幻想郷のサンタさん (亜嵐隅石)
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東方創想話からの転載


「今年はサンタさん、私のところへ来てくれるかなあ? ねっ、早苗!」

「そ、そうですね。多分、霊夢さんが良い子にしてたら、来てくれるんじゃないですかね……はい」

 

 これは大変不味い流れになったな――と、私は脂汗を垂れ流しながら思った。

 

 麗らかな昼下がりの博麗神社にて。

 霊夢さんと社務所の縁側で茶をしばきながら、私はただ、他愛もない女子トークに花を咲かせていた筈なのに。どうしてこうなった。

 どうしてこんなにも心がチクチクと痛むような事態になってしまったのだろうか。

 

 そうだ。ことの発端は霊夢さんのある一言だった。

 奇しくも今日はクリスマス。話題は極自然な流れでサンタの存在の有無に至ったのだ。

 

「サンタさんって本当にいるのかなあ? 早苗はどう思う?」

「そんなもの、サンタさんは絶対にいますよ! 私の家にも何回か来たことがありますし」

「ふーん……そっか! やっぱり、サンタさんは本当にいるんだ!」

「はい! 勿論ですとも!」

 

 もしも……もしも過去へ戻れるのならば。

 この時の私を全力で殴り飛ばしたい。小一時間ほど説教してやりたい。霊夢さんに対して「サンタは絶対にいます!」だなんて、よくもまあ迂闊な発言をしてくれたものだと。

 お陰様で霊夢さんはサンタの存在を完全に信じ切ってしまったではないか。

 

 でも、これは仕方のないことだったのだ。

 霊夢さんは明らかにサンタの存在を信じたがっていた。そんな幼子のように純真無垢な心を「サンタなんているわけないじゃん」とか言って踏み折るような真似など、果たして出来るものだろうか。いいや。出来るわけがない。

 そもそもが元来、女子トークというものには共感や肯定はあっても、否定というのは絶対にあってはならぬ異物なのだ。もしも、この規律を破れば、待っているのは我が身の破滅である。たちまち、複数の女子達から吊し上げを食らうか、翌朝に無残な死体となって発見される運命となってしまう。

 つまり、己の中の狼を飼い慣らして害のない羊を装う者こそが、女子トークを制すると言っても過言ではないのだ。女の子は色々と大変なのである。

 

 しかし、それはそれとして。この状況にはほとほと困り果てるより他はない。

 

「そう言えば、早苗はサンタさんの姿って見たことあるの? 何回か家に来たことあるんでしょう?」

「あっいや、それは……どうでしたっけね。なにぶん、幼い頃の話なものですから、ちょっと記憶が」

 

 過去に何度か、我が家にはサンタが訪れている。それもふたり。いや。この場合は二柱と言う方が正しい。だから、サンタの姿を見たことがあるか、と訊かれれば、私は確かに見たことがあると答えられるだろう。赤服を着込んだ神々しいサンタ達の姿を。

 そう……あれはまだ私が幼き日のこと。夜中、私が不意に自室で目を覚ましたら、小脇にプレゼントの包みを抱え、顔面蒼白で凍り付いたように固まった神奈子様と諏訪子様と目が合ってしまった。そして、次の瞬間には私のサンタ信仰は完全に崩壊したのである。

 まったく。あの時は大層気まずい空気が流れたものだ。サンタさんがいるなんて嘘だったんだ! 神奈子様と諏訪子様の嘘吐き!――と、そう喚き散らしてしまった、あの時の――いまにも崩れ落ちてしまいそうなほど落胆した、おふたりの姿は未だに忘れられない。

 

 本当、いま振り返ってみても色々な意味で残念なエピソードだ。でも、それでも私はことがここに至っては痛切なまでにこう思うのだ――私はなんて恵まれていたんだろうと。

 神奈子様と諏訪子様は偽物のサンタを演じてまで、幼き日の私が抱いていた、サンタはいるという幻想を守ろうとしてくれていた。結果的にそれは失敗に終わってしまったものの、そういう風に考えてくれる、優しい神様達が直ぐ側にいてくれたのは、それだけでもう大変に幸福で恵まれたことだったのだ。

 一方で霊夢さんはどうだろう。私と違って彼女はこの人里から離れた神社にいつもひとりぼっちで暮らしている。そんな状況下で果たして――霊夢さんの為に偽物のサンタを演じてくれる者などいるものだろうか。霊夢さんの幻想を守ってくれる者などいるものだろうか。

