ブラック家の御曹司 (修造)
しおりを挟む

プロローグ

こんにちは。potetaです。
初投稿です。
豆腐メンタルなので優しいご指摘をお願いします。


グリモールド・プレイス。

ロンドンの北西に位置する廃れた住宅地である。

そこには昔からなぜか「12番地」が存在せず、11番地と13番地が隣り合わせになっていた。

しかし、住民は何も不思議に思っていなかった。

もともとそういうものだろうと。

尤も、廃れた現在では疑問に思う住民自体存在しないのだが。

 

しかし、本当は「12番地」は存在した。

昔のことである。現在の家主の先祖は、知り得る全ての保護魔法を施した。

そのためにマグル、魔法使い構わず無関係な人間には一切見えないのだ。

そう、何を隠そう「12番地」は魔法使いの土地である。その「12番地」――ブラック邸では現在、封筒を持った屋敷しもべ妖精と美しい少年が向かい合っていた。

 

その少年はブラック家直系によく見られる灰色の瞳を持ち、艶のある黒髪と、父というよりは母に似た整った容貌、年齢的には随分と高身長だ。

 

「お坊ちゃま。

こちらがホグワーツから届きました。

ご入学おめでとうございます。」

 

灰色の瞳をした少年は、どこか憂いを帯びた顔を浮かべてそれを見ていた。

とうとうこの時が来てしまった…と。

 

普通の魔法使いの子どもは件の封筒を見るとたいていは喜びを爆発させるだろう。

―――ほんの少しの例外を除いて。

 

この少年、シグナス・ブラックは、ほんの少しの例外に入る珍しいケースの1人だ。

なぜなら、現在のブラック家は世間的に風当たりが強く、敵も多いからである。

「ブラック家」と聞くと、巷では皆顔をしかめてしまう時代なのだ。

 

闇の帝王―――ヴォルデモート卿が「生き残った男の子」に倒されて9年、当時闇の帝王に味方していた魔法使いたちは名家だろうが構わず揃って捕らえられ、一家もろとも没落の憂き目にあっていた。「純血主義」を家風に掲げるブラック家は、自然と闇の陣営の中心に入っていたため、後ろ盾が少ない。

当時よろしくしていた名家は揃って没落しているからである。

 

ブラック家の血を引く女性が嫁いだマルフォイ家はシグナスが頼れる数少ない名家の1つであったのだが、現在は闇の陣営に関与していたことを疑う追求から逃れ、英魔法界での影響力を取り戻すことに躍起になっているため大っぴらに頼ることはためらわれた。

 

また、常に背後を気にしなければならない状況だけでなく、「高貴で由緒正しい」ブラック家は有名である。

それが良い意味であれ、悪い意味であれ、有名であるが故にこれからの身の振り方をよく考えなければならなかった。

―――シグナスは、闇の帝王が「倒された」ことは知っているが、「死んだ」とは考えていない。

 

魔法界は既に9年も前のことなど忘れて今を生きようとしているが、(もちろんかつて魔法界を闇に陥れた元凶を「例のあの人」と呼び恐れている)魔法界唯一の新聞である日刊預言者新聞にも闇の帝王が「死んだ」とは報道していないし、魔法界の権威ダンブルドアもそんなことは言っていない。

また、シグナスの元には父が闇の帝王から盗み出し、死んだ母に託された闇の帝王の宝というべき物がある。

ある時からシグナスは日々そのブツを解析しているが、未だにその正体は分かっていなかった。

 

つまり、シグナスは闇の帝王はまた現れる(復活する)と思っている。

そのとき、自身はどちらの側に付けば良いのか、ただその事を考えてきた。

わずか11歳にしてこんなことを考えるとは、普通の子供ではないと思うだろう。

しかし、シグナスにはそうならざるを得ない事情があった。

 

お腹の中にいる頃に父を亡くし、自我が芽生えてまもなく、5歳のときに母が病死した。

最愛の次男と義娘を亡くした祖母のヴァルブルガは、間もなくやってくる死期を悟った。

今までは初孫をとにかく甘やかしてきたが、ブラック家の存続のためには、シグナスを育て上げるしかないのである。

そしてヴァルブルガは心を鬼にしてシグナスに教育をはじめた。

生半可な強さではブラック家を支えることなど出来ない。

だったら"とにかく強くすればいい…"。

 

シグナスが7歳の時にヴァルブルガは死去するが、"とにかく強くなれ"というヴァルブルガの教えは、まだ純粋な子どもだったシグナスに強い影響をもたらした。

彼女が亡くなる前には、ホグワーツの2年生までに習う魔法を習得し、貴族の名に恥じない立ち振る舞いができるようになっていた。

そしてなにより、この教えが魔法界全体をみる視野を作り上げた。

"全てはブラック家のために"。

祖母が亡くなってからは地下の図書室に籠りきり、外出することは無くなった。

 

そしてホグワーツからの封筒を受け取った今日ではホグワーツの7年生に勝るとも劣らない技量を身につけ、今ではオリジナルスペルも開発するまでになった。

シグナスにとってはまだまだ不満であったが、クリーチャー曰く

――やりすぎだそうだ。

そんなに鍛えてどうする?ホグワーツの新入生がこんな強いとかみんなに引かれてしまう。

 

しかし――シグナスとしてはいつくるか分からない闇の帝王の再来に備える必要がある。

もっと"強くなくてはならない"のだ。

年相応に過ごしてほしいとクリーチャーには言われているが、それでは生き残ることは出来ない。

ホグワーツでは、なまじ力を見せつけ過ぎると警戒され、自由に動きづらくなるだろう。

 

それならただの優秀な生徒でいよう。

だが、"力は付けなければ"ならない。

教師たちの目に見えない所ではしっかりと鍛えようではないか。

 

結局、この教えの呪縛からシグナスを解放したのは、クリーチャーでも、祖母が亡くなった後、家族ぐるみの付き合いをするようになったマルフォイ家でもない。

それは両親の親友であった男――不器用ながら自分のことを心配してくれる文通相手だ――であり、ホグワーツで魔法薬学を教えている"彼"でもなく、

―――ホグワーツに入学予定の純血の子どもたちが集まるパーティで出会った、2歳も年下の少女であった。

 

…尤も憂鬱になっているのは、今までの籠りきっていた生活のおかげで付き合いが限られており、同年代の知り合いが家族ぐるみの付き合いである2歳年下の男の子と、唯一と言っていい外出する機会――純血魔法族のパーティーで出会った、件の2歳年下の少女のみということからくる不安もあるのだが。

封筒を差し出してからしばらく何も動かない主人を不思議に思ったのか、クリーチャーが何やら問いかけてくる。

ようやくそれに気づいたシグナスは、ごまかすよう「ありがとう。」と微笑みながら礼を言い、それを受け取った。

丁寧に封を切って中身を開くと、

 

ホグワーツ魔法魔術学校 校長アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア

 

マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会長

 

―――親愛なるブラック殿

この度ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されました事、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封致します。新学期は九月一日に始まります。七月三十一日着で梟便にてお返事を御待ちしております。

 

敬具 副校長ミネルバ・マクゴナガル

 

と書かれた入学許可書を一瞥して、すぐに興味を失ったように一枚めくった。

そして、その紙――入学に必要な物がリストアップされているものだ――をまじまじと見つめた。

(屋敷にあるのはもう古いしとりあえず持っていくものは全て新調しよう。あとは入学するんだし自分の杖が欲しいな。)

 

 

傍から見ると、紙を見つめて突っ立ったままでいる美しい少年と、それを見つめる屋敷しもべ妖精というなかなかシュールな光景である。

しかし、それを指摘するものはここにはいない。

シグナスは、どうやら考え始めると思考の渦に囚われるようである。

 

「クリーチャー、今日はダイアゴン横丁に行こうか。さあ、入学の準備だよ。」

「かしこまりました。お坊ちゃま。

道中はこのクリーチャーにお任せ下さい。」

 

 

その日、ブラック邸では真新しいカバンと傍らに並ぶ学用品…とその隣で新しく手に入れた杖を手に持ち、何やら感慨深げにそれを見つめるシグナスと、そんな主人を見つめるクリーチャーの姿があった。

 

 

 

―――

 

 

クリーチャー、僕は明日からホグワーツだ。

留守の間は頼んだよ。

 

はい。もちろんでございます。

お坊ちゃまの帰りを心待ちにしております。

 

ありがとうクリーチャー。

君は本当に良い家族だ。

 

 

「ここ」「いいかな?」

「「他はどこもいっぱいで」」

――「「ありがとう。」」

 

 

「なあなあ」「シグナス」「「君はどこの寮をご所望かい?」」「「え?スリザリンだって?」」「ああ、家柄で言ってるなら」「問題要らないぜ」「「組み分けは自分の意志を汲んだ結果になるからさ」」「まあ、もしシグナスがスリザリンでも」「俺たちは」「「友達さ」」

 

 

 

ほほう、これはまた難しい子が入ってきたな。

君はブラック家の子だね?最後に組み分けしたときは随分と昔のことだが…ああ、そうとも。君のご両親を組み分けたことがつい昨日のようだ。

君はなかなか面白い子だ。勇気に満ちておる。

知恵を求める心を持ち、とても優しい。

狡猾な面も持ち合わせているが何より真の友を求めておる。

家柄だけならスリザリンでもレイブンクローでもやっていけるだろうがね。

――ん?そうかね。そういうことなら…

 

 

スリザリィィィン!!

 

 

やあ、君があのブラック家の子かい?

俺はジャック。ジャック・ハワードだ。

ああ、俺もスリザリンに選ばれたんだ。

これからよろしくな。

 

 

Mr.ブラック、久しぶりだな。母親の葬儀以来か。

…ああ、手紙のやり取りはしていたが…ここは学校だ。いくら親友の息子だろうと贔屓はできん。

これから頑張りたまえ。

何?授業では贔屓ばかりしているクセに…だと?

――ふん、スリザリンから1点減点。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
次回から2年後に入ります。
感想待ってます。

設定
シグナス・ブラック

本作の主人公。
近い肉親を既になくしており、クリーチャーを実の家族のように思っている。
純血主義かどうかは現時点ではまだ分からない。
家族についてはいずれ詳細が出てきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

賢者の石
ダイアゴン横丁


こんにちは。
感想ありがとうございます!
今回はあの人が登場します。

視点が変わります。

ご意見、感想を待っております!


今日はハグリッドと一緒にダイアゴン横丁という、魔法使いたちが買い物をする所にやってきた。

昨夜、急に目の前に現れた大男――ハグリッドに、僕が魔法使いであると告げられたときはビックリした。

だけど、昨日は僕にとって最高の日になった。

初めて僕の誕生日を祝ってくれたのだ。

 

ハグリッドが言うには、なんでもホグワーツに入学するのにあたり学用品が必要らしい。

でも僕はお金なんて持ってない。

バーノン叔父さんに頼んでも、

「まともじゃない」僕には1ペンスすら出してくれないだろう。

ごめんハグリッド、せっかくだけどやっぱり僕はホグワーツには行けないんだ…

そう言うと、安心せい、お前のご両親がお前さんにたーんまりお金を残しておる。と返ってきた。

 

それを聞いても、あのろくでなしだったという両親のことだ。あまり信じることは出来なかった。

最初にやってきた漏れ鍋というパブ ―――僕の寝所と同じくらい薄暗い。にやって来たときは、みんながみんな僕のことを英雄だと言って握手を求めてきた。

今までの生活を振り返ってみても、天地がひっくり返ろうがありえないことだった。

 

当然そんなとは慣れてないし、正直恥ずかしくて居心地が悪かった。

しばらくして僕の気持ちを察してくれたハグリッドが僕を連れ出してくれたけど、彼が言うには僕は魔法界を救った英雄、「生き残った男の子」らしい。

こんなこと勘弁して欲しいと思ったけど、それは叶わなそうだと悟ってしまった。

 

内心憂鬱になりながらやってきたグリンゴッツという銀行では、思わず驚いてしまった。

壁に刻まれた「盗れるもんなら盗ってみろ」的な文言しかり、初めて見たゴブリンという魔法生物しかりである。

 

マグル界の銀行では(もちろん「まともでない」僕をあの家族が銀行に連れて行ってくれる訳なんてないから行ったことはない)当然そんなことは書いていないし、お金を盗られないように警備が厳しい──と聞いていた。

しかし、堅苦しいイメージのマグル界の銀行とは違い、ここグリンゴッツはとても開放的だ。

 

大聖堂のような広い建物の中は、とても気分が良かった。

長いエントランスを進んで受付までやってくると、本人確認を挟んで先に通された。

初めてトロッコに乗った時は興奮したけど、僕のものだという金庫を開けてみたときは思わず感激してしまった。

マグルの世界でもほんのひと握りの人間しか見ることは叶わないであろう金貨の山──

正直、ろくでなしとか言ってすんませんでした。

このとき、確かに僕は両親に感謝した。

 

帰りのトロッコで酔って気分を悪くしたハグリッド(あの時大切そうに抱えていた包みはなんだったのだろう?)と別れ、ホグワーツに必要だという制服とローブが買えるマダムマルキンという店に向かった。

 

 

―――

 

ホグワーツに入ってから2年。

最初は初めて経験する──日常的な人との触れ合いにはなかなか慣れなかったが、戸惑うばかりの僕を色々と察したジャックが助けてくれた。

 

ジャックの家、ハワード家はそこそこの名家らしい。

ブラック家とはそもそも交流が無かったのだから知らなくても仕方ないのだが、純血家系として名を馳せていることを知って以来もう少し視野を広げてみなければと思ったのだった。

ホグワーツの授業はとても面白い。

ホグワーツに入学して初めて自分の力だけを頼りに物事を知るのではなく、人から教わるという大切さを知った。

 

ジャックやみんなが言う通り当たり外れはあるとは思うけれど、僕自身の力だけでは分からないことも後で質問してみると分かりやすいように教えてくださるのだ。

 

生徒のほとんどが睡魔に負けて居眠りしてしまうという

ゴーストのビンズ先生の「魔法史」の授業でさえ楽しく感じてしまう。

所々に挟んでくる先生の雑談は、本だけでは知ることが出来ない当時の時代背景を始めとした、非常に興味をそそるものだった。

さすがはゴースト。

伊達に長生きをしてない。

そして昨年の新学期が始まってすぐ、スリザリンのクィディッチチームから誘いが来た。

父がかつてスリザリンのシーカーだったこともあってか、フーチ先生の飛行訓練の授業で抜群の成績を出していた僕に以前から目をつけていたらしい。

 

スリザリンのキャプテン、マーカス・フリントは、聖28一族のフリント家の出身で僕とも遠い血縁である。

僕は勝手に、クィディッチは貴族の嗜みだとか威張ってきそうだなとか思っていたがとんでもない。

 

彼は身内には優しい(身内=寮)というスリザリン気質を受け継ぐ立派な好青年であった。

少々クィディッチというものに熱くなりすぎる

(そこは宿敵"グリフィンドール"チームのキャプテン、オリバー・ウッド氏と張るらしい) きらいはあるが、気さくに声を掛けてくれたり、相談に乗ってくれるとても良い先輩である。

 

僕が1年生のときは、勝利のためなら手段を問わない戦い方でスリザリン生を湧かせていた。

最初はそんなクィディッチの花形であるシーカーなど僕には荷が重いと思っていたが、フリント先輩の熱心な勧誘でシーカーの選抜に参加することになった。

 

そこでは、以前からシーカーを務めていたテレンス・ヒッグス先輩を始めとした多くの先輩方がいた。

結果的には多数の候補者の中から僕が選ばれ、晴れて昨シーズンからスリザリンのシーカーとなった。

 

(その際使う箒に悩み、ブラック家の倉庫から引っ張り出したお古でいいかと思ってそれをフリント先輩に見せると、これは「シルバーアロー」

──現在の大量生産の箒とは違い、かつての手作りの箒のもので、今でもトップクラスの性能を誇るそうだ。

であると判明。貴重な箒に狂喜した先輩にはしゃぎながら殺されそうになったのは余談だ。)

そしてまた1年が過ぎ、昔から家族ぐるみの付き合いをさせてもらっているマルフォイ家の御曹子、ドラコがこの度ホグワーツに入学する運びとなった。

 

ドラコの入学祝いの家族パーティに招かれた日、ブラック邸には新学期に使う学用品のリストが届いていた。

この時期のマルフォイ氏は何やら忙しいらしく、ドラコと2人で学用品を買いに行くことになった。

(頼まれた際、今度からルシウスと呼びなさいと優しく言われたが…なんでだろうか。)

 

正直そんなことよりもその時の喜ぶドラコの顔を見てこっちまで嬉しくなった。

 

 

しばらくして迎えた今日、僕とドラコはダイアゴン横丁にいた。

グリンゴッツ銀行でお金を下ろし、商店街の入り口まで入ってきた。

 

僕たちは検知不可能拡大呪文がかけられたバック

(ドラコのは入学祝いに贈ったものだ)を持っているため、荷物がかさばることはない。

自由に買い物できるのはいいことだが、滅多にくることはないダイアゴン横丁は賑わっていて、ドラコはあちこちのショーケースに目を奪われているようだ。

 

このままだとウィンドウショッピングで一日が潰れると思ったので、丁度目に入ったマダムマルキンの店にドラコを引っ張っていった。

 

「こんにちは。」早速店に入ると、店主のずんぐりとしたマダムがとびっきりの笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。お客様、1年ぶりでございますね。そちらのお坊ちゃんは新入生かしら?」

ブラック家の人間は総じて背が高い。

アズカバンの叔父しかり、ドラコの母親しかりである。

僕もその部類に入っているため、ドレスローブを始め自分の気に入った服の丈を調整してもらうためにこうして毎年顔を出していた。

 

入学以来、昨年もここに来店しているため、すっかり顔なじみなのだ。

なぜ店に入った瞬間花が咲くような笑顔を見せたかは分からないが。

 

こうして紳士的に先を譲ってくれたドラコ(僕にとっては精一杯背伸びした男の子に見えてとても微笑ましかった)に「ありがとう。」と言っておいて、先に自分の制服の丈を合わせてもらった。

 

「お客様、これ以上制服の丈を伸ばすことは出来ませんね。今年はなんとかなるかもしれませんが来年はとても足りないでしょう。

これからの成長を見越して新しく制服をお買い求めになられた方が良いと思います。」

「そうですか。

それなら新しい制服…とローブを新調します。」

「毎度ありがとうございます。

では仕上がるまで少々お待ちくださいませ。」

 

世間話を交えて楽しくそんなやりとりをしているうちに、後ろに控えて待っているドラコの隣にはくしゃくしゃの黒髪の少年

──丸いメガネに細すぎる体に全くあっていないダボダボの服を着ている。言っては何だがみずぼらしかった──がいた。

2人は何やら話しているように見えたが、近づくなりドラコが一方的に話し掛け、もう一方の少年はうんざりしているのが分かった。

「ドラコ、お待たせ。

次は君の番だよ。」

「長かったねシグ。

ちょっと待っててくれ。」

と言うなりドラコは隣の少年には目もくれずにスタスタと行ってしまった。

 

 

―――

僕はは困惑していた。

魔法使いってこんなのばっかなのか?

──ハグリッドに言われたマダムマルキンという店に入ると、魔法界に来たという高揚感がたちまち失せてしまった。

 

僕より前に並んでいる、順番待ちをしている様子の金髪の少年(僕と同じ新入生らしい)の自慢話にうんざりしたのである。

鼻にかけた話し方をする彼は、僕とは違って随分と育ちがいいようだ。

 

前の人が長く掛かっているようで時間が経っていたのか、いつの間にか店の外に待機していたハグリッドを見るなり今度はハグリッドの悪口を言い始めた。

少年曰く本当のことらしいが、彼は初めて僕を認めてくれた友人だ。

僕のことをバカにするのは構わないけど、彼をバカにするのは許せない。

 

少年の言い分にいい加減怒りが爆発しそうになったとき、

「ドラコ、お待たせ。

次は君の番だよ。」

と金髪の少年に声が掛かった。

「長かったねシグ。

ちょっと待っててくれ。」

ドラコというらしい少年はそのまま行ってしまった。

 

入れ違いでこちらに来た人は、なんというか今まで見てきたなかで1番美しい少年だった。

中性的な顔だちながら線が細く整った顔、僕とは比べ物にならないくらい高い身長、僕のとは違って艶のあるサラサラした黒髪、灰色をした瞳は優しそうで、何やらこちらを心配している様子だった。

「大丈夫かい?君、ちゃんとご飯食べてる?」

思わず発したと思われるその言葉は、さっきの少年の同伴が掛けるだろうと思っていたこととはまるで違ったので思わず面食らってしまった。

 

―――

「大丈夫かい?君、ちゃんとご飯食べてる?」

思わず声を掛けてしまった。

やばい、この子めっちゃ戸惑ってる。

 

やがて、落ち着いたと思しきメガネの子は、

「うん、大丈夫だよ。」

と絞り出すように言ったが、そのか弱い声にかえって心配になってしまった。

「そんなことないじゃないか。

それに君、元気がなさそうだ。

君さえよければお昼一緒に食べないかい?」

「大丈夫、これから入学するまでハグリッドの言ってた所に泊まることになったんだ。」

 

淡々と答えられる中に、気になるワードがあった。

 

ん?ハグリッド?あ、店の外にいるのは──

「ハグリッド?ああ、ハグリッドじゃないか。

君、ハグリッドの付き添いで来た新入生の子だね?

僕はシグナス・ブラック。ホグワーツの3年生だよ。彼の紹介なら安心だね。

 

つあーさっきの子、ドラコっていうんだけど、

本当はとてもいい子なんだ。どこか素直じゃなくてね。

どうか、悪く思わないで欲しい。

さてと、またホグワーツで会おう。」

 

少年は少し機嫌が悪い様だったので、さっさとお暇することにした。

丁度仕上がった服を持って店を出た。

 

「やあハグリッド。久しぶりだね。」

「おお、シグナスじゃねぇか。 久しぶりだな。

ここで会えたのは何だが今はあの子のお使いでな。」

「ああ、分かってるよ。

それと、今年は中々小屋に行けそうにない。

この前言ったお世話になっている家の子どもが入学するし、色々と忙しくなりそうだからな。」

「分かっちょる。

たまに顔出してくれたら俺ぁ嬉しい。」

「うん、今度また会いに「おーい、シグ。何やってんだ?」ああ、ごめんハグリッド、また今度ね。」

「ああ、またな。」

ハグリッドとの会話に夢中なっていると、いつの間にかドラコの買い物が終わったようだった。

 

「シグ、何だってあの木偶の坊とはなしているんだか。あいつは危険だっていうじゃないか。」

「まあまあドラコ、彼は魔法生物にとても詳しいんだ。スネイプ先生の課外授業…といっても個人的に使わせてもらっているだけだけど、先生には頼みづらいくらい貴重な材料も色々と融通してくれるんだ。」

「そうだとしてもあれと付き合うのはどうかと思うんだ。」

「そうだね。ドラコ。今年はクィディッチに加えて選択教科が増えてしまってね、スネイプ先生の課外授業はできそうにないんだ。だからもう彼とはあまり顔を合わせないと思うよ。」

「そうか、それならいいんだ。」

ハグリッドと話しているところを見て不機嫌になったドラコを宥めつつ、商店街を歩いていった。

尤も、課外授業うんぬん関係なくハグリッドの所には行っていたので、もう顔を合わせないというのは嘘である。

 

さて、今年からは教科選択が増える。

とりあえず占い学といった将来的に使わなそうで興味のないものは落としていこうと考えていたシグナスであったが、

「君の成績ならばクィディッチとも両立出来るだろう」と寮監に全ての教科の選択を迫られたのである。

 

実のところ、全ての教科を取っている生徒は少なからず存在する。

しかし、そうすると全体で12教科まで膨らんでしまうのだ。勉強…というよりは授業を受けるのが好きなシグナスにとってはその申し出は嬉しかったのだが、流石に12教科も取ることは御免である。

明くる日も明くる日も課題に追われそうなのは目に見えているからだ。

 

面倒なことになったとため息をつくシグナスであったが、最後に全ての教科を取っていたのはグリフィンドール生である――ということから、スネイプが対抗心を燃やしているのは明らかだった。

 

結局、今年は全ての授業が被らないように調整するという嬉しくない申し出もいう追加攻撃を受け、なし崩し的に全てを受講することになったシグナスであった。

どうやらスネイプだけでなく、優秀なシグナスに対する他の先生たちの計らいも含まれているようだ。

 

そういった経緯で今年の平日は空き時間が一切ないシグナスであったが、双子によると兄弟の1番上と3番めも全ての教科を取っているらしい。

3番目のパーシーは現在5年生であり、せっかくなので相談に乗ってもらった。

ウィーズリー様様である。

最初はスリザリン、しかも相手はブラック家ということもあってどこか警戒した様子だったが、双子と戯れている姿を見て色々と思うことがあったらしい。

その後は熱心に相談に応じてくれた。

 

なお、自分と同じ境遇の人が周りにいなかったようで嬉しかったらしく、その後も交流は続いている。

 

 

──シグナスにとってはドラコは実の兄弟のような存在だ。だから基本的にドラコには弱い。

シグナスも彼の両親同様、ドラコのことを溺愛しているのである。

―――

シグナス・ブラックという青年(2歳しか違わないなんて信じられない!)

との出会いは、僕にとって思いがけない出会いとなった。

 

「まともじゃない」と言って邪険に扱う叔父さんと叔母さん、そんな2人を見て育った従兄弟のダーズリーに彼の態度を見て自分に暴力を振るう取り巻き、そな様子を遠巻きに見つめるそのほかの人たち──

 

彼らは今まで1度だって僕のことを心配してくれたことはなかった。

初めて僕のことを認めてくれたハグリッドでさえ両親を通して僕を見ている節があったし、さっきのパブで出会った魔法界の人たちに至っては僕ではなく、「生き残った男の子」に話し掛けていた。

誰も僕のことは見てくれていない。

 

それなのに──

この人は初対面で素性も知らない僕のことをこんなにも心配してくれる。

そんな人は今まで1人いなかった。

11歳にもなって!

初めて僕のことを気にかけてくれた!

 

僕が誰かも分かっていない打算抜きのこの状況で、彼の取った態度はとても嬉しかった。

本当に嬉しかったけど、あまりに突然のことで呆然としてしまった。

だから思わずぶっきらぼうに返事をしてしまったんだ。

彼はそんな僕をみてどう思ったのか、さっさと自己紹介をして丁度出来たと思われる商品を持ち、外へ出ていってしまった。

慌てて彼を目線で追うと、今度は僕を連れて来てくれたハグリッドと話していた。

 

さっきまでの端正な顔をどこか悲しそうに顔を曇らせて心配していたのに、今ではとても楽しそうに変わっているのを見て、僕は少し切なくなった。

先ほどまでのことを名残惜しく思っていると、いつの間にかドラコという少年が制服の採寸を終え、真新しいカバンにそれを突っ込む!(どう見てもカバンの方が小さいのに!)と、

ハグリッドと話しているシグナス・ブラックと名乗った少年を見つけてわかりやすく顔を顰めた。

 

さっき言っていた通り、ハグリッドのことが気に入らないようだ。

彼とは付き添いで来たようで、たまらず店の外に飛び出した。

 

やがてハグリッドから引き離すのに成功したようで2、人は弾んだ声でその場から遠ざかって行った。

それを目線で追っていると、

「あらあら、お坊ちゃんは新入生かい?」

どうやら僕の順番がきたようである。

 

やがて僕の採寸が終わり、それからどこかボーッとした感じで買い物を続けていた。

ハグリッドにはどうかしたのか?

と聞かれたけど、何でもないよとしか答えられなかった。

 

買い物が終わってもどこか我ここにあらずといった調子の僕を見かねたのか、ハグリッドは僕への誕生日プレゼントとして真っ白くて美しいふくろうを買ってくれた。

「ヘドウィグ」と名付けたそのふくろうを見たとき、僕は心からの笑顔を浮かべた。

さっき金庫でもそうしたはずなのに、笑顔になったのは随分と昔のことのようだった。

 

―――

最後に訪れたオリバンダーの店でドラコが杖を買い求めたあと、(サンザシ僕バラ科の植物だ。

に一角獣のたてがみ。25cmらしい。)

折角なので自分の杖を点検してもらった。

状態は至って良好とのことだ。

 

その後、マルフォイ家の屋敷しもべ妖精

──ドビーを呼び出し、妖精式の付き添い姿くらましでマルフォイ邸まで戻った。

基本的にシグナスもドラコも無意味に汚れる煙突飛行が嫌いなのである。

ドラコはドビーのことも嫌いなようだ。

 

「父上、母上、ただ今戻りました。」

「おかえりドラコ。

ルシウスは今いないの。疲れたでしょう?

紅茶を淹れるわ。シグナスもよ。」

「ありがとうございますおば上。」

「あらあらシグナス、"おば上"なんて私はそんなに年老いて見えますこと?」

心なしか周囲の温度がさがった気がした。

「すみません、あなたはまだお若いのに──

これからはシシーと。」

「ええ、それでいいわ。」

 

こうしてマルフォイ邸でのお茶会を楽しんだあと、クリーチャーに夕食を家で食べると言ってしまったと告げてブラック邸まで戻った。

それでも家で食べていけばいいじゃないか、と頬を膨らませるドラコは非常に微笑ましかったが、一言謝って帰ることにした。

 

シグナスにとって、マルフォイ家にいることは楽しかったが、それと同時に居心地が悪かった。

自分があの場にいると、どうしても死んでしまった両親のことを思い出していたたまれなくなるのだ。

 

マルフォイ家はシグナスから見た理想の家族像だ。

家族のために奔走する父、愛する夫と息子を慈愛の目で見つめる母、父と母を慕ってすくすくと育つ息子。

ああ、もし父と母が生きていたら

──そう思わずにはいられない。

少し切なくなったシグナスはその晩、クリーチャーとお喋りすることで忘れようとした。

 

────心にポッカりと空いた大きな穴を、埋めることは出来なかった。

 

 

 




いかがでしたか?
今回はハリーと初接触です。
しかし、シグナスは相手が「生き残った男の子」とは気づいていない模様。


・初めての魔法界に動揺するハリー
今までの生活では考えられないくらいの優遇っぷり。思わず目を疑います。
・シーカーになったシグナス
彼の父はシーカー(※公式設定)なので、天性の才能を受け継いでいます。
ハリーとの対決フラグが経ちました。
・優秀なブラック家の倉庫
そりゃ名家だから何でもありです。
シルバーアローが出てきてもおかしく…ない?
✾シルバーアローはこの後魔改造予定なので、最終的には後のファイアボルト並の性能になります。
・検知不可能拡大呪文
有能。
・ハリーを心配するシグナス
そりゃ弟のように見ているドラコと同じくらいの子がいかにも苦労している様子だったら声を掛けます。
・さっさと行ってしまうシグナス
若干ぶっきらぼうに返ってきた答えに、まだドラコのことを怒っていると勘違い。
咄嗟にフォローをしてハグリッドのもとへ。
・ハグリッドとお友達なシグナス
人との交流を通して、社交的な思考になったシグナス。愉快な動物を紹介してくれるハグリッドが気に入っているようです。
・ハグリッドを毛嫌いするドラコ
※公式設定。
・シグナスの闇
シグナスはマルフォイ家を通して幸せな家族というものに憧れています。両親がいないシグナスは自然と愛に飢えているので、自分の知らぬ間に真の友達を求めていたようです。(組み分けにて)
同じ理由で、何の打算もなく自分に尽くしてくれるクリーチャーのことを心から自分の家族だと思っています。
・シグナスに無自覚系主人公と、勘違い系主人公のフラグが立つ
彼は実際自分の顔がハンサムであることに気づいていません。比較的良い方だとは理解しているようですが、それが武器になっているとは思っていません。
まあ自分の容姿について褒めてくれる相手がいなかったこともありますが──
クリーチャーは例外。
そもそも人の容姿には触れなさそう。


ハリーの様子を不機嫌だと勘違い。
ドラコと何を話していたのか分からなかったので表面的なフォローしか出来ませんでした。
つまり、原作通りドラコと決別するフラグ建設です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ホグワーツ特急

こんにちは。
センター試験が間近ですね。


ご意見募集しております。


 9月1日。来たる新学期の始まりだ。

 この日、シグナスは9と4分の3番線のホームの一角で待ち合わせをしていた。

(んー。中々来ないな…)

 どうやら本人は内心焦れているようである。

 

「お待たせしました。シグ。

 お久しぶりですね。」

 そこに、1人の金髪碧眼の美少女がやってきた。

 そのすぐ後ろには、駆け出した少女の後を慌てて駆け寄る両親と思しき2人の大人と、少女にそっくりな女の子がいた。

 

  「やあ、僕もさっき来たばかりなんだ。

 久しぶりだね。ダフネ。

 お2人もお変わりないようで。

 アステリア、君も元気かい?」

 

  そう、彼が待ち合わせしていたのは、同じく聖28一族の1つである、グリーングラス家である。

 実は、待ち合わせしているから遅れては大変だと既に30分以上も待っていたシグナスだが、そんな内心はおくびにも出さないあたりは流石である。

 

  「シグナス君。久しぶりだね。

 少し見ない間にますます逞しくなった。」

  「本当にウチの娘にはもったいないわ。」

  「うん。今日も絶好調だよ。」

 

 金髪で威厳溢れた佇まいをしているダフネの父は、どこか敬服のような眼差しでシグナスを見つめていた。

 同じく金髪で、ダフネによく似た美女は、何かうっとりと夢心地のような声音で呟いている。

 そんな彼女の次女、アステリアは今日も元気いっぱいだ。

 

  5人は挨拶もよろしく、未だに人がまばらなホームを進んでいった。

 どうやらホグワーツ急行が出発する随分と前にきたようである。

 

 そんな時間に来ているのだから、列車の中の空いているコンパートメントを見つけるのは容易だった。

 彼女の分の荷物も積め込んで席に着くと、何やら母娘2人で別れを囁いていた。

 

「じゃあダフネ、お母さんはたちは混み始める前に帰っちゃうけど、ホグワーツでもうまくやるのよ。手紙もたくさん送ってね。シグナスくん、うちの娘を任せたわ。」

  「分かっているわ。お母様。

 みんなにもよろしくね。」

  「はい、任されました。」

 そう言うと、どこか感極まった様子のダフネの母は、2人を窓越しに抱きしめた。

 

 シグナスが、これが親の愛情ってやつかな?と内心でボヤいていると、満足したのか遠巻きにこちらを見ているダフネの父とアステリアを連れてさっさとホームから出ていってしまった。

 

  「ごめんね。シグ。ウチの家の人間、人混みが嫌いですぐ酔っちゃうのよ。」

「いいや、全然気にしてないよ。

 僕も人混みは好きじゃない。

 そんなことより、昨日はよく眠れたかい?」

 

 少々露骨な話題転換である。

 シグナスは人当たりはいいのだが、口下手と自覚しているので普段は寡黙を演じている…つもりである。

 

 そもそもシグナスは知り合いも少なく、おまけに年単位の引き籠もりなのだ。

 7歳のときに祖母を亡くしてからは、年に数回ある純血貴族のパーティの中でも特に限られたものしか参加しなかった。ダフネと知り合った件のパーティもそれである。

 

 つまり、ここ2年間である程度コミュ障と呼ばれるものは随分とナリを潜めているものの、未だにその影響を及ぼしていた。

 そのことは承知のダフネは、特に気にした様子もなく会話に乗っかってきた。

 

  「実を言うと、あまり眠れなかったの。

 今日がとっても楽しみでね。」

  「やっぱり入学する時は緊張するよね。

 僕もそうだった。君はどこの寮に入りたい?」

  「もちろんスリザリンよ。シグもいるし。

 …ねえ、さっき眠れなかったって言ったの、あれは入学することに興奮したんじゃないのよ。本当は、あ・な・たと一緒に行くことが楽しみだったのよ。」

  「へぇ、それは光栄だね。お嬢様。」

 

 なかなか思わせぶりな少女である。

 それでもしつこくなく、自然に取り入れるあたりは流石、貴族のお嬢様だ。

 そんなアピールにも気付かないシグナスのスルースキルは相当である。

 

 そういえば、彼女は家族が居なくてなってからはそのお嬢様口調は陰に隠れ、いつの間にか砕けた口調になっている。

 それを気にした様子もなく応じるあたり、2人の間ではそれが暗黙の了解のようだ。

 

  2人で楽しく会話していると、間もなくホグワーツ特急が発車するようであった。

 目の前に見覚えのある赤毛の一団が見えた。

 どうやら家族と別れを惜しんでいるようである。

 

 気づくと、周りのコンパートメントが埋まってきていることを悟ったシグナスは、さりげなく「認識阻害」の呪文をコンパートメントに掛けた。

 

 彼はダフネとの2人きりの空間が好きだし、あまり気心の知れない人と所狭い空間を共有することを好まない。また、ここに入ってくるのが見知らぬ顔だった場合、スリザリンに入らない限りは大体その場だけの関係となる。

 そんなものはパーティだけで十分だった。

 

 先ほど見つけた赤毛の一団──の双子に自分とダフネのことをからかわれるのを恐れたからではない。断じてない。

 なかなか、どうして狡猾である。

 

  それを知ってか知らずか、ダフネは気だるげな様子で目の前の家族が繰り広げる、他の誰よりも熱烈な別れを惜しむサマを眺めていた。

 

「羨ましいわけではないけど、人前であんなに大胆な行動をするなんて、少しはしたないわね。」

  「はしたないかはともかく、自分の愛情を表現するにはいいんじゃないかな。」

 どこかズレた発言をするシグナスをジト目で見つめたあと、また楽しそうに会話をする2人の男女の姿があった。

 

  気がつくと、ホグワーツ特急が発車してしばらく経っていた。

 

「ダフネ、お腹が空いただろう。

 もうすぐ車内販売のおばさんがくるよ。」

「あら、本当?私、もうお腹すいちゃって。

 お母様に一応お昼に軽食を渡されたけど…あとで食べるお菓子も欲しいわね。」

 

 既に赤毛の集団たちも席を見つけたことだろう。

 

 シグナスは、認識阻害呪文を解除した。車内販売のおばさんがココを見つけてくれないと困る。

 

 

 

  すると、"バンッ!!"音が鳴った。

 入ってきたのは待っていた車内販売のおばさん──ではなく、ボサボサの栗毛をした少女であった。

 

  「…ねえ、あなたたち、ネビルのヒキガエルを見なかった?いなくなっちゃたの。」

 どこか威張った感じの少女である。

 

 普段のシグナスなら、どこか微笑ましくその様子を眺めるのだが、いきなり人が押し入って楽しかった雰囲気がぶち壊しだ。

 不機嫌になるのが道理である。

 入ってきてから何かを言うまで妙に間があったのは不思議だったが、思わずノックくらいしろよ。と内心で毒づいた。

 

 それはダフネも同じようで、

「あなた、どちら様ですか。

 面識もないのにノックもなしとはいただけませんわね。ヒキガエルは見ておりません。

 どうぞ、お引き取り下さい。」

 

 予想したのとは全く異なった答えが返ってきたのか、少女はえっ、と目に見えて動揺していた。

 視線が泳ぎ、心なしか顔色も悪い。

 揺れ動く目が助けを求めるようにこちらをチラチラと見ているのに気づき、内心勘弁してくれと思ってしまった。

 やめてくれ、その視線は俺に効く。

 

 そんなことはお構いなしに、いつの間にか杖を取り出していたダフネによって扉が閉じられてしまった。

 

  「おいおい、ダフネ。ちょっと辛辣すぎないか?それにあの子は新入生だろ?良かったのか?」

  「いいのよ。あんな礼儀知らずの友だちなんて、私には要らないわ。」

 そんなダフネの態度を見て、内心でうへぇとボヤいていたが、妙にさっきの少女の態度が気になった。

 

「なに?そうね、さっきの子が喋るまでの間は長かったわ。でもそんなことはどうでもいい。」

 あえなく斬られてしまった。

 

 真実は、ただその少女が美しい容姿を持つシグナスに見とれていただけなのだが、それをシグナスが知るよしもない。

 当然それに気づいていたダフネは、すぐ隣に自分という存在がいるのにも関わらず、それをお構いなしに見とれている不埒者に腹を立てて先程のような態度をとったのである。

 

  随分と周りの空気が冷たくなったなと内心ガクガクブルブルなシグナスであったが、やがて訪れた車内販売のワゴンを認めると自然と口角が上がった。この氷河期を終わらせてくれる救世主の登場である。

 

「車内販売はいかが?」というお馴染みの台詞をどこか満面の笑みで迎えたのは気のせいではないだろう。

 

  お菓子を買い揃え、

(もちろんシグナスのおごりである)

 すっかり元の雰囲気に戻ったコンパートメントの中で、シグナスはクリーチャーの作ってくれた昼食に舌鼓を打っていた。

 

  すると、今度は丁寧なノックのあと、コンパートメントが開いた。

「やあ、シグ。こんなところにいたのか。

 もう、探しまわったよ。」

「ああ、ジャックか。久しぶりだな。

 また会えて嬉しいよ。」

 

 その新たな珍客は、入学以来お世話になっているジャック・ハワードであった。

 

「俺もさ。そんなことより珍しく人とつるんでるんだ、な………………………………………………………………………なあ、お前って婚約者とかっていたっけ?」

 その瞬間、ボンッ!と隣の少女から音が鳴り、その顔が真っ赤になった。

 

「いや、そんなんじゃないよ。

 ただ待ち合わせをして一緒にいるだけさ。」

 その様子を不思議そうに見つめながら返す。

「待ち合わせ…ね。失礼、私はジャック・ハワードと申します。あなたは?お嬢様。」

 

 どうにか調子を取り戻した様子のダフネは、

「私はダフネ・グリーングラスと申します。以後、お見知りおきを。」

 と返した。その後、しばらくコンパートメントに居座ったジャックに2人の関係を追及された。

 

 ナア、コンヤクシャジャナインダッタラ、ソレハオマエノシュミカ?

 マッマサカ…ロリコn「それ以上はいけない」

 

 

 ―――

 

 しばらく滞在していたジャックであったが、

「そろそろ制服に着替えてくるわ。

 それではお2人さん、お幸せに。」

 とからかい、ニヤニヤしながら自分のコンパートメントに帰っていった。

 

 全く動揺していた様子を見せず、そうか、もうこんな時間か。と呟いたシグナスは、どうやら最後の爆弾にすっかりと顔を真っ赤にしているダフネをこれまた不思議そうに見つめながら言った。

 

「どうかしたのかい、ダフネ。

 そろそろ僕たちも制服に着替えようか。

 先に出て待ってるから終わったら呼んでね。」

「え、ええ、分かったわ。」

 とどうにか答えを絞り出したダフネを尻目に、自分はさっさとコンパートメントを出ていってしまった。

 

(うう、どうしてシグはそんなに冷静でいられるのよ…。はっ、もしかして私、まだ女として見られていない?そんなの嫌だなぁ)

 そんなことを考えながら着替え始めるダフネ。

 こちらも考え始めると止まらないようである。

 今度は初めてシグナスと出会ったことを思い出していた。…顔を真っ赤にしながら。

 

 

 

 

 ―――

 

 3年前のある日、マルフォイ邸では、純血魔法族では恒例のホグワーツ入学前の顔合わせとして開かれるパーティが催されていた。

 

 会場は1つに決まっている訳では無いが、その時最も発言力をもつ家系の元で行われるのが暗黙の了解であった。

 つまり、闇の勢力の動乱で軒並み力を落とした名家を尻目に、せっせと保身に回ったマルフォイ家がそのとき最も力が強かったのである。

 

  毎年行われるそのパーティでは、慣例としてその年にホグワーツに入学する子どもが参加する──ということになっていた──が、その年は例年よりもかなり多くの参加者が参列した。

 なぜなら、皆が皆ある目的を持っていたからである。

 

 ──「高貴で由緒正しい」ブラック家は有名だ。今ではすっかり表舞台から遠ざかっているものの、未だにその名前がもつ"力"は大きいものがあった。

 そして、今年はそのブラック家の"唯一の"生き残りが入学するのである。

 コネクションを持って損は無い。

 

 そういった理由があり、長い間保たれていた慣例は無かったものとされた。

 既にホグワーツに入学している者を始め、入学する年齢には届いていなくとも、いずれもブラック家との繋がりを求める家系は揃ってパーティに参加したのである。

 

 …余談ではあるが、純血家系は揃って名家と言われる家系であり、スリザリン出身が多い。

 流石スリザリン。汚iゲフンゲフン狡猾である。

 

 そんなことはまだ幼いシグナスとてお見通しである。しかし、ブラック家の面目のために出席している彼とは違い、そんなのお構いなしに招待客はやってくる。

 

 両親言いつけを守ろうと招待客──子どもたちは、皆媚を売るように挨拶してくる。

 どこか冷めた目で適当にあしらっていると、いつの間にか自分に挨拶しようと長蛇の列ができてしまっていた。

 そしてその全員が全員同じ思惑を持っている。

 シグナスは始まって早々帰りたくなった。

 

 マルフォイ家は自分と家族ぐるみの付き合いがあるし、自分が望めば少々困った顔をしても許してくれるだろう。

 しかし、──親の期待に応えようと躍起になっている子どもは怖いものだ。

 さっさと離脱しようとしたシグナスを捕まえて、あえなく包囲網を築き上げてしまったのである。

 シグナスの味方はいなかった。

 

 そんな中、シグナスの認識を変える、1人の少女が現れた。

 長ったらしいアピールを終えて満足したのか、今まで群がっていた子どもたち──随分と女の子の比率が高かった──はシグナスの元を去っていった。

 主催者を始め、他にも挨拶をするのが礼儀だからである。

 

 ようやく自由を取り戻したシグナスは、ひと息ついて帰ろうとしていると新たな客に話し掛けられた。

 

  パーティが始まってからしばらくしてから訪れた少女──ダフネ・グリーングラスは、彼が思ってもみなかった言葉を投げかける。

 

  「あなた、顔色が悪いわ。大丈夫ですか?」

 シグナスは面食らった。

 先程まで話し掛けてきていた者たちは、堅苦しい口上を述べ、自分ではなく背後のブラック家を見ている輩ばっかりだった。しかし、この少女はただ自分の心配をしている。

 

「ああ、僕は大丈夫だよ。

 君、まだ時間はあるのかな?」

 今まで数えるほどしか出席していないパーティで、打算なしに話し掛けてきたのはこの少女が初めてであった。

 シグナスはこの少女に興味を持ち、屋外のテラスに誘った。

 

 外の空気に当たって2人きり、初めて会うタイプのヒトと話をしてみたい。純粋にそう思ったのである。

 

 

 

 ―――

 

  その少女──ダフネは困惑していた。

 このパーティの目玉と公然と噂されていた少年は、自分が想像していた紳士像とはとてもかけ離れていたからである。

 

 明らかに長い間日に当たっていないと思われる白い肌、僅かに浮かぶ目の下のクマ…。

 ダフネの目には、彼はとても痛々しく見えた。

 名前は知っていたから、自己紹介で名前を聞いても驚かなかった。

 

 なにより驚いたのは、この少年──シグナス・ブラックが"力"に執着していたことである。

 彼曰く、これから生き残っていくために"強くなる"必要があるという。流石はあのブラック家だ。

 同じ聖28一族の中でも筆頭に数えられてきた名家である。(尤も、現在はマルフォイ家であるが)

 

 しかし、彼と話しているうちに、その想いがとんでもなく度が過ぎていることに気がついた。

 ──なんでも、最近は手を出している新たな呪文の理論が難しいから、書籍を読み込んでいると気がついた時には既に夜が明けているというのはザラにある…そうだ。

 これは明らかに異常である。

 

  今でこそ、大人顔負けの技量を持っているシグナスだが、当時はまだ幼かった。幼い故に見識が浅く、こむずかしい理論を理解するには骨が折れたのだ。

 そんなことは思ってもみなかったダフネは、その白すぎる肌と、目元のうっすらとしたクマの意味を察した。

 

  「お言葉ですが、あなた、そんなことを続けていてはいつか身を滅ぼしますわ。取り返しがつかなくなる前にやめておいた方が良いです。」

  ・

  ・

  ・

「君に何が分かる。他人の君に、僕が置かれている立場など分かるものか。」

「ええ、分からないわ。そんなちっぽけな立場を守って一体何になりますの?」

 

 最初は少女の戯れ言だと思って聞き流していたシグナスであったが、知らぬ間に口論に発展していった。

 

 やがて抱える苦悩を全て吐き出してしまったシグナスは、気丈に振る舞う年下の少女の胸を借りて泣いた。

 この時、確かにこの少女に気を許したのである。

 これが人前で泣く初めての涙であった。

 

 この後、すっかり憑き物が落ちたシグナスは、この少女──ダフネと打ち解け、仲良くなった。

 そのパーティの後も、個人的にグリーングラス家を訪れるようになり、交流は続いていた。

 

(そう、気がついたら優しくて何事にも全力なあなたに惹かれている私がいました。

 私は──そんなあなたの隣に立ちたい。)

 

 

 

 ―――

 

  ダフネの着替えをコンパートメントの外で待っていたシグナスは、どうやら憤慨している様子のドラコ──とその取り巻きと思しき2人と遭遇していた。「シグ、こんな所にいたのか。

 そんなことより聞いてくれ、我らの英雄、ポッター殿のことだ。」

 

 開口一番で、いかにもご機嫌斜めなドラコの様子を何やら微笑ましく思ったシグナスは、黙って話を聞くことにした。

 こういうときは何も言わずに話を聞いてあげればいいと経験則で知っているのである。

 

 しばらくして落ち着いたのか、

  「ありがとう、シグ。そうだ、あとで僕たちのコンパートメントにおいでよ。絶対だぞ。」

 と言って自分のコンパートメントに戻っていった。

(そういえば、ドラコの横の2人は誰だったかな?

