月香の狩人、アカデミアに立つ (C.O.)
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1.赴任前日、狩人の手記にて

 私が、自らの『個性』に気付いたのはまだ孤児院にいたころだった。

 『個性』という特異能力が市民権を得て、超人社会となった現代で『個性』を持たないということは死の宣告に等しい。

 私は齢を十五重ねるまで、無個性だと思われていた。

 なにしろ超人的な身体能力を得ることや身体を変化させることができるわけでもなく、なにかを創造することもできず、なにかを変化させることもできない無能であったからだ。

 当然、孤児院での私の扱いはムシケラ以下であり、傍からすれば地獄のような生活を送っていたように見えていただろう。

 孤児院の他の子供たちからは、ストレスの捌け口として日常的に『個性』の練習台と称して暴行を加えられ、生傷の絶えない生活を余儀なくされた。

 私自身、感情の起伏は薄い方だと自覚しているが、私がどんなに悲惨な状況にあっても表情を崩さずにいたことが原因だろうか、職員から助け舟が出された覚えはない。

 そしていくら暴行を加えられようが、食事を台無しにされようが、所有物を破壊されようが、たいして顔色を変えないことも彼らの気に障ったようだった。

 職員以外の誰も私と好意的に関わろうとしなかったし、職員も私が暴行を加えられても平然としている様子を不気味がって職務以上の接触はしてこなかった。

 しかし、私にとってそれらは苦痛ではなかった。

 生まれるべきではなかったと嘲られていようが、無能不能と罵られようが、彼らの行為に然したる興味もなかったし、私自身が無個性であることに絶望もしていなかった。

 

 そんな日々が続き、齢を重ね、十五歳になった夜。人生における大きな転機が訪れた。

 とても綺麗で大きな満月が、夜空に浮かび上がっていたことを今でも覚えている。

 その日受けた暴行の治療を一通り終え、大半が寝静まった深夜にぼんやりと月を眺めていると突如、閃光と共に爆音が耳を劈いた。

 (ヴィラン)の襲来だった。

 これは後に捕縛されたこの(ヴィラン)の聴取を人伝に聞いて知ったことだが、この急襲はただの偶然だったらしい。孤児院への怨恨だとか、誰かを狙ってだとか、なにか明確に孤児院に対して目的のある行動ではなく、あるヒーローに追われた手負いの(ヴィラン)が食糧調達のためにたまたま目に入った孤児院を襲ったとのことだった。

 その(ヴィラン)の逃亡中に不幸にも標的にされた孤児院は、文字通り全滅したのだった。

 職員も、子供も、警備も、施設も、なにもかもが殺戮され破壊され奪いつくされた。

 そして、私も例外ではなく、殺されたのだった。

 だが、私はこうして今も手記をしたためている。死者ではなく私が私として手記をしたためているのである。

 そう、殺されてはじめて私は『個性』を認識することができたのだった。

 

 私の『個性』は大きく二つに分けることができる。

 

 一つは死からの蘇生である。いや、蘇生というと語弊がある。

 厳密に言えば生き返ったり蘇ったりするわけではないのだ。

 肉体が死を迎えると、その死がすべて悪夢であったかのように消え去ってしまう。

 不死ではなく、死が消失するといったほうが正しい。死ぬには死ぬ。痛みも感じるし怪我もするし出血もする。だがその死がないものとされる、というのが私の認識だ。

 だから私は、これを『目覚め』と呼んでいる。死という悪夢からの『目覚め』だ。

 さらに言えば、この『個性』によって元に戻る身体は、死の直前ではない。四肢欠損を起こそうが眼球を潰されようが歯を砕かれようが服毒されようが、死の直前がどのような状態であろうとも、あらゆる傷は治癒され、万全の状態で『目覚め』ることができる。

 我ながらペテンのような『個性』だと、改めて思う。

 

 そしてもう一つは、死者の血を我が成長の糧とするというものだ。

 (ヴィラン)に襲われ、私が再び『目覚め』たとき、そこにあったのは孤児院だった無数の残骸と死体。

 がれきの山の上を歩けば、否が応にもその凄惨な光景を目にすることになった。

 私に暴行を加えていた、かつてヒトだったモノたちにもうその面影はなかった。死体は顔面は潰され首ははねられ誰が誰かわからないモノが大多数を占めており、辛うじて体格から予測することもできたが、すぐに無意味だと悟ってやめた。

 そのとき、無意識に私は死体から流れ出す血に触れていた。

 瞬間、私の中にそのヒトだったものの過去や経験が流れ込んでくるような錯覚に陥り、思わず頭を抱えその場にうずくまっていた。

 何が起こったのかわからずにしばらく呆けていたが、そこにあった血だまりが消えていることを視認すると唐突に理解することができた。

 筋力や体力など身体能力がつい数瞬前よりもはるかに向上していると、実測したわけではなく啓蒙を得たかのように理解できたのだった。

 同時に、もう一つの理解を得る。この『個性』は死者の血より遺志を受け継ぎ、我が力とするものであると。不可解なことだったが、私は確信を持っていた。

 

 この『個性』は血だまりの中で目覚め、死血を糧として成長する。

 故に私はこの二つの『個性』を『Blood Borne(血の継承)』と名付けた。

 

 私はこの超人社会において、この『個性』故に迫害され、そして英雄(ヒーロー)の肩書を得ることになるのだが、それはまた別の機会にしたためようと思う。

 

 あまりにも今日の月が綺麗であの日のことを思いだしペンをとったが、一旦ここで置くことにする。

 今宵の狩りは、早く済ませてしまいたい。

 明日からは、新しい職場へ赴かねばならないのだから。

 

 雄英高校。

 だが、どこであろうと私のやることは変わることはない。

 全ては、狩りを全うするために。




のんびり更新


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2.赴任初日、雄英高校入試当日

「それでは、失礼します」

 

 手続きを終え、校長室を後にする。

 形式ばった手続きはいつも肩肘がはる。

 自分でも似つかわしくない場所に来たものだと思うが、彼の誘いであるのならば断る理由を見つける方が難しい。

 

「雄英高校……未来のヒーローの集まる場所」

 

 手入れの行き届いた校舎に、最新鋭のヒーローを養成するための設備、そして優秀な教師陣。

 超人社会を支える人材を育成するにふさわしい場所であることに間違いはない。

 だからこそ、私のような人間がこの場にいていいものか考えてしまう。

 

「おお! ついに来たね!」

 

 廊下の奥から手を大仰に振りながらズンズンとこちらへ向かってくる筋骨隆々のスーツ姿の大男。

 この世界で誰もが知っている大英雄、平和の象徴、オールマイト。

 そして、彼こそが私をここに誘った張本人だ。

 

「お久しぶりです、オールマイト」

「十か月ぶりかな! 元気そうだ! それにしても君のリクルートスーツ姿は珍しい! それに髪もばっさりいったな!」

 

 オールマイトは私の姿を見て、豪胆に笑った。

 私だっていつもの格好の方がよかったけれど、さすがに赴任初日で事務手続きをするためだけにきたのだから、その場にあった格好をしただけだ。

 

「私も狩装束の方が落ち着くのですけどね。私だって時と場合は選びます。髪も学校に勤める用に肩口まで切りました」

「真面目か!」

 

 それでもわずかにウェーブをかけたのは、せめてもの女としての矜持だ。

 

「君のヒーロースーツは眼しか見えないからな! せっかくの君の美貌が台無しだぞ!」

「ヒーロースーツでなく狩装束と言ってください。それと容姿への言及は褒め言葉であっても現代じゃセクハラで訴えられますよ、オールマイト」

「ホーリーシット! そうだったな!」

「それにしても、本当に教師になったんですね。今ようやく信じられましたよ」

「だからそういったじゃないか! 君も大概疑り深いな!」

 

 ばしばしと背中を叩きながら、談笑を始めるオールマイト。

 ここ数か月の彼の近況を洪水のように浴びせられつつ、私自身も彼に報告をする。

 

「私からも報告しておきます。昨夜、護送中に逃亡した(ヴィラン)をつつがなく狩り終えました。遺体の引き渡しも完了しています」

「……そうか。すまないな、いつも君ばかり」

「いえ、これが私の役目なので。オールマイトが気にすることではないですよ。むしろ私の方が聞きたいくらいです。本当に私がここにいていいのでしょうか」

 

 私の役目。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 ヒーローは決して、殺しを目的にしてはならない。

 殺しそのものを目的としてしまえば、それではただの殺し屋、始末屋に成り下がってしまう。そんなものは(ヴィラン)と大差のない存在であり、たとえ人を救ったとしてもヒーロー対(ヴィラン)の構図は個性をもった者同士の醜い殺し合いに他ならない。

 そんな血塗られた存在を世間は、市井の人々はヒーローと認めてくれないだろう。ヒーローは(ヴィラン)と相対したとき、殺害ではなく捕まえる存在でなければならない。

 しかしだ。現実として殺さなければ解決できない場合もある。結果的に死なせてしまうのではなく、明確な殺意をもって(ヴィラン)を殺害しなければならないことも平和や社会を維持するためには必要なことなのだ。

 だから私が存在する。

 表に立つヒーローがその手を穢さないよう、人の救済ではなく(ヴィラン)を抹殺するためだけの存在。

 ヒーロー社会の暗部、それが私だ。

 それ故に、ヒーローであっても私の存在を知る者は少ない。

 

「プロヒーローの資格をもち、校長が採用を決めた。それ以上にここにいていい理由なんてあるのかい?」

 

 きっとオールマイトはわかっていて、あえてこういっているのだろう。

 だけど、私ははっきりとさせておきたかった。

 

「私は、彼らに教えられるようなものを持っていないと言っているのです。殺しの技術なんてヒーローには必要ないし、あなたと違って私の後継はまだ探すつもりも育てるつもりもありません。それに私の両手は血塗られている。ヒーローとしての資格はありますが、それはあくまで外で個性を自由に行使するためです。なにより子供に触れていい資格を、私は持ち合わせていません」

 

 そう、私の両手はあまりにも(ヴィラン)の死血で汚れてしまっている。もう何人殺したのかさえ覚えていない。

 そんな手で、未来ある生徒とどう接すればいいか私にはわからなかった。

 だから、つい、オールマイトに向かって吐き出してしまった。

 

「子供に触れていい資格なんて誰ももっちゃいない。私だって、他の雄英の教師だってね。だから教師はみんなおっかなびっくりやってるんだ。表面上はどう取り繕おうとも」

 

 オールマイトは、柔和な、だけど少し困った笑顔で私の肩に手を置いた。

 暖かい。私も、この大きな手に救われてきたんだ。

 

「……すみません、オールマイト。言葉が過ぎました」

「いや、もっともな疑問だ。だからこそはっきり言っておこうと思う。君にしかできないことをここでしてもらいたいから呼んだのさ」

「私にしかできないこと……。そんなものがあるのでしょうか」

「迷えばいい。迷いこそが人を成長させるのだからね」

 

 オールマイトの笑顔はいつの間にか元の豪胆な笑顔に戻っていた。

 

「おっといかん。これから入試の様子を見ておかなければいけなくてね。未来のヒーローの卵たちだ。じゃあ、また会おう!」

 

 後ろ手に手を振りながら去っていくオールマイトの背中を見つめていると、不意に彼が振り向いた。

 

「そうだ。一つだけ君の言葉を訂正させてもらうよ」

「訂正? なにかありましたか?」

「私ももう、後継は探していない」

「それは……どういう意味ですか」

「そのままの意味さ。見つかったんだ。もう私の個性(ワン・フォー・オール)も渡したよ」

「なっ……!?」

「君がそんなに露骨に狼狽える表情を見せてくれたのは久しぶりだ! 出会ったときより感情が豊かになったとはいえ、まだまだ表情が硬いからな!」

 

 言葉の意味が呑み込めなかった。

 個性(ワン・フォー・オール)を、渡した…‥?

 

「オールマイト! それは!」

「いい子だよ。誰よりもヒーローの心を持っている。おっと、本当に時間がヤバい! もう試験が始まってしまう!」

 

 オールマイトは、それだけ言うとそそくさと去っていってしまった。

 窓の外の騒がしさだけが、私が立ち尽くす廊下に響き渡っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「いや、あの~……」

「なんですか、オールマイト」

「いやね? さっきの別れ方的にね? 君が一人でモヤモヤするパターンなんじゃないかなって……。なんでここにいるのかな?」

「私ももう雄英の教師ですから。審査する権利はなくても見学する権利はあります」

 

 私は、トゥルーフォームになったオールマイトと最後列で壁に背を預けつつ横に並んで眼前のモニターを見つめていた。

 今日行われる雄英高校入試、実技試験の審査室だ。

 スピーカーからは、ボイスヒーロー:プレゼント・マイクのハイテンションな声が流れていた。

 

「教えてください、オールマイト。お身体は、もうそれほどまでに?」

 

 モニターを見つめたまま、オールマイトにだけ聞こえるように話しかける。

 まだ多聞に知られていない平和の象徴の秘密。

 彼の身体はもう、ボロボロでとてもかつてのようにヒーロー活動を続けられるような状態ではなかった。

 

「ああ、最後に君と会ったときには、もう三時間程度しかマッスルフォームを維持できなくなっていたよ」

「そうですか」

「まあ、君ならそういう反応だろうな」

 

 プレゼント・マイクが試験時の注意事項のアナウンスを終え、受験生たちが各々実技試験会場へと向かっていく様子を眺めながら言葉を交わす。

 

「誰に、渡したのですか」

「やっぱり気になるかい?」

「私が知る限り、プロヒーローにあなたの個性(ワン・フォー・オール)を継がせるに相応しい人物は存じ上げませんので」

「かーっ! 相変わらず顔に似合わず辛辣だぜ!」

「顔は関係ありません。勿論、私を含めてです。あなたの個性はあなたが一番相応しい」

 

 平和の象徴のもう一つの大きな秘密。

 彼の持つ個性【ワン・フォー・オール】。この個性は他人へ自分の力を譲渡する個性だ。

 つまり、代々の遺志が、思いが、力が、個性に宿っている。いわば力の結晶とも呼べる個性。

 この能力をオールマイトから継承するということは名実ともに平和の象徴を担うということに他ならない。

 私には、彼以外誰一人と平和の象徴が務まるとは、到底思えないのであった。

 いきなりニイ、とオールマイトは私の顔を覗き込み不敵に笑うと再びモニターへと顔を戻した。

 

「いるよ」

「いるとは?」

「渡してきたのはね、今朝なんだ」

「……仰ってる意味がよくわかりません」

「だから、この受験会場に来ているよ、受験生として。今日の朝六時に渡してきた!」

 

 あまりのことに、言葉が出てこなかった。

 プロヒーローでさえ、烏滸がましいと思っていたのに、あまつさえ譲渡した先が子供。

 それに、朝の六時といえばつい三時間前ではないか。そんなに早く、それこそ一朝一夕でワン・フォー・オールを使いこなせるわけもない。

 私にはオールマイトが何を考えているのか、さっぱりわからなくなってしまっていた。

 

「何を考えているのですか」

「大丈夫。君も彼を見てもらえれば納得してくれるはずさ」

 

 なにが大丈夫なのかだとか、私の質問になにも応えていないじゃないかとか、頭に浮かぶ言葉は次々と現れるが、声にすることができなかった。

 あまりにも、オールマイトの言葉に自信が満ちていたから。それ以上何も言えなくなってしまったのだった。

 

『ハイ、スタートー!』

 

 プレゼント・マイクが開始の合図を受け、数瞬呆けていた受験生たちが一斉に走り出す。

 あの中にいる? そんな馬鹿なことがあるだろうか。

 ざっと見ただけでも、とても使いこなせうるような子供がいるようには見えない。

 続々とポイントを稼いでいく受験生を目で追っていくが、誰もワン・フォー・オールを使っていないようだった。

 

「私の個性の件は別にして、どうだい? 今年の受験生は。君はどう見る?」

「特に何も。鍛えればそれなりに様になりそうな子は何人かいますが、それがヒーローの適性とイコールで結べるかどうかはわかりません。それに私にヒーローの適性があるかどうかをお訊きになるのは間違っているかと」

 

 私はもっともヒーローとかけ離れた存在だ。

 オールマイトはどんな答えを私に期待したのか、わからない。

 

 ドォン、とスピーカーから一際大きな轟音が響いた。

 画面に再度目を向けると、巨大な重機が建物を蹂躙しながら受験生の前に姿を現していた。

 圧倒的脅威として配置されているギミックである巨大ロボット。

 おおよそヒトの立ち向かうべき大きさではない。十数メートルはゆうにあろうその機械は会場を破壊しながら受験生へと襲い掛かる。

 

「……」

 

 思わず嘆息してしまった。

 会場の受験生の行動は、大まかに二つ。

 背を向けて逃げるか、視界の端に捉えながら回避し、さらにポイントを稼ぐもののどちらか。

 大多数は前者、私が鍛えれば様になりそうと評した子たちは後者に多くいた。

 やはりそれでも。どちらに属していようとも、ワン・フォー・オールを継承していいような子は誰一人いるように思えなかった。

 

(こんなとき、オールマイトなら――)

 

 そう、頭によぎった瞬間だった。

 巨大ロボットに向かって高速で飛びあがっていく小さな影。

 クセの強い緑がかった髪を靡かせながら、今にも泣きだしそうな顔を携えて、振りかぶった拳をロボットに叩き付けた。

 ロボットは、拳を直接受けた部分は大きくひしゃげ黒煙を上げながら体勢を大きく崩し市街へと倒れ込んだ。ロボットが立ち上がる様子はなく、一撃で行動不能へ追いやったのだった。

 が、同時にパンチを撃った彼も大怪我をしているようだった。

 画面越しにではよくわからないが、どうやら両足と右腕が可笑しな方向に曲がっているようだ。

 

「な、いい子だろ」

 

 オールマイトが再度私の顔を覗き込んだ。その顔は、いつになく喜色を浮かべた笑顔だった。

 審査会場は、彼の行動に賞賛を送るように熱狂に包まれた。

 そこかしこで上がる拍手と彼を讃える歓呼の声。

 

「彼が、そうなんですね」

「ああ。彼には誰にも負けないヒーローの心がある」

 

 オールマイトのこんなにも嬉しそうな横顔は、はじめてみるものだった。

 

(彼が、ワン・フォー・オールの後継者)

 

 納得はしていない。

 していないが、確かにあの一瞬。ほんの一瞬だけ、オールマイトの姿を彼の中に見たのもまた事実だった。

 

『終 了 ~ !!!!』

 

 プレゼント・マイクが試験の終わりを告げる。

 割れんばかりの拍手と喝采が審査室に響き渡る。

 私は、審査室から出るべくドアに向かって歩き出した。

 結果なんて視ずとも、わかる。

 

「帰るのかい?」

「ええ。今夜も職務がありますから、その準備に」

「そうか……」

 

 オールマイトは、私が仕事をすると言うたびに悲しそうな顔をする。

 

「そんな顔しないでください、オールマイト」

「あ、ああ。すまない」

 

 ドアに手を掛け、もう一度オールマイトの方を振り返った。

 

「彼らに触れ合う機会があるかわかりませんが、この学校での職務も楽しみになりました。誘っていただいてありがとうございます」

「……! ああ!」

 

 審査室を後にした私は、いつにない心の昂りに戸惑いつつ、思っていたものとは違う雄英高校での生活になりそうな予感を感じていた。




【狩人の装束】
標準的な狩装束の1つ
血を払う短いマントのついたもの
優れた狩装束であり、安定した防御効果を発揮するだろう
枯れた羽根が特徴的なその帽子はある古狩人を模したものであるという
夜に紛れ密かに敵を狩る、そのための装束である


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3.入学式当日、緑谷出久との邂逅

 入学式当日。

 職員室へ赴くと私のデスクが用意されていた。

 必要ないと私は固辞していたのだが、オールマイトをはじめ各教師陣から職務上必ず書類仕事が必要になるという説明という名の説得を受け、半ば無理やりデスクを置いたのだった。

 懸念事項はもう一つあった。

 確かに私は、彼らに興味を示した旨の発言をした。

 発言をしたからと言って、私にいきなり副担任をやれというのはあまりにも酷な仕打ちではなかろうか。

 私は、授業の内の一コマを任される程度だとばかり思っていたのに、あまりにもこちらの職務に対してのウェイトが大きすぎる。

 しかも一年A組。あのオールマイトの個性を継いだ、緑谷出久という少年のいるクラスだ。

 オールマイトが彼に個性を渡した件について、まだ私の中で折り合いがついていないというのにどんな風に接したらいいか、もしくは私自身がどんな風に接してしまうのかはっきり言って未知数なのである。

 席に着くや否や、さっそく頭を抱えることになりそうだった。

 

「怖い顔してるぞ、先生」

 

 頭を悩ませていると、頭上から声が振ってきた。

 振り向くとそこには、気だるそうな眼をし、手入れのされていないぼさぼさの髪と無精ひげをそのままにした男が立っていた。

 

「ああ、イレイザーヘッド。今日からよろしくお願いします」

「ここでは相澤と呼んでくれ。イレイザーヘッドはヒーロー活動時の名前だからな。教師時の名前じゃない」

「……わかりました。相澤先生」

「そっちはなんて呼べばいい?」

 

 私の名前は、一応書類にも記載しているし、隠しているわけでもないが、オールマイトからは君としか言われないし、他の人間は職務上の関係でしかないので常にコードネームでしか呼ばれたことはない。だからもう、コードネームが私の名前のようなものになっている。

 

「なんでも構いませんよ。ですが、多くの人からはコードネームで呼ばれます」

「コードネームってことはつまり」

狩人(ハンター)です。活動が基本的に夜なので、人によっては月香の狩人(げっこうのかりうど)なんて呼ぶ人もいますね」

「なら狩人(ハンター)と呼ばせてもらうがいいかな」

「ええ、結構です」

「狩人。さっそくだが担当するクラスの生徒の名前と個性くらいは覚えてきたか?」

「ええ、いただいた書類は一通り眼を通しました」

 

 抹消ヒーロー:イレイザーヘッド。

 その眼で視るだけで、相手の個性を一時的に消失させる個性を持つヒーローだ。

 この超人社会に置いて、無類の強さを誇る個性だが、彼自身は目立つことを嫌うため、メディアへの露出が極端に低く同じプロヒーローであっても彼を知る者は少ない。

 私とはまた違う、影のヒーローだ。

 ただ、彼の格好はいいのだろうか。

 ヒーロースーツを召しているのはともかく、到底人前に立つとは思えぬ出で立ち。

 雄英は自由な校風と聞いていたが、ここまで自由だとは思わなかった。

 というか、わざわざリクルートスーツを着て髪まで整えた私が馬鹿みたいではないか。

 

「ぼさっとしていると、生徒達に足を掬われるぞ。彼らも最難関の入試を抜けてこの学校に入ってきたいわばエリート達だ。個性の強力さだけならプロにだって引けを取らない者も多い。一筋縄じゃ行かないことは覚悟しておくんだな」

「先達からの助言としてありがたく頂戴します」

 

 彼が一年A組の担任だ。

 つまり私は彼のサポートをすることになる。

 といいつつ、私自身もイレイザーヘッドの活動を直でみたことはないし、彼もまた私を知る機会などなかったのだから、入学式までの数十日間、職員室で顔を合わせる程度の関係であり、お互いにほとんど初対面なのである。

 

「……今後の教師同士の連携のために、狩人の個性を聞いておきたいんだが。もし教えることで不都合なことになるならもちろん言わなくていい」

「大丈夫ですよ。それほど隠す必要のある個性ではないですから」

「そうか。それならまず俺の個性から教え……いや、もう言わなくても知っていそうだな」

「私の認識では視認した相手の個性を一時的に発動を封じるというものですね」

「ま、その認識で大体あってる」

 

 大体、というからには何か隠し玉がありそうだが手の内をすべてバラすのは、たとえ味方であっても愚策であることは言うまでもない。

 たとえば、万が一(ヴィラン)側に、テレパスのように心を読んだり、自白剤のように真実を強制的に喋らせる能力がないとも限らないからだ。

 いや、あると想定して動くのがプロヒーローとしての鉄則であり、故に彼の行動は極めて正しいと言える。

 

「それで? 狩人の個性は?」

「私の個性は、相澤先生のように面白味のあるものではないですよ。ただの身体能力強化の個性ですから」

「……それだけか?」

「ええ。厳密に言えば少し違いますけどね。たとえば戦闘の経験をダイレクトに、体力や筋力、持久力などに反映させて向上させる個性なんです。それに伴って動体視力なんかも向上していますね。常時発動の増強型といったところです」

 

 これは私が他人に個性を説明するときに吐く方便の一つだ。

 『目覚め』の方の個性は、誰彼かまわず言いふらすようなものでもないし、死血を用いて自身の糧とするというのも言及をされたらいろいろと面倒なことの方が多そうだから、というのが理由だ。 

 単純に客観的に見て、私の個性は不気味であることは承知しているし、それに分類も極めて特殊である。変化型、増強型、異形型、動物型など……現在確認されているどの分類にも当てはまらない。

 どれに当たるのか訊かれても私も答えることはできないのである。

 学者気質の者なら研究対象にしたいと思っても不思議ではない。

 ただ私は、そんなモルモットのような扱いは望んでいないのだから、今後も公表することはないだろう。

 そのため、個性を訊かれた場合(あまり訊かれることもないが)、このような方便を吐いているのである。

 

「ふむ、なるほど。強化された身体そのものは個性とは関係がないわけだ。あくまで、身体を強化するという過程において発動される能力だな」

「……さすがです。今の言葉のやり取りだけでそんなことまでわかるんですね」

「さっきから俺の個性を発動しているが、あんたが戸惑う様子もあんたの身体が萎む様子もないからな。大体常時発動の増強型はこれをやられると例外なく戸惑う」

「趣味が悪いですよ」

「狩人の場合、表情から読むのは難しいが、まあ間違いないだろう」

 

 改めて思うがイレイザーヘッドの実力は本物だ。

 結果だけ見れば、無個性同士の殴り合いを制しているだけのように見える。

 しかし、それだけでは彼がこの地位まで上り詰めることはできなかっただろう。

 個性を消してから、(ヴィラン)に二の手を打たせない迅速さ。個性を消すことによる相手の行動を予見しての周到な準備。個性を消してからの自身の行動を決定する瞬時の判断力。そして白兵戦を制する純粋な実力。

 どれもトップクラスでなければ、彼の個性を活かすことはできない。

 確かに彼の個性は強力だし、突然個性を消された者の心理的動揺は計り知れない。

 動揺は隙を生み、思考を鈍らせる。

 かなりの手練れでなければ、いや手練れであればあるほど個性を使えなくなることを認識してから即別の思考へ切り替えることは難しいだろう。

 白兵戦を挑むか、個性の消失から回復する方法を探るか、撤退するか、さらに別の手段を用意するか。

 相手に複数の選択を強制させ、思考の隙に制圧を完了させる。

 言うは容易だが、実行し結果を残すことは非常に難い。

 それを彼は成しているのだから、彼と共に行動をするだけでも得られるものがあるだろう。それだけでも雄英にきた価値がある。

 

「さあ、そろそろ生徒もクラスに集まっているころだろう。行くぞ」

「わかりました。……なんですか、その手に持っているものは」

「ん? ああ、寝袋だ」

「……どういった趣向で?」

「いや、本当はこれに包まって行こうと思ったんだが、さすがに一緒に行くなら置いていこう」

「包まって行くつもりだったんですか」

 

 イレイザーヘッドは無造作に寝袋を自身のデスクの下に放り投げると、パックに入ったゼリー飲料を手にした。

 

「今年の生徒は、見込みがある者が多いといいが。どうなることか」

 

 不穏な物言いを残しつつ、私達は一年A組へ向かった。

 

 

◇◆◇

 

 

 廊下を進んで行くと、教室の前に掲げられている一年A組の札が見えた。

 ここへたどり着くまでもそうだったが、一年の廊下にはどこか弛緩した空気が満ちている。

 一年A組も例外ではなく、がやがやとした談笑の声がここまで届いてきた。

 私には、わからないが、これが学生生活というものなのだろう。

 

「……ちっ」

 

 イレイザーヘッドは露骨に舌打ちをすると、気怠そうに歩いていた脚を止め、クラスの入口へ立った。

 

「お友達ごっこをしたいなら他所へいけ」

 

 声を張っての一喝といったわけでもなく、ただ淡々と述べたにも関わらずクラスは水を打ったように静まり返る。

 

「ここは……ヒーロー科だぞ」

 

 彼はゼリー飲料のパックを開けると一気に吸い込んだ。

 生徒たちの視線が一斉に私たちに向けられる。

 不安、期待、疑問、怯え、驚き、様々な視線が混じる中に、緑谷出久の視線を私は見つけたのだった。

 

(後継者……彼が)

 

 間近で見ると、やはり彼が後継者であるとは思えなかった。

 肉体はあまりにも華奢。強い意志を感じるわけでもない。

 平和の象徴を担うには、あまりにも脆いと言わざるを得なかった。

 

(力だけでもなれないように、心だけでも平和の象徴にはなれませんよ、オールマイト)

 

 私の視線に気付いてか、彼と目が合う。

 しかし視線の意味にまで気付くわけもなく、彼は首を傾げるのだった。

 

「ハイ、静かになるまで八秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

 あれが先生か、という大多数の疑問の眼差しを前にイレイザーヘッドは意に介さず言葉を続ける。

 

「担任の相澤 消太(あいざわ しょうた)だ。よろしくね」

 

 クラスの皆は、あっけにとられ言葉もでないようだ。

 しかし、イレイザーヘッドは畳み掛けるように、生徒たちに指示を出した。

 

「早速だが、体操着着てグラウンドに出ろ」

 

 それだけ伝えると、イレイザーヘッドは有無は言わせないとばかりにそのままグラウンドに向かってしまった。

 生徒達は呆然とイレイザーヘッドの背中を見送り、我に返ったかのように教室中に動揺が広がった。

 

「どういうことだよ、ワケわかんねぇ!」

「とりあえず着替えて出ればいいのでしょうか」

「その通り! 先生の指示だ! 皆迅速に従おう!」

「はぁ~? なにいきなり仕切ってんだ。殺すぞ」

「本当に君は口が悪いな!?」

「ど、どうすればいいのかな」

「え、えっと。とりあえず眼鏡の彼の言うとおり指示に従ってグラウンドへ出たほうがいいんじゃないかな」

「でも入学式このあとすぐだろ? どうすんだよ!」

「知らねーよ!」

 

 ざわついた雰囲気は収まることなく、教室の至る所から混乱の声が上がる。

 各々何をすればいいのかわからない様子で混迷を極めていると言っていい。

 当然である。なにせ私すら知らされていないのだから生徒は何が起こっているかすらわからないだろう。

 

「あの。すみません。事務の方でしょうか?」

 

 私を見つけた女子生徒に声を掛けられる。

 黒髪のポニーテールが特徴的で、健康的な身体つきをしていた。

 確か、名前は八百万 百(やおよろず もも)

 

「いえ、私は事務員ではありません」

「学校関係者でいらっしゃいますよね。もう入学式も始まってしまうと思うのですが、こういうときでも担任の先生の指示に従ったほうがよろしいのでしょうか。雄英のやり方がまだわかりませんので」

 

 なるほど。私に指示を仰ぐのではなく、この学校の方針を聞くというのは賢しい。

 それに不安に囚われつつも行動に起こせる点も、ヒーローの素質というものなのだろう。

 しかし、生憎私自身もこの学校のことはよくわかっていないのだから、正しい回答を返すことはできない。

 

「申し訳ないですが、私にもわかりません」

「そうですか……」

「ただ、彼の言葉を借りるなら、ここはヒーロー科。もうヒーローになるための訓練は始まっているのではないですか?」

 

 彼女ははっとしたように眼を見開き、軽く会釈をすると教室の中へ戻っていき、いそいそと着替えのための準備をしだしたのだった。

 それを皮切りに、クラス中に波及していくように全員が着替えを始めたのだった。

 私も、彼を追いかけてグラウンドへ向かうことにした。

 

 グラウンドに行くと、イレイザーヘッドが一人で棒立ちで待っていた。

 

「相澤先生。いきなりどうしたんですか」

「気が緩みすぎだ。今日はヒーローになるということがどういうことかをあいつらにわからせてやる必要がある」

「少しクラスの様子を見ていましたけど、皆混乱していましたよ。もし来なかったらどうするつもりだったんですか?」

「教師の指示に従えないということは上司の指示にも従えない。上司の指示にも従えないやつがヒーローになれるわけがない。そんな奴は即刻除籍処分する。ヒーローにとって連携は必要不可欠。あんたも知っているだろう」

「……ええ、まあ」

 

 常に独りで夜に紛れ狩りを続けてきた私にとってまったく理解することのできないものだったが、適当に相槌を打って誤魔化す。

 

「ああ、そうだ。狩人にもやってもらうことがあるからな」

「やってもらうことですか?」

「途中までは、俺と一緒に見てもらうだけでいい。必要になったら声を掛ける」

 

 しばらくすると、遠くから、まだ大多数は混乱が抜けきらない面持ちでやってきた。

 

「よし、来たな」

 

 イレイザーヘッドは点呼もせず、適当に生徒たちを並ばせる。

 

「さ、今から個性把握テストをする」

 

 あまりにも唐突な展開にあちらこちらから、困惑の声が漏れ出た。

 ショートボブの女生徒から入学式やガイダンスはどうするのかという質問を『ヒーローになるなら、そんな行事に出ている暇はない』の一言で一蹴すると、続けてイレイザーヘッドは個性把握テストの説明を始めた。

 説明によると、個性禁止で行われていた体力テストを個性を用いて行うというもののようだ。

 体力テストも、孤児院ではやらなかったため耳なじみのない単語が並んだが、おおよそ単語から予想したものから外れることはないように思う。

 

「爆豪。中学の時、ソフトボール投げ何(メートル)だった?」

「67m」

 

 爆豪と呼ばれた少年が、ソフトボール投げの計測円の中に入り、イレイザーヘッドからボールを投げ渡された。

 彼は先ほどのクラスで一際言葉づかいが荒かったように記憶している。

 そして、私があの試験のときに、鍛えれば様になると評した子供の一人だった。

 

「じゃあ、個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいいから早よ」

 

 思いっきりな、との念押しがイレイザーヘッドから入ると、ストレッチもそこそこに爆豪少年は助走のために円の一番後ろへと下がった。

 確か、彼の個性は――。

 

「んじゃまぁ――死ねえ!!!」

 

 投擲と同時に彼の手元で爆音が炸裂し、大きな爆風を引き起こした。

 爆風に乗ったボールはぐんぐんと飛距離を伸ばしていき、ついには肉眼で視認できなくなってしまった。

 ピピ、という電子音がイレイザーヘッドの持つ電子端末から鳴る。

 彼が、その機械を皆の方へ向けるとそこには705.2mの記録を示していた。

 

「まずは、自分の最大限を知る。それがヒーロー素地を形成する合理的手段」

 

 今まで個性を極力使わないように教育されてきた結果、彼らは自身の全力を知らない。

 全力を知らなければ何が得意でどこに欠点があるかもわからない。

 全力は自分自身の今の力と限界を知る合理的手段だし、自身の方向性を考えるいいきっかけになる。

 

(それに、彼の力を間近で見るチャンスがこんなに早くくるとは思わなかった)

 

 緑谷出久は、あからさまに平静を失い挙動不審になっている。

 試験時には、強すぎる力に対し制御しきれず自傷していたが、あの様子から察するにまだコントロールができていないのだろう。

 そもそもあの身体で、使いこなせる道理もない。そもそもの身体能力があまりにも足りていないのだから。

 私は気づかれぬよう、深くため息を吐くのだった。

 

 爆豪勝己の記録を見て、俄かに湧きたつ生徒達。

 称賛の声と、全力で個性を使えることの歓喜。

 だが、皆の様子を見てイレイザーヘッドの表情が露骨に曇る。

 

「なんだこれ!! すげー面白そう!」

「705mってマジかよ!」

「個性思いっきり使えるんだ!! さすがヒーロー科!」

 

 今の言葉が決定的だと言わんばかりに、イレイザーヘッドが大きく息を吸う。

 

「……面白そう……か」

 

 ゆっくりと息を吐きだしながらイレイザーヘッドが生徒達を睨み付ける。

 

「ヒーローになる為の三年間。そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

 突然の雰囲気の変貌に生徒達は困惑した表情を浮かべた。

 つい先程までのくたびれた様子からは、想像できないほどの迫力でイレイザーヘッドは言葉を続けていく。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し除籍処分としよう」

 

 生徒にとって、予想だにしない処分宣告。

 今日一番の混乱が、この場を支配していた。

 

 

◇◆◇

 

 

 個性把握テストは、つつがなく進行していった。

 さすがに雄英高校ヒーロー科に合格するだけあり、各々がどこかしらで一つは大きな結果を残していた。

 同時に個性を一つ一つじっくり見ることができたが、なかなか優秀な個性が揃っているように思う。

 勿論まだまだ粗削りであり、磨かなければ対(ヴィラン)の実戦では使えそうではない。

 故に私にとっての興味からは些かかけ離れていることも事実であり、端的に言ってしまえば、退屈を覚えていた。

 それでも、各々光るものがあることは間違いなく、いずれ人々を救済するヒーローとしての可能性が見えたことも確かである。

 しかし、一人だけ例外がいた。緑谷出久である。

 やはりというべきか、彼は個性を一度たりとも使っていなかった。

 彼の焦りは、顔に浮かび冷や汗が滝のように流れていた。

 そして、いよいよ種目数がわずかになってきたところでボール投げへ移った。

 彼は何かを決意した面持ちで、円の中に入る。

 

(ワン・フォー・オール(あれ)を使うつもりだろうか……?)

 

 緑谷出久にとっては自滅する個性でしかないワン・フォー・オール。

 今、最下位を独走する彼の表情は絶望に染まっていた。

 緑谷出久は助走をつけ、悲壮な決意を秘めた眼でボールを投擲する。彼が思い切り腕を振りぬいたボールは緩い放物線を描いて、46mという人並みの成績を記録した。

 しかし、緑谷出久はその記録ではなく別のことに驚愕をしているようだった。

 

「な……今確かに使おうって……」

 

 イレイザーヘッドの個性。抹消が緑谷出久のワン・フォー・オールを打ち消していた。

 緑谷出久が、イレイザーヘッドの方を視る。どうやら、相澤消太がイレイザーヘッドであると気付いたようだった。

 私もせっかく、彼の力を視られると思ったのにもかかわらず、見ることができたのがただの投擲では拍子抜けである。

 私にとって唯一の目的でもある彼の力を視ることができず僅かに不満を覚えたのだった。

 イレイザーヘッドに近づき、小さな声で抗議をした。

 

「なぜ、打ち消したのですか」

「わかったのか」

「当たり前です。ようやく彼の力を視ることができたのですよ」

「入試でもそうだったが、奴は個性を制御できていない。今も、なりふり構わず大怪我を前提に個性を使おうとしていた。はっきり言って迷惑なんだ。見込みの無い者が、玉砕覚悟で自滅されて行動不能になっても。そうなれば必ず誰かが助けてやらねばならん。それともそういうつもりでやろうとしたのか? なあ、緑谷」

 

 いつの間にか私の背後に緑谷出久が立っていた。

 

「そん、そんなつもりじゃ」

「そんなつもりじゃなくても、結果としてそうなるんだよ。そして周りは助けちまう。なにせここにいる者は皆ヒーローなんだからな。だけどお前は違う。助ける側ではなく、助けられる側だ。今のお前じゃヒーローになれないよ」

 

 あまりに重い、現役ヒーローからの言葉。

 緑谷出久の眼から、光が消えようとしていた。

 

「個性は戻した。ボール投げは二回だ。とっとと済ませな」

 

 緑谷出久が再び円のなかに入る。

 なにかをブツブツとつぶやいていたが、なにを言っているかは聞き取ることができなかった。

 

「安心しろ。次は止めない」

「もし行動不能に陥ったらどうするつもりですか」

「見込みなしとして除籍処分だな」

「もし、彼が個性を使わなかったらどうするつもりですか」

「そのときは宣言通り除籍処分だな」

「そうですか」

「前から思っていたが反応薄いな」

 

 緑谷出久は確かに、ワン・フォー・オールを継承した。

 しかし、彼を目にかけているのはあくまでオールマイトであり、私ではない。彼が除籍処分になるのなら、ただ予想通りというだけの話である。

 だけどもし、この状況を打破できるのなら――。

 緑谷出久が、再度投擲フォームをとるが、形だけみれば先ほどと何ら変わりのないものだった。

 

(諦めたのだろうか)

 

 いや違う。

 光が消えていた眼に、再び光が宿っている。あれはなにか、企んでいる目だ。

 助走をつけ、思い切り腕を振りぬく。

 瞬間、爆発的な加速と共に矢のごとき鋭さで彼方へとボールが消えていった。

 

(このパワー……全盛期のオールマイトには及ばずとも、その面影は見える)

 

 しかし個性の行使。つまりそれは――。

 

「先生……! まだ……動けます」

「こいつ…………!」

 

 緑谷出久は、堂々とまだ行動不能に陥っていないことを宣言したのだった。

 イレイザーヘッドが思わず笑みをこぼす。

 緑谷出久がイレイザーヘッドに向かって、痛みから涙を溜めながらも拳を握る様は健在であることを示していた。

 

「ボールから放す瞬間に指先だけに力を入れたのか」

「は、はい。これが僕にできる、今の全力です」

 

 結果をだし、且つ行動不能に陥らない唯一の道。彼はそれを、誰の助言も得ずに自力で辿り着いた。

 その時の最善手を自ら探し出す。間違いなく、ヒーローに、人を救済するヒーローに必要な素養を彼は持っていたということだ。

 

(少しは、期待をしてもいいのかもしれない)

 

 私も少しだけ、彼の評価を改めなければならないようだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「んじゃ、パパっと結果発表」

 

 イレイザーヘッドのだらけた声とは裏腹に、生徒の間に緊張が走る。

 余裕の表情のもの、真剣な表情のもの、眼をそらし拳を握っているもの様々だが、大半は緑谷出久が落ちているものだと思っているようで、存外平静を保っているように見える。

 

「口頭で説明するのは時間の無駄なので、一斉開示する。空間投影するから自分の順位を確認しておけ」

 

 イレイザーヘッドの持つ端末から順位表が投影される。

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

 あっけらかんと言い放たれたその言葉に、生徒のほとんどが固まり、その後抗議の意味も含めてか絶叫が上がっていた。

 

「君らの最大限を引きだす、合理的虚偽」

 

 さらに絶叫は大きくなるが、八百万百だけはやけに冷静に状況分析をしていた。

 彼女は、あんなもの嘘に決まっていると切り捨てたが、実際緑谷出久が力任せに個性を使っていたら、イレイザーヘッドは容赦なく除籍を言い渡していただろう。

 合理的虚偽といった言葉こそ、彼が今後を円滑に進めるために吐いた合理的虚偽と言えるのだが、言う必要もないため黙っておいた。

 

「さて、皆も順位を確認したようだしこれにて終わり、と言いたいところだが本番はここからだ」

 

 不敵な笑みと共にイレイザーヘッドが唐突に、私の腕をつかんだ。

 この個性把握テストですら、私の知る範疇ではないのにこれ以上なにがあるというのだろうか。

 

「彼女の紹介をまずしよう。ほれ」

 

 イレイザーヘッドに促されるように前へ出た。

 

「この度一年A組の副担任を任されることになりました。よろしくお願いします。一応プロヒーローの資格をもっています。コードネームは狩人なのでそう呼んでください」

 

 狩人としての矜持を表す一礼を最後にして、言葉を締める。

 自己紹介といっても、生徒も興味はないだろうしこれで何事もなく終わるだろう。

 しかし私の予想とは反対に自己紹介を終えると生徒達、特に男子生徒から、歓喜の声が上がった。

 

「YEAH!! マジで!? 謎の美人が見ていたと思っていたけどまさかの副担任!? めっちゃテンションあがるなぁ!」

「てっきり相澤先生の恋人かと!」

「綺麗な金髪、それに翡翠色の眼も素敵ね」

「私は教育実習の方だと思っていましたわ」

「ねえ、知ってる? 私、狩人なんてヒーロー知らないや」

「いや、イレイザーヘッドと違って、名前すらきいたこともない」

「新人、にしちゃあ風格はあるな。俺が知らないだけか?」

「ぐへ、ぐへへ、ぐへへへへ」

 

 巨峰頭の子がやたらぎらついた眼で視てきていた。確か峰、峰……下品グレープと名付けよう。

 その後、いくつか質問がとんできたが無難な自己紹介としてオールマイトに教えられたものをこなしておく。

 しかし、イレイザーヘッドはいきなり何を考えているのだろうか。

 

「では、これから狩人先生にプロヒーローのすごさを見せてもらおう」

「はい?」

「さあ! プロヒーローと一戦交えたい奴は前に出てこいや! 狩人先生が相手になってくれるぞ! 自分の実力を知りたい奴もプロの壁を知りたい奴もどんとでてこい!」

 

 あまりに唐突過ぎて一瞬思考が遅れた。彼は何を言っている?

 

 数瞬の間を置いて一斉に生徒達から手が上がる。と、同時にすべての視線が私に向けられた。それも好奇心に満ちた目で。

 断るのは簡単だが、それをしていいものなのかすらわからなかった。

 とりあえず、イレイザーヘッドに意図を問いただそうと詰め寄った。

 

「相澤先生、何を言ってるのですか」

「ま、組み手のような軽いデモンストレーションだと思ってくれ」

「そうではなくですね。私も、私の個性も見世物ではありません」

「俺も。俺もあんたの実力が見たい。いいだろう? 何せ狩人先生のことを俺は何も知らない。俺はあんたの目の前で緑谷の個性を消して見せた。だから狩人先生も口だけじゃないことを見せてプロとして俺の信頼を勝ち得てくれ」

 

 イレイザーヘッドは不敵な笑みを携えたまま眼を怪しく光らせる。

 確かに、私は表立った功績がない。

 だから、イレイザーヘッドは私をプロとしての実力を試そうという気なのだ。

 入学式早々、私の教師生活も波乱の幕開けとなるのだった。




【Profile】

性別:女性
年頃:若年
出自:生まれるべきではなかった

体力:60
持久力:40
筋力:55
技術:50
血質:40
神秘:40

【所持装備】
狩人の狩装束
鋸鉈
月光の聖剣
エヴェリン
貫通銃

etc...

【所持アイテム】
古い狩人の遺骨
聖歌の鐘
小さなトニトルス
彼方への呼びかけ

etc...


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4.個性把握テストその後、授業開始

 個性把握テストも終わり、このまま解散になるのかと思いきや急遽私と生徒との手合せがイレイザーヘッドの一存で決まってしまった。

 自由だと思っていたが、こうも振り回されるとここまで自由なのかと辟易もしてしまう。

 しかし、決まってしまったことは仕方がない。

 参加したいと、駄々をこねる緑谷出久を雄英救急ロボットがリカバリーガールのところへ引きずっていくのを見送ったのちに、改めてイレイザーヘッドに向き直った。

 

「わかりました。方法は、もう決めてあるのですか?」

「おっと、存外素直だな」

「反抗しても無駄だと思いますし、それに相澤先生のいうことも一理あります。同じ教師になったからと言って手放しで私を信用しろという方が無粋だと思っただけです」

「物わかりが良くて助かるよ。やり方は別に任せる。俺はあんたの実力が見られればなんでもいいからな。一対一でも、できるのなら多対一でもなんでも構わない。ただし、時間はそんなにないからちゃっちゃとな」

「そうですか。でしたら、希望者から一対一で手合せをするということで」

「君たち聞いたか? 希望者から一対一だそうだ」

 

 私は今、パンツスーツ姿にパンプス。それに左右どちらの得物もない。

 いつもの動きは不可能。かといって、過剰な油断が許される相手でもない。さすがにこの恰好で多対一は無謀と言わざるをえない。

 それに、私自身、彼らの地力をみるのなら一対一が望ましい。

 

「いきなりプロに見てもらえるなんてさすが雄英!」

「今の私を知る絶好のチャンス、というわけですわ」

「ずっと試したかったことがあるんだ!」

 

 あちらこちらから声が上がるが、その大半は自分の個性を使って対人訓練ができることに喜びを覚えているようだった。

 彼らはヒーロー科を受験するくらいだ。どういう風に(ヴィラン)に立ち回るのか、想像の中だけだとしても何度もしているはずだ。

 その考えた方法が通用するのか、実際に自分の身体を動かせるのか、そういう()()()の部分が抜け切れていないようだ。

 甘いのは、まだ仕方がない。だが、いずれその甘さを捨て、覚悟をもたなければならない。そして、それはできるだけ早い方がいい。

 ならば、やるべきことは一つ。

 ()()()()()()()()()()()

 

「んじゃ、俺が開始の合図をするぞ」

「その前に、ルールを作っておきたいのですが」

「ああ、そうだな。終わりの条件を付けておかないとだらだら続けることになるところだった」

「生徒側の皆さんは、私に膝をつかせたり倒れ伏せさせたら勝利、でどうでしょう」

「そんなものでいいのか」

「ええ。それほど派手にやるつもりもないので。皆さんは背中を地面に着けられたらおしまいということで。着けられなければ何度向かってきてもらっても構いません」

「ま、狩人がそれでいいなら、俺から口出しをするつもりはない。だがあまり舐めてると痛い目を見ることになるぞ」

「舐めていませんよ。ですが、負けるつもりも微塵もありませんし、わざと負けてあげるほどお人好しでもありません」

 

 私のその一言をきっかけに、生徒達の間に緊張が奔った。

 数人からは、殺気や敵愾心にも似た視線を感じる。

 

「あぁ? ちょっと舐めすぎだろ」

「爆豪。口が悪いぞ」

 

 イレイザーヘッドが爆豪勝己を嗜める。

 

「いえ、構いませんよ。彼も相澤先生と同じです。私が力を示さなければ納得してくれないでしょうから」

 

 生徒が一人、集団から抜け出て、私の眼前に立った。

 爆豪勝己。爆破の個性をもち、試験時から協調性はなく人一倍負けん気の強い生徒。そして誰よりも自信に満ちた目をしている。

 

「では、爆豪くんからでいいですか?」

「オォ、構わねぇよな、てめェら」

 

 他に手をあげていた生徒を睨み付け威圧するかのように、言い捨てる。

 冷静に見守る者、自分が先だと主張する者、爆豪勝己を鼓舞する者。

 しかし、誰もが明確に言葉にせずとも爆豪勝己に訴えかけていた。目にものを見せてやれ、と。

 お互いに距離を取り、爆豪勝己は体勢を低くする構えを取った。

 

「始める前に、一つだけ」

「あぁ?」

「私の個性は、身体能力を強化するだけの増強型の個性です。私だけ皆さんの個性を知っているのは不公平ですからね。トリッキーなことはしません。正面からねじ伏せます。ああ、もちろん爆豪くんも個性を十分につかってください」

「本ッッ当に、舐められたモンだなぁッ!!」

 

 爆豪勝己は三白眼をさらに吊り上げ、絶叫する。

 

「それじゃ、はじめ」

 

 イレイザーヘッドの気の抜けた開始の合図とともに、爆豪勝己は両手の掌を背後に向けて爆破した。

 爆風に自身の身体を乗せて、加速し瞬間的に間合いを詰めてくる。

 

「しぃいぃいねぇえぇえぇッ!」

 

 高速で迫りくる中、爆豪勝己は右腕を大きく振りかぶった。

 と同時に、左腕を私の眼前に突き出す。二発の爆音が鳴り響き閃光と爆煙、そして土煙が巻き起った。

 目の前で弾けた強烈な閃光により一瞬瞬きを余儀なくされ、その間に私の周囲は土煙に覆われ視界は全くきかなくなっていた。

 

(左手で煙幕とスタングレネード、右手で土煙を起こしたというわけか)

 

 粗暴そうな性格と頭に血が上っていそうな発言と違って随分慎重で、繊細なことをする。

 この土煙に乗じて、私を攻撃するつもりのようだ。

 可能性としては、右で地面を叩き付けた際に上空へと飛び上がり、ほとんどの人間の死角である直上からの攻撃――。

 

「と、思うだろ? 死ねやぁッ!」

 

 土煙を割りながら三時方向から、爆豪勝己が飛び込んできた。今度こそ本命だと言わんばかりに先ほどよりも右を大きく振りかぶっている。

 右手を叩き付けた時に角度をつけていた、ということか。本当に器用なことをする。

 思わず感心してしまった。

 だが。

 

「想定内です」

 

 一歩だけバックステップを踏み、爆豪勝己の渾身の右ストレートパンチを回避する。

 全力の一撃を空ぶった彼は、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「んなッ!? なんっ……」

「なんでわかったか、ですか」

 

 作戦としては悪くない。視界を奪うのも、思考を誘導するのも、よく考えられていた。だが、所詮即席にしてはである。

 冷静にみれば、あまりにも荒が目立つ。

 彼自身の着地音に、本命の攻撃を当てるための力を溜めて地面を蹴る音、土煙のゆらぎ。どれか一つでも十分なのに、いくつも場所を特定する要素が多く存在した。つまり、どこから攻撃を仕掛けてくるのか丸わかりだったのである。

 視覚を奪えば勝ちと思っていたのか、むしろ土煙が舞っていた方がわかりやすいくらいだった。

 そして何よりも。

 

「目くらましをしているのに奇声をあげて自分の位置を教えるのは行動として下の下。詰めが甘い」

 

 体操服の襟首をつかむ。

 

「ぐ、女ごときの力で、俺を倒そうなんざ――」

「言ったでしょう。私の個性は増強型だと。身体能力ならば、爆豪くんよりも、何倍も強い」

「があああッ!」

 

 襟首をぐいと引き、そのまま地面へと叩き付け、立ち上がれないように左手で首元を押さえつけたのだった。

 私の筋力は、十分なタメさえ作れば鉱石を発現した異形型の(ヴィラン)の肉体をも素手で貫くことができる。

 増強型の個性でない彼の力では、いくら暴れようとも到底私を引きはがせるわけもなかった。

 

(敗北も認められないか。流石にまだ青い)

 

 土煙がはれると、仰向けに倒れた爆豪勝己と私を見てクラスメイトは全員が戸惑いながらどよめいていた。

 爆豪勝己も、信じられないといった顔つきで彼は私の顔を見上げている。

 

「作戦は悪くありませんが、その他の部分で荒が目立ちます。複数の選択を強制させているように見えて、実際のところは一択しかない。だからこんな風にピンポイントでつけいれられる。何はともあれ、爆豪くんは背中をつきました。私の勝ちですね」

「…………くっそがぁああぁああッ!」

 

 爆豪勝己は悔しさを隠すことなく、右の拳を地面に叩き付ける。

 

「再戦は、いつでも受け付けますよ。ただし、これが今の君と私の差です。はっきり言って、今の君では何千何万回とやっても結果は変わらないと思います。よく噛みしめてください」

「ぐっ、ぐぅっ……!」

 

 爆豪勝己はぎりと歯噛みする。

 

「は、狩人の勝ち」

 

 イレイザーヘッドが、若干の驚きの色を浮かべつつ私の勝利を宣言する。

 私には、理想のヒーローを語る資格はない。資格はないが、この程度で自信を喪失しそこから立ち上がることができなければ、ヒーローになる以前の問題だ。

 なにせこの仕事は、私のような個性でない限り、命を賭す仕事なのだから。

 私は土煙でついた埃を払いながらゆっくりと立ち上がり、集団の方へ向き直した。

 

「さあ、次は誰が来ますか?」

 

 

◇◆◇

 

 

 雄英の食堂は豪華である。

 なにせクックヒーロー:ランチラッシュが手ずから作っているのだから、その味の保証は間違いない。

 私は食に関しても、大した感動を覚えることもないがここの食事は素直においしいと思える。

 

「やあ! 昨日は大立ち回りを演じたそうじゃないか! 相澤くんから聞いたよ」

「オールマイト。あれは不本意なものですから。私の意志じゃありません。というより見てましたよね」

「気づいてたの!?」

「むしろあれで気づかれないつもりだったんですか」

 

 私の対面にオールマイトは腰を掛け、身体に不釣り合いな小さなお盆の上に乗った身体に見合った大盛りのカレーライスを食べ始めた。

 胃を全摘出しているのだから、食べきれるはずもない。しかしそれでもこうしているのは、オールマイト(皆の知っている姿)を曇らせないため。

 それに生徒もいるような人前にでてくるときは、マッスルフォームでいるつもりなのか。

 時間制限もあるのに、律儀なお方だ。

 

「どうだった。君から見て彼らは」

「個人としてですか? 全体としてですか?」

「全体として、で頼むよ。君の個人の講評は辛辣さに私の心の方が耐えられそうにないからね!」

「はあ、そうですか。全体としてはまだ青い、の一言ですね。ヒーローとして見た場合、伸びしろは十分ですが、実力はまだ不十分です。個性の扱いも、身体の作りも。まあ、つい数週間前まで中学生だったことを考慮して学生としてみる分には十分じゃないですか。私が十五のときはまだ個性に目覚めたばかりのころでしたし、あの頃の私よりは全員強いのは間違いないです。ですから、これから強くなる可能性は大いにあると思います」

「そうかそうか。君が言うと説得力が違うな!」

「ただ、副作用と言いますか、今朝教室に行ったら何人かから怯えられてしまっていました。こればかりは想定外ですね。もっと反発してくる方で想定していたので。やたら素直なのは私にとっては楽なのですが、これでいいものなのかと」

「教師にとって、生徒からの畏怖の念は大事にすべきものだぜ」

 

 昨日の個性把握テストの後、私は結局怪我でできなかった緑谷出久以外の全員と手合せし、全員を叩き伏せたのだった。

 私としては、緑谷出久と手合せできるものかと思っていた分、できないとわかってから若干力が抜けてしまったが、それでも真剣に向かってくる生徒に失礼の無いよう完膚なきまでに叩きのめしたつもりだ。

 

「昨日は大変だったよ。相澤くんから君は何者だって詰め寄られちゃってね」

「本職のこと言ってませんよね? オールマイトは身体の安心感と違って口の方はうっかり言っちゃうことたまにありますから」

「くー! 辛辣ゥ! 大丈夫! 言ってないから安心しな。元ヒーロー公安委員会の実働部隊って言ってごまかしておいたから! 納得したかどうかはわからないけどそうですか、って言ってもらえたから!」

「勝手に、設定を捏造するのやめてください」

 

 私も、あれだけやったのだからイレイザーヘッドから何か聞かれると思って身構えていたが、昨日はやけにあっさりと私を解放してくれた。

 まさかオールマイトに訊きに行くとは思わなかったけれど。

 

「ところで、今日の午後は時間あるかな?」

「今日の午後は、一応カリキュラムを組んで授業の進行予定表をつくれって言われてます。デスクワークですね」

「よし! なら、午後の授業を私と一緒にでてくれないか!」

「なにがよしなんですか。よくないですよ。話きいてましたか?」

「私から提出期間を延ばしてもらうように言っておくから。どうしても君に今日の授業は見てもらいたいんだ。な、お願いするよ」

 

 こうなるとオールマイトは引かない。

 となれば、私の取れる選択は一つというワケだ。

 

「わかりました」

「グレイト! 助かるよ。君のその淡泊さは気が楽でいい」

「淡泊なんですかね。それで、授業はなんですか」

「ヒーロー基礎学さ! 君にもお手伝いをしてもらいたい!」

「ヒーロー基礎学、ですか。何度も言いますけど、私から彼らにヒーローとして教えられるものはないですよ」

「いやいや、むしろ君にうってつけさ。なにせ内容は、戦闘訓練だからね」

「……なるほど。そういうこと、ですか」

 

 オールマイトはぐっと親指を立てサムズアップのジェスチャーをとる。

 なんとなくではあるが、オールマイトが私になにをやらせようとしているのか察しがついた。

 私にとって初めての授業が始まろうとしていた。




【古い狩人の遺骨】
古い狩人の遺品。その名は知られていない。

その狩人は、独自の業「加速」の使い手でもあった。

その遺骨、意志から古い業を引き出すとは
夢に依って遺志を引き継ぐ、狩人に相応しいものだろう。


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5.戦闘訓練、轟焦凍との衝突

 午後に入り、ヒーロー基礎学の授業が始まった。

 一年A組も、ヒーローらしい授業が始まるとなると自然とテンションも上がっていく。さらに講師が、オールマイトというのならば尚更だ。

 それに、拍車をかけるように入学前に要望をだした自分だけのオリジナルの戦闘服(コスチューム)まで支給されたのなら、もうテンションを上げるなという方が無理である。

 各々が渡された戦闘服(コスチューム)に早速着替え、戦闘訓練を行うために一般入試での市街演習を行ったグラウンド・βにあるビル施設の前に集まった。

 

「おお、君がその恰好をしているのを久しぶりに見たよ!」

「オールマイトはそうかもしれませんね。ここ数週間ずっとリクルートスーツでしたから」

 

 昼休憩の間にオールマイトに言われ、私も自らの戦闘服である狩装束に身を包んでいた。

 私の狩装束は夜の闇に紛れるために誂えた漆黒の革のコートである。

 現代では革製品などという前時代的な衣服はもうほとんど見ることはない。

 現代衣服、特に戦闘服の主流は頑丈な特殊繊維を使うものが多く、革製品は一部の好事家が収集する程度の嗜好品と化している。

 しかし私は、革独特の重厚感のある色味が好きだった。現代の特殊繊維を使った軽量且つ頑丈な衣服では絶対に出せない重量感もまた素晴らしい。

 被打撃の防御面では特殊繊維よりも革に軍配が上がるものの、対(ヴィラン)を想定した戦闘服として合理的な観点から言えば、衣服は軽い方がメリットが大きい。

 衣類程度の防御力では、ダメージカットは大して効力がないとされているからだ。

 特に機動力の面においてどちらに軍配があがるかは自明であり、この一点で革製品は淘汰されたと言ってもよい。

 だが私の身体能力を考慮した場合、あまり大差はないものと判断し私は革を好んで着ているのである。

 もちろん、ただの革のコートではない。

 革の表面に炎や冷気、通電や一定の毒素に対して完全な遮断とまではいかないが、ある程度の耐性を付加する特殊塗料を塗布した加工を施してある。

 特徴的なのは、縁が上方へ反り返った枯れた羽を彷彿とさせる三角帽、肩から肘までを覆う血を掃うための小さいマント、そして瘴気等を防ぐための鼻から首下までをぐるりと囲うマスクである。

 そして、革の手袋から膝下までを覆うブーツも当然コートと同等の素材、同等の加工を施してあり、これらを全て着用することで狩装束は完成する。

 

「やはり、この恰好が一番落ち着きます」

「うんうん。ヒーローたる者、そうでなくっちゃな! これからはリクスーじゃなくてこっちでいいよ。君機会がないとずっとリクスーのままだとおもったから、ちょっとお節介した」

「お心遣いありがとうございます」

 

 ヒーローと名乗るには、この装束はあまりにも(ヴィラン)の血が染みついてしまっているが、言葉に出すことはしなかった。

 私がオールマイトと話していると、俄かに生徒たちがざわつき始めていた。

 

「すげぇ、真っ黒だ」

「深淵の闇を従える者」

「眼しか露出がありませんわ。息苦しくないのでしょうか」

「革って動きにくくないんかなぁ」

「カムバック! ぴちぴちリクスー! 健康的なエロス!」

「やっぱり、あんな恰好のヒーローなんて視たことないぞ……」

「かっくいー!」

 

 どうやら、それぞれこの姿に思うところがあるようで、漏れ出るように感想が聞こえてきた。

 多くの視線を感じるが、直接私に訊いてくるような者はいない。やはり、昨日の件が響いているのだろう。

 

 「さあ! 戦闘訓練を始めるぞ!」

 

 オールマイトが、今回の戦闘訓練の趣旨を説明し始めた。

 くじ引きで二人一組(ツーマンセル)を決め、また同じくくじ引きでヒーロー側と(ヴィラン)側に分かれて屋内での戦闘を想定して訓練を行うというものだ。

 私は昼休憩に事前に聞いているので、特に新鮮味はないものの、やはりシチュエーションにおける設定が不足してるように思ってしまう。

 今回想定されている状況は、(ヴィラン)がアジトに核兵器を隠しており、ヒーローはそれを処理するというもの。

 確かに対(ヴィラン)戦は屋内であることの方が多い。それが大物であればあるほどだ。

 昼に聞いた際に、このシチュエーションにおける(ヴィラン)側の行動原理や目的が欠落している点を指摘しつつ、そのシチュエーションに対してのヒーロー側(ヴィラン)側、双方のクリア条件が緩すぎると思い、現実に即した案を提案してみたが、それだと誰一人クリアできないからダメ、と一蹴されてしまった。

 まあ、ただの案であり、オールマイトの決めたことに必要以上に口を出すつもりもない。

 それにオールマイトから、「これくらい緩くしないと彼らが(ヴィラン)をどう見ているかが分からない」という一言でなにも言えなくなってしまった。

 確かに、彼らの中にある(ヴィラン)像というのは、非常に興味深いものがある。

 彼らの年頃に私が思っていた想像上の(ヴィラン)像を思い出そうとしてみたが、思い出すことはできなかった。

 しばし、昼にした会話を思い出しつつ考えに耽っている間にくじ引きは終わり、さっそく最初の組が訓練を開始した。

 訓練を行う者たち以外は、同ビルの地下にあるモニタールームで観戦をするようになっている。

 一組目のヒーロー側は緑谷出久、麗日お茶子ペア。(ヴィラン)側は爆豪勝己、飯田天哉ペア。

 (ヴィラン)側の爆豪勝己の奇襲から始まり、緑谷出久との戦闘。麗日お茶子の探索に飯田天哉との戦闘といった形で緒戦から見た目は派手に進行していった。

 見た目は派手だが、やはりというか、ヒーロー側と(ヴィラン)側というシチュエーションは形骸化してしまっている。

 ヒーロー対(ヴィラン)ではなく、ただの生徒対生徒でしかない。

 

(仕方のないことかもしれないが、これではシチュエーションの意味がない)

 

 それとも彼らの中の(ヴィラン)とは、()()()()()()()()()()()()()だと思っているのだろうか。

 結局、緑谷出久対爆豪勝己の子供じみた(実際子供なのだが)喧嘩のような戦闘の終わりと共に、麗日お茶子が核とされているハリボテへ触れることによってヒーロー側の勝利で終えたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 戦闘訓練自体は、大きな問題が起こることもなく進行していった。

 オールマイトは一組一組訓練が終わるごとに、丁寧に講評を与えていった。

 

(恵まれている。あのオールマイトがこんなに丁寧に教えてくれるなんて)

 

 かつての彼の多忙さを思えば、こんな光景は考えられなかった。

 呼吸をするように人の救済をする彼は、食事と睡眠とトレーニング以外の全ての時間をヒーロー活動に費やしているようなものだった。

 私も一時オールマイトに師事していたが、これほど丁寧に教わったことはない。ほとんどは見て盗むか、組手の相手をしてもらう程度だった。

 だから彼らを純粋に、羨ましいと思う。

 

「お疲れさん! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし! しかし、真摯に取り組んだ!! 皆、初めての訓練にしちゃ上出来だったぜ!」

 

 オールマイトから締めの言葉が入る。

 まだ時間は少しあるがオールマイトのマッスルフォーム維持時間を考えれば、余裕をもっておいた方がいいだろう。

 あと三十分も保っていられないはずだ。

 

「さあ、これで終わりだが、最後に君からも少し講評をしてもらおうかな!」

 

 突然、オールマイトからびし、と指を突き付けられ話を振られた。

 予想と違っていたが、やってもらいたいことというのはこれのことか。

 

「クラス全体をみて、どう思ったか言ってもらうだけでいいから」

 

 しん、と静まり返り、緊張した面持ちへと変わる生徒達。

 どうやら私に対してはオールマイトとは正反対の印象らしい。

 だが、彼らにどう思われようと私には関係はない。

 オールマイトの言うとおり、私が思ったことを言うだけだ。

 

「そうですね。オールマイトの仰っていたように、初めての手さぐり状態にしてはそれらしく動けていたのではないですか」

 

 その言葉を聞くと、生徒の間からほっという胸をなでおろす安堵の声が聞こえた。

 辛辣に言及されると思って身構えていたのだろう。

 ただ、私は未熟を前提とした評価を与えるつもりは、全くない。

 

「ただ全員に言えることですが、誰一人シチュエーションを正確に理解していませんでした。ヒーロー側も(ヴィラン)側も然りです。もし次回があるのなら、その点を考えて動けない限り無駄な訓練になるでしょうね」

 

 生徒達の間に再び緊張が戻る。

 表情をこわばらせているものもいるし、真剣な顔つきのものもいる。

 これ以上は自分で考えさせるべきだろうと、言葉を飲み込もうとしたら生徒の中からゆるりと手を上げる者がいた。

 

「どういうことか、ぜひとも教えてくれ」

 

 やや怒気を含んだ冷徹な口調。質問というより詰問に近い物言いだ。

 轟 焦凍(とどろき しょうと)。あの個性把握テストの後に、反発という形で自身の意見を表した数少ない生徒の一人。

 そして、私との勝負で、もっとも粘った生徒でもある。

 彼の個性である半冷半燃は、相反する属性を併せ持つ稀有なものだった。

 一般試験の入試でみない顔だったので戦闘を見たのは初めてだったが、その稀有な個性が飾りではなく爆豪勝己に勝るとも劣らない素質の持ち主であることを、見事に示した。

 しかし、使うことができないのか、わざとなのかわからないが、私との勝負では"冷"の部分しか使用しなかったため、まだまだ彼は実力の全てを見せていないように思う。

 彼もまた、今はまだ粗削りではあるが鍛えればそれなりに様になるであろう一人だ。

 

「私が答えてしまっていいのですか? 考える機会を与えているつもりなのですが」

「あぁ。センセイに講義してもらいたいね」

 

 彼の反発には心当たりがある。この反発は私に敗北したからではない。

 私が彼に「個性の全てを使わない限り結果は変わらないし、ヒーローを志すにもかかわらず今持ちうるベストを尽くせないものが大成することはない」といった後から反発がはじまったからだ。

 どうやら彼自身、自分の個性に思うところがあるらしい。

 その証拠に、今回の戦闘訓練でも彼は"燃"の部分を訓練終わりに自身の起こした凍結の解除にしか使わなかった。

 確かに彼の実力は他の生徒よりも頭一つ抜けているが、それでも今回の彼がやったビルを丸ごと凍結させるような派手なことをせずとも、両方の個性を使えばもっと消耗も疲労も少なく楽に、そしてなによりも現実に即して制圧ができたはずだからだ。

 

「で? 何がダメだって? 少なくとも俺はシチュエーションもクリア要件も完璧にこなしたつもりなんだがな」

「完璧、ですか。あれが」

「あぁ。攻略時間もどのチームよりも早かった。何の問題がある」

「笑わせますね」

「あん?」

 

 本当に笑わせる。あれで(ヴィラン)を攻略したつもりなのか。

 

「轟くんは(ヴィラン)を知らなさすぎる」

「意味がわかんねぇ。動きも封じた。核も回収した。どこに問題があるんだよ」

「いいですか。今回のシチュエーションの要点は(ヴィラン)がわざわざ自身のアジトに核を持っていたという点です」

「だからどうした」

「核兵器は最大級の攻撃手段であるのと同時に最大級の危険物でもあることは、轟くんも承知しているかと思います。それを自らのアジトに持ち込んでいるという状況は、つまるところいつでも自爆する覚悟があることを想定して動かなければならないのですよ」

「はあ?」

 

 まだ学生には、(ヴィラン)の思考回路を追跡するのは、難しい。

 (ヴィラン)が何を考え、何を思い、どんな矜持をもっているのか。

 どんなに分析しても彼らを私たちは完全に理解することはできない。

 そして(ヴィラン)は、いくら考えようとも理解の追いつかないような行動をとり、彼らにしかわからない(ヴィラン)の美学に殉じていく。

 だからこそ、あらゆる可能性を先にあげておかねばならない。想定外の事態による動揺が、自身の身を危険に晒す最大の原因なのだ。

 その点、今回のシチュエーションはわかりやすい部類に入るのだから、絶対的に考慮をしなければ訓練として無意味なのである。

  

「どこかを攻撃するためだけならば、アジトへ持ってくる必要などありません。核を所有できるほどの資金力があるにも関わらず、その他の拠点がないとは考えにくいでしょう。しかし(ヴィラン)側は核をアジトへ持ってきたのです」

「……他の拠点は既に潰されていた、で十分だろ」

「それならば尚のことです。(ヴィラン)には後がない。そんな状況で轟くんは、外からビルを凍らせた。確かに、動きを封じ優位に立ったでしょう。ですが、即制圧を完了させなければ意味をなさない。あのとき轟くんは歩いて、ビルの中へ向かいましたよね」

「……もう勝負は決していた。だから――」

「決していません。凍らされた時点で(ヴィラン)側には完全に後がなくなってしまった。追い詰められたものほど、何をするかわからない。つまり敗北を悟った(ヴィラン)は、その時点で核に衝撃を与えて起動する可能性もあり得たということです」

「そんなことするわけねぇだろ! 核を起動したら自分たちも死んじまうんだぞ!」

「だから、(ヴィラン)を知らないと言っているんです。奴らの中には、死よりも敗北を嫌う者も多い。死んだとしてもヒーローさえ殺せれば、敗北ではない。そういう奴らならば、躊躇なく核を起動し、自身の死を顧みずヒーロー達を巻き込んで周囲を焼け野原にすることを選ぶ。まるで死が華であるかのように」

「……まるで、見てきたかのような言いぐさだな」

 

 ようなではない。実際にこの眼で見てきたのだ。

 流石に核兵器クラスの武器を所有した(ヴィラン)と対峙したことはないが、それでも大型と呼んで差支えの無い爆弾を笑いながら起動し、私を巻き込んで散って逝った者たちは、いたのだ。

 その自爆行為は私を巻き込んで殺すためだけに行われており、今のところ民間人を巻き込んだことはないが、それはただの偶然に過ぎない。自爆をされ、『目覚め』た後に荒野と化した爆心地の光景を視るたびに臍を噛む思いをしてる。

 もしこれが住宅地や商業地ならば取り返しのつかないことになっていた、と。

 しばらくの間、轟焦凍は無言で睨みつけてきた。

 

「ハイ、そこまでだよ。お二人さん」

 

 オールマイトが私と轟焦凍の肩を叩く。

 

「君は、妥協をホント許さないね!」

「訓練のための訓練では意味がありませんからね」

「その通り! だけど、物事には段階ってものがある。昼にも言ったが、この条件まで考えるのはセミプロレベルからだ。まだ彼らには早すぎる。今はまだ屋内で戦闘をすることだけに集中させて、その難しさを知ってもらうことの方が先決なんじゃないかな? 詰め込みすぎたら伸びるものも伸びなくなってしまうよ」

「……ええ、オールマイトの仰る通りです。言いすぎました」

「ああ! でも、君のいうことも間違っちゃいない。だから私も『初めての訓練にしちゃ』という言葉を使わせてもらった!」

 

 柄にもなく、少しムキになってしまった。私らしくない。

 

「轟少年も、受け取るべきところはしっかりと受け取ろう。確かに彼女の言ったとおり、凍らせたからと言ってのんびり構えていたのは感心しないぞ」

「……はい」

 

 オールマイトは力強く笑んだ後ぽんぽん、と私の肩を叩き、生徒達の方へ振り返った。

 

「いいかい、みんな。()()()()()()

 

 オールマイトに背中を押され、生徒の前に立った。

 

「ヒーローは確かに、派手な活動が一番に思いつく。だけど、その派手さだけに囚われていてはダメだ。成功させるために事前の地道な準備を重ねて重ねて、その結果だけが民衆の眼に止まる。今までの皆ならば憧れだけでよかった。だけどこれからは見えなかった部分のことも知らなければならない。ヒーローが何を考えて、どう行動へ繋げているのか。彼女は誰よりも考えて行動するヒーローだ。きっと生徒諸君のお手本になる。君たちも今のでそれが分かっただろう?」

 

 頷く者、視線を逸らす者、自身を顧みる素振りをみせる者。

 さまざまな反応があったが、オールマイトのおかげで概ね好意的に捉えられているようにみえた。

 あれだけ悪かった雰囲気を、一発で戻してしまった。

 まさにヒーローを体現する者だ。

 

(本当に、この人には敵わないな)

 

 轟焦凍も、集団の中に戻された。

 私も、歪であっても教師だという自覚を持たなければならないと認識させられたいい機会だったと思う。

 

「さあ、これにて本当に解散! お疲れ様でした! ……といいたいところだけど、実はあと二十分ほど時間がある。実はかなりスムーズに進んでしまったのだ! どうしたものか」

「ですが、もうやることもないですし解散でいいんじゃないですか」

「でも、授業時間は守らないと怒られちゃうから」

「何を大英雄がお茶目さを気取っているんですか」

 

 時間があると言っても、生徒ももう緊張の糸が切れて解散の雰囲気になっているし、それこそこれ以上何かをやらせても効果はないだろう。

 オールマイトも自習でいいかな、と独りごちていた。

 

「オールマイト先生」

 

 突如、八百万が手を上げ、オールマイトを呼びとめた。

 

「なにかな」

「もしよろしければなのですが、オールマイト先生と狩人先生の戦闘訓練が見たいです。オールマイト先生は言わずもがなのトップヒーロー。そして狩人先生も実力は相当に高い。そんなお二人の訓練を見せていただけたら私たちが自習をするよりはるかに勉強になると思いますわ」

 

 それをきいた生徒は、大半が同意し一気に熱となって膨れ上がった。

 

「いいな、それ!」

「流石にオールマイトが勝つだろ」

「いや、条件によっては狩人先生も負けないと思うぞ」

 

 期待の眼を一身に受けたオールマイト。

 ナチュラルボーンヒーローである彼がそれを裏切れるはずもなく。

 

「いいよ! やってみよう! 丁度二人とも戦闘服着てるし」

 

 と二つ返事を返してしまうのだった。

 もちろん私に断る権限はない。

 こうして、私対オールマイトのマッチアップが決定されてしまったのだった。




【ノコギリ鉈】
狩人が敵狩に用いる、「仕掛け武器」の一つ。

変形前は異形の皮肉を裂くノコギリとして
変形後は遠心力を利用した長柄の鉈として、それぞれ機能する。

刃を並べ血を削るノコギリは、特に敵狩りを象徴する武器であり
酷い敵にこそ有効であるとされていた。


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6.戦闘訓練、英雄対狩人

誤字報告ありがとうございます。


 急遽マッチアップされた私とオールマイトとの屋内戦闘訓練。

 基本的なシチュエーションは同じ。ヒーローが(ヴィラン)のアジトに乗り込んでいき、制圧をかけるというものである。

 だが、生徒の行ったものと違う点が一つある。

 (ヴィラン)のアジトにあるものは、核兵器ではなく人質であるという点だ。

 麗日お茶子がオールマイトに挙手をしながら近づいていく。

 

「オールマイト先生。その変更って意味があるんですか? 結局使うのはハリボテですよね?」

「大きな意味はないよ。ただお互いの勝利条件を少しだけ変更を加えた! 君たちのときよりちょこっと違うのさ」

「どうしてわざわざ……」

「皆に考えながら見てもらいたいからね! だから人形もとってきたよ!」

 

 麗日お茶子がおずおずと大股開きでストレッチをしているオールマイトへ質問をすると、彼はサムズアップのジェスチャーをしつつ大きな笑顔で答えた。

 さっき一瞬いなくなったのは、これを小道具室にでも取りに行っていたのだろう。

 オールマイトからの提案によりヒーロー側と(ヴィラン)側に核兵器のときとは明確に違う条件が加えられた。

 ヒーロー側の勝利条件は、(ヴィラン)側の完全制圧、もしくは人質の救出及び脱出である。

 つまり、生徒達のようにハリボテに触れれば終わりではなく、この施設からの人質のハリボテを連れて脱出までがクリア条件なのである。

 

「ひゃあ~! 厳しい……それって脱出まで人質を庇いながら戦闘するってことですよね」

「当然だが実際こういうことが起こった場合では、触れたら終わりなんてことはないぞ! 人質を安全圏まで連れて行かなければ救出したとは言えないからな! もちろんハリボテだからと言ってブン投げたり乱暴に扱ったりするのはNGだ! あくまで人間として扱うことが大前提!」

 

 ヒーロー側からすれば、本来人質を取られた時点で敗北に等しい。

 ヒーロー側の理想は、事件を解決するのではなく事件を起こさないこと。

 しかし抑止力として力を誇示するヒーローの存在を把握し、なおかつ犯罪に手を染める者は後を絶たない。その覚悟と自信を持つ(ヴィラン)との状況を覆すためには、生半可なことはできない。

 だからこそ訓練と言えども、いや訓練だからこそヒーローは常に苦境へと追い込まなければならないのである。

 

「じゃあ、(ヴィラン)側が有利になったってことですか?」

「そうとも限らない。(ヴィラン)側の勝利条件は、時間経過ではなくヒーロー側を完全制圧するのみ。脱出されても、制圧されても負けだ。ヒーローに本拠地、つまり最終防衛ラインまで攻め入られている故に逃亡という選択はありえない、というシチュエーションだね。そして、(ヴィラン)側も人質を傷つけてはいけないということも条件にいれてある」

「どうしてですか?」

「設定として、攫ってきた人質の個性を利用しようとしているから、だね。現代社会で起こる誘拐という事件は、こういった背景が事実として多くあるのさ」

 

 超人社会における誘拐事件は往々にして攫った者の個性の不正利用を動機としたものが大半を占める。

 わざわざ人質をとって脅迫をせずとも、倫理観とモラルの枷を外してさえしまえば有用な個性を使い、いくらでも金を生み出すことはできるからだ。

 

「ただし人質のハリボテを事故でもなんでも壊してしまうようなことがあれば、その時点でドローということになる。いや、ドローというより両者共敗北という形だな」

「ヒーロー側は、守るべきものを守れなかった。(ヴィラン)側は目的を達成できずにヒーローに攻め込まれただけという結果が残ってしまった、ということですか?」

「その通り! そのあとは、お互いに撤退戦ないし退却戦になるだけだから、訓練では割愛するぞ!」

 

 ストレッチを終えたオールマイトは、よし、と一息つくと私の前に天辺に円形の穴が開いた正立方体の箱をもってきた。

 

「じゃ、これで役割を決めようか。Aの玉が出たら君がヒーロー側。Bを引いたら私がヒーロー側だ。さあ、引いて」

「はあ」

 

 私は言われるがままに、箱の中に手を入れると確かにボールが二つあることが確認できた。

 適当に手元にきた方を掴み、そのまま引き上げる。

 

「君が引いた球は……Bか」

「ということは私が(ヴィラン)側ですね」

「そうなるね。くぅ~! 本当は私が(ヴィラン)側をやりたかった!」

「平和の象徴が何をいってるのですか」

「だって、君。(ヴィラン)側になったら容赦しないでしょ」

「どちらになっても容赦はしないつもりです」

「ま、そういうと思ったよ! どちらにせよ生徒たちに恥ずかしくないように見せてやらねばいかんな」

 

 生徒達に目を向けると、どちらが勝つかの予想でざわついていた。

 大半はやはりオールマイトが勝つと予想しているらしく、オールマイトがどういう風に助けるのか、どういう風に勝つのかという方に既に関心が傾きつつあるようだった。

 

「はいはい! どちらが勝つかが重要じゃないんだよ! 君たちが何を学ぶかが重要なんだ! 勝敗は二の次。結果は大事だが、結果だけを見ていても意味はないぞ!」

 

 オールマイトは生徒に注意を促しつつ、私にハリボテ人形を渡してきた。

 大きさは、160センチメートルほど。体重も50キログラム程度はありそうだ。

 成人男性としては小さ目。子供ないし女性あたりを想定しているようだ。

 

「さあ、君は先にビルに入ってこの人形をどこかにセットしてくれたまえ。柱に括りつけてもいいし、どこかに隠してもいい」

「わかりました」

 

 人形を肩へ担ぎビルへと向かう。

 オールマイトに手合せをしてもらうのはいつ振りだろうか。

 少なくとも、オールマイトがあの戦いで怪我を負う前である。

 ビルの入り口で、もう一度オールマイトの方へ振り返った。

 

「私の成長。見て下さいね、オールマイト」

 

 生徒の方へ向いてたオールマイトの背に向かって、誰にも聞かれず私の独り言は空に溶けたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 五階建のビルの最上階の一室へ人形を隠した後、階下へ降り通路の陰に潜んだ。

 私の現在地は、三階である。

 当然だが、オールマイトを五階まで行かせるつもりはない。四階までで決着をつけるつもりだ。

 開始の合図があるまで私は持ってきていた得物の確認を行っていた。

 今回持ってきた得物は一種類だけ。

 右手用の得物である『慈悲の刃』のみである。

 本来の私の闘い方は近接用の右手武器、遠距離用の左武器を両手に持つというものだ。

 左右二種類ずつ、計四種の武器を状況に合わせて適宜持ち変えていくというものだが、今回は授業だったのでこれしか持ってきていなかったため仕方がない。

 慈悲の刃は、私の腕の長さほどある長い刃渡りと二度反り返る緩いS字のような薄刃が特徴的な武器である。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()を、この武器も当然備えている。

 宇宙より飛来した隕鉄をもって鍛えたこの刃は、多少のことでは刃こぼれをしない。継戦能力の高いもので、私はとても気に入っており尚且つ私の所有する武器のなかでは殊更に軽量だ。

 だから使わないとは思いつつもこれを持ってきていたが、裏目に出たようだ。

 継戦能力は高いものの、一撃の火力はそれほど高くない。

 対オールマイトならば、もっとパワーをダイレクトに伝えるような武器の方が効果的だったように思う。

 

(道具もいくつかあるとはいえ、オールマイト相手に慈悲の刃は少々不利、か)

 

 慈悲の刃がいくら長い刃渡りと言ってもオールマイトの繰り出す拳とほとんど同等の間合い程度でしかない。

 彼の間合いで真正面から戦えば私に勝機はほとんどないと言っていい。

 ラッシュの速さを競えば勝てる道理などないからだ。

 

(だが、それはヒーロー対ヒーローでの話。今の私は(ヴィラン)だ。それならばそれなりに戦わせてもらう)

 

 今持てる全力をオールマイトにぶつける。

 勝算がないわけではない。あとは、どこまで通用するかだ。

 

『狩人先生、それでは始めさせていただきますわ』

 

 八百万百の声が、耳に着けたイヤホンから聞こえた。

 私は右手を挙げて、準備ができた旨をビル内にあるカメラに伝える。

 

『スタート!』

 

 これ以上生徒達から音声を拾わないためにイヤホンをはずし、握りつぶした。 

 その言葉とほぼ同時に、大仰な足音が階下から聞こえてきた。

 一分もしない内にオールマイトは探索を終えたらしく、階段を駆け上がり即座に二階の探索へと入ったようだ。

 相当なスピードである。ゆっくりと探索をしてくれるのならば、気配を消しての奇襲がしやすかったがこれでは、そうもいかない。

 

(それならば、もう一つの策をつかうまで)

 

 思案を巡らせている間に、オールマイトは二階の探索を終え、三階への階段を駆け上がる音が響く。

 私は、潜むのをやめ、通路の真ん中へ、あえて姿が見えるように立つ。

 階段から飛び出すように上がってきたオールマイトの姿を通路の最奥に視認した。

 

「おやおや! あまりの速さに驚いて降参かな!」

 

 オールマイトの挑発を意に介さず、手に持った投擲用(スローイング)ナイフを数本投げつける。

 

「投げナイフ! 意外! だけど私には無意味だよ!」

 

 オールマイトは、ナイフを全て正面から拳の弾幕で撃ち壊してく。

 銃弾の速さとまでは行かないまでも、オールマイトがこちらへ向かってくる相対的な速度も相まってナイフはかなりの速さで迫っていたはずだが、全く意に介さず叩き落とされてしまった。

 

「流石ですね」

 

 バックステップで距離を取りつつ、同じように数本のナイフをオールマイトへ投げつける。

 

「む! またか!」 

 

 先ほどと同じようにオールマイトは拳で迎撃しながら一気に距離を詰めてくる。

 だが、これはあくまで牽制。突破されることも想定内だ。

 そして回避ではなく拳で迎撃してくれるのなら、好都合である。

 通路の角をバックステップのまま曲がり、オールマイトの死角になるように移動する。

 

「鬼ごっこなら私の方が、ってまたナイフ!」

 

 オールマイトが曲がってくるタイミングを予測してナイフを置いておくように投擲しておいた。

 だが、オールマイトはすぐさま拳で応戦し、やはり全てのナイフは叩き落とされてしまう。 

 

「だけど私には届かな――!? 冷たっ! 臭いっ! なんだ!?」

 

 そして、それを想定しナイフと一緒にあるものを投げておいたのだ。

 

「この臭い、油か! 臭っ!」

 

 オールマイトは油のたっぷりつまった壺を思惑通り叩き割り、がしゃりと陶器の割れる音と共に頭から油をかぶった。

 ナイフに視線誘導をするように投擲したが、オールマイトなら真正面から投げても、正体不明のものは流石に警戒されてしまうし、何よりも見てから反応されてしまう。

 だから、オールマイトが曲がり角を曲がった直後にナイフが襲い掛かるように置き、ギリギリで迎撃ができるタイミングを見計らった。

 つまり咄嗟の判断になるように仕向けたのだ。

 咄嗟の判断ならば、オールマイトは一番得意な行動をとるはず。

 そしてオールマイトの一番得意な行動は、回避ではなく迎撃であることは先ほど見た通りだ。

 

「だけど、これだけなら支障はないぞ!」

「これでもですか?」

 

 私は再度、バックステップを踏みつつオールマイトへ向けて投擲した。

 今度はナイフではなく、瓶の縁に火の灯った火炎瓶を。

 

「んな!?」

 

 オールマイトも投げてきたものが何かわかったようで、迎撃ではなく初めて大きくその場から下がる回避行動をとった。

 火炎瓶は地面に叩き付けられると、一瞬だけ猛りながら燃え上がり、すぐに炎は弱まっていった。

 

「油に火炎瓶……えげつなっ!」

「本気でいかなければ、あなたには勝てませんから」

 

 もう一度、火炎瓶を投げつけ、後を追わせるようにナイフの弾幕を張った。

 

「くぅ! 見えているのに攻めきれない!」

 

 私は、オールマイトが回避行動をとるのと同時に、オールマイトへ背を向けて四階への階段を全力で駆け上がった。

 オールマイトから距離を保ちつつ、ここまで移動してきたのだ。

 

「ここで全力逃走かよ!」

 

 オールマイトの恨み節を置き去りにして四階へ到達する。

 飛び込むように着くなり、すぐさま両足で慣性を殺し反転、そのまま思い切り床を蹴り階段方向へ向かって突進した。

 

「私を撒こうなんて――おおっ!?」

 

 階段を上がってきたオールマイトは驚愕の表情を浮かべている。

 虚を突いた完璧なタイミング。遠距離攻撃に意識を向かわせての突然の近接攻撃。

 私は勢いを乗せたまま、慈悲の刃を真横に薙いだ。

 

「く、浅いっ……!」

「あっぶな!」

 

 オールマイトは脚力に任せて強引に後ろに飛びつつ、両腕でガードをした。

 その身体はあまりにも頑強で、増強型でもない並の(ヴィラン)ならば胴体ごと斬りとばす威力のものだが、オールマイト相手では僅かに腕の表面を傷つけた程度だった。

 私は四階から踊り場を見下ろす。

 

「いやあ、危なかった。久々に全力で避けて全力で防御したよ」

「何を言ってるんですか。完全に捉えたと思ったのに。本当に、あなたを相手にする(ヴィラン)には同情します」

「それはこっちの台詞さ! さっきからえげつないよ!」

 

 完璧な奇襲を筋力で無理やり防がれてしまった。

 正直これで決めるつもりでいたため、些かショックではある。

 

「さあ、タネは尽きたかな? では、そろそろ……」

 

 オールマイトが、体勢を沈めタメを作った。

 拙い。()()をやるつもりだ。

 私は、回避に全力を注ぎ、バックステップとサイドステップを織り交ぜ射線をずらしながら一気にオールマイトから距離をとった。

 

DETROIT・SMASH(デトロイト・スマッシュ)!!」

 

 一足とびで階段を上がり、掛け声とともに繰り出された右ストレートは暴風を伴いながら通路を一気に駆け抜けた。

 通路を抉り最奥の壁がただの拳圧で撃ち抜かれ、がらがらと崩れている。

 建物そのものを壊さないように範囲を絞ったものだったが相変わらずなんてデタラメな威力だろう。

 

「避けられたか! 流石だなぁ!」

 

 オールマイトは鷹揚に笑いながら、崩れた柱の陰から出てきた私を睨む。

 

「だが、次は決めるぞ」

 

 オールマイトはもう一度タメを作ろうと構える。

 仕方がない。あまりやりたくないが、今の私は(ヴィラン)なのだ。

 使えるモノは、全て使ってこそ(ヴィラン)だ。

 

「本当に撃つんですか? 人質がこの階にいるのに」

 

 ピタリとオールマイトの動きが止まった。

 

「どうせ嘘だろう?」

「嘘だと思うなら、撃てばいいのではないですか? その代り私が喰らえばそのまま人質を巻き込むように動くだけです」

 

 勿論はったりである。

 確かに(ヴィラン)は、人質を利用しようとしているので危害を加えるつもりはないが、ヒーローに対しての脅しとしては十分使えるのである。

 

「私ははっきり言ってはったりだと思っている! だけどその確証がないから撃てない! 汚い! さすが(ヴィラン)だ!」

「さあ、その汚い(ヴィラン)相手にどうしますか?」

 

 といっても、私自身も決定打を持っていないのもまた事実である。

 オールマイトと睨み合いながら、間合いを探る。

 奇襲が通じない以上、これから即席で作戦を練っても強引にねじ伏せられる可能性が高い。

 それにそもそもそんな悠長に作戦を練る時間もオールマイトはくれないだろう。

 ならば、奇襲はもう使わない。

 体勢を低くし、前傾姿勢でステップを踏みながらオールマイトへ肉迫する。

 

「肉弾戦か! 受けて立つ!」

 

 オールマイトの腰を据えた左ストレートを紙一重で右に交わしつつ、左腕で死角となり見えなくなる左脇腹へ向けて慈悲の刃を両手で突きだした。

 だがオールマイトは、超人的な反応で一歩前へ踏み出し、突きを回避しながら左腕を引き肘鉄を繰り出してきた。

 

(全力で撃った拳を、そうも簡単に次の攻撃(肘鉄)に変化させられるとは……ッ!)