 答えは考えるまでもない。そんな奴は恐らく皆無だ。

 

 嗚呼――このままではきっと、サンタの存在を信じてやまない、サンタが自分のもとを訪れると信じてやまない、この無邪気で可愛らしい霊夢さんの笑顔が翌朝には暗く沈んだように曇ってしまうに違いない。その姿を想像するだけで心が軋みをあげて痛む。

 

『早苗……サンタさん、私のところに来てくれなかったよ』

『れ、霊夢さん……! も、もしかして……泣いてる?』

『ねえどうして? サンタさんが本当にいるのなら、どうして私のところには来てくれなかったの? もしかして私が悪い子だったから? だから、サンタさんは来てくれなかったの? ねえどうしてなのよ!? 教えてよ、早苗――!!』

 

 うわーーー駄目だ駄目だ!

 年頃にもなって未だにサンタの存在を信じている、こんなにも純で愛らしい霊夢さんが傷つくような、そんな事態だけはなんとしても回避しなければ。この純真無垢な心を誰かが守ってやらなければ。

 となれば、ここは私が――私がなんとかするしかあるまい。かつて神奈子様と諏訪子様がそうしてくれたように今度は私が霊夢さんの幻想を守るのだ!



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 そんなわけでやってまいりました、深夜の博麗神社。

 いまの私はあたかも賽銭泥棒のようでもあり、寝起きドッキリのリポーターのようでもある。だが、その実態は――いたいけな少女の幻想を守る、奇跡への案内人、サナエクロースなのだ!

 

 ……深夜なのに私、なんでこんなにテンションが高いんだろう?

 やれやれ。こんなんだから、巷で一時期、はっちゃけ早苗さんなんて言われたりするのだ。ここは一旦、深呼吸で気持ちを少し落ち着かせよう。

 大丈夫。私ならば上手くやれる。神奈子様と諏訪子様のような失敗は絶対におかさない。

 

「うぅ、それにしても寒いですね。炬燵が恋しくなるわ」

 

 凍えるような寒さで吐く息が白い。夜の冷え込みは思った以上に辛辣だった。これでも大分、厚着をしてきた方だと思うのだが、それでも体温を徐々に奪われていくような寒さだ。

 そして、何より――さっきから鼻水がヤバい。この鼻水、遠慮という言葉を知らんのか。

 

 これは風邪をひく前にさっさと任務を完了した方が良さそうだ。

 そう考えた私はふと手にした箱に視線を落とした。

 包装紙できちんとラッピングして、可愛らしくリボンをあしらった、それは――無論、言うまでもなく霊夢さんへのクリスマスプレゼントである。ちなみに中身はショールとブローチだ。

 

 冬の寒空のもと、肩と二の腕を露わにする、霊夢さんのあの巫女服スタイルは見ているだけで寒さを感じる。というか、あの格好はかなり寒い筈だ。私には痛いほどよく分かる。年頃の女の子が体を冷やすのはいけない――私は常々、霊夢さんを見てそう思っていた。

 そこで今回、私が人里で購入してきたのがこの、赤と黒のチェック柄が入った毛糸のショールだ。そして、ワンポイントの為にフリージアを形どったブローチという二段構え。フリージアの花言葉は『無邪気』『あどけなさ』。正しく霊夢さんにはピッタリの贈り物だろう。

 完璧だ。完璧過ぎるほどのプレゼント職人ぶり。このプレゼントには霊夢さんも思わずニッコリするに違いない。私は自然と笑みが零れた。

 

「待っていて下さい、霊夢さん。サナエクロースがいま行きますよ!」

 

 そう意気込んでから私は社務所を見やり――さてどうしたものかと考えあぐねる。

 サンタと言えば、煙突から家に侵入するのが常套手段であるが、当たり前な話、霊夢さんの家には煙突がない。となると、考えられるのは玄関からの正面突破か、炊事場の勝手口から侵入するという手口のどちらかである。

 でも、いくら霊夢さんが呑気な性格をしているとは言え、流石に戸締りはきちんとしているだろう。少なくとも雨戸は全部閉められているし。これはもう最悪な場合、軒下から無理矢理侵入という強行手段を取らざるを得ないか。

 

