蓮子とメリーのおはなしおはなし (ほりぃー)
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蓮子とメリーと小樽の雪
白い雪がゆっくり、ゆっくり降りてくる。
並ぶ街灯に明かりがぽつぱつとともり、明るい夜の道を照らす。
白い道を二人は歩く。
一人は黒い帽子に白いリボンをつけた少女。
一人はふんわり白いキャップをつけた少女。
二人は肩を並べてはわざとぶつけ、お互いに何か言いあいながら小樽の街を歩いていく。喧嘩しているようにもみえて、それでも明るい少女の声。
赤いレンガの軒並みから聞こえてくる優しい音は、きっと何かのオルゴール。
白い雪のダンスを、その優しい音色がはやしてくれる。
二人はそろって立ち止まり、そろって耳に手をあてて、そろってほんのり笑顔になる。
きっとその音色が心地よかったのだ。それから二人は顔を見合わせてくすくすと微笑んだ。
ぐう。
キャップをかぶった少女がおなかを押さえて、赤くなる。もう一人の少女はなぜか両手を組んでにやにや、それから「おなかがへったの?」とわざとらしく。首を傾け、口元を吊り上げている。
キャップの少女はそれを睨んでから、はあとため息をついた。
白い息が夜の空に、消えていく。
なんとなく空を見たキャップの少女。その大きな瞳に映る雪たち。黒い空からどんな気持ちで降りてきているのか、詩的な気持ちになっているともう一人の少女が背中に雪を突っ込んだ!
「ひゃう!」
せすじを伸ばしてぴょんと小さくジャンプ。「れ、れんこぉ」とにらんだ目に映るのは、すでに逃げ出している「れんこ」。
しゃくしゃくと白い道を追いかけっこする二人。
大きな川の流れに街の明かりが映っている。二人の少女の影も、川の水面で仲良く小さな雪合戦をしている。
少し経つとお互いに雪まみれになってしまった。二人の少女はなんとなく見つけたカフェに入った。
中に入れば
「うわー」
「うわー」
大きな光のクリスマスツリーが飾ってある。
ちょっとほのぐらい店内を電灯で作ったその光の木あったかく照らしてくれている。二人は湿った自分たちの靴に滑りそうになりながら、一つの円卓に腰を下ろした。
上着を脱げば、寒い寒いと同じように言う。
すぐに注文したのは温かい紅茶とイチゴケーキ。ここは「れんこのおごりね」と念を押すのはキャップの少女。仕方なくうなずいたれんこは、かっくり肩を落とす。
運ばれてきた湯気の立った紅茶から漂うにおい、それをれんこは両手でカップをつかんで女の子らしく、ちょっとだけ上品に香りを楽しむ。
するとキャップの少女は片手を口元へ、そしてくすくす笑う。もちろんれんこは抗議したが、なしのつぶて、そんなときに運ばれてきた二つのイチゴケーキ。
「そっちの方が大きい」
イチゴの大きさに断固とした態度をとったれんこに、キャップの少女ははいはい、とケーキの上のイチゴを食べてしまう。交換などはしないのだ。それからどうだ、とばかりに片目をだけあけてふふん、と微笑む。
ぐぐぐ、とれんこは思うところもあるが、もうどうしようもない。自分のケーキのイチゴにフォークを刺して、ちょっと上に掲げてみる。特に意味はないのだろう。
たわいもない話が続く。二人の少女はお茶とケーキを楽しんでは旅の思い出を語っていく。楽しい思い出しかないような気がするのは、きっと二人でいたからだろう。
ぼーんぼーん
小樽のおおきな時計が鳴る。二人はそろそろいこうと、立ち上がった。
れんこにちゃんと会計所を渡したキャップの少女。れんこはむーとした顔だが、雪を人様の背中に放り込んだ罰だ。
彼女は自分のおしりのあたりにあるはずの財布をまさぐった。
ぱしぱしと、自分のポケットをたたく蓮子。キャップの少女はだんだんと顔を暗くしていく。
