【完結】紅き平和の使者 (雪化粧)
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プロローグ『誕生』

 一人の少年が地獄を歩いている。助けを求める声から耳を塞ぎ、伸ばされた手を払い除け、涙を浮かべる顔から目を逸らし、ただひたすらに歩き続ける。

 ほんの数分前まで広がっていた平穏は赤い炎に塗りつぶされた。次々に呑み込まれていく命。少年もまた、死の時を迎えようとしていた。倒れ伏した彼の心は既に終わりを迎え入れるための仕度を整え、後は肉体の死を待つばかり。

 その時だった。一人の男が現れた。少年の体を抱き上げて、彼は涙を流しながら微笑んだ。まるで、救われたのは自分だと言わんばかりの彼の笑顔に少年は惹きつけられた。

 次に目が覚めた時、少年は病院にいた。そこで、自分を救い出した男から養子にならないかと誘われ、彼と共に生きる道を選んだ。病院から新しい家に向かう道すがら、男は自分を魔法使いだと語った。少年はその言葉を素直に呑み込んだ。彼がそう言うのなら、そうなのだろう。けれど、少年は魔法よりも、彼自身に憧れた。救い出してくれた時の、あの笑顔に――――。

 

プロローグ『誕生』

 

 ある月の晩、男と少年は肩を並べて語り合った。

 

「――――子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」

 

 そう、少年には紛れもなく正義の味方に見えた男は言った。

 

「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 

 唇を尖らせる少年に、男は困ったような表情を浮かべる。

 

「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと、もっと早くに気が付けば良かった」

「そっか。それじゃ、しょうがないな」

 

 男の悲しげな顔を見つめながら、少年は言った。

 

「ああ、そうだね。本当にしょうがない」

 

 その悲しげな顔を、笑顔にしたくて言った。

 

「うん、しょうがないから俺がやってやるよ。爺さんは大人だから無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの代わりに俺が」

 

 ――――少しでも、世界を平和にしてみせるよ。

 

 そう言い切る前に、男は微笑んだ。続きなんて聞くまでもないという顔だった。

 男、衛宮切嗣はそうか、と長く息を吸った。

 

「ああ――――、安心した」

 

 静かに瞼を閉じて、彼はその人生を終えた。そして、少年は願いを叶える方法を探した。

 世界を平和にしたい。その少しでも手助けになることをしたい。

 魔術は学ばなかった。魔術師だった切嗣が死に、教えてくれる者はいなかったし、切嗣は一度だけ話してくれた。魔術は争いを呼ぶ物だと……。

 だがら、魔術で世界は平和にならない。そう結論を下し、そして見つけた。

 その言葉を――――。

 

『マクドナルドのある国は戦争をしない』

 

 その言葉に、少年、衛宮士郎は歓喜した。

 

「ついに見つけた……ッ!!」

 

 そして、士郎はマクドナルドの象徴と呼べる存在、ドナルド・マクドナルドになりたいと願った。

 そして、彼になるために体を鍛え、世話をしてくれる藤村の爺さんに頼み込み、学校に行く傍らでダンススクールと演劇教室に通い詰めた。

 そして、高校二年生の冬休みに彼は泊まり込みで新しくドナルド・マクドナルドの役を務めるオーディションに向かう。そして、見事にドナルド・マクドナルドになることができた。

 だが、悲劇が起こった。彼の住んでいた町、冬木市が消え去ったのだ。一説には、某国の攻撃だと言う声や、テロ組織の仕業だと言う声が後を絶たなかった。ニュースでは、局地的な大地震だったと識者が説明したが、納得できる人間はいなかった。だが、その事件も人々の記憶から忘れ去られ、真相が解明されないまま、いつしか歴史の闇の中へ消えていく。

 ただ一人、士郎を除いて……。

 そして、ドナルドとなった士郎はCMに出演し、ダイナミックなアクションができることでプロデューサーが考えたユニークで豪快なパフォーマンスを次々にこなし、動画共有サイトでは、一躍教祖様と呼ばれたり、カリスマの具現とまで謳われた。そして、海外でも評判となり、彼は海外のCMにも出演した。

 彼は、少しでも世界が平和になるならと、語学の勉強も苦と思うことなく勉強し、あらゆる国で平和の呼びかけをしながら、パフォーマンスをしていった。

 マクドナルドの収益は上がり、ドナルド士郎は社長とも懇意になった。ドナルド士郎の願いである、世界を平和にしたいと言う言葉を社長は真摯に受け止めた。世界中の紛争を止める様に、世界中のマクドナルドで呼びかけを行い。そして、ドナルド士郎は世界中を渡り歩いて、親を亡くした子供達や戦地の人達を元気付けた。その溢れ出るカリスマによって、世界は少しずつ、変わっていった。

 戦争は無くならない。

 テロも無くならない。

 盗みを働く者、殺人を犯す者もなくならない。

 それでも、ドナルド士郎の活動は、世界に光を灯した。ドナルド士郎は50を過ぎるまで働き、引退後は彼が紛争地帯で出会った少年に後を任せた。少年もまた、ドナルドに憧れたのだ。

 ドナルド士郎に代わって、世界の平和のために活動を続ける少年を見守り、ドナルド士郎はその後も本を書き、ドナルド士郎として培った演技力で俳優となり、その印税や給料の殆どを世界平和のために寄付していった。

 彼は知る由も無い。

 ドナルド士郎は教祖と崇められ、時には狂気を孕み、時には神すら超越するとまで語り、信仰する動画共有サイトの閲覧者達を――――。

 その人々は、世界中に存在し、彼は死後もその信仰により世界に迎え入れられるのだった。

 世界に笑顔をくれた英雄、ドナルド・マクドナルドとして彼は英霊の座についた。

 そして、初めて英霊として召喚されたのは……、遥か空の上だった。

 紡ぐ言葉はかつての口癖、

 

「なんでさ……」




当時はドナルドの動画に嵌まり込んでました(*´ω`*)


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第一話『召喚』

 その日、遠坂凛は消耗品を買うために新都へ出ていた。そこで、偶然にも友人の美綴綾子と出会う。どうやら、彼女は部活動で使う備品を購入するために来たようだ。友人関係にあるものの、学校以外で凛と会うことは滅多になく、綾子は折角だからと凛をお茶に誘った。凛の方も強いて断る理由もなく、他でもない綾子の誘いということもあって了承した。ところが、綾子の行きつけの店も、凛の行きつけの店も、両方共満員御礼で入ることができなかった。

 そこで綾子が目をつけたのは大手のバーガーチェーン、店頭に狂気的な道化師の人形を置く若者に人気のマクドナルド。

 はじめ、凛は入ることを躊躇った。彼女には人に言えない秘密がある。それは魔術師であること。魔術師は人の道から外れた存在であり、それ故に人と交わるべきではない。その考えから、敢えて孤高であることを心掛けている凛は軽薄な雰囲気のバーガーショップに入ることに己のイメージダウンを危惧した。けれど、彼女の友人は生憎と彼女の事情を鑑みてくれるほどに優しくなかった。半ば強引に連れ込まれ、おすすめのセットを教えられ、まるで普通の女子高生のようにバーガーを口に含んでしまった。

 そして、口の中に広がるハンバーグとケチャップ、そしてピクルスの味の虜になってしまうのだった――――。

 

 第一話『召喚』

 

 英霊の座に招かれたことを理解した時、士郎は世界中の人々に感謝を捧げた。

 

 ――――これで、更に平和のために働くことができる。

 

 だからこそ、召喚の引力を感じた時、彼は迷わなかった。

 英霊は信仰する人々の心によって力を得る。士郎の場合、それは彼が生来持っていた力を基としている。生前はほとんど使うことの無かったとある魔術​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・に特化した魔術回路の改造と解放。

 士郎は、その力で人々に笑顔を与えたいと願い、召喚に応じた。

 そして、召喚された直後、士郎は奇妙な浮遊感を感じた。瞼を開けば、なんと落下の真っ最中。さすがに頭の中は大混乱だ。

 

「なんでさ……」

 

 そのまま、眼下の洋館の屋根に激突し、凄まじい衝撃を感じながら洋館の中へと突入した。

 しかし、不思議なほどに痛みは無かった。それどころか、服にも傷一つついていない。トレードマークとも呼べる服は、両腕の部分と靴下に赤と白の縞。そして、黄色の上着と半ズボン、ハンバーガー四個分くらいの靴。そのどれもが傷一つ無いのだ。

 士郎は、英霊の力に驚きながら辺りを見渡した。そして、自分が何のために呼ばれたのかを考えると、頭の中に突然情報が流れ込んできた。彼が呼ばれた聖杯戦争の情報が……。

 そして、険しい表情になった士郎は一人呟いた。

 

「なんということだ……。こんな恐ろしい戦いを、こんな街中で行うつもりなのか!?」

 

 ここはガツンと自分のマスターに言ってやろうと思った。聖杯戦争では、魔術師がマスターとなるらしい。

 丁度、士郎の居る部屋の扉の外から少女の声が聞こえてきた。

 

「扉、壊れてる!?」

 

 扉のノブをガチャガチャと回す音が聞こえ、しばらくして諦めたのか、音が離れていった。

 

「―――ああもう、邪魔だこのっ……!」

 

 そして、少女の叫びと共に、扉は吹き飛んだ。

 士郎は飛んでくる扉を軽やかに避けると、とりあえず挨拶することにした。

 何か言うのはその後だ。

 

「やぁ、君が僕のマスターだね?僕の名前はドナルド、よろしくね?」

 

 そう言って、士郎はマスターの少女を見て、唖然とした。

 見たことのある顔だった。そこに居たのは、士郎がドナルドになるオーディションを受けに行く前まで住んでいた街で、同じ高校に通っていた士郎の初恋の少女だったのだ。

 少女は部屋に入って来た時の状態のまま動かない。その様子に、とりあえず何か言わなければと思い、口を開いた。相手は昔の知人なのだ。話したことは無かったが、自分のことを知っているかもしれないと思い。自分が衛宮士郎であることを教えようと思った。

 そして言った。

 

「僕は君のことも知ってるよ」

 

 その言葉に、少女は顔を青褪めた。

 だが、士郎は気付かずに何時もお手紙の返事を返す時の言葉を言った。

 遠いなぁと思って、少しだけ近づいて……。

 

「驚いた?」

 

 その言葉と共に、少女は大きな悲鳴を上げた。

 

「いやあああああああああああああああああ!!!!」

 

 そして、少女、遠坂凛は気を失ってしまった。

 当然だろう。いきなりボロボロの部屋の中に君臨している道化師が、自分のことを知っていると言い、次の瞬間に、目の前に突然現れたのだから。

 士郎は困った。

 

「んー、どうしようかなぁ……」

 

 士郎は倒れてしまった凛を抱かかえながら困ったように唸った。

 そして、信仰によって得た力を使ってとりあえず部屋を片付けることにした。

 

「ドナルド・マジック!」

 

 その瞬間、部屋の中は見る間に綺麗になっていった。

 

 ――――マクドナルドは常に清潔に♪

 

 それがドナルド・マクドナルドのモットーなのだ。

 凛をソファーに寝かせると、机に置いてあった小説を見つけて開いた。時間を潰す必要があると考えた士郎は小説を読み始めた。そして、夜が明け、五回本を読み返した士郎は思い出したように言った。

 

「この本、前に読んだな……」

 

 すると、その言葉に反応したのか、凛が体を動かすのに気が付いた。

 士郎は凛に顔を向けると、ニッコリと0円スマイルを見せた。どうやら警戒させてしまったのだろうと判断したのだ。そして、士郎は目を開いた凛に0円スマイルを向けたまま口を開いた。

 

「グッド・モーニング♪おはよう、凛ちゃん」

「いやあああ!!?」

 

 その瞬間、凜は叫び声を上げながらソファーから落ちた。

 

「だ、大丈夫かい!?」

 

 士郎は慌てて凜をに手を差し伸べた。だが、凜は後退ってしまった。

 士郎は、もしかしたらこの召喚は事故だったんじゃないだろうかと考え始めた。凜は何かの手違いで自分を召喚してしまったのではないか? と。

 それならば、見ず知らずの人間が突然家に上がり込んでいたのだから怯えるのは当たり前だと考えた。

 

「ごめんね」

 

 士郎は謝った。

 

「え?」

 

 すると、キョトンとしながら凜は顔を上げた。

 

「いきなり現れたから怖がらせちゃったんだね?」

 

 しゃがみこみ、凜に目線を合わせると、士郎は悲しげに言った。

 

「君は間違えて僕を召喚しちゃったんだね? 大丈夫、まだ始まっていないから令呪を放棄すればきっと狙われないと思うから。令呪って言うのはね……」

 

 そこまで言うと、凜が「ストップ!」と叫んだ。

 

「分かるわよ! その……、英霊なのよね? 貴方……」

 

 凜は恐る恐る聞いた。

 すると、士郎は目を丸くした。

 

「じゃあ、君はやっぱり僕のマスターで、魔術師なのかい?」

 

 士郎は、驚いたように言った。

 

「ええ、ごめんなさい。取り乱してみっとも無い所を見せちゃったわね……。貴方、ドナルドよね?」

 

 凜が聞くと、士郎は笑顔で言った。

 

「もちろんさぁ。うれしいな!! ドナルドも君のことを知ってるよ! 改めて、ドナルドです」

 

 士郎の挨拶に、凜は若干呆れながら答えた。

 

「私は凜、遠坂凛よ。貴方のマスターのね。こちらこそよろしく……。でも、貴方は本当に英霊なの!? だって、貴方はマクドナルドのマスコットじゃない!!」

 

 その言葉に、士郎はウインクして答えた。

 

「そのためには僕のことを知ってもらわないとね。ドナルド・マジック!」

 

 その瞬間、凜と士郎は空想の世界へと飛び立った。それが、ドナルドの力の一つだった。

 ドナルドは誰にでも夢を見せることができるのだ。そして、戻って来た時に凜の顔は驚愕で固まってしまっていた。

 

「貴方……、衛宮君だったの!?」

 

 その言葉に、士郎はニッコリした。

 

「そうなんだ♪ でも、今の僕はドナルドだよ♪ まぁ、海外だと僕のことをみんながロナルドって呼ぶけどね」

 

 額から汗を垂らしながら、凜は恐る恐る聞いた。

 

「そ、それで、貴方は何ができるの? 貴方の生涯を見る限りだと、魔術師でもないのに……、さっきのは魔術みたいだった」

「あれは、ドナルドの力の一つなのさ。ドナルドは夢を見せたり、部屋を綺麗にしたり、ハッピーセットを出したりできるのさぁ」

「……他には?」

 

 凜が顔を引き攣らせながら聞いた。

 

「んー。後はシャボン玉を作ったりもできるよ。それになにより、ドナルドは昔から、ダンスに夢中なんだ。ほらね、自然に体が動いちゃうんだ」

 

 そう言いながら、士郎は踊りだした。

 そのあまりに華麗な踊りに、凜は自分も踊りそうになってハッとした。

 

「は!? 私は何を!?」

「ランランルー!」

 

 すると、突然士郎が奇妙な動きと共に、そんな言葉を発した。

 

「な、なに!?」

 

 凜が目を見開いて士郎を見ると、ニッコリと満面の笑みを浮べていた。

 

「凜ちゃんが一緒に踊ろうとしてくれたことが嬉しくてね! ドナルドは嬉しくなると、ついやっちゃうんだ! 凜ちゃんも一緒にやってみようよ、いくよ! ランランルー!」

「ランランルー!」

 

 士郎の掛け声に、凜も釣られてやってしまった。

 

「は!? 私は何を!?」

 

 凜は愕然としながら士郎を見た。

 士郎は満面の0円スマイルを浮べている。

 

「……ところで聞くけど、貴方ってクラスはなんなの?」

 

 凜が聞くと、士郎は「んー」と唸った。

 頭で自分は何のクラスなのかを想像すると、キャスターという言葉が踊った。

 

「ドナルドはキャスターみたいだね」

 

 その言葉に、「そ、そうなんだ…」と、拍子抜けしたように言った。

 

「バーサーカーとか、ピエロとかのイレギュラーかと思ったら、普通ね……」

 

 そして、凜は一番気になったことを聞いた。

 

「ところで、貴方は衛宮君なのよね? なんで自分のことをドナルドって呼んでるの?」

「それはね、僕がドナルドとして働いて、ドナルドも僕のもう一つの名前として誇りに思ってるからなんだ。それに、この世界にも僕が居る。今は多分、ドナルドのオーディション中だろうけど、衛宮士郎が二人も居たら変だからね」

 

 その言葉に、「そっか」と言って、凜は笑顔でドナルドを見た。

 

「とにかく、よろしくね、私のキャスター、ドナルド・マクドナルド」

 

 その言葉に、士郎もニッコリと笑い返した。

 

「もちろんさー!」

 

 そして、凜のお腹が鳴るのが聞こえた。凜は赤くなって目をドナルドから逸らした。

 すると、ドナルドは両手を広げた。

 

『Happy Meal』

 

 その、どこか不思議な音声がどこからか聞こえ、士郎の手に、ハッピーセットが袋に入った状態で現れた。

 

「ほら、凜ちゃん。お腹が空いては戦はできぬさ♪」

 

 すると、凜は目を丸くすると、恐る恐る手に取った。

 

「じ、実は昨日も綾子に連れられて初めてマックで買ってね……。嵌っちゃったのよ。それでね、今夜も買って帰ってきて、食べちゃったから……これ以上食べるとふとっちゃ……って!!」

 

 そこまで言うと、凜は目を見開いた。

 

「ど、どうしたんだい?」

 

 士郎が聞くと、凜は「あれかあああああああああ」と叫んだ。

 

「り、凜ちゃん?」

 

 士郎が心配そうに聞くと、凜は語りだした。

 ハンバーガーを食べている間に、召喚の時間が来てしまい、ハンバーガーを食べながら工房に入ったことを。

 そして、その包み紙を放り出してしまったことを…。

 

「あれが……、貴方の召喚の触媒になったんだわ……」

 

 肩を落としながら言う凜に、士郎は一言だけ言った。

 

「凜ちゃん……、ポイ捨ては駄目だよ?」

 

 その言葉に、凜は弱々しく頷いた。

 

「はい……」

 

 と。



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第二話『ドナルド・マジック』

 士郎は長年の一人暮らしや紛争地帯などでの食事を提供するため、そして紛争地帯で出会い、士郎の弟子となった少年に健康を維持してもらうために覚えた料理を披露した。

 冷蔵庫の中は僅かな食材しかなく、運良く戸棚からパスタを見つけたのでそれを使うことにした。

 

「ドナルド・マジック!」

 

 ハッピーセットを生み出す能力の応用でジャガイモを作り出す。マクドナルドのポテトの原料となるこのジャガイモはワシントン州、オレゴン州で環境に配慮しながら大切に育てられ、選び抜かれた品種である。そして、オーストラリア産の無添加100%ビーフを作り出し、包丁で薄くスライスした。 ハッピーセットは例外として、士郎が作り出せる物は原材料に限られる。これは彼の力の源から零れ落ちた能力であり、料理そのものを作り出すことはできないのだ。

 これは、ドナルド・マクドナルドの『料理には愛情が必要だ!』というモットーに起因している。

 自分で作ることで、食べてもらう人に愛情を注ぐのだ。塩で軽く味付けをして、薄くスライスし、少しだけ火で焼いたビーフとスライスしたジャガイモをトッピングし、ドナルド特製のモーニング・メニューが完成した。

 

第二話『ドナルド・マジック』

 

「私……、朝食は取らない主義なのよ」

 

 士郎の存在に驚くあまり、寝起きだというのに凜は目がバッチリと覚めていたけれど、朝食を食べられるコンディションではなかった。

 だが、士郎は、

 

「駄目だよ、朝マック……、じゃなかった! 朝ご飯を食べないと健康に悪いんだ。ドナルドは凜ちゃんのために一生懸命作ったよ。それにさっき、お腹を鳴らしたのを、ドナルドは知ってるよ!」

 

 と言った。

 渋々、凜は士郎の作ったパスタをミネラルウォーターと一緒に食べる。そして、気が付いた。

 

「ねぇ、肉やジャガイモなんて冷蔵庫にあったかしら?」

 

 学校の時間までのんびりしていようと思っていた凜は、ドナルドがキッチンに入って何をしているかまでは分かっていなかったのだ。

 

「これはね、ドナルドの力の一つの応用なのさ」

 

 士郎は得意気に言った。

 凜は「どういうこと?」と聞いた。

 

「ドナルドも英霊になって初めて知ったんだけど、僕にも元々魔術回路はあったみたいなんだ。でも、ドナルドは魔術に興味がなくてね。生前は使ったことがなかったんだ。みんなのおかげで英霊になった時にその力が解放されたのさ」

 

 凜は唖然としながら聞いた。

 目の前の道化師は魔術も使わずに英雄になったと言っているのだ。その上、英霊になって目覚めたということは、生前にも使えた可能性があるのだ。

 こんな、ジャガイモやビーフを何処からともなく取り出したり、人を夢に誘う魔術を簡単に使えるのはどういうことなのか、凜は真剣な表情で聞いた。

 すると、士郎はアッサリととんでもないことを言った。

 

「ドナルドの力はね、固有結界って言うらしいんだ」

 

 その言葉に、凜は「なんですって!?」と叫んだ。

 机の向かい側で座っていた士郎は、そのせいで後ろに椅子ごと転んでしまった。

 

「あら~!」

 

 そして、ぶつけた頭を摩りながら立ち上がった。

 

「どうしたんだい?」

 

 士郎は困惑しながら聞いた。

 すると、凜はとんでもない大音響で叫びだした。

 

「どうしたんだい? じゃないわよ!! 固有結界って、あんた何なのよ!! なにかしら? 元からあったって、それってつまり、衛宮君は魔術の素質があって、それも固有結界が使えるくらい凄腕だったってことなの!? 答えなさいよぉ!!」

 

 士郎はあまりの大音響に耳を塞いでいたが、それでも聞こえてきたので答えた。

 

「ドナルドは……、見せたと思うけど魔術には興味が無かったのさ。世界の平和のためにはいらなかったからね」

 

 その言葉に、凜は力無く崩れ落ちた。

 

「ま、魔術の最大奥義が使えるくせに……、いらないって……」

 

 ガックリと肩を落としてしまった凜に、ドナルドは心配気に話しかけた。

 

「ごめんね。凜ちゃんは魔術師だもんね、いらないなんて言ってごめんね」

 

 その言葉は、凜が落ち込んだ理由が魔術をいらないと言ったからだと思ったのだと凜は理解した。

 そして、ドッと疲れながら「いいわ」と答えた。

 

「そうよね。貴方は世界の平和のためにがんばった。それを私は否定できない。貴方のやったことは、間違いなく素晴らしいものよ。ごめんなさいね。つい、貴方が持ってる力が羨ましくなっちゃったのよ」

 

 その言葉に、士郎は優しく笑いかけた。

 

「ドナルドの力は凜ちゃんのものだよ? ドナルドは、本当は聖杯戦争なんて危ないものに、凜ちゃんには参加してほしくないんだ」

 

 その言葉に、凜が反論しようとしたが、士郎が「でもね……」と続けたので黙った。

 

「君には君の目的がある。人の思いを捻じ曲げてまで正そうとしても、それじゃあ意味がない。だからね、ドナルドは決めたんだ」

「何を?」

 

 士郎の言葉に、凜はキョトンとしながら聞いた。

 

「ドナルドはみんなが笑顔のままでいられるように頑張ろうと思うんだ。ドナルドは知ってるよ? 凜ちゃんが優秀な魔術師だって! それに、凜ちゃんなら僕の居た世界での悲劇は起こらないと思うんだ」

 

 凜は、その言葉に、士郎が教えた、冬木市の消滅を思い出した。

 

「だからね、一緒にがんばろう? 大丈夫! ドナルドと凜ちゃんなら、みんなが笑顔のままでこの戦争を終わらせられる」

 

 だが、士郎の言葉に凜は首を横に振った。

 

「貴方一人ならできるかもしれないわ。それだけの力があるもの……。でも、私には目的がある。その為には敵を殺さなきゃいけない。それじゃあ、皆を笑顔になんてできっこないわよ」

 

 だが、凜の言葉にも士郎は笑顔を崩さなかった。

 

「できるよ」

「え?」

 

 当然の様に口にした士郎の言葉に、凜は士郎を見た。

 そこには、誰にも真似できないほどに綺麗な、0円スマイルがあった。

 

「きっとできる。ドナルドは知ってるよ。凜ちゃんは優しい子だって! だから、凜ちゃんが頑張れば、きっとうまくいく。ドナルドも手伝うから。一緒に、みんなが笑顔のままで聖杯を勝ち取ろうよ」

 

 その言葉はとんでもなく傲慢だったが、どこまでも確信に満ちていた。

 必ずできる。そう、信じさせるほどに。

 

「……なんだか、私も貴方の信者になりそうだわ。そうね、やる前に諦めるなんて私らしくないわ!! いいじゃない、みんなが笑顔のままで目的を勝ち取る? それっくらいハンデがないと、私と貴方には簡単すぎるわよね!」

 

 そう、凜は素晴らしい0円スマイルを浮べて言った。

 

「こんな戦争如き、私にとってはスタート地点でしかないわ!! 相手を倒せばいいんだから、殺す必要は無い!! 殺さずに聖杯を手に入れるなんて、ハードルが高くなって、私には丁度いいわ!」

 

 その顔はどこまでも輝いていた。そう、その気高い魂こそが遠坂凛。

 そして、凜は士郎に聞いた。

 

「力を貸してくれるわよね? 私のサーヴァントさん」

 

 その言葉に、士郎も最高の0円スマイルで答えた。

 

「もちろんさー! ドナルドと凜ちゃんが揃えば怖いものなんて、何もないよ」

 

 その言葉に、凜は「当然!!」と力強く答えた。

 そして、時計が学校に行くべき時間を指した。

 

「それじゃあ、まずは学校に行くわよ! 文句は無いわよね? 私は聖杯戦争に参加しても生活を変えるつもりはないんだから」

 

 凜は言った。そして、士郎は「もちろんさー」と答えた。

 

「それでこそ凜ちゃんだよ。大丈夫! 何があっても凜ちゃんには僕がついてるんだからね」

 

 その言葉に、凜はニヤリと笑い返した。

 

「ええ、期待してるわよ。……っと、その前にあなたの格好をなんとかしないといけないわね。そのメイクじゃ外に出ても目立つし……」

 

 凜が言うと、士郎は「大丈夫♪」と言った。

 

「凜ちゃんが魔力をカットしてくれればいいのさ。やってごらん」

 

 士郎に言われて、サーヴァントは霊体化ができることを今更に思い出した。

 

「そっか、霊体化すればいいんだ。じゃあいくわよ」

 

 そう言うと、凜は意図的に士郎へ流れる魔力の流れをカットした。

 すると、士郎の姿は消えた。そして、それを確認すると凜は再び魔力を通した。

 

「ちなみに、ドナルドの方でもカットできるからね」

 

 凜はその言葉に満足すると、改めて学校に向った。

 霊体になった士郎もそれに続く。

 

『本当は、サーヴァントにこの街を案内するつもりだったんだけどねぇ』

 

 念話を使って、凜は士郎とお喋りをしていた。

 他人とこんなに話した経験はあまりない。

 

 ――――どんな時でも余裕を持って優雅たれ。

 

 それが遠坂家の家訓だった。

 それを守り、つねに学校では才色兼備の優等生として、他人とは一定の距離を守っていた。それは、魔術師である立場からもそうしなければいけなかった。

 だから、そういうものとは関係無しにお喋りをすることが思いの外楽しく凜は嬉しくなった。表面上は無表情でありながら、心の中で士郎と心行くまで会話を楽しんでいた。

 

『貴方には必要ないわね? なにせ、ここは貴方の街でもあるんだから』

 

 凜の言葉に、士郎は『そうだね』と答えた。

 

『でも、ドナルドは凄く懐かしいんだ。この街は、ドナルドが大切な人に、ドナルドになったことを報せようとした時には無くなってしまったからね』

 

 その言葉に、凜は優しい声をかけた。

 

『貴方のしてきたことは、みんなが褒めてくれる素晴らしいことよ? それはマスターである私が保証してあげる』

 

 その言葉に、士郎は嬉しそうに言った。

 

『ありがとう。うれしいな! ドナルドは君のことが大好きだよ!!』

 

 そう言った。

 凜はあまりのことに転びそうになってしまった。

 

『だ、大丈夫かい!?』

 

 士郎が心配そうに聞くと、凜はなんとか無表情を保ちつつ、心の中で爆発した。

 

『あんたのせいでしょ!! いきなり何言い出してんのよ!!』

 

 その言葉に、士郎は当然の様に言った。

 

『ドナルドは嘘をつかないよ』

 

 その言葉に、凛の頬が熱を帯びる。そして、『もう、あんたは黙ってなさい!!』と心の中で叫んで歩く速度を速めた。

 そして、凜は登校時間である筈なのに人通りがやけに少ないと感じて、ハッとした。

 昨日、時計が狂っていたのだ。それも全ての時計が。

 そのせいで、昨日も早くに来すぎたのを忘れていた。その上、昨日の召喚も士郎が陣の中に現れなかった理由が分かった。時間を間違えたのだ。

 そのことに気が付くと、凜は頭を抱えた。

 

『ど、どうしたんだい!?』

 

 士郎が心配そうに聞くと、凜は『なんでもない……』と言って歩き出した。

 少しだけ、自分の『うっかり』に欝になった。そして、学校に着くと、凜は絶句した。

 

「何よ……、これ」

 

 学校には、恐ろしい結界が張ってあったのだ。

 

『なんだか嫌な感じだね。ドナルドにもわかるよ……。これは……』

 

 その言葉に、凜は頷いた。

 

『ええ、この結界……、人を溶解して養分にするためのモノだわ……』

 

 忌々しげに結界を睨みながら、凜は念話で言った。

 

『大丈夫だよ』

 

 士郎は言った。

 

『凜ちゃん、どこか人の居ない場所に連れて行ってくれるかい?』

 

 士郎がそう言うと、凜は首を傾げた。

 

『別にいいわよ。時間もまだ早すぎるくらいだし……。でも、これを何とかできるの?』

 

 凜にはこの結界が並みの物ではないことが直ぐに分かった。明らかに魔術の域を超えている。五つの魔法に匹敵する奇跡だ。これをどうにかできるとは到底思えない。

 だが、士郎は一言だけ言った。

 

『まかせて』

 

 と言ったのだ。

 それで凜の心は決まった。凜は霊体の士郎を引き連れて、校舎の裏の林の中に入って行った。

 それまで、誰にも見つからなかったのは幸運だった。そこで実体に戻った士郎は両手を天に掲げた。

 

「ドナルド・マジック!!」

 

 それと同時に、なんと学校を覆っていた結界が消え去ったのだ。

 

「うそ!? 本当にどうにかしちゃったの!?」

 

 凜は信じられないといった目で士郎を見た。

 

「これが、ドナルドの力の一つさ。ドナルドの綺麗にする能力だよ」

「綺麗にする能力?」

 

 凜には意味が分からなかった。

 綺麗にすることと、結界を消すことがどう関係すると言うのか。

 

「簡単に言うとね、この結界自体はドナルドにも消せないんだ。でもね、結界の起点は魔法陣だから、ドナルドはどんな汚れも綺麗にできるんだよ」

「え? え? え? 意味が分からないのは私の理解力が無いせいなの!?」

 

 凜は分けが分からないと言う表情だった。

 

「魔法陣はどうやら魔力と血を使ったみたいだね。でもね、何で描いてあったとしても、落書きを消すなんてドナルドには朝マック前なのさ!」

 

 その説明に、凜は頭が痛くなった。

 つまり、士郎は魔法陣と言う落書きを消したと言っているのだ。

 

 ――出鱈目じゃない……。

 

 凜は疲れ果ててそのまま校舎に戻ろうとした。

 だが、その時に凜に向けて一本の鎖が飛んでくるのを、凜は気付けずにいた――――。



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第三話『誓い』

 木陰から飛び出した銀光が凛に迫る。

 

「んー。危ないなぁ! 女の子がこんな物を投げるなんて、ドナルドは感心しないよ」

 

 士郎は鎖の付いた釘を掴み取ると、森のほうヘ爽やかな0円スマイルを浮べながら言った。

 その言葉で、凛も遅れて気がつく。この攻撃は間違いなく自分を殺そうとしたものであり、それを士郎が防いだのだと。そして、凜は士郎に倣って森の中を睨み付けた。

 

「サーヴァント!? こんな朝っぱらから仕掛けてくるなんて!!」

 

 魔術は隠匿する物だ。そんな常識を知らないとでも言うつもりだろうか。凜は攻撃してきたサーヴァントと、そのマスターに苛立ちを覚えた。

 視線の先には紫の長く美しい髪を地面まで垂らし、背徳的な眼帯とボンテージ服に身を包んだ女が立っていた。

 凜は理解する。目の前の存在が自分達とは決定的に違う存在であると。士郎と同じく、超常の存在であると。だが、士郎はあろう事か彼女から眼を離し、凜に0円スマイルを向けた。

 

「駄目だよ凜ちゃん。そんなにムッツリしてると、可愛い顔が台無しになっちゃうよ?」

 

 そんな言葉を発したのだ。凜が唖然として固まると、士郎の背後から女性が再び鎖付きの釘を投げ放った。

 だが、士郎は視線を向ける事もなく、持っていた釘剣を後ろ手に投げ、見事に彼女の放った釘剣を弾いてしまった。

 

「な!?」

 

 女性が驚愕する声が聞こえる。

 だが、士郎は頓着する事無く、凜に0円スマイルを見せるのだった。

 

「ほら、凜ちゃんも一緒にやってみようよ。スマイル♪」

 

 その言葉に、凜は「それどころじゃないでしょ!!」と叫んだが、士郎は譲らなかった。

 

「眉間に皺を寄せてると幸せが逃げちゃうんだ。そうだ!」

 

 手を叩くと、釘剣を構えながら凜と士郎を睨み付ける女性に士郎は突然声を掛けた。

 

「君も一緒にやってみようよ。いくよ! ランランルー!」

 

 腕をクロスさせ肩を叩き、両手をパンッと鳴らして、最後に両手を上げる。

 その、見事に洗練された動きにつられ、凜と女性は何時の間にか、ついやっちゃっていた。

 

「「ランランルー!」」

 

 そして、愕然とした。

 

「は!? 私は何を……」

 

 女性は動揺しながら、それでもどういうわけか、体の奥深くが奇妙な温かさに包まれるのを感じた。

 

「あれ!? 私まで……」

 

 どうしてか抗えないソレに、凜は戸惑っていた。

 そして、女性は士郎を睨み付ける。

 

「答えなさい! 私の結界をどうやって外したのですか! それに、今私に何をしたのです!!」

 

 女性は恐怖を感じていた。得たいが知れなすぎる。

 道化師の英霊など聞いた事がない。その上にあの宝具である結界を消した力。

 本能が警鐘を鳴らす。目の前の存在は危険すぎると。

 だが、士郎はアッサリと答えを明かした。

 

「結界を消したのは僕の本当の力から零れた力の一つ、綺麗にする能力だよ。君が頑張って作った物を消しちゃったのはごめんね。でもね、誰かを悲しませてしまったら、それ以上に、君が悲しくなっちゃうんだ」

 

 そして、士郎は突如女性の背後に立つと、抱き締めた。

 そして言った。

 

「ドナルドはきみのことも知ってるよ! おどろいた?」

 

 耳元で警戒させないように優しく語り掛けると、女性は動かなくなった。

 女性は、士郎の話を聞こうと思ってくれたのだと、士郎は思った。だが実際は、あまりの恐怖に全身が麻痺したのだ。例え英霊であっても、突然後ろに現れて抱き締められた上に、自分の事を知ってるなどと囁かれれば恐怖も感じてしまうと言うものだ。

 一方の士郎は、安心させるつもりでアメリカで培った包容力を見せる事と、ちゃんと君の事を知っているんだよ? と優しく語りかけた事で、女性が安心して話を聞こうとしてくれたのだと思った。

 だが、女性は掠れた声で言った。

 

「ど、どうやって…私の後ろを?」

 

 その言葉に、士郎は「ランランルー」と言って口を開いた。

 

「それはね、ドナルドの力の源の5つの能力の一つなんだ。笑顔の為に参上する能力。ドナルドは一度会った人の元に一瞬で行く事ができるんだ」

 

 その言葉に、凜と女性は絶句した。

 

「ね、ねえ……」

 

 凜は恐る恐る聞いた。

 

「どうしたんだい? 凜ちゃん」

 

 士郎は最高の0円スマイルを凜に向けた。

 

「五つの能力にも突っ込みたいけど……。貴方のそれってつまり……、空間転移?」

 

 魔術師としての根本が崩れ去るギリギリだった凜は否定の言葉を願った。

 だが、現実は想像以上に残酷だった。

 

「んー。僕が願えばどんな所に居ても、一度会った事のある人の元には行けるみたいなんだ」

 

 そして、士郎は「ただね」と話を続けた。

 この時点で願いが崩れ去ったのは、凜も女性も同じだったが、それ以上の恐怖が二人を襲う。

 

「ドナルドのもう一つの能力の知ってる能力で、相手の事を知らなくちゃいけないんだ」

 

 その言葉に、凜と女性は困惑しながら首を傾げた。

 意味が分からないと言う表情だ。

 

「あ、あの……」

 

 そして、女性が勇敢にも士郎に聞いた。

 

「わ、私が愚かなのでしょうか? い、意味がよく……」

 

 女性の言葉にも気分を害した様子もなく、士郎は0円スマイルを返した。

 

「つまりね、僕の『知ってる能力』は相手の事を全部知ることが出来るのさ。そしてね、その能力を使った相手が何処に居てもドナルドはみーんな、お見通しなのさ」

 

 その言葉に、女性は顔を青褪めた。凜も絶句している。

 そして、女性は震える声で聞いた。

 

「で、では……、私の事も?」

 

 すると、士郎は満面の0円スマイルを見せた。

 

「もちろんさー! メドゥーサちゃんはライダーなんだよね?」

 

 その言葉に、メドゥーサは足が震えた。

 勝てない……、と。

 相手のことを知る能力? そんな物は反則じゃないか。それに、その能力を使ったら、何処に逃げても無駄? 悪い冗談としか思えない。

 その上に、人が時間を掛けて作った結界を一瞬で解いてしまった。なんと言う理不尽。

 そして、メドゥーサは聞いた。

 

「貴方は……、何者ですか?」

 

 期待はしていない。サーヴァントが自分から名乗るなどありえない。

 だが、聞かずにはいられなかった。すると、士郎はニッコリと笑いかけた。

 そして……、

 

「ランランルー! 僕の事を知りたいって思ってくれるなんて嬉しいな。僕はドナルド。ドナルド・マクドナルドだよ。よろしくね?」

 

 その言葉に、メドゥーサは驚愕すると同時に悟った。

 自分は、決して勝てないと。

 

「殺しなさい……」

 

 そして言った。敗者に待ち受けるものは死のみ。

 自分は負けたのだ。何処に逃げても無駄なのだ。それならば、せめてマスターの事だけは知られないように、ここで殺されよう。そう考えた。

 だが、士郎は両手を広げた。

 

『Happy Meal』

 

 その瞬間、士郎の手には袋に入ったハッピーセットが出現した。

 もちろん、玩具のドナルドフィギュアも同梱済みだ。

 

「これは?」

 

 メドゥーサが顔を上げると、士郎は優しい0円スマイルを浮べた。

 

「ドナルドは知ってるよ。君がどんなにがんばっているのか。君がどうして戦っているのか。ドナルドも凜ちゃんも、この戦いはみんなが笑顔のままで終われるように戦うって決めたのさ。大丈夫、君が誰かを悲しませる事をしてしまいそうになったら、止めに行ってあげる。マスターを守ってあげてね」

 

 それだけ言うと、士郎は凜の元に戻って行った。

 凜は何も言わなかった。普通ならば殺さない事に怒りを感じた筈だ。だが、士郎に対してはそんな怒りを感じない。

 殺さないで生かす。それをしていいだけの力があるからだ。凜は高らかに言った。

 

「挑むなら何度でも来るといいわ! でも、この街は私の街よ。こんな戦争の為に荒らそうなんてしたら、その時は止めさせてもらうわ」

 

 その顔は、勝者の笑みであり、最高の0円スマイルだった。

 そして、凜は霊体になったドナルドと共に校舎に戻っていく。丁度チャイムが鳴る寸前だった。

 残されたメドゥーサは「礼は言いません。再び、貴方達とは見える事になるでしょうから……」そう呟いて、去って行った。士郎の出したハッピーセットを片手に持ちながら。

 彼女の真のマスターは、実はマックが大好きなのだ。メドゥーサはようやく思い出した。彼女が時折買ってくる紙袋のデザインの中に、彼が居る事を。

 どうして、そんな者がサーヴァントなのかはわからない。だが、彼女は迷う事など出来ない。真のマスターの為に。

 

第三話『誓い』

 

 ドナルドは悲しかった。

 顔には出さない。悲しい顔をすると、凜を不安にさせてしまうとわかるから

 メドゥーサの戦う理由も、過去も、全てが分かってしまうが故に、士郎は誓った。

 彼女達、そして、彼らの事も笑顔にしてあげよう。それがドナルドとしての、そして……、かつての親友としての使命だ。

 そう、心に誓ったのだった。



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第四話『臨戦』

 校舎に戻ると、凛はまだ誰もいない教室から窓の外を眺めた。登校してくる生徒達の顔を確認していると、徐々に教室が賑わい始め、やがて校門が閉ざされた。

 

『本当にドナルドのオーディションを受けに行ったみたいね……』

 

 少なくとも、衛宮士郎は登校して来ていない。

 

『この世界の僕には、ドナルドになった事をみんなに伝えに来れるようにしてあげたいな』

 

 士郎の言葉に凜は『その為にも』と心の中で語り掛けた。

 

『私と貴方で必ず勝利しましょうね?』

 

 その言葉に、士郎は嬉しそうに返した。

 

『もちろんさー!』

 

 士郎のお決まりの口癖に凜は心の中で苦笑し、授業に望んだ。

 

第四話『臨戦』

 

 授業が終わり、空が暗くなり始めた頃、彼女は優等生の皮を脱ぎ捨て、魔術師としての遠坂凛にスイッチした。新都に繋がる橋の近くの公園に、凜と士郎は立っている。

 

「綺礼が私に言った事が本当なら、最初にアーチャー、次にランサー、そしてライダーとアサシンがほぼ同時期に召還されたらしいわ」

 

 綺礼は凛の兄弟子にあたる男の名だ。新都の丘の上に建っている教会の神父でもあり、この聖杯戦争の監督役も兼任している。士郎を召喚する数時間前、凛はマクドナルドからこっそり出て来たところを綺礼に捕捉されてしまった。

 

 ――――太るぞ。

 

 マクドナルドの袋を見た第一声に凛は右フックを炸裂させようとしたが、綺礼は巧みに避けてみせた。彼は魔術師としてだけでなく、中国拳法の兄弟子でもあるのだ。

 その後、綺礼はさんざん凛をからかった後、聖杯戦争のサーヴァントが出揃い始めている事を凛に語った。まさか、サーヴァントが召喚された順番まで教えてくれるとは思わず、凛が渋々ながら礼を言うと、彼は「さっさと召喚する事だな」と言った。

 

 ――――遠坂の魔術師がバーガーにうつつを抜かし、聖杯戦争に参加し損ねたなどと……、とても君の御父君には聞かせられないからな。

 

 綺礼は天才だ。相手を怒らせる事に関して、彼の右に出るものはいない。その言い方、顔、口調、すべてが凛を苛つかせた。

 アレがなければ、もう少し冷静に召喚に臨めたと思う。少なくとも、バーガーの包み紙を召喚陣の傍に放り投げる事はしなかった筈だ。

 そう、凛が内心で綺礼に対してグチグチ文句を言っていると、士郎は「んー!」と唸った。

 

「という事は、残るはセイバーとバーサーカーになるね」

 

 その言葉に、凜は頷いた。

 

「とにかく、散策しながら敵を誘き寄せましょう。頼りにしてるんだからね?」

 

 凜の言葉に、士郎は至高の0円スマイルで答えた。

 

「ランランルー! 任せてよ凛ちゃん。ドナルドはみんなの笑顔が大好きなんだ! 一緒に頑張ろうね!」

 

 その言葉に、凜は満足気に頷いた。

 

「さぁ、行くわよ!」

 

 気合を入れ、凜は新都に向って歩き出した。霊体になった士郎と共に、街の全体を見渡せる場所を探す。目立つ場所に居れば、敵を誘き寄せられるのではないかと考えたからだ。

 新都の中心街に入ると、その瞬間に、士郎と凜は異変に気が付いた。

 

「これは!?」

 

 凜はすぐに魔術回路を起動した。

 

「人が……、結界だね」

 

 士郎の言葉に、凜は小さく頷いた。

 そして、凜が油断無く周囲を警戒していると、突如凄まじい殺気が凜と士郎に襲い掛かった。

 

「!?」

 

 一瞬早く、士郎は凜を抱えて跳んだ。

 

「サーヴァント!?」

 

 凜と士郎が居た場所に、凄まじい土煙が舞い上がっている。そこには、銀の鎧と青き衣に身を包んだ少女が立っていた。

 

「まさか……、セイバー!?」

 

 その圧倒的な存在感に、凛は直感した。これが聖杯戦争における最強カード。凛が望んでいた最優のサーヴァント、セイバー。

 

「あれ? おかしいな……、彼女の事が分からない……」

 

 士郎が困惑している。士郎の持つ力の一つが不発に終わった事を悟った凛は舌を打つ。

 

「おそらく、相当な対魔力ね。あなたの能力は強力だけど、あくまでも魔術の範疇。具体的な事は分からないけれど、おそらくは解析魔術の一種。ライダーにも、正体がメドゥーサである以上は対魔力がある筈だけど効いた。……けど、そこまでが限界のようね」

 

 士郎の動揺がラインを通じて伝わってくる。無理もない事だと凛は思った。

 そもそも、士郎は戦士ではなく、バーガーショップのマスコットだ。ダンスと演技と心意気だけで世界を救った異色の英霊。あの夢の世界で見た限り、些細な喧嘩すらほとんど経験していない。

 ライダーに対して優位に立ち回れたのは、英霊となった後に彼に付与された強力なドナルドの能力が機能したおかげだ。

 

「……大丈夫」

 

 思い出せ。凛は自分に言い聞かせた。

 

 ――――これはわたしの聖杯戦争だ。

 

 知らない内に、士郎に頼り切っていた事を自覚する。そんな自分を叱咤して、士郎を安心させる為に口を開く。

 

 ――――そうだ。わたしは彼のマスターだ。

 

「大丈夫よ、ドナルド。わたし達は負けない! そうでしょ!」

 

 力強い鼓舞の言葉に、士郎は目を見開いた。己が不安に駆られていた事を遅れて自覚し、同時に凛の輝かしい0円スマイルが力を与えてくれている事に気がついた。

 士郎は凛に負けない0円スマイルを浮かべる。

 

「もちろんさー!」

 

 いつもの言葉で、いつもの自分を取り戻す。究極の修羅場は生前にも潜り抜けてきた。

 いろいろな国で、いろいろな人々と出会い、危ない目にだってあってきた。それでも、諦めた事は一度もない。立ち止まった事もない。笑顔を絶やした事も滅多にない。なぜなら――――、

 

 ――――そうだ。僕は……、僕がドナルドだ!