 私は試しに玄関の取手口に手を掛けてみる。駄目だ。やはり鍵が掛かっている。

 ならば勝手口の方はどうかと試してみたが……なんと予想外なことに。こちらには鍵が掛かっていなかった。私は実にあっさりと霊夢さん宅へ侵入することに成功してしまった。

 あまりにも拍子抜けする結果に緊張の糸が少し切れそうになる。

 

 まあ、霊夢さんって異変以外の時は結構、肝心なところで抜けてたりするから、多分、うっかり勝手口の鍵を閉め忘れたんだろう。なんとも無用心だとは思うけど、いまはその天然ボケっぷりに感謝である。

 さて。内部へ侵入してしまえば、最早、こちらのものだ。今宵の任務はほぼ成功したと言っても過言ではない。あとは寝ている霊夢さんの枕元にこっそりプレゼントを置いてくるだけ。氷精でも出来る、簡単なお仕事を残すのみだ。



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 ああメーデーメーデー。こちら早苗、想定外のアクシデントに遭遇した。繰り返す。想定外のアクシデントに遭遇した。大至急、救援部隊を寄越されたし。

 

 なんてことだ。最大の難関だと思われた、霊夢さん宅への侵入をあっさりと潜り抜けて、完全に安心し切っていたというのに。まさか、ここにきて新たな難関が立ち塞がっていたとは。こんな展開は流石に読めなかった、この早苗の目をもってしても!!

 ええ、なんと言いますかその、霊夢さん……まだ起きてるっぽい。寝室の襖から明かりが零れてるし、そっと聞き耳を立てれば、室内から微かに物音がするし。どう考えてもこれ、明らかに起きていらっしゃいますよね。

 えっ嘘。いま夜中の一時過ぎですよ。もう少しで草木も眠ろうかという時間帯ですよ。それなのにこんな時間まで起きてるって。何やってんの、この人は。

 

 くそ。取り敢えず、この場は即時的な戦略的撤退をするしかあるまい。

 ここで霊夢さんに遭遇するのはとても不味い。どう考えても任務遂行に支障が出るし。その上、私は霊夢さんから不法侵入者扱いを受けて、何かしらの制裁を食らう可能性だってあるのだから。

 無論、ターゲットを目前に捉えての撤退ほど悔しいものはない。本音を言えば、この場に踏み止まりたいところだ。しかし、デメリットしかない選択肢を無理に強行するのはあまりにも愚策。ボムの数がフルの状態で抱え落ちするぐらいの愚行と言えよう。

 

 大丈夫。この撤退はあくまでも一時的なもの。霊夢さんが眠りについたら任務再開である。

 そう考えた私は脂汗を垂れ流しながら、忍び足でそっと寝室から遠ざかった。板張りの廊下をゆっくりと慎重に。地雷原を歩くかの如く。ここで物音をひとつでも立てたら、その時点で霊夢さんに気付かれて即刻アウトである。正にギリギリの撤退戦だ。

 

 ああ、でもなんだろう、この感覚。非常に危機的な状況にも拘らず、胸が凄くドキドキして……なんかちょっと楽しい。気分はまるでスネークのようである。ダンボールがあったら隠れてみたい――どうも東風谷早苗です。

 あれれ。もしかして、私って意外とスリルジャンキーの素質があったり。ああ……だから、地獄の女神様と対峙した時も「この変なTシャツヤロー!」とか言って、わざと相手を怒らせて自分を追い込むような真似をしたのかも。更なる極上のスリルを求めて。

 そうか、私はスリルジャンキーだったのか。なんだか自分の新たな一面を発見しちゃったなあ。うふふっ。危険なことが大好きだなんて、早苗ったらいけない子。

 

「――誰かそこにいるの!?」

 

 あっヤベえ。自分の世界にトリップするあまり、霊夢さんへの警戒をうっかり怠ってしまった。

 どうしよう気付かれた。これは非常に不味い。非常に不味いけど……この状況にちょっとだけワクワクしてる自分はやはり、度し難いスリルジャンキーなのだと思いました!――いやいやいやいや。何を冷静に自己分析してるの。いまはそんなことをしてる場合じゃないでしょうが。この状況をなんとかしなければ!

 よーし、オーケーオーケー。落ち着いていこう。まだ慌てるような時間じゃない。幸いなことに霊夢さんは寝室の中、つまりはこちらの姿を視認したわけではない。それならば、まだ救いがあるというものだ。どうにかこうにか霊夢さんを誤魔化せるかも知れない。

 

「にゃ……にゃんにゃーーーん」

「いや、だから誰よアンタ? あっ……もしかして、サンタさん!?」

 

 馬鹿な。通りすがりの邪仙を装った、私の高度な誤魔化しが通じないとは!

