「ところで礼神……君はさっき「共にエジプトに向かい」と言ったな?DIOはエジプトにいるのか?」

 

「あ、ボロ出てた。でもいっか……DIOはエジプトにいるよ。あまり簡単に予言したら運命変わりそうで、直前までそう易々と言いたくないんだけどね」

 

 カステラを頬張りながらアヴドゥルさんの疑問を「Yes」で返す。するとアヴドゥルさんは迷った表情を浮かべる。

 

「信じきれてないね。当たり前だけど……運命の裏が取れるように過程も言っておこうか?」

 

「あぁ、すまない」

 

 やっぱり信用してなかったんだね。仕方ないとわかっていても、信用されないのは少しショックだよね。

 

「確か…ジョセフさんが念写したDIOの写真……それを承太郎の星の白金(スタープラチナ)に見せると、写真の暗闇を飛んでいた蝿をスケッチしてくれるよ。その蝿をアヴドゥルさんは知っていて、生息域からエジプトだと推測する。それが原作本来の運命…正規ルートのDIOの居場所の掴み方」

 

 僕がそう言うと二人は目を丸くして固まっている。

 

「……本当に全部知っとるんじゃな」

 

 あぁ、そういえばジョセフさん達のスタンド能力を説明されてなかったな。

 

「ジョセフさんの隠者の紫(ハーミットパープル)は念写能力がある。アヴドゥルさんの魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)は炎を自在に操る。早い段階でこれ言えば信じてもらえたのかな?」

 

「さぁな。ところで…もし信じてもらえんかったら、どうするつもりだったんじゃ?」

 

「そしたら切り札でジョセフさんを脅すしかないね」

 

「脅す?ワシをか?それはチト無理じゃないか?」

 

 自信満々でジョセフさんは「やれるもんならやってみな」と息を巻いている。僕みたいなチビっ子に脅されるわけがない。これは高齢者のプライドなのかな?

 

「じゃあ耳……」

 

 僕は両手で口を押さえて、ジョセフさんの耳元で囁いた。もちろんアヴドゥルさんには聞こえないくらいの声量だ。

 

「……東方 朋子」

 

「…………ハァッ⁉︎」

 

 僕の言葉を聞いてジョセフさんは、一瞬間を空けてから飛び退いて距離を作る。

 

「……エヘヘ」

 

「…oh my God………」

 

「ジョセフさん?」

 

「あ、アヴドゥルは知らんでいい‼︎ 礼神……誰にも言わんでくれよ⁉︎」

  (まだ半信半疑じゃったが………ソレを知られてしまっているなら、真偽に関わらず信じざるを得ないか……)

 

 アヴドゥルさんに怒鳴った後、ジョセフさんは僕に必死の形相で囁いた。

 

「待て、レオンも転生者だというなら……まさか………」

 

「レオンさんは今後の未来は知らないらしいよ」

 

 

 

 

 

 その数十分後、家の何処かにいたレオンさんと承太郎が客間に戻ってきて話を再開した。ややこしい話を色々としたが、要約すると「DIOの能力が時を止める事」「首から下がジョナサンで、ジョナサンのスタンドがハーミットパープルに似てる事」「時を止める事は、承太郎の星の白金(スタープラチナ)でもできるという事」「花京院という幽波紋使いに学校で襲われる事」を教えた。もちろん花京院のスタンドもね。

 そして今、僕らは和室で食卓を囲んでいる。僕とホリィさん以外は、何か考え事をしているのか表情が暗い。今日1日で情報を与えすぎたかな?

 

「……あれ、そういえばなんで僕は夕食を頂いているの?」

 

「エーデルガルトの許可は取った」

 

「そうじゃなくて……確かホリィさんに泊まるように誘われて、断ったけど………アレ?」

 

「テメェも被害者か……」

 

 こっちを見ずに承太郎がそう呟く。相手の意図を無視して、いつの間にかホリィさんの思い通りになってるんだよね。もしかしてホリィさんのスタンド能力?

 

「オォ…久しぶりに日本食を食べましたが、ホリィさんのは一段と美味ですな」

 

 焼かれた秋刀魚を口にして、僕の隣に座るアヴドゥルさんそう言って褒める………が…………

 

「今日の夕食を作ったのは全て私だ。口にあったようで良かったよ」

 

 その隣に座るレオンさんがそう言って、不意を突かれたアヴドゥルさんが咽せる。そして秋刀魚とレオンさんを交互に見て目を丸くしている。ホリィさんはそれを見て楽しそうに笑い、飲み物のおかわりを取りに台所へ向かった。

 

「レオンさん料理できるの?」

 

「何十年独身生活してると思っているんだ?」

 

「あ……察し。結婚しないの?」

 

「レオンは寿命が違うからの」

 

 ジョセフさんの言う通り……歯を見せなければレオンさんは人間と遜色ない外見をしている。しかし彼はとうの昔に人を辞めている。

 

「悲しいね」

 

「そうでもない。妻はいないが家族はいる」

 

 僕の悲観とは裏腹に、レオンさんの表情からは悲しみが微塵も感じられなかった。

 

「そういえばジョセフさん。日本食は味薄くて嫌いじゃなかった?」

 

「む…味の好みまで知られているとは………レオンの手料理は別じゃよ。小骨があるのは残念だが」

 

「ジョセフが薄味だのうるさいから、調味料を足して味を深めてみた。そしたら案の定気に入ったようだ」

 

 そんな雑談をしながら食を進めていると、早くも承太郎が完食する。そして茶碗を片手に振り向く。

 

「………お袋はまだか?」

 

「……確かに、台所の往復にしては遅いね」

 

 不安に思い僕は席を立ち、ホリィさんを探し始める。

 

「レオン。葎崎一人じゃ迷子になる」

 

「あぁわかった」

 

 そんなわけでレオンさんが台所まで同行(案内)してくれる。

 するとそこには、目が虚ろなまま座り込むホリィさんの姿があった。

 慌てて駆け寄るとホリィさんは我に返って笑顔を見せる。

 

「ごめんなさいね、最近貧血気味なのよ。すぐ戻るわ」

 

 僕らの返事も待たずに、ホリィさんは飲み物を持って和室に戻った。

 

「………礼神…確かホリィは……」

 

「うん……花京院に襲われた日の翌日に倒れるよ」

 




レオン・ジョースター
現在120歳 195cm 71kg

吸血鬼 不完全究極生物

第一人称「私」
武器:スタンド、波紋、鞭、体術

DIOの弟として生まれた転生者

スタンド
・W-Ref(ダブルレフ)
【破壊力:E / スピード:E / 射程距離:E / 持続力:E / 精密動作性:E/ 成長性:E】
手足が触れたエネルギーを消す(Refusal)、反射(reflection)できる。
……と思わせといて、本当の能力はエネルギーの吸収と放出。要するにカウンター型スタンド。
スタンド自体にパワーは無いので、力や速さはレオンの実力に比例する。
利用するエネルギーに限度はないので成長など存在しないと思っていたが、感知能力に成長が見られる。
能力が発動するのは手足だけなので、その部位以外への攻撃は普通に通る。
弱点は全体攻撃や全方位からの攻撃
(例、 炎などの流動する攻撃)


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23.法皇の緑と旅立ち

 〜承太郎side〜

 

 葎崎がうちに来た2日後の登校時……俺は昨夜かかってきた電話の内容…葎崎の助言を思い出していた。

 

『いい承太郎?花京院のスタンド…法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の見た目は光るメロン!………今ため息ついた?…言っとくけど、光るメロンみたいだと言ったのは承太郎だからね?ハイエロファントエメラルドとも呼ばれてるかもしれないけど、それは遠距離操作型メロン。能力は人に取り付いて操る事で、エメラルドスプラッシュっていうショットガンみたいに宝石を飛ばす技があるから気を付けて』

 

「………」

 

 全くもっておかしな話だぜ。最近まで普通のダチ公だと思っていた奴が、予言者のように俺に助言してくる。

 葎崎は外ではその話を一切しない……嘘はつけない奴だが、演技力のあるやつだ。

 ……にしても光るメロンってなんだ?

 

「承太郎」

 

 葎崎が不意に俺の名を呼ぶ。気がつくと俺は、校内にある石階段の前まで来ていた。

 俺はこれからこの階段を下りる………

 

『花京院はまず最初に、石階段を降りる所で気付かれないように攻撃してくる。その不意打ちを食らって階段から落ちちゃうんだけど…まぁ原作でも対処出来たから問題ないだろうけど気をつけて』

 

 助言の事を思い出して鼻で笑う。

 攻撃してくる事が分かってんなら問題ねぇ。向かってきたところをぶん殴るだけだ。

 そう思った瞬間、俺の足が何かに切られる。

 

「承太郎‼︎」

 

「……チッ‼︎」

 

 足を切られて体勢を崩し、俺は石階段から落下する。事前に知っていたため落ちる直前で枝を掴み着地できたが、奴のスタンドを見る事は出来なかった。

 

『それで足を切られた承太郎は、保健室で手当を受ける。しかしそこにいた女医が操られていて戦闘スタートだよ』

 

「……やれやれだぜ」

 

 ……どうやら、予言通りに事が運んじまったらしい。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 あの後承太郎は保健室に向かった。無傷の僕は付き添う理由が無いし、無理してついて行くと取り巻きがうるさい。だから騒ぎが起こるまで教室にいる事にした。承太郎のズキューンを目の当たりにするのはチョット気まずいしね。

 

「……であるからして………よって答えは……」

 

 今日も頭が輝かしい先生の授業を聞き流し、僕は窓の外に目を向ける。するとやがて廊下が騒がしくなる。

 

「はいはい立つな。お前らはちょっと自習してろ!」

 

 先生が冷静に対応してるけどそれじゃ困る。僕はケロちゃんを出してパニックを引き起こす。消火器を破壊して煙を充満させたり、非常ベルを鳴らして混乱を招く。

 その混乱に乗じて、僕はクラスを抜け出して保健室に向かった。

 前世合唱部、現在帰宅部のインドア女子の全力ダッシュ……保健室の前に到着した頃には、スタミナをほとんど使い果たしていた。

 それでも僕は荒い呼吸を整える暇も作らずに、急いで保健室の引き戸を開けた。

 

「なるほど……確かに光るメロンみてぇだな」

 

 僕が入ると、丁度場面は花京院のスタンドを引き摺り出したところだった。よかった……ズキューンの後だ。

 

「引き摺り出したことを………後悔する事になるぞ……」

 

 ウェーブが掛かった特殊な前髪を持つ男子高校生、花京院はそう言ってスタンドに攻撃させようとする。

 

「…ッ!くるか⁉︎」

 

 花京院のスタンドは両手を合わせ、隙間から緑色の液体が溢れ出てくる。そしてその液体の中から緑宝が飛び出してきた。

 

「ケロちゃん‼︎」

 

 僕が叫ぶ様に名を呼ぶと、ホラーチックな犬が星の白金(スタープラチナ)の後ろに座って肋骨を大きく開かせる。そして星の白金(スタープラチナ)を包むように肋骨を閉じて、防御壁となった。

 

「何ッ!私のエメラルドスプラッシュが⁉︎」

 

 僕のケロちゃんは一度交通事故にあった事がある。飲酒運転のトラックが横転して、僕は下敷きになりかけて防御せざるを得なかったのだ。しかしケロちゃんの肋骨内に隠れて身を守ると、胸部が少し揺れただけでダメージはフィードバックしてこなかった。いや、したんだろうけど全くダメージが無かったのだ。プルンッて揺れただけ。

 

「こちとらトラックに無防備な状態で轢かれて無傷なスタンドなんだよ。火力が足りないね!弾幕薄いよ!」

 

 エメラルドはケロちゃんの骨に阻まれて弾かれる。そして僕が適当な事を言って挑発していると、気を取られていた花京院は承太郎の星の白金(スタープラチナ)に捕まる。

 

「相手が悪かったな」

 

 承太郎がスタプラでボディに一発……加減はしたようだが、それを受けた花京院は気絶し、ハイエロファントも姿を消した。

 

「よし!任務完了‼︎ 承太郎!サボるぞ……ってアレ?」

 

 承太郎は額の右側から血を流している……エメラルドを完全に防ぐ事は出来なかったみたいだ。

 まぁ骨だから隙間があるのは当たり前か……大半は防げたみたいだけど……

 

 

 

 

 

 学校をふけた僕らは急いで帰宅する。乗り心地悪いけどケロちゃんは移動にも便利で、僕と承太郎が乗っても結構な速度で走る。でも花京院は肋骨の収納スペースに寝かせてケロちゃんの背骨に僕らが跨っている為、幽波紋使い以外から見られたらかなり異常だ。だからすぐに徒歩に切り替えたんだよね。

 だって気絶した学生が横向きで空中浮遊していて、それに跨った男女が高速移動してんだよ?

 

「ただいまー 僕ん家じゃないけどー。ってそんな呑気な事言ってる場合じゃなかった」

 

 一人ボケをかましてから花京院を茶室に運ぶ。そこにはホリィさん以外の3人がいて、レオンさんがすぐさま額を確認する。そこにはやはり、肉の芽があった。

 肉の芽とは吸血鬼が生み出すコントローラーのようなもので、埋め込まれたものは忠誠を誓い意のままに操られてしまう。

 

「コレを承太郎が抜くんだったな?」

 

「うん。承太郎のスタプラなら精密に力強く、身じろぎひとつさせずに取り出せるはず」

 

「よしわかった。退いてろ葎崎」

 

 そう言って承太郎が前に出る。

 

「レオン…外傷があまりねぇから目覚めるかもしれない。テメェが抑えろ。お前のスタンドならこいつのスタンドも封じ込められるだろ?」

 

 承太郎にそう言われると、レオンさんは一度頷いて花京院を膝枕して頭を押さえる。右手にはスタンドの手袋が嵌められている。

 そういえば結局聞けてないじゃん。レオンさんのスタンドは能力が強力と言っていたけど、スタンドを封じ込める能力なの?

 そう考えていると肉の芽の摘出を開始する。すると肉の芽が抵抗し、承太郎の手首に触手を突き刺し侵食し始める……ウゲェ……

 

「…ゴメンナサイ……こういう絵面無理……」

 

 僕はみんなの返事も待たずに部屋を出た。

 数分後…無事肉の芽は摘出され、承太郎は今レオンさんに僅かな傷を波紋で癒してもらっている。

 

「それで…次はどうなるんじゃ?」

 

「えっと………これは混乱を招くだけで言うべきかわからなかったけど……決めた!言うね!だから今すぐ財団を呼んで」

 

 僕に皆が注目する。そこで一度間を置いてから僕は真実を述べた。

 

「ホリィさんが明日の朝倒れます」

 

「何ィッ!?」

 

 ジョセフさんの驚愕の後ろでアヴドゥルさんが苦い顔をし、承太郎とレオンさんはピクリと肩を揺らした。

 

「ま、まさか…危惧していた事が…!?」

 

「…………」

 

 レオンさんは無言で立ち上がり、部屋を出てすぐの電話に手を伸ばした。そう言えば初めて会った日のホテルロビーでSPW財団の名前を使ってたな。

 

「医療班を手配した…が、これで解決するのか?」

 

「ううん。根本を絶つためにDIOを倒しに向かう。初めて会ったあの日にそう言ったでしょ?ジョセフさん、念写はどうでしたか?」

 

「あぁ、バッチリ蠅が写っとったよ」

 

「カイロ行きの人数分のチケットも財団に言っておく。礼神、パスポートは?」

 

「あ、無いです」

 

「ならついでに作ってもらうよう頼む」

 

 レオンさんは再度電話をかけ始める。頼りになります。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 次の日の早朝……礼神の言う通り、ホリィは台所で気を失っていた。この前の夕食時も気分が悪そうだったのでそろそろだとは思ったのだが………

 

「レオンさん…どうです?」

 

「……ダメだ。一時的にスタンドを封じても、苦しみの波の高低差を大きくするだけ……私のスタンドで一時の安らぎを得ても、次の波で一気に苦しむことになる」

 

「結局……レオンさんのスタンドって何ですか?」

 

 礼神がそう言ってくるので、私はまだ教えていなかった事を思い出す。

 

「私のスタンド……私はこの手袋とブーツを「W Ref(ダブルレフ)」と呼んでいる。RefusalとReflectionと言う二つの意味で、W(ダブル)Ref(レフ)だ」

 

「リフューザル、リフレクション……拒絶と反射?」

 

「そう…手袋かブーツで触れている間、そこからあらゆるエネルギーを消す…もしくは跳ね返す事ができる」

 

「……んん〜……よくわかんない」

 

 ……まぁ…別に良いが。実を言うと、今言った説明は正しくは無い。似たようなものだが、本当の能力とは僅かに違う。

 更に私には別のスタンドが……いや、あれを戦力としてカウントするのは危ないか……

 

「その話はまた今度にしよう。それで……君は本当に付いてくるのか?」

 

 いつからそこにいたのか、花京院 典明が襖を開けてそこに立っていた。頭には包帯が巻かれている。

 

「えぇ。同行させてもらいますよ、エジプトに…」

 

「危険な旅だ…それでもか?」

 

「それでもです」

 

 訳は聞かないが、行く気で意思を固めている。これ以上咎めるのは野暮だ。

 

「ならよろしく頼むよ、花京院」

 

 私が差し出した手を彼は握り返してくれる。君に肉の芽を埋めた張本人の弟だとも知らずに……

 ……やはりこれは皆に黙っておくべきか? 勘付かれて聞かれたら明かせば良い……今言ったところで何の解決にもならないし、混乱を招くだけだろう。

 私の血筋を知っているのはジョセフ一人…そのジョセフにも口止めをしているし、問題はないだろう。

 

「ところで花京院……君は親御さんになんて言い訳をするつもりだ?」

 

「……………」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 花京院が無言を決めると、レオンさんは花京院を連れて何処かへ出かけてしまった。その間に僕は自宅に戻り、旅の準備をしてからシスターと向き合う。

 

「……行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 何故か送り出す側のシスターは、何の迷いもなくそう言った。自信満々なシスターの姿を見て、僕も自信が湧いてくる……まぁただの思い込みだけどね。

 僅かな荷物を詰めたリュックを背負って、僕は玄関の戸を押し開けて外へ飛び出す。

 

「………あ…」

 

 空条家に戻る途中でレオンさん達を見つけたので駆け寄って声を掛ける。

 

「ども…何してたの?」

 

「礼神か…支度は済んだのか?」

 

「うん。それで?二人は何を?」

 

「波紋と肉の芽を使って、花京院の両親の記憶を上書きしてきた。大丈夫…危ないことはしてない」

 

 サラッとレオンさんは述べるが、肉の芽を使った時点で、結構危ないことなんじゃないの?花京院の表情から不安が見て取れるけど……

 

「花京院の許可もちゃんと得ての行動だ。何の問題もない」

 

 僕の心の内を見据えていたかのように、レオンさんは軽く微笑む。一つ前のセリフに問題が無ければ、普通のイケメンフェイスなんだけどな……

 

「それと、人数分のチケットは用意出来た。礼神のパスポートも用意させたし、空条家に着いたら皆と出発するぞ」

 

「了解………あ、その前に相談が……」

 

 飛行機に乗る前に決めないといけないことがある。僕の最初のお仕事だね。

 

「でもこれはみんなと話した方がいいかな?」

 

 

 

 

 

 3人揃って空条家に戻ってみると、何やら庭から騒がしい声が聞こえる。何かと思ってそちらに行くと、庭に面している部屋に寝ているホリィさんが目を覚ましていた。

 どうやら帰って来た僕らを出迎えようとしたところを、承太郎とジョセフさんに止められたようだ。

 

「おかえりなさい」

 

 弱々しい声だが、ホリィさんは気丈に振る舞って迎えてくれる。その姿を見てるとこっちが辛くなるよ。

 そして事もあろうことか、ホリィさんは客人が多いので飲み物を用意しようとする。もちろんまた身内に止められるが、「このくらいは平気」と言って起きようとする。

 するとレオンさんが靴を脱いで縁側に上がり、ホリィさんの額に指を突き立てる。するとホリィさんはピタリと動くことをやめた……まさか波紋⁉︎

 

「ホリィがよく泣いた子供の頃も、こうすると君はピタリと泣き止んだな………」

 

「あら…まだ子供扱いする気?」

 

「そういうわけじゃない…だが、偶には童心に帰って甘えなさい」

 

「……そうね」

 

 良かった……波紋じゃなかった。

 ホリィさんの背中をレオンさんが支えると、彼女は大人しくいう事を聞いて、敷布団に背中をつけた。

 その上から布団を掛けると、レオンさんはあることに気づいて悲しそうな表情を浮かべる。

 

「……また意識を失った」

 

 レオンさんのお陰で安心しきったホリィさんは、意識を手放して眠りについたのだ。だがすぐに彼女は苦しそうに寝言を呟いている。

 

「……すぐにも出発だ。礼神…報告することがあるんだろ?早めに頼む」

 

「え、あ、はい」

 

 レオンさんに促され僕は予言した。

 

「これから僕らはエジプトのカイロに飛行機で行くわけですが、飛行機の中で僕らは敵に襲われます。そこで皆さんに相談があります。原作では無事撃破するんですが、敵は操縦士を既に殺していて飛行機は墜落……香港沖に不時着してしまいます」

 

「何じゃと⁉︎」

 

「そこから空路は危険と判断して陸路と海路を使ってエジプトに向かうんですが、飛行機を離陸する前に降りて別の飛行機に乗ればたぶんコレは回避できます。そして相談というのは、どちらの選択肢を選ぶかです」

 

「飛行機内で戦うか、回避するか をか?それなら後者を取るのが断然楽でいいと思うんだが…」

 

 アヴドゥルさんがそう言うと、花京院も頷いて僕を見る。

 

「そうでも無いよ。離陸前に降りて、それに気付いた敵も降りたとしたらどうする?空港でもしかしたら戦う事になるかもしれない。それでトラブルが起きたら警察沙汰になって、空港が機能しなくなって足止めを食らうかもしれない。仮に回避してエジプトまで難なく進めたとして、DIOの手下は20人以上…DIOと同時に20人以上の幽波紋使いに一斉に襲われて勝利する自信はおありで?」

 

 僕の言い分も間違いではないはず。みんなが冷や汗をかいて唸るのも無理も無い。現に前世では「DIOの手下が一斉に奇襲すれば勝てたんじゃ?」っていう話題がネットで飛び交っていたからね。

 

「原作通り順番に始末した方が、DIOとの最終戦で勝つ確率は格段に上がる……でも最初の敵と共に飛行機に乗れば、多くの人を巻き込んでしまう………こればかりは、僕の一存じゃ決められないんだ………ゴメン」

 

 僕がそう言い終わると、後ろからアヴドゥルさんが僕の頭に手を置いた。

 

「謝るな…君は悪くない」

 

 彼のその言葉に、僕は首を縦に振ることで返事をする。そしてそれを最後に沈黙が流れた。皆がリスクを天秤にかけて悩んでいる。

 そんな静寂が10秒ほど経つと、凛とした声でレオンさんが、最初に自分の答えを出した。

 

「飛行機内で戦う。被害を最小限にする為に、ケリはさっさと付ける」

 

「……それで良いんですか?敵のスタンドは素早く、乗客全員を守れる保証はないよ?むしろ操縦士が殺されるのはほぼ確定だよ?」

 

「偽善者ぶるつもりはない…私は家族の為に他者の犠牲を覚悟する。その犠牲以上に空港で足止めを食らうことは避けたいからな。反対の者は今ここで名乗り出ろ…………いないな。なら出発するぞ」

 

 そう言って一方的に話を終わらせ、レオンさんは部屋を出た。少し表情が怖かったな……アレじゃ反対したくても、すぐに意見できないよ。

 そんなことを考えていると皆が準備に入り、 ジョセフさんが僕に話しかけてくる。

 

「勘違いしないでやってくれ。レオンはワシの知る中で一番いい奴なんじゃ」

 

「……はぁ………他者の犠牲を顧みないところを見ると、そうは思えませんが」

 

「確かにな……お主はエイジャの赤石を知っておるじゃろ?」

 

 急にジョセフさんが話を変える。僕は思わず目を丸くしてから頷く。

 

「柱の男を倒す為と言い伝えられていたので破壊できなかった赤石………それをレオンはカーズに使われんよう、躊躇いもなく破壊したのだ。その結果……言い伝えを無視した為、レオンはこっぴどく怒られていたのぅ」

 

「えっ⁉︎ 破壊したの⁉︎」

 

「あぁ……罪を一人で被ってな……レオンはそういう奴なんじゃ」

 

 ちょっと話の意図がわからない……それが今とどう関係しているのだろうか。

 

「そう易々と口に出来んが、ワシだってホリィの為なら他人の命ぐらい犠牲にするさ。おそらく承太郎もな………わかるか女神さん……レオンは我々より先にそれを決断し、いつも代わりに罪を被っているんじゃ」

 

 ジョセフさんの弁解を聞いて、僕は少し胸が締め付けられた気がした。今の事実を知れば、誰かに反対させないが為にあんな表情を浮かべていたとも思えてしまう。

 

「…でもなんでそれを教えるの?」

 

「………ワシはレオンに守られてばかりなんじゃよ」

 



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24.灰色の塔

 皆が準備を終えて我々はカイロ行きの飛行機に乗る。私は吸血鬼特有の牙が生えているため、スカーフを首に巻いて口元まで隠している。

 やがて自分の座席を見つけて腰を下ろすと、飛行機はしばらくして離陸……更に時間が経つと、私は何者かの視線を感じた……私のよく知る男の視線だ…ジョセフと承太郎も感じたらしい。

 それはそれと置いといて………気持ちを切り替えて私は花京院に目を向ける。

 

「………問題ありません」

 

「…そうか………」

 

 礼神曰く…相手は我々と戦う前に、前もってパイロットは殺すらしい。万が一負けても墜落させるためだ。

 そこで私は花京院に、ハイエロファントを操縦席付近に待機させるよう命じた。相手のスタンドの外見はクワガタ虫らしく、それらしき昆虫がいたら不意打ちで構わないから殺すよう言ってある。男子高校生に暗殺を命令するのも酷な話だが、花京院は文句も言わずに引き受けてくれた。

 

「レオンさん。万が一スタンドがこっちに来たらお願いしますよ」

 

「あぁ、任せなさい」

 

 と言っても、話に聞く限り相手のスタンドはかなり早いらしいじゃないか。それも星の白金(スタープラチナ)のラッシュを躱すほどに……タワー・オブ・グレイ?だったか…その名前はアヴドゥルも知っていたらしく、舌を引きちぎって殺すのが趣味の悪趣味スタンドらしい……ん?引きちぎる?噛みちぎる?どっちだ………まぁどっちでもいいか。

 

 そんなこんなで離陸して数時間がたった……花京院と私以外は既に寝ていた。ずっと監視をして貰っている花京院は、必死に睡魔と戦っている。

 

「………少し休むか?」

 

「いえ……僕以外に適任はいませんし………」

 

 そう言って頑張ってくれているが、睡魔というのはかなり強敵らしく、時折頭がガクンと下がる…何かの本で読んだが、人の平均集中力はだいたい50分だ……きっと今の花京院はパイロットをスタンド越しに眺めているだけで、急に敵がパイロットを襲っても反応できないかもしれない。

 

「……花京院、少し寝なさい。私が代わる」

 

「レオンさんが?どうやって……」

 

「キャビンアテンダント達を洗脳して、堂々とコクピットで見張る。一旦交代だ」

 

「では…お言葉に甘えて……」

 

 会話を終えて私が立ち上がると、前の座席に座っていた礼神が声をかけてくる。どうやら会話の途中で目が覚めたらしい。

 

「話は聞いたよ……少しだけ。もしレオンさんが監視しに行くつもりならこれを持って行って」

 

 そう言って礼神は、細長い朱色の棒切れを渡してくる。1m以上はあるぞ……正直邪魔だ。

 

「……なんだこれは?」

 

「ケロちゃんの尻尾。それを叩いたりすれば僕が気づくから、何かあったら教えて」

 

 妙な使い方だが、私はそれを受け取りコクピットを目指す。するともちろんキャビンアテンダントの女性に止められる。

 

「お客様、ここから先は立ち入り禁止になっております」

  (あら……綺麗なお方……)

 

「実はですね……」

 

 聞き取れないほどの小声で呟くと、するともちろん女性は一度聞き返してくる。ここで両手でメガホンのように口元を当てると、「目で伝える包容力」のお陰もあって相手は不審がらずに耳を近付けてくる。

 

「少しピリッとします」

 

 耳を近付けた女性の頭の一点を指で抑え、私は波紋で大脳を軽く麻痺させる。停止させるほどの威力では無い…ただ少しの間正常な判断ができなくなり、これから起こる事柄を少し忘れるだけだ。

 柱の男達を倒した後も波紋を鍛えといて良かったと、私は心の底から思う。

 

「コクピットに通してくれ」

 

「…かしこ…まりました……」

 

 惚けた表情を浮かべ彼女は私に道を譲る。そして私はコクピットに潜入し、足音も立てずに二人の操縦士の後ろに立つ。

 

(二人共気付いていないな)

 

 そこで私は肉の芽を使い、パイロット二人に触針だけ脳に突き刺す。波紋は考える力を一時的に劣化させるだけだが、肉の芽は波紋よりある点 便利だ。

 

「私は怪しいものではない。ここにいるだけだ」

 

 DIOはコレを使い忠誠を誓わせているが、肉の芽は脳の一部分……私はこれで自分の大脳と相手の脳を繋ぎ、直接電気信号を送り記憶を上書きしているのだ。今回上書きした記憶の内容は「私がコクピットにいるが何の問題もない」というもの。効果は永続的だが、これは命令ではなく記憶の上書き…その記憶の過ちに気づけば一巻の終わりだ。それでも波紋と比べて便利だがな。

 ちなみに、花京院の両親を記憶の上書きに使ったのもコレだ。「典明は彼らとエジプトに旅行する。そして我々はそれを許可した」と、記憶させたのだ。後々ご両親が心配しても「一度許可してしまってもう旅立ったのだからどうしようもない」と、自分達のせいにして行動に移せないのだ。

 

「これで良し……と」

 

 私は肉の芽の触針を抜いてその場に座る。すると座席の下から緑色の生物が這い出てくる。

 

「何かあったら遠慮なく起こしてください」

 

「あぁ…」

 

 花京院がスタンドを通して私にそう言うと、彼のスタンドは主人の元へ戻っていった。遠隔操作できるスタンドは基本、引っ込める時は幽波紋使いの元へ移動しないと消えられないらしい。

 

「さて…………スピードのある昆虫型か…」

 

 W-RefはオールEランクの能力頼みスタンド……星の白金(スタープラチナ)で捉えられないスタンドを、私の瞬発力で捉えられるわけがない。

 

「…となるとカウンターを狙うしかないか……」

 

 そうしてしばらくコクピットを監視していると、私の耳に奇妙な羽音が聞こえる…飛んでいるのか?今の所は姿を確認することはできないが、羽音は今寄りかかっている壁の向こうから聞こえる。

 

(……一か八か…)

 

 音の発信源はゆっくりと通路の方へ移動してくる。そして曲がり角から、私は敵のスタンドの口先のハサミを視認する。

 

「シッ‼︎」

 

『ウォッ⁉︎』

 

 不意打ちで一か八か捕まえたかったが躱されてしまい、W-Refを嵌めた私の手は何もない虚空を掴む。

 

『貴様…ジョースターの連れだな?』

 

 私と向き合ったクワガタはそう言った。しかし私は答えもせずに右手で壁を殴り、反対の手で礼神から受け取ったスタンドの尻尾を指先で叩く。

 ……本当にこれで気付いてくれるのだろうか……

 

『舌を噛みちぎってやる‼︎』

 

 クワガタが私の口めがけて飛んでくる。咄嗟に私は口を手で押さえたが、それでもなおクワガタは突っ込んでくる。

 

『それでガードしたつもりかァ‼︎間抜けめ‼︎』

 

「そちらこそ」

 

 私の手ごと切り裂こうと思ったのだろう。しかし私は今W-Refを嵌めている。私は奴が手に触れた瞬間、先程壁を殴った時に生まれたエネルギーを接地面から放った。

 

『エギャッ⁉︎』

 

 パンチ1発分のエネルギーを、奴の口鋏に向けて放出したといえばわかりやすいだろうか……それを食らった奴は右側の尖った顎を折り、乗客のいる方に逃げていった。

 

「1発分のエネルギーじゃ足りなかったか……にしても、いきなりやってしまったな」

 

 拒絶と反射の意味を持つRefusalとReflectionから取った名のW-Ref……W-Refは、エネルギーを好きなタイミングで跳ね返すことが出来ない…能力はエネルギーを消すかリアルタイムで反射するだけだと相手に思い込ませるための嘘情報の名前なのだ。あくまで布石…敵を欺くために付けた名前なのだが、私は今 いきなり本来の能力を使ってしまったのだ。

 本当の能力は発生したエネルギーの吸収と放出。ちなみに、壁に殴った時に発生したエネルギーを吸収したので、壁は吸血鬼の腕力で殴ったのに無傷だ。

 

「はぁ……考えてつけた偽名の意味が、もう無くなってしまったな……」

 

 そう愚痴ってから私は、皆のところに戻った。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ヒャッ⁉︎」

 

 静まり返った空間で、僕はそんなみっともない声を上げてしまう。

 周囲の人は………うん、寝てる…聞かれてないね。

 承太郎達は………うん、起きてる…恥ずかしいね。

 

「礼神、どうかしたのか?」

 

 隣に座っていたアヴドゥルさんが心配してくれる。大丈夫…チョットお尻を突かれただけ。尻尾のフィードバックはお尻なの?第4部のエコーズの尻尾は、背骨にダメージがフィードバックしてたけどなぁ。そのぐらいの誤差はスタンドによって違うのかな?

 

「レオンさんの合図だよ。向こうで何か展開があったみたい」

 

「奴が出たのか⁉︎」

 

「合図が来ただけで詳しくはわからないけど、そう受け取ってもらって大丈夫。花京院さん」

 

 座席から身を乗り出して振り返ると、後ろの席に座っていた花京院はすでに立ち上がっていた。既に準備に移っているのだろう。

 

「みんな無事か?」

 

「レオン…無事だ。何があった?」

 

「礼神の言う通り、奴がコクピットに現れた。私が反撃してダメージを与えるとこっちに逃げたんだが……承太郎、頭上にいるぞ」

 

 流石レオンさん…寝てる乗客を起こさないためか、冷静で「!」の1つも出さない。そしてレオンさんに教えられた承太郎は、自分の頭上にいる敵スタンドを視野に入れてスタプラの拳を放つ。でもやはり避けられてしまう。

 

『クククッ…そんなものか?』

 

「野郎ッ‼︎」

 

 敵スタンドはあっという間に距離を取られ、奴は後ろの方へ移動した。きっと一列に並んだ乗客の舌を、一気に千切りとるつもりだ。原作通りでよかったよ。

 

「ハイエロファントグリーン…こんな狭い空間で貴様を倒すには、私の静なるスタンドこそ相応しい」

 

 花京院に僕は、奴が後方から乗客を殺しにかかることを伝えてある。だから僕は最初花京院には下がってもらい、後方に触脚を伸ばしてもらっていたのだ。

 原作予言は的中……まんまとクワガタ虫は、ハイエロファントの触手で串刺しにされた。挑発した数秒後にやられるとか、敵キャラだけど滑稽で同情したくなるね…

 ………そんな事を考えていると、コクピットの方で老人の叫び声が聞こえた。

 

「今のは……本体の断末魔か?」

 

 ……おかしい…本体は確か原作だと、同じ空間にいたはずなんだけどな…というか、離陸してからトイレと言って軽く探し回ったけどいなかったんだよね。

 

「嫌な予感がする」

 

 それだけ呟くと、僕はいち早くコクピットへ向かった。

 客席を抜けて細い通路を進むと、コクピットの入り口でキャビンアテンダントがたむろしてる。そして僕の存在に気づくと、慌てて席に戻らせようとする。

 

「お客様。これより先は立ち入り禁止です。お戻りください」

 

 そう言って追い返そうとするがもう手遅れだった。

 僕は見てしまった………気絶しながら吐血するパイロット二人と、口元を血で汚した老人の姿を…

 

「……そんな……ウッ………」

 

 リアルで目の当たりにした夥しい量の鮮血……僕は秒速で吐き気に襲われ目が回る。

 

「礼神、シッカリしろ」

 

 足がふらつき始めたと同時に、僕の肩をアヴドゥルさんが抱き留めてくれる。そしてコクピットを離れ、アヴドゥルさんに介抱される。

 吐き気を堪えながらもコクピットの方へ視線を向けると、既にみんなが操縦席を占拠していた。

 パイロットが重症で操縦不可能と判断したんだろう。

 にしても…………

 

「レオンさん………操縦できるんだ………」

 

 それを最後の言葉にして、僕は眠りについた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 礼神がコクピットに向かうので我々も慌てて追いかける。するとそこには、今にも倒れそうな礼神がいた。アヴドゥルがすぐさま抱き支えたので倒れることは無かったが、礼神は顔色を悪くしてグッタリしている。

 

「すまないが通してくれ」

 

 礼神の事はアヴドゥルに任せ、私はキャビンアテンダントを押し退けて奥に進む。するとそこには、吐血しながら気を失ったパイロット二人と、口を血液で汚し倒れた老人がいる。これを見て礼神は精神的にやられたのだろう。

 

「キ、貴様らの……思い通りに……は……」

 

 死にかけの老人は猟奇的な顔面で、勝ち誇ったように笑みを浮かべる。そして老人は今度こそ絶命した。

 

「……っ⁉︎ 2人とも死んでいる‼︎ まだ温かく痙攣こそしているが、呼吸も脈も無い⁉︎」

 

 花京院がパイロットの元へ駆け寄り、すでに死んでいる事を告げる。

 おかしい……スタンドは既に串刺しにされていて使えないはず。いくら早くとも、私がコクピットから席に戻るまでの間に殺したとは考え難い。そもそも舌はまだある………ん?

 

「これは…………?」

 

 老人の死体の側に落ちていた割れた小瓶……拾ってみると、小瓶の内側に少量の液体が確認できる。

 

「今はこれが何かを考えている時じゃないか………」

 

 そう言って私は操縦席に座る。ジョージの影響もあって仕組みはなんとなくわかるし、不時着くらいはさせられるだろう。いざとなればスタンド能力を使って、運動エネルギーをゆっくりと吸収……強引に止めることもできる。

 

「レオンさん、操縦できるんですか?」

 

「不時着させるくらいならな」

 

「おい女、今からレオンが飛行機を不時着させる。乗客にシートベルトをつけさせろ」

 

 承太郎の指示でキャビンアテンダント達がコクピットを離れた。するとジョセフが不思議そうに口を開いた。

 

「………にしても3回目じゃ。人生で飛行機が墜落するのが今回で3回目……こんな事普通あるかのぅ?」

 

 「「「…………………」」」

 

「………ジョセフ…帰りの飛行機は別の便にさせてもらう」

 

 

 

 

 

 飛行機が海上に不時着し、救助されて香港に我々は上陸した。その間礼神は気分が優れず、私と共に2食分の軽食を買ってホテルに移動していた。

 当初の予定では皆でレストランで腹を満たし作戦会議をする予定だったが、礼神の不調を原因に私と礼神だけ不参加……それなら皆で飯を買ってホテルに移動すればいいと思ったのだが、

 

 「僕とレオンさん以外はレストランに行って食事を取って………そこでまた敵に襲われるから………詳しくは言えないけど、このイベントを逃すのは避けたい………だから行って…お願い……」

 

 ……と、礼神が言うのだから従うしかない。気分が優れず弱々しく懇願する彼女の予言に、逆らえる者など誰もいなかった。

 そんな訳で敵がどんな人かわからぬまま、彼らは私達と別行動でレストランへ向かった。転生者の我々がホテルで待機し、オリジナルキャラだけでイベントを起こすのだから原作通り進むだろう。

 ちなみに作戦会議は中止……移動手段だけ手っ取り早く別れる前に決め、海路を進む事になった。後は転生者の予言で微調整しといてくれと頼まれてもいる。

 

 ちなみに、コクピットで拾った小瓶の中身は毒だったそうだ。パイロットは毒殺されたのか? 死体に傷跡は無かった……ふむ

 

「……ぁぁ……ぅぅ……」

 

「……大丈夫か?」

 

 礼神の呻き声が耳に入り、証拠のない推測を棚上げする。

 

「うん……あんなグロッキー見たの初めてで……精神的なダメージだから、流石のレオンさんも何も出来ないよね」

 

「…………治そうと思えば治せるぞ?オススメはしないが…」

 

「…どんな方法?」

 

「肉の芽で私が殺してきた吸血鬼やゾンビの記憶を植え付け、強制的に免疫をつけさせる」

 

「ノーセンキューでおなしゃす」

 

 正しい判断だな……もしこれをやったら恐らくその者は、殺しに慣れた異常者になってしまう。

 

「それでいい…それがいい………」

 

「記憶を渡すって…魔法みたいな事もできるんですね」

 

「私はSPW財団の医学班達と、私の身体の仕組みを普段は研究しているからな。様々な可能性を確かめた結果見つけた方法だよ。肉の芽で互いの大脳を繋ぎ、電気信号で記憶を共有したりできる」

 

「おぉーう。思ってたより医学的……」

 

 天井を見上げながら礼神がそう呟くと、傍に彼女のスタンドが現れる。

 

「お……心配してくれるのかい?」

 

「本当に自我を持っているんだな」

 

 主人を心配しているのか、馬サイズの犬の標本は礼神に顔を近付けて鼻先でつつく。

 

「……ケロちゃん痛い…止めて…」

 

「…そういえば君のスタンドの名前……由来とかはあるのか?」

 

「レオンさんみたいにちゃんと考えた人に言うのは恥ずかしいんですけど………見た感じがスケルトンケロベロスっているモンスターみたいだったんでケロちゃんです。頭は一つだけど……」

 

 安直……というか、少しいい加減な名前だな。礼神曰く、ネーミングセンスは昔から悪いらしい。

 それと……ケロベロス?……正しくはケ()ベロスだと思うのだが……これは言わないでおこう……今更感もあるし…

 

「自我を持つスタンド………か…」

 

「見るの初めて?」

 

「いや…自我を持つスタンドなら一度見た事がある」

 

「えっ?そうなの?」

 

 礼神は寝たまま顔をこちらに向け、目を丸くして私の言葉を待っている。

 

「強力だがいう事を聞いてくれなくてな………その幽波紋使いはかなり困っていたぞ」

 

「そうなんだ……多分その人僕知らないな…原作に登場しない人だね」

 

「あぁ、()()()()()()()()()……それと1つ気になることがあるんだが。DIOはスタンドを二つ持っているんだったな」

 

「え…うん。急にどうしたの?」

 

 今度は不思議そうな目をして質問の意図を聞いてくる。

 

「2つの能力を持つ者の共通点を知りたいんだが…」

 

「そんなこと言われてもな……体を乗っ取ったからじゃないの?レオンさんも幽波紋使いの身体乗っ取れば、その人の能力使えるんじゃない?」

 

「……身体を乗っ取る………………ふむ」

 

「………日本出る前も同じ事聞いてなかった?答えは変わらないよ?」

 

「あぁ……そうだな。すまない」

 

「謝らないでいいけども………」

  (なんでそんな事気にしてるんだろう………)

 

 2つ目のスタンド能力………か……………

 



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25.侵入詮索

 ホテルに移動してから1,2時間が経った。僕はその間寝ていたので、正確にはよくわからない。

 僕を睡眠から覚ましたのは、部屋に気持ちよく響いたチャイムだった。僕の側で本を読み時間を潰すレオンさんが、扉前まで移動して鍵を開ける。すると細身の身体の脇から、ガタイのいい男性が二人見えた。ジョセフさんとアヴドゥルさんだ。

 ついでに言うと、その二人の後ろに銀色の柱が立っているのが見える。

 

「今戻ったよ。礼神の具合はどうだ?」

 

 戻ってすぐにジョセフさんが僕の心配をしてくれる。逆に僕は心配させまいと起き上がり、グッドのハンドサインを使ってから早速質問をする。

 

「どうだった?ポルナレフは仲間になった?」

 

 そう言うとアヴドゥルさんとジョセフさんは溜息をつき、二人の後ろからフランス人が男達の間から出てくる。

 2人は「知ってたなら言ってくれ」と言った感じで、フランス人は「驚きながらも冷静です」って感じでキメ顔を作っている。

 

「俺の事を知っているのか……本当に予言者なの……か?」

 

 僕の姿を見た途端、ポルナレフは口を止めてみんなの方に振り返る。

 

「なんだこの子供は‼︎あんたら、こんなションベン臭いガキを連れてんのか⁉︎」

 

 おい貴様、いきなり失礼じゃないか………

 僕を見ての感想なんだろうな…ポルナレフの言葉は理解できないが、やはり「幽波紋使い同士の会話」を無意識に使っているようで理解できる。

 

「初めましてだなポルナレフ。私はレオン・ジョースター…そして後ろで君を威圧してるのが礼神だ」

 

 ケロちゃんを出して威圧してる僕を見かねてレオンさんが自己紹介をする。そしてポルナレフはまたこっちを向くと、上から見下し唸るケロちゃんを見て尻餅をつく。

 

「やーい。ビビってやんの」

 

「こんの餓鬼ァァァア‼︎」

 

 軽く挑発しただけなのだが、僕は ポルナレフを怒らせてしまったらしい。そして僕の長年の勘だが、彼は僕の事を勘違いしてる気がする。

 

「先に失礼な対応したのはそっちじゃん」

 

「舐めた真似を……シルバー!」

 

「やめんかポルナレフ!レディに向かって失礼だぞ‼︎」

 

 スタンドを出しかけたポルナレフを見て、ジョセフさんが止めに入ってくれる。そしてポルナレフは目を丸くして僕を見つめる。

 

「……レディ?…そういえば確かに胸も…………ゴッ⁉︎」

 

 マジマジと僕を観察するポルナレフの顔面に、僕の右ストレートが突き刺さった。

 自ら望んでボーイッシュになってるわけじゃないんだからな⁉︎

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「悪かったって。ホラホラ、そんな表情浮かべたら可愛い顔が台無しだぜ?」

 

「男と勘違いしといてよく言うよ。この礼儀知らず」

 

 後ろで繰り広げている聞くに堪えぬやり取りを耳に、私達は次の移動手段である船に向かっていた。

 子供扱い(高校生だからまだ子供かもしれんが)され、男だと勘違いされたのだから礼神は今機嫌が悪い。そして仲間になったばかりのこの男…肉の芽を埋め込まれていた被害者側の人間、J(ジャン)=P(ピエール)・ポルナレフは礼神の機嫌取りに必死だ。おそらく彼はフェミニストなのだろう。

 ……にしても

 

「並べた小人ポルナレフか…」ボソッ

 

「レオンさん…その話はもうよしてください」

 

「ヒヒッ…」

 

 私の呟きが聞こえたのか、前を歩くアヴドゥルが顔だけ振り返り呆れ、その隣を歩くジョセフは思い出し笑いをしているな。もうすでにこのネタで弄られた後なのだろう。

 ポルナレフの髪型は垂直に伸びた銀色の電柱のような髪型で、それを黒に染めて小さくして並べるとアヴドゥルの髪型になるのだ。言葉では伝えづらいが、写真か何かを見て貰えばわかると思う。

 

「おい、見えてきたぜ」

 

 しばらく歩くと、我々がチャーターした船が見えてくる。SPW財団のツテでチャーターした船……我々と乗組員以外は誰も乗っていない。乗組員も身元を確認したベテラン達だ。

 

「確かに身元を確認した……が、そのうちの一人、テニール船長が偽物で幽波紋使い…だったな?」

 

「うん」

 

 原作を知る彼女が言うのだ…可能性は高い。にしても、財団の厳重なチェックをよくすり抜けたものだ……

 

「それでレオン……その偽物をどうするつもりなんだ?」

 

「倒した所で仕掛けられていた爆弾か何かで爆破されるらしい。だから出航する前に花京院のスタンドで船内や底を徹底的に調べ、見つけ次第処理する…奴を倒すのはその後だ。ところでポルナレフ、これは花京院にも言ったが……危険な旅だ。付いてくるのか?」

 

 私がそう言うと、ポルナレフは騎士に似たスタンドを出してレイピアを力強く構える。

 ポルナレフのスタンドは銀の戦車(シルバーチャリオッツ)。能力はダメージをフィードバックしない鎧と剣捌き。甲冑を脱ぎ捨てるとスピードがさらに増すらしい。

 

「俺の妹は昔、ある幽波紋使いに殺された。その仇がDIOの手下だという可能性が強い。私情を挟んでの同行だが頼む…足手纏いにはならない」

 

 さっきまで礼神の機嫌をとっていたのが嘘のようだ。彼の青い瞳の底には強い意志があり、彼が仲間だと思うと心強くも思う。

 

「わかった。こちらこそ頼むよ、ポルナレフ」

 

「ところでレオンさん。僕のハイエロファントで見つけるのは構いませんが、どうやって処理するんですか?」

 

 当然の疑問を花京院が質問してくる。実を言うとSPW財団の力で爆弾処理を頼みたかったのだが、急な話なので無理だった。

 

「少し荒っぽいが私が処理する。だから搭乗したら私と花京院ですぐ船内へ向かう。皆は適当に出航時間を引き伸ばしてくれ」

 

「あ、なら僕が今から買い物行ってきてもいいかな?買いたいものがあるし、僕の事を待ってる事にすれば出航時間の引き伸ばしができるよね?」

 

 礼神がそう提案すると皆がそれを許可するので、小遣いをジョセフから受け取り去って行った。だが何か重大なことを思い出したのか、承太郎が小走りで礼神を追いかける。それを見てポルナレフも「買い物の方が面白そうだ」などと言って承太郎を追いかけて行った。

 買い物か……何か必要な物でもあるのか?そこらで買える物の中に……まぁ深く考えるのは止めよう。

 

「レオンさん。船外ですが既にハイエロファントの射程範囲内です」

 

「そうか…なら先に船内を調べてくれ。船長には見つかるなよ?」

 

 

 

 

 

「……レオンさん、見つけました。次の曲がり角を右……そして左手の手前から2つ目の扉です」

 

 背後を歩く花京院の指示に従い扉を開ける。するとそこは暗く、様々な資材が積まれている。そして隅に積まれた木箱の一つからは、ハイエロファントの触手がはみ出ていた。

 

「あの中です」

 

「わかった。他にはないか周囲を調べてくれ」

 

「わかりました」

 

 花京院のハイエロファントが木箱から這い出てくると、そのまま扉をすり抜けて何処かへ行ってしまった。

 

「さてと……一仕事するか」

 

 ここは船内であるため日光が差さない。このくらいの木箱ならこじ開けるどころか、音も立てずに穴を開けられる。

 早速私は爪を立てて慎重に木箱の側面に突き刺す。やがて木箱には正方形の小窓ができ、私は中身を確認した。

 

「ふむ…この程度なら……」

 

 中には確かに爆発物らしきものが入っていた。ひとまず私はそれを取り出して床に置く。

 

「手軽に付けられ高威力の遠隔爆弾…少し荒っぽくてもこれなら大丈夫だろう……確かまず……そして……」

 

 まさかドイツ軍のもとで入院した時の雑談が役に立つとは…

 こっちが動けないことをいいことに新作の爆弾や兵器の設計図を見せびらかしやがって……思い出すと僅かながらに腹が立つな。あの時はストレスも溜まったし……私が死んだらシュトロハイムに文句の一つでも言ってやろう。

 

「………ん?」

 

「……どうしましたレオンさん?」

 

「いや何でもない……ただこの後どうするのか忘れただけだ」

 

 私がそう言うと、花京院が冷や汗を滝のように流す。そこまで怯えなくともいいじゃないか。

 

「仕方ない……穴を開けるか…」

 

「え?なんて今言いました?聞き間違いですよね?お願いです。聞き間違えだと言ってください」

 

「大丈夫だ。爆弾というのは金属の容器の中で点火して圧力を高めている。外壁がそれに耐えれなくなることで一気に外へ解放された圧力が爆発だ。要するに、荒っぽいが穴を開けて圧力を逃しながら点火すればそこまで大きな爆破は起きない。だから穴を開けた衝撃で万が一誤爆しても大丈夫だ」

 

 爆薬の詰まった部分持ち出し花京院に見せてやると、花京院の顔色が更に真っ青になる。

 

「大丈夫だ…安心しなさい」

 

「本当ですね?」

 

「吸血鬼なら死にはしない……人間は知らん」

 

 そう言って私は爪で外壁に穴を開けた。

 

「…………発火しなかったようだな。後は火薬を濡らしでもすれば安全だろう」

 

「…はぁ………ッ⁉︎レオンさん‼︎この部屋に誰か来ます‼︎」

 

 安堵の表情を浮かべていた花京院が、声を潜めてそう言った。扉の下の隙間からは彼のハイエロファントが戻ってくる……やがて足音が次第に大きくなって、隙間から伸びた光が扉の向こうにいる者の影を作る。

 

 そして扉が開かれた。

 

「………可笑しいな……この辺りで物音がしたんだが………」

 

  (クッ……体勢がきつい……動くなよ、花京院)

 

 扉が開く直前に、私は花京院を背負って天井にしがみついている。指先を天井に減り込ませて指の力だけで二人分の体重を支えている……いくら吸血鬼でも最近血を摂取してないし、この体勢だと流石にキツイ。

 かくいう花京院も、私の背中にしがみ付き天井とサンドイッチになって身動きが取れなくなっている。互いに辛い体勢だな………

 

「ふむ……ネズミかな?」

 

 真下にいる船員はそんな推測をしていて、すぐには出て行かない……ん?…この男………

 私は肉の芽の触針を花京院の脳に刺し、声を出さずに脳内に直接質問する。

 

『船内に他の爆発物はあったか?Yesなら1回、NOなら2回背中を叩け』

 

(この人…直接脳内に⁉︎)

 

 脳内に直接話しかけると、花京院が私の背中を二回突く。それを確認した私は天井に減り込ませていた指を外す。その音に気付いてか、男が天井を見上げてくる。

 

「何だ⁉︎」

 

「W-Ref‼︎」

 

 私はW-Refを嵌めた右足で男を蹴り飛ばす。それを食らった男は船室の奥に吹っ飛ばされ、木箱などの残骸に埋もれる。

 

「花京院、例の偽物だ」

 

「まったく……ジョースター御一行の頭数が足りないと思ったらこんな所にいたのか……」

 

 口を切ったのか偽船長は、口から血を流しながら不敵に笑ってくる。蹴る瞬間にスタンドが前面に浮かび上がっていた気もするし、おそらくガードする気だったのだろう。それが間に合わずスタンドの顔面で攻撃を食らう羽目になった。その結果…吸血鬼の蹴りに耐えれたわけだが……

 

「ハイエロファントグリーン‼︎」

 

「ウォッ⁉︎」

 

 怯んだ隙に花京院がスタンドで拘束する。ハイエロファントの触手に巻かれた偽船長は身動きができない。が、奴のそばに魚人のような生物が現れる。

 

「それが暗青の月(ダークブルームーン)か…陸で戦えるのか?」

 

「おぉっと…バレてんのかい。ならこの能力もわかるのか?」

 

「ぐっ……」

 

 突如として花京院が苦しみ始める。しかも彼の両手から血が滲み出てきた。

 

「花京院‼︎…あれは……フジツボ⁉︎」

 

 ハイエロファントの触手にはフジツボのような貝がビッシリ付いていた。

 我々は礼神から奴のスタンドは海の中で本領を発揮する事しか知らされていない。陸で片付けて終いだと話を終わらせてしまったからだ……

 

「だが、その程度の事で私は動じない」

 

 W-Refでハイエロファントについたフジツボを引き剥がす。フジツボが剥がれたことに驚いているのか、すぐさまスタンドで攻撃してくる。

 

「W-Ref‼︎」

 

 スタンドの攻撃を掌で受ける。おそらく引っ掻いて攻撃してきたのだろう。私は奴のスタンドの腹部に拳を押し当てた。

 

「reflection」

 

「ゴフッ⁉︎」

 

 奴の腹部に大きな切り傷が出現する。奴が引っ掻くことで生み出したエネルギーを吸収し、そのまま返してやっただけだがな。

 

「つ、強い……だが貴様は俺のスタンドに触れた‼︎自分の手のスタンドを見てみな‼︎」

 

 言われて手に目を向けると、私のW-Refにはさっきと同じフジツボが付いていた。

 

「その手に付いたフジツボはスタンドからエネルギーを吸収し増殖する。力がどんどんなくなるのが実感できるだろ?」

 

「説明をわざわざありがとう。貴様のスタンドが雑魚だとよく分かったよ」

 

 W-Refの能力は吸収と放出だ……奴のフジツボも吸収が能力のようだが、それがメインか?

 

「海中での戦いが貴様本来の実力だろ?吸収が専門分野の私が、貴様より衰えているはずがない」

 

 ボロボロとフジツボが両手から剥がれ落ちて消滅する。それと同時に私のW-Refも消えた。

 時間切れか……持続力もEのW-Refは両手足に発動させると、20秒に一回のクールタイムを必要とする。クールタイムは使用時間の1/4…つまり5秒……戦闘中だと結構デカイ隙でもある。

 

「渋いねぇ…全く渋いぜ、お兄ちゃん……にしても何故俺が敵だとわかった?」

 

「今更それを聞くか?」

 

 相手がバカでよかった…雑談してくれるならクールタイムの時間が稼げる。

 

「それもそうだな…それより仲間を呼ばれては面倒だ。彼を引き摺り込んで海に逃げるとしよう」

 

「ウグッ⁉︎」

 

 背後で漏れた呻き声に顔を向けると、壁とハイエロファントの腕がくっ付いていた。よく見ると壁とハイエロファントを接合させているのがフジツボだとわかる。

 時間稼ぎをしたかったのは、奴も同じだったようだ。

 

「花京院⁉︎」

 

 やがて壁と接合していたフジツボは、全て花京院のハイエロファントに移り付く。花京院は見えない何かに引っ張られるように、船室の奥へ…奴の近くまで引き摺られていく。フジツボが原因か?だとすればまた剥がせば…

 

「助けたいならついてきな。海水たらふく飲んで死ぬ勇気があるならな‼︎」

 

 その時…偽船長は船室の壁を壊し海へ飛び込む。花京院も海に引き込まれていく。

 やばいな……せめてフジツボだけでも………

 

「W-Ref‼︎」

 

 ハイエロファントに飛び付いて、私はフジツボをなんとか剥がす。すると誰かが私の足を掴んだ。

 

「俺のダークブルームーンは、水中だとどんな魚より華麗に泳げるんだぜ?」

 

 ……飛び込んだんじゃねぇのかよ…

 私の足を掴んだのは、船腹にしがみついていた魚人スタンドだった。

 



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26.偽物とイレギュラー

 レオンさん達の許可を得て、僕は自分の求めている店を探す。するとしばらくして承太郎が追いかけてくる。

 

「おろ?どうしたの」

 

「どうしたじゃねぇ…テメェ一人で買い物できんのか?」

 

「あ…」

 

「しかもテメェ、方向音痴じゃねぇか」

 

「おぉぅ…」

 

 承太郎が来てくれて本当に良かった。危うく迷子になるところだった。しかも会話できないし絶対ろくなことが起きないね。

 

「ごめんよ承太郎。ありがと」

 

「で?何買うんだ?」

 

「あ、ポルナレフも付いてきてたんだ」

 

 ニコニコと電柱野郎が微笑んでくる。

 フッ…レオンさんのウインクに比べれば足元にも及ばないな。

 

「チョット服買いたいんだよね……出来る限り可愛くて女子っぽい奴」

 

「……やっぱり根に持ってらっしゃる?」

 

「根に持ってるけどそういう意味じゃないよ。海路を進む途中で必要なの」

 

 そう言って僕は服屋を探す。ポルナレフは頭に「?」を浮かべ、承太郎は面倒臭そうに呆れている。

 

「お、アレなんていいんじゃねぇの?」

 

 ポルナレフが僕の肩を掴んで人混みの一点を指差す。そこにはマネキンが店内に並べられ、それぞれが華やかな服を纏っている。

 

「うん…あれにしよっk 「やかましい‼︎うっとおしいぞ‼︎」

 

 思わぬ怒号にギョッとして振り向く。そこには承太郎を取り囲む香港の女性がいた。目を離して数秒でこの人だかり……囲まれるの早すぎんだろ。

 

「ヤバい‼︎トラブルは起こしたくない‼︎ポルナレフ、あの中で適当に買ってきて‼︎僕は承太郎を何とかしてくる‼︎」

 

「ウェッ⁉︎お、おう…」

 

 ジョセフさんから貰った小遣いをポルナレフに押し付け、僕は承太郎が何かしでかす前に仲裁に入りに行った。

 

 

 

 

 

 買い物を終えた僕達は港に戻ってきた。すると僕らが乗る船の近くに人集りができているのが分かる。

 

「なんかあったみたいだぜ」

 

「見ろよあれ‼︎港のすぐ近くだってのにデカイ渦が…⁉︎」

 

 間違いない…きっと誰かが偽物の船長と戦っている!でも誰が⁉︎

 ひとまず僕らはみんなを探す。するとガタイのいい老人を見つける。こういう時みんなは目立つからいいね。

 

「ジョースターさん!これは一体⁉︎」

 

「おぉ、戻ったか……」

 

 ポルナレフが声を掛けるとジョセフさんが振り向く。焦りからか額から汗を垂らしている。

 

「礼神…君の言う通り船長が偽物だった。爆弾は処理したが、船長に見つかりレオンさんが海に引き摺り込まれてしまった。教えてくれ…奴の能力は⁉︎」

 

 僕の肩を掴んで花京院が激しく揺する。

 

「ス、ストップ花京院さん⁉︎頭が…脳みそが…」

 

「す、すまない」

 

 僕から手を離し花京院が一歩下がる。

 

「ダークブルームーンの能力は海中で本領発揮するものばかりだよ。鱗をカッターみたいに飛ばしたり、あんな感じで大渦作ったり、フジツボ虫つけてエネルギーを奪ったりできるよ。陸でケリつけるんじゃ無かったの?」

 

「それができなかったからこうなっているんだろ‼︎」

 

 花京院の怒気が強くなる。その表情は自分の失態に悔やんでる感じだ…たぶん花京院庇ってレオンさん落ちたんだろな。

 

「そう焦るな花京院。レオンなら大丈夫じゃ」

 

「何故そんなことがわかるんです「バシャ-ン」……か?」

 

 その時……海の方で何かが打ち上げられる。

 

「……えぇー……イルカショーでもそこまで飛ばないよ?」

 

 ………レオンさんだった。攻撃を受けたのか、首が変な方向に曲がっている。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 〜数分前のレオンside〜

 

 さて……どうしたものか。

 私はかれこれ2分くらい渦に流され回っている。渦の中心にいる偽船長をどうにかして倒したいが、私は相手の能力の全てを知らない。波紋は呼吸ができないから練れないし、海底にも日光が届いていて吸血鬼の能力も使えない……が、W-Refさえ使えれば一応倒せる。ただ私も無事で済むかわからないから、今は流されながら奴を観察し別の案を考えている。

 

「いい加減苦しくなってきたんじゃねぇのか?」

 

「余裕余裕」

 

 波紋の修行法に「10分かけて息を吸って10分かけて息を吐く」というかなり厳しい修行法がある。私はそれを成し遂げているので肺活量に問題はない。奴が「俺の自己ベストは6分12秒」ってドヤ顔で言ってきた時は失笑しかできなかった。

 ただ奴の鱗が私に切り傷を作っているのがうざったいな。

 

  (どうしたものか…ひとまずW-Refは使えるし、やはりアレをやるしか…………ウッ…)

 

 その時……私は軽い頭痛に襲われる。

 

  (………またか………………)

 

 頭痛の痛みが一層深まる。まるで頭の中で生物が荒ぶっているかのように痛い。

 

 

『現に……()()()()()()()………』

 

 

  (………そうだな…黙っていろ)

 

『…………』

 

「ずいぶん苦しそうじゃないか。ん?船内で言ったみたいに渋い事をもういっぺん言ってみろよ」

 

 …………頭痛に耐えていると、偽船長がそんな挑発をしてくる。仕方ない……アイツがおとなしいうちに無茶するか…

 

「W-Ref‼︎」

 

 W-Refを発動すると、私は流れに逆らって泳ぎ始める。これだけ大きな渦だ……もちろん人の力では奴の元までは届かない。そもそも水流のエネルギーを吸収して泳ぐと、水を掻いて発生するエネルギーも吸収されるので進む訳がない。

 

「どうした兄ちゃん?全然距離が縮まらねぇぞ?」

 

「これでいい…これがいい……魚の脳では、私の行動の意味など気付けんだろうさ……」

 

「なんだと?」

 

 疑問に思っているようだが、未だに余裕の表情を浮かべて私を見下している。腹立つ表情だな……

 

「15…16…17…」

 

 W-Refが使えなくなるギリギリまでタイミングを計る。

 

「18…19、reflection‼︎」

 

 コレをやりたくなかった理由……それは私の首が捥げる可能性があるからだ。

 手足でもがいて吸収した運動エネルギー……手足からその全てを下に向けて放つ。すると渦の流れから脱出して勢い良く私は浮上する。ただあまりの速さで水圧がやはり凄い…耐えれず私の首の骨が嫌な音色を奏でる。人間の体は脆い物だな。

 

「プハッ‼︎…クッソ…首が折れた……」

 

 W-Refは手足へのダメージは吸収できるが、それ以外の部位へのダメージは吸収出来ないのだ。かといってアレだけ吸収したエネルギーでないと、あの渦は抜け出せない。一度失敗したら相手にも悟られてしまうしな……ちなみに吸収したエネルギーは、スタンドを消しても1時間程度なら保管できる。

 さてと………ひとまず苦痛を棚上げして波紋の呼吸をし、水上高くに飛び上がった私は足を振り上げる。

 

青緑(ターコイズブルー)……」

 

 独特な呼吸法で波紋を練り、踵下ろしの要領で水面に右足を振り下ろす。私の落下地点は渦の中心……奴の頭上だ。

 

波紋疾走(オーバードライブ)‼︎」

 

 波紋は水の中を縦横無尽に駆け巡る。W-Refを使って波紋を放てばスタンドにもダメージは通るが、生憎現在クールタイムだ。

 

「それでも十分過ぎる威力だが…」

 

 2年間エア・サプレーナ島で修行し、SPW財団の代表取締役になった後も基礎的な修行を怠った事はない。

 今の私の波紋は全盛期のリサリサと同じくらい……吸血鬼と波紋使いを両立する者として、私は波紋の呼吸を度々止める必要があるのだ。その為これ以上波紋が成長することはないだろう。

 

「花京院、引き上げてくれ」

 

 水中で気絶した奴を片手に声を掛けると、ハイエロファントが私を引き上げてくれた。

 偽者の後片付けをアヴドゥル達に任せるとして、首を支える私はジョセフに預けていた荷物を受け取り日陰に移動した。

 

「すみませんレオンさん。僕を庇ったばかりに…」

 

「気にするな。仲間なら当然の事だし、私は人と比べてタフだからな」

 

 仲間と言ったのが嬉しかったのか、花京院は口元を緩める。するとそこへ礼神とポルナレフもやって来る。

 

「む…おかえり」

 

「おかえり…じゃねぇよ‼︎ なんだその首⁉︎」

 

 心配してくれているのか、ポルナレフが私の前であたふたする。礼神も同様で、その手には包帯とノートが握られていた。治療してくれるつもりだったらしく、ノートは恐らく添え木の代わりだろう。

 

「大丈夫だ……そろそろ日陰に入って5秒経っただろう」

 

 そう言って私のケースから妙な機械が付いたペットボトルのような水筒を取り出す。中身は赤黒い液体でいっぱいだ。

 

「うっ…」

 

「…あぁ、礼神はこういうのダメだったな」

 

「いや…血塗れの人よりはだいぶマシ」

 

 中身は勿論 無菌の血液。SPW財団の医療班が持たせてくれた。それを私は3口程飲むと、首の骨がまた音色を奏でる。

 

「……ふむ…問題は無いな…」

 

 そう言って首を回したり、手で揉んでみたりするが、首はちゃんと完治している。

 最近は血を摂取してないからな……吸血鬼としての能力や回復力を取り戻すには、日陰で血を摂らないとダメなのだ。

 しかも波紋や紫外線は身体に僅かだが残留する…色々試したが、呼吸を止めて5秒……日光から離れて5秒…それが吸血鬼に戻るのに必要とする時間だ。

 

「…なんだよ…それ……」

 

「これか?これはSPW財団に作らせた血液ボトルだ。人肌の温度と鮮度を保てる私の必需品…」

 

「そっちじゃねぇ‼︎テメェの能力の話だ‼︎どんなスタンド能力してんだよ‼︎」

 

 ……そういえば吸血鬼の話をしていなかったな…毎度毎度面倒くさいんだが………

 

 ………それより今は……アイツが暴れないかが不安だな。

 



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27.災難と災難(笑)

 我々7人は今、チャーターした船で海路を進んでいた。

 

 あの後、偽テニール船長が船腹に開けた穴を簡易的な修理を施した。海上よりかなり高い位置だったので、さほど問題はなかったようだ。そしてその次に、予め手配していたテニール船長の代理を加えた。ただ船員達は「側面の穴」も「代理の船長」についても、何が何だかわからないといった様子で説得するのに少し時間がかかった。結局船内に連れて行って、私が肉の芽で都合よく記憶を上書きしたのだがな。

 そしてようやく出航……かと思いきや、出航間際に密航者を発見………礼神はこの密航者の事も知っていたらしく、家へ帰るための資金を握らせて密航を諦めさせた。ちなみに握らせた資金はジョセフの財布から出た……その資金も元は財団の金だが……

 ……………要するにかなりの時間をロスしてしまった。

 

「どうだ承太郎」

 

「……まだ何も見えねぇな」

 

 双眼鏡で暗い水平線を見つめる承太郎は、目を離さずに私の問いに答えてくれる。

 今承太郎には警備を務めてもらっている。礼神が「海上でもう一度敵に襲われる」と言ったからだ。そいつは貨物船に乗っているらしい。

 

「それはそうとお前らなぁ…学生服はどうにかならんのか。その格好で旅を続けるつもりか?」

 

「学生は学生らしくですよ…という理由はこじつけか…」

 

「僕はブレザー好きだし」

 

 ジョセフの言い分もわかるが本人がそれでいいというなら別に良いと思う。花京院と礼神はこの格好で旅を続けるつもりのようだ。承太郎もたぶん同意見だ……ただジョセフの言うことを無視して夜の海に目を凝らしている。

 もう少し祖父に優しくしてやってやれ……

 そういえば承太郎がまだ小学生の頃…ホリィが「誰が一番好き?」って質問していたな。全順位は忘れたが、私はジョセフと貞夫より上だった。

 

「礼神は女の子なんだから色気出した方がいいぜ?せめて学生服でもスカート履くとかさ……」

 

「ポルナレフ…君は僕への愚弄を忘れたのかな………何臭いガキって言ったっけ?」

 

「あ……ぅ……」

 

 完全に弱みを握られている……というより、ポルナレフの扱いが上手いな。

 

「でもよ〜、長い旅だし目の保養も必要だと思うのよぉ」

 

「それ以上言うとポルナレフの夕食にタバスコぶっかけんぞ」

 

「そう言えばそろそろ夕食か……どれ、私が適当に作って来よう」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「こいつは驚いた」

「おぉ…うちのコックより腕が良いな」

「なんだこれは⁉︎うんまいなぁ‼︎」

 

「レオンさんの料理は好評みたいだね」

 

 僕は夜の潮風に吹かれ、夕食を頬張りながら独り言を零す。今のところ航海に問題は無く、船員達も夕食がてら休息を取っている。

 そこで僕はあることに気付く。レオンさんがいないのだ。

 

「レオンさんは?」

 

「そういえばいないな……どうしたんだろう」

 

 今僕は甲板に座って花京院と夕食を頂いているんだが、レオンさんの姿が見えない。ジョセフさん達は見つけられたんだけど、レオンさんだけが何故か見つからない。今は夜だけど甲板は備え付けのライトで照らされてるから視界が悪いわけじゃない。

 

「………ちょっと探してみる。ご馳走様」

 

「女神の君がいるんだ。可能性は低いが新手の幽波紋使いかもしれない…僕も行こう」

 

 空になったプレートをキッチンに戻し、その足で船内を見て回る。するとレオンさんはすぐに見つかった。

 レオンさんは甲板の陰に隠れて座り込んでいる。

 

「どうしたんですか?もしや具合でも?」

 

「いや…休んでいただけだ」

 

 そう言うレオンさんの息は少し荒く、額から汗が滲み出ている。不完全究極生物は体調が不安定なのかな…

 そう思っていると花京院がレオンさんの首筋に手を当てる。

 すると…

 

「…ッ⁉︎ 凄い熱だ‼︎…まさか…コレはホリィさんと同じ‼︎」

 

「待て……それ以上は言わないでくれ」

 

 花京院の口を片手で塞ぎ、レオンさんはゆっくり立ち上がる。口を塞がれて花京院の台詞は途中で止まったが、僕はもう察しがついてしまった。

 

「………この事は口外するな……わかったな?」

 

「いや……ですが……」

 

「私は化け物だ。スタンドに食われたりはしない……ただ主人の言うことを中々聞いてくれなくてね。ジョセフはこの事を知っている……余計な混乱を招くだけだ…皆には言うな」

 

 レオンさんが微笑んで僕らにそう言ってくる。

 汗さえ無ければその表情は安らいだ笑みなのだが、息も荒いのでやはり大丈夫そうには見えない。

 だが表面を偽ってまで隠そうとしているし、レオンさんの言っていることも間違いではないと思う……だから僕らは黙っておくことにした。

 

 立ち上がったレオンさんが一度深呼吸すると、辺りが冷気に包まれる。

 ……気化冷凍法だ……レオンさんは能力で、無理矢理体温を引き下げて無茶している。今は夜だけど、朝になり日に当たればまた体温が上がるかもしれない。

 

「……大丈夫かな…」

 

 不安を口にしたその時……

 

 ーーーーードゴオォォォンーーーーー

 

 闇夜に爆発音が響き船体が大きく揺れた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 甲板はたちまちパニック状態になったが、そんな中花京院は手摺に掴まり、船腹に向けて眼を凝らす。

 

「爆発だ………おかしい…彼処には爆発物なんて無かったはず…」

 

「なんだと?」

 

 私と共に探索した花京院がそう言うので、私は同じように手摺に捕まり身を乗り出す。確かに船腹に大穴が開いて海水が入ってきていた。しかし私は船腹とは別に、遠くの海上を見つめていた。それは小型のクルーザーだった。

 

「あいつの仕業か?」

 

 吸血鬼とはいえ視力にも限界はある。暗闇に包まれた海の上でクルーザーを見つけただけでも凄いのだが、犯人の顔を見ることはできなかった。

 おそらくあのクルーザーに乗っていた者が、海面付近の船腹に爆発物でもつけたのだろう。

 

「沈没するぞ‼︎ 皆、脱出の用意をしろ‼︎」

 

 私が声を張り上げるとそれを聞いたクルーが働きだし、せっせと脱出用ボートの準備を始めた。

 私も甲板に移動して皆の状況を確認する。

 

「レオン。ほらよ…」

 

 するとやがて、ポルナレフが私に向かって紙袋を投げてくる。それの中を確認し、私は殺気を放ちながらポルナレフに顔を向ける。

 

「…………」

 

「俺を睨むなよ俺を‼︎あんたらの信頼する女神さんの助言だろ?俺に八つ当たりするなよな!」

 

 買い間違えたのは貴様だろ。

 にしても……「あんたらの信頼する」…か………

 

「貴様は信じていないのか?」

 

「ん?…まぁ……急には無理だわな…ウオッ‼︎」

 

 浸水が進んだせいか、船体が大きく傾いた。脱出用ボートを用意し終えた乗務員たちは避難誘導に移る。

 

「……はぁ………乗り気じゃないが、やるしかないのか?」

 

 泣きそうな声で私はそう呟き、甲板の陰に隠れた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ジョースター御一行が脱出すると、やがて船は転覆。一同は救難信号を打ち上げて海を彷徨っていた。するとその救難信号に気づいたのか、巨大な貨物船が一同の前に現れタラップを下ろす。

 もちろん一同は乗船する以外に選択肢はなかった。

 

「おかしな船だな、誰もいない……船内か?」

「誰かいる事には違いねぇだろ」

 

 転覆した方のクルー達が先陣を切って甲板に上がる。すると誰も触っていないクレーンが突如動き出し、先端のフックがクルーの頭めがけて直進してくる。

 

「危ないですよ」

 

 しかしそのクルーは、一人の美女が突き飛ばしたお陰で一命を取り留める。

 

「あ、ありがとうございます……ヘヘッ…」

 

 晴天のような水色のチャイナドレスを身に纏った銀髪の女性を見て、助けられたクルーは鼻の下を伸ばして笑みを浮かべる。

 その様子を見てポルナレフが、チャイナ服の女性に耳打ちで話しかける。

 

「思いの外似合ってるじゃねぇか」ボソッ

 

「ポルナレフさん、ぶち殺しますよ?」

 

 美女は柔らかい笑みを浮かべるが、全身から漏れる殺気がそうでない事を告げている。

 

「お、落ち着けって…そんな鋭い殺気を出したらエテ公にバレんだろ‼︎」

 

「こうなったのも全て貴方の所為です」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 《過去に遡ること半日…》

 

『それじゃ……………そろそろ次の予言をしようと思います』

 

 港がまだ薄っすら見える位の距離になると、礼神がそう切り出して一同を収集する。もちろんそのメンバーの中にクルーは含まれていない。

 

『この海路を進むと、多分高確率で船が転覆します』

 

『何?爆弾は処理したじゃないか』

 

『アヴドゥルさん。出港する前に、この海で2回敵と出くわすって言ったよね』

 

『…なるほど。2人目の幽波紋使いが転覆の原因か…』

 

『うん…2人目…って言うのかどうかわからないけど』

 

 礼神が曖昧な言葉を呟くと、一同が首を傾げる。

 

『敵のスタンドは「(ストレングス)」……幽波紋使い以外にも姿を見せる、貨物船型の巨大スタンドだよ。原作では海の真ん中で偽船長の爆弾で転覆し、救助を装ってその貨物船がやってくるの。今回爆弾は取り外したから、多分向こうは何らかの手段で転覆させて貨物船に乗せようとしてくる』

 

『そいつは強ぇのか?』

 

『貨物船そのものがスタンドで変幻自在……奴は無線室の近くの檻に入ってるんだけど、下手に攻撃したらその檻が強固な壁に変わったりするかもしれない。檻から誘い出して戦っても、換気扇のプロペラが飛んできたりするから結構強いよ』

 

『ちょっと待て、檻の中?そいつは動物か何かなのか?』

 

『うん。オランウータンだよ』

 

 礼神がそう言うと、ポルナレフが腹を抱えて笑い転げる。

 

『オラ、オランウータンって…ギャハハ、だったらバナナでもやって手懐けようぜ?』

 

『ポルナレフ五月蝿い……で、対処法なんだけど、奴はエロい性格しててね…原作では港で追い返した少女が貨物船でシャワー浴びてると襲ってくるの。そこを承太郎が助けに入って終わるんだけど………一般人を巻き込むわけにはいかないし、あのまま連れて行くとあの子途中で足引っ張るので追い返してしまいました』

 

 礼神が少し困った様子で頬を掻くと、「ならどうする?」と花京院が聞いてくる。

 

『そこでその少女の代役を僕がやろうかなぁって……僕だったら幽波紋使いで戦えるしさ』

 

『テメェが囮になるのか?そのなりでか』

 

『承太郎も五月蝿い‼︎知ってるよ僕が中性的だってのは‼︎だからこれを買ったんじゃん‼︎』

 

 そう…礼神が香港で買った服はこの時の為の物だ。

 貨物船で彼女がシャワー浴びれば済む話かもしれないが、見られることを知ってて浴びたくなんかはない。

 やがて礼神は、紙袋の中からおもむろに服を取り出してみる。それは薄い水色の可愛らしいチャイナドレスのような服だった………が……

 

『…………ポルナレフ……これは大き過ぎるよ』

 

『あ……悪りぃ』

 

 ポルナレフに頼んだのが間違いだったのか…それとも承太郎がトラブったせいなのか……ポルナレフが購入した服は非常に大きく、礼神のような低身長が着たら、ウエディングドレスのように裾を引きずってしまう。

 

『……仮に誘き寄せれたとしても、これじゃ動きにくいよ。ジョセフさん女装する?昔みたいに』

 

『礼神…原作と違いジョセフはドイツ軍に乗り込んでいない。だから女装もしていないぞ』

 

 あ、そうなんだ……と呟き、礼神が謝る。しかし一同がジョセフを冷たい目で見つめる。

 

『…で、どうすんだ?ジョースターさんが女装するにしてもガタいよすぎて100%バレるぜ?』

 

『ポルナレフ‼︎ワシがするていで話を進めるな‼︎』

 

 冗談混じりでポルナレフが言うと、屈強な老人が顔真っ赤にして怒鳴り散らす。

 

『でもどうしようか……ワンピースのサイズからして長身細身……しかも中性的な顔立ちじゃないとダメだし………あ』

 

 みんなの視線が一人のイケメンに集まる。その視線に気づいた人外は顔を引きつらせた。

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 ………そんな訳でレオンは今女装している。

 胸にはさっきまで着ていたタンクトップを詰め、髪は吸血鬼の能力で長髪まで伸ばしている。声は単に裏声を使い、ソレっぽい言葉遣いをしている。

 

「何故私がこんな目に……」

 

「まぁそう言うな。似合ってるぜ、レンちゃん?」

 

 レオン……もといレンは、ポルナレフに軽くボディブローをかまして先へ進む。すると前を歩いていたジョセフが足を止めて声を張る。

 

「わしらは船の素人じゃ、変なことせずに固まって動こう。船長(代理)、先頭を歩いてもらえるか?ワシらは後をついて行くからの」

 

「わかりました」

 

 そうジョセフが提案し、船長代理はそれに同意する。何故このような提案をしたかというと、原作ではクルー達が勝手に別行動をとって原因を探ろうとし殺されたからだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ………はぁ……足がスースーする。

 チャイナドレスを身に纏った私は、船長を先頭とした列に加わり歩いていた。

 

「ゴメンねレオンさん…こんな事させて」ボソッ

 

「いえ……………………仕方ない事です。礼神ちゃんはお気になさらないでください」

 

「プッ…」

 

 後ろを歩くポルナレフが噴き出しかけたので、私は周囲にバレないように肘鉄を鳩尾に放つ。

 

「ガハッ………⁉︎」

 

「あら…ごめんあそばせ♪」

 

  (レ、レオンさんが激オコだ……さっきの返しも間が広かったし………)

 

 背後でそんな事があるともつゆ知らず、先頭を歩く船長は無線室を見つける。

 

「誰もいないのに機材は正常に動いている……うーむ、わからん。しばらく調べてみます」

 

 そう船長が言うと、クルー達が辺りを調べ始める。

 

「では俺も……ヘヘッ」

 

 私が助けた男も私に一礼してから作業に入る。ちなみに彼らには「ストーカー行為が激しいので、声を低くし普段は男性の格好をしているんです」と、嘘をついてある。もし信じてもらえなかったら肉の芽を使うつもりだったが、彼らは私の姿を見てスンナリ信じた。

 私としては逆にそれが辛い………

 

「レンさん……アレ」

 

 ドレスの裾を引っ張り、礼神が無線室の奥にある扉を指差す。

 その扉は開いていて、更にその奥にオランウータンが入った檻がある。

 

「予定通りお願いします」ボソッ

 

「わかりました」

 

 誰にも言わずに奥の部屋に向かと、オランウータンは既に私を見ていた。

 

「あら…こんばんは」

 

 膝をついて能天気なお姉さんキャラを演じて話しかける。もちろんオランウータンは言葉を返してきたりはしない。かわりに鉄格子の隙間から手を出して、檻の錠前を指差す。

 

「出して欲しいのかしら…でもゴメンなさい。鍵がどこかわからないし、出したら怒られてしまうわ」

 

 そこまで言うと、後ろからジョセフが話しかけてくる。

 

「おぉーい、レン。ここは安全のようだからここにいなさい。ワシらは操舵室を見てくる」

 

「わかりましたわ」

 

 そう返事をすると、一人残らず全員が退出した。最後に部屋を出たあの男は残ろうとしたが、船長に肩パンされて退出…男に惚れるとは運が悪い……まぁどの道肉の芽で記憶を上書きするつもりだしいいか。

 私は無線室に戻り別の扉を開ける……そこはシャワールームだった。

 

「海水被ったし借りちゃおうかしら……お猿さん、覗いちゃダメよ?」

 

「グフッ」

 

 言葉の意味を理解したのか、オランウータンは人が使わない単語を呟く。そして私はシャワールームに足を踏み入れて適当に個室を選ぶ。

 

「…あ、ちゃんとお湯が出るのか……」

 

 蛇口を捻ってシャワーからお湯を出しっぱにすると、その個室を出てからカーテンを閉めた。すると、壁の反対側で奇妙な音が聞こえる。

 やがてその音はシャワールームの扉の向こうで止まる。

 

「グッフォ……」ガチャ

 

 扉を開けてオランウータンがシャワールームに入ってくる。そしてシャワーの音がする個室の前に移動し、勢いよくカーテンを開けた。

 

「……グフ?」

 

 しかしそこに私はいない。何故なら………

 

「船の天井にしがみ付くのは今日で二回目だ」

 

 声を戻して天井から話しかけると、驚いた様子でこちらを見上げてくる。チャイナドレスのお姉さんが天井に張り巡らされた鉄パイプを掴み、天井に張り付いてこちらを見下ろしているのだ……驚いて当然だろう。

 そういえば船自体がスタンドだったな、鉄パイプを変形される前に攻撃しよう。

 

「エギャァァァア‼︎」

 

 人差し指の爪を額に付けて横に振り抜くと、傷口がパックリ現れそこから夥しい量の血が流れ出る。

 

「悪いな…これからする事は全部八つ当たりだ。だが私は悪くない……ドレスを着る羽目になったのは承太郎がトラブル起こし、ポルナレフが買い間違えたせい……更に元を辿れば貴様の性癖のせいだ。私は悪くない……むしろ結局貴様が悪い」

 

 オランウータンの胸倉を掴み殺気を放ちながら話していると、こいつは天井のある一点…プロペラを見つめている。それを飛ばして攻撃でもしたいのだろう……しかしそれは無理な選択だ。

 

Refusal(拒絶)……W-Refはあらゆるエネルギーを吸収する、スタンドエネルギーも含めてな。既にスタンドを出していても、私のこの手が貴様に触れている間、貴様はスタンドを操作できない」

 

 両手両足ではなく片手……それも利き腕だけなら1分間発動できる。しかもクールタイムは2秒だけだ。持続力Eでも使い方によっては長持ちするのだよ。

 そもそも工夫して時間が伸ばせるなら「E」とは呼べないのか?原作を知らないから正しいステータスを表記できない。

 

「恨みは無いが仕方ない。悪いのは貴様だからな…DIOの手下となり、我々の敵になることを選んだ貴様が‼︎」

 

 そう言って手を離し顔面を殴りつける。

 いつも以上に怒っているのが自分でもわかる。女装とはこんなにストレスを溜めるのか……恥じらいの量だけ怒りが湧いて出てくる。

 それに気付くとまた、こいつの性癖のせいだと思い睨みつける。既に奴は戦意を失っているがな。

 

「そう言えば昔、私は猫を飼ったことがあるんだ。とてもヤンチャな子でね……でも去勢手術をすると大人しくなったんだ………………君もそうなるかな?」

 

「ヒギャァァァイ‼︎ギャンギャン‼︎」

 

 種族が違う私にも伝わる意思表示……部屋のすみで蹲り、オランウータンは怯えている。

 オランウータンが好きなわけではないが動物は好きだ。ここまで怯えている動物を痛めつける気は流石にない。

 

「……はぁ…わかったよ。そこまではしないでやる」

 

 かなり頭が良いんだな…私の言葉の意味を理解して表情が少しだけ柔らかくなる。

 

「だが貴様は敵だ、逃すわけにはいかない………性転換はしないでやるが、再起不能になってもらおうか」

 

 そう言って波紋の呼吸をしながら頭を鷲掴みにする。指先から流れた波紋は、一瞬で奴の意識を刈り取った。

 

「………なんかスッキリしないな……残りのストレスはポルナレフにぶつけるか……」

 



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28.悩みの夢と一握りの嘘

「乗っていた貨物船があんな小さく…どうやってるんだ?」

 

 僕らが操舵室を調べていた頃に、丁度レオンさんが敵を倒したようで貨物船は原型を留めずに崩壊していった。そしてやがて小さな船だけが残った。

 

「あれ……レオンさん何やってるの?」

 

 レオンさんは肉の芽の触針をクルー達の頭に挿していた。ちなみにレオンさんは既に着替え終えている。

 

「記憶を上書きした。私はずっと男だった…といった感じでな。完全ではないから混乱するだろうが、重要な事ではないので大丈夫だろう」

 

 触針を彼らから抜くとクルー達は一度気絶する。そしてレオンさんはその触針を、今度はこちらに向けてくる。僕らの記憶も上書きするつもりなんだろう。しかし触針は力が抜けたかのように、レオンさんの頭の中に引っ込んでいった。

 

「…ジョセフ〜〜…」

 

 レオンさんがジョセフさんを睨む…そっか、波紋を流されて吸血鬼の力が使えないのか…

 

「イッヒッヒ、まぁ良いじゃないか。なかなか似合っていたよ。レ・ン・ちゃん♪」

 

 その言葉でプッツンしちゃったんだろうな……ジョセフさんはレオンさんに投げられて、頭から海ポチャした。

 

「ブハァーーー…何すんじゃレオン‼︎」

 

「レオンさん。ご老体には優しくしないと……」

 

「大丈夫だアヴドゥル。ジョセフは私より若い」

 

 そりゃあんたは吸血鬼ですからね。

 そんな3人のやり取りを聞いていた一同が笑う。

 これがただの旅行だったらなぁ〜

 

「はぁ…エア・サプレーナ島での悲劇を思い出すわい」

 

 エア・サプレーナ島か〜。波紋使い達の修行の場……修行するつもりはないけど行ってみたいなぁ……あ、そうだ。

 

「ねぇねぇ…コンパスあるしクルー達寝てるし、波紋で水上立ってボート引っ張ったら?」

 

「ふむ。名案だな…ジョセフ」

 

「何⁉︎無理じゃよ‼︎波紋の呼吸なんぞもうしばらくやっとらんし、どれだけ立ってられるかどうか…」

 

「頑張ってくれよ、お爺ちゃん」

 

「承太郎‼︎都合のいい時だけお爺ちゃん呼ぶな‼︎」

 

 やっぱり楽しいな………これが終わったらみんなと旅行したい………

 

  (………アレ…そういえばレオンさん、ジョースターの家系に生まれてどういう経緯で吸血鬼に?)

 

 この時僕は、レオンさんに対する疑問を1つだけ、胸の隅に引っ掛けた。

 そしてその後…僕らは無関係のシンガポール行きの船に救助された。こんなことなら漂流を想定して、別時刻の船を手配すればよかったな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 気がつくと私は暗闇にいた。肌に触れる夜風が心地良く、座り込んで触れた地面は冷たい…………ここは……何処だ?

 

『何処も何も………ここは何処でもない、強いて言うなら夢の中。現実の話をしているならシンガポール行きの船の上だ』

 

 背後から声が聞こえたので振り返る。

 そこには、月光に背を向けて私を見つめる、黒い着物を身に纏った女性の様な生物がいた。顔には影がかかっているのか……それともそんなもの存在しないのか、何故か表情を確認することもできない。

 

「貴様か………何の用だ?」

 

『用など無い。主がここに来ただけだ……用があるのは主の方だろう』

 

 感情が無いような棒読み口調……「?」を使わない発音でそう言ってくる。

 

「……何故許可も無く姿を現そうとした?」

 

 答えなどわかりきった質問だが、聞くこともないので私はそう聞いた。すると彼女は着物の裾を翻し、背をこちらに向けて月を見上げる。

 

『主の身に危険を確認した。主を守るのが我の役目だ』

 

 同じ声、似た答え、同じニュアンス、似たやり取り……

 私が質問するといつも後半は同じ答えを返してくる。

 主を守るのが我の役目……口癖のように奴は私に言ってくる。

 

「そういえば……W-Refがあるにも関わらず貴様がいるのは、私に私以外の遺伝子があるかららしい。ジョジョなのか柱の男の誰かなのかはわからないが…」

 

『……フム…そうなのか』

 

 興味無さそうに相槌を打ってくる。

 もうわかっていると思うが、彼女は私のスタンド…2つ目のスタンドなのだ。明確な能力は不明……理由は私が彼女を使おうとしないからだ。身体を一時的に乗っ取られた事があり戦闘能力の片鱗なら見たがな…強力だが私を困らせる程の自我を持つスタンド。名前はまだない。

 

『主よ……月が綺麗だぞ』

 

「……あぁ……少なくとも、汚くは見えないな」

 

 奴は私にそんな事を言ってくる。

 結局ここは何処だ?夢の中だというのはわかるが…今回は何処の風景だ?

 

『ここは主が捕食者との決着をつけた場所だ……忘れてしまったか……』

 

 そう言われて私は気付く。

 ここはピッツベルリナ山神殿遺跡の石柱の上だ……あの日と同じで、夜空には満月が浮かんでいる。

 

『夢というのは主の記憶だ……恐怖や喜び…好奇心で着色こそされるが、あの日と同じ風景なのは当たり前の事だ』

 

 私の考えや疑問を見透かして答える。私の考えを読み取るのは能力か?

 

『違う…主が我を拒絶しようと、我と主は=(イコール)で繋がっている。主の考えは私の考えだ』

 

「なら貴様が初めて現れたあの日……何故私の意に反して危害を及ぼした」

 

『あの者は主を無理に抑えつけようとしていた。主を守るのが我の役目だ』

 

 此奴が姿を現す条件は幾つかある……私の身に危険が及んだ時……私の精神状態が不安定な時…それ以外の場合でも稀に現れる事もある。それだけならまだ良いのだが、彼女の行動は度が過ぎている。

 

『度など過ぎていない。主を第一に考えているだけだ』

 

 私の安全を第一に考える。それも危ない方向で…………危害を加えられた………だから殺す………危険な芽は摘み取る……主の意思に反しても……

 此奴はそう考えているらしい。極端な話…

 敵だと認識すれば殺意の赴くままに行動する。周囲の被害も考えず………そして殺す為なら手段を選ばない。共に戦っている仲間の生死すらも気にせずに殺すのだ。

 

『ところで主……そろそろ我を受け入れてほしい。このままでは主の身体がいつまで持つかわからない』

 

「それは無理だ……仲間を傷つける諸刃の剣など望んでいない。貴様が私の意思通り動かない限り答えは変わらない」

 

 すると背を向けていた奴は、石の上を滑るように移動する。あまりの早さに私が見失うと、背後に現れて背中合わせに立って寄り掛かってきた。

 

『主の為に受け入れさせる』

 

「仲間の為にも拒絶する」

 

 なかなか混ざり合わない2つの意見は、()()()()から変わらぬままだ………私がスタンドに飲まれて倒れるが先か……彼女が私の意思に従うが先か………前者ならせめて、旅が終わるまで待って欲しいな………

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「みんな、シンガポールにもう直ぐ着くぞ」

 

 花京院のそんな声を耳にして、一同は眠そうな目を擦る。かくいう僕も、どうやらデッキで日光浴してる間に眠ってしまったようだ。眠い………

 

 現在時刻は午後の2時過ぎ。どれだけの時間を短縮できたかはわからないけど、原作よりスムーズに進めているのは確かだ。それでも思い通りにはいかず、余裕があるわけではない。短縮できたと言っても、偽船長による沈没を防いだだけだしね。

 

「それじゃあワシはレオンを起こしてこよう」

 

 甲板でリラックスしてる皆にそう告げ、ジョセフさんは船室に向かった。暗青の月(ダークブルームーン)(ストレングス)の連戦で疲れたという訳で、現在レオンさんだけ船室で熟睡中………でもそれは表向きの理由で、もしかしたら今は高熱で苦しんでるかもね。

 できることなら今後の戦闘は、出来る限りレオンさんには避けてもらいたいな…

 

「………って、花京院さんどうしたの?」

 

 僕の隣でジョセフさんが船内に向かうところを目撃した花京院………目付きは鋭く、その表情からは不安がはみ出ている。

 

「レオンさんは……僕を頼ってくれている。単に能力が適していただけかもしれないが、ずっと一人だった僕を信頼してくれている……………あの苦しみを…代われるものなら代わりたい」

 

「……花京院さんの言いたい事はわかるよ……奇遇だね…僕も同感」

 

 生まれつきスタンドを身に付けて自ら孤独を選んでいた花京院………前世の記憶を抱えて親に捨てられて一人ぼっちだった僕………そして今僕らはレオンさんを心配している。

 案外似てるね……僕達……

 

「待たせたな、すまない」

 

 そこへ丁度レオンさんがやって来る。心配している僕らを見かねてか、いつもの柔らかい笑みを浮かべて横を通り過ぎる。

 

「心配するな」ボソッ

 

 すれ違い様にそう言うと、遅れて冷気が僕達の肌に触れた。おそらくレオンさんの冷え切った体温で、周りの空気が冷めたのだろう。それは船内から出てくる前に気化冷凍法を使ったという事を裏付けている。

 

「シンガポールは暖かくて快適だが……今回ばかりは恨めしく思うよ」

 

「またまた奇遇だね……」

 

 僕らはこの後シンガポールに上陸して、港からホテルまでを二台の車で移動した。

 メンバー分けや席順は適当に決めたが、偶然にもレオンさんと一緒の車になったのは、僕と花京院とジョセフさんだった。

 

「さぁて、戦闘続きでレオンはまだ疲れが抜けとらんのじゃないか?今夜はホテルに泊まるから皆、ゆっくり休むと良い」

 

「そうですか……正直僕も、気を張り詰めていたせいか疲れていまして」

 

「後ろに同じく〜」

 

 運転手はジョセフさん、助手席には花京院、その後ろ…後部座席に僕とレオンさんは座っている。

 レオンさんは僕らのやり取りを聞きながら、外に目を向けて流れる景色を楽しんでいた。

 

「………おい花京院…ちょっと冷房が強いんじゃないか?」

 

 何も言わずに花京院が、クーラーをフルパワーにする。それを見た僕は、車の窓に付けられたアレを上げる。

 名前がわからないな……あの日差しを遮る布………なんだっけ?

 

「……別にいいよ二人とも…正直本当にヤバくなったら、クーラーを付けたところで何にもならない。後で体感温度が上がるだけだぞ……」

 

 僕らの行動の意図を理解したのか、レオンさんは手を伸ばして冷房を切った。

 

「あー……レオン、ばれたのか?」

 

「船が爆破される前に………食事中だからと思ったが油断した」

 

 レオンさんが白状すると、ジョセフさんが険しい表情を浮かべる。

 

「皆には言うなよ?」

 

 いつもより低い声……少しだけ怖い。

 でもジョセフさん…何故大切な家族が苦しんでいるのに、同行を許可しているんだろう。

 

「二人とも……返事」

 

「あ……はい」

 

 また低い声でジョセフさんが釘を刺してくる。

 そして僕と同じ疑問を持ったのだろう…花京院が僕の代わりに質問してくれた。

 

「ジョースターさん…貴方はいつからレオンさんの容態を知っていたんですか?」

 

「………()()()からじゃ」

 

 ……僕らは絶句した。

 ずっと前からレオンさんは苦しんでいたのだ。僕と初めて会ったあの日も………それでも当たり前のように旅に同行し、それを知っているジョセフさんも何も言わずに連れて来ていた。

 

「…ってチョット待って。半年って…スタンドに蝕まれた時の死に至るまでの期間は50日じゃ………」

 

「そこらへんはよくわからない………気にしないでくれ」

 

「稀なケースなのか、レオンが特別なのかはわからん。だがスタンドが害悪になってるのは確かじゃ」

 

 それを聞いて花京院が声を荒げた。

 

「何故⁉︎それを知っていて何故連れてきたんです‼︎彼はホリィさんと同じ……いや、戦闘して体力を使っている分、ホリィさん以上の苦しみを……」

 

 

「やかましいィ‼︎‼︎」

 

 

 「「………………」」

 

 初めて聞いたジョセフさんの怒声…学校で何度も聞く承太郎の罵声よりインパクトがあった………静まり返った車内…エンジン音と土の上を回転するタイヤの音が、やけに大きく聞こえた。

 

「………ジョセフを責めないでくれ花京院……無理言って同行を志願したのは私だ」

 

「…何故………貴方がいなくともDIOはきっと倒せる…葎崎さんの予言もあるんだ…そこまでして付いてきた理由がわかりません」

 

 花京院が振り向いてレオンさんを真っ直ぐと見つめると、レオンさんは座席に深く座りなおして目を閉じた。

 

「…いずれ話す……ただ混乱を招きたくないからな……しばらくは………信じて目を瞑ってくれないか?」

 

 花京院は何も言わずに数秒固まり……諦めたかのように座席に座りなおした。

 

「………見えてきたぞ、アレが今日泊まるホテルじゃ。そこで今後の進路を……というより、予言に沿って動くかどうかを決める。明日には出発する」

 

 いつもの優しく力強い口調にジョセフさんは戻ったが、車内の気まずい空気は濁ったままだった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ほぉー、結構いいホテルじゃん!」

 

 ロビーに入るなりポルナレフが騒いでいる。そんな彼を無視してジョセフは部屋を取りに受付へ…私はその間ソファーに腰を下ろして寛ぐ。すると礼神と花京院の盗み見る視線を感じる…これではオチオチ溜息も付けないな。

 

「ん〜〜」

 

 指を組んで腕を上に伸ばす。そうやっていつも通りの笑みを浮かべるが、人間はそれで安心してくれるほど都合の良い生き物ではない。

 

  (…やれやれ……旅に同行した理由か………できることなら、これは全てが終わってから打ち明けたいのだが…)

 

 理由………それはいたってシンプルだ。ホリィの為でもあるが、それとは別の私情……敵がDIOだからだ……

 時を止めるザ・ワールド…私では恐らく倒せないな……だとしても私は見届けなければならない。私は昔、ディオを救うことができなかった……だから昔ジョジョは他界し、ホリィが今苦しみ、皆が旅に巻き込まれている。

 

『それは主の責任ではないと我は思うぞ』

 

  (………少し気を緩めるとすぐ出てくるな)

 

『今の主は安全な状態だ、身体を拝借するつもりはない。我には理解できない主の願いにも沿っているはずだ』

 

  (理解できぬ願いか…貴様が理解できていないのは「仲間」だ)

 

『主よ……悔やんだところでいい事など無いぞ。主の記憶を遡ったが、後悔したことで事態が好転する事は一度も無かった』

 

 知った口を…と思ったが、間違いは述べていない。私は反論する言葉は見つけられなかった。

 

  (知っているさ……だが後悔はしたいしたくないで行う行為じゃないんだ)

 

『主よ…気持ちを切り替え強く持たねば、我のエネルギーに蝕まれるぞ。我を受け入れればそれも解決するが……』

 

  (……貴様は何だ?…貴様は何がしたいんだ?それが私にはわからない)

 

『知ってる。だから拒絶され今に至る。主が我から目を背けるから苦しんでいるのだぞ………更に精神力を弱められてしまっては死期が早まる』

 

  (だが受け入れたら貴様は私の仲間を傷つけかねない。この話は何度やっても進展しないな…………)

 

 そう心で呟き伝えると、私はおもむろに立ち上がった。

 そこで私は嫌な汗をかく……私は立ち上がろうとなどしていない………私の意志に反して足が動き始め、皆の元へ移動した。そして右手に握り拳を作る。

 

『ここは室内…吸血鬼の腕力なら、頭ぐらい叩き割れる』

 

  (まさか………止めろ‼︎)

 

 左手で自身の右手を抑える。すると全身の操作権が解放されたのか、操られていたような感覚が失せる。

 

『そう…その調子だ。そうやって心を強く持ってくれ。我を受け入れず、飲み込まれたくないのなら……』

 

 ………それを伝えるために仲間殺そうとするなよ…そんなんだから私は貴様を受け入れないというのに……

 

「何やっとるんじゃレオン。ほれ、部屋鍵を取ってきたぞ」

 

「あ、あぁ」

 

 ジョセフが4つの鍵を掲げて私達の方へ歩いてくる。すると礼神と花京院が入り口の方から小走りでやってくる。先程まで外にいたようだ。

 

「部屋はツインが3つ、シングルが1つじゃ」

 

「という事は男性陣がツインで…礼神がシングルか?」

 

 ポルナレフがそう言うと、花京院が「当たり前だ」と返答してくる。彼はシングルに泊まりたかったようだ。

 

「ワシは進路の相談があるからアヴドゥルと泊まる。偶に女神さんの意見を聞くために呼ぶかもしれんが……」

 

 そう言って礼神にシングルの鍵を渡し、ダブルの鍵を一つアヴドゥルに手渡した。すると横から手を伸ばし、花京院が鍵を一つ受け取った。

 

「では僕は、何かと気があうレオンさんと泊まります。良いですね?」

 

「私は構わないが……」

 

 私の状態の悪さを知っているからか、花京院がペアに私を選んでくる。

 となると必然的に残るは、承太郎とポルナレフか…

 

「俺はシングルが良かったんだけど…仕方ねぇか」

 

 そんなポルナレフの本音を最後に、各々が自分の部屋に向かおうとしたその時……

 

「やっぱこうなるか……」

 

 礼神の呟きを耳にして一同が立ち止まる。

 

「ゴメンね。今回は予言にブレが出ないようにギリギリまで言わないことにしてた……それじゃ予言に入ります」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 僕がそう言って両手を叩くと、顔だけをこちらに向けてた皆が戻ってくる。

 

「まず原作通りなら承太郎とポルナレフ……敵に攻撃されます」

 

「どんな奴だ?」

 

 うん。もう承太郎は驚かないね。

 誰かが「何だと⁉︎」的な台詞を言う前に質問してくる。たぶん口が半開きになってるジョセフさんあたりが、「何じゃと⁉︎」って言おうとしたんだろな。

 

「デーボ……って言えばアヴドゥルさんがわかるよね?」

 

「デーボ……呪いのデーボの事か⁉︎」

 

「知っとるのかアヴドゥル?」

 

 ジョセフさんがそう聞くので、強制的に説明役が僕からアヴドゥルさんに移る。

 

「悪魔のカードの暗示…呪いに振り回され精神状態の悪化、不吉なる墜落の道を意味する。アメリカインディアンの呪術師というふれ込みで商売する殺し屋です。だが…恐ろしく強い……マフィア、政治家、軍人……彼を雇うものは世界中にいる」

 

「能力を言えアヴドゥル」

 

 自分が襲われると言われたからか、ポルナレフの目付きも鋭く変化させて問い掛ける。

 

「恨みだ……奴はあえて攻撃を最初くらい、その恨みでパワーアップする。長期戦は避けた方がいい……」

 

「要するに…」

 

 「「一撃で沈めればいいんだろ(だな)?」」

 

 おぉぅ、仲が良いことで……

 承太郎とポルナレフが口を合わせてそう言った。

 

「確か不気味な人形に憑依させるタイプの一体化型スタンドだから、部屋の中を油断せず入念に探してね」

 

「それだけわかれば十分だ。行くぞポルナレフ」

 

「おう。さっさと片付けてシャワー浴びようぜ」

 

 2人は僕らに背を向けてエレベーターに向かった。

 さて……僕も自分の部屋に行こう。

 

 …………ゴメンねみんな……僕の嘘を許してね。花京院…頼んだよ。

 



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29.悪魔のカードと白衣

 ホテルのロビーで寛ぐレオンさんを見て僕は思った。嘘と演技が上手い人だなぁ………と。

 

「花京院さん…ちょっと来て。話がある」

 

 彼にだけ聞こえるように耳打ちすると、僕に続いて花京院は何も言わずにロビーを出た。

 

「なんだい葎崎さん」

 

「このホテルでシングルの部屋に泊まった人が幽波紋使いに襲われる。原作はポルナレフだけど、僕が女の子だから優先的にシングルに泊まるのは僕だと思う」

 

 幽波紋使いに襲われると述べた時点で、口を挟みたがっているのが表情から見て取れる。しかし時間が無いので無視して話し続ける。

 

「そこで僕はみんなに嘘の予言を話す。何故かって?僕が襲われると知ったら十中八九誰かが代わろうとするから。相手の能力のことを知れば、能力封じができるレオンさんが代わってくれる可能性もある。でもそれは避けたい。花京院さんもそうでしょ?だからハイエロファントだけでもいいから援軍よこしてっハァ‼︎……ハァ…ハァ…」

 

 呼吸を止めて一気に話したせいで肺の酸素が空にる。

 肩を上下に動かして空気を必死に取り込んでいると、それを見て「やっと意見できる」といった感じで花京院が口を開く。

 

「だったら予言なんてしなければいいんじゃないか?」

 

「バタフライ……バタフライ効果って知ってる?……原作と人数も人選も時間帯も違うから、もしかしたら1人部屋以外の部屋に現れるかもしれない……だから警戒だけしてもらうための布石……」

 

 満足に酸素がまだ吸えてなかったので、絶え絶えの答えで花京院の疑問を拭う。

 

「それと……レオンさんとツインに泊まってあげて…僕と君とジョセフさん以外の前だと、たぶんレオンさんは無理してみせるから…ゆっくり休めないと思う」

 

「………わかった。後でシングルの部屋番を教えてくれ」

 

 2人だけの作戦会議を終えて、僕らはロビーへ戻った。すると丁度ジョセフさんが部屋の鍵を持ってやって来た。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 それが数分前の出来事……あの後コッソリ部屋番を教えたから、花京院も今頃指定位置にスタンドを忍ばせているはずだ。

 

「さってと、疲れたー」

 

 そんな事を言って部屋に入る。

 ここで僕は確信した……よかった…のかわからないけど、原作通りこの部屋には幽波紋使い…呪いのデーボが潜んでいる。

 だって奇妙な人形が置いてあるもん……冷蔵庫の中身が全部出てるもん。

 

「まずはシャワーでも浴びようかな……」

 

 そんな事を言っといて、僕はケロちゃんを呼び出す。冷蔵庫ごと踏み潰せば流石に死ぬ………よね。うん……

 

 …………死んじゃうんだよね………コレで………

 

  (大丈夫……みんなの為…仲間の為…大丈夫…大丈夫…)

 

 心の中で自己暗示を呟く……ケロちゃんは既に前足を振り上げている。振り下ろせば殺せる…今ならやれる。

 

  (殺せる……………ぅ………)

 

 脳裏にあの日の光景が浮かび上がる。

 

 つん裂く悲鳴と笑い声……死神の声と奴の奇声……

 

 ………正直怖い…

 

「………お前……俺の存在に気付いているな?」

 

 僕がチンタラしてる内に、冷蔵庫から古傷塗れの男が現れる。そりゃそうだよね…「シャワー浴びよう」って言っといて物音一つしなければそうなるよ。

 

「ほう……中々強力なスタンドを持っているのだな。貴様の精神力と比例してるとは思えん程に…」

 

「ケロちゃん‼︎」

 

 ようやく僕は、骨が剥き出しになった前足を横に振るわせた。スタンドの力は精神力に依存する……殺気がなければ殺す程の力は出ない。

 デーボは前足に薙ぎ倒されただけでダメージがあまりない。しかも倒れた先はベッドの上だ。

 

「やってくれたなぁ…フフッ…だが緩い…」

 

 恨みが力になる幽波紋使い……一撃で仕留めようとしたのに、むしろ逆に恨むには弱すぎる一撃を放ってしまった。

 

「ふぅ……スタンドを使うまでもないな」

 

 デーボはナイフを取り出し僕に襲いかかってきた。

 その姿は奴と類似していた……僕の家族を燃やした…あいつに。

 

「………ァ……ァ…ァァァア‼︎‼︎」

 

「ヌッ⁉︎」

 

 最初は聞こえない程の小さな怒声だった。でもあの日の事を思い出すと怒りと共に声量が上がる。

 その声量が上りきった時には既に、僕の怒りは殺意に変わっていた。

 

番犬の剣(ケロベロブレード)‼︎」

 

 ケロちゃんの尻尾を取り外し、大振りに一閃……赤黒い肉片のついた尻尾の骨は、切れ味の悪い刀の様なものだ。例えるならモン○ンのティガレッ○スで作った太刀…会心率の悪いアレだ。

 

「剣道なんて少ししか習ってない……でも避ける気がないなら、僕は思いっきり振るう」

 

 左脇腹から右肩に掛けて浮かび上がった赤い線……ブレーキをかけずに突っ込んできたので、傷口は結構深い。

 

「や、やりやがったな⁉︎ やってしまったな葎崎‼︎ ウヘヘ…痛ぇぇ‼︎痛ぇよぉぉぉぉ‼︎‼︎」

 

 恨む事に成功したデーボは、ベランダに移動して飛び降りようとする。すると……

 

「エメラルドスプラッシュ‼︎‼︎」

 

「逃走経路は把握済みだよ」

 

 ベランダには花京院のスタンド…ハイエロファントグリーンがいた。部屋から出さないようにスタンバッてもらっておいたのだ。

 無数の宝石の弾幕を全身で浴び、デーボは室内に飛んで戻ってくる。

 

「ケロちゃん、伏せ」

 

 室内だと馬サイズのケロちゃんは結構邪魔だ。だから僕は伏せをさせて、奴が飛んで来る軌道を空ける。そしてケロちゃんの頭上を通り過ぎた辺りで……

 

「チンチン‼︎」

 

 二足歩行で立ち上がらせて、頭と天井で挟み込む。内臓が潰れたのか、デーボは吐血する。

 

「テメェ……よ、良くも……エボニーデビル‼︎‼︎」

 

 タンスの上に置いてあった人形がカタカタと動き始め、鬼の形相を浮かべて襲いかかってきた。

 

「ガルルルルル‼︎‼︎タマキン食い千切ってヤルゼェ‼︎」

 

「元々無いよ‼︎」

 

 「「何?」」

 

 …………なんでそこで一番の驚き顔を見せるんだよ……しかも自分のスタンドと声まで揃えて…

 

「ハグォォォオ⁉︎」

 

 二足歩行させたケロちゃんの身長は約3m50cm…後ろ足に力を入れさせて、デーボにかかる圧力を更に上げる。

 いくら恨みが強くても……進行形で攻撃されながらだと操作もできないだろう。

 そこでケロちゃんを4足歩行に戻させ、今度は奴のスタンド…エボニーデビルに嚙みつかせる。

 

「は、離しやがれ‼︎このクソ犬が‼︎」ガンッ

 

 我がスタンドの防御力は世界一〜。恨みでパワーアップされても、僕のケロちゃんには傷一つつかない……というか、噛み付かれていて腕を上手く動かせてないね。

 咥えられて完全に拘束したことを確認すると、僕はそのまま部屋を出た。

 そしてまだ部屋の中にいる僕のスタンドに向けて心の中で命令した。

 

「ケロちゃん………………噛み砕け」

 

 さっきまでいた部屋の中で、肉が潰れて骨が砕けた様な音と、青年の奇声が一瞬だけ響いた気がした。

 防音設備が良いんだろう……多分誰も聞いてないね。そういえば原作でも、ガラスが割れたり派手な音がしたのに誰も来なかったもんね。聞こえたら普通不審がって通報するなりするだろうし。仕方ない………

 

「………スゥ…キャァァァァァアアアア‼︎‼︎」

 

 前世合唱部の僕は、最大声量で叫んだ。

 

 

 

 

 

 あの後、僕の悲鳴を聞いて駆け付けたスタッフが部屋の中を見て悲鳴を上げた。それで近くを通っていたスタッフが来てまた悲鳴を……

 ちなみに僕は「自分の部屋に入ったら中が大惨事になっていて、怖くて外へ出て悲鳴を上げた」って言っておいた。

 僕みたいな外見少年が「骨が砕かれ四肢がバラバラになった死体を作った」だなんて普通思わないからね。

 事件は迷宮入り…ホテルから逃げる客足…お詫びとして代わりの部屋(逃げた客がチェックアウトした部屋)を用意される……そして今に至る。

 

「……と言うわけです」

 

 僕は今その部屋で正座している。僕の前では、旅の同行者の皆さんが囲むように立っています。

 

「…ごめんなさい」

 

「幽波紋使いを倒したんだ。自己防衛して己の身を守った…そこは謝ることではない。ただ、お前さんの予言が外れた…これはどういうことじゃ?」

 

 その質問…来ると思ってましたよジョセフさん。

 

「バタフライ効果って知ってます?原作と違って、人数も人選も違う……しかも原作より早いペースで旅が進んでます。そうなれば予言の多少のズレは起きて当然だったんだよ……本当にごめんなさい。次からは気をつけます」

 

「いや礼神…だから謝る事ではない。君が無事で何よりだ」

 

 アブドゥルさんが優しい……でも僕が今謝ったのは、みんなに嘘をついたことに対してだよ。予言は間違えてない。

 謝罪の意味が伝わらなくても、しないとダメだと僕は思った。

 

「さて…今日はもう休もう。礼神の部屋の代わりは3人で泊まれる部屋の様だ。念の為に1人になる事は避けた方がいい…進路の相談もあるし、礼神には悪いが我々と泊まろう」

 

「はーい」

 

 そんな訳で僕は、ジョセフさんとアヴドゥルさんペアと泊まることになった。

 

  (花京院さん、ありがとね)

 

 部屋を出てく花京院に向けて口パクすると、それに気付いたのか微笑んで軽く頷いてくれる。

 

「次の打ち合わせは明日の朝…朝食の場で話そう」

 

 そうやって皆が退出し、僕らは旅先の話を手っ取り早く済ませた。

 と言っても…僕が原作を伝えて対策を話す。そこに2人が意見して微調整するだけだけど。

 それが終わると僕は、ベッドと布団の間に滑り込んで丸くなる…………しかし、僕はある事を思い出して洗面所に向かい、自分の手を入念に洗う。

 

 …何度も………何度も……何度も…何度も何度も洗う。

 

「…………」

 

 ………何度洗っても、僕の手は綺麗にならなかった。

 目には見えないが、僕の手には夥しい量の返り血が付いている…目には見えないが、僕の全身は真っ赤に染まっている。

 

「………落ちない…」

 

 僕は今日………人を殺してしまった………

 

「……礼神…君が望むなら、帰りの飛行機を手配しよう」

 

「ッ!…ジョセフさん………いえ、結構です。僕は皆と戦いたいです。それに、ここまで来たら皆さんと離れて帰宅するのは逆に危険」

 

 洗面所の入り口に立っていたジョセフさんは、真剣な表情で僕に提案してきた。

 今の提案に頷けば僕はきっと日本に帰れる。でもそれはとても危険な行為だし、僕はまだ帰りたくない。

 

「……初めてだったんだ。殺すどころか……スタンドで攻撃すること自体、僕は初めてだったんだ」

 

 そう言いながら僕は目を瞑った。

 すると、僕の肩を包むように金属製の物体が圧をかける。次第にソレは僅かに熱を帯び、ほんのりと身体に浸透していく。

 

「人に似た者ならワシも殺したよ。何度も何度も…ワシはすぐに慣れたが………お前さんは我々より常識人らしい」

 

 目を開けるとジョセフさんは、僕の肩に左手を置き優しい表情を浮かべていた。先ほどの真剣な顔つきとは違う…人を和ませる顔だ。

 

「礼神は人殺しにはなれん。それでも戦いたいと言うお前さんは とても勇気ある少女じゃ。じゃが、お前さんは1人ではない……ワシらが付いとる。守ってくれる仲間がな」

 

「…………そうだね……より信頼するためにも、レオンさんの秘密を教えてくれると嬉しいな?」

 

 最後にふざけた口調でそう言うと、ジョセフさんは歯を剥いて笑い、驚くべき事を言ってきた。

 

「いずれは教えてくれるさ。その時は礼神も……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………⁉︎」

 

 目を見開いてジョセフさんを見つめると、笑っていたはずのその老人はまた真剣な表情を見せた。

 

「誰にだって秘密はある。言えんなら言わんでいい」

 

「…………そう……だね…」

 

 そう言い残してジョセフさんは退出した。

 

 ………しかしすぐ舞い戻ってきた。

 

「すまん……歯磨きしに来たんじゃった」

 

「……プッ…もうボケちゃったの?」

 

 一度吹いて僕は笑った。

 

 

 

 

 

 翌日の朝食の場で、少食の僕は皆より早く食事を終えた。そこで皆が食事に勤しんでる間に、僕は予言込みで今後の方針を話し始める。

 

「それではこれからの動きについて説明します。まずこの後、承太郎とアヴドゥルさんには、インド行きの列車のチケット人数分を買ってきてもらいます」

 

「その人選にはよぉ、なんか意味はあるのかい?」

 

 フォークをこちらに向けながらポルナレフが質問してくる。

 行儀が悪いなぁ…

 

「もちろんあるよ。チケットを買いに行く道中で敵に襲われる…原作では花京院さんと承太郎が買いに行くんだけど、途中の何処かで花京院さんとスタンド能力で化けた偽物が入れ替わる。ケーブルカーあたりで承太郎がそれに気付き、バトルスタートって感じだった」

 

「僕の偽物?テニール船長の次は僕か……」

 

「敵の能力は、ダメージがフィードバックしない流動するスタンド……ヘドロみたいな奴で、それを身に纏い変装してる。そして恐ろしいのが、そのヘドロに触れると消化されて吸収される事だね。吸収するにつれてスタンドはパワーアップする」

 

「フィードバックしないスタンド?じゃあそれでずっと防御されたら倒せねぇじゃん」

 

「今日は冴えてるねポルナレフ、その通りだよ。そのスタンドの上から承太郎が攻撃しても、本体に衝撃は届かなかった。だからアヴドゥルさん」

 

 そう言ってアヴドゥルさんに目を向けると、僕の考えがわかったのか鼻で笑う。

 

「フッ…なるほど。私の炎の出番だな」

 

「うん。呼吸をするために穴はあると思う。だから炎で包めば………推測だけどね。何より、触れずに攻撃できるのが大きい。熱したらヘドロが飛び散るかもしれないから距離には注意。いざとなったら承太郎が力技で水中に引き込んで。呼吸をする為にスタンドを解除するから」

 

 キリよく説明を終えると、丁度いいタイミングで皆が朝食を終えた。

 

「承太郎、支度を終え次第出発しよう」

 

「おう」

 

 そう言って2人は一度、部屋に戻った。

 

 

 

 

 

「念の為にもう一度言うよ?アヴドゥルさんの炎がダメだったら、すぐに水中に叩き込むんだよ?」

 

「わかったって」

 

 承太郎とアヴドゥルさんが主発する前に釘をさすと、承太郎が呆れながらも返答する。そして2人を見送ってから、僕は部屋に戻ろうと踵を返した。

 

「…お、ポルナレフだ」

 

「よう。丁度良かった……聴きたいことがあるんだ」

 

 廊下の途中で前から、ポルナレフが手を振って歩いてきた。聞きたい事?一体なんだろう。

 

「スリーサイズはシークレットだよ」

 

「ハハハッ、そりゃ残念……ひとまず、場所変えようぜ」

 

 なにやら真剣な面構えで、ポルナレフは僕を連れてホテルのプールサイドに移った。何故プール?

 

「昨日礼神がデーボの野郎をやっただろ?それで気味悪がって大半の客がチェックアウトしたんだよ。おかげでココには人っ子一人いねぇ。ちょっと2人になりたかったんだよ」

 

「何それ。それで…こんな所に連れ込んで何する気?変な事したら…本気……で…………?」

 

 ポルナレフの表情を視認して僕は言葉を失った。

 彼の目付きは獣のソレに似ていて、瞳の奥では殺意を具現化したような炎が見える。

 

「正直お前の予言を、俺は信じていなかった。だが偽物の船長に続きオランウータン……デーボに関しては完璧な予言こそできなかったが、逆にそれが信憑性を得ている………礼神……お前は本当に未来の出来事を知っているのか?」

 

「ぅ、うん……」

 

「そうか……………」

 

 そう言ってポルナレフは一度目を瞑り、別の質問を投げかけてくる。

 

「なら両手が右手の男も……知ってるんだな?」

 

「ッ‼︎…それは………ッ…⁉︎」

 

 気がつくと僕の鼻頭には、銀色のレイピアが突き立てられていた。まだ刺さってはない……だが切っ先は既に、僕の皮膚と接触している。

 

「言え……そいつの名を‼︎ 能力を‼︎‼︎」

 

 再び開かれた眼の奥では、先程より炎が黒く染まっている気がした。そしてそれは彼のスタンド…銀の戦車(シルバーチャリオッツ)も同じだった。彼の精神が反映され、スタンド自体が殺気を放っている。

 今のポルナレフはいつもの彼では無い……とても怖い……女子高生に激怒する承太郎よりもずっと怖い………

 

「それは…………まだ言えない」

 

 そう言うとチャリオッツはレイピアを振り回し、僕の首筋でピタリと切っ先を止めた。

 切っ先はまた僕の皮膚……頸動脈と接触している。

 思わず僕は後ずさるが、それに合わせてポルナレフが距離を保つように近づいて来る。結果レイピアは、僕の首筋に当てられたまま離れない。

 

「…お、落ち着いてポルナレフ……僕はただみんなが無事に旅ができるように……」

 

「知ったことか‼︎ 俺がこの旅に同行してる当初の目的を忘れたか‼︎」

 

 追い詰められた僕の背中は遂に、ホテルの壁面に付いてしまった。これ以上後ずさりは出来ず逃げ場がない。

 それが逆に、僕の気持ちに拍車を掛けた……もしかしたら焦りかもしれない。僕は言うつもりのない事を口走ってしまった。

 

「死ぬよ……」

 

「俺は復讐のためなら命だって捨てれる‼︎」

 

「仲間の命も⁉︎ ポルナレフのせいで………ぅ…」

 

 みなまでは言わなかったが、ポルナレフは僕の言葉の先に勘付いたらしい……レイピアが一瞬だけ揺れて、首筋との間に隙間ができる。

 

「………目の前の事に集中して……必ず復讐は遂げさせてあげるから………だから今は待って……」

 

「……だが……俺は……」

 

 未だに彼の殺意は消えない。だが迷っている……その隙に僕は駆け出し、チャリオッツの元を離れた。

 

「…ポルナレフ……僕は君を…罪人(つみびと)にしたくない……」

 

「……何を………生意気な………」

 

 肩を震わせながらポルナレフが消えそうな声で呟くと、聞き慣れぬ男の声が隣から聞こえてきた。

 

 

 

「うーん。こういう時…男ってなんか小さく見えるよねぇ」

 

 

 

「…………えっ?」

 

「だ、誰だテメェ‼︎」

 

 僕のすぐ隣に声の主は立っていた。

 煙草をふかした白衣姿の男性……歳は30代半ば程かそれ以上だろう。

 そして僕は驚愕した……今までそこには誰もいなかったと()()()()()()()()

 しかし元からいた…前からそこに存在していた……何故それがわかるかというと、現在進行形で彼の気配を感じない…目立たない…目で直に見ているのに、背景と同化してるような雰囲気を醸し出しているのだ。

 何より今咥えている煙草……今思えば、プールサイドに来た時から煙草臭が漂っていた気がする。

 

「ごめんね、盗み聞きしちゃって。謝るからその物騒な物をこっちに向けないでくれよ」

 

「スタンドが見えている⁉︎ 新手の幽波紋使いか‼︎」

 

「うん。オジさんは幽波紋使いだよ。最近DIOって人に雇われてね」

 

「ぶった斬る‼︎」

 

 自らDIOの手下だと名乗った男は、ポルナレフが攻撃を仕掛けてきているのにヘラヘラと笑っていた。

 

「おいおいセッカチだな。オジさんまだ戦うつもりは無いぜ?」

 

 そう言い終わるが早いか、男は白衣の内側から注射器を取り出して空中に中身を打ち出した。

 そしてその液体は驚く事に、レイピアの軌道…角度に合わせて宙を舞っていた。液体は細いレイピアの8割を濡らす。

 

「っ⁉︎」

 

「まず話だけでもしようぜ。おじさんね、交渉しに来たの」

 

「交渉…?」

 

「うん。オジさんの仕事は君達を殺す事なんだけど、オジさんの独断でお嬢ちゃんを連れて行こうと思ったんだ。だから大人しく引き渡してくれるなら何もしないのよ」

 

 両手でヤレヤレといったポーズをとりながら、男は僕をジッと見ている。

 

「DIOの手下だとわかっていて……渡す訳ねぇだろ‼︎‼︎」

 

 ポルナレフがチャリオッツでまた切り掛かる。しかし今度は何もせずに男は棒立ちでこっちを見ている。

 レイピアは男に向けて振り抜かれ、レイピアの軌道内には、確かに男が入っていた……にも関わらず、男は無傷だった。

 

「何ッ⁉︎」

 

「剣をよく見なよ、剣をさぁ〜」

 

 レイピアの刀身は、ほとんどが溶けて無くなっていた。

 やばい……レイピアを失ったチャリオッツは何もできない‼︎

 

「ケロちゃん‼︎」

 

「おっと……下手に抵抗しないでくれる?」

 

 懐から瓶を取り出し僕のスタンドに投げつけてくる。瓶の蓋は開けられていて、中身がケロちゃんの骨身を濡らす。

 

「アッ……ァ……」

 

「礼神⁉︎」

 

「硬くても関係ない、塗り薬みたいな痺れ薬さ。さて……まだ続ける?これ以上は脅す術がないから、次はオジさん殺しちゃうよ?」

 

 白衣のシワを叩いて直しながら、日常会話のように男が言った。

 ………この人……本気でヤバイ……何者か知らないけど、ラスボス手前ぐらいの実力者だ……

 

「うん♪ 何もできないみたいだね。じゃあお嬢ちゃん貰ってくね……」

 

「待ちやが……ガハッ⁉︎」

 

「言い忘れてたけど、オジさん結構強いよ? 理解できたら大人しくしててね………さて、ラバーソウル君は大丈夫かな?」

 

 無謀にもポルナレフが素手で殴りかかると、男の拳が流れるようにカウンターでボディを入れる。

 ポルナレフはその場に沈み、ボディブローを放った手は僕へと伸びる。

 身体が痺れて悲鳴すら出せない…ポルナレフは動けない…絶体絶命………

 

 ーーーーーーズキュンッ‼︎ーーーーーー

 

「ウッ……覗きとは感心できないな…」

 

 ……かと思ったその時…空から紫色のレーザーが二本降り、白衣男の右腿を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中から外を眺めていただけだ」

 

 続けて空からレオンさんが降って来た。

 



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30.異常なイレギュラー

「W-Ref」

 

 ブーツの足裏から落下ダメージを吸収…そして…

 

「reflection」

 

 白衣男の胸倉を殴りながら放出すると、男は凄い勢いで後方に吹き飛びプールに落下した。

 

「……バックステップを踏んでダメージを流したな…」

 

「それがW-Refって奴?オジさん困っちゃうな……だって」

 

 「「君、かなり強いから(貴様、手練れだな)」」

 

 私と男のセリフがかぶる。

 すると男はプールから這い出てきて、懐から注射器を取り出した。

 

「チャリオッツのレイピアを溶かし、礼神のスタンドを麻痺させた………そんな薬品を作るのが、貴様のスタンド能力か」

 

「ご名答〜。正解者の君にはオジさんの治験対象にしてあげよう」

 

 奴は注射器片手に堂々と正面から歩いて来る。一見隙だらけに見えるがこの男……かなり異常だ…足を撃ち抜かれたのに、何故こんなに静かに歩ける?何故友人と話すかのように笑える?

 痛覚が存在してないのか?……だとしてもこんな不気味な程静かな動き………これは…

 

「……殺し屋……暗殺者か?」

 

「…どうだろね」

 

 足音も立てずに男は急接近…殺気も纏わずに注射器を振りかざしてくる。注射針の先端からは、水滴サイズの薬品が飛んで来る。

 

(注射器を派手に振り回し、水滴から注意を背けるミスディレクション……オマケに派手に振り回す割に隙がない…)

 

(このお兄さんは強敵だな……水滴の一つ一つまで見極めて避け、オジさんの注射器もチャッカリ捌いてるもんな…)

 

 両者が五分五分の攻防を繰り広げる。

 私は相手の攻撃をすべて捌けているが、相手も波紋が集まる手先には触れずに、私の攻撃を捌いている。

 しかし早くも戦いに進展が見られた。

 

「フゥーーーッ!」

 

「ッ⁉︎」

 

 口に溜めていた煙で奴は私の視界を遮った。しかし目隠し程度で遅れをとったりはしない。

 私は波紋で鍛えた肺活量を使い、息を吹いて煙を払い退ける。すると2mほど離れた場所に飛び退いた奴の姿が見えた。

 

「おぉ」

 

 注射器をクナイのように投げながら、男は私を見て少し驚く。私は姿勢を低くして躱すが、避けた進路まで予測して奴は注射器を投げていた。

 

「波紋防御ッ!」

 

「甘いねぇ」

 

 別の注射器を波紋で受け止めた注射器にぶち当ててくる。そして空中に中身が散布され、胸にソレ(中身)がかかる。

 

「弾く波紋で…」

 

 最低限にまで効果は薄められただろうが、妙な痛みが走り胸を押さえ蹲る。すると男が私に近づき、トドメを刺そうとする。

 

「ツメが甘かったねぇ…」

 

「……そちらこそ。私が蹲っている理由は苦痛のせいではない」

 

 その時…私の背後に飾られていた観葉植物の一つが破裂した。それには既に波紋を流していたのだ。

 

「サボテン……!」

 

 流石に失明は恐れたのか、男は顔面だけはガードした。その隙に足払いをして転倒させようとするが、奴は足元など見えていないのに跳躍して躱す。

 

「なーんだ。蹲ったのは猿芝居か……」

 

「液状のは防げたさ………が……いつの間に毒針まで…」

 

 私の胸に毒が掛かった時の一瞬の隙にだろう……私の身体のあちこちには毒針が刺さっていた。

 

「面白いだろう?注射一本分で馬とかを動けなくするくらい強力な麻酔だ。強力すぎる為、量の少ない毒針程度でも調子を損ねるくらいならできる。効果切れを待つ以外の治療法は無い………でも波紋なら緩和できるかな?」

 

 要するに痩せ我慢しながら戦わないといけないのか。

 動きはするが全身に痺れが走っている……

 

「と言っても…これ以上戦う意味はないけどな」

 

「…………あらら……これは流石に…」

 

 男は残念そうに両手を挙げて降伏のポーズをとった。

 その理由は、プールサイドに3人の男が駆けつけたからだ。

 

「レオン‼︎無事か⁉︎」

「葎崎さん‼︎シッカリしてくれ‼︎」

「テメェが…新手の幽波紋使いか…」

 

 順にジョセフと花京院と承太郎……私がベランダから飛び降りる前に、同室の花京院に援軍はすでに頼んでいたのだ。

 ………何故承太郎がここに?

 

「これは引かざるをえないな……」

 

「そう易々と、俺達が見逃すと思うか?」

 

「………追えると思ってるの? 君達の実力(スペック)で?」

 

 白衣の男はそう言って携帯灰皿を取り出し、煙草をそれに押し付ける。

 

「なっ⁉︎ コレは‼︎」

 

 灰皿から発生した灰色の煙……恐らくこれは毒ガスか何か…どのみち吸わぬが吉だろう。

 

「グァッ‼︎」

 

「ジョセフ⁉︎」

 

 そう考えてる隙に毒針がジョセフの胸板辺りに刺さる。

 

「波紋使いの弱点は喉か肺、波紋の呼吸はしばらくできない。ジョセフ・ジョースターを見捨て追ってくるかい? ちなみに毒ガスは弱い…感染力は強いが波紋で治せる。どうするレオン・ジョースター……君なら追えるかもしれないぜ?」

 

 ……生憎私は、食らった毒針で本調子がすぐには出せない。奴のスキルに張り合うには、常人を超えた反射神経が必要だ……

 そもそも仲間を見捨てるという方法など論外だ。

 

「……クソッ‼︎ 全員一度引け‼︎」

 

「フフン、そんなもんかいレオン・ジョースター……さっき食らった毒針程度でだいぶ苦しそうだし………思ってたより弱いんだねぇ」

 

 そう言い残して白衣の男は去って行った……

 思い上がるな……むしろ感謝しろよな……

 私は今、奴の薬品で苦しんでいるんじゃない。アイツが出て来ようとしてるのを必死に止めているだけなんだよ。

 

『主よ、奴は危険だ。今すぐ殺そう』

 

「……ダメだ。仲間の救出が先だ」

 

 自己暗示のように口に出してそう呟いた。

 

 

 

 

 

 私が波紋で皆の毒を消し終わったのは、奴が逃げてから約2分後の事だった。

 

「どうじゃレオン」

 

「血液摂取と波紋で大分緩和できた。それよりもすぐに行動を起こさないと…今はアヴドゥルの身が危ない。まず承太郎…何故ここにいる」

 

「何故も何も、買いに行く準備をしてるうちにアヴドゥルに置いてかれた口だぜ」

 

 それを聞いた礼神は、ソファーに座ったまま頭を垂れ喚き始めた。

 

「マジかよぉ〜〜〜、だったらアヴドゥルさん今危なすぎ‼︎ロビーで見送った時点で承太郎が偽物だったなら、僕あの時対処法を再確認させちゃったよ⁉︎」

 

「なるほど、対処法を対処する敵本人が知っているのか……そしてアヴドゥルが今そいつと2人きり…今すぐ彼の元へ急ごう」

 

「えっ⁉︎待って‼︎……レオンさんが行くの?」

 

 体調の悪さを知っている礼神が、私を止めようと口を挟む。

 

「白衣の男……薬を使う奴の攻撃は、全て避けなければならない。それができるのは私か承太郎くらいだろう。だから私と承太郎……後は待っていてくれるか?」

 

「いえ、僕も行きます。僕のハイエロファントなら、奴の間合いに入らず遠距離から攻撃できます」

 

「だからこそ残ってくれ。礼神……君は今動けないね」

 

 礼神は首が座っていない赤子のように頭を右左と揺らす。

 私以上の量をスタンドで浴びてしまったのだろう…その麻酔は波紋の応急処置程度では全然抜けていないのだ。

 

「……うん。首から下が動かない…首ですらこの通り…」

 

「テメェらは待ってろ、向こうには既にアヴドゥルがいる。安心しろ」

 

 その言葉を言い終わる頃には、承太郎はすでに外へ向かって歩き出している。それを見た私は口元を隠していたスカーフを下げ、愛需品のボトルに残っていた血液を飲み干す。そしてまたスカーフを上げて口元を隠すと、承太郎を小走りで追いかけた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 場所は変わってケーブルカー乗り場……

 そこでは褐色肌の男性が、1人の男性の首根っこを掴んでいた。

 

「ハ、ハハハッ……じょ、冗談っすよアヴドゥルさぁん。ちょっとした、茶目っ気だよぉ〜? 身体のあちこちが炎症……大火傷してる。大人しく入院するからさぁ…あの………き、聞いてます?」

 

「あぁ聞いてるとも。今口から吐いてる言葉も…貴様が私に浴びせた罵声の数々もな!散々コケにしてくれたじゃないか……私は結構、アツくなりやすい性格でな……」

 

「え……ま、まさか……まだ痛めつけたりはしないよね……ね?」

 

魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)は許さん。ダメだね」

 

 そう言うと同時に、アヴドゥルの手から別の生物の手が浮かび上がる。ソレは鳥の頭をした筋肉質な赤いスタンド…アヴドゥルのマジシャンズ・レッドだった。

 アヴドゥルの代わりに男性の首を掴んで持ち上げたかと思うと、男性の首回りに細い糸のような火が走る。

 

赤い荒縄(レッドバインド)‼︎」

 

 炎の縄が首に巻きつき、アヴドゥルのスタンドは縄の両端を掴んで、鳥のような高い声を発しながら男を締め上げる。

 その男は炎による熱からか…首を絞められた窒息からか…はたまた両方が原因で苦悶の表情を浮かべ、力なく意識を手放した。

 

「…ふぅ……礼神から事前に知らされていなければ危なかった。攻撃する鎧か……恐ろしい幽波紋使いだった」

 

 攻撃をくらい喰われたのか、アヴドゥルは右手の傷口を反対の手で撫でる。すると遠くから彼の名を呼ぶ者が現れた。

 

「アヴドゥル‼︎」

 

「ん?承太郎とレオンさん……ご安心ください。敵は既に再起ふの…「逃げろ‼︎アヴドゥル‼︎」

 

 アヴドゥルの台詞を遮ってレオンは叫び、手に持っていた物を投げ付けて来た。

 訳がわからなかったアヴドゥルだが、逃げろと言われたので戸惑いながらもその場を離れようとする………すると

 

「ウッ……波紋入りか」

 

「なっ⁉︎ いつからそこにいた⁉︎」

 

 アヴドゥルとレオンの直線上のすぐ近くに、いつの間にか白衣の男が立っていた。

 

「視界には入っていた…私のすぐ目の前にいた……なのに気付かなかった……暗殺の技能か⁉︎」

 

 鳥肌を立てながらも、アヴドゥルは自身のスタンドを出して戦闘態勢に入る。

 

「あーバレちゃったか〜、オジさん困っちゃうなぁ。注射量が足りないよ…」

 

 白衣の男は困ったように頭を掻き、液体が7割程入った注射器を握っていた。

 

「…まさか………もう…既…………に………」

 

 アヴドゥルの視界が上下左右に揺れ、目に映るもの全てが二重に見え始める。

 

「これじゃ死なないだろうけど……ひとまず1人」

 

 アヴドゥルは膝から崩れ落ちた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「アヴドゥル‼︎」

 

 私が彼の元へ駆け寄ろうとすると、白衣の男が間に立ちはだかる。そこで私は、()()()用として残していたペットボトルを奴に向けてぶん投げた。

 

「波紋入りの飲料水……考えたねぇ…」

 

 ご名答…道中でくすねたものだ。

 二発目は流石に予期して避けられてしまう。

 しかし避けた先の空間目掛けて、承太郎のスタープラチナが攻撃を仕掛ける。

 

「近付くなよ承太郎!」

 

「あぁ、流星指刺(スターフィンガー)‼︎」

 

 奴は戦い慣れている……接近戦でスタンドの毒なんかを注入されては、それこそ一撃必殺なんて可能性もある。

 そう思い指示を出すと、承太郎はスタンドの指先に力を溜めて弾丸並みの速さで指を伸ばす。

 

「グッ…」

 

 スピード 精密動作、共にAの攻撃は流石に躱せず、スタンドの指は白衣の男の胸に突き刺さる。

 

「……こいつ…」

 

 怪訝な表情を浮かべ、承太郎はスタンドの指を引っ込める。

 その隙に私はアヴドゥルの元へ飛び込み、彼を担いで距離を取った。

 

「どうした承太郎……」

 

「……指は確かに心臓を貫いた………にも関わらず野郎…立ち振る舞いがまるでノーダメージだ」

 

 白衣の男は左胸の周りを抑え、傷口に薬品を大胆にかける。すると傷口はみるみるうちに塞がり、ついでと言わんばかりに右腿にもかけた。

 

「……薬は使い方で毒になる…逆も然り……」

 

「だとしても性能が良すぎる。レオン……どうする…」

 

 背負っているアヴドゥルを尻目に、私は判断を下した。

 

「逃げたところで追われる。むしろ逃したら次会った時、不意打ちで致命傷を受ける可能性もある」

 

「……やるのか…」

 

「………アヴドゥルを頼む…」

 

「いや、俺がやる」

 

 承太郎が私の前に出る。その頃白衣の男は、自分のポケットを虱潰しに軽く叩き何かを探している。終いには内側のポケットも漁り、こちらに向けて苦笑いを浮かべる。

 

「どうやら(ヤク)は作れても、()()()は有限らしいな」

 

 そう言って承太郎は、いつの間にか持っていた複数の注射器を壁に投げ付けて壊した。

 

「商売道具盗まれたらオジさん困っちゃうなぁ……本気を出さざるをえないからね」

 

「上等だ」

 

 心臓を刺した時に反対の手で奪ったのか。近づくなと言ったのだが………今回は不問にしよう。

 それに接近戦闘なら私より承太郎の方が上だ…ここは承太郎に任せるか……

 

「確かに君のスタンドは速いねぇ。でも射程は短い……近づかなければいいんだろう?オジさんも本格的にスタンド使うからね〜〜」

 

 その時……白衣の男の背後から黒い風が吹き荒れた。

 風は黒いドームとなり、我々は瞬く間に飲み込む。そして私と承太郎は、その黒い風の正体を視認した。

 

「……………蝶?」

 

 それは夥しい量のアゲハ蝶だった。

 



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31.逃した魚は猛毒

 巨大な生き物のような黒いドーム…その正体は、千を超えるであろう黒い蝶の大群だった。

 空の色を僅かに見せながら蝶達は3人を包み、ドームのように舞う蝶の隊列は、敵の術中でなければ目を奪われるほどの美しいものだった。

 

「アゲハ蝶……これが貴様のスタンドか⁉︎」

 

「そうだよ〜。いい歳したオジさんが蝶々で戦うなんて恥ずかしくてね……だから本気は出したくなかった。オジさん本当は、もっと派手な能力が欲しかったなぁ〜…」

 

 黒いカーテンの隙間から、白衣の男が外側にいるのが見える。一瞬見えたその表情は薄く笑い、照れ臭そうに頬を掻いていた。

 

「これは……幻覚なのか?……ん?何故私の衣服が濡れているんだ?」

 

「アヴドゥル、症状は幾分マシになったようだな。残念な事にコレが現実……水は気にしないでくれ、それより…こんなスタンドを見たことはあるか?」

 

「いや……ないな。本来スタンドは一人一体だと思っていた」

 

 レオンの波紋で少しは毒が緩和できたのか、アヴドゥルはぎこちない動きで立ち上がり唖然した。

 

「群体型だ」

 

「何ッ…⁉︎」

 

「葎崎から聞いたことがある……こいつは群体型のスタンド。仮に百体のスタンドを使えるとしたら、一体を倒したところで致死量ダメージの1%しか本体に与えられねぇって事だ。ヤレヤレ……なかなかヤバイ状況だぜ」

 

 流石の承太郎も冷や汗をかいて周囲に注意を払っている。

 それもそうだ…承太郎の例は百体の場合……目測でもこれは2千前後の数だ。

 さらに奴の能力は毒系統に近いものだ。彼らは今、毒の中にいると言ってもいい。

 

「2人とも口を塞げ、呼吸は最低限に……何か臭うぞ」

 

 レオンがそう言うとアヴドゥルが濡れた服で口と鼻を覆い、レオンも巻いていたスカーフで口元を強く押さえた。学ランやシャツでは口を押さえ辛いのか、承太郎だけは手で口を抑えている。

 

「承太郎…」

 

「悪い」

 

 レオンがハンカチを手渡すと素直に受け取り、承太郎は口元を抑えた。

 そこでレオンは思った……何故白衣の男はドームに入ってこない? 自身で作った毒のワクチンは作れないのか? 傷薬が作れといてそんな事があるのだろうか………それにこの匂い…

 

「まさか……ハッ‼︎」

 

 アヴドゥルが勘づくと同時に、彼らを囲っていた蝶の隙間から煙草が見えた。やがてソレは宙を舞って、我々の頭上に落ちてきていた。

 

「この甘い臭い……もしや火ヤ…」

 

 レオンが言い終えるより早く……彼らは業火に包まれた。

 大爆発により辺り一帯に煙幕が立ち込める。

 

「これやるとミカドも巻き込まれるから、あまり使いたくないんだよね」

 

 ケーブルカー乗り場前の広場で爆音が轟く。周囲の一般人はスタンドを見えないが爆発は視認できたらしく、今まで不審がって見ていた通りすがりは騒ぎ、パニックを起こしながら蜘蛛の子を散らすように退散していった。

 

「………オジさんも早く退散しようかなぁ」

 

 爆音の発信源にそう言ってから背を向け、白衣の男は歩き出した。しかし数歩進んで歩を止めて振り返る。

 

魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)。激流を制するは静水…とはよく言ったものだな」

 

 爆煙が晴れると、そこには炎のドームに守られた3人がいた。3人は多少火傷を負っているものの、至って致命的ダメージは受けていなかった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 私が火薬だと気付く前からアヴドゥルは気付いていたらしい。奴が煙草を投げ捨てた時には既にスタンドは出していて、煙草の火が引火すると同時に我々一人一人に炎の衣を被せてくれたのだ。そして衣を次第に広げて1つのドームを作ったわけだ。

 最初からドームを作っては、内側の火薬が爆発する可能性もあるからな…皮一枚焼けたが隙間なく作る必要があったのだ。

 

「……はぁ……全盛期過ぎたオジさんには辛いな…」

 

 白衣の男はダルそうに頭を掻く。それと同時にアヴドゥルは膝をついた。

 

「アヴドゥル⁉︎」

 

「す、すみませんレオンさん……少々…無茶をしました」

 

 波紋で毒を多少緩和できたが、それは気休めにしかならない。そんな状態でスタンド能力をあれだけ細かく動かしたのだ、無理も無いだろう。

 

「脇に退いてろアヴドゥル。あとは俺がやる」

 

 指の関節を鳴らしながら承太郎が言うと、アヴドゥルは大人しくその場を離れた。

 

「困ったなぁ……オジさん本当に困っちゃうな……」

 

「今の爆発で蝶を大分散らしたみてぇだな。右腕が焼け爛れてるぜ?」

 

 そう指摘すると白衣の男は右腕をさする。だが男は大した問題ではないかの様に、不敵に笑みを零していた。

 

「まだ蝶は7割残っている。それでも正面戦闘向きじゃないから………ここは彼に任せよう」

 

 そう言うと残った蝶が十数匹、ある男の元に集まった。

 その男は首に縄状の火傷痕があり地面に寝転がっていた。

 

「マズイ‼︎ 2人とも、奴を止めろ‼︎」

 

 アヴドゥルがそう言うが時すでに遅し……倒れていた男の身体から黄色いヘドロ状の物が溢れ出てくる。

 そしてそのヘドロは複数の蝶に纏わりつき吸収した。

 

黄の節制(イエローテンパランス)‼︎」

 

 倒れていた男は上機嫌で立ち上がりアヴドゥルを指差す。

 

「幸運の女神はまだ俺に微笑んでるみてぇだぜぇ〜アヴドゥルさんよぉ‼︎」

 

「それじゃ後は頼むよぉ〜。オジさんは手札少ないから引くね〜」

 

 そう言って白衣の男はスタコラと逃げて行った。追いかけようとも思ったが、今はこいつから目を離せない。

 

「ラバーソウル…」

 

 苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、アヴドゥルは起き上がった男を睨みつける。

 

「全く幸運よのうォー俺ってさあーーっ!俺の苦手な褐色ヘナチンが再起不能…後は接近戦担当のビチグソ2人なんだからよ‼︎」

 

 口調からして完全にクズ野郎だな…汚い言葉を並べやがって……

 

「舐めるな…私はまだやれる」

 

 覚束ない足取りで構え、アヴドゥルはスタンドを出そうとする。が…

 

「毒が抜けきってねぇぜアヴドゥル‼︎ そんな状態で俺の相手ができるわけねぇだろ‼︎ このゴキブリチンポコ野郎がァ‼︎」

 

 スタンドは精神状態に強く左右される。毒が抜けきっていない今のアヴドゥルは、スタンドを上手く出すことすらできない。

 

「おい…」

 

 スタンドが出せないアヴドゥルに襲いかかろうとしたところ、ラバーソウルと呼ばれた男は承太郎の声で足を止める。

 

「何だ、先に相手してもらいてぇのか⁉︎」

 

 承太郎はラバーソウルに背を向け、白衣の男が逃げて行った方を見つめたまま口を開く。

 

「あまり汚ねぇ言葉を使うな。怒りを買うだけだぜ……気付かねぇのか? レオンが既にいない事に」

 

「は?……なっ‼︎ いつの間にか1人いねぇぞ‼︎ どこ行きやがった。あのヘナチン野郎ッ‼︎」

 

「……すでに警告したはずだぜ?………レオンはテメェみてぇな、自分大好きで周りに被害を与える奴が……この世で最も嫌いなんだよ」

 

「グッ⁉︎」

 

 承太郎に気を取られているうちに、W-Refを限定発動した右足で蹴り飛ばす。ダメージは入らないがな。

 跳躍して上空からの奇襲。スタンドが無ければ首が折れて終わらせられたのだが……

 

「ケッ‼︎ そんなもんかレオンさんよぉ〜。俺のスタンドはエネルギーを分散させて吸収しちまうのだ‼︎ そしてテメェの右足を見ろ‼︎」

 

 言われた通り目を向けると、そこには肉片の様なものがこびりついている。W-Refのブーツの上だから、私にもダメージはこないが。

 

「テメェのその足はもう、切ることでしか助かる術はねぇんだよ‼︎ ドゥーユゥーアンダスタンンンンドゥ‼︎⁉︎」

 

「それはどうかな……」

 

「何ぃ〜?」

 

 私はまた蹴りかかる。しかしスタンドで防御され、肉片が更にこびりつく。また蹴りを入れる。肉片がつく。

 それを数度繰り返すと、奴が声を荒げて挑発してきた。

 

「ハッ!……なんか意味ありげなこと言ってたけど……やっぱり大したことねぇな‼︎…ハァ…ハァ…」

 

「…どうした?……大したことないのは貴様の様に見えるが」

 

「なん…だと……?」

 

「何故貴様は何もしていないのに、そんなに疲れているんだ?」

 

 奴はただ立っているだけなのに、肩を上下に動かして酸素を求めている。汗の量も異常……かなり疲れ果てている様だ。

 

「何故…………なっ‼︎」

 

 私の足に付着した肉片は煙を上げて蒸発…突如として肉片は跡形もなく消え失せた。ついに疲労からスタンドを保てなくなった様だ。

 スタンドは生命エネルギーが作り出すパワーある(ヴィジョン)……それが私の足にずっと付いていたのだ………エネルギーの吸収を能力とするW-Refに…

 

「貴様の生命エネルギーをスタンド越しに吸収していた。これは物理でもなんでもない……消化しようがないだろ?」

 

 案外こいつは、私と相性のいい相手だったな。

 触れている間にエネルギーを吸収する私に対して、触れ続けなければ物理的に吸収できないスタンドだからな。

 途中で1分経って2秒だけ能力を解除したが、それでも生命エネルギーがやつに帰るわけではない。

 

Do you Understand?(理解したか?)

 

「ヒィッ‼︎」

 

 私の笑みを見て奴は後ずさる…が、そんな力も残されておらず、尻餅をついて倒れる。

 

「貴様には5日……鈍痛で苦しんでもらおう」

 

 私は掌を、奴の腹部に押し当てた。

 

「や、止めてくれ……許してくれ……何でもするからよ…」

 

「何でも……ならあの男の事について話してもらおうか」

 

 承太郎が私の側に立って質問する。するとラバーソウルは「それは言えない」と首を振る。

 

「……レオン、やれ」

 

「お、思い出した‼︎ 奴の名前は伊月 竹刀(いずき しない)、日本人だ!奴は自分のスタンドをミカドと呼んでいた」

 

「能力は?」

 

「む、無数の蝶で色んな作用のある鱗粉を扱うらしい…それ以上は知らねぇ‼︎ 本当だ‼︎」

 

 ……吐くものは吐いてもらった。仕方ない……

 私は手を下ろし背を向ける。承太郎はアヴドゥルに肩を貸し、我々はホテルに戻ろうとした………が…

 

「やはりまだやる気だったか」

 

「ゲッ⁉︎」

 

 最後の力というやつだろう。

 ラバーソウルは僅かな体積だがスタンドを出し、私を攻撃しようとしてきていた。一度成功すればエネルギーを吸収し、パワーアップして元通りになる。最後に悪足掻きくらいはするとは思っていたさ。

 せっかくだからオリジナルでも食らうといい。

 

象牙色波紋疾走(アイボリーホワイト オーバードライブ)

 

 私は奴の腹部に掌を押し当て、一点から波紋を集中放射した。波紋特有のスパーク音の代わりに、「ズドン‼︎」という重い音が短く響く。

 

「屑は勝手に朽ち果てろ」

 

 言葉にもならない奇声を上げて狂い悶え、ラバーソウルは腹部を抑えながら地面を這いずり回り始めた。目は白目を剥き、意識は既にないだろう。

 

「……レオンさん…奴に一体何を?」

 

「宣言通り5日程苦しんでもらうことにした」

 

 アレは私が編み出した波紋の技……波紋を電気と例えるなら、あの技は滞在電流だ。

 全身に駆け巡ることはないが、放った部位に波紋が留まり鈍痛を与え続ける。ロギンスに一度食らわせた事があるが、彼は「鉄パイプで貫かれたと思ったら、内側を剣で抉り混ぜられている様な気分だ」と言っていた。5日かけて痛みは引くが、明日明後日までは苦しむ以外の動作は何もできないだろう。

 波紋の力はリサリサ(と同じくらい)だが、練度に関してなら過去未来を遡っても、私程の者はいないと断言できる。ともなれば波紋の新たな技など幾つもできるさ。

 

「にしても白衣の男……伊月 竹刀か……」

 

 逃してしまったアイツは一体何者だ?

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「葎崎さん、喉は渇いていないか?」

 

「渇いてても飲めない。何?虐め?」

 

 3人で泊まれる無駄に広い部屋のベットに横たわり、僕はレオンさん達の帰りを待っていた。ジョセフさんとポルナレフは今ベランダで一服…花京院は僕の隣のベッドに腰をかけている。

 

「いや……なんなら飲ませてあげようと…」

 

「結構です、どうせ鼻から吹き出すのがオチだよ。最悪花京院さんのせいで窒息死する可能性も…」

 

「そうか…………それと、その「花京院さん」と呼ぶのを止めてくれないか?」

 

「え?」

 

 僕は急な願いに疑問を零し、なんとか動かせる首を捻って顔を花京院の方に向ける。

 

「ほら、葎崎さんなら僕が友達を作らなかった理由を知っているだろ?せっかく出会えた仲間だし、承太郎とは親しく呼び合っているじゃないか。同じ学生の僕としては、距離の感じる呼ばれ方は嫌なんだ……」

 

 そう言ってから悲しげな目をして彼は軽く俯向いた。

 そっか……スタンドが自分にしか見えなかったせいで、今まで友人や仲間と呼べる人物は周囲に誰もいなかったんだ。

 しかも原作ではDIOに殺され、彼は青春を知らぬまま人生を終えてしまう………非常に悲しい結末だ…僕は当時そう思った。

 

「………必ず助けてあげるからね」

 

「…………?」

 

 僕の言葉の意図がわからず、花京院は目を丸くして首を傾げる。

 「呼び方を変えてくれ」と言った矢先に、「助けてあげる」とか言われたら当たり前の反応か……

 

「ゴメン…話が噛み合ってなかった。名前の話だったね」

 

「あぁ……ビックリしたな。急に可笑しな事を言うもんだから…少なくとも女性に守られるほど、僕はやわじゃない」

 

 そんな言葉も、未来を知る僕からしたら不安でしかないよ。

 それはそうと呼び名ね呼び名……

 

「呼び方ね〜。花京院さんが嫌なんだよね……じゃあ…」

 

 花京院が僕の次の言葉を聞こうと目だけをこちらに向け、飲料水を口に含んだ。

 

「典明さん」

 

「ブッ////⁉︎」

 

 からかうつもりで首を傾げ言うと、彼は僕から顔を逸らして蒸せ返る。呼吸を整えこっちに顔を戻した時は既に冷静な顔になっていた………が、それは表情の話……肌はそこそこ赤い。思ってたより恥ずかしかったのか花京院は赤面している。

 

「おー思春期だねー」

 

「からかわないでくれ‼︎」

 

「じゃあ…ノリ」

 

「……まぁそっちの方がさん付けよりマシかな…」

 

「じゃあよろしくね…海苔」

 

「…………今ニュアンスおかしくなかったか?」

 

 そんなこんなでどうでもいいやり取りをした挙句、結局呼び方は「花京院」になった。実は最初からこう呼ぶつもりだったけど、いざ目の前にすると………ねぇ?

 いきなり呼び捨てなんてできないからね。承太郎の事も最初、空条さんって呼んでたし……

 

「予言といい弄りといい、君の言動には驚かされるな………言動で思い出したが葎崎さん……技名…と言っていいのかわからないが、次からは言わない方がいい」

 

「なんで? やっぱネーミングセンスない?」

 

「いや…その……尻尾の方はまだいいけど、その……デーボに襲われスタンドを……二足で立たせた…時……」

 

 歯切れ悪く花京院が言うと、僕は昨日の事を思い出す。正直それどころじゃなくて言動とか注意してなかったけど、何かいけないこと言ったっけ?

 

「……?…………ッ⁉︎…違ッ‼︎アレは芸の方の意味で‼︎」

 

 記憶を手繰り寄せてから赤面して声を荒げる。

 両腕を振って否定したいが、麻酔のせいでそれも出来ない。首を僅かに浮かせて(気持ちだけ)花京院に掴みかかる。

 

「ついでに言うとケロベロスなんて生き物は架空にもいない。正しくはケルベロスだ」

 

「なんだよ‼︎ 仕返しかよ‼︎ 僕のライフは既にゼロだよ‼︎」

 

「減りが早いんだな」

 

 ギャーギャー僕が騒いでいると部屋のチャイムが鳴る。どうやら3人が戻ってきたようだ。

 花京院はそれを出迎えに向かい僕の元を離れた。その隙にポルナレフが小走りでやって来て、「すまなかった」と短く口走ると、さっさと距離を取られてしまった。

 

「今戻った。礼神、調子は?」

 

「マネキンニアニア」

 

「……マネキンのように動けないと言いたいのか?」

 

 帰ってからの第二声が僕の心配か…レオンさんだって辛い症状抱えてるのに……

 ひとまず身体が動かない事をふざけながら伝えると、レオンさんは大量のタオルを持ってきて隣のベッドに敷き始めた。

 

「……何してるの?」

 

「ひとまず礼神の毒をできる限り緩和する」

 

 そう言って今度は僕からブレザーを脱がせ、分厚く重ねられたタオルの上に寝かされる。そして承太郎がお湯の入った桶を持ってくる。姿が見えないと思ったら風呂場にいたのかな?

 ………ってレオンさん⁉︎ 何するつもりッ‼︎⁉︎

 

「え、ちょ、待っ、ギャァァーーー‼︎」

 

 承太郎から受け取った桶をレオンさんはゆっくりと傾けて、中身のお湯を僕の顔以外に流し始めた。ある程度ワイシャツとズボンを濡らすと、その上からタオルを一枚被され またお湯を流し込まれる。そしてまたタオルをかけ、湯を流し、タオルを掛け、湯を流し……タオル…湯…タオル…湯………

 

「…………何の儀式ですか?」

 

「湯には波紋を伝わせてある。今君は全身を波紋で包まれているという事だ」

 

 へぇー……そういえばチョット全身がピリピリする。プラズマ風呂に入ってる感じ。

 リラックスしてみると極楽だ…

 

「コレで数分すれば動けるくらいにはなるだろう」

 

「私の服が濡れていたのは、レオンさんの仕業でしたか…」

 

 何があったかは知らないけど、アヴドゥルが僕を見てそう呟いた。にしても波紋って万能なんだね。

 

「それで……どこから話そうか。まず白衣の男……奴には逃げられた。代わりに奴の仲間から情報を僅かだが引き出した」

 

 極楽気分だったけど、白衣の男の話題が耳に入り表情を変える。原作に登場しなかったアイツは何者なんだ?

 

「名前は伊月 竹刀。日本人で、アゲハ蝶の群体型スタンドだった。能力は毒の鱗粉だそうだ」

 

「群体型……」

 

「葎崎、テメェ何か知らねぇのか?」

 

 承太郎が仁王立ちで聞いてくる。

 

「生憎知らないよ。3部に群体型は出てこない…バタフライ効果で現れた新たな幽波紋使いかも……」

 

「なぁ、前々から気になってたんだが、時々出てくるその バタフライ効果って何だ?」

 

「ポルナレフ、知らずに聞いてたのか」

 

 ポルナレフの疑問に花京院がキツイ口調で言う。それを見かねレオンさんが説明してくれる。

 

「一言で言うとバタフライ効果とは、ほんの僅かな現象で未来が大きく変わる事の通称だ」

 

「………?」

 

「ほっときましょうレオンさん」

 

 おぉう…花京院ってなんでポルナレフにあんなキツイんだろう。原作でもそうだった気がするけど。

 

「なぁ礼神、バタフライ効果って…」

 

「ググれカス」

 

 訂正…ポルナレフは弄られ要員。

 ポルナレフの事情は知っているけど、プールでの出来事のせいで今の僕があるので、少なからず口調に毒がつく。

 

「ところでその伊月という男について、他に何か分かったことはありませんか?」

 

「ない………だが1つ断言できることがある」

 

 レオンさんの次の言葉を皆は待つ。

 当の本人はらしくもない冷や汗をかき、多少表情からは焦りを感じる。

 

「……次奴と会った時……我々の中で相性の悪い者が戦えば、間違いなくそいつは………敗北して死ぬ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 翌日私達は列車に乗り込んだ。

 昨日の今日もあって、皆の表情には疲れが見える。伊月という新たな敵の存在は、それだけ影響力が強いのだろう。

 今は陸路でシンガポールを横断しているが、その先はカルカッタまで海路を進む……原作では、カルカッタまで敵襲は無い。と…礼神は言っていたが、不安は誰も拭いきれていない。

 それでも休息を取らねば倒れるので、今は皆で交代しながら睡眠をとっている。

 

「……………」

 

『いつまで続ける気だ』

 

 誰かに話しかけられ周囲に目を向ける。しかし私とジョセフ以外は眠りについている。女性のように高くノイズが僅かにかかった声……もちろんジョセフではない…となると……

 

(……なんだ…貴様か………)

 

『あぁ、我だ』

 

 脳内に直接話しかけられるような感覚……こいつとの会話に良いものではないので気が滅入ってしまう。

 

『それで主よ……いつまで続ける気だ』

 

(何がだ)

 

『痩せ我慢をだ。こんな時こそ自分は堂々としなければならない。と、主は思っている……この中で最も精神的にも疲労を感じているが主だというのに』

 

(貴様が思うように従ってくれれば幾分楽なんだがな)

 

『主の指示は我の意と反する事が多い。素直に聞いては主の身が…』

 

(主を守るのが我の役目……だろ)

 

『………そうだ』

 

(……なぁ第二のスタンドよ……もし仲間が死んだ時、悲しみから私が自殺するとしたら……貴様はどうする?)

 

『……………』

 

 奴は答えない………それどころか、心の中で話しかけても応答しなくなった。

 

「………都合のいい奴だ…」

 

「ん?レオン、何か言ったか?」

 

「なんでもない」

 

 私の呟きを拾ったジョセフがそう言うが、私は窓の外に目を向けたままそう答えた。

 

(第二のスタンド……少なくとも戦闘向き…指示通り動いてくれたらどれだけいいか………)

 

 今日も私は頭を悩ませる。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ジョースター御一行がシンガポールを横断し港に着いた頃………彼らがいずれ到着するはずのカルカッタには、DIOの刺客と思われる男が既にいた。

 一言で言えばガンマン姿……爪先から頭のてっぺんまで西部劇に出てくるソレと同じだった。

 

「……ここか」

 

 そう呟いてガンマンは歩を止めた。止まった場所は去年辺りに廃業になった酒場…多少崩れかけたその建物は、ガンマンの男を更に西部劇風に見立てる。

 

「…あん?誰だテメェ」

 

「テメェらか?ここらで問題起こしてる輩はよぉ」

 

 ノックも無しに中に入ると、ガラの悪い男達が数人たむろしていた。

 ガンマンはその男達にそう質問した。

 

「何のことだ?証拠は何もねぇだろ?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言って、男達は懐からナイフを取り出す。

 

「あぁ、証拠はねぇ……ただ…」

 

 そこまで言うとリーダー格の男を残し、その他の男達全員の額に風穴が空いた。

 

「殺せれば良いんだ。本来の目的じゃねぇが、ついでの仕事ってやつだ」

 

 そう言うと最後の一人の額にも風穴が空いた。

 男達は自分達の身に何が起きたかもわからず、実に呆気なく死を遂げたのだった。

 

「……やれやれっと。女を泣かせんじゃねぇよ、クソ野郎どもが……」

 

 懐から煙草を取り出し口に咥えると、ガンマンはライターで火をつけて吸い始めた。すると隣に立っていた男が煙草を咥え、首ごとガンマンの方に近付けてきた。

 

「オジさんにも火貰える?」

 

「オワッ⁉︎……って伊月の旦那じゃねぇか…相変わらずの神出鬼没だな、おい」

 

「ハハハッ、オジさんは君が仕事してる時からいたよ……で、この人達は?」

 

 白衣の男…伊月 竹刀は煙草に火をつけてもらい、額に穴が空いた死体に目を向ける。

 

「ただの悪党だ。強盗に殺人……そして強姦…多くの女を泣かせたクソ野郎共だぜ」

 

 死体に蹴りを入れてから酒場の壁に寄りかかると、ガンマンは伊月に顔を向ける。

 

「…で…何の用だ?ラバーソウルとジョースターどもを始末しに行ったんじゃねぇのか?」

 

「行ってきたよ?でもラバーソウル君が負けちゃってね」

 

「それで尻尾巻いて逃げてきたと…」

 

「そんな言い方しないでくれよ。オジさん結構頑張ったぜ?」

 

 ケラケラ笑って煙草を吹かし、ガンマンはその煙を手で払いのける。

 

「大丈夫だよホル・ホース君。これはただの煙草だよ」

 

「ホントかぁ〜? 麻酔とか毒は勘弁してくれよ?」

 

 ホル・ホースと呼ばれたガンマンは苦笑いを浮かべてから話を最初に戻す。

 

「で…何の用だ?」

 

「ラバーソウル君は相手をバカにする悪い癖が出たんだろうね。だから君達と次は組もうと思ってね」

 

 伊月がそう言うと、ホル・ホースは上を向き考え込む。

 

「確かにあんたは組むのに不足ねぇ実力者だ。だが今俺はJ・ガイルの旦那と組んでんだ。悪いが、パートナー探しなら他を当たってくれ」

 

「いやいやいやいや、話聞いてた?オジさんはね()()()組もうと思ってるんだ。ペアじゃない、パーティーだよ」

 

「……俺と、J・ガイルの旦那と、あんたでか……そんなに強敵だったのか?」

 

「あぁ…特に空条 承太郎とレオン・ジョースターってのがね」

 

 それを聞いてまた考え込む……そして結論が出たのか一度手を叩き口を開いた。

 

「いいぜ。なら俺とJ・ガイルの旦那が誰かをやってる間、あんたにはレオン・ジョースターを相手してもらおうじゃねぇか」

 

「えぇ…オジさん一人じゃ勝てないよ?」

 

「だがあんたは生きてる…負けてはねぇんだろ?」

 

「時間稼ぎかぁ〜。ま、いっか。うん、いいよ」

 

 そう伊月が承諾し、二人は酒場を後にした。

 

「そういや旦那…あんたここまでどうやって来た。移動が早すぎねぇか?」

 

「その日のうちにコッソリ無賃乗車して、港からはクルーザーと燃料盗んで来たけど?」

 



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32.タダでは通れぬ血塗れ道

「アヴドゥル…いよいよインドを横断するわけじゃが、その…ちょいと心配なんじゃ……いや、敵幽波紋使いや伊月 竹刀の事はもちろんだが、ワシは実はインドという国は初めてなんだ。インドという国は乞食とか泥棒ばかりいてカレーばかり食べていて、熱病かなんかにすぐにでもかかりそうなイメージがある」

 

「俺 カルチャーギャップで体調をくずさねェか心配だな……」

 

 数日後の早朝……カルカッタの港に到着すると、ジョセフとポルナレフが船から降りる前に不安を口にする。するとアヴドゥルはそれを笑って否定した。

 

「フフフ、それは歪んだ情報です。心配ないです、みんな…素朴な国民のいい国です。私が保証しますよ…」

 

 私も人口密度が高い所は嫌いだから、物乞いに囲まれるのは嫌だ。だが彼がそう言うなら信じるとするか…

 

「さあ!カルカッタです。出発しましょう」

 

 アヴドゥルの先導で船を降り、一同がカルカッタの大地に足をつけた………すると…

 

「ねぇ…パクシーシ(恵んでくれよォ)

「パクシーシ、パクシーシ」

「刺青ほらない?キレイね」

「ドルチェンジレートいいね」

「毒消しいらない?お腹壊さないよ」

 

 船を降りた瞬間、ボロい服を着た子供や大人が群がってくる。金を稼ごうと必死なのか、ほとんどが「パクシーシ(恵んでくれ)」の連呼だ。降りてマッハで物乞いに囲まれてしまうとは……フラグ建設師の資格は取った覚えないぞ。

 

「………限界だ……」

 

 船を降りてそう呟き、私は懐から札を2枚取り出す。

 そして高らかにソレを頭上に掲げて注目を集めた。

 

「早い者勝ちだ‼︎ 欲しければ取ってみろ‼︎」

 

 そう言って指先の力を緩めると、物乞いの群衆を引き連れて札は風に飛ばされて彼方に消えて行った。

 

「さ、今のうちだ…」

 

「アヴドゥル、これがインドか?」

 

「えぇ…これが良いんですよ、これが」

 

 もう少しインド風の歓迎を楽しみたかったのか、アヴドゥルは少し残念そうだった。

 

 

 

 

 

 その後我々はレストランに移動して、朝食を兼ねて一息つく事にした。

 

「要は慣れですよ。慣れればこの国の懐の深さがわかります」

 

「なかなか気に入った、良い所だぜ」

 

「マジか承太郎!マジで言ってんの?お前」

 

 順にアヴドゥル、承太郎、ジョセフ……今回ばかりはジョセフに同感。アヴドゥルには悪いが、人混みが嫌いな私には理解出来なかった。

 

 そんな中ポルナレフは席を立ち手洗いに向かう。その時何故か店員から木の棒を受け取っていたが、トイレに入ってから1分も経たぬうちに、ポルナレフは悲鳴を上げて出てきた。

 

「おい、ズボンをちゃんと履け。少女が旅人にいることを忘れるな」

 

 隣に座っていた礼神の眼前に手を翳してそう言うが、礼神は悲鳴を聞いた時点で明後日の方向を無表情で見つめていた。原作でもこの展開があったのか………

 

「い、いやでもよォ‼︎」

 

 そう言ってポルナレフはトイレを指差す。座ったまま身体を傾けて中を覗くと、便器から豚が顔を出しているのが見える。

 

「だからですねーこれを使うんですよ。どれ…貸して下さい」

 

 悲鳴を聞いて飛んできた店員がポルナレフから棒を受け取り、顔を出していた豚に突きを食らわせる。

 

「怯んでる間に用を足してください」

 

 ………私はおそらく、一生インドの風習に馴染めないな。

 ポルナレフもそう思ったらしく、用をたすのをホテルまで我慢することにして手洗いだけ済ましている。

 

「はぁ……私はインドの風習には馴染めないな。このチャイは気に入ったが…」

 

 チャイと呼ばれる飲み物を喉に通すと、トイレの方でまたポルナレフが何か騒いでいる。すると………

 

銀の戦車(シルバーチャリオッツ)‼︎」

 

 彼がスタンドの名を叫ぶと同時に、ガラスが割れるような甲高い音が響く。

 何事かとポルナレフに聞こうとするが、彼は脇目も振らずに外へ飛び出す。ポルナレフを追いかけようと、我々も急いで席を立った。

 

「どうしたポルナレフ。何事だ?」

 

 ジョセフの問いにポルナレフは振り向く。額から脂汗を垂らしている。

 

「幽波紋使いだ!近くに幽波紋使いがいる‼︎」

 

「なんだと⁉︎ 何を見たんだ‼︎」

 

「鏡だ‼︎ 奴は鏡にだけ映っていた‼︎」

 

 花京院が質問を言い終わると同時に、ポルナレフは慌てた様子で答える。攻撃できた手応えを感じなかったらしく、それで本能が危険だと判断したのだろう。

 

「鏡のスタンドだとよ。葎崎、出番だ…オイ、どうした?」

 

 早速情報を礼神から聞き出そうとする承太郎だが、礼神が静かに困惑したような表情を浮かべるので質問を棚上げした。

 

「どうしたんじゃ礼神」

 

「ひ…ひとまず、場所変えよっか……」

 

 そう言うので我々は適当な店に入った。先程の店は鏡が割れて小さな騒動が起きてるので別の店だ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 そっか…ラバーソウルから聞き出した情報は伊月の情報……他の敵スタンドの情報は聞いてなかったんだ。だから吊られた男(ハングドマン)のJ・ガイルについても知らない。

 ……でもそのお陰でポルナレフはまだ別行動を取っていない。

 

「…じゃあ……鏡のスタンドについて教えるね………」

 

 僕がそう言うと、テーブルを囲む皆の視線が集まる。

 ここで僕が何を言うかで運命が変わる……まずは、釘を刺しとくべきかな。

 

「このスタンドはとても強い……ある条件下が揃えば勝つチャンスもあるけど、無敵と言ってもいいほどに強い」

 

「焦れったいな。早く言えよ、こうしてる間に襲われるかもしんねぇだろ?」

 

「慌てないで…特にポルナレフ、君は…」

 

「死に急ぐな……とでも言いたいのか?」

 

「ッ⁉︎」

 

 ポルナレフは言葉こそ違うが、僕が伝えようとした意味を先に口走った。驚きから僕は一瞬、言葉を詰まらせる。

 

「やっぱりな。なんか様子がおかしく歯切りが悪いと思ったぜ………あのスタンドの本体は両手が右手なんだろ」

 

 プールサイドで見せたあの眼光で僕を睨んでくる。だがこれ以上怯むわけにはいかない。

 

「そうだよ…死に急がないでポルナレフ。ちゃんと僕の指示に従って」

 

 一瞬静寂が流れてから、ポルナレフは席を立ち店の出口に向かう。やっぱり1人で行こうとしているのだ。

 

「俺はここで別行動をとる。誰もついてくるなよ?」

 

「待ってポルナレフ‼︎ 僕がホテルで言ったこと忘れたの⁉︎」

 

「忘れてねぇさ………自分の周りで死なれるのは迷惑だぜ、俺は………」

 

 そう言い残して立ち去ろうとするが、その肩をアヴドゥルさんが掴む。

 

「待て!これはミイラ取りがミイラになるぞ‼︎」

 

「……オメー、俺が負けると言いたいのか?」

 

「そうだ‼︎ 奴は貴様を一人にするために攻撃してきたとまだわからんのか⁉︎」

 

 ポルナレフは込み上げる怒りを止めようともせず、皮肉を混じえて言葉を浴びせる。しかもアヴドゥルさんの言うことに耳を傾けてはいない。

 

「触んな、香港で運良く俺に勝ったくらいで俺に説教は止めな」

 

「なんだと……貴様ァ……‼︎」

 

 自分の肩を掴む手をポルナレフは振り払い、アヴドゥルさんがヒートアップして殴りかかろうとした。すると……

 

 

 

「ふむ………やはり美味い。作り方も簡単だし、インドを離れてもコレだけは味わいたいな」

 

 

 

「……………」

 

 ポルナレフとアヴドゥルさんの口喧嘩なんて何処吹く風で、レオンさんはチャイを飲んで口元を緩めていた。

 あまりの空気の差で、逆に皆の視線がレオンさんに集まる。

 

「………なんだ?飲みたいなら皆も頼めば良いじゃないか」

 

「レオンさん………なんの冗談ですか?」

 

 あまりの態度に花京院が口を挟む。静かな口調だがどこか怒りを覚えている話し方だった。

 

「冗談も何もない……ポルナレフ、ひとまず落ち着け。能力も聞かずに飛び出すほどのバカではないだろ」

 

「…………」

 

 レオンさんはチャイを飲み干して席を立ち、ポルナレフの肩に手を置いた。ポルナレフはそんなレオンさんにも、殺気を帯びた視線を投げ掛けている。

 

「レオン…コレは俺の復讐劇なんだ。関わらないでくれ…」

 

「自分の妹を殺した犯人への復讐……今の貴様の行動の理由はそれだけか………()()()()()()()なら勝手な事をするな」

 

「……なんだと?………たったそれだけ………そう今言ったのか⁉︎貴様はァァァア‼︎‼︎」

 

 シルバーチャリオッツがレオンさんに切り掛かる。しかしレイピアは片手で受け止められてしまう。

 W-Refは斬撃も吸収するのか………

 

「ポルナレフ………今の貴様では勝てない。無駄な事をさせないでくれ」

 

「ウルセェ‼︎ 俺は妹の……シェリーを弔うために戦っ………ッ⁉︎」

 

 あれだけ滾らせていた殺気と怒りが、ポルナレフの瞳から一気に失せた。どうしたのかと思ったが、僕もある異変に気付いて理解した………その変化に僕は、意味も無く恐怖した。

 

「弔う……ため?」

 

 レオンさんの赤い()()の目は、何故か今だけはドス黒く歪んでいた。瞳の奥で殺気が揺れている……それはポルナレフのような滾る怒りに類似したものではない。

 レオンさんのそれは、人の持つ闇そのものの様だった。

 

「…………ッ離せ‼︎」

 

 気がつくと数秒が立っていた。

 過度の緊張感からかポルナレフは、強引に逃れる様に手を払い除けて飛び出した。

 

「……ハッ、待てポルナレフ‼︎……クソッ」

 

 呆気に取られてから花京院が呼び止めるが既に遅し……そんな花京院の肩をレオンさんが掴む。

 

「止めはしたのだが仕方ない…………行くぞ。ポルナレフを見失う」

 

「………は?」

 

「……だから、ポルナレフを追いかけると言ったんだ。まさか貴様らは奴に「誰もついてくるな」と言われてその通りにするつもりか? 我々の気持ちを踏みにじった奴の気持ちを踏みにじるつもりだぞ私は………文句あるか?」

 

「………それもそうだね。カッとなって追い出してから追い掛けるより、こっちの方が効率がいいや」

 

 なんか僕が望んだ形じゃないけど……まぁ良いのかな?

 結果的に間に合えばいいんだ。

 

「じゃあ移動中に能力の説明を……」

 

 そう言って僕が顔を向けた時、レオンさんはいつもの顔に戻っていた。さっきまでの表情が、本当に幻だったかのように…………

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ……弔うため……か…………

 

 私の立場を知ったらポルナレフは……皆はどんな顔をするだろう……

 親友を弔う事も出来ずに、98年の時を生きた哀れな人外を見て何を思うだろう……

 

「レオンさんボーッとしないで」

 

「あ、あぁ」

 

 店を出た我々はすぐに追いかけたが、あまりに人が多いのでポルナレフの姿は見失ってしまった。

 

「すまない礼神…ポルナレフを止めれず…」

 

「いいよ。僕もアレは仕方ないと思う……」

 

 礼神からスタンドの能力を聞かされた後、我々6人は二人一組でにポルナレフの探索を始めた。私と礼神、承太郎と花京院、ジョセフとアヴドゥルの3組だ。

 そこまではいいが一向にポルナレフは見つからない。痺れを切らし、礼神はスタンドを呼び出した。

 

「上から探そう。ケルちゃん‼︎」

 

 我々はスタンドにしがみ付く。するとスタンドは何かの建物を躊躇なく軽快に攀じ登る。凄いな……足の鉤爪が壁に食い込み、壁を走るように登って行く。

 ただ壁に無数の穴が現れ、幽波紋使いではない通りすがりは目を疑っているな。

 

「ケルちゃんの脚力なら家の上を駆け巡るなんて容易いよ。レオンさんは視力いいから探すことに専念…「見つけた」早い‼︎」

 

 礼神がツッコミの様にそう言っているが、ここへ来るのは遅かったらしい。既にポルナレフは、敵だと思われる者と対峙していた。

 しかもそこは、我々が走っている家の列の1列隣の反対側だ。

 

「ケルちゃん‼︎」

 

 300mほど先の目標を見つけた礼神は、スタンドに指示を出して後ろ足に力を込めさせる。クラウチングスタートの様な体制から跳びだすと、あまりの脚力で石で出来た民家の一部が欠けた。しかし今はそれどころではない。

 

「間に合え…」

 

 道を飛び越えて反対側の屋根に着地する。その瞬間……ソレは急に現れた。

 

 

 

「やぁレオン・ジョースター。オジさん、会いたかったぜ」

 

 

 

 待ち構えていたのだろう……焦りに焦った私の顔面を、白衣を着た男が膝蹴りを放つ。竹の割れるような音が鳴り、私はスタンドの背中から転げ落ちた。

 気配の消し方は一級品……やれやれ、厄介な相手だな。

 

「レオンさん‼︎」

 

「行け‼︎」

 

 一瞬迷ったようだが、礼神は伊月を無視してポルナレフの元へ向かった。屋根の上では今、私と伊月が対峙する形になっている。

 

「……なんだ……すんなり礼神を通してくれるんだな」

 

「オジさんの今回の目的は君の足止めだからね」

 

 そう言って器用に指で挟む様に注射器を何本か片手で握る。それに対して私は腰に手を伸ばし、初撃に備えて構えをとった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「行け‼︎」

 

 レオンさんにそう言われ、僕はポルナレフの元へ ケルちゃんを走らせる。名前が変わった?何のこと?