「もしてかして、れんこ」
「……」
れんこはきりりとした顔でキャップの少女に向き直る。今の彼女にできることは一つだけなのだった。
人差し指と中指を唇にあてて、ちゅっ。と投げキッス。ちょっとポーズを決めたれんこに絶望するのはだれだろう
絵師:諸々様
https://twitter.com/akamiso8s
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春の日のお風呂
古い、それはふるい街の夜。
桜の散り始めた並木道。
青い月の光を浴びながら、ひらひら、ひらひらと桃色の花が散っていく。それは小さな別れ。綺麗に風にのって、踊る。
立ちながら住居、その一つから楽し気な歌が流れてくる。きっとご機嫌な少女の声。少し古いマンションの一室の小さな窓から漏れてくる甘い声。そしてこぼれる白い湯気。
「んーんー」
一人の少女が湯舟に浸かっている。名を蓮子という。
彼女は両足をめいっぱい伸ばして小さな湯舟から飛び出している。そして肩まで浸かっていないどころか、両肘を湯舟の縁にのせている。
茶色がかったその髪はしっとりとぬれている。ほっぺたがほんのり赤い。髪の先からするりと降りてきた水滴が目のあたりを流れる。まつ毛についたそれを細い指でそれをすくいとる。
じっと指先を見る彼女。特に意味はない。そしてやはり意味もなくふう、と息を吐いた。目をなんとなくつむって、肩から力を抜く。白い肌に光る水滴が、流れていく。ゆっくりと。
わしゃわしゃわしゃ。
そんな気取っている蓮子の横で白い泡が飛ぶ。蓮子がジトっとした目でみると、小さなバスチェアーにすわって頭を洗っている少女がいた。
「メリー」
「なによ蓮子」
なんとなくお互いに名前を呼びあう。蓮子は体をよじって縁によりかかる。見ればメリーはその鮮やかな金髪に目いっぱいシャンプーをつけて洗っている。目をぎゅっととじて、その上なぜか膝も閉じている。
太ももの上に乗せたタオルは水に透けて、肌に張り付いている。
メリーはその場で手探り。何かを探すしぐさ。その様子に蓮子はにやぁとしてしまう。どうせ洗い流すためにシャワーを探しているのだろう。蓮子はそっと、音をたてないように立ち上がる。
ぴちゃりと、小さな音と波紋が水面を揺らす。
蓮子はシャワーの温度調節をきゅっと静かにひねる。押しよせてくる笑みを両手で口を押えて我慢した。その小さな笑みははたから見ればかわいい。ただやっていることは悪魔的だった。
「うー、んー。蓮子シャワーはどこにあるかしら」
何も知らない哀れな子羊は暗闇の中でシャワーノズルを探す。やっと見つけて彼女はお湯を出す。ゆっくりと彼女の頭から泡が落ちて、ちょっと前かがみになった背中に水流が流れていく。最初は暖かかった、急激に冷たくなっていくそれが。
「ひぃぁあ」
びくぅと叫ぶメリーに蓮子はたまらず笑ってしまった。
メリーは何が起こったのかわからずに「?」と周りを見回している。ぺったり張り付いた髪を手でよけながらその大きな瞳をぱちくりさせている。
そしてすぐに蓮子が笑っていることに気が付いて、彼女のいたずらとわかった。
「あん」
た、という前にすまし顔の蓮子がしゃがみ込んでシャワーのノズルを取り上げる。先手必勝である。メリーにこんな「危険物」を持たせていたら、いつ冷たいのをかけられるか分かったものじゃない。
蓮子はシャワーを抱くようにして守る。顔はにやけ顔である。
逆にメリーはむっとした表情で奪い返そうとする。
湯気の立ちこめる狭い空間で二人の小さな戦いが始まった。
「蓮子、渡しなさいっ」
「……そういわれてわたすわけないじゃない」
メリーに背中を向けて守る。メリーはそんな彼女からノズルを奪い取ろうと手を伸ばす。二人の少女はお互いになにか言い合いながら、肌をあわせる。そんな意識はないだろう。蓮子の後ろから手を伸ばすメリーと身をよじって抵抗する蓮子。