 どこかで見た気がするんだが…。)

 

 会ったのはもちろん純血貴族のパーティであるが、シグナスの場合、軽くあしらっていることが多いので印象に残りづらいのだ。

 記憶に引っかかっているだけシグナスの記憶力は相当のものだろう。

 

「シグ、お待たせ。交代ね。」

 すっかり調子を取り戻したらしいダフネの言葉を受け止め、思わず笑顔になる。入れ替わりざまに彼女の艶やかな髪を撫でてからコンパートメントに入っていった。

 

 

 ──ホグワーツはもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
今回登場したダフネは映画には登場しないという割と不憫な子です。
性格などは本作オリジナルなのであしからず。

認識阻害の呪文についての設定(旧)

本作では、いくら認識阻害されていても、シラミ潰しに探し回ったらいくら阻害しようが関係ないという結論に達し、ハーマイオニーに見つけてもらいました。
実際1匹のカエルを探すのは骨が折れるので、周りの人に頼るしかないと思います。ハー子は1つ1つのコンパートメントに突撃していたみたいですし。

認識阻害呪文についての設定(新)

本作でも原作と同じように変更いたします。
対象者をいくらシラミ潰しに探していていようとも、見つけられないものは見つからない。という設定でよろしくお願いします。勝手に変更してごめんなさい。

・待ち合わせをするシグナス
傍から見るとクールに待っていますが、内心では待ちきれないココロを押さえつけています。
・しれっと認識阻害の呪文
引き籠ってた弊害がここに。
べっ、別にダフネと2人っきりの空間で過ごしたいからじゃないんだからね。
・原作より散々に言われて傷つくハー子
いきなり自分たちの空間に入ってきて上から目線。
冷たく当たられても仕方ない…よね?
ハーマイオニー、不憫な子。
・ジャックにからかわれても平然とするシグナス
シグナスとジャックは親友であり悪友。
これくらいただのジャブ程度にしか思っていません。
・顔を真っ赤に染めるダフネ。
完全に惚れております。
ありがとうございました。
・シグナスとダフネの馴れ初め
祖母のヴァルブルガが遺した呪縛から解き放ちます。
このことからシグナスはダフネに全幅の信頼を置き、ダフネもまたシグナスに惹かれています。
・適当にあしらわれるドラコ
いくらおこになってもシグナスから見ればどこまでもかわいい弟としか見られません。
ドラコのトリセツに従って適当に鎮火しましょう。
また、本編には描かれていませんが、無事にハリーたちと邂逅を果たした模様です。
ドラコ、この世には知らなくていいことが(ry



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

組み分け

こんにちは。
おかげさまで評価欄に色がつきました!
評価してくださった方々、ありがとうございます。

今回よりホグワーツに入ります。




制服に着替え終わったシグナスとダフネは、まもなく到着するというアナウンスを聞いて下車準備を済ませていた。

「ねえシグ、そういえば組み分けってどうやるのかしら。」

「それは教えないのが慣例だよ。大丈夫、

間違ってもケガすることなんてないさ。」

どうやら今更になって組み分けが不安になってきたらしい。

思わず頬を緩めて美しい金髪を撫でた。

 

ホグワーツ特急がホグズミード駅に到着した。

「イッチ年生、イッチ年生はこっちだ!」

例年通りハグリッドが迎えに来ているようだ。

 

「ダフネ、これからは別行動になる。

新入生はあそこにいるハグリッドについていくんだ。遅れないうちにいっておいで。」

「ハグリッドってあのデカい図体のヒト?」

「うん、そうだよ。怖がることはない。

少し…いや、かなり大雑把だけど悪いヤツじゃないから。」

「ふーん。そうなんだ。それじゃ、行ってくるわ。パンジーとミリセントを探さなくちゃ。」

「ああ、行っておいで。」

 

やがてダフネは集まってきた新入生の一団に消えていった。手を振っていたシグナスは、方向転換して馬車の方へ向かった。

 

「おお、シグ。こんな所にいたのか。

さっさと行こうぜ。」

「ジャック!いい所に。」

首尾よくジャックと合流すると、馬車待ちの行列に並んだ。やがて先頭まで来ると引き手の馬が現れた。

 

シグナスは、この馬を見ると複雑な気持ちになる。初めて見たのは昨年の新学期のことであるが、そのときは戸惑ったものだ。

 

周りの人にはまるで"見えていない"のである。

隣にいたジャックを始め、シグナスの目には、誰もそんな馬なんて存在していないかのように見えた。

 

──ちゃんと触っている感覚はあるのにな…と気落ちしたシグナスだが、変人扱いされる前に馬車に乗り込んだ。

 

その後、魔法生物に詳しいハグリッドの元に赴いてその正体を知ったとき、シグナスには、どこか腑に落ちるものがあった。

この馬はセストラル ──

「死」を見たことがある者にしか見えない精霊

 

見るのは休暇を挟んで以来だが、やはり苦虫を噛み潰したような表情になるのを抑えられなかった。

見れば、どこか複雑な表情でソレを見つめる者もいる。動揺していた昨年は見られなかった光景だ。

 

「おーい、どうかしたのか?」

しばらくその場を動かなかったらしい。

既に馬車に乗っているジャックが不思議そうにこちらを見ていた。

「いや、なんでもない。今乗るよ。」

何事もなかったかのように答えると、

今度こそ馬車に乗った。

 

──やはり乗り心地は良くなかった。

 

 

―――

 

やがて今では第2の「家」であるホグワーツ城が見えると、不意に懐かしい気分になっていた。

大広間のスリザリン寮のテーブルについてもどこか我ここにあらずなシグナスを不思議に思ったのだろう、

 

「今日はやけに静かだな。あ、そうか。

あのお嬢さんのことが心配なんだな。

まあまあ安心したまえ新郎殿」

と軽口を叩いてきた。

「次にソレを言ったら殴るぞオラ」

 

ごまかすように返したシグナスは、それでもニヤニヤとこちらを見つめる悪友に1発お見舞しておいて、アーキョウノディナーハナンダロウナー

とわざとらしく呟くのだった。

口笛が吹けたら(ry

 

―――

 

大広間の扉からマクゴナガルが入ってきた。

「諸君。これからお待ちかねの組み分けじゃ。

拍手で迎えなさい。」

報告を受けたダンブルドアが優しく言うと、たちまち大広間が温かい拍手に包まれた。

 

お馴染みの組み分け帽子を乗せたイスの前に新入生が整列していく。

「お、あれお嬢さんじゃねぇか。

良かったなシグ。」

「うるさい。いい加減にしなさい。」

 

軽い茶番を繰り広げていると、今度は随分と年季が入った組み分け帽子がピクピクと動き出し、その裂け目から歌い出した。

 

グリフィンドールに行くならば

勇気ある者が住まう寮

勇猛果敢な騎士道で

他とは違うグリフィンドール

 

ハッフルパフに行くならば

君は正しく忠実で

忍耐強く真実で

苦労を苦労と思わない

 

古き賢きレイブンクロー

君に意欲があるならば

機知と学びの友人を

ここで必ず得るだろう

 

スリザリンではもしかして

君はまことの友を得る?

どんな手段を使っても

目標遂げる狡猾さ

 

例年通りの素晴らしい歌を聞いたあと、どこからかリストを取り出したマクゴナガルは1つ咳払いをした。

「これからアルファベット順に名前を読み上げます。帽子をかぶってイスに座りなさい。」

 

新入生がどこか安堵したため息をついていると、トップバッターの子が呼ばれた。

 

「アボット・ハンナ!」

どこかおっとりした金髪お下げの女の子が、新入生の集団の中から一歩前に踏み出し、イスに座った。マクゴナガルが慈愛の表情を向けて優しく帽子を被せる。

 

「ハッフルパフ!」

 

すると隣のテーブルから歓声が上がり、

次々と組み分けが始まった。

 

この2年間思っていたことだが、マクゴナガルは何をして鍛えているんだろう。組み分けが進んでいるのに一切噎せたりしないし呼吸が乱れない。

 

(僕には無理だな。)

場違いにもそんなことを考えながら組み分けを眺めていると、確かにマクゴナガルがギロっとこちらを睨みつけた。

完全に目が合った。背筋が凍る。

 

(あとでのどアメ持っていこう)

そう決意していると、やがて"G"まで来たようだ。

 

「グリーングラス・ダフネ!」

ダフネが一団から一歩前に歩み出て、優雅にイスまで歩いていく。

 

「おお、お嬢様だぞシグ。シグ?シグナスぅ〜」

どこか興奮している悪友に1発沈めるのに気を取られていると──

 

「スリザリン!」

と帽子が叫んだ。

嬉しそうにこちらまでやってくるダフネに、

先程までバカが座っていた席をあてがい、

エスコートしてイスを引いた。

 

「ようこそスリザリンへ。歓迎するよ。」

「ええ、頼りにしているわ。セ・ン・パ・イ?」

どこか悪戯っぽく言うダフネだが、生憎シグナスには微笑ましい妹のようにしか見えていない。

 

それに気がついたジャックは、イテテ…とボヤきながら今度は先程とは反対側のシグナスの隣に座り、

「大変だな。お嬢様。」

と同情めいたことを言っていた。

 

「オイオイジャック、ソノセキニスワッテタヒトドウシタンダ?」

「ア?タノンダラヨロコンデユズッテクレタゾ」

恐るべしハワード家。

 

 

―――

 

「マルフォイ・ドラコ!」

組み分けも中盤戦に入り、ついにドラコが呼ばれた。ふんぞり返るようにイスに向かっているドラコは、(シグナスには精一杯背伸びしている弟のようにしか映っていない)帽子が頭に触れる直前に

 

「スリザリィィィン!」

と叫ばれた。

あっけなく呼ばれてしまって呆けていたドラコだが、すぐに嬉しそうな顔をしてこちらに…え?こちらにやってきた。さも当然のようにシグナスの向かい側の席に座ると──

 

「シグ、これからよろしくな。」

と挨拶してきた。

お、おう。

 

「ナア、ドラコ。ソノセキドウシタンダ?」

「アア、タノンダラ(ry」

マルフォイ家、お前もか。

 

 

―――

 

「ポッター・ハリー!」

マクゴナガルがその強靭な喉を酷使して叫ぶと、今年一番の注目を浴びる"生き残った男の子"が入ってきた。今までで最も大きなざわめきの中、その子の組み分けはどうやら難航しているようだ。

本人が何やら繰り返し呟いていると、

 

「グリフィンドォォォール!」

とようやく組み分け帽子が叫んだ。

 

次の瞬間、左端のテーブルが騒ぎ出した。

「ポッターを取った!ポッターを取った!」

双子ども、うるさい。

 

大広間が歓迎の声に包まれる中、嬉しそうにグリフィンドールに向かうポッターをドラコが何やら憎々しげに見つめていた。

「ドラコ?そんなにあの子が気になるのか?」

「そんなんじゃない。ただ気に入らないだけだ。」

「ははーん。素直じゃないんだから。」

「君はあの場にいなかったからそんなことが言えるんだ!」

「あ、あの子この前の子じゃん。」

「話を聞けい!」

 

何やらひどく興奮している様子のドラコを放っておき、シグナスはジャックと話していた。

「あの子が"生き残った男の子"か。

シグ、どう思う?」

「見た限り何か特別な能力を持ってるとかじゃなさそうだけどね…まあこれから分かるさ。」

「そうだな。」

 

 

―――

 

こうして残るはあと2人。

「ウィーズリー・ロナルド!」

あの双子から散々聞いていた、ウィーズリー家の6男坊だ。いつもからかっているが、なんだかんだいって大家族の末っ子のことをかわいがっているようだ。

 

「グリフィンドール!」

と帽子が叫んだあと、最後のブレーズ・ザビニがスリザリンに組み分けされ、そのまま歓迎会に移行した。

 

ダンブルドアのお茶目な号令のあと、

目の前に次々と料理が現れた。

本来ならイギリス料理を中心としたメニューが並ぶはずだが、シグナスの周りだけは国際色豊かである。

 

以前からウィーズリーの双子と校内を探検していたシグナスは、様々な発見をしていた。その中には生徒のほとんどが知らない厨房も含まれる。

 

厨房に続く扉を開くギミックは梨をくすぐるという奇妙なものだったが、隠し扉を開けて入ってみると──見えたのは、見渡すぎりの屋敷しもべ妖精たちであった。

 

 

「ねえねえシグ、これどうしたの?」

驚いているダフネに昨年の出来事を説明する。

たまたま厨房の入り口を見つけたシグナスたちだったが、そこで待っていたのは屋敷しもべ妖精たちの山であった。

 

お客様がやってきた!と騒ぐ屋敷しもべ妖精たちを尻目に、シグナスは1つの本を見せた。

それは本来ならブラック家の人間が持っているものではないマグルの本──しかも料理に関してのものだ──であった。

 

何でございますか?とキーキー声で喋りかけてくる屋敷しもべ妖精たちは、とても不思議そうにシグナスを見つめた。

それを一身に受け止めるシグナスはどこか悪戯っぽく目を輝かせながら、

「優秀な君たちに話があるんだ」

と持ちかけた。

 

イギリス料理はマズい上にレパートリーが少ない、というのは自他ともに認める英国の食事事情であるが、ここの屋敷しもべ妖精たちが作るホグワーツの料理は絶品であった。(その腕はクリーチャーと張るな、というのはシグナスの談である)

 

しかし、そのレパートリーの少なさだけはカバーできない。毎日出てくるのはステーキやローストビーフといった肉料理ばかりであった。

ホグワーツではなかなか食べられないものが出てくるんじゃないかと期待していたシグナスは、マンネリ化している料理に不満を持っていた。

 

次々に群がってくる屋敷しもべ妖精たちに、入学以来溜め込んできた胸の内を明かした。それを聞いて大げさにオヨヨと嘆く屋敷しもべ妖精たちは、どうやらイギリス料理しか知らないようだ。

クリーチャーもそうだが、ここの屋敷しもべ妖精たちも感情表現がオーバーである。

 

そこで先程の提案に繋がるのである。

手に持っていた、検知不可能拡大呪文のかかったバックから件の本を取り出したシグナスは、興味深げにのぞき込む屋敷しもべ妖精たちに注文した。

 

これでレパートリーが増えると知り、喜ぶ双子たちのテーブルの周りの料理もレパートリーが豊富であることは余談だ。

 

「うわぁ、初めて見る料理ばかりよ。

シグ、これは何?」

「これはリゾット。イタリア料理だよ。」

「ああ、これはテンプラという伝統的な日本食さ。塩かこの調味料を掛けて食べるんだ。」

何やら感動しているダフネたちの質問攻めに答えていると、ほかの新入生たちが自分たちの目の前に出されている料理と随分と違うことに気づき始めていた。

 

スリザリン生にしてみればこれは見慣れた光景なのだが、初めて見る他の新入生たちも目を輝かせていた。

 

「ねえ、先輩。どうして先輩と回りだけ料理の種類が多いんですか?」

シグナスのことを知らないのであろう、新入生の女の子が話し掛けてきた。それを聞いた回りの上級生たちが何やら慌てているが後の祭りだ。

 

「ああ、ホグワーツには優秀な料理人がいてね、レパートリーが少ないから増やしてくれって頼んだんだ。ほら、肉ばっかりだと飽きてくるだろう?」

にこやかに応じるシグナスの顔を真正面から受け止めたその女の子は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「先輩、僕たちもその料理が食べたいです。」

今度はその隣にいた男の子が話し掛けてきた。

周りの上級生たちは、あのブラックに話しかけるなんて…と頭を抱えているが、そんなことはシグナスの預かり知ることではない。

「ああ、どれがいい?取り分けてあげよう」

 

優しく対応するシグナスに、今度はスリザリンのテーブルがざわざわとし始めた。

「ん?どうかした?」と全く分かっていないシグナスを見て、どこか呆れた様子でジャックが口を開いた。

 

「お前、自分の立場を考えろ。

家柄が上の者に気安く話し掛けるなんて、

普通はしないだろ?」

そういうことだよな?とジャックが言うと、周りがコクコクと頷いた。

雰囲気を察してさっきの男の子が顔を青くしている。どうやらそういう教育はしっかり学んでいるらしい。

 

学校ではそのルックスと成績、そして家柄が良く、おまけにクィディッチのシーカーなのだ。そんなこともあって信奉者が多いシグナスであるが、今まで決まった人間としか一緒にいなかったのはそういう事情があった。

皆がその名前を恐れて話し掛けて来なかったのである。

 

クィディッチなど盛り上がるときを除いてあとは遠巻きに見ているだけであった。

そういう所は家柄や上下関係を重視するスリザリン生らしい。

 

どうやらみんな触れてこなかっただけで、以前から随分と様変わりしたシグナスの周りの料理には疑問に思っていたようだ。中には物欲しそうにこちらを見つめる者もいる。

「そうか、そういうことならあとで頼んでおこう。これらが食べたかったら明日まで待っていてほしい。」

 

合点がいったシグナスがそう言うと、自分は顔なじみの3人と食事を楽しむのだった。

翌日、随分と料理の幅が増えたスリザリンのテーブルを見て、他の寮生たちが羨ましそうな顔をして注目していたのは余談である。

 

――この一件以来取っ付きやすくなったと思われていたのか、シグナスが1人でいるといつの間にか取り巻きがやって来るようになったのは現在のシグナスの悩みだ。

 

 

 

―――

 

歓迎会が終わり料理が消えると、教職員席の前にはまるで初めからそこにいたようにダンブルドアが立っていた。

 

「ゴホン──全員よく食べ、飲んだことじゃろう。まだ二言、三言。

新学期をむかえるにあたって、いくつかお知らせがあります。1年生に注意しておきますが、校内にある森には入ってはいけません。これは上級生にも、何人かの生徒に特に注意しておきます。」

 

そう言って1度言葉を切ると、双子をじっと見て、そのあとゆっくりとこちらを見た。

(やばい、一緒にいるのバレてるみたいだな。)

冷や汗を流していると、満足な様子で続けた。

 

「お次は管理人のフィルチさんからじゃ。

授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意がありました。」

そういいながらハッキリと双子を見た。

2人は全力で顔を逸らせている。

…というか授業を受けずにイタズラとか何考えてんだ。最近は時限式の悪戯道具を開発中らしい。

 

「今学期は2週目にクィディッチの予選があります。寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡してください。」

今年はどんなメンバーが入るんだろう。

今から楽しみだな。

 

「最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年一杯は4階の右側の廊下に入ってはいけません。」

は?なんでそんな仕掛け作ったし。

普通そんな物騒なもの学校に作っちゃダメだろ。

 

「ねえシグ、この学校ってそんなに危険なの?」

「いや、少なくとも去年まではそんなことなかったよ。今年は何か起きそうだね。」

 

思わぬことにザワつく生徒を尻目に、

また1つ咳払いをしたダンブルドアは1つの爆弾を投下した。 

 

「では、寝る前に校歌を歌いましょう!」

その瞬間、スリザリンとレイブンクローの一部の温度が下がった。

スリザリンの寮監であるスネイプも苦々しげな顔をしている。

 

ダンブルドアが腕を振り上げると、各自でゾロゾロと歌い始めた。

「なんだこれ、品位が感じられないね。」

スリザリンの新入生が口々にボヤくなか、

大きな声で一番最後に歌っている双子に合わせ、とても遅いテンポで腕を大きく振るう。

すげえなあれ、あんた四十肩とかないの?

 

もはや、スリザリンはお葬式状態である。

レイブンクローの生徒も一部が口を開かない。

シグナスもこの下品な校歌が好きではない。

 

「ああ、音楽とは何にも勝る魔法じゃ。」

何やら感慨にふけっていたダンブルドアだが、やがて我に返り、

「さあ諸君、もう寝る時間じゃ。駆け足!」

と締めくくった。

 

今年監督生になったジェマ・ファーレイ先輩の先導で、懐かしのスリザリン寮へ歩いていく。

 

「マーリンの髭!」

合言葉を言ったあと、何やら訓示があるらしい新入生を談話室に残してシグナスとジャックは部屋に向かっていった。

言わずもがな、2人は同室である。

 

 

「なあなあ、シグナス。」

「どうかした?そんなに改まって。」

「そういえば言い忘れてたんだけど、

お嬢さんを連れ込むときは言ってくれよ。

俺ぁ他んとこに行って寝るからさ。」

「…(無言のアッパーカット)。」

 

 

 

ジャックはベッドにたおれた。

 

 

…反応が無い。ただの屍のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
シグナスの学校生活ぶりが見えてきた第3話でした。
感想心待ちにしております。

シグナスの周りの席ですが、組み分け前まではちゃんと人が座っていました。しかし、マルフォイ家は言わずもがな、ハワード家も地位はそこそこ高い設定なので逆らえる人はあまりいません。

・思わず髪を撫でるシグナス
ダフネがかわいくてかわいくて仕方ありません。
・パンジー、ミリセント
原作や映画でもお馴染みの2人。
パグ犬に似たパンジー・パーキンソンと、巨漢のミリセント・ブルストロードはあまりにも有名。
本作ではあまり出演予定はありません。
もしかしたら出せずに終わるかも。
・セストラルが見えるシグナス
母と祖母を看取っているので、既に「死」認識しています。セストラルを見て、昔のことを思い出していたようです。
毎年一定数セストラルが見える人はいるものですが、動揺していた昨年はそれに気づかなかった様子。
・とにかく煽るジャック
どうやらからかうネタが見つかってご満悦。
段々シグナスからの扱いが酷くなります。
・厨房を発見しているシグナス
双子と一緒に探検し回っていたという設定。
必要の部屋で特訓するフラグが立ちました。
・豊富なレパートリー
シグナスの注文のようです。
・今回も大活躍のカバン
やはり検知不可能拡大呪文は便利。
なんでそんな本が入っているかはご愛嬌。
・シグナスに話しかけた女の子
「初めて見たお顔が…キャー!」
もちろんシグナスは気づいていません。
・ダンブルドアに目をつけられる3人
もちろんそんなことで諦める3人ではありません。一緒にいるのは外聞が悪いので、これからも人目を盗んで探検することでしょう。
・4階の右側の廊下
ハグリッドは無事に賢者の石を渡したようです。
・誰も歌わない校歌
是非ググって内容を見てください。
・独特な合言葉
マーリン勲章でお馴染みのマーリン氏。
彼はスリザリン出身。(※公式設定)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィーン

こんにちは。
今回はタイトル詐欺になっております。
お許しください。

お知らせ
私情により、次回をもって1度更新を停止いたします。
2ヶ月間の予定です。
ご了承ください。


組み分けから1週間が経った。

 

スネイプに半ば押し付けられた形で全ての教科を受講することになってしまったが、そのことをフリント先輩に伝えると、ありがたい事に平日の練習を少し軽くしてくれるらしい。

 

休みにしてくれないあたりはクィディッチ狂の先輩らしいなと苦笑したが、やはりというか今年も優勝したいらしいく、手は抜けないとのことだ。

 

12科目も取ったことにより、被っている教科はジャックと行動し、残りは何故か歓迎会の翌日から引っ付いてくるようになった取り巻きたちと一緒に受けていた。

にぎやかなのはいい事だ。

 

今年から闇の魔術に対する防衛術の授業にクィレル先生が着任したが、シグナスが1年生のときのクィレル(そのときはマグル学の教授だった)とはまるで違った。

 

マグル学は3年生からの選択なので実際に彼の授業を受けるのは初めてであったのだが、以前見かけたときよりもクィレルはやつれ、堂々としていた態度がすっかり臆病となっていた。

 

何でも、休職していた昨年に吸血鬼と遭遇したらしい。その結果、生徒たちに最も求められている重要な教科の1つ、闇の魔術に対する防衛術の授業はここ2年よりも随分と質が落ちてしまった。あとニンニク臭いのがネックだ。

吸血鬼対策らしいが生徒を巻き込まないでいただきたい。

 

他は概ねシグナスの満足する授業ばかりであったが、占い学は良く言って斬新だった。

担当のトレローニ先生はあんた本当に専門家か?というレベルであり、教えることがとてもふわっとしているのだ。

 

占い学を納めるにはある程度の才能が必要なようだ。当然そんな才能を持っていないシグナスは、意外にも占い学を取っているというフリント(占い学は女子の比率が高い)と、昨年から交流のあるパーシー(そう呼んでくれと言われた)に相談した。

 

両者曰く"とにかくツイテない!"ということを言っていれば良いらしい。

トレローニ先生は不幸が大好物のようだ。

 

一切空き時間のない授業の数々(移動時間で潰れてしまう)をくぐり抜け、半日で終わる金曜日になるとシグナスはもうクタクタであった。

 

火曜日まではまだ良かった。

放課後のクィディッチの練習をこなし、夕食を挟んだあと図書室で授業の予習をするくらいの余裕があった。

 

しかし、水曜日の天文学がいけなかった。

夜遅くまで授業なのである。

知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたシグナスは、とても眠りが深くなっていた。それが原因で翌日は寝坊しそうになり、以降はジャックがモーニングコール担当である。

 

(一度「これからはお嬢様に頼んでやってもらおうかなぁー。」と悪ノリしたジャックをノックアウトさせたのは余談である)

 

この日は午前中で授業が終わるので、大広間で昼食を取ったあとはさっさと医務室に行って元気爆発薬をマダムポンプリーに貰い(本来ならそんな使い方はしません!と怒鳴られた)、その足で図書室に向かった。

 

図書室は便利である。

禁書の棚こそ先生の許可(しかも借りる本まで指定付きである)がない限り立ち入り禁止であるが、多岐に渡る魔法書をはじめ、マグル共通の一般教養に関する本や、ある程度マグルに入り込んだ本まで置いてある。

(それは一重にマグル学のチャリティ・バーベッジ先生のおかげらしい。)

 

そして、今回のシグナスの目標はマグルの本───医療関連の棚だ。

 

シグナスには、本来ならブラック家──というより純血主義の家系の人間には珍しくマグル関連のものに抵抗がない。

これは病死した母親(もちろん純血である。祖母によると代々レイブンクローを輩出する家系の出身だったそうだ)との数少ない思い出に起因するのだが、今は割愛する。

 

つまり、現在シグナスがその手に持っている本が「マグル式の適度な疲労の抜き方」というものであっても何らおかしくはない。

 

 

めぼしい本をいくつか見繕い、司書のマダム・ピンス先生に貸し出しの許可をもらうと、そそくさと退出しようとした。

そのとき、どこか見覚えのある栗毛の髪が見えて、シグナスはそちらに目を向けた。

どうやら勉強中のようだ。

 

終始悪友との掛け合いによって組み分けをほとんど見ていないシグナスであるが、彼女はグリフィンドール生らしい。

汽車で見せた高慢な態度とは異なり、勤勉な生徒のようだ。その後ろ姿に感心したシグナスは、

今度こそ図書室を出ていった。

 

先ほどの薬の効果で一時的ではあるが調子を取り戻したシグナスは、クィディッチの練習が始まるまで今借りた本を読むことにした。

(今日は天気がいいな。湖の方まで行ってみようか。)

 

ホグワーツにある湖のほとりは、シグナスのお気に入りのスポットだ。適度に日差しが降り注いでとても心地よいのだ。

一旦スリザリン寮まで戻って運動する恰好に着替えたシグナスは、その上にローブを羽織り、その手に本を抱えたまま再び寮を出た。

 

外に出て湖に向かおうとしたとき、

「シグ、これから何をしにいくの?」

声が掛かった。その主──ダフネに

「ああ、これから湖の所まで行くんだ。

ダフネも来るか?」

と誘った。はい!と嬉しそうに答えてきたので、思わず頭を撫でつつ2人で湖のほとりを目指した。

 

シグナスイチ押しの場所は、ダフネのお気に召したようだ。

「うわぁー。ここ、すごく気持ちいいわね。」

「ここにはよく来るんだ。

気に入ってくれたかな?」

「ええ、本当にいい所よ。ところでシグ、最近調子はどうなの?

この1週間朝と夜くらいしか見掛けなかったし、そんなに大変なのかなって思って。」

ダフネは、シグナスが全ての教科を選択したことを知っている。流石に一切休み時間がないんです。とは言っていないが、こうして心配してくれるのはダフネらしい。

嬉しくなって、

「ああ、絶好調さ。

確かに大変だけどもう慣れたよ。」

と強がってみた。

 

「あら?じゃあその手に持っているものは何かしら?」

目ざとくこれから読もうとしていた本──適度に疲労を抜くための本──の正体に気づかれたシグナスは、恐る恐るその表紙を見せた。

 

「全っ然大丈夫じゃあないじゃない。

大体何?絶好調の割にはクマが深いわよ。

もう、無茶ばかりして。

いい?これだから…」

姉御属性持ちのダフネの説教が始まってしまった。

実際ダフネには妹のアステリアがいるのでお姉さんなのは間違いないのだが。

 

 

長い長い説教(本気でこちらを心配して怒っているダフネの背後には、般若の形相をした化身が見えた。とはシグナスの談である)が終わり、ダフネも彼の健康維持のために協力してくれる事になった。

その後は2人して関連書籍を読み、あーだこーだ意見を交わした。

今まで家事をクリーチャーにやってもらってきたシグナスは、ダフネの意見をそれはそれは重宝したそうだ。

 

「おーい、シグナス。もう練習の時間だ。

おお、グリーングラスじゃないか。

この前のパーティ以来だな。

悪いが彼氏は持っていくぞ。」

どうやらクィディッチの練習時間が迫ってきたようだ。キャプテンなのに自ら探しにきたフリント先輩は、もうすぐクィディッチができて嬉しいのかどこか興奮して何やら巻くし立てていた。

 

「もう、フリントさんったら、本当のことを言っちゃってぇ。」

顔を真っ赤にしているが、よそ行きのお嬢様口調でダフネが何かを言っている。

「分かりました。すぐに行きます。

そうだ、ダフネも見に来るかい?」

 

思えばダフネをクィディッチの練習に誘うのは初めてだが、彼女曰く既に見に来ていたとのこと。

「ええ、そうするわ。

そういえば今日はドラコたちも行くみたい。」

どうやら、同学年のドラコとも交流があるようだ。シグナスという共通の友人があってこその繋がりであるのだが、当の本人は知るよしもない。

 

「そっか、ドラコも

クィディッチが大好きだもんな。」

「それは本当かい?

マルフォイはクィディッチ上手いのか?」

 

 

競技場に着いたシグナスたちは、スタイリッシュに箒を呼び寄せ呪文で取り寄せて練習を始めた。

 

フリント先輩によれば、シグナスが入団してから練習を見に来る観客が増えたそうだ。

その取り巻きたちの使命は、メンバーの勇姿を見つつ他の寮の偵察がいないか捜査することらしい。

 

やがて陽が落ち、辺りが真っ暗になっても練習は続いた。初めて見に来た、という人は驚いているが、スニッチを取らない限りは嵐の中だろうが夜になろうが試合は続くんだ。様々なコンディションで練習を行うのは当然だろう。というフリント先輩の言葉に皆納得していた。

 

 

夕食の時間が迫り、チームは練習を終わらせて揃って引き上げていく。

「シグ、いつもあんな練習をしているのか?」

今日初めて練習を見に来たというドラコが、どこか顔を引き攣らせながら言う。

「ああ、シーカーは視野が広くないとやっていられないからね。」

 

今日の練習では、控え選手を含めたビーターの面々が双子の呪いが掛けられてその数を増やしていたブラッジャーをシグナスに向けて次々に打ち込んでいたのだ。

シグナスは四方八方から現れるソレを避けながらスニッチを掴み取る練習をしていた。

傍から見ればいじめもいい所だが、全力でやらないと試合には勝てない。皆必死なのだ。

 

随分と過激な練習によって昨年は無敗のスリザリンだが、今年はそうも言っていられないらしい。

原因は、1年生の飛行訓練の授業──というかドラコである。敵に塩を送った結果、グリフィンドールにて100年ぶりの1年生選手が誕生したのである。箝口令が敷かれているはずだがこちらまで漏れてきている。

ポジションはシーカー。

選手はあのハリー・ポッターだそうだ。

 

間近でソレを見ていたドラコ曰く、大したことないそうだが、それが虚勢であることをシグナスは見抜いていた。

敵の力量が分からない以上油断はできない。

 

ドラコやダフネたちと話ながら寮の談話室に向かうシグナス(どうやら1度シャワーを浴びてから夕食を食べに行くようだ)は、また1つ決意を固めた。

 

 

 

―――

 

ハロウィーンを迎えた。

 

その頃になると多忙な日常にすっかり慣れ、

僅かな時間を縫って双子たちとの探検を再開するまでになっていた。

 

「なあなあ」「シグナス」

「「例の廊下、行ってみないか?」」

死ぬほど危険だってダンブルドアが言っていただろう?と渋るシグナスをよそに双子たちは行く気のようだ。

というか行くつもりしかないらしい。

結局折れたシグナスは、その廊下に向かうことになった。

 

決行の日、目くらまし呪文を2人にも掛けたシグナスを先頭に、例の廊下に入っていった。

──どうやら、この扉らしい。

 

 

「準備はいいか?」

「ああ」「もちろんだ」

ニヤリと笑う(その顔までそっくりだ)

双子と合図してから突入した。

そこに待っていたのは

──侵入者を臭いで感知したらしく、こちらをギロりと睨む三頭犬であった。

 

―――

 

一瞬の静寂のあと、一足先に立ち直ったのはシグナスであった。

そこら辺の"チリ"を、変身術で立派なグランドピアノ(ブラック邸にあるものだ)に変えると、そのまま弾き始めた。

何を弾いたかはご想像にお任せする。

 

「ふぅー。」「助かった。」

どうやら三頭犬は眠ったらしい。

 

そう、この三頭犬──ケルベロスの弱点は音楽を聞くとたちまち眠ってしまうことである。

そのことを覚えていたシグナスは、構えていた杖のひと振りでピアノに変えてしまった。

 

それにしてもすごい技量だ。

普通、変身術は対象の物体をそれ以上に大きい体積のものに変えるのは至難の技である。

 

「そんなことより」「ピアノも」

「「最高だったぜ。」」

「ハイハイ、ありがとう。」

どうやらシグナスだけでなく、双子もすっかり平常運転に戻ったようである。

 

うん。あそこに行ったらダメだ。

得られた収穫は、三頭犬が守っているらしい扉──その先に続くものだろう──くらいだったが、協議の結果この件はここでおしまいということになった。

 

シグナスだけでなく、双子も多忙な身だ。

主にクィディッチの練習に悪戯道具の開発に悪戯の計画に悪戯の(ry

とにかくそんなに危ない橋を渡っていては翌日に響いてしまう。

 

 

 

 

そんなことがあってしばらく、今日は朝からかぼちゃの甘いにおいが鼻をくすぐり、シグナスはため息をついた。

「どうしたの、シグ?

かぼちゃ嫌いだったっけ。

あ、トリックオアトリート!」

「ああ、ダフネか。

いや、そんなことはないよ。

…そんなことはないんだけど、朝から皆がこの調子じゃ今日は授業に集中できそうにないなって。

ほい、これあげる。」

「ありがとう。シグ。

全く、シグは真面目ね」

 

 

いつものように談話室で合流したシグナスとダフネは、2人で大広間に朝食を取りに向かった。

 

(ジャック「…お前らそれでまだくっついていないのか?」)

 

 

そしていつものように怒涛の授業を受けたあと、普段よりも豪華な料理の数々がテーブルを彩った。

(もちろんスリザリンのテーブルと双子の周りは無駄に豪華である。)

 

「今日は一段と豪華ね。

…甘いものが多めで嬉しいわ。」

「そうだね。どれも美味しそうだ。

…特にこのダンゴとかな」

意外にもシグナスは甘党のようだ。

2人で楽しく喋りながら舌鼓を打っていると、何やら慌てた様子のクィレル先生が大広間に入ってきた。

 

「大変です!トロールが地下室に…

お知らせしなくてはと思っ(ry」

何とか絞り出すように言うと、気絶したのかパタリと倒れた。

すごい音がした。

 

 

「トロールだって!?」

「シグ、トロールってうわぁぁぁ!」

「シグ、私怖いわ。」

「大丈夫、いざとなったら守ってあげるから。」

 

珍客の侵入により、たちまち大広間が喧騒に包まれていく。マグル生まれの者や、トロールを知らない者たちは初めなんのことかわかっていなかったが、ご親切に説明を受けるとその顔を青くさせていた。泣き叫ぶ生徒もチラホラといる。

 

大騒ぎになった大広間だが、ダンブルドアがどこからか取り出した爆竹によって一旦収まった。

どうやら監督生の先導によって各々の寮に帰るらしい。

しかし、スリザリン寮は地下である。

 

「ファーレイ先輩、地下にトロールがいるのならば、私たちが戻ってはかえって危険なのではないですか?」

突然の出来事に動揺するドラコとダフネを宥めつつ、ふと浮かんだ懸念をファーレイ先輩に小さく伝えてみる。

「そ、そうね、ブラック。

スネイプ先生に相談してみましょう。

スリザリン生は待機!ここは安全です。」

 

その後、どこかに居なくなってしまっていたスネイプ先生を探すのにしばらく時間がかかっていたが、骨折り損のくたびれもうけに終わり、仕方なく大広間に待機していた他の先生に相談してそのまま待機ということになった。

 

どこに行ってしまったのだろうか。

他の寮監たちよりも随分と早い退出だったそうだが。

 

クィレル先生は、避難する他の寮生たちに散々踏まれていたのにも関わらず未だにその意識を取り戻していないようだ。

ピクリとも動かない。

余程疲れているのだろうか。

 

やがてダンブルドアによる号令で、再び戻ってきた生徒たちとハロウィーンパーティを再開した頃、今まで放置されていたクィレル先生が立ち上がった。

可哀想に、誰か医務室に連れて行ってやれば良かったのに。 実際にそう思っているのか、

何やら険しい顔をしていたのが気になった。

 

ハロウィーンパーティも佳境に入り、

「諸君、よく食べ、よく飲んだことじゃろう。」

とダンブルドアが締めのお言葉をかける頃には、皆すっかりトロールのことなど忘れていた。

「さあ、良い子は寝る時間じゃ。駆け足!」

そう締めくくったダンブルドアによって、ざわざわとしながら各々の寮へ帰って行った。

 

 

―――

 

双子によると、その日以来弟のロニー坊や(6男のロナルド君のことだと思われる)がよく2人の友だちと一緒に行動するようになったらしい。

何でも、英雄ポッター氏と2人で協力してトロールと戦い、殺されそうになっていた同寮の女子生徒を救ったそうだ。

その女子生徒は、どうやらロナルド君が原因で件のトイレにずっと籠っていたそうだが、双子にとってはそんなことは関係ないようで口々に自慢してきた。

やっぱり弟ってかわいいもんだよね。

 

「良かった良かった。」

と言うのは揃って悪戯好きな双子の中でも、フレッド(兄)と比べると思いやりがあって、優しい人柄のジョージ(弟)の談である。

 

一方、ジョージと比べると毒舌でお調子者のフレッドは、

「女の子を傷つけるなんてロニー坊やもまだまだだな」

とボヤいていた。

 

双子にそこまでハッキリとした性格の違いはないが、シグナスはそうやって見分けているようだ。

ジョージは優しいから目元もやわらかなんだよ。とはシグナスの談である。

なかなか見分けられる人材がいない双子はさぞ喜んでいることだろう。

 

何やら微笑ましい話を聞いたシグナスは、

それは勇猛果敢というより超猛突進なグリフィンドール生なのでは?と割とお門違いなことを思っていたのであった。

 

 

トロールは運が悪ければ大の大人でさえ命を落とすほど凶暴な魔法生物である。

総じて知能は低く、ただ力とその巨体が自慢だ。

魔法省を初めとしてその力を買って

調教を受けさせて警備トロールになる個体もいる。

…苦労しているようだが。

 

シグナスは、そんな怪物に真正面から立ち向かった2人を心の中で素直に賞賛した。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
タイトルの回収が後半のちょこっとした所だけでしたが、お楽しみ頂けたら幸いです。
感想心待ちにしております。


・疲労困憊のシグナス
1日中授業のあと、クィディッチの練習を挟んで夕食で一息、図書室で予習というサイクルでは流石に身体を悪くします。
ダフネとの検討の結果、数々の対策によりそんなサイクルも可能になったようです。
・マグル関連のものに抵抗がないシグナス
それほど印象に残っている思い出があるんでしょうか?
・般若のダフネ
想っているヒトを本気で心配するのは当然。
思わずお姉さん属性を発揮しました。
・もはや集団リンチの域に入る練習
なまじシグナスが優秀なせいでここまで過激になった模様。このままだと精神を集中させることが重要だ!とか某先輩が言い出して、目隠しをしたまま箒に乗せられてスニッチを捜し出す練習が始まってしまいます。
やめとけ、フリントさん。
・名前だけ登場の原作主人公たち
本作での出番は3人揃ってのことが多い予定です。ファンの皆様、ごめんなさい。
・双子と探検
フィルチやピーブスに見つからずに校内を探検出来るのは機転が利くシグナスと平気で危険なことができる双子のバランスの良さがあってのこと。
単純に3人とも技量が高いのもあります。
・ピアノを弾くシグナス
貴族の嗜みとしてヴァルブルガに仕込まれていた模様。そんな嗜みねぇよとか言わないで。(逃)
でもピアノって弾いてると楽しいですよね。
私はもう弾けませんが。
・魔法界にグランドピアノ
映画でもハープが登場しましたし、オーソドックスな楽器ならあるかなと思いました。
それにしてもそんなものがあるとか、やっぱりブラック家はなんでもアリです。
・無視されるジャックのツッコミ
仲睦まじい2人は、まるで兄妹のように見られているようです。少なくともシグナスはそう感じています。
・怯える新入生
未知の怪物が入ってきたらそりゃ怖いです。
・狙い通り4階に行けないクィレル
最後まで大広間にはスリザリン生が残っていました。動くにも動けません。
咄嗟に寮の近くでトロールと遭遇するのでは?
と思い至ったシグナスがファインプレー。
小声で指摘したため、クィレルには何でいつまでも残っているのかがわかりません。
クィレル「おのれぇ…」
・どこかに行ったスネイプ先生
原作通り慌てて三頭犬を確認しに行きましたが、クィレルは現れずに無駄に手傷(重症)を負いました。
・再び始まる宴
明るく振る舞うダンブルドアによって成立しています。
・後日談としてカットされる死闘
今のところ原作主人公たちと関わっていないので仕方ないです。双子とコネクションがあってこそ。
・フレッジョの見分け方
ジョージはフレッドと比べると礼儀正しく温厚な性格です。割と常識人な方で、思いやりのある優しい人柄のようなんですよね。
一方フレッドはジョージと比べると毒舌でより積極的で…陽気なお調子者のようです。
(ハリポタwiki参照)
母親のモリーさんですら間違えるくらいですから、別にフレッドに思いやりがないとかそういうことではないですよね。
少なくとも本作では特別に差異をつける予定はありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伝統の一戦

こんにちは。
今回は複数視点で場面が入れ替わります。

予告通り次回は3月頃の更新になる予定です。

今後ともよろしくお願いします。



ハロウィーンが終わり、11月に入ればクィディッチの季節だ。初戦は例年通りスリザリンVSグリフィンドールである。

 

ホグワーツ1000年の歴史の中で常に対立してきたこの2寮の一戦は、互いの不満をぶつけ合う代理戦争のような側面を持っている。

1度白黒ハッキリ付けることによって過剰な衝突を抑えるのである。両者ともに敵視しあっているこのカードは、開幕戦にして最も盛り上がるマッチなのだ。

 

両者の生徒が廊下で火花を散らし合い、クィディッチの選手の周りには、危害が加わらないように同寮の者たちがしっかりブロックする。

 

試合が近づくにつれてよく見られる光景だ。

もちろんシグナスと、今年からチェイサーの仲間入りを果たしたジャックの周りにもスリザリン生が固まって2人を守っている。

 

やはりというか、過去のデータは重要視される。

その選手のクセを見抜き、試合に生かすのだ。

昨年、シーカーとして暴れ回ったシグナスもしっかりと対策されているだろう。しかし、シグナスはそれが使えない。

少なくともグリフィンドールのシーカーは新鋭──しかも1年生の選手だからだ。

 

本来ならば、1年生はチームには参加できず箒の持ち込みすら禁止である。

あの公正で有名なマクゴナガルが規則を捻じ曲げてまで引っ張ってきた選手だ。油断はできない。

 

いつぞの日から取り巻きが引っ付くようになってから、彼らに新シーカーの偵察に行かせたことがある。

しかし、どいつもこいつも

ポッターは大したことありません!

ブラック先輩が負けることなんて無いでしょう?

などと宣ってくる。

正直、禄に相手の戦力分析をしていないのが丸分かりである。

 

いい加減うんざりしたシグナスは、キャプテンのフリントに休みをもらい、単身グリフィンドールの練習会場に向かった。

 

そしてひどく驚いた。

──底が全く見えないのである。

 

スニッチの捜索訓練や急降下訓練を始め、

やっている事はどれも基礎的なことだ。

しかしポッターは、どれもシグナスの予想を上回る動きをしてみせた。

 

(皆の報告で僕はどこか慢心していたらしい。これは予想外だな)

シグナスも試合に向けて万全の対策を整えている自負がある。しかし、実際にやってみないと分からないのだ。

 

直感で"底が見えない"と感じてしまった以上、例え相手が初陣だろうと全力で潰しにいくしかない。

そこでシグナスは、珍しく作戦を練ってフリントに提出していた。

 

「むう。シグナス、お前がそんなにやる気を出してくれてこちらも嬉しい。正直嬉しいがこれはダメだ。」

あれ、不備とかあったかな?

急いで修正してもっと厳しくせねば。

 

「いやいやシグナス?

これ以上厳しくしてどうするんだ。

今のままでも充分過激だというのに…

大体なんだこれ──

開始早々ウロンスキー・フェイントを仕掛けるぅ?しかもこっちの人員駆り出して相手の視界を潰すっておい、ヤッコさんを殺す気か。」

 

心外である。大体反則スレスレのプレーが持ち味と巷では有名なスリザリンチームだが、こいつらは審判の見ていない所では堂々とラフプレーを敢行する。

 

やられる!というときは身体を張って相手を妨害し助けてくれるのは確かだが、そんな過激なプレーをするフリント先輩に止められるとは思ってもみなかった。

あっさり通ると思ったのに。

 

「んなわけあるか。

確かに作戦としてはもちろんアリだ。

でもこれを仕掛ける相手がマズい。

初陣の1年生、しかもあのポッター!

いくらお前でも今回ばかりはバックは向こうについてる。試合が盛り上がる前にさっさと潰すのは流石になぁ…………とにかく、これはダメだ。

当然相手は選手たちの中でも1番緊張しているだろう。それを突くのはいいが、この作戦だと出来次第でポックリ逝っちまいそうだ。」

 

──どうやら外聞的な問題のようだ。

確かに一理ある。それにしてもクィディッチ狂のフリント先輩に止められるなんて!

こいつらといるから頭がおかしくなったんだろうか?自分でも信じられない。

 

「おい、シグナス。」

やばい、考えていることがバレたか?

「お前、大丈夫か?あんまり寝てないんじゃないのか?こんなに血迷った作戦立てる時間があったらさっさと練習するぞ!」

どうやらバレていなかったらしい。

内心冷や汗をかいたが、"ほら、そんなに思い詰めてなくていいからさっさと忘れろ"と言ってくれるフリント先輩の心遣いがありがたかった。

 

その後、作戦が発表された。

──開始した瞬間にビーターが相手のシーカーを奇襲攻撃し、相手がそれに気を取られている間に総攻撃を仕掛けていく──

 

あれ?これ僕の立てた作戦とあんまり変わんなくね?とボヤいたのは余談だ。

 

 

―――

 

今日はクィディッチの試合がある日だ。

相手はスリザリン。

初めての試合だからか、緊張のしすぎでご飯が喉を通らない。隣の席に座るハーマイオニーが僕を落ち着かせようとしているのか、何やら捲し立てているが全く耳に入ってこない。

ロンやネビルが何か軽いものでも、とパンやヨーグルトを差し出してくれるけど、正直既に吐きそうだ。

やめてくれ、その優しさは僕の良心に効く

やめてくr(ry

 

グリフィンドールの控え室に入った。

極度の緊張で今にも倒れそうだ。

そんな僕に気づいたチームのみんなは、一斉にキャプテンのウッドに目配せをする。

 

意図に気づいたらしいウッドが何やら大声で叫ぶと、みんなで円陣を組んだ。

「俺たちは、今までスリザリンを前にずっと涙を呑んできた。相手は強力だ。ああ、それは認めよう。

でも、こっちには優れたビーターがいる。」

 

視界の端っこでビーターの双子たちがハッキリと頷いたのが見えた。

 

「飛びっきりのチェイサーたちがいる!」

 

今度はチェイサーのアンジェリーナたちが頷いたのが雰囲気で分かった。

 

「そして要は俺!決めてるキーパーだぁ!」

少しずつ元気が出てきた。

 

「そして今年からは優秀なシーカーが参戦する。ハリー、君だ。」

僕は強く頷いた。

その後、絶対に勝つぞ!という掛け声で

円陣を解いたときには、もう緊張なんかしていなかった。

 

「選手の入場です!」

チェイサー3人娘を先頭に飛び立っていく。

真っ直ぐ前を見据えていると、こちらを振り返る双子の兄弟と目が合った。

ニヤリとこっちを見たあと、2人も飛び立つ。

最後に、ウッドが僕の肩を叩いてしっかりと頷くと、自らもピッチに飛び立っていった。

 

(僕には仲間がいるんだ。頑張ろう!)

そして僕も飛び立つ。

横目に見えた"ポッターを大統領に!"

という横断幕を見たとき、さらに勇気をもらった気がした。

 

スリザリンチームと顔を合わせたとき、僕は思わぬ人物と再開した。

 

 

 

 

 

 

―――

 

やれることはやりきった。

相手のシーカー──ポッターの箒はニンバス2000らしい。僕が直接見たわけではないが、ドラコがしっかりと確認してくれた。

僕の愛機──シルバーアローなら充分対抗できる。

心なしかポッターが驚いた表情でこちらを見つめていたが、そんなことよりも今は試合だ。

 

さあ、始めよう──

 

審判のマダム・フーチによって、開戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

―――

 

「あっ、選手が出てきたわ。」

「おお、間に合ったか。

おまえたち、ちぃと詰めてくれや。」

ハリーたちがピッチに入場してきた。

よかった、もう落ち着いているようだ。

安心していると、そこには急いできたと思われるハグリッドがいた。半ば無理ヤリ席に座ったせいで、観客席のシートがギシリと嫌な音を立てた。

僕らも物理的に窮屈に感じる。

 

「やあハグリッド!

この試合、ハリーが勝つぞ!」

「ロンや、お前さん、わかってねぇな。

まだ始まってもねぇのにどっちが勝つなんて誰にも分かんねぇ。ハリーは優秀だが、相手も実績十分だからな。」

「へえ、ハグリッドがスリザリンの肩を持つなんて珍しいね。どういう風の吹き回しだい?」

「ああ、まあな。あいつは特別でな。」

 

「選手たちが向かい合ったわ!

もう始まるのね…あれ?

ねえロン、ハリーとっても驚いてない?

さっき散々相手のシーカーについて教えてあげてたのに!聞いてなかったのかしら?」

「仕方ないかもしれないよ。

今日のハリー、とっても緊張してた。」

「ハーマイオニー、ネビル、大丈夫さ。

相手が誰だろうとハリーなら絶対勝つ!」

 

やがてホイッスルが鳴った。

 

 

 

 

──

 

僕は面食らっていた。

目の前にいたのは、マダムマルキンの店で出会った──にっくきマルフォイと一緒にいた──青年だったからである。

そういえば、たしかハーマイオニーが"相手はシグナス・ブラックよ"とか言ってたような…

(でも、誰が相手だろうと負ける訳にはいかない。負けられないんだ!)

 

ピィーーッ!!

威勢のいい音が聞こえた。

 

 

 

 

──

 

試合が始まると、ビーターのデリック先輩とボール先輩が手筈通りにブラッジャーを打ち込んだ。昨年の試合とは比べ物にならないくらいの速度である。

(散々打ちまくってたもんな…俺に)

 

と感慨深くなるのもつかの間、半ば不意打ちの攻撃をポッターはかろうじてかわしてみせた。

第1目標が外れたので、チェイサーに合わせて急上昇し、スニッチを探すことにした。

 

一瞬遅れてから慌てたようにポッターもついてくる。近くを動き回られてやりづらい。

 

仕方ないので、ウロンゴング・シミー──本来ならチェイサーを交わすための技だが、動きが鬱陶しいポッターを引き離すのにはもってこいだ──を繰り出す。

 

急速な方向転換の繰り返しに歯を食いしばってついてくるポッターであったが、やがて離すことに成功する。そのまま水平飛行に戻ってスニッチの捜索を始めると

 

──ポッターの箒が揺れていた。

 

 

 

 

―――

 

「試合が始まったわ。…やっぱりスリザリンは電撃作戦でくるようね。」

「だからといって開幕ブラッジャーはないだろ!やっぱりスリザリンは卑劣だ!!」

「まあまあロン、落ち着けや。

ちゃんとハリーは躱したぞい?」

「でもハグリッド!あいつらあんなプレーばかりなんだ。あんな卑怯なマネ許せないよ!」

 

ハリーがブラッジャーを躱したのを見届けたスリザリン一同が急速に動き始めた。

特にシーカーは急上昇している。

どうやらスニッチを見つけたわけではないようだが、やはりシーカーの動きには注意しないといけない。

すかさずハリーも追っていく。

 

「やっぱりスリザリンのシーカーも優秀ね、あんな立ち回りはなかなか出来ることではないわ。」

「そうじゃろう?シグナスだからな。」

今僕の目の前に広がっていたのは、動き回って動きを牽制するハリーを嫌がり、ジグザグに高速移動してハリーを引き離そうとするスリザリンのシーカーがいた。

 

「ハーマイオニーもハグリッドもどうしてそんなに敵の肩を持つんだい!?」

何故かスリザリンの肩ばかりを持つ2人にイラつく僕だったけど、次の瞬間──ハリーの箒が暴れ始めた。

 

 

 

―――

 

──何が起きているんだ?

揺れ方が急すぎる、あれじゃ落ちるぞ!

