人類最強の小娘の日常〜この世界の不条理には別世界の不条理で対抗します!〜 (黒須 英雄)
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五度目の転生は失敗!?

初投稿です!


暗闇、静寂、何もなく何も聞こえない場所。ここはいつもの世界の狭間だろう。この場所に訪れるのは五度目。

いつもの事ながら何も無い。空間と呼んでもいいかどうか分からないような場所だが、俺しか存在しないと言うのは悪くない。

 

「やっと……見つけた、ぞ。転、せい、しゃ!」

 

暗闇の中に自分の魂以外にもう一つ魂の輝きが現れた。

その輝きはみすぼらしく、荒んでいた。その声は激しい憎悪を含んでいた。そしてこの魔力反応には覚えがあった。

 

「お前本当にしつこいな〜。まぁいいや、精々残り少ない余生を有意義に使えよ? ここ何にもないけど」

「かな、らず……殺す!」

 

最後の『殺す』という言葉からは凄まじい執念を感じられた。こいつの死に際よりも憎悪は膨れ上がっている気がする。死んでなお俺を恨み続け世界の狭間まで辿り着いたことは大いに賞賛に値する。

 

「気長に待つとするよ。次の世界でね」

「さ、せる、か」

 

俺の魂は事前に組み込まれた【輪廻継承(りんねけいしょう)魔法】が発動し、この世界の狭間から離脱しようとしている。

その安全かつ最強の魔法に横槍が入った。もう一つの魂からの魔法である。

 

「残念だったな、お前の残り少ない魂を削っても俺には届かない」

「ふ、はは、お前の、順風満帆な旅は終わりだ! 来世で苦しめ」

 

全く最後だけは饒舌な野郎だ。しつこくてイヤミで人類の敵、そんな奴に恨まれても痛くも痒くもないね!

 

景色が消える。魂の輝きで視界は白く染まり尽くす。これでもう世界の狭間から脱出出来たことは確実だ。

さぁ目を開ければ世界最強の順風満帆な人生が俺を待っている!

 

「おぎゃあ、おぎゃあ!(ようこそ世界! こんにちは最強ライフ!)」

 

おぎゃあ? 声を発したのは本当に俺か!? どうなってる!?

 

「残念ながら……忌み子です。十歳まで育てて売るか、今ここで殺すかどちらになさいますか?」

「おぎゃ?(へっ?)」

 

今まで四回とも十歳前後の男子に転生していたのに何でこんなことに!?

それに生まれたての赤ん坊を殺すか売るかって何その鬼畜選択!?

勿論……親は反対してくれるよな?

 

「こっこんなに頑張って産んだのに忌み子だなんて! ねぇ貴方! 私はこの子を育てたいわ!」

「おぎゃあ!(お母さ〜ん!)」

「女か……大した労働力にもならないぞ」

「おぎゃおぎゃああ!(なんてこと言うんだクソ親父!)」

「それにうるさいぞ?」

「……」

 

あ〜! 女の赤ん坊とかなんなんだ! これまでの経験上女の利点などほとんどなかったぞ!

次に【輪廻継承魔法】が使えるようになるのは三百年後、それまでに死んだら本当に死んでしまう!

 

「あまりオススメはしません。この国の王ともあられる方々の娘が人間などでは評判が悪くなるのも必然のことでしょう」

「この一件はすべて内密に、そして全てをお前に委ねるオリビア」

 

この部屋にはどうやら三人しかいないらしい。母親と父親、もう一人は助産師の人だろうか。

 

「いいのですか?」

「お前が頑張って産んだのだ。誰にも異論は唱えさせない」

「しかし王っ!」

 

本当に王なのか? それなら中々の幸運かもしれない。今までは平凡な家の出ということで何度か苦労したからな。

 

「異論は認めない。聞こえなかったか?」

「っ! 席を外しております。決まり次第お呼びください」

「ごめんなさいねキール。いつも迷惑ばかりかけてしまって」

「いえ、気になさらずに。それでは失礼します」

 

扉を開け助産師らしい男の人が退室した。名前はキールというらしい。今の筋力では首を動かすことすらできないので部屋の全貌を知ることが出来ないのが難点だ。

 

「私はこの子を育てたい。でも十歳になっても死なせたくない」

「それは、後に考える。お疲れ様、俺達の第二子はここに誕生した」

「ありがとう! 大切に育てます」

 

顔に水滴が落ちてくる。母親の顔から流れ落ちてきた涙は目にしみた。

 

「おぎゃあ! おぎゃあ! (いたっ! しみる〜)」

「ごめんなさいね、実は貴方の名前はもう決めてあるのよ」

「忌み子に名前を? それは……いや、何でもない」

 

「分かっているつもりよ。それでも親からの愛を授からない子はいないわ。貴方の名前はシャルテア。ーーーーシャルテア・ウィズマークよ」

 

こうして俺の六度目の人生の幕が開けた。世界に来て三秒で命の危機に立たされるとは思ってもいなかったが、十歳それまでに俺は安全を手に入れなければ死ぬことは判明したわけだ。

 

波乱の人生を歩んできたつもりだったが、まだまだ何があるか分からないな。性転換とか考えもしなかったし。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

ーーーー八年後

 

「お母様、準備が整いました」

「うん! 完璧に匂いは隠せてるし耳も本物同然よ!」

「でも付与魔法は全て跳ね返してしまうんですよね」

「それはしょうがないわ。シャルテアの男装は完璧だしね」

 

俺は今日、()()()()社交界デビューする。この八年間どうやって生き残るかだけを考えてきた。

 

まず初めにラクガキが上手くかけるようになった二歳の時、十メートル四方の紙に魔法陣を書き上げ魔法を使った。

魔力量は継承されている。後は日頃から魔力を抑え魔力量を悟られなければいいだけだ。

前世に当たる五度目の人生で俺は遂に【不老不死魔法】を完成させた。体の成長が止まるのを十五年後に設定し、魔法を発動させた。

これで死ぬことは回避できた。

 

しかし、この魔法も完璧ではない。【石化魔法】や【封印魔法】などに対しては無力でしかない。なまじ死ねない為、余計に苦しむ事になるかもしれない。

 

おっと、俺としたことが最も重要なことを言い忘れていた。

なんとこの国は!

 

「シャルテア? 時間ですよ」

「ではオリビア様、シャルテア様行きましょう」

「分かりました。俺はウィズマーク家の次男、シャルク・ウィズマークです」

「キール、外ではシャルク様よ」

「心得ております。行きましょうガラード王がお待ちです」

 

扉を開ける。耳が割れんばかりの歓声と拍手で迎えられる。目の前には父の背中がある。

 

「静まれ! 今日は知っての通り第二王子のお披露目だ、しかと目に焼き付けよ!」

 

落ち着け俺! 拍手喝采などとうに慣れているはずだろう!

 

「ふ〜〜。俺のにゃまえはシャルク・ウィズマークだ! この国の第二王子として生まれ落ち、この国を支えるために生まれ落ちた! 」

 

かっ噛んじまった〜〜! 第二王子初の演説で、全国民の前で噛むとか今までにない失態だ!

 

「ここにこの身をこの国、サートリア王国に捧げることをここに誓うとともに! 全国民に宣言する!」

「「おおぉーーーー!!」」

 

大きな歓声と拍手が再び俺の心を振るい上がらせる。幸せそうなこの国の裏にどれだけ非道な制度があったとしても、ここにいる国民のこの笑顔だけは絶対に守ると心に誓った。

 

「「シャルク様万歳! ヴァンパイア万歳!」」

 

まるで神輿にでも担がれている気分だ。誰も噛んだことなど気に止めない、善良な市民ばかりに見える。

 

そうそう、さっき言いかけたがこの国は()()()()()()が支配する、この大陸で最も軍事力のある国らしい。

 

この栄光は多くの人の犠牲の上に立っていることは知っている。しかし百聞は一見にしかず、俺はそれがどういう事なのかをまだ理解していなかった。

 

ーーーー時は流れ、今日は第二王子の十歳の誕生日が祝われる予定だった日が訪れる。

しかしサートリア王国の全国民は黙祷をしていた。




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貧民街の異端児1ー1

世界を牛耳っているのはどこの種族か? それは誰もが人間族と答えるだろう。

では一番敵に回したくないのはどこの種族か? それも誰もが吸血鬼族と答えるだろう。

敵に回したくないランキング一位の吸血鬼族の王国の貧民街で今日、俺は必死に走っていた。

 

ーーーー約一年前、

シャルク・ウィズマークは死を迎えた。

 

 

忌み子、それはつまり普通の人間のことである。この国の子供の三割は忌み子と呼ばれる人間の子だ。吸血鬼と吸血鬼の間から人間が生まれるというのは吸血鬼の歴史からしても仕方の無い事だそうだ。

 

では忌み子は人口の三割を占めているのか? そうではない。

忌み子は生まれながらの奴隷と呼ばれる。最初のご主人様は実の両親、十歳になれば奴隷市場に出品される。

控えめに言って不幸しかない人生だろう。それを嘆いた親に残された選択はもうひとつある。それが生まれてすぐに殺してあげることだ。

 

 

俺の親は運良く王だった。その為、両親はどうにかして俺を奴隷の人生ではなく普通の人生を送らせてあげたいと必死に策を巡らせた。

 

時を遡ること五年前、俺は男装をさせられ、言葉使いも男らしくしろと言われた。これが第一の布石だった。

 

そしてその日から第二王子として騎士団長の稽古を受けるようになった。親は俺を第二王子とすることで剣の稽古を付けさせ、将来身を守る術を学ばそうとしたのだ。稽古は苦ではなかった。

 

剣士とは主に無属性の付与魔法で自身を強化し、剣術を組み合わせて戦う者のことを言う。これは常識だ。

しかし、たった五歳児が【身体能力魔法】や【抵抗力操作魔法】を使える訳がないというのも常識だ。よって剣術のみの純粋な稽古は楽しくもあった。ただ基本的に吸血鬼と俺では力に差があり過ぎることも実感出来た。

勿論の事ながら騎士団長には俺の正体をばらしてある。そうでなければやっていけない。

 

ちなみに魔法の稽古は受けていない。魔力量からして才能なしと断定されたようだ。本当はこの国一つを潰すくらいの魔法もあるのだが……。

 

第二の布石は直接的なことではない。国内の学校で他種族の入学を認めることだった。これで留学生を装い他国からスパイがやってくるようになったのだが、それを承知の上で認めたということなのだろう。

これが現在、俺が全力疾走している理由に関係している。

 

第三の布石、それはキールを解雇する事だ。罪をでっち上げ、貧民街で過ごすくらいの金しかないと国民に信じ込ませた。

そして人知れずキールは貧民街で過ごしていると思われていたが、実際のところ一年半前までは城の中で匿われていた。

これは俺が身分を隠して住むことになることを見込んで信頼出来る人物を親代わりにしたのだ。

 

ここまで言えばことのあらすじが分かる人も多いのかもしれないが、この際最後まで丁寧にことのあらすじを説明しようと思う。

 

八歳、社交界デビューした時、俺は初めて自分の兄なる人物と顔を合わせた。吸血鬼の年齢は見た目で判断できない為、年齢は分からなかったが戦士としての風格、権力者としての威厳を兼ね備えていたのは見て取れた。

 

そこから俺は座学と剣術を習い、九歳の誕生日を迎えた。九歳の誕生日は伝統の魔物狩りを命じられる。その狩りには騎士団長も同行する為、完全とはいえ無いが安全は保証されていたはずだった。そこで俺は予定通りの死を迎えた。

突如現れた龍に丸呑みされたというシナリオで、騒ぎが起きている間に変装を解き、元の人間の小娘の姿へと戻った。

貧民街でキールと落ち合い、それでもう王家とはおさらばだ。

 

その後、騎士団長は責任を持って龍を倒すと言い張り、龍谷という龍の巣の一つ付近で一匹適当に倒し、国に首を持ち帰った。

国民からのバッシングも勿論多かったが、父と母の温情、そして当の騎士団長の態度と人徳のおかげで重い処罰を受けることにはならなかった。

 

こうして冒頭、現在の状況まで戻る。

今日は王立学園と呼ばれる四校の入学試験日だ。偶然か意図的なのか、今日は俺の命日でもある。街では黙祷が行われた後、活気ある騒がしい雰囲気に包まれていた。

 

俺は王立第三学園の入学試験を受ける。貧民街が王立学園を受けるなど前代未聞、それも人間の女だとなおさらだろう。

これらを踏まえ意図的かどうか、王立学園側からの入学試験資格証が送られてきたのは試験の集合の三十分前、間に合うかどうかは五分五分だった。

 

王立第三学園までは家から走って四十分かかる、残りはもう二十分しかない。遅刻をすれば勿論失格、試験さえ受けさせてもらえないだろう。

 

「しょうがないか、(【身体強化魔法】と【抵抗力操作魔法】を併用、邪魔な髪の毛に【相対座標固定魔法】を付与!)」

 

スピードが約三倍まで上がる。これ以上速度を出すと人との衝突事故が起きかねない。

 

「後百メートルか、魔法解除」

 

魔法を解き、歩く。汗一つかかないとはいかなかったが不快に感じるほどではない。

集合時間まで後十分、余裕だな。

 

ゴーン、ゴーン。

街にある教会の鐘が響く、午前十一時を示す鐘だ。

 

同時に百メートル先の扉が締まり始める。なんだか嫌な予感がする、あの扉が閉められたら中に入れないような……

 

「チッ! (さっきと同じ魔法を発動! 出力二倍!!)」

 

速度制限でもあれば必ず引っかかるであろう速度だが、この百メートルに人影がないことは確認済みだ。

 

「ふぅ〜間に合った。あっ」

 

【相対座標固定魔法】を付与するのを忘れていた。青みがかった綺麗な紫色の髪はボサボサだ。

 

「中々の広さだ」

 

目の前には巨大な門がもう一つ。門と門の間には中々の広さの中庭が広がっており、扉の前には未来の同級生となるであろうライバル達が約三百人ほどいる。

 

「急がないと!」

 

第二の門が開き、ライバル達が中へと入っていく。それに追いつくために魔法を使わず、非力な人間の足の力だけで駆け出した。

 

 

 

 




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貧民街の異端児1ー2

「バカモン! 貧民だからって試験受けられないなんてことはないんだぞ!」

 

王立第三学園の校長室で、受験者の一覧を手に校長が吠えていた。

 

「お言葉ですが、校長。貧民などがこの学校に足を踏み入れること自体が罪に等しいと私は考えます」

「言葉が過ぎるぞ、マスカリ先生」

 

横に立つ教師が横暴な発言をした同僚を咎めるが、当の本人は全く気にせず続ける。

 

「そもそも貧民風情が入学試験を突破できる訳がないのですから時間の無駄です」

「そんなことは無い! 人間との勢力が拮抗している今こそが戦力を蓄えられる貴重な時期だと分かっているのか!?」

 

「(チッ、試験官をするのはこっちだということをわかっていらっしゃるのかしら? 結局そう言って入学した貧民どもは伸びしろが全くなかったじゃない!)」

「言いたいことは後にしてくれ、時間だ。マスカリ教頭の処分は考えておく。その貧民の家には俺が謝罪しておく。質問は?」

 

そのまま試験官達は校長室を出て試験会場である訓練所へと向かって歩き出す。

 

「貧民の妨害って言っても完全じゃないんでしょ。マスカリ先生のやり方だと微妙に間に合うかどうかの所を突いてくるからな〜」

「それは褒め言葉として受け取っておきますよ、サーアナヤ先生。でも今回は残念だけれど確実ですよ。私も別に貧民街だけならいいんですよ、貧民街だけならね」

 

「……忌み子。経歴不明の年少期ですね」

「それです。もはやどんな服装でくるか想像もしたくない」

 

件の少年、出会うことはなく、もう終わった話として先生達の中では少しの噂になっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「試験を今から始めます。まず、この試験は点数順の上から五人を特待生、その下の四十人を特進生、五十人を普通生としてこの学園に迎え入れるつもりです。点数によっては人数の増減があることもあります」

 

俺が狙うのは特待生。これは入学料と授業料を免除、これからの必要費用を学園に肩代わりしてもらえる。

 

「今日は筆記の試験を、明日は実技の試験を行います。集合時間は今日と同じ午前十一時です。それでは各自試験会場へ進んでください。」

 

扉に名前と教室が書かれた映像掲示板が現れた。これは【映像転写魔法】の典型的な使い方だ。

 

「名前は、あった! 」

 

シャルテアという名前とその横に一年A組という教室が書かれてある。名前を見つけるのは簡単だった。そもそも貧民に家名はない。その為、名前のところが異様に短い場所を見ればすぐに分かった。

他に家名がない人はあと一人だけいた。

 

 

「では、今から筆記試験を始めます。科目は魔法構築学と、生物生誕学です。始め!」

 

ペラペラと問題を裏返す音が一斉になる。まずは基本的な魔法の構築の仕組みだけだ。

この世界の十代の学力がどれほどのものかは分からないが特に難しい点はないな。

 

次の生物生誕学は、人間族からの派生理論? これは確か既に否定されていたはずだ。それに、吸血鬼の力の代償? こんなの無かったはず、あるならあんなに滅ぼすのに苦労はしなかった。

 

「そこまで! 次は魔法の実技試験、明日の十一時には集合しておいて下さい。遅刻者は無論、失格とさせていただきます。では今日は終了です、お疲れ様でした」

 

ふ〜やっと終わった。問題にしては時間が長すぎたような気もするな。基本的に低難易度の問題だったし、流石にこれで落ちることはないだろう。

 

「おい貧民! ゴミ屑風情がなんで試験を受けに来ている? 即刻辞退するべきだとは考えなかったのか?」

 

あ〜大体クラスにも何人かはいるだろうなーとは思っていたが、いきなりだな。

 

「試験を受ける資格については全国民平等、法律上全く問題ないと思うんだけど?」

「チッ! 法律上はそうだったとしても俺たちのような貴族と一緒の空気を吸って生きているのがおこがましいとは考えなかったのか?」

 

妙に理論的かつ、暴力的な奴だ。一応は教育を受けてきたのだろう。

全く、言葉遣いを気をつけるだけでも神経をすり減らすと言うのに。

この教室の受験者、試験官も止めようとしないどころか面白い見世物を見ているような目だ。

ーー嫌気がさす。

 

「すいませんがお名前を伺ってもよろしいですか?」

「ステークス家の三男チャーハ・ステークスだ!」

 

ステークス家と言えば中々の名家だったはずだ。アンナーサ・ステークス伯爵には二、三度お目にかかったことがある。

迷宮探索で功績を挙げたことで辺境伯にまで爵位を上げていたんだっけな?

 

「ステークス家のチャーハ様、私は私が試験を受けることが全く悪いとは思いませんし、その考えを改めることもないでしょう。貴方が受かれば同じ初等部、実力を示す機会も大いに溢れていることでしょう」

「貴様はもう受かった気でいるのか!? おめでたいヤツめ、貧民、女、加えて忌み子であるお前が合格するはずがないだろうが!」

 

「結果はまだ出ておりませんよ? 人を見た目と性別で判断するものでもありませんしね?」

 

めんどくさいからこの間に少し実験だ。今から魔力を少しだけ解放する、【魔力探知】を習得しているものや、魔力の動きに敏感な人は気づくはずだ……一瞬にして魔力量が三倍に跳ね上がったことに。

 

「ふん、精々吠えていればいい貧民」

 

あ〜こいつ気づかないのか。試験官は情報処理が遅すぎるな、後は普通に青ざめている人が数人と、おっ?

 

「貴方も下を見て行動するのではなく、貴方の父上アンナーサ・ステークス辺境伯を見習い、【魔力探知】を習得した方がいいですよ」

 

三男の坊ちゃんは舌打ちをひとつ残し教室を後にした。俺は言葉を言い終えると同時に魔力量を抑え、いつもの魔力量に戻した。

 

試験官は何も見なかった振りをして教室を出た。それに続き魔力量の変化に気づかなかった受験者と青ざめていた生徒も不気味なものを見る目でこっちを一瞥た後出ていった。

 

「俺はお前を貧民だとは見下さない。シャルテア、貴様は何者だ!」

「お初目にかかります第二王子ハーダック・ウィズマーク様。私はこの国の第二王子が聡明かつ強力な方だと確信することが出来ました」

 

「貴方も俺を第二王子だと呼ぶのだな……。第二王子は二人いた。そして俺は第三王子だ」

「シャルク・ウィズマーク王子、お亡くなりになられた方ですね」

 

この話題はまずいな。俺的にもお前的にも、いい結果は生み出さない。

 

「……もう時間だ。くれぐれも気をつけろ、この学園にお前の敵となる者は多い」

「ご忠告感謝します。第二王子は貴方だけ、幻影となった者に何か求めても先には進めませんよ」

「心に留めておこう」

 

こうして双子の弟、ハーダック・ウィズマークとの初めての対話が終わった。彼は一度もあったことが無かった兄の影に今でも何かを求めているのかもしれない。




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貧民街の異端児1ー3

門の前にはワラワラワラワラワラワラ。昨日より人が多すぎやしないか? 全員が剣やなんやら武器を持っている。

 

「今日は初等部、中等部、上等部への入学試験を行う! 第一訓練所に上等部、第二に中等部、第三に初等部だ! 上等部の受験者は昨日行ったから分かると思うが訓練所内には魔物を飼育しているスペースもある! 非常に凶暴で危険だ。くれぐれも気をつけるように!」

 

「あ〜もうひとつ。試験は今話していた教頭と、この俺、校長が見学する! 入学後のことも考えて大いにアピールしてくれ!」

「「はい!」」

 

なーるほど。そりゃ多い訳だ。妙にがっしりとした奴もいるしな。同じ年とは思いたくもない。

しかし、世間的に見ると戦う女性は少ないイメージだが、この場ではそんなに男との差はない。

 

初等部、主に基礎的なことを学びつつ、迷宮に慣れる。十歳から十三歳までが受験資格であり、三年後の進級試験をパスすることが出来なければ退学。外部からの入学試験をパスするという方法があるが、入学費をもう一度払わなければならない。

 

中等部、基礎を学んだ上での技術、実力を身につける。十三歳から十五歳までが受験資格である。実際の迷宮の階層を更新することを目指し、ひたすら力をつける三年間になるだろう。これも初等部と同様に三年後に進級試験があり、パス出来なければ退学。

 

上等部、迷宮攻略を固定パーティーで行う実践が全てになる。十六歳から二十歳までが受験資格であり、期限などは特にない。『迷宮管理局』や『迷宮攻略冒険者』となるまではここにいることになるだろう。『迷宮攻略冒険者』になるには冒険者ギルドのサブマスター以上の権限を持つ人からの推薦が必要になる。

勿論、全員が華々しく学園を去れる訳ではない。パーティーメンバーが就職し、迷宮に挑むことが出来なくなった時点で自主退学という形をとり、普通の冒険者とならざるを得ない。

 

この学園は迷宮攻略に力を注ぎまくっている学校だ。主な就職先は冒険者ギルドとなるだろう。それを志して入学する者がほとんどだ。

そして、中々にシビアな制度となっている。入学が待ち遠しい。

 

「君がシャルテアさんだね? 早く行かないと置いていかれるよ」

「あっ!? ありがとうございます校長」

 

初等部の受験者は歩き出し、置いてきぼりになっている。声をかけてくれたのは校長だ。隣に教頭もいる。

 

「ああ、少し待ってくれ、君に謝らねばならないことがあるんだ。いや、…二ヶ月後の校長室で待っているから出向いてくれ!」

「はい!」

 

よぉ〜し、やる気が湧いてきたぞ! 特待生枠を絶対勝ち取ってやる!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「校長、本当に合格するとお思いですか?」

「勿論だ、彼女は絶対にやってくる。昨日の筆記試験を見ただろう?」

「それと実技は別ですよ。まあ、謝らねばならないことがあるのは私なので待ちますが」

 

なぜなの? どうやっても間に合わなかったはず、まさか魔法を使ったの? でもそんなことはありえないわ!いくら何でも()()()()()()()使()()なんて!

 

校長は合格することを願って、私は不合格を願って彼女を見送った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺は走り前の軍団に追いついた。周囲を見ても俺と同じように貧相な服を着ている人はいない。もしかしたら貴族に色々言われて心を折られたのかもしれない。

それならそこまでだったというだけだが。同じ貧民だろうが同情の念はない。世の中弱肉強食だからな。

 

「これより試験を始める。課題はゴーレムの破壊だ。常に五体のゴーレムを出現させる。近距離、中距離、遠距離、どんな戦法をとっても良い!制限時間内に出来るだけ破壊しろ!」

 

試験が始まった。昨日と同じ分け方で、AからDまでに分けられた。メンバーも変わっていない。訓練所を四つ同時に試験が行われている。

パッと見二メートル級のゴーレムが五体。大した動きはないが防御、攻撃ぐらいは組み込まれているのだろう。近距離戦を挑んだ受験者達が苦労している。

 

「次! ハーダック・ウィズマーク!」

 

一気に注目が集まる。期待の眼差しを背中に背負い一人の少年、ハーダック・ウィズマークは剣を抜いた。

 

「では、始め!」

 

制限時間は三分、たった三分だ。初めから全力でも体力は持つだろう。

すぐさまゴーレムの懐に飛び込む、そのまま足を切った、続けて剣を上に振り上げゴーレムを真っ二つにした。一体目が消滅した。

同時に歓声が上がる。未熟な者はただ剣の切れ味がよかっただけだとしか認識していないようだが、実際は全くそうではない。

剣に【摩擦魔法】と【分解魔法】を併用し、易々とゴーレムを倒したのだ。【抵抗力操作魔法】の下位魔法ではあるが、そもそも抵抗力に関する魔法を使える人は少ない。

 

「チッ!」

 

倒したのにも関わらず舌打ちをした。その理由は明らかだろう。周りのゴーレムのせいで動けるスペースがどんどん小さくなってきているのだ。

バサッ! 背中から未熟ながらも大きな翼を出す。流石は吸血鬼だ、このアドバンテージは大きい。

中距離の位置に着陸し、時間を確認する。残り一分、まだ敵は三体しか倒せていない。それでも試験結果としては充分なのだが本人は納得いかない様子だ。

 

「……見てろ」

一瞬俺の方を見た気がしたが自意識過剰か?

 

ザシュッ。自前の剣で自分の両腕に傷を入れた。一同の喉がゴクリとなる。それは俺とて例外ではない。

 

「これが俺の力だ!」

 

溢れ出る血は止まるどころか勢いを増してゆく。しかしその血が地面に赤いシミとなることは無い。全て宙に漂っていた。

それが今、闘志溢れる声と共に形を成した。瞬時に十本もの剣が血によって生成されゴーレムの核を貫く。

 

「「う、うぉぉーーーー!!」」

 

驚きと嬉しさの歓声が訓練所に響き渡った。

その間も次々に血でできた剣は空を舞い、ゴーレムを貫いていった。

これを操っている本人の顔には汗が染み出て苦しそうではあるが、あと十秒だ。

 

「しゅっ、終了!」

 

その声とともに血は傷口から戻り、傷口も塞がった。

当の本人は満身創痍の状態だが、しっかりと自分の足で歩いている。

結果はぶっちぎりで一位だろう。まぁ……今のところだが。

 

「次、シャルテア。位置につきなさい」

 

全く、素晴らしい切り替えだ。俺の名前とともに空気は冷めきった。 しばらくしてから雑談が始まり騒がしくなるが試験官はそれを咎めようとはしない。

 

「何を使ってもいいのですね」

「言った通りです。始め」

 

こっちを見ているのは昨日青ざめていた受験者と第二王子だけだ。注目されるのは嫌いじゃないんだけどな。それに双子の弟に負けるってのは嫌だ。

 

魔力を解放する。昨日の十倍、つまり今の三十倍だ。

流石に鬱憤を爆発させてもいいだろう? 散々な言われようだったんだから!