「わっ」
メリーに押し倒されるように身を崩す蓮子。それでもノズルは離さない「きゃっ」とちょっと楽しそうに言う。メリーはなんとか彼女からそれをとろうと手を伸ばす。意外と必死だ。上から、下から手を潜り込ませようとしている。
「あはは、くすぐったいわ。メリ……ぁ……」
メリーの手が「触れて」蓮子は小さく声をあげた。
落ち着いてみればメリーは蓮子にのしかかり、顔が近い。湯気が二人をつつみ、だからだろうかお互いにだんだんと顔が赤くなっていく。
何か言いたげにメリーの桃色の唇が震える。それを見ていると蓮子もなんとなく目をそらした。背中は床に押し付けられて、冷たい。身動きもとれない。さっき触られたところも、ほんのちょっと意識してしまう。
「ばっ」
「わ」
あわてて離れる二人。お互いにそっぽを向いて何もなかったということを誰かにアピールする。誰もいないことはちゃんとわかっていても。
★★
狭い湯船で二人肩を並べる。
さっきのように蓮子が大きな態度をとることはできない。単純に面積がないのだ。だから必然的に肩がぶつかる。
「ちょっとエロメリー。もう少し詰めてよ」
「……だ、だれがえ、え、えび! そ、そっちこそ詰めてよ」
メリーはむきになりそうなったがなんとかいう。ごまかすのがうまくいかず「エビ」と言ってしまった。
湯舟の中で体操座りをしているメリー。顔の半分だけお湯につけて、ぶくぶくぶくと息を吐く。なんどか瞬きをして、思い出して赤くなる。ちらりと蓮子を見ると気恥ずかしい、そもそもなぜ二人でお風呂に入っているのかを考えれば怒りがわいてくる。
「蓮子が今日はスワンボートなんて乗ろうといったから悪いわ」
お昼にお花見に出かけた公園。そこに浮かんでいたのは昔ながらのスワンボート。すでに100年以上の歴史を持つその文化に蓮子が興味を持ってしまった。前近代的とは知りながらいきようよう二人は乗り込んだのだった。
「あら。メリーさんも楽しそうしていた気がするけど?」
「そこは仕方なく合わせておいたのよ。それにあの時に蓮子がいきなり立ち上がったから」
ぎこぎこ二人はさび付いたペダルを踏んで湖を渡った。
岸に立ち並ぶ鮮やかな桜たち。風がふくたびに舞い散るその花びら。
その時に蓮子はいきなり立ち上がった。するとぐらり、スワンボートが傾いたのだ。慌ててメリーも立ち上がってしまったからさらにゆれ、二人は仲良く湖に落ちた。後にはアヒルだけが残ったのだった。
「なんで、いきなり立ち上がったのよ」
メリーは聞いた。今思いだしても恥ずかしい。
「……」
蓮子は黙ってそっぽを向いている。メリーはいぶかし気に見つめるが、あの時の蓮子は手を伸ばしていた、空に向かって。いや何かをつかもうとしていたようだった。
(もしかしたら)
あの時蓮子は何をしようとしていたのだろうか、メリーは思う。彼女はざばっと立ち上がった。足元で「うわっ」と蓮子が悲鳴をあげたが気にしない。どうせ顔にでもお湯がかかったのだ。
メリーは一度がらがらと外にでて、また戻ってきた。その手にあるのは小さな箱。蓮子が何をしているのか首をかしげている。メリーはその箱を開ける。これは、なんとなく集めていたものだった。
ぱっと桜の花びらが舞う。
数枚のそれが、ゆったりと降りてくる。蓮子はほんのちょっと口を開けて、呆けたように見ている。花びらがふわりと湯舟に降りてきて、浮かぶ。
「桜風呂?」
聞いたことのない単語を言いながら蓮子は両手で桜の花びらを掬った。手の中の小さな湖に、花びらが浮いている。
絵師:諸々様
https://twitter.com/akamiso8s
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とある神社でふたり
