チョロい彼とオトす彼女 (杜甫kuresu)
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風の吹く部屋

(何の小説なのか)ぜんぜんわからない、俺達は雰囲気で執筆をやっている
まずは本文をどうぞ。


――――――――からんからんからん。精緻(せいち)な模様の風鈴が、ゆっくりと風の襲来を予報に騒ぐ。

 窓から訪問してきた夏らしい涼しい風が体の上を吹きすさぶ。書類がぱらぱらと舞うのを、微動だにせず眺めているのは何だか冒涜(ぼうとく)的。

 

(おおー、今日は良い風が吹いているな)

 

 他人事のように、浮かんでは消えていく朦朧(もうろう)とした意識で思う。

 はらはらと舞っている紙が書類ではなくて、紙吹雪であれば最高だ。毎日お祭り騒ぎなんて中々に可笑しい、「いとをかし」ってな。

 

「おわ…………」

 

 顔に制帽が乗りかかってきた――――――――正確には、むしろ俺が椅子からずり落ちて、それに仕方なしと乗ってきた。

 眠い。()()()()()()からだろう。

 

――――――遠くで海鴨(うみがも)の鳴き声がする。俺の個人的な感性かもしれないが、彼奴(きゃつ)の鳴き声は気が抜けないだろうか?

 

(しっかし、此処は穏やかだな――――――)

 

 今度は比較的優しめの微風(そよかぜ)が顔を撫でた。

 

 平和? それは違うな、平和とは違うんだよ。

 でも穏やかだ。起きる動乱もこうビーン、と跳ね上がるような大きな幅のものじゃない。それに、楽しいことも少なくはない。

 

 目指すものには遠いながら、悪くない居心地になってくれたと思う。平穏とか無病息災とかが一番なんだよ、良い人生を目指すならさ。

 

「…………んー?」

 

 そんな中途半端な感傷に浸っている中、遠くから小さな声。これは恐らく距離の問題だな。

 此処は三階だから、多分すぐ下の――――――一階の窓の外側辺りの会話が聞こえてるのかな。

 

【エンタープライズちゃん、お帰りなさい】

 

 柔らかめな声色、落ち着くバブみ――――――こりゃヨークタウンかな。

 大雑把(おおざっぱ)な予想だが、俺の大雑把は世間の大雑把に比べれば正確だと思う。

 

――――――ポイントは少ない。そもそもアイツをちゃん付けで呼ぶなんていうのは、ヴェスタルさんとヨークタウンぐらいしか居ないからだ。姉と、お世話係だから面子も妥当だよなあ。

 後は渾名(あだな)って意味なら――――――まあ此処(鎮守府)が幽霊屋敷だった頃から居るようなベテランぐらいだろ。具体的にはオイゲンとか。

 

【ただいま、ヨークタウン姉さん】

 

 通り過ぎる風みたいな、聞けば脳に透き通っていく声が響いてくる。コッチはアイツだな、なのでコメントなし。聞き飽きたよ、アイツの声は。

 来た頃からあのイケメンぶりだしなぁ、自分を(かえり)みて泣けてくるよ。つくづくモテる男にはなれない確信が強まっていく。

 

『指揮官よりも、エンタープライズの方がカッコイイよな』

 

 ってクリーブランドに言われた時はリアルで泣きそうだった。性別不一致じゃねえかよ…………。

 

――――――さ、さて。ヨークタウンの出迎えに続いて、色々な声が俺の脳を揺らしだす。

 

【今日の演習相手はどうでしたか!?】

 

 とか

 

【また発艦を見せて下さい!】

 

 とかな。良いねえ、頼られるエースっていうのは。俺はいっつもそういうストライクで目立つ位置には居ねえんだよなあ、羨ましいぜ。

 

――――――まあ、表舞台が得意なやつと、裏でごそごそするのが得意なやつの違いか。

 別に斜に構えてるんじゃなくて、そういう向き不向きなんだ、多分。良い悪いでもねえぞ?

 

「微笑ましいねえ、ったくさ」

 

 一言で適当に感想を打ち切り。俺氏の次回作にご期待下さい。

 

――――――しかし、そうは行かないのがウチの鎮守府の良くて悪いところだったな。

 というか、俺がそうなるように造ったのかな?

 まあどっちにせよ、煩いのは良いことだ。静かなのは良い人生に必要なことだが、同時に俺みたいなタイプには興醒めだ。

 

【帰ってきたな、グレイゴースト!】

 

 渾名で呼ぶやつなら一杯居たわ。記憶力が最近無くなってきたらしい、老けた?

 

 威勢のいい声がアイツに飛びかかってきていた。多分、うんと――――――瑞鶴かな。絡み方とか、この元気溌剌(はつらつ)って感じは多分あの娘だな。

 しつこいな、別にアイツに勝つことだけが全てじゃあるまいに。

 

 しかし、思わず閉じかけていた目を見開いてしまう。アイツの返しについて、少なからず興味が湧いてきた。

 さてさて、と俺は耳をやや本格的に傾ける。

 

【――――――――またか。今日は何で勝負する?】

 

 そう言って、アイツは飽きた、と口調だけで分かるような億劫そうな感じで尋ねかける。

 またふわりと吹いた風が、塩を運んできて妙に気持ち悪い。

 

【ふっ――――――神経衰弱、剣道、ポーカー、バッティング――――――全部、私の勝ちだった訳だが?】

 

 あ、今少しだけ笑った。アイツ、もしかして敢えて煽って付き合ってやってるのかな?

 

 でもポーカー、あれは仕方ない。

 クリスマスに俺が大会開いた時だったかな。アイツを心理戦でどうにか出来る奴なんて居る訳ねえからな…………。俺は勝ったけどな、俺は勝ったけどな。

 大事な事だから二回言ってやったぜ。

 

――――――というか勝負内容がアクティブな男子高校生みてえだな、らしいっちゃそうだが。

 二年後には賭け麻雀してないだろうな。

 

【い、いいや。一回だけ勝った事が有る!】

 

 瑞鶴は多分気落ちでもしてたんだろうな、それを誤魔化すような強気な口調でぴしゃりと言った。

 

 アイツが不思議そうな(うな)り声、そしてふと思いついたらしき声を上げる。

 

【ああ、ハロウィンか】

 

 そんな事も有ったな、とかアイツは感慨深そうに呟いた。これは…………声色じゃ分かりにくいが、色々思う所が有るのかね? 何年も付き合ってる身としてはこれは色々思い(ふけ)ってるパターンの声だ、違いない。

 むぐぐ、と瑞鶴は悔しそうだ。多分、「言われてみれば有ったな」みたいなニュアンスが寂しいんだ。

 

 ライバル(あの娘の場合は憧れの的とか、尊敬する姉みたいなものでもあるのか?)への数少ない勝ち星を忘れられちゃ、なんか粗末にされてるみたいというか、眼中にないというか、思い出の『感情』の共有が上手く出来てないというか。

 多分アイツはそんなつもりはないし、瑞鶴を大事にしてるんだろうけども――――――其処らへんの気持ちは、今のアイツでは分からないから仕方ない。

 

 アイツなりには色々有ったのだろうが、連れてきた頃から大体あんな感じの奴だった。既に何やら物語を終えたような雰囲気の奴ってことだ、前作主人公みたいだった。

 初めての艦だったから

 

『アズレンってこんなおっぱいのついたイケメンばっかだったっけか?』

 

 って本気で疑った。違ったから、安心した。

――――――とりわけアイツは今作主人公である俺(少なくとも俺の人生に於いては俺は主人公だ)に色んな事を教えてくれた師匠でもある。

 

 クサイ言い方で構わないなら『一緒に歩んできた相棒』ってやつだ。

 

「って…………何を話を盗み聞きして感想なんぞ」

 

 突然、真っ当な感性が俺を(なじ)った。

 

 何時から俺はこんな趣味が悪くなったんだ?