 

 士郎はセイバーに0円スマイルを向ける。

 

「――――こんにちは、ドナルドです!」

 

 正々堂々とした自己紹介。対するセイバーは敵意と共に踏み込んでくる。何かを握っているように見えるが、何を握っているのか分からない。

 不可視の得物。接触まで一秒もない。その刹那に、士郎は決断を下した。

 

「相手の事を知る第一歩はあいさつ! そして――――、」

 

 瞬きの間に凛の目の前へ移動した士郎。対魔力のあるセイバーには使えなくても、凛に対しては能力を遺憾なく発揮する事が出来る。

 

「お話しようよ! 君はいつも何時におきるの? 君はサッカーやるのかな? 君はどんな絵を描くのかな? 君はどんな事が好きなのかな? ドナルドに教えてよ!」

 

 両手を広げる士郎。同時に響き渡る不思議な声。

 

『Happy Meal』

 

 その声と共に、無数の巨大ポテトが天を覆いつくした。数えるのも馬鹿らしくなる程のフライドポテトの豪雨。一本一本が丸太のように太く長い。その身からは食欲をそそる香ばしい香りがこれでもかという程放たれている。

 

「ポ、ポテト?」

 

 凜は顔を引き攣らせながら天を覆うポテトの大群から後退った。

 士郎が念話で『さがってて』と言ったのだ。

 

「行くよ!」

 

 その掛け声と共に、無数のポテトが弾丸のように打ち出される。

 セイバーは不可視の得物でポテトの軍勢を切り捨てていくが、その度に交差する芳醇な香りに胃袋を刺激される。微かなポテトの粒子が口に触れると、その塩味に、その触感に、その旨味に! もっと食べたいという欲求を刺激される。

 逃れる事は出来ない。なぜなら、既に地面には無数のポテトが突き刺さっている。フライドポテトフィールドから放たれる香ばしい匂いに包み込まれ、セイバーの視線が揺れる。

  

「――――ック!」

 

 苦しげなセイバーの声に、士郎は0円スマイルを向ける。

 

「食べてもいいんだよ」

「だ、黙れ!」

 

 そして、気がつく。いつの間にか、士郎と凛は地上ではなく浮遊するポテトの上にいた。

 

「……ポテトに乗る日が来るなんて思わなかったわ」

 

 そう言って、凛はドナルドが彼女の為に出した普通のサイズのポテトを齧っていた。

 

「それにしても、美味しいわね」

「――――ック!」

 

 忌々しげにポテトを食べる凛を睨みつけるセイバー。

 

「……ほーら、美味しいわよ」

 

 セイバーの反応が思いの外楽しく、凛は少し調子に乗った。これ見よがしに食べる凛に、セイバーは殺意を増幅させた。

 

「風よ……」

 

 吹き荒れる烈風によって地面に突き刺さっていたポテトが舞い上がる。そして、ポテトと烈風の合間に黄金の光が姿を現す。

 士郎と凜は見た。あまりにも美しい、黄金に輝く聖剣の顕現を。

 人々の理想の結晶。彼の王が、死の間際まで共に駆け抜けた神造兵器。

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)――――。

 

「……アーサー王」

 

 その剣を握る騎士など、一人しかいない。世界で最も有名な騎士物語。その主軸を担う王の中の王、アーサー・ペンドラゴン。

 セイバーはエクスカリバーに膨大な魔力を注ぎ込んでいく。吹き荒れる魔力の奔流に、凜は堪らずに叫んだ。

 

「ドナルド!!」

 

 その叫びに、士郎は凜に向かって、最高の0円スマイルを送った。

 凜は不思議な気持ちだった。あまりにも巨大な死の具現の如き力を前にしても、士郎の0円スマイルは素晴らしい安心感を与えてくれるのだ。

 

約束された(エクス)――――」

 

 セイバーはエクスカリバーを振り上げた。その勢いだけで、大地は蹂躙されていく。

 コンクリートは罅割れて行き、街路樹は破裂していく。

 対して、士郎はセイバーがエクスカリバーを放つ寸前に、『綺麗にする能力』『ハッピーセットを生み出す能力』『笑顔の為に直ぐに駆けつける能力』『CMで使うドナルド・マジックを使う能力』それらに続く最後の能力を発動した。

 士郎の能力は、彼が生前に掲げていたモットーであり、彼の死後に信者達が作り上げた聖典の一番初めに書かれているモノでもある。

 

 1、 マクドナルドは清潔に!

 2、 ドナルドは愛情の具現であるハッピーセット以外は自分の手で作る!

 3、 笑顔の為ならばどこにでも行く!

 4、 ドナルドはみんなの笑顔の為ならどんなパフォーマンスもこなしてみせる!

 5、 ドナルドはみんなと一緒に笑顔でいたい!

 

 そう、士郎の最後の能力はみんなと笑顔でいる力。

 ドナルドは両腕をクロスさせた。そして――――、

 

「ランランルー!」

 

 両手を叩き、それを天に掲げた。

 ドナルドは齢50を過ぎ、ドナルドを引退後もダンスとランランルーを毎日欠かさなかった。

 そして、70歳になると、いつしかランランルーを全力でやった時、士郎は……、時を置き去りにするようになった。

 それは、セイバーと凜には瞬きの合間ですらなかった。

 まさしく一瞬。

 その一瞬で、ドナルドは「ランランルー」をしたのだ。そして、凜とセイバーの体は、拒絶する事の出来ない誘惑に駆られた。ドナルドのランランルーはみんなの笑顔と共に育った力である。それは、魔術の力も持っていなかった頃から、人々を魅了して止まない動きだった。信仰の力によって更なる力を得た彼の力は、笑顔を作る回数が少ない者ほど抵抗出来なくなると言う概念を得た。

 凜は魔術師として、遠坂として、心からの笑顔を作ることは少なかった。そして、セイバーも、王の責務の為に生前は心から笑う事など殆ど無かったのだ。

 故に抗えない。他の能力に対しては抵抗する事が出来ても、この「ランランルー」だけは彼女の対魔力すら乗り越えてくる。その魅了は、エクスカリバーの発動すらも放棄させ、魔力は凄まじい波動となって霧散していく。

 そして――――、凜とアルトリアはついやってしまった。

 

「「ランランルー!!」」

 

 それと同時に、アルトリアは心に何故か暖かい物が流れ込んでくるのを感じたが、すぐに士郎を睨み付けた。

 凜は、顔を赤らめながらも、恥かしがっている場合ではないと気を引き締めた。士郎に戦わせるだけではいけない。もし、アルトリアが士郎を攻撃するならば、少しでも士郎が戦いやすい様にフォローするのがマスターの役目なのだから。

 だが、アルトリアは剣を消して、凄まじい速度で去って行った。

 静まり返り、香ばしいポテトの香りだけが漂う戦場にポテトから降り立ち、凛は士郎に言った。

 

「お疲れ様。セイバー、行っちゃったわね」

「うん。お話がしたかったんだけど、それは今度だね」

 

 ドナルドはポテトだらけの戦場に手を向ける。

 

「ドナルド・マジック!」

 

 その瞬間、潰れたポテトに覆われていた中心街は綺麗になった。

 セイバーのエクスカリバーの魔力分散によって崩壊した周囲も、全てが修復されていた。

 

「貴方のドナルド・マジックって、こんな事も出来るのね……」

 

 呆れた様に言う凜に、士郎は「もちろんさー」と言った。

 

「ドナルドは綺麗好きなんだ」

 

 その言葉に、凜はクスクス笑った。

 

「……とりあえず、今日は帰りましょう」

「うん」



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第五話『発動』

第五話『発動』

 

『――――ねぇ、貴方の力は固有結界だって言ってたわよね?』

 

 翌日の学校での授業中、凜が念話で士郎に語り掛けた。

 

『そうだよ。ドナルドの力は全てそこから零れ落ちたものなのさ!』

『ねぇ、貴方の力は凄いと思うわ。でも、固有結界自体を発動するとどうなるのかが想像もつかないのよ』

 

 ライダーの結界すら無効化し、破損した物体を修復する『綺麗にする能力』。芋や肉といった有機物を生み出す『ハッピーセットを生み出す能力』。最上級の対魔力が無ければ防ぐ事の出来ない情報看破能力と空間転移を可能とする『笑顔の為に直ぐに駆けつける能力』。そして、セイバーの対魔力さえ凌駕して宝具の発動をキャンセルさせた『ランランルー』。

 真面目に考察すれば、有機物を投影しているハッピーセットを生み出す能力も相当なデタラメ具合だ。ライダーの結界が魔法の域だと驚いていたが、士郎の能力も軒並み魔法の域へ達している。

 それらを総括する大魔術。その真髄を凛は想像する事すら出来ずにいる。

 

『ドナルドの固有結界は“笑顔集いしドナルドランド(I’M lovin’it.)”って言うんだ』

 

 その士郎の言葉に、凜は無表情が崩れそうになるのを必死に堪えた。

 

『その当て字……、幾らなんでも無理が無いかしら? ……って言うか、ドナルドランドって何?』

 

 頭の中に広がるサーヴァントの能力を現すイメージに、ドナルドの“笑顔集いしドナルドランド(I’M lovin’it.)”が追加された。

 ただし、中身は不明のままだ。

 

『ドナルドランドはね、ドナルドを主人公にしたゲームなのさ!』

『そ……、そうなんだ。ゲーム……。それで、どんな能力があるの?』

 

 凜が聞くと、士郎は『んー!』と唸った。

 

『ドナルドの力は信仰によるものなんだ。だけど、その信仰にも幾つかの種類がある。キリスト教における宗派の違いみたいなものかな? そして、どの信仰が具現化するかはドナルドにも分からないんだ』

 

 思わず叫び出しそうになる衝動を凛は必死に抑える。

 

『それにね。ドナルドの固有結界には発動の為にかなりの時間が必要なんだ』

 

 その言葉に、凜は僅かに眉を顰めた。

 

『教えて。それはかなり重要よ。固有結界の発動には、世界の修正みたいなリスクが当然ある。他にも、発動には呪文の詠唱などがあるし、他にも準備が必要な場合もある。戦いはきっと激化するわ。セイバーが召還されていたなら、バーサーカーも召還された可能性は高い。もう、聖杯戦争は始まったと思っていいと思うの』

 

 その言葉に、士郎は『そうだね』と答えた。

 

『ドナルドの固有結界に必要な所要時間はね……』

『所要時間は……?』

『第一開放に3分。更に第二開放には3分のドナルドエクササイズをする必要があるんだよ』

 

 凜は今度こそ、表情が崩れなかった自分を褒めたかった。

 

『な、なんなの? ドナルドエクササイズって?』

 

 額から汗が流れるのを感じながら、凜は聞いた。

 

『ドナルドは昔からダンスに夢中だったんだ。それでね、ハンバーガを食べても健康が悪くならないようにドナルドの考えたダンスをエクササイズとしてビデオ配信したんだよ』

 

 その言葉に、ついに堪えきれなくなり、凜は「気分が悪くなったので休んできます……」と教室を出る。英語の担任である藤村が心配そうに凜を見送る一方で、士郎は藤村を切なそうに見つめていた。

 結局、話を放課後に持ち越した。

 

「それで、ドナルドの固有結界に必要なのはどのくらいの魔力なの?」

 

 凜が屋上に人払いの結界を張ると聞いた。

 

「んー! ドナルドの固有結界に必要な魔力は呼び水程度だよ。だから、凜ちゃんの魔力を十分の一くらいもらっちゃうけど、それで使えるよ!」

 

 その言葉に、凜は絶句した。固有結界に必要な魔力とは到底思えなかったからだ。

 それを察した士郎は説明を始める。

 

「ドナルドの固有結界はみんなの信仰で成り立っているんだ。ドナルドのダンスと魔力でみんなの信仰の中の一種類を下ろして来て展開する。それがドナルドの固有結界なのさ! その全ての信仰の土台にドナルドの5つのモットーがあるから、ドナルドは力を使えるのさ!」

 

 その言葉に、凜は疑いの眼差しを向けた。

 そして、「なら」と口を開いた。

 

「使ってみてよ。本当に固有結界をそんなに簡単に使えるのなら!」

 

 それは、八つ当たりに近かったかもしれない。

 士郎自身の生き様は尊敬に値する。だが、まるで魔術を馬鹿にしているかのような士郎の力に、凜はつい子供の様な発作に見舞われたのだ。そして、凜の申し出を士郎は快く頷いた。

 

「もちろんさー! 凜ちゃんの頼みならドナルドは何でもするよ! じゃあ行くよ!」

 

 凜は、予想に反して簡単に了承して固有結界の準備に入る士郎に再び絶句してしまった。

 そして、すぐに止めようとした。何故なら、固有結界は諸刃の刃だからだ。

 世界は異物を嫌う。たった一人で世界を支えるなど、常識では不可能なのだ。例え、衛宮士郎が固有結界に特化した存在だとしてもだ。

 故に、凜は叫ぼうとしたが出来なかった。士郎の言葉に、凜の体が勝手に動き出してしまったのだ……。

 

「ゴー、アクティブ!」

 

 その瞬間だった。

 テンポの良い曲がどこからともなく聞こえ、ドナルドのダンスに合わせて凜は勝手に体がうごいちゃっていた。

 

「まずは準備運動! 首を前へ」

 

 その指示通りに凜は「前へ」と言いながら首を前に曲げてしまった。

 心の中で自分は何をやっているんだと騒いだが、凜の顔には0円スマイルが輝いていた。それから、ドナルドエクササイズが終了するまで、凜は終始笑顔で踊らされてしまった。その上、何故か心はポカポカと温かくなっている。

 そして、準備が終了した直後だった。突如、金網から声が聞こえた。

 

「なんだ、やめちまうのか? 面白かったんだがな。嬢ちゃん、アンタの笑顔……、良かったぜ」

 

 その声に、凜は固まってしまった。

 あまりの事に、硬くなりながら声の主の方向に首を曲げると、そこには青き鎧に身を包んだ真紅の槍を持つ超常の存在が君臨していた。

 その顔には爽快な0円スマイルが浮かんでいる。だが、その瞳には同時に獰猛な殺意も篭められていた。

 

「Es ist gros,  Es ist klein…………!!」

 

 瞬間、凜は駆け出していた。金網を跳び越えて、呪文で身体を地面に向けて加速させる。

 気付けば空は暗くなっており、生徒の姿もない。

 

「vox Gott Es Atlas――――! ドナルド、着地お願い!!」

「もちろんさー!」

 

 凜の言葉に、士郎は凜の直ぐ傍に現れる。着地した瞬間に凜は駆け出した。

 だが、風の如き速さを誇る凜の足も、神速を誇る槍の英霊の足には敵わなかった。

 

「ドナルド!!」

 

 すると、士郎は余裕の笑みを浮べながら凜を護るように立った。

 

「へっ! 中々の脚だったな。それに、手前えも中々やりそうだな? 道化師の英霊なんざ聞いた事もねえが……、只者じゃねえな。いいぜ、聞いてやる!名を名乗れ!!」

 

 ランサーは血の様な紅の魔槍を構えながら叫んだ。

 そして、ランサーの予想とは違い、士郎はアッサリと名乗った。

 

「僕はドナルド。ドナルド・マクドナルドさ! 僕は君の事も知ってるよ! 驚いた? それに、そこに居る美人さんもね」

 

 そう言って、とびっきりの0円スマイルを浮べたまま、校舎の入口の影を指差した。

 すると、その影から一人の女性が現れる。

 

「驚きましたね。完璧に気配は隠したつもりでしたが、サーヴァントにはバレてしまいますか……」

 

 現れたのは、紅のショートヘアーの麗人だった。スーツを着込み、鋭い眼光は夜闇の中だというのに輝いてすら見える。

 そして、ランサーが口を開いた。

 

「おい、貴様……。俺を知っているとほざいたな? 聞かせてもらおうじゃねえか!!」

 

 凄まじい殺気を放ちながら、ランサーが吼える。

 だが、ドナルドは余裕の0円スマイルを消すことは無かった。

 

「クー・フーリン。アイルランドの光の御子と戦えるなんて、ドナルドは感激だよ! ドナルドは知ってるよ? 君が笑顔になるのは最高の戦いをした時だって! だから、ドナルドは君の願いに全力で応えようと思うんだ!」

 

 すると、ランサーは凶悪な笑みを浮べた。凄まじい殺気が迸る。

 だが、凜は不思議なほど恐怖を感じなかった。

 それは、目の前に立つ、最高の相棒のおかげだった。そして、士郎は言う。

 

「いくよ、これがドナルドの全力全開さ!! “笑顔集いしドナルドランド(I’M lovin’it.)”!!」

 

 その瞬間、世界は塗り替えられた。

 この世に存在する魔術の中で最大の禁忌と呼ばれし力が……。



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第六話『シャイニング・ソード・ブレイカー』

第六話『シャイニング・ソード・ブレイカー』

 

 世界が塗り替えられた。虹色のオーロラの様な壁に覆われている。足元には数え切れないほどの夢と希望の具現が立ち並んでいる。

 そして、その男はその世界の王として君臨していた。凜はその男の背中を見つめ、ランサーは男と対峙している。赤髪の女性は、ランサーの後ろに立っていた。

 

「まさか……、そんな!!」

 

 そして、女性は在り得ないと首を振る。

 

「バゼット!!」

 

 その女性、バゼットにランサーは叫ぶ。

 

 ――――確りしろ!

 

 それで、バゼットの顔から焦りや不安が消え去った。世界に君臨する道化師を前に、ランサーの瞳は獰猛な殺意に満ちている。全身は研ぎ澄まされた凶器に変貌していく。その貌は、まさしく獣。

 対して、士郎は至高の0円スマイルを浮べたまま口を開く。

 

「これは、子供達の夢! ドナルドの世界の一つ……、”無限の玩具箱(アンリミテッド・ハッピーセット)“」

 

 ドナルドの言葉が響く。

 凜は、士郎の力を目の当たりにし、鳥肌が立った。あまりにも現実感の有り過ぎる勝利の確信。

 故に、凜の顔から警戒も緊張も解かれない。人の最も弱くなる瞬間は、勝利を確信した瞬間だ。

 ピンチはチャンス。チャンスはピンチ。故に、凜は最大限の警戒網を張る。

 そして、士郎がニッコリと0円スマイルをランサーに向けた。

 

「ドナルドはきみといっしょにあそびたいな! なにをしてあそぼうか? たのしみだな~!」

 

 その言葉に、ランサーはクッと獰猛な笑みを浮べた。

 

「ああ、楽しみだ!! 遊んでやるよ……。殺し合いって言う、最高の遊びをな!!」

 

 その瞬間だった。ランサーの姿は掻き消え、次の瞬間に、士郎の目の前でけたたましい金属音が鳴り響く。

 

「なに!?」

 

 ランサーが飛び退いた。

 その場所には、両手と口に刀を構えた緑髪の剣豪が立っていた。

 

「え? だれ?」

 

 凜は目を丸くした。この戦いにおいて、異質な存在がドナルドを護るように現れたのだ。

 そして、神速であり必殺の一撃を防がれたランサーは凄まじい怒りを感じた。

 だが、それ以上に困惑した。

 

「貴様……、セイバーか?」

 

 ランサーの言葉に、緑髪の男はニヤリと口を開いた。

 

「俺か? 俺はな、ロロノア・ゾロってんだ。んじゃ、とっとと、やろうぜ?」

 

 そう言った瞬間に、ゾロはランサーに襲いかかった。

 

「ちっ!」

 

 剣と槍が交差した瞬間、今度はどこからか少年の声が響き渡る。

 

「プログラム・アドバンス!!」

「ぐおおおおおお!!!!」

 

 ゾロの凄まじい攻撃回数を誇る斬撃を愛槍で防ぎながら、ランサーの視界に映ったのは、青い鎧に身を包んだ少年だった。少年は両手に光を発している。

 

「なんだと!?」

 

 ランサーの驚愕に、ゾロはニヤリと笑った。

 

「余所見してていいのかよ?」

「ちっ!」

 

 その言葉にランサーが舌打ちすると、少年の叫びが聞こえた。

 

「無限バルカン!!」

 

 その瞬間、突如ゾロの姿が消えた。

 

「な!?」

 

 そして、ランサーに無数の弾丸が雨の如く降り注ぐ。

 

「ぐおおおおおおお!!!!!」

 

 愛槍を振り回し、銃弾の雨を防ぎながら、ランサーは突然現れた少年に向かって駆け出した。

 だが……、

 

「エリアスチール!! ウッディータワー!! スロットイン!!」

 

 その叫びと共に、少年の姿は消え、ランサーの足元から突如木の杭が無数に飛び出してきた。

 

「貴様!!」

 

 それを間一髪で回避したランサーは少年の姿を追った。だが、少年の姿はどこにも無かった。

 そして、右手に車の様な玩具を持った士郎に目を留めた。

 

「貴様……、何をした!!」

 

 その言葉に、士郎はニッコリと微笑んだ。

 

「”無限の玩具箱(アンリミテッド・ハッピーセット)“は、ハッピーセットにおまけとして付いてきた、あらゆるゲームやアニメのキャラクターなんかの玩具を内包しているのさ」

 

 その言葉に、ランサーは凄まじい殺気を放ちながら吼えた。

 

「玩具だと!? 馬鹿な!! ゾロや、あの小僧が玩具だと!?」

 

 ランサーの叫びに、ドナルドは最高の0円スマイルを向けるだけだった。

 

「さぁ!! ドナルドは今、戦いに夢中なんだ! クー君も一緒に楽しく戦おうよ!」

 

 その言葉に、ランサーは「ク、クー君だぁ!?」と目を丸くしたが、その実、一切の警戒を解いては居なかった。本能が告げている、目の前の存在は間違いなく最強のサーヴァントであると……。

 

「いくよ!!」

 

 そして、突如士郎が回転を始めた。咄嗟にランサーは背後のバゼットを庇う。己の武技やバゼットに対する信頼以上に、士郎の能力があまりにも不可解過ぎる。何が起きてもおかしくなく、それ故に万全の防御を固める。

 バゼットも内心で舌を打った。己の武装は、対人の、それもサーヴァント相手ならばかなりの効果がある。だが、固有結界と言う出鱈目と、次々に現れる謎の人物達に、バゼットは動くことが出来なかった。そして、士郎は回転が最高速度に上がった瞬間、飛び上がり、右手に持っていた玩具を投擲した。

 

「いっけー! ガルダフェニックス!!」

 

 その叫びに答えるかの如く、放たれたクラッシュギアの『ガルダフェニックス』は凄まじい回転と共にランサーやバゼットの遥か左方を飛んでいった。

 その様にランサーは笑った。

 

「はっ!! 何をするかと思えば、とんだ暴投だな!!」

 

 その言葉と共に、ランサーは駆け出そうとしたが、その瞬間に見た。

 士郎が壮絶な0円スマイルを浮べるのを。そして、耳に届くのは、風を切る音だった。

 その方向に顔を向けると、なんと、ガルダフェニックスは回転し、飛翔しながら戻ってきたのだ。

 

「はっ!! そんな玩具如きで何ができ――――ッ!?」

 

 そう言おうとしたランサーの言葉が消えた。

 士郎と『ガルダフェニックス』の周囲に、凄まじい風と、金色の翼が舞っているのだ。

 

「な!?」

 

 そして、一際強力な風が吹いた瞬間、士郎は叫んだ。

 

「シャイニング!!」

 

 右手を後ろに引き、士郎は腹の底から叫んだ。

 

「ソード・ブレイカー!!」

 

 その瞬間だった、突如ランサーは悪寒が走り、背後に跳んだ。

 すると、自分の居た場所に一本の剣が刺さっていた。

 

「なっ、なんだあれは!?」

 

 その叫びに答えるかの如く、ガルダフェニックスは凄まじい速度で剣を登り、そのまま大空へ翔けて行く。

 

「上へ!?」

 

 バゼットとランサー、凜の視線は上空のガルダフェニックスに移った。

 すると、凄まじい輝きを纏った火の鳥が、士郎の拳からガルダフェニックスに憑依する。

 

「なんだあれは!?」

 

 ランサーはバゼットを抱え、迫り来るガルダフェニックスから距離を離した。

 だが、ガルダフェニックスの飛翔速度は、まるでF1の如く凄まじい速度だった。

 

「ッチ――――、迎撃する!!」

 

 そう言うと、ランサーはバゼットを降ろし、ガルダフェニックスに向け、渾身の力で愛槍を投擲した。

 ガルダフェニックスとクー・フーリンの愛槍、『ゲイ・ボルク』の激突は激しい閃光を放つ。凄まじい衝撃が走り、ガルダフェニックスとゲイ・ボルクはお互いの軌道を逸らした。

 ランサーはゲイ・ボルクを手元に戻すと、ガルダフェニックスが地面に激突した。その瞬間、凄まじい爆音が鳴り響き、凄まじい閃光が天を貫いた。

 

「くっ!? なんつう出鱈目な事してやがる!!」

 

 ランサーは忌々しげに叫ぶと、バゼットに顔を向けずに聞いた。

 

「バゼット、宝具を使わせてくれ……」

 

 その言葉にバゼットは目を見開くとすぐに頷いた。

 

「そうですね……。あの破壊力は危険です。ここで、あの道化師を潰しなさい!! ランサー!!」

 

 その言葉に、ランサーはニヤリと笑った。

 

「それでこそ!! 俺のマスターだぜ!!」

 

 ランサーが槍を構えると、その魔力の高まりに凜は寒気を覚えた。

 あれは拙いと、本能が告げている。ランサーとの距離は約200m。それ程の距離を離れながら、凜は士郎の死を直感してしまった。

 

「ドナルド!!」

 

 だが、士郎が向けてくる表情はいつもの如く彼女を安心させる為の優しい0円スマイルだった。

 

「大丈夫だよ、凜ちゃん」

 

 そして、凜の耳に届いたのは……、禁断の第二楽章だった。



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第七話『大激突!! ゲイボルグVSかめはめ波!!』

 ハッピーセットは子供達のために生まれた。

 

 ――――子供とは、未来である。

 

 子供はいつか大人になる。その時になっても、彼らにマクドナルドを愛していてもらいたい。

 その願いに貢献してきたもの、それがハッピーセットのオモチャたちだ。

 今の子供達だけではない。嘗て子供だった人達やこれから生まれてくる子供達の夢や希望が結晶化したもの。それが子供達の信仰である、無限の玩具箱(アンリミテッド・ハッピーセット)である。

 

「――――さあ、みんなで遊ぼうよ!」

 

 今年は2002年。けれど、その年号に意味はない。なぜなら、士郎は未来の英霊である。

 彼の歩んだ50年のドナルド人生の中で出会ったキャラクターやオモチャ達の中には未来のものも含まれている。

 

「こっからはオラが相手になっぞ」

「なっ――――」

 

 宝具の発動体勢に入っていたランサーが飛び退く。神速を誇る彼の目をもってしても、その男の接近に気づく事が出来なかった。

 亀の文字が刺繍された山吹色の道着。鍛え抜かれた肉体。圧倒的なまでの覇気。

 ランサーは直感する。この男の存在こそ、この出鱈目な世界における切り札だ。群雄割拠の世であった彼の生前にも、これほどの男はいなかった。

 

「よう、オラは悟空ってんだ」

「……クー・フーリン」

 

 ランサーはバゼットをさがらせた。目の前の男から発せられる力の波動は彼に幾千幾万の死を幻視させる。ここまで圧倒的な力の差を感じたのは初めての事だ。

 だからこそ、彼は滾る。ランサーがバゼットの召喚に応じた理由は一つ。血湧き肉躍る戦いの為だ。相手が強ければ強いほどに彼の心は満たされていく。

 

「いくぜ、悟空!」

「来い!」

 

 出し惜しみはしない。初手から肉体の限界さえ超えた速度で悟空に襲いかかるランサー。対して、悟空と名乗る青年は真っ向から迎え撃つ。

 槍に対して素手で挑みかかるなど愚の骨頂。それが世の常識というものだ。だが、それは一般的な人間の尺度で測った時のもの。

 

「デリャ――――ッ!」

 

 ランサーは狂笑する。如何なる目を持てば、如何なる修練を積めばそのような神業を成し遂げる事が出来るのか、ランサーの繰り出す稲妻の如き槍撃を悟空は素手で完璧に捌き切っている。

 ランサーは知らない。バゼットや凛も知らぬこと。

 彼こそが孫悟空。日本のみならず、世界中の人々から愛され続けている漫画、ドラゴンボールの主人公だ。無論、実在の人物ではない。彼もまた、ハッピーセットのおまけの玩具である。

 だが、ただの玩具と侮るなかれ。この世界はドナルドを信仰する者達の中でも最も無垢であり、最も多く、最も強大な想像力を持つ者達が作り上げたものだ。

 過去現在未来の子供達の夢や希望。オモチャで遊びながら彼らが空想した光景。それこそが、この世界の真髄である。

 孫悟空は空想の存在。架空の英雄である彼の存在はそうした子供達の幻想によって編まれている。一人や二人ではない。その数は数千、数万、数億すら超える。現在過去未来に存在する子供達……、中には大人になっても愛し続けている人達もいる。彼らの悟空という存在に対する夢が彼に力を与えている。

 子供達が抱く孫悟空のイメージ。それは誰よりも強くて優しいヒーローだ。

 

「ランサー!」

 

 バゼットが叫ぶ。悟空の力はあまりにも圧倒的過ぎた。

 ルーンの魔術も効果がない。対魔力などという次元ではなく、単なる肉体の強度で炎も氷も雷撃も乗り越えてくる。そして、小細工など一切無しの拳が直撃を避けてもランサーの肉体を吹き飛ばす。

 いっそ笑えてくる程の性能差にもランサーは折れない。それどころか、更に闘志を燃やしていく。

 凛はその光景に惹きつけられた。己のサーヴァントの巫山戯た能力よりも、その反則的な力に決して屈さず挑み続けるランサーの姿に――――。

 

「悟空!! 受けてみろ、これがオレの全力だ!!」

「来い!! クー・フーリン!!」

 

 天高く舞い上がるランサー。対して、青白い光を纏う悟空。

 

突き穿つ(ゲイ)――――」

 

 真紅の槍にありったけの魔力を注ぎ込んでいくランサー。もはや、放った後の事など知らぬとばかりの全力全開。ルーンによって更に威力を増強させる。

 

「か~~~~め~~~~」

 

 対する悟空も、この時間軸では作者の構想の中にあったかどうかさえ定かではない超サイヤ人ブルーの状態で、エネルギーを集中させていく。

 

「――――死翔の槍(ボルグ)!!!」

「は~~~~め~~~~波ァァァァァア!!!」

 

 放たれた真紅の魔槍と青白い閃光がぶつかり合う。片や、狙った相手の心臓が必ず穿つ呪いの槍。片や、惑星すら消し飛ばすエネルギー波。勝敗は刹那に決した。

 かめはめ波によって消し飛ぶ魔槍。そのまま、閃光は世界を囲う虹色の壁に吸い込まれていった。

 

「すごい光景なっしー!」

 

 その光景に魅入られていた凛の隣には、いつの間にか謎の生命体がいた。水色の服を着た黄色い生き物がパチパチと手を叩いている。

 その隣にはゾロが麦わら帽子の少年と酒を飲み、その更に隣では青いタヌキのような生き物がメガネの少年になにやら説教をしている。

 

「えっ、なに!? 誰なの!?」

 

 困惑している凛に士郎は言った。

 

「ふなっしーにゾロくんにルフィくん。あっちはドラえもんにのび太くんだよ」

 

 彼らだけではなかった。気付けば、悟空とランサーの戦場を無数の人影が取り囲んでいる。中には世俗に疎い凛ですら知っている存在もいた。

 

「あれって、トムとジェリー!? それに、ピカチュウ!? マリオ!?」

 

 梨の妖精・ふなっしー。ポケットモンスター。妖怪ウォッチ。ドラえもん。仮面ライダー。スーパー戦隊。ムーミン谷の住民達。プリキュア。太古の恐竜達。スーパーマリオブラザーズ。スヌーピー。トムとジェリー。ひつじのショーン。機関車トーマス。ドンキーコング。ハローキティ。おさるのジョージ。スパイダーマン。ロックマン。ジャンプヒーローズ。ウルトラマン。ルーニー・テューンズ・ショー 。太鼓の達人。たまごっち。デジタルモンスター。トランスフォーマー。マイメロディ。イナズマイレブン。ジュエルペット。スポンジ・ボブ。マダガスカルの仲間達。

 彼らはみな、マクドナルドとコラボした事のあるキャラクター達だ。

 

「梨、食べるなっしー?」

 

 唖然としている凛に梨をプレゼントするふなっしー。

 

「……ありがと」

 

 凛は思考を放棄した。固有結界は発動者によって千差万別であり、その内容はどれも規格外だ。だが、それにしても限度がある。

 この世界は完全に凛の理解を超えていた。

 

「……負けたぜ」

 

 愛槍が消し飛んだ事で、ランサーの敗北が確定した。

 駆け寄ってくるバゼットにすまないと謝罪しながら、彼は悟空と士郎を見る。

 

「中々、楽しかったぜ」

「オラも楽しかったぞ! 槍もかっこよかったしな! あと、あの文字から火がドバーッて出て来るヤツすげーな! ワクワクしたぞ!」

「そりゃどーも。ったく、ここまで手も足も出ねーとは、オレもまだまだだな」

 

 苦笑するランサー。そこにふなっしーが近づいていく。

 

「……なんだ、お前」

「梨、食べるなっしー!」

「ハンバーガーとポテトもあるよ!」

 

 梨を差し出すふなっしー。その横から負けじとハッピーセットを出す士郎。

 

「……なんの真似だ?」

「ドナルドは知ってるよ! 君は食事の誘いを断れないんだよね?」

「それは目下の勧める食事だ。テメェはオレに勝っただろ。そのゲッシュは適応外だ」

「食べないなっしー?」

 

 哀しそうに言う梨の妖精にランサーは困った。ふなっしーもまた架空……とも言い難い存在だが、子供達の想念によって編まれている。そして、その在り方は実際のふなっしーと違い本物の妖精に近い。その無垢で純粋な心に対して、ランサーも無碍にする事を躊躇った。

 

「……テメェ、何を考えていやがるんだ?」

「ドナルドは一緒に遊んだ友達とごはんを食べる瞬間が大好きなんだ!」

「友達だぁ?」

 

 呆気にとられるランサー。そこに凛がやって来る。

 

「ちょっと、ドナルド! いきなり置いて行かないでよ! なんか変な眉毛の人に絡まれて大変だったのよ!?」

 

 キシャーと怒る凛に平謝りする士郎。その光景に、バゼットは人質を取る好機かと思ったが、次の瞬間に猛烈な殺意を感じた。

 

「動くなよ。ここにいる連中は大半がお人好しだが、そうじゃないヤツもそれなりにいるんでな。迂闊な考えは胸にしまっておけ」

 

 そこにいたのはゾロだった。ランサーの隣にも彼の動きを牽制している女の子がいる。恐ろしく派手な見た目で、歳も若く見えるが、その身に帯びる魔力は尋常ではない。

 

「プリキュア……、とかいうらしいな。あいつらはヤバイぜ。まあ、大人しく飯に誘われときな」

 

 ゾロの言葉にバゼットは深く息を吐いた。生殺与奪の権限を完全に奪われている。抵抗したところで、この人数とこの質が相手では無意味だろうと理解した。

 

「僕、ハンバーガーよりオムライスがいいなー!」

「そんな、のび太くん!?」

 

 バゼット達の殺伐とした会話を尻目に士郎は漫画ドラえもんの主人公であるのび太くんに精神攻撃を受けていた。

 

「チーズバーガーの方がオムライスより美味しいよ!」

「ヤダ! ドラえもん、オムライス製造機を出してよ~!」

「君ってやつは……。仕方ないな~。はい、グルメテーブルかけ!」

「ドラえもん!? そんな、ポテトもあるんだよ!?」

「ドナルドくん。のび太くんのわがままもどうかと思うけど、こんな夜遅くにハンバーガーは良くないと思うんだ」

「……はい。すみません」

 

 ドラえもんの説教で項垂れる士郎。あまりにもシュールな光景に凛達は頭を抱えた。



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第八話『アンノウン』

「宴だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 麦わら帽子の少年、モンキー・D・ルフィの音頭で宴会が始まった。

 

「……ここって、固有結界の内部なのよね」

 

 アチラコチラでどんちゃん騒ぎが起きている。士郎が玩具だと言っていた人達が、それぞれの意思で宴会を楽しんでいる。

 士郎から仕組み自体は説明を受けている。過去現在未来の子供達の幻想が紡ぐ奇跡。理論としては、たしかに成立している。

 そもそも、サーヴァントの宝具はその英霊を象徴するものとして、人々が抱くイメージが具現化したものだ。知名度による補正が存在するわけもそこに起因している。

 

「だからって……」

 

 ビルよりも高いウルトラマン。神代を遥かに超える太古の時代に絶滅した筈の恐竜。様々な能力を持つモンスター。英霊であるランサーと切り結んだゾロ。そのゾロがヤバイという女の子達。そして、孫悟空。

 これほどの存在を生み出すなど、やはり士郎の固有結界は常軌を逸している。

 

「……一つ、質問してもいいですか?」

「あん?」

 

 士郎に渡されたダブルチーズバーガーを齧りながら、バゼットはゾロに問う。

 

「この世界には、貴方を含めて強大な力を持つ者達が複数存在しています。おそらく、あの孫悟空を筆頭に術者であるドナルド・マクドナルドを凌駕する力の持ち主もいる筈でしょう。それなのに、彼はどうやって貴方達を制御しているのですか?」

 

 それは純粋な疑問だった。このゾロという男も、軽々しく他人の下につく人間とは思えない。

 この世界が崩れれば泡沫の如く消え去ることを理解しているから? その程度で他者に頭を垂れるほど、この男は安くない。短いやり取りの中で、バゼットはゾロに対してそういう印象を抱いていた。

 

「簡単な話だ。さっきも言っただろう。ここにいるのは、どいつもこいつも、顔も知らない他人の為に命を投げ出せるような、生粋のお人好しなんだ。ヒーローっていうのは、そういうものだろ?」

「ヒーロー……」

 

 バゼットは宴会に興じるヒーロー達を見た。

 

「ハッピーセットは子供達のためのもの。彼らは子供達に夢と希望を与える存在なんだ。だから、制御っていうのは違うね。彼らは善意でドナルドに力を貸してくれるんだ」

「……まあ、そういうことだな」

 

 ドナルドの言葉にゾロが苦笑しながら頷く。

 

「善意……、ですか」

 

 バゼットはゾロに対して疑いの目を向けた。さっき、この男は言っていた。

 

 ――――ここにいる連中は大半がお人好しだが、そうじゃないヤツもそれなりにいるんでな。

 

 お人好しのヒーローばかりではない。たしかに、彼はそう言っていた。

 ならば、何故そうした者達まで従っているのか……。

 

「やめときな、バゼット。ドツボにはまるぜ?」

 

 頭を悩ませるバゼットにランサーが声を掛けた。

 振り向けば、彼は見事な毛並みの犬に懐かれ、渋い顔の男と酒を飲み交わしていた。

 

「おい、ドナルド」

「なんだい?」

「お前の目的はなんだ?」

「みんなを笑顔にすることさ!」

 

 ドナルドが浮かべる0円スマイルに、ランサーも0円スマイルを返す。

 彼は気付いていた。ドナルドがただの一度も殺気を向けてこなかったことを。

 思えば、彼は初めから言っていた。

 

 ――――ドナルドは知ってるよ? 君が笑顔になるのは最高の戦いをした時だって! だから、ドナルドは君の願いに全力で答えようと思うんだ!