イチョウが降りてきます。
空に浮かんだお天道様の光をいっぱいに浴びて、そのイチョウの森はきらきらと明るく光っています。
その中を二人の少女が歩いてきました。
一人は茶髪に黒い帽子。帽子についた大きくて白いリボンが揺れています。彼女は一面に敷き詰められたイチョウの絨毯をくしゃくしゃ鳴らしながら歩ています。
もう一人は金髪の少女でした。彼女はイチョウを見上げながらゆっくりと歩いています。だから前を歩いている少女、宇佐見蓮子がくるっと後ろを向きます。ただ足は止めません。
「メリー。早く」
「待ちなさいよ。蓮子」
メリーと言われた少女ははあと息を吐きます。秋の暖かい日を楽しんでいるのですが、それは蓮子には少し退屈なようです。メリーは少し足を速めました。そんなとき、イチョウの一枚が彼女の頭に降りてきます。
「あっ」
メリーはそれを指でつまみます。鮮やかな黄色に染まった一枚の葉。
その細い部分を指で挟むように持ってクルクルと回します。
「あ、あれ!」
その元気な声がメリーをはっとさせました。見れば前を歩く蓮子がずっと先を指さしています。
立ち並ぶイチョウの木々に囲まれるように、1つのお社がそこにありました。
古ぼけたお社です。そこまでの道はイチョウの絨毯が敷き詰められています。
「あれが目的の神社……神社って感じじゃないわね」
メリーは思ったことをそのまま言いました。ただ、少し綺麗だと思ったのは黙っています。
蓮子はメリーを振り返ります、イチョウの木々を背にスカートがふわりとするほど勢いよく。メリーは一瞬目を奪われてから、はっとして首を振ります。
蓮子は逆にいたずらっぽく笑います。
「メリー。ここのご利益は縁結びらしいわよ」
その声音にからかうような含みがあります。メリーはむっとしました。
「それなら蓮子がよく祈ったらいいわね」
ふんっとほんのりほっぺたを膨らませてメリーは横を向きます。
それでも「反撃」をやめません。彼女は口元をにやりとして、流し目で蓮子を見ます。
「まあ、蓮子はどことなく男の子っぽいところもあるし、そーゆー縁は難しいかもしれないわね」
少し強引なところも、いつも元気なところからもメリーはそう思うのだ。
「どうせなら男装でもしてみたらどうかしら」
ちょっと調子に乗ってメリーは言います。
蓮子もそれにはむっとします。彼女は落ち行くイチョウを見ながら、ぱぁと笑い。それをだんだん悪いことを考える笑いにしました。そこまでいうなら男の子の真似をしてみましょう。そう思ってしまったのです。
「あーあー」
蓮子はできるだけ低い声を出そうとします。
彼女はずいとメリーに近寄ります。メリーはなんとなく変な雰囲気にぎょっとして後ろにさがります。
くしゃり
足元でイチョウが音を鳴らします。
メリーは背中に何かがあたりました。後ろには大きな木の幹があります。蓮子が少し近づいてから、
ドン
メリー頭のすぐ上に手をだして、木に手をかけました。彼女は作った凛々しい顔でメリーを見下ろします。自信に満ちたその顔をメリーは呆然として見ています。
「好きだぜ、メリー」
蓮子の声がメリーの耳に響きます。
ただ、
「あ、あ、やっぱいまのなし」
両手で顔を押さえて蓮子が逃げ出します。やってしまったら意外と恥ずかしかったのでしょう。
メリーははあと息をついて、胸に手を当てました。
とく とく とく
ほんのり顔が熱いのは気のせいでしょうか。メリーは上目づかいで逃げていく「情けない蓮子」みつつ、その桃色の唇をかくすように、さっきのイチョウをかざしました。
「わたしも」
小さな声でそう言います。
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