 

「ふぁぁ~――――――眠い」

 

――――――かつかつ、と誰かが歩いて行く足音と、瑞鶴の独り騒ぐ喧騒(けんそう)を遠耳に聞きながら眠気に身を任せてみる。もう話し声なんて言うのは、出所不明のノイズ扱いとなった。

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

也人(やひと)、お前は賢い子供だ】

 

 親父の声だった。多分、夢なのかな。

 若干自由な思考の隅で

 

「俺が賢いなんて、過大評価だよ」

 

 と言ってみる。口は動かないし、あの時だってそんな事は言わなかった。

――――――これは、母親がまだ歩いているから、小学生になる前か。急にピクニックだ、とか母親が言いだした時の記憶だと思う。

 この頃から俺の転生(憑依なのかね?)人生の悲劇は始まっていた。演技が始まっていた。

 

 だって目立つ訳にも行かないだろう? それじゃあ、他の幼稚園児みてえに無邪気なふりをするしか無いじゃんか?

 

 これ辛いのよ、餓鬼は無邪気であると同時に悪意も直球でぶつけてきやがるし、大人故の要らない気遣いは子供の世界じゃほとんど空回りよ。

 親には自分の正体を勘付かれないように必死に無邪気を気取って、先生の前では馬鹿なふりして。気づけばマジで子供になりそうになっていた日もあったな――――――そのままなっとけば良かったのに。

 

【そして透けて見える、お前は周りが思ってるより良い子供だ】

 

 それは『都合の』良い子供って事か、当時は思った。(ひね)くれちまったんだよ、誰にも打ち明けられない環境で感情が完璧に淀んでた。

 

 平穏を求める俺は、平穏を求めすぎて異常に片足を突っ込んでいた訳だ。良い笑い話だよなぁ、ホント。

 

【偶には弱音を吐け。周りに擦れていくのは、俺だけで良い】

 

 親父は俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。言動も、行動も、愛情も不器用なやつだった。

 

――――――例えば俺が此処で

 

「俺はホントはアンタラの子供になる前に、20年ぐらいの記憶が有るんだ」

 

 とか言ったらどうなったのかね。精神異常扱い? 黄色い救急車? そもそも戯言(ざれごと)扱い? 気味悪がられた?

 言ってないから、分からないけどさ。

 そんな風に思った、当時の俺を見透かしたように

 

【――――――お前の願いを、一個だけ。叶えてやる】

 

 と親父は呟いた。

 当時の俺は意味が分からなかった。いや、子供の願い事なんて大概は大したことないだろうし、そういう意味なんだろうと思ってた。

 

 分からないから、「コイツは俺の正体に気づいていないんだな」とか思って、適当に流しておいた。

 

――――――だからさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

「――――――官」

 

 遠のいていた意識が、帰還するのを自分のことながら鮮明に認識出来た。

 

 だが眠気、コイツは消えていない。(まぶた)が重くて、意識は朦朧、気分は快眠急募――――――――鮮明な意識が眠る理由を大量に積み立てて、また睡眠に洒落込もうと躍起になる。

 積立方式睡眠である。賦課方式睡眠というのは多分無い。

 

「――――指揮官」

 

 吐息が顔にかかったのに気づいて、目を開きながら同時に後ろに倒れ込みそうになる。

 

――――――倒れる直前、すぐ目の前に端正な顔立ちが写り込んでいた。

 あいた。椅子ごと後ろに倒れる。

 

「オワチャァトトォウ!?」

 

 変な声を上げてしまう。半ば癖になった奇声だ。

 

――――――紫青の深みの有る瞳、人であると(うそぶ)くには計算すら感じるパーツ配置。唇は薄いような、いやに色気のあるような不思議なもので、肌は陶磁のような真っ白さ。

 やはり至近距離は駄目だった、前世でも普通の女性でリタイアだった俺にはハードルが高すぎる。

 

――――――そのルネサンス期の精緻な芸術品みたいな奴は、溜息を付いてこめかみに手を当てる。

 

「何をしているんだ、あなたという人は…………」

 

「いてて――――――大体お前のせい、だけどもぉっと!!」

 

 思い切り椅子ごと手で跳ね上がる。どうにか元の位置に収まる。

 

――――待て待て、まだ顔が近い。無理やり押しのける。

 心拍数上がってるのがバレる。バレますそれは嫌です。

 

 英語のダイレクト和訳みたいな酷い感情の渦を隠す。

 

「顔近いの、分かるか――――――?」

 

 押しのけようとして肩を触る時、肌がやけにすべすべでそれすら俺に逆効果だった。

 

 というかこのコートを微妙に着ない奴ってさ、生前インドアマスターだった俺にはよく分からんのだがオシャレなのか?

 じゃあ多くは言わないんだけど、出来ればその細い肩は俺の前では隠してほしいものだね。

 

「この程度の距離で何を言っているんだ」

 

 淡々と返事をする。

 

「それ本気で言ってる?」

 

 へらへらと作り笑いをしながら眼を見てみる。

 あ、これガチで言ってるな。変な所でポンコツだなあ、いつもながら。

 

――――――(ようや)く乗り出していた体を退()けてもらうと、腰まで届きそうな長い銀髪が連れられるようにふわりと彼女の軌跡をなぞる。

 漆黒のコートの上で繰り広げられた其れは、まるで夜空の流星が銀色の尾を引いたようで、その様すらどこか芸術的。

 

――――『灰色の亡霊(グレイゴースト)』?

 未だにそんなナンセンスな渾名で読んでいるやつは今すぐ俺がお説教だ。敢えて言うなら今のコイツは『銀灰の妖精(シルバーピクシー)』とかだろうよ。

 少なくともそんな色味の乏しい雰囲気ではとうに無いし。

 

 黒いコート。白いボタン付きの上に、恒例のやたら短い黒のスカート。いやにあざとい絶対領域を創り出す黒ニーソ。所々に交じる金のラインがセンスを光らせている。

 黒ネクタイがふわりと舞う度に、男か女かの区別を困らせる。男に見えたなら、多分俺はオトされる乙女側だな?