 

 そういうことだ。ドナルドがランサーと戦った理由は、それが彼の望みだったから。

 みんなを笑顔にする。みんなとは、文字通りみんなだ。敵である筈のランサーすら、みんなの中に入っている。

 そういう男なのだろう。そうでなければ、こんな世界は作れない。

 幾億もの子供達の信仰によって生まれた世界。それはつまり、ドナルドは幾億もの子供達の信仰を受ける者ということだ。

 

「けどよ、ドナルド。これは聖杯戦争だぜ? いずれ、全ての敵を駆逐しなければならない。それを理解しているのか?」

 

 ランサーの問い掛けに士郎は穏やかな0円スマイルを浮かべる。

 

「ドナルドは凛ちゃんと約束したんだ。みんなが笑顔のままで聖杯戦争を終わらせるって!」

「それは無理だろ。他人を蹴落としてでも願いを叶えたいって連中の集まりなんだぜ? 聖杯戦争のマスターとサーヴァントって奴は」

「でも、君は違うよね?」

「あん?」

 

 ドナルドは言った。

 

「バゼットちゃんは魔術協会の依頼で聖杯の調査に来ただけで、強いて言えばクーくんと仲良くなりたいだけだし、クーくんも強い相手と戦いたいだけでしょ?」

 

 その言葉にバゼットが吹き出した。

 

「なっ、何を言ってるんですか! 私は別に……」

「おいおい、うちのマスターの可愛い本音をバラしてやるなよ」

「あっ、ごめん」

 

 真っ赤になって睨むバゼットに平謝りする士郎。

 その姿を呆れたように見ながら、ランサーはピカチュウを撫でながらふなっしーの梨汁プシャーを見て笑っている凛に声を掛けた。

 

「嬢ちゃんはいいのかい? 相方はこんなことを言ってるが、嬢ちゃんも望みがあって参加したんだろ?」

「え? 別に、聖杯を使ってまで叶えたい望みなんてないわよ。悲願はあるけど、それは自分の力でたどり着かなきゃ意味のないものだしね。私は勝ちたいから聖杯戦争に参加するの。ドナルドのおかげで難易度は跳ね上がったけど、私には丁度いいわ。……いや、むしろドナルドのせいで大分難易度が下がったわね」

 

 そう言って唇を尖らせる凛にランサーは笑った。

 

「なによ?」

「なるほどな! サーヴァントがサーヴァントなら、マスターもマスターってことか! 勝ちたいから聖杯戦争に参加するか、恐れ入ったぜ!」

 

 ドナルドに振り回されているだけかと思えば、その内にはぶっとい芯が通っている。

 ランサーはドナルドに土下座されているバゼットに声を掛けた。

 

「おい、バゼット。負けちまったことだし、ここは素直に宴会を楽しもうじゃねーの」

「ランサー……。まったく、仕方がありませんね」

 

第八話『アンノウン』

 

 宴会が終わると共に世界が元の様相を取り戻す。既に夜が明けようとしていた。

 

「とりあえず、今後共よろしくな」

 

 ランサーが言った。宴会の途中でバゼットと凛が話し合い、同盟を結ぶことが決まったのだ。

 ランサーの宝具は悟空のかめはめ波によって消滅してしまった。宝具の修復は不可能ではないが困難であり、ルーン魔術を主体とした戦法に切り替えるにしても戦力ダウンは免れない。それを見越した凛が提案したのだ。

 そもそも、凛と士郎の勝利条件には相手の笑顔も含まれている。相手を殺さずに無力化させなければならず、それも相手にとって不満が残るものでは意味がない。

 だからこその同盟だった。

 

「聖杯の調査に全面協力してあげる。だから、こちらの条件もちゃんと守ってもらうわよ?」

「みんなが笑顔のままで聖杯戦争を終わらせる。……仕方がないとはいえ、実に難しい要求ですね」

 

 要するに殺生の全面的な禁止だ。冬木市の管理者(セカンドオーナー)である遠坂の助力を受けることは大きな助けとなるが、実質的に己の切り札を封じられてしまったバゼットは苦い表情を浮かべている。

 

「とりあえず、私達は調査を継続します。定時連絡は海浜公園で構いませんか?」

「ええ、問題ないわ」

 

 短いやり取りの後、バゼットは凛達と分かれて新都へ向かった。

 

「……ランサー。あのサーヴァントをどう思いますか?」

「見たまんまだと思うぜ? 少なくとも、アイツの言葉自体に嘘はない」

 

 不満そうな表情を浮かべるバゼット。その様子にランサーは苦笑する。

 

「バゼット。固有結界って魔術は、術者の心象風景を具現化するものだ」

「……知っています」

「だが、アイツの固有結界はアイツ自身の心象を映したものじゃなかった。子供の夢や希望。言い換えれば、赤の他人の心象風景を具現化してやがるんだ。そんなことができるってことは、よほど器がデカイのか……」

「あるいは、己が無い」

「……そういうことだな」

 

 他者の信仰(ココロ)を具現化する。言葉にしてみれば簡単に聞こえるが、己の心象風景を他者の心象で塗り潰すなど、正気の沙汰ではない。

 たしかに、他者の心を受け入れる器の広さを持つ者も中にはいるだろう。例えば、魔術協会から提供された資料に記されている第四次聖杯戦争のライダー。彼は王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)という固有結界の使い手であり、その能力はかつて彼に忠義を捧げた兵士達をサーヴァントとして連続召喚するという規格外のもの。それを可能としている仕組み自体はドナルドのものと酷似している。彼の固有結界もまた、他者の心を受け入れるものだった。

 だが、決定的に違う点が一つある。資料によれば、ライダーの固有結界で召喚される兵士達はライダーに忠義を誓った兵士達であり、理想を共有する程に(ちか)しい存在だった。対して、ドナルドは不特定多数の赤の他人の心を受け入れてしまっている。

 

「あのペイントフェイスの裏に隠されたアイツの本性をオレは見抜くことができなかった。本性を隠していないだけなのか、それとも……、本性自体が存在しないのか、どっちだろうな」

 

 ランサーは頭を掻きながら言う。

 

「ただ、いずれにしても……、あの固有結界は危険だ」

「ええ、悟空の力は明らかに……」

「そうじゃない」

「え?」

 

 ランサーは苦い表情を浮かべながら言った。

 

「気づかなかったか? アイツは固有結界を制御できていない。あの眼鏡のガキ、ドナルドがチーズバーガーをすすめてるのに、オムライスが喰いたいとかほざいてたろ。アイツ自身も、力を貸してもらっていると言っていた。……コイツは危険だぜ」

「……どういう意味ですか?」

「わからないか? あの固有結界は赤の他人の信仰(ココロ)に左右されている。信仰っていうのは、一つや二つじゃない。同じ神を信じていても、宗派の違いってだけで殺し合うのが人間だ」

「……まさか」

「ガキ共の夢や希望だけならいい。だが、それが悪意や欲望を孕んだ信仰に差し替われば、ヤツの固有結界がどんなものになるか、オレにも想像がつかねぇ」

 

 バゼットは言葉を失った。あまりにも、得体が知れなすぎる。

 

「願わくば、アイツが単なるお人好しであってほしいもんだぜ」

 

 ――――ドナルドは一緒に遊んだ友達とごはんを食べる瞬間が大好きなんだ!

 

 悪い気分ではなかった。己の推論がただの邪推に終わることを願う程度に、ランサーはドナルドを気に入っていた。



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第九話『家族』

 朝、いつまでも起きない凛の様子を見る為に彼女の部屋を訪れた。昨晩は帰宅が遅かったから、眠っているようならそっとしておくつもりだったが、凛は既に目をさましていた。

 既に着替えも済ませていたが、士郎は違和感を感じた。

 

「あれ? 凛ちゃん。学校には行かないの?」

 

 凛は制服ではなく、私服姿だった。

 

「行かないわよ。だって、今日は日曜日だもの」

 

 凛はカレンダーを指差した。今日は2月3日。たしかに日曜日だった。

 

「あっ、そっか」

「しっかりしてよね。それより、昨日は疲れて眠っちゃったから、朝食の後に今後の事を話しましょう」

「うん!」

 

第九話『家族』

 

 ドナルドは鼻歌を歌いながら料理に勤しんでいる。

 今朝のメニューはエッグマフィンだ。ドリンクとしてコーヒーも用意している。

 マクドナルドにおいて、コーヒーは重要なファクターである。

 

 ――――McCafé by Barista.

 

マクドナルドが提案する至高の一時をお客様にお届けするために、マクドナルドでは専任のバリスタを育成している。ドナルドである士郎ももちろん講習を受けて、一人前のバリスタとしての資格を有しているのだ。

 

「おまたせ、凛ちゃん」

 

 美味しそうに朝食を食べる凛を見つめていると、士郎は懐かしい感情を抱いた。

 

「どうしたの?」

 

 凛が心配そうに声を掛けると、士郎はすぐに0円スマイルを浮かべようとして、出来なかった。

 

「士郎……?」

 

 ドナルドではなく、士郎の名を呼ぶ凛。その声に、その言葉に、士郎の心は揺さぶられた。

 

 ――――士郎。どうしたの? 悩みがあるならお姉ちゃんに話してごらん。

 

 優しい声が脳内に響き渡る。

 それは、昨晩発動した無限の玩具箱(アンリミテッド・ハッピーセット)の副作用だと、士郎は気づいた。子供達の心が士郎の内側を満たした事で、彼の子供の頃の情動を思い出させた。

 義父の次に尊敬していた。誰よりも先にドナルドになれた事を教えたかった。ごはんをもっと作ってあげたかった。もっと、たくさんの事を教えてもらいたかった。

 その人が、この街にいる。直接語り合う事は叶わなかったけれど、その姿を見る事が出来た。話し掛けたいという衝動を必死に抑えた。

 

「どうしたのよ……、士郎」

 

 士郎は涙を流していた。母親と逸れてしまった子供のように、泣きじゃくっている。

 

「ごめっ……、ごめんね。なんでもない……、なんでもないから……」

「なんでもないわけないでしょ……。あなたの心が伝わってくるもの。寂しがっているの?」

「……無限の玩具箱(アンリミテッド・ハッピーセット)を使った影響だよ。どうしても……、藤ねえの事が恋しいんだ」

「藤ねえ……? それって、藤村先生の事? そう言えば、綾子から聞いた事があったわね。藤村先生は衛宮くんの保護者だって」

「……うん。ドナ……、僕にとって、たった一人の家族だったんだ」

「士郎……」

 

 士郎の世界では、藤村大河は死亡している。彼がドナルドになった事を報告する間もなく、聖杯戦争の犠牲になった。

 士郎は言っていた。

 

 ――――この世界の僕には、ドナルドになった事をみんなに伝えに来れるようにしてあげたいな。

 

 その言葉は、裏を返せば、彼がドナルドになった事を伝えたい人達がいたという事だ。

 その筆頭が藤村大河だったのだろう。固有結界の影響だと言っているが、それは彼が押し隠していた本音の発露だ。

 

「……ねえ、会いに行ってみる?」

 

 それは、魔術師として誤った判断だ。一般人に魔術の存在を知らせてはならない。その原則に則れば、神秘の塊であるサーヴァントを一般人である藤村大河と引き合わせるなど論外であり、引き合わせたところで彼女が士郎を衛宮士郎だと認識出来るとは到底思えない。

 けれど、凛は提案せずにはいられなかった。涙を流す士郎に対して、なにかをしてあげなければと言う衝動に襲われたのだ。

 

「会いに……?」

「もちろん、衛宮士郎としては無理よ。だけど、偶然を装って、少し話す事くらいなら出来ると思うの。その……、旅芸人としてになるけど」

「いいの……?」

「いいに決まってるじゃないの。ほら、涙を拭いて。折角なら、最高の0円スマイルを藤村先生に見てもらいなさい」

「……う、うん!」

 

 善は急げとばかりに凛は使い魔を放った。肝心の藤村大河の居所を探るためだ。

 好都合な事に、彼女は外出していた。どうやら、商店街で買い物をしているようだ。

 

「うん。これなら問題なく会えそうね」

「あ……、ありがとう」

 

 モジモジする士郎。見た目が道化師なだけに少々不気味だ。

 

「……そのメイクって落とせないの?」

「え!? いや、それは無理だよ! だって、これが英霊ドナルド・マクドナルドの素顔なんだもの」

「英霊ドナルド・マクドナルドって、すごい響きね。というか、あなたの真名は衛宮士郎じゃなくて、ドナルド・マクドナルドの方なの?」

「うん、そうだよ。僕はあくまでもドナルド・マクドナルドなんだ。衛宮士郎だった事はたしかなんだけどね」

 

 もっとも、衛宮士郎の名で呼ばれる事も冬木市が消滅した後では稀であった。

 マネージャーや社長もいつの頃からか、士郎をドナルドと呼ぶようになり、だからこそ、さっき凛が士郎を名前で呼んだ時には激しい動揺に襲われてしまった。

 

「……でも、あなたは士郎なんでしょ」

「凛ちゃん……。うん、僕は士郎だよ」

 

 凛が出かける準備をしている間、士郎は凛の声を何度も反芻した。

 

 ――――士郎。

 

 そう言えば、衛宮と呼ばれた事は少なからずあったけれど、士郎の名で呼んでくれた人は藤ねえだけだった。

 

「……ランランルー」

 

 士郎は嬉しくなって、ついやってしまった。

 

 ◆

 

 街に出ると、士郎は凛に言われた通り、街中で芸を始めた。旅芸人に扮するのだから、それなりにパフォーマンスが必要となるのだ。幸いにも、士郎には一流を名乗れるほどのパフォーマンスの技術があった。

 道行く人々が足を止めてドナルドの姿を見る。顔は変えられなかったが、格好は凛の父親が着ていた赤いスーツに着替えている。怪しさ大爆発だが、それも旅芸人となればアクセントの一つになる。

 しばらくすると、凛の予想通り、彼女が現れた。ここは彼女の帰宅ルートの途上だったのだ。

 

「うわー、旅芸人!? すごーい!」

 

 元気いっぱいな声に、士郎は心臓の高鳴りを抑えきれなかった。

 堪えきれず、声の方向に顔を向ける。すると、そこには彼女がいた。

 色褪せる事のない衛宮士郎としての記憶。マクドナルドのマスコットになりたいという士郎の夢を笑わずに聞いてくれて、ダンスの練習にも何度も付き合ってくれた人。

 

「……ふじ、ねぇ」

 

 つい、零してしまった声は群衆にかき消された。けれど、藤村大河は不思議そうな表情を浮かべている。

 

「あれ? なにしてるの?」

「え?」

 

 首を傾げる藤村に、士郎は思わずジャグリング中のバトンを落としてしまった。

 慌てて拾おうとする士郎の腕を藤村が掴む。

 

「ちょっと、いきなり出て行ったかと思えば、どこに行って……、あれ? なんか、背が伸びてない? 士郎」

「……へ?」

「って、そんな事はどうでもいいの! とにかく、帰るわよ!」

「えっ、ちょっ、藤ねえ!?」

 

 あら~と攫われていく士郎に群衆はポカンとした表情を浮かべた。

 凛も似たり寄ったりだったが、すぐに自分のサーヴァントが拉致られた事に気付き、慌てて追いかけた。

 

「どうなってんのよ!?」



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第十話『帰郷』

「桜ちゃん! 士郎をひっ捕らえてきたわよー!」

 

 玄関から轟く聞き慣れた咆哮に、間桐桜は顔を輝かせた。

 

「本当ですか、先生!」

 

 数日前、買い物に行くと言って出て行ったきり、消息が分からなくなっていたこの家の家主。彼の義父には風来坊の気質があったから、士郎にも伝染ったのかもしれないと言っていた藤村も日を追う毎に不安を抱き始めていた。今日、桜は警察に相談するかどうか話し合う為に家主不在の屋敷で藤村の事を待っていた。

 慌てて玄関に向かうと、そこには笑顔の藤村が立っていた。喜び勇んで隣に立っている男へ駆け寄る。

 

「せんぱ――――、え?」

 

 桜の表情が凍りついた。

 

「どうも、ドナルドです」

 

 そこに立っていたのは、彼女の知っている少年とは似ても似つかないピエロだった。

 

第十話『帰郷』

 

「ぁ……、ぁぁ」

 

 桜は恐怖した。別に、顔が怖かったわけではない。その存在の異質さに不気味さを感じた事は確かだが……。

 その道化師の姿には見覚えがあった。ドナルド・マクドナルド。彼女も密かに愛してやまないバーガーショップのマスコットだ。 

 

 ――――サクラ。どうやら、トオサカはドナルド・マクドナルドを召喚したようです。

 

 はじめに耳を疑い、次にその発言の主の頭を心配した。けれど、彼女の言っていた言葉は真実だった。ドナルド・マクドナルドがサーヴァントの気配を放ちながら、藤村大河の隣に立っている。

 桜の恐怖は、藤村大河に危害が加えられる事に対してのものだった。家主が消息を絶ち、残されたものは彼女のみ。その存在にもしもの事があれば、唯一の安息が失われてしまう。

 

「ライダー!!」

 

 頭が真っ白になり、気がつけば令呪を発動していた。

 魔術師であることも、マスターであることも隠して、聖杯戦争から逃げていた少女は、大切な宝物を守るために戦う意志を持った。

 目の前に現れる長身の女性は桜に問う。

 

 ――――よろしいのですね?

 

 答えは決まっている。

 

「先生を助けて、ライダー!! 先生だけは絶対に!!」

「かしこまりました、マスター」

 

 困惑した様子を見せる大河に構わず、ライダーは初手から切り札を解放する。

 

 ――――自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

 

 それは、ライダーが持つ宝具の一つ。対象を絶望と歓喜に満ちた悪夢へ閉じ込める結界宝具。

 普段、彼女はこの宝具を武器としてではなく、自身の魔眼を封じるために使っている。

 その眼球は宝石に例えられ、一度開かれれば、見る者すべてを石化させる。

 

「――――参ります」

 

 ライダーが目の前の道化師と対峙するのは二度目だ。一度目は為す術無く圧倒された。

 あの時は彼女自身が万全の状態から程遠いものだったが、この道化師はそれが言い訳にならないほどの実力を持っている。だからこそ、出し惜しみはしない。

 

「死になさい、道化師!」

 

 石化に加え、ブレーカー・ゴルゴーンによる封印。並のサーヴァントならば指一本動かす事の出来ない凶悪なコンボだ。

 ライダーは必勝を確信し、渾身の力でドナルドの首を狙う。

 

「……んー。どうやら、勘違いをさせてしまったみたいだね」

 

 ライダーの目が見開かれる。釘剣で貫いた筈のドナルドの姿が掻き消えている。代わりに、その声が主の隣から聞こえてくる。

 

「――――貴様!」

 

 恐怖の表情を浮かべる桜を見て、ドナルドに凍てつく殺気を放つライダー。

 対して、ドナルドは言った。

 

「ドナルドに戦う気はないよ。君達も、本当は戦いたくないんだよね?」

「……どの口が! 藤村先生に何をしたんですか!」

 

 怒鳴り声をあげる桜に、それまで置いてけぼりになっていた大河がそっと近づいて頭を撫でた。

 

「そこまでー。いろいろビックリな事を起きてるけど、とりあえず怒っちゃダメよー、桜ちゃん」

「ふ、藤村先生!?」

「まずは落ち着こうよ。ほら、深呼吸!」

「いえ、あの、今はそれどころじゃなくてですね!」

 

 その時だった。玄関の扉が開き、一人の少年が入って来た。

 

「おい、桜! お前、一体――――」

 

 入って来るなり怒鳴り声をあげる少年に、誰よりもはやく反応したのは桜ではなく、ドナルドだった。

 

「し、慎二……。しんじぃぃぃぃぃ!!!」

「はぁ!? えっ、は? ギャアアアアアアアアアアアア!?」

 

 少年の悲鳴が響き渡る。

 無理もない。いきなり不気味な道化師に抱きつかれたのだ。誰だって悲鳴をあげる。

 だが、ドナルドはそんな当たり前の事にも気付かないで、ひたすら少年、慎二の名を呼び続けている。

 

「なんなんだ、お前は!? ……って、あれ?」

 

 必死にドナルドを引き剥がそうと奮闘していると、慎二は違和感を覚えた。

 不気味なフェイスペイントに驚かされたが、よく見ると既視感を覚える。

 

「……お前、衛宮か?」

「うそっ、分かるの!?」

 

 中の混沌とした様相に踏み込むべきか躊躇っていた凛が玄関先で驚きの声を上げる。

 

「遠坂!? お前、なんでこんなところに……」

「私がドナ……、士郎のマスターなのよ」

「士郎って……、衛宮のマスター? なに言ってんだ、お前……」

「慎二!」

 

 困惑した表情を浮かべる慎二の両手を掴むドナルド。

 

「っていうか、お前はどうしちゃったんだ!? なんだ!? なんか、嫌なことでもあったのか!? とりあえず、その不気味なフェイスペイントやめろ!!」

「ぅぅぅ、慎二だ。本当に慎二だぁぁぁぁ」

「なんなんだよ! その顔で泣くのやめろ! 怖いんだよ、馬鹿野郎!」

「慎二だぁぁぁぁ。その刺々しい口調、慎二だぁぁぁぁぁ!」

「馬鹿にしてんのか!?」

 

 そのやり取りを呆気にとられた表情で見つめる桜達。やれやれと入ってくる凛。

 

「はいはい、そこまで! ストップよ、士郎。落ち着きなさい」

「あっ、はい」

 

 凛の言葉に素直に従う士郎。解放された慎二はジト目で士郎を睨んでいる。

 

「……説明しろよ」

「いいわよ、もちろん。彼は私のサーヴァントであり、ドナルド・マクドナルドになった衛宮士郎なのよ」

「……なに言ってんだ、お前」

 

 頭を抱え込む慎二に凛は「そうよね。そうなるわよね」と呟きながら靴を脱ぐ。

 

「とりあえず、お邪魔させてもらっていいかしら? ここだと落ち着いて話せないし」

 

 返事も聞かずにズカズカと中へ入っていく凛。士郎と慎二は顔を見合わせた。

 

「……衛宮だよな?」

「ランランルー!!」

 

 ドナルドはつい嬉しくなって、やってしまった。

 

「「「「ランランルー!」」」」

 

 つられる四人。

 

「はっ! 私はなにを!?」

「はっ! なに、いまの!?」

「はっ! えっ、なんだ!?」

「……また、やってしまった」

「馬鹿やってないで、早く来なさい!」

 

 ランランルーで更に混乱が加速していく玄関口に凛が怒鳴り声を上げる。

 

「行こう、慎二!」

「……お前、そんなフランクだったっけ?」

 

 士郎は慎二の手を握ると鼻歌を歌いながら凛の待つ居間へ向かった。

 

「……あのドナルドが先輩?」

「そうだよ? だから、連れて帰ってきたんだもん! とりあえず、行ってみようよ!」

 

 首を傾げる桜の背中を押しながら居間へ向かう大河。

 

「……ランランルー。いったい、なんなのでしょう」

 

 額に手を当てながら桜と大河を守るように移動するライダー。

 

「来たわね」

 

 全員がテーブルを囲うのを待って、凛は言った。

 

「とりあえず、藤村先生に一つお願いがあるんです」

「え? なに?」

「その……、色々と話す前に士郎に……、おかえりって言ってあげてもらえませんか?」

「いいよ? 元々、言うつもりだったしね! 士郎――――」

 

 大河は士郎に笑顔を向けた。

 

「おかえり!」

 

 その言葉に、士郎は涙を溢れさせた。

 彼にとって、ずっと聞きたかった言葉。二度と聞けない筈だった言葉。その言葉が心に染み渡っていく。

 

「……ただいま、藤ねえ」



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第十一話『救済』

第十一話『救済』

 

「……それと、話を始める前に質問があるの」

 

 凛は士郎に問い掛けた。

 

「士郎。あなた、自分がドナルドになる為に街を出た時、キチンとみんなに説明したのよね?」

「もちろんさー!」

「……そうなんだ。それなら、やっぱり……」

「凛ちゃん?」

 

 悲しげな表情を浮かべる凛に士郎は慌てた。

 

「どうしたの!?」

「……士郎。たぶん、この世界はあなたのいた世界じゃない」

「え? ……ああ、うん。そうだよ」

 

 アッサリとした士郎の反応に凛は首を傾げた。

 

「気付いてたの?」

「うん。学校で藤ねえを見た時、気付いたんだ。この世界の僕は、僕じゃない。きっと、この世界の僕は爺さんからちゃんと受け取れたんだと思う」

「受け取れたって……?」

 

 士郎は寂しそうに微笑んだ。

 

「大切なもの。僕は、受け取り損ねたんだ」

「それって……」

「おい、そろそろ説明をしろ! こっちは何がなんだかサッパリなんだぞ!」

 

 自分達をほったらかしにしてシンミリし始めた凛と士郎に慎二が声を荒げた。

 

「あっ、ごめんね! けど、その前にコレ!」

 

 士郎はテーブルに手を向けた。

 

『Happy Meal』

 

 不思議な声と共に現れるハッピーセットに藤村が目を丸くする。

 

「えっ!? なにこれ、手品!?」

「……これ、マックか?」

「マクドナルド……、ですね」

「みんなで食べようよ!」

 

 笑顔満面の士郎に凛は頭を抱えた。

 

「アンタねぇ……、これから大切な話をしようって時に、TPOを弁えなさい!」

「ご、ごめんね! でも……」

「でも、じゃない!」

「ぅぅ……、ごめんなさい」

「と、遠坂さん。あんまり士郎を虐めないであげて欲しいなー……、なんて」

 

 縮こまる士郎を見兼ねて声を掛ける藤村。

 

「……っていうか、これって食えるのか?」

「もちろんさー! 美味しいよ!」

 

 疑う慎二にそう言って、自分の分のハンバーガーを口にする士郎。

 

「それじゃあ、わたしも!」

 

 藤村も士郎のフォローのためか躊躇う事なくハンバーガーを口にした。

 

「あっ、藤村先生!」

 

 未だに半信半疑な桜は藤村の凶行に慌てたが、藤村は「美味しい!」と頬を綻ばせた。その姿を嬉しそうに見つめる士郎を見て、凛も諦めたようにハンバーガーを食べ始める。

 慎二は美味しそうにバーガーを食べる二人を見て、自分の分のバーガーを口にする。

 

「……美味いじゃん」

「兄さん!?」

「大声出すなよ。……アイツは衛宮だぞ」

 

 慎二は部屋に引き摺られた時に士郎に握られた手を見つめた。

 

「僕達が知ってる衛宮じゃないかもしれないけどな」

「……どういう意味ですか?」

「鈍いやつだな。とにかく、さっさと食っちまえよ。話が進まないだろ」

「はい……」

 

 恐る恐るバーガーを齧る桜。その瞬間、変化が起きた。

 

「え……?」

 

 気がつくと、バーガーを食べきっていた。そして、急に体が軽くなった。

 

「どうしたのですか?」

 

 心配そうに声を掛けるライダー。

 桜は自分の両手を見つめた後に士郎を見た。

 

「なにを……、したんですか?」

「ごめんね。先に言っちゃうと、臓硯さんにバレちゃうからさ。君の体を最適な状態にしたんだ。あと、慎二の体も最適化されている筈だから、これで魔術が使えるようになるよ!」

「……はい?」

「は?」

 

 間桐兄妹は揃ってポカンとした表情を浮かべた。

 

「……士郎。アンタ、今なんて言った?」

「え? だから、二人の肉体を最適な状態に改善したんだよ。二人共、臓硯さんに命を握られていたからね。それに、桜ちゃんは不本意な肉体改造を施されていたみたいだし、慎二は魔術師になりたいのに魔術回路が無いことを悩んでいたみたいだから、一先ず解決してあげる事にしたんだ!」

「待った……。待って、意味が分からない。あなた、魔術回路が無い人間に魔術回路を植え付ける事が出来るの?」

「違うよ。それはさすがに無理さ。ただ、慎二の血には魔術回路の因子が残っていて、僕のハッピーセットがそれを元に魔術回路の精製が可能な状態にしたんだ」

「士郎。アンタ、自分がトンデモナイ事言ってる自覚ある……?」

 

 表情を引き攣らせる凛を慎二が押しのけた。

 

「……おい、待てよ。本当に、僕が魔術を使えるように……?」

「うん。ただ、使えるようになっただけだから、修行は必要なんだ。ごめんね。ドナルドにはそこまでが限界なんだ」

「いや……、いやいやいやいや! 待てよ、オイ! 本当に、僕が……、この僕が!」

 

 喜色を浮かべる慎二。対して、桜は自分の髪を驚きの表情で見つめている。

 

「髪の色が……」

「あっ、属性が戻ったから色も戻っちゃったみたい。ごめん、色は今のほうが良かったんだよね? ああ、ウッカリしてた」

 

 青い髪が黒く染まっていく。その光景に桜は戸惑いながら、謝り続ける士郎の顔をあげさせた。

 

「あの……、いえ、むしろ、ありがとうございます。あの……、いっぱい疑っちゃっいましたけど……、本当に先輩なんです……、よね?」

「えーっと、うん。一応、そうなるかな? でも、君の知ってる士郎とは違うんだよね。僕も……、実は君とは初対面なんだ」

「え?」

 

 士郎は説明しようと口を開きかけて、途中で外を見た。

 

「あっ、来たみたい! どうも、臓硯さん。いきなり、勝手な事してすみませんでした」

 

 士郎が縁側に続く襖を開くと、そこには怪しげな老人が立っていた。

 瞬時に警戒心を露わにするライダーと凛。慎二と桜も表情を凍りつかせている。

 唯一人状況についてこれていない藤村が士郎に問う。

 

「えっと、士郎の知り合いなの?」

「ううん、初対面だよ。でも、僕は臓硯さんのことも知ってるよ! 驚いた?」

 

 にこやかに微笑みかける士郎に臓硯が口を開く。

 

「よもや、慎二と桜を解放するとはな。貴様、何を考えておる?」

「僕はみんなを笑顔にしたいんだ! というわけで!」

 

 士郎は両手を広げた。

 

『Happy Meal』

 

 現れたハッピーセットを臓硯に向ける士郎。

 

「食べて下さい! きっと、臓硯さんの悩みを解決出来る筈なので!」

「……儂の悩みじゃと? はて、分からんな。何故、お主が知っている? それに、知っていたところで、お主が儂の悩みを解決する理由も無かろう」

「ドナルドは臓硯さんにも笑顔になってほしいんだ! 大丈夫だよ。これを食べれば、魂の損傷も癒せる筈だから!」

「……やはり、分からぬ」

 

 臓硯は士郎から渡されたバーガーを見つめる。

 何故だろう。明らかに罠だと分かっているのに、罠ではないのではないかという錯覚に襲われる。

 相手は正体不明のサーヴァントであり、思考回路も理解の埒外にある。

 それなのに、気付けば包装紙を剥いていた。そして、食べていた。

 その仕組みを理解した時、既に彼は魂を浄化されていた。絶え間なく襲いかかる苦痛が消え去り、頭の中が明瞭に冴え渡る。

 

「なるほど、魅了のスキルを持っているのか。いや、カリスマか? いずれにしても、これは、生身の人間には為す術がないな。だがしかし、感謝の言葉を捧げよう」

 

 士郎以外の全員が言葉を失っていた。さっきまで枯れ木のようだった老人が、青い髪を靡かせる美丈夫へ姿を変えたのだ。

 

「……慎二よ。お前に間桐の知識を授ける。蟲蔵の奥に赤い扉がある。魔術回路を起動出来たなら、その状態で触れてみろ。中にある魔導書を読み解けば、必要な知識が手に入る筈だ」

 

 臓硯の言葉に慎二は「は? え? はぁ?」と困惑している。

 そんな慎二を尻目に、今度は桜へ声を掛ける臓硯。

 

「桜よ。お前には間桐の財産を相続する。土地の権利書はわたしの書斎にある。解錠の呪文は知っているな? それで開く」

 

 まともな返事が返ってくる間も待つ事なく、今度は士郎に顔を向ける臓硯。

 

「さて、残るは君に対する謝礼だな」

「え? いえ、お礼なんて別に……」

「そう言うな。あの状態のわたしは醜悪の極みだ。あのように、生に執着し、己の理想を見失う事になるとは……」

「臓硯さん!?」

 

 士郎は目を見開いた。目の前で、臓硯の肉体が崩れていくのだ。

 

「慌てるな。わたしがわたしの存在を否定した事で、肉体が本来の時を取り戻しただけだ。さて、謝礼だが……、そうだな。この家の主はアインツベルンに捕らわれている。挑むのなら、覚悟する事だ。此度のアレは、些かこれまでと毛色が違う」

「臓硯さん……」

「感謝するぞ、道化師よ。ああ、たしかに笑顔にしてもらったよ。わたしの手で悲願を成就する事は叶わぬが、次に繋げる事が出来た。頭の出来だけはわたしに匹敵するからな。魔術回路さえあれば、あるいは届くかもしれん。あとは、わたしのようにならぬ事を祈るのみ」

 

 そう言うと、臓硯は最後に慎二と桜を見つめた。

 

「謝罪の言葉など、お前達も望むまい。元より、我が血に宿りし魔術の真髄は簒奪よ。理想を歪めた事は度し難いが、道程自体は今のわたしも肯定している。故に、遺す言葉は一つのみ。己を曲げるな。それだけだ」

 

 言いたいことだけ言い切ると、臓硯の肉体は粉々に砕け散った。

 それが、数百年を生きた老獪の末路だった。

 

「……なんなんだよ、一体」

 

 慎二の言葉に応えられる者はいなかった。誰もが困惑の極みに達している。

 

「臓硯さん……。少しは救えたのかな……」

 

 士郎の囁きは風と共に彼方へ消えていった――――。



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第十二話『オリジン』

「どうなってるの!? お爺ちゃんがイケメンに変わったと思ったら消えちゃったよ!? イリュージョン!? イリュージョンなの!?」

 

 混乱の渦に嵌まり込んでいる藤村大河を救出に向かう者はいない。桜と慎二はおろか、凛でさえ彼女に負けず劣らず困惑している為だ。なにしろ、一瞬の内にあり得ない事が起き過ぎた。

 この状況を作り上げた元凶はシンミリした様子で空を見上げている。

 

「……って言うか、士郎が囚われてるって、どういう事なの!?」

 

 藤村の悲鳴染みた声に、凛達はようやく我に返った。

 よく、これだけ混沌とした状況の中でその情報を零さなかったものだと感心しながら、凛は臓硯の言葉を反芻する。

 

 ――――この家の主はアインツベルンに捕らわれている。

 

 この世界の衛宮士郎は消息不明だと桜達の言動から察しはついていた。けれど、そこから先が分からなかった。そもそも、凛にとっての衛宮士郎はドナルドだ。それ以上の事はほとんど知らない。辛うじて、桜が傾倒している事くらいだ。高校二年生なら青春が暴走した可能性もあり、深く考えなかった。

 けれど、臓硯の言葉で、凛は己の中に生まれていた勘違いに気がついた。

 

「そっか……。士郎はマスターになる可能性もあったんだ」

 

 ドナルドになった士郎は魔術に一切興味を持っていなかった。事実として、生前は一度も使っていない。だから、この世界の士郎もそうなのだろうと勝手に思い違いをしていた。

 実際、衛宮士郎には固有結界という規格外の魔術を行使する才能がある。それほどの男が魔術師として生きていたのなら、聖杯戦争のマスターに選ばれる可能性は極めて高い。

 

「……衛宮はマスターになって、アインツベルンに敗れたって事か? それで、連れ去られた……?」

 

 凛の思考をそのまま言葉にする慎二。

 

「わからないわ。でも、臓硯の言葉を信じるのなら、それ以外に考えられない。マスターにもなっていない人間をアインツベルンが拉致するとも思えないし……」

「そんな!? じゃあ……、先輩は……」

「え? どういう事!? ねえ、わたし、何がなんだかわからないんだけど!」

 

 パニックを起こす桜と藤村。二人に対して、「大丈夫」とドナルドの士郎が言った。

 

「臓硯さんは僕の能力を理解した上でキチンと教えてくれたよ。どうやら、この世界の僕はマスターになる前にアインツベルンの魔術師に拐われたみたいだ」

「どういう事?」

 

 詳しく話すように促す凛。

 

「臓硯さんは元々僕に興味を持っていたみたいなんだ。爺さん……、僕の義父である衛宮切嗣は前回の聖杯戦争でアインツベルンのマスターとして参加していた上、『魔術師殺し』っていう異名で呼ばれる魔術師専門の暗殺者でもあったらしいんだ」

「……それ、本当なの?」

「うん……。僕もはじめて知った」

 

 複雑そうな表情を浮かべる士郎に、桜や藤村が何かを言いかけて、それを遮るように慎二が口を開いた。

 

「……衛宮。とりあえず、続きを話せよ」

「う、うん。それで、臓硯さんは僕の家を監視していたんだ。それで、白い髪の女の子がこの家に乗り込んできて、この世界の僕を拐っていく姿も見ていたみたい」

「白い髪……、アインツベルンのホムンクルスね」

 

 凛の言葉に「えっと……?」と首を傾げる士郎。

 

「人造人間の事よ。アインツベルンはホムンクルスの鋳造で有名な一族なの。特徴は白い髪と赤い瞳よ」

「そうなんだ。うん、瞳の色も赤かったよ。でも、それ以上の事は分からないや。臓硯さんも隠したわけじゃなくて、それ以上の情報を持っていなかったみたいなんだ」

「……なるほどね」

 

 奇妙な沈黙が流れる。誰もが頭を整理する為に口を閉ざしている為だ。

 いくばくかの時間が流れ、最初に口を開いたのは藤村だった。

 

「……士郎。士郎は……、わたしの知ってる士郎じゃないの?」

「うん……。そうだよ、藤ね……、藤村さん」

 

 苦しそうに顔を歪めながら言う士郎に凛は表情を歪めた。

 

「でも……、間違いなく衛宮士郎です」

「うん、それは分かるよ。士郎。藤ねえでいいからね?」

「……あり、がと」

 

 涙を零す士郎に大河は立ち上がると、テーブルを回り込んで士郎の頭を撫でた。

 その姿を見つめながら、慎二が口を開く。

 

「とりあえず、話を進めるぞ。衛宮とそっちの衛宮は別人。そっちの衛宮は遠坂が召喚したサーヴァントで、何をトチ狂ったのかドナルドになった未来の衛宮ってところだろ? それで、こっちの衛宮はアインツベルンに捕まっていると……。ゲシュタルト崩壊しそうだな……」

「えっと、ドナルドのことはドナルドでいいよ?」

「うるせーよ。お前は衛宮って呼ばれたいんだろ?」

「慎二……」

 

 睨みつけてくる慎二に頬を緩ませる士郎

 

「……やっぱ、お前は僕の知ってる衛宮じゃないね。アイツはお前みたいに素直じゃない」

「そうなんだ……」

「別に、だからどうだって話じゃねーよ。このくらいで落ち込むな、鬱陶しい」

 