 

「……ってそんな事言ってる場合じゃないか…」

 

 屋根から飛び降りポルナレフとホル・ホースのいる通りに着地する。あとは真っ直ぐ走れば彼らの元に辿り行ける。

 

「となれば全力疾走…ケルちゃん‼︎」

 

 足腰に力が入り、ケルちゃんは一気に加速した。小回りは効かないが、直線的な速さならかなり自信がある。

 

「甘く見たなポルナレフ、やはりテメェーの負けだ‼︎」

 

 そう叫ぶのは西部劇に出てきそうな服装をした男…ホル・ホース。

 彼は何も持っていたなかったのに何処からか拳銃を取り出して構える。

 まるで手品のように拳銃は現れたが、スタンド能力で拳銃を出したんじゃない…ホル・ホースは()()()スタンドなのだ。

 

皇帝(エンペラー)‼︎」

 

 銃弾が1発放たれる。それをポルナレフは、チャリオッツのレイピアで叩き落そうとする。

 

「なっ⁉︎」

 

「弾丸だってスタンドなんだぜ?」

 

 しかしエンペラーが放った銃弾はレイピアを避けるように、小さくカーブしてポルナレフの額に迫った。

 ……何故僕はここまで精密に脳内実況できているんだろう…全てがスローモーションに見える……理由はわからないけどお陰で間に合いそうだ。

 

「ポルナレフゥーー‼︎」

 

「何ッ⁉︎ 礼神‼︎」

 

 ケルちゃんに乗っていた僕は、走るケルちゃんの背中からダイレクトでポルナレフに飛びついた。

 ほぼ頭突きをする形になったが、彼を弾き飛ばしたお陰で銃弾はポルナレフから外れた。

 

「な、何で来やがった‼︎」

 

「店で僕はホテルで言ったことを忘れたか聞いた……それをポルナレフは結果の事……誰かが死ぬことだと思って返答した。僕が確認したかったセリフは約束の方だよ」

 

「……約束?」

 

「………必ず復讐は遂げさせてあげる…ってね」

 

 突き飛ばして尻もちをついたままの僕達の頭上には、ケルちゃんが唸りながらも勇ましく立っていた。

 

「ヒューーッ、カッコいいねぇ。だが嬢ちゃん……あんたにゃぁポルナレフは守れねぇよ」

 

 ホル・ホースは拳銃型のスタンド…皇帝(エンペラー)を構えながらそう断言する。銃口の先端の先は僕の額を差している。

 

「退きな嬢ちゃん。怪我したくなければな……」

 

「退かないって言ったら? 僕を……女性を撃てるの?」

 

「…………」

 

 僕の言葉を聞いて口を固く閉ざす。しかし鋭い眼光は、僕を見据えるように捉えている。そして諦めたかのような表情を浮かべると、銃口をポルナレフに向けて発砲した。

 

「舐めるな……俺のエンペラーなら、嬢ちゃんの脇を縫って撃つぐらい容易いことよ…」

 

 銃弾もスタンド…要するに発砲後にある程度操作できるということだ。それでも限界はある。例えば………

 

「何ッ⁉︎」

 

「礼神‼︎」

 

 ポルナレフを隠すように、銃弾の軌道上に立って両手を広げる。すると弾は、僕の頬ギリギリの所を擦る様にカーブして店のガラスに被弾する。

 僕を撃ちたくないから銃弾を急カーブさせた…だがカーブさせた角度が急すぎた為、そこからポルナレフに当てるほどに銃弾は再度曲がれなかった。

 

「………オイオイ嬢ちゃん……あんたイカれてんのか⁉︎ まだ若いのに死に急ぐ真似すんじゃねぇ‼︎」

 

 本当に身を挺して守るとは思わなかったのか、流石に銃を降ろしてホル・ホースは僕を吠える様に叱った。

 

「敵に叱られる筋合いねぇっての……それはポルナレフ…あんたもだからね」

 

 ポルナレフはすでに立ち上がり右手を振り上げていた。恐らくその手で僕を引っ叩くつもりだったのだろう……しかし彼は僕に睨まれる事で動きを止めた。

 

「心配させといて心配してんじゃないよ。あんたにそんな資格は無……危ないッ‼︎」

 

 僕は右手を横に振るった。するとケルちゃんも連動して前足を振り、ポルナレフを道脇に弾き飛ばした。

 

『…チッ…仕留め損ねたか…』

 

 地面の水溜りに映るミイラがそう言った。

 アレが吊られた男(ハングドマン)…反射する物を光の速さで移動し、その反射物に映った者を攻撃して敵にダメージを与えるスタンド……弱点はあるが無敵と言っても過言ではない程のスタンドだ。

 いや……弱点がある時点で無敵ではないか…

 

 ひとまず当初の目的は達成した……ポルナレフを連れて一旦下がらないと……そう思ってケルちゃんに跨がろうとする。しかし………

 

「………あれ?…」

 

 背中が熱い……正確には内側が焼けるように痛い。ケルちゃんに跨がろうとして踏ん張った足は急に力が抜け、僕は必然的に後ろ向きに倒れてしまった。

 その時僕は「ピチャリ」という音を聞いた……まさかと思って力の入らない腕を持ち上げると、地面に触れた部分には夥しい量の血液が付着していた。

 

「礼神‼︎」

 

『哀れだなポルナレフ…餓鬼に世話焼かれ、自分のせいでそいつが死ぬんだ』

 

 倒れる寸前に見た水溜りには、仕込み刃を赤い鮮血で濡らしたハングドマンが映っていた。おそらく僕は背後から刺されたんだろうな………ピチャリという音はきっと、僕が血溜まりに倒れた時の音だ。

 それもそっか…ホル・ホースがフェミニストだから油断してた……完全に僕の落ち度だね。

 

『トドメだホル・ホース………何をしているホル・ホース、撃て!』

 

 僕が水溜りに映らない位置に倒れたからか、ハングドマンは自らの手でトドメを刺せないようだ。だからホル・ホースに撃つよう指示した。

 しかしホル・ホースは、怒りと哀れみを混ぜたような表情を浮かべ、2発水溜りに向けて発砲した。

 

『ッ!……何のつもりだ……⁉︎』

 

「何もクソもねぇ‼︎ 旦那…あんたの手癖の悪さにはつくづく思うこともあった……俺は世界中の全ての女を愛してんだ‼︎ 今回ばかりは見過ごせねぇぜ‼︎」

 

 発砲音に驚いた僕は目を瞑る……そして二度と目を開けることはできなかった。死んだわけではない……瞼を持ち上げる気力すら無いのだ。

 僕は喧嘩をしたことは多々あったし、承太郎の喧嘩に巻き込まれたこともある。

 だが背中に穴を開けられるなんてもちろん人生初……気力はゴッソリとそれで削られ、今の僕の心情は「満身創痍」につきる。

 

「葎崎さん‼︎」

 

「葎…崎………」

 

 少し遠くから若い声が聞こえる。この声は…花京院と承太郎の学生組だ。僕の姿を見てそう言ったんだろう……生憎目を瞑ってるので、こちらからは姿を確認できない。

 

 …………でもこれって好都合なんじゃ?

 

 このまま僕が死んだ事になれば、原作通りに進むかも……でも僕は本当に死ぬかもな……

 

「け…怪我をしているだけに決まっている…背中を突かれただけだ。軽い怪我ではないがすぐに……ほら…喋り出すぞ…今にきっと目を開ける………葎崎さん…そうでしょう?」

 

 花京院の言葉が胸に突き刺さる……死力をつくして返事したいけど、生きてるとわかったら皆は、僕を庇いながら戦う事になる……それは不利だ。

 

「葎崎…おい起きろ………テメェ、自慢の防御力はどうした?」

 

 そう言って承太郎のものと思われる腕が僕を抱き起こす。そして花京院が僕の首を指で軽く圧迫し、最後に口元に手を持ってきた。

 

「脈も……呼吸も止まっている…………」

 

 絶望したかのような口調で花京院が言う…僕が死んだと思ってるんだね……生きてるけどね。

 

「野郎ォ……」

 

『ホル・ホース…その話は後だ』

 

「……チッ…今回の仕事限りでコンビは解散だ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「シッ‼︎」

 

「ウオッ…と……近付かずに鱗粉で弱めてけば勝てると思ったけど…………やっぱ波紋使いに生半可な毒は効かないか」

 

 不安定な足場の上で私は伊月と、進展のない戦いを黙々と繰り広げていた。

 

「いや〜速いねぇ。オジさん流石に音速の攻撃は掻い潜れないぜ」

 

「私もまさか、昔の愛需品を運び出す羽目になるとは思わなかった」

 

 対柱の男用に作らせた懐かしい鞭を片手に、私は余裕の無い表情で会話する。

 確かに奴は私の射程圏内には入れずにいるが、毒が塗ってあるであろう針を奴は投げてきているのだ。

 

「できれば注射器で直接血管に打ち込みたいけど……毒針と鱗粉じゃ、致死量まで何十分かかるか…」

 

「シッ‼︎」

 

 跳躍で間合いを詰めながら、空中で鞭を飛来させる。しかし伊月は、私が距離を詰めてくるのを察したのか、鞭を放つ前にその場から離れた。

 

(鞭使い歴が長いのかな…とても精錬されている。それでも僅かに隙はある……問題はオジさんでもそこをつけるかどうか…)

 

(周囲を巡回している蝶、時折刺さる毒針…波紋で緩和してるが、動きに支障が出るのも時間の問題だな。にしても………)

 

 いくら私が吸血鬼の力を使えないからといって、生身でここまでついてこれる人間は初めてだ。私ですら今は汗を掻いているのに、奴は涼しい顔をして笑みを浮かべている。

 

「ひとまず……攻めまくるか」

 

 また跳躍して鞭を飛来させるが、伊月は先程と同じように逃げる。私はそれを見て間髪入れずにまた跳ぶ。

 

「シッ‼︎」

 

 また軽々しく躱されてしまう。いくら早くとも、構えた時点で射程外に逃げられては何も出来ないのだ。

 

(…うん……やっぱり隙がある。タイミングがシビアだね〜、ダメージ覚悟で飛び込んで薬を打ち込むか?)

 

 伊月は右手に注射器を握り目を細めた。そんな顔面目掛けて私は鞭を飛来させる。もちろん伊月はそれを避ける。

 すると伊月は一直線に走ってきて、注射器を掲げる。

 

「まだだ」

 

 鞭の柄を引くように振るうと、鞭の先端がこちらに帰ってくる。その軌道上にいる伊月はしゃがんでそれを避ける。

 

「足を止めたな」

 

 私の前方2mの所で伊月がしゃがみ込んでいる。すぐさま立ち上がろうとするが、それより早く鞭が飛んで来る。

 

「ミカド……」

 

「ッ⁉︎」ドォン‼︎

 

 地に向けてあった伊月の手から蝶が1匹現れ、伊月はソレに向けて煙草を吐き捨てた。

 もちろん煙草には火が付いていて、蝶が小さな爆発を引き起こす。ケーブルカー広場で使った鱗粉と同じ物だろう。

 

「爆風で無理に跳んだか…」

 

「ケホッ…ハハハッ、背後がガラ空きだよ」

 

「知ってる」ドン‼︎

 

 昔は使うことがなかった仕込み刃が柄から射出され、切っ先が伊月の腕に突き刺さる。頭を狙ったのだが、腕でガードされてしまったようだ。

 

「『備えあれば憂いなし』とは、正にこのことだな」

 

「……反則でしょソレ…」

 

 すぐさま刃を腕から引き抜きそう言ってくる。口調も表情もまだ余裕そうだ……しかし私はあることに気づいた。

 

「……貴様…鞭で顔面を狙うと機敏に反応していたな。切り返しで後頭部を狙った時もだ……そして今も頭をガードしていた」

 

「別に普通じゃない?」

 

「ホテルでサボテンを破裂させた時も、貴様はガードしていた」

 

「…………」

 

「心臓を刺されても動き続ける貴様の弱点………それは頭か」

 

「……君みたいな頭の切れる奴…オジさんは大嫌いだよ」

 

 薄く伸びた口の口角が吊りあがり、伊月は不気味な笑みを浮かべる。

 ところで奴は、私が右手にW-Refを限定発動してることに気付いているのか?

 

「W-Ref、reflection」

 

 私は右手に限らず、両手両足にもW-Refを発動させる。

 屋根や何かに被弾した時のエネルギーは、鞭の柄を伝って吸収していた……そしてそのエネルギーの全てを今、私はクラウチングスタートの体勢で両足から放出した。

 

「ロケットスタートってやつだ」

 

「早っ⁉︎」

 

 驚きつつも奴は顔面を両腕で守る。しかし私は頭ではなく、伊月の腹部に蹴りを放った。もちろん波紋を帯びている。

 更に……

 

「reflection」

 

「ウグッ……」ザシュ

 

 蹴り飛ばされた伊月は吐血するが、数秒後に奴は平常運転に戻る。腹部には大きな傷跡が現れたが、あまり血は流れ出ていない。

 

「不意打ちの鳩尾は効くと思ったが……不意をついてもダメージが態度から見て取れない。ポルナレフの斬撃までオマケしたんだが…」

 

 この男…やはりオカシイ…

 

「…ハハハッ……どうしようかな………ってアララ? 向こうはもう終わってるみたいだね」

 

「何?……なっ‼︎ 礼神⁉︎」

 

 伊月が己の右後方を見つめるので、つい私もそちらに目を向けてしまう。もちろん伊月を視界に入れたまま。

 しかし遠くに見えたものを見て、私は伊月を視界から外してしまった。

 

「心配だよね…じゃあオジさんは逃げるよ。お嬢ちゃんが倒れてるのに、オジさんを追いかけたりはしないよね?」

 

 そう言って男は何かの薬品に火をつける。するとそれは「シュー」という音と共に煙を放出し、アンモニア臭を振りまき始めた。お陰で視覚は遮られ嗅覚も塞がれる……煙が発生する時の音は僅かな物だが、奴の静かな足音を消すには十分だった。

 

「血眼になり探せばやがて見つかる……が…時間がかかるな」

 

 弱点を知り追い打ちをかける絶好のチャンスだ……が、それは残念な事に礼神を見捨てる理由になるわけがなかった。

 この煙が原因で騒ぎが起こる前に、私はその場から身を引いて礼神の元へ急いだ。

 



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33.山道を駆け抜ける化け物

「礼神‼︎」

 

 屋根から飛び降り、私は倒れた少女の傍らにしゃがみ込む。

 すぐさま脈と呼吸を確認するが既に停止していた。そんな彼女の側には、膝をついた花京院がいた。

 

「……他の皆は?」

 

「……承太郎とポルナレフは敵を追いました。ジョセフさんとアブドゥルさんはまだ来てません」

 

「…………礼神は…」

 

「……葎崎さんは…………もう…」

 

 俯いたままそう花京院が答える…………が……

 

「……生きてる……よ〜……」

 

 瞼も開けずに、礼神の口からそんな言葉が漏れ出て来た。

 

「…………僕の涙を返せ」

 

「待……止めて……僕…重症……」

 

 どこか優しげのある手付きで花京院が礼神の胸倉を掴む。すると彼女の背中の傷が、塞がってるわけでもないのに流血が止まっている事が見てわかる。

 

「………花京院、そのまま礼神を俯せにしてくれ」

 

 私の指示を通りに花京院は、礼神に出来る限り刺激しないように…スタンドまで使って優しく俯けに寝かせた。

 

「……おかしい…刃物一つ分の深い傷だ……傷を負ってどれだけ経ったかわからないが、血が止まるにしては早過ぎる。普通ならまだ血が流れ出ているはず………しかし既に止まっているのが事実……そのお陰で失血死を間逃れているようだが……」

 

「…あのぉ……治療ぉ…」

 

「あ、あぁ。ひとまず道の端に寄せよう。日陰がいいな」

 

 すると花京院はハイエロファントの触手をハンモック状にして礼神を包み、またまた優しく移動させた。

 

「レオンさん。葎崎さんは……」

 

「安心しろ。余談だが私は医大卒だ」

 

 …と言っても遠い昔の医学がまだ発達していない時代の話だ。まぁ財団にいた時も役立つと思い、色々と医術を身につけてはいるが………

 

「レオン……さん………何する……気?」

 

「目を瞑っていた方がいいぞ? 花京院、私の姿が通行人には見えぬよう、そっち側に立ってくれ」

 

「え………ゾンビは………ヤダよ」

 

 礼神がそんな事を言ってくる。確かにゾンビにするのも助ける手だが、私の体組織の大半はサンタナ……つまり血でゾンビを量産できる吸血鬼とはかけ離れた存在だ。既にゾンビを作れる身体ではない。

 

「ゾンビにはならない安心しろ。ただこれからやる事は結構ややこしくて集中力を使う……しばらく二人共黙っていてくれ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

(………うわー……なんかグジュグジュ音がする)

 

 俯せのままケルちゃんの能力で僕は仮死状態を保っている。

 仮死状態になるということは心拍が止まるという事…血流が停止すれば出血も止まる。保健の授業受けてれば何となく予想できることだよね。

 仮死状態で何故意識があるのか……って言われたら「そういう能力だから」としか言えないけど……

 

(うぅ……なんか背中の中で蠢いてる気がする。仮死状態で触覚も鈍ってるのかな……でも何と無く何かが蠢いてるのがわかる)

 

 一体何をしているんだか……レオンさんの行動だから信じるけどさ……

 

「……コレで絶命は免れるだろう。礼神……起きれるか?」

 

 そう言われて仮死状態を解くと背筋に激痛が走る。でも表情で察してくれたのであろうレオンさんが、すぐに波紋を流して痛みを緩和してくれた。

 

「まだ痛いし、動けば怪我が悪化しそう……ねぇ、何したの?」

 

 僕が聞くと花京院は目を逸らした。そしてレオンさんは、さも当たり前かのようにこう告げた。

 

「波紋で痛覚をある程度遮断し、振動熱で熱をもたせた私の血で輸血&細胞を僅かに破壊……そこに私の細胞を君の細胞に癒着させて代用しつつ再生を促し………」

 

「もう結構です」

 

 聞かなきゃよかった……って血⁉︎

 

「ゾンビは嫌だって言ったじゃん‼︎」

 

「ゾンビにはならない安心しなさい」

 

「本当だろうね⁉︎」

 

「なってたら波紋で既に死んでいる」

 

 それもそっか……レオンさん何かと万能だけど、もう助けを借りるのやめよう。

 

「吸血鬼って万能なんだね……」

 

「スタンドも使ったけどね。私と花京院の生命エネルギーを君に分けた」

 

「………今なんて?」

 

 声のトーンを下げてレオンさんに再度目を向ける。

 

「そんな事しないでよ‼︎ ただでさえレオンさんはスタンドのせいで…ムグッ⁉︎」

 

「そこまで元気ならひとまず安心だな」

 

 僕の口を塞ぎ、レオンさんは笑顔を見せて立ち上がった。

 なんでこの人は………もっと自分を大切にしてほしいのに…

 

「なんで花京院止めてくれなかったの…」

 

「………レオンさんを心配するのと同時に、君に死んでもらいたくなかったからだ。ところで……さっきのは君のスタンド能力か?それともただの奇跡かい?」

 

 さっきの……多分心臓やらが止まっていたのに生きていた状態の事かな。出来れば詳しく話したくはないけど………

 

「ケルちゃんの能力……結論から言うと意識を保ったまま仮死状態に陥れる。擬似仮死状態中は、ケルちゃんの操作と掠れ声で会話する以外は何もできない。」

 

「……それって何の役に立つんだい?」

 

「出血多量の時とかには重宝するよ。やったの初めてだけど……詳しくは聞かないで、コレは僕のコンプレックスなの」

 

 僕の言葉に首をかしげるが、二人は言われた通りそれ以上は追求しないでくれた。優男ってイイネ。

 

「敵の事はあの二人に任せるとして、私達はジョセフ達と合流しよう」

 

「わかりました」

 

 僕は波紋で痛覚を和らげてもらわないと辛いので、問答無用でレオンさんに抱き抱えられる。

 すると花京院が何故か残念そうな表情を一瞬見せた……何故?

 

「そういえばレオンさん。伊月は?」

 

「…逃した………すまない」

 

 己の失態を悔やんでいるのか、レオンさんは重い溜息をついた。あの白衣オジさん……なんか引っかかるんだよなぁ…

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ジョセフとアブドゥルを探す事数分…我々は無事に二人と合流することは出来た。

 私に抱き抱えられた礼神を見て、二人はまず事情を尋ねてくる。

 

「礼神が攻撃を受けた。敵は三人……1人はガンマン、1人は両右手の男、最後の1人は伊月だった」

 

「何ですと⁉︎ して、伊月は………」

 

「逃げられた……逃すことはあっても、二度も同じ奴に逃げられるとは人生初の失態だ」

 

「残りの2人は今、承太郎とポルナレフが追っています。承太郎が()()を使えるようになったので、無事帰ってくると思います」

 

「アレだと?……何のことだ?」

 

 私が礼神の元に来た時、既に承太郎はいなかった。だから私は何が起きたのかを知らなかった。

 

「葎崎さんが死んだと思ったからでしょうか…承太郎は短い間のようでしたが、時を止める事に成功していました」

 

 花京院から告げられた事に私は、思わず目を丸くする。そんな簡単に出来ることなのか?

 いや……「友の死をきっかけに」というのが理由なら、簡単な事ではないか……生きているが。

 私は礼神に視線を下す。

 

「……なぁに?」

 

「問題は君だ礼神……君は今、波紋で痛覚を鈍らせなければ日常生活もままならない状態だ。骨折こそしていないが、背骨にも僅かに傷が走っている」

 

「骨が?わーお、痛い訳だ」

 

 呑気にそんなことを言っているので、一度私は波紋を止めてみる。すると礼神は、ピキッという効果音が似合いそうな表情を浮かべる。

 

「………事の重大さがわかるか?」

 

「コレは……波紋無しじゃ辛すぎだね」

 

「その状態での旅は危険じゃ。かと言って帰国させるのも不可能……どうしたもんかのう…」

 

 そう言ってジョセフは白い顎髭を撫でて唸る。アブドゥルも同様に腕を組み目を伏せた。

 やがてアブドゥルが案を思いついたのか、人差し指を立てて口を開く。

 

「止むを得ません。礼神には近くの病院に入院してもらいましょう」

 

「でも…「ただし‼︎」

 

 礼神が反論する前に、アブドゥルが口調を一瞬強める。

 

「お前はそう簡単に大人しくなってはくれない。だからレオンさん…申し訳有りませんが、入院中は貴方が彼女に付き添ってもらえますか?」

 

「私が?」

 

「入院…とは少し違いますね。貴方が宿でも取って最短で彼女を治し、完治後に我々を追いかけて来てください。礼神のスタンドと夜のレオンさんなら、すぐ追いつけるでしょう?」

 

 カルカッタからパキスタンへの国境を越え、その後はカラチの港へ向かう予定だ。その道中の移動手段は主にバスや車……確かに車での移動距離くらいなら追い付ける。

 

「今の所はそれが最善策か。礼神の傷の具合からしてそうだな………余分に時間がかかるとしても、国境を越えたあたりで追い付くだろう」

 

 私が真面目にそう推測すると、礼神は納得していない…というよりは不安そうな表情を浮かべている。

 

「何か不服でも?」

 

「…うん……ここから港までの間に何度か襲撃に遭う。毎度お馴染みバタフライ効果という不安要素があるから、先の予言はあまりしたくないんだ。その場で伝えたい。今言ってそれを頼って誤差があったら、それこそ大惨事になり兼ねないし………レオンさんが僕の記憶を肉の芽で読み取って、誰かに記憶させられない?」

 

「出来たらすでにやってる…生憎肉の芽は、私の記憶を相手にコピーさせるだけ…君自身が己の脳波を操り、電気信号を送信できない限り不可能だ」

 

「僕らを信じてください葎崎さん。相手の能力を知っているだけでも十分違うんですからね」

 

 最後の花京院の言葉で折れたのか、礼神は今後現れる予定の幽波紋使いについて幾つか説明した。

 

 

 

 

 

「それじゃあ気を付けてくれ。メモは無いが大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃ、そこまで老いとらんよ」

 

 目的に適した宿(連れ込み宿だという事は秘密にしておこう)を見つけ、私はジョセフ達に別れを告げる。彼らはこれから、承太郎達と合流し次第出発する予定だ。

 カルカッタからベナレスへ……おそらくベナレスに皆が着くのは明日の早朝だろう。

 

「じゃ、僕の予言は忘れないで…でも当てにし過ぎないでね」

 

「あぁ。それじゃあ……」

 

 伝えることも伝えてから宿に入り、背を向けると3人の足音は遠ざかっていった。

 

「お客様の部屋は二階の奥になります」

 

「ありがとう」

 

 私は受付から鍵を受け取り、礼神を抱えたまま部屋に移動する。室内は決して綺麗な部屋では無いが酷いわけでもなかった。

 

「レオンさんと泊まるの二度目だね」

 

「一度波紋を止めるが大丈夫か?」

 

「うぅ…ちょっと怖いな。擬似仮死状態になればマシかな」

 

 礼神をベットに寝かせてから、私は部屋のカーテンを締め切り日光を遮断する。扉の鍵も閉めてあるから誰かに見られることはないだろう。

 

「…始めるぞ」

 

 そう前もって言ってから私は触手を伸ばした。

 まずは応急処置で済ませていた部分を処理しなければ……足りぬ体細胞は私ので代用…数日すれば本人のものと入れ替わるだろう……

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 僕の背中の傷口から、細く長いものが何本か侵入してくる。いくらレオンさんの所作とはいえ落ち着かない……レオンさんには悪いけどね。

 

 僕は擬似仮死状態のまま、時が過ぎるのだけをただただ待っている。機能が低下した鼓膜がレオンさんの声をこもらせ、触覚は「何かが背中から侵入してる」という情報以外を与えてはくれない。

 

「…レ…カ……仮…状態…解い…くれ…」

 

 擬似仮死状態の解除を促す文が聞こえ、僕は能力を解除する。すると痛みはまだ強いが、だいぶマシになっている。

 

「どうだ?」

 

「動かない限りは問題ない」

 

「そうか…ならあとは波紋を当ててれば治るだろう」

 

 そう言ってレオンさんが僕の服を捲ってきた。急な事で声も出なかったが、別にいやらしい事をするつもりではないらしい。まぁレオンさんだしね…

 シンガポールのホテルでやったように、レオンさんは濡れタオルを僕の傷口に被せ波紋を流す。

 

「これは…取っても大丈夫か?」

 

「あぁ、サラシ? いいよー」

 

 僕の返事を待ってから、レオンさんが丁寧にサラシを取る。取り終えたサラシは裂け、当たり前だけど血が付いていた。

 これはもう使えないな…予備は1つしか用意してないのに。

 

「最初は少し痛いが我慢してくれ」

 

「了解で…ンッ!…………恥ずッ///」

 

 出すつもりのなかった女子の声が口から漏れる。

 メチャクチャ恥ずかしい…今の僕は俯せだけど上半裸なんだよね。

 

「……辛いなら押し殺さなくても大丈夫だぞ?」

 

 違うんですレオンさん…声を出すのが(精神的に)辛いんです。

 現在の状況は言葉によっては、R指定入りそうだからね?

 

「レオンさん。どれ位かかりそう?」

 

「そうだな…明日の朝頃だろう。国境前後で追いつける計算だ。もう少し遅らせても港までには合流できる」

 

 前後という曖昧な言葉を使ったのは、敵幽波紋使いとの遭遇を考慮してのものかな。

 

「じゃあ朝に出よう。早いに越したことは無いし」

 

「……休息はいいのか?」

 

「大丈夫だよ。少しくらい無茶したって…」

 

「少しではないだろ」

 

「うっ…」

 

 枕に顔を埋めているので表情は見えないが、きっとレオンさんは見透かした目をしてるだろう。

 

「だってさ………僕の長所って予言だけじゃん。それも最近はバタフライ効果で役に立たなくなってきてる……僕、荷物にはなりたくないよ………」

 

「………昔私は、ただの吸血鬼だった。柱の男に敵わぬ私は、付け焼き刃で力を身に付けた……結果…私の勝利と呼べる戦いなど無く、皆に心配させるだけだった。今思えば、私は出しゃばりすぎた………君はそうなってくれるな」

 

「そうはいかないよ。心配をかける事になっても、僕は僕の役目を果たす………誰も、死なせたくない」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 前々から気付いていた事だが、礼神はこの旅には向いていない。

 彼女は弱い心を無理に動かし、存在しない勇気を振りかざして旅をしているようだった。シンガポールでジョセフから聞いた…礼神が殺しをして精神的に追い詰められていた事を……

 

「君は…何故そこまで無茶ができる?」

 

 昔の私を知っていれば「お前が言うな」と言われそうな事だが、私は聞かずにはいられなかった。

 見るからに礼神は脆い存在だったからだ。

 

「……わからない」

 

「……………」

 

 私は無言を決め込んで、それを最後に治療に専念した。

 傷の具合を確認するべくタオルを少し捲ると、背中の傷口は浅くなっていて、空いた穴は赤みのある再生中の血肉で埋まりつつあった。

 

「なんで僕は付いてきたんだろ」

 

 10秒近くの静寂が流れてから、礼神が前触れも無く呟いた。口に出せる事もなく、耳だけを私は傾ける。

 

「………なんでこんな……僕はみんなと比べれば…無力なのに…なんで?…僕の予言だって……もうアヤフヤ……で…」

 

 言葉が絶え絶えになり、泣きこそしないが口調が弱々しくなる。そんな口調で伝えられる文からは、先程の決意が強がりだという事を理解させる。

 

「……原作を知ってるからって…こんな簡単に……首を突っ込んじゃ…ダメだったんだよ……………色んな意味で僕は…………みんなが怖い」

 

 共に旅をするのが怖い…それでも旅を続けるのは、一度出会ってしまった仲間を失うのが、旅より恐ろしいからだろう。

 この時私は、この少女がどれだけ弱く、一般的な女子高生なのかを理解した。

 礼神を励まそうと…元気付けようと…守ってやろうという考えがよぎる度に、私の目に映る少女は、ただの子供にしか見えなくなっていた。

 

 ………もう私はこの子に、旅を続けようだなんて言えない。だが無理に帰れとも言えない……彼女の精神的な逃げ道は無いのだから………前へ進み解決するまで、この少女は苦しみ続けるのだ……

 

「……旅を続けても苦しみ、諦めても苦しむ…………ソレは、君を連れてきてしまった私の責任だな」

 

 彼女に触れる手とは反対の手で、私は己の服の下に隠れていた鋼色のロケットを取り出す。

 

(……ジョジョ……君なら彼女になんて声を掛ける?…教えてくれ…………)

 

 ………………もちろん答えは返ってはこない。

 

 

 

 

 

 波紋を流し続けて十数時間……日が沈みまた上がった頃、私は寝ていた礼神を起こすために声を掛ける。

 

「礼神…朝だぞ」

 

「…んぁ?…ふわぁ……はよーございます」

 

 数十時間前の絶え絶えの声は無く、いつもの女子高生に戻っていた。

 

「ふぁ〜…出発ですね」

 

「………行くんだな?」

 

「え?」

 

「なんでもない」

 

 話をはぐらかしてから私は、小さな荷物を片手にとって財布を取り出す。

 礼神もそれを見て自分の荷物を持って立ち上がる。そして上半身を捻ったりしてストレッチをする。

 

「…痛いか?」

 

「少し突っ張るだけ。大丈夫、痛くないよ」

 

「そうか…なら早く服を着ろ」

 

 そう言ってから私は部屋を出て、彼女が着替えるのを待った。聞くつもりはなかったが、部屋の中からは恥じらいを押し殺すこもった声が聞こえる。

 やがて赤面した礼神が出てきて、我々は急ぎ足でチェックアウトを済ませた。

 

「人気の無い道までは徒歩だな……」

 

「………じゃあそこから僕がまず足になりますね」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 僕とレオンさんを乗せたケルちゃんは、カルカッタからぶっ通しで人気の無い道無き道を走っていた。

 最初はスピードを落とさず疾走できていたが、流石に疲れが出始めて聖地ベナレスを過ぎた辺りで休憩する事にした。ちなみに日は沈んだまんま……みんなは今頃ホテルで熟睡中かな……クソゥ。

 

「お疲れケルちゃん」

 

 骨で形成された大型犬は口を開け、一定のリズムで頭を上下に細かく揺らしている。舌があれば垂れ出てそうな表情……この子も疲れるんだねぇ。ちなみに時間軸的には、すでにみんなは女帝(エンプレス)運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)を倒した後だと思う。といっても、明確な日時はわからないから、まだかもしれないけど………

 軽く軽食を2人で食べて、血液ボトルから口を離してからレオンさんが声をかけてくる。

 

「さて……そろそろ行くぞ」

 

 屈伸してストレッチをするレオンさんが膝をついて背を向ける。移動中は揺れるから水も飲めないらしく、今のうちに水分を補給しておく。

 

「よっし…お願いします」

 

「あぁ」

 

 レオンさんの背中にしがみ付くと、両腕を僕のお尻の下で組んで座れるようにしてくれる………下心は無い 下心は無い。

 

「先に言っておくが乗り心地は良くはない…そこは勘弁してくれ」

 

「大丈夫。乗り物酔い強いし、ジェットコースター大好き」

 

「そうか…………それは良かった」

 

 ………僕は、今言った事をそのうち後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

「アンギャァァァァア‼︎‼︎⁉︎」

 

「………凄い奇声だな…」

 

 女子高生のソレとは思えない声が口から飛び出て、僕はレオンさんの背中に顔を埋める。

 しかしレオンさんは長身だが承太郎のように幅があるわけでは無い。どう足掻いても視界を遮り切ることはできない。

 目を瞑れば良いんだけど、それはそれで怖い…怖すぎる。

 

「もう一度落ちるぞ」

 

「え⁉︎あ‼︎ちょっと待っ…ウギャァァァア‼︎‼︎」

 

 聖地ベナレスを過ぎて山道に差し掛かってからの5度目の奇声……

 レオンさんは山道に入るまでは普通に道なりに沿って走っていた。だが山道に入れば道は細く、ときに「いろは坂」の様に連続カーブをして下がっていく道もある。そしてレオンさんのスペックがあると、ここで道なりに沿って走るのはただの()()()なのだ。

 

「もう落ちないでくださいお願いします死んでしまいますもう変わって下さいケルちゃん出しますから」

 

「落ち着いて話せ、良く聞き取れなかった。それに好きなんだろう?ジェットコースター………」

 

「ジェットコースター()好きですよ?でもこれはソレとは別格過ぎます」

 

 跳躍して3車線くらい飛び越えて真下に落下……かと思えば急に前進する。

 落下時にW-Refで僕にかかるエネルギーも吸収してくれてるんだろう。そのせいで身体にかかる負担は無いが、予想外の動き過ぎて虚をつかれる。

 たまに運動エネルギーをレオンさん自身に放出して、空中で方向転換するし…………それはもう止めてくれたけど…

 

「仕方ないな………む?丁度いいところに……」

 

 そんなセリフが聞こえたかと思うと、レオンさんは音も立てずに着地して僕を地面に下ろした。

 降ろされたハズなのだが身体は何故か揺れ、地面は冷たく僅かな月光を鈍く反射していた。

 

「うぇ?何これ?酔っちゃったのかな?」

 

「座りなさい。落ちるぞ」

 

 僕の疑問には答えず、肩を掴まれ僕はその場に座る。すると周りの景色が横に流れていることに気付く。

 

「………あ、コレ車の上?」

 

「そうだ。厳密にはトラック上だ……手摺なんか無いんだから気を付けろ」

 

 そう言われて差し出された手を握り、僕は一息ついた。

 移動速度は僕らに比べて遅いが、ココなら休憩中でも移動距離が稼げる。

 

「レオンさん水飲む?………レオンさん?」

 

 荷物からペットボトルを取り出して差し出すが、レオンさんは闇夜を見つめて表情を険しくさせる。

 

「………運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)…だったか?」

 

「…何が?」

 

「車型のスタンド………まさかアレじゃ無いよな?」

 

 そう言って指差す先は暗く良く見えない。しかし、ヘッドライトがついた一台の車が、僕らと同じ道の後ろの方を走っているのは確認できた。

 

「正直ただの車か改造車みたいな外見で、パッと見 良く覚えてないんだよね。なんでアレが気になったの?」

 

 そう聞くとレオンさんは右手をその車に向ける。その手にはW-Refが限定発動していた。

 

「この旅の道中で何種かのスタンドエネルギーを吸収したのが原因だろう。スタンドによって様々だが、スタンドエネルギー共通の特徴の様なものを感じ取れる様になってな」

 

「共通の特徴?」

 

「要点を押さえて言うと…一定距離内のスタンドエネルギーに気付ける」

 

「……ッ!それって感知機能(センサー)が使えるって事?」

 

「そう解釈してもらって……「パキッ」…構わない」

 

 おもむろにレオンさんはスカーフを捲り、口に指を入れて何かを取り出す。そんな所に何を隠してたんだろう…パキッて音がしたけど……まさか?

 

「あの車、もしくは乗車してる者は幽波紋使いだ。reflection‼︎」

 

 今までの移動で吸収した落下時に発生したエネルギーだろう。その物理エネルギーを使って、レオンさんは取り出した何かを、後ろからついてくる車に撃ち込んだ。

 

 すると「バスン」という音をたてて、後方を走る車は速度を落とした。

 

「タイヤを撃ち抜いたの?もし一般人の車だったらどうするんですか?」

 

「……知らぬふりをしてればいい。尖った石でも踏んでパンクしたんだと、勝手に謎を解決してくれるさ…………それに…やはりスタンドの様だぞ?」

 

「ッ‼︎⁉︎」ドゴォン‼︎

 

 衝突音を響かせてトラックが大きく揺れる。

 いや……揺れるなんてものじゃない………

 

「う、浮いた⁉︎」

 

「掴まれ‼︎」

 

 後ろから抱き抱えられ、僕はすぐに浮遊感に襲われた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「あの車、地中を掘り進めるのか……」

 

 礼神を抱えて跳躍すると、時間差でトラックの下から改造車が飛び出してくる。そのせいでトラックは吹き飛び横転………何が起きたかもわからず、運転手は慌てて這い出てくる。

 

「レオンさん逃げよう‼︎一旦距離を取らないと…」

 

「わかってる」

 

 岩場の側面を蹴って山道から外れ、私は敵スタンドから距離を置く。その時にまた礼神が奇声を上げたのは言うまでも無い。

 

「礼神、何故このタイミングで奴がいる⁉︎」

 

「知らないよそんなのー。ケルちゃん!」

 

 そう言って礼神はスタンドを出し、足の役割を交代する。

 ケルベロスの背中に飛び乗り礼神を下ろすと、すぐさま私は後方を確認した。

 

「車のスタンドというだけあって速いな。礼神、とばしてくれ」

 

「オーケー、振り落とされないでねッ!」

 

 ケルベロスの機動力がフルで働き、私は両足で立ち上がる。スタンドの背骨に片脚の爪先を引っ掛けているのでバランスさえ取れれば振り落とされないだろう。かなりの速さで移動してるので、引っ掛けている足を外してしまえば たちまち私は飛ばされてしまうがな。

 

「一度ショートカットしてできた距離はもう詰められている。これ以上スピードを上げられるか?」

 

「無理ィ!ヒュイッ⁉︎」パチン

 

 奴の攻撃がケルベロスの骨に被弾したらしい。

 運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)の遠距離攻撃……それはガソリンの水滴だ。

 礼神のスタンドは防御力が高い為、屋根に打ち付けられる雨音の様な音を出したが、アレは人体を抉る程度の威力があるらしい。

 

()()に当たるのも時間の問題……牽制するぞ」パキッ

 

 スカーフの隙間から自分の八重歯を抜き取り、私はそれを指の力で撃ち出す。先ほどの様にW-Refを使って撃ちたいが、残念な事に吸収量が今は無い。

 指の力だけでは威力不足で、フロントガラスすら貫通しなかった。

 

「うへぇー、やっぱり歯だったんだ……」

 

「すぐに生え変わるさ。にしてもどうするか……これ以上抜くと再生が遅くなる…」

 

 鞭はこんな足場の悪いところでは強く打てない。

 飛び道具なら他にもあるが……正直な話、使うと道が崩れて現地の人に迷惑をかけてしまう可能性も…

 

「………仕方ないか」

 

 左目を瞑り右目に力を込めると、眼球の内側には体液が集まり圧がかかり始める。そして外膜がそれに耐えられなくなり、高圧力のかかった体液がカッターの様に射出された。

 

「お!空裂眼刺驚(スペースリパースティンギーアイズ)だ!初めて見たー」

 

「…良く覚えられるな」

 

 礼神に呆れながらも私は左目を開ける。

 すると私のその目には、蛇行運転を繰り返して崖から落ちる改造車が映った。

 射出した体液のカッターはフロントガラスを突き破り、何処かに被弾したのだろう。足場の揺れが凄いため、どこに当たったかは見当もつかない。

 

「なんで片方だけ?」

 

「この技を使った方の目が一時的に視力を落とすからだ。夜に両目を使うと、流石に不利だからな…」

 

「そんなデメリットあったんだ…」

 

「良く考えてみろ。瞳の水晶体を突き破っているんだぞ?」

 

 そう言うと納得したかの様な表情を浮かべて前を向き、私は崖の下に目を向けた。

 そこに改造車は既になく、無数の小さな穴が空いていた。

 

『危ねぇじゃねぇか‼︎ ヒャホハハハッ‼︎』

 

「こっち来たァ⁉︎」

 

 改造車のタイヤはスパイクに変わっていて、ソレは砂埃を立てながら我々の走る道の()()を走っていた。

 フロントガラスの()()()()には新たな穴が空いている。位置的に体液のカッターは身体に当たってすらないな。ビビって転落しただけか………

 

「速度を上げろ‼︎」

 

「無理ですよッ‼︎ヒァッ⁉︎」

 

 頭を下げて礼神は蹲り、それを見習って私も姿勢を落とす。またガソリンを飛ばして来たのだ。

 

「数百メートル先で待っててくれ」

 

  「何する気?」

 

「カーチェイスは分が悪い。ケリをつける…」

 

 制止の声が聞こえるが、無視して私は改造車に飛び付く。

 フロントガラスを蹴り割るつもりだったが、思いの外硬く、ヒビが入っただけだった。

 しかし視界を覆われて慌てたのか、また蛇行運転に切り替わる。

 

「少しドライブデートに付き合え」

 

 何度も殴りつけてガラスを破ろうとすると、私を振り下ろそうと運転が荒くなる。そこで私はフロントガラスの縁にしがみ付き、右目に力を込める。

 

『またアレか⁉︎』

 

 何をしようとしたのか分かったのか、奴はドリフトを繰り返して崖から自ら転落した。そして山道の側面にスパイクを差し込み回転…落下速度を更に加速させる。

 

『だがシブく無いね!地面にキスしなァ‼︎ヒャホハハァ‼︎』

 

「ふむ、流石に無事では済まない………とでも思ったか?」

 

 W-Refを発動…両手で車をしっかりと掴み、両足を地面へと向ける。やがて私は地面と接触した。

 

「落下エネルギーを両手足から吸収……」

 

『ヘァッ⁉︎』

 

 ステータスに関しては最低ランクのW-Ref(ダブルレフ)。これは力の無いスタンドなのではない……()()()()()()()()スタンドのだ。

 

「重力加速度を吸収しただけで、重さは変わらない…だが重力エネルギーまで吸収してしまえば、何トンあろうと風船と同様………」

 

 地面に繋がれてでもない限り、私に持ち上げられない物は基本的に無い。

 改造車を地面に叩きつけ、私は奴の腕あたりに狙いをつける。奴はまだ抗おうとタイヤを回転させるが、既に圧をかけ終えた右目からすぐさま体液が飛び出る。

 

『ギニャァァァァア⁉︎』

 

 ようやくフロントガラスは砕け散り、腕を押さえる男を引き摺り出す。

 そして用済みになった改造車は、手足から吸収した落下エネルギーを放って遥か彼方に吹き飛ばす。

 

「バ、化け物ォ‼︎」

 

「今更何を………にしても、奇怪な身体をしているんだな」

 

 腹は膨れ胸板の薄い不健康体…かと思えば腕だけは承太郎と同じくらいの筋肉を持ち合わせていた。

 

「ひぃぃぃい‼︎」

 

「逃げるな」

 

「ウゲッ⁉︎」

 

 這い蹲って逃げようとする男の背中を踏みつけ、首筋に鞭の仕込み刃を当てる。

 

「スタンドを動かしたら殺す。無駄な抵抗をしても殺す。それが嫌ならば質問に答えろ。貴様の命を奪う次の一手は、今突きつけている仕込み刃だけだと思うな」

 

 仕込み刃を握り直し、右目に圧をかけ、奴を踏む足に体重を僅かにかける。首を斬りとばす、頭骨を撃ち抜く、心の臓を踏み抜く為の予備動作を私は今終えたのだ。

 

「………あ…あ…」

 

 声にはならないが男は必死に頷いた。何通かの自分の死を感じて恐怖しているのだろう。

 

「何故我々を狙った?DIOの刺客か?」

 

「そ、そうです!オ、俺は金で雇われただけなんですーーッ!」

 

「何故我々を狙った?」

 

「で、ですから雇われて……ギィッ⁉︎」

 

 足に体重を更に傾けると、背骨が悲鳴を上げ始める。肺が圧迫され、男は呼吸もままならない。

 

「ターゲットは我々2人だけではないだろ。 何故()()()()()を襲った?」

 

「そ…それは……アイツの…趣向で……」

 

「アイツ?」

 

 話しやすいように一度足を退ける。すると這い蹲ったまま深呼吸をし、男はある人物の名前を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…伊月 竹刀ですぅ……」



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34.再来と再会

「…………アレ?…ここは?」

 

 目が覚めると僕は、見知らぬ部屋の椅子に座っていた。

 確か僕は山道を走っていて……それでレオンさんが勝手に飛び出しちゃって……アレ?

 そっから先の記憶を僕の大脳は記憶していなかった。

 

「ひとまずここを出よ……う?」ギシッ

 

 立ち上がろうとしてお腹に圧がかかる。おかしく思い視線を落とすと、僕の腹部に何重にも巻かれた縄が見えた。

 どうやら僕は椅子に縛り付けられてるらしい。

 

「……何だってんだよ。ケルちゃん!」

 

 スタンドを呼び出そうとしたがケルちゃんは姿を見せない。何故かはわからない…わからなくもないけど、できれば違って欲しい。

 改めて室内に目を向けると、部屋の隅に木箱が積んでありランタンがその上に置かれている。部屋はそこまで広くなくランタン一つで十分な光源を得ていた。

 次に壁に目を向けるとソレは木材でできていて、だいぶ古いのかボロが出ている。よく見ると板の隙間から外が見える…でも何も見えないからまだ夜なんだろう。

 

(スタンドが使えない……やっぱり伊月 竹刀の仕業かな…)

 

 シンガポールで浴びた麻酔……被ってからレオンさんに直してもらうまで、僕はスタンドが出す事すらできなかったのだ。

 

「……あるぇ?でも体動くな……麻酔では無い?」

 

「お?目が覚めたかい、お嬢ちゃん」

 

 古びた扉が音を立てて開く。そしてそこからあの2人が姿を表した。

 

「やっぱりアンタの仕業かぁ〜」

 

 できれば外れて欲しかったけど、僕の予想は的中してしまった。

 

「おいおい、年上を敬いなよ。オジさんショックだぜ」

 

「どうせ知ってるだろうが自己紹介させてもらおう。俺の名はホル・ホース……ご存知帝王(エンペラー)の幽波紋使いだ」

 

 ヘラヘラと嫌な笑みを浮かべる伊月 竹刀と、形だけでも自己紹介をしてくれるホル・ホースが僕の前に立ちはだかる。

 

「……で?何の用?」

 

「実はオジさん…日本からずっとお嬢ちゃん達を安全に殺す隙を窺ってたんだよ。でも度々パートナーを変えて影から襲うたびに不審に思う事があってね………用意が万全なんだよ」

 

「……………」

 

「それで暫く探りを入れた……気づかなかったでしょ?シンガポールのホテルについてから、君の荷物に盗聴器が付いてた事」

 

「……いつの間に…」

 

「ロビーですれ違った時だよ。誰もオジさんに気付いてなかったけどね。お陰で確信が得られた……君は未来を知っている」

 

 もしかしたらいずれバレると思ってたけどバレたか…

 そこまで言うと伊月はホル・ホースに目を向ける。するとホル・ホースは背を向けて部屋を出た。

 

「……さて、ここからは1人の人間として聞きたい事がある。DIOとは無関係の質問だ」

 

「へぇ…僕らと同じ転生者なら、聞きたい事なんて早々ないと思うけどな…」

 

「……………なんだ…知ってたんだ」

 

 少し驚いた顔をして、伊月は面白そうに顎をさする。

 

「そりゃ未来知ってますから。ただのバタフライ効果の可能性もあったけど、スタンド名が「ミカド」っていう、カードでも曲名でもない名前だったからね……決定的証拠はないけど、試しに言ってみたらたった今、アッサリと肯定してくれたし…」

 

「なるほどねー、確かにオジさんが転生者って方が二次小説じゃありそうな展開だしね。コレを読んでる方々もどうせみんな気付いてたよ。画面の前の君もそう思ってただろう?」

 

「何の話?誰に言ってんの?」

 

「なんでもないよ。それじゃあ本題に入るね。まず……………()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「クソッ…完全に私の落ち度だ」

 

 別れたところまで戻ってみると、礼神のスタンド…スケルトンケルベロスの足跡が途中で途絶えていた。

 ガソリンの流れ弾を恐れて離れさせた……パートナーなどいないと決め付けるのが悪かったな…

 

周囲感知機能(アラウンドセンサー)にも引っかからない……上から見たところ人影もない……」

 

 最も高さのある場所へ登り辺りを見渡す……そこでほんの僅かな光を見つける。

 目を凝らせばそれが、風化した古小屋の壁から漏れるものだとわかる。

 

「この距離…一点感知機能(ピンポイントセンサー)なら……」

 

 W-Refを限定発動させた右手を向けると、その先から二種類のスタンドエネルギーを感じる。1人は礼神…もう1人は恐らく伊月 竹刀だろう……

 それを感じすぐさま私は駆け出した。

 

 

 ーーーードォン‼︎ーーーー

 

 

 ……W-Refの感知機能(センサー)は2つある…

 既にわかると思うが、周囲感知機能(アラウンドセンサー)は自分を半径に10mの距離を…一点感知機能(ピンポイントセンサー)は手先100〜200メートル先の直線上を感知できる。

 

 周囲感知機能(アラウンドセンサー)の弱点は、距離とW-Refを完全発動させないといけない事………一点感知能力(ピンポイントセンサー)の弱点は、一部発動だけで使えるが直線上しか感知できない事………

 

 だから私は死角から何かで右足で撃ち抜かれてしまった。

 

「銃声⁉︎」バッ

 

 すぐさま撃たれた方向にセンサーを向けるが何の反応も無い。それを理解すると同時に、別の方向から更に数発 足を撃たれる。

 

「W-Ref、周囲感知機能(アラウンドセンサー)‼︎」

 

 感知能力(センサー)の種類を変えて周囲に気を配る。

 範囲内に特別大きなスタンドエネルギーは無い……だが小さなエネルギー体が4つ………花京院のエメラルドのような、遠距離系の何かが飛んでいる…

 そんな事はどうでもいい……問題は四方から同時に迫っていることだな。

 

「だが…」

 

 W-Refで銃弾を2つ摘み取り、後ろから迫る残りは回し蹴りの要領で蹴り消す。スタンドエネルギーである事には変わりなく、触れると同時にソレは吸収された。

 

(遠距離攻撃…小さなエネルギー体…ホーミング弾幕…噂に聞くホル・ホースか?)

 

 銃声は何度か聞こえていたが、聞こえてくる方向がおかしい……右からと思えば左……前と思えば後ろから聞こえる…しかも銃声にしては妙に反響している。

 

「吸血鬼対策を講じているな……どんな仕掛けかは粗方想像つくが、どうするか……」

 

 一点感知能力(ピンポイントセンサー)でしらみ潰しに探すには、発砲の間隔があまり無いので厳しい。

 やがてまた銃声が数度聞こえる…しかし銃弾は同時に私を襲う。おそらく無駄に銃弾カーブさせ、タイムラグの帳尻合わせをしているのだろう。

 

(周囲感知機能(アラウンドセンサー)で身を守る事は容易い……普段ならだが…)

 

 最初足に数発貰ったからだろう。

 私は化け物……日常生活に差し支えはないが、戦闘中となれば別だ。機動力はもちろん落ちるし、奴の銃弾は元々命中率が高い。

 ひとまずこの場を離れることが最善と思ったが、それと同時にW-Refが消失……私は一時の間丸腰になる。

 

「…クールタイムか……」

 

 一定で聞こえていた銃声のテンポが早くなる。クールタイム(時間切れ)を待っていたのだろう…銃弾は全て私の右足に向かっていた。

 クールタイムは5秒…素手で触れれぬ追尾銃弾……どうやって避けろと?

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……どういう事?何の話?」

 

「………いや、何も知らないなら良いんだ。はぁ…残念…オジさんが個人的に知りたい事は、何も知らなかったか……」

 

 遠い目で小屋の壁を見つめ、伊月は本当に残念そうな表情を浮かべている。だがすぐに切り替えてまた、いつものヘラヘラとした笑顔に戻る。

 

「さて…ホル・ホースの発砲が始まったってことはレオン・ジョースターの足止めが始まったってことだ。いい加減に個人的にではなく組織的な事を聞かないとね……」

 

 そう言って僕の座る椅子の前まで移動して膝をつく。そして右手の人差し指を立てて口を開く。

 

「君の存在は厄介だ…だから君には2つの選択肢がある。1つはオジさん達の仲間になる……DIOの下につくこと。もう1つは…」

 

 間を空けて左手の人差し指を立てて、別の案を提示してくる。それを聞いて僕は目を丸くした。

 何故なら………

 

「ここでジョースター御一行と別れ帰国する」

 

「…………え?」

 

 提示された選択肢が意外だったからだ。

 仲間になるかここで死ぬか………普通はそうだと思った。

 

「さぁどうする?もちろん後者を選ぶなら日本までの安全を保証する。なんならDIOの言うこと無視してオジさんが護衛する」

 

「ちょ、ちょっと待って?何がしたいのかサッパリなんだけど……」

 

「別にいいよサッパリで。私情を話す義理はないから………うん。オジさんもフェミニストって事で納得して」

 

 ポンっと手を打って何か1人で解決させると、伊月はまたヘラヘラと笑う。

 

「ちなみにオジさんは後者を推奨するよ」

 

「…………後者を選べば安全に帰国させてくれるの?」

 

「もちろん。何事もなく君は女子高生に戻れる」

 

 何故無事に返してくれるのかはわからないが、それを聞いて僕は意を固める。

 ゆっくりと深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻し、真っ直ぐと伊月を見据えて口を開いた。

 

 

 

「だが断る‼︎」

 

 

 

「……何?」

 

 いずれ出会う可能性のある漫画家の言葉を使い、僕はそう叫んだ。そして舌を休ませずに次々と口走る。

 

「僕はジョセフさんやレオンさんにガンガン弱音をぶちまけちゃってんだよ‼︎ でも諦めたら僕は後悔する‼︎ 絶対に‼︎ だから帰らない‼︎ 仲間にもならない‼︎ これ以上誰にも迷惑はかけたくないんだよ‼︎」

 

 ケルちゃんに縄を噛みちぎらせると、僕はケルちゃんに壁を破壊させた。これで逃げ道ができた……

 

「……オジさんが投与したのはスタンドが上手く出せなくなる幻覚作用のあるものだ……アヴドゥルみたいにダウンしないよう薄めたとはいえ、その効果を君は打ち消した………それは即ち、精神力が向上したということ……」

 

「もう迷わない」

 

「だろうね。せっかく女子高生に戻れるチャンスだったのに………そんな目をしていたらもう戻れない……君のはもう、戦える者の目だ」

 

「ハハハッ…僕は承太郎に友達(ダチ)認定された希少種女子なんだよ。女子高生でいるより僕はこっちがいい……諦めなよ……腹括った今の僕なら()()()()()()()?」

 

 僕がそう言うと、伊月は首をかしげる。

 「隠された能力があるのか」「ただのハッタリか」……そんな事を伊月は今、考えている気がする。

 そして数秒が経ち、その場に新たな人影が現れる。それに既に気付いていたのか、伊月は煙幕を使って姿を消した。

 

「………待たせたな」

 

「遅かったねレオンさん……怪我大丈夫?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 礼神は無事に戻ってきた……が、またもや伊月を逃してしまった。ついでにホル・ホースも……

 言い訳をするわけではないが私の右足は今ズタボロだ。コレでは追いかけたところで捕まえられない。しかも2人に合流されては勝てないかもしれない。

 

「………礼神…だいぶ顔付きが変わったが何があった?」

 

「まぁちょっと色々あって。そんなに変わった?」

 

「あぁ。伊月には何かされてないのか?」

 

「仲間になるよう勧誘された。もしくは大人しく帰れって」

 

「殺すような脅しはなかったのか…良心的だな。他には?」

 

「…別に」

 

 バツが悪そうに顔を背ける。彼女は自分をバカだの言っているが、結構考える事は考えている。だから深く追求するのはやめておこう。

 

「……足……大丈夫?」

 

「あぁ、再生に時間はかかりそうだが問題ない」

 

 普通の切り傷等なら問題無いが、ホル・ホースの銃撃はなかなか威力があり被弾するたびに肉片が抉られるのだ。

 切り傷ならまだ傷口を癒着するだけだが、空いた穴を塞ぐには肉が必要…血肉を生成するには少し時間がかかる……それでも人間とは違って目に見えて再生しているが…

 

「それはそうと………礼神、すまなかった。私の独断で別行動を……」

 

「……嫌だ。許してあげない」

 

 頭を下げて謝罪すると厳しめの答えが返ってきた。しかし口調がすぐに変わり、彼女は急に懇願してきた。

 

「許して欲しいなら僕を捨てないで‼︎ 守って‼︎ 旅が終わるまで1人にしないで‼︎ 旅が終わるまでは絶対に帰らないから!」

 

 懇願する内容は非力な者がするものだが、彼女の目は力強く訴えている。

 本当に何があったのかはわからないが、私は首を縦に振るしかなかった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 それとほぼ同時刻の山道の外れ……そこには白衣を身に纏った男が、何故か西部劇風の男を背負って歩いていた。

 

「……随分派手にやられたねぇ。ゴメンね時間稼ぎなんてやってもらっちゃって」

 

「いや……俺が自ら選んだ事だ。アフターケアも万全……何の文句もねぇよ」

 

 伊月に背負われたホル・ホースは、自分の足を見て自称気味に笑って答える。どうやら足が折れているらしく腫れが酷い。

 

「にしてもあんなバケモンをあんたは良く止めれたな。俺だったら間違いなく死んでたぜ」

 

「何言ってんの。君だって生きてるだろ〜」

 

「そりゃあんたの恩恵を得てたからな」

 

「……逆にアレで勝てないとなると、オジさんもいい加減怖く思えるな」

 

 そう言いつつもケラケラ笑い歩を進める。しかしホル・ホースは難しい顔をして問いた。

 

「……なぁ伊月の旦那よぉ…レオン・ジョースターのスタンド能力は外部から得たエネルギーの利用なんだろ?」

 

「そだよ、それが何?」

 

「…蒼黒い槍…もしくは鈍器のような物に心当たりはねぇか?」

 

 伊月は頭を捻って考えるが、それらしき物にはまったく見当がつかなかった。

 

「……サッパリだね。何だいそれ?」

 

「レオン・ジョースターに6発同時に撃ち込んだ瞬間…………腰か背中…か?その辺りから5,6本…いやもっとあったな。おそらくスタンドと思われる物が生えていた。青黒く決まった形の無い物体……最初は炎かとも思ったがそれで球を弾かれ足を折られた」

 

「はへー、そんなことが……」

 

 少し目を丸くして伊月は面白そうに耳を傾けている。

 

「笑い事じゃねぇよ‼︎ それを見た瞬間俺は敗北…死を実感し逃げ出した…だがそのスタンドは、エンペラーの射程距離ギリギリまで離れた俺を攻撃したんだぞ⁉︎ それもその場から動かずに‼︎」

 

 軽く熱弁しながらホル・ホースは騒ぐが、伊月に静かにするよう注意される。

 

「そのスタンドの持ち主が、まだ結構近くにいることを忘れないで…」

 

「わ、悪い……」

 

 ホル・ホースから告げられた事をキッカケに、伊月は面倒臭そうな表情を今度は浮かべた。

 何故なら今回、伊月は本気でレオンを仕留められると思ったからだ。

 地中には予め枝分かれしたパイプが張り巡らされており、そこにエンペラーを放てば、操作可能な銃弾なので様々な位置から狙撃ができる。しかも銃声もパイプ内を伝わって反響……本人の位置も悟られない完全に有利なフィールドだったのだ。

 

「オジさんもミカドで鱗粉を撒いていた……更に地の利を生かしても敗北かぁ〜」

 

「レオンはパイプの仕組みも理解してたようだ。動きがそんな感じだった。俺が連射して隙を与えなければ、青黒いスタンドも使わせずに敗北していただろう……まぁ連射してスタンドを使いまくったからか、今の俺には鼻くそほじる余力もねぇがな…」

 

「マジかー……ひとまず今回は逃げよう……また隙を窺えばいい」

 

「……はぁ…」

 

「なんだい……なんか不満?」

 

 ホル・ホースの溜息を耳にし、伊月が質問する。

 

「あんた何て呼ばれてるか知らねえのか?」

 

「知らない」

 

「パートナー殺しだよ……俺はあんたを信頼してるが、あんたといると確かに死んでもおかしくない。そう今思った……」

 

「おいおいおいおい…オジさんのせいだってのかい?」

 

「いや相手が悪いだけだ。だが伊月の旦那は多くのパートナーと組んでいた。それで毎度敗北したら、評判も悪くなる……たとえ、パートナーの実力不足でもな」

 

 それを聞いて伊月は、またヘラヘラと笑みを浮かべる。

 

「確かにねぇ……灰の塔(タワーオブグレー)暗青の月(ダークブルームーン)黄の節制(イエローテンパランス)吊られた男(ハングドマン)………でもダークブルームーンは不可抗力でしょ? 到着した時には死んでたんだし……ひとまず爆弾だけ海上で付け直して逃げたけど…」

 

「なんで逃げたんだ?逃げ場の無い船上なら鱗粉で一網打尽に……飛行機内の時だってあんた、パイロットを毒殺しただけだろ?」

 

「言ってなかったっけ?オジさん乗り物酔い酷いんだぜ?移動中に何十回吐いたと思ってんの?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 古小屋を離れた我々は地べたに座り夜食を取っていた。

 敵の奇襲を考え、今は礼神のケルベロスが周囲を巡回している。こういった簡単な命令なら自動(オート)で動くらしい。

 

「今夜中には追い付くかな…どう思う?」

 

「我々と別れた日に出発、我々が出発した頃にはベナレスにいたはず………」

 

 礼神の予言では確か、ジョセフが医者殺しの容疑をかけられてしまうらしい……あいつの事だ。国境を越えて安堵し、時間的にも国境近くのホテルで休息を取っているだろう。

 

「となると今は国境を越えたところにある町のホテルにいるはず……現在時刻は午後の11時……歩いても明日のまだ暗い早朝には追い付くだろう」

 

「朝……朝か………」

 

 目を虚ろにし、礼神が自嘲気味に笑う。

 なんだかんだで礼神も休息無し……波紋で時折疲労回復をさせているが、彼女は私と違い人間だ。ストレスや疲労感は凄まじいものだろう。

 

「……よし、君は休んでいるといい」

 

 夜食と称したパン類を食べ終え立ち上がると、礼神はウンザリといった様子で見上げる。

 どうせ私の背中では休めないとでも言いたいのだろう。

 

「……極力激しい運動は避ける。崖からも飛ばない。それでいいか?」

 

「…………うん」

 

 僅かな荷物を礼神に背負わせ、そんな礼神を私が背負う。すると礼神は私の肩に顔を乗せて脱力した。

 ……国境までそう遠くは無い……私はスピードを出さず、安定性を優先して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 国境を越えて街へ入り虱潰しにホテルを回る。

 受付でジョースターの名を聞き次のホテルへ足を運ぶ…そんな作業を数度繰り返すと、ホテル前で奇妙な物を見つける。

 

「……銀色の柱……ポルナレフか?」

 

「……ん?レオンか………怪我は大丈夫そうだな。流石は人外だ…もう追い付いたのか」

 

「あぁ………?」

 

 旅の仲間をホテル前で見つけ声をかけると、彼は覇気を失った雰囲気で煙草を加えていた。牙の抜けた猛犬のようで、別れる前の面影が格好以外無い。

 そして彼は煙草の火を消し、私の前に立って腰を折った……正直その頭で謝罪されても髪が邪魔だ……

 

「……すまなかった…」

 

「…………」

 

 その声は重く、低く、とても弱々しかった。

 

「一時の感情で俺は……みんなに迷惑をかけた……本当にすまない」

 

「……随分と丸くなったな。復讐を遂げて目が覚めたか」

 

「あぁ……レオン…この旅が終わったら案内してくれ……礼神の墓に………」

 

 ……ふむ…なんとなくだが話は見えた。

 ジョセフの事だ……そして相手は口の軽そうなポルナレフだ………

 おそらく適当なデマを伝えたのだろう。彼に深く反省させるためにも………いや、単なる悪戯な可能性もあるが………

 

「…私が今背負っているのが誰かわかるか?」

 

 おそらくポルナレフはこう伝えられたのだろう…

 「礼神は死んだ、レオンも重症…回復を兼ねてレオンは礼神を埋葬してから来る」……精々そんなところだろう。

 

「……………」

 

 ……うむ……たぶん当たりだ…彼の表情でそうだとわかる。

 最初は「何だソレは」程度の表情だったが、ソレが礼神だとわかった瞬間目を見開き、口を開け閉めしながら私と礼神を交互に見る。

 

「………は…………ハァァァァァァア‼︎‼︎⁇⁇、ゴッ⁉︎」

 

「五月蝿い……ほら…礼神が起きてしまった」

 

 咄嗟にポルナレフの腹部を蹴り上げて黙らせたが、ポルナレフの驚声(きょうせい)で礼神は目を覚ましてしまった。

 

「…ダ…だってよ⁉︎ なんで礼神が 「五月蝿い」 グハァ‼︎」

 

 また騒ぐかと思った瞬間、礼神が自身の右手を持ち上げ横に振るう。するとポルナレフの隣に現れたケルベロスが、ポルナレフに突進して突き飛ばした。

 

 ちなみにこの後ポルナレフは、礼神の生存を報告しようとしたが、無論…彼以外は生存を知っていたので、ポルナレフは結局、アヴドゥルに拳骨を落とされ悶絶する羽目になった。

 殴られた理由は「夜遅くに騒ぐな‼︎」とのこと………ちなみに礼神に気付くとアヴドゥルは、笑顔で「疲れただろう」「そこまで時間はないが少しでも休むといい」と言って、話を切り上げてくれる。

 

 そしてポルナレフは、自分の置かれた状態がわからないのか、混乱したまま廊下に取り残されることとなった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 承太郎達と合流したその日……僕は布団に包まり幸せを感じていた。

 ここに来るまでは移動にばかり時間を費やし、睡眠は交代交代(レオンさんが寝た所は見てないが)…ちゃんとした休息は取れてなかったのだ。

 そんな後でベッドに横たわれば、たちまち僕は眠りに落ちる………でもそれもすぐに終わる。

 

「朝だぞ礼神」

 

「………………」

 

 まだ寝たいという気持ちをグッと抑え、僕は身体を起こした。

 

「おそらく謝罪の事だと思うが、朝食の場でポルナレフが話があると………近くのレストランに行くぞ…起きれるか?」

 

 怪我は問題無いと知っているのに、レオンさんは手を差し伸べてくれる。ありがたくその手を掴み、僕は引き上げられるように立ち上がった。

 そこで僕は気が付いた………

 

「レオンさん……もしかして寝てない?」

 

「…何故そう思う?」

 

「日本で初めてホテルに泊まった時……レオンさんの寝起きはキャラがブレてたから…」

 

「……確かに寝起きは辛いが、時と場合による。ちゃんと睡眠はとった」

 

 そう言ってレオンさんは荷物を持ち部屋を出た。それを見届けてから服を脱ぎ、僕はサラシを撒き直す。

 

「………よし行こう」

 

 

 

 

 

「おはよー」

 

 ホテルのチェックアウトを済ましてから、レオンさんに連れられて僕はレストランに向かった。

 既にそこには旅の仲間が集まっていた。

 

「葎崎さん、何事も無く合流できてよかった」

 

「背中の傷はもう大丈夫なのか?」

 

「レオンさんのおかげでね。深いから流石に跡は残るみたいだけど……」

 

「……その様子じゃやはり俺だけか……礼神の生存を知らなかったのは……」

 

 ポルナレフは額に手をやり項垂れる。しかしすぐに気を取り直し、静かに話し始めた。

 

「これで全員いるな……なら改めて謝罪させてもらう。本当にすまなかった」

 

 重苦しい声を口の隙間から漏らす…肩は僅かに震え、僕の方に頭を下げて来る。

 

「特に礼神とレオン……あんたらには酷く迷惑かけたと思う。復讐を終えた俺にはもう関係の無い事だと2人は言ってくれるかもしれねぇが、これからも旅に同行させてくれ……償いの機会を与えて欲しいんだ」

 

 レストラン内は賑やかだが、このテーブルだけは静まり返っている。その静寂を切り開く様に、まずレオンさんが口を開いた。

 

「断る。そして此方から頼もう……是非力を貸してくれ」

 

 レオンさんの妙な言い回しに一同の視線がレオンさんに集まる。

 

「償いの場は与えない……与えてしまえば貴様は、命を投げ出してまで戦ってくれるだろう。しかしそれは望まない……みんなで生きて帰る……だろう?」

 

 僕を横目にそう言うので、僕は首を縦に振り肯定した。

 

「うん……全員の生還…それが僕の当初の目的だから。それで良い? 皆さん」

 

「異論はねぇぜ」

「右に同じく」

 

 学生組に続き皆が頷いてくれたので、僕はポルナレフを見つめて彼の答えを待った。

 彼は少し驚いた様子で条件を承諾し、改めて仲間になってくれた。

 

「ヨッシャ!それじゃ早速予言に入ります‼︎」

 

「このコーナーも復活か…頼もしいな」

 

 アヴドゥルさんが鼻で笑ったのを最後に、僕は予言を始めた。

 

「次に遭遇する幽波紋使いは正義(ジャスティス)。無形の霧のスタンド…傷口に霧が触れると穴が空き、霧を糸のように通され操り人形になる。原作では承太郎のスタープラチナが吸い込んで、スタンドを押さえつけて窒息させてた」

 

「霧のスタンドか……殴れないし切れない……承太郎に相手をしてもらうか、本体を相手にするかですかね?」

 

 承太郎を見て花京院が提案すると、承太郎は座り直して話の先を呈した。

 

「本体はエンヤ婆っていう老婆。フィールドは道中にある墓場だと思う。土の下に眠っている死体は、全てジャスティスの操り人形……数の暴力でくるから、承太郎とアヴドゥルさん以外は下がった方がいいかも」

 

「それはなんでだ?」

 

「わからないのかポルナレフ。傷一つ負えない中、不死身の群衆を相手取るんだぞ⁉︎ 肉を切らせて骨を断つ勢いで奴らは襲ってくるはずだ」

 

 流石花京院、読みが鋭いね。

 

「戦闘モードになったらそうだろうね。チャリオッツで切ったところで襲われる。殴り飛ばせば距離を稼げるし、死体すら残らなければ大丈夫なはず」

 

「それで承太郎とアヴドゥルか」

 

「レオンさんも人外だからって過信しないでね?」

 

「肝に銘じておこう」

 

 そう言ってレオンさんはスカーフを巻き直して口元を隠した。食事を終えたからだろう。

 

「最初相手は宿屋を装ってホテルに案内してくる。それで部屋に案内してから確実に殺したかったんだろうね。できることなら話しかけてきた時、案内をしてる最中……とにかく卑怯でもいいから、無防備な所で沈めちゃうのがベストかな?」

 

 一通り話し終えて質問が無いか周りに聞くが特に質問は無いらしい。逆に知っておくべきことは他に無いか聞いてくる。

 

「そうだねぇ……あ、念の為にポルナレフは用心して」

 

「あん?そりゃどうしてだ?」

 

「エンヤ婆はJ・ガイルの母親だよ。J・ガイルを殺したポルナレフを酷く恨んでるは……ず…………どうしたの?」

 

 話の途中でポルナレフは僕から目を逸らす……というよりは承太郎に目線を移した。

 

「となると承太郎も恨まれてんのかなぁ〜って思ってよ。J・ガイルの野郎にトドメを刺したのは俺だが、ダメージを与えたのは8割承太郎だ」

 

「えっ⁉︎マジ⁉︎」

 

「そんな殴ってねぇ、7割だ」

 

 ……それでもポルナレフより多いんだね…

 ポルナレフの話を聞くと、怒りを募り募らせた承太郎は、反射物を移動する瞬間に時を止めて殴り飛ばしたそうで……

 光を殴り飛ばすってできんの?とも思ったが、できたんだからできるんだろう…ハングドマンがそこまで光の性質を持ったスタンドでは無かったって可能性もあるし。

 

「んで本体を見つけると、トドメを俺に譲るまではラッシュを連発……正直な話、妹の仇に同情することになるとは思わなかった」

 

「ご…御愁傷様だね。確かに…」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 礼神の予言と朝食を終え、我々は車に乗り込みカラチへ向かう。

 6人乗りの大型車な事もあって全員乗れるが、1列だけ3人並ばなければならないので少し狭い。

 ちなみに運転手はポルナレフ、助手席に監視を兼ねて承太郎が乗っている。真ん中の列にはジョセフとアヴドゥル…後方には小柄な礼神と、他と比べれば細身の花京院と私が乗ることになっている。

 

「まだ霧は出てねぇな。まだまだ先か?」

 

「たぶんね。ガードレールないから気を付けてよ?」

 

「わかってるって」

 

 得意げにハンドルを切って山道を安全に進む。

 そんなポルナレフの口調は前と同じで、礼神の接し方も前と何ら変わりなかった。

 

「……思いの外、礼神はすんなりと許すんだな…」

 

「え?」

 

「自分が死に掛けたというのに、何事も無かったかの様に話すからな……つい…な」

 

 アヴドゥルが振り向きそう言った。

 それは私も少し気になるところだ。

 

「あぁそゆこと…原作を読んでたからこうなる事も想定してたし、いつまでも咎めても良いことないしね」

 

「俺も気軽に話していいのかちょっと思った。ここ数日みんな冷たかったし…」

 

「ポルナレフは弄られ要員だからね」

 

「それなら仕方ない。それに葎崎さんが生きてたから良かったが、万が一の事があったら僕もポルナレフに酷い仕打ちをしたかもしれない」

 

 割と和やかに会話していると、花京院がそんな事を言うので苦笑いを浮かべ、バックミラー越しにポルナレフが質問する。

 

「おいおいマジかよ。ちなみにどうするつもりだった?」

 

「そうですね。ひとまず…………(あや)めたかもしれません」

 

 ……何故か後半のセリフが流れてる間だけ、車内に冷気が雪崩れ込んだ気がした。気のせいでなく皆もそう思ったのか、冷や汗を浮かべて花京院を見る。

 

「………ハハッ、嫌だなぁ。冗談ですよ冗談!」

 

 戯けた様子で笑ってそう言う………が

 

「………目が笑ってねぇぜ、花京院…」

 

 承太郎の台詞を最後に皆が花京院から目を逸らした。本当に花京院の目がマジな眼光だったからだ。

 そして目が笑っていないのはポルナレフも同様……花京院から目を背け、死んだ魚の様な目をして運転に専念し始めた。



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35.正義を狩り殺す死神

 国境近くの町を出発してから、かれこれ数時間……

 車外はいつの間にか霧に覆われ、このままでは高確率で事故を起こしてしまうだろう。

 そう思った矢先、礼神が私に声をかけてくる。

 

「霧出てきたね……どう、レオンさん」

 

「……気持ち悪いな。巨大な生物の中にいるみたいだ」

 

 スタンドエネルギーの特徴を覚えた私は、W-Refを出していなくとも、半径1〜2m以内であればスタンドに気付けるようになっていた。しかしこれはON.OFFが無いので、現状…少し落ち着かなかったりする。

 

「霧そのものがスタンドだからか……全方向から同じエネルギーを感じる」

 

「街が見えてきたぜ」

 

 目を凝らし運転するポルナレフがそう言うと、確かに前方の崖下に僅かな明かりが見える。しかし承太郎は眉間に皺を寄せ難しい顔をする。

 

「…おい……なんかおかしいぜ」

 

「そりゃ町全体がスタンドだから……」

 

 やがて、直進する道と崖下の町に降りる道の分岐点に差し掛かる。すると…………

 

「ポルナレフ‼︎ 危ないッ⁉︎」

 

 承太郎と礼神の会話を遮りアヴドゥルがそう叫んだ。

 前方の異変に気付いたポルナレフはブレーキを踏み込む…しかしスピードを殺しきれず、突如現れた何かにぶつかり掛ける。

 

星の白金(スタープラチナ)‼︎」

 

『オラァ‼︎』ドゴン‼︎

 

 咄嗟に承太郎がスタンドを使って衝突を免れる。

 しかし星の白金(スタープラチナ)の力で殴り止めたので、ジープは慣性の法則で後ろに下がる。

 すると更に……

 

 ーーードゴン‼︎ドゴォン‼︎ーーー

 

「ポルナレフ。バック、バック‼︎」

 

「お、おぉ‼︎」

 

 響く轟音に驚きながらもジープを更に後退させる。

 爆音が止み、先程までいた場所を確認すると、そこは大岩が崩れて塞がれていた。

 

「一体何が? 新手の幽波紋使いか⁉︎」

 

「……いや…崖崩れだ。我々が通ろうとした時に偶然?……おそらく人為的なものだろう。少し調べてみる」

 

 皆にそう伝えてからジープを降り、私は崩れて来た岩に登り崖を見上げる。

 そこには幾つもの丸い大岩と人影が複数……そして直進する道には、その所為で崩れた岩がいくつも転がっていた。

 

「……なるほど…」

 

「レオン。崖の上に誰かいるぜ…大岩を今にも転がしてきそうだ」

 

「あぁ、私にも見えているよ」

 

「流石主人公と人外…この霧の中よく…」

 

 礼神がそう呟き、私は岩から降りて皆の元へ戻る。

 既に各々がジープから降り、私の口から出る説明を待っている感じだ。

 

「どうじゃった?」

 

「直進する道は塞がれている。が、町へ降りる道は残されている。恐らく岩を撤去して、下の町を無視して進もうとすれば上の連中が岩雪崩を起こしてくるのだろう」

 

「つまり誘導か」

 

「あぁ。安全に通りたくば、私を倒して行け……という意味を持った、宣戦布告のようなものだ」

 

 説明を終えると、そのタイミングでアヴドゥルが私の肩を掴んでくる。彼は何やら企んでるような笑みを浮かべている。

 

「…では…我々も挨拶代わりに」ニッ!

 

「………そうだな…なら…」

 

 「「持てる限りの…最大火力で‼︎」」

 

魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)‼︎」

 

真珠色波紋疾走(パールホワイトオーバードライブ)‼︎」

 

 景気の良い声が2人分響き、爆炎とプラズマが狙いも付けずに放出された。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ギャッ⁉︎」カラン カラン……

 

 同時刻…場所は変わって何処かの室内……

 明かりと呼べる物が無い暗い部屋には1人の老女がいた。そしてたった今、短く唸ってから持っていた杖を落とす。

 

「わ…わしの右手に小さな火傷が………さては、アヴドゥルの仕業じゃな⁉︎」

 

 老婆の名はエンヤ婆。正義の暗示を持つ正義(ジャスティス)の幽波紋使い……

 いくら彼女のスタンドが霧だからと言って、いかなる攻撃も効かないわけではない。

 霧とは即ち水蒸気……水であればもちろん熱を持ち、霧のスタンドであれば、炎のスタンドで熱することが可能。

 

「ジャスティスは墓地中に拡散しておる……じゃから一部を熱されても ちぃーさな火傷で済んだ。じゃが何度も繰り返されて眼を焼かれたりしては敵わん……止むを得ん…ジョースターどもからは霧を引いておくかの。霧で触れるのは傷を負ってからで構わん」

 

 そう言って火傷を負った部分を摩り、エンヤは杖を拾い上げる。すると手が僅かに痙攣し、杖を拾うのに一瞬苦労する。

 

「火傷は間違いなくアヴドゥル……じゃがこの痺れは?…電気を使うスタンド…そんなもんジョースター共にはおらんかったはずじゃが…………なるほど…波紋じゃな?」

 

 その痺れの正体は波紋……

 波紋は水中をより強く伝わる……ならば波紋の規模さえ大きければ、雨雲から落ちる落雷のように、空気中の水分を伝い駆け巡るのだ。

 もっとも水中と違い、水分の間隔も均等でない空気中では、波紋は明後日の方向に飛んで言ってしまう。

 

「ジョセフは老ぼれ。そんな波紋は練れぬ……ならばレオン様じゃな。ヒヒッ‼︎」

 

 不気味に笑うとエンヤは、老婆とは思えぬ脚力で部屋を飛び出して階段を駆け下りる。そして懐から注射器を取り出し、忌々しそうにそれを見つめた。

 

「おぉんのれぇ伊月ィィィ‼︎ あたしゃの息子…J・ガイルを見捨ておってからに〜〜。クキーーーッ‼︎ じゃが彼奴のスタンド能力が仇を討つ確率をグッ…と上げるのも確か。力を借りるのも虫酸が走るが我が子とDIO様の為じゃ……復讐リストの最後尾に棚下げしてやるわい‼︎」

 

 結局は殺すと決めつつ、その建物のロビーで足を止め、エンヤは己のヨボヨボの首筋に注射器を突き刺した。

 

「グゥッ……コレは………キェェェェエエーーーー‼︎‼︎」

 

 高らかに奇声を上げると、霧の密度が濃くなる。

 エンヤの頭上では髑髏を模った霧が渦巻き、扉を壊す勢いで建物を飛び出した。

 

「あたしゃの可愛いJ・ガイル…清く正しいお前が死ぬなんてきっと卑怯な手を使われたんだろうねぇ〜。今あたしゃが仇をとってやるから、待っといておくれよぉぉぉぉお⁉︎」

 

 血走り焦点の定まらない目が、遠くからジョースター達を捉える。そして今にも口が裂けそうな程に口角を吊り上げ、スタンド能力を酷使し始めた。

 

正義(ジャスティス)は勝つ‼︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ん?今なんか聞こえなかったか?」

 

「なんかって……何さ?」

 

「なんていうか……蝙蝠が苦しむような、キィーって感じの」

 

「言われてみれば聞こえたような…聞こえてないような」

 

 ポルナレフがそう言うので僕が質問すると、花京院まで聞いたかもしれないと告げてくる。

 確かに僕も聞こえた気がするけど……

 

「気のせい…ではないかな。2人以上聞いてるし」

 

「それよりコレは………一体全体、どういう事だ?」

 

 先頭を歩いていたレオンさんがそう言って、前方に注意を払いながら顔だけこちらに向ける。

 

「それは僕が聞きたい。アニメでは人っぽく動いてたけどな………」

 

 ジープを置いて僕らは、エンヤ婆を倒すべく町へ降りた。霧が立ち込むその町に足を踏み入れると、そこには多くの住人……もとい、土の下で眠っていた亡者達が整列していた。

 

 そう……整列していたのだ。

 

 住人のように歩き回ったり、小声で話し合う素振りなんかも見せない………オマケにキチッと整列はしているが、個々が時折崩れ落ちたり、激しく痙攣したりしている。

 

「初見でも既に人では無いとわかりますね」

 

「だね花京院……でも何で?」

 

「礼神は伊月に狙われていた。おそらく向こうは、礼神が予言者だと知っているのだろう。手の内がばれているなら、わざわざ下手な芝居はしない」

 

 僕の問いにレオンさんが答えてくれる。

 でもこれからどうすればいいんだろう……現状僕らは、レオンさんとアヴドゥルさん、承太郎の3人を先頭に道を塞ぐように整列した亡者達と向き合っている。

 

 亡者達が襲って来る様子は無い……引き続き痙攣したり、崩れ落ちたり立ち上がったりを繰り返すだけだ……

 

 そんな亡者の群れの中から、突然1人の老婆が現れた。

 

 …………エンヤ婆だ…

 

「これはこれはジョースター御一行の方々…お待ちしておりましたよ?首を長ァ〜〜くしてねェッ!」

 

『オラァ‼︎』

 

「……やれやれ、最近の若いもんは…落ち着いて話もできやしない」

 

 すかさず承太郎が石ころを投擲するが、亡者達が肉盾となりエンヤを守る。

 肉盾となった亡者は、体内に石が減り込んだが相変わらずの様子だ。

 

「貴様が落ち着いて話だと?話すような事はない……そもそも話せるような心境ではなさそうだが?」

 

 見下す様にレオンさんがそう言う。

 確かにエンヤの目は血走り、常にワナワナと震えている。

 しかしエンヤは、そんな様子とは打って変わり 落ち着いた声で話しかけてきた。

 

「よくわかりましたねぇ。では…お二人を残して殺してから、ゆっくりとお話をしましょうかの。ヒッヒッヒッ!」

 

 不気味に笑うと立ち込んでいた霧が更に濃くなる。

 そして杖を振って先端をこちらに向け、エンヤは品を捨てた様子で叫んできた。

 

「ブチ殺セェェア‼︎⁉︎ 巫女とレオンの2人を残してブチ殺すのじゃぁぁあ‼︎‼︎‼︎」

 

 エンヤの叫び声と共鳴するように叫び、亡者達が数の暴力で襲い掛かって来る。

 でもやはり痙攣してた者は痙攣を止めず、人型にしては不恰好な走り方でやって来る……まるで映画に出てくる、人間性の低いゾンビみたいだ。

 

「わかってるな⁉︎承太郎‼︎」

 

「わかってるぜアヴドゥル。星の白金(スタープラチナ)‼︎ ザ・ワールド‼︎」

 

 そう承太郎が言ったかと思うと、次の瞬間…最前列で襲い掛かって来ていた亡者達が一斉に吹き飛ぶ。

 

「次はテメェの番だぜ」

 

「ヌゥン、魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)‼︎ クロス・ファイヤー・ハリケーン……」

 

 魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)から無数のアンチ型の炎が射出され、前方を幅広く燃やす。

 

「スペシャル‼︎」

 

 最後の言葉と同時に炎の火力が更に上がると、凄まじい熱気と火柱が亡者どもを包む。

 跡形も無く燃やしたと思い、ホッと一息つくと、炎の壁を越えて何かが飛んで来る。

 

「ジャスティスがパーティーを開きたいとさ?」

 

「な、何〜〜⁉︎ こいつら空も飛ぶのか⁉︎」

 

 飛んで来たのは亡者達だった。

 原作では術に掛かったポルナレフが天井に叩きつけられていた。穴から霧が糸のように通っているのだ……確かに飛ばすくらいなら、できる可能性が高い。

 

「僕に任せろ‼︎ 法皇の緑(ハイエロファントグリーン)‼︎」

 

 宙を飛んでくる亡者が宝石を打ち付けられ吹き飛ぶ……花京院は数撃ちゃ当たるの戦法ではなく、吹き飛ばせるだけの力を発揮できるよう、一体一体に密度の高いエメラルドをスプラッシュさせているようだ。

 

「次はこれじゃぁァァァア‼︎」

 

「うげっ⁉︎ 今度は飛び道具かよ‼︎ 銀の戦車(シルバーチャリオッツ)‼︎」

 

 前方とは別の位置から矢が飛んで来る。どうも伏兵が周囲を、遠くから囲んでいるらしい。

 しかしその矢は真っ二つに切断され、次々と地面に落ちる。

 

「ホル・ホースの銃弾じゃあるめえし、斬り落とせないわけが無い」

 

 甲冑を脱いだ銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の速さは、相変わらず異常だった。

 彼のスタンドの残像が僕らの周囲を外向きに囲み、飛び道具を全て切り落としていたのだ。

 

「やるな、ポルナレフ」

 

「だがこれじゃ防戦一方だぜ⁉︎」

 

 目も向けずにそう言う。

 

「なら今度は僕が‼︎」

 

 ケルちゃんを出して暴れさせようとすると、後ろから車のエンジン音が聞こえる。

 

「あれは!ワシらのジープじゃ‼︎」

 

「ケルちゃん‼︎」

 

 攻撃させずに防御に転じ、ケルちゃんがジープに衝突……フロントバーあたりを噛んで押し返し、力比べをする形になっている。

 

「むぬぬ……あ!」

 

 運転席以外に乗っていた亡者達が立ち上がり、両手で二丁の拳銃を構える。

 トリガーを引かれ発砲音が響くと、それがジョセフさんに被弾する。

 

「ジョースターさん⁉︎」

 

「安心せい…当たったのは義手じゃ」

 

 掲げた左手の義手は、銃弾によって薬指を破損させていた。ギクシャクした動きで握る開くを繰り返してから、ジョセフさんはスタンドを出す。

 

紫の隠者(ハーミットパープル)‼︎」

 

 右腕から出た棘が、ジープに乗っていた亡者達から銃を奪う。奪い上げられ宙を舞う複数の銃……それは空中で停止し、銃口をエンヤ婆に向けたまま暴発した。

 

「え⁉︎ 何々⁉︎」

 

「……ダメだな。肉盾が邪魔だ」

 

 所々を逆立てたような髪をしたレオンさんがそう言う。

 これレオンさんがやってるの?

 

「いやはや、お見事ですじゃ。その息ピッタリな共闘…敵ながら感心しますじゃ」

 

 にこやかに笑うエンヤが何故か拍手を送っている。原作のブチ切れた態度とだいぶ違うのでそれが不気味だ……まさか、まだ何か策があるの⁉︎

 

「あたしも仲良く共闘してくれて助かっておりますじゃ……一ヶ所に固まってくれてのぉ〜〜ッ‼︎」

 

 そう言って勢い良く杖を振り上げる。

 すると今まで立っていた大地が霧散し、突如 浮遊感に襲われる。

 

「ヒャハハハ‼︎ そこには元々()があったんじゃよ‼︎ そこにジャスティスで蓋をしていただけじゃ‼︎ ヒッヒッヒッ‼︎ まんまとかかりおってぇ〜‼︎」

 

 花京院の法皇の緑(ハイエロファントグリーン)は空中を飛ぶ亡者を相手にしていたので、咄嗟に落下回避行動をとるのは不可能……

 承太郎は己を助ける術はなかったが、隣にいたアヴドゥルを星の白金(スタープラチナ)で地上へ投げる。

 レオンさんは穴の側面に腕を突き立てて静止……ジョセフさんは僕を抱え、紫の隠者(ハーミットパープル)をケルちゃんの尻尾に巻きつけて落下を回避した。

 

(お尻がぁぁぁァァァア‼︎⁉︎)

 

「承太郎‼︎ ポルナレフ‼︎」

 

「花京院‼︎ 捕まれ‼︎」

 

 承太郎とポルナレフは敢え無く落下…花京院もレオンさんに手を伸ばしたが届かずに落下してしまった。

 

「う、うわぁぁぁあーーーーッ‼︎」

 

「よ、よるな‼︎ やめろ‼︎」

 

『オラァ‼︎ オラオラオラオラ‼︎』

 

 穴の下には亡者が隙間無く、生えるように手を伸ばしていた。落下して来た3人を受け入れ揉みくちゃにされている……まさに地獄絵図だ。

 

 少しして承太郎がスタンドで押し退け助けたが、時既に遅く、3人とも怪我を少なからず負ってしまった。

 

「ヒッヒッヒッ‼︎ 全員とはいかなかったが、お前達を嵌められて満足じゃよ‼︎ 承太郎〜ポルナレフ〜〜⁉︎」

 

 猟奇的な笑みを浮かべてエンヤが見下し、スタンド能力で3人を術中にはめた……そのうちに僕らは地上に這い上がる。

 

「ぬぅん…せい‼︎」

 

(お尻がぁァァァア‼︎)

 

 ジョセフさんは僕を抱えたまま棘を手繰り寄せて上り、レオンさんは穴の側面に足を突き刺し、歩く様に這い上がってくる。

 凄い……壁歩きを生で見れるなんて……

 

「アヴドゥルは無事か⁉︎」

 

「え、えぇ…私は何とか……そっちは?」

 

「……一応大丈夫だよ」

  (お尻がぁぁぁあ゛‼︎)

 

 上りきったジョセフさんがスタンドを消し、周囲を確認すると亡者達は動きを止めていた。次に承太郎達を確認しようとすると、3人が宙を浮いて上がってくる。

 

「う、グッ……」

 

「承太郎‼︎ 花京院‼︎ ポルナレフ‼︎」

 

 心配の声をジョセフさんが上げ、レオンさんがすかさず攻撃をしようとする。

 

「レオン様‼︎ そんな怖い目をしないでくだされ…驚いて殺めかねます。ヒッヒッヒッ」

 

 「この3人は人質だ」と言わんばかりに、エンヤは3人を高い位置に移動させる。それを見てレオンさんは目に圧をかけるのを止める、エンヤはまた口を開いた。

 

「レオン様、巫女殿……もしもお二人が我々の仲間になるというなら、花京院だけは命を保証しましょう。どうなさいます?」

 

「……僕らをどうする気?」

 

 血走った目で笑いかけながら、エンヤは質問に答えてくれる。

 

「巫女殿には我々の未来を予言してもらいましょう…そしてDIO様はレオン様に興味がおありです。別に酷いことは致しませんよ?レオン様は最悪……生きてなくとも問題ありませんがのぅ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 どうしたものか……まさかここまで強力なスタンドだとは……W-Refはスタンドエネルギーを全方位から感知していた。それでも注意深く警戒すれば、落とし穴の蓋くらい気付けたかもしれない……クソ…

 

「どうしよう、レオンさん」

 

 不安そうな目で私を見上げてくる…ジョセフ達は何も言えず歯を食いしばっている。承太郎達はというと……

 

「断れレオン‼︎ 俺たちの事はいいから早くこいつを…」

 

「黙ァットレイ、ポルナレフ‼︎」

 

 7mほどの高さからポルナレフが地面に叩きつけられ、土に塗れる。そして落ちてきたポルナレフを何度も踏付け、エンヤは高笑いしている。

 

「この婆ァ……」

 

「レオン!抑えるんじゃ‼︎ 今は……」

 

「わかっている‼︎」

 

 少しでも怪しい行動を取っては誰かが殺される……どうする? 仲間になると言っても、その途端に承太郎とポルナレフは殺されるかもしれない………

 

 

 

「…………わかりました。僕は仲間になります…」

 

 

 

「ッ⁉︎」

 

「葎崎‼︎ よせ‼︎」

 

「よすんだ葎崎さん‼︎」

 

 礼神がエンヤの目を見てそう告げると、人質組がそれを止めようとする。しかし花京院も承太郎も、ポルナレフの様に地面に叩きつけられて口をつぐむ。

 すぐさま承太郎は星の白金(スタープラチナ)を使おうとするが、霧に引っ張られて叩きつけられる。

 

「承太郎‼︎」

 

「葎崎…テメェ……ウグッ⁉︎」

 

 何か言おうとしたところを、エンヤが杖で殴りかかり黙らせる。

 

「散々息子を殴りおって…こんなもんじゃ あたしゃの気は収まらんわ」

 

 手足に空いた穴が、千切れんばかりに承太郎を引っ張る。

 墓石の角、地面、ポルナレフ、様々な物にぶつけられ出血も酷い……

 

「もう止めて‼︎ 仲間になるからさ‼︎」

 

 堪らず礼神が声を荒げ、エンヤはにんまりと笑う。

 そして人質3人をさっきの高さに戻した頃に、礼神が口を開く。

 

「でもまだ誰も殺さないで」

 

「……なんじゃと?」

 

「承太郎の能力は知ってる?」

 

「もちろんじゃ…DIO様と同じ、時を止めるスタンドじゃろう? 時を支配するお方はDIO様だけで十分」

 

 そこまでバレてしまったか…ホル・ホースが目撃しているのだ、無理も無い。

 

「承太郎の血はジョースター家の血……しかも同じタイプのスタンド……彼の生き血はDIOを飛躍的に強くする。そして…これから話す事が命運を分けるね……DIOの敵は僕らだけじゃない。その別勢力を倒すためには承太郎の血が必要…」

 

「なんじゃと⁉︎」

 

 我々以外に警戒する者の見当がつかなかったからか、エンヤは驚いた様子を浮かべる。

 そしてそれを事前に聞かされていない我々はある事に気付く。

 

(そんな者がいるなら、葎崎さんは事前に言ってくれているはず……)

 

(それを聞かされてねぇってことは……)

 

(礼神……策があるのか?)

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 凄いプレッシャーだ。

 ちょっと前までは普通の女子高生だった僕には少し重いかもしれない………けど、それとは裏腹に高騰している。

 不謹慎だけど……この人を倒し、役に立つ事を僕は楽しみにしている。

 腹を括った……だが気持ちだけでは足りない……実績……実績が必要なんだ。覚悟というのは退路が無くなることで初めて本領を発揮する……もう日常に戻れなくてもいい……それじゃダメだ……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……詳しく話を聞かせてもらおうかえ?」

 

 僕とエンヤの間にいる亡者が道を開けて僕に耳を傾けてくる。

 後はなんとかして至近距離でコレを使えば……

 落とし穴に落ちる直前……宙に浮いていた拳銃は、僕らと共に落下した。その一つを僕は手に取り隠し持っている。

 

 この重いプレッシャーを今後も背負うなら、せめて気を軽くしておきたい……少しくらい吹っ切れておきたい……

 日常に戻れないように…後戻り出来ないように……僕はこれから、人としての罪を犯す……そして仲間と肩を並べる。

 

「ほれ、話してみぃ。嘘やデマカセを言うようだったら1人殺すからね」

 

  (うん……どうやって近づこう)

「……僕は完全に裏切る形になる…できればエンヤ婆以外に聞かれたくはない……耳打ちじゃダメ?」

 

 僕がそう言うと疑い深い目を向けてから笑顔を見せる。

 

「ええじゃろう。ただし……ソレは捨てなされ」

 

「…………」

 

 ソレ……拳銃の事はバレてるみたいだね。

 …う〜〜……こういう小細工はジョセフさんの得意分野だからなぁ……

 

「………はい……これで良い?」

 

 少しもたついてから、拳銃をあらぬ方向に投げ捨てる。

 本当は全弾抜いてマガジン取り出してカチャカチャ〜みたいな映画っぽい事したかった……

 

「礼……神………」

 

 不安そうに上空のポルナレフが見下ろしてくる。

 問題はあの3人だよね。高い位置で宙吊り…しかもスタンドが出せなくなるまで、さっきまで叩きつけられて重症だ。

 エンヤを今倒すと落下死するね。

 

「僕に期待しないでよ。これから僕はみんなを裏切る。そもそもケルちゃんはジープの所で待機させてるから何もできない……僕じゃ君達3人を助けられないんだから……」

 

 そう言ってからエンヤの元まで移動すると、数人の亡者が僕に拳銃を向ける。

 

「…………」

 

「怪しい動きをした時の為じゃ……何を恐れておられる?仲間になるなら何の問題もございませんじゃよ。さぁ巫女殿………」

 

 用心深いね……銃を構える亡者とは別に、ナイフを持った亡者が僕の前に立ちはだかる。

 僕は逆らう事もできずに亡者の施しを受ける……亡者は僕の腕に傷をつけようとした。

 

「…やっぱ待って!怖い‼︎」

 

「………仕方ありませんねぇ…まぁよくよく考えてみれば巫女殿も女子(おなご)。耳で勘弁しますじゃ」

 

 えぇ〜受験の内申に響くじゃんかよ馬鹿野郎。

 できれば術には嵌りたく無かったんだけど……回避できないか………

 僕は耳朶(みみたぶ)を傷つけられその部位に穴が空く。

 

 正直な感想………凄く痛い………地味に凄く痛い……

 前世でピアスホール開けたの思い出すなぁ……当時は学生で父と姉にしこたま怒られ、結局付けることはできなかったんだよね…

 

「こ……これで良い?」

 

「念には念を……」

 

 最後に亡者は僕をボディーチェックを施し、丸腰であることを確認する………何故かこの時上空から殺気を向けられた気が………気のせいかな?

 

「巫女殿のスタンドはあちらにおられますね?さて、大変お手数をおかけしました。それでは予言を……」

 

「うん…にしても僕とレオンさんに敬語なんだね」

 

「客人として招くよう言われましたのでねぇ…ささ、予言を!」

 

 時間稼ぎは無理か……する必要もなないけどね……

 

「……耳かして…この情報はDIOの強化と命を左右する。そしてジョースターの方達には絶対に聞かれてはいけない」

 

 警戒心を完全に解いて耳を傾ける。

 もちろんほとんど嘘なんだけどね……みんなに絶対聞かれちゃいけないのは本当だけど。だって……

 

 

 

 もし聞かれたら全員死んじゃうし……

 

 

 

「さよなら……糞ババァ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「…やっぱ待って!怖い‼︎」

 

「………仕方ありませんねぇ…まぁよくよく考えてみれば巫女殿も女子(おなご)。耳で勘弁しますじゃ」

 

 術にかかりたくなかったのだろう……苦し紛れの言い訳をするが、エンヤは妥協して耳に穴をあける。ピアスの穴のようだな。

 

(僕じゃ君たち3人を助けられない……か……。人数を3人に限定したという事は……おそらくエンヤを倒せても、宙吊りの承太郎達の救出はできない…という事か……)

 

 これは我々に向けたメッセージか……エンヤが倒れれば承太郎達はもちろん落下する。それを受け止めるのが我々の役目か………ん?

 

「念には念を……」

 

 亡者が礼神をボディーチェックすると、苦しそうだった花京院が鬼の形相を浮かべて亡者を睨み始める。

 ………薄々気付いてはいたが、今はそれどころではないだろう 花京院。

 

  (にしても礼神……スタンドも使わずどうやって?)

 

 やがて礼神はエンヤの耳に口を近付ける。

 口に手を当てて耳打ちする姿におかしな点は無い……と思っていると、エンヤが白目を剥いて前のめりに倒れる。

 それと同時に礼神も倒れるが、こっちはすぐに起き上がる。

 

「………は?」

 

「3人を受け止めて‼︎」

 

「は、え、あ、紫の隠者(ハーミットパープル)‼︎」

 

 呆気にとられていたジョセフが承太郎とポルナレフを受け止め、私は花京院をW-Refで受け止めた。

 

「みんな、怪我はない?」

 

 動かなくなった倒れた老婆を尻目に、礼神は我々の元に小走りでやってくる。

 

「あ…あぁ…………死んだ……のか?」

 

「きっと、高確率で、99%、おそらく……多分死んでるよ」

 

「なんだその不安を煽る言い方は……」

 

 アヴドゥルが不審に思いそう言うと、ジョセフはエンヤを見てから礼神を見た。

 

「一体どんなトリックじゃ?」

 

「………ジョセフさんの紫の隠者(ハーミットパープル)は蔓の形をしているから、棘を食い込ませてダメージを与えられる………でも能力は念写だよね?」

 

「……そうじゃが?」

 

 急にそんな事を言うので、ジョセフは肯定しながら首を傾げる。

 

「レオンさんも……W-Refは手袋とブーツだから己の身体で攻撃できる……でも能力はエネルギーの吸収と放出だよね?」

 

「そうだ…」

 

 似た事を私にも言うと少し俯き、礼神はゆっくりと説明してくれた。

 

「僕のケルちゃんも同じ……デザインの関係で 肋骨を開けたり尻尾が取れる………でも能力は別にあるんだ…」

 

 そしてエンヤの死体の方に振り向き至極簡単に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死を体験させる能力……って言うべきかな」

 

 



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36.恋人は姿を見せない

 地に膝をつけ老婆の脈を取る……指先が触れた首筋はまだ暖かいが次第に冷めていく。W-Refで触れてもみるが、生命エネルギーもスタンドエネルギーも感じとれない。

 

「……どうじゃレオン」

 

「ジョセフ………確かに死んでいるよ」

 

 老婆の死を告げると礼神はバツが悪そうな表情を浮かべ、私と承太郎を除く皆が彼女に目を向ける。

 

「安全は確認した。さっさと出発するぞ」

 

「やるじゃねぇか、葎崎」

 

 ジープのキーを指で回す私は横を通り過ぎ、承太郎は礼神の頭に手を すれ違い様にポンッと置く。

 

「………アハハ…お二人は優しいね……アレが僕のコンプレックスだよ。恐ろしいだろ?」

 

「礼神は味方だろう?何を恐れる必要がある。ポルナレフ、運転は出来そうか?」

 

 そう言って話を切り上げると、その場で立ち尽くしていた皆もジープに乗り込み始めた。

 

「おう。問題ねぇよ」

 

「結構穴が空きましたが、どれもこれも致命傷ではない……長い間痛ぶる気だったのでしょう」

 

「レオン、義手の調子が少しおかしい…メンテナンスを頼む」

 

「銃弾を受けた時か?アヴドゥル、席を代わってくれ」

 

 悲しそうな表情を浮かべる礼神の横を、各々がいつも通り通りすぎる。

 

「葎崎、さっさと乗れ。いつまで黄昏てるつもりだ。腹を括ったんじゃねぇのか?」

 

「………ごめん、今行く」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 みんな優しいね。

 僕がこんな様子だからか、いつも以上に絡んでくれる。

 

「………そんなに気を使わなくていいよ?」

 

「こういう時レディは、大人しく甘えてれば良いんだよ」

 

「初対面でガキ扱いした貴様が言うか、ポルナレフ」

 

「五月蝿ぇアヴドゥル!」

 

「いや本当に……むしろ今は黄昏させて欲しいんだけどな……あの能力は僕のコンプレックスなんだってば。いざ使ってみると、嫌な事思い出しちゃって……僕は女神なんかじゃない…死神なんだ…」

 

 目を瞑ると豪華に包まれた孤児院が瞼に映る。

 みんなは僕を女神だと言ってくれたけど……どっちかっていうと僕は死神だ……

 地獄の番犬と呼ばれるケルちゃん(スケルトンケルベロス)も今となってはおかしい………

 番犬は侵入者を追い払う存在……でもケルちゃんは逆に、地獄へ招き入れてしまう。

 

「コンプレックス? 悩みがあるならワシが聞いてやろう。伊達に長生きしとらんからのぅ」

 

「……ジョセフさん……本当にこの話題はもう触れないでください。知りたいなら僕のいないところでレオンさんに聞いて……」

 

 それだけ告げると僕は睡魔に襲われ、カーブの勢いでアヴドゥルさんに思いっきり寄りかかってしまう。

 

「眠いのか?無理もない……次の町か敵が見えるまで休むと良い」

 

 そう言って僕の反対側の肩を、アヴドゥルさんは優しく叩いてくれる。

 お言葉に甘えて僕はそのまま、引き込まれるように眠りについた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………寝た……か?」

 

「えぇ……良くここまで付いてこれたものです」

 

 ジョセフの義手をメンテナンスしながら、私はアヴドゥルを横目で見る。彼の表情からは優しさと悲しみが読み取れる。

 

「……できたぞジョセフ」

 

「うむ……なぁレオン。ワシらと分かれている間…礼神に一体何があった?」

 

「……わからない。だが道中、私と礼神は3人の幽波紋使いと接触した……1人は運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)…予言ではお前達を襲うはずだった幽波紋使いだ。1人はホル・ホース……最後の1人は、毎度お馴染み伊月 竹刀だ」

 

「またか。これで何度目だ?」

 

「さぁな。私が運命の車輪を相手にしている間、残りの2人に礼神が連れ去らわれた………無事救出したんだがその時からだ…礼神の目付きが変わったのは………」

 

「……それで?」

 

「頼まれた」

 

「頼まれた?何を……」

 

 私は振り向き礼神の両耳に触れ、波紋で穴を塞ぎながら口を開いた。

 

「旅が終わるまで日本には帰らない。だが守って欲しい…と…」

 

 波紋による簡単な治療を終えてからは、それ以上にこの話が続くことはなかった。

 

 ひとまず私はこの時間を使い、皆の傷を癒す事にした。

 

 

 

 

 

「………なぁレオン。もう少し他のやり方ねぇのか?」

 

「無理を言うな。貴様の傷が一番酷い…触れて一箇所から流すだけでは効率が悪い」

 

 頭から水をかけられるポルナレフは、前を向いたまま私に抗議した。しかしそれで治療法を変える訳にはいかない。

 

「……だけどよ〜運転中の人に水ぶっかけるって……なんか…こう…」

 

「なら吸血鬼の力で細胞組織を代用させ、丁寧に肉の芽とかで内側から治そうか?」

 

「………このままでいい」

 

「ひとまず運転は代わってやろう。ポルナレフ、道の端に止まりなさい」

 

 気を利かせてジョセフがそう言ってくれるが、ポルナレフは迷ったかのようにバックミラー越しにアイコンタクトを送ってくる。

 

「………ジジィ、ポルナレフが事故らねぇか心配してるぜ」

 

「なっ⁉︎ 失敬な‼︎ ワシだってジープくらい運転できるわい‼︎」

 

 キレ気味にジョセフが言うので渋々ジープを止め、ポルナレフはジョセフと運転を代わる。

 この時…今までシートベルトをつけてなかった承太郎から「カチッ」という音が聞こえたのは、たぶん気のせいではないと思う。

 

「それはそうと花京院……何故私を睨んでいるんだ?」

 

「いえ……別に?」

 

 そんな会話が背後で聞こえたので振り向くと、花京院は口を尖らせて窓の外へ顔を背け、アヴドゥルは少し困り顔を浮かべている。

 

  (どうしたんだ?………あぁ…原因はそれか…)

 

 気がつくと礼神は、アヴドゥルに膝を枕に熟睡していた。

 亡者がボディーチェックをした時…いや、もっと前から気付いてはいたが………

 

  (…花京院は礼神の事を………)

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

『あれ〜。お嬢ちゃん逃げてきちゃったんだぁ…ダメだよ、ちゃんと部屋で待ってないと……』

 

『何で?何でこんな事するの⁉︎』

 

『何でって……興奮するんだよ。生きたまま人が燃えていくの……面白くて美しいよ?死ぬことでどれだけ苦しいか伝えてくれるその姿こそ、私の美学なんだよ』

 

『嫌だ…来ないで‼︎』

 

『いやいや…近付かないと切れないでしょ?足切らないと逃げられるからちゃんと切らないと…』

 

ガァァァァァァアアア‼︎‼︎‼︎(止めてよ‼︎‼︎‼︎)

 

 

 

 

 

「………ハッ…」

 

 目が覚めるとそこには満天の星空が広がっていた。

 

「……嫌な夢見た後じゃなぁ〜…」

 

「あ、起きたかい葎崎さん」

 

 起きてから真っ先に声をかけてきたのは花京院だった。身体を起こして周囲を確認し、僕は一瞬目を疑った。

 煙を吹くジープと、それを弄る銀の柱と占い師……そして少し離れた所で正座した初老と、その前で腕を組み仁王立ちするイケメンが2人……

 

「えぇ〜っと……どうしたの?」

 

「ジョースターさんが運転した…そしたらジープが煙を吹き始めた」

 

「何それ なんてスタンド?」

 

 後で聞いたことだけど、壊れた原因はわからなかったらしい。レオンさんも少しそういう知識があるのかジープを調べてた……でもやっぱり故障の原因はわからなかったようだ。

 ちなみに「ガス欠」とか「エンスト」とか、そういう初歩的な故障ではないらしい。

 

「テメェは二度とハンドルを握るな。わかったか、クソジジイ」

 

「ジョセフ……お前だって死にたくはないだろう?」

 

「やめたげてよー‼︎ ほら、墓地でケルちゃんが強く噛んだのが原因かもしれないじゃん⁉︎」

 

「…ワシの味方はお前だけじゃよ……」

 

 いやいや、味方にならざるをえませんよ。

 だって今にもお爺ちゃん泣き出しそうだもん…というか既に涙目……

 

「……で、ここからカラチまでどうすんだ?」

 

「そうだな……問題はそこだ」

 

「すまねぇみんな…俺がジョースターさんに運転を代わったばっかりに…」

 

「止めて‼︎ お爺さんのライフはとっくに0だよ‼︎」

 

「そんな事は置いといて、早く移動手段をどうにかしましょう」

 

 最後に言ったアヴドゥルさんは無意識だったんだろうけど、僕はジョセフさんが小声で「…そんなことって………」と呟いて傷付くのを目の当たりにした……お気の毒に……

 

「ここは既に山道を抜けた一般道だ。町ではないが所々に家も立っている………車か何かを譲ってもらおう」

 

 そんな訳で僕らはレオンさんの交渉が終わるのを待つことにした。レオンさんは近くの民家に足を運び扉を叩く。

 しばらくするとひとりの女性が戸を開ける。夜遅くの事もあって不機嫌そうだが、レオンさんの顔を見て一気に上機嫌になる。

 

「………こういう時もレオンさんの存在って助かるね…」

 

「うぅーむ。わしも若ければあのくらい……」

 

「よしなよジョセフさん」

  (前科がある貴方じゃ冗談では済みませんよ)

 

 後半を小声で伝えると、わかりやすくジョセフさんが固まる。そして苦笑いを浮かべて平静を装い始めた。

 

 その後…レオンさんが馬車()()を買い取り、それでカラチまで移動する事になった。

 馬の代わり?……もちろんケルちゃんです。

 

「人に見られたくない。夜のうちに急いでくれ」

 

「へいへいほー」

 

 ケルちゃんの骨の隙間に縄を通して馬車と繋ぐ。後は自動操縦させれば大丈夫、痛ッ!

 

「……うぅ…そっか……空いたまんまか」

 

 違和感を感じて無意識に耳を触れると、エンヤに開けられた穴に爪が引っかかる。

 開けられた穴が大きかったからだろう。耳朶には完治はしたが小さな穴が残っていた。

 

「指を通せる程の穴だったからな。ピアスの穴も何も通さずに放置すれば塞ぐというし、そのうち塞がるさ」

 

「でも気になって触っちゃう……折角だしピアス付けようかな。ジョセフさんお金貸して」

 

「いいとも。貸すも何もプレゼントしてやろう」

 

「えぇ、いいよ。チャイナドレスと違って、旅には不要な物だからさ………そういえばドレスってどうしたんだっけ?」

 

 するとレオンさんが苦い顔を浮かべてアヴドゥルを指差した。

 

「シンガポールで道端に捨てると罰金だからな……処理も面倒だったので跡形もなく燃やしてもらった」

 

「せっかく似合っとったのに………レオン、鉤爪がわしの頸動脈に刺さりそうなんじゃが……」

 

 アハハ…仲がよろしいことで……

 そんな事を思っていると、花京院が僕の肩を叩いてくる。

 

「葎崎さん。良かったらコレをあげよう。僕のスペアだ」

 

「おぉ!チェリーピアス!」

 

 花京院がいつも付けてるピアスを僕に渡してくる。すると続けてポルナレフも、自分の付けているピアスをプレゼントしてくれる。

 

「チェリーとハーフハート……うーん、嬉しいけどゴメンね。僕こういう ぶら下がった奴怖いや。なんか引っ張られた時を想像しちゃって」

 

「そうか?俺はそうとは思わないけどな」

 

 そう言ってポルナレフは自分のピアスを受け取り荷物にしまう。花京院にも同様に返したが、彼は少し残念そうな顔をした。

 

「でもどうしようかな。カラチに着くまで時間はまだかかるし……承太郎、君のくれよ」

 

 承太郎の耳朶に付いたシンプルな丸いピアスを指差し言う。

 

「やなこった、俺は予備なんて持って来てねぇんでな」

 

「ちぇ〜…」

 

「葎崎…ならこういうピアスはどうだ?」

 

 少し残念な気分になっていると、承太郎はレオンさんの耳を指差す。そういえばレオンさんも幾つかピアス付けてるね。

 今まで気にしなかったけど、レオンさんの耳には耳朶から外側に沿って3個…そして耳の上の方に1つ付いている。

 

「レオンさんは予備持ってる?」

 

「今は無いが、別に塞がっても私はすぐに開けれる。1組分でいいか?」

 

「やったー!ありがと‼︎」

 

 レオンさんが左耳からピアスを2つ外して手渡してくれる。

 青紫に輝くソレを付けようとするが、初めてなもので上手く付けられない。

 するとレオンさんが僕からピアスを取り上げて、僕の耳に飾ってくれる。

 

「誰か鏡持ってたよね?見せて見せて!」

 

 一番髪の手入れに時間のかかるポルナレフが、鏡を取り出して僕に向けて構えてくれる。

 それを見つめて首を振り、左右から自分の顔を眺めてみる。

 

「うん……良いね。ありがと!」

 

「あぁ…どういたしまして」

 

 レオンさんの澄ました笑顔は、何故か今だけ引きつっていた。

 ……僕の後ろを見て苦笑いをしている?

 

「……………?」

 

 振り向いてみるが特に変わった物はない。

 強いて言うなら花京院がいるだけだ……アレ?少しだけ怒ってらっしゃる?

 

  (うーん。くれた物を返すのは少し失礼だったかな?)

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

『レオン様は最悪……生きてなくとも問題ありませんがのぅ』

 

  (……逆にとれば、できることなら生きたまま連れて行くつもりだった。生きた私に用があった…という事か………)

 

 道中で私はエンヤ婆の言葉を思い出した。

 私を戦力として迎え入れたいのか……だが相手はDIO。他にもなにかあるとは思うんだが……

 

「そろそろカラチじゃ。ここからは歩こう」

 

「ん?もう着いたのか?」

 

 考え事をすると、ついつい周りが見えなくなるな。

 ジョセフの言葉で我に返り、我々は街の手前で馬車を乗り捨てる。

 

「お疲れ葎崎さん」

 

「ありがと花京院。ふぅー…さて、次も頑張りますか!」

 

 両腕を上に伸ばして背骨を鳴らす。それを見かねて、周りの人間も軽く身体を動かす。

 なんせこの街でも我々は敵と遭遇し、誰かの脳内で戦う羽目になるからだ。

 

「葎崎、あまり無茶はするな」

 

「承太郎こそ。君ら3人は重症なんだからね」

 

 エンヤの術中にハマった3人を見て、礼神は口を尖らせる。

 私も今は考えるのを止めて切り替えないとな…

 

 相手のスタンドは恋人(ラバーズ)

 史上最弱の極小スタンドらしいが、脳内に侵入し、侵入された者とシンクロする能力を持つ。

 本体のダメージがスタンドを通して、侵入した者に数倍で与えられるというのだ……そうなっては外へ出すまで手が付けられない。

 

「原作と違い、誰の脳内に入ってくるかはわからない…でも肉の芽を使ってくるのは確定……速やかにお願いしますね」

 

「あぁ」

 

 この戦いの鍵は私だ。

 私のW-Refでシンクロを解除すれば何て事はない。その後は私とジョセフで、肉の芽を波紋で取り除けばいい。

 

「ならさっさと行こう………む?」

 

「ん?どうかしたか?」

 

「…いや……なんでもない」

 

 今誰かに見られた気が………気のせいか?

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……あれがレオン・ジョースター……そして小さいのが巫女…葎崎 礼神………か…」

 

 人口600万の首都カラチ……その町の広場に聳え立つ時計塔の展望広場にその男はいた。

 黒塗りのサングラスを掛けた男は双眼鏡を手に、街の入り口の方を見つめていた。反対の手には誰かからの手紙が握られている。

 

「フッフッフッ……戦闘はすでに始まっている。見えぬ敵に恐怖するがいい…敵の情報を得ているのは貴様らだけでは「ドカッ‼︎」

 

 不敵な笑みを浮かべると同時に、広場で遊んでいた子供の1人が男にぶつかる。その拍子に男は、指を緩めて手紙を手放してしまう。

 

「……おいガキ」

 

「あ…ゴメン 兄ちゃ、ギャブッ⁉︎」

 

 まだ5,6歳の少年は蹴り飛ばされて展望広場の柱にぶつかる。落ちなかったことに安堵すると同時に、遊んでいた子供達は逃げる様に階段を降りて行った。

 

「…チッ……ガキっての何で高い所が好きなんだ。伊月の手紙が飛ばされちまったじゃねぇか。まあ良い……アドバイスには全て目を通してある」

 

 そう言って座り直すと男サングラスを投げ捨て、双眼鏡を改めて両目に当てた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ドネル・ケバブ。

 肉の塊を棒に刺し、回転させながら表面を焼いている。それを焼きたてのナイフで削ってパンに乗せて食べる中東方面のハンバーガーである。

 

「腹ごしらえでもするか。すまない、7人分くれないか?」

 

「7個1400円よ」

 

 レオンさんの注文に対してそう言う店員。

 

 中東方面では日本や西洋などの常識は全く通用しない……というのは、値段が凄くいい加減なのだ。

 日常の値打ちを知らない初めての外国人は、一体いくらなのか見当もつかず 凄くカモられてしまう。

 しかしこの世界ではカモることは悪い事ではない。騙されて買ってしまった奴がマヌケなのである!

 

 原作ではジョセフさんが買い物の仕方を読者にレクチャーしてカモられるが、レオンさんは一味違った。

 

「私は目が良いんだ。先程遠くから、1個30円で売っているところが見えたぞ?」

 

「アハハ!きっと見間違いね。そんな値段で売ってたから私の家族みんな飢え死に…」

 

 その時…店員とレオンさんの目が交差する。

 

「……でも私親切ね。イケメンお兄さんに免じて210円でいいよ」

 

 少し表情に赤みを見せた店員は7人分のケバブを通常価格で売ってくれた。

 

「ありがとう」

 

 トドメに笑顔で感謝。これがレオンさんの交渉術である……だが僕達は1つだけ疑問を抱いていた。

 

 店員が()()なのだ。

 

 原作では僕らにケバブを売った男性店員がDIOの刺客なのだが、ここの店員は女性。

 他にもケバブを売ってる店はあるし、バタフライ効果で別のやり方で接触してくる可能性もある。

 

「……って事はやっぱり…」

 

 ひとまず今言える事は1つだけ……

 

「ケバブ美味しい」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

『やっほー。今日も屑らしく生きてる? 』

 

「……………」

 

 珍しい奴から手紙が来たと思い開けると、最初の一文が彼をいきなり不快に感じさせた。

 手紙を読む男の名は「ダン」…恋人(ラバーズ)の暗示を持つ幽波紋使いである。

 彼は不快な気持ちを感じながらも次の文に目を移した。

 

『現在ホル・ホースとコンビ組んでるオジさんです。オジさんの予想では婆さんの次の刺客が君だと思って手紙をよこしました。では早速本題……もちろんコレはジョースター達に見られないようにね?』

 

「……さっさと本題に入れ」

 

 聞こえる訳のない小言を呟き、ダンは再び続きに目を移す。

 

『わかったよ、仕方ないなぁ〜〜』

 

「ッ⁉︎」

 

『今の一文で、驚いた君の表情が目に浮かびます』

 

「ッ‼︎‼︎⁇」

 

 一度手紙から目を逸らして、汗を拭い気持ちを落ち着かせる。気持ちを整えもう驚かないと心に決めたところで再び(みたび)手紙に目を向ける。

 

『じゃあ本題』

 

「………」イラッ

 

 まだ遊び心のある小言があると思ったダンは、軽く裏切られた気になりそれがイラつきを生む。

 しかしそんな感情も棚上げして彼は手紙を読み始めた。

 

『まず相手は君の能力を十分に理解している。その対処法も………レオン・ジョースターには注意しろ。君のスタンドが誰かの頭の中に侵入しても、奴のW-Refで操作権を断たれてボコられる可能性がある。そしてこれは推測だが、彼には感知能力がある……半径25mくらいかな?』

 

「要点を抑えると「25m以上近付かずに隠れて攻撃すればいい」って事か……」

 

『それじゃ頑張ってね。親愛ならぬ友人(クソ野郎)へ、(呪念)を込めて 伊月 竹刀より』

 

 手紙を読み終えたダンは一度手紙を握り潰してポケットに突っ込んだ。

 

「あいつ俺の事嫌ってんのか?俺も嫌いだが……次会ったら恋人(ラバーズ)で………いや、あいつは元々、脳内にスタンドを入れてんだったな…無駄か」

 

 苛立った様子で独り言を呟き、ダンは時計塔へ向かった。

 

 ………これが数時間前の出来事である。

 

 時計塔の上からジョースター達を確認しながら、ダンはスタンド能力を既に使っていた。

 街の外で確認した時点で、レオンの脳内に送り込んでいたのだ。

 

「レオン・ジョースター…奴さえ始末すれば形勢は逆転する」

 

 ダンが最も警戒しているスタンド能力…それがW-Ref。

 その不安要素を早々に取り除くべく、ダンはスタンドに肉の芽を持たせて脳に先行させていたのだ。

 

 吸血鬼に肉の芽が効くのかはわからない。だが今のダンにそれ以外の攻撃方法はなかった。

 

「さぁ…どうなる?」

 

 肉の芽を脳内で成長させて食い破らせるつもりなのだが、流石にまだそこまで成長はしていない。

 今か今かと双眼鏡でレオンを目視していると………

 

「………」ギロッ

 

「ッ⁉︎」

 

 何かを探していたのか辺りを見渡すレオン……そんな彼の視線がダンを捉え、彼は条件反射で柱の陰に隠れる。

 

「い、今目があったぞ⁉︎…き、気のせいか?」

 

 心情落ち着かないダンは念の為にその場を離れ、時計塔の内側の階段を焦り気味に降り始める。すると時間差で時計塔展望広場で物音がする。

 

「…………」

 

 緑色に発光する筋の入った生物が、先程まで彼のいた場所を詮索し始めた。やがてその生物は体を更に糸状にし、触手を伸ばして隅々まで伸ばし始めた。

 

(花京院の法皇の緑(ハイエロファントグリーン)⁉︎ 畜生‼︎あいつら、俺の存在に気付いてやがる‼︎ 早くこの場を離れないと……)

 

 時計塔を駆け降りたダンは路地裏に逃げ込んだ。

 その十数秒後……レオン達がその場にやってきた。

 

「いたか、花京院」

 

「いえ…少なくとも今は誰もいません……」

 

 

 

 

 

「こ…こんな事なら鍛えておくべきだった………」

 

 路地裏を抜け息を切らしたダンは、両手を膝に置いて肩を上下に動かしている。いくら吸っても肺が酸素を求め続け、彼は運動不足を自覚する。

 

「に……にしても何故ばれた⁉︎ 何かを探している様だった。あの時点で俺の術にかかった事に気づいていた⁉︎ 接触せずにスタンドだけを忍ばせたというのに何故‼︎」

 

 脳を回転させていると1つの誤算に気付いた。

 

「あの餓鬼か⁉︎ クソが‼︎」

 

 時計塔広場でぶつかった時の事を思い出す。

 

「あの時は伊月からの手紙を飛ばしてしまったことに意識が向いていたが、あの時ぶつかったせいでその衝撃がレオンにフィードバックした可能性がある‼︎そうに違いねぇ‼︎」

 

 恋人の能力は潜入した者に、自分が受けたダメージを数倍にして返す事………使い方によっては非常に危険な能力だ。

 そんな能力を潜入だけさせて使わない事なんて早々ない……わざわざ能力をOFFにする機会が無いのだから、うっかり使ってしまった可能性だって高い。

 

 だか今更そんな事を考えても意味がない……

 

「今はいかに時間を稼げるかが重要だ…」

 

 近くの店でターバンを手早く買ってそれを纏い、簡素ではあるが変装を施す。

 するとそこへ………

 

「こっちであってるのか?」

 

「あぁ、そう言っている」

 

 ターバンを買った店の前をアヴドゥルとポルナレフが通過する。自分の荷物をポルナレフはクルクルと回し、アヴドゥルは自分の左耳を抑えている。

 

(な、何故こんな近くをピンポイントで……⁉︎)

 

 路地裏を使わなければ遠回りしないとこの道には出れない…だのに2人は大通りから歩いて来た。

 疑問を浮かべながらも背を向けて通り過ぎるのを待つ。

 

 やがていなくなった事を確認して、ダンは彼らとは反対方向に歩き出した。

 

 

 

 

 

「こ……ここなら大丈夫だろう…」

 

 冷や汗を浮かべながらも勝ち誇った表情を浮かべる。

 何を隠そうダンが今いる場所は橋の下……予期していなければ調べない所。そもそもこの橋を渡った先は街の外…来る確率も低い。

 

 ………そう思ったのだが。

 

「花京院…こっちで良いのか?」

 

「あぁ…いやちょっと待て……何?もう少し北寄り?」

 

 声からして承太郎と花京院だろう。会話からしてもう1人いると思うのだが、もう1人の見当は付かないし足音もおそらく2人分だ。

 

「北寄り……コッチだな」

 

「この先は町の外だが?……わかった。君がそう言うなら…」

 

 進行方向を変え、2人がダンの隠れる橋の方へ近づいてくる。

 息を潜める為にダンは己の口を手で塞ぎ、自分の鼓動が酷く大きくなるのを感じた。

 やがて2人は橋を渡り始める

 

(そ、そうだ……そのまま渡ってどっか行け‼︎)

 

 しかしダンの願いとは裏腹に、2人は橋の上で足を止める。

 ダンの願いはただのフラグと化してしまった。

 

「ここ?……周りには何もないが……下?」

 

 花京院のその言葉で、ダンは心臓が飛び出るほどに動揺する。そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見〜つけた〜〜」ギロッ

 

「ヒギャァァ〜〜〜ッ‼︎」

 

 橋の上から顔を逆さで覗かせる花京院……それがキッカケで緊張の糸が限界を超え、堪らずダンが飛び出して逃げようとする。

 

「待ちな」

 

「ウヒィ⁉︎」

 

 しかし承太郎から逃げれる訳もなく、星の白金(スタープラチナ)に首元を捕まれ橋の上に引き上げられる。

 それを確認してから、花京院は右耳を抑えながら何か呟いている。

 

「おおお俺に何かしてみろ‼︎ レオン・ジョースターがただじゃすまねぇぞ‼︎」

 

「わかってる。だからコレを持って来た」

 

 そう言って何かを取り出し、承太郎はそれでダンを躊躇いもなく殴りつけた。

 

「ゴファ‼︎」

 

「あ、葎崎さん。えぇ…今?承太郎に殴られてるよ。場所は……」

 

 記憶が途切れる最後にダンが見たのは、右耳を押さえて誰かに話しかける花京院だった。

 何故礼神がこの場にいないのに、彼女に話しかけているのか……そんな疑問も解決せずに、ダンは気を失った。

 



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37.束の間の平和

「ん?今承太郎にボコられてるの?あ、もう気絶したの……了解、すぐ向かう」

 

 長方形の黒い液晶盤に指を走らせ、液晶に映った赤いテレフォンマークに触れる。

 

「…っにしても凄いなぁ〜‼︎ 流石レオンさん‼︎」

 

「転生者の特権という奴だ」

 

 ジョセフが礼神の手から液晶のソレを取り上げる。

 

「もう少し見せてよー」

 

「ダメじゃ。世界に数個しかない貴重な物じゃからのう」

 

「ケチー」

 

 これは試作ついでに作った世界に数個しか無い私物だ。それにこの時代で使い回ると、変な噂が立ったり盗まれる可能性も高い。

 

「向かう前にジョセフ、砂は消しておけよ」

 

「わかっとる」

 

 足で土を蹴り地べたを慣らし証拠を隠滅し、我々は花京院の連絡を受けた場所に向かう。その道中でジョセフはアヴドゥルにも連絡を入れる。

 

「アヴドゥルか?承太郎が仕留めた。GPSで花京院の方に向かってくれ。見方はこの前教えたよな?」

 

『えぇわかりまし…む、コラ!ポルナレフ‼︎』

 

『もしもし?ジョースターさん?これスゲェな‼︎ 今度俺にもくれよ』

 

「ハッハッハッ、現在価格は1000億前後じゃぞ?」

 

『ウゲッ⁉︎』

 

「ひとまず花京院の方へ向かってくれ」

 

 そう言って液晶盤を二つ折りにし、それは正方形の黒い水晶体に変わる。ジョセフはそれを懐深くしまい、我々は集合場所に歩き出した。

 

「にしてもレオンさんも無茶するよね」

 

「これが最適な策だった。私は人外…別に良いだろう」

 

 

 

 

 

 集合場所の橋に向かうと、そこには既にアヴドゥルとポルナレフもいた。アヴドゥルは呆れ顔で立ち尽くしているが、残りの3人は物珍しそうに黒い正方形を手に取り眺めていた。

 

「壊さないでくれよ」

 

「お、来たか。遅いぞ!」

 

「どうせそれを手にしてテンションが上がり走って来たんだろ?」

 

「うっ…」

 

「ポルナレフらしい……」

 

 そう言って私は、ポルナレフ達から黒い水晶体を取り上げるようジョセフに伝える。

 

「そんな物も作ってるんですね。いつ販売予定ですか?」

 

「そんな予定はない。これは私のポケットマネーで作らせた私物だ。それより()()()も返してくれ」

 

 そう言うと承太郎は学ランに隠し持っていた私の腕を…ポルナレフは自分の荷物に入れていた腕を返してくれる。

 

「日陰に行かないとくっ付かないな……移動しよう」

 

「こいつはどうする?」

 

 気絶した幽波紋使い…ダンを顎でさし、横目で承太郎が聞いてくる。私は試しに気絶したダンに蹴りを入れる。

 

「……うん。スタンド能力は解除されている。承太郎、悪いが両手足の骨を折っておいてくれ」

 

「アイアイサー」

 

 低くそう呟く承太郎は星の白金(スタープラチナ)を出して言われた事を実行……我々はそのうちに日陰へ移動し両腕を治した。

 

「にしてもレオンも無茶するなぁ〜」

 

「礼神にも言われた」

 

 ここで今回の種明かしをしよう。

 ひとまず頭の片隅に、私は常時半径2mでスタンドエネルギーを感じ取れるという事を置いておいてほしい。

 

 そしてまず最初に「私、礼神、ジョセフ」「アヴドゥル、ポルナレフ」「承太郎、花京院」の3組に分かれ、次に敵の粗方の位置をジョセフの紫の隠者(ハーミットパープル)で念写させる。そのマーク付近を残りの2組に向かってもらったのだ。

 

 もちろん変装などでわからない可能性もある。そこで私の能力だ………私は()()()()()()()()それを1本ずつ2組に持たせたのだ。W-Refは両手足に発現される……なら手足ごと切り落とせば遠くに持っていく事も可能なのだ。(人外だからか両腕の感覚は薄っすらある)

 ジョセフは念写を続けるので動けない。私も日陰から動けない……そんなわけでその場に留まり、礼神に連絡で指示させて見つけてもらったのだ。

 

「ふぅ……両腕も無事戻ったし、先へ進もうか」

 

「その前に、それについて教えてくれませんか?」

 

 花京院が目を輝かせて黒い水晶体を指差す。

 やはり年頃の少年はこういうのに興味を持つのだな。

 

 この黒い水晶体……最初に言ったがコレは転生者の特権の産物……平たく言えばGPS機能付き通話用携帯だ。

 万が一人の目についても、通話機器だと分からないようにインテリア(?)としても飾れる黒い水晶体にしたのだが……デザインがバイオ◯ザード6のエ◯ダが持っていた物に類似したな。

 

「本当に販売しないんですか?」

 

「あぁ…この時代には早すぎる」

 

 何を隠そう…この時代の携帯はまだ、肩からかける程に大きな物だ。ルービックキューブ程度の大きさの物が世に出てみろ。経済バランスが崩れるぞ。

 

 

 

 

 

 やがて我々は、カラチから船でペルシャ湾を渡り始める。礼神の予言……もとい原作では、無事にアラブ首都国連邦のアブダビへ行けるはずなのだが、もはや全員で気を抜ける状況では無い。

 今回は皆が交代交代で見張りをする事になっている。

 だが予言通り敵襲は無く、無事にアブダビまで海路を進んでいた。

 

 そんなこんなで、潮風を浴びる事数時間。

 夜目の利く私は甲板で見張りをしていた。

 

「…………」カチャ

 

 甲板で首元に収まっていたロケットを取り出し、私は蓋を開き中身を見つめた。

 そこには色褪せずに残り続ける写真があるが、それはジョジョとディオ、父さんと撮った物ではない。これはジョセフ達とサプレーナで撮った写真だ。

 

 記念にと撮った写真。それを私は六角形のロケットに嵌めていたのだ。もちろんジョジョ達と撮ったものもあるが、それはこの写真の裏側に隠してある。万が一ジョセフ以外に……ましてや転生者の礼神に見られては一大事だからな。

 中身を二重底にするくらいなら置いてくればいいとも思ったのだが、コレだけは手放したくないのだから仕方がない。

 

「レオンさんやーい。どこだー」

 

  背後から声が聞こえたので振り返ると、それと同時に気付いたのか礼神が小走りで向かって来た。

 

「どうした?まだ交代の時刻ではないだろう?」

 

「うん。 ただ調子はどうかなって」

 

 彼女の言う調子は恐らく、第2のスタンドの事だろう。

 恋人(ラバーズ)を捕まえる為に腕を切り落としたが、敵に攻撃された時とは違いそこまで発作が起きたりはしていない。出ていないわけではないが、そこまで苦しいものではなかった…敵による攻撃ではないからか?

 

「今の所は良好だ」

 

「そっか…ん?それは……あ、若きジョセフさん!」

 

 開いたまま持っていたロケットを見られ、礼神が無邪気に覗き込む。ロケットにしては大きいのだが、当時の関係者全員との集合写真だから一人一人の顔は小さい。良く見えたな。

 

「みんないる…カーズ倒した後の写真?」

 

「あぁ…全員わかるか?」

 

「うん。あ、シュトロハイムもいる…リサリサさん綺麗だなぁ〜…ジョージ・ジョースターも本当に生きてるね」

 

「リサリサは今年白寿(99歳)を迎えた。ジョージもリサリサも、今は私の別荘で暮らしている」

 

 右から順に名前を口に出していく。それを聞くたびに個々との思い出が脳内によぎるのは歳のせいだろうか?なんだかんだで私も120歳だからな…前世を含めるなら+17歳……だよな?

 

「ご両親の事名前で呼ぶんだ」

 

「あぁ、私は両親を名前で呼ぶ事が多かった。前世の影響だろう…そういう家庭だったんだ」

 

 もちろん嘘である。だが甥と姪を両親呼びするのには抵抗があるのでな……

 

「このイケメンはシーザー?」

 

「そうだ。彼はリサリサの後を継いで、今もサプレーナにいる」

 

「あの女たらしさんが?」

 

「ついでに言うと結婚してる」

 

「え‼︎本当⁉︎」

 

「あぁ。というか彼の子供も1人、すでに結婚している」

 

「会ってみたいなー」

 

「機会があればな」

 

 そのノリで軽く昔話をしていると、アブダビの港に到着する。やがて我々は上陸するが、夜遅い事もあり港町で宿を取る事にした。

 

 

 

 

 

 翌日…朝食の場に集まった我々は、今後のルートと礼神の予言を耳に通す。

 

 まずルートの話だが、我々はこれから砂漠をラクダで横断し、ヤプリーンという村を目指す。その村は岩山などに囲まれていて、主な移動手段としてセスナを利用している。我々はそれを買い取り更に先へ向かう手筈だ。

 

 そして予言の話だが、まずラクダで進んでいる時に襲われ、セスナでの移動中にも襲われるらしい。その時にセスナは墜落するとの事だ。

 

 「「「「「……………」」」」」

 

「止めろ‼︎哀れんだ目でワシを見るんじゃない‼︎」

 

 礼神を除いた全員がジョセフに目を向けると、本人はいち早くそれに気づいて怒気を強める。

 それでアヴドゥルは素直に目を逸らしたが、彼以外は不服そうにジョセフを視界に収め続けた。そんな空気に耐え切れなかったのか、ジョセフは勘定を済ませて店を出るよう急かし始める。

 

「……やれやれだぜ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 朝食の場として利用したレストランを離れ、僕らは財団の名で買い取った高級車でとある村へ向かった。

 ちなみに高級車なのには理由がある。僕ら向かった村で砂漠を横断するためのラクダと交換する為である。

 少し勿体無い気もするが、お金とかで買い取るよりは物々交換の方がわかりやすく安全なんだそうだ。

 

「ジョースターさん!!ど、どうやって乗るんだ?高さが3メートルもあるぞ!」

 

「あのじゃなぁ。ラクダっていうのはまず、座らせてから乗るのじゃ」

 

 交換を終えると、ポルナレフが早速興味を持ったのかラクダに近づく。そして鼻息を食らって匂いに悶絶…

 涙目を軽く浮かべて尋ねると、ジョセフさんは自信満々とレクチャーを始める………が…

 

「ン……まず…座らせてから………乗るんだよ」

 

 手綱を握り体重を掛けて地へと引っ張る。しかしラクダは抵抗して、頑なに顔を空へと向ける。

 

「……アヴドゥルさん。ジョセフさんじゃ無理そうだよ?」

 

「最初は私もそう思い、私がレクチャーをしようとしたのだが……ジョースターさんが大丈夫と言い張るのでな……」

 

「ちょ、ちょっと待っておれ!すぐ座らせるからな!」

 

「ジョセフ……その辺にしておけ」

 

 見てられずにレオンさんがジョセフから手綱を奪い取り、ラクダの側面を毛並みに沿って撫でる。心なしかラクダは気持ち良さそうだ。

 

「ジョセフに代わって私がレクチャーしよう」

 

「最初からそうしろ」

 

 ラクダを撫でながらそう告げると、承太郎が少しキツいコメントを述べる……あらら、ジョセフさん拗ねて別のラクダの手綱を握って座らせようとしてるよ。

 「あのラクダが頑固だったんじゃ!」なんて言ってるけど、きっとそれは違う。

 

「ところで皆は、犬を見たことがあるか?」

 

「急になんだ?当たり前だろ?」

 

「犬は伏せる時に後ろ足を折って座り、次に前足を畳む……だがラクダは逆なんだ。座る時は前足から折る。だから頭に繋がった手綱を引っ張ればラクダはバランスを崩すので、抵抗するのは当たり前だ…だから」

 

「ブルバババ‼︎」

 

「…………ジョセフのように決してやらないように。ラクダを嫌がらせると、あのようになるからな」

 

「…日焼け止めに」

 

「ならない」

 

 呆れた様子でヨダレまみれのジョセフさんを見るレオンさんがそう言うと、ジョセフさんがミスを誤魔化そうとするがバッサリ切り捨てられる。

 

「ならどうやって座らせるんですか?」

 

「首の根元辺りだ…それで無理なら警戒しているんだろう。リンゴでも使って座らせてくれ。心を開いてくれれば、手綱を握るだけで座ってくれるんだが……」スッ

 

 そう言ってレオンさんがラクダの首元に手を置くと、ラクダは大人しく前足を折ってから後ろ足を畳んで座った。

 

 そんなこんなで僕らも騎乗する。と言っても僕はみんな程大きくない低身長だから少し怖い……結構揺れるし高い。ジョセフさんよりは扱いが上手いので問題は無いけど。

 

「よし…それでは行こうか」

 

 その後村を出た僕らはヤプリーンを目指した。

 

 

 

 

 

 村を出て砂漠を横断する事 早数時間…

 

「こいつが太陽(ザ・サン)の幽波紋使いか?」

 

 頭にコブを作り気絶した男を、僕らは汗を拭いながら囲むように立つ。

 何が起きたかというと原作通りです。はい。

 

「礼神の存在がバレても、原作通りに動く奴はいるのじゃな」

 

「僕はこれ以外にマシな仕掛け方が無かったんだと思います」

 

「花京院もそう思う?」

 

 承太郎達が水やら食料を奪ってる間に、ジョセフさんと花京院と僕で、そんな会話をする。

 

 ちなみにジョセフさんだけラクダの上で待機…それ以外は地に降りている。

 理由は一度降りると、ジョセフさんだけもう一度乗るのに時間がかかるからだ。

 

「で………どうするんだ?」

 

「どうするも何も……先へ進むぞ」

 

「なーんか腑に落ちねぇな」

 

 ポルナレフがそう言うと、奪う物を奪って戻ってくる承太郎達。

 陽のせいで力がそこまで出ないのか、レオンさんは軽く仰け反っていて、承太郎の方が軽々と荷物を運んでいた。

 あまりのハイスペックで忘れてたけど、レオンさんは日の下だと人相応の力しか出せないんだよね。

 

「………なんだ?ジロジロと」

 

「なんでもないです」

 

 首を傾げながらレオンさんはラクダに荷物を積み、僕らは再出発した。

 ちなみに太陽の幽波紋使いは最低限の水だけ残してある。早い段階で倒したから、さっきの村に戻るくらいはできるだろう。

 

 太陽は傾きやがて地平線の向こうへ沈む。アレだけ暑かった砂漠地帯は一気に冷え込む。流石は乾燥地帯の代名詞「砂漠」。

 日が沈みきって暗闇に包まれると、比較的に砂の少ない剥き出しの岩の上でジョセフさんが一声……それを合図に皆がラクダから降りて一夜を越える準備を始める。

 明かりがないのでアヴドゥルさんが火を出すまで準備に手間取ったが、レオンさんだけは色々と準備を始めていた。人外は見える世界が違うんだろうな。

 

「アヴドゥル、焚き火の準備ができた。火をくれ」

 

「わかりました」

 

 スタンド像を出さずにアヴドゥルさんが指を鳴らすと、只の薪木に火が灯る。こういうアクションってかっこいいよね。

 

「ふぅ〜、寒い寒い」

 

「砂漠の夜は冷えるね〜」

 

 ポルナレフが真っ先に火にあたるので、僕も釣られて焚き火に駆け寄ってしゃがむ。

 

「ポルナレフ!お前は準備を手伝わんか‼︎」

 

「なんだよ!礼神はいいのか⁉︎」

 

「か弱い少女に、わざわざ重労働をさせる気か?」

 

 ジョセフさんと花京院に言われてポルナレフが渋々立ち上がり、荷物から取り出したのかアヴドゥルさんが僕に布切れを肩にかけてくれる。

 それに続いて承太郎が、蓋の空いた小さな木箱を2つ持ってくる。1つの箱の中は調理器具…もう1つの中身は携帯食に向いた食材だ。

 

「テメェーは先に夜食を作ってな」

 

「あらほらさっさー♪」

 

 力仕事を男性陣に任せ、僕は焚き火を使って木箱の中にあった調理用の水を鍋に流す。次に味の素になるのを入れて食材入れて〜

 

「えぇ〜、だいぶ寒いぜ?こんなんで寝れんのか?」

 

「持って来れる物にも制限はある。人数分あるんだから仕方ないし、荷物の大半は飲料水だ。文句を言うなポルナレフ」

 

 鼻歌交じりに鍋を回していると、花京院がまたポルナレフの小言に注意気味に応答する。

 花京院ってポルナレフに対して冷たいけど、嫌いじゃないんだよね?やっぱポルナレフの弄られ属性のせいかな?

 

「よし、寝る支度は完了じゃ。礼神、飯はできたか?」

 

「もうちょっとー」

 

 エアマットに空気を入れ終えたジョセフさんも焚き火に辺りに来て、やがてみんなが火の周りに集まる。

 

「誰かお皿とって」

 

「ホイホイっと」

 

 軽いフットワークでポルナレフが荷物からプラスチック容器を人数分用意。僕はそれを次々と取り分けていく。

 

 特に話す事もなく寝袋に各自入って就寝。

 満天の星空を天井にして寝るのは悪くないね…砂漠だから雨の心配もない。

 

「それじゃ…おやすみ」

 

 その言葉を最後に皆は眠りについた。

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 割愛された(実に呆気なく)太陽の幽波紋使いを倒した一行が眠りについたその頃……

 

「フーフーン…フフーン♪」

 

 煙草を加えて鼻歌を歌い、窓から外の様子を眺めていた。

 彼らがいる場所はエジプトのとある町の宿………ホル・ホースはこの通り、すっかり回復していた。

 

「……う、……待て……めろ………」

 

「ん?伊月の旦那?」

 

 古い無人の空き家で夜を過ごしていたのだが、ホル・ホースは室内に視線を戻してベットの上で横になる現パートナーに声をかける。

 だが伊月は目覚めず、魘されながら寝言を呟く。

 

「うぁ……止めなさい……待ってくれ……()()…⁉︎」

 

「おいしっかりしろ‼︎ 旦那⁉︎……ハッ!」

 

 何か思い出したかのようにホル・ホースは、ハンガーにかけてあった伊月の白衣のポケットから注射器を取り出す。その中身の色を確認してから、ホル・ホースは伊月にそれを打った。

 

「……ぅ………Zzz……」

 

 薬品を打たれた伊月は、落ち着きを取り戻して寝息をつく。

 それを見て一息つき、ホル・ホースは椅子に座って背凭れに寄り掛かる。

 

「はぁ〜…俺は介護士かっての…」

 

「Zzz………輝……楽……」

 

「…………………………」

 

「………Zzz……」

 

「………だから"かぐら"って誰だよ…」

 

 何度も寝言で聞いた日本の女性と思われる名前……もちろんホル・ホースは、それが誰の名前なのかも知らない。

 起きた時に伊月に聞いた事もあるが「身に覚えがない」とシラを切られる………そしてその時、なんとなくホル・ホースは寝言で、第一人称が「俺」になっていた事も伝えた。

 すると伊月はシラを切る代わりに、一瞬だけ悲しそうに顔を歪めるのだった。

 

 それ以降は聞くに聞けなくなり、ホル・ホースは何も言わなくなった。

 ただ「魘されるのはなんとかならないか」と聞いたら、先程の薬を打つよう頼まれたのだった。

 

「……ジョースター御一行様はそろそろアブダビに着くだろうな…もう着いて、砂漠って可能性もあるな…」

 

 そんな推測交じりにまた窓の外へ視線を泳がし、煙を吹かしながら時間の流れを待った。

 

「………転生者……ねぇ…」

 



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38.眠って悪夢を…目覚めて忘却を…

 砂漠を横断した我々がヤプリーンについたのは、翌日の夕焼け頃……

 

 ラクダをヤプリーンの牧師に売り、陽も沈み始めたので私は明日使うセスナ機を買いに……他の皆には先に宿を取りに行ってもらった。

 

「7人で乗れるのはあるか?」

 

「ん?誰だあんた…」

 

 セスナを買うべく発着場へ足を運び、丁度機体から降りたパイロットに声をかける。すると不審な目を私に向けてくる。

 

「私は旅の者で、仲間があと6人いる。とても大事な用事で先を急いでいてね。この村の生命線だということはわかっているが、7人で乗れる小型飛行機を1機売ってもらいたい」

 

「急にそんなことを言われてもね。この村の顔役を通してくれないと何とも言えないね……そもそも7人?今この村にあるセスナは4人乗りのこいつだけね」

 

 そう言って男は、今まで乗っていたセスナをノックするように叩く。

 

「向こうのはダメなのか?」

 

「アレは数時間後に使う予定がある」

 

「どんな予定だ?できることなら譲ってもらいたい」

 

「それは……本人に話を通してもらいたいね」

 

 やれやれ面倒臭い……

 

 

 

 

 

「〜〜〜。それで構わないか?」

 

「あぁ、そこまで言うなら構わないぜ」

 

 30分ほどの交渉の末…私はチップを弾んでセスナ機の使用予定をキャンセルしてもらい、村の顔役から正式にセスナを買い取った。

 思ったよりスムーズに話は進んだ。数時間後に使う予定は、6人家族の旅行だったらしい。

 その一家の大黒柱には2度旅行が楽しめるだけの資金を……顔役には通常価格の3倍の値で譲ってもらった。

 

「えぇ〜、あたし達 旅行行けないの〜?」

 

「ゴメンな、私も先を急いでいるんだ」

 

 大黒柱の娘と思われる子がごねり、男は少し困り顔だったので責任を持って私が謝罪する。

 膝をついて目を見つめ話すと、少女は俯いて「うん」と小声で呟いた。

 

 そんなこんなで7人用セスナを無事買い取って、私は皆が取った宿へ向かう。

 ロビーではジョセフがタバコを丁度吹かしていたので部屋を聞き、私の借り部屋へ向かった。

 

「……フゥー」ドサッ

 

 ベッドに倒れ込み顔を横へ向けると、壁際に置かれた私のケースが目に入る。誰かが運んでくれたのだろう。

 明日の予定確認は夕食どきに話し合う予定だ……それまでに仮眠と、血液を摂取しておこう。

 早速壁際に移動してケースを開け、中から血液ボトルを取り出し口をつける………すると…

 

「ヤバイヤバイヤバイ‼︎ヘルプヘルプヘルプ‼︎」

 

「ッ⁉︎」

 

 隣の部屋から慌てた礼神の声が聞こえた。

 

「まさか……敵スタンド⁉︎」

 

 部屋を飛び出した私は隣の部屋へ向かう。掛かっていた鍵は髪の毛でピッキング……そうやって部屋に入るとそこには、魘されながら寝ている礼神の姿があった。

 

「………ただの寝言か……砂漠の横断は辛かったからな」

 

 昼夜の温度差などストレスの要因は幾つも有る。それで悪夢でも見てしまっているのだろう。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp‼︎‼︎」

 

「……おい、礼神‼︎」

 

「ウォォォォーーーッ‼︎⁉︎」ガバッ‼︎

 

「……ようやく起きたか」

 

「はぁ…はぁ……レオンさん?」

 

 凄い様子で魘されていたので、ついに私は礼神を起こした。

 寝汗が凄く、よっぽど酷い夢だったのだろう。

 

「……⁉︎、レオンさん‼︎ その口どうしたの⁉︎」

 

「口?」

 

 そっと自分の口元を触れると、緩く滑りのある何かが指先に着いた。そんな指に目をやると、指先は真っ赤に染まっていた。

 

「あぁ…これは先程 血を飲んだからだな。拭い忘れた」

 

「何故に?」

 

「君が凄い様子で魘されていたからだ」

 

「へぇ…痛っ…」

 

 自分が魘されていた事を今知った様子で、彼女は興味無さそうに声を漏らした。そして思い出したかのように痛みを口にして首を抑えた。

 

「どうした?」

 

「なんか首に……切り傷?」

 

「………私じゃないぞ」

 

「うん知ってる。血を吸ったような傷じゃないもん」

 

 礼神の手をどかして見ると、確かに刃物で切ったような赤い線が首に走っていた。もう少し深ければ頸動脈に達したんじゃないか?

 

「こんな危ない傷を一体どこで?」

 

「………さぁ…普通気付くと思うんだけど………わからんね」

 

「葎崎さん‼︎どうかしたのか⁉︎」バタン‼︎

 

 不可解な謎を目の当たりにしてると、勢い良く部屋のドアが開かれ、花京院が血相を変えて入って来た。

 彼も礼神の寝言が聞こえて飛んで来たんだろう。

 

「あ、花京院も来てくれたの?大丈夫だよ。なんか悪夢に魘されてただけみたい」

 

 礼神は花京院を安心させようとそう言ったのだが、花京院は更に血の気を引かし、顔を真っ青にした。

 何故だ?…と、一瞬思ったが瞬時に理解した。

 

 ………マズイな

 

「……どういうことですかレオンさん?」

 

「落ち着け、私じゃない。私が来た時には既に傷を負っていた」

 

「なら何故貴方の口元に血が? まさか…ッ⁉︎」

 

「違う‼︎落ち着け‼︎」

 

 私が礼神の血を吸ったんだと勘違いしている花京院が、ワナワナと震えながら私に手を伸ばす。

 その腕を私は両腕で掴んで止めたが、止めなかったらそのまま首に手をかけるつもりだったのか?

 君の握力では無理だが殺す気なのか?

 

「問答無用‼︎ エメラルドスプラッシュ‼︎」

 

「ヤメロォォォォオ⁉︎」

 

 

 

 

 

「……さて、夕食も終わり早速話を進めようと思うんじゃが………どうしたんじゃレオン?」

 

 傷だらけの私を見てジョセフが尋ねてくる。

 無論……W-Refでガードしきれなかったエメラルドスプラッシュの治りかけの傷だ。

 あの後、礼神が弁解してくれたので半信半疑だが花京院は、さっきの事を不問にしてくれた。

 しかし食事中は何度か睨まれる始末だ……まったく、私が何をした?

 

「気にせず話を進めてくれ」

 

 花京院と礼神以外は疑問を残したままだが、私がそう言うとジョセフが話を始める。

 

「まず明日の予定じゃ。レオンが問題なくセスナを買ってくれたので、明日の早朝にそれで飛ぶ。礼神、予言の方は?」

 

「んー………特に無いよ」

 

「……無い?………アブダビの港町では襲われて墜落と言っていたじゃないか」

 

「あるぇ?そうだっけ?」

 

 花京院の言い分に皆が頷くが、礼神は身に覚えがないといった感じで首を傾げる。

 私もそれを不審に思い、さっきあった事を口にして注意を促す。

 

「花京院の言う通り、確かに墜落すると言っていた。第一、先程スタンド攻撃らしきものを受けたじゃないか」

 

「なんじゃと⁉︎」

 

「ですが少し可笑しいんです。葎崎さんの首……既にレオンさんが治しましたが、そこに刃物の傷がありました。首に切り傷ですよ?普通は怪我しないところです。頸動脈を誰かが狙ったとしか思えません」

 

「それで、敵は?」

 

 花京院の説明に承太郎が質問し、先に部屋に来ていた私に花京院が視線を送る。

 

「…見ていない。だがそれ自体も可笑しい……私が部屋に来るのを察して犯行を止めたのか?もしそうなら首に傷が入るとこまでやって寸止めをした事になる。寝てる相手への攻撃だから、紙一重でハズしたとは思えない」

 

「確かにおかしいな…傷をつけて証拠をつけちまったなら、そのまま切るだろ。俺ならそうするぜ?」

 

 ポルナレフがそう言って、片手で首を掻っ切る真似事をする。

 

「それに部屋は密室だった。スタンド能力で間違いない…だとしたら尚更謎は深まる」

 

「成る程……仮に物をすり抜ける能力や、テレポートが可能なら殺してから逃げるのは十分可能。カマイタチなどの遠距離攻撃なら、それ以降攻撃してこないのも可笑しい……他のみんなにも仕掛けるタイミングはあったハズなのだが…もしや何か条件があるのでしょうか?」

 

「どういう事だアヴドゥル」

 

「例を挙げるならJ・ガイルの吊られた男(ハングドマン)。反射物のある場所しか移動できないように、何か条件を満たさないと攻撃できないとか……」

 

「葎崎…テメェ部屋で、何か特別な事をしたか?」

 

「…寝てただけなんだけど」

 

「じゃあ何だ?吊られた男が鏡を移動するスタンドのように、そいつは夢の世界を移動するスタンドなのか?」

 

「ポルナレフ。夢は見た者の精神バランスで見せられる記憶の片鱗だ。夢の世界なんてあるわけないだろ」

 

 ポルナレフの推測を花京院が冷たく切り捨てる。

 

「ひとまず、用心する事に越したことはない。今日は各自で部屋を取ったが、やはりペアで泊まるようにしよう」

 

 ジョセフの案に一同が賛成し、我々は一度チェックアウトして、再度部屋を借りた。

 

 

 

 

 

 気がつくと私は とある寝室にいた。

 だが清潔感溢れるその部屋は宿の仮部屋ではない……宿にしては多くの家具がこの部屋には置かれて、どれもこれもデザインが古かった。

 

「ここは………なるほど。最近顔を出さないと思ったら……」

 

 部屋を見渡すがそこには誰もいない。

 私が寝室の扉を押し開けると、その先は長い廊下になっていて、さらにその通路を進み階段を下りると、少しデザインの古い時計が掛けられたロビーに出る。

 

「確かこっちだったな」

 

 記憶を手繰り寄せて足を向けた先は、昔は良く皆と食事をした場所だった。

 

『おはよう主よ』

 

 そこにいたのは、ティーカップで紅茶に口をつける場違いな女性だった。

 洋風のデザインで成り立っているこの空間に、第2のスタンドはいつもの着物姿でティータイムの真似事をしていたのだ。

 

「…………おはようなのか?」

 

『…………現実の時刻は……予定起床時間の30分前だ』

 

「ほう……事細かくわかるのだな」

 

『今現実では主の体を拝借し、我は枕元の時計を見つめている』

 

「なんだと?」

 

 私が眠っている事を良いことに、此奴は私の体を今使っているらしい。

 すぐに意識を強く持ち所有権を奪い返そうとしたが、スタンドが私に掴みかかりそれを止める。

 

『待ってくれ主よ。聞かれたから確認しただけなんだ。何もしない……話がある……だからまだ目覚めないでくれ』

 

 そう告げてくると、日の光を取り込んでいた窓が光を遮断し、外が暗闇に変わる。夜目は利くのだが何故か何も見えない。

 

『主がこの屋敷に住んでいた頃……まだ主は人間だった』

 

「だから夜の風景が見えないのか。それで……幼少時代に住んでいたジョースター邸の夢などを見せて何が言いたい」

 

 幼少時代の食事時に使っていた自分の席に座り、私はスタンドの方へ体を向ける。スタンドは私の隣の席(当時はジョジョが座っていた席)に座り、ノイズっぽい重い口調で語り始めた。

 その声の重さから、見えないはずの表情が真剣そのものに思え始める。

 

『……我を受け入れてくれ』

 

「またそれか………考えは改めたのか?」

 

『……我は………主に生きてもらいたい。その為なら……』

 

「仲間を見捨てられては困る」

 

 …………スタンドが黙る。

 

 次の言葉が出ないようなので、立ち上がりその場を離れようとすると、服の裾をスタンドが掴んでくる。

 

『………我は……………何をするために存在するのだ…』

 

「……………」

 

『我は……主を守る権利すらないのか…』

 

「……守る対象に、仲間を加えてくれれば万事解決なんだが……」

 

 そう告げると視界が光で白に染まっていき、眩くて私は目を閉じた。そして次に目を開けると、そこには昨夜泊まった部屋の風景が広がっていた。

 つまり夢は覚め、現実に戻ったのだろう。

 

「………夢から追い出された……のか? 都合のいい奴だ」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp‼︎‼︎」

 

「…………礼神、起きろ」

 

「ウォォォォーーッ‼︎‼︎」ガバッ‼︎

 

 隣のベッドで魘されていたので、私は声を掛けて礼神を揺さぶり起こす。

 

「………デジャブ」

 

「………またか」

 

「…たぶん」

 

「多分?…覚えてないのか?」

 

「………うん……でも助かった。レオンさんが起こしてくれたから」

 

「………そうか…」

 

 少し起床時間は早いが、私は部屋を出て礼神に着替える時間を与える。

 今はまだ、日が顔すら出してない時間帯だ…東の空がうっすら明るいだけで、廊下は暗く普通の人なら目が慣れるのに時間がかかるだろう。

 

「レオンさーん。着替え終わったよー」

 

 それを聞いて部屋に戻ると、時間を持て余す礼神はベッドに座り、足をブラブラと揺らしていた。

 

「……アバヤを着なさい」

 

 この国の女性は肌を出すことを禁じられているので、それだけは忘れぬように告げる。

 

「あ、忘れてた。少し時間あるけどどうしよっか…」

 

「大して変わらない……ポルナレフあたりが寝坊しそうだ。起こして出発の準備をしよう」

 

 私の意見に賛同し、礼神はベッドから飛び降りて荷物を片手に部屋を出た。私も自分の荷物を手にして部屋を出た。

 

 

 

 

 

「………おはよう……どうした?」

 

 朝食の場に集まった旅の一行……皆は何故か顔色が悪く、朝食もいつもと比べて喉を通っていないようだった。

 寝ていたはずなのに全員やつれ、疲れを見せている。

 

「……いや……寝てたはずなんだが、ドッと疲れが……」

 

「ワシもじゃ。な〜んか恐ろしい夢を見ていたはずなんじゃが……」

 

「奇遇ですね。僕もです」

 

「そうなのか……全員取り憑かれたように魘されてたぞ」

 

 青ざめた表情を手で覆い、私以外の皆がそう告げる。

 レベルの低いドッキリ………な訳が無いか……む?

 

「花京院……その手首の傷はいつ?」

 

「え?……あぁコレですか。実は身に覚えがなくて……」

 

「見せてみろ。治してやる……む、礼神と同じ切り傷か…」

 

「…え?」

 

「…ん?」

 

 波紋を当てて傷を治していると、花京院どころか、全員が私を見て首を傾げる。そして次に視線は礼神に集まった。

 

「葎崎…テメェ怪我したのか?」

 

「いや…無傷だよ?」

 

「……何言ってるんだ?治したから無傷なだけであって、昨夜、首に謎の切り傷があっただろ」

 

「オメェーこそ何言ってんだ?生憎俺にはサッパリなんだが?」

 

 自身の頭を指でつつきながらポルナレフが言うと、全員がウンウンと頷く。

 

 ………私が可笑しいのか?

 

 その後我々は話を切り上げ朝食に勤しむ。すると、昨日セスナを売ってくれたパイロットが慌てた様子でやってくる。

 何やら話があるようだが、先に朝食を終えたジョセフが相手をしに行ってくれた。

 

「うっし!俺らも食い終わったし発着場に行こうぜ」

 

「あぁ」

 

 ポルナレフの一声をきっかけに、我々はセスナ機が置いてある発着場へ向かう。

 

 ……にしても気になるな。

 魘される礼神、礼神の謎の傷、礼神の記憶欠如…翌日にはその症状が私以外のみんなにも見える。

 私は昨夜は第二のスタンドに夢を見せられたから例外と考えると…………

 

 ポルナレフの言う事も、あながち間違いじゃないのかもしれないな。

 

「少し気になることがある。みんなは先に行っててくれ」

 

「ん?そうか?」

 

「何があるかわかりません。お気をつけて」

 

 アヴドゥルの忠告を聞いてから、私は小さな村をブラリと回ってみる。

 小刻みに周囲感知機能(アラウンドセンサー)を使って周囲に気をくばるが反応は無い。

 

(夢の中で発動……こういった制限があれば遠距離タイプの可能性も……)

 

 軽く周囲を一周してから私も発着場へ向かう。すると前方から約5.6人分のスタンドエネルギーを感じる。無論、承太郎達だろう。

 

「じゃから今更売れんとなっても困るんじゃよ‼︎ 昨日確かに金を受け取ったんじゃろ⁉︎」

 

「金は返すよ。実は赤ん坊が39度の熱を出したね。この村には医者はいないので、医者のいる町に飛ばないといけない」

 

 発着場に付くと、ジョセフとパイロットの揉め事が聞こえてくる。何事かと思い聞き耳をたてると、熱を出した赤子を医者のいる町に連れてくためにセスナを使うとのこと……

 

「戻ってくるのは明日の夕方ね」

 

「夕方だと?4人乗りのセスナはどうした」

 

「昨夜別の用が急にできて飛んでったよ」

 

「あの……こうしてはどうでしょう?満員のセスナでも赤ん坊1人くらいなら載せられます。ですからこの方々に任せてお医者のところへ連れて行って貰えば……」

 

 母親らしき女性にそう言われジョセフも私も断ったが、このまま見殺しにすることもできないので結局連れて行くことになってしまった。

 

「別にいいんじゃねぇの?空を高速で移動するセスナに、どうやってDIOの刺客が来るってんだ?遠距離に優れた恋人(ラバーズ)でも無理だぜ。それに…」

 

 一度口を紡いでから、ポルナレフは買ったセスナのタイヤをを蹴る。

 

(ストレングス)と違ってセスナそのものがスタンドって事もない。だろ?承太郎」

 

「あぁ…それより俺は、ジジィの運転の方が心配だぜ」

 

 無理に赤子を置いて行くのも無理そうだし、皆が賛同するなら仕方ない。

 

「その点は心配いらん。パイロットは私だ」

 

「ならいい…」

 

 私の言葉で安心した様子を見せた皆がセスナの後部席に乗り込む。ちなみに赤子はポルナレフが抱いている。

 それに続き私も操縦席へと乗り込んだ。

 

「おいジジィ、何でテメェがそこにいる」

 

「補助席だ、操縦士は私だと言っただろ?大丈夫だ」

 

「……………」

 

「………大丈夫……だよな?」

 

 先入観のせいだろう……何故か今のジョセフからは、不穏なオーラを感じる。

 

「……ジジィ…代われ」

 

「ワシ泣いてもいい?」

 

 補助席に座ることすら許されないとは………

 

 

 

 

 

 補助席側は特にやる事もないが、一応承太郎に簡単なレクチャーを施し我々は離陸した。

 席順は操縦席が私、補助席が承太郎…2列目にジョセフとポルナレフ(と赤子)、3列目に残りの3人だ。

 

「いや〜空の旅ってのも良いもんだな〜!」

 

「だな…操縦がジジィなら、こうはいかねぇぜ」

 

 補助席と後部席の間でそんな会話をしている。

 いつもなら拗ねて口を挟むだろうジョセフだが今は静かだ…気になり一瞬後ろを盗み見たが、ジョセフは目を閉じ背凭れに体重を預けている。私の真後ろで眠っているようだ。

 

「ポルナレフは飛行機とか乗ったことないの?」

 

「いや、もちろんあるぜ?でも窓側の席に座れない事も多いし、窓小せぇし景色は楽しめないだろ」

 

「飛行機は飛ぶとすぐに雲の上だからな。僕もこうやってマジマジと見る機会は初めてかな?」

 

「にしても乗り物って…どうしてこう眠くなるんだ?レオン、俺は寝かせてもらうぜ。ついたら起こしてくれ」

 

 そう言ってポルナレフは眠りにつき、やがて機内にはエンジン音と風を切る音だけが日常音の様に流れる。

 

「…………ん?」

 

「おろ?レオンさん どうしたの?」

 

「……大だ……ポルナレフを起こしてくれ」

 

 いち早く赤子の分泌物が、私の嗅覚を苦しめる。

 眉間に皺を寄せてそう頼むと、アヴドゥルがポルナレフを起こす。

 

「……………」

 

「どったのポルナレフ?」

 

「…いや、なんかまた悪夢をねぇ……それよりオムツねオムツ、ハイハイ……ってなんじゃこりゃ⁉︎ オメェ履いたままウ◯コして恥ずかしくねぇのか⁉︎人として‼︎」

 

「赤ん坊だから当たり前だ。だからムツをしてるんだろ」

 

「ウゲェ〜、マジか…知らなかった………それはそうとどうやるんだ?」

 

「見てらんないよポルナレフ…赤ちゃんプリーズ。僕がやるよ」

 

 赤子を逆さに持つポルナレフを見かねて礼神が名乗り出る。

 操縦席からは見えないが、手際良くできているらしい。

 

「はへー、手際良いな。お前妹か弟でもいんのか?」

 

「いたよ…昔ね。僕は孤児院で育ったから、4人の年下の子がいた。そりゃオシメくらい何度も替えるよ」

 

「エッ……そりゃ…悪い事を聞いたな。悪い」

 

「別にいいよ。今は幸せだし」

 

「へぇー、優しい親御さんに引き取られたんだな……」

 

「……ポルナレフ……その話はそれ以上するな」

 

 悪気はなかったんだろうが、ポルナレフの言葉に礼神が返答する前に、承太郎はその話を切り上げさせた。

 賢明な判断だ…私だってそうするつもりだった。

 

 引き取られるも何も…放火魔によって孤児院が全焼し、礼神は従業員だったエーデルガルトと今は暮らしているのだ。それを彼女の口から説明させるのは、可哀想だしさせたくはない。

 

「………………」

 

 今思えばあの放火事件……

 

 

『これが僕のコンプレックス…恐ろしいだろ?』

 

 

 放火魔は捕まる前に心臓麻痺で死んでいた……

 生まれつきあったその能力で身を守ったのかもしれない……

 

 

『いざ使ってみると、嫌な事思い出しちゃって……』

 

 

 声で犯人を仮死状態にさせて死に持って行ったのだろう……

 だが彼女の能力は無差別………

 

 

『僕は女神なんかじゃない…死神なんだ』

 

 

(……つまりはそういう事か)

 

 彼女が背負う罪の意識……それがどれだけ大きいのか、私には到底わからないし、理解しようとして踏み込んではいけないのだろう。

 

「う………うーむ……ぐ……おぉ…」

 

「ん?なんだ?」

 

 突如として漏れるように聞こえてきた唸り声。

 操縦に気を使いながらも、私は振り向いて確認する。それと同時に………

 

「う、ウォォーーーッ⁉︎ 止めろ‼︎ 止めるんじャァァア‼︎」

 

「グッ⁉︎」

 

 魘されるようにジョセフが酷い寝相を披露する。両手を振り回し、辺り構わず暴れている。

 

「しまった‼︎ 此奴、操縦桿を⁉︎」

 

 アヴドゥルが慌ててジョセフを後ろから止めたが、ジョセフは脚で操縦桿に蹴りを当ててしまう。

 結果…操縦桿は大きく回転する………

 

「ま、まさか……墜落するのか?」

 

「………あぁ…」

 

「あぁ…じゃねぇよ‼︎ なんとかしろよパイロット‼︎」

 

 水平を保って飛んでいたセスナはキリモミに……軌道修正などできず、回転する世界の片鱗に近づいた地面が見える。

 

「ウワァァァァア⁉︎」

 

 誰とも分からぬ悲鳴が聞こえ、セスナは重力にしたがって落下速度を加速させる。

 

 だがそれは次第にゆっくりと減速し、やがて一瞬だけ空中で停止する。

 

「………W-Ref…」

 

 高度2mほどの位置で、逆さになったセスナは空中停止していた……しかしそれも一瞬…重力に従ってセスナは、地面に不時着した。

 

 W-Refで運動エネルギーを吸収し不時着させたのだが、誰も無傷の生還に喜ぶものはいなかった。

 赤子も無事でセスナ以外は何も失っていないのだが、ジョセフだけは大きな物を失った。

 

「ジョセフ………お前もう帰れ……」

 

 墜落した衝撃で目覚めたジョセフに、私はそう冷たく言い放つのであった。

 



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39.夢を見せし者に悪夢を

 破損した右翼の側面、潰れた左側のタイヤ、回りはするが曲がったプロペラ、ヒビの入った窓ガラス………そして…

 

「セスナは………使えそうか?」

 

「………気になるなら命を張って操縦してみろ」

 

「ごめんなさい」

 

 そしてその前で正座する初老…ジョセフさん。

 そのジョセフさんの前で仁王立ちするのはレオンさんと承太郎……ジープ壊した時もこのアングル見たなぁ〜

 原作と比べれば原形を保っているが、結局のところセスナは使えないようだ。

 

「ジジィ……テメェこの旅を終えたら、二度と乗り物に乗るな」

 

「そ、そこまで言うことないじゃろ」

 

「それもそうだな。ジョセフ…1人で乗る分には構わないぞ」

 

「……事故前提で言っとるのか?」

 

「あぁ。その左手の義手も旅客機墜落が原因だということを忘れたか?」

 

「どうする?ひとまず塩でもかけるか?」

 

「ポルナレフ大変だ。食用の塩しかない……」

 

「ジョースターさん…今度、腕のいいお祓い師を紹介しましょう」

 

 ポルナレフと花京院は悪ノリして冗談めいてるが、アヴドゥルさんだけ結構マジで考えてるね。顎に手を当てて記憶を手繰り寄せてる感じ……誰を紹介しようか悩んでるのかな。

 

「それはそうと……セスナが使えないとなるとしばらく徒歩か……今日はココで野宿し明日出発しよう」

 

「了解しますた。それじゃ僕は夕飯を…」

 

「あー、ならワシはベビーフードを作ろう」

 

「罪滅ぼしか?構わないが」

 

 レオンさんの言葉を聞き流し、ジョセフさんは赤ちゃんを抱き抱える。

 

「にしてもこの子の熱が下がってよかった。怪我もないようだし」

 

「すまないな。ジョセフの悪運に巻き込んでしまって」

 

 そんなジョセフさんの肩から顔を出し、レオンさんは赤ちゃんにそう告げた。まだジョセフさんに(精神的)攻撃を続けるつもりなんだろうか。

 

 そう思ったがレオンさんは、僕らから離れるように歩き出した。

 

「レオンさんどこ行くの?」

 

「考え事だ。遠くまではいかないから、少し1人にしてくれ」

 

 

 

 

 

 その後は夕食を終え、僕らは寝袋に包まってみんな眠りについた。

 何で眠ろうとすることに恐怖を覚えるんだろう…昨日もそうだった……

 

 その時は何故かわからなかった…毎度決まって、眠ってから気付くんだ……そういうスタンドなんだから当たり前なんだけどね。

 

 気がつくと僕らは遊園地にいた。

 

『ラリホー‼︎ 昨日は訳あって時間が足り無かったが、今回はもう起こすやつがいねぇぜ‼︎』

 

 何故こうなったのか………それは記憶を消されたからだ。

 最初の被害者は僕……ヤプリーンについて仮眠を取ると、すぐさま術中に落ちてしまった。まさかその時に原作知識まで忘れさせられるなんて………

 その日の夕食時に作戦会議だったんだけど、死神13(デスサーティーン)の能力だけは、先に告げておくべきだった。

 バタフライ効果云々言ってた過去の自分を殴りたい……

 

「……みんないる?」

 

「…あ、あぁ。クソ…また来てしまった」

 

 死神13の能力は、寝ている者の精神を自身が作り出した夢の空間に引きずり込むというもの……

 

 この空間は死神13自身が作り出した空間であり、常に遊園地のような外観を有している。また、この空間におけるあらゆる現象は死神13の思い通りになる。

 夢の中で攻撃されると現実でも同じように傷がつき、殺されると現実でも同様に死ぬ。

 

 そして何より、このスタンドの一番厄介な点は、目覚めると夢の記憶が消える事……覚えていなければ対策はできない。

 

 寝ている時に身につけていた物は夢の中に持ち込むことができる。それはスタンドも例外ではない……寝る前に発現させなければ夢の中では使えない。

 

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()という大原則があるため、夢の中においては死神13は、一方的な攻撃(勝利)が可能ということになる。

 

 そんな世界に僕は、3度も来てしまった……

 

「どうすんだ礼神‼︎ 結局みんな寝ちまったじゃねぇか‼︎ 前の夢で掘った傷文字も、奴に消されちまってる‼︎」

 

「礼神を責めるなポルナレフ! お前には他に策があったのか⁉︎」

 

「言い争ってる場合じゃねぇぜ‼︎ 今度ばかりは起こす奴がイネェ‼︎」

 

「そうだ‼︎ レオンさんは⁉︎ 彼はどこに⁉︎ 唯一の希望といえば彼ぐらいしか………」

 

 花京院の言葉でレオンさんの事を思い出す。

 彼だけは昨日、死神13の術に落ちなかった。何故かはわからない…W-Refで無力化したのかもしれないし、違うかもしれない。

 

『ラリホー‼︎』

 

「やばい‼︎ ひとまず逃げろ‼︎」

 

 ピエロフェイスの死神が、無邪気に鎌を振り回す。

 この世界は奴の思いのまま……その気になれば地面を泥沼化して捕縛だってできる。

 それをしないのは楽しんでいるからだろう……勝ちの決まった理不尽なゲームを……

 

『ラーリホーー‼︎』

 

「ヌォッ‼︎」

 

「アヴドゥル‼︎」

 

 足首を切られたアヴドゥルさんが前のめりに倒れる。

 ニタニタと笑う死神は、面白そうに……そして焦らすように鎌を、アヴドゥルさんの首にかける。

 

『ラリホー…まずは……1人』

 

「む、ここにいたのか………っと、それどころではないか」

 

「レオン⁉︎」

 

 メリーゴーランドの影からレオンさんが現れる。その表情は何処か思い詰めているのか、ウンザリしているかのようにも見えるし、何かを諦めている様にも見える。

 

『ホッ⁉︎、お、お前は‼︎』

 

 レオンさんに視線が集まる中、背後で死神が喚く。その声に反応して振り返ると、死神は痙攣してから、やがて力無く停止し動かなくなった。

 

「アヴドゥル、無事か?」

 

「え、えぇ…一体何が?」

 

「レオン…………まさか……」

 

「察しがいいなジョセフ。単刀直入に言う…目覚めたら私から離れろ」

 

「一体何を言って……」

 

 

 

 

 

「……おろ?」

 

 ……目が覚めた…

 

 寝袋から這い出て起き上がると、僕を除いた5()()が丁度上半身を起こし、星空の下で僕と同じように周囲を見渡している。

 承太郎、花京院、ジョセフさん、アヴドゥルさん、ポルナレフの5人だ………レオンさんはというと、僕らより先に目覚めていたのか、赤ちゃんの首根っこを掴んで宙に持ち上げている。

 

 その手にはW-Refが発現されており、スタンド能力を無理に解かせたんだとわかる。

 不本意な解除だからなのか、記憶はまだ残っている。忘れていた記憶もすべて……多分みんなも覚えていると思う。

 能力の発動中に目覚めたのではなく、目覚める前に能力が解除された……多分この辺の違いが記憶に関係するのだろう。

 

「みんな…よく聞け。今すぐこの場を離れるぞ…何のアクションも取らずに離れるんじゃ」

 

 いつの間にか中腰になり移動していたジョセフさんが、切羽詰まった小声で僕らにそう告げてくる。

 

「何でだ?」

 

「いいから早くしろ!」

 

 ポルナレフの疑問を一刀両断……ジョセフさんは焦りを見せて小声で怒鳴る。身体は既に背を向けて、離れようと足を踏み出している。

 何をそんなに慌てているのだろう。

 

「ゲッ…ゲプッ…」

 

「ぅ……ぁ……』

 

 その時、レオンさんの方から二種類の呻き声が聞こえた。

 1つは呼吸の儘ならぬ赤ちゃんの声……もう1つはレオンさんの声……だと思う。

 何故かいつもと違って、軽くノイズが掛かっている感じがする。

 

「おいレオン!その辺にしとけよ!」

 

「ま、待つんじゃポルナレフ‼︎」

 

 敵であっても相手は乳幼児……それを見てられず、ポルナレフはレオンさんの手から赤ちゃんを奪い盗る。

 

「確かに俺らは此奴に殺されかけたが、そこまでやる必要はないだろ?」

 

「バカモン‼︎ さっさと赤子を置いて逃げるんじゃ、ポルナレフ‼︎」

 

「逃げる?ハッ! 一体何から?」

 

 鼻で笑うポルナレフ…しかしジョセフさんの表情はドンドンと険しくなる。レオンさんは赤ちゃんを掴んでいた手で頭を抑え、低く唸り苦しんでいる。

 

「おい…レオン?……一体何が」

 

「近付くな承太郎‼︎」

 

「何をそんなに慌ててんだジョースターさん? ちゃんとわかるように1から説明してくれよ」

 

「わ、ワシは……天秤に掛けただけなんじゃ………その赤子の命と……()()()()()()()()()()()………」

 

「何を訳のわからない事を…「エメラルドスプラッシュ‼︎」 ドワァ⁉︎」

 

 突如として横から伸びてきた宝石の弾幕……それはポルナレフの脇腹から足にかけて被弾し、赤子を抱いたまま弾き飛ばした。

 

「イッテェな‼︎何しや……が……る⁉︎」

 

『ぅ……ぐ………離……れろ……」

 

 直径3mほどのクレーター……それが数秒前にポルナレフがいた場所に出現していた。

 そのクレーターの真ん中には群青色の炎が横たわっていて、その炎の片方の端っこはレオンさんの腰に繋がっている。

 

「二撃目が来るぞ‼︎」

 

「シ、銀の戦車(シルバーチャリオッツ)、グァッ⁉︎」

 

 薙ぎ払うように振られた炎はポルナレフの脇腹を捉えたかのように見えた。だがそれは、間一髪で現れた彼のスタンドがガードしてくれたので、致命傷は避けられた。しかし……

 

「大丈夫かポルナレフ⁉︎」

 

「い…今の一撃でチャリオッツの鎧が砕け散った……なんて威力だ…」

 

 防御力を失い次は無いと思った矢先に、躊躇なく攻撃してくるレオンさん……一体どうしてしまったのだろう。

 

星の白金(スタープラチナ)‼︎」ドゴォン‼︎

 

『………………」

 

 ポルナレフの前に立ち、承太郎が群青色の炎を殴る。

 群青色のその炎は消し飛んだかのように見えたが、火力を増した炎のように一瞬膨張し、元の形に戻った。

 

「レオンの背中が少し盛り上がっている…スタンドか?……スタンド像がレオンの身体と重なってるのか?」

 

『……………』ギロッ

 

「しまった‼︎ 今ので承太郎も敵と認識してしまった‼︎」

 

「だからよぉ‼︎ジョースターさん‼︎ 一体全体どうなってんだよ‼︎ 説明はまだか⁉︎」

 

「今は自分の命の心配だけをしていろ‼︎ さもなくば殺されるぞ‼︎ ()()()()()()()()()()()()()‼︎」

 

『………主を守るのが我の役目だ』

 

 レオンさんのものではないノイズのかかった高い声……それを発したレオンさんに似た何かは、腰辺りから更に炎を生やし、計9本の炎を携えている。

 そして光の無い空洞のような瞳で、彼は僕らを見つめるのだった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ……夢から覚めてどれ位の時間が過ぎたのだろう……

 

 気がつくと私は暗闇の底で捕縛されていた。

 全身に掴み掛かった灰色の無数の腕……視界は暗闇しか認識させないが、頭痛と共に脳内に見覚えのない映像が流れる。

 

「…これは………あの赤子か?」

 

 首を掴まれ宙にぶら下がる赤子……映像の手前から伸びる右腕がこの子を掴んでいるようだ。

 

「この手は私の腕か……」

 

 尖った爪と紫色のネイル…

 そこで私の右手が、無意識に力を込めている事に気付く……映像の腕と連動しているのだろうか………私は無意識に対して必死に抵抗した。さもなくば赤子の首は折れるどころではなく、握り千切れるであろう。

 だがコレは赤子の為ではない……奴から身体の所有権を奪い取るためだ。もし殺して血の匂いでも嗅げば、此奴は獰猛性を増す。

 

「…なっ!来るなポルナレフ‼︎」

 

 ポルナレフが赤子を奪い盗る映像が流れる。

 全身に力を込めて抗うが、錆びた音を立てる手が私を離さない。

 

「ここは……恐らく私の精神世界……ここに来るのも……二度目だ……」

 

 初めて第2のスタンドが顔を出した時も私はここに来たことがある。その時にスタンドの危険性と、所有権を奪いかえす方法を知った。

 

「意識を強く……早く……戻れ……」

 

 手が更に錆びて朽ち、右腕が解放される。

 解放された腕で頭を押さえ、頭痛に耐えながらも現実に戻ることに集中する。

 

「クッ……また⁉︎」

 

 背後から新たな手が1本伸びてきて私の右腕に絡みつく。

 すると映像の方ではポルナレフが何かにぶつかって飛び、その直後に青黒い炎が地面に叩きつけられクレーターを作った。

 

「早く……戻らねば……誰かが……死ぬ前に‼︎」

 

 意識を強く持つと手が次々と朽ち果てる。だが次々と新たな手が私に纏わりつく。

 そんな手の大半が急に崩れ落ちた。脳内に流れる映像で、丁度承太郎に殴られた時だ。

 

「…なるほど……色々と分かってきたが…今はそれどころでは………」

 

 全ての手が朽ち果てるのにどれだけの時間を労しただろう。

 最後の1本になった時には頭痛は消え、映像の私も動かなくなっていた。

 

 

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………怪我人は?」

 

「……レオンか?戻ったのか?」

 

 目を開けると私の視界に、映像ではないリアルが映った。

 

「あぁ……で、怪我人は……」

 

「ポルナレフと承太郎が軽傷……他は無事じゃ、赤子も含めてな」

 

 それを聞き私は赤子の元へ足を運ぶ。

 赤子は私を見ただけで涙を浮かべ恐怖していた。オマケに失禁している。

 

「皆の記憶は元に戻したのだろうな?」

 

 この世の終わりのような形相で、何度も首を縦に振る。

 嘘はついていないようだ。

 

「もし嘘だったりもう一度我々の敵として向かってきたら、私は貴様を探し出し、容赦なく頭骨を踏み砕いてやる。わかったな?」

 

 最後にそう脅し、私はみんなの方へ身体を向けた。

 

「……いつかはバレると思った。だがこのスタンドは知られたくなかった…少なくとも旅の道中ではな……だから黙ってた…それを踏まえて聞きたいことがあるなら聞いてくれ」

 

 力なくそう言った私に、最初に質問したのは承太郎だった。

 

「さっきのは何だ」

 

「私のスタンドだ。DIOと同じで私の身体には他者の遺伝子が入っている。それが原因だろう」

 

「何故隠していた」

 

「見ての通り操作が利かない……暴走気味なんだ。私だけを守ろうとする……そんな私に少しでも害成す者は皆殺そうとする。それ以外の思考回路がないんだろ」

 

「ふざけんな‼︎ それでこっちは死にかけたんだぞ‼︎」

 

 堪らず声を荒げるポルナレフ……それもそうだ…仲間内で危険に晒されれば当たり前………私はゆっくりと口を開いた。

 

「……だな。私の責任だ………まだ大丈夫だと思い込んで旅を続けてしまった……結果私は……仲間を傷つけた」スッ

 

「ッ⁉︎」

 

 

 それに関しては謝る事しか私にはできない。

 

 ………不完全究極生物の誠心誠意の謝罪………

 

 それは皆を黙らせるには十分な行為だったようだ。

 

 

「……何やってんだ……レオン……らしくねぇじゃねぇか…」

 

 深々と頭を下げる私を見て、珍しく承太郎がワナワナと震えている。やがて承太郎は私の胸倉を掴み、素手で思い切り殴りつけてきた。

 

「承太郎‼︎」

 

「ヤカマシィッ‼︎ 止めるんじゃねぇ‼︎ おいレオン……テメェの言いたい事は十分わかった。その上で何故俺らを頼らねぇ‼︎ 」

 

「……承太郎…」

 

「テメェにとって俺らは何だ⁉︎ そんなに頼りねぇか‼︎………テメェは…………お前は………」

 

 ……違うんだ承太郎……そういうことじゃない………

 お前が私の立場だったら同じことをするだろ?