 

 全て纏めて、その大波に揉まれたように垢抜けた雰囲気が「格好良さ」に仕立て上げる。

 制帽は――――――最初から被ってたかな? 覚えてねえ。俺のと同じやつだな、変なの。

 

――――――でだ。これの何処が灰色で亡霊なわけ? 唯のクール美少女にしか俺には見えんわけだが。

 

「またサボって居眠りか――――しかも、書類は散らかっているし」

 

「ああ、そうだったな」

 

 眠かったから素で放置してたのだが――――――ありゃ、片付けてくれたらしい。紙が散乱していたあの風情ある景色は消失していた。

 

 礼を言おう。

 

「ありがと、直してくれたんだな」

 

「構わないさ、アレではとても仕事に取り掛かれないだろうに」

 

 まあ、そりゃそうだ。でも礼は礼だから、素直に受け取って欲しかったな。

 

 怪訝(けげん)な表情で俺の常識とかやる気を疑っている彼女に、さっきの景色の良さとかを延々と語ってやりたい衝動に襲われたが、興味深そうに聞いた後に

 

『そうだとしても、指揮官』

 

 という言葉と共に説教が始まる景色が見えてきたので、言うのは辞めておいた。賢いだろ、俺。

 

「実際やる気出なかった。急に突風が吹いてよぉ…………」

 

 我ながら情けない声で抗議をしてみる。これはこれで事実である。

 

――――――彼女は少しだけ考え込む仕草をしたが、それもすぐに終わって

 

「そうだとしても、指揮官」

 

 ほら。予想通りこう言って説教を始める。

 

――――――ああっと、内容は丸々カットだ。本当に説教だからな。

 つらつらと、延々と、久遠(くえん)に続くこれに諸兄(しょけい)を付き合わせる趣味は俺にはねえ。

 いや、良いこと言ってるし間違ったことだって殆ど言わないんだぜ? ただ俺みたいに怠惰(たいだ)なタイプには「俺に効くからヤメロ」としか言いようがない鋭いものであるのも事実なんだよ。

 

「――――――分かったか、指揮官」

 

 はい、容赦ない切り捨て(ルースレスカット)ってな。これ分かる奴は居ないか…………。

 

 さて、彼女がまるで息を切らす訳でもなく言い切って、俺の横に積み上げられた書類を見つめる。

 

「にしても――――――他の鎮守府との演習で尋ねてはいるが、これ程の量は聞いたことが無い」

 

「当たり前じゃないか、俺が自主的に増やしてんだよ」

 

 艤装を勝手に開発したり、細かすぎて伝わらない選手権に出れそうな艤装の微調整を重ねたりな。

 

――――という言外の意味を込めてウインク。バチコン。

 彼女は呆れて肩を(すく)める。

 

「元々サボり性なのに、あなたは何を考えているんだ?」

 

「書類は嫌いだけど、お前らは好きってこと」

 

 だってこっちの不備で怪我とか、俺が心因性の心臓発作で倒れかねん。

 うう、考えるだけで怖気立つ。

 

――――そんな『情緒不安定なう』な俺の様子を見て、彼女は諦めがついた。みたいな感じで机越しの会話を諦めて、サイフォンに向かっていく。

 

「…………私は飲むが、指揮官は?」

 

「くれくれ。お前のコーヒーチョイスはイカしてるからな」

 

 調子のいいことを、と笑っている俺を彼女は流し目で見ながら用意を始める。

 実際美味しいぞ?

 

――――――ネルフィルターに布をかぶせて、フラスコに予め沸かしていたらしき熱湯を注ぎ込む。

 最初から飲む気だっただろ、アイツが歩いていってから今の短時間で湧くポットなんか此処にはないし。

 

「コーヒー好きだよなあ」

 

 このサイフォンも、コイツが数少ない自分の持っている金で買ったものだったりする。

 じゃあ何で俺の所に置いてあるのか?

 

 知らん、飲む時はいつも此処に来て俺と歓談になるが、それは位置の問題であって歓談(かんだん)がメインであるとは俺には思えんしな。

 

「好きというか、中毒だな。これでは」

 

 何が面白いのか、ふっと彼女が小さく笑った。

 

――――――そういうのは反則。つい漏れた、みたいな表情は俺に特攻だから辞めてほしい。俺はチョロいんだからさ。

 フィルターと漏斗をセットする。ビームヒーターに熱されたフラスコをちらりと一瞥(いちべつ)して、彼女は沸騰しているのを確認する。

 

「反則だよなあ、お前ら」

 

「何がだ?」

 

 コーヒーの粉を入れながら尋ねてくる。

 

「全部」

 

 変な人だな、と彼女は更に表情を崩して緩く笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――出された珈琲は多分美味しかった。猫舌だから冷めるまで飲まなかったのに

 

「相変わらずだな」

 

 と笑われた。なんでい、ちょっと熱いものが飲めるぐらいでよ。

 

 

 

――――ぶっちゃけだな。

 あの時の穏やかな笑い方が頭にチラついて、味がよく分かんなかった。

 

 俺はチョロいねえ。いや実際、自覚症状が在るくらい。




三時間クオリティ。どういう話なのかとか尋ねられても、逆に分からない。何が書きたいんだ、でもこういう感じの話なら、いっぱい書けます。
やっぱり俺達は雰囲気で執筆をやっている。

文圧とかの調整、練習がメインです。
エンプラは良いぞ(無言のサムズアップ)。これ何処でも言ってるね僕。


※2/18 見慣れない漢字が多いのでルビ振って、ちょっとだけ文を調整。


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何処吹く風

もう片方とは世界観が違うので注意。
取り敢えず本文どうぞ。


 私は物事に執着できない性格として『設計』されていた。何故かは分からないが、気づけばそういう風になっていた。

 勝利に酔わないし、喪失に悲しまないし、手にしたものに頓着できない。

 

 与えることも奪うことも得意なことでは有ったが、何せそうした後の『処理』に困る奇妙な性分だった。

 言われるままに敵を倒し、願われるままに理想として完成して。気づけば私には、ある意味『自我』が存在しなかった。

 

 具体的に何という願いは持ち合わせなかった。敢えて言うなら「平和」を望んでいると答えてはいたが、それは半分消去法だったと思う。

 平和であるならば私のような「唯の道具」は生まれなくなる。意味に飽和してしまうことは悪いことはない、唯使用されるだけである方がよっぽど無意味なものだと、当事者だからこそ断言してもいい。

 

――――――そうだな、この発想そのものもやはり、消去法に近い。「無くなるから」では、消去法と大差ない。増やしたいものを見つけるのが正しい願いだろう。

 だから願いらしき願いはなくて、きっと私は意味もなく「あの人」の下で力を振るい続けていたのだと結論づけて問題無さそうだ。

 

『お前は恋でもすりゃ何か、こう――――――――もっと良い女になるんだがなあ』

 

 いつも彼はそう言っていた。決まって無愛想というか、どうにも親しみ深さに欠けるその喋り方は変わらない。出会った頃からこんな感じの人だった。

 ぶっきらぼうな喋り方なのに、何処か私には親愛のこもったように思えたのは――――――錯覚、だろうか。

 

――――しかし恋。恋と言われても、突然頭に新しい単語として枠を取られたそれの詳細は、私にはイマイチ分からなかった。

 

『何? 何って言っても――――――まあ、自分らしさを見失って、我儘になって、独占欲に塗れるような、そんな感じのもんだ』

 

 彼の説明だけを聞くとまるで良いところなど無いものだから、当時の私も眉をひそめた。

 

『恋だの愛だのってのは簡単に物事をくるくる変えちまう、お前のその伽藍堂もコイツで何とかなるやもしれん』

 

 伽藍堂であることを見抜かれていることに僅かに表情を強張らせてしまったが、着任()()()()ずっと面倒を見てもらってきたのだから見抜かれて当然である部分も多かった。

 

 だが納得は行かなかった。そんな不便の塊のような、ただの面倒事のようなものが果たして私を良い方向に変えてくれるのか、甚だ疑問だった。

 

『也人ならグッと来る飾り気のない言葉を出すんだろうが――――――俺は肝心な所で言葉を選んじまう、無理そうだなあ』

 

 彼は小さく乾いた笑いをこぼしながら、続けてこうぼやいた。

 

『俺がお前に向ける愛ってのは、また恋だ何だとはちょっと違うしなあ…………』

 

 聞こえないように言ったつもりなのだろうが、全然聞こえていた。

 