 

 顔面へ迫る肘鉄を前に、私は思い切り体勢を沈ませることでどうにか回避する。

 頬にかすり、一筋の血が流れるが大きなダメージではない。

 しかし、沈みこんだことで体勢は不十分。このままでは次に繋げる攻撃がない。

 

(ならば、次に繋げることができるようにするまで)

 

 持っていた慈悲の刃の柄の部分にあるロックを外す。

 私の持っている武器。その全てに共通する特性、それは。

 

「これ……は!!」

 

 水平に銀閃が奔った。

 オールマイトが飛び退くが、左の太ももから出血が見受けられる。

 私の左手に握られた、もう一枚の薄刃からは真紅の液体が滴り落ちていた。

 

「私の武器は、全てが仕掛け武器。ご存知ですよね?」

「……そうだったな!」

 

 仕掛け武器。一つの武器に全く別の二つの性質を持たせたものだ。

 仕掛けを展開させ変化させれば、武器の特性やとれる戦術も大きく変えることができる。

 そして、この慈悲の刃は重なり合った刃が分離し左右両手にもつ双刃へと変化する。攻撃の手数とバリエーションを圧倒的に増やすことができるのである。

 手応えはあった。

 ガードされたときとは違い、数センチにも満たないが確かに肉を裂いた感触があった。

 

「攻撃がようやく通りました」

「うーん! 痛い!」

 

 そういいつつも、既に筋肉を操作して止血は終わっている。せっかく与えたダメージも、ほとんど意味がなかったらしい。だが、防御をされなければダメージを与えられるとわかれば十分だ。

 

「まさか君が不利とわかっている近接戦闘をしてくるとは思わなかったから驚いたよ。でも、次はない。もうわかったからね」

「まだですよ」

 

 怪訝な顔をするオールマイトを他所に、私は頬から流れる血を親指で拭い、そのままコートの内ポケットに手を入れた。こつん、と固い感触が手に伝わる。

 今回持っている、最大のとっておき。奇襲が通じなかった場合、()()を使って打開するしかないと考えていた。

 私の個性、死血から得た力を我が物とし自らの力に変える能力において、向上する能力はおおよそ六種類に分類することができる。

 私が死に至るまでの許容ダメージ量を引き上げる体力。

 単純なスタミナである持久力。

 腕力や脚力を引き上げる筋力。

 扱いの難しい武器の取り回しや戦闘経験等を引き継ぐ技術。

 自分自身に流れる血の性質を引き上げる血質。

 特定の物体に込められた隠れた力を引きだす神秘、の六つだ。

 私の戦闘スタイルは、体力と持久力以外の四つの能力の内、二つを主戦力(メイン)にして、持つ武器によって行使する能力を変えて戦闘に反映させるものだ。

 あくまでも、強化箇所のオンオフができるというわけではなく、私の頭の中の意識としてスイッチを切り替えているというだけの話なのだが、二つ程度に絞った方が散漫にならずより効率的、効果的に自身の能力を行使することができる。

 そして現在使っている慈悲の刃は、とり回しの難しい部類の武器であるため技術を主に行使し、また神秘を用いることで慈悲の刃の素材である隕鉄から切れ味をより鋭く、より頑強にする力を引きだすことができるのである。故に、『技術』と『神秘』を使うこの戦闘スタイルを私は頭から一文字ずつとって『技神(ぎしん)』と呼んでいる。

 今から使うものは、この慈悲の刃の力を最大限に引き上げるものだ。

 

「……私の闘い方(スタイル)、技神における極地をお見せします」

 

 ポケットにあるのは、ある人骨の一片。

 かつて"ある個性"を持っていたものの亡骸の一部である。

 

「何をするか知らないけど、ポケットに手を突っ込んで動きがとりにくくなっているところを見逃すほど甘くないよ!」

 

 腕を顔前でクロスし迫りくるオールマイト。

 私は、その骨に親指に付いた自分の血を染み込ませ、思い切り握りこんだ。

 

CAROLINA・SMAS(カロライナ・スマッ)――消えた!?」

「消えていませんよ」

 

 オールマイトのXを描くような両手刀は空を切った。

 背後を取った私は、右太腿を二本の刃で切り上げる。

 

「くおおっ!?」

 

 遠心力を加えた裏拳を放つオールマイトだが、再度空振りをする。

 

「そちらではありません」

 

 オールマイトの眼前に立つ。オールマイトはその事態に混迷をさらに深めた顔をしていた。先ほど私が使ったものは『古い狩人の遺骨』。私の前任者、『狩人だった者』の亡骸だ。

 発動条件は私の血をこの遺骨に『飲ませる』こと。私は神秘の力により、この遺骨から彼の個性を引きだし使っているのである。

 前任者の特性は『加速』。たとえ超人であろうとも肉眼で追うことの敵わない疾さを手に入れることができる。ただし、これの持続時間は極めて短い。およそ十五秒程度しか持たない代物だ。故に大振りになる一撃が重い武器よりも手数で圧倒する武器の方が適している。

 つまり、この慈悲の刃と遺骨の組み合わせこそが最大の効果を引きだすことができるのだ。

 先ほど斬りつけたが、止血をされてしまった部分を再度攻撃する。苦悶の表情を浮かべるオールマイトを他所に、私は無数の斬撃を浴びせ続けていた。一撃一撃は致命傷には到底なりえない軽いもの。だが、蓄積がされていけば話は別だ。

 『加速』によりオールマイトの視界から外れ攻撃、そしてカウンターを再度『加速』することにより回避し、別の角度から攻撃を繰り出す。こちらの攻撃を当てて離脱し相手の攻撃はもらわないという本来ヒット&アウェイのメリットをインファイトの間合いを維持したままで無理やり実現するこの戦法は、カウンターを視てから反応することができる『加速』があってこその技である。

 一方で縦横無尽に動く私をオールマイトは捉えきれず拳は空を切るばかりだ。

 

(あと五秒もない。これでケリをつける)

 

 さらに攻撃の手数を増やし、畳み掛けるように斬撃を放つ。

 油断はしていない。オールマイトの動きには細心の注意を払っている。

 だが、決定的に違和感があった。

 

(なんだ、何がおかしい)

 

 思考を巡らせながらさらに攻撃を続けていく。

 そうだ、先ほどからカウンターがない。

 顔を片腕で隠し、身体を捩じったオールマイトの体勢は一見防御のように見える。

 

(違う! これは!)

 

 私が気づき、回避に全力を注ごうと思ったころには既に()()は終わっていた。

 

OKLAHOMA・SUMASH(オクラホマ・スマッシュ)!!」

 

 捩じったタメを解放した、上下左右360度全方位攻撃。オールマイトを中心に拳圧を周囲へ拡散する多対一のときに使う彼の得意技。床や天井や周囲の壁を破壊しながら衝撃が迫りくる。腕でガードをしたが、私のガードを易々と貫通し衝撃が身体を駆け巡る。

 そのまま私は、後方の壁へ叩き付けられ前のめりに倒れ込んだ。身体が動かない。バックステップを咄嗟に行い衝撃方向へ跳んでダメージを軽減してこれだ。直撃していたら、下手をすれば死んでいた。

 

「はあっ、はあっ。これで、確保すれば、私の、勝ちかな」

「そう、ですね」

 

 お互いに満身創痍。だが、勝者と敗者は明確に分かれていた。

 現状の最善手を打った。持てるすべてを出し尽くしたが、まだ届かなかった。オールマイトも全盛期の力からはもう程遠い。なのにまだ届かない。

 世界一高い壁を否が応にも見せつけられてしまった。オールマイトが私の身体に確保テープを巻きつけながら、耳元で囁いた。

 

「すまないね。威力を加減できなかった。でも、君なら直撃を避けてくれると、信じていたよ」

「加減されては、訓練の意味がありませんから。でも人質を巻き込んだら、どうするつもりですか」

「君のことだ。人質は五階の階段から、一番遠い部屋。そうだろう?」

「そこまで、バレていましたか。でも確証はなかったのでしょう? よく撃ちましたね」

「気づいてなかったのかい? 意図的だと思っていたけどね。あの高速攻撃のとき、頑なに攻撃をしてこなかった角度があっただろう? 私のカウンターで万が一にでも巻き込ないように立ち回っていたんだとばかり思っていたよ」

「意図して、いません……そうだったんですか。私が……」

「つまり君も、本質はヒーローだってことさ。それに、できる限り戦闘に、巻き込まない場所を選ぶと思っていた」

「私も未熟ですね。無意識に、そんなことをしていたなんて」

「そんなことはない。本当に、本当に強くなったな。私は嬉しい」

「……ありがとう、ございます」

 

 胸の奥底から湧き上がる正体不明の感情。私の頬に生暖かいなにかが流れる。きっと血に違いない。私はそれ以外知らなかった。

 さて、といいながらオールマイトは立ち上がる。

 

(ヴィラン)を確保したなら人質を解放しにいかなきゃな!」

 

 訓練だから、この時点で終わっていい。彼も辛いはずだ。決して小さいダメージじゃない。

 だけど、それでも。彼は笑いながらこういったのだ。

 

「人を救けてこそ、ヒーローだからな!」

 

 ふらふらとした足取りで五階へと上がっていく。彼の背中はどこまでも英雄そのものだった。

 こうして、オールマイトと私の戦いは、オールマイトの勝利で幕を閉じたのだった。

 




【慈悲の刃】
敵狩りに用いられる「仕掛け武器」
仕掛けにより2枚に分かれる、その歪んだ刃には、星に由来する希少な隕鉄が用いられ
ステップなど、高速にのった攻撃で真価を発揮する。


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7.戦闘訓練その後、狩人の授業

 オールマイトとの戦闘訓練を終え、どうにか立ち上がり演習場から生徒達の元へ戻ると、予想外の光景が待っていた。

 

「すごかったッス! 狩人先生、すげー(はえ)ぇ!」

「ケロ。びっくりだわ。眼で追えないスピードなんて比喩以外で初めて」

「俺、オールマイトが負けちまうのかとドキドキしちゃいましたよ」

「あんなに翻弄されているオールマイト見るのもはじめてで! 狩人先生ものっすごく強かったですよー!」

 

 何人かの生徒が私の元へ、駆け寄ってくる。

 どういうわけか理解できなかった。彼らの口にしているのは、私への賛辞。

 皮肉でもなんでもなく、純粋な賛辞なのだ。

 わからない。私は敗者だ。送られるべき賛辞などあるはずもなく、あるべきは嘲罵と謗言。たとえそれらがなくとも、冷ややかな視線と嘲笑に晒されるはずだった。

 少なくとも、私は今までそういう世界で生きてきたし、今回もそうなるものだと思っていた。

 しかし、私の予想とは正反対の状況にどう対応していいかわからず、柄にもなく返答に困っているとオールマイトに背中を叩かれた。

 

「素直に受け取ればいい。君に対する正当な評価だ」

「……そうですか」

 

 オールマイトは二回柏手を打って生徒の注目を集めた後、整列するように促した。

 長いようで短かった戦闘訓練の授業時間は残り数分となっていた。

 

「さ、あと時間も僅かだ。最後にちょこっと解説をして解散しよう」

 

 生徒を見回した後、オールマイトは問いかけた。

 

「まずは君たちに訊きたい。私と彼女の戦いはどうだった?」

 

 オールマイトの問いかけに、四方八方から口々に感想が上がる。

 おおよそ、オールマイトへの賞賛と、私がオールマイトに対して彼らの予想以上に善戦していたことに対する驚きが大半だった。

 

「うーん! もう少しそれ以外のことを訊きたいな! そうだね、轟少年はどうかな?」

「……俺ですか?」

 

 いきなり指名をされ戸惑う轟焦凍に、オールマイトは力強い笑みを向ける。

 しばらく目を伏せていたが、私を一瞥しつつオールマイトへ視線を戻した。

 

「俺がヒーロー側なら……人質まで考慮すると(ヴィラン)側への対抗手段が限られてました。出来ることが限られる中で戦闘に突入した場合、人質を傷つける方法か成す術なく負けるかしかなかった。(ヴィラン)側なら、通路に氷壁を張ってもオールマイトなら簡単に砕いてこっちまで辿り着いちまう。そうしたら即制圧されて終わり。何をしていても負けていたと思います。だから、会敵せずに済ませる方法を探していましたが、今の俺には無理でした」

 

 轟焦凍の発言をきいて、各々が唸りながら考える素振りをみせていた。

 自分ならどうするか。どう対処するのか。それともできないのか。できないのなら何をするのか。

 ヒーローになれば自分の好む好まざるを問わず、ありとあらゆる状況が目の前に解決しなければならない事案として立ちはだかる。

 今の彼らにとっては、オールマイトも私も、自身の力では真正面から突破できない難敵。それを知ったうえでなにができるのかを考える。

 彼らは轟焦凍の発言を聞いてオールマイトの意図するところへようやく到達したらしい。

 その中で、天を突くかの如くまっすぐに手を上げる生徒がいた。

 

「よろしいでしょうか!」

「はい、飯田少年! いいよ!」

 

 飯田天哉。『エンジン』という自走スピードを著しく引き上げる個性を持つ生徒。ふくらはぎにあるマフラーを彷彿とさせる突起物が特徴的だ。

 個性把握テストの際には、攪乱しようと画策する者が多い中で開幕一番、全速でまっすぐに突っ込んできたので、なかなか印象深い生徒でもある。

 

「俺達のやった訓練との違いをまざまざと見せつけられた思いです。戦闘自体のレベルの高さは当然ですが、何よりも訓練だからという甘えがまるで見られませんでした。お互いがお互いを本気で叩き潰そうとする気迫……本当に対(ヴィラン)の制圧現場を見ているかのようでした。映像越しでも恥ずかしながら恐怖すら覚えるほど。これが本来あるべき訓練の姿なのですね」

「うん! だって本気で叩き潰しにいったからね! 攻撃は全部本当に(ヴィラン)を攻撃するようなレベルの威力だ! 君たちは今の段階で真似したらダメだぞ! 絶対に大怪我するから!」

「えぇっ!?」

 

 飯田天哉の驚愕を見てオールマイトは高らかに笑い出した。

 

「君たちも見て分かったと思うが、彼女のレベルはとても高い。高いが故に彼女を相手に、手加減をできるほど私も余裕はなかった。どちらかが手を抜けばどちらかが大怪我をする。あれは、そういう類のものだからね! ていうか、ぶっちゃけ負けると思った! あの超スピードは反則すぎ!」

「そ、そうだったんですか」

「私もかなり必死だった。本当なら、君たちに人質を救出しながらの戦闘の仕方というものを見せてあげたかったけれど、彼女が相手ではそれは無理だと判断せざるを得なかったよ。人質を先に救出していて庇いながらの戦闘なら最後にみせたあの技は使えなかったからね。もし彼女がわざと人質を救出させて、私の動きを一部封じる作戦をとっていたらきっと負けていただろう」

 

 そうだろう? といいたげな視線が私に投げかけられた。

 確かに考えはしたが、それは私自身の攻撃によって人質のハリボテを破壊しかねなかったので取らなかったのだ。私の技は、加減が難しい。今まで、真っ直ぐに命を刈り取るようなことしかしてこなかったというのに、今更加減をしろということ自体無理難題なのである。

 つまり最初からその作戦は考慮していなかったというのが実際のところだ。

 さらに言うのなら、(ヴィラン)らしく人質を盾にするという戦法もとることもできたのだが、オールマイト相手ではただただ動きが鈍く、制限されるだけでありデメリットにしかならない。

 同等か格下相手ならば通用する手段も、オールマイトほどの相手では意味をなさないのである。

 だからこそ、私も搦め手を捨てるという選択肢しかとらせてもらえなかったというのが正確な状況分析だろう。

 ただそれでよかったとも思う。

 人質を使って優位に立てるのなら容赦なく使っていただろうが、せっかくのオールマイトとの手合せの結末がハリボテ破壊による引き分けなどという、そんなくだらない結末になっていたら興醒めも甚だしいのだから。

 オールマイトは、言葉を続ける。

 

「だから私は全力を出すために、完全制圧に切り替えた。まあ、切り替えさせられたといったほうが正しいかな。ただ私も闇雲に全力を出したわけじゃないぞ。彼女なら命に関わるような大怪我をせずに済むと思っていたから、全力を出せたんだ」

 

 オールマイトは、私の個性であっても『目覚め』てしまうようなことになってしまえば、彼は彼自身を許せなくなってしまうだろう。

 オールマイトはその後も、戦闘での細かい駆け引きなどを解説していく。

 彼の楽しそうな語り口調とは裏腹に、生徒達は少しでも盗むべきことがあるかもしれないと真剣な表情でオールマイトの話を聞いていた。

 

「だから彼女はあのとき――」 

「オールマイト、それくらいにしてください。時間ももうありませんから。話し足りないのならまた次回にしましょう」

「おっと、そうだった! つい夢中になってしまったな!」 

 

 私は彼の話を途中で無理やり切上げさせた。

 もう時間が迫っているのだ。オールマイトが皆の知っているオールマイトでいられる時間が。

 私の覚えている限りでは、オールマイトのマッスルフォームを維持できる時間はもう僅かもない。

 

「それに、緑谷少年にも講評をきかせてやらねばならないしな! 君はここにいる諸君を頼むよ! じゃあ着替えてお戻り!」

 

 オールマイトはそれだけいうと、旋風の如き速さでグラウンド・βから去って行ってしまった。

 突然の終礼に、戸惑う生徒達。

 仕方がない。私がこの場は引き継ぐしかなさそうだ。

 

「さあ、オールマイトの言ったとおりです。教室に戻ってください」

 

 私が皆に戻るように促すと、生徒達はまばらにグラウンド・βから撤収していった。

 しかし集団が去っていく中で残っている生徒がいた。

 轟焦凍と爆豪勝己だ。

 二人ともなにか思うところがあるらしく、真剣な顔つきで私を見つめている。

 轟焦凍は、沈黙を破るように私の前に進んでくると、真っ直ぐに見据えてきた。

 

「……さっきはすみませんでした。生意気なことをいいました」

 

 つい先ほどとは打って変わって随分しおらしい。

 噛み付いてきたことに対して謝罪しているのだろうが私は気にしていないし、気にしていない以上頭を下げられる理由がない。

 さらに言うのならば私は誰かに頭を下げられるような人間でもない。

 頭を下げるのを私が止めずにそのままにしているのは、彼が自分自身の中のなにかにケジメをつけたいのなら、それを遮る理由もまたないというだけだ。

 十数秒たったが轟焦凍は頭を下げたまま、顔を上げようとしない。

 

「気にしていないので、私に頭を下げる必要はありません。オールマイトに言われた通り私も段階を踏むべきでしたから。最初から求めるレベルが高すぎました」

 

 轟焦凍はなにやら驚いたようで、はっと顔を上げ困惑を隠せないでいる。

 

「怒らないんですか? あんな失礼な口をきいたのに」

「怒る理由がありません。轟くんも理由があって突っかかってきたのでしょうから」

 

 私から言うことはそれだけだ。

 

「ははっ……怒る理由がない、か。器がちげぇ……だからこそ……」

 

 誰と比べているのか、轟焦凍はここではないどこかを見ながら独りごちている。

 そのまま彼は沈黙してしまった。

 

「もう、用件は済みましたか? では、轟くんも済んだのなら教室に戻る準備をしてください」

「いや、もう一つ――」

「どけ、半分野郎。俺も言いてぇことがある」

「爆豪、まだ俺が喋ってる途中だ」

 

 爆豪勝己が、轟焦凍を押しのけるように私の前に立った。

 言葉を遮られてややむっとしている轟焦凍は完全に眼中に無いようで、爆豪勝己は私を睨み付けてきた。

 

「なあ、あんた。言ってたよな、再戦はいつでも受け付けるって」

「ええ。いつでも構いません。それとも今からやりますか? 今日の戦闘をみても思いましたが、今の爆豪くんには十秒もいらないと思いますので」

「わかってるわ! クソが! 今の俺じゃ逆立ちしたって勝てねぇことぐらいなぁ! あんたと俺の間には天とゴミほども実力が離れてることくらい痛ぇくらいわかってんだよ!」

 

 キレながら自虐するとはなかなか珍しい芸だ。

 だが、彼の眼は怒りではなく、はるか高いところへ向かう決意の眼をしていた。

 

「だから……だから! いつかする再戦のために、俺の今からすることを見ておけ! いいか、一度しかやらねぇ!」

 

 そういって、膝と頭がつくほど深々と頭を下げてきた。

 

「俺に闘い方を教えろや!」

 

 彼の印象からは程遠い行為とちぐはぐな言葉遣いに滑稽さを感じるものの、真剣さだけは真っ直ぐに伝わってくる。

 頭を下げたまま、爆豪勝己は言葉を続ける。

 

「俺は、オールマイトすら超えるヒーローになることが目標だ。オールマイトはすげぇヒーローだ。俺が子供(ガキ)ンときからずっとすげぇまま……今もまだ憧れてる。だから気づいちまってる。憧れちまったら超えられない。超えられねぇんだ! 俺はいつかオールマイトを超えなきゃいけねぇのに!」

 

 憧れることは悪くない。だが、行き過ぎた憧れは諦めへと簡単に変わる。『彼は特別だから』『彼は私達とは才能が違うから』と彼がしてきたことに目を向けず簡単に言い放つ輩は後を絶たない。

 彼は、それを感じてしまい自己嫌悪に陥っているのだろう。

 そんなオールマイトが生ける伝説と化している中で、オールマイトを超えると言ってのける志はプロヒーローでも持てる人間は多くない。

 単純に子供故の万能感からそう思っているだけかもしれないが、彼はもう雄英生だ。オールマイトの力量を肌身で感じて、尚口に出すことはなかなか難しい。

 それでも口に出すことは、彼なりの覚悟の表れなのだろう。

 

「この憧れを覆すには、強くならなきゃいけねぇ。強くならなきゃ、目標(オールマイト)を語る資格すらもねぇ。ヒーローに成れないどころか、俺が俺じゃなくなっちまう。だから俺をボコってでもいい! いつかあんたにも、オールマイトにも、全員に勝つために! 今の俺じゃ、オールマイトとあんたどころか(コイツ)にさえ、デクにさえ――だから!」

 

 慣れないことをしている羞恥を含む興奮と爆豪勝己の中の感情が混ざり合って、最後の方は要領を得なかったが言いたいことは大体わかった。

 頭を下げたまま強く拳を握りしめているのを見るに、彼にとっては相当な勇気を要する行為なのだろう。

 倒したいと思っている相手に頭を下げてまで教えを乞う姿勢も、なかなか面白い。

 先ほどから暴言や粗暴な態度が真っ先に目につくが、この尋常ならざる向上心こそが爆豪勝己の最大の性格的特長であることに気付かされた。

 

「爆豪……お前」

「見てんじゃねぇ、クソが!」

 

 轟焦凍がいるのも憚らず、一心不乱に頭を下げ続けていた。

 その様子を見ていた轟焦凍も、決意を固めたように、口を開いた。

 

「いや実は、俺もお前と同じことを頼もうとしていた」

「はァ?」

「狩人先生。お願いします、俺を鍛えてください」

 

 爆豪勝己と同じように轟焦凍が再び頭を下げてくる。

 彼らの発言の真意が読み取れないでいた。

 私は、今のところ客観的に見て彼らを否定しかしていない。そんな人間に能動的に教えを乞うというのは私の理解からはかけ離れたものだった。

 

「俺は今まで、親父のこともあって色んなプロヒーローを見てきたつもりだった。悔しいが親父以上の強さをもつヒーローはオールマイト以外にいなかった。けど、それが今日で覆されたんです。親父でさえ深い溝があると思っていたオールマイトという英雄に、あれほど迫った人を俺は知らない。あんな風に反発した俺が言うのは虫がいいことだとわかっていて、それでもこの昂りを止められないんです。俺に"強さ"を教えてください」

 

 雄英高校(ここ)にきてからというもの、予想外のことに戸惑うことが多くなったように思う。

 

「……さて、どうしたものですかね」

 

 

◇◆◇

 

 

 オールマイトを探して保健室へ向かうと、オールマイトが保健医の老婆、リカバリーガールに説教を受けている場面をみてしまった。

 トゥルーフォームの痩せ細った姿になってしまっているが、しゅんとしている様子のオールマイトはなんとも可愛らしい。

 

「や、やあ。君か。誰がきたのかと驚いたよ」

「何を怒られていたんですか?」

「緑谷少年のことで少しね……」

 

 緑谷出久は、今回の訓練でも結局ワン・フォー・オールを使いこなせず大怪我を負って搬送されていた。

 リカバリーガールの『治癒』の個性は素晴らしいものだが外的能力をもって回復させるのではなく、肉体の治癒力を無理やり引き上げる補助のチカラであるが故に身体への負担も大きく多用することのできない代物だ。

 寝ている緑谷出久はギプスと包帯を巻いており、治癒が完全に終わっているわけではないようだった。

 

「新人ちゃんも大変だね。こんなのに振り回されてさ」

「いえ、オールマイトはよくしてくれてますから」

 

 リカバリーガールは、私が()()()()()()()()()()()()()()()ということまでしか知らない。

 私の本来の職務も、私のやってきたことも知らないので、彼女からしてみたらただの新米教師に映っているのだろう。

 

「もう一度言うけどね、オールマイト。あんたはもう導く立場だっていうのを理解しなきゃダメだよ! いいね!」

「はい……」

「わかったらお行き。この子も起きたら帰るようにいっておくよ」

 

 半ば、追い出されるように保健室を後にする。

 誰かに見られてもいいようにオールマイトはマッスルフォームへと変身した。

 

「と、とりあえず職員室に戻ろうか!」

「オールマイトが叱られているなんて、貴重な場面をみられました」

「シット! 的確に突いてほしくないところを抉ってくるね! 戦闘のときもそうだけど、君ときどきえげつないよね……!」

「そうですか?」

 

 こんなに可愛らしいオールマイトを見られるのなら、定期的にリカバリーガールに怒られてほしいと思ったが流石に口に出すことはしなかった。

 それよりも、相談したいことがあってオールマイトを探していたのだ。

 

「相談したいことがあるのですが、いいですか」

「構わないけど。君が相談なんて珍しいね」

「少し、場所を変えましょう」

 

 オールマイトはそれならばと仮眠室を提案し、私とオールマイトは仮眠室へと移動したのだった。

 対面になるように机を一つ挟んで椅子へ腰を掛けるとオールマイトはマッスルフォームを解除した。

  

「それで、相談って何かな?」

「先ほどの授業の終わりにですね――」

 

 私は、爆豪勝己と轟焦凍からの申し出をオールマイトへ伝える。

 

「――ということがあったのです。ですからどう対応したらいいものかと相談したくて」

「ふむ、なるほどな。それでそのとき君はなんて答えたんだ?」

「断りました」

「えぇっ!? 断ったの!? 話聞いてる限りだと全然断る流れじゃなくないか!?」

「断ったと言っても条件を付けてです」

 

 面倒だとかいう理由ではない。放課後に稽古程度なら付き合ってやるのも別に構わない。

 私の本職は、もっと夜の深い時間に行われる。それに支障さえきたさなければ、それまでの時間は使うことも吝かではない。

 しかし、ここは学校という場所だ。

 誰かを特別扱いをしてしまっては、それがいずれ大きな歪みになってしまう。

 学校など満足に行っていない私だが、ここに赴任するにあたって、上からそういうものだとさんざん聞かされてここへ来ているのだ。下手に特別扱いをしたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 だから、余計な面倒事をかかえたくないがために、彼らを特別扱いしないための条件を付けたのだ。

 

「それで、クラス全員にやる旨を伝えろ、か」

「ええ。伝えなければ受けられないと言いました。大分渋い顔をしていましたけど、そうすれば特別扱いにならなくて済むと思ったのですが、どうですか。こういうことをしてもいいものか相談をしたくて」

「どんどんやりたまえよ!」

 

 サムズアップをしながら、喰い気味に即答されてしまった。

 

「彼らが自主的に言ってきたんだろう? それに秘密にしてやるわけでもない。そして君も構わないと言っている。どこに引き留める理由があるんだい?」

「もっと、危ないからやめろだとか怪我をした場合の責任はどうするのかとか言われると思っていたのですけど」

「あ、そういわれればそうだね。でも、君も雄英教師だし自由にやっていいんじゃないかな。監督者としての責任は負わないといけないけれど、君の実力ならボロボロになるまで扱いてボロ雑巾のようにすることはあっても、取り返しのつかないような大怪我をさせることにはならないでしょ」

「ボロ雑巾のくだりはともかく、過分な評価だと思いますが」

「大丈夫! ヒーローたるものに過酷な修行は付き物さ! 私も雄英にいた頃はグラントリノに毎日ボロ雑巾のようにされていたからね! あ、思い出したら手が震えてきた」

 

 オールマイトは震える手を腿に撃ちつけて、止めるように四苦八苦していた。

 

「まあ、ボロ雑巾は冗談として。教師なら、生徒の向上心をへし折ってはいけない。そう思わないかい?」

 

 オールマイトは優しい笑顔を浮かべている。

 それは私だけではなく、生徒達すべてに向けられたものだった。

 そんな笑顔を見せられたら、肯定以外の選択肢がないじゃないか。

 

「……わかりました。あとは彼ら次第ですが、もしやるのならできる限りのことはしようと思います」

「本当は私も、参加したいのだが。金の卵が孵っていく様子を間近でみられるかもしれないんだ」

「無理を言わないでください。今日だってギリギリだったじゃないですか。私が切り上げなかったら人前でその姿を晒すところでしたよ」

「……気づいていたか。ちょっと夢中になってた」

「当たり前です。それに無茶をし過ぎです。私を呼んだのですから、適当に私に任せて抜ければよかったのですよ。というか時間のかかる戦闘訓練だから、そういう目的で呼ばれたと思っていたのに私を全然使わないですし。それどころかまさかオールマイト自身が訓練に出張るとは思いませんでしたし、オールマイトと手合せするとはもっと思いませんでしたし」

 

 すまないすまないと苦笑へと表情が変わる。

 この衆目に晒せない愛嬌のある姿(トゥルーフォーム)もやはりオールマイトだ。親しみがあり、強いヒーロー。

 やはり、オールマイトはいつまでも、どんな姿であろうとも私のヒーローだ。

 

「じゃあ、相談は終わりかい? 私は爆豪少年に少し話したいことがあるからいくよ。それに小言はリカバリーガールからだけで十分だから逃げさせてもらうね!」

「ええ、ありがとうございました」

 

 オールマイトは立ち上がるとマッスルフォームへと再度変身をした。

 

「……どうしたんだい? そんな熱烈に視線を送られたら照れてしまうよ」

「すみません。なんでもありません」

 

 いずれ、いずれでいい。

 彼がどんな姿(トゥルーフォーム)でも、オールマイトとして堂々と歩ける日が来てほしいと切に願ってしまう。

 

「そういえば、戦闘訓練が始まる前にいってた授業のカリキュラムを組まなきゃいけないんだろ? 手伝ってもらったんだから私も手伝うよ。気軽に相談してくれたまえ」

「ええ、ありがとうございます」

「ちなみに、何を教えるつもりだい?」

「以前も言いましたが、私には皆にヒーローを教えることはできません」

「……」

 

 ヒーローを教えるのは私よりも、いや私以外が適任だ。なによりもオールマイトがいる。

 そんな中で、ヒーローでもない私がヒーローを説いても、なにもならないことはわかりきっていたからだ。

 しかしヒーローではない私が、ヒーローになる彼らに教えられることが一つだけあった。

 

「"ヒーロー"を教えるのは、他の皆さんがいます。私は"ヒーロー"を教えることはできません。ですから私は、"(ヴィラン)"のことを教えようと思います。対(ヴィラン)学、それが私の雄英(ここ)で唯一教えられることです。それでカリキュラムを組もうと思っています」

「……なるほど! それは楽しみだ!」

 

 今夜は狩りもない。

 しかし、狩り以上に忙しい夜になりそうだった。




【千景】
薄く反った刀身には複雑な波紋が刻まれており
これに血を這わせることで、緋色の血刃を形作る。
だがそれは、自らをも蝕む呪われた業である。


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8.悪意の芽吹き、襲撃の序章

 戦闘訓練の翌日、私はイレイザーヘッドへ昨夜制作したカリキュラムを渡した。

 まだ朝が早いためか、職員室にはまだそれほど人はいなかった。

 一応彼が雄英における直属の上司ということになっているため、基本的に彼と随伴し私のやることは彼に報告しなければならないのである。

 

「昨日の戦闘訓練の(映像)、狩人とオールマイトさんの分も見させてもらったよ」

「ご覧になられたのですか。粗末なものを見せてお恥ずかしい限りです」

「ああ、一応1年A組の担任だしな。そのついでに」

 

 気怠そうな表情のまま、私が渡した書類に目を通していく。

 読んでいるのか読んでいないのかわからないような速さでイレイザーヘッドは次々とめくっていき、三分も経たないうちに書類を置いてしまった。

 

「ま、こんなもんだろ。問題ないからこれで回しておく」

「もう読み終わったのですか」

「個性柄な。情報を読み取るのは素早く的確に行う必要があるから、その副産物だ。それに書類程度に時間をかけるのは合理性に欠ける。必要なのは実のほうだからな」

 

 そういいながら、回転いすを回し私の方へ身体を向けた。

 

「ところで、これとは関係ないが一つ訊きたいことがあるんだが」

「なんでしょう」

「狩人。あんた、何者だ?」

 

 気怠そうな表情と言葉づかいは変わらないが、イレイザーヘッドの眼だけが鋭く私を睨み付けていた。

 

「相澤先生にしては、珍しく合理性の欠ける抽象的な質問ですね。その問いでは私は新米教師としか答えられません」

「……ああ。そうだな。質問を変えよう。どこでプロ活動をしていたんだ?」

「どういう意味でしょう。力不足でしたか?」

「いいや。狩人の実力を疑っているというわけじゃない。逆なんだ。()()()()()()()()。あれほどの戦闘技術を持っていて名前をきいたこともないなんてあまりにもおかしいんだ。この雄英の教師のほとんどが知らないなんてありえない。ヒーロー業界だからこそ、実力があればあるほど無名とは程遠くなる。たとえどんなに田舎のヒーローだとしても、その勇名は必ず轟くのがこの業界の理だからな」

 

 嫌なら話さなくてもいいが、と付け加えつつも疑いと興味が混じり合った視線は隠さない。

 確かに一般的に考えれば、イレイザーヘッドのいうことは道理である。

 マスコミ嫌いのイレイザーヘッドでさえトッププロなら周知の人物。世間には知られずとも上位のプロには知られていくというのは、仕事を重ねれば自然と起こり得る。ましてやここは、雄英高校。所属している者もトップレベルだ。その誰もが知らないというなら、不自然に思うのも仕方がないし理解している。

 正確には、校長とオールマイト、それにもう一人だけは知っているのだが、訊かれたとしても彼らは知っているが話さないのスタンスを貫くだろう。

 しかし、これくらいのことは想定内。方便は用意してある。

 

「それは――」

「すみません! 失礼します!」

 

 突然事務員が血相をかえつつ職員室のドアを乱暴に開けて飛び込んできた。

 

「うるせぇ。静かに開けろ。まだ朝だぞ」

「す、すみません、相澤先生。ですが、緊急でして。どなたかいらっしゃらないものかと……」

「合理的に要点だけ話してくれ」

「その、正門にマスコミがまた殺到していまして……オールマイト先生を出せって。もう我々では収まりがつかなくてヒーローのどなたかにお願いしたく」

 

 イレイザーヘッドはそれを聞くと大きく溜息を吐いた。

 これだからマスコミは、と地獄の底から漏れ出るような声でイレイザーヘッドは独りごちつつ、露骨に不機嫌な顔へと変わっていった。

 

「……わかった。俺が出てくる。狩人、また話でも聞かせてくれ」

 

 先ほどの気怠そうな顔を数倍気怠そうにして立ち上がり、事務員に案内を促しつつイレイザーヘッドは職員室を出ていった。

 オールマイトの雄英就任を発表後、連日大挙してマスコミが押し寄せていた。

 ある程度の仕方のない部分はあると思うが、それでも明らかに報道合戦は加熱しすぎであり、報道各社も日に日に遠慮が無くなってきている。雄英としても騒ぎがこのまま収まらないのならば大々的に対策をする必要があるのではと提案がされるほどにまでなっていた。

 

(まあ、マスコミはイレイザーヘッドが何とかするとして、問題は……)

 

 マスコミの押しかけは、オールマイトが就任を発表したときから続いていたが、新年度になってから一気に増えた。

 そして、私も何度か駆り出されてマスコミの対応を行ったのだが、そのときに一度だけ僅かだが違和感を感じていた。

 あえてその違和感を言語化するのならば()()である。

 針先ほどの極々小さな違和感にすぎなかったが、対応していたマスコミからの反感や抵抗ではなく明確に敵対を意図した悪意をぶつけてきたものがいた。

 その時は、すぐに悪意の向けられた方向へ眼を向けたのだがそこに姿はなく、マスコミの中に紛れているかもしれないと手練れの(ヴィラン)ならば気づく程度に殺気を飛ばして反応を探ってみたが特に変化は見られなかった。

 その後も警戒はしていたが特段なにかが起こる気配もなく今日に至っている。

 何よりも(ヴィラン)にしてはあまりに弱弱しく、か細いものでしかなかったためそれほど気にはしていなかった。

 

(一応、報告はしたが議題にも上がらないところを見ると私の杞憂だったのだろう)

 

 校長曰く、雄英はヒーロー育成の本丸であるため(ヴィラン)の中には雄英自体を敵視しているものも少なくないそうだ。

 おそらく、いつものようにその手合いだろう、と。

 

(校長がそう判断したのなら、私が気に病む必要もないな)

 

 私は自分のデスクに戻り、今日の日程の確認を行うことにした。

 しばらくしてイレイザーヘッドが不機嫌をまき散らしながら職員室へ戻って来た頃には始業時間が迫っていたため、すぐにイレイザーヘッドと共に一年A組へ向かった。

 本日は最初にクラスの委員長とやらを決める行事を行うことになったのだが、何をする役職なのか私にはよくわからなかった。わからなかったが、ほぼ全員が我先にと手を上げていたので、それなりに重要な役目であり彼らにとってメリットのあることなのだろう。

 だが、その中で手を上げていない者が三人いた。

 麗日お茶子と轟焦凍、それと爆豪勝己だ。

 轟焦凍は机の一点を見つめて動かないし、爆豪勝己は頬杖をついて窓の外をつまらなさそうにみていた。麗日お茶子は周りの熱気に圧されているようだった。

 飯田天哉の発案により一人一票の投票で決めることになったのだが、意外にもクラス委員長を射止めたのは三票を獲得した緑谷出久だった。次いで八百万百が二票。

 緑谷出久はよほど意外だったのか目に見えて動揺をしている。

 結果、複数票を獲得したその二人が委員長と副委員長をやることになったのだった。

 ふと黒板に書かれた名前を見ていくと、ほとんどの生徒が自分でいれたであろう一票を持っていたことに対し書かれていない名前が三人いた。

 一人は投票を発案した飯田天哉。もうひとりは麗日お茶子。そして、三人目は爆豪勝己だった。

 だが、その結果に一番投票前との反応の差があったのは轟焦凍だった。

 一番意外そうな顔をしているところから推察すると、彼も他の誰かにいれて0票のつもりでいたのだろう。

 

「はい、じゃあホームルーム終わるぞ」

 

 イレイザーヘッドのその一言で、ざわつきはぱたりと止み午前中の授業が始まったのだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 昼休憩の最中に、異変は起こった。

 高校にはとても似つかわしくない警報が鳴り響いたのである。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

 

 研修の際に説明されていた雄英の被侵入用プログラムが作動したようだった。

 職員室が俄かに殺気立つ。

 

「侵入!? (ヴィラン)か!? 場所は!」

「正門が破られたようです! 人数は三十以上!」

「三十ぅ!? ヤクザのカチコミかよ! カメラつなげ!」

 

 ざわつきが大きくなる中で、イレイザーヘッドとプレゼント・マイクが真っ先に職員室から飛び出していく。

 私も防犯カメラに映し出された画面を一瞥したあと、それに続くように二人を追っていった。

 角を一つ曲がったところで前方を走る二人へ追いつく。

 

「YEAH!! お嬢ちゃん! 新人にしちゃいい反応だぜ! なあイレイザーヘッド!」

「……今は後にしろ、マイク」

 

 流石にプロヒーローなだけはある。かなりのスピードで廊下を疾駆していく。

 私が追いつくのに十秒弱かかった。増強系の個性でない二人だが、生易しい身体の鍛え方はしていないらしい。

 とりあえず確認した分だけでもイレイザーヘッドに報告しておこう。

 

「現着前に報告します。カメラで確認したところ侵入者のほとんどはマスコミでした。視認できた分だけなので詳細は不明のままです」

「わかった。だが(ヴィラン)が紛れ込んでいないとも限らない。急ぐぞ」

 

 イレイザーヘッドはさらにスピードを上げる。

 それに合わせるように、私とプレゼント・マイクも加速した。 

 

「お嬢ちゃん、あの一瞬で確認して追いついてきたのかよ!?」

「ええ。状況が不明だったので最低限をと思いまして」

「クールなやつだぜ! 気に入った!」

 

 正門前に着くと、マスコミが今にも校舎に雪崩れ込もうとしていた。

 

「……ちっ。これだからマスコミは無遠慮で嫌いなんだ」

 

 まさにドアに手を掛けようとしているマスコミの前に私たちは強引に割って入り堰き止めた。

 

「ここはもう雄英の敷地内です。許可のない立ち入りは禁じられておりますのでご退去を願います。また校舎には生徒も多くおりますので混乱を避けるためにもご協力お願いします」

 

 イレイザーヘッドがあくまでも丁重に接する。

 マスコミ嫌い故に、マスコミがどのように反応するのかよく知っているのだろう。

 しかし、マスコミは口々にオールマイトを出せの一点張りで退く気配がない。

 プレゼント・マイクも加わり根強く我慢強く、できる限り丁寧に退去勧告を続けるものの誰一人帰る様子はなく、またこちらの言うことへの聞く耳を持っていないようでさながらシュプレヒコールのように声は大きくなっていった。

 

「どうする、イレイザーヘッド。あきらかな不法侵入だし(ヴィラン)認定して捕縛していいか?」

「やめろ、マイク。相手はマスコミだ。俺達個人はどうでもいいが、雄英に迷惑がかかる。警察を待とう。狩人、お前もだ。余計なことは言わなくていい。いいな」

 

 私は頷くとマスコミを堰き止めることに専念する。

 彼らには、どんな正論を言っても無意味だろうし、ここに侵入(はい)ってきている以上、ある程度覚悟はしているのだろうから法を振りかざした脅し文句も通用しない。

 力尽くで排除できない相手である以上、イレイザーヘッドの言うとおり警察を待つことが賢明だろう。

 ただ一つ、不可解なことがある。

 彼らはどうやって、ここへ入ってきたのだろうか。

 正門をちらとみると四層にも分かれた分厚いゲートドアが全て粉々に砕け散っていた。

 堰き止めながら、私は思考を巡らせる。

 あれをマスコミがやった?

 いや、ありえない。

 侵入してくるまでなら、まだ警告や精々書類送検程度で済む。

 だが、あのゲートの破壊は明らかに個性の無断使用によって引き起こされているものだ。意図的な個性の無断使用における器物損壊は、(ヴィラン)そのものの行為。下手をすれば初犯から実刑さえあり得る。

 オールマイトのインタビューを取るためだけにそんなリスクを負うだろうか。

 いや、負うわけがない。あまりにもリターンとリスクが釣り合っていない。

 つまりそれは、このマスコミの中に(ヴィラン)が紛れ込んでいる可能性は高いということを示唆していた。

 いたとしてだ、それでもまだ不明点が多い。

 何よりも目的はがわからない。

 ゲートの破壊からもう既にかなりの時間が経っているが襲撃される様子もない。混乱を誘うだけの愉快犯なのだろうか。

 

「みなさーん! 大丈夫ですかー!」

 

 結論がみつからないまま、時間は過ぎ他の雄英教師が続々と応援に駆けつけてくる。

 今日、非番でいない者以外のほとんどがここに集結していた。

 セメントスがマスコミをかき分けてこちらにやってくる。

 

「相澤先生、生徒のほうはミッドナイトと13号に任せてきました」

「わかった。俺達はこちらに注力できるな」

「ええ、リカバリーガールと校長以外はほぼ全員ここにいますから、おおよそ考えうることには対処できるかと」

 

 ()()()()()()()()()()

 セメントスのその言葉で、最悪の予想が頭をよぎる。 

 

「相……いえ、イレイザーヘッド。持ち場を離れる許可を」

「どうした」 

「校内の警備が薄い。もし(ヴィラン)がいるのならこの隙を突いてくるかもしれません」

「わかった……急げ。ここは俺たちに任せておけ。お前のスピードが一番適任だ」

「了解」

 

 私は一足でマスコミの頭上を飛び越えると職員専用の通用口から校内へ戻った。

 確証はまだないが、もはや(ヴィラン)がいる前提で動くしかない。

 ゲートを破壊した目的が、もしプロヒーローをあそこへ集めるためならば、(ヴィラン)の本命は校舎へ侵入することだ。

 ゲートを破壊できるということは即ち、校内にある他のセキュリティも役に立たないということ。

 その上で、校舎に侵入して何をするつもりなのか予測する。

 おおよそ考えられる目的は三つ。

 一つは、生徒へ危害を加えるため。

 もう一つは、リカバリーガールか校長もしくは両人を殺害するため。

 最後は手薄になった校内から何かを盗み出すもしくは破壊するため。

 

(可能性として一番考えられるのは二番目)

 

 雄英そのものの評判を落とすだけならば一番目の可能性が高いが、それだと愉快犯の域をでないし、なによりこんな真昼間にわざわざ雄英に侵入する意味がない。

 マスコミを嗾けている点を考えると、ある程度の計画性があるものとみていい。

 計画ならば相応のリターンが見込めるもののはずだ。

 そのリターンを考慮すると雄英の屋台骨であるリカバリーガール、雄英の頭脳(ブレーン)であるものの戦闘力の薄い校長の殺害こそ襲撃というリスクに対してのリターンとして一番考えられる。

 ただ計画された襲撃ならば、解せない点がある。

 ここにはオールマイトがいるのだ。

 どんな(ヴィラン)であれ、いや(ヴィラン)だからこそオールマイトの名前は恐怖に等しいはず。

 

(なんにせよ意図が不明すぎる)

 

 三十秒ほどで校長室まで辿り着くと、そのままの勢いでドアを開けた。

 

「び、びっくりしたじゃないか!」

「ご無事でしたか」

 

 ネズミの身体に人以上の頭脳を持った校長は暢気に毛づくろいをしていた。

 とりあえず無事なら構わない。

 

「なに、どうしたの。マスコミは帰ったのかい?」

「いえ、今はまだ何も。もう一度戻ってきますが、とにかく騒動が収まるまで鍵をかけてこの部屋から出ないようにしてください」

「え、どういう――」

 

 校長の言葉を最後まで聞かずに、ドアを閉め再び廊下を駆ける。

 保健室までの最短距離を突き進み、辿り着くやすぐに保健室のドアを乱暴に開けた。

 

「ここは保健室だよ! 騒ぐなら他に行きな!」

 

 ドアを開けるなり、リカバリーガールから叱責される。

 なにはともあれ、もっとも危害を加えられる可能性の高いと懸念していた人物が二人とも無事で何よりだった。

 

「リカバリーガールもご無事でなによりです。しかし今はまず避難をお願いします」

「どうしたんだい、この騒ぎは」

 

 混乱の原因と(ヴィラン)が侵入した可能性がある旨を伝えると、リカバリーガールは納得してくれたようで素直に私の背に乗ってくれた。

 リカバリーガールの負担にならないよう、それでも出来る限り素早く移動し、校長室へ戻ってきた。

 

「だからどうしたと――」

「すみません。まだやらなければいけないことがあるので。校長、リカバリーガールをお願いします」

「あ、うん……」

 

 ドアを閉め、再び走り出す。

 廊下を駆けつつ、不審者の気配を探る。

 今のところ生徒側に(ヴィラン)が現れたという情報はない。

 そして、二人は無事だった。

 

(ということは愉快犯、もしくは窃盗か破壊を目的とした線が濃厚)

 

 愉快犯ならこれ以上はもう起こらないだろうし、それに破壊ならもう事が起こっていて十分な時間は経っている。

 しかし窃盗ならまだ目的のものが視つけられず、どこかに潜んでいる可能性がある。

 手がかりはないため、しらみつぶしに探していくしかない。

 だが、窃盗だとしたら何を。

 ここはいくら大きい学校だからといって直接多額の金品が置いてあるわけでもない。

 通帳に類するものを盗って行っても、現代セキュリティの主流である登録された個性による照会をパスしなければ引きだすこともできない。

 それに、その類は校長室に保管してあったはず。

 校長室が襲撃されていないのなら、それが目的ではないことは明白だ。

 

(他に盗る価値のあるものとすれば……情報、か)

 

 私は一気に踵を返し反転した。

 なんの情報を欲しているのかまではわからない。

 だが、この学校で情報が詰まっている場所は一ヶ所しかなかった。

 

(職員室。そこにいなければただの愉快犯で結論付けていい。だがいる、もしくはいた形跡があった場合、これは別の襲撃の前段階の準備ということになる)

 

 おこりうる事態を想定しつつ、職員室へ到達し思い切りドアを開いた。

 

「おや、惑わされず戻ってくる者がいるとは。やはり雄英。優秀な人材がそろっている」

「ちっ、みつかっちまったじゃねーか黒霧(くろぎり)。どこが完璧な作戦なんだ? 見つかるまでが作戦か? なァ」

「いや、ここは我々の落ち度というより彼女を褒めるべきでしょう」

英雄(てき)を褒めてるんじゃねーよ。まあいい、もう用事は済んだ。帰るぞ」

 

 そこにいたのは黒い靄に包まれた人としての輪郭があやふやな者と顔面をはじめ身体中に手首をぶら下げ生気というものをおよそ感じない肌から水分が枯れ果てひび割れた顔をした異様な風体の男だった。

 (ヴィラン)。しかも、会話から察するにもう既に目的は達成されてしまったらしい。

 だが、脱出させなければ問題はない。 

 

「動くな。警告する。その場から動く素振りを少しでもみせた場合、身の安全は保障しない」

 

 慈悲の刃を懐から取り出しつつ、投擲用(スローイング)ナイフを左に構える。

 

「ははは、警告だってよ。手を挙げたほうがいいか?」

 

 手首男の下卑た笑いが職員室に響く。

 笑うだけで、人の心を逆なでし不快感を募らせられるとは、もはや才能だ。

 

「ばーか、誰がお前の言うことなんて――ぐああぁっ! 痛ぇ!」

(とむら)っ!」

 

 ナイフを投げつけ、手首男の右肩と左腿に命中させる。

 疾さを重視したため、傷はそれほど深くはないが十全のパフォーマンスはもうできないはずだ。

 

「警告という意味が分からなかったか? それとも私がそんなに優しそうに見えたか?」

「うるせぇよゴミが! おい黒霧、あいつ殺せ!」

「動くな、と言ったはずだ」

 

 こちらを指さそうとする挙動に合わせさらにナイフを二本投擲する。

 

「させません」

 

 黒い靄の男が手首男の前に立ちはだかり、迫っていくナイフを靄で覆った。

 直後、背後に僅かな風切り音が聞こえ咄嗟に頭をずらす。

 すると、私の投げたはずのナイフが目の前のデスクに突き刺さったのだった。

 

「まさか、避けるとは……どんな反射神経をしているんですか。バケモノですね」

転送(ワープ)か、それに準ずる個性か」

 

 これで得心がいった。

 なぜ、この職員室へ至るまでのセキュリティが作動していなかったのか。

 一度行ったことのある場所へ行ける個性か、座標を指定して移動するタイプの個性。

 おそらく後者。そうでなければ、正確に私の後ろへワープを開くことはできないはずだからだ。

 どちらにせよ、貴重でいて、やっかいな個性であることに変わりはない。

 あの黒い靄の(ヴィラン)が全ての物理攻撃を無効化できるのなら、今の私には対抗手段がない。

 だが、それを悟られるわけにはいかない。

 あくまで、こちらが優位に立っているように見せておく必要がある。

 

死柄木弔(しがらきとむら)。ここは退きましょう。この類とはまともにやりあってはいけません。こちらはまだ準備が完全ではなのですから」

「ダメだ! 殺せ!」

 

 まるで子供(ガキ)

 みっともないわがままをまき散らす子供にしか見えない。

 黒霧と呼ばれた(ヴィラン)が死柄木弔と呼ばれた手首男へ判断を仰いでいることから、手首男の方が首謀者なのだろうが、あれほどの強個性を持つ者がこんな精神的な未熟者に付き従う意味が分からなかった。

 だが、そんなことは今はどうでもいい。

 

「最終警告だ。次は、命の保証もしない」

「とてもヒーローが吐く台詞とは思えませんね……ですがあなたに付き合っていられるほど私たちも暇ではないのです」

 

 黒霧は靄を一気に拡げ、死枯木弔を包み込んでいく。

 私は飲み込まれていく死枯木弔に向かって十数本のナイフを投げつけつつ猛進した。

 

「黒霧ィ! 誰が退けっつった!」

「すみません弔。ですが、私たちはこんなところで果てるわけにはいきません」

 

 迫るナイフを前に黒霧は冷静にワープゲートを展開しナイフを飲み込んでいった。

 私の周囲に投げつけた分の黒い靄が現れる。

 

(座標の複数指定もできるのか。本当にやっかいだ)

 

 私がナイフを避けている間にもうすっぽりと靄は手首男を包み込もうとしていた。

 

(この距離だと間に合わない。逃げられる)

 

 ナイフを回避しつつ、そのうちの一本を(ヴィラン)たちへ向かって蹴り飛ばした。

 

「うぐっ……! 回避しか選択肢がない状況で攻撃につなげるとは。本当にバケモノだ」

 

 黒霧に命中した感触はあったものの致命打を与えることは叶わず、しかし反撃があるわけでもなく黒い靄の中へ呻き声と共に一緒にナイフは吸い込まれていった。

 

「あなたのような人がいたのは予想外でした。ですが、()は遅れをとりません」

 

 徐々に収束していく黒い靄に向かって最後に投げつけたナイフは、そのまま職員室の壁へと突き刺さったのだった。

 上からの許可もなく殺すことはできなかったとはいえ、まさか取り逃がす羽目になるとは。

 

「次、か」

 

 逃したことによる悔恨に歯噛みしつつ奴が言っていた言葉を咀嚼する。

 窓の外からは、ようやく警察のサイレンの音が近づいて来ていたのだった。




【トニトルス】
この奇妙な鉄球の槌は、マッチのように擦ることで
青い雷光を人工的に再現する。





※2018/01/25 一部表現の修正


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9.騒動その後、「対敵学」開始

 警察の到着により、マスコミが撤退し雄英からようやく喧騒が消えた。

 だが、喧騒の代わりに、私の簡易報告により少なからず動揺が職員の間で広がっていた。

 生徒には徒に不安を煽らせないため、表向きはただのマスコミの押しかけという発表がされていたが、職員には(ヴィラン)の侵入があったことは周知され、密かに厳戒態勢が敷かれていたのだった。

 そして非番の者も呼び出した全職員参加の緊急会議が開かれ、私は騒動の渦中で起こったことの仔細をすべて報告したのだった。

 

「――以上で報告を終わります。何かご質問は」

 

 何人かの教師から手が上がる。

 根津校長が議長として取り仕切り、私は質問に応えていったのだった。

 特に、質問が多かったのはオールマイトからだった。

 表情からは悔しさを滲ませ、私がいるべきだったと何度も呟いていた。

 

「私もいいかしら」

 

 十八禁ヒーローと自称するその手のクラブにいる女王様をモチーフにした扇情的なヒーローコスチュームに身を包んだミッドナイトから手が上がる。

 

「先に全ての可能性を精査したいからあえて言うわね。あなたが接触したワープの個性をもった(ヴィラン)は、本当に座標移動のタイプだったのかしら? 一度行ったことのある場所や会ったことのある人……つまりなにかの目印を起点にして移動してくるタイプは知っているけど座標指定は初めて聞くわ」

 

 言外に、誰かが以前からないし今回、侵入の手引きしたのではないか、という意図が読み取れる。

 そして、殊更その警戒は私に隠すことなく向けられているのだった。

 仕方がない。彼女らにとって私は功績どころか活動すら不明な新参者。疑うのは自然だし、疑わない方がむしろ不自然だ。

 雄英に侵入など、成功をする確証がなければできないのだから内通者がいると考えるのはなんらおかしいことはない。

 

「私の推測の域をでませんので明確に断定してお答えできません。ただ、戦闘時にナイフを黒霧と呼ばれていた(ヴィラン)へ何本か投擲した際、私の周囲へ精確に1本1本別空間から個別に返されました。ミッドナイト先生が例としておっしゃっているタイプの個性では不可能かと」

「……なるほどね」

 

 警戒に気付いている素振りは見せつつも、受け流すように答える。

 だが、ミッドナイトの意図していることにほとんどの教員が気付いたようで、私へ視線が集まった。

 

「ミッドナイトさん、狩人は俺にわざわざ許可を取ってから戻ったんだ。俺が許可を出していなかったら会敵することもなかった。第一俺とマイクと狩人が一番最初にマスコミの対応に当たったんだ。手引きするつもりなら最初から職員室に残るか行方を眩ましてどこかに潜んでいるさ」

「わ、私はそこまで」

 

 イレイザーヘッドもミッドナイトが言わんとせんことに気づいたようでミッドナイトを諌めた。

 

「疑うなとは言いませんけど、露骨に態度に出さないでください。表だって疑いだしたら誰一人証拠がない時点で全員が容疑者だ。もちろん俺も含めてです。むしろ狩人はこの中で一番容疑者に遠い。内通者だとしたら会敵した報告なんかする必要などないんですから」

「そうね……ごめんなさい、狩人」

 

 気にしていないと伝えると、今度は一年B組の担任でもあるブラドキングから手が上がった。

 

「俺も聞きたいことがある。どうして(ヴィラン)が侵入しているとわかったんだ? 疑っているというわけじゃなく、どうしてそう思ったのかその根拠を知りたい」

「明確な根拠はありませんでした。ただ状況から推測し行動した結果、会敵してしまったという形です」

 

 私は、そのときの状況とそこから考えうる推測を話した。

 既に侵入をされているという最悪を想定して動き、その最中に侵入者の目的を予測したものの結果的にしらみつぶしと大差なかったが、偶然に近いもので会敵するに至ったにすぎない。

 

「なるほどな……本来なら俺達ベテランが、予期しなければいけなかったことだ。結果として君一人に任せてしまった。すまないことをしたな」

「やめてください。ブラドキング先生。私も結局は偶然でしかありませんでしたし、なにより眼前の(ヴィラン)を逃してしまった。私こそ申し訳ありません。あるまじき失態です」

 

 そう、失態なのだ。私は、私自身が許せない。

 条件が十分ではなかった。偶発的な戦闘だった。相手が未知の個性だった。

 そんなものは言い訳にならない。残っている結果は、取り逃がしたという事実だけだ。

 私は、この程度でしかなかったのか。

 自身への失望という感情に身体を支配されていくのを感じていた。

 

「それを言うなら侵入に気付けなかった俺たちはもっとプロ失格だ。そもそも誰もが本当に(ヴィラン)が侵入できるとも、侵入してくるとも思っていなかった。今回は、その気の緩みが招いた事態だ。狩人がいなければ、侵入されたことすらも気づかなかったかもしれないんだからな。だから狩人が気に病む必要はない」

「……わかりました」

 

 違う。これは私自身の問題で、誰かと比べるものではないのだ。

 その後、いくつかの質問にさらに答えた。

 そして質問が無くなったころには重苦しい沈黙が会議室を包んでいたのだった。

 

「じゃあ、状況確認は次に進んでいいかい?」

 

 根津校長が沈黙を破る。

 現状を踏まえ何を(ヴィラン)は目的として侵入したのかをかんがえなければならない。

 

「今のところだけど、破壊された物は、ゲートだけしか確認がされていない。それに誰一人危害を加えられていない点を考えるとおそらくだけど、(ヴィラン)の目的は窃盗さ。だけど不思議なことに、重要なものは特になくなっていないんだ。金銭的価値のあるものも、たとえば君たちの履歴書や個性情報みたいな秘匿されるべき情報もね」

 

 会議前に、総出で調べたのだが各自の所持品はもちろん、校外秘の枢要な書類等は何一つなくなっていなかったのである。

 

「つまり、ただ入られたということですか? それでは、愉快犯にしては……」

「オールマイト、早とちりだね。重要なものは無くなっていなかったけど一つだけ無くなっていたものがあったのさ。僕にもそれが何を意味するのかわからない。正直ただ数があわないだけなのか盗られたのかも判断がつかないものだ」

「それは、一体……?」

「暫定版の我々(教師)用授業カリキュラムの予備が一部だけ無くなっていた。もしこれが盗られたものだと仮定して(ヴィラン)の目的の予想はいくつかあげられるけど、ほとんど根拠がないに等しい推測だけしかできないね」

 

 其処彼処から唸り声が上がる。

 確かにそこからだけでは、意図は不明だ。そんなものを持っていっても(ヴィラン)側にメリットはないように思う。

 だが、私には(ヴィラン)が残していった一言がようやくつながったのだった。

 

「いいでしょうか」

「どうしたんだい?」

「状況報告には不要なものだったので省略していたのですが、私と会敵した(ヴィラン)が最後に言った言葉が『次は遅れをとりません』でした。つまり――」

「それは……なるほどね。狩人、僕から言わせてもらうよ」

 

 根津校長が神妙に頷く。

 私の予想を言うより前に、根津校長は私が何を言おうとしたのかわかったようだった。

 

「今のではっきりしたよ。やはりカリキュラムは盗られたんだ。そして(ヴィラン)の目的は、教師(ぼくら)の誰か、もしくはどこかのクラスを襲撃することだ」

 

 会議室が驚愕に包まれる。

 根津校長は落ち着くように促し、言葉を続ける。

 

「おそらくでしか話せないけど、その黒霧というものを使っての奇襲の線が可能性として一番にあげられる。"次は"という発言からは、隠密な侵入ではなく明確に敵対をするという意志が見られる。彼女の予想通り、座標移動ができるタイプの個性ならば、雄英に限らずどの場所にいても(ヴィラン)を送り込んでくることができるんだからさ。それが授業中なのか授業時間外なのかまではわからないけどね」

 

「だけど(ヴィラン)も挑発のつもりだったのだろうが完全な失言だ。だからこそ、みせてやろう。雄英(ここ)に誰がいるのかということを」

 

 オールマイトの確言に、他の教師陣も呼応するように声を上げた。

 そして、その後の対策会議は深夜にまで及んだのであった。 

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日には、ゲートドアは即日で修理され元通りに戻っていた。

 超人社会は事件の解決も早ければ、物損の修復などの実生活における復興作業も尋常でないほどの速さで行われる。

 門の修復と共に、一見以前と何ら変わりない学校生活が戻ってきたように見える。だが学校の様子は昨日までとはまるで違っていた。

 まず第一に生徒達には悟られないように、常時教師(プロヒーロー)が学校内を警備するようになった。

 さらに、必ず校舎以外の施設――各体育館やグラウンド等を使用する場合三名以上の教師が授業に配置されることも決定された。

 当然雄英と言えども、これを十分な人員をもって行えるほど余裕があるはずもなく、半ば無理やりのローテーションが組まれたのだった。つまり、教師側に負担が著しくかかる警備システムなのだ。

 しかし、大半の教師がこの案に対し異を唱えるものはいなかった。その中で、異を唱えたものは校長とリカバリーガールと私だけだった。

 根津校長はプロヒーローとは言え、そこまで教師に負担を強いることはできないという観点で反対し、リカバリーガールは「そこまでやるくらいなら休校したほうがいい」と述べた。

 私はというと、単純に時間と共にパフォーマンスが逓減していく点において反対だった。短期的には人数を増やす施策で十分かもしれないが、長期的にみれば疲労がたまっていくのは人である限り避けられず、普段通りのパフォーマンスを発揮することは期間が長くなるにつれ難しくなる。何より(ヴィラン)側がいつ攻めてくるかわからない中で、いかにプロと言えどもその緊張を数十日以上も持たせることは不可能に近い。必ずどこかで、自身すらも意図しない気の緩みが生まれ、その綻びは往々にして伝播していくものなのだ。

 そこを突かれた場合、万が一の後詰めも不十分になり総崩れになる可能性があるという点を指摘をした。

 結果としては、校長は周囲の熱意に押し切られ、リカバリーガールの言い分はもっともだが、休校にするというのは(ヴィラン)に屈するのとイコールであり、弱腰な態度は(ヴィラン)を増長させるためできないとの総意であった。

 私の意見に対しては、ある程度の同意を得られたものの生徒の安全を優先した結果、段階的に校舎内の警備は戻しつつも手薄になりがちな校舎外活動では教員の三人以上の体制を持続するという決定がなされた。

 カリキュラムの見直しも当然提案されたのだが、(ヴィラン)の目的が誰なのかは結局不明である以上、変更を加えても大きな意味をなさないし、こちらが急遽で組み直せば幾ばくか浮き足立ってしまう。それならば、現体制に大きな変更を加えるよりか体制を盤石にしたものの方が安全性が向上するとの判断された。

 そして、今日から始まる私の「対敵学」も、校舎外活動にあたるため私の他にイレイザーヘッドとセメントスが付いたのだった。

 

「さあ、本日は私の授業です。よろしくお願いします」

 

 私も狩装束に身を包み、体育館γで授業の開始を知らせる。

 一年A組の面々も各戦闘服(コスチューム)に身を包み、並んでいる。

 体育館γは、通称トレーニング()台所()ランド()と呼ばれているらしい。同伴のセンメントスから説明が入ると、生徒の皆は一様に微妙な表情をしていた。

 あらかじめ、コマ割りがされているとはいえ、直前まで教師へ授業内容を決定する権限があるのはさすが自由の校風が売りの雄英である。昨日、渡したばかりの私のカリキュラムにも関わらず既に場所も人員も当てられているのだから驚嘆せざるを得ない。

 これもひとえに校長の個性である人の頭脳を超越した「ハイスペック」が成せる業である。

 

「狩人センセー質問いいですか?」

 

 桃色の肌が特徴的な芦戸三奈から手が上がる。

 酸を出す個性を持つ生徒だったと覚えているが、現時点までで見る限りではまだまだ個性を使いこなしきれていないように思う。

 酸という対物でも対人でも、明確に対象を変質させる個性ゆえに公然と使えず自主的な訓練さえもかなり限定されていたに違いない。

 しかし、それでも雄英(ここ)へ入学してきているのだから彼女自身のポテンシャルは相当に高いのだろう。 

 

「ええ、どうぞ」

「なんで、相澤先生とセメントス先生も一緒なんですか?」

「今年は雄英の方針で教師陣のレベルアップも兼ねて複数人数で授業へあたることになったようですね。今後も校舎外の活動では、基本的に複数人の教師で授業に当たります」

「なるほどー。だからこの間の戦闘訓練のときも狩人先生がいたんですね」

 

 というのが、表向きとして生徒へ伝えるようにいわれていることだ。

 

「基本的に、その単元の担当以外はオマケだと思え。俺もセメントスも狩人の授業にはほとんど口出ししないからそのつもりで」

 

 イレイザーヘッドは補足を加えるともぞもぞと寝袋に入りだした。

 生徒達ももはや見慣れた光景になっているらしく特に驚きもしていなかった。

 

「相澤先生は、こういいましたけど俺は必要があれば手助けしますからね」

「ええ、ありがとうございます」

 

 セメントスが柔和な声で私へ語りかける。

 セメントス曰く、ここは彼の考案した場所で床は全てコンクリートでできており、彼の個性『セメント』により如何様にも形を変えることができるらしい。

 ただ、今回私がここを希望したのは特に何もないフラットな場所だったからであって何かを作ってもらうつもりはなにもない。

 

「さて、この授業は『対(ヴィラン)学』です」

「ヒーロー基礎学とは違うのでしょうか!」

 

 飯田天哉から質問が入る。

 

「ヒーロー基礎学では、主にヒーローとしての行動を学んでいくでしょう。ですが、ここでは(ヴィラン)が犯罪を起こすにあたって何を考えて、どのように行動を決定していくのかを実例をもって学んでもらおうと思っています」

「犯罪捜査のプロファイルのようなものですね!」

「ええ。おおよそ抱くイメージはそれで問題はありません。ですが、そのプロファイルとは決定的に違うことがあります。あなたたちはヒーローを目指す者。現場で即断しなければならないことも多くあります。事前情報がない中でも現場の中から素早く読み取る力、そして判断力を養ってもらいます」

 

 説明をしてみたものの、私がそもそもこういう場に立つということに慣れていないこともあってか、今一つ生徒達に伝わっていないように思う。

 相手の立場に立って考えることは、苦手な分野であると自覚している分、私からすれば過剰だと思う程度には噛み砕く必要がありそうだ。

 

「……例えばです。ここに今、私と相澤先生とセメントス先生がいますが、私たち三人が指名手配中の強盗団だとしましょう。強盗はもちろん殺人に放火に誘拐なんでもしています。極悪です。しかし派手にやったせいで(私たち)の個性は割れている。そしてあなたたちは今いる全員で、(私たち)に市街地で会敵しました。しかしその会敵はあなた達も私たちも想定していない偶発的なもの。そのときはどうしますか?」

「おい」

「ふふふ、仮想でもここまで極悪な(ヴィラン)と呼ばれると妙な気分になりますね」

 

 イレイザーヘッドとセメントスからやや苦言が上がったものの生徒達のために犠牲になってもらうとしよう。

 生徒達は各々考え出し、しばらくの間沈黙が流れていた。

 

「正直、ヒーローを志す者として言いたくないですけど逃げの一択しかない気がするッス」

「うんうん。私もそー思うわ。正面戦闘は狩人先生的に言うならぐさくーってやつ」

「葉隠の場合逃げるのは簡単そうだしなぁ。実際そうなった場合、一番のキーマンよな」

「衣装までは消せないから不意の戦闘の場合、全裸になることが前提だからちょっと時間稼ぎしてもらわないといけないけどね」

「お前、見えてないからってときどき大胆だよな……」

「そーお?」

 

 尖らせた赤髪が特徴的な切島鋭児郎(きりしまえいじろう)と衣服だけが空中に浮かんでいる葉隠透(はがくれとおる)の意見を皮切りに次々と意見が上がった。

 

「そうね。戦闘になったら発動系の個性の人たちは個性を消された上で狩人先生に蹂躙されちゃうわ。ケロ」

「うん。それに市街地を想定するならセメントス先生がいるから簡単に分断されちゃうし、生徒達(ウチら)の個性じゃそれを打開できるような増強系の個性持ちは少ないし……」

 

 蛙吹梅雨(あすいつゆ)と麗日お茶子もそれに同調する。

 

「他で攪乱してもらって、俺のテープと轟の氷を組み合わせれば一人くらい拘束はできるんじゃね? たとえば狩人先生を真っ先に拘束すれば、近接戦闘でやられる確率はぐっと減るわけだし」

「……うまく成功して拘束できたとしても、その前に何人犠牲になるかわからねぇ。あの人相手に斥候するってことはほとんど命と引き換えだぞ。誰がするんだ」

「うん、無理だな。一瞬でナマス切りにされる。ホント狩人先生一瞬で詰めてくるからな」

「ああ」

 

 瀬呂範太と轟焦凍は私をなんだと思っているのだろうか。

 個性把握テストの際の手合せで、瀬呂範太は個性であるテープで攪乱しつつ接近してこようとしたので私が一足とびで間合いを詰めて勝負を決めたことを言っているのだろう。

 

「俺の場合、攻撃に使うと周りを巻き込む個性だからうまいこと使えねぇんだよな。使えれば一瞬くらいなら怯ませられるんだろうけど」

「いやいや。上鳴の場合、発動すらできないでしょ、相手相澤先生よ?」

「ああ、そっか」

「それにうまくいったとしてもウェイ化したあんたを放っておいたら人質になりそうだし。そもそも個性把握テストのとき、フル放電してたけど狩人先生に避けられてたし。ていうか戦闘訓練のときも最後の方半分ウェイ化してて足手まといだったし」

「耳郎さァ!?」

「まあ、言ってもウチも探索とか索敵とかそっち向けの個性だから先生たちレベルになるとうまく音で怯ませることができても、あんたと同じでその後が続かないなー」

「お、おう。真面目に考えてるんじゃねぇか」

 

 上鳴電気と耳郎響香は真剣に考えているのか考えていないのかよくわからないが、自身の個性との相性を考察しているようだ。

 

「何にしても相澤先生と狩人先生とセメントス先生の三人の組み合わせは個性の相性的に強すぎますわ」

「そうなんだよね。個人個人なら勝敗は別にして、ある程度抵抗できると思うんだけど、組み合わさったら隙がなさすぎる。こと戦闘になったら俺らじゃないにしても並大抵の個性じゃ歯が立たないと思う」

「ええ。こちらの数的有利などあってないようなもの。ここで人数で勝っているからといって真正面から向かっていったら結果は火を見るより明らかですわ」

「だから、必要なのは戦闘で勝つという判断ではなく、如何に情報を持ち帰り、対応できる者に託せるかというのが俺らの勝利条件になるのかな。難しいなぁ~……」

「勿論その中には全員無事で、というのが含まれますわね」

「ただ、退却するにも相手が追ってきたらきっついけどね、これ」

 

 八百万百と尾白猿夫(おじろましらお)も唸りながら黙ってしまった。

 それぞれが回答をひねり出そうとしている中で緑谷だけが困惑している様子だった。

 

「ねえ、狩人先生って、そんなにすごいの……?」

「ああ、そうか。緑谷、戦闘訓練の後は怪我でみてねぇし、手合せもしてもらってないのか。相澤先生が一昨日の戦闘訓練のビデオあるみたいなこといってただろ。後でみせてもらったほうがいい。すっげぇぞ。あのオールマイトが追いつけないほどの疾さなんだぜ」

「えぇっ!?」

 

 緑谷出久が切島鋭児郎に話しかけ、驚いた表情を見せつつその後なにかブツブツと呟きながら自分の世界に没頭しているようだった。

 生徒の皆も行き詰まってきているようで、ほとんどが唸りながら黙ってしまった。

 だが、まずはこれで十分だ。

 

「いいですか」

 

 私がそういうと、視線がこちらに集中する。

 注目される感覚は、今まで縁が無かった分とても奇妙なものに感じる。ここに来てから何度か味わったがこれからも慣れることはなさそうだ。

 

「今皆さんは、何かしらあやふやでも曖昧でも回答を出したかと思います。その結論が正しいのか否かは実際にことが起こってみなければわかりません。ただ一つだけ、確実に言えることがあります。その決定をヒーローになれば会敵した瞬間に行う必要があるのです。今のように(ヴィラン)は待ってくれません」

 

 一旦、言葉を区切りそして言葉を続ける。

 

「ちなみに、ですが。相澤先生、セメントス先生。もし私たち三人がこの生徒達に会敵したらどうしますか?」

「……撤退するな。少なくとも即時戦闘はしない」

「俺も同じですね。撤退を主に考えます」

 

 生徒達からは驚きの声が上がる。

 

「私も撤退を選択すると思います。私の場合威嚇ないし示威行動として一人二人危害を加えるかもしれませんが」

「ど、どうしてですか!? 先生方の実力なら撤退する必要などないのでは!?」

 

 飯田天哉が驚きつつもぶれない挙手をして発言する。

 

「簡単だよ。俺達からすれば未知の個性が二十人もいるからね。負けるとは思っていなくても長引く可能性があり、応援を呼ばれる可能性も高い」

「そう。それならば無駄な戦闘は避け撤退しつつ不確定要素を確実に排除するほうがいい」

「勝てるとわかってから攻勢にでても遅くはない。それなら周辺地区に検問が敷かれる前に街から出ていくことを優先して撤退を考えるということだね」

 

 イレイザーヘッドもセメントスも異口同音で同様の理由を説明をする。

 

「つまり、こういうことなのです」

 

 再度私へ視線が集中する。

 

「当然ですが、みなさんは、(ヴィラン)の思考に触れてくる機会がなかった。故に(ヴィラン)から自分たちがどう見られているのかという視点が欠落してしまったのです。今回の例では個性が割れた状態でしたが、実際は相手の個性が完全にわかっている状態で会敵することはほとんどありません。だからこそ、相手の状態から読み解き、その場で意思決定を行う必要があるのです。好戦的な状態なのか、それとも逃げ腰なのか、罠として誘っているのか。相手の行動の推定を行うための知識と手法、そして私の経験から(ヴィラン)の思考傾向をここでは教えていこうと思っています」

 

 はい、と力の入った返事が返ってくる。

 

「……といってもです。いくら行動が読めたからと言って、自身の実力が追いついていなければ(ヴィラン)を追うことも叶いません。今のがいい例です。はっきり言って、会敵して逃げの一手しか打てないようなヒーローはいりません」

 

 生徒達から生唾を飲み込む音が聞こえた。

 相変わらず、身構えられてしまうがぼやかしていう必要もないのでこうなってしまうのは仕方がない。

 

「ですから並行して、あなた達の実力を底上げする訓練も一緒にさせていただきます。あなた達が自分でできることの選択肢を増やす。そうすれば連携した際の選択肢は乗数的に増えていく。結果として思考の幅も拡がってきますからね。中には合わない人もいるかもしれませんが、私の戦闘技術の中でみなさんでも使えそうなものを教えていくつもりです」

 

 そういうと、先ほどより力強い返事が返ってきたのだった。

 そして多くの生徒はなぜか笑みを湛えている。

 やはり子供の考えはよくわからなかった。

 

「さあ、授業を始めましょう」

 

 

◇◆◇

 

 

「死屍累々……ですね」

「おい、狩人。俺よりきついことをしてるんじゃないか……こいつら除籍された方がマシとか思ってそうだぞ」

 

 授業が終わり、衣服を整えているとなぜかセメントスとイレイザーヘッドが引きつった顔でこちらを見ていた。

 いわゆるこれが引かれるというやつだろうか。

 