 刺々しい口調。けれど、士郎は心底嬉しそうに「うん」と頷いた。

 

「……とりあえず、囚われた衛宮の方だけど、助けに行くつもりか?」

「もちろんさー! 僕は、僕の事も笑顔にしてあげたい! 直接会ってみないと分からないけど、アインツベルンの人にも事情がある筈だし、解決出来る事があれば解決してあげたい!」

 

 その言葉に凛はやれやれと肩をすくめる。士郎の言動に凛もいい加減なれて来た。

 

「なら、私達も!」

 

 いきり立つ桜。けれど、慎二が「待てよ」と言った。

  

「助けに行くなら、その前にお前の事を全部教えろ」

 

 慎二は言った。

 

「大分脇道にそれだけど、そもそもそういう話の筈だろ」

「兄さん! 今はそれどころじゃ……」

「黙ってろよ、桜」

「でも! それに、この人は先輩なんですよ!」

「……お前、それを信じられるのか?」

「え?」

 

 桜はキョトンとした表情を浮かべた。

 藤村と一緒になってドナルドの士郎を衛宮士郎だと断定した張本人が今更何を言っているのかと、桜は困惑した。

 

「お前がまだ衛宮が衛宮だと信じ切れてないだろ。そんで、ライダーはもっと疑ってる筈だ。そんな状況で手を組めるのか?」

「兄さん……、でも!」

「いいから、お前は黙ってろよ。衛宮を助けたいなら尚更だ」

 

 慎二は士郎を睨みつける。

 

「話せよ、何もかも。それで、僕達を完全に信用させろ」

 

 高圧的な物言いに不満そうな表情を浮かべる凛。けれど、ラインを通じて士郎がやけに嬉しそうにしている事を感じて黙り込んだ。

 士郎にとって、慎二は親友だ。たとえ、世界は違っても、この世界の己との関係が違っても、その思いは変わらない。

 彼には慎二の言葉がこう聞こえている。

 

 ――――話を聞けば、僕は完全にお前を信用する。

 

「……うん、わかった!」

 

 ドナルドの頭からポンポンポンと白い雲のようなものが現れる。

 驚く暇もなく、雲は慎二達を呑み込んだ。

 

 第十二話『オリジン』

 

 ある月の晩、男と少年は肩を並べて語り合った。

 

「――――子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」

 

 そう、少年には紛れもなく正義の味方に見えた男は言った。

 

「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 

 唇を尖らせる少年に、男は困ったような表情を浮かべる。

 

「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと、もっと早くに気が付けば良かった」

「そっか。それじゃ、しょうがないな」

 

 男の悲しげな顔を見つめながら、少年は言った。

 

「ああ、そうだね。本当にしょうがない」

 

 その悲しげな顔を、笑顔にしたくて言った。

 

「うん、しょうがないから俺がやってやるよ。爺さんは大人だから無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの代わりに俺が」

 

 ――――少しでも、世界を平和にしてみせるよ。

 

 そう言い切る前に、男は微笑んだ。続きなんて聞くまでもないという顔だった。

 男、衛宮切嗣はそうか、と長く息を吸った。

 

「ああ――――、安心した」

 

 それは、継承の儀式だった。

 本来なら、少年は義父から理想(ナカミ)を受け継ぐ筈だった。

 けれど、彼は義父の(ゴール)だけを受け取ってしまった。

 

 炎の中ですべてを失った少年は、その時から時を止めている。

 針を進める筈の理想はなく、導く星も得ることなく、彼は夢を追い求める為に走り出す。

 

 ――――士郎。お姉ちゃんはいつでも士郎の味方だよ。

 

 ――――衛宮。いつだって、僕はお前を応援してる。……忘れんなよ。

 

 それは始まりの物語。それは終わってしまった物語。

 衛宮士郎(ドナルド・マクドナルド)原点(オリジン)だ。



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第十三話『夢のはじまり』

 公園で子供達が騒いでいる。

 

「やーい、知恵遅れ!」

「みなしご!」

「ノロマの衛宮!」

 

 子供という生き物は純粋だ。それ故に、どこまでも残酷になれる。

 良心が育ち切る前の彼らにとって、相手の心を抉る事は遊戯の一つでしかない。

 相手が無抵抗を貫けば、躊躇うどころか調子に乗る。言葉で嬲る事に飽きた彼らは暴力を振るう。

 殴って、蹴って、また殴る。理由は一つ、楽しいから。

 

「やめなさい、アンタ達!!」

 

 怒声が響き渡る。遠巻きに見て嘲笑していた子供達も飛び上がる程の威圧感を振り撒きながら、ポニーテールの女子高生が子供達一人一人の頭にゲンコツを落とす。

 それだけで、彼らは泣き叫んだ。

 痛い。酷い。親に言いつけてやる。

 その言葉に対して、少女はキッパリと言う。

 

「言いなさいよ。それでアンタ達を引っ叩かない親なら、そいつらもまとめて根性叩き直してやるから!」

 

 この街には敵に回してはいけない人間がいる。その事を彼らはこの日に学んだ。

 藤村大河。この冬木の街を影から取り仕切る指定暴力団・藤村組の組長の孫娘にして、冬木の虎と畏れられている少女。その怒気に満ちた眼光を受けて、子供達は逃げ惑う。

 大河は彼らに興味を示さず、彼らが嬲っていた少年に歩み寄る。

 

「士郎! なんで、抵抗しないの!」

「……藤ねえ?」

 

 グッタリしている弟分の姿に涙を溢れさせる大河。

 養父を失った日から、少年は変わってしまった。

 

 ――――僕は世界を救いたいんだ。

 

 自分の事を『俺』ではなく、『僕』というようになった。

 いつも、笑顔を浮かべるようになった。

 殴られても、蹴られても、悪口を言われても笑顔でいつづける彼の事を、心無い大人が知恵遅れだと言った。その言葉が子供たちに伝染して、彼を傷つける為の言葉の代表になっている。

 

「どうして泣いてるの? 僕に出来ることはない?」

 

 己を抱き締めながら泣き続ける姉に士郎は慌てふためく。

 みんなを笑顔にしたいのに、中々うまくいかない。

 今日はかなりうまくいっていたと思ったのに、最後の最後で失敗してしまった。

 

 第十三話『夢のはじまり』

 

 士郎は変わらなかった。変わらないまま、中学生になり、その日もいつものようにパシリをさせられていた。

 衛宮に頼めばなんでもしてくれる。どんな要求を突きつけても、嫌な顔一つ見せずに「うん!」と答える彼を誰もが便利に使っていた。

 誰も彼の名前を呼ばない。

 

「おい、知恵遅れ! ジュース買ってこいよ!」

「うわっ、また笑ってる。キモッ」

「教科書忘れたから貸せよ! お前には必要ないだろ、バカミヤ」

 

 どんな言葉を向けられても、どんな命令をされても、彼はニコニコ笑っていた。

 

「……お前、ムカつかねーの?」

 

 落書きだらけの机を士郎が日課のように拭いていると、クラスメイトの間桐慎二が話し掛けてきた。

 珍しい。士郎はキョトンとした表情を浮かべた。彼は他のクラスメイト達とも話している姿を滅多に見かけない。

 

「間桐くん?」

「見ててイライラしてくるんだよ。お前さ、別に知恵遅れじゃないんだろ。テストの点数も悪くないし、なに要求されてもキッチリこなすし。なのに、なんで怒らねんだよ! 抵抗しろよ! 馬鹿なのか!?」

 

 いきなり怒鳴り散らされて、士郎は目を丸くした。それから、ゆっくりと彼の言葉を飲み下し、満面の笑みを浮かべる。

 

「ありがとう!」

「ハァ? なんなんだ、お前。なんで、ありがとうなんだよ!?」

「だって、君は僕のために怒ってくれてるんでしょ? 嬉しいな!」

 

 唖然とした表情を浮かべる慎二。

 

「意味わかんねーよ。お前さ、何がしたいわけ? あんなくだらない連中にヘコヘコ頭下げて、何が楽しいんだ?」

「僕は世界を救いたいんだ」

「……は?」

 

 呆気にとられる慎二。聞き間違いかと思った。

 

「今、なんて言った?」

 

 聞き返すと、士郎はキラキラした瞳で言った。

 

「――――僕は世界を救いたいんだ!」

「お前、何いってんの?」

 

 あまりにも馬鹿げた発言に慎二は頭を抱えそうになった。 

 家に帰れば卑屈な妹がいて、学校に来ても卑屈な男がいるものだから、我慢の限界を迎えてしまったのだ。それでつい、魔が差した。

 

「……それで、やってる事はパシリかよ。そんな事やってて、世界なんて救えるのか?」

「分からないよ。僕も、どうしたら世界が救えるのか、ずっと探してるんだ。だから、とりあえず……、この目で見える範囲の人達を救おうと思ったんだ!」

「お前……、何いってんの?」

「僕はみんなに笑顔でいてもらいたい。だから、みんなにお願いされた事は全力で取り組む事にしてるんだ!」

「……馬鹿じゃねーの。それ、お前に何の得があるんだよ」

「あるさ! だって、みんなを笑顔に出来たら、僕は嬉しいもん!」

「馬鹿じゃねーの……」

「……え、えへへ」

「困った風に笑ってんじゃねーよ。こういう時は、馬鹿っていうほうが馬鹿なんだ! とか言っておけばいいんだよ」

 

 慎二は舌を打った。

 

「……お前、明日からはパシリやめろ」

「え?」

「悪口言われたら言い返せ。殴られたら殴り返せ」

「そ、それは……」

「やれよ。お前、世界を救いたいんだろ? みんなを笑顔にしたいんだろ。だったら、まずは僕を笑顔にしろよ。お前が今のままじゃ、僕はイライラして笑顔になるどころじゃねーんだよ!」

「間桐くん……」

 

 それが二人の出会いだった。

 翌日、士郎はクラスメイトにジュースを買ってこいと言われた時に、困った表情を浮かべた。

 いつもなら即答で買いに走る士郎らしくない反応にクラスメイトは苛立ち、士郎の机を蹴りつけた。倒れる机を慌てて掴む士郎。その姿を嘲笑する女生徒。

 

「おい、長澤」

 

 そこに、慎二がやって来た。

 

「お前、この前公園でタバコ吸ってたろ?」

「はぁ? いきなり、何言い出してんだよ間桐!」

「ほれ、この写真。いろんな場所に送っといてやったぜ」

 

 ポケットから取り出した写真を長澤に投げつける慎二。

 そこにはタバコの他にビールを飲んでいる姿を映したものもあった。

 

「なっ、なんだよ、これ!?」

「お前のは分かりやすいやつで助かったよ。おめでとう。明日からは晴れて自由の身だぜ? タバコにビールじゃ、退学確定だからな」

「は? 意味分かんねぇよ。退学って、はぁ!? なんで、んな事すんだよ!」

「鬱陶しいんだよ、お前」

 

 怒りに任せて殴り掛かる長澤の足をすくい転ばせると、慎二はクラスメイト達に言った。

 

「お前ら全員の分もあるぜ」

 

 そう言うと、カバンから袋を取り出して、慎二は床に大量の写真をばら撒いた。

 

「え? なにこれ……」

「うそっ!? なんで!?」

 

 悲鳴と共に慌てて自分の写真を拾おうとするクラスメイト達に慎二は言った。

 

「それ拾っても意味ないぜ? 焼き増しはいくらでも出来るからね。それ、親とか教師とか、中には警察なんかにバラ撒かれたら困るヤツ、いるよな? バラ撒かれたくなかったら……、その先は言わなくても分かるよな? 分からないヤツの分は容赦なくバラ撒くぜ」

 

 青い表情を浮かべるクラスメイト達を見て、ようやく再起動を果たす士郎。

 

「ま、間桐くん……?」

「ハッハッハ! 見ろよ、こいつらのアホ面! 傑作だ!」

「……せ、先生に言いつけるから」

 

 誰かが言った。

 

「あん? 好きにしろよ」

 

 丁度その時、担任の教師が教室に入って来た。

 さっきの生徒が先生に駆け寄っていく。

 

「先生、間桐くんが!」

「……なんだ、白峰。また、衛宮くんを虐めていたのか?」

「え?」

 

 いつも見て見ぬふりをしていた教師の言葉とは思えず、白峰は戸惑った。それに、彼が生徒に『くん』を付けているところなど初めて見た。

 

「いかんぞ……、虐めはいかん。ほら、衛宮くんに謝りなさい!」

 

 その様子を慎二は楽しそうに見ていた。

 

「そうだよなぁ? 虐めはよくねーよ。だろ? 衛宮」

「間桐くん。あんまり、みんなに酷い事は……」

「バーカ。僕はイジメを止めさせてやったんだよ。悪い事をやめさせるのが正義ってヤツだろ。僕だって心苦しいんだぜ? 分かってくれよ、衛宮」

「そ、そうなの……?」

「そうなんだよ!」

 

 その日から、退学処分になった数人を除いて、クラスメイト達が士郎に何かを要求してくる事は無くなった。机に落書きをされる事も、教科書を破かれる事もない。

 

「困ったな……。なにも頼んでもらえない」

 

 士郎が誰かを助けたり、手伝おうとすると、みんなが逃げるようになってしまった。衛宮を使うと地獄に落ちる。実際、退学になった生徒やいろいろな意味で地獄へ落とされた人間が数人いた。

 慎二の行動が善意である事を知っているために士郎も強く言う事が出来ず、彼はジレンマを抱えた。

 

「士郎。どうしたの? 悩みがあるならお姉ちゃんに話してごらん」

 

 最近、士郎が怪我をしなくなった事に気を良くしていた大河は心配そうに彼を見つめた。

 その顔を見返しながら、士郎は慎二の言葉を思い出した。

 

 ――――お前、世界を救いたいんだろ? みんなを笑顔にしたいんだろ。だったら、まずは僕を笑顔にしろよ。お前が今のままじゃ、僕はイライラして笑顔になるどころじゃねーんだよ!

 

 そう言えば、大河はいつも哀しそうだ。時々、太陽のように笑ってくれるけど、怪我をして帰ってくると泣いてしまう。破れた教科書やずぶ濡れのカバンを見られた時は苦しそうな表情だった。

 一番笑顔になって欲しい人を笑顔に出来ていない。その事に気付いて、士郎は愕然となった。

 

「……どうしたらいいと思う?」

 

 士郎は誰よりも頼りになる男の下を訪れた。

 藤村雷画。大河の祖父であり、藤村組の組長だ。

 彼は士郎の悩みを真摯に聞いた。

 

「難しいな。誰かを笑顔にするってなら分かるが、誰も彼も笑顔にしたいってのは……まあ、ほとんど不可能ってもんだ」

「でも……、僕は……」

「お前さんも分かってんだろ? 自分の身を削って誰かを笑顔に出来ても、それを見た大河は泣くぞ。大河だけじゃねー。俺だって泣く。うちの若い衆だって、お前さんを傷つけた連中に焼き入れて―のを必死に我慢してる。きっと、他にもいるぜ。お前さんの痛みはお前さんを大事に思っているヤツの痛みでもあるんだ」

「でも……、でも……」

 

 世界を救いたい。士郎の言葉に雷画は困った表情を浮かべる。

 

「頑固なところは親父譲りか……。けどな、どだい無茶な話だぜ。人間って生き物は争う生き物だ。他人を傷つけずに生きていける人間なんざそうそういねーんだ。戦争がなんで起きてるか、分かるか? そこに善悪なんかねーんだよ。自分達は正しいと叫びながら、どっちも自分が利益を手に入れたいから殺し合うんだ。誰かが笑顔になれば、誰かが泣く。そういうもんだ。分かってくれや、坊主」

 

 士郎は泣いた。

 世界を救いたい。だけど、世界は救えない。

 誰に聞いても、それは無理だと言われる。

 

「僕は……、僕は、世界を……」

 

 誰も傷つかない世界が欲しい。

 だから、誰も傷つけないように『俺』から『僕』に変えて、いつでも笑顔でいるようにした。

 そして、傷を自分に集めようとしたのに、失敗した。

 

「世界を……、世界を……」

 

 泣きながら、苦しみながら、それでも士郎は探し続ける。

 世界を救う方法を……。

 

 そして――――、彼はその言葉を見つける。

 

『マクドナルドのある国は戦争をしない』

 

その言葉に、少年は魅了された……。



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第十四話『夢に向かって』

 間桐慎二は目眩を感じた。

 

「……いま、なんて言った?」

「僕はドナルド・マクドナルドになるよ!」

 

 満面の笑顔で意味不明な言葉を口にする士郎。

 

「病院に行くぞ、衛宮」

「ええ!? なんで!?」

「なんでもなにも、お前がトチ狂った事を言い出すからだろ! ドナルド・マクドナルドって、あのマックのピエロだろ!? なんで、そんなものになろうとしてんだよ! 世界を救うとか言ってたのは何だったんだ!」

「それだよ、間桐くん!」

「ほあ!?」

 

 士郎は慎二の両肩を掴むと、燃えるような瞳で語り始めた。

 

「知っているかい? 『マクドナルドのある国は戦争をしない』という格言があるんだ! そう、マクドナルドこそ、平和の象徴だったんだよ!!」

「……お、おう」

「僕はドナルドになるんだ! そして、世界を平和にしてみせる!」

「お、おう……」

 

 未だ嘗てないほどにイキイキとした表情を浮かべる友人に、慎二は喉元までせり上がっていた言葉を呑み込んだ。

 

 ――――ちげーよ。戦争が起きたらマックが撤退してるだけで、別にマックがあるから戦争がないわけじゃねーよ!

 

 その残酷な真実を教えて、わざわざ士郎の笑顔を曇らせる必要性を慎二は感じなかった。

 

「それでね! ダンススクールに通うことにしたんだ!」

「……は?」

「ゆくゆくは演劇スクールにも通うつもりなんだ! なにせ、ドナルドになる為にはパフォーマンスをこなせるようにならないといけないからね!」

「お、おう……、そうか」

 

 士郎の眼があまりにも本気過ぎて、慎二は他になにも言えなかった。

 

 第十四話『夢に向かって』

 

 士郎は本気だった。

 

「こっちの方がいいかな? これもいいなぁ。これか? これか? これかぁ? どれがいいと思う? 二人共!」

 

 鏡の前でポーズを決めていた士郎が振り向いた先には大河と慎二がいた。

 

「うーん、わたしは最初のかなー。慎ちゃんは?」

「慎ちゃんって呼ぶな、バカ虎! ……強いて言うなら、三つ目だな」

「虎って言うなつってんでしょーが!!」

「うるせーな! だったら、慎ちゃんって呼ぶんじゃねーよ!」

「慎ちゃんがバカ虎って呼ぶからでしょ! やーい、慎ちゃん! 慎ちゃん! クレヨン慎ちゃん!」

「うるせーよ、バカ虎!!」

 

 それは、ここ最近の衛宮家の新たな日常風景だった。

 ドナルドになりたい士郎はダンススクールに通いつめていた。スクールの誰よりも熱心に取り組む士郎はまたたく間に技術を磨いていき、遂にはオリジナルのダンスを考えるまでになっていた。

 その時に意見を求めたのがこの二人だ。

 大河は二つ返事で引き受けた。

 

 ――――士郎のやりたい事なら、わたしはなんでも協力するよ!

 

 慎二も、最初こそ渋ったものの、

 

 ――――暇つぶし程度に付き合ってやるよ。

 

 と、頼めばいつでも付き合ってくれた。

 

「うーん。これは、いつものパターンだね。よし! 夕飯の仕度をしよう」

 

 慎二と大河の喧嘩はいつもの事で、始まってしまうと中々終わらない。

 はじめは仲裁しようとしていたのだが、なんだかんだで二人共楽しそうだから放っておく事にした。

 喧嘩だって、度が過ぎなければ立派なコミュニケーションだ。

 目指すべき目標(ドナルド)を手に入れた士郎は余裕を持てるようになり、少し視野が広がっていた。

 

「士郎! 慎ちゃんが虐める!」

「衛宮! バカ虎をどうにかしろ!」

「二人共、今日の夕飯はハンバーグだよ!」

「「またかよ!?」」

 

 マクドナルドはバーガーショップだ。ならば、ドナルドになる者として極めなければならない、究極のハンバーガーを!

 士郎は日夜バンズやハンバーグ、ピクルスの研究に勤しんでいた。その結果、衛宮家の食卓はハンバーグばっかりになっていた。

 

「栄養が偏るだろ! お前、世界を救う前に成人病で死ぬぞ!」

「お姉ちゃん。たまには別の料理がいいなー……、なんてー」

「大丈夫! 今日のハンバーグはいつもと違う! 豆腐ハンバーグだよ! もはや、別料理! 付け合せのピクルスと合わせれば栄養もバッチリさ!」

「「……はい」」

 

 二人共、家に帰れば食べたいものを食べられる環境にある。それでも、士郎が作った夕飯を食べないという選択肢はなかった。

 

「……美味いんだよなぁ」

「おいしいんだよねー……」

 

 結局のところ、食べれば美味しいのだ。毎日食べても、完全に飽きることのない味だ。

 

「衛宮。来月から演劇スクールに通うんだろ?」

「うん! 演技力を磨いてくるよ! ドナルドになる為に!」

 

 瞳をランランと輝かせる士郎に慎二は苦笑した。

 

「なんなら、付き合ってやろうか?」

「いいの!? うれしいなー! 慎二と一緒なら、絶対楽しくなるぞ―!」

「ムムッ! だったら、お姉ちゃんも一緒に通うよ!」

「バカ虎は来年から教師になるんだろ? 大人しく勉強しとけよ。生徒の前で恥かいても知らないぜ?」

「ムキー! わたしだって、士郎と一緒に習い事がしたいもん!」

「でも、藤ねえは勉強を頑張ったほうがいいと思うよ?」

 

 士郎の言葉にガーンと言いながら塞ぎ込む大河。 

 

「最近、士郎が慎ちゃんばっかり構う……」

「ハッハッハ! ザマァないな、バカ虎!」

「ムギャー! そこで躊躇いなく追い打ちかけるなんて、人の心がないのかな、慎ちゃんは!」

 

 結局、士郎は慎二と一緒に演劇スクールに通うことになった。

 あっという間にプロとして通用しそうなレベルに達する慎二。

 

「衛宮。そうじゃない! いいか? 遠くの人間に、囁きかけるようにセリフを言うんだ!」

「難しいよ、慎二……」

「いいからやれ!」

 

 いつの間にか、教える側に回っている慎二。芸能事務所からの誘いも何度かあった。

 

「すごいな、慎二! 俳優にならないの? この前、オファーが来てたよね?」

「あーっと、考え中。いろいろとやらなきゃいけない事もあるからな。そういうのが片付いたら、やってみてもいいかな」

「ふーん。じゃあさ! 特撮ヒーローになってよ! ほら、マクドナルドって、仮面ライダーやスーパー戦隊とコラボしてるじゃん!」

「……だったら、さっさとドナルドになれよ。その時は、うん。なってやるかな、仮面ライダー」

「慎二はスーパー戦隊はダメなの?」

「あのピチピチスーツはイヤだ」

 

 高校にあがる頃には士郎の演技力も中々のものになっていた。

 

「今日から藤ねえの生徒だね!」

「バカ虎が教師とか、今でも信じらんねぇ」

「ふふん! 言っておくけど、身内だからって贔屓はしないからね! 教師として、ビシバシ指導していくからね!」

 

 教師になるにあたって、長かった髪をバッサリと切ってしまった大河。

 士郎ははじめこそ違和感を覚えていたものの、ハツラツとした性格の彼女にはよく似合っていて、すぐに慣れる事が出来た。

 

「あっ、二人共! 部活動は弓道部ね! これ、決定事項よ!」

「……ああ、弓道部の顧問だっけ? なんで、剣道部じゃねーんだよ。冬木の虎の癖に」

「あら、聞きたい? そんなに聞きたいなら教えてしんぜよう!」

「いや、そこまで興味ねーや」

「聞きたいなら教えてあげましょう!!!」

 

 賑やかな日々を過ぎていく。

 

「うわー、可愛いなー」

 

 高校に入学してからしばらく経ったある日の事、士郎は初めての恋を芽生えさせた。

 黒い髪を靡かせる学園一の美女。遠坂凛。その佇まいに、まさしく一目惚れだった。

 

「アイツはやめとけ」

「へ?」

「お前にはバカ虎がいるだろ」

「いや、藤ねえは家族だし……」

「とにかく、アイツはやめとけよ」

 

 そう言う慎二の表情は、見たことがないくらい恐ろしいものだった。

 怒りと憎しみの入り混じった彼の表情に士郎は困惑する。

 

「えっと……、慎二は遠坂さんが嫌いなの?」

「嫌いだね。アイツはドブ川みたいな……いや、ドブそのものだ。存在自体が忌々しくて堪らないよ」

「し、慎二?」

「とにかく、お前はアイツに関わるな。絶対にな! 約束しろよ」

「えっと……、その……」

「約束しろ」

「……はい」

 

 そうして、士郎の初恋は始まる前に終わった。

 更に月日は流れていく。

 

「そう言えば、慎ちゃんって妹さんがいるんだよね?」

「えっ、そうなの!?」

 

 士郎にとって、慎二に妹がいるという話は初耳だった。長い付き合いなのに、そんな話は一度も聞いていない。

 慎二は不機嫌そうに「それが?」と言った。

 

「一歳差なんだよね? 妹さんも穂群原?」

「……違うよ」

「そうなの?」

「ああ」

 

 慎二は早く話を打ち切りたい様子だったが、士郎はどうしても気になった。

 

「妹がいるなら教えてくれればいいのに」

「……お前には会わせねーよ」

「え……?」

 

 あまりにも冷たい言葉に士郎は戸惑った。

 その様子に慎二はため息を吐く。

 

「ちょっと問題を抱えてんだよ。けど、心配するな。アイツを笑顔にするのは僕の役目だ。だから、衛宮は他の連中を笑顔にする事に集中しとけよ」

「……う、うん」

 

 そして、数ヶ月後――――。

 士郎はいよいよドナルドになる為に東京へ向かう決意を固めた。

 オーディションの報せを持ってきてくれたのは慎二だった。なにやら、新しいスポンサーの意向で急遽決まった事のようだ。

 

「藤ねえ! 慎二! 雷画のじいちゃん! みんな! 僕、絶対にドナルドになるよ! そして、世界を救ってみせる!」

「うん! 士郎なら絶対なれるよ!」

「……がんばれよ、衛宮」

「行ってこい、坊主!」

 

 藤村組の若い衆達まで勢揃いで見送りに出て来ている。

 彼らに手を振り、意気揚々と出発しようとする士郎を大河が背中から抱き締めた。

 

「士郎。お姉ちゃんはいつでも士郎の味方だよ。不安になったら、その事を思い出してね。行ってらっしゃい」

「うん……。行ってきます!」

 

 そして、今度こそ歩き出す士郎に、慎二が叫んだ。

 

「衛宮!! いつだって、僕はお前を応援してる。……忘れんなよ!!」

 

 慎二らしくない、実に熱いエールに士郎は両腕を上げながら「うん!!」と返した。

 そして、何度も振り返りながら士郎はオーディションの会場へ向かっていく。

 最後に見た彼らの表情は輝かしい笑顔だった――――。



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第十五話『夢のおわり』

 オーディションは一月に渡って行われた。ドナルド・マクドナルドになりたい若者達としのぎを削り合いながら着々と夢を突き進んでいく士郎。

 そして、いよいよ最後のオーディションがはじまった。並び立つ五人のドナルドフェイス。

 

「それでは、最後のオーディションをはじめます。自由に自己アピールをして下さい」

 

 最後のオーディションも熾烈を極めた。それはもう凄かった。言葉では表現しきれない程の高レベルな戦いだった。

 だが、士郎は勝った。遂に、長き激闘の果てにドナルドの地位を手に入れた。

 決定打となったのは大河と慎二に協力してもらって作ったオリジナルのダンス『ドナルド・エクササイズ』だった。

 ついつい一緒に踊りたくなってしまう魅惑的なダンスに、最後はライバル達も一緒に踊りだし、採用担当者も踊りだし、他のスタッフも踊りだした。

 

「やった! やったよ、藤ねえ! 慎二! みんな!」

 

 インド映画も真っ青なダンスシーンの後に合格の一言をもらい、士郎は喜び勇んで帰路についた。これからは忙しくなる。早速、来週からはドナルドとしての活動が始まるのだ。その前に藤ねえには精一杯の親孝行がしたい。慎二にもたくさんお礼を言いたい。二人がいなければ、今の自分は無かったと士郎は確信している。

 電車に揺られながら、二人がどんな顔になるかを想像して頬を緩ませた。

 

「藤ねえ。慎二。みんな……、今から帰るよ」

 

 世界を救いたい。

 みんなを笑顔にしたい。

 だから、まずは誰よりも大切な二人を笑顔にしよう。

 

「待っててね」

 

 第十五話『夢のおわり』

 

 オーディションに集中する為に、士郎はテレビや新聞を読んでいなかった。

 携帯電話なんていう便利なものも持っていなかったから、彼はなにも知らなかった。

 冬木市が近づくに連れて、人の気配が失われていく。電車も随分と前に止まっていて、それ以上先には連れて行ってくれなかった。

 誰かが言った。

 

 ――――冬木市が消滅したって、マジ?

 

 誰かが言った。

 

 ――――隕石じゃないかって噂だよ。

 

 誰かが言った。

 

 ――――みんな、死んじゃったって。

 

 嘘だ。士郎は確信した。だって、あり得ない。そこで、みんなが自分の帰りを待っている筈なんだ。

 バスや電車はおろか、タクシーすら走っていない。仕方なく、近くで自転車を購入して、士郎は走った。

 はやく帰ろう。みんなの顔がみたい。待っている筈なのだと信じて、彼は冬木市を目指す。

 そして――――、

 

「……え?」

 

 辿り着いた先には、なにも無かった。立ち入り禁止の看板の向こうには、瓦礫が僅かに残っているだけで、あとは何も残っていない。

 士郎は慌てて封鎖された柵を乗り越え、走った。

 

「藤ねえ!!! どこにいるの!?」

 

 返事はない。

 

「慎二!!! 僕、帰ってきたんだよ!!!」

 

 返事はない。

 

「雷画のじいちゃん! みんな!! どこにいるんだよ!!!」

 

 返事はない。

 走って、走って、走って、走って……、だけど、ある筈のものがどこにもない。

 駅だった場所には、冬という漢字が刻まれた石が残るのみ。

 未遠川は元のカタチを保っておらず。海の方から乱雑に流れ込んできている。

 砕けた冬木大橋を見上げると、士郎は泣きながら家のあった方角を目指す。

 

 ――――ウソだ。イヤだ。こんなのイヤだ。

 

 士郎は叫んだ。

 

「藤ねえ!!! 慎二!!! どこだよ!? なんで、出て来てくれないんだよ!!!」

 

 喉が枯れるまで叫び続けた。けれど、返ってくるのは頭がおかしくなりそうな静寂のみ。

 そして、行き着いた先に待っていたものは、崩れた土蔵だった。

 ふらふらと歩み寄り、土蔵の扉を開く。けれど、その先にはなにもない。家主の帰りを、その扉だけが待っていたのだろう。役目を終えると共に、扉は周囲にへばりついていた壁の一部と共に崩れ落ちた。

 

「……嘘だ」

 

 どこを向いても、なにもない。

 

「嘘だ!! 嘘だ!! 嘘だ!!」

 

 士郎はわずかに残った瓦礫をどかし始めた。

 いるはずだ。どこかに隠れているだけだ。

 だって、待っている筈なんだ。ドナルドになれた事を報せて、喜ばせる筈なんだ。

 

「出てきてよ、藤ねえ!!! いじわるしないでよ、慎二!!! 僕、なれたんだよ!!! ちゃんと、なれたんだ!!! だから……、だから、頼むから……、お願いだから出てきてよ……」

 

 返事はない。彼に応えるものなど、すでにどこにもいなかった。

 これは、あの日の続きだ。炎の中ですべてを失った始まりの日。

 彼は、また失った。ゼロから作り直してきたもの。家族も、友達も失い、積み上げてきた自分(ココロ)も失おうとしている。

 

「ああ……、あああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 悲痛な叫びが響き渡る。

 

「……喧しいぞ、雑種」

 

 蹲っていた士郎に声を掛ける者がいた。

 泣きながら顔を上げた彼の前に立っていたのは、金色の男だった。

 

「あの状況で生き残ったか……いや、運良く逃れていたのか」

「……ぁ、あの! ふ、藤ねえ……、藤村大河を知りませんか!? 間桐慎二は!?」

 

 藁にも縋る思いで男に尋ねる士郎。

 

「見て分からぬか? この状況で、生き残りがいるとでも?」

「……だって、みんなが待ってる筈なんだ」

「待っている者などいない。ここには、怨霊すら残ってはいないのだ。あらゆる存在が、ガイアによって否定された地。まったく、愉快よな」

「え……?」

 

 士郎には男の言葉がほとんど理解出来ていなかった。

 けれど、男は構わず続ける。

 

「おのが欲望を満たすために禁忌へ手を伸ばし、触れてはならぬ者の怒りをかった。これは、その結果に過ぎん。自業自得というものよ」

「……みんな、死んだの?」

「頭の巡りの悪いやつだ。先ほどから、そうだと言っているではないか。誰一人、生き残りはいない。抑止力が動いたからな。アレはそういうものだ。原因を根絶する為、この地のすべてを破壊した」

 

 ――――中々に壮観だったぞ。

 

 その言葉に士郎は泣き崩れた。

 

「イヤだ……。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ」

 

 その姿に、黄金の男は問う。

 

「……無垢なものよ。貴様には、この絶望に耐えられまい。故に慈悲をくれてやろう」

 

 その言葉と共に、男は黄金の甲冑を纏い、美しい剣を掲げた。

 

「うっ、うわああああ!?」

 

 咄嗟に転がりながら避ける士郎。

 男は舌を打った。

 

「我の慈悲を避けるとは、不敬なヤツよ」

「な、なにを……」

「これ以上、生きていても辛かろう。ここで終わらせてやろうと言っているのだ」

「終わらせるって……、僕を殺すってこと?」

「そうだ」

 

 当然のようにとんでもない言葉を言い放つ男に、士郎は言った。

 

「ぼ、僕は死ねない!」

「……ほう。家族も友も失い、それでもか?」

「それでも、僕にはやらなきゃいけない事があるんだ!!」

「言ってみろ。この絶望を抱えながら、何を為すと?」

 

 士郎は言った。

 

「僕は――――」

 

 大河が言った。

 

 ――――士郎なら絶対なれるよ!

 

 慎二が言った。

 

 ――――衛宮!! いつだって、僕はお前を応援してる。

 

「――――世界を救うんだ!!」

 

 その言葉に、男は笑った。

 腹を抱えながら、心底おかしげに笑い、その赤い眼光を士郎に向ける。

 

「貴様……、本気だな。心の底から、世界を救うなどという妄言を口にしているな!」

「妄言なんかじゃない! 藤ねえがなれるって言ってくれた! 慎二が応援してるって言ってくれた! 雷画のじいちゃんも、藤村組のみんなも! だから、僕はなるんだ! ドナルド・マクドナルドに! そして、世界を救うんだ!」

「……クハッ、ハッハッハッハッハッハ!! 稀に見る馬鹿者だな、貴様」

 

 男は剣をどこかへ消すと、士郎に言った。

 

「いいだろう、進むがよい。なにも持たぬ男が、どこまで行けるか見せてみよ。その道の果てで、我が自ら貴様を見定めてやる」

 

 そう言うと、男は士郎の横を通り過ぎた。振り向くと、既に男の姿はなく、士郎は狐につままれたような気分になった。

 

「藤ねえ……。慎二……。みんな……。僕、行ってくるよ」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、彼は言う。

 

「――――僕は、世界を救う」

 

 そして、少年は歩き出す。ドナルド・マクドナルドとして……。



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第十六話『準備』

 夢から覚めた時、誰も言葉を発する事が出来なかった。

 

「――――これが、ドナルドだよ」

 

 士郎の声を聞いて、最初に再起動を果たしたのは慎二だった。

 

「いろいろとツッコみたいところがあったけどさ」

 

 彼は傍らで俯く桜を見た。ドナルドが見せた世界の慎二は桜の存在を徹底的に隠していた。同時に、凛の事を毛嫌いし、士郎に近づかないよう言い含めてもいた。

 その理由を考えてみる。単純に、士郎を魔術の世界に触れさせたくなかったのかもしれない。今の自分と比較して、あの世界の間桐慎二は随分と素直な感情を士郎に向けていた。

 けれど、それだけとも思えない。

 

 ――――いろいろとやらなきゃいけない事もあるからな。

 ――――アイツを笑顔にするのは僕の役目だ。

 

 その言葉を吟味していくと、一つの結論に達した。

 この世界の桜がドナルドの士郎に救われたように、あの世界の慎二は妹を救おうとしたのだろう。そう考えれば、辻褄が合う。妹を救うという事は、間桐臓硯に挑むという事だ。それこそ、命を捨てる覚悟が必要になる。そんな事に巻き込みたくなかったのだろう。

 遠坂凛を毛嫌いしていたのも、桜との関係を考えれば不可解というものでもない。実のところ、この二人は姉妹関係にある。魔術師の血族特有の事情があって、桜は幼少期に間桐家へ養子に出された。それによって、桜は難儀な人生を送るハメになったのだ。

 

「……信用してやるよ、衛宮」

 

 魔術師にしてもらった事で心に余裕が生まれたのか、はたまた彼の過去に対して感情を動かされたのか、それは彼自身にも分からない。

 ただ、慎二の中に彼を信用しないという選択肢は無かった。

 

「慎二!」

「……衛宮。僕は、お前の知ってる素直な慎ちゃんじゃない」

 

 喜びのあまりランランルーをしかけた士郎に慎二は言う。

 

「だけど、僕もお前を気に入った。バカ正直で頑固なところが特にな」

 

 改めて、士郎の顔を見る。ピエロのフェイスペイントの向こう。そこには、他の誰も持ち得ない衛宮の瞳がある。大人になれば誰もが落としていく光。眩しくて、目を逸らしたくなるのに、求めずにはいられなくなるそれを持ち続けているから、彼は衛宮士郎という少年に惹かれている。

 士郎もまた、慎二を見る。彼とこの世界の衛宮士郎の関係は自分達ほど深くはない。けれど、二人は友達になった。そういう運命なのかもしれない。

 

「慎二……。僕、ドナルドになれたよ」

 

 気付けば、士郎はそう口にしていた。

 

「おう、よくやった。まあ、当然だけどな」

 

 上から目線の言葉が心地よく、士郎は嬉しそうに「うん」と頷いた。

 

第十六話『準備』

 

「……士郎」

 

 大河は士郎を後ろから抱きしめた。

 

「頑張ったんだね。お姉ちゃんが褒めてあげよう!」

「……えへへ」

 

 疑問を挟み込む事もなく士郎の見せた夢を信じる二人をライダーは不気味に感じた。

 この二人は初めからドナルドを衛宮士郎だと確信していたが、こんな荒唐無稽な夢に疑念も抱かないなどおかしい。そもそも、夢などいくらでも弄る事が出来る。その事は、仮初とはいえ、ライダーのマスターだった慎二も知っている筈だ。

 

 ――――なるほど、魅了のスキルを持っているのか。いや、カリスマか? いずれにしても、これは、生身の人間には為す術がないな。

 

 臓硯の言葉が脳裏を過る。彼の分析が正しかったとすれば、筋が通る。

 よくよく考えてみれば、仮にも衛宮士郎に恋心を抱いている桜が気づけなかったのに、距離を置いていたはずの慎二が彼を衛宮士郎だと見抜けた時点で妙だった。

 おそらく、慎二と藤村の両名は魔力に対する耐性が皆無の為に抵抗(レジスト)が出来なかったのだろう。

 

「サクラ……」

 

 ライダーは桜にドナルドの出したバーガーを食べさせてしまった事を悔いた。魔術に精通しているライダーすら欺き、密やかに慎二達を洗脳したのだとすれば、あのバーガーに何かを仕込まれていたとしても不思議ではない。

 

「申し訳ありません」

「え?」

 

 躊躇っている余裕はない。この男はあまりにも危険過ぎる。

 さりとて、離脱しても、あの反則染みた転移魔術によってどこに逃げても捕捉されてしまう。

 ならば、結論は一つ。

 

「死になさい、道化師」

 

 ――――自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

 

 宝具の発動と同時に桜に対して可能な限りの保護を施す。もはや、形振りに構っていられる段階は過ぎ去った。

 呪印を刻む為に釘剣を自身の首に向ける。

 おそらく、桜以外は全員が死ぬ事になる。けれど、それは仕方のない事だ。既に洗脳が施されてしまった以上、彼らを救出する事は自滅を誘発する。

 

「やめて、ライダー!!」

 

 悲鳴染みた叫びによって、ライダーの体が凍りつく。

 

「サク、ラ……」

 

 令呪によって行動を強制キャンセルさせられたライダーは体勢を崩した。

 

「なんで!? どうして、いきなり……」

 

 問い詰めてくる桜に構っている余裕はなかった。

 ライダーは士郎を睨みつける。

 

「……ごめん、ライダーちゃん。僕も気づかなかった」

 

 対する士郎は深刻そうに自分の両手を見つめていた。

 

「どういう事……?」

「凛ちゃん。僕のスキルを見てくれる?」

「スキル……?」

 

 言われてから、凛はウッカリと士郎のステータスをしっかりと確認した事がなかった事を思い出した。

 士郎のスキルを確認する。

 

「えっと……、魔術:評価規格外(Ex)。いきなり来たわね……。カリスマ:A。もしかして、これ?」

「うん。嬉しかったけど、たしかにおかしいとも思ってたんだ。だって、この顔だし……」

「えっと……、どういう事?」

 

 首を傾げる大河に士郎は頭を下げた。

 

「ごめん! たぶん、藤ねえと慎二には僕のカリスマのスキルが適用されちゃってるんだ」

「カリスマ?」

「ああ……、王侯貴族や宗教家のサーヴァントが持つスキルだな。たしかに、宝具が信仰を基にした固有結界である以上、持っていて当たり前だな。……ドナルド・マクドナルドが信仰されてるって点にツッコみたくなるけど」

