リスタート (ヤニー)
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プロローグ

 

――雨が降っている。

 

 とても寒い、年も明けて1月の半ばに差し掛かる今日この頃。先週は都心にしては珍しく雪も降ったんだっけ。

 その余韻なのか今日はとても寒い…あまりにも寒くて身体が震えてきた。今日の気温は何度くらいだったかな…? 一桁だったのは覚えてるんだよな。

 朝、天気予報のお姉さんは「今日はとても冷えるでしょう、午後から雨も降るのでお気を付けください」って言ってたっけ。

 そもそも俺傘忘れたんだっけな、はははっ、帰りどうしようか……。

 

 

――無事に帰れればの話なんだけどね……。

 

 

 俺の目の前には5つの死体が転がっている、どれも知った顔。心臓を一突きされたらしく血がダラダラと流れ出ている。みんな即死だろう。

 この場で動けるのは二人、俺と……。

 

「これで……邪魔者はみんな居なくなったよ?」

 

 目の前の女の子。聞けば全員が可愛いと即答するだろう。

 その子は俺の幼馴染、俺の初恋の人だ。

 

「邪魔なアイツラは死んじゃった。お兄ちゃんとそのお友達も死んじゃったけど……わたしには君が居てくれれば何もいらないよ」

 

 彼女は笑ってそう言った。その笑顔を見た人はみんな彼女の事が好きになる。それくらいに素敵な笑顔だった。

 こんな状況でもそう思える俺はやっぱりこいつの事が好きなんだなって再確認できた。

 

「……ね? 慎一君も嬉しいよね?」

 

 笑顔を崩さず言う彼女、一歩また一歩と俺へと向かってくる。途中誰かの頭に足が当たったみたいだが気に留めた様子はない。

 彼女が一歩進むにつれて俺も一歩ずつ下がっていく。ピシャ、ピシャと水の音がやけにうるさい。

 

 ……今日は何かがおかしかった。

 

 いつも真っ先に「おはよう先輩!」と声を掛けてくる後輩が来なかった。

 いつも教室に入ったら抱き付いてくる金髪の同級生が大人しかった。

 いつもお昼を食べる約束をする彼女が今日は一緒に食べれないと断りのメールを送ってきた。

 なによりもいつも学校に来ない引篭もりのアイツが学校に来た。

 

 とにかく今日はすべてがおかしかった。

 

「ねぇ……何か言ってよ慎一君」

 

 背中に冷たい感触、フェンスだ。既に俺は追い詰められていた……。

 

 そういや、アイツが好きなアニメの男の子がこんなことを言ってたっけ。タイトルはなんだったかな、魔法少女リリカルなんとか……だめだ覚えてない。でもセリフは覚えてるな、結構印象に残っている。たしか……。

――世界はいつだってこんなことばかりじゃなかったはずだ。

 

「とりあえず、今のお前とは一緒に居られないかな……」

「……そうなんだ。……じゃあ」

 

 ふっと彼女の表情に影がさす。この後の展開はなんとなくわかる、よくドラマとかでもあるように。

 

「死んじゃえ」

 

――殺される。

 

 胸に刺さるナイフ、刺された場所が妙に熱い。

 薄くなっていく意識、制御が効かなくなる身体。ああ……人間てこんな風に死ぬんだな。

 

 今にも消えそうな視界には泣きじゃくる大好きな幼馴染の姿だった。

 

 

――ホントこんなはずじゃなかったんだけどなぁ……。

 

 

 

『リスタート』

 

 

 

――人って死んだらどうなるの?

 

 誰もが1度は考えただろう。良い事をしていれば天国へ、悪い事をしていれば地獄へ、親からそう教えられて育つ子がほとんどだ。

 ちなみに俺の持論は気付けば生まれ変わって別の人間になっている。人間なんてそれの繰り返し、そうだと思っていた。

 

「転生?」

「そう、君には転生してもらうよ」

 

 その持論はどうやら間違いだったみたいだ。

 目の前には己を神様と名乗る人物……神様って人でいいのか?

 

「『転生』って聞いたことない?最近人間界では死んだらアニメの世界に生まれ変わってハーレムな生活を送れる小説が流行ってるって聞いたけども」

「いや、聞いたことがないんだけど」

「そっか、君はそっち系の人じゃないんだね」

 

 そっち系ってなにさ、2次元が好きな人の事か。別に俺偏見は持ってないけど、友人に既にどっぶり浸かってる奴いるし。

 

「まぁちゃっちゃとやろうか、願い事はなに?」

「ちょっと適当過ぎないか? というかなんで俺が転生するんだ?」

「人は生まれ変わるって言うでしょ? 要はそれ。これは当たり前の儀式なんだよ」

 

 どうやら俺の持論は正しかったようだ。ただ気付けば生まれ変わる前にこうして神様に会うってのが追加されたけども。

 

「ただ君の場合は特殊でね、ただの生まれ変わりじゃないんだ」

「え……?」

「いや、君『たち』か……。まぁいいか、こうして神様であるボクが会いに来るっていうのは特別でね。普通は何事もなく転生するんだけど、君たちは言わば『特別転生』に選ばれたのさ。選考理由は……まぁいいやなんとなくってことで」

「そこ重要だろっ!?」

「まぁまぁ、気にしない気にしない」

 

 ハハハッ、と神様は笑って言った。

 

「いいからほら、早く願い事を言いなよ。これは特別なんだよ?」

「は、はぁ……。しかしいきなり願い事とか言われても……」

「こういう時はオーバーSランクの魔力とかニコポナデポとかイケメンオッドアイとか答えてれば良いんだよ」

「な、なんだよそれ……」

「うーん、こういう話が通じないのも中々考え物だね」

 

 『前に転生した子はこんな感じだったのになー』と不満そうに答える。目の前の男。いや、女にも見えるそんな顔立ちをしている。

 『あ、でも彼は典型的すぎたなぁ』と言いクルッと一回転してそいつはまた告げた。

 

「神様が特別転生させるとねその人には特典が付くの。1つ、何でも言っていいよ、ボクは神様だからね、何でも叶えてあげられるよ」

「何でも……?」

「そう、何でも。不老不死になりたいとか、宇宙一の頭脳が欲しいとか、可愛い女の子からモテモテになりたいとか、神話に出る英雄の力が欲しいとか、何でもボクは叶えられる。あ、でも不老不死はオススメしないかな、つまらないと思うよ」

 

 『それで今もなお苦労してるお馬鹿さん転生者結構いるしね』と笑って答える神様。もしこの神様を表現するなら『無邪気』がとても似合いそうだ。

 

 ”特典”……、いきなりそう言われても々決められそうにない。そもそもこっちは死んだと思ったら訳も分からず転生とか言われて戸惑っているっていうのに。

 そんな俺をお構いなしに神様はせっかちな性格なのか「はーやーくー」とむくれて言っている。

 

 あ、でもよくよく考えると決まってたな……。

 

「あいつらも転生させてやってくれないか?」

「『あいつら』……?」

「うん、俺と一緒に殺された3人の男たち、あいつらも転生させてやってほしい」

 

 俺にとって何よりも大事なあいつら、俺のせいで巻き込まれて殺されちまったけど転生先でもあいつらが居ればきっと楽しいはずだ。

 俺がそう思っていると神様は意外だったのかしばらく呆然としていたけど。

 

「……ぷっ、あーっはっはっはっは!!」

 

 大きく笑いだした。

 

「本当に君たちは……揃って同じことを言うんだね、いいよ、その願い叶えてあげる。でもそれはカウントしないよ、ボクからのプレゼント。もう転生してるしね……」

 

 言い終わると神様は笑い出した。どうやらツボに入ったみたいで涙が出るくらいに笑っている。しかも床に転げ回ってるし、本当にここまで笑う奴っているんだな。

 神様が発言した内容、最後の方は聞き取れなかったがとりあえず今言った願い事はノーカウントにしてくれるらしい。

 ……まいったな、振りだしか。

 

「そっか……、うーん、どうすっか……。あ、じゃあ名前を変えないで欲しいかな。両親からもらった最初の物だから」

「……キミってさ、結構無欲だったりするのかな?」

 

 笑い転げていた神様が一転してジト目で俺を見る。如何にも『不満』です、とオーラが出ている。そんな無欲と言われても俺にも人並みに欲はあると思っている。

 

「不老不死とか、神話の力だとか言われても興味ないし。モテモテになりたいなんてもうごめんだしさ。宇宙一の頭脳なんていらない、普通に勉強して得る知識さえあれば俺は十分なんだよ」

「えー……じゃあほらキミの前世調べたけどバンド活動好きなんでしょ? それで有名になりたいとかないの?」

「そんなの」

 

 決まっている。

 

「自分の力でなりたいに決まってるじゃん」

「……」

 

 夢は自分で掴み取ってこそだ。

 自分の力以外で叶えた夢なんて楽しくないじゃないか。

 

「……キミは本当に面白い人間だね」

 

 また神様は笑った。

 けれど先程のような笑い方ではなく、俺を受け入れる、そんな微笑み方だった。

 

「じゃあボクからスペシャルな能力をあげよう。あ、もちろん名前はそのままにしてあげるよ」

「……スペシャルな能力?」

「そう、それはね――」

 

 

 

 

 

「……無茶苦茶だな」

「ハハッ、ボクもそう思うよ。でもキミなら使いこなせる気がするんだ」

 

 そう言って神様はまた笑う。この神様は本当によく笑うんだな。別に嫌な感じもない。

 

「結局俺はあんたに3つもプレゼントをもらってしまっているんだが……いいのか?」

「気にしない気にしない。所詮ボクの匙加減だしね」

 

 また神様は笑って言う。今度は同時に杖を振っており先から光が降ってくる。

 

「じゃあそろそろ始めるよ。第二の人生頑張ってね」

「ああ、なんか色々ありがとうな」

「ふふっ、ボクは神様だからね。人間たちには幸せになってもらいたいんだよ」

 

 光が強くなってくる。それと同時に俺の意識も徐々に薄くなっていく。

 

「さぁ、リスタートだ。頑張れ、慎一くん」

 

 その言葉を最後に今度こそ俺は意識を手放した。

 

 



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第1話『第二の人生始まっています』

 俺には前世の記憶がある。どのように生きてどのように最期を迎えたかも覚えている。

 そして、どのように第二の人生が始まったかもしっかりと覚えている。

 

――神様は言った。

 人間の幸せを願っていると。

 

――神様は言った。

 第二の人生を頑張れと。

 

――神様は言った。

 所詮自分の匙加減だと。

 

だからといってさ……。

 

「これはないだろう……」

「兄ちゃん、どうしたんや?」

 

 俺の独り言に反応してくれた可愛らしい我が妹。

 その説明をするには、今日に至るまでの道程を振り返らなければならない……。

 

 

 

 まずは自己紹介、俺の名前は八神慎一、転生者です。趣味は作詞作曲、楽器を弾く、歌をうたう、友達と遊ぶこと。将来の夢は音楽活動で飯を食っていく。

 

 まず俺が転生者になった原因は言わずもがな神様によるものだ。

 ただ、転生することになった最大の原因は前世で死を迎えたこと。享年18だ。そして俺を死へと導くことになったのは3人の女性が深く関わってくる。

 

 まず一人目、綾香。

 俺の家のご近所さんで、歳は一つ下の女の子。上にお兄さんが居て、その兄は俺の友人だったりする。

 茶色の髪にサイドポニーがよく似合ってる女の子で、とても可愛らしい顔立ちの女の子だ。誰に聞いても必ず良好な反応が返ってくるだろう。俺とは俗にいう幼馴染という関係で、小さい頃から『しんいちくん』なんて言って俺の後ろをいつもトコトコと着いてきた。何故か兄である友人より俺の方に懐いていたみたいでよく八つ当たりをされていたが、次第に友人も諦めたらしく『妹を頼むわ』なんて言って俺に兄代わりの役目をよく押し付けていた。俺が次第にバンド活動を始めても付き合いが減るという事はなく、よほどの用事がない限りはいつも一緒に居た記憶がある。

 ちなみに俺の初恋の女の子でもある。

 

 二人目は、エミリ。愛称はエミー。

 この子は小学校5年生の時にアメリカから転校してきた子だ。父が日本人で母がアメリカ人のハーフらしい。歳は俺と同じで双子の弟が居るがそいつも俺の友人だったりする。

 エミーとは転校してきた時にたまたま席が隣になったこともあって、学校とか街を案内してるうちに次第に仲良くなっていった。彼女の特長といえば誰もがその美しさに振り返る綺麗な金髪の髪だろう。母の血を濃く継いだ彼女はハーフ特有の美しさがあって男女問わず数々の人を魅了していった。おまけにスタイルは抜群。思春期の男子生徒にとっては堪らないものであり、女子生徒からは尊敬と憧れの対象だった。現に同性からも告白されることが多かったらしい。

 

 そして三人目の、佐奈

 彼女は二つ下の後輩で、俺のバンドメンバーの一員だ。彼女はギターを担当している。茶色のボブショートカットヘアーがモチーフの子。

 佐奈との出会いは俺らがバンドを結成して初めて参加したライブの時のお客さんだったみたいで、そのライブ後うちに入りたいと連絡をくれたのがキッカケだった。丁度ギターが不足していたうちのバンドは断る理由もなく彼女を受け入れた。俺と佐奈は好きなアーティストがほぼ被ってるから一緒にライブ見に行ったりと音楽に関しては一番付き合いが深いし、俺の夢にも素直に共感してくれるとても良い子だ。彼女も上二人に劣らず学校での人気が高く、綾香、エミー、佐奈の女子スリートップが君臨していたとは友人談である。

 

 そんな3人はどういうわけかは分からないが俺に好意を持っていてくれた。

 本当ならばこの状況が美味しすぎてとても喜ばしいのだが、この3人は共通して性格に少々問題があったのだ。

 

 どうやら彼女たち、俺の事が好きになりすぎて性格が歪んでしまったらしい。

 俺の事が好きすぎてとか自意識過剰いい加減にしろと言われそうだが実際その通りなのだ。

 

 例えばだが、俺には彼女たち以外の女子と友達付き合いが続いたことは無い。委員会の仕事とか部活動で女子と喋った翌日にその子が俺を見て真っ青になったり。バンドのファンとして交流した女性のお客さんと少し親密になった翌日に『お願いします、もう連絡してこないでください、私に関わらないでください』とメールが送られてきたりした。女子の間では俺と喋るとその日の帰り道に襲われるなどとの噂が立てられるということもあってか、今日に至るまで親しい女友達が三人を除いて居ないわけだ。

 

 そしてこの3人は非常に仲が悪くて3人が顔を会わせてしまうとその場の空気が一気に豹変し周囲に居た人が倒れるといった現象が現れるぐらいだ。これは我が校の七不思議のひとつらしい。

 だから俺と友人3人の力によって彼女たちが鉢合わせることがないように連携を取っていたりする。

 

 こんな状況が続いて数年、俺の高校生活もあと数ヵ月という所である決意をした。

 

――初恋の女の子、綾香に告白をする。

 

 今思えばエミー、佐奈に様々なアプローチを仕掛けられても心の底では綾香という存在が俺にはあった。だから綾香に告白をすると決意をした時に迷いは一切なかった。

 ただそこまで辿りつくのに時間を掛けすぎてしまった。それがいけなかったのだろう。

 

 俺が決意した時はいつもの友人の家で駄弁っている時。明日、綾香に告白をすると報告をした。

 友人、綾香の兄は大歓迎の様子だった。『今日から俺の事を義兄さんと呼べ』と冗談を言ったり、もう一人の友人、エミーの弟は『なーんだ、姉さんじゃないのか』と残念そうに言ったが、その後にがんばれ、と祝福をしてくれた。そして3人目の友人は『じゃあ明日学校に観に行くわ』と、後期の始業式以来の登校に意欲を見せ、俺たちを大いに驚かせた。

 告白の段取りは『告白は放課後に屋上がいいな』『でも寒いでしょ、しかも雨予報だし』『ばーか、それがいいんだよ、思い出になるだろ』と話し合ったり、告白が成功した後、エミーと佐奈にどう納得してもらうかを会議しその日はそれぞれ帰路に着いた。

 

――この時の会話が二人に既にばれているとも知らずに。

 

 その日は朝から緊張しっぱなしだった。だからこそ気づく事が出来なかった。

 いつも当たり前のように行ってくる彼女たちのアプローチが無かったことに、頭の中は綾香にどう思いを伝えるか、それでいっぱいだった。

 いつも通りに昼食を一緒にしようと席を立った時、断りのメールに驚きをしたものの、特に気にせずむしろ今会うと緊張するから助かったのかなと間抜けなことを考えていた。

 

 日頃顔を会わせることがない3人がこの時会っていたことも知らずに。

 

 運命の時間、放課後を迎えた。すぐに綾香に会いたい、が。俺には日直の仕事が残っていた。だから綾香に『少し残っていてほしい』と連絡をして仕事に取り組んだ。

 外は雨が降っているから屋上のパターンは使えない。念のため用意したもう一つのプランでいこうと友人たちにメールを送った。返信が来ることはなかった。

 

 その日はもう一人の当番が欠席をした為、少しやることが多かった。連絡をしてから30分近くが経過していた。

 

 終わった頃には校舎内に生徒が残っていない。それくらいの静けさがあった。外は雨が降っているし運動部も帰宅をしているだろう。体育館は別の事で使用するからと先生が言っていた。

 待たせ過ぎたなと、内心落ち込んでいる時に電話が入った、綾香だった。

 

『今から屋上に来てほしいの』

『屋上?』

『うん』

『でも雨降ってるぞ……?』

『大丈夫、待ってるから』

 

 そう言って電話は切れた。少し様子がおかしかったが俺は気にも留めなかった。それより雨の中綾香を待たせてしまっていることに焦りがあって、屋上へと急いだ。

 

――屋上は血の海だった。

 

 曰く、エミーと佐奈から前にもらったプレゼントに盗聴器が仕込んであり昨日の会話は筒抜けだった。

 曰く、昼間に3人で話し合った、生き残ったら俺の彼女になると。

 曰く、止めに入った友人たちは邪魔だから殺した。

 

 簡単な事だった。もう手遅れだった。

 俺が時間を掛けすぎた、彼女たちの心は既に壊れていた。

 

 その後、彼女を受け入れることが出来なかった俺は殺され、1度目の人生が終わった。

 

 

 

 神様に転生をしてもらって俺の新たな性は『八神』となった。

 生まれた頃の事はあまり覚えていない。物心がついてきた、そんな時にふとそういえば転生したんだっけ、と思い出した。

 

 両親から愛情を受けて育つ中、八神家に二人目の家族が誕生した。

『八神はやて』俺の妹となる子だ。

 

 前世では俺に兄妹はおらず、一人っ子の俺には友人たちが羨ましかった。だから妹が生まれた時、俺はすごく嬉しかった。

 しかし、妹が生まれた時、元々身体の弱かった母は出産後体調を崩し、1年後にこの世を去った。元々出産には命の危険が高いと医者から告げられていたが、それでも母は生むことを決意し、結果かえらぬ人となったのだ。

 母の死に耐えることが出来なかった父は、あとを追うように父は自殺を図った。首つり自殺だった。遺書には母への想い、俺とはやてへの謝罪の文で埋め尽くされていた。両親は元々良家の出身で駆け落ちという形で結ばれた。絶縁というものらしい。だから両親の死後、残された俺とはやてに対して救いの手を差し伸べる人は誰も居なかった。

 

 ただそんな俺たちに唯一手を差し伸べたのが、父の友人だというグレアムという男性。ダンディズムなお髭がよく似合っていた。

 しかしこの人は遠いところで仕事をしており危険がつきものだという。だから俺たちを連れていくことは出来ないが支援はすると約束をしてくれた。

 

 この時のやり取り以来……グレアム叔父さんとは会ったことがない。

 

 結局俺とはやてはこの広い家に二人で暮らすことになった。

 

 

 

「兄ちゃん……?」

 

 その声に我に返った。少し思い出を振り返りすぎたみたいだ。隣では不安そうに俺を見上げている女の子、はやてが居た。

 俺に無視されたと思っているのか、少し泣きそうな顔をしており非常に申し訳ない気持ちになる。

 

「んー……なんか昔を思い出しちゃって」

「昔……?」

「はやてが生まれた時の事だよ」

 

 そう言うとはやては少しシュンとしてしまった。おおかた『私が生まれたせいで』とか思っているのだろう。

 

「俺は、はやてが生まれてきてくれてよかったと思ってるからな」

 

 そう言って頭を撫でる。まだ落ち込んだ様子のはやてだったけど、小さく『ありがとう……』と呟いた。

 



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第2話『転生した友人たち、そして翠屋』

 

 はやてにはああ言ったものの、初めの頃は本当に大変だった。

 

 突然8歳の子供とまだ1歳になったばかりの子供が取り残されてしまったんだ。無理もないと俺は思う。

 この間まで居た両親が居なくなり傍にいるのは泣きじゃくる妹。子育てなんてしたこともない俺にはどうあやしたらいいのか分からず『よしよし、泣かないでくれ』としか言えなかった。

 

 そして悪い知らせはさらに続いた。

 

『うーん……脚に痺れがあるようだ』

『痺れ……ですか?』

『うん、検査して異常は見当たらないんだけどもね、脚が動かないという事はそう診断をせざるをえないんだよ』

『な、なんでそんなことに……』

『私も長いこと医者をやっているけどね、こんなことは初めてだよ』

 

 はやては歩くことが出来ない。医者からそう告げられた。

 

 歩けるようになる適正の年齢は人それぞれだけれども、はやてはいつまで経っても歩くことが出来なかった。

 おかしいよな……絶対におかしい。そう思った俺は病院に駆け込んではやてを診てもらって告げられたのがそれだった。

 先天性の麻痺が両足にあるらしい、なぜそうなったのかは原因が不明だと先生はぼやいていたが、はやてはいくら成長しても歩くことが出来ない、俺が聞いていたのはそのことだけだった。

 

 両親を失った子供2人にプラスアルファで脚の動かない妹が書き加えられた。

 

 

――もうわけがわからなかった。

 

 

 前世では好きだった女の子に殺され、生まれ変わった家庭では妹の誕生と引き換えに両親が消えた。不幸まみれの子供二人に手を差し伸べる大人はいない、くれるのは生活するのに申し分ないお金だけ。挙句の果てに妹は一生歩くことが出来ない。

 

 壊れそうだった。いや、壊れてしまいたかった。

 なんで俺がこんな目に……。毎日、はやてが寝静まった夜にそんなことばかり考えていた。

 

 ただそんな俺にも味方をしてくれる人が居た。

 それは、かけがえのない付き合いで前世で共に殺された友人たちだった。

 

 一人は龍也。綾香の兄だった男だ。

『妹ってのはな、兄を見て育つんだ。兄貴のお前がそんなんじゃはやてちゃんが困っちゃうだろ。え? 綾香? あれは例外さ……』

 

 一人はリン、エミーの弟だった男。

『とりあえず超高性能な車椅子作ろうよ、声認証だけで動けて耐久性抜群なやつ。僕ね、こういうのを作るの大好きなんだ。パーツ代? ツヨシよろしく』

 

 そしてツヨシ、引き篭もり。

『イェア"アァァーーッ!!(エロゲプレイ中)』

 

 頼る大人は居ない。けれど頼れる友人は居る。それが俺の何よりの救いだった。

 

『とりあえずさ、家をリフォームしようよ、今のまんまだと車椅子入れないでしょ?』

『さすがにまだいらないんじゃねぇの……? 俺が抱っこすればいいんだし……』

『甘いなぁ慎一、行く行くは必要になるんだから今のうちに取り組まないと!』

『またリンの計画前倒し病が始まったよ……』

『龍也は計画性が無さすぎるんだよ』

『臨機応援に対応できると言え』

『ありえないね』

『まぁまぁ……、でもそういうのって子供が手続きできる物なのか? 叔父さんに支援してもらってるから金ならあるけどさ……ん? ツヨシなにこれ?』

――色々と手続した書類、要は明日リフォームが行われる。

『『『ツヨシすげええぇぇーーっ!?』』』

 

 

 

『慎一、学校始まったらはやてちゃんどうするの?』

『そういや、もうすぐ夏休み終わるな。さすがに学校には連れていけないだろ』

『……しまった、忘れてた』

『なにやってるんだよ……』

『お前がリフォームとか言い出したせいでそんなことすっかり忘れちまってたと言いたい』

『えー……、僕のせいなのぉ?』

『リンのせいにしてもしょうがないだろ、それより本当どうするんだよ、保育園とか申し込んでないのか?』

『……てへっ』

『てへっじゃねぇだろ!? どうすんだよ!』

『ど、どどどっ、どうしよう……ん? どしたのツヨシ』

――保育園へ9月から通える通達の紙。

『ありがとうツヨシぃぃ!!』

『ツヨシの謎の力は一体どうなってるの』

『神にお願いしたんじゃねぇの、引き篭もりながら権力者になりたいって』

 

 俺が困った時、困りそうになった時、こいつらはいつでも手を差し伸べてくれた。本当に感謝しても足りない。

 恥ずかしいから本人たちには言わないけども、こいつらが居なかったら俺はきっと潰れていた。きっとはやてを巻き添えにして……。だから本当に感謝している。

 

 

「また兄ちゃんボーっとしとる……」

「……ん? あぁ、ごめんごめん」

 

 またはやてを置いてけぼりにして過去を振り返っていたようだ。はやては先程の心配した様子と併せて今度は少し怒気が籠っている。

 

「兄ちゃん体調が悪いんか? 心配や……」

「へーきだっての、それより早く買い物行こうか。はやては今日何食べたい?」

「むぅ……でもハンバーグは食べたい……」

「はやてハンバーグ好きだもんな、よっしゃ材料買いに行くか」

 

 はやてが乗る車椅子を押して外へ出る。買い物用のバッグはいつも通りはやてに持ってもらう。

 まだはやては納得していない表情だったが俺がお構いなしに進む為、やがて『もぅ……』と息を吐いて諦めたようだ。

 

「せめて私が料理出来るようになれたらなぁ……」

「まだ5歳の子には危なくて料理をさせられません」

「だって私だって兄ちゃんの役に立ちたいんやもん!」

「うーん……そうだなぁ。じゃあ俺が料理するの手伝ってみるか?」

「本当!?」

「俺も来年から中学生になるしな、もう少しはやてに家の事手伝ってもらった方が良いかもと思ってたしなぁ」

「やった! 兄ちゃん、私がんばるからなぁ」

「言っとくけど無茶はダメだからな」

「はーい!」

 

 あっという間にご機嫌になるはやて。どうやら料理を手伝える事がかなり嬉しいみたいで『楽しみやなぁ』とニコニコしている。

 まぁ……はやては色々と手先が器用だしすぐに料理を覚えるだろう。キッチンは既にリンの提案によって車椅子でも使いやすい仕様になっているし何の問題もない。

 そもそも5歳の子に料理をさせて良いのか? という疑問に対してはうちは家庭環境が特殊なんで……という事にしてもらおう。

 

「兄ちゃん、急がんとタイムセール始まるよ?」

「はっ、しまった。よっしゃ飛ばしていくぞー!」

「きゃー」

 

 いざ目的のスーパーへ!

 車椅子を押しながら俺はダッシュをした。

 

 

 

 ちなみにタイムセールは見事敗北。

 さすがマダム、恐ろしい。

 

 

 

「くっそー、今日も何も取れなかった……」

 

 ボロボロになりながら本来の材料を買いスーパーを出る。

 今日のタイムセールは丁度牛挽肉の安売り、なんとしても欲しかったがマダムパワーに漏れなく撃沈。仕方なく普通の値段の牛挽肉を買うことになった。

 いくら小学生相手だろうとタイムセールではマダムには関係ないらしい、あぁ恐ろしい。

 

「兄ちゃん見事に吹っ飛ばされてたなぁ」

「マダムの突き出た腹はタイムセールの邪魔者を排除する為にあるんじゃないかと俺は思い始めたよ」

 

 はやてと今日の戦績を振り返りながら帰路に着く。夕方に差し掛かる時間帯、夏が終わり秋に差し掛かる頃だがこの時間でもまだまだ明るい。

 時間に余裕がある時、俺たちはいつもより道をしながら帰る事がある。

 

「そういや兄ちゃん、ここら辺に美味しい洋菓子が売っている喫茶店があるらしいんよ」

「洋菓子かぁ……、ちょっと行ってみるか」

「名前は確か翠屋だったかなぁ」

 

 はやてと共にしばらく歩くと喫茶店らしき建物が見えてきた。

 おそらくあれだろう、外観からして良い店の雰囲気が漂っている。

 

「わたし車椅子やけど……大丈夫かなぁ」

「店内で食っていくわけじゃないし大丈夫だろ、それに俺たちお客様だし神様だし」

「兄ちゃんなんでそういう時だけ強気なん!? しかもそれ嫌な客や!?」

 

 はやての思いとは反対に店内へと入っていく。中へ入るとおしゃれな内装が俺たちを出迎えた。

 

「わぁ……素敵なお店やなぁ」

 

 目をキラキラさせるはやて、なるほどこれは確かに評判通り美味しそうな洋菓子が売っていそうだ。

 

「いらっしゃいませ、2名様でよろしいでしょうか?」

 

 店内を眺めていると店員さんが声を掛けてきた。凄く綺麗なお姉さんだ。

 

「あ、お持ち帰りって出来ますか?」

「はい、大丈夫ですよ。こちらからお選びください」

 

 お姉さんはメニュー表を渡してくれて、それをはやてに見えるように広げる。

 

「ふぁ……どれも美味しそうやなぁ」

 

 はやてはまた目をキラキラさせながらメニュー表を見る。表から視線を外せば目の前にはショーケース。中には様々な洋菓子が入っておりとても美味しそうだ。

 っておいはやて、ちょっとよだれが出てる出てる。

 

「1個だけだからな」

「えー、兄ちゃんのケチぃ」

「帰ったらもう夕飯だぞ」

「デザートは別腹なんよ」

「はいはい、わかったからさっさと決めた決めた」

 

 むぅ、と膨れっ面になるはやて。俺たちのやり取りを見てお姉さんがフフッと微笑んでいた。

 

「見たところ兄妹かな? 買い物袋を持ってるけど今日はお使いで来たのかしら?」

「あー……」

 

 兄妹なのは間違いない。ただお使いと言われるとうちには両親居ないし……。

 まぁ、そんなことを言っても相手を困らせるだけなので俺はそうですと答えた。

 

「私にもね、妹ちゃんと同じくらいの娘がいるのよ」

「え、お姉さん子供居るの!?」

 

 驚いた。とても子持ちとは思えない若々しさに溢れてるし、てっきり学生さんかと思った。

 そしてもっと驚いたのは俺より年上の子供が二人いるらしい。

 ここ海鳴市って言うんだっけ、海鳴怖い怖い。

 

「じゃあお姉さん、シュークリーム二つください!」

 

 俺がお姉さんの若さに驚いているとはやては欲しい物を決めたのか、お姉さんに品物を伝えていた。

 

「ふふっ、シュークリーム二つですね、少々お待ちください」

 

 注文を受けるとお姉さんは手早くシュークリームを4つ箱に詰める。

 ……ってあれ、頼んだのは2つだけど?

 

「お待たせ致しました。注文を受けたシュークリーム2つと私からのプレゼントで計4つになります」

「え、その、勝手にいいんですか……?」

「大丈夫よ、私が作ってるんだから」

「わーお……」

 

 なんとも気前のいいお姉さんである。しかもこのシュークリームつくったのか……。学生に見えるくらい若々しいのに世の中わからへんなぁ。

 

 代金を支払い箱をはやてにポイする。

 

「雑に扱う兄ちゃんには1個しかやらへん」

 

 そんな殺生な!?

 俺たちのやりとりにやっぱりお姉さんは微笑んでいた。

 

 こうして不思議なお店『翠屋』を後にして俺たちは帰路に着くのだった。

 

 ちなみにシュークリームは最高に美味しかった。

 もう1個食べようとしたらはやてにとられた、ぐすん。



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第3話『お散歩中の出来事』

 

 それは偶然だった。

 

 はやての病院での定期健診の日、病院側の手違いで順番が大幅に遅れることになった。待つ間にはやてが病院で待たせるのも悪いからと、俺に先に買い物を済ませてほしいと頼まれたのでその通りにした。

 

 スーパーは近くにあったのですぐ済ませそのまま戻るのもアレだったので近くを散歩することにした。

 元々開拓が好きだった俺は知らない道を見つけるとウキウキする傾向にある。

 だからこの時も病院へ戻る最中に見知らぬ公園があり、ここを突っ切れば近道が出来るかな、そんな軽い気持ちだった。

 

「うぅ……えぅ……」

 

 公園で泣いている綾香と再会したのは……。

 

 

 

 

「本当に申し訳ありません」

 

 頭を下げるナースさん。なぜ彼女が頭を下げているのかというとだ。

 今日ははやての脚の経過具合を見る為、俺とはやては海鳴大学病院へと来ていた。検診ではそれなりに検査はする為事前に予約が必要なのである。その為事前に1か月前から予約を入れておき今日来たわけなんだが……。どうやら今回の予約が病院側の手違いによって来週に来院予定となっていたそうだ。

 しかしそうとは知らずに来院した俺たち、当然少々揉めることとなり確認のため待合室でしばらく待たされた。その後病院側でミスがあったと認め、その日不運にも電話を受け持ったナースさんが謝罪をすることになった。それに至る。

 

「まぁまぁ、私は気にしてませんから……」

 

 申し訳なさそうにはやては女性へ話す。しかし、まだ小さな子供、おまけに車椅子。そんな子に気を使われてしまった大人であるナースさんは余計に申し訳ない気持ちになったのか、先程より深く頭を下げその場を後にした。

 

「ふぅ……年上の人にあんな謝られるとこっちが申し訳なくなるなぁ……」

 

 ポツリと申し訳なさそうにはやてが漏らす。『間違えたのはそっちなんだから私は悪うないんや!』そう言っても良いと思うが俺が歪み過ぎなのか……うん、考えるのを止めた。

 何はともあれこれで診察が受けられる……のだが、先程のナースさんとんでもないことを仰ったのだ。

 

『申し訳ないのですが診察の時間が予定の時間より1時間遅くなってしまいます』

 

 病院側では元々はやての診察予定は無い前提で回っていたので、急遽そこに組み込むとなると少々人手が不足してしまうらしい。

 

 だったらもう『じゃあ来週で結構ですのでまた来ますね』と言って帰ればいいのだがそうはいかない問題がある。

 まず我が家と海鳴病院はそこそこの距離がある。それこそバスを使って通うくらいには。

 次にはやては車椅子だ。最近では時代の流れから障がいのある人に優しい街づくりになっているとはいえ、周囲から好奇の目にさらされる事が結構ある。特に公共の機関になると特に多い。そこにまだ他人に失礼というものが分からない子供が乗り合わせると『ままー、あのこへんないすにのってる』と声に出し、指を指される事が暫しある為はやてはあまりバスや電車が好きではない。

 今日も嫌な思いをしてここまで来たというのにまた来週同じ目に合わせるのも兄として嫌なので渋々待つことにした。

 

「これじゃあ検査終わるころには暗くなってしまうなぁ……」

「それもそうだな、まぁしょうがないさ。今日は何か適当に買って帰るか」

 

 帰ってから作るのもめんどいし、俺はそう思って言ったのだが……。

 

「オムライス……」

「うっ……」

 

 はやてがウルウルとした目で俺を見ていた。

 

「……どうしても作んなきゃだめ?」

「オムライス食べたい……」

「ぐぬぬ……」

 

 そう、今日はやてにオムライスを作ってあげると約束していたのだ。この子はこの間のハンバーグといいお子様なメニューが好きなのである。はやてはまだお子様だから合ってるんだけども。

 

「はぁ……、わかったよ、オムライス作るよ」

 

 結局こうなる、所詮兄なんて妹に弱いんですよ。

 

「わぁーい、兄ちゃんのオムライスやぁ」

 

 涙目を引っ込め笑顔で万歳までかます妹。

 こいつ……とんでもねぇ。

 

「帰りにコンビニ寄ればいいか……」

 

 必要なのは卵だけだ。玉ねぎと鶏肉はまだ家にあったと思うし、卵だけならこのご時世だ、コンビニに売っているはず、売ってるよな……?