「そうですか? まだ基礎の基礎程度をやってるつもりですけど」

「それであんなにボコボコにするのか……というか一番動いていた狩人がなんでそんなに平然としてるんだ」

「相澤先生じゃありませんけど個性柄、ということですかね」

「それは絶対個性柄じゃない」

 

 体育館γの床には、一年A組の生徒全員が呼吸を荒くしながら倒れ込んでいた。

 倒れ込んでいるのは、想定内というより狙ってやっているから当然と言えば当然だ。体力テストから予測した当人たちの体力の限界をぎりぎり一歩だけ超える運動量を行ったのだから。

 今回は、彼らの実力を正確に測るために再び組手を行った。

 といっても、個性把握テストの時のような簡易的なものではなく、二十メートル四方の枠の中で、生徒には徹底して個性を使わせた上で私と一対一の戦闘を行い続けるというものだ。

 ただし、枠外へ出たら他の者と交代することになっており、場外に出るなりすぐに私が順次指名していった。

 一応の目標として、私に一撃加えたら合格でそこで終了という条件をつけたものの、そもそも当てさせる気などさらさらなかった。

 私は基本的に回避を主体として捌き続けることで生徒に個性を使わせ、その中で解説や改善点、指導を行いつつ、動きが鈍ってきたところで投げ飛ばすなり殴り飛ばすなり蹴り飛ばすなりして休憩させる意味合いも含めて場外へ追い出す、というものを二時間に渡り延々と続けたのだった。

 途中からは、複数人を一度に枠の中へ入れ、相手取り、一対一と同じように攻めさせ、疲労が見えたところで場外へ追い出すことを繰り返していった。

 それにしても倒れ込んでいるとはいえ一人も脱落しなかったのは流石に優秀である。ここは手放しで褒めていい。

 半分くらいは音を上げたり、過呼吸程度で保健室送りになるものだと思っていたにも関わらず全員が最後までくらいついてきた。

 それはつまるところ現時点で彼らは限界を一つ、既に超えたことに他ならない。全員が素晴らしい才能を秘めていることが窺えた。

 それに自画自賛だが、私も二時間以内で収めることもできたし、充実した訓練を与えられたはずだ。初回にしてはうまくやれたのではないだろうか。

 終礼の鐘までまだ五分ほどあるが、これくらいなら早めに切り上げても大丈夫だろう。

 

「もうすぐ終わるので、少し早いですが皆さん戻って着替えてもらって構いません」

 

 そう伝えると全員が声を揃えて

 

『立てません』

 

 と答えたのだった。

 




【獣の咆哮】
禁じられた狩道具の1つ。

忌まわしいかつての厄災、その力をごく一時的に借りる触媒であり
圧を持った獣の咆哮により、周囲の者を弾き飛ばす。

つんざくその悲鳴は、しかし使用者の声帯が出しているものだ。
人の内に、いったい何者が潜むのだろうか。


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10.対敵学その後、緑谷出久の個性

誤字報告ありがとうございます。助かっています。


 終礼の鐘が響いてもなかなか動こうとしない生徒達を見かねて、私は一つの狩道具(アイテム)を取り出した。

 『聖歌の鐘』と呼んでいる私でも片手で持てる程度の大きさの白銀製の鐘だ。

 これは、かつての任務の際のターゲットであった(ヴィラン)の所有物だったものを、私が上へ嘆願しやや強引に譲り受けた品である。

 その(ヴィラン)は古美術品やアンティークな調度品の収集を道楽としており、その保管庫には夥しい量の芸術品が立ち並んでいた。その中の回収した品の一つにこの鐘があったのだ。

 強奪品の大半は持ち主の元へ返され、他の回収品も一般に掲示されたものの、この鐘の持ち主は終ぞ現れず証拠品の申し送りとして警察の保管庫へ眠る予定だった。

 それを任務に有用なものという名目の元、上に警察を説得してもらい非合法ながら現在は私の手元に収まっているのである。

 私自身が非合法の塊であるが故なのか、知っている者からすれば今更といったことのようで思いのほかすんなりと話は通ったらしい。

 ただし誰一人としてこの件は知らぬ存ぜぬで通すということが大前提になっている。

 つまるところ、もし露見した場合にはすべての罪は私が背負えとのことに他ならない。

 しかし私自身社会的立場にも今の生活にも特段の執着はないので、無意味と言えば無意味な取り決めだが、形式的に彼らが満足するのなら、これでいいのだろう。

 その私が、聖歌の鐘に固執したのは理由がある。

 これは表面の装飾が美しく打ち鳴らすと澄んだ音色が響き渡るものだが、美術品としての価値に惚れこんでいるわけではない。これを今取り出したのも、当然ながら彼らに精神的な安らぎ(リラクゼーション)を提供しようというわけでもない。

 この鐘は『狩人の遺骨』と同じく、私の『神秘』に反応するものなのだ。

 私は手袋を外すと、右の親指の表面を噛みきりそこから流れ出る血を聖歌の鐘へ這わせた。

 這わせた血は鐘へと染み込んでいく。

 そして、私は頭上へと掲げ、鐘を打ち鳴らした。澄んだ音色が体育館γに響き渡る。

 

「あ、あれ? 身体が軽くなった?」

「動ける……?」

 

 生徒達は突然の復調に戸惑っている様子だ。

 この鐘は、この音色を聴いた生命体すべてに一定の治癒の効果をもたらすものなのである。

 ただし治癒と言っても、命に関わる大出血を起こした後や四肢欠損を治せるわけではなく、疲労の回復や中度の外傷など特定の事象に限られる。またおおよその人体に及ぼす毒ならば解毒することも可能だが病気の類は大半が治せないといった形で多くの制限があるため、決して使いやすい道具ではない。

 それに交戦中に回復する手段としては発動するまでが遅く、特に私の場合個性における特性上あまり使用する機会もなかったのだが、赴任することが決まり雄英という集団に属することになったときから念のため持ち歩いていたものがようやく本日、日の目をみたのである。

 

「なにをしたんだ、狩人」

 

 イレイザーヘッドがやや不審気味に私へ尋ねる。

 

「この鐘を少し特殊な鳴らし方をすると聴いた者に簡易的な治癒の効果を与えることができるのです」

「ほお、どういう原理だそれ」

「さあ、私にもわかりません」

「……おい」

「できてしまうのですから仕方ありません。私は使えるモノを使っているだけですので」

 

 私の神秘に反応させるということはイコール血を使うということである。

 以前オールマイトに包み隠さず言った際に、それは人前で言わない方がいいねと言われたのでそのために言い訳を用意しているのだが、なかなかに苦しいと我ながら思う。

 とは言え、この鐘も唯一無二のものであるし誰かに触らせるつもりもないので確認する術は誰も持ちえないのだから、苦しかろうが問題はない。

 実際、イレイザーヘッドも納得はしていなさそうだがそれ以上の言及はしてこなかった。

 芦戸三奈が寄ってくる。

 この生徒は私であろうと、警戒心なく躊躇なく距離を詰めてこられるのも才能の一つなのだろう。

 

「これ、狩人先生の個性?」

「いえ、これは道具の力です。リカバリーガールほどではないですけど治癒の効果がある鐘です」

「はえー……私が治癒の個性にでも目覚めたのかと思いましたよー。擦り傷とか打撲とかも治ってるし、すっごいですねそれ!」

「少々使いづらいものですけどね」

 

 自分の快調がよほど不思議だったようで疑問符を頭に浮かべながら身体を見回していた。

 

「さあ、動けるようになったら早く着替えに戻ってください」

 

 柏手を打って生徒たちに撤収を促す。

 

「俺達は先に戻るぞ。俺もセメントスも次の授業があるからな」

「ええ。私は生徒が全員出ていったか確認して戻ります」

 

 そういうとイレイザーヘッドとセメントスは早々に戻っていった。

 続々と生徒も戻っていく中で、私はどうしても気になり生徒の一人を呼び止めた。

  

「緑谷出久……くん。少しいいですか」

「はい、僕ですか?」

 

 呼ばれると思っていなかったようで、驚きが表情に混じりつつも素直に足を止める。

 今回の授業の目的は彼の力を間近で見るためでもあった。

 彼の個性はオールマイトから引き継いだもの。生来のものでない故に扱い方に不慣れなのは仕方がない。

 しかし、しかしだ。それにしてもなんなのだ。

 持て余しているどころか個性に振り回されているではないか。

 オールマイトの弟子であり後継者なのだから、全てはオールマイトに任せ、口出しはすまいと思っていたがあまりにも目につく。

 授業で本気でやれと促し、ワン・フォー・オールを撃たせてみたが個性ばかりが先行してしまっている。私のいなしで自爆の怪我こそさせなかったものの、あれでは訓練すらままならない。怪我をして訓練が止まってでは、彼の成長はいつまで経っても始まらないのである。

 彼は、平和の象徴を担うまで足踏みなどしていてもらっては困るのだ。

 ならば、オールマイトにとって不本意かもしれないが私がほんの少し背中を押させてもらう。

 

「あなたの個性ですが」

「ぼ、僕の個性がどうかしましたか?」

 

 なぜ個性について聞かれただけで動揺するのだ。眼も泳いでいかにも触れてほしくないというオーラを出しすぎている。それでは個性に後ろめたいことがあると言っているようなものではないか。

 様子から察するにオールマイトが彼に私のことを言っていないのなら私から彼に個性の秘密について知っていることを言うのは控えておく。

 だがオールマイトに彼の精神面の修業をさせることを進言しておこう。これではいつ漏洩してもおかしくない。

 

「……なにを動揺しているのかわかりませんが、話を進めます。あなたは明らかに個性を持て余しています。個性というのは身体機能の一部というのはご存知ですよね?」

「は、はい」

「身体機能というのは、本来自身の成長と共にあるべきであり、それは個性であっても例外ではありません。あなた達くらいの年ごろまでは年齢と共に個性も一気に成長していきますがそれでも肉体が追いつかないほどの個性成長というのはあまりききません。私生活に不便がない程度には制御や調整もその過程で自然と身についていくものなのです。つまり個性を持て余すというのは一般的にはなかなかないこと。しかし緑谷くんの場合、個性ばかりが先行して肉体が追いついていない。まるでごく最近個性がいきなり、そして強大な力が発現したような印象を受けます」

「は、はは……じじ実際そうなんですよ。最近奇跡的に発現しまして……」

 

 先ほどよりも激しく動揺しているが、触れずに話を進めていく。

 

「ならば、緑谷くんがやることは一つです。個性を常に発動しなさい。寝ても起きても常にです。あなたに必要なのは個性に慣れること。まずは個性を自在に操れなければ訓練以前の問題です」

「いや、あのー……個性を使うと怪我をしちゃうので……できないというか……その……」

 

 視線を逸らし言い淀む緑谷出久。

 自ら気づいてもらうために遠回しな言い方をしているが、今の彼にとっては個性の秘密を守ることに必死で私の話が耳に入っていないのだろう。もう少し直接的な言い方に変える必要がありそうだ。

 

「誰が使えと言ったのですか。私は発動し、慣れろといっているのです」

「え、えーと?」

 

 困惑はしているものの、それをきっかけにぶつぶつと独り言を呟きながら緑谷出久は考えに没頭し始める。今までを見ている限りでは考えることは苦手ではないようだし、きっかけさえ与えてやれば自身で解答へ辿り着く能力があるのもなんとなくだがわかってきていた。

 

(……平和の象徴を担うのなら、気づきを他人に与えられているのは論外。だが考察力はそれなりにあるようだし、現時点では及第点といったところか)

 

 それともう一つ。彼の個性の使い方で、気になっている点があった。

 オールマイトから個性を引き継いだ時点で最初に教えられるものだと思っていたが、緑谷出久がまるでやっている様子がないところをみると教えられていないのかもしれない。

 オールマイトはかなり感性でやってのけてしまう天才肌のタイプなのでこう言う点は苦手分野なのだろう。

 

「もう一つ、いいですか」

「は、はい」

「あなたが身に余る個性をもっていることは今まで見てきてわかりました。私もそうですが、本来増強系は肉体の強化が行われるため、自身が産んだ衝撃に対しての反動にも耐えることができます。しかし、緑谷くんはできていない」

「そう、ですね。すみません……」

「私の印象ですが、今の緑谷くんは軽自動車のベースにジェット機用のエンジンを積んでアクセルをベタ踏みしているように思えます」

「確かに、そんな感じです……規格に合っていないってことですよね」

「ええ、その通りです。緑谷くんは自分の個性をどう捉えていますか?」

「どうって……えっと、この個性を使うと電子レンジの中にいれた卵が爆発しちゃうみたいな、そんな感じです。なのでワット数を下げるとかそういうイメージ練習はしているんですけどうまくいかなくて……」

「なるほど。内側から爆発するイメージですか」

「はい、それで自傷してしまうんです」

 

 内側からの爆発と家電製品のイメージを持っているなら話は早い。

 それならば、すぐにでも理解できそうだ。

 

「まずはその自爆をしないようにしなければなりませんね。まずはその技術を学ぶ必要があります」

「調整が難しくて……僕の肉体が追いついていないっていうのもあるんですけど」

「緑谷くんほどの破壊力を持つ個性の場合、自爆することと肉体の強さはそれほど関係は在りません」

「えっ、でも……オー……お師匠様には身体を鍛えろって言われましたけど」

 

 オールマイトと言おうとしたあたり、本当に咄嗟のことに弱い性格だとわかる。ただこのままだと口を固くする訓練まで視野に入れなければいけなくなってくるので、早々にオールマイトに進言しておかなければならないと改めて認識する。

 だが今は無視して本題を進めていく。そんなことに時間を費やすほど余裕はないのだ。

 

「いいですか。いくら人体を鍛えたところで何十トンもの反動に耐えられるわけがないでしょう。増強型のベースはあくまでも人体なのですよ」

「それはそうですけど……」

 

 これは私見だが、オールマイトはワン・フォー・オールを力の結晶と呼んだが、細かく分析していけば乗算的な強化と加算的な強化の複合型の強化個性なのではないかと予測している。乗算型の強化でベースとなる肉体の強化を行い、加算型で一定の値まで一気に底上げをする。故にオールマイトに比べて貧弱な緑谷出久の肉体であっても一定以上の破壊力を生み出せるというわけだ。

 ただ緑谷出久の場合、加算型の強化値が大きすぎて反動で肉体の耐え得る許容量(キャパシティ)をオーバーし、自傷しているのだ。

 しかし、この現象は単純に肉体が追いついていないだけではない。

 

「いくら増強したからと言って肉体は肉体です。反動の影響を小さくすることはできても反動が無くなることはありません。それはどんな増強型の個性であってもかわりません」

「物理現象ですから、そうですよね……」

「もっと君にとってわかりやすく言いましょう。例えば、オールマイトはあなたと同じような個性の使い方をしていると思いますか?」

「ええええ、ええとそれは?」

「だからなぜ動揺するのですか……。一番周知されている例を挙げただけです。彼の個性は不明ですが素の力であんな怪力が出せるわけないでしょう」

「え、えっとつまり……?」

「増強型の個性だと仮定しての話です。彼の肉体もかなり大柄で強靭なものですが、人外というレベルではないですし、もっというのならば異形型ではなく人型の枠からでていません」

「え、ええ。はい」

「その点を考慮して考えてみて下さい。彼の繰り出すビルをも簡単に破壊する甚大なパンチの反動をいくら強化された肉体だからと言って耐えることができると思えますか?」

「えっと、つまり……なにか肉体の強化以外で反動を緩和しているってことですか?」

「必然的にそうなりますよね。私が思うに、たとえオールマイトであっても今の緑谷くんと同じ個性の使い方をしていたら半分の力も出せないのではないかと思っています」

「……そうか、考えれば当たり前の話だ。オールマイトも人間だ。肉体の強化と言えども人体である以上限界は存在する。ワン・フォー・オールはオールマイトを含めて何人分もの力が詰まっている。ということは反動も同様に比例して大きくなる。人体一つで耐えられるようなものでは最初からなかったんだ。ならどうすればいい? オールマイトは力を緩めて使っていた様子はないし、道具も使っていなかった。ということはつまり力を緩めずにそれでいて反動を受けない方法が……いや受けない方法はないと狩人先生は言っていた。それに技術を身に着けろって。ということは反動を受けて且つ反動の影響を受けないやり方が――」

 

 唐突にやたらと早口で私にもほとんど聞こえないような小声で考えに再び没頭し始めた。次第に僅かな声も無くなっていったが口元だけが動いている。読唇術を使えば簡単に彼が何を呟いているのがわかってしまうので、本当に情報漏洩の危機をオールマイトに訴えないといけないと固く心に誓ったのだった。

 しばらく考え込んでいたと思ったら緑谷出久は、はっと顔を上げて何かに気付いたようだった。

 

「そうか、アース……アースだ! 過剰な反動をそのまま内側にとどめてしまうから爆発してしまう。ならば受けた反動を肉体で受け止めるのではなくどこかに力を逃がしてしまえばいい、そういうことですよね!」 

 

 やはり、考察に関してはなかなかどうして鋭いものがある。

 この短時間でそこまで行きつけるのは、普段から思考をする癖がついていなければ難しいはずだ。

 

「そう、正解です。といっても増強系の個性持ちは意識的にせよ無意識的にせよ行っていることですので特別に珍しいことではありません。ですが、緑谷くんの場合なにぶん威力が大きいので反動も必然的に大きくなる。一般的な増強系の力の逃がし方では間に合わないでしょうけどね」

「な、なるほど。となると、どうやればいいんだろうか――」

 

 緑谷出久は、まだ独り言と共に考え耽っているようだったがそろそろ次の授業が差し迫っている。

 私が大きく拍手を打つと、緑谷出久はびくりと身体を跳ね上げながら私の顔を見返した。

 

「考えるのは教室でもできるでしょう。答えを言うのは簡単ですが、考えることも訓練の一環。なので私から言えるのはここまでです。それでもわからないときはあなたのお師匠様とやらに訊いてみるのも手だと思いますよ。私より緑谷くんのことを理解してくださっていると思いますので」

「あ、は、はい! ありがとうございます!」

「時間を取らせましたね。……同じ増強型の個性持ちからのアドバイスだと思ってください。さあ、戻りましょう」

 

 緑谷出久は軽く礼をして私に背を向けて体育館の出口へ向かって駆けていく。あの小さな背中に平和の象徴という重圧がいずれ圧し掛かるのかと思うと、少しだけ同情を覚えた。平和の象徴など、本来一人の人間が背負えるような代物ではない。憧れだけでも、思想だけでも、力だけでも担うことのできない大きな称号。緑谷出久は能力だけでなく、オールマイトの課せられた強者の義務(ノブレス・オブリージュ)も同時に引き継いでいかなければならない。

 清濁併せ呑む度量と心をこれから培っていかなければ、社会矛盾や自己矛盾に苛まれ自身を壊してしまうだろう。その心の成長は肉体以上に長い年月が必要なのだ。ならばせめて、身体だけでも先に憂いを失くさなければならない。私がその一助になるかはわからないし、助力になっても僅かなものでしかないかもしれない。

 それにオールマイトのためにも、先の憂いを失くしてあげたいと思う。緑谷出久の大成こそ、オールマイトが唯一心休まる瞬間なのだろうから。

 それにしても――。

 

「私からかかわっていくなんて。らしくない、お節介だな」

 

 誰もいなくなった体育館で小さく独りごちたその言葉は誰に聴かれるわけでもなく溶けていったのだった。

 一息をつきたいが、次のことに取り掛からなければならなそうだ。

 

「さて、そろそろでてきたらどうですか」

 

 柱の陰から感じる気配に声をかけると、爆豪勝己と轟焦凍が姿を現したのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「え、私そんなことしてたの!?」

 

 放課後、仮眠室でオールマイトに授業後のことを話すとなぜか驚かれた。

 

「いや、まあ、確かに。そのまま放っておくと痛いからこう脚から地面に分散させたりもう一個の手に移してどっかやるみたいなことしてたけども!」

「それを言ってるんです」

 

 やはりオールマイトは天才肌だったようで、無意識的にあの超反動を対処していたらしい。

 

「そうかそうか。緑谷少年には悪いことをしたな。もっと先に教えてあげるべきだった……君の方が緑谷少年の先生をやっているなぁ」

「無意識にやっていたのなら教えられませんからしかたありませんし、彼の先生をやったつもりもありません。あとはオールマイトに聞くように仕向けておきましたから相談に来ると思いますので後はお願いします。それに、正直なところ調整ができてない現段階ではあまり意味のないものかもしれませんけれどね。今のゼロか百かの状態では反動の分散にも限界がありますし、肉体の強化が先決というのもわかります」

「そうなんだよねぇ。過剰な力であることに変わりはないわけだし。なにかきっかけがあればいいんだろうけど」

「ただ、調整ができたときに五%や十%程度でしか出力できずもたつかれては敵わないので少し余計なお節介をしました」

 

 すると、オールマイトは微笑を浮かべつつ私に優しい視線を送ってきた。

 

「どうしたんですか?」

「いや、嬉しくてね」

「嬉しい?」

「それは、ヒーローの本質だからさ」

 

 それ、が何を指しているのかよくわからなかったが、オールマイトが嬉しそうにしているのなら特に言及する必要もないだろう。

 それにもう約束の時間も差し迫っている。私はおもむろに立ち上がった。

 

「このあと、生徒達に呼び出されているのでそろそろ失礼しますね」

 

 爆豪勝己と轟焦凍から放課後に体育館γ前に来てほしいと言われていたのだった。

 

「お、前に言ってたアレかな?」

「さあ、わかりません。ですがなにかしら回答をきかせてくれると思いますよ」

 

 私は仮眠室を後にし、体育館γへと向かったのだった。

 

 




【聖歌の鐘】
特殊な狩道具。
音色が次元を跨ぐ神秘の鐘を模して作り出されたもの。
この小さな銀色の鐘は、遂に音色は次元を跨がないが
聴くものすべてに生きる力と、治癒の効果を及ぼす。


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11.放課後特別訓練、それぞれの研鑽

「なるほど、これが答えですか」

 

 呼び出された体育館γの前に行くと、爆豪勝己と轟焦凍を先頭に一年A組の面々が待っていた。

 

「約束通り、全員に話しました」

「これで満足かよ」

 

 轟焦凍と爆豪勝己は、私の言った通りにクラスメイト全員に話をしたようでほぼ全員が揃っていた。

 ここにいないのは、緑谷出久だけだ。

 

「意外ですね。もっと少ないものかと思っていました」

 

 私としては、精々五人もいれば多い方だと思っていた分、ほぼ全員揃っている現状には少なからず驚きを覚えていた。

 なにせ、つい数時間前に自力では足腰が立たなくなる程度には扱ったのだ。肉体的にも精神的にも苦痛が刷り込まれたはず。そして、ここでも同じようなことが起こることは予想に難くないだろう。

 つまり彼らは理解した上で自らに苦難を課したのだ。苦難の中に自ら飛び込むことが出来る者は決して多くない。

 私は、彼らのことを過小評価していたと認める必要があるようだった。

 

万里一空(ばんりいっくう)。トップヒーローを目指す者として、成長のチャンスをふいにするなんてありえませんわ」

「狩人先生に時間外にも特訓してもらえるのにやらないって選択肢はないス」

「プロの戦闘技術をしっかり教えてもらえる機会をむざむざ見過ごすような人は雄英に入る前に弾かれちゃうよ☆」

「いや、オイラはヤオヨロッパイが揺れるのを間近でみたいだけだ」

 

 動機はともあれ、この場にいる事実は揺るがない。相応の覚悟を持ち、自己研鑽を惜しまない心づもりで臨んできていることは明白だ。

 ならば、彼らの覚悟には応えてやらねばならない。

 相手の全力には、その大小にかかわらず自身の全力でもって返すこと。それが覚悟を示したものへの最低限の礼儀である。

 オールマイトに教えてもらったことの一つだ。

 それに、礼を失するということは私の狩人としての矜持にも反する。

 

「待ってくださぁい! お、遅れました!」

 

 背後から叫ぶような声が聴こえる。生徒を含んだ全員が私の背後を見つめていた。

 ばたばたと騒がしい足音と共に緑谷出久がやってきたのだった。

 

「……ちっ。結局全員かよ」

「ご、ごめん、かっちゃん。せっかく誘ってもらったのに遅れて……ちょっと先生に相談したいことがあったんだけど全然捕まらなくて……あ、でもさっきようやく見つけられて」

「うるせェ、訊いてねェよ」

「ごめん……」

 

 緑谷出久は爆豪勝己の悪態に怯えつつ集団の中へ入っていく。

 文字通り、一年A組が全員揃っている。

 爆豪勝己と轟焦凍に引っ張られてなのか、それとも元々の才覚なのか。彼らの向上心はなかなか目を瞠るものがある。

 

「全員揃ったのでしたら、一応私からも確認しておきましょう。私は手を抜くことが下手です。なので、授業で行った訓練が私の中で最も易しいやり方ですが、それでもこの訓練に参加しますか?」

「当たり前だ。あんたを超えるのに、あの程度でへばってるようじゃ話にならねェ。トップに立つためなら、なんだってする。馬鹿みてェな時間を過ごしてるワケにはいかねェんだ」

「俺も同じです。強くなる為には、必要なことです。これくらいで泣き言なんて言ってられないんです」

 

 爆豪勝己と轟焦凍のみが答えたが、生徒達はそれがクラスの総意であるかのようにこちらへ真剣な眼差しを向けていた。

 

「わかりました。全力であなた達を鍛えましょう。私のプライドを賭してその心意気に応えます」

 

 

◇◆◇

 

 

 体育館γに入り、体操服に着替えるように指示する。

 全員が着替え終えたのを確認すると、私は集まるように呼びかけた。

 

「まず、訓練を始める前に何点かお話をしておこうと思います」

 

 私がそういうと、律儀に生徒達は並び始めた。

 授業ではないのだから気にする必要はないのだが、これは学生としての教師を前にした習性なのだろう。

 

「ここでなにをお教えするのか具体的にお話しします。ここでは二つに絞ってお教えしましょう。まずは戦闘における闘い方(スタイル)を開発、伸ばしていきます」

 

 生徒達は、まだよくわかっていなさそうだがやり始めれば嫌でもわかってくるだろう。

 

「基礎能力というのはトランプのポーカーで言えば手札(カード)です。強い手札を揃えれば、それだけ強い手役(戦術)を作ることが出来る、というのはわかりますね。そして、闘い方(スタイル)というのは、その手役を最も効果的に使うための手段なのです」

「つまり、得意を見つけるということでしょうか?」

 

 八百万百がおずおずと手を上げる。

 

「身も蓋もないことを言ってしまえばそういうことです。ただ、日常的な個性の使用の得意と戦闘における個性の得意は全く違います。たとえば八百万さんは、戦闘に際すると、必ず相手を見てから何を"創る"か決めていますよね」

「は、はい。相手の出方に対して臨機応変に対応できるのが私の強みだと思っていますので……」

 

 八百万百の個性である『創造』は確かに強力な個性だ。生物以外ならば、知識を持ってさえいればあらゆるものを創りだせる。

 だが、彼女の場合その選択肢の多さと彼女の性格が仇となっている部分が大きい。

 

「日常生活ならばそうなのでしょう。ですが、戦闘では相手に合せて『これが有効そうだ』『これは効きそう』という思考の時間と八百万さんが想定したものを相手が凌駕した際の精神的な揺らぎが、致命的な隙になってしまっている。その結果が授業に現れている通りです。ならば、そんなことは最初からしなければいい」

「そ、それでは私の得意を捨ててしまうことに……」

「逆なんですよ。八百万さんの個性の強みは、相手に合わせることじゃない。相手が誰であろうと予測不能な一撃を先制できるという点です」

「え、え!?」

 

 八百万百はその汎用性ゆえに選択することが強みだと思っている。多くの状況に対応するモノを創造できるのだから、そう考えることも不思議ではない。

 ただし、こと戦闘に関しては別なのである。対応するということは、相手に先手を取られているということに等しい。八百万百の個性の場合、対応しようとすれば分析を要するため相手を確実に見てからでなければならない。そうなってからでは後の先を取ることも難しく、無条件に相手に先手を与えてしまっているのである。

 

「まず、破られたら不味いという前提を捨てましょう。破られてもいいのです」

「破られても……?」

「最初の攻撃で、打ち取れればよし。打ち取れずとも相手が精神的に揺さぶられればよし。また破られたとしても、相手の情報という優位(アドバンテージ)を得ることが出来ます。思考するのはそこからでも遅くない。そこから二の手三の手を波状的に仕掛けられれば、常に八百万さんのペースで戦うことができるのですから」

 

 八百万百の個性ほど、何をされるかわからない個性もない。

 (ヴィラン)からすれば何かをされる前に潰してしまいたいのは自明であり、最も取り得る行動でもある。

 故に読みやすい。読めるのならば、することは一つだ。その出鼻を反対にこちらが挫く。

 最初からこちらが先制する気概でいるならば、たとえ個性が割れていたとしても、その強みが消えることは全くないのである。

 

「な、なるほどですわ……」

「ただしこの戦い方をするためには、今よりもより速く、より多く創造する訓練が必要ですし、どのような先制攻撃がより効果的なのか先制攻撃以外の次の手をどうするのか研究する必要もあります。もちろんこの闘い方(スタイル)を取ったからと言って素早く判断する思考を放棄していいことにもなりませんし、むしろより速い判断が必要になってきます。そしてなによりも、実戦で使えるレベルに仕上げることが肝要なのです」

 

 最後は、全員に向かって投げかけた。

 そう、実戦で使えなければ無意味なのである。

 個性は反射の域で行えるように、闘い方(スタイル)は呼吸をするように。

 それが最終的な目標だ。

 

「今の八百万さんの場合も含めて、あくまでも私から見た適していると思う闘い方(スタイル)の一例です。私の提案にしっくりこなければ、忌憚なく言ってください。闘い方(スタイル)は自身の感覚の如何によってパフォーマンスが大きく変わってきます。自分に合っていると思えるまで、何度も再考していきましょう」

 

 全員から威勢のいい返事が返ってきた。

 

「そしてもう一つ。鬼札(奥の手)を開発します」

「奥の手……って必殺技ってことッスか!」

 

 切島鋭児郎が眼を輝かせながら食いついてきた。

 ヒーローといえば、その者を象徴する技を必殺技として持っていることが多い。その大半は安定行動や有利状況を作り出すために持っているものである。

 

「いえ、必殺技とは違います。切島くんのいう必殺技とはヒーローの代名詞のような技のことでしょう。私がお教えするのは正真正銘の切り札。不利な状況を逆転させる、もしくは勝負を決する最後まで、そして可能なら出来る限り使用せず秘匿しておく技です。さらに言うのなら必殺技とは違い安定行動とは真逆の技となります」

「ま、真逆……?」

 

 ただ有利になるだけの技ならば連発していけばよい。

 今回開発するつもりの技は、リスクと引き換えに絶大な効果を与えるものだ。

 

「ええ、極端な例ですが上鳴くんのフル放電や緑谷くんの骨折を伴うパンチがいい例ですね。まあ、お二人のようにその後が全く続かない状態になってしまうようでは切り札と呼ぶこともできませんが」

 

 そういうと二人は、一瞬笑顔になりすぐに落ち込んでしまった。何とも忙しいことだ。

 

「質問をよろしいでしょうか!」

「どうぞ」

 

 飯田天哉が手をまっすぐ突きあげ主張していた。

 

「なぜ、安定行動の技ではなくそちらを先に学ぶのでしょうか!」

「理由は、闘い方(スタイル)を決める上で必要なことだからです」

「どういうことでしょうか?」

闘い方(スタイル)というのは絶対の自信となる技や後ろ盾となる技術を軸にして組み上げられたものです。切り札というのは、闘い方(スタイル)で積み上げた最後のピース。だから切り札という最終地点が決まれば逆算的に闘い方(スタイル)も決めることができるのですよ」

「なるほど! そのような合理的な理由があったのですね!」

 

 飯田天哉は、満足したように手を下げた。

 建前としては、これで十分だ。

 安定行動を主眼に置いた()()()()()ならば、この先学校でいくらでも教えてもらえるだろう。

 私が教えるのは、学校では教えないリスクを多分に含む技だ。本来、このような技はリスクが伴う以上、各々が自己責任の元開発するものであり、持たないヒーローもいるくらいだ。そして、切り札というものは、少なくとも基礎能力がある程度ついてから開発を進めるものでもある。

 だが、それではあまりにも成長する速度も闘い方(スタイル)を確立することにも時間がかかりすぎる。私が彼らに施そうとしているのは、邪道とまでは言わないが正攻法とはとても言えないものだ。

 私の殺しの技ではなく、彼ら自身の最大の技を作り上げる。

 それが私にできる、彼らの覚悟に対する全力の答えだ。

 

「では、早速取り掛かりましょう。闘い方(スタイル)は私が一人一人見ていきますので、それまでは基礎訓練をしていきましょう」

 

 体育館γ全体に広がらせ、あるものには筋力トレーニングなどの肉体的な向上を促すメニューを、またあるものには個性を伸ばすためのメニューをやるように指示を出した。

 全員が開始したことを確認すると、爆豪勝己の元へまず向かうことにした。

 彼に近づくと半眼で睨まれたのだった。

 彼からすれば、不本意なものであることは間違いないだろう。

 なにせ、本来ならマンツーマンの予定がその二十倍に膨れ上がっているのだから不満も二十倍だ。

 

「こんなはずじゃなかった、ですか」

「当たり前だろ! 俺はもっと上にいかなきゃならねェんだよ! 俺が教えてほしいのは闘い方だ! こんなことをしている暇なんて――」

「ですから、一番最初に爆豪くんの元にきたのではないですか」

「あァ!?」

 

 爆豪勝己は驚いているが、もし爆豪勝己がこの立案者でなくとも私は一番最初に彼の元へ来ただろう。

 誰よりも身体が出来上がっており、個性の使い方も含めて最も基礎能力が高い。

 轟焦凍は、身体の出来上がり具合においては爆豪勝己と遜色はそれほどないものの、個性の使い方においては半分を使っていない以上、まずはそこをどうにかしなければならない。

 故に、闘い方(スタイル)の開発を進めるのならまずは爆豪勝己からとなるのである。

 

「さて、爆豪くん。あなたはどのような闘い方(スタイル)を目指しますか?」

「決まってる。(ヴィラン)を叩き潰して捻じ伏せてぶっ潰す闘い方(スタイル)しか考えてねェよ」

 

 オールマイトやあんたみたいなな、という付け加えをしつつ鼻を鳴らしていた。

 彼の個性なら、正面戦闘でも十分戦えるポテンシャルを秘めてはいるが、能力の全てを活かす闘い方(スタイル)とは言い難い。

 たしかに彼は運動神経も反射神経も申し分ない。

 だが、あくまでも常人のレベルでの話だ。つまり、ある程度まで鍛えた全身増強系個性を持つ者ならば彼の素早さにも十分対処することは可能なのである。全身強化の個性の場合、副作用のように反射神経や動体視力も向上するため、個性で強化されていない常人のレベルではいずれ追いつかなくなってしまう。

 彼の場合、余りある戦闘センスで補うこともできるのかもしれないが、それでも限界はある。

 結果、彼の言う闘い方(スタイル)では、全く歯が立たない相手が生まれてしまうのだ。

 私としても、教えるうえでそれは本意ではない。せっかくの才。余すことなく発揮すべきなのだ。

 とはいってもだ。爆豪勝己にそのまま伝えても、彼は聞かないだろうし納得しないだろう。

 

「なるほど。正面から爆破を撃っていく戦闘を主にしていくつもりなのですね」

「ああ。爆破で空中を含めた高速機動を実現。攪乱しながら接近して即爆破! これだ」

「それでは、私には勝てませんよ。一番最初にやったように見てから避けられてしまいます。私にも勝つんでしょう?」

「……ちっ。考え直す」

 

 存外に素直な反応だ。

 僅かでも効果があれば奇利としてやや煽るように言ってみたが、爆豪勝己には私を引合いに出すのが随分有用なカードらしい。

 

「私としては、ですが」

「あん?」

「私としては色々な方位から遠距離、中距離、近距離と爆破を使い分けられつつ、私が動くのではなく動かされるように誘導されると嫌ですかね」

 

 個性の特性上尻上がりに威力が上がっていく彼の場合、初手から最大火力は打てない。

 ならば、それまでの間攻撃以外の手段でペースを握る必要がある。

 攪乱と攻撃を同時に行いつつ、最後の一手を読ませない立ち回りこそ彼に相応しいと私は思う。

 彼の場合、闘い方(スタイル)そのものを教え与えられるよりも自分で気づいたということが闘い方(スタイル)を決める上で重要なファクターなのだと思い、自分で気づくよう促してみた。

 

「……下手くそが!」

「そうですか。ともかくどんな闘い方(スタイル)を選んだとしても基礎能力の向上は必須です。特にもっと精密なコントロールを身に着けることをお勧めします。今の爆豪くんでは、広範囲を常に巻き込んでしまいますから状況が少なからず限定されてしまいます」

「……それも、わかってる」

 

 それを聞くと、爆豪勝己は目をつぶり腕を組んで座り込んでしまった。

 

「少し、考える。他に行ってくれ」

「わかりました」

 

 彼はもう、なにかを掴み始めているのだろう。

 ならば、必要以上に干渉するのは逆効果だ。

 私は、他の生徒に声をかけるべく爆豪勝己の元を後にしたのだった。

 

 何人かの生徒を見て回ったが、まだ基礎を抜け出せないものが大半であった。

 特に個性面での選択肢がまだ乏しいため、まだまだ闘い方(スタイル)を定めるに至らない。

 しかし、その中でも轟焦凍は別格であった。

 

「個性訓練も、やはり氷だけですか」

「……狩人先生」

 

 半分しか使っていないにも拘らず、他の生徒よりも一歩も二歩も抜きん出ている。

 その半分で単独の個性としても運用できるが、それでも持てる力の全てを使わないというのは解せないことに変わりはない。

 

「理由は聞かない方がいいですか?」

「いえ……別に」

 

 轟焦凍の言うことを要約すれば、彼の親であるNo.2ヒーローのエンデヴァーに対する復讐と当てつけらしい。

 私には理解しがたい感情であるものの、彼にとっては大切なもののようで語る口調には悲しみと怒りが入り混じっていた。

 

(否定することは簡単だが、それで轟焦凍が変わることはない)

 

 彼自身が乗り超えていかなければならない問題。

 心に訴えかける行為は私にはできないが、もしかしたらこの雄英でならばいずれ解決の糸口が見えてくることもありえるかもしれない。

 それに彼の心の氷を解かすのは私の役目ではない。

 私は私の役目を全うするだけだ。

 

「わかりました。私から炎を戦闘に使うことを強要することはやめましょう」

「ご配慮ありがとうございます」

「では、炎を出してみて下さい」

「……!? 言ってることが矛盾していませんか!?」

 

 轟焦凍は、らしからぬ動揺をしている。

 

「なにも矛盾はありません。私は"戦闘に"としか言ってませんから。訓練をしないとは言ってませんよ」

「ですけど、それに意味があるんですか? 訓練したところで使わないんじゃ」

「大いにあります」

 

 彼は確かに優秀だが、個性については半分しか使ってこなかった分理解していない部分があるようだった。

 

「轟くんの場合、半冷半燃で一つの個性です。冷だけでも燃だけでも完全ではない。燃の部分を伸ばすことによって冷の部分も伸びていくのですよ」

「……根拠は?」

 

 なかなかに疑り深い。

 それだけ、確執が深いということなのだろうが、訓練を担っている私からすれば鬱陶しいだけのものだ。

 伸ばせる力が目の前に転がっているにもかかわらず手を伸ばそうとしない。

 力が欲しいときになっても、すぐに力は手に入らないというのに。

 私のした後悔を、目の前の人間は辿って行こうとしているのだ。

 

「氷のコントロールは、氷塊という質量をもった物質です。重さがある分コントロールのイメージはしやすいかと思います。ですが、炎はプラズマであり質量がありません。質量のあるものとないもの、その二つのコントロールをマスターし、同じ氷で行うことができれば戦術の幅が広がると思いませんか?」

「……そうかもしれません。極小の氷粒を無数に自在に飛ばすようなことが出来れば、今の氷の塊で攻撃するよりぐっと防御されにくくなる」

「そういうことです」

 

 

 やはり、気付きまでがとても早い。肉体面以外も相当に優秀だ。ただ、その気づきを使うかどうかは、轟焦凍次第。勿論、今すぐに決める必要もないし、彼にも考える時間は必要だろう。彼なら、なにかしらの答えを見つけられるはずだ。手取り足取りといったような過剰に丁寧なこともする必要はあるまい。

 私は、一言声をかけてから轟焦凍から離れ、一番気がかりな人物の元へと向かうことにした。

 

「うっ、くっ……」

「苦戦しているようですね、緑谷くん」

「は、狩人先生……」

 

 緑谷出久は、仁王立ちでなにやら苦悶の表情を浮かべていた。

 

「あ、あの。狩人先生に言われて今個性をつけているんですけど一歩でも歩いたらこ、壊れちゃいそうで……や、やっぱりこれを維持するっていうのは無理が……」

 

 律儀に私の言ったことを実践しているようだが、意味を今一理解していない様だった。

 

「私は確かに常に発動しろと言いましたが、全開でやれとは言ってませんよ」

「あ、そ、そう、そうですね」

 

 やはり彼の場合、まず何よりも調整を覚える必要がありそうだ。

 

「緑谷くん、一度個性を解除してください」

「え、はい。ぷはぁっ!」

 

 ワン・フォー・オールの解除と同時に尻餅をつく。

 本当にこれでは、訓練すら始められないではないか。

 少し、荒療治も必要かもしれない。

 

「緑谷くんは、個性の出力を落とすことから始めなければいけませんね」

「はい。僕もそれは思っていました。だからここに来る前にオ……師匠様に、えっと、そうだ、電話で訊いてみたんです。そうしたら、僕の身体からみたら五%程度の出力が限界じゃないかって言われました。なのでその五%を目指して出力を下げようと思っているんですけどその感覚が分からなくて」

「それで、先ほどから仁王立ちで唸っていたわけですか」

「そうですね……」

 

 五%。オールマイトの見立てはおそらく正しい。

 今まで最も身近で個性(ワン・フォー・オール)を感じてきた人物からの評価なのだから異論を挟む余地はない。

 しかしオールマイトもわかって言っているのかそうでないのかわからないが、肉体の強さがワン・フォー・オールの受け皿として比例していく前提だと仮定し、尚且つ現時点での肉体で五%の出力が限界ならば、彼は身長も体重も十倍近くに成長しなければ百%を受けきれないことになる。

 それでは、オールマイトを遥に凌ぐどころではない大男になってしまう。

 

「では、まず五%を覚える必要がありますね」

「はい……でも、頭では分かっているんですけど、身体が追いつかなくて」

 

 なるほど。思考し分析するタイプではあるものの、身体の使い方は感覚によるところが大きいということか。

 ならば、話は早い。その感覚を身体で覚えてもらうだけだ。

 そして同時に、力の抜き方も無理やり覚えてもらう。

 

「わかりました。まずは五%の感覚を身体で覚えましょう」

「え? で、でもどうやって?」

 

 私は緑谷出久の対面に立つ。

 

「さあ、緑谷くんも立ってください」

「あ、はい」

「よろしい。では、私に全力でパンチを撃ってみて下さい。絶対にあなたに怪我はさせませんから」

「え、えぇっ!? そ、そんなことをしたら狩人先生が!」

「余計な心配です。あなた程度の力では私に攻撃を当てるなど不可能ですから」

「で、でも」

「さっさと構えなさい」

 

 私は両手袋を外し、右手親指の表面を噛みきり出血させるとポケットに忍ばせた『古い狩人の遺骨』を発動させ、半身を引き構えを取る。

 そして、殺気を緑谷出久へ向けて飛ばした。

 

「っ!」

 

 緑谷出久はびくりと跳ね反射的に構えを取る。

 

「それでいいのです。私を(ヴィラン)と思って撃ってきなさい」

「うう……」

「さあ、撃ちなさい。ヒーローになるんでしょう!」

「っ! うううわああああっ!」

 

 私の一喝と同時に緑谷出久が右腕を振りかぶりながら飛び込んでくる。

 典型的なテレグラフィング・ブロー。拳打の軌道も十分すぎるほど読み切れる。

 しかしこのまま受ければ、私も彼も大怪我は必至。

 

(だから、私が全ての衝撃を受け止め逃がす)

 

 私が完全に受けに回ったときにのみ使う技のため、あまり出すことのないものだがこれだけ予備動作があれば久しぶりでも十分捌ききれる。

 攻撃反動軽減の応用。外部からの衝撃さえも無力化する受け流しの技。

 緑谷出久の拳が眼前に迫っていた。

 彼の拳が伸びきる直前でまず左手で受ける。

 ワン・フォー・オールの衝撃が身体に巡るが、それを左腕から左腕肩へ背中に奔らせ徐々に拡散していく。肉体で受けきれない衝撃は背中から腰、腰から脚、そして脚を通じて地面へと逃がしていく。

 足元の床がクレーターを形成し蜘蛛の巣状にひび割れていった。

 

(……なんて衝撃。緑谷出久が使っていてもワン・フォー・オールは健在というわけか)

 

 衝撃を何とか受け流し切ったが、即座に次の行動を起こさなければならない。

 彼の腕が伸びきった直後に、右手を彼の拳の下へ当てる。

 そのまま右手を滑らせ緑谷出久の手首を掴みつつ、体を躱し彼に向かって左側へと身体を運び、後ろへ回り彼に覆いかぶさるように身体を密着させた。

 

(応用の応用。相手の衝撃を私に移す)

 

 他人の死血を受け取ってきた私だからこそわかる、緑谷出久に流れる血の動き。

 その流れる血に伝わる衝撃を理解し緑谷出久に流れる血と同期させる。そして私の身体が緑谷出久の身体の一部だと、彼の身体に誤認させる。

 緑谷出久の右腕に奔っていく衝撃を()()()()()()()右腕をバイパスのようにして受け取っていく。

 

(くっ、さすがにこちらは全て受けきれないか……!)

 

 身体への同期に重きを置いたため、受け流しが不十分になっていた。

 

(これは腕の中で暴発するか……!)

 

 筋肉と骨が軋み断裂しひび割れていく感覚が襲い掛かってきた。

 パン、という単調な音が体育館γに響いた。

 

「あ、あれ? 身体が壊れてない……? て、うわぁ! 狩人先生いつの間に後ろに!?」

「……言ったでしょう? あなたのパンチなんて受けないと」

「は、はい。その通りでした」

 

 遠くから男子生徒の謎の奇声が入ったが、練習に集中するように言うと大人しく戻っていった。だが、相変わらず奇妙な視線はそのままだった。

 

「あの、先生そろそろ……」

「それよりも、どうですか。わかりましたか? あれが今のあなたの耐え得る威力の最大値です」

「は、はい。感覚は、なんとなくですけどわかった気がします」

「その感覚を忘れないようにしてください。あとは反復し身体に刷り込んでいくだけです。できますね?」

「はい! ありがとうございました!」

 

 私は、緑谷出久から離れつつ、手袋をはめ直し密かに聖歌の鐘を打ち鳴らした。

 

(私の肉体であっても、九十五%の衝撃は流石に壊れるか)

 

 修復していく腕に意識を向けながらあの反動を反芻する。さすがに緑谷出久のように粉砕骨折を起こすほどではないが、力の奔流は暴走し筋肉が断裂し表皮がはじけたのだ。

 緑谷出久に気取られぬよう気を配っていたが、滴る血は手袋の内部を濡らしていた。

 

(私もまだまだ未熟だな)

 

 だがこれで彼が調整を習得してくれれば、次の段階へ進むことが出来る。

 

(オールマイト……)

 

 いままでは、離れた場所にいたからわからなかった。

 だけど今は、感じてしまうのだ。彼が、オールマイトが、日に日に弱っていくのを。

 

「あなたの安心の一助になるなら、私の身にどれだけ痛みが振りかかろうと構わない」

 

 鐘の音が止んだころには痛みはもう、すっかり消えていた。




【落葉】
時計塔の女狩人の狩武器。
「千景」と同邦となる仕込み刀であるが
血の力ではなく、高い技量をこそ要求する名刀である。

時計塔の女狩人もまた、「落葉」のそうした性質を好み
血の女王の傍系でありながら、血刃を厭ったという。

だが彼女は、ある時、愛する「落葉」を捨てた。
暗い井戸に、ただ心弱きが故に。


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12.悪意、雄英襲撃

 一年A組の特別訓練を始めて一週間になる。

 放課後には約五時間、休日は約十四時間という通常ならば、あまりにも無茶であり得ない訓練行程を聖歌の鐘を用いて無理やり実現させていた。

 彼らが動けなくなれば聖歌の鐘による回復を行い、さらに倒れるまで続けるという荒行。

 長時間の訓練は聖歌の鐘によってもたらされる恩恵である疲労回復の部分が大きい要因であるものの、実際ここまでの訓練を行えたところは彼らの強さに他ならない。聖歌の鐘は肉体的な疲労は回復するものの、精神的な疲労を十分回復させるものではないことに加え、志がいくら高かろうと肉体的な疲労が無くなろうと、彼らが訓練中に受ける苦痛は間違いなく存在する。その精神的疲労と肉体的苦痛を乗り越えた精神力は、ここで鍛えられたものではなく彼らの潜在的内包的なものである。素直に賞賛に値するし、紛れもない稀有な才能と言えよう。

 まだまだ種に過ぎなかった彼らの能力は、訓練と言う肥料を得てまだ僅かながらも芽吹き始めていた。いや、種であるからこそ、初期の爆発的な伸びがあるのだろう。一週間と言う極めて短い期間ながら闘い方(スタイル)の方向性が朧げながらも見えてきていた者もでてきたのであった。

 

「はい、では基礎訓練はここまで。次は組手を行います。二人一組を作ってください。当然、前回とは違う相手と組むように」

 

 全員が大きく返事をし、組手を始める。

 私が全員を相手をしてもよいのだが、より近しい実力の者同士のほうが自身の実力の現在位置を知ることが出来、且つ基礎的な能力の伸びは大きいと判断し、人数も十分いることから生徒同士で組手を取らせていた。基礎的な身体能力と近接の戦闘力の向上は、対敵における生存率を上げることに直結するだけでなく、ヒーローとしての本来の活動である対災害の救助活動にも大きく影響し、現場での取ることのできる選択肢を増やすことが出来る。

 先日行われた、スペースヒーロー:13号の取り持つ災害救助訓練において、基礎能力の重要性を再確認したのか、今までよりもさらに真剣に基礎訓練に取り組むようになった。

 平日は基礎訓練を主としてメニューを組み、休日に闘い方(スタイル)鬼札(おくのて)の開発を集中的に行っているが、彼らが興味を強く示したのは私の体術やステップをはじめとした体捌きだった。特に顕著なのは、爆豪勝己と轟焦凍。彼ら二人は、まだまだ見よう見まねから脱却できてはいないものの、徐々にだが確実に、自らの個性と組み合わせることで己の技として身に着けつつあった。

 一通り組手を終えたあとは、闘い方(スタイル)の研究に入った。

 こちらは基礎訓練とは違い各々でかなりばらつきがある。既に、闘い方(スタイル)の形が見えてきたものもいれば、まだ足がかりさえ見つけられていない者など、進行度合いはかなりまちまちだった。

 そして、足がかりさえ見えていないものの中に緑谷出久は含まれているのだった。

 

「あ、狩人先生」

「どうですか、その生活には慣れましたか?」

「はい! ……いや、どうなんだろ、まだめちゃくちゃ物は壊すし今日だってペンを十二本折ったしこの間は寝返りを打ってベッドも壊したしどう考えても慣れてるとは言えない、でもこの状態の違和感は薄くなってはきているからその点だけで考えれば慣れているとも言えなくはないのかも知れないけれど狩人先生の言う慣れたとは違うだろうし」

「考えることを悪いとは言いませんが、会話中に没頭するのはやめたほうがいいと思いますよ」

「す、すみません。とりあえずですけど、日常生活の中でなら身体許容量(キャパシティ)を超えるようなことにはならなくなりました」

「それは重畳です」

 

 私が彼に以前言った通り、この一週間、訓練として彼は常時個性(ワン・フォー・オール)を発動している。食事のときも授業中も寝るときまでも常時一%~二%で発動し続けることにより、個性に慣れ個性を身体と感覚に馴染ませ自在に操れるレベルまで押し上げるための訓練だ。何よりもコントロールの習得を優先してもらわなければ次に進むことはできないのだ。

 彼は、全身にワン・フォー・オールを張り巡らせた状態を『フルカウル』と呼んでいるが、ただの個性の発動に技名をつけている時点で、まだ個性を使うという認識から抜け出せていない。全身を強化する増強系の場合、個性が発動している状態と通常の状態の認識に差異がなくなるまで磨きあげることで個性を発動した際のパフォーマンスは飛躍的に向上するため、彼のいう『フルカウル』を意識せずに行えるところまで持っていくことが当面の目標だ。

 ただ個性を発動することは大前提。彼にはさらにその先の真なる技を身に付けてもらわねばならない。

 

「緑谷くん、今日は切り札のほうの開発を進めてみませんか」

「いいんですか! 嬉しいですけど僕まだ全然基礎から抜け出せてないですよ……?」

「その基礎を進めるための切り札開発です」

「どういうことですか?」

「緑谷くんの場合、戦略や戦術は頭で理解することができますが身体の運用に関しては習うより慣れろのタイプのようです。身体をもって自身の最大を知って頂いた方がその後の効率がよくなるかと思います。どうですか? やってみませんか」

「はい! 願ってもないです!」

 

 本来ならば、完全にコントロールをマスターした後に進めたかったが、仕方がない。今のまま進めるのはあまりにも時間がかかりすぎる。彼は他と比べて特別伸びが悪いというわけではないが同じく特別に秀でているわけでもない。つまるところ凡庸なのである。

 だが、彼には凡庸でいてもらっては困るのだ。次代の平和の象徴を担うためには特別でなければならない。そのためには彼を多少強引であっても特別に仕立て上げる必要がある。

 

(……もし、そのときになっても緑谷出久が平和の象徴たる人物になりえなかったときには、私は)

 

 いや、今はもしものことを考えるのはやめよう。

 彼はオールマイトが見初めた子。オールマイトの慧眼を信じるしかない。

 

「緑谷くん、まずあなたの個性を制御の効く範囲の最大まで引き上げてください」

「わかりました。『フルカウル――八%』!」

「それが今の緑谷くんの限界ですね」

「はい……! まだ組手や戦闘訓練でも使うと少しでも気を抜くと解けちゃうので、まだまだ実戦で使い物にならないんですけど」

「わかりました。それで構いません」

 

 懸念していたことが現実になってしまっていた。

 以前、オールマイトに『コントロールができるようになっても五%や十%でもたつかれては敵わない』と言ったが実際彼はその範囲から出ていない。

 如何にワン・フォー・オールとはいえ、一桁台の出力では私にすら劣ってしまう。それでは、私に限らず増強型の劣化個性に他ならない。

 

「最初の放課後での訓練のときのことを覚えていますか?」

「えっと、はい。全力で個性をつかったのに怪我をしなかったときのことですよね」

「そうです。緑谷くんには、あのとき私がしたことと同じことを覚えてもらいます。つまり反動の拡散と受け流しです」

「えぇ!? で、できるんですか!? 僕にあんなことが!?」

「それは、緑谷くん次第です。ですが、あなたは既に一度その感覚を身体で感じている。感じることができていれば、あとは思い出すだけです。その感覚を思い出すまでは、私が手助けしましょう。そうすれば、今以上に個性を発揮することが出来ると思います」

 

 緑谷出久の顔が明るくなりつつ、興奮を隠すことなく鼻息も荒くなっていた。

 

「僕が、百%を……!」

「誰が、百%を使えるといったのですか」

「えっ」

 

 私の言葉に緑谷出久の眼が点になる。

 

「いくら反動を拡散すると言っても限界があります。今の緑谷くんの身体では二十五%までの反動が精々でしょうね」

「そ、そうですか……でも、二十五%」

「これを習得できれば今後あなたの力が伸びていっても、おおよそ通常の許容上限の三倍までの力を出しても無傷でいられるでしょう」

「おお!?」

「ただし、今まで以上に苦しい思いをします。それでもやってみますか?」

 

 提案はする。訓練内容も私が考える。しかし、最終的に決めるのは緑谷出久本人だ。

 

「是非もありません! お願いします!」

 

 即決。躊躇のかけらもない。その眼には、使命感を宿していた。

 彼は個性の扱いに関しては凡庸だが、向上のために苦痛へ飛び込む躊躇いのなさは一驚する。

 

「……わかりました。では、さっそく今日から訓練を始めていきましょう」

「はい!」

 

 最低、複数回の軽い骨折は覚悟してもらうことになるがすべては平和の象徴のため。

 彼もまた、過酷な運命を背負った者の一人だ。これくらいは、乗り越えてもらわなければ困るのだ。

 この夜、体育館γに緑谷出久の悲鳴が何度も響き渡ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「本日はヒーロー基礎学、災害救助訓練の二回目です」

 

 スペースヒーロー:13号が今から行う授業の説明をしていた。

 13号は宇宙服を彷彿とさせる戦闘服(コスチューム)に身を包み、あらゆるものを吸引し塵へと変える個性『ブラックホール』を駆使して、災害救助をはじめとした対(ヴィラン)よりも人命救助に重きを置いたヒーローだ。

 その13号の授業は、あらゆる災害現場を想定した『ウソの災害や事故ルーム(U・S・J)』というドーム内で行われる。

 水難事故、土砂災害、火事などの現場がこの一区画に演習場として再現されているのである。

 その施設の入り口で一年A組の生徒達は13号の言葉に耳を傾けていた。

 

「さて、前回は皆さんに各自、得意だと思っている分野での災害救助訓練をしていただきました。しかし、今回はニガテだと思う分野での救助活動を行っていただきます。ヒーローたるもの得意不得意はあっても不可能はできる限りなくさなければなりません。目の前に災害があるときに、そこには困っている人が必ず存在しますからね。今回は不得意な場であっても、皆さんが何ができるかを考えていただきます。今ここには四名の教師がいますから、水難、火災、倒壊市街、山岳の四パターンで分けましょうか」

 

 現在、この『ウソの災害や事故ルーム(U・S・J)』には、私と13号を含め四名の教師がいた。

 

「では、私は倒壊市街を担当しようかな!」

「オールマイトさんがそこなら俺は山岳にします。前回は倒壊市街でしたから別の場所で視た方が今後を考えるうえで合理的だ」

 

 オールマイトとイレイザーヘッドが、声を上げる。

 たかが一授業に四名の人員を充てることは過剰のように思えるが、それは依然として(ヴィラン)に侵入された後の警戒態勢が続いているからに他ならない。

 特に、校舎からバスを使って移動をしなければならない様な施設の場合、警戒は一段階さらに厳重になり四名以上の教員同伴が基本的な体制になっていた。

 なぜ基本的かと言われれば、前回もオールマイトがこの授業の補佐としてつくはずだったのだが通勤前の救助活動で活動制限時間を限界ぎりぎりまで使い切ってしまっていたらしく、そのときだけは13号とイレイザーヘッド、そしてミッドナイトの三名でやることになり、初回から例外を作ってしまったからである。

 平和の象徴らしい話ではあるが、校長とリカバリーガールからかなりこってり絞られたとオールマイトがしゅんとしながら話してくれたのだった。そのときは最後にほんのわずかな時間だけオールマイトも顔を出したらしいのだが、生徒達はオールマイトに教えてもらえると思っていた分、随分と落胆した顔をしていたようで、オールマイトもしきりに反省し罪悪感に苛まれていたのだった。

 そこで二回目である今回に関しては、オールマイトも万全の態勢で授業に臨んでおり、授業前にやたらハイテンションで意気込んでいた。

 本来ならば初回と今回の二つの授業で総合的、包括的に評価すべきプログラムであり、そのためにはイレイザーヘッドと共にミッドナイトが今回も担当することが望ましいのだが、さすがにこの四名体制は雄英もカリキュラムとしてもかなり無理をしているらしく、どうしてもミッドナイトとの日程が合わなかったため補填要員として私が駆り出されたのだった。

 人命救助の授業など、私にはもっとも似つかわしくない場面であるが、指示である以上従うしかない。

 

「はい、では――」

 

 13号が授業開始の合図をしようとした瞬間、背後にある噴水広場に違和感を感じ反射的に顔を向けた。ほぼ同時にオールマイトとイレイザーヘッドも同じ方向を見やる。眼を向けた先には、黒い靄が空中で渦巻いており、その中心からは悪意と殺意が漏れ出ていた。

 なによりもあの黒い靄には見覚えがある。そして、その黒い靄からは先陣を切ってでてきたのは全身に手首をつけた男――死柄木弔だった。

 死柄木を先頭に、数多の人間が黒い靄から吐き出されるように出現している。

 危惧していた(ヴィラン)の襲撃が今まさに目の前で起きようとしていた。

 

「一かたまりになって動くな!」

 

 生徒に向けたイレイザーヘッドの怒声よりも前に私は臨戦態勢をとっていた。

 腰に据えていた、慈悲の刃と長い銃身の装飾銃――エヴェリンをそれぞれ左右の手に持ち構える。

 オールマイトは、生徒達を背に両腕を広げ庇うように立ちはだかった。

 

「皆、下がりなさい! これは演習ではない!」

 

 まだ何が起こっているかわからない生徒達はきょとんとしていたが、教師たちのただならぬ切迫した雰囲気を察してか数秒後には理解し、13号の背後へ集まっていた。

 

「13号、生徒を守れ! あれは(ヴィラン)だ!」

「ええ、了解しました。外部への連絡も試してみます」

「黒い靄……奴が黒霧か。本当に襲ってくるとはな。複数の座標指定ができる以上、外にも伏兵を置いている可能性もある。無理に脱出することを考えず迎撃し防衛に専念しろ! 入口からの奇襲にも警戒を怠るな!」

「わかっています」

 

 13号への指示が終わる頃にはイレイザーヘッドは視線を隠すゴーグルをはめ首元に巻いた捕縛武器を展開し、完全な戦闘態勢を完成させていた。(ヴィラン)はその間にも、ぞろぞろと黒い靄の中から出てきている。

 死柄木弔に黒霧。なんとも、舐めた真似をしてくれたものだ。

 躾けてやろう、ここに誰がいるのかを。教えてやろう、狩人の狩りの一端を。

 

「イレイザーヘッド、現時点より敵完全沈黙までを時限とし貴公の指揮下に入る。命令(オーダー)を」

「狩人……?」

「イレイザーヘッド、命令(オーダー)を」

「……ああ。目標、眼前の(ヴィラン)全体。全て無力化し捕縛しろ! 絶対に生徒への被害は出すな!」

「了解。状況を開始する」

 

 イレイザーヘッドと共に(ヴィラン)に向かって猛進していく。

 下卑た笑いを浮かべている(ヴィラン)らが私たちを迎撃しようとしたが、イレイザーヘッドによって個性を消され当惑している隙に私が両手両足の腱を切り裂いた。数人の(ヴィラン)が絶叫と共に地面をのた打ち回っている。

 彼らは運がいい。今日の命令は捕縛だ。殺害ではない。どれも致命傷からは程遠く、故に絶命することは間違ってもないだろう。もっとも人としてまともな人生はもう送れないかもしれないが、こちらから害するわけではなく奴らから襲ってくる以上、相応のリスクも覚悟しているに違いない。

 イレイザーヘッドも、(ヴィラン)が複数であろうとも全く怯むことなく捕縛武器を用いて(ヴィラン)を次々と無力化していった。

 有象無象という言葉がふさわしい、数が多いだけで足止めにもならない者たちばかりだ。

 つまるところ、目指すべきはただ一つ。この集団の中枢を潰す。

 (ヴィラン)の密集地帯の真ん中を真っ直ぐ突き進んでいくと、そこにやつらはいたのだった。

 

「また、会ったなァ……」

「やはり、イレギュラーはありましたか。万が一と思って対策をしてきた甲斐があるというものです。カリキュラムの中に彼女の名前とイレイザーヘッドの名前はなかったはずですから」

 

 死柄木弔と黒霧の前に立ちはだかる無数の(ヴィラン)を処理し確実に前進している私へ向かって二人は余裕の表情のまま言葉を続ける。

 

「女ァ……お前のせいで、計画がずれこんじまったじゃねぇか。まだお前につけられた傷は癒えていないが、ここがラストチャンスだったから仕方がねぇ。痛みをおして来てるんだから、ちゃんと成果をもって帰らなきゃなァ」

「ええ、ちゃんとオールマイトもいることですし、まずは目的を達成しましょう」

 

 なにを言っている。

 オールマイトがいることを承知してここにきたというのか。

 この馬鹿げた襲撃の目的は、オールマイトだとでもいうつもりなのだろうか。

 

「来い、脳無(のうむ)。女の足止めをしろ」

 

 黒霧のゲートから、四体新たに(ヴィラン)が出現する。

 一人は、眼と上顎が無く浅黒い肌をした大柄な者。もう一人は、蝙蝠を彷彿とさせる薄い皮膜の翼と鳥類の脚をもった者。三人目は四つ目で手足の異常に長い長身痩躯の者。最後の一人は、その誰よりも大きく筋肉質な肉体を持った者だ。

 その全員が共通して、脳が頭蓋骨に覆われず外気に晒されるほど大きく露出していた。

 

(強い……ここに転がってる連中と同じようにはいかないな)

 

 全員が異様でいて異質。これは異形系の個性ではない。生気を失い視点もあっていない。明らかに人としての体をなしていなかった。

 薬物を使われたのか、人体実験の結果なのか。おおよそ人の道から大きく外れた外法を用いられたことは間違いないだろう。

 

「下種どもが」

 

 私が吐き捨てるようにいうと、死柄木弔は喜色を隠さず笑い出したのだった。

 

「ははは、最高の褒め言葉だ。対平和の象徴用に作った改人たちさ。素晴らしい賛辞をありがとう!」

「弔。油断は厳禁です。脳無を四体も出したのですから失敗は許されません」

「うるせぇよ、わかってる。そもそもこの女にバレなきゃこんなことにはなってねぇだろ? なあ、黒霧」

 

 黒霧の進言に死柄木弔は笑みを失くし露骨に機嫌を悪くする。

 周囲にいた有象無象の(ヴィラン)の最後の一人を無力化し、死柄木弔までの道が開かれた。

 

「やっぱり雑魚じゃあ、奴の相手は無理か」

「彼らは、本命ではありませんし彼女が相手では仕方がありません。それに他の準備は整っています。あとは我々が動くだけです」

 

 肉壁程度にしか思っていないのか、奴らが連れてきた者が倒れ伏しても眼もくれていない。

 

「黒霧、いくぞ。平和の象徴を殺そう」

 

 黒霧が個性を発動し、死柄木弔と一体の脳無と呼ばれた(ヴィラン)を飲み込んでいく。

 私が前に出ようとすると、三体の脳無が立ちはだかった。

 

「お前はそいつらに遊んでもらえ」

 

 残る三体の脳無は、死柄木弔の盾になるように位置取りつつ私にゆっくりと迫ってきていた。

 これを躱していては、死柄木弔と黒霧に迫まるころには、奴らは転送を完了させてしまう。

 

「じゃあな、女。そこでオールマイトがあっさり殺されるのを眺めていろ」

 

 私は、即座に左手のエヴェリンを構え死柄木弔に照準を合わせ引き金を引いた。

 火薬の破裂した乾いた音と共に死柄木の叫びが木霊した。

 

「があぁあっ! クソがァ! 同じ場所をォッ!」

「あまり調子に乗るなよ、(ヴィラン)風情が」

 

 三体の脳無の間をすり抜け弾丸は、以前私がナイフを突き立てた右肩に着弾した。

 死柄木弔と視線が合う。

 

「後悔させてやる。生きていることを後悔させてやるぞ! だが今は、何よりも社会のゴミ(オールマイト)を殺さなきゃなァ!」

 

 その言葉を残して、死柄木弔は黒い靄に飲み込まれていった。

 

(オールマイトを殺す……? 死柄木弔本人も黒霧にもオールマイトを倒せると思えるほどの戦闘力があるように思えない)

 

 それはつまり、一緒に連れて行ったあの最後の一体の脳無にその能力があるということを示唆していた。オールマイトを確実に殺せる算段をつけて、この襲撃を行っているということはもう疑いようもない。

 しかしオールマイトが活動限界時間を超過しているのならともかく、まだ十分に余裕はある。その状況で到底オールマイトを殺せるとは思えないし、やすやすと殺されるとは思わない。

 ただ、考えられることはオールマイト専用の対策をしているのか、単純にオールマイトを凌駕する力をもっているかのどちらか。それが不明な以上、無策で正面から対応するのは想定外の被害を受けることも考えられる。前者であればイレイザーヘッドをはじめとしたオールマイト以外の別の者が対応すれば済むし、後者の場合はこちらがオールマイトをサポートする形で複数で対処すれば問題はない。

 となれば最初にオールマイト以外、できれば想定外が起こったとしても『目覚め』ることができる私が交戦し、情報を得られれば奴らの企みも計画も完封できるのだ。

 最悪は、あの脳無がオールマイトの力に対処できる個性とオールマイトに対抗できる強さを併せ持つ場合だ。

 その場合、ここにいるものだけでなく雄英自体が、全滅することも在り得る。

 あり得ないと思いつつも、死柄木のいっていた"作った"という言葉が引っかかっていた。

 脳無、対平和の象徴用の"改人"。

 

「その改人が、私には三体か。なるほど、なにも問題はないな」

 

 思考から意識を戻し、眼前の(ヴィラン)を見据える。

 この三体を迅速に処理して、オールマイトの元へ向かう。ただそれだけだ。思考する必要すらない単純なこと。そう、何も問題はない。

 黒い靄が完全に消えるのと同時に三体の脳無が、一斉に躍りかかってきていた。




【エヴェリン】
異邦の騎士たちが用いた独特の銃。

女性名を冠されたこの銃は、意匠にも凝った逸品であり
騎士たちによく愛されたという。


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13.悪意の矛先、雄英騒乱

 躍りかかってくる脳無三体を躱し、すれ違い様に六回引き金を引き銃撃をしつつ距離をとった。

 三体それぞれの関節部に二発ずつ着弾し出血を確認したものの、奴らはまるで何事もなかったかのようにこちらに顔を向けてきた。

 

(出血するということはダメージがないわけではない……となると痛覚がないとみるべきだな)

 

 出血は個体によって差がある。最も深く抉れたものは長身痩躯で手足の長い脳無。最も浅かったのは浅黒い大柄な脳無だった。同じ脳無という名前でも身体機能はそれぞれ異なっているらしい。

 痩躯の脳無がその両の手を四足獣の如く地に着け低頭した。上半身が一瞬で風船のように肥大化し、直後体内から一気に空気を弾き出すことで、大きく跳躍をした。飛び上がると同時に開かれた口腔から触手がうねり私へ向けられる。触手の先端に孔を視認した瞬間、極小の飛礫が拳銃の弾丸の如きスピードで発射された。

 

(生憎だが、悪手だ。その程度の弾速、これだけ距離があれば視てからでも避けられる)

 

 サイドステップを踏み弾道から左に半身だけずらし回避する。脳無は空中でその長い手を大きく振りかぶりさらなる追撃の構えを見せつつ迫りきていた。

 半歩右脚を引き、頭上へ向けて弧を描きつつ素早く蹴り上げる。突撃をしてきていた痩躯の脳無の後頭部に上段回し蹴りが直撃し、蹴り飛ばした先にいた翼をもった脳無を巻き込みながら二体はゴム鞠のように二度三度地面を跳ねながら転げまわる。

 いくらか転がった後、その二体は何事もなかったかのように立ち上がり、再び私へじりじりと迫り来きていた。

 だが、よく見れば痩躯の脳無の腕はあらぬ方向へ(ひしゃ)げている。地面を跳ねた際に腕の可動域を遥に超えて負荷がかかったようだ。

 

(常人なら頸椎を破壊して脊椎を損傷させるレベルの蹴りだったんだが。対オールマイトへの改人というくらいだ、そういう風に改造されたということだろう。目的から考えれば驚きはしないが、打撃系の攻撃の効果が薄い以上奴らを捕縛するための手段が限られるのは面倒だな)

 

 しかし、奴らの頑強さ以上に訝しいことがあった。

 

「そこの痩躯の脳無。先ほど飛ばしたのは私が撃った水銀弾だろう? 直接弾き返すわけではないところを見ると、吸収し放出する個性か?」

 

 私の持つ銃は特殊な構造をしており、それ故に弾丸も専用のものを使う。水銀弾と言う、私の血を混ぜることで弾丸をより硬質化させ着弾時の貫通力、威力を引き上げた代物だ。形状も通常の弾丸とは異なり特殊な形をしているため、見ればすぐにそれとわかるのである。

 それを奴は弾丸として使用し私への攻撃に変えていたのだった。

 さらに、もう一つ解せない点があった。跳躍の直前にみせた肥大化。あれだけ通常と変化した形状になるのはそれもまた個性のはず。一種だけでなく、複数の個性をもっているとでもいうのだろうか。ハイブリッドタイプではなく複数の個性をもっているというのはほとんど聞くことがない。それが生まれついてのものなのか、それとも。

 

「あ゛ア゛……アア゛ッ……あ゛っ」

(問いどころか私の言葉に反応はなし。やはり思考そのものが奪われているようだ)

 

 個性に関して問うと(ヴィラン)の反応はおおよそ四パターンに分けられる。

 問いに対して、動揺するもの。無視をして攻撃に転じてくるもの。はぐらかし、適当な回答をするもの。それがどうしたと開き直るもの。

 しかし私が視たいのは、個性の如何でも、この反応そのものでもない。個性に関して問うのは、戦闘中に訊く質問として不自然ではないことと、ある程度パターン化して分析することできるからであり、質問自体には意味はない。

 私が視ているのは、問いによっておこる精神的な揺らぎ。

 戦闘中、不意に問われると人であれば必ず気配に揺らぎが生じる。極々微細な揺らぎでしかないが、その揺らぎの過多によって相手の心理状態を推し量ることができるのである。追い詰められているのか、まだ余裕があるのか、罠をしかけているのか、なにか隠していることがあるのか。

 反応してしまう揺らぎ、反応すまいとする揺らぎ。水面に小石が投じられれば必ず波紋が生じるように、その揺らぎは隠すことが出来ない人間の原初的な反応故、色濃く精神状態を反映する。

 だが、脳無にその揺らぎは全く生じない。それはつまり、改造の過程で人が人であるための全てを棄てさせられてしまったということに他ならなかった。

 

「あ゛……あ゛……ア゛あ゛ァ!」

「お前たちは言葉さえも、ままならないのか」

 

 言葉にならない呻き声を漏らしつつ脳無たちは視線の先も胡乱なまま、間合いを詰めてくる。

 浅黒い巨躯の脳無が一歩大きく踏み込み、巨腕を更に巨大化させ尋常ならざる速度で私の脳天へ拳を叩き付けるように振り下ろしてきた。

 

(なるほど、腕力強化ないし筋力強化の個性)

 

 その攻撃に合せ、一拍だけタイミングをずらし有翼の脳無が翼を水平に拡げ地を這うように私へ向かい高速で滑空、さらに痩躯の脳無が再び大きく口腔を広げ触手の尖端から水銀弾を射出した。

 どの攻撃にも一切の隙はなく、どれかを避けようとすればどれかが命中する。脳無たちの見た目とは裏腹に寸分の狂いもない完璧な連携をもって攻撃を繰り出してきた。

 

(思考も言葉もなくとも、戦闘のために特化し作られただけはある)

 

 拳と銃弾はどちらかが当たりさえすれば即詰みの一撃必殺の脳を狙いつつ、私の回避先を限定させる。そして回避先には脚を削り確実に機動力を削ぐ攻撃を置いておく。一度では仕留めきれずともそれを繰り返せば、回避が間に合わずいずれ仕留めることが出来るという道理である。

 三位一体の様式は完璧ゆえに、常套手段でもある。常套手段であるならば、私が対策をしない理由もなく、また幾多の死線を潜る中で経験していないはずもない。

 私もかつて似た戦術で殺された覚えがあった。

 

(惜しいな、初見ならば私を一度()れただろうが。その戦術は既に看破している)

 

 私は右手にもった慈悲の刃を迫りくる巨大な拳に向かって突き立てた。血が弾け肉と骨が裂けた感触が慈悲の刃から伝わってくる。しかし巨躯の脳無は、自らの攻撃によりより深く拳に刃が入り込むことすら厭わず攻撃を続行してきた。

 手の甲を返して慈悲の刃を捩じることで、あえて肉体から慈悲の刃が容易に抜けないようにする。腰を捻りつつ突き刺さった慈悲の刃を巨躯の脳無の身体ごと思い切り引きずった。脳無は抵抗し踏みとどまろうとしていたが、成す術もなく二本の線が土に描かれる。

 

「残念だが、人としての全てを失ってまで得た力であっても、私に及ばない」

「ヴぉオ……ヴヴォ!」

 

 巨躯の脳無の身体が正面にくるのと同時に痩躯の脳無が撃った弾丸は浅黒い背に吸い込まれていき、私まで届くことはなかった。

 

「ヴォ……ぅヴ……ヴォッ!」

「盾ご苦労」

「ヴォロ……ヴぉォッ!!」

 

 瞬間、巨躯の脳無の体表から高熱の蒸気が吹きだし私を包み込んだ。左腕で瞬時に眼を防御し直撃は避け失明という最悪は逃れたものの、装束だけでは熱を完全に遮断しきれずに全身に軽い火傷を負っていた。一ヶ所一ヶ所は軽傷だが、衣擦れだけでも鋭い痛みが全身を襲ってくる。加えて僅かに露出していた皮膚はドロドロと爛れはじめていた。

 

(戦闘継続に問題はない。それよりも、こいつもやはり複数の個性持ちか)

 

 確定的だ。個性の複数持ちが偶然集まっていた、なんてことはないだろう。

 それはつまり、個性を複数もたせる『何か』の術をもっているということ。

 

(まさか、そんなことがあるはずがない)

 

 あり得ない人物を連想してしまった。奴は、オールマイトが殺したはず。さすがに笑えない妄想だ。その妄想を振り切るように(かぶり)を振る。今は目の前の(ヴィラン)を一刻も早く無力化することに専念しなければ。

 

(反撃ついでに、お前にはまだもう一仕事してもらうぞ)

 

 左手を脱力させるとエヴェリンが自然落下を始める。同時に慈悲の刃から手を離し、そのまま脳無の巨腕と腰に巻いていたベルトを掴み肩に担ぐように背負い、その巨体を浮かせた。そのまますぐ目の前まで迫っていた有翼の脳無ごと地面に叩き付ける。叩き付けた衝撃で地面が割れ砕けていった。

 エヴェリンが完全に落下し終わる前に空中で掴み取る。脳無に突き刺さった慈悲の刃を抜き出すと、ぬるりとした血が纏わりついていた。

 

「ガぽ……がァ……か…チゃ…で…」

「ヴォる……ヴヴ」

 

 まだ意識があるとは驚きだ。

 双方とも大量の吐血をしており、内臓系が損傷したことは間違いはない。さらに巨躯の脳無の腕は明らかに砕け折れ、有翼の脳無も片翼は歪曲し皮膜もボロボロになっていた。

 それでいてなお、立ち上がり私へ向かってくる。

 

(命令にただひたすら忠実な生体兵器)

 

 通常ならば昏倒していてもおかしくない傷痍。痛覚があれば間違いなく行動不能に陥っているであろうダメージを負っていたが、それでも奴らは私を攻撃しようとする。

 奴らは忠義で動いているわけでもなく、ましてや自発的に行動をしているわけでもない。

 理性も悟性も知性も品性も失い、それでいて感情を発露することもなく本能すらも抑えつけられ、ただ他者の命に従うだけの存在とは、(ヴィラン)ながら憐れみを禁じ得ない。いや、もしかしたら彼らは(ヴィラン)ですらなかったかもしれないのだ。

 

「人でいることも叶わず、本能衝動のまま堕ちることも許されない。同情はする、憐憫の情も沸いてくる。だが、それでもお前たちはやはり(ヴィラン)なんだよ」

 

 ならば、私だけでもお前たちを(ヴィラン)として、人として扱ってやろう。

 

「今日の(オーダー)では、お前たちを楽にしてやれない」

 

 この言葉も届くことはないだろう。

 私は、エヴェリンを腰に据え、慈悲の刃を双刃へと変形させた。隕鉄特有の澄んだ音が響く。

 

「それに、これ以上お前達に時間を掛けるわけにはいかない」

 

 手袋の上から慈悲の刃で左手の親指の表面を裂く。その血で『古い狩人の遺骨』を発動させ、全力で地面を蹴った。有翼の脳無の背後を取ると一呼吸の間もなく両の刃で銀閃を奔らせる。直後には脳無の両翼が身体から切り離され、血を撒き散らしながら宙を舞っていた。

 その舞った両翼がぼとりと地面に落ちてから、ようやく脳無たちは私が目の前から移動したことに気付いたようだった。

 翼を失った脳無を蹴り飛ばしながら間合いを取る。翼を失った脳無から飛び散る血飛沫を浴びると、火傷により爛れていた部分がわずかに和らいだ。

 これは、私の血の特性。私の身体は死血に触れればその遺志を得るが、生血に触れると、そこから生命力を得る。そしてその生命力を治癒の力に変え、直前の負傷を癒すことができるのだった。この力を私は『リゲイン』と呼んでいた。『リゲイン』で回復できる傷はかなり限定されているものの、継戦能力の向上に一役買っていることと死や怪我といった恐怖の類を希釈し死地へ躊躇なく飛び込ませることに拍車をかけていた。

 私の個性『Blood Borne(血の継承)』は死血であろうと生血であろうと、血を媒介にし発動する個性であり、つまり私の個性の本質は血から『なにか』を奪い取ることなのであった。遺志も生も死さえも奪い取る個性なのである。

 

「リゲインが発動するほどの戦闘も久しぶりだな」

 

 振り向いた脳無たちが一斉に威嚇し無感情な咆哮と共に、飛びかかってきたのだった。

 

「捕縛完了までに身体のどこかを欠損するくらいは覚悟しておけ。恨むならそれだけ頑強に創った製作者を恨むといい。私もお前たちを相手に、五体満足で黙らせるだけなどという器用な真似はできないのでな」

 

 届かないとわかっていながらも、私は声をかけることを止められなかった。

 しかしそれがせめて、人としての手向けになるのならばと願いつつ、私は慈悲の刃を振るったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 三体の脳無を制圧し入口へ戻ると、そこでは既に戦闘が始まっていた。

 やはり奴らと帯同した脳無がオールマイト対策だったらしく、オールマイトと脳無は目まぐるしく攻防を繰り広げていた。オールマイトのスピードとパワーについていくとは驚愕に値するが、ただそれだけならばもうオールマイトが斃してしまっていてもおかしくはない。仮に、私の相手をした脳無程度の耐久力かやや上位修正する程度ならばオールマイトにとって障壁にすらならない。しかし、未だに決着がついていないというのはそれだけではないということだろう。

 13号とイレイザーヘッドが黒霧を牽制しつつオールマイトのサポートに入っているようだった。オールマイトをはじめとして、イレイザーヘッドも13号も生徒達を庇うように戦っているため戦闘のみに注力し全力を出し尽くせているとは言い難い。

 その中で死柄木弔はやや距離をとり、黒霧と脳無の戦闘を高笑いをしながら観戦していた。生徒を襲うこともなく私の作った銃創を押さえているところを見ると怪我により戦闘が行えないのだろう。

 加えて雑兵も何名かいたが、生徒達を遠巻きに威嚇するにすぎず、時折襲い掛かって行っては返り討ちにあっていた。なにより生徒達は、爆豪勝己と轟焦凍を中心に中距離攻撃を主体にし円陣を組むように全方位からの攻撃に警戒をしていたため、隙と言う隙は全くないに等しかった。

 

(賢明な子たちだ。無理にオールマイト達の戦闘に割って入ることは邪魔にしかならないことを理解している)

 

 彼らが自衛に全力を注ぐことでプロヒーローたちは最低限の警戒で済んでおり、必要以上のダメージをもらっていなかった。

 だが、それでも(ヴィラン)達は的確に生徒達を巻き込もうと攻撃をし、それを護るために動くヒーローたちを確実に削っていた。

 

「ははは、無理だぜ無理無理。その脳無はお前を殺すために創ったサンドバック人間なんだからな。いくら殴ってもお前じゃ勝てない」

「本ッ当に、個性を封じてもらわないとダメージが通らないな!」

「封じても、イレイザーヘッドの個性の時間が切れれば骨折だろうと筋繊維が断裂しようと超再生で元通りさ。個性がなくてもパワーもスピードも百%のお前並み。数十秒程度、個性が使えなくてもその間に脳無がやられることはない。そもそもイレイザーヘッドは黒霧の相手で手一杯。つまりお前たちは詰んでいるんだよ」

「詰んでいる? 上等さ! それを覆すのがヒーローなのだからな!」

「……反吐がでる格言をありがとうよ。脳無! さっさと社会のゴミ(オールマイト)を殺せ! このグズが!」

 

 オールマイトにはまだ余裕がある。

 だが、それと同等かそれ以上に(ヴィラン)側は余裕の笑みを浮かべていた。

 

「それは、私がいない前提だろう? 死柄木弔」

「お前……脳無はどうした」

「何、向こうで寝ているさ」

 

 言葉を交わすより前に死柄木弔へ向けたエヴェリンの銃口から硝煙が立ち昇っているが、その銃弾は奴に届いていない。脳無の掌が、エヴェリンと死柄木弔との射線を遮っている。さらに銃撃をするが全ての弾丸を脳無が死柄木弔の前に立ちはだかり無傷のまま受け止めていた。

 

「オールマイトを倒せ、俺を守れ。ははは、命令を忠実に守るいい駒だ」

「エヴェリンの銃撃は、防御力が高い程度で防げるほど生易しいものではないのだがな」

「銃撃だって突き詰めれば、銃弾による過大な衝撃。それならこのショック吸収の個性をもつ脳無に通用する道理はないな」

「自ら個性をバラすとは、ミスリードでないのならお前は余程の阿呆だな」

「は? 絶望しろってことだよ。お前たちの攻撃が通じないって現実によォ!」

 

 死柄木弔が激昂する。

 私に意識が集中した隙にオールマイトが脳無へと攻撃を仕掛け、顔面にオールマイトの拳がめり込み脳無が吹き飛んでいった。

 イレイザーヘッドが、死柄木弔を睨み付け、それを見た死柄木弔は青筋を立ててさらに怒り狂う。

 