 流石は霊夢さん。流石は博麗の巫女。出来ておるのう。

 

 てか、うわーヤバい。寝室の中から足音が。こっちに来る。こっちに来るってばよ!

 どうしよう。取り敢えず、ここは一旦、どこかに身を潜めて。いやいや。そんなことしてる時間はない。それならばせめて、このプレゼントの箱だけでもどこかに隠して……って、プレゼントがない! えっ嘘!? まさか、どこかに落とした!? さっきまで手に持ってた筈なのに!

 

 あたふたとする私を余所に時間は無常にも過ぎ去っていき。

 やがて――寝室の襖が無情にも高らかな音を立てて開いた。

 

「サンタさん! ようこそ博麗神……じゃ……へ?」

「あ、あはっ。あははははっ。……どうもこんばんはです、霊夢さん」

「――早苗っ!? えっ何? どうして早苗がここに?」

 

 終わった……何もかも。折角と用意したプレゼントも失って完全に任務失敗だ。

 私は最早、渇いた笑い声を上げることしか出来ない。

 霊夢さんの不思議そうな、怪訝そうな眼差しがいまはとても痛く感じた。



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 バッドエンドNo.2『プレゼントまで紛失して完全に任務失敗!』

 

 と、この結果はそういうことにして、全てを最初からやり直せたら、どれだけ良かったことか。

 でも、残念ながら人生にはリセットボタンなどないし、セーブポイントからやり直す機能も備わってはいない。この世に生まれ落ちた瞬間からコイン一個だけの、常にコンテニュー不可の出たとこ一発勝負。悲しいけど、それが人生というものなのよね。

 

 そんなわけで私は現在、霊夢さんの寝室にて事情聴取を受けている。

 当然だ。霊夢さんからすれば、私は完全に不法侵入者。しかも時刻は夜中の一時過ぎ。これだけの条件が揃って、何も怪しまれないわけがないのである。

 

「それで――こんな遅くに一体、どうしたのよ? というかアンタ、どこから入って来たの?」

「そ、それはあのう……勝手口のところから」

「はあ!? 勝手口ってアンタ……まさか、鍵を壊して入って来たの?」

「えっ!? いやいや、普通に鍵は開いてましたから! 鍵を壊してって……それじゃあまるで、私が泥棒みたいじゃないですか!?」

「みたいも何も、状況証拠的にそうとしか思えないんだけど。でも、そうなるとおかしいわねえ、戸締りはちゃんとした筈なのに」

 

 畳の上に胡座をかいて腰を下ろし、眉を潜めながら何事かをぶつくさと呟く霊夢さんを余所にして、私の脳はかつてないほどにフル回転していた。どうにかこうにか、ここから一発逆転出来る策はないものかと。

 そう……私はまだ全てを諦めてはいなかった。

 

「と、ところで霊夢さんは、こんな時間まで何を?」

「はっ! そんなの決まってるでしょう! ……サンタさんが来るのを待ってるのよ」

 

 一瞬、目が点になった。この人は一体、何を言っているのだ?

 

「サンタさんを待ってるって……。そ、それじゃあなんですか、その為に霊夢さんはこんな時間まで起きていた……と?」

「だから、そうだって言ってるじゃないの」

「いやいやいやいや! 別に待つ必要はないでしょう!? はあっ!? なんの為にそんな!」

「馬鹿ね! そんなもの、サンタさんが来たら、精一杯おもてなしをする為よ! ここでサンタさんの心象を良くしておけば、来年も私のところに来てくれるかも知れないじゃない!」

 

 俗にまみれた考え方過ぎる! なんですか、サンタの心象を良くする為って!