 その時は私も、お前と同じことをするが………

 

 なのに「頼らない」という行為が、

 互いに理解できないのは何故なんだろうな……

 

「よせ承太郎……レオンさんだって辛かったんだ。彼はこの道中でもスタンドに悩まされ、ホリィさんと同じように高熱で苦しんでいた」

 

「なんだと⁉︎ レオンさん、それは本当ですか⁉︎」

 

 神妙な表情だったアヴドゥルが声を荒げる……それを無視して私は花京院を見つめる。

 

「…それは言わない約束だろう…花京院…………はぁ…そろそろ潮時か……」

 

「おいレオン……何を考えていやがる?」

 

 殴り飛ばされたままの体勢だった私は不意に立ち上がり、自分の荷物に手をかけた。

 

「これ以上仲間を傷つけないためだ……私は私で旅を続ける。別行動だ………もしかしたら途中で力尽きるかもしれんが、運が良ければ克服の糸口を見つけられる。仲間がいなければスタンドの暴走による被害もないだろ」ガッ

 

「………………」

 

「………離せ、承太郎」

 

 歩き出すと承太郎が腕を掴んでくる。

 しかし何を言えばいいかわからず、無言を決め込んでいるようだ。

 

「……では意見を聞こう。私はこれからどうすれば良い?」

 

「………………」

 

 誰も何も答えない。答えられない……

 十数秒かけてそれを確認して承太郎の手を振り払うと、赤子の入ったバスケットを持ち歩き出した。

 

「此奴がいると寝れんだろう。此奴は私が連れて行く」

 

「レオン……最後に答えろ」

 

「………何だ?」

 

「テメェはまだ………何かを隠しているのか?」

 

 ……承太郎も勘の鋭い男だな…

 

「………さぁな」

 

 肩をすくめる私に対し、承太郎は鼻で笑い安堵する。

 

「そうか……よかった」

 

「………何だと?」

 

「テメェがまだ何かを隠してるのは確かだ…それを言わないってことは、まだ先の事を考えてるってことだ。この自論はレオン…テメェが教えてくれたことだぜ」

 

 ………そういう鋭い所………少しジョセフに似ているな。

 

「レオン………あまり俺の中の憧れを崩すんじゃねぇ」

 

 …………憧れ?………承太郎のか?

 

「……クッ……ハハハッ‼︎ ふざけるなよ承太郎…貴様にそう言われたら、タダでは死ねないじゃないか」

 

 何故か気が軽くなり気持ちよく笑うと、私は承太郎に正方形のブロックを投げ渡した。

 予備の携帯機器だ。

 

「私が2つ持っても意味などないからな……無くすなよ?」

 

 それを最後に歩き始めた。

 今度は誰も止めない…止められない……

 

 コレばかりは私の力で解決しなければいけないからだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……行っちゃったね…いいの?」

 

 レオンさんが闇夜に消えた後……誰に対してでもなく、ポツリと僕は呟いた。

 その疑問を掬ってくれたのはジョセフさんだった。

 

「構わん……旅の道中でこうなる事も、薄々感付いてはいた」

 

「俺たちは初耳だがな。ジジィ、いい加減説明しろ」

 

「……あのスタンドが発現したのは、レオンがW-Refと呼ぶスタンドに目覚めた後じゃ。もしかしたら同時に目覚めた可能性もあるが、初めて姿を現したのはSPW財団の施設内でスタンドを調べていた時じゃ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 あの頃は確か、時系列的にアヴドゥルと知り合った後の事じゃ……スタンドについて聞いたワシは、レオンと共に財団の施設で可能性を調べていた。

 

「この手袋とブーツ……そしてジョセフの棘……それはスタンドと呼ばれるのか…」

 

「あぁ。アヴドゥルはそう言っていた。生命あるビジョンだとか……」

 

 そんなこんなで思いつく範囲で色々と試していたのじゃ。

 レオンのスタンド能力はすぐわかった……装着型となれば、それで物を殴ってみたりすることは皆考える。

 それを試してから感覚的に、衝撃が吸収されていることに気付いたのじゃ。

 

 それで次に、吸収量の上限を調べた。

 スタンドを出した手に向けて拳銃を発砲してみようとしたのじゃ…

 

 ……そこで事故が起こった。

 

 財団の人間に出しゃばりな新人がいての………

 前に大事な仕事で重大なミスを犯した大馬鹿者じゃ。

 

 そいつは何でもいいから協力がしたかったんじゃろ。

 

「スゲー、自分モノホンの銃持つの初めてっすよ」

 

「いいから寄越せ。そんな不真面目な性格だから重大なミスをするんだろうが」

 

「レオンさん厳しいっすね。そんな口聞くと撃ち抜いちゃいますよ?バンバーン……何つってw」カチッ

 

 

 ーーーーーードォンーーーーーー

 

 

「……あり?……え、あ、……違ッ……」

 

 本人は引き金を引いていないと証言しているが、故意にしろ暴発にしろ其奴の責任じゃ。

 ふざけ半分で振り回し発砲の真似事をした新人は、レオンの喉を銃弾で撃ち抜いた。

 

 それだけならまだ間に合ったかもしれない……

 気が動転したそいつは発狂し、錯乱状態で銃を乱射……そこでレオンの身に危険を感じ、奴が初めて顔を出した。

 

「…あれ……腕……痛い…え?」

 

 発狂状態から現実に戻ってきた新人は、自分の腕が貫かれた事に気付き、また発狂しそうになった。

 しかし無事だった手でドアを開けて逃げ出し生き永らえた。

 

 代わりに放置されたレオンは、1発だけ地面に攻撃したという。新人の持っていた銃を、スタンドが破壊しようとしたのだろう。

 

 地面に転がった銃を床ごと粉砕……制御しきれないオーバーアクションで建物は崩壊……死者 数十名…重症 数百名の事故に変わった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……ワシも当時、警備室で監視カメラ越しに見ていた者から聞いただけで、それ以上の詳細は知らん。1つ言えるとすれば、レオンはその日に無辜の研究者達を無意識のうちに葬ってしまったということじゃ」

 

「ジョセフさん。その逃げた新人はどうなったの?」

 

「元々重大なミスを犯したが、レオンの情けで首の皮を繋げていた研究者じゃ。今度ばかりは首を切られたよ」

 

「ヒデェ話だな」

 

「そのスタンドについてわかったことは何かないんですか?」

 

「特にない、何もわからぬままじゃ。アヴドゥル……君にレオンがスタンドに蝕まれていることを当時言わなかったのは、ワシも蝕まれてるとは気付いていなかったからじゃ。日本を発つ前にワシも知った……偶然な。そして礼神、花京院同様に口止めをされた………ワシから言える事はこれぐらいじゃ」

 

 一通り話し終えると辺りはまだ暗いが、夜中にしては少しだけ明るくなっていた。

 

「さて……少しでも休もう……これ以上労力を無駄にはできん」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「もしもし……私だ。今から指定する場所に荷物を運んでくれないか?昔使っていた装備一式だ……あぁ…頼む」

 

 明るくなりつつある星空の下で、私は通信機器を使い財団にアイテムの要請を頼む。仲間との関わりを断てば襲われた時の危険性はある。だが代わりに、周囲を心配せずに動ける身の軽さはメリットだ。

 携帯機器を懐に戻すと、私はボトル1本分の血液を飲み干して荷物に手をかける。

 

「………そんなに私が怖いか? 替えたばかりなのに失禁とかはしないでくれよ?」

 

 恐怖で震える赤子の入ったバスケット……手に持ってみると、私の手にも振動が伝わってくる。

 だが仕方ない……私は夢のスタンドだと薄々感づいたが、能力の詳細はわからなかったのだ。

 

 結果私は、私の意思に反するスタンドに交渉した……

 奴なら夢の中で私の身に何かあっても、眠った私の体を使い本体を倒すと思ったからだ。睡眠中の私の体を操作できることは事前に確認済み。

 

 あのまま本体を殺したとして、皆の記憶がどこまで失われてるかはわからない……だが礼神の原作知識が消えたままの可能性もある限り、下手には殺せなかった。

 

 そんな慎重に考えつつも、結局はスタンドに任せるというギャンブルをしてしまったわけだが……

 

『賢明な判断だったと我は思うぞ』

 

「……貴様が暴走しなければ、私もあの判断に胸をはれたんだがな」

 

 頭痛と共にノイズ音が脳内に響く。

 

『我はヤプーリンで主が寝たとき、既に死神と戦闘している。主を夢に引き込もうとしたところを返り討ちにした……倒せなかったがダメージは与えた……だが不安に思いその後、主を夢に誘ったのだ』

 

「ほぅ……既に私は貴様に守られていたのか………それとヤプーリンではなく、ヤプリーンだ」

 

『主よ、そろそろ我を受け入れてくれまいか』

 

 ……どうしたものか……今なら赤子以外誰もいない。

 だが1度気を許してその後も度々出てこられては困る……だがいつまでもこの問題を抱えている訳にはいかない……

 

『…!』

 

「…何だ?」

 

『主が受け入れるか悩んでくれている』

 

 ………周りには無関心だが、私の変化には食い付いてくるのだな。

 だが未だに謎の多いスタンドだ……そう易々と受け入れていいのだろうか?

 

「……貴様は受け入れさせてどうするつもりだ?」

 

『主人を守る…それが我の使命だ』

 

「それはわかった……そうだな、単刀直入に言おう。貴様に聞くのは少しおかしいが、私が知りたいのは()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

『…デメリット……』

 

「そうだ…」

 

 しばらく応答が無くなる…また都合良く逃げられたとも思ったが、頭痛はまだ引いていない。まだ会話ができる状態なはずだ。

 やはり直接聞くのは間違いだったか?

 

『………少し考えさせてくれ』

 

「考えるのか……意外だ」

 

『それで受け入れてくれる可能性があるなら、我はその答えを探そう。主の意に反する時は、主の身に危険が迫る時だけだ』

 

 やがて頭痛は引き…赤子の荒々しい呼吸音だけが聞こえるようになる。

 

「……そんなに怖いか?」

 

 過呼吸気味の赤子に視線を落とし、私は苦笑いで呟いた。

 頭が良くとも年齢は赤子……トラウマを植え付けてしまったな。

 だが結局のところは敵として現れたDIOの手下……そこまで気にかける必要もなく、私は鼻歌交じりに砂漠を歩いた。



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40.それぞれの旅路

 太陽は僅かに顔を出し、(レイヴン)が赤子を狙って尾行してくる。肉は柔らかく、保護者がいなければ無力なので狩りやすい……奴らにとっては絶好の獲物だろう。

 だが数匹の烏はしばらく尾行したのちに、諦めたかのように飛び去った。

 赤子を連れて私が村へ入ったからだな。

 

「まだ人の目はないか……噴水の広場にでも置いておくか」

 

 これ以上の面倒を見る気にはならず、私は日の当たらない噴水広場の屋根の下に放置……人に見つかる前に私は、その村の名を知らぬまま村の先へと進み出した。

 

 村の反対側から砂漠へ……日が出てしまっているので、徒歩では少しキツイな。だが紅海の港町まではそう遠くない。

 

「ラクダでも盗むか……いや、止めておこう」

 

 そう諦めてケースからボトルを取り出し口に付ける。

 しかし中身の鮮血は既に底をついていた。

 するとそこで携帯機器から音が漏れる。連絡が入ったようだ。

 

「…私だ……どうかしたか?」

 

 通話相手は財団の人間だった。

 私が望んだアイテムの輸送が間に合わず、港町ではなく当初経由するはずだった無人島に運んだとの事……

 

「はぁ……血液もお預けか……」

 

 スカーフで口元を隠し直し、私は砂漠を歩き出す。

 

 

 

 

 

 ウミネコがニャアニャアと鳴き、登りきった太陽が海を輝かせる。数隻の漁船とクルーザーが港に付けられている。

 だが事前に購入してあるクルーザーは一隻だけ……本来は皆と乗る予定だった船だ。

 

「どうやって島まで行くか……」

 

 今ここで小切手を使い船を買ってもいいが、既に一隻のクルーザーを港町の住人は売っている。唐突な購入は不可能だろう……

 船が使えないとなると残された手段は水上歩行か海底遊泳…………できればそれは嫌だが……よし。

 

「密航するか……」

 

 紅海を横断する船を適当に調べ、私はそれに忍び込む。

 昔は暗殺企業をやっていた……施設のような大層な警備システムがない以上、私にとっては造作も無い。

 

「……ここらに潜んでればいいか…」

 

 貨物が積まれた灯りのない部屋。

 その部屋の奥へ進み、大きめの木箱の裏で身を潜める。

 

「……ふむ……落ち着く…………」

 

 今まで休まず歩いていたので、流石に流れた汗を拭う。

 気化冷凍法を使い軽く体温を冷ますと、私は僅かながらの空腹感に襲われる。

 

「…そういえば何も食べていないな」

 

 積まれた木箱をノックして周る。やがて私は、5個目の木箱を叩き反響具合で中身を察した。揺すってみると、敷き詰められた中身がゴロッと、僅かながらに転がる音がした。

 

「篭った音だ……硬く……転がるということは球体…何かの果実か?」

 

 試しに爪を引っ掛けて釘を丁寧に抜き、波以上の音を立てずにフタを開ける。

 中身は港町だからこそ育つヤシなどの実だった。

 

 2.3個取り出すと、叩きつけずに指先の指圧だけで釘を打ち直す。そして取り出した木の実は、鞭の仕込み刃で穴を開ける。

 

「いただきます」

 

 果汁と果肉のある良い食材だ。2.3個もあれば水分も十分取れるし腹も膨れる。

 だが甘い……私はどちらかというと甘党だが、コレだけだと少し酸味のあるものが食べたくなるな……

 

「………にしても出航はいつだ?」

 

 忍び込むのに数分、木箱の開閉にまた数分、更に食事に数分……外から見た時この船は荷物を積み終え帆を張り始めていた。ともなればそろそろ出航すると思ったのだが……

 

 耳を澄ませると船腹に打ち付けられる波の音が聞こえる。

 だが不意に奇妙な音が聞こえた……海の中からだ。

 船底に耳を当てるとそれが明確に聞こえる…まるで金属を無理やり取り外すような音だ。

 どの道普通ではない。

 

「……………」

 

 我々のルートからここへ来る事は検討済みだろう。だとすれば敵が来ている可能性も……

 そう思い私は船から外へ出てみる。

 

「……何だ……コレは…………」

 

 船員を含めた港町の住人達は、皆気を失い所々で倒れていた。倒れる方向はバラバラ……何かから逃げてやられたとすれば、ある程度は同じ方向へ向いているはず……

 つまりこれは全て不意打ち………

 

「ッ‼︎ 貴様か‼︎」ガッ!

 

「ムォッ⁉︎」

 

 背後から伸びてきたその腕を掴み、私は軽く捻りあげる。すると相手は地から足を離して一回転……私の拘束から、いとも容易く抜け出した。

 

 その男の手には注射器が握られている。

 

「伊月……竹刀………‼︎」

 

「レオン・ジョースター……なんで君がここに?思ったより早いな。ジョースター御一行は既にこの町にいるのかい?」

 

 目立つ白衣姿の男……手入れの行き届いていないヒゲ、目の下に広がるクマ。

 それだけの特徴がありながら、半径2mに入るまで私は気付けなかった。W-Refが感知能力に目覚めてなければ私もやられていただろう。

 相手はそれだけ、気配を断つのが上手かった。

 

「プハッ…伊月の旦那!後いくつだ?……って、レオン⁉︎」

 

 パールを持ったホル・ホースが海から上がってくる。

 まさか………そういう事か………それが狙いか……

 

「貴様はこの旅で何度も出くわすな……貴様の顔も見飽きた。今後の為に此処で再起不能になってもらうぞ、伊月 竹刀‼︎」

 

「オジさん困っちゃうなぁ〜。でもそれはコッチの台詞でもあるんだよな………ホース君、チョット離れてて。とっておき使うから」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 数キロレオンの旅路を戻り、レオンが赤子(マニッシュボーイ)を置き去った場所………そこには6人の旅人が立ち寄っていた。

 

「やっ……と‼︎ 村に着いた‼︎…人工建築物がなぜか懐かしく感じるよ!」

 

「止めろよ礼神……一緒にいるだけで恥を掻くぜ」

 

 葎崎(むくらざき) 礼神(れいか)こと僕の頭頂部に、ポルナレフの手刀が「ズビシッ」という効果音とともに落ちてくる。

 

「だって砂漠……徒歩……辛い」

 

「オメェはスタンドに乗ってたじゃねぇか」

 

「足まで骨だから砂の上だとたまに沈むんだよ!乗り心地が更に悪くなって………お尻痛い…」

 

 布切れ(アバヤ)の上からお尻を摩ると、太陽光を吸収した黒地が、驚く程の熱を与えてくる。

 

「早く脱ぎたい‼︎」

 

「まだダメじゃよ、港から海へ出るまでの辛抱じゃ。それよりアヴドゥル達が戻ってきた。飯屋を見つけたようじゃ」

 

 ジョセフさんが指差す先から2人の男達が戻ってくる。アヴドゥルさんと花京院だ。

 

「承太郎は?」

 

「6人掛けの席を取ってもらっている。早く行こう」

 

 笑顔を浮かべて花京院が僕の手を引き、小走り気味に歩き出す。

 そこで僕は腕を振って、花京院の手を振りほどく。

 

「止めてよ。暑いから手汗ひどいし、僕は小さいから走られたら歩幅合わずに転ぶ」

 

「あ、ご、ごめん…でも君くらいなら転んでも支えられる」

 

「イヤイヤそうじゃなくて、そこまでして走る意味ないでしょ」

 

 呆れ気味に肩をすくめると、アバヤの上からでも僕の動きがわかったのか、花京院はバツが悪そうに頭を掻いて背を向けた。

 

「……哀れ花京院」ボソッ

 

「アヴドゥルさん何か言った?」

 

「いや……何でもない」

 

「……クククッ」

 

 アヴドゥルさんが苦笑いを浮かべてから歩き出し、ポルナレフは押し殺しながらも笑い声を漏らす。

 一体何故?何か面白い事あった?

 

「花京院。何ならワシがレクチャーしてやろうか?ん?」

 

「結 構 で す ‼︎」

 

 肩を組んでくるジョセフさんを押し除け、花京院は語気を強めて断った。

 

 ………なんだろう…僕だけが話題に乗り損ねてる気がする。

 

「おまたせ承太郎」

 

「おう……」

 

 頬杖をついて承太郎が窓から外を眺めている。

 何かをジッと見てるけど どうしたんだろう。

 

「どうしたの承太郎」

 

「ん」

 

 口も開かずそう答え、人差し指で視線の先を指差す。そこには多くの野次馬がいた。

 

「噴水のところで捨て子が見つかったらしい」

 

「酷いことをするね」

 

「……テメェの目は節穴か? あの赤ん坊……昨日の幽波紋使いだぜ」

 

「え………本当だ。レオンさんもこの町を通ったんだね」

 

 そう言うと承太郎が、少し神妙な表情を見せる。

 

 意外だな……ジョセフさんには冷たい態度を見せる承太郎が、いなくなったレオンさんを不安に思い心配している。

 

「レオンさんならきっと大丈夫だよ」

 

「急にどうした?別に俺はそんな心配してねぇぜ」

 

 学帽の唾を下げて目元を隠す承太郎……

 彼は気付いていないがアレは、落ち込んだ時や今みたいに図星を指された時の癖だ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ……奴が強く厄介だというのは十分承知だ。

 私と張り合い、二度三度と逃走を成功させているからな。

 今度こそはと挑み戦ったは良いが………

 

「クソッ‼︎ 次から次へと……なぜ不安要素が私の周りには集まるんだ⁉︎」

 

 苛立ちながらも私は、一隻のクルーザーを頂戴して海岸に沿って海上を走らせていた。

 ヤツら2人はと言うと、今回もまんまと逃げられた……いや、今回ばかりは()()()()()()と言うべきか。

 

『大丈夫か主よ』

 

「あぁ……助かった」

 

 本当……スタンドが暴走した事で助かった。

 やはりこのスタンドは強力だ……だが獰猛すぎる……危うく気絶した港町の住人を殺すところだった……

 

「大丈夫だから消えてくれ……頭痛がする」

 

 そう言うと頭痛が引いた。今度の命令は、素直に聞いてくれたようだ。

 ひとまず私は、伝える事を伝えなければな……

 

 懐から取り出した携帯機器で、ジョセフを選択してコールを鳴らす。

 

『なんじゃ?どうしたレオン』

 

「今大丈夫か?」

 

『あぁ』

 

「そうか…では要件だけ伝える」

 

 そう前もって言うと、記憶を辿りながら要件を述べ始める。

 

「紅海の港町で伊月とホル・ホースの襲撃に遭った。奴らは港町の住人を気絶させた隙に船やクルーザーを破壊していた…もしかしたら数の関係上、金を突き返されてクルーザーが使えなくなる可能性もある。だから紅海の海岸沿いを北上した所の洞窟に、盗んだクルーザーを一隻隠しておく」

 

『伊月共はどうなった?』

 

「………逃げられた……その事で1つだけ、お前達に伝えておこう。伊月 竹刀とは承太郎以外は戦うな」

 

『承太郎なら勝てるのか?』

 

「詳細は不明……奴との近距離戦は不味い…が、時を止められる承太郎なら勝算が高い。以上だ」

 

『一体どういう…プツッ』

 

 一方的に通話をきり、私は懐に携帯を仕舞おうとして落としてしまう。海には落ちなかったのでホッと胸を撫で下ろし、1度運転を止めて携帯機器を拾い上げる。

 

「………クソッ」

 

 拾うために動かした手に痛みが走る。何を隠そうこの腕は、伊月との戦闘で二の腕あたりから切り落とされたばかりの腕だ。

 そのダメージでスタンドが目覚め返り討ちにしたのだが、それ以外のダメージを私は与えられていなかった……

 私はあの戦いにおいて劣勢だったのだ。

 

「……敗北…と言ってもいい」

 

 クルーザーを盗むために、住人が目覚める前に海に飛び出した。再生に時間をかけられなかったので、この腕は繋がっただけで完治はしていない。

 

「薬物の蝶……暗殺者、殺し屋並みのスペック……その次はなんだ…………奴は人間だぞ」

 

 またクルーザーの操縦を再開し、ブツブツと独り言を呟き考える。

 

「奴が人間じゃ無いとしても………そんな……」

 

 信じ難い………複数種類のスタンドを持つ者は、そこまで珍しくないのか?

 

 

 

 

 

 クルーザーを洞窟に隠した私は、生き物の亡骸を石の上に置いて立ち上がる。近くには魚の骨や蟹の甲羅も転がっている。

 まったく……エジプトまでの旅……聞こえからしてみれば旅行なのだが、現在の私はどう見たってサバイバルだ。

 

「ふむ……やはり人の血でないと調子は出ないか……」

 

 洞窟に住み着いていた蝙蝠の死骸を手放し、私は洞窟の外へ目を向ける。

 時刻は………昼を過ぎ、日が傾き始める頃か?

 後数時間もすればジョセフ達は港町に……海沿いを北上するのに更に数時間か………

 

「1日歩き通しだな………乗り物が欲しい」

 

 洞窟に隠したキー付きのままのクルーザーを尻目に、私は海上を歩き始めた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ーーー。ーーーーーー」

 

 訳の分からん言葉が飛び交うのを眺めながら、アバヤで唯一露出している目元を擦り空を見上げる。

 

「……何話してんだろ……何でもいいから早く終わらせてよー」

 

 聞き慣れぬ言葉で会話するジョセフさんには聞こえないくらいの声だが、僕は愚痴気味に呟いた。

 

「レオンさんの予想通りクルーザーが売れないらしい。ジョースターさんはその代わりに、砂場でも走れる乗り物を譲ってもらえるように交渉してるようだ」

 

「通訳ありがとアヴドゥルさん〜」

 

 どうでもいいけどアヴドゥルさんの呼び方、レオンさんはレオンさんで、ジョセフさんはジョースターさんなんだね。

 そう思いながら直立不動の姿勢でいると、話を終えたジョセフさんが戻ってくる。

 

「待たせたな。無事に砂漠でも走れる四輪駆動車を手配した。すぐに出発……クルーザーのある洞窟を見つけた頃には日が沈んどるじゃろうし、海へ出るのは次の日じゃ」

 

「ジジイ。手配した乗り物はもちろん二台だろうな?」

 

「二台?一台じゃが……何故?」

 

「ポルナレフが運転するのと、テメェが1人で乗る用の車だ」

 

「……………」

 

「承太郎……あまり年寄りを虐めたらいけないよ」

 

 僕ら6人は買った四輪駆動車に乗り北上を始める。

 もちろん運転手はポルナレフ、助手席はアヴドゥルさん…ジョセフさんは承太郎の隣で、その後ろに僕と花京院。

 承太郎はジョセフさんの方をチラチラと確認し安全を確保…ウンザリした様子でジョセフさんは頬杖をついている。ジョセフさんの悪運はもう呪いと言っても過言ではないので、そのせいか隣に座る花京院も少し落ち着かない様子だ。

 

 小一時間の車旅……海が見える位置をキープして走る四輪駆動車は、やがて一方の看板の前で停車する。

 もう夜遅くで何も見えないのでランタンを近づけると、看板には「立ち入り禁止」と書かれている………と、アヴドゥルさんが教えてくれた。

 言っただろ?僕はそこまで頭が良くないんだ。他国の言葉なんて使えんよ。

 

「洞窟は恐らくこの下じゃ」

 

 立ち入り禁止の看板を無視して、比較的砂の少ない岩場を降りていく。すると崖の側面にポッカリと口を開けた洞窟を見つけた。

 洞窟の歩けそうな岩の上を通るが、ランタンの光源だけじゃ奥までは照らせない。

 

「今日はここで泊まるんだね…」

 

「そうじゃ。ワシとアヴドゥルはクルーザーを確認してくる。その間に皆は就寝の準備でもしておいてくれ」

 

 車に置いてあった荷物はケルちゃんに収納して持ってきてある。僕はケルちゃんの側面を撫でて寝転がらせると、肋骨を開けさせて荷物を取り出す。

 

「……ポルナレフどうかした?」

 

「いや……異様な光景だからよ」

 

 

 

 

 

 クルーザーも無事発見し、夜食を食べ終えると僕らは速やかに就寝した。

 

「……………」ムクリ

 

 僕を除いて…………

 

「………ケルちゃん」チャプッ

 

 寝袋から這い出た僕は洞窟から出て海へ……

 ケルちゃんを呼び出した僕は海に誘導し着水させ、僕はその上に飛び乗る。肋骨の方は骨のみで隙間はあるが、逆に背中側は皮に覆われていて空気を蓄えた浮き袋の代わりになる。

 

「………………」

 

 骨でできた前足で掻かれた水流は、最も簡単に波でもみ消される。水掻きとなる皮は僅かだが、それでもケルちゃんは海上を確かに泳いでいた。

 スタンドの背の上で腰を下ろし空を見上げると、夜空が僕らを見下ろすように視界を覆う。

 

「………あの辺に月があるのかな」

 

 残念な事に天気は悪く星は見えず、淡い光が雲越しに薄っすら見える。多分あれが月の光………

 

「……ふぅ………ドワッ⁉︎」ザブンッ

 

「どこ行く気だ?」

 

 急にケルちゃんがグラつき、軽く海水が足元を濡らす。

 理由はゴツい男が飛び乗ったからだろう。

 

「急に飛び乗るなバカ‼︎ 背皮から空気が溢れるだろ‼︎」

 

「で、どこ行く気だ?」

 

 無視かい…

 

「べっつにぃ〜。ただ寝付けなかっただけ」

 

 片足ずつプラプラと揺らして海水を払う。

 

「この旅を始める前は海に行った事全然無くてね……少し海上散歩をしてみたくなっただけ」

 

「一度もねぇのか?」

 

「そだよー。孤児院いた頃もその後も、そんな大きな贅沢はできなかったからね」

 

「………その前もか?」

 

「その前?……………あぁ、前世ね。ないよ」

 

「覚えてるのか?」

 

「うん。名前は忘れたけど割と色々………思ってみれば不思議な感じ。転生自体もそうだけど、赤ちゃんの時の出来事は忘れてるのに、前世の事は覚えてるんだよ?」

 

「……………」

 

「あ………興味ありげな顔をしてるね」

 

 承太郎は鼻を鳴らして顔を背け、僕は満足そうな笑みを浮かべる。だが一言謝って表情を崩した。

 

「でもゴメンね………うろ覚えで自分から話す事は無いや。質問があるなら答えるよ」

 

「そうか………で、いつまで海の上散歩するつもりだ?」

 

「眠くなるまで。承太郎はもう戻る?だとしたら岸に寄せるよ」

 

「いや、いい」

 

「そっ………」

 

「……………」

 

「…………暇だなぁ……なんか話してよ」

 

「好きな食いもんは?」

 

「幼馴染にそれ聞く?」

 

「……………前の家族構成は」

 

 僕の前世が気になるのか、迷いつつもそう聞いてきた。僕も親しかった友人の知らない過去があれば、大なり小なり気になるしおかしくはない。

 

「父と姉と僕の3人暮らしだった。片親だったけど父は某有名な会社のお偉いさんで、お金に困ることは無いそこそこ裕福な生活だったよ。でも僕の居場所はなかった」

 

「………聞かない方がいい話か?」

 

「いや別に虐待とかそういう話じゃないよ。人に話せば「お前の思い込みだ」って言われるような不幸自慢だから」

 

「………むしろ聞かせたいような口振りだな」

 

「旅に出るまで転生者だって事は隠してたからね。もう隠さないでいいと言うならば、友に聞いてもらいたいこともあるさ」

 

 そう言うと承太郎は何も言わずにタバコを咥え、ライターで火をつけて煙を吸う。無視してるような態度だが、コレは聞いてくれる流れだな。

 

「僕の父も姉も凄く優しい人だった。多分母も……母は僕を産み落とすと間も無く命を引き取った。僕の命を諦めれば助かったのに、母は自分ではなく、顔もまだ知らない僕を選んでくれたんだ」

 

 胸が少し締め付けられる気もするが、それと同時に軽くなる感覚もあった気がした。

 

「父も姉も僕を愛してくれた。母の命を奪ったのは僕なのに……当時はもちろんスタンドなんて持ってない。特技もない。優秀でもない。それでも愛してくれた。父は僕が誕生日の日は必ず祝い、病気になれば仕事を最低限にして極力看病してくれた…」

 

 ………僕はその優しさが辛かった。僕はその愛の矛先を、僕より優秀な姉に向けて欲しかった。

 

「姉も僕のために色々してくれた。誕生日には父のお小遣いではなく、自分のバイト代でプレゼントをくれた。テスト前には僕を優先して勉強を教えてくれた」

 

 僕はその努力を、自分の為に使って欲しかった。

 

「幸せだったけど苦しかったよ………いずれ捨てられんじゃないかって」

 

「……テメェの思い込みだろ」

 

「アハハ!知ってる‼︎ 僕も前世の家族がそんな酷い人だとは1mmたりとも思ってないよ。ほら、アレだよ……被害妄想話して心配されて貰いたい典型的な女子高生。そんぐらいの気持ちで話してたから」

 

 そこで口を紡ぐと、承太郎の煙を吐く吐息と波の音だけが聞こえる。

 

「次は僕が質問していい?」

 

「何だ?」

 

「レオンさんってどんな人?」

 

 静寂の末に話の話題はレオンさんへ……

 

「…2人目の父親みたいなもんだな……むしろ肉親の方はLIVE旅行行ってなかなか帰って来ねぇし、レオンの世話になった事の方が多い。レオンの方が父親らしい」

 

「へぇー。そんな事言ったら貞夫さん泣いちゃうよ?」

 

「………ガキの頃は良く遊びに連れて行ってくれた。その度にレオンを財団のデスクに縛り付けようとする財団の奴が来て、なんか情け無い奴だと思ったこともある。だが気付けばレオンは憧れになっていた。単に過ごした時間がそこそこあったからかも知れないが…」

 

「そんなに一緒にいたの?レオンさんある意味、財団の最高責任者でしょ?」

 

「だから縛り付けようとする奴が付いてきたんだ」

 

「なるへそ」

 

「小さい頃、お袋が近所付き合いで家を開けるときは決まってレオンがいた。飯も作ってくれるし………そう考えるとレオンは2人目の母親でもあるな」

 

「チョッwwwレオンさんの女装思い出すから止めろw」

 

「テメェも食っただろ、レオンの料理」

 

「うん。あれは美味しかった」

 

 ちなみに脳内では今、レオンさんがエプロン姿で料理してます。

 

「レオンさん有能だな〜。嫁に欲しい」

 

「………何言ってやがる?」

 

「冗談だよ。僕はモテないから無理だし……でもできればレオンさんみたいな人に貰われたいな〜」

 

「結構モテるだろ。テメェ」

 

「女子にはな」

 

「そうじゃねぇが…………まぁいい」

 

「……え?何?僕男子にモテるの?」

 

「1人心当たりがあるぜ」

 

「ウッソ‼︎ 誰?ヒントは⁉︎」

 

「………好物が果物」

 

「……果物…………隣のクラスの杉本?」

 

「チゲェ。誰だそれ」

 

「忘れたの?去年同じクラスで窓際でバナナ食ってた…」

 

「……もういい。岸に戻せ、寝る」

 

「え、ちょ、気になるじゃんかよぉー‼︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 一方その頃……紅海に浮かぶとある無人島では……

 

「…ん……ん……んくっ……」

 

 誰もいないはずの無人島の浜辺に1人分の足跡……それを辿ると開けた場所で石に腰を下ろした人外がそこにいた。

 

「んくっ……ん……プハッ…ふぅ、生き返る」

 

 満足そうに爽やかな笑顔を浮かべる1人の人外……笑顔は爽やかだが、口元を鮮血で濡らしているので猟奇的でもある。

 右手には特殊なボトルが握られ、反対の手で口元を拭うとその手でスカーフを引っ張り上げて口を隠した。

 

「さて……補給品も回収した。夜の内に島を出るか」

 

 傍らに置かれた段ボールを開け、中から様々なアイテムを手持ちに加える。

 その作業も終え立ち上がると、それと同時に曇っていた夜空から……雲の隙間から降る月光が、人外を照らした。

 

 赤い瞳と淡く光るような白髪を携えた人外……(もと)いレオン・ジョースターは、浜辺へ向けて歩き出した。

 

「血も飲んだし、次の大地まで泳げるだろう………ん?」カツン

 

 海へ向かう途中の砂浜で、レオンの足に何かが当たる。

 石や流れ着いた珊瑚ではない……金物の音だ。

 

「今のはこれ……か?」

 

 自分が蹴ったと思われる物体を拾い上げ、首を傾げてソレを眺める。

 実物を見るのは初めてだが、レオンはそれに見覚えがあった。

 

「ランプか……それにこれは…スタンド?」

 

 直接触れて感じた……この中からスタンドエネルギーが溢れている事に…………

 触れているがエネルギーは吸収できない。どうやらランプはスタンドではないようだ。問題は中にある。

 それをレオンは近場の石の上に置いて足を振り上げる。

 

「面倒だ………蹴り砕くか」

 

 振り下ろされた踵がランプを粉砕する。すると、中から勢いよく空気と煙が飛び出し視界を覆う。

 そして気がつくと、レオンの目の前には機械仕掛けの人型のスタンドが佇んでいた。

 

『3つ!3つだッ‼︎願い事を言……ギャッ⁉︎』

 

「ふん……思ったより硬いな」

 

  (な、何だこいつは〜〜⁉︎ いきなりランプを破壊するわ、いきなり回し蹴りはなつわ………やはり俺がDIO様の刺客だと気付いて?)

 

 こいつは審判(ジャッジメント)の暗示を持つスタンド…本体はカメオと言う幽波紋使い。紛れも無いDIOの刺客だ。

 しかしレオンはそれを薄々わかっていながら、確信はしていなかった。

 

「…礼神の予言を聞き忘れた……まぁ良い。こいつがスタンドなのは間違いない」

 

(何だこいつ…俺が刺客だとは知らねぇのか。ならば……)

『俺の名はカメオ。御察しの通りスタンドだ…本体はとうの昔に死に、その念から産まれランプに長年閉じ込められていた。出してくれた礼をしたい。願い事を言え…3つだ!願いを叶えてやろう‼︎』

 

 あくまでランプの魔人を演じようと、カメオはそう言って指を3本(片手に3本しかないデザインだが)立て、その手をレオンに向けた。

 

(………どうだ?……)

 

「………願い…か……面白い。何でも叶えられるのだな?」

 

 審判の能力は、人の願いを土に投影する事。

 死んだ者であっても対象の記憶からその死者を操り人形として土から作り上げる事が出来る。

 

(釣れた‼︎ いや、探りを入れているだけかもしれん)

『その質問に対する答えが1つ目の願いか?そんなつまらん願い事でいいのか?ランプから俺を出してくれたお礼…何でも叶うのだぞ』

 

 ボロを出さぬようそう演じるカメオ……もしレオンの立場であれば怪しむのは当然……しかしレオンはこの後願いを口にした。

 そしてカメオ(サンドバッグ)を見て、レオンは妖艶に笑った。

 



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41.人外喰種

 海上を軽快に走る一隻のクルーザー………それには5人の男と1人の少女が乗っていた。

 

 潮風を受けながら僕は、バサバサになってしまった髪を手櫛で整える。こういう時はショートヘアで良かったと思う。

 

「おいジジイ、おかしいな。方角が違ってるぞ。まっすぐ西へ…エジプトへ向かっているんじゃあないのか?」

 

 不意に聞こえた承太郎の声で僕は立ち上がり、操縦席につけられたコンパスを見る。確かにこのクルーザーの12時の方向は北寄りだ。

 

「………もしかして無人島行くの?行かないと思ってた」

 

「……やっぱりバレとるか。驚かしたかったんじゃがのう」

 

 少し残念そうに眉を潜めるジョセフさん……それと同時に、気になる様子で僕に視線を集める周囲の仲間達……

 

「……どういう事だ?」

 

「あーじゃあ色々あるし僕がまとめて説明するね。ジョセフさんOK?」

 

「構わんよ」

 

 許可も下りたので、僕はみんなの方を向いて順を追って説明し始めた。

 

「まずアヴドゥルさん。僕がJ・ガイルに襲われた時、原作の被害者はアヴドゥルさんだったの……死にはしなかったけど一時離脱……その後アヴドゥルさんは別行動で大きな買い物をして、これから向かう無人島で合流するんだよ……ほら、見えるでしょ。もう直ぐ着くね」

 

「大きな買い物?」

 

「潜水艦じゃよ。DIOの刺客にバレぬよう、紅海は海中を進む予定じゃったんじゃ」

 

「潜水艦⁉︎」

 

 それだけは自分で言いたかったのか、ジョセフさんが横から口を出した。それを聞いて驚くポルナレフ。それを無視して説明を僕は再開する。

 

「僕が無人島に寄らないと思ってたのは、アヴドゥルさんが無事だったから。だけど原作通りに無人島に行くとなると、恐らくDIOの刺客……カメオがいるね。審判(ジャッジメント)の暗示を持つ幽波紋使い…」

 

「何ッ⁉︎ 刺客が先回りしとるのか⁉︎何故それを早く言わなかったんじゃ‼︎」

 

「行かないと思ってたから、アヴドゥルさんが無事だったから」

 

「私のせいなのか?」

 

 少し慌てた様子のジョセフさんと、苦笑いで自分を指差すアヴドゥルさん。そんな後に僕はジョセフさんに慌てている理由を聞いた。

 

「なんで慌ててるの?いつ敵が現れるかわからない状況だし、おかしくはないでしょ」

 

「そうじゃなくてだな‼︎ 聞く話じゃレオンもあの島を経由したらしいんじゃよ‼︎」

 

「なるへそ。その心配ね」

 

「でもレオンなら大丈夫だろ。もうすぐ島にもつくし気になるなら軽く確認を………って、ジョースターさん⁉︎ 前、前ッ‼︎」

 

「前?」

 

 ポルナレフの慌てた声で皆の視線が進行方向に向けられる。

 

「………あれれ〜。なんで海の上に密林?」

 

 気がつくとクルーザーは砂浜に乗り上げ、島の密林に丸々一隻突っ込んでいた。

 

 

 

 

 

「おいジジイ……テメェ、クルーザーの操縦をするときなんて言った?」

 

「………礼神の予言でも海の上での敵襲はない……それでも事故を起こしたら、それはワシでなくとも起こりうる事故だということだ」

 

「結果…………どうなった?」

 

「………ま、まぁいいじゃないか!クルーザーはここで乗り捨てる予定じゃったし、荷物も全部無事……」

 

「結果‼︎…どうなった?」

 

「………ワシの不注意でクルーザーは大破しました」

 

 ………うん。祖父の威厳無し。

 

 レオンさんがいないので説教してるのは承太郎だけ……そのせいかジョセフさんは誤魔化すような努力をしたが、結局 承太郎の眼光に威圧され、いつも通り正座で反省の形をとった。

 

「うわぁ〜。底に穴空いてるぜ? こりゃもう使い物にならねぇな」

 

「この旅で壊した乗り物……総額いくらするんでしょうね」

 

「ジョースターさん……付け焼き刃ですが、私がお祓いを学びましょうか?」

 

 砂浜で正座したジョセフさんと仁王立ちする承太郎……クルーザーを見て呑気なことを言うポルナレフと花京院。ジョセフさんの悪運に関して真面目に考え始めたアヴドゥルさん…それを眺める僕は特に何もせず、日中の日差しを避けるべくヤシの木の下にいた。

 

「……男性陣の皆さーん。そろそろお昼時ですよー。予言もしたいので昼食にしましょー」

 

 少しダルさを抱えながら、両手でメガホンを作り皆に呼びかける。するとアヴドゥルさん達はクルーザーを離れ、承太郎も溜息を吐いてから僕の方へやってくる。その時ジョセフさんは、ハンドサインで「すまない」「ありがとう」てきな意味を伝えてきた。

 

「それで……お昼はどうするの?」

 

「潜水艦に食料を事前に積ませてある。艦内で食べよう」

 

「みんな、こっちだ」

 

 アヴドゥルさんの先導で僕らは海沿いに歩き始めた。その道中で、承太郎が密林の方で何かを見つける。

 暫くソレを見つめながら歩くが、承太郎はやがて不審な表情を浮かべる。

 

「どったの承太郎。何かいるの?」

 

「…人だと思ったんだが、目が合っても動かない……それどころか俺たちが歩くのを目で追ったりもしねぇ……人形か?」

 

「人形?一体どこだ?」

 

「草木の後ろ……そこから2時の方向だぜ」

 

 気になったポルナレフが草木を分けて森に入り、承太郎はその場から見つけた場所を指示する。すると……

 

「う、うわぁぁあ⁉︎ こ、此奴は‼︎」

 

「どうしたんじゃポルナレフ‼︎」

 

 驚愕の声を上げてひっくり返るポルナレフ……それを見て僕らも草木を分けて森の中へ。

 するとそこには、承太郎が見つけた人形の生首があった。それだけならまだ良い……それを見た者……この人形の本物に会った事がある者は軽く萎縮し、花京院は口元を抑えて吐き気を堪えている。

 

「どうした?テメェら、こいつを知ってんのか?」

 

「承太郎………日本で一度見せたはずじゃ。写真が暗かった故に気付かなくともおかしくはないが……」

 

「まさか………こいつが?」

 

 それはDIOの生首だった。その表情は生気がないどころか、作り物のような表情を浮かべている。それもそうだ……

 

「…言い忘れてたけど、カメオの能力は「願いを土に反映させる」事………原作ではポルナレフが……その……」

 

「………なるほどね。シェリーを出汁に使われたのか」

 

 言葉を濁らせると、ポルナレフは少し不機嫌になって舌打ちをする。それを聞いて言わなければ良かったなと僕は思った。

 

「……で?なんでそのDIOの土人形がいるんだ?」

 

 軽くポルナレフが蹴飛ばすと、土人形の生首は原型を崩して荒い断面を見せる。

 

「戦ったとすればレオンさんでしょうね。DIOを殺せとか、DIOをこの場へ連れてこいなどといったことを願ったのでしょう」

 

「なるへそ〜。カメオはランプの精みたいに3つの願いを聞き入れるから、あと二体の土人形がいるかもね」

 

「お、あっちで崩れてんのがそうか?」

 

 いち早くポルナレフが崩れた土人形を見つける。その近くの木々は薙ぎ倒されていて、なかなか激しい戦闘を繰り広げたようだ。

 ここまで来ては気になるので、僕らは早速その土人形を見に行った。その土人形は鼻から上が崩れており、鼻から分厚い胸板にかけて原型をとどめていた。

 

「何だ此奴?……やけに筋肉質だな。ジョースター家の血筋だとすれば、ジョースターさんや承太郎の祖先ですか?」

 

「俺がシェリーを出汁に使われたように、レオンも誰かを生き返らせようとした。となると愛人か家族か?でも男だな。父親?」

 

「ポルナレフの推測が正しいならこの方、ジョースターさんの父親ということにもなりますね。当たりですか?」

 

 花京院、ポルナレフ、アヴドゥルさんの順で推測し、皆の視線がジョセフさんに集まる。するとその老人は腕を振って呆れ顔を浮かべる。

 

「ワシの父、ジョージ・ジョースターは存命している、人違いじゃ。しかしこの輪郭……何処かで見たような……」

 

 顎に手を当てて記憶を手繰り寄せる。僕も見覚えがあるから、もしかしたら原作に出てきたキャラクターだと思うんだけど…………

 その時僕は、最後の土人形を離れたところに見つけた。今度の土人形は髪の毛が結構長く、まさかの愛人を期待したが、僕はその人形を見て驚愕した。

 

「……ウソーン………ジョセフさん、コレで思い出せる?」

 

 鼻から上が崩された土人形の顔の所へ戻り、その顔の額があったであろう場所に人差し指を立てて置いてみる。まるでそこにツノがあるかのように………

 

「………Oh My God…………ワムウ」

 

「わむう?何だそのヘンテコな名前は…」

 

「第二部を知らんものにはわからんよポルナレフ。ジョセフさん、向こうにカーズの土人形もあったよ……何で?」

 

「カーズまで………レオンがそいつらを生き返らせたいとは考え難い……………何故そいつらの復活を願ったのか、ワシにもわからん」

 

「土人形として蘇らせといて、結局は始末してるもんね」

 

「おい、人形の鑑賞はそろそろ止めて先へ進もうぜ」

 

「それもそうだね」

 

 それを最後に僕らは潜水艦に向かって歩き始める。が、ポルナレフは土人形を不気味がり、離れる前にワムウとカーズの土人形も蹴りで崩していた。その時……

 

 

 ーーーーーーグニューーーーーー

 

 

「ドワァァァア‼︎‼︎」

 

「今度はなんじゃ⁉︎」

 

 また尻餅をつくポルナレフ。それでまた一同が戻ってくる。そしてポルナレフは、慌てた様子である一点を指差す。

 そこには水分の抜けた人型の何か……これも土人形かと思ったが、これは違った。

 

「か、皮だ‼︎ 土人形かと思ったらこれは人だ‼︎ どういう訳かミイラみたいに萎れている⁉︎」

 

 これには流石に僕もビビった。

 何かしらのイレギュラーの仕業かと思ったからだ。

 原作に登場しない新手の幽波紋使い‼︎

 だがその不安はジョセフさんが拭ってくれた。

 

「落ち着けポルナレフ。礼神、カメオとかいう幽波紋使いはこいつか?」

 

「え?……あーー言われてみればそんな気がする」

 

「ならレオンは無事のようじゃな」

 

「どういう事だ?」

 

「昔ワシも見たことがある。吸血鬼に血を吸い尽くされて死ぬと、このような残骸が残るんじゃ……この島を通った吸血鬼といえば、1人しかおらんじゃろ」

 

 そう言われてまた死体に目を向けると、首元に4.5個の穴を見つけた。多分指を突き刺した跡だろう。

 

「……レオンさんエグいことするなぁ〜」

 

 あまりの有様で僕は目を逸らした。

 そして僕は気がつかなかった………ミイラになったその身体のパーツが、所々足りない事に。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 剥き出しの刃物、魚雷、剃刀、鉄製ワイヤー…次は何だ?

 

『ムギィィーーー‼︎』

 

「フンッ!」

 

 奇声をあげながら背後からモリが飛んで来る。

 W-Refでそれを受け止めるが、モリはスライムのように原型を崩し、スルリと私の手から零れ落ちた。

 

「面倒だな……面倒極まりない」

 

 私は今、海上を歩いてエジプトを目指しながら、正体不明のスタンドの相手をしていた。

 

「また魚雷か……?」

 

 私の周囲をスタンドが旋回しているのか、スクリューか何かの水飛沫の音がする。

 推測だが、このスタンドの能力は()()に化けるものだと思う…ワイヤーはその部類で区切っていいのかわからないが、ひとまず変化系の能力だ。

 

「まだ日が出ないうちで暗いが、見渡しの良い海上だ。不審な物があればすぐ気付ける」

 

『ブキャァァァアッ‼︎』

 

 一度潜水し、魚雷と化したスタンドが私に突撃してくる。

 

「確かに水中は見えないが……」

 

『メゴッ⁉︎』

 

 足元から浮上してきた魚雷に蹴りを落とす。

 現在私は波紋を使っているので視力は(元々目はいい方だが)人相応のもの……波打つ海面の下は流石に見えない。

 だが波紋で立っているので、反響具合で探知できる。

 昔ジョジョが切り裂きジャック戦で見せた、ワインの波紋探知機と似た原理だ。

 

「第一スタンドなら、2m以内なら常時探知できる。不意打ちは諦めて、正々堂々かかってきたらどうだ?」

 

 海中に沈んだ魚雷に話しかける。

 触れるたびに波紋を流しているので、ダメージがゼロというわけではない。

 無機物なスタンドなので通りはイマイチだが、海水で濡れているので±0(プラマイゼロ)なはずだ。

 

「……引いたか……どうする?」

 

 一度態勢を立て直す為か、スタンドが海深くに潜った。

 エジプトの大地は一応見える距離にある。遠距離型の幽波紋使いが、おそらくその海岸あたりで立っているはずだ。

 

「そっちを倒すべきか……スタンドを倒すべきか」

 

 そうこう考えながらも足と呼吸は止めない。

 海面に独特な波紋を広げながら歩き続ける。すると、足元からまたスタンドのエネルギー体が、波紋を掻き分けて伸びてくる。

 

波紋疾走(オーバードライブ)‼︎」

 

 波紋を込めた手刀を、スタンドが海面から顔を出すのと同時に振り下ろす。捕まえるのはもう止めた。面倒い。

 

「決まったか?」

 

 バチバチと波紋特有のショートが弾ける。が………奴はそれに耐えて、私のその手刀に絡みついた。

 飛び出てきたのはモリだが、尾がワイヤーと繋がっている。おそらく水中銃………そのモリの部分がまたスライムのように原型を崩し、私の腕に絡みついたのだ。

 

「引き摺り込むつもりか? 銃程度の質量では不可の……何?」

 

 引き摺り込もうとする力が一段と強くなる。

 だったらもう一度波紋をと思い、絡みついた腕とは反対の腕を振りかぶってW-Refを発現する。しかしいち早く察したのか、スタンドは私の喉にも絡みついてくる。

 

(波紋使いの弱点を熟知している⁉︎ まずい、呼吸が…乱れ…)

 

 力無く私は海中へと引き摺り込まれた。

 10m...20m...と、深くなるにつれ、水圧で肺が締め付けられる。

 

(まだ…潜るのか……グッ…)

 

 苦しさを表情で表すと、スタンドが『ケケケッ』と不気味に笑う。

 やがて海面から50mほど沈んだ頃だろう。波紋の呼吸を止めて数秒………私の細胞は変化し、既に水圧に耐えられる体となっていた。

 

(……とはいえ…どうするか……)

 

 水中戦では波紋は使えない。夜なので人外のステータスが役立つが、海の中では動きにくく満足な攻撃はできない。

 

 海底の岩盤が見えるところまで沈むと、スタンドは私から離れ姿を変える。

 

(……魚雷好きだな)

 

 また魚雷に化けると、驚くべき速さで私の周囲を旋回し、隙を窺って突撃してくる。

 

(W-Ref‼︎)

 

 衝撃を吸収してすぐさま放出。

 魚雷の軌道を下にずらしつつ、運動エネルギーで岩盤に叩きつける。

 

(硬い……本体が近づくにつれて強くなっている)

 

 岩盤に減り込みはしたが、すぐさま急発進して脱出…周囲をまた旋回し始めた。

 いざという時に長期のクールタイムが来ては危ない…私は右手を残してW-Refを自ら解除する。

 

(ッ⁉︎ 来るか‼︎)

 

 今度は正面から魚雷が突っ込んでくる。

 受け止めようと手を伸ばすが、そいつは私の手の届かぬところで止まり、別の物に化けた。

 

 それは巨大な扇風機のようなスクリュー……私に向けてその刃を回転させ、水流が私の体勢を崩し遠くまで運ぶ。

 

(流れが強い……テニール船の時のように吸収するか?だがあの時より深い……一度で海上に出る程のエネルギーは無いか)

 

『キシャァァア‼︎』

 

「ガボッ⁉︎」

 

 体勢を崩していた私の背中に、また魚雷が突っ込んでくる。砲弾サイズの魚雷の先端が背中に減り込み、背骨が砕ける音がした。

 

『レオン・ジョースター‼︎お前は(あたし)のタイプだから心苦しいわね』

 

(……話せるのかよ………)

 

 魚雷は更に加速し、私を離さぬままアフリカ大陸の方へ突き動かす。本体が近づくにつれ更に加速し続け、正面から受ける水圧で、仰け反ったまま動けなくなる。全身に力を込めて、怪我せぬよう堪えるので精一杯だ。

 

 ーーーーーードゴォン‼︎ーーーーーー

 

 加速し続けるその速さで、岩盤に叩きつけられる。

 顎が砕け頭骨にもヒビ……脳震盪も酷い……背骨は完全に砕け、肋骨も折れて肉から突き出してしまっている。

 両手両足だけは、咄嗟に発現したW-Refが守ってくれていた。

 手足を動かし減り込んだ岩盤から出ると、霞んだ視界に現れた大きな洞窟に、抵抗する間もなく吸い込まれた。

 

「う……グゥ………ここ……は?」

 

 水流に流され地面に叩きつけられ、気がつくと空気のある密室で横たわっていた。

 両手をついて起き上がろうとすると、肩などの関節部位が激痛を訴えるがなんとか上半身を起こす。

 

「……アレは……歯?」

 

『ナハハハハ‼︎その通り‼︎ あんたは今私のスタンド、女教皇(ハイプリエステス)の口の中にいるのさ‼︎』

 

「口の中?…ほぉ……本体が近付き、ココまでデカくなったか」

 

『そうよ。私は今、そこから7m上の海岸にいるよ‼︎ しかしお前は、女教皇にすり潰されるから私の顔は拝めないけどね‼︎』

 

 スタンドを使った会話でそう伝えてくる。

 ココは口内……海水は喉の奥に排水されたか…まだ飲まれなかった事は運が良かった。もしそうなれば、腹を裂かなければならない。

 

「貴様…先程私をタイプだと言ったな。第一人称は(あたし)………女か?」

 

『だったらなんだってのよ‼︎』

 

「私は女に手をあげるのを好まない……極力無傷で気絶させたいものだ。だからここから出してくれ。女性で入れ歯は嫌だろう?」

 

『何を言うのかと思えば‼︎ この歯の硬度はダイヤモンドと同じ‼︎ 全身重症、複雑骨折したお前に砕ける訳ないだろ‼︎』

 

 その声と同時に、地面が傾き私を喉の奥へと流そうとする。これは恐らくスタンドの舌だ。

 

「ふむ……切る位置が良ければ、気道を塞いで殺す心配もないな」

 

『歯と同様この舌もダイヤ‼︎ 切れる訳がないだろ⁉︎ 重症のお前に何ができる‼︎』

 

()()()()()()()……できることもあるんだよ』

 

 私の言葉にノイズがかかる。

 まだ制御しきれていないが、思いっきり使う機会があったからか幾分マシにはなっているハズだ。カメオに感謝だな。

 

『やれるものならやってみろぉ‼︎』

 

 敵の声を最後に視界が歪み、私は精神世界に落ちていく。

 

 

 

 

 

 やがて落ちきった先の床に立つと、背後から無数の手が伸びて来た。

 それを私は受け入れ、手が伸びて来る方向へ歩き始める。

 すると暗闇の中で1人の女性が姿を現し、私はその女性に向けて両手を広げた。

 

「……身を委ねよう。私が仲間と合流する前に、制御というのを覚えないといけないからな」

 

『………承知した……我が主よ』

 

 浴衣姿の1人の女性が、私の身体に溶けるように抱きついてきた。

 

 

 

 

 

『やれるものならやってみろ‼︎』

 

『………主を守るのが、我の役目だ』

 

 私の腰から9本の尻尾が伸びる。バラバラだったそれは1つに纏まり、やがて1本の巨鎌となる。

 

『ギニャァーーーッ⁉︎』

 

 鎌がスタンドの舌を縦に裂き、夥しい量の血で青黒い鎌を濡らす。

 それを確認すると1本の鎌は9本の槍に分裂させ、歯茎に向けて突き刺した。

 

『ムギャァーーーーーーーッ⁉︎』

 

 悲痛な叫びと共に女教皇は口を開け、隙間から海水が流れ込んでくる。

 それに乗じて海へと脱出……そのままアフリカ大陸の海岸へと上陸する。不思議とこの状態だと、新たに受けたダメージ以外は痛くはない。

 

「あ……あ……⁉︎」

 

 陸に上がると、そこで口内から血を流し両手で口を押さえる1人の女性を見つける。

 女教皇の本体だろう。恐怖からか何も喋れずにいる。

 

『……主に与えたダメージ……返して貰うぞ』

 

 彼女から溢れる血液を啜ると、両手で私の肩を掴み引き剥がそうとする。が、そんな力が彼女にあるわけない。

 

「ぁ……アッ……ぅ…」

 

 ガリュ…グチュ……ジュルル……ガッ……

 

 次に首筋に歯を立て、新たな鮮血を味わうためにまた貪るように啜る。

 

「ハァ……ゥン………ァ……」

 

「………む?戻ったか」

 

 かなりの量を吸ったところで、身体の操作権が私に帰ってくる。既に重症だった怪我はだいぶ癒え、謎も多いが、スタンドの特徴も大体理解できた。

 

『主よ……まだ完治していない。続きを……』

 

「止めておく。これ以上は出血多量で死ぬ」

 

 気絶した女性を寝かせ、口と首の傷だけ波紋で治す。あっても無くても問題ないと思うがな………第一失血のせいでしばらくマトモにスタンドは使えないだろう。

 そう思ってから私は旅を再開させた。

 

「……そういえば…第二のスタンドに名前は考えるべきか?」

 

『受け入れてくれたのなら、与えるべきだと我は思うぞ』

 

「…………いたのか」

 

 気がつくと私の隣には、黒い浴衣を身に纏った1人の女性がいた。精神世界でもないのにこうして姿を現わせるようになったのだ……制御できつつある証拠だと思いたい。

 

『主よ……彼奴はどうするのだ』

 

 浮遊しながら後ろを向き、スタンドはさっきの敵を指差す。

 

「殺さないぞ?だが助ける気にもならん。ここに置いて行く」

 

 歩を進めずにそう言うと、飛べるくせに駆け足で私の隣まで走ってくる。ハッキリとしたヴィジョンがこうやって出るのは初めてだ。それに敵を殺そうとする執着心も今は無い。

 

 ………だが…

 

「…………いつまで出ているつもりだ?」

 

『初めて我の姿で出れたのだ。少しくらい良いではないか。それよりも主よ……名はくれぬのか』

 

「…………ふむ、そうだな………」

 





【挿絵表示】


・アンラベル
黒い着物を着た表情の見えないスタンド。
自我を持ち「?」を使わない口調で会話する。
『主を守るのが我の役目だ』
現れる条件は「レオンの身に危険が及んだ時」「精神状態が不安定な時」。それ以外の場合でも稀に現れる…それだけなら良いのだが、彼女の行動は度が過ぎる事もある。

能力はレオンとの反比例。
レオンが弱まればアンラベルは強化され暴走する。暴走中のアンラベルは、主の最低限の願いに沿って捕食を仕掛け回復を図る。
攻撃手段は体術か9本の尾。
尾は流動体で、突・斬・打と使い分けれる。


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42.砂上の奇襲

 時刻は日が顔を出す前くらいかな。

 紅海の海中を進む潜水艦……そこでは1人の初老が携帯機器を片手に口を動かしていた。

 

「おぉそうか!女教皇(ハイプリエステス)を‼︎ して、スタンドの方はどうじゃ?………うむ、わかった。承太郎達に伝えておこう」

 

 ジョセフさんが電話を切るのを待ってから、僕は早速尋ねた。

 

「今の電話の相手レオンさんでしょ? 何だって?」

 

「礼神が予言しとった女教皇を倒したらしい。苦戦したが第二のスタンドでどうにかなったそうじゃ。それと、己のスタンドのせいで死ぬことはもうないが、結局、制御は難しいものらしい。だがもう仲間に危害は加えないとのことじゃ」

 

「ふん…」

 

 話を聞き終えると鼻を鳴らし、承太郎が学帽のツバを目尻まで下げる。まったくもう…承太郎ってここまで心配性だったっけ?

 

「心配なんかしてねぇぜ」

 

「心を読むなバカ太郎。さて……それじゃ女教皇という戦闘イベントが消滅したので、次のイベントの対策会議を始めさせてもらいますよー」

 

 そう言って6人がけにしては小さな備え付けテーブルに集まる。障害物の無い広い海底であれば少しくらい操縦席を離れられるが、アヴドゥルさんは用心して運転席を離れないので、僕らが操縦席の後ろに集まる。

 

「アヴドゥル、少しくらい休んだらどうだ?ワ…」

 

「触るな‼︎ テメェは大人しくしてやがれ‼︎」

 

 …………「ワシが代わろう」と言おうとしたのかすら判断できないタイミングで、承太郎が鬼の形相でジョセフさんの腕を掴む。

 流石に過剰反応過ぎる……と言いたいところだけど、誰もそれを言わない…寧ろ承太郎の反射神経に敬意を表したくなるくらいだ。

 それほどにジョセフさんの乗り物運の悪さを、僕らは信じ込んでしまっている。

 

「………ジョセフさん飲み物です」

 

「…………」

 

 花京院がお盆で持ってきた珈琲を無言で受け取り、ジョセフさんはその場で胡座をかいて座る。

 あーあー拗ねちゃった…

 

「葎崎さんもどうぞ…砂糖とミルクは?」

 

「2つずつ。ちゃんと人数分だよね?」

 

「ん?…1…2…3…ちゃんと6人分だが?」

 

「ならいいんだ、気にしないで。それじゃ始めようか」

 

 皆が珈琲を受け取りその場で胡座をかく。操縦席のすぐ後ろは通路で何も置かれてない。故に操縦席に座るアヴドゥルさん以外は、みんな床に直座りだ。

 

「まず次に現れるはずの幽波紋使いはンドゥール…っていう盲目のDIO信者さん」

 

「ンドゥール…能力は?」

 

「能力…というか液状のスタンドで砂漠の砂の下から襲ってくる。盲目だから耳が頼り。音を立てたら攻撃される、足音もアウト」

 

「動けねぇのかよ…じゃあ対処法は?礼神の知る原作とやらではどうやって倒したんだ?」

 

 肩を竦めてポルナレフが疑問顔。

 それにドヤ顔で僕が返す。

 

「簡単だよ!奴は盲目な代わりに聴力が異常に発達してて、凄く遠くから遠隔操作で攻撃してくる」

 

「それの何処が簡単なんだよ」

 

「忘れたのかい?僕は死神だよ?」

 

 少し自称気味にそう言って笑うと、花京院が軽く僕の頭を(はた)いた。

 

「君は死神なんかじゃない。僕らの頼もしい仲間だ。あまり自分を酷く言うなよ」

 

「…ゴメン?」

 

 ちょっと不機嫌そうにそう言われ、少し驚いた僕は珈琲を口に含み、その苦味で思考をリセットする。

 

「さて…まぁひとまず僕に任せてよ。出来る限り小声にするけど、万が一にでも聞こえないように各々が対策して」

 

「対策って…耳塞いでキラキラ星でも歌えばいいのか?」

 

「そんな事したら、敵のスタンドで腹に風穴開くよ。大丈夫…耳を塞ぐだけでいいよ。それでも心配なら生唾でも飲んでて。耳塞ぎながらやると、一瞬だけ飲み込む時の音に聴覚が反応するから……そこでジョセフさん、少し財団に連絡をお願いします」

 

「ん?何じゃ?」

 

 珈琲の入ったコップを傾けながら、拗ねていたジョセフさんは尋ねてくる。

 

「犬って結構耳が良いんだ。万が一があるし、助っ人のイギーとの合流はもう少し先にしてもらいたいんだ」

 

「なッ!イギーだと⁉︎ ジョースターさん‼︎ あいつを呼んだんですか⁉︎」

 

 操縦席から顔だけを向けて、アヴドゥルさんがジョセフさんに荒々しく尋ねる。原作と同じで、やっぱり協力的じゃ無いんだね。

 

「大丈夫だよアヴドゥルさん。イギーは最後、共に戦ってくれる仲間だよ。予言者の僕が保証するよ」

 

「…本当か?」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアヴドゥルさん。

 それに対して僕はフレンドリーに、軽々しく肯定する。

 

「大丈夫、大丈夫!イギーは「愚者と名乗る勇者」って呼ばれるくらいだからね‼︎」

 

「…勇者?……礼神がそう言うなら、ひとまずは信じよう」

 

「知ってるのか、アヴドゥル」

 

「ああ。よぉ〜くな」

 

 承太郎の問いに、アヴドゥルが眉間に皺を寄せて答えた。

 

「ちょっと待て。助っ人ってことは、当然幽波紋使いってことか?」

 

「うむ、勇者では無く愚者(ぐしゃ)愚者(ザ・フール)のカードの暗示を持つ幽波紋使いじゃ」

 

「ザ・フール?ふへへ、何か頭の悪そうなカードだなあ」

 

「ポルナレフ……君はそう言ってイギーにやられたよ」

 

「何ッ⁉︎」

 

「顔に飛びついて髪の毛毟られるよ」

 

「おいおい勘弁してくれ‼︎頭は止めろよ頭は‼︎」

 

 そう言って両手で銀電柱ヘアーを整え、ジョセフさんは立ち上がり電話をかけに行った。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 日が登った頃……私は進む道中のとある町で足を止め、久し振りにちゃんとした食事を頂いていた。

 …………この町に来たのには別の理由もあるからだが……

 ちなみにアンラベルは既に姿を消していた。というか鬱陶しかったので消した。消したのだが…………

 

『我は消えんよ…何度でも蘇るさ』

 

「………………」

 

 今まで縛り付けていた事による解放感からか、私の周囲を浮遊して飛び回る。鬱陶しいことこの上無い。

 食事をする私を観察したり、周囲を物珍しそうにキョロキョロと見渡している。

 

「頭痛は無い……が此奴は現れる。それもスタンド像有りで…理由の可能性といえば、私の体外にいるからか……私に影響の無い範囲での活動状態なのか……」

 

『おそらく両方であろう。現に我は浮遊している…その理由は、地に足をつけて歩く脚力すら無いからだ。それほどに今の我は弱い。できることなら歩きたい』

 

「…………わからない」

 

『何がだ』

 

「貴様の性格だ」

 

 そこでは私の携帯機器に着信が入る。

 私はすぐに取らずに勘定を済ませ、人気のない場所に移動してから携帯機器を開いた。

 

「どうしたジョセフ」

 

『ようやく出たか。今どこにいる』

 

「アスワンだ。夜中(やちゅう)ランニングなら海岸からすぐさ」

 

『そうか、砂漠は越えたんじゃな。途中で敵とは遭遇しなかったか?』

 

「いや……数時間前に報告した通り、紅海の海岸で出くわした女教皇だけだ。それがどうした?」

 

『礼神が言うには砂漠で、エジプト9栄神の大地の神を意味するゲブの神を暗示する幽波紋使いが現れるらしい。まぁ過ぎたのならもう良い』

 

「そうか?引き返して片付けたって構わんが……」

 

『頼もしいのう…あー、ちょっと待て、礼神に代わる』

 

 そう言って声が消え、少ししてから明るい少女の声が聞こえてきた。

 

『おはよー。旅は順調?ご無事?』

 

「問題無い」

 

『そ、ならレオンさんはそのまま先に進んで。引き返すのはタイムロスにつながるし、アスワンには2人の幽波紋使いがいるからそっちをお願い』

 

「了解、能力は?」

 

『ある意味強力だけど戦闘能力は皆無。兄弟の幽波紋使いで、兄は誰かに変装するスタンド…弟は未来予知のスタンドだよ』

 

「………強いのか?」

 

『ある意味ね。どの店のどのドリンクを飲むかを予知して、変装した兄が毒を盛る……みたいな流れだったはず』

 

「ふむ……原作ではどう倒した?」

 

『聞いても意味無いよ。運が良かっただけだから………そういえばなんでアスワンにいるの?ルート的にアスワン寄らずに北上すると思ってた』

 

「面倒ごとが1つだけな…」

 

『………? 気をつけてね。それを片付けたら、恐縮だけどアスワンで待ってて。そこで合流しよう』

 

「わかった。ところでそっちはどうだ?無事か?」

 

『無事無事〜。ただ承太郎が少し寂しそ………OK 承太郎、スタプラの拳をおろしたまえ…ちょ、…だから僕が悪かったって……ま、本当に待って⁉︎…チョッ‼︎……ガッ』

 

 ……通信機器を落としたのか、金属板との衝突音が聞こえしばらくノイズ音だけが流れる。

 

『………よっと…もしもし、レオン?』

 

「ポルナレフか……大丈夫か?」

 

『おう。礼神が花京院を壁に逃げ回ってる。いたって平和だ』

 

「そうか。ジョセフは?変な気は起こしてないだろうな?」

 

『あぁ。機械の類には一切触らせてねぇぜ。今は悪乗りして礼神を捕まえようと………あ』

 

「……どうした?………おい本当に大丈夫か!…………私の気のせいか? 非常ベルらしきものが鳴ってる気がするんだが⁉︎ おい‼︎ 返事しろ‼︎」

 

『………………プツッ』

 

 …………通話は切れた……

 

『………主よ…顔が青いぞ』

 

「…祈ってくれ…彼らの生存を………」

 

 正直な話、幽波紋使いよりジョセフが手強い。何故こうなった? どうしてここまで事故を起こせる?

 

『…主よ……今はそれどころではないのだろう』

 

「……はぁ……そうだな。ひとまず私は、私のやるべきことをするか……」

 

 大きめの溜息と不安だけを残し、私は適当に歩き始めた。

 

「2人……さっさと片付けるか…」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

『なんて美しい海底だ……ただのトレジャーで来たかったもんだぜ』

 

 光の差す海底を見渡すようにクルクルと身体を回し、ポルナレフは残念そうに肩をすくめる。

 

『見ろ!海底トンネルだ…ついにエジプトの海岸だぞ!』

 

 そう言うアヴドゥルさんは海底トンネルを指差し、その岩盤に沿って浮上するよう促す。

 洞窟は1つ…もちろん鼻の穴には見えないし、口の裂け目らしきものも見えない。

 

『深度7m……もうすぐじゃな』

 

『あぁ、もうすぐだ。もうすぐなのに……ヤレヤレ、結局こうなるんだな』

 

 ゴーグル越しに睨む承太郎を見て、ジョセフさんは顔を背ける。

 僕らは今、絶賛海中遊泳中……理由はもちろん潜水艦が壊れたから。それ以外の理由で、わざわざ泳いで上陸する物好きがこの中にはいない。

 

『…ゴメンね花京院、引っ張ってもらっちゃって』

 

『気にしないでくれ。にしても、葎崎さんがカナヅチだったのは意外だ』

 

 法皇の緑(ハイエロファントグリーン)で引っ張りながら泳ぐ花京院に僕は改めて感謝する。そんな僕はスタンドの触手を腕を巻き付けられながら、水流に逆らわないように直立(?)を保ったまま微動だにしない。してるのは呼吸だけだ。

 

『辛いならケルちゃん使うから別に良いんだよ?』

 

『平気だよ。君1人くらい』

 

 ケルちゃんにしがみつけば海中も移動できるんだけど、花京院は何故かこの役を譲ろうとしない……まぁ楽だし、お言葉に甘えさせてもらうけど………

 

 そうこうしてる間に海面が近づき、先頭から順番に上陸した。

 

「…プハァッ!ありがと花京院。もう良いよ」

 

 触手が引っ込み、解放された腕でスキューバーダイビングの装備を外す。

 服は乾くかなぁ……エジプトだし乾きそうだけど洗いたいな…

 

「にしても、まさかあんな事になるとはなぁ…」

 

 何故潜水艦が壊れたかというと、無論ジョセフさんが原因だ。

 花京院を壁に逃げる僕を、悪戯心で紫の隠者(ハーミットパープル)を使い捕まえようとしたのだ。

 しかしそれは外れ、僕の後ろにあったよくわからない機械に絡みついた。そして紫の隠者(ハーミットパープル)の能力は念写だが、キリモミ回転して墜落するセスナを立ち直すほど強力に機械に干渉することもできる。

 

「それが原因で基盤や配線…メーターが狂ってしまったのでしょう」

 

「もうてめーには何も言えねぇ………とてもアワれすぎて。何も言えねぇ」

 

 アヴドゥルの推測をよそに、承太郎は敵キャラに吐き捨てるような台詞を実の祖父に放つ。ジョセフさんは涙目…抗議する気力もない……早くこの話題が終わるのを祈っている。

 

「おいみんな、これ見ろよ!誰か倒れてるぞ!」

 

 このタイミングでポルナレフが離れた岩場で手を振って僕らを呼ぶ。ひとまずナイスだ。

 

「誰か知らねぇが、中々セクシーな子だぜ?」

 

 フェミニストなポルナレフは上半身を抱き起こし、体を支えながら脈をとる。どうやら生きているようだ。

 

「本当に凄い美人……」

 

 その美貌は女の僕でも見惚れてしまうほどだ。

 紫色のポニーテールを持ち、白いドレスを着ている美女。襲われでもしたのかドレスははだけ、隙間からジプシー風の衣装が見える……更に胸にはヒトデ型のブラという露出度の高めの服装だ…

 

「どうする?病院に連れて行くか?」

 

 ポルナレフがそんな事を言う。

 やっぱり男なんだね……美人相手だとスグ親切にしたがる。

 

「よせよポルナレフ。面倒だぜ」

 

「待てよ承太郎…この子、意識があるぜ?」

 

「ぅ……ん……」

 

 ポルナレフの言う通り意識がある。だがとても弱々しく、意識は朦朧としている。恐らく僕らの存在どころか、誰かに抱き抱えられてることにすら気づいていないだろう。

 

「次の町はすぐそこ…そこで車を買って砂漠横断だよね。だったら手続きしてる間に病院に連れてってあげようよ」

 

 そう言って足を動かすと、みんなも僕に続いて歩き始めた。美人の人はポルナレフが背負っている。役得だとでも思ってるのか、鼻の下が少し伸びていた。

 ちなみにジョセフさんは上陸してから何も喋ってない。心中お察ししますよ、お祖父さん。

 

 それはそうと……

 

「………誰か先頭歩いてー。僕は道知らんよー」

 

「…やれやれだぜ」

 

 

 

 

 

 町までの距離は大したことではなかった。

 ここの言葉が使える2人…ジョセフさんは車を…アヴドゥルさんはポルナレフと一緒に女の人を病院に連れて行った。

 

「………ねぇ承太郎」

 

「……何だ?」

 

 絶賛待機状態の学生組は、適当なカフェ的な店で道を流れる人混みを眺めている。

 

「ここは禁煙だよ?」

 

「…チッ」

 

 咥えた火のついてないタバコを箱の中に戻す。

 学生のうちからそんなもの吸ってるのに、何故あんなにも身体能力が高いんだろう。つくづくジョースター家の血筋は化け物揃いだね。

 

「………暇だねぇ」

 

 話す話題もなく飲み物を口につける。まだかまだかと待っていると、ジョセフさんが先に戻ってくる。

 彼も席に加えて追加注文し、残すはアヴドゥルさん達2人だけとなった。

 

「…そうだ。ジョセフさん、黒キューブ貸して」

 

「何故じゃ?」

 

「シスターに電話したい」

 

 暇なあまりそう言うと、止める理由もなかったので普通に携帯機器を渡してくれる。それを僕は周囲の人に見られぬよう隠して使用する。

 これって国際電話も出来るのかな?

 

「そういう時はまず、メニューから財団を選ぶんじゃ。それで財団の……ワシがやろう」

 

 再びジョセフさんの義手に戻すと、慣れた手付きで扱い二、三言話すと僕にまた渡してくる。

 

「掛けたい相手の電話番号を言うんじゃ」

 

 そう言われて慣れぬ口調で電話番号を口にすると、通話先から若い男性の声が確認を申し出てくる。

 

『◯◯◯-◯◯◯-◯◯◯◯で間違いありませんね?』

 

「は、はい」

 

 そう答えると聞き慣れた着信音が聞こえ、3コール後に受話器を取り上げる音が聞こえた。

 

『もしもし?』

 

 懐かしく思える老女の声……

 

「僕だよシスター。礼神だよ」

 

『レイカ?…よかった。連絡もなかったから心配しました』

 

「ごめんなさい。色々と大変で」

 

『怪我は?体調を崩したりはしてませんか?』

 

「大丈夫だよ」

 

『ならよし。それで、どうかしましたか?』

 

「ちょっと声が聞きたかっただけ。あとそろそろ連絡を挟むべきなかな〜って」

 

 安否を知らせる現状報告と、ちょっとした雑談や小言を挟んで僕は通話を切った。

 こういう時の家族の言葉って不思議な力があるよね。これで僕はまだ頑張れる!

 

「…終わったようだな」

 

「おろ…アヴドゥルさん。戻ってたんだ」

 

 電話を終えた時にはみんなが揃って席についていた。いつの間にか僕待ちになっていたらしい。

 

「ごめんごめん、お待たせ〜」

 

「もう良いのか?」

 

「うん。シスターの声聞けて元気100倍!家族の温もりは偉大だね」

 

「そのシスターってのが里親かい?」

 

「違うよポルナレフ。僕がいた孤児院の従業員だよ。僕がいた孤児院は放火にあってね…それで里親を探すこともできず、僕はそのままシスターの元で育ったんだ」

 

「そ、それは…悪い事を聞いたな……」

 

「まったくだよ!セスナの中では承太郎が気を利かしてくれたってのに!酷い奴だね‼︎」

 

 ちょっと調子に乗って辛い返答をすると、ポルナレフは見え透いたご機嫌取りを始めてきた。

 丁度いい暇潰しだね。

 

「よし、そろそろ行こう」

 

「了解」

 

 ジョセフさんの一言で一同は出発。オープンカーの運転手はもちろんポルナレフ。間違ってもハンドルを蹴らないように、ジョセフさんは最後部席だ。

 まぁどのみち壊れるんだろうけど……

 

「にしても酷い親もいたもんだな…礼神を捨てるなんて、どうかしてるぜその親。顔が見てみたいぜ」

 

「捨てたおかげで今があるから、前半は強く肯定できないな…でも顔を見てみたい気持ちは少し僕もあるかな。無理だろうけど…」

 

「財団の力を借りればもしかしたらできるかもしれないぞ?」

 

「いやいやジョセフさん……僕は孤児院に置いてかれたんじゃなくて捨てられたんですよ。手続きとかもなく手掛かりがない……それに親は顔も性格も僕とは似ていない。僕のこの姿は前世に似ている。人格も前世のまま…レオンさんも自分の姿が前世のものだって言ってた」

 

「ふむ。前世か…まったく同じ姿なのか?」

 

「ジョセフさんも気になる?この前承太郎に話したばかりなのにな……あ、紅海を渡る前の夜、寝付けなくて少し話したんだ」

 

 砂漠を走るバギーの上で、そんな会話で暇を潰す。すると転生者ってのは結構話せるネタが多い事にその時気付いた。聞かれる分には割と話せる。

 

「前世と全く同じってわけじゃないよ。今は青黒のツートンカラーみたいな髪の色だけど、前世は全体的に藍色っぽかった。ちょうど今の二色を混ぜた感じ」

 

「礼神は前世、どんな子だったんじゃ?」

 

「別に?ただの女子高校生だったよ」

 

「要するに二度目の高校生活か…なら勉学にも苦労しとらんだろ」

 

「ところがどっこい……勉学は良いとは言えない……前世では姉に教えてもらってたんだけどな〜。偶に兄も教えてくれたな……怖くて滅多に頼まなかったけど」

 

「ちょっと待て…」

 

 そこで話を黙って聞いていた承太郎が右手を上げて口を挟む。その手で学帽をかぶり直し質問してきた。

 

「てめぇは父、姉との3人暮らしじゃなかったのか?」

 

「あぁ〜そう言ってたね……忘れてた。兄は家には滅多に帰らなくてね……そういえば姉も2人いた…上の姉は家出をしたりしてる。そんな気がする…ウッカリしてた」

 

「家出だぁ?なんか訳あり家族だったのかよ⁉︎」

 

「訳あり…うーん。何を基準に訳ありというのか……と言うか前世の記憶を思い返す必要性は、原作知識以外はとくに無かったし…そもそも原作を何故読み始めたのかってのもうろ覚え〜」

 

「思い出せないのか?」

 

「…あぁーここまで出てる……………そうだ!当時仲良かった学校の先輩に一部を借りたんだ。それでハマって…」

 

「別の世界でも同じように学校があるんだな」

 

「ちなみに僕は生徒会の会長補佐をやってましたー。部活は合唱部でーす」

 

 一度聞かれるとドンドンと溢れる過去の記憶……聞かれることで思い出せる内容も幾つか…割と楽しい。

 

「で?こっちは?」

 

「こっち?」

 

 ポルナレフが親指を立てて思春期っぽい質問をしてくる。

 偶にポルナレフって子供っぽいところあるよね……あ、そういえばこの旅で誰かの幼少期を目撃できるんじゃない⁉︎ 期待してるぞアレッ……アレックス?…名前何だっけ?

 それはそうと……

 

「その親指は彼氏とかそういう意味…だよね?残念な事にいなかったねぇー。漫画貸してくれた先輩が悪ふざけして告ってくる事はあったけど……」

 

「それはどんな人だ?」

 

 ここで食いついたのは花京院。高校生だとやっぱり、男子でも恋愛話が気になる人はいるんだね。

 

「確かね……よくカッコつける先輩だった。下の姉さんと喧嘩したこともあったな……ボロ雑巾みたいになってたけど……」

 

「女にやられるって……相当弱いなそいつ」

 

「そうとも限らんぞポルナレフ。女性が優位に立つ場面なんてそう珍しくはない」

 

「そういや…ジジイも、スージー婆ちゃんの尻にひかれる光景も見たことが」

 

「その話はよせ承太ろッ⁉︎」ガクン‼︎

 

 そんな会話を弾ませていると、急に車体がガクンと揺れた。

 それを境に運転が荒々しくなり、ポルナレフがハンドルを回しても関係ない方向にカーブし始める。

 

「みんな!車体から落ちないで‼︎」

 

 急カーブで横転しかけるがギリギリのところで踏ん張り、なんとかひっくり返るのを防いだ。

 

「…イテテ…お前ら無事か?」

 

 運転席で振り返るポルナレフは、全員の安否を確認する。

 何人かが肘などをぶつけて痣を作ったが、今までの旅の怪我と比べれば無傷判定だ。

 

「なんて切れ味だ…前輪が持ってかれてるぜ」

 

「本当だ。切られたタイヤがあんな所に」

 

 ポルナレフの言葉を聞いて、花京院が離れた場所に飛んでったタイヤを指差す。そんな花京院の襟を掴み、僕は彼に姿勢を下げるよう伝える。

 

「原作ではここで花京院が一時離脱する羽目になるよ。目を負傷するから気を付けて」

 

「ッ⁉︎…おい!そうこうしてる間に車体が傾いてねぇか⁉︎」

 

 落ちないように身を乗り出すと、右の後輪が砂の中に沈んでいるように見える。しかしよく見てみると、それは砂ではなく水……水のスタンドが車輪を引きずり込み始めていた。

 

「みんな………」

 

「「「「「………」」」」」

 

 僕が一声かけると、みんなはバランスをとりながらも両耳を抑えた。強く圧迫させ、ポルナレフなんかは念の為に小声で何か呟いている。

 それを確認した僕は顔を砂中に向け、小声で適当な言葉を呟いた。

 

「………」ボソッ

 

『……ッ⁉︎』

 

 引き摺り込まれかけた車体は急に自由になり、傾いていたのが戻り砂漠に叩きつけられる。

 その衝撃で何人かは砂漠に落ちてしまった。

 

法皇の緑(ハイエロファントグリーン)

 

「うおっ…と……ありがと花京院」

 

 意識が一瞬飛んだ僕も落ちかけたが、そこは花京院がスタンドで僕を引き止めてくれた。他に自力で車上に(とど)まったのは承太郎と、紫の隠者(ハーミットパープル)を使ったジョセフさん。

 逆に落ちてしまったのはアヴドゥルさんとポルナレフだった。

 

「…や、やったか?」

 

(しず)かに……絶命確定の技じゃないからまだわかんない」

 

 そもそも使った事そんなに無いしエンヤをやった時は99%とか言ったけど、ぶっちゃけ必殺成功のパーセンテージなんてわかんないんだよね。

 ひとまず生存の確認のためにケルちゃんを呼び出し、砂漠を走り回らせる。

 

「…………」

 

 しばらくしてもケルちゃんを襲ってくる事はない。ちゃんと仕留められたのかな?

 

「……どうやら、終わったようですね」

 

 安堵の息をついたアヴドゥルさんが、張り詰めさせていた緊張を解き足を踏み出した。

 そして僕もケルちゃんを呼び戻す…………すると…

 

「アヴドゥル‼︎ 危ない‼︎」

 

「何ッ⁉︎」

 

 踏み出したその足元から、蛇のようにホース状の水が這い上がってくる。その先端は掌の様になっていて、アヴドゥルさんの胸板に掴み掛かった。

 

「ガハッ…⁉︎」

 

「アヴドゥル‼︎」

「アヴドゥルさん⁉︎」

 

地獄の番犬(ケルベロス)‼︎」

 

 呼び戻してる最中で偶然近くにいた僕のスタンドを、いつもとは違い荒々しく名を呼んで指示する。

 前足で水のスタンドを叩きつけるように攻撃する。ゲプ神のスタンドはそれではたき落され、そのまま浸透するように砂の下に逃げた。

 

 ゲプ神のスタンドは原作だと、ヘリに乗っていた財団の人間の首を最も簡単に引き千切る力を見せた。もしケルちゃんの攻撃が遅ければ、アヴドゥルさんの胴体がそうなっていただろう。

 

「アヴドゥル‼︎ クソッ、息はあるか⁉︎」

 

「あ、あぁ……浅くは無いが、傷は臓器に達していない」

 

 共に落ちたポルナレフが素早く抱え、すぐさま車上に戻ってくる。

 

「僕の能力が………僕はまた守れないのかな……」

 

 殺す気でやった時点で精神的に辛いのに、それが失敗して仲間が傷ついてしまったとなると辛さ倍増……

 

 僕は思わずへたり込んでしまう。すると今まで僕を掴んでいた緑色の触手が離れ、天へと伸びていった。

 そしてスタンドではない花京院の手が、僕の頭頂部に手刀を落とす。もちろん加減をしていて痛みなんかはない……

 なんかチョップされること多くない?

 

「何をへこたれているんだい?まだ戦闘中だ…黄昏るなら後にしてくれ」

 

「ご、ごめん…」

 

「僕が敵の本体を見つける。そしたら承太郎…そして葎崎さん……力を貸してくれ」

 



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43.揃わぬ旅人

 目を覚まさないアヴドゥルさんは、意識こそ無いが安定した呼吸をしている。だが苦悶の表情を浮かべ、ゲプ神の一撃の威力を物語っていた。

 そんな彼の胸板にある5つの傷穴を押さえ、ジョセフさんは清潔なタオルで圧迫しながら波紋で治療に努めている。

 

「………………」

 

 僕らが今いるのは片方の前輪を失ったバギーの上。それも砂漠のど真ん中で敵と交戦中だ……といっても、現在進行形で戦っているのは承太郎と花京院。そして運び屋(アッシー)と化してる僕のケルベロスだ。

 花京院は法皇の緑(ハイエロファントグリーン)で空から本体を探しだし、承太郎は僕のケルベロスに跨り本体のいる方角へ直進している。本体に辿り着きさえすれば承太郎は負けないだろう。

 

「……花京院、そっちは?」

 

「今のところ問題ない。ただ僕の法皇の緑(ハイエロファント)は、触手を細く伸ばす事で射程距離を伸ばしている。本体へたどり着いた時には、加勢する程の力は無いだろう」

 

「承太郎も無事そう?原作では砂の下からの不意打ちで苦しめられたけど…」

 

「それも問題ない。君のスタンドのスピードに合わせて敵スタンドは追って来てる。速さのあまり砂を巻き上げてしまって、何処から飛来するかは丸分かりだ……って、葎崎さんは自分のスタンドの目を通して確認できないのか?」

 

「うん…目の届かない所だと指示を出すだけの自動操縦に切り替わるから」

 

「俺の銀の戦車(チャリオッツ)と同じか。俺のも自分の目で見て戦うタイプのスタンドだ」

 

 何の役目も持たないポルナレフが口を挟むと、「暇なら手伝え」とジョセフさんに声を掛けられる。自動操縦モードでやる事のない僕も、それに乗じて自主的に手伝いに入る。

 何より、仕留められずに仲間を危険に晒してしまった責任は大きい。

 

「……うぅ………」

 

「………アヴドゥル?」

 

 彼が苦しそうに唸るので、ポルナレフがついつい声を掛けてみる。しかし返答は無い。未だに意識はなく、無意識に漏れた苦痛なのだろう。

 

「……ごめんなさい……アヴドゥルさん……ごめんなさい…」

 

 それに対して僕も、無意識のうちに謝罪の言葉を隙間から零した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 日が照りつけるアスワンを走り回ること一時間弱…

 走りっぱなしというわけではないが、それに等しい運動量に私は根を上げ始める。

 

「ハァ…ハァ…クソッ‼︎ 何処に行ったあのバカ‼︎」

 

 息を荒げながらも私は、探し物が見つからず声も荒げる。

 やはりこの身体は貧弱だな………そこらの常人と比べればまだマシだが。

 

「ん?何だ…随分と騒がしいが…………あれは…」

 

 喧騒が聞こえるので辿ると、曲がり角の先の店で見知った顔が並んでいた。だが約1名の顔に白黒の小動物がへばりついていた。

 

「やっと見つけた」

 

 探し物を見つけて歩み寄ると、その先にいた人物達が私の顔を見て歓喜の声を上げる。

 そこにいたのはジョセフ達だった。しかし、その場に承太郎とアヴドゥルの姿は無い。

 

「レオン‼︎」

 

「ジョセフ…貴様、よくも面倒ごとを押し付けてくれたな」

 

 軽く睨みを利かせると、ジョセフは苦笑いを浮かべて謝ってくる。

 

「何の話?」

 

「元を辿れば礼神…君のせいだ」

 

「僕?」

 

「礼神、お前さんの指示でイギーとの合流を先延ばしにしたじゃろ?しかしその連絡を財団にした時にはすでに、打ち合わせ通りにイギーを近くの町に財団は輸送してたんじゃ。受け取りを先延ばしにされた気まぐれなイギーを、また保護施設へ連れて行くの骨が折れる……そこで先にアスワンにいたレオンにイギーを受け取ってもらったんじゃよ」

 

 そのイギーが、さっきまで私が探していた探し物なんだがな…目を離すとすぐ消える…

 

「ジョースターさん。ということは、この犬が事前に聞かされていた助っ人ですか?聞いてた通り、本当に犬だとは…」

 

 ポルナレフの顔面にへばりつき髪を毟り取るボストンテリアを指差し、花京院は冷静に尋ねてくる。

 

「そうじゃ。この犬こそが愚者(ザ・フール)のカードの幽波紋使い。名前は「イギー」…ニューヨークの野良狩りにも決して捕まらなかったのをアヴドゥルが見つけ、ワシとレオンとアヴドゥルの三人がかりでやっとの思いで捕まえた」

 

「んな説明は後にして、誰か此奴を取ってくれーーーッ⁉︎」

 

 悲痛な叫びを上げるポルナレフを見て、私は懐からイギーの好物を取り出す。するとすぐさまそれに気付き、イギーは顔面から離れて私の元へ駆け寄ってくる。

 

「コーヒー味のチューインガムが大好きだけれど、決して誰にも心を許さない。じゃが…」

 

Sit(座れ)‼︎」

 

 ハッキリとした発音で目を見て英単語を放つと、イギーは面倒臭さそうに腰を下ろした。

 

「…この通り…レオンの言うことだけは聞く」

 

「厳密には妥協してるだけだ。私にも心は開いていないし、言う事を聞かないことも多い」

 

 ジョセフの説明に補足をつけて膝を折ると、地面に手がつきそうになったところで、イギーが私の手からガムを奪った。ちなみに、間違っても箱の方を取られるようなミスはしないように注意している。

 

「さて、合流も済んだ。情報交換を始めよう……アヴドゥルと承太郎はどうした?」

 

 そう言うと礼神がわかりやすく表情を濁した。

 

「……無事に合流できたわけでは無さそうだな」

 

 

 

 

 

 その後、その場を離れた我々は近くに停めてあったバギーに乗車し、アスワンの病院へと向かう事となった。

 アヴドゥルが重症、承太郎は軽症だがついでに診てもらっているらしい。

 

「ということは、私が合流する前に病院に寄っていたのか」

 

「えぇ。承太郎は兎も角、アヴドゥルさんの傷は深いようです」

 

「そうか…ム?それはオレンジか。一つ貰うぞ」

 

「良いぜー」

 

 前を向き運転するポルナレフに一声かけ、私は先程買ったと思われる紙袋からオレンジを一つ取り出す。

 するとその手を礼神に止められる。

 

「その前にレオンさん。そっちは片付いたの?」

 

「あぁ、変装と予言の幽波紋使いだろ?まぁ……問題ない」

 

 問題ない事には無いが正直「片付いた」と言うべきかどうか…

 奴らを追い詰めはしたのだが、再起不能にする直前に見知らぬ男達が来て、何故か二人は其奴らに袋叩きにされたのだ。

 つまり私は何もしていない。

 

「なら食べて良いよ。原作では其奴らに、オレンジ型の爆弾が仕込まれたから」

 

「………ふむ、火薬の匂いも無い…普通の果実の香りだ」

 

 念の為の確認を終え、皮を剥いて果肉を口に放り込む。

 すると甘酸っぱい味が口内に広がる。実に美味い。

 

「美味しそうに食べるねー」

 

「好物なんだ。フルーツ全般が…というか甘い物が」

 

「へぇー、甘党なんだ」

 

 オレンジを食べ終え、口元をスカーフで隠して舌舐めずりをすると、一息ついて座席に持たれる。

 

「ん?花京院。お前、左手の親指が上になって組んでるなあ」

 

「…そうだな。それがどうした?」

 

「ギャハハハッ! その手の組み方は、お前の前世は女だった証拠だよおーーん‼︎ オレは右親指が上だから前世は男との占いだもんねーー」

 

 突如としてポルナレフがどうでも良い事を呟く。相変わらずというか、何というか……

 それを聞いたジョセフも、自然と左が上に来ると公言しポルナレフにバカにされている。そしてバックミラー越しに後部座席を見ると、ポルナレフは表情を冷まして前を向いた。

 

「…………なんかスマン」

 

「お?何だ?言いたいことがあるなら言いなよ」

 

 軽くキレた口調でそう言う礼神は、右親指を上にして指を組んでいた………

 

「おいそこの電柱、こっち向けよ」

 

「いや、前を向けポルナレフ。疫病神(ジョセフ)を乗せてる事を忘れるな」

 

 ちなみに私は左親指が上だ。

 

 

 

 

 

 アルコールの匂いが仄かに香る病室に入ると、褐色肌の男が備え付けのベッドの上で横たわっている。服は患者用の物に着替えさせられ、胸板に分厚く包帯が巻かれている。

 包帯の取り替えやすさを考慮しての患者服なのだろう。

 

 そしてその部屋の窓際には、椅子の背もたれに体重を預ける承太郎もいた。

 

「久しぶりだなアヴドゥル、それに承太郎」

 

「レオンさん」

「レオン……!」

 

 私の存在に気付くとアヴドゥルは上半身を起こし、承太郎は学帽を被り直した。

 ちなみに犬を病室に連れて行くことはできないので、イギーはポルナレフと共にバギーで待機中である。

 

「承太郎は聞いてた通り軽傷か。アヴドゥルの傷は……失礼」

 

 包帯の隙間を少し開けて傷を確認すると、そこには5つの深めの穴が空いていた。ジョセフの波紋による治癒で多少治っているので、負った時はもっと深い穴だったのだろう。

 

「ゴメン…僕が敵を仕留めきれなくて……それで…」

 

「いや、私が油断したのが原因だ。むしろその後の礼神の一撃で即死は間逃れたのだ、感謝しているよ」

 

「でももう大丈夫だよね?レオンさんと合流できたし、すぐに治療を……」

 

「……いや…私による治療はやめておこう」

 

 罪悪感を感じている礼神には悪いが、私は彼女の言葉をそう言って遮った。

 

「何で⁉︎」

 

「私の細胞は元を辿れば柱の男と吸血鬼…つまり捕食者の細胞だ。()()()()()()()()()()()()

 

「…どういうこと?」

 

「相手の細胞に似せて癒着させても、結局は他者の細胞…相手にとっては不純物だ。だから私は自らの細胞を弱めて相手の体内に送り、相手の細胞に犯されるように仕向けて相手の細胞を増やさせている」

 

「つまり細胞のカサ増しじゃ。細胞の量だけ増やし、相手に無理させて細胞を活性化させる。すると短時間で傷が塞がり箇所を修復できる代わりに、本来の自然治癒で発生する疲労のトータルが数倍に跳ね上がるのじゃ」

 

「礼神の時は死に関わる重症だったためやむを得なかったし、君の隠していた能力で仮死状態を保てていた。しかしアヴドゥルはどうだ?もう放っておいても死ぬような傷では無い」

 

『第一此奴(こやつ)が入院をする最もの原因は失血であろう。人間の正規ルートの治癒法を推奨する。それに主の治療後は波紋で疲労を軽減する必要があり、波紋使いが付きっきりにならねばならない。旅の足枷になるぞ』

 

 私の言葉に続くように補足の説明が入り、礼神は納得して項垂れる。

 

 それはそうと……

 

「レオン…そいつは何だ?」

 

「アンラベル…勝手に出てくるなと言っただろ」

 

 気がつくと獣の耳を生やす浴衣姿の女性が、病室をフヨフヨと浮遊していた。さも当たり前のように補足で説明した後に、承太郎に指差されたアンラベルは流れる風のように承太郎の眼前に移動する。

 

『我はアンラベル。我が主、レオン・ジョースターの第二のスタンドだ』

 

 そういうと触れる事もできない両手を承太郎の両頬に添えて、無機物な瞳で真っ直ぐと承太郎を見据える。

 

『貴様には迷惑を掛けた。我に謝罪の意など無いが、形だけでも謝らせてもらう』

 

 ノイズ声でそう言うと、アンラベルは承太郎から離れて私の背後を位置取る。そして肩から覗き込むように顔を出した。

 

「……紹介…もとい説明しておこう。これが私の悩みの種、アンラベルだ。能力は私との反比例…私が弱れば此奴は逆に強くなる…今までの体調不良は、能力も知らずに此奴が顔を出そうとしたからだ」

 

「コレが……」

 

『何だ花京院 典明。我が気になるか』

 

「レオンさん、制御はできるんですか?」

 

「私が弱るとアンラベルが身体を乗っ取り敵を捕食する。そうする事で回復するのだが、私が制御できるのはその後だ……乗っ取られてる間は完璧な制御はできない」

 

『安心しろ。我は貴様らへの危害は極力加えない。貴様らに危害を加えた時、主からストレスを感じた。だから味方には手を出さない。主を守るのが我の使命だ』

 

「………だそうだ」

 

 説明を終えてスタンドを消すと、一同は少しだけ難しい顔をした。

 

「…まぁ……上出来な方ですよね」

 

 苦笑いで花京院がそう言うと、みんな否定はしなかった。

 

「では話を戻そう。説明の通り、レオンによる治療は愚策じゃ。よってアヴドゥルには少しだけ入院してもらう」

 

「うぅ…本当にごめんね?」

 

「大丈夫だ。2、3日で退院できるさ。そしたらすぐ追いかける」

 

 アヴドゥルが笑顔でそう言って、礼神は彼の手で髪を掻き乱される。

 

「それじゃワシらは行くぞ」

 

「えぇ、ご武運を…」

 

「その前にちょっと良い?」

 

 別れようとした矢先に礼神が手を挙げ皆の足を止める。

 

「何じゃ?」

 

「いや、アヴドゥルさんに用がある。少しだけ…いい?」

 

「構わんよ。ワシらは表で待っている」

 

 ジョセフがそう告げ、私達はバギーに戻った。

 

「軽傷だと聞いたが、承太郎は大丈夫なのか?」

 

「あぁ…てめぇはどうなんだ」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 そう言ってバギーに乗り、乗せていたケースからボトルを取り出し、私は鮮血を喉に通した。

 

「誰か早く此奴をどかしてくれーーーッ⁉︎」

 

 気がつくとポルナレフはイギーと戯れていた。

 仲良くなるのが早いじゃないか。流石はポルナレフだ。

 

「そうじゃなくて‼︎…………って事!」

 

「…ん…礼神の声か?」

 

 声が聞こえ顔を上げると、アヴドゥルがいる病室から2人の会話がダダ漏れになっていた。

 

「いやだから、私の炎は赤くとも……」

「じゃなくって‼︎」

 

 ……病室では静かにしろ。

 

「それより早く助けてくれ〜〜〜ッ‼︎」

 

 いい加減助けるか…というか、私以外に助けようとする奴はいないのか?

 そう思いつつ私は懐からガムを取り出す。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「思い込みで強くなるならできるはずなの!OK⁉︎」

 

「だから私の炎は元々…」

 

「だ・か・ら‼︎」

 

 

 〜少女熱弁中〜

 

 

「…ゼェ…ゼェ……」

 

「や、やるだけ…やってみよう」

 

 僕の説明を聞き終えると、アヴドゥルさんは引き気味に首を縦に振った。

 もう少し説得力というか…語力があれば……

 

「それじゃ…ゼェ…僕は行くよ…フゥ…メモはココに置いておくね」

 

 息切れして絶え絶えになりながらそう伝え、僕は病室を出た。

 少しのつもりが説明が長引きだいぶ待たせてしまったなぁ。

 

「ごめんなさい。遅れますた」

 

「随分と疲れているな。何を話して来た?」

 

「強くなる為のアドバイスと、この先出てくる幽波紋使いの一覧表置いてきた」

 

 僕がそう言うと皆が僕に視線を向けてくる。その無言の威圧のせいで、僕はバギーに乗り込むのを一瞬躊躇う。

 

 あ、でもイギーだけガム噛んでて可愛い。

 

「シンガポールでは教えてくれなかった未来の情報……それを今更教えると言うのか?」

 

 少し低い声でポルナレフがそう言う。その表情には凄味があった。

 

「それは数が多くてみんなを混乱させると思ったから。でも今は違う。DIOの館に着くまでの道中で出くわす新たな幽波紋使いは4人…館には6人」

 

「合わせて切り良く10人か」

 

「そのうちの2人は雑魚みたいなもの……ひとまず道中に出くわす4人について説明するよ。でもその前に車出そうよ、いい加減にさ…」

 

 そう言うと花京院がバギーのドアを開けてくれ、僕が乗り込むとポルナレフがアクセルを踏み込んだ。

 



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44.鬼に金棒?金棒に鬼!

 バギーで移動する事数時間…ンドゥール戦で壊れた前輪をスペアタイヤで直したとはいえ、このバギーは凄い!

 壊れる原因など事故やエンストと幾らでもあるのに、ジョセフさんを乗せたまま長時間行動を共にしているのだ!

 

 冗談交じりで「このバギーには何かしらの加護があるのかもな」とポルナレフが口にし、つまんなそうに「そりゃよかったのぉ〜」と、ジョセフさんが頬杖をつく。

 原作ではアスワンからナイル川を船で下って行くのだが、バギーの実績に惹かれ河沿いを陸路で下る事に……

 商船に便乗して乗れば人目もあって敵に襲われる危険性は少ないが、ジョセフさんの呪いは人目があっても発動する。

 ……っとまぁ、そんな些細な理由で僕らは陸路をバギーで走っていた。

 

 しかし……

 

「結局壊れたな」

 

「いや、持った方だろう」

 

 河沿いにある町コム・オンボ手前 1km足らずの場所でバギーは力尽きた。

 

『…winner(勝者)Joseph=Joestar(ジョセフ・ジョースター)

 

「黙れアンラベル‼︎ レオン‼︎ 早くそいつを消せ‼︎」

 

「フフッ…」

 

 そう言われたレオンさんは面白そうに小さく笑い、鬱陶しい様子で怒鳴るジョセフさん。ちなみにバギーの故障原因は、エンヤ婆戦後と同じく不明………

 僕の推測だと、ジョセフさんの紫の隠者(ハーミットパープル)の誤作動で機械類を狂わせてるんだと思うんだけどな。

 実は常時発動型スタンドで、無意識に磁気を放っているとか……まぁ推測なんだけどね……

 

(バギーから取れたネジ…御守り代わりに持って行こ)

 

 ポケットに人差し指程の大きさのネジを突っ込み、僕らはオンボまでまた歩いた。

 既に敵情報と予言は纏めて伝えてある。情報量的に、頭をこんがらせる程では無いだろう。

 

「妖刀のスタンドか……」

 

「そだよ。特訓の成果を見せてよね、電柱」

 

「お、おう!任せとけ‼︎」

 

 僕の言葉に苦笑いを浮かべるが、ポルナレフは力強く答えた。すると疑問に思ったのか花京院が口を挟んでくる。

 

「特訓?何か秘策でもあるのか?」

 

「うん、シンガポールで教えた。J・ガイルの情報を先延ばしにする代わりに、芸を1つ覚えさせといたんだ」

 

「なっ!俺をペットみたく言うな‼︎」

 

 そんなこんな話しているとあっという間にコム・オンボ。

 商人が行き来する人に商品を売り付けようと声を掛けている。

 

「にしても……人が多いな………」

 

「あ、レオンさん人口密度高いの嫌なんだっけ?」

 

「あぁ、流石にここで車を調達するのは無理だろう。となると商船に便乗させてもらうしかないか………ジョセフ、交渉は任せた。どうせすぐに船は出ないだろ、私は食事ができる場所を探して来る」

 

「なぁに早速孤立しようとしてんの!敵いるって分かってる⁉︎」

 

「別にいいだろう、少しくらい。孤立を恐れるならイギーを連れて行けばいい。お前も嫌だろ?人混み…」

 

 僕の言葉にそう返すと、僕らの近くを歩いていたイギーはレオンさんの声に反応して彼の足元で腰を下ろした。

 

「……だそうだ。用ができたら連絡をくれ…そういえば承太郎、通信機器は?」

 

「アヴドゥルの所に置いて来た」

 

「そうか、ならいい」

 

 そう言ってレオンさん達は人混みの少ない方に歩いて行った。

 

「承太郎、レオンさん達についてって」

 

「…何でだ?」

 

「戦力調整。ポルナレフは僕といないと秘策が使えないし」

 

「…わかった」

 

 幼馴染としての計らいをして承太郎を見送ると、残された僕らは只々そこで待ち惚ける事になった。

 ちなみに僕の考えるアヌビス相手に有利なスタクルチームのメンバーは、承太郎、レオンさん、ポルナレフの3人である。

 

「ひとまずその3人は均等に分けたから大丈夫……かな?」

 

「有利な人材2人が向こう行ってしまった。こっちはポルナレフ1人だが、人数はコッチが多い。戦力は丁度よく五分五分なんじゃないか?」

 

 それから十数分…ようやくジョセフさんが交渉を終える。

 

「先ほどレオンが言った通り、船を出すまで大分時間がある。レオン達に合流しよう」

 

 というわけでレオンさん達が歩いて行った方向へ僕らは足を進めた。

 するとレオンさんの白髪が目立つので、割と直ぐに見つけられた。丁度いい飲食店が見つからず、路上で軽食を買ったようだ。すぐ見つけられた理由は、浴衣姿のケモ耳が空中浮遊してるからです。

 

「終わったのか」

 

「あぁ、数時間はここで足止めじゃ」

 

「そうか………で、ポルナレフはどこだ」

 

「……………え?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「おっかしいなあ。ジョースターさん達を見失ったぞ。今までそこにいたのに……」

 

 チッ…オレとしたことが。

 移動中に少し距離ができた瞬間に人混みに流されちまった。確かにこんな歩きづらい所になんかいたくわねぇな。

 

「レオンの人混み嫌いも、わからんこともないな」

 

「チョッと見てチョッと!ねぇダンナあ 旅の記念ね…正真正銘パピルスね。お得だよ」

 

「うるせえなあ」

 

 周囲を見回してるうちにどっかの商人が紙切れを押し付けて来る

 

「パピルス?」

 

「安くしとくよン。ダンナ」

 

「正真正銘本物?」

 

「そうだよん」

 

 この紙切れがねぇ〜

 本物の繊維は丈夫だと聞くが……よっと。

 

「あっ‼︎」

 

 指先に力を込めると紙切れは最も簡単に破け、オレはそれを投げ捨てて歩き出す。

 

「偽物だよこりゃあ……本物の繊維はチッとやそっと引っ張っても破けないもんね。知ってるんだよオレ」

 

 もっとも、初めから本物でも 全然買う気しねーけどよ。

 みんなどこ行った?

 確かコッチに歩いていったはず。目立つし直ぐ見つかると思ったんだがな……

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 迷子、ポルナレフ、コム・オンボ、アヌビス神……

 

「戦闘フラグが揃いました!きっと今頃、回収してることでしょう‼︎」

 

 ビシッと敬礼してみんなに告げると各々が溜息をつく。

 

『イギーより先にジャン・P(ピエール)・ポルナレフの首輪を買う事を推奨する』

 

「そうだな。あといい加減に消えろ」

 

 そう言ってみんなが走り出すが、イギーだけその場で寝転び欠伸をしている。置いてっていいのか悪いのかわからず、咄嗟に僕は抱き抱えて走り出してしまった。

 急な浮遊感を感じ、イギーは僕の腕の中で暴れる。

 

「あぅ、ゴメンね急に…」

 

 ガムを渡してご機嫌取りをしようとも考えたが、生憎僕は持っていない。持ってる人(イギー係:レオンさん)から受け取るにも、今はみんなポルナレフを探しに走っている。

 ガムを与えられず、ひとまず見え透いた機嫌取りだがイギーを撫でてみる。すると………

 

「……あれ?効果覿面?」

 

 首の後ろをクニクニと揉むと、思いの外気持ち良いのかイギーは大人しくなる。

 

「おぉ?ここか?ココがよいのか?」

 

「何をしてる葎崎さん!早く!」

 

「あ、ごめん」

 

 撫でる事に夢中になり速度が落ちた事に気付き、僕はクニクニしながら走る速度を上げる。

 流石にこの人混みでケルベロスを使うのは無しだね。怪我人が出る。

 

「礼神、戦闘する場所はわかったりするか?」

 

「それは……わからない。でもイギーなら鼻でわかる?ポルナレフの髪 ワックス臭いし」

 

 僕の声を聞いて面倒臭そうに顔を上げるイギー。探してくれなそうだ……

 

「……ダメ?」

 

「…………」

 

 ダメそうだ。

 

「あとでガムあげるよ」

 

「…………」

 

 ダメそうだ。

 

「……倍プッシュだ!」

 

「…………アギッ」

 

 軽く呆れ顔で僕の顔を見上げると、イギーは僕の腕から飛び出して地に着地。そして2、3回鼻をひくつかせると、イギーは先頭をきって走り出した。

 

「おぉ…ガムで釣ったとはいえ、よく言う事を聞かせたな」

 

「ほう……」

 

 ジョセフさんが驚いた様子で褒め、レオンさんからも感心した様子で笑みを向けられた。

 

 しばらくイギーの案内で走ると、やがてジョセフさんが商人に交渉した場所まで戻って来る。

 

「イギーが正しいとすると……呆れたわい。歩き出してすぐ迷子になったのか」

 

 すると急にイギーが立ち止まり、再び鼻をひくつかせる。するとある一点に鼻を向け一吠えする。

 

「アギッ!」

 

「あっちか⁉︎」

 

 そう言って皆がイギーの鼻が指し示す方向へ目を向けると、それを待っていたかのように遠くで、石柱が砂埃と崩壊音を立てて崩れた。

 はいはい戦闘中戦闘中……

 

「よくやったイギー……わかったよ。礼神、頼む」

 

「ウェッ?」

 

 包み紙も取らずにガムを2枚僕に押し付けると、レオンさんはすぐさま走り出し、承太郎もそれについていった。

 そんな僕の足跡ではイギーが僕の足を前足でテシテシと突き、ガムの催促をしている(メチャクチャ可愛い)

 

「ありがとイギー」

 

 包み紙を開きガムという名の報酬を渡すと、イギーはその場で座り込み咀嚼を始める。となると、ここからしばらく動こうとしないだろう。

 

「2人は行かないの?」

 

「ここの言葉を話せるのはワシとレオンじゃ。学生2人を残して向こうに行けるか」

 

「僕は………なんとなく」

 

 ジョセフさんの意見はもっともです。

 花京院に関しては、アヌビス相手に有利に戦える3人が向こうに行ったし、自分の出る幕では無いと思ったんだろう。

 だがポルナレフの特訓の成果は、僕がいないと生憎披露できないのだ。だから2人には悪いが……

 

「じゃあ僕は行って来るね‼︎ イギー、2人をよろしく!」

 

 そう言い残し僕はレオンさん達を追いかけた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 オンボの神殿は観光スポットとして人混みが流れている。しかしそこから少し離れれば人混みは減る。その理由としてはそっちに何も無いからだろう。

 そんな何も無い広場には石柱が並んでいるのだが、その何本が倒壊して崩れ、砂埃舞う広場の中央に銀の柱は立っていた。

 

「ポルナレフ‼︎」

 

「ん?おぉ、レオンに承太郎‼︎ どこ行ってたんだよ、探したぜえ?」

 

「それはこっちのセリフだぜ」

 

 呆れ顔の承太郎を見て一言謝罪し、ポルナレフは困ったように頬を掻いた。

 そんな彼の胸には長い傷が走っていて、足元には一本の刀と青年が転がっていた。刀は抜き身になっており鞘も近くに転がっている。

 

「それがアヌビス神か?」

 

「あぁ、そっちは操られてた奴ね」

 

 自分の足元を指差すと、ポルナレフは困った様子で尋ねてくる。

 

「鞘に収まってねぇんだよコレが。触ったら操られるんだろ? だがこのまま放置はできねぇしよぉ〜」

 

「大丈夫だよ。上手く刀に触れずに鞘に収めればいい」

 

 そこへ息を切らした礼神がやってきて、それを聞いたポルナレフは「あ、そう」と言って言われた通り鞘に収めた。

 その間に私は、操られてしまった被害者の青年を波紋で治療する。気絶はしたままだ。

 

「妖刀のスタンド、アヌビス神…抜き身の刀に触れた者を操る能力の本体無しのスタンド……実際に戦ってどうだった?奥の手使っちゃった?」

 

「あぁ…多分予言通りだぜ。クソ」

 

 軽く悪態をつき、ポルナレフは妖刀を私に投げ渡してくる。

 

「……どうだ?」

 

「スタンドエネルギーを吸収し尽くす……川に沈めた方が早いな」

 

 W-Refでエネルギー吸収を試みるが、川底に捨てるのが最も早く簡単だと判断した。

 刀は私が持ち、我々4人はその場を離れようとする。川に捨てられるとわかって慌てたのか、刀から何やら声が聞こえてくる気がする。

 

 正直気味が悪い。

 

「気になるだろうけど抜かないでよ」

 

「わかっている。さっさとジョセフ達と合流して川に沈めるぞ」

 

 間違えても刀を抜かない為に鞘の部分を握り直し、我々は来た道を戻り始めた。

 すると前方から面倒くさそうな男がやって来る。

 

「おい、警察が来たぞ」

 

「レオンさんソレ隠して!」

 

 現在の服装は、黒紫のカジュアルパンツに群青色のポロシャツ。刀の長さは1m以上………背に回して隠すにも、座高以上に長いんじゃ勿論はみ出る。

 

「コォラァッ‼︎ 警察だ‼︎ 広場で喧嘩騒ぎと聞いて来てみれば、何だその刀は‼︎」

 

 咄嗟に隠す事もできず、ガタイの良い警察が私の手元を指差し距離を詰めて来る。

 波紋で気絶させる事も殺す事もできるが、万が一そんな場面を事情の知らぬ通行人に見られては面倒……

 この後便乗して船に乗るとなると問題は起こせない。

 

「コレは私の商品だが?」

 

「商品ん〜⁉︎」

 

 でまかせを言うと警官は、疑いの目で私をジロジロと眺め始める。そして刀に手を伸ばそうとした警官の手を、私は空いている方の手で払い除ける。

 

「触らないでくれ」

 

「何故だ」

 

「コレは商品と言いましたが売れる状態では無い。風化が酷くこれから腕のいい友人の所でサビを落として貰う予定だ。だというのに盗まれてしまってね……奪い返したはいいが振り回されてしまい劣化が心配なんだ」

 

「にゃるほどぉ……」

 

 嘘とそれっぽい事を次々と並べると、難しい表情で顎髭を撫で やがて納得したかの様に頷いた。

 

「うむ、理解した。ならばこの件は向こうで伸びている犯人を取り押さえて終わりだな。疑ってすまなかった!」

 

 そう言って敬礼し一件落着かと思ったが、ここで警官が妙な事を言って来る。

 

「してその刀…少し見せてはくれまいか?」

 

「……は?」

 

「いやはや吾輩…実はパトロールついでに商品を見て回る程の美術品好きでしてな……商品として売られる刀を一目見ておきたい。なぁに、触りはせん。鞘の上からで結構」

 

 面倒な人だな。だが断って話を拗らせるのもまた面倒だ。

 私は丁寧に刀を両手に持ち、両手の上で刀を横に寝かせる。破損を心配していると嘘をついているので、このくらいの小芝居はしないといけない。

 

「ほほう、これは見事な………む?ムムムッ⁉︎」

 

「………どうかしたか?」

 

「こ、ここ…コココココこの刀はまさか! 一年前にある博物館の倉庫から盗まれたという……それも500年以上前の年代物では⁉︎」

 

 顔を真っ青にして私を見上げる警官の肩はワナワナと震えている。

 この妖刀スタンドは博物館にあったのか……初耳だ。

 

「それを何処で⁉︎ これは売っていいような物では無い‼︎ これは大事件だ‼︎ 吾輩が責任をもって預かるゥ‼︎」

 

 軽く錯乱状態になった警官は、両手を伸ばし刀の持ち手と鞘を掴む。

 渡す訳にもいかず抵抗するが、日光を浴びた状態の私は非力な部類だ。戦闘力があるからといって力強い訳では無い。

 腕相撲で花京院に負ける程だ。

 

「はーなーしーなーさーいーッ‼︎」

 

「テメェが離せ‼︎」

 

 そこへ承太郎が加わり揉みくちゃ状態に…そして警官は無意識にだろうが、右手でゆっくりと刀を抜き始めてしまう。

 

「ッ⁉︎ 波紋‼︎」

星の白金(スタープラチナ)‼︎」

 

 止むを得ず波紋で気絶させ、承太郎はスタンドの腕力で刀を弾き飛ばした。すると刀は弧を描き、何も無い所に地面に落ちて金属音を奏でた。

 刃は鞘の中に収まっている。

 

「……誰かに見られたか?」

 

 まず最初に周囲を警戒する。遠くで人混みが行き来しているが、こちらに注目している者はいない。

 

「…いや…大丈夫そうだ」

 

「やれやれ…人騒がせなポリ公だぜ」

 

 4人揃って冷や汗を流し、今度こそ我々は合流しようとする。気絶させた警官は日陰のベンチに寝させておこう。もちろん記憶の上書きも忘れない。

 

「さて……行くぞ」

 

「おう‼︎……って、あぁぁぁ‼︎‼︎」

 

 口をアングリと開けてポルナレフが叫ぶ、その声に驚いた礼神はギョッとした様子でポルナレフを凝視する。

 一体どうしたのかと思ったらポルナレフがある一点を指差している事に気付きそちらに目を向ける。

 

「なっ‼︎ 承太郎⁉︎ スタプラ早よ‼︎」

 

「無理だ‼︎ 射程圏外だぜ‼︎」

 

 ポルナレフが指差す数10m先にあったのは、数匹のネズミに運ばれる鞘に収まった刀だった。

 

 

 

 

 

「………つまりは…逃したと…」

 

「面目ねぇ。手の空いてる俺がちゃんと回収するべきだった」

 

 合流を終えた我々は事情を説明し、警官に絡まれた時も見てるだけだったポルナレフが最初に謝罪する。すると「それなら僕も」と礼神が続けて謝る。

 

「ふぅ……仕方ない。その刀を探して足止めを食う訳にはいかん。旅を続けよう…じゃが相手が相手じゃ、また襲ってくるのは確実。それも強くなって……今以上に警戒を怠ってはいかんぞ」

 

「はい」

 

「それじゃ出発しよう。丁度商人達が船を出す準備を終えたようじゃ」

 

 そんなジョセフの言葉を聞いて我々は乗船した。

 便乗させてもらう船は随分と簡単な作りの物で、3人もいれば船は動かせる。そしてその3人は全員商人という無駄な人員のいない船だった。

 つまりこの船には3人の商人と我々6人+1匹しかいないのだ。

 

「……レオン……だからもっとマシな治療法は………」

 

「ない。黙っていろ」

 

 電柱のテッペンから波紋を込めた水を流すと、電柱の本体が心を無にして質問してくる。胸の傷もそうだが、だいぶ転げ回ったのか擦り傷も複数ある。これが合理的なのだ。

 

 にしても、戦闘中でも崩れないこの銀電柱……一体中身はどうなっているんだ?

 

「わっ⁉︎ ちょっとレオン‼︎ 髪は止めてくれよな‼︎」

 

「す、すまない…つい…」

 

 好奇心が抑えられずに電柱に指を差し込むと、第一関節が刺さったあたりで振り払われてしまう。

 

(……電柱に穴が………何ッ⁉︎)

 

「あーもう、乱れちまったじゃねぇか」スッスッ

 

 慣れた手つきでポルナレフは、乱れた髪型を塗装した電柱のように修正する。

 

(き……気のせいか?…空いた穴から波紋入りの水が流れ出て来たぞ。それも水道の蛇口のように勢い良く!……気のせい……なのか?)

 

 まさか中身は空洞になって……いや、そんなわけはないか…

 

「…どうしたレオン」

 

「…何でもない。治療は終えた、もういいぞ」

 

 周囲に目を向けるが今の光景を誰も見ていなかったらしく、たった今見た奇妙な現象をそっと胸の奥にしまい、私は速やかにその場を立ち去った。

 

「そこの兄ちゃん。金貰っといて悪いんだが、チョイと手伝ってくれんか?」

 

 舟の後ろから前へと移動すると、そこでは柔らかい笑みを浮かべる商人が承太郎に話しかけていた。

 何かを頼まれているようだが…

 

「いいじゃないか、ワシらは乗せてもらっている身。少しくらい手伝ってやりなさい」

 

 承太郎は頼まれればやってくれる根は良い学生だ。しかしジョセフにそう言われたのが癪だったのか、不機嫌な様子で手伝いに向かう。

 

「悪いねぇ。なんか帆が上手く風を受けないんだ」

 

「別に構わねぇぜ」

 

「チョイとこの縄を持っといとくれ。上の方を結び直してくるからの……絶対に離さんでくれよ?」

 

 そう言って男はマスト…というのか? 船に帆を正常に広げる為の柱をよじ登っていく。

 

「んんー?…あれま!縄が切れてら。どうりで上手く受けないわけだ。にしても縄は新しいのに変えたばかりなんだが……それにこれ…()()()()()()()()()()()()()()

 

「……刃物?」

 

「承太郎‼︎ 後ろ‼︎」

 

 ついつい上で働く商人を見上げてしまい、承太郎は背後に回り込んでいた商人に気がついていなかった。

 私の声に反応したが時既に遅く、承太郎の脇腹に刀が振り抜かれた。離さないよう商人に釘を刺された事がチラついたのか、それで一瞬隙ができたのだろう。

 

「グハッ…⁉︎」

 

「安心しろ。峰打ちだ…」

 

「わわわっ、ゲプッ⁉︎」

 

 重い一撃だったのか承太郎は膝をつき気絶……握っていた縄を手放してしまう。それで柱が揺れ上で働いていた商人が落下し気絶…騒ぎに気付き、その場にいなかった者共がこっちへやって来た。

 

「オメーさん、そんなもん振り回して何やって…ブゲェ⁉︎」

 

 駆け寄った商人は刀を持った商人に鞘で殴られあえなく気絶。そしてやって来たポルナレフに視点を合わせると不敵に商人は笑みを浮かべた。

 

「おいコラ商人‼︎ 承太郎達に何しやがる‼︎」

 

「俺だよまぬけ。アヌビスの暗示のスタンドさ!」

 

 商人を乗っ取ったアヌビス神はそう言ってしゃがみ込んだ。

 

「不味い‼︎ 奴を止めろォオ‼︎」

 

「もう遅い…クフフフ」

 

 突如として商人は気絶……逆に気絶していた承太郎は立ち上がり、我々に殺意の目を向けて来た。

 

「アイツ…や、やりやがった‼︎」

 

「しゃがんで刀を手渡して握らせて……まったく。身体を取っ替え引っ替えして忙しい奴だな」

 

 承太郎は抜き身の刀を片手に、我々に襲いかかって来た。

 



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45.目には目を、妖刀には……

 日が沈んだ空は黄昏でほんのり赤い。

 そんな空の下を流れるナイル川は、操縦士を失った小舟を水流に乗せて運んでいた。

 

「ポルナレフッ!貴様の銀の戦車(チャリオッツ)の動きやパワーはさっきしっかりと取り込んだ‼︎ 一度闘った相手には決ッ…………ッして負けない‼︎」

 

 承太郎の顔、声帯、身体を拝借した刀のみのスタンド、アヌビス神は台詞を吐き捨てると悠々と刀を構えた。

 

 いくら学習しようと時を止める承太郎の星の白金(スタープラチナ)には勝てるわけがない。だがその承太郎が操られると誰が想像しただろうか。

 絶対の勝率を誇る男がこうも簡単に再起不能になるとは…

 

 しかも此方(こちら)にとって都合の悪いのはそれだけではない。

 

 承太郎の身体を拝借されてしまえば、我々は手が出しにくい。仮に承太郎に死の覚悟があったとしようが、DIOを倒せるのは承太郎だ……我々の手で死なせるわけにはいかない。

 

「……礼神…」

 

「わかってるよ‼︎ チョット待って‼︎」

 

 敵と味方の情報を最も握っている彼女は、口元を手で押さえ汗を流す。目はあちこち泳ぎ続け、反対の手は指を立て宙を彷徨わせている。

 この戦闘の攻略法を必死に考えているが唐突な事で頭は上手く回らないようだ。

 

「考える隙も与えんッ! シェァァァァア‼︎‼︎」

 

銀の戦車(シルバーチャリオッツ)‼︎」ギィン

 

 間も無くしてアヌビスが襲いかかる。するとポルナレフが迷いも無く時間稼ぎ役を買って出る。しかし相手の剣撃が上なのか、ポルナレフのスタンド像の持ち手が僅かに痙攣した。

 それを見兼ね花京院が弾幕をはり、アヌビスは小舟の端まで後退する。

 

「エメラルドスプラッシュ‼︎ 僕も手をかそう。2人で食い止めるぞ!」

 

「よせ花京院‼︎ 奴は恐ろしい早さで学習する! 勝算無しに出てくんな、無駄に相手を強くするだけだぜ⁉︎」

 

「だからといって黙って下がれと? 君は既に知り尽くされている。時間稼ぎにもならない」

 

 語句を強くして弾幕を張ると、アヌビスは弾幕の隙間を縫うように躱し、躱しきれないものは刀で弾いた。

 

「花京院の攻撃パターンも、今ので覚えたぞ…」

 

「はたしてそうかな?」

 

 挑発的な笑みをとり花京院がアヌビスを指差す。次の瞬間エメラルドの雨が降り注ぐが、それは一撃たりとも被弾しない。

 

「アヌビス神…学習能力……時間稼ぎも長くはもたん。レオン‼︎ ワシに作戦がある」

 

「何だ?」

 

「これでも戦況は読める方じゃ。ひとまず場所が悪い。狭い小舟の上じゃ大勢では戦えん」

 

「花京院の弾幕と このスペースで合わせられるのは、スピードのあるポルナレフだけ……それはそうだが川岸に着けろと?そんな暇はないだろ」

 

「別に岸につけるわけではない、耳をかせ。礼神も来なさい」

 

 頭を捻らせる礼神を呼び寄せ、ポルナレフ達が時間を稼ぐ間にジョセフの作戦を聞き入れる。

 

「……………それは…作戦なのか?」

 

 耳打ちされた内容を理解し、私は怪訝な表情でジョセフを見返す。

 

「もちろんじゃ。このジョセフ・ジョースター…何から何まで計算済みよ‼︎」

 

「………本当にこれでいくの?」

 

 不安に思うのか礼神も疑いの目を向ける。しかし………はぁ。

 他にもいい作戦はあるのだろうが、急には思い浮かばないし説明する時間もない。これで行くしか無いのだろう。

 

「ポルナレフ、花京院、選手交代だ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ジョセフさんも可笑しな作戦を思いつくな……

 何も思い浮かばなかった僕は、それに従うしか無いけど。

 ひとまず僕は言われた通りにイギーの元へ…

 

「イギー!逃げるよ!」

 

 僕の声を聞いて、寝ていたイギーは耳を動かし反応する。しかし次にとった行動は、面倒そうな表情を浮かべただけだった。

 それでも自分の身に危険を感じたのか、素直に舟から飛び降り着水……1人で勝手に川岸へ退避した。

 

 ジョセフさんの言った通り、僕が伝えるだけ伝えるとイギーは勝手に逃げた。

 できればイギーの砂のスタンド、ザ・フールで戦って欲しいんだけどな。

 砂なら切られずに纏わり付き拘束できるのに…そこはまだ僕らに気を許してないから無理かな。

 

「葎崎さん‼︎」

 

「お、花京院とポルナレフ来たね」

 

「作戦って何だ⁉︎ 何をすれば良い⁉︎」

 

 駆け寄って来た2人は僕に指示を仰ぐ。

 戦闘に関してはジョセフさんとレオンさんに任せてある。今僕らがやるべき事は1つ。

 

「逃げる‼︎ まず気絶した商人さんを見捨てられないから持って来て。抱えて川岸まで泳ぐ」

 

「オメーカナヅチだろ!どうやって…」

 

「花京院お願い」

 

「…仕方ないな」

 

 呆れたようにそう言う花京院は何処か嬉しそう。

 彼は法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の触手を僕に巻き付けると、別の触手を伸ばして商人まで回収してくれた。

 

「行くよ」

 

「ばっち来い!」

 

 偶然川岸に聳え立っていた電柱(ポルナレフではない)にまた別の触手を絡ませると、花京院のスタンドは力強く僕らごと川岸まで引っ張った。花京院のスタンドって力無いイメージだけど、張力って言うのかな…引っ張る力が強いんだよね。

 

「はい到着」

 

「流石花京院。仕事が早い」

 

 あっという間に陸地に上がると、僕は触手から解放されイギーがちゃんといることを確認する。

 

「テメェ花京院‼︎ 俺も運べよ‼︎」

 

「定員オーバーだ」

 

 唯一生身で川を泳いで渡るポルナレフは、ツンとした花京院の答えを聞いて軽く睨んだ。当の本人は全く気にして無いね。

 ちなみにイギーは既に二度寝の体勢で地面に転がっていた。

 

「ふぅ…で、本当に良かったのか? 俺たちだけ逃げて…」

 

「いいの。ジョセフさんの指示なんだし、大丈夫……なはず。ここは頭脳派のお二人に任せるしか…」

 

「…あれ? 葎崎さん。そういえば君、スタンドを使えば泳げたんじゃ?」

 

「貸し出し中でーす」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ……脱力状態になるのも久しぶりだ。

 

「〜〜〜〜〜〜〜‼︎」

 

 ……何かしらの掛け声と共に、承太郎(アヌビス入り)が刀を振りかざしてくる。それを私は手の甲で受け止め横に流す。 流れた刀は折り返し私の首を右から狙ってくる。今度はそれを仰け反ってかわす。

 一太刀振るうたびに起こる微風が私の肌を撫でる。紙一重で躱した時のこの感覚が私は好きだ。

 だがそれも長くは続かないだろう……素人目には闇雲に振り回してるように見えるが、奴はワンパターンな攻撃は決してしていなかった。

 

(まるで詰将棋だ)

 

 新たな一振りを流し、また新たな太刀を受け止める……視覚と触覚以外の神経を削ぎ、身を守る術に全集中しているため周囲の状況は全く理解できない。承太郎(アヌビス風味)が何か言っているがそれも聞こえない。脳が声を遮断している。

 

 どうせ「今の動きも覚えたぞ」とか言っているんだろう。

 

 ……というか、雑念が増えて来たな。そろそろ集中力も切れ始めている。

 

「絶ッ……………対に負けない‼︎」

 

「しばらくは私も敗北せんぞ? 貴様からしても初の経験だろう、素手素足で太刀を受け止められるのは……」

 

「ぬぅッ⁉︎」

 

『我がW-Refは斬撃すらも吸収する。貴様にとっての未知の領域は……まだまだ有り余っているぞ』

 

「………」ドッ

 

『ウッ…』

 

 ………我が物顔でドヤ顔を決めるアンラベルが正直ウザい。

 

 雑にだが横にいる其奴を殴ると、小さく呻いて姿を消した。私と反比例するスタンド…ダメージが私に返ってくる事はないので躊躇などは無い。

 

「レオォォォン‼︎‼︎」

 

 そのやり取りを油断や余裕と捉え気に入らなかったのか、アヌビスは怒号と共にまた切り掛かってくる。

 段々と剣撃の速さも上がっていくが力は上がらない……上がっているのかもしれないが………

 

「ヌゥウ⁉︎」

 

「力技など無駄だ…私のスタンドの前ではな」

 

 両手で受け止めこのままスタンドエネルギーを吸い尽くしたいのだが、やはり時間がかかる。

 せめて取り憑かれた承太郎を解放したいが、どういうわけかそれができない。W-Refが本体に触れれば、その間スタンドや能力が使えなくなるはずなのだが……

 

(できない可能性といえば、エネルギーが承太郎に流れていてそこまで吸収できないとかか?)

 

 W-Refが吸収できるのは触れた所から…間接的に…つまり刀越しに承太郎のエネルギーは吸収できない。

 

「どうじゃ!できんのか⁉︎」

 

「できない‼︎」

 

「ならば(乗り気じゃ無いが)プランBじゃ‼︎」ブンッ

 

 右腕を伸ばすと、荊が更にその先に向かって伸びる。そしてそれは承太郎の左足に巻き付く。

 

「ヌゥン‼︎」

 

「甘い‼︎」スパン

 

 老いても未だに力強い両腕で荊を荒々しく引く。しかし体勢を崩しかけた所で切断されてしまう。

 精一杯引いたのか、引いていたジョセフが逆によろけてしまう。

 

「恨むなよ承太郎!」

 

 背面蹴りを打ち込むが吸血鬼の力で万が一クリーンヒットしたら承太郎がタダでは済まない。かといって波紋を使えばスピードが落ち、アヌビスの剣撃についていけなくなってしまう。

 結果 私は加減をした様子見の一撃を放つ。

 

「怖いか? フフフフフ。攻撃に躊躇いが見えるぞ?」

 

 怖いに決まっているだろ、当たり前だ。

 親友の玄孫(やしゃご)に風穴なんて普通開けれない。そんな事をしてみろ、ジョジョに合わせる顔がないぞ。

 

 蹴りは刀の峰で受け止められてしまう………だが。

 

「だがこれで良い、これが良い」ギィン‼︎

 

 蹴りと刀の隙間から金属音が響く。

 

「太刀音⁉︎ まさか…‼︎」バキィン‼︎

 

reflection(全てを返そう)。折れて短くなった…間合いが狭まったな」

 

 今までに溜めてきた剣撃のエネルギーを放出し、その力で妖刀は中腹から叩き折れて飛んでいった。

 本体が傷付き承太郎の身体がフラフラと揺れる。

 術が弱まったのか?

 

「や、やったか⁉︎」

 

「まだだ。念の為に川に落とせ‼︎」

 

「わかったわい‼︎」ギュルッ‼︎

 

 またもや荊が承太郎の身体に絡み付く。ジョセフは今度こそと力を込めて引き、承太郎の身体が僅かに浮いた。

 

「ま…だ……だぁッ‼︎」ズバズバッ‼︎

 

「こいつッ‼︎ また切断されてしまった‼︎」

 

 全体重をかけて引っ張ったのか、尻餅をついてから立ち上がるジョセフ。腰を強く打ったのか、己の腰を摩り続けている。

 

「なるほど。俺を水中に落とすつもりなのか……だがその程度の策では絶対に負けない‼︎」

 

「やはり一筋縄ではいかんか…レオンよ、まだもつか?」

 

「……自信はないが、()()()()まだ時間がありそうだ」

 

「…フッ…フフフフ、レオン。貴様らにはまだ策があり、「成功すれば承太郎を殺さずに勝てる」…と、考えているな。フフフフ。それは甘い考えだ、甘い甘い。なぜなら……ここらでトドメのとっておきのダメ押しというヤツを出すからだ‼︎」

 

 勢いをつけて飛び上がり斬りかかってくるアヌビス。刀の構え方は上から振り下ろすいたってシンプルな形。

 どれだけ力があろうとW-Refは斬撃すら吸収する。片手を掲げて刀の太刀筋を予想する。

 今現在の奴のスピードなら、全神経を集中させ受け止める事は容易い。

 

「…と、思ったんだが」

 

 本能という奴だろう。

 私はまだ奴が高い位置にいるにも関わらず、咄嗟に手を引き一歩間合いを広げた。

 すると太刀の届く距離がギリギリだったのか、右肩から左腰にかけて赤い線が浮かび上がる。しかし服は切れていなかった。

 

「ッ……⁉︎」

 

「レオン‼︎」

 

「狼狽えるな。無事だ」

 

 全身に力を込めて圧を自らに加えると、一瞬だけ血が噴き出したが胸板を流れる流血はすぐに止まった。

 

「おのれ…承太郎の星の白金(スタープラチナ)を…‼︎」

 

「たかが一太刀…されど一太刀…どちらにしろ、私の命を狩るには浅い太刀だな。だが………」

 

 我々の目の前には、承太郎の他に長髪の屈強な戦士が佇んでいた。いつの間にか妖刀は戦士が握っており、刃先には血が付いていた。

 

「………今のは直感で致命傷を避けれたが、流石に星の白金(スタープラチナ)のスピードには吸血鬼でも付いていけないぞ」

 

「そりゃそうじゃろうな」

 

 事前に礼神から乗っ取った対象のスタンドが使えると聞かされていたが、星の白金(スタープラチナ)相手にどう立ち回るべきか……

 ジョセフの考えた作戦(?)を遂行するには、承太郎ごとで構わないから川に落とす必要がある。

 

「シャァァァア‼︎‼︎」

 

「来るッ⁉︎」

 

 星の白金(スタープラチナ)の間合いに入らないように、私は後退しながら鞭を振るい始める。もちろん鞭ではスタンドは倒せない。しかしそれ以外に手が無い。

 

「馬鹿め‼︎ スタンドはスタンドでないと倒せない。常識だろうがァァァア⁉︎」

 

 一気に間合いを詰めてくるアヌビス。

 私の鞭はというと、物の見事に切断されてしまっている。ジョセフが紫の隠者(ハーミットパープル)で捕縛しようとするが、それも瞬く間に切断されていく。

 

「ジョセフ・ジョースター。このアヌビス神…お前の攻撃パターンはもう覚えた。一度闘った相手には絶対に負けんのだァァァア‼︎」

 

 やがて間合いに入ってしまった私に、星の白金(スタープラチナ)が刀を振り下ろす。

 

「クッ……ここだ‼︎」

 

 仕込み刃を出し太刀筋に構えて受け止めようとする。刃負けしてしまった時の為にW-Refまでも構えた。しかし両方共もってしていても、太刀筋を止める事は出来なかった。

 

「…………?」

 

 ………一瞬何が起きたかわからなかった。

 

 妖刀は確かに私の身体を通り過ぎたが、私の身体に真新しい傷は現れなかった。

 

「レオン・ジョースター。いや、()()()()()()()()()‼︎ 貴様への勝利はたった今 確信した。DIO様の命令はジョースターどもの抹殺及び、貴様の生け捕り。暫くは大人しくしてもらうぞ‼︎」

 

「貴様ッ⁉︎」ズバッ

 

 ブランドーの名前に反応してしまった私の隙を突き、アヌビスは私の両足を斬り落とした。そして苦痛に呻く間も空けずに、奴は私を船から蹴り落とした。

 私が背にしていた小舟の手摺りは既に切断されており、為すすべなく私は川に蹴り落とされたのだ。

 私の身体を通り抜けた一太刀は、最初から私ではなく背にしてた手摺りを狙っていたのだ。

 スタンドをすり抜ける事は無いようだが、W-Refは触れる事すら出来なかったのだろう。完全にスピード負けしたのだ。

 

(すぐに両足を生やすのはいくらなんでも無理だ…死にはしないが、足がコレでは泳ぐ事もままならない)

 

 仕方なく後をジョセフに任せ、私はナイル川の底に身を潜めた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「レオン‼︎」

 

 両足を斬り落とされたレオンが落とされ、遅れてジョセフが彼の名を呼ぶ。

 しかし先程の様な返答は返って来ず、代わりに殺戮的な笑みを浮かべた承太郎が振り向く。無論、承太郎は術に嵌り、この笑みはアヌビス神のものであった。

 

「ジョセフ・ジョースター。次はお前だ」

 

「ぬぅ……紫の隠者(ハーミットパープル)‼︎」

 

 牽制でスタンド攻撃を仕掛けるが、アヌビスはアッサリと切り捨てる。まるで歯が立っていないようだ。

 

「フフフフフ このアヌビス神。お前の紫の隠者(ハーミットパープル)の動きはもう覚えたのを忘れるな。一度闘った相手にはもう絶っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜対に負けんのだァァァーーーっ‼︎‼︎」

 

 船上を駆けてアヌビスが迫り、紫の隠者(ハーミットパープル)を伸ばしたジョセフは帆のはられたマストの上に登る。

 

「うひ〜〜、危ない危ない。危うく真っ二つになるとこじゃった……」

  (にしても……ワシ一人で此奴を突き落とせるかどうか……)

 

「逃げたつもりか?」ズバッ

 

「Oh My God ⁉︎」

 

 しかしマストは柱ごと切り倒され、ジョセフはまた船上に転げ落ちる。受け身はとったが、事態が好転する事はなく追い詰められてしまった。

 

「承太郎の様に長い間 時を止められずとも、お前のスタンド 、紫の隠者(ハーミットパープル)では俺のスピードにはついて来れまい。さっさと諦めて死ねィィィ‼︎」

 

「熱くなるのは良いが、足元には気をつけろよ?」

 

「何ィ⁉︎ いつの間に‼︎」

 

 何かを踏んで盛大に転んだ隙に、ジョセフは戯けた様子でその場を離れる。

 

「レオンが甘党で良かったわい。食べ物を粗末にして怒られるじゃろうが……まぁ仕方ない」

 

「コレは………飴……玉……?」

 

 転んで這い蹲っばったアヌビスは、眼前を転がる飴玉(イチゴ味)を摘み上げワナワナと震える。

 まともに戦おうともせず、先程とは打って変わって巫山戯(ふざけ)て逃げ回れば誰だって苛立ちは覚える。

 

「てめぇを…絶ッ……対にぶっ殺す‼︎」

 

 血管をピクつかせ、怒号と共に刀を振り上げる。

 

「そういえばお前さん…さっき「俺のスピード」がどうとか言っとったの。言うておくが、それはお前の力ではない。承太郎の力じゃ…更にお前、時を長くは止めれないんじゃな。……所詮は小物だという事じゃな」

 

 やれやれと両手を上げて溜め息を吐くと、更に激昂して跳び上がる。

 

「次にお前は…「ふざけるな、この老いぼれが‼︎」…と言う」

 

「ふざけるな、この老いぼれが‼︎…………ハッ⁉︎」

 

 アヌビスのその返答に満足そうな笑みを浮かべ、ジョセフは左手を……厳密に言えば持っていた携帯機器を掲げた。

 次の瞬間 眩い光がアヌビスの視覚を襲い、振り下ろしたアヌビスの妖刀はジョセフに当たらず、船板に勢いよく突き刺さる。

 

「携帯機器のフラッシュガンじゃ‼︎ お前が剣の達人だろうと、見えなければスイカ割りもできんのじゃな。ほれ、胴体がガラ空きじゃぞ」

 

「舐めるな‼︎ この程度、近付けば気配で貴様の位置など………何ッ⁉︎ 気配が無い?」

 

「当たり前じゃ。だってワシ近づいてないもん」

 

「ハァ⁉︎」

 

 義手から放たれた光で目が潰れたアヌビスに向かってそう言うと、ジョセフは遠くから何かを投げつける。

 するとその気配には気付いたのか、妖刀で飛来して来る物を切断した。しかしその中身が承太郎の身体に降り注ぐ。

 

「何……身体が…痺れ……」

 

「波紋入りの飲料水じゃ。波紋を練るのに時間がちと掛かったがの。そして紫の隠者(ハーミットパープル)

 

 アヌビスが麻痺してるうちに薔薇のスタンドを身体に巻きつける。

 それとほぼ同時に甲板には亀裂が走り、商船は大きく揺れる。突如として現れた大きな亀裂を見れば、誰もが間も無く沈没すると察した。

 

「何…ッ⁉︎ 何故急に……船が……」

 

「ワシじゃよワシ…ワシのスタンドで船底に数ヶ所穴を開けた。工夫しても紫の隠者(ハーミットパープル)じゃそれが限界でな」

 

「バカを…言え……その程度で…こんな……」

 

「要因は他にもある。船の老化による寿命、戦闘による余波……操縦する者もおらんし、気付かんうちに岩にぶつけたかもしれん……だが一番の沈没の理由といえばコレじゃな」

 

 空いてる方の手で親指を立て、ジョセフは己を指差す。

 

 

「ワシが乗船している‼︎」

 

 

 その声に呼応するように船の自然崩壊が更に進み、今立っている足元からも水面に飛び込める程になる。

 今度はアヌビスも抵抗できず、ジョセフは己も川に飛び込み水中に引き摺り込んだ。

 

(クッ…水中に引き込んだからなんだ‼︎ 2,3日もすれば錆びるが、その前に上がればいいだけの事! 動き辛いのは向こうも同じ…痺れももうすぐ取れる。そうすれば…)

 

『アヌビス……貴様は既に私が再起不能だと思っているのか?』

 

 不意に水中で話しかけられ、アヌビスは声のする方にぎこちなく顔を向ける。

 そこには両足を斬り落とされたレオンと、先に飛び込んだジョセフがいた。レオンはジョセフの手から空のボトル…厳密には空気の入ったボトルを受け取った。

 

『一呼吸できれば充分だ』

 

『まさか⁉︎ 早く陸に上がらねば⁉︎』

 

『もう遅いわい……ってコレ、ワシも巻き添え食らうんじゃ……』

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「カヒュッ⁉︎」

 

 僕らが川岸に避難してから数分後…ナイル川の川底からスパーク音が響き渡り、同時に僕の身体を痺れが襲う。それから遅れて激戦を終えたであろう3人が川から這い出て来た。

 レオンさんは両足が切られていて這い蹲る様に動き、乗っ取られていた承太郎は意識が無くジョセフさんに背負われている。失礼だが三人の中で一番戦闘に不向きなジョセフは何故かピンピンしてた。そして誇らしく胸を張り、陸に上がるや否や話しかけて来る。

 

「どうじゃ礼神! ワシだって戦えるんじゃよ。ヒッヒッヒッ」

 

「………あぁーーゴメン ジョセフさん。僕のスタンドは遠距離だと自動操作だから、戦闘の一部分すら見てない」

 

「なんじゃ…残念じゃのう」

 

 ガッカリと肩を落としたご老人…恐らくMVPばりの働きをした自信があったのだろう。

 ちなみに他の二人……レオンさんは座り込んで軽く休憩していて、承太郎はジョセフさんの手で地べたに寝かされた。

 

「……レオン…本当にそれで治んのか?」

 

「あぁ……ほらくっついた」

 

「今更だが人間辞めてんだな……」

 

 両足を自己治癒してるレオンさんに向け、ポルナレフがそう呟いた。確かにそう言いたい気持ちはわかる。

 レオンさんは切れた両足の断面を付けて抑えているだけ…治療法にしては雑な事この上ない。

 それでも治るから便利な身体だよね。

 

「…うぅ……ここは…まさかッ⁉︎」

 

「目が覚めたか…そのまさかじゃ、承太郎。じゃがもう終わった」

 

「そうか…………手間かけさせたな、ジジイ」

 

「ところで礼神…そろそろ()()()()を外してくれんか?」

 

「あぁ、ゴメンゴメン」

 

「スタンド…なんの話です?」

 

「これじゃよ コレ」

 

 そう言ってジョセフさんが服を脱ぐ。すると服とシャツの間から骨が現れる。無論、それは僕のスタンドなんだけどね。

 

「スタンドは小さくできる…っていう情報を恋人(ラバーズ)戦で思い出してね。僕のスタンドは簡単な骨の操作ができるから、縮めて骨の仕組みを変えて人が纏える様にしたんだ。骨の鎧……差し詰め「骸鎧(スカルメイル)」ってとこかな?」

 

「まんまだな」

「まんまじゃな」

「まんまですね」

「まんまか…」

「まんまじゃねぇか」

「アギッ」

 

「…………」

 

 ………ネーミングセンスが欲しい……ってかみんなは気付いてるのかな…最近僕が自分のスタンドを「ちゃん」呼びしてないのを…

 最近無性に恥ずかしくなってきたんだよね……アヴドゥルさん復帰したら名前付け直して貰おうかな。例のタロットで。

 

「戻っといで〜」

 

「イダダダッ⁉︎」

 

 僕の声に反応したスタンドが、ジョセフさんの胴体から無理やり離れようとする。まずは肋骨を開閉しなさいよ…ジョセフさん痛がってるじゃん。

 

「よし…足は問題無く動く。承太郎は?」

 

「……頭痛はするが問題ない」

 

 回復を終えたレオンさんの声で一同が立ち上がる。ちなみに商人達は未だに気絶中です。

 

「ところでアヌビスは?」

 

「川に沈めたよ。それはそうと………やはり考えるべきかのう」

 

「何がー?」

 

「お祓い」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 〜アヌビスside〜

 

 ………覚えたぜ……

 このアヌビス神の本体は500年前この剣を作った刀鍛冶…そのスタンドだけが生きている。

 つまり本体のいないスタンド………DIO様が博物館の倉庫の暗闇から引っ張り出してくれた……

 DIO様のスタンド「世界(ワールド)21」はあまりにも強く俺にはとても敵わぬスタンド。だから忠誠を誓った……

 ……誓ったってのにチッキショ〜〜〜ッ‼︎

 

 おのれジョセフ・ジョースター‼︎ あんな方法で撹乱し運頼みで勝利した気になりやがって‼︎

 

 だが幸運な事にこのアヌビス神……まだ敗北はしていない。

 レオンに折られ飛んだ刀の破片が運良く陸地に突き刺さっているのだ‼︎ 後は誰かが気付き引き抜けばすぐにでも追って殺してやる‼︎

 

 ……む? 誰か来やがったぞ。

 

「…………ん? 何か光って……」

 

 ………ッ‼︎

 

 此奴は……フフフフフ、運が良い‼︎ 此奴のスタンド能力と俺の能力があれば今度こそ奴らに…それどころか、承太郎にも遅れを取らんぞ⁉︎ フフフフフ……

 

 さぁ抜け‼︎ 俺を引き抜きジョースターどもを皆殺しにするのだ‼︎

 

「…………………」

 

 ………?

 

 何をしている。早く俺を引き抜け‼︎ 鞘はいらないとしても、新しい持ち手を作らねばならんのだぞ⁉︎

 

「…………………」

 

 

 ーーーーーーガキン‼︎ーーーーーー

 

 

 んなッ⁉︎

 

 コイツッ‼︎ 俺を引き抜かず蹴飛ばしやがった‼︎ 何考えてやがる⁉︎ しかもコッチは川沿いじゃねぇか‼︎ ヒィ〜〜〜⁉︎

 

「………………フンッ…生憎俺は、剣を振るうガラじゃないんでな。()()()()()()()()。んっん〜 名言だな、こりゃ」

 



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46.謎・隠し事・後悔

 陽が沈む方角は死者の都(ネクロポリス)

 かつてファラオ(王様の意)たちは墓泥棒たちからの盗掘を防ぐために、ナイル中流の奥深い険しい谷に死後の安住の地を求めた。

 これが王家の谷である。

 しかし、それでも何十とある王墓はことごとく盗掘にあった。そして、たったひとつ盗掘をまぬがれて近代まで残ったのが有名なツタンカーメン王の墓であるのだ。

 

「今もどっかの家ではコッソリ地下へ掘り進み、盗掘をしてるとかしてないとか…」

 

「へぇー、よく知ってるね葎崎さん」

 

 まぁ、うろ覚えだけど原作に書いてあったし…

 

「ところでジョースターさん達は?」

 

「トイレ。注意事項言ったし、スタンド感知できるレオンさんもいるから大丈夫なはず」

 

「コンセントと影には触らない……だったな」

 

「正解だよ承太郎。物覚えがよろしいね」

 

 シナリオ通りなら次の敵はマライア? バステト女神の幽波紋使いだ。

 能力は「磁力」…コンセント型のスタンドに触れた者は磁力を帯び、時間経過と共に強くなる。すると最終的には車サイズの金属や電気系統も引き寄せてしまい、圧死したり感電死したりする。

 

 そして面倒な事に、その幽波紋使いとは別にもう1人……影の幽波紋使いが接触してくるはずだ。

 名前は忘れたけど能力は覚えてる。

 影に触れると触れ続けるにつれて幼くなる事だ……

 

「まぁ影の方はあまり強くないかな…ショタ太郎にやられるくらいだし」

 

「となると厄介なのはコンセントか〜。よりによってコンセントか〜。ドライヤーとか使う度にレオン呼ばねぇと……」

 

「自然乾燥じゃあかんの?」

 

「乾くまでワックスが使えねぇんだよ」

 

「いっその事手入れいらずのストパーにしたら?ワックスを使わない自然体」

 

「何言ってんだ礼神! 既にオレのヘアースタイルはストレートだぜ?」

 

「いや…確かに直立(ストレート)だけど…」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 それとほぼ同時刻……私はトイレの個室の前で腕を組み、付き添いが出てくるのを待っていた。

 すると………

 

「OH MY GOD‼︎ 空気が乾燥してるからウンコがチリになって飛んでいく‼︎ ふ、風洗式トイレかァ⁉︎」

 

 ……複数あるトイレの個室の一室がヤケに騒がしい。無論それはジョセフなのだが…

 どうやらカルチャーショックが強かったようだ。

 

「し、しかもこれ…もしかして砂の(サンド)ウォシュレットォ⁉︎ 砂でェェ⁉︎」

 

「砂漠の砂は無菌なのだ。騒いでないでさっさと済ませろ」

 

「いやだってレオン⁉︎ 砂じゃぞ、砂‼︎ ポルナレフじゃないがホテルまで我慢しよう…」

 

「そうか、勝手にしろ」

 

 ようやく個室から出て来たのを確認し、私はイギーに一声掛けて歩き出す。

 

「ところでレオン…反応はどうじゃ?」

 

「何度か広範囲まで探知能力を広げたが反応は無い……随分と慎重だ」

 

「イギー、お前の鼻に反応はないのか?」

 

「………ケッ」

 

 半開きの目をジョセフから背け犬らしからぬ声を出す。その表情は「さぁな…」とでも言いたそうだ。

 

 

 

 

 

 場所は変わってルクソール。

 その街の川沿いの一角にある店で、我々は休息がてら今後の動きについて話し合う。

 その前にジョセフは「店のトイレは普通そうだ」という理由で手洗いに向かったが、その時私は電話をしていたのでイギーとポルナレフが付き添いに行った。

 

「………」

 

 そんな訳で、店の影に隠れ今電話をかけているのだが一向に繋がらない。

 相手は入院中のアヴドゥル。予定では明日か明後日に退院する計算…確認と現状報告を兼ねて携帯機器を使用しているのだが、コール音が鳴り続ける。やがてコール音が止むが、聞こえてくる声はアヴドゥルのものでは無かった。

 

『只今、通話に出る事は出来ません。「ピー」という発信音の後にお名前と、ご用件をお伝え下さい』ピ-

 

 電源が入ってないだけか、何らかの所作で壊れたか……それとも通話に出れない状況にあるのか………不安だが私にはどうする事もできない。

 そこでGPSを確認するが此方も反応が無い。やはり電源を落としている様だ……電源を落とされると、携帯機器同士での位置確認はできない。

 私は通話先を変更する。

 

『はいこちらSPW財団。レオンさんですね。どうなさいました?』

 

「私の予備と通信が取れない。GPSもだ……何らかの原因でアヴドゥルが電源を落としたままにしてる様だ。そっちで位置確認だけでもできないか?」

 

『少々お待ちください………………………』

 

「……………」

 

『……妙ですね。モハメド・アヴドゥルさんは病院を離れ移動している様です』

 

「何だと?」

 

 もう退院したのか? 予定より早いし連絡が無いのもおかしい。

 

「すぐに迎えに行ってくれ」

 

『かしこまりました。では結果は後程連絡します』

 

 通話が切れ元いた席に戻ると、「プシュ」という弾けた音を聞いて顔を上げる。

 そこにはコーラ瓶をラッパ飲みする学生が3人いた。

 

「いつの間に頼んだんだ?」

 

「さっき承太郎が頼んでくれましたよ」

 

 一本のコーラ瓶を手渡しながら花京院がそう答える。

 

「金は?」

 

「後払いだ。もちろんレオン持ちでな」

 

「ゴチになりまーす」

 

「そのくらい構わないが……」

 

 財布の中にあるこの国の通貨を数え、会計の時にすぐ出せるよう別ポケットに入れておく。すると丁度、ジョセフ達が戻って来た……やけに早い気もするが…………

 

「早かったな」

 

「砂だった」

 

「………あっそう」プシュッ

 

 要するにまた風洗式だったため、Uターンしてきたのか。

 花京院に手渡されたままだったコーラ瓶を開けて口を付ける。炭酸飲料は渇いた喉を流れ潤いを与える。

 

「お、俺らのも頼んどいてくれたのか。気がきく〜♪」

 

 テーブル上に並んだ瓶を一本手に取り、開け次第に口を付け勢い良く飲む。

 ………やけに上機嫌だな。

 

「……ポルナレフ、何かあったのか?」

 

「あ! やっぱわかっちゃう? いやー‼︎ 俺って困ってる子を放っておけないからさ♪」

 

「…会話になってないぞ」

 

「なぁに! ただの人助けよ。ひ・と・だ・す・け‼︎」

 

 ニカッという効果音が似合いそうな笑顔を浮かべるが、鼻の下が伸びていて少し残念な事になっている。

 

「…ワシがトイレが何洗式か確認しとる間に、ポルナレフ曰く素敵な出会いがあったらしい」

 

「あっそう」

 

 興味無さそうに礼神は呟き、瓶に残っていたコーラを一気に飲み干した。そして胸ポケットから何かを取り出す。

 

「一応確認するけど、ジョセフさん義手の調子は?」

 

「取り替えたばかりで、もちろん良好。オイルも差したし良く動く」

 

 そう答えるが、念には念を入れて礼神は取り出した何かをジョセフに向ける。それはジープが壊れた際に手に入れた何処かの螺子……それを糸で結び振り子のような状態になっている。

 それをジョセフの近くで数回揺らすが、螺子は質量と重力に従って規則正しく揺れる。磁力の影響を受ける様な動きは見せなかった。

 

「んー……時間が経過するごとに強くなる磁力……逆に言えば最初は弱いんだよね。だから最初は反応しないだろうと思って、店に来るまで確認しなかったけど………」

 

「今も反応しないという事は、術は無事に回避できたというわけじゃ」

 

「そもそも砂漠の公衆トイレでは私が見張っていた。術をかける余地など無い……当たり前と言えば当たり前だ」

 

「ならさっさと行こうぜ。どうせ今日はシッカリと休息を取るんだろ? 俺としては早めにホテルに向かいたいんだが……」

 

 空になった瓶を置いて立ち上がる承太郎に乗じて、花京院も「僕も早くホテルで休みたいですね」と言い立ち上がった。

 それを聞いた私はコーラの代金を払い、それを終えると一同が次の街へ歩き始めた。

 

 

 

 

 

「結構良いホテルだな〜」

 

 ロビーに入るや否や、装飾品等を眺めてポルナレフが単純な感想を漏らす。単純と言っても、ここは今まで泊まってきたホテルの中では一二を争う高級ホテルだ。ポルナレフの言っている事は的を射ている。

 

「プールこそ無いが、シンガポールで泊まったホテルといい勝負だ。警備システムもある事にはある」

 

「幽波紋使い相手に意味は?」

 

「能力によっては意味無いが、有った方が良いだろう」

 

「幾分かは攻めにくくなってるのを信じましょう」

 

 喫煙スペース近くの壁に寄りかかり、私は花京院とそんな会話を交わす。承太郎とポルナレフはそのスペースで一服していて、ジョセフは受付で泊まるための手続き。

 礼神は「ペット同室がOKか聞いて来る」と言って、イギーを抱えたままジョセフについて行った。無論礼神は言葉が話せないのでそこに居るだけで何もしていない……だが何もできないのに動こうとするその行動力は、きっと彼女の長所なのだろう。

 

「……えい」

 

「むっ?」

 

 急に隣にいた学生が私の視界を片手で覆う。

 生暖かいその手が私の目元に触れて数秒後……フリーズした脳がようやく働き出し現状から疑問を作り上げる。

 

「……………急にどうした?」

 

「目が鋭かったので……レオンさんの能力は探知に優れている…故に有効活用しようと気を張り過ぎています。確かに気の抜けない旅ですが、少し肩の力を抜いたらどうですか?」

 

 花京院の珍しいその行動を指摘すると、そんな答えが私に返ってきた。

 

「別に無理は…………」

 

 目元にある彼の手を退けて自分の視界を確保して横を見ると、無表情に見えて瞳の奥に心配そうな色を見せる花京院がいた。

 そして喫煙スペースにいた2人も視界に入ったが、承太郎もポルナレフも私の言葉に対して つまらなそうな表情を浮かべている。

 この旅で彼らには散々な姿を晒してしまっているからな……つい先日だって両足を切り落としたばかりだし……

 

「……………お言葉に甘えよう。偶にはな……」

 

「ワッ!」

 

 長めで手入れのいる髪を潰すように撫でると、いつもに比べれば幼い声が耳に入る。

 

「…子供扱いは止めてくれませんか?」

 

「フフフッ。私に比べればお前達は子供同然だ」

 

 その言葉に返答はしなかったが、花京院は私の手を振り払い少し笑みを浮かべた。そこで視線を感じた我々は顔を前に向ける。

 

「……………」

 

「…何だ、礼神」

 

「いや…なんか微笑ましくて」

 

 いつの間にか戻って来ていた礼神は、イギーを抱えたまま優しい笑みを浮かべていた。

 この顔、何処か見覚えのあるような……………あぁ、アレだ。まだ幼かった承太郎を見守るホリィと同じ表情だ。

 

「……いつまでだらしねぇツラしてやがる。葎崎、それよりどうだった?」

 

「イギーも同室OKだってさ。イギーと泊まりたい人いる?」

 

「冗談はよせよ。礼神とレオンでイギー固定だろ」

 

 またつまんなそうな表情を浮かべポルナレフが言うが、満場一致で可決した。

 それに関しては私も礼神も構わないのだが、満場一致という事実に気付き気に障ったのか、イギーはポルナレフを見て唸り声を上げる。

 

「なら早く鍵を渡せ。今日でどれだけ休めるかが肝なんだぞ」

 

「わかったわい。ほれ、ペット同伴の部屋の鍵じゃ。あとは……」

 

「俺はジジイと泊まるぜ。少し話がある」

 

 キッと視線を尖らせながら、承太郎がジョセフの手から鍵を取る。話があるという発言が一瞬気になったようだが、ジョセフは残った鍵を花京院に渡す。

 

「必然的に、僕はポルナレフとか……」

 

「おし花京院、早く部屋行こうぜ。さっさとシャワーが浴びてぇんだよ、俺は」

 

 そう急かすポルナレフに背中を押され、花京院達が真っ先に歩き出す。それに続くように我々も途中までは一緒に歩き出した。

 

「………そういえば葎崎…テメェのスタンドは、遠距離だと自動操作になるって言ってたな」

 

「ん?うん。そだよ」

 

「ならコレに見覚えは ねぇんだな?」

 

 そう言って承太郎は、学ランの内ポケットから何かを取り出し渡してくる。何かもわからず両手で皿を作り礼神が受け取ると、目を丸くしてから汚い物を触る様に渡された物を摘む。

 

「……What is this(コレは何ですか)?」

 

This is a Straw Doll(それは藁人形です)

 

 礼神が承太郎から受け取ったのは、黒く染まった藁人形だった。

 

 

 

 

 

 それぞれが部屋に着くと、礼神は荷物掛けに自身の荷物を投げ掛ける。そしてすぐさまベッドに寝転がり、承太郎から受け取った藁人形を見つめていた。

 

「気色悪………にしても驚きだね」

 

「そうだな。まさか承太郎が英語の問いに英文で返すとは………」

 

「レオンさん。僕が言ってるのはそこじゃない」

 

 ジト目でそう言われるが、親戚の私からしたら十分驚く事だぞ?

 あの承太郎がその場のノリで返事をするなんざ……あの承太郎がだぞ? グレる前ならまだしも、同じ事をジョセフや私がやっても数秒の沈黙の後に真顔で返事をするだけな気がするんだが………

 

「最近はしないけど、承太郎は結構 僕のお巫山戯にノッてくれるよ? 小学校の時とかは「おはよう承太郎どん」って言えば「やぁ、礼神どん」って返事してくれたし」

 

「何それ怖い」

 

「え、レオンさん?」

 

「……いや、何でもない」

 

 あの承太郎が? 嘘だろ。だってあの承太郎だぞ⁉︎

 

「そんな事よりレオンさんコレ……」

 

「あ、あぁ…すまない」

 

 そんな事……か………幼馴染の礼神としては、承太郎のあの対応は別に珍しく無かったのか。それはそうと…

 

 私は礼神から藁人形を受け取る。

 

 一見 呪いの代表例として使われそうな人形だが、藁は黒いし釘の代わりに血塗られた様な赤い札が貼られている。

 

「レオンさんはどう思う?」

 

「そうだな……成長途中とかか?」

 

「成長途中ねぇ……確かに使わなかった……というか、使えなかったわけだし……」

 

 情報が少なく雑な推測をすると、礼神自身もよくわかっていないようでうわ言の様に呟く。

 

 実を言うとこの藁人形……承太郎曰く、礼神のスタンドが吐き出した代物らしい。

 

 私と合流する前……ンドゥールという盲目の男と砂漠で戦い終えた際に、承太郎を乗せていた礼神のスタンドが吐き出したと言う。何故それを今まで隠し持っていたのか聞くと、ウッカリ忘れていたとのこと………

 

「何故忘れたのかを聞けばダンマリ……少し承太郎の様子もおかしく無かったか?」

 

「おかしかった……帽子を深く被り直してた」

 

「……帽子?」

 

「あ、言っちゃった……ま、いっか。本人には内緒ね? 承太郎は図星突かれたり、なんか隠し事をする時に帽子を深く被り直す癖があるんだよ」

 

「ふむ…」

 

 つくづく礼神は幼馴染なのだな と痛感する。私もジョセフも知らない事を礼神は結構知っているのだな。

 今後とも仲良くしてやって欲しい物だ。

 

「む〜…アァァーー‼︎ もうヤダ‼︎ わけわかめ‼︎ 何なんだよこの藁人形‼︎」

 

 悩みに悩んだが何もわからず、礼神は藁人形を壁に投げつける。罰当たりな行動だが、藁人形は特に変化無し……W-Refで触れると礼神のスタンドエネルギーを感じるが、今回の事例は初めてとの事。

 わけがわからず、ついに考える事を放棄し始めたようだ。

 

 自身のスタンドが吐き出した藁人形……考えれば考えるほどに、謎は深まるばかりのようだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「謎は深まるばかりじゃな」

 

 場所は変わってジョセフと承太郎の泊まり部屋。

 ここではベッドに腰をかけて義手の様子を見るジョセフと、荷物整理を行う承太郎の姿があった。

 

 2人はレオンと礼神同様に藁人形について話していた。

 

「本当に承太郎は何も知らんのか?」

 

「知らねぇ。ンドゥールが自らを口封じする為に自害した後、葎崎のスタンドが何の前触れも無く吐き出したんだぜ」

 

 まったく知らない様子で答えると、ジョセフは目を伏せて小さく唸り考える。

 

「……うむ…礼神自身も知らぬ事じゃった様だし、スタンドについてはアヴドゥルの意見を聞きたい。じゃが連絡は何故か繋がらんしのう……何故それを早く言わなかった?」

 

「色々あってウッカリ忘れちまってた。それに関しては悪いとも思ってるぜ」

 

「色々って……病室でそれを思い出せばアヴドゥルの意見を聞けたと言うのに……」

 

「葎崎が今すぐ能力に開花する必要はねぇ。今でも十分に戦えてる、その話は一旦後だ。ジジイ、話がある」

 

「おぉ、そうじゃったな、忘れる所じゃった。わざわざ部屋を同じにしてまでの話………一旦何じゃ?」

 

「藁人形の事をウッカリ忘れた原因と言ってもいい………」

 

 何かに期待している訳では無いが重大な話だと思い、ジョセフは座り直して腕を組むと承太郎と向き合った。承太郎も向かいのベットに座ると、指を組み深刻な表情を浮かべる。

 

 それで緊張感が伝わったのか、思わず生唾を飲み承太郎の口が開くのを待っている。すると、承太郎はようやく言葉を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「DIOに弟がいるってのは本当か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 せめて筆談とかができればなぁ……

 

「コレは君の能力?」

 

 僕の前で座るブラッドカラーの犬の骨組みは、首を上下に動かす。

 意思疎通はできるが言葉は話せないスタンド………この質問の仕方で何処まで絞れるか……

 

「この能力の発動条件は? 死んだ相手に発動するなら「おて」。声を使った相手に発動するなら「おかわり」。両方違うなら「伏せ」して」

 

 そう言うと、僕のスタンドは片手を僕の手に置き「おかわり」をする。

 つまりこの藁人形は、僕の声で発動したのか……

 

「この能力は攻撃的なもの?」

 

『……………』

 

 ケルベロスは頷きもしないし振りもしない。少し困ったかのように首を傾げている。

 

「……何とも言えないか」

 

『スタンドとは精神力の具現化……「この旅で葎崎 礼神が成長したがためにスタンドまでもが進化した」という主の推測に一票』

 

「アンちゃんもそう思う?」

 

『ウム』

 

 レオンさんの側を浮遊する「アンちゃん」ことアンラベルはそう言って、例の藁人形を掴んで弄っている。少しでも調べようとする意志があるのか、手にはW-Refが嵌められていて、それが原因なのかレオンさんは少しダルそうだ。

 

「にしてもスタンドのアンちゃんがスタンドのW-Refを嵌めれるんだね」

 

『その間 主はW-Refを使えないがな』

 

 レオンさんがダルそうなのも、スタンドが使えない というそれも反比例の特性が作用してるのかな?

 

『この札、まだ剥がしていないな………剥がしてもよいか』

 

「………ん、良いよ。何が起きるか分かんないけど」

 

 話し方が棒読みに近いからか、「?」(疑問文)のニュアンスに聞こえず、僕に質問してるのを気付くのに時間がかかる。

 それで遅れて返答すると、アンちゃんはW-Refを嵌めたまま札に手をかける。

 そして札を剥がすと…………

 

「わっ…………⁉︎」

 

『おっ……………』

 

「……………ッ?」

 

 札を剥がすと藁人形は朽ち始め、藁の隙間から黒い煙が噴き出る。視界を覆う程の量では無いが、急な事に驚き僕は手でそれを振り払う。

 その煙は数秒後には自然と晴れ、藁人形は既に朽ち果て跡形なく消え失せていた。

 

「………………何かわかった?」

 

『…何も』

 

 短く答えてから逃げる様に彼女は姿を消した。それを見てレオンさんが一言謝罪を挟む。

 

「別に良いよ。でも、能力の手掛かりも無くなっちゃったね」

 

「今すぐに知る必要はない。礼神、少し早いが夕食にしないか?」

 

 夕食を食べたら今日一日自由時間。そしたら残りの時間で考え事も休息も何でもやりたい放題!

 そう考えると早く食事を済ませたいと思うのは当然。

 

「そうしよー!」

 

 そう言って僕らは部屋を出た。

 スイートルームに泊まった人だけが入れる高級レストランだから、いつもと比べれば気を抜いて食事ができるはずだ。

 まぁ、抜けるからと言って抜くわけにはいかないんだけどね。

 

「……レオンさんは本当に必要無いと思う?」

 

「何がだ?」

 

「能力の把握……今の僕って、ちゃんと役立ってる?」

 

「勿論だ。不安ならみんなに聞いてみろ。不満を言う奴は誰もいないはずだ………自信無いのか?」

 

「うん……」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 現地基準で現在時刻 PM 19:30くらい………かな?

 とあるホテルの屋上で煙草を咥え、「1日終わりの煙草は格別なりー♪」なんて事を頭の中でボヤく。

 

「つっても暇さえありゃ吸うんだけどさー」

 

 独り言を零して左手首を捲り腕時計に視線を落とす。

 短針は7と8の間に位置し、長針は5を指していた。

 

「19:25……ニアピン………ホッ」

 

 口を開けて輪状の煙を吐き煙草を堪能する。肺から染み込む効力が全身を流れ脳の働きをサポートさせる。

 輪状に吐かれた煙は風に流され空気に溶け込み姿を消した。それを見送り煙草をまた咥え、肘掛け代わりに柵の上に腕を組んでおく。

 

「……いつも通りのある日のこーとー♪ 君は突然立ち上がり言った♪」

 

 何の歌かは忘れたが、星空が思いの外キレイだったので歌ってみる。

 

「こ↑ん→や↓……あれ? こ↑ん→や↑…………んん?」

 

 曲名どころか音程も忘れ、少し気持ち悪い感じで口を閉じる。歌う事を諦め、また煙を吐き夜空を見上げると、背後から静かなドアの開閉音が聞こえる。

 横目で盗み見てみると、屋上にやって来たのが学ラン姿の高校生だと一目でわかる。ガタイが良く接近戦だと勝てるかどうか………

 その学生は柵の数歩手前まで歩き煙草を咥える。そして自分の火種を取り出して火をつけようとする。しかし、オイルが足りないのか、ライターからは火花が散るだけで一向につかない。

 

 まぁ、公共の場はみんなの物……譲り合い精神と助け合いを心掛けないとね。

 

「………ッ⁉︎」

 

 無言で愛用のジッポーに火をつけ差し出すと、急な事で驚かせてしまったのか、彼は一瞬の硬直の後に咥えたまま顔を出して煙草に火をつける。

 

「…………悪いな」

 

「別に良いよ〜。オジさんと承太郎の仲だろー?」

 

 そう言って念の為に、薬物を一本自分にプスリ…っと。

 

「あ?…ッ⁉︎ テメェ‼︎」

 

「やっと気付いた?」

 

 オジさんが誰だか気が付いた所で距離を取り、白衣を翻しケラケラ笑ってみせる。勿論のこと彼は自身のスタンドを出すが、どれだけ強かろうと当たらなければどうてこと無いのだよ。

 

「伊月 竹刀………何故テメェが此処に………」

 

「いやー正直な話、オジさんは君じゃなくて礼神ちゃん待ってたんだけどねぇ」

 

「葎崎を?」

 

「うんうん。パキスタンの国境手前でチョット話してね。その続きがしたかったりするんだけど………」

 

「はいそうですか。と言って、敵の言われるがままに合わせるわけねぇだろ」

 

「やっぱり? でも敵意はないぜ。あったら既に君の血中には薬物が流れてるだろうし、奇襲をせず此処にいるのも変な話だろ?」

 

「…………」

 

 承太郎は答えない。

 

「ま、いっか。その表情からして考える事がいっぱいあるんだろ? せっかくの休息日に呼び出すってのも不親切な話だもんね。日を改めるよ」

 

 手を振って扉に向かおうとするが、彼から発せられる闘気のせいで通れない。今射程内に入れば殴られるだろう。

 

「……逃す気は無いと?」

 

「危険な種は放っておけないんでな。伊月…テメェはいいのか。DIOの手下だろ」

 

「ハハハッ、オジさん魂までは捧げないさ。ただ……そうだなぁ……今は敵とも言えないし……味方とも言えないし……ま、どうでもいっかーーー」

 

 ポンッと手を打ち1人で納得すると、射程外にいたはずの承太郎が目の前に現れ殴られる……否、殴り飛ばされていた。

 

「ガハッ⁉︎」

(時止め…‼︎ この距離じゃどれだけの長さかわからないが、発動自体はもうマスターしたのか⁉︎)

 

「クッ……なんだ今のは。確かな手ごたえを感じたが、人間の硬さじゃねぇ。だが鉄板とかでもねぇな……それよりも硬えだと⁉︎」

 

「その辺は企業秘密ね。ひとまず1つだけ言っておくよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…なっ…急に何を……」

 

「今は礼神ちゃんのスタンド能力について調べてんだろ? オジさんが今言った事がもしかしたら役立つかもよ?」

 

 そう言って逃げようと柵を乗り越えて飛び降りようとする。すると背後から制止の声が……殴り飛ばされたおかげで距離はあるし逃げれそうだね。

 しかし承太郎の制止の後の声に反応して、ついつい会話を伸ばしてしまう。

 

「待て‼︎ 最後にコレだけ答えろ。何が狙いだ⁉︎」

 

「別に何も? ただ礼神ちゃんを死なせる気が無くてね………あのままじゃ彼女………君らの為に自殺するぜ?」

 

「それはどういうーーー」

 

「話は終わりだよん」

 

 それを最後に屋上からオジさんは身を投げた。

 ふと後ろを見ると夜空をバックに駆け寄って来た承太郎が柵から身を乗り出している。その表情といったら形容し難いものだが、あまり良いとは言えない表情をしていた。

 

「ついでに伝言だ承太郎‼︎ 礼神ちゃんに、「いい加減に盗聴機は外したら?」と伝えといてね〜‼︎」

 

 ご近所迷惑なんてアウトオブ眼中。

 せめてホテルが防音性のいい部屋である事を祈りそう叫んだ。

 

 やがて近付いてくる地面を目視して、全身の筋肉をふんだんに使い着地&受け身。

 流石に高いこともあって多少の音をたててしまう。まぁ()()()()()()()()()()()()だけでも凄いんだろうけど……いや、生身の無傷着地も十分凄いか………

 

「まったく……気が付けばオジさんも化け物か。それに張り合うレオンも化け物だけど………」

 

 この世界に転生した事でスタンド能力なんて物も身に付けたけど……はぁ…………

 

「………転生なんざせず、さっさと死にたかったなぁ……」



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47.この愚か者めが‼︎

 ーーージリリ、ジリリ、ジリリ、カチッーーー

 

 金物が一定間隔で奏でる不協和音。

 それが今日、僕が最初に耳にした音だった。

 

「……うー………」

 

 まだ寝たいが状況が状況……命を狙われる旅の真っ最中。

 睡魔を抑え重たい瞼を必死に持ち上げる。視覚のピントも合わず天井を見上げる。見上げているが見てはいない。ただ虚空を見つめて脳が覚醒するのを僕はジッと待っていた。

 そこでふと、目覚ましのアラームが止まっている事に気付く。

 僕が目覚める要因の不協和音は、思い返せば「カチッ」と言う音を境に鼓膜を揺らすのをやめていたのだ。つまり誰かが時計を止めた事を意味する。

 それができるのは僕と同室に泊まっているレオンさんだけ。イギーも同室で、犬だが頭の良い彼なら止められるかもしれない。しかしどちらが止めたかを予想するなら、普通レオンさんだろう。

 

(まぁ、見てみればわかるんだけど……)

 

 景品も何も無い勝手なクイズの答えを知ろうと、僕は頭を持ち上げないまま右を向いた。ホテルの枕がフカフカなこともあり顔の半分が枕に沈むが、沈んでいない左目が白髪の人外の後ろ姿を捉える。

 

「………おはよ……どったの?」

 

 既にベッドから降りていたレオンさんは、不審にもキョロキョロと辺りを見回していたのでおもわず挨拶と共に声をかける。

 すると肩をピクリと動かし、彼はこちらへと振り向く。やがて朝焼けのような綺麗なレオンさんの瞳……

 

 ……ではなく、闇のように暗く沈んだ眼が、僕を捉えた。

 

 白目も存在しない黒一色の瞳……レオンさんがしゃがむことで、それが僕の眼前に近付いてくる。

 

 寝起きで脳が元々上手く動かなかったが、あまりの恐怖でフリーズする。その目はポルナレフがJ・ガイルを追う前に見せたあの目だった。何の感情を抱いているかもわからない漆黒の眼……まるで僕を飲み込むかのような深い闇を携えた()()()()()()()()()()は、僕の眼前でゆっくりと口を開いた。

 

『…おはよう。葎崎 礼神』

 

「…………なんだ、アンちゃんか…驚かさないでよ」

 

『ふむ…すまない』

 

 ノイズ混じりの声を発して、彼………否、彼女は立ち上がって部屋を見回した。

 彼女は反比例を能力とするアンラベル。レオンさんの持つ意思あるスタンドだ……故に勝手に出てくる問題児。

 

「身体を乗っ取る事もできるのね」

 

『意識の反比例。"眠り意識を手放す=目覚め意識を覚醒させる"だ』

 

 つまり身体を乗っ取れるのは、レオンさんが寝てる間だけなのか。

 ちなみにレオンさんの身体は無傷だから、力のあるスタンド体(自分の身体)は出せないとの事………やっぱりアンちゃんが戦うには、レオンさんが傷付く必要があるのか。不便。

 それでも今のまま人外の体でW-Refを使う事はできるらしい。

 

「波紋は使えないの?」

 

『波紋や合気道は、主が長年の修行で得た力だ。主の記憶を頼りにした見様見真似では戦力にはならない。できないことを無理して実行する事に価値は無いだろう』

 

「……ところで、なんで起きてるの?」

 

『………理由は特にない』

 

 ずっと発現しないよう抑えられていた反動か、出る事自体が新鮮で色々な物に触れたいのだろう。その行動はまるで子供のソレだ。

 そんな彼女を眺めながら身体を起こして布団をどけると、僕の両頬にアンちゃんは手を添えてくる。

 

「………何か?」

 

『温い』

 

「………そっすか」

 

 そう言われてみると、彼女の手(といってもレオンさんのもの)は少しヒンヤリしている。そういえばレオンさんって平均体温が低いんだよね。気化冷凍法とか使ってるからかな?