 

「(【爆裂魔法】の魔方陣を展開、失った魔力を常に補給! 【抵抗力操作魔法】を発動、重力を反転!)」

 

ドゴォォォォーーーーーーーーン!!

紅蓮の魔法陣が発動し、魔力を事象に転換する。

その魔法はゴーレムの真上に飛翔した俺の手から放たれた。訓練所の地面を深々と削り取り、そのヒビは訓練所の至る所にまで及んだ。

 

「あっ、威力抑えるのを忘れた」

 

既に次の魔方陣は展開し終わり右手の前に現れている。後はゴーレムが出てくるのを待つだけだが、無駄だろうな。

十中八九地面に設置された魔方陣ごと破壊しただろうから。

 

「この場合はどうすればいいのですか? 言った通りだと常に五体のゴーレムが出現するはずだったのでは?」

「っ!? いっ、一時中断です。少しのあいだ待機しておいてください」

 

俺はその言葉に従い、魔方陣を吸収して魔力にもどす。魔力量も制御して元に戻し、地面に降りようとすると。

 

「シャルテア、そのままでいい。試験官、魔物が逃げたようです。殺しても?」

「なっ!? 魔物が? 危なすぎます! 訓練所から脱出し広場まで戻ります!」

 

おお、勇敢な第二王子よ、やはりしっかりと【魔力探知】を習得しているようだな。それでも流石に危険だ。魔力量に差がありすぎる。

 

「皆さんは正面入口から脱出してください。お、私は裏口から脱出します!」

「おいお前! 俺達を囮にして逃げる気か!?」

 

馬鹿か!? これだから貴族は。相手にしてられるか!

 

「お願いしますね先生。第二王子、貴方の力はこんな所で失っていいものではない。二度も息子を失う親の気持ちを考えてみてください」

 

「俺の力は国民を守るためにある! ここで使わなければどこで使うというのだ!?」

「正面入口が安全とは限らない。その時は貴方の【血脈操作】が頼りです。お願いします」

「……分かった」

 

よし、これで邪魔者はいなくなった。試験官達からしても魔物に貧民が食われたところで力不足と片付けられるばかりか、厄介な貧民が消えてくれて一石二鳥だろう。

 

「さぁ、この私になって最初の魔物狩りだ!」

 

不完全燃焼だった試験の代わりに魔物に八つ当たりをする。

その思いで俺は魔力を解放した。




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貧民街の異端児1ー4

長すぎると思いながらも区切ることが叶わなかった会話文が一つあります。何か方法があれば教えて下さい!


  ゾロゾロ出てくる魔物達、そんなに多い訳では無い。今の俺なら瞬殺だろう。しかし、あまり注目されると正体に気づかれてしまう恐れがある。

 ーーーー【爆裂魔法】一発、これでケリをつけてやる!!

 

「ちょ、誰か助けてー!!」

「はっ!?」

 

  魔物の先頭を何故か制服を着た女の子が走っている。その疾走は素晴らしいものだが、……吸血鬼じゃないな。

 

「(魔法をキャンセル、魔子回路を切り替え! 【氷塊魔法】を展開!)」

 

  カチッと血管と同様に身体中に張り巡らされた回路が切り替わり、その属性が変化する。

 

「そのまま走り抜けて!」

「うっ、うん!」

 

  今度は右手だけではない。俺をバックアップするような位置に魔法陣が五つ展開され、その魔力は氷塊へと変換された。その氷塊はみるみるうちに形を変え、杭のような形に留まる。

 

「掃射っ!」

 

 ズドォォン! 氷の杭は標的に正確に突き刺さり、赤い鮮血が溢れ出る。魔物は一瞬にして絶命したが、あと二体まだ残っている。

 

「もう大丈夫! そのまま見てて!」

 

 その女生徒を先輩Aと心の中で呼んでおこう。

 先輩Aは後ろ向きに跳躍すること一回転、猪型の魔物達の背後をとる。

 彼女の腕は服を食い破り、肘下からは逆だった毛に覆われている。耳は頭上に付いており、目は獰猛な狩人のように血走っている。

 すなわちワービースト、獣人族だ。

 

 その身体能力は人間を凌駕し、一時的な出力は吸血鬼をも凌ぐとさえ言われている。

 

 それは誇張ではないだろう。

 先輩Aが放った拳は猪型の魔物の脳天を貫いた。横から突進してくるもう一体の猪型の魔物のツノの振り上げ攻撃を難なく避け、アッパー、そして追撃、その腹にいい蹴りが入った。猪型の魔物は吹き飛ばされる。気絶したようでピクリと跳ねた後動かなくなった。

 

「はぁ〜疲れた。ありがとね君! やっぱり吸血鬼族は強いね〜」

「こちらこそ先輩の戦いぶりには感服いたしました。それと私は吸血鬼族ではありませんよ」

 

 へっ? と抜けた声を出し、少し考えた後思いついたように呟いた。

 

「忌み子、って訳じゃないよね?」

「忌み子と呼ばれる者ですよ。翼も出せませんし、筋力もありません。ちょっとした体質みたいなもので再生はしますけど」

 

「いくら初対面だからって騙されないぞ! 人間族が魔法を使える訳がないじゃないか!」

「えっ?」

「えっ? じゃないよ! こんなこと習うべくもないことだろう?」

 

 ん〜、んー、ん?、ん!? 思い出した!

 昔、騎士達がそんなことを言っていた気がする!その時は確実に嘘だと思ってたし、まさか使えないなんてことがあるとは思ってもいなかった。

 だから俺に魔法を覚えさせようとしなかったのか……どうする?

 

「まぁ完全に忌み子ではないんですよ、ハーフ、ハーフヴァンパイアです!」

「へー、珍しいね。忌み子よりも」

 

 信じてる様子は全く見受けられないが、……よしっ! この設定を貫き通そう!

 

「そうなんですよ、貧民なんでもう誰の子なのかも分からないんですけどね」

「ふ〜ん、あの実力で貧民かー。まぁいっか、助けてもらっただけだしね!」

 

 行こうか、という声に続いて俺も裏口に向かって歩き始めた。

 

「ところで先輩、先輩は何してたんですか?」

「ん〜秘密! それより部活動は決めてるの?」

 

「先輩、気が早いですよ。でも、まだ決めてませんよ」

「ほ〜ら、やっぱり受かってる自信はあるんじゃない! まあ私も君は受かってると思うけど」

 

 軽いこんな感じの会話を続けているうちに出口の扉が見えてくる。扉の原型はなく、と言うよりそもそも扉のあったはずの場所は風穴になっていた。

 

「先輩、あれ中等部の方達ですよ。多分先輩のことを呼んでいます」

「あっ本当だ! 行かなくちゃ、君の名前はえっと?」

 

「シャルテア、ただのシャルテアです」

「シャルテアちゃん! 私達は『日常研究部』! 訳ありで一癖も二癖もある人ばかりだからオススメだよ!」

「はは、考えておきます」

 

 手を振って走っていくので、俺も手を振り返し、正門入口に回ろうと思って歩き出した。

 

 事後報告、俺は中等部の方達に協力してもらい魔物を退治したと言った。

 では、魔法を使えたことは何と誤魔化した? それは結果から言うと無理だった。

 

 俺はハーフヴァンパイアと言ったが血の匂いが違うと言われて反論なし。生まれつきの体質としか言いようがなかった。鼻のいい獣人族の先輩Aにも気づかれていたのか……。

 

 

 

 そして、ーーーー合格発表の日を迎えた。

 結局実技試験はやり直しがなかった。俺の次の人から中等部が終わった後の訓練所で行われ、魔物が逃げ出すようなこともなく無事に入学試験は終わった。

 

 で、緊張しまくり、と。まぁ、あんだけプレッシャーかけられちゃしょうがないか。

 

 出発前ーー

「シャルテア様! 世間では死んだことになっていたとしても貴方は間違いなくあの方々の息子。忌み子ながらに魔法が使えることはまだ私しか知りません。しかし、それこそが貴方が受け継いだ王家の血筋! 特等生のナンバーを持ち帰ってくださいね!」

 

 って、キールはどんだけプレッシャーをかければ気が済むんだ! 王家の血筋って、弟がいるじゃねぇか。

 

 そして今、柄にもなく緊張しまくりなのだ。全国民の前でのスピーチは仕方なかったとしても、今回はただ既に決められた結果を見に行くだけだろう?

 

「あっ、シャルテアちゃ〜ん! ナンバーツーおめでとう! 無事に特待生になれたみたいだね」

 

 人混みの中から一人の女子生徒が手を振りながら走ってくる。唐突に声をかけられたことは分かったが何を言ったのかが分からなかった。

 

「あっ先輩A、じゃなくて先輩! もう一度言ってもらえます?」

「だーかーらー特等生で受かってたよ!」

 

 ……よっしゃー!!!! やばい、思ってたよりも嬉しい!

 ここに入学できるとかではなく、いつも世話になりっぱなしのキールの期待に応えることが出来たことについてだ。

 

「ありがとうございます先輩!」

「それより、君の中で私のことは先輩A、つまりモブキャラ扱いだったってことがよ〜く分かったよ!」

 

 やっぱり聞こえてたか。

 

「すいません、ところで先輩の自己紹介はしてくれないんですか? このままじゃ名無しのモブキャラになっちゃいますよ〜?」

 

 さぞかし嫌な笑みを浮かべていることだろう。この学園は貧民や貴族という人種などいない。ただただ一人の学生としてこの学園を謳歌できる!

 先輩いびり、やってみたかった!

 

 ちなみに今まで学校生活をまともに送ることが出来たのは転生する前、一番最初の人生だけだ。

 

「言うじゃないか後輩。私の名前はヤーハ・カルナムート! 世にも珍しいハイブリッドビーストだ!」

 

 この自己紹介が新入生の注目を集め、一躍時の人となるのはまた後日の話。

 ついに俺は、安定した生活を築く足掛けを手に入れた!




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貧民街の異端児 2ー1

 結果を知った上で見る結果発表ほど安心する物はこの世には存在しないのではないのだろうか?

 今俺はそれを大いに実感している。

 

「ほっ、ちゃんとあった。ハーダック・ウィズマークがナンバーワン……か」

「様は付けないの? 王子様だよ?」

「まあー、そうだね」

 

 自分の双子の弟に様をつけろと言われてもなー、本人の前なら努力しようか。

 

 ナンバー制度、それはこの学園だけでなくこの国にある四つの王立学園で使われている制度だ。

 特待生枠である五人に実力順に与えられる。半期に二度、特待生枠、つまりナンバーをかけた下克上試合が行われる。

 

 ナンバー持ちはこの国で大きな意味を持つ。色々な施設を無料、または特典などが得られる。

 その代わりと言ってはなんだが、他にも色々厄介なことはある。

 

 だからこの初めにナンバー持ちになれたのは大きなアドバンテージとなる。主に……金銭面的に。

 

 完全に実力、座学と実技を合わせた結果だ。流石は王子様と言うべきなのだろう。

 

「入学オリエンテーションまでまだ少し時間あるね」

「そうですね、あと一時間後くらい」

 

 この後は新入生を歓迎、もとい部活、委員勧誘会と呼ぶに相応しい行事がある。

 しかしそれが始まるのは一時、今はまだ十二時前だ。

 

「先輩、ここの学食で昼食をとろうと思っているのですが案内してくれませんか?」

 

 別に先輩に案内してもらわなくても迷うことはないとは思うのだが、合格発表まで見に来てくれた先輩だ。できるだけ大切にしたい。

 

「もちろん! 元々学校案内するつもりだったしね!」

「そうでしたかありがとうございます」

 

「ところで私の名前は」

「ヤーハ先輩、カルナムート先輩、どっちがいいですか?」

「カルナムート先輩で!」

 

 愛らしい尻尾がフリフリと揺れる。愛らしいのは尻尾だけではない。顔の造形も整っていて、特に目は宝石のように輝いているようにも見える。メガネを取らなくとも美人とわかる顔だ。

 

 そしてこの無邪気さを前に負の感情を抱くことなど可能なのだろうか。

 

「んっ? どうしたんだい?」

 

 綺麗な歯が隙間から覗き、そのはにかんだ笑顔に邪気など浮かぶはずもない。

 

「いえ、なんでもありませんよ」

 

 反則級、……負の感情を抱くことなど不可能だな。

 

 

 広場を通り過ぎると正面には校舎、左には訓練所、右には訓練所が並んでいる。訓練所は全てで六つあるらしい。

 

「そう言えば、制服も着ないで校舎に入っていいのでしょうか?」

「んーいいんじゃない? そんなこと気にしないでいいよ特待生なんだからさ!」

 

 だそうだ。特待生さまさまだ。

 

「おい! そこの中等部! むっ? 貴様はカルナムートではないか!」

「あっ生徒会長こんにちは! 今日はどうしたんですか?」

 

 廊下を歩いている時に横から声をかけてきたのはごつい体をした男子生徒だ。

 

「校舎の見回りだが、そんなことより! なぜ貧民を連れて校舎を歩いている!? いくら俺でも度し難いぞ!」

 

 制服から見るに中等部、生徒会長ということは三年生だろうか?

 

「えーちょっと早く中に入っちゃっただけですよー! この子新入生ですし?」

「お前はまた見え見えの嘘をつきおって。で、なんなんだその子は」

 

 やっぱり信じてくれないよな……。

 王家から離れてから俺とキールは貧民に紛れていたと言っても衣食住には困らなかった。

 心の中では『俺は貧民とは違う』と思っていたのだろう。それは否定出来ない。

 

 しかし、この学園の入学試験で自分が貧民だと言うことを実感した。服装、髪型、名前、それらの全てが俺を貧民だということを示している。

 

 ーーーー相手にもされない。しょうがないとは分かってはいても悲しいものだ。

 

「失礼ですよ生徒会長! 彼女はナンバー持ち、それも例の王子様に次ぐナンバーツーです!」

「えっ!? 本当なのか?」

「ええ、はい」

 

「……………」

 

 ポッカーン、、おーい。完全に放心状態だ。なんか悪いことをしたような気になってきた。

 

「なんかすみません」

 

「君が謝る必要は無い! むしろ、いや完全に謝らねばならんのはこっちだ! 本当にすまない!生徒会長という立場にありながら数々の非礼を働いてしまった!」

 

 曇のない瞳をしている。嘘をつくことを経験したことがないのでは? とまで思うほどだ。

 

「気にしないでください。これからも是非よろしくしてください」

「もちろんだとも! お詫びと言ってはなんだがこれをあげよう」

 

 手に渡されたのは小さなバッジだ。特に何の変哲もなく、魔力を込められたものでもない。

 

「これは?」

「学食の特権バッジだ。一部を除いたほとんどのメニューが無料で食べれる」

「っ!? 本当ですか!!」

 

 やっば、要らなさそうとか思った俺がバカだった!

 食費もタダ、その他特等生の特権でタダ、この学園をほとんど無料で謳歌できるぜ!

 

「ああ、もちろんだ。さっそく使ってみるといいよ!」

「ええ、遠慮なく貰っておきます! 本当にありがとうございます!!」

「よっ、喜んでくれて何よりだ」

 

 あまりの感謝に若干引き気味の様子は見られるがそんなことが気にならないぐらいに嬉しかった!

 

「じゃあそろそろ行くよ。生徒会長も忙しいんじゃない」

「むっ、そろそろ行かねば。ではまた後でな!」

 

 騒がしくも熱くて楽しそうな人だったな~。この学園に来てからいい縁ばかりな気がする。順風満帆過ぎて怖いな。

 

「カルナムート先輩、このバッジってどうやったら貰えるんですか?」

「生徒会に入れば貰えるよ」

 

 生徒会か、めんどくさそうではあるがそれを我慢すればこのバッジが手に入る。等値交換どころか完全に黒字だな。

 

「生徒会にはどうすれば入れるんですか?」

 

 出来れば入りたい、今すぐにでも!

 

「成績と人望かな〜、ああ、推薦枠って言うのがあってね。それは前任の生徒会長が一人だけ生徒会役員を推薦できるんだ」

「私がなる為には人望が必要ですね」

 

 貧民に人望が生まれるかどうかは別として、いやそもそもプライドの塊のような貴族共の上に貧民が立つことが世間的に許されるものなのか?

 

「今のところ貧民ながら初等部を卒業した人はいないからシャルテアちゃんは頑張ってねー!」

「そ、そんなになんですか!?」

 

「シャルテアちゃんが考えているのは貴族達からの当たりの強さのことかな?」

「そうです。それ以外にも障害が!?」

 

「無いとは言えないなぁ〜。まず当たりの強さでいえば貴族達もだけど、教師にも注意を払っておくべきだ」

「教師、試験官を務めていた人達ですか」

 

 確かに試験の時点で態度が明らか違った。校長はそうは感じなかったが横の教頭も俺の事を見下しているのが丸分かりだった。

 

「うん。まぁ成績に直結してくるのは教師だからね。それともう一つ、貧民の子らが辞めていった大きな理由だ」

「……それは?」

 

「成績だよ。今まで貧民にナンバー持ちはいなかった。君は次の下克上試合で物凄い数の試合をこなさなければならないだろう」

「そう、ですね。流石にしんどそうです」

 

 うっそでーーす!!

 単純にめんどくさそうでやりたくないと今この時点から思い始めているだけだ。

 

 下克上試合までに力を示さないと数十人に試合を挑まれる。しかもその審判でさえも敵だろう。

 では、力を発揮し、力を周りに知らしめるとどうなるか? それをよく思わない貴族に叩かれる。出た杭は打たれるものなのだ。

 

 貴族の権力を使えば貧民一匹処理することなど容易いだろう。たとえ抵抗したとしても最終的には父や母の前で裁かれることになるはずだ。

 ここまでして生かしてくれた両親に迷惑をかけるわけにはいかない。もちろんキールにもな。

 

「続きはご飯を食べながらにしよ! ここがお待ちかねの食堂だ!!」

「おおっ!」

 

 未知の食への扉は開かれた! 我いざゆかん!

 

「何してるの? はやくー」

「ちょ、待ってください!」

 

 この世界では初めて匂う野生の美味の香りが漂ってきた。もう待ちきれない!

 俺はダッシュで中に入りメニューを確認するやいなや大声で注文した。

 

「ラーメン一つ!!」




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次回の内容予定はーーーー異世界にだってラーメンはある!


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貧民街の異端児 2ー2

「ラーメン一つ!!」

 

 キター!! この世界でやっと出会えたラーメン! 待ち遠しくて仕方がない!

 

「ほいっ! お待ち! お代は」

「このバッジでいいの?」

 

「おお、お? 貴方みたいな生徒会役員見たことないけどそのバッジはどうしたんだい?」

「生徒会長にさっき貰った! それよりもう食べてきていい?」

 

「ほいほい、庶民の定番に何をそんなに急ぐことがあるんだか」

「初めてなの! 」

「……そうかい、いつでも食べにおいで」

「うん!」

 

 ほんのり温かい目で見られたが、それは貧民だから食べたことがないということだろう。

 

 事実、貧民に対して料理を振舞ってくれる料理店は少ない。それに振舞ってくれる店のほとんどがぼったくり、貧民をただの金蔓としか思っていないクズが経営する店だ。

 

 あの食堂のおばあちゃんはいい人だ。これからも仲良くやっていきたい。

 

「おっラーメンを頼んだんだね! 私はグリークまんにしたよ! 」

 

 窓際の席に先輩は席を取っておいてくれた。

 先輩の手には緑色の肉まんのようなものが握られている。

 

「はい、ずっと食べてみたかったんですよ! 先輩のグリークまん? 美味しいんですか?」

 

 熱々の汁を絡ませ、外から差し込む日光を反射してキラキラと輝く麺を啜りながら聞いてみた。

 グリークまんはとてもではないが食欲が湧く色合いではない。外は緑色、中は青色だ。

 

「美味しいんだよこれが! 外は薬草、中は人喰いウツボ草の葉肉、一口あげるよ!」

 

『人喰いウツボ草』は魔物の一種である。森などにも出現することがあるが、一定量を手に入れるためには迷宮で狩る方が確実な方法だ。

 

「では一口だけ」

 

 匂いはザ・薬草って感じで美味しそうな匂いとは言い難い。

 

「(先輩もあんなに美味しそうに食べていたんだし大丈夫だろ……)

 っ!? 苦い!? いや脂っこい!?」

 

 あっはは! という笑い声が食堂のど真ん中当たりから聞こえた。

 味はほら、まあ、食べてみれば分かる。……そこらの草の方がよっぽどマシだ。

 

「む〜やっぱりダメかー。どうも味覚が違うんだよね」

「まさかここまでとは思っていませんでした」

 

 うう、すみません。と言って水を受け取る。ああ、水が甘い。味覚が壊れたのかな?

 

「美味しいでしょ! そのお水は獣人族用だよ」

「これが? こんなにあま、く。成程、味覚が壊れてなくて良かったです」

 

 つまり、獣人族用の食べ物は極端なのだろう。

 味の変化に疎い獣人族の舌は一般的な種族の繊細な味付けでは満足出来ないということだ。

 

「まぁーたやったんだ、カルナ姉」

「あっティナ君! また一人?」

 

 さっき大声で笑っていた人ではないな。今入って来たのかな?

 

「好んで一人なのではない、俺の力についてこれる奴が少なすぎるのだ!」

「紹介するね、この子が同じ部活の後輩。シャルテアちゃんの一個上の先輩になるのかな」

 

 身長は低いかな。うん、かなり低い。俺と一緒くらいだ。髪の毛は綺麗な赤毛でおちゃめな目をしている。

 思わず頭を名で撫でしてあげたくなる可愛さだ。

 

 当の本人のセリフを聞かなければの話だが……。

 

「カルナ姉紹介がへただよ!後輩よ、改めて名乗らせて頂こう」

「ど、どうぞ」

 

 片手を顔に当てる。そう、何故かどの世界でも誰もが一度はかかってしまう病気……厨二病。

 片手ポーズはそれを連想させる。

 

「俺の名は、ティナーグ・ハイボサルト! 漆黒の竜騎士となり竜人族の未来を切り開く見習い騎士だ! 我が爆炎は地を裂き、山を砕き、海を割る! 常に俺の周りには世界の力が」

「長い! いつも通り分かんない!」

 

 パコッ! 先輩はポケットに入っていた紙を筒状に丸めて擬似ハリセンを作り、遠慮なく頭に振るった。

 

 頭でいい音を響かせながら自己紹介を中断されたティナーグ・ハイボサルトは如何にも不服な顔をしている。

 

「カルナ姉、まだ途中」

「もう充分だよ、ねぇ? シャルテアちゃん」

「あっはい。もういいです」

 

「そ、そうか。俺のことは気軽になんとでも呼んでくれ」

「は、はい。それではティナ先輩で」

 

 バッチリ患者だったな。男たる者一度は必ずと言ってもいいほど患う病気だが、不治という訳ではない。

 時間が解決してくれるだろう。それにこの黒歴史はいいネタになる。

 

「ティナ君準備終わったの?」

「当たり前じゃないですか、もう後二十分で始まります」

「あれっ? もうそんな時間!?」

 

 時計の針はとっくに十二時を過ぎ、三十分を越えたところを指している。

 

「そろそろ行きますか?」

「ごめんねシャルテアちゃん! 色々教えてあげたかったのに」

「いいですよ。こちらこそ食堂まで連れてきて下さりありがとうございました」

 

「講義堂の場所は分かる?」

 

 講義堂は今からオリエンテーションがあるところだ。確か中等部の校舎と上等部の校舎の間だったかな?

 

「俺が案内していくからカルナ姉は先に行ってくれ。準備貴方だけ終わってないし」

「そ、そうだった!! ごめん、あとは頼んだよ!」

 

 バタバタといった生易しい足音ではない。ドンッ! バビューン!! って感じだ。流石はハイブリッドビースト。

 

「それじゃあ行くぞ……後輩」

「ああ、私はシャルテア、ただのシャルテアです」

 

「行くぞシャルテア! 先輩の俺をどんどん頼ってくれ!」

 

 うわぁー、この人も裏表がなさそうな表情をするなぁ。

 いい笑顔、前世は死に際まで汚い人間との血みどろの生活ばかりだったので少し眩しすぎるが、悪くは無い。

 

「では、さっそく一つ。先輩はなんの部活をしているんですか?」

「聞いてないのか? カルナ姉と同じ『日常研究部』だ! てっきりシャルテアも誘われてるかと思ってた」

 

「えっと、そんなに大きな部活なんですか?」

 

 内心、超マイナーな日陰クラブかと思ってたのだが、以外にも人数は多いのか?