 ……いや。これもある意味、無邪気な霊夢さんらしい発想なのかも知れないけど。

 

「私はね……今夜に賭けてるのよ。その為に色々と準備も進めてきたし」

「準備……ですか?」

「そう。おもてなし用に人里で高級な玉露を買ってきたし。お茶菓子だって沢山用意したし。屋根のところに空間移動する結界を張って、サンタさん専用の出入口も作ったし」

「――えっ? 屋根に結界って。それってどういうことですか?」

「ほら、サンタさんって基本、煙突から入ってくるものでしょう? でも、生憎とここには煙突なんてないし。だから、せめて煙突の代わりと思って、屋根に出入口用の結界を作ったのよ。サンタさんが来た時に分かるよう、ちゃんと張り紙だってしておいたんだから」

 

 霊夢さんの話を聞いて、私は思わず、ゴクリと喉を鳴らした。

 あまりにも霊夢さんが本気過ぎて返す言葉が出てこない。

 でも、それは決して、呆れとか侮蔑的な意味で言葉が出てこないんじゃない。霊夢さんのその、サンタへの強靭なまでの思いに圧倒されて言葉が出てこなかったのだ。

 

 しかし、これで尚更、私の決意は固まった。

 今宵の任務、なんとしても成功させなければなるまいと。

 霊夢さんの思いが報われないなんて、そんなことあって良い筈がないのだ。

 

 となれば、任務遂行の為に障害となるものを速やかに取り除かなくてはなるまい。

 この場合、障害とは正に霊夢さん自身だ。彼女がいつまでも起きている限り、私の行動は著しく制限され、任務を遂行することが困難である。ましてや、どこかに紛失したプレゼントを探しに行くことなどもってのほかだ。

 あのプレゼントはあくまでも、サンタからの贈り物という体でなくてはならないのだから。

 

 さあどうする。どうする東風谷早苗。考えろ。この不利な局面を引っ繰り返す策を考えるんだ。

 

 要は――霊夢さんをなんとかして寝かしつける方法を見つければ良い。ただ、それだけのことなのだ。でも、そのなんと難しいことか。恐らく、ちょっとやそっとのことでは、今宵の霊夢さんを寝かしつけるのは不可能。私にはそれが痛いほどよく分かる。

 何故ならば、幼き日の私も霊夢さんと同様に夜更かしをしたことがあるからだ。サンタさんが来るのを待つんだ!――その強固な思いはそうそう容易くは揺るがない。そして、そんな私を見て、神奈子様と諏訪子様が困ったように苦笑していたものだ。

 もっとも、いまとなってはあの時のおふたりの気持ちが充分過ぎるほど理解出来るけど。

 

 ――いや待てよ。そうだ。神奈子様と諏訪子様だ。

 おふたりにはこういう時、強情な子供を一瞬で寝かしつける、魔法の言葉があったではないか。それは恐らく、霊夢さんにも有効な筈だ。なにせ、サンタを信じていれば信じているほど、効果的な魔法の言葉なのだから。

 

「――ねえ霊夢さん。私、ちょっと疑問に思ったことがあるんですけど、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」

「……何よ突然、藪から棒ね」

「いえね、ふと思ったんですよ。こんな時間まで夜更かしするような、そんな悪い子のところへ、果たして――サンタさんは来てくれるものなのだろうかと」

「――っ!?」

「サンタさんをもてなしたい――その気持ちは大変素晴らしいことだと思います。でもね、その肝心のサンタさんが来てくれないのでは、そもそもが本末転倒だと私は思うんですけど……霊夢さんはそこのところ、どう思います?」

 

 私がそう疑問を投げ掛けると、途端、霊夢さんは困ったようにオロオロとし始めた。

 良し。効果は抜群だ!

 

 それからの霊夢さんの行動は面白いように迅速だった。

 押し入れから布団を取り出したかと思うと、神速のような手捌きでベットメイキングを済ませ、あっという間に寝る準備を整えてしまった。何これ凄い。

 まあ、霊夢さんが早々と寝に入ってくれるのは願ったり叶ったり。あとは一時的にこの場を離脱した後、霊夢さんが寝たのを見計らって、ゆっくりと任務を遂行すれば良い。ふふふっ。順調……何もかも全ては順調だ!

 

「あら? ちょっと早苗、どこに行くのよ?」

「――えっ? あっ……いやあその……もう帰ろうかなあって」

「はあ? 帰るってアンタ、結局、何しに来たのよ? ちょっと待ってなさい、いま、アンタの分のお布団も敷いちゃうから」

「えっ! ええっ!? いやいやそんな、私のことはお構いなくです!」

「アンタは構わなくても私が構うのよ。いくら早苗と言えども、こんな時間に幻想郷を出歩くのは危険でしょう? 遠慮しなくて良いから、今日はここに泊まっていきなさいな」

 

 なんでェ!? なんでこうなるのォ!?