「黒霧ィッ! なにをしてる! イレイザーヘッドをさっさと始末しろッ! 粉々にされたいのかァ!」

「私に(かま)けているから、そうなる」

 

 エヴェリンの引き金を引いたが、再び脳無が瞬時に弾道に割って入ってきていた。しかし、個性が消されているせいか、今度は腹部から出血が見受けられた。

 

「いいぞ、脳無! そうだ、それでいい!」

 

 脳無は、口から血を流し顎は外れ、外れた顎はぷらぷらと歪な形に変形していたがそれを意に介していない。一所懸命。ひたすらに命令を実行するだけの人造兵器。

 しかし、感情と思考を消しそれだけに専心することで反応速度も反射速度も常軌を逸している。

 数秒後、イレイザーヘッドの個性消去の効果が消え、傷が瞬間的に癒えていった。

 

(脳無を制圧しない限り死柄木へ攻撃を通すのは困難)

 

 命令に忠実ということは、逆に言えば命令以外には無反応であることは容易に予想が付く。その証拠に転送前の私の銃撃に対しては脳無は反応をしていない。

 

(ならば、最初に対処すべきはこの二人ではなく、黒霧)

 

 黒霧を制圧してしまえば、イレイザーヘッドと13号が自由に動くことが出来る。そうすればイレイザーヘッドが脳無の個性を消し、13号が動きを拘束しさえすれば、オールマイトが脳無に負ける要素は絶無だ。

 

(脳無はオールマイトが抑えてくれている。ならば、私は黒霧制圧に専念できる)

 

 脳無の脇を走り抜け、黒霧までの距離を最短で詰めていく。しかし、この速さで詰めれば、イレイザーヘッドの個性のインターバル中に辿り着くことになり、黒霧が個性を発動させ私の攻撃を無効化してくる恐れがあった。

 

(黒霧まで距離二十、十五、十……。奴が私の接近に気づいていない今が好機。この隙は逃せないがこのままではイレイザーヘッドの個性に頼ることはできない。しかし私の予想が正しければ――)

 

 黒霧はイレイザーヘッドと13号との戦闘に集中している。背後より走りくる私に気づいた様子はない。

 背後三メートルまで詰寄ったところで、黒霧はようやく振り向いた。

 

「あなたはッ……!」

「お前も眠っていてもらおう」

 

 黒霧は、一見物理攻撃に対して無敵の個性に思える。

 しかし、奴は以前会敵した際に、私の投擲用(スローイング)ナイフが掠ったのか呻き声を上げていた。それは実体があり、実体があるということは攻撃を受け付ける部分があるという証左である。

 

(あのときのナイフの軌道から予測すれば、肩から胸にかけては実体のはず)

 

 予想外の私の襲撃と未だ戦闘中である前方のイレイザーヘッドと13号。その前後二つに意識が分散し黒霧の身体が硬直した。その一瞬を見逃すはずはない。

 

(それは、戦闘において致命的だ)

 

 本来ならば靄を展開し防げたであろう距離からの攻撃のはずだが、硬直により個性の発動が遅れていた。靄の展開より数瞬速く黒霧の後背に拳打を打ち込むことに成功する。手から伝わる感触は実体を捉えたことを確信させていた。

 

「ぐ、ぐうぅうッ!」

「殊更に手加減して撃つ必要があるのは面倒だな」

 

 黒霧は個性が如何に優秀であろうと、身体そのものは常人の範疇を出ない。脳無に繰り出した威力の拳打では、黒霧にとっては命を奪うものになりかねないのである。

 黒霧に追撃を掛けようと構えたが、黒い靄が既に展開され実体を守っていた。それならば、別の対象に移るだけだ。

 

「狩人先生ぇっ!」

「良い判断です、皆さん。よく耐えましたね」

 

 生徒に声をかけた直後に雑兵に向かってエヴェリンで銃撃し、無力化していった。

 

「戦闘中にお喋りとよそ見とは……私も舐められたものですね……っ!」

「舐めてはいない。ただもう終わっているだけだ」

「何を……? 何にしても、あなたにはこの場から退場してもらったほうがよさそうだ」

 

 黒い靄が眼前まで迫ってきていたが、それは文字通り霧散するかのように消えていった。

 

「なっ……!」

「俺を忘れてもらっちゃ困るな。インターバルも終わりだ」

 

 イレイザーヘッドの捕縛武器が黒霧に巻き付き、拘束を完了させてた。

 私は、黒霧に巻きついた捕縛布の上から蹴りつけ地面へ転がした。そして転がった黒霧の胸部を踏みつける。黒霧は肺から空気が押し出されるかのように声にならない音が漏れ出ていた。

 

「おい、狩人なにをしている」

「なにとは?」

「もう拘束は完了している。こいつはもう何もできないだろう」

「それには同意しかねます」

 

 私は踏みつけている右脚の力を徐々に強くしていく。ばきり、と黒霧の肋骨の折れる音がしその感触が足裏から伝わってきていた。黒霧の絶叫が響いた。肺に折れた肋骨のかけらが突き刺さったのだろう。黒霧の口と思わしき場所から吐血していた。

 

「やめろ!」

「やりすぎです!」

 

 イレイザーヘッドと13号が詰め寄ってくる。一々説明することも面倒だが、しなければ納得しそうにもない。

 

「……私も、やりたくてやっているわけではないですよ。しかし万に一つ、気絶から回復し個性を使われ逃亡される可能性もあり得ます。ですから、たとえ起きても個性を使えないコンディションにしておかなければなりません。いえ、逃亡ならまだマシです。増援を呼ばれたら今度こそ生徒が無事という保証はないのですから」

「言い分はわかるが――」

「生徒を守ることが何よりも優先。イレイザーヘッド、あなたが下した命令です。私はそれを実行しているだけにすぎません」

 

 それに、と付け加える。

 

「イレイザーヘッドには、あの脳無の個性を封じてもらわなければなりませんから。このままこの者だけを視つづけてもらうわけにはいきません」

 

 私が指さした先では、依然としてオールマイトと脳無の戦闘が継続していた。拳と拳が空中でぶつかり合い、衝撃波を産み荒風を巻き起こしている。

 

「ですから、私単独でもこの(ヴィラン)を封じられる状態を作っているだけです」

 

 イレイザーヘッドも13号も私の言うことは頭では理解できているのだろう。しかし、ヒーローとしてこの拷問に近い状況を看過できないのだ。

 

「はあ。へし折るなら手足で十分。呼吸器官は生き死にに直結する。俺達は殺人鬼じゃないんだ。折るなら折る箇所を考えろ」

「相澤先生!?」

 

 イレイザーヘッドは大きく息を吐き、諦めの混じった声で私に語りかける。13号は私のすることに同意したイレイザーヘッドに驚きを隠せなかったようだ。

 

「了解」

 

 右脚を胸部から離し、黒霧の右脛に振り下ろす。再びの絶叫と共に、黒霧は意識を完全に手放したようだった。

 

「これであとは、脳無とオールマイトの決着のみ」

 

 この場にいる全員の関心が、唯一の戦闘に向けられる。

 死柄木弔もこちらの戦闘が終わったことに気が付き、苛立ちを隠すことなく首を激しく掻き毟っていた。

 

「おい……おいおいおい! ふざけるなよ。ふざけるなよ黒霧ィ! 出入り口のお前が気絶してどうするんだよ! 起きろォ!」

「脳無に守らせるのなら、お前じゃなくて黒霧(こっち)だ。明らかな選択ミス。先程といい、やはり阿呆だな」

 

 今はまたイレイザーヘッドの個性発動までのインターバルに入ってしまい脳無の個性を消せていない。それでもオールマイトは戦術面で脳無を圧倒しつつあった。

 私は、死柄木弔へ歩み近づいていく。

 

「味方は全滅。脱出も封じられ、虎の子の脳無もオールマイトに対応されつつある。どうするんだ、(ヴィラン)?」

「クソッ、クソクソッ! ムカつく、ムカつくなァ!!」

「そういえば、あれ。対平和の象徴、だったか? それならオールマイトは対『対平和の象徴』だな」

「女ァ……ッ! 殺すぞ!」

 

 わかりやすく挑発を真に受けている。死柄木弔は本当に精神が子供(ガキ)だ。手玉に取りやすいことこの上ない。

 

「もういい脳無、俺を守らなくていい。そのかわり女を殺すために動け」

 

 狙い通りに防御を捨てて、私に矛先を向けた。進言役の黒霧がいれば、防御を捨てさせなかっただろうが、その黒霧はもう気絶している。

 これで脳無の邪魔もない。あとは、死柄木弔を無力化するだけだ。脳無をいなしながらでも、死柄木弔を無力化し、この馬鹿げた襲撃の幕を閉じよう。

 

「無理をするな。臆病者らしく脳無という家に引きこもっていればいいだろう?」

「絶対に後悔させてやる。いいか脳無、女を確実に殺すために……まず子供たちを()れ」

「何?」

 

 脳無は、オールマイトに背を向けて生徒達の方へ向き直った。

 

「流石にそれは行かせないぞ! DETROIT SMASH(デトロイト スマッシュ)!!」

 

 オールマイトの暴風を生み出す渾身の拳が脳無の背を穿ったがダメージはない。

 

「本当に厄介な個性だな! ショック吸収ってやつは!」

 

 脳無は全力で生徒達の方向へ駆けだした。私も舌うちをしつつ、全力で脳無を追う。

 数度オールマイトが脳無の進行方向の前に立ち攻撃を試みるが、つい先ほどまで執拗にオールマイトを追っていたのが嘘であるかのように完全に無視をし、回避に専念することでオールマイトを掻い潜り生徒達の元へ一心不乱に向かっていっている。これでは生徒の元へ着く時間を遅らせるだけであり、着実に距離は縮まっていった。

 

「くそ、あいつ標的を変えやがった! 生徒を守る。迎え撃つぞ! 13号!」

「ですが、僕たちではあのパワーをいなすことはできませんよ!?」

「『ブラックホール』で完全に塵にし殺すことまで候補にいれろ!」

「殺す……しかたありませんね」

 

 死柄木弔は狼狽するヒーローたちを視ると声高に笑い出す。

 

「これだよ! これこれ! これを視たかったんだ! はじめからこうしていればよかったよ! 女も教師だもんなァ! 生徒は見捨てられないよなァ!」

 

 尾篭な笑いを響かせて歓喜に震えた声を漏らす。

 

「ああ、それと13号。さっきから見てるけど塵にするスピードがその程度じゃ脳無が塵になる前にお前の脳漿がぶちまけられて終わりだ!」

「……ッ! わざわざ親切にどうも!」

 

 大丈夫だ、間に合う。

 『古い狩人の遺骨』を使えば、ここから奴が生徒達に辿り着くよりも早く紙一重で私の方が前に出て受け流すことが出来る。

 計算をしつつ遺骨を握りこみ、地面をさらに強く蹴る。爆発的な加速と共に一気に距離を縮めていく。

 しかし予想外に、脳無がさらに一段階加速をしたのだった。

 

(なぜだ。オールマイトとの戦闘でもあの速度が最高速だったはず)

「くっ、たとえ僕が死んでも他の三人が何とかしてくれる。ならば僕はできる限りお前を削るだけだ!」

 

 13号のブラックホールが発動し、射線上のものを強く引き付ける。

 脳無はそれに逆らうことなく身を任せることで、さらに加速をしていたのだった。

 拙い。これでは、間に合っても受けることができない。

 

「ククク、いいぞ脳無。さあ殺せ」

 

 片腕を欠損させながらも、脳無はイレイザーヘッドと13号の間を走り抜ける。

 脳無が左腕を振りかぶると、子供たちの表情が絶望に染まっていった。

 

(これは私の失策。挑発によって起こった出来事。私が奴の性格を読みきれなかった責任。ならば、私が尻拭いをするのは当然のこと)

 

 拳が振り下ろされる瞬間に、生徒の間にどうにか割って入った。無理をしたせいで脚の筋繊維が断裂し、これ以上動くこともままならないが、構わないだろう。

 

「大丈夫ですよ」

 

 聞こえたかはわからない。先頭にいた爆豪勝己を突飛ばし、脳無の攻撃範囲から外れさせた。

 繰り出された左フックが私の顔面を捉える。右眼球の破裂と頭蓋が陥没していく感覚と共に、オールマイトが脳無を殴り飛ばす光景を残った左眼に焼き付けつつ、私の意識は黒に塗り潰されたのだった。

 




【レイテルパラッシュ】
異邦の騎士たちが用いた武器。
大型の騎士剣と、彼ら独特の銃を組み合わせたもの。

古くから血を嗜んだ貴族たちは、故にかつての厄災の隣人であり
その処理は、彼らの従僕たちの密かな役目であった。

従僕を騎士と呼び習わせば、せめて名誉があるものだろうか。


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14.悪夢、そして目覚め

誤字報告、ありがとうございます。助かっています。


 夢をみていた。

 『目覚め』る前には、必ず夢をみる。

 私は、個性を認識したあの夜から、眠ることがなくなっていた。だから、夢をみるのは決まって私が死から『目覚め』るときだけだった。

 そして、その夢はいつも決まって悪夢のような凄惨な一夜を切り取ったものだった。

 

『……――よ、君はよくやった。長い夜は、もう終わる。さあ、私の介錯に身を任せたまえ。君は死に、そして夢を忘れ、朝に目覚める。……解放されるのだ。この――……』

 

 ああ、この場面(シーン)は知っている。これで見るのも三度目だ。

 この悪夢の一夜が終わる、その最後の場面(シーン)。所々明瞭ではない芝居がかった台詞を聴きながら、それを私は映画のワンシーンを見るように遠巻きに眺めているのであった。

 幾つもの木製の磔台が墓標の如く立ち並び、名も知らぬ純白の花が一面に咲いた地に聳える荘厳な巨木が見下ろす庭園で、暁とは違う奇妙な青白い(そら)から、今にも落ちてきそうな程の大きな月が二人の人間を照らしていた。

 一人はくたびれたつば付帽を被った老爺の紳士。もう一人は、靄がかかったように姿は(かす)み誰かわからない。誰かわからないが、それが人だということはなぜか認識できたのだった。

 老爺の紳士は、車椅子に身体を預けていた。彼の右脚は一本木の簡素な義足をつけており、さらには歩くために要するのか車椅子にも関わらず、その手には杖が握られている。声もしわがれ、顔にはどこか悲哀を感じさせる皺が深く刻まれていた。

 その老爺の提言を、もう一人が一歩退くことで拒否の意を示す。

 老爺はそれを最初から分かっていたかのように薄く笑みを浮かべつつ、おもむろに車椅子から立ち上がったのだった。

 

『――君も何かにのまれたか。狩りか、血か、それとも悪夢か? まあ、どれでもよい。そういう者を始末するのも、助言者の役目というものだ……』

 

 一陣の風が吹き、純白の花弁が舞い踊った。

 老爺は、折り畳まれた長柄を背負い、杖から手を離し傍らに置いてあった諸刃の巨大曲刀を恭しく持ち上げると、素早く長柄と接合、展開させる。隕鉄特有の澄んだ音を響かせながら巨大曲刀は、命を刈り取るという行為をそのまま象ったかのような巨大な戦鎌に変貌していた。否、()()()()のだった。

 左腰に古びた散弾銃を据え、戦鎌を諸手で携えた老爺の気迫が膨れ上がり、凄まじい威圧感を伴いながら一歩、また一歩ともう一人の人間への距離を縮めていく。

 対峙している翳みがかった人間も、迫る老爺を前に何かの武器を構えた。

 

(今回は、それか)

 

 翳みがかった人間が構えていたのは、ノコギリ鉈だった。私も持つ、よく見知った馴染みのある狩武器。

 私の腕の長さほどある僅かに歪曲した柄に、同じ尺を持つ緩い弓形に曲がった、大振りで肉厚な両刃の刀身。片刃は細かく波立ったノコギリの特長をもったギザ刃、他方の片刃は鉈の特長をもった直刃。通常のノコギリや鉈ならば柄頭から切っ先まで一直線に造形されるものだが、ノコギリ鉈は口金の部分に折り返しの駆動機構が付いており、その駆動によって用途と姿を変えるのだった。

 そして彼の持つノコギリ鉈は折りたたまれ、()()専ら身を裂くノコギリとして使われていた。

 私の持つ武器の大半は、この夢から影響を受け作ったものだ。今回は、ノコギリ鉈だが、同じ場面を夢に見ても、見えぬ者が持つ武器は夢を見るたびに変わっていた。あるときは巨大な戦斧、またあるときは銃機構を突端に据え付けた長槍。その都度、懸命に覚え現実へ持ち帰り作成を依頼をした。その者が使っていた武器はどれも私のために見せ、私のためにあるようにしか思えなかった。そうしてできたものが、私の狩道具であり狩武器だったのである。

 がしゃり、とノコギリ鉈の鈍い音が聞こえた。そして、間をおかず短銃の撃鉄を引く音。

 老爺に対峙する人間が完全な臨戦態勢になった証拠だった。相手が義足の老人であっても、加減する気配は微塵も感じられない。いや、その老爺だからこそ、油断は死に直結すると彼は本能的にわかっていたのだろう。

 呼吸も忘れそうな張りつめた空気の中、一際強い風が吹いたのを合図に、両者は同時に地面を蹴って相手へ猛進した。武器同士がぶつかり合い、猛獣の嘶きの如き金属音を迸らせる。幾多もの斬撃が互いから繰り出され、白い花弁と共に鮮血が舞った。眼で追うことすら困難な神速に至る斬撃と無数の銃弾の嵐を掻い潜り、私でさえ瞠目する電光石火の体運びを以って、互いの命を狩らんとする。

 まさに龍闘虎争。白い花弁を朱に染めて、肉片は飛び散り、その先の骨が覗こうとも二人の気力が衰えることは些かもない。それどころか双方の技の鋭さは増すばかりだった。永遠の時を廻るような闘争の中で老爺は笑みを讃え、翳みがかった人間は歓喜にうち震えていた。

 血霞と硝煙でむせ返るほどの濃密な香りに満ちた庭園で、狂気と狂喜が入り乱れた死闘の末、ついに老爺は討ち取られる。

 義足によりほんの僅かに老爺が体勢を崩した刹那の隙を突き、ノコギリ鉈が老爺を肩口から袈裟掛けに深々と切り裂いたのだった。夥しい血飛沫とうねる臓物が老爺の身体からひりだされ、彼の足元には血溜まりが拡がっていく。

 しかし、老爺の紳士は、その結末を待ち望んでいたかのように満足げに嗤った。

 老爺は事切れる直前、諸手を直上の燦然と輝く満月に伸ばし、そのまま自身の血で朱に染まった地に臥したのだった。

 死闘の後の庭園は異様なほどの静かさに包まれていた。風も、葉擦れも、衣擦れも、荒く乱れているはずの呼吸音さえも、なにもかもが消え失せていた。

 不意に、満月に陰ができる。

 翳みがかった人間が陰に気付き(そら)を見上げた瞬間に、すべての景色が暗転した。同時に地面が消失し、私はどこかへ深く深く落ちていく。

 

(またここで『目覚め』てしまう)

 

 またしても、最後まで見ることが叶うことはなさそうだ。

 数瞬後、奇妙な浮遊感と共に眩い光に包まれたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 『目覚め』ると埃っぽい匂いと共に眼前には土煙が漂っており視界はほとんどきいていなかった。

 足下にはドームの天井に使われていた資材が瓦礫と化して散乱しているところを見ると、私は死後、どうやらドームの天蓋まで吹飛ばされ、激突したらしい。パラパラとまだ細かい粒子が真上から降り注いでいるところをみるとまだ死してからそれほど時間は経っていないようだった。

 

(これだけは、相変わらず制御が利かないな。まったくもって忌々しい)

 

 この『目覚め』の唯一の欠点は、死から『目覚め』までの時間と『目覚め』る場所を選ぶことが出来ないという点である。死んでいるのだから当然と言えば当然だが、自身のことにも拘らず思い通りにならないのは、なんとも歯がゆかった。今まで観測した中で死から『目覚め』までの最長は十分程度、早ければ数秒で『目覚め』ることができる。

 

(今回はおそらく死から数十秒程度。まあ、おおむね予想通りだ)

 

 制御は効かないものの、『目覚め』に関しての法則はある程度掴んでいた。

 それは、私の死を拒絶する意志が強く関係しているのである。『死ねない』『死ぬわけにはいかない』と強く思えば思うほど死から『目覚め』までは比較的に短くなり、反対に事故などの不意の死や強い意志を持たないまま死を迎えると『目覚め』までの時間は長くなる傾向にあった。

 それに加えて、死した場所も『目覚め』までの時間に影響を及ぼす。

 この個性に宿る意志のようなものだと私は思っているが、『目覚め』た直後に再び死が訪れることがないように、死の脅威のない安全な場所、且つ死した場所から最も近い場所で『目覚め』るように発動する。

 譬えば、私が火山の火口へ投身したとしても、マグマの中で『目覚め』るわけではなく、『目覚め』る場所は火口付近ないし山岳のいずれかで『目覚め 』るだろう。ただ、何をもってこの個性が死の脅威を判断しているかは未だに不明であり、究明のため自死を幾度か試みたものの自死を試すことのできる場所は大抵安全な場所であるため大したサンプルにはならなかった。

 ただし、その研究から判明したことの一つが、死した場所から死の脅威のない場所までが離れていれば離れているほど『目覚め』までにかかる時間は増大するということであった。

 

(死自体の場所は脳無のすぐそばだったが、ここで『目覚め』たのは脳無のすぐそばは死の脅威で満ちていたということだろう)

 

 ここは土煙が煙幕の役割を果たしており、このドーム内において他の開けた場所よりは脳無に見つかりにくい。だから選ばれたのだろうと思う反面、やはり出来過ぎているとも思っていた。

 まあ、いい。久しぶりの『目覚め』のせいで、つい感慨に浸り十数秒無駄にしてしまった。

 

(『目覚め』たのなら、ひとつ確かめなければならない)

 

 私は、右手の感触を探る。()()は、やはり今回もしっかりと私の手に握られていた。

 

「おかえりなさい」

 

 あえて言葉にし、敬意を示す。

 私が握りこんでいたものはくすんだ白銀色をした飾り気のない一降りの大剣(クレイモア)。その鍔元(ガード)から刀身の中腹まである樋(フラー)を覆い隠すかの如く襤褸が聖骸布然として包み込んでいた。

 私の個性の最大の(くし)びであり、そして絶対的な切り札の一つがこの大剣『月光の聖剣』である。数度、感覚を確かめるように素振りをしてみれば決して軽いとは言えない諸刃の大剣が、まるで元から私の身体の一部であるかのように手に吸い付いてくる。

 月光の聖剣は、私が死した直後にのみ私を導くかのようにその姿を顕し、私の闘争心の静まりと共に霧散していく不可思議な剣である。

 月光の聖剣が初めて姿を顕したのは、私が狩人として三度目の任務の際だ。その任務で私は生まれて初めて絶望というものを味わっていた。幾度立ち向かおうとも勝ちえぬ事実とまるで突破口の見えない現実、そしてそのあと降りかかるであろう未来が、私の精神(こころ)を粉々に打ち砕いていたのだった。

 思えば、その絶望はただの未熟からくるものでしかなく、今の私からすれば易い任務でしかないが、当時の私からはあまりにも達成が難い任務だった。

 焦燥が身を焼き、数えることも億劫になるほどの死を迎え、諦念が鎌首をもたげつつあったそのときに月光の聖剣は顕れた。

 突然の剣の出現に困惑する私を余所に、個性を初めて認識した夜以上の啓蒙的真実が湧水のごとく脳をすっかり満たしたのだった。

 この剣は、私の身体(なか)に最初からあったのだと頭蓋に揺蕩う啓蒙が報せてくれる。月光は血潮に流れ、精神を伝い、それでいて物質ではなく、はたして概念でもない。形而上と形而下を一切の区別なく行き交い、ただそこにあり、ただそこにない。神秘とはつまり月光であり、月光とはつまり神秘なのだった。

 私の、いや、我々人類の擁する言語と言う稚拙な媒介では、月光の存在の悉皆(しっかい)表現はし難いだろう。超次元的思考と超越的発想においてのみ、この月光の聖剣という存在を余すことなく、それでいて真理の深淵に囚われることなく踏破し理解せしめるのである。

 私とて月光の聖剣を数千分の一つも理解できていないであろう――ともすれば、僅かでも理解しているという推認すら烏滸がましい――が、それでも月光を信奉することを止めることはできないのだ。

 

(また力を貸してくれるのか)

 

 私は月光の聖剣を肩に担ぎ瓦礫の山を蹴り、一足跳びで土煙から脱出した。

 ()かなければ。私の失策は私が拭う。月光の聖剣までも持ち出したのだ。これ以上の失態は許されない。

 視界が開けると、オールマイトと脳無の戦闘が真っ先に眼に入ってきた。数百メートルは離れているが、オールマイトの攻撃が先ほどよりも随分と激しくなっているのは遠目でもはっきりとわかる。

 確実に距離を詰めているもののまだ、誰一人こちらに気づいた様子はない。オールマイトが、猛然と脳無を攻撃し続けていた。

 戦闘では圧倒しているものの、イレイザーヘッドの『抹消』も発動からインターバルまでの時間が段々と短くなっており、反対にインターバルの時間は長くなっていった。その短い効果時間の中ではオールマイトも決定打を繰り出せないようだった。

 ただオールマイトならば、己の限界すらも突破しつつも身心に大きな負担のかかるであろう出力で、あの脳無でさえも凌駕することも可能であろうが、私のせいでそれをさせるわけにはいかなかった。それをしてしまえば、オールマイトの活動可能時間はまた縮まってしまうことに疑念の余地はないのだ。

 しかし、オールマイトだからこそ、他者を、生徒を護る為ならば、躊躇なくリミッターを外してしまうだろう。そしてなによりも、今オールマイトの顔からは笑顔が失われてしまっており、いつその状況になってもおかしくなかったのである。

 不甲斐ない。情けない。私は、なにをしているのだ。無意識に下唇を噛んでいたらしく、口内に血の味が滲んだ。

 私は一段と加速しつつ、月光の聖剣の力を引きだすための準備として意識を啓蒙の海へ沈ませる。

 

(脳髄の最奥のさらに奥まで覚醒していくのがわかる)

 

 月光を持つときのみ可能となる、『筋力』『技術』『血質』『神秘』の全能力の同時行使による戦闘。正真正銘の私の全力。巡る血が細胞の総てを活性化させていく。

 意識下の戦闘態勢の完成と同じくして、オールマイトと脳無の間へ割って入り込ることに成功したのだった。

 脱力のまま腰だめに構えていた月光の聖剣を脳無の右腕へと突きだした。

 

 「は?」

 

 死柄木弔の頓狂な声を置き去りにして、一見緩く穿たれたかに見えたであろうその刺突は脳無を錐もみに回転させ、死柄木弔の真横を掠め吹き飛ばした。

 ショック吸収の個性をもつあの脳無にとって、通塗(つうず)の突きでは、動かすことすら困難であろう。勿論放った突き自体も、直前までの脱力から瞬間的に膨張する鋭さへ至る緩急の差が甚大な衝撃を生み出す技術を用いたものだが、それ以上に引き起こしたこの結果は月光の聖剣に拠るところが大きい。

 月光の聖剣を用いて繰り出される攻撃は、現世におけるどの物理法則にも属さない。斬撃であって斬撃にあらず、刺突であって刺突にあらず。月光の聖剣は、この世の一切に該当しない物質で構成されているが故に、月光の聖剣が発生させる現象もまたこの世ならざるものである道理。脳無のもつショック吸収は、あくまでも物理法則における衝撃を受け止めるためのものであり、この世界の理の埒外から発生した衝撃を受け止められないことは、そも当然の摂理であった。

 死柄木弔は脳無の個性が発動しなかったことよりも、私が再びここへやってきたことへの驚きが勝っているようで、脳無のことなどまるで気にかけず呆然とした顔で声もなく私を見つめてきている。

 

「久しいな、死柄木弔。数分ぶりか? 数十秒ぶりか?」

「お、お前……ッ! どうして、どうしてだ! 死んだはずだろう! 確実に! 絶対に!」

 

 死柄木弔の呆気にとられた顔は、徐々に驚愕の、そして怒気を孕んだものへと変遷していった。その変遷と同じく後方から生徒の泣き崩れるような、それでいて安堵の声が上がったのだった。

 オールマイトの横に並び立ち、再び月光の聖剣を肩に担ぐ。

 

「ただいま戦線復帰しました。遅くなり、申し訳ありません」

「そうじゃないよ! 全く、君と言うやつは! あとでお説教だからな!」

 

 オールマイトは(ヴィラン)から視線を切ることなく、ばしんとその大きな掌で私の背中を叩く。割と本気で心配させてしまったらしくじんじんと叩かれた場所が痛む。

 だが、横目でオールマイトの顔を見やれば、そこにはいつもの笑顔が戻ってきていたのだった。

 死柄木弔の後方で、脳無が立ち上がった。月光が直接穿たれた右腕は、大きく抉れ皮一枚を残してだらしなくぶらさがっている。

 

「オールマイト、ここからは任せてもらえませんか?」

「でも君。さっきまで死――」

「だからこそ、です」

 

 私は、返答を待たず死柄木弔へ向かってゆっくりと歩を進める。

 未だ怒りにより忘我の彼方から、迫りくる眼前の(わたし)へ意識を戻せていない死柄木弔を、現実へ引き戻すべく即座に制圧せず、あえて声を掛ける。

 急襲の好機を潰すなど私自身が予てより忌避する愚鈍そのもの。平時の私ならば、敵に塩を送るあり得ぬ言動。

 しかして、これは断じて慢心ではないし、油断でもない。これは私の我儘だ。知ってしまった以上、言葉にせずにいられない私の我儘なのだ。

 

「私はお前を誤解していたよ。直情的で自分本位な激情家。短絡的思考から生ずる幼稚な主張と稚拙な弁論を振りかざす利己主義者。特段物珍しいこともない、掃いて捨てるほど見てきた世も知らぬ無能故の万能感から抜け出せない雑輩の(ヴィラン)。それが私からお前への最初の印象だ。だからこそ煽れば煽るほど私から目移りをしないと思っていた」

「あァー……なんなんだよ、お前はよォ……!」

 

 死柄木弔は、苛つきを隠すことなく喉首を掻き毟る。

 

「しかし、ただ一つ。お前が他の(ヴィラン)と違っていたものがあった。死柄木弔、お前は理想の英雄(ヒーロー)像をもっているだろう?」

 

 死柄木弔の揺らいでいた視線が据わり、私へと定まった。

 危機と相対した時、死柄木弔は目的の達成を第一とする狂信的な強迫観念に駆られた実行者よりも、自己の安全をなにより優先する享楽的な采配者を気取った観測者だという印象を受けた。前線で攻めているように見せかけていても、必ず背後に保険やある種の確証がなければ、自身が先だって立つことはしない。

 他者へ自身の行動の成否を任せきっていても思い通りにいかなければ不機嫌を撒き散らす精神が未熟な子供(ガキ)。だがそれでいて、戦力の分析にはなかなか聡いものがある。

 殺気を叩きつけられようものなら、即断で身を守れと脳無に命じ、それでも不安が拭えない場合、能動的に危機を排しようと防御よりも私を攻撃してくると踏んでいた。

 しかし死柄木弔は、本能的な危機回避行動を振り払ってまで、脳無を自身から遠く離し危機の元凶である私ではなく生徒への攻撃を命じたのだ。

 それは、死柄木弔に染みついた、死柄木弔の本質なのである。

 

「…………黙れよ」

「私が読み切れなかったのは、お前が描いた理想(ヒーロー)を私に重ねたことだ。お前の理想(ヒーロー)ならば、命を賭して身を挺してでも生徒を守る。そう思ったから、生徒を攻撃するように命じたのだろう? 目の前に迫る危機(わたし)を顧みず、私が生徒を守るというその根拠のない妄想に身を委ねるほどに、お前の理想(ヒーロー)は深く根ざしているようだ」

「黙れ……ッ! ヒーロー(社会のゴミ)がッ! ヒーロー(化物)が! ヒーロー(悍ましい魔物)が!」

「黙らせたいのなら、力尽くで私の口を噤ませてみろ。とても簡単なことじゃあないか」

「ああ、そんなに死にたいのならもう一度、今度こそ間違いなく殺しきってやるだけだ……!」

 

 死柄木弔は、もう一つの私のあり得たかもしれない姿だった。だから、声を掛けずにはいられなかった。

 私も嘗て、この個性のせいで危険視され、ありもしない個性犯罪をでっちあげられ、(ヴィラン)にされかけた。

 だが私はそこで、オールマイトに救われたのだった。

 それ以上ない追い込まれていた窮地に、理想に描いたヒーロー(オールマイト)が、颯爽と現れ手を伸ばしてくれた。それどころか私の手を取り、自らに私と言う枷を負ってまで、征く道を開いてくれた。

 もし、あのとき救われていなかったのなら、私は(ヴィラン)に身を(やつ)さなければ生きてゆけなかっただろう。

 その先の未来は、想像に難くない。

 怨嗟の果てに、世界を、社会を、英雄(ヒーロー)を、人を、眼に映るあらゆる全てを呪い、死すらも許されぬ身体で地の獄を這いずりまわり冒涜的な破壊衝動の駆られるまま、一時の悦楽を得るためだけに思うままを実行していたに違いないのだ。

 つまり死柄木弔は、救われなかった私。理想を描き、理想に助けを(こいねが)い、それでも救われなかった幻影(わたし)を、死柄木弔の背後に視たのだった。

 

「脳無、あの女をただ殺すな。ミンチだ。ミンチにして骨の一片まで粉々にしろ」

 

 死柄木弔のすぐ背後まで戻ってきていた脳無は、その命令のまま私へ突進を開始した。月光の聖剣で深々と刺し穿った傷は、既に超再生で治っており外傷は完全に消え失せている。

 如何に物理現象をも超越した月光の聖剣といえども、創る傷はその肉体に依らざるをえない。つまりは、超再生を妨げるまでには至らないのだ。

 

「しかし、それはいつまでもつかな?」

 

 おそらくだが、通常の人体で行う場合、『超再生』は、損傷の大きいものなら日に一度か二度が限度の個性のはずだ。

 あくまでも個性は身体能力。身体能力である限り肉体を欠損した四肢ごと再生するなどという過大なエネルギーを消費するであろう個性を幾度も行えるはずがない。そのエネルギーの源泉はやはりその肉体ないし脳から発生するものであり、いくら人体改造を施されようとも、人の脳や身体がベースにある限り、限界が存在することは明白だろう。

 限界はあるとはいえ、さりとてオールマイトを倒そうと用意したものだ。その試行回数は甚大であろうことも予測ができる。

 ()()月光の聖剣でも、脳無を圧倒することは十分に可能だ。しかし、それでは刺突か斬撃に限られ局所的な破壊しか生み出せず、徒に時間を掛けてしまうことになる。必要なのは点でも線でもなく、面で制圧し、脳無に過大なエネルギーを使わせるための範囲攻撃だった。

 

「月光を拝領させてやろう」

 

 くすんだ白銀色の大剣(クレイモア)の姿は仮初であり、月光の聖剣の真諦ではない。

 拝するように月光の聖剣を頭上に掲げ、襤褸の上から剣身を掌でやおらなぞると、歪んだ高音を啼くように反響させながらその真の姿を顕現させた。

 淡く、それでいてほの暗く沈んだ真理の深淵を湛える翡翠色の大刃。纏う青い月の光と大刃に刻まれた微細で妖艶さすらも覚える楚々たる紋様の放つ神秘の波導は隠しようもなく、視るもの総てを陶酔させ憧憬と不吉を与える。

 柄を諸手に持ち再び肩へ担ぐまでの剣の軌跡は流麗な残光の尾を引きながら、束の間、空間を常盤に染めていた。

 月光の聖剣の真諦を呼ぶ間、私以外の全ての時間が凍りつくかのように止まっている。

 

「さて、この莫迦騒ぎもそろそろ終いだ」

 

 私が発した声を切っ掛けに、凍った時は再び動き出した。

 いや、実際はほんの一瞬の出来事。くすんだ白銀から翡翠色への変遷は、誰一人として正確に捉えられた者はいないだろう。

 脳無の背後で死柄木弔が当惑した表情を浮かべている。

 しかし、当惑する脳無の主とは裏腹に迫る脳無は一切を介さず遮二無二突っ込んできた。

 担いでいた月光の聖剣を脇構えに落し、水平に薙ぐと翡翠色の光の奔流が迸り波を形成した。その薄暗い光波は圧倒的な存在感を持ちながらも、どこか儚い。

 光波が脳無の下半身を慈愛の如く包み込み、そして攫っていったのだった。

 突如下半身が消失した脳無は、突進の勢いはそのままに上半身が慣性のまま前方へ飛ぶことを止められず、地に落ちるとゴロゴロと私の側らを転がり進んで行った。

 

「あと何回再生可能だ? 百か? 千か? それとも億か? 私は幾度でも一向に構わない。お前たちが飽く迄付き合ってやろう。そして、全てを塵芥に返し狩ってやろう」

 

 再び月光の聖剣を肩へ担ぎつつ脳無ではなく、死柄木弔へ言葉を投げかける。

 

「あ……ああ……脳無が……脳無がこんなにあっさり……」

「たった一度視た程度で折れてくれるな。こちとら阿僧祇を重ねようと那由多に到ろうと続ける心づもりでいるのだから。最後の血の一滴が絶えるまで闘いを続けたまえよ」

「ああ……あァ……どうして……先生……まだ、はじまってもいないのに……こんな……」

 

 死柄木弔の言葉が覚束ない。そして奴の殺意は急速に萎んでいった。

 やはり、彼は戦力分析においては聡いところがある。気づいてしまったのだ、歴然とした戦力差に。

 死柄木弔が混迷している間、脳無が私の後方でずるずると再生を始めていたが、先ほどまでの高速再生ではない。傷口に残る神秘のほんのわずかな残滓が再生という個性の発動を妨げているようだった。

 脳無を捨て置いたまま、死柄木弔へ一歩で間合いを詰め鳩尾へ拳打を叩きこんだ。

 死柄木弔は、ゲロをぶちまけながらのた打ち回る。私を睥睨しつつ立ち上がったが、それでも奴に抗う意志が甦ってくることはなかった。 

 

「所詮ままごとか。それなら、最後にお前を誅し――」

「もう、十分だ」

 

 オールマイトの手が私の肩に優しく置かれる。

 

「死柄木に闘う意志はもうない。捕まえて、それでお終いにしよう」

「……そうですね。少し、我を忘れていました」

 

 月光を抜くと、いつもそうだ。私でない私が、脳髄の奥底から這いずり出てくる錯覚を覚えるのだ。

 オールマイトがイレイザーヘッドを呼び、捕縛してくれるよう頼んだそのときだった。

 

「オール……マイト……社会の、ゴミ。お前さえ、お前さえ! お前さえいなければ!!」

 

 死柄木弔の慟哭に近い絶叫が響くと、奴の口からタールのような黒い粘性の液体がごぼと溢れだした。

 その場にいた全員が、新たな個性の発動に一瞬、身構え硬直した。その僅かな間に、黒い粘性の液体は死柄木弔を半分以上飲み込んでいった。

 

「相澤君!」

「分かってます! だが、消えない!」

 

 オールマイトの号令よりも早くイレイザーヘッドが個性を発動していたが、それでも溢れ出る粘液は止まることを知らない。

 つまり、死柄木弔の個性ではないことを示していたが、反対にこの場に死柄木弔以外に個性を使えるモノがいなかったという事実が、困惑を加速させた。

 

「皆さん! 黒霧からも黒い液体が! ですが黒霧は気を失ったままです! それに、この黒い液体が吸いきれません!」

 

 13号の悲鳴と脳無の口からも同様の黒い液体の噴出が確認されたせいで、どこを対処すべきかで全体に更なる迷いが生じる。

 その寸陰に、まず脳無が黒い液体に飲まれその場から消え失せていった。そして13号のさらなる悲鳴が、黒霧の離脱を知らせる。

 発動から完了までの展開が速い。

 脳無の消失と同時に転送系の個性である確信を得たが、これは黒霧とはまったく異質なものだった。

 私は、死柄木弔へ向かって駆けだしていた。

 

(くそ、イレイザーヘッドでも13号でも捕縛しきれないとなると私では……!)

 

 既に身体の大半が液体に浸っていた死柄木弔は、身動きが取れないらしく顔だけを動かして血走った眼でこちらを睨み返してくる。

 殺してはいけないという意識が、顔面ではなく死柄木弔の身体があるであろう部分に向かって拳打を繰り出させた。だが、そこには液体の感触があるだけで、もう実体は存在しておらず虚しく粘性の液体を掴むだけに終わる。

 

「ごぽっ、これが先生の言っていた保険……ってやつか。今日は退く、だが必ず殺してやるぞ。俺達(ヴィラン)連合が、必ず社会のゴミを殺してやる」

 

 死柄木弔の捨て台詞を最後に、地に転がる取り残された(ヴィラン)たちの呻き声だけがドーム内に響く。

 空虚すぎるその間が、やけに痛々しく、ヒーローたちは誰も声を上げられなかったのであった。




【月光の聖剣】

かつて原初の英雄が見出した神秘の剣。
青い月の光を纏い、そして宇宙の深淵を宿すとき
大刃は暗い光波を迸らせる。

英雄を象徴する武器であるが
その大刃を実際に目にした者は少ない。
それは彼だけの、秘かに秘する導きだったのだ。


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15.騒乱終結、その後

今回はつなぎ回です。


「皆! 大丈夫!?」

 

 私達の間に横たわる沈黙を破ったのは、唐突なミッドナイトの声だった。声の方を向けば、そこには雄英の錚々たる教師陣が十人以上立ち並んでいた。

 先の侵入事件で設けられた教師の増員以外のもう一つの対策が、本校舎から離れた施設を使う場合、必ず十五分ごとの定時連絡をいれることだった。

 しかし、今回はジャミングを可能とする電磁波系の個性の使い手がいたのか外部との通信はできなかったようで、異常事態と判断した彼らがやってきたというわけである。

 彼らもプロヒーロー。一度非常事態宣言が発令されれば、五分と経たず現着しただろう。

 つまり、終わってみれば(ヴィラン)との戦闘は、二十分にも満たない攻防であったのだが、体感はその何倍にも感じていたのだった。

 

「定時連絡もないし、連絡も着かないから来て正解だったみたいだね。もうあらかた片付いちゃってるみたいだけど」

 

 ブラドキングの肩に乗っている根津校長が、よっという掛け声とともに地に降り私たちの方へ歩いてきた。それを合図のように他の教師たちは、地面に転がっている(ヴィラン)の回収を始めたのだった。

 

「さて、顛末を聞きたいのは山々だけど、まずは皆の安否確認が最優先だね。13号、イレイザーヘッド、状況報告をお願いするよ」

「え、ええ。そうですね」

 

 イレイザーヘッドは被害状況をまず報告した。生徒への被害はゼロ。教師陣もオールマイトが脳無との戦闘で若干の打撲傷を負ったが大きな影響はなく、またイレイザーヘッドが死柄木弔に攻撃を仕掛けた際、奴の個性によるであろう攻撃で迎撃され肘の表面皮膚が崩れるといった不可解なダメージを受けたものの、それ以外の被害は全くないとのことだった。人的被害は最小限であり、物的被害も私が吹き飛ばされ破損した天蓋の一部とオールマイトと脳無が拳打によって巻き起こした風圧による施設内家屋の破損程度に収まっていることを鑑みれば、この大人数の奇襲に対しての被害としては、極小と言っても差し支えないだろう。

 被害報告の際にイレイザーヘッドからも13号からも、意味深な視線を私へ投げかけられたが、()()()()()()()全く怪我などないのだから、素知らぬ顔で聴き手に徹していた。しばらく後に私が話す気がないと悟ると、二人とも諦めたように嘆息したのだった。

 次に(ヴィラン)侵入からの次第を二人は報告しだした。時折13号が、イレイザーヘッドの報告をより精確にするために、補足するように情報を付け加えていった。

 その間、根津校長は神妙な面持ちで、二人の話を遮ることなく黙したまま聞いていたのだった。

 

「――以上です」

 

 イレイザーヘッドと13号の報告が終わると、根津校長は深く頷いた。

 

「ありがとう。生徒に被害がなくてなによりさ。皆が身を挺して守ってくれたおかげだね」

 

 二人の報告が終わる頃には、散らばって倒れ伏していた無力化された(ヴィラン)たちも一ヶ所に集められ再び、教師陣が根津校長の周囲に戻ってきていたのだった。根津校長はそれを確認すると、ブラドキングへ警察に連絡するように指示を出す。

 ブラドキングは備え付けてある壁掛け電話を取り耳に当てたが、一言もしゃべらず元に戻してしまった。懐から自身の携帯端末を取り出し、同じように耳に当て、すぐに切ってしまったのだった。

 

「通じませんね。根津校長、ちょっとUSJ(ここ)から離れて掛けてきます。誰か二人ついて来てくれ」

「私が行くわ」

「じゃ、俺も行きますよ」

 

 ブラドキングが携帯端末を手にしつつ出口へ向い、ミッドナイトとセメントスが後を追っていったのだった。

 危機中の単独行動は何よりも愚行であることをプロヒーローたちはよく心得ている。電話一つであっても、無防備になる瞬間を極力潰していくのは鉄則であり、致命的なミスはいつも油断から生まれるものなのだ。

 つまり、彼らはまだ今が油断の許されない危機の真只中にいるという認識を持っているのである。

 

「ということは、ここに捕まっている誰かが常時発動型のジャミング個性持ちか、もしくは」

「まだ残党がいる、ということですね」

 

 オールマイトが緊迫感を漂わせながら校長の趣意を継ぐ。校長は軽く頷くと、捕縛された(ヴィラン)達を一瞥した。

 

「そういうこと。できれば前者であってほしいけど、まあ後者だろうね。不可視の電磁波系の個性でここにもう捕まっているってことも、勿論考えられるけどさ。電磁波系の個性はかなりレアだし、侵入してきた司令官の(ヴィラン)がよほどの間抜けじゃなければ、こんな前線に後方支援系の個性を配置しないだろうしね。それにジャミング系は大体発電系の個性持ちの専売特許的な部分があるから、ここに発電系個性がいないとなると残党の存在を考慮する方が自然さ」

「なら、やることは一つですね」

「ああ、そうだね。ここからは、掃討作戦へと変更だよ」

 

 根津校長のその一言で、一気に空気がひりつく。ここにいるプロヒーロー全員が、役目を理解し臨戦態勢になった証拠であった。

 

「とりあえず、ここに二人見張りとして待機してもらうとして、もう二人は生徒達を本校舎まで送ってやってほしい。きっととても疲れているだろうしね。そして残りの者でこのUSJ内を捜索さ。警察が到着するのまでに残党を一人残らず完璧に捕縛する。雄英の威信を賭けてね」

 

 それでいいかな、と校長が周囲を見回した。ほぼ全員が無言のまま頷く。

 それと同時にブラドキングたちが戻って来たのだった。ブラドキングたちに根津校長が、先程した説明をすると三人も納得したようだった。

 

「いいですか?」

「どうしたんだい、狩人」

 

 しかし、私は全く納得していなかった。

 残党がいるという予想はおそらく正しい。黒霧が前線で戦っていたのは、私達を分断し戦力を分散させる目的があったのだろう。当然だが、ただ引き離しただけではすぐに戻ってきてしまうことになるため、転送先に足止めないし討ち取るための戦力を置いておくといったことは容易に予測できる。だが、不意の戦闘ではあったものの襲撃を想定し、ある程度の心構えがあった私達にとって動揺は必要以上に大きいものにならず、予想だにしない完全な奇襲ならば生じたであろう致命的な隙は絶無であり、実際にイレイザーヘッドと13号が黒霧を完封するに至っていた。その思惑が外れ、送られてくることはなくなった今この瞬間も、自分の持ち場で待ち呆けている(ヴィラン)がいる可能性は高い。

 

「確かに、私達が総出で取りかかれば全く苦にせず残党狩りは終わると思います」

 

 私やオールマイトに宛がわれた脳無クラスがいれば別であろうが、そのレベルの戦力を生徒を排除するためだけに用いて、オールマイトやプロヒーローにぶつけないというのは死柄木弔の性格上あり得ないし、黒霧も戦略上それを許さないはずだ。

 おそらく、黒霧が転送先に配置した(ヴィラン)は、ここに転がっているレベル。人数合わせにもならないが人海戦術で消耗を狙い、その内で討ち取れれば僥倖程度に思っているような小物の集まりが精々だろう。

 

「だからそうしようと」

「いいのですか? ここまで虚仮にされたのですよ」

「……なにがいいたいのかな?」

 

 意趣返しもせずただ捕縛するなどあり得ない。死柄木弔たちにとっては、ただの捨て駒。益を生み出さずとも、損にもならないと、そう思っているに違いない。だから奴らの思惑を、逆に利用してやるのだ。

 

「残党が、ここにいる連中と同程度の者たちだと仮定した場合、プロヒーローの皆さんにはもちろん歯牙にも掛からない連中です。これは私が戦闘してみて得た実測からの予測です。そして、その予測からみれば一年A組の生徒達でも十分対処可能なレベルであるとも断言できます」

「それはつまり、生徒達に残っている(ヴィラン)を処理させようってことかい?」

「ええ。相手の実力の程度が分かった上で行える実戦なんて滅多にあるものではないですから」

 

 それを聞いて、教師陣がざわめく。非難めいた視線が幾つか、私へ向けられた。

 

「おいおい、さすがにそれはどうなんだ」

「なにがどうなんですか?」

 

 ブラドキングが、まず抗議の声を上げた。

 

「たった今だ! たった今、生徒は危険な目にあって恐怖を覚えたばかりだ! それをまた(ヴィラン)のいる戦場に駆り出させる? 正気か!?」

「正気でなければ、こんなことは言いません。冷静に、戦力を分析した結果です」

「そういうことを言ってるんじゃない!」

「それに」

 

 ブラドキングの怒声を遮りつつ、私は教師陣を見回した。

 

「これだけのヒーローが一クラスに付き合える稀有な機会なのですよ。三人一組(スリーマンセル)に一人くらいは教師がついていけるでしょう。その上で実戦経験を積ませることが出来る好機。これを授業として仕立て上げ、ヒーロー育成としての糧にするのです。この件を襲撃だけで終わらせる? それこそ正気の沙汰ではない。奴らの行動の全てが逆効果であることを教えてやるべきなのです。(ヴィラン)の全てを贄とし経験へと変える。それが雄英に襲撃を仕掛け、授業を邪魔した弩級の阿呆に対する手始めの罰なのですよ」

 

 ブラドキングの喉元が上下に動き、生唾を飲み込んだ音がやけに大きく響く。

 何を言うべきか迷っているのか、それとも自身の主張を貫くべきなのか逡巡しているのか、何にせよすぐに返す言葉はないらしくブラドキングの視線が微妙に泳いでいた。

 

「あのー」

 

 オールマイトがなぜか肩を丸めて可愛らしく、そしておずおずと手を挙げた。

 

「どうしました? オールマイト」

「君、もしかしてめちゃくちゃ怒ってる?」

「怒っていません」

「や、その眼の君。ブチギレてるときの眼をしてるよね?」

「ブチギレていません」

「覚えてる? (ヴィラン)のアジトそのものを文字通り殲滅しようして、むしろ私が(ヴィラン)の救助をしたよね? そのときと同じ眼をしてるよ?」

「……そんなことありましたっけ?」

「君らしくないすっとぼけ!?」

 

 狩人になる前、一度だけオールマイトと一緒に仕事についていったことがあった。

 そのときは、オールマイトのことを小ばかにされ、そして私を庇ってオールマイトが怪我をしてしまったことで、自身への不甲斐なさと敵への激情が合わさり、我を忘れた。そして怒りのままに行動に移したのだが、そのときに行ったことが銃の代わりに手持ち用に改造した砲身が二メートルほどある粗野な大砲を左手に持ち(ヴィラン)のアジトへ砲撃を仕掛けるといったものだった。

 弾も大量に用意し、室内だろうと構わず乱発したため五階建ての建物があっさりとガラガラと音を立てて崩れていった様子は今もはっきりと覚えていたが、同時に私にとって忸怩たる過去なので思い出したくもないものでもある。

 

「後にも先にも、(ヴィラン)から『助けて! オールマイト!』なんて言われることはあれ一度きりだと思う」

「話がそれているので、戻しましょう。オールマイト」

 

 私の過去話など、どうでもいいのである。久しく覚えのない、顔が上気するという感覚を味わいながら照れ隠しにオールマイトから顔を逸らした。

 しかし、頭に血が上っていたことは事実であったようで、オールマイトと話をしたおかげで、ささくれ立っていた精神はすっかり落ち着いているのであった。

 

「確かに、少々冷静でなかったことは認めます。しかし、それ以上にいい経験になると思っていることも事実です。私刑(リンチ)をしようと言うのではありません。私は、学生だからと言って温室にいれておいて現実(てき)を知らないままでいるのは反対ですし、現実(てき)を知るのなら早い方がいいと考えています。その上で、今回の(ヴィラン)の脅威レベルは大したものではありません。それこそ教材に変えることが出来る程度の者ばかりです。それになによりも、ここにいる皆さんならば生徒達に致命的な危険を負わせることなく、手ほどきできると思っているからこその提案です」

 

 その奥に待機している生徒達にもはっきりと聞こえるように声量を上げ、改めて申し出る。

 

「俺は構わねェ。それに力試しもしてみてェ。こんなに早く実戦ができるなら願ったりだ」

 

 教師陣の唸りをかき消すように爆豪勝己が歩み寄りながら教師の集団に向かって言い放つ。

 

「しかし、爆豪少年」

「甘やかしてもらうために雄英に入ったんじゃねェ。ヒーローになる為にここへきたんだ。オールマイトも最初の授業で言ってただろ。ヒーロースーツを着たら、その日からヒーローなんだと自覚を持てって。少なくとも俺は、目の前にいる(ヴィラン)からは逃げ帰るようなヒーローになるつもりはねェからな」

 

 爆豪勝己は、言葉尻すら一切揺れることなく断言した。

 その言葉で火が点いたかのように、一年A組全体にその熱は伝播していく。

 

「ぼ、僕もそうです。笑って全てを助ける人に憧れてここまで来ました。僕の憧れている人は、決して逃げたりはしない」

「緑谷少年もか……」

「オールマイト……僕は、少しでも。少しでも早くあなたに近づきたい。そのために、得られるものは全て吸収していきたいんです」

 

 緑谷出久がオールマイトに詰寄っている間、他の生徒も教師陣を囲むように迫ってきていた。

 

「まー、お前らがやるなら置いてけぼりくらうわけにはいかないしな」

「心堅石穿。苦難を乗り越えてこそ雄英生徒ですわ」

「ウチも、どこまで通用するか試してみたいこともあるし、やってみたいかな」

「オイラ、ミッドナイトに手取り足取り教えてもらえるならやる」

「峰田ブレねぇな……」

 

 生徒の熱意に圧されたのか、教師陣が顔を見合わせていた。

 

「……そうだね。授業を邪魔されたんだ。リンチせずに授業の資料として償わせるのは面白いアイディアだね。やってみようか」

 

 根津校長が右手を上げながら、宣言する。

 

「いいんですか!? 万が一があってからでは遅いのですよ!?」

「その万が一は、雄英にいる限り絶対に消えないものさ。万が一に脅えていたら、育てられるものも育てられなくなってしまうよ。僕たちができるのは、生徒たちがここに在籍している間に、実際の現場に出た時に困ることのないようできるだけ豊富な経験を与えてやることさ。いずれはどの生徒も通る現場体験の道。今回はその機会が他の生徒よりもほんの少し早く訪れただけだと思うよ」

 

 根津校長は、ブラドキングの肩へよじ登るとブラドキングだけでなく他の教師たちにも説得するように話し出した。

 

「ま、俺は根津校長の判断に従いますよ。その方が合理的だ」

「俺はお嬢ちゃんの意見に賛成だぜ! ボォゥイズ&ガァルゥズもいつまでもリスナーってワケにゃいかねぇよ! いずれはマイクを前にして高らかにパフォーマンスをするDJだ! なにより俺はお嬢ちゃんのこと気に入ってるからな!」

 

 イレイザーヘッドとプレゼント・マイクが同調したことを皮切りに教師の中でもおおよその合意は得られたようだった。

 最後まで明確に賛同しなかったのは、ブラドキングに13号、そしてオールマイトだった。

 しかし、その三人も生徒達の熱意に圧されて、最後は了承したのだった。

 

 「じゃあ、ぱぱっと編成分けしようか」

 

 それぞれの教師に三人ずつ生徒が振り分けられ、さっと散っていく。

 ブラドキングや13号も切り替えてからは、流石の迅速さであり、生徒達をひきつれてあっという間に行動に移したのだった。

 

「じゃ、オールマイトはここに殿として残ってね」

「わかりましたよ、校長」

 

 そして、私に割り振られた生徒は爆豪勝己、緑谷出久、轟焦凍だった。

 

「くれぐれも頼んだよ」

「ええ」

 

 オールマイトに念押しされつつ、生徒達の方へ向き直った。

 

「よろしくお願いしますね」

「デクと半分野郎と一緒かよ」

「嫌なら、ここで待っていてもらって構いませんよ」

「……ちっ」

「では、納得したようでしたら行きましょうか」

 

 編成が気に喰わない爆豪勝己とそれを見て苦笑いをしている緑谷出久、そして無反応な轟焦凍を引き連れて、三人からの意味深な視線を無視しつつ土砂災害エリアへ向けて駆けだしたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 午後からは、全校緊急休校となり生徒達は家へと帰された。

 私達が、残党を制圧した後に警察が駆けつけ捜査が開始され、そしてそのまま警察を交えた緊急の職員会議が開かれているのである。

 警察の報告によれば、捕縛された(ヴィラン)の数は、七十一名。そのほぼ全員がやはりというか、以前に個性犯罪を犯して書類送検をされた程度の(ヴィラン)とも呼ぶに値しない所謂チンピラのような者ばかりだった。

 ただ、死柄木弔、黒霧は共に個性登録もされておらず偽名でもあったためどこの誰かは結局不明のままだそうだ。その正体よりも死柄木弔という無邪気な悪意に魅かれた者がおり、それがあれだけの人数に至り行動へと移したことを警察は懸念しているようだった。

 実際に、それも懸念すべき事項であるがそれ以上に私が気がかりだったのは、あの脳無と呼ばれていた者たちだった。尋常ではない膂力に加えて、異常なタフネス、生気のない顔、そして複数の個性。どれも一般的な感覚からはかけ離れたものだった。

 警察の捜査によれば、私達が証言した脳が露出した(ヴィラン)はどこにもいなかったそうだ。つまりは、あのときの転送で全員回収されたことになるのだが、ただし私が斬り落とした部分はそのまま残っていたらしい。それを警察は回収したらしく、目下DNAの分析を行っているそうだ。

 両翼、右腕、左足とそれぞれ斬り飛ばし行動不能へと追いやったのだから自力で逃げたとは考えにくい。よほど、奴らは脳無に思い入れがあるようだった。

 

(作ったと言っていたが、量産できるものではないのか……?)

 

 いくつか予想を立てることは容易だが、どれも根拠に乏しいため確証には至らない。

 それに、個性を複数持っていた件についても混迷を深くさせていた。あり得ないと思いつつも、とある影を振りきれない。

 

(オール・フォー・ワン……六年前にオールマイトに殺されたはず。しかし遺体は誰も見ていない)

 

 個性を与え個性を奪う個性、オール・フォー・ワン。

 オールマイトの呼吸器官へ大打撃を与え、彼の活動限界をつくった張本人だ。

 

(可能性としては、三つ。奴がまだ生きているというのが一つ、奴が死の間際に他の誰かに個性を全て譲渡したというものが一つ、他の誰かにオール・フォー・ワンと同じような個性が発現したというのが一つ)

 

 正直どれも考えたくない可能性だった。たとえ生きておらずとも奴の悪意を引き継いでいる者がいると考えるだけで、怖気が奔り怒りが込み上げてくる。

 

(もし奴が生きているのなら、私がオールマイトに代わって息の根を止める。それがあのとき参戦できなかった悔恨を晴らすただ一つの方法なのだから)

「――ター、狩人! 聞いているか?」

「ああ、すみません。考えごとをしていました。なんでしょう」

 

 考えに没頭していたせいでイレイザーヘッドから声を掛けられていたことに気が付かなかったようだ。じとっとした目が「合理的でない」と訴えていた。

 

「お前も関係してくるんだ。ちゃんときいとけ」

「すみません。ええと、今の議題はなんでしょうか」

「雄英の体育祭だ」

「そういえば、順調にいけばもう一週間後でしたね」

 

 本来ならば一高校の体育祭なぞ、大事をとって取りやめるべきなのだが、こと雄英の体育祭ではそうもいかない。国立の高校故か、日本のトップ高である故か。国家プロジェクト並みの予算がかけられて行われる行事であるため、おいそれと中断することもできないのである。

 加えてこれがエンターテイメント性だけを追い求めたものならば中止したところで影響はないのであろうが、雄英の体育祭はヒーローの登竜門的な意味合いが強く、個性社会である現代にとってヒーローそのものを象徴する行事ともいえる。そのため(ヴィラン)襲撃による中止というのは(ヴィラン)に屈することを意味し尚更選択肢としてあり得ないのである。

 

「大人が自由に個性を使えないからといって、子供たちに社会のガス抜き的な役目を押し付けるのは毎年心苦しいが開催しないわけにもいかないしな」

 

 イレイザーヘッドは苦々しげにそうつぶやいた。

 かつてはオリンピックがスポーツの祭典として名を馳せていたが、個性の発現により建前上の平等すらも脆く崩れ去り、黎明期が過ぎるころには完全に形骸化していた。

 さらに公共の場での個性使用の資格化に伴い、オリンピックでも個性の不使用が規定されたが超常慣れしてしまった民衆は、個性を不使用とした記録を競ったところで誰も熱狂せず見向きもしなくなっていった。年々規模は縮小され今はもう、文化保護団体が細々と無個性のための記録会として開催しているにすぎず、テレビ中継はおろかどのマスメディアも取り上げることは無くなっていた。

 

「流石に、襲撃の件で一週間後には開催できないけど、やらないわけにはいかない。そこで二週間期間をずらそうと思う」

「二週間程度で世間の騒ぎは収まりますかね」

「収まらないだろうね。だからといって必要以上に伸ばす必要もないと思うわけさ。生徒のコンディションを整える期間さえ設けられればそれでいいよ。批判は我々が受けるべきであって生徒が不利益を被るべきではない。それまで各担任は生徒のメンタルケアに力を入れること、いいね?」

「それと開催にあたって例年より堅固な警備システムを練る必要がありそうですね」

 

 議題はあちこちに飛びつつも会議は深夜まで及んだ。

 しかしその会議中、身は入らず私にはずっとオール・フォー・ワンの影がちらつき続けたのだった。




【仕込み杖】
刃を仕込んだ硬質の杖は、そのままで十分に武器として機能するが
仕掛けにより刃は分かれ、まるで鞭のように振るうこともできる。

武器を杖に擬し、鞭を振るう様は、様式美の類である。
それは、血に飲まれまいとする意志だったろうか。


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16.任務、英雄殺しとの邂逅

本当は修行回に行きたかったのですが、どうしてもこれを挿話したくなり書きました。
ちなみに、ヴィランのモデルは同名の映画からです。


 襲撃の翌日は引き続き臨時休校となり、その間に召集された教師陣たちの会議によって急ピッチで雄英体育際までの日程の組み直し、及び競技の見直しが行われた。

 マスコミ、各ヒーロー事務所等へ日程変更の旨を報せる文書を作り送付する作業を始めとして地味ながら多忙を極めていた事務作業が一段落したのは、日付が変わる直前であった。

 自身のデスクに座り、思わず息を吐く。

 

「くけけ……流石の()()も慣れない仕事には疲れが隠せないみたいだね」

 

 明らかに他の教師とは違うニュアンスをもった狩人という言葉を発する男が近づいてきた。

 

「パワーローダー。そうですね、こういう事務作業は普段まったく接点がないので些か困惑しています」

「ま、経験を糧にするってのは、お前さんの口癖だ。いい経験になっただろう?」

「そうですね」

 

 ショベルカーのバケット部を基調とし龍を模したヘルメットを被った掘削ヒーロー:パワーローダー。彼は、オールマイト、根津校長以外に雄英で本来の私を知っている最後の一人だ。

 そして、彼は数多のヒーローの装備を手掛ける一流の武具職人でもあり、私の武具の製作者でもある。

 

「頼まれていたモン、出来上がってるよ。まだ余裕があるなら工房までおいで」

 

 それだけいうとパワーローダーは、職員室から出ていってしまった。

 既に解散命令はされており、特に職員室に留まる理由もない。私も、パワーローダーの後を追うように職員室から出ていった。

 パワーローダーに追いつくと、歩幅を緩め並ぶように歩く。

 

「くけけ、教師が板についてきたかい?」

「まさか。ここにいる他の方と違って私のは真似事にすぎません」

 

 パワーローダーとは、私が狩人になる前からの付き合いになる。先日思い起こした中にあった大砲の手持ち改造もパワーローダーが行ったものなのだ。

 しかし彼は、私と所属を同じにする者ではなく、あくまでも外部の協力者である。以前、人殺しになった私になぜ協力するのかと訊いたことがあるが、彼は私のしていることそのものには興味がないらしい。

 『道具自体に罪はない。全ては使う者次第。俺は俺の出来る最高の仕事をするだけ。ただ、使われる道具も最高の使い手に使ってもらいたいはずだ』とは、彼の言である。本来の私を知って尚、脅しや恐怖ではなくそのまま受け入れてくれている数少ない人物の一人だ。

 

「教育なんざ、お前さんの本分とは真逆だろうからね」

「ええ。ですから正直まだ困惑の渦中から抜け出せていないですね。ここにいていいものかという葛藤は消えません」

「その割には顔に出さないからわかりづらいよ、狩人は」

「もともとそういう顔なので」

「ま、お前さんの本業と違って教師の悩みを一人で背負いこむことだけはしちゃだめだ。一人で悩んだ先に待っているものが自らの破滅だけならいいが、生徒も他の教師も巻き込むことは明白だからね。先輩からのアドバイスだよ、けけ」

「……ありがたく頂戴します」

 

 雑談もそこそこに彼の工房まで辿り着く。パワーローダーが、暗証番号を入れると自動ドアが重々しく開いた。開いたドアの先で真っ先に眼に飛び込んできたものは、台座の上の刀掛け台に寝かされてある紅緋の下げ緒が彩る鞘に包まれた一振りの刀だった。

 

「さ、手に取ってみてくれ。注文通り作ったはずだ」

 

 パワーローダーの巨大な手が刀を指す。

 工房の中は無数のモニターや工具類、そして開発中のアイテムが乱雑そうにおいてあり、複数のオイルの臭いが充満している独特の空間が広がっていた。

 太刀と言うにはやや小ぶりでありつつも、標準的な日本刀よりは一回り大きめのそれは独特な空間の中で、一際異彩を放っている。

 私は、刀掛け台から持ち上げると鞘からゆっくりと刀を抜き払った。

 銀灰色の刀身はしなやかさと力強さを兼ね備えた威風堂々たる姿をしていた。反りは美しく一点の歪みもない。切先から鍔元に奔る波刃紋の美麗さは芸術品と見紛うほどだ。しかし、純然たる日本刀ではなく(ガード)は西洋剣のそれであり、柄はバスタードソードやエストック然とした装飾が施されたものだった。

 しばらく見惚れた後、軽く数度振ってみれば、何かを斬らずとも冴えた鋭さを持っていることがわかる。鞘走りを利用した抜刀を行えば、どれほどの速度と威力が出るのか私にも見当がつかないほどだった。

 

「素晴らしい仕事です、パワーローダー」

「くけけ、気に入ったなら結構なこった」

 

 彼自身からしても、会心の出来なのだろう。私の賛辞に対してまんざらでもなさそうに笑っていた。

 

「お前さんの要望通りに作ったはいいが。しかし、お前さんが言ってたのは、ありゃ機能と言うよりも欠陥だし時代が時代なら呪いの品として誤解されてもおかしくないよ? なんのためにつけたんだか」

「いいのですよ、それで」

 

 パワーローダーは最後まで私の要望に得心がいってないようだった。

 私がこの刀を作るにあたって要望したことは、持つものの出血を促す自傷機能をつけることだった。当然、これも夢から発想を得たものであることは言うまでもない。

 

「それで、どうすればいいのですか? 今のところ変化は見られませんが」

「刀を鞘に納めて、そこからさらに押し込めばいい。押し込んだ瞬間に柄から極小の管が飛び出る。その管が持っている者から吸血するように血を徐々に奪っていき、刃に取り込んだ血を流すようにできているよ。それでもう一回鞘に入れて押し込むか、柄頭を捻ってやれば機構は元に戻る」

「ありがとうございます」

「やれやれ、お前さんの頼みは時々理解に苦しむものがある」

 

 呆れたように諸手の掌を上に向け首を振っている彼だが、それでもきっちりと仕上げてくるのだから感謝の念しかわいてこない。

 

「それで、銘はどうする? 刀にはちゃんと相応しい名をつけてやるものだよ?」

「もう、決まっています。この刀の銘は、『千景(ちかげ)』」

 

 屍山血河の修羅場に、千の景を産み落とす。

 私の狩り武器に、新たな一本『千景』が加わったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 日付が変わり一刻ほどたった深夜。

 私は、とあるビルの屋上から街を見下ろしていた。

 

「保須市……この時間でも表通りは人が多くやりにくい場所だ」

 

 パワーローダーから千景を受け取り、雄英の敷地から出た直後のこと。一羽の特異な鴉が私の元へやってきた。三本脚をもつその鴉――八咫烏は見覚えのある朱色の封蝋がされた封筒を渡し即座に去っていった。

 八咫烏は、『個性の影響を無効化する個性』をもっている。根津校長と同じく動物に個性が発現した稀有な例であり、その特性により伝書の役割を担っていた。

 電波通信によるやり取りでは傍受される可能性が常に纏わりつくため、任務の指令は常にこうして八咫烏から書面として私の元へ届くのである。

 封蝋を千切り、中の手紙を取り出すとそこには任務の指令とターゲットの居場所が書かれてあった。

 

「……最近、空間転移系の個性に随分と縁があるな」

 

 今回の標的は、(ヴィラン)名『ジャンパー』という亜空間転移(ワームホールテレポート)の個性を持つ者らしい。

 不法侵入から始まった奴の犯罪歴は強盗、強姦、暴行、果ては殺人へと至ったが、特殊な電撃がワームホールを不安定にさせ転移を行えなくするという発見と共に逮捕され、つい先日死刑が確定していた。しかし奴は刑の確定後、受け渡しの手続きが行われるほんの僅かな隙を突き独房から嘲笑うかのように消え失せたのだった。

 そこでマスコミに知られるより前に、迅速に処理せよと私へ指令が回ってきたというわけだ。

 隠蔽行為そのものだが、私にその是非を問う資格はない。ただ粛々と私は私の役割を全うするだけである。

 

(先程から動きがない、眠ったか?)

 

 私は、手元の機械に眼を落しながら予測を立てる。

 空間転移系の個性犯罪者には必ず発信機が体内に埋め込まれる。その電波を拾うための受信機を出撃前に渡されていた。

 空間転移タイプの個性は常に逃亡の危険性を孕んでいるための処置としては当然であるものの、公にされていない処置であるため逃亡に成功した者は例外なく再逮捕ないし執行されることになる。また生体反応(バイタルサイン)と連動した特殊な電波を放つ発信機は、取り出せばその信号を停止するため発信機が稼働している限り正確に本人の居場所を報せ続けるのである。

 奴は、二百メートルほど先の廃ビルの地下室に籠り動いていない。おそらくまだ見つかっていない、もしくは新たな根城なのだろう。

 

「征こう」

 

 私は、受信機を懐へ仕舞いビルから飛ぶと壁を蹴り減速しつつ一気に地上へと降り立った。

 夜陰に紛れ、外灯も疎らな路地を駆ける。灯りが乏しいせいか、たった一人だけすれ違ったが一般人では私の速さを目で追うことは叶わなかっただろう。

 順当に廃ビルの鉄扉の前に立つと、そこで異変に気付いた。施錠がされておらず、きいと音を立てて半開きになっていたのである。

 不審に思いつつも、極力まで消音し気配を絶ち地下への階段を駆け下りる。その間、ねっとりとした異様な気配が拭えずにいた。

 地下の最深部に辿り着くとまず気づいたのは血の匂いだった。まだ真新しい鮮血の匂いが最奥の扉から僅かな光と共に漏れ出ていたのである。

 

(どういうことだ……?)

 

 壁を背にしつつ素早く扉に寄り、音を立てずにドアノブを引く。

 

「ハァ……徒に力を振りまく者も粛清の対象だ……」

 

 部屋は一面血に染まっていた。三十平米ほどの広さにソファベッドが置いてあるだけの物寂しい部屋は、似つかわしくない朱が飛び散り、コンクリートが露出した打ちっぱなしの壁や床を斑に彩っていた。

 血風呂(ブラッド・バス)と化した部屋には、二人の男がいた。

 一人は、血溜まりに臥すターゲット。

 そしてもう一人は全身にアーミーナイフやソードブレイカーなど複数の刃物を括りつけ顔面に包帯を巻きつけた無感動に立ち尽くす者である。

 その者の横顔は、通常の人面ならば鼻や唇といったあるはずの凹凸がまるでそぎ落とされたかのように無くなっており、意図的に表情を、ひいては自己そのものを消したがっているような印象を受ける。髪はうねりながら逆立ち、元の髪色も辛うじて窺えるが幾重にも返り血がこびりついているのか、それ以上にどす黒く染め上がっていた。それは首元の巻布も同様であり、元の布の色が判別できないほど血色に染まっているのが見て取れる。

 刃毀れのひどい鍔のない刀から血を拭いつつ、ゆっくりとその者はこちらを向いた。

 私は、姿を隠すことをやめ扉から一歩部屋へと踏み入れた。

 

「まさか、こんなところで会うとは」

「ハァ……誰だお前」

「貴公は私を知らないだろうな。()()()()()()()()、スタンダール。いや赤黒血染(あかぐろちぞめ)。もしくは英雄(ヒーロー)殺し、ステインと呼んだ方がいいか?」

「……なぜ、彼の。スタンダールの名を知っている」

 

 鋭い眼光から放たれる殺気が瞬間的に膨れ上がり私へ向けられる。

 

「あらかじめ言っておくが私は、貴公と一戦交える気はない。私のターゲットはそこに転がってる者だ」

「ハァ……質問に応えろ……返答によっては」

 

 ステインの持つ刀が私の眼前に突きつけられた。

 

「ひどい刀だ。道具が泣いているぞ」

「会話が通じない奴だな……ハァ、最後の警告だ。なぜ()()()を知っている」

 

 なるほど。話に聞いていた通りあくまでもスタンダールと赤黒血染は別人であるというスタンスらしい。

 十年弱前、スタンダールという(ヴィラン)を殺しまわる(ヴィラン)が顕れた。断罪者を名乗り、彼が現れた先は決まって血風呂と化す。

 (ヴィラン)を殺しているからと言って、殺人は殺人。決して表立って認められてはならないものだが、数年間に渡る彼の活動により確実に治安維持の側面を果たしていたことも事実であった。

 そこで、彼は次代の狩人候補として名があげられた。自身の正義に身を任せ躊躇なく殺人を実行する行動力。殺人を行いながらも平常を保つ異常な精神性。対敵時の冷静な判断力と純粋な戦闘力。なによりも(ヴィラン)に対する憎悪が狩人に相応しいと思われていた。

 また、その当時前任が殺害され『狩人』という役が空席になってしまったこともあり、私とスタンダールは同時に狩人後継者の候補に挙がっていた。そして上は実績のない私ではなく即戦力として見込めるスタンダールに飛びついたのであった。

 しかし彼は、スカウトされた直後、東京都段東区で行った指定(ヴィラン)団体、阿辺川天忠會の殲滅を最後に姿を消すことになる。

 そして、数年後に英雄(ヒーロー)殺し、(ヴィラン)名:ステインとして世間を騒がせることになるのだった。

 

「話が通じないのはどちらだ。それだけの殺気を向けられては、話すのも億劫になるに決まっているだろう? 私を殺したいのか、それとも言葉を交わしたいのかどちらか一方にしてほしいものだ」

「ハァ……これで満足か?」

 

 刀を下ろすと、ステインは私の正面に向き直った。見た目の矛を収めただけで、殺気は微塵も消えていないが、これ以上はステインも譲歩しないだろう。

 

「貴公を知っているのは、私が狩人だからだ。貴公ならばこれだけで察せるだろう?」

「……ハァ、そういうことか。お前は国家の走狗(イヌ)というわけだな」

「随分な言い草だ。その走狗の役目を貴公が受けなかったから、私に鉢が回ってきてしまったのだがな」

「恨み言は……聞く気はない」

「いいや、逆だ。感謝しているよ。おかげで私と言う存在に役目ができたのだから」

「徹頭徹尾、国家の走狗に成り下がるとは……ハァ……正義は自分の眼で見つけるものだ。国家の走狗と言えど貴様も社会を正す英雄として社会正義を担う一翼なのだろう。そのために、自身の手を、自身の正義を血に染めている……違うか?」

「殺人鬼が正義を語るか、噴飯ものだな。貴公の行為はただの低俗な自己満足だろう」

 

 再びステインが私へ刀を向ける。

 

狩人(イヌ)如きが俺の正義を貶すのか。ならば貴様は、何をもって人を誅す。俺の行動の全ては正しき社会へ導く為。贋物を排し、徒に力を振りまく者を誅す。貴様の正義は、信念は、どこにある」

 

 据わった眼は、私の返答一つで容易に刃を薙ぐことを示している。だが、ステインの機嫌取りに終始する必要もない。

 彼と私は、信念などでは決して交わることはないのだから。

 

「貴公は、一つ勘違いしている」

「何?」

「私は正義を語ったことはないし、秩序の守護者でも平和の使者でも、ましてや英雄を名乗ったこともない。何より私のしてきたことが正しいとも思っていない。殺人という行為は、どこまで突き詰めても殺人でしかないのだ。快楽で人を殺すことも、使命をもって人を殺すことも、その行為に大差はない。大差ないのだから、そこに意味を見出そうとすること自体、無稽で無価値な陶犬瓦鶏(とうけんがけい)というもの。私も貴公もただの人殺しだ。地の底を這いずり回る悪鬼羅刹そのものに他ならない。そんなものが正義という甘い蜜に逃避するのは虫がよすぎる話と思わないかな?」

「……」

「故に貴公の問いにはこう応えねばなるまい。『莫迦か』と」

「ハァ……結局信念なく力を振りまく愚者か……貴様も粛清の対象だ」

 

 私の顔のあった場所に水平に刀の軌跡が描かれる。

 即座に間合いを外し回避すると、私も腰に帯びている千景に手を掛けた。

 

「もう一度言っておく。私は貴公と刃を交える気はない。私の標的はあくまでもそこの(ヴィラン)だ。そのまま遺体を引き渡せば、私から手出しをする理由はない」

「残念だが……ハァ、俺には貴様を殺す理由ができた……」

 

 ステインは、右に持つ刀とは別に左手にアーミーナイフを逆手に構える。

 肌を刺すような殺気がさらに膨れ上がっていく。

 

「ならば仕方がない。無為に殺されてやる道理もないのだから、私も闘わざるを得ないな。殺すつもりはないがたとえ死んでも恨んでくれるなよ」

「虚言も過ぎれば……ハァ、笑えんな」

 

 ステインは右の刀を大上段に振りかぶる。見るからにあまりにもお粗末な攻撃。が、左側面から刀の振りかぶりからはかけ離れた鋭い足刀が襲い掛かってきたのである。

 千景の鞘で防御し、受けた衝撃を利用してそのまま右片手で側転、宙返りを繰り返し間合いを取る。

 よくみれば、ステインの両足の靴のトゥーにはいくつものスパイクが生えており、ただの蹴りであっても当たれば流血は不可避の代物だ。

 

(持久戦で有利に持ち込むための装備か……?)