 

「初等部と中等部で六人だ! 上等部はいない、というか今の部長が作ったらしい」

 

 前言撤回、普通に超マイナーどころかほとんど活動してない系クラブではないだろうか。それこそ不定期、夜に遊びに行くだけみたいな感じの。

 

「えっとカルナムート先輩ではないですよね」

「カルナ姉は違うよ。まあ続きはお楽しみ、客席で聞いててくれ!」

 

 いつの間にか講義堂の前についていた。ティナ先輩は裏口から入るらしい。何でもそっちの方が舞台袖に近いとかどうとか。

 

 俺は内心少しウキウキしながら扉の中に足を踏み入れた。

 一歩で俺は、少し場違いなことに気がついた。




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貧民街の異端児 2ー3

すいません少し短いかも知れません……


 ザワつく会場。舐め回し値踏みするような視線。何度も体験した貴族からの目だ。

 興味本位で見ている者もいるが、敵意を隠さない視線も多い。生徒、教師を含めてである。

 

「(知り合いもいないしな〜。隅っこの方にでもいよう)」

 

 この雰囲気の中、友達になろうと声をかける勇気は残念ながら持ち合わせていない。静かーに、目立たないようにしておこう。

 

 席順は基本自由だが、一階の前が新入生、その後ろに二年生、二階には三年生、といった大まかな区切りはあるようだ。

貴族達の挨拶回りが終わると各自席に着き始める。

 

「一年シャルテア! 前に来い!」

 

 わぁーお、全校生徒の視線が痛い今この時に、前方舞台近くの先生からの呼び出しだ。

 興味をなくしていた視線は再度好奇心と嫌悪感を込め俺に移る。

 

「何でしょうか?」

 

 小走りで駆け抜ける。既にほとんどの生徒が着席しているため注目を集めるのは必然のことだった。

 先生の様子を見るに不服そうではあるが怒っているわけではなさそうだ。

 

「特待生は各自スピーチがあるため座席指定がある。お前の席はそこだ」

 

 最前列から二列後ろのド真ん中の席に着き始める一つだけ空席があった。

 

「分かりました。すいません、前通ります」

 

 前の二列は空席になっている。しかし、席と席とのスペースは短く、自分の席に行くには足を引っ込めてもらわなければならない。

 貴族様にとって、貧民相手に道を譲ることは屈辱的なことだろう。

 

「「チッ!」」

 

 あからさまな舌打ちは聞こえっぱなしだ。会場中から聞こえてくる。不快なことこの上ないがこのくらいのことは覚悟の上だ。

 

「では今から新入生歓迎オリエンテーションを始める。まずは校長先生からの話だ、静かに聞きなさい」

 

 壇上に上がった校長が一礼。立ち上がった生徒達も一礼。ここら辺のマナーは王城で嫌という程学ばされた。

 

「今年もこの季節がやってきた。今この時に大きな成長と変化を遂げてほしい。

 ……貧民や種族間のいざこざが無くなることは期待していない。しかし、その人のレッテルだけで実力を判断している内はいつまでも成長出来ないということを心に留めておいてくれ。以上だ」

 

 一礼。

 残酷な人だ。つまり、このスピーチにはふたつのメッセージがあった。

 一つ、貴族は見た目やレッテルだけで実力を判断するな。お前達の方が劣っているということを認め、その上で覆せ。

 一つ、貧民、他種族という位置付けを理由にするな。そのアドバンテージを実力で補え。

 

 この二つは全校生徒に発破をかけた。その後の当たりが強くなることも予想済みだろう。

 実力を満たさぬ者はこの学園を早々に去れ。これしきのことに耐えられないならば必要ない。

 俺には校長の意図がこのように感じた。

 

 その後、各自スピーチと言われたが、決められた文章を読み上げるだけだった。

 そして、部活紹介が始まった。

 

「剣術部です! 日々鍛錬を積み重ね、騎士にも劣らぬ剣術を磨き上げ、対抗戦で奴らをぶっ倒したい人は大歓迎だ!」

 

 こんな感じで、魔法研究部、剣術部、フィッチング・ボール部、魔法生物部、三種競技部などがあった。

 

 そして最後は日常研究部、最も謎な部。既に大半の生徒が興味をなくしていた。

 

「は〜い! 日常研究部です! 活動内容は秘密デスケド、今日はその一部を公開したいと思いまーす!」

 

 ザワザワっと会場に話し声が充満する。話し手のカルナムート先輩は全く気にせず教壇を持ち上げ端に置いた。

 

「では、今から始めまーす! これはこの部活のある部員が開発した転送機です。これにパンを入れます!」

 

 スクロールの上にパンを置くとパンは跡形もなく消えた。

 スクロールには転送魔法陣が刻まれていたのだろう。しかし、それを発動するための魔力は決して少なくはないはずだ。

 

「この魔法陣は副産物に過ぎません。私たちの活動の家庭に必要だったために開発したものです」

 

 ザワつく、所々で結局どんな活動をしているんだという疑問の声が主にザワついている原因だ。

 これには俺も同意する。この人達は何をしに前に出ているのか分からない。

 

「結局何が言いたいのかと言うとこういうことです」

 

 スクロールからパンが現れる。そしてカルナムート先輩はそのパンを真上に放り投げた。

 

 ブォウ! という音と共に舞台袖から火が吹き出された。その火はパンを捉え消し炭にした。

 

「私達の活動は結果が残らない。けれど、達成感と充実感だけは保証できます! 吸血鬼族以外限定ですが良かったら入部してみてください!」

 

 ザワつきは最高潮に達する。三年生は慣れているのか大して驚いていないが二年生には少々、一年生には大きな印象を与えることが出来ただろう。

 

 結局吸血鬼は入部できないということしか分からなかったが、興味を一番集めたのはこの部活かもしれない。

 

 その日、俺は先輩達と出会うことなく帰宅した。クラス分けなどは明日発表されるらしい。

 興味を持った部活は日常研究部の他には、と言うよりも日常研究部のインパクトが強すぎてほかの部活への興味をすべて持っていかれてしまった。

 

 そんなことを思いながら貧民街に足を踏み入れる。

 貧相な街だからといって秩序がなく荒れ果てているという訳では無い。

 娼館や薬物が多いのは仕方が無いことかもしれない。しかし、その中でも秩序は守られていた。

 

 その奇妙な平和を保った街のある一角の家の戸を俺は叩いた。

 

「ただいまキール」

 

 死んだように椅子に座っていたキールが飛び込んできた。

 

「ど、どうだったんですか!? 合格しましたよね!?」

「合格したよ」

 

 うう、と涙を流し崩れ落ちる男の頭を撫で、俺は暖かいマイホームの中に入った。




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貧民街の異端児 2ー4

 石造りの空き家の一室。そこが今の俺の帰るべきところだ。

 

「いつまでやってるつもり?」

「で、ですが〜。心配で、心配でもう死にそうでした。本当に良かったですシャルテア様」

 

「あ、ありがとう。でも、そろそろシャルテア様はやめてくれ」

「考えておきます。それより夕飯にしましょう」

 

 円形の机がひとつ。数少ない財産の一つと言えるだろう。

 その上には今日の夕飯が用意されていた。

 ホクホクと言わんばかりの白米と、その身は白くなるまで火を通され皮膚はこんがりと焼かれた魚。どれも美味しいに違いないだろう。

 

「今日の夕飯は焼き魚と白米です! 合格祝いなので少し奮発しました! しっかり食べてくださいね」

「ありがとう。いただきます」

 

 合掌し、感謝の気持ちを一言告げる。これから自身の糧となってくれる命に、その命を育ててくれた命に、そしてそれらを最善の形にしてくれた料理人に。

 俺は箸を魚の身と身のあいだに差し込んだ。

 

「ご馳走様でした」

 

 流石は元王城の執事、それも側近に限りなく近い方だ。料理などお手の物だろう。

 味はもちろんの事ながら健康にも気を使っての料理だということが分かった。

 

「お気に召されたようで何よりです。これからは私もあの話を受けて働こうと考えています」

「いいの? それにパーティとかどうするの?」

 

 あの話、それは一種の呪いとなりつつある。

 あの話とは度々やってくる冒険者にならないかといった勧誘だ。断り続けようが王室執事の経歴を持つ限り避けられはしない。

 王室執事は武術にも優れており、多くの元執事達が冒険者となってその命を散らしてきた。

 

 その勧誘を命をかけてまで受けたくないといった理由で断ってきていたのだがキールは受ける気になったようだ。

 

「そもそもなんで急に?」

「急にではないのですが、シャルテア様は前に進んでいる。シャルテア様だけでなくすべての時間は今も進んでいます」

 

 顔を伏せた後ニコリと笑って。

 

「私も前に進もうと思います。生憎職に就くなら戦闘職が良いと前々から思っておりましたので」

「ごめん、ありがとう」

「シャルテア様が、()()()が気になさることではありません」

 

 ああ、優しいな。この人は本当に優しい家族の温もりを与えてくれる。

 

「なら私もがんばる。これからもよろしくね!」

「ええ、もちろんですとも! あの方々がそばに付けないならば、僭越ながら私がその大役を務めさせていただきましょう」

 

 暖かい温もりで、日中のストレスが溶けていく。

 不快な気持ちを残さず俺は明日に備えて就寝した。

 

 

 

 暖かい日差しが差し込む……なんてことは無い。

 窓からの景色は石造りの壁が見えるだけだ。

 

 あれから一週間が経った。

 クラス分けは驚くこともなかれ、他のナンバー持ちとはばらばらだった。その為、クラスで純粋な力が一番強いのは貧民。

 その地位を侮り、勝負を仕掛けてくる奴も少数いたが、軽く捻ったら代わりに平穏な日々がプレゼントされた。

 

 何やら専属の護衛として格安で雇えるなら優良物件なのでは? という話まで出てきているらしい。

 

 しかし、一番なのは純粋な力でのみ。数と金の力はそれを上回った。

 

 少し憂鬱になりながらも作り置きの朝食を口に運ぶ。

 それからあらかじめ用意していた学校の鞄を持ち家を出る。

 

 外に出ると暖かい日差しが出迎えてくれた。

 ここ三日ほどキールはいない。何やら冒険者の遠出の討伐クエストのパーティに間違って応募してしまい、もちろんの如く合格してしまったらしい。

 その為一週間ほど家を空けると言っていた。

 

 貧民街では俺を見ると金持ちと判断して襲ってくるやつも多い。

 しかし、俺だけでなくここの秩序を重んじる住民の対応に心は恐怖を刻み込み、以来そういったことは怒らなくなった。

 ここは()()の生き残りの街。奴隷に落ちてしまった仲間の分も生きようともがいている人達が住むオアシスだ。

 

「ひゅ〜! 今日も飽きずによく行くなぁー」

「またあんたか。なんか用?」

 

 そのオアシスには一匹の害虫が入り込んでいる。

 それがこの男だ。この国では珍しいスーツを着用し、少しボサボサのくすんだ赤毛。キールと入れ替わるように毎朝現れ、こうしてちょっかいをかけられる。

 

「もう分かってんだろ! ほら訓練訓練。その為に早く出てるんだからさ!」

 

 そう、俺はこいつが現れた二日目から半刻ほど早く出るようになった。初日に殴りかかられ、それから毎日組手を組んでいる。これが日課となりつつあるのが怖い。

 

「魔法は」

「ありだが直接攻撃はなし。行くぞ!」

 

 男が屋上から飛び降り、壁を蹴って突撃してくる。魔法の使用は感じられなかった。

 

「(この速度はすべて吸血鬼の筋力で賄われているのか!)」

 

 こちらも【身体強化魔法】で対応する。着地と同時に響き渡る轟音。住人にとっては目覚まし代わりになっているかもしれない。周りの地面がへこみ粉塵が巻き上がる。

 その粉塵は既に無人だった。着地と同時に跳躍し、屋根をつたって俺は右側面に回り込まれた。

 

「甘い!」

 

 さっきの男の着地が削り取った道の破片は【相対座標固定魔法】で俺の右手と連動して動く。

 俺は右手をなぎ払った。破片は手を振るう速度と全く同じだ。石のパンチが数十個飛んでくるようなものだ。

 

「どうかな!」

 

 しかし、男はそれを難なく避ける。そして俺の背後に回り込んだ。しかし、その場所は既に罠が仕掛けられている。シャルテア特製の『凍結した時の道って滑りやすいよね』だ。

 名前の通り、道を薄ーく氷が覆っている。踏み込めば即座にすってんころりんだろう。

 

「貰った!」

 

 バランスを崩した男に容赦なく殴り掛かる。しかし、男の余裕の笑みは崩れない。

 

「甘いぜ」

 

 男の体は男の影に沈んだ。そして非物体化した影は俺の背後に回り込み、男の姿に変わった。

 

「よしっ! 今日も俺の勝ちだな! あの石粒を飛ばして罠に誘導したのはなかなかよかったぞ」

「今日も負けたか。まぁいいや」

 

 俺は何事も無かったように通学路へと足を戻す。男はそれを止めることは無い。

 後ろを振り向いたら既に消えているのではないだろうか。

 

 俺はこの三日、すべてあの男に裏をかかれている。どうやらこれまでの世界の魔法とは少し差異があるようだ。

 根本的な魔力の質も違っている。その為、俺はこの世界の魔法を習得できない可能性が高いのだ。

 

 深く息を吐き、学園の門をくぐった。




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貧民街の異端児 2ー5

 ガラガラ。お馴染みの木製の扉を開ける。足を踏み入れると同時に貴族達特有の見下した視線が肌を刺す。

 慣れてきてはいるが不快だ。

 

 貴族のくせに俺に媚を売ってくる変わり者以外は俺を見下したまま変わらない。その変わり者はまだ登校してきていないようだ。

 

「おはよう、ナンバーツー。何でそんな所に立ち止まってんの?」

「おはようございます、レチエールさん」

 

 扉を開いて立ち止まってしまっていた俺の後ろから入ってきたのは翡翠の長い髪と瞳が特徴的な女子生徒だ。

 

「いい加減に慣れないの?」

「慣れても不快なものは不快なんですよ。それよりもなぜこの教室に?」

 

 ナンバーフォー、レチエール・スカランティア。常に帯刀していることから恐れられているが、俺に偏見を持っていない数少ない生徒だ。

 呪われた子と言われているが理由は分からない。ともかく、今の俺にとっては大事なつながりだ。

 

「部活のお断りを入れに来たのだけれど、先生はまだのようね。また来るわ」

「そうですか。それではまた」

 

 ふ〜ん。そういう反応をするんだ。

 教室は静まり返っていた。レチエールへの礼儀はなっているらしい。

 彼女が出ていったと同時に雑音がまた聞こえ始めた。

 ラッキーなことに俺への視線はほとんど無くなった。

 

「おはようっす!」

「おはようございます」

 

 席に座っていると元気な挨拶が飛んできた。変わり者の貴族タイト・アンフェルだ。どっかで見たようなガサツいた赤毛を持った男子生徒。

 初日に勝負を仕掛けてきた馬鹿とはこいつの事だ。あの一件以来立場は逆転している。

 

「今日も稽古を付けてくださいっす。いや、家に来てくださいっす!」

「君の家に行く気は無いと言ったはずだけど? 稽古なら今日の剣術の時間に付けてあげる」

「ありがとうっす! それではお願いしますっす!」

 

 

 元気小僧がどこかへ走っていった。何やら影では三流貴族から四流貴族に格落ちだ、アンフェル家も雲行きが怪しいなどと噂されている。

 アンフェル家。王城でも噂は聞いたものの実際に出会ったことは無かった。数少ない影魔法を扱うことが出来る一族らしい。

 

 ちなみに俺は影魔法は習得できないことは確定しているので興味はないが、対抗策だけ調べておいた。

 対抗策は空中戦だそうだ。吸血鬼は飛べるという前提でしか話をしないから、嫌なんだ。

 

「では、魔法学を始める。今日は既に経験している者がほとんどかもしれないが魔力属性診断を行う!」

 

 教室が賑わう。魔力属性診断、それは今後の伸び代を大きく決める要素の一つだ。

 この世界に存在する魔法を誰でも魔力があれば使えるという訳ではない。四大属性、火、水、風、土に加え、光、闇。特殊例が無属性だ。

 

 ちなみに俺は火と水と無の適性を持っている。

 その為、この三属性以外の魔法は使うことが出来ない。それは何度転生しても変わらないだろう。

 

 火属性は火に関連する魔法、水属性は水に関連する魔法、といったように属性は今後どの魔法を覚えるべきかを決めてしまう。

 その為、適性がなかった属性は縁がなかったとして諦めるしかない。

 これは努力でどうこうなるものでは無い……のだから。

 

 小さな紙が配られる。魔力紙と言われ、それぞれ魔力に応じて反応する紙だ。

 未熟な魔法使いは魔素回路の切り替えができず、属性の混濁した魔力が生成される。このことを利用することによって属性の数と種類が調べられるということだ。

 

「では、魔力を込めてみてください」

 

 言われてすぐ行ったのは俺とタイトだけだった。今後の運命を決めるのだ。プレッシャーがかかるのは当たり前だろう。

 

「うわっ!? 風か〜」

 

 空気を読まず軽薄な声を上げたのはタイトだ。手に持つ紙はバラバラに裂かれている。本人はその後の紙を見ていない。

 

「タイト君。最後までしっかりと見なさい。まだ反応は終わっていませんよ」

「へっ?」

 

「アンフェル家は必ずもう一つ反応があるはずです」

「…………何も起きませんっす!」

 

 バラバラに切り裂かれたように反応した。それは風属性を示す反応だ。アンフェル家は他にも属性を司る血筋なのかもしれないがその紙は風属性単体の反応しか示していない。

 

「そうですか。アンフェル家の第三男は……残念ですね」

 

 明らかにがっかりした様子の先生。そこまでなのか?

 

「それではこの用紙に自身の属性を記入してください。今後を決める大事なものです、虚偽はなしですよ」

 

 まあ、見栄を張って誤魔化したところで根本的な才能は覆せない。

 魔法は五十パーセントの『才能』と、三十パーセントの『努力』と、二十パーセントの『知識』で構築されるのだから。

 

 その後の雰囲気は決して明るくは無かった。

 無論結果が良くなかったなど自身の問題もあっただろう。しかし、一番の要因となったのは俺が無属性を持っているという事実だった。

 

 

「流石はシャルテアっす! 無属性持ちとは感服するっす!」

 

 今は剣術の授業中、打ち合いの時間だ。稽古を付けるという約束をしていたタイトと組んでいる。

 今日は初めての授業ということで全員の実力を見るために二人一組になり、打ち合いをすると前々から言われていた。

 

 俺の魔法の才能を妬み、その分剣術で痛めつけようと企んでいたのか俺と組みたいと言ってきた奴も何人かいたが丁寧に断らせていただいた。

 

「始めろ! 互いに本気でいけよ?」

 

 ほう? 保健室行きが多い理由はこれか。いいじゃねぇか楽しそうだ!

 

「容赦はしないっす!」

「じゃあ、ある程度本気で行く」

 

 同じ学年と言っても相手は吸血鬼、こっちは貧弱な人間の小娘の体だ。

 このアドバンテージはどのくらいのハンデになるのだろう?

 

「はっ!」

 

 上段から力いっぱい振り下ろされた木刀が頭上に迫る。見え見えの太刀筋と半端な速度、体の使い方はマシだがそこまで速いとは言えない。

 ーー相手にならなないな!

 

 迫り来る木刀を最小限の動きで避ける。髪の毛が木刀に掠るが気にすることではない、想定済みだ。

 次々に迫り来る木刀、想定通りの速度と太刀筋に捉えられるような鍛え方はしていない。

 

「それだけか?」

 

 タイトの体力がなくなるまで避け続けた。向こうは肩で息をしている。一方俺は深呼吸ひとつで息を整える。

 

「まだまだっすね」

「何言ってる? まだこれからが本番!」

 

 吸血鬼に筋力の限界はない。ただ肺が疲れただけ、続行可能だ。

 

「マジっすか!? くっ!」

 

 下段からの振り上げ、中段から横腹への一撃。よろめいて出来た隙にもう一撃、溝内に突きを入れる。

 鮮やかな手際に一同の目は奪われていた。

 

「参った、参りましたっす……」

「あっ、やりすぎた?」

 

 周りを見渡すと嫌悪感と怯えを含む瞳が数多く見受けられる。

 先生の口も開きっぱなしだ。

 

「おいっ、誰かアンフェルの小僧を医務室まで運んでやれ! シャルテアは今から俺と一本勝負だ!」

 

 ざわざわと騒がしくなる。噂のアレらしい。

 この筋肉マッチョの先生の名前はケーンサフという。毎年新入生をコテンパンにするという恒例行事を作った人らしい。

 

 クラス内で最も剣術に優れた生徒をコテンパンにすることで向上心を煽るのが目的だそうだが、まぁ賛否両論だろうな。

 

「魔法の使用は?」

「自己の強化のみ、無属性持ちでもなけりゃ使用禁止だ」

 

「なるほど、では行きますよ?」

「ああ、いつでも来い!」

 

 その日、俺のイメージは最悪となり『貧民街の異端児』などと恐れられるようになるのだが、この時の俺は知る由もない。

 

【身体強化魔法】と【抵抗力操作魔法】を発動し、俺は全力で懐に飛び込んだ。




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貧民街の異端児 2ー6

 軽く捻る。

 言葉だけ聞くと簡単なことにも思えるかもしれないが、捻られている方はたまったものではない。

 

「ハァハァ……おいおい、マジで忌み子の小娘かよ」

「はい、間違いないですよ、残念ながら」

 

 勝敗は誰の目にも明らかになっていた。

 

 約三分前、

 開始と共にシャルテアとかいう噂の忌み子の小娘が全力で剣戟を繰り出してきた。

 そのあまりの速度に俺は反射的に反応し、剣を振り下ろした。しかし反射的にだ、頭で考える前に体が反応したということだろう。

 自慢の吸血鬼の筋力はフルに威力を発揮した。ああ、遂に殺してしまったか、と思ったほどだ。

 ーーその時俺は微かに聞いた。

 

「……本気で来い」

 

 ゾワッ。

 

 背筋に嫌な寒気が走る。その悪寒が体中を走り抜けると共に皮膚が一気に鳥肌となった。

 恐怖。今までに感じたことのない凄み。恐怖を感じた頭と体はリミッターを無意識に外した。

 

「それでいい」

 

 悪魔の口元が歪んだ。

 

 自身最高の一太刀だったのは間違いなかっただろう。しかし悪魔には届かない、ものともせず受け流し距離を取り、再び突撃してきた。

 受け流されたことによって体勢が崩れている今、攻撃を防ぐ術はない。

 全力でジャンプした。片足で無理やり、こんなに屈辱的なことは無い。

 

 そこからは攻戦一方に見える試合展開だっただろう。本気で挑んだ。

 それでも木刀は時には虚しく空を切り、時には自身と同等の力に阻まれる。

 

 こうしてあっという間に体力が尽きた。

 

「降参だ! 俺には勝てねぇ」

「……ありがとうございました」

 

 悪魔かよ、久々に出会ったな。いや、今までに感じたことのない強さだった。今後が楽しみだ。

 自分を下した少女は不完全燃焼だったのか、その表情には満足した様子など微塵も現れていなかった。

 

 

 その日、ケーンサフ先生は病院に運ばれた。

 原因は自主的な訓練所での模擬試合。とある中等部のナンバー持ちとの試合だったそうだ。

 

 死に至ることがほぼ無い吸血鬼の悪い所が出たらしい。やる時はとことんやる、悪いことではないのかもしれないが意識を失うほどの痛みを我慢してまで実行することではないだろう。

 

 この話を聞いた時、俺はそう軽く捉えていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 次の日、いつも通り俺は謎のスーツ男に負けて登校した。いつもの視線はもう感じない……とはいかなかった。

 怯えの割合が多くなっただけで悪意ある視線は特に変わりないどころか、むしろ強くなっている気さえする。

 

「ということで、私は部活動を行うつもりはありませんのでこの話はここまでに。それでは失礼します」

 

 教室に入ろうとすると入れ替わりのようにレチエールが出てきた。そう言えば部活の勧誘を断るとかどうとか言っていたな。

 

「あら、異端児ちゃんおはよう」

「おはようございますレチエールさん。その異端児ちゃんって言うのはなんです?」

 

「知らないならそれでいいわ。すぐに分かることだしね」

 

 そう言って隣の教室、彼女自身のクラスへと戻っていった。イマイチ意味が理解できなかったが、分かるならいいだろう。

 

 昼休み、

 ここまで噂されているということは本当なのかもしれない。

 貧民の癖して魔法の才能と剣術の才能を持ち合わせ、先生を下した異端児。魔物を撃退したかもしれないとまで囁かれている。

 まぁ、全て嘘ではないのだがこれが一番気になった。

 

「ケーンサフ先生、あの子に負けて学校来なくなっちゃったらしいよ?」

 

 そう、ケーンサフ先生が学校に来ていない。

 いくら昨日意識を失ったとはいえ、吸血鬼の再生力が働かなくなるという訳では無い。傷も昨日中に感知していることだろう。

 

『シャルテア、初等部一年シャルテアは今すぐ校長室まで来なさい』

「「やっぱり!?」」

 

 一同の勘違いはどんどん膨らんでいく。噂は怖いな。

 それよりもなんか呼ばれるようなことしたっけ?

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 コンコンとノックを二回。木製の扉には校長室と記されている。

 

「失礼します、初等部一年シャルテアです」

「やっと来てくれたか!」

 

「そんなに遅かったですか?」

 

 結構急いできたつもりだったのに。

 

「その様子だと完全に忘れているみたいだね。ほら試験日一日目と二日目のことを思い出してくれ」

 

 ん〜と、確か知らせが遅れて来て、俺も遅れそうになってでも間に合ったよな? 二日目は、あっ!

 

「すみません! 完全に忘れてました」

「だろうね」

 

 苦笑い、それでも怒っている様子ではない。

 

「で、用件とは」

「君に謝らなければならない事がある。そうですよね教頭?」

「そうですね。私から謝らなければならない事があります」

 

 何だろうか? 特に謝られるようなことはなかったと思うが、さっきまで完全に忘れていたこともあり断言できない。

 

「私は決してしてはいけないことをした。貴方ほどの逸材だったからこそ試験には間に合いましたが、私は確実にギリギリ間に合わないように計画していた」

 

「それって……」

 

 予想以上に大きな問題なのでは? 一個人で行ったことであろうがなかろうが、立場が立場だ。学校問題となっても全くおかしくはない。

 

「聡明であるあなたなら既に理解しているかも知れません。貴方の対応で……学校問題になりかねません」

「教頭。じゅ」

 

 校長が何かを言いかけるが俺が手で制止する。言おうとしていた内容はおおよそ分かってはいるがそれでは意味が無い。

 

「私のことだけならば構いません。ですが! ですが、どうか学校問題にするのだけは!!」

 

 やはり気づいていない。初歩的なことだ。悪い事をしたら『ごめんなさい』がはじめにあるべきだ。

 その一言ですべて片付くことだってあるというのに。

 

「別に私はこのことを問題にするつもりはありません。ですが、貴方の当初の目的を果たしていないでしょう?」

「何のことですか?」

 

 やり切ったという感情が表情から見て取れる。学校問題にならなくて一安心といったところか。

 

「それが分からなければ私は学校問題にしかねませんよ?」

 

 無論、その気は全くない。ただ謝罪の言葉がないのが気に食わないだけだ。

 あれっ? 俺って今怒ってる?