 

 ーーージリリ、ジリリ、ジリリーーー

 

『……ムッ…』

 

 そこでまた時計のアラームが鳴り響く。そういえばここのホテルの目覚まし時計も、電源を落とすまでスヌーズモード。繰り返しアラームが鳴る仕組みだった事を思い出す。

 

『…………』

 

「どうしたの?…って、え? あ、ちょ」

 

 急に目を瞑りアンラベルは前のめりに倒れる。

 そして正面にはベッドに腰を下ろしたままの僕がいる。添えていた両手は僕の両頬を通り過ぎ、そのままレオンさんが倒れてくる。つまり………

 

(…………押し倒された…何このToLOVEる…)

 

 今日2回目の脳内フリーズ。

 部屋には未だにアラームが鳴り響くが、耳元で微かな寝息が漏れる。そしてついに、耳障りな止まぬ音でレオンさんが目を覚ました。

 

「………ん…………ん?」

 

「……………」

 

「……………」

 

 起き上がろうとついたレオンさんの手は、ちょうど僕の腕を押さえる形になり、反対の手はまさに床(ベッド)ドン状態……その異変に気付いてか、レオンさんと目が合い仲良くフリーズ……

 

「………寝相は………悪く無いはずなんだが……」

 

 片手で自分の顔を隠して言って、ばつが悪そうに顔を背け離れる。ようやく時計は電源を切られ、部屋は気不味い静寂に包まれた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 まさかこの歳で104歳も年下のJKを押し倒す事になるとは………

 謝罪を述べたらスグに礼神が事情を説明して、私の無実を公認してくれたから良かった。だが気不味い事には代わりなく、なんとなく距離を置く。

 

「レオンさん、僕気にして無いから……」

 

「勝手ですまないが、少し話しかけないでくれないか? 私にだって恥じらいはある。正直 君の顔が今見れないんだ」

 

(あ、本当だ。レオンさん無表情だけど、ほんのり赤い)

「本当に気にしないで! ほら、出発の準備しよ?」

 

「まだ慌てる時間じゃない」

 

「わかったわかった。わかったから せめて()()()()()()()⁉︎ね⁉︎」

 

『…ウグッ……』

 

 W-Refを嵌めてアンラベルの首を対象に関節を決めている私の腕に、若干焦っている礼神が掴みかかってくる。別に何度でも蘇るので問題ないが、そんなアンラベルを気遣うとは優しいのだな。しかし礼神が揺すった事で、腕が更に締まりアンラベルが呻く。抵抗もしようとはするが、"覚醒率0.1%"のアンラベルにそんな力はない

 

『ググッ…と言っても、我に首絞めは駄作だな主よ。呼吸も血液の流れも我には関係な 「ゴキリッ‼︎」……首を180度回転させるとは思わなかったぞ主よ……』

 

「うわぁ……朝っぱらから嫌な汗掻いた。シャワー浴びてくる」

 

「わかった」

 

 首をへし折られたアンラベルが消えると、少し頭も冷めて冷静さを取り戻す。まるでアンラベルが憂さ晴らし用サンドバッグのようだが、私のスタンドだし原因だしデメリットも無いので別に良いだろう。うん、私は悪く無い。

 

 それを見届けた礼神は苦笑いを浮かべてシャワー室に向かった。

 

 その間に私は出発の準備を進めておこう。

 洗面所の鏡を見つめ口を開け、自身の歯の長さを確認する。

 

「………少し長いな。ムッ…親知らず…」

 

 吸血鬼というのも不便な物だ。歯を弾丸代わりにした私が悪いのだが、歯を抜いて以降、歯の成長速度がおかしい。抜いた分が1日で生え治るのはまだいいが、デフォルトより長くなったり本数が増える事もあるので困る。

 おかげで手入れを怠ると口内炎の原因になる。

 

「いーー…よし」

 

 専用の歯ブラシ(ヤスリ)をしまい洗濯したスカーフを口元に巻く。

 次に荷物を開けて武器の手入れを始める。鞭、刃のメンテをしてからベルトをパンツに通し、予備の刃を装填し鞭を引っ提げる

 

「昔は射出すれば付け替える必要があったが、今は自動装填か……知らぬ間に改良されていたか」

 

 支度を終えた私は時刻を確認し、時間が過ぎるのを待った。

 

「…イギー、お前もそろそろ起きておけ」

 

 

 

 

 

 ……で、各自の支度も終え腹ごしらえ。と思われたのだが…

 

「……遅いな」

 

「先に注文だけしとくか」

 

 お冷やの水を飲みながら朝食の場に全員集まるのを待っていると、承太郎がそう意見し店員を呼び寄せる。

 

「承太郎、勝手に頼んだらイチャモンつけられるかもよ?」

 

「フンッ…遅れるのが悪い」

 

 椅子に踏ん反り返る承太郎は、気にも留めない様子でそう答える。そこでイギーに大人しくしていてもらう為にガムを与えながら、ジョセフは口を開いた。

 

「それもそうじゃの。にしても2人揃ってどうしたんじゃ?」

 

 今この場にいないのは花京院とポルナレフの2人だ。ポルナレフならまだしも、花京院まで寝坊するとは考えづらい。

 もしや彼らの身に何か起きたのかと思ったその時、迎えに行くまでもなく2人は食事の場に現れた。

 

「遅いぞ2人とも」

 

「いやすまない。シャワー浴びてたら遅れた」

 

 頬を掻きながらポルナレフは平謝りして席に着き、花京院も何事も無かったかのように席に着いた。

 

「ところでここのボディーソープとかって、一体何使ってんだ?」

 

「そこそこ質の良い上級品らしいが、それがどうした?」

 

「なんかサッパリしないんだよな。身体がザラつくというか……」

 

「それで今朝もシャワーを?」

 

「いや、今朝は寝違えて首痛かったからほぐすのを目的に……」

 

 ポルナレフの言葉に私が受け答えしていると、ポルナレフは腕を回す動作をしてコリをほぐそうとしている。

 

「確かに今朝の寝相は酷かったからな。ポルナレフの奴、ベッドから頭を投げ出して寝てたんですよ」

 

「そうそう‼︎ 頭を北に向けてグッタリとな‼︎」

 

「グッ…ゴクッ…ゴホゴホッ‼︎」

 

 今朝の出来事を笑い話にしようと、戯けた口調でポルナレフが言う。それを聞いてか礼神は口に含んでいた水を吹きそうになっていて、花京院がそれを見てすかさずハンカチを差し出す。

 

「大丈夫かい?」

 

「大丈夫だよ…んっんん…フゥ」

 

 しかし礼神はポルナレフを凝視していて差し出されたハンカチに気付かず、ブレザーの裾で自分の口元を拭いすぐに咳を収めた。

 それを見たジョセフは笑いをこらえようと握り拳に力を入れる。気持ちもわからなくないが花京院に失礼だろ……

 花京院は使用用途が無くなったハンカチを自分のポケットへしまった。

 そもそも何故急にむせた。そんなに虚をつかれるような話では無かっただろう?

 

 そう思うのも束の間……私はポルナレフの現在の状況を察した。

 

「北枕? ポルナレフ……まさか貴様、既にスタンド攻撃を受けているんじゃ?」

 

「…………は?」

 

「ちょっと待ってね」ゴソゴソ

 

 礼神は前にジョセフに使った螺子の振り子をポルナレフに向けて使った。すると振り子は規則を乱して、見事にポルナレフに吸い寄せられた。

 

「……なん…だと?」

 

「うん。磁力を帯びてるね」

 

 呆れた様子で礼神が項垂れる。今回こそ回避できたと意気込んでいたから、その分ショックなところもあるのだろう。

 

「いつからだポルナレフ」

 

「いや知らねぇよ‼︎ 俺が聞きてえくらいだぜ⁉︎ 予言聞いてからはコンセントの類には極力触れてねぇし、使う時だってレオンに安全確認してもらった‼︎」

 

「ならそれより前か?」

 

「それより前⁉︎ それこそねぇよ‼︎ ホテルに着く前は一度たりとも触れてね…………アッ⁉︎」

 

「何だッ⁉︎ 思い当たる節があるのか⁉︎」

 

「じ、実は………」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 時は昨日に遡って……

 

「レオン、ワシはちょいとトイレに行ってくるよ。店のトイレは普通そうじゃ」

 

「そうか。私はアヴドゥルに確認を入れるから、ポルナレフ。代わりにイギーと付き添ってやってくれ」

 

「ゲッ⁉︎ 俺かよ……しかもよりによって此奴と〜?」

 

「イギーは鼻が良いからな。あと野生の勘が。ほら、賄賂だ」

 

 俺がそう不満を吐くと、イギーが俺を睨みつけてくる。此奴、犬のくせに人間様の会話を理解するたぁ生意気だぜ。

 そんな俺の表情など気にも留めず、レオンは強引にガムを俺に握らせる。

 

「ワイロって……成る程ね…」

 

「じゃあちょいと行ってくる。その間に旅路の確認とかも任せたよ」

 

「あぁ、任された」

 

 レオンは早速あの小さな機械を取り出して使い始め、学生共は知らん顔しやがる。助け舟は………ないか。

 

 渋々ジョースターさんの付き添いとして歩き出し、ガムをちらつかせてイギーも歩かせる。

 やがてトイレに着きそこでイギーにもガムを渡す。此奴の機嫌が悪くならないうちに早く戻って来ねぇかな。

 しかしトイレには順番待ちをしてる輩がいた。ジョースターさんは二番目。

 

「ポルナレフ、ここまでで良いよ。トイレに用のないお前まで並んではややこしい」

 

「ん、そうだな」

 

 トイレの列から少し離れ時間潰しに煙草を咥える。すると……

 

「あぁどうしましょう。なんてことなの…」

 

 そこで可愛い子ちゃんの甘い声が聞こえた。

 困っているようだったので、もちろん俺は声の主の方へ目をやり咥えてた煙草を箱に戻す。

 

「どうかしたのかい?」

 

 そこにいたのはフードを被った小麦肌の美女だった。その美しさといったらもう、今まであってきた女性の美女・美少女ランキングで五本指には入る程だ。

 

「いえ、実は母の形見である指輪をこの横穴に落としてしまったのです。命の次に大事にしていた物なのに」

 

 そう嘆く美女が指差すのは蓋の外れた排水口。目を凝らすと少し奥に金物の光が確かに見える。

 

「手を伸ばせば取れるのですが、その………奥が暗い事もあって少々怖くて………」

 

「いいよいいよ、俺が取ってあげるよ♪」

 

「そんな! 今会ったばかりの貴方様にそんな事は頼めません」

 

「いいっていいって。じゃ、ちょっと離れてくれよ」

 

 小麦肌の美女に離れるよう促してしゃがみこみ、排水口に腕を突っ込む。最初に目視して確認した位置的に、手探りで余裕で取れるはずだ。

 

「よし、取れた…イッ⁉︎」バチッ

 

 まるで感電したような痛みを感じ、腕を引く。ちゃんと指輪は回収できたが………

 

「どうなさいました?」

 

「いや……ちょいとバチッとね」

 

 まさか…礼神の言っていたスタンド…

 

「それはいけません‼︎ すぐに手を‼︎」

 

「え? 何を……って、えっ⁉︎」

 

 小麦肌の美少女は何を思ったのか俺の指を咥え吸い付いてきた。

 やがて口を離すと一度地面に唾を吐き、彼女はハンカチで俺の指を丁寧に拭ってくれた。

 

「ドブネズミの巣かと思いましたがこの排水口、もしや毒蜘蛛も潜んでいたかもしれません。血も止まりましたし、すぐに吸い出したので大丈夫かと思いますが…………」

 

 血なんか出てたか? まぁこの際どうでもいい。

 

「へ、へぇ〜 毒蜘蛛ね。助かった……のかな? ゴメンね、俺の手汚かっただろ」

 

「いえ、私は貴方様のような、誰かの為に手を汚せる人の手は大好きですよ」

 

 そう言って彼女は握ったままだった俺の手をギュッと抱きしめる。

 あ、手に柔らかい感触が………我が生涯にいっぺん悔いなし‼︎

 

「それでは私はこれで失礼させていただきます。このご恩は一生忘れません」

 

「お、おう。帰ったらちゃんとウガイするんだぜ」

 

 そう言って彼女と別れると、丁度ジョースターさんが戻ってきた。

 

「…ん? どうかしたのか、ポルナレフ」

 

「べっつに〜〜? ただ素敵な出会いがあってな♪」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「貴様という奴は…」

「まったくだぜ」

「バーカ」

「Oh My God…」

「呆れて何も言えません」

『この愚か者めが』

「アギッ」

 

「…………面目無い」

 

 我々の集中砲火により、ポルナレフは力なく頭をテーブルに押し付ける。

 

「本当何やってくれてんだか〜。せめて報告してよ。それをただの自分1人の思い出にしちゃってさー」

 

 ポルナレフに顔を上げさせ、礼神は持っていた螺子の丸い部分を額にグリグリと押し付ける。そして手を離すと磁力の影響もあって螺子はポルナレフの額に対して垂直に立つ。至極滑稽だ。

 

「まったく…そんなハニートラップに引っかかるとは。なんなら去勢して貴様の性欲を消し去ってやろうか? 波紋で種だけを死滅とかできなくもなさそうだが」

 

(あ〜、ワシも息子の件がバレたら同じ事を言われるんかのう……)

 

「………ジジイ、目が死んでるぜ。どうした?」

 

「お客様、お先にこちら、失礼させていただきます」

 

 そこでウェイターが何かの3つのケースを持ってくる。

 レストランでお冷やの他に料理前に出される物……ってまさか⁉︎

 

「待て‼︎ それを近付けるんじゃない‼︎」

 

「へ?」

 

 目を丸くしたウェイターは驚いて立ち止まり、周囲にいた数少ないセレブ客もキョトンとした表情でこちらに視線を向ける。

 

「…お客様? 何かお気になさらない事でも……」

 

「だからそれを近付けるな‼︎」

 

 質問しながら歩み寄るウェイター……もちろん歩み寄ってくれば、必然的に持っているケースとの距離も縮まる。

 その時、ケースがカタカタと音を鳴らし中身が飛び出して来た。

 料理前に出される物……料理前に用意されなければ困る物……すなわちそのケースの中身は、フォークやナイフ、スプーンだ。

 

法皇の緑(ハイエロファントグリーン)‼︎」

 

銀の戦車(シルバーチャリオッツ)‼︎……グッ⁉︎」

 

 咄嗟に花京院が触手で絡め取ったが、全ては防げず食器類がポルナレフを襲う。それを食らったポルナレフは仰向けに倒れ込んだ。

 

「大丈夫か⁉︎」

 

「あぁ、なんとか。しかし厄介だ…磁力がスタンド能力ならスタンドの甲冑まで反応しちまうのか」

 

 そう言うポルナレフのその身体の上には、彼のスタンドの銀の戦車(シルバーチャリオッツ)が横たわっていた。上手く身動きが取れないようで、諦めてポルナレフはスタンドを消す。

 

 ナイフ類は銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の甲冑に弾かれたが、ポルナレフが倒れた要因は、磁力の影響でスタンドと衝突したせいのようだ。

 

「もももも申し訳ございませんお客様‼︎ わ、わた、私のせき、責任」

 

「落ち着いてくれ、彼は別に怪我はしていない。だが用事ができた…注文はキャンセルさせてもらう」

 

 スタンド能力のせいなのだが、スタンドを知らないウェイターは負い目を感じて返事をした。自分がぶち撒けたと勘違いしたのだろう。

 

「ポルナレフ、貴様は部屋に戻り待機だ。室内にある鉄製の物には気を付けろ。花京院、護衛を頼めるか」

 

「わかりました」

 

「なら残りの4人と1匹の采配だが……ここは礼神の意見を聞こう」

 

「そう? それなら……」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ったく。何で僕が君なんかの護衛を………」

 

「オメェなぁ…みんなが居なくなった途端に本音を言うなよな。俺だって傷つくぞ⁉︎」

 

「五月蝿い。黙って包まっていろ」

 

 部屋に戻ったポルナレフはベッドの上で布団に包まって放置されていた。その理由は、万が一に鉄製品が飛んで来た時の為のクッション代わりだ。柔らかすぎる布団で少し頼りないが、室内にある数少ない鉄製品くらいなら問題無いだろう。

 そして共に残った花京院は室内にある鉄製品を探し、見つけ次第 洗面所等の別の部屋に運んでいた。

 

「……なぁ花京院。シャワー浴びてぇ」

 

「我慢しろ」

 

「だってサッパリしねぇんだもん‼︎」

 

「当たり前だ。君は今 磁石人間なんだからな」

 

「それとどう関係すんだ?」

 

「君はバカか? サッパリしない原因は身体に張り付いた砂が洗い流せないからだろ。その砂はおそらく砂鉄だ」

 

「マジかよ…」

 

 頭まで布団に包まれたポルナレフから呆れ声が聞こえる。

 それに対し「呆れてるのはこっちだ」と言いたげに、花京院はバレないのをいい事に睨みつけ、ポルナレフの荷物を軽く蹴飛ばした。

 




電話相手、スタンドなどの声は「」ではなく『』で表記しております。

ポルナレフ
「この愚か者めが………ってアンラベルが言ってたのかよ」

アンラベル
『うむ』


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48.忠実な愚者と災難(笑)

 レストランの料理をキャンセルし代わりのパンで朝食を簡素に済ませると、花京院とポルナレフを除いた残り4名+1匹は礼神が指定した2組に別れた。

 

「それじゃマライアの方はレオンさんとイギーにお願いします。後のみんなは影の奴ね。人数が多けりゃ勝てそうな相手だし」

 

「それでは自分のチームが敵を仕留めた後は、メールして安否を知らせる事にしよう。状況次第では先に終わった方が応援要請に応じてもらう。それで構わんか?」

 

「異議なし」

 

「右に同じく」

 

 ジョセフの意見に同意するとすぐ様我々は別れる事になり駆け出した。

 

「行くぞイギー」

 

「ガウバウッ‼︎」

 

(本当にレオンさんの言う事は聞くんだ……)

 

 まずエスカレーターで上にイギーと向かう。そこでボタンを押す前にふと思い出した。最上階から途中の階層まで、ペット類の持ち込みが禁止されている事を……

 

「イギー、これ以上別れるのは危険だが、上階へ君は連れて行けない。1人でロビーを探索はできるか?」

 

 尋ねてみるとイギーは嫌な顔もせず、真面目な顔で自分のスタンド、愚者(ザ・フール)を出した。

 それはインディアンのような羽飾りを付け、後ろ足の代わりに車輪を付けた犬のような見た目だ。

 

 それで何をするのかと思えば、イギーはそのスタンドの背に飛び乗り、スタンドの形を変えて自ら取り込まれる。そして数秒かけて私より30cmは小さい少女へと姿を変化させていき、最終的に礼神に似た姿となった。

 

 砂のスタンドで変幻自在だとは知っていたが、纏って姿を模す事もできるのか……しかし何故礼神に?

 

「アギッ」

 

「あぁ、そこに居るのか」

 

 礼神の小さな身体の何処に入っているのかと思えば………確かにそこは大きいし、それだけでかければイギーくらい入れるだろう。

 普段は着痩せしてるけどな。

 

 そして変身を終えた礼神(イギー)は最上階から3つ目のボタンを押した。

 その行動から別れるのは愚策…共に行動する、と判断したようだ。

 

「話す事もできるっちゃあできるが、神経削るから会話は任せるぜ」

 

「ッ⁉︎」

 

 

 

 

 

「………見つからないな」

 

 W-Refの探知距離を広げれば最大半径10m。その階層を歩き回れば上層2階 下層2階まで探知できるのだが、それに敵スタンドらしきエネルギーは探知できなかった。

 それなりに警備システムもある。実際に部屋に泊まりカードキーを手に入れなければ、エレベーターも利用できないのだ、無理と言えば無理なのだが念の為だ。

 何らかの手段で上階にいれば、ポルナレフの磁気が一方的に強くなってしまう。ひとまず上階に居なかったのだからそれは無いだろう。

 

「礼神が言うに、マライアは喫煙者らしい。ロビーの喫煙コーナーにはいない。イギー、ここ以外で煙草を吸ってる奴はいるか?」

 

 ーーーズボッーーー

 

「スンスン………アギッ」

 

「いい子だ」

 

 ーーーズボッーーー

 

 砂で模した身体の中からイギーが顔を出して鼻をヒクつかせる。すると顔を向けて匂いのする方向を示してくれる。

 ただ顔を出し入れする場所が谷間なのが何と言うか……まぁそこに居るんだから仕方ないか。

 

 イギーが指し示した場所は通路の曲がり角。早足で歩き角を曲がると、壁に背を付けて息を潜める女性と目があった。

 深く被ったフードと咥えた煙草…事前に聞いたマライアの特徴に類似している。

 

「1つ尋ねたいんだが…………君がマライアか?」

 

 話しかけて時間稼ぎ…距離を詰めてすかさず波紋と考えたのだが、彼女は何も言わずに背を向け逃げ出した。

 

「待て! W-Ref‼︎」

 

 逃げる背中に伸ばす手は届かないが、発動したW-Refの探知能力は確かにスタンドエネルギーを感じ取った。

 

「イギー‼︎ 奴だ!アイツが新手の幽波紋使いだ‼︎」

 

「バウッ‼︎」

 

 礼神への擬態を止め、愚者(ザ・フール)をマライアに突進させる。

 しかし突進攻撃が成功する前に、マライアは通路を曲がりその先へと逃げ込んだ。目標を失った愚者(ザ・フール)は曲がり角を少し通り過ぎた所で、ドリフトをかけるように停止した。

 

 目立つ行為はしたくないが止むを得ない。

 通路には窓が取り付けられ日光が差し込んでいるが、それを避けて走る事も難しくはない。

 

「ッ⁉︎ イギー、足元に気をつけろよ」

 

 イギーをおいていく勢いで私は駆け、後ろを走るイギーにそう伝える。

 W-Refが曲がり角の死角等に小さなエネルギー体を感知したからだ。実際に見てみると曲がる際に手を付きそうな壁に………事前に知らなければウッカリ踏みそうな場所にコンセントが出現していたのだ。

 私は試しにその1つを走りながら踏み砕いてみる。

 

「W-Refなら遮断できるはず…」

 

 想像通り、W-Refはバステト女神の能力を受け付けなかった。しかし前を見ると、舌打ちをして逃げ続けるマライアの姿がある。どうやらジョセフと同じ、フィードバックしないタイプのスタンドなのかもしれない。

 そうこう考えているうちにマライアとの距離が縮み手の届く範囲まで近付いた。

 

「グエッ⁉︎」

 

「捕まえた、無駄な抵抗は止めろ。痛い目には合わせない」

 

 荒々しくフードを掴み引っ張ると、首が絞まったのか踏まれたカエルのような声を出す。そんな事は気にせずフードを取り顔を確認する。

 

「煙草、銀髪、小麦肌、スタンド能力、間違い無いな」

 

 気絶させようと波紋を練り始める。すると彼女は澄まし顔で何かを私に押し付けた。

 

「何ッ⁉︎」バチッ‼︎

 

 押し付けられた物が波紋とは別のショート音を轟かせ、私を後方に吹き飛ばす。パッと見た所それは普通のハンドバッグ……しかしそれには普通存在しない異物が取り付けられていた。

 

「オーホッホッホッ‼︎ 貴方の能力はスタンドエネルギーを吸い取りますが、スタンドによって生まれた傷は消せますか? 私のスタンド、バステト女神は「仕掛ける」と「解除」の2択を奪われただけ。事前に貼り付けたスタンドが消える事はないようですわね!」

 

 自身の身体が宙に浮き、吹っ飛んだせいで波紋は空振り…それどころかショートの衝撃で呼吸自体が乱れる。

 持ってたバッグにも貼り付いていたのか…本体のエネルギーに隠れていていてわからなかった。

 

「ガハッ‼︎」

 

「貴方以外の連れを始末してから。失礼します、()()()()()()()()()()

 

 壁に叩きつけられた私に涼しい顔してそう言うと、マライアは背を向け走り去った。そして先の曲がり角にまたスタンドを仕掛けたようだ。

 

「イギーッ! 曲がり角に気をつけろ‼︎」

 

(ケッ、言われなくてもわかってるぜ‼︎)

 

 遅れてやって来たイギーは私を追い越しマライアを追う。

 

「甘いわ、この野良犬が‼︎」

 

(何だ…投擲?)

 

 愚者(ザ・フール)を出して本能で防御体勢に入るイギー…しかしそれは防御せずに回避するべきだった。

 

「避けろイギー‼︎」

 

「キャィン⁉︎」バチッ‼︎

 

 スタンドの砂の隙間から電流の線が入り込みイギーに向かって(ほとばし)る。衝撃で吹き飛ぶが、その小さな身体は愚者(ザ・フール)に包まれおそらくノーダメージ。しかし術には掛かってしまった。

 

「イギーッ⁉︎」

 

(俺様の心配をするな。テメェの中じゃ、俺はそんなに過小評価なのかよ)ザッ

 

 砂のクッションを取り払い勇ましく立ち上がる。

 流石は路地裏に君臨した野良犬の王……見た所やはりダメージは無いようだ。しかししてやられてイラついているのが見てわかる。

 

(次会ったらその髪引き千切ってやるぜ……ん?)

 

「おっと……やはり術中にはまってしまったな」

 

 掛かったばかりでまだ弱いが、互いに磁石になったため軽い方のイギーが足をよろめかせながら私にくっついて来た。何か気に食わなかったのかスグにイギーは私から離れる。

 そして周りを見てみると、壁に飾られた絵画が風も無いのに僅かに揺れる。引き寄せる程の磁力はまだ無いが、留め具か何かが反応しているようだ。

 

「手遅れになる前に仕留めるぞ。遠慮はいらん」

 

(よっしゃ!任せろ‼︎)

 

 再び我々はマライアを追うべく走り始めた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ここを通れば、少しは時間が稼げるはず…」

 

 小言を零した女性は周囲に人影が無いかを調べると、窓に足を掛け外へと飛び出した。飛び出した場所が女子トイレという事もあり、人に見られればきっと不審に思われるだろう。

 

「………フゥ…ここまで来れば。少し様子見ね」

 

 金物のアクセサリーをチャラチャラと鳴らしながら軽快に走る女性は、窓から出た先にある()()()()()()()で立ち止まる。そして近くの岩に腰をかけ、咥えていた煙草を手に取り煙を吹いた。

 

「私の磁力は時間が経つにつれ強くなる。術中に掛かった者同士が共に行動すれば、それは更に早くなる」

 

 独り言と共に煙を吐き出し、煙草をまた咥えて肺を煙で充満させる。そうしていると、身体中に金属類を纏った2人の男女が現れた。

 無論、レオンと葎崎 礼神に化けたイギーである。互いにくっつかぬよう距離をとって歩み寄ってくる。

 

「貴様……無関係の人々まで巻き込むとは……」

 

「私も少々気が引けたのですが、貴方様を相手に手は抜けませんので……」

 

 白々しく微笑むマライアの表情は余裕で満ち溢れていた。最初こそヒヤヒヤしていたが、術中にはめた事で事態は好転……格段に有利な戦況になったからである。

 いくらレオンのW-Refといえど、全身に流れる磁力を吸収する事はできないのだ。

 だからこそマライアは磁力を更に強めた…逃げる道中のすれ違う人()()に磁力を帯びさせたのだ。

 

「術中に掛かった者同士が共に行動すれば、磁力の増強速度は加速する。その成長した磁力の強さは、身体中の金属を見ればわかりますわ」

 

 レオンとイギーの身体にはナイフやフォーク…鉄製の額縁にアクセサリー類が所狭しと貼り付いている。まるで体の一部…もしくはそういうデザインの服装かと思える程に、離れる気配が無かった。

 

「やがてその磁力は貴方達の身体を押し潰す」

 

「その前に貴様を倒せば良いだけだろう」

 

 そう言って更に歩み寄るレオンとイギーは、遂にある物を踏んでしまった。それは地平線の先へと伸びる長い線路。

 しかも磁力が強力過ぎて足が離れない。

 

「…………」

 

「面倒だけど…レオン様は生け捕りとの命令なのよねぇ……」ブンッ

 

 言うと同時に投げた物は鉄製ワイヤー。避ける事も叶わず、磁力に引き寄せられた鉄製ワイヤーは接点を中心に自動的に絡みついた。そしてレオンはそのまま横に仰向けに倒れる。

 

「…………」

 

「貴方様なら死にませんよね。()()に轢かれて、足を切断したくらいじゃ…」

 

 マライアの言葉を待っていたかのように汽笛が鳴り、遠くから列車が走ってくる。猛スピードで迫る鋼鉄は、磁力で線路に固定された2人に迫る。

 

「……………」

 

「…………?」

 

 そこでようやくマライアは不審点に気付いた。

 

「「…………………………」」

 

「………何故?」

 

 ()()()()2()()()()()()()()()()()

 

 そう思うと同時に列車が目の前を横切る。

 高速で視界をよぎる鋼鉄の塊を前にし、火のついた煙草が突風で口から溢れる。

 

「………呆気無い……呆気なさすぎる…」

 

 頭の回転の良いレオンならば、自ら足を切ってでも脱出する余地が有ったはずだ。射程距離から離れ安全圏にいたが、イギーならそれでも愚者(ザ・フール)を使い何かしらの足掻きを見せたはずだ。

 そう思ったのに2人は何の抵抗も無く列車に轢かれた。その事実が逆にマライアから安心感を奪ったのだ。そしてその感情は警戒心となり、線路を目視し列車が過ぎるのを待っていた。

 

 2人は何もしなかった。呼吸こそしていたが行動と言える事は何1つしていない……

 それこそ()()()()()……

 

「人形………まさかッ⁉︎」

 

 列車の通り過ぎた線路を見れば血の一滴たりともない。両足に重傷を負った男も、小型犬の遺体と思われる物も存在しなかった。

 

「このビチく…」

 

「動くな」ピッ

 

 先程の2人がイギーの砂人形だと察し、罵声を吐き捨てようとする瞬間……マライアの首筋に指が突きつけられる。

 それに驚きを隠せず、マライアは喉が急速に水分を失うのを感じた。そして直感した………今触れている人差し指は文字通り人を刺す事もでき、そうせずとも様々な方法で命を狩れるのだと……

 それともう1つ……マライアは主にもう1つの事実に驚愕していた。

 

(()()()…いつの間に……⁉︎)

 

 マライアの背後に立ち首筋に指を立てる者は女性だった。

 

 顔は見れなかったが声は高く、誰に対しても落ち着きを与える様な優しい物だ。しかしそれに殺気が混じり遥か格上の存在からの死刑宣告の様にも聞こえた。

 

「貴女は……誰?」

 

 話に聞いていたジョースター御一行の女性陣は葎崎 礼神ただ1人。

 それ以外の女性に心当たりがなく尋ねるが、それは無視され逆に問われた。

 

「貴様に1つだけ尋ねる。DIOは何処にいる?」

 

 突如現れた女性の声はピンクノイズ………

 1/fゆらぎとも呼ばれる人に快適感やヒーリング効果を与える物だった。

 故に屈したくもなるがマライアはDIOに魂まで捧げた者。それに答える事はできなかった。

 

「……沈黙か…残念だが予想通りだ」

 

 その声にまた違和感を感じた。

 口頭は女性……しかし言葉を言い終わる頃には男性の声へと変わっていった。堪らず振り返るとそこには牙を剥いたレオンがいた。

 

「失血で少々入院してもらおう」

 

 気がつくとレオンの背後には大きな壁ができていて日光を遮断していた。

 そして間も無く気を失うマライアには、その壁が砂でできていた事も、レオンと女性の関連性も、レオンが磁力を帯びてない事も知る事ができなかった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「イギー、終わったぞ」

 

「グルゥ〜〜〜」

 

「やめておけイギー。戦闘不能者に追い打ちをかけても、別に良い事無いぞ」

 

「………ケッ」

 

 岩陰に隠れていたイギーが飛び出し、私が抱き抱えるマライアを見て唸り声を上げる。

 

「さて…向こうの様子は………」

 

 懐から通信機を取り出そうとすると、眼前にアンラベルが現れる。そして何も言わずに私を見つめ続ける。まるで何かに期待している様だ。

 

「………あぁーー……これで良いか?」

 

 右手にW-Refを発現しアンラベルを二度三度撫でてやると、満足そうに笑みを浮かべた(様に見えた)。

 

 一体何があったのかと問われれば、時はマライアが婦人用のトイレを経由して逃げた所まで遡る。

 婦人用を意味する扉を前に私はモチロン入る事を躊躇った。

 意味を理解したイギーがすぐさま礼神に擬態したのを見た時は素直に判断力を賞賛したよ。

 そして私も意を決して中に入ると、運悪く手洗いをする婦人と目が合う。「あ……(社会的に)死んだな」と思ったが、婦人は私に会釈だけしてトイレを出て行った。男である私を見て何の不信感も抱かなかったかのように。そして私は鏡を見て目を疑った。

 

「……まさか()()ああいう機会に見舞われるとはな…」

 

 鏡にはいつもの私ではなく、貨物船の上で戦った(ストレングス)()()の私がいた。

 ………まぁ、その………つまり()()()()()()()()()()()

 

『もっと褒めても良いのだぞ』

 

「いや…確かに役立ったが、私としては複雑な心境だ。人生で二度も女装するはめになったのだぞ」

 

『女装ではない女体化だ』

 

 アンラベルの能力は反比例……そしてスタンドの見た目は幽波紋使いの精神力の具現化、雑に言えばイメージによって大なり小なりスタンド体は変化する。

 例を挙げるなら承太郎の流星指刺(スターフィンガー)やポルナレフの防御甲冑の着脱だ……礼神曰く、ヒロセ・コウイチとか言う何処かの少年も三段階にスタンド体を分けて使えるらしい。

 

 ……少し話が脱線したな。

 

 重要なのはアンラベルに自分の意思があり、9本の尾を変幻自在に操る様に性別を自在に変えられるという事だ。

 

「最初はアンラベルが女性の様な姿だという事に違和感を感じなかったが そうか……それは私が男だったからか……」

 

『うむ。故に主よ、望むなら母親になれr』

 

「望まないからその話は止めろ。社会的に死なずに済んだ事は感謝する」

 

『もっと褒めても良いのだぞ』

 

「イギーもよくやった。砂人形で上手く注意を引いてくれたな。お陰で背後に回りやすかったし、砂の壁のお陰で日陰に移動する手間も省けた。決して問題が無かった訳では無かったが、波紋の応用で磁力も無効化できたし楽に対処できた。中々の演技力だったぞ」

 

波紋は電磁力の性質もある。ならばそれでスタンド磁力と対極の電磁力を波紋で再現すればいいだけだ。

磁力がスタンドでも引き寄せる物は実物だからな。

 

「アギッ」

 

『……無視するな主よ……嫉妬するぞ』

 

 …さて………いい加減にジョセフ達に連絡をしなければな。

 

 慣れた手つきでジョセフに連絡を入れる。すると1コールもしない間に通話が繋がった。

 

『レオンさん大変‼︎』

 

「礼神か…どうした?」

 

『みんなが可愛い‼︎……じゃなくてピンチ‼︎』

 

 みんなが? 「2人が」ではなく………まさか…

 

「……すぐ行く」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ……一体何が……あぁ、そう……

 私は負けたのね…呆気なかったのは私………だったのね……………

 

 朦朧とする意識の中、私は自分の身体が誰かに抱かれている事に気付く。

 

 誰だろう……どうやらあの後放置されたようね……

 どうせ野生の猿みたいに盛った輩が抱いているのね……不快だわ…

 ……でも私は敗者……命があるだけマシね……

 

「ーーー‼︎ーーーー⁉︎」

 

 五月蝿いわね………どうせ私は逃げられないのに何に焦ってるのかしら……数人で取り合いでもしてるの?…ビチクソ共が………

 

「早くしろ‼︎ それでも医者か⁉︎」

 

 ……え?

 この声は……レオン・ブランドー様?

 

「倒れていた理由? 偶然通りかかった私が知るか‼︎ 早く対処しろ‼︎」

 

 ………そんな……

 何故そんなに声を荒げて……何故 私の為に……?

 

「急げと言っているだろ‼︎ 貴様は現状が把握できなければ、その場で怪我人を見捨てるのか⁉︎」

(↑応援要請する為に急いでいる)

 

 …敵だった私を……命を取らないどころか………なんて寛大なお方…

 

「…私を疑っているのか? 逆に聞くが貴様は道に人が倒れていようが関係ないと言うのか⁉︎ 知り合いで無ければ関係無いと‼︎⁉︎」

(↑波紋で思考回路麻痺&言葉で洗脳開始)

 

 少し身体がピリッと……これは波紋? 僅かな傷まで治してくれるなんて…………

 

「…頼むぞ。必ず彼女を助けてやってくれ」

(↑洗脳完了)

 

 そう言ったレオン様は私を優しく置いた。おそらく病室のベッド上だろう…

 

「では失礼する」

(↑急いでる故に早く話を切り上げたい)

 

 あぁ……DIO様も実に魅力的な方だった。

 でも私はこの方に魂を捧げたい……早く貴方様に出会いたかった……




証呂
「現在のヒロイン枠は、礼神と女体化したレオンです。画面の前の貴方はどっち派?」

アンラベル
『備考だが、主の双丘は小さ過ぎず大き過ぎないぞ。大きさでは葎崎 礼神に負けるが』

レオン
「黙ってくれ、作者とアンラベルよ」

礼神
「ちなみにオジさんはどっち派?」

伊月
「あ、オジさん既婚者なんでノーコメントで」

レオン
(……意外と紳士だな)


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49.偽!偽!偽‼︎

「行くぞイギー」

 

「ガウバウッ‼︎」

 

(本当にレオンさんの言う事は聞くんだ……)

 

 そんな事を思いながらエレベーターに向かう2人を見送り、僕らもすべき事をする為に歩き出す。

 

「……で!どう探すんじゃ⁉︎」

 

「………それが問題なんだよね」

 

 探知能力のあるレオンさんも、鼻の良いイギーも別行動。

 一応どうするべきか考えてはいるんだけど……

 

「何だ、まさか打つ手が無ぇのか?」

 

「あるにはあるよ承太郎。ただ危険性が高くて……却下した」

 

「ひとまず言ってみろ」

 

 相変わらず名前は思い出せないが性格は覚えてる。

 原作では承太郎とポルナレフを分断してポルナレフを幼児化……つまり一人一人を弱体化して一人一人始末しようとする傾向があるはず。

 ……って事は

 

「……更に別れるのは却下じゃな。それは策とは呼ばん。無謀じゃ」

 

「ですよねー…………って、アレ⁉︎」

 

 一瞬目を疑ったが、僕はガタイの良い2人を掻き分けてその先を勢い良く指差す。つられて2人が指差す先へ顔を向ける。

 

「……ッ!まさか、()()()()⁉︎」

 

「YES!YES!YES‼︎ 急ごう!見失っちゃう‼︎」

 

 ホテルのすぐ前でガラス越しにガンを飛ばす1人の男……

 その男の身体つきは良く筋肉質…サングラスを掛け横に幅を取る髪型をしていた。オマケに髪には、鈴のようなアクセサリーが10足らずぶら下がっていた。

 そしてガンを飛ばしこちらが男の存在に気付くと、男は人混みに姿を消した。

 

「2人とも急いで‼︎」

 

「ま、待て!どいつじゃ!どいつなんじゃ⁉︎」

 

 僕が見つけたその男こそが新手の幽波紋使いだと察して、せめて顔を確認したいジョセフさんだが既に姿を消され伝える術がない。

 ひとまず承太郎は、信じて僕を追って走ってくれている。なら僕は前だけ見て、消えた奴を発見する事に目を光らせるだけだ。

 

「あぁもう‼︎ 何で出入り口が回転ドア何だよ⁉︎」

 

 苛立ちながら転げるように外へ飛び出し、すぐ後ろを2人が付いて来るのを確認すると僕はまた走り出した。

 

 そんな僕らは気付かなかった。ホテル内から投げ掛けられた敵の視線に…………

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……何だったんだ今の外国人達は…」

「老人は英国の言葉だったが後の2人は何語だ?」

「まぁ俺たちにゃあ関係無いだろ」

「ちげぇねぇや」

 

 旅人3人がホテルから出て行ったと同時に、ロビーにいたホテル利用者達はそんな雑談を交わす。

 雑談が無くとも騒がしく人の行き交う空間では、不審な行動を取っても周囲の人は案外気付かないものである。

 

「おい、あんま離れんなよ」

 

「わーってるよ。レオン・ジョースターの見回りが終わったら仕事を始めんぞ」

 

 この様な何を企んでるかもわからない会話も、すぐ隣を通り過ぎる人ですら気にも留めない。

 そんな会話を交わしたのはこれと言った特徴の無い2人の男。服装からしてホテルの従業員だろう。

 

「一般人が上階の客室に行くはエレベーターを使うしかない。そしてそのエレベーターは部屋を借りた者に渡されるカードキーでしか動かない」

 

「だが俺達には関係ない。()()()()()従業員だ」

 

 通路脇にある関係者以外立ち入り禁止の鍵付き扉。ソレを鍵の様なもので解錠し、扉を押し開け何の装飾も施されていない階段を上る。客には見せない通路なのだから装飾が無いのも当たり前なのだが、同じホテルでこれだけ落差があると新鮮味をむしろ感じる。

 

「うげぇ〜……」

 

 気が遠くなる階段の長さを下から見上げ、片方の男が情けない声を口から漏らす。

 

「はぁ……これが終わったら報酬弾んで貰いますぜ、DIOさんよぉ…」

 

「おい…」

 

 階段を上るために足を動かし始めると、もう1人の男が呼び止め下から睨みあげてくる。

 

「お前は金があれば裏切るのか? 巫山戯るなよ」

 

「じ、冗談だよ……」

 

「……………」

 

 階段下から見上げる様に睨む従業員から視線を外し、また上へ上へと登り始めた。

 

(こいつ……肉の芽を植えられスッカリ信者になっちまってるな)

 

 前を歩く男は後ろを歩く男に対してそう思った。そしてこの前までは自分より金にがめつい男だった事も思い出す。

 

 ーーーや、やめてくれよ!なぁ頼む!ーーー

 

 脳裏に彼の()()()()()()の言葉が響く。

 

 ーーーそんな物 付けな…ま、待ってくれ‼︎ーーー

 

 それを思い出すだけで背筋が凍り付く。

 

 狭い個室…動けない男…汚い悲鳴……

 ……蠢く触手…妖艶な笑み…支配者…

 

「俺は………あぁなりたくねぇ」ボソッ

 

「…あ?何か言ったか?」

 

「いや、何も」

 

 そこからは2人共黙り込み無言で足を動かす。

 もしかしたら百を超える程の段数を上ると、ようやく男達は扉を開けて通路に出た。

 

「番号は……っと。通路を曲がった先だな」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……………」

 

「……………」

 

 最後の会話を終えてから何分たったんだ?布団に包まり黙る俺はふとそう思う。部屋には花京院もいるが不機嫌で話しかけたくない。

 

「………………」

 

「………………」

 

 何の音も響かないというのも辛いな。普通無言でも、室内には時計の針が時を刻む音が聞こえる。だが金属類はもれなく別室に移動されたのでそれも無い。もう布団は退かしてもイイと思うんだが……

 

「暑い」

 

「黙って被ってろ」

 

 ………これだもんなー。

 

「仕方ねぇだろ。ここどこだと思ってんだよ!」

 

「ホテルだろ」

 

「それもエジプトのな‼︎ずっと被るとか死ぬわ‼︎」

 

 我慢できずにベッドから起き上がり布団を投げる勢いでどかす。その後に室内を見渡してみると、金属の類いは見る限り存在しなかった。

 花京院も意地悪だな〜。片付いたなら言ってくれれば良いのによぉ。

 

「怪我しても僕は知らないからな」

 

「へぇへぇ、わかったよ」

 

 服の中に手を伸ばし掻き毟るとザリザリと音を立て肌触りも最悪。手の動きに合わせて砂鉄が肌の上を走り回り更に不快感が煽られる。

 

「あぁークソッ‼︎ レオン〜〜早くしてくれぇ〜〜‼︎」

 

「おい!五月蝿いぞポルナレフ‼︎」

 

 不満を叫ぶと花京院からの辛辣な言葉が飛んでくる。苦手ってわけしゃないし悪い奴じゃないんだけど、花京院は俺の事をあまり良く思ってない気がするな。

 承太郎はまだわかる…年が近い男子だからな。だが礼神相手にもアヴドゥルにも「さん」付けだ。もちろんレオンとジョースターさんにも……

 だが俺は呼び捨て。別に全然嫌じゃないんだが、こう厳しく言われる

 俺も傷付くというか、気にせざるを得ない………よし。

 

「花京院は俺に厳しいよな。なんだ?俺って嫌われてんのか?」

 

「別に嫌いじゃないが、もう少ししっかりとして欲しいというのが僕の本音だ。君がしっかりしていれば今頃みんなと共に行動できたはずなんだぞ。J・ガイルの時だって……」

 

「わ、わかったよ。反省してるって!」

 

 思い切って聞いたが聞くんじゃなかった。

 まったくもって耳がイテェよ。

 

 ………本当によ…

 

「……………本当……しっかりしないとな。俺は助けられてばかりだ」

 

 この旅で俺は迷惑をかけてばかりだ。

 それを今また再確認して目を瞑り俯くと、花京院が雰囲気を先程と変えて声をかけてくれる。

 

「…………わかればいい。僕も君の事を頼りにはしているんだ」

 

 

 ーーーピンポンーーー

 

 

「………」

 

「………」コクリ

 

 そこで突如と部屋の中にインターホンの音が短く鳴り響く。

 それを聞いてからアイコンタクトを済ませ、俺はベッドから降りていつでも戦えるよう臨戦態勢に入る。

 

「……誰だ?」

 

「ワシじゃ。新手の幽波紋使いは始末した。部屋に入れてくれ」

 

 その声に一瞬安堵するが、俺達は何とも言い難い怪しさを感じた。

 

「ジョースターさん…………?」

 

 此方の質問に帰ってきた声はジョセフ・ジョースターの声だ……しかし俺と花京院はそんなジョースターさんに不信感を抱き、花京院は俺に耳打ちをしてくる。

 

(……どう思うポルナレフ)

 

(どうも何もお前と同じ事を考えてると思うぜ)

 

(君も気付いたか……そうなんだ。承太郎達が出て行ってからまだ十数分しか経ってない………いくら葎崎さんの予言があるにしろ早すぎる)

 

 俺に術をかけたマライアを追いかけてるのがレオンとイギー。承太郎達の方に探知技能を持った人材はいない……花京院の言う通り戻って来るのが早すぎるんだ。

 

(事前にメモってあった番号があるだろ。かけてみようぜ)

 

 花京院は一度頷くと、部屋に備え付けてある電話に手を伸ばす。かける相手はジョースターさん。

 もし部屋の前にいるのが本物なら、携帯機器を手に取るはずだと思っての行動だ………しかし

 

「ッ⁉︎花京院!()()‼︎ 気を付けろ‼︎」

 

「なっ⁉︎」

 

 跳んでソレを躱す花京院。

 ソレの危険性を知っている花京院は着地する前に壁を蹴り更に跳躍……俺が寝ていたのとは別のベッドに背中から着地する。

 

「花京院、大丈夫か⁉︎」

 

「……いや…一瞬触れてしまったようだ」

 

 そう言う花京院は冷や汗を流し、少しずつ目に見えて縮み始めた。

 そして花京院が縮んだ原因は平面から立体へと姿を変え、内側から部屋の鍵を開けた。

 

「1人でポルナレフの護衛してたのォ?偉いネェ〜〜」

 

 ドアを開けて入って来たのはムカつく面した髪型が特徴的な男と、ジョースターさんの姿をした誰かだった。

 

「テメェら‼︎新手の幽波紋使いか⁉︎」

 

「まぁ……()()な」

 

「ぶった斬る‼︎銀の戦車(シルバーチャリオッツ)‼︎」

 

 自分のスタンドまで引き寄せちまうなら、最初から密着してればいい。少し動きにくいがその状態で攻撃を仕掛ける。

 

「仲間の変装をするなんて生意気な野郎だ!まずはテメェからだ‼︎」

 

 姿と共に晒された奴の殺気が、ジョースターさんの偽物だとすぐに知らせてくれた。

 だから俺は迷わずに斬りつけるが、銀の戦車(シルバーチャリオッツ)のレイピアが頸動脈あたりを斬ると黄金色の液体が溢れ出て来た。

 

「何ッ⁉︎…コレは…まさか‼︎」

 

 チャリオッツの甲冑に付着した液体はジェル状に蠢き、甲冑を溶かして煙を上げていた。

 

「ぬ、脱ぎ捨てろチャリオッツ‼︎」ボンッ‼︎

 

 甲冑の下や俺を侵食する前に、甲冑を弾ける様に脱ぎ捨てさせる。

 しかしその甲冑も俺に向かって飛来するので、スタンドを解除しチャリオッツごと甲冑を消す。本来は防御を捨てて攻撃に転じる技だが仕方ない…

 それよりも問題は奴の能力だ……

 

「お前はレオンに再起不能にされたハズじゃ…⁉︎」

 

「ハ?…何の話だ?人違いだろ」

 

「人違い?確かに俺は奴を見た事は無いが……黄色いスライム、擬態、衝撃吸収、捕食…間違いでなければシンガポールで聞いた…って危ねぇ‼︎」

 

 黙りこくってた男が俺に向けて影を伸ばす。その影を床ごと斬る為に新たに出したチャリオッツでレイピアを振るうと、慌ててスタンドを奴は戻した。

 

「ったく…人違いなら誰なんだテメェら‼︎()()()()()()⁉︎」

 

「フンッ…俺様はセト神の暗示の幽波紋使い。アレッシー様だ」

 

「俺の名は()()()()()()…スタンドは……」

 

 

 

ーーー節制のカード…イエローテンパランスーーー

 

 

 

 やはりラバーソウル…シンガポールでレオンにやられたと聞いたが…

 今はそれどころじゃねぇな。名前も確認したしよ…

 

「馬鹿正直に名乗ってくれてありがとよ!俺は一度オサラバさせて貰うぜ‼︎」

 

「逃すか‼︎」

 

「チャリオッツ‼︎」

 

 花京院を抱えて窓を開けると、ラバーソウルが何かすると感じレイピアの刀身を飛ばし先制攻撃。誰にも言ってない銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の奥の手だぜ………って、礼神にはバレてるか。口封じして一応みんなには言わないように頼んだが……

 

「速い……だが無意味‼︎俺のスタンドには通用しねぇんだよ‼︎」

 

 呆気なく打ち出した刀身は弾かれ、奴らの後ろへと飛んでいく。だが……

 

「弾いたはいいが……今の俺はよぉ、()()()()()

 

「……は?」

 

「だからよぉ…()()()()()()()()()()()……」

 

「ギニャァァアッ‼︎⁉︎」

 

 首をかしげるラバーソウルの背後でアレッシーとやらが情けない悲鳴を上げる。そんな男の左肩には、弾かれたはずのレイピアの刀身が後ろから不自然な角度で刺さっていた。

 もちろん狙って飛ばしたぜ!磁力の影響で上手く狙えなかったが、俺と刀身の間に敵がいれば磁力の力でドンドン深く突き刺さる。後は勝手に………

 

「ギャァァァア‼︎」

 

「今だ‼︎」バッ

 

「………チッ…逃げられたか」

 

 刀身が肩を貫き俺へと帰って来たところで窓から飛び降りる。

 

「消えろチャリオッツ‼︎そして出ろチャリオッツ‼︎」

 

 一度消す事で刀身を無事再装填。

 落下中にホテルの壁にレイピアを突き立て、壁に派手な傷跡を作りながら落下速度を減速させていく。

 

「…よっと、到着。大丈夫か、花京……院…?」

 

 そこでようやく気が付いた。俺が花京院を()()()()()()抱えている事に。その中に人型の何かがいるのは重みでわかるんだが……

 学ランの襟から花京院と同じ髪色がはみ出ているが顔は見えない。

 意を決して俺は花京院を下ろし顔を確認する。

 

「……………」

 

「……………」

 

「…花京院………俺が誰かわかるか」

 

「……ぽる……えと…ぽ……?」

 

 ……外見からして年齢は7,8歳くらいか?

 

 それはそうと…………

 

「…お兄ちゃん、どうしたの?」

 

 …………妹がいた身の俺は、保護欲が刺激された。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 前後左右、360度、四方八方…あらゆる場所に目を光らせ、3人で注意深く奴を探す。

 しかし目的の人は見つからずジョセフさんを頼る。

 

「任せろ。紫の隠者(ハーミットパープル)‼︎」

 

 道端て地面に手刀を振り下ろすジョセフさん。

 その手には荊が巻きついており、地面に触れると砂が集まりここら一体の地図を作り上げる。そんな地図上を1人でに動く小石が1つ…

 

「ワシらがいるのはココ。この動いてる小石か新手の幽波紋使いじゃ」

 

「そこの角を曲がった先だな」

 

 場所を確認して僕らは走り出す。地図上の小石か指し示した場所が目で確認できる所まで行くと、奴が此方を見て余裕の表情を浮かべていた。

 奴と言うのは影の幽波紋使いの事だ。しかし長い時間追っているのだが何かがおかしい。

 

星の白金(スタープラチナ)世界(ザ・ワールド)‼︎」

 

 そんな台詞を承太郎が述べた瞬間、承太郎は姿を消した。

 時を止めて奴を捕まえようとしたのだろう。しかし奴との距離はまだある上に、道は人で溢れかえっている。その為、止めた時間の中で動いても、人混みが邪魔で辿り着けなかったのだろう。時が止まった世界で動いた承太郎はまるで瞬間移動したかのようで、そこからは自力で走り距離を詰めるが何故か逃げられてしまう。

 

「クソッ、()()()‼︎」

 

「っんの影野郎‼︎ 承太郎…今はどれくらい時を止められるんだっけ?」

 

「……3秒ほど…」

 

 その3秒という時間の中では奴の所まで辿り着けない。だったら辿り着ける距離に入ってから時を止めればいいと思うだろうが()()()()()()()()()

 

「これで何度目だ……流石に別のスタンド能力の疑いを強めるべきだぜ」

 

「……そうだね」

 

 ホテル前から奴を追い掛けてそれなりの時間が経った。その間に何度も奴と遭遇したがバトルには発展せず、捉えるどころか何故か触れる事もできないのだ。

 

 ジョセフさんが後一歩で捕まえると言うところで横に積まれていた木箱が崩れ落ちて道を阻み、承太郎が追い掛ければ、時止めの能力を持っても捕まえられない条件下が何故か揃う。時止めの時間を考慮した射程を考えて攻めても、射程内に入る前に姿を消される。もしくは道を何かに阻まれてしまうのだ。

 

 僕も何度か捕まえられそうな場面を体験したが触れる事もできなかった。人が少なくここぞとばかりにケルベロスに跨り追い掛けると、運悪く看板に頭をぶつけ転落した……

 

 これだけなら僕がドジなだけで済む話だが、この時に限って承太郎が離れた所にいた。人混みも無く時止めで捕まえられる絶好の機会に限ってだ。

 

 一言で言うならまさに「()()()()()」。

 如何なる手を使っても捕まえる事ができないと()()()()()()()ような感じだ。

 

「敵も敵で意図かわからねぇ…戦う気がまるでない。まるで()()()()()()()みてぇだ」

 

「追わされている……まさか⁉︎紫の隠者(ハーミットパープル)‼︎」

 

 何かに勘付いたのかジョセフさんがまた地図を展開する。

 

「なんと……もうこんなに離れていたのか」

 

「……どうやら俺達は餌に釣られたようだ。してやられたな」

 

 砂が集まりできた地図を見ると、2つのバツ印が見える。片方は僕らの現在地だが、もう1つは…………

 

「このバツ印ってホテル?」

 

「うむ。一度戻ろう」

 

「チョッ、待ってよ‼︎目先の敵はどうすんの⁉︎」

 

「……アレは一度放っておくべきだ。スタンド能力を使う気配も無い……これは勘だが、奴は葎崎の言う「影の幽波紋使い」とは違う」

 

 …言われてみればそう思う節も多々ある。僕らから逃げるばかりで、誘ってるような素振りだった。となると……

 

「…狙いは花京院達って事?マライアがポルナレフにトドメを刺しに……でもレオンさんが念の為に見回りしてたし…もしかして敵は2人じゃない?」

 

「………そうなるな」

 

 短く答える承太郎は眉間に皺を寄せていた。

 僕らは踵返して来た道を戻るべく走り出す。すると角を曲がった先でまた奴と遭遇する。

 サングラス越しに見つめる忌々しい視線が僕らを捉えている。あの影野郎め……チョロチョロ逃げたり現れたり…本当にイラつく事をしてくれる。

 

「…いい加減にしろよ、この陰湿行為野郎‼︎ ケルベロス‼︎」

 

 痺れを切らした僕らは骨刀となったスタンドの尾を両手に持ち、貫く勢いで肘を伸ばす。動きは見様見真似のフェンシングのようだ。

 

「喰らえ!僕は剣道経験期間は1週間だァ‼︎」

 

 自慢にすらならないどうでもいい事を苛立った拍子に口走る。

 そんな初心者どころか素人の突きは、奴こと影野郎の腹部に突き刺さった……かと思ったが、頑丈なゴム風船に刺したかのような不自然な感触を体感した。

 

「…………?」

 

星の白金(スタープラチナ)‼︎『オルァァア‼︎』」ドゴン‼︎

 

 追撃を与えんばかりに承太郎がスタンドで殴りかかる。

 星の白金(スタープラチナ)の右ストレートは相手の左頬を捉えていたが、殴られた本人は軽く仰け反るだけでまるでノーダメージ。それどころか承太郎の殴った拳から血が出てくる。

 

「何だ……こいつは…」

 

「フッフッフッ……俺を誰かと勘違いしてねぇか?」

 

 不敵に笑うと奴の皮が急に焼け爛れるように溶け始めた。危険を感じ、僕と承太郎は距離を取る。

 

「俺はアレッシーではない……()()()()()()()()()()()()‼︎」

 

「ッ⁉︎」

 

 咄嗟に距離を取ったのが功を奏し奴の攻撃を躱せた僕らは、そのハンサム顔とやらを拝見して驚愕する。

 というか、僕は思考停止一歩手前だった。何でこうなる?どうして原作からこんなかけ離れるの?確かにバタフライ効果の事もあるよ?でもコレは無いんじゃない?

 

「テメェは………」

 

()()()()()()()、承太郎く〜〜ん?」

 

 そこに立っていたのはシンガポールで倒したはずのラバーソウル…節制のカードの幽波紋使い………あ、影野郎の名前アレッシーか…あぁ〜やっと思い出せた。

 いや、それより現状把握だ。考えろ……情報量が僕の取り柄!頭が回らなきゃそれは活かせない‼︎

 

「礼神…こいつは……」

 

「…うん…チョット話しかけないで」

 

「そんな事よりテメェ……どうしてここに居る?」

 

「それが聞いてくださいよォ〜。ポルナレフと花京院に奇襲かけたんすけど逃げられちゃいましてェ…それでアレッシーと追っかけてたらアンタラが居るわけで「俺が聞いてるのはそんな事じゃねぇ‼︎」

 

「お前はシンガポールてレオンに倒された筈だ。生命エネルギーをギリギリまで抜かれ、波紋で堕とされた……確かに身体に障害か残る攻撃ではなかったが、それ以前にアヴドゥルの炎で全身火傷を負っていたはずだぜ」

 

「……あ?何言ってんだ?」

 

 首を傾げておちょくる様な口調でそう返すラバーソウルは、嘘を吐いていない気がした。そして僕はラバーソウルの額に蠢く触手を見た。

 

「さっきまで追ってた奴の正体がラバーソウル?いや、話を聞く分には違う……ッ!アレって肉の芽⁉︎」

 

「肉の芽じゃと?一体何故ラバーソウルに……」

 

「葎崎、ジジィ‼︎考えるのは後にしろ。来るぜ‼︎」

 

「ゴチャゴチャ五月蝿えなぁ……俺が誰に化けようと、どこで何しようが関係ねぇ。ただわかるのは、「テメェらがココで俺に殺される」事実だけだ‼︎ドゥーユゥーアンダスタンンンンドゥ‼︎⁉︎」

 

 肥大化する黄色いヘドロ、それは肉を捕食して大きく強力に成長するスタンド。養分は実際に存在する生き物等……それで形成される故に幽波紋使い以外にも見える特殊なスタンドだ。

 周囲の一般人はそれを見て狂った様に逃げ出した。見るからに非現実的な物だからだろう。

 

「ケルベロスッ!」ドプッ

 

 承太郎とジョセフさんが反撃に出る前に、僕はそのヘドロにケルベロスを突っ込ませる。

 ヘドロはケルベロスに触れると同時に反射的に絡み付く。スタンドと感覚を共有している僕は、全身に粘着感が走り虫唾も走らせる。

 だが代わりに、ヘドロごとラバーソウルを突き飛ばす事ができた。相変わらずノーダメージだろうけど…

 

「礼神!何をやっとるんじゃ‼︎そいつの能力は女神のお前さんが1番わかっとるじゃろ‼︎」

 

「うん。ラバーソウルに勝つのは大変……でも現状、これが最善かなと………早く行って2人とも」

 

「い…一体何を……?」

 

「……ッ!」

 

 承太郎は気が付いた様で、アイコンタクトを一度するとジョセフさんを引っ張って走り去った。

 

「最善……テメェ本当にそう思ってんのか?」

 

「アンタはこう言った。ポルナレフと花京院に奇襲を仕掛け、()()()()()と追い掛けた……で、そのアレッシーは?ポルナレフと花京院を今もなお追い掛けてる…もしくは相手してる最中なんじゃない?」

 

「さぁ、どうだかな……近くに隠れてるかもしれねぇぜ?」

 

「それは無いね。結果論だけど、僕らは君の登場に釘付けだった。隠れてたら絶好の不意打ちチャンスを逃した事になるから………よって残された可能性は花京院とポルナレフがピンチ…って事。囮役が誰かは悩んだけど、アンタの他に化けれるのってあいつしかいないし、そうなると芋づる式で()()()も居るわけだ……そうなると不自然な運命にも納得がいく」

 

「………へぇ…頭いいじゃん…」

 

「…………え?…あ、そうじゃん‼︎何気に承太郎より先に気付くとかヤバくない⁉︎ヤッベ!テンション上がる‼︎誇れる‼︎」

 

「…………性格は残念だな」

 

「失敬なッ!」

 



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50.人外の苦労は絶えない

 

 《今の僕がやるべき事は何?》

 

 その問いを突き付けられた時……僕は容易く混乱するだろう。

 しかし今はどうだ?

 

『早く行って2人とも』

 

 正解かどうかわからないが最善の決断を下し、僕は1人で敵と対峙していた。

 

(まったく……レオンさんに守ってって懇願して、花京院を守るって勝手に決意して、傷付いたアヴドゥルさんを前に涙して……で、今はまた仲間の為と息巻いて戦闘態勢。自分で自分を可笑しく思う。感情が定まらないというか……)

 

 

 

『相変わらず君は意味不明だね。寝たら感情がリセットされるのかい?』

 

 

 

 ………うん、デジャヴを感じる。

 前世で似た事を言われたな…たぶん。でも誰だろう…仲良かった誰か……なんだっけなぁ……名前何だっけ?

 

「イエローテンパランス‼︎」

 

「いや違う。そんなカタカナ系の名前じゃなか……って、何考えてんだ僕は………」

 

 黄金色のヘドロが僕を飲み込もうとするが、スタンドのケルベロスを盾に後ろ走りで下がる。ケルベロスの骨の隙間から、ヘドロがボールサイズに千切れて溢れ出てくるので下がらなければ危ない。

 一度触れればもれなく捕食される。

 

「クッ……」

 

 へばりついたヘドロがケルベロスを消化しようとする。

 イエローテンパランスの消化力よりケルベロスの強度の方が強いようで耐えられるが、全身が焼ける様に熱い……火傷をせずに神経だけ熱されているようだ。

 

「噛み砕け‼︎」

 

「ん〜、中々パワフルじゃねぇか」

 

 苦しいがスタンドなら消化攻撃に耐えられる。ヘドロを纏いながらもラバーソウルの下まで進み頭部目掛けて牙を剥く。

 しかしギリギリと口を閉じようとするが、ヘドロが閉じるのを阻止して来る。

 

「戻れ」

 

 一度ケルベロスの姿を消す。ある程度近付かないと消せないので、ヘドロに触れないよう注意が必要だ。

 やっぱ物理は効かないか………さて、

 

「…この後どうしよう」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 その頃、礼神と別れた2人はポルナレフと花京院の2人と遭遇していた。それを見たジョセフは動揺を声で表す。

 

「おまっ‼︎ ど、どうしたというのだ花京院⁉︎ その姿は……」

 

「ッ⁉︎」ビクッ

 

「大声出すなよジョースターさん!花京院が驚くだろ。つーか事前に、相手がどんな能力持ちか礼神から聞いたよな」

 

 太めの腕に抱かれている小柄な幼児がジョセフの声で肩を揺らし、ポルナレフがジョセフの声量を注意する。

 承太郎は面倒臭さそうに「やれやれだぜ」と呟き帽子を被り直した。

 

「ほ…本当に幼児化してしまったのか?」

 

「あぁ、花京院はこの通り……スタンドは使えるが戦力とはほぼ遠い。花京院、さっき言った俺達の……お兄さんの友達だ。怖がる事はねぇぜ」

 

「………はい」

 

 控え目に答える花京院を見て、ポルナレフはゆっくりと顔を上げる。

 

「カァーッ!見たか今の‼︎あの花京院も子供となれば可愛いもんだぜ‼︎」

 

「ポルナレフ……戻ったら花京院にぶっ飛ばされるぜ」

 

 日頃のポルナレフに対する花京院の対応を思い出し、承太郎はふとそう思った。だがポルナレフは気にする様子もなく、花京院も心なしかポルナレフに懐いている。

 記憶が有耶無耶になり、わけのわからない状況で最初に話した相手だ。刷り込みと吊り橋効果が働いているのかもしれない。

 

「で、礼神はどうしたんだ2人共…礼神に伝えたい事があるんだが」

 

 承太郎は現状を掻い摘んで話した。

 

「〜〜〜。そんな訳で今、葎崎はラバーソウルと戦っている」

 

「何ッ⁉︎ 礼神を置いてきたのか⁉︎」

 

「お前達とも合流できた。直ぐに戻るぜ」

 

 そう言い終わる前に承太郎とジョセフは来た道を戻るべく踵返した。それを追い掛ける形でポルナレフは、花京院を抱えたまま走り出す。

 

「何でよりによって囮役が礼神なんだよ‼︎彼女の防御力なら消化攻撃は防げるかもしれないが、礼神だぜ⁉︎」

 

「………俺もあいつの事は頼りないと思う事も多い」

 

「だったら何故…「だが稀にだ」

 

 ポルナレフの言葉を承太郎が遮る。

 

「……いつもは頼れねぇ葎崎だが、()()()()()()()()()()()が稀にある」

 

「ほぉ〜。承太郎がそんな事を言うとはのぅ……付き合いが長いと、見えるものも違うのか?」

 

「そんな所だ………それに…葎崎を喧嘩に巻き込んじまった事が中学、高校と何度かあったが………」

 

「あったが?」

 

「………奴が怪我をした所を見た事がねぇ…それでか、俺はあの(アマ)がくたばる姿が想像できねぇ………カルカッタの時は流石に肝を冷やしたがな。」

 

「…ケッ、随分と信頼してるじゃねぇ………か………………?」

 

「何……じゃ………………」ガクッ

 

 突如として倦怠感が全身を覆う。

 目の前に何色が広がっているかもわからなくなり、走っていた足は空回りして地面に倒れ込む。

 ポルナレフが花京院を押し潰さなかったのは、流石に運が良かったとしか言いようがないだろう。

 そして4人は遠退く意識の中、耳に残っている小さな残響を最後に聞いていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「…うっ……一体何が起こって……テメェ、何やってんだコラァ‼︎」ブンッ

 

「ーーー⁉︎……〜〜〜!」

 

「オイ逃げんのか‼︎ 待ちやが………ったく…逃げ足の速い奴ゥ…」

 

 意識を手放してどれくらい経ったかわからねぇが、目を覚ますと妙な男が何かをしていた。何をしてたかはわからねぇが、危険性を直感で感じ取り俺はそいつを追い払う。

 

「イテテテ……ったく。何が何だってんだ…ん?」

 

 周囲を見渡すとどっかで見たような……見てないような……何で俺はこんな所にいんだ?

 

「グッ…頭痛えな。記憶がごちゃ混ぜにされた気分だぜ…ん?誰だこいつら」

 

 俺の近くで伸びてる男が2人。大人と子供……よく見ると大人の方はガキを抱えてやがる。

 

「そんな事より早く急がねぇと……ん?何処に?」

 

 確か大事な……用事?約束? 兎に角急ぐ理由があって……誰かの所に行かないと…いけない?

 な、何だ?俺の身に一体何が起こってる⁉︎ 気絶する前に何をしてたかも思い出せねぇーーー‼︎

 

「OH NO〜〜〜〜ッ‼︎ ここは何処ォ? 私は誰ェ⁉︎ 異様に暑いし、ここは外国か⁉︎ ひょっとして僕ちん誘拐されちゃったノォーーーッ⁉︎」

 

 お、落ち着け。ひとまず落ち着け…まず何をするのが最善だぁ?

 目が覚めた時に見たあの男……あいつが原因か?

 

「確か…あっちに行ったよな。ん?」

 

 男が走り去った方を見てみると、遠くから何かが飛んでくる。

 鳥か?飛行機か?…鳥にしてはデカイし、飛行機にしては低い位置を飛んで………にゃ、ニャニィーーーッ⁉︎ 飛んでるのは女じゃねぇか‼︎

 

「Oh My God‼︎ ここの国の女は空飛ぶのか⁉︎」

 

「ーーーッ⁉︎ 〜〜〜‼︎ ーーーッ‼︎‼︎」

 

 お、俺を見て何か叫んでねぇか? 言葉は通じねぇみてぇだし………

 

「状況わからねぇし言葉通じねぇしでダブルショック‼︎幽霊なんかに出会うよりももっと奇怪な遭遇…」

 

「ーーーッ!」

 

「ワヒーーッ!逃ーげるんだよーーー‼︎」

 

 一目散に逃げ出すがあの(アマ)早すぎねぇか⁉︎

 ウゲェッ‼︎ ち、ちかまっちったぁ〜〜‼︎⁉︎

 

 何か巨大な生物に押さえつけられてるみてぇでピクリとも動けねぇ。やがて女は俺の前に着陸して俺の前でしゃがみこむ。

 この女何する気だ⁉︎

 

「レオン‼︎シーザーーーー‼︎助けてくれェ〜〜〜‼︎‼︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 時は少し巻き戻り、礼神とラバーソウルが

 

「………またコレか…貴様は何者なのだ?」

 

 苦笑いを浮かべながら礼神はしゃがみ込み、地面に落ちていた藁人形を拾い上げる。それは昨日承太郎に渡された藁人形と同型の物だった。黒い藁で作られた札付きの藁人形……そんな同型の代物だが1つ違う点があった。

 

「形は同じ…でも色が違う……何故?」

 

 昨日渡された藁人形は血に染まったような真っ赤な札だったのに対し、この藁人形に貼られた札は青一色だった。

 

「見た目の違いは札の色、そして………後はみんなと考えようかな」

 

 そう言ってブレザーのポケットに藁人形をしまうが、入れた筈の藁人形は地面に落ちた。

 

「おろ?」

 

 ポケットの中身を確認してみると、そこから地面に落ちた藁人形が見える。どうやら穴が空いていたようだ。よくよく見てみればポケットだけでなく、礼神は全体的にボロボロの服を纏っている。

 外れたボタン、千切れた袖、曲がったネクタイ…全てラバーソウルのスタンド攻撃で消化された結果だ。

 

 まるで敗北したような出で立ちだが、礼神はきちんと勝利していた。

 

「イエローテンパランスが一般人に見える奴で良かったよ。時間はかかったけど、お陰で人っ子一人いない」

 

 見回してみると、確かに人の影すら視界には映らない。この場にいるのは礼神と、気絶したラバーソウルだけだった。

 死んではいない。呼吸、脈共に正常だったので確信できる。

 

「…そう…気絶なんだよね………これはいよいよ、一撃必殺の線が薄くなってきたな………」

 

 ラバーソウルのイエローテンパランスはある意味無敵で、レオンやアヴドゥルの様に相性が良くなければ弱点などほぼ皆無。だが全てを吸収できる訳ではなく、空気の振動までは吸収できない……できたとしても、ラバーソウルはそれをしなかった。

 

 礼神が気付いたのはソレだった。空気の振動…すなわち「音」

 

 それが分かりさえすれば持久戦に持ち込み、周囲に人が居なくなるのを待って声を発するだけ。

 

 幸いにも戦闘開始時から、一般人はイエローテンパランスを見て逃げ回って居た。人混みが失せるまでそう長くはかからなかったのだ。

 

 誤算があるとすれば発し方……持久戦に持ち込んだ礼神は最後の最後で集中力が欠け、イエローテンパランスに捕縛されてしまった。故に自身の口でなく、()()()()に吠えさせて能力を使ったのだ。

 

「最小音量にしたつもりだけど、ケルベロスは元々声量大きいからなぁ…一般人はみんな僕らから逃げてたし大丈夫だと思うけど……()()()()()()()()()()()()()()()なんているわけないし」

 

 この時の礼神は、再合流するべく走って来ていた承太郎達がコレで気絶した事をまだ知らない………

 

 ちなみに彼らは曲がった角の先にいる。

 

「さて、合流しますかね」

 

 慣れない手つきでラバーソウルを引き摺り、ケルベロスの肋骨内に収納する。そして礼神もケルベロスに跨るとスタンドは軽快に走り出した。

 

「あぁーもう!シャツ、下着までボロボロじゃんか…見えるとこ見えたらどうすんだ‼︎ エロ同人仕様のイエロースライムめッ‼︎」

 

 戦闘中にズレたサラシを戻す際に、サラシが切れている事に気付き苛立った声を上げる。

 しかし角を曲がった先で礼神は苛立ちは消え、同時に仄かに赤かった血色まで消える。曲がった先で倒れていた人達を見て顔色が青くなったのだ。

 

(ヤバイヤバイヤバイ、ラバーソウル以外に被害出ちゃってるどうしよドウシヨどうしよドウシヨ‼︎何でいるの?騒ぎを聞きつけた警察?)

 

 自然とケルベロスが加速し、気絶した者達に近付く。

 そして近付く事で礼神は1人起き上がっている者の存在に気付き、その起きていた人は背を向けて逃げ出した。

 

「……え?…あの服装……若い……え⁉︎」

 

 ケルベロスを更に加速させ、礼神はまだ遠いが声をかける。

 

「何で逃げんの⁉︎ 止まって‼︎ お願いだから止まってッ‼︎‼︎」

 

 人の足で逃げ切れるはずもなく、礼神は容易く逃走者を捉える。

 倒れた男の背をケルベロスが前足で抑え、その前に礼神は飛び降りる。すると………

 

「Leon‼︎Caesar‼︎Help Me〜〜〜〜‼︎‼︎

 

「レオン…シーザー……やっぱりジョセフさんなの⁉︎ アレッシーのスタンドで若返ったんだね…」

 

『あ?…今、ジョセフ…って言ったのか?』←英文

 

「あぁ…えっと……Do You Speak Japanese(貴方は日本語話せます)?」

 

『話せるわけねぇだろ、ひとまずこのわけわからん拘束を解きやがれ‼︎』

 

「な…何て言ってんの?ひとまず話せなそうだな……えっと……ユー…ジョセフ? 」

 

『何だよ可笑しな話し方だな‼︎ テメェ英語話せねぇのか?』

 

「だから何言ってんだよ……そうだ!他のみんなは⁉︎」

 

 若返ったジョセフ以外の面々を探すと、未だに倒れていた人々に目が止まる。

 

「ポルナレフ‼︎」

 

「ぅ…俺は…一体………」

 

(その手に抱かれているのはまさか…………‼︎)

 

 頭を抱えて起き上がるポルナレフ…そして……

 

「すっごーい!可愛い‼︎ 君はショタ属性のフレンズなんだね!」

 

 幼児化した花京院を見つけた礼神はポルナレフそっちのけで抱き抱える。目が覚めたばかりの花京院は、気が付けば満面の笑みを零す女性に抱かれてる訳であって混乱した。

 

「あ、あっちにいるのは承太郎⁉︎ 懐かしい‼︎」

 

「…やかましいぜ………ん?何処だココ…お前ら誰だ?」

 

 幼児化して記憶があやふやになっている承太郎だが、それも気にせず礼神は承太郎も抱き抱える。現在の承太郎の年齢は6,7歳…小学生1年生になったかなってないかくらいだ。礼神でも抱き抱えるくらいはできる小ささだ。

 

「お、おい礼神……」

 

「あ、ゴメンゴメン。それどころじゃなかったね」

 

 唯一若返っていないのは礼神とポルナレフの2人…流石にこのまま巫山戯られないと自覚した礼神は2人を下ろす。ちなみにジョセフはケルベロスに踏まれたままだ。

 

「一体何があったの?」

 

「それが…俺にもよくわかんねぇ。お前と合流する為に走っていたら意識を失っていた」

 

「それに関してはゴメン。それで?」

 

「おいおい、今目が覚めたところだぜ?何もわかんねぇよ……ただ見た所、寝てる間に幼児化させられた様だな……………ん?それに関してはって何だ?」

 

「アハハ!…それよりコレからどうしようか………」

 

「無視かよ…」

 

「……アレ?ポルナレフ、オデコに僕が付けた螺子は外れたの?」

 

「螺子?…………あ!磁力が消えている‼︎ マライアの術が解けたのか‼︎」

 

「って事はレオンさんが…」

 

 そこでジョセフの身体からバイブ音が聞こえてくる。

 

『お、チョッ、テメェ‼︎ どこ触ってやがる‼︎』

 

 ジョセフを無視して携帯機器を彼の懐から取り出し、着信のアイコンを押す。かけてきたのは向こうだが、礼神は彼の言葉を待たずに話出した。

 

「レオンさん大変‼︎」

 

『礼神か…どうした?』

 

「みんなが」

 

 通話をしながら、ふと礼神は花京院に目を向ける。誰かはわからない様だが、花京院は何となく微笑んで手を振ってくる。

 

「可愛い‼︎……じゃなくてピンチ‼︎」

 

 そう言うと少し間を開けてレオンは短く答えた。

 

『……すぐ行く』

 

 すると勝手に通話は切れ、携帯機器をポルナレフに渡す。

 

「………その服どうしたんだ礼神」

 

「そいつに溶かされた」

 

「そいつ………ってラバーソウル⁉︎ 倒したのか‼︎」

 

「まぁね…ドヤッ!」

 

「承太郎の選択は正しかったんだな」

 

「承太郎?」

 

 ポルナレフは気絶前の事を掻い摘んで話しながら、花京院と承太郎を守りやすいように自分の元に呼び寄せる。

 話を聞き終えた礼神はしゃがんで承太郎と目を合わせる。

 

「そっかー♪ 信頼する時は信頼してくれるのか」

 

「なぁ…結局誰なんだよアンタ」

 

 完全に幼少期の記憶に戻りきっていないからか口調に棘がある。それでも礼神は笑顔で対応して自己紹介をして記憶を確認させる。

 

「僕は葎崎 礼神。君も友達だよ…覚えてない?」

 

「礼神?………俺の知ってる礼神はもっと小さくて男っぽいぜ」

 

(あぁ…まぁ、小学生の頃の僕はボーイッシュだけど……)

 

「アンタみたいに可愛くはねぇ」

 

「ズキュン⁉︎」

 

 そう口に出した礼神は、腹を抱えて笑い転げてしばらく動けなかったうえ、照れなのか笑い過ぎなのかわからないがとにかく赤面していた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 GPSは……よし、アヴドゥルの時と違いちゃんと機能しているな。

 画面に表示された地図を目視し、大体感で位置を暗記する。

 

「イギー、行くぞ」

 

(えぇ〜…また走るのかよ……)

 

 マライアを入院させた病院の入り口で、イギーは寝転がりながらジト目で私を見つめていた。スタンドの多様が原因で疲れたのか、パンティング(あえぎ呼吸で呼吸器粘膜から気化熱を放散させる事)をして体温を冷ましている。

 

「礼神が応援要請してきて急がないといけないんだが………」

 

(………ハァ……仕方ねぇな…ついてくが、もう何もしねぇからな)

 

 しゃがんでいる私の膝に飛び乗ったかと思うと、そのまま跳躍して私の肩に飛び乗る。そして爪を器用に引っ掛けて体制を落ち着かせる。犬なのに猫のようだな。

 

「……まぁいい。急ぐぞ」

 

(後でコーヒーガムな?)

 

 肩にイギーを乗せたまま私は走り出した。

 乗せてるだけあって少し注目を浴びたが、目的地に向けて走るうちにそれもなくなる。それ以前に人口密度が低くなってきたのだ。

 

「ゴホッ…ゴホッ……フゥ……この辺りの筈だが………」

 

『……主よ。我は影で休息を取ることを推奨する』

 

「もちろん却下する」

 

『…………』

 

「ウグッ⁉︎」ズシッ!

 

 先を急ぐ為アンラベルの提案を流すと、少し間を空けて右足が途端に重くなる。更にビキビキとヒビが入るような痛みと共に動かなくなる。

 そして足を止め前を見ると、浮遊していたアンラベルが私の前の地面に()()()着地する。

 

「アンラベル!()()()()()()()()()()‼︎そうやって足を引っ張ったところで、貴様の望む結果は得られないぞ!」

 

 反比例を能力とするアンラベルは自身の右足だけ覚醒させる事で、私の右足から操作権を奪う。無理に私も奪え返そうと足を動かすが、鈍い痛みと共に錆びた機材のように動かすのが精一杯だった。

 

『………マライア戦時で止めるべきだった』

 

「残念だったな。さぁ、足を解放しろ………暇を見つけたらちゃんと休むから…………それで良いか?」

 

『……わかった。それで妥協しよう』

 

 床を蹴って跳躍するとアンラベルはそのまま浮遊し、私の右足は途端に軽くなりそのまま軽快に走り出せた。

 

「…ゴホッ……クソッ……肺を痛めたか?」

 

 原因は明白……マライアのスタンド磁力を無効化する為に、逆の磁力を波紋で再現したからだろう。

 ジョジョやジョセフの様な波紋使いとの私の違いは、波紋の力での自己治癒力が皆無だというところだろう。

 所詮は人間をベースにし吸血鬼を途中経過とした"なんちゃって究極生物"……そもそもあれは無茶な呼吸の仕方だったからな……この旅が終わったら老師達の元で肺を鍛え直してみるか。彼らはまだ元気かな?

 

「ストレイツォとダイアー……まぁあの2人はまだまだ死なないだろ」

 

 そんな事を思いながらも周囲を警戒し、GPSで確認した礼神達の居場所に辿り着く。するとそこには…

 

『……あぁーもうヤメた。バカバカしぃし〜、言葉通じねぇしわけわかんネェー』

 

「花京院。逸れないで側にいてね」

 

「…はーい」

 

「承太郎…オメェは今いくつなんだ?」

 

「たぶん6だぜ」

 

 ケルベロスに踏まれ自暴自棄になっている若きジョセフ。

 その少し離れた場所で地面に膝をつき両手を広げる礼神。

 そんな礼神の元へ駆け寄るブカブカな服を着た幼い赤髪の少年。

 同じ様にブカブカの学ランを着た黒髪の少年と、それを抱き上げている銀の電柱。

 更によく見れば、知った顔がケルベロスの内部で気絶している。

 

 ひとまず一言言わせて欲しい……この場を安心して仕切ってくれそうな奴が居なくて、私は胃に穴が空きそうだ。

 至極面倒臭い。

 

 ……私は考えるのを止めた……と、言いたいところだがそういうわけにもいかない。そんな弱音を吐いてはいけない。

 

「……待たせた。礼神………何がどうなってこうなってるのか聞きたいんだが…………」

 

「あ、待ってましたよレオンさん」

 

 

 〜少女説明中〜

 

 

 ……やはり先程思った事を訂正させて欲しい。

 

「考えるの……止めて良いか?」

 

「待って!逝かないでレオンさん‼︎僕を置いて逝かないで⁉︎」

 

「…ポルナレフ。周囲の警戒を頼む」

 

「元からしてるぜ〜」

 

『おいコラ、レオン‼︎ 一体全体何が起こってやがる‼︎説明しやがれ‼︎』

 

『色々と情報を整理してからな。もう少し黙っていろ』

 



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51.巫女が非力だとは限らない

『今いる場所から北に向けてランニングだ!すると道中でいじめっ子のアレッシーを見つけたぞ!』

 

『嫌な奴だけど仲間に加えてランニングを再開!耳塞いで鼻歌を歌うのを忘れずにね。ランラランララン♪』

 

『そうこうしてると、オインゴボインゴ兄弟とアレッシーはジョースター達を見つけたぞ!道中で気絶してて格好の餌食だ‼︎」

 

『でも焦ってはいけない。まずは厄介な能力を持つ承太郎とジョセフ・ジョースターを無力化だ‼︎』

 

『武器を使えばスタンドが無意識に防御してくるぞ!ここはアレッシーのスタンドで若返らせよう‼︎その間オインゴ達は影でコソコソ…』

 

『だがそれでもアレッシー気を抜くな⁉︎ジョセフがすぐさま起き上がるぞ‼︎すぐさま逃げるアレッシー。オインゴボインゴ兄弟も、別の道を通って追いかける』

 

『合流したよアレッシー。だけどまたココで別れよう。アレッシーは隙を見て奴らにまた攻撃‼︎時間が経てば敵は勝手に離れ離れに……狙うべきターゲットは巫女達だ』

 

『アレッシーに任せたオインゴ達はその場を離れて様子を見ます。だけど変装した男に気を付けろ!』

 

 

 〜〜とある漫画の一部を抜粋〜〜

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 僅かな休息を兼ねてレオンさんが日陰へ移動する。その際に若ジョセフさんとポルナレフの首根っこを掴み強引に連れて行った。

 その後レオンさん達が消えた方から青年の奇声、悲鳴が響き渡るんだけど、そろそろ警察が駆け付ける気がして怖い。ただでさえイエローテンパランスを目撃した一般市民が騒ぎ立てているのに………

 今の所人の姿は見えないが、目撃者によって明日の朝刊に載ってしまう様な事にならなければいいが………

 

「すまない。待たせたな」バサッ

 

「わっぷ⁉︎」

 

 戻って来たレオンさんは、何処から持ってきたかわからないロングコートを僕に被せてきた。服装がアレだったからね。紳士的配慮は助かりますよ。

 

「何やってたの?」

 

 膝小僧まで隠してしまうロングコートに腕を通し尋ねる。そしてサイズの差を感じて脱ごうとすると、それより早くレオンさんが前ボタンを止めて来る。

 その行動には「脱ぐな」って感情が篭ってるな。

 

「ジョセフに状況説明だけしておいた。ついでに知識を少々…」

 

 コートを着せ終えたレオンさんは後ろを振り向く。つられて僕も顔を出して視線を向けると、かなりやつれたお二人さんが……

 

「………アー…オレハ ジョセフ……言葉ワカルカ?」

 

ナンデおれマデ(何で俺まで)……」

 

「あぁ……肉の芽フル活用?」

 

「正解だ。口で言うより合理的だし、敵の姿まで伝えられた」

 

 どうやら肉の芽で直接記憶を植え付けたようだ。その方法に恐怖を感じて、2人はゲッソリしてるようだけど。

 これで勉強嫌いの若ジョセフさんとも会話ができるんだね。ポルナレフもカタコト日本語で話してるけど、スタンドの会話があるからさほど違和感がない。

 

「何でポルナレフまで?」

 

「ついでだ」

 

「なるへそ」

 

「………で、ドウスンダ?」

 

 肉の芽の触手を刺されたであろう額をさすり、ジョセフさんが話しかけて来る。

 

「礼神にはラバーソウル及び子供2人の管理、ジョセフはそんな礼神をサポート。ポルナレフは私と攻めに回る。まずはあの兄弟だ」

 

「あの…兄弟………?」

 

 顔をしかめて顎に手を当てる。それを見かねたレオンさんが軽く微笑んで口を開く。

 

「オカシイな、きちんと送信できなかったかな。もう一回肉の芽を使おう。来いポルナレフ」

 

「あ、アァッ‼︎わかったわかった‼︎あの兄弟ね‼︎オッケーオッケー大丈夫‼︎」

 

 無理矢理顔を引きつらせて笑顔を浮かべると、大声でレオンを引き止める。それを見たレオンさんはウンザリした様子で戻って来る。

 

「ヤレヤレ…それではまた別行動だな。イギーは………どっか消えたな。お前達は防戦に集中しろ」

 

「ガキどもを頼むぜ礼神。ホテルには戻れないだろうが、ここから少し離れた方がいいな……じきに騒ぎになる」

 

「わかってるよ。それじゃお気を付けて〜」

 

「オイ待て‼︎勝手に話ヲ進めんナ‼︎俺はガキの世話ナンカした事ねぇゼ⁉︎」

 

「………」

 

 話が纏まりそうな所でジョセフさんが口を挟む。

 するとレオンさんはまた微笑み、ジョセフさんの胸倉を掴んで路地裏に消えていった。

 

 ………そしてすぐに聞こえた悲鳴はきっと気のせいだよね?でも念の為に花京院と承太郎には耳を塞いでもらいました。

 

 やがて悲鳴が聞こえなくなり2人の肩に手を置く。

 

「もういいの?」

 

「いいよ。いい子だねぇ」

 

「えへへ」

 

 ーーーッ‼︎

 

 えへへだって‼︎承太郎が「えへへ」だって⁉︎

 これはもう精神年齢も戻っちゃってますね。

 原作のポルナレフの方が幼いのにそれより幼く温厚な感じがあるのは、戦闘しながら幼くなったポルナレフと違い保護者が数名いたからだろう。それも守られる立場。

 敵と対面してるわけじゃないんだから、口が汚くなる理由がない。故に昔のように可愛くなっちゃって………

 

「承太郎……大人にならないでくれないかな?」

 

「「………?」」

 

 言葉の意味がわからず首を傾げるショタ2人。

 アァーーーもう可愛すぎるだろ‼︎

 

「………ゴメン2人とも。やっぱりもう少し耳を塞いでてくれる?あと目も瞑っててね」

 

「「はーい」」

 

 そう返事をして、小さな手で両耳を塞ぎ目を瞑る。

 そうさせた理由はレオンさんが、気絶したジョセフさんを担いで出てきたからだ。

 そして雑に地面に投げられ、ジョセフさんは無意識に「グェッ」と短く鳴く。

 

 黒い瞳は上を向いて半分瞼に隠れ、無造作に開いた口の端からはヨダレが一筋流れている。まるでゲイにレ◯プされた被害者みたいだ。そのまま笑えばアヘ顔の完成だよ。子供には見せられない。

 

「起きろジョセフ………おい……はぁ」

 

 気絶させた本人なのに、レオンさんは目を覚まさないジョセフさんに苛立ちを感じているようだ。

 

 やがて足を持ち上げ………

 

深紅色波紋疾走(クリムゾンオーバードライブ)

 

「カヒョッ⁉︎」バチッ‼︎

 

 ………ジョセフさんの左胸を踏み付ける。

 聞いたことのない間抜けな嗚咽を漏らし、咳込みながらジョセフさんが起き上がる。

 

「て…テメェ、レオン?………流石……に………それは…ねぇだろ?」

 

 ガクガクの身体でなんとか立ち上がりレオンさんの首元に掴みかかると、弱々しく文句を口にした。

 

「………で、やる事はわかったか?」

 

「………イエッサー」

 

 絶望し屈したような表情を浮かべたジョセフさんは手を離し、ゆっくりと数歩下がった。

 

「これも渡しておこう。それじゃ、行ってくる」

 

 いつも口周りに巻いている長めのスカーフをジョセフさんに巻くと、何事も無かったかの様にその場を後にするレオンさん。それをドン引きした様子のポルナレフは、僕に携帯機器を渡してからレオンさんに付いていった。

 

「………ジョセフさん大丈夫?」

 

「バッ⁉︎………カやろう‼︎今の俺に触るんじゃねぇ‼︎」

 

 な、なんか怒られた………

 

 訳を聞くとまた肉の芽で記憶を植え付けられたらしい。子供の接し方とかコミュニケーション能力とか………ついでに現地の言葉と日本語知識を更に詰められ、確かに先程より流暢に喋れている。

 

 それで気絶して起こす為に打ち込まれた波紋は血流を加速させるもの。

 長時間正座してから立つと急に血流が流れ足が痺れる様に、今ジョセフさんは全身が痺れまくっているらしい。

 同じ波紋使いのジョセフさんなら、1分もかからず痺れを取れるらしいけど………

 

「まったく運がねぇぜ。わけわかんねぇ状況に陥った挙句、レオンの奴スゲェ機嫌悪いし〜〜。一体何があったんだ?」

 

 体勢を変えず棒立ちでそう呟くジョセフさん。だがその言葉を最後にし、波紋の呼吸をして痺れの緩和を始める。

 

「コオォォォォ………」ピクッ

 

「…ねぇ、もういい?」

 

「あ、ゴメンね2人とも。もういいよ」

 

 承太郎と花京院に許しを出すと、2人は目を開け手を離す。ずっと強く瞑っていたからか、耳を押さえていた手で両目をクシクシと擦る。

 

 やっぱり可愛い。

 

「で、ジョセフさんは痺れ取れそう?」

 

「コオォォォォ………あぁ、なんとかな」

 

「なら移動しよう。どこか安全な所………見通しが良くて、休める………あ、僕 方向音痴………」

 

「………ったく。コッチだ、付いて来い」

 

「え?道わかるの?」

 

 

 

 

 

 ジョセフさんを先頭に歩くが、土地勘が無いので何処に何があるかわからない。でももし迷ってもGPS付き携帯を持ってるから事が済めばレオンさんが迎えに来てくれるだろう。

 そう思って足を動かしていると噴水のある広場に出た。

 道中僕の両手は子供達で塞がり、ジョセフさんは両手フリーで歩いている。

 

 そしてずっと空気だったラバーソウルは僕らの後ろを歩いている。勘違いしないよう言っておくが、別にラバーソウルが目が覚めて自らの意思で歩いてるわけじゃないよ。

 骸鎧(スカルメイル)でサイズを合わせ包み、スタンドを通して無理やり動かしてるだけ。

 花京院の法皇の緑(ハイエロファント)が体内に入って相手を操作できるように、ケルベロスは纏わせる事で表面から操作できる………………と、思ってやってみたんだけど案外できるものだね。

 これなら目が覚めても拘束できるし、既に固定してるから黄の節制(イエローテンパランス)でも防御できないはずだ。

 

「このスタンド操作って結構神経使う……ジョセフさん、せめてどっちか面倒見てよ!」

 

「あん?何で俺がガキの面倒見なきゃなんねんだよ」

 

「事情が把握できてなくて、現状が馬鹿馬鹿しく思えるのは仕方ないだろうけど、レオンさんに言われたでしょ?」

 

「ウッセェこのオッパイオバケ!」

 

「オッパッ⁉︎なんて事言うんだコノ浮気者‼︎」

 

「浮気ィ?身に覚えがねぇなぁ⁉︎それにオモリはアマの仕事だろ」

 

「うぅ〜…この恩知らずめぇ……元に戻った時覚えてろよ〜〜」

 

 ジト目で睨むが、ジョセフさんはツンッとした表情でソッポを向き無視。二部のジョセフさんって思春期真っ盛りだから相手し辛いな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 礼神達と別れて早数分。

 敵の現在地に関する情報もなしに、私とポルナレフは町中を走り回っていた。

 

「おいレオン‼こんな方法で見つかるのかよ⁉」

 

「正直運次第だ」

 

「はぁ⁉」

 

「他に良いアイデアでもあるのか?あるなら是非とも聞きたいものだ」

 

「うっ…」

 

 頼みの綱は私の探知能力だけ。

 それはポルナレフもよく分かっているはずだ。だから言葉を詰まらせ苦い顔をする。

 

 それに、ただ当てずっぽうに探してる訳ではない。GPSマップを見た時に町の構造は粗方把握した。とある位置を中心に広がる螺旋状のように探せば、高確率である場所に誘い込むことができる。それは肉の芽でジョセフとポルナレフにも伝えてある。

 予言と私の頭脳……どちらがより先を計算できるかな?

 

『主よ。ならば我の案を聞いてくれまいか?』

 

 すると突如として現れたアンラベルが背後から顔を覗かせる。相変わらず表情は何故か見えないが、恐らく私を見つめているようだ。

 

「………何だ?」

 

『女体化して敵の目を欺く…「却下だ」

 

 目を輝かせる勢いでガッツポーズを決めるアンラベルのセリフを遮り、即答で案の不採用を告げる。

 

「女体化?何の事だ?」

 

「お前は知らなくていい」

 

『気になるかポルナレフ。主は可愛いから「ゴッ‼︎」

 

 回し蹴りがアンラベルの側頭部を捉え、アンラベルは頭から地面に叩きつけられる。といっても、実体を持っていない状態のスタンドなので、すり抜けるように地中に消えていった。

 

「………レオン、何の話だ?」

 

「黙れ」

 

 変装自体は良い案かもしれないが、向こうにも予言を能力とした奴がいる。やったところで効果はあまり無いだろ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「にしても喉乾かねぇか?なんか買ってくるから大人しく待ってろ」

 

「え?ダメだよ。今のジョセフさん、非幽波紋使いなんだから。1人になったら危ないよ」

 

 立ち上がり飲み物を買いに行こうとするジョセフさんを僕がそれを咎める。

 待ってる身も大変だし、ソコソコ歩いたので子供達も疲れる頃だ。ジュースでも買って休憩させてあげたいのは山々だけど………

 

「大丈夫だろチョイとくらい。あぁー、向こうの通りに売ってるな……」

 

「だからダメだっ………て、行っちゃった」

 

 子供達2人は僕の隣で、広場の噴水の水に手をつけて涼んでいる。追いかけるにも、2人は暑そうだし………

 

「仕方ない…待つか」

 

 少し遠いけど目の届く範囲だし、確かにチョットくらい大丈夫でしょ。

 

「ん?僕達、3人でお出掛け?」

 

「え?うん!」

 

「そっかぁ〜、()()()()()()()

 

「チョット待って。それ以上近付かないでくれる?」

 

 ………油断も隙も無いな。

 

 噴水に腰をかけていた僕は立ち上がり、ケルベロスの尾を手に持って静止するよう声をかける。ケルベロス本体はラバーソウルの拘束に使っているからそっちは使えない。

 騒ぎも収まりきっておらず人混みも少ない。だからって噴水広場でもお構いなしに接触してくる?

 

「え…………わ…わたしに話しかけたんでしょうか?別に声をかけただけで、決して怪しい者じゃ…「ザクッ‼︎」

 

 言葉を遮り尾骨を地面に突き刺す。すると僅かに相手の表情が曇り、一歩下がって距離を置く。

 

「影のスタンドも傷付くの?下手な嘘とかやめなよ。アレッシーさん」

 

「やっぱり巫女にはバレてるよ…ナッ‼︎」

 

「チョッ⁉︎」ガキン‼︎

 

 自分の名前を出された事をキッカケに、アレッシーは諦めた様に人目も気にせず懐から手斧を取り出す。しかもそれを躊躇いもなく振り下ろして来た。それも幼児状態の承太郎に……

 原作では雑魚キャラだったけど、それは承太郎達のような体育会系と比べての話………僕が受け止めた一撃は重く、尾骨に添えていた両手が痺れる。

 

「ジョセフさッ…」

 

「フンッ」ガッ

 

「カハッ………⁉︎」

 

「お姉ちゃん‼︎」

 

 承太郎の前に立ち尾骨で凶器()を受け止めたが、それで手が痺れた瞬間に首根っこを掴まれる。

 中々筋肉質なその腕はゆっくりと僕を持ち上げ、斧を手放し空いた手で僕の首にさらなる圧をかけてくる。

 

「ジョ………セ………さ………‼︎」

 

 助けを呼ぼうにも気道を潰され声が出せない。ケルベロスを動かそうにも、骸鎧を解除するには関節を一つ一つ動かす必要があって少し手間がかかる。すぐに攻撃させることはできない。

 

(ヤベッ………意識が………)

 

「お姉ちゃんを離せ‼︎エメラルドスプラッシュ‼︎」ドドドドッ

 

「おらっ! 」ゴッ‼︎

 

「イッ‼︎テェェェナァァァアッ⁉︎」ブンッ‼︎

 

「カハッ‼︎…ハァ………ハァ………」ザッ

 

  アレッシーは怒声と共に僕を投げ捨てる。

 幼児になった花京院の技は威力も低いだろう。だがそれで怯んだ間に、承太郎は落ちてた斧の切断面じゃない方でアレッシーの脛を強打していた。

 

「このガキ‼︎エラくない、全ッ然エラくないぃぃぃ‼︎⁉︎」ドッ‼︎

 

(承太郎ッ…‼︎)

 

 足元にいた承太郎を蹴飛ばし、アレッシーは遠距離攻撃を仕掛けた花京院に目を向ける。保護欲に晒された僕はすぐさま立ち上がり、息を乱したままアレッシーの前に立ち塞がる。

 

(守る…2人は……)

「ゴホッ…ゴホッ………」

 

 咳き込むばかりで声が出ない。

 

「このッ⁉︎………と、テメェは殺しちゃいけねんだったなぁ?まずはガキが先だ」カチャ

 

(ピストル⁉︎)

 

 手斧を拾ってしまうと、代わりに拳銃を取り出す。花京院に向けるなら射線上に僕がいるからまだしも、蹴り飛ばされた承太郎は距離的にどう足掻いても守れない!

 

「ーーーッ‼︎」

 

 引き金を引くより早く攻撃を仕掛ける。だが間に合うはずもない。

 振り上げた尾骨は届く距離じゃない………()()()()()()()()()‼︎

 

(………アレ?)

 

 ………その時………僕を含めた全てがスローモーションに見えた。

 走馬灯?あれ?前もこんな事なかったっけ?

 

(………何だろ、凄く落ち着く)

 

 僕はアレッシーが引き金を引くより早く攻撃できない…阻止できない事を確信した。だが微塵の焦りもなく、僕は手に持っていた尾骨を迷いも無く放った……投げたのではなく()()()

 

 

 ーーーガキンッ⁉︎ーーー

 

 

 引き金を引くと同時に、直径2cmにも満たない射線上に尾骨が重なる。銃弾に弾かれた尾骨は宙で回転して地面に刺さり、銃弾は明後日の方向に飛んで行った。

 

(でも2発目は今度こそ防げない………でも大丈夫…僕には見えてる)

 

 僕の視線の先……アレッシーを挟んだ向こう側には、破裂したかのように飛び散る水滴と、それより速く飛ぶ反射物が見えた。

 

 

 

 

「栓を吹っ飛ばす‼︎」

 

 

 

 

「アギャァァア⁉︎」

 

 引き金を引くはずだった人差し指の根元に栓が食い込み、堪らず銃を手放す。その手を抱えて前屈みになると同時に、アレッシーの顔面にガラス瓶が叩きつけられる。

 

「ジョ……フ…さ……」

 

「………喉をやられたのか。悪い、遅れた」

 

 そう言ったジョセフさんは静かに拳を握りしめて僕らの前に立つ。その握力のせいで既に割れた瓶にさらなるヒビが走る。

 それを見たアレッシーは「うぅ〜、うぅ〜」と涙目で唸るだけ唸り、不恰好ながらにも逃げ出した。

 

 すると振り向きもせずジョセフさんは、「今度は逃さねぇ‼︎」と言って走り去った。

 

(………いや、助けてもらったけど波紋治療…せめて承太郎だけにでもお願いしたかったんだけど………てかまた離れ離れになっちゃったし)

 

「お姉ちゃん‼︎」

 

「あ…あはは。君らに助けてもらっちゃったね。情けない………」

 

 苦笑いを浮かべて立ち上がると、心配そうに承太郎と花京院が駆け寄ってくる。蹴り飛ばされた承太郎の方が痛いはずなのに………

 頼りにされないといけない僕が、子供達に守られるなんてね。

 

(…情けない………情けないし、カッコ悪い………)

 

 違う意味で泣きたいよ。どれだけ気合い入れて切り替えても、空回りして足引っ張るばかりじゃんか………

 

 ………それと、久しぶりに人に対して本気でムカついたな…

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「チッキショー‼︎逃げ足早すぎんじゃねぇの⁉︎」

 

 その頃、すぐさま後を追ったジョセフだったが、ものの数分でアレッシーの姿を見失ってしまう。

 逃げ足が早い上に影のスタンドを使えば内側から鍵を開け、容易く民家に侵入もできるのだから無理もない。

 

 そのアレッシーは民家の窓から、自分を見失ったジョセフの背中をコッソリと見送った。

 

「う…うええ、いてえよお〜。ジョースターめ……だが奴は後回しだ。ちっ…ちくしょう…ガキに舐められて だ、黙っていられるか…大人の面子にかけて嬲り殺し、巫女もDIO様に献上してやるゥ〜〜っ」

 

 自分の任務遂行の為の選択を下したアレッシーは、すぐさま礼神と再戦するべく動き出す。そしてまた礼神達が場所を移動したのではないかと推測し面倒に思う。が………

 

「ーーーッ!」

 

 隠れた民家の別の窓から広場を見てみると、そこには相変わらず礼神達がいた。承太郎と花京院は礼神の後ろの噴水に腰をかけ、礼神は尾骨を片手に仁王立ちしている。

 

「……………何だあのアマ…」

 

 アレッシーの視線に気付いた礼神は静かに睨み返し、左手の中指を突き立て、反対の手で手招きしていた。

 それを見た彼は窓から身を乗り出し外へ……銃は落とした為 手斧を片手に構える。

 

 ジョセフの乱入によって逃走してからまだ2分も経っていない。

 その2分という短い時間 目を離しただけ………なのにアレッシーの目に映った少女は、何故か別人に見えた。

 

「何のつもりだ?」

 

「何って?僕らを狙いたいんだろ?僕だってお前を始末したい。だから待ってやっただけじゃん」

 

 そう言ってロングコートを脱ぎ捨て尾骨を構える。

 

「ますますわかんねぇ。お前、俺に勝てると思ってんのか?」

 

「こちとらジョースター御一行最弱の戦力だよ。でもテメェ程度の雑魚キャラには負けたくないんだよ」

 

「うは!うは!うははははははは‼︎何故俺がお前に能力を使ってないと思うね⁉︎スタンド本体を使えねぇテメェは大した力のねぇガキ!元々負けないという安心感があるからなんだよォ‼︎」

 

「うるさいなチキン野郎。御託はいいから来いよ」

 

「だったらッ‼︎遠慮なくいかせてもらう、四肢削ぎ落としてでもDIO様に献上してやるぜぇ〜〜〜ッ‼︎」

 

 ………礼神は承太郎の喧嘩に巻き込まれた事が度々あった。

 承太郎もスタンドを身につける前はただの人間。故に怪我をする事も稀にあった。だが毎度承太郎が勝つ為、礼神自身この時抱いていた感情に気付かなかった。

 

 傷付いても承太郎なら1人で返り討ちにできる。

 だから自分が何かをする必要はなかった。

 だが今の承太郎にはそれができない。

 だから自分が何を思っていたのかに気付いた。

 

 

 ーーー僕の友人に手を出すなーーー

 

 

 それは怒り………家族を一度に多く失ったあの日から抱いた、保護欲の塊とも言える感情の派生結果だった。

 

「………………ヘァ?」

 

 手斧を振り下ろしたはずの右手が異様に軽い。不自然に思い待ちあげると、その手には何も握られていなかった。

 

 

 ーーーカランーーー

 

 

 その音につられて目の前の少女に目を向けると、彼女の足元に重力に従って落ちた手斧があった。その手斧の上には緩やかに開かれた少女の左手………まさに今、彼女が持っていた手斧を手放したかのようだ。

 

「何をッ⁉︎」

 

「僕の特技だ、無刀取り(このくらい)はできるよ。そしてくらえ」ドッ‼︎

 

 まずは腹部に丸みを帯びている方の先端で突く。そして下から上に振り上げた顎を打ち、その顎に先端を付け、礼神はサイズを()()()()()

 

「グガゴッ⁉︎」ドゴン‼︎

 

 ラバーソウル拘束の為に縮まっていた尾骨……それが一瞬のうちに元のサイズに戻った。それこそ亜音速を超える速さで。

 それが寸分狂わずにアレッシーの顎を捉えたのだ。

 

 顎は前歯ごと砕け、それでも逃げ切れない衝撃が彼を宙に吹き飛ばす。そして彼が一度隠れた民家の壁を突き破り、豪快に土煙を上げる。煙が晴れて様子を見ると、そこには瓦礫クズに埋もれた目も当てられない顔面をした男がいた。

 

「………ふぅ、一皮剥けた感じ」

 

 スッキリした表情で尾骨を肩に担ぎ、礼神は脱ぎ捨てたロングコートを拾い上げた。

 




レオン
「………無刀取り、いつ体得した?」

礼神
「孤児院のいた頃にね。ちびっ子から物を取り上げるにもコツがいるんだよ」


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52.嘘もいずれは穴が開く

「………戻っちゃった。ハァ〜………」

 

「おい、その反応はなんだ葎崎」

 

 僕は噴水に腰掛けて巨漢な男を見上げる。その隣には額を片手で抑える花京院の姿もある。

 

「うぅ……悪い夢でも見ていたようだ」

 

「あんなに可愛かったのに………こんなに逞しく………」

 

「フンッ、やれやれだぜ……だがやはり、テメェはやる時はやる奴だったな」

 

「褒められた〜、イェーイ」

 

「お袋みてぇな事を言ってんじゃねぇぜ」

 

 そう言って着崩れた学ランを着直して学帽を被り直す。

 

「花京院は大丈夫?頭痛いの?」

 

「少し脳内が混乱してる感じがするけど……まぁ、大丈夫だよ、お姉ちゃ…………」

 

………………?

 

「………………」

 

 ゆ………っくりと花京院が紅潮していく。だ、ダメだ。笑っちゃダメだ。

 承太郎も顔背けて被り直したばかりの学帽のツバを深く下げた。表情は見えないが肩は僅かに震えている。笑ってんなこいつ。

 そう思う僕も笑いを堪えているが、さっきからニヤニヤが止まらん……開いた口も塞がらん。

 平常心を保とうと、話の矛先を承太郎に向けて誤魔化すと……

 

「じょ、承太郎は大丈夫?一度蹴られたけど…」

 

問題ないぜ、葎崎!

 

「プッ…アハハハ!チョ、それ反則だろ‼︎」

 

 堪えていたものが溢れ、僕は腹を抱えて笑いだす。

 だって承太郎がキメ顔で堂々と、しかも少し強めの口調で答えるんだもん‼︎花京院が失敗した後に‼︎花京院への当てつけにしか思えない!

 その花京院は手で自分の顔を覆って、噴水の腰掛けに座って蹲る。

 

「………………」

 

「ほ、ほら花京院w 行こ?みんなと合流しないと」

 

「………あぁ…そうだね」

 

 手からはみ出た表情は未だに紅く、ついつい悪戯心がくすぐられる。

 

「よし、行くよ花京院。お姉ちゃんについといでw…ってワァッ⁉︎」

 

 上から頭を抑えられ、花京院が掌でグリグリと僕の髪を乱しまくる。抵抗するにも力の差が……

 

「チョ、ゴメンて!悪かったって!だからヤメレ‼︎」

 

「………やれやれだぜ」

 

 …とか言いつつ承太郎の肩はまだ震えていた。

 

「オーイ、良かった。まだココにおったか」

 

 ちょいと渋めの声が耳に入り目を向けると、路地からジョセフさんが歩いてきた。その肩には………あら?

 

「お帰りなさいジョセフさん。なんか別の持ってきたね」

 

「偶然見つけてのぉ………ってウォ⁉︎こ、コレを礼神がやったのか⁉︎」

 

 崩れた民家を見て驚くジョセフさん。 僕はそれよりも、ジョセフさんが担いでる2人に驚きなんだけどな。

 

「何で兄弟持ってんの?」

 

 ジョセフが担いで居たのは、アレッシーと比べれば大した特徴の無い長身の男と、その弟と思われるチビっ子だった。

 片方がチビっ子だとしても、2人を担いで持ってくるとはなんてパワフルなお爺さんなんでしょう。

 

「ってか予言見て逃げ回ってた2人をどうやって捕らえたの?」

 

(それは…………

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 路地裏を走り回るジョセフはアレッシーを見失った。

 しかしジョセフは影に隠れ、すぐさま着替えを始める。

 

「そう何度も逃がすかっての!」

 

 ジョセフ・ジョースターという男は若い頃、破茶滅茶な発想で相手の虚を突くが、味方にも「ふざけているのか」と注意を受ける程の発想を実行する事が多々ある。

 それを今までセーブするのが レオンの役目でもあったが今はいない。

 

「おっし、完璧だぜ!」

 

 窓ガラスを鏡代わりに自分の姿を確認する。本人は完璧だと称しているが、それは実に酷い姿だった。

 角張った体格を覆う女性用の服、濃くキツイメイク、異常に膨らませた胸部、口元には申し訳程度にレオンから渡されたスカーフが巻かれている。

 女装のつもりのようだが化け物にしか見えない。コレでバレずに近付くつもりのようだが普通なら上手く行くはずがない。普通なら……

 

「アレッシーに任せたオインゴ達はその場を離れて様子を見ます。だけど変装した男に気を付けろ………か」

 

「お兄ちゃん、コレ………」

 

「ん、あぁ。マライアがやられる予言だな、わかってる。あの犬の変装とレオンの性転換………変装といったらその高レベルなどちらかだな。十分に気をつけ………………」

 

 乗り物運は悪いが、原作のジョセフはワムウ戦の時に掴み損ねたハンマーが指輪に引っかって手放さずに済んだり、火山の噴火の際も岩盤を盾に運良く生き残る程の強運の持ち主である。

 

 ジョセフのいる路地裏の向かいから歩いてきたのは、弟の予言を読み注意しながらも、レオンの探知能力の射程外を逃げ続けるオインゴボインゴ兄弟であった。

 

 そんな2人とジョセフは互いの姿を認識した。

 運良く巡り合わせになった別のターゲットを、ジョセフはもちろん捕らえようとする。

 

「…お、お兄ちゃん?」

 

「………いや流石にそれはねぇぜボインゴよ。幾ら何でも………コレは………」

 

「アラァ〜〜〜。ボクちゃん達ぃ?お姐さんと一緒に遊ばなぁい?」

 

「……………」

(……誰かは知らんが、ジョースター共の誰かがこんな事をするわけがない。こんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 予知により知ったマライアの敗北と、それを行なったレオンとイギーの高レベルな変装………

 灯台下暗しというわけではないが、それを頭の片隅に置いておいたオインゴは高レベルな変装を意識し、()()()()()ジョセフの低レベルなソレが変装だと気付かなかった。

 

 承太郎の祖父ということもあって、良く見れば面影もあるが、目も当てられない酷いものだったので目をそらす。

 

「アラァ?どうしたのォ?照れてるのォ?」

 

「……どのみち、ヤバい奴には違いねぇ。ボインゴよ…無視していくぞ。目も合わせるなよ」

 

「う、うん」

 

 目を逸らし別の道へ歩こうとした時、そう遠くない場所で激しい崩壊が聞こえる。まるで何かが壁を無理やり突き破ったような轟音だ。

 それに一瞬気を取られて間も無く、ジョセフの身体に異変が生じた。

 

「………………ッ⁉︎」

 

「………わ………ワシを見るんじゃあないッ‼︎」

 

 ………同時刻、噴水広場にいた礼神はアレッシーを仕留めていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ………で、ワシを見て呆気に取られていた2人を波紋で気絶させたが、そんな事言えるか!ワシが社会的に死ぬ‼︎)

「ぐ、偶然じゃよ!本当に!レオンが追い込むように追ってくれたお陰で鉢合わせできたんじゃ‼︎」

 

 焦るように笑みを浮かべるジョセフさん。なんか隠してる?

 

「ふーん。ひとまずレオンさん達と合流しよっか」

 

「だな……ジジイ、早く連絡しろ」

 

「そうじゃな。礼神、携帯を返しとくれ」

 

「あ、はい」

 

「うむ………ん?花京院はどうしたんじゃ?妙に赤いが……」

 

「………なんでもありません」

 

 そう言って花京院がソッポ向くと、先程の事を思い出し僕は俯く。承太郎も学帽を被り直して小さく肩を震わせた。

 それに気付いた花京院が承太郎の脇腹を軽く殴ったのは言うまでもない。

 

 ………そういえば。

 

「………」チラッ

 

 ………ラバーソウル、いつまで寝てんだろ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ポルナレフとランニングをすること数十分。

 ようやくジョセフから連絡が入り、我々はホテルに戻る事になる。作戦通りあの兄弟とジョセフを鉢合わせさせることができたようだ。

 

 その事をポルナレフに伝えて帰路に就くと、ホテルの玄関で眠っているイギーを見つける。私が近付くと耳をピクつかせて片目を開け、「もう終わったのか?」とでも言いたそうな表情で欠伸をついた。

 そこにジョセフ達も帰ってくる……が、何やら絵面が酷い。

 

「………ソレは何だ?」

 

「情報源です」

 

 無邪気にピースした礼神が言う。そんな彼女の後ろにはケルベロスを纏って無理やり歩かされるラバーソウル………まぁ、それはいい。途中合流した時に見たし、別に驚く事ではない。しかし……

 

「フロントになんて言うつもりだ?」

 

「それはレオンさんお願いします。ほら、フロントの人達はみんな女性だよ。なんとか言いくるめてください」

 

「………………わかった」

 

 ………1人くらい何とかなるか。

 まずは肉の芽を取り除かないとな………

 

 そんな訳で私はフロントの女性に洗脳を仕掛け(事情を話し)て、ラバーソウルをそのまま部屋まで運ぶ。

 その際にみんなとは別れ、結果的にラバーソウルから情報を聴き出すのは私と礼神の仕事になった。

 ちなみに予知と変装のスタンド兄弟は、兄の方の骨を承太郎がへし折り病院送りにしたらしい………たしかに弟は性格上、兄が動かなければ自分も動かないだろう。少し強めの波紋も流したようだし………

 

「まずどうする?僕、拷問初めてだから……あ、イギーは寝てて良いよ。お疲れ様〜」

 

 イギーを抱き抱えてペット用ベッドに寝かせると、礼神がやる気満々と言わん顔で振り向く。

 

「………君は拘束だけしてくれれば良いよ。聴き出すのは私がやるから」

 

 そう言って私は、椅子に座り気絶したラバーソウルの前に立つ。そして数度揺さぶるが、彼は中々目を覚まさない。

 口元に耳をやると呼吸音が聞こえるので死んではいない……だが悪夢でも見てるのか時折呻き声をあげる。

 

「……おろ?」

 

「何故起きない。ん?どうした……」

 

 背後でそんな声が聞こえ振り向くと、礼神が手に持ったものを見て首を傾げている。やがてハッとした表情で、礼神が私にそれを見せてくる。

 

「………声を使ったのか」

 

「うん……目覚めないのと関係あるのかな?」

 

 礼神が握っていたのは例の藁人形で、私はそれを見て頭に手をやる。万が一ラバーソウルが目覚めない原因がそれなら、まだ能力が解明してないので起こし方もわからない。面倒だな。

 

「ンドゥールの時と違って青いんだな」

 

「そうなんだよね………剥がしてみる?」

 

「あぁ」

 

 藁人形に貼られた青い札を勢いよく剥がしてみると、札が急に燃え始め跡形なく消えた。しかし昨夜とは違い、黒い藁人形は残っていた。

 

「……ゥウ…」

 

 そしてまたラバーソウルを揺すってみる。すると今度は問題なく意識が戻ったようだ。

 詳細不明の能力だったから肝を冷やしたが、これで問題なく話が……

 

『……ゥ……ゥウ…ア、ウワァァァァア‼︎‼︎』ドサッ

 

 目が覚めたラバーソウルは自分の身体を抱き締め、震える脚で逃げ出そうとする。しかし私がそれを阻止するまでもなく、ラバーソウルはその場で転け震え上がる

 

『ヤメ………ヤメテクレ…そんな物…付けたくない………許して、許してくれ……』ガタガタ

 

 みるからに精神的な問題が見られる。だがそれ以前に、私はある事に気付いた。むしろ何故今まで気付かなかったのだろう。さっきから2()m()()()()()()()()()()()

 

『ラバーソウル……まさか貴様、非・幽波紋使いなのか?』

 

 現にラバーソウルの使っている言葉は英語で、脳内翻訳をされている感じはしない。一応礼神に確認をとるが、英語を話せない彼女は言葉の意味がわからないらしい。

 

「礼神、藁人形を」

 

 彼女から藁人形を受け取りW-Refで調べてみる。すると藁人形の中からイエローテンパランスのスタンドエネルギーを感知する。

 ンドゥール戦で出来た藁人形からは感知できなかったのだが、その違いは………本体の生死か?

 

『俺は死にたく無い……まだ……俺は………まだ………』ガタガタ

 

 ………まずはこのマナーモードを解除しないとな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 僕が藁人形から札を剥がすとラバーソウルが目を覚ました。しかし彼は発狂していて、レオンさんが調べた結果スタンドを失っているらしい。しかもその失ったスタンドは今、藁人形の中にあると言う。

 これがケルベロスの能力?

 

 そんなことを考えていると、ラバーソウルがガタガタと震えながらうわ言のように英語で何かを呟く。

 スタンド越しに伝わる震えが僕に伝わってくる。肉の芽が取れたことで正気に戻るはずなのに、それで発狂してるって事は肉の芽を植え付けられる前に恐ろしい目に遭ったのだろう。

 そもそも何故肉の芽を植えられていたのだろうか。

 

『落ち着け、安心しろ……安心しろよ、ラバーソウル………悪いようにはしない。約束する』

 

 そして発狂状態のラバーソウルは今、レオンさんの手によって冷静さを取り戻して言った。これは何を使ってるんだろう…波紋?洗脳?肉の芽?

 レオンさんはラバーソウルの頭を両手で掴み、自分のオデコと相手のオデコをくっ付けて優しく語りかけていた。まるで弟を慰めるお兄ちゃんみたいだ。

 

『落ち着くまで休んで構わないぞ。飲み物を持ってこよう』

 

『………………』

 

 そしてラバーソウルから離れると、レオンさんは冷蔵庫から飲み物を取り出す。んでレオンさんが離れてる間のラバーソウルは、初めて優しさに触れた虐待された子のように涙を流している。とても下ネタ暴露してた敵キャラとは思えない。

 原作ではあまり好きなキャラでは無いが、不憫に思った僕は彼の震える手にそっと手を置く。すると少し驚いた様子で僕を見て、また涙を流し始めた。

 

 そんなこんなで数十分後、ラバーソウルはようやくそれなりに話せるようになった。

 

『もう良いのか?』

 

『あ、あぁ。大丈夫だ…もう』

 

「………何だって?」

 

 言葉がわからずレオンさんに尋ねると、それを察したのかラバーソウルが口を開く。

 

「俺は大丈夫って言ったんだ」

 

「ウェッ⁉︎日本語話せるの?」

 

「シンガポールの公用語は英語だが多種多様な民族がいるからな。俺は日本語、英語だけでなく中国語、マレー語もそれなりに話せる。一般人でも三カ国語を話せるのは当たり前だ」

 

「うわぁ…僕としては考えられない。ってか急に流暢に話すんだね」

 

「まぁな、あんたからしたら結構凄えだろ」

 

「おぉ、凄え凄え」

 

 だいぶ落ち着いたのか、軽く冗談を言うかの様にラバーソウルは胸を張って言った。

 ってかキャラ崩壊してない?肉の芽の影響?それとも戦闘時に熱くなって口悪くなるタイプの人?

 

「ではわかっていると思うが、知ってる事を話してくれるか?」

 

 その言葉を最後に少しだけ流れた静寂の後、ラバーソウルは冷や汗をかき、生唾を飲み込んでから口を開いた。

 

「……その前に………敵を尋問するなら、拘束とかしないのか?」

 

 そう言ってラバーソウルは両手首を重ねて、手錠に繋がれているようなジェスチャーを取る。

 今はケルベロスの拘束も解き、3人で席に着いている。

 

「それなら心配いらない。貴様のスタンドは偶然だが此方で確保しているし、今の貴様からは敵意を感じない」

 

「そうか……優しいん…だな」

 

 そしてまた沈黙………やがてラバーソウルは恐る恐る口を開いた。

 

「俺は………シンガポールでアヴドゥルとあんたに敗北した。そして次に目を覚ましたのは知らない狭い個室だった。病室ではなかったな…そして扉が開かれアイツ………あのお方が入ってきた」

 

「………DIOか」

 

「あ、あぁ………アヴドゥルから受けた傷は、伊月のスタンドを吸収して回復していた。だがあんたから受けた一撃がまだ強く痛みを与えていた」

 

「それで?」

 

「1人の男が後から来た。その男が俺の腹に触れると、突然身体が麻痺し痛みは消えていた」

 

「………………」

 

「それで……」

 

「まだお前は戦える………とでも言われ、肉の芽を植えられて敗北したという記憶を上書きされた」

 

「…そ、そうだ」

 

 レオンさんが指を立てて言い当てると、尋常じゃ無い冷や汗を流しながらラバーソウルはそう言った。さっきまで軽くおちゃらけてたのに……

 

 きっとシンガポールで負けた事で、僕らに勝つ自信が無くなったのだろう。そんな状態では身体が動いても勝てるわけがない。だから肉の芽で思考改善か何かを施し捨て駒のように僕らに放った……

 

 実際にまだあった事は無いからわからないけど、その出来事はラバーソウルにとって、トラウマになりうる恐怖だったのだろう。

 

「DIOの居場所はわかるか?」

 

「それは………ダメだ、思い出せない。肉の芽で操られてる間の記憶はスッポリ抜け落ちている」

 

「そうか、なら聞きたい事は以上だ」

 

「………信じるのか?俺の言葉を」

 

「先程、波紋で思考能力を鈍らせた。今の貴様は最初に考えた事をそのまま口にしてしまう。質問を聞けばその答えを無意識に考え、嘘はその後に作られる。だから嘘はつけない」

 

「そうか………………」

 

「………………………」

 

「……………………?」

 

 ここでまた静寂。

 

「えっと………ラバーソウル…さん?どうしたの?」

 

「は?」

 

「もう聞く事は無い。好きな所に行っていいぞ。まさかもう一度戦う事はないだろうしな」

 

「いや……それは………………」

 

 口をモゴモゴ動かし、また身体を震わせ始めた。

 

『ふむ………怖いのだな………………おい、無視をするで無い……む、聞こえないのか………』

 

 突拍子もなくアンちゃんが出てくる。しかし今のラバーソウルにはそれが見えず、アンちゃんはヘソ曲げて姿を消した。

 何がしたかったの?

 

「………怖いのか?」

 

 アンちゃんが消えた後にレオンさんが尋ねた。するとラバーソウルは首を縦に振った。

 

「最初は金で雇われただけだった。だが一度しくじり、肉の芽を植えられて強制的にまた雇われた。そして2度目の失敗………今の俺に未来があると思うか⁉︎」

 

 またガタガタと震え、ラバーソウルは自身の身体を抱きしめる。

 

「失敗した!3度目は無い!始末‼︎ 逃げれば追われる!始末‼︎」

 

 発狂じみた様子でそう呟く。そして次に、耳を疑う言葉が飛び出して来た。

 

 

 

 

「なぁ、あんたらの旅に同行させてくれねぇか?」

 

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………………という事があってだな」

 

 場所は変わってホテルレストラン。

 昼食の場で腹ごしらえをしつつ、情報交換と今後の動きの確認の為に我々はここに集まっていた。

 

「………で、なんて答えたんだ?」

 

 ウィンナーを刺して持ち上げたままのフォークを空中で止め、承太郎が驚いた様子でそう聞いて来た。

 承太郎だけではない。私と礼神以外はみんな食事の手を止めている。礼神はその隙に、承太郎が持っていたフォークに向かって首を伸ばし、刺さっていたウィンナーに食らいつく。

 承太郎は気付いていない。

 

「断った」

 

「だ、だよなぁー‼︎ 幾ら何でも2度も戦った相手……それも俺や花京院と違って、1度目は素の状態で襲われたんだもんな!」

 

 安心したと言わんばかりに、ポルナレフは食事を再開する。

 

「ならラバーソウルはどうするんじゃ?」

 

「財団に連絡を入れて彼を保護するように手配した。今の彼が我々に襲いかかる理由は無いし、敵意も感じなかったからスタンドも返した」

 

「ん?スタンドを………返した?」

 

 ポルナレフが咀嚼しながら首を傾げる。すると礼神が胸を張って報告を始める。

 

「なんとですね!僕のスタンドの声の能力……わかっちゃったみたいなんだよ!」

 

「おぉー、良かったじゃねぇか」

 

「良かったですね。葎崎さん」

 

「う、うん」

 

 本人にとっては一大イベントのように感じたようだが、ポルナレフと花京院は違う。まるで親戚の子が誕生日を迎えた時の様なリアクションだ。

 

「どんな能力だったんじゃ?」

 

「それは……えっと………………僕もよく分かんなくて、わかったかもしれないと言ったのはレオンさんで………」

 

 そう言ってこちらに視線を向ける。

 と言っても推測の段階だし食事中に話すには長い……食事を中断するのも嫌だし彼女に任せるか……

 

「アンラベル」

 

『うむ、主に変わって我が話そう』

 

 着物を翻して現れたアンラベルは、我々が囲む食卓の中心に移動する。

 

『先に言っておくがコレは答えではない………これから話す事は今までの事柄から推測しただけだという事を我は述べておこう』

 

 話題がそちらに変わり、ポルナレフの他にも食事の手を止めていた者たちが手を動かし始める。

 そして承太郎は何も刺さってないフォークを咥えてから礼神にジト目を向けたが、礼神は知らんぷりを通し、アンラベルは気にせず私の推測を述べ始めた。

 

『結果から言うと、葎崎 礼神の真の能力は「魂を部分的に剥ぎ取る」様なものだと考えている。根拠は「声を聞いた者が気絶する事」と「ラバーソウルが本体を揺すった所で目覚めなかった事」だ。おそらく魂が身体から離れ、例の藁人形に定着したからだと考えられる』

 

「待ってください。ならンドゥールが、お……葎崎さんの声を聞いた後にスタンド攻撃をしたのは何故ですか?今日だってレオンさんとイギーを除く僕らがソレで気絶しましたが、スタンドを失うなんて異常は幼児化で失った承太郎だけでしたよ」

 

『それは声が剥ぎ取る力しか持っていないからだと主は考えている。現にケルベロスは、ンドゥールの下に承太郎と向かってから藁人形を吐いたと聞いている。つまり剥ぎ取った魂を回収するには、ターゲットに直接近づく必要があるのだろう。花京院 典明…貴様らに異常が無いのは単に「仲間だから」とわかっているが為に、ケルベロスが奪わなかったのだろう。ケルベロスも半自立型スタンドだからな』

 

 花京院の問いに真面目にアンラベルが答える。

 ん?………礼神が肩を震わせている。笑っている様だが………何故?

 

(ヤベッ、花京院のお姉ちゃん発言思い出した………)プルプル

 

『もう一度言わせてもらうがこれは推測である。ンドゥールに関しては死して肉体を離れた魂を回収した可能性もある』

 

「なぁ、さっきの部分的に………ってのはどういう事だ?」

 

『ケルベロスの使用者である葎崎 礼神は、声の力で仮死状態になり痛覚を遮断できると言っていた。だが意識はあると言っていた。魂が完全に肉体を離れれば意識も無いはずだろう。ラバーソウルも気絶時に呻き声を上げていた』

 

「だからか………」

 

『言える事はこれぐらいだろう。更に調べるには様々な検証を必要とする』

 

「ご苦労様、アンラベル。もういいぞ」

 

 そう言うと、アンラベルは私の背後に陣取って肩から顔を出し、右手でオカズを一品指差す。

 

「……あむ」

 

『うむ。美味だ』

 

 その感想を最後にアンラベルは姿を消した。今の一連のやりとりが何を意味するのかわからなかったのか、皆は不思議そうな表情を浮かべて私を見ている。

 ただの味覚の反比例で、アンラベルの所望した料理を褒美代わりに味わわせただけなんだがな………説明しなくてもいいか。

 

「そういえば、ラバーソウルは今どこにいんだ?」

 

「イギーと共に私達の泊まっている部屋にいる。それと今後の予定だが、ジョセフと話す事が多々ある。敵襲やラバーソウルの事もあるしもう一日ここに泊まる。だから皆はまだ身体を休めていてくれ、明日の朝に整理した情報を話す。流石にもう無いと思うが、新手の幽波紋使いには気を付けろ」

 

「おい、そんな余裕がある状況か?」

 

「あぁ、礼神曰く予定よりは早く進めている。問題ない。むしろ今のうちに休めるだけ休め。この先はおちおち休めないぞ」

 

「………なら良いが」

 

 不満があるのかそう言って承太郎は学帽を被り直す。

 

「あ、じゃあ僕は学生服を直してきたいでーす」

 

「わかった。単独行動は避けて、誰か連れて行くんだぞ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「で、なんで俺なんだ?…いや、保護してもらう身だしよぉ。別に構いやしないんだが………少し不用心すぎねぇ?」

 

 昼食を終えた後、僕は承太郎を連れてラバーソウルの案内で仕立て屋へ向かっていた。

 

「だってラバーソウルさんここの言葉わかるし、地理も僕よりあるでしょ?それに、君が暴れた時に抑えられるのは僕が適任だからね」

 

 花京院が心配して付いてきてくれそうだったけど、それよりトラブルに巻き込まれるのは嫌だから「これ以上ポルナレフが変な事しないよう見張ってて」と言っておいた。

 

「確かココ……店主が服オタクで有名な変わり者だ。腕は確かで、普段なら直す機会の無い日本の学生服なんかは、喜んで直してくれるはずだぜ」

 

「そうか、邪魔するぜ」

 

 そうこうしてるうちに店に着き、承太郎を先頭に入店する。

 店主との会話や依頼とかはちゃんとラバーソウルが引き受けてくれた。やがて僕はボロボロの学生服を店主に手渡した。

 ちなみに今の僕は、新しく買って貰ったワイシャツと比較的に無事だったズボンを着ている。サラシは巻いてない。

 

「明日の朝には仕上がるってよ」

 

「了解。それじゃ出発する時に取り来よう」

 

 そんなわけで僕らは帰路につく。

 とくに何事も無くホテルに着くと、ポルナレフがロビーでタバコを吸っていて鍵をラバーソウルに投げつけて来る。ラバーソウル用のシングルらしい。

 

「そ、それじゃあ俺はこの辺で………」

 

 そう言ってラバーソウルと別れ、僕は部屋に戻ろうとする。すると承太郎が、部屋鍵を同室のジョセフさんに預けたままだった事に気付き、僕と共に部屋に向かう。多分まだ、僕の泊まってる部屋でレオンさんと話し合ってるはずだからね。

 

「………にしても承太郎。どうかしたの?」

 

「何がだ」

 

「元々無口だったけど………なんかいつもと様子が違う気がして」

 

「気のせいだぜ」クイッ

 

 はい、帽子被り直した〜。

 なんか浮かない顔…というか、ずっと考え込んでるみたいなんだよね。ここまで来るまでの間も、部屋に向かってる今ですら何かに思考を向けている。

 

 そうこうしてる間に部屋前に到着。

 

 ノックして鍵を開けて貰おうとすると、中から話し声が聞こえ……………………

 

「………………え?」

 

「………………………」クルッ

 

 偶然にも中から聞こえた言葉でノックをしようとした握り拳を宙で止める。聞き間違いかと思い承太郎を見ると、彼は無表情のまま踵返して歩き出した。

 

(………あ、待って承太郎!)

 

 一瞬遅れて僕は追いかける。廊下に敷かれたカーペットのお陰で足音は立たない。競歩で歩く承太郎に追い付く為に小走りするが、それでも足音は立たなかった。

 というより僕も承太郎も、無意識のうちに音を立てないように移動していた。急な事で理解できなかったが、バレないようにその場を立ち去ったのだ。

 

「………承太郎………アハハ…ハ………ぼ、僕の………聞き間違い………かな………?」

 

「………………………」

 

 答えは帰ってこない。

 多分、承太郎にも僕と同じ言葉が部屋から聞こえたんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオンさんが、弟?

 



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53.溢れた涙は掬えない

 承太郎達が仕立て屋へ向かうのを見送ってしばらく経った今、私はジョセフと部屋で話を進めていた。

 話の内容はラバーソウルから聞き出した情報をより詳細にしたものだ。

 

「それで、話とは何じゃ?」

 

「ジョセフはワルターを覚えているか?」

 

 私かその名を出すと、ジョセフは頬を緩ませて懐かしそうに口を開く。

 

「ワルター、忘れもせんよ。昔は遊んでやった事もあるのう」

 

 腕を組んで目を瞑り、「懐かしい」「もう成人して大分経つな」と嬉しそうに笑顔で話し出す。

 ワルター。フルネームで呼ぶと「ワルター・()()()()()()()()()()」。ファミリーネームからわかるように、彼はシーザーの息子の1人だ。

 昔ジョセフが手品を見せると目を輝かせて食い付き、幼い頃はジョセフによく懐いていた。そんなワルターをジョセフは、ホリィと同じくらいに可愛がっていた。

 

 そのワルターが………

 

「……そのワルターがDIOの手中に落ちているらしい」

 

 ピシリと石化したように動きを止め、血の気を引かせたジョセフが間抜けな面で私を見つめた。

 

「なん…じゃと………?」

 

「ラバーソウルはこう言っていた。「アヴドゥルから受けた傷は、伊月のスタンドを吸収して回復していた。だがあんたから受けた一撃がまだ強く痛みを与えていた」「1人の男が後から来た。その男が俺の腹に触れると、突然身体が麻痺し痛みは消えていた」………とな…」

 

「レオンの一撃……ラバーソウルに放った波紋は………」

 

象牙色波紋疾走(アイボリーホワイトオーバードライブ)。私が作った技。それも熟練の波紋使いでも扱うのが難しい技だ」

 

 私の言葉にジョセフが驚きで返す。

 本来は駆け巡る性質の波紋をその場に残し続けるというのは、昔から不可能と言われていた事だ。それを可能にするには、波紋の力、入射角、腕力、対象の抵抗力を一定の比率にしなければならないのだ。

 

「そんな技を使えるのは私の知人、そして才能があり幼い頃から波紋を鍛えて来た者のみ。つまり私が波紋を鍛えていた時の教え子数人………DIOの手中に堕ち、私の波紋を緩和させたのは()()()()()()()()

 

「………クソッタレ、なんて事じゃ!」

 

「肉の芽か洗脳かはわからないが、少なくともゾンビではないだろう。波紋が使えるのだからな」

 

 事実から導き出される答えを一つ一つ紡いでいると、ジョセフは声を荒げる。

 

「し、しかし‼︎ワルターがそう簡単に捕まるとは思えん‼︎」

 

「落ち着け、相手は幽波紋使いだぞ?シーザーに確認も……既にした」

 

「………そうか………間違いない…のか」

 

 肩を落としジョセフが焦りを表情に出す。

 

「シーザー曰く、ある日パタリと姿を消したらしい。旅行に行こうと思えばその日の内に国を出るような行動力があり、お前と似ていて自由人だったからな………だからしばらくの間は気にも留めなかったらしい。だが旅先からの連絡すらもないまま二ヶ月が過ぎた所で、私が連絡してきたとの事だ」

 

「………つまりここ最近の話か」

 

 大分ショックだったのか、頭を抱えて黙り込む。ホリィの状態が悪化した事を告げた時も同じ表情を浮かべていたな。

 自分と共に闘った戦友の息子だという事もあるし、私も同じ気持ちで心苦しい。

 

「皆には明日伝えるが、お前には先に言っておこうと思ってな。話はそれだけだ」

 

「そうか………よし、わかった。うむ!」

 

  一度自分の顔を叩き、ジョセフは気合を入れ直すように気持ちを入れ替えた。

 

「………なんて面構えをしとるんじゃ。レオンも気持ちを入れ替えんか」

 

「ん?」

 

「死んだ魚みたいな目をしとるぞ」

 

 そう言われて窓ガラスに目を向けると、確かに光の無い目をした私が薄っすらと映っていた。そんな私を嘲笑うように外は晴天で眩しく、堪らず私は背を向けた。

 

「………まぁ、お前さんの事じゃ。()()()()()()心苦しいものもあるんじゃろ」

 

「………………その話はしない約束だろ?」

 

 そう言って立ち上がり、私は洗面台へ向かい顔を洗う。そして顔を上げ、鏡で再度自分の顔を見るが相変わらずだった。

 だから何度かまた顔を洗い、感情を誤魔化すように血を飲み欲を満たす。

 

「お前さんは………昔っから優し過ぎるんじゃよ」

 

「ジョセフ、うるさいぞ」

 

「口で酷い事を言ったり、スパルタな所もあるが、結局お前さんは誰1人見捨てなかった」

 

「うるさい」

 

「思い返して見ろ。今まで誰かを見捨てた事があったか?」

 

「だから五月蝿いと言っているだろ。それが何だというんだ?」

 

 感情の高ぶりを感じるが、声を荒げぬようセーブする。あくまで冷静を装い続ける。

 これはアンラベルを受け入れる前の癖だな。

 

「ワシが言いたいのは…()()()()()()()()()()()()()という事じゃ」

 

「初………見捨てる事がか?……一体私が誰を見捨てると?」

 

 

 

 

「DIO」

 

 

 

 ………そう言われ、雷に打たれたように感情が麻痺する。文字通り頭の中が真っ白になり、いらん事に気付かされた気持ちだ。

 

「………………」

 

「レオン、考えたんじゃが………もう帰らんか?」

 

「………は?何を言っている。ふざけるなよ⁉︎」

 

 此奴は何を言っているんだ?今更帰ろう?ホリィはどうする⁉︎今までの旅を無駄にする気か⁉︎

 流石に私は声を荒げた。

 

「お前……何を言っているのかわかってるのか?」

 

「もちろん」

 

「DIOを野放しにし、ホリィを見捨てるのか⁉︎ワルターはどうする⁉︎アヴドゥルの事は忘れていないか⁉︎それを全部投げ捨てろと言うのか‼︎」

 

 顔が妙に熱い。これは怒りか?こんな感情はここ数十年感じていなかったな。いや、あのバカの不始末の時は流石に怒ったな。だがそれを除けば本当に怒りなんて………………………?

 

「………………」

 

 三途の川でDIOの生存を知った時、私は怒りを覚えたか?ジョジョに対して申し訳ないとは思ったし、闘志が湧くのは感じたが………

 DIOの入った棺を引き上げ、始末するのを失敗したと財団から報告を受けた時、焦りはしたが怒りは?………いや、むしろ………………

 

「もう一度言う。お前さんは優し過ぎるんじゃよ」

 

 ………………私はこの後に及んで、DIOを殺す事を躊躇っているのか?

 そう疑問を抱いた時、「それは違う」等といった心の声は聞こえなかった。

 

 私はその疑問を否定しなかった。

 

「………………実を言うと………旅を始めてから私はよく眠れていない」

 

 アンラベルを押さえ付けて苦しみ横になる事はあったが、飛行機内でも、ホテルでも、カルカッタから礼神と2人で移動した時も、私はちゃんとした睡眠を取れていないのだ。

 

「アンラベルを受け入れてからは、反比例でアンラベルに身体を乗っ取らせ、無理矢理意識を沈めたりしている」

 

「………………」

 

「………あぁそうだよ。認めよう。私は弟としてDIOに対し怨みやらを抱いていない。だがこの旅がストレスを与えているとしても、私は旅を止めるつもりはないし、奴に肩入れするつもりもない。私は見届けなければならない」

 

 ジョセフは深く座り直してから指を組み、前傾姿勢になって呟くように話し始めた。

 

「やはり帰るべきじゃよ」

 

「断る」

 

「何も全員で帰ろうと言ってる訳ではない。レオンは礼神を連れて帰ってくれ。今の礼神の能力なら、ホリィからスタンドを取り除ける。そうなればホリィを助ける事もできるだろう」

 

「だがDIOを野放しにはできない」

 

「後はワシらに任せてくれんか。ワルターもアヴドゥルも連れて帰る。DIOもワシらが………」

 

「断る。私は見届けなければならない。帰る訳にはいかない。何故そこまでして帰そうとする?」

 

「このままだと、お前さんが壊れてしまいそうで………」

 

「………DIOがいざ死ぬと言う時に、私が耐えられないとでも言うのか?」

 

 自嘲気味に笑うが、ジョセフは真面目な眼で私を見据える。

 

「エリナ婆ちゃんに聞いたぞ。ワシの祖父、ジョナサン・ジョースターの死を知った時、お前さん…自分の頭骨に届くほど、爪を頭に食い込ませたとか」

 

「それはエリナが話を盛ったな………ひとまず!私は帰らないぞ。この話は終わりだ」

 

 そう言って一方的に話をぶった切るが、ジョセフは構わず話し続ける。

 

「何故受け入れる前のアンラベルによる発作が、旅を始めてから悪化したと思う?何故ワシや礼神達にバレたと思う?」

 

「……黙れ」

 

「ワシがガキの頃は、レオンの嘘など全く見抜けなかった。お前さんしか知らぬ事を一度隠そうと思ったものは、決して誰にも気付かれない………いつも通りならな」

 

「黙れ」

 

「アンラベルを受け入れた事で発作は無くなり、目には見えなくなったが確実に精神的ダメージが蓄積されているはずだ。精神的疲労はステータスを害しているはずじゃ!」

 

「黙れッ‼︎」

 

お前こそ黙れィ‼︎」ゴッ‼︎

 

「ッ⁉︎」ドサッ

 

 ………………ジョセフに殴られた私は、ベッドに背中から倒れ込んだ。一瞬何が起きたかわからず、目を丸めて天井を見上げていた。

 

そんなに俺らは頼りねぇか(そんなにワシらは頼りないか)

 

 悲しげな目で見下ろすジョセフの姿が、若き日のジョセフと重なる。

 そうだったな………柱の男達が目覚める前の日も、私だけ無茶して心配かけたんだったな。

 

「帰らぬならせめて話そう………レオン、肩の荷を少しは下ろしたって良いんじゃないか?」

 

「………私はこの旅の元凶の弟だ。DIOの実の弟だと………そう打ち明けろと?」

 

「………………」

 

「………言える訳ないだろ……今更」

 

「…女神さんは知りたがっていたぞ。恐らく承太郎も…いや、皆がレオンを慕い、信じ、支えたがる」

 

「………………それを伝え何になる。不安を煽るだけだ…」

 

 そう言い残すと、私はジョセフから逃げるように部屋を出た。

 

「………不器用じゃのぉ〜〜」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「待ってよ承太郎」

 

「………………………」

 

「ねぇ、歩くの早いよ」

 

「………………………」

 

 口を固く閉ざしたまま、承太郎は大股で足を進める。

 承太郎の歩幅に合わせる事もできず、僕は小走りで背中を追っていた。隣を並走しようとも思ったが、そうすると承太郎が更にスピードを上げるので、仕方なく後ろをついて行く。今は顔を見られたくないのだろう。

 やがて彼はエレベーターに飛び乗り、即座にドアを閉める。おかげさまで僕は乗り損ねてしまう。

 

「葎崎………ついてくるな」

 

 閉まる刹那、目元を学帽のツバで隠してそう言われた。

 

「……屋上に向かってるのか」

 

 この場にあるエレベーターは1つではない。

 僕がボタンを押して少し待つと、隣のエレベーターが開き僕はそれに乗り込んだ。

 

 エレベーターは上へと上がり、途中で誰かが乗り込む事もなく最上階へ着く。

 

 最上階から短い階段を登った先には扉があり、それを開けると屋上に出る。そしてその日中の日差しの中には承太郎がいた。

 煙草を咥え、僕が今開けた扉の横の壁に背を預けていた。

 

「承太r「ダンッ‼︎」

 

 声をかけると、僕が名前を言い切る前に承太郎が壁を殴る。そして寄りかかるのをやめて、僕に背を向けて屋上の鉄柵に移動する。

 

「ついてくるな。と…言ったはずだ」

 

「………返事をした覚えはないね」

 

 そう言って承太郎に歩み寄ると、近寄りがたい感情を滲み出してくる。まるで承太郎が意図的に出しているようだ。

 

「………」ソッ

 

「………」

 

 鉄柵に体重を預けたまま街中を見下ろす承太郎の背に、僕は指先を軽く乗せる。

 学ラン越しに伝わってくる小さく細かい震えを感じ、僕は滑らせるように承太郎の脇腹に両腕を差し込む。

 

「…………ッ……」

 

 後ろから抱き着く形でいると、僕の手の甲に一粒、二粒と雫が零れ落ちた。承太郎は左手で口を抑え、右手は握り潰さんとばかりに自身の胸倉を掴んでいた。

 堪えるような篭った嗚咽はほとんど聞こえない………それ程に小さい。

 

 ひとまず承太郎は手が離せなさそうなので、僕は手を伸ばして承太郎の代わりに学帽を被り直させた。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」スッ

 

 しばらくそのままでいると無言で僕の手を掴み、自分から引き剥がすように腕を解く。そしてまた承太郎は街中を見下ろす。その時には小さな嗚咽も止まっていた。

 

「まったく知らなかったわけじゃねぇんだ」

 

「……そうなんだ。実は僕も……どういう経緯でジョースター家のレオンさんが吸血鬼になったか不思議だったんだけど、なんとなくわかっちゃったかも………点が線で繋がった感じ」

 

「砂漠で闘ったンドゥール……奴は「できる事なら彼の方に会いたかった」と、死ぬ間際に言った。それが誰だと言えば「DIOの弟」だと言った………詳しく追求しようとした時には力尽きていた。藁人形の事を忘れた理由はそれだ。ジジイにそれを聞いたら誤魔化されたが、何か隠しているのは察した………なら隠した理由は?」

 

 そこまで言うと口を閉ざした。

 

 するとそこに………………

 

「む、先客か………なんだ、お前達か」

 

「ッ⁉︎」

 

 このタイミングで屋上に やって来たのはレオンさんだった。

 

「………レオン」

 

「ちょうどいい。承太郎、一本貰えるか?」

 

 承太郎は差し出されたレオンさんの手に、一瞬間を開けて煙草を差し出す。そして火をつけてあげると、レオンさんは口一杯に煙を吸ってから吐き出す。

 

「……波紋使いが煙草吸って良いのかなぁ〜」

 

 空気が重いので、軽く戯けた調子でそう言ってみる。

 

 

 

 だがこれがキッカケで、空気は更に重くなる。

 

 

 

「リサリサも吸っていただろ。別に問題ない」

 

「………それってエリザベス曾祖母さんの事か」

 

「そうだ承太郎。ジョセフと私の母で……」

 

 

 

「テメェの母?姪だろ」

 

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 空気にヒビが入ったかのように、ピシリという効果音が聞こえた。

 被せ気味に言われたその一言に驚きはしなかった。むしろ驚きもせず冷静に事を考えれたことに驚いた。

 

 ………さっきのを聞かれたか……それとも敵の誰かが吐いたか………

 

 もしくは………両方か………

 

 思い返してみれば承太郎の目が疑心暗鬼だったような気もする。

 

「………何故黙ってた?」

 

「言って得する事がないからだ」

 

「だから黙ってんのか。今までも、これからも」

 

「だな」

 

「俺たちは仲間だよな?」

 

「もちろんだ」

 

「それでも言わねぇのか」

 

「あぁ」

 

「俺らが信用できないのか?」

 

「信用してるからこそ言えない事もある」

 

 トントン拍子で進む会話が、そこでリズムを崩した。

 

「………ジジイに何を言われた」

 

「帰れ………だとさ。礼神も連れてな」

 

(え?僕も?)

 

 互いに顔を見ずに会話していたが、承太郎が身体をこちらに向ける。

 そして鉄柵から離れて、程よく距離を取る。

 

「だろうな。血の繋がりってやつなのか、遺伝というやつなのか………話が早くて助かるぜ」

 

 そう言って承太郎は自らのスタンド、星の白金(スタープラチナ)を発現させて臨戦態勢を取る。

 

「………なんの真似だ?」

 

「今の会話……テメェはDIOの弟だと認めたってわけでいいんだな?」

 

「……まさか、私を敵とみなすのか」

 

「まさか………俺はジジイと同じ意見を提示したいだけだぜ。だがどちらかというと、俺は()()()でな………」

 

 決して冗談を言っているわけではない。真剣な眼差しをして、強い決意と共に闘気を滾らせている。

 

「レオン。大人しく日本に帰ってもらうぜ」

 

「………ほら言わんこっちゃない。知られたところでいい事もなく、起こる出来事はマイナス方向ばかり。根が優しいお前に知られたら、追い返されるとも思ったさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………まぁ、スタンドまで出してくるのは想定外だが」

 

 一気に煙を吸い込み、煙草の消耗を加速させる。

 吸い終えてから火を消してゴミをしまうと、安全圏まで離れて私も臨戦態勢に入る

 

「人は誰かの言葉を理解しない。自分の言葉ではないからな。ならどうやって理解させればいいと思う?相手の言葉で伝えるんだ」

 

 男は拳で語る。と誰のセリフかはわからないが誰かが言ったのだ。そして承太郎の言葉もその類だろう。

 今逃げ出しても意味はない。理解してもらわなければ進めない。

 

 なら………

 

「承太郎………拳を交えよう(話をしよう)

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 承太郎はレオンの事を尊敬し、憧れとしていた。

 レオンは承太郎の事を信頼し、時に頼っていた。

 

 そんな2人が今、屋上で互いを傷つけ合っている。

 礼神はそんな中、どうすればいいかもわからず戸惑っていた。止めたいとは思っているが、行動に移せずにいた。

 

星の白金(スタープラチナ)‼︎」

 

「W-Ref……グッ⁉︎」スィ-

 

 日中の人並みに身体能力の落ちたレオンが星の白金(スタープラチナ)の攻撃を捌けるわけもなく、防御態勢をとったものの拳をモロに受けてしまう。

 しかしそれは計算内。W-Refのブーツで地面との摩擦力を吸収して、滑走するように後方へ下がる。そうする事でレオンは衝撃を緩和した。

 だがそれは承太郎も予測していた事で、すぐさま接近して拳を振り下ろしてくる。

 

(承太郎のスタンドは恐ろしく速いが射程が短い。滑走して引いたが為に、承太郎自身が接近しないと星の白金(スタープラチナ)の拳は届かない。なら………)

 

 追撃の接近速度は承太郎の足運びに依存した為、レオンは二撃目のタイミングを予期………滑走による緩和を防ぐ為に上から振り下ろす事も予測して、レオンは振り下ろされたスタンドの拳をW-Refで受け止めた。

 そして今得たエネルギーを足裏から放出。ロケットスタートの容量で承太郎の懐へと飛び込む。

 1度本体に触れてしまえば、スタンドを封じられるからだ。

 

星の白金(スタープラチナ)世界(ザ・ワールド)‼︎」

 

 しかしそれは時を止める事で躱され、逆に星の白金(スタープラチナ)がレオンを後ろから拘束する。承太郎が手を緩めないと抜け出せないだろう。だがそれも………

 

透明色波紋疾走(クリアオーバードライブ)‼︎」ボンッ

 

「ぬぅっ⁉︎」

 

 レオンの手からは破裂音と共に衝撃波が発生。

 承太郎の…スタンドの腕が痺れた瞬間にレオンは拘束から抜け出した。

 

 透明色波紋疾走……それは自分の身体の一部に圧縮した反発の波紋。

 その反発力で承太郎の腕はスタンド越しに痺れ、拘束からの脱出のチャンスとなったが、同時に一瞬の隙を生み出した。

 

 

 

ーー2人とも止めてよ‼︎ーー

 

 

 そこで礼神が叫んだ。

 2人が望んで闘っている……強い意志同士で互いにぶつかっている事を察した礼神は、言葉で言っても止まらないとわかっていた。

 それでも止めたい………

 

 だから礼神は言葉でなく()を使った。しかし………

 

 

 

「オラァッ‼︎」ガツン‼︎「フンッ‼︎」

 

 

 一瞬倒れるかのように見えた2人は、踏ん張り意識を手放さなかった。むしろその崩れかけた前のめりの体勢を利用し、互いが頭突きを相手に放つ。

 

 頭同士のぶつかり合いによる衝撃で承太郎は学帽落とし、レオンはスカーフが緩み外れかける。

 承太郎はその落ちた学帽を拾うと礼神に押し付ける。

 

「止めるんじゃぁねぇぜ」

 

 そう言ってる間に、レオンはスカーフを外して小さく畳み懐にしまった。その目は細く、礼神を数秒見つめてから承太郎に戻す。

 レオンも止められる事は望んでいなかった。

 

「オラオラオラオラオルァア‼︎」

 

「グッ………ッ」

 

 叩き込まれる星の白金(スタープラチナ)のラッシュについていけるはずもなく、レオンはまた摩擦力を奪って滑走する事にした。しかし同じ手は使えず、承太郎のスタンドの左手はレオンの右肩を強く掴んで離さない。

 右手のみのラッシュだがそれでもついていけない。しかしレオンは観察力に長けていた。

 

(私を掴んでいるという事は距離は固定。右腕の長さから叩き込まれる拳の着弾範囲は………)

 

 全てを受け止める事は出来ないがW-Refを構え、ダメージを与えられるポイントを狭める。そして誘導………レオンは自らの左頬を無意識に殴るように仕向け、ひたすら待った。

 やがて狙い通りに拳がレオンの左頬を殴り抜く。予期して待っていた一撃にレオンの両手がしがみ付いた。

 首の力を抜き衝撃を流しやすくしたが、それでも重い一撃で意識が飛びかける。これを待つ為に貰った打撃数も少なくない。それでもレオンは星の白金(スタープラチナ)の右腕を掴み止めた。

 

 ならば左の拳をと振り上げようとするが、掴んだ時点でレオンは波紋を放つ。

 

透明色波紋疾走(クリアオーバードライブ)‼︎」ドォン‼︎

 

「ヌグゥッ⁉︎」

 

 両手でホールドした状態で挟むように放たれた波紋の衝撃波は、スタンドの右腕内で反響するように迸る。

 

(波紋が流れてるのは俺の星の白金(スタープラチナ)だ……消せば俺の右腕の痺れは消えるだろうが、その隙をレオンが逃さねぇわけがねぇ………なら逆に………)

 

 承太郎は利き腕の痺れと痛みを無視して、スタンドに摑みかからせようとする………が、星の白金(スタープラチナ)はレオンに届く前に姿を消した。

 

「なっ⁉︎」

 

 消えた事に一瞬戸惑うレオンの正面からは、承太郎が直接飛び込んで来る。スタンドのヴィジョンを目眩しに、承太郎は素手でレオンに飛びかかった。

 

「レオォォォンッ‼︎‼︎」

 

 怒声の篭った声と共に豪腕が伸びる。

 驚きはしたが対処できない事もなく、レオンはW-Refを翳し防ごうとする。しかし星の白金(スタープラチナ)の攻撃を少しでも耐える為に発動させていたW-Refはここで消えてしまう。

 

「まさか…クールタイムのタイミングまで考えて………」

 

「オラァッ‼︎」

 

 何もはめていないレオンの細い腕ごと、承太郎はレオンの顔面を殴り抜いた。星の白金(スタープラチナ)による左頬への一撃もあり、レオンは千鳥足で後退し尻餅をつく。

 そこに承太郎は追い討ちをかける。飛びつき馬乗りになり、拳をまた振り下ろす。

 

「テメェは…何故そこまでして頼らねぇ‼︎」ガンッガンッ‼︎

 

 拳と共に言葉が放たれる。

 

「そんなに頼りねぇか⁉︎」

 

 更に拳が振り下ろされる。

 

「どれだけコッチが苦しい思いしてると思ってんだ‼︎」

 

 次々と溢れ出る言葉からは、悲しく、辛い感情が読み取られる。

 だが承太郎らしくもなく、その言葉の意味は自分の事ばかりで相手の気持ちを汲んでいないものだった。

 レオンの苦しみも理解しているにも関わらず、承太郎は自分の苦しみばかりを代弁している。それは自分の口からではなく、レオンの口から本音を聞こうとしているからだ。

 

「頼られねぇ俺の気持ちが、テメェにわかんのか‼︎⁉︎」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎‼︎」ガンッ‼︎

 

「「ッ⁉︎」」

 

 首を浮かせ、承太郎の振り下した拳に向けて頭突きを放つ。それを食らい承太郎は動きを止める。

 痛みによってではない。驚愕によってだ。

 本音を聞こうとしているのを察してか、レオンはあえて怒ったように声を荒げた。今までの口調とは違う少し荒い口調………私ではなく俺。普段その口からは聞かない単語だが、違和感がなかった。

 先ほど言ったようにあえて怒ったようだったが、決して演技のようには思えなかった。

 

 少しの静寂の後に口を開いたレオンの口調は元に戻っていた。

 

「………お前達にわかるか?すぐ近くに居たにも関わらず助けられず、冷たくなっていく育て親を抱いた私の気持ちが………私は転生者だ。結末を知っていてなお助けられなかった……しかもその育て親を………ジョースター卿を殺したのは実の兄だ。初めて私を我が子として受け入れてくれた人を殺したのがDIOだ」

 

 承太郎がレオンの上から退くと、レオンは起き上がりその場で胡座をかく。

 

「お前達にわかるか?ようやく悲劇が終わったと思った矢先、もう1人の兄………ジョジョ達の幸せを祈って新婚旅行に向かっていくのを見送る私の気持ちが………彼は二度と帰ってこなかった。 DIOに殺された。()()()()()()()()()()()()()‼︎………私は家族を何度失えば良いんだとその時思った………何故ジョジョが死ぬという大事な事を、当時の私は忘れていた?………あの日以上に自殺願望に駆られた日は無いよ」

 

 頭部に爪を食い込ませ蹲ったかつての自分の姿を思い出す。

 話を盛ったとレオンは言ったが、今思えば確かに脳まで爪が達していたかもしれない。

 

「頼られない者の気持ち………分かっていたはずなんだがな。だからこそ頼る事すら無いと思わせる為に隠していたのに………」

 

 脳裏に浮かぶは、柱の男が目覚め、リサリサ達に置いてかれたあの日の光景………急いで後を追うと、瀕死で皆が横たわっていたあの光景だ………

 

「………教えてくれないか、承太郎………………結末を見届ける事も、兄の尻拭いも、親友へのせめてもの罪滅ぼしすら許されない私は………何故この世に産まれて来たんだ?何故わざわざ2つ目の命を受けて産まれて来たんだ⁉︎……なぁ、教えてくれ」

 

「………………テメェ………は………」

 

「私は………………?」

 

 全員は口を紡ぎ、乾いた風の吹き抜ける音だけが五月蝿く聞こえる。

 やがて承太郎はバツが悪そうに背を向けた。

 

「………知らねえよ。俺は空条 承太郎だ………レオン・ジョースターじゃねぇ。だからそのくらい自分で決めろ」

 

 それを聞いたレオンは自嘲気味に小さく笑った。

 

「そもそも生きるのに理由が必要なのか?俺にはよくわかんねぇな。だがこれだけは言っておく………俺が生きたいと思える世界にいるのはお袋や親父、ジジイに葎崎、この旅で出会った連中…そしてテメェだ、レオン。俺はそれを守りてぇと思って今旅をしている。それでこれから無理をするかもしれねぇ。DIOに対抗できるのは俺だけらしいからな……俺はテメェらの為に戦う。だからテメェは俺の為に戦え‼︎………今はそれで我慢しろ」

 

 そう言い残して承太郎は屋上を後にした。

 それを聴き終えたレオンは自然と口元が緩み、頬に雫が流れる。

 

「ひとまず……旅は続けて良さそうだな。逃げられた気もするが………今はいいだろう」

 

 そう言って立ち上がると、レオンの腹部に強めの衝撃が走る。

 

「………礼神…」

 

「レオンざんのバガァ‼︎げんがどがじないでよ(喧嘩とかしないでよ)‼︎‼︎」

 

「……あぁ………悪かった」

 

 クシャクシャに歪んだ泣き顔をレオンに押し付けながら、礼神は泣きじゃくりながらそう言った。

 レオンはそんな礼神の背を優しく撫でていた。

 




レオンの言った「あのバカ」とは、海底からDIOを引き上げた時勝手に動き、銃でレオンの首を撃ち抜いた奴です。


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54.騙すのに嘘は不要

「んぉ、ようやく戻ってきおったわい」

 

 私と礼神が部屋に戻ると、そこにはジョセフがいた。

 話を聞くところによると、私が部屋鍵も持たずに飛び出したから留守番をしていた………と言っているが、それはタテマエで今後の私の動きを知る為に待っていたのだろう。

 

 ………というか。

 

「ジョセフ………まさか私をハメたのか?」

 

「さぁの〜?」チャリ

 

 そう言ってジョセフが、自分の泊まっている鍵を指先で回す。

 承太郎が鍵を取りに来ると知っていてあんな話をしたのか………だがタイミングはわからないはずだ。2人が聞いていたのは単なる偶然か………真偽はわからんな。

 

「で、何かあったのか?」

 

「まぁな。屋上で承太郎と殴り合ってきた」

 

「ワッハッハ‼︎お前さんには良い薬になったんじゃないか?」

 

 思い通りに事が運んだ。とでも言いたそうな表情でジョセフが笑う。それを見て礼神は「笑い事じゃ無いよ」と言って不機嫌になる。

 

 ………ん?そういえば、ここにジョセフがいてまだ鍵持っているという事は………

 

「ジジイ。まだここにいやがったのか!」バタン‼︎

 

 扉を押し開けて承太郎が入って来る。

 そしてジョセフの手から鍵を奪って早々に出て行こうとする。早く休みたいようだな。それなりに私も反撃をしたしな。

 だが出る前にこちらを横目に見て足を止める。

 

「………旅を続けるつもりなら………わかってんだろうな?」

 

「ハァ………あぁ、話せば良いんだろう?乗り気じゃ無いが、わかっているよ」

 

 そう返すと、何も言わずに承太郎は出て言った。

 夕食の時に集まってもらって打ち明けてもいいが、それが混乱を招いて今夜ゆっくり休めない可能性もある。

 打ち合わせの時に夕食は個々で取るように言っているし、話すのは明日の朝でいいだろう。

 

「そういう訳だ。ジョセフもそれで満足だろ?」

 

「うむ。それじゃワシも失礼するよ。また明日」

 

「あぁ」

 

 承太郎に続きジョセフも出て行き、私は荷物からボトルを取り出し口に含む。

 

「………疲れた」

 

「お疲れ。夜食はルームサービスで頼もう。寝てて良いぞ」

 

 そう告げると、礼神は何も言わずにベッドに倒れ込んだ。

 布団が「バフッ」と音を立て、礼神はそのままの体勢で口だけ動かす。

 

「………僕の声、レオンさんと承太郎には効かなかったね」

 

「殴り合いに集中してたからな」

 

「あとは精神力の差かなぁ〜〜………そういえばレオンさん……」

 

「何だ?」

 

「その………DIOと昔何があったか……チョット気になるんだけど………」

 

 今となっては別に構わないので、私は礼神が聞いて来る事全てに答えてあげた。

 

 

 

 

 

 そして翌日………

 

「………と、言うわけだ」

 

「「………………」」ポカーン

 

 ワルターの存在を知らせ今後の動きを打ち合わせした後、朝食の場で私は、昨夜約束した通り秘密を暴露する。

 話して良い事など何も無いと言ったが、ポルナレフと花京院の唖然とした表情が見れたのは儲けものか?

 花京院は口を開けて停止し、ポルナレフも動きを止めてフォークからはブロッコリーが転げ落ちた。

 

 DIOについて話があると言えば真剣な眼差しを向けるが、「実は私の兄なんだ」なんて言えばそうなるのは当然か。

 

「えっと………冗談…か?ハハハッ、随分と笑えない……な?」

 

 普段冗談など言わないからポルナレフが混乱している。しかし花京院は早くも冷静を取り戻し、少しだけ考え込む。

 

「………本当の事…なんですね?」

 

「あぁ」

 

 そう短く答えてから、私は100年近く昔の悲劇と私の罪を告白した。

 ちなみにラバーソウルはこの場にはいない。下手に聞かれて情報を彼が得てしまえば、戦意関係なく情報源として敵に狙われる可能性があるからだ。

 

 数分をかけて話し終えると、ポルナレフはフォークを置いて額に汗を滲ませる。

 

「…マジかよ。な、何で今、このタイミングで言うんだ⁉︎なんの前触れもなく……」

 

「やっぱり可笑しいと思うよなポルナレフ。私もそう思うよ。ほら見ろ承太郎、ジョセフ。やっぱり言わない方が良かったんだ」

 

「レオン………後の祭りだぜ」

 

 朝食の手を進めながらそう言うと、無愛想にそう返される。

 

「承太郎…君は知っていたのか?」

 

「承太郎と礼神は昨日………ワシはとうの昔から知っておるよ」

 

「ポルナレフも言いましたが………何故今それを?」

 

 神妙な顔付きで私の表情を伺うように花京院が訪ねて来る。

 

「私は最後まで隠し通すつもりだった………だがバレてしまってな。ジョセフは肩の荷を下ろすために打ち明けろとしつこいし………もちろん皆の混乱も危惧しての黙認だ。企みがあるわけではない」

 

「あ、いえ。別にレオンさんを疑ってるわけでは………」

 

 少し申し訳なさそうに両手を振る花京院。

 そして何か気付いたのか、ポルナレフはバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「今聞いた話………つ…つまりこう言うことか?テメェは最初、承太郎の母親である空条 ホリィを救うために旅に参加した。だがそれと同時に……兄であり親友でもあるジョナサン・ジョースターを弔う為にDIOを………」

 

 そこまで言って口を手で覆い、ポルナレフはワナワナと震える。

 

「………そうだポルナレフ。貴様と同じだな」

 

「いや………相手が違うだろ。俺は憎っくきJ・ガイル。レオンは……幼少期に苦楽を共にしたもう1人の兄。妹の仇を討つ為何年も俺は殺意に身を焦がしていた………だがお前は相手が兄であるが為に、それを抱くことも出来ず100年近く苦しんでいた。流石に俺もあの時はキレたが、カルカッタで言われた一言にも納得がいくぜ………あんたと俺じゃ、弔いの重みもかけてきた時間もが違いすぎる。確かにレオンからしたら()()()()()()()の事なのかもな。なんせお前は100年待ったんだ………」

 

「ん、その節はまぁすまなかったな。私の言い方も悪かった」

 

「正直な話。あの時ブチ切れたかったのはレオンの方だったんだろ?俺だけが復讐に身を焦がしていたから」

 

「その話は止めよう。過ぎた事………それこそ後の祭りだ」

 

「そうですね………ところで話は戻りますが、何故今それを打ち明けたんですか?レオンさんがジョースターさんにシツコク言われたのはわかりました。ならジョースターさんは何故打ち明けさせようと?信頼してくれているのは有り難いんですが、レオンさんの肩の荷を下ろさせる為だけには思えないんですが………」

 

 花京院の言う通りだ。

 ジョセフの事だ。帰らないならせめて打ち明けろ、と言っていたが、最初からジョセフは私の身を案じて帰そうと考えている。おそらく今もな。

 

「レオンは昔から嘘や隠し事が得意でな、気づきにくいが着実と精神的な意味で衰弱していっている。弔う対象と敵が両方とも家族なのだから無理もない。現にアンラベルの発作が活発になりワシにバレたのは旅立つ事を決めた次の日じゃ。ワシはレオンを日本に帰そうと思っている」

 

「結局ソレか………打ち明けようと打ち明けまいと、お前は私をリタイアさせるつもりなんだな?」

 

 今に「私を帰す」という意見をジョセフが言うだろう。と、思った矢先に本当に言いやがった。

 

「ならば多数決を取ろう。参加者はレオンを除くワシら5人。半数がお前さんの旅を許可するなら、もう好きにせい。もちろんワシは「帰す」に1票」

 

 そう言って手を挙げるジョセフ。

 なるほど…私と一対一で話し込んでも無意味と悟ったか。それでこの場を借りて全員で意見を出す。

 

「何故私に投票権がないんだ?」

 

「裁判で容疑者が自分を許すと宣言しても、周囲は納得せんだろう?それと同じじゃよ」

 

 私の有無も言わせずに始める気のようだ。すると2番目に手を挙げたのは花京院だった。

 

「では………僕も「帰す」に1票。元々僕は、レオンさんが第二のスタンドを所持していると知った時点で、貴方には帰って頂きたかった。今となってはもうスタンドによる問題ではありませんが、未だに苦しんでいるのなら僕は貴方の旅に反対します……すみません」

 

「いや良いんだ。人の意見………説得はできても、命令する権利は誰にも無い」

 

 また一言謝ってきた花京院にそう言う。

 テーブルを囲んでいるのは6人…すでに向こうには2票か………

 そこでまた1人手を挙げた。

 

「俺はレオンの旅を許可するぜ」

 

「承太郎ッ⁉︎」

 

「………良いのか?」

 

 こちらについた最初の1票はまさかの承太郎だった。

 

「俺は昨夜殴り合ってレオンの腹の底がようやく知れた。俺はレオンを信じる」

 

 学帽を被り直し手を下ろすとポルナレフも賛同して手を挙げてくれた。

 

「俺もレオンの旅を許可する。俺に似て非なる心境で……それも俺よりも苦しい状況下で生きたレオンには、結末を見届ける権利と義務がある!」

 

「………これで2対2じゃな。女神さん…お前さんはどちらじゃ?」

 

 全員の視線が礼神に向けられる。朝食時から一言も話していない礼神は、無表情を作ろうとしながら汗を流す。

 

「ぼ……僕は………………」

 

『我は主の旅を許可する』

 

「ッ⁉︎」

 

 そこで意外な人物が手を挙げた。

 

「アンラベル‼︎お前はレオンのスタンドじゃろう!レオン同様に投票権などないわ‼︎」

 

『何故だ。我はアンラベル、我が主レオン・ジョースターの第二のスタンド……主を守るのが我の役目だ。この場の誰よりも主の事を思っている我だからこそ、この場の誰よりも言葉に()()とやらが存在すると思うのだが………』

 

「ぬぅ………ならば何故お前がそっちに手を挙げる。レオンの為を思ってか?」

 

『あぁ、主の事を思ってだ。主の健康状態以上の情報が手に取るようにわかる。そんな我が許可したのだ。全員が否定しようとも、我の言葉にこそ耳を傾けるべきではないか』

 

 アンラベルのその言葉には誰も反論できなかった。

 

「これで2対3だ。葎崎がコッチ側に投票すればレオンは旅を続ける。ジジイ側に投票したとしても、3対3でこの多数決は保留だな。つう事はだ……結果を出すのはまた今度となり、この多数決を始める前の状態に戻るのが妥当だな。そう思わねぇか?」

 

「承太郎まで………」

 

「これ以上話しても無駄だな。さっさと飯食って出発するぜ」

 

 承太郎の言葉にジョセフは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 日本からはるか3万キロ。我々はついにカイロに足を踏み入れた。

 この場を今歩けているのは、言いくるめに近いがジョセフを説得できたからだ。

 花京院も「帰す派」だったが、彼は………

 

『確かに僕は貴方に帰って頂きたい。心配ですから………ですが同時に僕はレオンさんを信じています。多数決という場だったからこそ自分の意見を言いましたが、旅の同行を強く願うレオンさんを僕は否定できません』

 

 ………と、そう言ってくれた。

 

 朝食を済ませた後は、部屋で待機していたラバーソウルに声をかけて再出発した。現時点ではまだラバーソウルは我々と共にいる。

 敵は我々の動向を何かしらの手段でわかっているようでもあるが、念の為に財団の迎えなどにもと言った動きは見せなくない。その為、ホテルに迎えに来させるのではなく、我々が待ち合わせ場所に向かう事になっている。

 荷物などの受け渡しならまだしも、今回の財団への依頼はラバーソウルの保護だ。その場に放置というわけにはいかない。(そもそも1人になる事を極端に避けたがる)

 

「ほ、本当に大丈夫か……ですか?て、敵との戦闘には加わらなくても良いんですよね?」

 

「あぁ、保護すると言ったからには、お前さんの安全も保証する」

 

「………できればだがな」

 

「ッ⁉︎」ビクッ‼︎

 

 ジョセフの言葉に続けてポルナレフがそう言うと、ラバーソウルは一瞬反応し、変装道具を必死に掛け直す。

 今のラバーソウルはターバンを巻いてサングラスとマスクを身に付けている。

 

「ポルナレフ〜、あまり虐めんな〜」

 

 暑さにやられているのか、覇気のない声で礼神がそう言った。

 そんなこんなで歩いていると一軒の店を見つける。

 

「あそこだ。あの店が財団との待ち合わせ場所…彼らは幽波紋使いと比べれば無力だ。先に財団を動かし待たせると敵に襲われる可能性もある。その場に長時間居座らせない為に後から来る事になっているから、待ち時間の間は休んでいてくれ」

 

「また休みですか……連戦よりはマシですが、こうのんびりするのはやはり不安になりますね」

 

 その店の正体はカフェで、我々は8人がけの大きなテーブルを囲み、空席を1つ作って座る。イギーはその辺の日陰で寝転がり、間も無く店員が我々の所にやってくる。

 

「ようこそ外国の方々…何にします?」

 

「アイスティー」

「ワシもアイスティー」

「同じく」

「僕も」

「俺も」

「フルーツ系の飲み物」

「ア、アイスティ……」

 

 各々が注文すると店員は店の奥に消えてから、数分と待たないうちに7人分の飲み物を持って戻って来る。

 

「フゥー、暑い日のアイスティーってのは上手いなぁ」

 

「美味しい♪」

 

(……私もジュースにすれば良かったかな)

 

 礼神が飲むフルーツドリンクを見てそう思うと、隣に座っているラバーソウルがまた震えだす。

 

「……おい………もう少し落ち着け。すぐに財団も来るはずだ」

 

「え、えぇ………そうですが………それとは別に………………えっと…」

 

 そう言ってチラチラと視線で何かを訴えて来る。その視線の先を見てみると、そこには1人の男がつまんなそうにこちらを見ていた。

 

 手元にはトランプが並んでいる。

 

「………礼神」

 

「んー?………ん!」

 

 彼女の名前を呼んでから男を指差すと、礼神はグラスに口を付けたまま指し示す方を向く。

 するとその男はこちらの動きに気付き、並べていたトランプを手早くケースにしまい歩み寄って来る。

 そして堂々と、我々の座っているテーブルの空いてる席に腰を下ろした。そんな彼からはスタンドエネルギーを感じる。

 

「……トランプを持った男。随分と堂々とした登場じゃないか。()()()()()………だったかのう?」

 

 ジョセフがそう言うと、バービーと呼ばれた男はピクリと眉間を動かし口を開く。

 

()()()()です。私の名前はダービー…D'.A.R.B.Y。D(ディー)の上にダッシュが付く。その口振りからして、巫女殿から私の事を聞いているようですね。では、面倒な前置きはやめて私と賭けをしませんか?」

 

 ダービーと名乗った男がそう言うと、ポルナレフが銀の戦車(シルバーチャリオッツ)を出して頸動脈にレイピアを当てる。まだ切れてはいない。

 

「テメェ、自分の存在がバレてるとわかってて出て来るか?普通」

 

 ポルナレフの言葉などどこ吹く風で、ダービーはトランプをシャッフルし始める。

 

「テメェ聞いてんのか‼︎」

 

「えぇ、聞いていますよ。私は魂を奪う幽波紋使い、賭けというのは人間の魂を肉体から出やすくする。そこから奪い取るのが私の能力です。ですから貴方達はリスクを犯さず、賭け事をせず、脅して私から状態を聞き出したいのでしょう?」

 

「なら話が早いな。俺のチャリオッツが切り裂く前にDIOの居場所を吐きな!」

 

「……フフッ」

 

 ポルナレフの言葉にダービーが笑う。そして続けるように口を開いた。

 

「何故私が脅された程度で吐かなければいけないんです?それに、脅されて私との賭け事を始めるのはそちらですよ?」

 

「んだどぉ⁉︎テメェ知らねえのか、チップが無ければギャンブルはできねぇんだぜ⁉︎」

 

 そう、原作の彼は一般人ギャンブラーを装いポルナレフの魂を奪い取り、その魂をチップに戦いを挑んで来るのだ。だが我々は最初から敵だと知っている。

 賭けなどせず、能力は使わせず、荒いが武力行使で情報だけ絞り出す。それが礼神の予言を元に予定した打ち合わせだ。

 

 しかし………

 

「ですから……チップはこちらで用意いたしました」パチン

 

 彼が指を鳴らすと、店内に2人の男が入って来る。

 

「ッ⁉︎」

 

「……貴様」

 

 ジョセフは驚き、私はダービーを鋭く睨みつける。

 

「ジジイ、レオン………知り合いか?」

 

「……あぁ」

 

 入ってきた男の1人は高身長の金髪、もう1人はスーツ姿で眼鏡をかけたサラリーマンのような男で2人とも美形だ。

 

「これを見てください」

 

 入って来た2人が席に着くのを確認しダービーがスタンドを出すと、2人は糸の切れた人形のように気を失う。

 

「これでチップが2つ揃いました。そして更にもう一枚………これで十分ですかな?」

 

 先程入ってきた2人の男の顔が描かれた2枚のコイン。それとは別に女性の顔が描かれたコインが1枚取り出された。このコインに描かれた顔も知った顔だ。

 

「……何故彼らが………何故彼ら3人の魂を貴様が持っている‼︎」ダンッ‼︎

 

 ジョセフがテーブルを叩き立ち上がるが、ダービーは澄ました表情でトランプをきる。

 

「レオン・ジョースターとジョセフ・ジョースター以外はこの3枚のコインの人物を知らないのでピンと来ていないようだね………おっと失礼、()()()()()()()()()()と呼ぶべきだったかね?………………………………ん?」

 

 ニヤついて反応を窺うが誰1人表情を変えないので、逆にダービーが少し驚く表情を見せる。

 

「こちらの動揺を誘うつもりだったのか?それは残念だったな。丁度今朝、私の秘密を打ち明けたところだ」

 

「………なるほど」

 

 またつまんなそうな表情をして出した3枚のコインを並べる。

 

「さて、それでは2人以外ピンときてないようなので私が説明しよう。この3枚のコインの魂の持ち主………名前は左からワルター・アントニオ・ツェペリ、鈴原 海斗、鈴原 アルシアだよ」

 

 そこまで聞いてジョセフが歯をくいしばる。私も気持ちは同じだ。ワルターが手中に落ちてしまったのは知っていた。だが何故あの2人まで………

 そう思っていると、ダービーがまたニヤついた笑みを浮かべてこちらを見た。

 

「ギャンブラーだと聞いていたが、精神攻撃もなかなかじゃないか………まさかラバーソウルを保護するところまで予測していたのか?」

 

「さぁ、どうでしょう」

 

「お、おい。どうすんだ?」

 

 まだイマイチ状況の掴めていないポルナレフは1度スタンドを引っ込める。

 

「ワルターについては……今朝言ったな。そして鈴原夫妻………アルシアはワルターの妹で、海斗はアルシアの夫じゃ。何故芋蔓式のようにコインになっているかは理解できんがな」

 

 ギリリと食いしばりジョセフはダービーを睨み続ける。

 

「どうやって私が彼らの魂を得たかはこの際どうでも良いでしょう。重要なのは今どうするかでは?」

 

 そう言ってダービーはコインの後ろでカードを並べる。

 

「………彼らを助けたくば賭け勝負をしろと?」

 

「えぇ」

 

「勝ったら解放するんだろうな?」

 

「もちろん。私は博打打ちだ……誇りがある。負けたものは必ず払います。負けんがね」

 

(ヌグゥ………賭け勝負となればワシは「グラスとコイン」なんかが得意じゃが、礼神の予言ではワシは敗北している。承太郎なら勝てるらしいが、訳あって勝ち方は教えてくれんし………こういう勝負で一番強いのはレオンじゃが、今のレオンでは………)

 

「………ふぅ………ジョセフ、あまり私を舐めるなよ」

 

 不安そうな視線を私に向けるジョセフにそう言ってから、私は立ち上がり2人がけのテーブルに移動する。

 

「いいだろう、見せてやる。一流詐欺師にも劣らないジョセフすら捩じ伏せる、レオン・ジョースターのギャンブルをな」

 

「いいね……ならレオン。例の言葉を言ってもらいたいんだが………わかるかな?」

 

「あぁ、私の魂を賭けよう‼︎」

 

「グッド‼︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 そんなこんなでレオンさんがダービーとイカサマバトルをする事になった。まずは未開封のトランプを開けて細工がないかを承太郎が調べる。

 

「………ねぇジョセフさん。「ラバーソウルを保護するところまで予測していたのか?」ってさっきレオンさん言ってたけど、どういう事?」

 

「あぁ、ワシらはラバーソウルを通してワルターが手中に落ちた事を知った。そして気持ちを切り替え旅を再開した。そして今に至る」

 

「………それが?」

 

「例えばの話じゃが、大切な親友が捕まったらお前さんはどうする?」

 

「まぁ心配だし………助けようとするかな?」

 

「そしてあと少しで助けられるという時に、別の親友が2人捕まってると知ったらどうする?」

 

「あぁ〜………面倒臭い」

 

「言葉にしてみればそれで終わりじゃが、実際体験してみると中々精神的にキツいものよ………」

 

 ジョセフさんはそう言って汗を拭う。

 

 えっと………ワルターさんがシーザーの息子で、アルシアさん?がシーザーの娘で、海斗さんがアルシアさんの旦那さん。

 ツェペリ家とも繋がりはもちろんあるだろうし、レオンさん、ジョセフさんがその3人を見捨てられないのは別に不思議ではない。

 

 にしてもなんでその3人のうち2人だけ………ワルターさんと海斗さんだけココにいるんだろう。

 

 椅子に座り気絶している2人を見て前髪を丁寧にかきあげる。そこには肉の芽が埋め込まれており、これが原因でDIOのいいなりになっているんだとわかる。

 

「巫女殿、あまり触れないでもらえるかな?今の彼らはその肉の芽によって辛うじて血液が流れている状態なのだ」

 

「つまり今のうちに除去すると肉体的に死ぬってことか?」

 

「Yes。それでも数分以内に魂を取り戻せば問題ないが………」

 

 ダービーと花京院がそんな会話をすると、ジョセフさんが口を挟む。

 

「1つ聞くが、アルシアの身体は無事なんじゃろうな?」

 

「えぇもちろん。今は………という話ですが。同じく肉の芽のおかげで血流は流れているから、3日前に彼女から魂を抜いたが腐ってないはずだよ」

 

「クッ………」

 

 言い回しが気にくわないのかジョセフさんが辛い顔をする。

 そこで承太郎が口を開く。

 

「ごく普通のトランプだぜ。間違いない」

 

「では確認が終わったようなので、君はアッチでコレを付けてくれ」

 

 ダービーは承太郎に手錠を手渡す。

 

「これで離れた窓枠にでも腕を繋げばいい。流石に止まった時の中でカードをすり替えられてはたまらないからね」

 

 鍵は用意されていないが、星の白金(スタープラチナ)なら手錠を簡単に壊せる。つまりそれが壊れない限り承太郎はそこから動けない……時止めの能力を使っていない証明になるという事だ。

 

「これで舞台は整ったかな………あぁ、それと。君は窓際に座ってくれ。日光を当てれば吸血鬼の能力は使えないだろう?」

 

「あぁ、それで洗脳は使えないな。ゲーム内容は私が決めて良いのか?」

 

「えぇ。構いませんよ。いかなるルールでも私は負けんがね」

 

 圧倒的自信があるのか、ダービーは余裕でそう挑発する。

 そんな挑発には乗らず、レオンさんは淡々と話し始めた。

 

「ならインディアンポーカーは知っているか?」

 

「えぇもちろん。各プレイヤーが1枚のカードを額に貼り付けて、自分にだけ見えないようにして、相手のカードや相手の反応を見て勝負するか降りるかを決めるポーカーの一種でしょう?」

 

「そうだ。それの亜種をやろうと思う」

 

「亜種?」

 

「別に難しいルールに変えるつもりはない。単に「自分が見えず相手が見える」というのを逆にするだけだ」

 

「つまり引いた1枚のカードで勝負するかどうか決めるという、ルールを簡略化した物ですね」

 

「あぁ。この勝負でさっさと終わらせる」

 

 そう言ったレオンさんが賭けた魂は、レオンさん、ポルナレフ、ラバーソウルの3人…そしてオマケにジョセフさんの魂が賭けられた。

 ダービーの持ってる3つの魂の他に、DIOの居場所などの情報を吐かせるため………ちなみにポルナレフとラバーソウルはいきなり賭けられたのは今回戦力外だから。

 

 これで勝てば相手の保持している3人の魂をまとめて回収でき口も割らせられる。

 でも負けたら………………

 

「早速始めよう」

 

 トランプをバラバラにテーブル上に振り撒き、細かいルール設定を説明する。

 纏めるとこんな感じ↓

 

 ・引いた1枚のカードが大きい方が勝ち(1 < K < joker)

 ・勝負して勝てば2点、相手が降りたら1点

 ・降りた場合は使うはずだったカードを場に戻す

 ・10点先取した方が勝ち

 

「あぁ、それと………もちろん貴方達はそっちにいてくださいね。私の手が見えてしまう」

 

 ダービーにそう言われレオンさんの後ろに並ぼうと思ったが、ジョセフさんが「ワシらの表情を見る事でダービーが有利になってしまう」と言うので僕らは2人の手札が見えない位置に移動した。

 

「ファーストゲームだ」ペラッ

 

「あぁ………」ペラッ

 

 2人はカードめくり少し考え込む仕草をする。

 

「………さて、ここは様子見で………勝負「フン」……ッ⁉︎」サクッ

 

 挑発的な笑みを浮かべるダービーが勝負を宣言しようとした時、何を思ったのかレオンさんは引いたカードを手裏剣のようにダービーに投げた。

 それは回転しながらも真っ直ぐと………吸い込まれる様にダービーの右手の甲に刺さる。

 

「イッ………」ペラッ

 

「レ、レオン‼︎いったい何を⁉︎」

 

「スマン、その表情が気に食わなくて」

 

「ハァッ⁉︎」

 

「冗談だ。ダービーが落としたトランプを見てみろ」

 

 レオンさんがそう言うので拾って見ると、そのカードはハートのKだった。そしてレオンさんはテーブル上にばら撒かれたカードを何枚かめくり、1枚のカードを手に取った。それもまた、ハートのKだった。

 

「な、何ッ⁉︎ 同じカードが2枚⁉︎」

 

「ダービー……貴様、袖の中にトランプを隠しているな?」

 

「ま、まさか………コレを見破られるなんて………グッ」

 

 そう言って刺さったトランプを抜き簡単な止血をする。

 

「オレのイカサマを見破るとは…みくびっていたようだ………」

 

「今のゲームは無かったことにしてもらう、仕切り直しだ……それと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()バレない自信があるなら構わんが………」

 

「い、いや…やめておこう。これは、どんな相手だろうと舐めてかかってはいけないという教訓として反省する事にしよう」

 

 鋭い眼差しに恐怖を覚えたのか、ダービーはそう言ってジャケットを脱ぐ。すると袖や懐から同じ柄のトランプがボロボロ出てくる。

 

「………トランプってあんな簡単に刺さるんだ…」

 

 今のを見た僕の感想はそれだけだった。

 そしてゲームは仕切り直された。

 

「………さて、この手なら…勝てそうだ」

 

「下手に嘘をつくな。勝負」

 

「………ッチ、降りるよ」

 

 1回目 1-0

 

「………そうだな……今度は勝負だ」

 

「私もだ」

 

 レオンさんはJ(11)、ダービーは10

 

「クッ‼︎」

 

 2回目 3-0

 

 この要領でゲームは淡々と進んでいく。そして6回目。

 

(……こ、今度こそ………Kッ!これなら勝てる‼︎)

「勝負」

 

「降りる」

 

「………それは残念だ」

 

 6回目 7()-()3()

 

「な、何故だ。何故……まだ3点?この私が………」

 

 狼狽えるダービーに対してレオンさんは余裕そう……

 カードを手にすればポーカーフェイスだが、思考中のダービーは汗を流して焦っている。

 それもそのはず……()()()()()()()()()()()()()()()()

 勝負が成立した時は負け、良い手をダービーが引くとレオンさんは必ず降りるのだ。まるで相手の手札が見えているようだ。

 

「レオン‼︎ 貴様、何かイカサマをしているな⁉︎」

 

「………何のことだ?」

 

「トボけるな‼︎ 私の手が見えているのだろう‼︎ 何だ、鏡か⁉︎ 棚に並んだ酒瓶か⁉︎」

 

 背後を向いてダービーがそう口にする。しかし決定的証拠がない。

 

「早く次のゲームを始めよう。人質を取られてる身としては急ぎたいんだ」スッ

 

「ッ⁉︎」ガッ‼︎

 

 ゲームを降りた為、レオンさんは勝負すれば使うはずだったカードを場に戻す。それを見てダービーはレオンさんの手首を捻りあげる。

 それを見て僕らも驚く。

 

「………こ……このカードは……」

 

「ん?どうかしたか?」

 

「スペードの………クイーンだと⁉︎」

 

 レオンさんが引いたカードはQ(12)。このゲーム上で2番目に強いカード。保護されている身のラバーソウルも驚きそう呟く。

 もちろんダービーも驚愕している。当たり前だ。普通こんな強いカードを引いたら勝負するはずだ、僕だってそうする。

 なのにレオンさんは「降りた」。

 

「な、な………」

 

「どうした顔色が悪いぞ?」

 

「何をした‼︎言え‼︎どんな手を使ったんだ⁉︎」

 

「何のことだ?」

 

「トボけるな‼︎」

 

「何を?イカサマ?証拠は?手段は?」

 

 レオンさんはいつもの涼しそうな顔でそう述べる。

 グゥの音も出ないダービーは「席だけ変えせてもらう」と言って移動した。ダービーの背後にあるカウンターに乗ったグラスや酒瓶……それの反射で手が見えたと思ってるようだ。

 

 ………レオンさんはどんな手を使ってるんだろ。何となくだけど、酒瓶やグラスじゃない気がする。

 

(私は博打打ちのギャンブラーだ、相手のペースに飲まれるな………1だがブラフをかましてやる‼︎)

「勝負」

 

「私も勝負だ」

 

「ッ⁉︎」

 

 結果はクローバーの1とクローバーの2でレオンに点が入った。

 

 7回目 9-3

 

 そして8回目、9回目と連続でダービーは強いカードを引いたがレオンさんは降りる。

 

 そして10回目

 

 「「勝負」」

 

 10回目 11-5

 

「私の勝ちだな」

 

「う、嘘だ……私はそんじょそこらのギャンブラーとは違う………そんな私がこんな呆気なく、イカサマも見破れずに………ど、どんな手を使ったんだ‼︎教えろ‼︎」

 

「別に卑怯な事はしていない。ただ相手の表情を見て、目を見てカードを当てただけだ」

 

「………っ!…ヘヘッ、そう言うことかよレオン」

 

「何?ポルナレフ分かったのか⁉︎」

 

 花京院のそのセリフを聞き、ダービーはポルナレフの方に視線を向ける。

 

「何だと……それは一体なんだ⁉︎スタンドか⁉︎」

 

「チゲェよ。レオンの言う通り、表情を見て当てただけだ。敵の表情から手を想像し心理戦を行う。ただのギャンブルと同じだな」

 

「そ、そんなわけがない………私のポーカーフェイスはそんな安くない………」

 

「反則はしてない。ちゃんとルールに則っている。まぁこの勝負を始めた時点で…その()()が何を指すのか気付かなかった時点で貴様の負けという事だ」

 

「み、認めない…こんなの…絶対何かイカサマが………」

 

「仕方ない………コレだけは言っといてやろう。これは私の掌で行う公開処刑のようなもので、私に勝つには10回私に降りさせるしかない。だがそれを勝負と受け止め、敗北の段階まで進めたのは貴様の意思だ。だからコレは貴様の正真正銘の敗北だ、いい加減に受け入れろ」

 

 そう言って歩み寄ると後ずさりするダービー。

 

「もう一度言う………私の勝ちだ‼︎」

 

 その声と共にコインが消滅し、煙のような人型が肉体へと戻っていく。それを見てダービーは自分が敗北を認めた事を理解して膝をつき項垂れた。そんなダービーを上から覗き込むように立ち上がり、レオンさんが声をかける。

 

「……さて、人質も解放された事だし吐いてもらおうか。DIOの居場所だけでいい」

 

「………………知ら……ない」

 

「……シラを切る気か?」

 

「本当だ‼︎私にだって誇りがある‼︎」

 

 半発狂状態で掴みかかるようにダービーが叫ぶ。それだけの大声を出すと、店にいた人達はコッソリと逃げ始める。

 そういえばここの店の人全員グルなんだっけ?