――――――こんな会話を交わしたのは、彼が突然銃殺される三日前のことだ。

 今でも手続き上はあれは【不審死】なのだそうだ。誰が手を引いていたのか、自ら公表しているようなものだが、しかしどうしようもないものはどうしようもない。

 

 

 

 誇らしげに言う話ではないが、彼の葬式で穏やかなその表情を見た時、初めて泣き崩れる感覚というのを経験した。

 戻ってこないものに縋り付くような感覚を理解して、それも彼が教えたかったものの一つなのであろうこともすぐに理解した。

 

 仲間が居なくなったことも在るには在ったが、その時の私はこれほど泣いた覚えがない。

 

『…………エンタープライズ、だな?』

 

 そして、或る男が私に声を掛けた。

 親族でもないのに何故か泣き崩れる奇妙な女に声をかけるだけあって、やはりその男も奇妙なのである。

 

『お前のこと、親父から任されてるからさ』

 

『あのクソッタレみたいに上手くは立ち回れないんだけども――――――良ければうちの鎮守府に来ないか?』

 

 そう言って頬を掻くばかりの男の顔は何処か赤いものだから、遠慮するわけでもなく

 

「何故頬を染める」

 

 と彼に似たぶっきらぼうな調子で尋ねてしまうのだが

 

『………………母親にお前が似てるから』

 

 と答えたのに、涙はあっと言う間に笑い涙へと変わってしまった。

 

――――――私と彼の出会いというのは、そんな愛、恋というよく分からないものについての探求の旅路、その途中でのことだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

 

 

「お前は兵器じゃねえ」

 

「兵器だ、本質は変わらない」

 

 隙間風の吹く度に、己の杜撰さを大声で公表されているよう。

 そんな恥ずかしい思いをしながら、エアコンの利いた部屋で俺は彼女と問答を続けていた。透き通る彼女の声が部屋に染み込んで、俺は何だか劣勢のような錯覚をする。

 

――――――ずばり問答のテーマは『艦と人』が近い。開発費ばかり嵩んでいることをご同輩に揶揄されたという話に始まり、知らぬ間にこんな話になっていた。

 話し手が言うと胡散臭いのだが、彼女は聞き上手なものだから、実際はべらべらと俺から喋っていったというのが近い。

 

 コーヒーはとっくに飲み干されていて、そろそろ水で中を流さなければ跡が残りそうだ。

 

「指揮官、心を持った所でその本質――――――芯は変わらない、いや正確には『変わってしまったりはしない』」

 

 彼女がコーヒーを意味もなく手に取ると、携えられた豊かな銀髪がさらりさらりと押し寄せる。

 

 もう何度も、しつこくその言葉を重ねてきた。ほぼ同義の言葉を聞くこと三回目、堂々巡りをしているのがよく分かるだろう。

 

 俺の主張は「心があるならばそれは人と大差ない」、一方彼女は

 

「元が物質であり、兵器である私達が心を持つ。其処まではともかく――――――――それだけで人と大差ないものとは成りえない」

 

 こう主張しては、紫青の瞳を静かに揺らすのである。

 

――――――否定はできない。出自が違う時点でそれは人とは別物であるというのは、それはそれで真実だと俺自身が思ってしまうからだ。

 やはり人が人たる所以というのは出自含めて、『自らの出自への理解含めて』という所はあるに違いないので否定しにくい――――というと、ちょっとまどろっこしく言い過ぎか。

 

 まあ生まれが根本的に違うなら人と艦は同一にはなれない。その主張に関して、俺は真っ向から否定する手段はない。

 

 だが、反論はある。

 

「――――――――でもよ、()()()()()()?」

 

「何って、だから私達は――――――」

 

 彼女の少し動揺気味の言葉を押さえ込む。

 

「大差ない、な訳だからそりゃあ「ちょっと」は違うだろうさ」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

――――――だって、幾ら言っても彼女達が兵器でしか無いなんて、俺には信じられない。

 笑うし、泣くし、呆れるし、怒るし。

 

 目の前のやつが兵器? 何だ、世間の兵器の採用基準には『芸術的価値』とかそんな感じのノルマでも存在するのかって話だ。

 それに感情豊かな兵器なんて必要ないだろう。必要ないものは作らないのだから、つまり兵器ではない。

 

「お前はすっごい正しいし、俺に正しい道を多く教えてくれたが――――――ちょっと諦観に過ぎるよ」

 

 俺の言葉に灰色は黙り込んだ。

 威圧感や軽蔑なんて、そんな強い感情はまるで無いのだけれど、急に色落ちでもしたように表情が無いように見えてしまう。

 きっといつも通りの顔をしているはずなのに、それが何か機械のように錯覚される。

 

「…………子はやはり父に似ていくのだな」

 

 意識せずに零れてしまった、というようにその音の羅列は奏でられた。

 壊れたオルゴールのように目線も動かさずに続ける。

 

「艦は所詮モノの延長線でしか無い。あなた達がそれに何か必死になって、それで私達のせいで命を落として良いことは少なくとも無い」

 

 端的に言って、()()()()()()()()()

 俺が普段聞いている言動からもそうだが、本当に肝心な嘘真(うそまこと)というのは、残念ながらその瞳から大体察せてしまうものだと俺は断言していいと思う。

 

――――――それは嘘だ。近い考えが有ったりするかもしれないが、少なくとも彼女は自分の考えについて正確に言葉には出来ていなかった。

 

「…………あなたの父親はそう言って死んだ」

 

 私を諭す所もよく似ている、と無機質な瞳に少しだけ、懐かしさのようなものを含ませて呟く。

 

――――――結局それに「嘘をつくな」、そう言ってやれなかった。多分そう言ってやれば、俺の目の前に存在する彼女の何か、問題について触れることが出来るのは分かっていた。

 でも、それが出来ない。多分怖いのだろう。

 

 漸く喧しくなってきたらしい油蝉の声が、窓越しにわんわんと響き始める。

 

「今はそれでいい」

 

 命短し蝉共の合唱を押し退けて、彼女の声は凛と俺の元にまで届く。冷たすぎた筈のエアコンの風は、ただ当たるだけの感触のないものに変わっていく。

 

 あまりに無機質。どうしてかが分からないが、彼女の言葉の一つ一つが冷え切っている。

 

――――――時々こういうことが有る。決まって、親父の話が出たときだろう。

 彼女は立ち上がって、俺から背を向ける。無機質で何も読み取らせない紫水晶の瞳が、こちらを静かに見つめる。

 

「…………兵器は手入れするだけのもの。それ以上にも、それ以下にも扱う必要はない」

 

「――――――――」

 

 喉が無くなったように言葉が出なかった。理由は多く思いついたが、それ以上に不甲斐なさで原因追求に入る暇もなく

 

「話は終わりだ。食堂のデザートでも食べに行こう」

 

 と言っていつも通りに歩き出した彼女に、俺は喉を干からびさせた状態で付いていく。

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

「うん。やっぱスーパー○ップだな時代は!」

 

 バニラ味。コイツはもう何というか、コメント無しで王道。アンタもそう思ってくれるんだと思う。

 さっきは色々問題点が浮上した感じがするが、だが今解決できないなら仕方がない。目の前に在る幸福にがっついて、取り組むための姿勢を整えよう――――――というのが、現在こんな空元気を見せている理由だった。

 

――――――あんまり前世で見たようなメジャーな食品(というか商品)は置いていないのだが、偶に俺の世界と同様に残った物も在るには在るらしかった。

 