 

「まだ気づかないのか教頭。私たちは彼女に謝罪する為に来てもらったのだ」

「ッ! す、すいませんでした!!」

 

 腰を折り深く頭を下げた、丁寧な謝罪だった。

 




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日常研究部 1ー1

 あれから一ヶ月が経ち校内での生活にも慣れてきた。水無月、六月中旬の今日。外は雨が降っている。

 訓練所の音は地面に激しく打ち付ける雨粒の音に上書きされ、学校はザーザーと単調な音に包まれていた。

 いまいちテンションは上がらない。しかし心の中には激しい怒りが燻っていた。

 ーーーーここまで長かった。

 

 今日、俺は『日常研究部』に本当の意味で初めて参加しようとしていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 一ヶ月前、この物語が始まった日、五月十五日。

 

 俺は初めての先輩、カルナムート先輩に呼び出されていた。

 

「シャ〜ルテ〜アちゃ〜ん!! 呼び出された理由はもうお分かりかね? お分かりだよね?」

 

 放課後、いつも通り帰宅しようとするところを呼び出された、もとい拉致されていた。

 

「まあ〜検討はついてます」

「言ってみなさい! ここには日常研究部員しかいないのだから! ほらっ!」

 

 ……はぁ。軽くため息をひとつ。

 カルナムート先輩とティナ先輩とあと二人。先輩の言動からしてあの二人もここの部員なのだろう。

 

「私がいつまでもこの部活に足を運ばなかったことですか?」

「そうだよ! なんでなんだい!?」

 

 ……はぁ〜。深くため息をひとつ。

 まあ理由は無きにしも非ず。これ以上立場が悪くなるような肩書きは欲しくなかったのだ。

『あの部はこの学校の七不思議の一つになっているんだ』

『あの部って地下室みたいなのも持っている怪しい組織らしいよ』

 といったようなデマから真実味があることまで、いい評判はデマでもひとつも聞かなかった。

 

 とはいえ、ほかの部活も貧民というレッテルを貼られている俺では入部できなかった。

 

「ここの部活のいい噂を聞かなかったからですよ」

「だろうね! でも、ここの顧問を聞いて驚かずにいられるかな? ここの顧問はっふにゃっ!?」

 

 後から耳をにぎにぎしている男がいた。顔はニッコリと笑い、細められた目から瞳は見えない。

 

「ダメだよヤーちゃん、まだ部員になるって決まってないんだしさ。だよね部長?」

 

 コクリと頷くもう一人の男。眉間にシワがよっていて今にも怒鳴り散らしそうな表情だ。

 

「……そうですね」

 

 しょんぼりとした様子に伴い尻尾もしょんぼりとなる。さっきまでフリフリしてたのに……かわいいな〜和む〜。

 

「シャルテアちゃんだったかな?」

「はい」

「僕達は『日常研究部』。確認だけど吸血鬼じゃないね?」

 

 コクリと首を縦に振る。

 

「オーケー。ここの部員は六人、ここにいるメンバーに女子が二人いる。そこで黙っているお兄さんが部長だ」

 

 ああ、カルナムート先輩一人じゃないんだな。ペット枠にしか今まで見れていなかったけどちゃんと部員なんだな。

 

「それ以外は話せない。基本的な活動は……そうだな、特にない! というより僕達に仕事がないのが一番なんだけどね」

 

 どういうことだ? はぐらかされているような、何か重要なことを言っているような……読めないな。

 数百年生きているが、ここまで考えを隠せるのは正直ほとんど出会ったことがない。

 

「それは入部したら教えてもらえるものなんですか?」

「もちろん、君にもすぐに活動に参加してもらうことになるだろうね、ナンバーツー」

 

 不敵にニヤリと笑う目の前の男。柄にもなく体に力が入る。

 はぁ、子供相手に何をムキになっているんだか。

 

「そうだな〜、入部したいと仮定して入部試験を受けてもらおうかな」

「にゅ、入部試験ですか!?」

 

 こんな部活に入部試験があるのか!? 活動内容が分からないからなんとも言えないじゃないか!

 

「そうそえ、要は実力を見たいんだよ。今回の相手はティナっちにお願いしようかな」

「俺でいいのか? この禁断の力を解放すればここら一帯焦土と化するぞ?」

 

「焦土にされちゃったらシャーちゃんの負けだね」

 

 おおっ!ティナ先輩の厨二変化球をサラリとまともに返球しただとっ!? なかなかやるな。

 

「ティナ先輩よろしくお願いします」

「ふんっ瞬殺で終わらしてやるぞ後輩」

「決まったようだね、訓練所が空いていたはずだからそこに行こう」

 

 先輩? っぽい男に先導され第六訓練所にやってきた。訓練所と言ってもこの第六に関してだけは少し違う。

 三十メートル四方の試合場が四つ。下克上試合に合わせて作られた訓練所だそうだ。

 

 互いに立ち位置につく。対辺の中央に構える。共に武器なし……だったら良かったのだが向こうは槍を装備し、こっちは素手だ。

 武器を買う金を貯めている途中なのだ。半端な武器ではすぐに壊れてしまうだろうし、自分で作るにしても資源がない。

 

「それじゃぁ〜始め!」

 

 距離を詰められないことを前提に魔方陣を構築し始める。

 竜人族はその硬い皮膚組織から防御に優れた種族だと言われている。ティナ先輩は火属性を使うことは確定している。

 種族で防御力を、魔法で攻撃力をしっかりと補えているだろう。

 

 経験上のセオリー通りに行くのならば、【強度操作魔法】で皮膚組織を軟化した所を攻撃する。これがベストだろう。しかし、俺はまだ【強度操作魔法】を使う程の構築速度を取り戻していない。

 

 いつもそうなのだが、転生前の力を完全に取り戻すには数十年の時がかかる。

 

 もう一つは皮膚組織を凍結し破壊する。これは単なる【凍結魔法】で行うことが出来る。その空間を指定し凍結させるのだが、相手が動きすぎていると効果は薄い。効果が発揮する前に、効果範囲から離脱される可能性が高くなってしまうのだ。

 

 よって、セオリー外。

 ーー純粋に叩き潰すとしようか!




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日常研究部 1ー2

 距離は三十メートル。

 後二十メートル距離を詰められれば武器の無い俺は圧倒的な不利に陥る。俺は力押しで戦うことを決意したのだが……予想以上に厄介だった。

 

「おいおい後輩! そんなものか!?」

 

 業火の渦が視界を埋め尽くす前に最低限水の壁を作り出し横に避ける。

 しかし、避けている間にティナ先輩との距離は二十メートルと確実に詰められている。

 ティナ先輩の【焔魔法】(この世界での名称は分からない)の射程は三十メートルを満たしている。

 

 再び槍の攻撃範囲まで距離を詰められるまで後一手。

 今の俺の魔力は魔物を撃退した時と同じ量に抑えている。

【爆裂魔法】を使えば間違いなく倒すことが出来るだろうが、間違って大怪我を負わせるわけにもいかない。

 

 再び距離を詰めるために焔の弾幕が襲いかかってくる。

 同じ方法で回避するが既にそこは槍の攻撃範囲内、眼には一歩大きく踏み込み、今にも槍を突き出そうとしているティナ先輩が映る。

 

「(【氷造魔法】で剣を生成!)」

 

 両手の平に透き通った水色の魔法陣が現れ、一対の氷の双剣が作り出される。

 

 ガキィィン、などと派手な音はならない。迫り来る槍の矛先を二本の剣で受け流し、懐に飛び込もうとするが。

 

「甘いぞ!」

 

 槍が炎を纏う。攻撃範囲は拡大され氷の剣では受けきれないだろう。

 ーーしょうがないか。 一瞬で終わらせる!

 

「(魔力を完全回復、魔子回路を切り替え、火属性と無属性を同じ解放)」

「ふぅん」

 

 急激な魔力回復に気づいてなのか、魔子回路の同時解放に気がついて驚いてなのかは分からないが、怪しい笑みが視界の端に映る。

 しかし今は気にしている暇はない。今の魔力量ではこの状態で後一撃入れれば魔力が切れてしまうだろう。

 

「(【無炎魔法】を構築、発動まで【焔魔法】を発動)」

 

 体中で魔力が荒れ狂う。その制御は決して無事に身につけられるものではない。すべての世界においてこの技を使えるのは俺だけだろう。

 

「行きますよ先輩!(【無炎魔法】発動!)」

 

 時間稼ぎに使っていた【焔魔法】の魔法陣を構成する魔力とは桁違いの純度を誇る魔力で構築された魔法陣が現界する。

 

【無炎魔法】は魔力そのものを焼き尽くす。もちろん炎としての物理的性質や威力も兼ね備えているが今は魔力を抑えているため、どれくらいの威力が出るかは分からない。

 

 地獄の蒼炎と称するに相応しい焔が魔法陣から放出される。

 槍に付与されていた炎は消え去り、蒼炎と衝突した槍は瞬時に蒸発した。

 

「終わりです!」

「クッ!? ……負けだ」

 

 俺は【焔魔法】の魔法陣を右手に出したままティナ先輩の体に押し当てていた。

 素直に負けを認めるタイプではないのかもしれないと思っていたが、少し反省。

 

「は〜い、そこまで。勝者シャーちゃん、二人ともお疲れ様」

 

 予想以上に強かった。何がと言われると完全に戦闘スタイルが確立していて、それを確実に決めてくることだ。

 

「ティナっちはもう少し相手の魔力の動きに意識を割いた方がいいかな。相手が大きな魔法を構築しようとしているのにいつも通りの対応をしていてはダメだよ」

「了解した。気をつけよう」

 

 なんと呼べばいいか分からないが、細目の男はティナ先輩からこっちに視線を移した。

 

「おめでとうシャーちゃん! 一応入部条件はこれで揃った。君が入るというなら今にでも歓迎しよう。しかしそれなりの覚悟は持っておいてくれ」

 

 怪しい笑顔に見えてしまう。何故か悪意ある行動があった訳では無いが信用出来ない。

 

「……保留にさせてください」

 

 カルナムート先輩やティナ先輩には悪いが単純にこの部活には謎が多すぎる。安全な学園生活を送るためにはマイナスになり兼ねない。

 

「そうだね。気が向いたらいつでも来てくれ。歓迎しよう」

「ありがとうございます」

 

 そう言えば、部費のことを聞くのを忘れたな、とか思いながら薄暗くなった街を歩き、家の戸を叩いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 それから一週間、何事もなく時は過ぎた。呑気に部活はどうしようかと考えていたその時だった。

 

「皆さんに悲しいお知らせがあります。剣術を担当していたケーンサフ先生がお亡くなりになられました」

 

 学園中が騒々しくなる。

 病院に入院したものの意識が戻ることはなく、遂に昨日心臓が止まってしまったそうだ。

 

「シャルテアはどう思うっすか?」

 

 タイトが聞いてくるのも当たり前か。

 ケーンサフ先生の死因は疲労……心臓を潰された訳では無い。比較的若い吸血鬼にはほぼありえない事だ。

 

 吸血鬼の死因の九十パーセント以上を占めているのは生命力の枯渇だ。

 数百年生きて、生命力が枯渇し、心臓を止める。

 脳や心臓を潰され、生命力が枯渇する。

 

 これらなどが理由に挙げられる。しかし、ケーンサフ先生はこれらに含まれない。

 では何故亡くなってしまったのか?

 

 すぐにケーンサフ先生と最後に模擬戦をした中等部のナンバーファイブ、ナーサス・コメラに疑惑の目が向けられた。

 

 しかしナーサス・コメラは現在行方不明だ。家にも丁度模擬戦の日から帰っていないそうだ。

 

 

「ただいま……キール?」

 

 家に帰ると中から話声がする。どこかで見たような赤毛のスーツ男とキールが深刻そうに話していた。

 

「だから戻ってこいよ!」

「ダメだと言っているでしょう!? 裏の仕事に就くつもりはない。お嬢様を預かる時に王室とは縁を切ると決めたのです!」

 

「頭の硬いやつだな〜。……おっと、今日はここまでだ。明日また来るよ」

「もう、来なくてよろしいです」

 

「小娘、また今度な」

 

 頭をグシャグシャっと適当に撫でてすれ違うように出ていった。

 

「キール、あの人は?」

「ただの……迷惑な、セールスマンですよ。さぁご飯にしましょう」

 

 キールが何かを隠し、嘘をついているのは分かっていた。

 しかし、キールのことは信頼している。真実と嘘をつく理由を問いただすなどと野暮なことはしない。

 

 俺は気づかない。

 暖かい食事を頂いている時にも、この国では鼠がエサを食い、吸血鬼を喰い殺すくらいにまで力をつけていた。




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日常研究部 1ー3

「そろそろ、次の標的をやるか」

 

 暗い、暗い洞窟の中。一人の男は一つの本をパタンと閉じ立ち上がった。

 その背中に一つの旗を背負い、計画の駒を一つ進めるため街へと姿を現す。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日、学校では追悼が行われた。ケーンサフ先生はなぜ死んでしまったのか、その疑問を心の内に秘めつつも、今考えることではないと思い直した。

校長の合図と共に目をつぶり手を合わせた。

 

「病気で亡くなってしまったのか。原因が何にせよ皆さんにも危険が降りかかることは大いに考えられます。気をつけてください」

 

 教室で担任の先生からの注意喚起、何に注意を払えば良いのか分からないが、この国に何かがやってきたのは分かる。

 病気なのか未知の魔法なのか。鍵を握っているのはナーサス・コメラただ一人。

 

「ここ百年くらい魔人は現れていませんが、奴らが現れても対応できるように強くなりましょう」

 

 魔人か……久しぶりに聞いた種族だ。

 悪と罵られ、悪と決めつけられ、悪として打倒される種族。悲しき歴史を辿ってきていたがこの世界の魔人はどうなのだろうか?

 

 

 

「ただいまキール、今日は来てないみたいだね」

「ええ、多分仕事ですよ」

 

 スーツ男はいない。しかし、いつもの温かい夕食は用意されていない。

 

「キール、どうしたの?」

「……何でもありませんよお嬢様。お金が少し溜まったので今日は外食にしませんか?」

 

 元気なキールはここにいない、喪失感が顔から滲み出ている。

 そして、また嘘をついた。

 

「貧民に料理を振舞ってくれる店なんてあるの?」

「港の方にあるんです。ある知人の店です」

 

 悲しげに笑うキールにかける言葉が見つからない。

 キールは俺のことを生まれた時からずっと知っているが、俺はキールのことを何も知らない。

 

「そう。うん、行こう」

「ありがとうございますお嬢様。少しばかり寄りたい場所もあるのですが」

「いいよ、ついていく」

 

 この言葉に嘘偽りはない。むしろ心の底から安心しているように感じる。

 

 キールは道中の店で花を買った。

 

 港に着く。人一人いない異様な静かさを誇っている海岸だ。海岸と港には激しい戦いの跡が残っている。

 そしてーー花。

 

「昔の同僚が今日……ここで亡くなりました」

 

 珍しい、どころか初めて見るかもしれないキールの涙。

 きらめく雫は頬をつたい、花をつたい、その地面にしみとなった。

 

 キールの瞳には激しい喪失感だけではない、確実に怒りが含まれていた。

 

「何があったの?」

「……学生が、襲いかかってきたそうです」

「死因は?」

 

「衰弱死、周りにも多くの被害が出たそうです。片腕を失った少年もいたとか」

 

 学生、衰弱死、繋がる。ケーンサフ先生と同じ、そして犯人の特徴もナーサス・コメラに一致する。

 しかし、いくら中等部のナンバー持ちだとしても元王室の執事に勝てるとは思わない。

 

 何か……あるのだろうか?

 

「失礼します。やぁコニー久しいですね」

「あっ、ああキール!」

 

 店の中に入ると毛むくじゃらのヒゲを生やした男性が涙を流していた。

 他にも複数人の客が涙を流している。

 

「私は端にいるから、今日くらいはその執事を」

「お嬢様、ありがとうございます」

 

 どうやら俺以外の客は全員亡くなってしまった執事の元同僚っぽい。

 話を聞いていると、育ててくれた恩人なんだそうだ。

 

 一同からは激しい怒りが漏れ出していた。このままでは犯人を殺してしまうのは時間の問題なのかも知れない。

 

 ナーサス・コメラがどんな手段を持っていたとしても十人以上の執事達に勝てるとは思わないが……もしもが怖い。

 

「お嬢様、私は犯人探しに加わりたいと思うのですが」

「無茶をしない限りでなら。それと……」

「何でしょう?」

 

 正直興味が湧いている。俺がほぼ全滅まで追いやった吸血鬼の死因。

 心当たりがない訳では無いが……、もしそうなのだとすれば俺はーー。

 

「何なりとお申し付けください。我が主はお嬢様でございます、さぁ遠慮なさらず」

「条件は二つ。一つは私に逐一現状報告すること」

 

「お嬢様!? それは危険過ぎます!」

「二つ、必ず……無事に帰ってきてくれ」

 

 しーん……静まり返る店内。何故かはいまいち分からないが、頭は冷えたようだ。

 

「分かりましたお嬢様。この案件すぐに解決してみせましょう、我々『ザ・執事ズ』の力で!」

 

 拍手喝采、歓声と意気込みを叫ぶおっさん達。

 ちょーっと待て! どうしてこうなった!? 完全に感動して、情報提供も承諾する流れだっただろうが!

 

「き、キール、私は」

「分かっていますともお嬢様! 貴方は私たちの後押しをしてくれた、お嬢様のお手を煩わせることなく解決して見せますとも!」

 

 はぁ〜、何を言っても無駄そうだ。犯人を捕まえてくれる分にはいいのだが、最悪の想定ならば……全滅も冗談では無くなってくる。

 

「分かった。頑張ってくれ」

 

 俺は諦めた。アルコールが入った大人達を止める術を持っていないのでは対抗のしようもない。

 

「嬢ちゃんも飲むか?」

「いえ、私はサモラ茶で」

 

 頬が赤く染まった毛むくじゃらのおっさんの手によってカラになった容器に麦色の液体が注がれる。

 ゴクリ、あれっ? なんか味がちがーー

 

「実はエールでした! 飲まなきゃ損だぜお嬢様」

「なっ!?」

 

 エールは立派なお酒だ。度数はきつくないが、この体には……少々キツい。

 頭がホワホワしてきた、ああ、制御が上手くいかーーない。

 

「「っっ!?!?」」

 

 み〜んな俺のことを見てる? やった〜!!

 

「ふぇ、ほぁぁ〜」

 

 バタ。そこで俺の意識は途絶え、その前後の記憶は残っていない。

 

 次に目を覚ました時、それは翌日の朝だった。

 




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日常研究部 2ー1

 がらんとした部屋、机の上には作り置きの朝食。

 

「行ったか」

「そうだな」

 

 今日も雨、一人寂しく冷めた朝食を温めて口に運ぶーーっ!? 誰?

 

「あー驚くな、何も言うな。伝言、この国の国王からだ」

「……ち、王様?」

 

 どこかで見た赤毛のスーツ男、とは一風違った髪型をしている。向こうがだらしないスーツ男、こっちがキッチリとしているスーツ男だ。

 

 父からとはどういうことだ? 緊急時以外は縁を切ることになるとあれだけ涙を流し合い別れたというのに。

 緊急時ってことか!?

 

「昨晩、魔力災害級の魔力がこの国の防衛結界に観測されたそうだ。災害は起こらなかったものの何があるか分からない、気をつけろ」

 

 ん? 魔力災害級の魔力なんてあったか? 何かあれば必ず気づくと思うのだが……昨晩の記憶が曖昧だ。

 俺ってことはないよな?

 

「それをキールに?」

「ああ、留守の場合は子供に伝えろと言われている。ではさらばだ、あっこれは貰っていくぞ」

 

 片手で朝食のパンを一枚取られる。その動作はあたかも自分のモノを取るように自然だった。一瞬見逃すところだった。

 

「おいっ!」

 

 朝食のメインの二分の一を取られるのは大損害だ!

 

 扉まで走り開けるが、既に通りに人の姿はなかった。

 その代わりと言ってはなんだが、貧民街を不自然な影が通り抜けていった。

 

「はぁ、何だったんだよ」

 

 部屋に入ろうとすると、あと半分残っていたパンにかじりついている赤毛がいた。

 

「なんなんだよ……クソ赤毛共が」

「おっす! 今日からまたやるぞ」

「表に出ろ、ーーぶっ潰す」

 

 この日、初めてだらしないスーツ男に白星をあげた。

 その代償に午前中はずっと空腹感に苦しめられた俺は、キッチリとしているあの髪の毛を吹き飛ばす決意を胸に刻み込んだ。

 

 

 待ちに待ったランチタイム。

 優しいおばあちゃんに、いつも通りっ!、 と注文する。

 はいよ、と微笑みながら至福のラーメンを手渡してくれる。ありがとう、と一言。

 俺は待ちきれない喉がゴクンと音を鳴らすのを確かに聞いた。

 

「いや〜、美味しそうに食べるね。いいことだ!」

 

 無我夢中にラーメンを堪能しているところに邪魔が入った。交友関係はゼロに近いので、ある程度メンバーは限られてくるのだが……。

 

「っ!? ブォフッ!」

「やめてよ汚いなー」

 

 予想外、貴重なラーメンの汁が吹き出しそうになった。いや、吹き出した。

 目の前には涙目でグリークまんを頬張る怪しい男がいた。

 

「ごめんなさい、えっとなんと呼べばいいか」

「ん〜、エリスフィア先輩と呼んでくれたらいいよ」

 

「ごめんなさいエリスフィア先輩。予想外だったもので」

「気にしないでいいさ。それより聞きたいことがあったんだ」

「なんですか?」

「昨晩、君はどこにいた?」

 

 目の鋭さが変わる。

 その瞼の裏に映る瞳には何が隠れているのか分からないが、並の生徒では身につけることが出来ないであろう迫力だ。

 

「港の酒場です。間違ってアルコールを摂取してしまったのか記憶が曖昧なんですけど」

「そうか、君以外には誰かいたかい?」

 

 怪しい。狙いが分からない以上、素直に言っていいものか。

 でも、まぁ嘘をつく必要もないか。

 

「私の育て親と元同僚がいましたよ? それがどうかしましたか?」

「いや、何でもないよー。それより、部活はどうするんだい?」

 

 迫力は消え去り、残ったのは胡散臭い笑顔だけだ。

 

「まだ決めかねています。今すぐ決めるつもりはあまりありません」

「……そうか。気長に待つとするよ!」

 

「あの〜、エリスフィア先輩は獣人族じゃないですよね?」

「違うよ」

 

「では何故それを?」

「好きなんだ! この後に水を飲むと美味しいんだ〜。シャーちゃんも試してみるかい?」

「え、遠慮しておきます」

 

 うっわー、正直獣人族以外であれを食べる人を見ることはないと思っていたのだが……若干引くな。

 

 放課後、俺はどうせ帰ってもキールもいないだろうしと、日常研究部を少し覗こうと思い部室を訪れた。

 

「昨日の魔力反応は十中八九シャーちゃんで……少し待って来客のようだ」

 

 昨日の魔力反応って、キッチリ赤毛が言っていたやつか。意外と出回っているんだな。

 てか、俺な訳ないじゃないか。

 

「どちら様? シャルテアちゃん! 入部する気になったの!?」

「あ〜、期待させて悪いのですが、まだ決めかねているんですよ」

 

「今日は見学?」

「のつもりだったんですけど、忙しそうですね」

 

 部室の机の上にはバラバラと紙が散らばっている。お菓子なども散らばっているのだが。

 

「シャーちゃん、今日は忙しいからまた今度にして貰ってもいいかな?」

 

 出たっ! 胡散臭い男、エリスフィア先輩。

 

「全然大丈夫です! こちらこそ忙しい時にすみません」

「またひと騒動あるかもしれないから気をつけてね」

 

 ひと騒動? 魔力災害のことかな? まぁ大丈夫か。

 

 

 曇天模様、雲行きは怪しそうだ。

 最近は日も長くなってきていることもありまだまだ人が道には溢れていた。

 

「ただいま……っていないか」

 

 いつもの様な元気なおかえりなさいは聞こえてこない。

 キールはかつての恩人の為に動いているのだから仕方が無いのだが、不安ではないと言えば嘘になる。

 

 吸血鬼の無尽蔵の生命力をいとも簡単に奪い去る強力な魔法。

 それは、俺の知る限り一つ、使用可能者も……一人しか知らない。

 

 しかし、それを認めてしまえば同時にもう一つ認めなければならないことがある。

 

 俺は、ーー俺が生まれた世界に戻ってきてしまったのかもしれない。

 そして、彼女がこんな事をするとは到底思えないがもし……そうならば、それを止めるのは俺であるべきだ。

 

 数々の疑問を押し隠す様に目を瞑り、明日に備える。

 ーーーーまだキールは帰ってこない。




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日常研究部 2ー2

 数日前ーー

 暗い、暗い洞窟の中。闇に紛れる生物がいた。

 人型で、額には角が生えている。鬼のように力を秘めているものではなく特に使い道のないものだ。

『魔角』と言われているその角を持つ生物はどの世界にも一つしかない。

 

 魔人。

 数々の厄災をもたらし、他種族から恐れられ、虐げられてきた種族だ。

 悪と決め付けられた理由は簡単、魔人は優劣をつけるならば完全に他種族よりも『優』だからだ。

 

「そろそろ、計画を次に駒に進める。異議はないな」

 

 沈黙、誰も異議を唱えようとする者はいない。

 三本の魔角を生やした魔人は異論がないことを確認しゆっくりと話し出す。

 

「我々はやらなければならない……あの方の為に。たとえこの命を犠牲にしようとも、成すべきことをなせ!」

「「「はっ!」」」

 

 三本の魔角を生やした魔人に跪き、こうべを垂れる複数の魔人。

 彼らは等しく、同じ旗を背負っている。

 

「手始めに例の人間を使い冒険者を一人殺せ。それを合図に……計画の実行を始めるとしよう」

 

 闇に紛れて鼠達は動き出す。

 一つの旗、……あの方の名のもとに。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「殺した人間、全盛期はなかなかの手練だったようで、その関係者と思われる集団が嗅ぎ回っております」

 

 暗闇に潜む三本の魔角を生やした魔人の元に報告が入る。

 

「あれはこの国の王族の側近だと聞いた。邪魔ならば容赦はするな」

 

 何者だろうが計画の障害となるものは全て切り捨てる。……それが仲間だろうが関係ない。

 

「それと今夜招集をかけてくれ。その時までに、そうだな……嗅ぎ回っている奴らの中から一人無力化して連れてこい」

 

 この国を落とす為の最新の情報が欲しい。

 それが揃えば、大詰めだ。

 

「了解しました。別働隊を動かしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。時間は今夜八時だ」

「了解しました」

 

 伝達役の魔人が去り、ポツンと一人残る。

 伝達用の魔具にはまだ連絡は入っていない。他の所はどうなっているのだろうか。

 

 ここは大した戦力はなさそうだが、第一学園付近には冒険者ギルドの本部があると聞いた。

 

 ……でもこれがある限り負けることはないか。

 

 ひとつの古びた本を胸のポケットから取り出す。

 

 ただの教本の複製品。

 表紙には我らが背負う旗が描かれ、あの方の名前が刻まれている。

 

 ーーニュクス・エピメテウスーー

 我らの王の名をなぞり魔力を注入する。

 魔人特有の魔力だ。その魔力に応じてこの本は姿を変え、原典の力を再現する。

 

 もちろん完全なる再現とまではいかない。何分の一、何百分の一しか再現出来ていないのかもしれない。

 さらにここに刻まれている『神代の魔法(ロストマジック)』を使用するには長ったらしい詠唱をしなければならない。

 これは他の『神代の魔法(ロストマジック)』にも共通のデメリットだ。

 

 

 それでも現存する『神代の魔法(ロストマジック)』の中でも最強クラスの魔法に凡庸性がもたらされたなどと世界に知れ渡ったならば……全面戦争が起きかねない。

 

「俺も出るか……」

 

 集合をかけた時間まではあと二時間ほど猶予がある。

 そろそろ一度街に降りておかなければ。

 地形を頭の中に把握していても、実際には誤差があるかもしれない。

 それに、地図には記されていない、実際に見ないとわからないものもあるかも知れないしな。

 

 で、街に来たのだが予想以上に人が多いな。

 このくらいならば障害どころかメリットにしかならないが、これ以上増えてもらっては困る。

 

 ん? 魔角はもちろん隠しているぞ。

【変化魔法】を使っている以上別人にしか見えないはずだ。

【変化魔法】は魔人特有の魔力でしか発動できない。そのため、通常、人が変化しているなどとは考えていない。

 

 つまり、混乱をもたらすには一番いい魔法だ。

 といっても、油断出来るほどではない。

 

 昨日の魔力災害級の魔力反応……悔しいがあの方の魔力と同等と見ていいだろう。

 

 その後他の魔力反応の中に紛れたことから、考えたくはないが……魔力量をコントロールし、この国に化け物が潜んでいる可能性が高い。

 

「そこの御仁、止まれ」

 

 なんだ?学生か? 裏道に繋がるであろう道からこちらを見つめている。

 

「付いてきてもらえるか? 少し聞きたいことがある」

「俺のことだよな」

「そうだ」

 

 なんで帯刀しているんだ? 裏道への女子学生からの誘い、売春などという雰囲気では無いな。

 

「いいだろう」

 

 学生が何人いた所で負ける気はしない。

 制服を見るに第三学園だな。

 内情を知るためにも……生け捕りにしておくか。

 

 これから戦闘になる。経験がそう訴えかけてきている。

 

 それを無視し、その女子生徒を追い裏道に入った。

 裏道を抜けると貧民街の一角に抜け出た。

 

 そこは人気の無い広場だった。

 空き地と変わらない為、戦闘を行うのに充分な広さは確保できている。

 

 なぜだ? こんなにも戦闘の気配がするのにも関わらず伏兵の気配はない。

 

「安心して、ここには貴方と私しかいない」

「確かに伏兵は見当たらないが……まさか、一人で戦うつもりなのか?」

 

 楽に越したことはないのだが、本能はこの異常なまでの平穏さを不気味さとして感じ取っている。

 

「貴方は吸血鬼でも、忌み子でもない……魔人。間違っていたならごめん」

「いや、どうやって見破ったのか知らないが大したもんだ。……それで?」

 

 正体をもはや隠す必要などない。

 戦闘、生け捕り、終了、それで終わりだ。

 

「良かった、ーー討伐する!」

「生意気な!」

 

 ーー始まった。

 

 互いに地面を蹴り距離を詰める。距離は十五メートルほど、衝突までは一瞬だ。

 相手の得物は一メートル以上の刀。大して俺は素手。

 よって、刀を抜かれる前に懐に潜り込む!