ポッターの様子に気づいた僕は、

思わず彼の元へ急行した。

どうやら近くに展開していたらしいジョージも駆け寄ってくるのが見える。

 

「ポッター、大丈夫か?僕に掴まれ!」

手を差し伸べたが見向きもしない。

「ハリー、落ち着け、

まずは落ち着いて箒を収めるんだ!」

ジョージも呼び掛けているが、

こちらも華麗にスルーされた。

 

今にも落ちそうなポッターに頭がいっぱいになった僕は、競技中ということを忘れたジョージと2人して肩を組み合わせ、ポッターを下ろそうとした。

 

──しかし、その瞬間ポッターの箒が安定を取り戻した。すっかり調子を取り戻した様子のポッターは、完全に隙を晒しているこちらを気にした様子もなく急降下して行った。

 

その先には──黄金のスニッチがあった。

 

 

 

―――

 

ハリーがおかしい!

いや、頭は正常だけどね?

 

「ロン、ちょっとそれ貸して!」

ハリーの箒が乱暴に揺れ始め、その様子を

双眼鏡で見ていた僕だったが、

ソレをハーマイオニーに取られてしまった。

 

「スネイプよ!スネイプが呪いを掛けているんだわ。」

「何だって!?」

「ハーマイオニーや、冗談じゃねぇか?

スネイプ先生がそんなことするわけねぇだろう。」

何やらボヤいているハグリッドをよそに

私、行ってくる!と意気込んでいるハーマイオニーはどこかへ行ってしまった。

 

そっちに気を取られていると、ハリーの前にはスリザリンのシーカーがいた。

どう見てもハリーに向かって手を伸ばして何かを呼び掛けている。その傍らにはジョージもいた。

 

"ハリー!その手を掴むんだ!"

と願っていると、

"ダメだハリー!それはワナに決まってる!"

と叫ぶ声が聞こえた。僕自身のものだった。

 

手に目もくれていない様子のハリーは、

今にも落ちそうだ。

 

すると──驚いたことに、敵どうしであるはずのスリザリンのシーカーとジョージが向かい合わせに肩を組み始めた。

ハリーを救助するらしい。

喧騒に包まれてハリーを見守っていた観客たちもホッとしていくのが分かる。

 

──その瞬間、ハリーの箒が元通りになった。

ハーマイオニーが上手くやったらしい。

素早く体勢を立て直したハリーは、

ポカンとした様子の2人を尻目に急降下していった。

 

その手の先には──スニッチがいた。

 

いきなりの急展開に僕も周りの観客席もついて行けていないが、とにかくハリーがスニッチを見つけたらしい。徐々にスニッチに近づいていく。あと少し!

 

次の瞬間、観客席から怒号が響いた。

スリザリンのキャプテン──マーカス・フリントがハリー目掛けてタックルを仕掛けたのである。

 

 

 

 

 

―――

 

思わず冷や汗が出た。

フリント先輩に助けられたのはこれで何回目だろうか?

 

僕がジョージと助けようとした直後、ポッターの箒が元に戻った。良かった、とひと息つく前に、ポッターはこちらには一切声を掛けることなく急降下して行ったのである。

 

は?思わず口を開けてその挙動を見ていた。

未だに肩を組んでいるジョージも口をあんぐりと開けている。

その先には金色の輝きが見える。

 

(クソ!やられた!)

敗北を悟った僕を救ったのは、頼れるキャプテン、フリント先輩だった。

 

「シグナス、ボサっとするな!」

怒り心頭のフーチに口頭で注意を受けたフリント先輩が、こちらに檄を飛ばす。それにスピードを上げることで応えた僕は、気を取り直してどこかへ消えたスニッチを探し始めた。

 

 

 

──しばらく時が経った。

スニッチは幾度となく発見されているがそれはどれもポッターの近くであり、その度にみんなの妨害で事なきを得ていた。

(今日はどうやらツイてないようだな。)

もはや猶予はなかった。

 

覚悟を決めた僕は、今度は低空でスニッチを飛ばしたらしいポッター目掛けて急降下していった。速度を活かして脇を通過した僕は、観客席の上段あたりで1度機首を立て直して急上昇した。

 

何やら競技場全体がザワついているが、知ったことではない。慌てて急上昇してきたポッターを認めると、今度はターンを決めて再び急降下に移る。

ものすごいGだ。

身体を鍛えていなければ背骨が折れるレベルである。

 

急激な動きに身体が悲鳴を上げるが、それを無視して降下していく。

ポッターとすれ違う瞬間、僕は手を前に伸ばしてみせた。

 

僕に比べるとやや緩やかに再び機首を下に下げたポッターは、上から手を伸ばして突っ込む僕に合わせたように急降下する。

 

──その瞬間、シルバーアローを最高速度まで上げでポッターの前に躍り出た。当然ポッターは慌てて加速する。

急降下している中、さらに加速していくのはなかなか度胸が必要だ。加速度的に上昇する速度に耐え抜かねば、乗り手はたちまち失神してしまう。

 

当然そのままだと立て起こしに失敗して最悪逝ってしまう。──だが、ここにいる2人はそんなことなど気にせんとばかりに堕ちていく。

 

怒涛の展開に盛り上がる観客だが、次の瞬間再び凍りついた。

 

完全にポッターの前に立ち、視界を塞いでいたシグナスが地面ギリギリで機首を立て直し、自分の高度が分かっていないポッターを尻目に急上昇したのである。

 

見事なウロンスキー・フェイントだ。

 

鮮やかに決めたシグナスに、スリザリンからは今日1番の歓声が上がった。他は凍りついている。

 

技を決めてしまった僕は、急上昇の勢いそのままにフリント先輩もとまで駆け寄った。

 

「すみません。

ああするしかありませんでした。」

「いや、良くやったぞシグナス。

今まで見てきた中で1番鮮やかだった。

そんなに思い詰めた顔をするな、

スニッチも気まぐれだ。あのままではいつ負けたか分かったもんじゃなかったからな。

お前の覚悟は分かってるつもりだ。」

 

事後報告をする2人の遥か下方には

──愛機のMaxスピードよりも速い速度で地面に突っ込んだハリー・ポッターと、急いで群がっていくグリフィンドールチームの姿があった。

 

 

 

 

 

 

―――

 

「知らない天井だ。」

気がつくと、辺りは真っ暗だった。

「あれ?どうなって…」

確か箒が暴れて、頑張って抑えていたらスニッチを見つけて、追いかけるのに夢中になって──

 

「──ッ!イテェェェ!!!」

起き上がろうとすると、とんでもない痛みが首に走り、思わず叫び声を上げる。

ダドリーのパンチの方がマシだ。

 

僕の叫び声に気づいたマダム・ポンプリーが駆け寄ってくるが、そんなことはどうでもよかった。

 

「僕、負けたんだ…負けたんだぁ」

何やら話し掛けてくる先生の声は聞こえなかった。

ずっと近く待機していた様子のチームのみんなや、ロンとハーマイオニーも駆け寄ってきたが、そんなものは目に入らない。

 

──負けたことがただただ悔しかった。

 

 

 

 

―――

 

例年荒れに荒れるホグワーツ伝統の一戦は、やっぱり今年も酷かった。

電撃戦を仕掛けるスリザリン、

途中で制御不能に陥ったハリー・ポッター、

敗北を阻むための度重なるラフプレーに、

初陣のシーカーに仕掛けられた、無慈悲なウロンスキー・フェイント──

 

 

この日を境に、試合を決定づけたシグナス・ブラックには2通りの評価が下された。

──鮮やかなウロンスキー・フェイントを決め、数少ないチャンスをものにした彼を賞賛する者

──シーカー対決に焦り、堂々と勝負せずに全力で潰しにきた卑怯者

 

後者は明らかにグリフィンドールの勝利を願っていた者たちからふと上がった負け惜しみの認識だが、人は都合よく解釈したがる生き物である。

 

 

──翌日から"卑怯者"シグナスに対して、スリザリンと一部を除く者たちからの攻撃が始まる──

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
クィディッチ回でした。
ここから辺が駄作者の限界です。

視点の切り替わりが過剰ですかね?
そこら辺の意見も欲しいです。

動きの描写って表現するのが難しいんですね。
次回はスリザリン席側からの視点とその後のシグナスの行方についての予定です。
←ドラゴンは…まだか?
その次に投稿します。
字数的にドラゴンとくっつけるかも。

感想心待ちにしております。

用語解説
*ウロンスキー・フェイント
スニッチを見つけたふりをして地面に急降下し、激突寸前で上昇する。敵のシーカーに後を追わせておいて、地面に衝突させる作戦。
*ウロンゴング・シミー
チェイサーを振り切るため、高速でジグザグに飛ぶ。

・伝統の一戦
このカードじゃなくとも対戦する寮同士によるいがみ合いは発生する模様ですが、この2寮の場合は度を越す傾向があるようです。
1000年にも渡る対立って根深い。怖い。
・過激な作戦を立てるシグナス
いつも過激な練習をしているので感覚が麻痺したようです。その後しっかりとフラグを回収するあたりはさすがです。
・喉にご飯が通らないハリー
グリフィンドールと他2寮からの期待を一身に受け止めています。戦い切った君は最高だ!
・不憫なハー子
1度登場して以来、活躍の場を所々カットされています。ファンのみなさま、ごめんなさい。
まあ今回はファインプレーですが無駄にスネイプが被害受けてるだけですし…ねぇ?
・箒が暴れるハリー
ニンバス2000「あれーおっかしいなー?」
ハリーは開放されるまで2人が心配して寄ってきたことに気づいていなかったのか?詳しくは次回。
・肩を組むシグナスとジョージ
目の前で命の危機に瀕しているひとを放っては置けません。結果的に盛大な肩透かしを食ったわけですが。
・覚悟を決めるシグナス
スニッチの登場がいつもハリーの近くだったので、結局最初の作戦通りに相手シーカーを無力化することにしたシグナス。
一体どこまでこの後の展開が読めていたのか――
勝利を収めるためなら手段を選ばないスリザリン生らしく、独断専行ながらフリントたちも納得しています。

また、 ハリーに仕掛けられた数々の妨害は、ビーターやフリントを始め、ジャック含めた集団リンチ気味になっております。負けるくらいだったらペナルティシュートなんてへではありません。
・"卑怯者"シグナス
そこまで認識が変わるほどハリーにかかった期待は大きかったようです。一体どんな目にあってしまうのか。乞うご期待。

ちなみに、ハリーはその日のうちに意識を取り戻しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

何!?水のないところでこれ程の水遁を───!!※魔法です。

こんにちは。久しぶりの投稿です。

まずは謝罪を。
長らくお待たせしてすみませんでした。

また、作者からお知らせがあるので、よろしければ後ほど活動報告を見てください。

ざっくりいうとこれからは不定期更新になりそうです。また、少しプロットを変更しています。


今回は戦後処理がほとんどということで、シグナス視点中心に、最後にちょっぴりダンブルドア視点です。

一部残酷な表現を含みます。タグ付けてるので大丈夫だとは思いますが、十分注意してください。





  やってしまった…そう感じた。

 

  覚悟はしていたはずなのに、周りの喧騒がどこか遠く聞こえる。

 

  目下では相手シーカー、ポッターが地面にうずくまり、周りにグリフィンドールのメンバーが揃って囲んでいる。

 

  一般には、ウロンスキー・フェイントは熟練のシーカーでこそ繰り出せる技で、初心者なんぞに出していい訳ではない。

 

  スリザリンらしく勝つためには手段を選ばない…とはいえ、今更自分のしたことに冷や汗が流れる。

 

  一時の感情に流されてしまった結果がこれだ。憎々しげに向けられる相手チームからの目線。それに気づかない振りをしてさっさとスニッチを探す。

 

  集中して目を凝らすと、今までの試合展開が嘘のように黄金色に輝くものを見つけた。追いながらぼんやりと考える。そう、まるでダフネの髪の毛の色のような──

 

 

 

 

  途端に世界に音が戻る。

 

  歓喜に満ち溢れるスリザリンのクィディッチメンバーや観客席。最前列にいるのはドラコとダフネとその取り巻きだろうか。

 

  その歓声よりも大きく、他3寮の応援席と実況からは罵声と怒号が上がっていた。なんだか恐ろしくなって身がすくんだ。

 

「シグナス!よくやったな!」

 

「フリント先輩…」

 

「どうしたんだシグ、らしくないぞ」

 

「まあまあ、ハワード。

 さっさとずらかるぞ。」

 

 

 

 

 

  その後は流れるように時間が過ぎていった。

 

  控え室にてメンバーとどんちゃん騒ぎ。

  ようやく着替えて外を出ると出待ちのスリザリン生たち。周りを囲まれて寮まで引きずられていく。

 

  寮につく頃にはポッターのことは既に頭になく、祝勝会で騒ぎまくってその日はそのまま寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

  翌日、この日は名残惜しくもダフネとではなく、取り巻きたちと朝食を取りに大広間へ向かった。

 

  理由は言わずもがな弾除けである。否、呪文避けである。我ながら酷い話だとは思うが決して冗談ではない。

 

  例年、クィディッチ対抗戦の後にはよく敗者が勝者の寮にやっかみをかけるのだ。負け惜しみ精神でよくもまあここまでやると思う。

 

  自分のせいで彼女を傷つけるわけにはいかない。

 

  よって各寮のクィディッチ選手は、試合後のほとぼりが冷めるまで何も言わずとも同寮の生徒がやってきて共に行動する。

 

 

 

  しかし、今回ばかりはやっかみがいつもと違った。

 

 

 ──この腰抜け!

 ──もっと正々堂々やれよ

 ──貴様、よくも俺たちのハリーを!!

 

 

  取り巻きたちが相手方に睨みをきかせ、こちらに話を振ってくれたのであまり良く聞こえなかったが、どうやら此度の標的は僕のようだ。

 

  無理もない。初陣の選手を潰したのだから。

  しかも相手はハリー・ポッター。

  おそらくスリザリン以外はほとんど全体を敵に回したのではないだろうか。もちろん生徒だけでなく、教師たちもその中に含まれる。

 

  時が流れればいつも通り風化していくだろうが、怒りの矛先が寮ではなく個人に向かうのは異常事態ともいえる。

 

  それだけ"生き残った男の子"に対する期待が強かったということだろう。

 

 

 

 

  影響はすぐに出始めた。

 

  授業が始まると、いつになく他寮からの視線を感じる。それはやや咎めるような視線というべきか厳しい目つきだ。

 

  レイブンクローやハッフルパフの場合はそうでもないが、相手だったグリフィンドールになるとその限りではない。

 

  いくら取り巻きたちに囲まれていようとも、生徒たちからは殺さんばかりの殺気を、そして寮監であるマクゴナガルからは"どうして?"と問わんばかりの厳しい目で見られた。

 

(やっぱり少しやりすぎたよな。

 マクゴナガルってみんな公正だとかいうけどグリフィンドール贔屓なんだよね。知ってた。

教授に頼みたいことがあったんだけど今は無理かな。)

 

 

 

  こうして、シグナスは常に身を囲われなければ生活できなくなってしまったのである。

 

 

 

 

  試合が終わって1週間後、いつもより随分と長引いたやっかみも鳴りを潜めたので、この日はいつも通りダフネと朝食をとりに大広間へ向かった。

 

「なんかシグが隣にいるのは久しぶりね。この1週間、一緒にいられなくて寂しかったわ。あなた、少し痩せたんじゃない?」

「ああ、僕も寂しかったよ。やっぱり常に周りを固められていると、どうしてもストレスが溜まってね。常に視線を感じるのは慣れないよ。」

「(シグったらいつも熱い視線を浴びているのに気づいていないのかしら。)」

「?」

 

 

 

  久しぶりにダフネと一緒にいるのが嬉しくて、周囲への警戒を怠ったのがいけなかった。

 

  スリザリン寮は地下にある。各寮ともに大広間まではそれなりに時間がかかるが、スリザリンの場合は階段を登って地上に出てからも長い。

 

  2人が階段を登ってすぐの十字路に差し掛かったとき、三方向から大勢の生徒がこちらに殺到してきて、あっという間に進路を失ってしまった。

 

  その数は20人ほどだろうか。寮を示す色は赤。

 グリフィンドールの上級生たちである。

 

 

 

 

 

「シ、シグ!」

「何ですかみなさん。杖を構えるなんて物騒ですね。すぐに下ろした方が賢明ですよ。」

 

 

 ──よくも…よくも俺たちのハリーを!!

 

  始まりは一瞬だった。

 

『ステューピファイ!!麻痺せよ』

 

「きゃっ!」

 

「プロテゴ!護れ」

 

  ダフネの手を引いて自分の身に隠すと、防御呪文を唱えた。

 

  何人もの術者から放たれた失神呪文特有の赤い光線は、幾重にも重なって盾を破り、その場で弾けた。

 

 

「くっ!(プロテゴでは威力が足りないか。)

 ダフネ、寮に戻るんだ!

 

 

 プロテゴ・トタラム!!万全の護り」

 

  ダフネが急いで駆けていくうちにも防護の壁には呪文が撃ち込まれていく。

 

「くそ!くそ!!どうして当たらねえんだ!!!」

 

「慌てるな!一点集中で突破するぞ!!」

 

 

  焦ったように呪文を乱発する上級生たちは、どうにも話を聞いてくれそうにない。

 

  シグナスはゆっくり後退しながら防御呪文を重ね掛けしていく。

 

「行くぞ!『コンフリンゴ!!爆発せよ』」

 

 

 

  BAReeeeeeeeeeN!!

 

 

 

 

  流石に上級生だけあって呪文の精度が高い。

  重ね掛けした分まで一気に破壊された。

 

 

「突撃ィ!!」

 

  三方向から襲撃犯たちが一気に駆けてくる。

 

「コンフリンゴ・マキシマ!」

 

  十字路の合流地点まで引きつけてから地面に向かって放たれたソレは、先頭を走ってくる巨漢と近くの上級生を吹き飛ばす。そこからは──

 

 ──乱戦となった。

 

 

「エクスペリアームス!!武器よ去れ」

 

「コンファンド!!錯乱せよ」

 

「ペトリフィカス・トタルス!石になれ」

 

  明らかに正気を失っている彼らは、攻撃の手を緩めることはない。

 

「なんだよコイツ!3年のくせに!!」

 

「くそ、ハリーの仇だ!喰らえ!!」

 

  無言呪文でプロテゴを展開しつつ失神呪文で対応していたが、流石に捌ききれない!

 

  やがて全方位囲まれると、防御呪文が意味をなさなくなって肉弾戦になる。

 

 

  ひときわ体格の良い上級生が一歩前に出てくる。一対一で対峙すると、風を切るような右ストレートが飛んできた。しかし、それは空振りで終わる。

 

  シグナスは最小限の動きでこれを避けると、左カウンターで相手の顎を打ち砕く。その一撃で相手は気を失い身を沈めた。

 

  それを皮切りに、いつの間にかボクシングのリングのように2人を囲んでいた上級生たちが、ハッとしたように杖を構え直して攻撃してきた。

 

「レヴィコーパス!!浮き上がれ」

 

  天井まで飛んで避け、人の輪を抜けると、近くにいた上級生が着地の瞬間を狙ってドロップキックを仕掛けてくる。

 

「グッ!!」

 

  手をクロスさせてガードするも、体制を崩して後ろへ吹っ飛ばされてしまった。

 

  復讐に燃えるグリフィンドール生たちに、その隙を見逃す道理はない。

 

「デパルソ!退け」

 すぐに起き上がろうとした所をまた後ろへ転がされる。

 

「デイフェンドォ!裂けよ」

 脇腹が裂けて瞬間的な熱さを感じる。

 

「インセンディオ!燃えろ」

 身にまとっていたローブか燃え始める。

 

「レダクト!砕けよ」

 足に激痛が走り、立っていられなくなる。

 

 

 いつの間にか杖はどこかへ吹っ飛ばされてしまった。このままではやられてしまう。

 

「エイビス!鳥よ

 

  エンゴージオ!肥大せよ

 

  オパグノ!襲え」

 大人数だからこそできる連携によって、もはや怪獣とでも呼ぶべき鳥が襲ってくる。

 

「ググっ…」

 完全に身動きが取れなくなったシグナスは、手のひらを上に向けて指をまさぐった。

 

「(ルーモス・マキシマ!!強き光よ!)」

 強い発光は目くらましになって攻撃を止める。

 

「(アグアメンディ!水よ)

(ロコモーター・モイスチャー!水分よ、動け)」

 

  水を呼び出し、操作して自身を消火する。

 

  シグナスは魔力を総動員させて水を召喚しつづける。それは図ったように上級生たちの方へ、濁流のように迫っていく。その高さは天井に迫る勢いだ。

 

 

 

「何!?水のないところでこれ程の水遁を──!!」

 うわぁぁぁ!

 

  シグナスの呼び出した水は、堰を切ったように流れていく。上級生たちは足を取られて地面と熱いキスをかわす。そして次に顔をあげた時──

 

 

 濁流が分裂し、いくつもの水球が迫ってきていた──

 

 

 ―――

  水を呼び出したシグナスは、両手の指を合わせて丸を作って水の球を作り出していく。制御が難しいのか顔に汗を浮かばせ、両手は震えている。

 

 不格好だったそれは、やがて安定して球の形に固まっていって──

 

「(フリペンド!!撃て)」

 思うままに乱射した。

 

 

 シグナスは足をぐしゃぐしゃにされてからは顔を伏せている。よって攻撃はとても制御できたものではなく──あたりは地獄絵図になっていた。

 

 

 気がついたときには怪獣もどきは消え、廊下は原型をとどめることなく所々で爆げ、水浸しになり、グリフィンドール生たちはそこかしこに倒れていた。

 

 シグナスの最初の攻撃で倒れていた生徒たちにも二次災害が起こったようだ。

 

 

 

 

 

 

「一体何が起こったというのだ…」

 ダフネに呼ばれてすぐに駆けつけたスネイプは、呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

「知らない天井だ…」

  はっと目が覚めると、先ほどいたはずのホグワーツの廊下ではなく、清潔感あふれる白の空間。

 

  ここは天国なのだろうか。

 

  確かに全身やけどだらけで、蹴りの衝撃で多分腕は折れてるし、呪文によって足は使い物にならなくなっていた。さらに切り裂き呪文を腹に受けた。

 

 最後は、体全体に感じる水が自分の血なのか、それとも呼び出した水なのか分からなくなったから、もしかしたら血が足りなくなっていたのかもしれない。

 

 

  ──かつてこんな死刑の方法があった。

 

  目隠しをして、首筋に針をさすことで血を吹き出させる。痛みと恐怖に呻く死刑囚を他所に、執行人は患部にただの水を流す。

 

  決して流血する量は変わらないはずなのに、死刑囚は自分の血と錯覚して、ショックで天へ召されていく──

 

 

 

  自分は何か罪を犯したわけではないが、無意識のうちに召喚した水を出血した血と錯覚したのかもしれない。

 

 

  ああ、願わくばもう一度あの娘の顔を──

 

 

 

  物思いに耽っていたシグナスは、ゆっくりと身体を起こそうとして……痛みに呻いた。

 

「うぐぐ!(まだ、生きているのか…?)」

 状況を確認しようと周りを見渡すと、白いカーテンで周りが隠されている。

 

  そして何故か周囲のカーテンの範囲の中に、ベッドがもう一つ。黄金に輝く艶やかな髪に、あどけない表情を浮かべて熟睡する美少女が1人。

 

 ああ、保健室だ。

 

  まだ周りは暗いが、カーテンの隙間から見える周囲のベッドには、見覚えのあるグリフィンドール生がいる。

 

  眠っているが、傷が痛むのか、それとも悪夢でも見ているのか苦しんでいる声が聞こえてくる。

 

 その痛々しい姿に多少やりすぎたかなと思いながらも、シグナスはもういっかと先ほどから努めて存在を無視していた人物へと目を向ける。

 

 すると爺は嬉しそうに微笑んだ。

 

「おお、シグナスや。気づいたかね?」

 

「ええ……ダンブルドア校長。

 お久しぶりですね。何か御用でも?」

 

 世界最強と言われ、魔法界のありとあらゆる方面で多大な貢献をしている人物、アルバス・ダンブルドア。

 

  かつて闇の帝王が魔法界を暗躍していた時代には、自らを御旗に抵抗し、弱者の心の拠り所となっていた。

 

  その威光はイギリスに留まることを知らず世界中に轟き、数多くの民の信仰を集めている。

 

 

 

  そんな傑者にも全く動じた様子を見せずに普通に対応するシグナスは、やはり大物かもしれない。

 

「もちろんじゃとも。具合はどうかね?」

 

「身体中がだるいです。…麻酔薬の影響でしょうか?」

 

「ホホホ、その通りじゃ。スリザリンに10点。

 さて、シグナスや。此度の件でわしは君に聞かなければいけない事があるのじゃ──

 

 

 

 

 ダンブルドアに事情を説明し終わると、もう要件は済んだとばかりに彼は立ち上がった。

 

「あの、」

 

「うん?何だねシグナス?」

 

  振り返ってそのキラキラした青い目で問いかけてくる。何もかも見透かしているようなその瞳は、やはり好きにはなれない。

 

「これだけのことをしてしまってタダでは済まされないことは分かっています。しかし僕はダフネを巻き込んでしまった。彼女はこの件に無関係です。彼女だけは退学させないでください。お願いします。」

 

「ホッホッホ。ダフネ嬢のことを随分と大切に思っているようじゃな。安心せい。お主も彼女も退学になることはない。そもそもお主たちは被害者なのじゃ。お主は彼女が攻撃を受けないように立ち回り、逃げる時間稼ぎをして彼女を守り抜いた。ダフネ嬢からも説明を受けておる。」

 

「そう…ですか。」

 

「シグナスや。此度のことはとやかく言わん。しかしお主はもっと仲間に頼るべきじゃ。お主は学校の中でもかなり慕われているようじゃの。そこにあるお菓子はお主の信奉者たちからの贈り物じゃ。」

 

 ダンブルドアの視線の先には、シグナスのベッドを挟んだ机の上に山のように積まれたものが大量にある。

 

 その種類も様々で、お菓子だけでなく、イタズラ用の道具(どう見てもフレッドとジョージの作だろう)やら、お見舞いのメッセージカードやらが散乱している。

 

  よく見ると、ハグリッドが作ったと思わしき犬の木人形が置いてある。モデルはファングだろうか。

 

  机の端には、ここ2日分と思われる授業のレポートが置いてある。作者はジャックのようだ。

 

  あれ、2日も寝ていたのか?

 

「信奉者、ですか?」

 

「そうじゃ。お主は反応を見る限り気づいておらんかもしれんがのぉ、いつも注目されているのじゃ。良い意味でも、悪い意味でも…

 

  敵意を向けられているのではなく、お主に興味をもって見ていることがほとんどのようじゃ。……大変言いづらいことながら、その大半が女子生徒なんじゃがの。視野を他寮へ向けてみるのじゃ。良い出会いはきっとたくさんあるぞい。」

 

  ダンブルドアは、山の中から百味ビーンズを取り出した。

 

「わしは昔からこれが嫌いでの。食べるたびに何故か変な味しか当たらぬのじゃ。天はわしを見放しているのかのぉ。」

 

「じゃあ食べなければいいんじゃないんですか?」

 

「この赤い色のビーンズならいけそうじゃの。どれ。」

 

  シグナスの忠告を無視したダンブルドアは、赤いソレを口に入れた。瞬間に顔を顰めた。

 

「ぬおっ、こ、これはミミズ味じゃ。」

 

  と言うなり、ダンブルドアはカーテンから出ていってしまった。外からむせる音と、"エバネスコ"と消失呪文を掛けているのが聞こえる。

 

  賢者ってなんだろう。

  ていうかミミズ味とかよく分かったな。

 

  遠い目をしていると、やがてダンブルドアがまた入ってきた。

 

「いやぁすまんのう。またハズレをひいてしもうたみたいじゃ。マダム・ポンプリーを呼んでくるから、もうしばらく安静にしていなさい。朝早くに失礼したのぉ。」

 

「いえ、ありがとうございました。」

 

「ああ、そうじゃシグナス。これは提案なんじゃがの────」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

「全く無茶して!ホントに心配したんだからね!」

 

  …現在、隣で寝ていたダフネに抱きしめられています。何とかしてくれ。

 

 

 

  ダフネは、寮に向かって走ると、すぐにスネイプ教授を叩き起こして連れてきてくれたらしい。

 

  今回の事件には、スネイプ教授も、相手のグリフィンドール寮監のマクゴナガル教授もカンカンで、襲撃犯は軒並み大ケガを負い何人かは聖マンゴへ、僕も一時は生死をさまようほど容体が悪かったという。

 

  我ながら全く実感が沸かないが、あの時残っていた魔力が少なすぎてなかなか回復しなかったらしい。

 

  ダフネは怪我こそなかったものの、今回の事件による精神的な疲労及び再び襲撃される可能性を考慮して、シグナスとともに面会謝絶となっていた。

 

  本人曰くただ暇だったそうだが。

 

「それで先生によると、今のスリザリンとグリフィンドールは一触即発な雰囲気みたいで…

 それでクィディッチのエキシビションマッチをやるらしいよ。」

 

「なるほど。だからそこに繋がったのか。」

 

「あら、知ってたの?」

 

「うん。さっきダンブルドアから聞いた。」

 

  そう、ダンブルドアは最後の最後に爆弾を落としていった。何でも、寮杯に関係なくただ楽しむことを目的としているようで、両寮…というか主にスリザリンの不満を反らすらしい。

 

 そう上手くいくといいが。

 

 

 

 

 

 ―――

 

  時は夕刻。授業が終わるとようやく面会謝絶が解かれた。

 

「よう、シグナス。心配したんだぜ。」

「全く、無茶しやがって。」

「「シグナスー!無事でよかった〜」」

 

  代わるがわる面会に訪れる友人や寮生になにやら山になっているプレゼントを贈ってくれた人たちを見て、自分が慕われている、というのがあながち間違いじゃないのではとようやく気づいた。

 

「(これからはダンブルドアの言うように他寮とも交流しよう。フレッドとジョージとは別に。)」

 

 

 ―――

 

  今回の事件は、わしも全く予想しておらんかった。

 

  わしはハリーの初陣を見たわけではないが、試合後に多少のいざこざがあるのはクィディッチの風物詩ともいえる。

 

  しかし、今回のように大人数で少数を叩くような行為は決して起こってはならんことじゃ。

 

  今回、シグナス・ブラックの仕打ちに憤ったグリフィンドールの7年生の一部、述べ22名が彼を襲撃し全員が返り討ちにあった。

 

 もちろんシグナスも無事では済まなかったが、3年生で最上級生たちを退けたその技量には恐れ入る。

 

  幸いにも死者は出なかったが、おかげでNEWT(めちゃくちゃ疲れる)試験を控える7年生は大きなハンディを背負った(もちろん自業自得なのじゃが)。

 

 セブルスにも、理事会にも、事態を把握した保護者たちからも、襲った7年生全員を退学にすべきだと訴えがきた。本来なら然るべき判断…なのじゃが、彼らはこの7年間頑張ってやってきた優秀な生徒たちじゃ。

 

 もはや、あとは試験だけ…という状況で退学させるとはなんとも酷なことか。

 

 そう思ったわしは周りの意見を突っぱねて、今後のシグナス・ブラックへの接触禁止と重い罰則を執り行うとしてこの事態を締めくくった。

 

 ルシウス・マルフォイたちの策略で日刊預言者新聞に大きく取り上げられた故に彼らの経歴には傷が付くだろうが、強く生きて欲しい。

 

 

 

    背後では、シグナス・ブラックが校医のマダムポンプリーにガミガミ説教を受けている。

 

  その姿を見ながら、わしは彼との初対面を思い出していた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 8年前…

 

  この日は彼の祖母、ヴァルブルガ・ブラックの告別式が行われていた。

 

  彼女はマクゴナガル先生と同じ学年で、わしが直接変身術を教え、生存していた数少ない生徒じゃった。

 

  もう動くことのない顔を見て彼女の学生時代を思い出し、時の流れを実感した。

 

  顔は多少やつれ、頬は少しコケ落ちているものの、美しく気品に溢れていた頃の面影を感じさせる顔だった。

 

  そんななかで、孫のシグナスは毅然とした態度で喪主を務め、涙を見せなかった。

 

  周りをブラック家の縁者で囲まれながらも、マルフォイ家以外を全て拒絶している姿勢を見て、わしは彼の将来が不安になった。

 

 

  別にマルフォイ家が悪いという話ではない。現当主のルシウスは、かつて死喰い人に所属しながらも、愛する家族のためにこちら側へ戻ってきた。彼は愛の本質を知っておる。シグナスのことも大切にしているだろう。

 

  しかし、彼はその年齢にしてはげっそりと痩せており、ろくに食事をとっていないようだった。確かに唯一の肉親を失ったショックもあるかもしれないが、痩せ方が異常じゃった。

 

  ブラック家は曲がりなりにも名家の一つ。お金には困らないはずだ。むしろブラック家の財産(正確にはどれほどの規模かは分からないが)からして、恐らく世界でも有数のお金持ちではないだろうか。家の財産を1人で全て使えるのだから、彼が望めば大体のことはできるはずだ。尤も、お金と幸せが直結する訳では決してないのだが。

 

 

 

  ──どうして食事を抜かしているのか?

 

 

  また、その肌は病的なまでに白く、クマがひどい。普段外に出ていない証拠じゃろう。そして、ギラギラ光るその目はどこかで見たことがある者の目をしていた。

 

 ──力を求めるものの目。かつてわしが向き合うことを恐れ、目を背けていたばかりに闇の道に走り、闇の帝王と呼ばれるようになってしまった教え子と同じ目をしている。

 

  ああ、危険じゃと思った。このまま力に溺れればこの子もまた闇に堕ちてしまう。

 

  この日から校長室の肖像画のひとつ、彼の先祖にあたるフィニアス・ナイジェラス・ブラックに彼の動向を報告してもらうことにした。

 

  最初は我がブラック家最後の末裔なのだからと渋っていたが、もし闇に落堕ちてしまうようなことがあってはたまらぬ。それに歴代校長は現役の校長の意向に従わなければならないという盟約があるため、どちらにしろ断ることはできない。

 

  職権乱用だろうが腹に背は変えられぬ。

 

 

 

 

 

  フィニアスからの報告は受けていた(なんとも爺バカのようで、要らんことも事細かく伝えてくれた)が、その年の入学予定者の中に彼の名前が浮かんできているのを認め、この目で彼の生存が確認できた。

 

  今のところ闇の魔術には手を出していないものの、一日中書庫に籠っているという。これは入学してからわしが直接導かねばと警戒を強めていたが、その必要はなくなった。

 

  新学期が近くなると、ある時を境に彼は見違えるように変わった。

 

  それはフィニアスからの報告にも表れていた。以前にも増して嬉しそうに語るフィニアスに、彼が変わったのだと感じた。

 

  その後彼が入学して、その生活をこの目で直接見ていると実感した。魔法ばかりに情熱を注いでいた頃とは違い、友を作り、そして何より人生を楽しんでいる。

 

 ──彼は大丈夫じゃ。

 

 

 

 

  わしは、今になってその変化の理由に気づいた。現在、わしの目の前では、ポピーの説教で起きたと思わしき金髪の少女がシグナスに抱きついて泣いている。

 

  そうか、彼女が──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シグナス・ブラックの未来に栄光があらんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

  リハビリを経てようやく退院できたときには、事件からすっかり1週間も経ってしまった。

 

 

  エキシビションマッチはもうすぐだ。

 

 

 




いかがでしたか?
ご意見、感想心待ちにしております。

いやーこのセリフ(タイトル)1回使ってみたかったんですよね。

戦闘描写は難しいですね。
臨場感を維持することが果たして出来ているだろうか…
回を追うごとに総文字数が増えていく今日この頃。

何か矛盾点とかおかしい点があったら教えて頂けると助かります。

ご意見、感想を心待ちにしております。

❁❀✿✾プロテゴについて。❁❀✿✾

原作では特にどれが強いとか明記されていなかったと記憶していますが、本作では次のように設定いたします。

✾プロテゴ・トタラム
プロテゴの上位互換

✾プロテゴ・ホリビリス 恐ろしきものから護れ
プロテゴ・トタラムの上位互換。敵の侵入を防ぐ。

✾プロテゴ・マキシマ
プロテゴの最上位互換。
オリジナル設定として、多大な魔力を消費するが1度だけ死の呪文を防ぐことができる。

※死の呪文には反対呪文がありませんが、防ぐ術があったかなかったかはハッキリしていません。
映画では触れた死喰い人が消失していました。(マキシマによって。)

また、ハリーが仲間に向かったお辞儀さんのアバダを、おそらくただのプロテゴで防いで?助けていました。(勘違いだったらご指摘ください)

そこらへんはだいぶ曖昧ですよね。そこで本作では、死の呪文を防ぐのは限りなく難しいという設定でいきます。プロテゴでも呪文の軌道を反らすことは可能ですが、感覚が重くてなかなか反らすのは難しい。

また、マキシマは"最上位互換"ですので習得はかなり難しいです。原作でも、魔法省に勤める人間の多くがプロテゴすら習得は難しかったと記述されていたので、死の呪文を防ぐのはかなりハードルを高く設定できていると思います。




―――――――――――ここから解説

・やっぱり後悔するシグナス

"生き残った男の子"の影響力を目の当たりにして、箒の上で愕然としています。


・物騒な世の中

まさか活躍した選手が逆恨みで襲撃を受けるなんて、誰が予想していたかね?おそらくホグワーツ開校以来数える程もなかったのではないでしょうか。

原作でも一時期のハリーは上げて落とされて嫌われまくってましたが、結局幕内では襲撃を受けたりしませんでしたから。

それは、ひとえに彼がグリフィンドールで、そういうことをしそうな生徒が同寮だったからじゃないかと思ってたりします。

少年よ、杖ではなく羽ペンを持て。


・戸惑うマクゴナガル

昨年のシグナスは、反則は当然である(偏見あり)というスリザリンの戦い方にそぐわずに優雅にプレーしていました。スニッチ取るのに優雅もなにもと思うかもしれませんが、まあ他のシーカーよりもお淑やかにプレーしてたってことです。

それなのに今回は容赦なくお気に入りを潰してくれたので彼女は怒っていますが、曲がりなりにも彼は優秀な生徒で表向き素行がいいので責めるにも責められずに中途半端な態度になっています。


・肉弾戦

映画ではどんなに近づいてもフェンシングのように呪文を掛け合うだけでしたが、実際は絶対そんなことないと思います。だってある程度接近したらさっさと近づいて張り倒したほうが早いもん。

シグナスは日々の練習で体は鍛え上げられているので、年齢によるフィジカルの差はほとんどありませんでした。

また、周りをボクシングのリングのように取り囲んでいた──は、殴り合いにいつの間にか夢中になって思わず応援(もちろんグリフィンドール側を)していたからです。まあ下手に呪文掛けて味方に当てるわけにはいきませんし。

・レヴィコーパス 身体浮上

公式では半純血のプリンスが開発した。となっていますが(無言呪文設定)、シグナスも一応オリジナルスペルを開発しているので…ね?


・杖なしで魔法を行使

公式でも、杖が無くても魔法は使えると作者が言及しています。ただ恐ろしく制御が難しくなるというだけで。杖は補助的な役割を果たしているわけですね。

シグナスは幼い頃から魔法に慣れ親しんでいたので、感覚的にはバッチシです。これが以降にどう影響してくるのか……。


・さらっと日刊預言者新聞の記事(もちろん一面)に載る。

裏設定として、現在のシグナスの後見人は血縁のナルシッサ(女性ですが、直接血が繋がっていて普通に生活しているのは彼女しかいません)です。

よってシグナスはマルフォイ家に家族同然のようにされていますし、夫のルシウスもシグナスのことを息子同然のように思っています。

そんなシグナスが襲撃が受けたとなっては黙っているわけにはいきません。当然のようにダンブルドアは加害者側に寛大な処置を下すと予想した(実際そうなった)ルシウスは先手を打ちました。

その結果理事会からだけでなく保護者たちからも問い合わせが殺到。穏便にコトを終わらせたかったダンブルドアを悩ませています。


・マクゴナガルと同学年のおばあさま。

2人の生まれた年は同じです。(※公式設定)
少なくともトム・リドルがいた頃(50年前)まではダンブルドアも教鞭を取っていました。

本作では、その後の動乱(闇の帝王の暗躍)などで多くの人が犠牲になったため、直接ダンブルドアが教師をしていた頃の世代は現在ほとんど生き残っていないと設定。


・がっつりシグナスを監視していたダンブルドア

闇に堕ちそうなら未然に防げばいい。出来るか出来ないかはおいといて。プライバシーもあったもんじゃない。
現在はただの一生徒として見ています。
やはりどこか色眼鏡で見てしまう所もありますが。


・マダム・ポンプリー=ポピー

ダンブルドアは、普段校医をポピーと呼んでいるようです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

UA10,000記念【閑話】ドラコの小話①

こんにちは。potetaです。
同時投稿になりましたが、今回はドラコ目線です。

本編に影響は全くありません。

ドラコにとって、シグナスはどういう存在なのか──

感想お待ちしております。


  シグナス・ブラックは、僕の兄のような存在だ。正確には母上の従兄弟の息子で近くはないけど決して遠くない血縁。

 

  あの純血の王族とまで言われたブラック家の人間である。母上はブラック家出身だから僕もブラック家の血を引いているのだけれど。

 

 

 

  物心ついた時から、シグナスは僕のかけがえのない存在の一人だった。

 

  そりゃ昔は滅多に家に来なかったし、今にも倒れそうなくらい不健康って感じ(もともと顔が白い父上よりも青白い顔をしていた)で、げっそりと痩せているのに、何故か目がギラギラとしていてとても怖かったけど、彼自身は優しかったし、嘘をつかなかったし、何より"僕自身"を見てくれた。

 

  これでもマルフォイ家は名家だから、よくパーティーを主催していた関係で僕も社交界に顔を出すのは早かった。

 

  だから一般的に僕を通してマルフォイ家を見ている輩が多いのも知っていた。

 

  入学前に父上に紹介されたクラッブとゴイルもその部類に入っている。2人とも父上の側近の息子らしいけど、親に似ず脳筋で出来れば傍に起きたくない。

 

 ……呪文よけにはいいかもしれないけどね。無駄に図体もデカいし。

 

  これからも僕が2人をファーストネームで呼ぶことは永遠に来ないだろう。

 

 

 

 

 

  そして、いつも目の下にクマを作り、死んだ目をしていたシグナスは変わった。

 

  いつも無表情に近かった顔には常に微笑みを浮かべ、クマは無くなり、家柄特有の灰色の瞳が輝くようになった。

 

  何があったのかは知らない。最初は幼いながら訝しんだけど、今となってはこれで本当に良かったと思う。

 

  シグナスはこれからも僕の大切な存在だ。

 

 

 

❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

 

 

  ホグワーツに入学してから既に1ヶ月が経とうとしている。マルフォイ家の長男として英才教育を受けていた僕たけど、密かにホグワーツの授業を楽しみにしていた。

 

  父上や家庭教師に教えてもらうのもいいけど、やっぱり同年代のみんなと授業を受けてみたかった。

 

  また、シグナスからの触れ込みも大きい。

  普段はどこでそんな知識を手に入れたのかってくらい博識だけど、そんな彼でもホグワーツでの授業は感銘を受けるものだったらしい。

 

  マルフォイ邸を訪れるたびにその魅力を教えてくれた。

 

 

 

 

  シグナス自身は天文学が1番好きだと語った。

 

「どうして?」

 

  と聞いてみたけど、ちょっと困ったように笑ってはぐらかされた。その顔はなんだかとても寂しげだったのが印象に残っている。

 

「ホグワーツの授業の質は高いよ。

 教師陣は軒並み技量が高い専門家ばかりで、思わぬところから気付かされることもたくさんさ。

 ドラコも得られるものが多いと思うよ。」

 

  シグナスが話すことはどれも僕の期待を高めるばかりで、その後もよくホグワーツの話をせがんだ。

 

 

 

 

 

 

 

  こうしてホグワーツで無事にスリザリンに入った僕だったけど、やはりというか問題に直面した。それも3つ。

 

 1つめ、グリフィンドールとの合同授業が多い。

 

  シグナスからは聞いていなかったけど、最も楽しみにしていた飛行訓練や魔法薬学の授業を始め、奴らと被る。

 

  それは必然的にポッターたちと顔を合わせる訳で──

 

 

「ポッター。アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

「ポッター。もう1つ聞こう。ベゾアール石を見つけて来いと言われたら、何処を探すかね。」

 

「クラスに来る前に教科書を開いてみようとは思わなかったわけだな、ポッター。え?」

 

「モンクスフードとウルフスベーンとの違いは何だね?」

 

 

 

  助けを求めるように視線を泳がせるポッターと、分からんと頭を抱える隣のウィーズリー、そして教授に無視され続けてもめげず、槍のような挙手を続けるボサボサ髪の女子生徒、、、どうしてこうなった。

 

  授業が始まったときまでは良かった。

 

  魔法薬学の担当はスネイプ教授。

  我らが寮監であり、父上の友人だという。

 

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。それが魔法なのかと思う者が多いかも知れないが、沸々と揺れる大釜、立ち上る湯気、人の中をめぐる液体の繊細な力は人の心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力となる。君たちがこの技術を真に理解することは期待していない。私が教えるのは名声を瓶詰にし、栄光を醸造し、地獄の窯にさえ蓋をする方法である。」

 

 

  甘くねっとりとした重低音ボイスで演説は続く。

 

  言葉に重みを感じる独特の言い回しにより、この時点でほとんどの生徒がこの雰囲気に飲まれている。

 

  声自体はブツブツと小さい声であるのだが、どこか人を引き付ける"何か"を持っていた。

 

「もっとも、私がこれまでに教えてきたウスノロたちより君たちがマシだったらの話だが。」

 

  ここで一旦言葉を切った。

  話疲れたのかもしれないが、授業のデモンストレーションとしては十分だ。

 

  魔法薬学は、素晴らしい薬を作り出すことができる反面、便利になればなるほど過程は難解で複雑になっていく。一瞬の判断ミスで、いくらでも作り手を殺せる。研究施設を吹っ飛ばすことだって不可能じゃない。いくら初歩中の初歩だろうと決して調合中にふざけていいわけではない。

 

  シグナスからは、この学問の最前線で研究に携わっている一流の人物と聞き及んでいた。

 

  "これは期待通りだな"と思っていたのもつかの間、1人内職をしていたと咎められたポッターに質問が浴びせられる。

 

 ──おい、何で1番最初の授業で内職なんてしているんだ。しかも予習は基本だろうに。

 

  スリザリン生側に響く笑い声の中内心呆れていたが、自分が悪いのにポッターは教授を睨みつけている。

 

  あ、減点された。

 

 

  その後、早速実習に入って教授に褒められたけど、その瞬間に感じる、睨まれる視線。さらにロングボトムの失敗のせいで授業が中断したりとグリフィンドール側によるミスでイライラが溜まっていった。

 

 

 

 

  飛行訓練の授業では、これまたロングボトムがミスを犯した。フーチ教授の指示をフライングした挙句、授業を中断させた。

 

  ロングボトムの怪我などどうでもいいのだが、いい加減鬱憤が溜まりすぎた。

 

「見たかあの間抜け面。もうお荷物グリフィンドールには飽き飽きだよ。」

 

 他のスリザリン生たちもそう思っていたようで賛同する。

 

「やめてよマルフォイ。」

 

 グリフィンドールの列の中から1人の女子生徒が出てきた。知らない顔だ。

 

「へぇ、ロングボトムの肩を持つんだ? パーバティったら、まさかあんたがチビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ。」

 

 やたらと僕に引っ付いてくるパーキンソンがそう冷やかした。彼女はパーバティと言うらしい。

 

「ご覧よ! ロングボトムのばあさんが送ってきた馬鹿玉だ。」

 

 今日の朝食の時に大広間で見たものだ。

 

  朝に限ってシグナスはダフネと行動するから、この時間はよく気に入らないポッター達に絡んでいた。

 

  草むらの中から見つけた思い出し玉は、持ち主と共に高い所から落下したはずだったが、不思議と割れていなかった。ソレを掲げると太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

 

「マルフォイ、ソレをこっちに渡してもらおう。」

 

「……何だポッター? 英雄を気取るのは楽しいか?」

 

「英雄なんて気取ったことなんか一度もない。ソレはネビルのおばあさんがネビルにあげたものだ。マルフォイ、君が触っていいものじゃない。こっちに渡せ。」

 

「嫌だね、ロングボトム自身に見つけさせる。」

 

 箒に跨って、ひらりと飛び上がる。

 ここら辺はシグナスと小さい時から遊んでもらっていたからお手の物だ。

 

「ここまで取りに来いよポッター。」

 

 散々授業は邪魔をされるしいい加減に限界だった。僕の狙い通りポッターが箒を手に取る。チャンスだ。

 

「ダメよ! フーチ先生が言ってたでしょ。動いちゃいけないわ。私たちみんなが迷惑するのよ!」

 

 魔法薬学の授業で見たボサボサ髪が叫ぶ。

 だがポッターは無視して箒に跨って飛んできた。

 

「へえ。」

 

 ポッター自身はマグルで育ったと聞いていたから、初めて空を飛ぶはずなのだ。しかし、その様子は非常にサマになっていた。

 

「こっちへ渡せよ。でないと箒から突き落としてやる。」

 

 ポッターが挑発をしてきた。カチンときた。

 散々恥かいたくせに、まだ英雄面をしている。

 

「取れるものなら取ってみな。」

 

 そう叫んでガラス玉を空中に放り投げる。

 驚いたことに、ポッターはそのガラス玉をキャッチするつもりらしい。

 一気に急降下してガラス玉を追いかける。

 

  ふん、このまま地面に激突しておジャンだな。

 

 

  しかし、予想に反してポッターは見事ガラス玉をキャッチし、地面を滑空して足をつける。まわりのグリフィンドール生が沸き立ち、拍手喝采でポッターを囲んだ。──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──こんなはずじゃなかった。

 

  直後に現れたマクゴナガルによって連れていかれたまでは良かったが、夕食を取っているときに聞いた情報に顔が青くなった。

 

  ポッターがクィディッチの選手になったという。

 

  シグナスはクィディッチの選手だ。

  僕のせいで迷惑を掛けてしまった。

  シグナスが怒ってなかったのは幸いだったけど、思わずあいつは大したことないと言い訳じみたことを言った。いや、言い訳ではない。シグナスは僕なんかよりも凄い選手だ。ポッターなんか足元にも及ばないだろう。

 

 

  翌朝アイツのもとには箒が届いた。

  1年生が箒を持つことは禁止されているから、早速近くを通った呪文学のフリットフィック教授に告げ口したけど、マクゴナガルの計らいだと言われるばかりか、"マルフォイのおかげなんです。"と言われる始末。

 

  碌に授業も受けられないガキに言われて怒りが爆発するかと思ったが、シグナスに諭された。

 

「そういうのはマトモに取り合うだけで時間のムダだよ。ドラコももう少し大人な対応をしないとね。」

 

  誰がとかは言っていないけど、シグナスは親身になって聞いてくれた。ポッターに届けられた箒種を伝えたときのことだった。

 

「それにドラコ、自分を大きく見せたいなら、ルシウスとか家の自慢ばかりするんじゃなくて、行動で示した方が手っ取り早いよ。男は背中で語るもんだ。」

 

  おかげで冷静になった僕は、過度な関わりを持つのを止めようと思った。いい成績をとって奴らに嫌味を言えばいいのだ。

 

 

 

 2つめ、授業の質の差が激しい。

 

  誰かのせいで授業が中断になって退屈になることも多いけど、大体は満足していた。

 

  主要な教科は寮に得点を貰えるように頑張ったし、実際に何点かもらえた。

 

  真夜中に行われる天文学だって予習は怠らなかったし、何より星の名前を知るのは楽しかった。

 

  天文学といってもただ星を観測するだけじゃない。

 

  もともと星座は、古代エジプトで星の並びを人の形などに見立てていたのに始まり、それがギリシャに伝わって神話と結びつき、広く親しまれるようになったものと言われている。

 

  従ってギリシャ神話の伝説と絡めて学んでいくのだ。

 

「母の実家はほとんどの人が星の名前にあやかって名付けられるのですよ。尤も母は数少ない例外でしたが。」

 

  学んでいくうち、少し寂しそうな表情をした母上の言葉を思い出した。

 

 

  シグナスがなんで天文学が好きと言ったのか分かった気がした。

 

 

❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

  しかし、2つの教科において、僕は大いに悩んでいた。

 

 その1は魔法史。

 

  通常のゴーストの教授はやる気がなさそうに教科書をただ単調に朗読し、それを黒板に書き付けていくだけのつまらない授業だ。

 

  最初はみんな熱意に溢れていたけど、志半ばで夢の世界に旅立っていく。

 

  通例、最後まで生き残っているのは僕と、こちらもシグナスから色々と吹き込まれているらしいダフネだけだった。

 

  彼女は意外と余裕そうだが、僕は頬をつねったりして何とか喰らいついている。

 

  そうまでして最後まで話を聞いている理由──

 

「はい、皆さん。今日の範囲はここまでです。

 これから詳しく解説していきましょう。」

 

  来た!僕は内心待ちわびていた。

  そうなのだ。シグナス曰く、このおさらいの時間こそが魔法史の授業で最も役に立つ。

 

  魔法省の指導要領に則ったつまらない授業はどこへやら、この時間は先生の主観が入った説明が始まる。それは同じことを授業しているのに雲泥の差だ。

 

  全く関係ないと思っていた2つの事件がこんな所で繋がっていると気づいたりとか、当時の時代背景をこと細かく解説してくれたりと、やはりゴーストである故に実際にいくつか経験しているらしい。

 

  教授が御歳いくつになるかは存じ上げないが、経験談が入り混じると非常に面白い授業になる。

 

 

  ただ、始めからやってくれませんかね?