 食堂のデザートは、基本的に艦のリザーブ制なのでなんでも取り寄せてくれる。

 何でお前(指揮官)まで食ってるんだという苦情は無しだ。何でこんなおかしなことをしているのか、ヒントは「この仕事、給料少なすぎる」である。

 

 早くも食べ終えたらしい彼女は、スプーンを置いて肘をつきながら俺の顔をじっと見ている。

 

「いつも其れを食べるな。好きなのか?」

 

「いっぱいちゅき」

 

 口に含む度に語彙力を破壊してくるのだ。

 彼女の何処か楽しそうな口調に、とんでもない言葉遣いで返答してしまう。

 

――――――彼女はいつも、小さなショートケーキを食べている。いつも苺を最初に食べてしまうのは謎な行為では有ったが、案外食嗜好は普通の女子なのだな、と変な感動を覚えることが有った。

 

「なあ、何でイチゴ先に食っちまうんだ?」

 

 口の中の幸福が溶け終えた後に、彼女の顔を見ながら尋ねる。

 

――――――気づいていたのか、と照れくさそうに笑う。

 いつもの其れより柔らかい笑い方に、思わずどきりとさせられる。相変わらず心臓に悪いというか、油断も隙もありゃしない。

 

「実はあまり好きではなくてな」

 

 爆弾発言。

 

「イチゴを楽しめないショートケーキってのは、言っちまうとカイ○ーガ派のオメ○ルビーと変わらんのではないだろうかねえ」

 

 もう、何というか余韻とか無いよな。せっかくケーキ美味くてもアクセントになるものがないわけだし。生クリーム食ってるようなもんだ。

 

 よく分からない例えだと思ったのだろう、彼女はきょとんとして首を傾げる。

 

「それは分からないが――――――誰かが美味しそうに食べているのを見る方が、好きだな」

 

 にっこりとしたまま、こちらを指差す。俺ってか。

 

「…………やだ、イケメン」

 

 誤魔化すように顔を逸らして呟く。こういうの平気で言えるようになったら多分俺もイケメンなんだろうな。

 

 普通は本気でそう思ってても人に言えないものだと思う。恥じていないのか、もしくは言っても許される顔面偏差値と思っているかの二択だろう。

 コチラの場合は、恥じていない――――――か。ハイパーナチュラルイケメン、こりゃ俺には真似出来ない芸当だ。

 

「そ、そうかい」

 

 彼女の後ろの、変な張り紙に焦点をずらしながら言葉を続ける。

 

「でもよ、美味いかどうかは食ってみねえと分かんねえだろ?」

 

 スプーンを刺しっぱなしのスーパーカッ○をあちらに見せながら言うだけ言ってみる。

 

――――――筈だったのに。彼女の手がコチラに伸びる。

 

「それはそうだな」

 

「それでは一口」

 

 俺のスプーンで掬って、彼女は其れを口に入れた。

 

――――――――待て待て待て待て。この人あたまがおかしいんじゃないのか? 嘘だろ?

 何普通に俺のスプーンで食ってんの?

 

 沸き起こる疑問のハリケーンが終わる間もなく、スプーンをまたスー○ーカップに刺し込んで一言

 

「美味しいな」

 

 とだけ答えた。何なのこの人、いっそ男に生まれてきてくれればいいのにさあ!

 何で女なんだ?(それは俺に限らず尋ねたい奴が居る問題では有るが)

 

――――――ああもう辞めろ。穏やかそうに笑うな、ギャップ殺しを積極的に狙ってくるな!

 

「指揮官が美味しいと言ったものは、美味しい気がするよ」

 

 食の好みがよく合いますね――――――って言えば良いのかこれ?

 いや違うよな、これなんか間違ってるよな?

 

「お前なあ、俺みたいな輩に勘違いされないようにしろよ?」

 

 出来るだけ分かりやすく、「説教を始めます」というような不機嫌な顔を作る。

 

 もうな、すぐ墜ちる男の多いこと多いこと。

――――やれ誘いに乗ってくれただ、目を合わせてくれただのと、しょうもない事で恋愛に結びつける奴が多すぎる。

 

 相手も人間なんだからそりゃ目も合うし、気が向きゃ飯も一緒に食ってくれるだろうさ。そんなもんだけで好感度測れてるなら、今頃俺はギャルゲー感覚で女落としてんだよ馬鹿野郎。

 

「勘違い、とは?」

 

 至極不思議そうに尋ねてくる。まあ此処の鎮守府は男が割と温厚で所帯持ちが多いから、気にならないのも無理はないか。

 

「男ってやつは女の何気ない仕草ですぐ勘違いする。もう馬鹿馬鹿しくて同性の俺が呆れるんだがな?」

 

「…………はあ」

 

 何か呆れたようにじとりと俺に視線を集める。いや俺は違うから、そういうの無いから。

 

「だから、そういうのは「まあコイツなら問題在るまい」っていう相手だけにしろ」

 

「俺は、含めたら、駄目なタイプだ」

 

「オーケー?」

 

 こういう教育を親父はちゃんとしてやるべきだったのではないだろうか。

 

 同性が殆どの世界で育てば、そりゃ男女の関係にも疎くなる。面倒事であれ、ピンク色の話であれ分からなくて当然だ。経験、環境は重要なものだからな。

 戦争が何時終わるかとかはさっぱり分からないにせよ、何時かは普通に人間社会に溶け込まなくてはならない日が来るんだから、そこんところも一応は理解してもらっておかないと後が大変だと思う。

 

 別に退役した奴の相談窓口やってもいいけども、此処まで重症患者だらけだと俺の携帯の着信音が鳴り止まない可能性が出てくる。

 

「………………そんな事は分かっている」

 

「分かってるなら辞めような!?」

 

 俺はチョロいっていうのお前にも何度も話したはずなんですがねえ!?

 

――――一斉に周りの艦が此方を向いて

 

【またアイツ何か言ってる】

 

 みたいな眼でこちらを見てくる。辞めろ、死ぬ。




ヴァイオレット・エヴァーガーデン、メインヒロインが石川由依ですよ皆さん、エンタープライズ以外の彼女のキャラが見れますよ!(謎の番宣)
小説すぐ買いましたけど短編ごとに号泣してるので、アニメでもどっちでもいいからみんな見よう。
正直これ言うためにちょっと急ぎ足で書きました。

という訳で多大に影響されて続編。インスパイアが無いと全然書けないのでこういう「影響されて」シリーズは多いですがお許し下さい。



あ、「LuckyEは落とされない」とこの世界は別物です。似ていますが、也人は善人を拗らせてませんし、エンタープライズは着任直後から主人公です。
ただシリアスは抜けなかった。性分です、何とか畳めるように尽力シマスネ。

偶に「でもアッチに何か似てるような…………」というのは意識してそう書いたか、気づけばそうなっているだけなので細かいことは気にしないで行きましょう。

短編なのであんまり長く続けすぎないつもりです。後5,6話で畳めるとベストだけど多分話がうまくまとまらないぞコンボイ…………(突然のコンボイ)。


そして感想をくれ!(正直過ぎる)
有ったら元気百倍アンパン○ンですよ! 評価は文字数制限有るけど、何か「生まれてきてくれて有難う」とか打って入れてくれていいですから!
僕を! 甘やかして下さい! お願いします!