 

 慎二は苦笑しながら言った。

 

「えっと……、怒ってないの?」

「怒る必要ないだろ。カリスマは別に洗脳のスキルじゃない。僕の場合、お前が衛宮だって分かったり、ちょっと素直になれた程度だ。それ以上の事をされてたら、さすがにライダーが気づく」

「待って下さい、シンジ。たしかに、わたしは気づくことが出来ませんでした。しかし、魔術師であるサクラには効かず、魔術師ではなかったあなた達に適用されたという事は、やはり魔術的な――――」

「バーカ。桜に効かなかったのは衛宮が桜の事を知らなかったからだ。いいか? カリスマってのは、本来は軍団を指揮する為のスキルだ。もっと言えば、味方の結束を高める為のものなんだよ。衛宮にとって、僕と藤村は一番の味方だったんだ。だから、適用されたんだよ」

「しかし……」

 

 警戒心を解かないライダーに慎二は言った。

 

「だったら、お前は桜と間桐邸に戻ってろ」

「シンジ?」

「そこまで警戒心バリバリじゃ、連携もクソも無いだろ。そもそも、こっちの世界の衛宮を助けにいく為の前提として、僕達がコイツを信用する為に自分語りをさせたんだぞ? それでも信用出来ないなら、いっそ組まない方がマシだ」

「兄さん! わたしは行きます! ライダーも、どうしてそんなに警戒するの!? この人はわたしをお祖父様から解放してくれたのよ!?」

「サクラ……」

「わたしは先輩を助けに行きたいの! お願いよ、ライダー! こうしてる間にも、先輩の身にもしもの事があったら……」

 

 涙を浮かべる桜にライダーは歯を食いしばった。

 

「……分かりました」

 

 そう言うと、ライダーは士郎を睨みつけた。

 

「ですが、桜に危害を加えたら、その時は必ず……」

「ライダー!」

「待って、桜ちゃん。ライダーちゃんは君が心配なんだよ! 分かってあげてほしいな……」

「……それは、分かってますけど」

「はい、そこまで!」

 

 凛がパンパンと手を叩いた。

 

「埒が明かないから、そこまでにしなさい。とりあえず、ライダーは士郎が桜に危害を加えない限り仲間って事でオーケー。さっさと本題に移るわよ。こっちの衛宮くんの救出は簡単な話じゃないもの。なにせ、相手はアインツベルンなんだから」

「えっと……、まだよく分かってないんだけど、その人達が誘拐犯なんだよね?」

 

 大河は知識の足りない状態でありながら、危機に瀕している弟分の為に必死に食らいつこうとしている。

 

「そうです。そして、とても厄介な相手でもあります」

 

 そう言うと、凛は立ち上がった。

 

「まずは、バゼットとランサーに連絡するわ。戦力は多い方がいいもの」

「ランサー……? どういう事だ?」

「説明がメンドイから、流れを夢で見せといて、士郎。あと、終わったらドナルド・エクササイズを済ませておいて。兵は拙速を尊ぶって言うでしょ? 準備が整ったら強襲を掛けるわ」

 

 そこまでを一気に言い終えると、凛は再び手を大きく鳴らした。

 

「衛宮くん救出作戦開始よ!」



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第十七話『無限の可能性』

「――――アインツベルンへの強襲ですか」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは定時連絡の場所として指定してあった海浜公園に来ていた。そこには水晶の鳥がいて、同盟相手である遠坂凛の声を届けている。

 見事な使い魔だと感心しながら、使い魔越しである理由を尋ねると、驚くべき事にライダーのマスターと同盟を結んだと言う。あの胡散臭さの塊である道化師と同盟を組むなど正気とは思えない。どういう事かと突っ込んで聞くと、凛は道化師の正体を明かした。

 聞けば聞くほど頭がおかしくなりそうな話の後、ライダーのマスターが道化師の生前の友人である事を、凛は語った。加えて、彼女自身とも浅からぬ関係にあることも。

 そして、彼女達の共通の友人であり、道化師と同一の存在である少年がアインツベルンに捕らわれていることが判明したことも語られ、その為に強襲をかける予定だから力を貸すよう持ちかけられたのだ。

 

「ミス・トオサカ。とりあえず、一度合流しましょう。アインツベルンに攻め入るならば、話しておかなければならないことがあります」

『オーケー。深山町の武家屋敷は分かる?』

「ええ、問題ありません」

 

 話を打ち切ると、バゼットは近くに停めておいたバイクに跨る。

 アインツベルンへの強襲。間違いなく、この聖杯戦争における大一番になる。

 

「……エミヤシロウか」

 

 第十七話『無限の可能性』

 

「……魔術師殺しか」

 

 バゼットが口にした単語を反芻しながら居間に戻ると、そこでは士郎が藤村達とドナルド・エクササイズに勤しんでいた。

 

「次は腕をまっすぐあげて!」

「はーい!」

「おう!」

「は、はい」

「……はい」

 

 桜は恥ずかしそうに、ライダーは疲れたように士郎の真似をしている。

 

「うーん、楽しいね!」

「さすが、平行世界の僕が監修しただけはあるな。老人や子供でも無理なくこなせる動きに限定して、全身の筋肉を均等に鍛えられるように考えられているね。加えて、見る者を誘うポージングが随所に散りばめられている。パーフェクトだ」

 

 藤村と慎二は満面の笑顔だ。

 

「……楽しそうね、慎二」

「慎二は凄いんだよ! 動きのキレが半端じゃないんだ! さすがだよ、慎二!」

「当然だな」

 

 士郎はデレデレだった。二度と会えなくなった筈の親友とお姉さんと踊れることが嬉しくてたまらないのだろう。ラインを通じて歓喜の感情が伝わってくる。

 

「もう! お姉ちゃんだってキレッキレでしょ!」

「うん! 藤ねえもすっごく上手だよ! さあ、次は右腕を左腕と交差させて――――」

 

 とりあえず、参加しておこう。

 

「わたしだって、キレキレよ!」

 

 わたしは一度踊っている。それに、士郎の夢も二回見ている。ドナルド・エクササイズの振り付けは完璧だ。士郎の動きとシンクロするわたしに慎二は憎々しげな表情を浮かべた。とてもいい気分だわ。

 

「――――ッハ、舐めるなよ」

「なっ!?」

 

 信じられないことに、慎二はわたしと士郎の動きとシンクロを開始した。たった一度、夢で振り付けを見ただけの癖に、侮れない。

 

「……兄さん達、すごく楽しそう」

 

 桜は小声で言った。

 

「シンジはカリスマのスキルに洗脳の作用は無いと言っていましたが……。そもそも、ランクAのカリスマを持つ者など、それこそ超大国の王や世界規模の宗教組織の教祖くらいのものです。やはり、精神になんらかの影響を受けているのでしょう」

 

 ライダーの分析に桜はクスリと笑う。

 

「でも、悪い影響とは思えないわ。兄さんのあんな笑顔……、初めて見るもの」

「……サクラ。あなたはシンジを憎んでいないのですか?」

 

 慎二が桜に行った仕打ちは、彼女に憎しみを抱かせても仕方のないものだった筈だ。

 彼女達の過去を知るライダーはそう考えていた。けれど、桜が慎二へ向ける視線に怒りや憎しみの感情を見出すことが出来なかった。

 

「むしろ、憎まれているのはわたしの方よ。兄さんが伸ばしてくれた手を払い除けたのはわたしだもの」

「サクラ……」

「わたし、嬉しいの。むかしの……、わたしの手を引いてくれた頃の兄さんが戻って来たみたい」

 

 それが心からの言葉なのだと、ライダーはラインを通じて理解した。

 歪な関係だと思っていた。虐げる者と、虐げられる者。それなのに、いつも虐げている方が追い詰められているような表情を浮かべ、虐げられている方が罪の意識に苛まされていた。

 その答えがようやくわかった。結局、この二人は互いのことを家族として愛している。ドナルドの見せた夢を真実だと仮定すれば、慎二には桜を助ける意志があり、桜の言によれば、彼女はその意志を拒絶したことがあるのだろう。それによって、二人の関係は歪んでしまった。

 

「……あれが、シンジの本来の顔だと?」

「うん……。きっと、わたしがあの時謝らないで、助けを求めていたら、兄さんは助けてくれたのかもしれない。あの人が見せた夢のように、命を賭けて……」

 

 ライダーは、桜の語る『あの時』を知らない。けれど、彼女の言葉に篭められた思いがラインを通じて伝わってくる。

 ならば、己の為すべきことは一つ。主の望みを叶えることのみ。

 

「……では、もう少し彼の近くで踊りましょうか」

「うん」

 

 ◆

 

 ドナルド・エクササイズが終わった頃、バゼットが衛宮邸に到着した。

 手短にそれぞれの自己紹介を終えると、バゼットは言った。

 

「……まず、前提として頭に入れておいてもらいたい話があります」

 

 そう前置きをして、彼女は言った。

 

「アインツベルンは二騎……、あるいはそれ以上のサーヴァントを使役しています」

「厄介ね……」

「しかも、判明しているクラスはセイバーとアーチャー。極めて凶悪な組み合わせです」

 

 聖杯戦争に関する知識のない藤村を除いて、全員の表情が曇った。

 

「セイバーとは一度遭遇しているけど、士郎の能力はランランルーしか通用しなかったわ」

「……なあ、ランランルーってなんなんだ?」

 

 慎二に聞かれて、士郎は「ランランルー!」と実演してみせた。その場の全員がランランルーのポーズを決める。

 バゼットとライダーは恥ずかしそうだが、他の面々はドナルド・エクササイズを踊りきった時点で肝が据わっている。

 

「ドナルドは嬉しくなると、ついやっちゃうんだ」

「そうか、答えになってないぞ」

 

 慎二はやれやれとため息を零しながら凛の方に顔を向けた。

 

「とりあえず、ランランルーが効くのは僥倖だ。どんな行動でもキャンセルさせられるからな」

「ええ、これのおかげでセイバーの宝具をキャンセルさせることが出来たわ」

「宝具のキャンセルですか……。ランランルー……、やはり意味が分からない」

 

 バゼットは頭を抱えた。

 

「真面目なヤツは大変だな。それより、宝具の発動をキャンセルしたってことは……」

「ええ、セイバーの正体を看破出来たわ。アーサー王よ」

「……マジかよ。アーサー王がランランルーさせられたのかよ……」

「ポテトの誘惑に負けそうになってたり、かなり可愛かったわ」

「……そいつ、本当にアーサー王なのか?」

「だって、宝具がエクスカリバーだったし……」

 

 凛は説明が面倒だと、士郎に当時の光景を夢で説明させた。

 ポテトに乗って空を飛ぶ凛と士郎の姿にバゼットとライダーは突っ伏してしまった。

 

「真面目にやっているのでしょうが……、この光景はあまりにも……」

「見た目と裏腹に効果は絶大なところがまた……」

 

 そんな二人に凛は言った。

 

「……真面目に考えても無駄って開き直った方が楽になるわよ」

 

 遠い目をして言う凛。

 

「と、とりあえず! 先輩を助ける為にはアーサー王と戦わないといけないってことですね!」

「ああ、それなんだけどな。いっそ、ライダーのペガサスでアインツベルンの居城の上空まで飛んで、そっから自由落下後に衛宮の固有結界で城全体を呑み込むってのはどうだ? アーチャーの狙撃が問題だけど、そこはライダーとランサーで援護するとか……、それか……」

 

 慎二は作戦を立案しながら士郎に問い掛けた。

 

「ランランルーの射程って、どのくらいだ?」

「え……? いや、射程って言われても……」

「いや、分かってる。僕が悪かった……。そうだよな。射程もなにもないよな。あれ、ただの喜びの動作だし……。でも、重要なことなんだ。宝具をキャンセルさせることが可能なら、戦略も大分広がるし、それこそ空中でランランルーしまくってアーチャーの狙撃を封印させられたら言うことなしだから、検証させてほしい。いいか?」

「もちろんさー! やっぱり、慎二は頼もしいな!」

「……まあな」

 

 そして、彼らはランランルーの検証を開始した。

 衛宮士郎救出作戦の決行前には、バゼットとライダーも素面(しらふ)でランランルーが出来るようになっていた――――。



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第十八話『蠢動』

「……とりあえず、ランランルーしながらの自由落下はボツだな」

 

 ランサーの言葉に立案者の慎二は憮然とした表情を浮かべた。

 検証してわかったことだが、ランランルーを相手に強制させる為には見えている事と、聞こえている事が絶対条件だった。

 

「ランランルーは衛宮の喜びの感情を100%相手に伝える事で共感を呼び起こすものだ。声だけでも、ポーズだけでも意味がない。狙撃手が相手なら、ポーズを見せる事は可能だろうけど、声まで拾ってもらう事は出来ないだろうからね」

「それなら、やっぱり正面突破しかないわね」

 

 安全確実に勝利をつかめると思っていた作戦が始まる前に破綻してしまった事に失望感を漂わせる慎二に凛が言う。

 

「……そうだな。ライダーの宝具だと目立ちすぎる。アーチャーの狙撃で動きを制限されたところへセイバーの宝具が打ち込まれて詰みだ」

 

 慎二は舌を打った。

 

「ごめんよ、慎二……」

 

 しょげ返る士郎を慎二が睨む。

 

「謝るな。僕の見込みが甘かったんだ。それに、条件さえ揃えばランランルーは強力な武器になる。上手くいけば、セイバーを衛宮一人で完封出来る筈だ。あとはアーチャーをランサーとライダーの二騎で叩けばいい」

「いや、アーチャーの相手はオレ一人でいい。ライダーは遊撃に回せ」

 

 ランサーが言った。

 

「え? でも、アンタの槍は……」

「ああ、ゲイボルグは悟空のかめはめ波に消し飛ばされた」

「……だったら」

「安心しな。一応の代替品はバゼットが用意した。それに、オレは槍しか使えないわけじゃない」

「どういう意味だ?」

「まあ見てな。結果で教えてやるよ」

 

 慎二が不安そうにバゼットを見る。

 

「……孫悟空には破れましたが、普通のサーヴァントが相手なら、ランサーは負けません。ええ、普通のサーヴァントなら!」

「まあ、世界観が違いすぎるからな。原始時代に戦闘機を持ち込むような暴挙だ。反省しろよ、衛宮」

「う、うん。ごめんなさい」

 

 縮こまる士郎。

 

「いや、謝らなくていいから……。慎二も真面目にやりなさいよ」

 

 凛は呆れたように士郎と慎二を見た。

 

「へいへい。とりあえず、大まかな布陣は決まったな」

「シンジ。戦闘中、マスター達の防衛はどうするのですか?」

 

 ライダーが問う。

 

「敵はアインツベルンだけじゃないからな。特に、アサシンが危険だ。だから、僕達は全員で衛宮とランランルーしまくるぞ。それが一番安全だからな」

 

 露骨に嫌そうな表情を浮かべるバゼットの肩をランサーがポンと叩いた。その顔はとても楽しげで、バゼットは彼の顔面に拳を叩き込むのだった――――。

 

 第十八話『蠢動』

 

 サーヴァントは霊体化し、慎二とマスター達はバゼットが運転するボックスカーに乗り込んだ。

 

「みんな……、気をつけてね」

 

 藤村は一人一人の手を握った。一般人である彼女を、これ以上の深みへ近づけてはならない。それが魔術協会から派遣されたバゼットの判断であり、士郎達の判断でもあった。

 弟分の救出について行くことが出来ず、教え子達に託す事しか出来ず、彼らに危険を背負わせてしまう事に苦悩の表情を浮かべる藤村。

 

「藤ねえ。慎二達のことは僕が絶対に守るよ。そして……、あなたの本当の弟分も絶対に助けてくる!」

「士郎……。士郎もちゃんと帰ってきてね?」

「……もちろんさー!」

 

 一旦実体化した士郎と藤村は長く長く抱き締め合い、そして離れた。

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 ◆

 

「……兄さん」

 

 走り出すボックスカーの中で、桜は慎二に話し掛けた。

 

「ん? なんだよ、桜」

「えっと……、その……、ありがとうございます」

 

 もじもじしながら言う桜に、慎二は深く息を吐いた。

 

「僕は僕がしたい事をしてるだけだ」

「それでも……、兄さんが先輩のために動いてくれている事がうれしいんです。それに、すごく頼もしいです……」

「……あっそ」

 

 慎二は乱暴に桜の頭を撫でた。桜は一瞬目を見開くと、嬉しそうに瞼を閉じる。

 その光景を凛は複雑な気持ちで見つめていた。

 

『凛ちゃん……』

『気にしないで、士郎。ちょっと、感傷に浸ってるだけだから』

 

 後悔と嫉妬。出来れば隠しておきたいものがラインを通じて伝わってしまった。

 凛にとって、桜は実の妹にあたる。十年ほど前、桜は遠坂家から間桐家へ養子に出された。その時、凛は父の決定である事を理由に手を伸ばす彼女の手を振り払った。

 その結果が目の前の光景だ。本来は凛のものだった立ち位置に慎二がいる。桜の信頼と愛情は彼のものとなり、兄と呼ばれる資格も彼のもの。

 

『……十年前、わたしは姉である資格も、彼女に愛してもらう資格も捨てた。だから、こんな感情を抱く資格もない。分かっているのに……、儘ならないわね』

『凛ちゃん。桜ちゃんは……』

『ストップ。何を言いたいのか、想像がつくわ。きっと、桜は今でも心のどこかでわたしを家族だと思ってくれてるんでしょ?』

『……うん。だから――――』

『ダメよ、士郎。それはダメ。奪われたり、無くしたりしたわけじゃない。わたしは捨てたの。だから、ダメ』

『凛ちゃん……』

 

 士郎は悲しくなった。主であり、初恋の少女であり、己の生き様を認めてくれた彼女が笑顔を曇らせていることに。

 その感情は凛にも伝わった。

 

『……ありがとう、士郎。あなたの気持ちだけで十分よ。ハチャメチャだけど、わたしのサーヴァントがあなたで良かった』

『それは僕のセリフだよ、凛ちゃん! 君がマスターで、ドナルドは……、僕は――――ッ!』

 

 士郎の言葉が急に途切れた。ボックスカーはいつの間にか郊外の森へ続く国道へ出ている。

 

『ドナルド!? どうしたの!?』

「――――ッチィ! まだ、入り口にも着いていないというのに!」

 

 答えは運転席から返ってきた。急停車するボックスカー。凛は窓を開けた。

 そして、彼女は見た。空の彼方より飛来する真紅の極光を――――。



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第十九話『最終鬼畜道化師』

 決して見える筈のない彼方の射手を士郎は見た。その瞬間に沸き起こった衝動を彼は理解出来なかった。九十二年に渡る生涯、聖杯戦争に召喚された数日、そのいずれにおいても、ただの一度も抱いたことの無かった感情。

 その感情がトリガーとなった。発動条件は満たしている。

 

「ドナルド!?」

 

 隣で実体化したランサーが士郎の異変に気付いた時、世界は一変した。

 

「“笑顔集いしドナルドランド(I’M lovin’it.)”」

 

 塗り替えられた世界に、ランサーは目を見開く。そこは、前回の戦いで展開された無限の玩具箱(アンリミテッド・ハッピーセット)とは似ても似つかぬ異界だった。

 空は真紅に彩られ、大地は七色の鉱石に満たされている。

 

「なんだ、こいつは……ッ」

 

 耳障りな不協和音と幼い少女の狂ったような笑い声が響く。

 ランサーは懸念していたものが現実となった事を理解する。

 

 ――――あの固有結界は赤の他人の信仰(ココロ)に左右されている。信仰っていうのは、一つや二つじゃない。同じ神を信じていても、宗派の違いってだけで殺し合うのが人間だ。

 

  以前は、子供の信仰だった。おそらく、これは別の者達の信仰。気を張っていなければ、サーヴァントの精神すら蝕みかねない狂気の庭園。

 その事に気付いた瞬間、ランサーは慌ててボックスカーの中にいるマスター達の容態を確かめた。

 

「無事か、バゼット!」

 

 ボックスカーの中を覗き込むと、バゼット達は意識を失っていた。

 

「自己封印・暗黒神殿《ブレーカー・ゴルゴーン》で魂を保護しました。これは一体……」

 

 隣に立つライダーの言葉にランサーは安堵した。そして、この状況を作り上げた元凶を睨みつける。

 士郎はボックスカーの前で静かに空を見上げていた。

 

「……テメェ。今、自分が何をしでかしたのかわかってるのか?」

 

 殺意の篭った視線に、士郎が振り向く。そして、邪な笑顔で言った。

 

「アッハッハッハ! どうだい? この光景! 綺麗でしょ!」

 

 ランサーは凛から士郎の言葉を聞いていた。

 

 ――――無限の玩具箱(アンリミテッド・ハッピーセット)を使った影響だよ。どうしても……、藤ねえの事が恋しいんだ

 

 士郎の固有結界は、あろうことか術者である士郎の精神に影響を及ぼすものだ。無限の玩具が士郎に子供の頃の感情を思い出させたように、この世界は邪悪な感情を芽生えさせた。

 

「――――これが、ドナルドの固有結界の一つ。“M.C.ドナルドはダンスに夢中なのか(ドナルド教)最終鬼畜道化師ドナルド・M(総本山)”だよ!」

「……この状況だと、その無理あり過ぎるルビも笑えねーぞ、ドナルド」

「ダメだよ、ダメダメ。ドナルドは世界を笑顔で満たさないといけないんだ! だから、みんなで踊ろう! ゴー、アクティブ!」

 

 第十九話『最終鬼畜道化師』

 

 それは、彼も見たことがあるドナルド・エクササイズではなかった。あの、老人も子供も無理なく笑顔で踊ることの出来る希望のダンスとはかけ離れた狂気的なダンスに、ランサーは表情を曇らせる。

 流れるミュージックも、あのテンポの良い曲ではなく、鼓膜にこびり付くような狂想曲だ。

 

「……頭がおかしくなりそうだぜ」

「わたしはマスター達の保護で手一杯です。彼のことはあなたに任せるほかない。出来ますか?」

「出来るかどうかじゃねーだろ」

 

 ランサーはバゼットが用意した代替品の槍を握りしめる。ルーンで可能な限りの強化を施し、無数に分身しながら狂ったようにランランルーをしているドナルドを睨みつける。

 腕の動きがランサーの目をもってしても捉え切れない速度で上下し、その風圧でボックスカーが吹き飛びそうだ。

 

「イケないなー」

 

 ランサーが槍を構えた瞬間、ドナルドの顔が彼の目の前に現れた。

 咄嗟に飛び退くと、足元に次々とドナルドが生えてくる。そして、背後からもドナルドが現れ、ランサーが抵抗する間もなく、彼の事を抱きしめる。

 

「ドナルドは男の子が大好きなのさ!」

「……テメェ、どんな連中から信仰されてやがるんだ!?」

 

 事前に体へ刻んでいたルーンを起動するランサー。光が溢れ出し、ドナルドの体を弾き飛ばした。

 すると、今度は空から無数のドナルドが降ってくる。

 

「ランランランランランランランララララララランルゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

 降り注ぐドナルドを次々に弾き飛ばしていくランサー。すると、足元の地面からドナルドの腕が生えてきて、彼の足を掴んだ。けれど、ランサーはルーンで筋力を向上させて拘束を振り解く。

 

「あら~!」

 

 そして、疾風のルーンが巻き起こす旋風によって無数のドナルドを吹き飛ばし、ランサーは続けて探査のルーンを刻んだ石を放り投げる。すると、石は真っ直ぐに一人のドナルドへ飛んでいく。

 

「テメェが本体だな!」

「ランランルー!」

 

 瞬間、目の前にドナルドが現れた。

 

「ドナルドは嬉しくなると、つい()っちゃうんだ!」

()られるかよ、今のテメェなんぞに!」

 

 ランサーの目の前の地面が紅く輝く。アンサズのルーンによって巻き起こる炎の柱がドナルドを呑み込んだ。その隙に距離を取り、虚空にルーンを刻むランサー。文字が火球となり、炎を振り払ったドナルドを襲う。

 

I’M lovin’it.(とべ)

 

 ドナルドの言霊と共に一本のポテトが火球に向かって飛び出した。広がる香ばしい匂いにランサーは苦笑する。

 

「美味そうだな」

 

 唇の端を吊り上げながら、ランサーは槍を握り直した。

 

「とても楽しいよ。ドナルドはもっと君と遊びたいな」

 

 その言葉と共にドナルドの体中から禍々しい魔力が吹き出した。その姿は……、まるで悪魔のようだ。

 

「……テメェは何者だ?」

 

 ランサーの問いにドナルドは「チッチッチ」と指を振りながら舌を鳴らした。

 

「知っている筈だよ? 僕はドナルドさ」

 

 そう言うと、ドナルドの姿は掻き消えた。

 

「上か!?」

 

 足元に広がる影を見て、ランサーは叫んだ。見上げた先には、巨大なナニカに乗るドナルドの姿がある。

 

「ルウウウウウウゥゥゥゥゥウウウウゥゥゥ!!!!」

 

 狂ったような叫び声と共にドナルドは乗っている巨大なビッグマックごと落下してきた。

 凄まじい振動と地響きに、ボックスカーが揺れる。

 

「士郎……?」

 

 ライダーの宝具によって魂を封印されていた筈の凛が意識を取り戻し、外の様子に愕然となった。

 

「なっ……、どうなってるの!?」

「わたしの宝具を振り解いたのですか!?」

 

 驚愕するライダーに凛は状況の説明を求めた。ライダーは凛がこの狂気の庭園の影響を受けていないことに気が付き、戸惑いながら見てきた出来事をそのまま伝えた。

 その一方で、凛が説明を受けている間も戦闘は続いている。

 まるで、悪意の塊のようなオーラを放ちながら、ドナルドはビッグマックから降りると、ビッグマックを回避したランサーに向かって歩き出した。まるで、踊りを踊るかのように華麗なステップだ。

 そして、両手をブランと振り上げると、士郎の眼が怪しく光った。

 

「乱!」

 

 その声と同時に士郎は両手を叩く。それは、ランサーに同じ動作を強要した。

 咄嗟に瞼を閉じるランサー。ランランルーの検証によって、防ぐ方法も判明している。要するに、見なければいい。そう考えての行動だったが――――、

 

「乱!」

 

 ランサーの思惑は外れる。体が勝手にランランルーの二段階目を行った。クロスさせた両腕が己の肩を叩く感触にランサーは驚愕する。

 その姿に、ドナルドは嗤う。

 

「士郎!!」

 

 ライダーから説明を受けた凛がボックスカーから飛び出した。咄嗟に制止の声をあげるランサーに構わず、彼女は令呪を掲げた。

 

「Vertrag……! Ein neuer NagelEin neues Gesetz Ich bringe es zu einem ruhigen Herzen zur! ck und lie! meine Ursachenr ckkehr!」

 

 呪文を唱え切り、凜は大声で叫んだ。

 

「戻って来なさい!! 士郎!!」

 

 令呪の一画が消失すると同時に、眩い光がドナルドの体を包み込んだ。

 

「ヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」

 

 凄まじい絶叫が響き渡る。

 そして、暗黒の魔力が吹き飛ぶと、肩で息をしながら膝を地面につく士郎の姿があった。

 

「士郎!!」

 

 元に戻った。そう確信して、凜は士郎に駆け寄って行く。

 

「お、おい! 嬢ちゃん!!」

 

 ランサーは慌てて止めるが、ランサーの予想は裏切られた。士郎は顔を上げると、凜にニッコリと、弱々しい0円スマイルを送る。

 

「ごめん……。怖い思い……、させちゃったね」

 

 肩で息をしながら、士郎は凜に頭を下げた。

 

「そんな事いいから! 何があったのよ!! いきなり、アンタ……」

 

 凛の言葉に、士郎は片手で眉間を押さえた。

 

「分からないんだ。見える筈がないのに、遠くで弓を持った男の人が見えて……、そしたら、わけのわからない感情に支配されちゃって……。それから、いきなり自分の中から、何かが突き破ってくる感覚に襲われたんだ。必死に、抵抗してたんだけど……」

「固有結界の暴走だな」

 

 ランサーが言った。

 

「固有結界の……!? でも、前は……」

「嬢ちゃんも気付いてたんだろ。こいつの固有結界は普通じゃない。他人の信仰を具現化させるなんざ、正気の沙汰じゃない」

「……ごめん、士郎。わたしのせいだわ。あの力を使えば誰にも負けないって思って、あなたにドナルド・エクササイズを……」

「凛ちゃんは悪くなんてないよ! 僕がいけないんだ……。二回使って、すこしわかった。僕の固有結界は発動直前の僕の感情が具現化する信仰を決めるんだ」

 

 士郎が脳裏に浮かべるのは出会ったばかりの頃の凛との会話。

 

 ――――そうよね。貴方は世界の平和のためにがんばった。それを私は否定できない。貴方のやったことは、間違いなく素晴らしいものよ。

 ――――貴方のしてきたことは、みんなが褒めてくれる素晴らしいことよ? それはマスターである私が保証してあげる

 

 その言葉に士郎は救われた。自分がまだ衛宮士郎だった時のことを知る少女が、ドナルドである彼を肯定してくれた事に。

 

「……僕は凛ちゃんの事が大好きなんだ。それは、マスターとして、友達として、女の子として」

 

 その言葉に凛は頬を赤らめた。

 

「その感情が子供達の信仰と共鳴を起こしたんだ」

「……そっか」

「ごめん、凛ちゃん! クーくん! 僕の心の弱さが原因なんだ!」

「はいはい、そこまで」

 

 嘆く士郎を凛が抱きしめた。

 

「士郎のこと、わたしも大好きよ。驚いた?」

「り、凛ちゃん……?」

「大丈夫。大丈夫よ、士郎。もしも、あなたの心が不安定になったら、わたしが抱き締めてあげる」

「凛ちゃん……」

 

 士郎は凛の体を強く抱きしめ返すと、立ち上がった。

 

「……ありがとう。もう、負けないよ。僕は僕を支えてくれるみんなの心に応えてみせる!」

「士郎……?」

「どうする気だ?」

 

 士郎は言った。

 

「これが、“笑顔集いしドナルドランド(I’M lovin’it.)”の第二段階だ!」

 

 士郎は両手を広げた。

 

「抑えつけようとしたのが間違いだったんだ! だって、この世界は敵じゃない! いくよ、みんな!」

 

 士郎の叫びと共に世界が収束していく。そして、世界は元の光景を取り戻す。

 郊外の森へ続く国道。その上に彼は立っている。

 

「“M.C.ドナルドはダンスに夢中なのか(ドナルド教)最終鬼畜道化師ドナルド・M(総本山)”を呼び寄せた、この感情。僕にとって、初めてのものだけど、なんとなく分かった! これが破壊衝動! 認めたくないものを壊したくなる心! 僕がこんな感情を抱く男は一人しかいない! 君なんだろう!」

 

 士郎が手を伸ばすと、彼の目の前に一人の男が現れた。

 

「――――貴様、なにをした?」

 

 紅い外套を纏う白い髪の男が士郎を睨む。

 そんな彼に士郎は確信に満ちた声で語りかける。

 

「君なんだろう、カーネル!!」

「……え?」

 

 カーネル・サンダース。論理的に考えて、ドナルド・マクドナルドが敵意を向ける存在など、彼しかいない。特徴的な白い髪がその証拠だ。



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第二十話『運命の分岐点』

――――三ヶ月前。

 千年の妄執を描くステンドグラスの下で、少女はアインツベルンの当主に謁見していた。

 アハトの通り名で知られる老人。アインツベルンの現当主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは延命と延齢を繰り返し、既に二百年の歳月を生きている。すべては聖杯を手に入れ、第三魔法『天の杯』へ至るため。

 

「――――人間が視覚を通して認識している世界など、所詮は表層に過ぎぬ。それよりも高位の次元には、森羅万象を定義する世界が広がっている。ある者はアカシックレコードと呼び、ある者はアストラル界と呼び、そして、ある者は『根源』と呼ぶ世界。そこは全ての始まりにして、すべての終わりであり、そこには全てが存在する」

 

 アハト翁が語るのは、アインツベルンの始まり。

 

「遠い昔のことだ。一人の賢者がその世界に足を踏み入れた。そして、彼はその世界に渦巻く無形にして不滅のエネルギー体に形を与える術を手に入れた」

「……それが、第三魔法」

 

 イリヤスフィールの言葉を「その通りだ」と肯定し、彼は話を続ける。

 

「魂の物質化などと呼ばれている。それは、先見の明を持つ者達に希望を与えた」

「希望ですか……?」

「然様。ある男が導き出した解答だ。この人類世界は、そう遠くない未来に破滅を迎える。その未来を受け入れられない者達が賢者の下を訪れた。だが、賢者の知恵は彼らの手に余るものだった。如何に師を真似ても、彼らは賢者の奇跡を再現することが出来なかったのだ。そして、行き詰った彼らは一つの考えに行き着く。それは、《奇跡の体現者である師と同一の存在を作り上げ、その者に奇跡を再現させる》というものだ」

 

 それが、アインツベルンのホムンクルス鋳造の歴史の始まりだった。

 

「九百年の歳月の末、彼らは遂に師と同等か、それ以上の性能を持つホムンクルスの鋳造に成功する。それが貴様の祖であるユスティーツァだ」

 

 アハト翁はステンドグラスを見上げる。そこに描かれた美しい女性の肖像こそ、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。創造主達が死に絶えた後も彼らの理想と目的を叶える為に進み続け、その果てに彼女は己の肉体を基盤とした大聖杯の鋳造と聖杯降臨の儀式を発案した。

 

「イリヤスフィールよ。我らの悲願の為、必ずや勝利するのだ。よいな?」

「……心得ております、お祖父様」

 

 第二十話『運命の分岐点』

 

 ――――お前の父親は裏切り者だ。

 

 瞼を閉じる度に聞こえてくる母親の声。

 

 ――――わたしは、おまえは、あの男に捨てられた。

 

 いつか迎えに来てくれると信じていた。だけど、いつの間にか諦めていた。

 寂しくて、凍えそうで、泣きたくなる気持ちも忘れてしまった。

 

 ――――あの男が死んだそうよ。わたし達を迎えに来ることもなく、身勝手に死んだそうよ。

 

 母親の声が囁きかけてくる。

 だけど、どうでもいい。あの男のことなんて、もうわたしには関係がない。だって、一人で生きていくと決めたもの。

 

 ――――子供がいるそうよ。

 

 子供……。

 

 ――――あの男は家族を持ったのよ。わたし達を捨てた男が。

 

 キリツグの……、子供。

 

「……わたしのおとうと」 

 

 瞼を開くと、外はまだ暗かった。そっと、窓辺に歩いて行く。

 かつて感じた温もりは雪原の下に隠れてしまい、色鮮やかに彩られていた筈の世界は白で満たされていく。そして、母の声が白を見るに耐えない色へ穢していく。

 

「おとうと……。キリツグのムスコ。わたしの……」

 

 顔も知らない。名前も知らない。どんな性格なのかも、なにも知らない。

 だけど、ココロの中の一番大切な場所に居座っている。

 

「……おとうと。わたしのおとうと。どんな子なんだろう……」

 

 会ってみたい。話してみたい。名前を知りたい。顔を知りたい。声を知りたい。わたしのものにしたい。殺したい。愛したい。愛されたい。奪いたい。奪われたい。

 

「会いたいよ……。わたしの……、おとうとに」

 

 もうすぐ、聖杯戦争がはじまる。その時になれば、イヤでも会うことになる。

 だけど、待ちきれない。会いたくて、会いたくて、想いに押し潰されてしまいそう。

 

「会いたい……」

 

 それは祈りの言葉。心からの渇望。堰き止めきれなくなった思いの奔流に、彼女は呑まれた。そして、その言葉が、すべての運命を変えた。

 小聖杯として完成したイリヤスフィールの魔術回路は、彼女の願望を成就させる為に起動する。その身に宿りし真紅の刻印を活性化させ、陣も詠唱も省略して、彼女の望みを呼び寄せる。

 彼女の前に降り立ったのは、真紅の外套を纏う青年だった。

 

「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じて参上した」

「……あなたが、わたしのおとうとなの?」

 

 イリヤスフィールの言葉にアーチャーは目を見開き、そして、言った。

 

「そうだよ、イリヤ。まさか、君に喚ばれるとは思わなかったよ」

 

 彼はわたしに微笑みかけてくれた。優しい声で、優しい口調で、親しげにわたしをイリヤと呼んだ。

 

「……わたしのおとうと。あなたの名前を知りたいの」

「衛宮士郎。それがわたしの名前だ」

「エミヤシロ?」

「違うよ。衛宮士郎。エ・ミ・ヤ、シ・ロ・ウ」

「エミヤ・シロウ。シロウね。あなたは、シロウなのね」

「そうだよ、姉さん」

 

 涙が溢れ出した。とっくの昔に枯れ果てたはずの泉から湧き上がる水が汚れた雪原を洗い流していく。

 

「シロウ……。シロウの声をきかせて」

「ああ、いくらでも」

「……わたし、あなたを殺したい」

「君が望むなら」

「でも、殺したくないの」

 

 蘇った世界の色はあまりにも鮮やかで、わたしはわたしが分からなくなった。

 

「あなたが欲しいの」

「わたしは君のサーヴァントだ」

「ずっと一緒にいてほしいの」

「君が望む限り、いつまでも」

 

 わたしは彼の手に触れた。あたたかくて、おおきい。

 

「髪の毛……、わたしと一緒だね」

「……そうだな。お揃いだ」

「シロウ……。わたしの、おとうと。わたしの、シロウ」

 

 抱きつくと、抱き締めてくれた。

 これは夢かもしれない。だけど、それでもかまわない。この温もりを今だけでも……。



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第二十一話『エミヤ』

 こわいユメを見た。炎に焼かれた街で、一人の少年が死を迎えようとしている。

 すでにココロは死に、喉が熱に焼かれたことで肉体も終わろうとしている。

 そこに、あのオトコが現れた。なにもかも失い、空っぽになってしまった少年を拾い上げて、うれしそうに……、うれしそうに笑う。

 わたしには分かる。この地獄を作り上げた原因の一端は、このオトコにある。だから、彼は探し回っていたのだ。耐え難い罪悪感から逃れるために、己が救われるために、それこそ死に物狂いで。そして、見つけた。

 

『―――― 率直に訊くけど、孤児院に預けられるのと、初めて会ったおじさんに引き取られるの、君はどっちがいいかな』

 

 笑ってしまう。わたしたちを捨てておきながら、オトコはなにも知らないシロウを養子に迎えて、家族ごっこに興じ始めた。

 正義の味方が悪を討つことを忘れて、惨劇から目を逸らして、たのしそうに笑っている。

 

『―――― 僕はね、正義の味方になりたかったんだ』

 

 その果てに、オトコは呪いを遺した。

 実現することは不可能だと悟り、だからこそ聖杯を求めたくせに、自分自身が諦めた理想をシロウに押し付けた。

 

『―――― じいさんの夢は、俺が』

 

 正義の味方を受け継いだ少年は、エミヤキリツグと同じものになっていった。

 人を救うために人を殺す矛盾がココロを捻じ曲げていく。それでも、彼は立ち止まらない。何も持っていなかった彼にとって、キリツグの遺したものが全てだったのだ。

 愛しいくらいに純粋だ。彼は親に憧れた。だから、親の為に頑張った。要は、それだけの事。純粋過ぎるくらい、純粋な感情。それが悪い事などと、誰が言えようか。だけど、彼の歩んだ道は血に塗れていた。

 

「許さない……」

 

 ユメから覚めた時、わたしのココロは耐え難いほどの憎悪と怒りで満たされていた。

 眠りにつくはずだった子供を安息から引きずり出して、叶わぬことが分かっている理想を植え付けて、自分だけ満足して死んだオトコ。

 

「エミヤキリツグ」

 

 あのオトコの血が自分の身に流れていることがおぞましい。

 

「どうしたんだ、イリヤ」

 

 霊体化を解き、実体を現すアーチャーのサーヴァント。わたしが召喚した、わたしのおとうと。赤銅色だった筈の髪は色素が抜け落ち、その肉体は長く険しい戦いの果てに変容してしまった。

 

「シロウ……」

「大丈夫か?」

 

 優しい瞳で、優しい声で、まるで壊れ物を扱うかのような優しい手つきでココロを乱しているわたしを慰めようとしてくれている。

 誰よりも純粋で、誰よりも優しい人。それなのに、あのオトコのせいで地獄を歩まされた。死んだ後も守護者として世界に使役され、愚かな人間共の尻拭いをさせられてココロを歪められ、その果てに自分自身を否定した。

 

「具合が悪いのか? 誰かを呼びに――――」

 

 離れようとする彼の手を掴む。

 

「イリヤ?」

 

 マスターとサーヴァントの間には霊的な繋がりがあり、睡眠時に相手の記憶層へ迷い込むことがある。けれど、召喚した直後に記憶の流入が起きることは滅多にない。それは、互いに心を閉ざしているからだ。絆を深め、ココロを開き合うことではじめて記憶は混じり合う。

 それなのに、わたしは彼のすべてを見た。彼の記憶の中でも、そんなに長い時間を共有出来たわけでもないのに、彼はイリヤスフィールという存在に対してココロを開いてくれている。だからこそ、彼を知りたいと願うわたしの想いが届いたのだろう。

 

「……散歩に行きましょう」

「散歩? 構わないが、それよりもアインツベルンの当主に挨拶をするべきではないか?」

「必要ないわ」

 

 わたしはシロウの手を引っ張りながら外へ出た。そこは、あのオトコとクルミの芽を探した場所だ。

 

「ねえ、わたしと競争しない?」

「競争?」

「うん。どっちがたくさんのクルミの芽を見つけられるか、競争よ」

「構わないが、ずいぶんと唐突だな」

 

 苦笑するシロウの顔をじっと見つめる。

 あのオトコとの記憶なんて要らない。あのオトコとの思い出なんて要らない。

 

「シロウ。よーい、ドン! でスタートよ」

「了解だ、マスター」

 

 わたしにはシロウがいる。シロウ以外になにも要らない。

 

 第二十一話『エミヤ』

 

 イリヤスフィールが独断でサーヴァントの召喚を行った。そのような勝手な振る舞いをしないように慎重に調整を進めていたはずなのだが、やはり完全なホムンクルスとは勝手が異なるようだ。そもそも、イリヤスフィールは人間である衛宮切嗣がホムンクルスであるアイリスフィールを孕ませたことで生まれた奇跡の存在だ。二度とは再現する事が叶わぬアインツベルンの最高傑作。その思考回路は目的を持って生まれてくる同胞達とは異なり、自由奔放。

 

「……だが、我らには後がない。イリヤスフィールで駄目ならば、もはや我らに先はない」

 

 そうなれば、この人間型端末筐体(アハト)も無用の産物となる。ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンという名の老魔術師は消え去り、同時にアインツベルンの千年に及ぶ歴史も終止符をうたれる。

 

「イリヤスフィールが自ら召喚したサーヴァント。如何程のものか……」

 

 触媒を自力で用意したわけではないだろう。つまり、イリヤスフィールは己自身を触媒としたのだ。それにより召喚されたサーヴァント……。

 

「試してみるか」

 

 ◆

 

 イリヤとのクルミの芽探しは彼女の方に軍配があがった。

 

「いや、参った。イリヤはすごいな」

「えへへ。コツがあるのよ、コツが! 情けないシロウにわたしが特別に教えてあげるわ!」

「それはありがたい」

 

 摩耗した記憶の中でも、彼女の存在は明瞭に刻み込まれている。彼女の本来のサーヴァントも……。

 彼女はバーサーカーのクラスでヘラクレスを召喚する筈だった。それなのに、召喚されたサーヴァントは衛宮士郎(わたし)だった。この事が何を意味しているのか、未だ定かではない。あの大英雄が担った役目をわたしは果たすことが出来るのだろうか。

 

「シロウ?」

「ん? どうした?」

 

 イリヤは可愛らしく頬を膨らませている。

 

「シロウってば、ボーッとしてた! わたしと一緒にいるのに!」

「すまない。少し、考え事をしていたんだ」

「ダメよ、シロウ! シロウはわたしだけを見ていればいいの! わたしのこと以外なんて、考えちゃダメ!」

「了解だ、マスター。だから、あまり怒らないでくれ。君は笑顔がよく似合う」

「……そう? なら、そうするね」

 

 素直に頬を緩ませるイリヤを抱き上げる。

 

「一先ず、城の中に戻ろう。あまり長く出歩くと風邪を引いてしまう」

「……うん。そうね」

 

 イリヤの体は軽かった。子供と変わらぬ体躯といえど、これでは軽すぎる。

 彼女は生まれる前から聖杯になる為の調整を受けていた。その結果として、アインツベルンの最高傑作と呼ばれるに至ったが、代償は大きい。このままでは、聖杯戦争を生き抜いても、一年後を迎えることすら叶わない。

 

「イリヤ。このままでは、君は死ぬ」

「……ええ、わかっているわ」

「だが、君達が目指している第三法ならば、君を救うことが出来るのではないか?」

 

 第三魔法『天の杯』は魂を物質化させ、この世界に定着させるもの。それは、言ってみれば死者の蘇生を可能とする奇跡だ。

 

「そうね。出来るかもしれないわ」

「そうか……。ならば、取らねばならんな」

 

 わたしが召喚された時点で、この世界はわたしの識るものと異なる道筋を進んでいる。あるいは、穢れなき聖杯を得られるかもしれない。そうでなかったとしても、聖杯を願望器としてではなく、本来の用途で使用すればイリヤの命を繋ぐことは可能なはずだ。

 イリヤのサーヴァントとして召喚された以上、彼女を死なせるわけにはいかない。如何なる手段を用いても、必ず勝利する。

 

「あれは……」

 

 城へ戻ってくると、そこには老人がいた。おそらくは、彼こそがアインツベルンの当主、アハトの名で知られるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンなのだろう。わたし達は近づくと、彼は重苦しい口調で言った。

 

「イリヤスフィールよ。無断で英霊召喚を行うとは、どういうつもりだ?」

「会いたかったからよ。それ以外に理由なんてない」

 

 そのイリヤの眼差しにアハト翁は驚いたようすを見せる。

 

「……我らの悲願を、よもや忘れてはおらぬだろうな」

「どうでもいいわ」

「なに?」

「アインツベルンなんて、どうでもいい。わたしにはシロウがいる。なら、もう他のことなんて全てがどうでもいいわ」

 

 険しい表情を浮かべるアハトにイリヤは冷たい表情を向ける。

 このままでは、面倒なことになりそうだ。

 

「聖杯は必ず手に入れる」

 

 わたしが口を挟むと、ようやくアハトの視線がイリヤから外れた。

 

「イリヤは死なせない。彼女の未来を得るためには、第三法の力が必要だ。君達の目的も第三法ならば、我らの利害は一致している。多少のことは目を瞑ってもらえないか?」

「……貴様に勝ち抜けるほどの力があるのか?」

「もちろんだ。わたしはイリヤが召喚したサーヴァントだぞ。最強のマスターが召喚した者が、最強でない筈がないだろう」

 

 イリヤを降ろす。

 

「シロウ……?」

「なにをするつもりだ?」

「わたしの真髄を見せよう。それを見て、判断を下してもらいたい」

 

 この地は大聖杯から離れすぎている。それ故に大聖杯からのバックアップは望めない。けれど、それを補って余りある魔力が注ぎ込まれている。これならば、問題なく使うことが出来るだろう。

 

 ―――― I am the bone of my sword.