 

 ザシュッ!

 

「っ!? 速いな!」

 

 一太刀、皮膚に浅い傷がついたが、想定内、それほど驚くほどではない。

 腕に自信があるような口振りだったので予想はできた。

 

 次だ!

 

【真空魔法】の魔法陣を展開、真空刃の発射と同時に突撃した。

 真空刃の数は五本、凄腕の剣士ならば防ぎ切るだろうが、学生では無理だろう。

 仮によけられたとしても俺の攻撃を防げはしない!

 

「……舐めすぎ」

 

 フッ。

 真空刃の射線から少女の姿が消える。

 左かっ!? 右かっ!?

 

「残念、ド真ん中」

 

 目の前には居合斬りの構えで今にも抜刀しそうな少女の姿があった。

 

 まずいっ!

 風の壁を作りつつ、思いっきり後ろに飛ぶ。出来るだけ軽減するためだ。今から防御では間に合わない。

 

「ハァハァ、舐めすぎなのはお前の方だ! ……何者だ?」

 

 傷は深くはない。浅くもないが、生きている時点でこっちの勝ちだ。

 悪いが……使わせてもらうぞ!

 

「ただの学生、そっちこそ何者?」

 

 チッ! 【変化魔法】に回す魔力を遮断!

 

「答える義理はないなーーA forbidden box, a box of 」

 

 教本に魔力が注ぎ込まれていく、内容は姿を変え、一つの魔法陣を形成してゆく。

 

 しかし、もちろん相手がそれを待ってくれる訳もない。

 

 砂埃を立て離脱、逃げの一手だ。

 

「troubles, times come true, now bringing disaster into here!悪いがここまでだ! 発動せよ!!」

 

 超高速でひとつの光の玉が打ち出される。

 教本を媒体にし魔導書が出来上がり、魔導書の魔法を自身の体を発射台代わりにして打ち出した。

 

 俺達の切り札、吸血鬼殺しの『神代の魔法(ロストマジック)』だ。

 悪いが対抗策はない。

 

「くそっ!」

 

 少女も素早く避けるが、それは追尾機能つきだ。

 刀で斬るがすぐに再生し少女の胸を穿った。

 

 必中の吸血鬼を殺す為だけの魔法……この国を落とすだけではない、吸血鬼を絶滅させるのに充分だ。

 

 バタン。

 力なく地面に倒れた少女。

 心臓部に当たった時点で即死は確てーーーー

 

「なぜ、なぜ生きている!?」

 

 力なく倒れた直後、彼女は立ち上がった。

 

「まさかこの力を使う羽目になるとは思ってもいなかった……終わらせる!」

 

 

 ーーーー獰猛な赤眼の少女は力の限りで抜刀した。

 

 第二ラウンド、本気の戦いの幕が開けた。




「A forbidden box, a box of troubles, times come true, now bringing disaster into here!」
(禁断の箱、厄災の箱、時は来たれり、今ここに災厄をもたらさん!)

読んでくださってありがとうございます!!
途中の詠唱の日本語訳は上に載せた通りでございます。
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日常研究部 2ー3

 まさか……切り札が効かない吸血鬼がいるなどと思ってもいなかった!

 

 今はそんなことを考えている余裕はないな!

 とりあえず逃げなければ!

 武器がない俺にーー勝機はない!!

 

「逃げられるわけないでしょ!」

「チッ! 化け物め!!」

 

 太刀筋はより鋭くなり、速度はより速くなっている。

 避けきれた攻撃はない。

 全ての攻撃が皮膚を削り、ほぼ全身に切り傷が付いている。

 

 魔人として、本気を出せば戦況を五分五分にまでは持っていけるだろうが、これは計画外……リスクを犯すわけにはいかない。

 

『救援を要請する! 場所は魔力を探知してきてくれ!』

『了解です!』

 

「【通信魔法】? 無属性持ち!?」

「だったらなんなんだ!」

 

 感覚で感じ取ったようだが、【通信魔法】などという便利な代物ではない、ただの魔具だ。

 魔力の燃費も悪く、中継役がいなければ効果を存分に発揮できない骨董品だ。

 

 しかし、勝手に勘違いしてくれる分には構わない。むしろ、それを脅威に感じ、攻撃の手が休まればいいのだが……。

 

「使う前に切る!」

 

 ですよね。

 このままだと計画に影響が出かねないが、ここで死ぬわけにもいかない!

 

『すまない、魔力を解放する』

『待ってください! あと一分でそちらに到着します』

『ありがとう、あと一分! その後、援護を受けながら撤退する』

 

「覚悟は決まったぞ強き少女! この決着は持ち越しだ!!」

「っ!? させない!」

 

 魔力爆発という技がある。

 本来は自爆のためにあるのだが、魔力を腕に込めその部分を完全に切り離せば、行き場を失った魔力は暴走し破裂する。

 

 魔人特有の魔力はこの効果が他の種族の魔力よりも大きいという特性がある。

 

 俺は躊躇なく左腕を切り落とし、少女と俺の間に叩きつけた。

 追い風を発生させ、爆風の効果を最大限に発揮させる。

 

「目くらましっ!?」

 

 自爆と読んでいた少女は防御の構えをとった為、俺と彼女の間には逃亡に最低限必要な分の距離は出来た。

 

『撤退を開始する! 粉塵の上がった所から西の森まで援護してくれ!』

『了解しました!』

 

 片手を失った。

 しかし、浅はかな気持ちで戦闘に挑んだ自業自得。

 むしろ、片手で済んだだけマシだったであろう。

 

「ふ〜、きついな」

「それは!? 大丈夫ですか!?」

 

 ここまで来ればほぼ大丈夫なのだが、相手が未知である現状からして油断すべきではない。

 

「まだ油断はできない! 森まで警戒を怠るな!」

「そういう意味では無かったのですが……了解しました!」

 

 それにしてもあの少女は何者なのだ?

 あれほどの化け物でありながら常に魔力量は一定だった。つまり、魔力をコントロールしているということだ。

 まさか昨日の魔力反応は彼女なのか!?

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 いつもの洞窟、暗い中、十数人の魔人が集まっていた。

 

「集合して貰ったのは計画を本格的に実行に移すためだ! 」

 

 あの少女のことなど気がかりなことはあるが、計画通り……足並みを揃えなければ意味が無い。

 

「頼んでおいた生け捕りは確保出来たか? それに別働隊。メンバーが減っているのではないか?」

 

 暗くて顔が見づらいが、三人ほど人数が少ないように感じる。

 

「はい、二名の犠牲者を出し生け捕りに成功しました」

「それが生け捕りか」

 

 手足と口を拘束している。毛むくじゃらの男だ。

 

「自白剤を飲ませておけ! 後で尋問をする」

「了解しました!」

 

 ふ〜、痛いな。止血はしたが流石に体力の限界が……。

 

「おいおい、大丈夫なのかよアスナタ」

 

 チッ! 邪魔者が来たか。

 

「大丈夫だ。それよりお前のところは終わったのか?」

「下準備を終えたところだ。第二学園もいつでも制圧できる!」

 

 無駄に優秀なヤツめ。

 第二学園は戦闘向きではないにしろセキュリティは頑丈だったはずだ。それをいとも簡単に攻略するとは……。

 

「それより、その腕はどうしたんだ? まさかあれを使っても勝てなかったとか言うんじゃねぇだろう?」

 

 こいつ……見てやがったな? 食えない女狐め。

 だが、今の最優先事項はこいつじゃない。

 

「全員に伝えなければならないことがある! この腕はとある少女に切り落とされた! その少女には吸血鬼殺しも効かない!」

「そんなっ!? あの方の権能を破るなんて!」

 

 動揺が広がるが、女狐は愉快にほくそ笑んでいるだけだ。

 

「特徴は緑の髪で、第三学園の制服を着用! 帯刀しているから目につきやすいだろう! 見つけたら報告を入れてすぐさまその場を離れろ! いいな!」

「「「はっ!」」」

「計画は明日の七時、万全の状態で挑んでくれ!」

 

 魔力災害級の魔力の正体は不明だが、彼女の魔力量は……未知数、必ず計画の障害となるだろう。

 

 必ずこの手でーーーー

 

「お前にやれるのか? 片腕を失ったお前に?」

「殺る、この身が滅びようとも必ず!!」

 

 ふ〜ん、と言って女狐は薄ら笑いを浮かべる。

 

「とっておき! 第二学園で手に入れた魔具だ。自爆の前に使え」

「効果は?」

 

 怪しい。そもそも敵が作った魔具を使って無事でいられる保証がない。

 

「秘密だが? それに無事である必要など無くなった時にだけ使え」

「……分かった」

 

 小さな箱を手渡される。これを握り潰せば効果は発揮されるらしい。使い捨ての魔具は珍しいな。

 

 俺が自爆してでも……あらゆる犠牲を持ってしてもこの計画を止めるわけにはいかない。

 

 我ら、ーーーー永劫の教団(アルカナ・カルト)の悲願のために。

 あの方の悲願のために、……世界に災厄を。

 




読んでくださってありがとうございます!!
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日常研究部 3ー1

 静寂の中、バタンと扉を閉める音が鳴る。

 鳴らしたのは自分だ。

 主なるものをこんな時間まで放ったらかしにしておいて従者を名乗るのはいささか傲慢過ぎるのかも知れないが、私はこの方の執事だ。

 

「……遅くなって申し訳ありません。良い夢を」

 

 ぐっすりと眠った少女を確認し、優しく言葉をかけ後にする。

 日の出まではまだ時間がある。少し眠ってから今日の出来事を報告するとしよう。

 

 ナーサス・コメラ……彼の隠れ家で遭遇した黒幕であろう奴らのことも。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おはようございます。昨日は遅くなってしまってすみません」

「おはようキール、怪我はしていない?」

「はい、お嬢様との約束でしたので」

 

 見たところ怪我はないようだが……あまり睡眠は取れていないように思える。

 

「もうひとつの約束、昨日得た情報を教えて」

「わかりました。昨日、私達はナーサス・コメラの隠れ家を発見しましたーーーー」

 

 キールは話し始めた昨日あった出来事を。

 執事達は二手に分かれたそうだ。

 一つはナーサス・コメラの捜索。

 もう一つはこの地域の見回りだ。

 

 キールは捜索組だった。

 捜索組はまず、森の近くの廃墟にてナーサス・コメラと思われる目撃証言を得た。それに基づいて隠れ家を発見することに成功。

 そこでナーサス・コメラ本人とは遭遇できなかったが

 黒幕と思われる二人組と遭遇、その内獣人が一人、竜人族が一人だったらしい。

 

 戦闘になるかと思いきや、相手は徹頭徹尾逃亡を貫いた。

 結局傷は与えたものの仕留めるまでにはいかなかったという。

 

 その後、見廻組から報告が入った。

 いきなり襲いかかられ、二人を討ち取ったものの一人連れ去られた。

 討ち取ったと言っても自爆された為証拠は何も残っていない。

 

 その後は連れ去られた者の捜索に従事したそうだが、結局見つけることは出来なかった。

 そのため、今日もこの後すぐ捜索を再開すると言った。

 

 悔しそうな表情だ。恩師を葬られ、仲間を連れ去られた。

 仲間を失う悔しさと共に、自身の不甲斐なさを恨んでいるのだろう。

 

「獣人族と竜人族の性別は?」

「獣人族が女、竜人族が男でしたが……どうやら子供のようでした」

 

「子供!?」

「はい、それこそお嬢様と変わらないくらいの」

 

 まさか!? そんなことはありえない!

 そんなことがあっていいはずがない。いくら特徴がカルナムート先輩とティナ先輩だからって……そんなことは無いはずだ。

 

「無理はしちゃダメだぞキール。それと魔人には気をつけろ、自爆といえば魔人だからな」

「分かりましたが、ここ数十年この国では魔人は確認されておりませんよ?」

 

 数十年!? 魔人を悪と決めつけるのはいけない。

 だからといって全ての魔人が善であるわけがない。

 

 魔人の中には好戦的な者が多いというのは迷信ではない。

 そんな魔人達が数十年現れないとなると……考えられるのは、個を望む魔人が集団としてまとめあげられたという可能性。

 

「行ってきます」

 

 俺は不安を抱えながらも学園へと向かった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 放課後、ある覚悟を持って俺は『日常研究部』の部室の前に来ていた。

 

「一年のシャルテアです! 今いいですか?」

 

 返事はない。

 

「……失礼します」

 

 扉に鍵がかかっていたが【錬金魔法】で外させて貰った。

 中には誰もいない。

 菓子やらプリント、遊び道具と思われるものが散乱していた。

 

「怪しく無さすぎる(【空間探知魔法】発動!)」

 

 指定範囲は半径十メートル。

 半径十メートルの球の中に含まれる全ての情報が脳に送られてきた。

 

「やっぱり……先輩」

 

 その情報に誤りはない。ロッカーの下、ではなく部屋の中心の床には細工が施されている。

 さらにその地下には……空間がある。

 

 俺は机をどけ床を調べる。情報通りの位置に仕掛けを発見する。

 床と同色の小さな取っ手を引っ張ると……いかにも怪しげな地下への階段が現れた。

 

 進む、それ以外に選択肢はない。

 

 階段は意外と長く続いた。九メートルくらいだろう。

 階段は直接部屋に繋がっていた。

 その部屋は部室の雰囲気とは違い、まるで警備隊の捜査本部のようだった。

 

 あるのは黒板と武器のみ。黒板にはこの事件について調べた形跡が明確に残っていた。

 

 黒板には執事達のことが事細かく書かれている。

 ーーーー犯人像として。

 

 ナーサス・コメラの隠れ家で現れたことや、魔力災害級の魔力反応があった時にほとんど同じ場所にいた事などか記されている。

 

 執事達は先輩達を犯人と、先輩達は執事達を犯人と勘違いしている。

 このままではーーーー犯人を追う者同士で衝突する!

 

 武器を三つほど【収納魔法】に入れ、部屋に取り付けられた扉から外に出る。

 

 既にこの先に通路があることは【空間探知魔法】で確認している。

 そしてーーーー

 

「よくここまで来たねシャーちゃん」

「やはり貴方でしたか……エリスフィア先輩」

 

 一人、通路に立ち塞がるような反応があった。

 

「貴方達は何者なんですか?」

 

 部屋についても、部屋に置いていた武器の質についても、ただの学生では説明出来ない。

 

「シャーちゃん、大方予想はついているんだろう? じゃあ最後に聞こう……日常研究部に入部してくれるかい?」

 

 ああ、やはり……表の顔は一部活、裏の顔は秘密組織。

 ならば先輩達が調べていた、この国最大規模の事件の真実を教えてあげよう。

 

 首から下げていた指輪を千切り取った。

 

「昨年の第二王子死亡事件、貴方達が調べているものですね」

「あの部屋に置きっぱなしだったか。それが?」

 

 指輪を左手の中指にはめ、魔力を流す。

 俺が手を施したことで、この指輪の性能は限りなく【変化魔法】に近づいている。

 いや、既に【変化魔法】の効力を越えている。

 

「そんな馬鹿なっ!?」

「エリスフィア先輩。俺の名前はシャルク・ウィズマーク、この国の元第二王子です」

 

 この指輪は身体的特徴だけでなく服装も変えられる。その代わりその二つを同時使用した場合……一分しか持たない。

 

「そんなわけが無い! 彼は吸血鬼だ!」

「俺のどこが吸血鬼じゃないんだ?」

 

「っ!? まさか【変化魔法】!?」

「そんな大層な魔法は使えない」

 

 後二十秒! 本題を言わなければ!

 

「真実が知りたいならば、今は力を貸してくれ!」

 

 あと十五秒!!

 

「しかし! 犯人は? 敵の正体は!?」

 

 あと十秒!!

 

「原因は魔人だ! 既に執事達の一人が連れ去られている!!」

 

 あと五秒! 頼む!!

 

「……分かりました。協力しましょう」

 

 シュン。

 いつも通りの第二学園の制服にシャルテアの姿に戻ったが、言質は取った!

 

「エリスフィア先輩、この事はまだ内緒にしてください」

「まだ信じた訳じゃない。……今回はシャーちゃんの頼みを断り切れなかっただけさ」

 

 よりにもよってこの世界で最も考えの読めない人に最大の情報を与えることになってしまったが、今それを後悔している暇はない。

 

「エリスフィア先輩はカルナムート先輩達に連絡を! 私は執事達に連絡します!」

「りょーかい」

 

 ふ〜、これで衝突は避けられた。

 ひとまず安心できる。

 

「何だって!? すぐにその場を離れろ! 執事達!?連れてきてくれ!」

 

 連絡するかと思った直後、一足先に連絡を入れたエリスフィア先輩の様子がおかしい。

 

「とりあえず逃げろ! 相手の力は未知数だ!」

「キール! 聞こえるか!?」

 

『お嬢様!? 今は立て込んでおります! また後で!』

 

 向こう側からはキールの声以外にも人々の悲鳴が聞こえてきた。

 

「その場から逃げろ!」

 

『でも人がまだ!』

『貸して、シャルテア? 私レチエール、今から言うことをよく聞いて』

 

「レチエールさん!?」

 

 なんで彼女が? 危ない!

 

『敵は魔人、吸血鬼殺しの魔法を使うわ! ここまで言えばわかるわね?』

 

 やっぱり! それじゃ吸血鬼は戦えない!

 

『ここは私が持たせるわ!』

 

 ブチッ。

 通信用の魔具が強制的にきられた。

 

「エリスフィア先輩! 私は行きます! ここで執事達を迎え入れて閉じ込めておいてください!」

「ああ、了解した。頼んだよ」

 

 返事をする猶予もない。正真正銘本気で行く!

 

 俺は出せる限りの速度で地下を駆け抜け地上に飛び出し、そのまま戦場の中心へと走った。




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日常研究部 3ー2

 ここにいる敵は五人。

 前に偶然遭遇した魔人の方が格上だ。

 力を使わずとも勝てない敵ではない……それでも私は力を解放する。

 

 道端には生命力を吸い取られ灰となって消えていった大勢の人達の遺品がある。

 それを見ていると力を抑えるなんて考えは吹き飛んだ。

 

「許さない!」

「ひっ怯むな! 緑髪に帯刀! 間違いない、アスナタ様に報告を!」

 

 体が変化していくのが分かる。

 血を求めて暴れ狂う理性、それを押さえつけ力を馴染ませる。

 

 抜刀した抜刀した抜刀した抜刀した抜刀した

 

 その間、時は止まっているように見えた。

 固定された人形の首を跳ねる感覚。幾度となく繰り返した単純作業。

 

 ブッシューーーー!! 赤い雨が体に降りかかる。

 きっと理性を持とうが持たまいがやることは変わらないのだろう。

 

 やり過ぎた……意識が……もう……少し眠る。

 

 その場に倒れ込んだことまでは分かった。そこからの記憶はない。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「レチエールさん!」

 

 血まみれの状態だが、本人は無傷で気を失っているだけのようだ。

 一般人が見たら卒倒不可避の光景だ。

 

 余りにも綺麗な切断面は血の放出を止めることは無い。

 この切断面、まさかレチエールが?

 

 しかし、今は避難が先だ。魔人の服装も気になる。

 統一されたローブ、これをここに来る前に……まさか!?

 

【探知魔法】をかける。

【空間探知魔法】の下位互換、魔力反応だけならこの国を覆う範囲を一気に探知することも容易い。

 

 そこで俺は魔人特有の魔力反応を見つけた。

 数は十一、向かっている先はーーーー王城だ。

 

『エリスフィア先輩! 王城が狙われた! 私が行くから街のことを頼む!』

『ごめんシャーちゃん! 学園で数十人が暴走した! こっちからは手を貸せそうにない!』

 

 ブチッと通話が切れる。

 相手は洗脳系統の魔法を所持しているみたいだな。

 ナーサス・コメラも操られていたということで間違いはないだろう。

 

 そんなことを考えている暇はない。こうしている内に既に王城への侵入を許したようだ。

 

 魔力反応からして魔法を使用しているようだが……直後に補充されている。

 

【探知魔法】の範囲をさらに広げる。

 すると、魔人の反応が他にもあった。

 

 

 森の中、地図上では何も無いはず。

 ということは……そこか?

 

 王城も心配だが俺の今の魔力量では勝ちきれるとは断言できない。

 それに……この場所は一番初めの世界で魔力が集まっていた竜脈の真上だ。

 

 すまない父さん、母さん。

 

 俺は森に向けて飛んだ。

【飛行魔法】は消費魔力が多いため今までは使うのを避けていたのだが、ここから森までは距離がある。

 

 時間にして三十秒で一キロ以上の距離を移動した。

 

 百メートルのところで【隠密魔法】も併用しているが、魔人ならば気づくことも不可能ではない。

 

 だが、魔力反応からしてそこまで強い魔人はいなさそうだ。

 森の木のせいでまだ視認はできないが、ここまで来れば後は魔力タンクを潰し、魔人を殺すだけだ。

 

「(【空間探知魔法】、範囲を拡大。これかっ!?)」

 

 地に埋まった竜脈の魔力がねじ曲げられている。

 竜脈に流れている魔力も俺のものとは違っているが、莫大な量なのには変わりはない。

 

 竜脈の魔力を探知するのにはちょっとしたコツと慣れがいるため扱いが難しい。

 少しのミスが魔力災害に直結することも不思議ではない。

 そのため、竜脈には制御装置を付けておくものなのだが……。

 

 

 しかし、ここまで近づいてもバレないとは、弱すぎないか?

 

「(【爆裂魔法】の魔法陣を構築、展開)」

「真上だ! 真上に何者かがいるぞ!」

 

 もう遅い!

 

「えいっ!(連続して【爆裂魔法】の魔法陣を構築)」

 

 紅蓮の衝撃が十数人の魔人を襲う。

 手加減? もちろん容赦無しだ。

 

 しかし、魔人や吸血鬼、竜人族ともなれば、今の俺の【爆裂魔法】では雑魚でも一撃では倒せないだろう。

 

「支柱を守れ! 守りながら反撃しろ! 敵は一体、高火力の魔法だが、正体は不明!」

 

【爆裂魔法】を知らない? こんな分かりやすい攻撃魔法を知らないとは……弱いな。

 

「お前達の目的はなんだ!(【結界魔法】を自身を中心に半径一メートルで展開)」

「構うな! 相手は【結界魔法】 を使用するぞ!攻撃を一点に集中させろ!!」

 

 対処としては間違っていないが……魔法の選択が悪すぎる。それに威力が低い。

 

「もういい……さよなら(【爆裂魔法】に【威力累乗魔法】を付与、発動!)」

 

 俺が使用可能な魔法の中で最も強い魔法の一つ【威力累乗魔法】。

【威力累乗魔法】は魔力を二倍使用した時、効果は二乗向上するといった効果を持つ魔法だ。

 

 魔力に比例して効果が上がるだけでは物足りなくなって生み出した魔法だ。

 この国……大陸すら吹き飛ばすことは可能だろう。

 

 今回は二倍に抑えてある。

 それでも十分すぎるのだが……。

 

 ドッガァァァーーーーーーン!!!!

 予想通りの威力が出たのだが、予想外に被害が大きい。

 予想以上に抵抗が小さかったせいだ。

 

 青く茂っていた森には半径十メートル以上の穴ができており、完全に地表、そこに緑は一片も存在していない。

 

 その中央には息がある魔人が五体ほど横たわっていた。

 

「アスタナ様……ここまでのようです。計画を……進めてください!」

 

 俺のいる上空七メートルほどの所まで飛んでくる。

 七メートルを筋力だけで飛び上がることが出来るのには本当に感心するが……自爆は許さない。

 

 魔物を倒した時ほどの大きさは必要ない、一回り小さい、脳を貫くに必要な大きさの氷の槍を作り出す。

 

 グスッ!グスッ!グスッ!

 ドォォーーン!

 

 一体、一際マシな魔力反応は自爆するつもりはないらしいが……一体間に合わなかった。

 

 小柄な俺は爆風を完全には防ぐことができなかった。

 咄嗟に氷の槍と同時構築していた【爆裂魔法】を後に放ち衝撃を和らげ、【飛行魔法】で体勢を元に戻した。

 

 感覚では二十メートル程だったのだが約百メートルほど吹き飛ばされてしまったらしい。

 

 ーーーーーーその百メートルが国に大きな被害をもたらした。

 

 竜脈の魔力を取り込み異形の怪物と成り果てた元魔人が雄叫びを上げた。

 奴の魔力量と俺の残りの魔力量は同等か……それ以上だ。

 

「オォォーーーーーー!!」

 

 肉体が進化を遂げ、羽根を生やした化け物が正面から飛んできた。

 

「やばっ!?(【結界魔法】を最大強度、最低限の範囲で展開!!)」

 

【抵抗力操作魔法】で重力や空気抵抗力も力に加えるが足りない!

 押しきられっっ!?

 

 ドガァァーーーーン!!

 

 痛った!!