 

「なんなら兄ちゃん、今から買い物行ってきてもええよ?」

「え、今?」

「うん、検査も時間掛かるやろうし……、確か少し歩くけどスーパーあった気がするし…卵以外にも買うものあるんじゃないかなぁ」

 

 うーん……と腕を組んで考えてみる。……確かに必要なものが結構あった気がする。

 

「ここ、結構本があるみたいやし……私の事は気にせんで大丈夫よ。それにここなら気にしなくてすむから」

 

 ここは病院、車椅子の自分が居ても注目されることは無い。だから私は大丈夫とはやては伝えたかったのだろう。

 

 全く……妹にここまで気を使われてしまったらもう行くしかないじゃないか。

 

「んじゃ行ってくるよ、検査終わるまでには戻ってくるから」

「ゆっくり行ってきてなぁ、この町は景色も綺麗やしきっとお散歩も楽しめると思うんよ」

「そうだな、ちょっくら満喫してくるわ。あ、何かあったらちゃんと携帯に連絡しろよ?」

 

 分かっとるでー、と言ってひらひらと手を振るはやてに見送られ俺は病院を出た。

 

 

 

 

「えーと……卵買っただろ……、鶏肉に玉ねぎもある……あとサラダ用のトマト……」

 

 スーパーを出て買ったものを確認する。ここのスーパーそれなりに手頃な値段だったので色々と買ってしまった。持参しているバッグに納まるとはいえ少しだけ重い。

 

 色々と物色していたので結構長く店には居たがまだ時間に余裕がある。はやてに言った通り少しここいらを満喫して帰ろう。

 

 俺は前世の頃からだが散歩が好きだ。景色を楽しみながら歩くと突然歌詞やメロディが浮かんできたりして作曲活動が捗ったりする。もちろん没となる場合が多いんだけども。

 この世界に来てからまだバンドを組んでいないが、はやてにもう少し家事を覚えてもらったらまた活動を始めたいなとも思っている。時期は……来年は中学生になるしその頃かな。

 俺が曲を作るのをはやてはよく見ており音楽が大好きなのも理解している。はやてが俺に『バンドやったりせぇへんの?』聞いてきたことは一度もない。きっと自分のせいでそういうことが出来ないんだろうと気にしている様子はある。俺は全然思ってないんだけども。

 ただ音楽活動をしたいのはもちろんなので頃合いを見てはやてに伝えようと思っている。ちなみにバンドメンバーはもちろん龍也とリンだ。二人ともまたバンドをやりたいと言ってくれているし俺の事情も理解してくれている。ツヨシは引き篭もりだからバンドをやらないが。

 

「(俺がボーカルでリンがベース……龍也はドラム……後はギターが居ないか……)」

 

 前世ではギターは佐奈がやってくれていた。彼女は性格こそ歪んでしまったもののギターの腕はそれはもう素晴らしかった。その証拠にライブをするとよく他のバンドから声を掛けられていた。俗にいう引き抜きだ。まぁ容姿も良かったし仕方ない話だとは思う。

 だが彼女は『私は先輩一途なんです!』と言って俺に抱き付く、そこまでが定番の流れだった。

 

 そうそう……佐奈と言えば1つ気になることが……。

 

「(なんか……はやてに似てるんだよな……)」

 

 正確にははやてが佐奈に似てきていると言うのが正しいが、そういう問題ではない。

 もしはやてがこのまま成長すれば佐奈の生き写し、そう思えるくらいに二人は似ているのだ。

 この世にはそっくりな人間が3人は存在すると迷信染みた話があるが……、そもそもはやてと佐奈は存在している世界が違う。一体これはどういうことなのだろうか……ただの偶然なのか?

 

「……ん? 公園……?」

 

 知らずのうちに公園に足を踏み入れていたみたいだ。時間は夕方、良い子はもう家に帰っている時間だ。

 

「んー……ここ突っ切って真っすぐ行けば行きと同じ道っぽいな」

 

 ならばとそのまま歩き出す。人気があまりないせいか公園内はとても静かだ。

 

「(……こう静かなとこ歩いてると良いメロディ浮かんできそう。なんかもう後一息って感じ!)」

 

 作曲はこういう時が一番楽しい。あー早くライブやりたい。

 

 そういえばと、さっき佐奈の事を思い出した影響か綾香の事が頭をよぎった。

 たしか綾香と出会ったのは今のはやてぐらいの年齢の頃、ちょうどこんな静かな公園だったな。

 あの時の綾香って確か……。

 

「うぅ……えぅ……」

 

 こんな感じで泣いていたよな…。

 

 

 

 

「……え?」

 

 視線の先で今考えていたであろう綾香が泣いていた……。

 



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第4話『それは運命の出会いなの?』

 これは一体どういうことだ、何が起きている。

 俺はさっきまで考え事をしていた。佐奈の事とか綾香の事とか。

 それにはやてと佐奈が似ていると思っていたりもした。

 でも、なんでだ……?

 

「うぅ……えぅ……」

 

 なんで綾香がここにいるんだ……!?

 

 

 

 

 

 

 side ???

 

 今日も一人、わたしは公園に居る。

 わたしが座っているのはブランコ、隣には誰も居ない。漕ぐ度に吊るしている鎖がギシギシと軋む音を立てる。

 

 いつからだろうか、わたしが一人で公園に来るようになったのは。

 いつからだろうか、家に明るさがなくなったのは。

 いつからだろうか、わたしが良い子にならなければいけなくなったのは。

 いつからだろうか、こんなに寂しい想いをしているのは。

 

 それはきっと……お父さんが入院してからだ。わたしのお父さんはとても危険な仕事をしているとお母さんに聞いたことがある。

 お父さんは凄く強かった。子供のわたしから見てもとてもすごい人なんだという事はわかっていた。

 休みの日には道場でお兄ちゃんとお姉ちゃんが修行をしている。二人とも年齢を考えると凄く強い。それでもコテンパンにされてしまうほどお父さんは強かった。

 

 お父さんが負ける事なんて絶対にないと思っていた。お母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんもそう思っていた。

 

 だからあの日、家に一本の電話が入った時、わたしの家庭は変わってしまった。

 

 お父さんが仕事中に大きな怪我を負ってしまったらしい。

 とてもとても大きな怪我、もしかしたら死んでしまうかも。それを話したお母さんの顔は……今も忘れられない。

 

 それまであった幸せ、あの日から何もかもが変わってしまった……。

 お母さんは店が軌道に乗ってきたタイミングも重なっていたから家に帰ってくるのが遅くなった。

 お兄ちゃんは修行にのめり込んでしまっている。修行をしている時のお兄ちゃんはとても怖くて……わたしには近寄れなかった。

 お姉ちゃんはお母さんの手伝い、お兄ちゃんの無茶な鍛錬を止める。その両方があってとても大変そうだった。

 

 わたしは何もできなかった。家に居たら邪魔になる存在だった。

 みんな優しいからそんなことは言わないけれど、心の中では邪魔だと思われてるんじゃないか、そう感じる日々が続いていた。

 

 だからわたしは思いついた。みんなの邪魔にならないように……誰にも迷惑を掛ける事が無いように……、『良い子になる』と。いつの日かわたしは決めた、そうならなければいけなかった。

 

 良い子にならないとお母さんに迷惑をかけてしまう…お仕事が大変なのに余計な心配をさせてしまう……。

 お兄ちゃんは今より強くなろうとしている、わたしなんかに構えばお兄ちゃんは強くなれなくなっちゃう……。

 今のお母さんとお兄ちゃんを支えているのはお姉ちゃんだ。その中にわたしという存在を加えたら余計な負担を強いることになってしまう。

 

 そんなのは嫌だ……。良い子でないといつか自分は家族から『必要ない存在』になってしまうんじゃないか……そんなことを考えるようになってしまった、それだけは嫌だ……っ。

 

 だから外が明るい間はなるべく家に居ないようにする。日が暮れるまで公園で過ごしてそれから家に帰る。でもあまり遅くなると家族が心配するから気を付けなくてはいけない、家族に迷惑を掛けてはいけない。

 わたしがそう決意したのは最近のこと……、その時からだろうか、時々お母さんたちは悲しそうな顔をする時があったけど……何も言わなかった。きっとお店が大変なせいなんだ……わたしはそう思う事しか出来なかった。

 

 もしお父さんの怪我が治ったら家庭に明るさが、笑顔が戻る。きっと前みたいに明るい家庭に戻ってくれる。

 だからそれまでの我慢、わたしが良い子になっていればいいだけ……それだけなんだ。

 これは必要なことなんだ…。だから我慢しなくちゃいけない。

 

 でも……。

 

「うぅ……」

 

 それでも……。

 

「うぅ…えぅ…」

 

――寂しかった。

 

 お母さんに構ってほしい、優しく頭を撫でてほしい。

 お兄ちゃんとお姉ちゃんに遊んでもらいたい、優しく手をつないでほしい。

 でも……望めない。望んだらいけない。良い子じゃなくなっちゃう。

 だからだめだ、涙を流しちゃだめだ。そう思っても涙は止まらなくてどんどん流れてきた。

 

「……綾香?」

 

だから気づけなかった。誰もいないはずの公園、泣いている私の近くに誰かが近づいてきたことに。

 

 顔をあげるとそこには見たことのない男の人、手には買い物袋を持っている。

 男の人はびっくりといった顔をしていた。

 

「綾香……なのか?」

 

 そう訊いてきた。あやかとは誰の事だろうか? わたしに言っているのだろうか……?

 違う、わたしには『なのは』っていう大好きな両親がつけてくれた名前がある。

 

「わたし……あやかじゃない……」

 

 だからそう答えた。名前は言わなかった。『知らない人に名前を教えちゃいけません』と幼稚園の先生が言っていたから。

 でもこの人は謝るのではなく『よかった……別人だ……』とホッとした表情をしていた。その後に『でも綾香にそっくりだ……どうなってんだ……』って言ってたけど意味がよく分からなかった。

 不思議な人だ、人の名前を間違えたのに安心している。だからちょっぴりだけ興味がでた。

 

「お兄ちゃん…だれ?」

「ああ…俺は慎一っていうんだ。八神慎一。よろしくな」

 

 笑ってそう言った。……この人は迷いもせずわたしに名前を教えた。先生は知らない人に名前を教えちゃいけないって言ってたのにどうしてなのだろう……。

 

「まぁ……その……びっくりしたよね。ごめんごめん」

 

 曰くこの人は病院に戻る最中ここに立ち寄っただけなのだそうだ。散歩が好きらしい。

 ただわたしは病院と聞いたときに軽く俯いてしまった。お父さんの怪我を思い出したから……。

 

「……どうかしたのかい?」

 

 悪気はないのだろう、わたしが傾いたからなんとなく聞いてきただけだと思う。でも聞いてほしくなかった。せっかく止まった涙がまた流れてきちゃうから……。

 

「あ、あの……その……なんだ……うぅむ……」

 

 困った顔をしている。わたしが何も言わないから困らせた……? やっぱりわたしは悪い子なんだ……。涙が止まらなかった。

 

「ふぅ……、前もって言っとく、嫌だったら言ってくれよ」

「……え?」

 

 顔を上げようとすると頭に優しく手を置かれた。お父さんやお兄ちゃんに比べると一回り小さい、けれど暖かく優しい感触だ。

 頭に置かれた手は優しくわたしの頭を撫で始め、やがて歌が聞こえてきた。

 突然歌い始めたことにびっくりしたけれど……それ以上に男の人の歌は優しくて……綺麗で……思わず聞き入ってしまう歌声だった。

 

「(何だろう……この歌?)」

 

 歌には歌詞がなくメロディを口遊んでいるだけ、でもそのメロディは穏やかなトーンでわたしの耳にスーッと入ってくる。

 なんでだろう……悲しくて辛かったのに……この人の歌を聴いていると気持ちが落ち着いてくる……。涙はまだ流れてる、けれど今のわたしにはさっきまでの悲しい気持ちじゃなくて……心がポカポカして元気が出てくる……そんな気持ちが広がっていく。

 

「(……そうだ、この感覚……わたしが望んでいる温かさだ……)」

 

 わたしが今より少し幼いころの……家庭に優しい笑顔が満ち溢れていた頃の、あの時の雰囲気に包まれているような……。            。

 寂しくて夜眠れない時、お母さんが隣で子守歌を歌ってくれた安心した気持ち……。

 お手伝いをしたり、幼稚園で楽しかったことを話した時にお父さんが頭を撫でてくれた嬉しい気持ち……。

 お買い物の帰りにお兄ちゃんとお姉ちゃんが手をつないでくれた優しい気持ち……。

 

 わたしが幸せだったあの頃の気持ちを思い出させてくれる……。

 

 いつの間にか涙は止まっていた。

 

 そんなことよりもっと歌を聞いていたい、もっと撫でて欲しい、わたしの中に欲が広がってくる。

 いつまでも……いつまでもこの安らかな気持ちでいたい、心から安心できる時間があるんだ……っ。

 

 この時間がずっと続いているといいのにな……。そんなことを考えながら歌にひたすら聴き入っていた……。

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 歌が終わって彼は息を吐いた。それと同時に頭から手が離れる。暖かな感触が無くなってしまい『あっ……』と少し声に出たけれど気付かれなかったみたいだ。

 

「その……なんていうか……元気……でた?」

 

 おっかなびっくりと、少し不安な様子でわたしに訊いてきた。

 

 もちろんわたしは……。

 

「うんっ!」

 

 笑顔でそう答えた。

 

 とても素敵な歌だった。さっきまでは悲しみで押し潰されそうだったのに、この人の歌は優しくて暖かくて安心させてくれて……わたしに元気をくれる物だった。

 

「ははっ……、上手くいって良かったよ」

 

『変質者扱いされたらどうしようかと思った』と笑って話した。ちょっとびっくりしたけどもわたしにはとても心地の良い歌だったなぁ……。

 

「それで……、もし君がよかったらでいいんだけどさ、泣いてた理由……知りたいな」

 

 わたしには、既にこの人に対する警戒心は無く……いや、もうこの人というのは失礼だ。『お兄さん』……、うん、これがいい。

 お兄さんは『そこに座ろっか』と、ベンチへわたしの手を引いて歩いていく。手を握られたことに対して驚きもせず、むしろお兄ちゃんとお姉ちゃんに手を引かれているような気分になり、わたしは素直に受け入れた。

 ベンチに座ると、わたしはポツポツと……これまでのことをお兄さんに話し始めた。

 

 

 

「だから……毎日ここで暗くなるまで待ってるの……」

「…………」

 

 どのくらいの時間話しただろうか……、僅かながら周囲は暗さを増してきている。わたしが話している間、お兄さんは顔を背けることなく真剣に聴き入ってくれていた。お兄さんがわたしのことを真剣に想ってくれている……そんな風に捉えることが出来て話し続けることが出来た。

 

「偉いんだね…キミは」

 

 顔を上げると、お兄さんは笑っていた。

 

「普通……キミぐらいの子供はそんなこと考えもせずにさ、家族に『もっと構って』って言うと思うんだ。いや、大人になってもそれが出来ない人もいるな……、それでも『迷惑をかけちゃいけない』って考えが先にあって我慢してる……それってとても凄い事だよ」

「すごい……こと……?」

「うん、キミは凄いんだよ。俺なんかにはとても出来ないと思う」

 

 そんなことない……、凄くなんかない……。

 信じることは出来なかった……。でも……お兄さんが褒めてくれる、なんだかそのことに懐かしさを感じて嬉しくなりつつある自分があった。しかしお兄さんは『だけどね』と付け加えた。

 

「やっぱりキミはまだ子供なんだ。お母さんたちに甘えたりわがまま言ったりしていいと思うけどな」

「……そんなこと……出来ないよ……」

 

 そんなことをしたら……『良い子』になれない。家族に迷惑が掛かっちゃう……っ。

 

「簡単なことだよ、『もっとわたしを見て』これだけ言えばいいんだ、少し勇気を出すだけ」

「……でも」

「話を聞く限り今のキミの家族には大きな壁が出来てる。みんな家族を思うが故に遠慮してしまってる気がする。だからキミがストレートに気持ちをぶつけてごらん? もしかしたらそれで壁が取り払えるかもしれないよ」

「……うぅ……。でも……でもぉ……」

 

 その勇気が振り絞れない。もしこれで迷惑に思われたら……? お母さんたちがそれを気にして今より大変になってしまったら……? それを考えるだけで不安になって悲しくなってくる。これではまるでお兄さんに会う前の時と同じだ……。

 

「キミは……さっき俺の歌を聴いて元気が出た……って言ってくれたよね」

「え……? うん……」

「もし、勇気を振り絞ることが怖いなら……さっきの歌を思い出してほしい」

「お兄さんの歌を……?」

「うん、歌い終わってからのキミの顔は凄く生き生きとしてた。歌った俺としてはすごく嬉しかったよ。だから……この歌はキミに少しの勇気を与えてくれる……そんな気がする」

 

 最後にお兄さんは『自分の歌をここまで推すのも変な話だけどね』と少し自信なさそうに笑った。

 

 今の歌が……わたしに勇気をくれる……? わたしに……できるのかな……。

 でも……お兄さんの話なら……出来そうな気がしてきた、ちょっぴりだけど……。だめだったら……うぅん、そんなことは考えないほうがいい。だから……頑張ってみようかな……。

 

 

「まぁ、それでだめだったらまた『良い子』になればいい。キミにはちゃんと逃げ道があるんだよ」

「えー……」

 

 せっかく決意しかけたのに、それはないよお兄さん……。

 

「……あれ? 今の一言いらなかった?」

「……うん」

「あ…、あははははっ! ごめんごめん」

「もぅ、お兄さん……あはは」

 

 一瞬『やっちまった』って顔をしたけれど、それを誤魔化すようにお兄さんは大きく笑った。わたしにはそれがなんだか可笑しくて……一緒になって笑ってしまった。

 

 

 

 それからはいろんな話をしてくれた。『昔同じように泣いている子が居てね、その時にさっきのを歌ったんだ』『妹もね、この歌好きなんだよ』と色んなことを話してくれる。お兄さんの話はとても楽しくて、わたしはずっと笑っていた気がする。こんなに楽しいのっていつ以来かなぁ……。

 でもさっきからお兄さんは私の事を『キミは』としか呼んでくれない。わたしはお兄さんに名前を呼んでほしかった………あっ!

 

 そうだった、私の名前…まだ言ってなかった。先生の『知らない人に名前を教えちゃいけません』という教えを守って名前を言わなかったんだ……。うぅ……なにやってんだろぅ……。

 こんなに話してくれているのに失礼なことをしたと思う。早く名前言わなきゃ……。

 

「あの、わたしのなまえ―「お、ごめん。電話みたいだ」―……なまえ」

 

 出鼻を挫かれて少し寂しい。

 そんなわたしの想いとは裏腹にお兄さんの表情が『しまったぁ』という顔に変化していって何度も『ごめん』と言っていたけど、どうしたんだろう……。

 

「ごめん! 妹を待たせてるみたいだから俺行くね!」

「あ、なまえ……っ」

 

 こっちを見向きもせずにお兄さんは走って行ってしまった。かなり急いでいたみたいであっという間に公園から居なくなる。

 うぅ、結局名前言えなかった……。

 

「また、会えるかな……」

 

 お兄さんはどうやら隣町に住んでいるらしい。だからきっと会える……いや、会いたい。だから今度会ったらちゃんと名前を伝えよう、今度は逃げられないように……。

 

 それに時間も遅くなってきた、みんなが心配しちゃう。はやくかえらないと……。

 

 それで……今日は勇気を出すんだ。『もっとわたしを見て』って。

 もし上手くいったらお兄さんの事をみんなに話そう。お兄さんの事……みんなに知ってもらいたい。

 

 心なしかいつもより足取りは軽くて寂しい気持ちもなくスッキリした気分でわたしは帰路に着いた。

 



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第5話『ドキドキのツヨシ家』

 

「ほい、それロン」

「ぬわぁー!? しまったぁーっ!!」

「はい、龍也が飛んだね」

「ちくしょう……オレが買い出しかよ……」

「僕コーラね」

「サイダー」

「俺もコーラ、はやてはどうする? ああ、遠慮なんてしなくていいからな」

「え、えと……ほんならオレンジジュースをお願いします……」

「とほほ……」

「あ、ついでにお菓子買ってきて、ポテトチップスのうすしお」

「のりしお」

「俺コンソメな、あ、そういや昼飯まだだったんだ。ついでにマック寄ってハンバーガーとチーズバーガー頼む」

「僕ナゲットよろしくー」

「シェイク」

「てめぇら少しは遠慮しろよ!?」

「あ、あはは……」

 

 

 

 

 時間は少し戻り、俺とはやてはツヨシの家に到着していた。

 

「な、なぁ……兄ちゃん……」

「ん? どした?」

 

 いつも通り隠し場所から門の鍵をとって来て開けようとすると、はやてが恐る恐る聞いてくる。

 

「本当に私がお邪魔してええんかな……?」

 

 心配そうに、いや不安そうにと言うべきか、はやてはチラリと自分の脚に視線を落としながら言った。

 ここまで来てどうしたのかと思ったらそういうことか。大方『私なんかが居ると迷惑じゃ……』と思っていそうな顔である。

 

「大丈夫だって、見ろよこの豪邸。無駄に広いんだから車椅子でもなんともないって」

 

 どこぞの貴族かと思うくらいに馬鹿でかい家、別にお坊ちゃまでもなんでもなくあいつには信じられないくらい金があるのだ。しかもこの豪邸で1人暮らしだ、どんだけー。

 

「そ、そうなんやけどぉ……。それに私邪魔かもしれへんやろ? やっぱり帰ったほうが……」

「朝にも言ったが、向こうがはやても連れて来いって言ってきたんだって。それにはやてが邪魔なわけあるか」

「で、でも~……」

「はいはい、いいから行くぞ」

「兄ちゃんの意地悪ぅーっ!」

 

 心の準備がーとか喚く声を無視して車椅子を押す。後ろに腕を振ってポカポカと叩いてくるがはやての力じゃ全然痛くない。ただ顔に当ててくるので少々邪魔ではあるが気にしない事にした。

 

 さて、何故俺とはやてがツヨシの家に来ているかというとだ。

 先週のツヨシ家での会話が発端だった。

 

 

 

 

『そういえば慎一、はやてちゃん元気?』

 

 ツヨシ家での恒例の集まり。最近は音楽活動を再開するにあたって新曲を作ろうという話になり、現在その制作途中だ。既に4人でいくつかの候補を紹介しそれを選別、細かいパート毎の調整後、3人で合わせて演奏する…ただそれを納得いくまで繰り返す。ちなみにツヨシはバンドメンバーじゃないけど作曲が出来る(忌々しい事にクオリティが高い)。その為ちょくちょく意見を言ったりしてくれる。

 やっと1曲作り終わって休憩タイム、その時の何気ない一言だった。ちなみにツヨシは飽きたのかエロゲを始めていた。

 

『おう元気元気。むしろ有り余ってるくらいだ』

『こないだ料理教え始めたって言ってたよな? あれからどうなんだ?』

『イェア"アァァーーッ!!』

『あー…最初は大変だったな。指切っちゃったり塩と砂糖間違って入れたり』

『わー…なんという漫画でありがちなミス…』

 

 あの時は中々酷かった。―『イェア"アァァーーッ!!』―野菜炒めを作ろうという事で野菜を切ってもらったんだが初っ端から指を傷つけてしまったり、火の勢いが強すぎて少し焦げてしまったり。味付けに塩を入れたつもりが砂糖をいれてしまったり、仕舞には『中和せぇへんと、甘いものには辛いものや!』とか抜かしてわさびを入れだした。もうなんかいろいろとびっくりしたよ、お前フィクションより酷いよと。

 そして出来上がった野菜炒めの見てくれはそれはもうひどいものだった。形は歪で焦げ焦げ。この時点ではやては涙目だった。―『イェア"アァァーーッ!?』―そんで恐る恐る口に入れた時の味はもう…なんともいえない感じ。まさに阿鼻叫喚? もうこの時点のはやては『もうこんなん捨てて……私に料理なんて無理やったんや…ははっ』と、目に光が無くなってた。

 まぁ記念すべきはやての初料理だったわけだから残さずに全部食べ切ったわけだが……完食後はさすがに暫く動けなくなった。

 そんで最初の失敗が堪えたのか、はやては自分で料理を勉強したり、料理中は焦ったりする事もなくなり今では俺が見守りながらなら指示を出さずに簡単な物なら作れるようになった。最初の失敗からすごい進歩だよ、ほんと。

 

『そっかぁ、元気そうにしてるんだね、初めの方は大変だったみたいだし少し気になってたんだよ』

『イェア"アァァーーッ!!』

『お前らには色々と助けられてるからな……はやてが元気に育ってるのもお前らのおかげだよ』

『そうだそうだもっと褒めろ』

『褒美として買い出し行ってこーい』

『うるせぇ!?』

 

 少し褒めればこいつらはこれである。まぁ感謝しているのは事実なんだがな……。もちろん言えばさっきのように言われるので言わない、心の中でだけ感謝しておく。つーかツヨシさっきからうるさい。

 

『……そういえばオレらってはやてちゃんと会った事ないよな』

『そうだったっけ?』

『うん、写真なら何度も見せてもらってるけどね』

『そっかぁ……』

 

 すっかり紹介した気になってた。俺がいつもはやての事を喋りっぱなしなせいかすでに紹介した気になっていた。そうだな……一度こいつらに会わせてみてもいいかな……。でもはやてはあれで案外人見知りだし……『―――っ』おぉう……!?

 

『どうしたのツヨシ、突然立ち上がって』

 

 エロゲをしながら発狂していたツヨシが突然立ち上がる。画面はセックス真っ最中、女声優の喘ぎ声が駄々漏れである……ヘッドフォンしろよ。

 ツヨシを見つめているとやがてゆっくりこっちへ振り向いた。

 

『来週連れて来いよ』

 

 その一声で来週の予定が決まった。

 ……来週エロゲやんなよ? これだけは約束させた。

 

 

 

「うぃーす、来たぞー」

「あ、あの……お邪魔します」

 

 家に入るまであれほど嫌がっていたはやても既に諦めたか大人しく縮こまっている。それどころか俺たち4人がいつも駄弁る部屋へと踏み入れた時はぶるっと震えあがった。よほど緊張しているらしい。

 部屋の中には既に龍也とリンが来ておりオセロをやっていたが、二人とも手を止めてこちらへ向く。

 

「いらっしゃーい」

「遅かったな」

「そうかぁ?」

 

 二人とあいさつをして荷物を置く。外は寒かったのでコートを羽織ってきたが室内は暖房が効いてるおかげで少し暑くなってきた。

 

「はやて上着貸して、一緒に掛けとくから」

「ありがとう兄ちゃん」

 

 あいよ、と返事をして上着を預かる。龍也とリンは椅子から立ち上がりはやてへと寄った。

 

「おぉ、君が噂のはやてちゃんか」

「前に写真で見た時よりも大きくなったねぇ」

「あ、あの……その……っ」

 

 カチコチに固まるはやて。そういや俺とぐらいの年の異性と話す機会とかなかったな……それで緊張してるのか。

 おもしろそうだからこのまま見ていようと思ったが、多分会話進まなくなるな。

 仕方ない……助け舟でも出すか。

 

「妹いじめたら殺す」

「ちょ、いきなり怖っ!?」

「僕たち声かけただけじゃん!?」

 

 割と本気でビビる龍也とリン、あれ……?

 

「いや、冗談だって」

「てめぇ本気の顔してたぞ!!」

「あるぇー……?」

 

 助け船のつもりでジョークを飛ばしたつもりが、結構本気だったみたいで俺自身少し焦る。そんな俺に課されたのは『シスコン』の勲章。解せぬ。

 

「ぷぷ……っ、兄ちゃん達っていつもこんな感じなんか?」

 

 さっきまでガチガチに緊張していたが、俺たちのやりとりを眺めて張っていた気が緩んだのか、可笑しそうに笑っていた。

 

「そうなんだよはやてちゃん、こいついつもはやてちゃんの事ばっかり話しててよ、他に話すことないのかってさ」

「始まりがはやてちゃん、間にはやてちゃん、終わりにはやてちゃん。シスコンもここまでくると尊敬ものだよ」

「おまえら調子乗り過ぎ」

 

 そこまではやての話ばっかりしてるか?

 精々はやてが今日何をした、こんなことを覚えた、俺にプレゼントをくれた、一緒に買い物をした、一緒に寝たとか挙げればきりがないけど大したことじゃないだろ?

 

「シスコンだな」

「シスコンだよ」

「何故だ、てか口に出してねぇ!?」

 

 顔に出ているとの事だった。はやては笑い過ぎて少しむせてた。

 

「こんなシスコンほっといてだ、オレは龍也っていうんだ、よろしくな」

「僕はリンって呼んでね、よろしくねはやてちゃん」

「けほっ……けほっ……、あ、私は八神はやて言います、いつも兄ちゃんがお世話になってます」

 

 シスコンの不名誉はともかく……なんだかんだ無事自己紹介を済ませる、あと男二人は『ほんとお世話してます』とか言わんでよろしい。

 

「この場には居ないけどもう一人ツヨシってのが居るんだよ、今は寝てるけど」

「なんであいつまだ寝てるんだよ」

「朝までオンラインゲームやってたらしいよ」

 

 ツヨシは相変わらずツヨシだった。まだ小6の身体で徹夜でゲームしてていいものなのだろうか……。ただ、居ないものは仕方ないのであいつは起きたら紹介するとしよう。とりあえずいつまでも此処に突っ立ってるのもアレなので4人でゲームをする事にした。

 

「よし、スマブラやるか、4人で出来るし」

「私スマブラ初めてや、上手く出来るかなぁ」

「操作は簡単だよ、あのシスコン狙ってればなんとかなるから」

「みんなでシスコン狩りだな!」

「てめーらぶっ殺す」

 

 わいわいと騒ぎながらスマブラをプレイし俺はフルボッコにされた。そりゃ3対1ですからね。龍也とリンはともかくはやてが『こうやって攻撃するんやな』と言って俺のキャラ攻撃してくるので味方は誰も居なかった、寂しい。

 その後ツヨシも起きてきてトーナメントをやったり、お菓子が尽きてたからい買い出し決めの麻雀をやったり、ツヨシ家を探検してはやてが目を丸くしたりと楽しい時間は過ぎていった。

 

 こうしてゲームを楽しんだ後、龍也から先週の曲作りを少し詰めたいと言う事で俺とリンを引き連れて別室へ向かった。はやてはツヨシにパソコンを弄らせてもらっているらしい。エロゲは絶対やるなよと釘を刺しておくのは忘れない。

 それとはやてにはバンドを始めたいと話して了承をもらうことが出来た。『兄ちゃんが集中できるように私がおうちの事頑張らへんとなぁ』と言ってくれた。本当に良き妹である。

 

 そんなわけで俺たち3人は別室にいる。ここは防音完備の部屋で楽器も機材も全部揃ってる、傍からまるでスタジオかよと言われそうだ、というかもうスタジオだな。これがツヨシ家クオリティなので仕方ない。

 あまりはやてを待たせるわけにもいけないのでさっそく曲作りに取り掛かる。あくまで詰める程度なのでそんなに苦労はしないだろう。

 

 こうして作業を始めてから30分といったところだろうか、ふと龍也が言った。

 

「はやてちゃん……佐奈にそっくりだな」

 

 音が止む、龍也が放った一言に俺とリンの手が自然と止まっていた。

 

「前に写真を見せてもらった時はあまり感じなかったけど……今日会ってさ『あぁ……佐奈だな』って思った」

 

 リンがうんうんと頷く。この間なんとなく疑問に感じていたことだったが、やっぱり2人もそう思っていたようだ。違うのは背丈と名前……あぁ口調も違うな。

 

「今日一緒に遊んでてなんとなく昔を思い出したね…」

 

 それはまだ俺たちが転生する前の頃、あの頃もツヨシの家を拠点に遊び、バンド活動を行っていた。当然バンドメンバーの佐奈もそこには居た。佐奈とはあんな形になってしまったがバンド活動にはとても積極的で人間性も欠点がない程の優しい女の子だった。

 元々ツヨシは超が付く程の人嫌いなのだが、そのツヨシが家に上げるのを許可できるくらいに佐奈は優しい女の子だったのだ。その佐奈も含めて休日はツヨシの家に集まって遊んだり、ライブの打ち合わせや、曲作りをあの頃は行っていた。

 だからツヨシ家に佐奈と瓜二つのはやてが居た事でなんとなく昔の思い出に浸ったりしながら俺たちは曲作りを続けた。

 

 

――結局予定した時間よりかなり掛かってしまったので晩飯はツヨシ家で出前を取る事となり、俺たちが帰路に着くのは夜になってからだった。

 

 

「はぁ……っ、今日は楽しかったなぁ」

 

 ニコニコと嬉しそうな様子のはやて。行く前はあんなに緊張していたのに、3人と打ち解けて帰る頃には『まだ帰りとうない……もっと遊んでたい……』と名残惜しそうな様子だった。

 ちなみにこのセリフを聞いた龍也とリンは『ぐはぁっ』と何かにやられ『これはシスコンでしょうがない』と訳の分からんことを言っており、ツヨシでさえも『……また来いよ』って顔を背けながら言っていた。

 

「兄ちゃんにはあんなに楽しいお友達がおったんやなぁ、羨ましいわぁ」

「いろいろと助けてくれたりもして良い奴らだよ、それに今日からはやても友達だろ?」

「えへへ……そうだと嬉しいなぁ」

「あいつらもそう思ってるさ、また一緒に行こうな」

「うんっ!」

 

 こんなに喜んでもらえるならもっと早く連れてきてやればよかったなぁと思いつつ、俺たちは今日の出来事を振り返りながら帰路へ着いた。

 




人物紹介
八神慎一
主人公、前世において綾香に殺害され転生をする。
夢は音楽活動で暮らしていくこと。時々授業がめんどくさくなりサボったりする。
妹にはやてがおり二人暮らしをしている。動物がものすごく苦手。


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第6話『これを誕プレとは認めない認めたくない』

 

――6月某日

 

 はやてを連れてツヨシ家への訪問したあの日からいくつかの月日が経ち、俺は中学生となった。

 進学先は普通の公立校、近くに私立の聖祥中があるが金掛かるしわざわざ私立に通いたいとも思わないので小学校同様に公立校へと進学した、ちなみに友人3人も同じ進学先である、ツヨシは相変わらず引き篭もりだけど。

 はやてはどうしているのかって? はやてはその……脚が悪く車椅子での登校が大変という事もあって通信制の小学校に身を置いているので学校へは通っていない。本当なら小学校に通って同世代の友達をたくさん作ってほしいんだが……まだ理解力の少ない小学校では車椅子のはやてはいじめに合うんじゃないかと考えこういう結論に至った。

 そもそもはやてをいじめようとした時点で俺はもちろん友人たちも黙っちゃいないだろう、ツヨシなんかは謎の力でその一家丸々葬り去りそうな気もする。それくらいはやては愛されているのだ。ちなみに当のはやてさん、『私には兄ちゃんたちがおるから寂しくないよ』と笑顔で話され、この一言に俺たち4人が『はやてぇっ!』『可愛えぇっ』『天使だ』『やばい』となったのは恒例である。

 

 そんなこんなで中学校生活を送る事数ヵ月、いつもは午後も授業なのだが今日は素晴らしい午前授業。いつもより早く学校を終えた俺たちは特に変わらずいつも通りツヨシの家に集まっていた。

 

「今日も授業だるかったな」

「なにがだるいだよ、慎一は授業ふけてたじゃん」

「今日やった範囲で明日小テストやるってよ、ざまぁ」

「ちょ……まって範囲教えて!?」

「ばーかばーか」

「授業サボるのがいけないんだよ、そもそもサボるくらいなら何しに来たのさ」

「だってだるいじゃん……」

「授業サボるなよ」

「「「お前は学校来いよ!!」」」

 

 3人の声が部屋内に響き渡るがツヨシは意に介さず自室へと戻っていった。そもそもこの男始業式以降学校に来ていない。小学校時代は始業式と終業式にだけ出席するという偉業を成し遂げているので今更だがな。

 ちなみに俺も不定期ながら授業をサボることが多い。ちょっとね、めんどくさいからね、仕方ないね。

 これがはやての耳に入ったら大変なことになりそうだ。こいつらが告げ口をしないことを祈るばかりである。

 

「あ、そうそう……、慎一の誕生日プレゼント用意したよ」

 

 『どこやったかなー』と別室に引っ込むリン。『あ、オレもだ』と龍也も続く。いやいや用意したってのにそのセリフはどうなんだ? 前後のセリフが一致してないぞ……。

 

 そうなんですよ、先日6月4日で俺は14歳の誕生日を迎えたんです。ちなみになんとはやても7歳になった。実は俺たち同じ誕生日に生まれるっていう変な共通点があるんですよ。まぁ、それは置いといてだ、先日この家で誕生日会を行ったのだがこの友人共はやての誕生日プレゼントに夢中で俺の分を用意していないと抜かしたのである。しかも3人揃って『はやてちゃんのが大事だし……』との事だ、気持ちはわかるけどな!