  それまでの時間が長い。長すぎる。

  それが悩みの種だ。

 

 

 その2、闇の魔術に対する防衛術の授業

 

  毎年呪いのように教師が変わるこの科目は、シグナス曰く昨年までは非常にレベルの高いものだったそうだ。

 

  しかし、2年前までマグル学を教えていたというクィレルは、当時の評判がひっくり返って地を這っていた。

 

正直言って失望した。

 

  まず、教科書を朗読するのだがよく吃る。

  聞き取りづらいから困った。

 

  そしてニンニク臭いから寝ることも許されない。

 

  この分なら独学でやった方がマシだ。

 

  僕はこの授業に関しては見切りをつけた。

 

 

 

 3つめ、課題が軒並み多い。

 

  これに関してはどうしようもない。

  上級生になるともっと多くなるらしいが、先輩方はどうやって捌いているんだろう。

 

  シグナスに至っては12科目も取っているのにクィディッチと両立しているし、要領が良すぎる。

 

  ともかく僕は課題に捕まってしまったので、シグナスに相談しつつ自由時間を持つまでに時間がかかった。

 

 

  とまあ、目先の問題はクィディッチシーズンまでには解消することができた。

 

 

 

 

  ある日、ついに僕はクィディッチの練習を見に行くことにした。

 

  ここだけの話だが、僕はいつかクィディッチチームに入ってシグナスと一緒に戦うことを夢見ていた。

 

  僕は最短でもチームに入団できるのは来年だし、今からでもできることをやろうと思った──。

 

 

❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

 

 

 ──チームに入るの辞めようかな、、、

 

  発端は練習開始直後だった。

  チーム全員が呼び寄せ呪文で箒を取り寄せると、そのまま飛び立つ。

 

  屈強な体格をした男たちは、体格からしてビーターのようだ。彼らはブラッジャーに杖を降ってその数を増やしていく。

 

  何をするのかと思ったら、それを手に持つ棍棒で乱れ打ちを始めた。よりにもよって全てをシーカーのシグナスに向かって。

 

「何やってるんだ!」

 

  と思わず叫ぶほどの衝撃を受けたが、みんな慌てた様子はない。至って真剣だ。この異常とも言える事態で、周りの観客も慌てずに見ている。

 

  シグナスにも驚いた様子はなく、あまつさえやってくるブラッジャーを避けながらスニッチを探して目を凝らしている。

 

「練習はここまで厳しいのか…!」

 

  この集団リンチとも思える地獄の風景は、日が落ち、夜になるまで続いた。

 

 

  練習終わりで夕食を食べるシグナスがいつも疲れきっていた理由が分かった。ここまで厳しい訓練をしていたなんて!

 

  理由が分かったところで、入団はもう少し考えてからにしようと心の中で誓った。

 

 ──のだが。

 

「マルフォイ、君はクィディッチが上手いんだって?シグナスたちから聞いたよ!」

 

  練習終わりにチームのキャプテン、マーカス・フリントに捕まってしまった。

 

  おのれシグナス。恨むぞ…

 

 

  とはいえ、キャプテンからヘッドハンティングを受けるなんて名誉なことだ。ポジションを選べば大怪我なんてしなくて済むだろう。

 

 

 

 

 ──僕の知らない所であんな目にあっているのに、泣き言ひとつ言わないシグナスを尊敬した。

 

 

 

 

❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

 

  そしてやって来た開幕戦。

  シグナスたちは勝利した。

 

  終わってみれば250対60。完勝である。

 

  序盤からの電撃戦もそうだが、ビーターの力量が桁違いに高く、グリフィンドール側はチェイサーが全滅して得点が取れない状況まで追い込んだ。

 

それもそうだろう。あんなに思うままに打ち込んでいたのだ。聞けば昨年からのメニューらしく、そこからビーターの技量が著し上昇したそうだ。

 

  更にスニッチをとったのはシグナスで、試合終了。スリザリンの勝利だ。

 

  スコアだけ見ればそうなのだが、祝勝会を行った翌日、校内は異様に殺気立っていた。

 

  僕らスリザリン生が廊下を歩くと、特にグリフィンドールの連中がキッと睨んでくる。シグナスに至っては今にも呪文が飛んで来そうだ。

 

  原因は昨日の決着劇。

 

  スリザリンVSグリフィンドールとは銘打っているけど、実際はスリザリンVS他3寮だった。

 

  100年ぶりの1年生シーカーをみんなが皆応援していた。気まぐれなスニッチもそっち側なのか、シグナスのそばには現れない。

 

  嵩んでいくペナルティシュートによって、一時は90対0だったのに、30点差まで追い上げられた。

 

  不安になっていく僕たちスリザリンサイドの応援席(ダフネに至っては泣きそうだった)だったが、そこでシグナスが動いたのだ。

 

  チャンスが来なければ相手にも渡さなければ負けることは無い。今回の試合ではことある事にチャンスが舞い降りてくる相手シーカー、ポッターを潰したのは合理的であり、普通のことであると思われた。

 

  しかし、世間はそう見なさなかったようだ。

 

  何度でも言うが、今回ばかりはみんなグリフィンドールの勝利を祈っていた。そしてその期待の星だというポッターを潰してしまった。

 

  しかし、僕らスリザリンにも意地がある。ただ"はいそうですか"と負けてやるわけにはいかないし、何よりそれで勝ち誇った顔をされるのはどうなのか。フェアプレーを語る前にお前らがフェアになれ。

 

 勝利のためにシグナスは全力で仕掛けたが、しかし向こうにはそう映らない。

 

 ──卑怯者!

──このハゲ!

 ──お前のせいでハリーが…!

 ──お前はどれだけ俺たちの心を叩いてる!

 

  スリザリンVSグリフィンドール戦後には、その勝敗によってその後1週間近くはいざこざが続くらしいが、今回ばかりは先輩たちにとっても異様な光景らしかった。

 

  大体は反則スレスレのラフプレーを特徴とすると巷では有名なスリザリンの戦い方をdisったり、

 

 ──堂々と戦えば負けることはなかった

 

 とか負け惜しみが中心だという。

 

  しかし、いつもは寮に向く怒りがシグナスに集中しているのだ。3寮というよりかは、グリフィンドールから誹謗中傷を受けるシグナスがあまりに哀れで、スリザリンみんなが守りに入った。

 

……一部容姿に関する誹謗中傷もあったが、シグナスはハゲてなんかないし、ハゲの家系でもない。(と母上から伺ったことがある)

 

きっとシグナスの優れた容姿に嫉妬しているんだ。見苦しい。

 

 

  意外にも、シグナスは全く堪えた様子を見せなかった。

 

「ああ、あんなの気にしたら負けだよ。

 そんなことよりドラコ、今度のホグズミード村でのお土産何が欲しいかい?」

 

  そんなのなんだっていい…!!

  少しは自分の置かれている立場に気づいてくれ!

 

  無自覚なのも尚性質が悪い。

  そんな様子があいつらを更に苛立たせているのに!

 

 

 

 

  そして試合後1週間が経つと、公然と行われていた誹謗中傷がぴったりと止まった。シグナスはほらね。とか意味がわからないことを言っていたけど、あまりに不気味な光景だった。

 

  そう、まるで嵐の前の静けさのような…

 

 

 

 

 

 

 

  この日、試合後始めてダフネと2人で朝食の大広間に向かったシグナスは、授業になっても、放課後のクィディッチの練習の時間になっても現れなかった。

 

  翌日、どこからともなくとある噂が囁かれ始めた。

 

 ──グリフィンドールの7年生の集団が、シグナス・ブラックを含むスリザリン生2名を襲撃。

 

 グリフィンドール側は全員が怪我を負い、何人かは聖マンゴへ、シグナス・ブラックは医務室にて面会謝絶状態にある──

 

 

  最初は誰も信じなかった。鼻で笑うくらいには有り得ない話だと思った。

 

  でも、シグナスとダフネはこの日も明くる日も出てこない。グリフィンドールのテーブルも心なしか人数が少ない。学年ごとに明確な席割りとかはないが、あそこは確か最上級生が居座るゾーンじゃなかったか。

 

そして、保健室にはカーテンで囲われているベッドがいくつもあった。あの中にシグナスやダフネがいるのだろうか。

 

面会謝絶は本当で、校医のマダム・ポンプリーは存在こそ明かさなかったものの、カーテンを除くことは許さなかった。これは確信犯だ。

 

 

 

  ようやくスリザリン寮が自体を悟り始め、グリフィンドールに報復しようと騒ぎ出したとき──

 

 

 ──狙いすましたかのようなタイミングでダンブルドアが現れ、スリザリンVSグリフィンドールのエキシビションマッチの開催を宣言した。

 

 

 




これって閑話っていう枠じゃないような…
というかこんな中途半端ですみません。

ドラコがシグナスによってだいぶ作り替えられています。綺麗なマルフォイとはまた違うと思いますが、本作では兄貴分のシグナスを慕うかわいいドラコになっているといいなと…

また、今後もUA記念はやっていくつもりです。全ては作者の気分次第となりますが…

ご意見お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス

こんにちは。potetaです。

昨日国立の後期試験が終わりました。
と言っても活動報告の通り合否に関わらず浪人する予定ですが。

現在高校生のみなさんへ
進路は早め早めに決めた方が良いと思いますよ。私のように後悔しないで(切実)。

さて、今回はシグナス視点中心です。

そして謝罪を。
いつか、次回はドラゴン書くぜキャッフフとか言いましたが結局入りませんでした。この次に入る予定なのでご了承ください。




 オリンピック。

 

 平和の象徴とされる言わずと知れたスポーツの祭典。

 

 その起源は、今から2800年ほど遡ると言われている。古代ギリシアの地では、もともとは神に捧げる宗教の儀式だったそうだ。

 

 その影響力は大きく、たとえ戦争中であっても戦いを中断して執り行ったという。

 

諸説あるので一概には言えないが、現代のオリンピックが"平和の象徴"と言われているのは、ここからくるのではないだろうか。

 

 

 何故ここまで話したかといえば、イギリス魔法界におけるスポーツに唯一該当するのはクィディッチにおいて他は無く、この度ホグワーツにて、クィディッチのエキシビションマッチが行われる運びとなったからである。

 

 

 

 

 

 賢者は言った。

 

 ──曰く、スポーツには人を笑顔にする力がある。

 ──曰く、スポーツには人を勇気づける力がある。

 ──曰く、音楽とは何にも勝る魔法じゃ。と

 

 ──曰く、さぁ、試合の前にみんなで校歌を歌いましょう──と。

 

 

 

 

 

 この日、ダンブルドアの予告の通り、エキシビションマッチが行われた。カードは言わずもがなスリザリンVSグリフィンドールである。

 

 あくまで楽しむことが目的であるので、今回ばかりはメンバーに対して理由を問わずラフプレーをやめてもらった。

 

 

 

 

 

 そして試合は拮抗した。

 

 得点を取ったらまた取り返され、それをまたこっちが取ってひっくり返す──

 

 会場が盛り上がって熱狂に包まれていくと、狙いすましたかのようなタイミンクでシーカー対決が起こった。

 

 

 両者の位置的関係は同等で、ほぼ同じタイミングで飛び出した。ピッチ外周の観客席の下の骨組みの方へスニッチに誘導されたが、僕もポッターも構わず突入して行った。

 

 そのままスニッチは外周の暗幕を突き破り、観客席のちょうど真下へ入りこむ。僕らも入っていくとあら不思議。思ったよりも骨組みはスカスカで、大きな隙間がある。

 

 どう考えても性根が腐っているスニッチはその隙間へ潜り込み、僕たちから逃れようと逃げ回る。

 

 急激に方向転換する事の出来る魔法が掛けられたスニッチとは違い、僕らは直角に曲がることなどはできない。

 

 隙間もそこまで大きくないから、常人には飛ぶだけで精一杯だ。

 

 しかし、一瞬でもブレーキを掛けることは、すなわち敗北に直結することを僕らは直感で分かっている。上手く骨組みの柱を避けなければ、相手のリードを許してしまう。

 

 己のスキルを用いて、限界を超えるまで追跡し続けるしかないのだ。当然、それには多大なる危険を伴う。

 

 ほぼMAXスピードのまま突き進むこの速度、ひたすらスニッチを追い続ける現在の前傾姿勢のままでは、万が一柱に衝突するとタダでは済まされない。

 

 最悪首の骨が折れる以上に酷い結果が待っているだろう。

 

 尤も、首の骨が折れるような大怪我でも命を失うほどにはないということが前回の事案で証明されている。我らが校医はただものではない。

 

 それにこのようなチキンレースの場合、石橋を叩いて渡るよりも本能の赴くままに突っ走って行った方が案外イケちゃう場合もある。

 

 この場合は後者か。

 

 少なくとも、僕は猛スピードのまま柱に突っ込み無様を晒すほど拙いスキルを持っているわけじゃない。そのようなことで怯むような脆弱な度胸は持っちゃいない。

 

 日々厳しく、尚且つ悪質になっていく練習のなかで、そんな心はどこかへ捨ててしまった。

 

 スニッチは木製の柱の隙間を縫うように奔った。

 

 僕らはその動きに合わせて時には柱の右へ、時には左へ、またまた時には互いの身体を接触させて作用反作用の法則を利用。2人の間の空間を開け、その間に柱が通るように通過し、スピードを落とすことなくスニッチを追いかけていく。

 

 この超悪質な環境下においても一向に引く気配を見せない僕らに業を煮やしたのだろうか。

 

 スニッチはあっさりと暗幕を抜けて外へ抜けると、そのまま広いひろい大空へと駆けていった。

 

 

 この極限ともいえる状態が長引く度に、両者の明暗は分かれていく──

 

  僕は、暗幕を抜けると無理に機首を起こして急上昇させていく。急に生じた高低差による三半規管の乱れに耐えつつ、今度は横旋回に入ったスニッチの後方にま回りこもうと次は強烈なGに耐える。

 

 しかし、ポッターはそうもいかない。僕と比べると学年の差もあってどうしても体格で劣り、身体も出来上がっていない。三半規管の乱れはより大きく感じるハズだし、Gの負荷に耐えられるかどうか。本来ならば、1年生は選手になれないという理由は主にここからくるのだが……

 

 当然ポッターは強い影響を受けているのにも関わらず、その瞳の奥にはスニッチを焼き付けて飛び続ける。強いGを受けるとハンパな鍛え方をしていれば背骨は折れてしまうが、ポッターはそんなのにも構わず突き進んでいく。

 

 

 その姿は賞賛に値するが、この明暗が勝負を決めた。

 

 たとえコンマ1秒の差であっても、ことクィディッチに限ってはその条件の有無は致命的な差を生む。

 

 

 ようやくスニッチが水平運動に戻ったとき、ポッターは少しずつ出遅れていた。

 

 最後の直線でのデッドヒートで僕が競り勝ち、ようやくスニッチを掴み取った。

 

 スリザリンの勝利である。

 

 

 スタジアム全体が歓声に沸く中、試合後のキャプテンどうしの握手では、いつもは互いの手の握り潰し合いをしていた仲とは思えないほどの晴れやかな表情で握手が行われ試合は締めくくられた。

 

 

 

 

 ―――

 この日、大広間では全校を巻き込んだ打ち上げが行われた。勝っても負けても観戦していても関係なく盛り上がった。

 

 

 この中で、僕はハッフルパフのセドリック・ディゴリーと意気投合。すぐに仲良くなった。

 

 彼は以前から僕に注目していたらしい。打ち上げが始まるとすぐに話し掛けてきた。

 

 そして僕も彼のことを知っていた。

 ハンサムで誰にでも優しくとても聡明で、最近人気急上昇中の生徒だ。それを彼に言ってみると赤面して下を向いた。反応がかわいらしくて好感を持った。

 

 何でも、セドリックはシーカーの座を狙っているらしい。ご贔屓にしているプロチームも一致したので、すっかり話し込んでしまった。

 

 

 彼はイタズラ仲間(フレッド&ジョージ)を除き、他寮では1番の親友になった。

 

 

 

 そして、普段の生活でも変化が現れた。

 

 朝、いつものようにダフネと朝食を取りに大広間に向かっていると、数多くの人から話し掛けられるようになった。

 

 それは取り巻きたちが取り囲む移動教室でも同様で、これを機に、いつも引っ付いてくる取り巻きの人数を削減することに成功した。

 

 

 ホグズミード休暇でも変化が起きた。

 

 以前はジャックと2人か、セットで取り巻きたちと一緒だったのだが、ジャックもこの頃他寮の生徒と交流を持つようになったので、2人で行くことは無くなった。

 

 それが一時的なものなのかは分からないが、ジャックにとっても良い傾向だと思う(意味深)。

 

 そして今回は、約束通りとある人物とホグズミード村へ行くことになった。

 

「お待たせしたかしら?」

 

 

 とある人物──アルメリア・バーネットとの出会いは、例の事件後に面会が解禁になり、ダフネが1日早く退院した日まで遡る。

 

 彼女はレイブンクローの6年生で監督生だそうだ。そして、並びに"シグナス・ブラックファンクラブ"の代表らしい。

 

 何じゃそれ!と思わず反応してしまったが、本人非公式でやっていたと告白。

 

 

 彼女曰く、ココ最近新入生が入学したこともあって会員の数が異常に増えているそうで、とある問題が発生したらしい。

 

 ──あなた、今年からいつも一緒にいる女子生徒(ダフネのことだ)がいるわね?あなた自身は入学以来全く女の気配がなかったからみんな焦っているらしくて…

 

 んなもん知るか。思わず心の中で毒づいたところで、シグナスにとって特大の爆弾が投下された。

 

 ──彼女?の出現によって過激派が生まれたわ。このままだと彼女、(違う意味で)また襲撃に遭うわよ。

 

 女の嫉妬は怖いものである。このとき、シグナスはまた一つ教訓を学んだ。

 

 

 そこで、彼女が提案した打開策──

 

 "クジで当たったファンクラブ会員とホグズミード村へ"というサービスの開始──

 

 もともと活動としてはあまり大したことをやっていなかったらしいが、この度新たな活動を開始する。ということで事後承諾を求めに来たのだった。

 

 本人そっちのけで勝手に進められた事案ではあるが、これを無視して本当にダフネが襲撃されたらたまらない。シグナスには断るという選択肢は無かった。

 

 

 そして今回はサービスの試験運用的なものを兼ねて代表のアルメリア氏と2人で行くことになったわけで──

 

 

「いえ、今来たところですよ。おはようございます。今日はよろしくお願いしますね。」

 

「え、えええ、ええ。そっ、そそそそうね。こっこちらこそよろしく。」

 クィレルもびっくりの吃り具合である。

 

「先輩、そんなに緊張しないで自然体でいて欲しい。ほら、リラックス。」

 

「ありがとう。落ち着いたわ。

 さあ、行きましょう!」

 頭を撫でると落ち着いたようで、手を取って駆け出した──

 

 

 

 

 端的にまとめると、彼女とのホグズミード探索(アルメリア曰くデート)はとても楽しかった。

 

 最初こそ「1度でもいいからあなたとデートしてみたかったの。」とか恥ずかしそうにまくし立てていたが、やがて慣れてくるとレイブンクローらしく勉強の話になった。

(アルメリアの独断と偏見が混じったOWL(ふくろう)試験の体験談というか苦労話はとても参考になりました。まる)

 

 また、彼女はブラック家ではなく、等身大の"シグナス・ブラック"を見てくれていた。一緒にいてこんなにも居心地が良いのは、同世代では本当に稀だ。

 

 

 そしてホグワーツまで戻り、別れのとき──

 

 人が寄りつかない所まで連れ添い、今日はありがとう。と言おうとしたところを抱きしめられた。

 

 シグナスは家系の血に逆らわず高身長だが、学年の差もあってアルメリアとはほぼ同じ高さだ。

 

「ごめんね。でも今はこのままで居させて。」

 そう言った彼女の表情は切なげで、もともとレイブンクローどころか学校でも整った容姿をしているのも相まって、不覚にも見とれてしまった。

 

 やがてアルメリアは抱擁を解いた。

「今日はありがとう。とても楽しかったわ。」

 

「ええ、こちらこそ。」

 

「ねえ、あなたと毎朝大広間に向かっているあの娘はあなたの想い人よね?」

 

「いえ、そんなことは…」

 

 何も言えなかった。いつからだろう。

 彼女のことを考えると胸の奥が苦しくなる感覚を感じるようになったのは。今の僕には、この気持ちをまだ名付けることはできない。

 

「フフフ。いいわ。やっぱり私は本気であなたに恋してるけど、この気持ちは伝えるだけで…やめとく。

 

 ファンクラブのサービスとか言ってあなたを景品扱いしたことは申し訳なく思ってる。普通ファンクラブって本人には知られないところで活動するものなんだけどね。

 

 でも今回のデートで分かったわ。あなたは、このままだときっと彼女を幸せにはできない。」

 

「!!!」

 

 どこか悲しげだった表情が毅然とした表情に変わり、告げられたことに動揺を隠せない。

 

「確かにあなたは成績優秀スポーツ万能容姿端麗で紳士的で優しくて人当たりも良くて気を遣えて…(ry」

 

「おい。」

 

「──だけど、あなたにはまだ足りないものがあるのよ。それは自分で探しなさい。…今回のおためしは成功だと報告するわ。次回のホグズミード行きから始まるから是非とも経験を積んで欲しい。それはきっとあなたのためになる。」

 

 余計なお世話だーと内心ぐったりであったが、そう言うアルメリアの表情はとても真剣で、思考回路はともかく本気でシグナスのことを考えていることがわかった。

 

「……分かった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 最近、シグナスがあまり構ってくれなくなった。

 

 もちろん朝食を食べに行くときも一緒だしあの湖のほとりに行くときも一緒だし談話室にいるときはずっと話していた。

 

 でも、例の事件のあと、シグナスは他の寮の人たちとも話すようになり私だけに向けられていた意識が周りに向けられるようになった。

 

 そして談話室にいることが極端に減った。

 

 本人曰く、取り巻きに引っ付かれるのがイヤということだが嘘だと思った。女の直感というやつね。

 

 

 この前のエキシビションマッチは大盛況のうちに終わり、4つの寮の間(というよりスリザリンとほか3つ)の仲は驚くほど緩和した。

 

 かつてないほど交流の輪が広がり、今ではスリザリン生とグリフィンドール生が一緒にいても珍しくないようになった。

 

 

 ダンブルドアの手腕には感心させられたけど、その結果シグナスが他の寮に取られている。

 やっぱり寂しい。

 

 この頃、いつにも増して女子からの熱い視線を集めるシグナスは明らかに変わった。

 

 

 一人称を僕から"俺"に変えて、言葉遣いにもちょっぴり男っぽい印象が現れるようになり、少し制服を着崩すようになって楽な恰好をしている。それが余計に視線を集めることになっていることに気がついているのだろうか(怒)

 

 3年生になると、ホグズミード村行きが許可される。シグナスは、相変わらず私の好きなお菓子のお土産を買ってきてくれるけど、最近はいつも一緒だったハワード先輩とは行っていないらしい。

 

 そんなハワード先輩も容姿端麗だからモテる。シグナスによると、今回の宥和政策を機にグリフィンドールの彼女を持ったそうだ。

 

 

 そんなことより、最近シグナスは誰と行っているんだろうと疑問に思った私は、シグナスの取り巻きの1人に調査を依頼した。

 

 そしてホグズミード村行きの日────

 取り巻き(3年生)によると…

 

 ──曰く、最近のシグナスはなんと寮を問わず女子生徒を取っかえ引っ替えしている。

 ──曰く、相手は必ず1度の休暇で変わる。

 ──曰く、例外なく2人の雰囲気はとても良好。

 ──曰く、…(ry

 

 さらに、最近はハッフルパフの英傑、セドリック・ディゴリーや学校きっての問題児、グリフィンドールの双子フレッド・ウィーズリー&ジョージ・ウィーズリーとも移動教室などでよく行動を共にするらしい。

 

 

 

 不意にボヤけた視界の中で思う。

 

 

 ───シグナス、いったい何があったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 やがて迎えたクリスマス休暇。

 シグナスは例年通り帰宅する。

 

 やはりスリザリン寮の中で学校に残っている者はいない。

 

「そういえばシグ、今年は家に来てくれるんだろう?」

 

言わずもがなパーティーのことである。

 

「もちろんさ。いつか俺の屋敷でやってみたいな。クリーチャーが美味しい料理を作って……

 ホームパーティー的な小規模のものでいいからいつかかろう。」

 

「ねえねえド・ラ・コ。

 私もパーティーに行くのよ?」

 

「分かった。分かったから僕に引っ付くなパーキンソン!」

 

 ドラコは同じ1年生のパンジー・パーキンソンに好かれているようだ。…そんなことより向かいに座るミリセント・ブルストロードの視線が痛い。

 

 なまじいい体格をしてないから内心ガクガクブルブルである。隣のダフネが何か落ち込んでいたのが気になった。

 

(こういう時ジャックはどうやって慰めるんだろうな。)

 シグナスは、今はこの場にいない親友のことを思う。ジャックは、今頃めでたく結ばれた彼女と一緒の個室でイチャついてることだろう。

 

 終始空気となっていたドラコの取り巻きクラッブとゴイルをよそに、ホグワーツ特急はやがてロンドンに着いた。

 

 

 

 

「クリーチャー! (バチン!) ──帰ろうか。」

 

 この日はクリーチャーが腕を振るって作った料理に舌づつみを打ち、クリーチャーや先祖の肖像画に学校生活のことを報告したりしていた──

 

 

 翌日、迎えたクリスマス。

 

 朝、友人や知り合いからのプレゼントを開けるのことは、ここ数年ですっかりシグナスの楽しみになっていた。何よりホグワーツに入学するときよりも格段に多い。

 

 ドラコからはエメラルドが装飾してある綺麗なペンダントを。

 ルシウスからは高級感溢れる腕時計を。

 シシーからは、現在在庫不足で入手困難な簡易医療セット(性能が高く、現在の魔法界で評判になっているとっても高級な一品)を頂いた。

 メッセージカードに"クィディッチ頑張りなさい。"と書かれてあるのを見て、思わず頬が緩んだ。

 

その後、ホグワーツの自分の部屋に帰ったときに出来ていたプレゼントの山…というか城に驚いたのは余談である。

 

 午後になれば、今夜の晩餐会に向けて準備を始める。今年もマルフォイ家主催のパーティーだ──

 

 

 夜、イギリス南部のウィルトシャー州にシグナスの姿があった。何を隠そう、マルフォイ邸の前である。

 

 

 招待状を受付に見せて通してもらうと、一直線に主催者のもとへ歩いて行く。

 

「ルシウス。この度はお招き頂き感謝致します。」

「シグナス、今日はようこそ。」

「おや、そこに飾られているのは生け花ですか?とても神聖な雰囲気がします。」

「最近のマイブームなのよ。

 今日はゆっくりしていってね。」

「はい、ありがとうございます。シシー。」

 

 

 主催者への挨拶が終わると、擦り寄ってくる他の招待客を交わしつつ周りを見渡す。すると見慣れたサラサラの金髪が目に入る。

 

「ダフネ!メリークリスマス。」

 

「メリークリスマス。あら、シグ、そのネクタイピン…」

 

「ああ、とても素敵なプレゼントをありがとう。似合うかな?」

 

「ええ、とってもお似合いよ。私もプレゼントをありがとう。とっても気に入ったわ。」

 

「そうか。それは良かったよ。」

 

 ダフネからはスリザリンカラーのネクタイピン(もちろんブランドものの高級品だ)を貰っていた。ちなみにこちらからは、精巧な白鳥の置き物を送った。

 

 

 ダフネと言葉を交わしたあとは、すぐに後ろに控えるグリーングラス家のみなさんとのご挨拶が待っている。

 

「メリークリスマス。どうやら元気そうだね。」

 

「はい、お義父さまもお変わりないようでなによりです。」

 

「シグナスくん、今度我が家に来てくれることを楽しみに待っているわ。」

 

「はい、私も心待ちにしております。お義母さま。」

 

 そう、この2人には、そうやって呼ぶことを強制されている。その原因は──

 

「お義兄さま。メリークリスマス。

 お姉ちゃんをよろしくね。」

 

 ……年齢的にとてもませてしまったダフネの妹、アステリア・グリーングラスである。

 

「やあアステリア。ごきげんよう。」

 

 何でも、ご両親お2人も息子が欲しかったようなのだ。断りきれないことを悟ったシグナスは、まあ呼ぶだけならいっか。と割り切っている。

 

 その後、ドラコやジャック、招待されているスリザリン生たち(主催がマルフォイ家なので自ずとスリザリン出身が多くなる)に

 

 ファンクラブの会員(当然パーティーに呼ばれるほど家柄の高い家系も入っている。また、シグナスはこのファンクラブを非公式のままで押し通している)

 

 の方々と挨拶をしてパーティーを楽しんでいた。

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、お開きとなった。

 

 こんなにもパーティーが楽しかったのは、きっとルシウスがホグワーツの学生を多めに招待してくれたからだろう。貴族特有の駆け引きなどを気にせず談笑できたので、シグナスは今度のパーティーも楽しみになった。

 

 パーティーが楽しみなんて以前のシグナスにはなかなか考えられないことである。ルシウスの配慮には今後も頭が上がらない。

 

 

 

 

 ──程よくアルコールが回った身体でブラック邸まで帰ったシグナスは、気持ちよく眠ることができた。

 

 

 

 

 

 

 数日後、今度はグリーングラス邸の前に立っていた。ブラック邸とは決して近くないところに建っているが、クリーチャーの付き添い姿くらましがあれば簡単にアクセスすることができる。

 

 クリーチャーさまさまである。

 

 

 グリーングラス邸に訪れるのは夏季休暇以来だ。ブラック邸やマルフォイ邸に比べるとやや規模は小さいが、それでも一般庶民からすればビックリの豪邸である。

 

「いらっしゃいシグナスくん。他のみんなは奥にいるわ。さあ、入って?」

 

「お邪魔します。これ、よろしければ。」

 

「まあ、これは上物のワインね。

 あとで開けましょうか。」

 

 見慣れたエントランスを通り、お義母さまのあとに続く。

 

「シグナスくん。今日はよく来てくれたね。ゆっくりしていってくれ。何なら泊まっていってもいい。」

 

「はい、せっかくですが家の者に今日は帰ると言ってしまったので……今日はどうぞよろしくお願い致します。」

 

「ねぇあなた、これシグナスくんが持ってきてくれたのよ。あとで開けましょう?」

 

「お前は本当にお酒が好きだな…」

 

 

 

 

 

 

 グリーングラス邸でのひと時はあっという間に過ぎていった。久しぶりに家族の温もりを感じるいい時間だった。

 

 お義父さまと魔法界の情勢について話し合い、お義母さまの淹れた紅茶でアフタヌーン・ティーを楽しみ、姉妹とお部屋で遊んだ。

 

 アステリアは2年後に迫ったホグワーツ入学に興味があるようで、今回は魔法を見せて欲しいとせがまれた。1年生のダフネもこれから学ぶ呪文に興味があるようなので、広大な庭に出て見せることにした。

 

 途中からはグリーングラス夫妻も後ろから見ていたようで────うん、我が娘に申し分ない才能を持っているなぁ。いいえ、勿体ないくらいよ。なんてボヤかれていたのは余談だ。(呪文に集中していたので、毎度のごとくシグナスには聞こえていない)

 

 

 最後に、アステリアに付き合っていて、あまり喋れなかったダフネをダイアゴン横丁のデートに誘ってグリーングラス邸をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてデート当日。

 

  意外にも今冬はとても忙しいシグナスは、あるときはノクターン横丁へ、またあるときは魔法省まで出向き、色々な役人の相手をしなければならなかった。

 

  そこには、年齢もキャリアも関係ない。ただ、ブラック家の当主としての責務があるだけである。

 

 

 この日、待ち合わせの集合時間よりも随分と早くやってきたシグナスは、高級クィディッチ箒専門店という店へ赴いていた。

 

 カランカラン

「いらっしゃいませ。…おお!ブラック様ではありませんか。今日はどういったご要件で?」

 

「はい、実はこの箒のメンテナンスをして頂きたいのです。」

 そう言って愛箒のシルバーアローを差し出す。

 

「おお!?これはシルバーアローではないですか。とっくに生産終了になって現存していないかと思っていましたが!!」

 どうやらクィディッチの専門店らしく、その界隈には詳しいようだ。それは彼の興奮ぶりからも分かる。

 

「ふーむ。こんな傑作に出会えたのは信じられないことですが、やはり交換用の備品は当店にはございません。私で宜しければ、これでも一流の箒職人を自負しておりますのでチューンナップを致したいと思うのですがね

 

 …実は最近シルバーアローを作っていた当時の職人の居場所が分かりましてですね。私自己流のチューンナップよりかはやはり製作者さま御本人による手でメンテナンスされた方がよろしいかと思います。ブラック様のような一流の選手なら尚更。」

 

「いえいえ、私なんてまだまだです。

 しかし…そうですか。では、その職人は今どこにいらっしゃるのですか?」

 

「聞いて驚いてくださいよ………………………………………なんと日本なんです!

 

 現在、日本の山奥で細々と活動なされているようで、クィディッチナショナルチームのトヨハシテングの方にも箒を提供しているとか。」

 

「へぇ!東洋の神秘、日本ですか!!

 その職人さんはいい就職先を見つけられたようですね。さぞ他より箒の注文が多いかと。」

 

 日本のナショナルチームは、試合に負けると乗っている箒を燃やすという伝統がある。

 

 シグナスはそれを皮肉った。

 

 

「そうですね、箒職人としてはそうそう燃やして欲しくはないんですがね…」

 

 シグナスの皮肉に気づかない店主は、どこか物憂げにつぶやいた。

 

「分かりました。では今度の夏季休暇に直接会ってみたいと思います。その方の連絡先を教えて頂けますか?」

 

 

 

 

 

 

 

「シグ!お待たせ!!」

 

「いや、今来たところだよ。

 その服とっても似合ってるね。」

 さらっと嘘をついて、ダフネのファッションセンスの良さを褒めた。

 

 今日のダフネは、黒のタートルネックに上品な藍色のバルーンスカート、ファー付きの赤いダッフルコートというコーディネートである。

 

 ダッフルコートでどこか幼く見えるのに、金髪が映える赤色と、もこもこしたコートは清楚でフェミニンな雰囲気を醸していてとても可愛らしい演出となっている。愛でたい。(意味深)

 

 

「それじゃあ行こうか。」

 ダフネと手を握って横丁に繰り出すシグナスは、いつの間にか箒を持っていなかった。

 

 どうやらその手に持つカバンに入っているらしい。

 

 

 

 有名な観光名所を周り、2人でショッピングをして楽しんでいたら、あっという間に夕方になった。

 

「ダフネ、最後にあそこへ行こうか」

 

 そう言ってシグナスが指さした場所は、ダイアゴン横丁でも知る人ぞ知る名所となっている丘である。

 

 

 幸い最後の店からも近く、5分と経たずに丘の頂上までやってきた。

 

「うわぁー…すごい綺麗……。」

 広がっていたのは、燃えるように赤い夕焼けだった。

 

「ダフネ、少し目を瞑ってて。」

 

「えっ!?ええ。」

 

 何か首元に感じる感覚がある。

 

「…ねぇシグ、まだ目を開けちゃダメなの?」

 

「もういいよ。目を開けてごらん。」

 

「 Woah, it’s so cool!」

 

「どんな夕焼けよりも一段と美しいお嬢様に、僕からのプレゼントです。君に似合うと思って買ったんだ。」

 

 彼女の胸元で青緑色に輝く宝石はアレキサンドライト。今日のショッピングの合間に買ったものだ。

 

「シグナス!」

 

 何やら感動していたダフネが抱きついてくる。

 

「すごいわ!これ高かったでしょう?」

 

「…アレキサンドライトは、俺の母上が好きだった宝石なんだ。今は夕日に照らされて青緑色だけど、基本は燃えるような赤い色をしているんだ。」

 

「シグナス…」

 

「どっちの色もダフネの髪によく映える。」

 

 そのまま耳元に口を近づけ…

 

「とっても綺麗だよ。」

 

 

 

 

 

 

  ~お楽しみタイム~

 

 

 

 

 

「今日はとっても楽しかったわ。

 コレ、大切にするわね。」

 

「ああ、俺もとても楽しかった。

今度はイースター休暇にまたどこか行こう。」

 

 帰るとき、ダフネは心底嬉しそうな顔で頷いてくれた。

 

 

 

 

 ──アレキサンドライト。

 その石言葉は、"秘めた思い"

 

 

 

 彼女はこの意味に気づいただろうか……

 

 




ふぅー。いかがでしたか?
過去最高の10,000文字超え(と436文字)となった第7話。1話あたりの平均文字数が平気で10,000文字を超えてくる作者の皆さまを尊敬します。私には無理や…。

宝石に込められたシグナスの思いとは──。

あ…ありのまま 起こったことを話すよ!

〝私はさっさとパーティーに出して主人公をホグワーツに帰したげようと思っていたら、いつのまにかラブコメになっていた〟

 な、何を言っているのかわからねぇと思うが、私もワケがわからねぇ。(困惑)

デートだけでお家に帰ってからの内容の半分を占めているという(トホホ・・

これもプロットしっかり組んでない宿命なのか…


ご意見、感想お待ちしております。





──ここから解説!※今回はネタバレ注意⚠︎

一部に今後の展開が書いてあります。
(2行だけですがね)

❁❀✿✾❁❀✿✾のラインまで進めば回避できます。軽くスクロールすればちょうどいいのではないでしょうか。どうかご了承ください。


――――――――――――――――――――――――














・セドリックとお友達に

設定上シグナスと同学年で原作ではやがてシーカーになるすごい人です。これは絡ませない訳にはいきません。
現在のところ思いっきり彼を救済するプロットになってます(予定)が…大丈夫ですよね?





















❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

お目汚し失礼いたしました。多分ネタバレ要素はもうありません。

・ファンクラブの代表と接触

アルメリア・バーネットさんはオリキャラで今回限りの出演予定です。どうもありがとうございました。

……一応茶髪にハシバミ色の瞳、ボリュームの多い胸元に下は華奢なスタイル(何か矛盾。ボンキュッボンって感じで)という裏設定。ああ、読者の夢が詰まってますね。え!?私の願望?いやーまさか(目そらし)

とりあえずこのファンクラブのサービスはクリスマス休暇まで続けられます。この2ヶ月弱の経験で、シグナスはかなり女の子の扱いが上手になりました。これも微チートってやつですかね?(成長速度的な意味で)



・シグナスの一人称を変更

ハリーもドラコも"僕"ですから、なかなか区別しづらくてですね?ええ。本編において、セリフの大半はシグナスとダフネが占めており、ハリーもドラコも実はあまり発言していません。

ドラコは今回はセリフ2つのみ。
ハリーに至っては出演したけど空気。

まあ脚本もセリフ回しも悲惨な駄作者のせいで出番を奪われているだけですが……。

こういうSSなんだと割り切ればそれでいいんですが、個人的にすっごい違和感なのでこれから挽回していきたいと思います。

シグナスに春が来たようなのでこれを機に変えてしまいました。(汗)

・ブルストロードの視線

彼女もシグナス・ブラックファンクラブの一員のようです。

・パーティーを楽しむシグナス

以前からゴマすりに辟易としていたシグナス。ルシウスは、この年齢からそんな駆け引きをしなくてはならないのかと不憫に思って手を打ちました。

段々マルフォイ家が美化されていますね(悩)

・既に義父、義母呼び

アステリアちゃんの策略?天然?な行動で、本人の預かり知らぬところで外堀が埋められています。


・シグナス、日本へ

日本食によって日本への興味が尽きないシグナス。愛箒のメンテナンスのために飛んでいきます。(来夏)

箒のメンテナンスはご自分でやられているSSさんも多くありますが、

箒には複雑で堅固な守りが施されており、多少ぶつかった程度では壊れず、未成年が扱う呪いくらいじゃ箒に悪さなどできやしない。とハグリッドも証言していましたし、精々綺麗に磨いてピカピカにすることくらいしかできないと考えています。

下手に分解しても魔法組み直さなきゃだし。


・試合に負けると箒を燃やしてしまう日本ナショナルチーム
※公式設定。

なお、木材がもったいないという理由から、この伝統は国際的に批判を受けているようです。
まあ日本は風土的に森林は豊富ですし、そういう発想に至らないと考えるのが妥当ですかね?


・ダフネとデート

シグナス本人も知らぬうちにダフネ成分が足りなかったのだろうか?(推測)

アレキサンドナイトの石言葉、今後の伏線になるのか結局回収されないのか?作者の記憶力と気分次第。

しかし"あくまでも"特別な想いに気づいただけで恋におちているわけではありません。あしからず。

宝石のくだりはひと通り調べてありますが、何か間違いがございましたらご指摘ください。



お楽しみタイム………ご想像にお任せします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドラゴンと亀裂

こんにちは。
ようやく予告していたドラゴン回です。
そしてある人物の心の闇をクローズアップしています。少しこれから嫌なキャラになってしまうかも…

でも決して嫌いなわけではないので!はい。

途中からハリー視点です。


「すっげえんだぞシグナス!」

「ハリーに送られてきたプレゼント!」

「「透明マントだ!!!」」

 

 クリスマス休暇が終わってホグワーツに帰ってくると、また騒がしい日時が戻ってきた。

 

 一時は、少々気まずくなっていた双子との関係もすっかり修復し、イタズラに夜間徘徊(あくまで校内探検)に忙しい日々を送っていた。

 

 互いにクリスマス休暇にあったことを報告していると、あのハリー・ポッターのプレゼントの山の中から、例の透明マントが発見されたという。

 

「俺たちも使わせてもらったんだぜ。」

 

「もうすげぇってもんじゃねぇんだ。あれは…そう!ヤバい!(興奮による語彙力の低下)」

 

 ──俺らの活動にもってこいだよなー。とボヤく双子たちに苦笑しながら、今日は8階まで来ていた。

 

「厨房は果物皿の絵がヒントだったろ?8階にも怪しい絵があるんだ。まあ同じフロアに我らのグリフィンドール寮があるんだけどな。」

 

「でも、今ならスリザリンだって我らが獅子の縄張りに足を踏み入れても大丈夫なわけだ。」

 

「なるほど、この3年間ずっと温めてきたとっておきのスポットってわけだな。」

 

「「そういうこと!」」

 

 そして例の絵の前に立つ。

 

「このタペストリーが?トロールが変なポーズ取ってるっていう。」

 

「フッフッフ。聞いて驚くなよ。」「アホなバーナバスが「バレエを教えようとしてるんだってさ」」

 

「はは、そりゃ傑作だ!誰だいそんな話思いついたの?」

 

「そりゃ俺たちにも」「分かんねぇ。」

 

「でも厨房の屋敷しもべ妖精に聞いたんだ。」

 

「あのタペストリーなんだい?ってな。」

 

「ふーん。でも何も仕掛けとかなさそうだよな。」

 

『はぁーーー。』

 一斉にため息を付いた時、「うわっ。」とフレッドが叫んだ。

 

「どうしたんだ兄弟。」

 

「フィルチにでも会いたくなったか?そんな大声出して。」

 

「いや、違うんだよ。どこかの不埒者がガムを捨てていったみたいだ。このクツやっとお袋が買ってくれたのによ。」

 

 どうやら、万年家計が火の車のウィーズリー家から、何とか捻出して買ってもらった靴のようだ。

 

「そうだフレッド。洗浄呪文でも試してみようぜ。」

 

「そりゃいい。たのんだz……ん?なんだありゃ!?」

 

 異変は、何の変哲もない向かい側の壁にて起きていた。

 

「おいおいマジかよ。」「本当にこんなものがあるなんてな。」

 

 広がっていたのは、どこまでも続く立派な水道の蛇口に、新品同様のブラシ(無駄に装飾が激しくサイズもバラバラだ)が大量に転がっている。さらに魔法使い御用達のミセスゴシゴシの魔法万能汚れ落としが何本もピラミッドのように重ねてある。

 

 背が高い俺らでも頂上に手が届くかな?

 

 壁のイタズラ書きを始め、この双子が日々改良に取り組んでいる糞爆弾も簡単に消してしまう文字通りの万能洗剤だ。

 

「魔法省にもこんなにストックはないだろうな。」

 

「ハハハ。そうだな。」

 

「善は急げだ。早速洗ってくるよ。」

 

 フレッドは嬉しそうに靴を洗い出した。

 

「ジョージ。ここって何の空間だろうな。単なる隠し部屋って訳でもなさそうだけど。…無駄に豪華だし。」

 

「んー確かに無駄に豪華すぎるんだけど……。あ、フレッド!この部屋ってあれじゃないか?屋敷しもべ妖精が言ってた"あったりなかったり部屋"って言うのは。」

 

 何か初めて聞こえるワードが聞こえてきた。

 

「あったりなかったり部屋?なんだそr「それだ!!!通称"必要の部屋"って言ってたよな?きっとそうだ!こんなにも豪華の無駄遣いしてるもの!!」

 

「いや、それは関係ないと思うぞ。」

 

 

 

 あっという間にフレッドの靴が新品同様に磨きあげられた。

 

「良かったな。兄弟。」「おうとも。兄弟。」

 

「そういえば2人とも。その必要の部屋っていうのをもっと教えてくれないか?うまく利用できたらもっと大規模なサプライズをお届けできるぞ!」

 

 みるみる双子の顔が喜色に染まっていく。

「そりゃいいな。乗った!」

 

「でも俺らも存在しか知らなかったんだ。」

 

「なら知っている人に聞くしかないな。」

「「ん?」」

 

「そうだ、厨房行こう。」

「「それだ!」」

 

 結局この日は夜更けまで探索を行うことになり、帰ったのはすっかり明るくなった頃だった。こっそり部屋に戻ると、寝ぼけ眼のジャックに不審な目で見つめられたが……全然問題ない。全く問題ない。

 

 

 

 ──成果はあった。屋敷しもべ妖精によると、壁の前を三回歩き回りながら、自分の目的を心に強く思い浮かべる事が必要であるらしい。

 

 早速例のタペストリーのところまで戻ってきたはいいものの、厨房は地下にありここは8階。流石に往復をダッシュしてくるにはキツいものがある。

 

 休んでから試そうか。と言っていると、その思いに反応したのか必要の部屋の扉が開いた。

 

 内装は随分と様変わりしており、フカフカのキングサイズのベッドにクッション付きのソファ。高そうなヨガマットにお風呂やシャワーまでもが併設されており、一同を感激させた。

 

 汗を流してすっかりリフレッシュした3人は、どの範囲までの要求が反映されるのか検証してみることにした。

 

 まず、確実に実現不可能なことは反映されなかった。

 

 それもそうだろう。"ピアノが弾ける環境が必要だ。"と願うと、無駄に豪華なグランドピアノにコンサートホールのような会場が広がった。

 

思わずその場で1曲披露してしまったくらいだったのだが、

 

 "ピアノとヴァイオリンの音を同時に出せる楽器が必要だ"と願っても、そんな夢のような楽器はない。……エレクトーンとかいったか?

 

 否、マグルの世界には最近電気で動くピアノが開発され、やろうと思えばできるらしい。

 

 がここは魔法界。電気なんて概念はあるはずもないので反映されなかった。

 

 また、実在が危ぶまれているものは大体出てこなかったし、イタズラ用具の開発に必要な"魔法薬の調合がしたい"と願っても実験器具と最高の環境が用意されただけで、魔法薬の原料など有機物は一切出てこなかった。

 

 食べ物に関しては厨房の力を借りればいいのでそれはいいとして。

 

 既に人が入っている場合にも部屋に入ることができた。全く願っていることが同じだったら部屋の中で会うこともできたし、異なっていたとしても別の空間に飛ばされるようだった。

 

 ‘‘忍びの地図‘‘で表示される人物が重なっていようとも、実際には互いに姿さえも捉えていないのだ。

 

 すっかり検証し尽くした3人は、最後に"今日の授業を寝ずに乗り切れる秘密兵器が必要だ。"と願って、出てきた足つぼマッサージを手に各々の寮に帰っていった。

 

 トゲトゲが足の血流を良くして気持ちがいい。血の巡りを感じた3人は、完徹の影響を出すこともなくむしろ絶好調で1日を乗り切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 楽しかったエキシビションマッチのあと──。

 

 ハグリッドから"例の部屋"で守られているものがニコラス・フラメルに関するものだと突き止めた僕たちは、学校の図書館をそれはそれは探し回り、クリスマス休暇には禁書の棚にまで侵入して彼のことを探していた。

 

 おそらく、クリスマス休暇前からなら僕らが1番図書館に入り浸っているのではないだろうか。ガリ勉(1人いたな)でもないのに。

 

 結局は、蛙チョコレートについているカードから分かってしまうという不完全燃焼な結末だったが、それでもようやくニコラス・フラメルの詳細が掴めた。

 

 何でも有名な錬金術師で、ダンブルドアとタッグを組んで賢者の石なるものを開発したそうだ。それはほぼノーリスクで寿命を伸ばしたりできるらしい。まさに命の水だ。

 

 その恩恵を受けている発明者ニコラス・フラメルは御歳665歳を迎えたそうだ。

 

「そうか!スネイプが狙っていたのは賢者の石だったんだ!!こんなすごい石、誰だって欲しいもの。」

 

 一層容疑が高まった…というか僕とロンの中では確定しているスネイプが審判をすることになった次のクィディッチ戦。相手がスリザリンじゃないだけマシだけどどんな難癖をつけてくるか分からない。

 

 というわけで試合が始まってからすぐにスニッチを狙っており、5分で手に入れてみせた。

 

 通常はもっと点差を広げてから試合を終わらせるものだけどこればっかりは仕方ない。

 

 そして試合後に見てしまったのだ。

 スネイプが賢者の石のことでクィレルを脅しているところを。なんでクィレル?と思ったけど、仮にも彼は闇の魔術に対する防衛術の授業を持っている。

 

 もしかしたらダンブルドアから守るように言われているのかもしれない。

 

 僕らは確信を強めた。やはりスネイプだったんだと。

 

 今のところクィレルは口を割っていないけど、これは時間の問題だ。僕らの見立てでは3日と持たないだろうと予想していたのだが、数週間経っても秘密を守っているようだ。

 

 クィレルがげっそり痩せており、スネイプのいつも不機嫌な雰囲気が、最近はブリザード並になっているから良く分かる。これにはスリザリン生もビクビクしているほどた。意外にも、授業を真面目に受けているマルフォイは例外だったが。

 

 でも僕らにやれることは余りにも少なかった。先生に言ってもまともに受け入れない今、八方塞がりだ。

 

 さらに学年末テストが近づいているので、僕とロンはハーマイオニーに半ば強制的に引きずられ、再び図書館の住人になったのである。

 

 

 

 そんなある日──

 

「あれ、ハグリッド?ハグリッドじゃないか!!!図書館にいるなんて珍しいね。」

 

「いや。ちーっと見てるだけ」

 

 退屈な試験勉強のなかでようやく刺激になるものを見つけたロンは大喜びだ。なんの本を借りようとしているのか詰め寄ったけど煮え切らない態度で隠され、代わりに小屋に行くことになった。

 

 思わぬ招待をうけて試験勉強から解放された僕とロンは大喜びだった。

 

 

 

 そして夕方。久しぶりにハグリッドの元へ訪れた。

 

──のだが。

 

 

「何ここあっつい。こんなに蒸し暑いのになんで暖炉を付けているんだい?」

 

「あっ、ああ。まあな。ちょいとやんねぇといけねえことがあってな。」

 

 何やら歯切れ悪く口ごもるハグリッド。

 

 ハグリッドは、僕らを座らせて、すっかりお馴染みの紅茶とロックケーキを出してくれた。僕らはこの際だからとハグリッドに"アレ"をぶつけてみることにした。

 

「ハグリッド、賢者の石のことなんだけど」

 ガシャン!