 

「………レオン」

 

「……ッチ。嘘は言ってない。無駄に賭けてしまったな。情報漏出を防ぐ為に、DIOは現在地を此奴にすら教えていないらしい」

 

「ところでポルナレフ、もう分かりやすく言っていいんじゃないか?どんな手を使ったのか見抜いたんだろ?」

 

「だからそのまんまだって。表情を…目を見て当てたんだ」

 

「だからそれが………そういうことか、イヤでも…まぁレオンさんなら……」

 

「ポルナレフ〜、焦らさず教えてよ」

 

 花京院は分かったようだが、僕は相変わらずわからないので尋ねてみる。

 

「だから目だよ目!瞳だって立派な()()()だぜ?」

 

「ウッソ‼︎ レオンさん瞳に反射したカードを見てたの⁉︎」

 

「あぁ。私が用意した鏡等で見たわけではない。対戦相手の持ち前の瞳………これをイカサマだというなら、眼球を抉って出直せ」

 

「エグーい………って肉の芽の除去忘れてない⁉︎」

 

「あ、そうだったな」

 

 ダービーから魂を取り戻したので、ワルターさん?と海斗さん?が目覚める前に肉の芽を取り除こうとする。

 すると………

 

 

 

ーーーボフン‼︎ーーー

 

 

 真っ白な煙が視界を覆った。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………ゴホッ、ゴホッ‼︎…一体何が?………⁉︎お前は‼︎」

 

「………よう。調子はどうだい、博打打ちさんよお」

 

 カフェに煙が充満した瞬間、ダービーは誰かに抱き抱えられスグに投げ出された。そして次に目を開けるとそこはバギーの荷台で、ダービーはそこに転がされていた。

 そんな彼の前には、おそらく煙を焚いてダービーをカフェから連れ出したであろう男が座っていた。

 その男はカウボーイハットを被り、口には煙草が咥えられている。そして同時に気付いた。荷台が揺れている事に。

 カウボーイハットの男………もといホル・ホースはダービーと同じく荷台に乗っていた。運転席ではない。にも関わらずバギーは走っている。

 つまり別の誰かが運転しているということ…もちろん誰か気になり目を向けると、ダービーは青ざめる。

 

「ダービーくんお久ァ〜………オジさんの事覚えてる?」

 

 白衣姿で手入れの行き届いていない顔が特徴の男………バギーを運転していたのは伊月 竹刀だった。

 いつもなら乾いた笑みでケラケラ笑う彼だが、今の伊月はドス黒く濁った瞳で、運転しながらも静かにダービーを睨んでいた。

 そして前を向いて一言………

 

「ホル君、後ろ」

 

 短くそう言われホル・ホースが振り向けば、迫ってくるのは無数のエメラルド。ホル・ホースは銃型のスタンド、帝王(エンペラー)の銃弾で全て弾く。

 すると遅れて紫色のレーザーらしきものが飛んでくるが、それは伊月がドリフトをする事で躱した。

 

「………わ、私を助けに………」

 

「来たと思ってんの?オジさんがぁ?」

 

「ヒッ………」

 

 喉が急速に乾くのを感じ、ダービーは黙り込む。

 そしてだいぶ離れた所でバギーを止め、伊月も荷台にやって来る。

 

「………………」

 

「………オジさんが何で怒ってるか……わかる?」

 

「ち、違うんだ‼︎DIO様の命令で……」

 

「知るかよ。やったのはテメェだろ?アルシアから魂を奪ったのはお前で、奪ったままでも人質として機能させる為に肉の芽を植えたのもテメェだろ?全部知ってんだぞ?」

 

「ゆ、許してくれ‼︎違うんだ!チップ、チップが必要だったんだ‼︎」

 

「結局負けてるみたいだけどね。そもそも俺は………アルシアだっけ?その子の生存を条件にDIOと手を組んでたんだぜ?それに君が手を出すとか………何したかわかってる?」

 

「違う…違うんだ‼︎」

 

「何が?」

 

 そう言って懐から注射器を取り出すと、ダービーは目の色を変えて逃げ出そうとする。

 

「ヤメロォ‼︎()()()()()……()()()()()()()()()()()()()‼︎‼︎」

 

 伊月とホル・ホースを突き飛ばし、ダービーはバギーから転げ落ち擦り傷を作る。それでもダービーは、血相を変え無我夢中で逃げ出した。

 

「おい‼︎…ったく、追わなくて良いのか?伊月の旦那よ」

 

「うん、良いよ………()()()()()

 

 彼が手に持っている注射器は、いつの間にか空になっていた。

 

「エンヤの婆さんにプレゼントしたのと同じ奴だよ。もう死んでるけど、後1時間もすれば動かなくなる」

 

「ふーん。んなことより、そろそろ教えてくれたって良いんじゃねぇか?そのアルシアって女の事をよ」

 

「全部終わったらね?」

 

「ッケ………またそれかよ」

 

「アハハハ、ゴメンね〜………ふぅ………輝楽…もうスグだ」

 

「………だからカグラってのも説明しろよ」

 



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55.訳あり

「エメラルドスプラッシュ‼︎」

 

「またか……」グッ………シュゴォォァア‼︎

 

 充満した煙から逃れる様にカフェの外へ出ると、ダービーを連れてバギーで逃げ去る伊月 竹刀とホル・ホースが見えた。

 もちろん逃すまいと私と花京院が反撃するが、難なく奴らは逃げていった。

 

「…また逃げられたか。伊月 竹刀……何を考えているのかわからん男よ」

 

 ジョセフが義手で扇ぎ煙を払いながら呟く。

 奴の能力は薬物生産。今の煙幕だって害なす物を使わなかったし、薬物を使えるのだからソレを利用した暗殺だって可能だろう。それをしないのだからジョセフの様に不信感を抱くのは当然だ。

 

「逃げられたのか?」

 

 遅れてカフェから承太郎が出てくる。

 窓枠に手錠で繋がれていたから脱出が少し遅れた様だ。それを見てから私は辺りを見渡し全員がいるか確認する。

 

 私、ジョセフ、礼神、ポルナレフ、花京院、イギー、ラバーソウル…最後に承太郎。よし全員いるな………いや、2人足りないな。

 

「………ぅ………D……IO…様………」

 

「………?……ッ‼︎ そうじゃった、煙幕のパニックで忘れておった!」

 

 まだ視界の悪い煙の中で2つの人影が立ち上がる。

 無論……それは肉の芽に操られているワルターと鈴原だった。それを視認しすぐ抑え付けようとも思ったが、それより先に中でガラスの割れる音が………そして間も無く紅く揺らめく円盤が飛んで来た。

 

「スタープラ「待て承太郎‼︎ 全員それには触れるな‼︎」ッ!」

 

 飛んできたものを各自が弾き飛ばそうとする一同だったが、私の言葉で回避行動に変更する。

 飛んできたものは恐らくシーザーが得意としていたシャボンカッター。しかし使った物が違う……恐らくワルターが飛ばして来たのだろうが、使ったのはシャボン液でなく火を付けた酒だ。

 ガードすればアルコールが付着しそのまま引火してしまう。

 W-Refなら斬撃は防げるが、飛散する火炎な防げない。

 大きなダメージは与えられない為、一瞬だけ攻めあぐねるとその瞬間にまた火を纏った円盤が飛んでくる。

 

「クッ、エメラルドスプラッシュ!」

 

 今度は密度が高く躱し切れず、花京院がエメラルドで撃ち落とす。だがお陰で辺りは火の海に変わりつつあった。

 カフェには木製の家具もあり引火しつつある。コレではワルター達も危険………

 

 その時だ……彼が飛び出したのは………

 

黄の節制(イエローテンパランス)‼︎アルコールと肉の芽のみを捕食しろォォ‼︎」

 

 煙に向かって飛び込んだ黄金色のスライムは、地面を這いずり火を飲み込み、触覚を頼りにしたのか煙の中でキッチリと2人を捕縛。そして肉の芽を取り除くと、気絶した2人を回収し地面に寝かせた。

 

「………ラバーソウル…さっきまで怯えてなかったか?」

 

「えぇまぁ、DIOさ………DIOの手下の前だとつい怖気付いてしまって………今はもう平気だ、です。テメェら怪我はありませんか?」

 

 肉の芽の影響か……精神的ダメージで人格が変わったのか………

 あまりの変わり様に唖然とするなか、礼神はそのギャップに腹を抱えて笑い始めた。

 

 

 

 

 

銀の戦車(シルバーチャリオッツ)‼︎」

 

「ケルベロス‼︎」

 

 ポルナレフは騎士のスタンドを出して身構え、礼神は骨組みを身体に纏い、尾骨を構えてポルナレフに斬りかかる。

 刃こぼれ塗れの尾骨はレイピアで防がれ、ポルナレフに軽く遊ばれるように剣を交わす。

 だが礼神の動きは()()()()()()悪くない。相手が剣のスタンドでなければ………もう少しスピードの無い敵であれば十分に戦えそうである。

 

「凄えじゃねぇか礼神。中々悪くねぇ動きだぜ?剣の達人の幽波紋使いが言うんだから間違いねぇぜ」

 

「本当?ヤッタァ!」

 

「どっちかって言うと、剣技よりブラックジャックよりだがな」

 

 礼神の剣筋は独特でアスリートで鍛えた感じだ。だが本人は別に鍛えた覚えがないと言うので不思議だ。

 そんな事を思っていると、礼神は不意打ちでポルナレフに斬りかかる。それもまた防がれてしまうがな。

 

 私とジョセフは今、肉の芽が取り除かれて目覚めたワルターと鈴原 海斗から事情を聞いている。それで私とジョセフ以外が暇になったので、礼神は暇潰しにポルナレフに手合わせを願い出たらしい。

 

 ジョセフはワルターから話を聞いているので、私は鈴原 海斗と話をしている。店員まで逃げてしまったもぬけの殻のカフェだが、もう少しこの場にいさせてもらおう。

 

「そうか……旅行中に………」

 

「はい。娘が産まれてからボクもアルシアも、幸せでしたがゆっくりはできませんでしたから。そこで義兄さんが旅行を提案してくれまして………あ、娘のヴィルナはもう4歳で同い年の友達もできまして、旅行中はその友達の家で預かってもらっています」

 

「そうか」

 

「は、はい………」

 

「…まだ自身の状況がわからず混乱しているのか?それとも………」

 

「はい……弟の事もありますし、レオンさんには顔も上げられず………何から何まで本当に申し訳ありません」

 

 そう言って頭を深々と海斗は下げて来る。

 

「顔を上げてくれ、君が謝る必要は無い」

 

 そう言うと申し訳無さそうに顔を上げる。

 

 この鈴原 海斗と言う男は頭脳明晰で真面目な男だ。

 SPW財団の上層部の人間で周囲からの信頼もあり、私の正体を知る数少ない友人でもある。

 そんな彼と私は話を続け整理する。

 

「つまり君はアルシア、ワルターと共にエジプトに旅行していた。その際にDIOに捕まった………と」

 

「はい。捕まって暗い部屋の中で何か額に……なんて言うんでしょうか…針の様な、肉の様な……そんな物を埋め込まれて、そこからは意識がありません」

 

「そこから今までか?」

 

「はい。ですからそのDIOと言う男の居場所も、ここまで来た道も分からないんです………ただ……た…だ、アルシア………が………」

 

 目尻に雫を作り強く目を瞑る。

 泣いている彼の背中を優しくさすり落ち着かせると、私がその言葉の先を知ろうとしてるのを知ってか、何も言っていないのに話を続けた。

 

「ただ……アルシアが抵抗していたのは覚えています。レオンさんも使える…波紋でしたっけ?ソレで反撃したんです。ですが気付いたらDIOは彼女の背後に回っていて、アルシアは気絶していました………彼女が今この場にいないなら………きっとまだあの館にいるでしょう」

 

「………そうか」

 

「ボクが知っているのはそれで全部です………すみません」

 

「謝るな。十分だ………」

 

 その後、ワルターから得た情報をジョセフに聞いたが似た様なものだった。

 

 その後は本格的に世間話をしたり、最近「戦力として自信が欲しい」と言っている礼神の願いで手合わせをする。

 すると私に指導熱が入り、それに感化されたワルターが私に挑みかかって来る。

 

 波紋を身に付けてからというものの、元から戦闘狂だった事もあり鍛錬や修行系の行いが趣味になりつつあるのが私だ。

 そんな私が育てた波紋戦士の1人がワルターだ。私の影響なのかワルターに限らず、サプレーナ島に住むシーザーの息子と弟子達は皆、私が遊びに行けば必ずと言っていいほど挑んで来る。

 

 そんな事を思い返していると、やがてSPW財団の迎えがカフェにやって来る。

 テンションが上がり過ぎて体力を使い果たしたワルターを財団の車に押し込み、それに続く様に海斗も乗り込む。

 

「………アルシアを頼みます」

 

「あぁ、頼まれた」

 

 彼は最後にそう言った。

 次にラバーソウルも乗り込むかと思ったら、その前に私の前で一度止まる。

 

「……敵だった俺を匿ってくれてありがとうございます。ご武運を………特に女神、あんたを奴らは狙っている。特に気をつけるんだな」ポンポン

 

 ラバーソウルは礼神の前で膝をつき目線を合わせて言うと、礼神の頭に手を数回乗せてから車に乗り込んだ。

 最後に運転手の人が我々に挨拶をしてから乗り込むと、車は間も無くして走り出した。

 

「………頭ポンポンされた」

 

 少し照れ臭そうに礼神は言って財団の車を見送った。

 

「…葎崎さんは、あぁいうのがタイプなのかい?」

 

「え?うーん、違うね。ラバーソウルは親戚か近所のおじさんっぽい………でもあの仕草、もしかして僕の事好きだったりするかな⁉︎」

 

「………それは無いと思うぞ」

 

 苦笑いを浮かべて私が答えると、礼神はおどけた様子で笑う。

 何故そんな勘違いをするのに花京院に彼女は気付かないんだ?

 ほら、隣を見てみろ。花京院が複雑な顔をしているだろ。

 

「……ん?どうしたの花京院。目に砂入った?」

 

 あ、ダメだな。

 全然気付かないぞ、この子。

 

「…さて、行くかの」

 

 ジョセフの声かけで、我々は先へ進んだ。

 

「そうだ。承太郎、今夜10分………いや、5分だけでいいから付き合ってくれないか?」

 

「………?構わねぇが、何を?」

 

「日光下の私でもそれなりに戦えたんだ。夜中の私で世界(ザ・ワールド)を相手にどれだけやれるか知りたい」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 サザエさんで例えるなら、

 シーザー→波平

 アルシアさん→サザエさん

 ワルターさん→カツオ

 鈴原海斗さん→マスオさん………でいいんだよね?

 で、チラッと聞いたヴィルナちゃん?って4歳児がタラちゃんポジションだよね?

 

 まぁそれはともかく、ラバーソウル達を見送った数時間後、僕らはカイロにある街に付いた。

 時間的には昼食も近いので、少し洒落たレストランで足を止める。

 日中は暑いが日が沈めば涼しい………それと同じで、やけに眩しい日中の日光さえ避ければ快適なものだ。

 個室に通された僕らはテーブルを囲み、オーダーを取ろうとメニューを広げる。にしても眠い………

 

 今まで歩いて来た疲労か…それとも先日は休み続きだったから身体が怠惰に目覚めたか、僕はそれとなく眠気に襲われる。

 だがこの眠気はすぐに振り払われる事になる。

 

「DIOの館も近い。何か感じるんじゃ」

 

「葎崎さんの予言だと確か………」

 

「あぁ…その予言はなかった事にして。理由は………まぁわかるよね」

 

 原作では ホル・ホースが新しいパートナーと共に襲いかかって来る頃だ。だがそのホル・ホースは先程遠目にだが確認し、パートナーは原作には現れない伊月 竹刀だった

 そしてその2人は戦意不明の妙な立ち回り方をしている。

 

 故に予言は頼りにならない。各々が警戒するしか無いのだ。

 

「………誰だ」

 

 その時だった。

 低い声でレオンさんが呟き、イギーは唸り声を上げた。

 

 それに続いてレストランの個室に誰かが入って来た。

 僕らはその顔に見覚えがあった。

 というか………先程僕らが遠目にだが見たばかりの顔だった。

 

「アッハッハ。レオンは兎も角、ワンちゃんにもバレるか………気配は消せても匂いは消せないね。薬品臭いのかな?白衣はクリーニング出そッと」

 

 噂をすれば…というやつだった。

 

 匂いを払うように白衣を翻し、ケラケラと笑いながら伊月竹刀は手を振ってきた。

 

 何度も僕らは彼に逃げられている。だからか、誰1人として言葉を発さずに、遠距離攻撃持ちが有無を言わせずに先手を打った。

 

「エメラルドスプラッシュ‼︎」

 

 迫り来る宝石は緑の光を反射させながら伊月へと迫る。しかしオッさんは相変わらずケラケラと笑い余裕の表情。

 直線上に飛んでくる数々のエメラルドは意図もたやすく、紙一重で躱されてしまう。

 

 そんな時にレオンさんは、テーブルに置いてあった自分のナイフを開いた扉の外へ投げる。

 すると壁の向こうで「ギャッ!」という声が短く聞こえる。

 一瞬見えたが、レオンさんが投げたナイフは扉の向こうの壁に被弾した。しかし壁に当たったのは()()()()()()()で刺さる事もなく跳弾……おそらくその跳ね返ったナイフがそこに居た人に当たったのだろう。

 死角にいる見えない人に投げナイフ当てるとか流石レオンさん。

 

「次は額に当てる。ホル・ホース………いるんだろ?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ…俺たちは話をしに来ただけなんだぜ?本当さ。穏便に話をさせてくれねぇか?」

 

 左肩に刺さったナイフを抜きながら、ホル・ホースはゆっくと出てくる。まぁオッさんいるんだからいるよね。

 

「ホル・ホース‼︎やっぱりテメェまでいやがったか‼︎」

 

 ホル・ホースを視野に入れたポルナレフは銀の戦車(シルバーチャリオッツ)を1度出し入れして刀身を再装填。そして切っ先をホル・ホースに向ける。

 

「チョッ、何だよ何だよ気が立ってるな!その剣を下ろしてくれよ。本当に話をしに来ただけなんだってば!」

 

 それを突き付けられ短く唸り、両腕を上げて降伏のポーズをとり冷や汗を流す。しかしポルナレフからはまだ距離があるので、ホル・ホースは足を止めて剣先の射程外で止まる。

 

 そこでみんなも立ち上がりスタンドを出して戦闘態勢に……

 

 まさに一触即発!

 

 念の為に僕もケルベロスを纏い、尾骨を片手に立ち上がる。そして花京院はまたエメラルドスプラッシュを放ち、ポルナレフもレイピアの刀身をホル・ホースに向けて打ち出した。

 

 そんな彼らの前に、仲間と思われる新たな人影が立ちはだかった。

 

 その人の姿、容姿を確認するよりも早く、その人影は眩い光を指先から放ち、()()()()彿()()()()()()が辺り一面を包む。

 

「目が、目がァァァアッ⁉︎」

 

 その光で目が眩み、その場にいた一同の視力が一時的に皆無と化す。

 眼に映るもの全てが真っ白になり、事態が把握できなかった。

 

 やがて視力が戻り始め辺りを見渡す。

 

「うぅ……みんな平気?」

 

 僕らは相変わらずテーブルを囲んでいた。

 誰かが負傷した様子はなく、スタン状態だった各々が僕のように回りを見渡し始めた。

 

 そんな僕らは1人の男性を視界に入れて動きを止めた。そんなみんなの表情は、「何故この人がここにいる?」「何故このタイミングで?」………そんな疑問を抱いているようだった。

 現に僕はそう思った。

 

 そう思いはしたが、僕はその疑問を吐く前にその人を見上げて名前を呼んだ。

 

 

 

 

「……アヴドゥルさん?」

 

 

 

 

 褐色肌で複数に分けて束ねられた髪型、そして赤い鳥頭のスタンド。僕らの前に現れた人影……伊月 竹刀とホル・ホースを庇うように飛び出して来たのはモハメド・アヴドゥルその人だった。

 

「ア、アヴドゥル⁉︎」

 

「アヴドゥル……テメェ一体何の真似だ‼︎姿眩ましたと思ったら急に現れ…ましてや敵を今庇いやがったな⁉︎」ダンッ!

 

 まさかの登場に驚きつつも、ポルナレフがテーブルを叩き怒気を強めた。ポルナレフの言う通り、アヴドゥルさんのとった行動は伊月を庇うものだったからだ。

 そして守られた当の本人であるホル・ホースは眩しさで目を細め、伊月 竹刀は………

 

「目が…目がァァァ‼︎」

 

 ………………伊月 竹刀は目を抑え、アヴドゥルさんの足元に転がっていた。テーブルが死角で見えなかった。

 光に包まれて最初に叫んだのってオッさんだったんだね。

 

「……みんな、無事にカイロについたようですね」

 

 なんて言えばいいかもわからない表情で、ひとまずそんな事をアヴドゥルさんは言ってきた。

 

「んな事聞いてんじゃねぇよ、俺は‼︎おい、アヴドゥル‼︎」

 

「アヴドゥルさん……どういう事ですか?」

 

 アヴドゥルさんが裏切るはずがない。なら何故庇う?弱みを握られている?洗脳?そんな疑問で僕を含め何人かがパニクる。

 

 

 ーーーザクッーーー

 

 

 その音の方向に意識が向き視線を向けてみると、驚くべき光景を見て冷静さを取り戻す………というよりは、頭の中が今度は真っ白になる。

 

「……頼むから話を聞いてくれ………その為にもまず落ち着いてくれ」

 

 先程レオンさんが投げたナイフで、自らの右手首を突き刺すホル・ホースがそこには居た………いや何やってんの⁉︎あんたが落ち着け‼︎

 

「俺のスタンド、皇帝(エンペラー)はハジキだ。つまり()()()()()()()()。右利きの俺は、これでスタンドが満足に使えない。そもそもこの距離と人数差で俺らに勝算はねぇだろ?俺らをどうするかは話を聞いた後で、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 

 だから話を聞け………そう言って突き刺したナイフを抜き、床に投げ捨てた。それを見たジョセフさんが手をかざし、ポルナレフは闘気こそ消さないが大人しく引き下がった。

 

「ケッ、ズリィ奴らだぜ。今のお前を切れば、俺の騎士道に反する」

 

「目が……目がァァ………」

 

「伊月 竹刀、いつまで蹲っている。少し下がれ。それと勝手に飛び出るな」

 

「………だってバレちゃったんだもん」

 

 目をこすりながら立ち上がるオッさんに、アヴドゥルさんは軽く注意した。その会話する様子から見て、少なくとも敵では無いような関係性に見える。

 

「…会わないうちに彼らと随分親しくなったようだな、アヴドゥル」

 

 断固説明を求める。といった感じで、レオンさんがアヴドゥルさんを真っ直ぐと見つめる。

 それを察したのか、アヴドゥルさんは一歩前に出て口を開く。

 

「色々と聞きたいのはわかりますが、まずは私の話を聞いてください」

 

 居心地の悪い雰囲気………険悪なムードが漂う空間にアヴドゥルさんの声が響く。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 何故、私が彼らと共にいるのか………その話は私が入院し、みんなと別れた日まで遡ります。

 

「………()()魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)か…」

 

 みんなを乗せたバギーが遠退き見えなくなるのを確認し、私は自分のスタンド…魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)を出す。

 そしてスタンドに意識を集中させ、魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)の指先に小さな火が灯る。

 

「…クッ………力が出ない。また後で試そう」

 

 私はスタンドを消し、失血を治すべく置いてあった果物を頬張った。簡素な食事を終えると満腹感と疲労によって、私は深い眠りへと落ちていった。

 

 次に目が覚めた時は夜中だった。

 

 覚めたついでに水分を取って用を済ませ、また眠ろうと思ったのだが寝付けず、私は昼に試した事を再び試してみた。

 

 私が試そうとしているのは、別れる際に礼神に熱弁された()()()の事だ。

 

 炎は赤く火力が強まれば青く変色し、更に強まれば白に変わる。

 しかしその常識がスタンドにも通じると私は思っていなかった。そう礼神に伝えると、「思い込みで強くなるならできるはずなの!OK⁉︎」と釘を刺すように言われた。

 

 彼女は私の知らない「群体型のスタンド」の知識があった。故に彼女の言う通りパワーアップもするかもしれない。

 

 炎を自在に操るから魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)と私のスタンドは呼ばれている。丁度時間もできた。だから私は今 この時間帯にそれを試すことにしたのだ。

 結果から言うと、白い炎は確かに作れた。しかし実際の威力はわからない………何故かこの白い炎からは、不安を煽るようなエネルギーを感じる。それに………

 

「…少しまだ、クラクラするな」

 

 まだ血が足りないのか気分が悪くなる。スタンドが炎という事もあり、危険に思った私は止めようとした。

 

 その時だった。伊月 竹刀が現れたのは………

 

「こんばんは〜。アヴちゃん調子どう?」

 

「ッ⁉︎」

 

 急に話しかけられた上に、相手はDIOと同様に最危険人物と認識していた伊月だ。窓枠に腰を掛けた伊月を見るなり、私は消すつもりだった白い炎をそのまま伊月に放った。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………………それで?放ってどうしたの?」

 

 アヴドゥルさんはそこまで説明すると、1度口を閉じる。そこに僕は先を呈するように質問する。

 しかしアヴドゥルさんは口を閉ざしたまま。代わりに、懐から1枚の紙切れを取り出し僕に渡してきた。

 

 渡された紙切れは、見たところ新聞の切り抜きのようだ。

 僕が外国のそれを読めるわけもなく、そのまま承太郎へと記事を流す。

 

「………………!」

 

 それを数秒かけて黙読した承太郎は眉間を一瞬ピクつかせ、咥えていた煙草を取って火をを消すと読み上げ始めた。

 

「……アスワンで爆発事件。ある病院の二階 角部屋が深夜に爆発……警察は現場の状況からテロリスト等の犯行と考えており、その部屋に泊まっていた()()()()()()()が現在行方不明……」

 

 読み上げられた記事を理解しアヴドゥルさんに視線を戻す。アヴドゥルさんは実に複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「礼神に教わった白い炎は、確かに強力だったようじゃな」

 

「アヴドゥル、何故そんな事件を起こして連絡をよこさなかった?」

 

 呆れた様子でジョセフさんが言うと、付け足すようにレオンさんが口を挟む。するとアヴドゥルさんは更に申し訳無さそうな表情を浮かべて懐から黒いキューブを取り出す。

 SPW財団が作った世界で数個しかない携帯電話だ。レオンさんはそれを受け取る。

 

「……何を押しても、うんともすんとも言わず………も、申し訳ありません‼︎ それについては一生かけても弁償させていただきますので‼︎」

 

 深々と頭を下げてアヴドゥルさんがレオンさんに向けて謝罪する。それに対してレオンさんはジョセフさんに何か耳打ちする。ジョセフさんはそれを聞いて「アッ」と口をあける。んでレオンさんは逆に謝罪をした。

 

「気にしないでくれアヴドゥル、これは別に壊れたわけではない。こちらの説明不足だ。むしろ不安にさせて申し訳ない」

 

 どうやらただの充電切れらしい。充電の仕方はもちろん教えておらず、承太郎もそれを知らなくて充電ケーブルを渡していなかったようだ。そもそもゴミかなんかだと思っていたらしい。

 

「まぁ、連絡できなかった理由はわかった。と言う訳で携帯の話は置いておこう。それより、病院の一角を爆破した後はどうしたんだ?」

 

「あぁ、そうでしたね。それは…」

 

「はい!そこからはオジさんから話そう!」ビシッ

 

 台詞を遮ってオジさんこと伊月 竹刀が元気に挙手する。少しでも仲良くなりたいのか、フレンドリーの塊みたいな人だな………

 

「アヴドゥルが白い炎を放った時、オジさんは咄嗟にある薬を使ったんだよね。身体能力強化系のやつ………それが功を奏して爆破に耐えられたんだよ。んでもってビックリ!放った本人のアヴドゥルが火傷負ってんだもの」

 

 そう告げるオジさんはどっちかって言うと近所のオバちゃんみたいで、「あらやだ」「ちょっと奥さん」と言わんばかりの勢いで手をプラプラと振る。

 

「あ、そうそう。先に言うけど、オジさんは君達との和解を求めてます。その為にもグループから一時離脱したアヴドゥルと話そうと病院に乗り込んだんだよね。で………何処まで話したっけ?そうそう。火傷した後だね。なんか事件に巻き込まれそうだったからアヴドゥル担いで逃げたんだよね。んでホル・ホースと合流してアヴドゥルに事情を説明したの」

 

「その事情とは?」

 

「だから和解だよ、君達との。DIOを倒す為に君達と協力したいから、話の中継役になって〜って言ったの」

 

 キョトンとした顔でさも当たり前のようにそう告げた。

 そして補足するように、アヴドゥルさんに信用してもらう為に手厚く看病した事を伝えてきた。

 

「それでようやく口説き落として今に至るわけよ。本来ならアヴドゥルが先に姿見せて和解の中継役をやってもらおうと思ったんだけど、先にレオンにバレちゃったからねぇ〜」

 

 だいぶ話が飛んだ気がするけど、そんな所らしい。

 アヴドゥルさんは優しい人だから、たとえかつての敵でも、戦意のない上に看病までしてくれた人の願いを無視できなかったのかな?

 

「………つまり今のテメェらは、俺らに危害を加える気がねぇって事でいいんだな?」

 

 立っていたのにいつも間にか腰を下ろしていた承太郎は、2人を順に見て問いかける。それに対して2人は「YES」と答えた。

 

 

 

「「「「………………………」」」」

 

 

 

 細かい詳細の無い会話だったが一段落し、この場を静寂が支配する。考え込むみんなと、緊張した面持ちで答えを待つホル・ホースとアヴドゥルさん………オッさんは(-ω-)(こんな顔)してる。

 

「………………わからんな」

 

「?」

 

 静寂を切り裂いたのはレオンさんだった。顎に手をやり考え込む仕草をしながら、レオンさんは伊月とホル・ホースに問いかけた。

 

「貴様らのメリットは?DIOを裏切りこちらに着く。DIOが我々に敗北すると思い、自分の身を危惧しての行動なら理由が付くが………伊月 竹刀………何か隠していないか?」

 

 その言葉を聞いたオッさんは相変わらず緊張感のない表情だ。口元なんか、横にした数字の3みたい。だが隣にいたホル・ホースが一瞬反応し、それに僕らは気づいた。

 つまりホル・ホースは伊月 竹刀が何かを隠している事を知っているのだろう。

 

 そんなわけでオッさんは諦め、溜息を吐いてから天井を仰ぐように顔を上げた。

 

「………そだよ。オジさんは1つ隠し事をしてる………ホル・ホースも知らない事………知りたがってたけど教えなかった事だ」

 

 オジさんは白衣をめくり、内側ポケットから1枚の写真を取り出し見せてくる。キッチンに立つ1人の女性が映った写真だ。よく見ると写真の隅に男の人もいる。

 僕はその男性には見覚えがあった………というか、この人も()()()()()()()だ。

 

「………ジョースターさん。写真の隅に写っているのは……鈴原 海斗さん………ですよね?という事はまさか、この女性が………」

 

「………アルシアだ」

 

 そう言ってレオンさんとジョセフさんは目を光らせる。

 

「伊月……何故貴様が彼女の写真を持ち歩いておる」

 

 ジョセフさんの問いに、オジさんはゆっくりと答える。

 

「オジさん……忠誠を誓ったわけでも、金で雇われたわけでもないんだよ。元々………………ただDIOは、オジさんが求める能力を持っていた。彼本人の力ではないらしいが………」

 

 オジさんが言っているのは、おそらくジョナサン・ジョースターの肉体に宿った、初代ジョジョのスタンド能力の事だろう。

 

「その写真はそれで写した念写………オジさんはその子に会わせてもらう事を条件に、DIOに雇われたんだよ」

 

「会うために?………アルシアと何の共通点が?」

 

「アルシア………そう、アルシア。オジさんの………友達?」

 

「いや、疑問形で言われても………」

 

「………関係は?」

 

 レオンさんが追求すれば、オジさんはようやく真面目な顔を始めて見せる。目元が鋭くなり、緩んでいた口元が引き締まる………それでいて少し悲しげな表情だ。

 

 そんな顔で、オジさんは短く言った。

 

「………死んでも守りたい子なんだ」




伊月 竹刀 24歳 180cm 64kg
第一人称「オジさん、オッさん、俺」口癖「オジさん◯◯〜」
武器:スタンド、暗技、注射器、毒針、ビーカー、煙草

スタンド・ミカドアゲハ
【破壊力:E / スピード:C / 射程距離:B / 持続力:A / 精密動作性:D/ 成長性:E】

ミカドアゲハに似た蝶のスタンド。
能力は薬物の鱗粉。
その鱗粉を水に溶かすなり、葉巻にするなりして使用手段は増える。それを行うにはそこそこ時間を必要とするので、戦闘中は作ることができない。
麻酔、幻覚薬物、擬似火薬、治癒促進剤、混合薬物しか作れない。


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56.九人と一匹

「………ッ⁉︎ 水晶に写っているのは………まさか‼︎」

 

現想像(ビジョン)だ…私のではない…君…自身の心の中が私の「能力」を通じて念写させているのだ。

 

 どうだねひとつ…私と友達にならないか? 私は君のような「能力」を持つ者を探し、研究している……「スタンド」と名付けたのだがね…

 

 君は悩みを(かか)えている…苦しみを(いだ)いている…私と付き合えばきっと心の中から取り除けると思うんだ。

 

 今の水晶の像が君の「苦しみ」なんだね?

 

 力を貸そうじゃないか…私にも苦しみがあって日光の下に出れない体なのだ。だから私にも力を貸してくれ。この小娘を探し出してやるよ」

 

「……わかった。彼女に会わせてくれるなら、()()()()()()()()()()オジさんが手足になってあげるよ。でも条件を1つ追加………報酬は全てが終わってからでいい。それまで手を出さないでくれ」

 

彼女への危害は許さない

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「そう会話を交わしたのが1年半くらい前かな。アルシアと会う目的は………まぁ昔酷いことをしちゃってね………謝りたいんだ。詳細に関しては黙秘権を酷使しますw」

 

「………………」

 

「ってなわけで仲間に入れてちょ。オジさんみんなと仲良くなりたいなぁ〜。あ、そうだ。オジさんの若い時の写真見る?」

 

「そんな事はどうでもいい」

 

 冷たく突き飛ばすと伊月は拗ねたような表情を浮かべる。そこで今まで黙っていたホル・ホースが口を挟む。

 

「それで………ジョースター御一行は話を聞いた上で、俺達をどうしてくれるんだ?」

 

「………どうするレオン」

 

 ジョセフを含めた全員が私に視線を向ける。この議題の決定権は私に一任するようだ。

 

「ならコレでどうだ?貴様ら2人の身柄はSPW財団で厳重に預からせてもらう。()()()()D()I()O()()()()()()()()。敵戦力が減るだけで此方にはメリットがあるからな」

 

「意義あーり。オジさんはソレ反対でーす」

 

 挙手はしたが、許可もなく伊月が反対する。口をすぼめて頬を膨らすその姿は巫山戯ているのか………?

 

「何故だ?アルシアが向こうにいるからか?それなら救出後に会わせてやるから「()()()()()()()()()

 

 ………台詞を遮った発言が耳に入り、私は1度口を閉じる。そして数秒置いて問い掛ける。

 

「………何故わかる?」

 

「オジさんがDIOの配下に下る条件はアルシアに会わせる事。それは報酬であるが同時に人質であるという意味を持つ。だから報酬は全てが終わってからって約束したのに………しかもオジさん、実は肉の芽を除去できるんだよね。だから肉の芽でアルシアを捕縛しても、オジさんはアルシア連れて逃げられる。それはDIOも知ってる…だったら別の方法で捕縛するのが普通じゃない?」

 

「………………」

 

「………現にオジさん、結構身勝手してるのに肉の芽付いてないでしょ?効かないからなんだよ………………まぁ、あくまで推測なんだけどね」

 

(日光下に2度と出す事はできないが、確かにゾンビにしてしまえば完全な配下にできる。だが………クソッ)

 

 別の手段をDIOは取っているんじゃないか?

 そう()()()()()頭を働かせるがダメだ……()()()()()()。DIOならそうする……私だってそうする………

 地下牢にでも拘束しようと、伊月なら逃す事ができてしまうだろう。それでは意味がない。

 

「オジさんどうやって肉の芽防いだの?」

 

「ミカドアゲハが1匹脳内に居るんだよ。その子の鱗粉で麻痺なり混乱なりさせて無力化して………後は勝手にズルズルっと抜いた。無力化すると肉の芽ってゼリーみたいになるんだね」

 

「最後の情報はいらなかったなぁ」

 

 頭が弱点というのはそういうことか……脳内にスタンドが入っている。だからスタンドで叩けば衝撃で出てしまうのだろう。それを日頃から注意しているから、頭部への攻撃に敏感なのか………

 礼神の質問に答えてから、伊月はまた此方に視線を向け口を開く。

 

「………君らが殺す前に、オジさんは会わないといけない。それに殺すなら………………彼女を殺さなければならないなら俺がやる」ギロッ

 

「ッ⁉︎」

 

「www」

 

 伊月の眼光が一瞬鋭く光るが、すぐさま笑みに戻ってしまった。直接見た私でさえ、見間違いかと自分を疑いたくなる程の短さだ。

 

 そして思わず冷や汗を滲ませる程の気迫………

 

「………で、同行の許可はくれる?能力を使えばDIOの根城も探せる。サポートは勿論、自分で言うのもアレだけど戦力もトップレベル」

 

 ジッと私を見据え、不敵に笑みを零しながら伊月が尋ねる。隣のホル・ホースは真面目な眼差しで同様に私を見据える。

 

 そんな彼らに私は近付き、おもむろに肉の芽の触手を伸ばす。

 ホル・ホースはそれを見て警戒する。

 

「洗脳はしない。これで脳波を読み取り嘘かどうか調べる。共に行動するには不安が残るからな……………信じて欲しいなら、私を信じてみせろ」

 

 そう言うとホル・ホースは帽子を取って目を閉じ、伊月も真似るように目を閉じると、頭から半透明のミカドアゲハが出てくる。そして私は肉の芽を脳に突き刺す。

 その光景が嫌なのか、ジョセフと礼神は目を背ける。

 

「質問に答えてくれ。先程の話には嘘偽りは無く、我々に危害を加える気もない。力になる事を約束するのだな?」

 

「うんw」

「あぁ!」

 

 そう返事する2人の言葉は本当だった。

 

 にしてもホル・ホース……

 敵だったにも関わらず覚悟を決め信用した瞬間、汗1つ流さず呼吸も乱れなかった。代わりに強い意志を感じる。

 伊月も妙な男だが、今は私に命を預け平然としている。

 

 2人共強い精神力だ………

 

「………はぁ……伊月 竹刀。館の捜索は任せて良いんだな?」

 

「お、おいレオン‼︎ こいつらを本当に信じるのか⁉︎」

 

 溜息をついて肉の芽を抜き早速命令を下すと、席を立ったポルナレフが口を挟んでくる。

 

「こいつらが信じられないのか?」

 

「あぁ、正直に言うとな!」

 

「なら私は?」

 

「………レオンの事は…信用してる………けどよ」

 

「まぁ仲良くしようぜ、ポルナレフ君♪」

 

 言葉が次第に弱くなった所で伊月がそう言うと、ポルナレフは早足で伊月に近付き、一発ボディを入れる。

 

「………シンガポールの借り。仲直りの握手の代わりだ」

 

「えぇー………それを言うならオジさん、レオンのスタンド越しだけど君の斬撃食らってんだけど………」

 

「知るか!」

 

「ハハッ、わかったよ。コレでチャラだぜ?」

 

(おぉぅ……ポルナレフからその言葉を聞くとは)

 

 最後に礼神が何故かニヤついていたが……別に大した事じゃないだろ。

 

 

 

 

 

 その後、昼食を急いで終えると早速行動に移す。

 伊月は大量のミカドアゲハを町中に飛ばし、その間に作戦会議を始める。場所は宿泊ホテルの一室……もしも伊月が今日中に見つけられなかった場合に、私と礼神、イギーが泊まる部屋だ。

 

 そして作戦会議と言っても、礼神の知識を頼りに各々が有利に戦える相手を確認するだけだ。

 礼神が脳内で自分の意見が纏まるのを待ってから、我々は彼女から意見を聞き出す。

 

「オジさんとホル・ホースが削れた今、大きな敵戦力は主に4つだと思う。番鳥のペットショップ、執事のゲーマー、側近のヴァニラ・アイス、ラスボスのDIO。細かい戦力を入れるなら空間を操作する幻術系幽波紋使いのモブキャラが1人と、雑魚幽波紋使いのヌケサク1人、そしてゾンビがもしかしたら複数人…数は不明……… アルシアさんもそこに入るかな」

 

「ペットショップは氷の幽波紋使い。ヴァニラ・アイスは空間ごと削りとり、DIOは時止め………で、その名前を忘れた執事がダービーの弟で似た能力だったな」

 

「え、そうなの?オジさん知らないんだけど。って事はアルシアの魂を人質にしてる可能性は………」

 

「あるかもね」

 

 その後少し話し合い、相手をするのにベストな振り分けとなったのは以下の通りになった。

 

ペットショップ

vs

アヴドゥル/花京院/ポルナレフ

ダービー弟

vs

礼神

ヴァニラ・アイス

vs

イギー/ホル・ホース/伊月

ゾンビ軍

vs

ジョセフ/レオン

DIO

vs

承太郎

 

「アヴドゥルさん、貴方の炎ならペットショップの氷なんて容易く蒸発させられるはずです。ただ敵が鳥で素早いだけに苦戦するかも………そこは花京院がフォローしてね。飛行機でクワガタ虫を相手した時みたいに罠をフル活用して。ポルナレフは攻撃には転じないで2人を守って。アヴドゥルさんが大体溶かせると思うけど、念の為………氷くらい切断できるでしょ?

 で、終わり次第ヴァニラ戦のフォローをお願い。

 

 執事ゲーマーの相手は僕がやるよ。正面勝負には弱いから、相手のペースに飲まれなければゲームするまでもなく力技で勝てる。原作では承太郎とジョセフさんの策略で倒したけど、2人の出番なく僕が倒してみせるよ!

 それと万が一アルシアさんの魂を持っていても、凄く自信のあるゲームがあるから取り返せるはず。

 

 オジさん達にも勿論戦ってもらうからね。

 2人はイギーと一緒にヴァニラ・アイス……一撃でも喰らえば死ぬと思ってね。イギーが砂を巻き上げれば、削れる亜空間は目視できるはずだから要注意ね。その時は攻撃しても無意味だから離れて。

 様子を確認する時は必ず顔を出すから、すかさずその時に攻撃してね。ゾンビになっている可能性もあるから、脳を撃ち抜いても油断はしないように。

 

 レオンさんとジョセフさんの波紋使いコンビは、言わずもがないるかいないか不明のゾンビ達の相手………いなかったり余裕ができれば積極的に他の人のフォローに回ってください。

 優先順位を付けるなら、レオンさんはヴァニラ・アイスの方へお願いします。ジョセフさんは余裕ができたら僕と合流してください。その他の行動はお任せします。

 経験豊富で頭の回るお二人なら戦況を読む事も容易いですよね。

 

 承太郎の相手は勿論DIOだよ。

 僕らの中で対抗できるのは君だけ……体力を使わずDIOの元に向かい、顔面にスタプラを叩き込んで。

 ………君なら他のフォローとかしちゃいそうだけど、極力それは避けて。体力は温存!」

 

 グループ分けされた各々に、礼神が淡々と指示を出した。

 

「ハハー、そんな風に指示出されてたんだ。そりゃオジさんの元パートナー達が無残に散るわけだ」

 

「いや、前はもっと頼りなかったぜ。葎崎も成長はするという事だぜ」

 

「ムッ………そりゃ僕だって成長するさ。それに旅もクライマックス、気合いだってはいるさ!」

 

「そういえば礼神ちゃん……大きくなったね。そこもこの旅で成長したの?」

 

「いや、サラシの予備が無くなっただけ………ってかセクハラだよ⁉︎」

 

「……伊月 竹刀。僕は別に……君をまだ信用してるわけでは無いんだ。そういう発言は控えてくれないか?」

 

「アララ?典明君。チョッ、首!首絞まってるから!」

(え?この子ってば、こんなに怖いの⁉︎)

 

 花京院の法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の触手が伊月の首を締め上げる。

 彼の気持ちは礼神以外の皆が十分理解しているが、伊月は現在 館の捜索中なので今は勘弁してもらいたい。

 

「そういえば伊月。貴様の能力は薬物生成と聞いたが、より詳しくは聞いていなかったな。紅海を渡る前に見せたあの力は何だ?」

 

 ふとあの時の戦いを思い出し伊月に尋ねる。

 万全の私が腕を切断されたあの時……アンラベルの暴走がなければ死んでいたあの時だ。

 

「私は伊月 竹刀に、変化系のスタンド能力が別にあると推測したのだが………」

 

「ん?2つ目?無いよそんなの。あの時はスタンドで作ったこの薬品を使ったの」

 

 そう言って懐から出した注射器は、黒い液体で満たされていた。黒一色というわけではなく、反射具合で赤、青、黄の光が見え隠れしている。

 

「薬品名は"黒戦(ゴクセン)"オジさんのスタンド能力の集大成だぜ。麻酔効果で痛覚遮断&筋肉及び血管等を硬質化しつつ熱を持たせて防御力と柔軟性を与える。治癒促進効果でその状態での活動を可能とすべく、全身が皮膚呼吸を活発に始める。機動力、戦闘力が吸血鬼の様に向上するが、効力は5分程、そういう代物。テラフォのGをイメージした………って言ってもわかんないか」

 

「誰にでも使えんのか?」

 

 興味ありげにポルナレフが尋ねると伊月は首を振る。

 

「皮膚呼吸を活性化しても、脳に回る酸素は足りなくなる。脳内に蝶を入れて継続的に幻覚鱗粉を散布させて思考力を誤魔化さないとショック死すると思うよ。それにこの通り………副作用もあるからね」

 

 そう言って伊月はクルリとその場で一回転する。

 

 ………?

 

「この通り」と言うのだから、見てわかる副作用だと思ったが………さっぱりわからないな。肌の色は特に問題ないし、目立った痣があるわけでは無い。

 

「副作用?なんだそれは」

 

 ポルナレフもそう思ったらしく質問すると、伊月は勿体振りながらも答えた。

 

「………オジさん実はね、24歳なんだw」

 

「………は、ハアァァァァァァア⁉︎」

 

 流石にその発言には驚いた。豊麗線といい深いクマといい、50は越えていると予想していたのだから。

 ポルナレフは尻餅を付き、皆も目を丸めギョッとしている。ホル・ホースも、それを聞いて咥えてた煙草を落とした……パートナーなのに知らなかったのか。

 

 そしてうわ言のようにポルナレフとホル・ホースは呟く。

 

「俺と……タメ………だと?」

 

「旦那……年下だったか………」

 

「アハハハ、コレ言うとみんな驚くんだよね。でも本当だぜ?………おっと、」ブシュ………

 

 突如として首の後ろ……うなじ辺りから血を噴きださせる伊月。礼神が一瞬驚き血を浴びないように数歩離れ、傷付いた当の本人は「巨人だったら即死だったw」とか意味のわからない事を言っている。よくわからないが、脊髄に達して入れば人間でも即死じゃないか?

 そんな伊月の首を掴んで波紋を流すと、窓から大量の蝶が舞い戻って来る。

 

「館を見つけたら門番の鳥にヤラレタでござるwwwどうする?」

 

「行くに決まっている。もう根城のすぐそこまで我々は来ている。翌日まで待つなんてすれば、日が沈み向こうも………最悪DIOが直々に来るかもな。ならこちらから奇襲するべきだ」

 

 ………と、私は言ったのだが、伊月と承太郎以外はちゃんと聞いてたか? 他は皆、伊月の容姿を眺めながら唖然としていた。

 

「伊月、先導を頼む」

 

「オッケーw」

 

 そう言って歩き出した伊月の背を追うと、私の隣を承太郎が歩く。そして我に返った皆が、その後ろをゾロゾロと付いてきた。

 

「………スゥ………ハァー……これから最終決戦なんだよね、レオンさん」

 

「そうだな………怖いか?」

 

「というより、気分が乗んないというか………だってダービーと戦ったカフェでレオンさん言ってたじゃん。承太郎に今夜5分付き合えって…組手か何かするんじゃなかったの?」

 

「あぁ、今日中に館が見つからなかったら相手してもらう予定だったが、伊月の協力で見つけてしまったからな。見つけたからには待つ理由もない………さっきも言ったが、向こうからの奇襲の確率が高いからな」

 

「ちょっと急過ぎて気分乗んない。せめて最終決戦は明日だと思ってたから……明日やろうは馬鹿野郎って自分に向けて言いたいよ」

 

 ホテルを出て大通りへ……ヘラヘラと笑顔を浮かべる伊月だが、瞳は黒い火でも燃えているのかと疑うくらいに力強く、同時に悲しくも見え歩く速度が若干上がる。

 

 隣を歩く承太郎は学帽を被り直すが、いつもの様に深くは被らずに眼光を真っ直ぐ飛ばしている。

 

 後ろからついてくる皆もそうだ……

 ジョセフは義手を軽く回して問題ないかを確認、花京院とポルナレフは肩を回したりして身体をほぐしながら歩く。

 礼神は既にスタンドを纏い、イギーはその足下を鼻をひくつかせながら歩いている。

 ホル・ホースは拳銃型のスタンドを取り出して手の上で回す様なアクションを決めてからしまい、アヴドゥルも指先に小さな火を出してスグに鎮火させる。

 

 各々が自分なりのルーティーンを行なっていると、視界に旅のゴールが映り込み、それがだんだんと大きくなる。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 一点の光も無い暗室。

 

 そこで1人の男が目を覚ます。

 

「……来たか………レオンよ」

 

 男が寝室として使っていた暗闇の中には生きている人間は誰もいない。居るのは吸血鬼と女性の屍が1つだけ………

 

 その死体は死後間もないのか未だ美しい。

 

 血色は良く、まるで人形のように椅子に座っていた。

 

 無論、彼女が生きていない事に間違いはないが、()()()()()()()()()()()

 

 魂を抜き取られているが……戻り次第、彼女はまだ動ける。

 

「君も楽しみかい?聞けば、レオンに波紋を習っていたそうじゃないか………まさかレオンが波紋を学ぶとは………………」

 

 そう言って女性の髪を撫でていたが不意に手を止める。

 

「それとも………彼に会う方が楽しみかな。伊月 竹刀………彼は君に謝りたがっていたが……逆に君は彼を憎んでいたりするのかな?」

 

 魂を抜かれたアルシアにそう囁き、DIOは部屋を後にした。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 9人と1匹……頭数が丁度「10」になった旅人達と裏切り者の集団。

 旅を始めた当初は、ここまで仲間が増えるとは転生者の葎崎 礼神も想像しなかっただろう。

 

 此方と敵の戦力を天秤にかけるなら、僅かに此方に傾くだろう。

 だがそれは確定した戦力で秤にかけた場合………不特定多数のゾンビ、手中に堕ちた人質、ましてや戦場は敵の根城。

 

 10という頭数も少なくは無いが、個々の実力で言うならトップは承太郎とDIO、それに続く上位はヴァニラ・アイス、ペットショップ、レオン、伊月……そこから下は団子状態だろう。

 

 レオンと伊月は経験があっての実力者………

 

 それに対してヴァニラ・アイスは防御無意味の攻撃時無敵状態というチート能力。

 

 ペットショップも高火力の遠距離持ちで、この中では()()のスピードに関してはトップに君臨しているだろう。飛行状態のハヤブサには、流石の吸血鬼も追いつけやしない。時を止める時間が有限である限り、承太郎でも近付く事すら叶わないだろう。炎と氷という相性が無ければアヴドゥルにも勝機はない………むしろ相性があってようやく勝ち筋が見えるほどの強敵である。

 

 幽波紋使いとして産まれたその瞬間から、強者として君臨できる者達だ。

 

 それを認識している礼神は不安に駆られる……

 

「おい何だ…急に冷汗が出てきたぞ………この精神に食い込むような圧迫感は………」

 

「何だポルナレフ、もうビビってんのか。DIOと同じ空間にいる時は、今の比にならないぜ?」

 

 そう発言するホル・ホースだが、彼の表情からも冷汗が目に見える程に流れている。

 

「私はもう…わかった…この雰囲気、このドス黒い感覚ッ」

 

「正直ワシも伊月の言葉は半信半疑じゃったが、いる……この感覚は間違いなくヤツだッ!やつは今この館の中にいるッ!」

 

「………………」

 

「我々の旅は…」

 

「………………」

 

「ついに終点を迎えたわけだ」

 

「………………」

 

 レオン、ジョセフ、アヴドゥル、ポルナレフの順にそう言う中、学生3人は黙りこくり辺りを警戒している。

 

 その館の前で固く閉められた門の扉……先頭を歩いていた伊月はそれ押すが開かない。内側から鍵をかけているようだ。

 すると「開けてくるよ」と短く伝え、彼は軽々と門を飛び越える。

 飛び越え敷地に入った伊月はもちろん、飛び越える事を合図としたように皆が警戒を強める。

 アヴドゥル、花京院、ポルナレフに関しては既にスタンドを出していた。

 

 しかしそんな警戒を嘲笑うように、門の方から物音が聞こえて固く閉ざされていた扉は呆気なく開いた。

 

「………おい」

 

「わかってるぜ、警戒を怠ったりはしねぇよ」

 

 銀の戦車(シルバーチャリオッツ)を構えたまま、時に後ろ歩きをして周囲を警戒しながら敷地内に足を踏み入れる。

 

 敷地に入ったのだから、番犬ならぬ番鳥…ペットショップが襲いかかってくると思ったが、敵は未だに姿を現さない。

 伊月が門を飛び越えた時点で現れてもおかしくないというのに、ペットショップは飛ぶ影すら見せなかった。

 

「葎崎さん。門鳥が室内にいる可能性は?」

 

「室内どころか、水の中まで追ってくるハヤブサだからね……外でも室内でも十分に戦えるんだろうさ。可能性は………五分五分」

 

 礼神の答えを聞いた花京院は、アヴドゥルとポルナレフにアイコンタクト交わす。

 

 いるかもわからない外で待つというのも間抜けな話…番鳥を相手にする予定の3人も室内へ進む事にした。

 

「私やジョセフにヤツの存在がわかるように、ヤツの方も私達の到着に気がついている。門番の役割をしているはずのハヤブサも定位置にいない事から、向こうも何らかの策を講じているようだ」

 

「うっかりこの館に入るのは敵の胃袋に飲み込まれるようなもの。さて………どうしたものか」

 

 ジョセフが入り口に睨みを効かせると、それを待っていたかのように館の扉が開いた。

 

「ッ‼︎ 扉が空いたぞッ!気を付けろッ‼︎」

 

ーーー ギ ギ ギ ッ ーーー

 

 錆びた音を立てながら、時間を掛けて扉が開ききる。そこで一人分の気配が消える。

 いち早く気付いたレオンが目を向けると、そこには気配を殺した伊月 竹刀が最小限の動きで歩いていた。そしてゆっくりと身を乗り出して中を確認すると、何もいない事を周囲に伝える。

 

「原作では執事が出迎えてくれんだけどね」

 

「先頭は私が………伊月、最後尾で警戒してくれ」

 

「OK」

 

 先頭を代わったレオンは、警戒しながら目を閉じて目尻を抑える。次に瞼を持ち上げた時、館の中は異常に暗かったが既に目が慣れていた。それでも廊下の突き当たりが見えない。それ程に長かった。

 

「おい見ろよこの廊下…終わりが見えねーぜ。本物じゃあねーよな…」

 

「そだよ、言ったでしょ。幻術系幽波紋使い……落とし穴には気を付けて」

 

 礼神の忠告を聞いて注意を払うが落とし穴らしきものは無い……そもそも瞬時に落とし穴を発生できる可能性もある。

 幻術系の空間操作………いったいどこまでが幻なのかが不明なので、表情こそ崩さないがレオンは少し悩む。

 

(私ならその「瞬時」に気付けるが、紫の隠者(ハーミットパープル)法皇の緑(ハイエロファントグリーン)のように引き上げる物が無いからな。精々鞭を垂らす程度だ………)

 

 立ち止まっていたレオンだが、目も慣れ忠告も聞いたので足を踏み出す。

 

「いつまでも入り口で突っ立ってる訳にはいかない」

 

 そう言って先頭を歩く。

 

「コレは罠だ‼︎全員出ろ‼︎」

 

 10人(9人と1匹)のうちの半分が入り口を通った辺りで、珍しくも伊月が声を張って叫んだ。

 

 屋上の死角にでも居たのだろう。

 目を疑う速さでハヤブサが上空から急降下してくる。

 

 無論……それは氷のスタンド………

 

 ホルスの暗示を持つ幽波紋使い、ペットショップ。

 

『ケッ!世話がやけるゼッ‼︎』ズズッ!!

 

 ペットショップは巨大な氷柱を入り口へ落とし、そこには外に出るか中に逃げるかで一瞬迷ったポルナレフと礼神が立っている。

 そこでイギーが咄嗟に砂のスタンド、愚者(ザ・フール)を入り口に出現させた。それで氷柱を防ぐ事はできずスタンドは潰れてしまうが、それで崩れた砂の波に押され2人は無傷のまま中に流された。

 

「葎崎さん、大丈夫か⁉︎」

 

「だ、大丈夫。ありがとイギー」

 

『犬好きは見殺しにできねー』

 

 感謝を伝えられたイギーは照れ臭そうにプイッと顔を背ける。

 

「しかし………」

 

「そうだなジョセフ。してやられた」

 

 振り返って見てみると、そこには崩れた瓦礫とその中に突き刺さった巨大な氷柱が出入り口を塞いでいた。

 しかも最後尾にいた伊月 竹刀とホル・ホースは外だ。

 

「………私の炎で溶かしましょうか」

 

「やめておけ、柱が完全に崩れている。無理に穴を開けようとすれば更に崩壊し生き埋めになるぞ」

 

「あの鳥公やりやがるぜ。殺さずに分断を目的として動きやがった。しかも柱を完全に破壊したが、着弾した氷柱から氷が這って広がり天井を支えてやがる。仮に俺の星の白金(スタープラチナ)で繊細に穴を開けれたとしても、氷が溶ければどの道崩れる。スグにここを離れるぜ………ムッ⁉︎」

 

 そこで奥から何かがやってくる。それに皆が気付いたが口に出したのはポルナレフだ。

 

「何だッ⁉︎ 何か来るぞ‼︎」

 

 終わりの見えない程長い廊下の奥………そんな遠くから数秒でそれはやって来た。少しばかり宙に浮き腕を組んだ態勢で突っ込んでくるかと思えば、フィギュアスケートの選手のように足の裏を此方に若干傾けて急ブレーキする。

 

「先手必勝‼︎」

 

 現れた男が何か言うかよりも早く、ジョセフが男の首に紫の隠者(ハーミットパープル)の荊を巻き付ける。

 現れた男は腕を組んだまま動じず、代わりに彼の横に現れたスタンドがその荊を掴んだ。

 

 その時………

 

 

 ………ォ………ン

 

 

「な、何の音じゃ?」

 

「ッ‼︎ジョセフさん‼︎早く絞め落として‼︎」

 

 僅かで奇妙な小さな男……小さかったが、それは確かに聞こえた。

 一同が音の正体を疑問に思う中、礼神だけが正体を知って居た。礼神はその音を……()()()()()()()()()()()

 遠くから迫るその音を聞いて礼神が焦る。

 

「私を殺してしまって良いのですかジョセフ・ジョースター。私はアルシア・アントニオ・ツェペリ………鈴原 アルシアの魂を既に持っています」

 

「何ッ⁉︎」

 

「ジョセフさん早く‼︎」

 

 ………オン………ッ

 

「人間の魂というのは実に不思議だ。「敗北」する時、認めた時なんかは、その瞬間魂のエネルギーが限りなく0に近付く。その一瞬を狙って相手の魂を引き出すッ!それが私や死んだ兄のスタンドの原理!」

 

「気にするなジョセフ‼︎1度気絶させろ‼︎死ななければ問題ない‼︎」

 

「う、うむ!」

 

 ……ガォ………ガオン………

 

「ヌゥッ……このスタンド…なんてパワーじゃ‼︎」

 

「私のスタンド能力は今述べた通りでパワーファイターではない。ですが、人の腕力と比べれば話は別です」

 

「マズイ、間に合わない‼︎ ジョースターさん、何かが来る前に一度下がるんだ‼︎」

 

「ジョセフッ‼︎」ズバッ

 

 

ガオンッ‼︎

 

 

「そして………生物としての敗北は()を意味する。つまり()()

 

「………レオン?右腕が………」

 

「大丈夫。軽傷だこの程度…「ヴァンッ‼︎」

 

 遠くから迫って来たのは亜空間。

 空間ごと飲み込み粉微塵に粉砕するガード無視のスタンドだった。

「ガオン」という音が自分に迫っている事は気付いていたが、荊を巻き付けていたジョセフは回避に遅れた。

 

 そこに飛び出したのはレオンだった。

 W-Refを嵌めた手刀で紫の隠者(ハーミットパープル)を断ち切り、安置を見極めて花京院の方へ突き飛ばす。

 

 それによってジョセフは助かったが、代償としてレオンの右手は亜空間に飲み込まれ消失した。

 手首から先を失った。レオンを見てジョセフは呟き、レオンはそれに対して軽口で答える………

 

 しかし運の悪い事にレオンは、荊を断つ為にスタンドをその手に嵌めていた。四肢に纏うスタンドの1つをレオンは削り取られたのだ。

 

「グゥッ…なる……ほど………空間ごと消すんだ。触れられない……吸収のしようがない………かッ………」

 

 スタンドが傷付けば本体も傷付く。

 4つに別れたスタンドの1つが削られ、四肢の内の1つが消滅………時間差でレオンは右肩から先を「ヴァン」という音と共に失った。

 

「レオンさんッ‼︎」

 

「ジョセフ・ジョースター………()()()()()()()()()?」

 

「ハッ⁉︎」

 

 先程まで紫の隠者(ハーミットパープル)を敵の首に巻き付けていたジョセフだが、逆に今は敵スタンドによって首を絞めつけられている。

 

「貴方を庇い負傷してしまいましたね。元を辿れば囮役となった私の所為ですが………お詫びにとっておきの世界へお連れしましょう」

 

 まだ名乗りもしていた無い男……テレンス・T・ダービーがそう言うと、彼の足元に穴が開く。削り取られた亜空間とは違い、ブラックホールのように黒い渦を巻いている。

 

「ジジイッ‼︎」ガシッ

 

「ちょっと承太郎」

 

 思わず手を出しジョセフを掴んでしまった承太郎。「極力温存」と指示を出した礼神はその行動を咎めるが、表情は「仕方ないか」とでも言いたそうだ。

 

法皇の緑(ハイエロファントグリーン)‼︎」

 

 一瞬遅れ花京院も自身のスタンド、法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の触手をジョセフに巻き付け引きあげようとする。

 

「しょうがない…あなた方もお入りください」

 

「ワリぃ…葎崎………」

 

 黒渦の中からテレンスが顔を出し、引きあげようとした承太郎と花京院がついでにと言わんばかりに引きずり込まれた。

 

「お前の相手は僕だよッ!」

 

 当初の予定では礼神が相手取るはずのテレンス・T・ダービー…その為、礼神は渦が閉じる前に黒渦に飛び込んだ。

 

 やがて黒渦は閉じ元の床に戻る。

 

 しかし………………

 

 

 

「貴女はダメです」ポイッ…

 

「………………………?」

 

 

 

 再び渦が開き、礼神だけ返却された。

 

「………解せぬ」

 

「………………」

 

「ポルナレフ………何で?(´・ω・`)」

 

「俺に聞くな。んでこっち見んな」

 




礼神
「……20代だったんだ」

伊月
「薬物使用前の写真あるよ」


【挿絵表示】


「ッ⁉︎」


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57.飢えた猛者達

「コレは罠だ‼︎全員出ろ‼︎」

 

 オジさんにとっては人生で数度しか無い程の声量で叫んでみる。だけどみんなが気付いた時には遅かったみたい……砂のスタンドが使えるワンちゃんが咄嗟に動いたおかげで助かったみたいだけど………

 

「ホル君大丈夫?オジさんは大丈夫!」

 

「俺も…なんとか」

 

 砂に押し出されて尻餅をついたホル君ことホル・ホースは、オジさんの手をとって立ち上がる。

 そして2人仲良く門の方へ振り向けば、塀の上に着地していたハヤブサが硬い口角を僅かに吊り上げていた。

 

「ケキョキョキョキョ‼︎」

 

 ハヤブサ特有の鳴き声を発しながら両翼を広げると、それに沿うように氷柱(ツララ)状の弾幕が次々と生成される。

 

「………オジさん困っちゃうなぁ〜」

 

「笑ってる場合じゃねぇだろ‼︎ 来るぜ、旦那ァ‼︎」

 

 ホル・ホースは拳銃型のスタンド、皇帝(エンペラー)を構え、オジさんも注射器を両手に持って構えた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 

ガオン‼︎ガオン‼︎

 

 奇妙な消滅音が崩れかかった空間のあちこちで反響し、時折目の届く所にヒビ1つない風穴が開く。

 

「何だ?ペットショップが凍らせて固定させたのに、今度こそ生き埋めにする気か⁉︎」

 

「みたいだねポルナレフ。3つに分断されたうちの、僕らを相手取るみたいだ」

 

「なら走るぞ!壁の向こうにいるうちにな!」

 

 アヴドゥルの言葉を合図に皆が走り出す。

 イギーはすでに砂埃を充満させて亜空間を視認できる環境を作る。壁の向こうで破壊工作しているのでわかってはいたが、我々が走る通路にヴァニラ・アイスはいなかった。

 

「レオンさん平気なの?」

 

「あぁ………少し走り辛いが」

 

 ジョセフを庇った際に右腕を失った私は、右肩から先が無いおかげでバランス感覚が多少狂ってしまう。すると何も言わずにポルナレフが肩を貸してくれる。おかげでバランスを保つ事ができ、真っ直ぐ走る事ができた。

 

「………………!」

 

 やがて消滅音は背後の方で遠くなり、我々は少しだけ広いホールに出る。左右均一に並べられた太く聳え立った柱と複数の廊下の入り口が見える。

 そこで一度、今走ってきた空間を振り向く。それを待っていたかのように今来た廊下からは崩壊音が聞こえて来た。

 そのうちあの亜空間は我々の後を追ってくるだろう。

 

「廊下と比べれば広いが、炎を飛ばしたり剣を振り回すには狭いだろう………もう少し先へ進みましょう」

 

 アヴドゥルがそう言って足を進める。

 ヴァニラ・アイスからは多少離れたので、警戒しながら歩く事になる。

 

 そうやって更に先へ進んでいると、割と頼っていたから少しだけ不安になる。何にといえばW-Refの事だ。

 館に入った時から辺り一面を放流しているスタンドエネルギーを、私のW-Refは感知している……エンヤ婆の正義(ジャスティス)の時の様に、W-Refの感知能力をスタンドエネルギーが覆っていたのだ。

 まるで墨汁の中を泳いでいる様で、それ以外が何も感じられない。

 

「……幻術の幽波紋使い」

 

「ん?何がだ、近くにいるのか⁉︎」

 

 ボソッと呟くとポルナレフが辺りを警戒しながら尋ねるので、私は今感じ取れる事をそのまま口にした。

 

「そういう事ですか……より一層注意しましょう」

 

「今見えるこの壁も……もしかしたら偽物かもね」

 

 アヴドゥルと礼神がそう言って、更に警戒心を強める。

 

 ところで………

 

「ところでポルナレフ………()()()()()()()()()()()()()

 

「………………」ピタッ

 

 歩くのをやめてポルナレフが振り向く。

 

「………何のことだ?」

 

「とぼけるな」ゴッ

 

 左拳がポルナレフの顔面に突き刺さり、ポルナレフは顔面から広がるように蒸発していった。

 

「ギニャァァァァッ⁉︎」

 

「フシャァァァ‼︎」

 

 それを見るや否や、今度はアヴドゥルが私に襲いかかってくる。だが()()()()とは違い、動きが素人でまったく相手にならない。

 アヴドゥルを真似ていた者は秒速で蒸発する。

 

「ゾ、ゾンビッ⁉︎」

 

 礼神が驚き私の背後に隠れる。

 いつの間にかゾンビと入れ替わっていたようだ。まぁそれにはすぐに気付いたが。

 

「レ、レオンさんは……本物だよね?波紋使えるし………仲間だよね?」

 

 不安そうに礼神が上目遣いで聞いてくる。

 それに私は優しい口調で答える。

 

「もちろん味方だ」

 

「そう……よかった」

 

「ただし………()()()()()()」グシャァア‼︎

 

 振り向きざまに礼神を蹴り飛ばす。波紋は使わなかったが、首の骨は折れて肉片が圧力でグニャリとよじれる。

 

「バッ……な、何故バレ………オレの無敵の能力がァーーッ‼︎」

 

「無敵の能力だと?後頭部に礼神の顔を作り後ろ歩きするだけの能力がか?………裏返るなら両手も逆にしろ」

 

「???………ハッ!そ…そうかッ!」

 

 正真正銘のバカだな。

 ちなみにポルナレフ達に気付いたのは肩を貸してもらった時……墨汁の中を泳いでるようだ、と言ったが流石に触れれば気付くさ。

 なのに銀の戦車(シルバーチャリオッツ)のエネルギーは微塵たりとも感じ取れなかった。

 

 それはそうと……

 

「礼神の言う通り…貴様がヌケサクと呼ばれるのも納得がいく」

 

「て、テメェ………ヌケサクと呼んだな…なめるなよ〜〜。ブッ殺すッ!このオレ様はすでに……「ドパァン」

 

「………透明色波紋疾走(クリアオーバードライブ)

 

  セリフを言い終えるのを待つのも面倒臭い……波紋の衝撃波はヌケサクの頭部を一瞬で消し飛ばす。

 波紋はゾンビや吸血鬼の弱点なのだ………そんな波紋の熟練者でもある私に勝てるわけがないだろ。

 

「さぁ……隠れてないで出てきたらどうだ?」

 

 そこらじゅうから臭う()()()()()に向けて言い放てば、観念したかのように無数のゾンビが出てくる。

 本物の礼神達が心配で早く合流したいのだ……さっさと済ませよう。

 

『そんなに俺は頼りねぇか?』

 

「………………」

 

 ふとそんな台詞が脳内再生される………

 

「そうだな……彼らは信頼できるほどに強い。いつの間にかイギーもいないし、向こうにいるんだろう。心配ばかりしては無礼だな…………まぁ、急がない理由にはならんが」

 

 肩の傷口は腕を再生させようと必死に蠢いているが、右肩から先は未だに存在しない。それでも相手は雑魚の群れだ。

 

 

ハンデにすらならない

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 奇妙な消滅音が崩れかかった空間のあちこちで反響し、時折目の届く所にヒビ1つない風穴が開く。

 

「何だ?ペットショップが凍らせて固定させたのに、今度こそ生き埋めにする気か⁉︎」

 

「みたいだねポルナレフ。3つに分断されたうちの、僕らを相手取るみたいだ」

 

「なら走るぞ!壁の向こうにいるうちにな!」

 

 アヴドゥルさんの言葉を合図に僕らは走り出す。

 戦闘中の長距離移動とかはケルベロスを頼っていたので問題なかったが、自分の足で長い廊下を走っているので体力がどんどん削れる。ケルベロスを利用しすぎたことによる運動不足だね。

 そしてケルベロスを纏いながらは走り辛く、ヴァニラ・アイス相手に防御力は無意味なので一度外す。

 

「こ……ここまでこれば、ひとまずは良いんじゃない?」

 

 しばらく逃げ続けたが、自分の体力が音を上げ始めて僕も音を上げた。声をかけて止まったみんなは振り向き周囲の安全を確認する。そして冷や汗………

 逃げた先は右も左も似た景色で、あらゆる所に階段がある高低差のある空間………まさに立体巨大迷路。

 方向音痴の僕が進めば、次の瞬間元いた場所に戻れるかも怪しい……

 

「礼神、これからどうする?」

 

「僕に聞かないでよ……」

 

「あっそ。ならレオン、どうする………レオン?」

 

 呆れ顔を浮かべてから顔を背けてポルナレフは尋ねる。しかし尋ねられた当の本人は何も答えない。それどころか、そこには彼の姿すらなかった。

 

「え、レオンさんは何処⁉︎」

 

 肩を上下に動かし酸素を確保しながら問うが、みんなが互いの顔を見合わせるだけで誰も答えない。逸れない範囲で迷路の中を見渡すが何処にもいない。

 もしかして置いてきた?逸れた?幻術にかかったのかも……

 すぐさま僕は引き返そうとしたが、そこには今来た通路は無く、代わりにと言わんばかりに冷たい壁がそこにはあった。

 

「これも……幻術か?」

 

「わかんない……原作ではイギーが瞬殺したか……らッ!」ドゴォン‼︎

 

 マイスタンドのケルベロスを操り前足で壁を砕いてみるが、壁の向こうには同じような迷路が広がっていた。

 

「今来た道はねぇ、進む道は………」

 

「………無限とも言えるな。むしろ一周回って出口が無いようにも思えてしまう」

 

 扉の付いていない似たような出入り口がいくつも並び、空中でいくつもの道が上下左右に交差している。

 この迷路の攻略法は流石に知らないよ………

 

「まずレオンさんと合流したいね。ゾンビの相手ならまだしも、ヴァニラ・アイスの相手を1人でやるのは流石にキツイでしょ。あの亜空間にはW-Refですら触れないみたいだし」

 

「だな」

 

 ポルナレフが同意しひとまず歩き出そうとすると……

 

「その心配はいらない」

 

 密室と違い隙間風さえ吹いている広大な迷路に、静かで重いその声は透き通るように消えた。

 

 と、言うよりは信じたくなかった。認識したくなかった……背後から聞こえたその声は初めて聞いたけど、もう察しがついた。

 

 振り向けばそこには、美形だが狂気染みた瞳を持った男が立っていた。腰と右胸、額……あと耳にハートのデザインを施した装飾品を付け、背後には同じようにハートを所々に付けた2mを優に超えるスタンドが立っていた。

 

 彼こそがヴァニラ・アイス。その背後にいるのが彼のスタンド「クリーム(だったかな?)」………亜空間に飲み込み粉微塵に粉砕するチートスタンド。ハートを付けてはいるが、その姿に可愛い要素は全く無い。むしろ悪魔や死神から連想できるような恐ろしい容姿をしている。

 

「…テメェがヴァニラ・アイスか。不意打ちせずに姿を現わしたな」

 

「最後に…聞かねばならん事があってな」

 

「聞く事………だと?」

 

「グルルル〜〜〜‼︎」

 

 僕を除いたみんながスタンドを出して戦闘態勢に入る。

 それを見て僕も普段よりは小さめのケルベロスを出す。犬で言えばゴールデンレトリバーくらいの大きさだ。

 無駄に大きくしても避けにくくなるだけだし。

 

 ヴァニラ・アイスはそう言ってから真っ直ぐ指差して僕の名前を呼び要件を述べた。

 

「これが最後だ。巫女よ………DIO様の配下に下れ‼︎」

 

 ほぼ命令口調で伝えられた内容……それに従うつもりは毛頭ない。その気持ちを汲んでくれたのか………

 

銀の戦車(シルバーチャリオッツ)‼︎」

魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)‼︎」

愚者(ザ・フール)‼︎』

 

 みんなが即座に反撃する。

  銀の戦車(シルバーチャリオッツ)が急接近してヴァニラ・アイスに斬りかかり、それに被弾しないように、十字架(アンク)を模した炎とインディアンヘッドの砂の獣が左右に弧を描いて襲いかかる。

 

 それらの攻撃により巻き起こった土煙の中には何もない。強いて言うなら()()()()()()()がそこには存在した。

 

「チッ、亜空間に逃げられたか」

 

 ポルナレフが舌打ちをした瞬間…土煙のお陰で視認できる亜空間は僕めがけて突っ込んできた。だから僕はケルベロスの背骨を掴み、ケルベロスがそのまま飛んで僕を引っ張るような形で回避行動をとる。

 もちろんその直線上にいたみんなも回避をしていた。

 

「いきなり突っ込んで来やがった‼︎礼神が死んでも御構い無しか⁉︎」

 

「御構い無しだね。だって「これが最後」って言ってたし。イギー‼︎砂展開して‼︎」

 

「アギッ‼︎」

 

「アヴドゥルさんは奴が顔だした瞬間、即座にダメージを与えられるように炎の準備を‼︎」

 

「あぁ、とっておきを食らわせてやる」

 

「礼神‼︎俺は⁉︎」

 

「避ける事を優先して‼︎僕らは足手纏い‼︎」

 

「マジかよ‼︎」

 

 イギーを中心に砂が巻き上がり、デタラメに浮遊する亜空間が視認できるようになる。それは何かに触れるたびに「ガオン‼︎」と音を立てて物体を飲み込んでいく。

 

 やがて亜空間が縮み、その中心から球状に丸まったクリームが姿を現わす。そしてその口の中からヴァニラ・アイスが顔を出し、僕に狙いを付けてまた亜空間に消える。

 

 アヴドゥルさんはすかさず炎を飛ばすが、スピードが足らず間に合わない。

 

 そして僕らは最初の一撃でバラバラに飛んだから、同じ空間でもそれぞれが離れ離れになっているのだ。

 ショートカット以外の方法で、どうやって移動すれば同じ通路に辿り着けるかもわからない。

 

「礼神、避けろ‼︎」

 

「わかってるって‼︎」

 

 ケルベロスに捕まり同じように避ける。

 すると亜空間は僕が先程までいた位置に辿り着くと、急カーブして明後日の方向に飛んでいく。

 

「なんだあいつ、的外れの方向に飛んでったぞ!」

 

「亜空間に入ってる間は周囲を視認できない。だからある程度予想して動いてるんだよ。僕が今そっちに避けてたら死んでたね」

 

 考えるだけでゾッとする。一瞬で亜空間に飲み込まれるというのは苦しいのだろうか………

 

 そう思っていると、一瞬顔を出したヴァニラが今度はアヴドゥルさんに襲いかかる。

 

「こっちに来たな。私の射程範囲に……」

 

 砂のお陰で回避は容易い……亜空間を避けると大回りなUターンで戻ってくる。それも避けて次の一撃に備えるアヴドゥルさんだが、急に彼は体勢を崩す。

 

「な、床が傾い……ッ‼︎狙ったのは足場だったか‼︎」

 

 気付くのに遅れたが跳躍し、伸ばした手が別の通路に引っかかる。そこから腕力を使い這い上がると、アヴドゥルさんはコッチに振り向く。

 

「………だいぶ離れてしまったな」

 

「少しずつだが確実に分断させようとしてねぇかコレ⁉︎」

 

 先程僕が思ったように、ショートカット無しだと合流は難しいほど僕らのいる通路同士が離れている。

 というか、ショートカットできる足場も亜空間に少しずつ消え失せ始めている。

 

「このヴァニラ・アイスに…焦る必要は無い。確実に追いつめて倒す………確実に………」

 

 バラバラになった僕らの中心部の上方にヴァニラ・アイスが姿を現わす。相変わらずスタンドの口の中だが、今回は顔をのぞかせるのではなく上半身だけ外に出している。

 

「ヴァニラ・アイス……テメェ降りて来やがれ‼︎正々堂々と戦え‼︎」

 

「戦う?これは戦いなどではない……処刑だ。DIO様を倒そうなどと思い上がった考えは………正さねばならんからな」

 

 そう言い残してまた亜空間に消え、上の方で縦横無尽に動き回る。僕らは誰もそこにはいないが、壁や通路を円を描いて暗黒空間へと飲み込んでいた。するともちろん、くり抜かれた大量の瓦礫は僕らに降り注ぐ。

 

「野郎ッ‼︎」ガガガッ‼︎

 

 アヴドゥルさんは持ち前の炎でそれを溶解させ、ポルナレフは躱せる物は躱して無理な物にはレイピアの連撃で削るという荒技で身を守っていた。イギーは砂のドームで身を守り、僕も同じようにケルベロスの体内に隠れ身を守った。

 物理には強い。

 

「………やはり………貴様らは暗黒空間にばら撒くしかないなッ!」

 

 この程度の物理攻撃には強いと相手も思ったのか、顔を出して現状を確認してまた亜空間へ消える………

 

(アレだけ離れては俺の銀の戦車(シルバーチャリオッツ)は届かねぇ………このまま足手纏いになるくらいなら………)

「アヴドゥル‼︎俺に炎を飛ばせ‼︎」ガガガッ‼︎

 

 ポルナレフは落ちて来た際に削った瓦礫を更に削る。その姿はまるで木彫り職人が仕上げにかかるようだった。そしてその瓦礫もまさに木彫りのように容易く芸術作品と化していく………だがその作品は…

 

「何をする気だポルナレフ‼︎」

 

「このまま分断されて個々がタイマンはるのは分が悪い‼︎ だったら足手纏いの俺は、再集合する為に今ここで賭けに出るぜ‼︎」

 

 瓦礫から作られた彫刻は今丁度完成し、ポルナレフはそれを抱えてヴァニラ・アイスが出現する場所を見極めた。

 今亜空間はイギーに襲いかかっている。分断が目的なのだから順番に襲われる確率は高い………となると次は……

 

「俺を襲う為に顔を出した時、テメェの大好きなもんを見せつけてやるぜ。イギーは今のうちに、俺らを合流させる道を砂で作成しろ‼︎」

 

『テメェが俺に命令すんじゃねぇよッ!愚者(ザ・フール)‼︎』

 

 彫刻を担ぎ、亜空間から姿を現した敵目掛けてソレを投げ付けた。今まで見た動きから推測するに、ヴァニラ・アイスの反射神経なら亜空間に逃げる事も可能だろう。投げられた2m足らずの彫刻など、アヴドゥルさんの炎より遅いのだから………

 

 しかしその彫刻を見たヴァニラ・アイスは目を見開き一瞬硬直する。そして亜空間に逃げる時間が無くなり、止むを得ずにスタンドの腕を振るう事で彫刻を砕く。

 

 彫刻はぶつからずダメージは無い。だがこれでいいのだろう………ポルナレフの狙いはソレをヴァニラに()()()()ことにあった。

 

「上手いもんだろ、チャリオッツで彫ったD()I()O()()()()だ。出口を見つけられず力尽きたその姿……この広大な迷路に見事にマッチしてるぜ」

 

 両手のジェスチャーでカメラを作り、地面にひれ伏したように壊れたDIOの彫像にピントを合わせる動きをする。

 僕は少し離れた所から見ていたが、ヴァニラ・アイスがワナワナと震える姿がよく見えた。それ程に気が動転しているようだ。

 

「よくも…よくもッ‼︎このクソ野郎がッ!()()()()D()I()O()()()()姿()()()()()()()()なァァァァァァアッーーーー‼︎」

 

 激情したその表情を僕らに晒してから亜空間に消え、ポルナレフ目掛けてその空間が突進する。ポルナレフは跳んで避けるが亜空間はポルナレフの目の前で止まり、姿を現したスタンドの口の中からヴァニラ・アイスが飛び出てくる。

 

「蹴り殺してやるッ!このド畜生がァーーーーッ‼︎ 暗黒空間に飲み込むのは一瞬ッ!()()()()()()()()()()()()()()ッ‼︎」

 

「ッグァ……ァ、アヴドゥルッ‼︎」

 

 ポルナレフのスタンド、チャリオッツはヴァニラ・アイスのスタンド、クリームが押さえつける。そして生身のポルナレフの鳩尾に、ヴァニラ・アイスの蹴りが振り抜かれる。

 もろに食らったポルナレフは嗚咽しながら吹き飛びアヴドゥルさんの名を呼ぶ。だが呼んで合図をするまでもなく、ヴァニラ・アイスが蹴りを放った時には十字架(アンク)型の炎が迫っていた。

 

「グゥゥッ‼︎」バッ‼︎

 

「スタンド能力で逃げたぞ‼︎その場を離れろポルナレフ、暗黒空間が発生するぞ‼︎」

 

「わかってるがちょっと待ちやがれ‼︎」

 

 空中をレイピアでかき混ぜる様に動かしていると、その近くで捲き上る砂を飲み込む亜空間が現れる。

 それを見てからその場を離れるポルナレフを尻目に、僕らはその間にイギーが作った新たな階段で一ヶ所に集まる。後はポルナレフがコッチに来れば良い。

 

「で、再集合したけどどうすんの⁉︎また分断されない⁉︎」

 

「だから逃げんだよ‼︎たとえ迷路だとしても、ここと違って足場の良い場所に移るべきだ!」

 

 最後にポルナレフが通路をショートカットして僕らと合流し、そう言いながらも急かすように数ある通路の中で1番近い通路に向けて走り出す。

 

「ポルナレフ‼︎このわたしがそれを許すと思うかァーーーッ‼︎」

 

「いいや、思ってないぜ?」ドンッ

 

 背後から声が聞こえてくるや否や、ポルナレフは振り向いて右手の人差し指をヴァニラ・アイスに向ける。

 それと同時に放たれたのは、銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の構えるレイピアの刀身だ。一発しか撃てない代わりに、そのレイピアはアヴドゥルさんの炎よりも早い。

 結果、叫び大口開けていたヴァニラ・アイスの口内へ刺さり、見事に脳幹を貫き後頭部から切っ先を見せた。

 

「チャリオッツの奥の手だぜ」

 

「こんな物ッ!………こんな…もっ⁉︎」

 

 今の彼はゾンビとなっている。人間にとっては致命傷だが、ゾンビは脳幹が多少傷ついただけでは特に問題ない。

 それにしてはヴァニラ・アイスの様子がおかしい…よく見れば刺さった刀身を中心に少し溶けている。

 

「まさか………ポルナレフ!波紋習ったの⁉︎ この旅の道中で⁉︎」

 

「それも考えたが、俺が教わったのはゾンビについてだけだ。この程度では死なねえが時間稼ぎにはなんだろ。レオンに詳しく聞いといてよかった」

 

 ヴァニラ・アイスは刺さったレイピアを抜こうと右手で掴むが、その手にも煙が上がり酷い火傷痕を作り出す。そしてそのレイピアは赤く発光し、僅かに炎を帯びている事に気付く。

 そんな敵に背を向けて僕らは走り出し、ポルナレフは決め台詞の様にヴァニラ・アイスに一言吐き捨てた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「スゥ………HAAA………」

 

 辺りを充満する血煙を肺いっぱいに吸い込み、間を開けて一気に吐き出す。そんな呼吸をする度に全身に思いもよらぬ快感と三大欲求とは別の欲求が満たされ…また刺激される。

 

『……戦闘狂…………という奴だな。主よ』

 

「フフッ……否定はしない。久しぶりの感覚だ」

 

 仰け反り天井を仰ぐように顔を上げ、見下す様に周囲の肉片に目を向ける。人に良く似た肉の塊……動く物と動かなくなってしまったもの………中には人型を留めない物もあった。

 

『………主よ………食してはならんぞ』

 

「わかっている。貴様の能力もあいまって回復してしまうのだろう?」

 

 ジョセフを庇った拍子に右腕をヴァニラ・アイスに飲み込まれた時……何故かアンラベルの発作は全くなかった。その原因を聞けば、アンラベルはすぐに答えてくれた。

 

 万全の状態の私では勝算が五分五分。そして右腕を失った今では更に低い……ならば反比例の能力を使い、アンラベルに肉体の所有権を渡せばと思った。だが勝てる見込みが無いらしい。

 

 私が死に近づくほど、アンラベルは強くなる。

 だが右腕を失った程度では、ヴァニラを倒す程の力が出せないらしい。

 

『葎崎 礼神。ジャン・P(ピエール)・ポルナレフ。モハメド・アヴドゥル。イギー………彼らにはスピードが足りない。唯一足りるポルナレフは距離が足りない』

 

「だから私は合流しなければならない」

 

『だが今の主では勝てない。我でも勝てない』

 

 ならばどうすればいい?

 そして行き着いた答えては、自身によりダメージを与える事。

 ベストとしてはヴァニラと戦う最中に、致命傷を避けながら攻撃を貰う事………

 その為、今すぐに回復する事は許されない。

 

「主を守るのが我の役目と言っておいて、回復するなと言われるとはな………」

 

『確かに主を守るのが我の役目だ。ただ、結果的に主を生存させる為に危険な橋を渡らねばならんだけだ』

 

 故に右腕を失った時には発作が起こらなかったらしい。今起こしたところで何の解決にもならないと()()したのだろう。

 

「前までは見境なく暴れたくせに………」

 

『成長したのだ。褒めても良いのだぞ』

 

「それは後だ。見てみろ、まだ動く肉片がチラホラ………」

 

『………嬉しそうだな。主よ』

 

「そうか?………そうかもな」

 

 自然と口角が釣り上がる……仲間がこの場にいないから視線を気にする事も無い。それが原因だろう。

 久しぶりの一対多数戦の無双戦闘というのも理由の1つだが……

 

「何を怯えている……私を殺さないのか?」

 

 ならばこちらから襲いかかろう。

 

 悲鳴と嬌声が混じり合う

 

辺りに撒かれる鮮血が私を更に喜ばせる

 

文字通り血湧き肉躍る感覚

右腕の細胞が今にも再生したいと訴え

鮮血に反応して蠢いている

 

 普段は出さないでいるこの感情

 

日常生活には持ち込まないさ

 

だが………

 

 

今は溺れたって構わないだろう?

 

 

「私を楽しませてくれたまえ‼︎」



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58.黒く染まれる二人の帝

 鳥類は人や犬と同様に1つの肺で呼吸するわけだが、鳥類には気嚢(きのう)と呼ばれる空気を溜める袋が胸と腹に5〜6箇所ある。

 この気嚢を持っているために、鳥類は人間では昏睡におちてしまう高度でも飛行が可能であるし、たとえ首を絞められてもこの体内酸素ボンベのおかげで数分は生きていける。

 

 故にペットショップは()()()()だろうと、無関係に飛行を続ける事ができる。

 

「伊月の旦那‼︎」

 

「ハイハイこちら伊月のオジさんです。ハハハ…」

 

 見てみれば伊月は腹部から出血していて、身に付けていた白衣に血が滲み朱色が広がる。

 

(群体型スタンドの面倒な特徴は、スタンドがやられた時に何処にダメージが来るかわからない事なんだよね)

「ホル君逃げよう。勝てる気がしない……というか、攻撃が外だと届かない」

 

 はるか上空から降り注ぐ氷柱を躱す事はできるが、敵はまだ伊月達に攻撃する手段がある。それに対して伊月 竹刀とホル・ホースの攻撃手段はたかが知れている。

 

 ホル・ホースのスタンドですら射程距離外の高さに敵はいる。

 そんな所まで注射器も毒針も飛ばせない……下手すれば重力に従って彼らに降り注ぐだけ。

 

 スタンドでペットショップの周囲に鱗粉を既に何種類か撒いているが、鳥類にある気嚢のおかげでペットショップは毒を吸わずにいられる。皮膚から浸透させる事もできるが、羽毛に絡まり肌に浸透させるのには時間がはるかにかかる。

 常に鱗粉を浴びせようと今日中に致死量まで与えられないだろう。

 

「逃げるって何処へ⁉︎ジョースターどもと組んだ以上、尻尾巻いて逃げるわけにはいかねぇだろ‼︎」

 

「そりゃそうだけど一旦さ、室内に入ろうぜ。室内なら高さの無い部屋もあるだろ」

 

 伊月の提案に従いホル・ホースは引きの姿勢を見せる。しかしジョースター御一行が突入した入り口は既に崩れていた。

 

「伊月の旦那‼︎ 他の出入り口は⁉︎」

 

「裏に回れば扉があるけど、途中の窓からも入れる」

 

 そう言い終わった頃には曲がり角を曲がっていて、置いてけぼりを食らう形になっているホル・ホースは慌てて追いかける。

 

 そんな2人を追尾するように氷柱が降り注ぎ、着弾地点を中心に氷が枝分かれするように伸びる。

 少し逃げ足が遅れたホル・ホースはそれに足を取られるが、すぐさま自身のスタンドの銃弾で氷を砕き難を逃れる。

 だが逃れる際に体勢を崩し、ホル・ホースの足元を乱反射する光が照らす。見上げれば巨大な氷柱が進行形で落下していた。

 

「ホル君コッチ!」

 

 その姿からは見合わない力でホル・ホースを伊月は引っ張る。そしてそのまま、背中から倒れるように窓から室内へ飛び込んだ。

 

「ダイナミックお邪魔しますッ‼︎」

 

 ガラスは砕け室内のフローリングの上に散りばめられ、窓の外は巨大な氷で塞がれる。半透明な氷の奥では首を動かし、様々な角度からこちらを見つめるハヤブサがいた。

 

「あっぶねー」

 

 上半身を起こした伊月はケラケラと笑う。敵に追い詰められようが、いかなる時でも笑顔と笑い声混じりで言葉を並べるのは伊月の癖なのだろう。

 

  それを見たペットショップが挑発と受け取ったのかはわからない。 だがペットショップがその場を離れたのは確かだ。

 

「……初めて来たのに良く入れる場所がわかったな」

 

「オジさんのマッピング能力舐めないでよw乗り込むまでの間、この街一帯をオジさんのスタンドは網羅してたんだぜ?」

 

 そう言って白衣のポケットから試験管を取り出し、その液体を腹部にかける。

 

「旦那の能力は相変わらず応用がきくな…」

 

「そうな褒めないでよ。オジさん照れちゃうぜ……あ、そうそう。これを見てくれる?」

 

 そう言ってまた新しい試験管を取り出しホル・ホースに見せつける。もちろん見ただけではソレが何なのかはわからない。

 

「簡単に言えば液状の火薬だよ。スタンドと市販の薬物から作った。コレを使えば鳥ちゃんを倒せるはず………1つしかないけどホル・ホース、部屋が狭ければ隙とか作れる?」

 

「ぅ………自信は……ねぇ」

 

 苦い顔で視線を向けるホル・ホースを気にも止めず、伊月は立ち上がって白衣を翻す。白衣に付着していたガラスの破片はパラパラと音を立てる。

 

「ペットショップは目的を変更すると思う?」

 

「……いや、ねぇな」

 

「じゃあまた襲われるね」

 

 ………その時だった。

 

「ケキョキョキョキョ‼︎」

 

 甲高い声と共に地面が抉れ、その亀裂からハヤブサが飛び出して来る。今まで天高く飛んでいた事もあって、地面を掘り進めて来るとは思わず完全に虚を突かれる。

 

 ハヤブサの最大降下速度は時速300km。

 その速さで狩りを行い、その速さの最中でナイフのような鉤爪の一撃で致命傷を与える生物である。つまりその速度を保ちながらも、その目は常に急所を捉えている。

 

「プギャッ⁉︎」

 

 そんなハヤブサにとって、登場すると同時に狙いをつけるなど造作もない事だった。

 

(あ、危ねぇ〜〜ッ‼︎ 俺はハジキ使いであるが故に、遠距離攻撃の着弾地点の予想は人一倍敏感だッ!その直感が無ければ死んでいた‼︎)

 

 氷柱(ツララ)の鋭利な先端はホル・ホースの額に向かっていたが、咄嗟に彼が仰け反る事で側面に頭をぶつける程度で済む。

 代わりにカウボーイハットが宙に舞いタンコブができるが、それも気にせず拳銃のスタンドを構える。

 

「野郎ォ、俺のトレードマークをッ‼︎」

 

 拳銃型のスタンド…皇帝(エンペラー)は火を噴くように、何発もの弾丸を連射する。

 弾丸もスタンドであるが故にそれは直線には飛ばず、避ければターゲットを追尾するように曲げる事も可能である。

 

 これを躱すのは至難の技………だが………

 

「キョーンッ‼︎」

 

 鋭く空を切る音と共に、ペットショップはホル・ホースに向かって突っ込んで来た。

 

「こ、こんな狭い弾の間をすり抜け………ッ‼︎」

 

 ナイフのように鋭利な鉤爪が、氷を纏い更に尖る。

 直感でホル・ホースは感じ取った…頸動脈を裂かれると………

 手でガードした所で、指は間違いなく削ぎ落とされるだろうと………そう感じ取った。これは避けれない。

 

 しかしそんな直感は良い方向で外れる。

 

 ペットショップはホル・ホースの数メートル先で急旋回して距離をとったのだ。

 

「………外しちゃった………アレには当てられないねー」

 

「旦那……助かったぜ」

 

 右の掌をホル・ホースに向けて広げる伊月 竹刀。

 おそらくその手で毒針を投げ、それに気付いたペットショップは旋回して回避したのだろう。それが結果的に、ホル・ホースを助ける事に繋がった。

 

「向かってくる弾を避けようともせずに逆に突っ込んでくるとは……ペットショップとやらやりおるぜっ!」

 

 仕切り直しと言わんばかりに、ペットショップは距離を取って室内にあった椅子の背もたれに着地している。その目は相変わらず彼らを捉え続け、攻撃しても避けられる程に油断も隙もない。

 

 ここで先に手を出したのは伊月だった。

 

「下がって、巻き込まれないでくれよ」

 

 伊月が両手を広げると、そんな彼の前から百を超える蝶の群れが現れる。ペットショップを飲み込まんと直進するソレは、まるで横に伸びる黒い竜巻のようだ。

 

 だがペットショップを飲み込む直前で、氷柱の弾幕が蝶の群れに放たれた。

 複数の氷柱は数々の蝶を引き裂き、貫き、凍らせ、砕いた。それに呼応するように伊月は吐血するが、相変わらずケラケラと笑っている。

 

「ハハハ。20%殺されたかな?」

 

「何やってんだ旦那‼︎ 奴に鱗粉は効かない、外でやった事の二の舞だぜ⁉︎」

 

「鳥ちゃんの能力って、氷を放つ以外に凍らせる事もできるんだね」

 

「だからなんだよ‼︎」

 

 ホル・ホースの言葉など聞いているのかもわからない様子で、伊月はそんな事を再確認する。

 

「もう一回聞くけど、ホル君は隙を作れる?」

 

「………………」

 

「……じゃあオジさんが作るね」

 

 疑問文のニュアンスで聞いておいて、伊月は試験管を半ば無理やり押し付けるように渡す。先程見せた液状火薬というやつだ。

 そして今度は注射器を取り出して自分に別の薬品を打ち込む。

 

「旦那……やんのか」

 

「コレで勝利の糸口が見つかるといいね〜。黒戦使用」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 身体を循環する血流が乱れ始め、やがてソレは止まり硬化する。完全に固体化したわけではないが、コレで血管が内側から守る鎧となる。頑丈さは事前に確認済み………スタプラの一撃に耐えるほど強固で、屋上から飛び降りても無傷着地ができるほど柔軟……更に戦闘能力も高く、手刀で吸血鬼の腕を持っていける程だ。

 

 でもこの薬物………強力だけど気持ち悪いんだよね………皮膚呼吸じゃ脳が完全に回らないから、ミカドでドバドバ薬物使わないといけないし………それでも少し頭がボーッとする。それに肌は黒く染まってゴキブリみたいでヤダ。まぁ要素は色だけ………あ、痛覚がほぼ無いのも似た点か。

 

「伊月の旦那‼︎」

 

「ハイハイ………大丈夫だって。うん。ちゃんと理性あるよー」

 

 そう返事をすると何か飛んで来る。無論、鳥ちゃんの氷柱だけどね。

 それを殴って砕くと、オジさんの拳にもヒビが入り血が滲む。

 しかしその血はスグに固まり岩石のように硬くなる。

 

 そしてまた氷柱が飛んでくる。また拳で砕く………

 再び拳にヒビが入るが先程より傷は浅く、氷柱はもちろん粉砕された。

 

 出血量に応じて防御力は上がるってのは便利だね。

 

「行くぜホル君。隙ができたら()ごとで良い、撃つか火薬投げろ」

 

「………旦那、本気だな?」

 

 そう言ってニヤついて、ホル君は試験管片手に持ち反対の手でスタンドを構える。

 

 頭ボーッとしたりすると、つい「俺」って言っちゃうな。

 俺じゃなくてオジさんなのに………今はどうでもいっか。

 

 迫り来る氷柱を破壊して接近するが、接近戦にメリットの無い鳥ちゃんは飛んで距離を取る。けども………

 

「ッ⁉︎」

 

「逃がさないぜよ‼︎」

 

 今のオジさんは人間を超越してると言っても過言ではない。

 攻めるための肉体…戦うための力……普段の効率的な暗殺タイプとは訳が違う。

 

 強いて言うならスーパーゴリ押しタイプ‼︎

 

 ここは室内…天井がある。壁を足場のように容易く駆け上がれるから逃げられたりはしない。

 それでも速さはまだ足りず、オジさんの拳は空を切る。

 その時一瞬だけ、鳥ちゃん…ペットショップと目が合った。目が合ったのはその一瞬だけで、次の瞬間 眼前には氷柱が現れた。

 

 空中で近すぎた事もあって避けれず、氷柱はオジさんの腹部に向けて放たれる。硬化してた為、刺さりはしなかったが氷柱と共に吹き飛ばされた。

 

「旦那ァ‼︎」

 

「大……丈夫………」

(なんだよもぉ〜。黒戦使ってカッコつけたのに……このままじゃ噛ませ犬じゃねぇか!)

 

 腹部に乗っている氷柱を退け、すぐさま壁を走り天井に向かう。

 だが単調に攻めても攻撃は当たら無い。目眩しとばかりにミカドアゲハを存分に羽ばたかせる。

 

 様々な角度から覆うように飛来するミカドアゲハ……ペットショップの攻撃で散らされながらも、確実に死角を増やしていく。

 だが鋭いその目はしっかりとオジさんを捉えていて、飛び掛かっても結局は躱される。

 

 その時、突如として右翼から出血するペットショップ…気付けばその身体を、3発の銃弾が通過していた。

 

「キケョッ⁉︎」

 

「旦那、俺ごとで良いってこういう事だろ?」

 

 流石ホル君だね〜、オジさん助かるぜ。

 ミカドアゲハの向こうから飛んできた目隠し(ブラインド)弾は、ペットショップを撃ち抜いて尚 弧を描いて戻って来る。

 

 それを避ける為、ペットショップはミカドアゲハの群れを掻き分けるように飛行する。

 オジさんのスタンドはパワーが無いから障害物にはならない。

 

「チッ……飛び回られちゃ当たんねえぜ」

 

「どいてホル君」

 

 ターゲットを変えたペットショップはホル君を狙う。それで撃ち出された氷柱弾幕は、オジさんが盾となり防ぐ。

 

 ………だけど。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ペットショップは焦りを感じていた。

 

 ー まさかここまで苦戦するとは ー

 

 ー コイツらを逃しては不味い! ー

 

 ペットショップは天井付近を旋回しながら、右翼の出血具合を見る。当たりどころが悪ければ飛行困難であるが、運良く傷口の位置に問題は無い。軽く凍らせて止血しても、氷の質量で傾く事は無いだろう。

 

「キョーーーーンッ‼︎」

 

 また甲高い声を上げると、手頃な氷柱を複数作り出しすぐさまホル・ホースへと放つ。

 

 ー 確実に……1人ずつ……… ー

 

 氷すらも粉砕する伊月と違い、ホル・ホースは避ける一方……消せる者から消そうとペットショップは考える。

 しかしその弾幕は伊月によって防がれてしまう。

 

 ペットショップは思案する……そこで1つの変化に気付く。

 

「………………」

 

 その変化が正しいのか判断する為、ペットショップは能力で冷気を辺り一帯に振りまく。部屋の中は急激に冷え込み、エジプトとは思え無い程の室温だ。

 やがて激戦の被害が見られる室内に、ペットショップは着陸する。

 

「………………キュイ…」

 

「な、何だこの鳥公…硬そうな口角がキューッと……笑ってやがるのか?」

 

「………ホル君………不味いよ」

 

 焦っている様子では無いが、少なくとも笑顔の消えた伊月 竹刀が無表情で呟く。

 

「ケキョキョキョキョ‼︎」

 

 好機と見たペットショップは何発もの弾幕を伊月に放つ。

 すると伊月は先程とは違い、ガードもせずに正面から受け止めた……と、言うよりも()()()()()()()()()()と言うべきだろう。

 

 背後にいるホル・ホースを庇ったわけではない。確かに庇いはするが、その際は拳で氷柱を砕くだろう。

 

「どうした旦那ァ‼︎」

 

「鳥頭って言葉は虚言なの?あの子 頭良いぞ!」

 

 ゆっくりと立ち上がるその姿は実に遅く格好の的だった。

 

 今度こそ息の根を止めようと、ペットショップは巨大な氷柱を頭上に出現させる。

 

「キョーーーーンッ‼︎……ッ⁉︎」

 

 あと少しというところで、ホル・ホースの皇帝(エンペラー)から放たれた弾丸と、大量の蝶が視界を覆う。

 

 ペットショップは今作っている氷柱を盾にして弾丸を躱し、蝶の群れは無視して伊月達に氷柱を放った。

 

 ミカドアゲハの群れの所為で見え無いが、激しい音を立てて氷柱が床に突き刺さる。

 

「………!」

 

 やがてミカドアゲハは散り散りに消え、氷柱が着弾したそこを見てみれば抉れた床と落ちた氷柱がそこにあるだけだった。

 

 伊月 竹刀とホル・ホースは消えていた。

 

 それを確認したペットショップは、散るように別々の方向へ逃げたミカドアゲハに視線を向けた………

 

 

 

 

 

「………危なかった。流石に………」

 

「ゼェ…ゼェ………パートナー殺しの異名は伊達じゃないって事か?」

 

 少し離れた場所に2人は居た。

 

 先程まで戦っていた部屋の2つ隣………そこに今まさに、ホル・ホースが伊月を引きずる形で逃げて来たのだ。

 

「ミカドを目眩しにし、オジさんは数体の蝶を爆破させて緊急回避………半分……いや、それ以上の蝶が散ったね」

 

 吐血した伊月は、口から流れる血を拭おうと腕をゆっくりと動かす。

 

「………そいつは何の冗談だい?」

 

「………何が?」

 

「動きだよ、動き。普段と比べ物にならんくらいにトロイじゃねぇか」

 

「………黒戦は血液を硬化させる。そして肉は熱を持ち柔軟性を与える。それが冷やされたら………ねぇ?」

 

「………ハァ………」

 

 トレードマークの帽子は失ったまま………そんなホル・ホースは自分の頭に両手を当ててうずくまる。

 

「俺の人生も………ここまでか………」

 

「諦めるなよホル君。まだ勝算はある」

 

「ハッ!次はどうしろってんだい⁉︎ 裏切り、寝返り、戦って、逃げて‼︎ 俺はあんたの部下じゃねぇ……あくまで協力関係だ。DIOを裏切ったのも利益があると思ったからよ………それがなんてザマだ………」

 

 ホル・ホースはろくに動く事もできない伊月の前に立って右手を差し出す。だがそれは握手等を求めているわけではない……

 

 

 

 一瞬遅れ、手の中に拳銃型のスタンドが現れる。

 

 

 

「ここまであんたに従ってみたがロクな事がねぇ………そこでこんなのはどうだ?ここまで来て……また裏切る………」

 

 皇帝(エンペラー)が「カチャ」と金属音を立てる。それを見ている伊月はまた吐血する。

 

「………目眩しに使った蝶……オジさんの所に集めたら辿られるから、バラバラに散らしたんだけど………ペットショップはそれを始末して回ってるみたいだね」

 

「おぉ、おぉそれは辛いな。今楽にしてやるぜ?」

 

 

 

 ーーードォン‼︎ーーー

 

 

 

 スタンドの銃弾が放たれると、伊月は額から血を流す………だがやがてそれも固まり硬度が増す。傷口は浅いようだ。

 

「………ホル・ホース………まだ勝算はあるって。なのに………オジさんを撃つんだね」

 

「あぁ、もうウンザリなもんでな………にしても硬いな。撃つなら目か耳だな」

 

「……殺したその後どうすんの?オジさんの首持ってDIOに土下座する?」

 

「生きる為にならな………このまま見捨てて逃げるってのもいいな」

 

「………ホル・ホース、君から見て9時の方向………そこにある通路の先にペットショップはいる。君は逃げれる?そもそもDIOがまた君を雇うと思う?ペットショップにその前に始末されそうだけど………」

 

 伊月がそう言うと、ホル・ホースはチラッと左手の廊下を確認する。暗いが壁に蝋燭台が張り付いており、辛うじて奥を確認できる。

 

「………なら聞くが旦那………()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 口調を強めて尋ねてみると、ゆっくりとした動作でホル・ホースのスタンドを構えている方と逆の手を指差す。

 その手に握られているのは伊月が押し付けた液状火薬の入った試験管だった。チャチな蓋が付いていて、一応溢れてはいないようだ。

 

「その蓋を開けてペットショップに投げる………それだけ…」

 

「………それで爆発してハッピーエンドか?ケッ‼︎ んな賭け事はもうウンザリだって言ってんだろ‼︎」

 

「そうこうしてるうちに来るぜ?さっきの発砲音………きっとペットショップも聞こえてる」

 

 そう言われまた目を向ける。

 

「キョォォォンッ‼︎」

 

 ………その奥には、こちら目掛けて廊下を低空飛行するペットショップが確かにいた。

 

「………こ………このクソ野郎がァァァア‼︎」

 

 半分ヤケになっていたが、ホル・ホースは言われた通りに試験管を投げ付けた。

 蓋は開けられていて、液状火薬が光を反射させながら弧を描き飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、それは呆気なく凍らされてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………見ろ………見てみろよ‼︎ やっぱりダメじゃねぇか‼︎ 避けるどころか、簡単に凍らされちまった‼︎」

 

「それで良いんだよ………説明不足でゴメンね。スタンドで作った擬似火薬………鱗粉や水に溶かした液状火薬は火をつければ爆発するけど……」

 

 凍らされた液状火薬は描いていた弧を乱して落下……今まさに床に落ち割れるところで、ペットショップはその上を通過する。

 

「液状火薬は凍らすと性質が変わるんだよね………強いて言うなら」

 

 

 

 

ーーーードゴオォォォン‼︎ーーーー

 

 

 

 

「………ニトログリセリンに性質は近いかな?」

 

 ニトログリセリン………火薬等と違い、火を付けずとも衝撃などで爆発を起こす危険物質。ダイナマイトの材料としても使われる程である。

 

「それをこの距離でくらったらホル君危なかったねぇ〜」

 

「………ゴホッ」

 

 爆破の煙で咳込むホル・ホース…その前には盾となり爆破から守った伊月が立っている。

 

「爆破の熱でまた身体も動くよ〜♪……つっても、1分も経たずに黒戦の効力が切れるだろうけどね」

 

「………発言は取り消さねぇ……あんたにはウンザリだ」

 

 皮肉交じりにホル・ホースがそう言うと、伊月は苦笑いを浮かべながらもケラケラと笑い出した。

 既に7割の蝶が散り気絶寸前だというのに、その笑顔は相変わらずだった。

 

「ケ………キュ………」

 

「ッ⁉︎……鳥公‼︎ まだ動けんのかよ⁉︎」

 

「あら……本当だ」

 

 おそらく自分の周囲に氷壁を築き身を守ったのだろう。だがそれでもニトログリセリンの低速爆轟は防ぎ切れなかったようで、ペットショップは廊下の奥まで爆発の勢いで戻されていた。

 

 そんなペットショップの羽毛は剥げ、翼は所々出血して火傷も酷かった。

 

「なッ‼︎ あの火傷で飛ぶ気か⁉︎」

 

「でもトドメはいらなそうだね」

 

 そう言って伊月 竹刀はその場を後にするように、ペットショップに背を向けて歩き出した。

 それを見たペットショップに怒りが込み上げて来たのか、伊月に向けて低空飛行して接近する。

 

「ゴメン………やっぱり鳥頭だったね」

 

 廊下は爆発の影響で所々引火し燃えているが、今更関係ないと言わんばかりに炎の中を潜り抜けて飛んで来る。

 

「………()()()火を付ければ爆ぜるよ?さっき言ったろ?」

 

 

ーーーボゴォォォン‼︎ーーー

 

 2度目の爆発音が響き、耐え切れずに廊下が崩れ落ちる。

 酷い土煙と爆煙が視界を包み、視界が開けた時には廊下が1つ瓦礫で塞がれていた。

 

 その隙間からは僅かだが、鳥の足のようなものがはみ出していた。もう動く気配は無い。

 

「………ミカドアゲハの中を飛んでいた事を忘れてたみたいだね。タップリ羽毛に絡まってるはずだぜ?」

 

「へぇ……毒が効かないと分かってからは、ずっと火薬の鱗粉を巻いてたのか?その為に無意味に思えた蝶の特攻を?」

 

「うん………ところでコンビは解消?」

 

「……当たり前だ。旦那とのコンビにウンザリってのは変わらねえし、もう俺らの役目も終わりだろ………」

 

「そだねー。もう戦えない…ペットショップ倒したし良いよね?」

 

「だな………」

 

「じゃあ正式にコンビ解散って事で………」

 

「あぁ………」

 

「じゃあアフターケアも無しで良いね」

 

「おう………」

 

 そこでホル・ホースは焦って伊月の方へ顔を向け、その場を去ろうとする破けた白衣の背中を追い掛ける。

 

「いや‼︎ 治療はしてくれよ‼︎」

 

「やだ……パートナーじゃないし………オジさんもう疲れた」

 

「オイオイ、そりゃねぇぜ……」

 

「ホル・ホースさっき、本当にオジさん殺す気だったよね……………ショックだったなぁ〜〜〜。だからヤダ」

 

「わかった謝るよ………え?マジでケア無しなのか?チョ、旦那ァ〜〜〜‼︎」

 

 

ペットショップ:死亡

 

 

 

 

 

 

to be continued→

 



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59.死して尚強く

「……どうした?もう終わりなのか?」

 

 両手を広げて周囲を見渡し、いるはずの誰かに向けてレオンは話しかける。

 そんな彼の足元には多種多様な肉片が転がっていて、見る限り死体に共通点はあまりない。

 

 現実離れした様々な殺害方法…デビルの異名は健在だった。

 

「まだ居るんだろう?出てきたらどうだ!片腕を失い、一対多で体力を消耗した今の私に休息の暇を与えて良いのか⁉︎」

 

 煌々と照らされた月面のような白髪が、風も無いのに不気味かつ不規則に揺れている。

 

 柱や瓦礫の影に隠れたゾンビ達は、人を辞め死への恐れすらも凍り付いた者達である。

 そんな彼らはDIOの為に、勝てやしないとわかっていながら襲いかかっていた…それは最初の話だが。

 

 レオンに同胞が殺されていくにつれ、凍り機能しなかった恐怖心が溶け、その場にいる全員は本能が警鐘をこの上なく鳴らされているのを感じていたのだ。

 

(何が体力を消耗してるだ‼︎ 汗1つ流さず爛々と笑いやがって)

 

 影からレオンを覗く1人のゾンビは、身体をガタガタと震わせながらも隙を窺っていた。

 

 その時…いや、もっと前からだ……()()()()()()()()()姿()()()()()()()

 目を離さず見ていたというのに、レオンは忽然と姿を消していた。

 

「………()()()()()()()()()()()

 

「ッ⁉︎」

 

 気が付けばレオンはそのゾンビの背後に立っていた。

 すぐさま瓦礫から飛び出し、レオンの射程距離からゾンビは逃げ出そうとした。

 

 結果……()()()()()()()()()()()()()()

 

 首から上はその場に……空中に留まっていた。

 首にはレオンの白髪が一本巻き付いていたのだ。それによって距離を取ろうとしたゾンビの首が飛んだのだが、彼は死ぬ前にそれを理解する事はできなかっただろう。

 

波紋疾走(オーバードライブ)

 

 空中に置き去りにされた顔面を、波紋の込められた上段蹴りが霧の様に霧散させる。

 

 それを隙と見たのか、別のゾンビが剣を片手に突っ込んでくる。

 その剣をレオンに刺そうと突きを放つが、レオンはそれを片手で掴み止める。その手には手袋型のスタンドが嵌められており、傷1つつける事ができない。

 

銀色の波紋疾走(メタルシルバーオーバードライブ)

 

 逆にゾンビは剣越しに波紋を流されて気化してしまう。

 

「今だ‼︎波紋を使えばすぐには素早く動けねぇ‼︎」

 

 それを合図にか、3人のゾンビが遠距離攻撃をしてくる。

 銃を撃ったり、短刀や槍を投げたりしている。

 

 それに対しレオンは「ヒュゥッ」と、鳴き声の様に短く言った。

 だが苦し紛れに言ったセリフではない…それは1つの呼吸法だった。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 呟く様に口を開いたレオンは、高速で回避と移動を繰り返し距離を詰める。

 驚きの声も上げれず、3人のゾンビは敢え無く波紋を流される。

 

「………中々便利だな。(アンチ)というのも」

 

『ム、我を褒めたのか』

 

「いや、呼吸法の事だ」

 

 波紋の呼吸をすれば吸血鬼としてのスペックは人並みに落ちる。そして波紋の呼吸を止めても、残留した波紋のせいで数秒ほど戻るのに時間がかかってしまう……今までなら。

 

反疾走(アンチドライブ)とでも呼ぶか?」

 

 先程の短い呼吸法は波紋とは真逆の呼吸……正の波紋、負の波紋といった区切りではなく、簡単に言って仕舞えば波紋()()()()を打ち消す呼吸法である。

 練り上げ体内に残留する波紋…それを無駄に消費させて消す事で、スペックを戻す時間を短縮しているのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()……レオンにとってはたったそれだけの些細な事だった。

 

(流石は主よ………だがおそらく、皆は主を見て多くの才能に恵まれていると勘違いするのだろう。それは違う…我にはわかる……主の才能はたったの2つだ………)

 

 レオンが持つ意思あるスタンド、アンラベルはふとそう思った。

 

 そうな事を思っているうちに、レオンは倒したゾンビの持っていた短刀をいくつか拝借する。

 手に持った複数の短刀に己の血を付着させると、レオンはそれに波紋を帯びさせて壁に投げ付ける。

 

濡羽色波紋疾走(レイヴンブラックオーバードライブ)

 

 レストランでホル・ホースにナイフを投げた様に、短刀の持ち手が壁にぶつかり刺さる事なく跳弾……レオンの視界に映っていない所で、血煙が舞い上がる。

 

(主が持つ才能の1つは観察力…もう1つは試作力といったところか……)

 

 レオンの目を通し見たものは、全てが情報源であり彼の力になりうる。そしてそれを体得する為に人は繰り返し練習するが、レオンはその繰り返しの工程を数段階 省略する技量があった。更にはアレンジを加えるという成長ぶり………

 

 合気道、ボクシング、ハルバード、吸血鬼の戦闘、鞭、スタンド…レオンが生きる内に身に付けたその全てに才能が有るのでは無い。

 その才能の正体こそが今の2つだと言っても過言では無いだろう。

 

「WRYYY………」

 

『主よ……まるでDIOのようだぞ」

 

「ムッ………」

 

 無意識だったようで一度口を手で押さえる。

 

 気を取り直し、レオンは新たな獲物を見定めるべく視線を張り巡らせる。そして視界の隅に映った獲物目掛けて飛び掛かり、レオンの人差し指が文字通り獲物の腹部に突き刺さる。

 

深紅色波紋疾走(クリムゾンオーバードライブ)

 

 突き刺した指から波紋を流し、そのまま殴り抜く事で敵を吹き飛ばす。しかし殴られた男はゾンビではないようで気化しなかった。

 

「貴様、人間か………そして触れてわかった。貴様が幻術の幽波紋使いだな?」

 

 館に入ってからずっと感じ取っていたスタンドエネルギー……レオンは殴って触れた事で、この男が同質のエネルギーを持っている事を知り、こいつこそが幻術の幽波紋使いと判断した。

 

 実際にその推測は当たっていた。

 

 この男の名はケニーG…DIOの館の構造を能力で組み換え構築する幽波紋使いである。

 ゾンビ達が思いの外に早く殲滅されそうなのを見て、安置から様子を見ていたのだ。隙あらば幻術でまた時間稼ぎの補助をしようとしたのだ。

 しかし身を潜めた場所は安置などではなく、レオンの血牙にかかってしまったようだ。

 

「グオォォッ⁉︎」

 

 腹部に受けた強い痛みにより蹲るが、ゾンビと違いレオンを真っ直ぐ睨みつけている。実力の強い弱いはともかく、恐怖に屈しない精神が確かにあった。

 

「ほう………」

 

 不死に近いゾンビすら恐怖していたにも関わらず、ケニーGはレオンに気圧されたりはしない。

 そこに少し驚いたレオンだが、敵である以上 殺さないという選択肢は無かった。

 

「俺は……まだここじゃ死ねねぇんだよ‼︎」

 

 そう捨て台詞を吐いたケニーGは、景色に溶け込むように姿を消した。レオンのW-Refの探知能力を今は使う事ができない……故にもう一度探し出すのは骨が折れるだろう。

 

「この俺様にテメェを殺す力はねぇ‼︎ だが重大な役割を負ってんだよ‼︎ 死ねねぇ‼︎」

 

 仲間にとって有利なステージを用意し、敵は程よく分断させる。

 直接的な力は無いが、確かに厄介な力を彼は持っていた。

 

「レオン‼︎ テメェに俺様の位置がわかるか? どれだけ強くてもなぁ…攻撃が当たらねぇ事には問題ねぇんだよ‼︎」

 

 どこから話しかけてきているのかわからないが、反響するその声にレオンは返事を返す。

 

「そうだな。当たらなければどうと言う事は無い。逆に言えば………当たってしまったのだから大問題だろ?」

 

「何を言って………うっ……グォッ⁉︎」

 

 姿は見えないが、ケニーは突如として苦しみだす。

 

深紅色波紋疾走(クリムゾンオーバードライブ)………それは血流を加速させる波紋だ。加減をすれば全身が痺れる程度で済むが、本気でやれば更に加速し発熱……および血管が血流に耐えられなくなる」

 

 

ー パァンッ ー

 

「すなわち血管が破裂する。もっとも血流の強く脆い大動脈がな……そしてその裂け目は血流で更に広がり、やがて心臓も破裂する」

 

 破裂音の聞こえた後にそう言うレオン………そして間も無く、周辺の景色に変化が現れる。

 

「………戻ったな」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「なんじゃ? ゲームをしていた幻覚世界から出たと思ったら、外の幻覚風景も消えおったぞ」

 

「おそらく葎崎さんの言っていた幻術使いが誰かにやられたのでしょう」

 

「時折轟く爆発音や地響き………やれやれだぜ。早く合流してやらねぇと………」

 

 レオンがケニーGを始末したのと同時刻。

 承太郎達はテレンス・T・ダービーを倒し、鈴原 アルシアの魂を解放し上への階段を探していた。

 

「承太郎……わかっているな? このままワシらはDIOの元へ駆け上がるぞ」

 

「………………」

 

 ジョセフの指示には返事をせず、承太郎は学帽を被り直した。そして歩みを進めていると、承太郎が口を開く。

 

「……ジジイ、花京院。わかってる。俺の相手はDIOだ……だから頼みがある」

 

「なんだこんな時に………」

 

「俺がDIOと接触したら、テメェらは葎崎の援護に向かってくれ」

 

 その言葉に、ジョセフと花京院は顔を見合わせる。

 

「……伊月の言葉を真に受けているのか?」

 

 ホテルの屋上で伊月と接触した承太郎は、屋上から飛び降りる前に言った伊月の警告を思い出していた。

 

 

ー あのままじゃ彼女…君らの為に自殺するぜ? ー

 

 

「真に受けた訳じゃねぇが………………」

 

「………わかった。どの道、僕らではDIOに太刀打ちできないんだ。聞き入れるよ」

 

「悪い……」

 

 口籠もった承太郎に、花京院は自分が承諾した事を伝える。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「周りを見ろ……何か変じゃないか?」

 

「変じゃないよ。たぶん戻ったんだよ」

 

 その頃の二階ギャラリーでは、礼神達がヴァニラ・アイスを巻いて体制を立て直す為に一時撤退していた。

 礼神は自身のスタンドを足代わりに乗っており、イギーとアヴドゥルは自分の足で走っていたが、ポルナレフは礼神の後ろに乗っていた。

 

 ヴァニラの蹴りをモロに受けた時に肋を痛めたようだ。戦闘に支障はないと彼は言うが、無理に走らせる理由も無くスペースもあるので乗せているようだ。

 

「待て!止まるんだ‼︎」

 

 アヴドゥルのその声で皆は足を止める。見てみれば、正面の暗い廊下を誰かが歩いて来る。

 カツン、カツンと心地良い音を立てながら誰かが歩いて来る。

 

「イギー、砂展開。ポルナレフ、立てる?」

 

 ポルナレフを下ろした礼神は、戦闘用に小柄なサイズにケルベロスを変化させる。

 やがて進行方向の安全確認の為だけに舞っていた砂は、2階ギャラリーの隅々まで行き届く。

 

「広くて迷路ではない……ここで迎え撃つぜ………」

 

 銀の戦車(シルバーチャリオッツ)を出したポルナレフは警戒心を高める。

 ヴァニラ・アイスに先回りされたかと警戒する一行だが、廊下の影から姿を現した人物はヴァニラではなかった。

 

「だ、誰だ‼︎」

 

 ポルナレフがそう叫ぶと、現れた人物は足を止めて長い髪を一度搔き上げるが無言を貫く。

 

 現れたのは動きやすいパンツにスポーツウェアを着た女性だった。服装に不審な点は無く、見た所日本でも揃えられそうな運動向きの私服……しかし、その腰には鞘に収まった刀がぶら下がっている。

 髪は抑えめの金髪で、顔付きは美人な部類の女性だ。

 

「…敵か………だとしたら心苦しいが、再起不能になっていただこうか。お嬢さん」

 

 スタンドを出して指先に炎を灯すアヴドゥルが警告するが、女性は相変わらず無言でそこに立っている。

 腰に刀をぶら下げているにも関わらず、それに手を掛ける素振りすらない。だが降伏する素振りも無い………その目は興味無さそうに見えて、アヴドゥルの事を敵として見据えていた。

 

 

ー プンッ ー

 

「なッ⁉︎」

 

 突如としてその女性は、奇妙な音を発して姿を消した。

 

 そんな現象に注目して何処へ消えたのか周囲を警戒するが、それでもアヴドゥルは背後からの奇襲に反応が遅れてしまった。

 

「後ろッ‼︎」

 

「ハッ⁉︎」

 

 ー ギンッ‼︎ ー

 

 アヴドゥルを背後から襲ったのは、今さっき姿を消した女性だった。今まさにアヴドゥルの腹部を突き刺そうとしていたところを、銀の戦車(シルバーチャリオッツ)のレイピアが刀を弾き飛ばす。

 

 するとすぐさま姿勢を下げ、アヴドゥルに抱き着く形でそのまま腕を掴み拘束してしまう。もちろんアヴドゥルは抵抗を見せる。

 

魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)‼︎」

 

 心苦しいが、自身のスタンドを出して自分を背後から押さえる女性を焼き払おうとする。が………

 

 

ー プンッ ー

 

「………へ?」

 

 次の瞬間……女性は()()()()()()()()姿を消した。まるでそこに初めから居なかったかのように………

 

「アヴドゥル………さん?」

(え………嘘でしょ。ヴァニラの亜空間………いや、それはない。ヴァニラ・アイスが現れた形跡は無い………それに今の音は何?)

 

 悪寒を感じた礼神は、即座に抱いた疑問を解決しようと脳を動かす。が、結論に至る前に消えた彼の悲鳴が耳に届いた。

 

「グアァァァーーーーッ‼︎」

 

 少し離れた場所に飾ってあった聖騎士の鎧……その鎧が手にする槍に、アヴドゥルは深々と刺さっていた。

 背中から貫く様に槍に刺さったアヴドゥル…踠き宙吊りの身体を動かすと、揺れで聖騎士の鎧が槍を手放す。そうなれば必然的に、アヴドゥルは槍に貫かれたまま地面に転がる事になる。

 

 そんな状態を作ったであろう女性は、アヴドゥルの顔面を靴底で踏み付け始めた。

 

「アヴドゥルーーーーーーッ⁉︎ テメェ、その足を退かしやがれッ‼︎」

 

 ポルナレフは床を蹴って駆け寄り、彼のスタンドがレイピアを振り上げ切り掛かる。

 すると女性は右手を礼神に向け、一瞬間を開けてから女性の前に礼神が現れる。

 

「いッ⁉︎」

「なッ‼︎」

 

 ー ガギン‼︎ ー

 

 振り下ろした腕を止めようとしたが、勢い余ってポルナレフは礼神に切り掛かってしまう。だが礼神が尾骨で受け止めた事で無傷で済んだ。

 

「イタッ‼︎」

 

 女性は突如として現れた礼神をポルナレフに向けて蹴飛ばす。ポルナレフはそれを受け止める事で、追撃の手を出す事ができなかった。

 

「ガウバウッ‼︎」

 

 代わりにイギーが動く。

 波の様に襲い掛かる砂の獣は、女性を吹き飛ばそうと突進して来る。だがそれが触れる前に、女性はアヴドゥルに刺さった槍に触れると また姿を消してしまう。

 

「グ……ゥ……」

 

「アヴドゥルさん大丈夫⁉︎」

 

 蹴飛ばされポルナレフに受け止められた礼神は、アヴドゥルの元で膝をつく。

 女性が消えたと同時に刺さっていた槍も消え、空洞となった腹部の穴からは噴水の様に血が溢れる。

 

「しっかりしてアヴドゥルさん‼︎」

 

「れ……ゴホッ……ウ………オ……ッ‼︎」

(れ、礼神‼︎ 私の事は気にせず………ッ‼︎ 上だ礼神‼︎ 逃げろ‼︎)

 

 仰向けに倒れたアヴドゥルは、上から槍を向けて落下して来る女性を見た。このまま降ってくれば、礼神ごと自分は貫かれてしまうだろう。

 礼神だけでも助けようと声を荒げたいが、息が乱れて上手く声が出せない。ポルナレフも床に転がるアヴドゥルに視線を下ろしているので気付いていないだろう。

 

 アヴドゥルは、見る世界がスローモーションに見えた……走馬灯というやつだろう………その世界でアヴドゥルは、驚くべきものを見た。

 

「大丈夫。僕が守るから」

 

 落下を察知していたのか…それともたった今気付いたのか………もし後者だとすれば、あり得ない程の反射神経だろう。

 

「ッ!」

 

 槍の先端を下に向け、突き刺す勢いで落下して来る女性……それを礼神が見た瞬間、今度は礼神の手に槍が突如現れる。

 

「ッ……無刀取り?」

 

 女性が初めて声を出したが誰も聞こえなかっただろう。礼神は槍を奪い取り、そのまま身体を回転させてフルスイングする。

 振るわれた槍は女性の顔面を捉えると思われたが、また「プンッ」という音と共に女性が消える。

 

「………貴女、凄いじゃない。見くびってたわ」

 

 女性は少し離れた所に現れ、礼神に初めて話しかけて来た。

 その声は凛としており、少し冷たい雰囲気がある。

 

「イギー、アヴドゥルさんを端に運んで。そしてポルナレフはイギーと一緒に、アヴドゥルさんを守って休んでて」

 

「お、おい!礼神‼︎」

 

 3人の元を離れ、礼神は女性の元へ歩き出す。

 それを止めようと腕を掴もうとするポルナレフだが、その掌を礼神は容易く避ける。

 

「ッ⁉︎」

(き…気の所為………か? 今、礼神が一瞬だけ加速したような………)

 

「ポルナレフ、あんたは今ヴァニラに狙われてんだよ? この人とポルナレフが戦ってる最中にヴァニラ来たら、組んず解れつ戦況は最悪でしょ? 忠誠心に関する怒りを優先するヴァニラなら、「ポルナレフが居ない」&「DIO側の誰かと戦ってる」の状態があれば、僕を無視してポルナレフを追うと思うんだ。だから………」

 

「………ここは任せろってか?ケッ、ガキが意気がりやがって」

 

「まぁーたココでガキ扱いすんの? そのガキに助けられたアンポンタンはどこのどいつだよ!」

 

「わーった。わかったよ………任せて良いんだな?」

 

「うん。むしろ、僕の役立つ場面はまさにここじゃ無い?逆にヴァニラが来たら相手を任せたよ」

 

「おう。任された」

 

 そう言ってポルナレフは下がり、アヴドゥルの止血に神経を注ぐ。

 すると、そんな彼らの元へ女性が一瞬で移動する。その手にはいつ拾ったのか、弾き飛ばされた刀が握られていた。

 

 その刀がポルナレフの首目掛けて振り下ろされるその瞬間、横から亜音速で飛んで来た槍が、またもや刀を弾き飛ばす。

 

 飛ばした本人の礼神は、ビリヤードで球を打った瞬間の様に尾骨を両手で構えている。尾骨の先端に槍を添えて、サイズを元に戻したのだろう。

 

「僕の仲間に手を出すなよ。貴女の相手は僕だよ………()()()()()()

 

「!………私を知ってたのね」

 

「女性で、原作に出てなくて、DIO陣営……その情報からは貴女しか連想できなくて………幽波紋使いだったのは予想外ですけど」

 

 少し驚いた顔を浮かべ、アルシアは礼神に歩み寄る。その手にはまた、弾き飛ばされたはずの刀が握られていた。

 

 次の瞬間…またアルシアは姿を消して背後に回り、礼神の頭目掛けて刀を振り下ろす。が、礼神は尾骨を頭の上に掲げてそれを防いだ。

 

「へぇ、 強いのね……」

 

「レオンさんがいるからアレだけど、転生者で承太郎の幼馴染ポジションとか、この世界の主人公枠に入ってそうな存在が僕だよ?んで主人公はラストで急激にパワーアップするシステムなんだよ♪」

 

「………? その自論はよく分からないけど………只者じゃ無いのよね?」

 

 微妙に困った顔をしたアルシアは、刀を鞘に収め居合斬りの構えを取る。そんなアルシアに対し、礼神は無意識に中段の構えで尾骨を構える。

 

「パワーアップしてるのは確か……現に分かっちゃった!アルシアさんのスタンド能力………そして

 

 

 

ケルベロスの意外な力をね

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 初めはただの思い違いとか、余りにも焦ってたから見えた偶然だと思ってた。でも今は違うと……僕の力の1つだと断言できる。

 

 最初に体感したのは小さい頃にトラックに轢かれた時だ………その次はホル・ホースの銃弾からポルナレフを守った時で、その次はアヴドゥルさんがゲプ神に胸を掴まれた時。その次はアレッシーが承太郎に銃を撃った時。その次はさっきの、アルシアさんが槍持って落ちて来た時………

 

骸鎧(スカルメイル)

 

「そのスタンド……鎧にもなるのね」

 

 僕のスタンド、ケルベロスの能力は魂の剥ぎ取り。声で気絶させればスタンドと共に回収でき、死んで間も無ければ一応回収できる。

 

 そんな魂を剥ぎ取る僕のスタンドは()()()()

 

 そして魂には、活発になる瞬間が存在する。

 

 それは()()()()()()()だ。その魂の状態を恐らく、一般的には走馬灯と呼ぶ。

 生きる為に意識が暴走し、身体や世界を置き去りにして魂が思考する状態。

 

 走馬灯を体験すると人は多くの経験や思い出を振り返り、スローモーションに見える視界を隅々まで凝視する。そうやって生きる為の糸口を探すのだ。

 

 その間、人は水中を動くかの様に体感するので震え1つ起こさずゆっくりと正確に動ける。認識する動きはゆっくりだが、実際の速度は普段よりやや速い……それは同時に、火事場の馬鹿力なるものが働くからだ。

 

 この旅で仲間と共に死に掛けた僕のケルベロスは、魂を操り容易く()()()発動できる。

 

 簡単に言えば「数秒だけステータスが向上する」能力だ。

 

 一言にすれば地味だが、それが今までの旅で密かに活躍していた意外な力だ。

 

「凄い…貴女本当に凄いわ。生きて帰れたら父さんかレオンさんの元で修行すると良いわ」

 

「………じゃあアルシアさん、敵対するのを辞めてください」

 

「それは無理」

 

 一見地味なその能力は、瞬間移動を繰り返して刀を振るうアルシアさんと張り合うのに十分な力だった。

 

「そこッ‼︎」

 

「あら……また取られちゃったわね」

 

 ー プンッ ー

 

「………また取り返されちゃったな」

 

 ここまでの剣撃のやり取りで、何度か無刀取りで刀を奪ってみるがスグに奪い返されてしまう。恐らくそういう能力なのだろう。

 

 一旦距離を置いて息を整えようとすると、アルシアさんが僕の目の前に突如として現れる。

 

 ………やばい……死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………って思うたびに走馬灯が自動で発生するから便利だね。僕にとって走馬灯はこうやって活躍する。

 

 ー ギンッ‼︎ ー

 

 完全に不意を突かれたが対応できた僕は、心の中で謝りながらアルシアさんの腹部に切っ先を向ける。

 

「戻れ‼︎」

 

 ケルベロスの尾骨のサイズを戻す事で、亜音速を超える突きを放つ。すると僕の目の前にポルナレフが急に現れる。

 

「どわっ⁉︎」

「危ねッ‼︎」

 

 ポルナレフの顔面から切っ先をズラし、ポルナレフは逆の方向に顔を傾ける事で何とかヒットを避ける。

 

「仲間を盾にしないでよ‼︎」

 

「その願いを聞く理由はある?」

 

 そう言ってポルナレフを僕に向けて蹴飛ばし、ポルナレフごと僕に切り掛かる。

 

「ゴメン!」

 

「グヘァッ⁉︎」

 

 そのポルナレフを蹴って横に退け、アルシアさんの剣撃を受け止める。

 僕にポルナレフを抱き止める力なんてあるわけないでしょ………

 

「ポルナレフ‼︎ どっか遠くへ‼︎」

 

「………名前」

 

「……ん?」

 

 ここに居座るのは駄作と判断したのか、ポルナレフ達は大人しく目の届かない場所へ移動する。

 そしてアルシアさんの刀を受け止めたまま硬直状態でいると、彼女は短く口を開いた。

 

「貴女が死ぬ前に聞いても良いかしら」

 

「………葎崎(むくらざき) 礼神(れいか)

 

「…良い名前ね」

 

「ーーーッ⁉︎」

 

 一瞬だけ笑みを浮かべると、瞬間移動して僕の背後に回り刀を振り抜いて来る。それを尾骨で受ける。しかし同時に僕の鳩尾には美脚が突き刺さり、咳き込みながら後ろへ倒れ転がる。纏っていたスタンドのお陰でダメージはそこまで無い。

正面→背後→正面への移動に1秒もかからないとか反則。

 

「………貴女、一撃死や大ダメージの攻撃には敏感だけど、それ以外には疎いのね」

 

 確かに僕のこの能力は、致命傷を受ける寸前でないと自動で発動しない。

 僕が認識できない不意打ちの一撃必殺では発動するけど、不意打ちの様子見の一撃は防げないのだ。

 

「そう言うアルシアさんの能力は、テレポートだよね。自分が移動するか、範囲内の物を手元に移動させる能力。オマケに瞬間移動する事で、体勢を好きに変えれる……つまりモーションの手間を省き、1コンマ早く動ける」

(………それを捌ける僕って強くね?)

 

「さぁ………どうかしらね」

 

「え……あ、うん」

(心の声に返答したのかと思った………)

 

 瞬間移動せずに歩み寄って来るアルシアさん。

 その表情は影が差して見えず、虚な瞳だけが光っていた。静かに殺意を滾らせるその姿に、思わず恐怖心を抱いてしまう。

 

「礼神ちゃん………これから私は貴女を刀の鞘でボコボコにする。そうやって体力を少しずつ削って、動けなくなってから首を刎ねるわ………とても痛いし苦しいでしょうね」

 

「………」

 

 想像して鳥肌が立つ。

 骸鎧で防御出来ているのは胴体だけだし、骨の隙間を見極められてしまえば、その隙間を叩かれてしまうかもしれない。

 

「それが嫌なら………大人しく今、死んでちょうだい。大丈夫……居合斬りには自信あるの。そこまで苦しみはしないわ」

 

 鞘に刀を収めて腰を落とし、力強く刀を掴んでいる。

 楽に死ぬチャンスをくれた所悪いけど、死ぬつもりは毛頭無い。

 

 そんな心持ちで挑もうとしていると、僕の背後から何か鋭い反射物が飛んで来る。ポルナレフの奥の手?

 

 飛んで来たそれにアルシアさんも気付き、居合でそれを叩き斬るとソレは音を立てて割れる。飛んで来たのは注射器だった……

 

 中身の薬品は誰にもかからずに床を濡らす。

 

「………今度は誰かしら」

 

「………どうも。通りすがりのオジさんです…」

 

 神妙な面持ちをした伊月のオッさんが歩いて来る。その後ろには………ホル・ホースが歩いて来る。帽子無いから、一瞬誰だと思っちゃった。

 

「礼神ちゃん。悪いけど、オジさんと代わってくれる?」

 

「………いいけど」

 

「ホル君。君の新しいパートナーだよ。礼神ちゃん、彼を好きに使ってくれ」

 

「かって言うなよ旦那………まぁ、良いけどよ」

 

 舌打ちするホル・ホースの隣まで、僕はアルシアさんを警戒しながら退がる。

 だがそのアルシアさんはオッさんを不思議そうに見つめ、見つめられているオッさんはアルシアさんを鋭く睨みつけている。

 

「貴方が………伊月 竹刀?私に用があるとかDIO様は言ってたけど………何処かで会ったことある?」

 

「………………」

 

 オッさんは無言で構えるが、少し哀しそうな雰囲気を醸し出している。

 

「………無事に成仏しろよ……輝楽」

 



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60.罪人の自覚

 輝楽………父親面をするつもりが、俺には毛頭無い。

 

 この世界でお前は母親になったのだろう? 幸せな家庭か? だとしたら本当に……すまない………俺が巻き込んでしまった。

 

 謝罪をしたい……たったそれだけの願いを優先したが為に、お前の2度目の人生をまた狂わせてしまった。知らなかったといって罪が帳消しにならないのはわかってる。罪は受け止める……

 

 真実を知ればこれ以上関わるなとお前は言うだろう………

 だが最後に……最後にお前の為に行動させてくれ…………許してもらうつもりも毛頭無い。むしろ恨んでくれ……恨み殺して地獄に叩き落としてくれ。

 

「………無事に成仏しろよ……輝楽」

 

「輝………楽……………? ねぇ、それって誰の名前? とても気になるのだけど」

 

 前世の記憶のほとんどを忘れたのか、輝楽が………アルシアが目を丸めて俺を見つめる。

 忘れかけている記憶に「輝楽」というワードが引っかかっているようだ。

 

 その身体が腐肉でなければ………肉の芽かただの洗脳であれば助けられたのに………そうなれば幸せをそのまま掴んでもらいたかったのに……

 俺がDIOとの契約内容にお前を持ち込んだせいで………契約違反を起こしたのはDIOだが、そこの真実は変わらない。

 

 俺は罪人だ。今更 罪を重ねようと何ら変わりない。

 

 だがお前は違う……せめてこの世界では、善人であってくれ………善人のまま終わってくれ! 

 

「答えてくれないのね……あら………泣いてるの?」

 

「………旦那…」

 

「早く行けッ‼︎ 邪魔だ‼︎」

 

 棘のある言い方で叫ぶと、礼神ちゃんがホル君を連れてその場を離れてくれた。

 

「………変な人ね」

 

「ハハハ……………楽に殺してあげるよ」

 

「……………」

 

 

ー プンッ ー

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 アルシアは自分のスタンド能力で伊月の背後に瞬間移動をする。

 抜き身であった刀が今度は逆に鞘に収まっており、彼女が得意だと言っていた居合斬りを放つ。

 

「ッ‼︎」

 

 だがそれを放つ時には既に、伊月は背後にいるアルシアの方へ振り返っていた。

 膝を折ってしゃがみ一閃を躱すと、伊月は両手をアルシアの目の前で強く叩く。俗に言う猫騙しだ。

 

 まさかの行動と条件反射が重なり、アルシアは目を閉じてしまう。が、伊月の攻撃を予期して、瞬間移動で距離を取る。

 

「………しまった…」

 

 次に目を開けた時には、伊月の姿は消え失せていた。

 気配は完全に絶たれ、移動した痕跡も少ない………代わりに2階ギャラリーにはミカドアゲハが多く漂っていた。

 

「これは…蝶?」

 

 首を傾げ刀を振るってみるが蝶は切れない。

 代わりに、何処からともなく毒針が飛んで来る。

 

「……姑息ね」

 

 能力を駆使してそれを避けるアルシア。

 それに対して伊月は、柱の影で震える両足を麻酔を打つことで無理矢理止め、朦朧とする意識を手放さない為に幻覚作用の鱗粉を脳内で散布する。

 

(ペットショップに蝶をやられ過ぎた……薬物で誤魔化してるけど…もう肉体が………)

 

 失った7割のスタンドと、劇薬の黒戦の使用……それが原因で身体にガタが来始めていた。

 瞬間移動で避けられたが、伊月は猫騙しの後に追撃をするつもりだった。無力化する程の幻覚作用のある薬物を注射器に込め刺そうとしたのだが、その手は動かなかったのだ。

 その為、気配を消して身を潜め様子を見ているが、投げた毒針も狙った方向へ飛ばない。

 オマケに、口からは血液が一筋流れていた。

 

(どうする……このままやり過ごす……わけにはいかないし………誰かと協力するとしてもな………)

 

 その時、1人の男の顔が頭をよぎる。

 

「見つけた………」

 

「ーーーッ‼︎」

 

 ー スパッ ー

 

 柱の陰に隠れていたが見つかり、居合斬りが眼前に迫る。

 頭部への攻撃には敏感であるが故に避けれたが、尻餅をついた様な体勢になってしまい次の攻撃は普通避けれない。

 

「爆ぜろッ‼︎」

 

「ッ!」

 

 伊月は自分と彼女の間に蝶を出して小爆発を起こし、命を削る事でその場から身体を無理やり転がす。

 既にボロボロの白衣が焦げ、彼女も綺麗だった身体にも炎症が見られる。

 

(………やはり………ゾンビに………)

 

 炎症の傷から血が滲む………しかし表情は崩れない。

 ポーカーフェイスというよりは、怪我に気付いていない感じがする。

 

「………悪足掻きが過ぎない?」

 

 首を傾げ、呆れた様子で尋ねてくる彼女に伊月はデジャブを感じた。霞み埋もれた記憶の何処かに彼女が確かに存在している。

 

 ………それに気付く度に心が締め付けられる、今すぐ自分の心臓をくり抜きたくなる程の自殺願望に駆られる。しかし………

 

「悪足掻き………するに決まってるだろ。オジさんは……まだ死にたくても死ねないからね」

 

 そう言って余裕の笑みを浮かべたいが本格的にガタが来始める。

 固形化した血液が液状に戻りきっていないにも関わらず、皮膚呼吸の活発時間は既に過ぎている。

 血流が酸素を全身に運びきれず、自然と息が荒くなる………肩が上下に動き、全身が酸素を欲している。

 

 そして先程、麻酔を打ったばかりなのに足腰は震える。だがこれ以上麻酔を打てば感覚がなくなり、今度は麻酔が原因で立てなくなるだろう。

 

(血流の流れをサポートする即効性の薬? ハッ…そんなの作ってねぇよ)

「クッ………!」

 

「………どこ狙ってるのかしら?」

 

 毒針を投げようにも腕が動かない。

 結果……針が床に散らばるだけだ。

 

(………黒戦をまた使うか? 無理だな……効力も2度目以降は下がるし、仕留められなかったら今度こそ動けなくなる)

 

ー パリーン ー

 

「………はぁ………今度は誰………………!」

 

 そこでアルシアに向けて目掛けて何かが飛んで来た。飛んで来たのは水の入ったグラス………アルシアが避ける事で、代わりに伊月がそれを浴びる事になった。

 続いて姿を現したのは、凛とした姿勢を崩さない美男子だった。先程まで戦闘狂の名に恥じない笑みを浮かべていたが、今の表情は固く無表情………悲しんでいるのか、哀れんでいるのか………それは判断できなかった。

 

「………ハハッ……作戦セーコー」

 

 現れたレオンの姿を見て、自称気味に伊月は笑った。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 幻術が解けた後……私は残りのゾンビを殲滅しながら移動していた。

 やがてゾンビ達の気配は消え、一息ついて皆の気配を探る。

 

「…ハァ……幻術が解けたと思ったら」

 

 幻術が解けた事によって、W-Refの感知能力(センサー)は使用可能だ。

 それを使い皆を探知しようとすると、1人の男のスタンドがそこら中から感じ取れる。幻術使いではない。薬物使いのあいつだ。

 

 館のあちこちに蝶を飛ばしているせいで、他のスタンドが探知できない。これでは私の探知できる範囲内に居ないのかの判断すらできない。

 

「……にしても凄いな」

 

 私の足元には生首が複数転がって居る。見渡せば身体も複数あり、あちこちに鮮血がぶちまけられていた。

 

 その身体も生首も、元はゾンビだったのか僅かに痙攣している。

 

「伊月の仕業か………捩じ切ったのか?」

 

 首の断面は粗く、鋭利な物で切断した様には見えない。そして力任せに引き千切った様にも見えない。

 ほとんどの遺体は時計回りに首の皮が引っ張られている。

 

 更に辺りを見渡せば、血液こそ滴っているが戦闘の痕跡は特に無い。不意打ち………暗殺されたのだろう。

 

 だがホル・ホースの銃痕と思われるものもある。伊月と共闘したのか………

 

「………ん?」

 

 そうこう考えながら、誰かと合流する為に急いでいるとミカドアゲハを見つける。

 すると向こうも私に気付き、すぐさま私の元へ飛んで来る。館中に拡散していた蝶も私の元へ集まって来る…鱗粉は出してない。

 

 やがて蝶は、なけなしの力で私のコートを数匹で引っ張ったり、一筋の線を作ったりしている。

 

「………?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「そんなわけで誘導されて来てやったが、伊月………動けるか?」

 

「これじゃまだ動けないね」

 

 そう言って伊月は、レオンに向けてピースサインを送る。

 

「そうか………休んでろ」

 

「………レオンさん………できれば私は、貴女とは戦いたくありません」

 

「私もだが、そうにもいかないだろう

 ………………………刀を抜きなさい。アルシア」

 

 未だに片腕のレオンは、残された左腕だけで構えを取る。その構えから、ゾンビを淡々と殺害していた時と違い、本気で相手をしようとしているのが見てわかる。

 

「待て……レオン、待てだ………」

 

 絶え絶えの言葉で言うソレは、単語も選ばずに吐かれたような口調だ。

 

「彼女は………幽波紋使いで………それに俺は………」

 

「………わかっているつもりだが?」

 

 レオンはW-Refで既に、アルシアが幽波紋使いだと知っている。そして伊月の気持ちも汲んでいるつもりだ。

 肉の芽を使ってまで確認し、信用すると言ってしまった以上 下手な事はしない。

 

 ー ガキン‼︎ ー

 

「………いつまで話しているんですか?」

 

 不意をつく形で、アルシアがレオンの顔面に刀を突き刺す。

 瞬間移動を使い完全に虚をついたと思われた。が………

 

「おい………歯並びが悪くなってしまうだろ?」

 

「ッ⁉︎」

 

 突き立てられた刀を噛んで止めるレオン。

 その異様な光景には驚き、アルシアは瞬間移動で距離とる。

 

「テレポート系の能力か……体勢も僅かに違うな。そして何よりクールタイムも短そうだ………ふむ」

 

 すぐさま持ち前の連撃で攻めるが、それが続くにつれ、レオンは突破口や隙を計算式を解くように導き出していく。

 

 昔から知っていたはずだが、アルシアはレオンの観察眼を改めて厄介に思う。そこで対抗策として、アルシアはトリッキーな動きを取り入れる。

 

 自らその刀を投げ付けたのだ。

 

 もちろんソレをレオンは避けるが、背後に瞬間移動したアルシアが受け取り切り掛かる。

 それをW-Refで受け止めると、アルシアはまた瞬間移動で距離を取る。

 

「W-Refで掴んでいたのに無視して消えた。本体を掴むべきだったか」

 

 そこでまたアルシアは刀を投げる。

 レオン相手に同じ手を使う時点で凡作………背後に瞬間移動して切り掛かると思い、レオンは背後に気を配り先読み……振り向いて迎撃をしようとする。

 

 しかし今度は刀が瞬間移動して、アルシアの手元に戻る。

 自ら背を向けたレオンの首を刎ねようと刀が迫る。先程の攻撃はこの為の布石だったようだ。

 

「ーーーッ⁉︎」

 

 刀はレオンの首を右から捉える。右腕を失ったレオンはそれを防げない。しかし左へ思い切り首を傾ける事でそれを避ける。

 

(布石だと気付いていた⁉︎ なら何故わざわざ背中を見せる⁉︎)

 

 そう疑問に思ったアルシアはレオンの動作の隅々まで警戒するが、それ自体が過ちだった。

 

「カッ………」

 

「…輝楽……もうおやすみ」

 

 忘れている方も多いだろうが、レオンは人間だった頃に医学の道で主席を獲得し、財団で医学を更に進歩させた男である。

 

 黒戦の事を聞いていた事もあり、レオンは伊月の動けない状況を……身体の異変を察した。

 酸素が足りないなら血流を流せばいい。それが硬化しているならサポートすればいい。

 

 だからわざわざ、波紋入りの水を最初に投げたのだ。だから伊月に確認をしたのだ。「動けるか?」と………

 

 それに対して伊月も適切に答えていた。

 

()()動けない」と……そして指を2本立て、再起可能まで時間を示した。それが「分」なのか「時」なのかを、元薬剤師と医学部卒の者が判断できないわけがない。

 

 そしてレオンは、あえて得た情報を口に出したり危険性を示す事で自分に注目させる。

 

 そうすれば伊月は、その存在感に隠れて勝手に虚を突いてくれるのだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………………」

 

「………死んだ…のか?」

 

 私が聞くと伊月は無言で頷く。が、うわ言のようにアルシアが話し出した。

 

『…ゴメン……なさい………』

 

「……どういう「ハンマーセッション」

 

 質問し終わる前に伊月がそう言った。そして早口で説明を始める。

 

「使ったのは致死量の麻酔を混ぜた幻覚薬物。幻覚といっても発狂死させるわけじゃない。即効性の麻酔と幻覚で苦しませずに楽なまま即死させるっていう、俺の持つ唯一の安楽死用の薬物。

 

 楽に殺してあげるっていう目的で作ったのに、副作用として生前最後の感情や優先的な感情に左右される。

 

 息子を殺された老婆が使えば、復讐心に燃える屍ができる。

 恐怖心に包まれたままのギャンブラーが使えば、何も考えずに逃げ出すだけの屍ができる」

 

「つまり今アルシアが呟いているのは?」

 

『ゴメンなさい……親父………私は………』

 

「………最愛の家族や親への謝罪かな……楽に死ねるけど死ぬ実感はあるのかもしれない」

 

 ………つまり遺言か。

 

 そこで伊月は、ボロボロの身体を引き摺ってその場を離れようとする。波紋で数秒動けるようになったから、波紋が切れれば元通りだ。

 疲労回復とかではなく、血流を正常に流しただけだからな。

 

 

 

「何処へ行く」

 

 

 

「それなりに役割は果たした。オジさんも目的を果たした。戦力としてはもう力不足。もうオジさんが何処へ行こうが、関係ないだろ?」

 

「………………」

 

「………何? 鈴原 アルシアの遺言を聞けっての? なんで? ご両親には俺が伝えろって事? なんで?」

 

 震える手で伊月は私の胸倉を掴む。

 

「………未だに転生だのどうのが理解できず、混乱してるところだってあるんだぜ? 殺人に慣れても俺だって人間だぜ?」

 

「彼女の遺言はお前が聞くべきだ」

 

「ハハハ…だからなんで?」

 

 相変わらずケラケラと笑うが、胸倉を掴む手には力が篭る。その手に私は左手を添えてやる。

 

「………あぁ。この世界のアルシアの父親はシーザーだ。そして彼女はシーザーを()()()と呼ぶ」

 

「ーーーッ‼︎」

 

『親父………ゴメンなさい。私………」

 

 今思えばアルシアは幼い頃から大人びていた。親であるシーザー達も、彼女が何を考えているのかわからない時がある。まるで私たちが見てない所で育った彼女が存在するように………それこそまるで、()()()()()()()()

 

「つまり………そういうことなんだろ? 確かに()()()()()()お前は父親ではない……(ヤク)に頼って感情を幻覚で麻痺させ誤魔化しても、後悔する時は必ず来るぞ」

 

「………………」

 

(そんな顔もできるんだな)

 

「……………」

 

 伊月は何も言わずに膝を折りその場に座り、それを確認した私はその場を離れる。

 

『私……お袋を………』

 

「………………」

 

『それに………だから』

 

「そうだな」

 

 彼女は既に死んでいて言葉は届かない……それでも伊月は相槌をうって会話をしているようだ。

 

 やがてアルシアは今度こそ動かなくなる。

 伊月は近くのカーペットを引き裂き、それをアルシアの遺体に被せた。

 

「………遺体はこの世界のご両親に届けてあげて」

 

「わかった。それと伊月………」

 

「何?」

 

 左手にW-Refを嵌めて、私は伊月の頭を軽くどつく。すると後頭部からミカドアゲハに似たスタンドが現れ、霧の様に姿を消した

 

「………溜め込み過ぎだ。薬は万能じゃない」

 

「…ぅ………うぅ………」

 

 伊月は力の入らない足で床を蹴って駆け寄り盛大に転ぶ。そんな無様な姿を晒しながらアルシアの遺体に縋り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウ ア゛ア゛ア゛ァァァーーッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大粒の涙が被せられた布にシミを作り、館中に形容し難い咆哮が鳴り響く。

 

「………ホル・ホース。伊月を頼む。アルシアの遺体と共に、極力安全な場所に移してやってくれ」

 

「なんだよ……気付いてたのかよ」

 

「まぁな。仲が良いんだな」

 

「まさか……自分勝手で大っ嫌いだぜ」

 

「なら何故ここにいる?」

 

「それを聞くのは………」

 

「…………野暮だったな」

 

 隠れる様に立っていたホル・ホースの言葉の先を繋ぎ、私はその場を任せて走り出した。

 

鈴原 アルシア:死亡

 

 ー

 ーー

 ーーー

 ーーーー

 ーーーーー

 ーーーーーー

 

 見て◯◯、この子の顔を。抱っこしてあげて

 

 おぉ、結構重い……

 

 赤ちゃんといえど女の子よ? 娘を抱っこした感想の第一声がソレでいいの? 

 

 俺の事はいいの。それより名前を決めよう、候補はもう決めているんだ。お姫様の様に可愛いし輝夜! 我が家の上の名にも「月」が入ってるし。

 

 輝夜ってお伽話の? 輝夜…いい名前だけど、そのままだと虐められないかしら……

 

 それは心配だな。この子には笑顔でいてほしい……楽しく悔いなく、地味でも本人が満足できる人生を歩んでもらいたい。

 

 ならこうしましょう。輝く夜の輝夜をもじって、輝かしく人生を楽しむ………

 

 それはいい名前だな、そうしよう。この子の名前は今日から…

 

 

 

ーーー "輝楽"だ ーーー

 

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 何の変哲も無い極々普通の世界の日本に、極々普通の家庭があった。

 父、母、娘の3人家族。父の職業は薬剤師、母は専業主婦だった。これといった特徴が何も無い家庭で育った輝楽と呼ばれる少女……彼女はその名の通り、明るい笑みを零して物事を楽しむ人生を歩んでいた。

 

 そんな人生を歩んでいた彼女だが、ある日を境にそれは歪んだ。

 

 中学から高校へ進学して体験したクラス内の上下関係……彼女は生まれて初めて不良と出会った。

 授業は頻繁に中断され、罵声や虐めと遭遇する機会が増えた。終いには体験する事もあった。

 楽しむ事を楽しみに生きていた彼女には耐え難い日常……結果、彼女がグレる事は別に不思議ではなかった。

 

 そしてその事実が人生を更に捻じ曲げた。

 

 基本的に娘には自由に生きてほしい両親であったが、不良になるとなれば話は別……根は優しい子である為、両親の説得に輝楽は応じ相談するようになった。

 

 父は仕事の多い日々だったが、休日ができれば家族と共に過ごし出掛ける様になった。少しでも娘のストレスが減る事を願っての対処だった。

 

 母は高校と掛け合った。輝楽に影響を与えた不良は有名な問題児らしく、指導者一同手を焼いているらしい。

 

 娘はそんな2人の行動に感謝しつつも、何も解決しない事に苛立っていた。グレこそしたが、不良と肩を並べる気は無く仲間ではない。故にまだ暴力を受ける事もあった。

 

 そしてそれをいい事に、他のクラスメイトは息を潜める。

 

 アレは囮だと言わんばかりに輝楽から皆は距離をとったのだ。それに気付いた彼女は言葉に表せない不快感を覚えた。出る杭と称され打たれる彼女は、自分から距離をとる元被害者、元友人を見て少しずつ壊れ始めた。

 

 自由気ままに甘やかされて育った訳では無い。だが高校に上がるまでは対人関係に恵まれていた。だからこの変化には耐えられなかった。

 

 過度のストレスと苛立ちと絶望……やがて彼女は引き篭もり外との関わりを絶った。

 かつて輝く様に笑っていた彼女は暗く締め切った部屋に閉じ籠り、楽しみの無い生活を淡々と続けていた。

 

 そんな娘を思い父親はどうにかして昔の彼女に戻そうとした。そう考えて無闇に踏み込んだのが悪かったのだろう。

 癇癪を起こして暴れる娘……それを見た母親は呆然とした。

 今の彼女には何も見えていないのだろう……実際に輝楽は自分が何を言ったのか、何をしたのかを覚えていない。

 ただ覚えているのはやり場のない怒りと、理不尽にそれを母に向けてしまった事だった。

 

 説得を続ける父より、気が弱く何も言えなくなってしまった母を対象に娘は罵声を浴びせ始めた。

 すかさず父親がフォローに入るが癇癪は収まらず、輝楽は激情し遂に罪を犯してしまった。

 

 それに気付くも既に遅く、輝楽は今までの癇癪が嘘の様に黙り込み、腹部から包丁の持ち手が生えている母親を見つめていた。

 

 生暖かい鮮血が流れるのを黙視し再び激情……ここで彼女は完全に壊れ、無意識に暴れまわる。

 

 そして壊れたのは娘だけではない……刺され倒れる妻を見た男もまた激情し、娘を止めようともみ合いになる。

 

 既に2人共言葉は通じない。

 

 先に正気に戻ったのは父親……戻り方は最悪だった。

 気がつけば父親も罪を犯してしまった。両手は力強く娘の首を掴んでいる。

 

「…何を………してるの?」

 

「ッ⁉︎ お前!」

 

 倒れた妻の声で正気に戻り、娘から手を離し駆けつける。

 

「……輝…らが…」

 

「だ、大丈夫だ‼︎ 窒息しても3分以内なら蘇生する確率は高い‼︎ それより君の止血を……いや、まずは救急車………」

 

 錯乱気味だった男は冷静に対処した。

 激情して首を絞めにかかった時間が5分を超えていた事も知らずに……

 男は救急車が着くまで、妻子の止血と心肺蘇生を永遠と繰り返した。

 "まだ助かる"と口にしながら目からは雫が淡々と流れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果………2人は死んだ。

 

 夫であった男は妻を失い夫では無くなった。

 妻は実の娘に殺された……そして妻を救えなかったばかりに、娘が殺人犯のレッテルを貼られてしまう。

 

 そんな娘を男は殺してしまった。

 

 父であった男は娘を失い父では無くなった。

 自分の手で殺してしまった………最愛の妻が最後に口にしたのが、娘への心配の言葉だというのに。

 

 夫であった男は夫では無くなり、同時に父親でも無くなり………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男はただの()()()()になった。

 



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61.白き炎と謝肉祭

「アレ……まだこんな所に居たの?」

 

「礼神!倒せたのか⁉︎」

 

「いんや。オッさんがバトンタッチしてくれた」

 

 あの後、僕はすぐにポルナレフ達を追いかけた。

 途中でホル・ホースが一言僕に謝って引き返したから、合流したのは僕だけ。

 ケルベロスの脚力のお陰でそう時間はかからなかった。

 

「アヴドゥルさん…普通に立ってるようだけど、大丈夫なの?」

 

「出血が止まらなくてな。少々手荒だが焼いて塞いだ………見ない方がいいぞ」

 

 傷の容体が気になった僕を察したのか、アヴドゥルさんは自らの服の裾を押さえる。きっとグロテスキーに仕上がっているんだろう。

 

「………………」

 

「礼神、何を探してんだ?」

 

「穴」

 

 周囲を入念に見渡すが、穴どころか戦闘の痕跡も無い。

 

「今は安全ポイね。イギー少し休んで、代わりにポルナレフが切っ先で砂を巻き上げて。今までの展開範囲が広過ぎて息が上がってる、体力温存だよ。それと攻撃手段としては相変わらずアヴドゥルさんの炎が頼りだけど、無理だけはしないでね」

 

「………礼神」

 

「ん?どうかした?」

 

 軽く指示を出してから僕は屈伸運動とかをしてストレッチを施す。するとアヴドゥルさんが重々しい表情で話しかけてくる。

 

「君は………少し甘過ぎるんじゃないか?」

 

「………え?」

 

「ヴァニラ・アイスの危険性は君から何度も聞かされた。だが伝えられたのは言葉だけ………実際に見てわかった。奴の異常性は想像以上だ。だから……」

 

「だから……何? バカな事は考えてないよね?」

 

 冷たく無表情で問う僕と目を合わせ、アヴドゥルさんは膝をつく。

 

「無理をせずに勝てるとは思えないんだ」

 

「………僕の努力は無駄だったって事?」

 

「そ、そんな事は言っていない。ただ……」

 

 

ー ガオンッ‼︎ ー

 

 僕らから少し離れた所の床が抉れる。

 傷1つ無く、下の階まで通じている綺麗な空洞だ。

 

「ポルナレフゥゥゥーーーーーーッ‼︎」

 

 天井付近を漂う様に浮遊する亜空間は、やがて収縮してその中心からスタンドが姿を現わす。

 そのスタンドの口の中からは、焦点の合わない瞳で僕らを睨み付けるヴァニラが顔を覗かせていた。

 

「ケッ、とうとう追い付きやがった!」

 

 会話を中断し、空中から見下ろすヴァニラに睨み返す。だが僕の事など気にも留めない………僕らを睨んでると思ったが、ポルナレフしか眼中に今はないようだ。

 

「来るぞッ!」

 

「……………」

 

 臨戦態勢に入ったアヴドゥルさんは魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)を出して炎を構える。

 

 ………変な気を起こさなければ良いけど。

 

「もう油断はしない……貴様らはこのヴァニラ・アイスが確実に仕留める………」

 

「ッ⁉︎」

 

「亜空間に頼ったが為に……タイミングを合わされ虚を突かれたのだ! 今度は逃さんぞッ‼︎」

 

 スタンドの口の中からズルリという効果音と共に、頭上から顔を覗かせるだけだったヴァニラが姿を現した。

 

 そして落下して着地すると共に、床にはヒビが入り僕らは地響きを感じる。

 亜空間の対策を僕らができていると判断し、その身体で挑んで来るって事⁉︎

 

「ケッ、今度は正々堂々と戦うつもりか?」

 

 ヴァニラはヒビ割れた床を蹴ってポルナレフに突進する……格好の的だと言わんばかりに、ポルナレフは銀の戦車(シルバーチャリオッツ)のレイピアを向けるが………

 

「ダメだ‼︎ 避けろポルナレフ‼︎」

 

 アヴドゥルさんの制止も聞かず、レイピアは見事ヴァニラの顔面を貫く。だがそれだけだった。

 

「グボァッ⁉︎」

 

「2度も言わせるな……これは処刑だ」

 

 鳩尾にヴァニラの剛腕が突き刺さる。銀の戦車(シルバーチャリオッツ)はヴァニラへの攻撃へ転じていたので防御に回れていない。

 ポルナレフは、また生身で重い一撃を受けてしまい後方へ吹き飛ぶ。

 

「俺は死なん……苦痛に意を介しているヒマもない。必ず貴様を始末する‼︎」

 

 邪悪に淀んだ瞳でポルナレフを睨み、ヴァニラは額に空いた穴を指でさする。

 

「ウォォーーー!魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)‼︎」

 

「貫いたのはポルナレフだが、その腕が剣に熱を与えた悪い腕かッ!」

 

 ムーンサルトの様に飛んで躱すがアヴドゥルさんの炎を避けきれない。だがモロに受けなかったからか、アヴドゥルさんに接近するヴァニラを止める事は出来なかった。

 

 飛来する炎を意にも返さず、ヴァニラのスタンド…クリームが魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)の腕を掴む。

 

「フンッ‼︎」ゴキリッ

 

「グオォォッ⁉︎」

 

 生々しい音と共に、魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)の右腕にクリームの手刀が振り下ろされる。

 そしてスタンドの持ち主であるアヴドゥルさんの腕も、あらぬ方向へと曲がる。

 

「ケルベロス‼︎」

 

「アギッ‼︎」

 

 2発目の手刀が振り下ろされた所で、骨の獣と砂の獣がヴァニラとクリームを突き飛ばす。

 

 壁に叩きつけられたヴァニラは重力に従って落ちると、何もなかったかの様に立ち上がり、手で首をさすってから傾げソコの骨を鳴らす。

 

 アヴドゥルさんの右腕は完全に折られ、殴り飛ばされたポルナレフもおそらく肋を何本か砕かれている。

 

「ポルナレフッ‼︎」

 

 先に殴られたポルナレフの元へ僕は駆け寄ってみると、ポルナレフは僕の手を振り払い追い払う様な素振りをする。

 

「礼神………逃げろ。そしてコイツの事をジョースターさん達に教えろ!アヴドゥルの言う通りテメェは甘過ぎた」

 

「何言ってんの!みんなで勝って帰んだよ‼︎」

 

「貴様らは、誰も逃さんッ‼︎」

 

 ヴァニラが僕の方へ突っ込んで来る。

 僕はポルナレフをなけなしのパワーで抱え、ケルベロスに背負わせて共に避ける。

 

 だが亜空間による攻撃と違い、ヴァニラは避けた僕らを執拗に追いかける。そしてそのヴァニラの前方…逃げる僕らの後方にクリームが現れ、ケルベロスの後ろ足を掴んだ。

 

 咄嗟に避けたが為に走り始めは遅い…そこで掴まれてしまったようだ。拘束される事を避ける為に、僕はケルベロスを消す。

 

「ポルナレフゥーーーッ‼︎」

 

「伏せ…デッ⁉︎」

 

「礼神ァーーーッ‼︎」

 

 ヴァニラの剛腕が、ポルナレフを庇った僕に直撃する。パンチのつもりだったんだろうが、間に入って距離が縮まった為ラリアットを受ける形になった。

 

 崩れた床の穴の手前で僕の身体は床に着いたが、勢い余ってそのまま転がり浮遊感に襲われた。

 

 穴に落ちてしまいこのまま落下死してしまう所で走馬灯が発動……咄嗟に穴の縁を掴んでぶら下がる形になる。

 

「うぅ……」

 

 右手の指先に力を込める。ラリアット食らって脳が揺れ、ふとした拍子に手を離してしまいそうだ。

 

「礼神!大丈夫か⁉︎」

 

「なんとか………」

 

「ガウバウッ!」

 

 右腕を抑えながらアヴドゥルが駆け寄ってきて、遅れてイギーもやって来る。更に………

 

「ウゲァッ‼︎」

 

「ポル…ナレフ……」

 

 蹴り飛ばされたのか殴り飛ばされたのか、ポルナレフも僕がしがみついてる穴の所までやって来る。

 

「ウグッ……礼神……無事か?」

 

「ポルナレフ……よりはマシ」

 

 左手を伸ばして穴の縁を掴み、僕は這い上がろうと力を込める。しかし腕力はそこまで無いので少し苦戦する。

 

「誰か……引き上げてくれない?」

 

「………………」

 

「………え?」

 

 申し訳なさげにそう言うと、神妙なツラしてポルナレフとアヴドゥルが顔を見合わせる。そして立ち上がり僕から背を向ける。

 

 ………え?見捨てられた?

 

「アヴドゥル……奴が今狙っているのは俺たちだよな」

 

「だな………なぁポルナレフ。

 

 

命を賭ける気はないか?

 

 

「………は?アヴドゥルさん……何言ってんの?」

 

「気が合うなアヴドゥル……丁度今、俺も似た事を考えてた」

 

「ちょ、ポルナレフまで何を……」

 

 本当に何を言ってるのこの2人は……何諦めちゃってんの?