 というわけで俺の分は後日渡すという事になっていたのだが、どうやら今日貰えるらしい。何をくれるのか少し楽しみだったりする。

 ワクワクしながら待っていると二人が戻ってきた。まずはリンからくれるようで歩みを進める。

 ……手には何だ? 黒い物を握ってるな…。

 

「はいこれ」

「……なにこれ?」

「スタンガン」

「スタンガン!?」

 

 もらってびっくり。

 え、なんで、どういう流れでスタンガンを貰うの!?

 

「ほら、この間テレビの特集でさ、昔女の子が誘拐されて殺されたっていう番組やってたじゃない?」

「はい……? あぁ、あれね」

 

 そういえばそんな番組もあったな。俺たちが生まれる数十年も前の事件で一緒に観ていたはやてが『こわいなぁ……』と手を握ってきたのを覚えてる。怖がっていたので『はやては俺が守るよ』と少しくさいけどもはやてを元気づけようとしたら『兄ちゃんがおれば安心やね』と返され『ぐはぁっ!』となったのは言うまでもない。

 

「それでさ、はやてちゃんて車椅子でしょ? もし誘拐されそうになった時とか危ない奴に襲われた時に携帯用で必要かなって」

「あぁ、なるほど、はやてにね……ん?」

「しかも見てよこれ、意外と小さくて軽いんだけど威力は凄いんだよ。ゴロツキ程度なら余裕で気絶させられる威力はあるんだ」

「お、おぅ……」

 

 あれ、何かおかしくないか……?

 

「オレからはこれな」

「……これは?」

「ねずみ花火」

「……なんで?」

「変な奴が近くに寄って来る前にこいつで迎撃するんだよ、これで失敗しても次にスタンガンあれば安心だろ? それにこれ特注品でさ、この黒い線を引っこ抜けば自然に発火して使えるから火がいらないんだぜ!」

「お、おぅ、そうだな」

 

 そうだな、はやてには必要になるかもしれないか……。俺もこれからバンド活動始めたりするし、はやても一人で外出する機会が増えてくるだろうし……うん。

 

 あの、ところで……?

 

「俺の誕プレは……?」

「だからそれ」

「スタンガンとねずみ花火……」

「うん、はやてちゃんに渡しておいて?」

「おかしくない!?」

 

 おかしいよな! 絶対おかしいよな!?

 これって俺へのプレゼントじゃなくてはやてへのプレゼントだよな!?

 

「お前に渡したんだから慎一へのプレゼントだろ」

「でもこれはやてに渡すんだよな?」

「お前が持っててどうすんだよそんなの」

「おかしいぞ、絶対におかしいぞ」

 

 『何もおかしくないじゃんよー』と言ってむくれる二人、え、なんでだ……、俺がおかしいのか……?

 俺が頭を抱えていると先程部屋へと戻っていたツヨシが出てくる、何故か自転車を押して。

 

「誕プレ」

 

 ツヨシは自転車のハンドルを俺に握らせ、もう用はないとばかりに背を向けた。そのまま歩みを進めてパソコンの前に座り何事もなかったかのようにエロゲを起動した。

 ツヨシぃ……お前って奴は……っ。

 

「おー自転車じゃん。いいなこれ」

「へぇー、いいなぁ慎一。少し乗らせてよ」

「うるせぇ、触んな馬鹿野郎ども」

 

 『えー、ケチっ』『ぶーぶー』と挙がる声を無視する。

 この瞬間、ツヨシ>お前ら二人の構図は出来上がったんだ。文句があるならプレゼントを選び直しやがれ馬鹿どもめ!

 

「(あれってこないだツヨシが申し込んでた懸賞のやつだよね……)」

「(ツヨシはっきりと『いらね』って言ってたよな)」

「(そもそもツヨシ引き篭もりだから外に出ないしねぇ)」

「(つまりツヨシにとっては『ごみ処分』みたいなもんだな……)」

 

 二人が何か言っているが気にしない。よっしゃ、これでさっそく出掛けるとしよう!!

 ツヨシに礼を言って俺は散策へと出たのだった。

 

 

 

――海鳴市は自然豊かな町だ。

 

 これは海鳴市に来た人々が口をそろえて言う感想。

 緑豊かな街並み、透き通るような青さの海、そして海鳴市には表現できないような優しさや安らぎが存在する雰囲気がある。

 昨年だったか、はやての診察の付き添いで病院近辺の散策をしただけの俺も同じような感想を持っている。あの時の俺は買い物ついでという事だったがいつかゆっくりと回ってみたいと思っていた。幸い今日は自転車が手に入り行動範囲がグンと広がったので思い切り満喫しよう。先程はやてが夕食の買い出しと仕込みは今日は自分がやるとメールを貰いその分の時間もある。そうだ、どうせ海鳴市を回るなら最後に翠屋でお土産でも買って帰ろう、はやてが喜ぶはずだ。

 

 そうだ、1年前の事といえば、あの子……あれ以降どうしてるかな?

 

 昨年散策をしていた時に出会った『綾香』に瓜二つの少女……あの子の事をふと思い出した。

 泣いている彼女を慰めようとして俺は歌ったんだったな。今思えば『いきなり歌いだすなんてこいつ大丈夫か?』と捉えられそうな行動である。

 あの時の行動は、俺が『綾香』と初めて出会った時と同じだったな。

 

 綾香と俺が出会ったのはあれぐらい小さい頃で同じように公園だった。その頃の俺は両親や幼稚園の先生から歌を褒められたこともあり『将来は歌手になるんだ!』と夢を持っていた。とにかく歌うことが大好きでご近所さんには『あ、また歌ってる』と度々目撃情報があったらしい。

 だからあの日も公園で歌うかなと思って来たんだ。そこで出会ったのが泣きじゃくる綾香だった。

 

『君はどうして泣いているの?』

『うっ……あぅ……』

『お、おーい……』

『うえぇぇーーんっ!』

 

 今思うとあの時の綾香は大声をあげて泣いていたがあの時の彼女は人目を気にし誰にも迷惑にならないように静かに泣いていたな。

 結局何を聞いても泣くだけでどうしようもなかったので何をとち狂ったのか俺は歌い始めたんだ。歌ったのは歌詞もなくメロディは自分で思うがままにその場で考えたものだった。今思うとあれが俺の人生初めての作曲だったのかもしれない。

 それを歌いきった結果彼女は泣き止み、何故かもっと歌ってほしいとせがんできて結局兄の龍也が探しにくるまで歌ってたんだったな……。

 後日、綾香に聞いたとことによると泣いていた理由は、深い理由があるわけでもなく両親と喧嘩をしたそうだ、それで家を飛び出してきたけど一人になった公園で不安になって泣いてしまったらしい。なんとも子供らしい理由だ。

 

 公園で泣いている、顔だちがそっくり、歌って慰める。

 3つも綾香と共通している。彼女本当は綾香だったりするんじゃないだろうか?

 でも違うって言ってたしな……、というか俺って彼女の名前知らないんだよな。歌い終わった後なんか喋ろうとしてたけどはやてから『検査終わったのに兄ちゃんどこにおるん……?』と電話越しで若干涙ぐんでたから急いで病院に戻ったんだよなぁ。

 あの子とはあれ以来会っていない、あの辺寄ったりすることもないし当然と言えば当然か……。

 

 『佐奈』にそっくりな『はやて』、『綾香』にそっくりな『少女』……。

 もし今度会うならエミーにそっくりな女の子か……?

 いやいやいや、そんなにそっくりな人間が続いてたまるかっての……あれ?

 

「ここ……どこだ?」

 

 いつのまにかだいぶ拓けた所に来ていた。どうやら町外れまで来てしまったらしい。

 あぶないあぶない、夢中で走ってた。事故ったりしなくてよかった……。

 

「来た道戻るかなぁ……うん?」

 

 前方半キロくらいに、なんか訳アリっぽいというか、壊れた建物がある……。ああいうのって廃墟というんだっけ? 取り壊し中に問題でも起きて工事でも中止したのか?

 

 さて、どうするか。状況は考え事していたらいつの間にか廃墟が近くにある。

 

 うん、これは行くっきゃない!

 

 

 だがこの時の俺にはまだわからなかった。

 この廃墟に潜んでいた悪意に。

 そしてついでに受け取ったプレゼントが思わぬ役に立つことに……。

 




人物紹介
龍也
前世では妹の綾香に殺害される。
綾香を溺愛しているシスコン。でも慎一と綾香が付き合う場合には反対しないつもりだった。
バイトが趣味で様々なバイトに手を出す。バンドではドラム担当。


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第7話『恐怖と勇気』

 

「うわぁ……まさに廃墟っていった感じだな」

 

 考え事しながら自転車を運転するという、一歩間違えば大事故につながりかねないアホなことを侵していた俺は偶然にも訳アリっぽい建物を見つけ、その場の謎ノリで廃墟へと入っていた。

 廃墟の中はとても暗くなんとなく不気味な感じして中々良い。明かりがないと進めないし、この暗さのせいか建物内はなんとなくひんやりとしている。

 そうだ、今度の夏休みにはここで肝試しでもしよう。雰囲気が出すぎてたぶん滅茶苦茶怖いと思うし今から楽しみだ。

 そうと決まればここの存在をみんなに教えとかないとな、龍也なんかすごくビビりだし下見で来るだけでもあいつには怖くてたまらなさそうだ。この建物夜になったら本物のお化けが出そうだし龍也は『ぎゃあぁぁっ!』って飛び上がりそう。

 リンとふつうにびっくりするくらいだろうか、ツヨシは……無反応っぽい。はやてはどうだろう……、あんまり家でホラーものとかそういうの見ないけど。まぁ、人並み程度には苦手そうかなぁ。

 

 それにしても暗いなここ……、スマホのライトを当てにしないと怖くて進めんぞ……。

 

 と、大体こういう事を思っているとフラグは回収されるもので。パッと先程まで照らしていたものが何も見えなくなる。あ、電池切れた。嘘だろおい……っ。

 

 そういえば昨日充電するの忘れてたっけ……。そんで授業中も屋上で昼寝してサボってる時に音楽聞いてたから……うん、当然電池尽きるわ。

 まぁ、切れてしまったものは仕方ないか、あきらめてスマホをポケットにしまい歩き出す。

 

「お、なんか明かりあるぞ……、広間か何かかな……ん?」

 

 見えていたものが急に見えなくなったので正直滅茶苦茶怖かったのが助かった。

 しかしどうやら先客がいるみたいだ、人の気配がする。

 

 ……こういう所にある人の気配って大抵碌な人間ではないので……もしかして不良とか暴走族か?

 

 嫌だなぁ、そういう奴の溜まり場だったりするのかなぁ此処。こういう人種とは関わり合いたくないから確認だけしたら帰ろうかなぁ……。

 しかしこうなってしまうと肝試しの話はおじゃんだな……残念。……何故か龍也のホッとしたような顔が頭に浮かぶ。

 諦め半分で壁沿いに様子を観察する。

 

 しかしそこに居たのは予想だにしなかった人種だった。

 

「へへっ、これで俺たちも大金持ちだな」

「まさか社長の娘が一人で歩いてるなんてねぇ、ツイてるぜ」

「社長の奴必死だったっすね。『娘に手を出さないでくれ! 頼む』って!」

 

 見るからに『俺たち悪です』と見えそうな風貌の男3人がなんか話してる。

 会話の話から察するにもしかしてこれって……?

 

 いや、待て決めつけるのは早い、こういうのは大抵居るはずだ……『人質』が。

 よぉく目を凝らして奥を見る。『頼むから違ってくれ』と願いながら。

 

 しかし残念ながら奥の方にある簡易式のベッドを発見、その上にはもちろん人質が……。

 

「(い、いや、まだだっ、諦めるな俺っ)」

「アニキぃ、このガキ目ぇ覚めないっすね」

「(だあぁぁーーっ、びんごおぉぉーーっ!!)」

 

 や、やっぱりこれ……誘拐だっ!!

 

「(ど、どうしよう、やっぱりこういう時って通報だよな……?)」

 

 初めて誘拐なんてものを目の当たりにしたせいか手が震える。

 えーと、110……あぁっ!!

 

「(しまったぁ……っ、スマホの電池尽きてたぁ……っ)」

 

 肝心な時に限って電池が尽きている。なんでだぁーーっ!! こういう時にぃーーっ!!

 ※理由は自覚している。

 

「……んっ……あれ……?」

 

 俺が頭を抱えている中、人質となっている少女が目を覚ました。

 

「あれ、私……なんで……?」

「よーう、お目覚めかいお嬢様ぁ」

「ひっ!? だ、誰なのアンタたち……っ」

 

 少女が目を覚ましたのに気付いた3人の男たちが少女に寄っていく。少女の方は急な事態に混乱をしているんだろう、挙動が不審だ。

 

「お嬢様は俺たちの事を知らねぇよなぁ、俺たちはお前のパパの会社の元社員だ」

「パ、パパの……?」

「そうなんだよ、おめぇのパパのなぁっ!!」

「きゃっ!!」

 

 パチィンと乾いた音が響く、アイツ、女の子に平手打ちしやがった……っ。

 男の方は怒りによって興奮しているのか鬼気迫る顔で女の子の胸倉をつかむ。リーダー格の男の様子の変わり具合に手下みたいな男が慌てて止めに入る。

 

「お、落ち着いてくだせぇアニキ!!」

「うるせぇ! てめぇの親のせいで俺たちは……っ、俺たちはクビになったんだよ!! 何が『成果のない社員など不要だ』だ!! 少し失敗したくらいでふざけんじゃねぇ!!」

「ひぅ……っ」

 

 怒り狂う男の様子に女の子が後ずさる。しかしベッド柵がすぐ近くにありその行為も無駄に終わってしまう。

 リーダー格の男が興奮して今にも殺しそうな勢いの為手下が後ろから抱えて静止している。すると今まで黙っていたもう一人の男が口を開いた。

 

「だからな、俺たちは社長に復讐しようと思ったんだ。そしたらお前が偶然にも一人で出歩いてるじゃないか」

「……っ、そうだ……私、家を飛び出て……」

「そりゃ、不幸なこったな、お前はちょうど良い駒だったんでな、誘拐させてもらった」

 

 『SP共を振り切るのが面倒だったけどな』と言ってゲラゲラと笑う。女の子の方は自分が攫われた経緯を思い出したのかガタガタと震えだした。

 

「ハァ……ハァ……っ、だからお前を人質にお前の親に10億円要求させてもらったぜ」

「な……っ10億円なんて……っ」

「子供一人に10億円なんて安いだろ? それに相手はあのバニングスグループの社長だ、出せない金額じゃないさ。……もっとも」

 

 『お前を開放する気なんてないけどな』といった所で男の目つきが変わる。

 ……っ、あれはさっきまでの怒り狂ってた顔じゃない、『オンナ』を見る『オトコ』の目だ……まずいっ。

 

「俺は餓鬼なんか興味ないが……お前は違うなぁ、犯し甲斐がありそうだなぁ」

「ひ……っ!? いや……やめて……こないで……っ」

「おい、ちゃんとカメラ回しとけよ、後で社長に犯される娘を見せるんだ」

「へい! 任せてください!  あのぉ……アニキたち? ちゃんとおれにもヤラせてくださいよ……?」

「ああ、いいぞ。まぁ、お前に回る頃には壊れてるかもしれないけどな」

「ははっ、アニキたち鬼畜ぅ!」

「や、やだ……いやだ……っ!!」

「オラっ、暴れるんじゃねぇ!」

 

 リーダー格の男が女の子の服に手を掛ける。やばい、このままだと女の子が犯される……っ。

 くそ……っ、どうしたらいい!? 今から助けを呼びに行けたとしても自転車で町まで往復30分は掛かる。そこから警察が来るとしても遅すぎる……。

 

「い、いや……っ!? やめて……っ! 触らないでぇっ!」

「ハッ、所詮は餓鬼の身体か、貧相なもんだな」

「社長夫人て結構いい身体してたしこいつも成長すれば中々の上玉だろうな」

「まぁ、ヤリ尽くした後は殺すんだけどな、残念だねぇ」

 

 そうこう考えているうちに女の子の服が破り捨てられている。もうだめだ、時間がない。

 

 覚悟を決めろ……、俺が……、俺が助けるしかない!!

 

 こんな状況生まれて初めてだし怖くてしょうがない。

 けれど、はやてと変わらないくらいの女の子が汚されそうになっているんだ。ここで動かなきゃ一生俺は後悔する……っ。

 

 俺は近くにあった拳くらいの石を後ろにある窓に向かって思いっきり投げる。

 放った石は窓に当たり、大きな音を立ててガラスが砕ける。

 

「な、なんだ!?」

 

 女の子の身体を押さえつけていた手が止まる。

 よし、ひとまず気をそらすことに成功だ。

 

「おい、お前見て来い」

「う、うす」

 

 カメラを回していた手下がこっちへ歩いてくる。俺は物陰に身を隠して奴がこっちへ来るのを待つ。そしてリンから受け取ったスタンガンのスイッチを……いや、まだだ、まだ武器は見せてはいけない。

 

 手下がゆっくりと確実に近づいてくる。手には何もない、大丈夫だ……やれる。

 靴音がどんどん大きくなり奴との距離が縮まる。頭の中でシミュレーションを何度も繰り返す。もう戻れない、失敗は許されない。

 

 手下は俺が隠れる物陰の所に来る。左を見て次に右を向いた時に……目が合った!

 

「な、なんだてめ……っ」

 

 言い終える前に胸倉を右手で掴み引き寄せる。手下は完全に油断していたのか身体に力があまり入っていない。

 

「うおおぉぉっ!」

 

 右手で引き寄せている手下の胸倉を放り投げるように後ろへ放り、同時に左手で手下の後頭部を掴んで壁に叩きつける。

 渾身の力を込めて叩きつけた。手下は頭を打ち付けられたことにより脳震盪を起こし倒れ……気を失った。

 

「て、てめぇ!! 一体誰だ!!」

 

 リーダー格の男が吠える……いやもうAでいい、めんどくさい。

 そしてAは既にズボンを下ろして手にペニスを握っていた。……気色悪いものを見せんなクソが。

 

「餓鬼がいっちょまえにヒーロー気取りか、ふざけやがって」

 

 女の子を抑え込んでいた方の男……Bがこちらへ駆けてくる。

 ヒーロー気取りだ? 気取りじゃねぇ、俺は今ヒーローにならなきゃいけねぇんだよ!!

 

 龍也からもらったねずみ花火を放とうとポケットに手を入れる。だがその時に見えた……。Bの手には……ナイフ。

 

『これで……邪魔者はみんな居なくなったよ?』

『ねぇ……何か言ってよ慎一君』

 

「……っ」

 

 ナイフを目にしてあの日の光景が蘇る。

 殺された……綾香に胸を貫かれたあの時の光景が……。

 

「は……っ、はぁ……っ!」

 

 身がたじろぎ上手く呼吸ができない……。やばい……っ、このままだと殺られる……っ!?

 Bとの距離が詰まってくる、だめだ、早く投げないと……。動け、動いてくれ俺の身体……!!

 

『死んじゃえ』

 

 だめだ……いやだ、こわい……っ、ナイフが……殺され……っ!?――

 

「助けてぇーっ!! おにいさぁーーん!!」

 

 その時張り叫ぶ少女の声が聞こえた。

 突然誘拐され、見知らぬ男相手に怖いだろうに、今まさに犯される直前だったのに勇気を出して声を振り絞って俺に助けを求めてくれた。

 

 なにやってんだ俺は! 覚悟を決めたんじゃなかったのか!?

 あの子は、あんなに怖いのに勇気を振り絞ってくれたんだ。俺がビビッてどうするんだ!?

 

 ポケットからネズミ花火取り線を外して、投げる。

 放たれたネズミは弾け耳が避けそうな爆音を立てる。室内だから音が反響してより響く。

 

「ぐあぁ……っ」

 

 走ってきていたBがネズミに耳をやられよろめく、今だ……っ。

 Bのもとに駆ける。Bはまだナイフを握ってはいるが、大丈夫だ、もう怖くない。

 

「はあぁぁっ!!」

 

 リンから受け取ったスタンガンをONにしBの身体に押し付ける。身体に反応したスタンガンがけたたましい音を立てる。

 

「ぐああぁぁぁぁっ!?」

『意外と小さくて軽いんだけど威力は凄いんだよ。ゴロツキ程度なら余裕で気絶させられる威力はあるんだ』

 

 リンの言う通り申し分ない威力だ。Bは泡を吹かせ白目を向いて気絶した。

 

 あとは……Aだけだ。

 

「ひ……ひぃ……!?」

 

 未だ汚いものを露出させたまま、男はよろめき倒れた。まだヤる気があるのかギンギンに反り経っている。興奮剤でも使用したのか、気持ち悪い奴め。

 

「そ、そうだ、お前にも分け前をやろう……ご、5億だ!」

「…………」

「な、なんなら7億……いや、10億全部持ってってもいい!!」

「…………」

「こ、この女もやろうっ、だから頼む、勘弁してく――」

「ふんっ!!」

 

 Aの股間を思い切り踏み潰した。二度とモノが使えなくなるくらいに力を込めて。

 

「ぎゃああああぁぁぁぁ……っ」

 

 想像を絶する痛みだろう、ガクガク震え泣き叫びAは気絶した。

 

 これで……全部終わった……。

 

 女の子の方へ向き直る。さっきの会話でもあったがお嬢様なのだろう……。とても綺麗な金髪だ。

 ただ、無残にも服が破かれている。残っている衣類がほとんど意味をなしていない。

 

「もう……大丈夫だよ」

 

 声を掛ける。怖がらせないように、優しく。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 お礼を言ってくれるが恐怖が抜けきっていないのだろう。顔がこわばっているし何より……。

 

「あ、あれ……?」

 

 俺が1歩近寄ると彼女が後ろへ後ずさる。

 

「あ、あれ、おかしいな……なんで?」

 

 もう1歩足を踏み出すと同時にまた後ずさる。

 

「助けてもらったのに……なんで……なんでっ!?」

 

 わなわなと震える。まるでこんなの自分の身体じゃない。そう訴えるように。

 

「……っ」

 

 もう、見ていられなかった。

 

「ひゃぁっ……」

 

 彼女が逃げるより早く、抱きしめた。

 抱きしめた彼女はガクガクと震え歯がカチカチと鳴っている。背中には爪が立てられ肉に食い込む。痛いがそんなの気にしている場合じゃない。

 

「う……っ、うぅ……っ」

 

 押し殺すように声を出す、それでも泣くのを我慢しているように感じた。

 

「大丈夫……大丈夫……もう……怖くないよ」

「……っ」

「悪い奴はみんなやっつけた。俺は、君を傷つけない」

「……うんっ」

 

 震えは止まらないが身を預けてくれている。だから彼女の震えが止まるまで、俺は頭を撫でながら抱きしめ続けた。

 

 そうして抱きしめ続けること5分くらいだろうか、徐々に彼女の震えが収まって来た。

 

「(間に合ってよかったな……)」

 

 これで突然出くわした誘拐劇は終わった……。

 

 

 

 

 

「………っ」

 

 

 

 

 

 

 ……はずだった。

 

 

 

 

 

 

「しねええぇぇーーっ!!」

「っ!?」

 

 股間を踏み潰し気絶していたはずのAが起き上がっておりナイフを構えていた。

 彼女を抱きしめるためしゃがみこんでいるため反応が遅くなった。なによりAに気付いた彼女がまた怯え俺を離さなかった。

 

「うおおおぉぉーーーーっ!!」

「(くそ……っ、彼女だけでも、守らないと……っ!)」

 

 最後の最後で油断をしていた。最後まできっちりスタンガンで止めをさしておけば……っ。

 込み上がる後悔、何より回復しつつあった彼女をまた怯えさせるのが本当に悔しかった。

 

 振り降ろされるナイフ。と同時に閃光が駆けた。

 

 何が起きたのかは全く分からなかった。けれど目は閉じなかった。だから見えた……Aが斬り崩されるのを。

 

「が……あがぁ……っ」

「……?」

 

 Aが倒れたその後ろに立っていたのは剣士だった。

 

「よく……時間を稼いでくれた」

 

 剣を鞘に納めながら男は言った。

 その一言に俺は心から安堵した、これで終わったのだと。この男が何者なのかはわからないが……きっと大丈夫なはずだ。

 勝手ながら確信して俺は彼女を再び落ち着けるように髪を撫で続けた。

 

 




人物紹介
リン
前世ではエミーの弟、こちらもシスコンらしいが3人を止めに入った際エミーに殺された。
勉強がとても得意。名前と容姿で勘違いされがちだが幼少期から日本に住んでいるので日本語がペラペラ。
実は結構モテているが、彼女は居ない為ホモ疑惑を受けている(噂は知らない)。


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第8話『全てが終わった』

 まるでフィクションのような…いやお前の存在がフィクションだよって突っ込みはいいから、たしかに前世の記憶とか持ってるけどさ。

 ともかく、あの出来事から1時間弱といった所だろうか……、俺は豪邸に居た。

 

 この豪邸とはツヨシの引き篭もり大空間のことではなくマジな富豪の豪邸である。

 

 入ってすぐにVIP室とやらに通された。案内してくれた執事さんが『此方でお待ちくださいませ』って言ってたけどソファとか凄いふかふかそうだよぉ、テーブルとか窓がピカピカだよぉ、落ち着かないよぉ……。

 

「ははっ、そんなに緊張しなくても大丈夫さ。君は英雄なんだからな」

 

 緊張しっぱなしの俺が可笑しく見えているのか笑う男性。顔がザ・イケメンで立ち姿も笑い顔も整っている。

 この人は名前を『高町恭也』というらしい。この恭也さんは最後のあの場面……完全に終わったと思って油断しきってた俺を助けてくれた人だった。一緒にこのVIP室に案内されたのだが、俺と違って全く緊張した様子はない、慣れてるんだろうか?

 

「いや、英雄だなんて大げさな……」

「大げさなんてことはない、君が居なかったらアリサちゃんは最悪の事態になってたかもしれないからな」

 

 最悪の事態……それはもちろん彼女の身体は汚され、もしこの人が間に合わなかったら殺されていたかもしれなかったんだ。

 思わず手に力が籠る。もし俺が気付いていなかったら……? 背筋がゾッとした。

 

 だが、俺の心情に察してくれたのか肩に優しく手を置いてくれて。

 

「そんな未来はもう消えたんだ。君が、あの子を助けたんだ」

「は、ははは……」

 

 急に力が抜けてソファに座り込む。あの子はうちのはやてと変わらない歳だろう。そんな子が酷い目に合うのは許せないし、場面に居合わせたおかげで食い止められたのはよかったけど……だめだな、やっぱり思い出すだけで怖かったなぁ……。

 でもあの子の方がもっと怖い想いをしてたんだと思うと、俺はしっかりしてなきゃなと思うんだけども、その反面足に力が入らなかった。

 

「なんだ、今になって震えているのか?」

「ま、まぁ……昔のトラウマを思い出したというかなんというか……」

「……君は一体どんな人生を送っているんだ?」

「は、はは……今のは忘れてください。とにかく怖かったんで……」

 

 俺が何よりも怖かったのはBが持っていたナイフだった。ナイフを見るとどうしてもあの時を思い出すから……。

 あの子があの時声を張り上げてくれなかったらあそこで俺は終わってたかもしれないし……。

 

「……君の怯えはどうやら別にありそうだな。ただそれは一旦置いておこう、お待ちかねの人が来たぞ」

 

 恭也さんが扉へと視線を向けると、同時に扉がコンコン、とノックされた。

 ……なんでわかったんだ? すげぇ……。

 

 とりあえずノックをされたので何も言わないのは失礼と思いソファから立ち上がって『あ、はい』と返事をする。おもわず『あ、』と言ってしまったのはどもっただけだ、文句あっか!

 

 入ってきたのは二人の男性だった。一人は先程俺と恭弥さんを案内してくれた執事さん、そんでもう一人は結構大柄な人だ……なんかどこかで見覚えがあるような。

 

「お待たせして済まない、私はデビット・バニングス。助けてもらった娘の父です」

 

 ん……? デビット・バニングス? あ、見覚えがあると思ったらテレビとか新聞で見たことがあったんだ!

 え、ということはここってあのバニングスグループ社長の家なの!? バニングスグループって世界有数の大企業じゃん!! しかも誘拐されてた子はこの社長さんの娘さん!? ご令嬢様!?

 事の重大さを改めて知った俺は頭の中がパニックになった。『あわわ……』と変な声を漏らしてしまう。

 恭也さんは俺がパニックになっているのを気づいたようで『今更か?』と視線を送ってくる。知りませんでしたよ! てか教えてくださいよ恭也さん。

 しかし社長さん、デビットさんは俺の様子が変わったことに気づくことなく話を続けた。

 

「キミたちには感謝してもしきれない……。なんとお礼を言っていいことか……」

「それは俺よりこちらの少年に言ってやってください。彼が行動を起こしていなかったらこの結果にはならなかった」

「そうだったのか……いや、だが恭也君、キミにももちろん感謝している。月村さんとの縁がなければキミの力を借りることは出来なかった」

「いえ、とんでもありません。俺は彼が戦っている音を出してくれなかったら気付くことが出来ませんでしたから」

 

 そう言い切って俺に目を向ける。恭弥さんがこっちに向いた為にデビットさんと執事さんも俺の方へ向く。あ、あの……まだ頭の中がごちゃごちゃして……って、恭也さん『ほら、お前の番だ』な感じで顎で促すの止めてくれませんかね!?

 

「い、いやぁ……俺は偶然居合わせただけで……ただ、女の子が酷い目にあうのが嫌だって思ってそれで……」

「……キミの勇敢な想いが娘を救ってくれたのか……っ」

「あ、いやそんな大層なことではなく……」

「ありがとう……本当にありがとう……」

 

 俺の言葉が届いているのかいないのか……届いてないな。デビットさんは言葉を詰まらせ鼻を啜り始めるし執事さんもつられてハンカチで目を拭い始めたよ……。

 

 その後、涙を拭い終わって救出の経緯を話し始めるとまた感動して泣き始めるデビットさんと執事さん。このオッサンたち涙脆すぎないか!?

 こうして説明を再開するたびオッサンたち二人は泣き出すので俺の方もいつの間にか頭の中も落ち着いていつもの調子を取り戻した。

 

 まぁ、娘があんな酷い目に合ったんだからそれに涙するってことは本当に娘を想っている良い父親ってことなんだけれども、ちょっと疲れたな……。

 

 そうして説明を終える頃には実に1時間近く時間が経過していた。恭弥さんは途中からソファーに座っている、助け舟出してくださいよ……。

 ずっと喋り続けていたからのどが乾いた。だから『あー、のど乾いたなぁ』と思っていたら『こちらをどうぞ』と執事さん……鮫島さんというらしいが、この人がササッとコップに水を注ぎ渡してくれた。執事さんすげぇ。

 ありがたくコップを受け取り一気に飲む、乾いた喉に水が滲み渡りめっちゃうまい。そもそもこの水凄く美味しい、やっぱり大富豪の飲む水って違うんかね? 俺の家の水こんなにおいしくねーもん。

 

 水の味に感激していた俺だったが扉にコンコンッとノックされる。執事さんが扉を開けるとメイドさんが立っていた。

 おお、生メイドさんだよすげぇ……っ。でもこの豪邸だしな、メイドだって居て当たり前か。

 

「旦那様、お嬢様がお目覚めになられました」

「本当か!? わかったすぐいこう!」

 

 メイドさんからの報告を受け取ったデビットさんは瞬く間に室内から居なくなっていた。ちなみに鮫島さんも居ない。いや、早すぎんだろアンタら。

 俺と恭也さんがポカンとしているとメイドさんが『お嬢様のお部屋はこちらになります』と案内をしてくれた。もはや恒例なのですねアレ……。

 

「旦那様がと鮫島チーフがアリサ様を溺愛しているのは私たち使用人には周知の事実でございます」

 

 口に出してないのに、あ、なんとなく察したんですか、たまげたなぁ……。

 

 

 

 

 

「お嬢様はまだ目が覚めたばかり、しかも知らない男たちに誘拐されて怖い目に合っているというのにあんな勢いで聞いたらお嬢様が怖がるに決まっているでしょうが!!」

「「すみません……」」

 

 メイドさんに案内をされて娘さんの部屋の前に到着すると部屋を飛び出して行ったおっさん2人がお医者さんに怒られていた。なにやってんだこのオッサン方。

 なんでも回復し切っていない状態の娘さんに『大丈夫かアリサぁーーっ!!』『お嬢様ぁーーっ!!』と吠えながら部屋に突入したらしい、あほか。

 2人の剣幕に怖がって娘さんちょっと泣いてしまったらしい、その様子を見て二人が『アリサぁーーっ!?』『お嬢様ぁーーっ!?』と叫んだとのこと、いやほんとあほかアンタら……。

 騒ぎに駆けつけたお医者さんに二人は部屋から追い出されて説教を喰らっているとのこと、うん、当たり前だな。お嬢様はメイドさんが付き添っているらしい。

 

 ということでお医者さんから『本日面会禁止』と令が下りてしまいおっさんたちが絶望した顔になった。もうこの世の終わりって顔してる。

『だめだ……我が社はお終いだ……』『こうなってはこの鮫島、潔く自殺を……』ってブツブツ言ってる、いや、馬鹿か……。

 

「こうなっては仕方ない、今日は俺たちも引き上げようか」

 

 恭也さんが提案する。そうだなぁ、面会謝絶になっちまったしなぁ……。

 おっさん2人は『今すぐ全社員にわがグループ倒産の通知を……』『遺書の準備を……』と抜かしてる。うん、もういいから。

 案内をしてくれたメイドさんに今日は帰ると伝え、その場を後にしようとすると『あのー……』と後ろから声が掛かった。

 

 振り向くと扉から別のメイドさんが顔を覗かせている。キョロキョロと周囲を見回して……あ、目があった。はて、なんだろうか?

 

「お嬢様が助けてくれた方に会いたいと……」

 

 恭也さんと顔を見合わせる、どうしたものかと。

 お医者さんはそれを見て『大丈夫でしょう』と言ってくれた。それを見ておっさんたちは『私達は!?』と聞いたが『ダメです』の一言で床に突っ伏した。もうだめだなこいつら。

 

「……じゃあ慎一君、君が会いにいくといい」

 

 恭也さんはそう提案した。え、俺一人で行くのか?