 私はそう叫びたい気持ちをグッと堪えた。しかし、そんな私を余所にして、霊夢さんはテキパキと私の寝床を整えていく。本当……ありがた迷惑とは正にこのことだ。

 

 結局、私は霊夢さんに押し切られる形で、博麗神社に一泊する運びとなってしまった。

 明かりを消して、暗くなった寝室にふたつ並んだ布団。首を横へ少し捻れば、目と鼻の先に霊夢さんの顔が朧気に見える。サンタが来ることを頑なに信じているのか、その顔はどこか自信に満ち溢れたような無邪気な笑みを湛えていた。

 それを見て、私はなんだか心がほんのりと暖かくなるのを感じた。

 

 やれやれ。仕方ない。こうなったら持久戦だ。

 このままこうして、まんじりともせず、霊夢さんが完全に眠るのをひたすらに待つしかあるまい。大丈夫。自慢ではないが私は元夜型人間だ。外の世界にいた頃はよく、夜更かしをしては深夜ラジオを朝まで聴いていた。だから、そんな私が霊夢さんより先に寝落ちするなど有り得ない。深夜ラジオの元ヘビーリスナーは伊達じゃないのだ。

 

 ああ、でもなんだろう……思いのほか、お布団が暖かくて気持ちいい。さっきまでの緊張感や冷えた体が優しく溶かされていくようだ。んふふっ。これは実にヤバいなあ。なんだか目蓋が重くなってきて……このままだと眠く…………………………って、うおーーーい! あっぶなあ! いまちょっと眠り掛けてた!? しっかりしろ東風谷早苗! 寝たら駄目よ!

 

 私は不意に霊夢さんの方へ首を捻った。

 霊夢さんはもう寝てしまったろうか。いや。もしも、まだ起きてるならば、早く寝て下さい。お願いします。睡魔に。睡魔に襲われそうなんです!

 

「……れ、霊夢さーん。まだ起きてますかあ?」

「はいはい。何よ、まったく。まだ起きてるわよ」

「あー駄目ですよ、霊夢さん。早く寝ないと、サンタさん、来てくれないですよ?」

「それはお互い様。というか、どうにも寝つきが悪くってねえ。……今夜に備えて仮眠をいっぱい取り過ぎたのが良くなかったわ」

「えっ!? ええェェェェ!? ちょっ! 何やってんですか、霊夢さん!! んもう馬鹿ァァァァっ!!」

 

 私の悲痛な叫びが深夜の博麗神社にこだまする。

 その直後、霊夢さんから「うるさい!!」と言われて、頭を思いっきり引っぱたかれた。

 お陰様で頭が物凄くジンジンして痛い。ついでにショックで心も痛い。

 

 その日、私は頭と心の痛みに耐えながら、ひっそりと枕を涙で濡らした。



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「――きて。――なえ、早く起きて」

「……んあ?」

「――ねえ早苗、早く起きてってば!」

 

 耳元で喧しく囃し立てる声に私は薄らと目蓋を開いた。

 ぼんやりとした視界に映るのは見知らぬ天井。

 はて。ここはどこだろう。私は誰だろう。私はミラクルフルーツ☆東風谷早苗ちゃんです!

 

 私は寝癖立った髪の毛を掻き毟りながら、ゆっくりと布団から体を起こした。

 ふと視線を隣りへやれば、そこには満面の笑みを浮かべる、霊夢さんの顔が。

 ああ……そうか。確か昨日は霊夢さんの家に泊まったんだっけ。

 

「ふわぁ……おはよう御座いましゅ、霊夢しゃん。東風谷早苗の朝はいつも一杯のケロッグコーンフレークから始まりますん」

「……ケロッグコーンフレーク? ちょっともう、寝惚けてないでこれ見てよ! これ!」

 

 まったく。朝っぱらから、何をそんなにはしゃいでいるのやら。

 私はやれやれと溜め息を吐き、眠気眼のまま、霊夢さんが胸元に掲げてる物体へ視線をくれた。

 その次の瞬間――私の眠気は一気に吹き飛んだ。

 

「えっ!? 霊夢さん、それは――」

「今朝、枕元にあったのよ! ふふーん、サンタさんからのプレゼント~!」

「……えっなんで? ど、どうしてそれがここに?」

 

 霊夢さんが大事そうに抱えてる、その箱は――間違いない、私が用意したプレゼントだ。

 でも、それは昨日、どこかに紛失したまま行方不明になっていた筈である。

 なのにどうして。何がなんだか分からない。

 