 

 ハグリッドがその手に持っていたカップを落とした。中の液体(熱湯)が飛び散って一部がロンに降り注いだ。

 

「お前さん、どうしてそれを…。」

 

 ごめんハグリッド。その前にロンを何とかして。

 

❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

 その後、僕らは粘り強く追求し、いくつかの情報を引き抜くことに成功した。

 

 まず、隠されているのは賢者の石で間違いないこと。そしてそれには各先生が防衛の措置をとっていること。

 

 ハグリッドのは僕らが見た三頭犬であること。そしてその対処方法はダンブルドアと2人しか知らないこと。

 

 更にはそれにスネイプも参加していること!

 それがスネイプを信用できる何よりの証拠だとハグリッドは豪語していたけど、日頃のスネイプの横暴を目の当たりにしている僕らは信用できなかった。

 

 そしてダメ押しに………

 

「ねぇハグリッド。ここ暑いから開けていい?」

 

「いんや。それは出来ん相談だ。」

 

 ハグリッドは意味ありげに暖炉の方に目線を向けた。そこには──

 

「ハグリッド……あれどこで手に入れたの?すっごく高そうな卵だね!………食べるの?」

 

「そんなわけねぇ。賭けに勝ったんだ。昨日の晩にホグズミードで。ちぃーと酒を飲んでたらトランプしねぇか?ってな。奴はこれで厄介払いができて良かったと喜んどったが俺には理解できないね。こんなに素晴らしいもんを手放すなんて有り得ねぇ。」

 

 心底嬉しそうに卵を茹でているハグリッドに、僕らは何かを察した。あっこれアカンやつや。

 

 

「さっき図書館から借りたもんはこれが孵った時のためのものた。ほれ。」

 

 ハグリッドが自慢するように見せてきたのはドラゴンの本。もう1度言おう、ドラゴンの本。

 

「え?本気で孵すの?」

 

「モチのロンだとも。ここまで来たら放り出す訳には行かんだろ。」

 

 僕らはハグリッドに繰り返し説得を試みたけど、取り合ってくれなかった。

 

「フン♪フン♪フン♪もう少しで会えるぞぉ。」

 

 下手な鼻歌を歌うご機嫌なハグリッドには、もはや卵しか映っていないようだった。

 

「フン♪……ん?おい、お前さんたち早く透明マントの中に隠れて裏口から出ろ。誰か来る。」

 

「え?何を言ってるんだい?」

 

「聞こえんか?もうすぐ外出禁止時間だ。こんな時間にここにいるのはマズい。今日はここまでだ。また孵りそうになったら呼んでやるからな。」

 

 そう言って異論は受け付けないとばかりのハグリッドに困惑しながら、僕らは透明マントに手をかけた。

 

 ハグリッドの見送りで裏口を開けて──そのまま閉じて近くの樽に身を潜めた。

 

 

 やがてノックが響き渡った。本当に来るなんて!ハグリッドの野生の聴覚はすごいらしい。そして入ってきたのは──

 

 

 何かと因縁が多いシグナス・ブラックだった。

 

 

「やあハグリッド。うっなんだここ。こんなに暑苦しかったか?」

 

「あっああ。まあな。ほれ、まあ中に入れや。」

 

 いつもの雰囲気とは全く違い、どうやら素を出しているらしいブラックに驚きが隠せない。

 

「全く、こんな時間に来るなんてお前らしいな。ええ?今年来るのは初めてか。まあ勉強にクィディッチによく頑張っているさ。あの頃とは違ってな。」

 

「ハグリッド。それはもう蒸し返さないでくれないか?今でも煮えたぎっているんだ。」

 

「お前さん、まだ……」

 

 意味深な会話が続いたあと、何やら近況報告に入る。

 

 

 昔からの幼馴染の後輩が2人入ってきて毎日が楽しいこと。

 

 12教科も取らされた(その瞬間ハーマイオニーがピクっと反応した)けど、その後輩のおかげもあってなんとかなっていること。

 

 やがて話はクィディッチに移っていき、例の話になった。

 

 ──今から思うとどうかしてたよ。初心者にあんな技を掛けるなんて。熱くなりすぎた。

 

「まあ試合展開があれじゃあしょうがねえ。ハリーは優秀だからな。スリザリンもヒヤヒヤしてたろ。」

 

 ──もちろん。初めての試合とは思えないくらい良いパフォーマンスだったよ。センスの塊だね。

 

 僕の知らないところで評価してくれている。そのことに嬉しくなったけど、なぜか隣のロンは不満げな顔をしている。

 

「さて、今日は何をしにきたんだ?シグナス」

 

 どうやら本題に入ったようだ。よほど他人には聞かれたくないのか、声のボリュームを落としてよく聞こえない。

 

 実は──が必要なんだ。

 …またか?あれは──

 しかしスネイプ教授と……のに必要で。

 

 僕たちは顔を見合わせた。とんでもないことを聞いてしまった。ブラックがスネイプと繋がっていたなんて!シグナス・ブラックは、スネイプと結託して何かをやるつもりなんだ!

 

 そして何も知らないハグリッドは騙されている──。

 

「すまないなハグリッド。なかなか来れないのにいきなりこんなこと頼んでしまって。」

 

「なぁーに。俺とお前さんの仲だ。これくらいいいってもんよ。」

 

「あー。ところでハグリッド。その卵はなんだい?」

 

「おう。こりゃドラゴn「ドラゴンだって!?」(ry」

 

 突然ブラックが大声を出したから驚いてしまった。

 

「なんでこんなもの持っているんだ。卵の所持だけでもワーロック法で禁止されているんだ。茹でてるってことは孵かすつもりじゃないだろうな。寿命までアズカバンから出てこられないぞ。」

 

 え?ドラゴン持ってると法律違反なの?てかアズカバンって何?ハグリッドめっちゃ震え始めたんだけど。

 

「いっいやぁシグナスや。そっそのぉ…」

 

「こればっかりはヤバいよハグリッド。確かにドラゴンの部位を原料にしてる魔法薬も多いけど、採取する前に焼き殺されるよ。それにここ木造だし。それにドラゴンは成長が早いんだ。もし校舎の方に飛んでいったらどうするんだ。」

 

 興奮したようにまくし立てていたブラックは、急に考え込むように人差し指で顎を支えた。

 

「──そうだな。ハグリッド、誰かドラゴンキーパーの宛はいないかい?こういうのは秘密裏に葬った方がいい。引き取ってもらおう。」

 

「いっいやだ!これは俺が育てようと思ってだn…」

 

「話を聞いていなかったのか!生徒に被害が出たらそれこそアズカバンじゃ済まなくなるぞ。」

 

 その後は僕らも初めてみるほど怒り狂ったハグリッドが色々主張していたけど、ブラックは飄々と受け流して全て論破した。もはやハグリッドは泣いてしまっている。

 

「こうなったらダンブルドアにでも頼むか?いや、そういえばパーシーがt「パーシーだって!?」!?誰だ!!」

 

 ロン!僕は心の中で叫んだ。

 

「…誰かこの部屋にいるのか?」

 

 確かめるようだったけど確実にバレている。確かに歩みはこちらに進んでいるからだ。仕方なくマントを外す。

 

「!?君たちは──」

 

「すみませんでしたブラック先輩。ちょっとした出来心だったんです。」

 

 意外にもハーマイオニーがすぐに頭を下げた。

 

「いや、こっちも叫んですまなかった。お見苦しいところを見せてしまったようで。」

 

 間近で見るブラックは、シーカーのときとも違った表情をしている。初めて会ったときよりも凛々しくてクールだ。

 

「それで──君たちは何をしていたんだい?その樽の中のものを貰ってたわけじゃないだろ?」

 

「あなたが来る前にここにいたんです。あっ別件で。」

 

 こんなにハキハキして喋るハーマイオニーは初めて見た。心なしか顔が上気して赤くなっているのは気のせいだろうか。

 

「そうだったのか。でも盗み聞きは頂けないな。場合によっては忘れてもらわなきゃいかないんだけど…。」

 

 そう言って杖に手を伸ばしていく。

 

「いえ、僕ら遠すぎて何も聞こえなかったんです!本当です!」

 

「君は…ポッターか。じゃあ何故赤毛の君は反応したんだい?」

 

「それは…「あなたとハグリッドが口論し始めてから聞こえるようになったんです。」

 

 言い淀むロンをハーマイオニーが何とか繋ぐ。ブラックは初対面の人を相手に、まさかここまで嘘をつかれるとは思っていなかったのだろう。未だ訝しげな顔をしていたけど、とりあえずは納得したようだった。

 

「ならいいんだ。いいかい?この件は一切他言無用だ。知っている人は少なければ少ない方がいい。ドラゴンという存在は言葉だけでいとも容易く人を混乱に陥れる。」

 

 僕らはコクコクと頷く。

 

「そういえば君たちに名前も言ってなかったね。僕はシグナス・ブラック。スリザリンの3年生だ。」

 

「わっわたし、ハーマイオニー・グレンジャー。グリフィンドールの1年生です。」

 

「僕はロナルド・ウィーズリー。」

 

「おお、ちょうど君のお兄さんに連絡しようと思ってたんだよ。メッセンジャーを頼めるかな?確か…2番目のお兄さんがドラゴンキーパーだったろ?」

 

「えっええ。そうです。それくらい良いですけど、どうしてチャーリーのことを知っているんですか?」

 

「そりゃあ君のお兄さんたちから噂はかねがね。"ロニー坊や"の武勇伝も色々な。」

 

 お兄さんたちと親しいようで嬉しさを露にしたロンは、"ロニー坊や"という言葉を聞いて表情を無くした。ブラック!それ禁句だから!!!

 

「そうかいそうかい。そんなに僕のことを貶めたかったらどうぞ他所でやってくれよ。どうせ貧乏だからって僕の家のことを影でバカにしているんだろ?

 

……ああ、実にスリザリン生らしいよ。闇の魔法使いの巣窟だ。」

 

「ロン!」

 

 僕らはあまりの言い分に堪らず叫んでいた。ブラックはきっとそういう意味で言ったんじゃないのに。

 

 幸いにもブラックは沸点が高いようで、困惑したように

 ──君たちのお兄さんたちは自慢の弟だって言ってだけどなぁ。と呟いていた。

 

 それを耳にしてロンはピクっと反応させた。盛大な勘違いをしたのに気づいて気恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にさせて──

 

「もう早く行けよ!顔も見たくないんだ!!闇の魔法使いは悪らしく悪党とつるんでろ!!!悪のブラック家のくせにうちの兄貴たちに近づくな!!」

 

 と大声を張り上げてしまった。

 

 ブチッ!

 

 確かに何かが切れる音がした。恐る恐るブラックの方を覗き見ると、そこには先ほどまでの柔和な顔つきをしたブラックはもういなかった。

 

 形だけの笑みすら浮かべない完全な無表情で──ただ冷たい眼差しをロンに向けていた。

 

 どれくらい経っただろうか。たった数秒のことなのに何日も経ったような重苦しい雰囲気のなか、ブラックは、機械仕掛けのような笑みを貼りつかせた。

 

「そうか。ならもうこちら側から言うことはない。1年の君たちに、ドラゴンをどうやって輸送して引き取りに来てもらうかは知らないが、健闘を祈ってるよ。

 

 ポッター、グレンジャー。今日はこの辺で。今度ゆっくりと話せたらいいね。ハグリッド、今日はすまなかった。また来る。

 

 

 ──それとなぁロナルド・ウィーズリー。」

 

 遂に矛先がロンに向いてしまった。瞬間にビクっと跳ね上がりそうに反応するロン。

 

 プレッシャーが強すぎて、こっちまで漏らしそうだ。

 

「まだ小さいからって敬語も使えないようじゃこの先苦労するぞ。目を付けられたくなかったら、お前の優秀なお兄さんたちに言葉遣いを教えてもらったらどうだね。」

 

 一瞬でロンの地雷を正確に踏み抜いたブラックは、言葉を吐き捨てるとさっさと出ていってしまった。

 

 小さいときからダドリーたちに虐められてきた経験があるおかげで、人をよく観察するようになった僕には分かる。

 

 ロンは口々に兄貴たちは優秀なんだ。って言っていて、きっと劣等感を抱えていたんだ。そして多分、僕たちと一緒にいるハーマイオニーも学年で1番の秀才だし、今年入学して実際にお兄さんたちの活躍をこの目でみたから、それが余計に増長したんだろう。

 

 監督生で首席で誰よりも真面目なパーシーに、素行は悪いけど才能はピカイチのフレッドとジョージ。2人が名乗る二代目悪戯仕掛け人の活動は、エンターテインメントに徹していて、誰にも真似することができない唯一無二のものだ。

 

 無駄に教師たちから逃れる脱出ルートが用意周到だったり、万が一にも生徒たちに被害が出ないように調節されていたりと、計画性が高いのは気のせいだろうか。

 

 

 

……ともかくこの1年でロンの闇は留まることを知らなかった。そしてこの場で爆弾を起動させてしまったのだ!

 

『シグナス・ブラックゥゥゥゥゥ!!!!!!』

 

 美しい月が浮かぶ真夜中、ロンの絶叫が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、すっかり意気消沈してしまったハグリッドと怒りが収まらないロンを宥め、やっとのことで寮に戻った頃には既に夜の2時を回っていた。

 

 夕方から小屋に行っていたし、色々聞き出していたから、ブラックが来た頃にはおそらく夕食の時間が始まっていたんだろう。それに、ブラックはハグリッドと話し込んでいたし、その後のやり取りや2人を抑えるのにすっかり疲れきってしまった。

 

 不思議と空腹は感じない。この濃密な時間で胃が破裂しそうなほどの気苦労…というかストレスを感じたからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ──この気苦労が、今後も僕(とハーマイオニー)を苦しめていくことを、僕はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
主人公たちと亀裂が入ってしまった今回。結局ドラゴン少しだけでしたね。長すぎたんでカットしました。

すみません。次に持ち越しです。
あと1回で賢者の石終わらせられたらなぁと思います。




期待していた方には申し訳ないのですが、主人公組とシグナスが必要以上に歩み寄ることは進行上ありません。フレッドとジョージを通して何かやり取りはあるかもしれませんが、基本的に直接協力体制を敷いたりはしません。

個人的にロンって、スリザリンというより悪が嫌いで正義を愛する典型的なグリフィンドール生だと思うんです。むしろグリフィンドール生としてフレッドとジョージが異端な方で。しかも兄貴たちが異常に優秀なせいで闇抱えちゃってますし。

おそらく早くから親の愛情が妹に行っちゃってますから、本人は愛情に飢えているのでは?

しかし私はオリジナルのロンは大好きですのでお忘れなきを。


ご意見、感想お待ちしております。

・必要の部屋

ついに主人公たち(この物語の)に見つけられました。意外と重要なポイントになるかも。

シグナスは悪戯仕掛け人の活動に役に立つとは言ってますが、この時には既に自分のスキルアップに使えそうだなとか考えてます。流石にそこはスリザリン生。

・ドラゴン

まだ孵化してません。
今後どうなるんでしょうか。

・モチのロンだとも。

使ってみたかったんです。ハグリッドはそんなこと言わないけど目をつぶって!(笑)
いつか"驚き桃の木"も使ってみたい。

・ようやく主人公組(オリジナルの)と対面

やっぱこの場くらいしかないなと思って。せっかくの初対面なのにコンタクトに失敗したようです。

・ロンの地雷を踏み抜くシグナス

あまりの言い分に、流石にシグナスも沸点を振り切ってしまったようです。思っていたよりロンが期待外れな行動をとったので、あえて兄たちと比較しました。

自分を取り巻く環境や、パーティーなどの社交界での場数をそれなりに踏んでいるので、ハリーよりも人間観察は得意。

あ、ハリーが若干思慮深くなっています。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

賢者の石

こんにちは。

ついにここまできました。
一章完結です。



  シグナス・ブラックとの驚きの邂逅のあと────

 。

 

 やはり援軍なしでハグリッドを説き伏せるのは難しく、何故かロンまでやる気になってしまった。説得も虚しく、卵を孵化させることになった。

 

 ハーマイオニーが、"ブラック先輩も言ってたじゃない。法律違反よ。私たち捕まるわ!"と泣き落としに入ったけど、"ハーマイオニーは黙ってろ!"とロンが一蹴した。今まで見たことがない恐ろしい表情だった。

 

 僕もハーマイオニーも、彼らを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このごろ、ロンは生まれたばかりのドラゴン(ノーバードと名付けられた)にご執心のようで、名付け親のハグリッドに懐かないのをいいことに、甲斐甲斐しく世話をしていた。

 

 そんなにブラックの言葉に従うのが嫌なのだろうか。

 

 

 そんな中、ハグリッドの小屋にまたブラックがやってきた。ハグリッドにこの前の詫びと、頼んでいたものを受け取りに来たという。

 

 "何をもらったの?"と聞いてみたところ、"魔法薬の材料さ。動物由来のものはハグリッドが融通してくれるんだよ。"と返ってきた。

 

 さらに、"スネイプ教授に頼んで教室を貸してもらっているのさ。ポッターも自習で魔法薬つくってみるかい?学年末試験も近いし1年生のヤマなら教えられると思うけど。あ、グレンジャーもどうだい?"

 

 と言われた。サラリと言っているけど、スネイプと結託して何かをしようとしているのではないか。という疑惑は残っている。

 

しかし、確かに試験が近いのは事実。ヤマは張っておいて損は無い。それに双子によると、ブラックは2年連続首席らしい。どうせ嫌味を言われて頼みも聞いてくれないだろうスネイプに頼るくらいなら、ブラックの方がずっといい。実際、僕自身はまだ彼とは敵対していないのだから。

 

 ということで頼もうとしたところ、"ハリー、まさかそんなやつのことを信用するのかい?それに自習とか嘘に決まってる!スネイプと結託して何かしようとしているんだ!"とロンに邪魔されてしまった。

 

 さらっと僕たちが懸念していることを言ってしまうあたり、ロンに隠し事は向いてない。

 

 "ウィーズリーには関係ない。"

 

 今まで努めてロンの存在を無視してきたブラックは、再びロンの爆弾を起動させたあとさっさと行ってしまった。

 

 "それとドラゴン。まだ引き渡してなかったのか?ことは急を要する。関わって何もしなかっただけでなく育ててるなんてバレたら君たちも退学だと思うんだけど。"

 

 せっかく苦手な魔法薬が何とかなると思ったのに!ロンのアホ!!

 

 それにブラックの言う通りだ。このままじゃ僕たちまで巻き添えを喰らってしまう。

 

 しかし、ブラックのことを心底気に入らないらしいロンと、ただ今絶賛母親役をやっている(実際不評だが)ハグリッドは耳も貸さなかった。

 

「いい加減にしてくれ。この頑固者、馬鹿、アンポンタン、間抜け、マーリンの髭!」

 

 とりあえず怒りがオーバーヒートしたので、思いつく限りの罵倒する言葉を全力で投げかけた。ハーマイオニーが、"流石に言い過ぎ!"と注意してくるけど、至極真っ当な意見を聞きもしない2人が悪い。

 

 主にハグリッドを増長させるロンが。すると、こんなことを言われると思ってなかったのか、ロンは泣き始めてしまった。最近僕らは上手くいってない。みんなストレスがたまっている。

 

 

 

 

 

 この後、めちゃめちゃロンを宥めた。

 

 

 

 更に悪いことは続く。

 

 

 ノーバード誕生からそう時間が掛からないうちに、もう小屋の高さに届きそうになっていたのだ。

 

 ブラックの言うことは本当だったんだ!

 

 生まれた直後の頃からハグリッド目掛けてよく火を吹いていたけど、最近は火力も増しており、木造の小屋がいつ焼け落ちてもおかしくない状況だ。

 

 こればっかりは、ハグリッドもロンも顔を真っ青にさせた。しかも最近また僕らに絡み始めたマルフォイにも大きくなったノーバードを見られ、ようやくロンはチャーリーに連絡を取りに行った。

 

 

 

 そして手紙が帰ってきた日──。

 

 ロンはドラゴンに手を噛まれてしまった。ブラックが言うには、確か猛毒を持っているらしい(ハグリッドに説得するときに確かに言っていた)から、危険だ!早く医務室へ!と繰り返し言っていたけど、ロンは頑なに顔を縦に振らない。

 

 意地でもブラックの言葉に従いたくないらしい。

 

 強制的に医務室に連れていくことができたのは、毒による作用で手がパンパンに腫れ上がり、痛みに耐えきれずロンが泣きわめいた頃だった。

 

幸いにも、チャーリーはすぐに引き取りに来てくれるという話出そうだ。しかし、秘密裏にコトを運ぶために、真夜中のうちに天文台まで運ばなければいけないようだった。

 

 おまけに、手紙を挟んだという本を、ロンはマルフォイに渡してしまった。毒による影響で気づかなかったらしい。(体のいい言い訳だ。)

 

 しかし、今さら予定日を変更するわけにはいかない。僕らはチャーリーにコネクションがないから連絡もできない。

 

 ロンはダウンしてしまったからハーマイオニーと2人で運ばなければならない。ブラックの言っていたことが身にしみる。

 

 確かに1年生でこれをどうにかするのは大変だ。

 

 やっとの思いでノーバードをリヤカーの中に入れ、遠い天文台目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 そして何とかチャーリーに渡せた僕らは、少し休もうということになり、さあ行こうかと戻ろうとしたところでスネイプに見つかってしまった。

 

 更には、何故か僕らを探していたらしいネビルと、散々僕らを嗅ぎ回っていたマルフォイもマクゴナガルに捕まっており、僕らの行動で、グリフィンドールに前代未聞の150点減点が言い渡された────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 ポッターにはほとほと呆れてしまった。自分が特別だから何をしてもいいと思っているのだろうか。

 

 現在、俺とダフネは、朝食を取りに大広間へ行くついでに、各寮の得点を示す砂時計のところに来ていた。生徒たちが群がり、ごっそりと得点が減ったグリフィンドールの噂をしている。

 

 何でも、グリフィンドールの得点が一夜にして150点も減点されたらしい。俺には心当たりがあった。

 

 

 一度、ドラコにポッターたちのことを言われたのだ。ドラコとは、クリスマス休暇から戻ってきてからは今までよりも話す頻度が減った。今までよりもダフネと話しているからだ。

 

 暇になったドラコは最近、またポッターに絡むようになったらしい。

 

 最初は久しぶりに話せると嬉しくなっていたが、いきなり核心に踏み込まれてたいそう驚いた。なぜドラゴンのことを知っているのかと思ったものだ。

 

知っている人間は少ない方がいいとポッターたちには言い聞かせたハズだ。聞いてみると、どうやらハグリッドの小屋いっぱいに成長したドラゴンがいたらしい。

 

 この前にまた忠告したばかりだし、とっくに処理された問題だと思っていた。しかし、彼らはまだ何もしていないらしい。

 

 この前ハグリッドに頼んでいたものを受け取りに行ったときに、俺の忠告を受けいれて辞めておくべきだったのだ。いや、本来孵化させる前に引き渡しておくべきなのだが。

 

 しかし、正直俺はあんな面倒事に関わりたくない。さっさと終わらせれば済むものを、問題になるまで放置した案件だ。ドラゴンがやってきた時のために"結膜炎の呪い"でも復習しておくか。

 

 そして翌日。

 

談話室にいるところを、ドラコはドラゴンを引き取る旨を書き記した手紙を持ってきた。彼らは情報管理も甘いらしい。これに懲りて大人しくしてもらった方がいいだろう。

 

 興奮して"これでポッターたちは退学だ!"とまくし立てているドラコに、"スネイプ教授に手紙を託してあとは大人しくしているんだ。わかるね?"と伝えたあと、もうこの件は終わりだとばかりに部屋に戻った。

 

 

 そして、スネイプ教授は期待通りしっかり絞ってくれたようだ。彼らは行動力があるのか、はたまたフットワークが軽すぎるのか、厄介事をよく起こす。先のトロール事件もそうだ。

 

 グリフィンドール生に冷遇され、寮対抗杯の優勝を争う他3寮からはお礼を言われる始末。否、お礼を言っているのは、主に現在1位をひた走るスリザリンだけだ。

 

 逆に残りのレイブンクローやハッフルパフは、スリザリンの7年連続優勝をグリフィンドールに止めてもらうために応援していたらしい。実際グリフィンドールの得点はスリザリンに肉薄していた。

 

 こういう所は、寮の関係が緩和されても変わらないんだなと痛感した。

 

 可哀想だとは思わなくもないが、彼らにはきっちりと行動を改めて欲しい。特にポッターやグレンジャーは見どころがある。こんなところで退学だとかになったらもったいない。

 

 まあグリフィンドール贔屓のダンブルドアのことだ。ポッターだけは優遇して退学措置だなんて取らないだろうが。しかし、巻き込まれるのは御免被る。

 

 

 

 そして俺の忠告を無視したドラコも減点された。

 

 マクゴナガルから我が寮監に引き渡され、20点減点とのことだ。スネイプ教授にしては厳しめの採点だが、これは戒めだろう。

 

 情報をリークしたのなら、動かずにただポッターたちが捕まるのを待っていればいい。しかし、彼は自分も夜にわざわざ外出し、マクゴナガルに"外出禁止時間だ"と捕まったのだ。情報も正確だったし、正直何で外に出たのか、これがよく分からない。

 

 外出禁止時間を破った罪は重いらしい。

 

 過去何回も破ってきている俺にとってはそんなに重大でもない気がするのだが、わざわざ罰則を取らせるそうだ。しかも夜間に。更には禁じられた森で。

 

 結局、ドラコはポッターたちと仲良く罰則を受ける運びとなったそうだ。ドラコ。君も秘密裏にコトを運ぶことを知っといた方がいいよ。

 

 

 

 

 そして罰則の日。

 

 流石に可哀想だと思った俺は、真夜中に使える呪文など色々とアドバイスをして彼を送り出した。

 

 そして現在は彼を待って談話室で紅茶を飲んでいた。先ほどまでダフネや、(自称)ドラコを愛してるパーキンソンもいたが、夜も遅くなったので部屋に帰した。

 

 それにしても遅い。こんな夜中までかかるものなのか?

 

 

 

 

 ようやくドラコが帰ってきたとき、彼の凶変ぶりに驚いた。白い顔が更に青白く、汗ばんで恐怖におののいている顔をしていた。

 

 罰則は、最近傷つけられているというユニコーン(!)の調査だったという。そしてまさかの下手人と遭遇してしまったドラコらは、ケンタウロスの助けで間一髪助かったらしい。

 

 自分にしては珍しく声を荒らげたほど彼は憔悴していた。息も絶え絶えのくせに、必死に言葉を紡ごうとするドラコに胸がいっぱいになった。

 

 ドラコは、勇敢にも戦ったらしい。あたりを光で照らすルーモスこそ、下手人がフードで顔を隠したせいで失敗に終わったものの、失神呪文や武装解除呪文を用いて攻め立てた。

 

 しかし、最後は力及ばず逆に失神呪文を受けて倒れてしまい、意識を取り戻したのは、ハグリッドに抱えられながら森を抜けたあとらしい。

 

 正直、1年生としての罰則でこれは無い。"父上に訴えてやる!"と意気込むドラコに"元はと言えば忠告を聞かなかったお前が悪い"と黙らせたあと、よく頑張ったと労った。

 

 元より罰則1つで崩せるほどダンブルドア体制は脆くない。先の襲撃事件でも、グリフィンドールはほとんど減点されていなかった。

 

 正直ポッターたちよりも減点されていて当然だと思うのだが、やはりダンブルドアの考えることはよく分からない。ただ贔屓していることは分かる。

 

 また、戦闘におけるアドバイスもした。今回の場合、相手の顔を確認するまでは良いとしても、それに失敗してからも戦闘を継続するのはナンセンスだ。

 

 まず、ドラコは1年生だ。俺も直接教えたから分かるが、彼には確かなセンスがある。といっても絶対的に実戦経験が足りない。

 

 次に、相手の力量が分からなかった。もしかしたら死喰い人だったかもしれない。更に視界も悪く、そんな悪条件での戦闘は避けるべきだ。

 

 ではどんな行動を取れば良かったか、────脇目も降らずとにかく逃げることだ。大声を出して位置を知らせるとなお良い。

 

 今回のように、もしも敵が格上だったのならまずドラコに勝ち目はない。傍らのポッターは額の傷を抑え何も出来なかったそうだから、さっさと彼の手を引いて逃げるべきだったのだ。

 

 こうして彼への説教を終えると、恐怖で寝られないと甘えるドラコと一緒に寝た。誰かと一緒のベッドで寝るのは何年ぶりだったか。

 

 

 

 

 

 その夜、久しぶりに母さまの夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐怖の罰則から一夜明け、ドラコはいつにも増してくっつくようになった。基本的に、朝昼晩と授業以外はよく一緒にいる。一度死を覚悟したからか、もう自分に素直になるらしい。

 

 

 おかげで彼の取り巻きもくっついて非常に動きづらい。

 それでもドラコが満足ならそれでいいか。

 

 

 …構ってくれないとダフネがご機嫌ななめだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学年末試験を迎えた。教科がほぼ倍増し、最初はどうなることかと思ったが、いつもフワッとしている占い学以外は納得のいく手応えが掴めた。

 

 特に、要求以上に仕立てた変身術や、習っていない無言呪文で課題をクリアした変身術などの結果が楽しみだ。

 

 魔法薬も忘れてはいけない。

 日頃お世話になっているスネイプ教授への恩返しの意を込めて、最高の出来のものを作った。

 

 

 

 

 そして終業式が近づいてきたある日──。

 

 ポッターたちが、学校に隠されていた賢者の石を守った──という噂が校内中を駆け巡った。

 

 噂の出所は存じ上げないが、どちらにせよ、それを多くの人が信じているらしかった。

 

 実際にポッターたちやクィレルが行方不明になり、この4人に何かあったのでは?と囁かれているからだ。

 

 真相はどうであれ、一時冷遇されていたポッターは、再び学校の皆に受け入れられたようだ。

 

 あんなに公然と悪口を言われていた頃とは違い、今では良い噂しか聞かないし、誇張されまくった武勇伝(真偽すらも怪しい)が流布されている。

 

 

 それからしばらくして────大広間では、学年末パーティーが開かれようとしていた。

 

  全体はグリーンとシルバーを基調とするスリザリンカラーで大胆に装飾され、スリザリンを象徴する蛇が堂々と描かれている。スリザリンの7年連続での寮対抗杯優勝だ。

 

「そっか。今年で7年連続で優勝ってことになるのね。」

 

「そうだね。今年の7年生は全ての学年で優勝したことになる訳だ。」

 

「大丈夫さ。シグの学年も7年連続で対抗杯を取らせてみせる。」

 

「ありがとうドラコ。期待してるよ。そういえば、ドラコはスリザリンの1年のなかでは1番得点を稼いだんだっけ?」

 

「まあシグには及ばないけどね。それに学年1位って訳じゃない。まあ首席はもらうけど。」

 

 

 

 視界の片隅では、まだ宴会が始まってないのにも関わらず、既に7年生たちが盛り上がっている。最大の難関、NEWT(いもり)試験を乗り切ってハイになり、テンションがおかしくなっている。

 

 重圧から解放された爽快感はいかほどだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  やがて、一躍時の人となったポッターたちが大広間に入ってくると、途端にあたりが静まり返った。すぐに、まるで再起動したかのように皆が会話を再開する。ひたすらポッターのことを話していた。

 

 ポッターがウィーズリー(6男坊)とグレンジャーの間に座ると、まるで図ったかのようなタイミングでダンブルドアが前に出てきた。

 

「また1年が過ぎた!」

 

 ダンブルドアは、とても朗らかな表情で言った。生徒たちは、ザワザワと噂をする。やがて落ち着きを取り戻すと、ダンブルドアは続けて言った。

 

「一同。ご馳走にかぶりつく前に、老いぼれの戯言をお聞き願おう。何という1年だったろう。君たちの頭も以前に比べて少しは何かが詰まっていれば良いのじゃが……新学年を迎える前に、君たちの頭が綺麗さっぱり空っぽになる夏休みがやってくる。

 

 それでは、ここで寮対抗杯の表彰を行う。点数は次の通りじゃ。

 4位グリフィンドール、312点。

 3位ハッフルパフ、352点。

 2位レイブンクロー、426点。

 

 

 

 そして1位スリザリン、

 

 493点。」

 

  途端に、スリザリンのテーブル中から歓声が上がる。7年連続で寮杯を獲得したのだ。嬉しさもトビっきりだ。ドラコに至っては、その手に持つゴブレットをテーブルに叩きつけている。お行儀が悪いからやめなさい。

 

 

「よし、よしスリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

 

 ダンブルドアの言葉に、スリザリン生たちの狂気にも近しい笑みが凍りつく。

 

  ダンブルドアは構わず続けた。

 

「エヘン。……駆け込みの点数をいくつか与えようと思う。まず最初は、ロナルド・ウィーズリー君」

 

  いきなりのことで、ウィーズリーの頬が赤くなり、彼のことをよく思っていないドラコは顔を顰めている。シグナスはポーカーフェイスを保っているが、その内面はいかに。

 

 彼が何かをやっただろうか。

 

「ここ何年か、ホグワーツで見ることができなかった素晴らしいチェスゲームを見せてくれた。よってこれを称え、グリフィンドールに50点を与えよう。」

 

  グリフィンドールから、悲鳴にも近い歓声が上がる。パーシーはいつもの冷静沈着なキャラはどこへやら、何かを早口でまくし立てている。

 

「僕の兄弟さ! 一番下の弟だよ。マクゴナガルのチェスを破ったんだ!」

 

 どうやら例の噂のことを言っているらしい。やはり寮が変わってくると、情報の精度も変わってくるようだ。

 

 ……というかチェスで得点が入るとか、こじつけもいいところだ。大会をやった訳でもあるまいのに。

 

 そして50点という大きな大きな得点。この瞬間、シグナスはダンブルドアの狙いを察し、その眼光を鋭くする。

 

「次に、ハーマイオニー・グレンジャー嬢。火に囲まれながらも冷静な判断でこれに対処した。よってこれを称え、グリフィンドールに50点を与えよう。」

 

 歓喜に打ち震えるグレンジャーが、顔を手で覆って嬉し涙を流している。予想外の展開に盛り上がるグリフィンドール生たちとは対照的に、こちらスリザリンテーブルはもはやお通夜のような状態だ。

 

 当然だ。権力の力で堂々と不当とも思える過剰な加点をされ、100点も追加されたのだ。そして次に誰が呼ばれるかは、もはや皆も検討はついていた。

 

「3番目は、ハリー・ポッター君……その完璧な精神力を称え、グリフィンドールに80点を進ぜよう。」

 

 グリフィンドールテーブルから1番遠いこちらでも、耳鳴りをするほどの大騒音だった。グリフィンドールは、たった3人の加点によって、スリザリンまであと1点に迫ったのだ。

 

 この時点で、ほとんどのスリザリン生たちが、更なる展開を想像させていた。そう、絶対に揺るがないと思っていた、7年連続優勝という事実が崩れ去るのを。

 

 自分の宣言によって歓声が上がり、自ら余韻に浸っている様子のダンブルドアの合図で、スリザリン以外は徐々に静かになる。

 

 レイブンクローも、ハッフルパフも、スリザリン以外は次の言葉を誰もが期待して待っていた。

 

「勇気にも色々あるじゃろう。敵に立ち向かうのには確かに勇気が必要じゃが、仲間に立ち向かっていくのにも勇気が必要じゃ。よって、ネビル・ロングボトム君に10点を与えたい。」

 

  まるでテロでも起こったかのように大声が上がる。グリフィンドールは、土壇場で勝利を勝ち取ったのだ。

 

 途中から期待していた通りの結果に、レイブンクローにハッフルパフの生徒も、グリフィンドールに続くように歓喜の声を上げる。

 

 あの憎かったスリザリンを、寮杯の座から引き摺り下ろしたのだ。それがどんなに異常な手段でも。

 

 この大広間にいる生徒たちは、スリザリン生を除いて正常な感覚が麻痺していた。グリフィンドールが一年かけて積み上げた得点の半分以上をこの一瞬で与えたのだ。これを職権乱用と言わずしてなんと言うだろう。

 

 何という贔屓、なんという残酷な仕打ちだろう。

 

 歓喜鳴り止まぬ大広間の傍らで、7年連続の寮杯を逃したスリザリン生たちのすすり泣きが聞こえる。

 

 しかし、あの爺は校長。しかも無駄に強すぎるから、寮全体で立ち向かっても適いっこない。つまり、どんなに不当な加点であっても絶対に覆ることは無い。

 

「従って、飾り付けをちょいと変えねばならんのう」

 

 ダンブルドアが杖を振ると、大広間中の装飾がグリフィンドールカラーの真紅と金色に変わり、グリフィンドールの象徴、ライオンが現れた。

 

 

 更なるサプライズにますます盛り上がる大広間をよそに、シグナスはもはや半泣きのドラコとダフネを連れて大広間を出ていった。

 

 ──もう耐えきれないと思った。あの爺の横暴に。あのままあの空間に留まっていたら、抗議の呪文を1発くらい撃ち込んでいたかもしれない。

 

 必死に涙を堪えるドラコと、服にしがみついて泣いているダフネを連れ立ち、シグナスは必要の部屋に向かった。厨房の屋敷しもべ妖精たちにも掛け合って、そこで精一杯の祝福をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験の結果が発表された。成績の貼り出された掲示板では、成績優秀者たちの名前が堂々と輝く。

 

 シグナスは、他を寄せ付けぬ圧倒的な得点を叩き出し、3年連続の首席となった。

 

 シグナス自身も英才教育を仕込んだドラコは、予想外にも2位だった。誰だ?ドラコの上をいく者は?

 

 

 

 

 ──グレンジャーだった。早くから図書館の住人となり、見どころがあるなと思っていた彼女が、ドラコに勝ったのだ。

 

 ドラコも決して悪くはなかった。おそらく例年の得点と比べたら、首席でも全くおかしくなかったのだ。そう、グレンジャーが規格外すぎた。

 

 ドラコによると、彼女はマグル出身だという。魔法界を知ってまだ1年しか経っていないのに、幼い頃からの下地をもつドラコに勝ってしまった。末恐ろしい才能だ。

 

 脇で人知れず落ち込んでいるドラコを取り巻き2人に頼んで、グレンジャーに話しかけにいった。彼女はちょうど同寮の生徒たちからの祝福を終えて、みんなの輪から出てきたところだった。

 

「ご機嫌よう。グレンジャー。1位おめでとう。」

 

「ブ、ブラック先輩!」

 

 思わぬ反応に、今まで祝福していたグリフィンドール生たちがギョっと振り返る。

 

 "シグナス・ブラック!ハーマイオニーに何のようだ!!"

 輪の1番奥にいたウィーズリーが突っかかってきそうなので、さっさと要件を伝えて戻ることにした。

 

「君はものすごい才能を持っているようだ。もし良かったら、今度一緒に話でもどうかな?都合がつくようならフクロウを飛ばしてくれ。それでは。」

 

 "おい、シグナス・ブラック!逃げるのか!!ハーマイオニー、奴の言葉なんか信用しちゃダメだ!あいつはコテコテの純血主義者だぞ!?"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、ダフネも大健闘してTOP5にランクインした。お祝いに、夏休みに何かごちそうすることになった。

 

 

 

 

 

 そして、かつてないほどの歩み寄りを見せていたスリザリンとの交流は、この日を境に、再び互いを憎み合うホグワーツ1000年の伝統に逆戻りするのだった。

 

 それも仕方ない話だと思う。詳細を語らずして、よく分からないまま寮杯をひっくり返されたのだ。7年生が泣きながら、"来年こそは勝ってくれ"と頼むものだから、こちらから歩み寄ることはもうない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~帰りのコンパートメント内にて~

 

「よし、お前ら準備はいいか!?」

 

『おー』

 

「よし、このお菓子は俺の奢りだ!食え!」

 

 いつも空気になっている2人にはご退場頂き、今回はジャックが入った。どうやら、彼のガールフレンド(グリフィンドール)は、再び険悪になった寮どうしの雰囲気に耐えきれなかったらしい。ジャックは一方的にフられてしまった。

 

 傷心のジャックは大盤振る舞いしてお菓子を奢り、何とか立ち直ろうとしていた。

 

 そんな彼の再出発の健闘を祈りながら、汽車はロンドンへ進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

原作とのズレを極力戻して第一章フィニッシュでごさいます。

Q.主人公なのに賢者の石の攻防に参加しないの?

A.はい。寮の違いや学年の違いなど理由はたくさんあります。ドラゴンの件で1度決別しましたし、絡ませるのは難しいかなと。

しかし、1番の理由は、思ったよりも1章が長くなりすぎて駄作者が焦ったことです。書くには書きましたが、もう2話増えてしまってキリが悪くなるのでカットしてしまいました。

ただ個人的に不完全燃焼なので、今度からは絡ませると思います。




ドラコがめっちゃ有能になってます。怖がりなのは変わりありませんが、それを上回る技量による自信によって魔改造されています。

それをハリーはどうやって超えていくのか?






―――――――――

・ドラゴン終結

思ったよりも長くなって持ち越してしまいました。スリザリン大嫌いっ子筆頭のロンとの関係が修復できないほど冷え込んでいます。また、騒動にスネイプが介入。三頭犬の怪我もすっかり治ったようです。

・グリフィンドールの優勝

原作や映画ではどうしてもグリフィンドール視点になるので、最初は私もああ良かった!と喜んでいました。しかし、スリザリン主のSSさんとか見ていると、視点が変わるだけでこうも感じることが変わるのかと考えさせられました。

シグナスのダンブルドア嫌いが加速。耐えきれずに大広間から脱走しました。

・勘違いを加速させるロン

シグナスは、自分の情報を極力渡していません。兄たちに何かを吹き込まれたのか、自分で捏造して信じ込んでいるのかは分かりませんが、シグナスを悪役認定しています。

シグナス自身も、聞いてみると"いつそんなこと言ったよ"ときっと呆れ果てます。

ハー子からの返事は届くのでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘密の部屋
【閑話】二代目悪戯仕掛け人とハグリッドとの出会い


こんにちは。
UAが30,000件を突破しました。
皆さまありがとうございます。

日頃の感謝を込めて、今回は双子とハグリッドが登場します。

スリザリンに入り双子と分かれたシグナス。
本来なら所属する寮の関係で交わるはずのなかった3人と森番は、いかにして関係を築いていったのか──






 組み分けでこの年1番の注目を集める中、ブラック家の"伝統"を守ってスリザリンに入ったシグナスは、歓迎会で話し掛けてきたジャックとひとまず打ち解けた。

 

 その後、寮内での訓示を終えたシグナスは、自分に宛てがわれた2人部屋へ入っていく。

 

「おおシグナス。パートナーは君だったのか。これから7年間よろしくな。」

 

「改めてよろしく。あーMr.ハワード?」

 

「ハハハ、ジャックでいいって。」

 

 軽く談笑した2人は、疲労のためかすぐに眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 ホグワーツでの生活は、入学の翌日から授業である。

 

 まずは朝食ということで大広間に向かったシグナスであったが、その時から異様な視線を感じていた。

 

 ──そう、明らかに歓迎されている目線ではない。

 

 実際は"あの"ブラック家の末裔ということで単なる興味と好奇心を湧き立てていただけなのだが、シグナスは敵対的な目線を向けられていると勘違いしていた。

 

 今まで年単位の引き籠もりであったシグナスがそんなものに耐えられる訳もなく、最初の朝から戦々恐々としていた。

 

 

 ──この日に話し掛けられたのは全員スリザリン生で、しかもほとんどがゴマすりであった。

 

 名家の割合が多いとされているスリザリンだが、残念ながらこの代に聖28一族の者はいない。上級生には何名かいるものの、彼らはとりあえずこの話題を集める新入生を見極めることにしたようだ。

 

 彼と対等に話せるのは、家柄が次いで高いジャックのみということになったのである。

 

 しかしジャック自身は持ち前のコミュ力をもってスリザリン内で取り入り、勢力を拡大。シグナスは彼に徐々に遠慮して1人でよく図書館に行くようになった。

 

 

 ある日、移動教室から直接図書館に向かっているとき、道すがら渡り廊下を歩いていると生徒たちに囲まれた。

 

 所属を示す色はカラフルな3種類。

 せめて緑色がないことが救いか。

 

 相手は、全員が成長期に入っているようでシグナスよりも頭1つ分以上に背が高い。どうみても上級生だ。

 

 相手方全員が杖を構え、下手な身動きができない状況に追い込まれているなか、リーダー格と思わしき1人がこう切り出した。

 

「貴様、ブラックだな。お前のご家族には私の親族が随分と世話になったよ。」

 すると火山口から吹き出すように周りが続く。

 

 ──俺の母親はお前の叔母に殺されたんだ。

 ──俺の一族はお前ら一味に皆殺しにされた!

 ──俺のいとこは拷問を受けて心が壊れちまったんだ!!

 ──俺の…(ry

 

 自分の血縁が何をしたところで自分に関係はない。しかし、たとえその場で謝罪したとしても宥めたとしても一切取り合いそうにない雰囲気なので、構うだけ無駄だと思ってこちらも杖を構える。

 

 するともともと血走った目をしていたのが、その行為に刺激されてすぐに激昂した。

 

 いくら引き籠もって過剰な知識を身につけていようとも、シグナスには実戦経験というものがない。そしてこのときの相手は全員7年生。今まで授業やら試験やらでそういう経験は何度もくぐり抜けていた。

 

 

 ──シグナスに勝ち目は無かった。

 

 

 長年の恨みを晴らさんばかりにこってりと絞られたシグナスは、図書館に行くのを辞めて寮に戻ることにした。いくらなんでもこの状態のままでは外聞が悪い。

 

 ボロボロになって寮の部屋に戻っても、ジャックは何も聞いてこなかった。シグナスはそれが気遣いだと分かってはいた。

 

 しかしそれはなんと酷なことだろうか。

 

 シグナスには、友人としてコレに関わる気は無いと突き放された気にさせられた。

 

 それは単なる思い込みなわけだが、8歳から1人で生活しているシグナスは愛情というものに飢えていた。もしかしたら、彼に慰めて欲しかったのかもしれない。

 

 

 

 

 シグナスは引き籠もりの成果で授業で結果を残し続け、"神童"と呼ばれるほどの優秀な成績をとった。

 

 その事実は噂となって全校に知れ渡るところとなり、当然ブラック家を疎ましく思う者たちが黙っているはずもなかった。

 

 たった1度の襲撃で満足するはずもないのだ。

 

 いつの間にかカモ認定されたシグナスは、1人になったところを定期的に襲撃されるようになった。

 

 黙ってやられる道理はないので最初は抵抗していたが、毎回相手は上級生。しかも毎度5、6人以上の圧倒的な戦力でやってきた。年齢的な側面もあって魔法の威力も安定しているし質も高い。

 

 抵抗せずに袋叩きにあっていた方が事はすぐに収まると理解したシグナスは、いつしか抵抗することを諦めた。

 

 

 こうしてシグナスは、その出自では考えられないほどの生傷が絶えなくなった。

 

 

 

 

 そんなある日、今回は10人で襲ってきた。

 いつもは周りの目のない所で行われていたが、今回は中庭で公然と行われた。

 

 段々と群がって遠巻きに見るギャラリー。その中に緑色を示すものはない。なんと間の悪いことか。

 

 仮にその場にスリザリン生がいたなら、寮の仲間を守るためにその場に立ちはだかったかせめて助けを呼びに行くはずだ。いくら現在腫れ物扱いされているシグナスであっても、スリザリンは身内には懐が広い。

 

 周りが一切手出しをせず限界まで嬲られたシグナスは、その場に倒れ込んだ。その姿に満足したのか襲撃犯は笑いながら引き揚げていく。

 

 

 周囲の3色の野次馬も何も無かったかのように離れていくなか、放置されたシグナスに近づいていく影が2人。その顔は見間違えるほどそっくりで、共に赤色のマフラーをしている。グリフィンドール生だ。

 

 

「何でやり返さなかったんだ!」

 

「フレッド、それどころじゃない。

 これはひどい怪我だ。早く医務室へ。」

 

 

 

 

 

 所変わって医務室。

 現在、シグナスは校医のマダム・ポンプリーに説教を受けていた。その後、"以前から放置していた傷も全て痕は残らないが、日常的に暴力に耐える必要はない。しかしもっと早くに周りを頼り、傷の手当てを受けにこちらへ来るべきだった"と諭された。

 

 周囲の反応とは違い堂々とシグナスを助けたフレッドとジョージ。今回ばかりは人の目が多数ある所で行われたこともあってマクゴナガルの耳に入った。

 

「お加減いかがですか?Mr.ブラック。」

 

 自分の寮生がやったことに悲痛の面持ちでやってきたマクゴナガルは、心から申し訳なさそうな声で言うと、今度はキッとした鋭利な顔つきになってまくし立てた。

 

「聞けば今回が初めてではないようですね。どうしてもっと早くに相談しなかったんですか!我が寮生ながらあなたを無抵抗にやらせてくれるんですから調子に乗らないわけがありません!!私は報告を受けた時に背筋が凍りました。

 

 ……既にあなたを攻撃した者たちは全員罰則を課せられています。過程はともかく、もうあなたが攻撃される心配もないでしょう。」

 

 最後にようやく怒りが収まった様子のマクゴナガルによってこの場は締められた。

 

 ──ああ、それとフレッド・ウィーズリーにジョージ・ウィーズリー。周囲の反応に臆することなくよくぞ友人を助けてくれました。その勇気と道徳心を称えグリフィンドールに20点差し上げます。──

 

 

 

 

 

「さて、久しぶりだなシグナス。覚えているか?俺たち汽車以来だな。」

 

「キミがこんな目に遭っているなんて知らなかったよ。でも無事で良かった。」

 

「そこで俺たち」「考えた。」

「「みんなを笑顔にしてやるよ!!!」」

 

 後の二代目悪戯仕掛け人の誕生の瞬間である。

 

「そこでシグナスには参謀を頼みたいんだが」

 

「やってくれるよな?な?」

 

「………。」

 

 

 

 

 ということで2人協力することになったシグナスは、定期的に図書館で人目を忍んで会っていた。その頻度もやがて頻繁になっていき、必然的に1人でいることが少なくなっていつしか襲撃されることも無くなった。

 

 やはり彼ら双子はとてもユーモアに溢れていて、一緒にいて退屈になることはなかった。日に日にシグナスは目に見えて明るくなっていった。

 

 

 その影響は寮にまで及び、関係が少しギクシャクしていたジャックとの仲を修復。互いに寮で1番の親友になった。

 

 授業での噂を聞きつけた先輩たちからの接触も徐々に増え、ようやくホグワーツでの生活が軌道に乗った。

 

 

 日々の学校生活にも慣れ、やがてクリスマス休暇を迎えた。

 

「シグナス、今年はマルフォイ家のパーティーに参加するのか?俺はお家の方針で参加が義務付けられてるんだが。」

「うわぁーハワード家も大変だな。僕はおじさまから無理に来なくてもいいって言われてるけど入学しちゃったしね。もちろん行くつもりだよ。」

「そりゃ良かったぜ。俺、あの探り合うような目付きと雰囲気イヤなんだ。てかおじさまって誰だ?まさかマルフォイ家の当主か?そうなのか?どういう関係なんだ?」

「あ、ああ。僕の後見人の旦那さまってとこさ。」

「ひえーやっぱブラック家すげぇ」

 

 

 そのパーティーの席では、後の後輩となるドラコとダフネをこれまでにないくらいに飛びっきりの笑顔で愛でるブラック家当主の姿がありましたとさ。

 

 

 

 

 年が明けてイースター休暇を経て、6月の学年末試験を受けたころになってくると、シグナスはその容姿と能力、そして明るくなったことによるその圧倒的な存在感によってすっかり人気者になっていた。

 

 フレッドとジョージとのイタズラ計画も順調で、実行犯は双子、そのブレーンをシグナスが行うという役割に落ち着いた。

 

 双子が授業の課題を出さなかったために罰則を喰らってフィルチのお世話になった折、説教を受けていたフィルチの部屋にてくすねたシロモノ、通称"忍びの地図"の秘密を発見してからは、この3人組は"二代目悪戯仕掛け人"と名乗るようになり、人目をはばかって夜な夜な校内探索をするようになる。

 

 どこか家柄に擦り寄ってくる輩に絶えないものの、シグナスはこの日常に充実感を覚えていた。

 

 そんな中行われたクィディッチの最終戦。寮対抗クィディッチ杯の優勝決定戦とも言える試合でスリザリンが勝利し、今年も優勝した。

 

 寮で行われた祝勝会では騒ぎに騒いで、今まで全くつながりのなかった生徒との交流を楽しんだ。(こういう場では無礼講と決まっているのだ。)

 

 翌日、シグナスは珍しく1人で行動していた。

 

 双子との探検の成果で発見した、学校の外れにある湖のほとりに行こうとしていたのだ。発見したときは夜だったが、月夜に照らされて反射する水面に輝く周囲の森。

 

 その雰囲気にシグナスは魅せられた。

 

 その道すがら、ココ最近全く見られなかった光景にでくわした。かつてシグナスを度々襲撃してきたグリフィンドール生たちに囲まれたのだ。

 

「よぉ。色男。」

「よくもチクリやがったな。」

「こちらとらNEWT(いもり)試験で大切な時期だったってのによぉ。」

「あーあ。せっかくの勉強時間が誰かさんのせいで取られちまったなぁ。」

「実戦では碌に何も出来ないくせにココ最近何か思い上がってるらしいじゃねえか。」

「お前のせいで試験事故った分、たっぷり恨みを晴らしてくれる。」

「俺らが卒業するときくらいはクィディッチで優勝したかったのによぉ。」

「へっ、こいつならぶちのめしたときの爽快感もひとしおってもんだぜ。」

「御託はいい。さっさとやっちまうぞ。」

 

 

 この時、相手のグリフィンドール生たちは盛大な勘違いをしていた。

 

 

 シグナスは年相応(・・・)に優秀らしいと認識していたこと。

 

 シグナスの事は後輩たちから聞かされて少し警戒しているものの、"まだ自分たちに付いてこれる訳がない"とタカを括り、未だにカモ扱いしていたこと。

 

 シグナスは以前の経験を活かし、無言呪文(・・・)を習得していたこと。

 

 そう、シグナスはこの最上級生たちが必死に羽ペンを握っているあいだ杖を握っていたのだ!