 

「言っただろ礼神……君は甘過ぎる。優しいが故に、犠牲を払えずにいる。だが無駄死にするつもりは無い……勝つ為に命を使うのだ!」

 

「恨むなよ礼神……ボス戦前に消耗させちまうのは申し訳ないが、テメェは承太郎かレオンと合流しろ。コイツを倒す事が大切なんだッ!DIOを倒す事が大切なんだッ‼︎ みんな死んじまったらお終いだからな………イギー、礼神を頼むぜ」

 

「………アギッ」

 

(やめてよ……諦めないでよ………ぅ……もう指が………)

 

 やがて指先が痙攣し、少し粘ったが指が外れ転落してしまう。それに合わせてイギーも穴に飛び降りる。その最中、僕の視界に映ったのは遠退く2人の男性の背中……覇気のある背中だ………だがその背中は力がない………強いけど()()()()()()()()()()。諦めた背中だ……死ぬ気で挑む力強さだ。

 

「………ざけるな………」

 

 落下してるのが僕なので、目尻に現れた雫は頬を伝わず上へと風で持ち上げられる。

 

 「ふざけるなァァァア‼︎」

 

 僕の言葉が聞こえたのか、2人の肩は僅かに動いた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ふざけるな………ふざけるな…ふざけるな‼︎」

 

 イギーの砂のスタンド、愚者(ザ・フール)をクッションにして一階の廊下に降り立つ礼神とイギー………

 

 礼神は立ち上がって数秒呆然としてから、蹲って壊れた様に同じ事を呟き始めた。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなァァァァァァア‼︎‼︎‼︎」

 

『れ、礼神、しっかりしやがれ‼︎ 男どもが腹括ったんだ! 俺たちは俺たちにできる事をしようぜ? な?』

 

 礼神の壊れ具合にイギーもタジタジで辺りを彷徨く。

 蹲る礼神を鼻先で突いたり、前足でテシテシと触れて礼神の気を引こうとする。それでも礼神は呟き続ける。

 

 暫くしてようやく落ち着いたのか、顔を上げて周囲を見渡す。

 

「戻らないと…………他の誰がどこに居るかなんてわからない。でもポルナレフ達はこの真上。すぐ戻ってやる」

 

『礼神ッ⁉︎ それじゃ状況は好転しねぇだろ⁉︎』

 

「……何、イギー。文句あるの? そうだよね……僕じゃ力不足だよね。ゴメン、でも僕の目的だから……僕は転生者だ。

 

 バタフライ効果があろうと僕は未来を知っている。ソレを変える最も強い力が僕にはある!それで助けられなかった時の罪の意識だってある‼︎

 

 みんなで帰るのが目標だったのに………でも、ポルナレフとアヴドゥルがその気なら仕方ないでしょ」

 

「キシャァァァーーーッ!」

 

 ゆらりと揺れる様に足を動かし、上へと続く階段を探し始める。すると影に潜んでいたのか、ゾンビが礼神目掛けて飛びかかってくる。

 2mを優に超える巨大な男のゾンビだ。

 

『不味いッ⁉︎ なんか死臭クセェと思ったらゾンビの匂いかよ‼︎ ヤベェ! 反応が遅れた‼︎』

 

「邪魔」

 

 ー ドゴォン‼︎ ー

 

 イギーの焦りなど つゆ知らず、礼神の一声と共に背後から半透明で赤黒い生物の腕が伸びる。その腕はゾンビの胴を捉え、そのまま壁に叩きつけ石壁ごと粉砕する。

 

『な、なんだこの腕……礼神のケルベロスか⁉︎ で、デケェ……片腕だけで2m以上はあるぞ‼︎ 』

 

 旅を始めた当初のケルベロスの全長は2m半である。全体像を見てはいないが、イギーは片腕の長さから、全長の巨大さを予想する。

 

「……また大きくなったね」

 

『まさか……まだ成長してんのか⁉︎』

 

 スタンドは持ち主の心構えや精神的成長で進化する。そして人間は、何かを拍子に階段状に段階を分けて成長する。ゲームで経験値が溜まり、一定数たまるとレベルが1つ上がる………それと同じ段階分けのシステムだ。

 礼神はヒーローでは無い。しかし今までの事から、彼女はピンチや絶望から大量の経験値を得るタイプなのかもしれない。

 

 彼女の感情の変化でケルベロスは大きく変化した。

 

 保護欲の塊だった礼神の感情は、形容し難い感情へと形を変わり、ケルベロスもまた異形な姿へと変わる。

 

 その進化に礼神も気付いているかもしれないが、それでも自分は実力不足だと感じる。

 

 ー キラン ー

 

『ん?……何だ。今 何かが光った様な………」

 

 礼神の変貌を眺めていたイギーは、ゾンビと共に崩れた壁の向こうを眺める。壁の向こうが何の部屋なのかはわからないが、そこの床に貴金属らしき物が光っていた。

 別にどうでもいい物だと思うのだが、イギーはそれから目を離せなかった。

 

 ー カタッ………カタ ー

 

『動いて………気味ワリィ………』

 

 そう思いながらも目を離せない。付近の照明の光を反射させていて、それ自体が何なのかはまだわからない。

 

「ひとまず上がらないと……その道中に承太郎やレオンさんと合流できるとは限らない………どうにかして僕が」

 

 ー カタカタ……カタ ー

 

『お、おい礼神……コレ………』

 

 言葉は通じないが、イギーは礼神に音を立てる貴金属の存在を知らせようとする。

 

「あの狂信者の魂を剥ぎ取れるかな……でも思いの形はどうであれ、強い信仰心……多分無理かも………」

 

 ー カタカタカタ ー

 

『れ、礼神?』

 

「僕に……もっと明確な力があれば………」

 

 ー カタカタカタカタ…ドキュンッ‼︎ ー

 

『なっ⁉︎』

 

「痛ッ……な、何これ⁉︎ なにか、登って来ているッ⁉︎」

 

 カタカタと音を立てるだけだったソレは、その音以外には何の前触れもなく、射出させたように飛び出して来た。

 それは礼神の背に突き刺さり、自ら礼神を求めるように血肉を掻き分けて脊髄を這い上がってくる。

 やがてソレは礼神の首から飛び出し、後頭部を掠めるように貫通した。

 

『礼神ッ‼︎』

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………礼神の奴…男がカッコつけてんのにそりゃねぇだろ」

 

「フフッ、全くだな」

 

 スタンドを出して構える2人の前方には、慎重に歩み寄るヴァニラ・アイスが居た。

 落ちていった礼神とイギーなど気にせず、現在怒りを覚えている2人(主にポルナレフ)を睨みつけている。

 

「巫女とクソ犬は貴様らの後で殺してやる」

 

「一か八か……コレに賭けるぞッ‼︎」

 

 アヴドゥルがそう意気込むが、そこからはヴァニラ・アイスの猛撃が続いた。

 亜空間を使い、体術を使い…時には飾ってある模造刀等を利用してくる。

 己の危険は最低限に……それであって、有効攻撃で無いにも関わらず様々なアクションを見せる。そうやって脳を使わせ、体力と共に精神力を削り取っていく。

 

 銀の戦車(シルバーチャリオッツ)魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)の剣さばきと炎でそれを捌いているが、ヴァニラの狙い通り2人は確実に消耗していく。しかも亜空間による攻撃だけはやはり避けるしかない。

 

(反撃の余地を与えてしまう体術による攻めはもうしない……だが、一度は体術で攻めた。また来るかもしれないと、貴様らは集中を欠かせられないはず……)

 

 そう考えるヴァニラの思惑通り、唯一の反撃チャンスである体術を2人は待っていた。

 2人共「流石に反撃される恐れがあるから体術は無い」と頭では理解していたが、一度ソレで攻めてきたせいでその可能性を完全には捨てきれずにいた。

 

(チクショウッ! 刺し違えても勝利に導きたい………故に俺は浅い希望を待ち望んでやがる‼︎ 別の策を考えられねぇ‼︎)

 

 ポルナレフは肋が砕けており、アヴドゥルは右腕が折れている。避けるだけで体力はどんどん消耗していく。

 それによって意識はあっても、新たな戦術を思いつくような思考力は残されていない。油断すればどの道やられる状況だ。

 

 体力の疲弊に気付いたのか、ヴァニラはもう亜空間でしか攻めて来ない。

 

「ハァ…ハァ……ポルナレフ!まだ生きてるか⁉︎」

 

「ゼェ…ゼェ…オウッ!まだまだ余裕だぜ‼︎

 

 そんな強がりを口にするが、2人がジリ貧なのは目に見えている。新たな戦略は無い……あるのは時間稼ぎという目的だけ。

 そこに自分の安全などは考慮していない。同じ状況下の常人ならば、既に命はないだろう……体力、精神力が共に少ない2人が未だ生きてられるのは、仲間のためという僅かな信念のお陰だろう。

 

「……ガハッ……ハァ……ハハ…礼神には本当……ワリィ事しちまったな」

 

「ポルナレフ……お前はまだ生きたいか?」

 

「……テメェは死にてぇのか?」

 

「フッ、まさか」

 

 血反吐を吐くポルナレフの言葉に、アヴドゥルは鼻で笑い答えを返す。

 

 勝利の為に命を使うのであって、2人は死にたがりではない。悔いだってある……礼神の願いを聞けなかった事だ。

 ここまで旅をサポートしてくれたというのに、彼女の目的から目を背けたのが多少の罪悪感を覚えさせる。

 

「アヴドゥル…テメェの言う()()ってのは何だ? 秘策かなんかを期待したいんだが………もしかして何も無いのか?」

 

「いや、秘策は有る。命は保証できないがな……だからお前に死ぬ覚悟があるかを問いた。味方諸共…全てを焼き尽くす炎だ。礼神とイギーのいない今、隙さえあればいつでも放てる」

 

 折れた腕はダラリと下がっているが、アヴドゥルは疲弊しつつも力強く片腕を構えている。

 

「もう一度言うが、この炎は全てを焼き尽くす。無論お前もだポルナレフ…放ったら()()()()()()()()()()()()()。甲冑を持つ銀の戦車(シルバーチャリオッツ)なら、辛うじて耐えられるやもしれん」

 

「……わかった……俺が隙を作ってやる………上手くやれよッ‼︎」

 

「お前もなッ‼︎」

 

 縦横無尽に襲い掛かる亜空間を避け、アヴドゥルとポルナレフは互いに距離を取る。

 

(範囲は狭いが、イギーが居なくても砂は巻き上げられる‼︎ 見えるぜ、亜空間の軌跡がよぉ!そして今までの動きから先読みも容易いッ‼︎)

 

 肋に悲鳴を上げさせる事で、ポルナレフは素早く移動する。最低限の動きで今まで避けていた事もあり、先程とのスピードの差でヴァニラの虚を突くことができた。

 

 そして今回ヴァニラ・アイスは、警戒しながらも見渡しも良く接近し辛い高所で亜空間から顔を出している。

 毎度天井付近から周囲を見渡しているのをポルナレフは知っていた。

 

銀の戦車(シルバーチャリオッツ)‼︎」

 

 天井にレイピアを突き刺し、ヴァニラが亜空間から顔を出すより早くぶら下がる。少し場所はずれたが、この瞬間だけはポルナレフがヴァニラの頭上に陣取る事に成功した。

 

「……ムッ⁉︎」

 

「上だぜ、ヴァニラ・アイスッ‼︎」

 

 やがて顔を亜空間から覗かせたヴァニラは、ポルナレフが下にいない事にスグに気付く。

 

 それに合わせポルナレフは頭上から奇襲を仕掛ける。

 辛うじてヴァニラはそれに気付き亜空間へ逃れようとする。が………

 

「DIOを守る執念が有ると言っといて、肝心な所で逃げんのかテメェ‼︎ その様子じゃDIOへの忠誠心とやらも大した事ねぇなァ‼︎ あ⁉︎」

 

「何ッ⁉︎」

 

 その言葉にヴァニラは一瞬硬直する。

 

 ポルナレフは気付いていた。

 

 ヴァニラが亜空間による攻撃で手足を狙っていた事に……文字通りの必殺攻撃………ヴァニラは予告通り「一瞬で亜空間で飲み込んでは腹の虫が収まらない」のだ。更に何よりも大切な忠誠心を侮辱されれば黙ってはいられない。

 

 迷宮で放った灼熱のレイピアが脳組織の一部を焼いた事もあり、冷静さが欠けやすくなっていた。

 

 

ー プツンッ ー

 

 故にヴァニラ・アイスは、簡単にキレた。

 

「キサマなああんぞにィィィーーーッ‼︎ このヴァニラ・アイスはDIO様に信頼されている‼︎ よりによってその私にィィィーーーッ⁉︎」

 

 般若も可愛く見えるその鬼の形相に、銀の戦車(シルバーチャリオッツ)のレイピアが突き刺さる。しかし今更そんな事を機にするヴァニラではなく、クリームの剛腕が銀の戦車(シルバーチャリオッツ)のレイピアを持つ右腕と首を捉えた。

 

「ガッ……カッ………」

 

「もう逃さんッ‼︎ このまま四肢を捥ぎ‼︎ 首をへし折ってから暗黒空間にばら撒いてやる‼︎‼︎………ッ!」

 

「に……がさね…ぇ………」

 

 拘束されていなかった銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の左手が、右腕を万力の様に締めるクリームの腕を掴む。

 

(ッ⁉︎ 体力も底を尽き欠けていると言うのにこの力………確かにDIO様の言った通りだ…ポルナレフは自分の生命危機や恐怖を克服した精神力を持っている)

「だが所詮はその程度‼︎ 貴様はこのヴァニラ・アイスの前では無力………これが狙いカッ⁉︎」

 

 背後からは跳んで来るアヴドゥルがスグそこまで迫っていた。炎はモロに食らう訳にはいかないと考えたヴァニラは、回避か迎撃を試みる。

 

「なッ⁉︎」

 

「離……さね………ぇ………」

 

 銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の右腕を掴む左腕は、今尚銀の戦車(シルバーチャリオッツ)に掴まれ動かせなかった。止むを得ず首を掴んでいた手を離し、その手でポルナレフを殴り飛ばす。

 

「ーーッ⁉︎」

 

 必死に(りき)んで腕を掴んでいたポルナレフは、もはや吐く空気すら肺には残されておらず嗚咽する声すら出ない。

 

 だがその決死の努力が実り、アヴドゥルは炎を放つ事ができた。

 

「キサマァァァーーーッ⁉︎」

 

「食らわせてやろう‼︎ C(クロス)F(ファイア)H(ハリケーン)の新たなバリエーションをッ‼︎」

 

(シルバー…チャリオッ………ツ………)

 

 次の瞬間………接近したアヴドゥルとヴァニラ・アイスの間で、太陽を彷彿させる光源が放たれた。

 一瞬で部屋の温度は急上昇……瞼を閉じた所で、瞼の裏側が白く塗り潰される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……グゥ………ガハッ⁉︎…ヒューッ! ヒューッ⁉︎」

 

 急上昇した温度は上昇時と同じ様に急低下する。ここがエジプトであるにも関わらず、狂った体感温度がアヴドゥルの全身に鳥肌を立てる。

 

 起きて見渡してみれば存在する者全てが、消し炭になるか爆風で消し飛ぶかの二択で何も無かった。

 無論、ヴァニラ・アイスの死体すら残っておらず、石でできた壁も溶解している。

 

「……何故………だ?」

 

 だがアヴドゥルは()()()()()()()()()()()

 酷い火傷を負っていたが、辺り一帯の景色と比べればかなりの軽症だ。

 

「入院し伊月と出会い放ったあの時……咄嗟に加減をしたにも関わらず私は全身を火傷した………それを全力でやったというのに何故………まさかッ⁉︎」

 

 アヴドゥルは身体に鞭を打ち辺りを見渡し、ある人物を探した。共に戦った戦友を………命を賭けたあの騎士を………

 

「ポルナレフ‼︎ 何処だ‼︎ ポルナレフゥーーーッ‼︎」

 

 折れた右腕に響く振動も無視して走る。するとそこで、アヴドゥルは奇妙な物を見つけた。

 

「ポルナレフッ‼︎」

 

 それは爆風の発生源から離れていたが為に辛うじて原型を留めていたソファー…そしてそこに横たわっていたポルナレフだった。

 

「ポルナレフ‼︎ おい、ポルナレフッ‼︎」

 

 ヴァニラに殴り飛ばされた直後の爆風で、勢いあまり扉を2つ潜った先のソファーまで吹き飛んでいたらしい。おかげで燃えなかったのか、服は多少焦げているが原型を留めている。しかし服の下はえらく酷い火傷痕がビッシリと広がっていた。

 

「ポルナレフ………大馬鹿者が…………やはりあの時ッ! 私と爆風の間をチャリオッツで遮ったなッ⁉︎ 自分の身を守れとあれ程言ったというのに………」

 

 握り拳を作り彼が俯くと、ポルナレフの焦げた服に涙がシミを作る。

 

「クソゥ……まさか、助けるつもりだったお前に助けられるなんて………」

 

『……俺に助けられちゃ不満か?』

 

「ハッ⁉︎」

 

 彼の声が聞こえ顔を上げる。

 しかしポルナレフは先程と同じ体勢で動かない。周囲を見回しても誰もいない。

 

「幻…聴……? やはり………ポルナレフは死ん………」

 

『死んでねぇよ! つうかアヴドゥル テメェ………やっぱり死ぬつもりだったな⁉︎』

 

「ッ‼︎ ポルナレフ‼︎」

 

 今度は聞き間違いではない。確かにポルナレフの声が聞こえた。

 よく見てみれば、死んだと思っていたポルナレフは僅かに右目の瞼を僅かに持ち上げている。

 

『驚かせたか…悪いな。話すどころか、瞼を持ち上げるのもやっとなんでな』

 

「幽波紋使い同士の会話か………ったく! お前という奴は‼︎ なんて無謀な事をしたんだ‼︎」

 

『仕方ねぇだろ。俺だけ生き残っても仕方がねぇし」

 

「………は?」

 

『俺って礼神にそこそこ嫌われててよ。俺1人が謝ったって許して貰えるわけがねぇ………だからテメェも一緒に頭下げてもらうぜ?」

 

「クッ…ククッ………ワッハッハッハ‼︎ わかった、共に生き残れたが怒ってるだろうしな! 一緒に謝ろう。日本式の最大級の謝罪方法を知ってるんだ」

 

『ジャパニーズ土下座ってやつか?』

 

 目尻に涙を浮かべながらも安堵の表情でアヴドゥルが笑い声を上げ、重症で動けないポルナレフも僅かに口角を釣り上げた。

 

 

 

ヴァニラ・アイス:死…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モハメド・アヴドゥルゥゥゥーーーッ‼︎」

 

 

『「ッ‼︎」』

 

「アヴドゥル……この火傷はお前の手柄ではない………巫女の手柄だ」

 

 殆どが消し炭になった部屋に現れた亜空間からヴァニラ・アイスが姿を現わす………遅れはしたが亜空間に逃げ生き延びたようだ。しかしかなりの重症で、身に付けていた衣類は蒸発し、長かった長髪が燃えて無くなるどころか、肉面が焼け爛れ白骨が外気に晒されていた。

 

「貴様の白い炎は巫女の入れ知恵だと知っている…ポルナレフも巫女が庇わなければ既に此処にはいない…あの決死の抵抗も……それが招いた手柄だ………しかし傷は負ったが私が死ぬにはまだ時間がある」

 

 足を進める度に拗ねや膝の肉が蒸れ崩れるが、意にも返さずに歩み寄ってくる。

 

「ヴァニラ・アイス……………クッ!」

 

『………行けアヴドゥル。おい、よせ……無茶はするな!共倒れだぞ⁉︎』

 

 折れた右腕を無理して酷使し、ポルナレフに肩を貸して逃げようとするアヴドゥル。だが逃げ切れる訳もなく、距離が着実に短くなっていく。

 

「ここまで来て……見捨てられるわけがなかろう」

 

『俺は置いて行け‼︎ 俺もテメェも、ロクにスタンドも使えねぇだろ‼︎』

 

「2人とも逃さん………まとめて暗黒空間にばら撒いてやる」

 

 ゆっくりとクリームの口の中へヴァニラ・アイスが吸い込まれるように消える。やがて亜空間が発生……2人の周りをグルグルと回り始めた。

 

『デタラメに…いや、コレは円の軌跡を描いて動いている⁉︎』

 

「その円は…我々を中心に次第に小さくなってきているぞッ‼︎」

 

『アヴドゥル!早く俺を置いて逃げろ‼︎ さもなくばいずれぶち当たっちまう‼︎』

 

「……いや………もう………」

 

 アヴドゥルは膝から崩れ落ち、両手で上半身を起こそうと這いつくばる姿勢でいる。アヴドゥルが崩れた事でポルナレフも地面に転がる。腹部の火傷痕に激痛が走るが、今はそれどころではない。

 

 2人とも限界に達したようだ。

 

 ー ガオン…ガオン…ガオン…ガオン ー

 

 蚊取り線香のようにグルグルと円を描き、亜空間は2人に少しずつ近付いてくる。

 

「………ここまで………か………」

 

『………………』

 

 2人の頭に最後に浮かんだ言葉は謝罪文………礼神へ向けてのメッセージだった。

 

「………もしそんなくだらない事を考えているなら、直接会って伝えたらどうだ?」

 

「グッ⁉︎」

 

「カハッ‼︎」

 

 突如として2人に誰かが攻撃の手を加える。そして片手で2人を持ち上げると、亜空間を避けるように円の外へ放り投げた。

 

 無事に円の外へ出れたものの、酷い仕打ちを受けた2人は現れた人物に目を向ける。

 

 

 

 

 

 現れ2人を投げたのは白髪の人外だった。

 

 

 

 

 

「れ、レオンさんッ⁉︎」

 

「無事で何よりだ。2人とも良くやってくれた。下がっていいぞ」

 

『レオン‼︎ んな事よりこっちに来い‼︎ そこにいたら…』

 

「削り取られるんだろう? こんな風に」

 

 

ー ガオン‼︎ ー

 

 レオンはW-Refを嵌めた左手を自ら亜空間に突っ込む。

 すると左手のスタンドを失った所為で、左肩から先が消滅する。館突入時から右腕を失ったままなので、レオンは既に両腕が無くなった。

 

「い……一体何を?」

 

「あぁ、さっき君達には波紋を流した。象牙色波紋疾走(アイボリーホワイトオーバードライブ)……滞在する波紋はかなり痛いが、それで波紋以外の苦痛は遮断している。上手く流せなかったからすぐ切れるかもな、痛み無く動けるうちに離れろ」

 

『聞いたのは俺らに何をしたかじゃねぇよ‼︎ なんで自ら』

 

「何故って………勝つためさ」ズズッ

 

 レオンの腰から青く黒い尾が生える。そして眼が黒一色に染まっていく。

 

「ハァ……ゼェ………き、貴様………は………」

 

 ここで亜空間からヴァニラが姿を現わす。

 いつの間にかそこにいたレオンを見てワナワナと身体を震わせる。

 

『……さて………始めるか。謝肉祭(カルナヴァル)

 

「レオン・ブランドォォォーーーッ‼︎ 実弟でありながらDIO様に歯向かうとは………貴様は、もっとも正さねばならん存在だッ‼︎」

 

  『……食ってみろ』

 

 ヴァニラがレオンを指差しそう言い切る前に、レオンは既にアンラベルに身体を受け渡していた。そのアンラベルはヴァニラを見ると、短くそう呟いた。

 

 そして……

 

 

ー バツン ー

 

 アンラベルはヴァニラの前から姿を消した。気がつくとヴァニラの背後に回り込み、背を向けている。

 

「貴様ッ………」

 

 ヴァニラが振り返り……そして気付く………

 レオンの口が、焦げた右腕に齧り付いている事に………

 そしてまた気付く………自分の右腕が無くなっている事に。

 

『………不味いな』

 

「なッ!わ、私を………食った………⁉︎」

 

『まるで消費期限すら過ぎた豚の肝臓を煮詰めたような味だ』

 

「クリームッ‼︎」

 

 ヴァニラはスタンドの左手を使いレオンの……アンラベルの肩を掴む。そして口を開けて直接、暗黒空間に飲み込もうとする。

 掴んだ肩はメキメキと音を立てる。それだけ強く掴んでいたが、アンラベルが尾をクリームの二の腕に打ち付けると簡単に外れる。

 

『我が痛がると思ったか………』

 

「ヌゥゥゥ……殺す…必ず仕留めてやる‼︎ ブチ殺してバラバラに暗黒空間にばら撒いてやるッ‼︎」

 

 ヴァニラは亜空間へ入ろうと、自身のスタンドの口内へ身体を滑り込ませる。

 しかし、口内に腰まで入った所でアンラベルの尾がヴァニラを捉える。一本の尾がしなる槍となり頭を貫き、無理やり外へ引き摺り出される。

 

『次は……我の番だ』

 

「ルゥ………ルエェオォォォンッ‼︎」

 

『主を飲み込む(喰おう)としたのだ。我に捕食され(喰われ)ても………仕方ないよな』

 

 9本の尾のうちの3つがヴァニラの右足、胸、左腕を貫き、残りが2人を包むようにグルグルと螺旋を巻く。

 やがて1つの青黒い繭のような球体ができる。中にはレオンとヴァニラ…そしてヴァニラのスタンド………クリームは繭の外へ隔離されてしまう。

 

「グアァァァーーーッ‼︎ ヤメッ……私はDIO様にィィィッ⁉︎ ディ……DIOザバァァァーーーッ‼︎」

 

 

ーグチュ ガリュ ブチッ グリュ ー

 

 生々しい音と共に悲鳴が繭の中から聞こえ、外で隔離されていたクリームは苦しみ出し、まるで消滅するように身体の部位を失っていく。

 

『れ…レオンの奴……ヴァニラを………』

 

「………喰っている」

 

 繭で閉ざされヴァニラが喰らわれる姿は見えないが、隔離されたクリームを見れば、どこをどう喰われているのかが分かってしまう。

 

「グァッ、メダ…マッ……返し……「バツン‼︎」

 

 一際大きな音を最後に悲鳴は途絶える。そして隔離されていたクリームは、バツンという音と共に首から上を失った。

 それから数十秒は咀嚼音だけが流れ、気が付けば何もなくなっていた。

 

 アヴドゥルとポルナレフの2人は途中から目を背け見ていなかった。

 

 やがて繭は解けるように9本の尾へと戻り、中からレオンだけが姿を現した。両腕は元どおりに生えており、目は赤く僅かに光っている。

 それから遅れて尾が引っ込み、レオンの肩から覗くようにアンラベルが姿を現した。

 

「…気持ちはわかるが、そんな目で私を見ないでくれないか?」

 

 

ヴァニラ・アイス:死亡

 

 

モハメド・アヴドゥル/

 J(ジャン)P(ピエール)・ポルナレフ

 :重症により再起不能(リタイア)

 



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62,存在とは誰が決めるのか

「こいつは酷いな………」

 

 私はポルナレフの服を捲ろうと裾を掴むが、火傷の深刻さを理解し脱がす事を断念する。

 

「痛みは?」

 

『……いや……もうねぇな。波紋の力か?』

 

 口を動かすのも億劫なのか、幽波紋使い特有のテレパシーで受け答えする。

 

「"3度熱傷"だな。皮膚全ての層に損傷が及び、感覚が失われている。水ぶくれもできず肌の表面が壊滅しているようだ」

 

『……俺はどうなんだ?』

 

「死にはしない、私がいて良かったな。アンラベル!」

 

『ムゥ……我は反対だ』

 

「私が完治した今、貴様が消えるのも時間の問題だろ。DIOの元へ着く前に消えるのがオチだ。なら今のうちに利用させてくれないか?」

 

『………承知した』

 

 私が瀕死になり力を得たアンラベルは、私が完治した事で力を失いつつある。なら消える前にそのエネルギーを使わせてもらおう。

 

 アンラベルに触れ、W-Refでスタンドエネルギーを取り上げる。そしてそれを自らに使い、私は自身の治癒能力をオーバーヒートさせる。

 

 その後に自分の手首に切れ込みを入れて、溢れ出る血液をポルナレフの服の上から染み込ませる。

 

「レオンさん……そんなに血を使って大丈夫なのですか?」

 

「問題ない。治癒能力を過剰に活動させ、増血している。それで溢れた分を使っているだけで、私の血圧は常に正常………増血に使っているエネルギーはアンラベルのもので体力消費も無い。ポルナレフ、我慢して口に含みなさい。まだ飲み込むなよ」

 

 ポルナレフの火傷を覆うだけの血液を流したところで、ポルナレフの口に私の生き血を注ぐ。テレパシーでギャーギャー言ってるがそれは無視する。

 その後に波紋を流してから、私はポルナレフに口に含んだ分を飲み込むように指示する。

 

「ゲホッ、ゴホッ……鉄クセェ………」

 

「もう話せるのか。さて、次は君だアヴドゥル」

 

 波紋で痛覚を麻痺させ、折れた骨を正常な位置に戻す。その後に添え木になる物を当てて、私の髪で結び付けて固定した。

 

「コレは、安全なんですか?」

 

「当たり前だ」

 

「レオンさんの髪で直接皮膚に縫い付けられてますが」

 

「ちゃんとシャンプーしてる。清潔だ」

 

「俺は? 言われるがまま血を飲んだが、大丈夫なのか?」

 

「鉄分と糖分が豊富な鮮血だがゾンビにはならん。ところで礼神とイギーはどこだ?逸れたか」

 

 不安そうに私を見つめる2人を無視して質問する。するとアヴドゥルが今までの経緯を話してくれる。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

『◯◯…風邪をひいたのか? そうか。なら父さん、今日は早く帰ってこよう。くれぐれも無茶はするなよ?』

 

 この程度の微熱なら大丈夫だよ。それより学校行かないと……授業についていけなくなるし。

 

『ダメだ、授業なら私が帰って来てから教えてやる。だから大人しくしてるんだぞ?』

 

 でも……テスト近いし、申し訳ないよ。姉さんの家庭学習の時間が………

 

『気にするな。それじゃ、行ってきます』

 

 ………………

 

『兄さんは休みだから、俺が看病してあげよう』

 

 別にいいよ。過保護すぎ。

 

『そんな事は無い』

 

 そんな事は有るよ。 僕と下の姉が産まれる前……父さんと兄さんは上の姉さんを、今の僕みたいに過保護対象として接してたんだよね。

 

『過保護って……単に心配だっただけだぞ?』

 

 それが原因で上の姉さんは家出したんじゃん。僕も家出するぞ?

 

『ハハハッ、冗談はやめてくれ。お前は今が幸せじゃないのか?』

 

 不幸では………ないけど………

 

『だろ?幸せだろう? 父さんのお陰で生活に不自由は無い。お前のできない事は兄姉である俺達がやる。なにも心配しなくていい…お前は俺たちが幸せにしてやる。将来は安泰だ。何もしなくて良いんだぞ?』

 

 ………じゃあ僕は何の為に産まれたの? 母さんの命奪ってまで産まれたから、その分幸せになれってのはわかるよ………

 

 でも僕って誰にも必要とされてないじゃん。

 

 僕って何? 僕って誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対的信頼を託せる瞬間が稀にある」

「テメェ、やる時はやる奴だったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……承……太郎………?」

 

 昔の………それもかなり古い夢を見た。

 

 その夢から僕を呼び覚ましたのは承太郎の声だった。でも周囲に承太郎はいない。承太郎の今の言葉も夢だったのかな。

 

「………あれ?」

 

 ここはどこだろう……凄く暗い………僕の部屋じゃない? ベッドにしては硬いし…壁に掛けて干しといたブレザーも見えな………アレ? もうブレザー着てるじゃん。パジャマじゃない。

 

「何を……してたんだっけ?」

 

 頭の中身が全部ひっくり返された気分だ。

 記憶が絡み合って時系列に沿って並んでいない。それでも僕は、少しの時間を要する事で全てを思い出す。

 

「………そうだった」

 

 ここは敵地のど真ん中。早く行かないと……でもココドコ?

 僕は廊下で意識を失ったはず………まず僕の身に何が起きたのかもわからない。

 

「まずは現状把握……僕は……今寝てる…膝を少し曲げて。横になっている。暗い。埃っぽい。狭い………」

 

 上半身を起こそうとすると、首を浮かせただけでオデコが何かに打つかる。

 狭いし高さもない……何かの箱の中?

 

 身をよじって、狭い空間の天井に手を当てて押してみる。すると何か乗っているのか重い……それでも力を込めれば、なんとかフタをズラす事が出来た。

 

 すると………

 

「ワップッ⁉︎」

 

 隙間から大量の砂が雪崩れ込んでくる。

 ちょ、生き埋めになる!

 

「ペハッ!…ペッ………」

 

 なんとか箱から出て砂の中から這い出ると、そこは僕が気絶した廊下の近くの部屋だった。

 何故それがわかるかというと、僕が壊したままの壁と動かないゾンビが証拠だ。

 

「アギッ!………ケッ」

『礼神!………ケッ、世話の焼ける小娘だぜ』

 

 砂から這い出ると、イギーが僕の前まで走ってくる。

 どうやら彼が僕を木箱に詰め、砂で覆って隠してくれていたらしい。

 

 僕の顔を見るなり一瞬「パァァ…」といった感じで笑みを浮かべるが、イギーはその後 スグにソッポを向く。

 ソッポを向きはするが、短い尻尾をイギーはブンブン振っている。

 

 あぁーもう、可愛いなぁ♪

 

「……っと、それどころじゃないね。早く行かないと………」

 

「……グルルル」

 

「大丈夫だよイギー……わかってる。僕が行ったところで足手纏いになるのは………でもそれは相性、戦闘力の話であって、彼らを抱えて逃げるくらいはできる。他にもできる事はあるかもしれないし………それに………」

 

 どれだけの時間気絶していたのか僕にはわからない。ポルナレフ達の死闘がもう終わっているかもしれない………

 

「それに………終わってたなら、結果を知らないと動き辛いでしょ?」

 

 はたして僕は守れたのか……守るだけの影響を与えられたのか………甘過ぎると言われ必要とされなかった僕だけど、それでも僕は彼らを生かしたかった。

 彼らに死の覚悟があったとしても……僕は………

 

「………行こう。イギー」

 

「アギッ………」

 

 上へと登る階段を探し、イギーを連れて仲間を探す。

 道中は何事も無く、ゾンビとの遭遇も無い。

 

「アヴドゥルさん……ポルナレフ………?」

 

 小声で呼びかけるが返事は無い。

 やがて激しい戦闘でもあったのか、原型をとどめていない焼けた部屋に辿り着く。

 炎といえばアヴドゥルさんだ……その近くを少し探索すると、2部屋離れた空間で夥しい量の血液が床を濡らしていた。

 そして人為的に出来たであろう、渦巻き状の溝………

 

「………ハァ…」

 

『礼神ッ⁉︎』

 

 僕がふらつき倒れると、イギーが愚者(ザ・フール)で支えてくれる。

 

「……進もう……イギー」

 

 亜空間による痕跡は渦巻きを最後に途絶えている。ここでヴァニラは力尽きたのだろう。だけど2人の生存率はわからない……なんせ2人とも重症だった。

 

 まだ2人が死んだわけでは無い……相打ちの可能性も有るけど、僕が今する事は嘆く事じゃな……………

 

「……………………」

 

 空気が凍てつく。

 

 脊髄が氷雪とすり替えられたかの様な錯覚に陥り、僕の身体はピクリとも動かない…動かせない。

 

「………………」

 

 

ー カツン…カツン…… ー

 

 硬い床に靴底が打ち付けられる音が、風通しの良くなった部屋に透き通る。

 

 

 

 

 

 僕は確信する………()()()()()

 ()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「フンッ……随分と派手にやった様だな。しかし………そうか、敗北したのだな。ヴァニラ・アイスよ………」

 

  声の発生源がゆっくり近付いてくる。

 

愚者(ザ・フール)ッ‼︎』

「ケルベロスッ‼︎」

 

 イギーが吠えると同時に砂の集合体が突っ込んで行き、僕が振り返りながら叫べば薄い肉を纏った骨組みが大口開けて噛み付こうとする。

 

「ホゥ……獣風情どもがこのDIOに刃向かうか。世界(ザ・ワールド)!時よ止まれィッ‼︎」

 

 

 

 

 

「………これが世界(ザ・ワールド)だ。君も良く知っているはずだ。日本の巫女よ」

 

 気が付けば、DIOは僕の目の前で仁王立ちしていた。

 まるで瞬間移動……僕は思わず一歩引くが、DIOの顔を見上げる事は出来なかった。

 

 そして襲いかかった僕らのスタンドは時が止まってる間にしこたま殴られたのだろう。

 愚者(ザ・フール)は原型も留めずに拳圧で霧散しており、僕のケルベロスは後方まで吹き飛んでいた。

 

「いきなり噛み付かなくてもいいじゃあないか。安心しろ…安心しろよ。葎崎………友達になろう…君のその知識を、このDIOの為に使ってくれないか?」

 

「………………」

 

 これが邪神のカリスマ…悪の救世主………思わず頷きたくなる安心感が、ここまで逆に恐ろしいとは思わなかった。

 呼吸するのも忘れていると、DIOが僕の顎に手を添えて優しく持ち上げる。そうされる事で僕は、見たくなかったDIOの表情を初めて視認した。

 

 ただならぬ危険なオーラと、それを包まんとする安心感が危険な甘さを醸し出している。

 

 そのラスボスの仲間になれと?

 

「そんなの………ッ⁉︎」

 

 断ろうとした時には、既に世界がスローモーションに見えていた。

 つまり走馬灯が発生している……その先の言葉を吐けば死んでいた。良くて致命傷………

 

 ………言葉を吐かずに口を閉ざして暫く待てば、世界は何事も無かったかのように正常に戻った。

 

「………巫女よ。その先は慎重に答える事を勧めよう」

 

 つまらなそうな顔をし、見下す様に僕を冷たく見る……否、観ていた。

 心の奥底の恐怖心とそれを抱いて尚、僕が断る事を既に知っているようだった。

 

「僕は………」

 

 また走馬灯が発生する。

 だが今度は、最後まで言い切って見せた。()()()()()()()()()()

 

「あんたの仲間になんかならない‼︎」

 

「ムッ!」ガクッ

 

 一瞬眉間に皺を寄せてから視点がグラつき、DIOは体勢を僅かに崩す。しかし倒れるまでにはいかずに踏みとどまる。

 

「ケルベロス‼︎」

 

 アレッシー戦で見せた突きを放つが、紙一重で避けられて頬を僅かに掠める。

 そこで攻撃の手を止め、DIOが躱した方とは逆へ飛び、イギーを抱えて距離を取る。

 

(やっぱり僕の声じゃ気絶させる事すらできないか……)

 

 虚をつけただけで、意識を取り戻す速度は僕と同等。

 また声で意識を一瞬削いでも、その後に僕が先手を取れる確証は無い。

 

「……チッ」

 

 頬に滲んだ血を確かめる様に触れ、DIOは小さく舌打ちをする。そこでまた時が減速する。

 スローモーションの世界でゆっくりと此方へ視線を戻すDIOに対し、僕は直感で防御態勢を取った。

 

「……ケルベロス」

 

「………!」

 

 時の速度が元に戻ると、DIOは少し驚いた様子で僕を見つめていた。

 走馬灯が切れたという事は死や致死ダメージは回避できた様だけど……

 

 イギーを抱えた僕はケルベロスを出し、肋骨のシェルターに包まれて身を守っていた。

 

(成る程………止まった時が認識できなくとも、止めるタイミングを察する事はできるのか。だとすれば最初の噛み付きはお粗末だったが………)

「フンッ、まぁいい」

 

 少し考える素ぶりを見せてから腕を組むDIO。

 その背後に僅かなハートをあしらった黄色の大男……世界(ザ・ワールド)が現れる。振りかぶったそのコンクリートの様な拳は、僕らの身を守っているケルベロスに振り下ろされる。

 

「グッ……」

 

「硬度は中々……面白い。貴様が砕けるのが先か、このDIOの腕が上がらなくなるのが先か…根比べといこうじゃないか!」

 

 DIOが含み笑いを浮かべると、世界(ザ・ワールド)は両手を後ろへ引いて力を溜め始める。そして………

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄‼︎」

 

 その全てを解き放つ様に撃ち込まれる拳のラッシュが僕のケルベロスに向けられる。

 振動が伝わり肺の空気が口の隙間から溢れ出る。

 

 そして………

 

「無駄ァッ‼︎」

 

「ガッ⁉︎………………?」

 

 ラッシュの一区切りとなる最後の大振りをケルベロスでガードすると、一際大きな振動が体内に響き嗚咽が漏れる。

 

 そして僕の立つ床の前に何か赤いものが吐き出された。

 

「………え?」

 

 血だった。

 

 視線を上げれば、ケルベロスの骨の一本にヒビが入っている。

 僕は生まれて初めてスタンド越しに……それも単純なパワーでダメージを受けた。

 

「僕の防御力が………下回った………?」

 

 入ったヒビと僕の顔を見てニヤリと笑い、DIOはまた世界(ザ・ワールド)にラッシュを仕掛けさせてくる。

 

世界(ザ・ワールド)ッ!」

 

「ケルベロスッ‼︎」

(ダメだ!気持ちで負けるな‼︎ それが幽波紋使いの弱点だろ!)

 

 自分に言い聞かせて身を強張らせるが、入ったヒビを原点に線が伸び始める。それにつれ、僕の肋骨も連動して折れ始めているのを感じた。

 

 

ー バキッ ー

 

「ーーーーーーーーーッ‼︎‼︎」

 

 歯にもヒビが入るほどに食いしばり、胸を押さえて蹲る。

 折れた………完全に一本折れた。カランという虚しい音を立てて、ケルベロスから骨が一本床に落ちる。

 

「………フッ。その精神力だけは認めてやろう、日本の巫女よ」

 

「……………」

 

 ケルベロスだけは消してなるものか………スタンドの長時間使用も相まって、僕の声でイギーは未だに気絶中。

 今スタンドを消せば僕はもちろんイギーまで死ぬ。

 

「………わからんな。何故そうまでして諦めん」

 

「……………にたいよ…」

 

「………ん?」

 

 

 

 「僕だって諦めたいし死にたいよ‼︎」

 

 

 

 気付けば僕は叫んでいた。

 

「一度しかない人生だから人は頑張れる。けど僕みたいな奴が二度目を最後まで挫けず頑張れるわけないだろ‼︎

 

 不安要素はあるし、レオンさん本来いないし、ジョセフさんは乗り物運悪いし、アヴドゥルさんもポルナレフも生きるの諦めるし、原作知識通用しないし‼︎ 序盤で僕は投げ出したかったよ‼︎

 

 僕にとってこの世界は嘘の塊。思い通りにいかずに罪の意識だけ膨れる糞みたいな偽りの世界‼︎ 逆にその世界の外から来た僕はこの世界にとっての虚像! 僕こそが嘘の塊なんだよ‼︎」

 

 ………だけどアイツは………アイツだけは………

 

 

『最後まで聞いてやるから全て話せ』

 

「だけど承太郎は………そんな僕を真実だと信用してくれた。友人と呼んで存在意義をくれた………だから」

 

 僕のスタンドがまた姿を変貌させる。

 

 「だから足掻く‼︎」

 

 両肩から新たに一頭ずつ頭骨が生成される。

 元からある頭と同等の大きさで、バランスを取るためか身体も次第に大きく成長する。

 

「格好よくなくても、強くなくても、正しくなくても、美しくなくとも、可愛げがなくとも、綺麗じゃなくとも、嫌われ者でも!憎まれっ子でも!やられ役でも!出来損ないでも!足手纏いでも!

 

 死ぬまで僕は足掻き続ける‼︎」

 

 そしてその名の通り…僕のスタンドは本物の三頭猟戌(ケルベロス)となった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ハアァァァァアアア‼︎‼︎」

 

 頭数の増えたケルベロスがDIOに噛み付く。

 

 世界(ザ・ワールド)は真ん中の頭を押さえてガードすると、残りの2つが世界(ザ・ワールド)の両肩に噛み付いた。

 

「ぐぬぬ……世界(ザ・ワールド)‼︎ 止まれぃ、時よォ‼︎」

 

 DIOがそう叫ぶと、世界から色は抜け落ち彼以外の全てが動きを止める。

 その世界でDIOは世界(ザ・ワールド)を消してケルベロスの犬歯から逃れ距離を取る。

 

「そして時は動き出す」

 

 今まで捉えていた者が消えた事で、ケルベロスの八重歯が打ち付けられて鈍く派手な音を立てた。

 

「ケルベロスゥゥゥーーー‼︎」

 

 礼神が叫べばスタンドも叫ぶ。

 

 今回は左右に生えた新たな頭部2つが遠吠えを上げる。

 

「ムゥッ⁉︎ コレは……‼︎」

 

 叫び声の余波なのか、礼神を中心に突風が吹き始める。

 DIOは両手を前で交差させて踏みとどまるが、それ以外に何の異変もない。

 気絶もしなければ、意識が遠のく感覚もない。

 

「限界に達し能力も使役できなくなったか!死ねぃ‼︎」

 

 好機と見たDIOはその場で自身のスタンド、世界(ザ・ワールド)を出して攻撃を指示………

 浮遊する世界(ザ・ワールド)は突風をものともせずに礼神の元へ……

 

 しかし、手の届く距離へ達する前にケルベロスが礼神を包みその拳を阻む。そこでケルベロスも叫ぶのを止めた。

 

「…小賢しい。その自慢の防御力は通用しないとまだわからんのか………ムッ?」

 

 DIOの言葉に対し、礼神は何のリアクションも起こさない………

 

「……コイツ………立ったまま………」

 

 ………礼神はイギー抱いたまま気絶していた。

 

「やはり限界には達していた様だな。それでなお立ち続けるとは……チョイとだけ褒めてやろう………」

 

 そう言って近付くと、半自立型スタンドのケルベロスが未だに礼神を守り威嚇する。

 

 

 

 

『………退け』

 

 

 

 

 何の変化が原因かは不明だが、今まで話さなかったケルベロスは短くそう吐いた。

 

「このDIOに命令するか、三頭猟戌のスタンドよ」

 

『……()()()()を増やしたいか?』

 

 低くエコーの軽く利いた声でケルベロスが脅すように言った。

 

 そしてDIOは、軽傷だが世界(ザ・ワールド)が噛み付かれた時の傷が癒えていない事に気付く。身体が馴染みきっておらず、左半身の治癒が遅い事は知っていた。

 しかし今回の傷は両腕とも再生の色を見せていない。

 

『我々は身体を…スタンドを傷付けたのではない。魂そのものを傷付けた。吸血鬼とはいえ、魂が覚えていない形容に再生させる事は出来ん』

 

 そう言うと、ケルベロスの骨が毛を逆立てたかのように棘状に変化する。殴ればその拳も傷付くだろう。

 

「フンッ、その程度で怖気付くとでも思ったか!時よ止まれッ‼︎」

 

 止まった時の中でDIOは、ナイフを数本取り出して世界(ザ・ワールド)に持たせる。

 

 そして骨の隙間を狙って投げようとしたが、構えたところで異変に気付きその場を離れる。

 

 そして時は動き出す。

 

 ー ザクザクッ ー

 

 先程までDIOがいた場所に別のナイフが降り注ぐ。

 ナイフの投擲に時間を掛ければ刺さっていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ついにココまで来たか。レオン、承太郎‼︎」

 

「待たせたな葎崎……テメェは休んでな」

 

 学帽の鍔を押し上げてDIOを見る承太郎……

 その後ろにはレオンと花京院が睨みを利かせていた。

 



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63.宝石は輝くから価値がある

 アヴドゥルは腹部を貫かれ右腕骨折でリタイア

 ポルナレフは数ヶ所骨折したうえで全身火傷でリタイア

 

 私は2人を辛うじて動ける程度まで回復させ退避を命じた。

 するとそこで我々は承太郎達と合流する。

 

 館突入時に負傷した右腕が完治していた事から偽物と疑われたが、スタンドを出す事で証明した。

 

「…となると残るのは………」

 

「………我が兄、ディオ・ブランドーただ1人だ」

 

 軽く情報交換をし、私は目を伏せてそう呟く。

 

 ……………アヴドゥルはキョトンとしている。

 

「ジョセフ、花京院。お前達はアヴドゥル、ポルナレフと共に安全な所へ退避していてくれ。私は承太郎と共にDIOの所へ行く」

 

「いえ、レオンさん。僕は別行動を取らせていただきます。葎崎さんとイギーを探さないと………何ですか?」

 

 花京院がそういうや否や、ジョセフとポルナレフが少しニヤつく。

 

「…確かに花京院の法皇の緑(ハイエロファントグリーン)なら探すのに適している。気を付けろよ」

 

「えぇ」

 

 フォローの意味を含めて任せると、承太郎がハッと顔を上げて後ろへ振り向く。

 

「どうした承太郎」

 

「………コッチだ。急ぐぜ!」

 

 承太郎は我々を置いて、脱兎の如く走り出した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「来たか、承太郎………」

 

「あぁ。どっかの誰かさんが何度も時を止めたおかげで、すぐに異変に気付き駆け付けられたぜ」

 

 同類のスタンドを持つ承太郎が歩み寄りながら、DIOに向けて皮肉を吐き捨てる。

 

 承太郎とDIOが向き合う。その奥では気絶したイギーを抱いて立ち尽くす礼神……立ってはいるがその表情に覇気はなく、彼女もまた気絶しておりスタンドが自立して守りに入っていた。

 しかしそのスタンドも、仲間の姿を見て安堵したのか姿を消してしまう。

 

「葎崎さん!」

 

「待て花京院。無鉄砲に突っ込むな」

 

「わかってます……わかってますよ」

 

 レオンに肩を叩かれ、花京院は焦る気持ちをグッと抑える。

 そんな2人の前ではDIOと承太郎が各々のスタンドを出して戦闘の構えだけを取っている。

 

「承太郎、貴様が時を止められるようになったのはここ最近と聞く。はたしてお前はどの程度止まった世界で動ける…2秒か?3秒か?」

 

「さぁな……そういうテメェは5秒……と、いったところか」

 

 承太郎達が会話をしている間に、レオンは花京院に耳打ちをする。

 

「花京院……承太郎の弱点を知っているか?」

 

「ッ! こんな時に何ですか⁉︎」

 

「答えは私達だ。止まった時の中で此方にDIOの矛先が向けば、承太郎は私達を庇うだろう……無論、気絶した礼神達も対象だ。我々は速やかに礼神とイギーを回収して場を離れなければならない………わかるな?」

 

「………失敗は許されないと………わかりました」

 

 レオンと花京院は会話を止めると、二手に分かれその場を離れた。

 

「このDIOの相手は貴様1人というわけか……もっとも、同じタイプの幽波紋使いとなれば当然だがな」

 

「来な、DIO。先に制止した時の世界に入門したテメェに、後輩が引導を渡してやるぜ」

 

「フフン……ならば先輩が可愛がってやろうじゃあないか」

 

 次の瞬間時が止まる。

 

 現時点でDIOが止められる時間は5秒程…対して承太郎は4秒半………0.5秒前後の差がどう左右するかは誰にもわからない。

 

 同様に星の白金(スタープラチナ)世界(ザ・ワールド)に比べて精密動作が優れている……逆に世界(ザ・ワールド)星の白金(スタープラチナ)よりも射程距離が広い。

 

星の白金(スタープラチナ)ッ‼︎」

世界(ザ・ワールド)ッ‼︎」

 

 パワー型スタンド同士の拳が、制止した世界で重なる。その余波は少しずつ蓄積され、時が動き出すと同時に一瞬だけ突風を吹かせる。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」

 

 だが時の動きなど気にも止めず、2人はスタンドによるラッシュの手を緩めようとはしない。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

 

 しかし、互角に競り合っているように見えるが僅かに承太郎が押されている。更によく見てみれば、世界(ザ・ワールド)の突きの速さも次第に増していく。やがて………

 

「無駄ァッ‼︎」

 

 世界(ザ・ワールド)の一振りが星の白金(スタープラチナ)の剛腕を弾き、空いた胴体に重い蹴りが放たれてしまう。

 

「グゥッ⁉︎」

 

「フンッ。貴様よりどれくらい世界(ザ・ワールド)のスタンドパワーが強いかチョイと試してみたかった。ま、パワーも能力も、試す程のものでも無かったようだな」

 

「………………」

 

 澄ました表情で腹部の鈍痛に耐える承太郎だが、掻きたくない汗が頬を伝う。

 

(話には聞いていたがこれ程だとはな………)

「試すっていうのは、傷にもならねぇ撫でるだけの事をいうのか? ウール100%の学ランの前ボタンは外れちまったがよ」

 

 完全に強がりである。

 布を捲ればそこには打撲痕があり、決して軽いものではない。

 

 それを聞いたDIOは呆れた表情を浮かべてから、その安い挑発にあえて乗る。

 

 2人はまたスタンドの拳を交える。

 

 

 

 

 

 一方その頃、中庭では………

 

「葎崎さん!起きてください。葎崎さん‼︎」

 

「ん……んぁ………」

 

「気が付いたか………」

 

 口元を赤で染めて吐血した形跡を残した少女、葎崎 礼神は目を覚ました。そんな少女の顔を覗き込んでいるのはレオンと花京院だった。

 

「僕は……確か………」

 

「よくやった。DIOを相手によく………」

 

 そう言うレオンは気絶したままのイギーを抱えており、礼神は花京院の手を借りて起き上がる。

 

「ここは………」

 

 目覚めたばかりで状況が掴めていない礼神…そんな彼女を見て、レオンが説明を始める。

 

「君はDIOと戦い気絶していた。そこで我々が合流……承太郎が戦闘を始め、隙を見て君を掻っ払ってきた」

 

 そう言うのは簡単だが、DIOの目を盗むのは生半可な芸当では不可能。レオンの観察眼と法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の触手があっての救出だった。

 

「みんな……は?」

 

「君の後ろだ」

 

 そう聞いて振り返れば、礼神の背後には承太郎を除く全員が立っていた。

 ジョセフ、ポルナレフ、アヴドゥル、伊月、ホル・ホース。

 

 彼らの顔を見て、礼神はホッと胸を撫で下ろす。

 

 それと同時に、苦痛で表情を歪める。

 

「クゥッ………」

 

「葎崎さん⁉︎」

 

「…君もリタイアだな。元より、DIOと戦えるのは承太郎だけだ……ジョセフ、波紋で緩和しながら礼神を運べ。治療はココを離れてからだ。承太郎の邪魔になる」

 

「伊月の旦那、言わなくて良いのか?」

 

「あ、そうだったね。なぁなぁレオン君」

 

 ホル・ホースに話しかけられ、何を思い出したのか伊月がレオンに話しかける。

 

「何だ?」

 

「実を言うと回復剤が切れた。一応伝えておくよ」

 

「そうか……仕方ないな。ひとまず移動だ。花京院はアヴドゥル…伊月とホル・ホースはポルナレフに肩を貸してやってくれ。イギーは私が持っていく」

 

 各自に指示を出し、彼らは移動を開始した。

 

「急げ。まだ日が出てるうちは問題無いが、承太郎を放って我々を狙う可能性も無いわけではない」

 

「レオン、日没まで後何分じゃ?」

 

「4分36秒だ」

 

「即答わろた」

 

 レオンの答えに笑う礼神だが、やがてその表情が凍り付く。

 

 

ー ボコォン ー

 

 崩壊音を聞いて振り向けば、壁が崩れ中の見える館の一室から土煙が上がる。

 そこはまだ影になっていて問題無い為、DIOが仁王立ちして此方を不敵に見据えていた。

 

「………え…承太郎は?」

 

 そのDIOのいる場所付近に別の人影は無い。

 

 そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウグゥッ⁉︎」ドゴォン

 

 ……彼らの少し離れた場所に承太郎が降ってきた。

 背中からアスファルトに叩きつけられ、少しだけ吐血する。

 

「じ……承太郎ォォォーーーッ⁉︎」

 

 胸を押さえながら、礼神がジョセフの背の上で叫ぶ。

 

 ジョセフはあり得ないものを見たかの様に表情を固め、他の皆も唖然とし、少し間を開けてから絶望の色を見せる。

 

 そんな中…レオンだけが室内にいるDIOを睨みつけていた。

 

「承太郎ッ⁉︎ ココまで殴り飛ばされたのか‼︎」

 

「狼狽えるんじゃあねぇぜ。やられたわけじゃねぇ」

 

 心配して駆け寄る仲間を一瞥して立ち上がるが、どうも足が覚束無い。

 すると伊月が承太郎に駆け寄って状態を確認する。そしてその後にDIOを見つめて目を細める。

 

「出血の無い黒い傷口……もしかして刃物で切られた?」

 

「ナイフで数回…」

 

「それでか〜。よし逃げよう」

 

「あ?」

 

「おっとっと…」

 

 承太郎に肩を貸して場を離れようとする伊月。

 それに対して承太郎は伊月を軽く突き飛ばし、どすの利いた声で短く返す。

 

「承太郎…君を傷付けたナイフには恐らく黒戦が使われている」

 

「黒戦…って、旦那の切り札………」

 

「まだDIOの仲間だった頃に、自家製薬物を色々とDIOに納品してたんだよね。黒戦も少量…丁度ナイフ一本を毒ナイフに変える程度のをね。多分それが使われたんじゃないかな……」

 

 そう言って伊月は承太郎の袖を捲り腕を露出させる。

 そこには黒い傷口と、それを中心に広がる黒く変色した血管があった。

 

「オジさんみたく脳内で薬を分泌できれば黒戦はパワーアップアイテムだけど、それができなきゃタダの毒。傷口付近の部位は凍り付いたように動かし辛いはずだぜ?」

 

「だからなんだ。俺はまだやれるぜ」

 

「馬鹿か君は…オジさん呆れちゃうぜ。この調子で戦えば勝算が低くなるだけっつってんの。ここは引いてお爺ちゃんやレオンの波紋で緩和させて調子を戻すべきだ。幸運にも、時間帯的にDIOはスグには追えない」

 

「………………」

 

「……大人になろうぜ、高校生?」

 

「チッ……」

 

 悔しそうに舌打ちをすると、承太郎は立ち上がりDIOを睨んでから背を向けた。

 それに続き、他の者達も背を向けて走り出した。

 

 全てはDIOに勝つ為に………その為に皆は、日が沈みつつある街を走り抜けていった。

 

「伊月、イギーも頼む」

 

 ………………1人の人外を除いて。

 

「………ジョセフさん…」

 

「構うな………ホテルで(あの時)孫にあそこまで言われ、ワシが腹をくくらないわけにはいかん。レオンを信じるんじゃ」

 

 DIOは日向に身体をはみ出さず、影を縫うように地面に着地した。その着地地点から5歩も歩けば日向に出てしまう……しかしDIOはそこに着地して前を向く。

 そこにはレオンが立っていた。腰に備えていた鞭を投げ捨て、両手をフリーにしている。

 

「…久しぶりだな。我が弟よ………」

 

「だな……暫く姿を見なかったが、元気だったか?」

 

 長年深海で眠っていた彼にわざとらしく挑発をすると、不敵に笑いながらもDIOは眉間をピクリと動かした。

 

「そう言う貴様こそどうだ? 名前はなんだったか………そうそう、エリナは今も元気か?」

 

「エリナか……今はもう眠っているよ。とても安らかで、綺麗な寝顔だった」

 

「貴様の近況や世間話。聞きたい事は山ほどある……が、今はそんな時間も惜しくてな。後でゆっくりと話そうじゃないか」

 

「………私を置いて追うつもりか?」

 

「そうしたい所だが日没まで少々時間がある……それに、貴様を撒くのは骨が折れそうだ。もっとも……レオン、お前が私の元へ来れば話は別だがな。また共に暮らそうじゃないか、昔の様に………3()()()

 

「ふざけるな」

 

 自分の左胸に手を置くDIO…レオンはそんな彼を鋭く睨み吐き捨てる様に言った。

 

「フゥ〜〜〜………レオン……レオンよ。何故だ、何故このDIOになびかんのだ。いつの時代も、貴様は俺の敵であり続けた………何故だ?」

 

「共に育ったが、歩んだ道は正反対じゃないか。お前の隣に立てるわけがないし、立つ気も無い」

 

「……俺とお前はコインの裏表というわけか。しかし、そのセリフをいつまで吐いていられるかな?」

 

 そこまで言って、DIOはスタンド…世界(ザ・ワールド)を発現して館を殴らせた。

 壁には大きな亀裂が入り、重さを支えきれなかったのか崩れ始める。

 

「何を……」

 

「貴様の返答次第では、ジョースターの末裔どもを見逃したっていい。丁度いい事に、巫女はスタンドを奪う能力があるのだろう?承太郎の星の白金(スタープラチナ)を奪い、後は貴様が記憶を奪う……上書きすれば良いではないか」

 

「……答えは変わらん」

 

「………それは残念だ。世界(ザ・ワールド)ッ‼︎」

 

 次の瞬間…DIOは姿を消した。時を止めて移動したようだ。

 

「まだ日は沈みきっていない。一体何処に……まさかッ‼︎」

 

 レオンは崩れ落ちた瓦礫に目を向ける。

 

 瓦礫が落下した際に一瞬影が重なり道ができたとする。1秒にも満たない一瞬だけ形成された影の道だが、時を止める世界(ザ・ワールド)なら………

 

「………できない事もない」

 

 踵返し、レオンは走り出した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「おい君、このトラックを買いたい。売ってくれ…!」

 

「に…にゃんだとおおおこの野郎ッ!……ウヘホ!こ…こんなにくれるのォ?ラ…ラ…ラッキー!」

 

 ジョセフ・ジョースターは財布の紙幣ポケットの中身を無造作に取り出し、そのままトラックの運転手に押し付けた。

 金に目が眩んだ運転手の言葉も最後まで聞かずに、ジョセフとその後ろを走っていた男達はトラックに乗り込む。

 

「オジさんが運転しよう。爺さんは礼神ちゃんから離れられないだろ。ホル君、イギーちゃん抱っこしてて」

 

 運転席に飛び乗り、ホル・ホースが助手席へ。残りの皆……怪我人もこの時だけは、自力で身体に鞭を打ちトラックの荷台へと飛び乗った。

 

「掴まって〜、怪我人は落ちないよう寝てろ〜」

 

「ドワッ⁉︎」

 

 蛇行運転を繰り返し、伊月はアクセル全開で車を次々と追い抜いて行く。

 荷台に人を乗せたトラックがこんな走りを見せればポリスが飛んでくるだろうが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「レオンさん………大丈夫でしょうか…」

 

「レオンを信じろアヴドゥル。第一、奴はレオンを欲しておる。未だ弱点である日光克服の糸口じゃ……殺せたとしても、そう簡単に殺すとは思えん。ワシなら半殺しして生かす」

 

「なら早く承太郎を回復させねぇと……死なないにしろ、レオンの時間稼ぎも限界がある。日が出てるうちに………」

 

「ポルナレフの言う通り………僕の事はいいから、ジョセフさんは承太郎を………」

 

 礼神の言葉を聞き入れ、ジョセフは波紋の呼吸をすると承太郎の腕を強く握り指を立てる。

 

「おいジジイ、コレで間に合うのか?」

 

「血流……血流………承太郎、星の白金(スタープラチナ)で心臓を掴む"ダイレクト心マ"と言うのがあるけど……」

 

「それだ」

 

 記憶から引きずり出した情報を礼神が伝えると、承太郎はすぐさま実行に移す。

 

 そこでジョセフの懐から振動音が僅かに聞こえる。

 

「誰じゃ!こんな時にッ‼︎」

 

 そうは言うが、オリジナルの携帯機器に通話を繋げてくる相手など数少ない。「まさか」と皆が思いながらも、ジョセフはスピーカーにして皆が聞こえるように通話に出る。

 

「まさかと思うがレオンか⁉︎」

 

『そのまさかだ。すまない、DIOがそっちに向かった。私は最後まで取っておきたいようだ…私も追ってはいるが気を付けろ。承太郎が回復するまでは逃げ続けてくれ』

 

 それだけ告げると、レオンは一方的に通話を切った。

 

 太陽はまだ地平線から顔を出しているが、高い建物が日光を遮り安全な場所は少ない。

 

「クッ……奴が醸し出している雰囲気は依然として遠くならない。確かに追ってきているのだ。奴はワシらを追ってきている!」

 

「………………フゥ…」

 

 ずっと黙っていた花京院は小さく息を吐き、いつの間にか外れていたボタンを締め直す。そして一度目を閉じた。

 

(この花京院 典明は、自分の「法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)」を見る時いつも思い出す。

 

 普通の人達は一生のうちに誰の為に、何の為に生きているのだろう。

 小学校の◯◯君のカレンダーには遊びの予定でいっぱいだ。

 

 父は家族の為に人生を使い、

 母も家族の為に人生を使っている。

 自分は違う。

 

 ハリウッドスターはファンや世界の為に人生を使うのだろう。

 自分は違う。

 

 自分にはきっと一生、そんな使い道のある機会は訪れないだろう。

 何故なら、この「法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)」が見える友達は誰もいないのだから…

 見えない人間と真に気持ちが通うはずがないし、そんな人に人生を使う理由も無い。

 

 レオンさん、ジョースターさん、承太郎、ポルナレフ、アヴドゥル……そして葎崎さんに出会うまでずっとそう思っていた。

 

 常に死に際を歩いているようなレオンさんや、苦しみ続けている葎崎さんの事を思うと背中に鳥肌が立つのは何故だろう………

 

 それは、目的が一致した初めての仲間だったからだ。

 

 そして自分が彼らの保護下で旅をし、仲間と呼ぶには後ろめたさを感じているからだ)

 

 花京院 典明は「法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)」を見て考える!

 

 

仲間である為にこの人生を使ってやる

そう!短い付き合いで憧れたあの人外のように

アヴドゥルやポルナレフの様に命を使ってやろう!

 

「……花京院?」

 

 激しく蛇行するトラックの荷台の上で立ち上がる花京院を、葎崎 礼神は不安げに…そして怪しげに見上げた。

 

 そして嫌な予感がしたのか、花京院のズボンを掴んで座らせようと力を込める。しかし花京院は座らず、礼神に背を向ける。

 

「………やめて」

 

 その背中に礼神は見覚えがある。

 ポルナレフ、アヴドゥルと同じ命を使う捨て身の背中……結果的に2人は生きていたが、礼神は花京院の行動を許そうとはしなかった。

 

「ーーッ!」

 

 礼神もおもむろに立ち上がり、花京院の腰に後ろから抱き着く。胸に激痛が走るが、無視して体重をかけ無理矢理留めさせようとする。

 

「離してください」

 

「嫌だ…アッ」

 

 容易く腕を解かれ、花京院は荷台から飛び降りようと足をかける。

 

「嫌だ…嫌だ……ダメ、行かないで! 許さない!」

 

 止めたい思いだけが先走り、碌な言葉が出て来ない。

 

 

葎崎さん……大好きです

帰ったら返事をください

 

「待って‼︎」

 

「よせ、礼神ッ‼︎」

 

 逃げる様に飛び降りた花京院を追おうとするが、そんな礼神をアヴドゥルが抑え込んだ。

 そして花京院は太陽が沈んだ夜の街へ姿を消した。

 

「離して!何で⁉︎ 何でみんな僕の言う事を聞いてくれないの‼︎」

 

 泣き出しそうな礼神をあやす様に座らせる。礼神も胸の激痛に耐えきれず、その場で座り込み前屈みに突っ伏する。

 

 やがて啜り泣く様な声が聞こえてくる。

 

「礼神……この大人数で逃げ切れはせんのだ。レオンも花京院もそれが分かっている。だから立ち向かうのじゃ……そしてワシらはそれを無駄にしてはならん」

 

「……泣くんじゃねぇよ礼神。男がカッコつけてんだ、テメェは帰ってきた時の返事を考えとけばいいんだよ」

 

 この中で1番重症のポルナレフが、苦しそうにだが笑ってそう言う。それに対して「お前が言うな、巫山戯るな」と、礼神は涙目で訴える。

 そして間を空けてから礼神は首をかしげる。

 

「………………返事って何の?」

 

「何って………花京院の言った事聞いてなかったのか?」

 

「………………うん。止めるのに必死で。エンジン音とかが五月蝿いし」

 

「………………………」

 

 その場にいる男一同は、花京院に深く同情した。

 それは、普段ヘラヘラとしている伊月ですら無表情になるレベルだった。

 

 確かに同じ荷台の上とはいえ、花京院は礼神から離れ最後部で立っていた。高速で走り風の音も十分に雑音として捉える中で、必死だった礼神が聞いてなくても不自然ではない。

 

「僕の言う事聞いてくれなかったんだ……僕が聞いてなくても文句言えないだろ………それに………薄々こうなる事………ポルナレフとアヴドゥルさんが無謀な事したから、花京院もそうするって思ってたんだよね」

 

 涙を拭ってから胸を押さえ、礼神は揺れる荷台の上で座り直す。

 

「……花京院がその気なら、今回は僕にだって考えがある。コレで()()死んだら花京院の所為だからね」

 

「ッ⁉︎ 葎崎テメェ……何考えてやがる?」

 

「…オジさん知〜らない。とっくに忠告はしたぜ?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………ムッ?」

 

 太陽が沈んだ今、DIOは人混み等を気にせず視界の良い屋根の上を跳んで移動していた。

 

 そしてそこに緑色に光る反射物が雨の様に降り注ぐ。

 

「コレは……ッ!」

 

 避けた所にまた、エメラルドの雨が横殴りに襲いかかる。

 

「花京院の法皇(ハイエロファント)!」

 

 ー カチッ ー

 

 跳躍して避けると、背中に何か紐状の物が当たる。そしてそれに連動する様に、またエメラルドがDIOを襲う。

 

法皇(ハイエロファント)の『結界』! フンッ!」

 

 ひと蹴りでDIOはエメラルドの弾幕の向きを蹴りの方向へ逸らす。しかし逸らしきれず、1発肩に被弾する。

 

「チッ………!」

 

 そして気がつく。

 目を凝らせば、自分を中心にワイヤートラップの様に法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)の細い触手が張り巡らされている事に。

 

「………コレ…は…」

 

「触れれば発射される「法皇(ハイエロファント)」の「結界」はッ! 既にお前の周り半径20m!お前の動きも「世界(ザ・ワールド)」の動きも手に取るように探知できるッ!」

 

「………フッ…フフフッ!」

 

「何が可笑しい‼︎」

 

 静かに笑うDIOに問い掛ける花京院。

 そんな彼に視線を移すと、DIOは冷たい無表情で口を開く。

 

「なあに。ただの呆れ笑いだ……DIOの能力を知って尚、こんなチャチな空間で仕留められるとでも思っているのか?」

 

「………そんな事は考えていない」

 

「何……?」

 

 花京院の考えはレオンと同じ……承太郎を回復させるまでの時間稼ぎだった。

 

「………ジョセフ、承太郎の気配は未だ遠ざかっている。時間稼ぎ………命を捨てたというわけか。たかが数秒使わせる為だけに……その為だけに犬死(いぬじに)しに来たか!」

 

「犬死なんかでは無い‼︎ 全ての人間に役割が有り、理由が有る‼︎ 僕が作ったその数秒が、お前を敗北へと導くのだ‼︎」

 

 この場を無視して承太郎を追うのは難しく無い。しかし承太郎達との距離はそう遠く無い……追えば直ぐに花京院が追い付く………止まった時が認識できないとしても、承太郎と戦う最中に背後を取られるのは面倒だ。

 

「いいだろう……メインデッシュ、デザートを残し、貴様らを先に惨殺処刑してくれよう‼︎」

 

「食らえDIOッ‼︎ 半径20m…エメラルドスプラッシュをーーーッ!」

 

「マヌケが……再認識するがいい……世界(ザ・ワールド)の能力は…まさに!「世界を支配する」能力だという事を!」

 

 

世界(ザ・ワールド)ッ‼︎」

 

 ……止まった時の世界では、DIOの周囲に張り巡らされた触手から大量のエメラルドが射出されていた。

 何発かは数秒遅れていれば被弾したであろう……しかし、大半のエメラルドはあらぬ方向へ射線を向けていた。

 

「フンッ……止まった時でも、数撃てば当たるとでも思ったか」

 

 心底呆れた様子を浮かべてから、世界(ザ・ワールド)が剛腕を振り上げる。そしてDIOは不敵に笑う。

 

「死ねィ!花京院ッ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈍い音と共に、世界(ザ・ワールド)の右腕が花京院の胴体を捉えた。そして時は動き出し、花京院は勢い良くビルの屋上にある貯水タンクに減り込んだ。




証呂
「死なないで花京院‼︎ ここでお前が死んだら、礼神はまた罪の意識を背負うことになるんだぞ⁉︎ それに彼女に対するお前の思いはどうする⁉︎

次回、花京院 死す。デュエルスタンバイ‼︎」

花京院
「次回も絶対見てくれよな!」

伊月
「おwまwえwらwww」

レオン
「……あまりふざけるなよ」

花京院
「僕…帰ったら葎崎さんの返事を聞くんだ」

レオン
「死亡フラグまで立てるな‼︎」


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64.世界を拒絶せよ

「ゲホッ‼︎ ゴホッ‼︎」

 

 高速で移動するトラックの荷台……そこには日本をスタート地とした旅人達が乗っている。

 そんな旅人達の中の唯一の少女……葎崎 礼神は、鉄でできた荷台の床に夥しい量の血液を吐き出した。

 

「ーーーッ⁉︎ 礼神ァ‼︎」

 

「葎崎テメェ‼︎ 何を無茶しやがった⁉︎」

 

 何の前触れもなく吐き出された血液を気にする素振りも見せず、承太郎は学ランを彼女の血で汚しながらも、座った体勢のまま抱き抱える。

 

「ゲホッ……」

 

 溢れる量は治まりつつあるが、それでも少量の血液が喉を通って口から排出されていた。

 

 苦しそうに蹲り、承太郎の腕の中で身を丸め自身の胸を押さえている。

 

「葎崎‼︎ おい‼︎ 何をやったかは知らんが何でもいい! もう止めろ‼︎」

 

「ゴホッ……ダメ、まだ……守れて……な………」

 

 血を流しながら掠れた声でそう答え、充血した目にはまた涙が溜まりそれに血が混じり頬を伝う。

 

「ジジイ‼︎」

 

「ま、待て‼︎ 何処をどう損傷したのかがわからん‼︎ 波紋を流せば済むわけではない……むしろ血流が良くなり出血を酷くしてしまう可能性もある‼︎」

 

 骨折なら兎も角、出血を波紋で治療するには傷口を圧迫する必要がある。その傷口が体内にあるなら、出血を悪化しない程度の匙加減……波紋の精密な操作が必要とされる。

 

 才能に恵まれ柱の男の1人を倒した事もある波紋戦士だが、老いて不要と感じ波紋の力は弱まり精密な操作もできない。

 それをジョセフは激しく後悔した。

 

(承太郎の腕もまだ治ってはおらん‼︎ しかしこのままでは礼神が……ワシに2人同時に治療する力なぞ………)

 

「ジョセフの爺さん、あんたは承太郎の治療に専念しろ! 礼神ちゃんはオジさんがなんとかする」

 

 運転席の窓を開け伊月が叫ぶと、前から5匹のミカドアゲハが飛んでくる。そしてその蝶達は礼神の口元付近を彷徨っている。

 

「伊月、何をしている⁉︎」

 

「治癒促進の鱗粉! 液体と違い効果も薄いし、いっぺんに量も出せない。承太郎! せめて星の白金(スタープラチナ)で肺の動きを助けてあげて。折れた骨は刺激しないように」

 

 言われた通りに承太郎は礼神の呼吸をサポートする。

 

「コレで良いのか⁉︎」

 

「あぁ! だが期待はすんなよ⁉︎ オジさんだって7,8割死にかけてんだぜ⁉︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「死ねィ! 花京院ッ‼︎」

 

 世界を支配するスタンド…世界(ザ・ワールド)が、静止した世界で花京院の腹部を殴り抜いた。

 

「………なんだと?」

 

 その時だった……DIOが異変に気付き始めたのは。

 

 彼は花京院の腹に風穴を開けるつもりで、世界(ザ・ワールド)に拳を振らせていた。

 

 ………だがその腕は貫通する事なく、何か硬いものに遮られてしまう。

 

 そして時は動き出す。

 

「ウグッ⁉︎」

 

 時が再始動すると同時に、花京院は身体をくの字に曲げて吹っ飛ぶ。そして貯水タンクに背中から叩きつけられ減り込む。

 

 そんな彼の緑色の学ランは破れ、その下から人の物とは違う骨が見え隠れしていた。

 その骨は学ランの下に隠れていたがシャツの上に存在する為、花京院の物では無い事がわかる。

 

「なるほど。命拾いしたか……だがたかが数秒の事‼︎」

 

 荷台から飛び降りようとする花京院に礼神が抱きついた時……おそらくその時に彼女は、自身のスタンドであるケルベロスを彼に纏わせたのだろう。

 

 タネがわかったDIOはそう言って追撃をしようとするが……

 

「フ……フフフッ………」

 

 花京院の少しつり上がった口角を見て動きを止めた。

 

「……笑っている………のか?」

 

(ただの………呆れ笑いさ)

 

 ー ドドドンッ‼︎ ー

 

「ッ⁉︎」

 

 そのまま追撃していれば被弾したであろう場所にエメラルドが降り注いだ。

 そしてそれも束の間……DIOは既にエメラルドスプラッシュの雨の中に居た。

 

(まさか、花京院貴様ッ‼︎ このDIOではなく、()()()()()放ったのか⁉︎)

 

 時が止まる前……花京院は半径20mに張り巡らされた法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の触手から大量のエメラルドを放っていた。だが時を止めて見てみれば、DIOを狙うものも有れば適当な方向へ放ったと思われる物もあった。

 

 だがそれは適当では無かった。

 DIOに向けた弾幕こそがダミー! 自分に向けて射出していた物が本命だったのだ……そこへDIOが踏み込めば勿論……

 

世界(ザ・ワールド)‼︎」

 

 背後にスタンドを出し、背中合わせになってDIOはエメラルドを捌く。しかし幾つかのエメラルドが、未だに残っていた法皇(ハイエロファント)の触手に被弾………エメラルドの量が更に増す。

 

「ウゲェァ⁉︎」

 

 捌き切れなかったエメラルドの弾幕が、ついにDIOの脇腹に複数被弾する。

 それを食らったDIOは吹き飛ばされ、屋根の下へと落ちていった。

 

「……………」

(結局僕はどこまで行っても、葎崎さんの加護下にいたらしい)

 

 朦朧とする意識の中で、花京院は新たにヒビを作ってしまったケルベロスを撫でる。

 

(………DIOの言う通りたかが数秒だ。ですが僕は信じています)

 

 僅かに身体を動かそうとすると、それよりも早く貯水タンクが重みに耐えれず傾く。それが原因で減り込んでいた花京院は宙へ投げ出され、次第に地面が近付いてくる。

 

 満身創痍の花京院は法皇の緑(ハイエロファントグリーン)を床に向かわせ、自分を受け止めさせようとする。

 

 しかしそれより早く動いた人物がいた。

 

 

 

「ヌゥゥェエエンッ‼︎」

 

 

 

 小柄な男に抱きとめられた花京院は一瞬思考が停止した。

 そして停止している間に、小柄な男は花京院を車へ詰め込み運転手に車を出すように指示した。

 

「よ、よろしいのですか? 見ず知らずの学生を……関わらない方がいいのでは………」

 

「わしの命令が聞けんのか! わしはウィルソン・フィリップス上院議員だぞーーーッ!」

 

花京院 典明は小柄な男を見て考える

 

 誰だこのオッさん! 

 

 

 

 

 

「ヌゥ〜………」

 

 左側の脇腹に第一関節まで埋まる程の5つの穴………DIOはその穴の治癒速度を見て苛立ちを覚える。

 

「花京院………策士だな。抜け目のない餓鬼め…」

 

 DIOは未だに身体が……ジョナサン・ジョースターから奪った身体が馴染んでいなかった。

 故に左半身の回復が遅かった。

 

「しかし依然問題は無い。余命が数秒長引いただけの事に、未だ変わりはない‼︎」

 

 花京院にトドメを刺そうと屋根の上を見上げると、後ろから誰かに肩を掴まれた。

 

「しまっーーーッ!」

 

「その数秒が起こした結果を見せてやろう」

 

 背後に立っていたのはレオンだった。

 W-Refを嵌め、DIOの肩を力強く握りしめている。

 

「ザ・ワール………クッ⁉︎」

 

「波紋疾走ッ‼︎」

 

「WRYYYYYY‼︎」

 

 波紋を纏ったレオンの拳がDIOの顔面に迫る。

 DIOはそれを片腕を盾にしてガードする。

 

「………チッ、遅かったか」

 

「……フゥ………チョイとばかしだが冷や汗を掻いたぞ」

 

 ー ピキキッ ー

 

 レオンの左手はDIOの右肩を掴み、右手は気化冷凍法を使ったDIOの左手に受け止められていた。

 

「フフフ……そんなにこのDIOが恋しいか? 最後まで待てんのか」

 

「あぁ待てんな。花京院が生み出した数秒を無駄にはできん。第一、100年待たされた此方の気持ちを考えた事は無いのか? ()()()

 

 W-Refで触れられているDIOはスタンドを使えない。しかし波紋は気化冷凍法によって防いでいた。

 対してレオンは凍らされた状態で右腕を掴まれ動けない。しかしW-Refによってスタンドを封ずる事に成功していた。

 

「無d「無駄ッ!」ダンッ! 

 

 蹴りを放とうとしたDIOの足を、W-Refを嵌めた足で踏みつける。

 そうしてから左腕を離し攻撃を仕掛ける。

 

「昔のように行くと思うなよッ‼︎」

 

「なッ!」

 

 凍らせていた手を離し、DIOは両手をフリーにして腕に組み付くとレオンを組み伏せた。

 そして体重をかけてレオンの腕をへし折る。

 

 そうやってDIOはW-Refから逃れ、壁を蹴り屋上へ向かう。

 

「ヒュゥッ……ディオの奴、私に合気道でやられた事を根に持っているな?」

 

 その場にいた一般人の目もあるが一切気にせず、残留する体内の波紋を()り出してからDIOのように屋上へ向かう。

 

「………既に花京院を逃したか………」

 

「丁度そこで知り合いに会ってな。途中まで送ってもらい、少し助けを借りた……残念だったな。ディオ」

 

「チッ、承太郎達もだいぶ離れてしまった。もう一度貴様を撒くのは、世界(ザ・ワールド)をもってしても難しい」

 

「…ようやく相手をする気になったか。いい加減に私は、ディオとの兄弟喧嘩に一区切り付けたいのだが?」

 

「………だな。けりをつけようじゃないか……世界(ザ・ワールド)ッ‼︎」

 

「ハアァァァァア‼︎」

 

 時を止めようとするDIOより先に、レオンは血流を加速させてステータスを向上させる。そして懐へ飛び込み手を伸ばす。

 

「フンッ懐かしい技だな」

 

 そのレオンの手には触れず、DIOはレオンの手首を掴みまた組み伏せようとする。

 しかしレオンはその腕を捻り、あり得ない方向へ曲げる事でDIOの腕に逆に組みつく。

 

飛び腕挫十字固(とびうでひしぎじゅうじがため)か!」

 

「ッ!」

 

 腕の関節を決められたDIOだが、その腕力で自身の頭上を越えさせて地面に叩きつけた。

 咄嗟に受け身を取り離れたレオンは、壊れた腕を即座に回復させる。

 

「驚いたな。てっきり完治したと思ったが、あえて折ったままの腕で突っ込み柔軟に動くとは」

 

「こちらも驚かされたよ。腕挫十字固なんて言葉をよく知っていたな…勉強したのか?」

 

「このDIOが敗北を許したまま放置すると思うか? ……と、言いたいところだが、貴様相手にはそうも言っていられん。世界(ザ・ワールド)、時よ止まれッ!」

 

 世界から色は抜け落ち、DIOは独り言を呟きながらレオンに近付く。

 レオンは寸前で止めようとしたのか、駆け出した体勢のまま動きを止めている。

 

「どうだレオンよ。どれだけの才能に恵まれようと、私がチョイと本気を出すだけでこの様だ………最初(ハナ)から貴様に勝ち目など無いのだ」

 

 そう言って自分の右腕を振り上げて手刀を落とす準備をする。

 狙うは首……レオン程の生物となれば、頭を跳ねたところで死にはしない。

 

「暫く休んでいろ、レオンッ!」

 

 ー ピクッ ー

 

「ーーーッ⁉︎」

 

 咄嗟にDIOは距離を取る。

 理由は一瞬レオンが動いた気がしたからだ。

 無論……レオンは時を止める能力など持ってはいない。

 

 ………………なら何故? 

 

(レオンのスタンドは世界(ザ・ワールド)と同じタイプのスタンド………否、その可能性は限りなく低い。唯一の同種は星の白金(スタープラチナ)のみ………だが)

「……貴様の事だ、なんらかのトリックだろう……一体どんな小細工を使った?」

 

 一度手を引いた手をゆっくりとまた近付ける。

 

 ー ピクピクッ ー

 

「………フンッ、成る程 磁石か…差し詰め、腕に組み付いた時に付けたのだろう」

 

 袖にいつの間にか付いていた磁石を外しレオンに投げると、服越しに磁石がレオンの身に付けているロケットに張り付く。

 

「わかりきっていた事だが、やはり動けんのだな……貴様なら動けないなら動けないなりに、磁石程度の小細工とは別の打開策を練ると………少し、期待したのだが………否、時間稼ぎが目的の貴様にとっては、バレる程度のトリックに思考を使わせる事自体が成功か………時間だ」

 

「……………ムッ、こんな所に磁石が……」

 

 時が元に戻り、今気付いたかのようにレオンは服に付いた磁石を手に取る。

 

「フン! おめでとうレオン、まんまと騙されたよ。貴様のイカサマのトリックは見事、勝敗が決するまでの時間を数秒引き伸ばしたぞ」

 

「そうかバレたか。予定通りだ」

 

「……全ては思い通りだとでも思っているのか? 相変わらず貴様の言動は鼻に付く」

 

「ではもう時を止められぬよう、気を付けねばな」

 

「できるものかッ! 世界(ザ・ワールド)‼︎」

 

 この距離でやろうものなら止められる事を察し、スタンドで牽制して隙を伺う。

 それに対しレオンは構え方を変えて集中する。

 

 レオンが脱力する事で集中する状態……主にゾーンと呼ばれるものだが、それで世界(ザ・ワールド)の動きについていけるわけはない。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

 

(スピードを上げろ、力量は気にするな、W-Refが補ってくれる)

 

 ゾーンの状態で血流を加速させ酸素の消費量を高め更に身体能力を上げる。それでもスピードは付いていけない。

 

 ………普通ならば。

 

「ーーーッ⁉︎」

 

「グッ‼︎…ガッ……3発に1発は貰ってしまうか」

 

 レオンには2つの才能がある。

 アンラベルの言う、観察力と試作力だ。

 

(私の青春はDIO、ジョジョとの青春……身体が変わろうと、DIOの癖や予備動作は僅かながら世界(ザ・ワールド)にも残っている)

 

 最初に何発も貰ったが、残っている癖を見抜き1/3にまで被弾数を抑える。足りないスピードは、動きを最小限にする事で補う。

 

 そして三回に一回食らう事は敢えて了承する……そうする事で次の一撃を確実に抑えていた。

 

 ………だがそれでも勝てるわけではない。

 

「無駄ァ‼︎」ゴッ‼︎

 

 鈍い音と共に顎の骨が砕け、世界(ザ・ワールド)の剛腕はレオンの顎を下から撃ち抜いた。

 

 

 

 

(………また………勝てないのだな。だがそれで良い……削ったぞ、貴様のエネルギー!)

 

 

 

 

 殴り抜かれ屋上から殴り飛ばされる最中、レオンは柱の男達との戦いを思い出す。そして思う。

 

 結局私は勝てないのか………と、

 また心配をかけてしまう………と、

 罪は清算できないのか………と。

 

「クッ、手こずらせおって……時間稼ぎとしては最も厄介な存在よ……だがレオン、それも無駄に終わるのだ! 貴様が削った体力………貴様の血で癒させて貰うぞ‼︎」

 

 スタンドに触れれば体力を奪うW-Ref……それと何発も拳を交わしたDIOは確かに消耗していた。

 

 殴り飛ばされた先はビル街を少し離れた工事中の川沿いだった。空を遮る建物はまだ無く夜空がよく見える。

 

「アンラベルの暴走もある……匙加減を間違えぬようにしなくてはなぁ」

 

 DIOが吹き飛んだレオンの元へ飛んできて爪を突き立てた………

 

 脳震盪を起こし満身創痍のレオンに抵抗する気はなかった。十分に時間は稼いだ………もう承太郎も十分に回復したと思っていた。

 更に今のレオンの血をDIOが吸えば、サンタナやワムウの片腕を吸収した時のように拒否反応が現れる可能性もある。

 

 もう良いだろうと思った。

 

 しかし………

 

「……ジョ…………ジョ?」

 

 懐かしい気配を感じ瞼を持ち上げる。

 

 するとそこには、腕に荊を巻き付けたDIOが動けずに静止していた。

 

「……な、………この後に及んで抵抗する気か、ジョジョォ‼︎」

 

 荊のスタンドといえばジョセフだが、DIOの腕に絡まる荊の先にはガードレールしかない。そのガードレールに絡みつきDIOを荊は拘束するが、DIOの腕力はソレごと引き抜いてしまいそうだ。

 

「………諦めるのは………らしくないか?」

 

「チィ……」

 

 フラつきながらも立ち上がるレオンを見て、DIOは何度目かの舌打ちをする。

 

「お前を前に諦めるのは、このレオン・ジョースターが取るべき行動ではない。貴様の体力を削り此方が既に、圧倒的に有利だったとしてもだ!」

 

「小癪な………これ以上貴様に時間をかける事はできん‼︎世界(ザ・ワールド)‼︎()()()()()()‼︎」

 

 止まった時の中でDIOは、道脇に止めてあった大型車を持ち上げるて跳躍する。

 

 DIOはそのままレオンに大型車を振り下ろすつもりなのだろう。跳躍して高さをつけ、重力に従い落下してくる。

 

「ロードローラーだッ‼︎」

 

 一度轟いた轟音と共に、アスファルトには巨大なヒビが入る。

 レオンならば生きているだろうが、流石にリタイアだろう。

 

「反比例のアンラベル……主の回復を優先するスタンドならば、速やかに場を離れれば問題ない」

(全てが片付いた時に迎えにきてやるか……その時ならこの街の人口が自ら食したせいで減ってしまえば、良心を痛めこのDIOに対する戦意も消えておるだろう)

 

 止まった時の中…DIOはレオンに背を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時が再始動するその瞬間に、DIOは背後からおもむろに殴られた。

 

『………フンッ』

 

「グッ……ァァ………」

 

 アスファルトの上を軽くバウンドし、空中で体勢を立て直してから地に足をつけ踏みとどまる。

 

「………ジョースター家の血統というのは我が運命という路上に転がる犬のクソのように邪魔なもんだったが………」

 

「………これに関しては私も驚きだ」

 

「貴様に関してはソレをも上回る。しつこ過ぎるんじゃあないか………レオンッ‼︎」

 

「………ふむ、流石に怒るか。しつこ過ぎるか。確かにそうだな。私もそう思う」

 

 コートを翻し、手で汚れを叩く動作をしてからレオンはDIOと向き直る。

 

「貴様………()()()()()()()()()()⁉︎」

 

「フフッ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 余裕ぶった様子でそう言うレオンを前に、歯を食いしばりDIOは懐から大量のナイフを取り出す。

 

()()()()()だと⁉︎ 馬鹿な……そう安安と入れる世界ではない………しかしレオンがロードローラーを止まった世界で回避したのは事実。無力であるなら回避はできん……ならばレオン! 貴様は何秒動ける⁉︎ 動けるのはほんの一瞬から数秒なんじゃないか? 試してやろう‼︎」

 

 これで何度目になるだろうか。

 世界はまた動くのをやめ、DIOはナイフを投げつけようとする。

 するとそれよりも早く着物を着た妖のスタンドが攻撃を仕掛けてくる。

 

『主を守るのが我の役目だ』

 

「アンラベル……だと?」

 

 アンラベルはDIOを射程範囲に入れたところで動きを止める。

 

「……フ……フフフ……フハハハハハ‼︎ なんだレオン⁉︎ 動けるのはそんな短い時間なのか⁉︎」

 

『否、力を溜めていただけだ』

 

 次の瞬間、9本の尾がDIOに伸びる。その咄嗟の攻撃に反応し、世界(ザ・ワールド)がラッシュで迎え打とうとした。が………

 

『貧弱、貧弱………』

 

「馬鹿なっ⁉︎」

 

 世界(ザ・ワールド)の両手と二本の尾が接触した瞬間……世界(ザ・ワールド)は呆気なく力負けし、胴体がガラ空きになる。

 そして世界(ザ・ワールド)の腕を弾く程のパワーがまだ7本………

 

「WRYYYYYYYYY⁉︎」

 

 後方へまた吹き飛ぶDIOと、それを追うアンラベル………

 

「ま、不味い‼︎ このパワー……やられる‼︎」

 

 その時、世界は時の流れを取り戻した。それと同時にアンラベルは姿を消した。

 

「ハァ………ハァ………?」

 

「どうやら私も、()()()()()5()()()()()のようだ」

 

「………………」

 

 レオンの言葉を聞いて少し考える。

 

「………レオン。貴様………まさかッ⁉︎」

 

「………………なんだ、気付いたか? そうだ。時を止めれるのも、動けるのも真っ赤な嘘だ」

 

 そもそもアンラベルは反比例のスタンド。レオンがダメージを受けなければ、スタンド体で攻撃する事はできない。

 

 

 

 

 

 DIOは先ほど言った。

『ついさっきだと⁉︎ 馬鹿な……そう安安と入れる世界ではない………しかしレオンがロードローラーを止まった世界で回避したのは事実。無力であるなら回避はできん……ならばレオン! 貴様は何秒動ける⁉︎ 動けるのはほんの一瞬から数秒なんじゃないか? 試してやろう‼︎』

 ………と。

 

 

 

 

「アンラベルは………」

 

 

 

止まった世界で回避したのは事実

 無力であるなら回避はできん

 

 

 

「反比例の………スタンド………」

 

 

 

無力であるなら回避できん

 

 

 

「そして止まった時の中での貴様は………」

 

 

 

無力であるなら

 

 

 

「貴様はこのDIOの………世界(ザ・ワールド)の!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー 唯一の天敵‼︎ ーー

 

 

 

 

『如何にも……止まった時の中でなら、我の覚醒率は100%だ』



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65.彼しか知らない物語

「ゴホッ、ゴホッ………もう…限界かしら……ね」

 

 そんな事を言わないでください母さん‼︎

 

「1つ……心残りがあるとすれば、あの子が心配ね。貴方達はしっかりしているのだけれど、あの子は少し優し過ぎる………ココで育ったとは思えないわ」

 

 それは……きっと母さんの子供だからじゃないかな。

 

「そうかしら……ねぇ、貴方があの子の事を面倒見てあげてね。お兄ちゃんなんだから」

 

 ……ッ! もちろん僕に任せてください! 僕は1番が好きだ、ナンバーワンだ。だから僕は……

 

「それは頼もしいわね………約束ね。()()()

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ある日、時の歯車がガッシリと世界(ザ・ワールド)と噛み合うのを実感した。暗闇に光が差し込むような実に晴れ晴れのした気分だった………

 

 このDIOは全ての生物や全ての幽波紋使いをぶっち切りで超越した………そう思っていたのだが…」

 

 自身の背後で世界(ザ・ワールド)に構えを取らせ、DIOは12m程の距離をとったまま話しかけている。

 

「皮肉なものだな………承太郎が同じタイプのスタンドを持って現れ、それ以上に時を止められるよう必死に努力をしたというのに………今は()()()()()()()()をしなければならんとはなァ」

 

 レオンのアンラベルは世界(ザ・ワールド)の天敵だった。

 それを知ったDIOは驚愕したが、今は冷静を保ち不敵な笑みを浮かべて話しかけている。

 

「貴様のアンラベルと私の世界(ザ・ワールド)の相性がまさかここまで悪いとはな…まるで三竦みの一部だ。しかし……それならば能力を使わなければ良いだけのこと」

 

 DIOは駄目元ではあったが、レオンを戦力として取り入れる事を視野に入れていた。

 しかし、アンラベルの可能性を知りそうは言ってられなくなり、DIOは手加減無しの明確な殺意をレオンに向ける。

 

「支配者の上に立つ事は許されん……レオン、貴様はもう終わりだ」

 

「……………当たり前な事を言うな」ボソッ

 

「…なに?」

 

 小声で呟かれた言葉に耳を傾けるDIOに対し、レオンはW-Refを発現して構えを取る。

 

「貴様が勝てばレオン・ジョースターは死ぬ(終わる)。そして私が勝てばレオン・()()()()()が………ケジメをつけ存在意義を失った(ブランドー)死ぬ(終わる)のだ。多重人格者というわけではないが、今日………最低で必ず1人の私が死ぬ(終わる)

 

 レオンの言葉を聞き終えると、DIOは目を細め見下す。その表情は哀れみか、苛立ちか………何を思っているのかは判断できない。

 

 

 

 ………………2人が話す事はもう無い。

 

 

 

「行くぞ、レオン・ジョースターッ‼︎」

 

「来い!ディオ・ブランドーッ‼︎」

 

 

 完全に決別しているレオンに迷いは無い………無論、ディオにも気の迷いなどはない。

 

(認めよう、このDIOを上回る力を………同時に見極めよう。このDIOが勝る力をッ!)

世界(ザ・ワールド)ッ‼︎」

 

 世界(ザ・ワールド)の射程距離は10m…

 少し後退した程度では射程距離から逃れられない。尚且(なおか)つ、DIO本人にレオンが手を届かせられない距離まで接近………

 その距離 約5m。

 

「「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 ‼︎」」

 

 闘気、殺気、決意、本能を剥き出しに、過去を遡っても見られないであろう兄弟喧嘩が始まった。

 

(レオンの反射神経、洞察力を兼ね備えた観察眼は異常……パワーはW-Refに無効化されるがスピードは世界(ザ・ワールド)が上……承太郎に回復の余地を与えてしまうのは痛手だが、時間をかけて確実に仕留めるッ!)

 

 手数を増やし、ラッシュのギアを更に上げる。目で視認するのも困難な程の速さ……

 拳圧による微風だけがその空間を拳が通過した事を証明しており、「打ち出す」「引く」の繰り返しで発生する一瞬の静止が残像を見せ付ける。

 

(強い……承太郎が一杯食わせられるわけだ。だが残像が見えれば十分ッ!)

 

 残像を予備動作として捉え次の手を予測する。

 否……ここまで来てはもう予測とは呼べない。ただの直感である……しかしそれでも、レオンは相変わらず7割の確率で拳を捌いていた。

 

 逆に言えばレオンは、3発中に1度…モロに世界(ザ・ワールド)の拳を受けている。

 

 不幸中の幸い、DIOが放つのはスピード重視の拳である。故に腹部を貫通するようなパワーは発揮されていない。

 もしそんな拳を放とうものなら、溜め時間が発生し高確率で防がれてしまう。

 

 DIOがスピードで押し切るか……レオンがエネルギーを削りきるか………これはそういう根比べ勝負だった。

 

 しかしW-Refの発現時間は短い。が………

 

(頼むぞ、アンラベル)

 

『勿論だ。合わせ切ってみせる』

 

 W-Refの発現時間が限界に達すると同時にアンラベルが姿を現す。

 彼が使えないなら彼女が使う。

 

 主と反比例する真逆のスタンド。

 言い換えればそれは、主の欠点を長所として備え補うスタンドである。

 

『ッ…W-Ref』

 

「ヌゥッ⁉︎」

 

 クールタイムが発生している間に、今度はアンラベルがW-Refを使用する。そしてダメージはレオンにフィードバックしない為、捨て身でアンラベルは世界(ザ・ワールド)に摑みかかる。

 

「無駄ァ‼︎」

 

 アンラベルがしがみ付く世界(ザ・ワールド)の右腕は、アンラベルもろともアスファルトに叩きつけられる。

 クレーターが広がりヒビが走る……そしてアンラベルは容易く霧散する。

 

(W-Ref、エネルギーを吸収し利用する能力か……体力消費が割に合わん………)

 

 肩を上下させて息をするDIOは攻撃の手を止め距離を取る。

 一方レオンは体力面に問題は無いが、肉体的ダメージが蓄積されていた。それを僅かでも治癒させる為に、距離を取られた事で様子を見て回復を図る。

 

(ハァ…クッ…ダメージも少ないわけではない………)

 

 レオンの勝利条件は2つ………このまま根比べで押し勝つか、どうにかして近付き世界(ザ・ワールド)を無効化して接近戦に持ち込む事だ。

 

(ディオも体力を消耗してるはずだ………だが押し勝てるか?どうにかして接近戦に持ち込みたいが………………)

 

 今まで受け止めて来た世界(ザ・ワールド)の拳のパワーはW-Refに相当溜まっている。

 一撃だけならば世界(ザ・ワールド)を上回る一撃を放てるが、それを放つには守りから攻めに転じなければならない。

 

 守りであるなら自分を軸にして最小限の動きで辛うじて付いていけたが、攻めるには速さが足りない。

 

 ならばカウンターを狙うべきだが、世界(ザ・ワールド)に限らずスタンドは大抵浮遊している。人は地に足をつけ重心を動かして避けるが、スタンドは浮遊しているため人より攻撃を避けやすい。

 

 カウンターがそう簡単に決まるとは思えない。

 

「休憩時間は終了だ。世界(ザ・ワールド)ッ‼︎」

 

 呼吸を整えたDIOは、また世界(ザ・ワールド)でのスピードラッシュを仕掛ける。その頃にはレオンも多少回復しており、これではただの焼き直しである。

 

(……このままではジリ貧だが………アンラベル、どれだけダメージを負っても出てくるなよ)

 

『………』

 

 アンラベルには、反比例というルールを無視する状態が存在する。それが覚醒………レオンがダメージを受け身体の主導権を譲ってしまうと、その後にダメージを受けてもアンラベルは強化されない。

 

 それと同じで、覚醒状態で時を止められると、「アンラベルも動けなくなるのでは?」とレオンは推測していた。

 その為の指示だった。

 

「………さて」

 

 これだけ蓄積された運動エネルギーを攻撃に使えないのは残念だが、レオンはそれを使って行動に移す。

 

「Reflection‼︎」

 

「ムッ⁉︎」

 

 運動エネルギーを使ったロケットスタート……あまりの威力に直線上にしか動けないが、その手段でレオンは建設中のビル壁面に衝突する。

 

「もう一度…」ドウンッ

 

 その衝突時に発生したエネルギーを吸収……そしてすぐさま放出し、レオンは壁面を跳弾するように移動した。

 

 世界(ザ・ワールド)を避け、ビルの壁面を経由してディオへと迫る。

 DIOはすぐさまスタンドを自分の元へ戻し迎え撃とうと腕を震わせる。

 

「W-Refッ‼︎」

 

「何ッ⁉︎」

 

 レオンは飛来する自らの運動エネルギーを吸収し、一瞬だけ空中で静止した。そのレオンの眼前を世界(ザ・ワールド)の剛腕は紙一重で通過する。

 

RYAAAAAAAA(リヤァァァァァア)‼︎」メキッ

 

「グァアッ⁉︎」

 

 通過した世界(ザ・ワールド)の腕に組み付き、背後に回してスタンドの腕を締め上げる。

 

 相撲界では五輪砕き…プロレスでは「リバース・フルネルソン」と呼ばれる技に似た形だが、体勢は無理矢理で重力や重心を無視している。

 

(ディオ……私はお前を倒す為に様々な事に手をつけて来た。元から備えていた合気道や波紋………そして様々な可能性を引き出す為にボクシング、空手、柔道、プロレス、相撲……基礎には自信がある)

 

 DIOの生存を知ってから身に付けた付け焼き刃の基礎だが、レオンにとってソレは巨大な力となる。

 

 その道のベテランが月日をかけて磨いたその技は、名刀のように鋭い神業と呼べるものなのだろう。

 

 しかしレオンは付け焼き刃だろうが関係なく、独自の解釈でそれ溶かし打ち直す。

 

 そうやって研ぎ上げられた技は、名刀をも断つ妖刀となる。

 

「ルールに縛られた試合では使えないが、兄弟喧嘩にルールなどは無いッ‼︎」メキメキッ‼︎

 

 空間無視、重力無視、体勢無視。

 無論、レオンの腕力では世界(ザ・ワールド)には劣る……しかし技は完全に決まっており、抜け出そう…解こうと力を込めれば、DIOの上腕骨に悲鳴が走る。

 

「き…貴様には毎、度……驚かされて………ばかりだ………グッ!……そんな貴様に…敬意を表し………くれてやろうッ‼︎」

 

「ッ‼︎」

 

 世界(ザ・ワールド)はレオンに技をかけられたまま、地を強く蹴り背を地面に叩きつける。

 レオンは背につき関節をきめていた……その状態で叩きつければ勿論、技を極められていた世界(ザ・ワールド)の腕は複雑に折れ曲がる。だがディオの選択は悪くない………

 

「ガハッ⁉︎」

 

 今まで捌いていた拳とは違い、その全身で世界(ザ・ワールド)の捨て身の攻撃を受けたのだ。

 DIOの腕も折れたがレオンの腕も折れ、更には肋骨や骨盤…そして臓器も損傷しているだろう。今受けあったダメージは、レオンの方が遥かに大きい。

 

「無駄だッ‼︎」

 

「ガッ……アッ………!」

 

 折れた全身を無理して動かす事はできた。すぐさま体勢を整えようとするが、同じく無理して動いたDIOがレオンの胸部を踏み付けた。

 

「ハァ……ハァ……………レオン、まだ生きているか?」

 

「………ッ」

 

 DIOの問いに答えず、レオンは苦しそうに表情を歪めていた。自身の胸に乗せられた脚を退かそうと力を込めているが。

 

「心臓を傷つけ、気化冷凍法で真っ先に凍らせた………溶かそうと熱を持とうとすれば、凍った臓器にヒビが入る。流石に苦しいんじゃないか?」

 

 絶え絶えの息で呼吸するが、勝ち誇ったようにDIOがレオンを見下す。

 レオンはダメージ覚悟で熱を持ち解凍しようとするが、血管も筋肉も凍り始めている。

 それ故に熱を持つ為に血流を加速させたり、筋肉をポンプのように動かす事も出来ずにいた。

 

 DIOは自分の折れた両腕が完治するのを待ちつつ、レオンの身体を隅々まで凍らせていく。

 やがてその両方が完了したところで、DIOは脚を振り上げた。

 

「………さらばだ。我が弟よ」

 

「………………?」

 

 全身が凍り付いたレオンは打開策を考え、一か八かアンラベルの覚醒を視野に入れていたがその思考も凍り付く。

 

 DIOは脚を振り上げたまま停止しており、何かを目視していた。

 視線の先に何があるかを、凍ったレオンは確認できない………レオンの胸部付近を見ているのは確かなのだが、狙いを定めているようには思えない。

 

「………ディ…オ。何だ………何だ?ソレは……」

 

「………………………」

 

 レオンの問いに無言を貫くDIOは、ゆっくりと脚を下ろして自身の弟に背を向けた。

 

「………ディオ?………何だよ………お前………」

 

「………………」

 

 DIOは無言で歩き去った。

 

「………………何なんだよ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頬を伝う(ソレ)は何だよ

 

 

 

 

 

 DIOが目視していたレオンの胸の上には、留め金が壊れたロケットが開かれた状態で置かれていた。

 

 二重底も外れ、温和な男性と仲の良さそうな3人の少年が写真に留められていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 コレで貴様という不安要素もようやく消え失せる。

 100年…実に長い戦いだった………

 

「………さらばだ。我が弟よ」

 

 完全に凍り付いた身体を踏み砕き、脳を完全破壊すれば流石に死ぬだろう。

 

 このDIOが勝利を収める………その事実を実感し軽い高揚感に襲われたが、同時に不快な感情が押し寄せてくる。

 

 そして脚を振り下ろそうとすると、その一瞬が長く感じられた……まるで世界がスローモーションで流れているかのように。

 

 もちろん世界(ザ・ワールド)の能力は使っていない。

 

(まさかコレは………死ぬ瞬間に感じるという走馬灯?)

 

 しかし何故………周囲の警戒は怠っていない。

 

 仮に背後から脳を串刺しにしようとする暗殺者が現れても対応できる。なら何故………

 

『貴様が勝てばレオン・ジョースターは死ぬ(終わる)。そして私が勝てばレオン・()()()()()が………』

 

 不意に先程のレオンの言葉が頭を過る。

 

 まさか………

 

(このDIOも………このディオも死ぬのか? ジョースター共との因縁を断つ事で、ディオ・ジョースターは死ぬ………だが………何故それを俺は恐れる?)

 

 わからない………なんだ?

 

 今この瞬間………何がこのDIOに巣食っているのだ?

 

「………ッ⁉︎」

 

 その時に視界に入ったのは、レオンが大事そうに首から下げていたロケットだった。

 念写した時に写っていたが中身までは知らなかった。

 その中身は色褪せた古い写真だった………まだ皆が生きた人間だった頃の物だ。

 

(既に腕は完治した。痛みなどは無いはず…なのに…)

 

 張り裂けそうになるこの苦痛はなんなのだ………

 

「………ディ…オ。何だ………何だ?ソレは………」

 

 ………………俺は脚を下ろし背を向けた。

 

 頬を伝う涙の存在を、言われるまで気が付かなかったのだ。

 

(………嘘だ。このわたしが弟を失う事に恐怖しているなどと…いや違う! レオンが死ねば日光克服の糸口を失う心配があるだけ……レオンを殺したくないなどという甘い考えではない‼︎)

 

 そう自分に言い聞かせるが、黙ったままレオンから遠ざかる事で僅かだが恐怖が薄まるのを感じる………

 

 ………………思い返してみれば…あの時もそうだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「山吹色の波紋疾走‼︎‼︎」

 

 スパーク音と共に、ジョジョの拳がこのディオの胴体に深々と突き刺さった。

 

「ルゥォォオオオ!」

 

 暑苦しい声で吠えながら殴り抜かれ、俺は弟であるレオンの横を通り抜けて飛んでいった。吸血鬼となり痛覚の鈍くなった俺だが、焼き爛れていく腹部に尋常じゃない激痛を感じる。

 

 テラスの手すりを越えて落下していく刹那、このディオは最後の足掻きとして、眼球から体液を飛ばそうと圧をかけ始める。

 

「すまないディオ…私は血の繋がった兄弟として…貴様を助けられなかった」

 

「ッ⁉︎」

 

 その時のレオンは目尻に涙を溜めていた。

 

 それを見て呆けてしまったが、かけていた圧力によって体液が眼球から飛び出す。

 

 しかし斧の破片で体液の側面を使い、容易く上へと流されてしまう。

 

「レ…オン……貴様…どこまで……」

 

 この時思った感想は「どこまで甘いんだ貴様は…」だ。

 

 そんな甘い考えを持つ余裕がありながら、このディオの上手を取ってきた事に激しい嫉妬心を覚えた。

 

 それと同時に誇らしくもあった。

 

 このディオをここまで追い詰めたレオンとジョジョを、俺は確かに心の中で賞賛していた。

 

 だがそれも束の間……

 

 脳へ波紋が流れる前に首を切断し、俺は難を逃れて意識を一度失った。

 

 

 

 

 

「気が付きましたか、ディオ様」

 

「ぬぅ…私はどれだけの時間を寝ていた?」

 

 目が覚めた時は既に幾多の日数が過ぎていた。

 

 人気のない山奥に建てられた小屋に私はいた。

 厳密に言えば、小屋の中に置かれたカプセルの中にいた。

 

 身体を失い生首となった私を収めておく為の物だろう。

 

 そんな私の前には一人の屍人(ゾンビ)兵が……顔も覚えていないが、このディオに血を吸われ忠誠を誓った一人なのだろう。

 

 現状を再確認した私はその日のうちにレオンの居場所を特定し、その日の夜にはレオンの寝床へと向かった。

 

 目的はもちろん、殺害だ。

 

 そして身体を奪い取り、共に生きるつもりでいた。

 

「………………」

 

 レオンはそこで死んだように眠っていた。

 

 隙だらけだと言わんばかりに部下が牙を剥くが、それを即座に静止させカプセルから私を出すように命じる。

 

 昔からレオンは食が細かったが、代わりに睡眠欲に忠実だった。一度寝たら中々起きない……だが貧民街で育った事もあり、殺気を感じるとパッと目を覚ましてしまう。

 

 だが逆に、レオンは身の危険を感じない限り、大抵のことでは目を覚まさない。

 

 小さい頃からそうだった。一度揺すっただけでは起きず、返事の代わりに寝言を呟く奴なのだコイツは。

 

 私は髪の束の先端に芽のような物を生成する。これは複製した脳の一部であり、仮に「肉の芽」と呼んでいる。

 

 これで思考や記憶を弄り、人格を変えようと考えたのだ。

 

「このディオの青春は貴様とジョジョとの青春………レオンよ。共に生きようではないか」

 

 眠れるレオンへ語りかけ、額に針を刺し知らず知らずの内に敵対心を削ぎ落としていく。ダメージとも言えないもので痛みもないので目覚めはしない。

 

「………ディオ」ボソッ

 

 ………が、そこでその口が僅かに動いた。

 

「何故………私達から離れていく……?」

 

「………………」

 

 ただの寝言だった。

 

 呟いた言葉はそれだけだったが興が削がれた………

 

 当初の予定はレオンを洗脳によって部下として取り入れ、ジョジョを殺し身体を乗っ取る手筈だった。

 

「フンッ……共に育ちはしたが、共に生きてきたわけではない。貴様はこのディオに利用される運命なのだ」

 

「………ディオ…私は……兄さんと生きたかった」

 

 肉の芽の影響で思考回路が妙な形で働いているのか、夢でも見てる様子でそう口走る………本当は起きてるんじゃ?

 

 いや、だとしたらもっと別の反応を示すだろう。

 

(………だがこれを利用すれば、何やら聞き出せるかもしれん)

 

 魔が差した私はレオンに問いた。

 

「貴様にとって私…ディオとは何だ?」

 

「……2人しかいない……大切な兄弟だ………」

 

「………………………」

 

 血の繋がった兄弟や家族といった繋がりだからではなく、レオンはジョジョと同じようにこの俺を大切に………フンッ、馬鹿馬鹿しい。

 

「今尚都合のいい未来が見たいと言うのか?日頃言わない本音がそれか?………甘過ぎて吐き気がする」

 

 そう吐き捨て、俺は考えを改めた。

 

「部下にしたところで目障りだな」

 

 殺そうとすれば目覚め、こちらが危険に会うかもしれない事を懸念し、俺は記憶を弄ってから肉の芽を引っ込めた。

 

「デ、ディオ様?」

 

「行くぞ。もうコイツに用はない」

 

 カプセルに戻り部下の屍人に運ばせる事でその場を離れる。そして誰にも聞こえぬ小声で呟いた。

 

「このディオを忘れ……精々悔い無く生きるんだな」

 

 私はレオンから、「ディオ」という記憶を抹消した。

 

 ………抹消した気でいた。

 

 同じ吸血鬼として洗脳に抵抗があったのか……もしくは俺が使いこなせなかったのかはわからないが、レオンの記憶から「ディオ」は消えなかった。

 

 ()()()()()()()もあったようだが、()()()()()()()()()ですぐに戻ってしまった。

 

 だがそれのおかげで、ジョジョ達の乗る客船に忍び込む事を邪魔されなかったとは知る由も無い。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 あの時、DIOがレオンを殺さなかったのは危険を懸念したからではない………

 

(無意識にこのDIOも都合の良い未来を見たがっていたようだ)

「………………ジョジョ」

 

 気がつけば彼は館に戻っており、寝室のクローゼットに保管されていたカプセルの前にいた。

 そのカプセルには英国の言葉で「ジョナサン」と彫られている。

 

「……私はレオンに嫉妬していたのではない………お前だ。レオンと親しげに話し、共闘する貴様に嫉妬していたのだ」

 

 心が色褪せて行くのを感じる。

 視界の隅に映ったガラスに反射するDIOは、笑いも泣きもしない形容し難い表情を浮かべていた。

 

「………覚えているか?数少ないお前との口喧嘩は、いつだって丸く収めたのはレオンだ。幼少期からこのDIOの策をことごとく潰されたが、不思議と笑いが込み上げそうになった時もあった。してやられたのはコチラだというのにな………」

 

 カプセルの中に溜まっている砂を見つめていると、ふとした拍子に膝から崩れ落ちる。

 

「とうの昔に人間を辞めたこの俺が………何故今になって………」

 

 いつからだろうか。

 彼が支配のみに囚われるようになったのは………

 

 いつからだろうか。

 一番の金持ちを目指した理由を忘れたのは………

 

「………ジョジョ……俺のしてきた事を知れば、きっと多くの人間に嘲笑われるだろう。「今更何を……」とな。だがそれでも俺は、今………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きるも死ぬも恐ろしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 DIOは家族を捨てていた。

 彼が最も欲していた物だとも気付かずに。





「ゴホッ、ゴホッ………もう…限界かしら……ね」

 そんな事を言わないでください母さん‼︎

「1つ……心残りがあるとすれば、あの子が心配ね。貴方達はしっかりしているのだけれど、あの子は少し優し過ぎる………ココで育ったとは思えないわ」

 それは……きっと母さんの子供だからじゃないかな。

「そうかしら……ねぇ、貴方があの子の事を面倒見てあげてね。お兄ちゃんなんだから」

 ……ッ! もちろん僕に任せてください! 僕は1番が好きだ、ナンバーワンだ。だから僕は誰よりも金持ちになってみせる。甘いあいつ1人くらい、幸せな人生を歩めるように………

だって僕は
レオンの兄なのだから


to be continued→


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66.慣れる事なき消失

二人の囚人が同じ鉄格子の窓から外を眺めたとさ………1人は泥を………1人は星を………

…アイツはどちらを見ただろうか。君はどう思う?

「さぁ…どちらでも無いかもしれないよ?………でも」

でも?

「これからは星を見るんじゃないかな?」



 吹き抜けの良くなった廃墟の奥で、DIOは玉座に腰をかけていた。

 肘を立てた片腕で頭を支え頬杖をつき、組んだ足が何かを待つように僅かに揺れている。

 

(……あぁ……やはり恐怖しているのか)

 

 男は金髪をなびかせ、張り付いた嘘の笑みを薄く浮かべている。

 

 不規則に揺れていた片足はやがて止まり、彼の目線の先に日本の男子学生が姿を現わす。

 

 身を焦がす程の闘気を感じ、DIOは自身の肌が焼かれているのではないかと錯覚する。

 

(………これが………死……か……)

 

 玉座から腰を上げ、形だけは優雅に……そして妖艶に仁王立ちをきめ、腕を組み見下す様に視線を投げかけた。

 

「ようやく来たか……承太郎…」

 

「DIO………レオンをどうした?」

 

「さぁな………」

 

 そう言って怒りを煽る。

 死ぬ間際を見せつけられたわけでもあるまいし、承太郎が怒り狂う事はない。しかし多少は癇に障ったのか、歯を食いしばりスタンドを出して臨戦態勢にはいった。

 

「来い、承太郎………最終ラウンドだ‼︎」

 

「野郎ォ………‼︎」

 

(……やはり…今更、我儘を言う事は許されん。ならば……このまま悪党として葬られるのが、せめてもの礼儀というもの………)

 

 DIOも承太郎のように世界(ザ・ワールド)を発現させて構えを取り最後に笑う。

 

 その表情は何処と無く、レオンの自嘲気味な笑みに似ていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………ハァ…」

 

 結局……勝てなかったな。

 

 深い闇の中………ロクに動かそうとしない思考に擬音を与えるなら、まさに「ボー」というのがピッタリだろう。

 

 ディオに氷漬けにされ彼がその場を離れた後、私はそう時間をかけずに意識を手放した。

 身体が芯まで冷えた私は満身創痍ということもあり、強烈な睡魔に似たものに襲われ限界に達したようだ。

 

 そして凍り、麻痺していたはずの神経が心地良い風の流れを感じる。

 

 誰かが私を解凍したのかと思い目を開けるが、そこは今さっきまでディオと戦っていた場所では無い。

 

 そこは冷たい夜風が流れるコロシアムのような場所だった。

 中央には大きな穴が空いており、中から轟々と炎の柱が天に伸びている。その穴を中心に広がる円型のスペース……何処かで見た事のある場所だが………?

 

「………まぁ三途の川ではないのだ。ここは精神世界で、風景は記憶の片鱗のナニカだろう」

 

『うむ。ここはかつて、ジョセフ・ジョースターの正念場を見せた場……「骸骨の踵石」とも呼ばれる名所だ』

 

 あぁ……ここはワムウとジョセフが戦車戦を行った場所か。思い出した。

 

「………ん? アンラベル、何処にいる?」

 

『我はココだ』ドドドドッ

 

 疑問を浮かべた私の目の前を、吸血馬が引く戦車が猛スピードで横切る。見間違えでなければ、戦車には浴衣を身に纏った狐妖怪風のスタンドが乗っていた気が………

 

 相変わらず顔は塗り潰されたように黒く、表情は影に埋もれて見えない。

 

「……現実は今、どうなってる?」

 

『変化無し………DIOが姿を消したままだ」

 

「お前は何をしようとしている?」

 

『現実にて主の解凍を試みている。主の現体温は-(マイナス)7度……反比例して我の体温は7度………時間はかかりそうだ』

 

「無理矢理起こす事は可能か?」

 

『可能だ………が、推奨はしない。また無理をするのだろう』

 

「いいから起こせ。お前が反比例覚醒してないという事は、覚醒する程に私の肉体のダメージは深刻ではないのだろう。だったら私が目覚めた方が早い」

 

『………』

 

 

 

 

 

「………冷たッ!」

 

 目を覚ますや否や、皮膚が凍り付いた事実を神経に訴えかけてくる。

 

「私は……どれくらいの時間を眠っていた?」

 

 相変わらず夜空には星が見え、身体の解凍具合からして時間はあまり経っていない。

 

「辺りに人はいない………か」

 

 私は全身に力を込めて起き上がろうと奮闘する。

 

 すると「バキッ!」という音と共に上半身を起こす事に成功。

 その要領で立ち上がり、動かせる筋肉のみで振動熱を生み出し少しずつ解凍を始める。

 

 ただ完全に凍り付いた部位にはヒビが入ってしまい、多少苦しい。

 

 半分程解凍が終わったあたりで、懐から振動音が聞こえてくる。発信源に手を伸ばし取り出せば、画面の明るい携帯機器が着信を伝えていた。

 

『レオン!』

 

「ん、ジョセフか」

 

 通話を始めてみれば、相手は真っ先に私の名を呼んだ。聞き慣れた少し老いた声だった。

 

『………声からして比較的、無事のようじゃな?』

 

「あぁ……そっちは?」

 

「礼神、ポルナレフ、アヴドゥル、伊月は限界じゃ………承太郎は治るや否や飛んで行ったわい。そっちにいないか?」

 

「見てないな。既にDIOと何処かで接触しているのかもな………ジョセフ、お前達は限界だろう。そのまま財団の経営する病院に駆け込んでくれ。それと"ウィル"という男に花京院の保護を任せ、携帯機器を1つ預かってもらっている。そっちで連絡して適当に合流してくれ。花京院もGPSの見方はわかるはずだ」

 

『わかった………レオン。お前さんはどうするんじゃ?』

 

 一度口を紡いで立ち上がり、DIOが歩き去った方向へ目を向ける。

 

「………結末を見届けてくる」

 

 短く答えるとジョセフは呆れたような溜め息をつき、何も言わずに通話は切られた。

 

「………さて」

 

 解凍したての冷たい手で、コンクリートの大地を撫でる。

 

「………こっちか」

 

 スタンドエネルギーの()()()のようなものを感知し、それを頼りに足を進める。

 

 この地の上を幽波紋使いの誰かが歩いたようだ………もっとも、誰かと言っても答えはアイツ1人しかいないが。

 

 

 

 

 

 数カ所で戦闘の痕跡があるが警察などの動きはまだない。だがいずれは動き事件になるだろう。

 もしもの時は適当な嘘を並べないといけないな。

 

 そんな事を考えて歩いていたが、目的地を前にし足を止める。

 

「………………」

 

 ディオは私との戦闘後に、自らの根城へと帰ったようだ。

 まだ半日も経っていないにも関わらず、館は半壊していて建物として残ってはいない。

 住民の声により撤去作業がすぐにでも始まってしまいそうだ。

 

「ん………あれは」

 

 半壊した館の塔の更に上空……そこには飛ぶように動き回り、時折交差する2つの影があった。

 

「ディオ……それに承太郎………」

 

 2人はその場では収まらず、上空での空中戦を繰り広げていた。

 

 ………文字通り2人は"空を飛んでいた"。

 

 空中での近距離パワー型による殴り合いは互角のようにも見えるが、僅かに承太郎が押している。

 

 そして2人が時を止められる時間は、今となってはほぼ同時間なのだろう……つまり先に止めた方が先に動けなくなる。

 

 それを危惧してか2人とも時を止めたりはしない。

 

 そんな能力無しのステータスによる勝負は、そう長くかからずに決着がつきそうだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 不相応な程に満天の星空の下。

 そこで交差する2人の拳は互いの命を削りあっている。

 

 1人の男は闘志を剥き出しに、己の宿命に終止符を打つべく拳を振り下ろした。

 もう1人の男はそれを力で跳ね除けようとするが、完全にパワー負けしており、拳が胸を貫く。

 

 同等のパワーを持っていながらここまで差があるのは明確な意思の欠如だった。

 

 不老不死の吸血鬼とて、戦う意思無くして強者として立ちはだかれるわけがない。

 

 そのままDIOは大地へ背中から落下した。

 

「グゥッ!……ハァ……ハァ………」

 

 DIOは精々、「最後くらい花を持たせてやろう」程度に考えていた。

 しかし彼は、何かを忘れている気がして集中力まで欠けてしまっている。

 

 満身創痍……後は承太郎に向けて「殺せ……」と言葉を吐き、潔く目を瞑るだけだった。

 

「…ディオ………」

 

 そんな吸血鬼の耳に届いたのは、小さく……そして、とうの昔に聞き慣れた心地良い声だった。

 

(レオン………)

 

 いつからいたのか、崩壊した館の外にレオンの姿を見つける。

 

「レ……オン………」

(そうだ。まだ伝えていない。言わねば………伝えねば……)

 

 殴り落とされたDIOは立ち上がり、ふらつく足に鞭を打ち歩み寄る。

 その歩み寄る先にいるレオンはそれを見て微動だにしない。

 

「そいつから離れろ!レオンッ‼︎」

 

 レオンの身の危険を案じ、承太郎は空を蹴って下降……そんな彼の星の白金(スタープラチナ)は右腕を振り上げている。

 

「……レオ………グッ………」

 

星の白金(スタープラチナ)‼︎」

 

 DIOがレオンの元へたどり着くより早く、星の白金(スタープラチナ)の拳が振り下ろされた。

 

 ………が、それはレオンの手により止められる。

 

「ッ⁉︎」

 

「承太郎…もういい」

 

 承太郎はDIOの異変に気付いてはいたが、戦闘中や宿敵だという事もあり深くは考えていなかった。故に一瞬脳がフリーズする。

 

 それに対しレオンは拳を防いだW-Refの嵌めた左手を引っ込め、反対の手は腕にDIOの脇腹を通して身体を支えていた。

 

 まるで割れ物を扱うように…それでいて戦友を抱きしめるように腕を回していた。

 

 その表情には薄く笑みが浮かんでいる。

 

 そしてディオも承太郎の最後の攻撃によって心臓を失ったが、その表情は安らいだものとしか言えなかった。

 

「………レオン…」

 

「…なんだ」

 

「………………………」

 

「………………吐くセリフも考えてなかったのか?フンッ……ディオも衝動的に動く事があったんだな」

 

 友と話すようにレオンは鼻で笑うが、DIOは正面からレオンの肩に顎を乗せてもたれているため見えない。

 

 

「………………」

 

 

「………レオン」

 

 

「………なんだ……」

 

 

「………………………疲れた」

 

 

「………だろうな」

 

 

「悪いが………レオン…………お前の手で…眠らせてくれないか?」

 

 

 心臓を失い、吸血鬼の身体は生きようともがく。

 だが筋肉が代わりにポンプのように血を巡らせようと、胸に空いたデカイ穴から全て排出されてしまう。

 

 結果血液だけが流れ出て、元々冷たい身体が更に冷たくなっていく。

 

 何もしなくとも死ぬ………誰かの血を摂取すればまだしも、このままでは吸血鬼でありながら失血死するだろう。

 そもそも今のディオは、血を差し出したところで拒む気がした。

 レオンはそう感じたし、それは当たりだった。

 

 

「………ディオを悪党にしないためとはいえ、お前の願いを聞いた事は無かったな………わかった。最後くらいは聞いてやる」

 

 

 左手でDIOの頭を抱きしめ、掌から微量な波紋を内側へ流し始める。レオンは身体を極力気化しないように注意を払った。

 

 

「………レオン」

 

 

「なんだ?」

 

 

 

ー すまなかった ー

 

 

「……………何に対してだ?」

 

 

 そう聞くが返事は無い。

 

 

「………また衝動的に言ったのか?」

 

 

 返事は無い。

 

 

「………なんとか言ったらどうだ?」

 

 

 返事は無い。

 

 

「言い逃げか」

 

 

 返事は無い。

 

 

「どうせ意識あっても答えないんだろ?」

 

 

 返事は無い。

 

 

「まったくずるいな…」

 

 

 返事は無い。

 

 

「………………………」

 

 

 ………………………

 

 

「………おやすみ。ディオ」

 

 

 ………………返事は無い。

 

 

「………レオン……帰るぜ」

 

 

「……あぁ」

 

 

この日レオンは

 かけがえのない人の"なれそこない"と出会った

 

 今となっては彼の存在が

 生きる上で必要な存在かはわからない

 

 しかしそれは大きく大切なナニカだった

 それをその場で彼は失った

 

 ー

 ーー

 ーーー

 ーーーー

 ーーーーー

 ーーーーーー

 

 

「……………変な夢を見た気がする」

 

 

 ふと目覚めた僕の最初のセリフはそれだった。

 誰かと会話していた気がするけど、内容と相手がうろ覚えだ。

 

「礼神。起こしてしまったか」

 

 そして目覚めると、レオンさんがうつ伏せの僕の背中を抑えていた事に気付く。

 

 何してんの?………と、普通思うだろうけど波紋を流して治療してくれているのがわかる。もう慣れたよ、流石にね。

 

「………ここは? あの後どうなったの?」

 

「その前に腹が減ってるんじゃないか? 時間的に夜食に近いが、適当に食べておけ」

 

 そう言われて時計を見ると、短針は11と12の間を指していた。外は暗く、真夜中だ。

 僕はレオンさんが投げてよこす菓子パンをキャッチする。

 

「まずは皆の安否から。結果から言えば全員生存している。伊月とホル・ホースを含めてな………そしてディオは死んだ。旅は無事に終了だ」

 

「そっか………ん? 外が騒がしくない?」

 

「マスコミだ。ウィル………私の知り合いと隠蔽工作をして、世間ではテロ事件として扱ってもらっている。私達の事は"素顔を明かさぬ正義の秘密結社"とでも扱われるかもしれないな」

 

「あー。館は半壊、大量のゾンビの死体、街をかける吸血鬼………そりゃニュースになるか」

 

「………そういえば礼神。承太郎とディオが空を飛ぶなんて予言は聞いてないぞ?」

 

「えっ!飛んだのッ⁉︎ クッソ〜〜〜気絶して見逃した‼︎ ってか本当に飛んだんだ………漫画やアニメの演出だと思ってた」

 

「そうか……そういう認識だったから言わなかったのか」

 

「だって空飛んだ事、漫画の中では誰もそれについては全く触れなかったんだよ?」

 

 そう話していると、ココでノックの音が飛び込んできた。

 

「鍵は開いてる」

 

 首だけ向けてレオンさんが答えると、扉はゆっくりと開かれた。

 

「ふぃー…やっと帰りましたよ。あのマスコミ達」

 

 入ってきたのは小柄な男性。

 身なりは良く、失礼な言い方だけどお金持ってそうな人だ。

 

「お疲れ様だ、ウィル」

 

「いえいえ、私は昔の恩をこうやって返してるだけですよ」

 

 温和な笑顔を向けてくれる男性と目が合い軽く会釈をする。この人がウィルさん?

 

「そう、彼がウィルだ。ウィルソン・フィリップス……今は上院議員をしていて、昔プロレスをしていた時に知り合った。それと、彼は私の正体も知っている数少ない友人だ」

 

 ………あぁ‼︎ あの上院議員さん⁉︎ この世界では生きてるんだね!

 

 原作ではジョセフさんと花京院目掛けてDIOに投げられてたけど………

 

「そうだ!みんなは無事なの⁉︎」

 

 2人の話の腰を折る形になってしまったが、堪らず僕は質問した。さっき全員無事だと聞いたけど、良くて重症な人もいるはず。

 ポルナレフとか全身バキバキでアヴドゥルさんも花京院も………それに………

 

 ………アレ?僕は?

 

「………気付いたか礼神。君はもう完治しているよ」

 

 ベッドから降りて身体を捻ってみる。

 オカシイ………こんな早く治るわけ………あるか。

 

 どうせレオンさんのスペシャルコースでしょうね。お世話になります。

 

 ………ん? ってことは他人の骨の接合までできんの? どこまで有能なんだよこの人。

 

「外傷は骨折だけだったが、精神的疲労が凄まじかったのだろう………目覚めたのは君が最後だ。皆に目覚めた事を伝えるのは明日にしようか」

 

「………といっても起きたばかりで寝れない」

 

「それもそうか…実は私もあまり眠くない。散歩は出来そうにないし、少し屋上に出るつもりだが来るか?」

 

「うん」

 

 

 

 

 

「………そういえば今日っていつ?」

 

「館に突入した翌日だ」

 

 僕はどうも24時間近く寝ていたようだ。

 

 そしてどうやらここは、SPW財団の保有している病院の1つらしい。

 他の患者がいて貸し切り状態にこそできなかったが一角を封鎖して、僕とレオンさん以外はみんな同じ病室にいるようだ。怪我が比較的少ない人は怪我人の様子を見るついでに、ホテル感覚でその病室に泊まっているのだろう。

 

「ついた。雲ひとつない夜空だ」

 

「おぉー。月が綺麗だね」

 

 大きな病院の屋上という事もあり夜空を遮るものは何も無い。そこでレオンさんは腰を下ろし、首だけ動かして天を見上げる。

 

「……ねぇレオンさん。ホテルのレストランでの話し合い、覚えてる?」

 

「ん?いつの話だ?」

 

「ラバーソウル保護して、レオンさんが秘密を打ち明けた時の……」

 

「多数決の話し合いの事か?」

 

「うん………僕はあの時、本当は みんなで帰りたかった………というか、DIOと敵対するのを止める案を出したかった」

 

「………」

 

「僕の能力と、DIOにその気があれば全てが丸く収められると思って………やっぱり僕って甘い?」

 

「………甘いな。だが私も人の事は言えない………私の甘い考えが今を作ったのだからな………」

 

 日が沈めば冷え込む外気に包まれ、レオンさんの隣に座ると自分のコートを掛けてくれた。

 

「礼神。人が死んだら星になるって説もあるが、あのどれかがDIOだったりするのか?」

 

「かもね。だとしたらどれだろう」

 

 ただ見上げていただけのレオンさんの瞳は、目的を持って視線を彷徨わせる。

 そこでさっき見た夢の事を少し思い出す。

 

「…二人の囚人が同じ鉄格子の窓から外を眺めたとさ………1人は泥を………1人は星を…………」

 

「……聞いたことがある言葉だな」

 

「レオンさんはどっち? やっぱり星を見る?」

 

「そうだな…悩んだ時だったり寝付けない夜は良く星を見るが、誰かと共に狭い鉄格子から眺めるとしたら、眺める気すら起きないだろうな。

 

 だが、これだけ綺麗だと……もしかしたらこの先、空を見上げる機会が増えそうだ」

 

「そっか…旅の目的は果たしたけど、これからどうするの?」

 

「まずはアルシアをシーザー達の元へ届けないとな。それからジョジョとディオの墓も作ってやりたい……が、隠蔽やら何やらで明日からも大変だ。ディオは面倒ごとと罪ばかり生み出すダメな兄だったよ、まったく」

 

「…でも最後は…DIOも最後は星を見たと思うよ」

 

「そうか…ん、礼神。くすぐったいぞ」

 

 首筋の痣にそっと触れると、レオンさんはピクリと動いた。



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67.終わる……が、始まる

 あの日、彼らの旅は終了を告げた。

 無事に彼らは、邪神とも呼べるDIOという存在をこの世から追放した………形はどうであれ、彼らは人知れず世界を救った。

 

 その後、彼らは病院へと向かい一角を貸し切る事で休息の場を確保した。

 

 こちらのメンバー全員が無傷というわけもなく、メンバーの半数以上が重症を負っていたからだ。中には長時間に及ぶスタンドの多連使用と、限界を超えた過度な使用による精神的疲労者までいる。

 

 今回の戦いで800を超えるスタンドを散らせた伊月 竹刀。戦闘中に急な変化を遂げた葎崎 礼神。限界を超え、全身の骨が悲鳴をあげた上に白い炎で焼かれたJ・P・ポルナレフ。

 

 彼ら3人は病院に着くや否や気絶するように眠り、礼神に関しては24時間を超える睡眠を取っていた。

 

 次に腕を複雑骨折していたモハメド・アヴドゥル、腹部の骨にヒビを入れた花京院 典明、最後まで戦った空条 承太郎も病室で泥のように眠った。

 

 そして軽傷で済んでいて、スタンドもそこまで使用していないジョセフとホル・ホースは、レオンと共に睡眠を取らずに館を漁っていた。

 

 人払いはウィルソン・フィリップスという男が請け負っていた為、スムーズに作業は進んだ。

 

「回収するべきものは回収し、礼神を最後に皆が目を覚ました。後は重症患者を治すだけなのだが………………」

 

 

「嫌だァァァァア‼︎ 無理無理無理!

  勘弁してくれッ‼︎

 ウオォォォォォオ‼︎‼︎」

 

 レオン・ジョースターは現在進行形で困っていた。

 もしも花京院や礼神を重症のまま帰してしまえば、それを見た親との揉め事が起きるかもしれない。

 ポルナレフにその心配は無いが、旅のメンバーの中で1番の重症患者であり、大火傷によるソレは現代の医学で完治させるのは難しかった。しかしレオンならば完治させることが出来る。

 

 自分にしか治せない怪我を負った仲間が目の前にいる。医学部首席卒業者としてもソレは見過ごすことができなかった。

 

 故に手術を行おうとしたのだが………

 

「俺はこのままでイイっつってんだろ‼︎」

 

「いいわけがないだろ! 腹部の細胞組織が壊滅してるんだぞ⁉︎ 後遺症は確実で、最悪それ以上に悪い結果が待っている……だが手の施しようが私にはある‼︎ 見過ごせるわけがなかろう‼︎ それに私には医学部を首席として卒業したプライドだってあるのだぞ‼︎」

 

 レオンの手により、ポルナレフは担架に乗せられ運ばれようとしている……が、割と元気なのか彼は腕を伸ばし、病室のドアノブを力強く握っている。

 

「手を離せ! 担架が前に進まないだろ‼︎」

 

「嫌だ‼︎ 絶対に離されねぇ‼︎」

 

 担架に乗り進行を阻止するポルナレフと、進行阻止の阻止を試みるレオン……そんな2人を残りのメンバーは病室の中から眺めていた。

 

「ポルナレフまだやってんの?諦めたら?」

 

「礼神ァ〜〜ッ! 他人事だからってーーーッ!」

 

 そこで手洗いから戻って来た礼神が、攻防を繰り広げている2人を見て呟く。

 

 そもそもポルナレフがここまで嫌がるには訳がある。

 

 全身骨折は礼神同様、寝てる間にレオンが真っ先に治療をした。

 だがアヴドゥルの魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)の白い炎を浴び、壊滅した腹部の細胞組織はまだだった。ソレを治すにはレオンの力が必要なのだが、その方法は神経などを諸々再生させながら繋ぎ治すというもの。直に神経に触れるなんてものではない。

 

 

 つまりクソ痛いのである。

 

 

「諦めろポルナレフ!」

 

「嫌だァーーー‼︎…ハッ!そうだ、伊月‼︎ テメェの麻酔で痛覚を………」

 

「無理だよーん。麻酔で神経を麻痺させる? その神経をこれから治すわけなんだから打てるわけがない」

 

「諦めろよ、ポールポールく〜ん?」

 

 楽しそうにホル・ホースが挑発するが、それに怒りを返す余裕も無いポルナレフは礼神に視線を移す。

 

「じゃ、じゃあ礼神‼︎ お前の能力で俺を仮死状態に………」

 

「確かにできるけど……僕の努力や思いを踏みにじって死にかけた人に、僕がそんなことすると思う? 別に手術で死ぬわけじゃないんだしさ」

 

「わ、悪かった‼︎ それについては本当にすまなかったと思ってる‼︎ だが俺だってお前を死なせたくはなかった!仕方なかったんだ‼︎」

 

「………ふぅ……わかってるよ。僕の為に動いてくれたんでしょ? 結果的に生きてるし………僕はポルナレフが無事に生きててくれたから、それで十分だよ」

 

「れ、礼神………」

 

 礼神の慈愛に満ちた笑みを見て涙が出そうになったポルナレフ。

 

 しかし、その礼神の笑みが急変する……

 口角は更に釣り上がり、その言葉を待っていたかのように瞳が不敵に笑う。

 

「…な〜んて言うわけでないじゃんバァーカ‼︎」ガッ

 

 運ばれないようにドアノブを掴んでいたポルナレフの手に指をかけ、礼神はポルナレフの手をドアノブから引き剥がした。

 

「生きるという喜びを感じて来い!」

 

「礼神ァーーーーーーーーッ‼︎」

 

 彼女がガッツポーズでレオンにウィンクを飛ばすと、レオンは礼神の行動に笑いながらもウィンクを返した。そして壁から離れ、掴むものがポルナレフの手に届かないように担架を押し始めた。

 

「手ッ‼︎ 誰かせめて手を握っててくれ‼︎ 俺を1人にしないでくれッ‼︎」

 

「あいにく、女以外の手を握る趣味はねぇな」

「オジさんも〜」

「俺も嫌だぜ。花京院、テメェは?」

「僕だって嫌だ」

「私は片腕骨折しているからなぁ」

「ワシは単純に面倒い」

「アギッ♪」

「ポルナレフ バイバイ♪」

 

 「裏切り者ォーーーッ‼︎‼︎」

 

 ここが病院だというのに、大声で通路にこだまするポルナレフの声はレオンと共に遠退いていった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………フゥー」

 

「お疲れ様ぁー。思ったより早かったね」

 

 二時間に及ぶポルナレフの手術を終え、メンバーが全員集まっている部屋に私は戻って来た。

 私が押す担架の上には、手術前よりも死人に近付いたように見えるポルナレフが横たわっている。

 

 ………念の為に宣言しておくが手術は成功している。

 

「ポルナレフ生きてる〜?」

 

「………………」

 

「そっとしといてやれ、礼神」

 

 担架の上で動かないポルナレフを抱えてベッドに移してやる。それから時計を確認して今後の予定を伝える。

 

「花京院と礼神の怪我は気絶してる内に済ませた。ポルナレフも今終わった。伊月は波紋治療と自前の鱗粉で回復済み…後はアヴドゥルの右腕の途中経過を見て終わりだな」

 

「ようやく帰れんのか…長かったな」

 

 学帽のツバを押し上げ、隠れていた目元をあらわにする承太郎。それを合図にしたように、ポルナレフを除く皆が身体を起こし荷物をまとめる。

 

「レオン……この後君たちは……」

 

「あぁ。ジョジョとディオの埋葬もしてやりたいが、まずはアルシアを帰す……来るか?」

 

「……もちろん」

 

 伊月は視線をこちらに向けることもなく尋ね、返答した。

 

「アヴドゥルにポルナレフ、君達はどうする? もう旅は終わった。ここからは付き合ってもらう必要は無いが…」

 

「最後までお付き合いしますよ」

 

 短くアヴドゥルが答えると、ポルナレフはグッタリしたまま小さく頷いた。

 

「レオン……もちろん俺も同行して構わないんだよな? ジョースター家の末裔として、線香の一本でもたてねぇと気がすまねぇ」

 

「……いや、学生組は帰国した方がいいんじゃないか? 冬休み自体、この旅で丸々潰れてるんだ。学校もあるだろ」

 

「原作よりはまだ猶予あるよ」

 

「決まりですね」

 

 礼神の言葉で承太郎と花京院は纏めた荷物を片手に出発するのを待っている。

 現在時刻は午前10時。

 承太郎はともかく、2人も付いて来る気か…

 

「………まずは財団に連絡だな。イギーを預けないと……」

 

「………アギッ」

 

 ベッドとして使っていた籠の中から飛び出し、イギーは礼神の膝の上に移動する。

 

「んお?………レオンさん、イギーも僕らと来るって」

 

 ………貴様もかイギー。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 財団の病院から空港へ数十分。そこからプライベートジェット機でヴェネチアへ一行は向かった。

 

 サプレーナ島はヴェネチアから僅かに離れた孤島である。そこへ全員で行く理由もなく、用の無い者達は観光地でもあるヴェネチアに残った。

 島に向かったのはレオン、ジョセフ、伊月の3名……彼らがアルシアの遺体と共にクルーザーで向かう。

 

 今のアルシアには遮光性の布で巻かれており、その上で棺桶に収められ極力破損のないようにされている。

 

「……………お久しぶりです。ようこそ…」

 

「………あぁ」

 

 島へ着くとツェペリ家の次男……名をエリスと言う。

 彼は無機質な表情で彼らを出迎えてくれた。

 そんな彼と短い挨拶を交わすと、レオンの後ろで大事そうにアルシアの入った棺桶を運ぶ伊月とジョセフを視認して背を向けた。

 

 そのままエリスに続くように、3人はアルシアを連れて本島へ足を踏み入れる。

 

「お父さん……姉さんが帰ってきました」

 

 修行場とは違う居住地の玄関を潜り、エントランスでエリスが言うと、古くからの知人が集まってきた。

 その中にはアルシアの夫、鈴原 海斗の姿もある。

 

「……シーザー」

 

「…老けたな、ジョジョ」

 

 事前にレオンはシーザーに連絡を入れていた。その為、ツェペリ家の面々はアルシアが永眠した事を知っていたのだ。

 

 だがそれでも……真実を知らされていても希望を抱きたくなってしまうのが人間である。

 

 アルシア・アントニオ・ツェペリ………彼女の遺体を目にして、シーザーは涙を目尻に浮かべる。

 

「……アル…シア」

 

「……姉さん」

 

 無意識にそう呟く彼らを見かねて、レオンは狭いその空間からアルシアを出す。エントランスの床には毛布が数枚敷かれ、その上にアルシアを寝かせた。

 

「アルシア……そう。本当に逝ってしまったのね」

 

 横たわるアルシアの頭上で正座をし、シーザーの妻でありアルシアの母である老女……ルイーザはアルシアの頬を撫でる。

 

「小さい頃から貴女は、こうして私達に触れられるのを嫌がっていましたからね。照れてるようでしたが、同時に何かを恐れているようでした」

 

「ッ⁉︎」

 

「……私…ちゃんと貴女の母でいられましたか?」

 

 悲しみと不安げを混ぜて流れる涙を見て、伊月 竹刀は人知れず握り拳を作る。

 

 

石仮面なら…

 

「………………」

 

 そう呟かれた言葉は、その場にいた者達 全員の視線を集めた。

 集められた視線の先にいるのは、アルシアの夫であった鈴原 海斗……僅かに血走り涙を含んだ目を細め、レオンの前で懇願を始める。

 

「お願いします‼︎ 波紋や幽波紋の事の全ては知りません。でも‼︎ 石仮面なら知っています‼︎ あれなら吸血鬼として……どうにかアルシアを呼び起こせる………まだ石仮面には不明な点がありますが、きっと上手くいく‼︎」

 

 レオンの胸倉を掴みながらこうべを垂れ、海斗は静かだが荒々しい声でそう提案した。

 

 そんな彼の腕を掴み胸倉を離させると、レオンは海斗の両手を包み込み首を振る。

 

「………無理だ。石仮面は人の脳にある未知の器官を刺激し、眠っている可能性を呼び起こす物…………人の死を覆す事は出来ない」

 

「なら……貴方が……レオンさんが彼女を起こしてください。吸血鬼には人を蘇らせる力が……」

 

「無理だ……私は厳密に言えば吸血鬼ではないからな」

 

「ならボクが石仮面を被ります‼︎ 日に出れない身体になるくらい、どうって事……」

 

「それも無理だ。アルシアは既に………ゾンビになっている………2度目は無い」

 

「そもそもゾンビは生きていない。その身体と記憶を受け継いだ別の生き物じゃ………アルシアもそれは望まんじゃろ」

 

 レオンに続くジョセフの言葉を聞き、海斗は顔を上げて充血した目を向ける。

 その目には僅かながらの殺気のような物が篭っていた。

 

「…そうだ。私のせいだ……約束をしておいて………任されといて、私は助ける事が出来なかった」

 

「………彼女は……ボクの前では滅多に笑わないんですよ……」

 

 糸が切れたように膝をつき、ついに涙を流しながら譫言のように呟き始める。

 

「彼女は強くてしっかりした女性ですが……弱味も見せずに強がってるようにも見えました………ボクが辛い時に限って笑顔を見せてくれて、ボクを支えてくれました……彼女が辛い時にボクは何も出来なかったのにッ‼︎

 

 ………プロポーズしたのはボクですが………ボクは彼女を……幸せにする事すら出来なかった‼︎」

 

 

 「それは違う‼︎」

 

 

 悲鳴が混じったような声でそう叫んだのは、今までずっと黙っていた伊月だった………

 

「………貴方は……」

 

「俺の名は……沙村(さむら) (あき)。今は偽名で伊月 竹刀と名乗ってる。彼女を……アルシアを殺した張本人だ」

 

 伊月を偽名と言い耳慣れぬ本名を述べた彼は、レオンと海斗の間に歩いて割り込む。

 

「今回の件………アルシアが捕まったのは、旅行が原因とかじゃないんだ。助けられなかったのも……レオンのせいじゃない………全ては俺のせいだ」

 

「…サムラさん……詳しく…話してもらえますか?」

 

 ルイーザがアルシアの側に座ったまま、彼の本名を呼んで尋ねる。

 

「………あんたらは知らないと思うが、俺はアルシアの………その……友人だった……もちろん恋仲ではないが、俺にとっては大切な人だった。それで………………」

 

 そこで一度口を閉ざし、生唾を飲んでから先を話した。

 

「………DIOは俺を利用する為に君達3人を拉致した。人質にされ、俺はDIOの手下として……レオン達の敵として立ち回っていた………その結果が不満だったんだろう………だからゾンビにされ、俺はそんな彼女を殺した。だから………」

 

「だから全責任が自分にある………と?」

 

「………そうだ」

 

「………………」

 

 伊月の言葉を繋ぐように、シーザーはその先を言い当てた。

 

「そうか。君が………………()()()()()

 

「ーーーッ⁉︎ 何を言って‼︎………俺はそんな言葉を受け取れるような人間じゃない‼︎」

 

「………娘は誰かを殺したのか?」

 

「………いや…」

 

「なら君は感謝に値する人間だ。君のおかげで、アルシアは罪人にならずに済んだ」

 

「………………」

 

 シーザーの言い分はわかったが……その言葉は伊月の心を人知れず傷付ける。しかしその言葉に伊月は、同時に救われた気がした。

 ()()()罪人にさせずに済んだ………と。

 

「貴方は………ボクが幸せにできなかったと言った時……否定しましたよね?…何故ですか?」

 

「………彼女は、ツェペリ家に産まれて……夫と娘に恵まれ、幸せだったと言っていた。彼女は………感謝していた」

 

「ッ⁉︎ 彼女が本当に、そう言ったのですか⁉︎」

 

「………えぇ。死に目にも立ち会ってますので」

 

 少し脚色されているが、指摘するわけにもいかずレオンは黙る。

 

 

 

 

 

 その後、葬式の日取りなどを決めてからレオン達3人はヴェネチアへ戻るべくクルーザーへ乗り込む。

 

「今度は旅の皆さんを連れてきて下さいね。歓迎します」

 

 シーザー達に見送られ、レオン達はクルーザーを出した。

 

「………まぁ………いいんじゃないか?」

 

「そう?」

 

「全ては聞こえなかったが、私も死に目には立ち会っているからな……少なくとも、貴様への謝罪文だったのは知っているぞ」

 

「でも彼女が今世に幸せを感じていたのは事実だぜ。あぁも旦那さんが不安がってたら真実伝えて幸せになってもらいたいからね」

 

「……お前さんはどうすんじゃ」

 

「この後? ん〜〜〜。死のっかな?」

 

 軽いノリだが、割と本気で考えているのがその表情からわかる。

 

「……アルシアは謝っていたな。本当はどんな内容なんだ?」

 

「………お袋を殺して親父から大切な人を奪ったのに、私は娘にまで恵まれました。幸せを奪っておいて……私だけ幸せになってごめんなさい………要約するとこんな感じ」

 

「………ならアルシアは、貴様が今死ねば後味の悪い結果を残した事になるな」

 

「そんな事は………」

 

「あの世で言い訳ができる程度には、もう少し生きたらどうだ?」

 

「………………」

 

「………薬剤知識はあったな。雇うだけの人材としての価値はあるが、スカウトに応じるかは自由だ。さぁ、決めろ 伊月 竹刀………否、本名は沙村 秋 だったか」

 

「ん〜………じゃ、ヨロシクね 社長。あと、オジさんの事は引き続き伊月 竹刀と呼んでくれ」

 

 伊月はそう言って、控えめに乾いた笑い声を上げた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 レオンさん達がサプレーナ島から戻ってからも、僕らは軽くヴェネチア を観光していた。

 その後、オジさんとホル・ホースはロンドンまでは同行せず、僕らと別れると言い出した。そこでレオンさんから直通の電話番号のメモ書きを受け取り、2人とは空港ロビーで別れた。

 

 そんな2人と別れた僕らは、レオンさんの所有するプライベートジェット機ですぐにロンドンへ発った。

 

 すぐと言っても、発った時間は夜の9時………

 ヴェネチアで観光したりもあり出発が遅れ、ロンドンに着くのは翌朝になるらしい。

 折角のヴェネチアだから少しでも観光したいし、シスターにお土産買いたかったし…うん、しかたないよね!

 

 ジェット機の中で仮眠を取っていると、急な揺れで目を覚ます。

 

 ………そして何故かジョセフさんに視線が集まる。

 

「………ワシ何もしてない」

 

「……どうやらロンドンに着いただけのようですね」

 

 アヴドゥルさんの言葉に皆が胸を撫で下ろし、各自が荷物を片手にジェット機から降りた。

 

 降りてからは馬車でまた移動……そうやってようやく着いた目的地は、木漏れ日の差し込む幻想的な場所にあった。

 

 背丈の高い木々のトンネルをくぐった先にある開けた場所…そこに建てられた豪邸の玄関には、1組の老夫婦が出迎えてくれていた。

 老夫婦の2人は見たところ70くらいかな……シスターやジョセフさんと歳は近いと思う。

 

「…は〜………僕ココ好き」

 

 無意識のうちに口から溢れた間伸びした声に続き、僕は短く好感を訴えた。そんな僕の隣では、無表情に見えて柔らかい表情を浮かべる承太郎がいる。

 

「覚えているか承太郎……ココはお前さんが産まれて1年も経たぬ頃に、一度だけ連れてきた事のある場所じゃよ」

 

「いや………覚えてはないが、どことなく懐かしいぜ」

 

 レオンさんはその豪邸に住む2人に声を掛けると、2人を連れて何処かへ歩き去った。それにジョセフさんもついて行くので、僕らもそのままついて行く。

 

「………ココは……墓地みてぇだな」

 

「そんな事は見ればわかる」

 

 次の目的地に着くとポルナレフと花京院がそんな会話を挟み、レオンさんは大事そうに持ってきた骨壷と思われる物を2つ持って中へ……

 

「………長らくお待たせしました、ジョースター卿」

 

 そう言って2つ並んだ暮石の前の穴に、骨壷を1つずつ入れて埋める。

 それが終わると老夫婦の2人が、花束をそれぞれの暮石の前に置いた。

 

 ここまでは付いてくるだけだったイギーだが、骨壷を埋める際に足を使って埋めるのを手伝ってた。

 

 イギー可愛い。マジ可愛い。

 

「……………」

 

 一歩下がったレオンさんは目を閉じ黙祷を捧げる。

 それを見習って承太郎とジョセフさんも帽子を取り、ジョースター家ではないが僕らも黙祷を捧げた。

 

「………終わったんじゃな」

 

「………………あぁ………私はもう少しココにいる。先に屋敷に戻っていてくれ」

 

「わかった」

 

 レオンさんを置いて、僕らは来た道を戻る。

 

 

 

 

 

「えぇ〜、もう行くのかよ」

 

「あぁ、ポルナレフとアヴドゥルには悪いが、学生が3人いるんでな」

 

 屋敷に戻って老夫婦のおもてなしを受けていると、暫くしてレオンさんが戻ってきた………………目尻が少し赤かったのは気のせいって事にしとく………

 

 レオンさんが戻ってからも少し雑談したが、明日の学校には間に合わせようとしてるらしく帰宅を促してきた。

 

 ポルナレフは少し残念そうだが、アヴドゥルさんは特に異論もなく「そうですね」と返した。

 

 ちなみに学生組はまだゆっくりしたいでーす!

 

 ………あ、それとココに住んでる老夫婦はリサリサさんとジョージさんだった。ジョセフさんと歳近いとか思ったけど、ジョセフさんのご両親だった。波紋使いの年齢詐欺レベルが凄い

 

 にしてもジョージさん……長生きしてリサリサさんを1人にしない為に波紋を習うなんて、凄く奥さん思いのいい人なんだね。

 習ったのは基礎だけと言ってたけど、それでも100歳近い老人にしては凄く若い。

 

「〜〜〜〜〜〜。」

 

「……あぁ、また来ます」

 

 リサリサさんの言葉に承太郎は気恥ずかしそうに答えた。無表情を装ってるけど、少し照れているのが僕にはわかる!

 

 英国の言葉が話せないので幽波紋使いの承太郎の言葉しか聞き取れなかったけど、「またおいで〜」みたいな事を言われたんだろう。

 

 そんなわけでまた馬車で空港へ向かい、来た時と同じジェット機に乗り込む。すると時間を少し開けて、ジェット機は離陸した。

 

「………あれ? レオンさんの耳………」

 

 ちなみに操縦するのはレオンさんでもジョセフさんでもなく、雇ったパイロットさんだ。

 

 その為、客席……と呼んでいいのかわからないけど、レオンさんはそこで僕らと一緒にいた。

 

 そこで僕はある事に気付いたのだ。

 

「ピアスの穴が埋まってるね。跡もない…再生が早いね」

 

「そういえば前々から気になっていたのですが……」

 

「ん?なんだ花京院」

 

「レオンさんはあまり派手な服を着ませんよね」

 

「あぁ、シンプルな服の方が好きだしな」

 

「ですがピアスは結構付けていますので……」

 

「そういうことか……実は全て貰い物や、突き返されたプレゼントなんだ。それで付けずに持っているのも勿体ないかと思い………気付けば4組手元にあったから、4組分のピアスホールを空けたわけだ」

 

「へぇー………もしかして僕が貰った奴も?」

 

「それは確か、リサリサの機嫌を取るためにプレゼントしたが突き返され、仕方なく自分で付けていたピアスだな」

 

「………リサリサさんに何したの?」

 

「ジョージとリサリサの結婚式に参加出来なかった為、代わりにそれをプレゼントしたんだ。いらないから顔を出せと怒られたな」

 

「今ついてる3つは?」

 

「上からジョジョ、ツェペリ男爵、ディオだ」

 

「………よく見たらデザインも少し違う…色は同じだけど…」

 

「好きな色を聞くから青紫と言った……そしたらこうなった」

 

 シーザーと繋がりがあるのは知ってたけど、ツェペリ男爵の代から交友関係があったんだね。

 

 にしても旅の最中と違って、今日はみんなとよく話したな。

 

 そんな事を思いながら、僕らは旅を振り返ったりして雑談に花を咲かせるのだった………

 

 

 

 

 〜第3部 完〜

 

 

to be continued→

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………そう思った時期が僕にもありました。

 

 僕らはDIO以上に厄介な敵の存在を忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として機体は傾き始め、運転席から雇ったパイロットがこちらに叫ぶ。

 

「レオンさん!バードストライク です‼︎」

 

「「「「「「「………………………」」」」」」」

 

「………ワシ何もしてない‼︎」

 

 ジョセフさんには悪いけど、僕は心の中で呆れながらも呟いた。

 

 

 

(………………うん、知ってた)

 




礼神
「知ってた」

一同
「「「「知ってた」」」」

作者
「知ってた」

伊月
「だから言ったらホル君。ヴェネチアで別れるが吉だって」

ホル・ホース
「みてぇだな」

ジョセフ
「画面の前の君……次にお前さんは「うん、俺も知ってた」と言う‼︎」


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68.神の微笑みは時に冷たい

新年、あけましておめでとうございます。

私は新年早々に、この「ジョースター家と吸血鬼」を誤って削除するという地獄を見ました。

前書きと後書きも……後々復元しないとダメかな………

せめてキャラ紹介とスタンド解説だけでも………はぁ

………それでは68話、グダグダっとどうぞ…


「ワシは‼︎ 何も‼︎ し・て・な・い・‼︎‼︎」

 

「わかってるよジョセフさん。だから落ち着いて」

 

 私の私有物でもあるジェット機で日本へと向かっている最中、我々の乗る機体はバードストライクにあい海上に不時着した。

 

 その後、ジェット機に収納しておいた救命ゴムボートで海上を彷徨っていた。

 ボートの他に今手持ちにある物は、大まかにいえば携帯食料と水、蒸留機、救急箱、ホイッスル、ポケットナイフくらいだ。

 

 救急箱の中身や皆の個人の手持ちを上げればまだあるが、人数と比べればコレは少し心許ない手持ちだ。

 

「大体‼︎ 旅の最中はワシのせいワシのせいと囃し立てるが、その事故全てに承太郎と花京院は立ち会っておるんじゃぞ‼︎ 本当に乗り物運が悪いのはお前さん達じゃないのか⁉︎」

 

「心外ですねジョースターさん。生まれてこのかた…僕はこの旅を始めるまで事故に見舞われた事はありません」

 

「それに紅海を渡ったクルーザーに関しては、完全にジジイの不注意だぜ」

 

「ついでに言うとジョセフ……お前はその乗り物運を受け入れ活かし、アヌビス神を倒したじゃないか」

 

「グヌヌ………」

 

 花京院、承太郎、私による立て続けの言葉に反論出来ず、ジョセフは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて黙りこくる。

 

 そんな中…ジョセフに小言を言いながらも双眼鏡で周囲を見回していた承太郎は、ボートの上で座っていた私の膝を叩き話しかけてくる。

 

「レオン、なんか見えるぜ」

 

「………何も見えな……いや、確かに薄っすらと影が見えるな」

 

 星の白金(スタープラチナ)と双眼鏡で見つけたソレは、私の観察眼を持ってしても辛うじて視認できる程遠かった。

 

 

 

 

 

「ジョースターさん……コレは…まさか………」

 

「……………ウム、そのまさかじゃ」

 

 遠くに見えた物は島だった。

 遠くから見た時点で薄々理解していたが、我々はこの状況を今再確認した。

 

「……やれやれだぜ」

 

 上陸した砂浜に生えていたヤシの木から葉を1枚ちぎり、その上に砂でジョセフに島全体を念写させた。

 

 するとどうだろう……現れた島の地図は見事に葉の中に収まり、ココが絶海の孤島だと教えてくれる。

 

「色々と終わった後でよかったな」

 

「……花京院、周囲の様子はどう?」

 

「上から見渡す限り、僕らのいる孤島以外に大陸は見えないな」

 

 法皇の緑(ハイエロファントグリーン)で上空から島を見渡す花京院は、礼神にそう答えた。

 そう答えられた礼神はとういうと、面倒臭そうに溜息をつく。

 

「……はぁ……携帯では連絡ができない。救難信号を試すか」

 

「となると……サバイバルか?」

 

「そうなるな……救助が来るまでだが」

 

 ポルナレフの言葉にアヴドゥルがそう返す。

 

 すると礼神は軽く項垂れた。

 

「うわぁ〜……旅は過酷で野宿もしたけど、それでも食料とか水は有ったのに………今回はそれが無い………」

 

「まぁなんとかなんだろ」

 

「なんとかなるって……ポルナレフのその自信はどっから来んの?」

 

「逆に聞くけど礼神……お前はこのメンツみて不安なのか?」

 

 ポルナレフに言われ周囲を見回し、礼神はメンバーを確認する。

 

「………大丈夫そうだね」

 

「だろ?」

 

 火に関してはアヴドゥルがいるから問題ない。体力仕事はこれだけ男手があるし、地図は念写がある。食料に関しては知識がある。この孤島で何が採れるかはまだわからないが、少なくとも海があるから魚は獲れるだろう。

 

「そうと決まれば善は急げだな! アヴドゥル、狼煙と水の蒸留頼むぜ。俺は木材を取ってくる」

 

 何故か張り切るポルナレフは続けて、我々全員に役割を割り振り始めた。

 

「何故ポルナレフが仕切るんだ……」

 

「んな事は別にいいだろ花京院。まずアヴドゥルと俺はここに残るからよ、承太郎、ジョースターさん、レオン、イギーは島の中……花京院と礼神は海で魚捕って来てくれ」

 

「…ッ‼︎」

 

「花京院……頼んだぜ!」

 

 指示を聞き終えて花京院が目を丸くし、そんな彼にポルナレフは親指を立てて軽くウィンクを飛ばした。

 

 これを狙ってたから妙に張り切ってたのか………まぁ男子高校生の青春を邪魔するわけにはいかない。ここは乗ってやるか。

 

「では早速島内に入るとしよう。あぁそれと、君は彼らとここに残り救難信号を試してくれ。イギー、先頭を頼めるか?」

 

「アギッ!」

 

 パイロットを担っていた者とイギーにそう指示すると、「フフンッ!」と誇らしげな様子で 悠々と歩き出す。

 

「え、ちょ、待ってよ。僕泳げないんだって」

 

「泳がなくて大丈夫だろう。気絶した魚を花京院の法皇の緑(ハイエロファント)で引き上げればいい。水中だと音は良く聞こえるぞ」

 

 ………むしろ聞こえすぎて辺り一帯に魚が浮くかもしれないな。

 

「皆ホイッスルを持っておけ。ポケットナイフは花京院に渡しておく。毒針のある魚が取れたら、危ないからその部位を切り落とすように………万が一刺された時の為にポイズンリムーバーも渡しておこう」

 

「………毒持ちだとわかっていて、その魚を引き上げようとはしませんよ」

 

「………そうか」

 

 種類によっては毒抜けば美味いんだがな……フグとか。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「クンクン、フンフン………アギッ」

 

「よし、アレだな」

 

 イギーの見つけた果実に狙いを定め、承太郎は星の白金(スタープラチナ)の脚力で跳躍してむしり取る。

 

「そういえば承太郎。空は飛べるんだよな……どこまで飛べる?」

 

 ディオと空中で殴り合っていた事を思い出し、不意にレオンが承太郎に尋ねてみる。

 すると承太郎は、手にした果物に虫喰いがないかを見ながらぶっきらぼうに答えた。

 

「さぁな。あの時は極度の集中状態だった。100%……120%……それ以上の力が発揮できていた気がする……アレを極限状態というのか火事場の馬鹿力というのかはわからんが、少なくとも今同じことをしろと言われてできるとは思えねぇな」

 

「そうか………ん?ジョセフ。何をソワソワしている………………まさかと思うが、余計な事はするなよ?」

 

「ギクッ⁉︎ い、いや 少しくらい………」

 

「ダメだ」

 

 花京院達がいるであろう浜辺の方を見て、ジョセフはその場でウロウロしていた。それに気付いたレオンはそっと釘を打つ。

 

「別にいいじゃないか。お前さんだって気になるじゃろ?」

 

「いや全然? 報告されれば興味を持って耳を傾けるが、話そうとしないなら追求しない。お前だって若い頃は深く追求されるのを嫌がっていただろ」

 

「だがワシがここで覗いておけば後からダメな点を指摘できるやもしれんじゃろ?」

 

「いや何様だ貴様は。スージーQとのデートプランを私とシーザーに2時間ばかり相談しに来た奴が何を言っている」

 

「孫の前でそれを言うんじゃない‼︎」

 

「アギッ」

 

「この穴の中だな。おいジジイ、いい加減コッチを手伝ってくれねぇか?」

 

 レオンとジョセフが口論を広げてる間も、承太郎とイギーは食料調達を続けていたらしく地面に果物が錯乱している。

 

 そして今承太郎は、しゃがみこんで木の根元付近の穴に星の白金(スタープラチナ)の腕を突っ込ませていた。

 

(なんでワシだけ怒られた?)

 

「悪い承太郎………で、今獲ろうとしてるのは?」

 

「果物ばかりは味気ねえからな。この旅でポルナレフと出会った時の店で出されたのを思い出した」

 

「じ、承太郎………それってまさか………」

 

 だいぶ奥にいたのか星の白金(スタープラチナ)の二の腕まで突っ込んでいた穴から、承太郎はゆっくりとスタンドの腕を戻させる。

 

「カエルだぜ」

 

「Oh My God‼︎ 食うのか⁉︎」

 

「食うぜ」

 

「Oh My God‼︎」

 

 「やかましィッ‼︎ 」

 

 花京院達が気になり手伝わず騒がしい口論を始める。それが終わったと思えば手伝わずに喚くばかり………

 

 それが原因で放たれた承太郎の一喝で、付近にいた鳥は一斉に飛びだった。

 

「………カエルもいいが鳥肉も取るか」

 

「あぁ、頼むぜ」

 

「ワシも手伝おう」

 

 飛びだった鳥を眺めながらレオンが呟くと、ジョセフがそう言って歩き出す。しかしその肩をレオンが掴み止める。

 

「何処へ行く。そっちに飛んだ鳥はいないぞ」

 

「……バレた?」

 

「ハァーーー。だから余計な事をするなと言ってるだろ。アドバイスどうこう言える立場じゃないんだからな。それともなんだ? 意外と経験豊富なのか?」

 

「そりゃもちろん………」

 

「………………モチロン?」

 

「…あ…………」

 

 一瞬の沈黙。

 

 承太郎は然程興味が無いのか黙々と作業をしていたが、レオンとジョセフは硬直している………と、言うよりは蛇に睨まれた蛙状態にジョセフはなっていた。

 

 

 

 

 

…………モチロン………何だ?

 

 

 

 

「ーーーッ⁉︎」

 

 黙々と作業を続けていた承太郎だが、背後から低く響いた底冷えするような声でによって作業を中断する。

 

 振り向けば承太郎に背を向けるジョセフと、逆光でもないのに表情を陰で隠したレオンが佇んでいた。

 

「イヤ、若い頃じゃよ⁉︎ スージーQと出会う前どころか、波紋の修行にも手をつける前の事じゃ‼︎」

 

「ほう………不倫などという、低俗な行為はしてないと………ナライイガ」

 

 影DIOならぬ影LEON状態で、軽くジョセフの肩に片手を置いてからすぐ横を通り抜ける。

 

 軽く置かれただけだったのだが、ジョセフはその肩から冷や汗を滲ませた。

 

 ジョセフの後ろにいた承太郎の隣も、レオンは必然的に通り過ぎる。その時承太郎が見たレオンの暗い笑顔はこの世の何より恐ろしく感じた。

 

(なんで目をしやがる……まるで養豚場の豚を見る目だ。可愛そうだが明日には豚肉として並ぶんだなっつぅ冷酷な目だ‼︎)

 

「………どうしたイギー。何を怯えている?」

 

 本能でレオンの殺気を敏感に感じ取ったイギーは、地面に伏せて前足で頭を抱えている。

 今まで澄まし顔で作業をしていたと言うのに、今はガタガタと震え動けずにいたのだ。

 

「さぁ、作業を続けよう。人数分取らなければいけない………狙える所まで鳥に近づければ良いが………」

 

(レオン………本当にDIOの野郎に負けたのか?)

 

 精神的に弱っていたとは言え、レオンを倒したDIOに自分が勝った事実を、承太郎は自分で疑問に思った。

 

「ジジイ………テメェ死ぬのか?」

 

「………ワシ死ぬの?」

 

「フフッ…何を言っているんだ? 無実の人間()裁かれない………だろう?」

 

 その日、ジョセフは思い出した。レオンに支配された恐怖を……真偽を見極め裁く事が確定した時の絶望を。

 

(あ………ワシ死んだ)

 

 幼少期のジョセフの世話をした者のうちの1人はレオンだ。ジョセフのつく嘘の癖を何となくレオンは感じていた。

 

 後は証拠を掴むだけ。

 

 それさえ掴めば、レオンは行動を起こすだろう。

 

「ジジイ……詳しい内容はよく聞いてなかったが………したのか?」

 

「………………………」

 

 承太郎の耳打ちに対しジョセフは黙り込む。それはつまり肯定と受け取っていいだろう。

 そしてレオンには承太郎の声は届いていないようだ。

 

「このままだと殺される勢いだぜ」

 

「………承太郎。ワシが死んだら、皆にヨロシク言っといてくれ」

 

「諦めんじゃねぇ」

 

 そこで問題だ!

 すでに殺気を張り詰めさせたレオンを相手に、ジョセフはどうやってこの修羅場を潜る?

 

 3択-ひとつだけ選びなさい

 

 ①.素直に謝罪し許しをこう

 ②.このまま嘘を貫き欺く

 ③.裁かれる(死ぬ)。現実は非情である

 

(③は論外。①も実行して土下座しようものなら、そのまま頭を踏み潰されそうじゃ………かといって選択肢②は………

 

 ①=死ぬ

 ②=失敗すれば死ぬ

 ③=モチロン死ぬ

 

「……葎崎はこの事を知ってるのか?」

 

「ッ‼︎ そうじゃ…礼神の証言は信憑性が高い………」

 

「つまりレオンが葎崎に確認をとったらゲームオーバーか……ジジイ、テメェは間違いなく裁かれる。だが死ぬか否かは変えられるかもしれねぇ」

 

「なん……じゃと………?」

 

 承太郎の言葉に希望の光を見たのか。ジョセフは藁にもすがる思いで承太郎に尋ねる。

 

「人の目があれば、そう簡単に事は起こせねぇだろう。だがここは無人島だ………せめてここを脱出し帰国する。そうなれば殺害までは流石にできねぇだろ」

 

 それを聴き終え、「たしかに…」と静かに頷く。

 

「レオンは嘘だとわかっていても、今回に限っては本当であってほしいと願っているはずだ。決定的な証拠を掴まない限りは安心だ……だがこの島には葎崎がいる………」

 

「まずは…礼神に口止めをしなければ………」

 

「2人とも! 何をコソコソしている?」

 

「……なんでもねぇ」

 

 少し遠くからレオンの声が響き、2人は怪しまれない為にも足を進める。

 ちなみにレオンの表情には未だに影がある。

 

「……ところで承太郎……お前さんはワシの肩を持つのか?」

 

「んなわけねぇだろ。だが………今はそれどころじゃねぇぜ」

 

 血の繋がった実の祖父が不倫している……その事実に対して思う事はモチロン承太郎にもあった。失望、怒り、悲しみ………

 だが彼はレオンの殺気を目の当たりにし、それらの感情を全て棚上げした。

 

 

まずは身内(ジョセフ)の命を

 邪神(レオン)から守らねばッ‼︎

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ……アレからどれくらい歩いただろう。

 

 ポルナレフに言われるがまま、僕は葎崎さんとペアを組んで魚獲り向かっていた。

 

「ねぇ花京院」

 

 小さくはないがそこまで大きくもない孤島だ。

 

「……花京院?」

 

 法皇の緑(ハイエロファントグリーン)で空から島を確認した時見つけた岩礁……そこでなら魚が獲りやすいと思って向かっているが、緊張のせいかすごく長い時間に感じる。

 

「カキョーイーン!」

 

 目的地まではそこまで遠いはずはないんだけどな…

 

「………テイ」ツンッ

 

「ッ‼︎」ビクッ⁉︎

 

 不意に葎崎さんに脇腹を突かれ、緊張も相まって過剰な反応を示す。その反応が面白かったのか、葎崎さんは目を細めて笑みを浮かべていた。

 

「僕の声聞こえなかった?考え事?」

 

「い、いや。別になんでもないよ。それで、何か用かな?」

 

 平然を装ってそう返答するが胸の動機が止まらない……自分でも顔が赤くなっているのがわかる。

 

「魚の獲れそうな岩礁ってどの辺?」

 

「もう少し先……あの岩陰の向こうだ」

 

 そんな僕の様子に気づきもせず、葎崎さんは質問をし、僕はそれに返答する。

 

 彼女は承太郎の幼馴染という事もあり、承太郎に好意を寄せる女子達から煙たがれているらしい。

 それを面倒に思った葎崎さんは、学校の制服も改造して男っぽい服を着ているという。

 そんな彼女だから男子に好意を寄せられてるとは思わず、きっと僕の気持ちにも全然気付いていないんだろう。

 

「………はぁ」

 

「ん?どったの、溜め息ついて…相談乗る?」

 

「いや、大丈夫」

 

 何を隠そう、僕の溜め息の原因は君だからね。

 

 DIOを足止めする為にトラックから飛び降りる直前の告白………かなりの勇気を振り絞ったものだったのだが聞こえなかったなんて………

 

 病室でそれをジョースターさん達から聞いた時は、流石に心が折れそうだった。

 

「ついたー。おぉ、確かに魚獲れそうだね………で、どうやって獲ろう」

 

 目的地についた彼女はそう言って、ひとまず自身のスタンドを出す。

 

「ん? 葎崎さん。そういえばスタンド……」

 

「あぁコレ? 気付いたら本物になってたんだよ。思い当たる節はあるんだけど ビックリしたよ」

 

 彼女の言う「本物」とは見た目の事だろう。

 以前は1つだった頭が3つに増え、 三頭猟戌(ケルベロス)の名に沿った風貌を今はしている。

 

「レオンさんに相談したら「エネルギーの本質が変化してる」とか言ってて、能力にもなんらかの変化があるかもしれないってさ」

 

「そっか。ひょっとして、葎崎さんがこの旅で1番進化した幽波紋使いなんじゃないかな?」

 

「そうかな? それはそうとどうする?気絶させると……おそらく海一面に無駄な被害が………ん、この岩礁の浅瀬の形……もしかして引き潮になれば、ここと海が隔離されたりしないかな」

 

 彼女の言う通り、水面が下がれば天然の大きな生け簀になりそうな窪みがそこにはあった。

 

「たしかに……少し待とうか」

 

「うん。隔離すれば声使っても、海に被害は出ないでしょ………たぶん」

 

 苦笑いを浮かべた彼女は出したばかりのスタンドを消し、ちょうど腰がかけられそうな岩の上に座る。

 

「……? 何立ってるの? 花京院も座ったら?」

 

「そうだね。失礼するよ」

 

「………………」

 

「………………」

 

 ……ダメだ。話してる時は自然体でいられたが、黙ると途端にまた過緊張してしまう。

 

 何か話す事は無いだろうか………

 

 ………いや、今こそ思いを告げるべき………か?