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夜風に当たって

ちょっと長いです。不定期更新のタグをちゃんと回収するこの律儀さ。ラストが大体決まったので、あらすじはマトモなやつに差し替えです。
それでは本文をどうぞ。


 二回目の人生を送ったベテランとして言わせてもらうなら、世界は美しいというのは事実だ。夜空はいつだって星が此方を見つめているし、山を登れば思わぬ絶景が見えることも在るし、きっと美しい人も、どっかには居るのだろう。

 

 だが人間。人類という括りで見たら――――――控え目に言って、終わってると思う。

 だって人間は

 エゴの塊で、

 利己的で、

 結局自分大好きで、

 人なんて自分を満たす道具でしかなくて、

 世界は全部自分の為に回ってほしいと願うことが在る――――――――そんな愚かで、ハリボテばかりが立派な裸の王様の事だ。

 

 俺は、だから自分含めて大衆を信用しない。皆が渡る赤信号は間違っていると疑うし、皆が曲がる方向で俺は真っすぐ行って、田んぼを突っ切りながら目的地にたどり着いたりする――――――そういう変な生き方をしていると、自覚がある。

 

 前世はあまりに普通だった。唯、平々凡々と働いて、馬鹿みたいになってきている頭で中身のない玩具ゲーム、ネット、テレビで遊んでいるだけ。

 俺自身が無意味だから、どれも中身がなかった。

 

 

 

――――――ただ。知らぬ間に死んでいたのだろうか、もう一度赤ん坊として産声を上げた時に、霞む思考がこう唸り声を上げた。

 

【今回こそは、自分を好きになりたい。誰かを好きになりたい、俺が識っている世界は狭くて、色んなものが輝いているんだと思えるように成りたい】

 

 霞む思考がやたらと饒舌なのは、おしゃべりな俺らしい。当時も今も、そう思う。

 

 さて、そんなつまらないモノローグより開始された俺の第二の人生である。

 ハッキリ言って、二回目は全部ハードモードだ。成り切れないのは辛い、孤独感は何時も消えないし、理解者は永久に現れないのだから。

 

 それでも俺が小学生ぐらいまで精神を保てたのは、あの無愛想な親父ではなく、恐らく病弱になった母親に有ったのだろうと思う。

 

『也人。もっと阿呆に生きなさい』

 

 何時もそう言われた。親父が俺を「賢い子供」と評したのに続くように、いつもそう言い聞かされた。

――――行儀よく待っていた時は、気にせず好きに遊べばいいと言うし。

――――嫌いなものでも食べている時は、偶には突っぱねればいいと言うし。

――――子供相手に喧嘩をした時に造った顔で謝ると、むすっとしたまま謝ればいいと言うし。

 

 正直意味不明な人だった。幾ら俺が物分りが良すぎるとはいえ、教育のほぼ全てが間違っていたように思う。

 だがそれでも救われたのは確かだった。我儘で良いなんて言ってくれたのは、あの人だけだったのだ。

 

 それで不思議なのが、普段は普通の母親のような口調なのだが、偶にえらく男勝りな口調で喋ることが在ることだ。

 その時の彼女は、何だか前世で見た誰かに重なった気がするのだが、それに関しては上手く思い出せないまま、

 

『誰かに似ているような…………』

 

 で済ませてしまってきていた。

 

 それに、今は色々あって母親の顔はあまり思い出せないのだ。

 

『行儀の良いままだと、本当に価値のある物を見れないままに死んでしまう。それは、悲しいことなんだ』

 

 この言葉が、彼女の言葉でも少し印象深いかもしれない。

 口調が変だったのは、決まって何か大事なことを言うときだから、俺にとってノートのマーカー扱いの所も当時は有った。

 

『貴方はとても賢い子に育った――――――いや、()()()()()()()()()ようだが。何かしたいことは見つからないのか、我儘は言ってみるものだぞ?』

 

 今思えば、いつも軍にばかり居た親父の代わりでもしたかったのだろうか、とも思う。

 

――――――此処まで来て変な発表をするのだが。

 怖いことに、恐らく彼女は()()()()()()()()()()()

 問題は此処から。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 普通は尋ねる。お前は誰だ、前は何処に居た、何だかんだ。色々聞くだろう、当然だ。赤の他人と大差ない感覚すら、持ってしまうかもしれない。

 

 何も言わなかった。俺がまるで子供でないということに完璧に気付いている筈なのに、さも当然のように愛情を注がれた。普通に奇妙な教育をされた。

 

 

 

 

 

――――――さて、今回の回想は此処までとなるが。これが結果としてどう繋がったのかだけは明言しよう。

 

 多分彼女のお陰で、俺は人を普通に好きになれるようになった。何というか、理由は色々思いつくんだが、うーん………………これだ、これが近い。

 造った自分じゃなくて、素の自分をそれでも愛そうとしてくれた人が居たから、もうちょい信じる気力が残っている。こんな感じだ。

 

 後、さっき「顔を忘れた」なんて抜かしたが、実は他人の空似にしたってよく似ている奴を見かけるのだ。其の顔を見たときだけは、霞んでいるはずのあの面影がくっきりと映像になってくれるから分かり易い。

 

 

 

――――――ああ、うん。お察しの通りそいつの名前は【Enterprise】って言うんだけどもさ。

 中々ロマンチックだろ? まあアッチは俺のことなんぞ、精々上司ぐらいにしか思っていないかもしれないがな。

 でも出会うまでは、少なくとも色んな意味で、運命さ。それは信じられるから、そういうことの出来る世界は

 

《きっと綺麗だと俺は断言できる》

 

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

 

 

「『愛してる』って何なんだ…………?」

 

 月光遍く行き届き、我先我先にと星が煌めく夜の海を眺めて呟いた。

 砂浜に一つ足跡を残す毎に、どうやら今も俺は生きているらしいことが再確認できてくる。

 

 夜の海は、俺にとっては平穏というより静寂だった。いや、誰もがそう思うのかもしれないが俺にとって、多分アンタが思う其の静寂は意味がちょっとだけズレている。

 

(四海と言って中国では天下と解釈したんだったか…………)

 

 今の俺にとって海は世界そのものだ。朝起きれば海、昼飯を食っても海、手続きしても海。どれもが海と俺を絡ませてぐっちゃぐちゃにしてくるので、俺自身が海の一部なのかもしれない。

 だから本来は結構騒がしいものであることを知っているし、ウチは騒がしくしろと誰にでも教えてきたから尚更煩かった。

 

 だから多くが寝静まる夜の海は、余程の嵐でも来てないならば俺には静寂という概念そのものに近かった。何せ、本当に波の音しか届いてこないのだから。

 

 

 

 さて。『愛してる』について語ろう、人には言えないが、脳裏で空想会談を開くだけなら全く誰も恥じることはないはずだ。

 

『指揮官様、お慕いしております♥』

 

 まあ、彼女のことから話そう。

 黒々とした衣服に、髪に、だけど白いインナーとか、赤いミニスカートとかがよく映えるあの娘。

 一航戦の赤城。彼女がよく俺に愛の言葉ばかり囁くものだから、ついつい今日は尋ねてしまったのだ。

 

『愛してるって感覚、分かります?』

 

 実は、分からないのだ。人間性の欠如とか言いたいのではなく、いや本当にそういうくだらない話をしたいのではなく。

 

(一体何処まで大事だと思えば、人はそれを愛だ恋だと騒ぎ立ててるんだ?)