 

警戒心を露わにするアハトへ「心配するな」と声をかける。 

 

 ―――― Unknown to Death.Nor known to Life.

 

 これは世界に語りかける言葉だ。わたしの存在を刻み込むための詩。

 魔術理論・世界卵による心象世界の具現、魂に刻まれた『世界図』をめくり返す奥義。

 衛宮士郎という男に許された『一』にして、『全』。

 

 ―――― unlimited blade works.

 

 広がる紅蓮は世界を分かつ壁となり、白亜の雪原は荒野に変わる。曇天から巨大な歯車が降りてきて、無数の剣が大地に突き刺さる。

 これこそがわたしの世界、無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)

 

「これは……、なんと」

 

 アハトは突き刺さる無数の剣の真価に気が付き、慄いている。

 

「不安は取り除けたかね?」

「……なるほど、これがイリヤスフィールの召喚したサーヴァントの力か」

 

 世界を閉ざし、五つの剣をアハトの前に並べ立てる。一本一本が最高位に位置する聖剣と魔剣だ。

 

「我々にいがみ合う理由も、時間的余裕もない。わたしを認め、力を貸せ」

「……いいだろう」

 

 イリヤがわたしの手を握る。不安そうな瞳を向けてくる。

 

「大丈夫だ、イリヤ。君を死なせはしない。君を守ってみせる。わたしは君のサーヴァントだからな」

「シロウ……」

 

 イリヤを守る。その誓いの為にあらゆる策略を巡らせた。切り札を揃え、敵の情報を蓄えた。そして、現在――――。

 

「―――― 君なんだろう、カーネル!!」

「……え?」

 

 何故か、わたしの目の前にはバーガーショップのマスコットであるドナルド・マクドナルドがいて、わたしはケンタッキーの顔であるカーネル・サンダースに間違えられていた。



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第二十二話『士郎とシロウ』

 ―――― ポテトを武器にするドナルドというサーヴァントと交戦しました。

 

 はじめ、彼女の言っていた言葉の意味がわからなかった。たっぷり三分かけて呑み込んだ後、今度は彼女の正気を疑ってしまった。それから更に五分かけて、彼女がわたしをからかったのだと理解した。

 恨まれて当然のことをしているのだから、むしろ可愛らしい反抗だと思い、深くは追求しなかった。

 

「……まさか、本当にドナルド・マクドナルドがサーヴァントとして聖杯戦争に参加しているとは」

 

 予想外だ。そもそも、ドナルド・マクドナルドに英霊となる要素など無い。だって、ハンバーガーショップのマスコットだ。

 魔術世界において、『ありえない』という言葉は、それこそありえないものだが、それでも言わせてほしい。ありえないだろう、これは。

 だが、油断してはならない。この道化師も人の域を超えた存在。その証拠に、数百kmも離れた場所にいたわたしを強制的に引き寄せた。

 そうだ。惑わされてはいけない。この男もまた、聖杯に招かれし戦士だ。

 

「……あっ」

 

 ドナルドが何かに気付いたような声を発する。続けて何かを言おうとした時、彼の背後に停まっているボックスカーから少年少女達が現れた。

 

 第二十二話『士郎とシロウ』

 

「士郎!」

 

 その内の一人がわたしの名を叫んだ。黒い髪の少女だ。摩耗した記憶の中で、わたしは彼女から魔術の手解きを受けたことがある。まさか、少年時代から変わり果てた今の姿を見て、一目で看破されるとは思わなかった。

 

「……さすがだな、遠さ」

 

 そこまで言いかけて、彼女の視線がわたしではなくドナルドに向いていることに気がついた。

 

「大丈夫!? 士郎!」

 

 何故か、遠坂はドナルドを士郎と呼んでいる。まさか、ドナルド・マクドナルドの中の人はわたしと同じ名前なのか!? あやうく、恥ずかしい勘違いをしてしまうところだった。

 

「おい、衛宮!」

 

 今度は青い髪の少年がわたしの名字を呼んだ。ああ、今度こそ間違いなくわたしのことだろう。

 その少年にも見覚えがある。生前、袂を分かってしまった友人だ。よもや、彼がわたしの正体を見抜くとは思わなかった。

 

「……さすがだな、慎」

 

 そこまで言いかけて、彼の視線がわたしではなくドナルドに向いていることに気がついた。

 

「おい、衛宮! 状況はどうなっているんだ!?」

 

 何故か、慎二はドナルドを衛宮と呼んでいる。まさか、ドナルド・マクドナルドの中の人はわたしと同じ苗字なのか!? いや、名前も一緒だとすると同姓同名ということになる。こんな偶然がありえるのか!? 

 

「おい、アイツがアーチャーなのか!?」

 

 慎二がわたしを睨んでくる。

 

「カーネルって呼んでたわね。まさか、カーネル・サンダースなの!?」

 

 遠坂がわたしを睨んでくる。

 

「……まさか、ケンタッキーの生みの親まで聖杯戦争に召喚されるなんて」

 

 慄いた表情を浮かべている。おかしいだろう。店の前に立っている人形を見たことがないのか? 明らかに顔が違うじゃないか。そもそも、カーネル・サンダースがサーヴァントとして召喚されることに疑問はないのか? ……無いんだろうな。だって、ドナルドがサーヴァントとして召喚されているのだから。

 

「待って下さい! カーネル・サンダースがアーチャーとして召喚されるのはおかしくないですか!? いえ、ドナルド・マクドナルドがキャスターとして召喚されているのもおかしいと言えばおかしいのですが……」

 

 キャスターなのか……。

 しかし、冷静な者が残っていて良かった。これでふざけた茶番も終わるだろう。

 わたしは静かに魔力を循環させ始めた。

 そして――――、

 

「いえ、おかしくなんてないわ。だって、カーネル・サンダースって、カーネルって言うくらいだから、軍人でしょ。だったら――――」

 

 遠坂が真面目な顔でトチ狂ったことを言い出した。おかしいな。生前の彼女は聡明で理知的な女性だった筈なのだが。

 

「バカか、遠坂。カーネル・サンダースのカーネルは『ケンタッキー・カーネル』っていう、ケンタッキー州の名誉称号だ。州の料理へ貢献したことを称えるものなんだよ。軍人だった経歴の持ち主ではあるが、英霊として召喚されるほどの経歴じゃない」

 

 詳しいな、慎二。まるで、カーネル・サンダース博士じゃないか。

 

「く、詳しいですね、兄さん」

 

 いつの間にかボックスカーから出て来た少女が引き気味に言った。彼女のことは明確に覚えている。わたしにとって特別な存在だった。

 

「だったら、カーネルはどうしてアーチャーとして召喚されたのよ!」

 

 遠坂の中で、わたしは完全にカーネル・サンダースになっているようだ。

 

「……分からないのか? カーネルがアーチャーとして召喚された理由、それは!」

 

 慎二の中でも、わたしは完全にカーネル・サンダースのようだ。しかも、アーチャーとして召喚された理由を見つけたようだ。確実に不正解なのだが、ちょっと気になる。

 

「コイツが……、いや! コイツも衛宮だからだ!」

「……え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「さすがだよ、慎二!」

 

 ダメだ、理解が追いつかない。いや、まさかの大正解ではあるのだが……。

 

「待ってください! この……、えっと、カーネルも衛宮士郎だと言うのですか!?」

 

 赤い髪の人が目を丸くしている。

 

「その通りだ! コイツは、こっちの衛宮がドナルドになったように、カーネルになった衛宮なんだ!」

「なんですって!?」

 

 なんですってはわたしのセリフだ。

 

「ど、どういうことですか? 兄さん」

「つまり、コイツの世界では、『マクドナルドのある国は戦争をしない』って言葉が『ケンタッキー・フライドチキンのある国は戦争をしない』って言葉に入れ替わっていたんだ! そうとしか考えられない!」

「まさか、そんなことが……」

「いえ、ありえるわ。平行世界は無数に存在するの。たしかに、『マクドナルドのある国は戦争をしない』という言葉が『ケンタッキーフライドチキンのある国は戦争をしない』という言葉に差し替わった世界もあるかもしれない」

 

 遠坂と慎二が大真面目にわたしがカーネル・サンダースだという前提で考察と議論を交わしている。なんで、誰もツッコまないんだ? 赤い髪の人、さっきのツッコみはどうしたんだ!

 

「あの、兄さん。でも、ドナルドとは違って、カーネル・サンダースは実在の人物ですよ? いくらなんでも……」

 

 いいぞ、桜。そうだ、その考察は間違っている。

 

「バカだな、桜」

 

 バカはお前だ。

 

「そもそも、ドナルド・マクドナルドになろうなんて考えるのが衛宮だぞ。なら、実在していようが、カーネルになりたいと思うのも衛宮なんだよ。だって、衛宮だぞ」

 

 酷い言いがかりだ。思わず頭を抱えてしまった。

 

「そうなんだろう、衛宮。いや、カーネル衛宮!」

「変な名前で呼ぶな!! あと、わたしはカーネルではない! ふつうに、ふつうの衛宮士郎だ!」

「あっ、先輩ではあるんだ……」

「馬鹿野郎!!!」

 

 慎二が怒鳴り声をあげた。

 

「お前……、カーネルである自分を否定する気か!?」

「え!? いや、そうじゃなくて」

「たしかに、ドナルドになったり、カーネルになったり、お前の発想には驚かされる! 普通じゃない! 脳みそを洗浄して来いと過去のお前達に言ってやりたい! それでも、お前達は世界を救おうと頑張ったんだろう!」

「いや、あの、慎二……?」

 

 慎二は涙を溢れさせながら叫ぶ。

 

「たしかに、頭がおかしいと思ったよ! 努力の方向が間違ってると思ったよ! もう、本当にバカだなコイツって思ったよ!」

「ひ、ひどいよ慎二……」

 

 ドナルドが泣きべそをかきながら体育座りを始め、遠坂が「よしよし」と慰めている。

 

「でも、僕は尊敬したぞ! 世界を救うために頑張るお前の姿に魅せられたんだ! どこまで行っても変わらないバカで、底抜けのお人好しな衛宮が、僕は大好きだ!!!」

「し、慎二……」

 

 喜ぶドナルド。さっき、散々罵倒されたことを忘れたのだろうか。

 というか、あまり信じたくないのだが、まさか……、あのドナルドは衛宮士郎(わたし)なのか?

 同じ聖杯戦争に、同じ英霊が異なる側面として同時に召喚される。たしか、第三次聖杯戦争で似たような事例があったと聞いたことがあるが……。

 

「カーネル衛宮!! お前だって頑張ったんだろう! だったら、自分を否定するような真似はやめろ! 他の誰が認めなくても、僕が認めてやる! だから、カーネルである自分を否定するのだけは止めてくれ!!」

「いや、でも……、あの……」

 言いたい。

 

 ―――― オレはカーネルじゃないんだよ、慎二!!! 

 

 だけど、言い出せない。言っている言葉自体はとてもうれしいものだし、なんだか心が洗われるような気分だし、本人は大真面目にわたしのことを想って言ってくれているわけだし……。

 

「あ、あの……、慎二」

「ん? なんだよ、ドナルドの方の衛宮」

「あっちの彼、本当にカーネルじゃないよ」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 わたしがカーネル・サンダースではないとドナルドに言われて、慎二、桜、遠坂、赤い髪の人はそれぞれ目を丸くしている。それはもう、心底意外そうな表情だ。

 

「……いや、僕も最初はカーネルだと思ったんだけどね。能力で彼がカーネルじゃなくて、正義の味方として生き抜いた僕だって分かったんだ。ごめんね、なんか……僕のせいで勘違いさせちゃって」

「……あ、あー、そうなんだ」

「へ、へー。あー、うん。いや、分かってたぞ。分かってたけど、ほら、まあ、なんだろうな」

「そうですよね! そうですよね! カーネルになった先輩はいなかったんですよね!」

「カーネルじゃないことに驚いてしまった……」

 

 なんだろう、この空気。

 

「……えっと、君もごめんね。その、もう一人の僕」

「いや……、それよりも、お前、わたしなのか?」

「う、うん。そうなんだ。ドナルド・マクドナルドになった衛宮士郎。それが、僕だよ」

 

 深呼吸だ。とにかく、心を落ち着かせなければならない。今にも爆発しそうな頭を必死に抑えながら言葉を探す。

 

「な、何故、ドナルドになったんだ?」

「あの……、『マクドナルドのある国は戦争をしない』っていう言葉があるの、知ってる?」

「あ、ああ、聞いたことはあるな。だが、それは……」

「う、うん。それは戦争が始まるとマクドナルドが撤退するからっていうのは知ってるんだ。けど、知ったのがドナルドになった後でね。それまでは本気で信じてて、なった後はその言葉が真実になるように頑張ったんだ。それで、英霊になったんだ」

「そ、そうなのか……」

 

 わたしは慎二をみた。気まずそうな表情を浮かべている。きっと、さっきの彼の言葉は真実だったのだろう。

 捻くれ者だった筈の慎二が涙を流しながら語った言葉だ。疑うことは出来ない。

 

 ―――― 僕は尊敬したぞ! 世界を救うために頑張るお前の姿に魅せられたんだ!

 

 この男もまた、わたしとは異なる道で戦ったのだろう。ドナルド・マクドナルドとして。

 

「その、もう一人の僕」

「あー……、とりあえず、アーチャーと呼べ。言い難いだろ?」

「う、うん! 僕もドナルドって呼んでほしいな!」

「そうか、わかった」

「ありがとう。それで、君の目的はマスターであるイリヤちゃんを助けることなんだよね?」

「何故そのことを!?」

「僕の能力で君の事が分かったんだ。それで、僕ならたぶん、助けられると思うんだ」

「なに!? どういうことだ!?」

「僕のハッピーセットはみんなを笑顔にするためのものなんだ。だから、食べた人が笑顔になれるよう、その人の肉体を最善の状態に整えることが出来るんだよ」

「……は、ハッピーセットって、あれか? あの、マクドナルドの子供用セットの?」

「うん。でも、英霊になったことで僕の『笑顔を導く幸福の味(ハッピーセット)』は万人を笑顔にする為のものに変わったんだ」

「……本当に、彼女を救えるのか?」

「うん! もちろんさー! だから、これから一緒に――――」

 

ドナルドが手を差し伸べてきた瞬間、突然森の中から巨大な物体が現れた。

 

「そこまでだ!」

「■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

 巨大な物体はアハト翁が用意したアインツベルンの切り札、バーサーカー。

 そして、その肩から降り立ったのはわたしが立案した作戦の肝であるもう一枚の切り札、セイバー。

 その二人が殺意を漲らせながら現れた。



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第二十三話『究極の聖戦』

 ――――数日前。

 

「……こんにちは」

 

 インターホンの音が鳴り、扉を開いた先には女の子が立っていた。雪のように白い髪と、血のように紅い瞳が印象的な少女だ。

 

「シロウ」

 

 親しげに俺の名を呼び、腰に抱きついてきた。咄嗟のことに動転してしまい、慌てて引き離そうとしたら、彼女はひどく哀しそうな表情を浮かべた。

 

「君はいったい……」

「イリヤスフィールよ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。あなたの義父であるエミヤキリツグの娘」

「切嗣の……、娘?」

 

 脳裏に義父の顔が過る。娘がいるなんて話は一度も聞いていない。だけど、彼女が嘘を吐いているようにも見えない。

 

「いいのよ、シロウ。あなたがわたしを知らないことを、わたしは知っているもの。だから、これからわたしのことを知ってちょうだい」

「それはどういう……」

「シロウ」

 

 彼女と視線が交差した途端、目眩を感じた。

 

「わたしは知っているの。今のあなたにはわたしの暗示をはねのける力がないことも」

「あん……、じ」

 

 意識を保っていられたのはそこまでだった。

 次に気がついた時、俺は椅子に縛り付けられていた。手足は椅子に鉄枷で固定されている。

 

「シロウ」

 

 子供とは思えない色香を放ちながら、イリヤスフィールと名乗った少女が俺の足の上に跨ってくる。

 

「わたしがあなたの運命を変えてあげる」

「運命……?」

「そうよ。あのオトコの理想なんて、もう追いかけなくていいの」

「……それは、切嗣のことを言っているのか?」

「そうよ。アレは悪魔よ。無垢で優しいあなたを地獄へ引きずり込む悪魔なの」

「お前は切嗣の娘なんだろ!? なんで、そんなことを……」

「娘だからよ」

 

 ゾッとした。彼女の瞳には濃密な殺意と憎悪が渦巻いていた。

 なにがあれば、こんなに幼い少女がそれほどの感情を抱けるのか想像もつかない。

 

「イリヤスフィール……」

「イリヤと呼んで、シロウ。あなたには、そう呼んでほしいの」

 

 そう言って、イリヤは俺の唇に自分の唇を押し当てた。

 頭の中が真っ白になる。人生ではじめてのキスだった。

 

「お、おまっ、お前! な、な、なにすんだよ!」

「イヤだった?」

 

 頭の中を埋め尽くすロリコンとか、性犯罪者という単語が、彼女の哀しそうな瞳に押し流されていく。

 

「イヤとかじゃなくて、その、俺が君みたいな子供とその……、そういうことをするのは非常にまずいというか……」

「年齢のことなら問題ないわ。わたしの方があなたよりも年上だもの」

「え?」

 

 イリヤは楽しそうにクスクスと笑った。その笑顔があまりにも愛らしくて、思わず見惚れてしまった。

 これはまずい。非常にまずい。藤ねえに殺されてしまう。桜に軽蔑されてしまう。慎二や一成から何を言われるかわかったもんじゃない。

 

「シロウ。あなたはわたしのものよ。その目はわたしだけを見ていればいいの。その耳はわたしの言葉だけを拾えばいいの。その肌は……、わたしにだけ触れていればいいの」

 

 そう言って、彼女は服を脱ぎ始めた。

 

「待ってくれ! それは非常にまずい!」

「……ゴホン!」

 

 気まずそうな咳払いが室内に響いた。まさか、他にも人がいるとは思わなかった。

 脳裏に手錠をかけられて連行されていく自分の姿が浮かぶ。正義の味方どころか、性犯罪者として監獄に入れられることになるなんて、切嗣が知ったらどう思うか……。

 

「なによ、シロウ」

「……いや、君こそ何をしているんだ?」

「見ての通りよ。シロウをわたしのものにするの。正義なんて、シロウには必要ない。あのオトコの遺した呪いもいらない。わたしに溺れていれば、それでいいのよ。あなたの望みもそれで叶うはず。違うかしら?」

「いや、その……、そういう方向にいかれるのもちょっと……」

「……わがままね」

 

 頭の中で爺さんに言い訳をしていると、急に足が軽くなった。イリヤが離れたようだ。

 ホッとしたような、残念なような……、いやいや! 煩悩退散! 悪魔よ、去れ!

 

「シロウ。あなたはわたしのものよ。誰にもあげない。他の女にも、切嗣にも、世界にも……、誰にも」

 

 そう言って、彼女は部屋を出て行った。

 

「……この拘束、解いていってくれよ」

 

 身動きの取れないまま、時間だけが過ぎていく。意識を緩めると、イリヤのにおいと感触を思い出してしまい、煩悩を振り払う為に一成から習った念仏を熱唱する羽目になった。ありがとう、一成。

 

 第二十三話『究極の聖戦』

 

 身じろぎさえ出来ない状態だと、時間の流れがやたらと長く感じられる。

 学校に行く前に拉致されて、窓から見える太陽はまだ高い。いつまで、この状態が続くのか、考えるのも憂鬱だ。

 

「……せめて、手足くらいは」

「それは出来ん」

「は?」

 

 いきなり、目の前に紅い男が現れた。イリヤが出て行った扉を見るが、開け閉めされた様子はない。

 

「間の抜けた顔をするな」

「なんだよ、お前は」

 

 男の顔を見ると、妙に苛ついた気分にさせられた。

 

「これから、貴様にやってもらう仕事がある」

「仕事……?」

「そうだ。これはイリヤのために必要なことだ」

「イリヤのためって……、何をさせる気だ?」

 

 つい、先程の光景が浮かび、慌てて頭を振りかぶると、男は心底軽蔑した表情を浮かべた。

 

「貴様……、まさかとは思うがイリヤに劣情をもよおしたのではあるまいな?」

「そ、そんなわけがあるか!」

 

 声が上擦ってしまった。男は汚物を見るような目を向けてくる。腹が立つが、否定する言葉が出てこない。

 

「……イリヤはな、このままでは長く生きられんのだ」

「は?」

 

 言われた言葉の意味がすぐに飲み込めなかった。

 

「そういう風に生まれた。いや……、生まれさせられたんだ。今のままでは、一年後を迎えることも出来ない」

「生まれさせられたって、どういう……」

「彼女には、生まれる前から役割を与えられていた。とある魔術儀式の生贄となることだ」

「生贄って……、あの子が?」

 

 俺のことをシロウと呼び、抱きついてきた女の子。足に感じた重みは、見た目よりも遥かに軽いものだった。その彼女が生贄にされる。

 

「なんなんだよ、その儀式って!」

「聖杯戦争。聖杯という、万能の願望器を求める魔術師同士の殺し合いだ」

「なっ!?」

 

 殺し合い。あまりにも物騒な内容に言葉を失った。

 

「参加する魔術師は七人。彼らはそれぞれサーヴァントと呼ばれる使い魔を召喚して使役し、最後の一人になるまで殺し合う。その勝者が手にする聖杯こそ、イリヤなんだ」

「なんだよ……、それ。そんなこと、本当に……」

「事実だ、衛宮士郎。そして、戦場となる舞台は貴様の住んでいる冬木の街だ。当然、街も平穏のままというわけにはいかない。一般市民の中からも犠牲者が出るだろう」

 

 冬木市で魔術師同士の殺し合いが行われる。無関係の人々にも被害が出る。

 そんなこと、させるわけにはいかない。

 

「そんなこと、させられるわけないだろ! 無関係の人まで巻き込むなんて、なにを考えてるんだ!」

「貴様が一人で吠えたところで何も変わりはしない。参加する魔術師達は己の願望の為に他者の死を容認した外道ばかりだ。口で何を言おうと止まりはしない」

「そんな……、でも!」

「それでも止めたければ、戦うしかない」

「戦うって、どうすれば……」

「サーヴァントを召喚しろ。あとはわたしがすべての片をつける」

 

 男は拳を固く握りしめながら言った。

 

「イリヤを死なせるわけにはいかんのだ。あの子は、幸せにならねばならない」

「……おまえ」

 

 男は言った。

 

「衛宮士郎。サーヴァントを召喚しろ。貴様には資格があり、条件はわたしが整える。イリヤを救うために……」

 

 不思議だった。いきなり拉致されて、手足を拘束されて、こんな突拍子もない話を語られて、普通なら信じない。信じられるわけがない。

 それなのに、俺には男の言葉が真実だと思えた。いけ好かない男なのに、生まれてこの方感じたこともない程に嫌悪感を抱いているのに、どうしてだろう。疑うことが出来ない。

 

「召喚すれば……、あの子を救えるのか?」

「救うんだ。なんとしても、あの子を」

「……わかった。どうすればいい?」

「わたしに続けて呪文を唱えろ」

 

 男は足元のカーペットを捲り上げた。そこには巨大な魔法陣が刻まれていて、その陣を見た途端に左手の甲が痛みを発した。視線を向けると、赤いミミズ腫れのようなものが浮かんでいた。

 

「はじめるぞ」

 

 男が呪文を唱える。その言葉をなぞっていくと、体内の神経が裏返った。いつも命がけで作り上げている魔術回路が瞬時に生成され、魔力が体内を勢い良く循環し始める。

 室内にはエーテルが嵐のように吹き荒れ始め、最後の一節を唱えきった瞬間に体内からごっそりと魔力が抜けていった。

 

「……よくやった。これで貴様は用済みだ」

 

 その言葉と共に意識が途絶えた。

 

 ◆

 

 召喚された直後、セイバーのサーヴァントの前には別のサーヴァントが立っていた。その横には椅子に拘束された少年がいる。ラインを通じて、彼こそが己のマスターなのだと認識した瞬間、彼女は猛烈な殺意を紅い外套のサーヴァントに向けた。

 

「やめておけ、セイバー。貴様が動くより先に小僧の首が飛ぶぞ」

「貴様……」

 

 召喚されたばかりで言葉の一つすら交わしていない状態にあっても、セイバーの思考に主を裏切るという選択肢はなかった。如何に敵の隙をついてマスターを救出するか、それだけを考え、意識を集中させる。

 

「無駄だ」

 

 セイバーが踏み込み、一気呵成に不可視の剣を振り下ろすが、敵はまるで見えない筈の剣が見えているかのように受け止めてみせた。そして、彼女の腹部に一振りの剣が突き刺さった。

 傷は深くない。けれど、その傷以上のダメージをセイバーは受けた。

 

「これ、は……」

「魔剣・太陽剣(グラム)。君の聖剣の対極に位置するものだよ。これには竜殺しの特性もあってね。君に対しては絶大な効果を発揮する」

「貴様……」

「少し眠っておけ、騎士王」

 

 動けないセイバーの体に別の剣が突き刺さる。その途端、セイバーは耐え難い眠気に襲われた。それでも意識を保とうともがくセイバーに、再び別の剣が突き刺さる。五本目が突き刺さった時点で彼女は意識を手放した。

 

「……二度は通じぬ手だが、上手くいったな」

 

 アーチャーのサーヴァントは意識を失った主従をそれぞれ拘束していく。

 そして、主の方を担ぐと、城の地下へ降りていった。そこには、一人の男が繋がれている。

 

「アトラム・ガリアスタ。君のお仲間だぞ」

 

 その男は聖杯戦争の参加者となるべく冬木に滞在していた魔術師だ。その手の甲には令呪が宿っていたが、すでに剥奪されている。彼の参加資格はアハト翁が用意したホムンクルスに移され、第四次聖杯戦争に参加していたケイネス・エルメロイ・アーチボルトという男が考案した技法で、今は魔力の供給源として使われている。

 

「ではな、衛宮士郎」

 

 地下牢の扉が閉ざされる。中からは決して開くことの出来ない奈落の底。階段を上がった先には門番のごとく佇むバーサーカーの姿があった。理性なき筈の瞳がアーチャーを睨みつける。

 

「……好きなだけ睨むがいい。嫌われるのには慣れている」

 

 目を覚ましたセイバーには森の内側へ入ることを禁じた。そして、使いであるホムンクルスを介して斥候を命じた。わたしが城にいて、彼女の主の命を握る限り、彼女が裏切ることはない。そういう性格だと、わたしは知っていた。

 イリヤを救う。その誓いの為にあらゆる策略を巡らせた。切り札を揃え、敵の情報を蓄えた。そして、現在――――。

 

「そこまでだ!」

「■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

 見事なまでに因果応報だった。思わぬところから現れたイリヤを救う手段を前に、それを破壊せんとする戦神と魔神が現れた。

 

「……おい、ドナルド」

「なに?」

「おまえなら、イリヤを救えるんだな?」

「うん」

「なら、救ってくれ。彼らのことはわたしが引き受ける」

 

 身から出た錆だ。彼らはこの機に乗じてわたしを始末するつもりだろう。ここからでは、わたしがセイバーのマスターである衛宮士郎を殺す事は出来ず、セイバーにとっては千載一遇の好機であり、アハト翁にしても敵と共に不安要素を排除する好機と見るはずだ。

 

「……アーチャー。貴様の首、ここで貰い受ける」

「やれやれ、嫌われたものだ」

 

 やはりと言うべきか、セイバーの殺意は一直線にわたしへ向いていた。

 

「大丈夫だよ、もう一人の僕」

 

 彼らを固有結界に閉じ込める為、呪文を詠唱しようとした瞬間、背中の方から声がした。

 

「ドナルド。貴様の出る幕では……」

 

 振り返った先には、知らない男が立っていた。

 

「オッス! オラ悟空!」

「……え?」

 

 わたしは知っていた。その男が如何なる存在か……。

 

「嘘だろ?」

 

 思わず呟いた言葉。それに対して、慎二がわたしの肩を叩いて言う。

 

「残念だけど、マジだぜ。あれ、孫悟空だ」

 

 その言葉を裏付けるように、孫悟空は超サイヤ人へ変化した。遠坂達が遠い目をしている。

 

「これが“笑顔集いしドナルドランド(I’M lovin’it.)”の第二段階の能力。いま、信仰の力が心の世界の殻を破り、現実へ飛び出す! 頼んだよ、悟空!」

「おう、任せとけ! こいつら、かなりつえーな! おらわくわくしてきたぞ!」

「なんだ、貴様は!?」

「■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

 そして、天を裂き地を割る大激突の火蓋が切って落とされた。わたしは完全に蚊帳の外に置かれ、慎二達と一緒に彼らの激闘を見物することになった。

 

「なんでさ……」



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第二十四話『スカウター』

「……なあ、なんで悟空がいるんだ?」

 

 目の前で繰り広げられている空前絶後の究極バトルから目を逸らし、アーチャーはドナルドに聞いた。

 

「それは僕の固有結界の力なのさ!」

 

 ドナルドは丁寧に自分の能力を解説した。仮にも聖杯を競う敵に対して、あまりも軽率な振る舞いだが、マスターである凛も注意する素振りすら見せない。

 話を聞くうちにアーチャーは理解した。それほどまでに規格外なのだ。能力を明かしても問題にならぬ絶対的な力。それこそが、衛宮士郎(ドナルド・マクドナルド)固有結界(I’M lovin’it. )

 

「そうか……。お前は満足しているのだな、歩んできた己の道に」

「……うん。だから、ごめん。僕はちょっと怒ってるよ、アーチャー」

 

 その言葉に、凛と慎二が目を見開いた。人生において、ただの一度も怒りを覚えたことのない男が、「ちょっと怒ってるよ」と言った。それも、異なる道を歩んだ自分に対して。

 二人はアーチャーのことを知らない。けれど、彼が歩んだ道が如何なるものか、二人には察しがついてしまっていた。

 だからこそ、ドナルドの口にしたカーネルという言葉に飛びついた。誰が聞いても穴だらけの推論を並べ立て、彼をドナルドと同じようにみんなから祝福され、歩んできた人生を誇れる人物だと信じようとした。あの白くなってしまった髪はカーネルだからだと、信じたかった。

 

「君は後悔しているんだね。自分の歩んできた道を」

「……ああ、後悔している」

 

 聞きたくなかった言葉が聞こえた。

 正義の味方。魔術師殺し。衛宮切嗣。受け取った者と、受け取れなかった者。

 ドナルドは受け取れなかったからこそ、ドナルドになるという斜め上の発想に至った。

 けれど、受け取ってしまった者はどうなるのか? もしも、魔術師殺しという異名で知られる衛宮切嗣と同じものに至ってしまったのだとしたら。正義の味方という、決して存在しない矛盾を体現し続けたとしたら。

 

「だから、お前に会えたことは幸運だ。救いようのない愚か者だと思っていたが、お前のような存在に到れる可能性もあったのだな。紛い物でしかなかったわたしには、実に眩しいよ」

「ふざけんなよ、テメェ!!」

 

 アーチャーの放った言葉に慎二は激昂した。

 

「し、慎二?」

「……お前がどんな人生を送ったのか、僕は知らない。けど、想像出来ちまうよ……」

 

 慎二は泣いていた。

 

「けど、お前のことだ。頑張ったんだろ? 無理だって分かりきってることでも、全力だったんだろ?」

「……それは」

「だったら、否定してんじゃねーよ。言っただろ! 聞いてなかったか? 僕は言ったんだぞ! 聞こえてなかったんなら、もう一回言ってやるよ! お前だって頑張ったんだろう! だったら、自分を否定するような真似はやめろ! 他の誰が認めなくても、僕が認めてやる! だから……、自分を否定するのだけは止めてくれ!!」

 

 それ以上は言葉が出て来なかった。慎二は嗚咽をもらしながら蹲ってしまった。

 

「慎二……、お、オレは……」

「……士郎」

 

 凛は言った。

 

「アンタ、イリヤって子のことを救いたいのよね?」

「ああ……、そうだ」

「そっか」

 

 凛は微笑んだ。

 

「遠坂……?」

「少なくとも、誰かを救いたいって気持ちは持ち続けているのね」

 

 慎二がハッとしたように頭をあげた。

 

「衛宮……、お前」

「結局、士郎は士郎なのね。慎二が言っていたこと、わたしも言うわ。どこまで行っても変わらないバカで、底抜けのお人好しな士郎のことが、わたしも大好きよ。もちろん、二人共ね」

 

 その言葉にアーチャーとドナルドは揃って目を丸くした。やがて、二人は顔を見合わせながら苦笑する。

 

「……参ったな。慎二と遠坂にこれだけ言われては、持論を固持し続けることが難しくなってしまう」

「いいんじゃない?」

 

 ドナルドはアーチャーに言った。

 

「素直になっちゃいなよ」

「……簡単に言ってくれるな」

 

 ドナルドは手を叩いた。

 

「ラン」

 

 その動きにアーチャーがつられる。

 

「ラン」

 

 両肩をクロスさせた手で叩き、

 

「ルー!」

 

 両手を高く伸ばす。アーチャーの浮かべる表情は文句なしの0円スマイルだ。

 

「どう? これは僕が二人の言葉で感じた喜びだよ。君もまったく同じ感情を抱いたはずだ」

「……ああ、否定は出来ないな。慎二が認めてくれて、遠坂が好きだと言ってくれた。嬉しくないと言えば嘘になる」

 

 アーチャーは言った。

 

「だけど、すまないな。まだ、オレは……」

「まだって言葉が出て来るなら、それでいいわよ」

 

 凛は嬉しそうに0円スマイルを浮かべる。

 

「そうだな。まだってことは、いつか必ずってことだ。衛宮はノロマだからな。時間が掛かるのはいつものことだ。……いくらでも待ってやるよ。仕方ないからね」

 

 慎二は目を細めながら0円スマイルを浮かべた。

 

「ありがとう、二人共」

 

 0円スマイルを浮かべる四人。

 

「……サクラ。よろしいのですか? あなたも、彼に言いたいことがあるのでは?」

 

 ライダーの言葉に、彼女の主は首を横にふる。

 

「わたしは先輩に救われてきたわ。でも、先輩の力になれたことはないの」

 

 寂しそうに彼女は言った。

 

「……わたしも兄さんたちみたいになりたいな」

「サクラ……」

 

 そして……、

 

「お前ら、そろそろ戻ってこい!! いい加減、余波を抑えるのキツイんだよ!!」

 

 ランサーがキレた。

 悟空達の戦闘によって大地は裂け、森は切り開かれ、ランサーが一人で必死に展開している結界を残し、周囲は荒野へ変貌している。

 

 第二十四話『スカウター』

 

「……しかし、すごい光景だな」

 

 もはや現実のものとは思えない激戦に視線を戻し、アーチャーが呟いた。

 

「悟空相手に頑張ってるな、あいつら」

 

 慎二は呑気な口調で言った。

 

「相手はセイバーとバーサーカーですよ? しかも、セイバーの真名はアーサー・ペンドラゴン。むしろ、そのような大英雄を平然と相手取る悟空が異常過ぎます。本当に、何者なんですか、彼は!」

 

 バゼットの言葉に慎二は言った。

 

「ドラゴンボールの主人公だ。ちなみに、月を破壊出来る亀仙人って爺さんが、作中だと最弱に近いんだぜ」

「……は? 月を破壊……?」

 

 目を白黒させたのはバゼットだけではなかった。

 

「むしろ、悟空が出るなら圧勝だと思ったんだけどな」

「はい、これ」

 

 ドナルドが慎二に奇妙な道具を渡した。

 

「こ、これは!」

 

 アーチャーが目を見開く。

 

「な、なに、どうしたの!?」

 

 アーチャーの尋常ならざる様子に凛が目を丸くする。

 

「これ……、スカウターか!?」

 

 慎二が手を震わせながらスカウターを掲げた。

 

「なにそれ」

「知らないのか!?」

 

 淡白な反応の凛にアーチャーが叫んだ。

 

「スカウターだぞ!」

「はい、アーチャーにも」

 

 ドナルドはもう一つのスカウターをアーチャーに渡した。

 

「ドナルド……、お前」

 

 ドナルドは静かにサムズアップした。

 

「マジかよ、スカウターって……。聖杯戦争に戦闘力の概念持ち込んじまうのか……ッ!」

 

 慎二は感動した様子でスカウターを装着する。

 

「し、しかし、大丈夫か? 悟空だぞ? 爆発せんか?」

 

 アーチャーもおそるおそるスカウターを装着する。

 そして、彼らは戦場へ視線を向ける。

 