 

「恭也さんは?」

「俺はいいさ、知らない男たちに怖い目に合ったんだ。男二人で行くとアリサちゃんが怖がるかもしれない。だったら君が行くといいだろう」

「いやいや、そんならイケメンの恭也さんが行った方がいいですって」

「そういうのはよくわからないが……、俺は忍に報告もしなければいけないからな。だから君にお願いしたい」

 

 そう言って恭也さんは出口へと歩いて行く。もう俺が行くことに決まってしまった様子。……仕方ない、向かうか。

『こちらです、どうぞ』とメイドさんに連れられ俺はお嬢様のお部屋へと向かっていった。途中案内をしてくれたメイドさんはおっさん2人に『早く業務にお戻りください』と言い放っていた。慣れてるんだな……。

 

 

 

「アリサお嬢様、お客様をご案内します」

 

 メイドさんが案内してくれた部屋に入ってまず目に入ったのは犬だった。大きい犬や小さい犬が数匹ちらほらと、犬のぬいぐるみなんかも置いてある……犬好きなんだな。それで内装は女の子らしい色合い、オシャレでそれでいて可愛らしい家具が所々配置されている。なによりも広い部屋だったので『やっぱ金持ちだな……』と俺はしみじみ思った。ツヨシの部屋よりも大きいわ、こりゃぁ凄い。

 ちなみに俺は動物が苦手であるので数匹寄ってきた時に身体がビクッとなった。うぅ……犬怖い。俺は大の動物恐怖症なのである、その理由は……また今度な。

 

「それでは、失礼いたします」

 

 えぇ!? この状況で俺と娘さんを二人きりにするの!?

 そそくさとメイドさんが退室したことにより俺と娘さんの二人きり、あと犬たち。

 

 沈黙が部屋の中に流れる……。さて、どう声を掛けたものやら……。娘さんも同様になんて言ったらわからない顔をしてて『ぁ……』とか『うぅ……』と発している。

 やっぱりこういう時は年上の俺から切り出さなないとだよなぁ、よーし……。

 

「その……調子はどう―「わんっ!」―ひぃっ!?」

 

 意を決して口を開いたら足元に居た犬が吠えた。もうやだぁ……おうち帰るぅ……。

 

「あ、ご、ごめんなさい……っ」

 

 娘さんは犬の名前を呼ぶと吠えた犬は元気よく娘さんのベッドへと飛び乗った。

 

「ごめんなさい……、この子知らない人を見ると吠えちゃって……、普段はとても大人しい子なんですけど……」

 

 申し訳なさそうに娘さんは謝るが犬はなぜか誇らしそうな顔をしている。主人想いの良い犬ってことなのか?

 とりあえず『気にしてないよ』と伝えておくが『ごめんなさい、ごめんなさい』とひたすら謝られてしまう。

 うーん、気にしなくてもいいんだけどなぁ。

 

「謝るのはそこまでにしておいてだ、自己紹介でもしようかな? 俺は八神慎一っていうんだ。君の名前……教えてもらえないかな?」

「あ、はい……アリサです。アリサ・バニングスって言います」

「アリサちゃんかぁ……、良い名前だね」

 

 その後も話を続ける。話と言っても『今は何年生くらいかな?』とか『学校は楽しい?』など俺が質問をしてアリサちゃんがそれに答えるって感じだ。初対面の男女、しかも歳が離れてるのでアリサちゃんも緊張しているみたいだしこのやり方がちょうど良いと思った。

 こうして質疑応答形式を繰り返しているとアリサちゃんも緊張が和らいできたのか、次第にアリサちゃんから話を振ってくれるようになってきて笑顔も増えてきた。

 

「そんで俺の夢はね、音楽活動で生計を立てていく事なんだ」

「お兄さんが歌うんですか?」

「うん、ボーカルってやつでね、俺はとにかく歌うのが好きなんだ」

「へぇ~っ、お兄さんの歌聞いてみたいですっ」

 

 すっかり緊張は解けたみたいでいろんな話を続けた。途中お医者さんが様子を見に来たが『これなら大丈夫でしょう』と笑顔で帰っていった。

 話しを続けて30分くらいだろうか、アリサちゃんが切り出した。

 

「その……お兄さん、あの件なんですけど……」

「……いいんだよ? 無理して話さなくても」

「うぅん、助けてもらいましたから……。ちゃんとお礼を言いたいんです」

 

 はっきりとそう言いきって、アリサちゃんは改めて俺を見据えた。

 

「この度は助けてくれてありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

「いいんだよ、そんなに頭を下げなくて。途中で身体は固まっちゃうし、最後なんかは油断してたしね……いやはや恰好悪いとこ見せちゃったな」

「そんなことないですっ! 助けに来てくれたお兄さん……凄く格好良かったですっ!」

「ははは……少し照れちゃうな、でもアリサちゃんがあの時『助けて下さい』って声を出してくれなかったら途中でやられちゃってたかもしれないんだ。だから俺からもお礼言わないとね。俺の事を助けてくれてありがとう」

「そ、そんなこと……えへへ」

 

 そう言いながらもうっすらと頬を赤く染めるアリサちゃん。なんだこの子……凄く可愛いな。この子の事を守れて良かったなと改めて感じる事が出来た。

 その後もアリサちゃんと話が続いて時間があっという間に過ぎた。日はとっくに沈みどこの家庭も夕飯時だろう。『アリサちゃんに是非ウチで食べていって下さいっ!』て言われお相伴に預かろうと思いふと夕飯で頭に何かが引っ掛かった

 

 だから気付いた時には物凄く焦った。

 

「や、やべぇ……っ、帰らないと……っ!?」

「え……」

 

 アリサちゃんがすごく悲しそうな顔になる。いやほんとすごく申し訳ないんだけど……。あぁ、だめだ説明する時間も惜しい。

 

「とにかくごめん! 理由は今度話すから!!」

「あ、お兄さんっ!?」

 

 急いで部屋を出た。屋敷を出るまで走っていたから使用人さん達にすごく驚かれたけど『すみません! 急いでるんです!』と言わせてもらった。

 

 

 そして帰った頃には鬼が待ち構えていた。ええ、はやてさんがとてもお怒りでした、それはもうプンスカと。

 弁明をするが聞き入れてもらえず終いには『夕飯抜き』の刑を課せられてしまった。

 

 結局はやてから許しをもらえたのは翌日になってからだ。

 

 ナイフを持った誘拐犯より怖いはやてさんて……。もう妹を怒らせないようにします。

 




人物紹介
ツヨシ
引き篭もり。別にいじめを受けたというわけでもなく単純に外に出たくない。
用がある時はちゃんと外出できる。
前世では佐奈に殺害をされた。発狂が得意でよく叫んでいる。


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第9話『夜の一族』

私の夜の一族の知識についてはなのはssで培った分しかありません。


 side ???

 

 わたし、月村すずかは走っていた。とにかく走っていた。

 ここがどこかなんて分からない、ただ今は行ける所まで行きたかった。

 

 どうしてこんなことになっているのか、簡単だ。お姉ちゃんと喧嘩をした、それだけ。喧嘩をして屋敷を飛び出した。単純な話だ。

 

 走って走って、走り続ける……。

 

 体育の授業でもこんなに走ったことない、それもペースを落とさずにひたすら全力で。

 普通の人だったら息を乱して動けなくなるだろう、途中でペースを落としたり休んだりしないと身体がもたない。

 

 そう『普通』の人ならば…。

 

 わたしは普通じゃない『化け物』だから……。

 

 まただ……嫌だ……。

 どうしてわたしは普通じゃないの……?

 

 嫌で嫌でしょうがない。だからもっともっと走り続ける。

 でも走れば走るほど『お前は普通じゃない』と言われているような錯覚に陥る、けれど今のわたしには走り続ける事しかできなかった……。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はっ」

 

 どれだけ走り続けただろうか……。

 さすがに息が切れた……。足がすごく痛い、それに暑い……。そもそも履いている靴は運動に適した靴ではない。その靴でこんなに長い時間走れば足を痛めて当然で足が棒のようだ……。おまけに今は8月、日本では一番暑い時期でマラソンするには不向きな時だった。

 

「ここ……どこだろう」

 

 見たことない景色。周辺に住居はなく閑散としている。

 

 わたしは生まれてから今日この日まで一人で外を出歩いたことはない。家を出た経緯がアレだけども……見知らぬ土地に居るこの状況で不安になるという事はなくて少し気分が昂ぶる想いだった。

 

 足が痛くて走ることはもう出来ないけど、歩く事なら出来る。乱れていた息はいつの間にか収まっている、回復力の速さはさすが『血の力』だった。

 この力を実感して手に力が入る。どうして……どうして……っ。

 

「うん……? 見ねぇ顔だな」

 

 声がしてハッと顔を上げる。俯いていたせいで前に人がいることに気づかなかった……。

 立っていたのは男性。髪は黒髪に白髪がうっすらと混じっている。歳は50から60くらいかな……。

 わたしが接したことある男性は手で数えられるほどしか居ないから、知らない男性を見て少しビクッとなった。

 

「……お嬢ちゃん迷子か?」

 

 迷子……違う。たしかにこの辺は来たことないし分からない場所だけど、わたしは知らない所に行きたくて走ってきたんだ、迷子ではない。

 ……きっと世間ではそれを迷子と呼ぶんだろうけど今のわたしには迷子と認めることは出来なかった。

 だからおじさんの質問に首を横に振る。

 

「……ふむ、じゃあ家出でもしてきたか」

 

 当てられてしまってびっくりした。思わず『うん』と答えてしまう。

 それを見たおじさんは『はぁ~……めんどくせぇ』と息を吐いた。そしてズボンのポケットから短い棒みたいなのをを取り出して火をつけた。棒からは煙が出てきておじさんはそれを吸って吐く、吐き出されたのは煙でとても嫌な臭いでわたしは咳き込んでしまった。

 

「あぁ、わりぃな。オレは子供が居ても遠慮せずに煙草を吸いたいんだ」

 

『ははっ』と笑ってまたそれを吸う。煙草というらしいけど何が良いんだろう? わたしには凄く嫌いな臭いだ。大人はこんな物を好んで吸うのかな……?

 

「どこも行くとこないなら着いてきな」

 

 クルッとおじさんは踵を返す。わたしに気にせず歩みを進めていく。

 ……まだ行くとは言ってないんだけれど……。おじさんの背中にはまるで『来たくないなら来なければいい』と書いてあるようだった。

 

 お姉ちゃんやメイドたち、学校の先生は『知らない人に着いて行ってはいけません』と口うるさく言われてきたけれど……。このおじさんはなんとなく大丈夫。そんな確信に近いものがあっておじさんを追いかけることにした。

 

 

 

 おじさんと会った場所から10分くらいだろうか、閑散とした道を歩き辿り着いた建物。

 結構大きな建物で、わたしの家くらいに大きい。塗装は黄色や紫、黒など様々な色で塗られていてお世辞にも綺麗とは言えない配色だった。

 看板には大きく『ドッキュン』と書いてある。

 

 なんだろう、何かの施設かな……?

 

「ここだ、入んな」

 

 そう言っておじさんは中に入っていく。ここまで来て着いて行かない理由もなくおじさんに着いて中に入っていった。

 

 建物の中は薄暗くて少し汚い所だった。汚いというのは失礼だろうけど本当に汚いんだもん……。

 おじさんは受付みたいなところに入っていった。ここは何かのお店かな……? 聞いたことのない音楽も流れている。歌詞は全部英語らしく洋楽というものだろう。

 

「その辺に適当に掛けてな」

 

 おじさんはそう言い残して奥へと消えていった。その辺て……ここ……?

 とてもお世辞でも綺麗とはいえないソファ。所々破れてる……うぅ……っ。

 それでも足の痛みが辛かった私は座らざるを得なかった。出来るだけ綺麗なとこに……。

 

 遠慮がちに座っているとおじさんが奥から戻ってきた。手にはジュースの入ったコップを持っている。

 

「ほらよ、オレンジジュースだ。飲めるか?」

「あ、はい……」

 

 コップを受け取る。中には氷も入っていたのでひんやりとしていて気持ち良い。

 店内……でいいのかな? 冷房が効いていて冷たいジュースもあるので火照っていた身体は自然に冷めていくのを感じた。

 

「慎一はどこだ……?」

 

 おじさんが周囲を見渡す。誰かを探しているようだった。ぶつぶつ『アイツに任せるのが手っ取り早いんだけどよぉ……』と言っている。

 わたしがおじさんを眺めていると奥のドアから一人の男の人が出てきた。

 

「あーっ、やっとマスター帰ってきた!」

「おう、そこに居たのか慎一」

 

 マスターと呼ばれたおじさんが反応する。店主さんだったんだ……。

 反対に男の人は慎一さんというらしい、背丈的には中学生くらいかな?

 

「マスター、会場のアンプが1個壊れてたよ、予備あんの?」

「本当か、探してくる。どこのだ?」

「ステージ側で見て左のやつだよ、よろしくー……この子誰? マスターの隠し子?」

 

 おじさん……いやマスターって呼んだ方が良いのかな、マスターと話し終えた男の人がわたしの存在に気付いたようだ。

 

「んなわけあるか」

「えぇー……まさか誘拐? だめだってそういうのは……」

「馬鹿いってんじゃねぇぞクソガキが」

 

 マスターは男の人に拳骨を下ろした。殴られた男に人は『冗談なのに……』と頭を押さえていてとても痛そう。

 

「ただの家出娘だ、お前相手してろ」

「……はい?」

「妹いるから慣れてんだろ」

「え、ちょ……っ」

 

 言い残してマスターは奥へと行ってしまった。

 この場にわたしと男の人が残されて沈黙が流れる……うぅ……。

 

 気まずいと感じているのはわたしだけではなく向かいの男の人もそう思っているような様子だった。『どうしたもんかな……てかまた女の子と二人きりかよ』と言っている。

 

「あー……その、俺は八神慎一っていうんだけど、君の名前は?」

「……月村すずかです」

「なるほど……じゃあすずかちゃんだな、俺の事は『八神』でも『慎一』でも好きに呼んでいいよ、前に知り合った女の子にはお兄さんて呼ばれたりしたけど」

「じゃあ……お兄さんで」

「うん、よろしくな」

 

 笑顔で握手を求められる。両手でコップを持っていたので一旦テーブルに置いて私も右手を出した。

『お兄さん』……か、わたしには兄がいないから不思議な感じ……。お姉ちゃんの恋人の恭也さんは一応『義兄』にあたるんだけど……まだ実感が湧かないし……。

 

 そういえばこの間友達の『アリサちゃん』が嬉しそうに男の人の事を話していた……確か『お兄さん』と呼んでいた気がする。なんでも危ない所を助けてもらった恩があるらしくて凄く嬉しそうに話してた。

『お兄さん』といえば『なのはちゃん』もそうだ。小学校に入る前のことらしいけど、泣いてるところを慰めてもらったらしい。『早く会って名前を言いたいのに……』と遠くを見つめるように話していたのが印象深い。

 2人は最近できた友達で、わたしはこの2人が大好きだ。だから2人が知らない男の人を嬉しそうに話しているのを見てちょっとヤキモチを焼いてしまった。元々わたしは男の人がそんなに得意じゃない。年の近い男子はうるさくて苦手で、他に知っている男性は『一族』の繋がりだから良い印象がまるでない……。最近やっと恭也さんに慣れたくらいだ。

 だから2人が男の人の事を話すことになんだか置いて行かれたような……そんな想いがあってヤキモチを焼いてしまったわけだった。

 

「すずかちゃん、こういう所初めて?」

 

 考え事をしているとお兄さんは向かいのソファに座っていた。ここ……そもそもここは何のお店なんだろう……?

 

「ここは……何ですか?」

 

 だから素直に訊くことにした。お兄さんは嫌な顔もせずに笑顔で話を始めた。

 

「ここはね、スタジオ兼ライブハウスで『ドッキュン』ていうんだ」

「ライブ……ハウス?」

 

なんだろう……聞いたことがない。

 

「すずかちゃんはバンドって知ってる?」

「あの人が集まって演奏をして歌うあれですか……?」

「そうそう、よく知ってるね。ここはバンドを組んでる人たちがお客さんに演奏を披露する場所なんだ。それをライブっていうんだけど」

 

『ただこの店女の子には汚いよなぁ』と言って笑ってる。たしかに椅子とかちょっと汚かったかな……、失礼ながら少し笑ってしまう。

 その後もバンドの事を教えてくれた。ジャンルは『ロック』というものでボーカル、ギター、ベース、ドラムで構成されているバンドがほとんどだそう。お兄さんはボーカルとギターを担当していて今ギターを探してるって苦笑いしていた。

 明日がバンドを結成して初のライブらしいから今日はリハーサルとして練習しに来ているらしい。

 

「それで……すずかちゃんはどうしてここに来たんだい?」

「えと……その……」

 

 どうしよう……話して良いのかな……? 見ず知らずの人にいきなり語っても迷惑じゃないかな……。

 

「……話したくないならそれでもいいよ、ただ今のすずかちゃんは『無理してる』って顔に書いてあるくらいにわかりやすいよ」

 

『初対面の俺が気づいちゃうくらいにね』と笑った。私……そんな顔してるんだ……。

 

「俺の事を壁だと思って話してみな? 抱えているものは適度に吐き出したほうがスッキリ出来ると思う」

 

 お兄さんは『小学生があんまり抱え込むもんじゃないよ』と付け足してまた笑った。抱えているのを吐き出す……か。

 

「実は、お家でお姉ちゃんと喧嘩しちゃって……」

 

 気付けば話し始めていた。別にこのお兄さんを信用したとかそういうものじゃない、ただ抱えているものを吐き出したかった。本当に壁だと思って話すつもりじゃないけど……淡々と話し続けた。お兄さんは話を割ることなくひたすら黙って聞いてくれている。

 話したのはお姉ちゃんと喧嘩になった理由……一族の事……。わたしたち『夜の一族』は人間じゃない。人の血を吸って生きる……『吸血鬼』だ。吸血鬼である夜の一族は普通の人に比べて格段に身体能力が高い。だからこそここまで走ってくることができた……。

 夜の一族の人は寿命が人間と違い200年は生きると言われている。そしてわたしが夜の一族であることは絶対に人に話してはいけない……絶対に。

 

 ……気が遠くなりそうだった。これからわたしはこの宿命を背負って生きなければならないのかと。

 

 夜の一族の見た目の年齢が人間と違いが出てくるのは大体20歳頃から……、だからわたしたちが吸血鬼だとばれないように人知れず近しい人たちと離れなければいけない。

 

 嫌だった……。せっかく友達になったなのはちゃん、アリサちゃんとこれから先ずっと一緒に居られないのが本当に嫌だった……。この2人はわたしの特別で大切な『親友』。

 なにより親友2人に永遠に隠し事をしなければいけないのが嫌だった。

 

 夜の一族であることは絶対に人に話してはいけない。もしばれてしまえば2人から私に関する記憶すべてを消さなければいけない掟がある。2人の中からわたしの存在を消されることは絶対に嫌だ……っ。

 

 だからわたしは、どうしてこの家に生まれてきてしまったのか……癇癪にも似た想いをお姉ちゃんにぶつけた。

 辛くて苦しくて……泣きながら想いをぶつけた。

 

 だからこそ、つい言ってしまった……。

『わたしなんか生まれてこなければよかった!!』と。

 

 それを言った瞬間、頬を叩かれた。初めて、叩かれた。

 叩いたときのお姉ちゃんの顔は……泣いていた。

 

 わたしは居た堪れなくなってしまい、家を飛び出した。そして……今に至っている。

 

「これで……全部です」

 

 一気に全部話しちゃったけど、お兄さんは目を反らすことなく最後まで聞き入ってくれた。

 ……もちろん一族の事は絶対に他人に話してはならないのでぼかしたりしたけど…。

 

「……」

 

 お兄さんは何も言わずジッと目を瞑っている。何かを言おうと考えてくれているのかな……。でもそんなことしなくても大丈夫なのに、お兄さんが吐き出すと良いって言ってくれたから少しスッキリしたと思う。だからわたしにはそれでもう充分。

 だからもう大丈夫です、と伝えようとした時…お兄さんが立ち上がった。

 

「すずかちゃん、よかったら少し見ていかない?」

「……え?」

「明日ここで色んなバンドが集まってライブがあるんだ。俺たちも参加する予定で今リハーサルしてたんだけどよかったらおいで」

 

 お兄さんはわたしの返事を待つことなく歩き出して最初に出てきた扉へと進んでいく。ど、どういうことなのかな……、でもお兄さんは行っちゃったし……。ひとまずお兄さんに従って着いて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 扉の向こうにはさっきまでの受付の薄暗さとは違い、華やかで色のついた光がたくさんあった。

 会場といっていたここの広さは教室4個分くらいはありそう……。

 

 そして奥にあるやや盛り上った場所はステージ……だろうか?

 ステージには光がいっぱい集まっている。立っていたらとても眩しそうだ。そのステージ上には3人の男の人が立っていた。

 

「おかえりー、遅かったね……どうしたのその子?」

「んー……マスターに押し付けられた」

「マスターに? 隠し子か?」

「龍也それあとでマスターに言うといいぞ」

 

『絶対ぶん殴られるから』と小声で付け足してお兄さんは言った。龍也と呼ばれた人は訳が分からないといった顔をしている。

 

「すずかちゃん、こいつら俺のバンドメンバーね。たくさんある楽器の後ろに座っているのが龍也で、肩から楽器をぶら下げてる金髪がリン、そこで突っ立ってるのがツヨシっていうんだ」

「どもどもー」

「よろしくねー、すずかちゃん」

「……よろしく」

 

 龍也、リン、ツヨシと呼ばれた人たちが順に挨拶をしてくれる。だからわたしも『よろしくお願いします』と返した。

 

「マスター、アンプどうするって?」

「予備を探すってさ」

「そうか、まぁなんとかなるだろ」

「あの……お兄さん一体何を……?」

 

 問いかけに答えることなくお兄さんはステージに上がって楽器を担いでマイクの前に立った。

 

「そんじゃいっちょ通してやりますかね」

「3曲全部?」

「もちろん」

 

 お兄さんが答えた後、スピーカーから凄く大きな音が流れた。音にびっくりして耳を塞いでしまった。

 

「こっちに来た方がいい」

 

 ツヨシさんが腕を引いて後ろに連れていってくれる。うぅ……びっくりしたよぉ……。

 

「あー、ごめんねすずかちゃん。ツヨシありがとうな」

 

 マイクを通してお兄さんが喋る。ツヨシさんは指をぐっと立ててお兄さんに向けた。

 

「すずかちゃんは記念すべき俺たちの最初のお客様になるのかな」

「いいねぇ、テンションあがるねぇ」

「これは失敗出来ないなぁ」

 

 3人が楽しそうに話す。楽器を弾いているのでスピーカーから音が出る。音は振動となって私の身体に伝わって凄くビリビリする。

 相変わらず音量はすごく大きいけどさっきより離れたおかげかな、耳を塞がないでも聞けそうだ。

 

「すずかちゃん、色々と話してくれてありがとね。さっきは壁に向かって話すようにとは言ったけどさ……やっぱり何か言葉を掛けてあげたかった。でも、すずかちゃんの抱える事情は今日初めて会った俺が簡単に口を出せるようなことじゃないし、力になれないってのもわかったよ」

「……お兄さん」

「だから、俺にできるのは歌うことのみ! ロックは人を元気にするって俺は思っている。だからすずかちゃんには俺たちの演奏を聴いてほしい」

 

 お兄さんが話した後、一瞬の静寂が訪れた。後ろの龍也さんが『1,2,3,4』と合図をして3人が一斉に弾き始め、演奏が始まった……。

 

 

 

 

 

 

「すごい……」

 

 そんな感想が漏れた。どう凄いのか聞かれても上手く答えられる自信がない。ただ本当に凄い。

 今までクラシックとかのコンサートしか見たことなかったけど、ロックってこんなに凄いものなんだ……。ただひたすらと圧倒されている。

 リンさんと龍也さんはとても楽しそうに演奏している。リンさんはベースを弾きながら身体を回転させたり躍動感溢れていて……龍也さんも負けじとドラムを叩きながら歌に合わせて時々声を張り上げている。

 

 そしてお兄さんは……透き通るような綺麗な声、でも歌声にはとても強い力が入っている。間奏に入れば二人とパフォーマンスを繰り出したりとても忙しそうに見えるけど……あの中で特に楽しそうに演奏をしている。

 

「俺たちがやっているロック……。このルーツは元々虐げられた人々が、声を上げることによって誕生したものだ」

 

 隣で共に演奏を聴いているツヨシさんが喋った。お兄さんたちの演奏が大音量なので聞こえ辛いはずなのに何故かすっと耳に入ってくる。

 

「君がアイツに何を話したのかは分からないが、アイツが伝えたいのは押し潰されるな、辛いなら声を上げろ、ってことなんじゃないか」

 

 押し潰されるな……、声を上げて……、意味がなんとなく分かる。お兄さんは……わたしを応援してくれてるんだ。

 

『俺が簡単に口を出せるような物じゃないし、力になれない』

 そんなことない……そんなことないよお兄さん……。

 お兄さんの歌はわたしの力になってくれているよ……。

 

 ツヨシさんはそれ以上語らず演奏へと向き直る。だからわたしもそれ以上を聞かずに演奏へと集中した……。

 

 

 

 

 

 

 side 八神慎一

 

「すみません……送ってもらって……おまけにおんぶまでさせちゃって……」

「あー、気にしないでいいよ。足痛めてるんだから無理しちゃダメだよ」

 

 俺は今すずかちゃんをおんぶしながら歩いている。何故こうなったのかというとだ……。

 

 演奏を終えた後、俺たちに駆け寄ろうとしたすずかちゃんは急に屈んで足を抑えていた。

 どうやら家からここまで走り続けていたらしく、家出というアドレナリンが切れた今になって痛みが出てきたのだろう。

 

 様子を見に来たマスターが足を見て『おい慎一、お前お嬢ちゃんを家まで送っていけ』と言ったのだ。

 最初は家族に来てもらった方が良いんじゃないかという話になったんだが、すずかちゃんがふるふると首を横に振り、俺のシャツを掴んで離さなかった。

 その様子を見たみんなは『はい、いってらっしゃーい』と快く送り出してきたので今に至る。

 

「それにしてもよくここまで走ってこれたねぇ……。結構距離あると思うんだけど」

「うぅ……無我夢中だったので……」

 

 そういう問題なのだろうか……? けどこの子が自分の足でここまで来たのは事実だし疑う気は元から無いけど信じることにした。

 

「あの……お兄さん」

 

 すずかちゃんから声が掛かる。少し意を決したように息を吸い込む音が聞こえた。

 

「わたし……まだ覚悟を決めきれてないけど……頑張ってみようと思います」

 

 ライブハウスでしてくれた話……、家の伝統の事だろう。

 すずかちゃんの家は由緒あるお家らしくて、色々な掟が彼女を縛っているらしい。まだこんなにも小さいのに掟に抑圧されて耐え切れず、出てきてしまったらしい。

 

「まだお兄さんには全部話し切れていません。わたしの大事な親友たちには何も……でも」

 

 そこでまた息を吸い込んだ。俺は黙って先を待つ。

 

「いつか……話せる時が来るように……わたし頑張りますっ! どのくらい時間が掛かるかは分からないけど……諦めませんっ!!」

 

 今日一番の、彼女の決意を持った声だった。

 

「だけど……またわたしが押しつぶされそうになった時……苦しい時に……お兄さんの歌を聞かせてもらえませんか?」

 

 打って変わって不安そうな声音で聞いてきた。けど俺の答えは決まっている。

 

「もちろん、いつでも聞きにおいで」

「……っ、はい!!」

 

 彼女は背中に居るから表情が見えない、けれどなんとなくわかった。彼女は今とても晴れやかな顔をしていると。

 

 不思議とそう感じられるくらいに彼女は良い声をしていた。それを信じて俺は彼女を家へと送って行った……。

 




人物紹介
マスター
本名不明、ライブハウス『ドッキュン』を営業しているおじさん。
めんどくさがり屋な性格だが相談事や厄介毎にはきちんと対応する。


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第10話『翠屋で全員集まるお話』

 

 

「ただいまっと……。はやて病院行くぞー、準備できてるか?」

 

 本日は半年に一度のはやての足の検診の日。土曜日は授業が半日で終わる為、今日に合わせて予約をしている。だから学校が終わるといつものようにツヨシ家へ向かうことはせず真っすぐ家へ帰宅する。

 さて、はやてには朝の時病院へ行く準備はしとくように言っておいたがどうだろうか……。

 

「兄ちゃんおかえりなさい、準備は出来とるよ」

「そっか、じゃあさっそく行くか」

 

 既に準備は出来ていたみたいだ。学校のカバンを部屋に置き身支度を整えさっそく向かうとする。

 

「結構暖かくなってきたな……今日は歩いていくか」

「そうやねぇ、でも兄ちゃんが疲れてしまうよ?」

「なーんてことないさ、はやてと歩くの好きだしな」

「えへへ……じゃあお願いなぁ」

 

 冬が終わり春に差し掛かり始めた今日この頃、まだまだ寒さが残る日々があるものの今日は気温が比較的高くて過ごしやすい日だった。

 はやてと病院に行く時はいつもバスを使うのだが、これならハイキング気分でも味わえると思い、そう提案した。

 

 歩いていると時折心地よい風が吹く、髪を抑えるはやてはどことなく嬉しそうにも見える。

 

「なんだかはやて嬉しそうだな」

「んー? そう見えるかなぁ」

「なんとなくだな、何か良い事でもあったか?」

「うーん……なんか兄ちゃんとこうやって二人で過ごす時間て久しぶりやなぁと思って。そう思うとちょっと嬉しくなったんよ」

 

 あー……、そういう事か。去年中学に上がってから俺はバンド活動を始めたからそれもあるのかな……。

 

「あ、気にしなくてええよ!? 兄ちゃんはちゃんと夕方までにはお家に帰ってきてくれるし、バンド始めた兄ちゃん凄く楽しそうだから見ていて私も嬉しいからなぁ」

 

 慌てて気にしなくていいと言ってくれるはやて。とは言いつつも少し寂しそうに見えるのは気のせいではないだろう……。

 

「……ごめんな」

「ううん! 謝らないで欲しい、兄ちゃんには絶対夢を叶えて欲しいって思ってる。だからいっぱい売れて有名になったら私みたいな車椅子でも招待できる大きい所でライブする……約束したやろ。私……それを心待ちにしてるから」

「はやて……」

 

 はやての心遣いが心に滲みる……、嬉しくて目元が霞んできた。だから泣いているのがはやてにばれないよう誤魔化しとお礼も籠めて頭を撫でる。『ひゃぁっ』なんて言って驚いたけれど撫で続けていると気持ちよさそうにはやては目を細める。

 ……頑張ろう。これはもう俺の夢の為だけじゃない、俺の姿をはやてに観てもらいたい……その為にも頑張ろう!

 そうして決意をし、俺たちは病院へと歩みを進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 歩く事1時間くらいだろうか、俺たちは海鳴病院へ到着しはやての診察をお願いした。受付嬢さんは『お掛けになってお待ちください』と診察券を受け取り伝えた。そうしてロビーで待つこと10分くらいだろうか。

 

『八神はやてさん、第3診察室へお入りください』

 

 アナウンスが流れる。はやての番が回ってきたみたいだ。

 それにしてもこの病院て担当医がアナウンスをしてくれるんだけど、今の声は女性だったな……。いつもの先生は中年の男性なんだけども……。なんでだろうと思いつつもはやてと共に第3診察室へと向かった。

 

「失礼します……」

 

 少し遠慮がちにはやてが病室へと入る。曰く診察は緊張するからだと。

 

「初めまして、八神はやてさん、八神慎一さん」

 

 診察室に居たのは女性だった。紺色のショートカットで綺麗な女性である。

 

「初めまして……、いつも担当してくれる林先生はお休みですか?」

「いえ……、林は急な事情で辞めてしまったのです」

 

 なんとびっくり、休みじゃなくて辞めたのかあのおっちゃん。

 

「ですので本日より私が担当医となりました、石田幸恵と言います。よろしくお願いします」

 

 俺たち二人の目を見据え、石田先生は頭を下げた。俺とはやても慌てて頭を下げる『よろしくお願いします』と。

 

 そこから先はさっそく治療の進め方について話し合った。これまでの方針から変更する点や、はやての家での過ごし方など根掘り葉掘り石田先生は訊いてきた。

 まだ会ってから少ししか経ってないけどこの人はとても情熱を持っている人なんだろう。前の先生は『現状を維持できるようにしましょう』と悪く言えばあまり治療に積極的ではなかった。なんせ麻痺の原因がわからないんだ、どうしようもない。

 けれどこの石田先生は色んな文献や過去のカルテから少しでも似た症状がないか探してくれているらしい。そして最後、診察後に『諦めないで頑張りましょう』とはやての手を握って話し石田先生と別れた。

 

 

「良い感じの人だったな、石田先生」

「そうやねぇ、綺麗やったし……兄ちゃんは鼻の下伸ばしてたし」

「ちょ……っ、濡れ衣なんですけど!?」

 

 ジト目で見てくる、全くのデタラメだと言いたい。確かに石田先生綺麗だったけど―『またデレデレしてる……』―してねぇよ!?

 酷い誤解だ……。けれどはやては悪びれもせずに『ふーんだ』と頬を膨らませている、……拗ねてんのかよ。

 

 そもそもあれだけ綺麗な人なんだから結婚してるだろ……え、結婚してなかったら?

 ……もちろんアリだ―『ジーッ……』―冗談だって!? というか人の心の中を読むんじゃありません。

 

 しかしいくら言ってもはやては機嫌を直すことなく『つーん』て言ったり『兄ちゃんなんて知らんもん』と言った感じが続いた。

 

「はぁー……、そんなに拗ねるならもういいよ、せっかく翠屋に寄ろうと思ったのにな」

「う、うぐぅ……っ」

「あーあー……はやての好きな翠屋だったのになぁ」

 

 申し訳ないが奥の手である翠屋を使わせてもらう。初めて店に行った時以来俺が出掛ける度に『お土産に翠屋のシュークリーム』と言ってせがんでくるくらいだから余程お気に入りなのだろう。そのおかげかかなり迷ってるみたいでチラチラと俺を見ては『アカンもん……許さへんもん……』『でもシュークリームたべたい……』とブツブツ言っている。

 しかしいい加減諦めたのかはやてはため息を吐いてから口を開いた。

 

「……シュークリーム2個やで」

「はいはい、奢ってやるよ」

「……3個」

「はいはい、好きなだけ食べな。ただしちゃんと機嫌治すんだぞ」

「……5個」

「食べ過ぎだばかたれ」

 

 頭を軽くパシン叩く、はやては『きゃんっ』って声を上げるが仕方ない。5個はだめだ。

 はやてもさすがにそれはわかっていたのか『冗談や……4個や』と言った。それでも4個は食べたいんだなお前……。

 

 ただこれで機嫌を直してもらえるならまぁいいかと思いつつ翠屋へ向かう事になった。

 

 

 

 

「いらっしゃいませー、あら、慎一君じゃない。今日は妹さんと一緒なのね」

「どうもです桃子さん」

 

 店に入ると桃子さんが出迎えてくれた。

 この人は最初に店に来た時のお姉さんで『高町桃子』さん。お店のパティシエをやっている。あの時以降それなりに店に通っているために名前を憶えてくれたのだ。

 

「お、慎一君じゃないか、いらっしゃい」

 

 店の奥から出てきた男性は『高町士郎』さん。翠屋の店長兼マスターをしている人だ。2年前に来た時は別のお仕事でお店に居なかったみたいだけどそれ以降は翠屋を本業としているらしい。

 翠屋は夫婦で共にお店を経営しているらしい。二人とも美男美女なので海鳴市にはファンがとても多いとツヨシ情報で聞いた。

 ……なんであいつそんなこと知ってるんだ、引き篭もりのくせに。

 

「君が噂に聞くはやてちゃんかな」

「あらあら久しぶりね~、うふふ、相変わらず可愛いわぁ」

「あ、あのその……」

 

 二人に寄られはやてがあわあわとしている。久しぶりの人見知り発動みたいだ。俺は結構来てるからもう顔馴染みみたいなものだけどはやては2年ぶりくらいだったかな。

 顔を真っ赤にしているはやてが微笑ましかったので見守っているとさらに店の奥から3人の人が出てきた。

 

「騒がしいと思ったら慎一じゃないか」

「ほんとだ、久しぶりー」

「やっほー、慎一くん」

「あ、お久しぶりですね恭也さん、美由希さん、忍さん」

 

 出てきたのは上から恭也さん、美由希さん、忍さん。店の制服を着ていることから今日は3人ともお手伝いをしているらしい。

 

 恭也さんとはまだ記憶にも新しいアリサちゃんの誘拐事件の時に知り合った人だ。アレ以降会う機会がなかったけれども翠屋に寄った時にお手伝いをしていて、それでここの息子さんなんだと教えられた。美由希さんも同様にお手伝いをしていたらしく紹介されたのだ。

 

 そして忍さんとは……昨年にすずかちゃんがライブハウス『ドッキュン』にやって来た件……帰りを送っていった時に出会ったのだ。

 今でこそ『やっほー』なんて言ってくれるが当初はとても冷たい目をしていて、名前も『八神さん』と呼ばれたりしたのだ。恭也さん曰く『忍は心を許した相手にしか態度を崩さない』だそうだ。ちなみに恭也さんと忍さんは恋人関係である、美男美女で羨ましいですねこんちきしょー。

 話は逸れたがすずかちゃんを届けた時の忍さんはとても怖かったのだ。一応妹を送ってくれたお客様として屋敷に上げてもらったのだが『早く帰れ』感が丸出しであった。正直泣きそうだったのは秘密である。ただその様子に気付いたすずかちゃんが忍さんを咎めるとすずかちゃんは次々と俺を持ち上げるように忍さんに説明したのだ。一応君は忍さんと喧嘩して家出したんだよね……? と思ったのは今でも忘れない。

 最終的に忍さんが納得して『ここまでの無礼、申し訳ありません』と頭を下げてきたので『いやいやそんな、俺も妹が居ますからね、いきなりどこの馬の骨かわかんない男を連れてきたら警戒しますよ』と話すと、忍さんは可笑しそうに笑いだしたのだ。

 その後改めて自己紹介を済ませてこうして名前を呼んでもらえるようになったのだ。これが恭也さんの言う心を許したってことなのかな……。

 

「今日はどうしたんだ?」

「妹がね、翠屋のシュークリーム大好きなんですよ。だから病院の帰りに寄っていこうと思って」

「へぇー、あの子慎一くんの妹なんだ、可愛い~!」

 

 忍さんがはやてへと駆け寄り後ろから抱きしめる。あなたの心を許すとかって女子には関係ないのですか……?