 

 こういうことである。

 だって俺は誰だって怪我をして欲しくないし、出来ることなら護ってやりたいし、笑っているのを見るのは艦ならば誰だって嬉しい。

 だがこれは恋愛とやらに繋がる要素でも在ると何処かで聞いたので、となると俺は『艦全てを愛している』なんて馬鹿馬鹿しいことを言い出さなくてはいけないのだろうか――――――と思ったのが事の発端である。

 

――――――波の打ち返す音に、思わず砂浜を見つめる。僅かに光る何かの粒がそれこそ空の星のようで、星は転がっているものなのだという正しい現実をよく表していた。

 

――――――彼女は少し考え込んで、困った笑いをした。言われてみれば、という感じなのも有るだろうし、普通に振る舞っている人間が素っ頓狂なことを尋ねてくるから、不思議な感じだったというのも有ったのだと思う。

 

『し、指揮官様? 熱でもお有りなのでしょうか?』

 

『いやえらく失礼だな赤城さん。俺が変な質問することは多いじゃないですか』

 

 勿論、何がおかしいかというのは分かる。

 俺は普段から「人間と大差なく生きろ」という事だけを艦に教えていたので、まさかそんな男が人間らしい感情の理解に欠くとは俺だって予想がつかない。

 

 でも感覚は少し薄れてきている。長らく人を好きだとか、愛してるとか感じたことがないというか。こう、「これが愛か」と思う感じがなくなったというか。

 だから確認と言っていい。もう忘れそうな感情だった。

 

――――――まあおかしいとは思っていても、彼女は質問を却下とかはしなかった。真面目に考えてくれるのが、妙に有り難い。

 以前の知り合いに尋ねても適当にはぐらかされて、考えもしてくれまい。

 

『ええっと………………そうですね。難しい話、だと思います』

 

 それは分かっている、とちょっと素っ気なく答える。

 難しいからこそ尋ねるのだ。まるで分からない難問を、その手の専門家に聞いているのと感覚は同じだ。

 

――――――赤城はひとしきり考えて、俺の事を見たり、急に顔を赤らめたりしながら、何とか出たらしい解答を言葉として織り始める。

 

『正直なお話をさせてもらいますと、ご本人が【愛とか恋】と仰れば、それで成立してしまう不安定なものかと』

 

『独占欲でも、依存でも、庇護欲でも、それを感情の持ち手がどう認識するか――――――其処に、愛と、そうでないものの違いが有るのではないでしょうか?』

 

 成る程、と俺は思わず顎を持って其の言葉を反芻した。

 

 不定形のものならば確かに定義は難しい。だって本人がどう思うか、だなんて事は本人にしか分からない。

 

――――詩人みたいな言い草をしてしまえば「その人の愛は、その人にしか分からない」という訳だ。何だか寂しい話である。

 分かち合うのが愛とばかり認識してきたので、理解し合えない前提に立つものだとは予想しなかった。

 

「何か心っていうもんは寂しいよな」

 

 つい、言葉が漏れた。海の波のような鳴き声に言葉は埋もれて、死んでいく。

 

 相手を慮ろうとしても、最後は何処か必ず身勝手だ。だって他人は理解しきれないから、他人のふりをした自分の幸せしか考えることは出来ない。

 与える側もこんな感じで、受け取る側はこれを理解してやらなくちゃならない。

 

 自分の欲しいものと違っていても、「何かをしようとしてくれている」事に関して安易に否定は出来るものでもないからだ。

 

(まあそれすらも上手く通わなかったら、俗に言う悲恋なのか…………)

 

 ふと、自分の歩みは止まっていた。

 

――――――海は相変わらず波打つだけで、此方にまるで興味が無いと見える。懲りるわけでもなく砂を引こうとしては、海の手はそれすら上手く出来ずに引き返す。

 もう一度と息を吸い込んだように大きく水面が膨らむのだが、やはり砂は殆ど持っていけなくて、海が引いた其処には僅かに光る何かが残る。

 

 俺も似たような感じだった。いつも何かを掴めそうなんだが、結局手の中は空っぽみたいな。いつもぬか喜びさせられた。

 

 この鎮守府だって、最初はやっと「これで色々と立ち回りが楽になる」と思いながら門を潜ったはずなのだが結果はどうだ。しがらみは増えて、気づけば俺のやっていることは親父のなぞり直しだ。

 

 

 

――――親父は優秀な男だったと思う。

 鎮守府の経営自体も中々に器用にこなしたし、俺が今目指す「艦の扱いの見直し」についてももっと上手く立ち回って取り組んでいた。

 それにエンタープライズ。アイツを見れば、親父が如何に部下を大事にしてきたかはよく分かる。

 

 アイツは確か、艦の建造についての方式が確立していない頃に作られたのだと、風の噂で聞いたことが有る。

 やり方は単純で、「本当の子供から育てる」という、今で考えると訳の分からない方法だ。ヨークタウン型はそれで建造されたらしいのだが、それは「建造」ではなく「養育」だと言いたくなるのは、アイツが聞けば恐らく

 

「情を挟み過ぎだ」

 

 と静かに訂正を求められるだろう。

 

 だが実際に、親父を俺以上に親代わりと思っている。だからそれを否定されるのがどうにも怖くて、この話はアイツには言っていない。

 何であんな事を言うのかははっきりと追求できていないのだが、アイツが大切に思っているのに、それを外からの発言だとかの下らない理由で否定させたくはなかった。

 

 アイツはいつも

 

『素直に誠実に生きることが願いだ』

 

 と言っているのに、何故か艦の話についてだけはあからさまな嘘をつく。

 

 アイツはそれを自分で気づかない性格でもないから、多分苦しい。だから余計に、何で嘘をつくと問い質しそうになる。

 言葉にするのは気恥ずかしいが、心配だ。何を思ってそう頑ななのか分からないし、分からないことを知りたくさせてくる。

 

『例えば見たい、知りたい、聞きたいも愛と言えば――――――きっとそうでしょう』

 

 赤城の言葉を思い出す。何だか俺の顔を見ては、何処か忌々しげに言っていたのも思い出す。

 

――――――じゃあ俺は好きなのか、と言われるとそれは違うと思う。

 何だかそれじゃない。しっくり来ないのだ、何か。

 

 親父の死に顔の前で泣き崩れる姿を見た時に、今まで見た人間とは違う電撃じみた感覚は有った。

 だけれども其れは恋愛感情というより

 

【何でこの娘が泣かなくちゃならないんだろう】

 

 という電撃だった。

 別におかしいと言いたかったのではない。

 其の話を極限まで追求すれば、親父が死んだのは親父が一番悔しいと思う。心残りのない死に方が出来るやつは絶対居ないし、アイツが後に言うには明らかな殺人だったらしいし、後悔ばっかりだと思う。

 

 そうじゃなくて。

 どうして人が死ぬと、こんなに多くの人の心に波紋が打たれるのか、という疑問を持った。死んだのは当人なのに、当人以上に周りがざわめくのがどうにも奇妙に見えた。

 

 其処で思ったのが、「人は他人の中の方がよく生きている」という結論だった。

 喋っている本人より、各人に残る誰かの亡霊の方がよく喋っている。

 

――――――そう考えなくてはおかしな話だ。死んだという出来事よりも、死んだことに何かを思う人の方が世界の割いている容量は多いのは不思議だった。

 

 

 

 そして、俺は殺されたことに関して憤っている理由の殆どが判明した。

 親父が死んだ、それも有る。だけど、俺は最終的に赤の他人で、其処はドライに切り捨てられるはずだった。

 