 

 もうあの頃とはちがう。常に向けられる敵対的な視線(勘違い)に怯み、内心ビクビクしていた頃とは。

 逆に今は自信に満ち溢れている。

 

 

 学園ドラマのように1人ずつご丁寧に言葉を並べている隙に、シグナスは無言で"防御呪文"を幾度も幾度も重ね掛けしていた。

 

 まだ難易度の高い(・・・・・・)呪文になると失敗することもあるが、"プロテゴ"程度ならなんとかなる。

 

 相手は13人と以前よりも多いが、図らずとも時間をくれたお陰でシグナスは心の余裕を持っていられる。

 

 

『行くぞ!!!』

 

「コンフリンゴ・マキシマ!爆発せよ」

 

 いくらか芝居がかって杖を振り上げている間に自分の真下(・・・・・)へ爆破呪文の強化ver.を放ったシグナスは、たった1度の攻撃で相手全員をノックアウトした。生じた爆風によって、相手はジャパニーズマンガのように軽々と吹っ飛んでいく。

 

 自分自身に(・・・・・)重ね掛けしていた防御呪文のおかげで無傷のシグナスは、やがてその場を立ち去った。

 

 ここは校舎からあまり離れていないし、誰かに見られているかもしれない。第一戻ったところで、このドス黒く重たい気持ちは晴れないだろう。

 

 かといってこのまま湖の方面へ進む気も無くなった。

 

 シグナスはしばらく1人になりたくなって、宛もなく歩き出した。

 

 

 

 

 気がついた時には既に夕方になっていて、どこかで見たことがあるような大男が目の前に近づいてきていた。

 

「お前さん、見ねぇ顔だな。こんなところで何をしちょる。」

 

 周りを見渡すと角が生えていない子どものユニコーンに囲まれており、腰を下ろしてボーッとしていたシグナスに頬ずりをしたりと随分と懐いていた。まるで今の心境を察して慰めてくれているかの行動に、シグナスは嬉しくなった。

 

 囲まれたユニコーンの群れの周りに見えるのは鬱蒼とした森──。……あ、ここ禁じられた森の中だ。

 

 

「俺ぁ森のケンタウロスから報告を受けたんで来てみたんだが、本当に1人で迷い込んでるなんてな。何があったかは知らねぇがここは立ち入り禁止だ。事情を聞かせてもらうぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森番のハグリッドと言うらしい大男の小屋で事情を説明したシグナスは、目の前の毛むくじゃらな大男に現在進行形で号泣されて困惑していた。

 

「うおぉ。お前さん、大変だったなぁ。

 よくぞ今まで耐えてきた。俺にはその気持ちがよぉーく分かる。お前さん、よくやったぞ。

 

 

 ──このまま帰るのも気が引けるじゃろ。もう日も暮れちまったし今日はここで泊まっていけ。俺ぁ今から夕食を取ってきてやる。先生方に事情を説明した上でな。大丈夫、ダンブルドア先生様ならちゃーんと分かってくれるさ。」

 

(嵐のような人だな。)とシグナスが呆然としているとハグリッドは小屋を出ていってしまった。結局、もう外出禁止時間になっており、戻ろうとしたところを見つかるとタダじゃ済まないということで、シグナスはここに泊まることになった。

 

 その後の夕食の席でハグリッドと打ち解け、魔法生物に興味を持つようになった。

 

 もともと猫派で犬は苦手だったシグナスだったが、ハグリッドの飼い犬のファングは、その屈強そうな肢体とは違って愛想よく無闇に吠えなかった。シグナスにもすぐに懐いてしまったので、そのこともあってかすっかり犬も大好きになった。

 

 

 ──ユニコーン。

 

 非常に獰猛ではあるが、人間の力で殺すことが可能な生物で処女の懐に抱かれておとなしくなるという。また、角には蛇などの毒で汚された水を清める力があるらしい。

 

  また、マグルの世界では宗教や地域によってもその姿形に差異が見られ、魚の尻尾で描かれているものもあれば、東洋では時おり翼を生やしていることすらあったという。

 

 実際は森に棲む馬で、毛は白色で頑丈。蹄は金色で、角がある姿なのだが。

 

 生まれた時の毛は金色だが、2歳ほどで毛は銀色に変わり、4歳ほどで角が生え、7歳になると毛は白色になる。

 

 幼い時を除き、魔法使いより魔女を好む傾向にある。素早くて捕らえにくい。

 

 その角や血液、鬣は色々な魔法に使われ、毛は杖の芯に使われることもある。

 

 なお、M.O.M.分類がレベル4であるのは、敬意を持って接するべき存在だからだとされている。

 

 

 

 シグナスはハグリッドからそんな説明を受け、先ほどの光景は滅多にないことだったんだと殊更ユニコーンに興味を持った。

 

 

 

 ──翌日。

 

 寮に戻ったらジャックには心配され、マクゴナガルには『その場を放置して立ち去るとはどういう了見ですか!』と説教されて減点された。しかし、最後には『あなたが無事で良かったです。』と滅多にないデレを見せられた。

 

 遅れて訪れたスネイプには、『たとえ格上に囲まれる絶望的な状況にも臆さず、勇気を持って立ち向かった。よってその事実を称え、スリザリンに15点。』と相変わらずのスリザリン節を見せられて少し元気になった。

 

 しかし、これはもはや当事者だけの問題ではなく、実際に大量のケガ人が出てしまっている。その内の何人かは特に重篤な状況で聖マンゴへ搬送されたということから、既に学校だけで納めるどころの話ではなかった。

 

 理事会まで話が移されて事態が紛糾する中、半ばダンブルドアの独断の裁量によって事件は締めくくられた。

 

 襲撃したグリフィンドール生らは、いかんせん全員が最上級生であり、もはや卒業までの日数が残りわずかだった。よって罰則の代わりに罰金で手を打ち、

 

 彼らを返り討ちにしたシグナスは、やや過剰な威力の呪文を放ったものの、今まで幾度も被害を受けたという事実と、その後に余計な危害を加えなかったということから正当防衛が成立。厳重注意に収まった。

 

 当然理事会や寮監のスネイプ教授は、

 

 "過去の日常的ないじめにしかも最上級生が最下級生を集団(・・)で襲っていた。ということは決してあってはならないことだ"。"導くべき立場にある最上級生が、1番の弱者である1年生をしかも集団で襲い続けるとはどんな神経をしているのだ"。

 

 と襲撃犯たちに退学とあまつさえ少年院行きへと働きかけていたが、ダンブルドアに"退学はともかく少年院はない"と突っぱねられ、その隙を突かれて強引に今回の裁決が決められ、確定してしまった。

 

 後日校長室に呼び出され、その裁決を聞かされたシグナスは、煮え湯を飲まされた思いをした。ホグワーツで過去退学になった者たちは少なからず存在するが、今回はそれに値する程の凶悪な事件だった(ルシウスから聞かされた)のだ。

 

 それがどうしてこんなことになったのだろうか。

 

 さらに、ルシウスによると、今回の裁決は加害者(被害を受けたが)に大分優しいものとなったらしい。ルシウスは独断で決めたダンブルドアに大層ご立腹で、

 

 ──それが罰金とは何事か。金なんて要らん。散々晒し者にされたシグナスの名誉を返せ。

 と力強い声でダンブルドアに抗議していた。

 

『彼らにも事情がある。あと1週間ほどで卒業を控える彼らにとって、それを目前に退学させられるというのは何たる酷なことじゃ。それに彼らの中には、どちらにしろ華の卒業に出られない生徒もおる。最後に主役となれる機会を奪われたのじゃ。どうかわかってくれんかのぅ。』

 

 と彼らを庇うばかりか、あまつさえこちらを責めるような口調で、白々しく微笑みかけてくる爺の顔とキラキラした青い瞳に、シグナスは彼に失望し、心の底から疎ましく思った。

 

 

 

 

 

 

「どうしたシグナス?」「今日は森の方へいくんだろ?」「「ユニコーンに会わせてくれよ」」

 

 これが原因で、二代目悪戯仕掛け人の双子が度々禁じられた森に入り浸るようになり、後にハグリッドが『俺ぁおまえさんとこの双子の兄弟を森から追っ払うのに人生の半分を費しているようなもんだ!』と苦々しく言うハメになるのはまだ先の話。




いかがでしたか?半ば過去編になってしまった今回。

現在の双子との活動にうまく繋がっていればいいなと思います。

まあそんなことよりこの記念回、本作では今のところあまり日の目を見ることがなかった双子が活躍しております。やっぱり体を労っている方がジョージなんですね。分かります。(第5話ハロウィーンを参照)


アズカバンって有名ですが、魔法界版の少年院ってあったんかな?完全にオリジナル設定です

ご意見、感想をお待ちしております。

・上級生からいじめ
闇の時代の影響を未だに色濃く残していた当時。闇にどっぷりと浸かっていた親族が多いシグナスが恨みを買ってしまうのは仕方のないこと。どんなに理不尽でも。

・何もしない野次馬

ジェームズさんたちが率いる初代悪戯仕掛け人によるスネイプ先生のいじめを思い出してください。シグナスもあんな感じに打ちのめされました。

・無言呪文を会得

とりあえず7年生までの呪文だけはひと通り習得していた(プロローグ参照)シグナス。魔力に対するつかみというか感覚はバッチリなので、呪文学のフリットウィック先生にそれとなく聞き出したら何とかなっちゃいました。

・ジャパニーズマンガのように──

爆破呪文の爆風によって、面白いように吹っ飛んでます。聖マンゴに行くことになったのは単に爆発がかすったり、打ちどころが悪かっただけです。

・ハグリッドと仲良くなる

その裏にこんなことがあったなんて誰が予想したでしょうか。


・裁決に激昂するルシウス
彼の親バカは既にアンロックされています。
残念なことにやはりダンブルドアはグリフィンドールには甘いですよね。


・ダンブルドアに不信感を持つシグナス。
ワシは全部知っとるよと言わんばかりの口調に、何もかも見透かすような瞳を見て、"なんで助けてくれなかったんだ"と不信に陥りました。

蛇寮主人公って大体ダンブルドアが嫌いなことが多いと思うんですが、シグナスもルシウスの影響もあって嫌いになっています。

・双子と禁じられた森へ

ユニコーンに感動したシグナスは、もう1度会いたくなって行動。やがてそれを察知されたので、双子を連れていくことになりました。それがあんなことになろうとは。(ハグリッドの嘆き)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話~JAPAN~

こんにちは。

今回は夏季休暇中の小話的なものですが、実はこの後の展開上重要になってきます。
まあ日本は直接的には関係ありませんが。

※本作に登場する独自設定は、全てフィクションです。
実在する人物、団体、宗教等全てに関係ありません。ご了承ください。


 日本にいるという伝説の箒職人を求めて、手紙でコンタクトを取ってから一週間。

 

 

 ようやく返事が返ってきた。

 

 どうやら、相手も生産中止になってからしばらく経つこの名箒が残っているとは夢にも思っていなかったらしい。

 

"是非ともメンテナンスさせてください"との旨が書いてあった。アプローチは成功のようだ。

 

 そして夏季休暇が始まって数日、クリーチャーに頼んで日本まで飛んで(・・・)もらった。流石にここまでの長距離の付き添い姿くらましは初めてだったらしく、到着後は息切れでとても苦しそうだった。

 

 ご老体なのに酷なことをして申し訳なく思う。次は途中のテヘランだとかイスタンブールとかを中継しようね。

 

 そして現在、シグナスは、日本を代表するクィディッチナショナルチーム、"トヨハシテング"の面々を前にしていた。

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

―――

 

 当初、シグナスは職人が住んでいるという山奥の仕事場にてメンテナンスをしてもらうつもりだった。しかし、

 

 "そういえば君はホグワーツのクィディッチ選手だったね。ああ懐かしい。そうだ、せっかくだから今私がお世話になっている皆さんに会わせてあげよう。"

 

 と、伝説の箒職人からの申し出を受け、あれよあれよと拠点のトヨハシまで引っ張られてしまった。

 

こちらも随分とご老体のハズだが腰はシャキンとまっすぐ伸びており、強い力で引きずられた。

 

ちなみに、屋敷しもべ妖精は日本には存在しない。そこでクリーチャーには、箒職人に接触する前から姿を消してそばに控えてもらっている。

 

「あれ、アレンさん、そちらの方は?」

 

「コンニチハ。イギリス、カラヤッテキマシタ。シグナス・ブラックデス。ドウゾ、ヨロシクオネガイシマス。」

 

「というわけだ。というか君は日本語が話せたのかね?結構結構。こちらは私の母校、イギリスのホグワーツ魔術学校からやってきてくれた。彼は海の向こうで本場のクィディッチ選手をされている。」

 

 おおっ!とチームがざわめく。そして次々に握手を求めてくる

 

 あれ?日本人ってシャイじゃなかったっけ?

 

 

 ―――

 

 

 

 箒職人のアレンさんは、"自分がメンテナンスしている間は暇だろう。"ということでこの場を用意してくださったようだ。

 

 なんとも粋な計らいによって、その日はアレンさんが作ったという手作りの箒(言わずもがな、ナショナルチームが使うほどの一級品である)を借りて、トヨハシテングの皆さんとの交流を楽しんだ。

 

 シグナスは、今回の日本行きのために必死に日本語を勉強していた。しかしやはり他言語を習得するのは難しかった。

 

口を開けば未だにカタコトで、言葉を書くのは難しい。そして漢字もあまり読めない。

 

 トヨハシテングの皆さんは優しくてお人好しが多いといわれる日本人らしく、"そんな年で喋れるだけすごい"と受け入れてくれた。

 

 わかりやすいようにジェスチャーを交えて、クィディッチのスキルアップのコツや練習法など色々と教えて頂いた。世話好きな人が多く、常に話し掛けてくれた。

 

 この日の最後に、シグナスを含めて紅白戦をすることになった。

 

 シグナスは、シーカーをやった。

 

  学生のシグナスを、"今日の主役だから"とポジションのシーカーに置いてくださったのだ。学生とプロとの技量の差は、当然ながら火を見るよりも明らかだった。従ってシグナスは最初から全力でスニッチを探した。

 

 しかしながら、やはり子ども扱いをされていたようだった。相手のビーターの皆さんは、こちらを本気で狙っていると見せかけて、実は他の選手を狙う時よりも打ち出すブラッジャーは遅めだった。それでシグナスが避けるのがギリギリだったのだから、学校のビーターズよりも差は歴然だ。底が見えない。

 

 そして何よりもすごいのは、トヨハシテングが誇るエースシーカー、ユウタロー・ツチハシだった。

 

 やっとの思いでスニッチを見つけて真っ先に飛び出すシグナスを遊ばせて、数秒のタイムラグを感じさせない圧倒的な速さでスニッチを手に入れてしまった。

 

 もはや圧倒的すぎて落ち込むシグナスに、くしゃりと頭をなで、"俺にもそんな時代があった"と言葉少なに話してくれた。

 

 負けてしまったので、借りた箒を燃やそうと杖を握ると、鬼気迫る表情で止められた。

 

"何するんだ!?"とばかりの勢いに怯み、

 

「だって日本のナショナルチームって負けたら箒燃やすじゃないですか」

 

と震え声で呟いた。

 

 

 

途端に辺りで湧き出す笑い声。"いやいや、それはないよ。アハハ。"

 

 どうやら、日本チームが箒を燃やすのは公式戦だけらしい。

 

「それは偏見というものさ。俺たちだって燃やしたくて燃やしているんじゃない。」

 

 ―――

 

 楽しい時は、すぐに過ぎ去ってしまった。

 

 

「今日はありがとうございました。」

 

「何言ってるんだ?明日もくるだろ?」

 

「──すまん、シグナス。メンテナンスには一週間くらい時間が必要だ。言ってなくてすまなかったな。」

 

 ニヤリと告げる名職人に、シグナスは心から感謝した。

 

「はい!よろしくお願いします!!」

 

 恐らく、今までで一番の笑顔の一つだっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本での滞在中は、ツチハシ家にお世話になることになった。家は日本の伝統的な木造建築であり、広大な日本庭園が美しい。

 

 家に入ると、中の男の人にいきなりお祓いをされた。何でも、邪気が憑いていたとか。ついでにずっと傍に控えていたクリーチャーも見破られたところで、自分たちは陰陽師の家系なのだと明かされた。

 

 ──陰陽師。

 

 古来の中国から伝来し、以後日本の政にずっと関わってきた。時が流れ、鎖国してきた日本が開国した時。

 

時の政府によって公にはその権限を全て奪われてしまったが、日本の魔法界においては未だその威光は大きい。

 

 そして、このツチハシ家は、陰陽師の名門、土御門家の傍流だそうだ。

 

土御門家というのは、陰陽師の始祖の流れを汲むらしい。

 

しかし傍流といってもその歴史は古く、今度ユウタローが継ぐことで10代目になるそうだ。

 

 

 

「ユウタロー。日本にはマホウトコロという学校があると聞いたけど、そこでは陰陽道をやっているのかい?」

 

「いや、西洋の魔術も教えている。といっても今の日本の魔法界はまだ陰陽道が中心だ。杖を使うなんてのはまだ邪道なのさ。」

 

「そうなんだ。もしよければ、軽く陰陽道の手ほどきをしてくれないか?向こうにいるときから気になってたんだ。」

 

「大丈夫なのか?チームのみんなは気づいてなかったけど、ブラック家は向こうじゃ有名なんだろ?あー、伝統を大事にしろとか、そういうしがらみはないのか?」

 

「あるだろうとも。でも今のブラック家はほとんどの名家とある程度距離を置いているから、干渉されることはほとんどない。

 

それに少なくとも現在の英魔法界のトップでもない。しがらみもなにも、ブラックは俺しかいないんだ。」

 

「!?……そういうことか。すまなかったな。嫌なこと聞いてしまって。」

 

 ユウタローは、今のブラック家の状況を察してくれたようだ。

 

クリーチャーは何か言いたそうにしているけど、黙ってくれている。主の気持ちを慮ってくれてありがたいことだ。

 

「ならば伝授することは吝かではない。しかし、西洋の魔術という武器を持っているのに、なぜ我らの陰陽道を学ぼうとする?」

 

「話には聞いていると思うが、ほんの10年前までは英国魔法界は暗黒の時代だった。現在こそ平穏な暮らしをしていられるが、時代を作り出したその親玉はどうやら死を超越したようでな。」

 

「なに!?どういうことだ?」

 

「おそらく英国魔法界でも最も忌避されてる闇の魔術さ。それも思いっきり真髄にまで浸かっているやつだな。

 

 根拠に、俺の家には父が命懸けで奪取した奴の秘密がある。おそらく、これが死を超越する原因なんだろうが、闇が深すぎてよく分からないんだ。」

 

「それはうちの陰陽道のお祓いでなんとかなるのか?」

 

「闇を以て闇を制す。これを実践しないと破れそうもない。そしてそこまで至るには俺はまだ弱すぎる。俺の目的は邪気を祓うことじゃない。」

 

「じゃあ何を望む。」

 

「自分の愛する者たちを護る術。日本の伝統的な魔術には、人形を身代わりにして危険から身を守るものがあると聞いた。

 

いずれ、『例のあの人』と呼ばれている親玉が復活して再び暗黒の時代になるだろう。いや、必ずなる。そうなった時に、自分の身を守り、相手を救う方法を知りたい。」

 

 しばらく目を見つめあった。おそらく、シグナスの意志を読み取ろうとしているんだろう。

 

「俺は厳しいぞ。」

 

「承知の上だ。」

 

 

 

 

 

 

 その後、ツチハシ家のみなさんと挨拶をしたあと、日本伝統の家族の団欒なるものを通して、イギリスにいるときとはまた違った温かみを感じた。

 

 ユウタローのご両親も優しく、現在のご当主であるユウタローの父も、快く陰陽道を授ける許可をくださった。ちなみに先ほどお祓いをしてくれた人だ。

 

 ユウタローの年の離れた妹のハルカとは、シグナスと年齢が同じこともあって話しが合い、互いの文化の壁を越えてすぐ親しくなった。夕食を楽しんだあと、ハルカも交えてレクチャーしてもらうことになった。

 

「まず、我らの陰陽道は、行使するには霊力を感じなければならない。」

 

「れいりょく?」

 

「シグナスも感じない?自分の中に流れている感覚を。ほら!」

 

 ハルカはそう言って、手の上に霊力を具現化させた。ひとことで言ってしまえば、霊力なるものがそのまま蠢く青い球ができている。

 

「イギリスの魔法使いには、魔力という概念がある。魔力を行使して呪文を唱えるんだ。でも本来、それを具現化させるなんて聞いたこともない。魔力と霊力って違うものなのか?」

 

「我々の見解としては同じだ。証拠に、俺は西洋の魔術が使える。ただ我らは、幼い頃から自分に流れる霊力を具現化させる訓練をしてきた。おそらくこの違いだ。」

 

「なるほど。では霊力を具現化させるにはどうすればいい?」

 

「集中して、"気"を感じるのだ。あとは個人の感覚によって表現は異なってしまう。だが、イメージすることが大事だ。そう、手のひらに霊力を込めるイメージだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日は結局具現化させることは出来なかった。

 

 

 翌日──。

 

 再びトヨハシテングの皆さんと練習…というか一方的に教授させてもらったあと、ツチハシ家で陰陽道の訓練が始まった。

 

 多くを語らず、その姿勢で道を示すユウタローと、シグナスを応援しているハルカ。取っている行動は違っても、シグナスにはそれだけで力になった。

 

 結局モノには出来ずにこのまま3日が経った。

 

 

 

 

 

 

「おおシグナス。今日中に……とはいかんが、もうすぐできるぞ。俺の最高傑作が!」

 

「ありがとうございます、アレンさん。」

 

 

 

 

 そして迎えた夜──

 

「シグナス。焦ることはない。これは本来幼少の頃から積み重ねてからやっとできるようになるものだ。ちょっとやそっとのことでできるようなものじゃない。」

 

「え?そうなのお兄ちゃん!」

 

「ああ、そうだ。父上が許可なさったのも、そういう背景があるからだ。万が一にも、1週間以内に修められるモノではないのだ。」

 

「そう、なのか。」

 

「すまないなシグナス。だがしかし、最初から教える気が無かった訳じゃない。もしシグナスが具現化できたのなら、父上は反対するだろうが俺は本気で教えるつもりだった。」

 

「いや、そちらの気持ちも分かる。何代も積み重ねてきた伝統を、そう容易く他に漏らすなんてことはしないって分かってた。俺が皆さんに甘えてただけなんだ。」

 

「シグナス…」「…」

 

「ハルカもごめんな。無理って分かってたのにわざわざ応援までしてくれて。」

 

「そんなこと言わないで!だってあと1日あるんでしょ?諦めちゃそこで試合終了よ。最後の最後までやり抜くべきだわ。ネバーギブアップよ。」

 

 そんなハルカの後押しを受け、シグナスは集中して"気"を作り出そうと禅を組む。そしてその傍ら、シグナスはある1つの可能性に思い当たった。

 

 それは、杖なし呪文の行使である。

 現在のイギリスでは、杖を以て魔法を行使することが主流だが、かつての偉大な魔法使いは、杖なしで強力な魔法を自由自在に扱ったという。

 

 しかし、杖なしで呪文を行使するには、それ相応の膨大な魔力と、緻密で繊細な感覚を必要とする。それは人それぞれの個人差、強いていえばセンスに偏ってくるので伝承は上手くいかず、やがて廃れてしまった。

 

 杖は、そんな者たちへの救済措置のようなものだった。杖が持ち主の魔力を格段に操作しやすくなり、やがて杖なし魔法の概念は、時代と共に忘れ去られてしまった。

 

 たまに突出した魔法使いがその境地にたどり着くが、やはり伝承は上手くいかず、その魔法使いの伝説として語り継がれていた。

 

 ダンブルドアあたりならある程度は使いこなした上で一定の戦闘は行えそうな気がするが、こういった経緯があって、そんな存在は非常に稀有だ。

 

 そしてシグナスは、そんな稀有な存在の1人だ。直近の襲撃では杖なしで形勢逆転し、相手を返り討ちにしてしまった。

 

 相手が軒並み襲撃した時の記憶が途中から無い(・・・・・・・・・・・・・)ことで今は誰も察知していないだろうが、これはこれからのシグナスにとって貴重な財産となるだろうと思っていた。

 

 そして、霊力、もとい魔力を具現化させるには、杖なし呪文を用いるときの感覚に似ているのではないだろうか。

 

 今まで、"新しい感覚を身につける"という先入観で全く別のことをしようとしていたが、結局のところ変わらないのではないだろうか。

 

 よくよく考えれば、自分の指の動きで召喚した水を操作して、相手にぶつけたではないか。

 

 そう思い至った瞬間、シグナスの疑問は確信に変わる。

 

 手をギュッと握って魔力を集中させ、手を薄く伸ばして膜を張り、安定して供給されるようになったらゆっくり形づくりに入る。

 

 2人は雰囲気が変わったシグナスに注目していたが、やがて目に見える変化を認めて目を見張った。

 

 シグナスの手のひらには、ハルカがやってみせたときよりも膨大な魔力の球が出現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったわ!やったわシグナス!!」

 

 その後、自分のことのように喜ぶハルカと、まるで信じられないことが起こったかのように目を丸くするユウタローに祝福され、次のステップに進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 当初、シグナスが"霊力"を具現化させたと聞いて呆然としていたご当主だったが、"こんなにセンスを持った人間に会うのは初めてだ!そうか、初見でそこまで至ることができたのならこの際良い。"とお墨付きをもらったので、見事陰陽道を伝授されることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「身代わりになって持ち主を守ってくれる術を学びたいということだったが、それには少々語弊というか必要な条件がある。」

 

「?」

 

「それは、何かを媒体にして自分の霊力を注ぎ込むのだ。ほら、こうやって──」

 

 ユウタローは懐から色紙を取り出すと、それを手で包み込んで"フーッ"と息を吹きかけた。

 

 すると、吹きかけた息によって地面へとヒラヒラ一直線だった紙が人の形を型どった。

 

「ハハハ、驚いたようだな。初めて見るやつは大体そんな反応をする。ハルカなんか目をまん丸にして口をあんぐり開けてなぁ〜。」

 

「もうお兄ちゃん!今はそんなことどうでもいいでしょ!?」

 

 

「……ごほん。というわけで、この人形は俺の思いのままに動かすことができる。敵の偵察に赴かせたり、自分に給仕させたっていい。まあこいつは紙だからあんまり重いものは持たせられないけどな。」

 

「なるほど、媒体にした物質の特徴を受け継いでいるのか。」

 

「そうだ。だからこの場合、水には弱いし風には飛ばされてしまう。でも慣れてくれば、この"擬人式神"は霊力操作によって飛ばすこともできるし、視覚や聴覚も繋げることができる。他人を守るだけでなく、呪い返しをやってくれたりとまぁ用途はたくさんだ。

 

 術者の念を送り込めば自立して稼働してくれるし、もっと霊力を注いで作り出す式神は"思業式神"といって、こちらは相手には通常(・・)肉眼では見えないようになってる。術者の思念が何よりも重要視されている。

 

 まあこちらはもともと人型が多い日本人形を使うことが多いんだが、そうすると自分で喋り出したときに自然に見えるんだなぁ。──このように。」

 

「主様?この白人の方はどちらからいらしたのです?まさかハルカ様のお見合い相手なのですか?」

 

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ」

 

「シグナス、落ち着いて!」

 

「ハルカぁ顔真っ赤だぞぉ?」

 

「お兄ちゃんもからかわないで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁすまない、悪ふざけが過ぎたようだ。」

 

 ユウタローは照れたように頭を下げてくる。

 

「いや、過剰な反応をしたこっちも悪かった。まさか今まで使っていた部屋の、何の変哲もないと思っていた人形が喋り出すものだから驚いてしまったよ。」

 

「主様!この人カッコイイよ!!」

 

「……すまん、こいつはマイペースなんだ。」

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 気を取り直して、まずはただの紙から式神になるように訓練を始めた。当然ながら、これは霊力を具現化させるよりも難しい。

 

 そもそも霊力を具現化させることを前提としているから、安定して運用できるようにならないと式神は作れない。

 

 また、その完成度によって半永久的に動かすこともできれば、1日で効力を失うこともある。シグナスがもともと望んでいた呪文避けとしては、呪いが当たると起動するタイプがいたり、自ら呪文を放つことができるすごい存在もいる。

 

 ツチハシ家では、主に給仕として運用(クリーチャーみたいな存在だ)しているが、半永久的に持続させるために、主の霊力を溜めて式神に供給できる道具を開発したそうだ。もちろん企業秘密である。

 

 果たして、シグナスが使えるようになるまでどれくらいかかるだろうか。半永久的に使えるようにどう手を加えようか。尤も、未だ達成していない現状で言えることは少ないが。

 

「当然、人には個性がある。俺の場合は紙の方が式神を作りやすいし、人形を使役させる場合も術者と異性の人形の方が安定しやすい。

 

 メカニズムなどは分かっていないが、草だとか藁とかから始めてみるのもいい。もしかしたら、自分の縁がある土地のものである方がやりやすいのかもしれないがな。」

 

 

 この日本滞在中に式神を完成させることは出来なかったが、その真髄は学んだ。あとは実践あるのみだ。

 

 そして翌日、別れの時────

 

「ほれ、シグナス。最高の一品に会わせてくれてありがとう。本来のシルバーアローに加えて、現在までに培ってきたワシのノウハウが全て備わっておる。」

 

「え!?すごいです!ここまでしていただいてありがとうございます!!」

 

「なぁに、四半世紀も前に生産中止になった自分の作品に会わせてくれたんだ。これはほんのお礼さ。またメンテナンスしたくなったらいつでも来い。こいつの良さを引き出せるのは俺しかいねぇ。」

 

「はい。分かりました!」

 

 そう言って全力でお辞儀をした。これも日本滞在で身についたものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒の受け取りが済むと、次はお世話になったトヨハシテングの皆さんと涙混じりの挨拶を交わした。

 

 目の前で繰り広げられているのは、ツチハシ家に置かれていた"テレビ"なるもので見た青春ドラマのような展開そのもの。日本人って、クールなのか熱血なのか分かんない。

 

 そして公私を共にしたツチハシ家の皆さんと顔を合わせる。

 

「シグナス、君は箒の才能がある。幸いにも、君には家柄に縛られる心配もない。君が望めば、いずれナショナルチームで顔を合わせることになるだろう。そして俺はそれを望んでいる。向こうに行ってからも頑張ってくれ。」

 

「ああ。ありがとうユウタロー。」

 

「うっ、うっ、本当に戻っちゃうの?もっとここに居ればいいのに。」

 

 ハルカは同い年のはずだが涙脆いようだ。童顔なのでダフネよりも下に見える。

 

「ごめんね、ハルカ。泣かないで。最後くらいは君の笑顔が見たい。」

 

「シグナス…///──ハッ毎日手紙書くから、必ずちょうだいね。絶対よ!」

 

「あー、毎日は難しいかもしれないけど……週2で送るよ。」

 

 途端に潤んだ目を向けられたので、正直に答えてしまった。どうしよう。俺まだ日本語書けないんだけど。ローマ字でいいかな?

 

周りのツチハシ家のみなさんはこぞってニヤニヤしている。気恥ずかしい。

 

「ミスターシグナスくん。君はこの滞在中、私が今まで見たことがないほどの素晴らしい才能を見せてくれた。向こうでも健闘を祈っているよ。」

 

「シグナスくん、本場の日本食が気に入ってもらって良かったわ。ハルカには花嫁修行させとくから来年またいらっしゃいね。」

 

「おかあさん!?///」

 

 非常にユニークな家族でした。そして本気で"また来年も来い"と約束を取り付けられてしまったので、シルバーアローのメンテナンスがてら来ることにした。

 

 

 初めは存在が珍しがられたクリーチャーも、日本のみなさんの広い懐に溶け込んですっかり馴染んでいた。新しく日本食や日本式の家事魔法などを学んだらしい。

 

 懸念していた差別発言などもしなかったので、従来のブラック家の屋敷しもべ妖精としての性格もすっかり矯正されつつある様子だ。やはり仕える主の影響を強く受けるようだ。

 

「それではまた来年。」

 

 関わった皆さんに手を振って見送られながら、クリーチャーの付き添い姿くらましを用いてブラック邸にたどりついた。

 

 今回はちゃんと経由地を中継したので、クリーチャーの息も安定している。

 

 

 

温かみのあった木造の家とは違い、普段シグナスがいないと住人がいなくなってしまうこの邸宅は、やたら大きく冷たい。雰囲気も暗いからこじんまりとしている。

 

クリーチャーがご飯を作っている間は1人だ。

 

1人になることっていつ以来だろうか。日本では全くなかったことだ。ちゃぶ台を囲んだ家族の団欒、眩しい笑顔。厳格な雰囲気はあったものの、とにかく騒がしかった。

 

暖炉の火の、"バチバチ"と燃える音が大きく聞こえる。こんなに大きかったっけ?周りの気配を探っても、クリーチャー以外この邸宅には誰もいない。

 

 

──あ、コレやばい。

 

こんな時って何をすればいいんだ!?そうだ!とにかく霊力を安定して運用できるようにしよう。何も考えるな。感じろ。

 

 

 

 

シグナスは、必死になって式神を作り出す訓練を始めた。

 

 

 

 

 ────この日本での経験は、何者にも得がたい経験になった。箒が生まれ変わり、クィディッチをプロから直接学び、陰陽道という全く新しい境地を拓いた。

 

 日本の皆さんの温かみに触れ、人間的にひと回りもふた回りも大きくなった気さえする。

 

 これが吉と出るか凶と出るかは分からない。でも出来ることなら、この力を使ってみんなを守れるようになりたい。誰の力も頼らず、自分の力で。

 

 

 ──日本に行って本当に良かった。




いかがでしたか?

物語の展開上重要になってくるのは箒なのか式神なのか。シグナスくんは陰陽道に手を出しました。

シグナスくんは、日本に滞在していたのでそれなりに日本語上達しましたが、未だ流暢に。とまではいってません。会話を最初以外カタカナにしなかったのは、単に読みづらいのと、作者が字変換めんどくさかったからです。

分かっている方も多いと思いますが、陰陽道の話はほとんどフィクションです。

名称こそその通りですが、作者はにわかなので、非常にざっくりした表現になっています。霊力云々とか。半永久的云々とか。それに陰陽道は式神だけじゃありせん。専門の分野にいくつも分かれています。本作ではその一端として式神のみをアンロックしました。ご了承ください。

ご意見、感想心待ちにしております。

――――――――――――

・伝説の箒職人

イギリス出身で、闇の帝王の暗躍により身の危険を感じ日本へ避難。本名アレン・ウィンブルドン。アレンさんと呼ばれている。オリキャラ。おそらく今回のみの出演です。

・手のひらに浮かぶ青い球

これって螺〇丸?
青にしたのは気分です。はい。アレのままを想像してみてください。

・諦めちゃ(ry

これって本家そのままじゃないから怒られないよね?ヤバい誰か何とか言ってほしい。

・シグナス、陰陽道の一端に触れる。

夏休み中に完成させようと籠りっきりになるでしょう。

・クィディッチナショナルチーム

トヨハシテングは公式設定ですが、公式戦じゃないと箒を燃やさないだとか、専属の箒職人がいるとかは捏造です。

・ツチハシ家の皆さま

本作オリジナルです。
ハルカちゃんはシグナスくんに完全に惚れております。ありがとうございました。書いていて楽しかったので、作者の気分によっては今後も出したいキャラです。(いつ出すんだこれ)

裏設定として、黒髪黒目の童顔。キレイというよりかわいい系ロリ。150cmくらいで年相応の身長に発達"中途"の胸、引き締まったウエストをしている。

いやー将来が楽しみ(親心)

ツチハシ家は傍流といえどもそれなりの歴史ある名家なので、日常は和服を着て生活しています。

……マホウトコロの制服を着るとき以外はそうなっています。

ユウタローは妹のハルカとは8歳差の兄(21)という設定。寡黙、クール、イケメン。背中で語るタイプ。気分が高ぶると饒舌になる。身長180cmほどでスラッとした細マッチョ体格。日本の若きエース(シーカー)です。

あ、シグナスってまだ3年生だったから13歳だったんですね。作者も今気づいた(嘘)

しかし生まれが生まれなので大人びています。

現在のシグナス
身長170cmほどの設定

・式神

今となっては伝承されているかは分かりませんが、その在り方には諸説あります。作者は全てを読み切る気力は無かったので、気になったら自己責任で調べてみてください。

・差別発言をしなかったクリーチャー

ほら、黄色い(ryとか、映画版のクリーチャーなら普通に言いそうですよね。でもシグナスを主にして長年連れ添っているので、少なくとも今回出会った日本人が純血だろうと関係なく発言しませんでした。

というか日本の魔法界に純血思想とかあるんでしょうかね?陰陽道は大体家系で継いできたそうですが。

まあクリーチャーは、自分の主をもてなしてくれた敬意と感謝もあるでしょうね。しかし、まだイギリスのマグル生まれなどには露骨に顔を顰めます。腹立たせれば容赦ない毒舌が襲います。みなさんご注意ください。

・守りたい人たち

今のところダフネにドラコ、双子にセドリック、ジャックやマルフォイ家にグリーングラス家のみなさんです。今回、日本で交流した皆さんも追加されました。今後も追加されていくのでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話一族との確執

こんにちは。

今回は、ホグワーツに激震が走ります。
いろんな意味で。


  日本から戻ってきたシグナスは、その翌日からなるべく外に出るようになった。マルフォイ家にお邪魔することもあれば、グリーングラス家に連絡をとって向かうこともあった。

 

  夏休みが始まって、まだ1週間かそこらでの急激な変化である。周りは、シグナスに何かあったのではと思ったが、別に彼本人が操られているとか入れ替わっているとかではない。

 

  最初はとても驚かれていたが、彼らに断る理由はなければ、来ると子どもが喜ぶ。双方ともに快く引き受けていた。

 

  もちろん繋がりは両家しかないので、外に出ようと思ったら頻繁にお邪魔することになる。流石に常識がないので他にも出会いの場を求めた。

 

  日本の滞在時とのギャップに悩むシグナスは、魔法による変装で、ロンドンの繁華街に繰り出したこともある。しかし、これはマグルとのギャップで怪しまれたので、早々引き返したが。

 

  また、ルシウスに無理言って払ってもらっていたパーティーにも出席し、なるべくホグワーツの学友たちとくっついて話していた。

 

  ジャックやフリントを始め、彼らもシグナスの変化に気づいていた。

 

 しかし、良い傾向かと黙認してシグナスの話に付き合っていた。案外それが面白かったので、度々パーティーの終わりまで話していたこともある。

 

  しかし、どうしても避けられなかったのはお偉方との挨拶だ。途端に始まる腹の探り合いに辟易したシグナスは、もっと演技力が欲しいと思ったのであった。

 

  そして夏季休暇も半分を折り返してしばらく、ホグワーツから新学期に必要な学用品のリストが届いた。

 

  この日は、マルフォイ家とともに、学用品を買いにダイアゴン横丁まで来ていた。

 

「久しぶりだね、シグ。夏休み始まって急に家に来るようになったらまた来なくなったけど、何かあったのか?」

 

「ああ、忙しくてね。色々とパーティーに出ていたり、お役所方と話していたりしていたんだ。」

 

「へー。あんなにパーティーが苦手とか言ってたのにね。」

 

 嫌味なドラコはなかなか鋭いところを突いてくる。

 

「まあ心境の変化ってやつさ。」

 

 シグナスはお茶を濁した。

 

  グリンゴッツでお金を下ろし、マダム・マルキンの服を見に行くというナルシッサと分かれ、ノクターン横丁はボージン・アンド・バークスという店に来ていた。

 

  ここに来るのは夏休みでは初めてだが、ルシウス抜きで度々来ていた。よって店主のボージンとも顔なじみである。

 

 カランカラン

「いらっしゃいませ。おお、マルフォイ様、ああなんとブラック様まで。ようこそ。──マルフォイ様、商談の件ですが。」

 

「ああ、早速始めよう。シグナス、ドラコ。店の中で待っていなさい。ああ、絶対に触れてはならん。どうなっても知らんぞ。」

 

  怪しげな手(輝きの手というらしい)に手を伸ばそうとしていたドラコは、ピクっとその動きを止めた。

 

  ルシウスと、店主のボージンが怪しげな商談をしている間、シグナスは貪るような目つきで商品を見ていた。そして大人しくしていたドラコに少し引かれた。辛い。

 

  やがて商談が終わったのか、2人が帰ってきた。両者がホクホク顔なので、有意義な交渉だったのだろう。

 

  最近、名家に対する魔法省の抜き打ち立ち入り調査が激しくなってきている。何故かマルフォイ家を始めとする、当時の闇の帝王に関与したことを疑われていた家ばかりが対象に選ばれている。それはルシウス曰く偶然ではないという。

 

「間違いなくアーサー・ウィーズリーめが裏で糸を引いている。奴め、閑職という立場にありながらまたコソコソと探っているようだ。全く忌々しい。」

 

 とすごい剣幕で言われたので、もう尋ねるのを辞めた。

 

  ちなみに、ブラック家は当時の闇の陣営の中心であり、現在の当主はまだ子どもだ。ということで誰よりも真っ先に立ち入られそうなものだが、ルシウスが裏で手を回してくれたらしい。

 

  シグナスが気づいて、こちらまで対象が来ないようにと工作を行おうとした時には、"現在の当主は、年齢的に闇の陣営とは関係ない"として既に捜査対象からは外されていた。ルシウスには本当に頭が上がらない。

 

  未だにマルフォイ家にも本格的な立ち入り調査は実施されていない。しかし、闇の帝王による動乱もひと段落ついて平穏な日々が戻ってきたことから、最近は抜き打ち検査自体が増えている。

 

  ルシウスは魔法省にも繋がりが多い。そのパイプを利用してマルフォイ家に立ち入らせまいと工作を行っているが、そろそろ時間の問題らしい。当時、関与が疑われていた名家などが粗方片付いてしまったからだ。

 

  これでは未だに立ち入っていないマルフォイ家が浮いてしまう恰好となる。

 

  立ち入りを拒否した場合、最悪議会の槍玉に上げられかねない。そこは権力でなんとかするんだろうが、先のウィーズリーなどは糾弾を続けるんだろう。ハイエナ精神甚だしい。

 

 という理由があって、闇に関する家の品々を売り払ってしまうようだ。難癖を付けられないように、慎重に、慎重に。

 

  さて、店主のボージンが戻ってきたことなので、こちらも買い物してしまうことにした。

 

「ボージン、商品が欲しいんだがよろしいか?」

 

「ええ、もちろんですよブラック様。」

 

  スネイプ教授の髪よりも脂ぎった粘着質な喋り口はどうにも好きにはなれないが、これでも仕事は早いし売り物の商品の評価もいい。媚びるような態度はともかく、彼はデキる男なのだ。……モテるかは別として。

 

 そして選んだ商品をカウンターに並べていく。

 

「そんなに買うのかね。」

 

 ルシウスの目が驚きで見開かれる。

 

「ええ、少し研究したいことがありましてね。」

 

「そうか、無理はするなよ。」

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

  ボージン・アンド・バークスにて有意義な買い物を済ませたあとは、ダイアゴン横丁に戻ってナルシッサと合流し、ドラコがクィディッチチームに入りたいということで最新のニンバス2001を買ったり、制服の丈を合わせたりして学用品を買い進めた。

 

  そして一行は、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で今年使う教科書を買い求めに来た。しかし、ギルデロイ・ロックハートのサイン会とかいう訳の分からないイベントによって、書店の前にはかつてないほどの人だかりができていた。

 

「これでは教科書が買えないな。」

 

「シグナス、あれは教科書なんかではない。断じて違う。」

 

「どういうことですか?父上。」

 

「今年の闇の魔術に対する防衛術で使う教科書は、あやつの"ノンフィクション"小説だということだ。小説が教科書だと?ふん、笑わせる。」

 

「なるほど、それで著者がサイン会を。こんなに人気なら印税で暮らしていけそうですね。あの人。」

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

  サイン会の大盛況によって収拾がつかず、途方に暮れている店員に目をつけてさっさと買ってしまった一行は、早くここから抜け出さんとばかりに外へ向かっていた。

 

  すると見覚えのある赤毛の一団が見え、"ひとこと言っておくことがある。"というルシウスに合わせて2階に退避した。

 

  上から混雑している下のフロアを見下ろしていると、赤毛の一団と行動を共にしていたらしいポッターがロックハートに捕まった。

 

「みなさん、何と記念すべき瞬間でしょう! 私がここしばらく伏せていたことを発表するのに、これほど相応しい瞬間はまたと無いことでしょう!!」

 

 ロックハートは、もったいぶるように「皆さん静粛に!」と声を張り上げた。そして逃げるようとしたポッターを捕まえて言った。

 

「ハハッ、本日ハリーがフローリシュ・アンド・ブロッツ書店に足を踏み入れたのは、このギルデロイ・ロックハートの自伝を欲したからであるのは自明の理。なんて素晴らしいことなんでしょう。」

 

 サイン会にきていた人たちが拍手をする。口笛を鳴らしている者もいる。

 

 そしてポッターに自身の著書を全て無料でプレゼントすると発表したあと、再び巻き起こった拍手に気分よく頷きながら、更に続けて叫ぶ。

 

「この九月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、《闇の魔術に対する防衛術》担当教授職をお引き受けすることになりました。」

 

  ──は?自分の著書を教科書にしようとしたのかコイツ。嘘だよね?

 

 ルシウスの方を見ると、諦めたように首を横に振られた。

 

 

  胡散臭い経歴が連なるこの男。

 

 成し遂げたことと、ナルシスト基質で注目されたがっている雰囲気が全くつり合っていない。

 

 今年の防衛術の授業はどうなることやら。

 

 

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

  やがてウィーズリーの一家が買い物を終えたようなので、ルシウスを先頭に下に降りる。するとすぐに噛みつかれる。……シグナスが。

 

「あー!ブラック!!なんでお前がこんなところに!?」

 

「おいロン!」「我らが学友になんて言い草だ。」

 

「あいつは兄貴たちを騙しているんだよ!いい加減に気づくんだ!」

 

  いい加減にするのはお前だロナルド。1回しか喋ったことがないのに、どうしてあそこまで口が回るのか。頭のネジでも狂っているのか?

 

「いい加減にしなさい。そんな大声で。人様に向かって失礼だろう。」

 

  赤毛の男性だ。おそらく先ほどのアーサー・ウィーズリーだろう。こんなに子沢山の父親だったとは。

 

「ほうほう、息子たちにをご立派に躾ていらっしゃるのですなぁアーサー・ウィーズリー。」

 

「何のようだルシウス。」

 

  まるで長年探し求めていた恋人のような甘い口調で、しかし声は冷たく近づくルシウスに、そっけなく対応するウィーズリー父。

 

  その傍らでは、ポッターが先ほど渡されたロックハートの本を見たことが無い赤毛の女の子に渡し、それを目ざとくドラコが見つけて突っかかっていた。

 

「さぞいい気持ちだったろうね、ポッター?書店に行くだけで一面の大見出しかい?」

 

「ほっといてよ!ハリーが望んだことじゃないわ!」

 

 本、もとい教科書を渡された女の子が叫ぶ。

 

「ポッター!ガールフレンドができたじゃないか!」

 

 ドラコが弱みに付け込んで相手を黙らせた。いや、弱みなのか?