 ちなみに抱き付かれたはやては『うひゃぁ!?』と凄く驚いたようだ。

 

「はやてちゃん可愛いねぇ~、あ、でもうちの『なのは』も可愛いんだよ!」

「『なのは』ちゃんですか……?」

「あれ、慎一君まだ会ったことないっけ? なのははね私たちの末っ子の妹なの、凄く可愛い子なんだよ~」

「目に入れても痛くない程にな」

「何言ってんすかアンタ」

「だからシスコンだって言われるんだよ恭ちゃん……」

「なぜだ」

 

 立派なシスコンですよあなた……。でも何故だろう、恭也さんとは妙な親近感を覚える。ふと頭の中に『お前もシスコンだからだよ』と友人3人の声が聞こえた、解せぬ。

 

 こうして盛り上がっていると店の入り口が開いた。

 お客さんが来たのかな、ここで盛り上がっていると邪魔だなと思いつつ後ろを振り返る。

 店の入り口に立っていたのは白い制服に身を包んだ3人組の女の子だった。あれって確か聖祥の制服だったっけ……、真っ白い制服がすごく特徴的なんだよな。

 そして制服の次は少女たちの顔に目を向ける。……ん? 前の2人はアリサちゃんとすずかちゃんじゃないか。あの2人友達だったんだな。

 2人も俺を見てハッとした表情に変わる。

 

「「あーっ、お兄さん!」」

 

 その2人が同時に声を上げた。

 

「「…………え?」」

 

 そして2人は顔を見合わせた。

 

「すずか、お兄さんと知り合いなの?」

「……アリサちゃんも?」

「この人が前に言ってた人よ……」

「うそぉ……、私もそうなんだよぉ」

 

 どうやら2人の間に何かあったらしい。俺にはわからないけど……。

 というか君たちがそこに立っていると後ろの子が入れないよ……ってあれ?

 

「…………」

 

 後ろに立っている女の子……どこかで見たことがあるような……。女の子も口に手を当ててハッとした表情になっている。

 たしか……2年前……。綾香……いや、違う。

 

 必死で思い出そうとしていると、女の子は突然駆けた。

『なのはっ!?』『なのはちゃん!?』と2人が声を掛けるが女の子は止まらない。俺へと一直線に突っ込んでくる。

 

「―――っ!!」

「おぉっと……っ!?」

 

 そのまま俺へと抱き付いた。ちょうどお腹のあたりにダイブするような形になる少々勢いが強かったので倒れそうになるものの何とか堪えた。

 

「ずっと……会いたかったですっ!」

 

 ポロポロと涙を零して彼女は言った。

 

 そうだ……あの時公園で泣いていた女の子だ。俺が歌をうたった女の子だ……。

 

 やっと思い出した俺は彼女の顔を2年前の顔を思い浮かべ『また泣いてるな……』なんてことを思っていた。

 

 



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第11話『感謝と感謝』

 

 

「うぅ……っ、お兄さん……」

「あー……その、なんだ……。泣き止んでくれると助かるかな……ははは」

 

 さっきからずっとこんな調子だ。いきなり抱き付かれてびっくりしたけれど、それ以上に女の子が泣き止まないので少し困っている。だからいつものようにはやてに対する感覚で頭を撫でてしまったんだけど、なんか逆効果みたいでさらに泣き出してしまった。

 

 女の子が俺に抱き付いて涙を流している。これがドラマとかだったら感動の再会シーンとなるんだが周りの人間がそれをさせない。

 

「あたしだってあんな風に抱き付いたり撫でてもらったことがないのに……っ」

「いいなぁ……なのはちゃん。わたしも前みたいに撫でて欲しいよぉ……」

「……今なんて言ったのかしらすずか? 『前みたいに』……?」

「ひっ!? い、今のは違うんだよアリサちゃぁん……」

 

「ふふ、なのはの言ってた『お兄さん』って慎一君のことだったんだねぇ……」

「うちのすずかに、アリサちゃんとなのはちゃん……。まさか慎一くんってロリコンなんじゃ……っ!?」

 

「慎一、これはどういうことだ?」

「僕は慎一君の事を見誤っていたのかな……? なのはに何をしたんだい?」

 

「また兄ちゃんが他の女の子と……むぅ……」

「あらあら、はやてちゃんは大好きなお兄ちゃんが取られそうだと思ってるのね」

「え……あ、ち、ちがいますもん……」

「ふふふ……、恥ずかしがるはやてちゃんも可愛いわねぇ」

 

 いやもうほんとね、周りがうるさいですよ。今は女の子を泣き止ませるのが先でしょうが。

 

「うぇぇ~ん……」

 

 そうは思っても泣き止む様子が見られない。いやむしろ悪化してる!? 頼むから泣き止んでおくれぇ……っ。目が…周りの目がぁぁぁっ!!

 

「慎一、ちょっと道場へ付き合ってくれ」

「僕らと大事なお話をしようか?」

「勘弁してくださいよ……」

 

 士郎さんと恭也さん互いに左右の肩を掴んでくる。心なしか肩が悲鳴を……あだだだっ!? 痛い痛い!?

 

「ほら、そこまでにしなさいな」

「恭也もやめなって」

 

 士郎さんは桃子さんに、恭也さんは忍さんに引き剥がされ俺から離れる。

 ……本気で肩がぶっ壊れるかと思った…。

 

「ほらほら、なのはもね、泣き止まないと『お兄さん』困っちゃうよ?」

「……ぐすん……うんっ」

「……なのはちゃんもあんなに泣くんだね。わたし初めて見たかも……」

「普段から妙なとこで大人ぶってるとこあるからね。うーん、お兄さんに対しては子供っぽいというか、あたしたちじゃなくてお兄さんに心開いてて複雑というか、でも気持ちはわかるし……」

「ふふっ、わたしも同じだよアリサちゃん」

 

 美由希さんが少女を引き離してくれてようやく俺は解放された。後ろでアリサちゃんとすずかちゃんが何かを言っていたが聞き取ろうとする前に我が妹が立ちふさがり(車椅子)こっちに意識が向いたのだ。

 

「兄ちゃん……」

「は、はい、何ですか?」

 

 思わず畏まってしまう。トーンが低かったこともあるが、はやては少し俯いていて表情がよく見えないから余計に怖い。

 

「シュークリーム5個でもダメやで」

「そもそも何で俺が怒られ……いや、うん……もうなんでもいいよ……」

「10個や」

「食いきれねぇだ――「あぁん!?」――…なんでもないです何個でも買ってください」

 

 言い返そうとすると、雰囲気と言動が10倍増しで怖くなったので大人しく従うことにした。覚えておけ龍也、リン、ツヨシ。これが俺たちが普段天使って言ってる女の子の本性だ!

 

「うん、なら許したる!」

 

 ……まぁ今のはやての笑顔は普段通り天使で間違いないけどさ……。女の子って難しいなぁ……前世からか。

 

 

 

「えっと……そのぉ……ごめんなさい!」

「いや、そんなに頭を下げなくても」

「もぐもぐ……兄ちゃんはもっと気にしいや」

「シュークリーム頬張りながら喋るんじゃないよお前は」

 

 やっと泣き止んだ女の子が今度は頭を下げてくる。周りの目というかさんと士郎さんはたしかに怖かったが別に気にしていないし……。ちなみに二人は桃子さんのお叱りによってテーブルの掃除をさせられている、一家の女性というものはどこにおいても強いものなんだな……。

 

「君とは2年前に会ったきりだけどね、どうしてるかなぁって気にしてたんだよ」

「そ、そうなんですか……えへへ」

 

 恥ずかしそうに頬を染める女の子、でも笑った顔はとても可愛らしく恭也さんと美由希さんが可愛い妹と推すのもよくわかる。

 

「それで……そのぉ……、わたし……ちゃんとお兄さんに自己紹介したいんです!」

「……うん、じゃあ改めて君の名前……教えてくれるかな?」

 

 屈んで女の子の目の高さにあわせる、女の子はちょっと緊張しているようで、すーはーと深呼吸を繰り返し、後ろでアリサちゃんとすずかちゃんが『がんばれ~』と声援を送る。

 

「わたし……わたしの名前は、なのは。高町なのはですっ」

 

 頬にまだ少し赤みが残っていて、目も瞑っているけど彼女はちゃんと言い切ってくれた。

 

「なのはちゃんか……可愛い名前だね。改めて俺も自己紹介ね、八神慎一だよ。よろしくねなのはちゃん」

「えへへ……。お兄さん、あの時は本当にありがとうございました!」

「どういたしまして、俺こそあの時はさっさと帰っちゃってごめんね、妹を待たせちゃってたからさ」

 

 後ろのはやてを指さす。はやては『え、私?』と言いたげな表情になった。

 

「2年前の健診の時にさ、待つ間俺が外に出た時の事覚えてるか? あの時病院に戻るの遅れたのって、なのはちゃんと会ってたからなんだよ」

「……そういえばそんなこともあったなぁ、診察終わったのに兄ちゃんなかなか戻ってこなくて淋しかったなぁ……」

「うぐっ、す、すまん……」

 

はやては笑って『もう気にしてへんよ』と言うが、あの時のまだ歳だったし病院で心細かったろう。だから戻った時にひたすら謝り倒したのをよく覚えている。

 

「なのはちゃん、よかったね」

「ずっと『名前言うんだ!』って意気込んでたもんね」

「うん……っ、よかったよぉ」

 

 様子を見守ってた二人がなのはちゃんに寄る、二人の言葉を受けてなのはちゃんはまだ少し残る涙を拭い、笑って二人へ答えた。

 

「そうそう、俺からも紹介したいんだけどね。この子……妹のはやてってんだ」

「わ……っ、えっと……八神はやてって言います。その……、みなさんよろしくお願いします」

 

 突然紹介のために3人の前に連れて来られた為かびっくりしたようで、小さく声を漏らした。若干緊張しつつはやてはお辞儀をした。

 

「はやてちゃんだねっ、わたしはなのはだよ! なのはって呼んでほしいな!」

「えっと……、なのはちゃん?」

「うんっ、よろしくねはやてちゃん!」

 

 はやての手を取ってブンブンと上下へ揺らす。『あわゎ……』とはやては驚いた様子だったが、嫌そうには見えなかった。

 

「あたしはアリサよ、よろしくねっ」

「すずかだよっ。よろしくね、はやてちゃん」

「……うんっ、3人ともよろしくなぁ!」

 

 はやてにとって初めて出来た同年代の友達。学校にも通うことがなくこれまではやての友達と言えば龍也、リン、ツヨシしか居なかった。最もこの3人は友達というよりは俺以外のお兄さんという感覚だろうか……。そんなはやてに年が近くしかも同性の友達が出来た……。はやてが嬉しそうなのはもちろんだが俺もこれまでのはやての過ごし方を振り返りとても嬉しくなって少しばかり目頭が熱くなった。、

 

「よし、今日は僕がみんなにご馳走しよう! 好きなものを食べなさい!」

 

 彼女たちの様子を見守っていた士郎さんが声を張り上げる。士郎さんの宣言に彼女たちが盛り上がりはやてを除いた3人はさっそく動き出した。なのはちゃんとアリサちゃんがはやての横に着き、すずかちゃんが車椅子を押す形で4人は奥のテーブルへと移動していった。

 

 いやはや……子供は仲良くなるのが早いと聞くが、あの子たちはまさに良い例だな。

 席に着いた4人はさっそく話し始める。聞こえてくる会話は主にはやての事のようだ。3人が色々と聞いているのだろう。はやても当初はおっかなびっくりで話すという感じだったが、3人の気の良さに当てられたのか、次第にいつもの笑顔になっていきテーブルは盛り上がりを増していった。

 

 

 

 

 それから時間は流れていった。

 最初にあったはやての緊張はすっかり見る影もなく、今ではいつもの調子で3人と話している。同年代の友達と楽しそうに喋るはやてを見ているとホントに嬉しくなる。今日……翠屋に来て本当に良かったな。

 

 4人がテーブルに移動した後、お客さんが何人かやってきたので士郎さんたちは業務に戻った。

 俺はその場に残っているのもアレだったのでカウンター席に座ってコーヒーを注文させてもらった(奢ってくれるらしい)。

 

「ふふっ、すずかも本当に楽しそう……」

 

 そしていつの間にか隣には忍さんが座っていた。曰く『慎一くんひとりぼっちになっちゃってるから』らしい、そりゃ子供とはいえあそこは女子会、割って入れるわけないでしょうに。

 

「それで、慎一くんは誰がいいの? 私としてはやっぱりすずかかしら」

「……質問の意味を理解したくありませんが、わかってしまったので一応否定はしておきます」

「えー、じゃあ美由希ちゃんかしら? それとも私なの? ごめーん、私には恭也が居るから……」

「そういう意味じゃないです!」

「ま、まさか桃子さん……? ロリコンかと思ったら人妻好きだったの!? でも残念でしたー桃子さんは士郎さんとラブラブだからね」

「いい加減にしてくれませんかね……?」

 

 そもそもなんで俺がロリコン認定をされてるんだ――『てっきり光源氏計画を企ててるんじゃないかと』――違うわっ!?

 

「そもそも光源氏計画って元はロリコンじゃなくてマザコンのことを言うらしいよ?」

「知りませんよ……」

 

 そんなこんなで忍さんに弄られながら時間を過ごす。と、今お客さんが帰ったみたいで再び店内は知り合いだけになる。

 

「慎一君」

 

 後ろから声を掛けられる。いつの間にか士郎さんがやってきていた。

 あ、さっきの戯言は忍さんがですね、勝手に言っているだけで決して俺の主張ではないので悪しからず。

 

「今、少し大丈夫かな?」

 

 どうやら、真面目な話のようだ。

 

 

 

 

 

 

 士郎さんに連れられ厨房へと入る。中には桃子さん、恭也さん、美由希さんが待っていた。忍さんは士郎さんの空気を感じ取って女子会に参加しに行った。

 しかし……、一体どうしたのだろうか…? 穏やかな雰囲気はなく、少し重い空気が漂っていることに困惑していると士郎さんが口を開いた。

 

「まずは慎一君、なのはのことを……改めてお礼を言わせてほしい。本当に……ありがとう」

「私からも……慎一君、ありがとう」

「はぁ……って、ええぇぇっ!?」

 

 士郎さんと桃子さんが言い終わると頭を下げた。次いで恭也さんと美由希さんも頭を下げる。一方の俺はいきなりの事に頭が追いつかず驚いてしまう。

 

「ちょ……っ、そんな頭なんか下げないでくださいよみなさん!!」

 

 とりあえずそう言わせてもらった。そもそも畏まってお礼を言われるような事をした覚えは俺にはない。なのはちゃんの事……? 俺は彼女に対して歌って少しお話しただけだからとても頭を下げる程とは思えないし……、いったいどういう事なのだろうか。

 

 未だ戸惑いを隠せない俺に対し、ようやく頭を上げた士郎さんは答えた。

 

「2年前、君がなのはと出会った頃……。それまで僕はお店の経営ともう一つ……ボディーガードの仕事をしていたんだ」

 

 ボディーガード……。そうだ、なのはちゃんが泣いていた理由………、お父さんが大けがを負って家に居ない……そう言っていたな。

 しかしボディーガードをしていたってことはすごく強い人なんだろう。士郎さんの持つ柔らかな雰囲気からそんなに凄い人だったとは到底思いもしなかった。

 

「その仕事で僕は大怪我をしてしまってね……暫く入院をしていたんだ」

「……たしか生死を彷徨うくらいだったとか」

「うん、もしかしたら今この場に居なかった……かもしれないね」

 

 後ろに居る三人の表情が沈む。その頃の……高町家の様子を思い出しているのかもしれない。

 思い返すとこれまで何度かお店に足を運んでいたが……店長である士郎さんとは去年くらいまで会ったことがなかった。それまでは士郎さんにそんな事情を抱えていたとは知らなかったので単にフロアに出ていないだけと思っていたけれど、本当は大怪我を負って入院していたからだ。ようやく合点がいった。

 

「お父さんが入院してる時はね……お店が軌道にのってた事もあって大変だったんだ……」

 

 美由希さんが言う、表情は未だ険しい。

 翠屋は今でこそ有名な喫茶店となっている。特にパティシエである桃子さんは本場の海外で修行をしていた程だ。しかしいくら腕に自信のあるパティシエが居るとはいえそこはお店の経営、軌道に乗せるのにはそれなりに時間が掛かる。この翠屋が完全に軌道に乗り繁盛したのはちょうど士郎さんの怪我と重なった時だったとの事だ。

 

「だからね、私も恭ちゃんもお店の手伝いでなのはに構ってあげることがあまり出来なくてね……、なのは……いつも一人ぼっちになっちゃったんだ……」

 

 なのはちゃんは言っていた。『良い子でなくちゃいけない』『みんなに迷惑を掛けちゃいけない』と。彼女は忙しく働く家族を見て自然とそう決意していた、自分の心を押し込み、我慢するほどに。

 

「俺たちは……なのはの事を迷惑だなんて思ったことは一度もない……、ただあの時だけは……心の余裕が俺たちにはなかった……」

 

 悔しそうに、拳を握りしめ言葉を漏らした。長男である恭也さんは……士郎さんが居ないことで家族の一層責任感を背負ってしまっていたのだろう。だからこそ本来傍にいるはずのなのはちゃんを気に留めることが出来ず、また同時になのはちゃんが距離を置いたことに気づけなかったんだな……。

 

「でもね、ある日の事……なのはが突然言ったの……『もっとわたしを見て』って」

 

 

 

『わたし……寂しいよ……』

『な、なのは……?』

『誰もわたしを見てくれない……、お店が大事なのはわかるよ……でも、わたしだって……ちゃんとここに居るんだもん!』

『……なのは』

『なのは……俺たちは』

『我儘だってわかってるもん……だけど……もっとわたしを見て欲しいよぉ……っ』

 

 

 

「初めてだった、なのはがあんな風に自分の想いをぶつけてくれるのが……。なのはは昔から言いたいことを我慢して手もあまり掛からない子だったから……。そのなのはが初めて正直に気持ちをぶつけてくれた……。だから私たちはその時に思い知ったの『あぁ……私たちはこんなにも酷いことをしてしまった』って」

 

 少し涙ぐみながらも桃子さんは語る。今の桃子さんの様子がどれだけ当時のなのはちゃんに申し訳なさを感じているかがひしひしと伝わってきた。

 

「でもね……なのはが想いをぶつけてくれた時から……少しだけ楽になった気がしたの。士郎さんの容態は危険が続いていたしお店も大変で生活に変わりはないはずなのに……あの時なのはが私たちの中に加わってくれたおかげで……気持ちに余裕が生まれたのよ」

「本当ならばなのはへの罪悪感でもっと重苦しくなると思う……、だが不思議とその時俺たちは己を見つめ直すことが出来たんだ。そして気付いた、今のなのはから笑顔を奪ってしまうことは、本当に家族の終わりだと」

「私たちが守らないといけないのは…何だったのかなって。お店…? 生活…? 違う、本当に守らなければいけないのは家族なんだって気付いた。その中になのはが加わってようやく気付く事が出来たんだ」

 

 3人はさっきまでとは打って変わって晴れやかな顔を見せた。

 

「なのはに聞いたの、何かあったのって……。そしたらなのはすごく嬉しそうな顔でね『わたしに勇気をくれた人がいるの!』って言ったんだ」

「俺たちは名も知らぬ人物に凄く感謝したんだ、独りぼっちだったなのはに笑顔を与えてくれて、それを俺たち家族に分け与えてくれた」

「特徴は『歌が上手なお兄さん』しかなかったから……どんな人かわからなかったけどね、でもその人に私たちもお礼を言いたかったの」

「……僕もこの話を退院してから聞いたんだ。僕のいない間の家庭に起きた出来事を。とても悔しかったしとても辛かった。けど、慎一君、君があの時なのはと出会っていてくれたおかげで僕の家族たちは救われたんだ……だから」

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

 

「あ、兄ちゃんやっと戻って来た」

 

厨房から店へと戻るとはやてが少しむくれていた。どうしたのかと聞くと俺に話を聞こうとしたらいつの間にか店から居なくなっていたからだと。

 

「すまんすまん、ちょっと士郎さんたちと話しててな」

「話ってどうしたん? 長いこと戻ってこなかったけど」

「んー……大人の秘密ってやつ?」

「兄ちゃんまだ中学生やんか!?」

 

いいじゃん、細かいことは気にすんなよ。しかし妹はまだ何か言いたそうな顔をしているので、半ば無理やり納得させるためはやての頭を乱暴に撫でた。

撫でられたはやては『きゃーっ』と小さく悲鳴をあげたが、反対に顔は笑っていたので嫌がってないからまぁいいかと納得する。

 

「そんで? 俺に話って?」

 

はやてを撫でる手を止め話を聞く、はやてから『もう終わりなん……?』と視線が飛ぶ、終わりです。

いつまでも立っているのもあれなので席に着かせてもらおう、ちょうどテーブルはなのはちゃんの隣が空いてるな、ここにしよう。座る際に一言『失礼』と声を掛ける。隣に座った時なのはちゃんは『えへへ……』と少し顔を赤くして笑ったから歓迎されているのだろう。

 

「私たち今日まで互いにお兄さんと知り合いだったの知らなくてですね……」

「みんなお兄さんとどういう風に出会ったのか聞きたいんですっ」

 

ふむふむなるほど。アリサちゃんとすずかちゃん曰く、俺の口から話してほしいとの事か。まぁ別にそれは構わないので話し始めようか……、んー、3人の中で最初に会ったのはなのはちゃんだな。

 

ふと、隣のなのはちゃんを見る。彼女は俺の視線に気が付きこっちを向いた。

 

「……?」

 

黙って見つめたままなので不思議に思ったのかなのはちゃんは首を傾げた、その動作がまた可愛らしく思わず笑みがこぼれる。

 

「なのはちゃん」

 

そして俺は彼女の名前を呼んだ。

 

「はい?」

「……よく頑張ったね」

「え? あわゎ……っ」

 

彼女に一言伝え頭を撫でる。なのはちゃんは突然頭を撫でられたことに驚き戸惑っているが、気にせず撫で続けた。

『ふえぇ……なんでぇ……っ?』と困惑しているが、笑顔だった。

 

厨房で士郎さんたち受け取った『ありがとう』。

その言葉の意味は今のなのはちゃんの笑顔にある。

あの日、なのはちゃんとあの公園で出会うことが出来て本当に良かった。俺は心からそう思い話を始めたのだった。

 

 



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第12話『俗にいう原作開始、意味は知らん』

 

 森の中で少年が戦っている。身体には傷が付き無残な姿となりつつある。

 相手は何とも形容しがたい姿、俗にいう魔物というものだろうか。

 少年は不思議な方法で攻撃を放つ、まるで魔法……フィクションの世界だ。

 しかし相手をする魔物の力は強大、力及ばず少年は倒れ敗北した。

 少年は願う、誰か……力ある者へ、己に力を貸して欲しいと……。

 

 

 

 

 

 時は巡り季節は4月。

 春の麗かな陽気に包まれたこの頃、俺こと八神慎一はひとつ、またひとつと年を積み重ねていき、気付けば高校1年生になっていた。

 年齢は6月で16歳を迎える。徐々にだが前世の年齢へと近付いていってる。

 進学した高校は中学と同様近くの公立高校、公立の方が試験も簡単だし私立に進学するお金はもったいないからな、はやての為にこのお金はとっておきたい。

 ちなみに友人三人はいつも通りというか同じ高校だ。ツヨシは引き籠りだがちゃんと進学はする。義務教育とは違う高校ではどうやって出席日数をクリアするのかは知らない、ツヨシの七不思議の一つだ。早々に欠席が続くツヨシを担任が心配していたが時期に慣れるだろう、そういうものなのだと。

 

 そしてつい先日、入学式を済ませ通常授業がはじまったばかりだが、さっそく授業をサボりたくなった俺は部屋の布団から出ずにいた。

 目覚ましはさっき、スイッチを切った。これで俺の睡眠を遮るものはない、いざ行かん、パラダイス(夢の中)へ――。

 

「おはよう兄ちゃん、朝ごはん出来とるよ」

 

 ダメでした。

 

「んにゃ……、あと5時間……」

「はよ起きぃ」

「はい、すみません」

 

 ボケに突っ込むことなく言い放たれたため素直にベッドから出る。部屋の中には車椅子に座り可愛らしいエプロンを下げた我が妹のはやてがそこに居た。

 

「着替えて顔洗ったらご飯食べよう? 今日は和食やからな」

「あいよ、すぐ準備する」

 

『リビングで待っとるでー』そう言い残してはやては部屋から出て行った。

 さぁて、着替えるとするかねー。

 

 ……そういや、何か頭に引っかかる。何か夢でも見たか? でも既にどんな夢を見たのか全く覚えていないし……、気のせいだったかな。

 

 

 身支度を済ませリビングへと出ると、テーブルにはご飯と味噌汁、焼き魚に和え物、冷ややっことバランスの良い朝食が俺を出迎えた。

 

「「いただきます」」

 

 食事前の挨拶を済ませ、箸へと手を伸ばす。今日のご飯も美味そうだ。

 そのままはやてと共に朝食に舌鼓を打つことしばらく、ふとはやてが口を開いた。

 

「なんか今日変な夢を見たんよ」

「夢?」

「うん……、なんやろなぁ」

 

 曰く、傷だらけの少年が暗い森の中魔物と戦い敗れて倒れる夢。

 

 ……夢ってのはその日あったことを記憶として保存し、脳の作業中に起きる現象らしい、中には願望も混じるらしい……と、こないだテレビで聞いた記憶がある。

 まさかはやてさん……っ、貴方には男を甚振る願望が――『あらへん』――ですよねー。

 

「昨日見た映画の影響じゃないのか、そんな感じのシーンあったろ」

「うーん……、そのせいなんかなぁ。でもやけに現実味ある夢やったんよ。兄ちゃんは同じような夢見てへん?」

「俺は夢の内容とか覚えてないからなぁ」

 

 少し頭に引っかかったけど、今日見た夢も結局忘れたし。はやては『うーん……』と唸っていたがそんなに気に留める事でもないと思うけどねぇ。

 結局はやてはご飯を食べ終えるまで、納得することがなかった。

 

 

 

「んじゃ行ってくるわ」

 

 洗い物をはやてと共に片付け、カバンを持って玄関で靴を履く。時間はいつも通りで余裕が少しある。

 

「洗い物くらい私がやるのに、いつもありがとうな兄ちゃん」

「何言ってんだ、もう家事はほとんどはやてに任せてるんだしこれくらいは手伝わないとだろ」

 

 料理、掃除、洗濯など家のことは今でははやてが担っている。数年前までは調味料や火加減を間違えるほどだった料理の腕前は今じゃ見違えるほど上達した。レパートリーもかなり増えたし正直いうと俺より料理の腕前はもう上だと思う。

 

「ふふっ、私兄ちゃんの役に立っとるかな?」

「ばーか、はやての居ない生活なんか考えらんねぇよ」

「えへへ……嬉しいなぁ」

 

 頬を赤く染めてにっこりとはやては笑った。何年経とうとはやての笑顔は天使級の破壊力がある。恒例の『ぐはぁっ!』は本日も発動した。

 

「はやてに任せっきりだし、たまには俺も料理した方がいいかなぁ」

「じゃあ今日は兄ちゃんが作ってほしいなぁ、そんでなハンバーグ食べたいねん!」

「はやては相変わらずハンバーグ好きなんだな。うし、じゃあ俺が作るとするかな。材料も帰りに買って帰るよ」

「わーい」

 

 はやてが嬉しそうに万歳をする。そうと決まれば帰りはスーパーに寄らないとだな、改めてはやてに挨拶をして俺は家を出た。

 

 

 

 

 

 高校へは通学は自転車で行っている。雨の日が中々辛いが今日は見事な快晴。高校は海鳴市にあるので通学途中には風景を楽しむことが出来るのがうちの学校の良い所だ。

 学校へ自転車を漕いでいると、道中のバス停に見知った顔を見つけた。

 

「おはよ、なのはちゃん」

「あ、お兄さんおはよう!」

 

 バス停に居たのはなのはちゃんだった。なのはちゃんは私立聖祥大学付属小学校に通っており、ここの小学生はなんとバスで通学する、ブルジョワだねぇ。その為なのはちゃんはいつもここで待っていて、度々見かけるので声を掛けている。今日もまだ時間に余裕がある為、一旦自転車から降りて待つ間お話しすることになった。

 

「なのはちゃんは今何年生だったっけ」

「今年から3年生ですよ~。お兄さんは高校に通ってるんでしたっけ?」

「そうそう、ここからもうちょっと先のところなんだけどね」

「お兄さんの制服の学生さん、たまにお店で見かけますよ」

「あー、そういえばクラスの女子が噂してたな、翠屋大人気だね」

「えへへ、お兄さんも来てくださいね!」

 

 笑顔で歓迎をするなのはちゃん。参ったな……こんな可愛らしい笑顔で言われたら行きたくなるじゃないか……。

 よし、今日は翠屋に寄っていこう、そうしよう。

 

「そういえば今日変な夢を見たんですよ……」

「夢?」

 

 曰く、傷だらけの少年が暗い森の中魔物と戦い敗れて倒れる夢。

 ……あれ、これはやても言ってたな。なのはちゃんも昨日の映画見たのかな?

 まさか! なのはちゃんも男を甚振る願望が――『ありません』――何故キミらは人の思考がわかる!?

 

「失礼なこと考えてそうだったもん」

 

 ぷくーと膨れながら言われた。ほっぺに空気が溜まっていてなのはちゃんは如何にも『わたし怒ってます!』といった雰囲気が出ている。だが何故だろう、なのはちゃんが怒っていると怖いというか微笑ましい。

 ひとまず溜まっている空気を抜こうと思い、ほっぺをつんつんする。

『にゃあぁっ!?』とジタバタし始めたが気にせず続行、あとなんか可愛いし。

 

「お兄さんひどいですっ」

「あはは、ごめんごめん」

 

 可愛かったからついね、と付け足して言うが許してくれそうな顔はしてない。

 

「今の全部はやてちゃんに言っておきますからね」

「申し訳ございません許してください」

 

 深々と頭を下げる。はやてに報告はね……だめだよ、後で滅茶苦茶怒られる。

 なのはちゃんは一瞬で態度が変わった俺を笑い『じゃあ仕返しにつんつんします!』と言って俺のほっぺたを突き続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、バスが到着し乗り込んだなのはちゃんを見送って俺は高校へと向かった。

 学校ではいつもの友人が出迎え、いつも通り授業を受け過ごす。授業内容は覚えてないが、まぁ何とかなるだろう。

 そして時はあっという間に過ぎ放課後。龍也はいつの間にか始めていたバイトに行くらしく早々に鞄を持って出て行った。

 

「んー、どうすっか」

「ツヨシのとこでもいいけど、なんかそんな気分じゃないね」

 

 やることがなくなってしまった。ツヨシ家行く以外だとあんまり選択肢がないんだよな……。

 

「龍也に習って僕らもバイトする?」

「んー……バイトねぇ」

 

 バイトかぁ……興味はあるけどあんまり遅くなるとはやてが可哀想だしなぁ。時間の都合がついてうちの家の事情に理解があるバイト……ないか。

 

「とりあえずゲーセンでも行く?」

「そうだな、たまにはいいか」

 

 いつまでも教室に居て時間を潰すのもあれだったので、ひとまずゲーセンという事で結論がついた。

 

 

 

 

 

 

 結局久々に行ったゲーセンは案外面白く気付けば時間が結構経っていた。

 

「んじゃ僕こっちだからまたねー」

「おーう、また明日」

 

 リンは今日は本屋に寄るとのことなので途中で別れる。そういえば俺も帰りに夕飯の食材買うんだったな。

 自転車へまたがり近くのスーパーへ向かう。ここからだと……あそこの道を曲がれば行けっかな。獣道みたいなとこだが方角的にはあってるし、まぁなんとかなるだろう。

 

 自転車をスイスイと進めていると前方に見知った三人組を見つける。

 

「あれ? お兄さんだ」

 

 向こうも俺に気づいたみたいで声を掛けられる。そこに居たのは朝一緒だったなのはちゃん、そしてアリサちゃんとすずかちゃんだった。俺は自転車から降りて二人に声を掛ける。

 

「おー、こんなとこでなにしてるんだい?」

「ここ、塾への近道なんですよ」

「はー、なるほどなぁ」

 

 そういえば三人は塾に通っているんだっけ、ご苦労様だなぁ。聖祥って私立だし塾通うくらいしないと厳しかったりするのかねぇ。

 

「お兄さんはこんなところでどうしたんですか?」

「あー、俺ね、友達とゲーセン行ってきてその帰りなんだよ」

「ゲーセン……?」

 

 すずかちゃんは可愛らしく首を傾げる。ああ、あんまり聞き覚えがなかったかな。軽くゲームセンターについて説明するとすずかちゃんは『なるほど……』と納得してくれた。

 

 そういえばさっきからなのはちゃんが会話に入ってこない、どこか少し元気ないというか上の空というか……。

 

「なのは……、なのは!!」

「うにゃっ!? どうかしたのアリサちゃん!?」

「どうかしたのはこっちのセリフよ、さっきからどうしちゃったのよ」

「なのはちゃん……、やっぱり具合でも悪いの? さっきから変だよ?」

 

 アリサちゃんに声を掛けられ驚いた反応をする。さっきまでの会話は耳に入ってないようだ。すずかちゃんの発言からするとさっきからこんな感じらしい。

 

「にゃはは……大丈夫だよ二人と……も?」

 

 心配を掛けまいと大丈夫と二人に伝えようとし、俺と目が合った。

 

「やぁ、なのはちゃん。朝以来だな」

「ふえぇーっ!? なんでお兄さんがぁっ!?」

「いや、さっきから居たんだけど……」

 

『知らないよぉ~っ!!』とあたふたするなのはちゃん、なんというか見てて癒される。アリサちゃんは『何やってんのこの子は』と呆れた顔をしてるし、すずかちゃんも『あはは……』と困った顔をしてなのはちゃんを見ていた。

 

「はぁ~……。……っ!?」

 

 すると突然なのはちゃんは何かに気付いたように周囲をキョロキョロと見回した。

 

「なのは……?」

「今……何か聞こえなかった?」

「……何か?」

「何か……声みたいな」

「うーん? 聞こえなかったけどなぁ」

 

 なのはちゃんは一体どうしたのだろうか、俺たちには何も聞こえなかったがなのはちゃんには聞こえたみたいで気になっている様子。

 

「……っ!」

「なのは!?」

「なのはちゃん!?」

 

 突如駆けた、驚きの声を上げた二人を振り返ることなくグングンと前へ進んでいく。このままだと見失うな……、俺は二人に声を掛け共に後を追った。

 

「どうしたのよなのは……っ」

「きっと何か走りたくなるような葛藤でもあったんじゃねぇのかっ」

「そ、そんなぁ……っ」

 

 無駄口叩かないで早く走れってな、というかすずかちゃん足早いな……っ。

 やがて走っているとしゃがんでいるなのはちゃんを発見した。足元にあるのは……動物?