「……どうしたの早苗? ボーッとして。さっきからなんか様子が変よ」

「いや……その。なんかちょっと、吃驚して」

「何よそれ。私がサンタさんからプレゼント貰えるのがそんなに意外? まさか、アンタ……昨日まで――どうせ霊夢さんは悪い子だし、サンタさんなんか来るわけないよ――とか、そんなこと思ってたんじゃないでしょうねえ?」

「へっ? ……あっ。いやいや。別にそういうわけじゃなくて!」

「もう! 失礼しちゃうわね! ……まあ良いわ。それよりもほら、早苗も自分の枕元を見てご覧なさいよ。アンタにもちゃんとプレゼントが届いてるわよ」

「……えっ?」

 

 そう言われて直ぐ様、自分の枕元を見やる。

 すると――霊夢さんの言う通り、そこには確かにプレゼントの箱が置かれていた。箱の大きさは大体、霊夢さんのと同じくらい。きちんと包装紙でラッピングがしてあって、可愛らしくリボンがあしらわれている。

 まるで私が霊夢さんに用意したプレゼントと瓜二つ。なんだか双子みたいだ。

 

 いやいやいやいや。ちょっと待って。本当にこれはどういうことなの。私の灰色の脳細胞を駆使しても、この状況がまるで把握出来ないんですけど。霊夢さんだけじゃなくて、なんで私の枕元にもプレゼントがあるのー?

 これはミステリーでしょうか?――いいえ怪奇ホラーです。何これ怖い。イミフ過ぎて怖い。

 

 まさか……幻想郷には本当にサンタさんが実在する?

 サンタさんもついに幻想入りしちゃった?

 それともあるいは……。

 

「ねえねえ早苗! プレゼントの見せ合いっこしようよー!」

「霊夢さん、朝からテンション高いですって。そんなにサンタさんからのプレゼントが嬉しかったんですか?」

「あったり前でしょう! んもう、そんなことは良いから、早く見せ合いっこしようよー! もう私、さっきからプレゼントの中身が気になって仕方ないの!」

 

 あまりにも不可解な現象に考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。

 でも、まあ……霊夢さんが嬉しそうだから結果オーライ。これはこれで良いのかも知れない。

 

 というか、霊夢さんが子供みたいにはしゃいじゃって可愛い。何あの眩しい笑顔。低級妖怪ぐらいなら、余裕で消し去るぐらいの破壊力があるよ。アンデッド系のモンスターだったら即死だよ。ああーもう霊夢さん可愛い過ぎか!

 ――ギュッと抱き締めて頭をナデナデしたら変だと思われるだろうか?

 

「早苗、プレゼント持った? 準備はいい? 私、もう開けちゃうよ?」

「そんな焦らなくてもプレゼントは逃げませんよ。大丈夫、私の方も準備が出来ました」

「うん! それじゃあ、せーので開けるからね。せーので」

「分かりました! いつでもバッチコイですよ!」

「よーし。それじゃあ……せーのッ!!」

 

 霊夢さんの合図でプレゼントの箱を開け始める。

 果たして、中身はなんだろう。まさかのビックリ箱とか、そんなオチじゃあないよね。

 あーもう。私も霊夢さんのこと言えない。すっごくワクワクして中身が気になって仕方ない。そして、何より――いまのこの時がメチャクチャ楽しい!

 

「……うわー! うわーーー! ねえ早苗、見て見てこれ! 毛糸のショールにブローチ! それに毛糸の手袋もあるよ! うわーとっても暖かそう!」

 

 手袋……!? 毛糸の手袋ってなんだ?

 はて。そんなもの買った覚えがないんですが。

 なんかまた謎が増えたし!