 

  だが、そんなことよりこの1年でドラコは随分と口が達者になった。ルシウスに色々と似てきたな。

 

 そして親たちはというと──

 

「いやいやアーサー。確か君は最近、とても多忙な日々を送っている聞いていたものだからねぇ。まさかこんなところで会えるとは夢にも思っていなかったよ。あれほど抜き打ち検査を行っているのだ、さぞ残業代はもらっているんだろうね?」

 

  ルシウスは、先ほどドラコにからかわれて、顔を真っ赤にして俯いている女の子の大鍋に手を突っ込み、使い古した変身術の教科書を引っ張り出した。

 

 それを見て、嘲笑う。

 

「……どうもそうではないらしいな。まったく。こんなことなら、いつか立ち入った先で金目のものでも自分の懐にいれるのではないのか?」

 

  まだまだ長く続きそうだったので、昨学期以来顔を合わせていないグレンジャーの方に向かった。彼女は家族連れのようで、一緒にルシウスたちの珍事を遠巻きに見ている。

 

「こんにちは。私はシグナスと申します。」

 

「はっはい。それで、何のようで?」

 

 意外と堅い。警戒されているようだ。

 

「お宅のお嬢さんと、夏休みに会う約束をしていたものですから。Ms.グレンジャーは優秀な魔法使いです。そんな彼女と少し話がしたくて。」

 

「まぁ。そうなんですか。ハーミー、行ってきなさい。」

 

「えっええ。ママ。」

 

 引きずり出すことに成功した。

 

「久しぶりだね。グレンジャー。全く、フクロウを待っていたんだけど。」

 

「すみませんブラック先輩。冗談だと思っていたもので。」

 

 縮こまるグレンジャー。これはロナルド・ウィーズリーに何か吹き込まれんだろう。

 

 "君、あの6男坊に何か毒されてないかい?"と前置きしてから言う。

 

「いや、本気だ。たった1年で魔法に驚くほど順応した君に、俺は興味を持っている。何をして勉強したのか、どんな努力をしたのか。誰よりも成長スピードの早い君に話を聞いてみたかったんだ。」

 

「そうだったんですか。」

 

 グレンジャーの顔が明るくなる。

 

「さっそくだが──」

 

 

「いえ、私は特別なことはやっていません。ただ勉強が好きなんです。だから、入学するまでに教科書を全部読んで、あとは杖で実践という所まで進めていました。他には──」

 

「そうなのか。いや、大変参考になった。ありがとう。それともう1ついいかい?」

 

「はい。」

 

  訝しげに頷くグレンジャー。

 

「バッテリーについて教えてくれないか──」

 

 

 質問した直後のグレンジャーの顔は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 

「──どうかしたのか?」

 

「いえ、まさかブラック先輩がマグルのことに興味を持っているとは思わなくて。だってあなた、純血主義じゃないんですか?私マグル生まれですよ?」

 

「家柄はね。でも何事にも例外はあるものさ。尤も、今までマグル生まれであまり優秀な人はいなかったから、友人は皆純血ばかりなのだが。」

 

「それって偏見ですね。」

 

「そうかい?まあ偏った考えを持っているのは認める。しかし、魔法に触れている時間が少ない分、そうなってしまうのは仕方ないと思うんだが。」

 

「そんなことを言っているんじゃありません。私は──」

 

「そろそろよろしいですか?」

 

「ええ。お嬢さんとは有意義な話が出来ました。グレンジャー、君の意見をまた聞かせてくれ。」

 

「あ、ブラック先輩!バッテリーなら図書館で調べた方が早いですよ。」

 

「分かった。今度行ってみるよ。」

 

 "貴様!おいブラック!!何やってるんだ!"

 

  先ほどまでドラコに噛み付いていたロナルド・ウィーズリーだろう。すごい剣幕でやってきた。なんだ?この子に気でもあるのか?

 

「気をつけろ!こいつはマグルたちを下に見てバカにしてるんだ。ついていったら殺されるぞ!」

 

  それを聞いて顔を青くするグレンジャーの一家。いや、違うから。

 

「どこをどう見たらそんなこと言えるんだいロナルド・ウィーズリー。君の耳は飾りかね?何度も言うが、君には関係ない。彼女は非常に類稀なる才能を持っている。君とは違ってね。話を聞きたかったのは君じゃない。」

 

「ブラックゥゥゥゥ!!」

 

  飛びかかってくるロナルドを、放出した魔力(・・・・・・)のみで吹き飛ばす。

 

「失礼しました。何かと因縁を付けてくる人間はいるものです。魔法界でも。……まあアレは例外だと思ってください。気にしないでくださいね。あ、あれは──」

 

  シグナスの視線の先には、今にも飛びかからんばかりのウィーズリー父と、飄々と相対するルシウスの姿。一触即発だ。

 

「──というわけなので、止めてきます。グレンジャー、何かあったらフクロウ便をくれ。何か力になれるだろう。」

 

 "キサマ!逃げるのか!!"

 

  叫ぶ声を無視して、呆気に取られている一家に一礼してから現場へ向かう。それは負け犬の遠吠えというものだよ。ウィーズリー。

 

 

  現場まで戻ると、まさに白熱していた。

 

「どこまで落ちぶれたら気が済むのかね、君の家族は。魔法界の人々の粗探しをするだけでは飽き足らず、マグルのような下等なものを相手にするから、君らはこんなことに(ry」

 

  "こんなことに"という言葉に合わせて使い古された教科書を見せつけたとき、ついにウィーズリー父がブチ切れた。

 

  こぶしを振りかぶり、ルシウスに飛びかかろうとした。

 

 "バチンッ"

 

 ウィーズリー父は、自分の右頬を殴った。もう1度言おう、自分の右頬を殴った。

 

  あまりの突然なことに驚き呆然としているウィーズリー父と、身構えていたのが拍子抜けになり、こらえ切れずに爆笑しているルシウス。あなたキャラ崩壊してますよ。

 

  そしてそんなルシウスの脇でしてやったりと口を歪めるシグナス。

 

  シグナスは、魔力のみ(・・・・)をウィーズリー父の肘に横からぶつけ、急な方向転換した拳をふっくらしている自身の頬にクリーンヒットさせたのだ。

 

  地面に座り込んでボーッとしている赤毛の大人に、そんな赤毛に爆笑している金髪の大人。そして、周りをサイン会にきていた客たちに囲まれている、というこの混沌とした状況に一石投じる者が現れた。

 

「おい、どうしたアーサー。尻もちなんてついて。」

 

  周りの客をかき分け、どしんと足音を鳴らして近づく大男、ハグリッドの登場である。

 

「いや、あいつを殴ろうとしたら自分の拳が……」

 

  何かボソボソと事情を説明しているようだ。妙な誤解を受けるのも嫌だが、流石にハグリッドを相手にはしたくない。それにルシウスが何かやったのでは?と勘ぐる不穏な雰囲気は、大変こちらの心臓に悪いです。

 

  主にルシウスへの罪悪感で。

 

「ルシウス。」

 

「ああ。」

 

  合図に応じて、ルシウスは未だにその手に持っていた、女の子の教科書を鍋に入れる。何か増えていた気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「ほら、君の教科書だ。君の両親にはさぞ高い買い物だろうね。"大切に"使いたまえ。」

 

  こちら側から一方的に事態を収拾させたシグナス一行は、ルシウスを先頭にこの場を去った。未だにマダム・マルキンの店でドラコの服を選んでいるナルシッサがこの場にいなくて本当に良かった。

 

  その日は、2週間ぶりにマルフォイ邸に泊まることになった。それまではひっきりなしに来ていたので、ゲストルームの一室が既にシグナスの部屋と化している。

 

  夕食をとり、最後にさあ寝ようというところで、ルシウスに呼び出された。

 

 コンコン

  重厚なルシウスの書斎への扉をノックすると、すぐに入室の許可が出た。

 

「シグナス、今日はとても有意義な時間だった。どうもありがとう。」

 

「いえ、こちらこそ。非常に楽しかったです。」

 

「ふむ、ところでシグナス。ドラコから聞いたのだが、ウィーズリーが騒いでいる傍ら、マグルに接触していたようだな。」

 

「ええ、あの家族はドラコの同級生です。だから彼に近づいて誑かすなと忠告したまでのことです。」

 

「そうかそうか、では昨学期の成績の掲示の日、マグルの"穢れた血"に何を言っていたのだね。」

 

 語気こそ穏やかだが、そのギラついた目は何かを確信している目だ。やはり誤魔化すことは出来なそうだ。

 

「ご存知でしょう。ドラコに勝った彼女の優秀さを。あんなに魔法への順応が早いマグルも珍しい。本当に生まれてくるところを間違えたと思うほどに。」

 

「何が言いたい。」

 

「いえね、どんな技を使って壁を乗り越えたのか、単純に疑問に思っただけですよ。自分のスキルアップにも繋がりますし。」

 

 本当は彼女の努力がストイックすぎて、♪やはり努力あるのみだなー"と再確認したのとバッテリーの情報しかあまり収穫が無かったのだが。

 

「ふん、"穢れた血"ごときに構うな。いいことなど何ひとつない。」

 

「何ひとつ?そんなわけはありません。彼らの新しい視点によって、魔法界に貢献していることだってあります。魔法省にコネをもつルシウスなら知っているでしょう?」

 

「シグナス……お前は血の裏切り者になるつもりか。あんな"穢れた血"と交わるというのか!?」

 

 段々と語気を荒げていくルシウス。

 

「どうして交わる交わらないの話になるんですか。『いいから答えろ!』……俺は自分の血に誇りを持っています。今やブラック家は俺のみ。この血は受け継がねばならない。言われなくても分かっています。

 

 しかし──純血、混血、あるいはマグル。私がいつ、誰と結婚するといいましたか?ルシウス。」

 

「クッ!!(なんだこの雰囲気は…夏季休暇が始まった時とはまるで違う!?)

 ──シグナス、貴様、夏季休暇に入ってから何をしていた!?」

 

「我が愛箒の点検に日本へ行っておりました。」

 

「なん……だと…あの黄色い〇共と馴れ合っていたのか?純血としての義務を忘れたのか!?」

 

「義務?あんな前時代的なものに縛られなければならないのですか?それと、箒のメンテナンスをしたのはイギリス人です。」

 

「前時代的なものだと!?貴様、純血の伝統を否定するつもりか!?」

 

「時代は移り変わるものです。血を遺すためだけの政略結婚なんて、俺は御免です。俺は、恋愛結婚をする。これは俺自身が決めたことだ。相手が聖28一族だろうと、仮にマグルだろうと異論は認めない。ブラック家の当主は、この俺だ!!!」

 

「クッ……」

 

 「……それにルシウスもマグルを利用しているではないですか。ガリオン金貨を金としてポンド、ドル、円……そのときの価値の高いマグル紙幣に換金。そして元金よりも膨れ上がったガリオン金貨を受け取る──

 

 手っ取り早く資産を増やす、実にあなたらしい手段だ。それを棚に上げて、マグルとの接触を禁じようとでも言うのか!!」

 

「……もういい、この部屋から出ていきなさい。」

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

  翌日、シグナスは何事もなかったかのように挨拶してブラック邸に戻ったが、この日を境にルシウスとは目を合わせなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

  そして新学期──。

 

  去年のようにダブネと待ち合わせをして、ホグワーツに向かう特急列車のなかで2人、この夏季休暇の話で花を咲かせた。

 

  気がかりなのは、特急の中でばったり出会ったドラコに無視されたことだ。

 

  ──あっという間に到着し、今年はダブネと共にセストラルの馬車に乗り込んだ。今回はダフネがいるからか、セストラルを見ても動揺しなかった。

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

  今年の新学期で最も注目を浴びたのは、言わずもがなロックハートだろう。華麗に着任の挨拶を終えたロックハートを見て、シグナスは何かを思いついたかのように笑みを浮かべる。

 

  寮関係なく多くの女子生徒が彼にメロメロになっているが、意外にも、ダフネは彼の毒牙にやられなかった数少ない1人だった。そんなダフネは、食事をしながらニヤリとしているシグナスに首を傾げたのだった。

 

 

 

  さっきから人目を憚らず騒いでいるドラコは、とにかく奇行が目立った。先ほど、ホグワーツの暴れ柳に突入して登校したという噂が立っているポッターとロナルドのことを、"退学だ!退学だ!"と叫んで回っている。

 

  あの子も一応これから先輩なんだが……。今日のドラコは色々とおかしい。そして、懸念は現実となっていく──

 

 

 

 

  ──事件が起こったのは、翌朝の大広間だった。

 

  いつものようにダフネを連れ立って大広間に入ると、昨日の噂の的、ポッターとロナルドが縮こまっている。新学期が始まる前だったために減点こそされなかったものの、こってり絞られたようだ。

 

  テーブルの奥では、2人がしでかしたことを一面に載っけている日刊予言者新聞を片手に、またドラコが騒いでいる。おかしいのは昨日だけじゃなかったんだ。

 

  やがてウィーズリー母からのものと思われる吠えメールをBGMに朝食を食べ進めていると、なにやら神妙な顔をしたフリント先輩がやってきた。

 

「おはようございます。先輩。」

 

「ああ、シグナス。」

 

 何か迷っている様子だったが、決心したように顔を上げた。

 

「シグナス、シーカーを降りてくれないか?」

 

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

「シーカーを降りてくれないか?」

 

 ────はい?

 

「どうしたんですかいきなり。箒の方も新調したばっかりだと言ったばかりではないですか。先輩も面白い冗談を言うものですね。」

 

 笑って"嘘だよ"という言葉を引き出そうとしたが、彼は真剣な顔のままだ。

 

「この学校のクィディッチは、キャプテンの前に支援してくれるスポンサーがいる。4寮で分担して競技場や道具の整備などをやってくれているのは知っているな。

 

 言わずもがな我がスリザリン寮のスポンサーはマルフォイ家が中心となっているんだが、急にシーカーをドラコ・マルフォイにしろと言ってきたんだ。」

 

「え?それどういうことですか?」

 

「見返りはニンバスの新型。そして拒否権を持つのは寮監のスネイプのみ。そしてそのスネイプは、棄権した。つまり黙認したんだ!シグナス、君がいかに優秀なシーカーかは俺が1番よく分かってるつもりだ。だかこればかりは逆らえん。すまない。」

 

  勢いよく頭を下げ、吠えメールに負けんばかりの大声で謝罪し、今にも土下座せん調子のフリント先輩に呆然としていた。

 

「はあ!?それ冗談ですよね?金で買収したってことですか!?」

 

「いや、そっそのぉ……」

 

「やめとけダフネ。どうせ覆らない。」

「でも!」

 

「シグナス。お前ルシウス・マルフォイと何かあったのか?こう言っちゃなんだが、去年まではお前にとても過保護だった。それをこうして手のひらを返すなんて……」

 

「いえ、いいんです。俺が悪かったんです。尤も、悪いことをした覚えはありませんがね。」

 

  ニヤリと薄ら笑いを浮かべたシグナスは、更に畳み掛ける。

 

「それと、これを機会に俺をチームから外してください。丁度よかった。このままじゃ勉強との両立も難しいと思っていたんです。それでは。」

 

「シグナス!」

 

  足早に大広間を立ち去るシグナスに、未だ地面に手を付けたままのフリント。思わず名前を叫んだダフネには分かっていた。両立ができないなんて嘘だ。どうしてすぐに受けいれてしまったのか。

 

  思わずダフネも駆けてそのあとを追う。

 

「シグ!どうして我慢するの!?シグはこの学校で1番のシーカーなのに、」

 

「ダフネ、あんまり大声で俺を困らせないでくれ。」

 

「でも!?」

 

「──ちょっと場所を変えようか。」

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

  やってきたのは、いつかお気に入りのスポットだと教えてくれた湖のほとりだった。

 

「この件には、あまり首を突っ込んではいけない。グリーングラス家に迷惑を掛けるわけにはいかないよ。」

 

「これは家の問題なの!?シグが不当な権力のチカラで引きずり下ろされたのに!どうしてそんなに平気なの!?」

 

「いや、大丈夫じゃない。大丈夫なんかじゃないよ……」

 

「シグナス…」

 

「でも、これはどうにもならない。それにそろそろマルフォイ家とは距離を置きたいとは思っていたんだ。」

 

「今回の夏休み、私の家より入り浸ってたのに?」

 

「ああ、入り浸ってたのに。まあ、本当に距離を置いたのなら、俺が頼れるのはグリーングラス家だけになるわけなんだが。」

 

「どういうこと?」

 

「この先を見据えたとき、自ずと答えは見えてくる。その時にマルフォイ家に近すぎると危ない。」

 

「まさか、闇の帝王の話をしているの?お父さんから、"マルフォイ家は死喰い人の家だったけど、アズカバン行きを免れた"って聞いたことあるけど。でも、あの人は滅びたって。」

 

「一般的にはね。でも今は力を失っているだけだと考えている。今のところルシウスに動きはないけど、他の忠実だったしもべたちがいずれ必ず復活させるだろう。最近は魔法省による抜き打ち検査も多い。いくら恐怖の対象だろうと、そうしなければならないほど、彼らには生きにくい社会なんだ。」

 

「私の家には来なかったわよ?」

 

「もちろんそれには裏がある。魔法省…というか一部の役人が、かつて裁ききれなかった死喰い人を摘発しようと躍起になっているんだ。一応今は平和だからね。そういうことをしている余裕がある。

 

 だからこそこれからは大変なんだ。実際、去年はホグワーツで何が起こった?去年はどんな年だった?」

 

「え?確かに色々と事件は起こったけど。」

 

「Keyを握るのはハリー・ポッター。去年は"生き残った男の子"が入学し、例年にない事件が立て続けに起こった。トロール云々、未だに詳細が明かされない賢者の石の話云々。そして彼は、起こった事件のほとんどに関わっている。

 

  まあ全てが奴らの陰謀だった訳じゃないし、彼自ら突っ込んで行ったこともある。そして、これは彼がホグワーツを去るか、闇の帝王が滅びないかしない限り、ホグワーツは安全ではない。今年もきっと事件が起こる。

 

  もう時間は止まらない。始まってしまったんだ。

 

  ──ダフネ、分かっているとは思うけど、彼には絶対に近づいてはいけないよ。死にたくなければね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  シグナスの4年目のホグワーツ生活は、かつてないほどに静かになった。ドラコが離れたことによって取り巻きが完全に居なくなった。

 

  どうやら、ルシウスの手がこちらまで伸びていたようだ。スリザリン寮でシグナスの周りに居続けたのは、ダフネとジャックだけだった。

 

  だが、これだけに関しては好都合だ。これでこちらも動きやすくなる。

 

  シグナスとドラコの不和、シグナスを取り巻く明らかな変化を校内中が察知し始めた頃。

 

  再び寮どうしの関係が冷え込んだホグワーツにおいて、シグナスの周りだけは色が豊かだった。

 

  交流が続くセドリックにフレッドとジョージ。彼らはルシウスの策略によって、ホグワーツでの勢力を急速に失いつつあるシグナスの側から離れずにいてくれた。

 

  彼らはクィディッチメンバーから外されたシグナスに心から同情し、ジャックとは被らない授業のときに一緒に移動したり、図書館で人目を憚って会ったりと今まで以上に交流を重ねるようになった。

 

  尤も、クィディッチメンバーから外してくれと頼んだのはシグナスの方だったのだが。

 

 

 

 

 

 

  何が起きたかは、噂好きなホグワーツの生徒たちが理解するには、そう長くはかからなかった。

 

  ドラコ・マルフォイがスリザリンのシーカーに就任。早速グリフィンドールのクィディッチチームと衝突した。怪我などはなかったものの、グリフィンドール側からの不満が爆発。他寮からも反感を買っているという。

 

 

  今まで無敗を貫いてきたシグナス・ブラックが、在学中ながらその座を外され、現在の魔法界で最も力を持つマルフォイ家の御曹司、ドラコ・マルフォイが代わりに座ったことは、ホグワーツに強い衝撃をもたらした。

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
シーカーはシグナスのままでいいかなって思っていたんですが、ご都合主義も甚だしいので原作通りドラコがなりました。

まさかマルフォイ家と確執を生むなんて誰が思ったかね?大丈夫です。ちゃんとこのあとのプロットも固まってます。

また、スポンサー云々の話は捏造です。

Qこれって日本行った意味あった?
Aもちろんです。誰がこのあとクィディッチやらないと言ったかね?

ご意見、感想心待ちにしております。
❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

・外に出るようになったシグナス

日本から帰ってきた晩に感じてしまったモノが大きかったんです。あの温かみが恋しい。

・演技力が欲しいと痛感

あれ?これって……(意味深

・ボージン・アンド・バークスへ

もちろん、原作通りこの光景をハリーが見ているなんて、彼らは知りません。

・抜き打ち検査

ルシウスからの風評で、シグナスのウィーズリー家に対する評価がダウン。

・魔力を放出

映画の神秘部の戦いで、アバダやら悪霊の火をぶっぱしたお辞儀さんですが、ダンブルドアに向かってすごい"気"というか、魔力的なもの出してましたよね。"うわぁー"って雄叫びあげて。すごい風だった。イメージはあんな感じです。もちろんまだまだ威力は弱いですが。

陰陽道の修行は上手くいっているようです。

・ロンの勘違いが加速

彼って1度思い込んだことはなかなか忘れません。というか、それを考えすぎて、他の可能性を考えていないキャラという感じがします。おかげで風評被害にあっているシグナスからの評価もダウン。というかこれ以上下がるのか。

・ちゃっかり告げ口してるドラコ

彼の真意はいったいどこにあったのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話変わってしまった日常と不穏な気配

こんにちは。

ようやくホグワーツでのお話に入ります。


  スリザリンの新シーカーにドラコが就任する前後から、情勢はシグナスに不利になっていた。

 

 別にドラコと揉めたわけではない。争っているつもりもない。しかし、ホグワーツの理事として絶対的な権力を持つルシウスの毒牙が、確実に影響を及ぼし始めていた。

 

  シーカーの座の剥奪、取り巻きの吸収。これくらいならまだ良い。否、前者だけでも大変血の気が茹だつほどの受け入れ難い出来事だったのだが、さらに追い打ちをかけるように、予定されていた時間割が変更になった。

 

 変更前は今まで通り、たくさんの授業を受けるだけでよかった。クィディッチとの兼ね合いも含め、特別措置となる"逆転時計"を使わずに済むように組まれていたのだ。

 

しかし変更後からは、歴代の全教科取得者のように"逆転時計"のお世話になることになったのである。

 

  逆転時計──通称タイムターナーは、ネックレスに砂時計がついた形のシャレオツなデザインをしている。しかし、本体には時間逆転呪文が施されている。

 

  つまり、"被っている科目は時間を遡って受けろ"ということである。

 

  そして時間割変更の裏には、確実にルシウスが裏で手を引いている。

 

  表向きの理由はこうだ。

 "逆転時計"を使わざるを得ない状況になったので、クィディッチと両立させるのは大変危険である──。

 

  という理由から、チームに入りたがっていたドラコをゴリ押しして入れさせたのである。

 

  確かに、"逆転時計"を使えば人よりも1日を過ごすことになる。つまり、1日の活動限界を越えた状態で過ごさなければいけないのである。

 

  そんな状態でクィディッチの練習をするのは自殺行為とも言えるだろう。

 

 

 

  ──この仕打ちはかなり辛い。

 

  理由はいくつかあるが、最も辛いのは、"逆転時計"の存在を明かしてはいけないことなのだ。

 

  どういうことか。

 

  ルシウスの策略によって、寮での風当たりも日に日に厳しくなっており、今やシグナスが落ち着けるのはダフネとの朝食の時間、ジャックにセドリックや双子たちとの移動教室の時間、双子たちとのイタズラの時間などに限られている。

 

  そして"逆転時計"は、前述の通り、その存在を明かすことを禁じられている。つまり、移動教室は1人で行わなければならない。シグナスは落ち着ける時間を1つ失ってしまったのだ。

 

  それがどんなに辛いことか。ただでさえシグナスは、この夏休みで人との接触を望むようになった。

 

  そんな彼が強制的に"孤独"にならざるを得ないのだ。コミュニケーション不足で人肌恋しいシグナスは当然彼らへの依存を高めるわけで──

 

 "シグ、最近どうしたの?べったりくっついてくれるなんて///"

 

 "シグナス、最近大丈夫かい?……いや、シグナスの話は大変参考になってるよ。今年は僕らハッフルパフが対抗戦を制してみせるよ。"

 

 ""シグナスー最近ノリいいな!""

 

 あれ?満更でもなさそうだ。

 

 

  そして始まった新しい生活。今日は、新任のロックハートによる闇の魔術に対する防衛術の授業が入っていた。

 

  既に授業を受けているダフネによると、とにかく酷いらしい。

 

 吸血鬼や狼男すら倒してきたという偉大な経歴を持つ彼が、ピクシー妖精すら抑えられずに授業を混乱に陥れたそうだ。

 

 馬鹿な、いくら何でも冗談だろう?

 

  しかし、ダフネの瞳は真剣だった。

 

 

  ダフネの話に衝撃を受けたシグナスは、とりあえずファンクラブの会員に確認を取ったりしてみたがいずれも肯定の返事がきて、今年もハズレかーとため息をつくのだった。

 

  むしろ、最近のシグナスの噂でいいことを聞かないからと心配されてしまった。

 

  ──そして迎えた初授業。 

 

 教室に着いて全員が椅子に座って待っていると、やがて授業のチャイムが鳴った。鳴り終わるのと同時にカッコつけて登場したロックハートに黄色い声援が飛ぶ。

 

  これはどこか冷めた印象のあるレイブンクローやスリザリンでも関係ない。

 

  やがて、教壇の前に立ったロックハートが大きな咳払いをして一冊の本を取り出した。

 

 その本──教科書の表紙にはロックハートが映っている。目の前の本人と同じタイミングでウインクを飛ばした。

 

 写真に映った自分を差し示しながら、彼は言葉を発する。

 

「私だ。ギルデロイ・ロックハート、勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして『週刊魔女』5回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。

 

 もっとも、私はそんな事を自慢するわけではありませんよ。私は──」

 

  最後に意味の分からないことを言ったが、その言葉に反応したのは彼にお熱な生徒だけで、大半は失笑を零し、白けた目を壇上の教師に向けていた。

 

  うーん、これがロックハートクオリティ。気の利いたジョークの1つも言えないとは。

 

 悲しいことに、ロックハートは温度差のある反応に気付いていないようで、黄色い声援に酔っている。そして偉そうな口調で話し始めた。

 

「全員、勿論私の本を揃えているね?結構。そしてもっちろん全て読み終えていることと思います。そこでまず、簡単なミニテストを実施しましょう。

 

 ハハッ、心配はご無用、君達がどのくらい私の本を読んでいるかをチェックするだけのテストですからね。」

 

 華麗に言葉を締めくくったロックハートは、早速テストペーパーを配りながら、さらに補足していく。

 

「たいへん嘆かわしいことに、先ほどまで全く同じテストを実施しましたが、どの学年もどのクラスでも、誰も満点を取ってはくれませんでした。」

 

  それはそうだろう。と4年生スリザリン一同が思った。なぜなら、その内容が──

 

 ──ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何か?

 

 ──ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?

 

 といった内容で、紙の表裏びっしり詰まっている。まあ、確かに読み込めば答えられる問題ではあった。

 

 

「……現在2年生のグリフィンドールのお嬢さん以外はね。このスリザリンは勿論、上級生の部類に入るわけですし、そんな事はないと信じていますよ。」

 

  マジか──と一同は思った。誰だ?その満点を取ったやつは!?というか学校共通テストなのかこれは。ちゃんとした授業できるのか?

 

  一同が顔を見合わせるなか、シグナスだけは違うことを思っていた。2年生のグリフィンドールの女子……その中で満点を取りそうな人物で思い当たるのは1人しかいない。

 

今のところフクロウ便は届いてはいないが、困っていたら力になってやろうと思う。彼女の才能は、腐らせるには惜しい。

 

  また、シグナスは、ロンドンの図書館まで出向いてバッテリーのことを調べ尽くしていた。日本のツチハシ家当主の言葉を引きずっていたが、調べて損はなかった。要は、電気を貯めるところを改造すればいいのだ。

 

  そして逆転時計を得た今、時間はいくらでもあると言える。"学業以外には使用出来ないことになっている。上手く使うのだ"とスネイプ教授から言いつけられているが、バレなければ問題ない。"上手く使え"というのは、スネイプからのそういうメッセージだったと思える。

 

  結局夏休み中に式神を使役することはできなかったが、ここには必要の部屋という最高の環境がある。あとは時間軸を越えた自分に会わなければ済むだけの話だ。

 

  そんなことを思っていると、いつの間にかミニテストは終わっていた。"ノンフィクション"だというその小説は意外と面白かったので、シグナスは1人のときに夢中になって見ていた。物語に引き込まれ、寂しさを紛らわせるのには1番だったからだ。つまり---

 

「おやおや、私の好きな色がライラック色だということを殆ど誰も覚えていないようですね。それと、私の誕生日の理想的なプレゼントは、魔法界と非魔法界のハーモニーです。

 

 ミスターハワード。私のひそかな大望は世界一の目立ちたがりになることではありません。私のどこが目立ちたがりだと言うのですか!?」

 

  ──すべてだよ……

 

 一同の心の声が一致した。

 

「しかし、このクラスではミスターブラックが満点を取ってくれました。スリザリンに10点差し上げましょう。ミスター、どこにいますか?」

 

 ----シグナスが満点を取るのは必然だと言える。

 

 

 

  その後一通りシグナスを褒めちぎったあと、授業を行うことになったが、実技演習は"準備ができてない"ということで中止になった。

 

 ──ダフネの言ってたことは本当だったんだな。

 

  そんなことを心の中でボヤいていると、早速通常授業に入るとのことで、模範演技をするらしい。え?模範演技?授業じゃないの?

 

「まずは私の最新作、『雪男とゆっくり一年』を演って頂きましょう。私はこれが一番のお気に入りでね。誰か雪男役をやってくれないか?私が"物語通りに"倒す実践をしよう。さあ、どうしました?バンバン手を挙げちゃってください!」

 

  ──誰が挙げるもんか。

 

 再び一同の心の声が一致した。

 もはや手が挙がる気配すらない。

 

  そこでシグナスは考えた。今年のパーティーでは、自分の演技力の無さを散々自覚したではないか──と。

 

  まさかマグルを利用しようとしただけでルシウスにここまでされるとは思っていなかったのだが、こうなった以上はこれまで以上に上手く立ち回らねばならない。

 

  つまりこれは演技力を磨く絶好の機会ではないか──と。

 

「さて、仕方ないですね。みんな照れてしまっているので、ここは満点を取ってくれたミスターブラックに演ってもらいましょう。」

 

  …途端に拍手が教室を包んだ。そんなにやりたくないのか?

 

  ロックハートは芝居が好きらしく、雪男と対峙するシーンばかりを行った。一々"はい!ここで倒れて!"とか言われるのも癪だし、第一物語の進行は全て覚えてしまっている。

 

 あんなに面白い物語なのだ。いちいち止めるのもつまらない。ということで、"戦闘シーンは流しで演ってしまいましょう。"と申し出、それに嬉しそうな顔をするロックハートと一切カットなしで演技しまくり、だんだんシグナスも楽しくなってきて、魔力を出して雪男の冷気を再現するなどして無駄に完成度の高い茶番劇が繰り広げられた。

 

 そして授業の終わり──。

 

「はい、ミスターブラック、ありがとうございました。大変素晴らしい演技でしたね。これからもよろしくお願いしますよ!」

 

  どうやら専属に認定されたようだ。茶番劇に興奮しきっていた教室も盛大な拍手に包まれ、この日の授業は終わった。

 

「シグナス、あんなに演技上手かったなんてな。」

 

「いや、あれは半分素なんだ。途中から楽しくなってしまってな。」

 

「ノリノリだったもんな。あの授業は役に立たなそうだが、新しい娯楽ができたな。にしてもどうしてまともに取り合ったんだ?」

 

「ん?まあね。」

 

 意味深な笑みを浮かべ、シグナスは歩くペースを早めた。

 

 

  新学期も始まってしばらく、シグナスとロックハートの茶番劇が校内で話題になっていた。どうやらスリザリンの4年生が騒いでいただけでなく、ロックハートも各授業で言いまくっていたらしいのだ。

 

  一部のグリフィンドール生を除いて好意的に見られたシグナスのもとには、再び人が集まるようになった。ただ前回と違うのは、家柄など関係なく、対等な関係友人が多数集まったということである。

 

  素で話し合えるようになってますます毎日が色付くシグナスを、ドラコが悔しそうに見ていたのは誰も気づかなかった。

 

  そして、ルシウスによる集中攻撃は陰湿なものへと変わっていくが、シグナスの周りは一切気づかなかった。

 

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

  ある日、シグナスがダフネと2人で湖のほとりで休んでいると、誰かから声を掛けられた。ダフネは寝ている。

 

「……ダンブルドア先生。」

 

「こんにちは。シグナスや、最近はどうも楽しくやっておるようじゃな。」

 

「ええ、そうでもしないとやってられなくて。最近理事会からの干渉が止まらないので、どうも不安なんです。」

 

  暗に"お前仕事しろよ"と言ったのだが、ダンブルドアは気づかないフリをした。

 

「さて、その理事会なんじゃがのぉ。最近の彼らを動かしているのは誰か知っているかね?」

 

「もちろん。」

 

「去年まではシグナス、お主の強力な味方だったはずじゃ。一体何があったのじゃ?よろしければこの老いぼれに教えてくれんかの?」

 

「別に教えるのは構いません。ほんの些細なことなのです。しかし、あなたが知って何になるんです?理事会の干渉を許し、1人の生徒が貶められるのを黙認していたあなたが。

 

 まさか私を助けてくれるとでもいうのですか?ああ、なんて慈悲深いんだろう。」

 

 校長の申し出に対し、どこか挑戦的に、しかしどこか投げやりな様子で皮肉を言うシグナスに、だいぶ精神的に来ているようじゃな。とダンブルドアは推察をする。

 

 無理もない。本当なら、今はクィディッチの練習をしている時間なのだから。たとえ自分の力で友人を作ったとしても、その穴はなかなか埋まらないのだ。

 

「シグナスや。今日はの。お主に伝えなければいけないことがあるんじゃ。」

 

「それと理由を交換しろと?」

 

  ダンブルドアは反応しなかったが、肯定の証左だろう。

 

「実は、ミスグレンジャーと接触したんです。」

 

「なんと!?」

 

 予想の斜め上の解答に、驚きを隠せないダンブルドア。この賢者がここまで驚くのも珍しい。

 

「昨年の学年末テストの成績が出てから、彼女のことを気になっていたんです。」

 

「それは……彼女がマグル生まれだからかね?」

 

「その通りです。先生は見たことがありますか?たった1年であそこまで魔法に順応しているのを。同学年の誰よりも先をいくその才能を。

 

 私は、彼女がなにをしてそこまで伸びたのかが気になった。しかし、話し掛けられた場面をドラコに見られてしまったらしくてですね。」

 

  自嘲的に呟く。

 

「ルシウスには、マグルと関わっても利益はないと言われましたが、それは認められなかった。だって、彼女はきっと、この閉鎖的な魔法界に新しい風をもたらすでしょう。私は別に、必要以上に接触するつもりはなかった。ただ、興味本位の段階だったんです。」

 

「じゃがルシウスは……」

 

「ええ、きっと私のことを"血の裏切り者"だと思っています。まさかあんなひょんとしたことで関係が捩れるとは思っていなかった…。

 

──まだルシウスは本気ではないのが救いです。多分、ブラック家を潰す気はないんだと思います。」

 

「そうじゃな。ブラック家を潰してしもうたら、魔法界が大変なことになるわい。そこでじゃがなシグナス。最近の魔法省の動きを察知しておるかね?」

 

「いえ、パイプは全てルシウスに吸収されてしまいました。」

 

「そうかの。今ならまだ間に合うんじゃが、今度のクリスマス休暇中、ブラック家に魔法省の抜き打ち監査が行われそうになっておる。」

 

「え!?冗談でしょう?」

 

「否、冗談ではない。おそらくルシウスの引き金じゃ。向こうもそろそろ監査が入らないとマズい情勢じゃからのう。じゃが、今はまだ入れられない理由でもきっとあるのじゃ。だから、ブラック家にお鉢を回した。」

 

「しかし、我が家には人は入れません。詳しくはお話ししかねますが、守りは完璧です。」

 

「ほう、それは頼もしいのぉ。しかし、それでは議会に上げられてしまう。ルシウスは目的のためなら犠牲を厭わない。

 

反対に身内には甘い。身内が守れるのなら、たとえ当初の目的通りにコトが運ばなくても"まあそれでいいか"と思う程度の男なのだ。」

 

「なら、私の逃げ道を塞ごうとしているあなたに、私はなにをすればいいんですか?」

 

「ルシウスの影響力を弱める。それを手伝って欲しい。」

 

「──ん?ちょっとすみません、私、ストレスで耳がおかしくなったみたいです。もう1度よろしいですか?」

 

「間違っておらんぞシグナス。あやつは力を持ちすぎた。かつては、お主の後見人の夫という立場を使い、ブラック家の名を使ってなりふり構わず勢力を拡大したのじゃ。

 

おそらく闇の帝王時代のときよりも力を付けておるじゃろう。そしてこれ以上は見過ごしてはおけん。既に魔法省は、あやつの賄賂で溢れている頃じゃろう。」

 

「──それで私を助けてくれるんですか?」

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

  10月31日、ハロウィーンを迎えた。去年はトロール事件で一時中断されてしまったハロウィーンパーティーだが、去年の分まで楽しめということなのか、今年は一層派手だ。ただでさえ豪華なスリザリンテーブルには、もはや高級料亭と遜色ない品揃えになっている。

 

  余談だが、あまりにもドラコが反応してくれないので、ドラコとその周りだけは通常のグレードに下げられている。ほんのささやかな嫌がらせである。

 

  ホグワーツに来てから豪華な料理しか食べていないドラコの舌に、どう響いてくるのだろうか。楽しみだ。

 

  いつものように話を楽しんでいるシグナスとダフネの周りには、たくさんの人が囲み、2人を交えて話していた。ここだけは寮の垣根は関係ない。

 

  最初は抵抗感があったダフネも、今では他寮の友人まで作っている。入学前から付き合いのあるパーキンソンとブルストロードはドラコの方へ行ってしまったことや、彼女たちでさえも腹の探り合いで気が抜けなかったということもあって、現在の友人は素で話し合える貴重な存在となっている。

 

  パーティーも佳境に入るなか、本日の余興として"骸骨舞踏団"が入場し、歓声が上がる。老若男女、魔法界で根強い人気を誇っている楽団だ。

 

「シグ、骸骨舞踏団の演奏が始まるわよ。」

 

「見るのは初めてだ。楽しみだね。」

 

  楽しい時間というものはあっという間過ぎ去っていくもので、やがてパーティーもお開きとなって、生徒たちは各寮へ戻っていく。いつまでも明るい雰囲気だったシグナスたちの集団も、解散して寮の方へ戻っていこうとしていた。

 

  しかし、進行上で騒ぎが起こっているので、みんなで向かった。

 

「どうしたんだ?」

 

「何があった?」

 

「ここからでは見えないわ。」

 

  生徒たちの歩みが止まり、ざわっ……としている。どうやら、事が起きているのは突き当たりの壁付近らしく、そこにはポッターたち一味がいるらしい。──またか。

 

  興味は無いが、進路が塞がっているので動けない。そして──

 

「継承者の敵よ、気を付けよ! 次はお前たちの番だぞ、"穢れた血"め!」

 

  興奮した様子のドラコの声が、廊下に響き渡る。ドラコ、その言葉は絶対に使ってはいけないと何度も言ってきたのに……。

 

 そんなドラコの声に気づいて呼び寄せられたのか、教師たちが人混みを掻き分けて前へと進む。

 

 ミセス・ノリスの飼い主、管理人のフィルチの声が響いてきた。

 

「私の……私の猫だ!ミセス・ノリスに何が起こったというんだ!?」

 

  フィルチはすぐ側にいるポッターたちを責めているようだ。

 

「お前か……お前だな! よくもこの子を! 殺してやる! 殺して……」

 

「アーガス!」

 

  ダンブルドアの声が聞こえると、やがて解散の指示がなされ、ようやく寮へ向かっていく。

 

 そしてようやく見えた壁には、血文字で

 “秘密の部屋は開かれた。継承者の敵よ、気を付けろ。”と書かれていた。そして下の床には水溜まりが広がっていた──。

 

  寮に戻ったシグナスは、自分の周りでこの騒ぎについて話し合っている友人たちをよそに、考え込んでいた。

 

 この友人たちは、ロックハートとの茶番のおかげでシグナスの元に戻ってきた"正真正銘"の友人であった。

 

 どこかシグナスをリーダーとする節はあるものの、マルフォイ家のご機嫌を伺わなければならない取り巻きたちではない。思えば、自分の行動が家柄によって制限されるのだから、彼らも可哀想だ。

 

「("秘密の部屋"……か。確か家の書庫にそんな伝説を載せている本があった気がするが──忘れてしまった。」

 

「シグナス、何か知らないか?」

 

 友人の1人が尋ねる。

 

「いや、サラザール・スリザリンが作ったと言われている、伝説上に存在するものだとしか分からない。」

 

「え?そんなに昔のものなの?」

 

「ああ、実在するかどうかは知らないが、確かにそんな伝説は存在する。」

 

 ダフネの疑問に答えていると、談話室の違うところを占拠していたドラコが、未だ興奮から冷めない様子で大声で演説を始めた。

 

「父上によると、"秘密の部屋"とは、この学校で教えを受けるに相応しからざる者、つまり"穢れた血"を追放するために、我らが偉大なる創設者、サラザール・スリザリンが設けた部屋だ。

 

 その中には、スリザリンが遺した凶悪な怪物が残されているらしい。だから、狙われるのは"穢れた血"の連中さ!」

 

 答えを得たことで興奮するスリザリン談話室のなかで、シグナスの眉間にはシワができていた。

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

  今日は、今学期のクィディッチの開幕戦である。カードはスリザリンVSグリフィンドール。

 

  今年から選手ではないシグナスは観客席いるのかと思えば、彼は現在、"必要の部屋"にいた。

 

  言わずもがな、式神の特訓である。"擬人式神"には上位式神と下位式神があって、前者は自立型で、後者は命令系統のみだ。

 

  もちろん前者の方が難易度は高く、この頃になってようやく下位式神を完成させた。これでも"逆転時計"を何度も使用した末の結果である。

 

  嬉しさにふにゃりと崩れる笑みを浮かべつつ、"ブラック邸の庭にある草"を使役させたシグナスは、さっそく試してみるべく偵察に送り出すのだった。

 

 

  シグナスが試合の応援に行かなかったのには、理由が2つある。

 

  1つめは、もちろん式神の練習。

 

 このままだといつ運用できるようになるか分からなかったので、とりあえずこの試合が終わるまでひと通りやってから、1度"逆転時計"を使ってもう1週しようとしていた。

 

 

  2つめは、素直に応援できる気がしなかったから。

 

 これは経緯が経緯なので、一緒に行きたがっていたダフネたちも納得してくれた。唯一ジャックは"見てくれねぇのかよー"と不満顔であったが、"また落ち着いたら見に来てくれよ。"と笑顔で言ってくれた。

 

  そんな眩しい笑顔で言ってくれたジャックに罪悪感を覚えつつ、式神第1号に試合を観戦しろと命令する。魔力操作によって、8階から風に乗って一気に観戦席までついた式神と、視覚と聴覚をつなげる。

 

  2年ぶりとなる、観戦席からの視線。まるでそこにいる熱気すらも感じそうだ。"実験成功だな"と結論を出そうとしたシグナスは、次に見えてきた光景に言葉を失った。

 

  ──ポッターが、ブラッジャーに追いかけられている。

 

  どうして!?と思ったシグナスだったが、生憎ここにはその疑問に答えてくれるものはいない。仕方なく観戦を続けていたシグナスだったが、必死に逃げるポッターをよそに、シーカーのドラコは爆笑している。いや、スニッチ探せよ。

 

  どうやら試合はスリザリンがリードしているようだが、確実に練習量が減っているだろうビーターズは誰も撃ち落としていないようだ。

 

  必死に逃げているポッターに、必死に煽っている様子のドラコ。何を思ったか、ポッターが真下のドラコに向かって急降下した。

 

  "フォイ?"と聞こえた気がしたが、ドラコは辛くもそれを躱した。そしてブラッジャーに迫られながらも素通りしたポッターは、その先のスニッチに向かって突っ込む。

 

  結果的に、ポッターは手首にブラッジャーを喰らったが、スニッチをキャッチした。そのまま地面に墜落したが、大事ないようだ。爆発が起こったかのようにに喜ぶグリフィンドールと他2寮の応援席からの声に余韻に浸っているようだったが、そうもいかなかった。

 

  試合が終わったのに、ブラッジャーが突っ込んできたからである。

 

  グレンジャーの機転によって事なきを得たポッターだったが、更に追い打ちをかけるかのように現れたロックハートが何やら怪しい呪文を唱えると、ポッターの折れた腕の原型が無くなりふにゃりと曲がった。

 

  骨を消失させたらしい。治療には遠回りだ。骨を生やす『骨生え薬』は辛いが、まあ頑張って欲しい。

 

  そこまで見届けたシグナスは、再び式神を操ってその手に持った。

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

  談話室まで戻ると、かつてないほど悲壮感が漂っていた。それはそうだ。少なくともここ3年間は無敗だったのだから。そして敗因はドラコの油断。これに尽きる。

 

 ドラコは談話室の奥で落ち込んでおり、取り巻きたちがご機嫌をとっている。シグナスは試合を見ていない設定なので、あえて"ジャック"に尋ねる。

 

「ジャック、結果はどうだった?」

 

  その瞬間に突き刺さる視線。ダフネはおらず、寮内のドラコの取り巻き以外は"空気読めよ"と頭を抱えているが問題ない。シグナスの目的は、ただ結果を聞くことではないのだから。

 

「いや、負けちまった。すまなかったな、シグナス。」

 

  マルフォイ家に媚を売らなくていいジャックは、淡々と結果を伝える。

 

「あっれー?おかしいな。風の噂で、ポッターが危なかったって聞いたんだけど。それこそビーターが付きっきりで逃げ回らなきゃいけないくらいに。相手がマトモに試合できなかったのに、どうして負けないといけなかったんだい?」

 

 風の噂なんて嘘だ。それこそ式神を通して試合を見ていたのだから。白々しくとぼけたシグナスの口撃が、談話室の奥で慰められていたドラコの心を抉る。

 

 ついさっきまで、"どうしてすぐ近くにあるスニッチに気づかなかった!?お前の父親に猛プッシュされたから入れてやったがお前には失望した。"とキャプテンのフリントに怒られていたばかりのこともあって、もはや泣き出す寸前だ。

 

「ちょっ、シグナス。いいすg「ねぇ、どうしてだい?」(ry」

 

  シグナスの発言に流石に焦ったジャックだったが、シグナスは言葉を被せて逃げる口実を与えない。さらに合図をするようにウインクをする。

 

  ジャックは悟った。あ、これ後でどうしよう──と。

 

  シグナスは心の中で謝罪する。ごめんジャック、後でなんか奢ったげる──と。

 

「ドラコがスニッチを取れなかった。それだけだ」

 

  なんとか巻き込まれずに済む血路を見出そうとしているジャックだったが、シグナスに逃す気はない。いっそう大きな声で詰めていく。

 

「へー。試合を終わらせたのってポッターだったんだ。試合中散々逃げ回らなくてはいけなかったポッターが?ブハッ冗談だろ?いったいその間なにをやってたんだい?うちのシーカーは?」

 

  シグナスはついに勝負に出た。シグナスは、どうしてもここでドラコを追い込まねばならなかった。

 

  ──理由は3つ。

 

  1つめは、ドラコの本音が聞きたかったからだ。

 

ドラコは新学期からおかしかった。きっと目の前の状況を逃避したくてとった行動ではないのか?

 

 

  2つめは、ドラコの行動が段々と暴君のそれになってきているからだ。

 

ルシウスのおかげでわがままが通るようになり、彼は今なりふり構わず行動している。それを戒めさせねばならなかった。

 

 

  3つめは、ダンブルドアに頼まれたから……というのもあるが、ただ単純にドラコの態度が反抗期みたいで寂しくなったから。以上。

 

 

  関係を戻したいのか木っ端微塵にしたいのかよく分からないシグナスの賭けだったが、談話室を氷点下に凍りつかせるには十分だった。

 

  ここまで啖呵を切ったのなら、次に注目されるのはドラコの行動だ。皆の視線がドラコに注目する。

 

  シグナスによって土俵まで引きずり出されたドラコは、恥と情けなさで顔を真っ赤にしていた。

 

「僕は──────




いかがでしたか?

波乱の12話終了でございます。
マルフォイ家から離れてダンブルドアに接近。そしてドラコの答えは────
次回もお楽しみに

補足
シグナスはダンブルドアが大嫌いです。顔にはだしてませんが。今回は事情が事情なので、利害の一致で共闘しただけです。本文には映ってませんが、シグナスはダンブルドアに協力しています。
❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

・ルシウスによる勢力拡大

皮肉にも、シグナスのために散々ホグワーツに干渉していたので、コトを起こすのは楽でした。息子のためにシーカーから引きずり下ろしたのは完全に流れです。シグナスと対立しなければ、きっとドラコは他のポジションについていたでしょう。

・時間割変更

ここで逆転時計をアンロック。
表向きはシーカーを辞めさせるための口実。裏はチームから追い出して、人脈を失くすため。


・抜き打ち検査

後に引けなくなったルシウスの苦肉の策。ルシウスもシグナスとそこまで対立する気はありませんでしたが、流れが流れなのでさっさと捨て石扱いしました。きっとブラック家は闇の代物が転がる温床でしょうから、もし本当に検査が行われたら騒ぎになるのは必至。


・マルフォイ家の影響力

さらっとダンブルドアから明かされた情報によると、ブラック家の名を借りて勢力を拡大していたようです。原作と違って表のブラック家の人間はいるので、(シリウス除く)原作以上にチカラが強いです。

また、かつてシグナスを助けるために何度もホグワーツに干渉してきたこともあって、下地は完璧でした。思わぬ落とし穴に、シグナスもびっくりです。

・開かれた部屋

原作通りです。


・式神

調べた本には上位と下位に分かれると書いてありました。諸説あるのでお忘れなきを。


・クィディッチ観戦

最初は行く気などありませんでしたが、既に式神を図書館に回したあとでした。他に偵察に送り出す場所もないので、試合でも見るか程度の軽い気持ちでした。


・追い詰められるドラコ&ジャック

ジャックは後でシグナスから十分な補償(課金飯)をされるでしょう。

ドラコは槍玉に上げられて可哀想ですが、あまりにも戦いぶりが不甲斐なかったので自業自得です。おそらく談話室のなかに、心から彼に同情するひとはいないんじゃないでしょうか?