 

「なのはちゃん、その子は一体……?」

「その子、怪我してるじゃない……っ」

「うん、どうしよう……?」

「ど、どうしようって……」

「まぁまぁ落ち着けって、ひとまず病院に連れていこう。近くに動物病院あったはずだし」

 

 ここから近いのは……槙原動物病院だったか。ってなのはちゃんその子を俺に向けないで……っ、俺は動物が苦手なんだぁーーっ!!

 だがそんな俺の想いは知らずなのはちゃんは動物を抱えたまま俺を見上げていた。

 仕方ないか……、動物は苦手だがひとまず我慢し、俺はスマホで病院の場所を探すのだった。

 

 

 

 

 

 その後病院で動物を診てもらいひとまず今夜は預かってくれることとなった。ちなみに動物はフェレットというのでありイタチの仲間みたいなものらしい。結構衰弱していたようでなのはちゃんが見つけなければ大変なことになっていたかもしれない。

 

 ただ……問題はだ。

 

「ふーん……、飼い主の問題なんやなぁ」

「そうそう、誰が預かるのかって話」

 

 夕食をはやてと食べながら今日起きた出来事を話す。今夜中は病院で預かってくれるから良いとして今後あのフェレットをどうするかが問題になっている。

 なのはちゃんのとこは喫茶店だし、他二人も別の動物をたくさん飼っているためフェレットを住ませるのは危険だそうだ。

 だから一番預かりやすいのははやてと二人で暮らしているうちなんだが……。

 

「私はええよ? フェレットって可愛いし」

 

 この通りはやても賛成をしてくれている……。だが!!

 

「俺が困る」

「兄ちゃん、フェレットってこんなに小さいんやし大丈夫やろ……?」

「ば、バカ言うな、怖いものは怖いし!!」

「兄ちゃん恰好悪いで……」

 

 格好良かろうが悪かろうが動物は怖くてだめなのだ、しょうがないじゃん。だが俺の反応にはやては呆れた様子で溜息を吐いた、ひどい。

 

「なのはちゃんごめんなぁ……兄ちゃんが情けなくて」

「おいおい、大好きな兄ちゃんに対してそれは無いだろう」

「だったらフェレットくらい触れるようになりぃ」

「ごめんなさい無理です」

 

 またもはやてはため息を吐いた。しかも凄くわざとらしいように大きく。

 余談だがフェレットは病院で少し目が覚めた時、拾った恩によるものか、なのはちゃんの指を舐めて次に何故か俺の方に向いたのだが、俺はサッと半歩後ろに下がったのだ。この行動をアリサちゃんは以前俺が犬にビビっていたことで動物嫌いなのを知っていたためか苦笑をしていた。

 

「と、とりあえずなのはちゃんが家で預かっていいか聞いてくれるらしいから」

「なのはちゃんが駄目だったらどうすんのや?」

「……」

「はぁ~……」

「溜息ばっか吐くと幸せ逃げちゃうよ!?」

 

 最悪、だ。最悪なのはちゃんがダメだったら……龍也とリンに聞いて……それでもダメならツヨシに投げようそうしよう。俺は決して自分で預かることは認めようとしないのだった。

 

 



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第13話『夜のとてつもない出会い』

 

 

「兄ちゃんお風呂あがったよー」

「あいよー」

 

 はやてがお風呂から戻りパジャマ姿でリビングにやってくる。大分温まってきたようでポカポカとした表情をしている。その一方の俺はソファに寛いでドラマ見ていた。

 

 あ、そうそう、なのはちゃんから連絡があって、フェレットを預かれることになったって! やったぜ!!

 これを伝えた時のはやてはそれはもう大きなため息を吐いた、仕方ないじゃん……。

 

「兄ちゃんまたそのドラマ見とるんやね、好きやなぁ」

「いやぁ、結構面白いんだよ」

 

 俺が見ているドラマはお馬鹿なやくざが学校に通い卒業を目指すというもの、結構笑いがあって面白い。

 

「これ見終わったら入るわ」

「はーい、私はお部屋に戻っとるよ」

 

 はやてに手を振り、ドラマへと視線を戻す。ドラマでは学校名物のプリンを得るためにクラス対抗で追いかけっこをしている。うわぁ……プリン食べたくなってきたよ。

 

「……っ、なんや……これっ」

「……? どうしたはやて!?」

 

 後ろを振り返るとはやてが頭を押さえていた、何事かと思いはやてへ駆け寄る。

 

「声……声が聞こえるんよ……っ」

「……? 誰が何を言っているんだ?」

「わからへん、ただ、助けてって……私を呼んでる……?」

 

 はやてが聞こえているという声は俺には聞こえない、一体何が起きているんだ……? はやては今も『うぅ……っ』と頭を押さえている。

 

「とりあえず休もう、きっと疲れてるのさ」

「で、でもぉ……、明らかに呼んでおるんよ!?」

「昨夜から変な夢見たりしてるんだし、その影響だって、な?」

 

 はやては疲れているんだと俺は思う、ここ数年は家事も頑張ってくれているし無茶をさせてしまっている。だから今のはやては休息が必要だ。そう思ってはやてを部屋に連れて行こうとするが彼女はイマイチ納得をしてくれない。

 

「兄ちゃんは……信じてくれへんの?」

「え……?」

 

 どことなく寂しそうな目で、はやてが俺を見上げていた。

 

「本当に聞こえるんや、今も誰かが『助けて』って言っとる。それなのに……兄ちゃんは信じてくれへんの?」

「は、はやて……?」

「兄ちゃんなら……何があっても私を信じてくれる……、私はそう……思って……っ」

「……っ、はやて!?」

 

 俺を縋るように見上げていたはやてが力なく車椅子へ座り込む。はやてに声を掛けるがまるで反応がない。だがやがて『すぅ……』と寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったらしい。

 眠っただけだと安心をして俺はホッと息を吐いた。ただ風呂上がりでこのままここにいると風邪をひいてしまうのではやてを部屋へと連れて行く。

 

「すぅ……すぅ……」

「ったく……どうしたってんだ」

 

 はやてをベッドに寝かせ布団を掛ける。訳が分からなく苦痛の表情を浮かべていたはやてだったが、今では安らかな顔をして眠っている。

 

「きっと……疲れてただけだよな」

 

 スッとはやての頭を撫でる。彼女の髪は良くケアをされていて撫で心地がとても良い。撫でられたはやては『んっ……』と声を漏らし身じろいだが目を覚ますということは無かった。

 

「はやて……」

 

 ふと先程のはやての言葉を思い返す。

 

『兄ちゃんは……信じてくれへんの?』

 

「……」

 

『兄ちゃんなら……何があっても私を信じてくれる……、私はそう……思って……っ』

 

「……そうだよな」

 

 俺は……はやての兄だ。兄ならば、妹の言葉は信じてあげないとな。

 

「んじゃ、ちょっくら行ってくるな」

 

 もう一度軽くはやての頭を撫でる。はやてに俺の決意が伝わったのか分からないが『にい……ちゃん』とはやては声を漏らし俺は少し微笑ましくなった。

 

 4月とはいえまだ夜は寒い、俺はコートを羽織って外へと出たのだった。

 

 

 

 

 

 さて、はやての言葉を受けて外に出たはいいが、行く当てがない。どうすればいいのだろうか。

 とにかく闇雲に自転車で適当に道を走っていく。せめてはやてに手がかりでも聞いとくんだったな。

 

「……ん? あれは、なのはちゃん?」

 

 位置的には夕方に訪れた動物病院、そこにはなのはちゃんがいた。

 

「おーい、なのはちゃーん」

「え、お、お兄さん!?」

 

 自転車のスピードを上げ彼女の下へと着く、なのはちゃんは俺がこの場に居たことにとても驚いているようだ。

 

「なのはちゃん、こんな所で何を?」

「わ、わたしは声が聞こえて……」

 

 声……? なのはちゃんまではやてと同じようなことを言っている。もしかしてあれなのか、子供にだけ聞こえるモスキート音てやつなのか? そんな馬鹿な……。

 

「お兄さんこそどうしてここに?」

「ああ、俺もはやてから――」

 

 その時、突如風が吹いた。さっきまで風なんて吹いてなかったのにどうして……?

 そして更におかしな現象は続く、今は夜で辺りが暗いのは当たり前だが……それなのに更に闇が深くなっていった。何だろうこれは? 何か嫌な雰囲気だ……。

 

「な、何が起きてんだ……?」

「うぅ……、また……この音……っ」

「な、なのはちゃん!? 大丈夫か!?」

 

 なのはちゃんは耳を押さえよろめいていた。音……、また彼女たちに聞こえる何かが……? 一体何だってんだ、俺には聞こえないぞ……。

 よろめいたなのはちゃんの身体を支えていた時だった。突如、建物から大きな衝撃音。そして入口から走ってくる小さな動物、あれは……夕方の?

 

「わ……っ」

 

 フェレットはジャンプをしくるっと一回転。そしてポスンと、なのはちゃんが差し伸べた腕に着地した。

 

「……な、なんだあれ?」

 

 フェレットが着地したと同時に再び衝撃音、そして奥から現れたのは黒づくめのナニカだった。

 

「きて……くれたの?」

 

 得体の知れない何かを観察しているとふと聞こえる声、しかしこの声は俺となのはちゃんどちらにも当てはまらない。それじゃあ残るは……?

 声が聞こえた場所ははやや下の方向、ちょうどなのはちゃんの腕の辺り。まさかなと思い2人で共に声の主であろうものを見る。

 

 やや制止すること数秒、この事態を理解するのに僅かとはいえ時間が必要だった。

 

 えーと……、やっぱりこいつだよな……?

 

「「しゃ、しゃべったぁ!?」」

 

 俺たちが声を上げたのは同時だった。それはもう驚いたよ。なんでフェレットが……っ?

 

 だが、今の状況は俺たちにフェレットを追及する時間をくれなかった。むしろ数秒とはいえ時間をくれたのが奇跡すぎる。唸り声を上げる化け物は明らかにフェレットを狙っている……よな?

 

「お、お兄さん……っ、もしかしてこれはとても危ない状況なのでは……っ?」

「……だな。……逃げるぞっ! 後ろに乗るんだ!!」

 

 なのはちゃんを荷台に乗せ、俺は自転車へと跨る。やばいのはとにかく分かった、今は逃げるのみ……っ!!準備が出来るととにかく俺はペダルを力いっぱい漕いだ。どこまで逃げればいいのかはわからんがとにかく今はヤツから離れなくちゃいけない、アイツはやばい……っ!!

 

「いったい何が起きてるの~っ!?」

「なにが何だかさっぱりだ!!」

 

 はやての言った声を信じここまで来た。だがまさかこんなことになるなんて思いもしなかったぞ!!

 はやてに恨みの想いを抱いているとなのはちゃんの肩へと乗っていたフェレットが口を開いた。

 

「……君には資質がある」

「え……?」

「資質……?」

 

 何のことかわからなかった。肩越しにフェレットを見ると、どうやらフェレットはなのはちゃんに対して言っているらしい、なのはちゃんには”資質”があると。

 

 それからフェレットは説明を始めた。曰く、彼(?)はとある探し物をしに別世界からやって来た。だがその探し物は自分一人では事が収拾つかない可能性があり、資質を持ったなのはちゃんに協力を求めたいとの事だ。

 

「お願いです、お礼は必ずします! だから僕に……力を貸してください」

「お、お礼とか言われても……」

 

 必死な態度のフェレットになのはちゃんは困っていた。それもそうだ、いきなり資質があるやらお礼をするから助けてほしいと言われてもだ。

 

 ――だからこそ、反応が遅れてしまった。

 

「……っ!? なのはちゃん!! 危ない!!」

 

 上からの気配、すっかり距離を離せていると油断していた。化け物はいつの間にか追いついていて気づいたときには上から襲い掛かってきていた。

 

「きゃぁっ!?」

「ぐぉ……っ!!」

 

 化け物が降って来た衝撃で俺たちは自転車ごと吹き飛ばされる。自転車から投げ飛ばされた衝撃で俺は化け物の前方に、なのはちゃんとフェレットは後方に位置する形となった。

 

「……っ、くそ……っ」

 

 痛みで身体がズキズキする。上手く力が入らないがなんとか身体を起こす。そして顔を上げた先……化け物は後ろのなのはちゃんたちの方へにじり寄っていた。

 

 まずい……っ、このままじゃなのはちゃんが……っ!!

 

「(何か……何かないのか……っ!)」

 

 化け物の気を引けるだけでいい、このままではなのはちゃんが危ない……っ。

 俺は無意識にコートのポケットへ手を伸ばした。そしてそこにはあった、この状況で求めていたヤツの気を引けそうな物が……。

 

「(これ……あの時の……)」

 

 ポケットに入っていたのは昔龍也からはやてにへと受け取り、結果アリサちゃんを助けるため暴漢へ投げつけたねずみ花火だった。

 どうして今この花火がポケットに入っているのかはわからない、ただ、今はこの偶然に感謝し縋るしかなかった。

 

「こっちだ化け物ぉっ!!」

 

 線を抜き発火させ、化け物へと投げつけた。

 発火した花火大きな破裂音を響かせ化け物へと向かっていく。

 

「――」

 

 破裂音が迫ってきていたせいか、化け物は横へと飛んだ。結果的に彼女から気を反らすことが出来たようだ。

 

「――」

 

 花火が飛んで来た方角へ化け物は振り向く、結果的にその方向に俺は居て、化け物と俺の目が重なる。

 

「……っ」

 

 なんと説明したらいいのだろう……。鋭い眼光、真っ赤な瞳にどす黒い体毛……。なんていう恐ろしさだ、あまりの恐怖に俺は思わず唾を飲み込む。ちゃんと対峙した化け物はそれはもう見事なまでの化け物だった。どんな器量の持ち主だってこいつの姿にはビビるだろう……。

 既に役目を終えたねずみ花火は鎮火し真っ黒になって落ちている。ヤツは既にこの花火は効果が無くなったと理解をしたのか意にも留めず踏み潰し、じわりじわりと俺との距離を詰めていた。

 

「(怖い怖い怖い怖い――っ!!)」

 

 恐怖で身体が動かなくなる、初めて殺されたあの時、暴漢と対峙したあの時、そんなものとは比べ物にならないくらい今まで抱いたこともないくらいの恐怖心でいっぱいだった。

 化け物は一歩また一歩と近寄ってくる、だめだ……逃げないといけないのに体が動かない……っ。

 

「……っ、お兄さん!!」

 

 なのはちゃんが叫んだ。

 

「……っ!」

 

 何やってるんだ俺は……。何のために化け物の気を引いたと思ってるんだ……!? こんなんじゃ意味がないだろう!!

 

 幸いにも自転車はすぐ手元にある。

 

「……っ、来やがれ化け物!!」

 

 駆けた。それが合図だった。

 

「――っ!!」

 

 ヤツが飛び掛かってくる。だがそれよりも一瞬早く俺の身体は動いた。その一瞬のおかげか化け物が飛びついた先に俺は居ない。その間に俺は自転車に乗りペダルを漕いだ。

 だがペダルを漕ぎ始める一瞬、化け物が飛びついた場所を見た。足元は大きく割れその周りもひびが大きく入っている。

 

 ――ゾッとした。

 

 アレに飛び乗られたら最期、俺の身体は直ちにペシャンコになっただろう。

 

 今もなお命があること、五体無事なことにホッと息を吐く暇もなく化け物は攻撃が失敗に終わったことを理解し、次の行動を起こそうとしていた。

 

「うおおぉぉっ!!」

 

 力いっぱいペダルを漕ぐ、とにかく今は少しでもこの場から離れなのはちゃんを危険から遠ざける。俺の頭にはそれしかなかった。

 

 化け物に捕まればゲームオーバー。ここに今命がけの追いかけっこが始まったのだった――。

 

 



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第14話『無事ならそれが一番だな』

 

 side 高町なのは

 

「お兄さん!?」

 

 お兄さんが自転車で走り去って、化け物が追いかけていく。わたしはそれを見ているしか出来なかった。

 

「マズい、彼には戦う力がない……っ」

 

 フェレットさんが言った。お兄さんにはさっきの化け物と戦う力を持っていない、だから追いつかれたらお終いだと。

 嫌だ……そんなの嫌だ……っ、お兄さんがやられちゃうなんて考えたくない……っ。

 

 お兄さんはきっとわたしの為に化け物を引き付けてくれたんだ。さっきだってわたしたちに襲い掛かろうとしてたのをお兄さんが助けてくれた。彼だって怖かったはずなのに……それでもわたしを助けようと戦ってくれたんだ。

 

「お願いっ、どうしたらお兄さんを守れるの!? わたし、お兄さんを守りたい!!」

 

 さっきフェレットさんはわたしに資質があるって言った。もし、その力が本当にわたしにあるのなら……わたしは藁にも縋る想いだった。

 

「これを……受け取ってください」

 

 フェレットさんは赤い球を加えていて、わたしはそれを受け取った。

 なんだろうこれ……、暖かくて……不思議な感じがする……。

 

「目を閉じて、心を澄ませて……僕のいうとおりに繰り返して」

「う、うん……」

 

 言われたとおりに目を閉じる、すると不思議な感覚がわたしの身体を伝っていった……。

 

「我、使命を受けし者なり、契約のもと、その力を解き放て、風は空に、星は天に」

「我、使命を受けし者なり、えと……契約のもと、その力を解き放て、風は空に、星は天に」

 

 ドクン……ドクン……と鼓動を刻むのがわかる、それと同時に今まで感じたことのない不思議な力が溢れてくる……。

 

『そして、不屈の心は、この胸に! この手に魔法を! レイジングハート、セット、アップ!』

【Stand by Ready.Set up】

 

 

 

 

 

 side 八神慎一

 

「はぁ……っはぁ……くそっ!」

 

 自転車を漕ぎつづけてどれくらい経っただろうか、実はあんまり経ってなかったりするんだろうか。ただひたすらにペダルを漕ぎ続ける、止まれない、止まってしまったら待っているのは"死"だ。

 後ろからは相変わらず化け物が追ってきている、周りの壁とか酷いことになってるけど大丈夫なんかなあれ……。

 

「――――っ!!」

「うぉっ!?」

 

 追いかけっこにいい加減痺れを切らしたのか、化け物はただ俺を追い続けるというのを止め、球体を放ち攻撃してきた。

 

「ちょ……っ、や、やば……っ!」

 

 放たれた球体は小さいが威力は充分で地面に接触するとドカンと音を立てて爆発をした。爆発により振動が発生して地面が揺れる。突然の揺れに反応できるわけがなくバランスを崩した俺は空中へ放り投げられる。

 

「っぅ……」

 

 自転車から俺は大体10mくらい放り投げられる、受け身も取れず地面に着地した際右手を下にしてしまったせいか変に捻ってしまい激痛が襲った。

 一方の化け物は作戦が成功した余裕か、俺が地面に転がったのを見届けると走るのを止め、ゆっくりと迫って来た。

 

「く、くそぉ……っ」

 

 なんとか上体を起こすも地面に叩きつけられたことで体中に激痛が走る。起き上がることが出来ずに尻餅をつきながら後ずさることしか今の俺には出来なかった。

 化け物は一歩、また一歩と近づいてくる。途中俺が放り投げられたことにより自転車が道端に転がったままだったがヤツは意にも介さず踏み潰した。自転車は見事なまでにペシャンコになり俺は『あぁ……ツヨシからもらった自転車なのになぁ……。明日からの通学どうしよう』などと考えていた。今のままだと明日の心配どころか今夜無事帰れるかだというのに。

 

「……っ」

 

 距離が縮まってくる、俺は少しでも応戦しようと衝撃で砕け散ったコンクリートの破片を投げつけるも、ヤツは避けることもせず受け止める。どうやらダメージは全くと言っていいほどないようだ……。

 

「(はは……っ、ここまでかな……)」

 

 思えば殺されそうになるのはこれが初めてじゃない。それによるものなのか諦めがついたせいなのか解らないけどもやけに俺は落ち着いていた。

 1度目は初恋の女の子に殺され、2度目の今度は訳の分からない化け物に殺されるのか……。俺の人生はいったいどうなってんのかね? 普通の死では終われない星の下に生まれてしまっているんだろうか。

 

 ヤツは飛び上がりクルクルと高速で回転をする。どうやらそのまま俺に体当たりをするつもりらしい。

 このまま当たれば俺の身体はスクラップのように潰されるだろう、ちょうどヤツに潰された自転車のように。

 

 ……そういや、なのはちゃん逃げ切れたかなぁ……? 元々彼女を逃がせるようにこうして囮になったんだし、結構逃げまわったと思うから無事だといいんだけど……。

 それにあの喋るフェレットはなんだったんだろう、謎のままだ。そもそも何であの動物が狙われてたのかもわからないし、この化け物は一体何なんだ。解らない事ばっかりじゃないか。

 

 まぁ、もう関係ないことか……。

 

 迫りくる化け物、何故だかこの時間だけとてもスローに感じられた。人は危険が迫った時に物事がスローモーションに感じると聞くがまさにそんな感じだ。

 

 化け物が迫ってくる。死はもう目前だ。

 

「(……はやて)」

 

 残されてしまうたった一人の大事な妹を想いつつ目を閉じながら俺はその時を待った……――。

 

 

 

 

 

【Protection】

 

 

 

 

 

「……?」

 

 いつまで経っても衝撃はやってこなかった。

 

 どうしたのだろうか、恐る恐る目を開けるとそこには予想だにしない光景が映った。

 

「……なのはちゃん?」

 

 逃げ延びたと思っていたはずの彼女がそこには居た。しかもどういうことなのか化け物の体当たりを防いでいる……?

 それになのはちゃんが持っている杖と目の前に広がる桜色の透明な壁、おまけに服装がさっきと違う……、一体何が起きているんだ、頭の整理が追い付かない……。

 

「――――っ!!」

 

 化け物は壁に弾かれるように吹き飛び身体が分散した。

 

 倒した……のか?

 

「よかったぁ……お兄さん……よかったよぉ」

「なのはちゃん……どうして……?」

 

 化け物が吹っ飛んだのを確認すると彼女は振り返る、俺を見るその目は少し涙ぐんでいた。

 

「だって……お兄さんがいなくなっちゃうと思って……それで……っ」

「あ、あわわ……、落ち着いて」

 

 しゃがみこみ、そのまま俺へと抱きつくなのはちゃん。『えぅ……っ』と声を押し殺すように泣いている。俺はそんな彼女をただあやすように撫でることしかできなかった。

 

 ひとまずこれで脅威は去ったのか……、と思ったのも束の間だった。

 

 飛び散ったはずの化け物の破片が、次々と本体へ集まっていく。あれってもしかして再生をしているんじゃ……。

 

「ダメです、まだ来ますよ!」

 

 フェレットが言うとなのはちゃんはハッとなって振り返った。

 

「ジュエルシードを封印しない限り、あれはずっと再生し続けます。さぁ、さっき僕が言った通り心の中に呪文を思い浮かべて下さい!」

「……うんっ!」

 

 なのはちゃんは目を閉じ、そしてスッと杖を構える。

 その間に化け物は再生を終え、姿が戻ると俺たちを見て雄叫びを上げた。

 

「封印すべきは、忌わしき器! ジュエルシード!」

 

 フェレットが叫んだ。そして同時に化け物が突っ込んできて今度は身体から4本の触手を生やしなのはちゃんへ繰り出した。

 

「なのはちゃん!! 危ないっ……――」

【Protection】

 

 聞き覚えのない機械音声と共になのはちゃんの前に先程俺を守ってくれた壁が展開された。壁によって防がれた触手は消滅していき、化け物は呻き声をあげる。

 

「今だっ!!」

【Sealing Mode.Set up.Stand by Ready】

 

「リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアル21、封印!」

【Sealing】

 

 なのはちゃんが叫ぶと杖の先から桜色の帯状が化け物に巻きつく。帯はやがて化け物全体を覆っていき、そして……。

 

「――――っ!?」

 

 化け物が叫び声をあげながら光に包まれ……消滅した。

 

「……やったのか?」

 

 俺の呟きになのはちゃんはフェレットを見る。そしてフェレットはコクッと首を縦に下ろした。

 

「ほっ……」

「あれ、何だろう……」

 

 やっと終わって安全が確保された。そう思うとホッとして息を吐いた。なのはちゃんは何やら見つけたようでトコトコと歩いて行く。

 

「これがジュエルシードです。レイジングハートで触れて」

「うん……」

 

 フェレットの言葉を受けなのはちゃんは杖を前に出す。すると地面に落ちていた光っている石が杖に取り込まれる。

 

【Receipt number XXI】

 機械音声が告げるとなのはちゃんは光に包まれる。そして、さっき別れた時と同じ服装に戻った。

 

「あれ……終わったの?」

「はい、貴方のおかげで……。ありが……とう」

「え、お、おいっ!?」

 

 お礼を告げるとフェレットは力なく倒れ込む。なのはちゃんもフェレットに気が付き側に駆け寄る。

 呼吸は……しているな、どうやら眠っただけのようだ。

 

 フェレットが無事なのを確認するとなのはちゃんは安心し『ふぅ……』と息を吐いた。

 

 ただ、その時だった。聞こえてくるパトカーのサイレン音。しかも段々と近付いてくる。

 

「も、もしかして俺たち……」

「ここにいると大変アレなのでは……」

 

 俺となのはちゃんは顔を見合す。そしてなのはちゃんはフェレットを抱えて。

 

「逃げろぉーーっ!」

「ごめんなさーい!」

 

 ひとまずこの場から脱出することだけを考え、その場から走り去った。

 

 

 

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

「こ、ここまでくれば大丈夫だろ……」

 

 なのはちゃんの家の近場の公園に入り込み、ベンチに倒れ込むように座る。サイレン音も聞こえなくなったしもう大丈夫だろう……。なのはちゃんはまだ息を切らしていてゼーゼーと肩で息をしている。

 

「なのはちゃんここで待ってて、何か飲み物買ってくるよ」

「あ、ありがとうお兄さん……っ」

 

 まだ喋るのもいっぱいいっぱいみたいだな、なのはちゃんの様子に苦笑しながら園内の自販機へと足を進める。飲み物は……オレンジジュースでいいか、自分の分のコーヒーも併せて買って彼女のもとへと戻る。なのはちゃんはだいぶ息が落ち着いてきたようだ。

 

 ベンチへと戻りなのはちゃんにジュースを渡す、受け取った彼女は『ありがとう』と微笑んだ。俺もベンチへと腰を掛けコーヒーを飲みながら先程までの出来事を振り返る。

 はやてから誰かが呼んでいると言われ向かった先で何故かなのはちゃんと会って、いきなり現れた化け物、そして喋る謎のフェレット。俺が囮になって化け物に追い詰められたときに姿を変えたなのはちゃんが登場、無事撃破。

 ……まったくわけわからんな。わけわからんことが多すぎて頭が追い付かない。さっきの力は何だったのか今すぐにでもなのはちゃんに聞きたいが表情からするにまだ理解が追い付いてなさそうだ。彼女の手の中で眠るフェレット、こいつが目覚めるまでお預けだな。

 

「うーん……っ」

「あ……」「お……?」

 

 そう思っていた矢先、なのはちゃんの膝の上で眠っていたフェレットが目を覚ました。

 

「もう大丈夫なの? 怪我、痛くない?」

「はい、怪我は平気です。もうほとんど治っているから」

「本当だー、怪我の痕がほとんど消えてる……。すごーい……」

「助けてくれたおかげで、残った魔力を治療にまわせました」

 

 何が起きてそうなったのか俺にはちんぷんかんぷんである。なのはちゃんも同じような感じだし……。

 

「よくわかんないけど、そうなんだ。ね、自己紹介していい?」

「それもそうだな、俺たちまだ互いの名前知らないし」

「あ、うん」

 

 いつまでもフェレット呼びもあれだしな。

 

「えへん。わたし、高町なのは。小学校3年生。家族とか仲良しの友達は、なのはって呼ぶよ」

「俺は八神慎一だ。まぁ気軽に慎一でいいぞ」

「わたしはお兄さんって呼んでるけどね」

「僕は、ユーノ・スクライア。スクライアは部族名だから、ユーノが名前です。よろしくお願いしますなのはさん、慎一さん」

 

 これで互いに自己紹介を終える。するとユーノは申し訳なさそうに続けた。

 

「すいません……僕の都合であなたたち2人を巻き込んでしまいました……」

 

「あ、その……、えーと、多分、わたしは平気」

「俺の事も気にすんな、あんな状況じゃ仕方ないって」

 

 まだ納得し切れてない様子のユーノだがこればかりはしょうがないだろう。ユーノに悪意あってとかじゃないんだし。

 ひとまずここじゃ落ち着かないだろうってことと、もう遅いしなのはちゃん家へ向かう事になった。

 

 そして待ち受けていたのは……。

 

「おかえり」

 

 鬼が待っていた。

 

「お兄ちゃん……」

「こんな時間に、どこにお出かけだ?」

「あの、その、えーと、えと……」

「それに慎一、どうして君も一緒なんだ?」

「あー……なんていいますか、なりいきというか……」

 

 まるで凍てつくような視線、なんだろうさっきの化け物よりこちらの方のが怖いんだが……。

 

「あれですよ、ちょっとこの子が心配で見に行ったら偶然なのはちゃんと会ってですね」

「この子ってフェレットのことか?」

「そうそう」

「お前動物嫌いなんだろう、何を心配するんだ」

「うぐっ……」

 

 そもそも俺の理由ははやてに言われてだからな……。だからといって馬鹿正直に話したらはやてに変な印象与えちまうかもしれないので黙っているしかない。

 

「あら可愛い~」

「あ、お、お姉ちゃん……?」

 

 どう誤魔化したものか考えているといつの間にか現れた美由希さんがユーノに触れていた。

 

「あら? 何か元気ないね。なのははこの子の事が心配で様子を見に行ったの?」

「えーと、あと、その……」

「……気持ちはわからんでもないが、だからといって内緒でというのはいただけない」

「まぁまぁ、いいじゃない。こうして無事に戻ってきてるんだし。それになのはは良い子だから、もうこんなことしないもんね?」

「うん、その、お兄ちゃん? 内緒で出かけて、心配かけてごめんなさい」

「うん」

「はい、これで解決」

 

 なんかトントン拍子で高町家によって解決に至った。美由希さんのおかげだな、とにかくありがたい。

 

「だが慎一、お前はだな」

「えっ」

 

 またなんか矛先が向いてきたんだけど!?

 

「なのはをこんな遅くまで連れ出すとはどういうことなんだ」

「いやいやいや、俺は偶然会っただけなんですけど!?」

「それでもだ!」

「んな理不尽なぁ!?」

 

 この後、余計なお説教が追加されたのは割愛させてもらおう、とほほ……。

 



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第15話『俺が出来る事』

 

「うぃーっす」

「おー、おはよう」

「おはー、相変わらず眠そうだねぇ」

 

 学校へやってきていつもの友人たちに朝の挨拶をする。席も偶然固まってて合流しやすい、これがいつもの朝の風景だ。

 

「そいや慎一知ってる?」

「んぁ、何が?」

「昨日、近くの動物病院で大きな事故があったんだって」

「えっ」

「あー、それオレも知ってる結構でかかったらしいな」

 

 その事故とはもしかしなくても昨日のアレだろうか……。

 

「壁が壊れるくらい凄かったらしいよ」

「ニュースになってなもんなぁ」

「ヘ、ヘェー、ソウナンダァー」

「……なんか慎一やけに汗かいてない?」

「き、気のせいだって、この教室暖房効きすぎなんだろっ」

「いやお前この時期に暖房入ってるわけないだろ……」

「あ、あれ? じゃあなんでだろうなー?」

 

 とにかくその場は話を終わらせるのに必死だった。というか逃げた。

 

 

 

 

 

「ふぅ……やれやれだ」

 

 結局追及を逃れるために教室を出て行ってしまった。もういいやこのまま授業サボっちまえ。

 

「にしても昨日のアレ……現実なんだよな」

 

 未だに実感が湧かない、喋るフェレット、魔法少女になったなのはちゃん、殺されそうになった俺。全部夢みたいな話だ。

 今日の朝はやてには昨日の事は説明していない、ていうか話せるわけがない。だからあの後見回って来たけど何もなかったよと伝えて、はやては『そっか……』と納得していた。

 

 昨日の事はユーノからはまた改めて説明しますって言われたし、今はなのはちゃんの傍にいるはずだ。昨日の夜の事……俺にはまだ全くといっていいほどわかっていなかった。とりあえず今日の放課後、なのはちゃんの所に行ってみるか。

 

「ふあぁぁ……」

 

 なんか眠くなってきた。授業はサボるつもりだしこのまま寝てしまえ……。

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………。

 

『一さん、慎一さん』

 

 なんだ……? 声が……聞こえる?

 

『慎一さん、僕です、ユーノです』

 

 ユーノ……? 今はなのはちゃんの所に居るはずだろ……? なんで声が聞こえてくるんだ……?

 

『あれ……?届いてないのかな……?』

『お兄さーん? なのはだよー?』

 

 ……なのはちゃんの声まで聞こえてきた。いったいどうなってんだ……?

 目を開けて辺りを見回す。誰もいないよな……。

 

「……どうなってんだ?」

 

 昨日の出来事に続いて俺は幻聴まで聞こえるようになってしまったのか?

 

『慎一さん、心で僕らに喋ってみてください、きっと届いているはずです』

『お兄さーん、心でですよ!』

 

 ……未だに2人の幻聴は続いている。心でって言ってたか……?