 

 私も、奴の素性を知っているだけで個性までは話に聞いていない。不明であるものの奴の攻撃は、明らかに致命傷を狙うよりも刺創を創るための攻撃であったことは間違いない。

 

(長期戦を想定しているのか、それとも個性に関係するのか)

 

 狙いが分からない以上、無暗に攻撃を受けるわけにはいかない。毒が付着している可能性もあるが、最初から露出していたところをみるとその可能性は高くはない。おそらく単純な刺突攻撃として利用されるだけだろう。

 

「ハァ……今のを防ぐとは……なかなかやる」

「舐められたものだ。両方の攻撃が明確に命を狙う攻撃ならともかく、明らかに刀の振りがデコイでしかない。それならば別に本命があると考えるのは当然だろう?」

「ならば……これならどうだ?」

 

 手に持ったアーミーナイフをノーモーションから瞬間的に投げつけてきたが、首を躱すだけでナイフは外れ背後の壁に突き刺さる。

 

「私が、その程度の攻撃で眼を離すと思ったか?」

「ハァ……思っていないさ……初撃の視線誘導に引っ掛からなかった時点で並みの使い手ではないことは……わかる。だが、いつまでもその余裕が保てると思わないことだ……」

 

 さらにステインは携帯しているナイフを抜き払うと、先程とは違い決定的に致命傷を狙う斬撃を両の刃を使い繰り出してきた。予備動作はほぼなく、そこに付け入る隙は無い。動きから軌道を予測することはできるが、同時に動き出していた右足刀が安易な回避を許さない。

 

(ならば、迎撃するまで)

 

 左腰を捻り一息の間もなく抜刀を完了させ、ステインの持つ左手のナイフを弾き飛ばしつつ、さらに右の刀を圧し折ろうと試みる。

 しかし、ステインは右の足刀を繰り出すことなく収めると私から迫りくる一閃を刀の腹で受け流し、そのまま後ろへ跳んだ。

 

(ほお。これに反応するのか)

 

 私が力任せに千景を振り切ると、ステインは全ては受け流しきれず背面の壁へ強かに背を打ちつけたのだった。強打されながらもステインは立ち上がる。

 

「ハァ……このパワー、増強系か……」

「さあな。貴公こそ、増強系と違わぬ反射神経をしている」

「これは久々に……"粛清"ではなく"戦闘"になるな……」

 

 確かに常人離れしているが、増強系の枠組みまでには至っていない。つまり、他に個性があるはずなのだがまだ見せてはいない以上不用意に近づくわけにもいかなかった。

 確かにステインは素早いが、対応できないほどでもない。千景の機構を発動させ、血刀を形成すれば、血刀の性質上早々に決着はつくだろう。

 

(かといって変形させ、血の刃で斬りつければステインは確実に絶命してしまう。対象以外を殺害するのはどうにも矜持に反するな)

 

 ステインは、壁に叩き付けられたことなどなかったかのように駆けだし、変わらぬ鋭さで数度ナイフを投擲してきた。

 回避に迎撃を織り込みながら、私は間合いを徐々に詰めていく。私の繰り出す斬撃を防いでは反撃し、再度間合いを取るといった行為をステインは繰り返す。

 ステインは独特の体術を使うようで、リズムもテンポもつかみにくい。武全般に共通する特有の効率的な動きではなく、明らかに別の目的のある動きをしている。

 下手に攻撃を仕掛けるより、眼が慣れるまで見に徹した方が余計な反撃をもらわなそうだ。

 

(動きは捉えにくい。だが攻撃は単調……ナイフの投擲による攻撃が目的ではないな)

 

 僅かだが、ステインの速さが上がっていく。身に着けたナイフ群が外れていくにつれて身軽になっていった影響だろう。

 ついにはステインの持つ装備は、右手の刀と左手のククリナイフ、そして脚に装備したスパイクだけになっていた。

 

「強いな……ハァ……ここまでやって殺せなかった者は初めてだ……やはり驚異に値する……そして、称賛にも値する……」

(ヴィラン)に褒められてもな」

「だが、これで仕留めるぞ……」

 

 そういうと、ステインは天井に届くほど大きく跳躍した。

 跳躍が頂点に達するや否や放物線を描くことなく、急激に角度を変え右方向へ飛んでいく。さらに壁を蹴りつけ刀で急襲を仕掛けてきた。

 想定外の動きに上体を大きく背後へ逸らす回避になってしまう。その隙の大きい回避にククリナイフが私の左腕を掠めたのだった。

 

「流石だな……ハァ……これでも仕留めきれないか……首を狙ったんだがな」

「さっきまでの動きは、本気ではなかったということか。随分と疾くなった。それに、突き刺さったナイフを起点にして方向を変えるとは予想外だったぞ」

「一度見ただけで見破るか……やはりお前は脅威に値する」

 

 部屋を見回せば、天井から四方の壁にいくつものナイフが突き刺さっている。

 つまりは今までの動き全てが仕込み。私がナイフを弾き飛ばすことすらも伏線。ナイフという錘をつけた状態の動きに眼を慣れさせ、身軽になったところで本来の疾さで致命の一撃を狙う。緩急があまりにも激しく、初見で完全回避はほぼ不可能だろう。今まで何人ものプロヒーローを殺してきただけはある考えられた戦術だった。

 

「ハァ、だが……これで終わりだ」

「な……に?」

 

 ステインがククリナイフに舌を這わせると唐突に身体の自由が利かなくなり、思わず片膝をつく。

 かつて筋弛緩剤を打ち込まれたこともあるが、それとはまた別の感覚。不可解な拘束はいくら力を込めようと動かせるような兆しはなかった。

 この奇妙な拘束はステインがナイフを舐めた瞬間から始まっている。

 つまり、斬りつけられたことが発動条件ではなく、ナイフを舐めたことによって起こるものということであれば、個性の予想が成り立つのである。

 

「これが……貴公の、個性。他者の血液の摂取による身体の拘束、といったところか」

 

 私の言に応えることなく、ステインはにたりと笑う。

 確かにこれを使えば『ジャンパー』を逃がさず殺すことは容易い。初撃の奇襲を成功させ、切傷から血液を得られれば、その時点で対象者の生殺与奪はステインが握ったも等しいと言えよう。

 身体を拘束している割りには口元や喉、目の筋繊維は動くあたりそこまで強力な拘束力はない。だが戦闘中ならば四肢が動かなくなるだけでも、それはほぼ死を意味する。

 

「ハァ……わかったところでもう手遅れだがな……」

「そうか。私の血液を、摂取したのか」

「……? なっ……!?」

 

 ステインは突如頭を押さえ、ふらりふらりと後退していく。

 

「な、なにを、した……!?」

「別に、なにも」

「何を、したァ!?」

 

 ステインの表情が苦痛に歪む。

 

「ああ、そうだ。一つ、言い忘れていたが。私の血は劇毒だぞ?」

「ど、毒……?」

 

 既に指の先が徐々に感覚を取り戻しつつあった。

 ステインは頭を抱えたまま両膝を突きくずおれる。吐瀉物を撒き散らしながらえずくその姿は、なんとも哀れなものだ。

 

「が……は……!」

「少し、特異な血をしていてな。一定量以上他人の身体へ浸入すると、浸入を許したものは全身の汗腺から血を噴出して絶命する。そうでなくとも身体に変調をきたす。今、貴公がなっているようにな」

 

 そういい終ると同時に、身体の自由が戻ってくる。

 私が立ち上がると、ステインの表情はさらに驚愕へと染まっていった。

 

「な……ぜ…少なくとも……数分は動けない……はず……」

「言っただろう? 特異な血をしているとな。どの分類で調べようとも既存の血液型にも当てはまらない。ABOでも、Rhでも私の血液型は不明だそうだ。調べた者からは本当に血液かどうかも怪しいと言われたよ。貴公のいう数分間は、既知の血液に対してだろう。私には当てはまらなかった。それだけさ」

 

 呼吸を荒くしながら、ステインはどうにか立ち上がる。

 

「ハァ……ハァ……まさか、貴様の……ような奴が……この世に……存在する……とは」

 

 虚ろな表情で、だが視線は揺らぐことなく私を見据える。

 私は、千景を鞘に納め、抜刀術の構えを取った。

 

「まだ、戦う気力があるなら相手をしよう」

「まだ…だ。まだ、俺は……こんなところで……終わるわけには……いかない……歪んだ社会を…正すまで終わるわけには……いかないんだ……」

 

 ステインは懐に手を突っ込むと、何かを思い切り地面に叩き付けた。煙幕が部屋中に立ち込め充満する。しばらく後に煙が晴れると、そこからステインの姿は無くなっていた。

 ふらふらとした足取りでステインが部屋から出ていくのは煙の揺らぎからわかったが、奴が戦闘の意志を失った以上追いかける理由もなかった。

 おそらく、一週間程度は死を選択するほうが楽と思える地獄の苦しみを味わい続けるだろう。だが、既にステインから興味は失せていた。

 私は、ターゲットだったモノの襟元を掴み、遺体を引きずりつつ任務完了を報せるスイッチを押す。

 ものの数分で、遺体回収係がやってくるだろう。

 遺体に眼を落す。光を失った眼孔とあるはずのない視線が合った気がした。

 

「人殺しは、所詮人殺し。そこから抜け出す法はない」

 

 つい、独りごちる。

 いつか私にも振りかかるであろう酬いは、血の轍の先に間違いなく待っている。

 この、血痕の標の先に。間違いなく。確実に。

 

「その日まで、私は私の役割を全うするだけだ」

 

 誰が聞くでもない独り言は、虚しく溶けていったのだった。

 




【銃槍】

簡易な銃と、槍を組み合わせた試作品であり
失われた異邦の武器を見真似たものとも言われている。

単体としても特筆すべき性能を持つ武器ではないが
銃にもなる「仕掛け武器」は、他にはない特別なものだ。


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17.鍛錬、迫る体育祭

 襲撃翌日の臨時休校が明けると、雄英高校は平常を取り戻そうと努めていた。幸い、生徒への被害はなく、教師陣への被害も軽微であったためつつがなく再開することはできたのだが、生徒達に拡がった当然の動揺を止めることは不可能であった。

 実際、雄英体育祭の日程が告知されたものの、生徒達の話題の中心は(ヴィラン)襲撃から離れることはなかった。そのせいか、一年A組と他の組と多少のいざこざがあったようだが、大ごとになることなく終息したらしいことを放課後の特別訓練に集まった生徒達に先程聴いたのだった。

 

「いいですか。他の組よりも先んじて対(ヴィラン)戦を経験したからといって、浮き足立っていても仕方がありません。皆さん解っているとは思いますが、あえて言っておきます」

「わかってる。俺らが相手したのはどいつも三下ばかりだっただろ」

(ヴィラン)には変わりはありませんが、爆豪くんの言うとおりです。実戦を通して理解したと思いますが、実力からいえば、体術も個性も既に貴方たちのほうが圧倒していた相手ですからね。油断さえしなければ遅れをとることはほぼあり得ません」

 

 体育館γで準備運動をしている生徒達は眼だけを私へ向けつつ頷いている。

 爆豪勝己が返答した内容に異論はないらしく、誰一人驕りや浮かれの様子は見てとれなかった。

 

「……あんたやオールマイトが戦った相手を見て、それでも調子に乗れるやつがいたら、そいつぁ理解力ゼロの馬鹿か真性のクソ馬鹿だ」

 

 爆豪勝己の独り言のように発せられたその言葉は如実にある事実を示していた。

 

(やはり、死の瞬間を見られていたか)

 

 他の生徒は、まだ脳無の身体と爆豪勝己が目隠しになり、私の死の瞬間は見ていないかもしれない。不審に思ったとしても、『なぜ、あれほどの攻撃を受けて無傷でいられたのか』という疑問が精々だろう。

 しかし、爆豪勝己に関しては、完全に私の頭部へ拳がめり込むその瞬間を目撃していたに違いない。なにせ、死の間際の最期に眼があっていたのだから見逃していたという方が無理があるだろう。

 

「いいかしら」

「どうしました? 蛙吹さん」

 

 蛙吹梅雨が手を上げる。

 

「私、気になったことはなんでも訊いちゃうの。それが先生でも」

「質問ですか? どうぞ」

「どうして先生はあの大きな(ヴィラン)に殴られても無事でいられたのかしら。あの瞬間……正直もう駄目だと思ったわ。だって先生の身体が人形みたいに飛んでいったんだもの」

 

 彼女のした質問は、組の総意であるかのように、誰一人想定外の質問だという、どよめきはない。

 蛙の特性を持つ異形系個性の彼女だが、特筆すべきはその個性ではなく冷静な対処力と判断力、そしてなにより他の誰もいかないような場面で一番に飛び込んでいける胆力にあるように思う。

 今回も、誰もが気になっていたがそれでも言葉にできなかった質問を真正面からぶつけてきたのだった。

 

「それは、言葉で説明するよりも、実際にみせたほうが早いですね」

「みせる?」

「ええ。皆さんにはじっくり見せたことがありませんでしたね。緑谷くん、こちらへ来てもらっていいですか?」

 

 突然の指名に戸惑いながらも緑谷出久が私の傍へやってきた。

 

「緑谷くんには、既に以前お見せしたのですが、皆さんにもお見せします」

「あ、なるほど。あれですね!」

 

 私がそう言うと、緑谷出久は納得したように手を叩いた。

 

「今から、私が緑谷くんの攻撃を受けます。それを見ていてください。さ、緑谷くん。今できる全力で撃ってきてください」

「わかりました。フルカウル――九%!」

 

 緑谷出久は前回とは違い、躊躇なく構えをとった。私が確実に捌くと思っているのか、それとも自身の力量の加減で余計な怪我をさせないと思えるまで自信がついたのか。できれば後者であってほしいが、まだ前者だろう。それでも他者への攻撃と言う行為に対し抵抗が薄まり、物怖じや恐怖への感覚が鈍くなっていることは、私からすれば望ましい傾向だった。

 私も半身になり右腕を立てて構える。

 

「いつでもどうぞ」

「いきます!」

 

 力強く床を蹴り、以前とは比べ物にならない鋭い拳打を緑谷出久は放つ。

 成長に感心しつつ、彼の突きを構えた右腕で防御すると同時に衝撃を受け流し、あえて背筋から大気中ではなく床へと逃がした。床は衝撃に耐えきれず、びしびしと音を立ててひび割れていく。

 緑谷出久は、ニッと笑みを零すと間合いを取って一礼をした。

 

「良いパンチです。毎日の訓練の成果がみえてきますね」

「ありがとうございます!」

 

 私が賛辞を述べると、緑谷出久は満足げに戻っていった。

 生徒達の表情を見回せば、その一連の行為だけで、分かったものが数名いるようだった。

 

「さて、これが私が無事でいた理由です。これは個性と言うより技術の一種ですが、外部からの衝撃を受け流し肉体から外部へと逃がす技。これをあのとき咄嗟に使い、事なきを得ました。今は手で受けましたが全身どこで受けても使うことはできますから、あのときは顔面で行ったというわけです」

 

 そう説明すると、おおよその生徒は納得したようだった。それでもまだ懐疑的な表情をしているものも数名いたが、目の前で実際に衝撃を受け流し、私が無傷で今もここに立っているという事実と緑谷出久という私以外の他者がこの技を知っており、ありえることとして受け止めている様子が自身の疑念を上回ったようでとりあえずは、彼らも納得したらしかった。

 ただ一人、爆豪勝己を除いて。

 

(……避けては通れないか)

 

 爆豪勝己の視線は途切れることなく私へ向けられ、しかしそれは疑いというよりも哀しみを多く含んだものだった。

 

「狩人先生、それって私たちも覚えることが出来るのかしら」

「技術である以上誰にでも可能と言えば可能なのですが、蛙吹さんでは、というよりここにいる皆さんでは難しいかもしれません。この技は受けた衝撃とほぼ同時に、具体的な時間に換算すればタイムラグはコンマゼロゼロイチ秒以下で行う必要があります。私もこれを行う場合は攻撃への意識を全て棄てて、防御のみに意識を向かわせていますからね。それ以外でもかなり神経を尖らせていますし、それでも反射の領域を超えて行わなければ、ダメージとして肉体へ残ってしまいます。なので、通常の肉体的な反応を超える必要があるので技術と言えども神経系を向上させる増強系の個性でなければ難しいでしょうね」

「……とても私にはできそうにないわ」

 

 この説明は、実際受け流しの技を使うために必要な工程であり虚偽はない。しかし、あの脳無の攻撃を受けた際には、今説明した技を使う間などなく、死してしまった。

 だが、彼らへの説明はこれで十分である。必要以上に知る必要のないことであり、知りすぎることは時として危険を孕む。もっともらしい事実をもって事実を歪め、虚飾を彩らせつつ捻じ曲げる話術もまた、血の遺志から得たある種の技術と言えよう。

 

「なあ、あんた……」

「私のことはもういいでしょう。それよりも雄英体育祭が三週間後に迫っています。期日が本来の体育祭から二週間延びたとはいえ、本番までは僅かな時間しかありません。今日からの三週間は、さらに訓練の濃度を上げていきますよ。皆さんにとっては将来を左右する大切な場。自身の思う結果を出したいのでしたら、訓練に励むことです」

 

 やや強引と思いつつも話題を打ちきると、前に出かかっていた爆豪勝己の身体は止まり、視線は床へ向けられた。

 爆豪勝己の煮え切らない思いを含んだまま、他の生徒の威勢のいい返事と共に訓練が始まったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 体育祭へ向けた訓練は、さらに基礎訓練を重視しつつ個人個人の個性に合わせた訓練を増やしていくことにした。

 あの襲撃の訓練以降、彼らの向上心は目を瞠るものがあり私が想定した限界を超えて喰らいついて来ている。訓練を始めたころでは全員が一時間もしないうちにへばっていたが今では二時間程度ならその兆候すら見えなくなっている。聖歌の鐘を使った強行軍さながらの訓練とスポンジの如き伸び盛りの年頃とはいえ、雄英に受かるだけあり誰もが才と伸びしろをもっているようだった。

 ゴールデンウィークを挟んだことにより、より一層訓練に集中できる環境が整ったことも大きい要因だろう。まとまった訓練時間は、如実に彼らの実力を伸ばす栄養になっていった。

 特に爆豪勝己と轟焦凍の二人は、単なる意気込みなどでは言い表せない鬼気迫る意志を感じる。彼ら二人は、既に完成というにはまだ遠いものの切り札を作り上げ、自身の闘い方(スタイル)を固めつつあった。

 他の者も闘い方(スタイル)の確立とまでは行かないが、雄英体育祭まで残り一週間――体育祭前最後の休日である今日の時点で切り札の姿はほぼ全員が見えてきたのだった。

 

「それでは一旦休憩にしましょう」

「あ? まだやれるだろ。いつもならこのあと三時間ぶっ通しじゃねーか。今更(ぬり)ィこと言わなくていい」

 

 爆豪勝己が私を見ることなく、両の親指だけで腕立て伏せをしながらそう言い捨てる。

 

「違います。この休憩は次の段階へ進むための準備時間です」

「次ィ?」

 

 爆豪勝己がそれをきいて跳ね上がるように立ち上がった。それと同じくして、他の生徒も集まってくる。

 

「ここからは、さらに個人訓練へと移ります。爆豪くん」

「あァ?」

「考えた切り札。全力でつかってみたくないですか? そしてそれが対人で通用するのかも試してみたいとは思いませんか?」

「……できるならな。だが、そんなことしたらコイツらが大怪我するだろ」

 

 爆豪勝己が親指で背面を指す。爆豪勝己の挑発じみた言い方に多少文句がこぼれるが、ここ二週間の放課後の時間は同時にコミュニケーションの時間でもあったようで、彼がそういう人間だと他のクラスメイトもわかったらしく漏れ出た文句も所謂お約束のような形だけのものだった。

 

「ですから、私が貴方たちの切り札を受けます。もちろんちゃんと一人ずつです」

「……全員か?」

「当たり前です。爆豪くん、いい加減自分だけ構ってもらおうとする子供じみた考えはおやめなさい」

「子供じみてねぇわ! そんで構ってもらおうと思ってねぇわ! 殺すぞ!」

「できるのならいつでもどうぞ」

 

 彼のこの不満も形だけのものとわかっているが、いちいちやり取りするのも時間の無駄だと言わざるを得ない。取り巻いていた苦笑いを浮かべている他の生徒にもっと近寄るように促し、話をはじめた。

 

「休憩の後、この体育館内で一人ずつ切り札の実演訓練を行います。その間他の皆さんは外に出ていてもらいます」

 

 それを聴いた彼らは期待と不安が入り混じった笑みを零す。

 私が秘匿するべき技と言っていた手前、見通しの良い体育館であるため誰一人大っぴらにやってこなかったため彼ら自身もどこまでやれるかわからないのだろう。

 

「私が、受け手に回りますので存分に、そして思い切りやってください。私のことは一切考えず思い切りです。ただし実戦形式で一対一の戦闘を想定して行うのでもちろん私もただ受けるわけではなく、反撃もします。それとあまりにも隙が大きいようなら強めに攻撃を加えますので。つまり、基礎体術の確認と個性練度の確認も同時に行うと考えてください。ああ、もし他に試してみたい技があるのでしたら、それを使ってもらっても構いませんからね」

「切り札を撃つだけじゃねェのか」

「棒立ち相手にやるのなら、案山子で十分でしょう。不規則に動き回る相手に対してやるからこそ意味があるのです。もちろん私も攻撃するといっても、全力でやるわけではないので安心してください」

 

 説明を聞き終わった途端、ピリと俄かに体育館γが緊迫した空気に包まれた。

 

「皆さん、戦闘態勢になるまでとても早くなりましたね。いいことです。では、私が指名した順に行いますから、最初に呼ばれた人以外は外へでていってください。ちなみに覗いたら覗いた者はその時点で以後訓練に参加させませんからそのつもりで」

 

 念のため言っておいたが、誰一人その気はないようだ。

 というよりも、他人のことに構っている暇はないと理解しているのだろう。

 

「では、爆豪くんから行きますよ」

「おォ!」

 

 皆が出ていった後、やたらと静かになった体育館内で二十メートルほど間合いを取って互いに正面に立った。

 爆豪勝己は簡単なストレッチを終えると、息を大きく吐いた。

 

「始める前に、ひとついいか」

「なんでしょう」

 

 爆豪勝己が神妙な顔で、私に問いかける。

 

「もし俺が、体育祭で一位になったら一つだけ質問に答えろ」

 

 真剣な爆豪勝己の眼が私を射抜くように見つめる。

 

「別に質問くらいなら今お答えしますが」

「わかってんだろ。前みたいにはぐらかした答えじゃねェ。真実(ほんとうのこと)を知りてぇんだ」

「……でしたら先に質問を預かっておきましょうか」

「あの脳みそ(ヴィラン)の攻撃を受けたとき……本当はあんたどうなったんだ」

 

 やはり、というべきか。むしろ今まで訊いてこなかった方が愕きというべきか。

 彼は、質問と言う形をとっているものの、おそらくもう結論に近い予想は得ているのだろう。

 ただ、目の前で起こったこととはいえ信じられない光景であることは間違いなく、それが彼の中で燻りわだかまりとなっているということは想像に難くない。

 

「いいでしょう。優勝できたらお答えしますよ」

「約束したぞ」

「ですが、今は目の前のことに集中しなさい。私が言うのもなんですが、訓練によって皆強くなっています。簡単に優勝が狙えるとは思わないことです」

「わかってる。それに久々にあんたに相手してもらえるんだ。全力でいくからな」

「ええ。存分に暴れなさい」

 

 一瞬の沈黙の後、爆豪勝己は体勢を低くしつつ身体が床に着かんばかりの超前傾姿勢で突っ込んできた。同時に右手を下から上へ掬い上げるように振り爆風を巻き起こす。

 直進的であるものの遠距離から仕掛けたのは自身の姿を爆煙の中に隠すためだろう。左方向へ回避すると、私が避ける方向が分かっていたかのように第二波が眼前に迫り来ていた。

 

(やや私の正面から爆炎が右方向にずれていたのは、私の動きを誘導させるためか)

 

 腕を交差し防御をすると、背後の黒煙から風切り音が聞こえた。即座に身を反転させ爆豪勝己のローリングソバットを左腕で防御する。しかし、爆豪勝己は防御されることさえも想定内であるように左手を突きだし爆撃を繰り出す。

 

(先程までの爆撃に比べて弱い)

 

 練り切れていない攻撃ではダメージにならないことは明白。フェイントと煙幕を同時にこなし次につなげるつもりだろう。

 黒煙の微かな不自然な揺らぎを察知し、バックステップを踏むと、私の頭部があった場所にダブルスレッジハンマーが振り下ろされたのだった。

 爆豪勝己は舌打ちをしつつ着地をする。その着地の瞬間を狙い、私は左の拳打を繰り出すと追撃はしっかりと警戒していたようでバク転をしながら爆豪勝己は私との間合いを取ったのだった。

 

「見違えました。初めて戦ったときとは大違いですね」

「当たり前だ。ていうか、一撃も決めてないのにそんなこと言われても嬉しくねェ」

 

 私に回避ではなく防御をさせたのだから大したもの。しかも一度ならず二度も。それだけでかなりの進歩である。

 素直に受け取ればいいものの、爆豪勝己の理想からは程遠いらしく全く納得していないようだった。

 

「煙幕と同時にもう片方の手で軌道を変えたのはお見事です。しっかりフェイントの爆破音の中に軌道変更の音が紛れて音から判別は困難でしたからね。煙の揺らぎも爆破の直後でとても読みにくく、いいコンビネーションでした。その攻撃も爆破に頼り切ることなく肉弾攻撃を選択したこともよい判断です。中途半端な爆破より今の爆豪くんなら単純な殴打のほうが攻撃力がありますからね」

「……全部バレてるじゃねェか」

 

 再度爆豪勝己は構えを取ると、私へ接近し肉弾戦を繰り出してきた。体術の中に爆破を織り交ぜることで、自身の間合いを常に維持しつつ容易に私に近寄らせないようにしていた。

 ただ勿論、それでは訓練の意味がないので時折強引に間合いを詰めて攻撃を繰り出したが、見事に防御していた。私も一定ではなく強弱をつけ攻撃していたが、弱攻撃は防御から即反撃につなげ、強攻撃は防御しつつ受けきれないと判断すると無理に堪えることをせず攻撃方向へ跳び間合いを取っていた。

 その中で、非合理的とまでは言わないが一つだけ不可解なことがあった。

 

(ふむ、なにか狙いがあるとみるべきだが)

 

 どうにも、私に攻撃をさせている節がある。あえて隙を作り攻撃を誘っているようだが、罠を仕掛けているわけではなく変わらず弱攻撃には反撃、強攻撃は防御で対応してくる。

 

(これ以上単調に繰り返すようなら、気付けに一撃くれてやらねばならんな)

 

 そして、いくつかの攻防のあと同じように隙を見せ攻撃を誘ってきたのだった。

 

「破ッ!」

「ぐっ!?」

 

 今まで見せた攻撃よりも鋭く素早い一撃を繰り出す。爆豪勝己は反応しきれず左脇腹に拳(ボディ・ブロー)が直撃した。思わぬ反撃だったようで爆豪勝己は受け身もとりきれず、吹飛ばされ床を転がった。

 爆豪勝己は膝をついて立とうと試みているが、左脇腹から肝臓に与えたダメージが大きいようで立ち上がれずにいる。

 

「が……ぐはっ……! ごほ……」

「言ったはずですよ。隙が大きければ攻撃すると。少し速くした程度で反撃できないのなら誘う意味がありません」

「はっ……はっ……やっぱりまだ反応すら難しいか……そうでなけりゃ目指し甲斐がねぇ」

 

 直撃しダメージは大きそうだが、まだ彼の心は折れていない。それどころか口元には笑みを浮かべ眼からはまだ闘志が失われていなかった。

 しかし、まだ後続があるのだ。これ以上の遊びにならば付き合う必要もない。

 

「さて、もう終わりますか? 爆豪くんの相手だけしているわけにもいかないですから」

「まだ……だ。ようやく準備ができたんだから……な」

「ほう」

「あんたなら……大丈夫だろ。今から、やることは加減がきかねぇからな……。上手く受けるか避けるかしてくれ」

 

 爆豪勝己は私を見据え、挑発ではなく本心からそう思っているようだった。

 

「そこはもう、()()()だ……!」

 

 瞬間、私の目の前が光に包まれ、体育館γに大爆音が響いたのだった。

 

 

◇◆◇

 

「なあ、狩人先生は間違いなく俺ら全員みてくれたんだよな? 夢じゃないよな?」

「なんで息切れ一つしていないんだ……」

「規格外すぎますわ……」

「スタミナ無尽蔵すぎる……」

「コスチュームは多少煤けているけど、それだけとかどうなってるんだ……」

 

 ざわつく生徒達を鎮め、一か所に集める。

 一通り、生徒達の切り札を見終わったころには午後九時を回っていた。

 誰もが個性を存分に活かし考え抜いた技を披露し、実戦を通して切り札の弱点や出すべきタイミングを感じてもらえたようでなかなか手応えのある訓練となったように思う。

 ここから残りの一週間は、重点的に個性を磨いていく方向へシフトすることで個性の基礎能力を底上げし、汎用技、そして切り札の技のキレに繋がっていくだろう。

 生徒達の切り札は、発想はまだ子供じみたものもあったが、それでも初見ならば大半の(ヴィラン)は翻弄できるものであった。

 特に初見看破が難しいと感じた技を使ってきたものは、轟焦凍、常闇踏陰、八百万百、峰田実、そして爆豪勝己だった。

 緑谷出久も威力だけなら脅威に値するが、そこに至るまでのモーションで叩き潰される可能性があるため評価は保留と言ったところだ。

 

「さ、今日はこれで終わりにしますが、最後にひとつだけ」

 

 疲労の溜まった、それでいて向上心はまだ失せていない二十の顔がこちらに向けられた。

 

「これから一週間は個性を磨いていこうと思います。そこで皆さんには訓練以外の時間で自身の個性について考えてほしいことがあります」

 

 個性は身体能力であることは、以前から繰り返し彼らに説いてきているが、一つだけ個性が脚力や腕力といった他の身体能力と違う点がある。

 

「ご存知かもしれませんが、個性はその知識を深化させるほど伸びや技の多様性に関わってきます」

 

 この知るという行為は、走りに譬えるとフォームに近い。フォームを知らずとも走ることは可能だが、フォームを学べばより効率よく、より速く走ることが出来る、というわけだ。

 それに彼らの場合、実際にその深化させた結果、出来ることが増えている実例が目の前にいるのである。

 

「たとえば、葉隠さんがそうですね」

「え、私ですか!?」

 

 驚いているところをみると自覚なしでやっているようだが、彼女のやっている技は知らなければとてもできることではない。

 

「葉隠さんの技、『集光屈折はいチーズ』は個性の特性を知らなければ絶対にできないことなのですよ」

「あー、そうかもしれません」

 

 葉隠透の個性は『透明人間』という異形系に分類されるものである。

 ただ、一口に透明といってもいくつかパターンがある。硝子のような単純な透過や映像投影による擬態としての透明化。さらに光学迷彩に属する空間歪曲や電磁波吸収、量子ステルスあたりがメジャーであり、おそらく葉隠透の個性もそこに類似するものである。

 しかし、彼女の場合自身を集光レンズに見立て、その光を拡散することができる。レンズと光学迷彩は似通っているように見えるが非なる属性であり、つまりただの透明になるというだけの能力では成しえず、そこから思考を切り離して考えることができなければ辿り着かない技なのである。

 

「葉隠さんは摂取した食物まで覆い隠し視えなくさせていることから透過型ではなく光の迂回や歪曲型の透明化に属するのだと予想がつけられます。それにも関わらず、レンズと同等の効果である単純透過と集光、そして屈折が同時に起こっている。あの技は、そういう気づきを得なければ開発にすら至らない技なのです」

「そーなんですよ! 不思議なんですよ! でも調べれば調べるほどわからなくなっちゃってやめちゃったんですよね」

「最初はそれでいいですよ」

 

 その矛盾した事実を知らなければ探ることもできず、もしできたとしたら永遠に埋もれたままになってしまう。

 だから、個性は知らなければならない。個性を知ることでできることが増え、できることが増えれば、ヒーローとしての活躍の場も増やすことが出来る。

 それは、つまりヒーローになってからも続く永遠の探求でもあるのだ。ならば、早いうちから思考の癖としてつけておくべきことでもある。

 

「そういうわけで、皆さんもできる限り個性を知ろうとしてください。個性はその名の通り、似通ったものはあっても画一的な規格も厳密に同一なものも存在しません。故に皆さん自身で探っていく他ありません。そこからの気づきや発見が貴方たちの力を飛躍的に伸ばすきっかけになってくれるでしょうから、身体的な訓練以上に力を入れてください。では、解散です」

 

 解散命令を出し返事をした彼らだが、まだ帰る気配はなく自主トレーニングをつづけるようだった。生徒達からは訓練中からずっと並々ならぬ気迫を感じている。

 体育祭まであと六日。

 本番はもう、目の前に迫っていた。




【大砲】
大型銃の一種。

設置型の大砲を、そのまま手持ち銃としたような代物であり
バカげた重さ、反動により、実用化されるはるか前に廃棄されてしまったもの。

だが、絶望的な大敵に対するならば…。


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18.雄英体育祭、開始

 雄英体育祭当日。雄英高校は、マスメディアや観客をはじめとし、広大な敷地ですら手狭に思えるほどの大人数がごった返している。

 先日の敵襲来が一度報道されると、オールマイトが雄英就任を発表した時以上の数のマスコミが連日押し寄せていた。

 当然雄英側も取り合うことをしなかったせいか、襲撃の件は徐々に下火になっていったものの体育祭の開催に合わせて再び盛り返し雄英の名前はメディアを賑わせている。

 襲撃があったこと以上に日本で現存する数少ないスポーツの祭典であるため、この反応も仕方がないといえば仕方のないことだが、一高校の催しにしてはやはり大規模すぎると思うのだった。

 

「警備を任ぜられた以上、職務は果たしますがここまでの人数が警戒対象では、些か気疲れしてしまいますね」

「けけけ、お前さんはまだいいよ。競技場の警備だ。眼にかけてる一年坊の勇士が間近でみられるだろうし。俺は『緑化地区』の警備だと」

「パワーローダーの個性上仕方ありません。それに私も競技場といっても外周ですから」

 

 そう答えるとパワーローダーはなにか微笑ましいものを見るような眼で私を見てくる。

 

「くけけ、眼にかけてるって部分は否定しないんだな」

「放課後に訓練していることは事実ですし、他の生徒達より意識が向いていることは間違いありませんからね」

 

 パワーローダーと私は、所定の位置に着くために人ごみをかき分けながら進んでいた。

 今年は例年までのロボットを使った警備だけでなく外部からプロヒーローを警備として雇い、さらに手の空いている教員が各所に割り当てられローテーションが組まれたのだった。

 一年の部の第一種目は、競技会場の外周を使う競技である。本来ならば、外周から離れて雄英の敷地内を縦横無尽に駆けさせる予定だったのだが、あまりに広大な雄英の敷地故、広範囲での競技では警備が薄くなり危機対応が遅れる懸念があった。

 その結果、競技内容自体は大幅に変更することなく競技場周辺に限定させる措置を取ったのだった。

 

「ただ、警備をするにあたって、『生徒達の気を削ぐことの無いよう姿を見せずに付かず離れず遊撃として見守って』と校長に言われましたが、あまりにも無茶苦茶な要求で既に頭を抱えていますよ」

「くけけ、狩人と知られてることが仇になってるな」

「全くです。狩人としての本分は夜なのですから、こんな真昼間ではかえって目立つ装束ですよ」

「今日の主役は生徒達だ。くれぐれも生徒より目立つことのないようにしなよ、けけ」

「元々目立つ気などありませんが、細心の注意は払いますよ。今日は祭典。血腥(ちなまぐさ)い私などいるべくもないのですから」

「なら、せめて狩装束(それ)脱いだらどうだい」

「監視ならともかく、警備ですからね。応戦する可能性がある以上、万全を期せず失策を招いたら目も当てられません」

「けけ、違いない」

 

 個性発現以前のスポーツ競技は、個性の発現と同時に『平等』と『画一的なルール』が失われたことにより衰退の一途を辿った。

 走り一つをみても、特化したフォームを習得し何年も努力を重ねた無個性の選手よりも、走りを補助する個性を訓練した幼子のほうが圧倒的な差をつけた好記録を出したのだから、個性を持たぬ者の絶望は想像に難くない。

 個性が発現した黎明期には、各スポーツ関連団体は当面の対策として個性の使用を禁止するルールを制定した。そもそものスポーツのルールが個性を前提としないものなのだから当然と言えば当然だが、異形型の個性や常時発動型の個性所有者たちは、各種スポーツの参加を禁じられたと同義であった。それ故に反発は起こり各団体を巻き込んで人権問題にまで発展することに時間は掛からなかった。彼らはその後スポーツ競技の参加権を獲得するに至るのだが、それは同時にスポーツ競技の崩壊を意味していた。

 異形型や常時発動型の個性持ち達が参加を許されるとすぐさま彼らはスポーツ界を席巻し、記録される上位の者たちは軒並み個性使用者で占められたのだった。その記録は無個性もしくは個性の不使用者の努力次第で超えられるものではとてもなく、そうなれば意図的に押さえつけられていた個性所有者から不満が漏れ出ることはもちろん、さらには無個性者からも暴動に近い反発が出たことも必然と言えよう。

 個性使用を許された者、個性使用を許されなかった者、個性を持たぬ者。三者の溝は決して埋まることなく、ことあるごとに膨大なルール改定が行われたが、どのルールであっても誰に対しても平等な条件を与えることは終ぞ叶わなかった。さらには個性使用を許された異形型や常時発動型の個性を持つ者たちからも、個性によってはルール次第で明らかな不平等と格差が生じてしまい、不満と不平が漏れ出ることになり全てを巻き込んで反発は大きくなるばかりだった。

 その過程で起こったことは、国家間による異形型、常時発動型個性所有者の争奪戦であった。あらゆる手を使い帰化させ国家の威信を保とうと躍起になり、また別の人権問題が世界規模で発生したのである。オリンピックと言うスポーツ以上の意味を持っていた舞台故に、個人だけでなく各国を巻き込んだ国際問題に発展したことで、国際オリンピック協会は何かしらの早急な結論を強いられたが、その後苦渋の選択として『無個性』者のみが参加可能と条件付けをすることになり、画一的な不平等を選手へ押し付け、国際オリンピック協会が一身に非難を受けることで、一応の決着はみたのだった。

 そして、無個性者の母数が減り、個性所有者が大半を占めた現代でも、無個性者のスポーツ競技の記録会として現在に至っている。

 個性の発現によりオリンピックだけでなくスポーツ自体が差別を生むとされ、その差別と偏見を無くすために個性所有者が参加権を獲得したことがオリンピック衰退の決定打となったことで、結局オリンピック参加の権利も意義も失ったことには皮肉と言うほかない。

 スポーツ自体は途絶えることこそなかったが、その形は変えることを余儀なくされた。形を変えたもののおおよそ記録競技としての体は成せず、個性所有者たちのためのオリンピックの代替になるものは現代までいくつか開催されたが、記録としての平等を保つという根本的な問題が解決出来ずいずれも根付くまでには至っていない。

 オリンピック自体も無個性者に限定された記録会であることで、個性所有者からは興味を持たれなくなり、記録としても驚きも興奮ももたらさない以上無個性者すらも見向きをしなくなった。利益を追求する私企業であるマスメディアも利益にならないのであれば取り上げることもなくなり、今では細々と文化保存のためだけに行われるものにまでに縮小化していった。

 またスポーツ自体が差別を生むとされた以上、スポーツをやる上では記録を競う面よりもエンターテイメントとしての面を前面に出さざるを得なくなり、個性社会における精緻なルールに基づく競技は絶滅したと言っても過言ではない。

 実際、雄英体育祭にもその手の批判は未だに寄せられるらしい。それ故に、競技自体も厳密に記録を測るものではなくエンターテイメント色を強くし、さらに記録が主目的ではなくプロのヒーローへのアピールを兼ねたリクルート及び各所からのスカウティングが目的であるという体裁を取り繕うことでどうにか薄氷の上で開催しているのである。

 だが、競技スポーツを求める声も一定以上あることは確かであり、その復興を願う声も少なくないのもまた現実なのであった。

 

「……だからこそ、高校生の児戯めいたものであっても競技である以上一定の需要があるわけだが」

「ん? どうした?」

「いえ、なんでもありません」

 

 これは余談であり推測だが、この国の義務教育課程で行われる個性禁止の体力把握テストは身体能力の調査如何よりも、スポーツを通して無個性者への差別意識をなくすための教育課程と言う意味合いが大きいのだろう。

 無個性者への風当たりの強さは身をもって体験している分、その効果に意味があるとは思えないものの、反対に考えれば教育の賜物によりあの程度で済んだともいえるのかもしれない。

 

(私も、雄英(ここ)に来てから一般常識とやらが身についてきたみたいだな)

 

 雄英に来る前は、体力把握テストすらおぼろげにしか知らなかったのだから大した進歩だ。

 

「それじゃお互いなにもないことを祈るよ、けけ」

「ええ、それでは」

 

 そういうとパワーローダーは緑化地区の方向へ足を運び人ごみの中へ姿を消したのだった。

 

(何かあるとすれば(ヴィラン)連合が報復として襲ってくることだが、黒霧も死柄木弔もリカバリーガールのような個性持ちがいない限り三週間程度で治るほど生易しい怪我ではない。ただ可能性は低いといってもゼロでない以上警戒を怠るわけにはいかないか)

 

 私も、競技場外周に設営された警備要員の詰所である簡易テントへと向かった。

 簡易テントの下には、他の警備要員も集まっており、そして開会式が行われている画面を食い入るように見ていた。

 開会式は一年、二年、三年とそれぞれの会場で行われ、競技自体も学年別に分けられ開催される。

 この時点でかなり異色であることがわかるが雄英体育祭は、生徒の成果発表の場であると同時にプロヒーローたちが品定めをする場でもあるため、一般的な高校の体育祭の意味合いからも様式からもかなりかけ離れている。校内親睦の目的はまったくなく、専ら外部へ意識が向けられたプログラムになっているのである。

 

(体育祭と言うのは名前だけで、お披露目とリクルートがメイン。サポート科はともかく普通科や経営科が参加させられているのは体育祭と言う名目を維持するためだけ。雄英もなかなかえげつないことをする)

 

 雄英のヒーロー科は一学年につき二組しかないということを考慮した際、学年別に分けてしまえば必然的に運動能力に長けるその学年のヒーロー科が体育祭では目立ち、反対に否が応にもその差を他の科はまざまざと見せつけられることになる。

 一応、体育祭の成績によっては各科からヒーロー科への転科ができるらしいのだが、ほとんど逃げの口上なのだろう。

 ある意味これも、個性社会の歪みともいえなくもないのだが、サポート科と違い普通科や経営科にはヒーロー科に落ちたために仕方なくそこへ入ったという者も少なくないらしい。

 

(しかし差を見せつけられようと、本人たちの選択に他ならない。進学だけなら他の高校のほうが効率もいいのだから。理解したうえで未練がましく不満を垂れるだけに止まるか、好機と捉えるかは個人の資質だな)

 

 雄英の体育祭は雄英高校を目指すものなら誰もが知っているだろう。それを知った上で、他科に入学したのだから、差を見せつけられたところで不平不満を漏らすのはお門違いと言うものである。

 

(かといって、彼らの年齢で割り切れるものでもない。いろいろとこの体育祭は問題を内包しているが、国民的行事と化した今では無下に扱うことも難しい。何事もままならないものだ)

 

 ただ私が深慮も憂慮すべきことでもないことも確かである。

 いずれ解決へ向かうかオリンピックのように崩壊するかは今後の雄英次第であり、その頃に私は雄英(ここ)に携わっていることもないだろう。

 しかして私が雄英へ教師として関わることも予想外のことであり、未来のことは百%とは言い切れない。

 

(まったく数奇なものだな。人生と言うのは)

 

 画面の向こうでは、選手宣誓がなされようとしていた。各学年で一人ずつ生徒が代表として前へ出ていった。

 一年の選手宣誓はどうやら爆豪勝己がするらしく、体操服のポケットに両手を突っ込んだまま不遜に前へと進んでいる様子が映し出されていた。

 宣誓台へ向かう最中に、爆豪勝己はカメラを一瞥し画面越しに視線が合ったような気がした。その不遜な態度のまま宣誓台に上がり、マイクの前に立つ。

 

『せんせー』

 

 一呼吸だけ間があったかと思うと、鋭い目付きをさらに鋭くしポケットから手を出しカメラを指差したのだった。

 

『俺が一位になるとこを、そこで見ていろ』

 

 不遜な態度に違わぬ不遜な宣誓を言い放ち、会場にいる生徒から大ブーイングが巻き起こったが爆豪勝己はそれを全く意に介さず元の列へ戻っていったのだった。

 詰所にいたプロヒーローたちは笑っている者もいれば、引いている者、さらには怒りを滲ませる者もいた。

 一見、ライバルとなる他の生徒への宣戦布告だが、私はどうにもそうは思えなかった。

 

「……私への当てつけだな」

 

 開会式の宣誓が終わると、競技のルール説明が始まった。競技内容は『障害物競走』である。

 競技場の外周をコースとし、外周に設置された障害を掻い潜りながら全11クラスでゴールを目指す徒競走の一種であるが、その道中ではコースアウトをしなければ()()()()()()()()というものなのだ。それは、出場している選手も障害そのものということに他ならない。

 

(そろそろ、私も警備につかなければ)

 

 生徒達が走るコースを挟み込むように何台ものカメラロボットが設置されており、生徒達の競技の様子をリアルタイムで実況している。

 

(さすがに全国ネットで私の姿が放送されることは望ましくないな)

 

 狩人という秘匿されるべき存在である以上、私はそのカメラに極力映り込まないように移動しなければならない。 

 コースはある程度の塀に囲まれており、その裏側に身を隠す場所はある。カメラロボットも塀を越して生徒を撮影しているため映らないように動くこともそれほど難くはないだろう。

 しかし、全ての場所に塀があるわけではなく、どうしても見通しの良い場所を通る必要もあるため映りこんでしまう可能性も高く、なによりも生徒達に見つかってしまう。

 かといって、警備上離れすぎるわけにもいかないため、どうしたものかといまだに頭を悩ませていた。

 

(第一関門の場所はともかく問題は第二関門と第三関門。本当に無茶な命令(オーダー)だぞ、根津校長)

 

 第一関門ゾーンと入口のゲートの中間地点に位置取り、対策を思案しているうちに、競技場と外とを繋ぐ門が重々しく開いた。それをみて私は身を屈ませつつ僅かに顔を塀から覗かせる。もう、数秒もしない内に生徒達が一斉に外へと出てくるはずだ。

 昨日、訓練の終わりにクラス全員に一つだけこの体育祭に当たって声をかけたことがあった。

 教師が生徒達に種目を事前に教えることは禁じられているため、詳しい話をすることはなかったが全力を出すよう発破をかけるために一言だけ伝えたこと、それは。

 

「第一種目くらいトップ二十をA組で独占して見せろ、か。さて、お手並み拝見」

 

 青いランプが灯り開始の号令されると多くの生徒が人数に対して明らかに狭い門へ我先にと殺到した。しかし、そのせいで入口に詰まり身動きが取れなくなっている者が多数を占めいきなり混乱の様相を呈していた。

 その群衆の中から、三つの影が抜け出してきたのだった。

 

「どっけぇえぇえぇぇッ!」

「悪ィな。クラスメイトでも手加減はしねぇ」

 

 爆豪勝己が空中に身を投じ、爆破で推進力を得たことにより文字通り爆発的加速をもって入口で詰まっている集団を出し抜くと、ほぼ並んで轟焦凍が地を凍らせ他の生徒を妨害しつつ、さらに氷を何重にも重ねることにより機動力に変え前へ出る。

 

「僕も、負けられないんだ……ッ!」

 

 そして緑谷出久が僅かに遅れつつも大きな跳躍と共に同じく先頭へと躍り出たのだった。

 さらにその後に、他の一年A組の生徒達が続く。

 轟焦凍の不意の攻撃に戸惑う生徒達とは対照的に誰一人、轟焦凍の脚封じの攻撃にかかることなく一拍ほど遅れたものの先に飛び出した三人と同じく群衆から抜け出たのであった。

 先頭を目で追いつつ他の生徒が押し寄せるように一年A組の生徒達を追いはじめた頃に私も同時に駆けだした。

 既に先頭は最初の障害ゾーンへと差し掛かろうとしている。迅速にカメラロボットの後ろを進んで行き、この障害ゾーンへ爆豪勝己たちとほぼ同時に到達した。

 

「これって……入試の仮想(ヴィラン)!?」

 

 緑谷出久が顔をほぼ真上に見上げ驚きの声を上げた。

 雄英高校の一般入試の際に使われた数十メートルはあろう巨大なロボットが十体以上も密集し先頭の三人に大きな影を落としていた。さらに、小型のロボットも同時に生徒達に襲い掛かろうと向かっている。

 だが、三人は一切足を止めることなく、そして躊躇なくそのロボットの群れへ飛び込んでいった。

 

「遅っせぇなァ! クソポンコツがよォ!」

「足止めするまでもねぇな」

「狩人先生に比べれば……! 大丈夫。これなら、やれる!」

 

 三人は、振り下ろされる金属の巨腕を軽々と回避しつつ足元を縫うように、時には最低限の個性を発動し迎撃し、時には避けた腕を足場に見立て前へ蹴り進んで行く。

 小型(ヴィラン)に至っては、それぞれの個性の一撃をもって一蹴していったのだった。

 

『一年A組の三人が全く仮想(ヴィラン)を意に介さず突き進んでいくゥー! ビビるどころか逆に利用してるぜ!? 肝座りすぎだろォ!?』

『迷わなかったことは評価していい。実際の現場でも一瞬の躊躇が成否を分けることが多いからな』

 

 実況役のプレゼント・マイクのハイテンションな声とそれに反してやたらとクールなイレイザーヘッドの解説がスピーカーを通して大音量で会場に響く。

 さらに後続の一年A組も先頭の三人と同様に迷いなくロボットの群れへと向かっていった。

 

『実戦を通して、迷いがなくなったか。それとも別の自信がついたか。どちらにせよ、他のクラスより先に何かを掴んだようだな』

『おいおい、どーなってんだよお前のクラス!? 誰一人脚とめねーぞ!? これじゃ障害になってねー!』

『知らん』

 

 単純な体運びのみで突き進むものもいれば、個性を駆使し素早く抜け出そうとするものもいた。

 

「イィィヤッホォウ! 気分はターザンってな! 爆豪、轟、緑谷ぁ! すぐ追いつくからなぁ!」

 

 瀬呂範太は巨大な仮想(ヴィラン)の腕や脚にテープを次々と巻きつけ振り子の要領で乗り継いでいくことで密集地帯を潜り抜けてゆく。当然のようにロボットたちは足元をうろつく瀬呂範太を攻撃するが空中であっても何のことはなく焦り一つ見せず回避していく。

 素早い個性の発動と自在に方向を転換する身体感覚がなければできない芸当であるが、今の瀬呂範太にとっては苦も無くやり遂げられるだけの身体が出来上がっていたのだった。

 

「この程度の攻撃なら最短で行ける。試してみるか……!」

 

 飯田天哉はクラウチングスタートの形から、個性『エンジン』を発動させ巨大仮想(ヴィラン)の群れへと向かっていった。

 襲い掛かる鉄腕は飯田天哉が去った場所に叩き付けられ、攻撃はまるで追いついていない。

 さらに、飯田天哉は目の前に聳えるロボットの脚部を壁や段差に見立て、個性の付与された脚だけに頼るわけではなく腕や体全体を使いながら、身体の捻りや空中で回転を加え壁蹴りを駆使することでロボットの攻撃を躱していく。時には受け身のように地面を自ら転がりつつ最小限の動きで最大限の効率的な移動を行っていた。

 

(あれが、飯田天哉が試したいと言っていた技か。個性を使った『超高速パルクール』。緑谷出久や爆豪勝己に感化されて、といっていたがなるほどな)

 

 この体育祭だけでなく、市街戦でも十分に通用する技になるだろう。基礎を真面目に熟し、体幹を十分鍛えていなければできない身のこなし。人一倍真面目な飯田だからこそこれほど早期に習得できたと言っても過言ではない。だが、飯田天哉も全速力で行っているわけでもなさそうであり、彼流にいうのならば『三速』程度までしかスピードは出していないようだった。技の発想は申し分ないが、まだ意識と肉体が全力に追いついていないのだろう。

 そして、彼らを筆頭に一年A組の生徒達は次々と第一障害を難なくクリアしていったのだった。

 それどころか、飯田天哉のように試したい技を使い、実験する余裕すらある。今の彼らにとっては、この体育祭の場ですらも修行の場に変貌していたのだった。

 

「……ちぇ。もう抜けたのか。これじゃあ、個性を観察するどころじゃないな。最悪でも予選を抜けないとお話にならない」

「物間さ、そーゆー狡いこと考えてるからA組に置いてかれるんだよ」

「ん」

「A組のヤロウ! 絶対に一泡吹かせてやるからな!」

 

 A組が全員抜けてすぐ同じヒーロー科であるB組が追いついてきた。

 なにやら相談しつつ進むようだが、B組の何人かは物間寧人を中心に何か企んでいるようだった。

 

(対敵学のときもそうだが、物間寧人は考えすぎにより判断が遅くなる節がある)

 

 授業である以上A組だけでなくB組でも同じように私も授業をしているのだが、彼の評価はいまだに定まっていなかった。

 触れた相手の個性を真似(コピー)するという個性を持つ生徒だが、その個性柄観察をせざるを得ない状況に常におかれていたせいか後手に回る傾向が強い。

 

(勝利への執着は、A組の生徒にも負けず劣らずだが)

 

 物間寧人はなにかを仲間に伝えた後、不敵に笑いようやく仮想(ヴィラン)と対峙を始めたのであった。

 

「行こうか。雄英一年のヒーロー科は、A組だけじゃないって世間(みんな)にも教えてあげないといけないからね」

 

 

◇◆◇

 

 

 最後の生徒が第一障害を抜けた後、外周に設置されている実況用のモニターに目をやれば先頭三人が第二関門を渡りきろうとしていた。後続に続く一年A組の生徒も到達し始めている。

 第二関門は、落下ゾーン『ザ・フォール』。パワーローダーが抉り掘ることで作り上げた人工の断崖が生徒たちの行く手を阻む。ゾーンはおよそ百五十メートルほどの敷地に作られており菌糸類の萌芽のように適宜足場として地面が残されていた。その点在し立ち並ぶ足場と足場の間に太いロープが張り巡らされているコースである。

 仰々しいものの要は単なる綱渡りであるが、底が見えないという恐怖は簡単に人の脚を竦ませ立ち止まらせる。差し詰め恐怖に打ち勝つための試練といったところだが、今のA組にこの程度で怯む者はいない。

 訓練により鍛えられた身体と個性ならば、その程度の障害で遅れをとることはないだけでなく、なによりも厳しい訓練をやり抜いてきた自信が身体を立ち止まらせずに前へ一歩踏み出すための原動力となるのである。

 ある者は迷いなく綱の上を進み、またあるものは個性を活かし足場から足場へと直接飛び移っていく。それぞれが、今できるベストを尽くし眼前の困難へ立ち向かっていっていた。

 

(第二障害ゾーンはここからちょうど競技場を挟んで反対側。落下救助も含めて多数の人員が配置されている……それならば無理に追い付く必要もない)

 

 私は、踵を返し関係者用の通路から競技場内へ入るとコースを垂直に割るように競技場内を駆けていく。

 パワーローダーが自身の作ったコースを傑作だと評していたが、どうにもこの眼で直接視ることは叶いそうになかった。

 第二関門から第三関門までは、やや距離が離れているため単純な徒競走の場が設けられている。その間の時間があれば、競技場内を通り抜け先頭が第三関門に辿り着く前に到着できるだろう。

 関係者用通路と言えど、普段よりは何倍も人が多い。なにより例年より五倍に増員された警備を任された者たちによって手狭になっている。

 人を掻き分け、それでも迅速に進んで行く。どうにか第三関門のやや手前に出ることが出来る出口まで辿り着き、扉を開くと唐突な爆破音が鼓膜を揺らした。

 爆豪勝己、轟焦凍、緑谷出久の三名がプレゼント・マイクの実況をBGMに激しい攻防を繰り広げながら第三関門へと近づいてきていた。

 轟焦凍が二人を氷塊で攻撃すると爆豪勝己は爆破で迎撃し、さらに反撃として轟焦凍へ爆撃を見舞う。その隙に緑谷出久は氷による攻撃を紙一重で回避し、あえて反撃に出ず単独で先頭に出ようと跳躍を試みる。それに対し爆豪勝己と轟は更なる爆撃と氷塊をもって防いでいた。

 

(他人への妨害はこの競技の華とはいえ、そんなことをせずに前に出ることだけ考えていればとっくに第三関門へたどり着いていただろうに)

 

 三人が攻防を繰り広げている間に、私も私のことを考えねばならなかった。

 

『さあ! 先頭は既に最終関門に到達だ! 一面地雷原、怒りのアフガンだ!』

 

 プレゼント・マイクが妙にレトロな映画を譬えに使いつつ、熱の籠った実況を行っているが今の生徒は誰一人わからないのではないだろうか。何度かリメイクはされたものの、なにせ原作が公開されたのは個性社会以前なのだ。彼らの親世代でも認知度は高くないだろう。

 

『地雷の位置はよく視りゃ分かる仕様になってんぞ! 目と脚、酷使しろ!』

 

 この第三関門のゾーンは地雷原を模した平地となっており、演出のためかコースを囲う塀も有刺鉄線になっている。

 ここが、懸念していたもっとも姿を隠しにくい場所だった。

 身を隠しつつ観察ができる場所と言えば、疎らに生えている樹木の上くらいだろう。しかし、そこへたどり着くまでにはどうしても遮蔽物のない更地を進まねばならず、間違いなく生徒もカメラも私の姿を捉えてしまうだろう。

 

(……仕方ない。使うしかないか)

 

 手袋を外し親指の表皮を噛みきり出血をさせ、『古い狩人の遺骨』を発動した。発動により『加速』を得た私ならば、よほどの高性能のスローを撮ることのできるカメラでない限り映っていたとしても、視ることはできない。

 しかし、言い方はアレだがこんなことのために切り札の一つでもある狩り道具まで使用して、なにをしているのだろうかという疑問がふつと沸き、内心で溜息をついた。おそらく今の表情を鏡で見れば、弛緩した間抜けな顔をしていたに違いない。

 余計なことを考えないように頭を振り、樹上へと駆け上り緑葉の中へ姿を隠したのだった。

 

『すげーぜこいつら! とんだデットヒート! 何回先頭入れ替わるんだよ!?』

 

 爆破で身体を浮かせ地に降りることなく踏破しようとする爆豪勝己を轟焦凍が氷壁を展開し妨害すると、すかさず緑谷出久が氷壁を利用し跳躍を試みる。が、爆豪勝己は緑谷出久の体操服の裾を掴み地面に投げ捨てるように放り、意地でも前へ進ませないように妨害をしていた。

 先頭の三人は変わらず互いを妨害しながら、地雷原を突き進んでいく。

 地雷の派手な爆破が幾度か起こるものの、それでも三人の目に映っているのはライバルとゴールだけのようだった。

 三人の進行が鈍くなる一方で、他のA組の生徒も追いつきつつあったのだった。

 

『ここで、後続も最終関門に到達ッ! 次々と地雷原へ突入していくぞォ!』

 

 プレゼント・マイクの実況を聴いた三人は思わず後ろを振り返った。

 そこには、他のクラスを置き去りにしたA組の面々がまだ誰一人一位になることを諦めることなく虎視眈々と前方を走る三人の背中を見つめていた。

 

黒影(ダークシャドウ)、探査開始。俺を安全なルートに導いてくれ」

『アイヨ!』

「ウチもそれやろっと。地面に刺せば簡易音波探査(ソナー)のできあがりっ。丸見えだね」

 

 常闇踏陰と耳郎響香は探査を駆使し、地雷を避け先頭に迫っていく。

 その上空を一つの影が追い越してゆく。

 

「皆さんには申し訳ないですが、私は走るつもりはありませんわ」

「うわ! ヤオモモずっこい!」

「ず、ずっこい!? って、きゃあっ!」

 

 八百万百は、パラモーターを創り上げ地雷原に一切足を着かずに抜けようとしたところを常闇踏陰と瀬呂範太に捕まり叩き落され、地雷の爆破に巻き込まれたのだった。

 A組の面々が地雷原の攻略を始めたころ、後方から小さく他の集団の影が見え始めた。

 

『さあさあ! 本当に最終局面だぜ! 最初の種目、栄冠の一位は誰が手にする!?』

 

 先頭の三人が今度こそ、前だけを向いた。

 

「ここまでくれば後ろがどうとか関係ねぇ。やるか」

「俺が、一位だ!」

「考えてはいたけど無謀だからやれなかった。だけど勝つにはリスクを恐れちゃだめだ。行動あるのみ。失敗したらそのときに考えろ。やるぞ!」

 

 轟焦凍は足元から冷気を放ち前方の地雷原を全て凍らせ、さらに靴裏に氷でスパイクを作りだし全力で駆けだした。それとほぼ同時に爆豪勝己は、特大の爆撃を後方に撃ち出し身体を浮かせ飛び上がる。

 

「しまった……! 地面の氷がブ厚い……これじゃ僕が考えていたことが……いや、今の僕ならできる。いや、やるんだ! 勝つために!」

 

 一瞬だけ緑谷出久は立ち止まった。その間にも爆豪勝己と轟焦凍はゴールへと近づき緑谷出久との差は拡がっていく。さらに後方からは他のクラスメイトも追い縋ってきていた。

 

(さあ、この状況から勝つために何をする、緑谷出久)

 

 緑谷出久は大きく息を吸い込み、

 

「……脚部限定、一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)! ()()()()()

 

 右脚を叩きつけるように踏込むことで分厚い氷を砕き割り、地面を思い切り踏み抜いたのだった。

 緑谷出久は、私が教えた力の受け流しを利用することで、ワン・フォー・オールによる自傷を防ぎ、現在の肉体許容限度である九%から二倍の十八%まで引き上げたのである。

 踏み抜いたのと同時に氷の下に埋まっていた地雷が作動し爆風が緑谷出久を包み込んだ。

 しかし、緑谷出久は体勢を崩すことなく、それどころか爆風に乗るように地面を蹴ることで大跳躍を見せ、前方を進む二人をはるか頭上から肉迫していった。

  

「デクぁ!!」

「緑谷!? だが抜かせねぇ!」

 

 爆豪勝己と轟焦凍は上空を見上げ何が起こったのかわからないといった表情をみせたが、さらに抜かれまいと一層加速していく。

 三人が最後の気力を振り絞るように前へ前へと進む執念の背がゴールを目指し第三関門から遠ざかって行った。

 

「決着の瞬間を見られないのは、少々残念だ」

 

 この湧き出た感情に私自身が驚いていたが、それでも素直に受け入れることはできた。

 警備のため、私はここから離れることが出来ず、ここからではモニターを視ることもできない。

 プレゼント・マイクの実況と競技場から大歓声が響き渡り、彼らの決着を私に報せたのだった。




【官憲の服】
かつて厄災を追い、とある古都を訪れた官憲隊の制服。
彼らは皆厄災の餌食となり、生き残った一人が厄災を喰らったという。
それは、古都の民の好む類の噂話だ。
高圧的で偏見に満ちた異邦人たちは、古都を理解せず故にその闇に血の躯を晒す。
なんと溜飲の下がることか。


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19.雄英体育祭、二回戦

時間がなく投稿できなかったのですが、久々に更新です。
またちょっとしたアンケートを活動報告へ書いておくのでお時間がある方はご回答いただければ幸いです。


 私は最後の一人が競技場へ戻ったのを見届けた後、警備員の詰所である簡易テントの元へ戻り、会場が映し出されているモニターをみていた。

 先頭集団がゴールをしてからおよそ三十分後に全ての生徒が会場に戻り、第一競技の結果の発表を待っているという状態だ。生徒はゴールには戻ってきていたもののそのほとんどがリタイアであり、その多さは第一種目の過酷さを物語っていた。

 実際に完走できた生徒は学年の三分の一程度でしかなく、さらにその中で上位陣は軒並みヒーロー科が占めているのであった。

 

『さあ、全員が戻ってきたところで改めて順位発表だ! ミッドナイト、よろしくゥ!』

『オーケー! それじゃあ、画面をごらんなさい!』

 

 会場の大型モニターに下位から顔写真と共に次々と映し出されていく。

 案の定順位のほとんどはヒーロー科の生徒達が立ち並んでいた。

 その映し出された中で、最下位は四十二位であり、同時にその順位は予選通過のラインとして示されているのであった。

 そして、その四十二という数字は、ほぼその学年のヒーロー科の人数と同じなのである。

 

 (つまるところ予選は、実質ヒーロー科以外を篩い落とすための競技。本当に体育祭はヒーロー科のためのものなのだな。ヒーロー科のプロへのアピールとリクルートが目的である以上、当然の処置ではあるが、やはり残酷極まりない)

 

 普通科や経営科がヒーロー科に転科できるかもしれないという淡い希望を粉々に打ち砕く予選。

 一学年のヒーロー科の人数は四十人。そしてその四十人は倍率三百倍以上という非常識ともいえる難関の入学試験を潜り抜けたエリートたちだ。

 そのエリートたちが、たかが二か月弱程度とはいえ身体能力に磨きをかけるための授業を受け、さらに能力を伸ばしているのが現状なのである。

 そのような状況で純粋な競技で普通科や経営科がヒーロー科に敵うことがあるだろうか。

 断じて否である。

 答えは火を見るより明らかであり、それはつまりヒーロー科以外の枠は二枠しかないことを示唆していた。

 

(反面、これはある意味雄英なりの優しさなのかもしれないが)

 

 第一種目の第一関門がそうであったように、入学試験で用意されたものは雄英の考える最低限の障害でしかない。

 現代はヒーロー飽和社会だ。ヒーローになることはできても、その後に奮わず影へと消えてゆくものも少なくないのが現実である。

 そうした者をできる限り出さぬよう雄英は篩にかけ、素質そしてヒーローとして活躍できる可能性の高いものだけを育成すると決めた結果がこの少数精鋭なのだろう。

 

(ヒーローになることが夢でも、ヒーローになった後のことを考えられる子供は少ない。ヒーローを続けることは常に試練の中に身を置くようなもの。その試練に耐え、打ち克つだけの能力をもたない者は、ヒーローになったところで現実と理想のギャップに折れてしまうだけだ)

 

 ヒーローは派手な反面、潰しの効かない職業でもあり、肉体労働に近いため職業的な寿命も長くはない。しかしヒーローという職業が合わなかったからと言って簡単に転職できるものでもないのである。

 ヒーローとは、ある意味個性を使う職業だ。しかし、ヒーロー以外の職業で個性を使える場面が極めて限られている現代社会では、その個性に長けているということは長所になりにくい。

 ヒーローという夢に破れた後に、さらに現実に打ちのめされ、社会からドロップアウトしてしまう元ヒーローは決して稀有な例ではないのだ。

 

(しかし、それを子供達へ説いても無意味、というより逆効果にしかならないだろう。金銭的な動機や名誉欲を原動力にしているのなら安定志向とは遠くあり、『救いたい』という思いを糧にしているのなら、尚のこと遠い。まあ、彼らも彼らなりに考えをもってヒーロー科でなくとも雄英の門を叩いたのだから、これは余計な鬼胎というものか)

 

 私が、考えに耽っている内に、順位発表は進んで行った。

 画面の向こうのミッドナイトが鞭を振るいながら順位発表を盛り上げていたが、やはり映し出された面々はヒーロー科ばかりであり、その中では普通科とサポート科から一人ずつ予選突破をした生徒がいるだけだった。

 

『さあ、いよいよここからはトップ二十! そして驚くべきことに、なんとこのトップ二十は全員がヒーロー科A組! 一つのクラスがまるっと独占するなんてこんな体育祭初めてよ!』

 

 興奮気味に捲し立てるミッドナイトのアナウンスと共にA組の生徒の顔写真が映されていった。

 

(まさか、本当に独占してしまうとはな)

 

 発破をかけるだけのつもりでいったことであり、実際に成すことは難しいと思っていた。だが、まさか実現させてしまうとは、予想外と言わざるを得ない。

 彼らの身体能力の向上以上に、体育祭へ懸ける思いの部分が大きいということなのだろう。

 

『まずは、二十位から十一位までを発表するよ!』

 

 【二十位】 青山優雅

 【十九位】 葉隠透

 【十八位】 上鳴電気

 【十七位】 口田甲司

 【十六位】 峰田実

 【十五位】 芦戸三奈

 【十四位】 麗日お茶子

 【十三位】 佐藤力道

 【十二位】 障子目蔵

 【十一位】 蛙吹梅雨

 

 次々とA組の名前と写真が表示されていく。

 青山優雅と葉隠透は個性上競技に適したものではなかったため、自身の体術のみで勝負するしかなかった。しかしそれでいて二十位圏内に食い込んできたことは日々の鍛練の賜物であり、彼らの力の発芽に他ならない。

 

(葉隠透の場合、コース外を走っていても気づかれなかっただろうに。真っ向からこの競技に向き合い結果をだしたことは彼女の意地であり、プライドか。そして青山優雅もよく葉隠透に喰らいついていった。状況を判断し個性に頼ることなく体術を使う選択が結果的に功を奏したな)

 

 もし、個性を連発し腹痛を催していたら予選突破すら危うかっただろう。だが、青山優雅は個性に頼り切らなかった。その判断だけでも十分な成長だと言える。

 上鳴電気や口田甲司も彼らと同じく個性を使う場所がなかったにも拘らず、よく体術をメインにして上位へと食い込んでいった。

 反対に峰田実や佐藤力道、麗日お茶子、芦戸三奈あたりはもっと上位へ食い込めたはずだが、意図的に個性の使用を抑えていたように見受けられた。次を考えてのことか、もしくは体術でどこまで通用するかを試していたのだろう。

 蛙吹梅雨や障子目蔵は、異形系の個性を活かし使うべきところを見極めつつ終始冷静に戦況を見渡しており、その結果、派手に目立っていたわけではないが、堅実にコースを走破し危なげなくゴールを決めていた。

 

『ここからはトップテン! そしてそのままレースを制したトップまで一気に紹介しちゃうわよ!』

 

 ミッドナイトの掛け声に合わせ画面が切り替わり、写真と順位が表示されていく。

 

 【十位】 耳郎響香

 【九位】 八百万百

 【八位】 瀬呂範太

 【七位】 切島鋭児郎

 【六位】 常闇踏陰

 【五位】 尾白猿夫

 【四位】 飯田天哉

 

 四位まで表示されたところで、一旦画面が止まる。演出を兼ねてミッドナイトがマイクパフォーマンスを行っていた。

 

(順位は上位でも、各々課題とするところはいくつかある)

 

 耳郎響香の順位は、第一関門では瀬呂範太を模倣し個性である『イヤホンジャック』を使い大型ロボットの隙間を悠々と抜け、そのときに得たアドバンテージを最終関門まで維持した結果だ。最終関門では、個性を活かした索敵によって一度も地雷に引っかからずに走破しきっていた。

 しかし、その攻略法のほとんどが他の選手の真似であり自身が思いついたわけではないため、彼女自身が単独で競技に臨んだ場合、同じタイムを出すことが出来るかは若干の疑問が残る。瞬発的な思考能力も対敵や対災害では必須の能力であるため、彼女は今後身体能力よりもそちらを重点的に訓練した方が良さそうだった。

 八百万百は、最終関門までは上位集団にいたが、最終関門での妨害を受け順位を落してしまい、十位まで後退をしていた。彼女の実力ならばもっと上位にいてもおかしくないが、これもまた競技種目の妙であり妨害に対応できなかったことも含めて新たな課題が見つかったのならば、この順位も無駄ではない。

 

(八百万百の場合、素直すぎる面がある。育ってきた環境の影響だろうが、もう少し狡猾な思考も覚えねばいつか足を掬われかねない)

 

 素直な点は、彼女の美徳でもあり、しかし枷でもある。その枷自体は外すことはおそらく容易いが、一度外してしまったらその素直さは消えてしまう。良し悪しの判断は現段階でできるものでもなく、もう少し慎重に見極める必要がありそうだった。

 

(それにしても、八百万百より上の順位の者は、もともとの才覚以上に訓練で大きな伸びを見せたもの達ばかりだ)

 

 瀬呂範太、切島鋭児郎、常闇踏陰、尾白猿夫、飯田天哉の五名は最後までトップを諦めなかった者達でもある。

 最初からトップを狙いひたすらに前を追っていた。訓練で得たものも個性も惜しげもなく使い、今の順位を維持しようなどという意識よりもひたすらに一位を目指していた。

 だがそれでも、トップ三に届かなかったのだから、悔しさを隠すことなく顔に滲ませている。

 彼らは、きっとこの結果を糧にして今後も大きく成長していく。それだけでも十分すぎるほどの収穫と言えよう。

 

『そして、ここからはお待ちかねトップスリー! 第三位、緑谷出久ゥ!』

 

 ミッドナイトのアナウンスと同時に、画面に大きく緑谷出久の顔写真が映しだされた。その後、緑谷出久をカメラが捉え画面が切り替わるが、その表情は明るいものではなかった。

 あのとき、最後にみせた大跳躍でほんの一瞬はトップに立ったのだが、トップになった直後、身動きの取れない落下の最中を爆豪勝己に狙われ叩き落とされたのである。

 落されたもののすぐさま体勢を立て直し、走り出したのだがそのときに生まれた差を埋めることはできずに三位でフィニッシュしたのだった。

 

(及第点といったところか。レースの最後、轟焦凍がコースを凍らせた際、一瞬だけ緑谷出久は戸惑い立ち止まった。それがなければ爆豪勝己に捕まることなく最後まで競り合うことができただろう。しかし、緑谷出久があの場面で立ち止まったのは間違いなく彼の染みついた習性であり思考のあり方だ。つまり、立ち止まらずに即座に行動に移すということは現時点の緑谷出久にとって、あり得ぬことである以上轟焦凍に地面を凍らされた時点で勝敗は決していた)

 

 それでも私にとっては予想外であったことに違いはなく、嬉しい誤算でもあった。

 

(まだワン・フォー・オールを使いこなしているとは言えない。ただ初期の状態を思えば、よく一か月程度でここまで伸ばしたものだ)

 

 発芽したて特有の爆発的なものとはいえ、他の者と張り合えるまでになった事実は緑谷出久を更なる成長へと促すだろう。

 ただそれは、ワン・フォー・オールという超大な個性だからこそであり、そうでなければこの結果は得られなかった。ワン・フォー・オールを引き継いだ緑谷出久にとっては不本意なものであるかもしれないが、ここで偶然で一位になってしまい実力を勘違いするくらいならば最後の競り合いに勝てなかった今のほうがいい。

 

(いずれは、全てを凌駕してもらわねばならないが、今はまだそのときではない)

 

 緑谷出久の成長を感じている内に画面の向こうでは、ミッドナイトが次の順位を発表に移っていた。

 

『第二位、爆豪勝己ィ!』

 

 爆豪勝己は、形相険しく自分の順位の表示された画面を見つめていた。ぎり、と歯ぎしりをしながら拳を強く握っている。

 選手宣誓から察するに、おそらくすべての種目で一位を取るつもりでいたのだろう。緑谷出久以上に悔しさと怒りを顔に浮かべていた。

 

(全く、緑谷出久に構わなければ最後まで結果はわからなかっただろうに)

 

 私は思わず嘆息していた。

 緑谷出久が第三関門の終盤で大跳躍によりトップに躍り出たとき、爆豪勝己は爆破による推進で真っ直ぐゴールに向かっていた進行方向を上向きに変え、緑谷出久へと迫っていった。

 確かに緑谷出久を叩き落し妨害に成功することが出来たのだが、結果としてその進行方向を変えたことによるタイムロスが致命傷になったのだった。

 

(緑谷出久への対抗意識……ではないな。認めたくないのだ。ずっと下に見下していたものが、いつの間にか背後に迫り、もうすぐ自分の肩に手が届く範囲にまできていることを)

 

 これは、緑谷出久の逡巡と同じく爆豪勝己の習性であり思考のあり方である以上、この結果は緑谷出久が先頭集団にいた以上変わりえない結果であり、つまりは爆豪勝己の現時点の実力なのだ。

 端的に言ってしまえば、判断ミスによる失策。結果を予測しきれなかったのか、しなかったのかわからないが、冷静に考えれば容易に予測できたことである。

 徹底した合理主義である必要はないが、周りが見えなくなるほどに冷静さを失うのは論外だ。

 今回は体育祭という場であるからいいものの、実際の現場で同じようなことをされては他者まで危険に晒しかねない。

 私のように常に独りであるならばそれでも構わないが、彼はそうはいかないだろう。

 

(これは爆豪勝己の明確な課題だな)

 

 やや悄然としている間に、結果発表は最後の一人への発表を行っていた。

 

『そして、第一位はァ! 轟焦凍ォ!』

 

 映し出された轟焦凍の顔はこれといった感慨も無いようで、至って平静と変わらない。いや、どちらかと言えば納得いかないような、そんな歯切れの悪い表情に近い。

 おそらく、最後の瞬間に爆豪勝己と緑谷出久が脱落したことが気に喰わないのだろう。

 

(確かに、彼ら二人は自滅に近いものでトップ争いから脱落した。だがそれは轟焦凍の結果を否定するものではない)

 

 過程を気にするなとまでは言わないが、客観的に見れば結果が全て。過度に誇ったり驕ったりする必要もないことと同じく自省や分析は自身の中に留めておくべきであり、それを表情に出す必要もないのである。

 

(青い、と断ずるのは簡単だが、認識させたところで何か変わるわけでもない)

 

 轟焦凍が、なにを糧にしてどうして成長を目指すのか。私にはいまだに掴めていない。当人が言っていた復讐だけがヒーローを目指す原動力とはとても思えないのだ。彼に根差した原点は、負の感情以上の何かがあるように思う。

 しかし、時折見せる憤怒に近い感情が、彼を突き動かす大きなエネルギーの一部になっていることは間違いなかった。

 

(さて、私は次の持ち場につかなければ。次は競技場北口か)

 

 確かこの後にすぐ二回戦の騎馬戦が始まるはずだ。その前までには次の持ち場についておく必要があった。

 

(ここからはちょうど反対側だな。競技場内を抜けていけば余裕をもってつけるだろう)

 

 私は仮設テントから一番近い入口から競技場内へ入っていった。相変わらず混んでいる関係者用通路をしばらく進んで行くと、ふと見知った顔を見つけた。

 相手も私に気が付いたようで、眉間に皺を寄せながらつかつかと私に向かって歩を進めてきたのだった。

 

「貴様が、なぜここにいる」

「エンデヴァーこそ、どうしてここにいるのでしょう。貴公が雄英の警備の依頼を受けるとは思えないのですが」

「フン。答える義理があると思うか?」

「いいえ。別に私も返答を期待して訊いたわけではないので」

「生意気さは"狩人"になってからも変わらんな」

 

 燃焼ヒーロー:エンデヴァー。

 オールマイトにも劣らない巨躯と、個性である顔や肩から猛る炎は彼の気性の荒々しさをそのまま表しており、オールマイトに次ぐ現ナンバー2に名を連ねるヒーローだ。そして事件の検挙数に至ってはオールマイトすらも超えトップに君臨しており、彼の炎は(ヴィラン)にとって恐怖の象徴になるほどだった。

 彼とは私が狩人になる前に、オールマイトと一緒に会ったことがあった。

 当然エンデヴァーも日本の治安を守るトップヒーローであるため、狩人(わたし)の存在は知ってはいるものの、交流などはまったくない。

 エンデヴァーの高圧的、威圧的な物言いは昔から変わっておらず、当時私も幼さゆえの未熟のままに反論してしまったことがあり、その結果決して良好と言える関係が築けるわけもなく、必要最低限の接触にとどめていたため目の前にして会うのは実に数年ぶりなのであった。

 

「私は、仕事です」

「一般公開すらされていないPSIAの特務局が出張るような仕事がここにあるとは思わんがな。いくら相手が雄英でも警備依頼を受けて動くような組織でもあるまい」

「実際任務の一部ではありますが、仰る通り警備が主眼ではありませんね。ただそれ以上に今の私は雄英の教師ですので」

「教師? 貴様が?」

 

 私の言葉を聞くと、よほど可笑しかったのかエンデヴァーは天を仰ぎながら大笑いを始めた。注目を集めることも厭わずにしばらく笑い続けた後ごほんと一つ咳払いをして私に向き直ると好奇に満ちた目で私を射抜くように視線をぶつけてきた。

 

「いや、久方ぶりに笑わせてもらった。とうとう狩人から干されたか」

「確かに狩人とは直接関係ありませんが、別段狩人の任を解かれたわけではありません。それに狩人自体干される干されないといった類の職務でないことはご存じでしょう」

「それにしても教師とは傑作だ。職務の落差にさぞ戸惑っているんじゃあないか? 壊すことを仕事にしてきた貴様が導くことの真似事など到底できるとは思わんからな」

「それも承知してこの任に就いていますから」

 

 私がそういうと、エンデヴァーはつまらなさそうに表情を変え、鼻を鳴らしながらそっぽを向いてしまった。

 わかっていていっているのであろうが、おそらく私の反応が想像したものと違い、面白く思わなかったのだろう。

 

「貴様がどんなことをしようが興味はないが、俺の子に余計なことだけはするなよ」

「貴公の御子、ですか」

「ククク、あれはいずれオールマイトをも超える。超えさせる。当然貴様もな」

 

 不敵な笑みを私に向けながら、私じゃないどこか遠いところをエンデヴァーは見据えていた。

 私も教師という立場を得ているため、生徒の情報は眼にしている。彼は直接誰とは言わなかったが、私も彼の子が誰かは把握している。

 エンデヴァーこと本名、轟炎司。つまり、私が副担任をしている一年A組に所属している轟焦凍こそが彼の子であり、もう既にエンデヴァーからすれば余計なことを十二分にしているのであった。

 だが、エンデヴァーが私が現在雄英に所属していることを知らなかったということは轟焦凍は私のことを話していないということでもある。エンデヴァーであれば、私の名前を出さずとも恰好や容姿の特徴を知れば私が雄英にいることは察せたはずであり、それを知らなかったということであれば、轟焦凍からなにも聞かされていないということは容易に予想がつくのだった。

 

「私は貴公の家庭内の教育方針にも教育論にも興味はありませんし、そのことに言及することもしませんが」

「……?」

「貴公は御子からもう少し信頼されるように振る舞ったほうがよろしいのではないですか」

「どういう意味だ」

「意味も何もそのままですよ」

「……フン。なにを言いたいのかわからんが、俺とあれの間に信頼などいらん。ただあれは全てを超えれば、それでいい。もう一度言っておくぞ、もし俺の子と関わることがあっても余計なことをするんじゃあない、いいな」

 

 それだけいうと、エンデヴァーは踵を返し観覧席に続く道を進んで行ってしまった。

 関係者用のこの通路にいたということは警備を受けたのは間違いなさそうだがどうやら、ここにいるのも我が子の活躍を視るために依頼を受けたというのが実のところだろう。見た目や振る舞いに反して随分と教育熱心なことだ。

 

(いや、あれはただの執着か)

 

 昔からエンデヴァーはオールマイトに対して異常なまでの執着をしていた。それが嫉妬からくるものなのかある種の諦観からくるものなのか、彼の内心を推し量るようなことはしないが、その熱に四六時中当てられる轟焦凍には若干の同情を覚えた。

 

(まあ、私には関係のないことだ)

 

 通路の奥へエンデヴァーの姿が消えてから、私は再び北口へ向かって歩き出したのだった。

 

 私が北口の警備に交代でついた直後あたりから第二回戦は始まり会場は再び盛り上がりを見せていた。

 ここには画面もなく、特に会場内の様子を知ることもできないため、会場からの歓声くらいしか中の状況をうかがい知ることはできない場所だった。

 

「気になるんじゃないかい?」

「なにがですか?」

 

 私と一緒に北口の警備に当たっていたセメントスが唐突に尋ねてきた。

 

「なにがって、君が副担任をしているA組の動向とか」

「いえ、別に」

「……オールマイトさんが言ってた通り淡泊なんだね」

 

 どちらかと言えば私のことをオールマイトがどのように吹聴しているかに興味はあったものの、セメントスが言う一年A組の動向についてはほとんど気にしていなかった。

 

「二回戦は騎馬戦でしょう? そして抜けられるのは上位十六名のみ。どんなに彼らが努力をしてもA組の内、最低四名は必ず脱落します。それに一六名全員がA組で占めるのは難しいとも思っています。競技の性質とチーム戦である以上自身の能力だけではどうしようもないこともあるわけで、純粋な実力を測る競技でないこの種目は正直なところ私の興味からは程遠いですね」

「まァ、狩人先生の言うことは最もだけどね。ただヒーローとしてはもっと困難なチームアップで仕事をするなんてザラにあるわけだし。その中で実力を見せて、発揮していかないといけないわけだし。その模擬の模擬程度にならなるんじゃあないかな」

「……ええ。私も競技自体を否定しているわけではありません。十全でない状況で活動するのが当たり前の世界ですからね」

「そういうこと」

 

 セメントスと話している内に会場のボルテージは高まり、大歓声が背後から響き渡っていた。

 

「おー、盛り上がっているね」

「二回戦もあと十分を切りましたし、そろそろ各チーム動きがあったんじゃないですか」

 

 シンプルに考えた場合、他を補助できる個性を持ったものほど有利であり、反対に範囲を巻き込む個性を持つ者は強力な個性ほど不利になる。ただ組み合わせによっては、範囲を巻き込むことを制限でき有利な個性へと変貌させることもできるといったところだ。

 つまり騎馬戦の肝は如何に自身の個性を有利に仕立てることができる相手と組めるかであり、目先のポイントの多寡に囚われてチーム作りをないがしろにすると痛い目を見ることになるだろう。

 

「ちなみに、誰が抜けると思う?」

「さあ、あまり無意味な予想は好きではないので」

「……本当に淡泊だね」

 

 セメントスにやや呆れられたが、実際に意味はないと思っている。

 

「ですが、あえて言うのでしたら『勝利のためにプライドを投げ捨てられるもの』が勝ち抜けると思いますよ」

「どういう意味?」

「良くも悪くもプライドが高い生徒が多いですからね。技術や力量も大切ですが、どこまで勝利への純度を高くできるかという精神的な面が試される場であると思っています」

「へえ、そういう見方もあるんだね」

 

 いうなれば一回戦は基礎能力の争いであり、二回戦はその基礎能力を踏まえたメンタル面の争いであると思っている。

 そういう意味では力をつけてきたことでA組は苦戦を強いられるかもしれないのであった。

 

「彼らはまだまだ肉体的にも精神的にも成長過程。伸ばした力が自信になることはいいですが、その自信がチームを組む段階で邪魔する可能性もなくはないですから」

「まあ、若いころにはありがちだよね。無意味に尖っちゃうことも。って僕らもまだ若いんだけど」

「同じ若いに括られても彼らと私たちの決定的な違いは、経験です。彼らには圧倒的に経験が足りていない。A組は先日(ヴィラン)を肌で感じましたが、その経験よりも力の伸びのほうが大きいですから。過信をして勘違いしていなければいいのですけどね」

 

 どうなるかは、わからない。

 しかし、どのような形であれ彼らの成長を促すものにはなるだろう。

 背後の会場から、制限時間を報せるカウントダウンの大合唱が聞こえはじめ、空砲と共に二回戦の終わりが告げられたのだった。

 




【片目の鉄兜】
逆さにしたバケツのような鉄兜。
恐らくは元の使用者がそうだったのだろう。
片目だけ、のぞき穴が開いている。


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20.雄英体育祭、最終種目

アンケートにお答えいただいた皆様ありがとうございました。
とりあえず、当初の予定通り騎馬戦は書かない方向でいきたいと思います。


 北口の警備が終わると、ローテーションとして私も休憩の時間になった。

 私が北口の警備をしている間に二回戦の結果発表と生徒達の昼休憩があり、今生徒達は最終種目の抽選を行っているところである。

 職員控室には同じく休憩に入った教師陣が一息ついていたのだった。

 

「やあ! 君も今休憩かい?」

「ええ、そうです。オールマイトもですか?」

 

 トゥルーフォームのオールマイトがややだぼついたスーツに身を包みながらやってきた。

 オールマイトは活動時間の関係上警備を免除されているため、今も生徒達の観戦をしてるものだとばかり思っていたが、手に持っている外の屋台で購入したと思われる香ばしい匂いを漂わせた大きなビニール袋を軽く掲げているところを見ると今から昼食の様だった。

 

「一緒にどうかなと思って。外の屋台で買ってきたよ」

「ありがとうございます、是非」

「ああ、よかった。余計に買ってきたから断られたら一人で処理しなくちゃいけなくなってたからね」

 

 私がオールマイトの誘いを断る可能性があると思っていることがまず心外だったが、オールマイトがわざわざ時間を割いたということは何か話があってのことなのだろう。

 疎らにしか人のいない雄英教員専用の控室の隅の席でオールマイトと机を挟んで対面に座る。

 オールマイトはビニール袋からごそごそと屋台で買ってきたものを取りだしていった。

 

「そういえば、君はまだ二回戦の映像みてないんだよね」

「ええ。おおよその展開と結果だけは聴きましたけど」

「ああ、そうなんだ」

 

 焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、イカ焼き、焼きトウモロコシ、フランクフルトと机の上に拡げられていった。

 祭りの屋台など縁遠い存在だったため、どれも物珍しいものだった。

 

「……ソース味が多かったね」

「私は気にしません」

「そっか。まァ、すきにとっていってよ」

 

 オールマイトがたこ焼きを頬張りながら改めて先ほどの二回戦の話を振ってきた。

 

「いやァ、すごいね。A組」

「元々素養のあった子たちですからね」

 

 先程までの騎馬戦の結果だけみれば、最終種目に進んだA組は十二名。

 しかし、その競技を圧倒していたのは終始A組の生徒達なのであった。

 

「ほぼ最後までA組が上位を独占していたけど、最後の最後に潰しあいしちゃってたからねぇ」

「仕方ありません。彼らも仲良しごっこをするために体育祭に臨んでいるわけではないですからね」

「そうだね。まあ、何人抜けられるか説明していなかったから、こうなることも仕方がないというか想定していたというかそういう競技だしね」

 

 騎馬戦の最終盤には、A組が上位四チームを占めていたもののラスト三十秒の攻防で三位と四位のチームが得点を奪い合う展開になり四位チームが三位チームから得点を半分以上奪った結果、順位の入れ替わりが起こったのだった。

 

「それでB組と普通科が混合した五位のチームが繰り上がって四位でフィニッシュするまでずっと上位をA組で占めてたのは本当にすごいことだよ」

 

 オールマイトは感慨深そうに頷きながら、そう零した。その呟きには、それ以上の感情がこもっているように聞こえた。

 

「緑谷出久、ですか?」

「え?」

「彼も第一競技を頑張っていましたから」

 

 私がそういうとオールマイトは少しだけ困ったような顔をして人差し指で頬を掻いた。

 今回の騎馬戦は、ある意味驚きの連続だったと言っていい。

 まず、爆豪勝己と轟焦凍、そして緑谷出久が組んだのだから、A組の驚きは尋常でなかっただろう。

 どうやら轟焦凍が主導してメンバーを集めたようであったが、その中に八百万百を入れ騎手へとすることに同意し爆豪勝己が騎馬となったことも然ることながら、緑谷出久をメンバーとしていたことには、爆豪勝己という人物を知っている者からすれば驚天動地であった。

 彼らは開始と同時に、緑谷出久のパワーと爆豪勝己の爆破によって騎手の八百万百を飛ばした。

 その間は轟焦凍が幾重もの氷壁で他チームを妨害し、確実に、安全に行動を確保していたことにより妨害の入る余地もなく緑谷出久と爆豪勝己は八百万百を上空へ正確に飛ばすことだけに専念できたのだった。

 打ち上げられた八百万百は、ほぼ同時にパラモーターを作り上げ、ゆったりと空中を旋回しつつ、さらに気球を作り上げ完全な安全圏へと退避したのだった。

 騎手を投げ飛ばしたあとの状態を騎馬と呼ぶのかは些か疑問が残ったものの、意識の不意を突く完全な連携の前に他のチームは成す術なく見ているだけになってしまった。

 一千万ポイントである一位の鉢巻は、文字通り手の届かないはるか上空へと逃げ去ってしまったことにより騎馬戦は大混戦の様相を呈したのであった。

 