もしシグナスなら、ブラッジャーに追いかけ回されるポッターを無視して高みの見物を決め込むでしょう。

彼の真意とは────


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 決闘クラブ

こんにちは。
とりあえず連続投稿は次回までとなります。

不定期更新となりますが、どうぞよろしくお願いします。


 スリザリンの敗北から一夜明けた。

 

 双子によると、グリフィンドールの1年生1人が石化したという。

 

 その症状はミセス・ノリスの事件と同じだそうだ。ハリー・ポッターの熱狂的なファンだったその1年生は、カメラのレンズ越しに何かを見たらしい。

 

 そういえばロックハートとポッターのサイン会とかやっていたな。そしてまだ小さいグリフィンドール生が写真を撮っていたはずだ。きっとその子だろう。

 

 

 その日の授業では、ほとんどの生徒が寝てしまう魔法史の授業にて、"秘密の部屋"について質問をした猛者がいたようだ。

 

 おかげで"秘密の部屋"の伝説が校内中に共有されることになり、この事件が"スリザリンの継承者"の手で開かれたのではないか、という疑惑がホグワーツ城内に広まった。

 

 "継承者"による犠牲はこれで2件目だ。石化から治すにはマンドレイク薬が必要であり、熟したマンドレイクをとろ火で煮つめる作業が要るという。

 

 幸いにも、薬草学のスプラウト教授がマンドレイクを仕入れていた。現時点では成熟しきっていないので、マンドレイクの成長を待つ他はない。校内は、マグル生まれの生徒たちを中心として、いつ我が身に降りかかるか分からない恐怖に苛まれた。

 

 余談だが、スリザリンでは驚くほどその人数が少なかった。

 

 まず、スリザリンにはマグル出身者は少なく、名実ともに純血の割合が多いことにある。つまり、"この学校で教えを受けるに相応しからざる者"ではないから余裕でいられるというわけだ。

 

 しかし、純血でないと生きにくい独特のコミュニティによって"自分は純血だ"と偽っている者も少なからずおり、そういう者たちは影でビクビクしている。

 

 だが、純血の者たちといれば自分は襲われることはないと皆分かっている。他寮の生徒たちに比べればまだマシだろう。

 

 

 

 そして現在、そのスリザリンの継承者は一体誰なのかが校内中で囁かれていた。

 

 当然"スリザリン"の継承者というくらいなのでほとんどがスリザリンの生徒に疑いが向けられたが、その中でもドラコを疑う声が圧倒的に多かった。

 

 彼の変化ぶりを見ると一目瞭然だろう。父親が魔法界で勢力を広げ、理事会を通してホグワーツに干渉してきている。

 

 今年はその力を使ってシーカーに成り上がったと憶測されており、(実際その通りなのだが)横柄な態度が顕著になって、特にグリフィンドールとの衝突を繰り返していた。

 

 一部では、ブラック家に連なるシグナスの継承者説や外部犯説なども流れているが、大筋ではドラコが疑われていた。

 

 そのため、ドラコが歩くと道が割れ、スリザリン生でさえも継承者はドラコなのではないかと考えるようになった。

 

 尤もドラコ自身がその説を否定したので、スリザリンの中では疑いが払拭されたのだが。

 

もはや、四六時中ドラコのそばには取り巻きたちがくっついているという事実もあるので、物理的に不可能だという認識が広まったということもある。

 

 しかし、彼はこの一連の事件をきっとこの学校の中で一番に喜んでいる。内心はどうであれ、大っぴらに喜ぶ態度を示しているのはドラコだけだ。そういった理由があって、他の寮からの悪感情は増すばかりであった。

 

 "あの日"以来ドラコに接触していないシグナスには、全く関係ない話ではあるのだが。

 

 

 

 

 

 

 クリスマスが間近になったある日、朝食をとりに大広間に向かったシグナスとダフネは、進行上に人だかりが出来ているのを発見した。

 

「あれ、何かあったのかな?」

 

「また犠牲者が出た……とか?」

 

「シグ!冗談でもよしてよ。……でも、そんな感じじゃなさそうね。」

 

  どうやら人が集まっているのは、ある張り紙が原因らしい。告知のようだ。

 

「何だろう?気になるけど人混みがジャマね。」

 

「そうだな。人が捌けるのを待つのもいいけど、まずは大広間に行かないか?そこで話は聞けると思うよ。それに空腹だ。」

 

「はぁ──そうね。行きましょ。」

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 予想通り大広間で朝食を食べていると、何が原因で人だかりができていたのかが分かった。

 

 その筋によると、どうやら"決闘クラブ"が開催されるらしい。今回、その1回目が20時から大広間で行われるそうだ。

 

「"決闘クラブ"ね。シグはどうする?」

 

「行ってみるよ。人と決闘する機会なんてなかなかないし。損はないと思うな。」

 

「そうね。なら私も行くわ。それにしても、一体誰がこんなことを計画したのかしらね。タイムリーな企画だと思うけど。」

 

「あ。」

 

 なんか嫌な未来予想図が頭をよぎった。

 

「え?何、誰か分かったの?」

 

「いやー外れて欲しいんだけど、こんな目立ちそうなことやりそうなのってあの人しかいないんじゃないかな?」

 

「え。」

 

 ダフネの顔もみるみる曇っていく。

 

「じょ、冗談だよ。きっとフリットウィック教授だよ。うん。"決闘チャンピオン"の称号でもなければそんなの開催できないって。」

 

「そ、そうよね。きっと……そうよね?」

 

「分からん。」

 

  スリザリンのテーブルの傍らでは、取り巻きに囲まれたドラコが、自分がいかに決闘が得意か自慢していた。ドラコ、決闘の経験なんて"あの"1回だけだろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そして迎えた夜8時。

 

 大広間の中央には舞台が設置され、大勢の生徒がそれを囲ってざわざわしていた。ほとんどの全校生徒が勢揃いしているのではないだろうか。いつも使っている寮のテーブルは片付けられている。

 

 "講師の先生は誰だろうか。""どんなことを教えてくれるんだろう。"と期待が最高潮に達しているなか、"決闘クラブ"の指南役が登場した。

 

 きらびやかな深紫のローブを身につけたロックハートが黒装束のスネイプを従え、女子生徒の黄色い声援に酔いしれながらやって来たのだ。

 

「うげっ、マジかよ。」

 

「シグの予想ってよく当たるのね。ロックハートの相手でもさせられるんじゃないの?」

 

「こんなときまで演技なんてやだなぁ。」

 

 なんてボヤいていると、2人が舞台の中央に着いた。

 

「はい、静粛に!」

 

  ロックハートの一声に、一部の女子生徒からさらなる歓声が上がったものの、すぐに収まった。

 

「さあ、皆さん。集まって集まって! 私の姿はよぉーく見えますか? 声は届いていますか? ハハッ、よろしい!この度、ダンブルドア先生から"決闘クラブ"を開催する許可をいただきました。

 

 今までに私自身が数え切れないほど経験してきたように、皆さんも自分自身を護る必要が生じた場合に備えてしっかりと学んでいきましょう。詳しくは私の著書を参考にするといいでしょうね。ハハッ!では、助手のスネイプ先生をご紹介いたします。」

 

 ここまで噛まずに言い切ったロックハートは、横で盛大な顰めっ面を披露しているスネイプを紹介した。明らかに嫌々来ました感満載のスネイプに臆さず、笑顔で紹介を始める姿には敬服する。メンタルだね。

 

「ハハッ、こちらにいらっしゃるのは、皆さんよくご存知、スネイプ先生です。はい。スネイプ先生がおっしゃるには、決闘についてわずかながらご存知らしい。訓練を始めるにあたって短い模範演技をするのに、勇敢にも私の助手役を買って出てくださいました。

 

 さてさて、皆さんはご心配をする必要はありませんよ!ハハッ、私が彼と手合わせした後でも、ちゃーんと皆さんの魔法薬の先生は存在します。ご心配めされるな!」

 

  我らがスネイプ教授を正面から馬鹿にするロックハート。スネイプはスリザリン生以外には嫌われているが、この時ばかりは誰もが彼に同情しただろう。

 

 皆がみな、ロックハートは口だけであると気づいている。シグナスとの茶番劇の効果で好感度だけは(一部で)維持しているが、彼の能力については言うまでもない。

 

 そんなロックハートに馬鹿にされたスネイプは既に睨みだけで人を殺せるような形相となっているが、そんな彼を誰が責められようか。手を出さなかっただけマシである。

 

 ちなみに、自分の演説に酔っているロックハートは全く気付いていない。

 

 そして、今度は2人で"短い"模範決闘をするようだ。

 

「皆さんのご覧のように、私たちは作法に従って杖を構えています。」

 

  スネイプとロックハートは向き合って礼をした。ロックハートが大げさに一礼するのに対し、スネイプはぞんざいに頭を傾けただけだった。

 

「3つ数えたら最初の呪文を仕掛けます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありません。」

 

 ロックハートは余裕たらたらだが、スネイプは歯をむき出しにして、もはや鬼の形相をしている。ロックハートを本当に殺してしまうのではないだろうか。

 

 もしそうなら、シグナスの演技を磨く時間がなくなるのでそれはそれで困る。

 

 

「では。1,2,3……」

 

  2人は杖を振り上げた。

 

「エクスペリアームス!」

 

  スネイプの杖から真紅の閃光が放たれ、ロックハートは「あっ」と情けない声を出して壁まで吹き飛んだ。

 

  大広間中が歓声に包まれる。"スネイプ、よくやった!"と言わんばかりの歓声のように、この時のスネイプはヒーローだった。

 

  吹き飛ばされたロックハートは、痛そうに背中をさすりながら、「ふー」と立ち上がって表情を取り繕った。

 

「さあみなさん、わかりましたか? あれが武装解除の呪文というやつです。ご覧の通り、私は杖を失ったわけですね。はい。しかしスネイプ先生、あれが先生の全力ですか?

 

 "短い"模範演技という目的ですから仕方なく受け入れましたが、とても見え透いた攻撃でした。あの程度では私の相手にはなりませんねぇ。」

 

 "終わった。"と大広間にいた誰もが思った。さっさと終わらせて呪文の1つでも2つでも教えればいいのに。なぜ、既に爆発しそうなスネイプの導火線を煽るのか。

 

「ほうほう。ロックハート教授は"この程度"大したことはないと言うのですな。それでは吾輩が"殺す"つもりでやった方が丁度いいと見える。それでは──」

 

「ひっ!も、模範演技はこれで十分でしょう!これから皆さんの所へ降りて行って二人ずつ組にします!!す、スネイプ先生、お手伝いしてください!」

 

 ようやくスネイプの殺気に気付いて怯んだロックハートは、上ずった声で半ば強引に模範演技を閉めて舞台を降りていく。それはそうだろう。今世紀最大に不機嫌なスネイプに、公開殺害予告をされたのだから。

 

 しかしながら、そんなときにも振りまく笑顔を忘れない。大した精神だ。

 

 

「ダフネ、せっかくだから、どこまでできるようになったか見てあげようか。」

 

「そうね、こんな機会はないものね。──────優しくしてね?///」

 

「お楽しみのところ申し訳ないが、ミスターブラックはミスターディゴリーと組みたまえ。これは強制だ。それとミスグリーングラスは──」

 

 スネイプとロックハートの2人は、実力が合っているだろうと思われる生徒をペアにしていく。シグナスはセドリックと、ダフネは同学年のレイブンクロー生となった。

 

「やあ、セドリック。元気かい?」

 

「ああ。シグナスは余裕だね?」

 

「いや、楽しみでたまらないよ。」

 

 

『いきなりやれと言われても、初めはどうすればいいか分からないでしょう。そこで、上級生のみなさんに見本を見せてもらいます。では──』

 

『ミスターブラック。君がやりたまえ。』

 

 ロックハートが指名するのを、スネイプが遮った。しかし、ロックハートも同じことを考えていたのか、"さあさあ、上がっちゃって!"と満面の笑みだ。

 

 一般的に、シグナスといえば何かと有名な生徒である。昨年までのシーカーであり、あのブラック家であり、成績優秀容姿端麗高身長とあってファンクラブまで存在していると囁かれるほどだ。(女子の間では暗黙の了解となっているわけだが)

 

 今年の始めのスリザリンシーカー事件やロックハートの茶番劇など、校内の話題をよく攫っている。

 

 また、セドリックも有名な生徒である。

 

 第4学年の次席で品行方正なイケメンであり、今年ハッフルパフのシーカーに就任してからは、その人気はもはや留まるところを知らない。

 

 こんな2人の対決とあって、2人をよく知る人物から興奮が伝播し、大広間中が騒ぎになっている。

 

 

 

「あー、ごめんセドリック。君の醜態を晒すことになりそうだ。」

 

「うーん、殴りたいこの笑顔。」

 

 といっても、満更でもない様子で舞台に上がるセドリック。やはりシーカーに就任したとあって、皆に注目される大舞台には慣れているようだ。

 

「それではお2人とも、作法に従って杖を掲げ、相手に礼をしてください。」

 

 先ほどの茶番とは違い、今度は優秀な生徒どうしの対決とあって、周りもボルテージを高めていく。高まっていく緊張感のなか、シグナスは祖母直々に仕込まれた優雅な礼をする。セドリックも純血名家の名に恥じない礼をした。

 

 雰囲気に呑まれて言葉を発しないロックハートの代わりに、スネイプがカウントを行う。

 

「再度の注意事項だが、あくまで杖を取り上げるか、試合続行不可能とみなした場合に限りそこで試合終了だ。

 

 では、ホグワーツの生徒に恥じない戦いを。1,2,3……」

 

 

『エクスペリアームス!』

 

 互いの杖から放たれた真紅の武装解除呪文が衝突して、弾ける。しかし、シグナスは己の呪文が描く軌道を確認せずに次のスペルを詠唱する。

 

「ステューピファイ!」

 

「ぷっプロテゴ!」

 

 失神呪文特有の赤い閃光が迫るもギリギリで防御呪文が間に合う。しかしシグナスは第二陣、第三陣と攻撃の手を緩めない。やがてセドリックが防戦一方となっていく。そして──

 

「デパルソ!退け、グリセオ!滑れ。」

 

「うぉっ!?」

 

 一瞬の隙を突いて放たれた呪文が命中し、よろけたところを滑って体勢が崩れていく。

 

「(Power me like a battery. )」

 

 ────大広間が騒然とした。

 

 倒れかけていたセドリックに一瞬で詰め寄ったシグナスが、その体を抱きとめ、その首に杖を突きつけていたのである。

 

「以上だ。勝者、シグナス・ブラック。」

 

 冷静な声で伝えるスネイプの声に、スリザリンやファンクラブを中心に歓声が上がる。先ほどの茶番劇よりも大きな歓声が身を包み、シグナスは久しぶりにこの快感を感じた。

 

 一部の腐女子が"この攻め受けもいいかも。"と言っていたのは聞かなかったことにした。うん。"セドリックが受けね"とか聞いてない。

 

「シグナス、今のって……」

 

「ただ駆け寄っただけだよ。」

 

 未だに状況が把握できていないのをいいことに、シグナスははぐらかした。否、駆け寄ったのは間違いない。そう、"身体強化呪文"によって駆け寄った。

 

ただし、周りからは動きがブレて見えるほどのスピードなのだが。

 

 

 ホグワーツ入学時には既にオリジナルスペルを開発していたシグナス。現時点での"この"集大成は、バッテリーの理論によって完成した。

 

 1年生の時に大人数で襲撃されたときから考えていた"身体強化呪文"。ただでさえ人間の動きより早い速度で飛んでくる呪文は、囲まれるといっそう避けるのが困難になる。

 

 1度は断念したものの、昨年の襲撃によって今度は身を守ることを考えた。そう、式神である。そしてグレンジャーから勧められた図書館にて、ついにシグナスは見つけた。

 

 "電気"を貯めるバッテリーは、鉛製の極板に硫酸とか色々とこむずかしい理論によって成り立っているが、シグナスはこの結果だけを引き出して複雑な構造を排除したものを考えた。

 

 当初、式神を半永久的に運用するためのエネルギーポットとしてその媒体になる原料を探していたのだが、予想以上に式神の完成が遅れてしまっていたので凍結された。

 

 式神の形成には、どうしても魔力を手に集中させる必要がある。夏季休暇中、一時はやりすぎで魔力の通り道、経絡系に負担がかかり、手に通ずる経絡系が悲鳴をあげて式神を作り出す訓練が出来なかった。

 

 そこで行ったのは、1年生の時に断念してお蔵入りになっていた"身体強化呪文"だった。このバッテリーの理論を応用して、自分の体の中に、魔力を溜めるエネルギーポットを創設。

 

 非常に繊細な魔力操作によって経絡系を歪めなければならなかったが、この術は既に式神の訓練で培われていた。とはいえ、あまりの激痛に2日ほど立てなくなり、クリーチャーに甲斐甲斐しく介護されたことは余談だ。

 

 自分の体内のバッテリーに魔力を溜め、いざという時に解放して素早く、力強く、身体の能力を跳ね上げる。これがシグナスの"身体強化呪文"である。

 

副産物として、使用期間中に魔法を行使するとその魔法の威力も上がるというおまけ付きである。2年越しの挑戦は、身を結んだのだ。

 

 溜められる魔力こそ限りがあるために制限時間つきではあるものの、ここぞというときの切り札になる。無詠唱の代わりにイメージを必要とするが、これは姿くらましなどとそう大差ないだろう。

 

 そして初のお披露目となった今回、シグナスの狙い通りの結果となった。公衆の前でやらなければならなかったのは予想外だったが、パフォーマンスとしては十分。

 

 スネイプなどはポーカーフェイスで隠しているが、さぞ内心で焦っていることだろう。

 

 

 興奮が冷めぬなか、「さあ、武装解除呪文からやってみましょう。皆さん、杖を構えて!」とロックハートが音頭を取り、ようやく個別練習に入った。

 

 シグナスはセドリックと一緒に、"呪文の威力は込める魔力によって変わるんじゃないか?"とか、"あんまり強すぎても暴発するだけだよね。"と談義を交わしながらやんわりと打ち合っていた。

 

 2人ともクールダウンと言ったところだ。しかし、周りはそんな平和ではなかった。近くにいた生徒たちは自由気ままに呪文を撃ち合い、仲が悪ければそこ一帯は戦場になっていた。

 

 たまたま見つけたグレンジャーと、その相手、ドラコの取り巻きミリセント・ブルストロードに至ってはプロレス技の応酬となっている。否、ブルストロードが一方的にヘッドロックを掛けていた。いや、それはあかんて。自分の体格を自覚しろ。

 

「悪いセドリック、殺しが発生しそうだから止めてくるわ。」

 

「え、ちょっとシグナス!」

 

 急いで2人の元に行き静止する。

 

「ブルストロード、君は人を殺す気かね?完全に技かかっているぞ。やめてやれ。」

 

「先輩……はっいえ、先輩には関係ありません。」

 

 何か見つめられたが、すぐに何かを思い出したのか断られた。

 

「関係ある。我がスリザリンから人殺しを出すわけにはいかん。それに君は退学どころかアズカバン行きだろう。君は自分の人生を自らの手で終わらせたいのかね?」

 

 そう言うと、青い顔をしてようやくヘッドロックを外した。アンロックされたグレンジャーが何かを言おうとしていたが、一瞥しただけで戻った。

 

「いやーごめんセドリック。お待たせ。」

 

「はぁ、全く。まあいいけどね。」

 

「ありがたいね。」

 

 明らかに無法地帯となっているなかで、この惨状を指南役が黙ってるはずもなくすぐに全組中止となった。

 

 静まり返って次の指示を待っていると、「むしろ非友好的な術の防ぎ方をお教えした方がいいようですね。」ということで、今度はドラコとポッターが舞台に呼ばれた。

 

 学年2位のドラコはともかく、昨年の成績上位者の掲示には載ってさえいなかったポッターをぶつけてくるとは、スネイプもひどい男である。

 

 いや、もしかしたらポッターの"闇の魔術に対する防衛術"の成績はいいのかもしれない。だからスネイプは指名したのではないだろうか?

 

 尤も、ただ朗読するだけだった昨年の教師の授業をまともに聞いていたとして、実際に実力が付くとは思えないが。

 

 そしてスネイプがドラコに何か耳打ちしている。そこまでして勝たせたいのか?

 

 

……スネイプはポッターを憎んでいる──というのは昨年からの有名な話だが、そこまで嫌っていたとは。ドラコに対して露骨すぎる過保護っぷりだが、そこまでしなくてもドラコは強いよ。

 

 気を取り直したロックハートによって耳障りなカウントダウンが始まったが、途中で2人とも杖を振り上げて呪文を打った。

 

 ポッターも意外に頑張っていたが、家庭教師だけでなくシグナス直々に鍛えられたドラコには勝るまい。やがてドラコが追い詰めていく。

 

「サーペンソーティア! 蛇よ出よ。」

 

 詰めにしてはチョイスを間違えたか?

 

 ドラコの杖からは大蛇が現れる。

 周りを囲んでいた生徒は後ずさり、広く隙間が空いた。

 

「動くなポッター。吾輩が追い払ってやろう……。」

 

 スネイプは、ボロボロのポッターが蛇を怖がっているのを見て嬉しそうに申し出てくる。なるほど、あの呪文はスネイプの差し金か。

 

 しかし、それをロックハートがしゃしゃり出て阻む。

 

「私にお任せあ~れ!」

 

 ロックハートが杖を振るうと、なぜか蛇が上に大きく弾き飛ばされた。当然蛇は怒り狂って"シューシュー"と鳴くと、のろのろと動き始める。

 

 あれは対処ではない。単なる挑発行為だ。大蛇はそのまま近くで野次馬をしていたハッフルパフ生に向かっているように見える。

 

 次の瞬間、ポッターが口を開いて何かを漏らす。人間の言葉ではなかったが、今の蛇と同じ声だと皆が気づいた。

 

 大蛇は動きを止めて彼の危機は去ったが、その顔は恐怖に見舞われたままだ。何を思ったか、ポッターが彼ににっこりと微笑みかけている。

 

 そして彼は怒り狂って出ていってしまった。そして中途半端なまま"決闘クラブ"は幕を閉じられ、皆は今起こった出来事について話しながら去っていく。

 

「シグ!」

 

 模範演技から離れていたダフネが追いついてきた。

 

「シグ、あれって一体何が起こったの?」

 

「パーセルタング、蛇語さ。大体は血統や才能でしか受け継がれない、非常に珍しい能力だよ。イギリスではサラザール・スリザリンとか、闇の帝王とかね。彼らがパーセルマウス、蛇語使いだったと言われている。」

 

「え、じゃあポッターはスリザリンの血を……」

 

「継いでいるかもしれない。だが彼は1000年も前の人間だ。突き詰めれば俺たち聖28一族にも混じっているだろうが、その血は薄れているはずだ。きっと隔世遺伝とかでポッターに現れたんじゃないのかな?」

 

「でっでもシグ、今回の石化事件ってスリザリンの継承者がやっているのよね?スリザリンって言ったら蛇だしし、ポッターが継承者なんじゃ……」

 

「否定はできない。でもパーセルタングだと分かったからといって決めつけるのはまだ早い。スリザリンが遺したという怪物は、生前から彼を象徴してきた蛇だと考えるのが自然だ。

 

だけど、実際に蛇をけしかけて石化させたのかは分かってない。誰も見ていないんだから。

 

 それにポッターは、2年前までマグルのところに預けられていたって話は有名だろ?さらに彼はグリフィンドールだ。それを鑑みるとちょっと考えにくい話ではあるよね。」

 

 2人は寮まで戻ると、談話室で学友と意見交換をしてから眠りについた。

 

 

 翌日、ドラコ継承者説はどこへやら、校内は、ポッターがスリザリンの継承者だと思うようになった。まあ無理もない。秘密の部屋について断片的にも調べあげられ、その情報から見るに彼が最も近いのだから。

 

 疑わしきは近寄らない。それが1番だ。よって、ポッターは同寮生からも避けられるようになり、彼が廊下を歩くと、出エジプト記のモーゼの奇跡のように人波が割れる。

 

 昨年の減点事件のときのような熱い手のひら返しにより、彼は一転、校内一の嫌われ者になった。いや、避けられるようになったと言った方がいいのか。

 

 代わりに継承者の疑いが晴れたドラコが、なぜか決闘クラブの後から不機嫌になっている。……まあ常に取り巻きに囲まれていると流石にストレスが溜まるよね。

 

 そして同日、"決闘クラブ"で蛇をけしかけられたハッフルパフ生、名はジャスティン・フレッチリーと、ゴーストの首無しニックが犠牲となった。彼はポッターと同級生らしい。

 

 2人とも石化してしまった状態で発見されたのだが、ポッターが2人を見下ろしているところを大勢の生徒が目撃したらしい。

 

 そしてそのハッフルパフ生はマグル生まれ。現場を押さえられたポッターの継承者説はますます高まり、"どうしてあいつを捕まえてくれないんだ!""現行犯で見つかったじゃないか!!"と涙混じりに悲鳴をあげて訴える生徒がちらほら見られた。

 

 しかし、ポッターは英雄、"生き残った男の子"である。露骨な贔屓をするダンブルドアが彼を捕まえることはあるはずもない。万に一つもありえない。

 

 こちら側にとって多少、いやかなり理不尽なことが起きたとしても、ダンブルドアなら全権をなげうってでもポッターを守りそうである。

 

 "決闘クラブ"後初めての魔法薬学の授業で、スネイプの薬品棚へ最近盗みを働いた者がいるとのことで忠告をもらい、機嫌が最悪な彼の授業を受けることになった。

 

 

 

 

 

 

 ここで、間がいいのか悪いのか、クリスマス休暇を迎えた。

 

 どうやらダンブルドアが上手くやってくれたようで、一時はブラック家にお鉢が回りそうだった魔法省の抜き打ち検査もマルフォイ家に決まったらしい。

 

 おかげで、珍しくもドラコがクリスマスをホグワーツで過ごすことになったようだ。元祖取り巻き2人もドラコに合わせている。

 

 本人は家に帰れず不満たらたらだったが。

 

 

 シグナスは、おそらく初めてダンブルドアに感謝を捧げた。

 

 

 

 そして帰宅する日──。

 

「ダフネ、そろそろ行こうか。」

 

「ええ。そういえば、今年はどのくらい私の家にいてくれるの?」

 

「うーん、そうだなー。去年よりはいると思うよ。」

 

「なによ、曖昧ね。」

 

「まあクリスマスの間に色々とあるんだ色々と。場合によっては、マルフォイ家と完全に対立してしまうことになる。そこまではいかないように傷口を塞いでおきたいんだ。」

 

「え、一大事じゃない。そんなに上手くいくの?」

 

「ダンブルドアから、まー簡単に言えば"全部わしのせいにすればいいんじゃよ。"って言われたから、それに従うつもりだ。本人も了承済みだし、手っ取り早く場を収めてくるさ。」

 

 2人乗せたホグワーツ特急は、ロンドンへ向け走っていく──。

 

 

 




いかがでしたか?
前回よりかはましですが、難産でした。これ書いたの随分と前ですが、何度も手直しした記憶があります。
なかなか難しかったです。
とにかくクリスマス前まで終わりました。

ご意見、感想をお待ちしております。

❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

・楽しい楽しいセドリックとの決闘

ここは最初から模範演技をさせてから原作に合流させました。

経験値的に見てもシグナスが圧倒しています。伊達に襲撃を受けてないってことです。

また、この決闘はシグナスがだいぶ手加減しています。無言呪文使ってないし。やろうと思えば、開幕koできたのではないでしょうか。そうしなかったのは興が削がれるからというのと、シグナス自身戦いを楽しみたかったからです。

・グリセオ滑れ ※原作より

床をつるつるにする。ワックス塗りたての廊下を思い出してください。多分あんな感じです。

原作では違う効果でしたが、作者が最初に連想したのはこんな感じなので、本作の独自設定です。ご了承ください。

ちなみに、セドリックはデパルソ(退け)によって体重を傾けていましたから、あっさり滑ってしまいました。まあ転ぶ前にシグナスに助けられたわけですが。


・身体強化呪文

完全に独自理論てか独自設定です。はい。原作には書いてないし仕方ないよね。
イメージはNARUTOの百豪の術(額に集めていませんし、印とかもありませんが。)です。3年間も貯める必要はありませんがね。

今後のシグナスの切り札となっていくでしょう。


・Power me like a battery. (バッテリーような力を俺にくれ!!)

意訳ですが。イメージするために用いる心の中の詠唱。口には出してないから無詠唱と同じ。

とある国民的アイドルグループの1曲の一節から持ってきました。私、この歌結構好きです。

・ドラコ強化キャンペーン

本来ドラコは臆病な性格なので、あまり意味は無い。戦う前に逃げるから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 Happyクリスマス&Unhappyバレンタイン

こんにちは。

最近ちょっと温かくなってきたなと思う今日このごろ。友人が花粉がヤバいと言っているのですが、まだ早すぎると思うのは私だけですかね?私も花粉症ですが(笑)


 

 ──夢を見ていた。

 あれは、ロックハートとの茶番劇が始まって間もない頃である。当時、話題になりかけていたものの、未だに寮ではほぼ孤独な生活を送っていたシグナスは、おそらくドラコの取り巻きたちによる、陰湿な攻撃に遭っていた。

 

 ドラコの取り巻き──というと、少し語弊があるかもしれない。正しくは、ルシウスの影響でドラコに付いている者たちが、ルシウスの指示を受けてやっていることだ。ドラコは直接的には関わっていない。

 

 初めは、故意にぶつかって来ることだった。シグナスは、"逆転時計"を使用する関係があって1人で行動しなければならない。

 

 移動教室の合間に人のいないところに行って"飛ぼう"としたときに限って集団でやってくる。1人でやるほどホネのある者がいないことが嘆かわしく、なお悪質だ。頭数だけ揃えればいいのだろうか。

 

 最初の2、3回こそぶつかられるままだったシグナスだったが、相手が調子に乗り始めて行動が大胆になってきたところでついにキレた。

 

 当たり屋という言葉をご存知だろうか?

 

 簡単に言えば、故意に事故を起こし、因縁をつけ、相手の精神的動揺につけこんでまんまと当該目的を達成しようとする行為である。

 

 例えば金品を強奪したり、保険金狙いだったり、その他etc…

 

 シグナスがこれを知ったのは必死に日本語を勉強していた頃にジャパニーズマンガを見た時で、いかにも不良そうな人間がわざと相手にぶつかり、"いってぇ〜なあんちゃん"、"これ折れたな。どうしてくれんだコラ"的なシチュを見た時は衝撃を覚えたものである。

 

 シグナスはぶつかりにいくわけではないが、いわゆる逆当たり屋的なことをやったのである。そこ、当たられ屋とか言わない。違うから。ぶつかってくるのは向こうだから。

 

 ドンッ!

 

「いってぇ~~~(棒)テメェら俺を誰だと思ってる?最近舐めてねぇかオラ。」

 

「ひっ、すっすみません!」とモブA。

 

 迫真(笑)の演技に騙されたのか、自分が誰に喧嘩売っているのか、自分の過ちに気づいたようである。シグナスが逆ギレし滅多に見せない憤怒の顔つきを見たモブBからEは、さっさと逃げようと構えている。薄情なやつらだ。

 

「おい、おまえら。」

 

 ピクっと反応して逃げるのを辞めた4人。

 

「今ので骨折れたわ。どうしてくれんの、コレ。」

 

「マッマダム・ポンプリーのところに……」

 

「そういうこと言ってんじゃねぇよ。んなこと言われなくても分かるわ。お前らみたいに頭にゴミ詰まってねぇからよ。俺の言いたいこと、分かるよな?」

 

「………」

 

「分かるよな?(怒)」

 

『ひっヒィィィ……ガクッ(白目)』

 

「おいおい嘘だろ……なんてホネのないやつらだよおい。」

 

 余りにも物足りなくて、もはやキャラ崩壊を通り越してただムカついたシグナスは、魔法で彼らの身ぐるみを剥がしてその場で燃やし、彼らの脳を弄った上で、5人をロープでグルグル巻きにしてその辺に捨てておいた。近くに灰となった身ぐるみを添えて。

 

 その日からだろうか──。

 次からは、よく物を隠されるようになった。

 最初は教科書、次に提出するハズだったレポート、果ては靴などの生活必需品。

 

 いかにも初歩的で小心者がやりそうな手口だが、姿が見えず最も悪質で断ずるべきだとシグナスは考える。どうしてコソコソとことを行うのか。少年よ、堂々とせい。

 

 半ばグリフィンドール生らしくなったシグナスだったが、概ね呼び寄せ呪文を使えばコトは済んだし、イタズラ書きされていたら清め呪文、ズタズタにされていればレパロで直せばいい。

 

 おそらく相手は箒を盗って万が一にもクィディッチに復帰できなくしたり、重要な品を奪って弱みを握ろうとしたのだろうが、そういったものは検知不可能拡大呪文がかかったバッグに入れて肌身離さずに持ち運んでいる。

 

 しかし、どうしても困ったのが、呼び寄せ呪文でも届かない場所に置かれたか、どこかに引っかかった場合である。そういう時は探しに行かねばならなかった。

 

 最初は試行錯誤でやっていた首謀者も、こうすればシグナスが困ると分かり、一時のシグナスは行方不明なものが増えた。

 

 かといってすべて例のカバンには入れられない。仮に盗まれたときのリスクがデカすぎる。

 

 そして、提出するハズの課題を横取りされて期限内に提出できず、罰則を受けるハメになることも増えた。その時には先生たちもダフネを始めとした近くにいる友人も気づいていて、罰則は軽めに、友人たちは率先して探してくれるようになった。

 

 分かってても罰則はあるのかとは思うが、あくまでも形だけはやっておかないといけないらしい。しかし、各先生は全権を寮監のスネイプに委ね、スネイプは魔法薬学の教室の掃除を命じた。

 

 といっても、長期的な問題とされたため、ある日は棚のみ、またある日は器具の整理など簡単なもので済ませてくれた。

 

 また、ダフネやジャックだけでなく、他寮のセドリックや双子たちも精力的に探すのを手伝ってくれて、本当に感謝してもしきれない。

 

 そして、ある日の罰則──。

 この日は、備品の教科書を綺麗にすることが命じられていた。1つ1つの教科書を丁寧に磨いていると、1つだけすごく使い込まれた教科書を見つけた。

 

 それは薄紫色をした「上級魔法薬」の教科書で酷く傷んでおり、これは処分かなと思って中身の損傷具合を見ようと捲って驚いた。

 

 教科書の魔法薬の作り方を自ら訂正して書き込み、余白がなくなるまで塗り潰された注釈のオンパレードだったのである。

 

『半純血のプリンスの蔵書』と署名されているその教科書には、本人が開発したと思われる魔法薬も書き込まれており、まるで相手に教えるように丁寧に書き込まれていた。

 

 特に理論は素晴らしく明快であったので、この人物は先生でも目指していたのではないだろうか。

 

 魔法薬学におけるスキルアップのチャンスだと思ったシグナスは、帳簿に"1冊廃棄"と書いてそれを持ち帰った。

 

 そしてある日──。

 この日は予備の羊皮紙がごっそりと無くなって呼び寄せ呪文でも帰って来なかったので、いつも通り皆に協力を要請して手分けして探していた。

 

 羊皮紙くらい買えばいいと思うが、次のホグズミード村行きまではまだ時間がかかるし、それまで貰い続けるのも申し訳ない。

 

 城内をいくら探しても見つからなかったシグナスは、業を煮やして外に飛び出した。まさか禁じられた森とかに隠してないよな。とか突飛な考えを持って向かっていると、森の中に見慣れないダークブロンドの髪が見えた。

 

 なんだ?エルフかな?とか思って近づいていくと、それははたして人だった。しかしどこかおかしい。ここは舗装もされていないのに裸足だったのである。

 

「君、こんなところでどうしたの?」

 

 相手はビクっと震える小鹿のように反応すると、ゆっくりと振り返った。

 

 色白でかわいい女の子だったが、どこか不思議な雰囲気があった。銀白色の瞳はどこまでも澄んでいて、まるで引き込まれそうになった。

 

「捜し物だよ。」

 

 女の子は簡潔に答えた。寮を示す色は黄色。レイブンクロー生だ。

 

「奇遇だね。俺もなんだ。」

 

「あんた、シグナス・ブラックだ。」

 

「俺を知ってるのか?」

 

「うん。だってあんた、意外と有名なんだよ?」

 

「そう。それで君、何を探してるの?」

 

「ルーナ。」

 

「ん?」

 

「ルーナ・ラブグッド。それが名前。」

 

「あ、ああ。」

 

 それがレイブンクローの1年生、ラブグッドとの出会いだった。まだ入学して2ヶ月も経たないのに、よく物を隠されているようだ。

 

「どうしてみんな、ラブグッドの物を隠すようになったんだい?」

 

「ああ………うーん・・・みんな、あたしがちょっと変だって思ってるみたい。実際、あたしのこと『ルーニー』ラブグッドって呼ぶ人もいるもンね。」

 

「変かな? 俺は面白い子だと思うけど。」

 

「そう?あんたいい奴だね。」

 

 その時、不意に嬉しくなったのを覚えている。

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 その後無事にラブグッドの靴を"呼び寄せ呪文"で見つけると、そのまま別れた。しかし後日、気になってまた森の中にいくと、今度は森の動物に餌をやっていた。

 

「何をしてるんだ?」

 

「りんごをあげてるだけだよ?」

 

 そう言って無垢な瞳を向けてくる。キラキラしすぎて俺には眩しい。

 

「ここにはよく来るんだ。」

 

「そうだよ。大体はここで過ごすんだもン。」

 

「……またここに来てもいいか?」

 

「好きにすれば?」

 

 

 この奇妙な関係は、ロックハートの茶番のおかげで周りに人が集まるようになり、物を隠されることが自然に止むまで続いた。

 

 そういえば、最近あの森に行っていない。彼女はまだあそこにいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  イギリス魔法界のクリスマスは、1年の中で最も賑やかな日の1つだろう。

 

 かつてから魔法界の中心であった純血の家系がパーティーを至る所で開き、ホームパーティー的なものもあれば各界の重鎮が揃い踏みすることもしばしば。会によって招待客のジャンルや性別、年齢層も異なり、そのパーティー独特の色を出す。

 

 中には魔法省大臣などのように身分によって各パーティーに招待されて、マグルでは禁忌とされているハシゴを敢行する者もいる。

 

 もちろんシグナスはそんなことをやったことはないが、今年の冬は驚くほど招待の数が少なかった。一昨年まではむしろ断っていたことを考えると、何とも寂しい限りである。

 

 理由はもちろんルシウスが圧力をかけて招待を差し押さえたことに他ならないが、"発言の1つや2つで何もそこまでしなくたって……"と思うシグナスであった。

 

 しかし、世間一般で見たらむしろシグナスの方が非常識であり、現在最も勢いのあるマルフォイ家に口答えするとは何事だ。と言われることをやってのけたのである。

 

 シグナスにとっては単なる認識の齟齬であっても、ルシウスを始め純血主義の重鎮たちはそれを許さない。

 

 

 よって、今回シグナスが招待されたのは家族ぐるみの付き合いが続くグリーングラス家、純血貴族として招待された魔法省パーティー、クィディッチメンバー脱退後もなにかと気にかけてくれるフリントのお膝元、フリント家のホームパーティーくらいである。

 

 毎年"これだけは"と欠かさずに行ってきたマルフォイ家のパーティーからの招待は届いていない。ココ最近は、魔法省のパーティーよりマルフォイ家のパーティーの方が大規模で、マルフォイ家の栄華ぶりが分かる。

 

 もちろんこれらはクリスマスの時期に行われるパーティーのうちのほんの一部であり、ほとんど全てにルシウスは招待されているだろう。

 

 チャンスは3回。しかし、始めの1回で話をつけて、さっさと楽になりたいものである。

 

 シグナスの目的は、マルフォイ家当主、ルシウスに許しを乞うこと……ではなく、ひとまず両家の緊張を緩和し、付き合いを再開させることである。

 

 今まで通り家族ぐるみの付き合いをしようとはさらさら思っていない。形だけで十分なのだ。何より、シグナスはマルフォイ家とは距離を置きたいと思っていたし、だからといってコネクションを失うのも惜しい。

 

 仮にルシウスが全てを許して今まで通りにしようと言ったところで、もうあの関係には戻れない。時間は戻ってこないのだ。

 

 

 

 

 

 

 ──そして迎えたクリスマス当日。この日は例年マルフォイ家がパーティーを開催し、その翌日に魔法省のパーティーが催されるのが最近のお決まりとなってきている。

 

 よって今日はオフなのだ。シグナスはブラック家に届いたプレゼントを明けつつ、式神を形成する熟練度を上げようと練習に入った。

 

 手のひらを合わせて魔力を練りながら思う。──今年は、ルシウスとドラコからはプレゼントが届かなかった。別に悲しいわけではない。予想はしていたことなので、シグナスもクリスマスカードを送るだけに留めた。

 

 しかし、ナルシッサからは今年もプレゼントが届いた。これは大変喜ばしいことなのだが、その選択が問題だった。闇の魔術にどっぷり浸かった本だったのである。

 

 包を開けてこの本を見たとき、ナルシッサからというのは名ばかりで、これはルシウスからのメッセージなのだと悟った。

 

 ルシウスは、このままシグナスと縁を切るつもりはさらさら無い。これはシグナスにとっては大変都合の良いことなのだが、問題は、ルシウスがこのまま"こちら側"へ引きずり込もうとしているのである。

 

 今までは"こちら側"の陣営と言えどもマルフォイ家の庇護下に入っていた印象が強かったし、今回を機に確実に味方にしておこうという腹なのだろう。

 

 

 ──さて、大変困った。

 飛び込むのは簡単だ。躊躇う必要はない。しかし、飛び込んだら最後、闇の陣営まで一直線である。闇の帝王の復活時期は分からないが、抜け出すことは不可能だろう。

 

 

 

 

 

 ──困った。

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 

  迎えた魔法省パーティーの日──。

 

 ここは魔法界の重鎮があらゆる分野で集められ、"ブラック家当主"という肩書きがあるシグナスが最年少か。

 

 どこどこ家の一人息子が当主を継いだ──とか、コイツはこの分野での期待のホープなんです──など、多種多様の話題が行き交い、出会い、情報交換、腹の探り合いの場と化している。

 

 受付にて招待状を見せたシグナスは、今回の主賓(今回は魔法省大臣のコーネリウス・ファッジだ)に挨拶をすべく、いつもの小心顔を探した。

 

「こんばんは、ミスターファッジ。今年もお招きいただきましてありがとうございます。相変わらず元気そうでなによりでございます。……ルシウスもお久しぶりですね。」

 

 ちょうどルシウスと話し込んでいるところだったので、これ幸いとばかりに突撃する。ルシウスは獲物を見極める目に変わり、ファッジは所在なさげにオロオロしている。

 

 ファッジとて魔法省大臣だ。だから今学期に入ってからの2人の関係が険悪なものになっていることは知っている。ただ理由は分からないから、思わぬスイッチを押さぬように細心の注意を払わねばならない。

 

 かつて表舞台から退いて影響力を失ったとはいえ相手はブラック家。ファッジにとってはどちらも敵に回したくないからどうやってこの場を乗り切ろうか考えているようだ。

 

 それにファッジとしても遺憾なことながら、魔法省の抜き打ち検査がマルフォイ家に対して行われる予定だ。これ以上ルシウスの機嫌を損ねる訳にも行かない。

 

 まさに正念場である。胃がキリキリする思いをしながら、ファッジは口を開く。

 

「おお、シグナス。今年もようこそ。さっそくだがね、『これはこれはシグナス。また会うのを楽しみにしていたよ。』(ry」

 

 ルシウスが口を挟む。あれ?このまま2人をくっつけてこの場を離れればいいんじゃね?そう思ったファッジは、ゆっくり退却の構えを始める。

 

「ええ、最後にあったのがかなり昔に感じられるくらいです。お変わりないようで本当に良かったです。」

 

「ふっ、そんなことよりシグナス、今学期はどうだったかね?」

 

 ──コイツ……切り込みやがった!

 自分そっちのけで応酬を始めた2人に、完全に自分が撤退するタイミングを失ったファッジはそう思う。そして切に願う。早くこの地獄の時間が終わってくれ──と。

 

「ええ、なかなか楽しかったですよ。"新たな時間"が生まれたことによって出来ることも増えましたし、無能ですが面白い教師が来たので毎日楽しくやらせてもらっています。」

 

 ──この若造も心にもないことを…!

 ファッジは心の中でつぶやく。

 

 こういうときは、自分がいかに堪えていないかをアピールする必要がある。しかし、シグナスが言ったことは全て事実なので、ルシウスにはそれを突く穴がほとんどない。

 

「ほう、それは結構なことだ。シーカーも世代交代できたことだし、何でもその無能と茶番を楽しんでいるとか。」

 

 ──あーもう私のSAN値をゴリゴリ削るのをやめてくれ。

 否が応でも周りの雰囲気が凍てついて、ファッジは凍死しそうだ。

 

「ええ、世代交代にはいくら何でも早いと思いましたがね。後続の技量もまだまだだったようですし。寮に貢献できなくては意味がない。

 

 何でも、試合中に相手を嘲っていたらまんまとスニッチを取られて逆転負けをしたようで。まあ私は直接見ていないので何とも言えませんが、客観的にはまだまだだと思われているようですね。」

 

 ──コイツも参戦しやがった!よりにもよってご子息のことを……!

 いっそうエスカレートしていく(表面上)和やかな会話に、ファッジは気絶寸前だ。ルシウスも顔が真っ赤になっている。

 

「ふっ、代替わりをしたばかりはそんなものだ。いきなり上手くいくとは思っておらんよ。さて、本日は……」

 

 ──やっと終わった。

 ファッジは歓喜した。ルシウスが矛先を収めてようやく前哨戦が終わろうとしている。

 

「ハハハ、まさか練習態度すらなってない選手にまだ期待されているのですか?少しボケるにはまだ早いと思っていましたが。良い病院を紹介しますよ。といっても聖マンゴの腕のいい癒者に限りますがね。」

 

 ──ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ヤメテグレェェい

 天国から地獄へ真っ逆さまのファッジは、逃すつもりのないシグナスに戦慄した。もういいじゃん、終わりにすればよかったじゃん!わしもう知らないよ?ホントに。うん。

 

「何?今何か言ったかね?あー、まだそんな選手に期待しているのか、お前の頭は大丈夫か、と私にはそう聞こえたがね。」

 

「ええ、概ね間違ってないですよ。最近"お仕事"にお疲れのようで、少し休養を取った方が良いかと思いまして。」

 

 ──ああ、今晩は味噌ラーメン食べたいな。

 正面から格上の権力者をコケにしたシグナスに、ファッジは悟りを開いた。

 

「クックック、アーッハハハハハハハ!ここまでコケにされるとはいっそ清々しいよ、シグナス。それで今日は何をしに来た。」

 

 ──あれ?これ何とかなっちゃう系?

 未だ混乱の極地にいるファッジには、何が何だか分からなかった。

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 交渉は上手くいった。もうマルフォイ家とは対立する必要は無い。だが完全に傘下に入った訳でも無い。シグナスが純血を迎え入れることを条件に、概ねシグナスが望んだ距離で関係が再スタートすることになるのである。

 

 今までのように無償の援助を頼むのは難しいが、利害関係が一致すれば利用することができる。ナルシッサとか、個人レベルの付き合いなら許されるだろう。

 

 そして尚且つ"ダンブルドアはシグナスの敵だ"ということを印象づけられたシグナスは、内心今日すべきことはやり切ったとばかりに笑みを浮かべた。

 

 シグナスは、ダンブルドアのことがハッキリ言って嫌いだ。しかし、今はある程度近いところにいるので、最終的にどちらへ付くかにせよ、闇の帝王が復活したときにはスムーズに鞍替えができるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 その後の2つのパーティーへ行ったシグナスは再びグリーングラス家に招待された。大晦日にどうぞとのことだった。恐らく年越しを一緒にということだろう。これが意味することは1つ。

 

「シグナスくん、今度から一緒に住まないかね?マルフォイ家の庇護下を抜けた今、我々が権力の傘になろうではないか。」

 

 ──こういう話がくるとは思っていた。

 

「いえ、屋敷には家族がいますし、家を空ける訳には行きません。しかし、たまには寝泊まりしたいと思っていることも事実。」

 

「失礼、その家族というのは?」

 

「ああ、屋敷しもべ妖精です。特に私が5歳のときからは、私の家族は彼しかいないのです。」

 

 ──正直に打ち明けた。しかし、残念なことながら屋敷しもべ妖精というのは揃って地位が低く、主人に仕え、労働をするのは本能とされており、主のストレス発散のためにサンドバッグになることさえ普通の家もある。

 

 この点から見ればシグナスがいかに異質かが分かるが、幸いにもグリーングラス氏は認めてくれた。グリーングラス家にももちろん妖精はおり、手を上げられたりはされていないようである。

 

「ふむ、それはならばいつでも来たい時に来なさい。いつでも歓迎しよう。」

 

「感謝します。」

 

 

 年越し後は速やかにホグワーツに戻る準備をして、やがてホグワーツ特急に乗り込んだ。

 

 

 ❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

 

 クリスマス休暇が終わってからしばらく、3件目の事件のあとから"継承者"による襲撃はピッタリと止んでいた。

 

 仮初の平和に過ぎないが、それでも生徒たちは喜んでいた。ロックハートは例によって自分が襲撃事件を止めさせたなどと主張しているが、もはや誰も聞く耳を持たない。

 

 更に、ロックハートはマクゴナガルに、"もう厄介な事はない"と前置きした上で、

 

「今学校に必要なのは気分を盛り上げる事ですよ。ハハッ、先学期の嫌な思い出を一掃しましょう!今はこれ以上申し上げませんけどね。まさにこれだという考えがあるんですよ。」

 

 と不吉な宣言を残して去っていった。

 

 

 

 そして彼の考えとやらが実現されたのはバレンタインの日──。

 

 

 

 

 

 この日、シグナスはいつものようにダフネと2人で朝食を取ろうと大広間まて来ていた……のだが。

 

「うわっ、何だここ?」

 

「場所を間違えたわけでは……ないようね。」

 

 2人が見たものとは、壁という壁がけばけばしいショッキングピンクの花で覆いつくされ、加えて淡いブルーの天井からハート型の紙吹雪が舞い落ちていた。

 

「朝から食欲が失せたな。ダフネ、談話室で食べよう。」

 

 ダフネが肯定しようとしたところで歓声が上がる。何事かと目線で探すと、そこにはけばけばしいショッキングピンクのローブを着たロックハートがいた。何アレ、イタイ。目に入れるのも毒だ。

 

 大半は絶対零度の目で見ているが、彼は数少ないファンの方に気を取られているようだ。うん、サービス精神旺盛なのはいいことだ。

 

 シグナスとダフネが引き攣った顔を見合わせていると、ロックハートは手を挙げて"皆さん、静粛に"と合図をした。

 

 ロックハートは、「バレンタインおめでとう!」と挨拶したあと、今の所ところ46人にをカードを貰ったとか、これはサプライズだとかワーワー言ったあと、ポンと手を叩くと、金色の翼をつけハープを持った無愛想な顔の小人が12人入って来た。

 

「私の愛すべき配達キューピットです!」

 

 ロックハートは満面の笑みで紹介する。しかし小人たちは心底無表情だった。イヤイヤやらされているのが良くわかる。

 

 また、ロックハートは"スネイプ先生に『愛の妙薬』の作り方を見せて貰ってはどうでしょう?"、"フリットウィック先生は、『魅惑の呪文』については他のどの魔法使いよりも「よくご存知」だそうです。素知らぬ顔をして憎いですね!"と紹介した。

 

 正直笑い事では済まない。特にシグナスは非公式ながらファンクラブが存在する。格好の的となってしまったのだ。

 

 皆が救いを求めて教職員テーブルに目を向けると、マクゴナガルは頬を痙攣させていた。フリットウィックは頭を抱え、スネイプもまた不機嫌な顔を隠しもしなかった。

 

 あ、ダメなやつですねコレ。

 

 ロックハートによると、今日はこの小人たちが学校中を巡回し、バレンタイン・カードを配達するのだそうだ。直接渡した方がいいんですね。分かります。

 

 だがもう手遅れだ。イギリスでは、誰からかの手紙かを明記せずに贈るのが主流だ。

 

 シグナスが夏に行った日本では、"女性から男性にチョコレートをプレゼントして、愛を伝える日"として一大イベントと化している。しかし、イギリスのバレンタインは女性に限らず男性からも愛を伝える日である。

 

 チョコレートもプレゼントに選ばれることもあるが、カードや赤いバラの花束の方がポピュラーだ。

 

 つまり、この小人たちは過労死するまで働かされる運命にあるということだ。

 

 しかし、誰もそれを不幸だとは思わなかった。なぜなら、小人たちは一日中どこにいても構わずやってきて、たとえ授業中だろうと教室に乱入して来たのだ。

 

 おまけに名前は間違えるわその場で手紙の内容を大声で読み始めるわで大変だった。シグナスは恐らく全校で最もカードを受け取ったが、ずっとシレンシオ(黙らせ呪文)で対応していた彼が休まる時は無かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──HAAPPY バレンタイン!

 

 

 もし差出人が誰か分かったのなら、貴方にバラの花束を贈ります。

 

 ──From your Valentine




作者的にも色々詰め込んだ第14話、いかがでしたか?

ルーナと出会う、ファッジの憂鬱、ロックハートの企み~バレンタイン編~の3本立てでした。

ルーナ編はいつか入れたかったんですが、もう会ったことにしちゃいました。すみません。しかしあまり物語に影響はない……でしょう。

秘密の部屋は、あと2、3話で終わらせる予定です。

ご意見、感想お待ちしております。


❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾❁❀✿✾

・ハロウィーンになる前の出来事

ルーナと出会いました。不思議な女の子ルーナは私も好きなキャラだったりします。彼女の雰囲気出せてるかは分かりませんが。


・ファッジの憂鬱

自分にマーリン勲章贈っちゃうくらいですから権力には人一倍敏感です。そんな中、かつての中心ブラック家と現在の中心マルフォイ家に板挟みにされる不憫な人。2人も狙ってやってんじゃないでしょうか?


・またもやらかすロックハート

もはや求心力は0に等しい。


・From your Valentine
あなたのバレンタイン。
密かにあなたを慕っています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。