 

『こ、こうか……? もしもしかめよー』

『かめさんよー、わぁ、お兄さんも念話出来たぁ!』

『よかった、ちゃんと届いてましたね』

『お、おぉ……?』

『……?』

『……?』

 

 …………ど。

 

「どうなってんだああぁぁっ!?」

 

 訳わからずに吠えた。

 

「八神ぃ!! サボってないで授業出ろおぉぉ!!」

 

 やべ、ちょうど上の教室……俺のクラスで授業やってた我が担任に見つかり怒られた。

 

 

 

 

 

 その後、さりげなく教室に戻るため、後ろのドアから教室への侵入を試みたが、ドアが不自然に空いて気づかれないわけもなく。授業中にクラスメイトが見守る中教師から公開説教を受けました。とても恥ずかしかったです。

 

「なにやってんのさ」

「はは、ばぁーか」

「うっせ」

 

 説教から解放され席に着くと友人たちからからかわれる。2人とも笑ってるからタチが悪い。俺が席に座るのを教師が確認すると授業が再開された。

 

 とりあえずだ……。

 

『なのはちゃんのせいで今恥ずかしい目に合いました。罰として今度なでなでしまくってやる!』

『ふえぇぇっ!? なんでわたしのせいっ!?』

『苦情は受け付けません、ところでこれなんなの? 凄いびっくりなんだけど』

『これは念話という物です。心の声で喋れると言えばわかりやすいでしょうか。慎一さんも僅かながら魔力適正があるみたいですので、念話が可能と思い声を掛けました』

 

 なるほど……念話ね。心で会話って便利だなぁ。

 

『つーか魔力とかってなんだい?』

『えーとですね……』

 

 曰く魔法を使用するために必要な物が俺にも僅かながら備わっているとの事。

 ちなみになのはちゃんの魔力はとんでもないらしい。

 

 その後この念話を通して話が続けられた。なんでもジュエルシードという物が散らばってしまいそれをユーノは回収する為この地球にやってきたと。でも散らばった原因はユーノにあるわけじゃないが責任感の強いユーノはそれを元のあるべき場所に返すまで探し続けるらしい。

 なのはちゃんは幸いにも魔法の才能がずば抜けてあり、ジュエルシード探しとやらを手伝うと意気込んでいる。初めユーノは巻き込めないと拒むも、なのはちゃんの困っている人を放っておけない精神に押されその手伝いをユーノは承諾。俺も微力ながら手伝うと伝えた。

 

 そんな話をしていたらあっという間に放課後に、なのはちゃんとユーノは途中魔法談義を始めたので俺は着いて行けず念話から抜けた。

 

「やーっと放課後だな」

「慎一寝てただけじゃん」

「うっせ、いいだろ」

「わり、オレ今日もバイトだ」

「おー、何か忙しそうだな」

「最近始めてな、中々やりがいあるぜ」

「んじゃ頑張ってねー」

「おう」

 

 龍也を見送り俺とリンの2人になる、これ昨日のパターンと一緒だな。

 ひとまず学校を出ようとなって校門まで共に歩く。

 

「最近僕犬でも飼おうかなって思ってさ」

「え、お前のマンションてペットOKだっけ?」

「うん、大丈夫だよ」

「そうか、だが止めとけ、飼ったら俺が一生行けなくなる」

「いい加減治しなよ、その動物嫌い」

「犬とか超怖いじゃん、危険だから辞めとけって」

「慎一は相変わらずだねぇ、あ、そういえば自転車どうしたの?」

「昨日の夜壊された」

「あーあ、もったいない。でも何で壊されたの?」

「ま、まぁ色々とな……」

「ふーん……?」

 

 他愛もない話を続けながら下校をする。そして道が違う所に入ったので俺たちは別れて帰路につくことに。

 

「さてと、どーすっかな。ドッキュンでも行こうかな」

『慎一さん、今大丈夫ですか!?』

「おぉう?」

 

 突然入る念話、まだ慣れていないせいか結構びっくりする。

 ともかくこの声はユーノだな。えーと、念話は心で話すんだっけな……。

 

『どうした?』

『新しいジュエルシードが発動しました!』

『それって昨日みたいな?』

『はい、今封印に向かっているところです』

『おっしゃ、俺も行くよ、場所は?』

『わたしの学校の近くの神社だよ、お兄さん!』

『了解!』

 

 といっても自転車を失った俺はここから走っていかねばならない為、到着は遅くなるのだった。

 

 

 

 

 

「はーっ、はーっ、やっと着いた……」

 

 学校から全力で走って、更には神社の長い階段、地獄か。でもまぁ登らないといけないわけで、ひぃひぃ言いながら登り切るとそこには昨日の白い服を着たなのはちゃんと――。

 

「――――っ!!」

 

 化け物が眼前に迫っていた。

 

「何事ぉ!?」

「っ、お兄さん!」

 

【Protection】

 

 周囲に広がる桜色のシールド、それが化け物の突進を防いでいた。

 

「大丈夫!? お兄さん!!」

「あ、あぁ……大丈夫」

 

 なんか昨日の構図と似てるな……。また俺守られてるのか。

 と、そんなどうでもいい感想を考えているとやがて化け物が吹き飛び、倒れ込む。

 

「お、なんかいけそうだぞ」

「なのは、今だ!」

「うん、行くよレイジングハート!」

【All right.SealingMode. Set up】

 

 昨日と同様の桜色の帯状が化け物に巻きついた。

 

「リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアルXVI、封印!」

 

 

 

 

 

 

「ほい、お疲れさま」

「あ、お兄さんありがと!」

 

 神社の階段で座るなのはちゃんへジュースを手渡す。なのはちゃんの視線の先は女性と子犬の姿がある。

 

 実は先程の化け物、あの子犬に取り付いた物で封印が終わると元の小さな犬に戻った。ほれみろリン、だからやっぱり犬って危険なんだよ、子犬のやつ起き上がって『わん!』て俺に吠えてきたし……。ああ、犬怖い動物怖い。

 

「なんか……」

「うん?」

「長い1日だったなぁーって、昨日の夜にあんな事が起きて、今日もまたジュエルシードを封印して……わたしって今凄いことを体験してるんだなぁって」

「あぁ、そうだね」

「でも本当にこれで良いのかなぁって不安にもなったりして……」

 

 たしかにこの24時間でなのはちゃんは色んなことを体験した。それも常識離れな事ばかり。不安になるのも当然だよな。何か……俺にできる事は……。

 

「俺さ、なのはちゃんみたいな力もないし、何が出来るか全くわかんないけど」

「お兄さん……」

「でも見守って、応援することだけなら出来る。だからさ……頑張りなよ」

「……うんっ」

 

 なのはちゃんはいつもの笑顔に戻ってくれた。

 ……俺に何が出来るのか分からないけれど、いやきっと何もできないのだろうけど……何があってもこの子の事を見守っていく。そう決めた夕暮れ時だった。

 

 



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第16話『最後の一人』

 

 

 これは物語の始まり、とある少女の人生を大きく動かす転機となる出来事。

 出会いは芽となりたくさんの触れ合いを通じてやがて花開く。

 たとえこの先に何が待っていようとも少女は歩みを止めることは無い。

 彼女は不屈の少女、絶対に諦めない心の持ち主。

 けれど時には弱さも見せる、心はやはり女の子だから。

 今はまだ誰にもわからない……この出会いがもたらす結末を……。

 

 その物語に突如現れた貴方というプレイヤー。

 

 貴方は本来いないはずの因子。しかし貴方の存在を世界は認識し物語は違った方向へシフトすることが確定された。

 貴方に戦う力は無い、けれども貴方は関わることになってしまった。

 賽は投げられた、貴方には二つの選択がある。

 見守るか……? それとも介入するか……?

 

【  見守る/介入する← 】

 

 

 

 

【残念、余計なことをして世界は滅びました!!】

 

「ちょっと待てぇーーっ!?」

 

 画面が真っ暗になる、そして表示される『NEW GAME』の文字。

 え、これで終わり? バッドエンド?

 

「いやいやいやふざけんな! さっきのとこに戻んぞ」

 

 ロードコマンドよりデータを読み込む。再び表示される選択肢。

 

【 →見守る/介入する  】

 

【貴方にやり直しの選択肢はない】

 

 再び画面が真っ暗に、今度はゲームごと終了させられたようだ。

 

「ツヨシぃぃっ!!」

 

 とにかく叫んだ、ゲームの製作者に。当の本人は涼しい顔でエロゲをしているのがまた腹立つ。

 

「どうなってんだよこのゲーム!! 最後のあれなんだよ、やり直しはないって!!」

 

 ツヨシがこちらに振り返る様子が微塵もないので、自ら向かう。ツヨシの画面は絶賛セックス中だ。

 

「おいツヨシ! 聞けっての!!」

「あのな……」

 

 肩を掴もうとするより早く反応が返ってきた。しかし返ってきた声はやけに低くて少しびっくりする。そしてツヨシはゆっくりと椅子を回転させ俺へと向いた。

 

「人生にやり直しなんかねぇんだよ!!」

「……」

「以上」

 

 パソコンへ身体を向き直しエロゲを再開させるツヨシ、スピーカーからは声優の喘ぎ声とセックス行為の音が再び流れる。

 そして当の俺は空いた口が塞がらず、数秒間立ち尽くしていたのだった。

 

 

 

「ちくしょー、なんなんだあいつ……」

 

 ツヨシのたった一言のあれで言い包められてしまった俺はトボトボと席へ戻って来た。

 

「はははっ、ツヨシらしいな」

 

 龍也はゲラゲラと笑いながらマウスをクリックしている。龍也のパソコンは主人公がヒロインに告白をしたシーンが流れていた。

 

 今俺たちはとあるエロゲをプレイしている最中。このエロゲとは公式で発売している物ではなくツヨシ自作のオリジナルゲームだ。

 絵もBGMもシナリオも全部ツヨシが作ったもの、おまけにフルボイス仕様となっており男声優は全部ツヨシが撮っている(クオリティが高い)。女キャラの声もちゃんと女性の声で入っていてどこで撮ったのかはわからん、謎だ。

 何故俺たちがこのエロゲをプレイしているのかというとバイトだ。ツヨシは不定期的にゲームを作る。ジャンルは様々でエロゲやボードゲームやリズムゲームやらRPGやらなんでもござれだ。

 そしてゲームをプレイした俺たちはレポートを書いてツヨシに提出する。するとツヨシから報酬が出るのだ。金額は大体一般サラリーマンの給料と同じくらい、これは俺たちバンドの貴重な活動費になる。

 ただしゲームは必ず全てやり込まなければならない、今やっているエロゲは全ルート全選択肢をやってレポートもA4用紙10枚は超えるくらいにまとめないと報酬が貰えないのだ。

 だから今回も同様にプレイしていたのだが最後のあれは納得がいかなかった。

 

「人生にやり直しがないって……そもそも俺たちが現在進行形でやりなおし中じゃねぇか」

「でも完全に別物だけどな、オレらの人生。オレに妹は居ないけどお前には居るし、姉が居たはずのリンは一人っ子だしさ」

「前世と変わらずなのはツヨシの引き篭もりじゃねぇか……」

「ははっ、違いねぇ」

 

 話をしている間に龍也のゲームは場面が切り替わっていた。エロシーンに突入したのはいいが、告白をしたはずの主人公が何故かヒロインに犯されている、どういうことだよ。

 

「展開はえーよ」

「これ逆レイプに近いだろ、なんでこうなるんだ」

「ツヨシの趣味だろ、あいつM気質あるし」

「マジか俺それ初耳」

 

 今後の人生に何も影響しないであろうツヨシの性癖を知った。やべぇ心の底からどうでもいいや。

 

「ところでさ……」

「あぁ、オレも気になる」

「どっちが聞く?」

「コイントスで」

「んじゃ俺表な」

「オーケー」

 

 龍也がコインを弾いてキャッチする。結果は……表だ。つまり俺の勝ちで龍也の負け。龍也は『嘘だろおい……』と頭を抱えている。

 頭を抱える元凶……龍也の隣で同じくエロゲをプレイしているリンのことなのだが……、さっきから会話には混じらないし画面から目も離さない、おまけに鼻息が凄く粗い。

 画面はこちらもセックス中、つまりエロゲをプレイしているんだが、確かこいつが今やってるのって姉物だったはず。画面のヒロインは金髪、リンは金髪、前世の姉も金髪……。聞くのが怖かった。

 

「……リンさん? 何故そんなに鼻息が粗いの……?」

 

 恐る恐る龍也が聞いた。聞かれたリンは一瞬だけ目をこちらに向けると、またすぐにパソコンに視線を戻して言った。

 

「このヒロインを見てるとさ、なんとなく姉さんを思い出して興奮してきたんだよ」

『…………』

「……なにさ?」

 

 俺たちが微妙な反応をしているのに気付いたのだろう、リンはマウスから手を離しこちらへ向いた。

 

「……お前さ、まさかとは思うんだけど実の姉のエミーに興奮したりしてんの?」

「愚問だね龍也、あんなスタイル抜群な姉に興奮しないと思う?」

「いやいやいや……正気か。お前とエミーって血の繋がった姉弟なんだろ?」

「あのね慎一、性欲真っ盛りな男子と一緒の家にエロ全開の女が住んでるんだよ? いくら姉とはいえオカズにしないのは失礼だよね」

『ひくわー……』

「なんでさ」

 

 凄く心外と言いたげなリン、ごめんさすがにそれは無理だ……。リンの発言に引きつつ俺は喉が渇いたなぁと思ってコップにジュースを注ぐ。

 一方のリンは『普通だと思うけどなぁ』と言い視線を画面に戻し、ゲームを再開してさらに言葉を続けた。

 

「そもそも僕が姉さんを性的に見るようになったのは中学生の時で、ある事件が起きてから途端に姉さんがエロ剥き出しになったんだよ」

「ある事件って?」

 

 リンが再びマウスから手を離す。今度は俺の方を向き指を突きつけた。

 一方の俺はジュースをごくごくと飲んでる。あー、オレンジジュースうめぇ。

 

「姉さんと慎一がセックスした」

「ぶーーっ!?」

「うわっ、きたねぇな!!」

 

 飲んでたジュースを勢いよく噴き出す、龍也の隣で聞いていたこともありジュースが龍也に掛かる……が、それどころじゃない、何故だ、何故お前がそれを知ってるんだ……っ!?

 

「姉さん嬉々として語ってたよ『慎一とセックスしちゃったんだ』って」

「ちょ……っ、マジかよ……」

「その日からだよ、姉さんが一段と身体に気を遣うようになってどんどん色気が増したのは、ちょうど性欲というものを覚えたあの頃の僕には堪ったもんじゃなかったよ」

「というかお前ん家では姉弟で性事情を普通に話すんかい」

 

 エミーの奴、リンに喋ってたのかよ……。あいつから『誰にも言っちゃダメだよ?』って言ってきたんじゃなかったか……。既に昔の事とはいえ、エミーの身内にアレが知られてたのは恥ずかしく顔が赤くなる。

 

「……待てよ? お前まさかエミー以外の綾香と佐奈の2人とも何かあったりしたんじゃないだろうな」

「ぎくっ」

 

 背中を冷たい汗が伝うのがわかる。俺の反応を見て龍也は『ほぅ……』と小さく漏らした。

 

「綾香には?」

「……キスまでです」

「佐奈には?」

「……咥えられました」

「……」

「……」

「何でオレの妹の方が進んでないんだーーっ!!」

「えぇーーっ!? そっちぃーーっ!?」

 

 龍也に肩を掴まれ身体をがくがくと揺さぶられる。おぇぇ……揺れに揺れて気持ち悪くなってきた……。

 

「綾香の方が可愛いだろぉーーっ!!」

「ただのシスコンじゃん、まぁでも姉さんとだけヤッたみたいだし、そこは弟としては誇らしいね」

 

 知らんがな……。身体の不快感が増す中、俺は早くこれ終わんないかなと思いながら振動に身を任せるのだった……。

 

 

 

 

 

「あー……、酷い目にあった」

「残念ながら当然の結果だな」

「ざまぁって表現がふさわしいね」

 

 ちくしょうこいつらめ……、ただ何も言い返せないのが悲しい。俺が過去に3人と関係を持ったのは事実だし……。

 でもな、理由はちゃんとあるんだぞ? 語りたくないけど。

 

「そうそう、姉さんといえばなんだけどさ」

 

 リンが途端に真面目な顔になる。俺と龍也はどうしたのだろうと思いリンを見た。

 

「僕ん家のマンションさ、隣がずっと空室だったんだけど最近になって誰か引っ越してきたみたいなんだよ」

 

 ちなみにリンの住む家は高級マンションである。親が税理士だったかな、とにかく金があるのだ。

 

「それで昨日家のインターホンが鳴ってね、出たのは親だったんだけど隣の人が挨拶に来たみたいなんだ」

 

 ふむふむ、と相槌を打つ。それがいったいどうしたのだろう、特別不思議な事でもないと思うが。龍也も同じような心境を抱いていると思う。

 

「ちらっとだけ隣の人が見えたんだけど……2人とも女性だったんだ。多分姉妹なのかなぁ? 全く似てなかったけど……」

 

『ただ妹っぽい方が』と言って一瞬言葉が止まる。どこか信じられない受け入れがたいといった雰囲気がリンから溢れている。

 言葉を止める事10秒くらいだろうか、俺が先を促そうとするとリンが口を開いた。

 

「姉さんの……子供の頃にそっくりだったんだ」

「……マジか」

「いや、正直言えばついにこの時がきたかって気もするような……」

 

 綾香にそっくりのなのはちゃん、佐奈にそっくりのはやて……。エミーにそっくりの女の子は……まだ出てきていない。だからもしかしたら……といった想いは少なからずも持っていた。

 

「……どうする?」

「そりゃぁ……もちろん決まってんだろ」

「だね」

 

 言わなくてもわかっている、俺たち3人の結論……それは――。

 

「会いに行きますか」

「当然、だな」

「当たり前だよね」

 

 これまで2人のそっくりさんと関わっておいて最後にエミーのそっくりさんにだけ関わらないというのは違うだろう。

 俺たちは最後の1人に会いに行く、そう決定した。

 

「ツヨシはどうする?」

「……」

「だよな」

 

 振り返ることなく背を向けながらツヨシは手を振った。

 ――いってらっしゃい。

 ツヨシは引き籠りだからな、自分が外に出たいと思った時以外は外出しない奴なのだ。

 

「そんじゃさっそく向かうとするか」

「お土産はどうする?」

「翠屋のケーキで良いんじゃない?」

 

 翠屋か……、確かにあそこのケーキはどれも外れが無い。一番ベストな選択だな。

 

「翠屋に行ったら一緒になのはちゃんを拝みに行こう、あの子は天使すぎる」

「慎一……、龍也がキモすぎるんだけど」

「姉に欲情してたお前も中々だったぞ」

 

『そんな馬鹿な!』と抗議するリンを放っておく。龍也は『綾香も昔は天使だったのになぁ……どこで間違えたんだ』と言っている、こいつも放っておこう。

 

 エミーと似ている少女か……。はたしてどうなることやら。

 この子は彼女みたいなことにならないといいなぁ、と思いつつ俺たちはツヨシの部屋を出るのだった。

 

 

 

 

「原作始まってたんだな」

 

 ツヨシの呟きは俺たちに届く事はなかった。

 

 



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第17話『俺なりに頑張ったよ』

 

「で? あんた何者なんだい?」

「何者と言われてもただの一般人ですよ俺……」

「嘘つけ、ただの一般人が魔力を持ってるわけないじゃないか」

「いや……そう言われても……」

「…………」

 

 オレンジ色の髪をしたお姉さんに詰め寄られる? いや、尋問をされている俺。それを無言で見つめる金髪の女の子。

 

 これはいったいどういうシチュエーション?

 

 いや……そもそもだ。何故こうなったのかというとだ。

 

 

 

 

 

 時は遡り30分前。

 

「なのはちゃん居なかった……」

「なんで龍也はめっちゃへこんでるんだよ」

「お目当ての子が居なかったからじゃないの」

 

 翠屋で無事お土産用のケーキを買い、例の少女の居る家へ向かう俺たち3人。

 龍也は無駄にへこんでいた。

 

「オレこないだから翠屋でバイト始めたんだよ」

「え、なにそれ初耳」

「僕も知らない」

「だって今言ったし」

 

 昨日早々に帰ったのも翠屋でのバイトだったらしい。それに翠屋以外にも2つバイトを掛け持ちをしているらしい。こいつのバイト好きは前世の頃から変わらねぇなぁ。

 

「それでさ、翠屋のバイト始めてから気づいたことがあるんだよ」

「なにさ」

「なのはちゃんってな……滅茶苦茶可愛いんだよ」

「はぁ……?」

「翠屋って人気店だから結構忙しいんだ、けどそれはいいさ、自分で希望したバイトだしな。でもさ、やっぱり疲れるんだ、それでこの前仕事途中にたまたま店でお手伝いをしていた彼女が言ったんだ『みなさんお疲れ様です!』って、まるで天使のような笑みで俺たちを労わってくれるんだ!! その天使の一言でオレは思った……。このバイト……始めてよかったって!!」

「お、おう……」

「よかったね……」

 

 龍也に勢いに引き気味な俺とリン。それでも構わず龍也は『はやてちゃんにも劣らない天使っぷり!』『翠屋さいこぉーっ!』と1人で盛り上がっている。

 

 生前、綾香にもこんな感じだったのだろうか、結構シスコンなとこあったし。きっとそれでうっとおしがられたんだろうな。

 

「お前らもどうだ? 一緒に翠屋のバイト!」

「うーん、僕はいいかなぁ」

「俺も今のところ考えてないなぁ」

 

 はやての事もあるしな、翠屋はその辺わかってくれそうだけどもやっぱりなぁ……。

 

「なんだなんだ2人してもったいない、翠屋には天使が居るんだぞ!」

「はいはい、わかったよ」

「言ってろ言ってろ」

 

 俺たちの態度が気に食わないのか翠屋アピールをし続ける。

 龍也のうざい絡みを無視しながら俺たちはマンションへと歩みを進めて行った。

 

 

 

 

 

「このマンションも久しぶりだな」

「いつもツヨシのとこに集まるからねぇ」

「オレはこの高級感溢れるマンションはいつ来ても憎たらしいと思う」

 

 マンションへと着いた。リンの住む部屋は7階、エレベーターへ乗り込んでボタンを押す。

 昔はこのマンションで鬼ごっことかやったなぁ、管理人さんにめっちゃ怒られたけども。

 

「つーかノープランで来たけどどうすっか」

 

 いきなり隣人+その友人で訪ねても迷惑ってか不信感丸出しだろうからなぁ……。

 

「大丈夫大丈夫、オレに良い計画がある」

「お、マジか。頼りになるな龍也」

「おう、任せとけ、あとケーキお前が持っててくれな」

 

 グッとサムズアップをする龍也、相当自信があるようだな。何故かケーキを預けられたが気にする間もなくエレベーターは目的の階に到着したので降りることに。

 

「ここだよ」

 

 リンが目的の部屋の前に立つ。そして用意はいいかと俺たちへ視線を向け頷いて返す。それを見たリンはインターホンを押した。

 押してから数十秒ほどだろうか、1人の女性がドアを開け顔を出した。

 

「はいはーい、誰だい?」

 

 現れたのはオレンジ色の髪で凛とした顔立ちのお姉さんだった。

 

「こんにちは、僕はこの間挨拶に来てもらった家の者です」

「ああ、お隣さんかい?」

「はい、それで後ろ2人は僕の友達です」

「どもー」「よろしくでーす」

「……、ああ、よろしく頼むよ」

 

 このお姉さん、一瞬俺を訝しむ視線を向けたような気がする……。けど俺が反応する頃には元の顔に戻っていた。

 

「それで何の用だい?」

「実はですねぇ、せっかくわざわざ挨拶に来てもらったのでオレ達から何かお礼が出来ないかなとケーキ持ってきたんですよ」

「はぁ、ケーキねぇ……」

「味は保証しますよ、海鳴市では一番の店ですので! ほれ、慎一」

「了解、こいつをどうぞ」

 

 お姉さんにケーキを渡そうと箱を前に出す。だがその時後ろから思い切り押された。

 

「ちょ……っ!?」

 

 バタンと閉められる扉。俺はもちろんお姉さんも呆気にとられていた。

 

『大丈夫大丈夫、オレに良い計画がある』

『お、マジか。頼りになるな龍也』

『おう、任せとけ、あとケーキお前が持っててくれな』

 

 ま、まさか計画ってこれかよ、やられたぁーーっ!?

 こんなの計画でもなんでもないじゃん!!

 

「……よくわかんないけど、上がっていくかい?」

「お、お言葉に甘えまして……」

 

 とりあえず家に上げてもらえることになった。

 

「大きな音がしたけど……どうしたのアルフ?」

 

 奥の部屋から姿を現した女の子……、その姿を見た俺は思わず固まった。

 頭後ろで二つにまとめられた髪、それが腰の付近まで下げられた綺麗な金色……、そしてほんのり赤みが掛かった黒い瞳……。

 エミー……彼女にそっくりだ。

 

「お客さん?」

「ああ、なんか無理やり押し込められたけど」

「……? なんかよくわかんない」

「アタシもだよ、でもま、ケーキ貰ったし食べようか」

 

『あんたも来な』と言われ固まっていた意識をフル稼働させ、お姉さんに着いて行く。

 

 

 

 リビングへと案内され席に着く、向かいにはお姉さんとエミーによく似た女の子。

 

「さてとだ……」

 

 ギロっと俺を睨むお姉さんに震えあがる、とてもこれから和やかにケーキを食べましょうといった雰囲気ではない。

 

「で? あんた何者なんだい?」

「何者と言われてもただの一般人ですよ俺……」

「嘘つけ、ただの一般人が魔力を持ってるわけないじゃないか」

「いや……そう言われても……」

「…………」

 

 オレンジ色の髪をしたお姉さんに詰め寄られる? いや、尋問をされている俺。それを無言で見つめる金髪の女の子。

 

 これはいったいどういうシチュエーション?

 

「たまたま魔力を持った人間がわざわざうちを訪ねてくるなんてことはないだろ、アンタ管理局の人間かい?」

「え、なんすか管理局って……」

「しらを切るんじゃないよ!」

「ひぃっ!?」

 

 お姉さんの剣幕にびびる、グルルと唸り声もあげておりとても怖い。まるで犬に吠えられているような恐怖感がここにはあった。

 

「ほ、ホントなんですって! たまたま今日来たのは隣に住んでるリンって奴の友人として挨拶に来ただけで……、俺、お姉さんの言う管理局ってのも知らないです!!」

「何を言うかと思ったらくだらない言い訳を……っ」

「待って、アルフ」

 

 俺の言葉を1ミリたりと信じていないお姉さんの言葉を遮り、ここまで無言だった少女が口を開いた。

 

「この人の魔力……かなり小さい、管理局員にしては不自然」

「ん? 確かにそうだねぇ」

「恐らく、この人の言っていることは本当」

「本当かい? でもフェイトが言うならまぁ……」

 

 い、今だ! 上げられた拳を下ろしてもらうなら今しかない!!

 

「マジですマジです! 確かに魔力とやらは持っているんですけど、俺ただの歌が好きなだけの高校生に過ぎないんです!! 決してお姉さんが疑うような局員とやらではないです信じてください!!」

 

 椅子から降り、床に膝と手をつけ頭もくっつける、いわゆる土下座をしてアピールをする。

 本気で違うと誠意を見せるために俺が出来るのはこれしかなかった。

 

「……ふぅ、わかったよ信じるよ」

「ほ、ほんとですか!?」

「ほんとだって、だからその変な格好やめな」

 

 あ、土下座っていうのをご存じないんですね……。でもよかった信じてもらえた……。なんかここを切り抜けないと人生ゲームオーバーになりそうな予感がしてたまらなかったからだ。

 

「で、アンタ何ていうんだい、いつまでもアンタ呼びじゃあね」

「あ、俺は八神慎一っていいます。さっきも言った通り高校生です」

「そうかい、アタシはアルフ。この子の……まぁ姉といったところかね」

「……フェイトです」

 

 アルフさんにフェイトちゃんか、2人とも外国の人なのかな。姉妹らしいけど……全然似てないな。

 

「けれどアンタ……慎一か、わざわざ何しに来たんだい、本当に友人と挨拶ってわけじゃないだろう」

 

 う……っ、やっぱりバレてる……。うーん、どう説明したもんかなぁ……。

 

「そのぉ……ですね、フェイトちゃんが……」

「……私?」

 

 あーもー! 何も浮かばん!!

 

 だから正直な事を話すことにした。

 

「フェイトちゃん……昔の俺たちの知り合いに瓜二つってくらいにそっくりなんだよ」

「私……が?」

「さっき一緒に居たリンって奴なんだけどね……、あいつの死んだお姉さんにそっくりなんだ」

 

 正確には生前の姉であり、この世界のではない。だが、今はその設定で押し通そう。

 

「それで君の姿を見て凄くびっくりしたって言っててね、そのことを俺たちに話して、じゃあ見に行こうってなったんだ」

「野次馬根性丸出しかい」

「まぁそんなわけなんですけど……納得してもらえましたかね」

 

 背中にツーっと冷や汗が出る。これで信じてもらえなければどうしようもないんだけども。

 

「ま、そんな怪しい話じゃないしね、信じてあげるよ」

「うん、私も」

「ホッ……」

 

 よかった、なんとかこの場は切り抜けられたようだ。

 

「さて、じゃあケーキを頂くとするかね」

「うん、とても美味しそうだね……」

「3つ入ってるから、アンタも食べな」

「はぁ、どうも……」

 

 龍也の奴、何で3つ買ったのかと思ったらそういう事だったのかあの野郎め……。

 

「このケーキ、とても美味しい」

「本当だ、こりゃあ美味い」

「はは、褒めてもらって良かった……」

 

 どうやらお気に召してくれたようだ。翠屋さん万歳だ。

 その後、ケーキのお礼だと言ってお菓子をだしてくれたりと小さなお茶会は事なきことを得て進んでいった……。

 

 

 

 

「じゃあ今日はありがとうございました」

「いや、こっちこそ美味いケーキもらったんだ、感謝するよ」

「うん、ありがとう。その……慎一」

 

 帰り際2人に見送られる。そういえばフェイトちゃんに名前を呼んでもらったのはこれが最初かな。

 

「次来るときも何か美味いもの用意しなよ」

「もう……アルフったら」

「はは……頑張って用意しますね」

 

 最初の警戒ムードから一変、歓迎ムードに変わったことに細やかな喜びを噛みしめ、家を出た。

 

「あ、帰って来た」

 

 俺が部屋を出ると同時に隣の……リンの家から2人が出てきた。

 

「おー、お疲れさん慎一、首尾はどうよ?」

「うんうん、どうだった?」

「…………て」

「うん?」

「てめぇらよくもぉっ!!」

「あ、やべ、逃げろ」

「こりゃまずいね」

 

 一目散に逃げる2人を全力で追いかける。絶対に許さん!!

 

 この後マンションで騒いだ俺たちは管理人に数年ぶりに怒られるわけだが決して俺は悪くないぞ!

 



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第18話『なのはちゃんの決意』

お気に入りが100件超えました、徐々に読んでくださる方が増えて嬉しいですね。
感想の方もお待ちしていますのでよろしくお願いします。


 

 時刻は夜遅く、俺たちは今、学校の校庭に立っている。

 まぁ、何をしているのかというとだ。

 

「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアル20! 封印!」

 

 響くなのはちゃんの声、いつもの通り封印作業に入ったみたいだ。

 御覧のとおり本日もジュエルシード探しの一環である。

 眩い光が夜の学校を照らし、やがて青色の宝石が宙に浮かぶ。本日の任務もこれにて終了ってね。

 

 ちなみに俺は何もしてません。

 

 

 

 

 帰り道、ジュエルシードの回収も無事に終え高町家へなのはちゃんを送っている途中の事だった。

 

「はぁ……はぁ……」

「なのは、大丈夫?」

 

 ユーノが心配そうな声で訊く。確かになのはちゃんの歩き方が妙にふらふらしている。今にも倒れそ―って危ねぇっ!?

 

「う、うぅん……」

「な、なのはちゃん! 大丈夫かい!?」

「なのはっ!」

 

 倒れそうになるところを寸でのところで腕で抱き留めた。

 

「なのはっ、なのはっ!」

「くそ……っ、こういう時ってええっと……っ」

 

 俺もユーノも軽くパニック状態だ。と、とりあえずツヨシにでも連絡するか!?

 ……いやいやいやそれは絶対に違うだろ俺!?

 

「すぅ……すぅ……」

「ん?」

「え?}

 

 静かに聞こえてくる寝息……。よかった……、疲れて寝てしまっただけか。

 大事じゃないことにひとまず安堵する。

 

 とりあえずこのままここにいるわけにもいかない、なのでなのはちゃんをおんぶすることにした。

 

「むにゃむにゃぁ……」

「ははっ、気持ちよさそうに寝てる」

「なのは……、よかったぁ」

 

 今日まで何個集めたか覚えてないけど、全力で突っ走ってたからな……。疲れが今になってどっときたのかもな。

 

「ユーノも乗るか? 肩に?」

 

 いつもはなのはの肩の上がユーノのポジションだが、今日は我慢してもらうとして俺の肩を勧めた。

 

「え、でも慎一さんて僕の事嫌いなんですよね……?」

「はい?」

 

 え、俺そんなこと一度でもユーノに言った覚えがないんだが……。

 

「その、なのはから僕を引き取る際に凄い拒否があったって……」

「引き取り……? ……あ、ああはいはいそのことね!」

 

 思い当たるのはあの『フェレット引き取り先はどこか?』のプチ騒動の時か。

 

「俺はなんていうかな、動物がちょっと苦手でさ。それでフェレットを引き取るのは無理だって拒否したんだよ。だから決してユーノが嫌いとかじゃないさ」

「そ、そうなんですか……、よかった、僕嫌われてるのかとずっと思ってて……」

「ああ、ごめんごめんて! ほらおいで?」

 

 ピョンと肩に飛び乗るユーノ、心なしか少し嬉しそうかな。

 まぁ、今でもフェレットのユーノは若干怖かったりするんだけども、我慢だ我慢。

 

「あとユーノ、なのはちゃんも使ってないんだからお前も敬語使わなくていいんだぞ」

「え、でも……」

「いいんだって、俺たち仲間だろ?」

「……うん、わかったよ慎一さん」

 

 呼び捨てでも構わないんだけどなと思いつつ、あんまり全部を強制させてもなと納得して俺は歩みを進めた。

 そういえばいつからなのはちゃん敬語使わなくなったんだろう……まぁいいか、気にしないし。

 

「なのは……心配だな、あんまり無茶しないといいんだけど……」

「……だな、俺も同感だ」

 

 魔法に関わり出したあの日……。あれからなのはちゃんは全力と言っていい程にジュエルシード集めに精を尽くしている。

 

「僕が元の姿に戻れたら……こんなことさせずに済むのに……」

「……ん、元の姿?」

 

 元の姿ってなんだ?