「……本当は先生として生徒達の間で贔屓とかしちゃいけないんだろうけど。でもやっぱり気になっちゃうんだよね」

「それも仕方のないことではないですか? なにせ後継者なのですから」

 

 私の言葉に苦笑いを浮かべつつも、オールマイトは眼を細めた。

 

「ところで、君はこの後どうするのかな?」

「レクリエーションの時間は競技場西地区の警備ですね。そのあとの最終種目はセメントス先生と副審を務める予定です」

「……随分多忙だね」

「そうしてもらったのです。本来はこの休憩時間も必要ないと申し出たのですが、無理やり組み込まれてしまって」

「最近は、学校であってもコンプライアンスとか煩いからね」

 

 オールマイトは先ほどとは違った苦笑いを浮かべながら、お好み焼きを私の方へ寄せた。

 寄せられたお好み焼きを一口大に切り取り、口へ運ぶとソース味が口いっぱいに広がったのだった。

 その間じっと、オールマイトは私を見つめてくる。

 

「どうしたのですか? 私の顔にソースでもついていますか?」

「いやァ、そういうわけじゃなくてね。君さ、出会ったころはなにも食べようとしなかっただろ? 今ではこうやってちゃんと食べてくれるのが嬉しくてね」

「……ええ、そうでしたね」

 

 私が個性に目覚めた後、一番はじめにしたことは個性を知ることだった。

 個性を知るという行為は死することに他ならず、何度も自死を試す過程の中には餓死も含まれていた。

 私がオールマイトに出会ったのはその過渡期であり、それ故いくら周りから勧められようとも私は頑なに口にしなかったものだった。

 結論だけいえば、いくら死が消え失せるとはいえ、その死への過程における苦痛が薄まることは一切なく、餓死や服毒による死は痛みよりも数倍の苦痛が長時間続くことがわかっただけであった。

 

「あれは、個性を知るためにやらなければならないことでしたから。個性発覚までは私も普通に食事もしていましたし睡眠もとっていましたよ。緑谷くんの大怪我と似たようなものです」

「全然違うと思うよ!? 前にも言ったけどね――」

「心得ていますよ、オールマイト。『個性は身体機能』ですよね」

「……わかっていてくれるならいいけど」

「ええ、十二分に」

 

 その後、私とオールマイトは他愛ない話をいくつかして、オールマイトは私の益体もない話を楽しそうに聞いてくれたのだった。

 オールマイトとの雑談に花を咲せていると時間の過ぎ去り方は普段の何倍も速く、いつの間にか休憩の時間が終わりに近づいてきていた。

 

「では、私は警備へ戻ります。ごちそうさまでした」

「あァ、気を付けて」

 

 私は席を立ち、一礼をすると休憩室を後にしようとドアへと向かっていった。

 もう一度オールマイトの方を振り向いた。彼は、不思議そうな顔をしながらも手を振り見送ってくれていた。

 軽く会釈をして休憩室を出ていく。

 

(気を付けて、か)

 

 私の個性を知って尚、そんな言葉を掛けるのはオールマイトだけだ。

 不合理な言葉であると思いながらも、不快ではないこの感情に私はいつも戸惑わされるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 レクリエーションが終わり、会場の熱気は最終種目へ向けて最高潮へ達していた。

 私も副審として、セメントスが作り上げたステージの傍らで待機していた。

 実際は副審とは名ばかりであり、役目のほとんどは生徒達が取り返しのつかない怪我をしないように止めに入るものであった。

 

「……そんな格好でなにやってるんですか? 狩人先生」

 

 定位置に着くと頭上から声が降ってきた。

 スタンドから身を乗り出して、声をかけてきたのは芦戸三奈だ。

 

「最終種目の副審なんです。なので少し着替えました」

 

 芦戸三奈はなぜかチアユニフォームを着ており、私の服よりもよほど不可思議だが趣味に口出しをする気もないので黙っておいた。

 私の今の格好は中世の青を基調とした官憲服を模したパワーローダー謹製の狩装束である。肩から腰ほどまであるマントは特徴的であるものの他はそこまで目立つような奇を衒った衣装ではない。

 副審を務める以上、カメラの前に出ざるを得ないための対策でせめて普段は身につけない服装へ変えたのであった。

 

「服はいいんですけど、なんでバケツを抱えているんですか?」

「これは、バケツにみえますが一応兜です。私は、カメラに映るのが好きではないので、その対策にこれを被るつもりです」

「えー、もったいないですよー」

 

 何がもったいないのかよくわからなかったが、芦戸三奈はしきりに兜を着けないことを勧めてきたのであった。

 私は副審でしかなく、主役はあくまでも生徒達。必要以上に目立つ気は一切ないのだ。

 芦戸三奈と話している内に、最終種目の開始時間が迫ってきていた。

 最終種目は、ステージ上での一対一での戦闘である。

 まだ精神と技術が育ち切っていない者同士の戦いであるため、全力で戦わせつつも致命的な怪我を避ける必要があった。その措置が私とセメントスというわけだ。

 セメントスが塗りかためステージを造り上げるとプレゼント・マイクの実況が始まり、トーナメント表が大画面に映し出され、組合せが発表されていった。

 

 【一回戦 第一試合】 轟焦凍   VS 心操人使

 【一回戦 第二試合】 爆豪勝己  VS 尾白猿夫

 【一回戦 第三試合】 物間寧人  VS 切島鋭児郎

 【一回戦 第四試合】 八百万百  VS 峰田実

 

 【一回戦 第五試合】 麗日お茶子 VS 緑谷出久

 【一回戦 第六試合】 円場硬成  VS 飯田天哉 

 【一回戦 第七試合】 常闇踏陰  VS 鉄哲徹鐡

 【一回戦 第八試合】 蛙吹梅雨  VS 瀬呂範太

 

 組み合わせが発表されると、生徒達の間で少なからぬどよめきが起こった。

 だが次の瞬間には、選手たちは友人や親密さに関係なく斃すべき相手として相手を見据えていたようだった。

 私は、所定の位置に着くと手を挙げ準備が整ったことを主審のミッドナイトに伝えた。

 ミッドナイトは小さく頷くと第一試合の選手の名を高らかに読み上げたのだった。

 読み上げられた二人、轟焦凍と心操人使が大きな声援に背を押されるように舞台上へと上がっていった。

 私も兜をかぶり、舞台傍へ寄り準備を整える。

 

『さあ、最終種目! ガチンコ勝負のはじまりだ! 第一回戦第一試合ィ! 第一競技、第二競技ともに一位通過ァ! 一年A組轟ィ焦凍ォ!』

 

 プレゼント・マイクの実況と共に轟焦凍が画面に映し出される。

 その眼は真っ直ぐに対戦相手を見つめており、周りの喧騒は既に耳に届いていないようだった。

 

『対するはァ! 最終種目、唯一の普通科にして唯一のヒーロー科以外! 心操ォ人使ィ!』

 

 同じく、画面に映され据わった眼を轟焦凍へ向け、喧騒を振り払うかのように大きく息を吐いたのだった。

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落すか行動不能にする! あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ! ケガ上等! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから! 道徳倫理は一旦捨て置け!』

 

 プレゼント・マイクが会場へ向けてのルールを説明していく。

 当然、詳細なルールは競技前に選手に伝えられているものの、エンターテイメント性を押し出さなければならない分、実況での説明は大ざっぱにならざるを得ないのだった。

 実際のところは、主審の判断により戦闘不能と判断された場合、戦闘継続が困難であると判断された場合、相手が降参の意思を表面した場合など複数の条件があり、それは雄英の当事者間だけで共有されているのである。

 

『レディ……』

 

 プレゼント・マイクの溜めの最中に、心操人使が轟焦凍になにか話しかけているようだ。

 

「いいよなァ、お前。恵まれた環境に、恵まれた個性。エンデヴァーなんだって? お前の父親」

「……」

 

 轟焦凍は、表情も変えることなくただ、心操人使をじっと見つめていた。

 

『スタートォ!』

 

 プレゼント・マイクの試合開始の合図とともに、轟焦凍が心躁人使との間合いを一気に詰めていく。

 体勢を沈み込むように下げると素早く足払いを掛けた。

 

「いきなり……っ! なあ、教えてくれよ、その天国みたいな環境にいるお坊ちゃんの感想をさ!」

「……」

「無反応かよ!」

 

 心操人使は苦々しげに吐き捨てつつも、どうやら回避に専念していたようで辛うじて足払いから飛び退いた。

 だが、轟焦凍はそれも想定していたようで、ほぼ心操人使の回避と同時にさらに間合いを詰めていた。

 ぴったりと回避先に詰め寄った轟焦凍は右の拳打を心操人使の鳩尾に叩きこんだのだった。

 拳が直撃した心操人使は盛大にえずきながら膝からくずおれ、隙だらけになったが、轟焦凍はただ見下ろすだけで追撃を掛けることはしなかった。

 

「……なにが狙いかわからねェが戦闘時にペラペラ喋るのは目的があるか、よほどの間抜けだけだって教え込まれているから答えねェよ」

「ぐ……!」

「もう差はわかったろ? 降参してくれ。無意味に怪我させるのは好きじゃねェ」

 

 試合開始前にみせてもらった資料によると心操人使の個性は『洗脳』というものらしい。

 問いかけ、それに応えたものを操ることができるという個性はかなり強力なものであり、初見で看破することも難しい類の個性だろう。

 だが、今のA組にあれだけ露骨なことをされて掛かるものはほとんどいない。

 それに加えて精神支配系の個性は、術者の個性の力と被術者の精神力によって効果がぶれるため、なかなかに狙った効果を得ることは難しいものなのである。

 

「……ま、まだだ。これは、心を折る闘いだぜ……? 俺はまだちっとも折れちゃいない」

 

 ふらふらと立ち上がる心操人使だが、もうその足は立つだけで精一杯といった様相だ。

 轟焦凍は構えをとると再び間合いを一気に詰め、今度は左拳で鳩尾を打ち抜いたのだった。

 心操人使はその攻撃を受け、わずかに宙に浮きそのまま再びくずおれる。

 

「……」

「は、はは。俺なんて、個性も、使わずに、倒せるってか。さぞ気分がいいだろうなァ、エリート様が凡人を見下ろすってのはさァ」

 

 心操人使はくずおれたまま轟焦凍を見上げ、皮肉をこめて言葉を発していく。

 だが、轟焦凍はその発言を一切介することなく、心操人使を見下ろしていた。

 

「くっそ、なにか言えよ!」

「降参すんのか、しねェのか、どっちだ。これ以上は、戦闘不能になるまでやる」

 

 心操人使の必死の懇願にも、轟焦凍は淡々と告げるだけだった。

 

「俺も、お前らみたいに恵まれた個性が欲しかったよ。だけど俺は、俺はなァ! ヒーローに! 俺だってヒーローに!」

 

 心操人使は、唐突に私の方を見やった。

 

「審判! 個性なら、()()()使()()()()()()んだよな!?」

 

 私へ向けて、ルールを確認してきたのだった。同時に、私も心操人使の意図を読み取った。

 彼は、私を『洗脳』し利用しようというのだ。

 

(なるほど、面白い)

 

 勝ちへの執念は、ヒーロー科にも負けていない。

 ならば、その執念に私も敬意を払い、あえて応えようではないか。

 

「ええ。個性であるならば、何をしても構いません」

 

 応えた瞬間だった。

 四肢の自由が奪われたかと思うと、私の意識に別の意識が介入してきたのがわかった。

 

(この感覚は、以前にも受けた覚えがあるな)

 

 私もかつて任務で、精神汚染系の個性を持った(ヴィラン)と対峙をしたことがあった。

 精神支配系、精神汚染系の個性は往々にして(ヴィラン)に陥りやすい傾向がある。

 物証を残さず犯行を行うことも可能であるため、自身にその個性犯罪を起こす気がなくとも、(ヴィラン)に利用されそれを脅しの材料として第二第三の個性犯罪へ手を染めていき、いつしか本当の(ヴィラン)になってしまうというのが、もっとも多いケースなのだ。

 

「くく……あいつを攻撃しろッ!」

 

 私は、私に介入してきた意識に身を委ねる。

 脚が前へ勝手に進んで行き、轟焦凍へと突進させていったのだった。

 

「……なにやってんだ、アンタ」

 

 どうやら轟焦凍は初動の動きだけで、バケツのような兜を被った私だと見抜いたようだった。

 轟焦凍の冷淡な言葉とは正反対に会場のどよめきは大きくなっていく。一対一の場に第三者が乱入してきたのだから、当然の反応であるものの主審であるミッドナイトももう一人の副審であるセメントスも止めることを一切せずに、成り行きを見守っていた。

 私の身体は周囲の反応に構わず轟焦凍へ攻撃を繰り出していく。

 右ブローから左のハイキック、さらにワンツーへとコンビネーションを繋げていくものの全て轟焦凍に捌かれてしまう。

 私の身体の行う全くなっていない身体運用に内心で大きく嘆息していた。

 

(なぜ、私自身の身体でここまでやきもきさせられなければならないのだ)

 

 正直、この程度の洗脳ならばいつでも解除することが出来る。

 月光の聖剣をこの身に宿し、宇宙の真理の一端を垣間見たという通常の人体であれば到底耐えることのできないある種の極大の精神汚染を常時受けている私にとって、この程度の精神支配は無いに等しい。

 心操人使の個性による洗脳は、完全な操り人形にし術者本人が洗脳者をマニュアルで操作するようなタイプではなく、単純に命令系統を自身の個性で上書きをしているだけにすぎない。

 そして、洗脳により操られた者が行えるパフォーマンスは、術者である心操人使の洗脳の能力に依存するようなのである。

 つまり今の操られた状態の私の身体は、私自身が運用した際の五%程度しかパフォーマンスを発揮できていないのだった。

 

「アンタだってプロヒーローだろ!? ヒーローの卵くらい簡単に倒してくれよ!」

「……わかってねェな」

「あァ!?」

 

 私の攻撃を捌きながら、轟焦凍は心操人使に語りかけた。

 

「強制操作か強制命令、もしくは洗脳ってところか……確かにすげェ個性だ。けど、この人の強さをまるで引きだせていない。もしこの人が本気なら、俺は十秒ももたねェよ」

 

 間合いを取った轟焦凍は迫りくる私の身体を見据えながら右の掌を地面に叩き付けた。

 次の瞬間に私の身体の首から下は、大きな氷塊に閉じ込められ身動きが取れなくなってしまったのだった。

 そして次の瞬間には、氷を重ねた高速の移動によりライン際にいた心操人使に詰寄っていた。

 

「なッ……!?」

「わりィな。俺も負けられねェ理由があるんだよ」

 

 そのまま押し出すように突飛ばし、心操人使はラインの外へ尻餅をついたのだった。

 

「そこまで! 心操くん場外! 轟くん二回戦進出!」

 

 ミッドナイトの試合終了の号令と共に、万雷の拍手と大歓声がスタジアムに響き渡る。

 だがそれは、決して轟焦凍にだけ向けられたものではなかったのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 第二試合、第三試合、第四試合と順調に試合は進んで行った。

 爆豪勝己と尾白猿夫の試合は、近距離へと間合いを詰めようとする尾白猿夫に対し爆豪勝己は細かく爆風で応戦し間合いを詰め寄らせない戦いを繰り広げた。

 近接戦の体術面で見れば尾白猿夫が上であったが、爆豪勝己は爆破とヒット&アウェイの戦法により確実に尾白猿夫の体力を削っていき最後は爆豪勝己がマウントを取る形で決着をしたのだった。

 三回戦の物間寧人と切島鋭児郎の試合は、思いのほか早く決着がついた。

 物間寧人は、どうやら事前に多くの個性を集めていたらしく、硬化の個性である切島鋭児郎に有効そうな個性を次々と試していったのであった。

 勿論切島鋭児郎も個性だけでなく体術で応戦し、有効打を加えていったものの最終的には麗日お茶子の『無重力(ゼログラビティ)』により空中に浮かされそのまま押し出され決着したのだった。

 四回戦はさらに早く決着がついた。

 峰田実が、八百万百へ開始早々突撃していったが、八百万百はそれを読んでいたようで、大きなネットを創造し見事捕縛を完了させ、決着をつけたのであった。

 そして今から、第五回試合、緑谷出久対麗日お茶子の試合が始まろうとしていた。

 

『さあ、一回戦第五試合! 会場の熱も一段と上がってきているぜ! なんだかんだで好成績! ヒーロー科1年A組、緑谷ァ出久ゥ!』

 

 プレゼント・マイクの熱の籠った選手紹介と共に緑谷出久が壇上へ上がる。

 その面持はどこか浮ついており、なにやら戸惑いと安堵の表情が入り混じったようなうまく読み取れない顔をしていた。

 

『キューティー&プリティー! ヒーロー科1年A組、麗日ァお茶子ォ!』

 

 反対に、麗日お茶子の表情は硬くなにか思いつめているような顔をしている。

 緑谷出久はその顔を見て、おどおどしながら麗日お茶子に話しかけていた。

 

「よ、よろしくね。麗日さん」

「デクくん……」

「お、お互い、頑張ろうね」

「頑張ろう、か……せやね」

 

 二人が開始位置に着く。

 

『レディ……スタートォ!』

 

 プレゼント・マイクの開始の号令がかかり試合が始まった。

 開始と同時に、麗日お茶子が緑谷出久へ突っ込んでいく。その突進を受けて、緑谷出久は闘牛士さながらの動きでいなし体捌きで回避をする。

 

「くっ!」

「麗日さん、すごい気迫……ッ!」

 

 その後も幾度となく麗日お茶子は緑谷出久に突進をし、攻撃を繰り返すがその全てが緑谷出久に捌かれていった。

 だが、その一方で緑谷出久もまた何を躊躇しているのか麗日お茶子には一切の攻撃を加えないのだった。

 そんな攻防ともいえないやり取りが数分続いた後、突如麗日お茶子は足を止めたのだった。

 

「ど、どうしたの……?」

 

 緑谷出久は突然の停止に攻撃をすることもなくただただ戸惑うばかりだ。

 

「……けんな」

「え?」

「ふざけんな、ゆーとるんやッ!!」

 

 麗日お茶子の突然の怒号に緑谷出久だけでなく、会場全体が静まり返る。

 会場の誰しもが、なにが起こっているのかわからないようだった。

 

「あ、あの。麗日さん……?」

「デクくん。きっとデクくんのことやから、私に怪我させたくないと思って、そうしてるのかもしれへんけど、それただの侮辱や」

「そんな……」

「確かにデクくんはすごいよ。今の私なんて足元にも及ばないくらいすごいと思てるよ。そら、まともにぶつかったら私が勝てる確率なんてほとんどあらへん。けど、けどな! だからって退くなんて選択肢あらへんし、それ以上に真剣に勝負しないんは、ちゃうやろ!」

 

 麗日お茶子が、目に涙を浮かべながら緑谷出久に心からの絶叫を叩きつける。

 

「この後も今のままを続けるなら、一生恨むよ。だから……本気でこい、デクッ!」

 

 この会場にいる誰よりも強い闘志を目に宿し、麗日お茶子は再び緑谷出久へ攻撃をしかけだした。

 体勢を低くし、狙いを定めにくい状態を作り脚を取りに行く気らしい。

 それをみて、緑谷出久は足元に右拳を叩き付け、ステージの床石を砕き割り麗日お茶子の突進を防いだのだった。

 叩き付けた際の衝撃で麗日お茶子はその突進をやめ、防御に回り間合いをとった。

 粉塵が舞い落ちる舞台の上で、緑谷出久は真っ直ぐに麗日お茶子を見据えながら言葉を発する。

 

「……ごめん、麗日さん。そうだよね。ここに立つ以上はみんな真剣だ。どうあれ、僕は麗日さんを侮辱した」

「……」

「だけど、おかげで目が覚めたよ。ここからは僕も全力をぶつけていく」

 

 緑谷出久の全身に力がみなぎっていくのが舞台の外からでもわかるほど裂帛の気合が発せられていった。

 

「いくよ、麗日さん。勝つのは、僕だ!」

「いいや。勝つのは、私や! 勝負や、デクくんッ!」

 

 全力同士が、ぶつかり合った第一回戦第五試合は、今まで行われたどの試合よりも激しく攻防が繰り広げられ、しかしそれでも非情なほどに明確に決着がついたのだった。




【回転ノコギリ】
通常は、殴り倒す槌鉾の類であるが
その真価は追加部の回転ノコギリにある。
辺縁にノコギリの刃を配した円盤を、複数重ねたそれは
機構により高速で回転し、細切れに削り取っていく。


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21.雄英体育祭、決勝

 最終種目は順調に、しかし激しい闘いの連続で進んで行った。

 緑谷出久の砕いたステージの破片を浮かせ浮遊する岩石の密林地帯を作り上げた麗日お茶子が、その中に身を隠しながら緑谷出久を翻弄するように奇襲攻撃を仕掛け続けていった。

 緑谷出久は、麗日お茶子の個性で浮かせられてしまえば即詰みであることを警戒しすぎたせいか麗日お茶子の下段へ向けた足技を幾度となく喰らうことになる。

 ただしその警戒は当然であり、安易に目の前の岩石を除去しようとすれば、その隙に麗日お茶子は一気に距離を詰め迫っていくだろう。今の彼女にはそれだけのポテンシャルがある。それ故に緑谷出久は防御主体という後手に回らざるをえなかった。

 終始攻勢にでていた麗日お茶子だが、彼女の繰り出す攻撃では微弱とはいえワン・フォー・オールを纏った緑谷出久へダメージを与えることは叶わず、緑谷出久は蹴り技は回避することなくあえて喰らった後にカウンターとして下段へ拳打を打ち込んでいく。

 その戦法を麗日お茶子も予測していたのか紙一重で回避しつつ、岩石の密林へとすぐさま姿を隠し再び攻撃の機を窺う戦法をとったのだった。

 しかし、試合が五分を過ぎたあたりで、緑谷出久は異変に気付くことになる。

 何度も砕いたはずの足下には、何一つ砕けたコンクリートが無くなっていたのである。

 緑谷出久ははっと気づいたように上空を見上げると、大量の浮遊した岩石と共に空高く浮かんでいる麗日お茶子の姿を認めた。

 直後に麗日お茶子は個性を解除し、コンクリート片の大雨が重力の任せるままに緑谷出久の立つステージへ向けて降り注いでいく。

 降り注ぐコンクリート片を目の前にして緑谷出久は迎撃ではなく回避を選択し、ひたすらに避けることに徹していった。緑谷出久は数秒にも渡って落ちてくる大量のコンクリート片を避けていくが、その陰に紛れてすぐ背後には麗日お茶子が肉迫していた。

 そして、麗日お茶子が今度こそ緑谷出久を両手で捉えたかのように思えた次の瞬間、緑谷出久はまさに超人的な反応速度で反対に床を蹴り、迫りくる麗日お茶子の頭上を超え背後を取り返し、そのまま麗日お茶子を背面から場外へと突飛ばしたのだった。

 緑谷出久と麗日お茶子の対戦は、緑谷出久の勝利で終わったものの、会場の誰もが立ち上がり二人へ惜しみない称賛の拍手を送っていた。

 その緑谷出久と麗日お茶子との試合に感化されるように後続の試合は次々と激しさを増していき、二回戦での轟焦凍と爆豪勝己の対戦では、とうとう私とセメントスが介入するほどに白熱していったのだった。

 近接における体術は、どちらも互角。個性による行動もほぼ互角だったものの、轟焦凍がやや守勢に回っていたため、印象としては爆豪勝己が優勢なようにみえた。

 氷と爆撃を激しく絶え間なく打ち合っていた二人だが、爆豪勝己の強烈な猛攻を前に轟焦凍は氷ではなく一瞬だけ炎を使い迎撃しそうになった。

 しかし、一瞬ためらった後に炎の発動をやめてしまったのだった。

 それを見てもなお爆豪勝己は勢いをそのままに止まることはなく、その後放たれるであろう極大威力の攻撃を相殺できず大事故につながると判断し私もセメントスも瞬時に轟焦凍を場外へと退避させるべく動いたのだった。

 結果、爆豪勝己の判定勝ちとなったものの、納得のいかない爆豪勝己は轟焦凍へ食って掛かったのだった。

「ざッけんな、クソが! てめェ、アイツのとこで何をしてたんだよ! てめェの力、そんなもんじゃねぇって俺だって知ってんだよ!」

「……」

 

 轟焦凍は、爆豪勝己と眼を合わせようとしない。

 それでも、爆豪勝己は轟焦凍に対しての不満を隠すことなくぶつけ続ける。

 

「全力でこいや! 勝っても全力のてめェじゃなかったら意味ねェんだよ! それともなんだ? 俺をナメプで勝てる程度に思っとんのか!?」

「……」

「ただ全力でやるっつう、丸顔やクソナードにもできることをてめェはできねェのかよ!」

 

 その一言で、轟焦凍の顔が曇る。

 そして、ただ一言、

 

「……わりィ。少し、考える」

 

 そういって、爆豪勝己に背を向け会場を後にしたのだった。

 さらに掴み掛かろうとする爆豪勝己だったが、私が制止する。

 

「そこまでにしておきなさい」

「うるっせぇ! まだ勝負は決してねぇんだよッ!」

 

 吼える爆豪勝己に対し、私は中指を弾き顎にデコピンを喰らわせ意識を刈り取った。

 かくり、と身体を預ける彼を肩に担ぎミッドナイトに爆豪勝己を控室へ戻す旨を伝え、私も一旦会場を後にしたのだった。

 

 その後も最終種目は、つつがなく進行していった。

 続く八百万百と物間寧人の試合は、多彩な個性による互いに手の内を読ませない心理戦になったものの、最終的には時間切れにより物間寧人の個性が使用不可になり、それを狙ってつめた八百万百が勝利を収めたのだった。

 物間寧人も時間制限がある以上、速攻を仕掛けるべきだったのだが八百万百の個性を半ば知っているせいで攻め手に欠けた。反対に八百万百は拙いながらも、速攻を仕掛け先手先手を打ち続けた。

 結果だけ見れば僅差のように思えるが、実際のところは百回やっても百回とも八百万百が勝つだろう。

 さらに、緑谷出久対飯田天哉の試合へ移ったのだが、終始飯田天哉は精彩を欠き緑谷出久へ圧倒されていたのだった。

 飯田天哉が決め手にしていたレシプロバーストという技も、明らかに使いどころが適したものと言えるものではなく、不発に終わった。

 常闇踏陰と蛙吹梅雨の試合は、二回戦の中でもっとも激しい肉弾戦になった。

 お互いに異形系個性の二人であるが、その戦闘スタイルはかなり異なる。

 常闇踏陰は個性である『黒影(ダークシャドウ)』を使い中距離で牽制したかと思えば、蛙吹梅雨も舌を使いそれに対抗する。

 双方が中距離での戦いが決め手にならないと分かるや否や、両手を組みあっての超至近距離での足技が炸裂したのだった。

 冷静に戦局をみる二人であるが故に、近距離でのフィジカルを用いた闘いになった。

 最後の決着は『黒影(ダークシャドウ)』を纏う技を見せ、フィジカルの底上げをした常闇踏陰が勝利をもぎ取ったのだった。 

 そうして勝ち上がった者たちも、準決勝では八百万百が彼女自身の速攻を超える速攻を爆豪勝己から喰らい一気に形勢が傾くとそのまま押し切られ、常闇踏陰も緑谷出久に対していい勝負をしていたものの、中距離牽制をしているところに懐へもぐりこまれ大きなダメージを負い、それが決定打となって敗北したのだった。

 そして、今。決勝の舞台に駒を進めた両雄が対峙し、立っているのである。

 

『さァいよいよラスト! 雄英一年の頂点がここで決まる!』

 

 プレゼント・マイクのアナウンスと同時に客席が一気に盛り上がりを見せる。

 

『決勝戦! 爆豪勝己 VS 緑谷出久!』

 

 私も、舞台傍にスタンバイをし、二人を見やる。

 爆豪勝己と緑谷出久。この二人の戦いは、戦闘訓練以来になる。

 かつて行った戦闘訓練では、結果こそ緑谷出久が勝利したものの内容は爆豪勝己が一方的に緑谷出久を捻じ伏せていた。

 だが、それももはや昔の様に遠い話となり、お互いに力を伸ばした二人がぶつかり合えばどうなるかは、ここにいる誰も予測しえない。

 

「よぉ、クソナード。ここまでこられてゴキゲンか? もう満足しただろ?」

「かっちゃん……」

「って、少し前までの俺ならそう思ってただろうなァ……」

「どういう……?」

「てめェが何をして個性をもったのかはこの際どーでもいい。今はただ、俺の力で全力のてめェを捻じ伏せて、俺が優勝する」

「……! 僕も、簡単に負けるつもりはないッ!」

 

 二人のやり取りに、感情的なものはなく、ただただ静かに言葉を交わしていた。

 その静かな言葉とは裏腹に、二人の闘志の高まりは隠しようもなく、周囲の空気をひりつかせていた。

 

『レディ……スタートォ!』

 

 プレゼント・マイクの合図と共に二人が突進をし間合いを詰めていく。

 お互いの間合いにはいる一歩手前で、爆豪勝己は爆破により上空へと飛び上がった。

 緑谷出久がその姿を追いかけ顔を上へ向けたのとほぼ同時に、爆豪勝己は爆破により急降下し緑谷出久へと迫っていく。

 爆豪勝己が前後に腕を広げ外側に腕を捩じるように向けると、急降下のための爆破よりもさらに激しい爆破を巻き起こしながら錐もみ回転を始めたのだった。

 

榴弾砲(ハウザー)着弾(インパクト)ォッ!」

 

 爆破に高速回転を乗せることによる威力の増大した特大火力を緑谷出久目がけて叩き付ける。

 大爆風が起こり、舞台の床石は砕け散り粉塵が舞い上がる。視界は全くと言っていいほど利いていなかったが、私が視る限りは緑谷出久も直前で回避し、煙の揺らぎから見るに今もなお、この粉塵の中で二人は攻防を繰り広げているようだった。

 一際大きな爆音と共に粉塵が晴れていくと、緑谷出久へ迫っていく爆豪勝己の烈火のごとき猛攻が舞台上で繰り広げられていた。

 緑谷出久が飛び上がり、距離を取ろうとするところをすかさず間合いを詰め緑谷出久が体勢を整えさせる暇を与えようとしていない。

 緑谷出久が空中へ逃れた一瞬の隙を待っていたかのように爆豪勝己は爆風で迫り、右のレバーブローを繰り出し直撃させたのだった。

 だが、次の瞬間には、双方が弾き飛ぶように舞台へと叩きつけられていた。

 

「ごほっ……さすがかっちゃん……攻撃をもらう前にこっちが攻撃するつもりだったのに結局直撃だ……」

「てめェ……! なにわらっとんだ、クソが! カウンター決まって満足か、アァ!?」

 

 緑谷出久は、爆豪勝己の攻撃に合わせて左の蹴りを放ち迎撃をしていたのだった。

 リーチの長い脚技を繰り出したものの、結果は相打ちであることを鑑みれば、身体能力自体は緑谷出久の方が上だが、それを補って余りあるほどの反射神経を爆豪勝己が持っているということの証左であった。

 

「デク、てめぇ……うっぜぇんだよ! 何度ぶっ叩いても張り付いてきやがって! なにもできねぇくせにうろちょろしやがって! 終いには、俺を追い抜くってか、えぇ!?」

「かっちゃん、そんなこと、思ってたのか……?」

 

 試合の最中に感情が高ぶったのか、苦々しい心情を発散するかのように爆豪勝己は吐露していく。

 見下していたものが背後に迫る焦り、相手の成長速度と自身の成長速度の差異、実力が埋まっていくどうしようもない苛立ち。

 それらすべてを吐き出すように、爆豪勝己は緑谷出久へぶつけていく。

 

「てめェは決勝に来られたことで満足してるのかもしれねェけどよォ! 俺はここに勝ちに来てんだ! 勝つ気がねェなら今すぐ舞台から降りろやクソカスが!」

「……違うよ」

 

 静かに、だが力のこもった声で爆豪勝己へ緑谷出久は反論をする。

 

「確かに、僕は笑った。だけどそれは、僕の理想としている人からそう言われたんだ。怖いとき、不安なときこそ笑っちまって臨むんだって!」

「あァ!?」

「それに、()()()()()()()()()()()()()は、絶対に勝ちを諦めないっ! だから僕も!」

「だから、うっぜぇんだよ!」

 

 二人の咆哮に近い絶叫と同時に緑谷出久が、腰を深く落し構えた。

 あの構えは、()()をやるつもりのようだ。

 

(まったく、切り札はこんなカメラの入っている場所でみせるものではないというのに)

 

 彼の現在の技である自身の身体の一部のみを強化する『一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)』は身体の一部を接地し衝撃を地面に逃すことでワン・フォー・オールの身体許容上限(キャパシティ)を引き上げる技だが、それに派生して緑谷出久はある意味今の彼にしか使えない技を身に着けていた。

 

神経系(インパルス)限定、一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)ッ! 二十四%ッ!」

「なッ!?」

 

 緑谷出久の閃光が迸るかのような突撃に、爆豪勝己は反応できずに左頬に拳打の直撃を受け、舞台上を転がった。

 かつて私は、緑谷出久を凡夫であると評した。だが、彼は一つの天賦の才を秘めていた。それが『感覚』である。

 緑谷出久は、自身の身体で感じたことを正確に思い出し、再現することにかけては、他の誰よりも優秀であり、それは常人の何倍もの精度を持っていた。

 そのおかげで、私の予測よりもずっと早く不完全ながらも力の受け流しを修得できただけでなく、その先へと進むことが出来たのである。

 その形が、神経系のみを強化するあの技だ。

 本来のワン・フォー・オールならば、発動と同じくして肉体だけでなく神経系にも能力向上が起こる。そうでなければ、肉体のスピードに意識がついていくことが出来ずに今以上に個性に振り回されることになってしまうからだ。

 それに気付いた緑谷出久は、神経系のみを強化する方法を見いだし、この体育祭までの訓練期間のほとんどを切り札としてのコレに費やしたのだった。

 この技の大きなメリットは、身体の一部を接地していなくとも発動できるという点と、肉体の一時限界突破よりも大きく能力向上ができるという点だ。

一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)』は、身体能力の向上は甚だ大きいものの、まだ大気中へと反動を逃す術を持たない緑谷出久にとって必ず接地していなければならないという縛りは、機動力を大きく損ねてしまうのだが、この神経系のみを強化する技ならばそれを気にする必要がない。

 ただし、この技には欠点が二つあった。

 一つは、神経系へほぼワン・フォー・オールの意識を集中させるため、肉体強化をほとんど行えないという点だ。

 彼が現在フルカウルとして纏っている肉体強化は三%程度でしかない。この強化の弱体化は決定打を繰り出す機会が大きく減ることを意味しており、効果的に使わなければ制圧までの時間がよりかかってしまう。さらにそれに気付かれてしまえば負傷覚悟でのカウンターをもらう可能性が大きくなってしまうのである。

 そして、二つ目の欠点は、決して反動が無くなるわけではないという点だ。

 神経系のみとは言え、自身の肉体が耐え得る反動を大きく超えて強化をすることに違いはない。

 つまり、彼は反動を今現在も受け流し続けているわけだが、その矛先は彼自身の肉体なのである。

 緑谷出久の行っている三%程度の肉体強化は決して、攻撃力を高めるためだけでなく、むしろあの技を繰り出すために必要不可欠な強化なのであった。

 当然、繰り返し発動をすれば肉体は損傷をしていき、過剰強化と同じように負傷するか、そうでなくとも小さく反動が蓄積していきいずれ行動不能に陥ってしまうだろう。

 それは、緑谷出久も当然承知している。

 だから、彼は今まさに、勝負を決めようと賭けにでたのである。

 

「ああぁああぁあぁッ!!」

「くっそがぁッ!」

 

 爆豪勝己に一切の反撃を許さず、緑谷出久は咆哮のまま攻撃を重ねていった。

 時折爆豪勝己もカウンターを狙い、拳や爆破を試みるが、その出端を完全に緑谷出久に封じられてしまう。

 拳を振るおうとすれば、手首を打ち抜かれ、爆破をしようと構えれば蹴りをうけ舞台上を転がりまわる。どうにかふるった拳でさえ、虚しく空をきるだけなのであった。

 二十%を超えた先のワン・フォー・オールは、おおよそ常人では反応することも難しい。

 爆豪勝己は、むしろよく的確に緑谷出久の動きに反応しているほうだ。

 それでも、反射レベルで反応してようやく捉えられるその動きに攻撃を合わせるとなると、いくら爆豪勝己とはいえ十全な体勢で繰り出せるはずもなく空ぶってしまう。

 だが緑谷出久の猛攻を受けながらも、爆豪勝己は全く倒れる気配もなくただただ反撃を繰り出していく。

 

「ハァッ、ハァッ。タフすぎる……これで、倒せないなんて……!」

「ハハァ……もう終わりか、デクァ!」

 

 口角は切れ、頬は張れ上がり、鼻血を垂れ流しながらも爆豪勝己の闘志に些かの衰えもみえない。

 そして、とうとう緑谷出久の脚が先にとまったのだった。緑谷出久は、全身から尋常でない発汗をしながら力なく両手を下げている。

 

「っ……! まだだ、僕だってまだ動けるッ」

 

 おそらく緑谷出久の全身には鋭い痛みが襲い掛かってきているはずだ。

 彼が訓練の中で発動していたのはおよそ一分弱のみであり、今の戦闘で彼は三分以上も発動している。

 訓練中の一分弱であっても、全身筋肉痛と同じような痛みだと彼は言っていたが、今の彼は全身を針で突き刺されているような痛みに包まれているはずだった。

 

「こっちだってな、ただ無様に舞台の上を転げまわっていただけじゃねぇんだよ……」

 

 爆豪勝己が両の掌を前へと突き出す。

 まさか、爆豪勝己は以前私へ繰り出したあの切り札をつかうつもりなのか。

 あれは私だからなんとかなったものの、今の緑谷出久が受ければ大怪我に繋がりかねない。

 

「かっちゃん……」

「認めてやるよ、てめェは強くなった……だがな、勝負に勝つのは俺だッ!」

「いいや、勝つのは、僕だッ!」

 

 私は、セメントスへ視線を送り、備えるように合図をする。セメントスが頷いたのとほぼ同時に舞台上の二人は動き出した。

 

「そこはもう、爆心地(グラウンド・ゼロ)だッ! くたばりやがれッ!」

神経系(インパルス)限定、一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)ッ! ()()()()()

 

 緑谷出久が猛進していくが、それよりわずかに早く爆豪勝己の両腕が地面に叩き付けられる。

 それと同時に、舞台上が轟音と共に大きな閃光で包まれ、爆炎を立ち昇らせながら大爆風を引き起こしたのだった。

 爆豪勝己の切り札、それは自身の掌からでる汗を設置していき起爆地点を爆破することによって誘爆を引き起こし広範囲に渡って大爆破を起こす技であった。

 彼の個性は、大別してニトロのような汗を掌から出すこととそれを爆破することの二つである。

 彼のコスチュームも、彼の汗を溜める機構がついておりそれを利用することで肉体へ負荷をかけずに最大火力を放つことが出来るのだが、つまり彼はそれをこのフィールド一帯で行ったというわけなのである。

 勿論、彼自身がその場にいるため常に大爆風に巻き込まれる可能性を多分に孕んだものであるが、あの技は相手の立ち位置によっては回避不能にもなる非常に危ういながらも優秀な技なのであった。

 

「と、いうわけです。わかりましたか、緑谷くん」

「うっ……あ、あれ? ここは……」

 

 舞台の外で私の脇に抱えられた緑谷出久はなにが起こったのかわからないといった表情をしていた。

 舞台はセメントスが遮ったはずの幾重ものコンクリートの塗り壁が粉々に砕け無残な残骸を晒していた。

 そして、爆豪勝己もまた何が起こったのかわからないといった様子で立ち尽くしていたのだった。

 

「なんて威力……まァなんとかなったからよかったけどさ……」

 

 セメントスが苦々しげにそうつぶやくと、ミッドナイトが舞台上へと降り立った。

 

「えー、状況を説明いたします! ただ今の攻防の際、そのまま続行されていた場合、緑谷選手が爆豪選手の攻撃を回避しきれずに直撃をしてしまうと判断したため、我々審判が介入をいたしました。もし、先ほどの攻撃が成立していた場合、爆破の規模からしても緑谷選手が戦闘不能に陥っていた可能性が非常に高いと言わざるを得ません。また、爆豪勝己選手の攻撃は、悪意を持って直撃をさせるためのものではないことは、攻撃成立前の緑谷選手の立ち位置の周囲が直接爆破されていないことをみても明らかです。よって、そこに反則性はないものと判断。緑谷選手をテクニカル・ノックアウトとし、爆豪選手の勝利となります!」

 

 ミッドナイトによって勝利宣言がされると、数瞬の間の後に大きな拍手がスタジアムを満たし、当事者二人を置いてきぼりにしたまま決着したのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 全ての競技が終わり、残るは表彰式を残すのみとなった。

 プログラムとしては、本来の表彰式の時間よりもかなり時間を巻いて進んだらしく随分と時間に余裕があるようだった。

 私もすべての役割を終え、職員控室に戻ると、そこにイレイザーヘッドがいたのだった。

 

「とりあえず、お疲れさん」

「ありがとうございます。相澤先生も解説役お疲れ様でした」

「あァ……できれば二度とやりたくないな。不適格にもほどがある」

 

 不満そうにそっぽを向くイレイザーヘッドだったが、会場で聞いている限りでは十二分に役割を果たしていた様に思う。

 

「……そういえば、この体育祭が始まる前に校長がいっていたことがあったが、こんなことをするなんて前代未聞だ」

「どういう意味でしょうか」

「……うん? 言ってただろ、『雄英の危機管理体制が盤石だと示す』って」

「それが、どうしたのですか?」

 

 私の反応が芳しくなかったのか、イレイザーヘッドは怪訝な顔をしたのだった。

 

「まさか。聞いていないのか?」

「聞いていないも何も、私達が警備に参加してそれで終わりなのでは」

 

 私がそういうと、イレイザーヘッドは大きく溜息をついた。

 

「オールマイトさん……言い忘れたな」

「先程から、なにをいいたいのかわからないのですが」

「仕方ない。ついてこい」

 

 そういうとイレイザーヘッドは職員控室から出ていってしまった。

 イレイザーヘッドの後を追っていくと、再び競技場へ向かっていることがわかった。

 意図がつかめず、そのままついていくと表彰式がはじまったわけでもないのに、会場は大歓声に包まれている。

 私が会場へ戻ると、プレゼント・マイクの実況から全く予想していなかった言葉が飛び込んできたのだった。

 

『レディース&ジェントルメン! ボーイズ&ガールズ! 会場にいる皆(リスナー)の中には先日の(ヴィラン)襲撃事件で雄英に不信感をもった人もいるかもしれない! この時期に体育祭を開くこと自体に反対する人もいるかもしれない! だけどナ、雄英もただ闇雲に開催したわけじゃないんだぜ! 万全の警備体制はもちろん、それ以上にここには実力をもったプロが揃っている! だから、開催に踏み切ることができた! その力を、雄英教師の実力の一端を今ここでお見せするぜ! 教師諸君、準備はいいかい? 俺はできてるぜ? 今から雄英教師陣によるエキシビション・マッチの開催だァッ!』

 

 それをきいてイレイザーヘッドに視線を向けると、頭をかきながら気だるげに口を開いた。

 

「ま、そういうことだ。俺も面倒だがでるから諦めろ」

「……どうしても出ないとダメなのですか?」

「一応、仕事だからな」

 

 イレイザーヘッドは再び大きく溜息をついた。

 どうやら、本日最後の仕事が行われることになるようだった。

 




【スローイングナイフ】
細かいギザ刃のついた投げナイフ。

大きなダメージが期待できるものではないが
うまく使えば、けん制と翻弄に威力を発揮するだろう。


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22.雄英体育祭、エキシビション

この回は、原作でこういうの見てみたかったなという個人的な願望を形にしたものです。


 私は、片目の鉄兜を被りこの後の試合に備えて舞台からやや離れた待機所で、これから行われるミッドナイト対プレゼント・マイクの試合前の様子を眺めていた。

 生徒達と違い、試合とはいえ時間も限られた余興(エキシビション)であるためトーナメントや総当たりではなく、くじ引きで組み合わされた対戦相手との一回限りの試合を行うとのことだった。

 エキシビションが発表された直後に組合せのくじ引きは行われた。全ての組み合わせが決まると、すぐに試合が始まり、予想外の催しだったものの想像以上且つプロならではの駆け引きの応酬に会場は熱狂に包まれたのだった。全員がプロヒーローなだけあって大きな混乱もなく順調にエキシビションは進行していき、この二人の試合が終われば、私もとうとう出なければならないところまで試合は進んでいた。

 

「久しぶりに扱いてアゲるわ、山田」

「ノーノー! プリーズコールミー、マイク。アイム"プレゼント・マイク"! ミッドナイト、時々山田呼びするのやめない!?」

「フフフ、アナタが私に勝てたらヤメてアゲるわよ」

「オゥ! それなら俺頑張っちゃおうかな」

「エキシビションだからって簡単に勝たせると思って?」

 

 ミッドナイトとプレゼント・マイクの場外戦もそこそこに、二人が舞台上で対面した。

 

『さあ、ここからも私、オールマイトが実況を担当するよ!』

 

 オールマイトは実力的に抜きん出すぎていたこともありエキシビションにならないため、実況役に回されたのであった。活動制限時間という縛りもあることを鑑みれば適役といえば適役なのだが、私としては彼が戦うところを視たかったし、会場にいる観客もそれを望んだであろう。しかしオールマイトにとってこの舞台は些か狭すぎるせいもあって、たとえ満足に戦えるコンディションであっても出場が叶ったかどうかは怪しいというのが実のところだった。

 

『レディ……スタート!』

 

 オールマイトの開始の合図があると、まずはミッドナイトが速攻を仕掛けた。

 直線的にプレゼント・マイクとの距離を詰めていき、間合いに入ったとみるや鞭を振るう。

 それをプレゼント・マイクは冷静に躱すと、カウンターと言わんばかりに個性を発動し、大音量の叫びをミッドナイトに向けて発した。

 ミッドナイトは顔を苦痛に歪めながら、片耳を塞ぎつつもさらに鞭を振るい、プレゼント・マイクの背にうねる鞭が痛烈な一打を与えたのだった。

 

「アーウチッッ!? 絶対コレ腫れてるって!」

「それはこっちの台詞よ! 鼓膜が破れるかと思ったわ!」

 

 互いに初撃を痛み分けに終わらせたように思えるが、今の攻防の限りでは、鞭のダメージのほうがやや大きい分軍配はミッドナイトに上がるだろう。

 おそらくそのことに二人も気づいたらしく、この攻防が続けばジリ貧となってしまうプレゼント・マイクはらしからぬ突撃をミッドナイトへ行い接近戦を仕掛けていった。

 確かに近接の体術だけでみればプレゼント・マイクが有利だろうが、そんな(ヴィラン)を幾度も相手にしてきたであろうミッドナイトにとっては、その突撃も想定内であり対応可能の範囲であると顕示するがごとく操鞭術をもって鞭の結界を張りプレゼント・マイクの突撃を阻んだのだった。

 しかし鞭の結界に触れる直前でプレゼント・マイクは急停止し、再びの大咆哮をミッドナイトに叩き付ける。

 ミッドナイトはたまらず距離をとり、さらに迫りきていたプレゼント・マイクの追撃をどうにか捌くと再び鞭の結界を張ったのだった。

 

「……やるじゃない、山田」

「まー俺も日頃の訓練をサボっちゃいないってことサ! って、だからマ・イ・ク! リピートアフターミー!」

 

 ミッドナイトは鞭を振るいながら、コスチュームの一部である右肩の極薄のタイツを破り捨てた。

 

「じゃあ、ここからは本気でいくわよ」

 

 投げキッスをした後ミッドナイトの目つきが鋭く変わると同時に、個性『眠り香』が放たれ彼女の周囲を包んでいく。

 眠り香を撒き散らしながら、ミッドナイトの鞭がプレゼント・マイクへと襲い掛かっていった。

 

「ヒュウ! でたぜ、即殺技。一息吸いこめば終わりとかまいったね。けどな……!」

 

 プレゼント・マイクがバックステップで距離を取ると三たび大音量の叫びが会場に響いた。

 

「ッッ! 音撃だって大概即殺技でしょう。不可視で広範囲で、そして文字通り音速の攻撃なんて相手にしてらんないわよ」

「ま、俺もこれで飯食ってるんで」

 

 重ねての大音量攻撃に先程と同じように怯みつつ片耳を塞ぐミッドナイトだったが、それでも前へ進んでいく。

 その前進にプレゼント・マイクの眼が見開かれる。

 

「マジかよ……この距離で喰らって前に進めるワケが」

 

 動揺の隙を突き、鋭く踏み込んできたミッドナイトの鞭の軌道がプレゼント・マイクの頬を掠めた。

 その痛みで我に返ったプレゼント・マイクは飛び退くように間合いを取ったのだった。

 

「くっ、決めるつもりだったのに……!」

「あっぶねぇぜ。ちっと油断したが、これ以上はちかづ――」

 

 プレゼント・マイクは、何かを言おうとし、そのまま前のめりに倒れ込んでしまったのだった。

 

「ふう、なんとかなったわね」

 

 ミッドナイトが片耳から、何かを取り出した。

 

「水をつけた布は、音を著しく阻害する。破りやすいコスチュームでよかったわよ、ホント」

 

 投げキッスをした際、コスチュームの切れ端を口に含み唾液で湿らせつつ、その後の鞭の攻撃にプレゼント・マイクが気を取られた隙に片耳に口に含んでいたコスチュームの切れ端を丸めて押し込んだらしい。

 

「布で両耳を塞いだら流石に、何かしたって気づかれると思って片耳だけにしたけど、手で塞いだ方の耳が痛すぎて意識が飛ぶと思ったわ。だけど、おかげで動揺が誘えた。知ってるかしら? 私が振るう鞭はね、別に近接戦闘と射程をカバーするためだけのものじゃないの。甘い香りはいつだって風に乗って漂うのよ」

 

 ミッドナイトのいうことから推測するに鞭の起こす風が眠り香を拡散し、鞭の攻撃によって眠り香の溜まっていた場所へプレゼント・マイクが誘導された、ということなのだろう。

 

「でも、無観客試合で同じ条件なら、私が負けてたかもね。観客を巻き込まないようにかなり手加減して撃ってたみたいだし。強かったわよ、()()()

 

 拍手を背に受けながら、ミッドナイトは泰然と舞台を降りていったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ついに私に出番が回ってきたのだが会場は先程まで行われていたミッドナイトとプレゼントマイクとの試合の熱気を引き継ぎ最高潮に達していたせいで、私としてはなんともやりづらい雰囲気になっていたのだった。

 

「サア、我々ノ出番ダ」

「ええ、胸をお借りします」

 

 くじ引きの結果、私の対戦相手はエクトプラズムになったのだが、これもまたやりづらいと思う内の一つだった。

 

『続いてのカードは……おおっと! ある意味一番の注目カード! エクトプラズム対謎のバケツ仮面!』

 

 オールマイトのコールで舞台に上がったのだが、思った通り会場全体がざわついていた。いきなり誰も知らない一見バケツに見える兜をかぶった者が登壇したのだから当然である。

 それにしてもバケツ仮面はないと思うのだった。

 

『先に説明しておこう! この謎のバケツ仮面というのはもちろんヒーロー名ではないぞ! だが、本人の強い希望によって顔を出したくない&匿名にさせていただいた! けれど、れっきとした雄英教師であることは間違いない! それに純粋な戦闘力は、雄英教師の中でもピカイチと言っていいほどの実力者だ! だから皆さん安心してみていてほしい!』

 

 オールマイトのアナウンスが終わると、ざわついていた会場は一転して歓声へと変わったのであった。

 

「なにを言っているのですか、オールマイト……」

「勝負ノ前ニ集中力ガ散漫ニナッテイルノハ、感心シナイナ」

「ああ、すみません。注目されることに慣れていないものですから」

 

 対戦相手のエクトプラズムにまで注意されてしまった。どうやら今の私はかなり平常の状態から遠いらしい。

 適当に時間を稼いでからわざと負けようと思っていたが、この状態でわざと負けようものなら私だけならず雄英全体、ひいてはオールマイトにまでブーイングが行きそうである以上その選択肢もなくなってしまっていたのであった。

 気の入らないまま、私は構えを取る。

 

『レディ……スタート!』

 

 開始の合図が掛かるとエクトプラズムは個性を発動し分身を五体生み出した。

 エクトプラズムの個性はヒーロー名にもなっている通り口からエクトプラズムを飛ばし、それを任意の場所で自身の分身として化けさせることが出来るというもの。

 つまり、私はこの狭い舞台の上で多対一で立ち回らなければならないのであった。

 

「マズハ、小手調ベトイコウ」

「……お手柔らかに」

 

 五人のエクトプラズムが一斉に私に跳びかかってくる。

 素性が露見してはいけないこともあり、それに繋がりかねないあまりにも特徴的な左手の銃も右手の狩武器も持っていないため、今の私は完全な徒手空拳の状態だった。

 

(多人数相手の徒手空拳戦闘は最も苦手なのだが……)

 

 雑輩の(ヴィラン)程度ならば、多人数の徒手空拳であっても苦も無く排除することは可能だろうがプロヒーロー相手にはそれも厳しい。

 ただ、一つだけ幸いなことがあるとすれば。

 

「分身相手ならば、手加減せずに済む」

 

 先行していた一体の分身を回し蹴りで場外まで蹴り飛ばすと続いて襲い掛かってくる分身達を右のストレートで迎撃し、その勢いと遠心力を乗せた左の裏拳、後ろ回し蹴りと繋げ沈めていく。

 そして私を捕らえようと背後に回った最後の一体の首元を諸手を上げて掴み、背負い投げの如く地面に叩き付けたのだった。

 どうやら一定のダメージを与えると分身は消えるようで、攻撃を加えた分身は床に転がると同時に霧散していった。

 一連の攻防が終わると観客席から歓声が沸いたが、そのせいでどうにも集中が削がれてしまう。

 

「フム、流石ダナ。倒セルトハ思ッテイナカッタガ、マサカタダノ一撃モ与エラレナイトハ思ワナカッタゾ」

「お褒め頂き光栄ですね」

「デハ、コレデハドウカナ?」

 

 エクトプラズムはそういうと、再度口から分身を作り出し始める。

 

(本気で勝ちに行くのなら、この隙を狙うべきなのだろうが)

 

 エクトプラズムの個性も、今のように限られた範囲で一対一の状況になってから発動するのでは、発動から分身の形成までタイムラグが生じる以上やや隙があると言わざるを得ない。

 勿論、かなり訓練されており隙があると言えども一瞬なのだが、たとえば私が『狩人の遺骨』を使ってしまえばこの程度の距離を詰めることは難しくないのである。

 ただ、エクトプラズムも本来はこのような闘い方をするヒーローではないし、もっと搦め手を組み合わせて詰めていくタイプの闘いをする彼にとって真っ向勝負をしなければいけないこの状況は不利にしか働かないことを考えてしまうと、どうにも積極的に攻める気にもならないのであった。

 私が集中していないということもあるが、それ以前に勝ちに行くという気が全く沸かないこともあり、ただただエクトプラズムの行動を見守ってしまった。

 そうしてエクトプラズムが個性を発動し終わった次の瞬間、八人のエクトプラズムが私を円形に取り囲んでいた。

 

(まったく厄介な(すばらしい)個性だ)

 

 私がエクトプラズムに対してやりづらいと思っているのが、彼の個性のこの『任意の場所で発生させることが出来る』という点であった。

 如何に立ち回ったとしても、彼の個性の前では背後を簡単に取られてしまう。

 それに対応することはできるのだが、そのためには常に気を張っていなければならない戦闘状態を作り上げる必要があり、好奇の衆目が刺さるこの場でそのコンデションを作り上げるのはかなり神経を摩耗するのであった。

 

「サア、先程ヨリモ数ガ増エタガ、ドウ対処スル?」

 

 八人のエクトプラズムが同時に飛びかかってくる。

 私は、左半身を完全に防御に回しつつ、右腕で一体のエクトプラズムが放った蹴りをガード直後に手を返しエクトプラズムの義足を掴み取った。

 その掴んだ義足を即座に両手に持ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()で行うように水平に全力で円を描き、軌道上にいた分身を一斉に薙ぎ払っていった。

 取り囲んでいた分身と武器に使わせてもらった分身が消えると、再び会場は歓声に沸いたのであった。

 

「コレハ素晴ラシイ。コンナ攻略ヲサレルトハナ」

「苦肉の策です」

「苦肉ノ策デココマデノ事ガデキルノハ、才能ダロウ。マルデ使イ慣レタ武器ヲ振ルッテイタヨウダッタゾ」

 

 珍しくエクトプラズムの声色に驚きが混じっていたが、それ以上に楽しそうな声色をしていた。

 

「デハ、最後ニ全力デ君ヲ攻撃シヨウ」

 

 エクトプラズムは、そういうと今度は三体の分身を作り出した。ただし、今までのような彼の等身大の分身ではなく、一体一体が三メートル程ある大きな分身であった。

 

「ユクゾ」

 

 巨大な分身はその姿に反して俊敏に迫ってきていた。

 三体の分身は今までのただ飛びかかってくる攻撃とは違い、明確にコンビネーションを意識した動きをしてきており、私を誘導し回避した先に他の分身が攻撃を置くかのように仕掛けてきていた。

 私も連続したステップで躱し牽制の意味も込めて、数打攻撃をしてみたものの、見た目通りに耐久力も上がっているらしく、先ほどまでは吹き飛んでいた威力であっても容易に堪えていた。

 

(少し、威力を上げるか)

 

 そう思いやたらとリーチの長い蹴りをスウェーの要領で上体を逸らし回避した次の瞬間、私の右脇腹に鋭い痛みが生じ身体は舞台を転がっていた。すぐさま受け身を取り体勢を立て直したものの不可解なダメージを確認する間もなく更に分身たちが襲い掛かってきていた。

 

(何だ今のは。間違いなく避けたのだが。死角になっている右側には細心の注意を払っていた。三体いずれの攻撃も避けそこなったということが無いのなら)

 

 答えは一つだ。

 一体の分身が再び蹴りのモーションに入ったところを今度は懐へ飛び込むように前方へステップを踏みながら回避する。

 

「エクトプラズム、貴公です」

 

 巨大な分身のすぐ背後にエクトプラズム本人が隠れ、分身に合わせ波状的に私へ攻撃を加えたということしか考えられないのであった。

 

「半分正解ダ」

 

 目の前のエクトプラズムとは全く別の方向から声が聞こえた。

 

「残念ダガソレモ分身ダ」

 

 視界の端からは二体目の巨大な分身の肩を踏み台にし、さらに別のエクトプラズムが高速で接近してきていた。

 だが。

 

(分かっているさ。だからこそこちらなのだ)

 

 蹴りを喰らい気づいてすぐに、気配を読むことへかなりの神経を使い探っていた。

 そこで感じた気配は五つ。つまり、目の前に見える分身の他にエクトプラズム本人、そしてもう一体の気配を感じていた。

 そして、等身大の分身は本人と比べて運動能力がやや劣る。そのため、わざと分身がいるであろうこちらへと向かっていったのだった。

 つい先程とやってみせたように蹴りに来た脚を取り義足を掴む。

 

「ナニッ!?」

 

 掴んだ義足をそのまま逆水平に薙ぐ。

 迫ってきていたエクトプラズム本人は空中故に軌道を変えられず、攻撃が成功したように思えたが、突如手の中から感触が消え失せた。

 気づけば全てのエクトプラズムの分身が消えており、舞台上に残っていたのは迫りくる本体のみになっていた。

 

(個性の解除……!)

 

 理解と同時に即座に防御へと行動を移す。

 分身を振るっていた腕を瞬時に折りたたみ防御へと回すが体勢も不十分であり、エクトプラズムが放つ渾身の蹴撃を受けきることができない。

 最低限の反撃にとエクトプラズムの身体を弾きとばすように受けたものの、私の身体も堪えきれず宙に投げ出され、空中で数回転し体勢を整えつつ着地をしたのだった。

 

『そこまでッ!』

 

 攻勢に出ようとしたそのとき、唐突にオールマイトのアナウンスが実況席から試合を止めた。

 エクトプラズムも何が起こったのかわからない様子のまま二人で実況席へ視線を向けたのだった。

 

『双方場外! 完全な同体であったため、この試合はドロー!』

 

 オールマイトの宣言を聞いて足下をみれば片足がラインを割っていた。

 最後の防御は虚を突かれたため意識が全て防御に持っていかれてしまいライン際のことまで考えることができなかった。まさかこんな決着になってしまうとは。

 何とも締まりの無い結果になってしまったと思っていたのだが、観客席からは大きな拍手が降り注いできていたのだった。

 煮え切らないながらも余興という役目を熟せたのなら、肩の荷も下りるというものだ。

 立ち上がり舞台中央まで進み、エクトプラズムと握手を交わす。

 

「ありがとうございました。いろいろと勉強になりました」

「……ソレハ重畳ダ。ダガ勉強ニナッタノハ、我ノホウダ」

「微力でもお力になれたのなら」

「……君ハ一体何者ダ?」

 

 エクトプラズムは神妙な面持ちで疑問を口にする。

 

「以前相澤先生にも同じことを訊かれましたが、ただの新米教師ですよ」

「……アア、ソウダナ」

 

 交わした握手を解くとお互い舞台を降りる。

 この後のエキシビションが終われば雄英体育祭も、残すところは表彰式だけになっていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 一悶着あった表彰式が終わり、全ての人を競技場内から出したあとに教師陣が会場の職員控室に集まっていた。

 

「今日はお疲れ様! どうにか今年も成功できたのは君たちのおかげさ!」

 

 根津校長が労いの言葉をかけつつ、長い雑談めいた話を滔々と独白していた。

 中でも最後のエキシビションは、例年にない催しだったためうまくいくか心配もあったらしいのだが、大いに盛り上がり、本来の目的でもある雄英の体制が盤石であるということも全国に見せつけることが出来たと嬉しそうに語っているのであった。

 

「シット……まさか負けちまうとはなァ。全国に恥を晒したぜ」

「あら、そんなことないんじゃない?」

 

 プレゼント・マイクががっくりと肩を落とすがミッドナイトがフォローを入れる。

 その他の教員も互いの健闘を讃え合っていた。

 

「だが、今回改めて驚かされたのはお嬢ちゃんだな!」

 

 プレゼント・マイクの一言で皆の視線が私へ向けられた。

 

「オールマイトとやってた戦闘訓練の映像でもすげぇと思っていたけどよ! 今日の戦闘は尚のことすごかった」

「そうですか」

「た、淡泊だな……」

 

 私としては、満足のいくようなものでもなかったため特段の感慨も浮かぶことはなかったが、他の教師たちはそうでもないらしい。

 一通り私とエクトプラズムの試合を話していたが、ミッドナイトが私へ疑問をぶつけてきたのであった。

 

「……本当に貴方、何者なの?」

 

 その一言で再び私へ視線が注がれる。

 

「気を悪くしたらごめんなさいね。オールマイトは知っていたようだけど、ほとんどの教師は貴方のことを知らないわ。それだけの実力があれば、事件は幾つも解決してきたでしょうし他のヒーローに知られていても不思議はないわ。けど貴方、ヒーロービルボードチャートはもちろん、どこの事件解決記録にも載っていない。どういうことなの?」

 

 ミッドナイトは、不審に思っているというわけではなく、心底不思議であるといった様子で尋ねてきていた。

 

「……それは」

「それは、私から説明するよ」

 

 オールマイトが声を上げると、今度はそちらに視線が向けられる。

 

「もちろん、彼女がいいならだけど。言っていいかい?」

「ええ、構いません」

 

 オールマイトは一旦大きく息を吐くと口を開いた。

 

「彼女はね、戸籍上、亡くなったことになっているんだ」

 

 オールマイトの口から発せられた言葉がよほど予想外だったのか、どよめきがはしる。

 

「どういう意味ですか?」

 

 ミッドナイトが堪らず質問をすると、オールマイトは一つ一つ言葉を選ぶように話し出した。

 

「昔、もう十二年ほど前になるけど孤児院の襲撃事件があったことを覚えている人はいるかな」

「え、ええ。アタシがヒーローになったばかりの頃に起こった事件なので。確か全員が亡くなったとても凄惨な事件だったわ」

「彼女はそこの生き残りなんだ」

 

 どよめきはさらに大きくなっていく。

 

「あのときの犯人のその後を知っているかな?」

「確か精神鑑定の結果、心神喪失状態という判断が下されて……」

「そう、無罪になったんだ。だけどその犯人は無罪になった後、更生施設に送られていたけれど脱走し、奴を捕まえたヒーローを殺害しているんだよ。逆恨みってやつだ」

「そういえば……」

「そして奴は、まだ捕まっていない」

 

 どよめきの中で私へ向けられる視線も、意味が変わってきているようだった。

 困惑の表情を浮かべたまま、ミッドナイトが質問を重ねる。

 

「でも、それとなにか関係が?」

「奴が最初に逮捕されたのはね、孤児院に残した痕跡が決定的な証拠となったからなんだ。奴は逆恨みでヒーローを殺すほど。だから最初に奴を追い詰めた孤児院の生き残りがいると分かったら復讐にくるかもしれない、ってことであの犯人がまた捕まるまで彼女の存在は公にしない方がいいということになったんだ」

「だから、表向きは死亡したことになっている、というわけなんですね……それで公の場に記録が残っていないのですか」

 

 重苦しい空気がこの場を包む。

 だが、これは半分以上嘘の話である。

 確かに犯人は逮捕され無罪判決の後に脱走していたが、行方知らずなどではない。既に私がこの手で殺している。今はもう骨だけの存在となり無縁墓地に押し込められている。私の最初の仕事が奴を殺すことだった。そのときのことは、今もはっきりと憶えている。降りかかった生暖かい鮮血も、噎せ返るような濃密な血の匂いも、ぬるりとした臓腑の感触も、昨日のことのようにはっきりと憶えている。

 そしてそれは、当然世間には発表されていない。誰に知られることもなく事を成す。それが、狩人の仕事であり役目なのだから。

 それに私の戸籍はかなりの部分をいじられているが死亡したことにはなっていない。

 私の存在自体がヒーロー公安の大半にも秘匿されている以上、プロヒーローのライセンスを管理するヒーロー公安の一般職員が不審に思うような不自然さをもたらすようなことがあってはならないのである。

 

「と、まァそういうこともあって黙っていたんだ。皆も秘密にしておいてね! だけど、実力は今日も見せた通りすごいものを持っているし、信頼に足る人物だよ。だから安心してほしい」

 

 皆が無言のまま頷く。

 私は、黙って一礼をした。

 

「まあ、暗い話もこれくらいにして、今日は私が奢りますよ! 打ち上げ行きませんか!」

 

 オールマイトの一言で教師陣は俄かに活気を取り戻した。

 教師陣たちはオールマイトを先頭にぞろぞろと出口へ向かって歩き出していった。

 私は、優勝した爆豪勝己にも話さないといけないことがあることを思しだしつつ、その背を見送ったのだった。




【狩りの斧】

狩人が狩りに用いる、「仕掛け武器」の1つ。

斧の特性はそのままに、変形により状況対応能力を高めており
重い一撃「重打」と、リゲイン量の高さが特徴となる。

元がどうあれ、厄災は既に人ではない
だがある種の狩人は、処刑の意味で好んで斧を用いたという。


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23.調査、保須市にて

 体育祭の撤収作業と各プロヒーローの事務所からの問い合わせに追われた二日間の休校日を終え、雄英高校にも日常が帰ってきていた。

 A組では、各プロヒーロー事務所から生徒達へ職場体験の招待指名数の発表に伴って彼らのヒーロー名の考案が行われ、ミッドナイトの登場と共に一際の盛り上がりを見せてた。

 しかしその体育祭の裏側で、密かに異変が起きており、些か私の興味はそちらへと向けられていたのだった。

 保須市にヒーロー殺し、ステインが現れたというニュースがテレビを始めとしたマスコミを賑わせているのである。

 被害者は二名。ネイティヴ、そしてインゲニウムというヒーローたちだ。どちらも死亡したわけではないものの、怪我の状態は決して軽いものではないらしい。ニュースによれば、ネイティヴが襲われているところをインゲニウムが救けに入り負傷したとのことだった。

 ネイティヴによれば、ステインは去り際に声明を残していったらしい。

 

『お前はメッセンジャーだ。運がいい。紛い物のお前がここで殺されず生き残ることが出来るのは、ただ偏に役目を果たすためだ。これは社会への警鐘。俺の行為は歪み穢れたお前たちが蔓延る社会を正すための礎――』

 

 そこまでステインが話したところでインゲニウムがネイティヴを救出すべく攻撃を仕掛け声明は途切れてしまった。しばらくインゲニウムとステインは戦闘をしていたが、ネイティヴと同様突如動けなくなり、ステインからの攻撃で深手を負った。その直後にインゲニウムの相棒(サイドキック)達後続が救援として到着しステインを捕縛しようと試みたのだが、数的不利と判断するやステインは意外なほどあっさりと退却していったとのことだ。

 ネイティヴは、意識は戻ったものの半身不随によりヒーロー活動は絶望的、インゲニウムもまた左腕の筋を斬られ、後遺症が残る可能性が高く、たとえ後遺症が残らずともヒーロー活動を再開するためには相当なリハビリを要することになるとの見立てだった。

 そしてインゲニウムこと飯田天晴は飯田天哉の兄であり、飯田天哉は周囲がヒーロー名決めで沸いている中で終始一人悲痛な面持ちでいた。

 一通りヒーロー名が決まると、続いて職場体験の受け入れ先を決めるようにとイレイザーヘッドは生徒達へ通達し、教室から出ていってしまった。

 

(ステイン……まだ保須にいたのか)

 

 私との交戦から一月弱経つというのに未だにあの場所に固執してるのは、奴自身のジンクスなのか。ステインは一度殺しを始めると、必ず同じ地域で四人以上のヒーローに危害を加えている。ネイティヴとインゲニウムをその中に含めるのならばあと二人以上は保須市で危害を加えることになるだろう。

 

(それにしても、()も煮え切らないな)

 

 これほどまでに被害が拡大しているのだから、メンツに拘らず私にただ殺せと命令を下せばいい。そうすれば、一連の事件は()()と止むだろう。

 しかし、反面そう簡単にその決断を下すことが出来ないのも理解はできる。他者の命を奪うことの重さをわからない者が私に命ずる立場にいてはならないし、私を行使するということは超法規的な死刑宣告と等しく、本来の法の手続きを経ないそれは人権的観点からすれば最大の侵害行為に他ならないのだ。それが表立って公表されていはいないとはいえ国家機関が下す命令なのだから慎重になるのは当然とも言えよう。

 もうひとつ上が安易に命令を下せない理由があった。ステインがヒーロー殺しとして有名になりすぎてしまったということである。

 私が手を下せば事件は止むが、その場合世間に公表されることなく表向きは迷宮入り事件として闇から闇へ葬られてしまう。それではただヒーロー殺しが活動をしなくなったというだけであり、奴が捕まり脅威が消えたという認識を世間は持つことはできない。

 ヒーロー公安も警察もそれは望まないだろうし、()もそう判断して私へ命令を出すことをしないのだろう。

 つまりは、ステインを公然と捕まえヒーローと警察の力を誇示しつつ正式に裁判へ掛ける必要があるのであって、私が介入する余地はほとんどないと言っていい。

 

(私は、ただ捕らえることは輪をかけて不得手である以上仕方のないことだが……)

 

 ふと頭によぎるは、あのとき。初めて対峙したときに始末をしていれば、飯田天哉の兄は傷つくことはなかったであろうということだった。今まで他人(ひと)と深く関わることがなかった故知らないことであったが、知己の他人が私の行為によって傷つくのをみたのは初めてであった。

 

(この感情、悔恨……ではないな。ふむ、うまく言語化できないか)

 

 現実にたらればが存在しない以上考えても仕方のないこととはいえ、飯田天哉の悲痛な顔を見るたびに平常よりも心を波立たせていることは確かであり、今まで感じたことのない奇妙な感覚に襲われているのであった。

 

「おい」

 

 私が考えに没頭していると、唐突に正面から声を掛けられた。

 

「爆豪くん。どうかしましたか?」

 

 彼は記入を終えた用紙を無言のまま私に突き出してきた。

 そういえば、イレイザーヘッドが教室を出ていく前に生徒達に記入を終えたら私に提出するように言っていたことを思い出した。

 

「早いですね。悩まなかったのですか?」

「別にどこでも構わねェからな」

 

 用紙に眼を落すとそうは言いつつも指名が来ていた中で最もビルボードチャートでランクの高いヒーローの事務所を選択しているあたり、抜け目がない。

 ただ提出した爆豪勝己の顔はどことなく不満そうであった。

 

「……アンタは、募集かけてねェのかよ」

「私ですか? 私の今の職場は雄英(ここ)ですから」

 

 私がそういうと、爆豪勝己は鼻を鳴らして背を向けてしまった。

 

「……覚えてるよな。俺が優勝したら」

「ええ。質問にお答えする、ですよね。放課後の訓練の前、少し早めに来てください」

 

 爆豪勝己は背を向けたまま微小に頷くとそのまま自席へと戻っていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 体育館γに行くと、爆豪勝己は既に先に来ていた。

 体操服に身を包み壁に背を預けながら腕組みをして、視線を落としてじっと床の一点を見つめている。

 

「お待たせしましたね」

 

 私が声を掛けると背を壁から離し腕組みを解いた。

 

「他の奴には、今日はくんなっつってある」

「そこまでしなくてもよかったのですが」

「それじゃァ俺の気が済まねェんだよ」

 

 爆豪勝己は、私に真正面から向き合い真っ直ぐに眼を見つめ返してくる。

 

「さて、もう一度質問を確認しておきましょうか」

「……」

「爆豪くんの質問は、私が脳無と呼ばれていた(ヴィラン)に殴り飛ばされたとき本当はどうなっていたか、でしたね」

「……ああ」

 

 爆豪勝己はポツリとつぶやくように言葉を発した。

 いつもの粗野な双眸ではなく、その赤味がかった鳶色の瞳からはなにか思い詰めた様子が窺い知れた。

 

「端的に言いましょう。あのときに私は死にました」

「……」

 

 私の言葉に身じろぎもしない。少なからず困惑と動揺の色も見て取れるがある程度予想していたのだろう。

 

「驚かないのですね」

「まァ、あれで死んでいないほうがおかしいくらい頭の形が変わっていたからな」

「そうですか」

 

 私自身の頭部を視ることは叶わないのは当然だがそれほど変形陥没していたのだろうか。

 ただ、私もこの個性『Blood Borne』をさらけ出すわけにはいかないのである。

 

「正確に言いましょう。確かに私は致命傷を負いました。ですが、私の個性によってその致命傷をなかったことにしたのです」

「なかったこと……?」

「ええ。私の個性は身体能力を増強する個性だとお教えしましたね。それは言葉通りであり、筋力などだけでなく治癒能力も強化されているのです。今の私ならばたとえ本来ならば死する怪我であっても数分で完治まで持っていけます」

「……」

「もちろん、デメリットもあります。致死の怪我を治すのですから、私の寿命は怪我の度合いによって縮んでいきます」

「な……に?」

「どれほど削れているかまだ死んだことがないのでわかりませんが、専門家の見立てでは致死の怪我を負うたびに少なくとも五年は縮んでいるだろうとのことです。テロメアという単語はご存知ですか?」

「あァ、染色体末端粒子のことだろ」

「よく勉強していますね」

「そんなことどうでもいいんだよ。それより、そのテロメアがなんの関係がある」

 

 爆豪勝己は私がはぐらかそうとしていると思ったのか半眼で睨み付けてくる。

 

「テロメアは正確に言えば、染色体の末端部分にある塩基配列とタンパク質から成る構造物のことです。このテロメアは細胞分裂のたびに短くなっていき、一定まで短くなると細胞が分裂を行わなくなることから、俗称として『命の蝋燭』や『生命の回数券』などとも呼ばれることがあるのです。そして、私のテロメアは同年代の人たちと比べて極端に短いそうなのですよ。特に、致死の怪我の治癒後は、その短くなり方が顕著なのだそうです」

「じゃあ、あんたの寿命は……」

「ええ、もしかしたらもう幾ばくもないかもしれません。雄英に勤める前に何度か同じような怪我を負っていますので」

 

 絶句している爆豪勝己には悪いが、今知っている者以外にこの個性のことは明かせない。真実を煙に巻くためには、事実と虚飾を織り交ぜ、如何にも本当の事を話しているように見せかけることが効果的だと経験則からわかっている。彼との約束を違えることになってしまうが、こんな薄気味悪い個性などあっていいはずがない秘匿されるべきものだ。

 だが、全てが嘘というわけでもなかった。少しは彼に酬いてやらねばならないと思ったからだ。

 個性は身体機能。つまりこの『目覚め』も私の肉体ないし身体のいずれかから発動していることは疑いようもなく身体機能である以上、上限があるとみなされていた。その上限はまだ不明であるものの必ず存在するという。

 つまり、次に死せば確実に『目覚め』る保証はどこにもない。いつ本当に死んでしまうかわからない、その部分だけは本当のことなのである。

 私が死するたびに何度もオールマイトに叱責されるのはこのことを知っているからだ。

 今のところ、その兆候は全く見られないが、死という本来ならば生命に対して絶対的な平等であるはずのものを掻き消すという世界の理を超越する個性など、本来ならば存在していいはずがない。いつ世界がこの個性を異物として排除してもおかしいことは何一つ無いのであった。

 だから、私がいつ本当に死んでもおかしくはないという部分だけは、表現を変えてでも伝えておくべきだと思ったのだ。

 

「……っざけんな」

 

 爆豪勝己は静かに、それでいて心の底から怒りに打ち震えた声を絞りだす。

 

「そういわれましても、こればかりは私にもわからないことなのですから」

「ざけんな、約束しろ」

「何をでしょう」

「急に現れて、完膚なきまでに負かして、庇って、なのに俺のせいで寿命を削りやがっただ? それで勝手に消えていなくなる? ふざけんな。そんなの絶対に赦さねぇからな。俺がトップヒーローになってあんたを負かすまで絶対に死ぬんじゃねぇ」

「……善処しましょう」

 

 打ち震える声をどうにか抑えながら爆豪勝己は言葉を紡いでいた。

 

「回答はこれで満足ですか」

「……あァ」

 

 その相槌を最後に、ひどく静かな沈黙が体育館γを支配していた。

 

「他の皆さんが来ないのでしたら、私と手合せしませんか?」

「あン?」

「また体育祭で成長したでしょうし、どれほど伸びたかみてあげますよ。ただし、いつもと違って今回は私も全力でお相手します」

 

 私がそういうと、にいと爆豪勝己は口角を上げた。

 

「本気だな?」

「ええ、本気です」

 

 爆豪勝己は跳ねるように私から間合いを取り構えた。

 

「今はまだ勝てねェ。俺はクソ弱ェ。だけど、必ず追いつく。追いついてあんたに並ぶ。並んで、戦ってやる。だから、死ぬな」

「楽しみにしておきましょう」

 

 最後にそれだけ言葉を交わし、二人だけの戦闘訓練の音が体育館γに何時間も響いていたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 週末、私は再び保須市へ来ていた。

 黒霧と死柄木弔らしき人物がステインと接触していたという目撃情報が入ったからだ。

 現在の雄英を襲った(ヴィラン)連合は私の所属する特務局だけでなく一般に公表されている組織である地方支部局からも最重要監視対象に認定され、その対象がヒーロー殺しと接触し結託している場合、未曽有のテロ事件が起きかねないと判断され私が調査を兼ねて派遣されたのであった。

 まだ抹殺命令は下されていないが、ステインと違い(ヴィラン)連合自体は上の判断次第でいつ指令書の封筒が届いてもおかしいことはなかった。

 私は高層ビルの屋上から遠眼鏡を使い保須市の様子を眺めていた。

 

(あの一件以来だが、あのときよりもどうにも町中が浮き足立っている印象を受ける)

 

 ステインのヒーロー襲撃を受け、一般市民にも動揺が広がっているのか夕方という時間にも拘らずまばらであった。

 ふと、来週からの生徒達が世話になる職場体験の候補の中に保須市に事務所を構えたヒーローがあったことを思い出した。

 

(飯田天哉が希望していた、ノーマルヒーロー:マニュアルだったか)

 

 特段目立った活躍はしていないものの、ヒーローとして本来あるべき姿を目指し規範となろうとしている彼はある意味理想のヒーローと言える。

 だが、飯田天哉にはもっと大手の事務所からも指名が来ており普段の彼の向上心から見ればマニュアルの事務所を選んだことは些か不自然であると言わざるを得なかった。

 

(ヒーロー殺しに固執している)

 

 兄であるインゲニウムを傷つけた犯人。それを激情のまま追おうとしているのは火を見るより明らかであった。

 

(刃を交えた実力を鑑みるに、今の飯田天哉ではステインの相手は荷が重すぎるな)

 

 対峙をしてしまえば、十中八九飯田天哉はステインに殺されてしまうだろう。

 個性の扱いだけ見れば飯田天哉が劣っているということはない。

 しかし、圧倒的に実戦経験に差があり、ステインは相手を殺してしまっていいという精神的なタガのない者なのだから一つ一つの攻撃を躊躇なくより深く踏み込んでいけることが致命的な差につながることは明白だった。

 

(このまま会敵させるわけにはいかないか)

 

 かといって私も命令がない以上うかつに動くこともままならない。保須市で待機することしかできない身の上である。

 広い市内でピンポイントで会敵する可能性は限りなく低いものの次善策は打っておくべきだろう。

 私はビルの屋上から身を翻し、とある場所へ向かっていった。

 

 向かった先は雑居ビルの一角でありながらそこはかとない威圧感を出していた。

 私は、ドアノブを引き中へ入っていく。慌ただしく職務を熟しているかと思えば、扉の開いた音に反応し数人の視線を一斉に浴びたのだった。そのうちの一人が私へと寄ってくる。

 

「なにかご用でしょうか。一般の方の立ち入りはお断りしているのですが」

「ここは、エンデヴァーの臨時事務所であっていますか? エンデヴァーとお会いしたいのですが」

「アポイントメントの無い方とボスはお会いできません。この時間にご来客の予定はございませんのでお引き取りください」

「ほんの少し話すだけでいいのですが」

「申し訳ございません。お引き取りを」

 

 淡々と拒絶の意を示し押し返そうとエンデヴァーの相棒(サイドキック)たちが私へと詰寄ってきた。詰め寄ってきたものの全く動く気のない私を見て、彼らはどう対処してよいものか手を拱き困惑の表情を浮かべている。

 

「おい、どうした」

 

 困惑を切り裂くように唐突に野太い声が彼らの後ろから発せられた。

 その声をきっかけに私に迫ってた人波が真っ二つに割れ、奥から炎を猛らせながらエンデヴァーが現れたのだった。エンデヴァーは私を視認すると、嘲笑にも似た笑いを浮かべつつ私の眼前にやってきた。

 

「これはとんだ珍客がきたものだ」

「ええ、私も来るつもりはなかったのですが」

「ならば、今すぐ踵を返して帰ればよかろう」

 

 エンデヴァーが本来の事務所ではなくこの保須に事務所を臨時とはいえ構えているのは、間違いなくステインに関係しているだろう。

 エンデヴァーにとって私は不倶戴天の敵であろうが、オールマイトに次ぐ実力を持つ以上、彼に頼むことが最も合理的だからこそ私はここまで脚を運んだのであった。

 

「少しだけ二人で話がしたいのですが」

「フン、俺は話すことなどない」

「取引をしませんか」

「言っているだろう、取引だろうとお前と話すことなど――」

「追っているんでしょう、ステインを」

 

 その一言で、エンデヴァーの表情が険しくなる。

 

「それはお前の上からの差し金か?」

「いいえ、私の独断です。独断ですが、情報の精度に関しては信頼性はご存知かと。見たところ手詰まっているのでしょう?」

「…………こい」

 

 しばらくの沈黙の後エンデヴァーが背を向け、事務所の奥へ向かっていくと、彼の相棒(サイドキック)達の間に動揺が広がっていった。

 

「ぼ、ボス。よろしいのですか?」

「俺が良いと言っているんだ。応接室を使う。誰も応接室に入れるな。いいな」

「は……はっ!」

 

 それだけ言い残すとエンデヴァーは私を案内することもなく一人でずんずんと進んで行ってしまった。どうやら同意したと受け取って大丈夫のようだ。私も割れた人波の間を抜けて、エンデヴァーの後を追い応接室へと入っていった。

 応接室は臨時と言えども重厚な雰囲気が漂っており、黒革のソファだけでも相当値を張るものだと一目でわかった。エンデヴァーは、上座のソファに腰深く座りこみ背を預けると腕を組み、私をちらと一瞥してそこへ座れと言わんばかりに自身から対角線上にあるソファへ向けて顎をしゃくった。その指示のままに腰を掛けるとエンデヴァーが私のことなどお構いなしに口を開いた。

 

「なぜ、俺がステインを追っていると分かった」

「ただの推測です。そもそも貴公が本来の事務所からかなり離れた保須市まで出張るには相応の理由があることは明白ですし、その相応の理由に該当するものとしてヒーロー殺しの事件が最もあり得たからです。さらに言うなら保須市で起きた先の事件がステインの所業であり大半のヒーローの手に余る以上、戦闘力を鑑みて貴公が出動することは極めて自然だと思ったからでもあります。貴公は見た目に寄らず事件解決への姿勢と熱意は全ヒーローの中でトップであることは結果から見ても疑いようもありませんし、尚且つステインの今までの行動から、まだここ保須市で危害を加える可能性が極めて高いと考えた場合、現場主義である貴公は臨時的にでも事務所の機能をそのまま持ってきて現場の近くに根ざして捜査することが合理的と判断する、と推察したわけです。ここに臨時事務所を作ったのもステインの事件以降ですから。と、こんなところでいいですか?」