 

 ポルナレフにここまでされて進展が無かったら何を言われるか………ジョセフさんがチャチャ入れに来る気もするが、レオンさんがそれは止めてくれるだろう。

 

『ここで決めなきゃ男が廃るぜ?』

 

 クッ……ポルナレフの幻聴が………

 

「カキョーイーンッ‼︎」

 

「ワワッ‼︎ な、何だ⁉︎」

 

「またボーッとしてたよ。具合でも悪いの?」

 

「大丈夫だ」

 

「本当に?」

 

「本当に。話を聞いてなかったのは悪かったよ」

 

 軽く謝罪を挟み、僕は深呼吸を何度か繰り返す。

 

 ………よし。

 

「どんな魚が獲れるんだろうね」

 

「葎崎さん‼︎」

 

 意を決して、僕は彼女と向き合う。

 名前を呼ばれこちらを向くと同時に、藍色の短い髪が首の動きに遅れて揺れる。

 沈みかけの夕日に照らされた瞳は橙色に色付き、潤いのある唇が僅かに動く。

 

「何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は…「やかましィッ‼︎ 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー バサバサ ーーー

 

「………今の承太郎の声だね。どうしたんだろ」

 

 承太郎の怒気の混じった声が轟き、それを恐れるように鳥達が一斉に飛び立った。

 

「…それで、なんだっけ?」

 

「………」

 

「………」

 

「………僕は蟹も獲れるんじゃないかと思う」

 

「カニかー。食べれるカニかなぁ」

 

 違う……違うんだ………

 

「……どうした花京院。本当に変だよ?」

 

「………大丈夫だよ。それより、そろそろ水面も下がってきた頃じやないか?」

 

 重い腰を上げ、法皇の緑(ハイエロファントグリーン)を使った漁業を始めようとする僕……それに続いて立ち上がる葎崎さんは、首を傾げ僕を見つめていた。

 

 

 

 

 

「大量………とまではいかないけど、人数分は確保できたね」

 

「……そうだね」

 

(花京院、やっぱり変……だなぁ)

 

 漁業を終えると、法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の触手でできた網の中には数匹の魚や蟹、海老が入っていた。

 

(やっぱり無茶してるのかな。漁業手伝おうとしたら「別に大丈夫」って言って手伝わせてくれないし………心配だから早く戻ろう)

「それじゃ、みんなの所に戻ろ」

 

「あぁ……」

 

 ………結局、伝えられないままか。

 

 このまま戻って、皆になんて言われるか………ポルナレフとジョセフさんには、間違いなく揶揄(からか)われるだろうな。

 

 このまま戻るか………それとも今ここで言ってしまおうか………

 

「……………よし」

 

「………花京院‼︎」

 

「痛ッ!」

 

 不意にまた葎崎さんの攻撃に会う。

 今度は指先で突くといった優しいものではなく、腕を引っ張られその場で押し倒されるというものだった。

 

「………………ゴメン花京院」

 

「………えっ?」

 

 何事かと状況を把握するよりも早く、岩陰に押し倒された僕の上で、彼女は身体を重ねるように密着してきた。

 突然の出来事で、僕はもちろん脳内がショートする。

 

「へ………」

 

「……ハァ……ハゥ………」

 

 身体の全体重を僕に預け、耳元で葎崎さんは息遣いを荒くさせる。そして豊満な双丘は彼女の体重で、僕の胸の上で潰れかけていた。

 

「……ぽい………りむ………」

 

「ななな何をッ⁉︎」

 

 弱々しい手付きで僕の懐を探り始める。そして目当ての物を見つけたのか、彼女はそれを取り出そうとするが何やら手間取っている。

 

「葎崎さん………まさかッ‼︎」

 

 彼女が取り出そうとしている物を察して、葎崎さんの手を払ってからポケットの中身を取り出す。

 それはレオンさんから預けられたポイズンリムーバー…蜂などの毒針に刺された際に使う、毒を吸い出す道具だ。

 

 これを取り出そうとしていたという事は、必要としていたという事………

 右手はコレを取り出すのも手間取るほどに弱っていたが、彼女は左手を地面につけて立ち上がろうとしていた。

 

「失礼します」

 

 彼女のブレザーを脱がすと、ワイシャツの右腕部分に赤いシミが出来ていた。その中央にリムーバーを押し当て血液ごと毒を抜き出す。

 

 もう痺れが出る事から中々強い毒みたいだが、命に別状は無いだろう。もしそうなら彼女は()()()事ができ、回避できたはずだ。

 

「逃げましょう。葎崎さん」

 

 彼女を背負い、僕はアヴドゥルさんの上げる狼煙を目印に走り出した。

 どうやらこの島には僕たち以外にも誰かがいるらしい……彼女はそいつに吹き矢の様な物で狙われたのだ。

 

 ………………にしても…

 

(何故こうも邪魔が入るんだ)

 



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69.邪神を兄に持つ男

小説削除事件から早くも1週間が経ち、お気に入り数が350ほど戻りました。早いペースで嬉しい限りです。

削除後にこの小説を見始めた人は
「アレ?なんで急に前書きで話し始めたんだコイツ」
みたいな疑問を持つんでしょうね。

前書き後書きも修正しますが、まるで今書き上げたかのように昔の前書きなどを修復する私は、どんな心境で作業すればいいんでしょうね。

それはさておき69話、グダグダっとどうぞ


「………と、いう事がありました」

 

「……ハァ? つまりこの島には原住民でもいるのか?」

 

「その可能性は高いようだな。新手の幽波紋使い……なんて事は無いだろうが」

 

 岩に腰をかけた礼神はブレザーを脱ぎ、シャツの袖を捲り上げて傷口を露出させる。

 

「消毒します」

 

 不意にパイロットの男が救急箱を開け、礼神に処置を施し始める。それを大人しく受け入れながらも、礼神は顔を上げて口を開いた。

 

「死ぬ感じはしない……痺れ薬みたいな物かな………無人島で、そんなもの作れるの?」

 

「作れなくも無いな」

 

 礼神の問いにアヴドゥルが短く答える。

 

「ひとまず休め、周囲の警戒は俺が請け負う。レオン達が戻るまで……………ッ⁉︎……なん……だ?」

 

「ッ⁉︎」

 

 突拍子も無く空気が凍りつき、ポルナレフの声帯が凍り付く。

 急激な気温の変化などでは無い……あたりを掌握するかのような支配的な殺気。

 この殺気に、パイロットを除いた皆は既視感を感じた。

 

「……まさか……DI…O………?」

 

「バカなッ‼︎ 奴は死ん……だがこの気配………この精神に食い込むような圧迫感ッ‼︎」

 

「これは………まさしくDIOの()()じゃないか⁉︎ どうしてココに………そもそも何故……」

 

 アヴドゥル、ポルナレフ、花京院がそう呟き、礼神の治療を終えたパイロットは震えて尻餅をつく。何か言いたげだが何も言えずにいる。

 

 礼神も同様に凍りつき、風に混じって流れてくる殺意の風上へ視線を向けている。

 

 すると……………

 

「アギャァァァイッ‼︎‼︎」

 

「イギーッ⁉︎」

 

 視線の先にある草むらが揺れ、そこから礼神の胸に逃げる様に飛び込んできた小動物がいた。

 

 それはイギーだった。

 

 肺の空気全てを吐き捨てる様なその悲鳴は、旅の道中では聞くことのなかったもの……あのイギーがここまで怯える様子を見て、皆は更に警戒心を高める。

 

「すまない。遅くなってしま……った………どうした? 全員揃ってスタンドなんて出して………」

 

 殺意の発信源が姿を現すと同時に、彼は戦闘態勢で出迎えられた事に疑問を投げかける。

 

「レ…レオン………だよな?」

 

「………? 私は正真正銘のレオン・ジョースターだが?」

 

 そう言ってW-Refを発現させた右手で手を振ってくる。しかしその表情は黒い闇に飲まれているようで視認できない。

 

(影DIO……じゃなくて影LEONさんだ……)

 

「鳥を仕留めるのに手間取ってしまってな。腕が鈍ったか………近づく前に逃げられてしまってな」

 

 その手には仕留められた野鳥が握られているが、どうやらコレでも手間取ったらしい。

 

「レオンさん…もしかして自身の放つ殺気に気付いていないのですか?」

 

「殺気?……出てるか?」

 

「え、えぇ……そりゃもう……」

 

 恐る恐る指摘したアヴドゥルの方を向き、今尚気付いていないのか、影で隠したまま首をかしげる。

 

「……今、戻ったぞ………」ボソッ

 

 

ーーー ゾアッ ーーー

 

「ッ⁉︎」

 

 遅れて承太郎とジョセフが皆の元へ戻ってくる。

 他の皆と同じように、承太郎とジョセフも冷や汗を滝のように流している。特にジョセフの症状は酷い。

 レオンの殺気に当てられているのは明らかだ。

 

 そしてその殺気は、ジョセフの声に反応して大きく波打つ。

 

((((ジョースターさん、何をしたん(ですか)⁉︎))))

 

 瞬時に殺意の原因がジョセフにある事を感じ、心の中で皆が訴える。

 同時に…自分に向けられた殺気ではないと知り、彼らは僅かながらに安堵する。

 

「礼神」

 

「ヒャイッ⁉︎」

 

 そんな中、レオンは礼神に近付き話しかける。

 

「1つ……確認したい事があるんだが………」

 

「ななな、なんでしょうッ⁉︎」

 

 ニュアンスの乱れた口調で答えながら、背筋を伸ばし佇まいを礼神は直す。

 そして承太郎は口パクで「な・に・も・言・う・な」と告げ、ジョセフはレオンの背後で小さく指でバツマークを作る。

 

「ジョセフの事で………ん?怪我をしたのか?」

 

「あ、え、うん。実は、はい」

 

「落ち着け」

 

 テンパる礼神にそう言うが、今のレオンを前に落ち着けるわけがない。

 そこでまた花京院が事情を話す。

 

「そ、そりゃあ大変じゃのう‼︎ 今すぐにでも安全を確保……するべき………じゃと………」

 

 ここぞとばかりに声を張り上げるジョセフだったが、レオンに睨まれ少しずつ声のボリュームが下がり聞こえなくなる。

 

「…レオン。ジジイの言う通り、安全の確保は大切だぜ……そういや………もうすぐ日が沈むな……」

 

「………夜目が利く、私が1番の適任というわけか………チッ」

 

(舌打ちした⁉︎)

 

「仕方ない。私がその原住民とやらの危険性を排除してくる………すぐ戻るからな?」

 

 最後に脅し文句の様に伝えながらジョセフを睨み付け、一瞥してからレオンはまた島内へ足を踏み入れた。

 

「………なんだったんだ?」

 

 まるで厄災が通り過ぎた後の様な状況で、最初に口を開いたのはポルナレフだった。

 

 するとレオンが立ち去ったのを確認してから、承太郎はハンドサインで皆に集まる様に指示する。

 

 狼煙を上げる焚き火の近くで小さく円陣を組み、小声で会話を始める。

 

「まず……()()は何だ? レオンか?」

 

「レオンじゃ……アレがレオンじゃ」

 

 遠い目でジョセフが呟く。

 

「葎崎…確認だがジジイは不倫してんのか?」

 

「ブッ⁉︎ ゴホッ‼︎ き、急に何を………」

 

「で、どうなんだ?」

 

「……ズバッとハッキリ聞くんだね………」チラッ

 

 礼神はジョセフを横目で見ると、ジョセフは暗い表情を浮かべ何の抵抗も反応も見せない。

 

(……バレたんだ)

「してるよ。ちなみに4人目のジョジョで、4部の主人公」

 

「やっぱりな………いいか葎崎。何をレオンに聞かれても、テメェはそれを肯定するな」

 

「…もしかしてレオンさんはそれが原因で……」

 

「あぁ。俺の知る限り過去最恐の状態だぜ……正直もうバレてるとは思うが証拠が無い………ただいつ爆発するかがわからん。葎崎の証言が引き金になる可能性は大いにある」

 

「………承太郎はジョースターさんの肩を持つのか? なんだか意外だな」

 

「流石に死なすのはマズイだろ」

 

「なる…ほど……」

 

「ジョースターさん死ぬのか?」

 

「…ワシ死ぬの?」

 

「ジジイ、しっかりしろ」

 

 

 

 

 

 場所は変わって木々の生い茂る島内……レオンは1人でそこを彷徨い、花京院の言っていた危険性を排除すべく歩いていた。

 

「………………………」

 

 道中は常に無言で、彼は何処と無く上の空だった。

 無論…原因はジョセフにある。

 

 証拠は無いが、ジョセフの反応からして不倫しているのはほぼ確定………あまりのショックで少し思考が麻痺しつつあった。

 

 できれば自分の間違いであってほしい……ただただそう願っていた。

 

「……………ジョジョに顔向けできん」

 

 重々しい足取りで歩いていると、彼は1つの異変を見つける。

 

 それは枝で作られた小さなトラップだった。

 木の枝が重なっている様に見えるが明らかな人工物………おそらく鳥を取る為のものだろう。

 

「……確かに誰かがいる様だ………む、涙が出てきた」

 

 ………不倫のショックは大きいらしい。

 

「………………誰だ」

 

 ショックを引きずりながらも、凛とした声でそう言うが返答は無い。

 代わりにレオン目掛けて何かが飛来してくる。

 

「無駄だ」

 

 先端の尖った木製の槍…ソレを片手で掴み、即座に来た方向へ投げ返す。

 普通ならソレで当たり終わる作業だが、悲鳴が上がらない事から躱されたようだ。

 

 ………が、躱した時の風圧が草むらを揺らし音を出す。

 レオンはソレを追う様に跳躍し、頭上から奇襲を仕掛ける。

 

「ヌォッ⁉︎」

 

「捕まえた………ん?」

 

「き、貴様………まさかッ‼︎」

 

 僅かな月明かりに照らされ、互いの顔を認識する。

 レオンが捕らえた人間は老いた老人だが筋肉質だった……だが昔の面影が残っており、レオンは老人の上から退いて立ち上がる。

 

「なんだ……()()()()()()()か」

 

「なぁんだとは何だ貴様ァァァア⁉︎」

 

 興味無さげに着崩した服を直していると、噛み付く様に老人が怒鳴りつけてくる。が、何処と無くその表情は嬉しそうだった。

 

 しかしレオンの眼中にはなかった。

 

「それじゃあな」

 

「待てぇい‼︎ 待たんか貴様ァァァ‼︎ かつての戦友と再会した反応がソレかァァァア‼︎」

 

「黙れ、唾が飛ぶ」

 

 急いで承太郎達の元へ戻り不倫の真実を正そうとするレオンだったが、死んだはずのドイツ軍人…ルドル・フォン・シュトロハイムに引き止められてしまう。

 

「そもそも何故生きてる。貴様は死んだ事になっているぞ」

 

「フン。気になるか? ならば特別に教えてやろう‼︎ スターリングラードの戦場で起きた真実をナァッ‼︎」

 

(そんな事よりジョセフ……ジョースター家の血統でありながら………もし不倫が事実なら然るべき対応を……)

 

 話を聞く限り、シュトロハイムはスターリングラード戦線で戦死………ではなく、捕虜として捕まったらしい。しかし敵国に連れていかれている最中に逃亡……本国に帰還しようと小舟を盗んだが嵐に会い失敗。

 

 結果、気が付けばこの島に遭難していたとの事だ。

(レオンは耳を傾けていない)

 

「そうか、災難だったな。それでは……」

 

「だから待たんカァァァッ‼︎………そもそもレオン、貴様はこんな所で何をしている」

 

「私はある目的で仲間と旅をしていてな………その帰りに遭難した」

 

「レオン…レオンよ……ひとまず足を止めたらどうだ」

 

 シュトロハイムに腕を掴まれて尚、レオンは戻ろうとする足を止めない。

 

「信じたく無いが……ジョセフが不倫したかもしれん。貴様は長年を経ての再会に歓喜し、積もる話もあるのだろう………だが私はそれどころじゃないんだ」

 

「………その殺気の理由はソレか」

 

 昔死んだと知らされた男との再会……感動こそしなくとも驚愕するのが普通だ。

 だがレオンのそういった感情は今は麻痺し、ジョセフへの殺気のみとなっている。故にシュトロハイムと再会したところで、どうしても塩対応になってしまうのだ。

 

「もっとこう、ないのか? 再会の感想は……」

 

「ハゲてないのが意外だ」

 

「ヴゥァァアカにしているのか貴様ァァァアッ⁉︎」

 

「相変わらずだな。それでは……」

 

「だから待てと言っておろうがァァァア‼︎‼︎」

 

 このやり取りがバカバカしくなってきたのか、結果的にレオンは殺気をある程度収めていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ………うぅ、正直自信ない………あぁ〜〜今この瞬間だけは原作知識を抹消したい。

 誰か死神13(デスサーティーン)のマニッシュボーイ連れてきてくれない?……無理?………あ、そう。

 

 ………まぁ、それはさておき……

 

「〜〜〜。ーーーーーーッ‼︎‼︎‼︎」

 

「レオンさん……こちらの方……は?」

 

「シュトロハイムだ」

 

 短くそう答えるレオンさんの隣では、野生児みたいな出で立ちをしてる屈強な老人がいた。

 

 少し前、レオンさんが島内から戻ってきた時は皆が緊張を張り詰めていた。しかしその緊張とは裏腹に、レオンさんから醸し出されていた殺気は抑えられていた。

(ジョセフさんと目を合わせたり声を聞くと殺意が波打ってるけど)

 

 そんな殺気の代わりに引き連れて来たのがこのお爺さんだった。

 

「まさかワシらが遭難した島に…お前さんがいるとは……のう」

 

 波打つ殺気を感じて次第に声が小さくなるジョセフさんの肩を、シュトロハイムはバンバンと叩く。

 

『このシュトロハイムもこんな所で出会うとは思っていなかったぞ。お前と共にいたイギリス人は元気か?』

 

「…シーザーか……元気じゃよ」

 

『フハハハハ‼︎ 随分と声が小さいな⁉︎ この程度の殺意で平伏すようでは一人前の男とは言えんなァッ⁉︎』

 

『…騒がしい爺さんだな」

 

『ムッ⁉︎そう言う貴様はジョセフの子孫か…年齢的に孫といった所か‼︎ にしても7人と1匹でどんな旅をしていたのか。レオン!紹介せんか‼︎』

 

「はしゃぐな。怠い」

 

 塩対応で適当に流すレオンさん。

 シュトロハイムはその反応にすら少し嬉しそうな笑みを浮かべる。長年一人だったからだろうな……レオンさんもそんな老人が相手なんだから会話してあげればいいのに。

 

「それにしても………」チラッ

 

「……………」

 

「……起こすのは流石に申し訳ないか」

 

「………ホッ」

 

 横たわる僕を見て呟くレオンさんの言葉に、ジョセフさんはついつい安堵の息を零す。

 

 ………はい、寝てません。

 

 かといって狸寝入りとかバレる可能性大なので、能力を使って仮死状態になっております。

 

 ただ1つだけ問題……というより、予想外の出来事が……

 

(……僕の寝顔ってこんな感じなのか…)

 

 ケルベロスの進化による能力変化だろうね。

 

 能力に幽体離脱が追加されました……総合的に魂を操作する事がケルベロスの能力みたいだ。

 

【幽体離脱】

 ・肉体から離れ魂のみで一人歩きする状態

 

 皆に背を向けて仮死状態になっているのにシュトロハイムの表情の変化に気付けた理由も、幽体として彷徨ってるからなんだよね。

 

(早速レオンさんの意見とか聞きたいけど………今は我慢)

 

 魂だけでフワフワと彷徨っていると、ふと………レオンさんの方から視線を感じる………え?

 

(いやいや見えてたらもっと早くリアクションするでしょ。みんなもノーリアクションだし見えてるわけ………ない!)

 

 そう自分に言い聞かせてレオンさんの方へ振り向く。

 

(………………)

 

『………………』

 

 幽体離脱した僕の姿をレオンさんは認識できない……そして見えないの対義語は勿論………

 

(………見えてる?)

 

『うむ』

 

 レオンさんに背後から抱きつくように姿だけ現しているアンラベル(アンちゃん)は、顔をこちらに向けたまま短く返答する。

 

「ん?アンラベル、何か言ったか?」

 

『うむ……と言った』

 

「………………?」

 

『……ジョジョ、何故レオンは独り言を言っているのだ⁉︎』

 

 幽波紋使いでは無いシュトロハイムが怪訝な表情で何か言っている。幽波紋使いではないから、僕には何を言ってるかわからない。

 

「アンラベル……どうかしたのか?」

 

『どうしたも何も、そこに葎ムグッ』

 

(ダメッ‼︎ 僕の事は言わないで‼︎)

 

 咄嗟にアンちゃんの口元あたりに手を伸ばして塞ぐ。あれ?触れた………もしかして今の僕って幽波紋使いにも見えないスタンド扱い?

 それともアンちゃんの性質のせい?

 

「……アンラベル?」

 

『………ムグムグ』

 

 僕が抑えてる為何も話せずにいる。

 

(お願いだから何でもないって言って!そして僕については触れないで!)

 

『ムー』

 

「何をムグムグ言っている。ハッキリ言え」

 

『レオンよ。何の話を誰としておるのだ?』

 

(………………) ソッ

 

 これ以上は不審に思われる為ゆっくり手を離す。するとアンちゃんは間を空けて話し始めた。

 

『……何でもない』

 

(………ホッ)

 

 良かったァ〜〜。ちゃんとお願い聞いてくれ………

 

『と、言うように葎崎 礼神に言われただけだ』

 

 ………てない。

 

「………礼神? そこで寝てる礼神の事か?」

 

『うむ。あと彼女については触れないように頼まれてな。だから何でもない』

 

(アンちゃーーーーーーッん‼︎⁉︎)

 

『む、今のも言ってはいけなかったのか……』

 

「………W-Ref」

 

 レオンさんはW-Refを発現した右手を持ち上げてアンちゃんの視線の先………つまり幽体の僕に手を向けた。

 

 殺気が少し増幅するのを感じた。

 

「………何故何も無い所から、礼神のスタンドエネルギーを感じるんだ?」

 

「き、気のせいじゃないですか?」

「これだけの幽波紋使いが集まってるわけですしね」

「そうだぜ!気のせい気のせい」

「アギッ」

『だから何の話だ⁉︎ このシュトロハイムにもわかるように話してくれい‼︎』

 

 アヴドゥルさん、花京院、ポルナレフが立て続けにそう言うが、レオンさん相手にそう言っても意味ない気がする。

 

 親族の承太郎とジョセフさんはそれがわかってるからか、何も言わずにレオンさんの反応を緊張した面持ちで伺っている。

 

 そして二人は危険を感じたのか額に汗を滲ませ、腰を僅かに持ち上げた。

 

「………なるほど。何か企んでると思えば、私を騙す気でいたか…………」

 

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ッ ‼︎‼︎

 

「なななんの話じゃ⁉︎」

 

「ジョセフ……貴様は謝罪の意など無いのだな? 謝る気などさらさら無く、私を欺く事を選んだ………」

 

「ち、違うんじゃレオン‼︎ 別にレオンを騙そうなど………」

 

「言い訳など聞きたくは無い。真実を知る礼神に仮死状態になってもらい口封じをしたのがその証拠ッ‼︎ 最初は謝罪の方法でも考えているのかとも思ったが………」

 

 ゆっくりとした動きで腰を持ち上げるレオンさんの殺気は、今までとは比にならない明確な物になっていた。

 

 無数の針で身体を貫かれているような鋭い殺気には、流石のシュトロハイムも警戒して慌てる。

 

『おお落ち着かんかッ‼︎ 貴様の気持ちもわかるがジョセフも男ッ‼︎ 火遊びの1つや2つは「部外者は………」オッ⁉︎』

 

 ジョセフさんとレオンさんの間に立ちはだかるシュトロハイムの肌を、レオンさんは撫でるように掌を滑らせる………そう思った時には既に、シュトロハイムの身体は宙へ投げ出されていた。

 

 

黙っていてくれ

 

 ーーー ズドンッ ーーー

 

 そこで僕は瞬きを挟んだが、次に瞼を持ち上げた時には事が済んでいた。

 シュトロハイムの頭部は浜辺の砂中に減り込み、首から下はだらし無く地上で伸びていた。

 

「シュトロハイムが……一捻り………じゃと」

 

「逃げろジジイ‼︎ 殺されるぞ‼︎」

 

「物騒な事を言うじゃないか承太郎…素直に謝るなら考えもしたさ………男たるもの火遊びも結構………だがその歳でその遊び心は如何なものか………」

 

「な、何が考えもしたじゃ‼︎ 誤って殺しそうな勢いじゃ「シュゴォォァア‼︎…ピッ」………」サー…

 

 ジョセフさんの言葉を遮る様に、紫色の線がジョセフさんの頬を掠めた。霊体をいいことにレオンさんの顔を覗いて見てみれば、左目が黒く潰れている。

 

「私が匙加減を見誤るわけがないだろ?」

 

 そう言い放つレオンさん…否……影LEONさんは姿勢を下げ、今にも駆け出そうとする。そんな彼の足を、半透明の剛腕が掴んだ。

 

『オォォルゥァァァアーーーーッ‼︎‼︎』

 

 その剛腕の正体は承太郎の星の白金(スタープラチナ)。レオンさんの細い足首を掴んでフルスイングし、水平線の向こうとまでは言わないが、無人島からかなり離れた海面へ投げ飛ばした。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………大変な事になったねぇ〜」

 

「やっと起きたか葎崎」

 

 仮死状態を解いた礼神が立ち上がり、臨戦態勢の皆の元へ駆け寄る。

 

「………みんな…ジョースターさんを頼む」

 

「花京院……君はどうするつもりだ?」

 

「決まってるだろポルナレフ、ここで食い止める」

 

「食い止めるだと……1人では無茶だ‼︎」

 

 花京院の言葉をアヴドゥルが遮る。そんな彼の服の裾を礼神が掴み止める。

 

「アヴドゥルさん、夜はレオンさんの時間だよ………だから少なくとも、夜明けまで時間を稼がないとジョセフさんが……」

 

「たしかに…日が出れば俺たちでも抑えられるが、今は時間稼ぎが懸命か……だがレオンの標的はジョースターさんだ。俺たちを無視して先を急ぐかもしれないぜ?」

 

「承太郎、君の意見を聞こう」

 

「………………………」

 

 ここで話を振られた承太郎は、両手で何かを挟むジェスチャーをしながら口を開いた。

 

「『俺たちは追いながらレオンと闘う』………『ジジイは逃げながらレオンと闘う』………つまり、ハサミ撃ちの形になるな…」

 

「……今でるか、そのセリフ………」

 

 呆れた様子で礼神が呟くと、遠くから何かが近付いてくるのを皆は感じ取る。

 無論…それは膨大な殺気を纏っており、波紋を広げながら海面の上を優雅に歩いていた。

 

「………貴様らは奴の肩を持つのか?』

 

「まさか……殺させるつもりがねぇだけだぜ」

 

 半分ノイズの混じった声で問うレオンに、承太郎は睨みつけながら答える。

 

「殺しはしない。だから邪魔をするな」

 

「嫌だね」

 

「……まぁ…いいだろう」

 

 

ーーー ゾァッ‼︎ ーーー

 

 垂れ流しだった殺気の量は変わらないが、それは鋭利に尖り始める。ジョセフに向けていた怒りの矛先を、止むを得ず他に向けた証拠である。

 

 その時、彼らは思い出した。

 

 

 

 

 

奴は邪神の弟だと言うことを‼︎




証呂
「旧支配者のキャロルって知ってる?」

レオン
「…誰だ?」

礼神
「あぁ、クトゥルフ神話trpgとかのBGMに使われる奴だね。それがどうしたの?」

証呂
「今回の話である「夜の海面を歩く影LEON」を想像したら、このBGMが自然と脳内再生された」

レオン
「知るか」

シュトロハイム
「それよりも再登場だというのに、このシュトロハイムの扱いが酷すぎるんじゃあないか?」

パイロット
「別にいいじゃないですか。俺なんて最後は空気ですよ、空気」

イギー
「ガウバウッ!」


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70.天誅

レオン
「みんなー♪レオンの暗殺教室、はっじまっるよー? わたしみたいな人外目指して、頑張っていってねー♪」キラキラ-ダイヤモンド-

礼神
「レオンさん壊れたーーッ⁉︎」

証呂
「それはさておき、達筆の進まない中完成した70話。グダグダっとどうぞ」


本編のレオンはこのような壊れ方をしません。
チ◯ノのパーフェクト算数の替え歌とかは歌いません。



「………頼んだぜ」

 

「……僕、飛び火は勘弁して欲しいんだけど」

 

 承太郎と花京院を残し、他の皆は礼神のケルベロスに乗ってジョセフを追いかけ始めた。

 

 残された2人は、未だ海面に立つレオンと向き合っている。

 

「私の相手は君達2人か……無駄だと思うが最後にもう一度言う。邪魔をするな」

 

「断る。今のレオンをジジイに会わせたら殺しかねないんでな」

 

「随分と信用がないな」

 

 やれやれと首を振ると、レオンは臨戦態勢に入る。

 それと同時に、花京院が法皇の緑(ハイエロファントグリーン)で大量の弾幕を張る。

 

()()()()あげませんよ!くらえッエメラルドスプラッシュ‼︎」

 

「…花京院のエメラルドスプラッシュは高い威力を誇るが、エメラルド1つ1つの威力は銃弾程度……………」ピシィ‼︎

 

 

ガッ…ガン…ガンガンガン!

 

「ッ⁉︎」

 

「銃弾同様、鋭利な先端に力が集まる形状だ。そして銃弾同様……側面から力を加えれば簡単に軌道は乱れる」

 

 レオンへと直進するエメラルド弾幕の先頭の1つを、指先で一度だけ弾き飛ばした。弾いたのはそれだけだったが、それは別のエメラルドにぶつかりソレの軌道を乱す。そしてソレはまた別のエメラルドに………

 

 気付けば連鎖するように弾かれ、擦りこそするがどれも直撃はしなかった。

 

「指一本でッ⁉︎ ならこれでどうだッ‼︎」

 

「収束させても無駄だ」

 

 

ガガンッ‼︎

 

 7,8発を収束して放っても、握り拳を力強く開くように弾かれてしまう。全ての弾幕はレオンの背後へと進む。

 

「クッ⁉︎ なんて人だ。片手で僕のエメラルドスプラッシュを……」

 

「攻守交代だ……」

 

 そう言ってレオンは回し蹴りを放つ。無論…未だに海上に居るレオンのそれが、花京院や承太郎に届くわけはない。

 代わりにその回し蹴りは、レオンの足元の海面を大きく抉った。

 

 勿論波紋を帯びた回し蹴りだ。

 

 蹴りで抉られた海面は波紋の影響で引き寄せ合い、周囲の海水を巻き込みながら盛り上がって高くなっていく。

 

 オマケにレオンはその上に立っている。ボードは見えないが、側から見れば波に乗るサーファーだ。

 

藍色(インディゴ)…」

 

「マズイッ⁉︎ 離れるぞ花京院ッ‼︎」

 

波紋疾走(オーバードライブ)ッ‼︎」

 

 己の乗る波の上で軽く跳び、真上からソレの海面に両足を叩きつける。その両足の裏から放たれた波紋は深く突き刺さり、盛り上がった波は内側から弾けた。

 

「波紋には弾く(プラス)吸い付く(マイナス)がある」

 

 弾けた波のカケラは、サイズがバラバラの水滴となり陸の方へ飛び散る。無論、承太郎と花京院はそこにいた……先程までは。

 

星の白金(スタープラチナ)ッ‼︎」

 

 水飛沫が収まると同時に、今まさに上陸しようとするレオンの顔面に星の白金(スタープラチナ)の拳が迫る。

 

(時を止めて花京院ごと回避したか………)

 

 見てからの反応では星の白金(スタープラチナ)の攻撃は対処できない。

 

 ーーー レオン、僕は昔ダニーに拳銃のオモチャを取られてね、返してくれないから父さんに相談した事があるんだ。そしたら父さんはこう言ったんだ…「逆に考えるんだ。あげちゃってもいいさと」ってね。

 

 攻撃されると理解すれば人は、自然と身を(こわ)ばらせる。だがレオンは逆に全身の力を抜いた。

 ダメージを流すためにこうする事は承太郎も予想していた。その上で崩れた体勢へ追い討ちをかけて組み伏せるつもりだった。

 

 しかし!レオンは…

 

「RYAAAAAAAA‼︎」

 

 更におもいっきり仰け反ったッ‼︎

 

「グゥッ⁉︎」

 

 その力を利用して星の白金(スタープラチナ)の肘あたりを蹴り上げる。この蹴り上げの速さはレオンの力ではなく、利用した星の白金(スタープラチナ)の力……虚をつかれた事もあり、承太郎も流石に防げなかった。

 

(遠心力で足が千切れるかと思った……流石星の白金(スタープラチナ))

 

 そう思いながらも攻撃の手を止めず、一瞬の硬直の間に波紋の追撃を与える。

 

(マズイッ……スター…プラチナを……消さねぇと)

 

金糸雀色(カナリア)波紋疾走」

 

 蹴り上げた脚とは逆の脚で顎を掠めるような上段蹴りを放つ。それは狙い通り、承太郎のスタンドの顎を横から捉えた。

 

「すまんな。貴様との長期戦は真っ平御免だ」

 

 

ー ドサッ ー

 

 承太郎は白目を剥いて膝から崩れ落ちた。

 

「承…太郎?」

 

「………私が勝った事が、そんなにオカシイか?」

 

「ッ‼︎」

 

 1人で対峙する花京院は尻込んで一歩退がり、レオンはそれに合わせて一歩踏み出す。

 

「承太郎はジョセフの為に……不倫を庇うという巫山戯た理由で挑んで来た。そんな理由では強い意志を持つ事などできず、星の白金(スタープラチナ)は本来の力を発揮できていない………」

 

 またレオンは一歩踏み出し、花京院は一歩後退する。そして承太郎と自分とで拡散されていた殺気を、その身1つで花京院は受け止める。

 

「君もだ。花京院 典明………君は私に恐怖しているのだろう。無理はするな……私も無駄な戦闘などはしたくない」

 

 また表情は影で隠れ殺意が禍々しく彼を包む。ソレを感じ取る花京院はソレに異常性を感じた。

 

 膨大かつ禍々しい殺気を前にしてなお、レオンからは殺意を()()()()。確かに殺気は自分に向けられているし、文にしてみれば誰が見ても矛盾している。

 だが頭でそう思っても、その矛盾がやけにしっくりくる。

 

 殺気は感じるが殺されたりはしない………本能で花京院はそう思った。

 

「………花京院。知っているか? 波紋の優れた点」

 

(なら僕は………殺されないなら何をされるんだ?)

 

「波紋は……人を癒し、攻撃にも使える。そして加減を誤らなければ、後遺症も傷も残らない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまり拷問に適してる

 

 

 

 

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 「ウワァァァァアアアーーーーッ‼︎‼︎」

 

 遠くから聞こえた男子高校生の悲鳴を耳にした礼神達は、海岸沿いをケルベロスに乗って走っていた。

 

 礼神は腕にイギーを抱き、イギーは「こんな悲鳴は聞きたくない」と言わんばかりに前足で両耳を塞ぐ。

 ケルベロスの後ろ側にはポルナレフとアヴドゥルが乗っているが、2人とも顔色が宜しくない。

 

「花京院………君の事は忘れない」

 

 誰となくそう呟くと、前方に走る老人の姿が見えた。

 呼びかけて自分達の乗るスタンドの背に乗せると、すぐさまケルベロスは走り出した。

 

「………ジョースターさん。今からでも謝るというのは…」

 

「…謝ったその先…どうなるかはわかるじゃろ」

 

「ジョースターさんッ!コッチは完全に巻き込まれた側だぜッ⁉︎ 被害を抑えようって発想はねぇのか‼︎」

 

「黙れポルナレフ‼︎ 年上をサポートするのは若者の役目じゃろ‼︎」

 

 

…今しがた

 

 汗だくでジョセフが逆ギレすると、森の中から1番聞きたくない声が聞こえてくる。

 見たくは無いが視線をそちらに向けると、木々の天井を突き破るように空へ影が飛び出した。

 

「老いぼれの戯言が聞こえた。随分と遠くへ逃げたじゃないかァ‼︎ ジョセフ・ジョースタァァァア‼︎‼︎」

 

 月光を背にして飛び出した厄災は、ケルベロスの進行方向に着地した。そして拳を振り上げ飛び掛かってくる。

 

赤い荒縄(レッドバインド)ッ‼︎」

 

 ジョセフを目の前にして冷静さを欠いたのか、アヴドゥルは容易くレオンを縛る事に成功する。それもただの縄ではなく、魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)による赤い荒縄(レッドバインド)…炎で作られた荒縄だ。

 

 縄は火傷痕を残しながらきつく縛る……が

 

「フンッ!」ブチッ

 

「ヘァッ⁉︎」

 

 全身に力を込めたレオンが無理矢理引き千切ったように見え、礼神は間抜けな声を上げる。

 

銀の戦車(シルバーチャリオッツ)ッ‼︎」

 

 縛られてる間に切るつもりだったのか、唯一ポルナレフが行動を起こしていた。

 

「………少し冷静さを欠いてしまったな。にしても……」グッ

 

「何ッ‼︎」

 

 銀の戦車(シルバーチャリオッツ)のレイピアは、W-Refをはめたレオンの右手が掴み止めていた。

 

「いきなり首をはねようとは……少し酷いんじゃないか?ポルナレフ」

 

 穏やかな声だが殺気は相変わらず。微笑んではいるが影で表情は見えない。ポルナレフはただただ汗を流すばかりだ。

 

 そんな彼のスタンドの腹部に手を押し当て、レオンは吸収したエネルギーを放出した。

 

「reflection」

 

「ウグッ‼︎」

 

 放出されたのは今受けた斬撃と、赤い荒縄(レッドバインド)から吸収した熱だった。

 銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の腹部の鎧には、火傷痕と傷が生まれる。

 

「安心しろ…火傷したら、()()()()治してやる」

 

 その言葉でトラウマになったばかりの手術を思い出したのか、ポルナレフは表情を引攣らせる。

 

「どけ、J・P・ポルナレフッ‼︎」

 

「速ッ!チ、銀の戦車(チャリオッツ)ッ‼︎」

 

 剣撃のスピードを上げるポルナレフ。それに臆さず、レオンは両手脚で連撃を叩き込む。

 その全てをポルナレフは防ぐが、彼は驚愕した。そしてそれはポルナレフだけではない……その場にいた者は皆、驚きを隠せずにいた。

 

 その原因は、レオンの身体に迸るスパークだった。

 

「あの電流のようなスパークはまさか波紋ッ⁉︎ しかしあのスピードはまさしく吸血鬼の力じゃ‼︎ 両立できないはずの双力を何故ッ‼︎ しかもいつも以上に早く動けている気さえするッ‼︎」

 

 吸血鬼のスペックを引き出しながら波紋を使うレオンを見て、1番よく知るジョセフがそう叫ぶ。

 

 色々と規格外だったレオンだが、"波紋使いと吸血鬼は両立できない"というのは"スタンドはスタンドでしか倒せない"というルールと同じくらいの絶対条件だと思っていたからだ。

 

 その時、レオンはポルナレフから距離を取って拳銃の様に人差し指を向ける。

 

 ー バチッ ー

 

 その指先からは白い光が伸び、ポルナレフはそれを切っ先で叩き切った。それを見てアヴドゥルは、ジョセフの抱いた疑問を払拭する意見を述べた。

 

「…………ジョースターさん。あれは"電流のようなスパーク"ではなく、"電流のスパーク"なのでは?」

 

「………………」

 

「アレって吸血鬼の力というか……柱の男の流法? 神速(カン◯ル)

 

『流石はモハメド・アヴドゥル、聡明だな』

 

 身体を動かすは筋肉…それを機能させるのは誰もが持ち、身体に流れている微量な電流だ。

 

『我が主は今、元々全身に流れる微量な電気をコントロールしてステータスを底上げしている。全身に熱を持たせて酸素を大量に運ぶ技とは比にならない力だ』

 

「…アンちゃん。解説はいいからレオンさん止めて」

 

『無理だ。葎崎 礼神よ』

 

 突拍子もなく現れ説明するアンラベルは、ドヤ顔(を浮かべてるように見える)状態のまま断言した。

 

「礼神。ジョースターさんを頼む」

 

「えぇーーーッ⁉︎ 僕を最後の砦にしないでよ‼︎」

 

「……私だって嫌だ。スマン」

 

「ア、アギッ‼︎」

 

「イギーまでッ‼︎」

 

 ケルベロスから飛び降りたアヴドゥルは、ポルナレフの隣に立ちレオンと対峙する。そしてそれに乗じてイギーも立ちはだかる……何処と無く投げやりだ。

 

 残された礼神はアヴドゥルへ向けて悪態をつきながら、仕方なくジョセフを連れて来た道を逆走し始めた。

 

「………次は貴様らか」

 

「レ、レオンさん…確かにジョースターさんがした事は許し難い行いです。ですがここはどうか寛大に……」

 

「寛大に?……ガキの悪戯じゃあ無いんだ。それも不倫………ジョースター家の名に泥を塗るだけに留まらず!相手の人生さえも変えてしまう犯罪なのだぞッ‼︎ 安易に貴様らはジョセフを庇うが、事の重大さが分かっているのかッ⁉︎」

 

(………ヤベェ、反論できねぇ)

 

 至極もっともな正論を述べられ、2人は思わず黙りこくる。

 

「そ、それはそうですが、流石にやり過ぎなのでは………」

 

「何が?」

 

「……アヴドゥル、もう通しちまおうぜ。正しいのはレオンで、ジョースターさんには悪いが自業自得だ」

 

 飛び火を恐れるポルナレフがそう言うと、アヴドゥルは難しい顔をして考え込む。

 

「………………」

 

「通してくれアヴドゥル」

 

「通しちまおうぜ。そもそも何で俺らが庇わないといけねぇんだ? あの時はその場のノリというか…勢いでつい庇っちまったが、俺らは無関係なんだぜ?」

 

「………」

 

「アヴドゥル…」

 

「アヴドゥルッ!」

 

「………わかりました」

 

 影LEONに睨まれ、仲間のポルナレフには必死に説得される始末……そして今気付いたが、イギーは敵前逃亡ときた……アヴドゥルは流石に折れた。

 

「ですが最後に約束してください。ジョースターさんもご老体ですのでやり過ぎないように」

 

「………………………………わかった」

 

「………今の間は何ですか? 念の為に聞きますが、殺したりは勿論しませんよね?」

 

 用心深く聞くアヴドゥルに呆れながらも、レオンはちゃんと宣言した。

 

「勿論、殺す(殺さない)わけないだろう。約束する」

 

「「………………」」

 

「………ん? どうした、もう通って良いか?」

 

「ち、ちょっと待ってください! もう一度…もう一度だけ今のセリフを言ってくれませんか⁉︎」

 

「ハァ……面倒くさいな。このレオン・ジョースターはジョセフ・ジョースターを殺さない(殺す)。必ず殺す(生かす)

 

「「………………」」

 

「………それじゃあ失礼す…「魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)ッ‼︎」「銀の戦車(シルバーチャリオッツ)ッ‼︎」………」

 

 再びジョセフを追おうと足を踏み出すと、2人はスタンドを出して改めて立ちはだかる。ハッキリとレオンが断言したにも関わらず、幻聴でも聞こえたのか言葉の真偽がわからなくなってしまったからだ。

 

 それを見てレオンは、流石に無関係の彼らにも怒りを覚え始める。

 

「……何がしたいんだ貴様ら………やはりジョセフの肩を持つのか?」

 

 溢れ出る殺気の矛先が2人に向けられる。

 

「………すみませんレオンさん。やはり今の貴方をジョースターさんの元へ向かわせるわけにはいきません」

 

「俺は……こんな損な立ち回りしたくねぇんだけどな………」

 

「………はぁ〜〜〜、もうイイ…」

 

 一際大きな溜息を吐いてからそう言い、それを最後にレオンは黙り込んだ。

 

 ー バチッバチッ ー

 

 スパークが音を立て、元々白い髪が薄く光る。

 暗闇に浮かぶその光源は小さいがよく目立つ。それでも2人は一瞬、人外の姿を見失った。

 

魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)ッ‼︎」

 

 本業は占い師だが、アヴドゥルは決して非戦闘員ではない。

 相手の動きを読む…予測するのは戦闘の基本であり、アヴドゥルの予測は見事に当たった。

 

「……攻撃してくる方向までは、分からないと思ったが」

 

「私のスタンドはあまり早くは無いので……一工夫させて頂きましたよ」

 

 冷や汗を流すアヴドゥルの前には火の集合体があり、レオンのいる方向に位置する火がバチバチと音をたてて燃えている。

 それは生命に反応し、その方向を示す役割を持つアヴドゥルのスタンド能力の応用。

 

「炎の生命探知機」

 

「便利な能力なのだな」

 

銀の戦車(シルバーチャリオッツ)ッ‼︎」

 

 二撃目を放つ前に、レイピアがレオンの眼前を通り過ぎる。

 予測すれば初撃を受け止められるが、その体勢から次の攻撃を防ぐのは難しい。

 それを知るポルナレフが攻撃を仕掛けたのだ。

 

「2人とも確かに強いが、承太郎や花京院のように本来の力が出せていないな。ポルナレフのスタンドもだいぶ遅くないか?」

 

「グッ、確かに……だがッ‼︎」

 

 突如として銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の鎧に亀裂が入り、ポルナレフのスタンドは破裂する。

 

「本来のスピードをお見せしようッ‼︎」ズラッ‼︎

 

 ポルナレフの背後には5体の銀の戦車(シルバーチャリオッツ)が整列して剣を構えている。ポルナレフは群体型の幽波紋使いではない…アレは恐ろしいスピードによって生まれた残像体だった。

 

「……話には聞いていたが」

 

「今度の剣捌きはどうだァァァッ⁉︎」

 

「確かに速いが……reflection」

 

 

ー バチバチバチッ‼︎ ー

 

「グアァァァァァァア‼︎‼︎」

 

「……チッ……()()()()()()なかったか」

 

 身に付けたばかりの電力操作で出力を高めれば、スピードは更に上がるだろう。しかしその電圧に耐えられる可能性はまだ無い。

 故にW-Refで溜めた電力を一括に放つが、レオンが思うほど溜まってはいなかったようだ。

 

「気絶まではいかなかったが、しばらく動けないだろう」ギロッ

 

 そう言ってアヴドゥルに目を向けると、アヴドゥルは既に攻撃モーションに入っていた。

 

C(クロス)F(ファイア)H(ハリケーン)S(スペシャル)ッ‼︎」

 

「………そう来るか」

 

 アンクの形を模した小型の炎の群れがレオンを襲うように見えるが、それは全てレオンに当たらずに周囲を覆う。

 

 それに続き、アヴドゥルの魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)は一際大きな炎を吐き出す。それはレオンを容易く飲み込む程の大きさだ。

 

(まずは逃げ場を潰し、そして飲み込む………か)

「甘いッ‼︎」

 

 レオンは大振りに右腕の手刀を振り下ろし、何かを放つ。

 すると炎とソレがぶつかり合い、拮抗する事もなく炎の波は縦に裂けた。

 

「reflection……風力を放出した」

 

「グッ……カマイタチで炎を……しかし、私の炎は消えませんよッ‼︎」

 

「ムッ」

 

 逃げ場を潰す為に放ったアンク型の炎は、未だに消えずにレオンの周囲を漂っていた。

 

「炎を自在に操るからこその、魔導師の赤(マジシャンズ・レッド)です」パチン

 

 彼が指を鳴らすと共に、それらの炎は一斉にレオンへと飛来した。

 

「アンラベルッ‼︎」

 

『………ムッ』

 

 

ボゴォォォン‼︎‼︎

 

 レオンがいた場所は爆炎で包まれる。無論手加減はしたが、相手が人ではない為少し強めだ。

 放った本人も「…少しやり過ぎたか?」と不安になる。

 

「アヴドゥル………やったのか?」

 

 痺れがまだ取れていないポルナレフが、座り込んだ体勢のまま尋ねる。だがアヴドゥルは答えず、爆炎の中心を見つめる。

 そして、そこに居るのは。

 

 

 

 

『……熱いな』

 

 

 

 

 レオンが持つ第2のスタンド、アンラベルだった。

 

「何ッ⁉︎ アレを避けたのかッ⁉︎」

 

(レオンさんは爆炎に包まれる寸前、彼女の名を呼んでいた……一体何をしたんだ?)

 

 神経を尖らせて周囲を警戒するが、2人はレオンの姿を完全に見失ってしまった。

 

「何処へ消えた………」

 

「まさかジョースターさんの方に………」

 

『………主ならすぐそこに居るぞ』

 

 2人の言葉にそう答えるアンラベルを見て、2人はある事に気付いた。

 

 炎で見えにくかったが、彼女は()()()()()砂浜に立っていた。

 

 何度も言うようだが彼女の能力は反比例……100が60に減れば0が40に増える………100が0になれば0が100に………つまり場合によっては()()する。

 

()()の逆転。スタンド体となり、砂中をすり抜けた」

 

 スタンド体のアンラベルに実体を持たせ、実体のあるレオンがスタンド体になる。その性質を見出して砂浜の下から現れたレオンは背後を取り、アヴドゥルを波紋で気絶させた。

 

「……………」ザッザッ

 

「チョ、待てッ‼︎ 何する気グェッ‼︎」

 

 這った体勢のまま離れようとするポルナレフの腹を軽く踏みつけて行動を制限。そして右腕に波紋を収束させる。

 

「痺れが取れたら復活するだろう? それに庇った貴様らも共犯だ……それ相応の罰を………な?」

 

 ………ポルナレフ曰く…未だに表情には影がかかっていたが、薄っすらと見えたレオンの表情はこの上なく笑顔だったらしい。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 「ギャアァァァァァア‼︎‼︎‼︎」

 

 遠くで聞こえた悲鳴の残響を、僕はジョセフさんと一緒に聞いていた。

 アヴドゥルさん達と別れてからそう時間はかかってない。それだけ早く事が済んだという事なのだろう。

 

「………逃げはするけど、追い付かれたら僕助けないから」

 

「そんな殺生な………」

 

「僕がレオンさんに勝てるわけないでしょ」

 

 でも僕も怒られるんだろうな…隠してた事と、逃走援助について。

 

 

ーーー止まれーーー

 

「ッ‼︎」ゾッ

 

 DIOと対峙した時の既視感を感じ、僕は思わず立ち止まる。僕の後ろに乗ってるジョセフさんは「止まるな」と言ってるけど、あんな声を掛けられたら無理無理。

 

「………レオン……さん」

 

 いつ先回りしたのか、僕らの前にはレオンさんが立っていた。容姿に変化は無く、相変わらず影LEONさんだ。

 

「……礼神。君もジョセフを庇うのか?」

 

「滅相もございません。どうぞお納め下さい」

 

「礼神ーーーッ⁉︎」

 

 僕は、自分の保身に走るぜ☆

 ゴメンなさいジョセフさん。レオンさんを見て気が変わった。

 

 ………だけど、このままは可愛そうなのでダメ元で説得を始める。

 

「……でもレオンさん。結果論だけど、ジョセフさんの息子である東方 仗助は4部主人公……つまりジョナサンや承太郎と同じく必要な存在なんだよ。それを考慮して……許してあげれない?」

 

「………礼神、問題は子がいる云々では無く、ジョセフの行動自体だ。そんな結果論ではなく、過程が問題なのだ」

 

「………だよね」

 

「礼神ーーーッ‼︎」

 

 諦めが早いって? そんな事ないよ。普通だよ。

 

「さて……覚悟は良いな? ()はできてる」

 

「待って、できてない‼︎ ワシはできてなッ」

 

「金糸雀波紋疾走ッ‼︎」

 

 ケルベロスから飛び降り再び逃亡を図るジョセフさんを捕まえ、レオンさんは天高く掲げたその拳を振り下ろした。

 

 その威力からジョセフさんは顔面から砂浜に頭を突っ込み、首から上が埋まる。

 

 そこで僕は思い出す。

 

「……戻ったらシュトロハイム掘り起こさないと」

 

 花京院、アヴドゥル、ポルナレフ、イギー………今、終わったよ。

 

「…後は礼神、君1人だな」

 

「………What?」

 

「君にも考えがあったんだろうが、隠蔽は共犯だ」

 

 僕の視界に映った最後の光景は、デコピンを構えるレオンさんだった。

 




アンラベル
『オリジナル波紋に、脳内キャパーオーバーを引き金に流法の習得……さらに我の能力のコントロールも自分のものにしつつある。この成長を我は、DIO戦で見せて欲しかったのだが』

レオン
「私も内心複雑だ」

空条 承太郎
・本調子を出さずに波紋により気絶

花京院 典明
・最後まで抵抗を見せたが、波紋により気絶

モハメド・アヴドゥル
・アンラベルの応用で背後を取られ、波紋により気絶

J・P・ポルナレフ
・流法の電撃で硬直してる間に、波紋により気絶

イギー
・敵前逃亡

葎崎 礼神
・敵前降伏

ジョセフ・ジョースター
・天誅


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71.帰路

レオン
「………フゥ。ジョセフ、この程度か?」

ジョセフ
「………………」

レオン
「………………ジョセフ?」

ジョセフ
「………………」

レオン
「………71話、グダグダっとどうぞ」


 遭難した次の日……気がつくと僕らは焚き火を囲むように寝ていた。

 

「………起きたか、葎崎」

 

「承太郎…………えっと……僕らは何をしてたんだっけ…?」

 

 先に起きていた承太郎は、焚き火から火をもらって一服している。

 というか、僕以外はみんな既に起きていた。

 

 ………その前に。

 

「お腹すいた」

 

「それもそうだ。なんだかんだで皆、夕食を食べていないのだからな」

 

 溜息と共に僕が空腹を訴えると、レオンさんが焚き火に木片を投げ入れながら口を開く。

 

「そっか、僕ら何も食べてないんだ。なんだかんだで……」

 

 ………………ん?

 

「なんだ……かんだで?」

 

 ………………

 

 思い出した。

 昨夜は"影レオンさん裏ボス昇格イベント"が発生したんだった。「皆」とレオンさんが言うあたり、みんなも気絶し、そのまま次の日を迎えたのだろう。

 

「昨日のうちに下拵えはしておいた。鮮度の良かった物だけ今焼いてる。焼き上がったのから食って構わないぞ」

 

 そう言われて気付いたが、焚き火の近くには肉を刺した枝が距離を置いて砂に刺さっていた。

 

「お、みんな目覚めたか。レオン、蒸留した水を持って来たぞ」

 

「ジョセフか。ありがとう」

 

「入れ物ごと海水に浸したからキンキンに冷えとるわい!」

 

「………………?」

 

 そこにやって来たジョセフさんは、レオンさんにペットボトルを投げ渡す。それを笑顔でキャッチするところから、昨日の影LEONさんと同一人物には思えない。

 

「ジ、ジョースターさん。体調の方は……」

 

 見兼ねたアヴドゥルさんが質問をすると、ケロッとした表情で振り返り…

 

「ん? あぁ、酷い目にあったが今は何の問題もないよ。チャレンジ精神で()()()()()()すんもんじゃないなぁ」

 

「ブッ⁉︎ ゲホッ、ゴホッ‼︎」

 

『ゴホン‼︎ ゴホン‼︎』

 

 笑って返されたまさかの返答に、ポルナレフがむせる。

 それもそうだ。不倫を知ってあそこまで激怒したレオンさんを前に、不倫を拾い食いって……例え方が酷い。

 

 黙っていたシュトロハイムは、ジョセフさんの発言を誤魔化そうとでもしてるのか大袈裟に咳き込む。

 

 その場の全員が横目でレオンさんを盗み見る。が……

 

「〜〜〜♪」

 

 ………鼻歌歌いながらカエル焼いてた。

 

 ん?ドユコト? レオンさんなら激怒すると思ったんだけどな。本当に別人みたい………まさか本当に別人なんじゃ‼︎

 

 た……多重人格………⁉︎

 

「誰が多重人格だ。アンラベルの事を指しているのか?」

 

「あ、声出てた? ごめんなさい」

 

 気にしない様子で返された言葉に短く謝る。

 

「ジョセフ、デザートにヤシの実か何か取ってきてくれ。昨日見つけただろ」

 

「昨日………スマン。忘れてしまったわい」

 

「それもそうか………」

 

「まぁ、歩けばすぐ見つかるじゃろ。昨日働けなかった分、このくらいはやらねばのう」

 

 意気揚々とした様子でその場を離れるジョセフさんを見送り、自然と視線はレオンさんに集まる。

 

「レオンさん………これは一体」

 

「色々聞きてぇが、ひとまずジョースターさんが生きてる事に安心したぜ、俺は」

 

 花京院の疑問に、ポルナレフが安堵の言葉を続けて放つ。

 するとレオンさんは呆れた様子で溜め息をついて口を開く。

 

「本当に殺すと思ったのか? あれだけ殺さないと約束をしたのに………と、言いたいが確かにやり過ぎてしまった節もあるが………」

 

「………と、言うと?」

 

 ふと、レオンさんはジョセフさんが歩き去った方を見て、1人寂しげな表情を浮かべた。

 

「………………ないんだ」

 

「無い? 一体何が?」

 

「昨日の記憶……ジョセフの………」

 

「………………………」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ジョジョ……ジョナサン・ジョースターは腕の骨に刃が届き切断され掛けようとも敵を蹴り上げ、肋が折れようと吸血鬼にしがみつく程の忍耐力を持った紳士だった。

 

 承太郎は言わずもがな。星の白金(スタープラチナ)という強力なスタンドを制御する力と、肉の芽が自身の肉体に侵入してこようと動じない精神力を兼ね揃えている。

 

 ジョセフも柱の男とやり合った際に見せた駆け引きは凄かった。今思い出しても、ワムウ戦で見せた発想力には知っていても舌を巻くくらいだ。

 

 老いてますます健在と言ってはいたが、やはり心が弱くなってしまったのか?

 

 象牙色(アイボリー)を十数回に、透明色(クリア)の上位互換の無色透明色(ハイクリア)波紋疾走(オーバードライブ)3回で意識を手放すとは………オマケに記憶消失だと?

 

 一昨年くらい前に組手をしたシーザーの方がまだ耐えたぞ。

 

「おーい。とってきたぞ」

 

 戻ってきたジョセフからヤシの実を受け取り、持ち前の爪で穴を開ける。中から出てくる天然のジュースをボトルに移していると、礼神が飲みたそうにしてるので手渡す。

 

「ん……思ったより甘い。あげる」

 

 想像したより甘かったのか少しだけ顔をしかめる。

 そしてそのボトルは隣に座っていた承太郎に渡される。

 

「………俺は水で良い」

 

「レオン。このキノコは食えるのか?」

 

「食える。安心しろ」

 

 記憶消失したジョセフには「お前は昨日、キノコを拾い食いして昏睡した」と言っておいた。そのせいか少し警戒している。

 

 元々拾い食いなどジョセフはしないが、私のその嘘を鵜呑みにするのは昨夜の記憶を呼び起こさない為なのだろう。

 

「私も……大丈夫だ。ポルナレフ」

 

「いや、俺も水にしとく。気分じゃないんでな」

 

『んん?飲まんのなら、このシュトロハイムが有り難く頂こう』

 

 しかしどうしたものか………不倫、浮気は病気と違って治るものとは思えない。一度嘘を覚えた人間は好きなタイミングで嘘を吐く。

 

『プハァーーーッ! 確かに甘いが、無人島では貴重な水分………ん?どうした赤髪の少年よ。飲みたかったのか?』

 

「……………いえ、大丈夫です」

 

 同じようにまた浮気をする可能性も「0」ではない。だから罪を自覚させてトラウマ化し、ブレーキを掛けようと思ったのだが………

 

「忘れたのなら、またやらねば………」

 

「……アギッ…」

 

「……ん? どうしたイギー。また私は怖い顔でもしてたか?」

 

 昨夜の一件以来…悲しい事に、イギーは私から少し距離を置くようになった。今は礼神の側で隠れるように寄り添っている。

 

 単に礼神と仲が良いだけだと思いたいな。

 

 

プッーーププーーー

 

「「「「ッ⁉︎」」」」

 

『ん? 今しがた。妙な音が聞こえなかったか?』

 

「レオンさん! 救難信号に反応が‼︎」

 

「わかった」

 

 急に音量を上げて奏でられた機械音は、パイロットの彼に任せていた救難信号だった。

 

 本来信号を送るだけの機械だが、コレは近くに無線を積んだ船などが通ると反応するようになっている。

 

「近くの海域を船か何かが通っている。花京院、頼む」

 

法皇の緑(ハイエロファントグリーン)ッ‼︎」

 

 すぐさま花京院は、自分のスタンドを空へと伸ばす。かなりの高さまで伸びると、スタンドは止まり周囲を見渡す。

 

「レオンさん。その機械の有効範囲は?」

 

「そう広くは無い。その高さからなら見渡せるはずだ」

 

「…島の周囲には何もありません」

 

「何も? もしかして故障か?」

 

 ポルナレフは立ち上がり、救難信号を今なお発し続ける機械に近付く。

 

 ………………ん?

 

「………………」

 

「……レオンさん、どうかした?」

 

「……全員立て。スタンドはいつでも出せるようにな」

 

 不審に思いながらも皆は立ち上がるが、シュトロハイムは怪訝な表情を浮かべている。

 

 ………そういえば幽波紋について説明していないな。

 

「どうしたと言うのですか? まさか………」

 

「幽波紋使いだ。それも巨大な………」

 

「巨大な……って、旅の終わった今になって誰が……」

 

 

ズゴゴゴゴ‼︎

 

「ーーーッ‼︎」

 

「見ろッ!潜水艦だ‼︎」

 

「見ればわかる!」

 

 私たちのいる場所から少し離れた砂浜に、巨大な潜水艦は乗り上げてくる。勢い余ったのか潜水艦の先端は島内に突っ込み、木々を何本か薙ぎ倒した。

 

「おいおい何だよ。操縦士はジョースターさんか⁉︎」

 

「ポルナレフ、ワシをからかっとるのか?」

 

「言ってる場合じゃないぞ2人とも! 潜水艦全体から幽波紋エネルギーを感じる……旅の途中に出会った、(ストレングス)と同じタイプのスタンドかもしれない」

 

 ポルナレフの冗談にムキになるジョセフ……そんな2人を止めてから、得た情報をそのまま話す。

 ジョセフは少しからかわれたくらい気にするな。目の前の出来事に集中してほしいものだ。

 

「ストレングス……ってアレか。レオンが女装して倒した……」

 

「死にたいようだな。J・P・ポルナレフ?」

 

「グゲッ‼︎ レオッ! 首が………」

 

「レオンさんやめてください‼︎ それではジョースターさんの事を言えませんよ⁉︎」

 

 アヴドゥルに止められ、ポルナレフの首にかけていた手を離す。

 だが私はちゃんと、潜水艦を警戒していたぞ?

 

「見ろ、ハッチが開いた!」

 

 言うが早いか、花京院が指差した時には既にハッチは開ききっていた。

 

「さて………鬼が出るか(じゃ)が出るか?」

 

 パイロットの彼は後方で隠れ、シュトロハイムは丸腰だが形だけでも構えを取る。他は皆スタンドを出し、今か今かとハッチを目視した。

 そしてついに、中にいた人物は姿を現した。

 

「長らく………」

「……お待たせしました」

 

 そう言って出て来た2人を、私は知っていた。見たことのある顔だったのだ。

 

「貴様ら………」

 

「お久しぶりでございます………と、言うほど長くはありませんね」

「私達を……覚えておいでですか?」

 

「マライアに……確かミドラーか」

 

「何ッ⁉︎ コイツらが‼︎」

 

 現れたのは2人の女性……どちらも旅の道中で私が相手をし、負かした者達だった。金で雇われたわけでもなく、肉の芽も植えられていなかった……つまり素でDIOに服従していた者達だ。

 

「弔い戦か……だが俺達をたった2人でどうこうできると思ってんのか?」

 

「黙れ承太郎。お前に用は無い……用があるのは貴方1人です。レオン・ジョースター………」

 

 砂浜に降り立ち、2人は足並みを揃えてゆっくり歩み寄る。

 

「私をご指名か……」スッ

 

 2人の能力は把握しているが、何を企んでいるかわからない。一体何をするつもりだ?何か隠し持っているのか………ひとまず片手で、皆に下がるようジェスチャーする。

 

「レオン・ジョースター………もちろん覚えておいでですよね?」

「貴方が私達に何をしたか………」

 

 そう言う2人は歩いていたが、次第に足を早め、私に狙いをつけて走り出した。

 

 磁力操作と鉄製品に化けるスタンド……コンビを組むとしたらハズレではない組み合わせだ。

 警戒心を高め、使い慣れている合気道の構えを取る。

 

「レオン・ジョースター………いえ」

 

 そして………

 

 

 

 

「レオン(さん)〜〜〜♡」

「会いとうございました〜♡」

 

 

 

 

 

「無駄ァッ‼︎」

 

 

 

 

 

 ………どうやら敵意は無かったようだ。

 幻覚なのかわからないが、2人は瞳をハートに変化させて私目掛けて飛び込んで来た。

 

 無論…警戒していた私は条件反射で、2人を背後へ勢いを殺さずに投げてしまった。

 

 結果として、2人は焚き火に頭から突っ込んだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「アッツ‼︎ 熱い⁉︎」

「水、水ッ‼︎」

 

 レオンに投げられた女性2人は、反射的に焚き火から離れたが衣類に燃え移った炎に苦しんでいた。

 

 だが無人島にバケツなどは無いし、蒸留に使っている鍋は少し遠くにある。仕方なく承太郎が2人を海へ投げ捨てた。

 

 そしてその2人がようやく落ち着き話せる状態になると、レオンは仁王立ちで尋ねる。

 

「で、何をしに来た?」

 

「何って………助けに来たのですよ」

「それだと言うのに、この仕打ちは酷いですわ」

 

 かたや頬を膨らませ、かたや口元を押さえて嘘泣きを始める。そんな2人を目の前にした者たちは「あざとい」と率直に思った。

 

「要するに……レオンさんに惚れたから、全てが終わった今になって助けに来てくれたって事?」

 

 発言権を求めるように右手を上げてから、礼神は呆れ半分に質問する。その答えを言いこそしないが、2人は頬を染めて頷く。

 

「はいそうですか。と言って、素直にあの潜水艦に乗る勇気は無いがな。私は兎も角……全員の安全を保証できない」

 

「レオン、貴方はそう言うと思いました。ですが大丈夫です……私が保証しますので」

 

「ーーーッ‼︎」

 

 珍しくレオンがギクリと固まり、ぎこちない動きで後ろに振り向く。

 すると2人が乗ってきた潜水艦からまた1人、スーツ姿の女性が現れた。

 

「…………………」

 

「お久しぶりですね。レオン」

 

「………や、やぁ」

 

 明らかに嫌そうな表情を浮かべ、形だけ挨拶するが違和感が半端無い。

 

「レオンさん……この方は?」

 

「はじめまして。私はSPW財団代表取締役会長の秘書…(たちばな) 由紀(ゆき)と申します。貴方達の旅をサポートしていた者です」

 

 レオンに尋ねたアヴドゥルだが、彼が答えるより早く黒スーツの女性…橘 由紀が答える。

 

「………ジョセフさん。なんかレオンさんおかしくない?……なんかややこしい関係?」ヒソヒソ

 

「彼女は財団の秘書でレオンのビジネスパートナー。実のところレオンは会長の座を次世代に任せ引退を考えている。しかし彼女はそれを許さず、レオンは彼女に対して苦手意識を抱いているようじゃ」

 

「あぁ……」

 

「レオン。1ヶ月以上の無断長期休暇……財団に戻ったら覚悟してくださいね」

 

「……机の上に置いてきた辞表はどうした?」

 

「………何のことでしょう? 机の上には不要な資料が散乱していたので、全てシュレッダーにかけましたが?」

 

「貴様ッ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、レオンは橘と言う秘書を睨み付ける。しかしソレを無視して隣を通り過ぎ、彼女はレオンを除く皆に話しかけた。

 

「言わずもがなこの潜水艦はミドラーのスタンド……ですが命の危険はありません。彼女たちは正式に財団で雇い、日本へ送り届けることを約束しました。即刻この島を脱出するので乗ってください」

 

「私のスタンドなのに……別に良いけど」

 

 そう言うミドラーは潜水艦に戻り、続いてマライアも艦内に戻った。

 それに続くように橘を先頭にし、皆も潜水艦の内部へ入る。

 

「それはそうと……橘、よくあの2人を信用したな。裏切られたら君では太刀打ちできないだろ?」

 

「そうですね。ですが長年貴方と仕事をしたからか、貴方に群がる女性のタイプは覚えましたので…貴方の為とあらば彼女達は協力すると判断しました」

 

「だとしてもだな……」

 

「用心棒も一応雇いましたよ?」

 

 レオンと橘がそう会話をしていると、潜水艦の中である男と合流する。

 

「………橘、用心棒は信頼できる人間にしなさい」

 

「彼は信用できると判断しました」

 

「ご、ご無沙汰しております………レオン、さん」

 

 ぎこちなく挨拶する男性を目にして溜息を溢すレオン。

 

「知ってるか橘……ラバーソウルも敵だったんだ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「帰国するまで皆さんは休んでもらって構いません。あ、レオン…貴方には話があります」

 

「橘……私は働かんぞ。次期会長は何人か候補として育てたから彼らを誰か採用しろ」

 

「嫌です」

 

「貴様ッ」

 

「確かに有能ですが、彼らは結局貴方には劣ります」

 

「いい加減ご老体は休ませろ」

 

「まだお肌ピチピチじゃない。それよりプレゼントよ。1日10個までの限定スイーツ」

 

「何ッ‼︎」

 

「………の箱よ。中身が欲しかったら、仕事を片付けてくださいね」

 

「貴様ッ」

 

「賞味期限は明後日です」

 

「貴様ッ!」

 

 ここはミドラーのスタンドが変化した潜水艦の中……僕らはソレで今、日本を目指している。

 帰国先が海外の人もいるけど、レオンさんの仕事が日本で待ってるらしいので行き先は日本。

 

「さっきからレオンさん劣勢だね。ってか凄いね。レオンさんを手玉に取ってるよあの人…只者じゃないね」

 

「葎崎……少しリラックスし過ぎじゃねぇか?」

 

 潜水艦の中はかなり広い。少なくとも紅海を渡った時に使った潜水艦よりも広い。

 僕はその一角で座り込んでいた。

 

「だって橘さんも大丈夫だって言うし……なにかあったら君が守ってくれたまえ〜」

 

「テメェ」

 

(承太郎相手に臆さん礼神も、只者じゃないと思うんじゃがのう)

 

「それに僕以外もみんなリラックスしてるじゃん」

 

「葎崎は度を超えてんだよ。テメェも言いなりになってんじゃねぇ」

 

「…俺は別に………迷惑ではないし」

 

 ラバーソウルのスタンド、黄の節制(イエローテンパランス)に身を沈めている僕を見下ろす承太郎は、無防備すぎる僕を見て少し苛立っている………何故か花京院も少し苛立ってる。

 

「消せ」

 

「……わかった」

 

「そんなー」

 

 スライムクッションと化していたスタンドが消え、僕は不満を口にしながら転がる。

 

「しっかりしやがれ。踏むぞ」

 

「コッチは疲れてんだよ。むしろなんで元気なんだよ承太郎」

 

「俺だって疲れてる。が、警戒は怠るわけにはいかねぇだろ」

 

「失礼ね。何もしないってば」

 

 承太郎の背後からミドラーが話しかけてくる。

 

「………………」

 

「ま、仕方ないわよね。敵だったわけだし……でも本当に警戒するだけ無駄よ。本当にレオンさんの力になりたいだけだもの……そしてあわよくば………キャー♡」

 

 聞いてもないのに両頬を染め、自分の本心を伝えてクネクネするミドラー。すると今度はマライアがやって来る。

 

「抜け駆けは許さないわよ。レオン様の心を射止めるのはアタシ」

「フンッ!あなたのような女狐じゃ無理よ」

「何よペチャパイ」

「ナッ‼︎ どう見たって私の方が大きいでしょ‼︎」

「何よッ!」

 

 ………どっかで見た光景だと思ったけど、これアレだ。

 承太郎の取り巻きだ。

 

 正直大きさなんてどうでもいいじゃん。そもそもレオンさんは外見で惚れるようなタイプじゃないと思うんだよね。

 でもどんな女性に惚れるんだろレオンさん。

 

「………………………」

「………………………」

 

「………ん? 何?」

 

 急に静かになった2人は、僕を見つめて押し黙っている。

 一体全体どうしたってんだ?

 

「「何コレッ‼︎」」

 

「〜〜〜〜〜ッ‼︎」

 

 急に伸びたそれぞれの片腕が、僕の胸に食い込む。

 

「………柔らかい」

「………デカい」

 

「………サラシ巻いてくる」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「貴様との会話は疲れる………いい加減私を自由にしてくれ」

 

「嫌です」

 

「………………」

 

「続きは帰ってからにしましょう。疲れたのでしょう」

 

「あぁ」

 

 橘との言い争いが一区切りすると、私は皆の元へ戻り座り込む。それとすれ違うように、涙目の礼神が別室へ移動した。

 

「………今礼神とすれ違ったが、一体何が………皆もどうした?」

 

 皆の元へ戻ると、何故か皆が似たような座り方をして黙り込んでいる。椅子に座って前傾姿勢になり指を組んでいる。

 

「……承太郎、一体何が………」

 

「何も聞かないでやってくれ」

 

 誰も答えない為、唯一壁に寄りかかりいつも通りの承太郎に尋ねてみる。するとそんな事を言われたので、私はそれ以上の追及は止める。

 

「あ、レオン様♡」

「レオンさーん♪」

 

「寄るな」

 

「2人とも。レオンに限って有り得ないと思いますが、彼を誑かさないで下さい。煩悩は仕事の邪魔になります」

 

「何よユッキー! 別にいいじゃない」

 

「ミドラー、私の事は橘と呼びなさい」

 

 橘に仕事の事をグダグダと言われ、元敵2人からは色恋の目で見られSAN値が削れる………安らぎの地が欲しい。

 

 いやむしろ無人島に戻してくれ。堪能してから自力で帰るから。




モブキャラ紹介
橘 由紀 (42) 女
SPW財団代表取締役会長の秘書。つまりレオンのビジネスパートナー。
非・幽波紋使い、非・波紋使い、武道未経験。
ただの凄腕ビジネスマン。
強いて言うなら"橘流レオン拘束術"を20年程嗜んでいる。


「たまに出るモブなので覚えなくて結構ですよ」

証呂
「次の話で三部は一区切りですかね。その次から3.5部ですね」

伊月
「長かったねぇ」

礼神
「この小説を始めて2年半くらいかな?」

レオン
「一度削除したからわからんな」

証呂
「それ言わないで。まだショックなの。そのショックを緩和する為にヒロアカの二次小説も始めたよ」

レオン
「タイトルは?」

証呂
「俺のヒーローアカデミア♂」

伊月
「ん゛ん゛ん゛っ⁉︎」

証呂
「仮名だけどね。ただプロローグだけあげてもアレだし、書き溜めしてる最中です。入学後・屋内対人訓練前であげようと思ってます」


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72.正真正銘の終幕

第3部完‼︎


「………疲れた」

 

「そんなに嫌なのレオンさん。両手に花じゃん」

 

 椅子に深く座り込むレオンの隣で、礼神はレオンに話しかける。何があったのかと言うと、レオンにセクハラ紛いのスキンシップをするマライアとミドラーを、やっとの思いでレオンは引き剥がしたのだ。

 

 ちなみにラバーソウルとシュトロハイム、パイロットだった男は別室で寝ており、マライアとミドラーはレオンの願いによって橘がどこかへ連れて行った。

 

 ここにいるのは共に旅をしたメンバーだけだ。

 

「両手に花? それが幸福だと、私には理解できないな」

 

「……レオンってモテるしよぉ、どうせ今回みたいなのは珍しくないんだよな。カァァーーーッ!羨ましいぜ」

 

 ジト目でそう言うポルナレフ。

 

「羨ましい? 先月121歳になった私としては迷惑だ。そもそも、女性自体どちらかというと苦手だ」

 

「え?」

 

 意外な事でも聞いたのか、花京院が素っ頓狂な声を上げる。

 

「そういえば………ワシもレオンに昔、同じ事を聞いたのう。確かお前さん……その時は昔のトラウマがどうとか言っとらんかったか?」

 

「トラウマ?」

 

「うむ。詳しくは知らん……それどころか、エリナ婆ちゃんもお袋も知らない事じゃ」

 

「嗅ぎまわったのかジョセフ…まぁいい……お前達相手なら言っても構わないしな。昔というのは嘘で前世の話だ」

 

 一息ついてから、レオンがそれとなく言う。ジョセフはそれで誰も知らなかったのかと納得。

 そこで承太郎が、流れでこんな事を言い出す。

 

「せっかくだ、聞かせてくれねぇか? レオンの前世の話」

 

「…私の前世の話………だと?」

 

 日本へと向かう潜水艦の中で、レオン・ジョースターは目を丸くして復唱した。

 

「前世の話など…聞いてどうするんだ?」

 

「いや、言いたくねぇなら構わねぇ。ただ今回の旅で、レオンについて知らねぇ事が多々あった。聞いてどうなるってわけじゃないが、少しでも理解しようと思っただけだ………家族として」

 

 言葉の最後の方で学帽を被り直して目元を隠す承太郎。その姿にジョセフはニヤける口元を抑え、レオンは更に目を丸くした。

 

(ワシの孫可愛いッ!)

 

「見ました典明さん。うちの承太郎は偶にデレるのですよ?」

 

「見たよ葎崎さん。承太郎もあぁいうこと言うんだな」

 

 フザケタ様子で話しかける礼神と、話しかけられた花京院は承太郎のチョップを1人1発ずつくらう。

 

「……チッ、柄にもなかったか」

 

「イテテ、でも僕も気になるな。レオンさんの前世」

 

 その場にいた旅メンバーの視線がレオンに集まる。

 

「………私の前世……か」

 

「承太郎も言ってましたが、言いにくいのであれば無理は………」

 

「いや、別に構わないんだが……全てを覚えてるわけではないし、聞いていて気分の良い話じゃないぞ?」

 

「言い難くないなら……是非」

 

 花京院の言葉に一同は頷く。

 

「そうか………といってもな。トラウマのキッカケとか、今となっては関係の無い思い出ばかりなんだが………」

 

「………やはり言いたく無いのか?」

 

 ジョセフの言葉に「そうではないが」と、渋々答える。

 少しくどかったのか、ポルナレフが早く話すよう催促をする。

 

「……わかった。珍しく承太郎があぁ言ったんだ。思い出した事は全て話そう。トラウマも、罪も」

 

 そう言って間を空けてから、レオンはゆっくり話し始めた。

 

「まだ私が()だった頃の話か。何から話そう………

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 赤子達は、稀に人とは違う特徴を持って産まれてしまう事もある……生まれつき五感のどれかが機能しない…GLBT…アルビノ……私もその者達の一人だった………

 

 人間の大半は、幼児期健忘という症状を体験している。

 幼児期健忘とは幼児期の記憶……主に3歳以前の出来事を忘れてしまうというものだ。

 だが私にはそれが()()()()

 

 産まれる瞬間に体験する出産の痛み、産まれて初めて見た両親の表情、自宅出産だった為背景に映った部屋の内装も覚えている。

 

 出産し息絶え絶えなまま私を抱く母親と………少し離れ、興味無さそうに眺める父親………それが思い出した中で最も古い記憶だった。

 

 当時は幼く碌な思考回路を持っていなかったが、考える力を付けてからは自分の身に置かれた環境を理解した。

 

「邪魔だ」

 

「五月蝿い」

 

「どっかいけ」

 

(………俺は望まれて産まれたわけじゃなかったんだ)

 

 父の容姿は淡麗で、俳優や有名人と言っても騙せる程に高かった……だが内面は底辺の男だった。

 

 母は同情心で私を産み落とした。

 そこから愛着が生まれて母の手で育てられた。

 

 つけられた名前は楽人(らくと)

 "楽しい人生を送る"とか、そういう綺麗な意味は篭っていない。"手を掛けずとも育つ楽な人"というのが本当の意味だ。

 

 4歳を超えたあたりからだろうか……父親が私に暴力を振るうようになった。

 母は守るそぶりは見せたが、結局は守らずに眺めるだけだった。

 

 その点に関してはダリオ・ブランドーの方がまだマシだったな…アイツは酒を渡しておけば大人しくなる………

 だが私の前世の父親は酒ではなく、薬に溺れたクズだった。

 

 日に日にエスカレートする虐待を見兼ねた母親は、5歳の時に私を孤児院に置き去りにした………

 

「このままでは楽人(らくと)が死んでしまう……ごめんなさい」

 

 そう言って去って言った。

 

 私を守ってくれたのだと……そう思っていた。

 

「君………名前は?」

 

「………楽人」

 

 私を引き取った孤児院の先生は、シワの深い顔に丸メガネが特徴の男だった。

 その男は私が入った時点で90を超える老人で、子供達は私を入れて6人だったが経営する者は彼一人。

 だが当時の時点で院の中で最年長だった蓮という名前の兄が仕事を手伝っていた。

 

 父親の暴力により人間不信になっていた私は、そこで育つにつれて初めて幸せというものを知った気がする。

 小学校に入る前に人間不信を克服できたのは本当に良かったと思う。

 

 …やがて時は経ち、私は中学に上がると同時に夢を持った。

 

 それは医者だ。

 麻薬、覚醒剤、そういった違法薬物による患者を治せれば自分のような被害者を減らせると思った………

 

 私が孤児院に入ってからは、父親の暴力を母親が受け止めている。父親の薬物依存を治せれば、それから母を助けられると思った………

 医学の世界を何も知らない当時は、まだ私もその辺はバカだったからな。

 

 そして私が13の頃……25になった蓮が孤児院を継いだ。

 蓮は先生の反対の言葉を頑なに拒み、押し切る形で院長になった。

 

 蓮は先生が今までやっていた仕事を行い、私は蓮がやっていた手伝いを始めた。

 

 そして中学2年の中ば………1つ目のトラウマがその時期に起きた。

 

「あなたの事が好き。付き合ってください」

 

「………悪いけど、俺は誰かと付き合う気はない」

 

 シンプルな告白と好意は素直に嬉しかったが、当時の私は恋人を作るなどといった考えは全くなかった。

 それに、好きだと言って私を飾りのように扱おうとする女子は多かった。

 

 彼女は本気で私の事を好いてくれているようだったが、当時初対面だった私はそんな事を知らなかった。そもそも初対面の相手の告白を聞いて頷けるわけがなかった。

 

 ………何より…

 

「楽君ってカッコいいよね。知的みたいでさ! 好きなタイプはどんな子?」

 

「いや、俺はそういう気はないからさ……その質問は少し困るな」

 

「困ってる所とか可愛い〜♪」

 

 好意を抱いて寄ってくる人は皆、私の顔を見てそう言ってくる。

 

 ………父に似てるその顔を見て言ってくるのが、私は嫌だった。

 

「楽君……今日暇?」

 

「………………」

 

 休み時間に飽き足らず、彼女は学校帰りの道中もやって来た。

 

「………なぁ」

 

「ん?」

 

「何度も俺は「その気はない」って断ってるよな。いい加減にしてくれよ………正直困る」

 

「………逆に聞くけど、何でダメなの?」

 

「何でって………俺は恋人を作る気がまず無いし、そんな気持ちで付き合うのは失礼だろ。それに、俺は医者になりたい……その勉強の時間を考えると、人と付き合う時間は無……「どうでも良いよ‼︎」

 

 その日の会話はそれが最後で、これを境に彼女は姿を消した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………それがトラウマ? 振ったこと後悔してんのか?」

 

「そうではない。問題のそのトラウマが起きたのはその1週間後だ」

 

 そこでレオンが少し挙動不審になる。やはり言いたくないのかと思いもしたが、それを口にする前にレオンが話の続きを話した。

 

「その日は雨………だったかな。孤児院が寝静まった夜………私は身体の違和感を感じて目を覚ました」

 

 レオンは視線を誰にも合わさず、意図的に明後日の方向を向けてから目を瞑る。そして短く口を開いた。

 

「……あの女がいた」

 

「………え?」

 

「私の上に跨り、服を脱がそうとしていた」

 

「………夜這いか?」

 

 ポルナレフの問いに黙って頷く。

 そのトラウマに恐怖している……というよりは、そのシーンを話すのが恥ずかしいのか少し頬が赤い。しかしすぐいつもの顔に戻る。

 

「咄嗟に抵抗したら、彼女は首を両手で締めてきた」

 

「………もしかして…レオンさんはそれで死に…」

 

「首を絞める手が緩まなかったから、顔面を殴った」

 

「………………あ、そう」

 

「話を続けるぞ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 夜這いをしてきた彼女は鼻が折れたのか、鼻血をダラダラと流していたな。その後、警察を呼んで引き渡された。

 孤児院への不法侵入やら性的暴力によって少年院に入ったのか、それ以降は彼女を見てない。あと私の攻撃は正当防衛でギリギリ片付いた。

 

 その日の出来事が1つ目のトラウマだ。

 

 それからは女性が恐怖対象になってな。

 女になりたくなったわけではないが、男として見られるのが嫌になった。それからだな、第一人称が「私」になったのは。

 

 結果は思った通り、周囲は私を「電波」だとか「痛い奴」と認識して距離を作る事ができた。そして私は、私のまま定着した。

 

 そんな日々が半年ほど経った頃…私は学校帰りに母親を見かけた。

 

(母さん?)

 

 向こうは買い物帰りだったのか、両手には野菜の入ったビニール袋。

 声をかけようとしたが、あるものが目に入りやめた。

 

「………………」

 

 瞼の上から貼られたガーゼ、服からはみ出た青い痣、やつれた身体。母はやはり、1人で父親の暴力を受け止めていた。

 

 それからしばらく経ったある日、私は人として過ちを犯した。

 

 雪が降り続ける日の夜。

 孤児院の子供の1人が誕生日を迎えてな…私は蓮が注文したケーキを取りに行った。

 

 歩道橋を渡ろうとしたその時、偶然にも父親が反対側から歩いてきた。向こうは私が誰か気付いてないようだったが、私は奴が誰かすぐにわかった。

 

「……死んでしまえばいいのに」ボソッ

 

 横を通り過ぎた後、奴に聞こえないくらいの声で呟くと、背後から男の悲鳴と何かが崩れるような音がした。

 

 振り向けばそこには、足を滑らせた父親が階段の下で伸びていた。

 

 幸運なことに……否、不幸な事に奴はまだ生きていた。私が駆け寄ると自分のケータイを取り出して動かなくなった。

 息はまだある。目も空いている。意識がある。ただ何も言わず、行動から察するにそのケータイで救急車を呼んでほしかったんだと思う。

 

「………………」

 

 私は呼ばなかったけどな。

 

(コイツが死ねば、母さんは苦しまずに済む)

 

 奴は酒臭かった。転落死で事故として見られるだろう……実際に事故だったしな。

 周囲に人はいない、いたとしても吹雪でよくわからないが………

 

 頭を打って流れた血が雪を染めるが、それより吹雪で積もる雪の方が多い……3分も経たぬ間に埋まるんじゃないかと思うほどに。

 

 その後、私は予定通りケーキを持って孤児院に帰った。

 

 肉親を見殺しにした後だった為か、私はケーキをその日は食べなかった。

 

 そしてその誕生日会をした明後日だな。私が死んだのは。

 

 その日は雨だった。傘を差して学校から帰る途中……トラックが来るタイミングで、背後から誰かに突き飛ばされた。

 傘はどっかに飛んでいき、振り向くと妖怪のような面をした女性がいた。

 

 「何で見殺しにしたのよ‼︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……………その人は?」

 

「母親だったよ」

 

 苦笑いをするレオンだが、その表情に憂いは無い。赤い瞳は相変わらず鋭く、悲しみの色など微塵も見えない。

 

「私を孤児院に捨てたのは助けたからじゃない。単に邪魔だったからだ。殺さなかったのは、父親に容姿が似ていたからだ」

 

「……………もういい…」

 

「フフッ、やはり聞かない方が良かったと思ってるのか?」

 

 承太郎の声に、レオンは茶化すように言った。

 

「……なんでレオンさん笑ってるの?」

 

「………気味が悪いか?」

 

「うん」

 

 礼神の即答を聞いて頬をかき、レオンはいつもの表情に戻る。

 

「笑った理由は過去の出来事……それも終わった話だったからだ。前世の私は死ぬ時、なんの後悔もなかった。そしてどういうわけか転生し、私はここにいる」

 

「今だからこその笑い話って奴?」

 

「そういうわけではない。笑えない話だ……だが、私は今幸せだ。家族と友人がいる。前世でも居たが少なかったし、頼る事が出来なかったからな!ハハハ…それに比べて今は本当に幸せだよ」

 

 また笑い、急にそんな事を言い出す。

 

「……ったく、人が心配すれば笑いやがって。やれやれだぜ」

 

「フフッ、承太郎のそういうところも好きだぞ」

 

「………あ?」

 

 急なレオンの発言に、承太郎は黙りこくってから低い声を出す。別に嫌な気はしないが、承太郎は非常にむず痒い体験をする。

 

「な、なにかレオンさんの様子がおかしくありませんか?」

 

「なんだアヴドゥル。心配してくれるのか?」

 

 そう言いながらも笑うレオンはワイングラスに口を付ける。そしてジョセフは声を1つ尋ねる。

 

「………レオン、それは酒か?」

 

「ハハハッ、中々のワインだ。飲むか?」

 

 笑う声量を大きくして、レオンはまたワインを注ぐ。

 

「………ジョセフさん。何か不味いことでも?」

 

「不味くはないが……レオンは笑い上戸なんじゃ」

 

「………どおりで」

 

 前世の話をしてる最中から飲み始めていたレオンは、酔いきってはないが大分気分がよさそうに見える。

 

「それはそうと……レオンさん、前世ではそんな事があったんだ………」

 

「同情はするなよ」

 

 話が戻ると、レオンの声から少し明るさが消える。

 

「女性は苦手だけどフェミニスト……それの原因も?」

 

「あぁ、父親(アイツ)の様になりたくないという意地の様なものだ。似ても似つかない人になりたくてな……だが同時に、2人の女性に襲われた結果、女性に苦手意識を持つ様になった。転生してからは、生活になんの支障もないが」

 

 もうその話は飽きたのか…それとも礼神の同情の目が気に入らないのか、レオンは少しウンザリしている。

 それに気付いた礼神は笑って話題を変える。

 

「でもそれじゃ優しくされて勘違いする女性もいるんじゃない? 痛い目見るよ?」

 

「フフッ、大丈夫だ。まだ一度しか刺された事は無い」

 

「アハハハッ!そっか」

 

「………………」

 

「……………一回あるんだ」

 

「皆さん。もうすぐ日本に着きます……レオン、貴方酔ってるんですか?」

 

 そこに現れたレオンの秘書、橘は旅の終わりが近い事を告げた。

 

 そして今度こそ、彼らの旅は幕を下ろしたのだった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 《空条 承太郎》

 日本帰国後、自宅に着き次第ホリィの容体を確認。無事治った事を悟ると、自室に入り泥の様に眠りにつく。

 

 《葎崎 礼神》

 帰るや否や、自分の帰りを出迎えてくれたケライン・エーデルガルドに抱きしめられる。エーデルは礼神がずっと心配だったらしく、目尻に涙を浮かべていた。

 

 《花京院 典明》

 彼だけはただの旅行という名目で旅に同行した為、家族に「お土産は?」と聞かれた時に焦ったらしい。

 今までの遅れを取り戻すために、この後勉強に励む。

 

 ………承太郎と礼神は大丈夫なのか?

 

 《ジャン・P(ピエール)・ポルナレフ》

 旅が終わったら空港から母国へ真っ直ぐ帰る予定だったが、どうせならという理由で日本を暫く観光する事にしたらしい。

 翌日、礼神を傷物(J・ガイル戦の庇い傷)にされたと激怒したエーデルから殺人予告が届く。

 

 《モハメド・アヴドゥル》

 旅が終わったのだからゆっくりすれば良いものの、大事な事があるらしく忙しそうに何かを調べていた。

 来週ジョセフを連れて腕利きの霊媒師の元へ行くらしい。

 

 ……それを調べていたのか。

 

 《ジョセフ・ジョースター》

 アヴドゥルに連れられてお祓いに向かうが、道中に乗ったタクシーと新幹線と地下鉄で事故に遭い帰ってきたのは来月だった。

 

 不倫の件についてはスージーの元へ送り届けた後に裁く。もちろん加減はする。殺す(殺さない)さ。絶対に殺さない(殺す)

 

 《イギー》

 野良犬に戻す………なんて事は出来ず、誰かが引き取らなければならない。イギーから自由を奪ってしまう為申し訳ないとも思っていたが、意外な事にイギーは最初からその気だったらしい。

 ご指名は礼神だ。これには礼神も喜んでいたし、エーデルの許可も降りた。

 

 《伊月 竹刀 & ホル・ホース》

 いざ帰ると何故か空条家で飯食ってた。

 どうやら別れた後、私達が遭難した事を知った彼らはホリィの容体を代わりに見ていてくれたようだ。

 面白おかしく少し脚色した旅の話をして、ホリィを楽しませ安心させてくれていたので文句は無いが………

 

 ただホリィが伊月の事を"おじ様"と呼んでいた。

 ホリィよ……そいつは24だ。

 

 《ラバーソウル & マライア & ミドラー》

 全員財団の元で働く事になった。

 マライアとミドラーは秘書志望だったが、私が却下した。

 ラバーソウルは初対面の時とは完全に別人で、普通に面接に来ても余裕で人事部は彼を採用するだろう。

 それ程に人柄が良く、有能になっていた。

 

 《ルドル・フォン・シュトロハイム》

 礼神にくっついて行きエーデルガルドの元へ向かったが、存在ごと否定されたのか家に入れてもらえなかった。

 ひとまずドイツに送った。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「はーい。そろそろよー」

 

「………」

「承太郎もっと笑いなよ」

「葎崎さん。イギーをもう少し高く抱えた方が」

「アギッ」

「もう少し詰めてくれアヴドゥル」

「こうか。ジョースターさんは大丈夫ですか?」

「問題無いわい」

「おじさんも混ざっていいの?」

「まぁいいじゃねぇか旦那」

 

「みんな持つものもったね?」

 

「静かに……奴が来るぜ」

 

 

 

 

 

 静まり返ったその空間に、1人の人外が足を踏み入れた。

 

「ただい ーーー「パァン‼︎」

 

 レオンに向けられたそれから、9つの破裂音が被って鳴る。

 室内は火薬の匂いが充満し、呆気にとられたレオンは動けずにいた。

 

 

 

 

 「レオン(さん)、誕生日おめでとう‼︎」

 

 

 

 《レオン・ジョースター》

 すぐさま財団支部へ向かい、限定スイーツの為に溜まった仕事を終わらせようとすると、橘が「今日は帰っていいです。スイーツもあげるので」と言われて帰宅する。

 

 その後、数週間遅れで誕生日を祝われる。

 

 

「……ありがとう」

 

to be continued→




※誕生日はDIO同様にわかりません。仕事で忙しいレオンですが、新年を迎える日(12月末)は必ず家族と過ごすので、その日をレオンの誕生日にして祝うのがジョースター家の風習?です。

礼神
「にしても……女性関係で刺された事あるんだ………どんな人?」

レオン
「………………秘密だ」


ーー
ーーー

エーデルガルド
「クション!………誰か噂してるのか?」


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番外編
番外編.1月〜3月


3.5部では裏話とか、「あの人は今…」みたいな事をそれとなく話にできたらなと思っています。

……というのが半分……もう半分は第4部の構想を練る為の時間稼ぎとなります。

それではいつも通りグダグダっとどうぞ。


 1988年 2月1日。

 

 僕は意味なく周囲を見回す。

 視界の隅に映るのは、机に突っ伏して寝ている大男。一見不良の様な外見(本当に不良だけど)をしているが誰も注意しない。そもそも今は休み時間で、授業は終わりもうすぐ帰りのホームルームが始まる。

 

 やがてチャイムは鳴り、担任の先生が教壇に立ってホームルームが始まる。

 

 いつも通り生徒の連絡事項だけ告げられ、その中に衝撃的単語が混じっていた。

 

「それでは明日の期末テスト、是非とも頑張ってくださいね。はい起立…礼」

 

「………………キマツてすと?」

 

 

 

 

 

「………承太郎。勉強した?」

 

「………なんとかなんだろ」

 

 そう言って学帽を被り直す承太郎……ヤバイのかな?

 僕もヤバイんだけどね。

 

 テスト前は毎度、僕と承太郎で勉強会を開いていた。勉強会というのは名をしているが、実は僕は教わる側で承太郎は教える側……承太郎は「教える事でより深く理解できる」と言って気前良く教えてくれていたのだ………だが今回は………

 

「……友よ。僕にお慈悲を」

 

「無茶言うんじゃねぇ」

 

「貴様ッ」

 

「レオンの真似か?」

 

 たわいもない会話をしてるが内心僕らは焦っていた。

 

 帰ったら猛勉強だな。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………と、意気込んだは良いが教科書だけでは理解できず、私は仕事で忙しかった為承太郎は私を頼れなかった。その結果が……これか」

 

 とある休日……和室でため息をつく私の前には、ローテーブルの上に並んだ7枚のテスト用紙。そのローテーブルを挟んだ向こうには、並んで正座する学生が2人いた。

 

「………再試はいつだ?」

 

「………来週」

 

 葎崎 礼神:赤点教科数"4"

 

 空条 承太郎:赤点教科数"3"

 

「旅による遅れだな。仕方ない、責任を持って家庭教師を努めよう」

 

 空条家の和室で、私は2人の為に勉強会を開こうとする。が……

 

「レオンはいますか?いますね。今すぐ支部へ向かってください」

 

「………橘。庭から上り込むとは何事だ」

 

「レオン。仕事です」

 

「………………………」

 

 これだからこの女は嫌いだ。

 暇を与えずに仕事を持ってくる。こちらの事情も考えずにな。

 

「今日は用事があって無理だ」

 

「一体どの様な用事が? 代役をそちらに当てましょう」

 

 チラリと学生2人を見て次の言葉を考える。

 勉強を教えている。と答えた所で、この女は本当に代役を立てるだろう。

 

「……2人の家庭教師ですか。成る程、今代役を手配します」

 

 ………心を読まれた? いや、テーブルの上の答案用紙から察したのだろう。

 

「……私は働かんぞ。すでに3徹してる」

 

「昨年の最高記録は16徹でしたね。レオン、今更3徹でガタガタ言わないでください」

 

「ふざけるガッ!」ダッ

 

 橘の魔の手から逃げる為、和室から廊下へ飛び出そうとする。が…捨て台詞を言い切るより早く、私は顔面から何かに強くぶつかる。

 一瞬硬直してから前を向くと、空中に大きな亀裂が現れていた。

 

「ク……一体何が」

 

「透明度の高い防弾ガラスです。ライフル銃でもここまで大きなヒビは入りません。凄い勢いでぶつかりましたね」ガシャン

 

 そう言いながら、さも当然の様に手錠を掛けてくる。

 

「何故空条家の廊下に防弾ガラスが設置してある⁉︎」

 

「貴方の逃走経路を潰すのは、橘流レオン拘束術の基礎ですから。諦めてください」

 

 掛けた手錠の反対側を自分の腕につける橘は、にこやかに私の顔を覗き込む。

 

「こんな手錠………これはッ‼︎」

 

「"対レオン拘束具シリーズ"の最新作です。内側には紫外線照射装置が組み込まれています」

 

「……エゲツない」

 

「葎崎、日常風景だぜ」

 

 目を丸くする礼神と、承太郎の呆れた様な声が聞こえる。

 

「会長の座を降りた私に働く理由はないはずだ」

「正式にはまだ会長は貴方です」

「なら今辞表を渡そう」

「いつも持ち歩いてるんですか?呆れました」

「そう言いながらナチュラルに破くな」

「そういえば駅前のケーキ屋で限定タルトが…」

「何ッ‼︎ 毎日行列ができて買えないアレか⁉︎」

「賞味期限は今夜です。欲しくば…わかりますね?」

「貴様ッ‼︎」

 

 早口で口論を続けながら、私は彼女に手を引かれて空条家を出た。そして家前のリムジンに乗せられ、すぐさま支部へと走り出した。

 

「…女を殴りたいと本気で思ったのは、生まれて初めてだ」

 

「そう。それで?」

 

「……………君の執着心にはホント、恐怖すら覚えるよ」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………………………」

 

 レオンさんが財団に誘拐されると、1分もせずに財団の男性が2人やってくる。1人はレオンさんが激突した廊下のガラス板を取り外し、1人は電話で連絡を取っている。それが終わると承太郎に男性は話しかけてくる。

 

「承太郎君、橘秘書から伝言だ。レオンさんは多忙になる予定で、1日1教科ずつ2人に派遣するそうだ。後数分もすれば先生が2人来ると…」

 

「………そうか」

 

「すみません。どんな先生が来るんですか?」

 

 財団のおじさんに質問すると、おじさんは快く答えてくれた。

 

「国語の先生と化学の先生と言っていたよ」

 

 

 〜 数分後 〜

 

 

「おじさんが来たッ‼︎」

「邪魔するぜ」

 

「「………………」」

 

 ………人選がオカシイ…人選がオカシイって。

 

「……どうしたの黙って。自己紹介した方がいい?」

 

 呆然とする僕らの前で、2人は勝手に自己紹介を始める。

 

「化学から薬物知識まで何でもござれ‼︎ 科学担当の伊月 竹刀と……」

「好きな(ことわざ)は"銃は剣よりも強し"。国語担当のホル・ホースだ」

 

「………ホル・ホース、伊月のおじさんに毒された?」

 

「……それを言うな。巫女の嬢ちゃん」

 

「2人とも酷い。オジさん泣いちゃうぜ」

 

「…やれやれだぜ」

 

 隣の承太郎は幸先が不安になったのか、額に手を当てて口癖を呟いた。

 

「ホル・ホースが……国語?」

 

「オイオイオイ、世界中の女を愛するこのホル・ホースを舐めるなよ。愛のこもった言葉なら、全各国語で聞いてきたぜ」

 

 ………僕も不安だけど、ひとまず勉強始めないと……

 

 

 〜 少年少女 勉強中 〜

 

 

「いいか嬢ちゃん。この手の問題はややこしいが、文法の見分けがつけばなんて事はねぇ。これはこれ、コレはコレ……となるとこっちは………?」

 

「………置換方」

 

「飲み込み早いねー。オジさん、嬉しい」

 

「………………」

 

 隣を見ると承太郎もスラスラ解いてる。赤点用紙の間違いは全て既に直し、オジさんの作った"オッチャンプリント"って言う問題解いてる。

 かく言う自分もホル・ホースの出した問題を今は解いてるんだけどね。

 

 ………結論から言うと、メッチャわかりやすい。もう一通り終わった。

 

「他にわからない所はある?オジさん教えるぜ」

 

「もういい」

 

 極力教わりたくないのか、ぶっきらぼうに承太郎は答えた。

 

「ところで、オジさん達は仕事の方いいの?」

 

「1日くらい問題ない。伊月の旦那は怪しいが……」

 

「今夜また支部に行くよん。新薬のプレゼンの準備しないといけなくてねー。んで新薬が正式採用したら次の新薬のプレゼンだよ」

 

「多忙なんだ」

 

「多忙だぜ。あ、他人事みたく言ってるけどホル君…プレゼンの協力者として君を申請したから、朝一で君も仕事だぜ?」

 

「ゲッ⁉︎」

 

 ケラケラと笑うオジさんは楽しそうだけど、ホル・ホースはガチで迷惑そうだな。

 オジさんに巻き込まれてウンザリなんだろな…そういえばホル・ホースより若いんだよねオジさん………

 

「………ジー」

 

「ん?礼神ちゃん、どったの?」

 

「……ここの顔引っ張ってシワを消せば……やっぱり。あとクマとか消えればオジさんイケメンじゃない?」

 

「礼神ちゃ〜〜ん。オジさんの顔で遊ばないで〜〜」

 

 

 

 

 

 〜 勉強会 2日目 〜

 

「自己紹介は不要ね。じゃ、さっさと始めるわよ」

「あ、教科書は要らないわ。どうせ読めないし」

 

 ………もう驚かない。

 

 次の日に来たのは数学の先生(マライア)歴史の先生(ミドラー)だった。

 

「……で、どっちを教えればいいの?」

 

「…僕は両方落としてます。承太郎は歴史だけ……」

 

「………………」

 

 苦笑いで答える僕の横では、不機嫌な承太郎が2人を睨みつけてる。敵だった相手に教えを請うのは確かにアレだけど、助けて日本に送り届けてくれた2人だよ? もう少し笑えや。

 

「なら私は承太郎ね♡」

 

「………………」ギロッ

 

 そういえばミドラーは原作で言ってたな。承太郎がタイプだって。

 でもこの世界ではレオンさんに惚れてるらしいんだけど……承太郎をからかってるのかな?

 

「ほら巫女、よそ見しない。ひとまずこの問題集解いてみて」

 

「は、はい」

 

 今はSPW財団で働いてるからか、2人共普通の格好をしてる。改めて見ると綺麗な人だな。2人共。

 

「………テメェ。文字も読めねぇのにどう教えるつもりだ?」

 

「Hey,承太郎。いいから範囲を教えな」

 

「チッ………テストに出る時代は………」

 

 

 〜 少年少女 勉強中 〜

 

 

「全問正解! やればできるじゃない」

「私たちの教え方が良いのかしら?」

 

 ………メッチャわかりやすい。

 承太郎は無表情だが複雑な心境が伺える。ミドラーは日本語を読めなかったけど、その時代に起きた事を大体暗記してた。

 

 しかもトントン描写で進み1日1科目の予定だったのに、午前で1教科分の授業を終えた。

 

「失礼だけど、勉強できるなんて意外だね」

 

「貴女………私のスタンドは知ってるわよね?」

 

「うん?………磁力。だよね?」

 

「そう、"バステト女神"…この能力を発動させる時、アタシは相手に纏わせてる磁力を"距離×時間"とか、"それ×術中にハマった人数"とかで軽く予想してるのよ。そうするうちに自然に暗算は身に付いたわ。ついでに物理もある程度教えられるわよ」

 

「私も思えば、スタンド能力の為に培った知識ね。能力で模せる武器を調べてるうちに、それが作られた時代の背景とか………フフッ、自分でも自分の事を天邪鬼だと思ってるわ」

 

「………そうね」

 

 マライアとミドラーは懐かしそうに薄く笑う。

 

「………どゆこと?」

 

「あれしろ、これ覚えろと言われた時は覚えようとしないくせに、興味を持つなと言われた事に興味を持って勉強したって事」

 

「………………?」

 

「子供の頃の私達の生活は、そこまで裕福じゃないのよ。貴方達も旅してる時何度も見て、聞いたんじゃない?パクシーシ〜、パクシーシ〜(恵んでくれよ〜)って」

 

「………あ」

 

「その上、私達は生まれつきの幽波紋使い……家族にも気味悪がれ、家にはすぐ帰り辛くなったわ………もちろん、学び舎に通う事もできなかった」

 

「………………」

 

 そっか……そういう人は世界のどこかに普通にいて、僕らは恵まれてるんだ。その中で比較的に………

 

「暗い話しちゃったわね。さ、二時限目始めるわよ」

 

「うん。じゃあヨロシク、ミドラー先生」

 

「あら♪ いい響き」

 

「ちょっと承太郎、私の事も先生って呼んでみて」

 

「………やかましい」

 

 今まで黙って話を聞いていた承太郎だが、冷たく否定す………ん? 冷たくはないね。素っ気ないけど………なんだろ。女子高生相手とは違う優しげが少しある気がする。

 

「ほら巫女、よそ見しない」

 

「はーい、ミドラー先生〜」

 

 

 

 

 

 〜 勉強会 3日目 〜

 

「やっと普通の人来たー」

 

「2人共、早速始めるぞ」

 

「………葎崎…伊月達は異例で、コイツは普通なのか?」

 

「うん」

 

 なんかもうラバーソウルは信用できる。

 そしてラバーソウルはもちろん英語を担当してる。

 

 これもまた教え方が上手いこと上手いこと……

 

 ただ今日はラバーソウル1人で僕ら2人を教えるわけだから、午前で終わるような事はなかった。

 

 ホリィさんの作った昼食を食べ終え、僕らは午後の授業を開始する。それからしばらく真面目に取り組んでいたが、一区切りついたので僕はラバーソウルに話しかける。

 

「………で、最近どんな感じ?」

 

「………俺のこと?」

 

 話しかけられた本人は、僕が解いたプリントに向けていた視線を此方へと移す。

 

「急にどうした」

 

 視線をまたプリントに戻し、淡々と丸付けをしながら短く彼は答える。そして1箇所だけあったスペルミスに赤線を引いて、ラバーソウルはプリントを僕に返却した。

 

「昨日、一昨日と元敵チームの方々と話してて、流れで聞くべきかなと思い」

 

「余計な事は考えないでよろしい」

 

 初見の頃とは別人の口調で言われ、僕は間違えたスペルを直して再提出する。

 

「………で、最近どんな感じ?」

 

「………………………」

 

 めげずに聞けば、返答の代わりにジト目が返ってくる。そしてその表情のま、ラバーソウルは1つの問題を僕に出す。

 

「俺が今何を言おうとしてるか、英文で答えよ」

 

「えっと……" I'm afraid of an infinite loop(無限ループって怖くね)?"」

 

「不正解。そもそもそれは疑問文ではなく、" I'm afraid of an infinite loop.(私は無限ループを恐れています)"って意味だ」

 

「……答えは" Concentrate(集中してください)"…か?」

 

「正解だ承太郎」

 

 横槍を刺すような承太郎の答えにラバーソウルは小さく頷き、承太郎は満足そうに鼻で笑う。

 

 ………呼び捨てで呼ぶんだ。「承太郎先輩」って呼ばないんだ……それもそっか、ラバーソウルの方が年上だし。原作では承太郎より年下の花京院に化けてたから、ふざけて先輩呼びしてたんだろうね。

 

「………で、最近どんな感じ?」

 

「女神さんよぉ…答えるまで聞くつもりか?」

 

「だって気になるんだもん」

 

「もんじゃねぇよ……はぁ。つっても言うほどの事は何もねぇぞ? 会長の推薦で一次面接は突破したが、面接とかは結局自分の力でクリアして正社員になっただけだし………」

 

 結局答えてくれるんだね。やっさしー。

 

「会長………ってレオンさん?」

 

「そうだ。ん?そういえば1つ、変な役職を与えられたな」

 

「へー、どんな?」

 

「なんだったかなぁ〜。確か正式名称は………」

 

 興味本位で尋ねると、ラバーソウルは首を傾げて口元を片手で隠す。そして思い出したのか指を一本立てて口を開く。

 

「"希少生物保護官"だったか? まだ詳しい話は聞いてないが、橘さん直々に任命されてな。橘さんが隊長らしい……この役職がないと、全体の仕事に差し支えが出るとか言ってたが……正直意味わかんねぇよ」

 

「………………」

 

 "希少生物保護官"という言葉にはピンとこなかったが、それの隊長が橘さんだと聞いて仕事内容を察した。

 

「………橘さんってレオンさんの秘書の?」

 

「そうだ」

 

「………………………ラバーソウル。多分その希少生物ってレオンさんの事だよ」

 

「………え゛」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 〜2月10日〜

 

 赤点による再試験を終えた翌々日…2人は空条家の和室のローテーブルに、返却されたテストの回答用紙を並べる。

 そのテーブルを挟んだ先にいるレオンは無機質な表情を浮かべている。

 

「………まぁ…いいんじゃないか? 複雑な気分だが…」

 

 葎崎 礼神

 ・国語 84点

 ・数学 90点

 ・歴史 89点

 ・英語 97点

 

 空条 承太郎

 ・化学 96点

 ・歴史 94点

 ・英語 100点

 

(私が教えた時より良い点取ってる……)

 

 表には出さないがレオンは人知れずショックを受けた。

 

 再試ということもあり、どれだけ点を取ろうと60点まで減点されてしまうが、教師陣もこの点数には多少驚いただろう。

 

「レオンさんはほら…いろんな教科を幅広く教えられるから」

 

「礼神……気持ちは嬉しいが、フォローは不要だ」

 

「そういや、今回は何の仕事で拉致られたんだ?」

 

 1週間前の出来事を思い出した承太郎の問いに、レオンは面倒くさそうに答える。

 

「私とジョセフが持っている携帯……それをランクダウンさせた物を商品化させる話だった」

 

「ガラパゴス?」

 

「…この世界では最新になるが、パカパカする奴だ」

 

 礼神とレオンの口から出る聴きなれぬ言葉に首をかしげる承太郎。

 

「発売日は?」

 

「来月あたり」

 

 少し食いついた様子で質問する承太郎に答えると、次は礼神がレオンに質問する。

 

「スマホは⁉︎」

 

「……気が早いな。まぁ………すぐにでも作れるが携帯を出してすぐというのもなぁ………早く考えて5年後か………」

 




レオン
「"会長の辞表を受け取ってから安楽死する"と死神が落としたノートに書き込みたい」


「その場合、私は原因不明の心臓麻痺で死にますね」

伊月
「安楽死にするあたり、レオンって優しいね〜」

証呂
「ちなみに1日家庭教師達の得意教科は、私の中での創作に基づいたものです」


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番外編.法皇と女神

証呂
「4部に誰出そう…レオンの付き添いで行きたい人〜」

マライア&ミドラー
「「ハイッ‼︎」」

証呂
「どっちが良い?」

レオン
「両方却下で……」

証呂
「じゃあ話は変えて、子供は何人欲しい」

レオン
「いらん」

マライア&ミドラー
「「ハイッ‼︎‼︎」」

レオン
「なんの立候補か知らんが却下だ」

それでは番外編、グダグダっとどうぞ!


 3月も終わり僕らは無事に進級した。葎崎さんと承太郎は少し危なかったらしいが、それも今では過ぎた話だ。

 

 そして今日は1学期最初の登校日…校門を潜り、下駄箱で靴から上履きへ履き替える。

 

「お、おいアレ………」

「あの方が……」

「まさか、噂のッ⁉︎」

 

 小耳に挟んだ言葉につられて首を動かせば、そこには同学年の男子生徒がコソコソと会話していた。そんな3人の視線の先には、人混みに囲まれた男がいた。

 

 背は高くガタイも良い。そして僕の数少ない友達でもある。

 

 空条 承太郎……彼は取り巻きの女子高生達を鬱陶しく思っているようで、嫌な顔をしながら少しずつ前に進む。

 

「ハハッ、承太郎の奴…遠くからでも誰だかわかるな」

 

 先程の男子生徒3人は、遠目でも目立つソレの事を話していたんだと思いまた前を向く。

 承太郎に挨拶しようとも思ったが、あの中に飛び込むのは面倒そうだ。

 

「…可愛い」ボソッ

「…女神」ボソッ

「結婚しよ」ボソボソッ

 

「………?」

 

 承太郎に対しての感想とは思えず首をかしげる。そしてまた承太郎の方を見てみると……

 

「だぁーーーッ‼︎ 承太郎から離れるタイミングミスったぁーー‼︎」

 

 承太郎を取り巻く女子生徒の中から、ポンッと弾き出されたように小柄な少女が飛び出す。

 

 そしてその場を数メートル離れてから、彼女は人混みに流されて乱れたショートヘアを手櫛で直す。

 

「……葎崎さん」

 

「およ? 花京院、おはよー」

 

 つい彼女の名前を口に出すと、僕の声が聞こえたのか顔を上げて挨拶をしてくれる。

 

「ちょっと失礼、上履き脱げた」

 

 有無も言わせずに僕の肩に手を置いてバランスを取り、持ち上げた足の踵部分に指をかけて上履きを履き直す。

 

 その時先程の3人組から嫉妬の眼差しを向けられた気がした。盗み見てみれば、たしかに彼らは影からこっちを見ていた。

 

 あの3人組は葎崎さんの事を言っていたのか。

 

「よし履けた。ありがとー」

 

「どういたしまして」

 

 ………彼女は酷く鈍感で、僕の気持ちには気付かない。それだけでなく、周囲の視線にも鈍いようだ。

 本人は気付いていないが、どうやら彼女のファンや狙ってる人は多いらしい。

 

「ウッ……女子生徒から嫉妬の眼差しを感じる………ゴメン僕逃げるね、バイバイ」

 

「え、あぁ………………それには気付くんだね」

 

 遠退く小さな背中を見送り、彼女には聞こえないだろうがそう呟いた。

 

 

 

 

 

 1学期初日と言うこともあり、新しいクラスで1人ずつ自己紹介をする。それが終われば今後の授業内容などの話を聞かされ、そして午前のうちに下校となった。

 

「カキョーイーン」

 

「葎崎さん…3年生も午前で終わりかい?」

 

「そりゃ初日だからね」

 

 校門を潜り学校の敷地内から出た所で、嬉しい事に葎崎さんが後ろから走ってきて声をかけてくれた。

 

「にしても葎崎さん………改めて見ると……」

 

「オカシイ? 僕は割とデザイン気に入ってるんだけどね」

 

「いや、似合ってるよ」

 

 スカートではない男物の学生ズボンに、上はセーラー服ではなくブレザー。周りと比べれば浮くが、別におかしな格好ではない。

 

「そういえば承太郎は?」

 

「人混みの多い所。僕は巻き込まれたくないから逃げてk…「よう」

 

 聴きなれた短い声は、葎崎さんの言葉を遮るように僕の耳に飛び込んできた。気付けば僕らのすぐ後ろには承太郎がいた。

 

「待って承太郎〜、一緒に帰りましょうよ」

 

 「やかましい‼︎ 鬱陶しいぞッ‼︎」

 

「「「「キャーーーッ!」」」」

 

 黄色い歓声が上がり、承太郎と葎崎さんの歩行速度が少し早くなる。

 

「よく来れたね」

 

「葎崎テメェ……よくも俺を囮にしてくれたな」

 

「もともと彼女らは君狙い。僕を女性避けに使おうとする承太郎に言われたかない」

 

 そのまま僕らは、流れで一緒に下校する事になった。友人と呼べる人のいなかった僕にとってそれは新鮮で、大したやりとりをしてるわけじゃないがとても楽しい時間だった。

 

 しかしその時間も長くは続かない。

 

「それじゃ、僕はここで……」

 

 僕がそう切り出すと、前を歩いていた2人は足を止めて振り向く。

 

「ん、花京院()ってここか」

 

 僕の家の前で自宅を見上げると葎崎さんがそう呟く。するとその時、玄関が開き僕の母親が出てくる。

 

「あ、こんにちは」

「…………」ペコリ

 

 母さんに気付いた葎崎さんは挨拶し、承太郎はつられて頭を下げる。

 それを見た母さんは少し硬直し、驚きの眼差しを僕に向けて手招きする。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「……………なに話してんだ、アレ」

 

 花京院は「少し待っててくれ」と2人に告げてから、自分の母親と何か会話を始める。

 

「花京院って…ほら………大声で言えないけどボッチだからさ………僕らと一緒にいた事に驚いてるんじゃない?」

 

 礼神の推測は当たっており、花京院は照れ臭そうに「彼らは友達だ」と説明していた。

 やがて話がひと段落したのか、花京院は2人の方へ振り返る。

 

「突然だけど、良かったら上がっていかない? だってさ」

 

 また照れ臭そうに、不慣れながらも2人を誘う。

 

 それを聞いた承太郎と礼神は顔を見合わせてから上がらせてもらう事にした。

 

 

 

 

 

「葎崎さんは事情を知っていたよね。気を遣わせてしまったかな?」

 

「そんな事ないよ。いつかは3人で遊びたかったし」

 

(葎崎……………3人は余計だぜ)

 

 玄関で靴を脱ぎ、3人は二階へ上がって彼の自室へと入る。

 

 机がありベッドがあり、番組は見れないがアナログテレビも置いてある。一見片付いていてキレイな部屋だが、テレビの前にはTVゲーム機とカセットが3個ほど散らばっていた。

 

「ごめん、すぐ片付けるよ」

 

「……花京院、コレって確か………」

 

 承太郎が手に持ったゲームカセットには"F-MEGA"と書かれている。

 

 2,3ヶ月前の旅の終盤…DIOの館にいた執事、テレンス・T・ダービーはゲームで勝負して負かした相手の魂を奪うスタンド能力を持っていた。

 

 そしてその勝負に使ったゲームが、この"F-MEGA"というレースゲームだ。

 

「F-MEGAだね。やってみるかい?」

 

「やり込んでる花京院とスタプラを持ってる承太郎……面白い勝負になりそうだね」

 

「やれやれ……まだ俺はやるなんて言ってねぇぜ」

 

「じゃあ花京院。僕と勝負する?」

 

 そう言って座り込み、礼神はコントローラーを手に取った。

 

「葎崎、テメェやった事あんのか?」

 

「うん。このゲームは持ってるんだ。花京院!本気でこい!」

 

(……………このゲーム()?)

 

「準備できたよ。僕はこのマシンを使おう」エイカァァァァ‼︎

 

 礼神の含みのある言葉に引っかかる承太郎を他所に、花京院は自身がレースに使うマシンを選択する。

 テレンスとの戦いでも使った"A車"である。

 

「葎崎さんは何にするんだい?」

 

「僕はこれ〜」ピッ

 

「………正気かい?」

 

 礼神が選択したのは見た目からして可笑しかった。

 

 このゲームのマシンの中には女性レーサーが乗っている(設定の)女性向けマシンもある。

 しかし礼神が選んだのはまず形から他のマシンとは大きく違った。

 

「そのマシン……1番POWER(パワー)のあるマシンだね。全コースに設定されたタイムアタックをクリアすると解放されるマシンだ」

 

 花京院の言う通りパワーはある……更に重量もあり、クリスマス仕様で電飾が施されている。その電飾に電気を使っているという設定で、それはスピードのあまりでないモンスタートラック。

 クリア後解放される、いわば格ゲーでいう"ネタキャラ"だった。

 

(………全コースクリア……解放………ッ)

 

 そこで承太郎はある事に気がついた。だが驚く程の事でもないし、今は口を開かない。

 

「コースNo.1で」

 

「テレンスと戦ったコースだ。君もこのコースは得意なのかい?」

 

「まぁね。それと………罰ゲームどうしようか」

 

「罰ゲーム?」

 

「ないと面白くないじゃん。じゃあ……"負けた方がなんでも言う事を聞く"ってのはどう?」

 

「「ッ‼︎」」

 

 礼神の提案に花京院の心臓は飛び上がる。なんせ花京院も男であり、片思いの相手にそう言われては下心の1つや2つは浮かび上がる。

 

(………葎崎、タチが悪すぎるんじゃねぇか?)

 

 返答に困る花京院を尻目に、承太郎は溜め息をつく。

 

「……葎崎さん。女の子が軽々しく言っていい言葉じゃないよ。ちなみに何を頼むつもりだったんだい?」

 

「ちょっと欲しい物があって………」

 

(何か買って欲しいのか? いや、葎崎さんはそんながめつくは無いと思うんだが……)

「はぁ……僕は勝っても何もしないが、君が勝ったら願いを聞くよ」

 

 コースセレクトのままだった画面は、花京院がボタンを押す事で次に進む。そしてようやくレースは始まった。

 

 "コースNo.1"

 スタート後2000メートルの直線コースがあり、そして6つのカーブ!その後「加速トンネル」がある!

「加速トンネル」に入ることができれば最大850キロまで加速可能になる‼︎

 コースアウトは爆裂!

 4週してタイムの早い方が勝利者だッ‼︎

 

『両者位置につきました‼︎』

 

「ちょっと失礼……」

 

「………?」

 

 コントローラーを床に置き、その上から指を添える。

 

「葎崎さん……まさかッ‼︎」

 

「花京院………本気で来い」

 

『スタート5秒前‼︎』

 

 ー タタタタタタタタッ ー

 

(こ…この指の動き…このスゴイ早さで小刻みにアクセルボタンを押すやり方はッ! テレンス(ヤツ)もやっていた全パワーをかけてダッシュをしてスタートするやり方だッ! テレンス(ヤツ)はスタンドの指で連打していたが葎崎は自分の指でそれをやっている‼︎ その為に床に置いたのかッ‼︎)

 

 親指の連打だけでは間に合わない。その為彼女は床に置き、右手の指2本……人差し指と中指の2本で交互にボタンを叩いていた。

 

(左手で押さえて固定しても、交互に押す分精密動作を必要とされる………それができると言うことは…彼女はこのゲームを()()()()()()()ッ⁉︎)

 

「やっぱりな……旅の最後の会議で言ってた"自信のあるゲーム"がこれか」

 

「だが僕も………同じ失敗はしない‼︎」タタタタタタタッ

 

『2秒前‼︎……1秒前‼︎………START(スタート)‼︎』

 

 2人はそれぞれ、全力のスタートダッシュに成功する。しかしマシンの性能の差によって、僅かながら礼神が出遅れる。

 

(僕はシスターと2人で暮らしている。決して裕福な暮らしではない。それでも僕が必死にせがんで買った唯一のゲームがこれだ。テレンス(ヤツ)とは結局戦わなかったけど……ヤツに勝つ為にやり込んだゲーム………君とは決意に差がある‼︎)

 

 今度はアクセルボタンを押したまま右手でコントローラーを固定し、左手の人差し指で十字キーをグルグルと回し始める。

 

「これはッ、花京院も使っていたスピンのテクニック‼︎」

 

 礼神のモンスタートラックは横回転し、花京院のマシンを弾き飛ばす。ここまでは"テレンス VS 花京院"の再現のようにも見えた。だがここからの展開は違った。

 

 スピンによって弾かれたA車はガードレールに突っ込んだため、一度バックして走り直す。しかしその頃…礼神のモンスタートラックは既に先の方を走っていた

 

「何ッ⁉︎………そうか! パワーと重量のあるマシンだから、そっちの方が弾かれ難いのか‼︎」

 

 性能が相手より優れたマシンだが、花京院が追い付いた頃には最初のカーブに差し掛かっていた。

 重量級のトラックでは減速しなければ曲がりきれないが、十字キーを左右に素早く入力する事で車体を傾けさせ無理矢理曲がる。

 

(残りのカーブはあと5つ……葎崎さんが同じように傾けて曲がるなら、そこに隙間ができる。次のカーブでそこを通るしかないな)

 

 そして次のカーブまで、花京院のマシンはトラックのすぐ後ろにつく。そして待ちに待ったカーブで、A車はモンスタートラックの下を潜ろうと加速する。

 

「甘いッ!」カチッ

 

 曲がる方向とは逆方向に十字キーを入力し、今度は傾けていた車体を元に戻す。すると必然的に、A車はモンスタートラックの下敷きになったまま走ることになる。

 

「なっ⁉︎ エネルギーがドンドン削られて……マズイッ‼︎」

 

 すぐさま減速し、トラックの後ろにまたつける。

 

「一度たりとも抜かせない気だね………」

 

「相手がミスしない限り、このマシンじゃ追い付けないからね」

 

 花京院は下手に前へ出ようとせず、そこからはトラックの後ろをついて走る。そして二台のマシンはトンネルへと入る。

 

(トンネルから出ると850キロまで加速する事ができる………つまりトンネルの中を進んでる間はまだスピードはこちらが上)

「この暗闇に乗じて抜き去ってやる!」

 

「暗闇?なんのこと?」

 

「何ッ⁉︎」

 

 ………礼神の使うモンスタートラックはクリスマス仕様。

 電飾のおかげで、周囲に暗闇は存在しなかった。

 

 

 

 

 

『ゴォォォルッ‼︎』

 

「………………」

 

「ドヤッ!」

 

 トンネルの中でもチャッカリ進行を塞ぎ、終いにはマシンのエネルギーが礼神のラフプレイによって削りきられてしまう始末………

 

 花京院は敗北した。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 僕は彼女に負けた。

 絶対に勝てると豪語するだけの力が彼女にはあり、僕の実力ではとてもじゃないが勝つことなんてできなかった。

 

 だが僕は、彼女に負けた事が決して悔しいわけではない。というよりは、悔しさより喜びが今の僕の心を満たしている。

 

 葎崎さんとゲームで対戦した数日後の休日。

 僕は駅前のベンチに座り、ある人物が来るのを待っていた。

 

 学校以外で外出するなんていつぶりだろう……久しぶりに身に付けた私服は、昨夜の内にアイロンがけして完璧な状態だ。

 左腕に巻かれた腕時計を見れば、すでに12時を過ぎていた。

 そしておもむろに立ち上がり周囲を軽く一瞥してまた座る………この動作も何回繰り返したんだろう。

 

「花京院お待たせ〜。ゴメンね遅刻して……」

 

 不意に聞こえた彼女の声に反応して、心臓が一瞬跳ね上がりそうになる。その心臓を無理やり抑えるように冷静を保ち、いつも通りに彼女に挨拶する。

 

「大丈夫、僕も今来たところだよ」

 

「君も遅刻か……失望したよ」

 

「……その言い方は酷いんじゃないか?」

 

 彼女は腕を組んで文句を言うが、僕がそう言葉を返すと無邪気に笑う。仁王立ちしているが、身長が低い事も私服という事もあり、彼女にはいつもとは違う愛嬌があった。

 

 もうわかっていると思うが、僕が待っていた人物は彼女……葎崎さんだ。

 

「罰ゲームとはいえゴメンね。買い物付き合ってもらっちゃって」

 

「別にいいよ。でもその前にランチにしようか」

 

「うん」

 

 そして僕らは歩き始める。

 まさか自分が彼女とデートができるなんて……負けた甲斐がある。

 

 ……本当はただの買い物の荷物持ちだが………

 

 葎崎さんは育て親のケライン・エーデルガルドさん2人暮らしをしていて、彼女は毎週週末に1週間分の食材を買い溜めしているとのこと。

 

 だが今回は、イギーのペットフードも同時に切らしてしまい荷物が増えて困っていたらしい。

 

 そしてあの日、流れで承太郎も葎崎さんに荷物持ちを頼まれたが、気を利かせてくれたのか…はたまた単純に面倒だったのか…真偽はわからないが彼は彼女の願いを断り今に至るというわけだ。

 

「罰ゲームと言わず、荷物持ちくらいいつでも手伝うのに………」

 

「アハハ、ありがと。でもそれは花京院に悪いよ」

 

 そう言って首を振るたびに、暗い藍色の髪が左右に揺れる。

 

「どうかした?……やっぱ服………変?」

 

「そ、そんな事ないよ。とても似合っている」

 

「女の子なんだからオシャレしろってシスターが………うぅ、恥ずい」

 

 無地のTシャツの上から羽織った春物のコートと、足首までかかる白のロングスカート…それが今の彼女の服装だった。

 

 普段は着ないのか、スカートの裾を抑えて初々しく顔を逸らす。本当に恥ずかしいのか少し耳が赤い。

 

「あ、花京院。ここにしない? ここのケーキは絶品って友達が言ってたんだ」

 

「じゃあここにしようか」

 

 店内に入れば、店員に連れられて向かい合わせの席に案内される。そしてテーブルに立て掛けてあったメニューを広げて何を頼もうか決める。

 

「僕この苺のショートケーキ」

 

「………僕はカツサンド」

 

 デザートを主食にするつもりかい?と口に出しそうになったが、彼女は余程楽しみにしているのか鼻歌を歌っている。そんな彼女を見て、僕は言いかけた言葉を飲み込み注文をする。

 注文を終え店員は去ったが、葎崎さんは未だにメニューを見ていた。そしてメニューをこちらに向け、あるデザートを指差す。

 

「見て花京院。"特盛スイーツオールスター"だって」

 

「これは……凄いな。本当に食べる人いるのか?」

 

「………噂をすればだよ、花京院」

 

 今度は僕の背後を指差し、振り向いて見れば店員の方が高さ30cmはありそうなパフェを運んでいた。

 色取り取りのフルーツ…ミルク、ビター、ホワイトの3種類のチョコ…そしてバニラアイスにホイップクリームかな?それぞれが階層ごとに分けられ、1番上にはマカロンがトッピングされている。

 

「一体誰があんな物を………」

 

 そんな言葉を零しながら、パフェを運ぶ店員を目で追う。

 すると………

 

「ひゃぁ〜〜。相変わらず食べますねぇ……」

 

「ウィル。これくらい糖分がなければ、頭は動かんぞ?」

 

「あ、レオンさん」

 

「………………む?」

 

to be continued→




証呂
「1日でどれだけの糖分とってんの?」

レオン
「そうだな……昨日は朝にシュークリーム3つ、昼にチーズケーキとモンブラン、オヤツにエクレア……夕食はレストランでパスタだったが、デザートにまたショートケーキを2つ………」

礼神
「栄養価考えて!」

レオン
「私のような人外にとって、血液以外は全て同じようなもんだ」

伊月
「……今度人外にも効くサプリメント作ってみるね」


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番外編.僕は貴女が好きだ

証呂
「まだ4部の全体像はできてないけど、そろそろ書き始めても問題ないかな」

礼神
「ついに4部!」

証呂
「まだ3.5部で関係ない話をするけどね。流れとしては……

3.5部(番外編)→3.5部(今後に影響する話)→4部(本編)

………かなッ‼︎」

レオン
「番外編はあと何話だ?」

証呂
「今回(75話)含めて…2,3話くらいかな」

伊月
「どうでもいいから早く75話読もうぜ⁉︎ タイトルからして、オジさん凄く気になるぜ!」

そんなわけで番外編、グダグダっとどうぞ!


 現時代に片手で収まる携帯というのは、十分に世界にインパクトを与え広める事ができる。それはいずれビジネスの必需品になる。

 その携帯をSPW財団で開発・販売するとなると、やはり他社もその魅力に飛びついてくる。

 そこで私は今日、仲の良く話の通しやすいウィルと外交の話を飲食店でしていた。後で他社の交渉人も来る。

 

 そこで、ランチメニューも美味いが私はデザートのみを単品で頼む。

 

 交渉人が来る前に食べておきたい。

 

「お待たせしました。特盛スイーツオールスターでございます」

 

「ひゃぁ〜〜。相変わらず食べますねぇ……」

 

「ウィル。これくらい糖分がなければ、頭は動かんぞ?」

 

 目の前で呆れ顔を浮かべるウィルを前に、私は長いスプーンを手に取り甘味を楽しむ。

 

 だが彼の引いている様子を見て、今日のおかわりは控えようと思う。………2回まで。

 

「あ、レオンさん」

 

「…………………む?」

 

 聞き慣れた少女の声につられ、視線をそちらに向けてしまう。

 すると声の主が予想通り、葎崎 礼神なのだとわかる。

 

 私達のいる席の通路を挟んだ反対側…そこの窓際の席に座っており、彼女の向かいには花京院が……………

 

「………………………」スッ

 

 控えめに手を振ってサインだけ送り、私は視線をウィルに戻してビジネスの話をする。

 

 経緯はわからんが、花京院がデートまで漕ぎ着けているのだ。話しかけて邪魔などはしない。

 

「レオンさん、本当に甘いの好きなんだね」

 

「………まぁな」

 

 ……君から話しかけてくるのか。

 

 あ、花京院が微妙な笑みを浮かべてる。そして彼もこちらに身体を向ける。

 

「………………」

 

「あ、ごめんなさい邪魔して……目に入ったので改めてお礼を言いたいと思いまして………」

 

 なんと言おうか悩んでいると、礼神が慣れない言葉遣いで軽く頭を下げる。

 つられて花京院も頭を下げる。

 

「あの時はお世話になりました。ウィルソン・フィリップスさん」

 

「いえいえ、私はレオンさんに借りを返しているだけですよ。あの時はまさか、空から日本の学生が降ってくるとは思いませんでしたがねぇ」

 

 にこやかにウィルが言葉を返す。

 

 話も一区切りされ、話は早いうちに終わらせる事ができた。

 花京院は今が正念場かもしれないのだから、このまま早々に輪から外れ……

 

「ちなみにレオンさんとはどのような関係なんですか?」

 

「ん。気になりますかな? お嬢さん」

 

 ………またこの娘は余計な事を………

 

「私は若い頃、格闘技を嗜んでいた時期がありましてね。その時にレオンさんとは出会ったんですよ」

 

「おい、ウィル…」

 

「いいではありませんか。思い出話に花を咲かせるくらい…まだ交渉先の社の人も来ておりませんし」

 

 何かスイッチでも入ってしまったのか、ウィルは楽しそうに私と出会った頃からの話を始める。

 

「そうなんですか。レオンさんは付け焼き刃で格闘技の基礎を学んでたって聞いてましたけど………丁度その時期にプロレス界で出会ったんですか」

 

「えぇそうです。当時はキャプテンを任されていて、腕に自信はあったんですけどね………レオンさんには勝てず、何度かリベンジ戦を申し込みました」

 

「……お二人はライバルだった………と、いう事ですか?」

 

 話を合わせて花京院が口を挟む………すまない。本当にすまない、邪魔をして………

 

「ライバルとは言えませんねぇ。私は負かされっぱなしでしたから………で、気が付けば弟子になってましたよ。つまりは恩師ですね」

 

「……プロレス……そんな事もあったな………ウィルの腕は確かで、私も気が付けばウィルの指導に熱が入っていた」

 

「凄いんですよ? レオンさんは基礎しか知らないにもかかわらず、動きの悪い癖をすぐ見抜くんです………トレーニングはハード過ぎた気もしますが………」

 

「君は付いてこれたじゃないか」

 

「ジョセフさんから聞いた事あるけど………レオンさんって弟子とか育てるの好きだよね。育成ゲーム好きでしょ」

 

「否定はしない」

 

 会話を続ける花京院は楽しそうな表情を崩さないが、残念そうな表情も見え隠れしている。

 礼神もウィルも気付いていない。

 

 ………どうやってこの状況を打破するか。

 

 そう考えていると、丁度良いタイミングである男がやってくる。

 

「すいません、お待たせしましたぁ」

 

 ケータイを商品として取り扱いたいという会社の若社長だ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「すみません、お待たせしましたぁ」

 

「こっちが早く来ただけだ。気にするな」

 

 レオンさん達は仕事でここに来ていたようだ。SPW財団とまではいかないが、大手の企業の人だ。

 もっと良いホテルレストランとかで行うイメージがあるが………

 

「お待たせいたしました〜」

 

 そこで僕の前にカツサンドが出され、葎崎さんの前にはショートケーキが運ばれる。

 レオンさん達との雑談が強制的に終わった事もあり、僕らは出されたランチとデザートに手を付ける。

 

「美味い美味い」

 

 ハムスターのようにケーキを頬張る彼女は、口元を緩めて幸せそうな笑みを浮かべる。

 彼女も甘党……とまではいかないがケーキ類は好きなようだ。

 こちらが遊びに行く機会があれば買って行くようにしよう。

 

「失礼、手洗いに………」

 

「えぇ、お構いなく」

 

 ふと隣の席のレオンさんが席を立ち、それにつられて視線がそちらに向く。

 レオンさんが店の奥に消えると、大手企業の若社長の表情が一転する。

 

「……時に上院議員殿…貴方は良いですねぇ〜、人生楽で」

 

「ん…何かおっしゃいましたかな?」

 

「レオンさんに気に入られ、美人な奥さんがいて、オマケに上院議員………後はそれで得た金でなんでも買えるんですからねぇ?」

 

 この男……上院議員を目の敵にでもしているのか?

 レオンさんが席を立った途端、ねちっこい口調で彼に話しかけ始める。

 

「どうせ奥さんも金で買ったのでしょう?」

 

「前々から思ってましたが、少々失礼ではありませんかな?」

 

「ハハッ! これは失敬……すみませんねぇ。思った事がすぐに口に出てしまって」

 

「ワハハ。確かに妻は私には勿体無い程の女性ですがね」

 

「どうせ金目当てですよ。金、金」

 

 僕の向かいに座る葎崎さんは食事の手が止めて怪訝な表情を浮かべる。僕も同じくカツサンドを皿に戻した。

 

 ウィルソン上院議員は命の恩人でもある。その後も僕らが無事帰れるように、表向きの隠蔽工作までしてくれた。

 そんな人がすぐ隣で悪く言われれば流石に腹が立つ。

 

 それを抗議したいが、当の本人は愛想笑いで流している。

 相手の言っていることを気にしていないのかもしれないが、これ以上悪く言うなら黙ってはいられない。

 

「すみませ…「あのッ!」

 

 だが僕が言うのと同じタイミングで、葎崎さんが強めの声を上げた。

 その声に2人はこちらを向く。

 

「その人を悪く言わないでくれませんか?」

 

「……何だと?」

 

「恐らくですが……貴方は良く知りもしないのに、ウィルソンさんを悪く言っている。それをやめてほしいと言っているんです」

 

 眉間に皺を寄せる男を前に、僕は葎崎さんの後に続きを言う。

 

「な…何だ……君達部外者には関係無いだろ! 君達は何なんだ⁉︎」

 

「えっと………」

 

「知り合いですよ。些細な事で知り合った知り合い……貴方よりはよっぽど、彼の事を知っています」

 

 最もな疑問に言葉が詰まる葎崎さんの代わりに、僕は適当な事をスラスラと述べる。

 

「……ははぁ〜ん? 少年の方は兎も角……少女の方は愛人ですかね? 良いですなぁ、金のある人は!」

 

「なッ‼︎」

 

 思わず僕は目を見開く。

 この男………人の言葉を理解できないのか? 上院議員にのみならず葎崎さんまで貶すなんて………

 

「その歳で自分を売るとは、さぞかし貧しい環境で育ったんでしょうねぇ」

 

「貴様……!」

 

 立ち上がり若社長の胸倉を掴み上げる。

 仕方なかった……それ以上は堪えられなかった。

 

「ななな、急に何をッ⁉︎」

 

 急にだと? 自分が何を言っていたのかもわからないのか⁉︎

 

 思い切りブン殴ってやりたい気持ちに駆られたが、その振りかざした腕は1人の男に止められる。

 

「まぁまぁお若いの。ここは1つ落ち着いて………未来ある若者が、そう簡単に起こして良い行動ではありませんよ」

 

「ですが………ッ⁉︎」

 

 決して手加減をするつもりはなかった……なんてパワーだ。

 

 その振りかざした腕を掴んだ上院議員の手によって、僕の左腕は無理矢理下ろされた。

 

「…ま……全く。最近の若者は一体どうなってるんだ! 急に話に割り込んだ果てに暴力を振るうとは………」

 

 男はネクタイを締め直し冷静を装うが、腰を抜かしテンパっていた。そんな男に上院議員は驚くべき物を取り出して手渡す。

 

「………これは?」

 

「慰謝料です」

 

 さも当然のように笑顔を浮かべるウィルソン上院議員……

 僕はその行動が理解できず凍り付いた。確かにそれを受け取れば穏便に済んだ事になるんだろう………だが元は貴方を庇って起きた事だ。それをさも当然のように金で塗り消そうとしているのだろうか……

 

 男はいやらしい笑みを浮かべてそれを受け取る。

 

「ま、まぁそこまで言うなら仕方ありませんねぇ……………………ん?少し………いや、だいぶ多くありませんか? いえ、私は多くても別に全然良いんですけどね?」

 

「そんな事はありませんよ。貴方に恥を()()()()事に対する慰謝料と()()()です」

 

 まだ凍り付いたままの僕の脳には、その言葉を理解する事はできなかった。

 

「かかせる?かかせたではなく?………それに………医療費?」

 

「ご安心を。怪我は()()()()()()()()

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「プケヤパァッ⁉︎」

 

 とある駅前にある飲食店……スイーツなどの評判の良いこの店で今、1人の若社長が宙に舞った。

 

 理由は1人の小柄な男が顔面を殴り抜いたからである。短い腕から放たれた一撃は、若社長の鼻骨を砕いてなお勢いを止めず、窓ガラスを突き破ってダイナミックに店を出る事になる。

 

 その身長差からは想像できない光景に客、店員、通りすがりの皆が足を止めて凝視した。

 

「お嬢さん。失礼ですが、退いて頂けますかな?」

 

「………………」

 

 声も出せずに突っ立っている礼神の前を、ウィルソン・フィリップスは通り過ぎる。

 

「ほ、ほばへ……ばびをひたかわはってるのは? うっはえへひゃる」

 

「何をしたか?えぇわかっていますとも…訴える? 出来るものならどうぞご自由に」

 

 そう言ってガラス片を敷いたアスファルトの上に立ち、足元に転がっている男を見据える。

 

「私はね……人道を踏み外し、師の教えに背くつもりはありませんよ。別に私を悪く言うのは構いません……ですがね、

 

 何故お前に未来ある少年少女を貶す権利があるッ⁉︎ ましてや私の前でッ‼︎ よくそんなフザケタ事ができたなッ‼︎」

 

「ヒィッ⁉︎」

 

 比較的大きかったガラス片が、上院議員の靴底の下で音を立てて割れる。その前で男は仰向けのまま上半身を起こし、尻を引きずる形で下がる。

 

「う、うっはえへやる! 絶対にうっはへへ(訴えて)やる‼︎」

 

「ですからやれるものならどうぞ? 貴方………受け取りましたよね? 慰謝料………」

 

「………へ?」

 

「監視カメラにもその様子は映っているでしょう。それでも私に非がないわけではないので、訴える事は可能ですが………ただ、その程度のダメージは覚悟の上……」

 

 ゆっくり歩み寄るウィルソンだが、背後から誰かに声をかけられる。

 

「おい、何事だ?」

 

「へ、へおんさん!」

 

 現れたレオンは店内を見渡してから、律儀に出入り口から外へ出る。

 そんな彼に助け舟をこうつもりなのか、男はまたいやらしい笑みを浮かべた。

 

「レオンさん、この人が……………」

 

 顎も砕けたのか、上手く回らない呂律で必死に男は説明をする。多少盛られた話だが、レオンはそれを聞き終えてから口を開いた。

 

「成る程………君は私の親友を馬鹿にした挙句、私の友人を貶した………それにウィルがキレたわけか」

 

「…ひゅ……ひゅうじん(友人)?」

 

 片足を付けたレオンは話しかけ続ける。

 

「君にも非行はあった………が、暴力に出たこちらに非がある」

 

 その言葉待っていたと言わんばかりに、男はウィルソンに向けてまたいやらしい笑みを浮かべる。

 しかしその笑みも次の瞬間には凍りつく。

 

「金で済ませるつもりはないが………()()()()

 

「………え」

 

「どうした……ほら、()()()()()

 

「………ひ………ヒィーーーッ‼︎」

 

 男は金も受け取らずに逃げ去った。

 レオンがウィルソンと同じ手順で殴ると思ったからだろう。無理もない………彼の表情を見れば、レオンが激怒しているのは誰にだってわかる。

 

(………影LEONさんだ…)

 

「………すまないオーナー」

 

「はぁ………まぁ、社長兼常連客として大目に見ますよ」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「あの店ってSPW財団の所有する会社の支店だったんだね」

 

「レオンさんの言葉から察するにそうだろう。にしても、どっと疲れたな」

 

 ランチを済ました後、買い物を済ませた葎崎さんと共に僕は帰路についていた。

 

「レオンさん良かったのかな………仮にも交渉相手に………」

 

「あの若社長…父親である前社長のコネで社長になったらしいよ。ただそれだけの男で実力は並以下…はなから取引する気は無かった………そうレオンさんは言っていたよ」

 

「へー。あの人お坊っちゃんだったんだ………だとしたらダメな意味でおかしな人だね……支離滅裂で人の話を聞かない」

 

「だね」

 

 気が付けば僕らは、葎崎さんの住むアパート前まで来ていた。目的地についた僕は玄関前に、持っていた買い物袋を置く。

 

「今日はありがとね」

 

「ふー。このくらいならまた頼んでくれて構わないよ」

 

「それは悪いよー」

 

「そこは素直に、感謝を述べておけばいいんだよ」

 

「アハハ、そっか。ありがと」

 

 名残惜しいがこれで終わりだ。買い物袋を置いた僕は、僕の家に帰ろうとする。

 

「あ、待って」

 

「ん?」

 

「良かったら上がってかない? お礼というか………お茶くらいは出すよ」

 

 不意に誘いを受けた。もちろん僕としては喜ばしい事だが、僕は彼女の家庭事情を知っている。今日は休日………葎崎さんを女手一つで育てているエーデルガルドさんは、きっと疲れているだろう。そんな所に訪問するのは気がひける。

 

 素直にその事を口に出すと………

 

「シスター? シスターは今いないよ」

 

「………え?」

 

「休日出勤なの。いたら花京院に頼まず、シスターと一緒に買い物するよ」

 

 ………これは………期待して良い………のか?

 

 いや彼女の事だ。どうせ僕の事を男でなく友達として見ているんだろう。だがそのガードの緩さは不安になる。

 

 しかし………

 

「じゃあ………お茶だけ」

 

「オッケー。友達がうちくるのは承太郎以来かな!」

 

 折角の誘いだ。チャンスは無駄にはできな…

 

「ただいまー」

 

「オォォオ‼︎ ヨーヤク帰ッタカァ‼︎」

 

「………………」

 

「シュトさん、これ台所まで運んで。こっちは押入れのペットシーツとかの所」

 

「ヨシ、ワカッ……ン? 君は………」

 

「改めて紹介するよ。花京院 典明、旅を一緒にした幽波紋使い…花京院、この人は元ドイツ軍人のシュトロハイム…通称シュトさん。無人島で会ったでしょ?」

 

 …やはり期待はしない方が良かったな。

 

 

 

 

 

「………ごめん花京院。もてなすつもりが、逆に疲れたんじゃない?」

 

「なかなか面白かったよ。流暢ではないが日本語も話せるんだねあの人」

 

「そういえば上院議員さんも話せてたね。そしてシュトさんは、嘘か本当か武勇伝が多すぎるんだよ………」

 

「……何故シュトロハイムさんが君の家に?」

 

「結婚してないからドイツに帰りを待つ家族居ないんだって。それで軍人時代の部下だったシスターの元に寂しいから転がり込んで来たらしい。『私は自分の手掛けた部下を我が子の様に思っている。つまりレイカ……お前はこのシュトロハイムの孫というわけだ』ってこの前言われた」

 

「……それもまた支離滅裂だね」

 

 彼女の家でお茶をご馳走してもらった後、僕は今度こそ帰路についた。何故葎崎さんがまだ僕の隣にいるかというと、「シスターに傘届けに行くから途中まで一緒に…」との事………

 そういえば今夜は雨と予報が出ていた。エーデルガルドさんは傘を忘れたらしい。

 

「たしかにシュトさんは支離滅裂だけど、シュトさんは必要な良い人材だよ」

 

「人材?」

 

 いつもの彼女なら「良い人」などと表現すると思ったが、彼女は「人材」と言った。そこに違和感を感じ首を傾げると、葎崎さんは察して口を開く。

 

「僕ね……夢が2つ有るんだ。1つはもう達成したけどね」

 

「それは前に聞いた。全員での旅の生還だよね」

 

「うん。それでもう1つの夢はね……ツバメを復活させる事!」

 

「………ツバメ?」

 

 その言葉にまた首をかしげる。

 一般的に聞くツバメといえば、玄関の壁や軒下に巣を作る野鳥の事だけど………………

 

「ツバメは、僕が拾われた孤児院の名称だよ」

 

「……………」

 

「……前々から思ってた。そして旅から帰ってきた時、シスターに抱き締められてより強く思ったんだ………両親に捨てられたけど、僕は幸せなんだなぁーって」

 

 彼女の話を僕は黙って聞く。

 

「…知ってる花京院。日本で保護を必要とされる赤ちゃんは、年間で数千人いるんだよ………もちろん全員を保護できるわけじゃない。中には捨てた事がバレない様に、孤児院に届けない親だっている………僕はその中の1人で、奇跡的に現在に至る………僕はその奇跡を当たり前にしたい………いや、捨てられる前提の言い方だねこれじゃ………でも親に捨てられた子達に、胸張って「大丈夫!」って言える人になりたいんだ。シスターみたいな人になりたい。子供達に絶望を………感じさせたくないんだ………」

 

 最後の言葉を口にした時、一体何を考えていたのかはわからない。だがあまり良い事を考えてはいなさそうだ。

 

「………だからさ。シュトさんみたいな元気な人は必要だと思うんだよね。歳が心配だけど、まだまだあの人長生きしそうだし」

 

「アハハ、そうだね」

 

「きっと毎日が大変だけど、僕みたいなボーイッシュは嫁にも行けそうにないからね。孤児院を維持する為の収入は不安だけど、独身だと身軽に動けるはず………」

 

 ………そうか………葎崎さんは僕を男として見ないんじゃない。恋愛自体眼中に無いんだね。

 

「人手が足りなかったら、その時は是非呼んでくれ」

 

「それは悪い……じゃなかった。その時は頼りにしてるよ………あ」

 

「ん?………あぁ、葎崎さんはアッチか」

 

「そうだよ。花京院の家は………そっちだったよね?」

 

「あぁ。それじゃあ、また学校で」

 

「うん。またね………って、オワァッ⁉︎ 降り始めた⁉︎」

 

 別れた途端に降り始めた雨。

 別れを告げてから葎崎さんは、傘を差して小走りで去ろうとする。

 

「………葎崎さん‼︎」

 

「え?………なーにー⁉︎」

 

 大声で呼び止めれば彼女は振り返り、遠くからでも返答してくれた。

 雨の中、僕はそんな彼女の元へ駆け寄る。

 

「………?」

 

「大好きです」

 

「………………」

 

 ………ムードも何も無い。

 そんな中、僕はストレートに伝えた。

 それでも君には届かないと知っているのに。

 何故今言ったのか…それは僕にもわからない。

 

「……プッ……アハハ! 急にどうしたの?」

 

「いや……君は自分を過小評価する癖があるみたいだから……」

 

「そうかな……なら頑張って治すよ。ありが………なんか感謝してばっかりだね。本当にありがと! 僕も大好きだよ♪」

 

 そう言って、彼女は今度こそ走り去った。

 

 僕は君の様に酷く鈍感ではない。勘違いはしない。

 それが「Love」ではなく「Like」だとはわかっているし、君が僕の言葉をLikeとして受け取っているのもわかってる。

 

 これで諦めたつもりはないが、また僕が同じ事を言っても、きっと君も同じ事を言うんだろう。

 なんの躊躇いも、恥ずかしげもなく当たり前に……

 

 友人としてそれはとても嬉しい……だが同時に悲しくもある。

 

「………雨が降ってよかった」

 

 おかげで誰にもバレない。

 

 僕は服全体にシミを作るように、時間をかけて歩いた。

 

ーー

ーーー

 

「……で?レオン。交渉に応じなかったのは構いません。ですが、問題を起こしては困ります」

 

「訴えられて私の首が飛べば御の字だったが………仕方ない。ウィル。次は窓ガラスではなく、通路に殴り飛ばしてくれ」

 

「レオン殿……そう言うことではない気が………」

 

「えぇ、ウィルソンさんの言う通り、そう言うことではありません。あの場では一度堪えて、社会的に殺してください。暗殺でも構いませんが………得意でしょう?暗殺」

 

「………橘。君が1番怖いな」




礼神
「上院議員さん。奥さんバカにされても起こらなかったのに、僕らの時は怒るんだね」

ウィルソン
「えぇ。妻は「金目当てと思われて当然、それでも貴方を愛する」と言ってくれました。それなのに怒りに身を任せて暴力を振るっては、妻の決意を疑うようなものですから」

レオン
「ウィル。ジョセフの代わりにジョースター家に産まれないか?」

承太郎
(レオン……今回は花京院の慰めに後書きを使ってくれねぇか?)

伊月
「典明君。飴ちゃん食べる?」

花京院
「食べない」


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第3.5部
73.新章突入:前半


証呂
「お久しぶりになってしまった。どうも黝 証呂です。専門学生になって予想以上に忙しかったので、だいぶ遅くなりました」

レオン
「なんだ………失踪したと期待したのだが?」

証呂
「主人公が期待すんな‼︎ 新キャラ1人導入して、そっから4部や‼︎」

それはさておき73話、グダグダっとどうぞ!


 今日は1994年 5月 4日。

 私の名前はケライン・エーデルガルド。

 ドイツの女軍人だったが、老いた今は日本で孤児院を経営している。一度は悲惨な事故に遭ったが為に孤児院ツバメは潰れてしまった。しかし我が娘、レイカの尽力あって再建する事が出来た!

 私の為を思ってというのも嬉しいのだが、何より嬉しかったのは「僕は捨て子だけど幸せになれた」「次は僕がシスターみたいに幸せにする番だと思うんだ」………と、可愛い笑顔で言ってくれた。

 

 ………嬉しすぎる。可愛すぎる。レイカは私の誇りだ‼︎ 私を理由にして私に囚われず! 私を目標にして自分の夢を持ってくれた‼︎

 しかも幸せになれた⁉︎ 私はお前の母親になれたのか………うぅ、私も老いたな。涙腺が緩くなっている。

 

 ………ハッ‼︎ 違う、私はこんな話をしたいんじゃない。

 いや、"こんな"と言うのは間違いだな。実に素晴らしい話だ。

 

 ………ゴホン。ま、まぁ、そんなわけで私は今、孤児院を再び経営している。不服があるといえば、シュトロハイムが共に働いている事だな………

 

 だが私は今、そんな不服も忘れるようなショックを目の前にし、現実逃避をしてしまっていた。

 

 ………一度意識を現実に戻してみよう。

 

「………………」モグモグ

 

「………う、美味いか?」

 

「………………」コクリ

 

 無表情で無口な少女が、今 私の前でお菓子を食べている。この少女がショックの原因だ。名前は

「ルナ」という。

 孤児院で暮らす子供達とはまだ溝があり、馴染めていないようだ。今日初めてここに来たのだからしょうがない。

 

「シスター、レオンさん来たよ」

 

「………! 来た?」

 

「あ、あぁ。迎えが来たようだな。残ったオヤツは持って帰って良いぞ」

 

「………いい………コレ……ここの子達の………」

 

 そう言い残し、短い足でテケテケ走る姿には愛嬌がある。

 

 私達のいる扉が開き、そこからレオン殿が入ってくる。無口な少女はそのレオン殿の足に抱き着く。

 

 それに気付いたレオン殿は抱き抱えて私の方を向いた。

 

「今日は急にすまなかったな、エーデル。娘が世話になった」

 

 ………私の初恋の相手に娘が出来ていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 〜2週間前〜

 

 旅を終えて早数年……僕は卒業後、苦難の末に前世の記憶が唯一活かせると判断して、国内のファッションデザイン科の大学へ入学した。それと同時に、レオンさんと取引をして"孤児院ツバメ"を再建。悲しいことに孤児達は最初の一年で3人増えた。

 

 シスターはもちろんのこと、孤児院ではシュトロハイムも働いている。僕とイギーも手伝いはするが、上手く経営する為に稼げる人にならないといけない。その為僕は学業に専念して4年過ごした。

 

 前世の記憶を頼りにして仕立てたデザインは高評価。そして今日……大学を卒業した僕は………

 

「レオンさん………ゴメンッ!」ダンッ

 

 レオンさんに謝りながら、書類にハンコを押し付ける。それを見届けると、レオンさんの秘書である橘さんは控えめに笑い書類を手に持つ。

 

「契約成立ね。期待してるわ」

 

 僕はこの日、SPW財団の新たな業界進出という形で小さな会社を立ち上げた。

 

「仕事増やしてゴメンねレオンさん……じゃなくって会長」

 

「仕方ないさ。孤児院に援助できる金も無限ではない。礼神の働き口を潰すわけにはいかんだろう」

 

「予め選抜した人材の資料よ。マライアとミドラーが乗り気だったから、しばらくしたら彼女達もそっちに派遣します」

 

「はい!」

 

「話は終わりだ。帰り道に気をつけて」

 

「わかりました」

 

 切り替えてレオンさんにも敬語で接する。レオンさんならいつも通りで良いって言いそうだけどね。

 

 財団の支部を出た僕はケータイを開いて、親友2人にメールを飛ばした。その2人とは承太郎と花京院……事前に言ってはいたが、僕が子会社を立ち上げたとなれば少しは驚くだろうか。まぁ、会社立ち上げってのも人脈に恵まれてただけだけど………

 

「尚更頑張らないとな」

 

 両頬を自分で叩いて喝を入れる。

 

 ……そういえば。

 

「レオンさん、なんか………ピリピリしてたな」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………伊月、ホル・ホース。入れ」

 

「ん。巫女との話は終わったのか?」

 

「あぁ」

 

「ゴメンねぇ〜、めでたい時にこんな案件持ってきて」

 

 部屋に入ってくるや否や、2人はレオンにそう話しかける。

 

「構わない。コレは私も見過ごせないし………貴様もだろ?」

 

 鋭い目付きで伊月に視線を向けるレオン……それに対し伊月は、沸々と湧き上がる怒りを抑えるように笑っていた。

 いつものようにケラケラと……それでいて瞳の奥には怒りが籠っていた。

 

「今は亡き呪いのデーボ程じゃないが、俺にだってツテはある。その結果、例の組織の尻尾は掴んだ」

 

「説明しろ」

 

 話の先を促すと、ホル・ホースは1枚の写真を見せてくる。写真には1人の女性の横顔が写っていた。カメラにはまるで気付いていないような表情だ。

 

「コイツが組織のボスだ。名前は知らんが、ヌールと呼ばれている。覚醒剤の出所だ」

 

 前世で薬に苦しめられた経験のあるレオンだが、見つけたからといって一々首を挟まない。だが今回は、それに見合った理由があった。

 

「この覚醒剤。オジさん独自の方法で解析したんだけどねぇ、やっぱり引っかかっちゃった〜………俺が手掛けた(ヤク)をベースに、手を加えた薬だ」

 

「そうか……伊月。君ならこの組織をどうする?」

 

「それはもちろん………」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 不服そうな表情の橘に休暇を要請。私に仕事を休んでもらいたくはないが、休む理由が無視できない内容だから仕方がない…といった感じか?

 休暇の理由は「とある組織を潰す」と正直に話した。

 SPW財団の製造した薬品が覚醒剤に利用されていたのだ。その事実を使って相手組織と黒いビジネスもできるが、もちろんそんな事をするつもりは毛頭ない。

 …となれば、相手組織には消えてもらわなければならない。

 

「はぁ〜……できれば観光で来たかったわ」

 

「レオンさん。新婚旅行はここにしません?」

 

「ホル・ホース、奴との待ち合わせ場所は何処だ?」

 

 マライア、ミドラーの言葉を無視してホル・ホースに話しかける。

 すると彼は地図を取り出し、その隣にいた伊月は身を乗り出して一緒に地図を眺める。

 

「この近くっつってたんだがなぁ……」

 

「ホル君。アレじゃない?」

 

 そう言って指差す先には少し場違いな大型車が道路沿いで停車していて、運転手と思われる男が空いた窓に太い腕をかけている。

 

 歩み寄って窓枠のフレームをノックすると運転手はコチラに気付き、ギョッとした表情で振り返る。

 ………両腕はたくましいものだが、相変わらず身体とのバランスが歪だな。

 

「ヒッ⁉︎………ひとまず…後ろにどうぞ………」

 

「そこまでビビるな。これでメンバーは揃ったな」

 

 促されるまま後部座席に乗り込む。

 最後部座席にマライアとミドラー、その前の席に私と伊月、助手席に乗り込んだのはこの運転手とツテのあるホル・ホースだ。

 

 私を含めたこの5人と運転手の男……計6人が、今回組織の乗り込むメンバーだ。

 

「久しぶりだな。ズィー・ズィーさんよぉ」

 

「………………」

 

 ホル・ホースが気軽に挨拶をするが、ズィー・ズィーと呼ばれた運転手は言葉を返さない。

 私を前にしてだいぶ緊張しているようだ。

 

「ズィー・ズィー。敵だったのは昔の話……それも君は雇われた身だろう? 全ては水に流したい………ダメかな?」

 

「………いえ」

 

 ズィー・ズィーは少しだけ肩の力を抜いた。そしてキーを回してエンジンをつけ、我々を乗せた大型車は()()()()()()を力強く走り出した。

 

 ・ズィー・ズィー (男)

 1988〜1989年に行った旅で出会わした幽波紋使い。

 礼神の治療の為に別行動をとって追いかける道中で戦い、ホル・ホースと伊月 竹刀と当時は組んでいた。

 物質同化型のスタンドで、小さなボロ車にスタンドパワーを注入し姿を変えるスタンド能力を持っている

 そのスタンドの名は「運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)

 

「今回の情報提供と案内役としてのサポート、改めて感謝する。よければ、この組織との繋がりを教えてくれないか?」

 

「繋がりってほどじゃないですよ。DIOに雇われた一件以来、俺は仕事を選ぶようにしまして……今は運び屋に転職し、その道では名も売れたんす。そしたらある日、この組織から依頼がきましてね。運ぶ内容物はSPW財団の薬品と、それを加工した違法薬物………こういった物も運んだ事はありますが、貴方を敵には回したくないので断りましたよ。それから3週間後あたりに、ホル・ホースから連絡が来た次第です」

 

「なるほど………情報を得た経緯はわかった。が、内容物も知っていて、君は組織の本拠地も知っている………もしかしてだが」

 

「えぇ。アンタの想像通り組織は()()。アラビア語で"光"なんて大層な名前をしてるが、ボスと思われるヌールって女も素人だ」

 

 やはりな………運び屋を雇うなら、内容物を教えるのはリスクしかない。

 

「ねぇレオンさん。情報を簡単に流すようなザル警備の組織なら、私達が動かなくても潰れるんじゃない?」

 

 後部座席から身を乗り出したミドラーがそう言って……おい、さりげなく抱きつくな。

 

「確かにな。だが最悪の事態を危惧するとそうも言ってられない」

 

「どうゆう事よホル・ホース」

 

 続いてマライアも身を乗り…おい、お前までくっ付くな。

 

「ズィー・ズィーの旦那が言うには、その本拠地があるのは私有地の山の中だそうだ。法の上で捜査する警察は、手をつけるまでに時間がかかる。それよりも早くどっかの別の組織が目を付けて、この組織を吸収されたら面倒だ」

 

「ホル・ホースの言う通りだ。警察に捜査を要請したところで、捜査の進行度はさして変わらん。我々が直接、迅速に非合法な手段を取った方が都合が良い」

 

 後部座席の2人の手を引き剥がしながら、ホル・ホースの言葉に私が補足する。

 

「だとしても、会長の立場であるレオンさんが直接ってのは危ないんじゃないかしら?」

 

「まぁな。あわよくば問題になって、財団を抜ける事が出来れば願ったり叶ったりだ」

 

「………レオン様。もしかしてそっちが狙い?」

 

「どうせ足がついても、橘がせっせと隠蔽してしまうさ……覚醒剤に繋がってるなんて噂が流れるのを嫌った結果、組織を潰す為の行動を許された。が、私が動くと言った時は渋々だった」

 

 だが迅速に終わらせる為の苦渋の決断だったのかもしれない。橘にとってはな………

 

「んじゃ、改めて確認だが……

 

 その1、組織を潰す。

 その2、極力足をつけない。

 その3、迅速に行う。

 

 ………それが今回の仕事内容で良いんだよな?」

 

 自身のスタンド、皇帝(エンペラー)を発現しながら確認するホル・ホース。

 

「その認識で構わない」

 

「シンプルだねぇ〜」

 

 足を組み直して答えると、彼のルーティーンなのか、片手でアクションを決める。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 その後、道中はなんの問題もなかった。

 強いて言うなら、乗り物酔いが酷い伊月が朝食を山の肥料に変えたくらいだろう。

 

 6人は現在、人の手の付いてない山中にいた。

 

 無論、先程の話に上がった組織のある所有地。ここからは見えないが、更に進んだ所に廃ビルと言うのか廃屋と呼ぶのか、コンクリート剥き出しの建造物が建っている。

 

「コイツがねぇのは、ちっとばかし落ち着かないな」

 

 いつも愛用しているカウボーイハットを助手席に残し、車を降りたホル・ホースは頭を掻く。

 

「伊月。白衣は脱いで行け、お前のトレードマークだろう?」

 

「了ッかーい」

 

 そう言って脱いだ白衣を、ホル・ホースと同じように座席に残す。

 一応皆仮面を被っていて、突入中はスタンドの名前で呼ぶことになっている。素性を明かさない為の工夫だが、良い意味でも悪い意味でも正直言って意味は無い。

 

 その程度で隠しきれるわけはないし、最終的には殺すか記憶を改善する予定なのだ。

 

「イヤホンくれ」

 

「ヘッドホンね」

 

「サンキュー、小麦肌ちゃん♪」

 

 ホル・ホースはマライアに投げ渡された片耳用ヘッドホンを受け取ると、右耳にはめて口元までマイクを伸ばして位置を調整する。

 

「行ってらっしゃいの、チューー」

 

「今すぐ引っ込めないと唇、千切るぞ」

 

 レオンがマジトーンで言えば一瞬想像したのか、ミドラーは素直に口を引っ込める。だが懲りずにまたやるのだろう、と、レオンはため息をつく。

 

(……なんか緊張感ないなー)

 

 それがズィーズィーの率直な感想だった。

 

 作戦…と言うほどでもないが、彼ら3人がヌールを確保(もしくは殺害)するだけというもの。

 残りの3人はその場で待機だが、役割は一応ある。

 

「マライア、周波数は合ってるか」

 

「ちょっと貸して………」

 

 ズィーズィーのスタンド車の助手席に乗り込み、スタンドエネルギーで通信機に改造された備え付けラジオを弄る。

 

『レオン様聞こえる?』

 

「ん、問題ない」

 

「大丈夫だって……あんたの能力も便利ねぇ」

 

 助手席にあったホル・ホースの帽子をなんとなく被り、マライアは再び外へ出る。

 それと同時にレオンが短く言葉を吐く。

 

「行くぞ」

 

「へいへい」

 

 そう言ってレオンと伊月、ホル・ホースと共に歩き出した。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 山中に佇む灰色の建造物。

 若干縦に長い長方形としか言い表せないソレは、有刺鉄線を上に着けた塀でぐるりと囲われていた。

 

 そこの唯一の出入り口である門の前には銃を持った2人の男が立っている。

 そんな正面から、3人は堂々と現れた。

 

「あ?おい。誰だアンタら……」

 

 声がまるで聞こえないのか、止まるどころか歩くペースを全く乱さない。そんな彼らに銃口を向け、再度声をかけようとするが………

 

「ちょっと待てよ。随分と態度がでか……ぁ………?」

 

「……え、ちょっ。おまッ! 何こっちに銃向け「パァン」

 

「ァ……ェ………リュッ………」ドサッ

 

 先に声を出した男は自ら構えていた銃を仲間に向けて頭部を撃ち抜く。そして撃った方は静かに膝から崩れ落ちた。

 

「………波紋で脳味噌を少々弄らせてもらった」

 

「うわー、エグーい。君はチートキャラのフレンズなんだね!」

 

「………? わかる言葉で言ってくれ」

 

「え、マジ? お前ソレでも転生者かよ。礼…巫女ちゃんには通じたネタだぜ⁉︎」

 

 ありえないものを見た。とでも言いたげな表情を仮面の奥で浮かべる伊月。

 その伊月の隣を歩くホル・ホースは「どうでも良いから、さっさと終わらせようぜぇ〜?」と、軽々しく提案する。

 

「そうだな。だがエンペラー…お前は奴が撃てるのか?」

 

「仕事なんだから仕方ねぇよ。女を撃つのは気が引けるんだがなぁ………」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 このビジネスを始めたのは半年前……その前はただの女医だった。

 患者の為にせっせと働いてはみたものの、救いようのない患者が増えて嫌気が指した。

 

 麻薬や覚醒剤に依存した中毒者を治す為に働いても、結局は麻薬に手を出して振り出しに戻ってしまう。

 

 処置を施す事で依存の振り幅が大きくなったのか、患者は皆麻薬に手を出した。麻薬を売った犯罪者どもに利用されてる気分だった。

 

 そんなある日、私は決めた。

 

 ー()()()()()()()()()

 

 才能ある美女である私は勝ち組じゃないといけない。

 勝ち組になれる才能と美貌があるんだからね……事実、私は薬学界で上位のSPW財団の新薬だって分析できた。

 

 最初は自分で売り捌いていた。

 

 売れるようになって面倒になった私は、依存した者を何人か集めて部下にして売らせた。

 

「ホンット、病院で働いてた時に比べて楽な仕事よねぇ〜」

 

 高級品の家具で飾り付けられた私の部屋で、椅子の背もたれに全体重を預け両腕を上げる。

 

「楽な仕事だけど………」

 

 恨めしそうにデスクの上の3つのモニターを見る。私の()のありとあらゆる所に設置された監視カメラの映像。

 

 そこの映像の1つに映った3()()の侵入者。

 

 どんな手を使ったかわからないけど、門の飼い犬2匹が殺された。

 

(また()()()()()?)

「こう言うことがあるから面倒よねぇ〜」

 

 このビジネス始めてから今回ので()()()よ。

 

 面倒だと思いながらも、天才美女の私はマイクの電源を入れた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

『ーーー御機嫌よう。私の可愛い飼い犬達』

 

 アジトの玄関を潜った所でアナウンスが耳に入る。音質も悪くノイズが混じっているが、憎ったらしい口調の女の声が聞こえる。

 

『実は私の城に汚いネズミが3匹……迷い込んでしまったようです。招待した覚えはありませんし、歓迎する気はありません』

 

「ウザったい声だねぇ〜。オジさん知ってる。性格ブスなんだ、んで外見もブス」

 

「いや旦那、外見は写真見せたろ?」

 

 隣にいる2人の会話はどこ吹く風でアナウンスは続く。

 

『そこで飼い犬の皆さんには、この3匹を殺処分して欲しいのです。無事、処分できたいい子ちゃんには報酬と…だーい好きなおクスリをプレゼントします。それではーーー』

 

 そこでブツッと、一際大きな音を立ててアナウンスは切れる。

 

「大物ぶってるねぇ〜。オジさん知ってる。実は雑魚なんだ、んで更にバカ」

 

「おい、そろそろ真面目に頼む」

 




レオン
「私は誰だ?」

ルナ
「………お父さん」

エーデルガルド
「……私は?」

ルナ
「………お婆ちゃん?」

エーデルガルド(76)
「………………」

レオン(127)
「………なんかすまない」


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74.新章突入:後半

レオン
「1日に2話連続で?」

礼神
「明日は雷雨だ!」

伊月
「最近台風多い原因はそれか」

証呂
「酷い………」

74話グダグダっとどうぞ!


「ココが最後だな………」スッ

 

 SPW財団の薬を覚醒剤に変えて売り捌く犯罪組織。そのアジトは4階建で、最上階にあった少しオシャレな扉にレオンは両手で触れる。

 

「左右の壁に照明器具が2つずつ。天井に1つ。奥の壁には窓が2つ……その手前にデスクがあり、そこにに座った体勢の女が1人……我々から見て、その右隣に小柄な女、反対に大柄な男が1人……右から129cm、161cm、181cm……小柄な女は恐らく子供だな。男の方はハゲてる」ボソボソッ

 

(うちのボスがどんどん化け物になっていく………あと最後の情報いる?)

 

「……子供? オジさんちょっと、諸事情で子供には手出せないんだけど………」

 

「場合によっては保護。それでいいな? 開けるぞ」ガチャ

 

 意を決してドアを開ける。

 レオンと伊月は敢えて自然体で………ホル・ホースは拳銃のスタンドを握りしめていつでも撃てるように構えている。

 

 それに対して中にいた3人は………

 

「おめでとう!」

 

 ヌールと思われる女性は両手を広げ、こちらを歓迎するように話しかけた。

 

「ここまで来れた人は過去も何人か居たけど、貴方達は格段に強いわね。そんな貴方達は私の飼い犬にしてあげるわ!」

 

「エンペラー」スッ

 

「あいよ」ドォン‼︎

 

 レオンが右手を上げると、それを合図にホル・ホースのスタンドが火を吹いた。

 皇帝(エンペラー)から飛び出した弾はヌールの右肩に着弾するかに見えたが、それよりも半メートル手前で弾ける。

 

「何ッ!」

 

「………躾のなってない駄犬は嫌いよ。何? 私の命令が聞けないの?」

 

 青い半透明の四角い立方体……ヌールを守るように現れた半透明の箱の中で、彼女は見下すようにレオン達を睨みつけた。

 

「2人共、アイツらは全員スタンド使いのようだ。そしてこれはシールドか………貴様の仕業だな?」

 

「………!」

 

 突如現れた青い膜からスタンドエネルギーを感じ、レオンはW-Refの探知範囲を少し広げてみる。すると、ヌールの隣に立っていたハゲの男から同じエネルギーを感じた。

 尋ねるように聞けば図星らしく、男は少し驚いた表情を浮かべている。

 

「スタンド?………あぁ、超能力の事ね。貴方達はそう呼んでいるのね」

 

「1つだけ貴様らに言っておく事がある。こちらの要求に従うなら、命までは奪わない事を約束する」

 

「ねぇ、ちょっと………」

 

 上から物を言われるのが嫌なのか、ヌールは苛立った様子で睨んでいた目つきを更に鋭く尖らせる。

 

「貴方は何様? 立場がわかっていないようね」

 

「それは貴様らの方だろう」

 

「……随分と舐められたものね。私達こう見えて…貴方達のような駄犬の相手は初めてではないの」

 

「素人感タップリで情報ダダ漏れ。それでもここまで持ったのは、返り討ちにする力があるから……そゆことね〜」

 

 緊張感の無い口調で伊月がそう言う。仮面の下は、いつもの様にケラケラ笑ってるんだろう。

 

「その通りよ。貴方達もその有象無象の様に消しても良いけど、()()()()から飼い犬にして()()()。と、言ってるのよ。言ってる事わかるかしら?」

 

「わからんな。何故私が貴様の様な雑魚の下につかなければならない」

 

「口で言ってもわからないようね」

 

「それも貴様らの方だ。2人共、ヌールは生け捕りにする前に……まず2人を片付けるぞ」

 

「仕方ないわね。飢者(ウエモノ)! 駄犬達を調教してあげなさい」

 

「………はい」

 

「ウィーッス。ようやくオレェの出番だな」

 

 少女の方は無機質に短く…男の方は待ちわびたように少し笑っている。

 

 少女の方は貧相な身体付きをしていて、スタンドエネルギーからしてパワーファイターではない。

 

(なら優先するのは………)

 

「オッ?」

 

「波紋疾走ッ‼︎」

 

 一瞬で間合いを詰めて男のハゲ頭に掌を重ねる。そこから使い慣れている波紋を流し込めば、男は立ったまま小刻みに痙攣する。

 

 そして………

 

「んほぉぉぉぉお♡」

 

「ッ⁉︎」

 

 ハゲ男は嬌声を上げて仰け反ると、呆気に取られたレオンの腕を握りしめてきた。

 やがて痙攣が収まり、恍惚の笑みをレオンに向ける。

 

「今の何?よくわからないけど………良いね♡」

 

「キモ。オジさんドン引きだぜ」プツッ

 

「………?」

 

 いつのまにか背後に回った伊月が、男の首に刺さっていた注射器を抜き取る。

 相変わらずの早業。既に注入を終え、気付いた時には抜いていたようだ。

 

「いっちょあがリッ⁉︎」ゴッ

「ウグッ‼︎」パリィン…

 

 伊月が注入したのは十中八九、自家製の痺れ薬。それを一本丸々打たれているにも関わらず、ハゲの男はレオンを振り回して伊月に叩きつけた。

 

 そのまま、2人は部屋の窓を突き破り外へ放り出された。

 

「必殺〜ウッケッミッ!……オジさんバージョン」スタッ

 

 柔道の受け身の様に着地をすると、レオンは飛び出した階を見上げる。

 

「……フンッ。私を鈍器扱いするとは………」

 

「オジさん4階から落ちたよね? 案外平気なもんなんだね〜」

 

 伊月が呑気な事を言っていると、彼らが飛び出した窓から男が飛び降りてくる。

 奴は先程の青いシールドに守られながら降ってきて、着地した地面には四角いクレーターができる。

 

「んんんん! さっきの薬ピリピリするね♡」

 

「オイオイオイ、ワニの顎の筋力を無力化するような痺れ薬だぜ?」

 

 流石の伊月も、自慢の品が効かずに動揺している。しかし平常心を保ち、彼はレオンに向けてハンドサインを送ってくる。

 

「……あぁ。そのハゲは任せた」

 

「えぇ〜。まぁ、いっか。オレェ、ケーキの苺は最後に食べるタイプだしンッ‼︎」ゴッ

 

 言い切るとほぼ同時に、伊月の蹴りが腹部を捉えた。

 蹴りは着弾しても勢いを衰えさせず、そのまま伊月は()()()()()

 技量、戦闘力はあるがパワーは人並みの伊月が、180を超える大男を蹴り飛ばす。

 

(伊月の奴………黒戦(ゴクセン)を使ったな)

 

 黒戦を一言で言うなら「身を犠牲にして力を得る薬」である。

 エジプトを目指した旅以降…寿命を削る行為である黒戦の使用は控えさせたのだが「今回ばかりは仕方ないか…」と、レオンは溜め息をつく。

 

「さて……ヌールと少女のスタンドは、恐らく戦闘向きではない。だが一応、ホル・ホースの方へ向かうか」

 

「必要………無い………」

 

 また4階まで上がろうとすると、アジトの入り口に飢者(ウエモノ)という呼び名で括られていた少女が出て来る。

 

(伊月同様………子供には手を上げたく無いが………)

「…君は、ここで何をしているんだい?」

 

「………関係ない」

 

 少女は自分の服の胸の所をギュッと握り、反対の手でハンドガンを構えた。

 

 

 

 

 

「ベェッ………ブゥッ………」

 

 伊月に蹴り飛ばされた男は、バウンドしながら山の斜面を下っていた。受け身も取らずに抵抗せず、物理法則に従うがままに転がっていた。

 

 やがて撫でらかにな山中で一本の木にぶつかって止まる。

 一切抵抗しなかったせいか、身体中に小さいが傷ができていた。

 

「………い…」

 

 余韻に浸ってからゆっくり立ち上がり、両腕を広げて大きく仰け反った。

 

「イヤッホーーーーーッ♡♡」

 

 甲高い男の声で嬌声を上げ、まるで大空を抱きしめるかのように広げた両腕で自分の身体を強く抱く。

 

「見た?見た見た⁉︎ あの仮面から覗く冷め切った目付きッ!………んもう惚れそう………♡」

 

「さっきも言ったけど………ドン引きだぜ?」

 

「ンフゥ…」ドッ…コプッ

 

 男を追ってきた伊月が、先程蹴った部位に寸分の狂いなく拳を打ち込む。だが男はガードせず、むしろ腹を拳に押し付けるように踏ん張っていた。

 内臓をやったのか口から血が少量流れるが、狂おしそうな表情で伊月を見つめていた。

 

「………………」

 

 ここまでくると悪寒と恐怖を感じる。

 鳥肌を立てながら距離を取り、伊月は仮面の下に手を差し込んで汗を拭う。

 

「……何? 飢者(ウエモノ)って痛みに飢えてるって事? オジさん理解できないな〜………ドマゾって奴でしょ?」

 

「よく言うだろ、"痛いのは生きてる証だ"って。苦痛を通してオレェは、生きてる事に喜びを感じてるだけなんだよ。喜びを与えてくれる………それってもう一瞬の愛でしょ⁉︎ そこに飢えてるのは否定しないけど………それを変態呼ばわりするのは酷くなぁい?」

 

 恍惚な表情のまま少し俯いて上目遣いのように伊月を見つめ続け、言い終えると同時に舌なめずりをする。

 

「………あまり相手したくないねぇ。さっさと終わらせる」

 

(あ♡ 雰囲気変わった………)

 

 無防備だが反撃をしないとも限らない。

 伊月はフェイントを混ぜて背後に回り、腰当たりに肘鉄を食らわせる。

 肘から伝わるのは、背骨が砕ける確かな手応え。

 

「ンホォ♡……じ、じゃあ…オレェの番ね♡」ググッ

 

「カッ⁉︎」

 

 攻撃を食らった後から身体を反転させ、伊月の首を片手で掴み持ち上げる。

 

「様子見の攻撃を背後から仕掛けるのは癖? それと攻撃が()()()()後に僅かに隙ができるよねぇ♡」

 

 伊月の戦闘スタイルは急所を突くか薬物による一撃必殺。決まれば勝利を確信できる戦い方だ。

 レオンを相手にしたように攻撃を捌かれれば警戒心を維持できるが、確かな手応えを感じた瞬間に………それもタイマンでカウンターが飛んでくる事は人生初だった。

 

「オレェだけ愛されるのは不公平だもん、ねッ‼︎」

 

 大きく振りかぶってぶん投げる。投げられた伊月は木々をへし折って地面をバウンドする。しかし先程の男のように余韻に浸る隙もなく、男はバウンドする伊月に追撃を加えてくる。

 

「まだ終わんないよね⁉︎ 終わんないよねぇ⁉︎」

 

 上から振り下ろされた拳が伊月を捉える。それによって地面に叩きつけられ、また大きくバウンドする。そこへトドメと言わんばかりの飛び膝蹴りが鳩尾を捉えた。

 追撃の拳は辛うじて両腕でガードするが、蹴りは防げなかった。首を掴まれてから呼吸を落ち着かせる隙もなく、今の追撃で嗚咽する空気も残ってない。

 

 追撃の衝撃のせいか、ヘッドホンから酷いノイズが流れる。

 

「アハァ…そろそろデザートの時間じゃない? ねぇもう良いよね? 終わらせても良いよね⁉︎」

 

『ーーー‼︎ ーーーーー⁉︎』

 

 伊月の腰当たりに腕を回し、抱きしめた体勢で持ち上げる。両腕は自由だが、顔は伊月の腹部に押し付けている為、目潰しは狙えない。

 

「最初の鳩尾への蹴りとパンチは返したでしょ? お薬の代わりは首絞めだとして……じゃあ後は背骨を折れば、全部返せるよね⁉︎ オレェの貰った愛は全部、返せるよねェェェエ⁉︎」

 

 竜骨折りの体勢で発狂気味に尋ねるが、すでに腰に回した両腕には力が入っている。

 

「ガッ………ア…ウ……うん、派手に……お願い……グゥッ⁉︎」

 

 男の両腕に更に力が入る。

 それから逃れようと、ハゲ頭に手を付き引き剥がそうとする。

 

 黒戦の効果で防御面も一時的に向上しているが、そもそも黒戦の効果が発揮されるのは数分間。切れ始め、背骨が上げる悲鳴が大きくなりつつあった。

 

「良いなァ良いなァ、羨まし……え?」ガクッ

 

 突如として男の両足から力が抜け、自然と膝をつく体勢になる。見て見れば両足に銃弾の跡のような物が出来ていた。しかし弾は見当たらない。

 

「や………やっと効いてきた……」

 

 それに気を取られた瞬間に、伊月は男の首筋に注射器を突き刺した。男の両腕は痺れ始め、やがてそれが全身に広がる。

 それによって脱出し距離を取ると、木々の生い茂る山中では聞かないエンジン音が聞こえる。

 

 その音のする方を見れば、アクセル全開で突っ込んでくる車体が眼に映る。

 

「ヒャホハハハーーーッ‼︎」

 

「ナッ⁉︎ 山の中に車ァァァァアン♡」

 

 その車は今回の案内人であるズィーズィーのスタンド。それに撥ねられた男は喘ぎながら、またも吹き飛ばされる。

 

「ちょっと‼︎ いずッ……ミカド‼︎ 大丈夫なのそれ⁉︎」

 

「ヘルメットが無ければ即死………なんて言ってる場合じゃないか。ハイプリエステスちゃん、ナイフ……最硬度で」

 

「えぇ⁉︎ い、良いけど……」

 

 ナイフを模した女教皇(ハイプリエステス)をミドラーから受け取り、伊月は吹き飛んだ男を追いかけた。

 

 追いかけると言ってもそう遠くなく、そこに男は立っていた。

 ただ立っているだけで、身体は上手く動かないようだ。

 

「………アレ?……この薬……オレェには効かないんじゃ…」

 

「あの薬はワニに効くレベル。それはその20倍……普通死ぬぜ?」

 

「へ…ぇ………何で…すぐ………」

 

「何ですぐ使わなかったのか? すぐ使ったぜ? 効いてからダメ押ししたけど………」

(ってか本当は、アンラベルちゃんが暴走した時用なんだけどね)

 

「い………つ………」

 

「いつでもできた、どうでも良いだろ。アハハ、オジさん………君の事、生理的に無理だ。だからもう殺すね、仕事だし」

 

 ミドラーから受け取ったナイフ(女教皇)を、男の心臓に突き刺す。するとまた男は恍惚の笑みを浮かべたが、今度は静かに………そしてそのまま動かなくなった。

 

「………ちょっと油断したなぁ」

 

「な・に・が、油断したよッ‼︎ ボロッボロじゃない‼︎」

 

「バステトちゃんゴメンねー。あのタイミングで無線くれて本当ありがと。ズィーズィーも派手に轢いてくれたねぇ。オジさんまじ(マンジ)

 

「にしてもこのハゲ、タフな男ね。死体処理は私の仕事よね。埋めておくわ」

 

 伊月が持っていたナイフは変形し、一頭身の化け物の様に変化……そのまま肥大化して、女教皇(ハイプリエステス)は男を口に含んで地中深くに潜った。

 

 10秒もすると地上に戻ってきたが、口の中に男の姿は無かった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………ねぇ………」

 

「なんだ?」

 

「死んで」

 

「断る」

 

 少女は私に向けてハンドガンを発砲する。その射線から外れると、何故か避けた先の地面が爆発………地面だった瓦礫片が下から襲いかかってくる。

 

 それも避けると、今度は少女がナイフを片手に突っ込んでくる。

 私は、この攻撃だけは避けなかった。

 

「………………ん」

 

 ナイフを持った手の手首を掴んで流し、頭に触れて弱めの波紋を流す。すると少女は脱力して意識を手放す。

 

「………離して」

 

 まただ。

 

「クッ⁉︎」

 

 足場がまた爆発し、私()に襲いかかる。

 

 この流れはさっきもやった。

 

 波紋で意識を奪ってもすぐに起き上がり、自分諸共、瓦礫片で攻撃してくる。スタンド使いだが相手は子供……それも話を聞けば利用されているだけのようだ。当の本人は気付いていない………否、気付いてないフリをしているが………

 

「ウグッ!」

 

「苦しい?………なら死んで」

 

「断る!」

 

 瓦礫片が止むと同時に少女から距離を取る。私が接近している限り、彼女は自分諸共攻撃してくる………そんな少女を私は庇っている。それを彼女は理解している。実にやり辛い。

 

 先程から今の流れを何度か繰り返してるだけだ。少女は白いボロボロのワンピースを着ていて、そのスカートの下に武器を隠し持っていた。

 一度拳銃を奪ったが、新しい物を取り出された。しかも奪った拳銃は私の手の上で爆発したのだ。しかもここは屋外………お陰で右手は負傷状態のままだ。

 

「………お願いだ。こんな事はやめてくれないか?」

 

「ヤダ………殺さないと………ヌールに怒られる」

 

 虐待か何かかと思ったが、恐らく少女はヌールに恐怖してるわけではない。

 

「ゾルより早く………殺さないと………負けちゃう」

 

 ゾルとはもう1人のハゲの事だろう。負ける? 競争感覚なのか?