【結界魔法】のおかげで外傷はないが、衝撃で肋骨の骨がやられた。

 

 どうやら俺は街まで吹き飛ばされ、ド派手に突っ込んだようだが悲鳴は上がらない。

 

 一度飛んだらクールタイムが必要なのか飛んできている気配はない。

 

 しかし、躊躇しているほどの余裕もない。

 このままではこの国の文化を喰らい尽くすまで暴れ回るだろう。

 

 俺は【収納魔法】から剣を一本取り出した。

 この世界で初めての本気の攻撃を繰り出せるのはあと二回。

 

 ーーーーーー俺は魔力を完全に解放した。

 

 




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日常研究部 3ー3

「初等部で暴走した者の手当を急げ! 手が空いている生徒は俺と一緒に他の校舎の救援に行くぞ!」

 

 一時はどうなるかとキモを冷やしたが何とか持ちこたえた。

 

 生徒を暴走させていた魔力が途中で途切れた為この程度の被害で抑えられたが……あのまま続いていれば殺すことも考えなければならなかっただろう。

 

「やぁ、第二王子。今年の初等部は優秀だね」

「中等部ナンバーワン、エリスフィア先輩。校内では第二王子はやめていただきたい」

 

 王城には顔を出さず、どこの貴族の出かも分からない男。

 あの女と同じ、忌み子ながらに魔法を使うという噂まである。

 登録上吸血鬼となっているが……この男の物は吸血鬼の匂いではない。

 けれども忌み子のものでもない。

 

「そうだね〜。それよりも、王城はどうなったの?」

「王城っ!? 何の連絡も入っていません! 何かあったのですか!?」

 

「王城が魔人の集団に襲われたんだ! ここはま」

「任せました! 俺は王城に行く!」

 

 父上! 母上! どうかご無事で!!

 

 急いで王城に向かう。使用をまだ許されていないが無属性魔法を使う。

 

「なんだこれは!?」

 

 外に人の気配はない。衣服などが散乱しているだけだ。

 しかし、それに構っている時間もない。

 

「あ……あれは……なんだ!?」

 

 西の空。

 曇天の闇の中、宙に浮かぶ巨大な影があった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 もう、そろそろか。魔力反応が大きいからすぐ分かるな。

 さっきみたいに全速力で突っ込んでくることは無さそうだ。

 

「来たな!!」

 

 化け物が通った場所は森が潰れている。深刻な自然破壊だな。

 

 倒せるのは倒せるだろうが、学園の裏か……目立つの嫌だな。単に目立つのはいいが、目立ち過ぎるのは好きじゃない。

 

 あっ! いいこと思いついた!

 

「オォォーーーーーー!!」

 

 化け物が吠える。

 地は震え、学生や街に残った人々の絶望の視線が化け物に集まる。

 

「(【特殊付与魔法】を剣に付与、【無炎魔法】と【氷獄魔法】の魔法陣を展開、付与)」

 

 無属性と火属性、無属性と水属性で構築されたそれぞれの魔法陣が剣に刻み込まれる。

 

【特殊付与魔法】は武器などに付与して使われる魔法だ。

 別々の魔法陣の効果を合わせることが出来るようになる。

 

 今の例で行くと【無炎魔法】の火、【氷獄魔法】の氷、両方の特性を合わせ持つ物質が新たに構築される。

 その新たな物質は魔力を『焼き切る』という効果と、『凍結させる』という効果を合わせ持つだろう。

 

「さぁ、仕上げだ!(【威力累乗魔法】で三倍の魔力を!)」

 

 効果を上げるのは三乗、つまり通常の二十七倍の威力を発揮する。

 これ以上の効果を出せば天変地異でも起こせるかもしれない。

 

 本当の最後の仕上げだ……指輪に魔力を込める。

 

 これで一分間はシャルク・ウィズマークの姿だ。

 現在の第二王子とそっくりの双子の姿が上空にあったら、本物と見分けがつくだろうか?

 

「オォォーーーーーー!!」

 

 化け物の体が光る。

 ーーーー自爆の兆候だ。

 

 しかし、それを許す道理はない。

 

 俺は【飛行魔法】で飛び上がり、宙に浮きながら自爆しようとする化け物へ突っ込む。

 

 紅蓮と天色の魔法陣の刻まれた剣を手に。

 

「終わりだ!(全魔法陣、発動!!!!)」

 

 化け物の肉を切り裂く。切断面は凍りつき、周囲は焼け焦げた。

 

 化け物から発せられた光は収まることは無い。

 操られ、強制的に自爆させられている場合はもう止まることは無いだろう。

 

 操っていた本人はこの光景を見て笑みを浮かべているのかもしれない。

 

 光は街を包み込むほどに広がり、やがて消えた。

 

 しかし、街は無傷、何一つ傷付いてはいない。

 

 なぜなら、暴走した魔力の繋がりは焼き切れ、拡散した魔力災害をもたらすほどの膨大な魔力は凍りつき、停止したからだ。

 ーーーーーー全ては狙い通りだ。

 

 すぐさま【魔力探知】で、微かな魔力の動きを感じ取る。

 

 竜脈の魔力ではない、後付けの魔力にかけられた【氷獄魔法】を解いてやる。

 すると、その魔力は律儀に持ち主の元へと帰く。

 

 これが洗脳系統の魔法の弱点だ。

 洗脳した相手の中に残った魔力は異物として吐き出され、持ち主の元へと帰っていく。

 

 魔力を再利用できる点では有効なのかもしれないが、それ以上に逆探知されることの危険性の方がはるかに大きい。

 

 魔力は王城の方へと帰っていく。

 俺はそれを追い、王城へと向かった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あはっ! 残念だったなぁアスタナ! やっぱりそれを使ってもお前はダメなやつだよ!」

 

 王城の裏、国の周囲の半分を占める森の中で大きな魔法陣を刻み込んでいる魔人がいた。

 

「お前は生け贄、本命はこっちだってんの!!」

 

 ぎゃはは! という下品な笑い声に誘われたのかそこに十数人の影が押し寄せた。

 

「なんだおめェら? 殺す!」

 

 その女魔人が目をつけたのは先頭に立つ二人の赤毛。

 どこから取り出したのか、小型の鎌のような武器を両手に持ち、その首を狙う。

 

「散開しろ! 遠距離魔法で攻撃! 無理はするな」

「「「はっ!」」」

 

 一人の首が突然闇に消えた。

 しかし、もう一人は悠然と立っている。

 

 スカッ! スカッ! ガキィィーーン!!

 

「ひゅ〜、危ない危ない」

 

 一太刀、二太刀避けられた。

 そして三太刀目は刀で防がれる。

 闇から突然現れた刀。【収納魔法】とは違うだろう。

 

「この国の……闇の奴らか」

「そんなつもりはないんだけどなー」

「死ねっ!!」

 

 鎌を振るう。しかし、体は気持ちとは正反対に動かない。

 腕は縫い付けられたようにピクリとも動かない、処刑を待つ罪人はこんな感じだったのではないだろうか。

 刀が眼前に迫る。

 

 ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。

 

 激痛を感じても、それを伝える神経は既に断ち切られ、頭の中を激痛が埋め尽くす。

 口の中に鉄ようなの味が広がったのも一瞬、すぐに感覚はなくなった。

 

「はい、お疲れ様。帰ろうか」

「これだから兄は……回収してから帰りますよ」

 

 影は消える。何事も無かったように。

 

 俺が着いたのは全てが終わり、もぬけの殻となった時だった。

 

 

 

 

 



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日常研究部 4ー1

「むっ? 自律型分身がやられたようだな……吸血鬼の総本山の街の奴か」

 

 吸血鬼の総本山、吸血鬼を統治する王が住む街だが、そこまで戦力が高かった訳ではなかったはずだ。

 

「ニュクス様、どうかされましたか?」

 

 ここは本部、我ら永劫の教団(アルカナ・カルト)の幹部が集まっている。

 

「何でもない。それよりも全ての計画が実行されたようだ」

 

 全ての分身体から報告が入った。

 結果はあまり芳しくなかったが……まぁいい。

 

「結果はどうだったのですか?」

「そう焦るな。吸血鬼の国は二つ、人間族の国はゼロ。獣人族は二つだ」

 

「「っ!?」」

「そう驚くな。想定内だ」

 

 動揺するが、幹部が直接手を出していない計画としてはまずまずのところだっただろう。

 そう悲観することもないのだが……。

 

「もう一つ実行していた作戦はどうなったのですか?」

 

 そう、こっちの方が問題だった。

 

「もちろん、奴には傷一つ付けられていない」

 

 沈黙。それも仕方が無いだろう。

 やつは強い。我以上に強い。それでも()()には敵わないのだろうが……。

 

「次の計画に移る。奴の、魔王を殺すぞ!」

「「はっ!」」

 

 世界を我が手に、『箱舟』を手に入れた暁には貴方をーーーー母上の封印を。

 

 魔王。

 かつて四人いた魔王達の全てを蹂躙し、世界に恐怖を与えた。

 その美貌は支配者としてのカリスマ性を引き立たせ、その力は強者と言われる者を屈服させ、蹂躙するのに十分だった。

 

 なぜそんな生物を生み出してしまったのか……竜族と吸血鬼族の混血種。

 

 この時代の真祖と呼ぶにふさわしい生物を討ち滅ぼす計画が始動する。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 あの後、俺はすぐに学園に向かった。

 魔人の反応はこの街から消え去り、真の静寂が訪れていた。

 

 暁の星はまだ昇らない。

 

「あっ、エリスフィア先輩」

「やぁ、シャーちゃん。明日からしばらくはこの学園も休園になるそうだよ」

 

 夜の学園。生徒達は鬱状態になっているが、仕方ないか。

 

「こっちはどうなったんですか?」

「校内には三百人程が残ってて、その内百人が操られた、ってところかな。吸血鬼殺しの魔法を使ってこなかっただけマシだったんだと思うけど」

 

 周りの惨状を見るに、マシだったなどと気楽には言えない。

 隣で笑いあっていた仲間に襲われ、反撃しケガをさせ、手加減して傷つけられ……。

 

 この中にも親族を殺された者も少なくはないのかもしれない。

 しかし、王が機転を利かし王城内の大広間に近住民を匿った為、被害はこれでも最小限に抑えられたと言うべきだろう。

 

「先輩。そろそろ話してくださいますよね」

「君が入部するというのならば、話そう。とりあえず中へ入ろうか」

 

 普通の部室に見えてそうではない部屋。いつかに聞いた地下室の噂は本当だった。

 

 中にはカルナムート先輩、ティナ先輩、部長、知らない二人がいた。

 

「はじめまして、私は睦月 桜(むつき さくら)。人間同士よろしくね」

「忌み子じゃないんですか?」

 

 確か忌み子ながらに進級を果たした生徒はいなかったはずだが?

 

「忌み子じゃないよ。人間の国からの留学生だよ。君みたいなのと一緒にするな」

「こらっ! そんなこと言っちゃダメでしょ! ごめんねシャルテアちゃん」

「いえ、構わないのですが、そちらの方も?」

 

 丁寧なロングの女の子とは違い、口が悪いロングの女の子。

 こういうと似ているように感じるかもしれないが実際は全く似ていない。

 おおらかな雰囲気を持つ丁寧な女の子は黒髪、鋭い緊張感のある雰囲気を持つ口の悪い女の子は金髪だ。

 

「ほらカラミアちゃんも自己紹介!」

「……カラミア……クリスティーナ…………」

「よ、よろしく」

 

 怖い、俺このカラミアって子苦手だ。

 触れたら確実に刺されるやつだ。

 

「本題に入ろうか……シャルテア。君はこの部に入部してくれるかい?」

「……この国のためになるのなら」

 

 俺は既に決めていた。

 この国のためになるのならば喜んで入部しようと。

 この国の害になるというのならば喜んで敵対するくらいの覚悟は決めてきた。

 

「この国の為にはなるよ……吸血鬼族がこれからも生き残るために活動する部活だからね」

 

 ならもう迷うことは無い。

 生んで育てて、生かしてくれた両親とキール、家臣達。彼らを守る活動を拒否する理由はない。

 

「私は日常研究部に入部します……これからよろしくお願いします」

 

 ぱちぱち、と拍手が起こる。

 これからこの人達とどんな事をするのか考えると今から楽しみになってきた。

 

「それではこの部の本当の姿を教えよう。この部は……」

 

 コンコン、

 扉を叩く音がエリスフィア先輩の言葉を遮る。

 

「どちら様ですか〜?」

「一年、ハーダック・ウィズマークだ。そこにシャルテアはいないだろうか?」

「私? いますけど、どうされたのですか?」

 

 まさか……バレたか?

 

「少し出てきてくれ、確認したいことがある」

「分かりました。少しの間失礼します」

「いってらっしゃ〜い」

 

 扉を閉めて外に出る。

 表情からしても、あのことで決まりだろう。

 

「お待たせしました」

「いや、ひとつ聞きたいことがあったんだ」

 

「何でしょう?」

 

 十中八九あのことだろうと予想はついているが、あたかも知らないように振る舞う。

 

「校内では俺があの巨獣を倒したと大騒ぎになっていた。お前も知っているだろう?」

 

 もちろんですとも、あんだけの生徒が話をしていたら嫌でも耳に入ってくるだろう。

 

「もちろんです」

「お前はあの時何をしていた? 校内にはいなかった」

 

 いなかったけど……嘘ついたらバレるかな?

 

「俺は巨獣を倒したのをお前だと思っている。全くの見当違いかもしれないが、ともかく俺には全く心当たりがない」

「第二王子はその時どちらへ?」

 

「丁度、中央通りを走っていた。王城への襲撃があったと聞いたからな。その時俺は後ろから見ていたんだ、俺の……いや、誰かが巨獣を倒したのを」

 

 変装した所を見られていないのなら突き通せるか。

 

「私はあの時、確かに外にいました。巨獣を倒したのも見ていました。貴方そっくりの影が巨獣を倒した光景を」

 

 これでいい。俺の評判を上げることは不可能に近い。

 それなら弟に手柄を譲ってもバチは当たらないだろう。

 

「残念ですが私ではありません」

「……そうか邪魔したな」

「いえ、ではおやすみなさい」

「ああ」

 

 俺はこの時安心しきって背を向けた。

 

 まさか、第二王子が全てを見ていたとは知らなかった。




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日常研究部 4ー2

「失礼しました。続きをお願いします」

 

 予想内の訪問があったが、さして支障はない。

 俺の株が上がるとなるということは俺が貴族にでもなった時なのだろう。

 

「何の話をしていたか忘れてしまったよ。それよりも今日は寝よう! ……疲れたよ」

 

 ということで俺達はぐっすりと眠った。

 そして夢を見る。

 

 ここは……夢の中なのだろうな。

 何も無い一面に広がる白。

 ポツンと俺だけが存在している。

 

 

 特別驚くことでもないのだが、俺は一番初めの姿をしている。

 

 初めの世界での俺は黒髪に赤毛が混ざったのが特徴的だったそこら辺の公園で遊んでいるような少年だった。

 

 しかし、魔法使いにおいて黒髪に赤毛といえば一人の死神のことを指していた。

 思春期に入った頃、俺の目は紅く変色し、悪魔の子として世の中から追放された。

 

 真っ先に思ったことは今まで信頼していたものは何だったのだろうか? ということだった。

 そして、やけにあっさりと親も手放したもんだなと思い調べてみると……義父母だった。

 

 中々にショッキングな出来事だったはずなのだが涙も何も出なかった。

 この時の俺は魔法以外に興味はなかったのだろう。

 そうでもしなければ世界を生き抜くことは出来なかった。

 

 当時の俺は魔法の研究が唯一好きだと言えるものだったのかもしれない。

 二十になるまでは何を食べていたのだろうか、確かそこら辺にいた魔物を倒しては食べ、倒しては食べていた気がする。

 

 そんな時、ふと俺は迷宮に入ろうと思ったのだ。

 そこである男、『死神』に出会った。

 

 後から聞けばすぐに自身の子だと分かっていたらしいが、出会いは最悪だった。

 

 奴は俺を殺しに来たのではなかったが、俺の目の前で何事もないように人を殺そうとした。

 

 俺は反射的に魔法を放ってしまった。

 死神も反射的に別人を処刑するための魔法の照準を俺に変えた。

 

 その時、俺は今までの人生でも五本の指に入るほどの大怪我をした。

 目を覚ました時、横にはその男がいた。

 死神によって治療されており、一ヶ月後には元の生活を送れるようになるにまで回復していた。

 

 そこから二人での旅が始まった。

 世界各地で処刑を行うその男は誰よりも魔法使いであろうとした。

 悪という事象を上書きするだけの作業。その内容が殺しだっただけということだったのだろう。

 

 ある日、男は死神を引退し、その技術を本格的に俺に伝え始めた。

 

 平穏な師匠と弟子の隠居生活とはいかなかった。

 

 時代は神代と言われる神の跋扈する世界だった。

 迷宮には財宝とともに災厄をもたらす神々が住まうということも珍しくはなかった。

 

 男は死神の名を冠すると共に神殺しの名を有していた。

 いつの間にか男は死神と恐れられる側面と共に、悪を断罪する世界の抑止力となっていたのだ。

 

 死神を引退したとしてもその役割からは逃れられなかった。

 災厄を振りまく邪神が現れれば、すぐさま討伐に向かった。

 

 しかし、邪神がいるということはその逆がいるということ。

 善神は死神と協力し、世の平穏を守っていた。

 

 こうした中で俺の知り合いの殆どは善神といった世界に平穏をもたらす存在ばかりになっていき、俺はーーーー神々に愛されていた。

 

 しかし、神と言っても創世神ではない。

 創世神の作った原初の生物、という方が相応しいのかもしれない。

 本当の神は創世神ただ一人のことを指すのが正しいのだろう。

 

 そしてある日、俺は運命の導きと共に一人の女の子を迷宮で見つけたーーーー

 

 

「人様の過去を見るのは楽しかったか?」

 

 過去の記憶はここまで、俺はこの続きを知らない。

 ここからの記憶は忘れたのか、ここで死んでしまったのか……分からない。

 

 次の記憶は次の世界だ。

 しかし、これ以上俺の記憶を見せてやる気はない。

 

『実に数奇な人生、気に入った!』

「何もんだ? 夢に出没するのは夢魔といった類かと思ったが……違うな?」

 

 こいつはそんな生温い生物ではない。

 夢魔に対する迎撃魔法もあるが、無駄だろう。

 

『まだまだ正体を明かすには早すぎるな、どれちょいとイタズラしておこう!』

「っ!? お前、姿を固定したな?」

 

『体は大きくなった、魔力量も復活したが、お気に召さんようだな…何故だ?』

「お前、これのリスクは承知しているんだろうな?」

 

『ああ、日に日に魔力が削られていくだろうな。何、出会うことがあればすぐに解除してやろう』

 

 人体情報の上書き。

 絶対の禁忌とされる魔法系統だ。

 別の姿になることもこれに該当する。

 リスクは大きく、大した意味もない。

 

「それに、あの姿は両親から貰ったものだ。この姿になることはそれを否定し、侮辱することになる……それは許せねぇ」

『ふっ! ふははっははははは!! 時にして数千年を生きた神に最も近いお前がそんな青臭いことを言うとはな! 』

 

「……うるせぇな。あまりグズグズしてると無理やり殺すぞ?」

 

 この姿ならばかつての力を存分に使うことも可能だ。やつを夢の中に引きずり込み、精神を殺す。

 

『ふふ、楽しみに待っているぞ! 神代の死神!!』

「さっさと帰れ」

 

 回想もこれで終わりだな……目覚めたらどう説明しよう……。

 

 俺は考えがまとまらないまま、深い真の眠りについた。

 

 朝日が部屋に差し込む。

 目を覚ますとティナ先輩以外は目覚めていた。

 どっかのクソ野郎のせいで寝坊してしまった。

 

 曇天は見えず、空は薄い青が覆っていた。

 

 しかし、ほかの部員達の顔色は優れない。

 

「シャーちゃ、くん? いや、君は誰だい?」

 

 そうだった。あのクソ野郎のせいだ。

 何にしろ一度叩きのめす必要性があるな。

 

「俺はシャルテアですよ、エリスフィア先輩。これには少し事情があって、あるクソ野郎に会えば元に戻ります」

 

 プクク、という笑い声が聞こえてきた。

 その発信源は黒髪ロングと金髪ロングだ。

 部長以外は微かに口元がにやけている気がする。

 

「シャーちゃんだったらいいんだけど……流石にそのカッコは可笑しいよ!」

 

 あはは、と遠慮なく笑う金髪ロング。

 それも仕方が無いなと思ってしまうほどひどかった。

 

 シャルテアの制服姿のまま元に戻ったわけであって、女子生徒の制服をピチピチで無理やり着た二十歳手前にしか見えない。

 

 簡単に表現するならば変質者というのが手っ取り早い。

 

 俺はさっさと着替えようかと思ったが、着る服がない。

 先輩達に服を買ってきてもらい、男物の服に着替えた。

 

「とりあえず……これで様になったね」

 

 悪くないカッコだ。

 それではクソ野郎を倒しに動かなければ。

 

「本題に入ろうか。今朝、連絡が入った」

「連絡?」

「ああ、僕らの主はこの国の第一王子、サンドラク・ウィズマークだよ。今回は日常研究部史上最も大きな活動となるかもしれない」

 

「っ!? 」

 

 サラッとなんて言った!? 第一王子って言ったか? あの人がこんな子供を利用するのか?

 ああ、でも完全に理屈主義者っぽかったし……。

 

「内容は何だったんですか?」

「魔人に動きあり、防衛と妨害を実行せよ。いかなる手段も問わない、結果だけを求む。だってさ」

 

 アバウトに来たな。魔人の計画を阻止しつつこの国を守れということか。

 

 しかし、俺の方にも猶予がある訳では無い。

 いきなり別行動とは行かないだろうか?

 

「シャーちゃんもその姿を戻すために動かないといけないでしょ?」

「はい。だから今回は別行動と」

「その必要はないわよ。姿を構築し直すなんて真似ができるのは魔王しかいないわ」

 

 魔王? この世界にもやはりいるか……。

 どっかのしつこい奴見たいのじゃないといいな〜。

 

「それと何か関係が?」

 

 俺の行き先が魔王のところだとして、それがどう一緒に行動することに繋がるんだ?

 

「魔人達の次の標的は魔王、僕達、日常研究部は魔王と魔人達の激突の勝敗を魔王側に軍配が上がるように介入する」

 

「まさか……嘘だろう?」

 

 俺と共に寝坊したティナ先輩はまだ聞いていなかったようだ。

 

「日常研究部は今から魔王城に侵入する!」

 

 波乱万丈、一難去ってまた一難。

 とんでもない事になりそうだ。




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日常研究部 4ー3

 国は雨なのにも関わらず復旧作業に勤しんでいた。

 生き残った人々は死んでいった人の犠牲の上に生きている。

 負い目を感じる必要はないのだとしても……未熟な自分を責める人もいるだろう。

 しかし、それを乗り越え、人は大きく強くなり、国はまたひとつ成長を遂げるのだろう。

 

 激しい雨の中、その音に紛れ、国を密かに発つ者達がいた。

 

 俺は今日、本当の日常研究部の活動に初めて参加する。

 時は六月中旬の夜。

 親に真実は言えず、キールにも言っていない。

 

「シャーちゃん、もう一つこの部活のメンバーの重要なことを言っておこうかな」

「なんですか?」

 

 目立たないように黒いローブを全員が羽織り、闇に紛れている。

 この街はこの国の首都でありながら国境に接している。

 

 いや、正確には魔王領域と区別をつけるために国境を作ったのだ。

 そこから出るには身分を証明するものが必要となるのだが……学生証を出して通してくれる訳がない。

 

「ここにいるシャーちゃん以外の部員は何かしら身分を国から貰っているんだよ……未来の外交官としてね」

「それって……もしかして……」

「シャーちゃん以外は正規ルートで出国できる」

「ひどいっ!!」

 

 関門は目の前に迫ってきている。

 

「はぁ、そういうことはもう少し早めにお願いします。先に抜けますね(【存在遮断魔法】発動……解除)」

 

 魔力が減ったのを感じる。今も俺は魔力を常に消費し続けている。

 姿を固定している魔法の解除はあの後すぐに試みたが失敗に終わった。

 

 今は【魔力凝縮魔法】を使い、魔力の減少を抑えているが、一体いつまで持つかはわからない。

 

「お待たせシャルテアちゃん! ドキドキするね……相手は世界最強だよ? 緊張で心臓がバクバク言ってるよ!」

「最強ですか? じゃあ魔人達を組織化させたのは魔王なんじゃ?」

 

 魔人という種族を組織化させるなど並大抵のことでは出来ない。

 しかし、姿の固定までできる化け物ならば話は変わってくる。

 

 奴ならば組織化くらい容易くやってのけるだろう。

 しかし、それでは今回の指令が根本的におかしいことになってしまう。

 

「それは可能性としてはゼロとは言えないけど……まずないだろうね」

「何でですか?」

 

「そもそも魔王は他人の力を必要とするまでもなく世界を侵略出来るだろうからだね」

「はぁ、そこまでなんですか?」

 

 確かに強敵ではあるだろうが、最強を冠するにはあと一押し欲しいところだ。

 あのレベルであれば今の俺で十分対処できる。

 

「吸血鬼だけでは無理だな〜。一つの種族で魔王を対処できる力があるのは……全てが謎に包まれた人間の国だけだね」

「謎なんですか? 魔法が使えない時点で戦闘力は皆無に等しいと思いますが?」

 

「そうだと良かったんだけどね……この話はまた今度にしようか……早速だが魔物退治だ!」

 

 この距離でしっかりと探知ができているということは、エリスフィア先輩は無属性魔法を使えるのだろう。

 

「俺の力で蹴散らしてやろう!」

 

 ティナ先輩がそう豪語するが、俺はそうは思わない。

 ティナ先輩の火属性魔法を、この狭い森で使えば第二被害が間違いなく出てしまうだろう。

 

「(【魔力探知魔法】の範囲を拡大)そうですねティナ先輩にお願いしましょう」

「えっ!? 第二被害が出ちゃうよ?」

 

「いいんですよカルナムート先輩、それが狙いですから。この近辺にいる魔物の数は少し多過ぎる……まとめてやった方が楽でしょ?」

 

 魔物は火に引き寄せられ続々と集まってくることだろう。

 そこを一気に叩けば終わりだ。

 

「飛んで火に入る夏の魔物ってな!(【結界魔法】でを展開、炎を遮断。【爆裂魔法】に【威力累乗魔法】を付与!)」

 

 初めの三体の魔物はティナ先輩によって焼き払われた。

 その火におびき寄せられた魔物達が五分後には二十体ほど集まっていた。

 今展開している結界は来る者拒まず、去る者は許さずだ。

 

 結界を徐々に小さくすることでジワジワと炙り殺しても良かったのだが、面倒だったので紅蓮の魔法陣を発動する。

 

 俺の爆裂魔法で木っ端微塵にしてやり、消火活動を終えた。

 

「行きましょうか。魔人達の計画とやらを防がないといけませんし」

 

 魔人を絶滅させるにしても手間と時間がかかるし、魔力量も完全に復活してからじゃないと不可能だろう。

 ならばとりあえずは目先の獲物で我慢しておこう。

 

 全魔人が統一されているとは考えにくいが……もしそうならば、いつこの世界が支配されるか分かったもんじゃない。

 

「どうかしたの?」

「何でもないですよ睦月先輩。そう言えば、睦月先輩とカラミア先輩は戦えるんですか?」

 

「当たり前だ! 忌み子と一緒にするな!」

「こらこら、自分の身は自分で守れるよ。だけど、それくらいの戦力と考えていてね」

 

 なるほど、足を引っ張ることは無いけど、攻撃力として数えられる程の戦力ではないと言うことか。

 

 部長にも聞いておきたいところだが……なんか聞き辛いな。

 一度も声を聞いたことがない気がしないでもない。

 

「夜が明ける前に森を抜けて山岳地帯に入りたい! もう少しペースを上げるよ!」

 

 魔王城までは約三十キロほど広がる森を抜け、十キロほどの山岳地帯を抜けた所。

 夜の森と言われる地域の中にあるらしい。

 

 時刻は午前三時、確かにもう少しペースを上げなければ約午前五時の日の出には間に合わない。

 

「なぜ日の出までに山岳地帯に入りたいんですか?」

 

 別段急ぐ理由が見当たらない。

 

「この森には幻獣フェンリルが住み着いているんだ! 朝ご飯にはされたくないだろう!?」

 

 えっ? フェンリルって確か……飼い犬じゃなかったっけ??