「……全くもって薄気味悪い連中だ。背筋が寒くなる」

「褒め言葉ですか? それとも貴公なりの冗句ですか?」

「下らん話はいい。それよりも、さっさと要件を話せ」

 

 エンデヴァーは私を凝然と睨み付けながら、話を先へと促す。

 

「ステインに関する情報をお渡しする代わりに、私からの依頼を受けてください」

「……どういう意味だ」

「はっきり申し上げて、私の杞憂に過ぎないかもしれないことなので意味と問われると困ってしまうのですが」

「前置きはいらん。要点だけ話せ。時間の無駄だ」

「では単刀直入に言いますと、貴公らに警邏してほしい地域があるのです。場所は、ノーマルヒーロー:マニュアルのパトロール区域」

「意味が解らんわ。既にヒーローがいるのなら俺達まで見まわる必要がどこにある」

「ここからは順を追って説明しましょう」

 

 私は、エンデヴァーにステインの行動傾向を分析した結果を話した。

 ステインは神出鬼没と思われているが、危害を加える間隔はまちまちであるものの、危害を加えるために出没する場所にはある程度の傾向があるのだった。その傾向から逆算し予測すると、広い保須市と言えどもある程度までは場所を絞れるのである。

 

「……被害者が二人と言えどまだ事件が起きた場所は一ヶ所しかないだろう。それでは絞り込めないではないか」

「これは公表されていませんが、ステインはもう一ヶ所でとある(ヴィラン)を殺害しているのです。目撃者は私。私の任務対象がステインに殺害され、そのときに私がステインと会敵していますから間違いありません」

「……なるほどな」

「その二か所から次の出没場所を推測するともっとも出現確率が高い場所が、先ほど申し上げたノーマルヒーロー:マニュアルのパトロール区域なのですよ。ただステインの戦闘能力とマニュアルとを比較するとマニュアルではステインに太刀打ちできません。ですから、貴公に出張ってほしいのです」

 

 エンデヴァーはそれを聞くと、鼻から大きく息を吐きだしつつ眼を閉じた。

 なにか考えごとをしているようだが、数分の沈黙ののちにゆっくりと眼を開け、私へと視線を向けてきた。

 

「どうしてそれを俺に話す。そこまで判明しているのならPSIAで解決すればよいではないか」

「分かっているのに訊くのは趣味がいいとは言えませんね。基本的に一般公表されている各局においては組織犯罪を追うことが主で個人犯罪を追うことはしないですし、私にはステイン殺害の命は下りてきていませんから、たとえ発見できたとしても手出しができないのです。それにそもそも調査機関である我々には現行犯以外で逮捕権はない。ご存じでしょう」

「だから俺に対処しろと? あまりふざけるなよ」

「ふざけていません。ステインはあまりにも厄介な存在です。貴公ほどの実力者でなければ話すら持ちかけませんし、実力の伴わないものを徒に身を危険に晒させるわけにもいきません。インゲニウム程のヒーローでも対処できない人物である以上、現時点で保須にいるヒーローでこの案件に当たれる者は貴公以外に適任がおりません。これは、そういう案件であると貴公も理解していると思っていましたが」

「……」

 

 私がそういうとエンデヴァーは再び唇を堅く結び、黙ってしまったのだった。

 

「もっと言えば、私は別のところを警戒しておきたいからです」

「……別の場所だと?」

「ええ。上の調査によると、ステインと雄英を襲った(ヴィラン)連合なる団体が接触したようです。それで万が一(ヴィラン)連合が保須市に現れた場合、私がそちらを対処しなければならなくなってしまい、ステインまで手が回らないのですよ」

「フン。そんな木端組織、ヒーロー殺しと共に現れても俺が捻り潰してやる」

 

 その嘲笑は自信から派生するものなのだろうが、エンデヴァーといえども脳無の個性によっては完封されかねない。オールマイトですら、手こずった相手なのだ。

 

「貴公が潰してくれるのならこれ以上ありませんが、くれぐれも油断だけはしませんように」

「俺を誰だと思っている」

 

 吐き捨てるように言うともう用件は済んだとばかり、エンデヴァーはソファから立ち上がった。私もそれに倣い席を立つ。

 

「それにしても、性格が悪い。取引と言いつつ情報と条件が一体化しているではないか」

「そうでもしなければ貴公が動いていただけないと思いましたので」

「……礼は言わん」

「そんなものは不要です。むしろ私から感謝の意を述べますよ。上は表立ってステインを逮捕したいようなのですから私の出番はありませんし」

「言っておくが、俺はお前を、お前たち組織を信用していない。法に依らない殺しが認められる社会などあってたまるか。それを担っているお前たちと俺達(ヒーロー)では絶対に理解しあえる日は来ない。だが、この国を良くしようとする志だけは同じだ。だから、取引に応じた。これはあくまでも協力ではなく取引だ。そのことを忘れるな」

「ええ、もちろんです」

 

 エンデヴァーと共に応接室からでると、再び奇異の視線にさらされた。今日のエンデヴァーの対応はよほど珍しいものだったらしい。

 だがこれで最低限の予防線を張ることはできた。エンデヴァーがいる限り、飯田天哉は最悪の事態からは逃れられるだろう。

 しかし、一見直接的な繋がりがなくとも負の感情というものは往々にして負の状況を呼びこんでしまう。

 私の予測が杞憂に終わることを祈りつつ、一抹の不安を拭えないままエンデヴァーの事務所を後にしたのであった。




【遠眼鏡】

遠眼鏡。覗きこむことでモノが大きく見える。

特に狩道具でもないアンティークであり
どう使うのかは使用者次第。


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24.保須市、動乱

2kmを1分で移動は時速120キロです(挨拶)


 週明けから一年のヒーロー科の生徒達は職場体験に赴いている。

 私以外の教師たちは一般科目の授業もある為、学校に残っていたが私はその一般科目の受け持ちがないため副次公務(ヒーロー活動)申請を行い保須市へと来ていた。

 保須市でステインと(ヴィラン)連合の動向を調査しはじめたものの、今のところは動きがなくまだ何もつかめていなかった。私はビルの屋上を転々としながら、保須市の調査を進めていたが見えるものは普段の生活を営む人々の姿だけであり、ステインはおろかただの(ヴィラン)すらも現れない始末だ。

 

((ヴィラン)の被害がないことはいいが今日でもう五日目。収穫どころか手掛かりすら見つからないとは)

 

 エンデヴァーが動いたという情報もないところを考えればステインも未だ雲隠れしているらしい。(ヴィラン)連合とステインが接触した事実と現在までステインが新たに事件を起こしていない事実を加味すれば、(ヴィラン)連合もステインも現在保須市に留まっているか怪しいものだった。黒霧という存在により、拠点を複数持つ必要のない(ヴィラン)連合はたとえ出現場所を知られたところで大きなデメリットにならない。黒霧の個性であるワープにおける座標指定の限界疆域が不明である以上、出現場所の近隣はおろか、国内に拠点というものが存在しない可能性すらもあるため全ての調査が徒労に終わることも低くなかった。

 当然ながら過度な先入観は目を曇らせると認識している。故にあくまでもフラットな思考に努めてはいるものの、ステインにせよ(ヴィラン)連合にせよ、ここまで手応えのない調査も珍しく私はともかく上は何かしらの反応ないし変化を求めているようだった。

 更にいくつかビルの屋上へ場所を移しながら数時間調査を続けていたものの相も変わらず成果はなかった。

 今日の調査も空振りに終わるかと思いながら単眼鏡を覗いていると、ふと今いるビルから直線距離で約二キロメートルほど離れたビルの屋上に設置してある貯水槽の上に黒い靄のようなものが中空に渦巻いている様子が映り込んだ。

 

(ようやくお出ましか)

 

 視認できた時間は僅かな時間だったものの間違いなくあれは黒霧の個性。誰が転送されてきたかまでは確認できなかったが、十中八九死柄木弔と黒霧は同行している。そこにステインがいれば目下の目標を一網打尽にできる好機であった。

 

(距離は二千。ビルの屋上を飛び移って行っても約一分掛かる。急がなければ拙いな、迅速に動かれたら見失ってしまう時間だ)

 

 すぐさま隣り合うビルへと飛び移り、黒霧らしき姿を視認した場所へ向かう。ビル群の屋上を足場に次々と飛び移っていく。

 屋上の様子がはっきりと肉眼で視認できる距離まで近づいていくと、そこには黒霧の姿も死柄木弔の姿も無く、佇んでいたのは奇妙な仮面を被った長身の人物だった。

 目標に接近するにつれて、私の中の警戒音が大音量で鳴り響いていく。ただ眼下の街並みを眺めているだけのように見えるその人物からは隠しようもない、そして途方もない悪意が漏れ出ていた。

 腰に据えていた千景を抜刀しつつ、隣接するビルの貯水槽の上に到着すると最大限の警戒を保ったままにじりよる。頭顱をモチーフにしているであろう奇妙な仮面を被った人物はゆったりと緩慢な動きでこちらを向いた。その仮面からはデザインなのか機能なのか仰々しく幾多もの(チューブ)が伸びている。身を包んだスーツと同じく仮面は漆黒に染められ、どことなく工場地帯を彷彿とさせた。

 仮面の人物は抜き身の刀を持つ私を仮面の奥から見据えると驚くわけでもなく、ただただ軽く肩を竦める。

 

「やあ、こんなところにまでお客さんとは、なかなかに稀有なこともあるものだね」

「……」

 

 私は、千景の切先をその仮面の人物へ向けた。

 今すぐに斬りかかりたい衝動を抑え、どうにか対峙する。

 なんなのだ。こいつは。今まで出会ったどの(ヴィラン)よりも佇んでいるだけで一帯の空間を丸ごと悪意に染め上げていると錯覚を覚えるほど禍々しいオーラを放っている。今すぐ切り捨てろという獣めいた本能とそれを押し留める人としての理性がせめぎ合う。

 

「おやおや、出会ってそんなにすぐに刃を向けられるなんて思わなかったな」

「まるで刃を向けられることが既定事項とでも言いたいようだな」

 

 くつくつとその仮面の人物は笑いを漏らす。

 

「ああ、すまないね。少しばかり気が逸ったよ」

 

 私からすれば、黒霧らしき個性の残影の跡に立っているとはいえ、まだ眼前の人物は何もしていない一般人にカテゴライズされる。その一般人に自らの姿を晒しあまつさえ刃を突き付けている。仮面が阻みその表情ないし素顔は窺えない。誰かもわからない。しかし、仮面の奥から滲む凶相は、私にそれは悪だという絶対的な確信を与え、奴をそのまま見過ごしていいわけがないと、狩人としての勘が私に刃を下ろさせなかった。

 一挙手一投足、全てに警戒している私の気配をいなすかの如く、ゆるりと仮面の人物は諸手を広げる。

 

「僕は、君とやり合いたくないんだ。警戒を解いてほしいな」

 

 私は答えずに、さらに警戒を高めた。先程から明らかに奴は私を知っている口ぶりで話している。かつて私の任務対象の残党なのかと頭の片隅にちらと浮かんだが残党に逃げられるほど甘い仕事はしてきてはいないし、何よりこれほどの者ならば覚えていないはずがない。

 黒霧の仲間、つまり(ヴィラン)連合の一員と考えるならば私を知っていてもおかしくないが、ならばなぜ雄英襲撃の際にこの者がいなかったのかが不可解だ。対峙しただけでわかる。間違いなく、あの脳無よりも圧倒的に強い。しかし、奴はあの場にはいなかった。あの場にいれば、オールマイトの殺害という目的の成功率は飛躍的に上がったであろうにも拘らずだ。

 となればあの襲撃後に新しく(ヴィラン)連合に組した? あり得ない。こいつが死柄木弔の下に就いたり組織を組むメリットがない。単独で十分すぎるほどヒーローたちと渡り合っていけるだろう。

 思想に共感したという線も薄い。死柄木弔の子供じみた言動に感化され同志になるとも思えない。

 そうなれば考えうる可能性は、三つ。

 

(ヴィラン)連合を利用しているか、(ヴィラン)連合の後ろで糸を引いている黒幕か、その両方か」

「ふふふ、たったあれだけの会話でそこまで行きつけるとは素晴らしい」

「否定しないのだな。『(ヴィラン)連合? なんのことだ?』と一言言えば私は去るのかもしれないぞ?」

「冗談はよしてくれ。君がそんなに甘いたまには見えないよ。それに、否定する必要がないだろう?」

 

 仮面の人物は怖気立つ笑い声を漏らしつつ、手を顎に当てた。

 

「僕は君に話があってわざわざ出向いたんだから。なあ、()()

 

 そのニュアンスは明らかに私を、ひいては狩人という存在を知っているものだった。いよいよ私の警戒は限界を超え、臨戦態勢を無意識のうちにとっていた。

 

「僕を救けてくれないか。とてもとても困っているんだ」

「お前こそ、つまらない冗談をいうじゃあないか。論外だ」

「じゃあ、僕の仲間になってくれないか? 僕には君が必要なんだよ」

「同じことを言わせるつもりか? どこの馬の骨とも知らぬ相手に手を貸す馬鹿がいるわけがないだろう」

 

 私がそういうとなにがおかしいのか肩を震わせながら笑い、さらに仮面の人物からは笑い声以上に不吉な悪意が立ち上ってきている。

 

「そうだね、自己紹介がまだだった。僕の名前は――いや、名前よりもこっちのほうがいいかな。オール・フォー・ワン、そう呼ばれているよ」

 

 その名前を聴いた次の瞬間には、私はビルの間を一足跳びで渡ると目の前の人物目がけていきり立って斬りかかっていた。

 音速に至る銀閃は頸動脈を寸分違わず断ち、胴体から頭部を完全に斬り飛ばすはずだったが、奴の硬質化した腕は悠々と首と千景の間に割って入り渾身の斬撃は阻まれてしまう。スーツが破れただけで腕にはほとんど刃は通っていない。ぎちぎちと皮膚と金属がぶつかり合っているとは到底思えない鈍い音が響き渡った。

 

「今度の狩人はなんて気が早いんだ。以前のはもう少し話を聞いてくれたよ」

 

 その仮面の男――オール・フォー・ワンと名乗った男は余裕たっぷりにそういうと、力任せに千景を振り払い、反対の手で()()を押し出すような動きを見せる。反射的に体を反らせば、私が立っていた隣接するビルの貯水槽が歪んだ金属音を響かせながらその胴体を大きくひしゃげ、同時に出来上がった巨大な穴からは滝のように水を吐き出していた。

 私は空中で体勢を整えつつ、着地すると千景を鞘に納め、抜刀の構えを取る。

 

「その様子だと僕を知ってくれているみたいだね。光栄だ。会えて嬉しいよ。わざわざここまで出向いた甲斐があるってものさ」

 

 まるで私を待ち構えていたかのような発言に思わず眉をひそめる。私自身が監視や尾行には過剰なほど用心していることはもちろん、上からの私への向けられた監視網を掻い潜ることはほぼ不可能といってもいい。しかし奴は私にも上にも気づかれず、私がここへ来ることを予見しているようだった。

 

(不可解だが、今は目の前の現実に集中する他ない)

 

 オール・フォー・ワン。超常黎明期から生きる闇の世界の伝説。個性を奪い、個性を与える個性をもって裏社会に君臨し支配をしていた者。ワン・フォー・オールを生み出し、オールマイトに殺されたはずの者。そして、オールマイトに不治の怪我を負わせた者。

 私は、目の前の光景がまだ俄かには信じられていなかった。

 オール・フォー・ワンは、その場で足踏みをするように中空を蹴ると、自身の身体がふわりと宙へ浮かび上がっていく。

 エヴェリンをすかさず構えオール・フォー・ワンへ向けてトリガーを数度引くが全て硬化した両腕で弾かれてしまう。

 

(飛び上がり斬りかかることは可能だが、奴に刃が届く前にこちらが狙い撃ちされてしまう)

 

 内心で舌打ちをしつつも私の思考は、オール・フォー・ワンを殺すことだけに染め上げられていった。狩人としての規則(ルール)も矜持も培ってきたすべてをかなぐり捨て、たとえ理性なき獣に堕ちてでも奴を殺さねばならぬと、ただただその思考へ染まっていく。

 

「穏やかじゃあないね。これじゃあ話し合いにはならなさそうだ。狩人は本当に苛烈で刹那的な生き方を選択する」

 

 言葉とは裏腹に、特に感慨も失望の色もなく気味の悪い声をそのままに、オール・フォー・ワンはただ平坦に述べる。

 

「ひやりとしたよ。流石だね。話に訊いている以上だ。僅かに個性の発動が遅れていたら僕の頭と身体は泣き別れていただろう。だけど、それでこそ狩人だ。やっぱり僕の眼に狂いはなかったみたいだね」

 

 不意に、オール・フォー・ワンは私の背後へ向けて指を指した。

 

「それより僕に構っていていいのかい? ほら」

 

 突然、大爆音と共に熱風が背後から押し寄せてくる。その熱風に乗ってなにかが焼けた臭いが鼻をついた。その爆音は断続的に複数個所で起こっていき、爆音に紛れて市井の人々の悲鳴が上がっていったのだった。

 

「さあ、大変だ。脳無が暴れ出した。市井の人々を救けなきゃ」

「私には関係ない」

「……へぇ」

 

 即断で切って捨てると対峙してから初めて、オール・フォー・ワンの声色が変わった。だが、次の瞬間には拍手を打ちながら滔滔と語りだした。

 

「いいね。狩人としてとても模範的だ。英雄(ヒーロー)と狩人の一番大きな違いをそのまま体現しているよ。英雄(ヒーロー)は正義という拠り所も不確かな奇妙なものに殉じ、狩人は善悪を問わず国家に殉じる。君は目的の為ならば冷徹に非情に徹することができるみたいだね。リスクとリターンを秤にかけ尠少の乱れもなくひたすらに最大限の効率を選ぶ。救助ではなく国家にとっての脅威の排除を優先する。それがたとえ盲目的な狂奔であり、人命を切り捨て、目も当てられぬほど人道から外れようとも厭わず完遂に向かう姿はまさしく狩人そのものだ」

「闇の帝王を名乗る者がそれほど饒舌だとは知らなかったな」

「ふふふ、弁舌は僕の個性以上の武器だからね。それよりも少しは動揺を見せてほしいな。喋り甲斐がない」

「笑止」

 

 千景を鞘に納めたまま手を離しつつエヴェリンを腰に据え直し、もう一つ背に帯びていた武器へ持ちかえる。取り出した武器は、歪な曲刀ともいえる銀の刀身を持つ剣だ。

 

「その剣に持ちかえてどうするんだい? 予備の武器を投げつけてでもみるのかな?」

 

 オール・フォー・ワンの挑発を無視し私は剣をその場で振るう。がしゃりと音を立てた剣は、その次の瞬間には剣でなくなっていた。

 私が手にしたものは、弓剣と呼ばれる仕掛け武器である。慈悲の刃のように重なり合った二つの剣が柄頭を起点に展開し銀翼の如き姿へと変形した。絹のような銀糸を縒って張られた弦が両翼の端を繋ぎ煌めく。

 変形前は剣として。変形後は弓として。対峙する相手によってその姿を全く別の物へと変える私の持つ仕掛け武器の中でも殊更に特殊なものだった。

 ブーツに仕込んだ銀矢を取り出し、番え、引き絞る。

 放った銀矢は風を切り裂きながら、エヴェリンから放たれる水銀弾と変わらぬ速度でオール・フォー・ワンへと迫りゆく。

 

「弓とは意外だけど、意味は――むっ」

 

 オール・フォー・ワンから苦痛の声が漏れ出る。水銀弾と同じように銀矢も鈍い音を響かせながら腕で防御をされたが、弾かれることこそ目的であった。

 硬化した腕を貫くまでは行かなかったものの、大きな痣が出来上がり僅かながら出血が見受けられる。

 この弓剣で放つ矢には水銀弾と同じく私の血が混ぜ込んであり、硬度強度共に通常の矢を遥かに超える。更に銃と違い、私の膂力を直接伝え放つため素早く連続の射撃は出来なくとも威力の面ではこの弓剣が勝っていた。

 エヴェリンでの銃撃、千景での斬撃。双方の感触から得た答えはオール・フォー・ワンの身体を思惑通りにダメージを与えることに成功したのだった。

 私に致命打を与える手段が限られている以上、奴の行動を制限するように立ち回らなければならなかった。しかしこの一手で私が余裕を見せている内は、奴は空中に浮かんでいようと私には対応策があることを認識し警戒せざるを得ず、迂闊な行動は起こせなくなったはずだ。

 

「そんな奥の手を持っていたとは。弓が銃よりも威力が高いなんて前代未聞だよ」

「お前も空中ではそれほど素早く動けないのだろう?」

「本当に優秀な狩人だ。こんな一瞬で見破られるとはね。確かにエアウォークもそんなに楽じゃないんだよ」

 

 相手も百戦錬磨。弁舌が武器というだけはある。ダメージを受けたことは間違いなく予想外の出来事のはずだ。しかし言葉からは微塵も焦躁も揺らぎも感じない。実際に余裕があるのか、ただのはったりなのか。全く読み取れないことは狩人として身を挺してから初めての経験だった。

 私も悟られぬよう余裕をみせているが、実際空中に浮かばれ続ければ分が悪いのは私の方である。矢には限りがあることはもちろん、射当て続ければダメージは見込めるものの第二射からは防御ではなく回避に徹せられてしまうであろうことを考慮すれば期待は薄い。そうなれば掠めることはできても致命打を与えることはかなわない。矢が尽きれば、一方的に攻撃を受けてしまうことになる。それだけは避けなければならない。

 

「可愛げがないくらい全く隙がないね。少しは『訊きたいことがある』だの『何者だ』だの『随分と狩人を知っているじゃないか』みたいなやり取りを期待していたんだけどな」

「訊いたところで真実であるという保証も真実を確かめる術もあるまい。重要なのはお前が複数の個性を用い、尚且つオール・フォー・ワンを名乗ったという事実のみだ。虚妄分別に陥る問答をする時間など毛ほども持ち合わせていない」

「ふふふ、そう。それでこそ素敵というものだ」

 

 不気味な笑いは、私の平常心をひどく奪っていく。

 

「でも、今日の相手は僕じゃない。今日は顔合わせだけのつもりさ」

「逃がすと思うのか?」

「逃がすさ。逃がさざるをえない」

 

 オール・フォー・ワンが指を鳴らすと先程まで奴が立っていた場所にごぼとタールのような黒い粘性の液体が中空から溢れだした。

 

(これは、死柄木弔たちを逃がした個性……!)

 

 奇襲を警戒し、その粘性の液体から距離をとる。粘性の液体を掻き分けて現れたものは、またしても脳無であった。

 

脳無(スペリオール)とでも名付けようか。弔から話を聞いて、中位(ミドルレンジ)程度の脳無じゃあ話にならないと思って君専用にカスタマイズしたんだ。存分に楽しんでくれ」

 

 現れた脳無は自然体のまま脱力し不気味なほどに静かに佇んでいる。二メートルほどの体躯。所々発達した筋肉に押し破られ筋繊維が露出した浅黒い皮膚が全身を包み込んでいる。脳無の特徴である剥き出しの脳はそのままだが、どこか今までの脳無とは違いただのもの言わぬ生体兵器とは一線を画す印象を受けた。

 脳無が一歩踏み出すと同時にオール・フォー・ワンはさらに高度を挙げ浮かび上がっていく。

 逃がすまいと銀矢を数発放つが回避されてしまう。

 

「僕もこの後予定があってね。挨拶だけしてすぐに去ろうと思ったけどあまりにも楽しくてしばし時間を忘れてしまったよ。だけどあまりここで構っていられない。一旦さようならだ、狩人。()()()()()

 

 空中浮遊をしたままオール・フォー・ワンがその場を離脱していく。

 

(空中を移動していく? 奴は移動系の個性を持っていないのか? ならば、あの粘性の液体の個性は手元に引き寄せるだけ? いや、今はそれよりも――)

 

 擡げた疑問を振り払い、追おうとするが、現れた脳無が猛進してきていた。

 

(――! 疾い!)

 

 脳無が繰り出した拳を剣を立て受け止める。しかし、あまりのパワーに押し込まれてしまい後退を余儀なくされ、モルタルの床に二本線が引かれた。

 受け止めた腕が痺れる。スペリオールと呼ばれた脳無のパワーは雄英を襲撃してきたショック吸収を持った脳無にも匹敵するものだった。追い打ちをかけるかのように脳無は両拳によるラッシュを叩きこんでくる。どうにか弓剣で受け体捌きで回避し対処しているものの、このままではジリ貧だ。これだけのパワーを連続して受け止めていれば、いずれ弓剣は破壊されてしまう。

 しかし、それ以上に厄介だったのは脳無の疾さである。

 

(ラッシュのスピードもそうだが、この圧倒的な反応速度は……!)

 

 速いのではなく、疾い。次の手を繰り出すまでが異様なほど疾いのだ。一手一手が致命必至の威力を持ち、それでいて最も対処の難しい角度で正確無比な攻撃をねじ込んでくる。完全に喰らうことはないものの、僅かずつ拳は掠り私にダメージを蓄積していく。

 僅かでも逡巡し防御手、回避手を間違えれば、即詰みの状況に追い込まれていた。

 一度あえて死して、月光の聖剣を持ちだすことも一考したが、私が死している僅かな時間であってもこの脳無(スペリオール)が街中に降り立ち悲愴を振りまくことになりかねない。先程の脳無が街中に放たれた直後から聴覚を研ぎ澄まし事態を観察していたが、その場にいたヒーローたちがようやく鎮圧をしかけているのだ。私の無為の死によって彼らの努力を無に帰させるわけにはいかなかった。故にこの脳無(スペリオール)は、絶対にここで始末しなければならないのである。

 ただ、さらに事態を窮させていることがある。ラッシュを弓剣の刃の部分で受けているにも拘らず、脳無の拳が裂かれる様子が一切ないことであった。やや食い込む様子は確認できたものの切り裂くまでには至らない。

 雄英に現れた脳無がショック吸収であったように、この脳無は斬撃吸収ないし斬撃無効の個性を持っているとみて間違いはなさそうだ。

 

(なんともありがたい私専用の改造だ。食い込む当たり、無効よりも吸収の線のほうが濃厚か。どちらにせよ鬱陶しい)

 

 内心で呪詛を吐きつつも、頭は次第に冷静になっていく。

 

(諦観することは易い。だが、この程度の困難を覆せぬほど浅い経験でもない。打開してみせよう、狩人として)

 

 自ら弾き飛ばされるように間合いを取ると、弓剣を放る。同時に、頬から流れる血を拭い、『狩人の遺骨』を発動させ、千景に手を掛ける。

 迫りくる脳無を前に、今から行おうとしていることは完全に初めてであるにも拘らず、不思議なほど落ち着いて抜刀の構えを取ることができた。

 眼前に拳が迫る。

 

(これが、千景を持つまでできなかった闘い方(スタイル)血神(けっしん)』だ)

 

 遺骨による『加速』と最速の抜刀により抜き払った千景は、音を置き去りにして血刃を形成し深紅の剣閃となって脳無(スペリオール)を逆袈裟に切り裂いた。

 脳無は迫る勢いのまま下半身から切り離された上半身がフェンスに衝突し、べちゃりと夥しい出血を伴いながら力なくモルタルの床に転がった。

 千景を納刀しつつ、転がっている下半身を蹴とばし上半身へと近づいていく。

 

「丁度良い実験だった。存外有意義だったよ」

 

 おそらくこの脳無を通じて監視しているであろうオール・フォー・ワンたちに向かって吐き捨てる。

 すると、突如脳無が奇声を発し空へ向かって咆哮した。直後に切り口から筋繊維がうねり切り捨てたはずの下半身を形成してゆく。

 

「やはり再生の個性持ちか」

 

 だが、もう既に勝敗は決している。もうなにもかも手遅れなのだ。完全に再生が終わると、再び脳無は私へと向かおうと歩を進めた。

 だが数歩進むと、歩みを止める。がくがくと下顎が震え、口から血泡を吹きだす。

 

「私の血は劇毒。血刃で斬り裂いたときには既に体内に侵入している。その後にあるものはただ死のみだ」

 

 先ほど以上の大咆哮をした直後、多量の吐血と全身――文字通り頭の先からつま先まで――から大出血を起こし倒れ伏したのだった。痙攣するかのようにびくびくと全身が震えているが既に絶命している。

 

「せめて安らかな死を。これ以上命が弄ばれないように」

 

 急いて空に眼を向けるが、やはりそこにオール・フォー・ワンの姿を認めることはできなかった。逃がしたという事実に、ぎりと歯噛みする。

 死体回収を依頼するスイッチを押し、ビルから眼下の街を見下ろす。どうやら無事に街の脳無も鎮圧できたようだった。被害はないとは言えないが、ヒーローたちが迅速に行動をしてくれたおかげで最小限の被害に止まったように思う。救急を報せるサイレンがけたたましく保須市中に鳴り響く。

 通信端末を使い、上に重要な単語は伏せ簡易的に報告をする。報告を終えると別所でも脳無が現れ、そして同時にステインも出現し逮捕されたことを知らされた。その逮捕の貢献に、緑谷出久、飯田天哉、轟焦凍が関係していたのだという。

 無茶をするな、と叱り飛ばしたいという気持ちが一番に湧き上がってきたことに気づき、苦笑いを浮かべた。

 

「オール・フォー・ワン……」

 

 通信端末を切り、奴の名を口にする。生きていたという実感が去来するとともに憎悪の炎が心内に燃え盛る。

 必ずこの手で葬り去らねばならない。

 私が、必ず。

 同時に、私は安堵を覚えていた。

 

「オールマイト。私は貴方を殺人者にさせない。絶対に」

 

 手を穢すのは私だけで十分だ。

 その場を遺体回収係に任せ後にする。

 

(オールマイトには、報せないわけにはいかないな)

 

 オールマイトにオール・フォー・ワンの生存を報せたら、どんな思いをさせてしまうのだろう。

 悲しみと怒りに満ちた顔をするに違いない。

 その顔を視ることが、今からもう心苦しく私の足取りを重くするのだった。




【ある狩人の弓剣】

最初期の狩人として知られる、とある狩人の狩り武器。

銃器を忌み嫌った彼のために、工房が誂えた特注品であり
曲がった剣の大きな刃は、仕掛けにより弓に転じる。

だが僅かばかりの友の他は、皆、その狩人を嘲った。
弓で厄災に挑むなどと。


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25.播種、滲透する悪の意思

 雄英高校の仮眠室で、私はオールマイトに保須市であった出来事を報告していた。本来ならば職務上知り得た情報を外部に漏洩させることはあってはならないことだが、私の独断でこの人にだけは報せなければいけないと思ったのだ。

 私の報告を聞いたオールマイトは胸元で組んでいた両の手を強く握り込んでいる。その手の甲からは涙にも思えるような一筋の血が滲んでいた。

 

「私から報告できることは以上です」

「……すまないね。君の立場も危うくなるというのにわざわざ話してくれて」

「やめてください。謝らないでください。私は立場などどうでもよいのですから」

「すまない」

 

 オールマイトは目を伏せ、言葉を溢す。その姿を見て、私の胸中には後悔の念が大きく渦巻いていた。

 

(あのとき冷静に『遺骨』を発動してから斬りかかれば、この連鎖する因縁ごと断つことができたのかもしれない)

 

 考えても仕方のないたらればが脳内に浮かんでは消えていく。

 本当はわかっている。もし『遺骨』を発動していたとしても、こちらが『なにかをする』と思わせてしまえば奴には通用しないだろうということもたったあれだけの手合せで十分すぎるほど理解できた。

 つまり、奴があの場を離れる前提で動いていた時点で、この結果は不可避であり後悔するだけ無駄な時間だと頭でわかっていても、その後悔を止めることはできなかった。

 

「だけど、これで合点がいったよ。複数の個性をもった改人『脳無』。(ヴィラン)連合。全ては裏に奴、オール・フォー・ワンがいたわけだ」

 

 オールマイトは悲痛な面持ちでその名前を口にする。

 

「仮眠室に来る前に、グラントリノからもオール・フォー・ワンが動き出したとみていいと言われていたけれど、それがはっきりと確信に変わったよ」

「ヒーロー殺しの一件も、オール・フォー・ワンが関わっていたとみるべきですね」

「ああ。彼の、ステインの熱にあてられて悪意の種だったものが芽吹き、一つに収束し始めている。グラントリノにも言われたけど、その通りだと思うんだ」

 

 連日、マスメディアがステインの事件を報道していた。彼らは血の匂いを嗅いだピラニアのごとき様相で、ステインの過去から現在に至るまでを貪りつくしている。その中で特に強調され繰り返し報道しているものが、ステインの逮捕前に発した思想である英雄原理主義ともいえる『英雄は自己犠牲の果てに得る称号でなければならない』という言葉だった。

 その言葉は、間違いなく世間に、そして(ヴィラン)たちに感染していくであろうことは容易に想像できるのであった。そして、その感染者たちが集まるその場所はステインが所属したことで箔ともいえるものがついた(ヴィラン)連合に他ならない。

 

(ヴィラン)連合が、ただの木端組織からこの流れの悪意を収斂する中枢になり得ると、我々は判断したようです」

「そうか。PSIAも動いているのか」

 

 この『我々』というのは、雄英教師陣でも、ましてやヒーローでもない。私の本来所属する組織、PSIAこと公安調査庁だ。

 公安調査庁は、個性社会前から存在する我が国の情報機関である。破防法の制定と共に設置された国家機関であり、国内諸団体・国際テロ組織に対する情報の収集・分析を行う治安機関・情報機関として活動をしている。

 かつて公安調査庁は情報収集、分析に特化し政府へと情報を提供する組織であったが、個性が発現してからはその動勢を変えざるをえなくなった。

 超常社会黎明期、警察が個性を用いることを禁じたことで、ヒーロー以外は個性を表立って使うことができなくなったというのは既知であるがその経緯を覚えているものは多くない。そも警察が個性を用いなくなったのは、民衆たちの鑑となり規範となるためであり国家権力の代表格ともいえる警察機構は犯罪者に寄りそうのではなく、民衆の秩序を保ち導く立場になることを選んだ結果なのである。

 しかし黎明期ではそれまでの法やしくみが到底追いつかない日々が続き、その警察の理念を嘲笑うかのように日夜増える個性犯罪、それにともなった個性犯罪集団やテロ組織が増加していった。当時ようやくヒーローというものが根付きつつあったが、それ以上のスピードで犯罪は増えていったのである。

 そこで生まれたのが私の所属する公安調査庁特務局だった。

 自警団(ヴィジランテ)に端を発する誕生から成り立ちの特殊なヒーローは特殊国家公務員と位置付けられているものの国家への所属意識はとても希薄で、政府命令で動くことはあっても公務としての意識はほとんどないと言っていい。そのためヒーローたちの活動は、個人ないしヒーロー公安に委ねられている。そのヒーロー公安もほぼ独立した組織であり正義というヒーロー独自の価値観や意識で動くことが多く政府の意向をくみ取って動くことはほとんどないのである。

 そのため時の政府は直接指揮可能な即座に行動を移すことのできる組織を欲した。確かに警察は個性を放棄したが、国家そのものが個性武力を放棄したわけではなく、また放棄できるわけもなかった。

 そこで警察機構に代わり国家が保持する中で直接指揮を執ることが出来る最大の個性武力として、そして表舞台にでることのない組織として治安維持を主な目的に特務局は設置されたのである。個性社会以前より調査に特化した機関である公安調査庁には多くの犯罪組織の情報が入る。もともと武力を保持しない組織だったが情報収集から行動までのタイムラグを無くしつつ直接武力制圧するため、個性武力を行使する狩人という存在が生まれたのである。また、もともと法務省の外局であったため政府を通じ、もしくは法務省が超法規的な指示を直接出すことができることも都合がよかったのであった。

 

「現時点での対象はまだ死柄木弔、黒霧の二名だけですが、(ヴィラン)連合に所属していると見做されれば順次対象として設定されていきます」

「そう、か。できれば、君の手を穢させたくはない。ヒーローたちで解決したいと思ってるよ」

「悲しい顔をしないでください。私は平気ですから」

 

 この対象とは、つまり発見次第の殺害指示(サーチ&デストロイ)が出ているということである。公安調査庁ひいては政府は、今回の保須市の動乱で(ヴィラン)連合を正式に個性テロ組織として認識したということだ。

 悪意が浸透し、伝播する速さは想像を絶する。今この瞬間も着々と力を蓄えているであろう(ヴィラン)連合を放置していればやがて、オールマイトやヒーローだけでなく国家そのものにその牙を突き立てることになるだろう。

 

「そういえば、一つ訊きたいことがあったんだ」

 

 オールマイトは神妙な面持ちのまま、私の眼を覗き込んでくる。

 

「私が、オール・フォー・ワンを殺しきれなかったというのは事実なのだろう。だが、完全に回復しているとも思えない。何せ……その、両の眼球が破裂し脳が頭蓋の奥から覗くほど頭を砕いたのだから。だから、君が交戦してみての感想でいい。奴の強さはどうだった?」

 

 オールマイトはより一層、思い詰めた眼で私を見つめる。

 

「私は、奴の全盛期を知らないので、正確なことを言えないのですが」

 

 あの刃を振るい、交えた感覚を頭の中で反芻する。

 

「PSIAが考えうる限りの戦力を投入できたとして真正面からぶつかりあっての勝算は五分五分といったところです。といっても、反応速度や見せた個性の強さからの予測でしかないので正確性には乏しいですが」

「五分五分か……」 

「ただ、奇襲を成功させることが出来れば討ち取れる可能性も低くはありません。奴も慮外攻撃には若干の動揺がみてとれました」

 

 おそらくオール・フォー・ワンと言えども、『遺骨』と千景の抜刀スピードには全霊をもって防御に神経を使わなければならないはずだ。誰かがオール・フォー・ワンの意識を数秒間、完全に引き付けることが出来れば私の奇襲で個性の発動をさせぬまま殺すことができるだろう。

 

「ただ、その奇襲を成功させるためにはかなりの厳しい条件が求められますが」

「真正面からでは、難しいか……君にそこまで言わせるとは」

 

 奴と対峙した際、不可解な点が二つあった。

 一つは、奴そのものが姿を現した点だ。私が話に聞いていたオール・フォー・ワンは、圧倒的な力を持ちつつも狡猾で用心深く滅多に人前に姿を現さず、まさしく今(ヴィラン)連合の影に潜めているように自身が前面に出てくることはほとんどなかったはずだ。だが、私と対峙した奴は、言葉に則るのならわざわざ『挨拶』をするためだけに現れたのだという。

 そのことをオールマイトに伝えると、やはりオールマイトも怪訝な表情をみせていた。

 

「ありえない、とまでは言わないけれど可能性としては低いだろうね。もともと奴は人前に姿をあらわすことはないし、仮に徒に姿を現しただけだとするとあまりにもメリットが無さすぎる」

「となれば、考えうることは私と会敵しなければならない理由があったか、会わざるをえなかったか、ですね」

 

 だが、どちらにしても腑に落ちない。前者であれば、空間移動系の個性のため、目印をつけることが考えられるが私自身が直接奴の身体に触れていないし、奴も私に触れてこようという意図は見えなかった。空間移動系の個性は発動の条件が厳しいことが多くあの程度の接触で千景になにかを仕込むことも難しかっただろう。希少とはいえ一定数存在する空間移動系個性に最も多い種類は、自身のDNA情報を目掛けて転移するタイプであり、私も当然千景を検査に出したがそれらしいものは全く検出できなかったのだった。

 後者の場合、なお不可解である。移動系の個性が一方通行ならばわからなくもないが、相手は黒霧なのだ。オール・フォー・ワンだけをあの場に残したというのは理解に苦しむと言わざるを得ない。

 

「無難に考えれば、何かしらの目的があってその場にいたが君の急襲にあって仕方なく脳無を繰り出し撤退した、かなァ」

「ですが、脳無の性能は明らかに私を意識したものでしたし、奴も私を待ち構えていたかのような話ぶりでした」

「腹に穴を空けられた私が言えたことではないけど、奴の言葉に耳を貸さない方がいい。待ち構えていたように装うことなど奴にとっては簡単なことだし、脳無が君の言うとおり強力な防刃性能を有していたことは事実だろうけど、同時に見ていないだけでショック吸収の個性も持っていたかもしれないだろう? 汎用で用意したものを君専用だと嘯いて動揺を誘っていただけかもしれないからね」

 

 確かにオールマイトの言うことには、理がある。多分に当たっている部分もあるだろう。それでも奴の不穏さの陰の全てがそうであるようには到底思えないのだった。意図的に、そういう方向へ思考がねじ曲げられているような気味の悪いなにかを感じていた。

 暫く、二人の間で沈黙が流れていたが、唐突に仮眠室のドアが開きその沈黙は破られた。

 

「あ、あれ?」

 

 ドアの向こうには緑谷出久が立っていた。戸惑いの表情を隠すことなく視線が私とオールマイトの間で泳いでいた。彼の様子をみて私の存在が想定外だと察し中座しようとしたが、オールマイトに制止されてしまった。

 

「いいんだよ、このタイミングで緑谷少年には来てもらうように言っていたんだ」

 

 オールマイトは微笑みながら緑谷出久と私に着席を促した。

 

「そろそろ話す頃合いだと思ったんだよ。私が負ってきた役目とその原点をね。緑谷少年、掛けたまえ」

「え、えっと? その……」

 

 緑谷出久の動揺を余所に、オールマイトはにこやかな表情を崩さない。状況が呑み込めていないまま、緑谷出久は椅子に腰を掛けた。

 

「まず、彼女のことを話そう。彼女は君と私の関係を知っている」

「えぇっ!?」

「それに、ワン・フォー・オールのことも知っているんだ」

「えぇえぇええっ!?」

 

 先ほど以上の速さで、私とオールマイトの間で緑谷出久は視線を泳がせる。私が無言のまま頷くと、驚愕の表情を張り付けたままま口を大きく開けていた。

 

「あの、グラントリノで最後じゃなかったんですか……?」

「グラントリノはご隠居なさっていてカウントをし忘れただけだが、彼女の場合は意図的に外していたんだ」

「どういう?」

「彼女の方針でね。できる限り表に立ちたくないらしいから、緑谷少年にも話さなかったんだよ」

「え、えっとじゃあ狩人先生は最初から全部知っていて、黙っていたんですか?」

「ああ、そうなるね」

「全然わかりませんでした……でも、知ってからなら先生の一連の言動が一つの線になった気がします」

「な、信頼に足る人物だろう?」

 

 そのあと緑谷出久はいくつか質問を重ねていたがオールマイトから答えを告げられるたびに二の句が継げずに口をパクパクと魚のように開閉していたが、やがて亡我の果てから戻ってきた。さらに質問を重ねようと思ったらしく声がこぼれたものの、本題ではないことに気づきどうにか飲み込む。

 オールマイトは一つ頷くと口を開いた。

 

「話したいことはね、そのワン・フォー・オールについてのことなんだ」

 

 驚きも治まらないまま、緑谷出久にとっては新たな事実が提示されていく。

 ワン・フォー・オールの継承条件、ワン・フォー・オールの始まり、そしてそのワン・フォー・オール産みの親であるオール・フォー・ワン。一般の歴史には残らない裏の歴史とも言える部分では、さすがにオールマイトの言うこととはいえ半信半疑だった緑谷出久も、オールマイトに怪我を負わせた張本人と知ってからは眼の色を変えていた。

 

「ワン・フォー・オールはオール・フォー・ワンを倒すために受け継がれた力と言っても過言ではない。もしかしたら君は、その巨悪とまみえ、対決する日が来てしまうかもしれないんだ。酷な話になるけどね」

 

 言いよどみながらも、オールマイトは緑谷出久へその役目を伝える。

 

「頑張ります。オールマイトの期待なんですから。それに、あなたがいてくれれば僕は何でも出来る、そう感じるんです」

「あ、あァ……ありがとう」

 

 その即断で放たれた無邪気な一言にオールマイトの表情が僅かに曇った。私も、無意識のうちに緑谷出久から視線を外し眼を伏せていた。

 かつて、オールマイトには一人の相棒(サイドキック)がいた。ヒーロー名を『ナイトアイ』というオールマイトとは見た目も性格も正反対のような男だったが、正反対故かオール・フォー・ワンとの対決までは良好な関係を築いていた。しかし、その事件を最後に二人の関係は解消されてしまう。

 きっかけは、ナイトアイの個性をオールマイトに使用したことだった。ナイトアイの個性は『予知』。対象に触れ一定時間内ならばその対象の一生を期間を指定して見ることができ、その予知はハズレたことがないのだという。

 その個性を使い見えたオールマイトの未来は、(ヴィラン)との対峙による凄惨な死なのだと、ナイトアイは告げたのだった。

 ナイトアイは当然ヒーローの引退を勧めた。もとよりオール・フォー・ワンに負わされた怪我は軽いものではなかったことは今のオールマイトを見ていても十二分にわかるように、当時はさらに酷い状態だった。それでもオールマイトは象徴論に寄り添い、周囲の反対を押しきって平和の象徴として立ち続けることを選んだのだった。

 ヒーローから離れさせオールマイトの命を守ろうとしたナイトアイと象徴を貫くため命を賭して立ち上がったオールマイト。そこから二人の考えが交わることはなくなり道は別たれ、今に至っている。

 そして、ナイトアイが予知をしたオールマイトの死は当時から数えて五から六年後。つまり、今年か来年にそれが訪れるかもしれない出来事なのであった。

 だが、私が絶対にそれをさせない。そのために研鑽を積み、自力を伸ばした。そのために、経験を経て強くなろうとしたのだ。

 私が目指した全ては、狩りを全うしオールマイトを護る為なのだから。

 

「それで、緑谷少年」

「はい、なんでしょう」

「これからの訓練なんだけど、彼女に正式に師事なさい」

「狩人先生に……?」

 

 突然何を言い出すのだろう。私も思わず言葉に詰まってしまった。

 確かに私の個性は増強系に近いものがあるが、ワン・フォー・オールと比べるべくもない。ワン・フォー・オールのような強大な力は、強大な力を知る者から教わるほうが間違いなくその運用で齟齬が生じにくいはずなのだ。それに、ワン・フォー・オールは平和の象徴のためにある個性だ。私のような穢れた存在が軽々に触れていいものではない。

 

「彼女は、少しの間だけど私が訓練していたから私の考え方も理解してくれているし、実力も申し分ない。それに私の場合ワン・フォー・オールをかなり感覚的に捉えていたせいもあって、教え方がかなり抽象的にしかできないと自省してね。その点彼女はかなり論理的に組み立てて物事を考えられるから、君にとってはしっくりくるんじゃないかなと思うんだ」

「はあ……」

 

 気の抜けた返事をする緑谷出久だが、それも当然である。彼は、憧れからオールマイトに教えてもらいたいという根底があるに違いないのだ。そこに私が大手を振って割って入っていくのはいくらオールマイトのお願いとはいえ無粋以外の何物でもない。

 

「いいですか、オールマイト」

「うん? なんだい」

 

 思わず二人の会話に割って入っていた。オールマイトには申し訳ないが、流石にこれを受けるわけにはいかない。

 

「私には、次代の平和の象徴の育成は少々荷が勝ちすぎます。それに緑谷くんも私に教わるよりもオールマイトに教わった方がモチベーションも維持できるでしょうし、何よりワン・フォー・オールを体感したことのない者よりも体感したことのある者から教わった方が効率がいいと存じますが」

「私もしっかり教えてあげたいのは山々なんだけどね。本来なら口頭だけじゃなくて身体を動かしながら教えてあげるのが一番だと私もわかっているんだけど、日に日に活動限界時間も縮まっていて思うようにいかないのが現実なんだ。だから、緑谷少年と一緒に動きながら教えられる指導者を私も考えていて、考えた末に君が適任だと思ったんだ。それに今もトレーニングつけているんだろう? その延長線上だと考えてもらっていいからさ」

「今やっていることは、あくまでも基礎トレーニングのようなもので、私に専心的なワン・フォー・オールの指導はできませんよ」

「そこはもちろん私が入っていくさ。実技指導者として君を推したいんだ」

「ならば、グラントリノでいいではないですか。お歳は召していますが、まだ指導者としてはご活躍できるでしょうし、実際オールマイトを育てた方ですから実績も申し分ないじゃないですか。この間も、緑谷くんは職場体験でお世話になったようですし私よりよほど適任かと思いますが」

「確かにグラントリノに実技指導をお願いすることはできると思う。だけど、私はこう考えているんだ。『次代』には『次代』の指導者が必要だってね。過去を乗り越え、未来を切り開く。君も、もうそんな『次代』を担う一翼なんだよ」

 

 いつになく頑固なオールマイトに反論が思い浮かばず、言葉に詰まる。私が押し黙ると、私の瞳をまっすぐと見据えるオールマイトに全て覗かれてしまいそうな不思議な感覚に陥っていた。

 オールマイトはふっと笑うと、今度は私から緑谷出久へと視線を移した。

 

「緑谷少年、君はどうだい?」

 

 話を振られるとは思っていなかったようで慌てた様子を見せていたが、一旦間をおいて深呼吸をすると私を一瞥した後にオールマイトに向き直る。

 

「狩人先生から教わることは本当に願ってもいないことなのですけど……。先日のヒーロー殺しの際も先生から教わったことをフルに活かしてどうにか切り抜けられましたし、目に見えてついた自力に僕自身驚いて感動もしましたし。まぁ、途中からステインも本気で来てピンチになっちゃいましたけど」

「なにか気になることでもあるのかい?」

「そもそもお二人の関係ってなんなんですか……? なんだかただのヒーロー仲間というにはもっと深い関係のように思えて。あ、もちろん訊いていいならなんですけど」

 

 緑谷出久はオールマイトと私の間で視線を泳がせながら、窺いだてる。彼の感情も疑問も自然なものだとも思う。

 オールマイトはしばらく唸りながら逡巡していたが、ゆっくりと口を開いた。

 

「そういえば、しっかりと話してはいなかったね。彼女は、なんていえばいいのかな。しっくりくる表現がないけど、あえて言うなら一番弟子かな」

 

 思わぬオールマイトの発言に、私も緑谷出久と同じくして動揺が走った。オールマイトにそのように認識されていたことも驚きだが、弟子などというそんな近しい存在に思っていてくれたことが望外の喜びとして湧き上がってくる。だが、同時に緑谷出久の胸中を思うと素直に喜べなかった。言葉を失した私の代わりに緑谷出久が前かがみにオールマイトに詰寄っていく。

 

「いいい一番弟子ですか!? というか、オールマイトって弟子をとらない主義じゃなかったんですか!?」

「私もその表現が相応しいと思わないけどね。ある事件の際に彼女の保護者になったんだ。ただ、保護者といっても彼女はそのときからほぼ独り立ちできていたし、保護者というほどのことをやっていないから保護者という表現も相応しくないと思って。そのときに彼女を保護する立場として私の秘密を教えたんだよ」

 

 私がオールマイトに救けられたとき、オールマイトには私の個性の全てを話していた。私の告白を聞いたオールマイトは神妙な面持ちのまま、私の個性に言及するわけでも質問するわけでもなくワン・フォー・オールの秘密を話してくれたのだった。そして「これで秘密を教え合った仲。お揃いだな」といってサムズアップをしたのだった。あの五里霧中の孤独の中で、その言葉にどれだけ救われたか。思い返しても、あの言葉がなければ今の私はここにいないように思う。

 

「でも、それが弟子っていうのは?」

「彼女から戦う術を教えてほしいと言われてね。当時かなり多忙だったから、手取り足取りというわけにはいかなかったけど、顔を見せるたびに手合せをしていたんだ。最初は彼女も私の模倣をしていたけど、自身のスタイルに合っていないと気付いたらしくてね。しばらく試行錯誤を重ねて今のスタイルの原型に行き着いた頃には、相当な実力者になっていたよ」

「なるほど……それで一番弟子……」

 

 顎に手を当てながら、緑谷出久はブツブツと真剣な思い詰めた表情でなにかを呟いている。

 確かに緑谷出久からすれば、私は面白くない存在だろう。

 オールマイトは弟子はおろか相棒(サイドキック)すら取らないことで有名なヒーローだ。唯一の存在であったナイトアイが相棒(サイドキック)から外れた後には、それぞれの現場ごとに他のヒーローと連携することはあってもコンビを組むことは一切なかった。

 そんな中で、緑谷出久はオールマイトに認められワン・フォー・オールを受け継いだ。唯一の弟子だと思っていたにも関わらず、その前に世に知られもしない私がいたと知れば不快感が募ることも当然だと言えよう。憧れが強ければ強いほど当然だ。

 

「いや、驚きは後にして! 狩人先生!」

 

 緑谷出久が、素早く身体ごと顔を向ける。

 

「握手してください!」

 

 緑谷出久の慮外の言葉に一瞬何を言っているかわからず眼をしばたたかせてしまった。私の予想とは百八十度正反対の反応に、身体が追いつかない。そんな私の胸中をさらに裏切るように、きらきらと眩しい表情のまま両の手を突き出してきたのだった。

 思考がまとまらないまま右手を出すと、緑谷出久は両手で私の手を包み込みぶんぶんと上下させる。

 

「ふわぁあぁあ! 感動だァ!」

「ごめんなさい、意味が解りません」

「わ、すみません!」

 

 私がそういうと眼を見開き驚いていたが、掴んでいる両手は放そうとしない。

 

「申し訳ないですが、緑谷くんの反応が解りません」

「いやいや、だってオールマイトの弟子ですよ!? どのマイトグッズよりもレア中のレアというか! 激レアというか! ああすみませんグッズと同列にするのは失礼ですよね! 今まで何度も噂にはなっていたけど終ぞ確認できずにただの噂だの妄言だのと言われていた幻の人物が目の前にいるんですよ!? きっと世の中のどのマイトオタクだって知らないんですよ!? そんな人に教えてもらっていたんですよ!? 興奮するなという方が無理じゃありませんか!? あ、よければ後で写真撮ってください! マイトグッズの棚に並べたいんです! ああ、そうなってくると急いで棚を整理しなくちゃいけない! こりゃ忙しくなるぞうひょー!」

「写真はダメです」

「そんな殺生なァ!?」

 

 捲し立ててくる緑谷出久に困惑し、オールマイトに眼で助けを求めたがにっこりと笑うだけだった。

 

「そもそも、何が珍しいんですか。緑谷くんもオールマイトの弟子でしょう?」

「オタクの性というか、オールマイトの全てを網羅したいというか」

 

 私も大概度し難いが、緑谷出久も度し難い性癖をもっているようだった。

 

「それより緑谷くん。話がずれていますので修正しましょう」

「考えるまでもないですよ! ぜひお願いします! むしろこちらからお願いします! それとサインもお願いします!」

「サインはしません」

「そんなァ!?」

 

 オールマイトは私たちのやり取りを眺めていたが、満足そうに頷くと立ち上がる。寄ってくると、私達の肩に手を置いた。

 

「とりあえず、目下の目標は期末試験を無事乗り越えることだね。あとひと月以上あるけど、筆記試験以外に演習試験もあるからね」

 

 その一言で現実に引き戻されたのか、緑谷出久から浮かれた雰囲気が消えたのだった。

 

「そうか、試験か……」

 

 学生にとっては重要なものらしい試験の季節がやってくる。その試験にはどうやら私も駆り出されるようだったが、まだ詳細は聞いていなかった。

 

「とりあえず、努力を重ねることは今まで通りだし彼女から教わるのも今まで通り。だけど、緑谷少年には彼女から教わることは私からの教えだと思ってほしい」

「はい、わかりました」

「じゃあ、話はこれで終わりだ。教室にお戻り」

「はい」

 

 緑谷出久が仮眠室からでていくと、再びオールマイトと二人きりになった。彼が来る前と同じような沈黙が仮眠室に降りてきていた。

 

「なぜ、と思ったかい?」

 

 オールマイトは私へと言葉を投げかける。その声には、いつものような力強さはなかった。

 

「ええ。ここに赴任する際、オールマイトには言ったはずです。私の技術を教える気はないと。彼こそ私の技術が最も不要な人物ではないですか」

「そうだね。正直にいって技術は教える必要はない。緑谷少年は自力で強くなることもできるだろう。それほど努力を惜しまない子だ。だけど、彼が大成するまでは時間がかかる。今後一、二年では到底平和の象徴とはなりえないと思う。五年か十年かかるかもしれない。それまで彼を近くで見守り支える人物が必要なんだ。でも彼が平和の象徴となるその頃に私は――」

「オールマイト」

 

 私は、彼の言おうとしたことを遮る。

 

「私が運命などいくらでも捻じ曲げます。ですから、その先は言わないでください」

「……」

 

 彼は、私の言葉に肯定も否定もしなかった。ただただ優しく微笑むだけだった。

 それが悲しく、運命を受け入れたものにしか出せない表情であったことは言うまでもなく、私の胸を苦しいほど締め付けるのであった。

 




【死血の雫】

血の遺志を宿した死血の雫。
使用により血の遺志を得る。

夢に依る狩人は、血の遺志を自らの力とする。
死者に感謝と敬意のあらんことを。


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26.個性、狩人の省察

今回の考察は独自解釈です(改めて)


 オールマイトとの面談を終えたその日の放課後。緑谷出久は他の者よりも一足先に体育館γに来ていた。

 

「すみません。早く呼び出してしまって」

「いえ! とんでもないです!」

 

 緑谷出久は、私とオールマイトの関係を知ってからさらに眼を煌めかせ見つめてくる。

 

「緑谷くん。今まで通りにしてください。やりづらいですから」

「そんなこと言われましても!」

「……普段通りに振る舞う努力はしてください」

「はい!」

 

 今は時間が惜しい。緑谷出久には話しておかなければならないことがあるからだ。

 

「さて、緑谷くんにはお話しておかなければならないことがあります。その個性『ワン・フォー・オール』のことです」

「ワン・フォー・オールについて、ですか?」

「ワン・フォー・オールの成り立ちは、オールマイトから聞いた通りですが不思議に思った点はありませんか」

「えっと……?」

「ワン・フォーオールは個性を渡す個性と力をストックする個性が混ざり合ったもの……ちなみに緑谷くんで九人目の保持者なのですが、どうして先代までの個性が使えないのだろうと思いませんでしたか?」

「そういえば……」

「正確に言えば、オールマイトはもともと無個性なので先々代までなのですが緑谷くんに至るまでに全員が無個性であったとは考えにくいと思いませんか」

「オールマイトも言っていました。たとえば轟くんがワン・フォー・オールを持てば、炎と氷を操るスーパーパワーを持ったヒーローが生まれるだろうって。ということは、そういう人が後継者の中にいたということですよね」

 

 ワン・フォー・オールは生まれも不可思議なものであるが、その性質もかなりの特異性を孕んでいる。

 個性を渡す個性と力を溜める個性。力を譲渡できるのならば、自身の持つ個性を渡せてもいいはずだ。そして、ワン・フォー・オールの継承者の使命が原初から変わっておらず、オール・フォー・ワンを斃すことを目的としてきたのならば、歴代後継者の中に自身の個性ごと渡し確実に倒すため次代へと繋ぐことを第一と考えた者も必ずいたはず。もちろん、どの後継者も自身の手でその因縁を断ち切ろうとした結果、個性を渡すことなくオール・フォー・ワンに挑んだということもあるかもしれない。だが、オールマイトに奴が斃されるまでは間違いなく生き延びているということは、歴代は悉く敗れていったということでもある。それでもワン・フォー・オールが途絶えず受け継がれてきたということを考えれば、歴代の後継者たちは自身の限界を感じ次代へと託す瞬間とその儀式が間違いなくあったということだ。

 それにも関わらず緑谷出久に至るまで受け継がれてきたものは、その甚大なパワーのみであるというのは些か不自然であると言わざるを得ない。つまり、『渡さなかった』のではなく『渡せなかった』と考えるべきである。

 

「それは渡さなかったのではなく、渡せなかったということですか?」

 

 緑谷出久もどうやら同じ結論に至ったらしい。彼はやはりこの方面ではかなり優秀な部類に入るのだろう。

 

「そう考えるべきですね。オールマイトと緑谷くんのような例外はともかく、オール・フォー・ワンを斃すために受け継がれてきた力ならば、より強い個性を持った者に譲渡しようと考えるのが普通です。その後継者のもつ個性とワン・フォー・オールを合わせ挑むべきと思うでしょう」

「オールマイトと僕が例外……?」

「オールマイトはオール・フォー・ワンが君臨していた世界であってもその意志を買われて無個性ながら後継者になり、緑谷くんは譲渡された時点ではオール・フォー・ワンのいない世界で初めての後継者として緑谷くん自身のもつ個性の強さに関係なく選ばれた者、ですから」

「ああ、なるほど」

 

 そういえば、私はまだ緑谷出久自身の個性を知らない。それに、個性把握テストから今日まで一度も使おうとしたこともなかったように記憶している。

 

「そういえば、緑谷くんの本来の個性をまだ知りません。教えてもらってもいいですか?」

「え? あ、オールマイトから訊いていないんですか?」

「いえ? 特に何も」

「僕も無個性だったんです。この個性を継承するまで」

「……そうなんですか?」

「ええ、無個性でいた僕にオールマイトは『君はヒーローになれる』って言葉をくれたんです。それで」

 

 その言葉にくらと眩暈に近いものを覚えた。オールマイトはなんてリスキーなことをするのかという衝撃と、本当の意味で緑谷出久は次代の、新たな時代の新たな象徴として選ばれたのだという事実が頭の中を駆け巡っていた。

 

「緑谷くん」

「な、なんでしょう」

「あなたは、本当の意味での平和の象徴になれるかもしれませんね」

「どういう意味ですか……?」

 

 オールマイトは、オール・フォー・ワン亡き世界ではもう過剰な力は必要ないと判断し、強大な力よりも強固な意志を尊重し優先したということに他ならないのだ。そしてその強大な個性に匹敵する強固な意思を緑谷出久は宿しているとオールマイトは考えたのだろう。

 力に依るのではなく、意志によって成す平和。オールマイトとは別の、しかし明確な次代の象徴の形。人々の不安を除き支えとなり、それでいて一人に寄りかかるだけでなく一人一人に意志を宿させる存在。本当なら、オール・フォー・ワン亡き後、オールマイトが成すはずだった存在。

 

「どうしました、狩人先生?」

「いえ。なんでもありません。私の言葉の意味は、ご自身で考えてください。私からの課題です。いいですか」

「わ、わかりました」

 

 緑谷出久の眼を覗き込む。

 まだ、彼がそこまでの存在になれるのかわからない。だが、見届けなければならない。私もオールマイトから託されたものとして。

 

「話を戻しましょう。ワン・フォー・オールについてです。自身に宿っている元来の個性は渡さなかったのではなく、渡せなかったという緑谷くんの予想は当たっているのだと思います。つまりかなりの初期から『個性を渡す個性』と『力をストックする個性』の二つの個性ではなく、『ワン・フォー・オール』という一つの個性として変化しているということが分かります」

「そうなりますよね」

「では、もう一つの疑問です。なぜ元来持っていた個性は渡せなかったのか、ということです」

「それは……別々の個性として認識されてしまっていたから、ですか?」

「可能性としてはあり得ますが、それでは『個性を渡す個性』として成り立っていません」

「うーん……そうですよね。ということは別の原因……」

 

 緑谷出久は、いつものようにぶつぶつと唸りながら自分の世界に入って行ってしまった。

 これはワン・フォー・オールの知識を深めるためと同時に、思考の訓練でもある。私がすべきは、緑谷出久の技術の向上よりも思考力を鍛える方面に重きを置くべきだと考えている。いずれ一人で考え一人で最適解を見つけ行動しなければならないときがくるのだ。

 

「緑谷くん。一旦、今の疑問を横に置いておきましょう」

「え、は、はい」

「次はワン・フォー・オールのもう一つの特性について考えます」

「もう一つの特性……力をストックするという部分ですよね」

「ええ。オールマイトからはどのように説明を受けていますか?」

「特に詳しくは……ただ極まった身体能力の結晶であるとは聞いているので、そのまま筋力なんかのことではないんですか?」

「それならば、個性の発動で緑谷くんの筋肉が膨張しなければ変ではないですか。それとストックするものが筋力などだとしても、例えば無個性状態の緑谷くんが九人いて同時に一ヶ所に拳打を打ち込むことが出来たとして分厚いコンクリートの壁を破れるのですか?」

「あ、あれ? じゃあ、どういうことだ……? 別に力を引き上げるなにかがあるってことか……?」

 

 疑問符を浮かべつつも思考は続けている様子だが、なかなか納得のいく答えを得られないのかどんどんと思考の沼へと没入していく。

 このままでは深みに嵌まっていくだけだ。少しだけ、背を押してやろう。

 

「二つの疑問を包括的に考えてください。それこそ、二つの個性が混ざりワン・フォー・オールになったように」

 

 私の言葉のあともしばらく思考に没入していたが唐突にはっと顔を上げた。

 

「個性を渡さなかったのではなく渡せなかったこと……筋力などの一般的な要素のみでは今のワン・フォー・オールのようなパワーには行き着かないこと……今のパワーに至るまでには他の要素が考えられること……まさかそれはもしかして、ワン・フォー・オールが個性を力として変換してストックしてしまったということですか……?」

「ええ、私はそう予想しています。ワン・フォー・オールの継承者は引き継がせる際に自身の持つ個性が力として変換されワン・フォー・オールの残滓以外の個性を失ってしまうとね」

 

 ワン・フォー・オールに関しては、全てが正確に口伝されているわけではないと以前オールマイトから聞いたことがあった。ワン・フォー・オールの歴史はオール・フォー・ワンとの闘争の歴史でもある。故に全てを伝える前に、力尽きてしまったことで失われた歴史もまた存在しており、その中には二つの個性がワン・フォー・オールへと変遷した過程も含まれているのだという。

 

「オールマイトも、ワン・フォー・オールの全てを知っているわけではありませんし、私や緑谷くんが想像したことはあくまでも根拠のない予想にすぎません。そしてそれを確かめる術もありません。ですが、考えることをやめないでください。その個性を知ろうと常に努めてくださいね」

「わ、わかりました」

「ついでに私が既に疑問に思っている部分をお教えしておきます。一つは、ストックという表現を取っているにも拘わらず個性を使用しても減っている様子がないこと。『溜める』のならば使用の度に『減って』行かなければおかしいと思いませんか?」

「そういえば……」

「もう一つは、力を継承させさらに溜めていく個性ならば、既に緑谷くんの力が上乗せされオールマイト以上の力になっているはずにも拘らず、緑谷くんの百%は全盛期のオールマイトには遠く及んでおらず怪我を負った現在のオールマイト程度の力しか出せていないことです。緑谷くんの全力を受けてみての感覚なので間違いないと思います」

「どんどんワン・フォー・オールのことがわからなくなってきました……」

「これは私にもわからないことですから。それに緑谷くんやオールマイトでなければわからないことでしょう。ですから、もしこの件についてわかったら教えてくださいね」

「はい。でも分かるときが来るのでしょうか」

「それは、緑谷くん次第でしょう。ワン・フォー・オールの後継者は貴方なのですから。その個性のことは後継者にしかわかりません」

「僕次第……」

 

 個性は知ることで深化していく。ワン・フォー・オールは秘匿され尚且つ謎多き個性であるため自身で知る努力をしていかなければならない。知った先で新たな力を得ることもあるだろう。しかしこの問いかけの目的はそこにない。

 この予想が当たっていようとも外れていようともどちらでも構わない。緑谷出久には気づきを与えたかったのだ。この気づきは人から与えてもらう機会は限りなく少ない。だから、緑谷出久には今ここでそのきっかけを与えておかなければならなかった。

 そしていずれは自身で気づき、自身で思考し、決断や判断に至る力を身に着けてほしいのである。たとえ私がそばにいなくとも、だ。

 

(オールマイトはまだ伝えるべきではないと判断して伝えていないのかもしれない。差し出がましいにもほどがあるが、オールマイトのためにも緑谷出久の大成には手段を選んでいる場合ではない)

 

 それに私も、おそらくきっといつまでも緑谷出久のそばにいることは叶わないだろう。私が狩人という立場にいることはもちろん、オールマイトが何と言おうともやがてくる未来で平和の象徴を担う人物に私は師としても相応しくないのだ。

 

「あの、狩人先生」

「はい」

「もし不快に思ったらすみません。でも訊いておきたいことがあるんです」

 

 やたらと神妙な面持ちで、それでいてこちらの顔色を窺うように緑谷出久はおずおずと言葉を繋げていく。

 

「ええ。何でも構いませんよ。私に答えられることでしたら」

「どうして狩人先生は、ワン・フォー・オールを継承しなかったのですか? 一番弟子、なんですよね。それにとてもお強いですし、僕なんかよりも――」

 

 不安そうな表情をしている緑谷出久の唇に人差し指を立てて当て言葉を飲み込ませる。

 

「それ以上は言葉にしてはいけません。オールマイトは、緑谷くんを選んだのですから。それ以上の言葉はオールマイトの考えも否定することに繋がってしまいますよ。それは緑谷くんの本意ではないでしょう?」

 

 緑谷出久は首をゆっくりと上下に振った。私は人差し指を彼の唇から離す。

 

「勘違いしないでほしいのですが、確かに私はオールマイトから個性の継承について持ちかけられたことはありません。ですがそれを悔しいと思ったことは全くありませんし、受け継ぎたいとも思っていませんでした。更に言うなら緑谷くんが受け継いだからと言って嫉妬といった感情を覚えたことなども一度たりともありません。断言します」

「そう、なんですか?」

 

 実際に、私には嫉妬という感情はまったく沸いていない。だが、未だにワン・フォー・オールはオールマイトにこそ誰よりも相応しいという思いは変わっていなかった。

 

「ええ。オールマイトは私のことを一番弟子と呼んでくださいましたが、実際のところは私を保護してくださっていたのです。私がオールマイトに出会ったのは緑谷くんの今の年齢と同じ頃でしたが、とある事情で私には身寄りが誰一人いませんでした。今もそうですがこの社会は子供だけで生きていけるようには設計されていませんでしたから、私が社会復帰できるようにと後見人に名乗り出て下さったのです。ですから緑谷くんの思っているような本当の意味での師弟関係ではないのですよ」

「なんだかすみません……」

「気にしないでください」

 

 だが、その後すぐに私は狩人として生きることになってしまった。もしかしたらオールマイトも私に継がせるという考えがちらとでもあったかもしれないが、ワン・フォー・オールの継承者には平和の象徴を望むオールマイトにとっては表立つことの許されない狩人へ個性(ワン・フォー・オール)を渡すわけにはいかなくなってしまったのである。

 それにオールマイトが私を日の当たる場所へ引きずり上げてくれたにも拘らず、狩人という暗部に身を窶しオールマイトの厚意を無碍にしてしまったことは今も悔やんでいた。それでも狩人として生きていくことを決めたことに後悔はない。

 

「緑谷くん」

「なんでしょうか?」

 

 言わない方がいいのだと思う。ただ焦らせるだけかもしれない。私の思いなど伝えるべきではないのかもしれない。だが、私は言葉に出すことを止めらないのだった。

 

「オールマイトには……オールマイトに安心を与えられるのは君だけです。ですから焦る必要はありません。確実に力を身に着けていきましょう。私もできる限りお力になりますから」

「は、はい」

「これは、私からのお願いでもあります。姉弟子からのお願いとしてきいてもらえますか?」

「……わかりました」

 

 ほんの一瞬。ナイトアイの予知のことを緑谷出久に伝えるべきかと逡巡した。

 だが、今の彼にはまだ早い。私の想いを伝える以上にただ徒に動揺させ、徒に焦らせてしまうだけだろう。

 オールマイトはきっと、自分からはその予知のことを緑谷出久に伝えることはない。だから、もし緑谷出久がすべてを知りたいと願うことがあれば私から伝えてやろうと思う。

 そして、私がそんな運命など捻じ曲げることも、一緒に伝えてやろう。彼がオールマイトに安心を与えてくれるのなら私が彼に安心を与えてやろう。彼が征く道を阻む者が現れたのなら私が排除しよう。

 そう、オールマイトに安寧をもたらせるのは緑谷出久だけ。私にはできないことなのだから。

 

「狩人先生?」

「ああ、すみません。少し考えごとをしていました」

 

 らしくもなく、人前で思い巡らせてしまった。最近、考え込むことが多くなったように思う。

 

「さて、緑谷くん。もう一つお話があります。今後の訓練についてです」

「はい」

「今後はもう少し具体的にワン・フォー・オールに寄り添った訓練をしていきましょう」

 

 今までは、私が緑谷出久の個性を知らない前提での訓練だったためワン・フォー・オールに特化したものというよりも超増強系個性として接してきていた。

 だが、その必要もなくなったため、より専修的な訓練に入ることができる。ただ、やはり私はワン・フォー・オールを体感したことはないためオールマイトから聞き伝えられていることと私の身体強化の経験則を複合した程度の指導になってしまうことを考えるとやはり効率の面でいけば理想はオールマイトが指導を取るべきだとも思っているのであった。

 

「まず緑谷くんがワン・フォー・オールを今の時点でどれくらい扱えるのかを(さら)っておきましょう」

「えっと、フルカウルは九%が限界です。一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)を使えば倍程度までは引き上げられます。あとは、神経系の一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)は三十%までは引き上げられました。あの、体育祭のときに」

「まだ、意識を強く持たなければコントロールもままならなさそうな印象ですね」

「……はい、そうですね。まだ無意識化での運用はできていないです」

 

 緑谷出久は暗い顔をしているが、思ったよりは先に進んでも問題はなさそうだ。

 できることもやるべきことも明確に与えられる段階まで来ている。それならば、私もやりやすい。

 

「わかりました。では、今後は二点に絞って訓練をしていくことですね」

「二つ?」

「一つは、その一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)をいつでも繰り出せるようにすること。そしてもう一つはその出力に見合った闘い方(スタイル)と戦闘技術を身に着けることです」

 

 緑谷出久の今の切り札はいずれ使えなくなる。いや、使えないというと語弊がある。使う必要が無くなると言ったほうが正しい。ワン・フォー・オールを使いこなすことこそがそのまま切り札や必殺技といった類になりえるのだ。

 ただし、個性自体を使いこなしても戦闘技術に長けておらずただ振り回すようになっては意味がない。先を見据え、緑谷出久が独り立ちをしたときにただの強大な暴威ではなく指向性のある武として使用できるようになってこそなのだ。

 

「具体的には、防御の訓練に入ろうと思います」

「防御、ですか?」

「ワン・フォー・オールは攻撃力を上昇させるだけではないことは既に体感から得ていると思います」

「はい。個性を発動すると身体機能の全てが上昇するというか、頭の回転まで速くなるというか。それを応用して神経系限定で一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)を使ってるわけですし」

「そうです。今後、私が緑谷くんに攻撃を仕掛けそれを防御するという訓練を組み入れます。ただし、緑谷くんの引きだせるマックスで防御をしなければダメージを負うように攻撃します」

「つまり、先生の攻撃に合わせて瞬間的にワン・フォー・オールを的確に発動していく訓練ってことですか?」

「そういうことですね。察しが早くて助かります」

 

 私の力を最大限まで発揮すれば、ワン・フォー・オールの二十五%程度の攻撃力と同等の力までは引きだせるが、ただそれは『筋力』と『技術』に全ての意識を割き、その上十全な体勢で繰り出せるときに限る。即ち動きながらでは到底引きだすことは不可能ということでもある。通常の戦闘状態ではおおよそ二十%~二十二%程度で撃ち出すことが関の山だろう。もちろんそこに速さを乗せることによって若干の増減はあるが、どうしても今の私ではそれが限界であった。

 故にこの訓練方法も今しかできないものであり、まだ私が緑谷出久よりも強い力を持っていられる早い段階でやっておかなければならなかった。

 これにより個性の出力の底上げと取り扱いを同時に鍛えていくつもりだ。

 

「そしてもう一つ。戦闘技術を身に着けることですが。その前に。緑谷くんはヒーロー殺しと会敵しましたね」

「はい。途中でかなりピンチに陥っちゃって、エンデヴァーが駆けつけてくれなかったら危なかったです」

 

 本当にエンデヴァーを向かわせておいてよかった。

 もしいなければ、おそらくきっとあそこに居合わせた者全てが殺されるか、重傷を負わされていただろう。

 

「ヒーロー殺しは強かったですか?」

「……? は、はい。強かったです」

「なぜ強いと思ったのですか?」

「な、なぜって……それは」

 

 緑谷出久は私の問いに俯いてぶつぶつと独り言を言いながら考えこむ。

 身体能力では既に緑谷出久の方が勝っている。にも拘らずヒーロー殺しを強いと考えたのならば理由があるはずなのだ。

 

「これは私の予想ですが、緑谷くんたちは最初は有利に立ち回っていましたが、急に途中からヒーロー殺しに動きを対応されてしまった。つい先程まで反応すらできていなかった攻撃も防がれるどころか掠りもしなくなってしまい焦りにより単調になったところを突かれてしまった、といったところじゃないですか」

「そ、その通りです。勝てると思った次の瞬間から多対一だったにも関わらずヒーロー殺しの個性の影響もあったんですけど一瞬で制圧されてしまって……」

 

 緑谷出久の顔に陰りが生じる。

 訓練してきたものが通じない現実が悩みと焦りを生み出してしまっているのだろう。

 

「それは、戦闘に際して動きが直線的で次の行動が予測がしやすいからです。故に回避や対策を取られてしまう」

「直線的……ですか」

「これはみせたほうが早そうですね」

 

 私は緑谷出久からやや距離をとり改めて緑谷出久に向き直った。

 

「今から緑谷くんに殴りかかりますので、防いでください。いつ殴りかかるかまでは言いません」

「えぇ!?」

 

 動揺している緑谷出久だが、彼の身体はすんなりと戦闘態勢を取っていた。日頃の訓練の成果と経た経験が彼の身体を自然と動かしているようだった。

 私は腰を落し、拳を握りつつ右肘を引いた。

 

「……」

「……」

 

 緑谷出久の動揺が収まったと同時に床石を蹴り緑谷出久へと突進し、右の拳を繰り出した。それなりの速さで繰り出したが、緑谷出久は冷静に私の手首に手を当て拳の軌道を逸らし見事に防いだのであった。

 

「結構です。しっかりと基礎は身についてきたようですね」

「ほっ」

 

 安堵に胸を撫で下ろしているが、本題はここからである。

 

「では次です」

 

 再び緑谷出久から距離を取って対峙する。緑谷出久も先ほどのような動揺はなく、素直に構えに入っていった。

 私も先程同じように右の肘を引き、拳を握り構える。

 そして、真っ直ぐに緑谷出久と視線を合わせる。緑谷出久の瞳を覗きこみ、私は一瞬だけ目線を左に振った。緑谷出久はそれにつられ同じように視線を動かし私への意識を阻害した隙に体勢を低くし一気に懐に飛び込んでいく。緑谷出久が私の視線誘導から意識を戻した瞬間を見計らい、右の拳をわずかに突き出す振りをして見せた。すると、その拳を逸らそうと緑谷出久の右手が突きだしてくる。

 それを左の手の甲でいなし、そのまま背後へ回る。緑谷出久も私を目で追えていたようで超人的な反応で後ろを振り向こうとするが、さらに私は床石を蹴り月面宙返り(ムーンサルト)で跳ねつつ振り向きざまの緑谷出久の脳天に拳骨を見舞ったのだった。

 

「いっだあぁあぁッ!?」

 

 緑谷出久が頭を抱えて蹲るのとほぼ同じくして着地をする。

 

「さて、緑谷くん。先ほどと何が違うのかわかりましたか?」

「ぱ、パンチ以外にたくさん動きがありました……」

「ええ、正解です」

「正解なんですか!?」

 

 なにを驚いた顔をしているのかわからないが、とにかく緑谷出久に足りないものを示唆できたはずだ。

 

「いいですか。最初にみせた動きは緑谷くんの現状を模したものです」

「ぼ、僕の?」

「緑谷くんの行動は本命しかない。故に読みやすいのです。ちなみに二回目の際、私がいくつ行動におけるフェイクやフェイントを入れたかわかりましたか?」

「えーと……三つですか? 最初の視線誘導と右手の突き出しと背面からの攻撃に見せかけた後ろどりの行動」

「惜しい。四つです。緑谷くんに接近する際と背後を取る際、体勢と重心を低くし視線を下に誘導しました。ですから最後に上への反応が若干遅れたでしょう?」

「ああ、そうか。あれもフェイントの一種ですね……」

 

 緑谷出久は、素直すぎる。攻撃する際は攻撃のみを意識する動きをしてしまうし、攪乱する際は攪乱しようとする動きをしてしまう。つまるところ、次に何をするかわかってしまうのである。そのために体育祭の決勝でも爆豪勝己には速さで圧倒しながらも次に何をするかを把握され受けきられ耐えられてしまったのであった。

 

「緑谷くんの動きは最初に私がやったように『今からこれをやります』ということが全てわかってしまうのです」

「つまりフェイントを混ぜろってことですか?」

「そうではありません。フェイントと言うよりも、次に何をするかがわかってしまうのがよくないのですよ。フェイントもフェイントが来るとわかっていては意味がありませんよね? 緑谷くんは今そういう状態です」

「難しいですね……頭でわかっていても実践できるかは訓練しないと」

「それと、最初に言ったこととも繋がるのですが、緑谷くんの動きはかなり直線的です。対象へ一直線に向かっていくことももちろん緩急が乏しく左右上下の振りも少ない。それでは相手は緑谷くんがどんなに速かろうが対応できてしまいます」

「うっ……すみません」

「謝る必要はありません。ただ緑谷くんはどうにもオールマイトへの憧れが枷になっているようにも思えます」

「オールマイトへの憧れが、枷?」

 

 オールマイトの動きを模倣しようとしているというのは動きを見ていればよくわかる。しかし、オールマイトの場合は『真っ直ぐ来ると分かっていても避けられない』といった類のものであり、誰もが真似できるわけではない、というより基本的に誰も真似のできないものだ。ワン・フォー・オールを持ち継承した緑谷出久ならばいずれオールマイト以上の出力を出すことも可能かもしれないが、今の段階ではそれも難しいと言わざるを得なかった。

 

「確かに緑谷くんはオールマイトの個性を継ぎましたが、全てをオールマイトに寄せる必要はありません。今できる最善を考えてください。そうすれば動きも直線的なものではなくなっていくと思いますよ」

「今できる最善……」

「ここから先は緑谷くん自身で考えてほしいのであえて言いませんがヒントを差し上げましょう。強大な力だからと言って、近接格闘のみがワン・フォー・オールの強みではありません」

「それは遠距離攻撃ってことですか? 確かにオールマイトは繰り出した拳が生み出す風圧で(ヴィラン)を倒しますけど、僕にはまだできませんし……」

「出来ることに越したことはありませんが、その必要はありません。緑谷くんはもう別の選択肢をもっているのですから」

「別の選択肢?」

 

 緑谷出久の瞳が爛漫に輝き私の顔を見つめてきていた。

 

「ええ。特別にもう一つだけヒントです。緑谷くんはもう既に、私にそれを見せてくれています」

「それって――」

 

 緑谷出久が言葉を発しようとしたとき、入口から他のA組の生徒たちの声が騒がしく近づいてきていた。

 

「ここまでのようです」

「え、あ、はい」

「では、緑谷くん。なにができるかの答えは、次回聞きましょう」

 

 集団へ向かうように緑谷出久を促すと早足で彼はA組の生徒達の元へ向かっていった。

 緑谷出久がA組の集団に戻ると私と緑谷出久を交互に何度か見た後に爆豪勝己がものすごい剣幕で緑谷出久に詰め寄っていたが、切島鋭児郎や瀬呂範太たちによって引きはがされていた。

 訓練を始めた最初の頃は、緊張した面持ちを崩せなかった彼らも、今ではすっかりリラックスして臨めるようになっているのも、また一つの成長なのだろう。

 じゃれ合っている彼らをみて、また複雑な思いが駆け巡る。

 

(次代の平和の象徴を、緑谷出久を私が育てる……)

 

 無意識のうちに両の掌をじっと見つめていた。

 ごしごしと装束の裾で掌を擦り、もう一度掌を見つめた。

 なにも変わるはずもないのに、私は何度も何度も掌を見つめずにはいられなかったのであった。




【鎮静剤】

とある学舎発祥の飲み薬、気を鎮める効果がある。

神秘の研究者にとって、気の狂いはありふれた症状であり
濃厚な人血の類は、そうした気の乱れを沈めてくれる。

それはやがて、血の医療へと繋がる萌芽であった。


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27.準備、迫る期末試験

今回はつなぎ回です。
例にもれず、解説・考察は独自解釈です。


 六月に入り、期末考査についての会議が行われていた。

 通常科目のペーパーテストには私が介入する余地はないため特に会議に参加することもなかったが、ヒーロー科のみが行う演習科目に関しては私も関係してくるようだった。

 

「今年から、ですか」

「そうだね。無人機(ロボット)ではなく対人に特化した試験に切り替えていこうと思うんだ」

 

 (ヴィラン)襲撃や昨今の(ヴィラン)活性化を踏まえての提案であるが、なによりも雄英の教師陣はオールマイトの活動限界を知っているための結論であるように思う。

 平和の象徴の立っていられる時間は少ない。だからこそ、いなくなった後のことを考え、即戦力を育てていく。合理的であり、ヒーローの養成機関として正しい選択であるものの、眼を逸らしたい現実を改めて他人から突き付けられたようで寂寥感に息が詰まりそうになってしまう。

 

「これからは、対人戦闘・活動を見据えたより実戦に近い教えを重視するのさ」

 

 校長の提言の元、会議は順調に進んで行き試験内容は生徒が二人一組で(ヴィラン)と会敵した状況を想定して模擬戦闘を行うという試験内容で決定した。戦闘といっても実力差はまだまだ生徒とプロヒーローでは大きいため、教師が錘をつけるというハンデに加え達成条件に制圧だけでなく脱出も加えられた。(ヴィラン)役には教師陣がそれぞれのペアに一人ずつ就き、試験官及び採点していき、如何に状況に合った適切な行動をとることができるかを視るというわけだ。

 

「さて組の采配ですが、まずはA組から」

 

 イレイザーヘッドがA組担任として割り振りを決めていく。それぞれの能力や個性だけに囚われず、より実践的な状況を設定するためお互いの親密さまでを考慮に入れているようだった。ヒーローにとっては、不仲であることが失敗の原因になってしまうことは許されざることであるため当然と言えば当然である。不仲であっても構わない。だが、それが結果に影響してはならないのだ。

 