 

「……負けたらダメなのか?」

 

「ダメ!絶対!………負けたら愛してくれない」

 

 察するに、少女はヌールに恐怖してるんじゃない。依存している。

 飢者(ウエモノ)と呼ばれていたが、恐らくその名の通り飢えているんだろう。この歳で言うと臭いが、愛に飢えている。

 

「君がしてる事は、とても悪い事だ」

 

「知らない………ヌールが喜ぶなら………良い」

 

 少女の中ではヌールが全てなのだろうな。

 なら自分がヌール以上の存在になれば良いわけだが………日光下でやると、流石に痛いから嫌なんだが………我儘は言ってられないな。

 

「君、名前は?」

 

「………無い」

 

「そうか。何故ヌールは名前をくれなかったんだ? 愛してるなら、くれるのが当然だと思うが………」

 

「…うるさい………ヌールが喜ぶなら………どうでもいい」

 

 そう言ってまた銃を撃ってくるが、それは躱す。

 

「なぜヌールにこだわる?そんなに大事か?本当の両親は?」

 

「ヌールが親………私にとって………愛してくれる………役立てば………守らないと」

 

「それは間違いだな。親であるなら君を守るはずだ。親なら子を無条件に愛するはずだ」

 

「うるさい………うるさいうるさい………うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい‼︎」

 

 ナイフを構えて突進を仕掛けてくる。

 これは躱さない。私は正面から抱き止める。

 

「グゥッ‼︎………」

 

 小柄な少女の突進とは思えない威力………彼女のスタンド能力は未だ分からないが、能力の1つに身体能力を高める力があるようだ。

 それもその身に受けるには強力な力で、攻撃が空振りした時、彼女の血管が破裂するのを見た。

 

 無駄だとわかっていながらナイフの攻撃を避けずに捌いたのは、彼女の負担を軽くするためだ。

 

「………!」

 

 躱す素ぶりを一切見せなかったのが以外だったのか、少し少女は驚いていた。

 

『手段は問題ではないッ! キスをしたという結果があればいい! これでジョジョとこの女の仲も終わりになる!ジョジョに会ってもーーーーーー』

 

 ………まさかディオのゲスのようなセリフが参考になるとはな………

 

 手段は問題じゃない。結果があればいいんだ。

 

「………ルナ……うん。良い名前じゃないかな?」

 

「………………?……誰の………」

 

「君の名前だ。ルナ………私の子にならないか?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「エンペラー!」

 

「お? 片付いたのかい、旦那」

 

 アジトの4階の奥の部屋。

 そこには自身の拳銃型スタンド、皇帝(エンペラー)を構えるホル・ホースと、部屋の奥で肩を震わせるヌールの姿があった。

 

「ミカドはまだか?」

 

「さっきミカドの旦那から通信来てたぜ?聞いてねぇのか」

 

「あぁ。まだ取り込んでてな。なんと言っていた?」

 

「怪我した、車で待ってる。だとよ」

 

「………わかった。それで、シールドも消えて丸腰になった貴様だが、何か言い残すことは?」

 

「ヒッ⁉︎」

 

 虎の威を借る狐といったところか、ヌールは縮こまり怯えていた。最初は「飢者が負けるはずない‼︎」と動転していたという。

 レオンの髪が伸び、先端には肉の芽が付いている。それを見たことで怯える様子が酷くなる。

 

「ボス。もう聞くことは聞いたぜ。覚醒剤はこの組織の中だけで完結してた。情報通りここで作られコイツらが売ってた。どっかの組織とは繋がってねぇ」

 

「生産方法が流出した可能性は?」

 

「スタンド能力で加工したんだと。だから流出の心配はない。コイツが消えれば、薬物も消えるぜ」

 

「そうか………」

 

「ま、待って‼︎ 売り上げの半分を上げる‼︎ だから許して!お願いよ!」

 

 レオンは無言でヌールに歩み寄る。そして額に肉の芽を差し込んで行く。

 

「わかったわ‼︎ 貴方達の下で働く。雑用でも何でもいい‼︎ ね?それならいいでしょ⁉︎」

 

「………」

 

「…お……お願いよ………なんでもするから………」

 

 歯をガチガチ鳴らしながら命乞いをする様は、初対面の時と比べれば別人のようだった。

 

「……もう二度と、薬物の生産に関わらないと誓うか?」

 

「ちちち誓います‼︎ 絶対に‼︎‼︎」

 

「………………はぁー」

(………嘘か)

 

 溜め息をついてから肉の芽を引っ込め、レオンは背を向ける。

 

「お、おい。良いのか?」

 

「あぁ。行くぞ」

 

 2人が部屋を出ると、壁に寄りかかって座り込むルナと名付けられた少女がいた。

 

「………終わった?」

 

「あぁ」

 

「………殺した?」

 

「いいや?」

 

 それを聴くと立ち上がり、懐からハンドガンを取り出す。

 レオンは頭を掻きながら「まだ持ってたか」と言って取り上げる。

 

「………殺せないなら………ルナがかわりに」

 

「ダーメ。そんな事はしなくていい」

 

「………役に立たないと」

 

「立たなくても大丈夫だ」

 

「何で?」

 

「………それはここを出てからだ」

 

 ルナの手を取りレオンが歩き出す。引っ張られたルナは驚いた様子だが、少しだけ握り返す力が強くなったのをレオンは感じた。

 

「旦那も物好きだねぇ、手がかかりそうな嬢ちゃんだ」

 

「ハイプリエステス。もういいぞ、あとは頼む」

 

 3人がアジトの敷地内から一歩出ると、レオンがそうマイク越しに伝える。

 すると彼らの背後の地面が盛り上がり、鉱石でできた歯が生えてくる。その歯は有刺鉄線のある塀ごとアジトを囲っていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 イタリア北部に位置する私有地の山。

 その山を男は1人で登っていた。無論、山の所有者ではない。

 ある情報を頼りに目的があって登っていた。

 

 彼はとあるマフィアの人間で、彼らのシマで薬物を流す若い組織がいるらしい。それは最初噂だけだったが、ここ最近では無視できない規模になっていた。

 

「覚醒剤か………」

 

 何か思う事があるのか、男は神妙な顔付きをしている。

 そんな彼が目指す先には………

 

「……何ッ⁉︎ アレは何だ‼︎」

 

 先程までは無かったはずの巨大なドーム…いや。

 

「巨大な………顔か?」

 

 彼のいる位置からじゃあよく見えないが、それは巨大な顔のようだった。真上から見ればハッキリするだろうが、横顔しか見えない。

 

「何だ…今度は沈むのか⁉︎」

 

 巨大な顔のようなドームは地鳴りと共に沈んでいった。

 彼は急いで山頂を目指したが、たどり着いた時にはクレーターしか残っていなかった。

 

「………何もない。一体何が………さっきの顔面に、丸呑みにされた?………この音はッ‼︎」

 

 クレーターから離れた所で車のエンジン音が聞こえた。こんな山中ではオカシイと思い足を向けると、ちょうど向こうからその車が走ってくる。

 

「ッ‼︎」

 

「………………」

 

 車は止まることもなく、マフィアの男の隣を走り去った。

 ガラスは曇っていて暗い車内はよく見えなかったが、1人の男と目が合った。

 その男は白髪で赤目だった為、曇りガラス越しでも認識ができたのだ。

 

「待て………クソッ‼︎………ん?」プルルル

 

 そこで彼のケータイが振動する。

 それを開き耳に当てて会話を始める。

 

「俺だ」

 

『ブチャラティか? 例の組織について追加の情報が……』

 

「それはもういい。その組織はもう消えた」

 

『………はぁ⁉︎ どういう事だよソレ!』

 

「詳しくは戻ってから話す」

 

 通話を切ると、ブチャラティと呼ばれた男はその場を後にした。

 




レオン
「少女には手を出さないって、やはり………」

伊月
「………アハハ……輝楽と重なるんだよね」

礼神
「僕に甘かったのもそういうことか………」

レオン
「そういえば……アルシアの娘には会わないのか?」

伊月
「オジさんは別にいいよ………なんか会っちゃいけない気がしてね。遠巻きに見て幸せそうならOKかな」

礼神
「YES ロリータ NO タッチ。だね!」

伊月
「ちょ、言い方!」

レオン
「なんだ、ロリコンか」

伊月
「言い方ッ‼︎」


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第4部
75.彼は父になり、弟を持つ


証呂
「よし。子供は3人にしよう」

レオン
「………前に言ってた奴か……冗談か何かだと思ったが」

マライア
「アタシの子ね♡」

ミドラー
「私の子よ!」

証呂
「2人とも違うんだよな……」

いつもより短いですが75話、グダグダっとどうぞ!


「おい。本当に連れて行く気か?」

 

「仕方ないだろ。妻はいないが私も父……いつ帰るかもわからんのに、孤独に生きていた子供2人を残せるか?」

 

「テメェがそう言ったせいで、俺までとばっちりで駄々こねられたんだぜ」

 

「お前は元々家族サービスが悪いんだ。いい機会じゃないか。あのまま時が流れれば、娘に見放されるぞ?」

 

「かもな………そもそも娘は、俺よりもアンタに会いたくて駄々こねたんだぜ」

 

「………それは父親として悲しくないのか?」

 

「……………多少」

 

「……まぁ息子はしっかりしているし、いざという時は頼りにしてくれと礼神も言ってくれている」

 

「テメェが残ってガキども面倒見れば、万事解決なんだが?」

 

「そういうわけにもいかないだろ」

 

「………そうか」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 1999年も早3ヶ月が過ぎた。

 今年は あの有名なノストラダムスの恐怖の大予言の年とかで 日本や世界のマスコミは大騒ぎたが 大抵の人々は 晴れ晴れとした気分では ないにしても いつも生活しているように 春を迎えた。

 

 僕の名前はーー(まー…覚えてもらう必要はないですけど) 広瀬(ひろせ) 康一(こういち) 15歳…

 僕の場合は…受験の合格と これから通う 新しい学校への期待と不安で頭が いっぱいの3ヶ月だった。

 

 ………奇妙な男達に出会うまでは…

 

「うわっ!」

 

 よそ見をしていたせいか、僕は誰かに正面からぶつかってしまう。

 小柄な僕は簡単に弾き飛ばされ、持っていたカバンから中身がブチまけられる………

 

「え⁉︎ あっ!あっ!………⁉︎」

 

 気が付けば僕は平然と立っていた。

 二本の足で……今歩いているアスファルトの上を………

 

「あれェ〜〜〜……?…⁉︎ おかしいな…今ぶつかってころんたと思ったのに…? カバンの中身もブチまけたと思ったのに…???」

 

「君……大丈夫か?」

 

「よそ見をしててすまなかったな……この町の地図を見ていたんでな」

 

 混乱する僕を他所に、僕がぶつかった大男とその隣にいた長身の人が話しかけてくる。

 

 ぶつかった人は白いコートを着てガタイが良く、先に心配して話しかけてくれた人は細くモデルみたいな人で白髪と赤い目が印象的だ。

 どっちの人も……で…でっけぇ〜〜〜っ。190以上はあるぞ。

 

「ひとつ尋ねたいんだが…東方という姓の家を知らないか? 住所は定禅寺1の6……」

 

「それなら………」

 

 そう尋ねられて僕は行き方と、この時間帯はタクシーがつかまらないことを伝えた。

 

 そう…1人目と2人目はこの男達だった。

 

 空条(くうじょう) 承太郎(じょうたろう)

 あとで知ったところによると年齢は28

 職業は海洋冒険家 学会ではクジラだかサメだかの生態調査で有名な人らしい。

 

 レオン・ジョースター

 これもあとで知ったことだけど、彼はあのSPW財団に勤務しているお偉いさんらしい。正確な肩書きと歳は「秘密」「何歳に見える?」と、何故かはぐらかされた。

 

 この人達には恐怖は感じなかった。

 知性と物静かな態度があった。

 

 本来なら僕の役目はここまでで終わりだった…道を聞かれて教えただけなのだから…しかし僕はこの人達から目を離せなかった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「やれやれ。あんたが道を覚えてれば迷わずに済んだんだがな」

 

「すまないな。当時はタクシーに任せて行ったし、気が気じゃなくて覚える余裕はなかった」

 

「それは仕方ないな……おい、行くぞ」

 

「はい…道は分かったんですか?」

 

 承太郎が声を遠くに向けてかけると、少し離れた場所にある池……そこにいた3人の子供と1人と高校生がいた。

 その中にいた身長のある栗色の髪をした中学生くらい男の子が返事をする。

 

「まだ亀見たい!」

 

「徐倫…我儘………ダメ………また今度………ね?」

 

「うぅ〜〜」

 

 徐倫と呼ばれた小学生くらいのお団子ヘアーをした女の子は駄々をこね、無表情の銀髪の女の子………ルナがそれをなだめている。

 

「徐倫。本当は母さんの元で待たせるはずが、お前が駄々こねるから仕方なく連れてきたんだぜ。ダディとの約束は覚えてるか?」

 

「うぅ……ダディ達のいうこと聞くこと」

 

 承太郎は徐倫の元へ歩み寄ると、両脇に手を差し込み抱き抱えた。

 

「お、偉いなジョリーンちゃん。亀さんはまた今度見に来なよ」

 

「うん」

 

  残された男子高校生に手を振る徐倫とルナ。

 

「誰かは知らんが、娘の世話をしてもらって悪いな」

 

「全然イイっすよ、別に気にしなくても」

 

 その男子高校生は地元の人だろう。()()()()()が特徴的な不良だが、見るからに温和そうな男だ。

 

 その様子を見ていたレオンは、栗色の髪をした少年に話しかける。

 

「ハル。彼は?」

 

「徐倫ちゃんと一緒に亀を見てた地元の高校生です。見た目は不良ですが、良い人でしたよ」

 

 ハルと呼ばれた少年は顔も見ずに、口先だけでそう答えた。それを聞いたレオンは不良を見つめながら少し考え込む。

 

「道を尋ねる意味がなかったな」

 

「へ?」

 

「ん?俺の顔になんか付いてますか?」

 

 疑問に思う広瀬 康一と不良を他所に、レオンは不良の前まで歩み寄る。池の近くにまだいた承太郎達も、レオンの行動に疑問を抱きながら見る。

 

「人違いだったら悪いんだが、東方 仗助君…だね?」

 

「え……」

 

「何? 彼が東方………」

 

 自分の名を呼ばれた事に驚いた不良…東方 仗助は驚き、承太郎も多少の驚きの色を見せて仗助の方へ身体を向ける。

 

「なんで俺の名前を………」

 

「他にも知っている。1983年生まれ。当時21歳で東京の大学に通っていた母の名前は朋子。生まれた時よりこの町に住んでいる…1987年、当時4歳の君は原因不明の発熱によって50日間 生死の境を彷徨っていた。そんな君の父親の名は………"ジョセフ・ジョースター"」

 

「………………」

 

 レオンの言葉を聞き終え、仗助は黙って聞いていたが驚いているのか終始 口を開けたままだった。

 

「やれやれ、自己紹介が遅れたな。俺は空条 承太郎……ジョセフ・ジョースターの孫にあたる」

 

「私はレオン・ジョースター。戸籍上は君の兄にあたるな」

 

「お兄さん?…はぁ………どうも………ってえッ⁉︎ もしかして………俺が4,5歳の時に会ったことありますか? 俺………」

 

 一段と驚愕の表情を浮かべ、仗助はレオンを見てそう尋ねる。尋ねられたレオンは少し嬉しそうに答えた。

 

「覚えていてくれたか。君が4歳のころに一度会いに来た事がある。抱っこもしたぞ」

 

(や……やっぱり………)

 

 仗助にとってそれは忘れるはずのない記憶だった。

 

 それはジョセフとレオンが訪ねて来た日の事だ。

 ジョセフを前に♡を飛ばしながら抱きつく母 朋子……それを受け止めながらも命の危険を感じ取り慌てるジョセフ。

 その後ろでレオンはジョセフの肩をギリギリと掴んでいた。

(仗助は知らないが、この時ジョセフは右肩を脱臼している)

 

 朋子の父…つまり仗助の祖父にあたる男、東方 良平は娘に手を出した外道が現れた事により怒りを爆発させた。

 台所から包丁を持ち出してジョセフに襲い掛かったのだ。朋子は必死に止めて包丁は取り上げたが、良平はジョセフに殴りかかった。

 

 その時の祖父の顔より、レオンのあの冷たい表情をよく覚えている。

 殴りかかる祖父…それを避けようとするジョセフ…そのジョセフの後頭部を掴み、逆に前に突き出したレオン……

 

 そのせいでジョセフの鼻の骨が折れ、鼻血を流したのもよく覚えている。

 

 覚えていてくれた事をレオンは嬉しそうに言っているが、覚えていたところはトラウマのような内容のみであった。

 

「……それで…今日は何をしに?」

 

「お前に会いに来た理由は2つある。1つは遺産分与の話だ。君にはいずれジジイの財産の1/3が行くことになるな。その事を俺達が代わりに伝えに来た。浮気がバレた時もそうだが、遺産分与の話でそれを思い出したのか ジョースター家は騒ぎになってる」

 

「え!………騒ぎ………ですか?」

 

「あぁお婆ちゃんのスージーQが、またも怒りの頂点だぜ」

 

「すいませんですーーーッ‼︎俺のせいでお騒がせしてッ‼︎」

 

 急に頭を下げられ困惑する一同。

 それを見てレオンはハル…本名、 初流乃(ハルノ)・ジョースターの方へ振り向く。

 

「ハル。2人を連れて先に帰りなさい」

 

「わかりました」

 

 承太郎が徐倫を下ろすと、ルナが徐倫の手を引き歩き出す。その前をハルノが歩き先導していた。

 

「…おい仗助、お前は何を謝っているんだ?」

 

「いえ…えと…やっぱり家族がトラブル起こすのはまずいですよ。俺の母は真剣に恋をして俺を生んだと言っています。俺もそれで納得しています。俺たちに気を使わなくていいって、父さんですか…えーとジョースターさんに言ってください。以上です」

 

(なんだ?こいつ⁉︎ 俺はジジイの代わりに殴られる覚悟で来た…それをこいつは逆にあやまるだとう?………肩すかしをくったというか、人間がよくできたやつというか…)

 

「君が気にすることじゃない。それに大した騒ぎじゃないさ」

(ジョセフはまた右肩を脱臼したが………)

 

「あ、仗助じゃん」

「本当だ。仗助くーん♡」

「一緒に帰ろー」

「今日も髪型カッコイイわよー」

「うん、カッコイイー」

 

「お前…部活帰りか」

 

「………………」

 

 突如として湧いて出たように現れた女子高生達。全員同じ学生服を着ていて、何人かは髪を染めているのか金髪だったり、茶髪の子もいる。

 

(………昔の承太郎を見ているようだ)

 

 レオンは懐かしそうにそう思うが、話を続けたいが為に割って入る。

 

「すまないが話の途中なんだ。後にしてくれないか?」

 

「仗助……この人は?」

 

「え?……えーっと………兄…で、イイんすよね?」

 

「えぇー!お兄さんいたなんて初耳!」

「綺麗な髪の色ですね!」

 

「………………」

 

「………やれやれだぜ。おいレオン、テメェまで巻き込まれてどうする。まだ話は終わってない…こいつら追っ払えよ。くだらねー髪の毛の話なんて後でしな」

 

「「「はっ!」」」

 

「ッ‼︎」

 

 場の空気が一瞬にして変わる。

 同様に仗助の雰囲気もまた変わり、先程のような温厚な様子は消えて気配が荒々しくなる。

 

「テメー…俺の髪の毛がどーしたとコラ!」

 

(承太郎……礼神から聞いたタブーを忘れたか?)

 

「な、なんだあの人……急に態度が……」

 

 未だにそこにいた康一は後ずさり、承太郎は軽く身構える。

 

「待ちな仗助、何も俺はお前を貶したわけじゃ…」

(マズイ……スタンド使いだとは聞いていたが…攻撃がくる!)

 

 ーーー バシィッ ーーー

 

「ッ⁉︎」

 

「な……なんてスピード……」ボソッ

 

 仗助が攻撃を繰り出すより早く…承太郎は星の白金(スタープラチナ)を発現してジャブを放たせる。

 それを見た女子高生の1人が小声で呟き息を呑む。

 

「見えるか仗助…これはスタンドと呼ばれるものだ!ジョセフ・ジョースターも、そこのレオンももっている…スタンドはスタンドを使う者にしか見えない。その能力はお前が4歳の時身につけたものだ」

 

 仗助がジャブを食らってよろけている間に、承太郎が口頭で説明する、しかしそれに対して聞く耳を持たなかった。

 

「この自慢の頭をけなされるとムカッ腹が立つぜ!なぜ頭にくるか自分でもわからねえ!きっと頭にくるってことには理由がねえーんだろーなッ!本能ってやつなんだろーなッ!」

 

「………やれやれこいつ…マジであぶねえやつ」

 

(丁度いい。どれだけの力量があるか直接見れる。それに………)チラッ

 

 レオンは人知れず、女子高生の集団に目を向ける。

 

(………気になることもある)

 

 いつのまにかW-Refをはめた右手を下ろし、そのW-Refは姿を消した。

 

(………! アレが仗助のスタンドの姿)

 

「ドララララーーーッ‼︎」

 

 仗助のスタンドが承太郎にラッシュを仕掛ける。それを星の白金(スタープラチナ)の両腕でガードするか、予想以上のパワーでガードした腕が弾かれる。

 

「何ッ!このパワーはッ‼︎」

 

「ケッ! ボディからアゴにかけてガラ空きになったようだぜぇーーーッ!」

 

(…野郎ッ!)

 

「ドラァッ‼︎」ブォン‼︎

 

 仗助のスタンドの剛腕が空を切る。そこに居たはずの承太郎はすでにそこには居なかった。

 

「な………いつの間に……⁉︎」

 

「あ…い…いつの間に…背後に………見えなかった」

「何が起こったの⁉︎」

「あの人も………………」

 

「………………」

(レオンの野郎…実力を見るためか、全然止めやしねぇ。だがこんなところで満足だろう)

 

 ーーー ドガァッ‼︎ ーーー

 

「仗助ッ!」

「キャーっ仗助ッ⁉︎」

「仗助くん大丈夫ーッ?」

 

 「やかましいッ‼︎

 俺は女が騒ぐとムカつくんだッ‼︎」

 

「「「「………………はぁーい…」」」」

 

 承太郎の怒号で女子高生はその場を後にして帰っていった。

 

(……あの女子高生………何もしなかったな)

 

 その背中を見送ってから、レオンは仗助に話しかける。

 

「仗助、会いに来た理由は2つあると承太郎がさっき言ったな。もうひとつは………これだ」

 

 懐から数枚の写真を取り出し仗助に見せつける。その写真の全てに1人の男と、スタンドの顔が写っていた。

 

「その写真はジジイがスタンドで念写した物だ。この町には何か潜んでいる。息子のお前を念写しようとしたらコイツが写った」

 

「ただ危険な奴だ…用心してくれ。警察にいっても無駄だ。私達はそいつを見つける事も目的にしている………君には何の事かわからんだろうが、見かけたら決して近づくな」

 

 レオンは未だにそこにいた康一にそう伝えた。

 

「俺達はそいつを見つけるまで この町のホテルに泊まる事にするぜ」

 

「ちょいと待ちな。この男はいったい?」

 

「明日また会おう。仗助!テメーの能力はすげえ危険だ…むやみやたらと カッとなってつかうんじゃあねーぜ いいな」

 

「………………」

 

 その言葉を最後にレオンと承太郎はその場を後にした。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「その帽子はどうするつもりだ?だいぶユニークになったが」

 

 私は仗助達と別れた後、帰路の途中で承太郎の帽子を指差す。それはアルファベットのJとハートがトレードマークの帽子だったのだが、今はそれが歪み、直線だった帽子のツバも波線になっている。

 

「テメェが止めに入らないからだぜ」

 

「礼神の予言を忘れたお前の責任だろう。それに止めに入らなかったのは、少し気になる事があってな」

 

「気になること? アンジェロの事か?」

 

 アンジェロとは先程仗助達に見せた写真に写った男だ。

 仗助達には詳しく教えていないが、こいつは日本犯罪史上最低の犯罪者と称されている。

 

 だが私が気になってるのはそっちじゃない。

 

「あの女子高生の中に1人、スタンド使いがいた」

 

「………なんだと?」

 

「薄い金髪の子だ。仗助の事を呼び捨てで呼び、仗助が女子高生の中にいるその子に「部活帰りか」と話しかけていた。おそらく仗助の友人だろう。先程の争いで割り込むと思ったが、何もしなかった」

 

「要するに俺をエサに使いやがったな?」

 

「エサは食われて初めてエサだ。まぁ悪かったとは思ってるよ」

 

「…はぁ………やれやれだぜ」

 

 さて、子供達に何か買って帰るか。

 




◯空条 徐倫(6)
承太郎の1人娘。
髪型は6部と同じお団子2つと三つ編み。
前髪だけ緑色をしている。
ルナとハルノを兄と姉のように慕っている。

◯ルナ・ジョースター(13)
レオンに保護され、戸籍上はレオンの娘(養子)。
最初は危ない言動もあったが、最近になって常識を理解し始めた。
常にレオン達の為に何か行動を起こそうとする。
無表情で日本語とフランス語が話せるが、どちらも何故かカタコト。
銀髪で、外出時はパーカーのフードを被っている。

◯ハルノ・ジョースター(13)
10歳の時にレオンに保護され、戸籍上はレオンの息子(養子)。
レオンには感謝しているが、どことなく距離がある。
髪の色は栗色。黒でも金髪でもない!

証呂
「ハルノの正体は、無論ジョルノです。レオンとの出会いとかは5部の冒頭あたりで書きます」


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76.あの時に取り残された者

証呂
「ふぅー、女子高生のキャラも固まったし導入しますよ!」

レオン
「例のスタンド使いか………能力は?」

証呂
「それは次回かな」

それでは76話、グダグダっとどうぞ!


 それは吹雪の酷い日の夜の事だった。

 

「ダメだわ………近くの電話で救急車か誰か呼ばなくっちゃ…」

 

「じょうすけ!大丈夫だから……頑張れ………

うちも頑張る……から………!」

 

「貴女も病人よ!大人しくしてて………まさか夫婦揃って旅行中に、この子まで酷い風邪になるなんて…仗助の風邪が感染って何かあったらどのツラ下げれば………いや、今はそれどころじゃないわね」

 

 母親と思われる女性は雪道で車を走らせたがタイヤを取られ、冷静さを保とうとするが慌てていた。

 

 そんな車内の後部座席では、少女が隣で意識を朦朧とさせる少年を必死に元気付けていた。

 自分が同じ症状を患っているにも関わらず……本当はこの場にいる誰よりも絶望と恐怖を抱いているというのに。

 

 幼い頭でこのまま死んでしまうんじゃないか…初めてできた友達とも会えなくなってしまうんじゃないか、と嫌な想像をする。

 

 だが一番の恐怖は、このまま両親に会えないのでは? という可能性だった。

 

(お父さん…お母さん………………怖いよ)

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ……俺はガキの頃から父親がいない事に対する疑問を口にしなかった。当時から居ないのが当たり前だったし、爺ちゃんがその代わりのように接してくれていた。

 

 いなくて清々するってわけじゃないが、俺はそれで納得している。なのに遺産の話を持ってこられてもなぁ〜。

 

(オマケに………)ピラッ

 

 下校中だが、俺はついさっき貰った数枚の写真に目を向ける。

 

「ったくよぉ〜。名前くらいは教えてくれても良かったんじゃねぇかな〜」

 

「仗助くん。それって………」

 

 俺の右隣を歩く低身長の学生…こいつと出会ったのもついさっきで、よく知らないんだが………

 

「ヒロセ コウイチ…だったか? 康一って呼ばせてもらうぜ。今更だが、俺の名前は東方 仗助。

よろしくな」

 

「う、うん。よろしく…それでそれって、さっき貰った写真だよね?」

 

 俺の持つ写真を指差し、康一がそう尋ねる。

 

「あぁ。お前はどう思う?」

 

「どう思うって……正直僕には、何が何だかわからないよ。危険な奴だってのはわかったから近づくつもりはないけどさ、警察も頼れないっていったいどういう事さ…」

 

「ま、そりゃそうだよな」

 

 俺がガキの頃に高熱にうなされた時期から少し経った頃…俺にだけ見える人型の何かが見え始めた。それをあの2人はスタンドっつってたな。

 

 そのスタンドの事を知らなきゃ、康一の反応はいたって普通だろう。

 

「いきなりきたと思ったらわけわかんない話2つも持ってこられて………こりゃグレートにヘビーだぜ……」

 

「なぁーに溜め息ついてんだよ」ペシッ

 

 突如として左から声が聞こえ、後頭部を軽く叩かれる。

 この自慢の頭を貶されたらムカっ腹が立つ事を知っていて俺の頭を叩く奴はそうそう居ない。

 

 だがセットした前の方ではなく後頭部を叩かれた場合は怒るに怒れない微妙なラインだ。

 

 それを()()()()()叩く奴といえば………

 

「っ!ヴィルナ………テメェ、先に帰ったんじゃねぇのかよ」

 

「んなわけ無いだろ、このスカタン」

 

 どうやら帰ったように見せかけて待ち伏せしていたらしい。

 

「………で、聞いても良いな?」

 

 親しげに俺の肩に腕を回し、体重をかけつつ左側から俺の顔を覗き込んでくる。

 女子高生にしては男勝りな口調と行動をするこの女……

 名前は鈴原(すずはら) ヴィルナ。ガキの頃から付き合いのある幼馴染………つぅか、腐れ縁だな。

 

「聞くって……何がだよ」

 

「そんなもの、あの2人が誰なのかに決まって………君は?」

 

「へ? あ、僕は広瀬 康一……高校1年生です」

 

「へぇー、同い年なんだ。うちは鈴原 ヴィルナ。これからよろしく………で、仗助…質問の続きだが………ん?」

 

 話が戻ると思いきや、帰路である進行方向を塞ぐように野次馬が群がっていた。

 

「押すなよ嬢ちゃんッ!人の足ふんでんじゃあねーよボゲェッ!」

 

「………すみません」

 

 野次馬のオッさんにそう言われて、ヴィルナは不機嫌にだが謝罪する。

 

「これじゃあ通れないなあ。なんの騒ぎだろ?」

 

「コンビニ強盗が女子店員を人質にとって 立て籠もってんだとよ。ヒヒ」

 

 康一の疑問に答えた見知らぬお婆ちゃんが言う通り、道の脇に停めてあった車の影から覗いてみると、1人の男がコンビニ店員の女性を捕まえてナイフを突き立てている。

 

「あ…あの女の人から僕買い物したことがある」

 

「あぁ、うちもだ」

 

「車にのんだからよ、てめーらさがってろッ!」

 

 そう叫ぶナイフを持った男…そしてその車は、俺達が影にして覗いていた車だったらしくコッチに足を踏み出した。

 

 ここは警察に任せて、逆上させねぇーように下がるか………

 

「そこの変な頭してるガギィ! 車から離れろっていってるだろッ! 殺すぞ ボゲッ!」

 

 ………………

 

 「……あ?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「仗助くんッ! や、やばい出たァ〜〜っ! こんな時…こんな状況で…承太郎さんがあれほどカッとするなと言っていたのにッ!」

 

「まったく、あいつの沸点の低さには相変わらずウンザリする……仗助 待てって……あ、ちょっとお巡りさん?」

 

「君の友人か? 下がって下がって! 君まで前に出るな!」

 

 康一は慌て、仗助を止めようとしたヴィルナという女子高生も警察に止められる。

 他の警察は仗助を止めようと制止の声をかけるが、頭を貶されて怒りに沸騰しているのか一切聞く耳を持たない。

 

「なんだてめーはーーッ! 近づくなーーーッ!」

 

「ひィィィーーーッ!」

 

 男が警告し、人質の女性が悲鳴をあげる。しかしそれでも、仗助は歩み寄る足を止めない。そしてついに………

 

「チクショーーーッ! 頭きたッ! この女にナイフ ブチ込むことに決めたぜッ!」

 

 そう激昂し、持っていたナイフを女に突き刺そうとする。

 

 だが仗助はそれよりも早くスタンドを出し、その手で男の持つナイフを奪って()()()()()()()強盗の男を殴った。

 

 ナイフを持ったスタンドの拳は女性の腹部を貫通し、更にその後ろに立っていた強盗の腹も貫通した。

 一見致命傷に見える光景で、犯人を仕留めつつも人質にも同様のダメージを与えたという狂った行為だった。

 

 しかし…スタンドのその腕を引き抜くと、驚くべきことに女性の腹に空いた穴は塞がっていた。傷1つ無いどころか、着ていた衣類にさえ穴はない。

 

 そして犯人の男も同じように腹部の穴が消えていた。ただ1つだけ違う点があった。

 

「うあああああっ!アッアッアッアーミーナイフが! はっはっ腹の中にーーーッ⁉︎ なっなんでぇーー‼︎⁉︎」

 

 スタンドが奪ったナイフは、男の腹の中に取り残されていた。正常に覆われた皮膚の上からでも、そのナイフの原型がクッキリと確認できたのだ。

 

「わざわざ目立つやり方しやがって……知らんぷりしとこ」

 

「外科医に取り出してもらうんだな。刑務所病院で」

 

「ヴィ、ヴィルナさん? 今、いったい何が……」

 

 騒めく周囲の人間達の中で、動揺を唯一見せなかったのはヴィルナだけだった。仗助のこと、仗助のやったことを十分に理解している様子だった。

 

 彼女は仗助のスタンド能力を知っていた。それはスピードとパワーを持ち合わせていながら、"治す"という力を持ったスタンド。

 壊れた物を好きな形で治す事ができる。今回のようにナイフを体内に置いてきて治すなど、仗助のスタンドでは容易い行為だった。

 

 そんな事を知る彼女に康一は何が起きたか説明を求めるが、ヴィルナはダンマリを決め込む。

 

 すると………

 

「お、オロ…オゲェ!………………ギャース‼︎』

 

「ッ⁉︎」

 

 ナイフを腹に埋め込まれた強盗の男が突如嗚咽。しかも後半に聞こえた奇声は人の声では無い。

 その奇声は強盗の口元からではなく、強盗が今しがた吐き出した液体から聞こえた。

 

『グググググ〜〜ッ。こんな所に! オレの他にスタンド使いがいるとは……! この男にとりついて気分よく強盗をしてたのに…よくも! 邪魔してくれたな……!』

 

 強盗の口から吐き出された液体は、液状から最低限の輪郭を得て人型になる。それには顔があり言葉を話し、スタンドの知識があるものが見れば「スタンドだ!」と決めつけるだろう。

 

「! こいつッ、あの写真の!」

 

(スタンド使い?………あの白コートもスタンドと呼んでいたな。仗助はこの液体を知ってる様子だが……)

 

 液状のスタンドはアスファルトの上を素早く這い、道路脇の排水路へと逃げ込んで顔だけこちらに……正確には仗助に向けた。

 

『これからはおめーを見てることにするぜ。おれはいつだって どこからか おめーを見てるからな…ククク いいな!』

 

「なんだと、この野郎ッ!」

 

「このバカを取り押さえろーッ」

 

「わっ、お…お巡りさんちょっ…ちょっと待って!」

 

 その流れで仗助は強盗を取り押さえた英雄としてでなく、急に前にしゃしゃり出た一学生と扱われ、強盗と同じように身柄を確保される。

 

 強盗はパトカーに乗せられ、仗助は逃げる事もできず2人の警官に事情聴取されている。スタンドの事を言うわけにもいかず、浮ついた言葉を使っているため長くもなるだろう。

 

「わわ、ヴィルナさんどうしよう!」

 

「どうもしないよ。知らんぷりして家に帰ればいいさ…先に帰ろうぜ、康一」

 

「え、えぇ〜〜〜⁉︎」

 

 事情聴取される仗助の方には一切目もくれず、ヴィルナは康一を連れて帰路に戻った。

 

(わ、悪い人には見えないんだけど、サバサバした人だなぁ……)

 

 広瀬 康一のヴィルナに対する第一印象はソレだった。

 同時に…一切の迷いなく足を進めるその姿に、彼は妙な高揚感を感じた。

 だがその正体が、彼女の持つ"気高き魂'である事に気付くのは まだ先の事である。

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

「お、帰ってきた。仗助! アンタにお客さん! 部屋で待たせてるから早くしな!」

 

 警察による事情聴取を終え、仗助は心身共に疲れた状態で帰宅した。しかし母親である東方 朋子からそれを聞いて肩を落とす。

 

「ゲェー、アイツ来てんのかよ……」

 

「アイツとか言わない。ったく、あんな可愛い子を部屋に待たせるなんて……やるな! このこの〜!」

 

「ちょ、だからヴィルナとはそういうのじゃねぇよ! 部屋に上げたのも おふくろだろ?」

 

 そう文句を言いながら、仗助は自室へと向かった。

 扉を押し開けて中に入ると、毎晩自分が使っているベッドに腰を掛ける女子高生の姿があった。

 

 学校の物を少しアレンジした学生服を着た、薄い金髪をした血色の良い人形のような少女………脇には彼女の物と思われる鞄と、布に包まれた長い棒状の物が置いてあった。

 

「………遅い」

 

「理由はわかんだろ。あの場にテメェもいたんだからよ」

 

 自分の鞄を勉強机に立てかける様に置き、仗助はヴィルナの隣ではなく椅子に座って身体を向ける。

 

「……で、何の話だっけ?」

 

「何度も言わせるな、あの2人の事だ。3人の子供を連れた……誰なんだ? うちらの持つコイツらを、"スタンド"と呼んでいたな」

 

 そういうや否や、彼女の隣に同じ体勢をした妙な男が現れる。

 紫色の宝石が縦に並んで付いた鉄仮面を被り、胸元が大きく破れた緑のつなぎ服のような布切れを羽織っていた。その下には灰色の肌と胸の右寄りで絡まった鎖が露出している。

 

 流れから聞くに、どうやらそれが彼女のスタンドのようだ。

 

「あの人達は俺の親戚だよ。父親の息子と孫……腹違いの兄と甥って事になるな。2人とも年上で奇妙な事だがよぉ〜」

 

「……ジョセフ・ジョースターの子息か?」

 

 仗助の母親、東方 朋子は未だにジョセフの事を愛しており思い出すと泣くレベルである。それを知っていたヴィルナは小声で仗助に尋ねる。

 それを仗助が肯定すれば、ヴィルナは途端に不機嫌になる。

 

「…()()()()()が今更……どのツラ下げて! 何の用で来たッ⁉︎」

 

「待て、落ち着けよ!」

 

 言葉にあからさまな怒気を含めている彼女を仗助は宥め、順を追って説明する。

 

「ふん………遺産の話か。朋子さんには言ったのか?」

 

「いやまだ……爺ちゃんには話そうと思うけど、おふくろには伝えずに済ませたいのが正直なところだな」

 

「そうだな………くっ!ジョセフ・ジョースターめ……どこまで朋子さんを傷付ければ気が済むんだ‼︎」

 

「だから落ち着……って! まずそれを消せよ‼︎ 俺のベッドが粉々になるじゃねぇか‼︎」

 

「ん?あぁ、すまない…」

 

 ずっと出していたスタンドが彼女の怒気に当てられ、能力が暴発しようとしたのか小刻みに振動し始める。それを見て仗助が止め、ヴィルナはスタンドの像を消した。

 

 何故ヴィルナがそこまで怒りを露わにするのか………それは東方 朋子の事が半分……私的な恨みが半分あっての事だった。

 

 彼女の母親の名前は鈴原(すずはら) アルシア…

 旧姓 アルシア・アントニオ・ツェペリ。11年前…邪神DIOに利用され命を絶った1人の女性である。

 

 当時のヴィルナは、何故 母が死んだのか理解できなかった。それはヴィルナの父……鈴原 海斗(かいと)の配慮が原因だった。

 

 海斗はSPW財団の有能な社員で、レオンとも良い付き合いをしている。彼はレオンの紹介でアルシアと知り合い、性格に難のある自分の弟…鈴原 空夜(からや)を雇ってくれたという恩があった。

 海斗は大のつくお人好しで、そんなレオンの兄であるDIOの事を強く言えなかった……言ったとしても信じられない話であるため、海斗はヴィルナに何も言えなかった。

 

 当時のその様子が誤解を生んだのだろう……ヴィルナは「自分の母が死んだのはジョースターのせいだ」と結論付けた。

 

 仗助が高熱を出した時期の最中に、ヴィルナも遅れて同じ病を患った。

 彼女の両親はアルシアの兄…ワルターに連れられて旅行に行っていて東方家に預けられていたのだが、その時にいつも元気付けてくれた両親が居ないというのは、当時4歳の子供にとってどれほどの地獄だろう。

 

 別に復讐をしたいと言うような大層な悪を抱えてはいない……だが彼女はジョースターを嫌い、ジョセフに関しては「出会ったら必ずブン殴る」と心に決めていたのだ。

 

「………で、奴らが来た理由は遺産の話だけか? 頭貶されて戦闘になったのは見たが、その後も何か話してただろ」

 

「そんな気になるんなら帰らずに居れば良かったんじゃねぇか? 俺が承太郎さんに殴られた時も、一切反応しなかったしよぉ」

 

「アレは沸点の低い仗助の自業自得だ。それに…悪い気配は聞こえなかった」

 

 気配は聞こえないという独特の表現をし、ヴィルナは「で?」と質問の回答を待つ。

 ヴィルナも無関係ではないから、と仗助は写真を取り出して彼女に見せる。

 

「………? 誰だこの男………後ろに写ってるのはスタンドか。しかもコンビニで見た奴じゃないか」

 

「ジョセフ・ジョースターが念写した写真つってたな。俺を念写しようとしたら、どういうわけかコイツが写ったと…お前もコイツには用心しろよ」

 

「何故だ?……いや、それが異常だからか。仗助を写すはずが、コイツが写った。普通じゃない、何かある。そういう事か?」

 

 写真を手に取り眺めるヴィルナを前に、仗助は回転椅子に座ったまま時計回りに回転する。

 

「ジョースターどもには言わなくて良いのか?」

 

「知らせようにも手段がねえんだよ。この町のホテルに泊まってるって言ってたが、今から走り回って探すわけにはいかねぇし」

 

「ならどうする?」

 

「明日また会う約束してんだよ。だからその時に………」

 

「………明日か」

 

「…あ………ヴ、ヴィルナ? まさか、変な事考えてねぇよな?」

 

 嫌な予感がしたのか、仗助は慎重にそう尋ねる。

 それを無視したヴィルナは仗助の部屋のドアを開け、廊下へ身を乗り出し声を上げる。

 

「朋子さん! 今日うち、泊まっても良いですか?」

 

「いいわよー」

 

 

 

 

 

「おはようございます。朋子さん」

 

「おはよ、どうだった? さ く ば ん は♡」

 

 翌日の朝、東方家のリビングに3人が集まる。朋子は寝起きのヴィルナにいやらしい笑みでそう尋ねる。

 

「だから何度も言ってんだろ! コイツとはそんなんじゃねぇって!」

 

「そうー?本当にー? ざんねーん」

 

「いえ、残念ではなく幸運ですよ」

 

「確かに仗助が夫じゃ、ヴィルナには苦労させちゃうわね」

 

 口に手を当てて笑う朋子と、控えめにだがヴィルナがクスクスとつられて笑う。それを傍から見ていた仗助は洗面台に移動して顔を洗う。

 

(こりゃグレートに…ヘビーだぜ………)

 

「朋子さん。朝食はうちがやりますよ」

 

「どうも。じゃあ珈琲入れとくわね」

 

 その時だった。

 この家の電話が着信音を鳴らしたのは。

 

「誰よ、こんな朝早くから……」

 

(承太郎さん達かな……)

「俺出るよ」

 

 そう思って仗助が子機をとって耳に当て、髪をセットしようとそのまま洗面台へ向かった。

 昨日の2人だと思ったのはヴィルナも同じなのか、トーストを焼きながらヴィルナは聞き耳をたてる。

 

「はい、東方です」

 

『仗助か? レオンだ。朝早くに………悪い』

 

 相手は眠いのか、言葉の間に欠伸を挟んだのが受話器の向こうから聞こえた。

 

「いえ、ちょうど良かったです。伝えたい事がありまして。実は………」

 

 仗助は口頭で昨日、コンビニで何があったのかを事細かく伝えた。

 

「……だからですね、そのスタンドはその男に取り憑いていたっつーか、ただ体の中に入ってただけで俺に攻撃はしてこなかったんスよ」

 

『近くにアンジェロはいたか?』

 

「え?誰ですって?」

 

『伝え忘れたな。写真の男だ』

 

「いや…少なくとも俺の視界には……」

(くそーいまいち髪型が決まんねーなあ)

 

『いいか? そのスタンドはパワーの弱い遠隔操作型だと思う。何らかの方法で体内に入ってくるタイプだ。これから君の家に行く。私が行くまで水を使う物には近づくな。水道の水はもちろん…シャワーやトイレもだ』

 

「え? これからスか? 実はまだアンタらのことおふくろに話してないんですよ」

 

『………』

 

「うちのおふくろ気が強い女なんだけど…ジョセフ・ジョースターのことまだ愛してるみたいで……思い出すと泣くんすよ。会ったことあるレオン見たら、おそらく………」

 

『………………』

 

 電話の向こうで何か考えているのか、レオンは少しの間黙り込んだ。だがその静寂は、第三者の言葉で終わることになる。

 

「仗助…この写真どうしたの?」

 

 そう聞かれて振り向くと、リビングで珈琲を飲む朋子がテーブルに無造作に置かれた写真を見ていた。

 仗助がふとした拍子に、無意識に置いたアンジェロの写真だ。

 

「さっき会った。牛乳屋さんだわ…知り合いなの?」

 

「………………」

 

 仗助の目付きは険しくなり、朋子の口元をジッと目視する。

 

「やばい………遅かった。今…コーヒーからおふくろの口の中に入っていくのが見えた」

 

『何だと?………おい、仗助⁉︎』

 

 子機を一度置いて、使っていたワックスのボトルを洗面台の上でひっくり返す。

 中身はまだまだあったが外へ流れ出て空になる。

 

「ヴィルナは無糖よね」

 

「はい」

 

「仗助、アンタもコーヒー飲む?」

 

「ン…そうだな、ミルクと砂糖もいれてくんない…」

 

「ミルクと砂糖ね………」

 

 空になったボトルを持って歩み寄り……

 仗助は昨日の下校時のように、自分の母親の腹をスタンドで殴り抜いた。スタンドの手には先程空にしたボトルが握られていたが、殴り抜いた朋子の向こう側で握力で割れる。

 

 そしてその腕を引き抜くと同時に、"治す"能力は発動された。

 朋子の腹部に空いた穴は消え、割れたボトルも元どおり……今回は体内にボトルを取り残す事はせず、逆に()()()()()()()()をボトルの中に取り残した。

 

「………仗助? ミルクと砂糖だっけ?」

 

「あぁ……ミルクと砂糖入れてくんない…もしもしレオンさんスか? スタンド…捕まえたんすけどォ………」

 

 朋子は自分の身に起きた事を認識せず、仗助は何事もなかったかのように受け答えする。そんな彼の手に握られたボトルの中には、朋子の体内に入ったはずのスタンドの姿があった。

 

『ゲェッ⁉︎』

 

(流石だな…)

 

 一連の流れを見ていたヴィルナだが慌てる様子もなく朝食に手を付け、当たり前のように心の中で賞賛していた。

 

「……こいつ、どうします?」

 

『………よく当たる予言だな』

 

「え?何です?」

 

『何でもない。実はもう家のすぐ近くまで来てるんだ………窓を開けて、そこに置いといてくれれば良い。そうすれば会わずに済む』

 

「ウィッス」

 

 仗助は言われた通りに窓を開け、スタンドの入ったボトルは窓枠に置いた。すると間もなく、レオンが平然とやってきて流れるようにボトルを回収した。その足運びに違和感はない。

 

(……なんかヤクザのブツの引き渡しみたいだな)

 

 家からリダイヤルすればもう連絡も取れるので、仗助は「話はまた今度かな」などと呑気な様子で朝食に手を付け始めた。

 

「………アレ? アイツは?」

 

「あぁ、ヴィルナ? なんか急用を思い出したとかで、もう学校に向かったわよ。何もトースト頬張ってコーヒー一気飲みしなくても良いのにね……ま、出されたものは平らげるっていう礼儀を重んじるところが、彼女の良い所だけどね〜」

 

 コーヒーを飲んでホッと一息つく朋子をよそに、仗助は嫌な予感を感じとり冷や汗を浮かべた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「さて………どうしたものか」

 

『誰だテメェ‼︎ 調子のってんな⁉︎』

 

 仗助から受け渡しされたボトルの中には、アンジェロの物と思われるスタンドが入っていた。

 何をしたのかは見ていないが、通話が途絶えた数秒の間に捕獲したあたり只者ではないようだ。

 

「礼神の予言は今回……別にいらなかったんじゃ?」

 

 時が経って彼女も大人になった。年老いてモノボケが始まるのはまだまだ先の事だが、彼女はエジプトでの旅を終えてひと段落した結果、その先の原作(予言)を忘れ始めてしまった。

 今回の彼女の予言は「主人公が捕獲したらすぐに回収する事」という命令じみたもの………

 今回彼女は、原作を読んだ時に「あと少し早ければ……」というような感想を抱いた事だけ。それだけを朧げに覚えている状態だったのだ。それも念写の写真を見てようやくそこまで思い出してだ。

 すぐに回収しなかったらどうなっていたのだろうか……

 

「彼女は私と違ってノートに書き残した訳でもない………過ぎたことだし仕方ないか………」

 

 今回の事が終わって、彼女が残した残りの予言は「虹村の兄が危ない」というのと「ムカデ」………

 

「前者はわかる……いつ、何処で、何が起こるか分からないし、頼りない予言ではあるが………」

 

 だが後者に比べればマシだ。ムカデが何だ?

 覚えていたのはそれだけ……逆に最後まで残っていた記憶だから重要だと思うんだが………

 

「………ん?」

 

「………………」

 

 気が付けば私の進路を阻むように1人の女子高生が立っていた。

 彼女からは闘気が……そして怒気が溢れんばかりに漂っている。それを前にするまで気付かないあたり、やはり私は考え事をすると周りが見えなくなるのだな……昔から度々あった。

 

 現れた女子高生は昨日発見した女子高生だ。あの仗助に群がっている女子高生に紛れていたスタンド使い。

 その手には、布が巻かれた長い棒状の物が握られている。

 

 仗助の友人である事は恐らく間違いではない。

 一体何の用があって、その闘気と怒気を向けられているのかはわからない。

 

「……君は誰だ。何の用があってそこに居る」

 

 重い口を開いて聞いてみると、彼女は紐を解いて巻かれていた布を取り外す。彼女は剣道部に所属しているのか、中からは一本の竹刀が姿を見せた。

 

「そんな事より………まずは殴らせてくれませんか?」

 

「…………場所を変えようか」




証呂
「久しぶりの挿絵。鈴原 ヴィルナとスタンドのイメージです」


【挿絵表示】


礼神
「ヴィルナ…ヴィルナちゃん………んー?
誰だっけ?」

伊月
「………タラちゃん」ボソッ

礼神
「あ! 思い出した‼︎
ナミヘイ・アントニオ・ツェペリのお孫さん………あれ?」

ヴィルナ
「……うちの祖父がゴッチャになってます」


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77.あの少女は今………

礼神
「僕って4部出るの? 仗助に会いたい」

証呂
「もうじき出るで」

礼神
「ヤッター」

伊月
「オジさんは?」

証呂
「そのうち出るかもね」

伊月
「ヤッター」

ドマゾハゲ
「オレェは?」

証呂
「伊月と愛でも語ってて」

ハゲのドM
「ヤッター♡」

伊月
「俺のそばに近寄るなァーーーーーッ‼︎」

77話、グダグダっとどうぞ。


 わたしはハッキリ言って、ジョースター家を恨んでいる。

 理由は主に3つだ。

 

 1つ目は朋子さんの件について。

 まれに思い出すとその度に泣いてしまう程に愛している。気の強い朋子さんが泣く姿を、うちは見たことがある。

 

 見てるだけで胸が張り裂けそうだった。

 生死の境を彷徨った時…自分の息子である仗助を優先せずに、あくまでも平等に扱ってくれた優しい人……母はもう居ないし、それ以外の人を「お母さん」と呼ぶ気は無い。

 そんなわたしが、絶対に呼ばないが この人なら良いかもしれないと思った。その人が泣く姿が、あんなに恐ろしいものだとは思わなかった。

 

 2つ目はお母さんについてだ。

 うちは生まれつき、呼吸で気配や感情を探る事が出来た。

 お父さんが旅行から戻ってきた時…病に伏していたうちは心細く真っ先に抱きついて泣いた。

 その後に「お母さんは?」と尋ねると、お父さんの呼吸が少し乱れた。そのうちお母さんが死んだ事を誰かが教えてくれたが、それだけで誰も何故死んだかは答えてくれなかった。

 

 成長して中学に入った時、意を決してもう一度聞くとお父さんは真実を教えてくれた。嘘のような話だったが、お父さんは嘘をついていなかった。真実を教える事を恐れるような、そんな怯えた呼吸をしていたからだ。

 

 お母さんは、邪神DIOとジョースター家の戦いに巻き込まれて死んだ。

 それはつまり、半分はジョースター家に殺されたと言っても過言じゃないのではないか?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が邪神DIOを相手にした際に巻き込まれて死んだ。

 

 何故お母さんがそんな奴らのせいで死ななければならなかったんだ?今でもわからない。事情を聞けばジョセフ・ジョースターは娘を助ける為に戦ったと聞く……息子を捨てた奴が何を言うか………

 

 これは3つ目の理由に関係する。

 

 あの高熱もDIOが原因らしく、DIOが死んだ事で仗助は結果的に助かった。だが結局は()()()じゃないか。

 仗助の命を軽く見過ぎだ………

 

 もし違うなら………何故仗助の側に誰も居てやらない……

 

「この辺でいいか」

 

「……!」

 

 気が付けば白髪の男に連れられ、杜王町の公園に来ていた。公園といっても遊具は無く、広い人工芝が広がってるだけだ。

 朝早くで人の目は無い。少しくらい派手にやっても問題ないだろう。

 

「それで。何の用だったかな」

 

「同じ事を言わせないでください。まずは一発殴らせてほしいんです」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「まずは話し合おう。それじゃダメなのか?」

 

「話し合いは後でもできる。だけどこれは初対面の……今でないとできないッ‼︎」グッ

 

 名も名乗らないまま、竹刀を構えて臨戦態勢に入るヴィルナ。それに呼応して気迫がビリビリと伝わる。

 対してレオンはまだ自然体のまま話しかけるが、念の為にスタンドの入った空き瓶は近くに……それでいて誤って割らない場所に置いておいた。

 

「目的は? 何もわからず挑まれても、自己防衛として対処せざるを得ない」

 

「それで構わない。行きます‼︎」

 

 竹刀を手に突貫を仕掛けるヴィルナ。

 何故話し合いではなく戦いを選ぶのか……それは彼女の性格にもよるものだが、正面からぶつかれば分かり合えるという体育会系の考えだ。

 

 実際ヴィルナはそれで理解できる。

 

 呼吸の乱れが疲れか…それとも焦りからくるものなのかを教えてくれる。

 深呼吸で冷静を装うのは集中する為か、嘘を隠す為か………

 

 レオンが脱力して集中力を高めるのと同じで、スタンド能力ではない。

 彼女は呼吸を通して感情を聞く事が出来る……そういう人間なのだ。

 

 ヴィルナが突き出した竹刀の先端は、寸分の狂いもなくレオンの顔面を捉えようとする。

 レオンは頭を右に傾け、右手でそれを掴み止める。

 

(………この少女……私は会ったことがあるのか? このスタンドエネルギーを感じるのは初めてだ……この子を見た事は………)

 

(疑問…考察…………余裕)

 

 突きを片手で止められた事には驚かず、ヴィルナはそう見定める。そして自分の事を観察されている事にも気付くが、それについては気にしない。

 

「貴方は………」

 

「……何だ」

 

「貴方は、大切な人が知らないところで……それも赤の他人に殺されたら、どうする?」

 

 そう言いながらも、ヴィルナは竹刀を力強く捻ってレオンの手を弾く。そこから振るわれる太刀筋は剣道では見ないような…まるで真剣で扱うような技で振われる。

 

「……………真実を知りたくなるな。それだけだ……私に裁く権利は無い」

(屋外でW-Refを使わなかったとはいえ、私の手を弾くか…)

 

 驚きながらも答え、ヴィルナの攻撃は軽く受け流す。真剣であれば厄介だが、使っている得物は竹刀……刃は無い為受けやすい。

 

 そこでヴィルナは顔を顰めた。

 技が通用しなかったからでは無い。

 

「嘘だッ‼︎」ガッ

 

「ッ‼︎」

 

 竹刀を持つ手とは反対の手で、竹刀の刃の部分を握る。その手を鞘に見立ててか、彼女は居合斬りを放って来た。

 それを両手で掴み止めると、レオンの掴んだ手をその上から覆うようにスタンドの手が握った。

 

(これが、彼女のスタンド……)

 

 上から握られて竹刀を手放せないレオンを、ヴィルナはそのままスタンドのパワーで押して行く。更にスタンドの握力でレオンの両手から音が鳴る。

 

(………嘘をついた。嘘の呼吸の音がするッ!)

「貴方は嘘をついている‼︎ 貴方はその時怒りを感じる。そして自分の手で裁こうと考えているッ‼︎」

 

 ヴィルナに押され、踏ん張るレオンの足が人工芝と土を削る。

 

「グッ………いや……そんな事はない」

 

「嘘だ‼︎ わたしにはわかる‼︎」

 

「ウッ……なる…ほど……それは君の能力……か?」

 

(……アンタも結局…自分を優先させる奴らと一緒なんだな)

 

 自白同然の返しに、ヴィルナはスタンドの右手を一度離させ握り拳を作る。そして手でレオンの顔面を殴らせた。

 

「ッ⁉︎」

 

 ガードされても大ダメージを与える自身はあった。それが今しがた解放されたレオンの左手によって防がれ、ヴィルナは多少の同様の色を見せる。

 

「なら弁解させてもらう………確かに今しがたのは嘘…建前だ。直接手で葬りたくもなるだろう。だがしかし‼︎ 君の出した例のような事が起きた時…私はその手段にはでない! 絶対にな‼︎」

 

「なっ⁉︎」

 

 レオンの左手がスタンドの右手を掴み、スタンドの左手がレオンの右手を上から包んでいる。その状態のまま拮抗していると、ヴィルナが口を開いた。

 

「それは何故……」

 

「私が大切と思う人間は皆……自分が死んだ時、復讐を願うような人間じゃないからだッ‼︎」

 

(………嘘じゃない)

「………けるな……」

 

 スタンドにまた力が入る。今度は前に押すような力ではなく、上からねじ伏せるように力を加えて来る。

 

「ふざけるなッ‼︎ それだけ人を思えるアンタが、何故 アイツの側に居てやれなかった‼︎」

 

「速いッ‼︎……グゥッ……‼︎」

 

 スタンドの蹴りがレオンの脇腹を捉えた。認識は出来た………だがそれだけで、ガードは全く間に合わなかった。

 

(このスピード……承太郎の星の白金(スタープラチナ)と肩を並べるぞ⁉︎)

 

「……ジョースター家の人間なら…もちろん知っている筈だ。ジョセフ・ジョースターの隠し子と愛人の存在を」

 

「………仗助から聞いたのか?」

 

「誰から聞いたか、そんな事はどうでもいい。朋子さんは今でもジョセフ・ジョースターを愛し、苦しんでいる………なのに…何故ッ‼︎」

 

 再びスタンドが拳を振り上げ、先ほどのスピードでレオンに殴りかかる。しかし眼前スレスレの所で拳を止めた。

 

「………どうした?」

 

「何故避けない。早すぎて見えないのか?」

 

「……君は仗助達の為に怒ってくれている。今の私には出来ない事だ……だから躱せない。躱せば恥になる」

 

 それを聴き終えると、ヴィルナは躊躇いもせずに拳を振りかざし直す。

 

「カッコつけてるつもりか? さっきのは仗助の分、これは朋子さんの分………手加減はしない……」

 

「生命力はジョースター家トップだ。遠慮はいらない」

 

 

 

 ーーー バギィッ ーーー

 

 

 

 レオンの右ほほを的確に捉えて、彼は空中で半回転する。骨が折れたような…否、骨が折れた嫌な音が響く。

 

(反応は出来なくても、わたしのスタンドの拳は見えていた………なのに殴る瞬間どころか、殴り抜いた後でも目を瞑らなかった………なんて覚悟………)

 

「………クッ…」

 

 殴られた所を手で押さえながら立ち上がるレオン。

 そんな彼の前に立ち、ヴィルナは堂々と告げた。

 

「わたしは、ジョースター家が嫌いです。とくにジョセフ・ジョースターは許せません。これをわたしは偏見だと自覚しています。ですが貴方がどういう人かはよくわかりました。良い音でした」

 

「………良い音?」

(骨が砕けた時の事か?)

 

「気にしないでください………貴方の覚悟の強さ、少しですが尊敬しました。試すような真似をしてすみませんでした」

 

 事が済んで満足したのかなんなのか、彼女はまだトゲトゲしい口調だが急に敬語を使い始める。

 レオンの彼女の印象は、「良くも悪くも仲間思いで真っ直ぐ」だった。そして人の為に動けるのは祖父譲りだなと思った。

 

「構わないが、もう良いのか?」

 

「えぇ……貴方を知れて少しスッとしました」

 

「…仗助の分と東方 朋子の分と………いや、なんでもない」

 

 レオンの言葉にヴィルナはピクリと反応する。

 

「……………わたしが誰か気付いてたんですね」

 

「…途中でな……大きくなったな。ヴィルナ」

 

 ヴィルナは「もう良いのか?」とは「母親の分は良いのか? 」という意味だと瞬時に理解した。

 

「………………」

 

 

 

 ーーー バキッ ーーー

 

 

 

「ッツ………」

 

「………」ペコリ

 

 引くに引けなかったのか彼女なりのケジメなのか、無言でレオンの顔を素手で殴ったヴィルナは、その後に一礼してそそくさと歩き去った。

 

「………サバサバした子だな」

 

 ヴィルナに対する印象が1つ追加された。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「さて、ではコッチを片付けるか………」

 

 ずっと放置されていた水の入ったボトルを手に取る。一見、中には水以外何も入っておらず、スタンドの姿は見えない。

 

「………………波紋疾走」パチッ

 

『ピギャアァァァア⁉︎ ブハァッ⁉︎ ハァ……ハァ………』

 

「よしよし、ちゃんといるな…「ピッ」………私だ、承太郎か?」

 

『レオンさん。遅かったですね』

 

「ハルか……承太郎に変わってくれ」

 

『はい』ゴトッ

 

 短くそう答えると、受話器が台の上に置かれたのか「ゴトッ」と音が鳴る。そして数秒もかからずにまた「ゴトッ」と、受話器が持ち上がる音がした。

 

「承太郎か?」

 

『………ルナ……』

 

 承太郎かと思ったら、何故かルナの声が聞こえてくる。

 

「ルナか……承太郎は?」

 

『ハルノ……呼び行った』

 

「そうか………」

 

『………………』

 

「………………」

 

『………戻ってきた』

 

「実況ありがとう ルナ。承太郎に代わってくれ」

 

『ん……』

 

 いつも役に立とうと頑張ってくれる子だが、たまに面白い事をするな。

 

『悪い。待たせた』

 

「アンジェロのスタンドを回収した。利用して本体を捕縛する………その際に彼女の力が必要になると思うんだが」

 

『どうしてもか? 俺としては、できれば呼びたくは………徐倫、ダディ今レオンとお話し中なんだ。あっちでハルノ達と遊んでてくれるか? あ、コラ』

 

『レオン? もしもーし、聞こえるー?』

 

「………聞こえるよ。今ダディと話してるから、代わってくれるかな?」

 

『うん‼︎』

 

「………………」

 

『………この通りだ。お守りの手が欲しいところだったし、奴を呼ぶ事に異論はねぇ』

 

「見事な手のひら返しだな 承太郎。ではこれから財団の支部に寄ってから帰るとするよ……忙しそうだし、彼女には私から連絡しておく」

 

『あぁ、わかっ…「スッ」…レオンさん、僕はプリンが食べたいです』

 

 突如として承太郎の声からハルノの声に変わる。

 毎週水曜日はオヤツの日……ウチのルールだ。

 

「ハルはプリンだな。他の2人は?」

 

『………チョコ-!…クッキ-………だそうです』

 

「わかった。承太郎は?」

 

『……ジョウタロウサン...ハイ……俺はいらねぇ。あと……あんまり甘やかすな』

 

「あぁ」プツッ

 

 ………伝えたい事は短かったはずなのに、少し長電話してしまったな。

 子供ができると、こうも変わるのか………

 

『……ふむ。鈴原 ヴィルナ……彼女が出していた感情は敵意か……始末した方が良いのではないか』

 

 後頭部からそう声が聞こえ、私の肩に黒く長い髪がかかってくる。背後の少し高い位置で浮遊し、第2のスタンド…アンラベルが私にピッタリついてきているようだ。

 

 急な登場にも慣れたもので、その行動には何も突っ込まずに会話を始める。

 

「………アンラベルか。確かにヴィルナの感情は敵意に該当するものだ。だが彼女は敵ではない」

 

『………敵意があるのだから敵だろう』

 

「敵意はあったが、彼女は敵じゃない。人間を理解するのは、まだまだ先だな」

 

『………………』

 

 鈴原 ヴィルナ。鈴原 海斗とアルシアの娘。

 あの子は………強いな。心身共に。

 

 アルシアが死んだのはジョースター家が原因……完璧な回答ではないが間違いでもない。ジョースター家を嫌う事に疑問はない。

 

「だが彼女は……嫌いだと決めて完全に拒絶せず、歩み寄る努力を初対面でしてきた。勇気を出して歩み寄る奴はいるが、初対面で喧嘩吹っかけてキッカケを作る奴は初めて見たな」

 

『彼女は強いぞ。最初こそ手加減していたのはわかっている。波紋もスタンドも使わなかった………が』

 

「あぁ……W-Ref…無意識に使ってしまった。彼女は気付かなかったようだが」

 

 スタンドが初めて顔面を殴ろうとした時、私は咄嗟にW-Refを出してしまったのだ。

 

「私の血筋を、海斗は話したかがわからないな

………彼女が聞くなら、答えなければならないな」

 

『………主よ。また考え込む癖が出ているぞ…おかげでタクシーが通り過ぎた』

 

「何ッ⁉︎ あまり捕まらないというのに‼︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ーーー ピロリン♪ ーーー

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 件名:お願いがある

 

 ある脱獄囚のスタンドを捕獲した。改心の余地無し……殺しても良いが、すぐに殺さず法律で檻の中に打ち込みたい。

 その際にスタンド能力を取り外したいのだが、力を貸してもらえないか?

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ケータイが急に震えるもんだから、僕は条件反射で画面を覗き込む。そこには新着メールが1件あり、差出人はみんな大好き 我らが会長さんからだった。

 

「うーん………」

 

「レイ君、少し顔上げてください」

 

「はーい」カシャ

 

 指示に従うと、僕に向けてフラッシュが焚かれる。少し眩しいけど、もう慣れた。

 

「もう1枚いきまーす……で、それ誰からですか?」カシャ

 

「んあ? いやー、ちょっと知り合いにお呼ばれしちゃってねぇ」

 

「そうなんすか〜、そのまま自然体でお願いします」

 

「はーい」カシャ

 

 僕がそう返答して従うと、またフラッシュが焚かれる。それが最後だったのか、間延びした声で「オッケーでーす」と終了の合図がスタジオの中で反響する。

 

「お疲れ様です。じゃ、お先失礼します」

 

「え? ちょっとちょっと待ってよ〜。この後 一緒に飲むって約束したじゃん!」

 

「え? してないですけど?」

 

 レオンさんから連絡があり、仕事もちょうど切り上げられた為ひとまず帰ろうとする。すると先程までシャッターを焚いていた小太りのカメラマンが、馴れ馴れしく僕に話しかけてくる。

 

 前々からしつこいんだよな〜この人〜〜。

 全然気はないのに、猛アタックしてくるし……下心丸出しだし、そんな人と飲み会に行くわけないじゃん。

 

「まぁまぁ、そんな細かい事は気にしないで……一回だけで良いんで!一回だけッ‼︎」

 

「でも用事あるんで………いやホント……あぁー

………"サヨナラッ‼︎"」

 

「………………」

 

 ーーー バタッ ーーー

 

 僕を前にしてその場に倒れこむカメラマン……そんな人を指差して僕は振り向く。

 

「ディレクターさん。この人………」

 

「え? あぁー()()気絶したのかよ。すいませんねぇ、コイツ社長の大ファンみたいでご覧の有様っすよ」

 

()()気絶しませんでした? 仕事終わってからでしたけど、仕事に差し支えかもしれないので、別のカメラマンお願いしたんですが………」

 

「そ…それに関しては本当にすいません。コイツに「後一回だけ!最後でいいから‼︎」って泣きつかれちゃって………でも安心してください。本当に最後ですから」

 

「そうですか」

 

 白々しく微笑んでから、僕はスタジオ前に迎えに来ていて車に乗り込む。その車にはSPW財団のロゴが入っている。

 

「オッツー」

 

「ズィーさんお迎えありがとー。えい」ビリッ

 

 気付けば僕の手の中にはお札が……僕がそれを両手で千切ると、お札は1人でに燃え始める。それが燃え尽きると、僕が先程までいたスタジオの玄関が急に開き、カメラマンが飛び出してくる。

 

「ズィーさん出して」

 

「あいよー」

 

 車は軽快なエンジン音を鳴らし、優しく走り出した。

 そして後ろでは、さっきのカメラマンが必死に追いかけてくる。

 

「ま、待って‼︎ レイ君……僕は……ァァァァアアアア‼︎‼︎」

 

 ようやく諦めたのか、両膝をついて発狂気味に泣き出すカメラマン。

 

「おー怖ッ……モテる女は辛いねぇ」

 

「僕もこんな事になるなんて思ってもみなかったよ」

 

 みんな驚いてたけど、こうなって僕が1番驚いてるんだよ?

 

 誰が想像した? 孤児院経営を本業としてる葎崎 礼神が、ファッション業界で上位に躍り出る会社の若手社長だなんて誰が想像した?

 

 いや、承太郎や花京院………昔から僕を知るレオンさんなら想像できたかもしれない。でもその先にあった未来は想像できなかったはずだ! というか「それは想定外」とみんな言ってたしね‼︎

 

「別に良いじゃねぇかよ。世間からしたらアンタ勝ち組だぜ?」

 

 僕の名前は礼神…葎崎 礼神。

 孤児院を経営する為の資金を、SPW財団の子会社で稼いでる。そして僕には、それとは別の副業があった。黒歴史から生まれたと言っても良い。

 

 ある日僕は、ボーイッシュという題材を取り込んだファッションを、美人のミドラーとマライアに着せて写真にし、ファッション誌に掲載して宣伝する予定だった。

 

 しかしミドラーが着てもシックリこず、マライアに唆されて試しに僕が着た。さぞかし似合っていたらしい。

 僕の反対を押し切り、マライアは僕の写真を提出………誰も突っ込まずに掲載………そしてバズった。

 

「おかげさまで巷では「モデルのレイ君」で通ってるよ。ハァー、泣きそう」

 

「その話は置いといて、会長からメール来なかったか?」

 

「あ、そうだった。ズィーさん! このまま杜王町まで‼︎」

 

「えッ⁉︎ 今から⁉︎」

 

 運転手のズィーさんに言われて思い出し、僕はメールの返信を送った。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 件名:Re.お願いがある

 

 御意ッ! (`・ω・´)ノシ

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 僕はズィーさんの運転する車で、そのまま杜王町を目指すのだった。




キャラ説明

○葎崎 礼神 (28) 165cm
11年前の打倒DIOの旅では預言者として参加した2人目の転生者。4部の記憶もあったが、前回言っていたようにほぼ忘れている。出来事が終わった後で思い出すかもしれない。
服を作る→ミドラーに着させる→イマイチ→自分が着る→調子にのってジョジョ立ち→バズる……の流れで、たまにモデルの仕事が飛び込んでくる。SPW財団が出しているファッション雑誌「JAN!JAN!(ジャンジャン)」の仕事しかモデル業はしないが、ファンは結構いる。

スタンド能力は"魂の操作"
声を聞いたものを気絶させて魂を札にして剥ぎ取る。
スタンド使いに能力を使うと、スタンドを藁人形にして奪う事もできる。
しかしこの能力は礼神より精神力が極端に弱い者にしか効かない。

○ズィーズィー
新米マフィアを潰した後、レオンにヘッドハンティングされた。今では礼神の送り迎えと、彼女を乗せてパパラッチから逃げるのが彼の日常。
彼のドライビングテクニックに不可能は無い‼︎

伊月
「嫌ならやめたら?」

礼神
「僕がファッション誌にのらなくなったら苦情とファンの要望が来たって橘さんが鬼の形相で………今のJAN!JAN!に出るモデルで人気なのは、僕、ミドラー、マライア………あと一度だけ出た謎の美女の4人だよ………」

伊月
「最後の誰?」

礼神
「モデルやる予定のミドラーとマライアが撮影日に風邪引いた時に、一度だけ土下座して頼んだ事があってね。その人が"謎の美女"………彼女が生まれたのは11年前の海の上で……」

レオン
「礼神、ストップ」

伊月
「……………ッ⁉︎」

レオン
「………妙な散策はするな」

礼神
(いやーー、当時は悪い事をした)


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78.巫女 in 杜王町

ヴィルナ
「………わたしの能力説明は?」

証呂
「タイミングが合わなくて……その時が来たらね」

ルナ
「ルナ………まだ………」

証呂
「そ、その時が来たらね?」

ドマゾハゲ
「オレェもまだだけどぉ?」

証呂
「お前はもう別にいいだろ」

78話、グダグダっとどうぞー



「美しい町だ。杜王町………こんなすばらしい町が他にあるかな………」

 

 ひらけた場所の芝生の上で、木陰にもたれかかりながらそう呟く。そして脇に置いてあったビニール袋に手を入れ、ゆっくりと丁寧に中身を取り出す。

 

「………ダメだな。思い出せない」

 

 無駄にカッコつけてみるけど消えかけた記憶は修繕されず、僕は思い出したい事は何も思い出せずにいた。

 

「お嬢。遊んでないで、そろそろ行こうぜ」

 

「別に遊んでないよー」

 

 サンドイッチ咥えたまま、僕はズィーさんの車に乗り込む。

 

「美しい町だ。杜王町…こんなにすばらしい町が…」

 

「それ何回目だ?」

 

 うーん。誰かのセリフ……だと思うんだよね………予言としては何の力もない情報だけど………

 

「実際に現場で言ってみたら、なんか思い出すと思ったんだけどな」

 

 残念そうに肩を落として、僕はコンビニで買ったサンドイッチを咀嚼する。

 昨夜のうちに出発してサービスエリアで車中泊した僕とズィーさんは、朝の9時20分ごろ…ついに杜王町に到着した。

 

「もう時間的に起きてるよね。連絡しまーす」

 

 ケータイを開き、電話帳からレオンさんを選択して通話ボタンを押す。あー、早くスマホ出してくんないかなー。

 

「………あ、もしもし?」

 

 接続中に鳴る「プルルルル」っていう音……それが途絶えて、代わりに誰かの呼吸音が通話越しに聞こえる。

 

『……はい………』

 

 んー、短く…それでいてハッキリとした口調。寝起きのレオンさんじゃないな。この声は………

 

「わかった、ルナちゃんだ。礼神だけどレオンさんいる?」

 

『………うん』

 

 レオンさんのケータイを持ったまま移動してるのか、足音が一定の音量で聞こえる。そしてそれが途絶えて扉を開ける音が………

 そして………

 

『もしもし、待たせたな』

 

「おはよーレオンさん。杜王町ついたんだけど、どこに行けばいい?」

 

『あぁ……それなら、杜王グランドホテルに来てくれ。エントランスで落ち合う』

 

「了解」

 

 通話を切り、僕はズィーさんに行き先を指定した。

 

「もりおうグランドホテル………どこだ? そこ…」

 

「………さぁ?」

 

「……………」

 

「…美しい町だ。杜お……」

 

「いい加減にしてくれ」

 

 

 

 

 

「町内案内図的な看板とか、近くに立ってない?」

 

「見る限りねぇな……ったく。場所くらい聞けよ」

 

「聞いたよ。名前だけ」

 

 レオンさんの指定したホテルの場所が分からず、ズィーさんは適当に車を走らせていた。

 その横で僕は地図を広げて目的地を探している。

 

「はぁ………ん、アレは学生か?」

 

「仕方ない、彼に聞こう。車止めて」

 

「おいおい、アンタモデルだろ? 電話かけ直せば済む話じゃねぇかよ」

 

「実は充電が危なくて………それに男子高校生はJAN!JAN!読まないでしょ」

 

 ズィーさんが仕方なく車を停車させると、僕は地図を手にしたまま車を降りて通りすがりのの学生に話しかける。

 

「すみませーん」

 

 背が高いね。180あるんじゃないかな?

 改造学ランを着こなし、男にしては髪が………

 

(………ん?)ズキッ

 

 軽い頭痛に見舞われていると、男子高校生はゆっくりと振り向き僕を見下ろす。

 

「………………」

 

「えっと、ぼ……私、道に迷っちゃって。杜王グランドホテルってどこか知りません?」

 

「知らねぇな」

 

 即座に短く返してから背を向け、彼は迷う事なく歩き出した。

 

「ま、待って…えっと、じゃあ近くの交番とか……は………」

 

 僕の言葉に耳すら向けず、男子高校生は僕の前から姿を消した。

 

「………ズィーさん。ダメだった」

 

「見りゃわかる。まぁいい、ちょうど今 会長と回線繋いだところだ」

 

『ザッー聞こえるか?』

 

 車に乗り込むと、ズィーさんは車のラジオを弄って通話機に改造していた。そしてラジオのスピーカーから、レオンさんの声が聞こえる。

 

「僕が失敗するって思ってたんだね……行動が早い」

 

「あぁ………ん? 大丈夫か?」

 

「…大丈夫。さっき思い出そうと頭使ったからかな……少し頭痛が……」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 仗助から間接的にボトルを受け取ってから、私はずっと視線を感じていた。ボトルから抜け出すチャンスをずっと伺っていたのだろう。だがそれが逆に、ずっと近くにいるという答えを教えてくれたわけだが………

 

 アンジェロのスタンド(のちに判明したが、スタンド名は水の首かざり(アクア・ネックレス))が入ったボトルを勢い良く振れば、本体も大きく振られたように飛び跳ねる。

 

 そうやって本体を発見して拘束………聞く内容だけ聞き出してから、合流した礼神に"声"を使ってもらう。

 

「協力に感謝する。今日 泊まっていくなら部屋を取っておくが……仕事か?」

 

「無いから泊まってく! 実は来たかったんだよね〜 杜王町……流石に首を突っ込めない内容だからどうしようかと思ったよ〜」

 

 嬉しそうに言う礼神だが、サングラスにマスクというベタな変装をしてる為表情がわかりにくい。

 

「ねぇねぇ、仗助に会いに行ってもいいかな?」

 

「ダメだ」

 

「えぇ〜………」

 

 残念そうに言って、礼神はズィーズィーの車のボンネットに腰をかける。

 

「さて、残りの仕事を片付けないとな」

 

 礼神から受け取った藁人形から札を剥がせば札は燃え、その札に閉じ込められていたアンジェロの意識は目を覚ます。せっかく目を覚ましたところ悪いが、私は彼が瞼を持ち上げ切るより早く波紋で昏倒させる。

 

 気絶したアンジェロの本体は地に転がし、残った藁人形を厳重なケースに入れてズィーズィーに手渡す。

 

「ズィーズィー。すまないがまた、ひとっ走り頼めるか?」

 

「えぇ、構いやせんよ」

 

 "象が踏んでも壊れない"というキャッチフレーズのケースとその鍵を渡すと、ズィーズィーはケースを助手席へ…鍵は胸ポケットに入れて運転席へ戻った。

 それを見かねて、礼神はボンネットから降りる。

 

「明日の夜には戻ります」

 

「ゆっくりでいい」

 

 その会話を最後に、彼は自身のスタンド車で走り去った。

 それを見送ってからケータイを取り出し、1・1・0の順番で番号を押す。

 

「男に襲われた。指名手配の脱獄犯に似ている……場所は………」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 あの後、レオンさんの自作自演でアンジェロは警察に確保された。

 アンジェロは僕の能力でスタンドを失い、レオンさんの肉の芽で記憶が上書きされた。

 

「…さて。"黄金の矢"と"学ランの男"……だ。何か思い出せるか? 矢は昔 君に聞いた物と同じか?」

 

「黄金の矢は……そうだね。DIOも使ったと思われる、スタンド使いを増やす事ができる代物………」

 

 DIOが死んですぐの時……僕や花京院達が気絶してる頃、レオンさんはジョセフさんと上院議員さんを連れて館をガサ入れした。

 その時にDIOの使ってた黄金の矢が見つかると思ったんだけど、レオンさんがどれだけ探しても見つからなかった。それが有るという確定要素はあったのに……

 

 それは後から思い出した事だけど、僕はおそらく館で()()に貫かれたと思われる。それが確定要素………

 証人……じゃなくて証()はイギー。ヴァニラ・アイスとの戦闘中に、意図的に僕をポルナレフ達が遠ざけた時の事だ。

 僕は確認できなかったし、起きた直前は記憶が飛んで分からなかったけど………

 僕のケルベロスが本当の三頭猟戌(ケルベロス)になったのは、あの時から日本帰国までの短い期間だけだった。今は大きくなりこそしたが、頭は1つだけだ。

 

 ………話が脱線したけど、そんなわけであの館には矢があるはずだった。なのに無かった。それを問題視して財団の力で調べたところ、DIOは死ぬ間際に1つ………ある行動を起こしていた。

 

 DIOが死ぬ少し前…彼は1()()()()()を誰かに送っていた。どこの誰宛てなのかはわからない……それくらいわかると思うだろうが、DIOから小包を受け取った者は老人で、その老人はその日のうちに失踪した。

 そして15日後に、老人の死体が遠く離れた山奥で発見された。しかもその死体は首が無く、残った死体も日光に出すと灰になって無くなった。それが海外でニュースとして取り上げられ、財団はここで初めて、DIOが小包を輸送した経路を知った。

 

 ゾンビにした即席の手下に陸路で運ばせたのだ。

 

 死体の近くに小包は無く、恐らくゾンビをその場で作って小包を届けさせたのだろう。その後に老人はゾンビとして死んだ………

 

 複数人で陸路で運ばれ、小包の行方はわからない。その小包の中が黄金の矢で、受け取った人物が"学ランの男"だとすれば………

 

「礼神………おい、聞こえてるか?」

 

「…ふぇ? あ、ゴメン。考え込んでた」

 

「そうか………で、君は学ランの男が持つ矢が、DIOが死ぬ間際に手放した物だと思うか?」

 

「どうだろう。多分だけど……違うんじゃないかな?」

 

「そう思う理由は?」

 

「……レオンさんの想像と多分一緒」

 

「………………………」

 

 DIOは最後……悪党の道から踏み外した。そして兄弟という家族の輪の中に落ち着いて終わった。

 そんな彼が、野望を新たな人物に託すとは思えない。

 

 いや、「自分にはできなかった」「あとは頼む」って流れがある可能性もあるにはあるんだけどね?

 

「もし私の想像通りなら……何の目的で小包を?」

 

「知らない。それにそれは、今関係無いんじゃない?」

 

「………そうだった。今は学ランの男に集中しよう」

 

 僕は一仕事終えたし、今日はホテルで休もう。その前に子供達に会いたいなー。きっとみんな大きく………

 

 

 

 

 

「大きくなってるーーーッ‼︎ 久しぶり〜‼︎‼︎」

 

 レオンさん達が泊まっている部屋に入ると、久しぶりに見る親友の姿と子供達がいた。

 

 僕は無表情の少女を正面から抱きかかえるように腕を回す。僕の胸に顔面が埋まったルナちゃんは、激しく動きこそしないが 僕の拘束から逃げようと腕を剥がそうとする。

 

 まぁこの歳の子の腕力じゃ、僕の抱擁は剥がせないけどね。

 

 ただそれを見た徐倫ちゃんが、割り込んで僕に抱き付いてくる。ので…僕はターゲットを徐倫ちゃんに変えて、そっちを抱きしめて持ち上げ クルクルと回る。

 

 徐倫ちゃんはルナちゃんと違って僕の首に腕を回してしがみつき、「キャー!」と年相応のはしゃいだ声を上げていた。

 

 満足して徐倫ちゃんを床に下ろすと、目が回ったのかフラフラと歩いてから尻餅をつく。だがその顔は笑顔で無邪気に笑っていた。

 

「………さて、最後は〜?」

 

「……ッ」ピタッ

 

 振り向くと、気配を消して部屋から出ようとするハルノがいた。ドアまでの距離はまだあるが、僕の射程圏内からは出れている。

 冷や汗を浮かべて、僕との間合いを再確認するハルノ……僕はそんな彼との距離をジリジリと詰める。

 

(このままでは……いやまだ慌てる時じゃない。礼神さんより、扉の方が近い……このまま走って廊下へ飛び出せれば、まだ逃げ切れる)

 

 まだ逃げれると判断したのか、ハルノは扉の方へ走り出した。それと同時に僕も走り出す。

 

(よし、これなら逃げ切れ……ッ⁉︎ そんな…誰も閉めていなかったのに、扉に鍵が……すぐに開け)

 

「待たせたな、ハールノ♪」

 

「ウグッ………‼︎」

 

 鍵を開けるハルノより早く、栗色の髪をした頭を捕まえてキツく抱きしめる。

 

「………礼神、少しは手加減したらどうだ?」

 

「2つクッションがあるのを良い事に、容赦なく引き寄せるからな……アイツ」

 

「愛に手加減は無用!」

 

 承太郎とレオンさんの呆れ声を聞き流し、僕はハルノをギューッと抱きしめる。時折「死ぬ」「殺される」と言う声が聞こえる。

 

(し、死ぬ! 花京院さんにバレたら、僕は殺されるッ‼︎)

 

「葎崎、そろそろ止めてやれ。ハルノが死にそうだぜ」

 

「ウィーッス」

 

「プハッ………ハァ…ハァ……」

 

「ハルノ………逃げる……ダメ」

 

 無表情でハルノにそう言うルナちゃん。多分だけど鍵閉めたのはルナちゃんかな?

 

「礼神、君の部屋は隣だろう。寝る時は戻ってくれよ?」

 

「えぇー、1人は寂しいでーす」

 

「じゃあ今日は徐倫が一緒に寝てあげる!」

 

「わー、ありがとう!」

 

 その後はみんなで夕食を食べ、寝る時になると本当に徐倫ちゃんが来てくれた。ハルノとルナちゃんも誘ったけど、そっちはダメだった………でも「ルナ……お父さんが良い」って言うルナちゃん、可愛かったな〜。無表情だったけど、少し困ったように見えた。

 

 それから数日は、本当に休日のように過ごすことができた。

 

 ………せっかく牢屋に入れたアンジェロが自殺するまでは。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ある日の学校の帰り道。

 僕らはいっしょに帰っていました。

 

「ところで さあ。あの、承太郎さん達はどーしたの?」

 

「ああ、あの人達はまだ……杜王グランドホテルに泊まってるぜ…なんでも まだこの町について調べる事があるそーだぜ。俺はよく知らねーんだけどよ」

 

「ふ〜〜〜ん」

 

 そんな会話をしてると、気が付けば仗助くん()の近くまで来ていた。その仗助くん家の近くにはボロボロになった空き家が有るんだけど、その前に不審者が1人立っていた。

 

「……見覚えあるんだけどなぁ」ボソッ

 

 サングラスとマスクを着用してパーカーのフードを深く被っている。そんな人がボロボロの空き家を見上げて何か言っていた。釣られて僕もその空き家に目を向けると………

 

「仗助くん……たしかこの家3、4年ズウーッと空家だよね……?」

 

 板が無造作に張られて塞がれた窓…その板の隙間から蝋燭を持った人が見えた気がした。

 気になり仗助くんに確認してみると彼は振り向く。

 

「あぁ…こう荒れてちゃあ売れるわけねーぜ。ブッこわして建てなおさなきゃあな」

 

「いや…誰か住んでるよ。引っ越して来たんじゃない? 今 窓のところにローソク持った人がいたんだよ…」

 

「そんなはずはないなあ…おれんち あそこだろ? 引っ越したって言うならすぐわかるゼ」

 

 信じてくれないのかそう言って否定する。でも言われてみれば南京錠がおりてるし………

 

「それに浮浪者対策で不動産屋がしょっ中 見回って………」

 

「僕も見たよ」

 

「わッ⁉︎ あ、アンタ誰っすか⁉︎」

 

 この空家を見上げていた不審者が、急に僕らに話しかけてくる。パーカーのサイズが大きくてブカブカだったから身体つきは分からなかったけど、声からしてこの人は女性みたいだ。

 

「ん? 怪しい者じゃないよ。それより君、さっきジョウスケくん…って言った?」

 

「え、あ………」

 

「…行こうぜ康一。ああいう人には関わらない方が良いぜ」

 

 そう僕に耳打ちするけど聞こえたらしく、不審者の女性はマスクを外して「心外だな〜」と軽口を叩いてくる。

 

「それよりも……今の話の話題はこの空家でしょ? 蝋燭を持った人……確かに僕も見た。空家なのに誰かいる…気にならない?」

 

「…た、確かに気になりますけど……」

 

「もしかして僕たちが見たのは……」

 

「ちょ、止めてくださいよ…」

 

 相手は怪しい人だけど、少しだけ話が弾み空家がますます気になって来た。

 もし本当に誰かいたとしてもそれは浮浪者だろうし、その時は警察を呼べば良い。その程度の軽い気持ちで、僕は両開きの門の外から空家の敷地内に首を突っ込んだ。

 

「案外 幽霊かもしれないよ。僕が見たの………」

 

「お…おい、変なこと言うなよな…康一まで………幽霊は怖いぜ」

 

 空家の建つ敷地を囲った塀と門…その門から文字通り首を突っ込んでいる僕は、敷地の内側を軽く見渡す。

 すると、今まで死角になっていた塀の影に誰かの足が見え……

 

 

 ーーー ドグォォォンッ‼︎ ーーー

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「グェッ‼︎⁉︎」

 

 敷地内の塀の影に立っていた男は片足で門を蹴り、内側から門を足で閉めようとする。

 両開きの門の隙間から首を突っ込んでいた康一は 無論、それに挟まれて首からミシミシと嫌な音が聞こえる。

 

 門は鉄製で、鈍く大きい衝突音が聞こえる程強く蹴ったのだから、このまま首が折れてもおかしくない。

 

「人の家を覗いてんじゃねーぜ、ガキャア‼︎」

 

 敷地内に現れた男は、仗助にも負けず劣らずの不良のような外見だった。そんな男は未だに首が挟まれて苦しむ康一を見下ろし、荒々しい口調でそう罵声をかけた。

 

「おい! いきなり何し……」

 

「ゴメンゴメン。それに関しては謝るね。だからまず……足、どかしてくれる?」

 

 仗助の言葉を遮って、フードを被ったサングラスを付けた女性がそう言った。マスクは取ったが、未だに不審者感は拭えない。

 

「ここは俺の親父が買った家だ。妙な詮索は…」

 

「わかったか…ラッ‼︎」

 

 ーーー ガンッ‼︎ ーーー

 

「なッ⁉︎」

 

 不良の男は継続的に足に力を込めて、門に足をかけていた。だがそんな力を軽く上回る脚力で、不審者は鉄門の扉を蹴り開けた。

 挟まっていた首が解放された康一は前のめりに倒れ、敷地内で首を抑え 酷く咳き込む。

 

(あの人…一瞬だけ足が変に……見間違いか?)

 

 不審者は仗助に背を向けていたし、一瞬の事だったのでよくわからなかった。

 

「この(アマァ)……何しやがる」

 

「テメーこそ何しやがんだよ、急に………イカレてんのか?」

 

「………………」

 

 ーーー ガァン‼︎ ーーー

 

 威嚇のつもりか無意識か、不良はまた門を荒々しく蹴り閉める。今度は何も挟まっていない。

 しかし康一はまだ敷地内で、門を隔てて分断される形になっている。

 

「てめーはねぇだろ。ひとん家の前で、それも初対面の人間に対して「てめー」とはよう! 口のきき方知ってんのか?」

 

「てめーの口をきけなくする方法なら知ってんスけどねーーー」

 

 その不良は門に足をかけてそう言うが、仗助は負けじと憎まれ口を叩く。位置的にその間にいる不審者は、空気を読んでその直線上からスッと退いた。

 

 その時だった。

 

「ぐえっ⁉︎」

 

 敷地内で蹲っていた康一が、またもや短く鳴いた。彼の首からは金の細い棒が伸びていた。よく見るとそれは一本の矢で間違いなさそうだ。

 

「なにーーィ! 康一⁉︎」

 

「兄貴……⁉︎」

 

 見上げれば空家の窓からこちらを見下ろす人影があった。最初に康一と不審者が見た「蝋燭を持った人」だろう。

 その人は男らしく、大人びた声で不良に話しかける。

 

「なぜ矢で射ぬいたか聞きたいのか? そっちのヤツが東方仗助だからだ。アンジェロを倒したやつだということは、アンジェロからスタンドを奪った何者かと繋がっている。すなわち俺達にとったもかなり邪魔なスタンド使いだ…」

 

「ほへ〜〜〜っ、こいつが東方仗助〜〜っ………⁉︎」

 

 話の流れからして、兄貴と呼ばれた男が弓を射ったのだろう。

 そして不良は、自分が兄貴と呼んだ男と話していたが 興味でも持ったのか仗助の方へ振り向く。

 

「スタンド使いだと……いや、それよりも何故アンジェロの事を知っている!」

 

 仗助は承太郎からアンジェロがどうなったのかを知っている。そして昨日学校から帰る時に偶然レオンと会い、アンジェロが自殺している事も聞かされた。

 

「億泰よ! 東方仗助を消せ‼︎ ついでに目撃者であるそこの女もな ‼︎」

 

 仗助の問いには答えずそう命令し、億泰と呼ばれた不良は命令を聞き入れて仗助達と向き合う。

 

「……ガフッ」

 

 そうこうしてるうちに、矢で射られた康一は白目を向いて吐血する。意識はないように見える。

 

「康一………!」

 

「血を吐いたか。こりゃあだめだな…死ぬな……ひょっとしたらこいつもスタンド使いになって、利用できると思ったが…」

 

「と、どけッ!」

 

「ダメだ!東方仗助、お前はこの虹村(にじむら) 億泰(おくやす)の『ザ・ハンド』が消す!」

 

 ザ・ハンドと呼ばれるスタンドを発現し、億泰は仗助の前に立ちはだかった。

 そんな仗助の後ろには………

 

「虹村………億泰………………虹村…」

 

 そう呟いて頭を悩ませる不審者がいた。

 




礼神
「ウワァァァァア‼︎ 名乗るタイミング無くして終始不審者だよォォォォオ‼︎‼︎」

伊月
「ドンマイw」

ドマゾハゲ
「ちなみに言っておくが、オレェは"シールドがはれる自身強化型"のスタンド使いだぜぇ? それとドマゾハゲじゃなくて、ゾルって名前あんだけど?」

証呂
「はい、多分この先は役立たない情報説明ありがとねー」

ヴィルナ
「ハッ! わたしもそうすればいいのか‼︎ わたしのスタンド能力は」

証呂
「貴女はまた今度ねー」


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79.再び歯車は狂い回る

不審者
「少し日が開いたけど良いペースじゃ………
っておい作者‼︎ 名前‼︎ 僕の名前‼︎ 礼神‼︎
マイネームイズ 礼神‼︎」

証呂
「まだ名乗ってないし」

不審者
「今話中に絶対 自己紹介する‼︎」

証呂
「じゃあ後書きの頃には直しとくね」

ドマゾハゲ
「オレェの名前も直してくんね?」

伊月
「お前はいい加減に土に還れ」

そんなこんなで79話、グダグダっとどうぞ!



ーーー ピンポォーン ーーー

 

 杜王町の住宅街に佇む数ある一軒家の一つ…その家の表札には「東方」の2文字があった。

 私はその家の前にいた。まさに今、インターホンのブザーを押したところだ。

 

「うるさいわね。新聞なら間に合ってるって言ってるでしょ!」

 

「……………」

 

 インターホンについてるスピーカーを通さず、リビングあたりにいるのか大声で返答してくる。

 

 ーーー ピンポォーン ーーー

 

「ったく誰よ‼︎ 」

 

「あぁいい。わしがでるよ………」

 

 そんな会話が中から聞こえ玄関の扉が開いた。

 

 現れたのはジョセフ程ではないが、身体つきの良い老人。年齢の方も老人と言っても若い方だろう。精々50代か?

 

「何の用だね………………ん?」

 

「久し振り…ですね。私を覚えていますか?」

 

 私は戸籍上、ジョセフの息子にあたる。何十年ぶりかの敬語を一応使って話しかける。

 ジョセフ引きずってきた時は、怒りでそれどころじゃなかったしな。

 

「………10年ぶりか。あのクソジジイの息子が何しに来た」

 

 私が東方家に足を運んだ理由。それは……

 

片桐(かたぎり) 安十郎(あんじゅうろう)…通称、アンジェロに付いて聞きたい事がある」

 

「高身長で白髪赤眼(アルビノ)の男……話には聞いとる。アンジェロを捕縛して通報した男性の特徴とアンタは一致するな……わしもアンタに聞きたい事があったところじゃ………」

 

「場所は変え……ますか。車は用意してるが」

 

「それは助かる。娘に貴様の顔は……見せたくない」

 

 そう言って老人……東方 良平(りょうへい)は、「少し出かけてくる」と家の中に向けて声を上げ、こちらで用意した車に乗り込んだ。

 

「せっかく赴いてくれたんだ。そっちから聞いてくれ。それと……苦手なら敬語は使わなくていい」

 

「…そう言ってくれると助かる。では聞くが東方巡査、私が知りたいのはアンジェロが自殺したという件だ。現場の様子を教えてほしい」

 

 いつもの口調でそう聞くと、東方巡査は運転手を顎で指す。運転手にも聞かれるが構わないのか?という意味だろう。

 

「…彼は私の信頼できる部下だ」

 

「そうか………だが、なぜお前がそれを知りたがる。新聞でアンジェロのことを知ったのは別に良い。だが一般人へのそれ以上の情報漏洩は、そう簡単にはできん………が、逆に聞こう。お前はアンジェロの死について、どう思う」

 

 逆に聞かれてしまったが変に反発して得はない。ここは素直に答えるとしよう。

 

「一度脱獄した身だ。それも死刑囚……警備は前より厳重になっているはずだ。私物を持ち込む事などモチロン不可能に近い………そんな状況下で自殺する事ができるとは思えない………」

 

「………ほう。わしと同じ事を考えているようじゃな。わしには何か…犯罪の臭いがするんじゃ…何者かこの町にはやばい()()が潜んどる気がしてしょうがない………それも()()()()()()()()()何かが裏に付いているようにな………」

 

 私の年齢に比べれば小僧だが、中々勘のいい爺さんだ。

 スタンドは知らない様子だが、それでもそこまで勘付くなんてな……

 

「お前さんはアンジェロが自殺したと思うか?」

 

「いや…むしろ自殺は()()()()。そうハッキリ言える」

 

「なら何故死んだと思う?」

 

 それはもちろん………

 

「他殺だ」

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ある日の昼過ぎ…そろそろ学生が帰宅をして自宅でダラけ始める頃………杜王町にある古い空家に、数人の学生と一人の不審者が集まっていた。

 

「おい、億泰。スタンドというのは車やバイクを運転するのと同じなのだ………能力と根性のないウスラボケはどんなモンスターマシンに乗っても ビビってしまってみみっちい運転するよなあ」

 

 空家の二階から窓越しに見下ろす男……影になっていて、弓を持っている事だけが辛うじてわかる。

 その男を見上げ、億泰と呼ばれた不良は不機嫌に言葉を返す。

 

「兄貴 あんまりムカつくこと言わんといてくださいよ…」

 

 「遊んでんじゃあねーんだぞッ!億泰ッ‼︎」

 

 声量を上げた怒声で、弓を持った男は億泰を指差してキツイ口調で続ける。

 

「おまえが身につけた そのザ・ハンドはこの俺が思い出しただけでもゾッとするスタンドだ…マジに操作しろよ! アンジェロを倒したその東方仗助は、必ずブッ殺せッ‼︎ いいな!」

 

「わかっ………ハッ⁉︎ あっ‼︎ 俺が話してる間に…」

 

 億泰が上を見て話してる間に、仗助は門を開けて敷地内まで入って来ていた。億泰の立っている場所のすぐ近くである。

 

「お前………頭 悪いだろ……?」

 

「なに? 何でっ⁉︎」

 

 ーーー バキィッ‼︎ ーーー

 

「どけっつってんスよ………」

 

「………あらら」

 

 仗助は自身のスタンド…クレイジーダイヤモンド(承太郎が命名した)を発現し、その剛腕で億泰を道路の方へ殴り飛ばす。

 それを見ていた不審者…もとい礼神は、呆れたように呟いた。

 

 ちなみに彼女は未だに自分の事を何一つ説明していないため、未だに不審者として認識されている。

 

「康一! よかったぜ、まだ生きている…これならまだ助けられ…」

 

 億泰が吹っ飛んだうちに康一の元へ駆け寄る仗助だが、億泰はすぐに体勢を立て直し向かってくる。

 

「許さねえぜ、もう許さねえ!」

 

「どいてろって言ってんスよ! 俺のクレイジー・ダイヤモンドに破壊されたものは、顔をなぐりゃあ顔がッ! 腕をなぐりゃあ腕が変形するぜっ!」

 

「やってみろ!コラァーッ できるもんならなーッ‼︎」

 

 ザ・ハンドと呼ばれた億泰のスタンドが、右手で仗助に掴みかかろうとする。

 最初はそれをスタンドの拳で迎え撃とうとした仗助だが、何か危険性を感じ取った。そこで殴るのをやめて正面から掌には触れずに、側面から腕を掴む事で 攻撃の手を文字通り止めた。

 

(こいつ…この右手に異常な自信をもっているぞ…なにかやばい…この右手…直感だが()()()()()()!)

 

 ーーー ドゴォ! ーーー

 

「うぐっ!」

 

 ザ・ハンドの右手を見て考えていると、ザ・ハンドは腕を掴まれたままだが クレイジーダイヤモンドの脇腹に膝蹴りする……ダメージを負った仗助は吐血して体勢を崩す。

 

「右手を離さんかい!ダボがぁ!」

 

「や…はり右手…だ…」

 

 続けざまに放たれたアッパーは、浅いがクレイジーダイヤモンドの顎を捉える。そしてついに腕の拘束を解いてしまい、危険視していた「右手」による攻撃が放たれた。

 

「ッ⁉︎」

 

 上から振り下ろされた大振りの攻撃。

 仗助は崩れた体勢を更に低くして回り込むように移動する。そうする事で右手の軌道上から退き、攻撃は鉄門に被弾する。

 

 その攻撃を避ける事は出来たが、仗助は康一からまた遠ざかってしまった。立ち位置は戦闘前とあまり変わらない。数少ない変化といえば、閉まっていた両開きの鉄門が開いた事……それと、門に書いてあった注意書きくらいだ。

 

「逃げてんじゃねーぞッ! 仗助ェーッ、友達見捨ててんじゃあねーぜ。俺の腕変形させるんじゃあなかったのかよぉ〜〜〜〜っ‼︎」

 

(もう少しだけまっててくれ…康一)

「なぁアンタ。誰か知らないけど、アンタは逃げなよ……詳しい説明はできないが、ここに居ると危ねぇぜ?」

 

「ん、僕? そういうわけにはいかないよ。ちょ……っと僕も、彼らに用事があってね。ん? あの門の文字……」

 

「文字………? ッ! なんだ…あの門の扉……?」

 

 礼神に続き、仗助も変化に気付いたらしく疑問を口にした。

 

「立…禁止……?」

 

「立入禁止の「入」の文字が無いね………そっか、能力で消したんだね。空間を消滅させる能力……それが億泰のスタンド!」

 

 記憶が戻ってはいないが、そこまでのヒントがあって部分的に思い出す。それを聞いた億泰は間を開けて口を開く。

 

「(誰かは知らねぇが)その通りだ…厳密に言えば、この右手が掴んだものは削り取ってしまう。そして断面は元の状態だった時のように閉じる…もっとも! 削り取った部分は…この俺にもどこに行っちまうのかわからねぇがよぉ〜〜〜っ」

 

 そう宣言したお陰で億泰の能力が明確になり、仗助は警戒心を高め、礼神は仗助の近くに移動する。

 

「逃げるヤツにゃあこうゆうこともできるんだぜッ!」

 

 ザ・ハンドの射程距離には誰も居ないが、それでも彼は右手を縦に振るった。

 

「空間を削り取る!………するとお〜〜〜っ!」

 

「ッ‼︎」

 

 十分な間合いがあった筈だが、気付くと仗助と近くにいた礼神は 億泰のすぐ目の前に立っていた。

 

「ほお〜〜〜〜ら寄って来たァ〜。瞬間移動ってやつさあ〜〜っ! そして死ねい! 2人まとめてなぁッ‼︎」

 

「やっぱり……おまえ…頭悪いだろ?」

 

「何で⁉︎」

 

 呆れ顔の仗助に億泰は聞き返すが答えず、仗助は姿勢を低くして()()()()()()()()()を待った。

 

「………アッ⁉︎ ドゲッ‼︎」

 

 空間を削り取って2人を引き寄せた結果、2人の後ろにあった家に飾ってあった3つの植木鉢………それまでもが引き寄せられて、億泰の顔面に重なって命中する。

 

「削り取るスタンド…マジで恐ろしいやつだ……こいつがバカでなければ負けていたぜ。だがその前に………」

 

 礼神の方へ振り向いて、仗助は怪しげに睨みつける。

 彼は礼神に何か伝えたわけでは無い。最後の植木鉢を利用したのもアドリブ………にも関わらず礼神もちゃっかり避けていた。

 

「アンタ……まるでそうなるって()()()()みたいな動きだったっスねぇ〜〜。それにスタンドも見えてるようじゃねぇか」

 

「そう警戒しないでよ。それとアンタじゃなくて、僕の名前は礼神…承太郎やレオンさんの知り合いとだけ、今は言っておくよ」

 

「ッ‼︎ 承太郎さん達の?…って今はそれどころじゃなかったっスね」

 

 会話を切り上げ、再び空家の方へ視線を戻す。

 しかしそこには血溜まりしかなく、血痕は空家の玄関へと続いている。

 

「ハッ! こ…康一がッ!………」

 

 そしてたった今…矢が刺さったまま痙攣する康一が、ズルリと屋内に引き摺られて行くのが見えた。

 それを見た仗助は、フツフツと込み上がるものを感じる。

 

「いい加減にしろよ…てめえらッ!」

 

 怒りを隠さずに仗助は堂々と玄関から乗り込み礼神もそれに遅れずについて行く。

 

 すると入ってすぐの所に、引き摺っていたためか康一の足を掴む男子高校生の姿があった。

 仗助に続き億泰も不良のような容姿をしていたが、例に漏れずこの男も改造学ランを着ていて不良のようだった。

 

「この矢は、大切なもので一本しかない…おれの大切な目的だ。回収しないとな………」

 

 ボロボロな事もあり、壁の隙間から日光が差し込む屋内……その光源によって照らされた不良は男にしては髪が長く、ポルナレフの後頭部に束ねた髪を足したような髪型だった。オマケに前髪は花京院のように少しだけウェーブがかかっている。

 

「…虹村の兄……形兆。名前だけだけど、やっと思い出した」

 

「なんだと?………」

 

 礼神はそう言ってフードを外し、傍にあったボロボロの(おそらく花瓶などを置く所であろう)台にかけていたサングラスを置いた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「テメェ……今朝のッ‼︎」

 

「そうそう今朝あったよね。無視してくれちゃって酷いんじゃ無い?」

 

「知り合い…っすか?」

 

 形兆は驚いた様子で僕を睨む。

 何故自分を知っているのか疑問に思っているみたいだね………っていうか、「思い出した」とか予言という原作知識に関連する事って、あまり言わない方がいいんじゃない?

 

 確かこの戦い終わったら形兆が死ぬんだっけ? どうやってかは知らないけど、そこの警戒を続けないとな………もしかしたら戦闘中に殺されるかもしれないし…

 

「何故俺を知っているかは後でいい………まずは」

 

「矢を抜くんじゃあねーぞッ! 出血が激しくなる‼︎」

 

 僕が考えてる間に、康一君の首に刺さった矢……それを引き抜こうと手をかけた形兆に仗助が怒鳴った。

 

「………弟がマヌケだから貴様らをこの俺が(バラ)さなきゃあならなくなった……

 

 …となると、この小僧の体をこのまんまにしておいて この矢になんかあったらやばいだろ? 近所のオバサンに見られるとか、もしかして折れたりしたら大変だ。キチョーメンな性格でね…お前らを(バラ)す前にちゃんと矢を抜いてキチッとしまっておきたいんだ…

 

 一枚のCD(シーディー)を聴き終わったら、キチッとケースに閉まってから次のCD(シーディー)を聞くだろう?」

 

 一度矢から手を離し、両手で開いた物を閉じるようなジェスチャーをする。そして……

 

「誰だってそーする。俺もそーする」

 

「はぐっ」

 

 そして矢に再度手をかけ、勢い良く引き抜いた。

 生きてはいるが恐らく気絶している康一は、首に刺さってたものが抜かれて、自然とそんな声が飛び出た。

 それと同時に、喉と口からは夥しい量の血液も飛び出す。

 

 その光景を見た仗助は目を見開き、相手の能力もわからないまま前進する。

 僕は様子見で、玄関からまだ動かない。

 

「ほほう。この屋敷に入ってくるのか⁉︎」

 

「考えて物を言え! 入んなきゃ…てめーをブチのめして康一のケガを治せねえだろうがよぉ〜〜っ‼︎」

 

 そこで足音が前でなく後ろから聞こえた。振り向けば植木鉢を食らって倒れた億泰が、起き上がってすぐ後ろまで来ていた。

 所詮は植木鉢にぶつかっただけ。気絶したのも一瞬で、眠りは浅かったようだね。

 

「兄貴! 俺はまだ負けてはいねーっ! そいつらへの攻撃は待ってくれっ‼︎ 勝負はまだ……」

 

 すぐさま僕に攻撃すればいいものを、億泰は形兆に向かってそう告げる。ただ形兆は攻撃を止める気はなさそうだ…一切の動揺も、迷いも無いように見えた。

 

「攻撃ッ⁉︎ 天井の闇の中から…何か来る‼︎」

 

「危ないッ‼︎」

 

 仗助は攻撃をいち早く察知して横に飛び、僕は億泰の胸倉を掴んで倒れ込む。

 

「イタッ!」

 

「「ッ⁉︎」」

 

 完全には庇いきれなかった。クソーッ! 形兆のスタンドはどんなんだっけ⁉︎ 出番が少なかったんだろうな…全然思い出せない。いや、群体型だったかな? 多分。

 

 攻撃が当たったのは僕の左肩からうなじに掛けて……後ろ側だから傷口も見えない。僕が押し倒した億泰は………足だ。右足がやられている。小さな穴がいっぱい空いていた。小さな穴だが数があり、出血量が凄い。

 

「なん…テメェ⁉︎」

 

「億泰ゥ〜〜ッ。どこまでバカな弟だ………お前がしゃしゃり出て来なければ、俺の極悪中隊(バッド・カンパニー)は完璧に仗助に襲いかかった。しかも攻撃の軌道上にてめーが入ってくるとはな………だがその女が庇ったのは嬉しい誤算だ」

 

 僕を見て驚愕する億泰と、面白くないモノを見た表情を浮かべる形兆。

 

「なんだこの傷………いったいどうすればこんな傷がつけられるんだ⁉︎」

 

「億泰よ…人は成長してこそ生きる価値ありと何度も言ったよなあ………お前のザ・ハンドは恐ろしいスタンドだが……お前は無能だ!無能なやつはそばの者の足を引っ張るとガキのころから繰り返し繰り返し言ったよなぁ〜〜」

 

 またもやキツイ口調で言う形兆だが、表情はそこまで険しくない。対して億泰は叱られた子供のような表情を浮かべ、床に手をつき立ち上がろうとする。しかし右足が使い物にならないようで立てない。

 その時に僕も立ち上がり、右側に回って肩を貸そうとする。

 

 無論、億泰はそれに応じないけどね。

 

「まさか、敵の女の足を引っ張るとは思わなんだ……本来ならしゃしゃり出たお前が傷を負い倒れている筈だし、その時は…()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎」

 

「ウッ⁉︎」

 

 そう億泰に話しかけていたにも関わらず、先ほどの攻撃が仗助に向けられる。危険を感じた為 横に飛んで避けたが、背後にあった古い壺に無数の穴が開けられる。

 例の如く小さな穴だ。

 

「いったい⁉︎ どんな攻撃してんだ⁉︎ 闇の中から………攻撃してくる⁉︎」

 

「危なッ!」

 

「ッ! テメェ…また………‼︎」

 

 億泰を強引に引っ張って後退すると、立っていた床に無数の穴が空いて崩れる。

 

「弟君ごとヤル気?」

 

「礼神さん! コッチ‼︎」

 

 仗助が壁を破壊して外へ出て、振り返ってこちらに手を伸ばしている。

 強引に引き摺る形で、僕は億泰ごと外へ飛び出した。

 

「クァ………‼︎」

 

 外へ出ると、着地できずに転がった億泰が 苦しそうな声を出す。

 また庇いきる事が出来ず、億泰はまた被弾していた。被弾部位は顔面………出血量も増えていた。

 

「大丈夫? まだキツそうなところ悪いんだけど、形兆のスタンドを教えてくれないかな」

 

「………………」

 

 そう聞くが億泰は答えない。

 

「おい、スタンドの正体だよッ! しゃべれば傷を治してやるぜ」

 

「だれ…が………言う…もんか…よ………ボケが…」

 

「やっぱりな……そう言うと思ったぜ。それじゃあやっぱり…」

 

 出来損ないの弟と実兄に称されても、億泰は決して裏切らなかった。たった今 自分ごと攻撃され、もろ被弾したにも関わらず……その攻撃で自分が危うく死ぬところだったにも関わらず、億泰は形兆を裏切らなかった。

 

 その行為を仗助は最初(ハナ)からわかっていたようで、然程驚きもせずにスタンドを発現する。

 そして発現されたスタンド…クレイジーダイヤモンドは右腕を振り上げた。

 

「しょうがねえなあーーーッ!」

 

 スタンドの右手が億泰の顔面と重なり、2秒程の硬直……その2秒が過ぎてスタンドの右手が横にずれると、億泰の顔から傷が消えていた。気が付けば、足の傷も同じように綺麗さっぱり消え失せていた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「これからもう一度屋敷ん中に入るが邪魔だけはすんなよな。億泰……おめーとやり合ってるヒマはないっスからなあ! 康一にはもう時間がないからだ」

 

「⁉︎⁉︎…?………」

 

 治った自分の顔に触れながら動揺する億泰を他所に、仗助と礼神は屋敷の玄関まで戻る。

 

「勝手してすみません」

 

「いいよ。それより仗助、僕が先に行こう。訳あって攻撃にはまわれないけど、肉盾にはなれるよ」

(形兆と遭遇したら、彼が死なないように"何か"から守らないといけないし)

 

「いや、俺が先行します。レディーを壁にできるわけないっスからねぇ」

 

「ヒューッ!おっとこまえ〜〜‼︎」

 

「お…おい待て!なんでだ?仗助⁉︎」

 

「あ?」

 

 進む2人は呼びかけで足を止め、億泰の方へ顔だけ向ける。

 

「なんでだ?なぜ俺の傷を治した?」

 

「うるせえな、あとだ。あと」

 

「テメーを攻撃するかもしんねーぞ! 俺はテメーの敵だぜッ!」

 

 適当にあしらい前を向く仗助だが、億泰がそう噛み付くので再度振り返る。

 

「やるのかい?」

 

「テメーの答えを聞いてからだ! なんで治した? 俺は兄貴のスタンドの正体を喋っちゃあいねーぞ! 俺は頭あんまりよくねーんだからよッ! バシッ!と答えてもらうぜッ!……それに」

 

 仗助から視線を礼神にうつし、彼女の手を指差す。

 

「(もう治ってるが)(アマ)ッ! 俺を外へひっぱり出す時に、テメーは手に傷を負ったよな? なぜそこまでして俺を助けたのか聞きてえ‼︎」

 

「「………………」」

 

 その質問を聞いてから数秒黙り込み、まずは仗助が口を開く。

 

「別に深い意味はねぇよ。"なにも死ぬこたあねー"…俺はそー思っただけだよ」

 

「僕は職業柄…子供の命を容易く見殺しにできない奴でね。()()()()()()()()()…それだけなんだよね」

 

 そう言い残し、今度こそ2人は中へ入った。

 壁から外へ飛び出す前と違い、血溜まりがあるだけで形兆と康一の姿はない。

 

「康一君の血だよね……二階のあの部屋につづいてる」

 

「まだ聞くことあんだよ仗助〜〜〜〜っ」

 

「ッ‼︎」

 

 完全に話は終えた気でいた仗助の肩が跳ね、その後ろにいた礼神はまた億泰の方へ振り向く。

 

「な…なんだよてめー。頼むから康一を助けさせてくれ」

 

「なんでなんだよォ〜〜っなんでお前、自分の傷をスタンドで治さねえ?」

 

 上手く袖で隠していたが、仗助も手首に傷を負ってた。穴数も少なく軽傷だが、それでも流血しているのは確かだ。

 

「……俺のクレイジーダイヤモンドは、自分の傷は治せないんだよ。世の中……都合のいい事だらけじゃあねえってことだな」

 

 その言葉に絶句する億泰に追い討ちをかけるように、睨みつけながら続きの言葉を放つ。

 

「そしてなにより、死んだ人間はどうしようもねー()()()。ひとつだけ言っとくぞ億泰! もし康一が死んで取り返しがつかなくなった時、俺はテメーの兄貴になにすっかわかんねーからな……逆恨みすんなよ! こいつはオメーの兄貴が原因のトラブルだ………わかったな?わかったら………外に出てろよ」

 

 今度こそ話を終わらせ、血痕がつづく二階の部屋の前へ………そして意を決してその扉を押し開ける。

 

「………罠だね」

 

 中の様子は、家具のほとんどないだだっ広い部屋だった。その真ん中に康一を無造作に置かれていて、誰がどう見ても罠だった。

 

 そうとわかっているが 康一を助ける為に突っ込もうかと仗助は考え、礼神は圧倒的な防御力を誇る自身のスタンド…ケルベロスを使用するべきかと思考する。

 

(でもそれを形兆がみすみす逃す? 彼は僕のスタンドを知らないはずだし、下手に出したくない………彼を殺す"何か"だって見てるかもしれないし………)

 

 ………今度こそ話を終わらせたはずだった。しかしそう思ったところで、相手がそれに合わせて引っ込んでくれるわけではない。

 背後にまた現れた気配は礼神を押し退けてザ・ハンドを発現させる。

 

「なにッ! 億泰! きさまッ‼︎」

 

「仗助ぇ〜〜〜〜ッ‼︎」

 

 攻撃されると思ったようだが予想は外れ、ザ・ハンドの右手は虚空を通過する。そして虚空のその先には倒れた康一がいた。

 

 そのまま空間が削り取られれば無論………

 

 ーーー ギャオォン‼︎ ーーー

 

「こ…康一が瞬間移動ッ‼︎」

 

 仗助のすぐ目の前に、依然 瀕死の状態だが康一が瞬間移動してやってくる。

 

「俺はバカだからよぉ〜〜〜〜心の中に思った事だけをする。一回だけだ。一回だけ借りを返すッ! あとは何もしねえ! 兄貴も手伝わねえ! オメーにも何もしねえ。これで終わりだ」

 

 自分の中では苦渋の決断だったのか、億泰は尋常じゃない程の冷や汗をかいてそう言った。

 

「…………グレートだぜ…億泰!」

 

「ありがと億泰ーーーッ!」ガバッ

 

「ブッ⁉︎」

 

立ち去ろうとする億泰に礼神は飛び付き、彼の頭を強く抱きしめる。正面からだった事もあり、億泰は窒息とか別の意味で色々と危なかった。

 

「………グレート」

 

早速 康一を助ける為にスタンドを使う仗助だが、視線は礼神と億泰に釘付けになっていた。




証呂
「今回ほぼ原作だったな……」

伊月
「話は変わるけど「後書きまでに直しとく」って言っといて後書きに登場させないとか、作者の悪意を感じるぜ」

証呂
「仕方ないな……」

ゾル
「よぉ」

伊月
「テメェじゃねぇよ」


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80.女神と死神の面構え

レオン
「………………」

礼神
「………………」

証呂
「………怒ってんの?なんで?」

レオン
「ヒロアカの二次小説を始めて更新が遅れたからだな」

証呂
「え、そんな………いや、不定期更新よ?一応」

伊月
「ヒロアカ………あぁ、オリジナルのつもりの主人公がFGOだかFateだかの酒呑童子ってキャラクターに間違えられて「もういっそのことその酒呑童子って事にする?でもFGOもFateも知らんからキャラももちろんよく知らないし無理やー」ってメッチャ悩んだ挙句の果てに結局オリジナルで通す事になったあの二次小説ね」

証呂
「オッさん説明ありがと。礼神は何故に怒ってる?」

礼神
「………前回の対応」

それはさておき80話、グダグダっとどうぞ!


「康一君!…広瀬 康一君ッ!」

 

「ぅ………ぁ………あれ? 僕は………」

 

 薄暗い屋内の劣化の激しい廊下。

 そこには小柄な少年の広瀬 康一と、その少年の肩を揺する女性…葎崎 礼神………

 そして周囲を警戒する不良風の少年…東方 仗助がいた。

 

「よお〜〜〜っ!グレートに危なかったな康一。指は何本に見える?」

 

 仗助は振り向いて安堵の表情を浮かべながら、右手に2本…左手に3本の指を伸ばして質問する。

 

「5本……た…たしか僕、門の間に首を挟まれてから不審者に助けられて……あれ?貴女は?」

 

「僕がその不審者の葎崎 礼神…軽く説明すると、今いるここはさっきまで覗いてた空家で、ひとまず僕らは外へ出たい。わかった?」

 

「え?えっと〜…どうして……」

 

「今は疑問を抱かず、鵜呑みにする事を推奨するよ」

 

「シッ!………やはり何かいるぜ……天井の闇の中に何かが潜んでるっスよ」

 

 口の前で人差し指を立て、礼神に向けて仗助がそう言い放つ。

 言われて礼神も耳を澄ませると、確かに何かの物音がする。重武装の兵士が歩くような、「ザシュッ」という音だ。

 

 ()()がいる闇を照らそうとした仗助がライターの火を点けると、ネズミが通りそうな家の枠組みとなっている角材の上…そこを走る小型スタンドが目に見えた。

 

 そのスタンドはすぐさま姿勢を低くして仗助達から隠れた。

 仗助の頭部より少し高い位置にある角材の上を走り、姿勢を低くしただけで隠れられる………それほどに小さなスタンドだった。

 

「随分と小さなスタンドじゃねぇか…ちょこっとだけ安心したぜ」

 

「…小型…遠距離操作型。もしくは………」

 

 小声で推測する礼神をよそに、仗助は次にスタンドが顔を出した時に攻撃しようと心構えをする。

 

「………群体型スタンド?」ボソッ

 

 ーーー ガシャンッ‼︎ ーーー

 

「出たなッ‼︎」

 

 角材の影から身を乗り出したスタンドは、G・I ジョー人形のような兵隊のスタンドだった。小さな人形スタンドで、両手で一丁のカービン・ライフルを構えていた。

 

 仗助のクレイジーダイヤモンドはそれに殴りかかろうとするが………

 

 

 ーーー ガシシャン‼︎ ガシャガシャン‼︎ ーーー

 

「ッ‼︎ なんだッ! たくさんいるぞ‼︎」

 

「やっぱりッ‼︎ 康一君ッ!僕の後ろに‼︎」

 

 小型スタンドは一体だけではなく、時間差で同じのが十数体現れる。からの一斉射撃…咄嗟に礼神は康一を抱き寄せて身を呈して守り、仗助は驚く事で硬直した隙にライターを持っていた左手を撃たれる。

 

「うああああああ‼︎ 何ーーーッ⁉︎」

 

 仗助の左手には無数の小さな穴が空き、そこからダクダクと血が流れる。そして驚いたのはライターの方だ。

 仗助が手放したライターは床に落ちる前に、小さな弾幕の嵐で空中分解されてほとんどチリになっていた。

 

「落下傘でワンサと降りてくる。これが形兆のスタンド……」

 

(僕のケルベロスじゃ、細かい攻撃は防げないな………)

「2人ともコッチ‼︎」

 

 上からパラシュートで降りてくる小さな軍隊は、落下中もライフルを構えて発砲しようとしていた。

 それに気づいた礼神は、撃たれる前に2人を引っ張って部屋に逃げ込む。

 

 康一が倒れていた部屋には罠がある可能性があるので、その隣の別の部屋だ。

 

「クッ‼︎」バタン‼︎

 

 飛び込むと同時に扉を蹴って強引に閉める。しかしその扉も劣化が激しく、その向こうから銃弾が貫通してくる。

 この威力なら、仮に新品のお洒落な扉だったとしても無意味だろう。

 

「"塵も積もれば山となる"ってのを痛感させられる攻撃だね」

 

「窓がある。ここは2階だが、窓ぶち破って飛び降りましょう‼︎」

 

「えっ!」

 

 仗助の提案を無言で頷く礼神は、有無も言わせずに康一の腕を掴み窓へ向かって走る。

 窓はガラスの代わりに木の板が打ち付けられているが、先を走る仗助ならスタンドで簡単に壊せるだろう。

 

 しかし仗助は足を止めて、後ろを走る2人にも止まるように手で促す。

 

「………てのも、あ………甘かった」

 

 逃亡経路に使おうとした窓の両隣には、これまた小さなアパッチが数機飛んでいた。先ほどの小さな兵隊が操縦席に乗っている。

 

「じ、仗助君 危ない‼︎ 戦車がいるよ‼︎」

 

 康一がそう叫ぶと、礼神が前に出て戦車の射線上に割り込む。

 その戦車はまさに今 砲弾を放ち、礼神はそれを両腕でガードして防ぐ。

 それと同時にアパッチからもミサイルが発射されるが、礼神は立て続けに防御する。

 

 無論、礼神自身の両手にそんな耐久力は無い。ケルベロスの前足を腕に被せるように発現させただけである。

 屋内で小回りの効かないケルベロスでは分が悪いため、一部分のみの発現である。

 

「グレート…この人、小さいとはいえ砲弾とミサイルを両腕で………ッ⁉︎ ちょっと待て……康一、い…今なんて言った?」

 

「………へ?」

 

()()()()()⁉︎このスタンドが‼︎」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 痛いッ‼︎ んでもってアッツ⁉︎

 

 小型弾幕の嵐は細かくて防げないけど、戦車とかの単発なら防げると思って盾になった。でも痛いし熱い…爆破の衝撃は防げたけど、骨の隙間から爆風が流れ込んでくるし………あ、火傷になってる。

 

「見えるのか⁉︎このスタンドが‼︎」

 

 腕にできた火傷痕を見てみると、そこまで酷いものじゃなかった。少し赤くなってるだけでヒリヒリする。

 

 そんな負傷確認をしていると、仗助からデジャヴを感じさせるセリフが飛び出す。

 振り向くと康一君は動揺しながらも、周囲で隊列を組んでいる小さなスタンド達を見ていた。

 

「康一君。この小さな兵隊達はスタンドで、スタンド使いにしか視認する事はできない。それが見えるんだね?」

 

「は…はい。な…なんだかわけが…わからないけど見…見えてるよ〜〜〜っ」

 

「ほう!()()()()()()()()()?」

 

 声につられてまた振り向くと、そこにはたった今部屋に来たと思われる虹村 形兆の姿があった。

 この部屋の出入り口は2つあり、僕らが入ってきた所とは別の出入り口だ。

 

「スタンド能力を出せるように………()()()()()()()〜〜〜〜?」

 

 現れた形兆と僕らの間には、すでにスタンドの兵隊が隊列を組んでいる。

 窓際に居たヘリも向こうの隊列に戻り、戦車7台、戦闘ヘリ4機………歩兵50〜60人くらいの幾何学模様ができていた。

 

 僕らはそれによって、壁際に追い詰められる。

 

「そこに居たんスか。本体を晒すなんて勇気あるじゃんよぉ〜〜形兆先輩………ドラァ‼︎」

 

 追い詰められたように見せかけて、仗助はコッソリと板に打ち付けていた釘を抜き取っていた。

 

 そしてそれをスタンドに渡して、クレイジーダイヤモンドに投げさせる。

 

「………………」

 

 ーーー ドガガガガガガ‼︎ ーーー

 

「………!」

 

 上空の鳥を撃ち落とすが如く、兵隊達はライフルを上に向けて釘を撃つ。撃つ。撃つ!

 結果、数の暴力で釘が空中でチリに変わる。先程のライターのように………

 

 話は変わるけどなんでライター持ってたんだろ。仗助もやっぱタバコ吸うの? 未成年がいっけないんだ〜!

 

「我が極悪中隊(バッド・カンパニー)は鉄壁の守り…いかなる攻撃や侵入者だろうと生きては返さん軍隊(カンパニー)だ…

 

 本体のオレをやっつけたいだろうがフフフフ………このカンパニーを越えてお前たちの攻撃がこの俺に届く事は決してないと言い切るッ!」

 

「自分だけの力をその年頃で持つと、やっぱ過信したりするよね。僕も学生の頃はそうだったよ。そんな経験者の僕から言わせて貰えば君は………ただの"井の中の蛙"だけどね」

 

「………フン」

 

 自信満々にそう言い放つ形兆を、僕は軽く挑発する。貶されたのが気に食わないのか、ピクリと彼の眉が動いた。

 そして話題を変えるように、形兆は康一君を指差す。

 

「ところでオレが出て来たのは………小僧!お前を見るためだ!」

 

「ぼ…ぼく?」

 

「そうだ………康一とかいう名だったなァ〜〜っ。おまえ、予想に反してスタンドの素質があったようだな………どんなスタンド能力か、今…そこで発現させてみろ。もしかすると俺が()()()()()()()()()を持つ者かもしれんからなぁーーーっ。もしその能力なら生かしておいてやる」

 

「探している能力ゥ〜〜? てめーいったい何が目的なんだよぉ〜」

 

「お前の方から質問すんじゃねぇぞ仗助‼︎ テメェを殺す決定に変わりはない…少しでも長く生きのびてることを感謝しろ!」

 

「僕のスタンド能力は気にならないの?」

 

「フンッ、発動に何かの条件が必要なのか…それとも戦力にならん力なのか………戦車の砲弾を弾いたようでパワーはあるようだがどの道、()()()()()()()()()俺が望む能力だとはとても思えん………」

 

 やれやれと言った様子で首を振る。

 自分を過小評価されてるようで少し不機嫌になるが、自身の手札を見せても今はメリットが無いので黙り込む。

 

「ほら何をしている‼︎ スタンドを出せ‼︎‼︎」

 

「ヒッ!だ、出すって言ったってそんなの初めてだし…スタンドってのも、何が何だかサッパリ………」

 

「初めてだとォ〜〜?なるほど…おい仗助‼︎ てめーが使い方を教えてやれよ!もしかするとこの状況を打破できるかもしれんぞ⁉︎」

 

「確かに、おめーを懲らしめられるスタンドだったらいいよなぁーーーッ!」

 

 本人の意思は他所にして、完全に康一君がどうにかする流れになってしまっている。少なくとも康一君は今の雰囲気をそう捉え、完全に緊張してしまってるみたいだ。

 

「いいか康一、スタンドの出し方は簡単だ。"自分の身を守りたい"とか"アイツをぶちのめしてやりたい"って気持ちになればいいんだよ。そうすりゃあとは本能だぜッ!」

 

「そ、そんなあ〜、急にそんな事言われても…」

 

「ま、気楽にやってごらんよ。最悪の場合、仗助がなんとかしてくれるさ」

 

「つーかアンタはマジで戦えないのか?ちっとも?」

 

「肉盾にならなれるけど………まぁ本当にヤバかったら、助けてあげるよ」

 

「そりゃどーも」

 

「何余計なことくっちゃべってんだ? スタンドが出せないと言うなら…俺がキッカケを作ってやるよォーーーッ‼︎」

 

「アッ‼︎」

 

 いつの間に接近したのか、形兆が極悪中隊(バッド・カンパニー)と呼んでいたスタンドの一体が康一君の身体を登る。

 口にナイフを咥えて、その学ランを這うように登っていたのだ。そしてそのナイフが康一君の首に何度も突き刺される。

 

「ああィィィィーーーッ‼︎⁉︎」

 

 傷は浅いが痛みから悲痛な叫び声を上げる。

 そんな康一君からは、待ち望んでいたスタンドが姿を現わす。

 

「………卵?」

 

 現れたのは変な模様の卵だった。

 ………思い出せないけど思い出した。確かに康一君って昔………高校で旅をしてる最中に一度だけ、レオンさんとの話で上がらなかったっけ?

 話した事実は思い出したけど、内容が断片的にしか思い出せない。たしか………

 

「………成長性の高いスタンド」ボソッ

 

「なんだと?」

 

「あ………」

 

 またやっちゃった?余計な事言っちゃってた?僕。

 

「………何やらスタンドについて色々と知っているようだな」

 

 そう言って右手を上げると、幾何学模様を描いて整列していたスタンド達が銃口を僕の方に向けて来る。

 

「まぁいい。手足を撃って動けなくなったところでユックリ聞くとしよう」

 

「そいつは合理的っすね〜。絶対に不可能だって点に目を瞑ればよぉ〜」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 礼神を守ろうと仗助が前に出る。その内に礼神は康一を連れて後ろへ下がった。

 

 すると形兆は仗助にある宣言を始めた。

 足を打ち、腕にダメージを与え、その後に頭を吹き飛ばすと………そこからは長いようで短い攻防の始まりだ。

 

 極悪中隊の横殴りの雨のような一斉射撃を、仗助は大海を割ったモーゼの様に突き進む。全ての弾幕をスタンドのラッシュで弾いていたのだ。

 しかし仗助は足にダメージを受けた。

 

 ーーーボゴオォオン‼︎ ーーー

 

「何ィ⁉︎」

 

「地雷…撃ってないじゃん嘘つきー‼︎」

 

 礼神の言葉も虚しく、仗助に向けてアパッチが計四つのミサイルを発射する。

 

(このままでも仗助は勝ちそうだけど………)

「右二つは任せて‼︎」

 

「ッ⁉︎ グレート!」

 

 これ以上は大人しく下がっていようと考えていた礼神だが、性に合わず前へ出てしまう。そしてまた両腕をクロスしてミサイルをガードし、左から迫る二つはクレイジーダイヤモンドが殴って破壊する。

 

「予告通りに事を進めさせない気か…だがその腕であと何発受けられるかなァーーーッ‼︎」

 

「………だってさ仗助。後何発受け止めれば良い?」

 

「結構っスよ。俺の作戦はよーーー、既に終了したんだよ」

 

 投擲の遠距離攻撃は形兆に届く前に撃ち落とされてしまう。ならその遠距離攻撃が、()()()()()()()()発射された場合はどうだろう。

 

「ッ!何ィーーーッ⁉︎」

 

 クレイジーダイヤモンドが破壊したミサイルの残骸は、破壊すると同時に治され始めていた。

 形兆の前に転がった頃はまだ残骸だった………しかしそれが時間差で能力によって治され、二つのミサイルが形兆の前に現れた。

 

「そ、狙撃兵‼︎ このミサイルを撃ち落と……」

 

 ーーー ドグオォォオン‼︎ ーーー

 

「間に合わなかったね」

 

 自分のミサイルを顔面で受け止めた形兆は気絶し、後から膝をついて前のめりに倒れた。

 

「危なかったぜ。早えーとこよー、この家を出よーぜぇ」

 

「じょ…仗助くん。僕を射った弓と矢は………」

 

「それは僕が責任を持って回収するよ。それが目的だからね」

 

「………………」

 

 一足先に今いた部屋を出た礼神は廊下を見渡し、屋根裏部屋へと続く階段を見つけた。

 

(少しずつ思い出してきたぞ…弓と矢、確か誰かに奪われるんだよね。その時に形兆が………原作では形兆が手にしているところを、殺されて盗られた………のかな?うん、そういう流れの可能性大だね………ん?)

 

 階段を登っていると、後ろから二人が付いて来るのに気付く。無論それは仗助と康一だった。

 

「どうしたの?」

 

「たしかこいつら父親がいるっつってましたよ?一人じゃ危ねぇって」

 

「ぼ、ぼくも…ここで一人で帰るわけには………」

 

「………そ。頼りにしてるぜ、男の子?」

 

 軽く笑って前を向き、礼神は屋根裏部屋の前まで足を運んだ。

 すると中から何かを引っ掻くような音が聞こえてくる。オマケに扉は少しだけ空いており、隙間から鎖が見えた。微かに動いている事から、何かが繋がれている事がわかる。

 そしてその隙間からは壁にかかった弓と矢も見える。

 

「弓と矢だ。壁にかかってるぜ」

 

「でも、な、何かいるよ仗助くん!」

 

「………………」

 

 ーーー ドガッ‼︎ ーーー

 

「ヒッ!」

 

 怖気付かずに礼神が扉を蹴破ると、その音に驚いた康一が短く悲鳴を上げた。そしてそれと比にならない悲鳴が中から聞こえた。

 

「ブギュゥーーーッ‼︎‼︎」

 

 ………それも人間とは思えない声で。

 

「礼神さん、アレは………」

 

 扉の開く音にビビったのか、悲鳴を上げた生物は部屋の隅で丸くなっている。そんな姿も人間とは思えないものだった。

 肌は緑色に変色し、イボのようなボコボコが全身にあった。大きさは康一より少し小さいだろう。そして手足や胴体の比率もまたおかしかった。

 

「見て…しまったな………見てはならねぇ、ものを、よぉ………」

 

「なっ!形兆ッ!」

 

「傷が浅い…着弾すると同時にミサイルを消したね?少し間に合わなかったようだけど」

 

「どうゆうことっスか?」

 

「弾丸もスタンド………ってわけだよ」

 

 投げやりに礼神が答えていると、ダメージが無いわけではない形兆が壁にもたれながら移動し、ついには壁にかかっていた弓と矢を手にする。

 

「弓と矢が………」

 

「形兆…それを渡して」

 

「弓と矢を、か? ダメだね。コレは…親父のために必要な………ものだ………」

 

「…親父………?」

 

「あぁ、そこに居るのが…俺達の親父だぜ」

 

 部屋の隅にうずくまっていた化け物を顎で指し、形兆は途切れ途切れそういった。

 そしてうずくまっていた化け物は今は移動し、近くにあった箱の中身を漁っていた。

 

「言っておくが病気じゃねぇぞ………食欲もあるし至って健康だ…唸り声上げるだけで俺が息子だっつーのはわかんねーがな〜〜」

 

「親父さんを治すスタンド使いを探してたっつーわけか?」

 

「治す?…フフフフフフ。おめーが治すってか? それも…違うね………」

 

 仗助の問いに自傷気味に笑うと、弓を握りしめる彼の拳に涙を落として否定した。

 

()()()()()()()()()()()スタンド使いを俺は探しているんだよ‼︎親父は絶対に死なねえんだ。頭を潰そーとも身体を粉微塵にしよーとも削りとろーとも絶対にな‼︎ 何故なら………」

 

DIOの細胞を埋め込まれたから

 

 

「………でしょ?」

 

 暗い表情を浮かべたまま、形兆の言葉を礼神は紡いだ。

 一瞬驚いた表情を浮かべた形兆だが、すぐにキッと睨みつける。

 

「何故知ってるか知りたい?それは僕が10年前に、邪神DIOを討伐する為に旅に出たメンバーの一人だから…」

 

 承太郎からアンジェロの件と同時にDIOの事を少し聞いた仗助だが、少し聞いたくらいなので話についていけてない。康一に関しては言わずもがな。

 

「ほお〜〜…アンタが………そうか、アンタが親父を()()()()引き金を引いた一人かッ‼︎」

 

 再び極悪中隊が形兆の前に並ぶ。先程より数はかなり減っているようだが………

 

「礼神さん‼︎ 俺の後ろに……」

 

「いやいい。僕はここで良い」

 

 軍隊を前に一歩も引かず、礼神は形兆の話に耳を傾ける。

 

「DIOは信用できない奴に肉の芽を植えて操っていた。そしてDIOが死んだその時、本体が死んだ事で肉の芽は暴走した」

 

「あぁそうだ。10年かけて調べたよ…だが調べるうちに親父は決して治らないと信じなくてはならなくなった。不死身の細胞が一体化しちまったんだからな……!」

 

 ーーー ガッシャーン! ーーー

 

「………一日中こうやってるだけだ。毎日毎日…来る日も来る日も10年間………無駄にガラクタ箱の中をひっかき回しているだけさ。箱を取り上げると何日も泣きわめくしよ………()()()()…結構ゆーこと聞くんだがなッ‼︎」

 

 先程から箱の中を漁っていた化け物は、バランスを崩して箱をひっくり返す。それでも漁る事をやめず、苛立った形兆はそんな化け物を蹴りつける。

 

「おいやめろ!お前の父親だろーによーっ」

 

「ああ…そうだよ…実の父親さ…血の繋がりはな…だがこいつは父親であって、もう父親じゃあない!………そして

 

 また一方で父親だからこそ、やり切れない気持ちっつーのがお前らにわかるかい?だからこそフツーに死なせてやりてえって気持ちがあんだよ。コイツを殺して初めて………俺の人生は始まるんだよ‼︎」

 

「人生が始まる?………それなら僕にもわかるよ。10年前の僕もそう思った………旅を終えて初めて人生がスタートするって」

 

「………だからなんだ?仕方のない事?テメーの都合で周りに何が起きたのかは知らんぷりってわけかッ⁉︎」

 

「そんなんじゃないよ!………仗助、見える?箱の中身………治して」

 

「う………ウス」

 

 仗助は形兆を警戒しながらも、化け物が漁り続ける箱にクレイジーダイヤモンドの拳を叩きつけた。

 すると底の板の隙間に挟まっていたのか、何かの切れ端がハラハラと落ちて集まる。

 やがてそれは"一枚の写真"に修復された。

 

「オ…オオ………オオオォォォォオーーー‼︎‼︎」

 

「な………」

 

「家族の写真だ‼︎意味が無いように思えた10年間の行動に、意味はあったんだよー!」

 

 化け物は写真を拾い上げると大事そうに抱え、その目からは大粒の涙を流した。

 

「DIOを倒さなければならなかった…仕方なかったとも言える事だ。でも僕は………僕()は知らんぷりなんてしない。罪から目を背けない…罪は背負う。君らの望む形じゃないだろうけど、君らのお父さんを助ける為に協力するよ」

 

 両手を広げて歩く様は、昔のエーデルガルドの姿と重なる。彼女は間違いなく、エーデルガルドの娘というわけだ。

 

 ゆっくりと歩み寄る礼神を前に形兆は後退る。

 

「兄貴………もうやめよおぜ、なあ〜〜」

 

「億泰………」

 

 隠れていたのか、形兆が逃げようとする扉から億泰が現れる。

 そして迷いながらも、億泰は弓と矢に手を伸ばして掴む。

 

「億泰………なに掴んでんだよ………?」

 

「兄貴………」

 

「俺は何があろうと後戻りすることはできねえんだよ…スタンド能力を見つける為にこの町の人間を何人も殺しちまってんだからなあ〜‼︎」

 

 兄弟同士で一歩も引かぬ中…仗助がある変化に気づく。

 

 それは足元の影…異様に感じて上を向けば、天井にある天窓に人間の両手が張り付いていた。

 

「おめーら、この親父の他にまだ身内が誰かいるのかよッ⁉︎」

 

「ッ⁉︎」

 

 その言葉には形兆も疑問を感じて天窓を見る。そして億泰は自分達は三人家族だと無意識に呟く。

 

 ーーー バチバチッパチッ ーーー

 

「ッ‼︎」

 

 突如聞こえた電気のショート音がする方を向けば、億泰の後ろにあるコンセント………そこがスパークし、中から四頭身程の鳥の頭をしたスタンドが現れた。

 

(億泰………‼︎)

 

 真後ろだという事もあり反応が遅れた億泰は、まだ自分が攻撃されようとしてることに気付いていない。

 現れたスタンドは既に拳を振り上げている。

 

「億泰ゥーーー‼︎ ボケッとしてんじゃあねぇぞーーーッ‼︎」

 

 気が付けば走り出していた。自分の弟でありながら死んで当然と言っていたにも関わらず、形兆のその動きに迷いは一切無かった。

 

 結果…億泰を弾き飛ばしたが、代わりに形兆の腹を拳は貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たな?

 

「ケルベロスゥーーーッ‼︎」

 

 ーーー ドゴオォォオン‼︎ ーーー

 

「………ッ⁉︎ガフッ‼︎」

 

 形兆の直ぐ真後ろ…ギリギリ掠らない位置に、太い骨をした生物の前足が突き刺さった。

 

 何が起こったか理解していない様子だが、腹に風穴を開かられている形兆は吐血。そんな彼を礼神は抱き止める。床がケルベロスの攻撃で抜けているからだ。

 

『な、なんだこのスタンドはッ⁉︎』

 

 すると別のコンセントから先程のスタンドが現れる。攻撃を躱せたわけではないのか、頭部が少し陥没している。

 

「死にたくないなら………失せろ、クソ野郎」

 

 形兆の前で両手を広げた時の様子から豹変した礼神に、一同は思わずたじろぐ。その目付きは獲物を見る猟犬のようで、それでいて極度に冷たい視線だった。

 真の能力は死を与えるものでは無かったが、過ちでも彼女は死神の肩書きを受け入れる覚悟があるのを忘れてはならない。

 

『ヒッ……調子乗ってんじゃねぇぞ‼︎』

 

 突如現れたスタンドはそう言って殴り掛かってくる。その攻撃は生身で受ければ死亡確定であろうが、それ故に礼神にはスローモーションに見えた。

 

「消えろ」

 

 今となっては得意技とも言える亜音速を超える突きの攻撃。

 それはスタンドの右肩に被弾し、骨が砕ける鈍い音が聞こえた。

 

 あられもない悲鳴を上げてから、そのスタンドは本当に姿を消した。

 

「弓と矢は持ってかれたか………仗助!治療‼︎」

 

「は、はい!」

 

 目撃した豹変ぶりに、先程よりも丁寧に返事をする仗助。

 未だ抱き止められたまま動けない形兆は、何故それ程に力があるのに今まで使わなかったのかを疑問に思った。それの答えは見出せなかったが、自分が井の中の蛙であった事は間違いないと理解した。

 

「………あ、もしもしズィーさん?ちょっと車寄越してちょ。うん。五人なんだけどね? 大丈夫?

………はいはーい」




一方その頃、SPW財団本部。


「レオンはいつ戻るのかしら。そろそろ迎えに行くころね」

ラバーソウル
「………橘さん。こんなメールが」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 件名:親愛なるパワハラ秘書殿へ

 そろそろ君らが迎えに来ると思って先手を打たせて貰った。橘、君のデスクの一番下の引き出し…そこに入ってる仕事は全体を見ている君とラバーソウルくらいにしか捌けないものだ。面会の予定もある。無視して私の所へ来ようものなら、財団がどうなるか………わかるな?

PS.お土産は何がいい?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「………なんですかこのデスクにギチギチに詰まった書類は」

ラバーソウル
「ゲッ⁉︎ 俺の所にもあります」


「………仕方ありませんね。すみません、誰か…コンビニにある栄養ドリンク、全種類有るだけ買い占めてきてください」

ラバーソウル
「………まじか…」


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81.不完全な縁

ヴィルナ
「………………」

証呂
「…言いたい事はわかる。出番が無いって事だろ?わかってる、だから一先ずスタンドを消してくれ」

ヴィルナ
「…◯◯◯◯(スタンド名)ッ‼︎」

証呂
「スタンド名言うなッ‼︎そして触るな、ちょ、あ、ぶ、くぁwせdrftgyふじこlpッ‼︎‼︎」

ヴィルナ
「…スタンドの名前が伏せ字に変えられた………これが作者のスタンド能力………ッ‼︎」

レオン
「………もしもし仗助か?治してほしい物体があるんだが…」

礼神
「それではそろそろ81話、グダグダっとどうぞ‼︎」



 俺達は東京に住んでいた。

 バブル経済とかいって浮かれてた時代の中、親父は全くついていなかった。お袋は病死し、経営していた会社は上手くいかずに膨大な借金だけ残して倒産した。

 世の中の負け犬だった親父は俺達を理由なくよく殴っていたな。

 

 だがある時…仕事もろくにしてない親父の元に、金や宝石が転がり込んでくるようになった。

 

 後から調べて知ったが、すでに親父はDIOに心を売っていた。今となってはわからないが、DIOのお眼鏡に叶うスタンドを持っていたんだろう。

 

 だがある日の事………俺が学校から帰ると億泰の奴が泣いていた。

 俺はまた親父が億泰を殴りやがったんだと思ったが違った。

 

 台所から聞こえる呻き声を不審に思い向かえば、そこでは親父が蹲っていた。意識が朦朧とするのか手足に力が入っている様子はなかったなあ………

 それをよく見てみりゃどういうわけか、親父の顔は図工の時間の油粘土みてーにグチャっと崩れていた。

 

『救急車呼ぼう!』

 

 そう言った事で俺の存在に気付いたのか、親父は慌てて俺に掴みかかってきた。

 殴られると思い咄嗟に身構えたが、顔に触れたのは拳ではなく涙だった。

 

 親父は言った。

 

『無駄だ…もう……ダメだ………だが…帰ってきていて良かった………すまない形兆………後から、好きに…罵ってくれて構わない………だから………言わせてくれ………すまない………俺は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………兄貴?」

 

「………!」

 

 気がつくと俺は六人乗りの車の後部座席で、頬杖をついて眠っていた。窓から外を見ると、億泰がいつものアホヅラでこっちを覗き込んでいた。

 

 そんな億泰の後ろには、バカみてえにデカいビルが建っている。

 そしてそれは、"杜王グランドホテル"と呼ばれる公共施設だった。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 静まり返った部屋の中にいるのは、私と承太郎の二人のみ。

 子供達は遊びに行っている。ハルには私の予備のケータイを持たせているし、何かあっても大丈夫だろう。

 

「承太郎…今の学生はコーヒーと紅茶、どっちを飲むと思う?」

 

「さあな。来てから聞けばいいんじゃねえか?」

 

 人数分のティーカップだけをテーブルに並べ、お湯をポットで沸かすだけ沸かす。

 するとここで、部屋に二回だけノックの音が木霊する。

 

「………来たな」

 

 クッキー類を並べた皿を最後にテーブルに置き、私は部屋の扉を開けて客人を出迎える。

 

「よく来たな。君が………虹村 形兆だね」

 

「………………」

 

 私は礼神から聞いた特徴と一致する学ランの男…虹村 形兆に話しかける。すると向こうは、見定めるように私を睨んだ。

 

「………ひとまず中へ…」

 

 促されるまま礼神と客人達は部屋の中へと入っていった。

 ちなみにその中にズィーズィーはいない。スタンドが車なだけあって、ホテルも取らずに車中泊するような人間だ。愛車の運転席で仰け反っている方が落ち着くのだろう。

 

 学生四人は長椅子に並んで座り、テーブルを挟んだその向かいに我々三人が座る。

 

「まずは虹村 形兆…そして億泰の二人に聞きたいことがあるんだが」

 

「その前にコッチから質問させてくれ………いいか?」

 

 少し態度はでかいが、形兆は軽く右手を挙げてそう申し出てくる。それを私は咎める事もなく承諾する。

 

「アンタがレオン・ジョースターで良いんだな?」

 

「そうだ。自己紹介を抜いていたな、すまない」

 

「レオン・ジョースター………アンタは、うちが今どういう状況か知っているのか?」

 

「…いや?」

 

「そうか………そういえばアンタは結婚していないが子供を持っているそうだなあ…さぞかし幸せな家庭を築いているんだろう?」

 

「………何が言いたい?」

 

 強く恨むような口調でそう言われた。

 思わず怪訝な表情を浮かべた私は形兆に聞き返す。

 

「別に。ただ、うちを地獄の様な人生に変えた奴がどんな生活を送っているのか少し気になってなあ!」

 

「あ、兄貴」

 

「おい!そういう言い方はねえんじゃねえのか⁉︎」

 

 これは…鈴原 ヴィルナと同じで、昔の事が繋がっているのだろうな。アンジェロは学ランの男にスタンド使いに変えられた。そしてその学ランの男は恐らくだが虹村 形兆で、彼はDIOについて知っている。

 

「…虹村 形兆。罪から 目を背けるつもりは無い。教えてくれないか?何故、私を憎むのか………」

 

「いいだろう…少し、俺の過去を喋ってやる。アンタには関係のある話だ………」

 

 そう言った形兆は言葉の通り過去を話してくれた。

 

 どうやら彼ら兄弟の父親は、10年前にDIOに肉の芽を埋められ手駒になっていたらしい。

 そして我々が激闘の末にDIOを殺したその時に、肉の芽が暴走して侵食が進んだ。結果、細胞が混ざり醜い化け物と化してしまったという。

 その姿を見てはいないが、重要なのは我々の行動が引き金になり父親を奪ってしまった事だ。

 

 ホリィを助ける為にDIOを倒し、同時に一人の男を私は殺した事になる。

 無論、それは一例で同じ様な事態に陥ったDIOの元手下と、その帰りを待つ者は何人も居る。君もその一人なんだな。

 

「親父はDIOに魂を売った自業自得の男さ………だが同時に父親であり、フツーに死なせてやりてえって気持ちがあんだよ。その為に俺はこれからも求める能力を探す為にスタンドの才能がある人間を探すだろう。そしてそれによってまた、新たに誰かが死ぬだろうよ」

 

「形兆テメェ‼︎まだそんな事言ってんのかよッ‼︎」

 

「もうやめようぜ兄貴。身体は戻んなくてもよお、記憶は昔の父さんに戻るかもしれないんだぜ?」

 

「五月蝿えぞ億泰‼︎俺は諦めねぇぞ!何があろうと後戻りできねえ…能力のある奴らを見つける為にこの町の人間を何人も殺しちまってんだからなあ〜‼︎」

 

「だけどよ兄貴………」

 

「五月蝿えつってんだろ‼︎そこまで言うなら億泰。()()()()辞めればいい!元より足を引っ張ってばかりの出来損ない…既に俺はお前を弟だなんて思っちゃあいねぇぜ‼︎」

 

…"テメェは"か………口は悪いが私にはその罵声する姿が、弟を遠ざけて自分一人で罪を背負おうとしてるように見えた。

 

「………フッ」

 

「………なんだ?何が可笑しいッ‼︎」

 

 つい口に出てしまった。それが聞こえ、敵意むき出しで矛先は私へと向けられる。

 

「すまない…が、ハッキリ言わせてもらう。君と億泰は違うと言いたい様だが、側から見れば二人とも一緒じゃないか」

 

「何だとッ⁉︎」

 

「方や兄と父を思う弟…方や父と弟を思う兄だ。形は違えど同じ人間だ君達は」

 

極悪中隊(バッド・カンパニー)ッ‼︎」

 

「ッ‼︎」

 

 形兆はソファーの後ろに飛び退いて群体型のスタンドを発現させる。彼の周囲に小さな兵隊や戦車が並ぶ。それだけでなく彼の顔の隣にはヘリが飛んでいた。

 

「虹村 形兆…スタンドを引っ込めてくれ」

 

「できないね。何故ならこのまま貴様らを我が極悪中隊(バッド・カンパニー)で葬るからだ‼︎」

 

 見るからに一触即発といった空気に見えるが、私はそうには見えない。何故ならこの場にいる中で、形兆が最も苦しい表情を浮かべているからだ。

 

 彼の決意は本物()()()。しかし…

 その場に立ち会っていない為何があったか知らないが、仗助達との出会いで揺らいでしまったのだろう。

 

「悪役にしては君は優し過ぎる」

 

「何?」

 

「君は信じたくなってしまった。否、既に父親が戻ると信じているんじゃないか?だからこそ、自分の罪の大きさのせいで戻れないと錯覚してしまっている」

 

「五月蝿え!アンタに何がわかる⁉︎」

 

「憎しみは連鎖するぞ。君が私を憎むように」

 

「………だからなんだ…もう………手遅れなんだよ」チャキ

 

 兵隊達が一斉に銃を構える。

 

「誰が決めた、手遅れだと。やり直せない?否、やり直せるさ。現に私はやり直すつもりだ。少なくとも輪廻は私で止める。矛先を向けたいなら好きにすると良い…だがこれ以上君に矛は向けさせない」

 

「………………何故そこまで出来る」

 

 いつでも攻撃できる状態のまま、形兆は私に問いかける。

 

「明確な理由はない。強いて言うなら………いや、何を言っても綺麗事に聞こえるな。ただの自己満足かもしれない」

 

「なのに命を張れるのか?」

 

「それは勿論」

 

 そう言い切ると小さな兵隊達は消え、形兆はまだ迷った様子を見せるが元の座っていた所に腰を下ろした。

 

「………兄貴」

 

「話だ‼︎ひとまず話だけは聞いてやる…」

 

 足を組み笑みもこぼさず、ただただ難しい顔をして形兆は言った。信用はまだしていない…審議中…といったところか?

 それに対して短く感謝を言葉にすると、私は早速だが質問にはいる。

 

「まず聞きたいのはアンジェロの事…奴をスタンド使いにしたのは形兆………君で間違いないな?」

 

「あぁ。例の弓と矢でな…」

 

「その弓と矢が見当たらないが………」

 

「ごめんなさいレオンさん…僕がついていながら、新手のスタンド使いに取られたんだよね………」

 

 私の隣に座る礼神が申し訳なさそうに手をあげる。

 

 …弓と矢が回収できなかったのは正直痛いな………だが彼女の予言の力はだいぶ衰えている。責める権利は私には無い。

 

「そうか………では次に、アンジェロが獄中自殺したのは知ってるか?」

 

「あぁ知ってるさ。だが()()()()()()だ!俺はその件に干渉はしてねぇし、自殺した理由に心当たりはねぇ」

 

 ………嘘では無いな。

 

「実はその件…自殺ではなく他殺の疑いが高いんだ」

 

「ち、ちょっと待ってくれよ!兄貴はその日、確かにうちに居たぜ⁉︎だから兄貴は………」

 

「それはわかってる。仗助の祖父…東方 良平の協力により、あるスタンド使いによる犯行が高いからな」

 

「ゲッ、爺ちゃん⁉︎」

 

「東方 朋子には会っていないから安心しろ。だがスタンドについて色々と話してしまった。薄々感じていたようだが、仗助は帰ったら質問責めされるかもな。まぁその話は置いておいて………それで分かったんだがアンジェロが収容されていた独房…その電球が割れていたらしい」

 

「電球………?」

 

「ただでさえ証拠を残さないスタンド使いの犯行となると、見つけ出すのは至難の業だ。数ある可能性の中に"電気系統のスタンド"……という一例が浮上しただけなんだが、心当たりは無いか?」

 

「…グレート」

 

 今度は承太郎が、形兆のみではなく皆に向けて問う。すると仗助がそう呟き、ずっと黙っていた康一が口を開く。

 

「僕達まさにその電気の…えぇと、スタンドでしたっけ?それに会ってるんですよ!」

 

「何?」

 

「特徴と能力は?」

 

「そうだな………推測だが能力は」

 

 

おっと、自己紹介なら自分でするぜ?

 

 

「「「「「「「ーーーッ⁉︎」」」」」」」

 

 ーーー プルルルル…ガチャ ーーー

 

 その場にいる誰かの声ではない。

 声からして男…ソイツは電話を通して話しているような声で、何処からともなく話しかけて来た。

 

 そして本当に電話越しに話しかけて来たのか、部屋に置かれた据え置き型の電話が鳴る。それも長く続かず、一人でに受話器が外れた。

 

 声はその受話器から聞こえる。

 

「………お前が"電気のスタンド使い"か?」

 

『誰でもいいさ…だが質問に敢えて答えるなら、そうだ。虹村 形兆から"弓と矢"を頂いた者ですよ』

 

 承太郎が会話を試みると、そういう返事が返ってくる。それに続けて承太郎は立ち上がって質問をした。

 

「…弓と矢で何をするつもりだ?」

 

『別にあんた達にメーワクはかけませんよ。だからこの町から出てってくれません? 東方 仗助も虹村兄弟も、邪魔さえしなければコッチからは何もしやしません。俺はせっかくスタンド能力つーもんを身につけたんだ。ちょいとおもしろおかしく生きたいだけです。()()だ就職だって煩わしい人生はまっぴらなもんでね』

 

(………受験?)

「学生か?お前………」

 

『…ンなこたあどーでもいいだろうッ‼︎いいかいッ⁉︎あんまし俺の町に長居するよーだったらよォ…ここにいる全員…更に子供三人も含めて殺しますぜ!いいですねッ⁉︎』

 

「待て、この町に何人のスタンド使いが………ウッ⁉︎」

 

「承太郎さんッ!」

 

 声が流れ出ていた電話に電流が走り、急にスパークしながら爆発する。

 一番近い位置にいた承太郎は軽症を負うが大した事はない。

 

「………レオン、葎崎。何かわかった事は?」

 

「本体は遠くにいたがパワータイプのようだ。電気が流れる所を移動できるのだろう。逆にそれ以外の場所への単体での移動は出来ないだろう。間違いない」

 

「スタンド名は……ハトポッポ?…な訳ないか、思い出せない。ただ本体は………確か音………楽………かな?そういうのが関係してる気がする」

 

 W-Refで感知した質からパワータイプよりだと宣言すると、礼神は自信なさそうに記憶をひっくり返して答える。

 

「えっと…スタンドって僕よくわからないんですけど、今のだけでそんな事が分かるんですか?」

 

 恐る恐る手を挙げ、康一が質問を投げかけてくる。良い機会だし説明しておくか………

 

「スタンドにはそれぞれ固有の能力がある。そして私のスタンド能力は少し異質でね…射程に入ったスタンドのエネルギーを感知することができる。長年の勘だが、それでどんなスタンドか大雑把に知る事ができるんだ」

 

「………………?」

 

「………スタンドを調べる能力…とでも認識しててくれ」

 

 少しわかり辛かったようだ。

 

「礼神さんのもスタンド能力っスか?」

 

「それは違うぞ仗助…アンタが噂に聞く"スタンドを奪うスタンド使い"だな?」

 

 質問の矛先は私から礼神へ…しかし仗助の問いに答えたのは形兆で、興味深そうに礼神に確認する。

 その次に口を開いたのは億泰だった。

 

「俺、頭良くねえからよくわかんねえんだけどよ〜、色々知ってたのは能力じゃねえって事か?名前とかスタンドを知るのもよお〜」

 

「えッ⁉︎…えっと………………」

(それって原作知識なんだよな〜。え?どうしよ、なんて答えるべき?)

 

 回答に困っている彼女の視線を受け、溜め息を零してから私が説明する。

 

「彼女は昔…()()()()()()()()()()()()使()()に会ったことがあり、そのスタンド使いに予言してもらった過去を持っている。その予言に逆らって生きてきた為、今となっては外れる事も多い。君達はそこまで気にしなくていい」

 

「そ、そうなんだよ〜。僕の能力は詳細を省くと、形兆の言っていたとおりだよ」

(レオンさん、よく即席でシナリオ作れたな)

 

 便乗して彼女が言うと、学生達は少し驚いた表情を浮かべる。

 

「それってよお、また予言してもらえばいいんじゃねぇのか?」

 

「老齢で礼神を予言した翌年に他界した。もう質問は無いか?」

 

 少し長々と話してしまったと気付き、そう言って話を切り上げようとする。

 だが今度は形兆が手を挙げ質問を投げかけてくる。

 

「そんな簡単に教えて良いのか?俺はアンタ達の仲間になるとは限らないんだぜ?」

 

 仗助がその言葉にウンザリした様子で詰め寄るが、それを制して私は彼に答える。

 

「自分を信用して欲しい時、自分は相手を信用する…まぁ、私の流儀といったところか?」

 

「………俺を優し過ぎると言っていたが、アンタ…人の事言えないな」

 

 そう言って立ち上がると、形兆は億泰を連れて部屋を出て行った。

 

「…今日の所は二人も帰るといい。それと康一君…スタンドについて何か聞きたかったら気軽に来てくれ。葎崎とレオンほどじゃあねぇが、君達に比べればその道の知識に長けている」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 仗助と康一も帰って行き、部屋には私と承太郎、礼神の三人が残された。

 私はソファーに座り直し、明日からの予定を話す。

 

「明日から私は町を歩きまわってみようと思う。二人は子供達を頼む」

 

「レオンさんと一緒に行くッ!…って言うと思うよ?特にルナちゃん」

 

「だな」

 

「ただいまーーー!」

 

 そんな事を話していると、今しがた学生達が出てった扉が開き元気な声で帰宅を伝えてくる。視線を向ければ、そこには子供達が立っていた。

 

「徐倫、ルナ…凄い格好だぞ」

 

「遊んだ………凄く………」

 

 派手に遊んだ徐倫と、その相手をしたと思われるルナは服のあちこちを土色に汚していた。

 先程までいた学生達に出したままだったお菓子に手を伸ばす徐倫だが、私がピアノの鍵盤をタップするように軽く叩いて阻止する。

 

「シャワー浴びてこよっか。あ、ハルノも一緒に入る?」

 

「嫌です」

 

「遠慮しなくても……」

 

「嫌です」

 

 土色に汚れている女児二人を礼神が連れて行く。そんな礼神に誘われたが、ハルはキッパリと断って私の隣に腰を下ろした。

 

 冗談だったとはいえ、ハッキリ断られた礼神は拗ねたように口を尖らせていた。

 

(子供達だけでも帰したいが………存在を知られているのだ。離れない方が安全か?)

 

「レオンさん。どうかしましたか?」

 

 立ち去る娘達と隣に座る息子を見て、私は難しい顔を浮かべていたのだろう。

 それに気付いたハルノは横目で質問してくる。

 

「我が子は可愛いな。と思ってな」

 

 ハルの頭に手を置き優しく撫でると、鬱陶しそうに嫌がる素振りを()()()きた。見せるだけで満更ではないようだが………

 

「…はぐらかさないでください」

 

 だが同時に私が誤魔化そうとしてるのに勘付いたようで、撫でる手を軽く払いながら追求する。

 

「新手のスタンド使いが現れて、考える事が少しあってな」

 

 通電した場所を道にして移動するスタンドだとすれば、その条件さえ満たせば距離に制限は無いかもしれない。

 ルートさえあれば何処にいようと…それこそ、地球の裏側まで追ってくるかもしれない。

 

 もしそうなら、この場から離れさせたところで守れなくなるだけじゃないか。得策とはとても言えない。

 

「もしかして………僕らが邪魔になる事態ですか?」

 

「…いいかハル。親とは子を育てる存在だ…そこに愛は有っても、邪険に思う気持ちは一切無い。邪魔に思うはず無いだろ」

 

 払われたがまた頭に手を置き、今度は少し強めにクシャクシャと栗色の髪を乱すように撫でた。

 

「…………………」

 

 その時の私は、乱れた髪に隠れたハルノの表情に気付いていなかった。

 





【挿絵表示】


証呂
「ハーメルンに投稿始めてから初めて支援絵を頂きました‼︎やっぱこういうのは嬉しいですね。匿名でとの事なので名前は出せませんが、ありがとうございます‼︎」

仗助
(グレート…前書きの出来事を何もなかったかのように)

礼神
「お、高校時代の僕だ。わーい!」


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82.少女はいつでも前を向く

証呂
「新年、あけましておめで……」

マライア
「レオンさん‼︎ お誕生日おめでとうございます‼︎」

ミドラー
「私、ケーキ作ってみたんです‼︎」

レオン
「………ありがとう」

証呂
「………(´・ω・`)」

お久しぶりですが82話、グダグダっとどうぞ。


 とある休日。休日ではあるが、そのパン屋はいつも通り営業していた。

 杜王町で長い事暮らしている人なら恐らく知っているであろうその店の名は「サンジェルマン」。巷では有名な名店である。

 

「ほら…どれが食べたい?」

 

 男がそう尋ねるが返事は無い。

 尋ねられた側はただ無言でその手を伸ばし、ラップ越しにパンに触れて確認する様に撫でる。

 

「この店のサンドイッチはいつもお昼の11時に焼きあがったパンで作るから評判がいいんだ。午後1時過ぎには売り切れるんだよ。ラップの上からでもホカホカしているな」

 

 優しい口調でそう言うと、少女の手はカツサンドの上で止まる。

 

「このカツサンドのカツも揚げたてでサクサクしてる」

 

 また優しい口調でそう言うと、ずっと黙っていた少女が口を開いた。

 

「…お父さんは?」

 

「私か?そうだな、仗助はサンドイッチがオススメと言っていたな。それにしよう」

 

「………ルナも」

 

 無表情で無口な少女、ルナはそれだけ言ってトレーにサンドイッチを2つ乗せる。そのトレーを持ったレオンはそれを確認してからレジに持っていた。

 

「2点で240円になります」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………はい」

 

「ありがとう」

 

 "サンジェルマン"とプリントされた紙袋から、ルナはサンドイッチを取り出して手渡す。それに感謝するとルナは無表情なままだが、何処と無く嬉しそうだ。

 もっとも、その変化に気付けるのは私か、兄妹であるハルくらいだろう。

 

「………どう?」

 

「うん、美味しいな」

 

「そっちじゃなくて………見つかった?」

 

「あ、あぁ。そっちか………まだ見つからないな」

 

 私とルナの二人は、海辺の公園のベンチに座っていた。

 目的は先日接触した電気のスタンド使いを炙り出す事だ。今はその為に街中を歩いているのだが、見ての通りただの散歩である。

 

「………ん、貴方は」

 

 するとそこへ、新たなスタンド使いが一人現れる。

 スタンド使いは女子高生で、学校指定のジャージを着込み細長い荷物を背負っていた。軽く息が弾んでいる事からジョギングをしていたのだろう。

 

「ヴィルナか………」

 

「………………」

 

 彼女の名はヴィルナ…シーザーの孫であり仗助の幼馴染。

 彼女もまた無言で、ペコリと頭を下げるだけだった。

 そして目の前で自身の背負う荷物に手を掛け、中から竹刀を取り出した。

 

 またこの前のように「殴らせてください」なんて言うのかと思ったが、彼女はそれを両手に持ち海に向かって素振りを始めた。

 今日は休日で、昼間に学校外にいても問題はないが…

 

「日課なのか?」

 

「………えぇ」

 

「………………………」

「………………………」

「………………………」

 

 ヴィルナとの会話はそれで終わり沈黙が流れる。ルナは元々人の会話に割り込まないし、サンドイッチを頬張っている。私も無理な会話は諦め、サンドイッチに口を付ける。

 

「………ところで…」

 

「ん?」

 

 しかし意外な事に、その沈黙は彼女が破った。素振りは止めず、目も向けないままだが話しかけてくる。

 

「仗助から聞きましたよ。レッドホットなんとかとか言うスタンド………見つけられるんですか?」

 

「厳しいな。ジョセフを呼んで念写させた方が楽だろう」

 

「………へぇ」

 

 前とは違い私へ向ける感情は悪くなかった(良くもない)が、ジョセフの名前を出した瞬間分かりやすく反応する。

 素振りの軸がズレ、一度素振りを止めると竹刀の先端をこちらに向ける。

 

「一発殴らせてください」

 

「ジョセフをか?いいぞ。ストレッチの時間も設けるし、芯を捉えられなかったらやり直しも許す」

 

「ありがとうございます」

 

 軽く微笑んで竹刀を彼女は下ろした。悲しい事に今のが杜王町に来てから初めて見た笑顔だ。

 

「………虐め……ダメ」

 

 すると隣に座っていたルナが、口に含んだものを飲み込んでから呟いた。無表情に見えて、眉間には僅かな皺が寄っている。

 

「この子は?」

 

「ルナ。私の娘だ」

 

 それだけ言うとルナは淡白に自己紹介を始める。

 

「………ルナ・ジョースター。14歳……」

 

「鈴原 ヴィルナ。よろしく…ね」

 

「うん………」

 

「………………」

 

 ………静かだな。

 

「レオンさーん!ここに居たんだ!」

 

 するとラフな格好をした少女………という歳ではないか。だがホリィにも負けない若さを保った女性、礼神が小走りでやってくる。

 

「どうした。何か用か?」

 

「うんや?僕も散歩してたらレオンさん見つけたから」

 

 首を傾げそう答え、ルナの隣に礼神は腰を下ろす。

 するとルナが自分のサンドイッチを差し出し、一口だけ礼神はそれを頂いた。

 

「ん?この娘は………」

 

「…鈴原 ヴィルナです」

 

「そっか。君が…失礼、僕は葎崎 礼神。DIO討伐の旅に参加したメンバーの一人だよ」

 

 少し真面目な顔で言うと、ヴィルナは名を聞いた瞬間ピクリと眉間を動かして会釈する。そしてまた、日課と言っていた素振りに戻った。

 だが数回だけ振るとノルマに達したのか、彼女は竹刀を閉まって背負いその場を後にした。

 

「礼神………余計な事は言うな」

 

「いや、謝りたかったんだけど…でも言葉が出なくて………」

 

「それも余計だ。彼女は前を向いている」

 

 歩き去るヴィルナの背が見えなくなった頃には、私達の昼食も終わりベンチから腰を持ち上げた。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 ジョギングで帰路を急ぐヴィルナは、先程会った面々の顔を思い出す。

 レオンと承太郎には会った事があるが、礼神とは初対面だったヴィルナ。

 

「あの人が………」

 

 何か思うこともあるのか、徐々に顔が赤くなっていく。

 その原因は怒りなのかなんなのかはわからない。

 

「おっと………」

 

「あ、すみません」

 

 すれ違う人と肩がぶつかるが、軽く謝るだけでスピードは緩めなかった。

 そして自宅の前まで来ると、ヴィルナは玄関に立っている人影に気付く。

 玄関の扉は開かれ、そこには父…鈴原 海斗とヴィルナの叔父に当たる鈴原 空夜(からや)の姿があった。

 

「………また来てたんだ。叔父さん」

 

「お、ヴィルナお帰り。ヴィルナからも言ってくれよ。兄貴が酷いこと言うんだ」

 

「酷い事?パチンコで生活費を溶かしたから金を貸してくれ…その要望を断る事がそんなに酷い事か⁉︎お前の自業自得だろ空夜‼︎」

 

「そんな事言わないでくれよ。このままじゃ飯も食えず餓死しちゃうよ〜」

 

「そう言ってセビった金でパチンコに行くんだろ。もうお前の手口は割れてんだよ」

 

「そう言わずにさぁ。弟に優しくしてくれよ」

 

 強引に家に上がろうとする空夜の肩を掴み、海斗は強く外に押し退ける。

 

「ヴィルナ。今のうちに中に入りなさい」

 

「うん」

(酒臭い……)

 

 よろめく空夜の脇を通り、ヴィルナと海斗は家の中に入る。外では空夜が「ひとでなし!」「裏切り者‼︎」と罵声を吐いているのが聞こえる。

 

「俺を誰だと思ってんだ‼︎ こちとら大学卒業してる優等生だぞ高卒‼︎おい!聞いてんのか‼︎」

 

「………………」

 

 あえて聞こえるように「ガチャリ」と音を立てて鍵をかける。すると空夜も負けじとデカイ舌打ちをして帰っていった。

 これ以上この場にとどまって警察を呼ばれた事もあるからだ。

 

「はぁ………どこで間違えたんだ」

 

「間違えたのは叔父さんで、父さんは関係ないよ。それより昼飯にしようぜ。すぐ作る」

 

「ヴィルナ。父さんはこの後………」

 

「あ、仕事? 了解。頑張ってね」

 

 苦笑いを浮かべる父を残し自室に戻るヴィルナ。ジャージを脱ぎ捨て、動きやすい私服に着替える。

 

「何にするか…確か、卵とウィンナーは残ってたな。朝食みたいな飯になりそうだけど………あ」

 

 ベッドの上に無造作に置かれたJAN!JAN!が目につき、手を伸ばして表紙をめくる。

 そこには先程会った女性がポーズを決めている。

 

「……可愛かったな」

(可愛かった。本当に、仗助から名前だけ聞いた時()()()とは思ったけど。雑誌で見るより可愛く無邪気感が強い。今度サインとか頼んでも迷惑じゃないだろうか)

 

 何を隠そう、ヴィルナはJAN!JAN!の愛読者である。

 

「………今度JAN!JAN!に載ってたコーデ着ていってみようか…」

 

 脱いだジャージを持って1階に降り、洗面所にある洗濯かごに放り込む。

 その時ヴィルナは洗面台の鏡にふと目を向けた。そして遅れて感じる違和感。

 

「………?」

 

 もちろん視界に映るのは鏡の中の自分。しかし何かが変だった。映った自分はちゃんと同じように動く。

 

 ならこの違和感はいったい?

 

 そう思って首を傾げたところで彼女は気付く。

 

「…何これ」

 

 首だ。首の側面に筆記体で文字が書いてあった。見えにくいが顔を横に向け、眼球だけ鏡に向ける。

 すると首に「TƎᎮЯAT」と書かれているのが見える。

 

 もちろん鏡に映った字なので反転されていて、今度は解読に苦労する。

 

「…タ………ア……ゲ?」

 

『"TARGET(ターゲット)"‼︎』

 

 背後から聞こえてきた僅かにエコーの掛かった男の声。咄嗟にヴィルナが振り向くと、壁を透過して洗面所にそいつは現れる。

 頭には白いフード、顔の下半分にはマスクをつけていた。しかし口はそのマスクの上に付いていた。

 透過する最中で全身は見えないが、その顔は人間の構造では無い。間違いなくスタンドである。

 

「なっ…お前誰だ‼︎」

 

『TARGET。それが俺のスタンドの名…同時に、貴様の運命でもある』

 

 そう言って壁を完全に通り抜け、そのスタンドは姿を現わす。

 全長50cm程の小さな姿だった。上半身は人のようだが背中には翼、腰から下は山羊のような毛皮と蹄を備え、頭に被っていたフードは肩に縫い付けられていた。

 そしてその手には弓と矢が握られ、それをギリギリと引き始めた。

 

「弓と矢………ッ‼︎ これは…何かヤバい⁉︎」

 

 弓矢から妙な危険を感じ、ヴィルナは洗面所を飛び出し廊下に逃げた。

 

『危険と判断するのは正しイ。だが逃げるのは愚策』

 

 放たれた矢もスタンドのようで、壁をすり抜けヴィルナを追尾する。

 

「クッ、弾け!」

 

『…!』

 

 ーーー ガィン‼︎ ーーー

 

 ヴィルナはスタンドを出し、スタンドの拳で矢を弾く。弾かれた矢は空気に溶けるように消えた。

 

(………気のせいか?そこまで威力は無い…)

 

『お前らが探す黄金のやつじゃない。ただのスタンドの矢…急所に刺されば死ぬだけだから驚くな』

 

「いきなり何をする。目的は何だ!」

 

『目的…それは貴様を殺す事だ。仗助や他のスタンド使いの能力は知っているが、お前だけだ。能力の一端も見せていないのは。だから不安要素のお前から順に殺す。次に回復を能力とする仗助ダ…』

 

 そう言うと、TARGETと名乗るスタンドは一回り膨張する。

 そしてまた弓を構えて矢を放つ。

 

「そんな単調な攻撃が当たるか!」

 

 ヴィルナはまたも矢を弾く…が、弾かれたそれは空中でカーブし、ヴィルナの元へ戻ってきた。

 

 ーーーギイィン‼︎ーーー

 

『…足りないか』

 

「チッ、少しずつ強くなるスロースターターの能力か?」

 

『ヒヒッ!…疑問をもったな⁉︎』

 

 再び矢が弾かれ、今度こそ矢は消える。それ見てTARGETはつまらなそうに一度弓を下ろした。しかしヴィルナの言葉を聞くと不敵に笑い、また弓を構えた。

 

『俺の能力は条件を満たすとその部位を的と定め、敵に必中の矢を放つ事ができル‼︎』

 

「………またデカく」

 

 TARGETはまた身体を膨張させ、目測だが全長が1m程にまで大きくなっている。

 

『そしてその矢の威力と精度は()()()()()()()()で強化される』

 

「情報の暴露…って!」

 

 弓を構えたままTARGETは膨張し、矢を更に引き絞る。

 

『その暴露する情報は相手がもった疑問の答えだと、なお強力ダ』

 

 引き絞られた矢は今放たれ、ヴィルナは自身のスタンドに掴ませて軌道をズラす。だが必中の矢は脇腹を掠めた後、弧を描きまたヴィルナに迫る。

 

「避けれない………ならッ!」

 

 廊下を走り、ヴィルナは玄関から外へ飛び出し扉を閉める。

 

『馬鹿め!そんな物、なんの障害物にもならン‼︎学習しないのか⁉︎』

 

 閉じられた玄関の扉をすり抜け矢が飛び出した。

 

「グッ⁉︎」

 

 それはヴィルナの左肩に刺さり、声は押し殺して左肩を確認する。

 矢は風穴を開けると役目を終え消えていた。

 

(もっと真面目に、スタンドについて聞けば良かった)

 

『必中の矢は狙った対象のみを射抜く。障害物は全て通過する。壁だろうが、人だろうがな………だが対象の分身でもあるスタンドは例外だ』

 

 玄関をすり抜け外へ出てくるTARGET。ヴィルナが疑問を持った能力の補足をする事で、更にデカくなり筋肉がスタンドに浮き出る。

 

『………ウン?』

 

 玄関を潜ったTARGETは、ヴィルナの姿を見失っていた。

 

『扉は障害物ではなく目隠し…姿を隠したか』

 

 玄関前には血が付着しているが、それがどこかへ続く事はない。その場で数滴血を垂らしただけで、ヴィルナが消えた方角を示したりはしていない。

 

『しかし矢は必中!身を隠そうが意味は無い‼︎』

 

 ギリギリと矢を引きしぼり、TARGETはひとまず前に向けて矢を放とうとする。

 

『お前、話しすぎだろ。そういう能力だからってのもあるんだろうけどさ………』

 

『ッ‼︎』

 

 TARGETが姿を現した時のヴィルナのように、背後から話しかけられたTARGETが咄嗟に振り向いた。

 そこにいるのは宝石のついた鉄仮面を被った緑色のスタンド…ヴィルナのスタンドが拳を振り上げそこにいた。

 

『ウラァッ‼︎』

 

 振り下ろされた拳はTARGETの腹部を捉える。

 

『………ハ?』

 

 しかし食らったTARGETは少しだけ仰け反るだけで、ダメージらしいダメージが無く一瞬硬直する。

 続けてヴィルナのスタンドはTARGETの顔面を殴り抜く。だがその拳も「ペチン」という軽い音を立てるだけだった。

 

『ハ…ハハ………ハハハハハ‼︎ なんだお前のスタンドは⁉︎ 警戒していた自分がバカに思える程に、パワーが無いんだなお前⁉︎』

 

 よほど可笑しかったのか、TARGETは腹を抱えて笑い始めた。

 すると玄関のすぐ近くの影にいたヴィルナが現れる。

 

『ヒヒ、なんだ…んなすぐバレるとこにい……ククッ…ハハハハハ‼︎』

 

 未だに笑いが止まらないTARGETの横を、ヴィルナは興味なさそうに通り過ぎる。

 

『ハハハハハ………ハ? 何…ガ………毒?』

 

「やっと気づいたか」

 

 腹部からジンワリと伝わる熱と僅かな痛みに、TARGETはやっと笑うのをやめた。笑い声で聴こえなかったが、やめた事で腹部から聴こえる妙な音にも気付く。

 

「確かにパワーは無い。毒でもない。だがお前みたいに能力は教えてやんないけどな」

 

『なんだこの………モスキート音みたいな不快な音…』

 

 ーーー パァン‼︎ ーーー

 

 TARGETの腹部は風船が割れるように破裂した。それに巻き込まれる、押さえていた両手も破裂する。

 

「次は頭がそうなるぜ」

 

『………チッ』

 

 ーーー パァン‼︎ ーーー

 

 舌打ちしたTARGETは顔面を失い霧のように消えた。

 

「………スタンド越しの呼吸はよくわかんないな」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「ジョースケー‼︎ ヴィルナが来てるわよ〜」

 

「あー、わかった」

 

 そう言う仗助の両手にはコントローラーが握られ、テレビ画面にはコースを走るレーシングカーが映し出されていた。

 仗助は今日、ゲーム三昧に浸ろうと決めていたのである。

 

「仗助、少し良いか?」

 

「よー。悪いんだけどあと一周だけ待ってくんない?」

 

「………」

 

 朋子に通され、ヴィルナは仗助のいる部屋に入る。そこでテレビゲームに釘付けの幼馴染を見て軽く溜め息をつき、彼女はおもむろにテレビから伸びたケーブルの一本を引き抜いた。

 

「オマッ‼︎」

 

「………………少し良いか?」

 

「ヴィルナ、テメェ………」

 

「そういえば、この前のテスト赤点だったよな。朋子さんには言っ…」

 

「わーわー‼︎ わかったから。で、何の用だよ」

 

 仗助の態度の変わりように満足し、ヴィルナは要件を伝える。

 

「まずはコレの治療を頼めるか?」

 

「お前…コレどうしたんだよ」

 

 仗助はスタンドを出しながら尋ねるが、ヴィルナからの返答はその答えでは無かった。

 

「この後どうせゲーム三昧だろ? レオンさんの所に行くから付いてきてくれ」

 

「いやこの傷………」

 

「スタンド攻撃を受けた。名はTARGET(ターゲット)。情報交換が必要だろ?」

 

「最初からそう言えよ。うし、治った…」

 

「ヴィルナちゃんや、ちょうど賞味期限近いお菓子があるんだが、仗助と一緒に食べてくれない………」

 

「………………」

「………………」

 

 傷を直してもらうために、ヴィルナは肩をはだけさせていた。その前に座って手を伸ばしていた仗助………そこに現れたのは彼の祖父、東方 良平。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「仗助エェェェェエ‼︎‼︎‼︎」

 

「爺ちゃん⁉︎ 待って、何を思ったか知らねえけど勘違いだって‼︎」

 

「…仗助、悪いがやっぱり私1人で行ってくる」

 

「ヴィルナ⁉︎ テメェ、原因がそそくさと逃げてんじゃねぇぞコラ!」

 

「自分で手をかけた女になんじゃその言い草は‼︎ 仗助‼︎」

 

「爺ちゃん!ヴィルナは怪我しててそれをスタンド治し…」

 

「まぁたスタンドか‼︎ わしの知らん事で言い訳しようだなんてそうはいかんぞ‼︎」

 

 必死に状況を説明する仗助と激怒する良平。

 2人をその部屋に残し、ヴィルナは台所へ向かう。

 

「朋子さん」

 

「あらどうしたの?なんか騒がしいけど」

 

「お爺さんが盛大な勘違いを………私は用があるので失礼します」

 

「もう行くの?ま、わかったわ。またね〜」

 

 ヴィルナは溜め息をついて東方家を後にした。

 

「………ハッ!一度家に戻って、JAN!JAN!の服着てこう‼︎」

 

 その後、ヴィルナはレオンに今日のことを報告し自分のスタンドを改めて紹介した。




スタンド名:コラプス(命名:レオン)
【破壊力:C / スピード:A / 射程距離:C / 持続力:B / 精密動作性:D/ 成長性:C】
そのスピードは音速を超え振動する。
触れた物は振動に耐えきれず崩壊。殴った物には数秒のタイムラグの後に、殴られた部位が崩壊する。



承太郎
「オラァ‼︎」

レオン&ハルノ
「無駄ァ‼︎」

仗助
「ドラァ‼︎」

ヴィルナ
「ウラァ‼︎」

ルナ
「………ルナァ……?」

礼神
「大丈夫だよルナちゃん!掛け声は必須じゃないよ!」


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