「これは――――ッ!」



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第二十五話『真相へ』

 直感が囁いた。

 

 ――――この男は、世界を滅ぼす力を持っている。

 

 存在していることがあり得ない。この男はガイアによって否定されるべきモノ。

 その証拠に、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の制約が解かれていく。

 

《承認――――、エクター》

『是は、誉れある戦いである!』

《承認――――、ケイ》

『是は、生きるための戦いである!』

《承認――――、ランスロット》

『是は、精霊との戦いではない!』

《承認――――、ディナダン》

『是は、民を守るための戦いである!』

《承認――――、トリスタン》

『是は、信念を貫くための戦いである!』

《承認――――、ガウェイン》

『是は、勇者と並び立つ戦いである!』

《承認――――、ベディヴィエール》

『是は、己よりも強大な者との戦いである!』

《承認――――、ギャラハッド》

『是は、私欲なき戦いである!』

《承認――――、ガヘリス》

『是は、人道に背かぬ戦いである!』

《承認――――、アグラヴェイン》

『是は、真実との戦いである!』

《承認――――、モードレッド》

『是は、邪悪との戦いである!』

《承認――――、マーリン》

『是は、王としての戦いである!』

 

 残る制約は一つ。ここまで制約が解かれたことは生前でも一度あったかどうかだ。

 セイバーは改めて敵を見る。大英雄ヘラクレスと共闘してもなお、圧倒的な力を見せつける魔人。鋭い刃を指で受け止め、拳の余波で英霊を吹き飛ばし、楽しそうに笑っている。

 これほどの敵は生前にも、死後の戦場にもいなかった。

 

「……なるほど、貴様は」

 

 セイバーは理解した。これは既に聖杯戦争ではない。大いなる意志同士のぶつかり合いだ。

 だからこそ、セイバーとバーサーカーは圧倒されながらも戦えている。

 

「どちらが正しいのか、わたしには分からない。けれど、わたしはセイバーのサーヴァント。主を救わねばならない。だからこそ――――」

 

 セイバーは声高に叫ぶ。

 

「是は――――、世界を救うための戦いである!!」

《承認――――、アルトリア》

 

 全ての制約が解かれた瞬間、それまで指一本でしのいでいた悟空がはじめての回避行動を取った。けれど、その動きはバーサーカーによって阻まれ、聖剣の一撃が悟空の腕を掠る。

 それまで、如何に魔力を篭めても傷一つつかなかった悟空の肉体から血飛沫が吹き出した。

 

「……やるな、おめぇ」

 

 悟空の顔から笑顔が消え、同時に彼の纏う気が膨れ上がった。

 

 第二十五話『真相へ』

 

 スカウターに表示された数値を見て、慎二とアーチャーは驚いた。

 それは悟空の数値じゃない。セイバーの数値だ。

 

「……い、一億五千万……、だと?」

「あ、ありえない……。フリーザでも53万なんだぞ」

 

 宇宙の帝王をはるかに凌ぐ数値にスカウターの故障を疑う慎二とアーチャー。

 

「あの聖剣だね。アレがセイバーちゃんの力を悟空と同じ数値にまで引き上げてる」

 

 ドナルドが言った。スカウターで悟空を見ると、セイバーと同じ数値を示していた。

 超サイヤ人の孫悟空。その戦闘力もまた、一億五千万だった。

 

「……ねえ、士郎」

 

 盛り上がる慎二達に顔を引き攣らせながら凛がドナルドに声を掛けた。

 

「なに?」

「アンタ、前はセイバーのことを解析出来なかったじゃない。それなのに、どうしてセイバーの戦闘力……? っていうのが分かるのよ」

「スカウターは僕の能力で出したものだけど、正確にはみんなの信仰(ココロ)の力の結晶体なんだ。だから、セイバーちゃんの対魔力も透過して、戦闘力を測ることが出来るんだ」

「……ふーん。でも、大丈夫なの?」

「なにが?」

 

 凛は悟空を指差した。

 

「あんなの召喚して、あなたに負担はないの? わたしからあなたに流れていく魔力なんて、微々たるものだし」

「もちろんさー。だって、彼は……、僕の能力はみんなの笑顔を守るための力だからね」

「それって――――」

「ウオオオオオオ!!」

「スゲエエエエエ!!」

 

 凛の言葉は慎二とアーチャーの歓声によってかき消された。

 

「うっさい!! なに!?」

 

 振り向いた凛が見たものは、渦巻く魔力の奔流。

 セイバーのサーヴァントは極大まで跳ね上がった魔力を聖剣に叩き込んでいる。

 対する悟空も、あのランサーと戦った時の青い状態になって、かめはめ波の体勢に入っている。

 

「……まさか、そんな」

 

 ライダーが慄くように呟いた。

 

「ライダー……?」

「どういうことですか……。この魔力……いや、これは!」

 

 英霊メドゥーサ。かつて女神だった彼女だからこそ、その異常に気づくことが出来た。

 超サイヤ人ブルーの悟空が放つ、あり得ない気の正体。

 

「ドナルド……。あなたは、アレは!」

「ど、どうしたの、ライダー!」

 

 尋常ならざるライダーの様子に桜が叫ぶ。

 

「……あれは、神霊です」

「は……?」

 

 ランサーが、バゼットが、凛が、桜が、ライダーの言葉に言葉を失った。

 

「しまった、カメラ忘れた!!」

「任せろ、慎二!! 投影開始!! このデジカメを使うんだ!!」

「でかしたぞ、衛宮!! ってか、スゲー!! このカメラ、僕の持ってる最新機種と比べ物にならないぞ!!」

「当然さ! これは2017年モデルのデジカメだからな!」

「すっごーい! ぼ、僕にもくれないかな?」

「もちろんだ、ドナルド! ほら、スカウターのお礼だ」

「ありがとう!」

 

 悟空のかめはめ波に盛り上がっている三人の少年のことは無視することに決め、凛はライダーに問う。

 

「神霊って……、悟空のこと?」

「そうです……。ですが、いくら規格外とはいえ、サーヴァントの宝具で神霊を喚び出すなど……」

「そもそも、アイツは現代のマンガってのの登場人物なんだろ? どういうことだよ……」

「……わからないわ。わたし、ドラゴンボールを読んだことないし」

「サクラ。サクラはないのですか? ドラゴンボールを読んだことは」

「ご、ごめんね、ライダー。わたし、少女漫画なら少し読んでるけど、少年漫画はぜんぜん……」

「バゼットは……、聞くまでもねーか」

「……す、すみません」

 

 まさか、聖杯戦争にドラゴンボールの知識が必要になるなど、誰も想像しなかった。

 

「……やっぱ、ドナルドに聞くしかねーな。オイ、ドナ……」

 

 振り向いたランサーは世界の始まりと終わりの光景を見た。

 完全開放のエクスカリバーと超サイヤ人ブルーのかめはめ波は拮抗し、間に挟まるすべてを消し飛ばしていく。

 光が止んだ後には巨大なクレーターが築かれ、セイバーのサーヴァントは膝を屈した。

 

「■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 かめはめ波を撃った直後の悟空へ襲いかかるバーサーカー。けれど、悟空は彼の動きを見切り、クレーターの底へ向けて彼を蹴り飛ばした。

 

「……マジかよ」

 

 一度戦って分かっていたつもりだったが、改めてランサーは悟空の実力を感じ取った。

 

「ありがとう、悟空!」

 

 ドナルドが声をかけると、悟空は親指を上げ、セイバーとバーサーカーにトドメを刺すことなく姿を消した。

 

「いいのか……?」

「もちろんさー」

 

 ドナルドはセイバーに向かって歩いて行く。

 

「お、おい、ドナルド!」

 

 心配するアーチャーに「大丈夫」と言って、彼はセイバーに声をかけた。

 

「こんにちは、ドナルドです」




残りあと数話です。これからもお付き合いくださいませー(*´ω`*)


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第二十六話『世界を救う決意』

 この地は、既に詰んでいる。三ヶ月前、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが英霊エミヤを召喚してしまった時点で運命が定まった。

 第五次聖杯戦争において、すべての中心に立つ男がその場を離れたが故に、全ての因果が悲劇へ収束していく。如何なる道を辿ろうと、如何なる者が介在しようとも、冬木の街に未来はない。

 その筈だった――――。

 

「……報告しろ」

 

 丘の上から彼方の狂騒を眺めながら、言峰綺礼は言った。彼の背後には、骸骨の面で顔を隠す、異様な雰囲気の女が立っている。

 

「遠坂を中心とした同盟がアインツベルンに強襲を掛けたもようです」

 

 女が口にする情報は、彼方で起きているリアルタイムの出来事だ。

 アサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハ。彼女の宝具は妄想幻像(ザバーニーヤ)。その能力は多重人格であることを活かし、霊体そのものを分割することでそれぞれを別個体として運用することが出来るというもの。

 その能力によって、彼女は今回の聖杯戦争のすべての情報をマスターである彼に与え続けてきた。

 

「開戦から数日。これまでに出た脱落者はゼロ。街も平穏を保ったままだ」

 

 本来のキャスターによる被害もなく、ライダーのサーヴァントの結界による被害もない。

 脱落者どころか、犠牲者さえ一人も出ていない。

 

「これが第二の救世主(キリスト・セカンド)の実力というものか」

 

 神父は笑う。あらゆる災厄、あらゆる悪意を退ける救世主の存在を、彼は諸手を挙げて歓迎する。

 

「約束の日は近いぞ、英雄王。お前にとっても、私にとっても、そして……、救世主よ。貴様にとってもな」

 

 第二十六話『世界を救う決意』

 

「こんにちは、ドナルドです」

 

 ドナルドが差し出した手をセイバーは睨みつけた。

 

「……道化師。貴様は……」

「悟空のおかげで、ようやく君のことを識ることが出来た。だからこそ、僕は言うよ。君と僕は敵じゃない。むしろ、手を取り合うべきだ」

 

 ドナルドの言葉と共に、セイバーは夢を見せられた。衛宮士郎としての人生、英霊ドナルド・マクドナルドとしての在り方、そして、この聖杯戦争で起きたこと、すべてを見せられて、彼女は理解した。

 この英霊の出鱈目な能力の正体。彼が召喚された理由。これから起きる未来。己の為すべき使命。すべてを悟り、ドナルドの差し出す手を握る。

 

人類種(アラヤ)が望んだ救世主。それがお前か」

「……うん。どうやら、それが僕の正体みたい」

 

 ドナルドも、この瞬間まで気付いていなかった。自分の能力の正体。そして、自身の正体に。

 

「人々の信仰を具現化するというお前の固有結界は、アラヤの抑止力そのものだ。おそらく、この世界はお前の世界と同様の未来に向かっている。その破滅を回避する為に貴様は喚ばれた。エクスカリバーが……、ガイアが貴様を排斥の対象にしたのは、その破滅にガイアの抑止力が含まれ、それに対するカウンターでもあるからだな」

「うん。もう一人の僕の存在を識った時からおかしいとは思ってた。きっと、凛ちゃんが本来召喚する筈だったサーヴァントは彼なんだ。それは、イリヤちゃんが彼を召喚した後でも変わらない。同一の英霊を異なる側面で同時召喚する事は不可能じゃないって、僕の存在が証明しているからね。彼と同じように凛ちゃんに救われた衛宮士郎が彼女のサーヴァントになっていた筈なんだよ。そうじゃなかったとしても、僕が召喚される事はなかった。だって、僕には凛ちゃんとの接点が全く無いからね」

「ハンバーガーの包み紙。そんなものでは、触媒になどなり得ない。それでも、お前は喚ばれた」

 

 セイバーは問う。

 

「敵の正体は分かっているのか?」

「臓硯さんがヒントをくれたよ。だけど、上手く答えにつなげる事が出来なかった」

「十年前の大火災。第三次聖杯戦争におけるアインツベルンの反則。聖杯の穢れ。間桐桜に埋め込まれていたもの。そのゾウケンこそ、敵の正体であり、すでにお前は世界を救っている。そういう事ではないのか?」

「違うよ。臓硯さんは……ううん、他のマスター達の誰も、世界を破滅させる事なんて望んでいないんだ」

「……ならば、やはり」

「何か分かったのかい?」

「ああ……」

 

 セイバーは険しい表情を浮かべて言った。

 

「お前が帰ってきた冬木市に一人残っていた男。あの男はサーヴァントだ。正体は不明だが、恐ろしい力を持っていた。そして、他者を雑種と呼び、見下していた」

「彼が敵って事?」

「それ以外に思いつかない」

 

 ドナルドとセイバーはしばらく見つめ合った後、互いに苦笑した。

 

「問題などあるまい。ガイア(わたし)アラヤ(おまえ)が手を結び、勝てぬ相手などいまい」

「うん。僕もそう思うよ! 一緒に世界を救おう、アルトリアちゃん」

 

 ドナルドが振り返ると、そこにはアーチャー達の姿があった。彼らも二人の話を聞いていた。

 セイバーがアーチャーの前に立つ。

 

「アーチャー。聖杯戦争はこれで終わりです。これより、わたしは……いや、我々は世界の破滅を防ぐために動かねばなりません。故、遺恨を残すような真似はしたくありません」

「……ああ、分かっている。君の主を返そう。そして、わたしの命は君に捧げるよ。ただ、イリヤの事は見逃してほしい」

「遺恨を残すような真似はしないと言っています。マスターを返すなら、これまでの事は水に流しましょう。無論、マスターの意志を優先しますが」

「すまなかった……、セイバー」

 

 頭を下げるアーチャーにセイバーは微笑んだ。

 

「あなたの事もドナルドに聞き……いえ、見せられました。キリツグとアイリスフィールの娘の為だったのでしょう? ならば、謝罪は不要です」

「……ありがとう」

 

 アーチャーはドナルドに顔を向けた。

 

「頼む、ドナルド。イリヤを救ってくれ」

「もちろんさー! 行こう、もう一人の僕。イリヤちゃんと三人目の僕が待ってる」

 

 歩き出す一行。その後方でランサーはボソリと言った。

 

「……よくよく考えると同一人物が三人揃うってのもスゲー話だな」

「エミヤシロウ……。ドナルドやカーネルになる少年。少々、警戒してしまいますね」

「カーネルは冤罪だと言ってるだろ!」

 

 前方を歩いているくせに聞こえたのか、アーチャーが叫ぶ。

 

「いいじゃないの、カーネル。ニックネームみたいで」

「遠坂!?」

「そうだぜ、カーネル。どうせなら衛宮に、『お前の未来はドナルドかカーネルの二択だ!』って言ってみようぜ。どんな反応するかワクワクしてきた」

「し、慎二。それはさすがに……」

「あら、おもしろそうじゃない」

 

 止めようとするアーチャーを無視して凛と慎二はイタズラの計画を立て始めた。

 

「兄さん達ったら……」

 

 昔に戻るどころか、すっかり愉快な性格になってしまった二人に桜はため息をこぼす。

 

「嬉しそうですね、サクラ」

 

 そんな桜にライダーが語りかける。

 

「……だって、兄さんも……姉さんも、楽しそうなんだもん」

「サクラ……」

 

 そうして一時間以上歩いたところでようやくアインツベルンの森の入り口に辿り着いた。

 そこには、一人の少女が待っていた。

 

「イリヤ!?」

 

 アーチャーが駆け出すと、イリヤは涙を零しながらアーチャーに抱きついた。

 

「バカ! バカシロウ! きゅ、急にいなくなって……、しんぱいしたのよ!」

「す、すまない、イリヤ」

 

 イリヤを慰めるためにアーチャーは背中に生暖かい視線を感じながら彼女の頭を撫でた。

 たっぷり五分も羞恥プレイに耐えた後、ようやくイリヤが泣き止んだ。

 

「イリヤ……」

「……無事に帰ってきてくれたから、今回はゆるしてあげる」

「ああ……、ありがとう」

 

 イリヤにせがまれて彼女を抱き上げながら凛達の下に戻ると、アーチャーは顔を引き攣らせた。

 そこにはサディスティックな笑みを浮かべた凛と慎二がいた。

 

「そ、そうだ、イリヤ! 実はいろいろと話さないといけない事があってな!」

 

 いじり倒される前に慌ててイリヤに事情を説明し始めるアーチャー。凛と慎二は舌を打った。

 説明が終わると、イリヤは一言、「どうでもいいわ」と言った。

 

「え? い、イリヤ?」

「言ってるじゃない。わたしにとって、シロウ以外のことはどうでもいいの。でも、クラウンのシロウには興味があるわ。あとでお話しましょう。いいわよね?」

「もちろんさー!」

 

 イリヤを加えて改めてアインツベルンの城を目指して歩き出す一行。

 ヒソヒソ話しながらチラチラ見てくる凛と慎二が非常に気になるアーチャーだったが、ドナルドと桜が彼らを窘めてくれて安堵した。

 

「あっ、イリヤちゃん」

 

『Happy Meal』

 

 不思議な声と共に現れるハンバーガーをドナルドはイリヤに渡した。

 

「これを食べてもらえるかな?」

「これを?」

 

 イリヤは小首をかしげながらも素直にハンバーガーを食べ始めた。

 すると、変化が始まった。

 

「これ……、わたし?」

 

 アーチャーの腕の中でイリヤの肉体は年相応の大きさに変化を遂げた。アーチャーは固まっている。

 

「これで、君の体の問題は無くなった筈だよ。聖杯としての機能は残ってるけど、それは君の根幹部分と密接に関係しているから取り除けなかったんだ」

 

 ドナルドの説明を聞きながら、イリヤは自分の手足を確認した。

 

「すごいわ。体がとっても軽い」

「イリヤ……」

 

 アーチャーは頬を緩ませながらイリヤを見つめた。

 イリヤは笑顔を彼に返しながらドナルドに言った。

 

「クラウンのシロウ。ありがとう」

「ランランルー!」

 

 ドナルドのランランルーについ反応してしまう一同。

 

「キャッ」

 

 その拍子にイリヤがアーチャーの腕から落ちてしまうが、彼女は軽やかに体勢を整えた。

 

「だ、大丈夫か、イリヤ!」

「うん! すごいわ! こんなに体が自由にうごくなんて!」

 

 嬉しそうに体を伸ばすイリヤ。

 

「イリヤ……」

「シロウ……」

 

 見つめ合う二人にセイバーが咳払いをする。

 

「……喜び合うのは結構なのですが、このままでは日が暮れてしまいます」

「す、すまない!」

「もう、いいところだったのにー」

 

 謝るアーチャーと頬を膨らませながらアーチャーの背中に飛びつくイリヤ。

 

「お、おい、イリヤ!?」

「なに?」

「いや、降りてくれないか?」

「えー、なんで?」

「いや、その……、いろいろと……あたって……」

 

 目が泳いでいるアーチャー。その先には凛と慎二の獲物を前に舌舐めずりする肉食獣のような笑顔があった。

 

「と、とにかく離れて――――」

「イヤよ。シロウが勝手にいなくなって、すっごく不安だったの。だから、はなれてなんてあげないんだから」

「い、イリヤ……」

 

 困った表情を浮かべるアーチャーに凛は一言「ス・ケ・ベ」と言い残して笑いながら離れて行った。

 

「ちょっと待て、遠坂!!」

「いいのよ、シロウ」

 

 イリヤは言った。

 

「だって、当ててるんだもん」

 

 その言葉にアーチャーは吹き出した。

 

「い、イリヤ!?」

「シロウ。これで少しはわたしを意識してくれる?」

 

 イリヤの積極的なモーションにたじたじなアーチャーにドナルドはクスリと微笑んだ。

 もう、彼は心配ないだろう。慎二と凛の言葉に加えて、愛してくれる女性がいる。

 

「……凛ちゃん」

 

 ドナルドはマスターである凛に声を掛けた。

 

「なに? 士郎」

「ありがとう」

「え?」

 

 ドナルドは0円スマイルを浮かべて言った。

 

「ドナルドは君に出会えて幸せだったよ」

「し、士郎……?」

「あっ、見えてきたよ!」

 

 凛は咄嗟にドナルドに手を伸ばした。けれど、彼は前に向かって進んでいく。

 

「……士郎!」

 

 凛は走った。そして、ドナルドの腕に抱きついた。

 

「り、凛ちゃん!?」

「……士郎。マスターとして命令よ。聖杯戦争が終わっても、わたしの傍にいなさい」

「凛ちゃん。ドナルドは……」

「分かってる。聞いてたもの。あなたには使命がある。でも、使命が終わったらハイサヨナラなんて絶対にイヤよ! 前にも言ったでしょ! わたし、士郎が好きなの! アンタの能力なら、わたしがどれくらい好きか分かるでしょ! どうなの!? 士郎!!」

 

 ドナルドの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。

 

「……ぼ、僕、ドナルドだよ?」

「知ってるわよ!!」

「僕のピエロメイク、取れないんだよ?」

「知ってるわよ」

 

 凛は言った。

 

「それも引っ括めて士郎が好きなの。無断で居なくなったらわたしは泣くわよ。それこそ、赤ちゃんみたいにわんわん泣くわ。すっごく恥ずかしくて、すっごく辛くて、きっと不幸のどん底よ」

「凛ちゃん……」

「士郎はみんなを笑顔にしたいのよね?」

「……うん」

「わたしのことは笑顔にしてくれる?」

 

 ドナルドは泣きそうな顔で言った。

 

「……もちろんさー」

「よろしい! 行くわよ、士郎!」

「うん!」

 

 凛とドナルドの後ろで慎二は桜に言った。

 

「お前も頑張れよ、桜。僕は衛宮以外の男を弟にする気は無いぞ」

「兄さん……。はい、がんばります」

 

 その後ろではランサーが頭を掻いていた。

 

「あーあー、こっ恥ずかしい奴らだぜ」

「ですが、この光景は守る価値がある。そうは思いませんか?」

 

 彼の隣ではセイバーが0円スマイルを浮かべていた。

 

「……まあな。英霊同士の殺し合いってのも悪くないが、英雄として世界を救うのも悪くない」

「サクラとシンジ。二人の笑顔を守るためならば、わたしも全身全霊をかけて戦いましょう」

 

 ランサーとライダーもまた0円スマイルを浮かべる。

 そして、一行はアインツベルンの城に到着した。アーチャーの案内でセイバーのマスターである衛宮士郎が幽閉されている地下牢へ向かう。

 

「こ、ここにエミヤシロウが」

「……どんな人物なのか、少々不安ですね」

 

 バゼットとライダーのあんまりな感想を聞きながらアーチャーは牢の扉を開く。

 そこには――――、

 

「なんでさ……」

 

 アーチャーが目を疑う光景が飛び込んできた。



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第二十七話『それは数日前のこと』

「エミヤシロウ!! 次はなんだ!? なにを作るのだ!?」

「コレを使う!!」

 

 扉を開いた先では、アトラム・ガリアスタに向かって椎茸の入ったボウルを見せる衛宮士郎の姿があった。

 

「キノコ!? キノコを使う料理だと!? だが、見たことがないぞ!! そのキノコ!! ボクは!! そのキノコは美味いのか!?」

「美味い!!」

 

 ここに彼らを閉じ込めた時には無かったものが散見される。

 まず、部屋の中央に見覚えのあるシステムキッチンが設置されている。なんでここにあるのかサッパリだ。電気やガス、水道もここには通っていない筈なのに、おかしい。壁際にはこれまた見覚えのある業務用冷蔵庫と冷凍庫まで備えられている。そこから衛宮士郎は食材を取り出している。

 

「まずはコンニャクをスプーンで一口サイズにちぎり、塩で揉む!」

 

 まるで戦闘の真っ最中のような気迫で調理を進めていく衛宮士郎。

 手際よく絹サヤの筋を取り、沸騰したお湯で茹で始め、その間に人参、ゴボウ、里芋、蓮根の皮を剥き、乱切りにしていく。切り終わったと同時に茹でていた絹サヤを鍋から取り出し、コンニャクを入れ替わりに投入。コンニャクを茹でている間に取り出したばかりの絹サヤを斜め半分にカット。そして、鶏もも肉と椎茸も一口サイズにカットしていく。

 見事な手際だ。まるで、命を注ぎ込むかのような鬼気迫る調理にオレは目を疑った。

 

「完成だ!!」

「はやく持ってきてくれ!! もう、ボクは我慢が出来ない!!」

 

 衛宮士郎がテーブルへ皿を運ぶと、アトラムは砂漠で三日三晩も彷徨い続けた遭難者が水を与えられたかのような気迫でフォークを握る。

 

「う、うぅぅ、美味い!! 美味すぎる!! なんという料理なのだ、これは!!」

「筑前煮だ!!」

「チクゼンニィ!! ボクは、ボクは今、生きている!!」

「シロウ。お見事」

 

 見覚えのあるメイドの姿も見えた気がする。

 オレは静かに扉を締めた。

 

「……なんでさ」

 

 何がなんだか分からない。

 

「おい、ドナルド。悟空を呼んだついでに食戟のソーマでも小僧に憑依させたのか?」

「いや、食戟のソーマとはコラボしてないし……」

「シロウ。ショクゲキのソーマってなに?」

「いや……、そういう料理マンガがジャンプで連載されていて……」

 

 イリヤに聞かれて食戟のソーマのことを教えていると、ドナルドがそっと扉を開いた。

 そして……、

 

「ああ、なるほどね。どうやら、この世界の僕は君とも僕とも違う道を見つけたみたいだよ」

「え?」

 

 ドナルドはドナルド・マジックを使った。

 

「とりあえず、回想シーンにいこうか」

 

 ポワポワとドナルドの頭から白い泡のようなものが現れ、オレ達を呑み込んだ。

 

「……ドナルド。お前、なんでもありだな」

「僕達はもう慣れたぜ」

 

 慎二の哀愁漂う声と共に回想シーンが始まった。

 

 第二十七話『それは数日前のこと』

 

 紅い男に連れ込まれた暗闇の中、苦痛に呻く男の声が響いた。

 近づいてみると、鎖に繋がれた男がいて、その体はひどく痩せこけていた。

 

「これは一体……」

 

 まるで、生きながら殺され続けているかのようで、何とかしてやりたいと思った。

 だけど、どこにも出口はない。四方の壁には隙間一つなく、空気を入れ替える為の通気口すら見当たらない。

 

「おい、開けろ!! このままだと死んじまうぞ!!」

 

 壁を叩きながら叫んだ。何度も、何度も、何度も、繰り返し叫び、殴った。

 けれど、返ってくるものはなにもない。

 男の声が聞こえなくなると、押し潰されるような無音が広がり、頭がおかしくなりそうだった。

 

「開けろって言ってんだよ、この野郎!!」

 

 喉が枯れるまで叫んだ。拳から血が吹き出るまで殴った。そうしていないと耐えられなかった。

 

「……ちく、しょう。目の前で……、死なせるのかよ」

 

 死にゆく男に何もしてやることが出来ない己の不甲斐なさに嫌気が差す。

 暗闇と無音が正気を奪う。

 心が蝕まれていく。ここは地獄だ。

 

「俺は……、こんなにも、無力なのか……」

 

 十年続けた鍛錬も役に立たなかった。

 水分補給もままならないのに、涙が出て来た。

 正義の味方になる筈なのに、誰も救えないまま終わる。死が近づいてくる。

 意識が闇へ沈んでいく……。

 

 そして、俺は夢を見た。一人の王の物語を。

 

 ――――その国(ブリテン)には、暗黒に閉ざされた時代があった。

 

 絶大な力を持つ覇王が死に、国は乱れた。諸侯達は我こそが王者であると主張し、相争うばかり。その一方で、分裂し、急激に力を失っていくブリテンの地を我が物にせんと、諸外国の異民族達は今が好機とばかりに狙っていた。

 人々は導き手たる王を求めた。人々の求めに応じ、選定の剣を引き抜いた王の名は――――、アーサー・ペンドラゴン。

 騎士の誉れと礼節、勇者の勇気と誠実さを併せ持つ清廉なる王はその手に握る輝きの剣によって、乱世の闇を祓い照らした。

 十の歳月をして不屈。

 十二の会戦を経て尚不敗。

 その勲は無双にして、その誉れは時を越えて尚不朽。

 清廉潔白の王。騎士の理想の体現。常勝無敗の覇者。

 その生き様に、消えかけていた胸の炎が燃え上がる。

 

「……諦めてたまるか」

 

 意識の浮上と共に、腕を天へ伸ばす。

 眩い光が目を眩ませる。手の中にズッシリとした重みを感じる。それは、王が岩より引き抜いた選定の剣だった。

 畏れ多くも、王の剣を杖にして立ち上がり、俺は壁に向かって歩き出した。

 

「諦めない……。俺は、諦めない!!」

 

 黄金の剣を振り下ろす。すると、壁に紅い模様が浮かび、砕け散った。

 目の前に扉が現れる。俺はうめき声をあげる男の下へ向かった。

 

「助けるぞ、絶対に!」

 

 男を縛る鎖を切り裂き、その身を背負って出口に向かう。

 すると、そこにはメイド服を着た女が立っていた。

 

「シロウ。外に出るの、ダメだよ」

「……お前は誰だ」

「わたし、リーゼリット。イリヤのメイド」

「イリヤの……」

 

 彼女から敵意のようなものは感じ取れない。けれど、邪魔をされるわけにはいかない。

 

「このままじゃ、この男が死んでしまう。だから、そこを退いてくれ」

「ダメ。シロウが外に出たら、シロウが怒る。きっと、殺しちゃう。そうしたら、イリヤが悲しむ」

「……何の話をしてるんだ?」

 

 要領を得ない彼女の言葉に困惑していると、男が苦しみ始めた。

 

「なあ、そこを退いてくれ! このままじゃ、この男を助けられないんだ! はやく、医者のいるところまで連れて行かないと!」

「外に出たら、シロウが殺される。シロウが殺されたら、アトラムも死ぬ。だから、通せない」

「だけど、このままじゃ死んじまうんだよ!! 邪魔をするなら……、押し通る!!」

 

 どことなく、俺の事を案じている様子の彼女に刃を向けるのは気が引けたが、時間がない。

 黄金の剣を構えて、彼女に再度退くように言った。

 

「ダメ」

 

 彼女は両手を広げて通せんぼをした。

 

「退いてくれ……、頼むから」

「ダメ」

「見殺しにしろって言うのか!?」

「言ってない」

 

 毒気を抜かれるような反応に、剣を握る力が緩みそうになる。

 

「……なら、通してくれよ」

「出るのはダメ。だけど、ほかの事ならいいよ」

「他の事……?」

「うん」

 

 その時、アトラムが小さく呟いた。

 

「……腹が空いたって言ったのか?」

 

 返事はない。けれど、たしかにまずは食べ物が必要だと思った。

 

「わかった。なら、まずは食べ物だ。リーゼリット、食べ物を用意してくれ!」

「合点承知のすけ」

 

 気の抜けるような返事と共に去っていくリーゼリット。

 

「……今のうちに抜け出せそうだな」

 

 そう思いながら、俺は踏みとどまった。

 彼女は言った。ここを出ると、俺が殺される。そして、アトラムも死ぬと。

 彼女が嘘をついているようには見えなかった。

 

 しばらくして、リーゼリットは戻って来た。その手には巨大な肉と野菜が乗っている。

 

「……えっと、具材のままか?」

「シロウとセラ。今、とっても忙しいみたい。わたし、料理出来ない」

「いや、だからって……。なあ、だったら俺が調理するからキッチンを貸してくれないか?」

「わかった。持ってくる」

「え?」

 

 再び俺達に背を向けて去っていくリーゼリット。

 

「持ってくる……?」

 

 首を傾げながら待っていると、彼女は文字通り、キッチンを持ってきた。

 

「ええええええ!?」

「持ってきた!」

 

 ドヤ顔でキッチンを運び入れるリーゼリット。

 

「どうぞ」

「どうぞって……」

 

 いわゆるシステムキッチンには包丁とまな板もセットされていた。

 

「……いや、キッチンだけ持ってこられても、ガスや水が出ないだろ」

「任せ給え」

「え?」

 

 再び去っていくリーゼリット。

 戻って来た彼女はまるで工事現場の作業員のような姿だった。

 

「……リーゼリットさん?」

「一時間あれば、出来る」

「出来るって……、まさか」

 

 リーゼリットは壁を破壊し始めた。俺がよく分からない流れで手に入れた黄金の剣でやっと壊した壁をコンニャクでも抉るように削っていく。

 

「あった」

 

 壁の中にお目当てのものが見つかったらしい。嬉しそうな声を上げながら作業を進めていくリーゼリット。

 それから一時間後、彼女は土や油で汚れた顔を誇らしげに輝かせていった。

 

「完成だぜ、べいべー」

 

 おそるおそるコンロのつまみを捻ると、火がついた。

 

「……凄いですね、リーゼリットさん」

「もっと褒め給え」

 

 とりあえず拍手を送った後、俺はリーゼリットが持ってきた食材で簡単な料理を作った。

 出来る限り、胃腸に優しい料理にした。

 アトラムの前に差し出すと、彼は獣のように皿へ喰らいつき、一滴、一欠片も残さず平らげてしまった。言葉は発さないが、その目は『もっと寄越せ』と訴えてきている。

 

「リーゼリット。もっと、食材を用意してくれないか」

「おっけー。任せるがよい」

 

 そして、今度は業務用の冷凍庫と冷蔵庫を運び込んでくるリーゼリット。

 

「……どっから持ってくるんだ、これ」

「シロウの私物。だから、シロウにわたしても問題ナッシング」

 

 相変わらず、ちょっと何を言っているのかわからないな。

 

「……とりあえず、調理するか」

 

 それから、俺は次々に料理を作った。それをアトラムは次々に平らげていく。

 何故か、途中からリーゼリットまで食い始めた。

 あまりにも美味しそうに食べるものだから止める事も出来ず、二人分の調理をしなければならなくなり大忙しだった。

 しばらくして、空いた皿が山になった頃、ようやくアトラムが獣から人間に戻ってくれた。

 そして、拝まれた。

 

「……ボクは間違っていた」

 

 涙を流しながら、彼は懺悔を始めた。

 聞けば、彼は代償魔術のエキスパートらしい。身寄りのない子供を集め、その生命を使い魔術を行使するという、許しがたい真似を繰り返してきたそうだ。

 アインツベルンに捕縛され、バーサーカーを現世に縫い止める為の生贄とされた時、はじめて己の咎を自覚したという。

 終わることのない苦痛。闇へ沈み込んでいくような絶望。生き続けることに対する恐怖。それらを繰り返し味わい続けたことで、彼の心は折れてしまった。

 その心に、俺の料理が染み渡ったと言う。

 

「これは命そのものだ」

 

 涙を流しながら、俺の作った味噌汁を掲げるアトラム。

 

「ありがとう……。ありがとう……」

 

 何度もお礼を言われて、俺はようやく悟る事が出来た。

 俺は彼を救う事が出来たのだ。

 

「アトラム……。おかわりはいるか?」

「頼む。エミヤシロウ」

「わたしも、頼む」

「はいはい」

 

 料理で人を救う。そんな事、考えたこともなかった。

 それから、俺は二人にせがまれるまま、眠る時間すら惜しんで料理を作り続けた。

 そして……、三人揃って変なテンションになりつつも、俺は今までおぼろげだった進むべき道を見出す事が出来た。

 彼や俺の中にあった絶望の闇を切り開いた光。それこそが、料理だった。

 

 ―――― 士郎はすごいなぁ。もう、これだけ作れるようになってるなんて。

 

 なんとなく、はじめてハンバーグを作った時の切嗣の言葉が浮かんできた。

 切嗣も俺の料理をいつも褒めてくれた。もし、俺が料理で人を救いたいと言っても、褒めてくれるだろうか。

 

 ―――― ああ、これは成長が楽しみだ。

 

 藤ねえと切嗣と俺。三人で囲んだ食卓を思い出す。

 あの時の切嗣も、頬を綻ばせて、美味しそうに食べてくれた。

 

「……よし、決めた!」

 

 なにか大切なことを忘れている気がするが、気のせいだろう。それより、次の料理に取り掛からないといけないな。それにしても、アトラムもリーゼリットもよく食べる。



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第二十八話『アンサー』

 回想シーンが終わった。

 

「……衛宮。ドナルドでも、カーネルでもない第三の選択肢を選んだのか」

「カーネルは冤罪だと言ってるだろ!」

 

 いつもの漫才をはじめる慎二とアーチャーを無視して、セイバーが扉を開いた。

 中に入っていくと、調理に没頭していた彼女の主が手を止めた。

 

「君は……」

「……遅くなり、申し訳ありません。はじめまして、マスター。セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンです」

 

 士郎の目が見開かれる。ここに閉じ込められる直前の記憶と、心を再燃させてくれた王の夢を思い出した。

 暗い地下牢にあってなお輝ける魂。引き込まれるような強い意志を宿す瞳。

 

「アーサー王……。本当に、君が……」

「はい。あなたのサーヴァントです」

 

 召喚直後から離ればなれになっていた主従の再会。

 誰もが声をかける事を躊躇った。

 

「おい!」

 

 彼の料理を待っている欠食児童以外は。

 

「いきなりなんだ、貴様は! エミヤシロウはボクの料理を作るのに忙しいんだ! 用があるなら後にしろ!」

「そうだそうだ。エミヤシロウ、はやく仕事に戻り給え」

 

 ギャーギャー騒ぐアトラムとリーゼリットに士郎は苦笑する。

 

「……そうだ、セイバー。君も、食べてみてくれないか?」

 

 士郎は更に鍋の中身を盛り付けながら言った。

 

「これは……?」

「豚の生姜焼き」

「エミヤシロウ!! ボクはもう我慢出来ない!!」

「わかったわかった! すぐに持っていくよ!」

 

 アトラムとリーゼリットの前に置かれた皿は一瞬で空になってしまった。

 

「本当によく食べるな」

 

 次の料理は何にしようか、頭の中でレシピを広げながら士郎はセイバーを見た。

 目を丸くしながら生姜焼きを味わっている。

 

「……美味しい」

 

 その感想に士郎は頬を緩ませた。夢の中ではいつも鉄面皮だった彼女が笑顔を浮かべている。

 

「ん?」

 

 次の調理に取り掛かろうとしたら、急に目の前に人影が現れた。

 見上げた先には、見覚えのあるピエロメイクの男がいた。

 

「どうも、ドナルドです」

 

 声が出なかった。仕方のない事だ。誰だって、いきなり目の前に道化師が現れたら驚く。心臓の弱い人ならそのままポックリいってもおかしくない。それほどの衝撃だった。

 

「……衛宮。それ、やめとけよ。まじでビビるからさ」

「え? 僕、ただ挨拶しようと……」

「ドナルド。それは本当に心臓に悪い。人間相手にはやめておきなさい。死人が出ます」

 

 慎二とライダーの言葉にドナルドは哀しそうな表情を浮かべ、部屋の隅っこで体育座りを始めた。

 すかさず慰めにいく凛。

 

「……アイツ、実は遠坂に構ってもらいたいだけじゃないだろうな」

 

 凛に頭を撫でられながら嬉しそうにしているドナルドに疑惑の視線を向ける慎二。

 

「まあ、両思いのようですし……」

 

 呆れた表情を浮かべながらフォローを入れるライダー。

 

「えっと……」

 

 呆気にとられた表情で士郎が周囲を見渡す。ようやく、慎二達の存在に気付いたようだ。

 

「って、慎二!? それに、桜!? 遠坂までいるし……」

「とりあえず、落ち着け」

 

 手を叩き、慎二はドナルドを呼んだ。

 

「説明がメンドイから夢を見せてやれ」

 

 素直に士郎にドナルド・マジックをかけるドナルド。

 事情を把握した士郎は頭を抱えた。

 

「ド、ドナルドが俺で、カーネルも俺……? ダメだ、理解が追いつかない!」

「カーネルは冤罪だと言ってるだろ!」

「いや、鉄板のネタっぽかったからさ」

「鉄板にするつもりはない!!」

 

 とりあえずアーチャーに鉄板ネタを振った後、士郎はドナルドを見た。

 

「……俺、なんだな」

「うん」

 

 彼がドナルドになった経歴も見た。同一の存在でありながら、はじまりを異とする者。

 衛宮切嗣の夢を実現する為に走り続けた男。

 ただの一度も暴力に頼ることなく、世界を救った英雄。

 

「俺はドナルドにはならない」

「うん」

「だけど、俺もお前みたいに暴力に頼らずに世界を救ってみせる」

 

 アトラムとリーゼリットのために料理を作り続ける中で抱いたもの。

 はじめて、明確に救えた人。彼が涙を流しながら「ありがとう」と言ってくれた時、道は定まった。

 

「お前はドナルド・マクドナルドとして切嗣の夢に挑んだ。アーチャーは切嗣の理想を体現した。俺は料理で人を救う。そう、決めたんだ」

「出来るよ」

 

 ドナルドは言った。

 

「僕達には何もなかった。だけど、僕達には何者にだってなれる可能性があるんだ」

「ドナルド・マクドナルドになったヤツの言葉は説得力が違うな」

 

 士郎の言葉に苦笑するドナルド。その姿に士郎も笑う。

 

「そうだな。道なんて幾らでもあるんだ。途中で立ち止まらない限り、きっと……」

 

 士郎とドナルド。二人の姿をアーチャーは眩しそうに見つめていた。

 

「シロウ。どうしたの?」

「……いや、オレはなんと狭窄な視野で世界を見ていたのかと思ってな」

 

 それ以外に道などないと思っていた。間違っている事が分かっていた癖に止まることも出来ず、矛盾し続けた。

 

「それは違うよ、シロウ」

 

 イリヤは言った。

 

「すごくムカつくけどね。シロウはキリツグに助けられた時、うれしかったんでしょ?」

「……ああ、うれしかったよ」

「シロウをすくった時の笑顔も、たすかってほしいと願ったきもちも、ぜんぶキリツグ自身が救われたいがためのものだった。それを知っていたんでしょ?」

 

 アーチャーは「ああ」と頷いた。

 

「それでもうれしかったから、キリツグのために頑張ったのよね。アーチャー(シロウ)も、ドナルド(シロウ)も、士郎(シロウ)も」

「……そうだよ。あの笑顔が嬉しかった。あんな風になりたいと憧れた。だから、オレは……」

「シロウ。あなたがすくった人達も、シロウと一緒よ」

 