「緑谷と爆豪はオールマイトさんに頼みます。この二人に関してはどうしてペアを組ませたか言わなくてもわかりますよね」

「あ、ああ」

 

 二人の仲の悪さは、どうやら教師陣から見ても目に余るものらしい。

 緑谷出久と爆豪勝己の二人にとって、特に爆豪勝己にとってはあらゆる意味で過酷な試験ではあるものの今後を考えれば必ず通過しなければならないシチュエーションであり、早々に解決をしなければならない問題でもある。そのため、今回の試験で最も実りがあるものは爆豪勝己かもしれなかった。

 イレイザーヘッドは次々と淀みなくペアを決め、それに宛がう教師の配置も決めていく。各ペアに対して天敵となる個性を配置していったようだった。

 青山優雅と麗日お茶子には13号が当てられた。これは、麗日の主な攻撃手段が瓦礫等の超重量物を個性を使い浮かせたものを相手にぶつけることと青山優雅の光線であるネビルレーザーに対するものだ。13号の個性であるブラックホールは質量のある瓦礫はもちろん光までも量子分解してしまうまさに個性の名の通りのブラックホールである。つまり主な自身の攻撃手段が封じられた相手にどのように対処をするかを視るための試験と言ったところだろう。

 口田甲司と耳郎響香にはプレゼント・マイクが試験官を務める場が用意される。口田甲司も耳郎響香もどちらも音に関する個性であり、プレゼント・マイクはその二人の音を掻き消すほどの大音量を生み出す。これも先の13号と同じく自身の個性の攻撃が通用しない相手に対しての対応力を見る試験になりそうだった。

 蛙吹梅雨と常闇踏陰にはエクトプラズムが割り振られた。この二人に関しては弱点らしい弱点はない。以前ならば常闇踏陰は近距離戦闘が苦手だという弱点があったものの、彼は今彼の個性である黒影(ダークシャドウ)を身に纏うことで近接戦闘の弱さをカバーできるようになっている。ただし近距離と中距離の使い分けはまだスムーズではなくどちらか片方に偏重しやすいため、エクトプラズムはそこを突いていくことになるはずだ。同じく蛙吹梅雨も大きな弱点はないものの、あえて言うならば決定力に欠けるといったところだろう。蛙という個性はかなり柔軟に対応の効く応用力の高い個性であるものの攻撃手段には乏しい。そのため、決定力をもつ相方(バディ)をどこまで活かすことが出来るかという点をみることになる。

 瀬呂範太と峰田実はミッドナイトが担当する。ここは最も過酷な試験の一つになるだろう。瀬呂範太の個性である『テープ』も峰田実の個性である『もぎもぎ』も確実に当てるためにはある程度まで近づかなければならないが、ミッドナイトの操鞭の射程とほとんど変わらない間合いまで詰めなければならない。彼女の操鞭術と体術を鑑みれば、遠距離からの攻撃は功を成さないどころか無駄に自身たちの居場所を教えてしまうことになる。さらにミッドナイトの個性である『眠り香』は一息でも吸えば意識が即ブラックアウトしてしまうため、迂闊に近づくことさえできず近接の格闘戦も不可能に近い。常に(ヴィラン)との距離を意識しつづけ、如何に相手の意表を突くことが出来るかという精神面的な部分が大きく影響し試されるものになってくるだろう。

 葉隠透と障子目蔵にはスナイプが振り当てられた。二人の個性は索敵や諜報に向いた個性であるが、さらにその範囲の外側からの攻撃を行えるのがスナイプだ。彼の個性は『ホーミング』である。距離が遠く離れていようとも狙った箇所に自身の放ったものを必中させることが出来るという個性に銃を組み合わせることで、圧倒的な遠距離攻撃を可能としている。つまり、障子目蔵の索敵の外から襲い掛かってくる脅威と個性により自身の姿が見えずともヒーロースーツの一部等を視認されてしまえば不可視と言えどもその部分に命中させられてしまう葉隠透にとってはこの上ない天敵と言える。つまり障子目蔵が囮となり、葉隠透が脱出ないし捕縛するしかないのだが葉隠透にその非情な決断が取れるかどうか、さらには障子目蔵には葉隠透がその場からいなくなったことに気付かせない動きができるかどうかという試験になることが予想されるのだった。

 砂藤力道と切島鋭児郎にはセメントスが割り振られた。この二人にはシンプルにして最大の課題が当てられている。即ち持久力である。個性の使用に時間の限りがある二人に対して、コンクリートがあれば無制限に個性を発動できるセメントス。真正面からやり合えば二人はジリ貧になってしまうため、個性の使用はここぞという場所のみに抑えつつ機転を利かせセメントスの眼を欺くことが必須となる。離脱のための脱出ゲートは一つしかないため脱出するとわかってしまえばその前に壁を立てられてしまう。かといって戦闘を行えば無尽蔵のコンクリートの波が襲い掛かってくる。つまり綿密な作戦と的確な行動が求められることになるのであった。

 飯田天哉と尾白猿夫にはパワーローダーが充てられた。ここもシンプルな課題が割り当てられている。飯田天哉も尾白猿夫も、地形が十分な状態で初めて十全の力を発揮できる。パワーローダーの戦闘スタイルは個性である『鉄爪』を用いて地中を掘り進めつつ、トラップで搦めとることが多い。飯田天哉のエンジンは出力が大きくなればなるほど小回りが利きにくくなるためパワーローダーによって地形を陥没させられてしまった場合、本来の力の半分も出すことが出来なくなるだろうし尾白猿夫も個性そのものは地形に影響されることは少ないものの、彼の扱う近接格闘術は足場が圧倒的に悪い状態を想定していないため決定打になりにくい。さらに二人の共通点として、遠距離から可能な攻撃と面で制圧する攻撃を持っていないというのも挙げられる。耳郎響香や爆豪勝己、轟焦凍のような個性ならば対応可能なパワーローダーの地中移動も彼らにとって攻略は困難を極める。戦闘においても、無暗に近接戦を仕掛ければトラップの格好の餌食となってしまうだろうが、彼らにとって遠距離攻撃がほとんど絶無に近いため戦闘を仕掛ける場合、近接戦闘を選択せざるを得ないのであった。不利であることを冷静に認識する判断力とそれを打開する機転が必要になってくるだろう。

 轟焦凍と八百万百にはイレイザーヘッド自身が当たるようだ。

 

「轟は、一通り申し分ないがなまじ個性や身体能力が高い分、攻め手が単調になりがち。そして八百万は個性が万能で状況対応能力あるものの、判断までの時間がまだかかる。まあ、最近は二人ともその弱点も克服しつつありますがね」

 

 私へ視線が送られたが、特に反応する必要もない。

 

「それで、残りの芦戸と上鳴は、狩人。お前に頼む」

「私ですか」

 

 私の個性が彼女達にとって天敵というわけではないし、もし担当するとしたら飯田天哉と尾白猿夫のペアに充てられると思っていた。そこにパワーローダーが割り当てられたため出番はないと思っていた分意外であった。

 

「本当は校長に頼もうと思っていたんだが。ただ本来校長は授業を行う役職ではないし、なにより人を試すときにうっかり素がでてやりすぎることがあるからな」

「はっはっは、随分だね!」

 

 朗らかに根津校長は笑っているが、根津校長はいろいろと過去に闇を抱えているらしい。どうやら実験と称してかなり弄ばれていたと以前話を聞いたことがあった。

 

「そこでお前だ、狩人。芦戸も上鳴も良くも悪くも単純な行動傾向にある。二人も強い個性を持っているがお前と正面切って戦闘できるほどじゃあない。つまり二人の最も得意な正面から個性をぶつけるという戦法は取れなくなるわけだ。さらに、狩人が攻め続ければ芦戸と上鳴は個性の許容上限という壁にぶち当たらざるを得なくなる。頭のキレるお前なら真正面からの闘いだけじゃなく間断なく多角的に攻めつつ、そして口八丁手八丁で二人の弱点を抉り出すことが出来るだろ。あとはその追い詰められた状況で芦戸と上鳴がそれに気づき打開できる機転があるかどうかを見てほしい」

 

 随分と過分な評価だが二人に弱点を気付かせこちらが攻めながらも攻略ポイントを持たせるということは簡単ではない。

 だが、それでも彼らも今の殻を破るようにもがいていることも私は知っている。破ることに苦労していることも知っている。

 普段の訓練でも行き詰まっている二人であれば、視点を変えてやれる機会でもあると考えよう。

 

「ああ。そうだ。分かっていると思うがくれぐれもわざと負けてやろうとはしないことだ」

「当然です。私はそこまで甘くありません」

「……それと試験であることも忘れないことだ」

「分かっています」

「狩人はあまり加減というものを知らなさそうだからな」

「……精進します」

 

 心外であるものの、実際に加減は苦手なため反論もできなかった。

 会議は、遅くまで続き、B組の組み合わせや具体的な採点ポイントについて話し合われたのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「はい、では今日はここまで」

 

 対敵学も今学期はあと一回を残すところまで来ていた。

 生徒達の基礎能力も今では授業終わりでも倒れ込むことなく精々膝に手をついて肩で息をする程度までにはついてきている。

 体育館γには今日も荒い息遣いが満ちていた。

 

「いいですか皆さん。疲れているでしょうが最後にお知らせがあるので聞いてください」

 

 私がそういうと、虚ろな目をしながらふらふらとした足取りでこちらに生徒達が集まってきた。

 

「では、本日で今学期の実技訓練は最後です。次の授業ではレポートを提出してもらいます」

 

 ヒーロー科の科目は基本的に演習試験にまとめられてしまい、それぞれにおいて試験という形はとらず授業の採点は平常点が主となるが、ヒーロー情報学などはその限りではなくレポート提出をもって成績の付与を行っている。

 私の行っている『対敵学』は実技だけでなく座学も行っているため、同様にレポートを提出させ採点をせねばならなかった。

 

「うへぇぇ……マジかぁ」

「レポート提出は苦手だァ」

 

 上鳴電気と切島鋭鋭児郎は既に頭を抱えているが、そこまで難度の高いものをやらせるつもりもなかった。正直なところ提出さえすれば、最低限の合格点は付与するつもりでいる。

 それをイレイザーヘッドに相談したら甘いと言われたが、座学に関して難度を上げ過ぎて他の通常科目に影響を及ぼさないように考えた結果でもあった。

 

「提出していただくレポートのテーマは『(ヴィラン)が個性犯罪を犯し逮捕に至るまでの心理状態の変遷とその考察』です。あとで新聞記事をいくつかお渡ししますので、その中から好きなものを選び書いてください。文字数は、三千文字以上八千文字以内でお願いします。提出期限は次回の対敵学の終わりまでです。授業中に書いてもいいですし、書いて持ってきてもどちらでも構いません。形式も手書きでも文章作成ソフトを使ってでも基本的に読みやすければ問いません」

 

 何を書くべきか察しがついている者もいれば、まだなにを書くことになるのかわからないといった表情を浮かべる者様々だが、緑谷出久を始めとしたステインの事件に関わったものたちはすぐに理解したようだった。

 個性犯罪に手を染めるものの経緯は一様でない。一様であるはずはないが、その心理の変遷を辿ることは決して無駄ではない。

 対峙したときに、相手の行動を読む際の判断材料の手札はできる限り多いことに越したことはないのだ。

 私の合図でバラバラと体育館γを生徒達は後にしていった。

 

 生徒達が戻ったことを確認し、私も体育館γから職員室へ戻り、次の授業の準備を始めていた。

 本日に限り、三年の授業にも出なければならなかった。本日はスナイプがヒーロー活動(出張)により学校にいないため、三年の授業の代理として私が駆り出されたのである。

 とはいっても、三年のこの時期は既にどのヒーロー事務所に所属するか半ば決まっている者も多く、そのうちで数少ないカレッジへ進学する者は独自で勉学を進めているため自習で構わないとされているし、監督官としてその場にいるだけなので特に労するものでもない。

 私は、準備を整え三年の教室へと向かっていった。

 三年の待つ特別学習室に入ると、三年のヒーロー科であるA組とB組が一絡げに着席していた。この時期の三年はインターン等で学外にいることも多く、全員が揃っていることも少ない。ここにいる人数もA組B組をあわせてようやく一クラス分程度だった。

 教室はどこか緊迫感に包まれており、流石に雄英の三年ともなると一年とは違い浮ついた空気は薄くなるようだ。

 

「この時間を担当します狩人です。担当と言っても監督官というだけですから、各々自習してくださって結構ですので。もし質問があれば私がお答えできる範囲でお答えいたします」

 

 授業はじめに私がそういうと、その場にいた一人が空気を割くように鋭く挙手をした。

 

「俺、通形ミリオっていいます! 先生! 質問いいですか!」

「ええ、どうぞ」

 

 緊迫感を無視するように朗らかで快活な声を上げた通形ミリオは私をまっすぐに見つめてくる。

 

「先生って、あのエキシビションのバケツ仮面ですよね。新任だってことで僕ら三年生の誰も先生のこと存じ上げていなかったんですけど、どこで鍛えたんですか!? というよりどこで活動していたんですか!?」

「……授業のことではなく、私のことを訊きたいのですか?」

「ダメでした!?」

「構いませんけれども、特に面白味はないですよ。私の場合はほとんどが実戦での経験ですので、特別なトレーニングはしていません」

「それであれだけの強さを! なるほど納得ですよね。型にハマらないというか柔軟な対応というか次々と変わる状況によってすぐさま行動を変えていましたよね……!」

「あれだけの試合でそこまで分かるのでしたら通形くんも十分強いと思いますよ」

 

 恥ずかしそうに鼻の下を人差し指で擦っているが通形ミリオは雄英ビッグスリーと呼ばれるうちの一人だ。雄英のトップクラスはプロヒーローを含めても上位に位置する力を持つと言ってもいい。

 

「質問が終わりでしたら自習を始めてください。質問は適宜受けますので――」

「もう一ついいですか!」

 

 通形ミリオは眼を爛々と輝かせながら、さらに前のめりになる。

 

「先生! 質問じゃないんですけどお願いが!」

「なんでしょう」

「手合せしてしてほしいんですよね!」

 

 突然の申し出に教室にいた生徒達がざわめきだす。

 しかし、通形ミリオの眼からは血気盛んというよりも興味への探求の方が近いように見える。私の実力を試そうなどではなく、純粋に言葉通り手合せを楽しみたいといった感じだ。

 

「ミリオ……さすがにそれはどうかと思う」

「え、ダメかな!? とてもいい経験になると思うんだよね!」

「先生にも先生の都合がある……誰もがスナイプ先生のような人じゃない」

「でも、見た目のクールさ以上に狩人先生優しそうだよね!」

「女の人は見た目じゃわからないっていうだろ……」

 

 通形ミリオの後ろの席から窘めたのは天喰環だ。彼もまた雄英ビッグスリーの一人であり、雄英トップクラスの実力者の一人である。彼の実力は申し分ないが、その本領を発揮することは少ないのだと聞いていた。話をしている姿をみて確信を得たが、本領を発揮することが少ないのではなく彼自身の性格によって引きだしきれていないというところなのだろう。

 通形ミリオも天喰環も私の判断を待つように視線をこちらに向けている。

 

「私は構いませんが、監督官が他の皆さんを残してこの場を離れるわけにはいきませんので、他の皆さんがよろしければそれで構いませんよ」

「ああっ、そうですよね……!」

 

 眉尻を下げる通形ミリオはそのまますごすごと席に座った。だが、教室のどこからともなく「ミリオやってみろよ」との声が上がり、その一声をきっかけに通形ミリオへの同意と声援に変わっていった。

 

「いいのかな!?」

「まあ、皆さんがよろしければ。監督下に置いておかなければならないので皆さんも体育館ないし運動場へいくことになりますが」

 

 私が改めて確認をすると、全員がそれでいいと返事をしたのだった。若干、興行的な雰囲気が出てきてしまい学習的な側面が失われてしまったことに嘆息したが、実際に手合せをしたいという彼らの希望がありそれに則っていれば充足に役目を果たしたことになるのならば私の気も楽になるというものだ。

 そう決まってから、通形ミリオはヒーロースーツに着替えるために更衣室へ向かい、私は他の生徒を引率して再び体育館γへと向かったのだった。彼は自身の毛髪から誂えたコスチュームでなければ、全裸になってしまうためいろいろな意味でヒーロー活動のためにはコスチュームを手放せないのである。

 体育館γでしばらく待っていると、コスチュームに着替えた通形ミリオがやってきた。

 

「お待たせしました!」

「準備運動が終わったら言ってください。私はいつでも構いませんから」

 

 私がそう通形ミリオに促すと、彼は屈伸や伸脚と準備運動を始める。その様子を眺めていると、天喰環が、何かを言いたげにこちらをちらちらと視てくることに気付いた。

 どうにも自身から何かを言い出すタイプでは無いようで、何度か口を開くがすぐに噤んでしまう。

 

「どうしましたか、天喰くん」

「俺の名前、知っているんですね……」

「ええ、一通り生徒の名簿には眼を通してきたので」

「なら、ミリオの個性についても知ってますよね」

「そうですね」

 

 そういうと言いにくそうに口ごもり、しかし何かの使命感をもって私に何かを伝えようとしていた。

 

「先生は、新任の方ですよね」

「はい」

「確か個性は増強型の個性で」

「よくご存知ですね」

「体育祭で先生の試合を見た後、三年でも話題になってみんな調べましたから。それで……」

 

 先ほど以上に言いにくそうにしながらも、天喰環は言葉を続ける。

 

「失礼かもしれませんけど、もしミリオに負けてしまってもそれは先生のせいじゃありませんから……個性の相性が悪い、それだけなので気にしないでください」

「なるほど。私の心配をしてくださったのですか」

「ミリオの個性は、決して強い個性ではなかった……でも今のミリオに対してシンプルな増強型の個性は最も相性が悪いですから」

 

 どうやら天喰環の中では、私が負けることは既に既定路線のようだった。

 通形ミリオの個性は書類でみたが、『透過』というものらしい。発動型の個性で、『透過』が発動している最中はありとあらゆる物理現象を透過するとのことだ。一度発動すれば地面はすり抜け、音も光も貫通し通形ミリオには影響を与えることができなくなってしまう。一見無敵に思えるが、発動のオンオフの全てをオートマチックでもセミオートでもなくマニュアル操作しなければならないため、その運用は困難を極めると言っていい。

 メリットとデメリットが常に表裏一体でまとわりつく個性である。

 しかしその困難な運用を乗り越え、通形ミリオは雄英のトップに立った。つまり個性を使いこなすことに成功したということでもある。そうなれば、『透過』の個性は異次元の強さに昇華されその効力を存分に発揮することに疑問の余地はない。

 

「天喰くん」

「はい……すみません。言いすぎました。俺は先生に対してなんてことを言ってしまったんだ。穴があったら埋まりたい。むしろ穴を掘りたい。穴を掘ってまた埋め直すことを繰り返して贖罪したい」

「どこの賽の河原ですか。大丈夫ですよ。その程度を気にするほど狭量でいるつもりはありませんし、なにより私も簡単に負けるつもりもありません」

「ですが……」

「では、一つ教師らしくお手本をお見せしましょう。通形くんの個性に対してただの増強系がどのように対応するか。その実演講義です。ああ、丁度いいので天喰くんには開始の号令をお願いしますね」

 

 私が天喰環にそう応えるとほとんど同じく、通形ミリオから準備完了の返事があった。

 三年の生徒が見守る中、私と通形ミリオは二十メートルほど距離をとって対峙する。

 

「では、お願いします。とりあえずは、決定打をもらうか適当に時間が経ったら終わりということでいいですか?」

「はい! 大丈夫ですよ!」

「もうご存知かもしれませんが、一応伝えておきますね。私の個性は単純な身体強化の個性です。トリッキーなことはしません。もし私だけが通形くんの個性を知っていたら不公平ですからお伝えしておきます」

「……! わかりました!」

 

 いつか誰かに言ったことと同じセリフを通形ミリオに伝えると、わくわくを隠しきれないといった様子で飛び跳ねていた。

 私は、構えとして自然体に立った。

 通形ミリオの目つきも変わり、真剣そのものの眼差しで私を視界の中央に据え左足を半歩下げ、半身になって構える。

 

「……じゃ、はじめ」

 

 天喰環の力ない開始合図と同時に通形ミリオは地中へと沈んでいく。さっそく個性を発動したようだ。

 そして次の瞬間には、私の背後に通形ミリオの気配が移動していた。私は振り向くことなく前へ一歩ステップを踏み風切り音を聞きながら背後の気配から間合いを取った。そこで初めて振り向くと、通形ミリオの表情は驚きに彩られつつも、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

「先生って後ろに眼があるみたいですよね!?」

「風切り音と気配を読んだだけですよ。通形くんの個性を知らなければ一撃もらっていたかもしれません」

 

 通形ミリオの個性はいくつか特性がある。そのうちの一つが、質量をもつもの同士は重なり合えず、質量のある部分で通形ミリオが個性を解除するとはじき出されてしまうとのことだった。それを利用しワープを行っているらしいのだが、その説明では空気にも質量があるため空気と重なり合った場所で個性を解除した場合宇宙空間まで弾き飛ばされてしまうことになる。おそらく人体との比重や密度、体積などが関係していると予想がつくものの、詳しいことはまだわかっていないらしい。

 とにかく、自身の透過の個性の特性をうまく利用しただ透かすだけでなく移動手段に昇華させているというのは個性運用に於いて一年の遥か先を行っているといえる。

 

「さあ、続いていきます!」

 

 今度は沈むことなく真っ直ぐこちらに走って向かってきた。そして僅かに体勢を沈め、顔面にジャブを繰り出す。それを顔を動かすことで避け、拳打の届かない位置まで僅かに通形ミリオから距離を取ると彼は体勢をがくんと深く沈ませる。

 おそらく蹴りのモーションだと思うが、それにしては体勢が沈みすぎている。警戒を強めるとほぼ同時に、異常なまでに鋭い蹴り上げが私の顔面に向かって放たれてきた。

 上体を反らし回避しつつ、私も同じように通形ミリオの顔面へ向かって蹴り上げるが案の定透かされてしまった。その勢いのまま後方倒立転回で間合いを取りなおす。

 

(なるほど。つま先だけ沈ませ、即座に個性の解除を行い蹴りを加速させたか)

 

 なんとも面白い個性の使い方をする。移動に攻撃、防御と全てにおいて個性運用のレベルが高い。

 私の繰り出した蹴りも一応は当たればその場で戦闘不能にするつもりで放ったが、予測していたのか微塵の焦りもなく冷静に個性を発動していた。

 

「あっぶなっ! 蹴りが尋常じゃないですよ!」

「通形くんも容赦がないですね」

「それくらいじゃないと先生に失礼だと思ったので!」

 

 興奮した様子で語っている分、まだまだ通形ミリオには余裕がありそうだ。

 

(では、そろそろその余裕も無くさせようか)

 

 私は、初めて自分から通形ミリオに向かって歩みを進めた。通形ミリオも警戒を強め構えを取るが、間合いに入る数歩前からステップを踏んで一気に距離を詰めていく。

 

「はやっ!」

 

 通形ミリオの上げた声と共に私は右拳を彼の胸部へと突き出した。しかし当然ながら透過されてしまう。だが私は胸を突き抜けた拳を引かずに、左拳と脚で別の攻撃を仕掛けていく。

 

「……!」

 

 私の攻撃は次々と透過させられてしまうが、それで問題はない。私は離れようとする通形ミリオに張り付き続けた。通形ミリオも私の意図を理解したようで、引きはがそうと反撃を試みるが、弾速でさえある程度の距離さえあれば回避することのできる私にとって腕一本分の距離があれば増強系でもない攻撃は回避するには易い。途中胸に突き刺さっている腕そのものに攻撃を加えてきたが、増強系個性の者が本気で力を入れていれば、鍛えた拳程度では大きくダメージをもらうことはない。少なくとも数分では無理だろう。

 その攻防が一分を過ぎた頃には、通形ミリオの顔から余裕といった雰囲気は失せていた。

 つまり通形ミリオは、動きながら一分以上も呼吸を取ることが出来ていないのである。おそらくすぐに私を引きはがせると思っていたのだろうが、ここまで張り付かれるのは誤算であり次の行動が制限されてしまったのである。

 ここで、通形ミリオの取れる行動は三つ。

 一つは、これまで通り私に攻撃を加え続けるというもの。だがこれはあまり功を奏さない。呼吸が苦しくなっていく中でさらに鋭い攻撃をもって私を引きはがす公算というものは高くない。

 もう一つは、胸部の透過を解除しはじき出され距離を取るというもの。だが、弾かれるといってもその反動で大きく距離を取ることができるわけではなさそうだった。弾かれる速さは相当なものだが、慣性とは違った力が働いているようで勢いのまま大きく弾かれてしまうことはなさそうだった。もし大きく弾かれてしまえば、疑似ワープの直後にすぐさま地面を蹴ることもできない。つまり間合いを十分にとれない中で、個性を解除し呼吸をしなければならない。そして私ならばその個性を解除から一呼吸をする前に胸部に向けて拳打を打ちこむことが可能なのである。

 最後の選択肢は地中に逃れるだが、これもあまり好手であるとは言えない。通形ミリオは最初の攻防で私が地中へもぐっていく角度からどこに出現するか予測ができることを気づいているはずだ。通形ミリオも一旦地中に潜ってしまえば、地上の状況を知ることが出来ない。下手に地中で個性解除後の地上出現位置を変えてしまえば自身に、そして周囲に思わぬ危険が降りかかる可能性があることは通形ミリオも十分に承知しているだろう。

 なにより、私に出現した出端を狙われる可能性が高いと認識しているが故に、胸を貫かれた直後に個性を発動し地中に逃げなかったのだということも予測がつく。

 

(だが、いずれかの行動はとらなければならない。さあ、どれを選択する?)

 

 

◇◆◇

 

 

「いやあ、完敗だよね!」

 

 通形ミリオは、朗らかに笑いながら自身の手合せを見ていた生徒達に向かって言った。

 結局あの後、彼の取った行動は胸部の個性の解除と同時に全身を地中に沈めていくといったものだが、地中に身体が完全に沈むまでの間の呼吸をする瞬間。そのほんの僅かな時間を唇や喉、胸部の動きから読み切り私の突き上げる拳打いわゆるアッパーが胸部に当たった。肺から僅かな空気もすべて吐き出すように盛大にえずきつつ、そのまま透過を完全に発動しきる前に個性は解除されてしまい、結果地面から弾きだされ大の字に倒れ伏したのだった。

 

「まさか、ミリオが……」

 

 天喰環の表情は驚愕に染まり深刻そうな顔をしていたが、通形ミリオはまったく気にする様子もなく笑っている。

 

「まさか透過をあんな風に攻略されるとは思わなかったですよね」

「ほとんどの増強系の個性にはできないでしょうから攻略と言えるほどのものではありませんけどね。あれほどの至近距離で通形くんの攻撃を捌ける人はほぼいないでしょう」

「思えば初撃の段階で心理的誘導に引っかかってしまってますから」

「おや、気づいていましたか。やはり通形くんは優秀ですね」

「今振り返ればですから、戦闘中に気付かなければいけませんでした……!」

 

 彼との初撃のやり取りは彼が地中に沈み疑似ワープを行い、そして私がその転移先を読み切ったというものだ。その時点で、通形ミリオの中には『地中からの奇襲は決定打にならない。何度も見せては回避だけでなく反撃につなげられる可能性が高い。この疑似ワープはここぞという場面で決めるために使わなければ』という認識が生まれたのである。故に彼は、続いての攻撃をあえて沈まずに走ってこちらに向かってきたのであり、私の張り付きに対して脱出ではなく反撃という形をとってしまったのだった。

 せっかくなので、講義の一環として他の生徒に向けて攻防を解説すると、全員興味深そうに頷いていた。

 

「環たちもどうかな!? 狩人先生にみてもらうの勉強になると思うんだよね!」

 

 通形ミリオのその一言で、他の三年にも火がついたらしく我も我もと手が上がる。

 彼だけを贔屓するわけにもいかず、ほぼ手が上がった全員の相手を終える頃にはチャイムが大きく鳴り響いていたのだった。




【鉛の秘薬】

重苦しくドロリとした飲み薬。

一時的に比重を高め、攻撃を弾きやすくする効果があるが
動きは鈍り、また防御力も変わらないため、使いどころが難しい。

製法が全く知られていない謎めいた薬であるが
一説には、悪夢的な絶望の中でのみ、これが生まれるという。


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28.期末試験、対A組

お待たせしました。
また、誤字報告助かっています。ありがとうございます。


 学期末を迎えた雄英は通常科目の筆記試験も終わり、残すは演習科目を残すのみとなっている。

 A組の生徒達と教師陣はそれぞれ各コスチュームに着替え、各運動場へと向かうためのバス発着所に集まっていた。全員が揃ったことを確認するとイレイザーヘッドが演習試験の説明を始めた。

 

「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたきゃみっともねぇヘマするなよ」

 

 早々にイレイザーヘッド流の檄が飛ぶが、生徒達は存外緊張感は薄いように見える。それよりも、教師陣がなぜこれほどここにいるのかと不思議に思っているようだった。

 

「諸君なら事前に情報を仕入れて、何をするか薄々わかっているとは思うが」

 

 イレイザーヘッドがそう前置きをすると、上鳴電気から「入試みてぇなロボ無双だろ!」と声が上がった。それに呼応して、芦戸三奈も林間合宿を楽しみにしている旨の相槌をしている。

 そんな歓喜の声を切り裂くように、根津校長がイレイザーヘッドの捕縛布の中から飛び出してきた。

 

「残念! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

 その一言で幾人かの顔から血の気が引いていき、何を言っているかわからないといった様子で身体を硬直させてしまっている。

 演習試験の内容は直前まで知らせてはいけないことになっていたので、全員が呆気にとられていたが、試験内容が担当官との戦闘だと聞くや何人かはすぐに切り替え校長の説明を聞き逃すまいと顔つきが変わっていった。

 まずは事前に決められていた二人一組(チームアップ)と各担当官が発表されていった。オールマイトを始めとした各トッププロたちを相手にしなければならないこともあり、どのチームも担当教官が発表されると俄かに顔を強張らせている。

 

「そして、芦戸さんと上鳴くんは私が担当します」

 

 そう私が告げると、なぜか二人ともアルカイックスマイル然とした笑みを浮かべ頬に二筋の雫を伝わせながらクラスメイト達の方へと向いたのだった。

 

「みんな、林間合宿楽しんできてね」

「俺らの分もよろしくな」

 

 力なく二人が言い放つとすかさず緑谷出久がフォローに入った。

 

「だ、大丈夫だよ! ほ、ほら試験だから!」

「なにが大丈夫だァ!? これどう考えても俺らナイトメアモードだろォ!? 狩人先生に勝てって!? 訓練の組手で今何勝何敗だと思ってる!? ゼロ勝八十一敗だぞォ!?」

「み、皆もベリーハードモードではあるからさ! ナイトメアモードだってあまり変わらないよ! ビデオゲームなら倍難しい程度だし!」

「フォローになってねぇ!」

 

 上鳴電気の悲鳴に芦戸三奈も続く。

 

「ううっ、キモ試ししたかった……花火……カレー……恋バナ……」

「三奈ちゃんもやる前から落ち込んでちゃダメよ」

「でも梅雨ちゃん……ううっ! どうやっても勝てるビジョンが視えないィ!」

 

 思わず額に手をやり頭を振ってしまった。やる前から諦めているようでは、ヒーロー以前の話だ。

 イレイザーヘッドは、そんな生徒達の様子を無視するかのように説明を続ける。

 

「それぞれステージを用意してある。十組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ。時間がもったいない。速やかに乗れ」

 

 そう言い伝えると、イレイザーヘッドは踵を返しバスへと向かって行ってしまった。轟焦凍と八百万百は困惑しながらも後をついていきバスへと乗り込んでいった。

 イレイザーヘッド達がバスに乗ったのと同じくして、他の教師たちも引率を始める。それぞれの試験官がペアに声を掛けバスへと誘導していく。

 私もそれに倣い、芦戸三奈と上鳴電気へと声をかけバスに乗り込んでいった。生気の抜けた二人と私を乗せたバスが数分間走り、試験会場である運動場γへと辿り着いた。

 運動場γは、密集した工業地帯を模した造りになっており、大面積の倉庫や重機が所狭しと立ち並んでいる。

 とぼとぼと降りてくる二人に声を掛け、今回の試験用に建て付けられた校長の趣味なのかやたらとファンシーな校長の絵が描かれているゲートの前に並ばせた。

 

「さて、改めて試験内容についてお話しします」

 

 二人はしょぼくれたままだが、時間も差し迫っている。手短に説明を終わらせてしまおう。

 

「まず、今回の試験は対敵シミュレーションです」

「対敵シミュレーション? それって前にやった戦闘訓練みたいなものですか?」

「それに似ていますね。制限時間である三十分以内に、この手錠(ハンドカフス)(ターゲット)に掛けるか、このゲートから脱出するかのどちらかを達成することが目的です」

「ってことは戦わず逃げてもいーんすか!?」

 

 生気の無かった芦戸三奈と上鳴電気の顔に俄かに血色が戻ってくる。二人は顔を見合わせ、胸の前で小さく両の拳を握りしめていた。

 

「ええ。逃げても構いません。先ほども言ったように今回は対敵シミュレーションです。戦闘訓練と違うことと言えば、明確に相手が自身の力量を上回る相手だということが分かっているという状況ということですね」

「知ってます。ものすごく知ってます」

 

 芦戸三奈が残像が見えるほど素早く何度も首を縦に振っている。上鳴電気も腕を組んでゆっくりと首肯していた。

 

「ただし、お互いに個性が割れているという状況なので、私もお二人の個性を知っているという動きをします。つまり、貴方達が実際にプロヒーローとして現場に立ったときと同じような状況設定だと仮定してください」

「プロヒーローは個性が知られていることが前提……ということッスね」

「そういうことです」

 

 二人とも呑み込みは早いが、それ故か諦めも早い。それでは、対敵した際に本来見えてくる打開できる機会も逃してしまうことになる。彼らにとっての戦闘力以上の課題はこの部分だろう。

 

「対敵シミュレーションということですので、私のことは(ヴィラン)として考えてください。対敵した際に勝てると思うのなら戦闘し制圧するもよし、敵わないと思うなら撤退し応援を呼ぶもよし。そこはお二人で判断してください」

 

 試験概要を聴いて二人は顔を再び見合わせている。

 

「ただし、まだ皆さんと教師陣では実力差として大きなものがあります。ですのでハンデとして、体重の半分程度の錘を両手両足に着けます。本来の動きより制限が入るということも考慮に入れてください」

 

 リストバンド形状の錘を装着する。ずしりと身体が沈む感覚を覚えた。動きに対する影響もあるが、それ以上に感覚が通常と違うため身体運用に慣れるまでに時間がかかりそうだった。

 

「とりあえず、狩人先生――(ヴィラン)を見つけて私たちはこっそり後を追ったけど見つかって戦闘になってしまったって感じかな。実力が割れた状態で撤退するか拘束したらクリアってことは」

「試験だからいいけど狩人先生が(ヴィラン)とかマジで考えたくねぇ……被害者どれだけだよ……最低でも応援ないし情報を持ち帰らないとヤバイ状況ってことか。全滅だけは避けねーと。その後の被害考えたくねー」

「いい考え方です。上鳴くん、芦戸さん」

「へ?」

 

 上鳴電気も芦戸三奈も何気なく零した一言だろうが、常に思考することが身についてきた証拠でもある。訓練のための訓練ではなく、実戦で実力を発揮するための訓練をと思い放課後の時間を使ってきたが無駄ではなかったようで何よりだ。

 

「シチュエーションをより実戦に近くするためにそういう考え方はとても良いことです。私が(ヴィラン)ならばどれほどの被害が出るのか。そのために自分は何ができるのか。何をしなければならないのか。この試験では、それをよく考えてください」

「は、はい」

 

 まだ瞳に不安げな色は消えていないが、私が思っているよりこの二人も成長していたようだった。

 

「……私も、まだ眼を鍛える必要がありそうですね」

「どうしました、先生?」

「いえ、なんでもありません。さっそく試験の準備に入りましょう、とその前にもう一つだけ。今回、私は徒手空拳ではなく武器を使用します」

「へあ!?」

 

 今回の試験に使うため特注の武器をパワーローダーに作成してもらっていた。

 

「それがこの直剣と銃です。といってももちろん本物ではありませんから安心してください。剣は刃の部分はこの通りゴム製ですし、銃も当たってもそこまで痛いものではありません」

 

 細身の刀身をもつ諸刃の西洋剣を模したゴム剣である。剣先を指先で押せばぐにゃりと刀身が曲がる。銃そのものは十四年式拳銃であるため本物だが、これを改造し特製弾を射撃できるようにしたものである。十四年式は個性社会以前のこの国で使われていたものであり、グリップは細身で持ちやすく、連射も可能でトリガープルも軽いためとり回しも良好。その無骨さと物々しいながらも機能美ともいえる形状が気に入っていたため、パワーローダーに願ってこのモデルにしてもらったのだった。

 私は少し離れた地面に向かって、トリガーを引いた。乾いた火薬の音と共に、着弾地点の地面にピンク色の液体を撒き散らす。

 

「ペイント弾、ですか?」

「このように当たると塗料が付きます。このゴム剣も同じく刃の部分に触れると同じ塗料が付着するようにできています。といってもこれに当たったからと言って、その時点で試験が終わるわけでもありませんし、試験の雰囲気をより実戦に近づかせるためのギミック程度と考えてください。弾速もかなり遅めですし実際このどちらに当たったとしてもそれほどダメージはありませんから」

「わ、わかりました」

 

 私は二人に待機するための初期位置を伝えた。生徒達が初期位置、ステージ中央に着いてから五分間の後に私が事前に取り決めてある初期位置へと移動。その後に全会場で一斉に試験開始となる。

 

「では、試験会場に入ってください」

 

 ゲートが開き、上鳴電気と芦戸三奈は運動場γの奥へと姿を消していった。

 私も定位置である倉庫裏につき、周囲に設置されているカメラに向かって準備が完了した合図を出す。

 

『それじゃあ今から雄英高一年期末テストを始めるよ』

 

 会場に設置してあるスピーカーから、試験開始を報せるアナウンスが入った。

 

『レディーゴー!』

 

 その合図と同時に、倉庫の壁に着けてあるパイプの取り付け金具を足場にして屋根へと上がる。錘のせいで取りつけてある金具が足場にした傍から崩れていくがどうにか屋根へとたどり着けた。

 

(思った以上に感覚が違う。もう少し慣れるまで時間がかかるか)

 

 屋根から屋根へ伝いながら二人の走行ルートの予測を立てる。

 

(まず考えられるのは、最短ルートである一直線にゲートへ向かうルート。次は迂回路。逃走を前提として心理的に標がない状況では、右利きの人間は重心の置き方の関係上無意識に左方向へと向かう。ゲート方向を正面と考えた場合はあちらだが)

 

 最短ルートを通る際、必ず通らなければならないポイントに到着すると、遠方から二人が走ってくる姿を視認できた。

 

(作戦があるのか、それとも速攻で勝負を仕掛けにきたのか。どちらにせよ周囲の警戒が薄すぎる)

 

 時間にして一分ほどで私の眼下を通り過ぎるだろうが、進行方向からみて死角になる路地を警戒するだけで上方向に対しては絶無に近い。これはただ単に経験不足によるものだが、(ヴィラン)は経験不足を理由に手加減をしてくれないのだから、安全である内にその経験を積ませることもこの試験の役目だ。

 私は南部十四式を構え、照準を上鳴電気に向ける。

 

(ここからでも当たるが、もう少し引き付ける。あと十秒以内に気付けば合格。さてどうなる?)

 

 だが、やはり上方向に気を配ることはなく相変わらず路地だけを確認している。相手()が接敵機動を前提としているのだから、その確認は不足していると言わざるを得なかった。

 距離が十分縮まったところで私がトリガーを引くと、上鳴電気のコメカミにピンクの花が開いたのだった。

 二人は何が起こったのかわからない様子できょろきょろと周囲を確認し、ようやく上方向に視線を向けた。そして私に気付くとすぐさま路地に入ろうと方向転換をし私に背を向けたため芦戸三奈にもペイント弾を撃ち込む。背中に着弾し上鳴電気と同じようにピンクの塗料が広がっていた。

 

「これでまず二回。何度まで耐えられるかな?」

 

 これは精神力を試す試験でもある。私の意図に気付いて、そのときにまだ心折れずゲートを目指すことが出来るか。依然として冷静な判断をすることができるか。

 

「十五回以内に試験をクリアできれば上出来」

 

 遠眼鏡を取り出し覗き込むと先程逃げ込んだ路地を二人が反対方向へ抜け出て行くのを確認できた。

 私は屋根上から大路へと降り、二人に先回りすべく別の路地に入っていった。

 狭い通路を進んで行き、予測地点に回り込むと正面から悲愴な顔を携えて走ってきていた。

 

「残念ですが、ここは通せません」

「先回りされてるぅうぅうぅ!」

 

 芦戸三奈の悲鳴と共に急ブレーキをかけて、構える二人だがそれでは中途半端であり最悪手でもある。逃げるにせよ、戦うにせよ接敵し会敵したのなら判断を迷ってはいけない。迷いは思考を鈍らせる。

 

「そして、脚を止めることはもっとも良くない判断です」

 

 二人が迷っている最中に間合いを詰める。普段よりも二ステップほど多いが戸惑っている二人に対しては十分すぎるほどの速さだったようで、私の攻撃に両名とも反応しきれず防御も間に合わず直撃した。すれ違い様に直剣で二人の胴を薙ぐと真一文字に腹部にピンクの線が引かれる。ゴム剣とは言え、インパクトの瞬間に思い切り振りぬけば吹飛ばすことくらいはできる。

 ごろごろと二人が地面を転がっている間に私はそのまま路地裏へと姿を隠した。そして先程と同じくパイプ管の取り付け金具を足場に屋根へと登って行く。

 

「いったぁ! 狩人先生は!?」

「わかんねぇ! だけどいないなら今のうちにゲートに向かおう!」

 

 起き上がった二人は周囲を見回しながら前を向くが、すかさず銃撃し二人の胸部に着弾させる。

 二人は着弾後にようやく上を見上げるが、さらに眉間に銃弾を撃ち込んだ。

 

「そんなに簡単にここを通すと思っていますか?」

 

 二人は顔をひきつらせそのままゲートから反対方向へと戻って行ってしまった。

 私はさらに高い倉庫へと飛び移っていき、ゲートを通過するために通らなければならない箇所を見渡せる場所に陣取る。

 そろそろ二人もただ逃げ切ることは不可能と踏んで戦闘を視野に入れてくる頃合いのはずだ。今は身をひそめてそのための作戦会議をしているといったところだろう。

 数分後、先ほどとはまた別方向から走ってくる姿を確認する。ビルと工場に挟まれたやや狭い路地を走り抜けようとしていた。

 

(しかし、来るのは上鳴電気だけ。つまるところ囮だな。芦戸三奈は私が上鳴電気と交戦を始めてから逆方向ないし最短ルートを通ってゲートを抜ける、といったところか)

 

 試験の作戦としては悪くはないが、実際の会敵を考えればこれもまた悪手である。戦力が分散しては戦闘が視野に全く入ってこなくなってしまうし、なによりも助力もなく単独で戦闘に臨むことは致死率が飛躍的に上がってしまうのだ。

 

(少し、きつけをくれてやろう)

 

 私は屋根を飛び伝い上鳴電気の元へ向かった。

 上鳴電気の進行方向に立ちふさがるよう屋根から飛び降りる。

 

「やっぱりどこからともなく来た!」

「やっぱりということは、この状況を想定しているというわけですね? 大方このまま逃げて上鳴くんが私を引き付けている間に芦戸さんがゲートを抜けるといったところでしょうか」

「あ、あはは。なんのことですかねー!」

「それも作戦として悪くはありませんが、問題は実戦でできるかどうか。そしてその判断を本当にすることができるのか。試験だからといった甘えでこの作戦を取っているのなら囮になるということがどれほどリスキーなことか気づいてもらわなければなりません。では、上鳴くんには囮になる覚悟があるかどうかを見極めましょう」

 

 私はゆっくりと上鳴電気に向かって歩いていく。

 上鳴電気も私から視線を切ることなくじりじりと後退しつつ、それでいていつでも個性を使える準備をしていることが窺えた。

 私は殺気を全開にし上鳴電気へ向けて放つ。そして悪意をもって上鳴電気を害するという意志を叩きつける。

 本来ならば気取られる可能性がある以上、殺気などというものは漏れださせることは論外だし、ここまで駄々漏れにする(ヴィラン)は絶無に近いため実戦に近いかと言われれば甚だ遠いと言わざるを得ないが今回はあえて放出していった。過剰な程度に分かりやすく殺戮機械(キリング・マシーン)として振る舞ってやろう。

 視線から送られる殺意を受けてみるみる内に上鳴電気は脂汗を流し、後退する脚も徐々に覚束なくなり鈍っていく。

 

「どうした。立派に囮という役目を果たして見せたまえよ。役目を果たした先には惨たらしい無為の死が待っているだけだろうがそれが本望というものなのだろう? まさか、死ぬことになるとは思わなかった、なんて蒙昧な戯言をいうつもりはないことを祈るばかりだ。それこそ興醒めというもの。しかしてならば貴公の断末魔で最期の興を彩ろうではないか」

 

 やや芝居がかっていると思いつつも効果はあったようで上鳴電気の顔からはみるみる血の気が失せていった。ひっ、と上鳴電気が上ずった声を上げると同時にステップを踏んで近づき首元をゴム剣で撫でつけると、他の部分と同じようにピンクの塗料が付着した。

 その場で尻餅をついた上鳴電気に銃を向ける。

 

「さようならだ。ヒーロー。もう一人の居場所をいえ。そうすれば、楽に逝かせてやろう」

「……嫌だ」

 

 その言葉を言い終るか否かのところで、二回トリガーを引く。上鳴電気の右脚と左肩に着弾しピンクのペイントが広がった。

 

「ヒロイックに酔うことは結構だが、力が無ければ何者にもなれない。苦しい時間が長引くだけだ。もう一度だけ言う。もう一人はどこにいる」

「絶対に嫌だッ!」

 

 トリガーに指を掛けた瞬間だった。

 上鳴電気の目つきが変わる。諦観を踏破し絶望を振り払った者にしかできない目をしていた。真の意味で戦うこと決めた者の目だった。

 

「だが、威勢だけではどうにもならない現実を知ることも重要だ。せめて囮として満足に役割を全うしたまえ」

「……そうですよ。立派に役目を果たして見せますよ! この囮の役割を!」

 

 啖呵と同時に放電の様相を見せバチバチと身体中に電気を纏いだしたのだった。

 電撃が直撃すればしばらくは動けなくなってしまう。すぐさまバックステップで距離を取るが、錘のせいで思ったよりも距離を稼げず腕に電撃を受けてしまった。腕から流れ込んでいく電流が身体中に奔り痺れるが、狩装束のおかげで行動不能とまでは行くことはなさそうだ。しかし僅かながらに身体が硬直する。

 その数瞬の隙に不意に上空から違和感を覚え見上げると、目を瞠るほどの多量の液体が降り注いできていた。

 

「いっけぇ!」

 

 芦戸三奈がビル上から巨大な水槽のようなものを傾けている。

 成り行きを見守っていたのかこちらを無防備に覗き込んでいたため、腕を垂直に上げ銃を放ち芦戸三奈の喉元に着弾させた。

 着弾したが液体はそのままビルの屋上から撒き散らされたのだった。

 液体は広範囲に撒かれ且つ狭い通路のため避けきれないと判断し咄嗟に眼を覆う。降りかかった液体はやはり芦戸三奈の溶解液のようで、私の狩装束を徐々に溶かし始めていた。

 

(なるほど。工業地帯であるならば、腐食耐性のある石英ガラスの容器もある道理。芦戸三奈は逃げたわけではなくこれを準備していたのか)

 

 囮を使った逃亡という悪手を取らなかったことに感心しつつも、まだ決定打には及んでいない。狩装束を溶かしつつあるだけで私にダメージはほとんど通っていないのだ。

 しかし上鳴電気が立ち上がり、液体の全てが降り注ぎ終わった頃合いに私目がけて突進を仕掛けてきた。

 

「残念ですが、もう動けます。近接格闘なら判断ミスですよ」

「動けることも想定内ッス! これで決めるッ! 放電、二百万ボルトォ!」

 

 上鳴電気が、脳がショートしないギリギリの放電攻撃を繰り出そうとしていた。

 確かに狩装束が溶け、一部の皮膚が露出した現状ならば、通電により大きなダメージが見込めるといった判断は間違っていない。おそらくこの液体も電気をよく通すものなのだろう。ここまでの連携は見事だが、まだ試験は終わりではない。

 私は、剣と一緒に手に握りこんでいた小さな機械を地面に突き刺した。

 その機械を起点に上鳴電気までの直線上を指向性をもつかのように青い雷が何本も降り注いでいく。

 上鳴電気の電撃とぶつかりあうと相殺され、電撃は私のところまで届いてこなかったのだった。

 

「な、なんだこりゃァ!?」

 

 私が使用した小さなトニトルスという手のひらサイズに収まる機械は、五寸ほどの小さな鉄棒の先端に蒼雷を生み出す機構を内蔵した金属製の球体を取り付けたものだ。パワーローダー謹製の傑作品でもあり、さらに私の血にも反応する代物でもある。

 ただこの血の反応は単純に威力を底上げするもので、なにぶん聖歌の鐘のような特殊な効果はない。血を反応させた本来の威力は常人ならば一瞬で丸コゲのタンパク質の塊を生成できる程度である。当然ながら今回の試験のために威力を弱める調整を施したものであり、間違っても電気に耐性のある上鳴電気ならば致命的なダメージを負うことはないものだったが、上鳴電気の威力を相殺する程度の出力はあるようだった。

 今の電撃をあえて喰らい試験を終わらせてもよかったのだが、もうひとつだけ見ておく必要があった。

 最後の課題。勝利を確信した後に誤算が生じた際にどう動くか。それを視ておかねばならない。

 

「電気を扱えるのは、上鳴くんだけではないということです」

「へっ?」

 

 上を見上げれば、芦戸三奈もなにが起こったかわからない様子で混乱の最中にいるようだった。

 

「さあ、渾身の作戦は失敗。ここからどうしますか?」

 

 改めて銃を構え直しゆっくりと上鳴電気へ向かって歩きだした。

 絶望を振り払った先に、更なる絶望が顔を見せたとき、それは人の本質を鏡のように映し出す。

 

「へ、へへ」

「この状況で笑いますか」

 

 何かを企んでいる。というよりも、近づいてくるように仕向けているように思う。確定的ではないものの十中八九何らかの作戦をもっている。

 

(流石にここでそれを回避してしまうのは酷過ぎるか)

 

 あくまで試験。私へ如何に抗戦できるかをみるものではない。圧倒的に不利な状況に置かれた際の判断力と打開のための適正な機転を視るための試験であり、ひたすらに追い詰めるためのものではない。出口のない試験などただの悪問と切って捨てられるべきだろう。

 実際に、なにか作戦があったとしても私に現時点で完全には看破されていないのだから、それで十分だ。

 

「笑ってる? そうか、俺は笑ってたんスね」

「まあ、いい。もう一人がどこにいるかも割れた。用済みだ」

 

 我ながらお喋りが過ぎる。作戦があろうがなかろうがこれ以上時間をやる必要もあるまい。

 トリガーに掛かる指に力が入る。

 

「先生、知ってますか……先生が立っている場所、広範囲で濡れているんですよッ!」

 

 再び上鳴電気が電流を迸らせ、地面に拡がる液体へと流そうとする。確かにこの位置からでは小さなトニトルスを起動し迎撃していては発動前に私は電撃に襲われてしまう。また地面も溶解液に浸されているため、滑りやすく大きな力を掛けることもできない。

 

(ならば)

 

 地面を蹴り、隣接する工場の外壁に沿っているパイプ管へと飛び移った。直後に上鳴電気は地面に電流を奔らせているが私には届いていない。このままパイプ管を伝って上へ上がれば上鳴電気の射程から完全に離脱できる。

 

「そうですよね! 先生なら、そこまで避けられますよね!」

 

 上鳴電気の言い回しに眉を顰めていると、上方から不穏な音が鳴り、見上げると外壁に亀裂が入りパイプ管が段々と外壁から剥がれ倒れ込んでいく。それに合わせ私の身体も傾いていった。

 

「そこはもう、溶解済みですよー!」

 

 にしし、と笑みを含んだ芦戸三奈の声がビル上から降ってくる。

 どうやら私の行動を読み切り、上鳴電気に私の意識が向いている間に溶かしておいたということか。つまり、最後のこの一手までは全てがブラフということだった。

 

(作戦も連携としても悪くない。及第点といったところだな。だが、よく考えたものだ)

 

 あえて苦言をいうならば、パイプ管が倒れる速さを重力による自由落下に任せてしまっているせいでこの状況からも脱出しようと思えば脱出できる()の身体能力を考慮していないことだが、それは野暮というものだろう。

 接地した途端に私の全身に電流が流れ込んでくる。流石に、狩装束が万全でない状況で受ける彼が放つ全力の電撃はなかなかに堪える。しばらくすると放電が終わるが片膝を突いたまま数秒立ち上がることができなかった。その間に私の腕に芦戸三奈がカフスを掛けてくる。

 カフスが掛けられたのと同時に上鳴電気、芦戸三奈組のクリアを報せるアナウンスが鳴り響いたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「怪我があればリカバリーガールのところで見てもらってくださいね」

 

 試験を終え、バスの中で上鳴電気と芦戸三奈に簡易的な講評をしていた。

 

「これは正式なものではないので、聞き流していただいても構いません」

 

 前置きをしたが、二人の眼差しは真剣そのものだ。

 

「まず、十一回。この数字が何を意味するかわかりますか」

「え、えっとぉ……私たちが実際に会敵してた場合に死んでいた回数ですか?」

 

 芦戸三奈がおずおずと答える。

 

「半分正解です。正確には戦闘不能になった回数ですね。フィクションの世界では腕や脚を撃たれたり、大きな裂傷を負っても平気で動き回っていますが、実際は悶絶するほどの痛みが全身を支配してしまうため思考も阻害されますし体力も時間が経つにつれて大きく減少していきます。よほどの精神力がない限り戦闘の続行は不可能ですし精神力が強くても這いずりまわることが精々です。ですからペイントのついた回数イコール戦闘不能回数と考えてください」

「つまり、試験前に言っていた情報を持ち帰るということか制圧するということに失敗した回数でもあるんですよね……?」

「そういうことですね」

 

 それを聞くと、二人は分かりやすく落ち込む。

 

「正直にいいまして、私は十五回以内にクリアできれば上出来だと思っていました。ですから、お二人は私の予測を上回ったことは確かです。最後の作戦も大局的に見れば見事でした」

「え?」

 

 二人は顔を見合わせる。その表情には、驚きと喜色が混じっていた。

 

「ですが、芦戸さんが言ったように実戦として考えれば、死亡回数と変わりませんし、今回のように試行錯誤ができないことも事実です」

「うっ……はいぃ……」

「ですから、今回は試験でしたが実戦ではどうすべきだったかということを反芻してください。実戦で行える試行回数は一回きりです。その一回きりを成功させるために訓練があるのですから」

 

 ここから先は、本来私が言うべきことではないが、伝えておくべきことでもあるのだと思う。

 

「上鳴くん。今回の試験を通じてヒーローとはどんな仕事だと思いましたか」

「え? えーっと、そうッスね……ただ逃げることやただ追うことでも危険が付きまとってくるし、何にしても命がけだってことですかね。あとやっぱり基礎的な戦闘力は必須の仕事だってことも思ったッス」

 

 上鳴電気は試験を思い返しながら、ゆっくりと言葉を発する。

 

「それも、ヒーローの一面として正しいことです。芦戸さんはどうですか?」

「私は……力不足が言い訳にならない仕事なんだって思いました。私たちがどうにかしなきゃいけない場面で、どうにもできないことがあるってことがこんなに悔しいとも思いませんでした」

「それも正解です」

 

 私は、一旦言葉を区切り、二人の眼を交互に見回す。

 

「ヒーローは、闘うだけが仕事ではありません。反対に災害や人災から救助することだけが仕事でもありません。それぞれのヒーローに得意不得意があり、その様相は多種多様ですが、どのヒーローにも共通することがあります。ヒーローとは職業ではなく生き方なのです。自己犠牲を大前提とした中で危険が付きまとい、常に自身の限界を見せつけられる。そしてその危機感や無力感に相対したとき、それでも取ることのできる行動こそ、その人自身の生き方であり、その人のヒーローとしての在り方であり、その人が成せる仕事へとなると、そう思っています。なので今回のお二人の行動は紛れもなくヒーローのそれだったと、そう思います」

「……はいッス!」

「……ありがとうございます!」

 

 柄にもないことを言ってしまい気恥ずかしくなった。

 その後も講評を続けていく内に私たちを乗せたバスは雄英の本校舎へと戻ってきたのだった。




【小さなトニトルス】

とある工房で変人として知られた職人の手になる独特の「仕掛け武器」トニトルス。

これは、その奇妙な鉄球槌の同型であり、水銀弾を触媒とするもの
地面に突き刺し、厄災が纏うという青い雷光を人工的に再現する。

触媒の効果は高く、雷光は強い。
変人の傑作とされる所以である。


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29.期末試験、対B組

またしてもお待たせしました。
流石にジェボーダンは反則ですって……どうしてもこれが書きたくなっちゃいました。


 私達を乗せたバスが、元の場所に戻ると先に試験を終えていた生徒たちが雑談に興じていた。ここにはリカバリーガールの出張診療所があるため、大半の者はここで待機することになるはずだ。

 

「おかえりなさい、上鳴さん、芦戸さん……って! 全身ピンクに染まっていますのはどういうことなのですか……? どういった試験だったのでしょう?」

「ヤオモモ、訊かないで……」

 

 八百万百がこちらに駆け寄り、二人の姿をみて驚愕の表情を浮かべていた。芦戸三奈がそれに対して落ち込んだ様子で答える。どうやらバスの中で行った講評が思ったよりも精神的に参ったらしい。私としては若干褒めたつもりだったが、そうは受け取らなかったようでなかなか難しいものである。それをみて轟焦凍も二人へ歩み寄ってくる。

 

「どんな試験だったんだ。二人のところは」

「轟も気になるのか……」

「それだけピンクならな」

 

 雑談を始めた二組を横目にイレイザーヘッドがいつの間にか私の傍らに寄ってきていた。

 

「随分と優しい試験をしたようだな」

 

 特段として非難するような声色でもなく淡々とした言葉をイレイザーヘッドは投げかけてきた。

 

「優しくしたつもりも易しくしたつもりもありませんよ、相澤先生。私は単純に試験要項に従っただけですから。私よりも相澤先生のほうが優しかったのではないですか?」

「それこそあり得ないことだろ。俺も試験要項を適切になぞっただけだからな。俺独自のさじ加減で基準を設けるほうが不合理だ」

 

 イレイザーヘッドはこういうものの、轟焦凍も八百万百も怪我を全くしていないところをみると直接的な打撃や攻撃はせずに捕縛布を使い拘束を主な攻撃手段として立ち回ったのだろう。

 イレイザーヘッドの本来の闘い方は捕縛と近接格闘だ。(ヴィラン)連合が襲撃してきた際もそうだったが、イレイザーヘッドの戦闘は捕縛と攻撃がワンセットになっている。個性を消した直後に捕縛をし、間断なく格闘戦を仕掛け(ヴィラン)を制圧、無力化する戦闘スタイルにも拘わらず、その格闘戦を封印して今回の試験には臨んだらしかった。

 

「それにしてもなんなんだ。あの二人の有り様は」

 

 イレイザーヘッドが上鳴電気と芦戸三奈を指差しながら怪訝な表情を浮かべている。

 

「これをつかったのですよ」

「拳銃?」

 

 ペイント弾であり殺傷能力は皆無の銃だが、一応弾倉(マガジン)を抜き薬室が空になっていることを申告しながらイレイザーヘッドへ手渡した。

 

「特製のペイント弾を撃てるように改造したモノです」

「……なるほどな」

 

 トリガーガードに水平に人指し指を這わせ、イレイザーヘッドは興味深そうに十四式拳銃を見回していた。

 

「あのピンクは、実戦ならば出血ってところか」

「ええ、そんなところです。流石に真剣や銃弾で本当に流血させるわけにもいきませんので」

「当たり前だ。だが、それで緊張感を保てたのか?」

「上鳴くんも芦戸さんも、私が視る限りでは真剣にやってくださいましたよ」

「ほお、どうやってその気にさせたんだ」

「特段珍しいことはしていませんよ。ただ、殺気を飛ばして私を(ヴィラン)としてみるように仕向けただけですから」

 

 私の言っていることに今一納得していなかったようだが、それ以上言及はしてこない。

 私自身もよく淡泊だと評されるが、イレイザーヘッドも同程度淡泊な性格をしているように思う。私としてはそちらのほうが楽なのだから、仮とはいえイレイザーヘッドが上司であったことは幸運だったといえよう。

 

「それに狩人も随分と扇情的な格好になったな。ミッドナイトさんにでも影響を受けたのか?」

「試験の過程で破損しただけです」

 

 指摘され改めて自分自身の格好を見直せば辛うじて衣服としての原型は留めているものの、箇所によっては襤褸屑を纏っているようにしか思えないような部分もあった。特に酷いのは芦戸三奈が降らせた溶解液から眼を防御するために覆った右腕の袖と膝をついた左脚の狩りズボンだ。口元を覆っていたマスクと纏った外套(マント)も襤褸切れと化しており、右手に持っていたゴム剣もひどく溶解している。靴底こそ厚く作ってある為、目立っていないが、ズボン程度の生地では素肌が所々で見えてしまっていた。

 

「確かにこれではみっともないですね」

 

 とりあえずの着替えと予備の装備は用意しているが、それに着替えるまでの間の応急処置はしておくべきだろう。

 コートを脱ぎ両腕の袖を肩口まで破り、また狩りズボンも膝上二十センチ程度のところで破り棄てる。ボロボロになった外套(マント)とマスク、そして狩り帽子も一旦外しておく。膝下まであるブーツのおかげで肌の露出も少ない。これで十分だろう。

 

「これなら、ノースリーブにホットパンツに視えませんか? 応急処置ですが先程までのボロボロの格好よりはマシかと」

「あ、ああ」

 

 なぜかイレイザーヘッドに視線を逸らされてしまった。視線を感じ、振り向いてみれば上鳴電気と轟焦凍がこちらを見つめていた。

 

「どうしました?」

「狩人先生……ありがとうございます!」

「はあ、どういたしまして」

 

 上鳴電気はよくわからないサムズアップをくれたのだった。

 イレイザーヘッドがこれ見よがしにため息をつきつつ、右手で追い払うようなジェスチャーをしながら私にさっさと着替えろと命じてきた。

 私はその場を後にして、更衣室へと向かったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 着替えを終え、武器を新たに先ほどと同じバス停留所で再び待機をしていた。試験は当然ながらA組だけではない。B組にも同じ課題が科せられる。

 A組にした説明と同じような説明を今度はブラドキングがB組の生徒へ向けて行っていた。A組と同様に生徒達は困惑をしていたが、試験官が発表されていくと自然に真剣みを帯びていった。

 

「宍田くんと拳藤さんは、私が担当します」

 

 二人は組み合わせが意外だと言わんばかりに顔を見合わせていた。

 宍田獣郎太は、自身を獣化させ身体能力を大幅に上昇させることのできる個性『ビースト』を持つ。だが、獣化すると精神的にアッパーな状態になり通常よりも冷静な判断が付きにくくなる欠点がある。

 また拳藤一佳は常に冷静に予測を立て周囲の状況から考察する力を持っている。彼女の個性は『大拳』という自身の両の手を巨大化させるといったものであり決して強力な個性ではない。しかしそれでも彼女はB組でトップクラスの成績を誇っているのは偏に思考能力の高さだ。宍田獣郎太を如何に活かすことができるか、そしてフォローをすることができるかをみることになるだろう。

 二人とも通常ならば冷静に判断することのできる生徒達。ただ、その冷静な判断力故に大きく力量差がある相手を眼前に据えたとき、諦めてしまわないかもこの試験の判断材料になってくるのであった。

 

「さて、では移動しましょう」

 

 また同じようにバスへ乗り込み、同じく運動場γへと向かっていった。

 運動場γにつき、また校長のファンシーな絵が描かれているゲートの前で試験要項を伝える。宍田獣郎太も拳藤一佳もA組の二人と同じような反応を見せていたが、彼らは上鳴電気と芦戸三奈の二人ほど悲壮感は漂っていなかった。

 そして、宍田獣郎太と拳藤一佳にも同じように武器を使う旨を伝える。説明を聞いた二人は不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「えっと、じゃあそれに当たってもなにも意味はないってことですか?」

「ええ。その認識で大丈夫ですよ拳藤さん。試験をより実戦に近づけるためのものと思ってください」

 

 一通り試験について説明を行い、会場の初期位置へと向かわせ、私も初期位置へと向かっていった。

 カメラへ準備ができた旨を伝えしばらく待機しているとアナウンスが入る。

 

『雄英高校一年期末試験、レディーゴー!』

 

 上鳴電気、芦戸三奈組のときと同じように塩ビのパイプ管の取り付け金具を足場に工場の屋根へと駆けあがっていく。

 遠眼鏡を取り出し周囲を観察すると、宍田獣郎太と拳藤一佳も最短ルートを突っ切ってきたのだった。

 お互いの口元が動いているところをみると移動しながら作戦会議をしているようだ。最初から獣化していれば私の接近に気付いただろうが、獣化中は作戦会議に向かないと判断したのだろう。しかし作戦を練ることを重視したせいで接敵を許してしまっていた。

 

(結果論とはいえ、有利状況を作る機会をむざむざ潰してしまっているのは褒められたものではないな)

 

 やや嘆息しつつ上鳴電気と芦戸三奈を狙撃したポイントへと飛び移っていく。

 

(移動中に作戦を練ることは問題ないが、そのせいで周囲への注意が散漫になってしまっているのは論外だ)

 

 A組の二人よりも観察が甘い。死角になるポイントもいくつか見落としている。宍田獣郎太は普段嗅覚を頼りに索敵を行うせいか視覚による索敵が不足しがちな点が欠点でもあった。

 

(この点は、会敵したことのあるA組の方が上回っているな)

 

 同じように私が上方に位置取っていることに気が付くか観察していたがやはり気が付かない。

 十四年式を構え、ペイント弾を放つ。狙い通りに二人のこめかみにペイント弾が当たり、二人はようやく上を向いたのだった。

 

(さあ、どうする?)

 

 宍田獣郎太と拳籐一佳は驚きつつも二人が取った行動は私を視認して尚ゲートへ向かって走ることだった。

 おそらく錘をつけていることと距離を鑑みて追いつかれずに逃げ切れると踏んだか、ゲートに向かいつつどちらか一人が足止めをして一人だけでもゲートを抜けようとしているのだろう。元々の作戦なのか即断で判断したのか。どちらにせよどこかへ逃げ隠れするよりは直進したほうが合理的と考えてのことに違いない。しかし宍田獣郎太が獣化して嗅覚で索敵を行わず私との会敵を回避しなかったことを考慮すれば、見つかることは前提と考えることが自然だろう。

 

(だがそれは、最悪手に他ならないな)

 

 明確に格上の銃を持つ(ヴィラン)に視認されているのだ。逃げ切れるという心算が甘く、なによりも試験だからという甘えが見て取れる。

 確かに私が使っている物は、ゴム剣にペイント銃だ。彼らに言ったとおり気にする必要もない茶番であり、それ故私がいった雰囲気づくりに付き合う必要もない。

 だが、それは試験が甘くなることとイコールではない。

 

(試験だからという甘えが抜けきらないのなら、その意識をまず変えてやらねばな)

 

 私は全速で屋根の上を伝い二人を追い抜き、彼らの走る道を塞ぐように降り立ったのだった。

 

「は、速すぎっ。まさかあそこから追いつかれるなんて」

「錘をつけているんじゃなかったんですかな!?」

 

 困惑している二人に向かって銃を放つ。二人の額にピンクの塗料が広がった。

 

「うっ……大丈夫!? 宍田!」

「この程度なら目くらましにもなっていませんぞ。拳籐氏、打ち合わせ通りいきましょうぞ!」

「わかった!」

 

 そういうと二人は同時に突っ込んでくる。

 

「ビーストォッ! ガオンレイジ!」

 

 獣化した宍田獣郎太が飛び上がり、大きな腕を振り上げて私へ攻撃を仕掛けてきた。しかし拳藤一佳に攻撃を繰り出す素振りはなく、むしろ私の背後を見ているようだ。どうやら宍田獣郎太が攻撃し私がそれに構っている隙に私の脇を拳籐一佳がすり抜けていこうとしているらしい。

 

(杜撰過ぎる作戦だな)

 

 躍りかかってきた宍田獣郎太の攻撃を躱し、ゴム剣で袈裟斬りにしつつ背後を取り、さらに背面から唐竹割りに斬りつける。

 

「所詮ゴム剣ですぞ! 怯むワケが……!?」

 

 腰にゴム剣を帯びさせ右手を空けつつ、私は上鳴電気へ向けたように二人へ殺気を飛ばす。

 ただし、今度は上鳴電気たちに向けたものよりも、静かに、冷たく。

 

「逃げられるつもりなのでしょう?」

 

 宍田獣郎太の両腿の裏にペイント弾を着弾させると同時に接近し、腰のベルトを掴んでゲートと反対方向へ投げ飛ばし地面へと叩き付けた。さらにそこから拳藤一佳へ猛進する。

 

「くっ!」

「遅い」

 

 拳藤一佳は個性を発動し拳を大きくし応戦しようとしてきたが、それを躱し懐に潜り込みつつ鳩尾に向けて掌底を打ち込む。浮かびあがった拳藤一佳の身体を回し蹴りで絡めつつ宍田獣郎太と同じ方向へと蹴り飛ばしたのだった。

 

(気づくために『痛み』が必要ならくれてやろう)

 

 殺気を漏らしながら、二人へ向かいなおす。

 

「随分舐められたものですね。一人でどうにかなる相手だとでも思いましたか?」

 

 えずきながらも、どうにか立ち上がる拳藤一佳だが、立ち上がるだけで精一杯のようで足元がふらついている。宍田獣郎太も起き上がるが、及び腰になっていた。

 

「ず、随分授業のときと雰囲気が違いますぞ……!?」

「そうだね。狩人先生って、私らが思ってるよりずっと強そうだ」

 

 おそらく体育祭でみた動きから予測を立てたのだろうが、アレをマックスだと思われたら心外だ。

 ただ、A組と違って私の動きを何度も見たことがなく対敵学の際の基礎訓練だけでしか手合せをしていないのだから戦闘能力を予測する根拠があの体育祭での試合しかないこともまた事実であるため致し方のない部分ではあった。

 

「錘のせいで全開には程遠いのですよ。ただ、貴方達をここから通さないだけであれば十分というものです」

「言ってくれますね……!」

 

 再度、腰に据えたゴム剣を手に取り構え直す。

 

「会敵しているのですよ。ぼーっとしない」

 

 銃を二人に向けて放つと、二人とも腕でガードをし、その部分にペイントが付着する。眉間を狙い撃ちこんだため、二人はガードによって完全に視界が塞がれてしまっていた。

 

「いつまで()の攻撃範囲にいるつもりなのですか?」

 

 その隙を見てステップを踏みゴム剣で拳藤一佳の胴を薙ぎ払う。またしても拳藤一佳の身体は宙を舞い地面を転がることになったのだった。

 ダメージが大きいらしく、呻きながらもすぐさま立ち上がる気配はない。

 

「拳藤氏!」

「仲間思いは結構ですが、宍田くんにそんな余裕がありますか?」

 

 振りかぶったゴム剣を振り下ろすが宍田獣郎太の強靭な腕に阻まれてしまう。流石にこの巨体をゴム剣で吹きとばすことは難しそうだった。

 

「だが、無意味です」

「なッ……!?」

 

 その場で垂直に跳躍し、ローリングソバットを宍田獣郎太の左側頭部を目がけて蹴り放つ。

 

「ぐぐッ!」

 

 腕でガードされたもののゴム剣のときとは違い、大きくよろけた宍田獣郎太は明確にダメージを受けていた。

 

「宍田くんはこちらの方が好みそうなので、重点的に打撃で攻めさせてもらいますね」

「そんなマゾヒストみたいなこと言ってませんぞ!?」

 

 私から距離をとろうと離れていく宍田を追うようにステップを踏みながら接近していく。カウンターを取ろうと宍田獣郎太は構えたが、最後の一歩の踏込を強く蹴り僅かに加速する。

 

「うおおっ!?」

「そんなバレバレのカウンターに引っかかるわけがないでしょう」

 

 ゴム剣で下から正中線をなぞるように切り上げると、宍田獣郎太の巨腕が私の頭上へ降りかかってくる。

 その巨腕をバックステップ一歩で躱し、再度間合いを詰め、拳藤一佳に撃ちこんだように、掌底を鳩尾へと叩きこんだのだった。

 その場でくずおれる宍田獣郎太を見下ろしていると、拳藤一佳が彼の後方でようやく立ち上がっていた。

 

「く、くそぉ……ここまで強いのは、想定外っ……!」

 

 私が拳藤一佳に銃を構えると、足元に違和感を覚えた。見下ろせば、宍田獣郎太が私の足首を掴んでいる。

 

「け、拳藤氏! プランCですぞ!」

「わ、わかった!」

 

 その合図で拳藤一佳は配管が入り組んだ地帯へと駆けていったのだった。

 

(なるほど、複数の作戦を用意するために初動に時間がかかっていたわけか。さて、それが宍田獣郎太の索敵を捨ててまでのものかお手並み拝見だな)

 

 銃口を宍田獣郎太の頭部へ向ける。

 

「プランCとはなんですか?」

「教えるわけありませんな!」

 

 パン、と乾いた音と共に宍田獣郎太の右肩口にピンクの塗料が広がる。

 

「もう一度だけ訊きましょうか?」

「な、何度訊いても同じですぞ……!」

 

 さらに三度乾いた銃声が響くと、宍田獣郎太の頭部はピンクの塗料にまみれていた。

 

「さあ、私は拳藤さんを追わなければならないので――」

 

 足首を掴んでいる手を振り払おうとしたそのときだった。

 

「おぉおぉぉおおッ!」

 

 宍田獣郎太が咆哮と共に私の足首を持ったまま立ち上がる。

 必然、私は逆さ宙吊りの形になり逆さ絵の状態で宍田獣郎太と眼を合わせる形になった。

 

「ようやく捕らえましたぞ! こうなっては流石に先生といえども動けませんな! ぐぅう……ダメージが大きくて今まで動けませんでしたぞ」

「錘のついている私をよく持ち上げられますね」

「ビーストモードはパワーも売りの一つですからなぁ!」

「それで、この後は?」

「この後も何も拳藤氏がこのままゲートを抜けて終わりですぞ!」

 

 そう高笑いをする宍田獣郎太には悪いが、この程度で拘束したと思われるのは甚だ遺憾だった。

 

「宍田くん、私を拘束したいのなら四肢の腱を切るくらいしなければ無理ですよ」

 

 私は、捕まれていない左足を素早く宍田獣郎太の後頭部へと絡ませ、掴まれている右脚と共に私の方向へ引き付けるように力を込める。

 

「お、おお、おおぉ!?」

 

 宍田獣郎太も首に掛かった脚を解こうと試行錯誤しているようだが、体勢の維持と同時に行うことは至難だろう。

 徐々に徐々に体勢が前のめりになっていき、私と地面が近づいてくる。諸手から武器を離し、地面へと落す。

 両手を地面に着け、指先に力を込める。アスファルトの地面に亀裂を走らせつつ十指をめり込ませた。ようやく右脚を掴んでいた手を離したがもう遅い。離された脚をさらに首に絡める。そのまま全身に捻りを加え背面へと向けて力を込めると、宍田獣郎太の身体が浮かんだ。

 

「な、なんですかなぁッ!?」

 

 ハンドスプリングの要領で垂直回転しながら、宍田獣郎太を地面に叩き付けた。

 肺から空気が押し出され、意識が飛ぶほど悶絶はするだろうが、首から後頭部に掛けては私の脚で覆い保護したため大事には至らないようにはしたつもりだ。

 

「さて、宍田くんはここで休んでいてください。作戦を教えて下さりありがとうございます」

 

 唸りながら立ち上がろうとしているが、しばらくは無理だろう。

 私は武器を拾い上げると拳藤一佳を探す為に、再度屋根へと駆け上がっていった。

 遠眼鏡を覗き込むが、それらしき姿は確認できない。

 

(何かの合図があるまで、隠れているつもりか?)

 

 だとすれば、またも悪手と言わざるを得ない。それは、宍田獣郎太が斃されてしまうことを想定していないからだ。

 あり得ることとすれば、しばらく待って合図がなければない場合の作戦を実行するか、様子を見るために戻ってくるかのいずれか。少なくとも合図があるまでずっと待機をするなどという馬鹿な真似は、この時間制限のある試験でとることはまずない。

 

(前者だろうな。しばらく待っても合図がなければ、事前に打ち合わせたというルートを通ってゲートへ向かうあたりが濃厚か)

 

 今回の試験は、二人にとって最大の特徴であり得意の近接の格闘が通じない相手に対しての対応力をみるためのものだ。故に、近接格闘は無理やりにでも叩き潰す必要があったため、必要以上にダメージを与えてみたのだ。

 

(ただ、少しやりすぎたか)

 

 眼下で蹲っている宍田獣郎太に視線をやり、思わず首元に手を当てていた。

 

(どうにも冷静さを失っていたな。宍田獣郎太をみるとなぜか心がざわつく)

 

 別段、彼のことを嫌っているわけでもないし苦手というわけでもない。にも拘わらず、彼を相手にするとついムキになってしまう傾向が自身でもわかっていた。

 

(まあ、いい。今は試験監督に集中しよう。拳藤一佳なら、そろそろ試験の構造に気付いてもよさそうだが)

 

 かといって、現在一人になってしまったこの状況でとれる作戦はたかが知れている。

 

(さあ、どうする?)

 

 数分後、拳藤一佳が姿をみせた。私たちが戦闘した場所からかなり離れており、ところどころで身を隠しながら進んでいる。

 

(ふむ。作戦として考えられるのは二パターン。拳藤一佳がそのままゲートを抜ける素直な作戦。もう一つは拳藤一佳を追っていった隙に宍田獣郎太がゲートを抜ける作戦)

 

 どちらにせよ、交戦の意志が見えない以上私はゲートに向かうべきだろう。屋根から降り、ゲートへ最短距離で向かっていく。

 ゲートに着き待機をしていると右方から足音が聞こえた。

 

「ガオンレイジッ!」

 

 拳藤一佳が来るはずであろう方向から、宍田獣郎太が襲い掛かってきていた。だが、最初のような鋭さはない。疲労とダメージが確実に蓄積しているのだろう。

 回避し、銃撃しようと銃口を向けると、正面通路から別の気配が迫ってきていた。

 

「おっらぁあぁァッ!」

 

 個性の大拳をつかい私に飛びかかってくる拳藤一佳の姿がそこにあった。

 どうやら回避した直後、着地の寸前を狙い撃ちにするつもりのようだった。

 

(なるほど、見つかるのは前提か)

 

 だが、拳藤一佳は攻撃の直前に減速し、その握りしめた拳を開くと無数の細かい破片が私へと投げつけられた。

 思わず、防御をし一瞬目を閉じる。眼を開けると、視界が利かなくなっていた。

 

(これは、コンクリート片?)

 

 握り込まれたコンクリート片がばらまかれると、あたりは土煙を巻きあげたかのように白んでいる。どうやら煙幕と目つぶしを同時に行ったようだった。

 

(だが、煙の動きに注意をしていれば、行動は読める。さあ、ゲートへ向かうか逃げるか闘うか、どれだ?)

 

 ゲートは私のすぐ背後。走り抜けようとすればすぐにわかる。警戒をしていると、真正面の白煙が不自然に揺らいだ。

 

「おおぉおっ!」

「愚直、ですね」

 

 再び宍田獣郎太が特攻を仕掛けてきた。この僅かな距離を進むための時間を稼ごうというのだろう。

 流石に三度も同じことをやられてそのまま見逃すほど甘くない。

 眼前に迫る爪を前に、回し蹴りを放ち顎にヒットさせる。次の瞬間には、宍田獣郎太の意識は刈り取られていた。どさりと糸が切れたマリオネットよろしく宍田獣郎太は倒れ込む。

 わずかに煙が晴れてくると、いつの間にか私の後方に進んでいた拳藤一佳がゲートに向かう姿を視認できたのだった。

 

(煙を揺らさずに抜けることは不可能……ということは投げ飛ばしたのか)

 

 拳藤一佳が煙幕を張り、宍田獣郎太が後方へ投げ飛ばし私へ突撃、その隙に私の頭上を通過してゴールへと向かう算段をつけていたということだろう。

 

(それだけでは、一歩足りない)

 

 この距離からならばまだ拳藤一佳に追いつける。そう思い、ステップを踏みながら間合いを詰めようとしたそのときだった。

 

「これは……」

「瞬間接着剤ですよ、先生! ここが工業地帯でよかったです!」

 

 私の位置から拳藤一佳までの最短距離を詰めるための地面に接着剤が撒き散らされている。ブーツの底がへばりつき身動きが取れなくなってしまっていた。

 

(ブーツを脱いで追うことも可能だが、それでは錘を外してしまうことになる。無理やり靴底を剥がして追ってもいいが、流石にそれでは試験が成立しなくなってしまう。これは、うまいこと出し抜かれたな)

 

 煙幕により視認しづらく、煙幕が完全に晴れる頃にはゲートを抜けられるだけの走力をもって私の意識を自分自身に向けることにより地面へと視線を移させなかった点は賞賛に値する。

 

(ただ、最後まで()が銃を持っている相手だということを認識してもらえなかったのは残念だな)

 

 身動きを取ることをやめ、拳藤一佳の後姿を見送ると宍田獣郎太、拳藤一佳ペアのクリアを報せるアナウンスが響いたのであった。




【狩人の確かな徴】
狩人の脳裏に刻まれた逆さ吊のルーン。
これを模し、よりはっきりとしたヴィジョンを可能にする呪符。

これにより、血の遺志を捨てず、狩人は目覚めをやり直せる。


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30.夏期休暇前、レクリエーション

今回、出席番号に関するものがでてきますが、コミックスから推定したものであって実際とは異なる可能性があります。ご了承ください。


 期末試験の即日には教員たちはさっそく演習試験の採点に取り掛かることになった。

 演習試験の採点は、各会場に設置された定点カメラからの映像と監督官の報告を元に各教師陣が採点を行い点数化するというものだ。

 会議室に校長を始めとした一年の試験に関わった教師陣が長机を囲みながら着座し大型のモニターに映し出されている映像に目を向けていた。

 現在私も報告を終え、上鳴電気、芦戸三奈ペアの採点が行われている。

 

「上鳴と芦戸は最初から交戦する気がゼロなのは頂けないな」

「そうね。たとえ作戦として実際に闘う気がなくても、ブラフとして交戦する意思をみせないと(ヴィラン)も警戒してくれないわ」

 

 イレイザーヘッドとミッドナイトが映像を見て講評を始めると、他の教師も口々に講評を始める。

 おおよそだが、上鳴電気と芦戸三奈の評価は「戦力差を考慮しての状況分析は的確であるものの観察と行動選択に改善の余地あり」というものが大半を占めていたのだった。

 この講評はおおよそA組の全体的な傾向として当てはまるが、中には戦闘と戦線離脱の選択を状況に応じて変化させ的確に合致した行動をとれる者も幾人かおり、教師陣をたびたび驚かせていた。

 

「それにしても狩人先生の動きのインパクトが強すぎてついそっちに目がいっちゃいますね」

「オールマイト並みに動きに制限がかかってるとは思えない立ち回りだ」

 

 セメントスとスナイプがこちらに視線を向けてきた。

 

「買被りですよ。私は増強系の個性ですから錘の影響が皆さんより少なかっただけです。私としては、増強系でもない個性の方の立ち回りのほうが目を瞠りますし勉強になりました」

 

 イレイザーヘッドやミッドナイトを始めとした身体強化に関係のない個性の持ち主には、今回の試験のための錘のハンデは相当に辛かったはずである。だが、それでも誰一人生徒達に後れを取らず試験監督として適切に全うしたという事実は、流石プロヒーローといったところだった。

 

「確かに相澤くんの操布術も大分常人離れしてるわよねぇ」

「あれくらい出来ないと俺の個性だけじゃプロで通用しなかった。それだけですよ」

 

 ミッドナイトからの流し目に対してイレイザーヘッドが淡々と返している。

 

「それに、個性が(ヴィラン)に通用しないなんてざらにある話ですし、そうでなくとも個性が有効打にならないことがある場合を考慮するなんて普通のことでしょう。だからこそ通用しなかったときに、思考停止をしてしまわないように二の矢三の矢を常に用意しておくのは当然だと、俺は思いますがね」

「相澤くんが言うと説得力あるわねぇ。純粋な体術的な部分は相澤くんの右に出るヒーローの方が少ないくらいだし」

 

 イレイザーヘッドをミッドナイトが褒めそやすと、慣れないのか気まずそうに顔をそむけていた。

 やや採点から脱線しつつも、上鳴電気、芦戸三奈ペアの採点を終え次の生徒達の採点に移っていった。

 同じ映像を確認しながらであるものの、保持する個性が違うせいか教師によって様々な着眼点をもっており、私自身では到底辿り着かないような慮外の発想も多く聴くことができたことは予想外の収穫だった。この講評を聞いているだけでも思考のトレーニングになりそうなものである。

 順調に採点は続いていき、A組の生徒達を全て採点し終えると、そのままB組の採点へと移っていった。

 B組の生徒達もそれぞれが創意工夫をし、自身の担当官を攻略しようとする様子が映っていたが、私が担当した宍田獣郎太、拳藤一佳と同じくB組の生徒達はやや好戦的な印象を受ける。

 

「よく言えば、諦めずに立ち向かう……ってところでしょうけど、これはどちらかと言えば向こう見ずな蛮勇ねぇ」

 

 ミッドナイトがぼそりと呟く。大半の教師も同じ印象を受けたらしく、やや渋い表情を各々が浮かべていた。

 

「B組も決して悪い動きをし