 

「あ、えと、僕の姿はフェレットじゃなくてあくまで今は魔力を回復させるためこの姿をとっているだけで、本当は人間だよ」

「えぇっ!? そうなのか!?」

 

 びっくりした、てっきり喋るフェレットと思って接していたのに。本当は人間だったのか……。

 

「年齢はどれくらいなんだ?」

「えと、なのはと同じくらいかな?」

「わぉ、まだ子供じゃないか」

 

 それなのにこいつはこんな大事を背負って地球にやって来たというのか、なんていうかすげぇな……。

 

「とにかく僕が元に戻れれば、なのはにこんな想いをさせずに済むのに……」

「んー……、こういうのもなんだが多分なのはちゃんはお前が元に戻っても今やってること辞めないと思うぞ?」

「え……」

「なのはちゃんの事だから最後まで関わり抜くと思うな、あの子自分のやってること途中で投げ出したりしなさそうだし」

 

 なのはちゃんてああ見えて頑固なところがあるからな……。

 

「でもこのままじゃ……」

「でもじゃない、それに勝手な予想だけど、前にもお前同じような話をなのはちゃんにしたんじゃないか?」

「う……」

「で、結果がこれだ。もうあきらめなって」

 

『でもぉ……』と渋っている様子だが、無理なものは無理だ、諦めた方がいい。

 

「それにさ、俺だって責任感じてるよ?」

「え、なんで慎一さんが?」

「だってよ、俺って今日まで見てるだけしかしてないぜ? 初日は頑張ったと思うけどさ」

 

 でも結局最後はなのはちゃんに全て託すしか出来ていない、だって俺には戦える力がないから。

 

「ユーノ、俺ってさ、魔力っていうのどれくらいあんの?」

「えっと詳しい検査が必要だけれど……高くはないね」

「具体的には?」

「……なのはがAAだとして慎一さんは……Eが良い所だと思う」

「それって最低値なのか?」

「……うん、念話がギリギリ出来るくらいの魔力しかない、かな」

「はぁ~……」

 

 わかっちゃいたけど、こうも無力ってのは悲しいもんだな。自分よりも年下のしかも小学生に全て任せるしか出来ないなんて恰好悪いにも程があるってんだ。

 

「で、でも慎一さんはなのはにとって……」

「いいって、慰めなら大丈夫さ」

 

 ユーノはまだ何か言いたげだったが黙らせる。実際本当の事だしな。

 

 そうこうしているうちに高町家へと近づいてきた。

 門の前に誰かいるな……あれは……恭也さんか。

 

「遅かったな」

「すんません、こんな時間まで連れ回すつもりはなかったんですけど」

「いやいい、なのはの意志だろう」

 

 恭也さんは俺を咎めることなくそう言った。

 

「寝てしまってるのか、仕方ない。慎一、すまないがなのはを部屋まで連れてってくれないか?」

「え、こんな時間にいいんです?」

「特別だ」

 

 特別という事なので家へお邪魔させてもらうことに、なのはちゃんの部屋は2階の突き当りだとの事。中に居る家族へ挨拶を忘れずなのはちゃんの部屋へと向かう。

 

「よいしょっと」

 

 なのはちゃんを背中から降ろし、ベッドに寝かせる。なのはちゃんは起きる様子もなくぐっすりと眠っている。

 

「…………」

 

『それにさ、俺だって責任感じてるよ?』

『え、なんで慎一さんが?』

『だってよ、俺って今日まで見てるだけしかしてないぜ? 初日は頑張ったと思うけどさ』

 

「…………」

 

『……なのはがAAだとして慎一さんは……Eが良い所だと思う』

『それって最低値なのか?』

『……うん、念話出来るくらいの魔力しかない、かな』

 

 眠っているなのはちゃんを黙って見下ろしている俺をユーノが不思議に思ったのか、首を傾げている。

 

「いや、なんでもないさ、じゃ、またな」

 

 そう言い残してなのはちゃんの部屋を出た。

 

「慎一、なのはのことありがとな」

 

 玄関では恭也さんが待っていた。

 俺は一つ気になることがあったのでそれを聞くことにした。

 

「恭也さん……実は……―」

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~……」

「あ、兄ちゃんおかえり」

「おう、ただいま、はやて」

 

 我が家へと着くと、はやてが出迎えてくれた。

 

「今日は遅かったんやね」

「あぁ、ごめんな」

「うぅん、大丈夫や、曲作りが長引いたんやろ?」

 

 はやてには遅くなる理由を曲作りってことにしている。事情を話すわけにもいかないしな。

 まぁ実際なのはちゃんから呼び出し受けるまではツヨシ家で曲作ってたから強ち嘘でもないわけなんだが少し心が痛む。

 

「お風呂出来とるけど入る?」

「ん……、後にするわ」

 

 ドカッとソファへ座る。思わず天を仰いでしまう。

 

「……兄ちゃんどうかしたんか?」

 

 そんな俺の様子が変だと感じたのか、はやてが聞いてきた。

 

「……はやてはさ」

「うん」

「もし自分に何か大きな力があったとしてそれが目覚めたとするだろ? んで、その力をある探し物の為に使わなきゃいけないとしたらはやてはどうする?」

「私がか……? う~ん……迷うとは思うけど……でもそれが自分の役目なら迷わず力を貸そうと思うなぁ」

「それじゃあ、もしその場に俺もいたとしてくれ」

「兄ちゃんが?」

「ああ、でも俺には大層な力がない、せいぜい見守るくらいだ。そんな俺をはやてはどう思う?」

「そんなの決まっとるやんか」

 

 はやては迷わず言い切った。

 

「兄ちゃんが傍におるなら、私には何よりも力になるんや」

「…………」

「これでええかな?」

「あ、あぁ……最高の答えだよ、ありがとう」

「えへへ、どういたしましてや」

 

 俺が傍にいるなら……か、なのはちゃんもそうだといいんだけどな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、今日も引き続きツヨシ家で朝から曲作り、今日ははやても家に来ており今はツヨシと一緒だ。

 

「このパートの音、もうちょっと高くした方がいいんじゃないかな」

「んー……、そうすっとまた歌のリズムを変えなきゃだな」

「ひとまず一旦通してみようぜ、今リンが言ったのも含めてさ」

 

 こんな感じで試行錯誤しており時間は当に昼を過ぎていた。けど次のライブまでにどうにか新しい曲をもう2、3曲は作っておきたい。その想いもあって俺たちの集中力は凄まじかった。

 

 と、その時だ。

 

『慎一さん、大変です! ジュエルシードが発動しました!!』

『な、なんだって!? 了解、すぐ向かう場所は!?』

『場所は――――です!』

『了解!』

 

「慎一、いきなり演奏止めてどうしたの?」

「あ、ああ……わりぃ、急用思い出した!」

「はぁ!?」

「すまん!!」

 

 スタジオを飛び出す。とにかく、急がないと……っ。

 

「はやて!」

「わぁ、ど、どうしたんや兄ちゃん! あ、こ、これはエロゲーじゃなくちょっとした興味本位というか……っ」

「わりぃ! ちょっと出てくる! もし遅くなったらここに泊まらせてもらえ!」

「え、ど、どういうことなん!?」

「すまねぇ、ツヨシ、はやてを頼んだ!」

 

 何やらはやてが気になる単語を発してたような気がするが……今はそれよりも現場に急いで向かう事だけを考えた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……っ、やっと着いた」

 

 ここまで来るのにとにかく時間が掛かった。なんか道は木が這い出てでこぼこしてるし、道中塞がってるとこもあって遠回りもした。もしかしてこれもジュエルシードの力なのか……?

 

「……っ、あ、なのはちゃん!!」

 

 トボトボと歩いている少女、なのはちゃんを見つけ駆け寄る。よかった、怪我とかはしてないようだ。

 

「すまん、ユーノに言われてすぐ出てきたんだけど、来るのに手間取ってそれで―「……っ」―っと、ど、どうしたのなのはちゃん?」

 

 言い訳じゃなくて説明をしていると、突然なのはちゃんが抱き付いてきた。

 

「いっぱい……迷惑かけちゃった」

「え……」

「わたし……気づいてたのに……それなのに……っ」

「なのはちゃん……」

「う……っ、うぇぇ……っ」

 

 顔は上げない、けれど泣いているのが分かった。ユーノに目をやるがユーノも顔を落としてしまう。

 ふぅ……とりあえず俺のやれることは……。

 

「よしよし……」

「ふえぇ~ん……っ」

 

 この子が落ち着くまで頭を撫で続ける事だった。

 

 

 

 

「落ち着いた?」

「……うん」

 

 あれからなのはちゃんが泣き止み、ここではアレだと思って落ちつける所を、公園を見つけ二人でベンチに座った。

 あの夜と同じようになのはちゃんにオレンジジュースを買い渡して飲むように促した。

 

 そしてここに来るまでにユーノから事の顛末を聞いた。

 

 なんでもこの街の被害は人がジュエルシードに願い生み出してしまったもので、なのはちゃんは実はジュエルシードを持っていた人物に心当たりがあるもそれを見逃してしまった。その結果がこの惨状でなのはちゃんは自分のせいだと責め続けてしまったという事らしい。

 

「なのはちゃん、ユーノも言ったと思うけど、なのはちゃんが気に病むことじゃないよ」

「でも……わたしが気付いていればこんなことには……」

「それでも……結果は同じだったんじゃないかな」

「え……」

 

 話によるとジュエルシードを持ってたのは男の子のようで、その子は女の子と一緒に帰って行ったそうだ。

 

「なのはちゃんがいきなり『その石大切なものだから返して』ってその男の子に言ったとしても、きっと返してもらえなかったと思うよ」

「でも、あれは危険なもので……」

「たぶんその子はさ、女の子にジュエルシードをプレゼントしようとしたんじゃないかな、それ見た目はただの綺麗な石だし、それなら返してもらうには納得させる理由が必要だけど……魔法の事、説明できないでしょ?」

「うぅ……」

「だからたとえその場で気づいてもこの結果になったんじゃないかと俺は思うな」

 

 結果が変わらないなら、なのはちゃんに非はない、俺はそう思う。

 

「で、でも……わたしがもっと上手く立ち回ってたら……」

「はい、そこまで」

「うにゃっ!?」

 

 なのはちゃんのほっぺを両手で挟む。もうこの子にこれ以上マイナス思考はさせたくない。

 

「切り替えろ、なのはちゃん。これはもう起きてしまった事なんだ」

「……」

「まだ探さなきゃ行けないジュエルシードはいっぱいある、それなのになのはちゃんはずっとここで立ち止まってるの?」

「……っ」

 

 ハッとした顔になり首をブンブンと横に振る。

 

「なら切り替えるんだ! そして今日ここで誓おう、もう二度とこんなことを繰り返さないって」

「二度と繰り返さない……」

「そう、今ここで覚悟を決めるんだ」

「……うん、わかったよお兄さん」

 

 そう言ったなのはちゃんの顔は先程のような弱々しい表情ではなく。

 

「わたしはもう……二度とこんな思いをしたくない、だからなのはは今日から覚悟を決めます。自分なりの精一杯じゃなく……全力で!」

 

 覚悟を決めた表情で言い切った。これならもう大丈夫だろう。

 

「じゃ、なのはちゃん帰ろっか、士郎さんも心配してると思うよ」

「うん! あ、その……お兄さんが嫌じゃなければなんですけど……」

 

 彼女は立ち止まって少し手をもじもじさせている、微妙に顔も赤い。

 

「なんだい?」

「えと……、手を繋いで帰りたいなぁ……って」

 

 消え入りそうな声で言った。ったく……こういう所は本当に……。

 

「いいよ、はい」

「わーい、えへへ、」

 

 既に夕日が照らし始めている公園でなのはちゃんと手を繋いで帰路に着いた。

 

 



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第19話『お茶会の話』

 

「はぇーっ、ツヨシさんの所もだけどすずかちゃん家も大きいんやなぁ」

「あっちはただの引き篭もり、こっちはマジもんのお嬢様だからな」

 

 俺とはやては今すずかちゃんの家の前に立っている。理由はすずかちゃん、アリサちゃん、なのはちゃんのお茶会にはやてがお呼ばれしたからだ。

 

「うぅー、なんか緊張するなぁ」

「はははっ、はやてそれツヨシ家に初めて行った時みたいだな」

「兄ちゃんと違って私は慣れてないんやもん」

「俺が慣れてるみたいなのは違うだろ……」

 

 とりあえずいつまでも外で立っているのもアレなのでインターホンを押す。

 押して数秒、屋敷の扉が開き、出てきたのはメイドのノエルさんだ。

 

「慎一様、はやてお嬢様、いらっしゃいませ」

「あ、ノエルさんどもです」

「お、お嬢様って私のことぉ!?」

「はやて以外に誰が居るんだよ」

「わ、私そんな上品なもんじゃないですぅ」

「あー、ノエルさん、こいつのこれはいつも通りなんで気にせずに」

「ふふっ、わかりました。こちらへどうぞ」

 

 屋敷内へ案内される。はやてはまだ、あわあわ言ってるが無視して車椅子を押す。

 しっかし来たのは二度目だが相変わらず広い屋敷ですこと。歩みを進めると、やがて外観が一望出来る部屋へと案内された。するとそこにはお茶会参加予定の少女たちが全員集合していた。

 

「あ、はやてちゃん!」

 

 まず初めにすずかちゃんが声を掛けると、アリサちゃん、なのはちゃんも続いた。

 

「すずかちゃん、アリサちゃん、なのはちゃん。みんな久しぶりやなぁ」

「うん、こんにちは、はやてちゃん」

「久しぶりね、はやて」

「こんにちはー、はやてちゃん」

 

 はやてが輪に加わる。うんうんよかったなぁ、はやて。

 

「慎一くんもこんにちは」

「やぁ、慎一」

「どもっす、忍さん、恭也さん」

 

 俺も2人と挨拶を済ませる。

 

「慎一さん、いらっしゃいませ」

「ファリンさんもこんにちは」

 

 この人はノエルさんと同じくメイドのファリンさん、何でもこの2人姉妹だとか。

 

「それではお茶をお持ちしますね」

 

 ノエルさんがそう告げたので。

 

「あー、俺は帰るんでいいですよ、じゃあはやて夕方に迎えに来るからな」

 

 俺は踵を返し立ち去ろうとした、が。

 

「あら、なんで帰るのかしら? 一緒に居たらいいじゃない」

「いやいや忍さん、女子会を邪魔しちゃダメでしょう」

「慎一なら大丈夫だろう」

「何言ってんすか恭也さん、そんなことないですよ」

「え、兄ちゃん帰っちゃうの……?」

「そうだ、兄ちゃんは帰るぞー」

「お兄さんも一緒にお茶会しましょう?」

「悪いけどねすずかちゃん、女子会には立ち入れないよ」

「あたし、お兄さんに居てほしいです」

「ありがとね、アリサちゃん。でも残念だけどね」

「お兄さんそんなこと言って猫怖いから帰りたいだけでしょ」

「……君のような勘のいい子供は嫌いだよ、なのはちゃん」

 

 そう、ここはどこを見ても猫、猫、猫。猫屋敷と言っても過言ではない。動物嫌いの俺にとっては一刻も早く立ち去りたい所なのだ。

 

「では慎一様のお飲み物もご用意いたしますね」

「だから俺は帰るって……、はぁ、いいよわかりましたよ残ればいいんでしょ残れば」

 

 足元にはすでに猫が居る。俺は動けなくなり帰れなくなってしまった。

 

「じゃあ、私と恭也は部屋に居るから」

「はい、そちらにお届けいたします」

 

 そう言って忍さんと恭也さんは立ち去った。腕組んじゃってるよ、ああいうのはバカップルっていうんだろうね、ああリア充爆発しろ。

 

「お兄ちゃんと忍さん、本当に仲良しさんだねー」

「うん、お姉ちゃん、恭也さんとお付き合いしてから本当に楽しそう」

「いいわねー、そういうの」

「こ、これが俗にいう恋バナっていうやつやな、メモメモ」

「落ち着けはやて」

 

 みんながみんなそれぞれの意見を出す。リア充爆発しろとか言ってんのは俺だけですね。これが心が汚れてるってことなのかねぇ……。

 

「と、ところでお兄さんにはそういう人、居たりするんですか……?」

 

 アリサちゃんが聞いてくる、若干顔が赤い。俺に恋人? あはは、居るわけないない。

 

「そうだよね、お兄さんカッコいいもん」

「お兄さん、どうなの……?」

「私も気になるなぁ……」

 

 4人がまじまじと見てくるので妙な雰囲気になってきた。いつの間にかはやても興味津々な顔してるし。

 

「いや、俺にはいないよ。もうそういうのはいいかなって」

 

 前世のあれでもう色々とやる気をなくしたんだよな。

 

『……もうそういうのはいいかな?』

 

 俺の一言に4人が身を寄せ合って何やら話し合いを始める。

 

「(お兄さん、もしかして恋人居たの?)」

「(私、そういう話は聞いたことあらへんよ……?)」

「(でも今の口ぶりだとそうだよね……)」

「(うぅ……、なんか嫌だよぉ……)」

 

 あー、4人は盛り上がってるようで何よりだな。

 ユーノも追いかけっこしてるし(追い回されてる)。

 俺の足元の猫はそのまま居眠り始めたし、あー動けねぇ!!

 

「はーい、お待たせしましたぁー。いちごミルクティーとクリームチーズクッキーでーす」

 

 そこでファリンさんがお茶とお菓子を持ってきてくれる。そして足元を回る回るユーノと猫。

 

「あわぁ……きゃあぁ……っ」

 

 なんかぐるぐるしだした。あ、これはもしかしてな予感……。

 俺の立ち位置はドアの傍、猫に座られて動けない状態。

 

「ファリン、危ない!!」

 

 すずかちゃんの声を最後にファリンさんはお盆を手放した。

 

 そんでブツは俺のとこに向かってくるのね……。

 

「あっぢいぃぃーーっ!?」

「きゃあぁぁーっ! ごめんなさーい!!」

 

 

 

 

 

 

「あー……酷い目に合った」

 

 あの後ひとまず服がビショビショという事でシャワーを借りることに、服は今乾燥機に掛けてくれてるとの事。

 ファリンさんのおっちょこちょいは以前来た時もまぁあったのだが……今回はしょうがないしな。

 

「つーかここの浴場でっかいねぇ」

 

 テレビで紹介されるような金持ちのお風呂だよこれ、すげぇな……。

 

「慎一様」

 

 あ、ファリンさんの声だ。

 

「服が乾きましたので置いておきますね、あとあと……その……申し訳ありませんでした!」

「あー……大丈夫っすよ、全然平気なんで」

「慎一様……ありがとうございます!」

 

 感激しましたみたいな声を出してファリンさんは去って行った。

 さて、上がるか……。

 

 

 

 風呂場から戻るとなのはちゃんとユーノが居なかった。

 

「あれ? なのはちゃんは?」

 

 残っている3人に話を聞いてみることに。

 

「ユーノが何かを見つけたらしくって、追いかけて行っちゃいました」

「ユーノが?」

「はい」

 

 どうしたんだろうか、何か面白いものでも見つけたんかね。まさかジュエルシード? ははっ、そんな馬鹿な。

 

 なお後程気づく事になる、馬鹿なのは俺だったと。

 

「にゃぁ~お」

「うわっ」

 

 いつの間にかさっきの猫がまた俺の足の上に寝転びた。なんだこいつ俺の足が気に入ったのか?

 可愛い奴め、なんて言わないぞ! こっちは怖いんだからな!!

 

「あはは、お兄さんに懐いちゃってるね、その子」

「ミィっていうんですよ、可愛いですよね」

「ハハハ、ソウデスネ」

「兄ちゃん……声が裏返っとるで……」

 

 だって仕方ないじゃないか、怖いんだもん。

 

「こんなに可愛いのに……なんで兄ちゃんはダメなんやろ」

「ふっ……、ようやく真理を語る時が来たようだな」

「真理……?」

 

 そんなに俺が動物苦手な理由が知りたいのならば教えてやろう!!

 

 あれは生前の時だった……(ここは伏せて話す)。俺はまだ小学生で色んなとこを駆け回って遊ぶやんちゃな子供だったのさ。動物なんか怖くもなんともなかったあの頃……。俺は1匹の犬と出会った。

 その犬は近所では有名なとにかく人によく吠える犬で、人が通ればすぐさま大きな声で吠え、人を怖がらせたという犬だった。

 当時の俺はそんな噂も知らず、近所のケーキ屋さんで親からテストで良い点とったご褒美という事でチョコレートケーキを買ってるんるん気分で歩いていたところで例の犬に遭遇することになったのだ。

 犬は当然俺を見て『バゥッ!!』と大声で吠える。その声にビビった俺はケーキを落としてしまった。チョコレートケーキはぐしゃぐしゃになった。だが犬は泣きそうな心情の俺を気にもせず続けざまに吠えた。俺はもうケーキを落とした悲しみや犬に吠えられた恐怖でいっぱいでその場から逃げる事しか出来なかった。

 

「だから俺はその日以降……動物に恐怖感を抱くことになったのさ」

「そんでなぁ、私もクッキー作って来たんよ、みんなに食べてほしくてなぁ」

「わぁ、はやてのクッキー凄く美味しそう」

「いい香りだね、はやてちゃん料理上手なんだね」

「……あの、聞いてください」

 

 俺の語りを誰も聞いちゃいなかったぐすん。―「にゃぁ」―おぉ、ミィとやら慰めてくれるのか? ありがとう……。怖いけどお前は大丈夫になれそうな気がするよ。

 

「あ、ユーノだ」

 

 アリサちゃんが指を指す。本当だユーノが走ってくる。

 

『慎一さん、大変だ! なのはが!』

『おいおい、どうしたんだよ、なのはちゃんがなんだって?』

『とにかくこっちに来て!』

『あ、おい!?』

 

 ユーノは踵を返して森の中に走っていく、あぁ、もうわけわかんねぇな。あ、ごめんねミィとやら、ちょっとどいて?

 

「なんかユーノ今呼んでたような気がするんだ。俺ちょっと行ってくるよ」

「あ、お兄さん!?」

「いってしもうた……」

「なのはといいどうしたんだろう……」

 

 

 

 

 

 ユーノを追って走る事5分だろうか、人が倒れているのを見つけた……ってあれはなのはちゃんじゃないか!?

 

「な、なのはちゃん!? 大丈夫かい!?」

 

 身体のあちこちに小さなだけど傷もある。いったいどうしてこんな事に……。

 

「ジュエルシードの反応があってここまで来たんだ、でも途中で別の魔導士が乱入してきて……」

「え、例の反応がここにあったのか!? しかも別の魔導士だって!?」

 

 ユーノの話を聞くと、突如現れた魔導士と交戦せざるを得なくなり、なのはちゃんは敗北してしまったらしい。

 

「なのは、気を失って目を覚まさないんだ、それで慎一さんを呼ぼうと思って……っ」

「事情は分かった、とにかくなのはちゃんを運ぼう」

 

 なのはちゃんを背中におぶって、来た道を戻る。とにかく今は戻って傷の処置をしないとな……。

 

 屋敷に戻ると俺はすずかちゃんに事情を話してメイドさんを呼んでもらった。そしてベッドに寝かせ傷の処置をノエルさんにお願いし事なきことを得た。話を聞いた恭也さんたちもこっちの部屋に集まってきて、なのはちゃんが目を覚ました時はもう夕暮れ時だった。

 

 楽しく終わるはずだったお茶会、それはなのはちゃんに初めての敗北という傷を付けて終わる結果となってしまった……。

 

 

 



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第20話『温泉とハプニングと敗北と』

 

 はてさて、我が国ではこの時期は大型連休、全部が全部そういうわけにもいかない人たちも居るが……俺たち学生にとってはハッピーな日々が始まった。

 だからこそ連休では無駄に惰眠を貪る気満々な俺であって今日も朝から二度寝をしようと思ったのだが……。

 

「何故こんなことに……」

「兄ちゃん鼻の下伸びてるで!」

「変なとこ触ったら承知しないよっ」

「うぅ……」

 

 フェイトちゃんの背中を流している俺が居た。

 

 ほんとどうしてこうなったんだか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること朝の事だ。

 

「聞いてないんだけど」

「せやから朝言ったやろ? 今日からみんなでお出掛けするんやって」

「もっと早く言えよ……」

 

 ゆらりゆらりと車に乗っている俺がここに居た。

 行先はどうやら海鳴市にある温泉地らしい。何故そんなことに向かっているのかというとだ。

 

「桃子さんからお誘いの電話頂いたんや、断るのも気が引けるし、それに楽しそうやから参加したいなぁ思ってな」

 

 どうやら我が妹が俺の知らない所で連休の予定を埋めてしまったらしい。なんたることだ! 俺の睡眠計画が……っ。

 

「それに兄ちゃん連休いうてもどうせ寝てるだけやろ、そんならこうしてお外に出たほうがええやんか」

 

 別に本当に寝てるだけじゃないし……最終日にはライブあるし。その打ち合わせも兼ねてどうせツヨシ家に籠ったりはしたろうけどさ。

 まぁ、いいやせっかくの旅行だし楽しまなきゃ損だな。

 

「ほらお兄さんの番ですよ!」

「ん? おぉ、ほい」

 

 アリサちゃんに声を掛けられゲームへと意識を戻す。今俺たちは旅行の定番のUNOをやっている最中だった。

 ちなみにこの車には運転席の士郎さん、隣に桃子さんその後ろ2列には俺、はやて、美由希さん、なのはちゃん、すずかちゃん、アリサちゃんの8人が乗っている。この為にわざわざ大きい車を借りてきてくれたらしい。恭也さんは忍さん、ノエルさん、ファリンさんと同じ車で向かいっている。

 つまりこの旅行は高町家、月村家、八神家+アリサちゃんで構成されている。連休中に翠屋を高町家全員が空けるのは大丈夫なのかと思ったがバイトなので上手く回ってるらしい。ちなみにその中に龍也は居るのだが『なのはちゃんが居ないなんて……』と。相変わらずのキモさを見せていた。

 

 こうして車で向かう事1時間強といった所だろうか、無事温泉地へと到着した。

 

 いやぁ~、温泉に来るのはいつ以来だろうか、前世で4人で出かけた時以来だろうか(その日はツヨシは外へ出た)。それに景色も良い、さすが海鳴市だな。

 

「みんな先に温泉に行くみたいだよ、慎一君も恭也と一緒に入ってきたらどうだい?」

「そうなんですか、ところで士郎さん、ここって混浴あります?」

「なんだなんだ、なのはを連れ込む気かい? そういうつもりなら僕も黙っちゃいないな……っ」

「違いますよ!? はやての……足のこともあるので一緒に入ろうと思って」

「ああ、そういうことかい、あっはっはこりゃ失敬」

 

 あなたが凄むと滅茶苦茶怖いんで本当に止めてほしいです士郎さん……。

 

「でも慎一君、はやてちゃんのことなら美由希たちに任せても平気よ?」

「あー……桃子さん、その、なんといいますか」

「わ……私が兄ちゃんと入りたいなぁ思って。こういう機会じゃないと一緒に入れることあらへんので……」

「あらあらあら、はやてちゃんは本当にお兄ちゃんの事が大好きなのね」

 

 はやてが真っ赤になって俯く、でも俺の服の袖は握ったまま離さず、はやてはこういう所が可愛いんだよな。

 

「そういう事なら大丈夫だと思うよ、たしか混浴もあるはずだ」

「そうですか、よかったよかった」

「今すぐ入るつもりがないなら散歩でもしてきたらどうだい、良い景色だと思うよ」

「おー、そういうことなら行くかはやて」

「うん!」

 

 士郎さんと桃子さんと別れ宿の周辺の散歩へと向うことに、はやても笑顔だし来てよかったな。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……風が気持ちええね、兄ちゃん」

「そうだな、良い風だ」

 

 森林浴を浴びながら車椅子を押す。緑が豊かで本当に良い気持ちだな。

 

「ふふっ、でもよかったぁ兄ちゃんが来てくれて」

 

 風で靡かれる髪を押さえながらはやては言う。

 

「兄ちゃん、最近どこか行ってしまう事多いから、こないだもツヨシさんのとこに置き去りにされたし」

「まてまて、ちゃんとあの時は迎えに行っただろ!?」

「知らんもーん。私には最近兄ちゃん成分が足りないから補充が必要なんや」

 

 なんだよ兄ちゃん成分て……。でもはやては楽しそうに笑いながら続ける。

 

「兄ちゃん本当に最近変な気がするんよ、なにかあったんか?」

「うぅん……何もないことは無いんだけどさ」

「私には言えんこと?」

「今は……まだな」

「そっか、そんならええんや、いつか兄ちゃんが話してくれるのを待っとる。その代わり今日は離さへんからなっ」

 

 笑って流してくれるはやて。今はまだ無理だけど……いつか話せたらいいな、兄ちゃん死にそうになりながら頑張ったこともあるんだぞーって。

 最近では久しぶりになってしまったはやてとの2人きりの時間、ゆっくり堪能しながら俺たちは散歩を続けた。

 

 

 

 

「あれ?」

「ん?」

 

 そろそろ温泉へ入ろうと旅館へ戻るとそこには珍しい顔が。

 

「アルフ……さんですよね?」

「そういうあんたは……慎一かい?」

「はい、そうです。アルフさんたちも旅行ですか、偶然ですね」

 

 以前お伺いしたフェイトちゃんのお姉さん、アルフさんが浴衣姿で歩いていた。

 

「ん~、そのこおちびちゃんは知らない顔だねぇ」

「あ、私兄ちゃんの妹で八神はやてって言います」

「はぁ~、妹さんかい、なるほど。アタシはアルフっていうんだ、よろしくね」

 

 そう言ってパチンとウィンクするアルフさん。うーん恰好といい仕草といいとても似合っていらっしゃる。

 

「あんたたちは今から風呂かい?」

「ええ、そこの混浴で一緒に入ろうかと」

「ふ~ん、なるほどねぇ」

 

 それからアルフさんはふむと考え込んで暫く黙った。一体どうしたのだろう。しかし心配するも束の間、すぐにこちらへ向き直り。

 

「あ、アタシの事はいいから行ってきな、ごゆっくりね」

 

 そう言ってアルフさんは歩いて行った。何故か表情は面白いことを思いついたような顔になってたけど。なんだったんだろう……?

 

 

 

 だがこの後俺はすぐに思い知ることになった。

 

 

 

 

「よーし、はやて身体流すぞ」

「はーい」

 

 風呂場にて、はやての身体を洗い終わりシャワーで流す。

 ここは混浴という事もあって他にお客さんが居ると思ったけど、現在の使用者は俺たちだけらしい、ちょっとした貸し切り気分だ。

 

「兄ちゃん、まだ足のとこ泡ついとる」

「お、ほんとだ」

 

 残ってた泡を綺麗に流し終えさぁこれから風呂だ……というところで思わぬハプニングが。

 

「はぁ~い」

「うぅ……」

「え?」

「ふぇ?」

 

 脱衣所からの来客、まぁそれはいいんだがその人物は問題だった。

 

「アルフさん……なんでこんなとこに」

「ん~、ちょっと色々思いついてねぇ」

 

 先程通路で別れたばかりのアルフさんが居た。というかさっきあんた浴衣来てたでしょうに。

 それにもう一人の女の子、恥ずかしそうに入ってきたのはフェイトちゃんだった。

 

「ほら、フェイト、恥ずかしがってないでいくよ」

「うぅ……、アルフだけ行けばいいのに」

「せっかくこんな所まで来たってのに風呂も入んないんじゃもったいないって」

 

 恥ずかしがるフェイトちゃんの手をひっぱってずかずか中へ歩いてくるアルフさん。そっか……フェイトちゃん。

 

「フェイトちゃん……お風呂はちゃんと入ったほうがいいよ」

「……っ、家ではちゃんと入ってます!」

「え、あ、そりゃ失礼」

「ばか兄ちゃん」

 

 てっきり俺は普段フェイトちゃんがお風呂に入らない子なのだと……。あまりのアホさにはやてからもダメだしを受け反省反省。

 

「そんなことより何しに来たんですかね、アルフさん」

「そりゃぁ決まってるだろう、一緒に入ろうってことだよ」

 

 半ば予想していたとはいえ、マジか。俺らまだ会って2回目だぞ。はやてに至っては初対面だし。

 

「そんじゃ身体を洗おうかね、アタシははやてを、あんたはフェイトを洗ってあげな」

「うえぇ!?」

「あ、アルフ!?」

 

 この展開は予想してなかった。フェイトちゃんも聞いてなかったみたいで驚いている。

 

「あの……私らもう洗い終わったんで……」

「そんなこと言わずにお姉さんに付き合っておくれよ」

「わひゃぁ……」

 

 えーと、俺も洗わなきゃいけないの? この子を?

 

「うぅ……」

 

 目の前には恥ずかしそうに頬を真っ赤に染め、チラチラとこちらの様子を伺っているフェイトちゃん。

 ……この萌えっ子はなんなんですか。

 

 落ち着けー、俺はリンみたいに欲情しないし龍也みたいに変態じゃないんだ。落ちつけ落ちつけ俺……。

 

「くしゅんっ」

「こら慎一、早くやりな、フェイトが風邪ひいたらどうすんだい」

「へ、へい」

 

 それもそうだ、いくら5月とはいえこんなとこで湯も浴びないでいたら風邪ひいちまうしな。

 

「……そんじゃいくよ」

「は、はい」

 

 かくしてフェイトちゃんの身体を洗ってあげることになった。もちろん背中だけだぞ! 前はお互いに無理だからな!!

 

 

 

 

 

 

「ふーん、あんたら兄妹も苦労してるんだねぇ、はやては足が動かないんだろ?」

「え、えぇ……まぁそうですけど兄ちゃんがおりますから……」

 

 身体を洗うプチ事件(?)後、4人でまったりと湯に浸かる。フェイトちゃんはまだ恥ずかしいのか俺と目を合わせてくれない。

 

「あんた良い兄貴してるじゃないか、少し見直したよ」

「はは、それはどうもですよ」

「慎一とはやてで支えあって暮らしてるんだね……すごいや」

「そ、そんな私は支えてもらってるだけやってフェイトちゃん」

 

 ちなみにこの2人既に先程自己紹介は済ませ、今では互いに名前で呼び合っている。

 

「いやいや、俺もはやてには助けられてるからな、特にバンドの事では」

「んもぅ……兄ちゃんまで」

「そのバンドっていうのアンタが歌うんだろ? ちょいと歌ってみておくれよ」

「んな無茶振り……はもう慣れましたよ。じゃあアカペラですけど軽く……――っ」

「わぁ……」

「へぇ……」

 

 リクエスト通り軽くバラード曲を歌う、これならアカペラでも合うし大丈夫だろ。

 

「えへへ、兄ちゃんの歌久々に聴いたなぁ」

「凄いじゃないか慎一、思わず聴き入っちゃったよ」

「うん、凄く素敵だった」

「あはは……それならよかった」

 

 喜んでもらえたなら何より、歌った甲斐あったもんだ。それから少しして2人は出て行った。なんでもこの近辺に探し物をしに来たらしい、それの続きだそうだ。見つかることを祈って2人とは別れた。

 

「嵐のような展開だったな」

「そうやね、でも楽しかったよ」

 

 2人で笑いあいながら温泉を堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後なのはちゃんたちと合流し(3人は酔っ払いに絡まれたらしくアリサちゃんはご機嫌斜めだった)、旅館にあるゲームコーナーや卓球(すずかちゃんめちゃ強ぇ)をしたりし、お土産を選んだりしあっという間に夜に。夜ご飯は旅館の料理でどれも美味しく頂いた。

 時間帯も小学生には休む頃合いになっておりファリンさんが別室で子供たち4人に絵本を読み聞かせている。

 一方の俺は士郎さんたちの宴に混ぜてもらっている。といっても年齢的に酒はNGなので俺はジュースだが。

 

「そういえば慎一君、バンド活動は順調かい?」

「あー、まぁぼちぼちですかね」

「俺と忍で一度見に行ったけど、凄い歓声だったじゃないか」

「いやぁあれはまだまだですよ、みんな周りにノッてるだけですから」

「そうかなぁ、慎一くん歌上手だったけどねぇ」

 

 恭也さんと忍さんが褒めてくれるが実際まだまだなのだ。マスターにも『もっと頑張れよ』って言われちまってるし、何よりまだメンバーがちゃんと揃ってないからな、早くギター出来る人探さないといつまでもボーカルと兼用では厳しい。

 

「この海鳴市からロックスターが誕生すると嬉しいなぁ」

「あはは、期待に応えられるように頑張りますよ」

 

『ほら飲みなさい』とビール代わりのジュースを士郎さんに注がれる。一方でファリンさんはこちらの部屋に戻ってきておりどうやら4人は寝たらしい。

 

 そうして他愛もない話を続けていると……。

 

『お兄さん、ジュエルシードの反応が!』

『なっ!? こんな所で!?』

『うん、わたし、行ってくる!』

『わかった、俺も後から追いかける、なのはちゃん、無理だけはするなよ』

『うん、大丈夫!』

 

 こんな所でジュエルシードが現れるなんて……。でも出てしまったものはしょうがない。

 あとはどうやってこの場を抜けるかだな……キリのよさそうなとこで抜けるしかないな。

 

 

 

 

 

 

 

 飲み会から適当に理由を付け抜け出し、彼女の所へ向かう。

 

「なのはちゃん!」

 

 彼女の姿を見つけたのは森の中だった、呆然と立ち尽くしている。

 

「なのはちゃん……ジュエルシードは」

「……っ」

 

 首をフルフルと振る。そっか……間に合わなかったか。ユーノから別の魔導士がジュエルシードを狙っているという事は訊いている。きっとその魔導士に持っていかれたのだろう。

 

「お話……出来なかった」

「……お話?」

「うん……なんとか話し合いで解決しようって言ったけど、拒否されちゃって……また負けちゃった」

「……なのはちゃん」

 

 ボフッと胸に倒れ込んでくる。俺には優しく抱きしめてあげる事しか出来なかった。

 

「わたし……あの子に勝てるかな……」

「……大丈夫さ、諦めなければね。それに全く話が通じないってわけじゃないんだろ?」

「……うん」

「なら根気強く説得するしかないね、頑張るんでしょ? 全力で」

「……うん、大丈夫、ありがとうお兄さん」

 

 離れた彼女は必死に笑顔を浮かべていた。それがただの強がりだとしても彼女は前を向いた。

 ならば俺は……また応援してあげよう、そう思った旅行先での出来事だった……。

 



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