 

「早苗のは!? 早苗のプレゼントはなんだった?」

「あっ。ちょ、ちょっと待って下さい。いま開けます」

「んもー早苗ったら遅い! せーので開けようって言ったじゃん!」

「あははっ。すいませーん。包装紙とか綺麗に剥がしたくなるタイプなもので」

 

 霊夢さんに急かされながら私はプレゼントの箱を開ける。

 中身は――緑と白のチェック柄が入った毛糸のショール? それにこのブローチ。モチーフは胡蝶蘭だろうか。そして、私のプレゼントにも毛糸の手袋。霊夢さんのが赤なのに対して、私のは緑色だ。

 

「あら? それってなんだか、私のとお揃いじゃない?」

「い、言われてみれば、確かにそうですね」

 

 誰からの贈り物か知らないけど、随分と粋なことをするものだ。

 霊夢さんが赤で私が緑。そう――まるでマリオとルイージのようじゃないか。

 でもでも、私と霊夢さんだったら、どっちかと言えば、私の方がお姉さんよね。霊夢さんが妹で。ふふっ……いいなそれ。霊夢さんが私の妹とか。ヤッベ。妄想が捗るわあ。

 

 しかし、本当に一体、このプレゼントの贈り主は誰なんだろうか?

 このプレゼントのチョイス、ただの偶然とは思えない。私が霊夢さんにどんなプレゼントを贈るのか知った上での、明らかに狙って選んだものに間違いはないと思うんだけど。

 ――おや? よく見たら、箱の底にまだ何か……これはクリスマスカード?

 

『優しいサンタさんにもメリークリスマス!』

 

 カードにはたった一言、それだけが書かれていた。

 なるほど――どうやら私の行動は全て把握されていたようだ。いつの間にか枕元に置かれていたプレゼントの件といい、この幻想郷でこんな芸当が出来る人物は非常に限られてくるわけなのだが――私は自分の推測にいまひとつ確信を持てないでいた。だって、くだんの人物はいまの時期、冬眠しているという話だし。

 でも、それでもたったひとつだけ明らかなことがある。この贈り主も私と同様、いたいけな少女の幻想を守る、幻想郷の優しいサンタさんのひとりなのだと言うことだ。

 

「ちょっと早苗……。何をそんなニヤニヤしてるの? かなりヤバいわよ、いまの顔」

 

 私はカードをサッと袖の中に隠した。

 このカードを霊夢さんに見られるわけにはいかない。

 何故ならば、これは私達、幻想郷サンタ同盟だけの極秘な内緒話なのだから。

 

「いや、そうは言いますけどね。霊夢さんだってさっき、おんなじような顔してましたよ。それはもう、すごーーーくヤバい顔でした! 危うく理性が飛びそうでしたね、うん」

「だって、サンタさんからのプレゼントが嬉しかったんだもーん!」

 

 霊夢さんはとても上機嫌だ。いまにも鼻歌交じりに小躍りしそうなほど。

 これだけ喜んで貰えると私も嬉しい。そして恐らく、どこかで見ているだろう誰かさんも。

 

「ねえねえ。早速、これ着てみない? それで人里に行ってみない? 小鈴ちゃんのところとか!」

「こんな時間にですか? ……流石にまだ寝てるんじゃないですかね?」

「ああ、そっか。うーん……それじゃあ、魔理沙のとこ! 魔理沙なら大丈夫でしょう! 寝てても私が叩き起こすし!」

「ヒドっ!! というか霊夢さん……単にプレゼントを誰かに見せびらかしたいだけですよね?」

「……ふ、ふふーん。サンタさんからのプレゼント~」

「ちょっ! 誤魔化さないで下さいよー」

 

 私達は互いに顔を見合せ、やがて――どちらからともなく、プッと吹き出した。

 霊夢さんが楽しそうにしてると私も楽しい。霊夢さんが笑顔になると私も自然と笑顔になってしまう。こんな素敵で暖かい時間が過ごせるのならば、来年のクリスマスも是非、霊夢さんの為にサンタ役を買って出たいところだ。

 さーて――来年のクリスマスは霊夢さんにどんなプレゼントを贈ろうかな?

 

「もう早苗! 何をモタモタしてるの? 早くしないと置いてっちゃうからね!」

「ちょっと待って下さーい! ブローチを着ける位置、どこにしようか迷っちゃって~」

「そんなの、胸か肩のあたりで良いでしょ! ほら~早く~!」

 

 すっかりと冬らしい装いに身を包み、神社の鳥居の前で霊夢さんが大きく手を振っている。

 その子供っぽい仕草に一瞬だけ微笑むと、煌めくような朝の曙光が射し込む中、私は手を振り返しながら霊夢さんへ向かって駆け出した。




ここまでご読了頂きましてありがとう御座います!
作者は茨霊夢好きのレイサナ派です、病的な

レイサナ派の人もそうではない月人も
少しでも楽しんで頂けてたら幸いで御座います


あのー誰か、私にショールとストールの違いを教えてくれませんか???


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