 だから俺が怒っていたのは。これまでの事を考えると、恐らく――――――

 

「――――――指揮官?」

 

 ふと、夜風が人の声を模した。奇妙な幻聴だな、と思いながら幻聴の在り処に瞳を向ける。

 

――――――幻聴ではなく、そこでは風の化身がゆらゆらと水で遊んでいるらしかった。

 珍しくブーツを脱いでいて、見える足先は自分のものとは比べ物にならないほどきめ細やかで、細くて、まるで何かの芸術品のように見えた。

 

「え、何で居るの」

 

 開口早々、俺はキャラを練り終えていた。いつもの陽気で、何か抜けてる俺の分身の声色だった。

 

 分身の声は風に届いて、夕暮れの海のように輝く瞳に働きかける。

 

「指揮官こそ」

 

「俺は趣味だ」

 

 趣味って。真実とは言え、我ながら自殺願望者の詩人のような趣味に思う。

 唐で詩仙と謳われた李白は、水面に写った月を取ろうとして溺死したのだという伝説が有るが、それと同類の匂いがする趣味だ。

 

 だが水面の月より美しいものが見えていれば、そんな幻想に手を伸ばすこともないのかもしれない。

 

「お前こそ何で」

 

「…………あの人が、夜の海は好きだと言っていたからな。少し見てみようと思って」

 

 体験しようとかではなくか、という言葉が喉からまた体に戻っていく。

 

――――――しかし水遊びをしているというのに、子供っぽいどころか、少し濡れた白い足はむしろ色っぽかった。

 何というか、俺は道端の犬の性行為よりはよっぽど見るのを躊躇っている所がある。

 

「冷たくないか?」

 

「――――――そうだな、冷たい」

 

 意外と見られたのが恥ずかしかったのか、珍しく頬に朱を差しながら彼女はへにゃりと笑って答えた。

 その顔も、普段と違って妙な気分になる。何だかそんなに親しくもないくせに、彼女の見慣れない顔ばかり見ているのが罪悪感。

 

 いつも被っている制帽は何処かに置いてきていて、あの黒々としたコートも着ていなくて、今日の彼女はいつも以上にその細い腕が顕になっていた。

 

――――――しかし、帽子がないだけで彼女の横顔はとても頼りなく思えてくる。

 そう思いたいだけかもしれないが。強い誰かの隙を見たいというのは、人間の良くない欲望だろう。

 

「帽子無い方が、お前女の子っぽいのな」

 

「失礼じゃないか、それ?」

 

 失礼承知で言ったのだが、というのもまた喉から体に再吸収。他のやつに比べて、妙に言葉を選ぶのが何だか阿呆らしい。

 

――――――彼女は急に思い立った。そういう風に砂ごと海を蹴り上げた。

 雫に還った彼等が浮いては光を吸い込んで、何処か幻想的なこの状況を更に過剰演出してくれる。

 

「意外と綺麗だな。私はこういう感性はないと思っていたが」

 

 そう言って月を見つめる。今日は満月だから、いつもより何となく月が大きく見えてくる。

 彼女の白銀の髪は振り向きざまに尾を引いて、月の光を吸っては吐いて――――――大層美しく煌めく。俺は月よりも、正直そちらに目が行ってしまっている。

 

 何だかセンスのない俺でも、今ならそこそこの評論家に及第点を貰える詩が読めそうに思えてくる。何せ素材が揃いすぎだ。

 

「親父はどんな男だった?」

 

 ふと聞いた。興味本位だ。

 

「あなたによく似た、善い人だよ」

 

 間髪入れずに返答が帰ってくる、まるで俺の言葉を予知していたようだ。

 

――――――内心善い人、なんて呼ばれてにやつかずには居られなかった。他人に言われても何となく言葉を疑ってしまうが、彼女はそういう嘘は絶対につかないから、きっとそれは真実だと思えるのだ。

 

「でも、あなたよりは打算があった。勿論次に何かを為すための打算だから、狡猾ではないのだが」

 

 容易に想像がついた。俺よりももっとトントン拍子で事を運んで、達成した物事を次の達成にちゃんと活かせる。

 俺は其れが出来ない。一個ずつ達成するまでが限界で、其処に連続性なんてとても持たせられない。

 

「彼は鮮やかに事を済ませる人だった」

 

「………………俺もそういう奴に成りたかったんだがなあ」

 

 なれないよなあ、アレは遠すぎる。

 

――――――俺の呟きが聞こえていたのか、彼女は見つめていた月を見放して、唐突に俺の顔をじっと見る。

 

「………………何だよ?」

 

 後ろに手を組んだまま無言でひたり、ひたりと歩いてくる。

 

 怒っているような、嘆いているような変な顔付き。どうとでも取れるから、どうとでも想定させてもらうのだが――――――そんな想像が本格的に始まる前に、彼女は俺のすぐ目の前に立った。

 

 長い睫毛とか、扇情的な唇だとかから目を離す。俺はそういう趣味はない、というか趣味がないというより嫌というか。

 艦は俺を人間として信頼しているのだから、俺も「女性」という括りを外して見てやらなければ、不誠実だろう?

 

 まあチョロい俺に、それが長く続けられないのもまた事実だが。

 

「な、何か言えよ。怖いんだけど」

 

 そう言うと、それはなるほどと納得したのかもしれない。

 

 俺の顔を覗き込みながら

 

「あなたはあなたで構わない。誰の代わりもしなくて良い」

 

「今のままのあなたが私は好きだ」

 

 とだけ小さく言った。陰になった顔は全くいつも通りだったが、耳が気持ち赤かったような、そうでもないような気がする。

 

――――――――何だ其れは。思わず紅潮するのを顔を逸らして誤魔化す。

 他意はないのだろうけども、そう直球で言われると勘違いの一つや二つしそうになる。

 絶賛間違いを犯さない自制心を効かせているところだと言うのにな、まるで気が利かない奴だ。

 

「あのな、そうやってすぐ俺をからかう」

 

「………………面白いからな」

 

 何だか寂しそうに笑って、顔を離される。

 

――――――結局俺達は、それ以上は言葉を交わさずに。互いの作業に戻って、次の日の朝にまた出会った。

 

 彼女はどうだか知らないのだが、俺は別れた後もその顔を思い出しては、気が気でない気分にばかりなっていた。

 何というか、まるで好きみたいだ。多分違うのに。

 

 いい加減女性の一人や二人慣れておきたいな、切にこの夜はそう思った。




個人的な話、愛情なんて何でも形は構いません。僕は持ったことがないのですが、持ったことが有ると思えるだけで財産で、愛を与える人がいるならそれはとても尊いと思いますよ。

僕の定義する愛とやらは、少なくとも「相手に尽くせるかどうか」でしか測りません。前作(というかアチラ)でも、似たような判断基準でそういうものを書きました。
もう全然僕は人に尽くしたり出来ないので、出来る彼等が羨ましいと思うところもあります。まあ、あんな不幸な目には遭いたくないですけど。


それでは今回はさようなら。
次回もきっと、余韻の最中に言葉を送らせて戴ければ幸いです。
というか文章力もっとほしい。語彙も取捨選択もまだ弱いです、嗚呼虚しい。



最後に。
ヴァイオレット・エヴァーガーデン、何回でも宣伝します。マジで、読もう。神。
アレ、なける。やばいよ、よもう(語彙力爆発)。
作者が女性らしく、やっぱり自分は感性が男からやや遠いという疑念を消せなくなってきている。
僕は、男です。マジで。


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