 

 ん!? この魔力反応は……桁違いに大きい!

 

「最悪だ……この森を騒がしくしてしまったせいで……フェンリルが目覚めた!! 全力疾走だみんな!!」

 

 さっきから魔物を倒しながら進んでいる。

 それが森に警戒心を持たせ、フェンリルを起こすという結果がもたらされたというわけか。

 

「先輩方、戦闘態勢を……もう間に合わない」

 

 夜の森に雄叫びが響いた。

 

 いつの間にか止んでいた雨。

 雲は風に流され、漏れ出した月明かりは眼前の丘の上を照らしだしていた。

 同時に獰猛な赤い目が俺達を捉えた。

 

 山岳地帯まで後一歩、間に合わなかった。

 

 再び雄叫びが森に木霊する。

 次の瞬間ーーーー木々を薙ぎ倒し、地面を削った轟音が鳴り響いた。

 

 



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魔王城の双子姫 1ー1

『貴様ら、眠りを妨げた報いは受けてもらうぞ! それを受け入れられないならば……今すぐ立ち去れ!!』

 

 丘の上から飛び降り、風圧で吹き飛ぶのではないかという距離に着地した狼。

 

 その声はーーーー懐かしい愛狼のものだった。

 

「みんなはそこで待機していてください」

 

 一歩前へ出る。

 そして俺は【念話魔法】を発動した。

 なぜ念話を使うかというと他の人にこの世界の知り合いだったことは知られたくないからだ。

 

 恐ろしい牙が口からはみ出しているが、それも愛らしく思えてきた。

 

『俺だ俺、フェンリル。……覚えてないのか?』

『念話だと? 久しく使うな……鬱陶しい!』

 

 強靭な爪が襲いかかる。

 急いで【結界魔法】を発動する。

 爪は結界とせめぎ合い、結界をぶち破った。

 俺はそれを間一髪で避ける。

 

『いや、おかしいだろ! なんで襲ってくるんだ!?』

 

 おかしいと思ったのは、結界を砕いた力ではなく、いきなり襲いかかってきた事だ。

 

『これ程の結界、久々に出会ったな。魂までは喰わん、安らかに死ね!!』

『だから〜話を聞けっての!!』

 

 なんでこう話が通じねぇんだ!

 完全に幻獣としての能力を付与された爪が襲いかかってくる。

 

 もう我慢の限界だ。久しぶりに愛狼と再開したと思ったら向こうは忘れていると来たもんだ。

 鬱陶しいのはお互い様だってんだ!!

 

【氷塊魔法】で氷の鎖を創り出す。

 しかし、フェンリルの爪を止められるほどの強度は込めていない。

 

 そもそも前足を標的としたのではなく……後ろ足を標的としたものだ。

 後ろ足が両方とも地面に繋ぎ止める。

 

 そしてカチっと魔素回路を切り替え、【爆裂魔法】を連続で放つ。

 一つ目はフェンリルの攻撃を吹き飛ばすため。二つ目以降はフェンリルを吹き飛ばすためだ。

 

『何っ!? 【爆裂魔法】だと!? この魔法は変遷前の! 主の魔法を真似しやがって、許さん!』

『だから俺だって言ってんだろうが!』

 

 トドメの五発目、愛狼の前足は浮き、体は仰け反った。

 がら空きになった腹に一発。

 本来ならば吹き飛ばされるはずだが、氷の鎖がそれを阻んだ。

 

『服従のポーズの完成だ! フェーカス、これで思い出したか?』

 

 俺はフェンリルの腹の上に乗り、剣を突き出した。

 どんな生物であろうと弱点である腹を相手に見せることは服従を意味する。

 

『その姿、その言動、主の物に違いない。しかし……主は死んだ!』

『生きて……ないけど、俺は俺だ。死神の子、アルフォードだ』

 

 ああ、これでこの世界が俺の元いた世界だということは確定したのか……。

 まぁ、悲観することもないか。

 

『えっ? マジっすか? マジであのアルフォード君?』

『ああ、大マジだ。そう言えばさっきの死ねとか死ねとか……あの暴言の反省は?』

 

『あ〜あれはその……すいませっした!!』

 

 良し! 主従関係再構築完了!!

 これで急ぐ必要もなくなったし、……足も手に入った。

 

「お待たせしました」

「本当に何者なの? シャルテアちゃんは……おかしいよ」

 

 むっ? 酷い言いようだな。そもそもおかしい点なんて見当たらない……ああ、フェーカスのことか。

 

「ちょっと前に知り合いだったんですよ」

「そうなの?」

 

『そうなんですよ〜、アルフォード君は僕の主なんですよ!』

「主? 幻獣種の中でも上位に位置するフェンリルの? ますます分からないよ。というかアルフォード君じゃなくてシャルテアちゃんだし」

 

 アホか俺は。こいつに嘘を求めるのが間違っていた。

 

『フェーカス、俺の今の名前はシャルテアだ。出来るだけ俺のことには触れないでくれ』

『分かりました! シャルテア君ですね!』

 

 はぁ〜、期待出来ないな……てか、あんまり理解してなさそうだし。

 

「とにかく、フェーカスが乗せていってくれますから、ここからは楽できますよ」

『任せてくださいっ! そう言えば、どこに行くんですか?』

 

「フェーカスさんでしたか? 僕達が向かうのは夜の森、魔王城ですよ」

『えっ……と、魔王倒しに行っちゃったりします?』

「しないですよ。今回は別件です」

 

 あからさまにほっとするフェーカス。

 どことなく怪しい。

 何か隠し事があるように見える。

 

 とりあえず、出発することにした。

 全員に【相対座標固定魔法】を付与し、落ちることがないようにした。

 

 ここに来るまでの五倍程度の速度アップだ。

 陽射しが差してきた頃には山岳地帯の中腹まで来ていた。

 

 しかし、そこでフェーカスは足を止める。

 

『フェーカス、何か問題でもあるのか?』

『いえっ! むしろ倒してくれるとありがたいんですけど……強いんですよね〜』

 

『その口振り、お前戦ったことがあるのか?』

『はい、ここら辺まで来ると眷属達が現れるんですよ。これが面倒で面倒で……あっ、来ましたよ』

 

 眼前の空には複数の影が。

 竜族だろうか? しかし、竜族ほどの大きさは無い。

 約全長十五メートルのフェーカスよりも小さいくらいだ。

 

「眷属達だそうです。応戦準備を」

 

 数は十五ほど。倒せない相手ではない。

 

「地面に落とすので後はお願いします! (【氷塊魔法】を展開、【威力累乗魔法】を付与、続けて【追撃魔法】を付与)」

 

【追撃魔法】とは、相手の魔力と自身の魔法を魔力的に繋げることで、攻撃を追撃させる、相手を逃がさない魔法だ。

 一定距離が離れれば、その繋がりは切れてしまうので万能という訳では無い。

 

 しかし、五十メートルほどなら余裕だ。

 逃げ切られる前に、俺の氷の杭が翼を射抜くだろう。

 

「行きますよ! フェーカスもサポートに!! (魔法陣を一斉発動!)」

「『了解!(です!)』」

 

 その時、別の場所からも轟音が聞こえた。

 




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魔王城の双子姫 1ー2

 氷の杭は見事に翼に突き刺さり、竜を地に落とした。

 その音とは別の轟音が鳴り響いていたが、百メートル範囲内の探知には引っかからない。

 

「(こっちもそんなに余裕はないか……)」

 

 この竜達は魔法等は使えないみたいだが、腕力だけは一級品だ。

 こっちの戦況も必ず安全とは言い難い。

 

『フェーカス、お前は魔王の所まで行けたのか?』

『無理ですよ〜、こいつらを何度か倒したらめっちゃ強い二人組みが出てくるんです。ありゃ……無理っぽいですね……』

 

 段階式と言うわけか。

 ならば、まだあの轟音の方は放置していても大丈夫だろう。

 奴らの可能性が高い以上、距離は嫌でも縮まるはずだ。

 

「終わった〜。まさかこの年で竜退治を経験するとは思ってもいなかったよ」

 

 エリスフィア先輩の考えが常識だろうな。

 そもそもこれは竜でもないが……あっ、灰になった。

 

 目の前で血を流していた竜もどきは灰になって風に飛ばされた。

 素材など一欠片も残っていない。

 

『これが眷属か?』

『そうです〜。近づけばもっと湧いて出てきますよ』

 

 これが……面倒だな。

 魔王城に辿り着く前に力尽きそうだな。

 

「フェーカスによるとここからずっと今の奴らが襲ってくるそうです」

「……無理じゃないかな〜?」

 

「そうでしょうね。魔王と戦う訳ではありませんが出来るだけ魔力は温存しておきたい。そこで一つ提案があります」

 

 提案。

 真っ当な作戦とは行かないが……主に魔力量的に。

 

 俺はチラリとフェーカスの方を見て、ニヤリと笑った。

 フェーカスも覚えていてくれたようで何よりだ。

 

「フェンリルという幻獣種が持つ特性を利用しましょう」

「それって、呪力のこと?」

「そっちじゃない方のですよ」

 

 呪力とは稀に幻獣種が獲得している力だ。

 単なるパワーアップ以外にも、呪いを付与することが出来る。

 呪いの種類はバラバラだが、即死の呪い程強い呪いをかけられる訳では無い。どちらと言えばパワーアップの副産物に近い。

 その中でもほとんどが魔力の流れを乱すといった小業だ。

 

 呪力は魔力とは別の法則でこの世に存在していると言われている。

 ちなみにフェーカスが爪にまとっていたのも呪力だ。

 

「えっ!? 二つも特性を持つ幻獣種がいるの!?」

「そりゃ居るでしょ。フェンリルとか、ペガサスにユニコーン、キメラードやグリフォン、挙げればキリがないですよ」

 

 他にもざっと百種族以上いたはずだ。

 

「えっ……知らないってことはないですよね?」

「いや、シャルテアちゃん。それは全部神話の中の話でしょう? 伝承にもそんなの残ってないよ? 逆になんでそんなに詳しいのかが分からないよ」

 

『フェーカス、俺がいなくなって何が起こったんだ?』

『いやいや、アルフォード君が知らないことを知ってるわけないじゃないですか。あったことと言えば変遷ですかね?』

 

『変遷? 聞いたこともないな』

 

 そんな言葉は俺の記憶の中には一切出てこない。

 

『知らないって……アルフォード君が死んだ原因、みんなが死んじゃった原因ですよ! 変遷が来るからって僕を逃がした癖に何言ってるんですか!』

 

 変遷ってのが分からないが、後回しにしよう。

 眷属達が来る前に距離を稼ぎたい。

 

「とにかくみんなフェーカスの口の中に入ってください! ほらっ! 眷属達が来る前に!!」

「「えっ!?」」

 

『フェーカス! 面倒だから俺以外()()!!』

『り、了解です!』

 

『失礼するよー!』

 

 パクリ。

 大きく開かれた狼の顎は部員全員を飲み込んだ。

 

 この特性、亜空間を使うと、対象は引き寄せられるように飲み込まれ、別空間に飛ばされる。

 その空間はフェンリルが一人一人持つ収納箱といったイメージが近いかもしれない。

 

 ともかく、そこに入ればそのフェンリルが死なない限り安全だ。

 

「フェーカス! 百メートル先に数三十、真っ直ぐ突っ込め!」

 

 衝突までは三秒もないだろう。

 俺は急ぎで【氷塊魔法】を展開する。

 敵の数は三十、魔法陣の数は三十だ。

 

 敵の脳天を貫くのに氷の杭が一本あれば事は足りる!!

 

「発動! フェーカスは打ち損じがいても真っ直ぐ進んでくれ!」

『わっ、危ない!』

 

 五十メートルほど先で撃ち落とした眷属達はまだ灰となって消えることは無かった。

 それが空から降ってくる。

 

『フェーカス! 止まれっ!』

 

 第二波を撃ち落とし、夜の森に足を踏み入れると同時に嫌な雰囲気を感じた。

 

『夜の森には悪魔でも住んでいるのか?』

 

 見た目は魔女の森、黒色の木が生い茂っている。

 

『これは……入れそうにもありませんね』

『ああ、この木の壁の向こうには探知できるだけでも……二百はいるな』

 

 さて、どうするか? このまま突っ込んでもいいのだが……フェーカスが歯が立たなかった二人組みも気になる。

 

 ゴオォン!

 

 距離は丁度三百メートルほどのところ。

 木々が倒され、戦闘を匂わす轟音が鳴り響いた。

 

 それと同時に、木の壁の向こうにいた反応が音の方へと寄っていく。

 

『一、二、三、で突っ込め! 壁は俺が壊す』

『でも、これは、この反応は魔人だけど大丈夫!?』

 

『ああ、俺たちの標的だが、先に魔王に会うのを優先する! この程度の魔人は偵察がいい所だろうからな』

 

 魔力反応は強くない。

 この前に国を襲ってきた奴らと変わらない程度だ。

 

『一、二、三!!(【爆裂魔法】発動!)』

 

 木々が吹き飛ばされる。

 それと同時に木々の中に出来た穴に飛び込んだ。

 

『「やばっ!?」』

 

 二人の声が重なった。

 その直後、視界が火花で埋め尽くされた。




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魔王城の双子姫 1ー3

 視界が火花で埋め尽くされた理由は簡単だ。

 即席で展開した結界と正面からの攻撃が衝突したからだ。

 

「持たないっ! 避けろ!」

 

 二本の剣が顔のスレスレのところを通る。

 まさに間一髪といったところだ。

 

「フェーカス、こいつらか!?」

『この前僕をタコ殴りにした奴らだ!』

 

 ふふっと笑みを浮かべている二人組みがさっきまで俺達がいた場所に立っていた。

 身の丈に合わない剣を片手で担いでいる。

 ゴスロリと言われていた服を二人とも着ていて、顔の目元を隠すように仮面が付けられている。

 

「どちら様かと思えばこの前の犬っころではないですか? 懲りずにまた来たのですか? ねぇ()()()()?」

「そうですね、私もそう思うわ。()()()()

 

 初めに口を開いた方の女の子はやや挑発的な声だ。

 一方、次に口を開いた女の子は無機質な声だ。

 

 しかし、二人に共通していることがあった。

 それは、何故か語尾の『お姉ぇ様』だけに強い意志が込められているように感じたのは……気のせいだろうか?

 

「で、どっちがお姉ぇ様なんだ?」

 

「「お姉ぇ様は()()()()に決まっているでしょう!?」」

 

 あっ、これ面白いな。驚く程に息ぴったりだ。

 いかにも双子って感じで……そう言えば、俺も双子の姉だったっけ?

 

『主、負けてないですからね? 負けてないですよ?』

 

「あ〜ら? 生意気にも念話なんか使っちゃって! ねぇ、滑稽よね……お姉ぇ様?」

「私もそう思うわ、お姉ぇ様」

 

 念話を感知できるのか!? 感覚的なものなのか、魔法の一種なのか何なんだ?

 

『主〜!! こんな奴らさっさと倒しちゃいましょう!』

『いやいや、別に戦いに来たわけじゃないんだし……あっ、眷属達倒しちゃったな』

 

 念話の内容に突っ込んでこないことから、内容までは把握出来ないのだろう。

 

「お姉ぇ様、さっさと終わらしてもう一方の害虫を退治しに行きましょう?」

「お姉ぇ様、今のは……害虫に失礼です」

 

「おいっ! 害虫に失礼ってなんだよ……フェーカス、ぶっ潰すぞ!!」

 

 今の言葉はちょっと頭にきた。

 倒しにかかるかどうか迷っていたのが馬鹿みたいに吹き飛んだ。

 

「倒すですってお姉ぇ様! 身の程知らずを叩きのめしてあげましょう!!」

「激しく同意、お姉ぇ様」

 

 ドオォン!

 

 振り下ろされた剣が地面をえぐる。中々の速度だ。

 シャルテアバージョンの俺とフェーカスでは負けていたかもしれない。

 しかし、今の俺はアルフォードバージョンだ。負ける気はしない。

 

 負荷の大きく、使用を控えていた魔法も使用可能だ。

 

「フェーカスは離れてろ! 俺だけでやる! 魔人達が壁を突破して来たら応戦してくれ!」

『ご武運を! ボッコボコにしといてください!!』

 

 まぁ、フェーカス。ペットが戦闘要員に負けたところで誰も不思議がらないさ。

 

「舐めてますのね? お姉ぇ様!」

「口を動かす前に手を動かして、お姉ぇ様」

 

 こうした間にも連撃が繰り出される。

 手から【風化魔法】を発動し、武器破壊を試みるがイマイチ効果は見られない。

 片方の剣に小さな亀裂が生まれただけだ。本来ならばもう少し効果が出てもいいと思うのだが………。

 

 連撃に大きな隙はない。避けることが不可能な速度ではないが、それでも剣の大きさを考えると速い方だろう。

 この剣の大きさで、ここまで隙を作らないのは賞賛に値する。

 しかし、それだけではフェーカスが負けた理由は見当たらない……何か他にもあるな。

 

 こっちから揺さぶりをかけてみるか。

 

「本気出さないと勝てねぇぜ?」

 

 俺的に挑発的な方はチョロそうだが、無機質な方は賢そうだが……どう出てくるか?

 

「殺す、お姉ぇ様。出し惜しみなんてしない!」

 

 あっ、チョロいのは静かな方でした。

 ごめんね挑発してくる方がチョロいとか思っちゃって。

 

「もう、お姉ぇ様は! 我慢ということを知らないんじゃない!?」

 

 文句を言いつつも息はぴったりだ。

 しかし、魔力の流れの変化は見られない。

 

 てっきり魔法かと思っていたんだが……。

 それにしてもっ、上手い!

 

 初めは剣を余裕を持って交わせていたが、どんどん速度が上がり、今ではスレスレ、間一髪と言った感じだ。

 

 縦、横っ、突っ!

 

 次々に繰り出される連撃。それに対応しきれず遂に体勢を崩しながら後ろに跳躍する。

 

「貰った!!」

 

 それも織り込み済みかのように剣が真上から襲ってくる。

 一人が連撃で追い詰め、もう一人がトドメの一撃を確実に決める。

 いい、コンビネーションだ。

 

「あまいっ!」

 

 

 あらかじめ展開しておいた【氷塊魔法】を発動する。

 左手から二本の氷の杭が現れ、二人の剣をめがけてそれぞれ突き出された。

 

「「貰った!!」」

 

 誘われた。

 そう気づくのに時間はかからなかった。

 

 読まれていたのか氷の杭は剣によって砕かれた。

 それと同時に背後から土の矛が俺を襲った。

 

「チッ! こっちが本命か!?(【爆裂魔法】を発動! 魔力の流れに変化は無かったぞ!?)」

 

 土の矛を攻撃用に展開していた【爆裂魔法】で吹き飛ばす。

 そして、俺は一度距離をとった。

 

「まさか今のを防ぐとは、侮っていたわ」

「ちょっと!? 何素直に認めてるの、お姉ぇ様!」

 

「今のはなんだ? 魔法じゃないな」

「そうね、魔力は使ってないわ」

「呪力だよ!どうせ止められないからバラしても問題ないよね、お姉ぇ様!」

 

 あ〜、二人とも馬鹿なのかな?

 それにしても呪力か、幻獣種の分類に入るのだろうか。

 しかし、対抗手段が無いわけではなかったはずなのだが……分からない。

 記憶の損失で多くの知識を失っている気がする。

 

 けど、それを理由にーーーー負けられない!

 

「それはどうかな? (【氷獄魔法】を展開、【爆裂魔法】を二つ展開、一つに【威力累乗魔法】を付与!)」

 

 この双子を殺すつもりは無い。

 むしろ、死んでもらっちゃ困る。

 

 最大限の魔力量を消費するかもしれないが仕方がない。

 魔王に出会えば元の姿に戻れるので、【魔力凝縮魔法】に費やす魔力がいらなくなり余裕もできる。

 

「「殺す(わ)!!」」

 

 連撃が始まる。これを魔法なしで避けきる事が第一条件だ。

 太刀筋は鋭くなり、その速度は前の速度を凌駕する。

 

 最後の突きはその速度、キレと共に文句のつけ所が無かった。

 突きを避けるように斜め後ろに跳躍する。

 それでも、避けきれずに腹が浅く切られ、血がにじみ出た。

 

 だが……それだけ、行動するのに支障はない!

 

「もらった!!」

「こっちがなっ!(【氷獄魔法】発動!)」

 

 この二人は呪力を使って地面を操ることができる、俺はそう予想を立てている。

 呪力による攻撃は魔法でも防ぐことが出来るのは、フェーカスの爪を【結界魔法】で受け止めたことからも分かるように可能だ。

 

 

 着地と同時に十六方位全てから土の矛が迫り来る。出し惜しみをしないという意思が感じられる攻撃だ。

 本来の【氷獄魔法】であれば、瞬時にその現象は停止する。しかし、その現象は止まらない。

 

 土の矛という現象と、現象を止めるといった能力のぶつかり合い。

 そのぶつかり合いの勝者が決まるまで……二つの現象はその進行速度を落としながらも発現する。

 

 停止を確認する前に左手を上にかざし【爆裂魔法】を発動する。

 これで上から振り下ろされていた剣による攻撃を防ぐことが出来る。

 

 これで……整った!

 俺はこの状況を作り出すために行動していた。

 

 まず、【風化魔法】で剣を破壊しようと試みた時に双子の挑発してくる方の剣に亀裂が入ったのを確認した。

 そして、氷の杭をその亀裂に当てようとするが失敗。

 そこでこの策を実行することを決めた。

 

 挑発してくる方はトドメの一撃の時に【爆裂魔法】を当てることによって剣を破壊する。

 これには成功し、視界の隅には砕け散った剣が写っている。

 

 無機質な声の方には【威力累乗魔法】を付与した【爆裂魔法】を武器に直撃させることで破壊する。

 連撃からの本気の呪力の行使をした直後は動きが鈍くなるだろう。

 それは魔法でも同じなので経験則で分かる。

 

 そして今、たった五メートル先に無機質な声の主はいる。

 

 まだ土の矛の進行は止まらない。

 だが、地面から二メートルしか突き出していないならば飛び越えられる。

 

 常時使用中の【身体強化魔法】に【威力累乗魔法】を付与する。

 

 俺は足に力を込め地面を蹴った。

 今の俺にとって助走なしで五メートルの跳躍など朝飯前だ。

 

「終わりだ!」

 

【身体強化魔法】の効果を右腕に集中させ、三倍の魔力を加える。

 

 相手の正面に着地すると同時に、武器を狙ったアッパーで剣を打ち上げる。

 幼い体は剣に流されるように仰け反り、腹という弱点が晒される。

 しかし狙いは……殺すことではない。

 

 俺は迷いなく、左手の標準を剣に合わせてーーーー魔法陣を発動した。

 




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魔王城の双子姫 2ー1

 バキッ! 剣が砕け散った。

 しかし、油断は禁物だ。武器がない体術だけでも相当なものだと予測はつく。

 

「くっ! ()()()()()に応援を!!」

 

 ん? お姉ぇ様達に?

 どちらにしろ面倒なことになる前に……。

 

「大人しくお縄につけ! (【束縛魔法】と【拘束魔法】に【威力累乗魔法】を付与!)」

 

 二人の体には光の輪がはめられ、白い包帯が体を拘束した。

 包帯はクルクルと体を余すことなく隠していき……二つのミイラが出来上がった。

 

 ウ〜ウ〜とうめき声が聞こえるが気にしていられるほど俺に猶予は……残されていない。

 

『アルフォードくーんー助けてっ!!』

 

【念話魔法】の有効範囲に入ったのかフェーカスからのSOS信号が入る。

 

『なんだ? そこまで魔人達が強かったのか?』

『違うよ! 僕が着いた時には魔人達は死体になってて、あの二人がいーーーー』

 

 ノイズのような音がフェーカスの声を遮る。

 この現象は知っているーーーー妨害だ。

 

『あーあー、割込めた! えっとー、こんにちは!』

『ああ、状況を教えろ。こっちには二人、人質がいるぞ。嘘はつくな』

『こっちだってオオカミさんがいるもん!』

 

 アイツ……まぁ、ペットに強さは求めちゃいないが。

 それにしても面倒なことになった。これでは人質が使えない。

 

「うっ!?(やばい、この感覚はそろそろ……)」

 

 感覚は体の芯を絞られている感覚だろうか。

 量的にあと数分も持つかどうか……。間に合わなければ最悪、死ぬ。

 

『こちらに敵意はない。お前らの王の手助けに来た』

『手助け? 頼んでないけど?』

『王を出してくれ、お前達も早く人質を交換したいだろ?』

 

 ここまで来れば分かる。俺の姿を固定した張本人の魔力が至る所から感じられる。

 例えば、今片手に担いでいるミイラとか。

 

『む〜、じゃあお城に来て。先に行って待ってるから!』

 

 視線を正面に戻す。そこには巨大な壁がそびえ立っていた。

 どうやらこの森は最低でも二重の囲いがあるようだ。一つ目は黒色の木々。二つ目は目の前に立ち塞がっている壁だ。

 

「入り口もなしか……仕方がない」

 

 敵感知の為など、常時使用していた魔法を全て解除する。急に二人を担いでいた肩に重みを感じるようになった。

 

 そして、その魔力を足と手の握力の強化に回す。【魔力凝縮魔法】を解除した為魔力を失う速度が上がる。

 この先にもう一枚壁があった時点でーー終わりだ。

 

 力の限り踏み込んだ。

 姿が無理やり元の姿に戻ろうとしている為か、外見以外は全てシャルテアに戻っている気がする。

 

 地面を蹴る。

 地面はその反動を受けるように粉砕されクレーターが出来上がった。

 

 風圧を顔で受けきり、余裕で壁を飛び越えた。

 そこで魔力が完全に切れ、力が抜ける。

 

 二人の少女にかけていた魔法も解けた。

 視界にゴスロリが二着、そして城を捉えた。

 そこには隣にいる二人の少女がフェーカスの上に乗っている姿があった。

 

 そこで視界は暗転し、身勝手にも、誰かが絶望的な状況をどうにかしてくれて、死なないことを願った。

 その思考が死神と呼ばれていた彼とはかけ離れていることに、彼自身は気づかない。

 

 その時、俺は夢を見た。

 いや、夢というほど優しいものではなく、走馬灯と言った感じだ。

 

 一面に広がる赤、血で埋め尽くされた戦場に終わりはない。そこに俺である者はなく無く、ただひたすらにその光景を作り出していた。

 

 絶望はなく、幸福もない。

 己を失う、いや、己を侵食されていた。しかし、そのぬるま湯に浸かるのは楽であり、このまま眠ってしまいたかった。

 そう思うたび目の前の人が肉塊となる。

 

 愛する人、愛してくれる人、尊敬してくれる人、尊敬している人、彼らはその度に立ちはだかり、手を伸ばす。

 

 情景が変わる。

 変わったのは時間、その景色は変わらない。

 ただ一面の赤、別の戦場となっただけだ。さっきの時より立ちはだかる者が一人減った。

 

 変わる、減った。変わる、また減った。

 

 そうしてたった四人、二十人以上いたがそれも過去……。

 

 高らかに笑い声が響く。それは勝ち誇り、欲にまみれた豚が発する音と良く似ていた。

 既に目の前に立ちはだかる者はいない。それなのに俺はふと知れず雫で頬を濡らした。

 

 自分の手を初めてみた。血塗れの汚い手。

 その時、この声の主を初めて知った。

 

 思い出される瞬間。

 目の前の女の子が体から血を吹き出しながら……視界を赤に染めながら何かを呟き倒れるその瞬間。

 

 俺はーーーー死んだ、そう確信した。

 

 視界は暗転することもなく、ただひたすらに霞んでゆき、やがて無となった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 体がだるい。まぶたが重くて上がらない。唇がと唇が真空となったように離れない。

 

 現状を言おう。

 俺は生きていたみたいだ。

 

 数分後、皮膚がなにかに触れられた感覚を感じた。

 それと同時に体に力が巡る。徐々に解凍されていくように体の隅々まで行き渡った。

 

 目を開けると、白い光でしばらく視界を埋め尽くされ、やがてぼんやりと見えてきた。

 そして、初めに目に映ったのは、いつかの怪しいエリスフィア先輩だった。

 

「先輩……無事だったんですね」

「起きた! シャーちゃんが起きた! 無事かどうかって? 見ての通り無事さ」

 

 確かに外傷はないようだ。布団の上に寝かされているのは前提として、予想外にだだっ広い部屋の中央にいるようだ。

 

「うっ、いたた。ここは」

「無理しちゃダメだよ! ほら、横になって! ここは魔王城の空き部屋、僕達は名目上捕虜ってことかな?」

 

 起き上がるだけでも体の節々が悲鳴をあげた。

 それにしても捕虜って言ったか!? バッチリ失敗してんじゃねぇか!