 イリヤはアーチャーを背中から抱きしめて言った。

 

「それが、あなたの内から出た感情ではなくても、彼らはあなたにすくわれた。あなたがキリツグに感じたものを、彼らも感じた筈よ」

「それは……」

「否定なんてできないはずよ。だって、それを否定したら、あなたはキリツグに助けられたときの感情を否定することになってしまう。たたかって、きずついて、死んでも変わらなかったものを、今更否定なんてできないでしょ?」

 

 アーチャーは崩れ落ちるように膝を折った。そんな彼の頭を包み込むように抱き締めて、イリヤは言う。

 

「シロウはがんばったもの。もう、自分を責めなくていいのよ」

 

 愛に満ちたイリヤの笑顔と彼女の腕の隙間から涙を零すアーチャー。

 その姿に士郎とドナルドは苦笑した。

 

「さーて、そろそろアトラムに次の料理を用意してやらないと」

「あっ、それなんだけどさ」

 

『Happy Meal』

 

 謎の声と共に現れるハンバーグ。

 

「これをアトラムくんに食べてもらっていいかな?」

「これを?」

「うん。あと、リーゼリットさんにも食べてもらった方がいいね。今は彼女がバーサーカーの維持を半分受け持っているから」

「それってどういう……」

 

 ドナルドは語った。アハト翁が用意した策。それは、第四次聖杯戦争でケイネス・エルメロイ・アーチボルトという魔術師が考案した技術の流用。令呪の宿った魔術師を捕縛して、その令呪をアインツベルンのホムンクルスに移植し、魔力のパスだけを残す。これによって、捕縛した魔術師にサーヴァントの維持の為の魔力供給を負担させ、命令権だけを簒奪する事が可能となった。

 

「大英雄ヘラクレスをバーサーカーとして使役する為には、イリヤちゃんクラスの魔力が無ければ不可能なんだ。だから、アトラムくんは魔力と共に命そのものを吸われ続けていた。リーゼリットちゃんはその魔力供給の為のパスを自分自身にも繋げたんだよ。彼女の魔力はイリヤちゃん程ではないにしろ膨大だから、魔力を吸われるだけで済んでいる」

「リーゼリットが……」

 

 士郎が振り向くと、リーゼリットはピースをしていた。

 

「シロウ。アトラムを死なせたくない。だから、死なせない方法を考えたの」

「リーゼリット……」

 

 知らなかった。彼を救ったものは料理だと信じていた。

 だけど、それは……、

 

「エミヤシロウ。勘違いするなよ」

 

 アトラムが言った。

 

「ボクを救ったのは君だ! 君の料理が無ければ、ボクは生きる気力を持てなかった。あのまま、死んでいた筈だ」

「アトラム……」

「同感。それに、シロウの料理がないと、魔力が作れなかった。シロウの料理、胸がポカポカする。力が湧いてくる」

「リーゼリット……」

 

 二人の言葉のおかげで、崩れ落ちそうだった足に力が戻った。

 

『Happy Meal』

 

 そして、不思議な声が響いた。

 

「彼らを救うのは、君の料理だ」

 

 そう言って、ドナルドが差し出したものは牛肉やジャガイモ、チーズ、トマト、レタスなどの食材だった。

 

「これを使って彼らに最高のハッピーセットを作ってあげてよ」

「最高のハッピーセット……」

 

 士郎は意を決した表情でシステムキッチンに立つ。

 ドナルドから貰った素材を作って調理を開始する。

 

「待っててくれ、アトラム! リーゼリット! 最高のハッピーセットを作ってみせる!」

「……ああ!」

「頼むぜ、べいべー」

 

 作るのは、思い出の味だ。

 衛宮の屋敷に住む事になってから始めた料理。最初は簡単なものしか作れなかった。

 その日、彼は少しだけ冒険することにした。

 

 ―――― 今までより難易度上がったんじゃない? 士郎に作れるかな~。

 

 そんな風に言う藤ねえを見返そうと張り切った。

 その料理は切嗣が好きだと言っていたものだった。

 

「玉ねぎをみじん切りにして……」

 

 きっと、ドナルドが数ある道の中からドナルド・マクドナルドになる道を選んだ根底には、『マクドナルドのある国は戦争をしない』 という言葉の他にも、もう一つあった筈だ。

 衛宮士郎の原点(オリジン)。それは、衛宮切嗣という男の笑顔。

 

 ―――― うん。うまい。

 

 その言葉が嬉しかった。その時の笑顔が嬉しかった。

 切嗣だけじゃない。藤ねえや、桜、一成。他にも、俺の料理を食べてくれた人達の浮かべる笑顔が嬉しくてたまらない。そうだ、分かっていたんだ。笑顔を作れる幸せを。理想につながる道を。

 

「おまちどうさま」

 

 

 皿に盛ったものはハンバーグ。どうせならハンバーガーにしようかとも思ったけど、これは俺の料理だ。ドナルドとは違う道を選んだ者として、俺は敢えてハンバーグを選んだ。

これこそが、俺にとっての笑顔を導く幸福の味(ハッピーセット)だ。

 

「エミヤシロウ」

 

 アトラムは言った。

 

「シロウ」

 

 リーゼリットは言った。

 

「うまい!」

「うまい!」

 

 二人の声が重なり、そして……、

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

 

 調理の途中でなんとなく教えた日本の食事の作法を彼らは完璧にこなしてみせた。

 

「エミヤシロウ。キミは料理で世界を救うと言ったな」

「ああ……」

 

 アトラムは言った。

 

「それは並大抵のことじゃない。一人では不可能だと断言しよう」

「分かってる。でも……、俺は!」

「だから、ボクが力を貸そう」

「アトラム……?」

 

 彼は士郎の手を握る。

 

「魔術師としてではない。アラブの石油王アトラム・ガリアスタとして、君を支援させてもらう」

「支援って……でも、俺は……」

「君の料理にボクは救われた。そして、君の夢にボクは魅せられてしまった。どうか、君の進む旅路にボクも付き添わせて欲しい」

「アトラム……」

「だったら、僕にも一口噛ませろ」

 

 返事をしようと士郎が口を開きかけた時、そこに慎二が割って入った。

 

「し、慎二?」

「僕も衛宮を支援する。純正の魔術師のアンタや、唐変木の衛宮じゃ、一般的な経済いろはなんてわからないだろ。その部分を僕が担ってやるよ」

「……必要ない。ボクだけで十分だ」

「ッハ! 衛宮には僕が必要なんだよ。そうだろ? 衛宮」

 

 火花を散らす慎二とアトラム。

 

「ほら、士郎。言ってやりなさいよ。『二人共、わたしの為に争うのは止めて!』って」

「ぶん殴るぞ?」

 

 悪魔のような笑顔を浮かべる遠坂をドナルドに突き返して、コホンと咳払いをする。

 

「慎二。アトラム」

 

 士郎は二人に頭を下げた。

 

「俺に二人の力を貸してくれ!」

 

 慎二とアトラムは顔を見合わせた後、苦笑しながら言った。

 

「ああ、もちろんだ」

「どこまでも付き合ってやるよ。お前の夢に」

「ありがとう、二人共!」

 

 そこに、ライダーに背中を押された桜がやって来た。

 

「せ、先輩」

「桜?」

「あの……、わたしも先輩の力になりたいです!」

 

 その言葉に士郎は「ああ」と笑みを浮かべた。

 

「桜がいれば百人力だ。頼むぞ、愛弟子」

「……はい!」

 

 和気藹々としている彼らを英霊達は微笑ましそうに見つめている。

 

「……料理で世界を救う。途方もない話だ」

 

 セイバーは呟いた。

 

「みんなを笑顔に……。ああ、それは……」

 

 脳裏に浮かぶもの、それは選定の岩より剣を引き抜いた時に見た光景だった。

 魔術師に言われた。

 

 ――――それを手に取る前に、きちんと考えたほうがいい。

 ――――それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ。

 

 それに対して、彼女はこう応えた。

 

 ―――― 多くの人が笑っていました。それはきっと、間違いではないと思います。

 

「そうだ。わたしも、同じものを願っていた」

 

 セイバーが決意を固める隣で、ライダーは桜と慎二を見つめている。

 

「サクラ……。シンジ……」

 

 未来に絶望していた二人が、未来に向かって歩き出している。

 

「ならば、わたしの役割は一つ」

 

 そんな彼らを見回して、ランサーのサーヴァントは笑う。

 

「だったら、テメーら!」

 

 全員の視線が彼に向かった。

 

「手始めに世界を救っちまおうぜ」

 

 全員の声が重なる。ドナルドの世界で起きた悲劇。この世界でも起ころうとしている破滅の未来。

 そんなものに、邪魔などさせない。

 

「おう!」

 

第二十八話『アンサー』

その光景に王は嗤う。

 

「――――さて」

 

 真紅の瞳はすべてを見通す。

 

 ―――― いいだろう、進むがよい。なにも持たぬ男が、どこまで行けるか見せてみよ。その道の果てで、我が自ら貴様を見定めてやる。

 

 それは異なる世界で交わした言葉。

 

「救世という茨の道を歩み切った男よ。あの時の約定を果たすとするか」



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第二十九話『救世主』

 ――――その男は音もなく現れた。

 誰が気づく間もなく、彼はドナルドの前に立つ。

 

「久しいな、道化」

 

 第二十九話『救世主』

 

 その顔、その声、その姿に見覚えがあった。

 

「あなたは……、あの時の!」

 

 黄金の髪、真紅の瞳。

 すべてが終わり、すべてが始まった日に出会った男。

 

「あの時の約定を覚えているな」

 

 忘れる筈がない。あの日の出来事だけは忘れたくても忘れられない。

 愛する家族。愛する友。愛する故郷。

 空いてしまった穴は何を注いでも満たされず、だからこそ、手を伸ばし続けた。

 

「砕け、歪み、折れ、捻れ、ここまで破綻した人間は、(オレ)ですら見たことがない。そんな男の行く末など、絶望と破滅の二つのみだと思っていた。だが、貴様は世界を救った」

 

 男は鷹揚に笑みを浮かべた。

 

「貴様が生きていた間に戦争は無くならなかった。テロも横行していた。だが、貴様の死後、貴様の意志を継いだ者達がいた。その意志はやがて、確定していた人類の破滅という運命(シナリオ)を回避する力となったのだ。だからこそ、貴様は後の世にこう呼ばれた。第二の救世主(キリスト・セカンド)と……」

 

 第二の救世主(キリスト・セカンド)

 そのあまりにも恐れ多い二つ名に凛達は目を丸くした。

 

「キ、キリストって……、それって、キリスト教の……」

「そうだ。この男は神の子と同等の存在であると人類に肯定された存在だ。それほどの偉業を為したのだ。星詠みの一族(アニムスフィア)が観測した人理の終焉を覆した世界最大宗派ドナルド教の教祖としてな」

 

 ほぼ全員が吹き出した。

 拳を固く握りしめるドナルドと険しい表情を浮かべるセイバーを除いて。

 

「故に、本来貴様が名乗るべきクラスの名はセイヴァー、あるいはルーラーであった筈なのだ。だが、この地の聖杯は内に潜む悪神によって穢されている。人類の祈りは歪められ、その為に、貴様はキャスターというクラスに押し込められた」

「押し込められたって……。それに、悪神って一体……」

 

 困惑する凛にドナルドは言った。

 

「発端は七十年近く前に行われた第三次聖杯戦争なんだ。聖杯戦争史上、最も混迷を極めた戦い。ナチスや帝国陸軍の介入もあり、聖杯戦争は始まる前から熾烈を極めた。未だ、サーヴァントが揃わない内から帝都で争いが始まり、その激戦にアインツベルンの当主アハト翁も肝を冷やしたみたいでね。当時、彼は二つの選択肢の間で揺れていた。圧倒的なアドバンテージを得られる“裁定者(ルーラー)”を喚ぶか、殺す事に特化した“魔王”を喚ぶかでね。そして、彼が選んだのは“魔王”だった」

「魔王……?」

「“この世全ての悪(アンリ・マユ)”の名で知られるゾロアスター教の悪神さ」

 

 その言葉に凛だけでなく、慎二や桜、バゼットも言葉を失った。

 そんな事、出来る筈がない。その言葉を発しようとして、彼らは前例があることに気づく。ライダーが言っていた。ドナルドが喚び出した孫悟空という男は神霊だと。

 

「もっとも、その企みは失敗に終わった。召喚されたのは、ただ“『この世全ての悪』という役割を一身に背負わされた人間”だった」

「アンリ・マユを背負わされたって……?」

 

 士郎の問いにドナルドは哀しそうな表情を浮かべる。

 凛がそっと彼の背中を撫でた。

 

「文明から隔絶された小さな村で行われていた因習だよ。生贄を見繕い、あらゆる災禍の根源を押し付け、延々と蔑み、疎み、傷つける。その結果、平凡な村人だった筈の彼、あるいは彼女は『そういうモノ』になってしまった。べつに神になったわけじゃない。ただ、そういう役割を押し付けられた人間というだけで……」

 

 ドナルドは声を震わせながら続けた。

 

「“この世全ての悪”という役割を持つとは言え、彼は普通の人でしかなかった。だから、初戦であっさりと敵のサーヴァントに討伐されてしまった。そして――――」

 

 何度も、かれは「そして」と呟いた。

 

「彼は普通の人だった……。だけど、彼は周りから身勝手な願いで“この世全ての悪であれ”という“祈り”を背負わされていた。敗北し、“力の一端”として聖杯に取り込まれた時、聖杯の“願望機”としての機能が働いて、彼が背負わされた“祈り”を叶えてしまったんだ」

「叶えてしまったって……、まさか!!」

 

 慎二はいち早く話の根幹に気付いたようで、青褪めた表情を浮かべた。

 

「――――そう、彼は偽物から本物に変わった。とは言え、既に聖杯に取り込まれている状態だから、外に災厄を撒き散らすような事は無かった。けど、そのせいで聖杯自体が穢れてしまった」

 

 ドナルドは語る。

 

「本来、“聖杯”は根源へ至る為の架け橋なんだ。七体の生贄を捧げ、『 』へと至る道を繋ぐ為の杯。“願望機”としての機能はその副産物に過ぎない。けれど、その両方共が歪められてしまった。今の聖杯は“この世全ての悪であれ”という彼、あるいは彼女の背負う“祈り”のみを叶える為の胎盤でしかない」

 

 それは、臓硯をはじめとした聖杯に近しい人々の情報を手に入れた事で知り得た知識だった。

 ドナルドが話し終えると、言葉を失っている者達を尻目に真紅の瞳の男は言った。

 

「救世主たる貴様が、悪神の妨害を受けてなお召喚された理由を貴様はすでに分かっているな」

「……この世界を救うため」

「その通りだ。この世界は既に詰んでいるからな」

「どういう意味……?」

 

 凛の問いに男は答えた。

 

「言葉通りだ。経過がどうあれ、この地で行われる第五次聖杯戦争の中心には、必ずエミヤシロウがいる。いや……、いなければならんのだ」

「いなければならない……?」

「そのままの意味だ。そこにエミヤシロウがいれば良い。いなければ、世界が滅ぶ」

「衛宮がいなければ世界が滅ぶって……、どういう事だよ」

 

 慎二の言葉に男は言った。

 

「そういう存在なのだ。運命を決定するもの。物語で言うところの主人公というものだ。第五次聖杯戦争そのものが行われない世界では、その役目を他の者が担う場合もある。ある世界では、ジークという名のホムンクルスが担い、ある世界では、そこの(イリヤスフィール)が担い、ある世界では藤丸立香という男が担う。そうした者達が役目を放棄した時、世界は破滅へ向かう」

 

 男はイリヤを見た。

 

「その娘がエミヤシロウを攫った時点で運命は決定づけられた。それこそ、無限に等しい数の世界が滅び去った。存続した世界はガイアによって冬木そのものが滅却された世界のみ。エミヤシロウ。貴様の世界がそれだ」

「……それって、つまり」

 

 ドナルドは崩れ落ちた。凛と慎二が咄嗟に支えようとするが、彼は恐怖に満ちた声で呟いた。

 

「僕がドナルドになる為に冬木を離れたから、みんなが……」

「そんなわけあるか!!」

 

 慎二が怒鳴りつけた。

 

「士郎のせいなわけない!!」

 

 凛が叫んだ。

 

「いいや、その通りだ。貴様が冬木に残っていれば、運命は変わっていただろう。マトウシンジは貴様の命を惜しみ最後の決断を下す事が出来なくなり、トオサカリンとイリヤスフィールも貴様に力を貸しただろう。もっとも、そのシナリオでは貴様は救世主にはなれぬだろうが、一定の幸福を得られた事だろうな」

「黙れよ、お前!! 知った風な口を利きやがって!!」

 

 慎二は男に殴りかかった。明らかに異質な存在であり、手を出す事は死を意味すると分かっていても、自分を抑える事が出来なかった。

 けれど、振り上げた腕をドナルドが掴んで止めた。

 

「……ありがとう、慎二。だけど、彼の言葉は真実だ」

 

 涙を零しながら、ドナルドは言った。

 

「真実なわけがあるか!! お前のせいじゃない!! 仮にお前がいなくて滅んだとしても、それはお前以外の連中が悪いんだ!!」

「その通りよ、士郎!! わたし達が情けなかっただけよ!!」

 

 慎二と凛の言葉に、ドナルドは悲しげに微笑んだ。

 

「藤ねえも……、慎二も……、凛ちゃんも……、みんなも守れていたかもしれないんだ。それなのに……、僕は……」

 

 涙を溢れさせるドナルド。慎二と凛は言葉を発する事も出来ず、ただ彼の腕を力強く抱き締めた。

 

「エミヤシロウ。いや、ドナルド・マクドナルド。ここが貴様の道の果てだ。幾億、幾兆……いや、数える事すら叶わぬ世界が滅び去り、それらの世界の人間達の祈りが貴様を導いた。これより貴様が挑むものは運命そのものだ。産声は既にあがっている」

 

 男は言った。

 

「場所が悪かったな。貴様を導く声を届けた穴は、同時に世界を滅ぼす魔を満たした」

 

 その目は凛を見つめていた。

 

「そのままでは、貴様はアレには勝てぬ。だが、一度転ずれば、もはや貴様には戻れぬ」

「なんだよ……、何言ってんだよ、お前!!」

 

 慎二の叫びに男は嗤う。

 

「この男の固有結界を他者の信仰を具現化するものと、そう貴様らは考えているな?」

「……違うってのか」

「間違っているわけではない。だが、正確でもない。この男のソレは真の救世主たるドナルド教教祖ドナルド・マクドナルドへの覚醒の儀式なのだ」

「覚醒の儀式……?」

 

 慎二の目が大きく見開かれていく。

 

「……まさか、衛宮の固有結界って」

「気付いたか、雑種。そうだ、固有結界を発動する度に、エミヤシロウの中にはドナルド教の信者達の祈りが蓄積していった。この男の能力の真髄はキャスターのクラスに押し込められた事で劣化していた存在そのものを本来の救世主へ置き換えていくというものだ。おそらく、次に固有結界を発動すれば、今度こそ完全に救世主へ覚醒を遂げるだろう。それこそが人類(アラヤ)の意志だからな」

「じょ、冗談じゃないわ!!」

 

 凛はドナルドを抱き締めた。

 

「置き換えられていくって何よ!! 士郎は士郎よ!!」

「だが、それでは世界を救えない。さあ、時は来たぞ、エミヤシロウ。貴様の真価を我に示すがいい」

 

 その直後、大地が揺れ始めた。

 ドナルドは自分を抱きしめる少女を一度だけ強く抱き締めてから立ち上がった。

 

「駄目よ……、やめて、士郎!!」

「頼む……、それだけはやめろ。やめてくれ!!」

 

 ドナルドは縋り付く凛と慎二に0円スマイルを送った。

 はじめは切嗣の夢を叶えるためだった。

 藤ねえと慎二に応援してもらって、そして、この世界で彼らと出会えて、だからこそ、決意が固まった。

 

「―――― 僕は世界を救う」

 

 そして、ドナルド・エクササイズが始まった。




次回、最終話『紅き平和の使者』


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最終話『紅き平和の使者』

「まずは両手をあげて!」

 

 世界を救いたいと願った少年。

 その願いを支えたいと願った女性。

 その願いを応援したいと願った少年。 

 かつて、家族のように過ごした人達と一生懸命考えた《みんなを笑顔にする為の踊り(ドナルド・エクササイズ)》。

 

「右手を前に突き出して!」

 

 ドナルドは願った。あらゆる人々の笑顔を。

 あらゆる国で平和を呼びかけながら、パフォーマンスをしていった。

 その副次効果としてマクドナルドの収益は上がり、ドナルドはマクドナルドの現社長と懇意になることが出来た。

 ドナルドの願い。世界を平和にしたいと言う言葉を社長は真摯に受け止めた。そこには、会社としての社会貢献の義務と宣伝効果を両立させる狙いもあったが、それ以上に彼はドナルドの生き様に魅入られた。役員会議や株主総会の席で彼はドナルドの意志を少しでも反映出来るように動いた。そして、各国に紛争を止めるように、世界中のマクドナルドで呼びかけを開始する事になった。

 ドナルドは社長……否、マクドナルドという会社の後押しを受けて世界中を渡り歩く。親を亡くした子供達や戦地の人達を元気付けた。誰かが笑顔を見せた時、その人以上の笑顔を浮かべる彼に魅せられる人達が少しずつ増えていった。ランランルーという言葉が世界各国の流行語となり、道端で子供達がドナルド・エクササイズを楽しむ光景が増えていった。

 

「後ろを向いて、いないいないばー!」

 

 彼の死後も、彼の願いはマクドナルドという会社に根付き、そして、彼に救われた人々の心に根付き、世界に根付いていた。

 はじめはインターネット上のネタでしかなかった。動画共有サイトに投稿された彼の活動の記録。その動画を使ったMAD作品。そして生み出されるドナルド教という言葉。動画は世界に拡散していく。そして、彼に魅せられた人々はネットの(ネタ)を真実に変えていく。

 その当時も、世界中でドナルドの意志を受け継いだドナルド・チルドレン達が懸命に世界平和の為に頑張っていたのだ。彼に救われた者、彼らに救われた者、彼に心を動かされた者達が中心に信仰を捧げ始め、そこに権力者や有識者達の思惑が絡まり始め、やがて本当にドナルド教という宗教が生まれてしまった。そして、邪悪な思惑を基にドナルド教を築いた者達の思惑を、ドナルド教は超えていく。既存の宗教は過去の遺物となり、その余波によって聖堂教会は奇跡を失い、魔術協会も神秘を失った。そして、信者達による世界救済の為の運動によって地球環境は劇的に改善されていき、枯渇する筈だった地球の命が蘇った。

 

「両手をあげて、ばんざーい!」

 

 人々はドナルド・マクドナルドを第二の救世主(キリスト・セカンド)として崇めた。

 その信仰は人によって様々であり、彼らの望む救世主としての在り方もまた様々であった。

 けれど、彼らが宗派によって争うことはない。もとより、ドナルド教の発端はネットの動画共有サイトに投稿された動画だった。彼の活動の記録を面白おかしく改変した動画を見て、誰もが笑った。

 ドナルド教は笑顔を第一とする宗教だ。どんなカタチであれ、笑顔に行き着くならばすべてを受け入れる。

 

「背筋を伸ばして!」

 

 謎の男は言った。

 

 ―――― 一度転ずれば、もはや貴様には戻れぬ。

 

 今の自分が消えてしまうことに恐怖がないと言えば嘘になる。

 それでも、ドナルド・エクササイズのキレは今までで一番だった。

 

「腰を振って!」

 

 ドナルドは一緒に踊る仲間達を順番に見つめていく。

 間桐慎二。間桐桜。バゼット・フラガ・マクレミッツ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。エミヤシロウ。メドゥーサ。アルトリア・ペンドラゴン。クー・フーリン。リーゼリット。アトラム・ガリアスタ。衛宮士郎。黄金の髪の人。

 そして……、

 

「最後に笑顔で、ランランルー!!」

 

 ドナルド・エクササイズを踊る彼らの顔に浮かぶのは、晴れやかな0円スマイルだ。如何なる悲しみも、如何なる苦悩も、如何なる怒りも、如何なる憎しみも、ドナルド・エクササイズを踊る間は誰もが忘れる。ただ楽しくて、ただ嬉しい。 

 それなのに、顔は笑顔を浮かべているのに、凛は涙を流していた。

 

「……ごめんね、凛ちゃん」

 

 最後の最後で、ドナルドの笑顔が崩れた。

 

 最終話『紅き平和の使者』

 

 ドナルド・エクササイズが開始された同時刻。

 円蔵山より黒い柱が天へ伸びた。

 曇天の中を泳ぐもの。人々は空を指差して叫ぶ。

 

 ―――― 龍だ!!

 

 黒い鱗に覆われ、真紅の燐光を発する龍が地上を睥睨している。

 

「……これが、この世すべての悪か」

 

 ただ人類を害する為のみに産み落とされたモノを、その男は祝福した。

 長い苦悩の日々。歩み続けた探求の道。ようやく、答えが分かる。

 

「さあ、答えるがいい!! この世すべての悪であれと望まれたモノよ!! 貴様は、己を悪しと嘆くか! それとも、善しと笑うか!」

 

 聞こえる筈もない声に天上の龍は応えた。

 その(アギト)を真下ではなく、アインツベルンの森へ向ける。

 

「……そうか、そうなのだな」

 

 悪として人類に牙を向けるのではなく、滅ぼされるモノとして救世主に立ち向かう。

 それが邪龍の出した解答だった。

 

 ―――― もとより、この身は人の願望より生まれいでしモノ。

 

 その場で崩れ落ちた言峰綺礼の耳に声が届く。

 

 ―――― 悪とは、それ即ち善性を証明するためのもの。

 

 ―――― 故に、悪と嘆き、善しと笑う。

 

 ―――― 我らは救われぬからこそ、価値がある。

 

 ―――― だからこそ、その性を秘匿する必要はなく、抑える必要もない。

 

 ―――― 我らは世界に望まれたが故に。

 

「……嘆き、笑う。つまるところ、我々は道化なのだな。望まれるままに踊り、最後は無様に転げ落ちるか……」

 

 邪龍の降臨と共に、十年前に失った心臓の代わりに彼を生かしていたものが失われる。

 ポッカリと穴の空いた胸に手を当てながら、綺礼は天を仰ぐ。

 

「すこし、疲れたな……」

 

 闇に沈み込む前に見た最後の光景は、暗黒の炎を吐き出す邪龍の姿だった。

 

 ◆

 

 ―――― オレ、ドナルドになります!

 

 そう言ったのは、紛争地帯で知り合った少年だった。

 両親を目の前で殺害され、友人はテロリストになり、初恋の少女は心を砕かれ、それでも必死に生きていた彼は、はじめハンバーガーの配給に来たドナルドを殺そうとした。

 ふざけるな。オレ達を馬鹿にしているのか! 殺してやる!

 そんな彼に対して、ドナルドは両手を広げた。殴られても、蹴られても、ドナルドは抵抗しなかった。肩で息をしながらナイフを取り出した彼に『君の笑顔が見たいんだ』と言った。

 涙を流す少年を抱き締めながら、一緒にハンバーガーを食べた。広場の前でドナルド・エクササイズを披露すると、彼は遠巻きで見つめていた。いつの頃からか、彼は隣で踊るようになっていた。

 

 ―――― あなたの笑顔が大好きなんだ!

 

 ドナルドが衛宮切嗣(ちちおや)の笑顔に憧れたように、彼はドナルドの笑顔に憧れた。

 彼だけではない。ドナルド・マクドナルドという男に魅せられた人々が望むもの、それは人類の救済などではなかった。

 子供達も、大人達も、老人達も、動画サイトの閲覧者達も、ただひたすらにドナルド・マクドナルドが大好きだった。

 彼の笑顔が大好きだった。彼の踊りが大好きだった。彼のパフォーマンスが大好きだった。

 彼がいるだけで世界は明るい。彼がいるだけで幸せになれる。彼がいるだけで笑顔になれる。

 そう――――、世界が望んだものは、他の誰でもない、ドナルド自身の笑顔だった。

 

「……ごめんね、凛ちゃん」

 

 涙を流すドナルド。それは、世界が……、人類(アラヤ)が決して望まないもの。彼らの否定する(しらない)姿だった。

 

 ”無限の玩具箱(アンリミテッド・ハッピーセット)“はドナルドが遠坂凛を通して藤村大河に対する家族愛が子供達の信仰を導いた。

 

 “M.C.ドナルドはダンスに夢中なのか(ドナルド教)最終鬼畜道化師ドナルド・M(総本山)”はドナルドがアーチャーのサーヴァントに対して抱いた破壊衝動が、《ありとあらゆるものを破壊する程度の能力》を持つフランドール・スカーレットという少女のテーマ曲を元に作られた《M.C.ドナルドはダンスに夢中なのか? 最終鬼畜道化師ドナルド・M》という動画の閲覧者達の信仰を導いた。

 

 そして、愛する少女を泣かせてしまった事に対して涙を流すドナルドの感情は……、

 

「士郎……?」

 

 ドナルドを信仰(あい)する人々の中で、彼の涙を識る者は三人しかいなかった。

 そして、その三人が望む彼は……、

 

「衛宮……」

 

 ドナルドは凛と慎二にいつもの0円スマイルを浮かべて見せた。

 そして、ここにはいない女性に対しても……。

 

「ありがとう、凛ちゃん。慎二。藤ねえ」

 

 三人の(しんこう)が生み出した固有結界の名は、《紅き平和の使者(エミヤシロウ)》。

 世界が変わろうとも、決して変わる事のないバカで、底抜けのお人好しな少年。  

 たとえ、救世主になっても変わらぬ彼を望む三人の心が彼を繋ぎ止めた。

 

「――――それじゃあ、いっちょやっか!!」

 

 彼の隣には青い髪を靡かせる孫悟空の姿があった。その隣では、悟空の仲間であるZ戦士達の姿もある。

 彼らだけではない。梨の妖精・ふなっしー。ポケットモンスター。妖怪ウォッチ。ドラえもん。仮面ライダー。スーパー戦隊。ムーミン谷の住民達。プリキュア。太古の恐竜達。スーパーマリオブラザーズ。スヌーピー。トムとジェリー。ひつじのショーン。機関車トーマス。ドンキーコング。ハローキティ。おさるのジョージ。スパイダーマン。ロックマン。ジャンプヒーローズ。ウルトラマン。ルーニー・テューンズ・ショー 。太鼓の達人。たまごっち。デジタルモンスター。トランスフォーマー。マイメロディ。イナズマイレブン。ジュエルペット。スポンジ・ボブ。マダガスカルの仲間達。

 彼らはみな、マクドナルドとコラボした事のあるキャラクター達だ。

 

「……ごめん!! 折角出て来てくれたのに、本当にごめん!!」

「ん?」

「え?」

「あれ?」

 

 此方に向かってくる邪龍に対して戦う気満々だった彼らにドナルドは頭を下げる。

 

「……僕、あの子の事も助けてあげたいんだ。だから……」

「うふふふ。分かってるってば、士郎くん!」

 

 そう言ったのは、ドラえもんだった。

 

「はい、まずは! 『ウルトラストップウォッチ』~!」

 

 カチッという音と共にドラえもん以外の全世界の時間が停止した。

 その停止した時間の世界でドラえもんはドナルドに触れる。

 

「ドラえもん……」

「君がそう言い出す事くらい、みんなお見通しだよ。だから、続きましては『心よびだし機』と『進化退化放射線源』~!」

 

 ドラえもんは心よびだし機に進化退化放射線源を使い、進化した心よびだし機を操作した。

 すると、目の前に褐色の肌の少年が現れた。

 

「……この子は」

「うん……。この子が、この世すべての悪を背負わされた子だよ」

 

 ドラえもんはドナルドを見つめた。

 

「彼に背負わされたよくないモノは取り除いだけど、彼の心はとても希薄なんだ。この子を救うのはとても大変だよ。途中で投げ出したりしないって約束出来る?」

「うん。約束するよ、ドラえもん」

 

 迷いなく言い放つドナルドにドラえもんは微笑んだ。

 

「士郎くんはいい子だね。だから、僕達は君に力を貸したくなるんだ」

 

 ドラえもんはウルトラストップウォッチを解除した。

 動き出した世界で、ドラえもんは言った。

 

「あとは頼むよ、みんな!」

「おう!」

「はーい!」

「よっしゃー!」

「いっくぞー!」

 

 アンリ・マユと呼ばれた少年が剥ぎ取られ、呪詛の塊と化した邪龍が炎を吐く。けれど、恐れを抱くものは一人としていない。

 そこにいる者達は一人一人がヒーロー。人類によって想像され、創造された存在。邪悪に対して、決して負ける事のない正義の味方。 

 かめはめ波をはじめ、一斉に放たれる必殺技は七色の光となり邪龍を呑み込む。

 人類六十億を焼き尽くす炎は人類の希望の光によって消し飛ばされた。

 そして……、

 

「……エミヤシロウ」

 

 金髪の男がドナルドに言った。

 

「見事だ」

 

 そう言い残して、彼は姿を消した。




次回、エピローグ


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エピローグ『0円スマイル』

 セイバーのサーヴァントは本日十五回目のため息を零した。

 

「……どうして、こんな事に」

 

 混沌渦巻く聖杯戦争が終わって、数十年の歳月が経過した。

 第五次聖杯戦争後、サーヴァントは誰一人座に帰ることはなかった。ドナルドのハッピーセットを口にしてしまった彼らはドナルドの救世主化の影響を受けていたのだ。サーヴァントではなく、現象として英霊として彼らは現世に留まっている。自我は継続し、自由に生きている者もいるが、そうでない不器用な者達もいる。

 

 最近、世界最大の大企業へ躍進を遂げたマクドナルド社の新CEO間桐慎二から送られてきた最新型のポータブル端末を操作してニュースサイトにアクセスすると、また中東で起きた紛争が開始数分で終結したらしい。同時期にメキシコで暗躍していた最後の麻薬カルテルが鎮圧されたようだ。

 アーチャーのサーヴァントはアインツベルンと結託し、世界から争いを取り除く為に尽力している。

 はじめ、アハト翁はすべてを諦めてアインツベルンの全機能を停止させようとしていた。人工知能は既に電源を落とされ、残されたホムンクルス達も静かに終わりを迎えようとしていた。そこにアーチャーとイリヤが乗り込み、ドナルドの助力を受けて彼らを生かす道を模索し始めた。その結果がこれだ。彼らはアーチャーと共に世界を救う事を新たなる目的と定めた。

 闘争あるところ、どこからともなく巨人を引き連れ現れる白い髪の集団。人々は彼らを『白き平和の使者』と呼んだ。

 

 別のニュースサイトに飛ぶと、今度は『国境なき料理人達』という集団の最新ニュースがトップを飾っていた。マクドナルド社やガリアスタ財団をはじめとした大企業のバックアップを受け、世界各地で無償で料理を振る舞う謎多き存在。彼らは軍事国家や独裁国家にも遠慮なく入り込み、空腹に喘ぐものへ食事を振る舞った。彼らを害する者は青と紫の死神に捕らわれ、温かくて美味しい料理を延々食べさせられ改心させられる。

 その規模は年々巨大化していき、世界の名だたる料理人達がこぞって参加していく。今、『国境なき料理人達』こそが食の最前線であり、彼らは世界を食で救うという理念の元で最強の料理人となるべくシノギを削っている。世界各国に料理の専門学校が生まれ、料理人達が食で争う『食戟』という文化まで生まれた。

 

「……さすがマスターです。ええ、これは実によい文化が生まれたものです。アーチャーは『食戟のソーマが現実に!? わ、わたしも……いや、だが、わたしは別にやる事が……』などと言っていましたね」

 

 さて、現実逃避もここまでだ。二人の衛宮士郎が世界をそれぞれの分野で救おうとしているように、三人目の彼もまた彼の分野で世界を救おうとしている。

 巨大な舞台の上で挨拶をしているドナルド・マクドナルド。そして、舞台の下に群がる無数のドナルド・マクドナルド。

 そう、この世界でもドナルド教が生まれてしまったのだ。アーチャー率いる『白き平和の使者』や士郎率いる『国境なき料理人達』がドナルド・マクドナルドを支持している事は公然のものとなっていて、彼らに救われた人々も着々とドナルド教の信者となっていき、中でも熱狂的な信者達がドナルド教の宣教師になりたいと押しかけてきた。

 ピエロメイクの集団が声を揃えて『ランランルー!!』と叫ぶ姿はまさに狂気だ。

 隣で凛が「今日も士郎はかっこいいわ」などと世迷い言を言っているが、今の世界では彼女の感覚が一般的となって来ている。

 街ゆく人々がドナルドと同じメイクをして、ドナルド・エクササイズを踊る。テレビをつければドナルドの歌流れ、ラジオを聞けばドナルド教の教えが聞こえてくる。

 

「……まあ、いいか」

 

 時折正気に戻ってしまうところがわたしの悪い癖だ。セイバーは反省した。

 世界はドナルド教によって約束された破滅を回避している。聖堂教会と魔術組織も軒並み力を失い、世界はドナルド教の下で満たされている。多くの人達が笑顔でランランルーをしている。

 決して、この光景を狂気的だとか、異常だとか考えてはいけない。

 セイバーはエクスカリバーを通じてガイアの意志を受けている。その意志が言う。

 

 ―――― ドナルド教を支えよ。

 

 ドナルド教の存在によって環境問題は次々に解決していき、失われていくだけの星の生命が蘇った事でガイアが手のひらをドリルのような勢いで回転させたのだ。

 何千回、勘弁してくださいと嘆いたことか。それでも、彼女は英霊だ。嘗て、アーサー王と呼ばれた彼女は自然と流れ落ちてくる涙をメイクが落ちないように丁寧に拭いた。

 

「がんばってね、セイバー! いえ、ドナルド・ガール!」

 

 貴女がやって下さいと何万回も頭を下げたが、決定は覆らなかった。

 アラヤの意志を受けるドナルドを支えるものは、ガイアの意志を受けるセイバーを置いて他にいない。そう、力強く断言され、セイバーは泣く泣くピエロのメイクをして、髪を赤く染めた。パーマだけは勘弁してもらったが……。

 

 ―――― 問題などあるまい。ガイア(わたし)アラヤ(おまえ)が手を結び、勝てぬ相手などいまい。

 ―――― うん。僕もそう思うよ! 一緒に世界を救おう、アルトリアちゃん。

 

 まさか、あの時の会話が巡り巡ってこんな事になるとは思わなかった。

 

「ええい、やりますよ! やってやりますよ!!」

 

 舞台に上がる。そして、セイバーは散々練習してきた完璧な0円スマイルを浮かべ、ドナルド・チルドレン達に挨拶をする。

 

「どうも! ドナリー・マクドナルドです!」

 

 歓声が上がる。セイバー……否、ドナリーは正気度を下げながら、ドナルドと共にドナルド・エクササイズを踊り始める。

 どこかで知り合いの魔術師に爆笑され、どこかで金ピカの王にも爆笑されている気がするが、もはや彼女は気にしない。

 そうだ。民が笑顔になってくれるならなんでもいい。笑顔こそがすべてだ。

 世界よ、爆笑するがいい。それもまた、ドナルド教は受け入れる。

 

「ランランルー!!」

「ランランルー!!」

 

 ドナルドとドナリーは声を揃えて言った。

 人々の笑顔を望む彼らの笑顔に、人々は更に魅了される。

 

 エピローグ『0円スマイル』

 

 闇の中に沈み込んだ筈の意識が浮上する。

 

「……何故、生きている」

 

 言峰綺礼は不思議そうに己の胸へ手を当てる。

 すると、そこには脈動するものがあった。

 

「これは……、私に心臓が……」

「死んでいる場合ではないぞ」

 

 頭上から注がれる声に目を見開き、彼は顔をあげる。

 そこにいたのは、英雄王と呼ばれた男。第四次聖杯戦争で共に手を取り合ったアーチャーのサーヴァント、ギルガメッシュだった。

 

「貴様も見るがいい。この光景ならば、貴様も腹を抱えて笑う事が出来るだろう」

 

 その言葉に顔をしかめる綺礼。

 

「……英雄王よ。私は答えを得たのだ。今更、何を見たところで……」

 

 そして、顔をあげた綺礼が見たものは……、

 

「ランランルー!!」

 

 ビルの液晶パネルに映るドナルドとドナリーのランランルー。

 それを見た人々も堪らずランランルー。そして、はじまるドナルド・エクササイズ。

 走っていた車も緊急停車して、仕事をしていたサラリーマン達も仕事をストップさせる。

 ぞろぞろ道路へ出てきて、一斉に彼らは踊り始める。インド映画もびっくりな現象に綺礼は口をポカンと開ける。

 

「これが世界規模で起きている。どうだ? 万人が美しいものを解せぬモノよ。この光景、貴様にはどう映る」

 

 その光景は、例えるならば狂気だ。彼が眠る前の一般的な感性で見れば、怖いとか、ヤバイとかしか思えない光景。

 だからこそ、彼は抱く事が出来た。楽しいという感情を。

 

「――――さあ、踊るがいい。ドナルド教はすべてを受け入れる。貴様も受け入れられることだろう」

 

 綺礼は液晶パネルの向こうで踊る二人の道化師を見つめた。

 

 ―――― ……嘆き、笑う。つまるところ、我々は道化なのだな。

 

 綺礼は上着を脱ぎ去った。そして、黒鍵を使い若い頃のように髪を切る。

 そして、0円スマイルを浮かべながらドナルドとドナリーの動きに合わせて踊り始める。その動きのキレのよさに英雄王ギルガメッシュは0円スマイルを浮かべる。

 

「そうだ。それでよい。さあ、(オレ)も踊るとしよう。見るがいい!! この我のキレキレのダンスを!!」

 

 世界は踊る。世界は笑う。そして、世界は正気を失いつつも平和になっていく。

 

 END



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