 

「……私は何日ほど?」

「丸々二週間と二日だよ。もう七月だね」

 

 そんなにっ!? そこまでの……重症だったな。

 そこを反省していても始まらない。魔王城に着いたならばさっさと魔人達のことを。

 

 バタンっ!と扉が開け放たれた音がした。カルナムート先輩かと思ったが、足音が違う気がする。

 

 ティナ先輩当たりかなと思っていた俺は次の瞬間、度肝を抜かれた。

 怪奇現象、そう思っても仕方がなかったと思う。

 

「「「「大丈夫?(なの)(かしら)(かな〜)」」」」

 

 少女が四人に分身していた。




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魔王城の双子姫 2ー2

 皆様、オバケが出ました。

 

「今お化けだと思ったでしょ!ねぇ、お姉ぇ様」

「ええ、そうね。確信していたわ」

「こら! ミラも、ラミもそんなこと言っちゃダメじゃない! 」

「…………」

 

 初めに話した二人が戦った奴らだろう。

 で、念話していたのがもう一人。沈黙している子は分からない。しかし、その子から激しい感情が漏れ出しているのは分かった。

 

「四つ子なのか?」

 

 バタンと一つ、扉の開く音がした。

 コツコツと足音が聞こえる。

 

「「「魔王様!!」」」

「ほら、ミラも、ラミも、アイも、イアも部屋の外に出ていなさい。このお嬢さんと少しお話するから」

「「「は〜い」」」

「僕も出ていますね」

「ええ、お願いするわ」

 

 走って出ていく四つ子達のあとを、俺に手を振りながら歩いていったエリスフィア先輩。何がどうなっているのか……。

 

「貴方が魔王か……普通だな」

「ふふ、そのような反応を見せるのはお前だけだ。神代を生き抜いた神共と比べられると流石に分が悪い」

 

 黒髪に黒色の服。目は赤い瞳で、顔は整っていると思う。パッと見たところ、人間と言われても不審には思わない容姿だ。

 

 魔力も桁が違うが……ああ、なるほどな。確かに神を自称しても問題ないかもしれないが、神代でやっていけたかと言われると迷うところだ。

 

「神とは違った、この世界の真祖ならお前くらいなのか?」

「む、真祖がどう言ったものかが分からないが……心当たりが無い訳でもない。そんなことよりも現状が知りたくないのか?」

「そうだった……なんで私は生きている? 走馬灯も見た気がしないでもないのだが……」

「助けるのは簡単だったぞ? といっても今さっきまでいたお前の連れが居なければどうなっていたか分からないがなーーーー」

 

 俺は気を失った時から今までの事の顛末を聞いた。

 

 墜落していた俺を助けてくれたのはイアという少女で、その時はまだアルフォードの姿のままだったそうだ。

 魔王が魔法を解除し姿が元に戻るとイアという少女は何故か大層悲しんだようだが、これは特筆すべき事ではないか……。

 

 そして、魔力の受け渡しを行おうとしたが魔力の質が違う為、俺の体は魔王やカルナムート先輩達の魔力を受け付けなかった。

 しかし、その中で魔力の質が似ているエリスフィア先輩が、通常の魔力の受け渡しよりも効率は悪いが何とか受け渡しに成功した。

 そして、二週間以上経った今目覚めたそうだ。

 

「そうか……これは礼を言う必要は無さそう」

「ああ、それはお門違いだ。礼を言うならイアにでも言ってやってくれ」

「……どれ? というかあいつらはなんなの? 四つ子だよね」

 

「彼女達は私の最高の眷属だ。少々クセが強くなりすぎたが……力はある。四つ子に間違いはないが本人達には言わない方が身の為だぞ?」

「なんで? まぁ、いいけど。それよりイアって子にはどこに行けば会える? あの四人が並んだところで見分けられないよ?」

 

「イアの部屋はここを出て左の突き当たりの部屋だ。後で訪問してやるといい。それはひとまず置いといて……本題だ。魔人達の計画とはなんだ? 正直鬱陶しいだけだが、嫌な予感もする」

 

 そう言えば、俺達は魔王に会いに来たわけではなかったな。魔人達の計画を阻止するためだったか。

 

「正体は不明だか、奴らの切り札は不死殺しの魔法……の派生かな。私が知っているものよりも威力は大幅に落ちているけど一応気をつけた方がいい」

「ふむ、お前が目覚める前にも何度か襲撃はあったものの四つ子達の一人がいれば対処できた。ほんの小手調べと言ったところか……。これで以上だ、君達は我を手伝ってくれるのだろう?」

 

 手伝う必要性もない気はしないでもないが、命令ならば仕方がない。仮にも兄からの命令だしな。

 

「こっちが手伝って欲しいくらいだけど、私達は魔人達の計画を止めるために来た」

「ならば歓迎しよう! 計画とやらを潰すまでゆっくりしていってくれ」

 

 そう言って部屋を出ていった。

 とりあえず、イアという助けてくれた少女の所へ行きたいのだが……体が重い。

 まだ魔法を使える状態でもないし、身動きがとりづらいな。

 いきなりヒマになったな。

 

 あの魔王への仕返しはいつにするか……今じゃ出来ないしな〜。

 あっ、でもエリスフィア先輩が他の先輩達に俺が目覚めたということを伝えれば来てくれるだろう。

 それまで……気長に待つか…………。

 

 

「ん……寝ちゃってたか」

 

 いつの間にか寝てしまっていたようだ。しかし、そのお陰もあってか、魔力はかなり回復した。

 これならイアという少女を訪ねることも出来るな。

 

 ドタッ、ゴソゴソ、ベッドの横に誰かいる。布団の裾と擦れる音がした。

 

 俺は布団から出て立ち上がると、そこには赤面した一人の少女がいた。

 

「えっ……と、大丈夫?」

 

 あまりのことに絶句した。

 多分この子は俺の横で俺を見ていてくれたんだと思うのだが、俺が起きたのと同時に落ちてしまったようだ。

 どうしてこうなったかは分からないのだが……すごく残念がられている。

 顔はすごく整っている。潤いに溢れた空色の瞳、端正な顔立ちは見るものを離さない魅力がある。

 

「君の名前は?」

「……イア。それより……貴方はアルフォードなの?」

 

 なんで知ってるんだ? ああ、どっかの駄犬が話したのか……おしおきだな。

 

「アルフォードは男の時、今の私はシャルテアだよ」

「アルフォードにはなれないの? もう会えないの?」

「……多分、会えない」

「そう、やっぱり嫌いだわ」

「えっと、理由は?」

「教えない」

 

 何故か嫌われた。なぜそんなにもアルフォードのことを気にするのか全く心当たりがないな。

 

「それはともかく、君にはお礼を言わなきゃいけないと思っていたんだ。助けてくれてありがとう!」

「……ふーん。貴方はーーーー」

 

 ドガン!! ドゴォン!!

 

 イアの声を途中で遮るように騒々しい音が響いた。

 すぐに探知で確認する。

 

「まさかっ! イア、君はここにいろ!」

「ちょ、待ってーー」

 

 イアが後ろで何かを言っていたが気にかけている余裕はない。

 この部屋から少し離れた場所に二つの大きな魔力反応があった。

 

 一つは魔王、もう一つは何故か懐かしく感じる魔力反応だが、敵なのは間違いない。

 俺はこの二人の衝突の被害を軽減すべく現場へと走った。




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魔王城の双子姫 2ー3

「何者だ?」

「お初目にかかります魔王。私はニュクスという者です。今日は宣戦布告にやって来ました」

 

 魔王の強大な魔力は夜の森を包み込み、目の前の男を飲み込む勢いだった。

 しかし、その男の周囲の魔力は乱されることなく、堅固なる囲いとなっていた。

 

 その衝突は力が拮抗していることを示していた……あくまでも魔力の強さのみでの話だが。

 

「手下も連れずにノコノコとやって来て、生きて帰れると思っているのか?」

「圧倒的な力の前には数など意味をなさない、どうせ殺されるヤツらなど連れてきませんよ。それに彼らには……お使いを頼んであります」

 

 男は以前街を襲った魔人達と同じローブを身につけている。

 俺もここまで着いたもののどうすればいいのかが分からない。

 

「そのお使いとやらの時間稼ぎか……下らん」

「それを言われると正直返す言葉もありませんが、死ぬ気なんて微塵もありませんよ?」

「だといいがなーーーー死ね」

 

 魔王が何かを短く呟き始めたのと同時に、夜の森を包み込んでいた魔王の魔力はすべて本人に吸い込まれ、凝縮された。

 

 そして、『死ね』と同時に、それを体現した風が生み出された。その黒い風は即死の呪いなどが可愛く思えてくるような疫病の数々を孕んだ風だ。

 

「まさかっ!? ふ……ふ、はははは! 何の因果か、貴方が私の前でその魔法を使うとは! ーーーー残念だ!!」

 

 男の魔力が変質する。そして、黒い風は衝突した。

 

「なぜ、貴様もこの魔法を使える?」

 

 その表情からは動揺は見られない。しかし、その声からは僅かに動揺が漏れ出しているのが分かった。

 

「なぜ? そもそも、真祖として覚醒していない貴方がこれを使えることがおかしいんですよ。()()()()()()()()()の魔法を使えるようになるためにどれだけの犠牲が必要だったことか……」

 

 今なんて? 今確かに言ったはずだ、俺の中の欠けたピースを埋めることが出来るものを!

 激しい痛みが頭に響く。意識を保つのがやっとだ。立っていられなくなり、座り込む。

 思考することを遮るように痛みが強くなってくる。

 視界はぼやけ、意識が朦朧としてきた。

 

「どうしたの?」

 

 後から声がかかる。俺を追いかけてきたようだ。

 

「イ……アか、逃げろ、ここはまきこまれーー」

「と、その前に……盗み聞きとは趣味が悪い、鼠め」

 

 明らかな殺意が向けられ、背筋に寒気が走る。

 男が生み出した黒い風が魔王城を襲った。

 俺は風を防ぐため【結界魔法】を構築しようとするが、集中出来ない。

 

「役立たず、借り一、それで助けてやる」

「ああ、……頼んだ。風に触れたら死ぬよりも、辛いぞ」

「分かった。口を閉じて、舌を噛む」

 

 景色が流れる。黒い風が襲ってくる速度よりも早く、廊下を駆ける。

 なんの皮肉か、先程とは異なり男の魔力が夜の森を包み込もうとしていた。

 

 やがて一際大きな扉の前に着いて、躊躇なくその扉を開けた。

 

「ミラ、ラミ、アイ、客人も急いで! この森が死ぬ!」

 

 被害はこの森のみならず全てを覆い、死をもたらすだろう。

 頭痛が無くなり、視界は明瞭になった。そこで冷静になり、思い出す。

 俺は確かに聞いた。パンドラ、彼女を俺は知っている。

 欠けた記憶の中でも重要なピースであり、俺自身も強い思いがあったはずだが……そこからは思い出せない。

 

「パンドラ、敵はその魔法を使う。伝承通りならば……勝ち目はない」

「じゃあどうするのよ!」

「……逃げる。今は魔王様が抑えてくれている。今を逃せば、もう逃げる機会は来ない」

「生みの親を見捨てることなんてできない、私は戦う」

 

 口々に四つ子による口論が始まったが、こんなことをしている場合ではない。

 彼女の魔法を使うのならば勝ち目はないが、なんの制限もなしに使えるわけが無い……と思う。

 だが、不確定要素はひとつある。それはあの男の魔力の質だ。

 あれは彼女に近い……神代の魔力だ。

 

「私に一つ提案がある……聞いてください」

 

 その場は静まり返る。誰もが開いた口を閉じ、こちらを向いた。

 

「時間はないから手早く行くぞ。まず、先輩達はその四つ子立ちを連れて国に戻ってください。奴が言うお使いとやらにどうも嫌な予感がする」

「シャーちゃんはどうするんだい?」

 

 危険は重々承知している。それでも、あの男には聞きたいことがある。彼女と、変遷について。

 

「……戦います。ここまで来たんだ、魔王の手助けが一人もいなかったら任務を放棄したことになってしまう」

「言うと思ったよ……はぁ。君達は先に行ってくれ、()()()()だ。僕はシャーちゃんと一緒に魔王に加勢する」

「部長命令? エリスフィア先輩は副部長でしょ?」

 

 おいおい、カルナムート先輩もそこは流せばいいのに。

 

「緊急事態だから聞きたいことはまた後で。今も扉の外には死の風が充満しているはずだ。いつ手遅れになるか分からない。時は一刻を争うんだ!」

「ちょっと待つ。私たちの意見が反映されていない」

 

 無機質な声の子の言う通りだ。俺の提案には全く彼女達の意見を反映していない。

 

「貴方達には俺たちの国を守って欲しい。勝手なお願いだが、どうか頼む。主はしっかり守る、この場所も壊させない」

「シャルテアちゃん、また姿が……」

 

 俺は話しながら大きな魔法を発動した。

 発動したのは【時間錯誤魔法】。これは自身の状態を巻き戻す魔法だ。巻き戻した時間の分だけその状態を維持できる。

 この魔法にかかる魔力量は半端ないが、致し方あるまい。そして、この魔法のメリットでもあり、デメリットでもある特徴がある。それはリスクが遅れてやってくることだ。

 正確には魔法の効果が切れると同時に反動は体に襲いかかる。間違いなく魔力は底を尽き、意識は瞬時に失ってしまうだろう。そのまま目覚めないかもしれない。ーーそれでも、大人しく死ぬよりは余程マシだ。

 

 ちなみに服装や魔力量もその地点に戻る。俺が指定したのは一週間前。

 つまり一週間以内に事を解決し、反動の対策を作らなければならない。具体的には、俺と同じ質、神代の魔力を供給して貰わなければ……もって二時間で死んでしまうだろう。

 

「シャーちゃんはよっぽど死にたいみたいだね。僕も本気でやろう」

「っ!? アルフォード!!」

「イア、君に何があるのかは分からないが、今は逃げてくれ。皆も、国のことは頼んだ!」

 

【結界魔法】の範囲を広げる。あの死の風の弱点は結界が効くという点だろう。それでも、いつまでもは保っていられないが。

 

「今の内に! 国の方向にフェーカスも待機してるから使ってくれ!」

 

 結界をトンネルの様な形に整え、通路を作った。

 そこを八個の魔力反応が進んでいく。

 ん? 八個? 四つ子と、カルナムート先輩とティナ先輩と睦月先輩とカラミア先輩と部長……あれっ? 部長の反応がない。

 

「探しても無駄だよ。部長は僕が作っていた人形だからね」

「まさか? あんな高性能のドールですか?」

「ちょっとした秘密があるのさ。それよりも早く行こう! 魔王の風が押しやられて来てる!」

 

 俺はドーム型の結界を発動し、俺とエリスフィア先輩はその中に入って走った。

 

「貴様ら、なぜ逃げなかった」

「任務とお手伝いだ。それに個人的に聞きたいこともある」

「まぁ、だいたい同じです」

 

 やれやれと言った顔をした魔王の目は諦めの目ではない。まっすぐとニュクスという男を捉えている。

 

「鼠が二匹増えたところで何も変わりません」

「……ニュクス。魔王妃パンドラが生み出した厄災の息子。この世を呪うために生まれた悲しき子」

「なんだ鼠、お前が俺の何を知っている?」

 

 一息ついたエリスフィア先輩は魔王にも負けない魔力でこの場を飲み込んだ。

 

「僕はエリスフィア・エピメテウスーーーー貴方の弟ですよ」

 




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魔王城の双子姫 3ー1

「お、弟だと? ふ、ふははははは! 面白いジョークを言うやつだな……だが、言っていいことと悪いことがあるーー死ね」

「死の風も【死傷魔法】の一つだよね、兄さん」

「チッ! 妙な奴がいたもんだな」

「エリスフィア先輩!!」

 

 前に出た先輩に黒い風が襲いかかる。【結界魔法】を発動する時間はない。

 聞きたいことは山々だが……今は目の前の戦いに集中するべきだ。

 

「シャーちゃん、焦らない、焦らない。これは僕には効かないんだ」

「ほざけ」

 

 黒い風が包み込んだエリスフィア先輩を視認することは出来ないが、風に声が運ばれてくる。

 エリスフィア先輩が時間を稼いでくれているんだ、無駄にする訳にはいかない!

 

 リスクを恐れて勝てる相手ではないことは明白だ。敵の魔力は神代の魔力、ならば手加減出来る相手ではない。

 

「先輩、無理はしないでください!(【爆裂魔法】に【威力累乗魔法】を付与、剣に【特殊付与魔法】を付与、【無炎魔法】と【氷獄魔法】の魔法陣を構築、付与、【威力累乗魔法】を付与)」

 

 魔力を普段の五倍込める。これで二十五倍、決定打になるか怪しいが、これ以上の威力を込めても範囲が広がるだけだろう。

 

「魔王、魔力は?」

「ふん、まだまだこれからだ!」

 

 どうやら強がりではないようだ。魔王の手札が死の風以外にもあるのは明確だが、それが不明な以上連携は諦めるしかなさそうだ。

 

「俺は俺でやる。背後から不意打ちとかはなしだぞ、手が滑ってお前に攻撃してしまうかもしれないからな」

「魔王も侮られたものだな、心配するな。あいつらを逃がしてくれたお前に無粋なことはしない」

「なら安心だ」

 

 さぁ、勝負だ。神代の生き残り、変遷のことを聞くためにも倒す!

 

「先輩、退いてください!」

「了解! 無理しないで!」

「小賢しい、鼠共が!!」

 

 相手の魔力が動く。魔法が構築され、黒い魔法陣が現界した。透き通るように綺麗な黒い魔法陣は彼女と同じものだ。

 俺は左手の【爆裂魔法】の魔法陣を現界させ、そのまま黒い魔法陣に向かって突っ込んだ。

 

「馬鹿め、【死海魔法】発動!」

「舐めるなよ?(【爆裂魔法】発動!!)」

 

 黒い激流が視界を埋め尽くさんと襲いかかってくる。しかし、本能的な部分が理解していた。まるで同じ事をしたことがあるように、俺は突破できることを知っていた。

 

【威力累乗魔法】の効果で、魔法陣が五重展開された。そこから対国魔法として使うレベルの魔法が黒い激流を吹き飛ばすべく放たれた。

 

 ズパッン!!!!

 

 黒い激流は爆発によって弾き飛ばされ、視界には驚きの表情を隠せていない男の姿があった。今までローブを被っていたせいで見えなかった顔も今はさらけ出されている。

 俺は剣を構えながら走った。

 

「バカなっ!? まさか、貴様は!」

「うっせぇよ!! お前が彼女の何かは知らないが手加減する気はない!!(【無炎魔法】と【氷獄魔法】の魔法陣を展開)」

「チッ、まさかな。ーーーー解放」

 

 魔力の質が明らかに上がった!? 何かが来る!

 

「はぁぁぁぁ!!(全魔法発動!!)」

 

 紅蓮の魔法陣と天色の魔法陣はその効果を発揮する。

 

「【顕現】死獣ディザイア!」

 

 男の腕が変質する。黒と紫の混ざった毛が生え、大きさは三倍以上に肥大した。その腕の魔力密度は桁外れ、ほとんど魔力の塊となっている。

 男は迷わずその腕を剣の前に突き出した。

【無炎魔法】と【氷獄魔法】が発動する。俺は微かな不安を胸に、剣でその腕を切り裂こうとした。

 魔法の効果でその腕の機能は全て焼き切れ、停止するはずだが……この悪寒はなんだ?

 

 グシュ。

 剣が腕に食い込む。……しかしそれだけ、魔法を発動させたのにも関わらずその腕の機能は停止していない。

 

「……試させてもらうぞ」

 

 男は険しい顔でそう呟き、その腕を突き出した。

 

「くっ!? うっ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ!!」

 

 体内の魔子回路が暴走している!? こんなことは今までなかったぞ!

 激しい痛みが身体中を駆け回る。魔子回路が傷つき、悲鳴をあげているのを感じる。

 

 このままでは死んでしまうだろう。しかし、この状態を元に戻す手立てがあるとすれば、あの腕だ。

 しかし、あの腕を破壊できるほどの魔法を構築するのは不可能だ。この状態ではろくな魔法を構築できないだろう。

 

 後から複数の声が聞こえるがそれを正しく認識する余裕もない。

 

「ぐっ、は」

 あまりの痛みに膝をつき、手を地についた。剣を握る力も残っていない。

 さらに口から血がこぼれ落ちた。結構な量の血だ。

【時間錯誤魔法】を無理やり保っている反動が体を破壊していっているからだろう。

 

「な、なんだ……その、眼は」

 

 痛みを噛み締めながらも必死の思いで男の顔を見る。

 しかし、男の瞳は敵に向けるものではなかった。まるで一筋の希望に縋る小さな子供のような瞳だ。

 

「試しているんだよ、お前が……『()()』の保持者かどうかをな」

 

 は、こ、ぶ、ね?

 

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。

 体の抑制を振り切り、鼓動が上がる。血の巡りが早くなり、血管が千切れそうになり、口からは血が流れる。

 

「我らの女王の封印を解く鍵だ。ここまで話した以上、お前が保持者でなければ死んでもらう」

 

 ドクンッ、ドクンッ。

 

 鼓動の高まりは抑えられない。血が流れるとともに、体の魔子回路に未知の物質が流れ始めた。魔子回路が変質しているのは感じ取れる。

 そしてーーーー知らない何かが自分の中で、外に出ようと蠢き出した。

 

『このままでは、死ぬぞ?』

『お前は誰だ!?』

 

 外に出ようとしている何かが語りかけてくる。

 

『俺はお前、お前は俺だ。貸し一だ、今回は助けてやるよ』

『嘘をつくな、邪気が隠せていないぞ!』

 

『ふははははは! お前から邪気などという言葉が出るとはな! まぁいい……時間切れだ。ここでお前が死ぬと俺も困るんだよ』

『や、やめろ!』

 

 本能が叫んでいる。こいつを外に出してはいけないと、惨劇を繰り返す気なのかと。

 

 そんなことは分かっている。だが、その何かに抗おうとするのに反比例するように意識は闇へと引きずり込まれていく。

 

『寝てろよアルフォード』

『くそ……』

 

 そこからは傍観者となった気分だった。

 入れ替わり、邪気の塊のようなものが体を動かしている。

 

「待たせたなパンドラの眷属。ここからは俺が相手をしてやるよ」

「……闇の箱舟か。どこまで記憶を持っているかは知らないが、お前を殺さないと気が済まないようだ」

 

「はっ! 眷属如きがいきがるなよ? それにパンドラの箱の鍵は俺だぜ? 倒しちまっていいのか?」

「お見通しか。そうだ、我らの目的はお前の箱舟の魔力、返してもらおう!」

「生死は問わずってことか。いいぜ、相手してやるよ!」

 

 神代の怪物同士の戦いが始まった。

 俺は録画された動画を見ている気分だった。予想外の所から助けが来るのだが、そんなことを知っている訳もなく、無感情で目の前の光景を眺めた。

 




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魔王城の双子姫 3ー2

 戦いが始まった。エリスフィア先輩と魔王は力の差を感じたのだろう、手を出せないでいる。

 

 実際、今手を出したところで有利に働くとは断言出来ない。ゲームで戦場に新たなギミックが現れた、そのくらいにしかならないだろう。しかもプレイヤー二人は完全なる達人級、ギミックを不用意に出すわけにはいかない。

 

「【顕現】死神の審判!」

 

 俺の手の魔法陣から黒と赤の混ざった流体がポンッと飛び出た。それは宙にプカプカと浮いていた。

 

「やはり、真祖として覚醒していたか」

「なるほど、記憶を引き継いだ訳じゃねぇのか。あの女もイマイチ何考えんのかわかんねぇが……今は関係ねぇ!」

 

 流体が蠢き、姿を変える。それこそ死神の鎌のような形になった。依然として禍々しさは変わらない。

 

「死ねや遺物!」

「箱舟、お前を手に入れる!」

 

 俺は鎌が振り下ろした。斜めからその首を刈り取るように。眷属は躊躇なくその鎌を殴り飛ばそうとした。

 禍々しい魔力が衝突し、どす黒い火花が散った。

 

 ザクンッ。

 

「流石は真祖の権能ってことか? まぁどぉでもいいけどなぁ!」

 

 俺が振り下ろした鎌は少しの均衡を保った後、その肉に食い込んだ。眷属の拳から血が流れ出るが、すぐに鎌が吸収した。

 そして、その行為を示すように鎌の赤さが増した。

 

「くっ!? お前の権能がここまでとは! しかし、ガラ空きだぞ!」

 

 眷属はもう一方の拳を握りしめ、俺の腹に向かって勢い良く突き出した。

 しかしその拳が俺にダメージを与えることは叶わなかった。

 

「ざーんねーん。そっちは通行止めだ!」

 

 俺の左手からは新たにもう一つ流体が現れていた。いつの間にか右手の鎌の色も元に戻っている。

 俺は突き出された拳を左手の流体で受け止め、逆に眷属の腹を蹴飛ばした。

 

「ここで、リスクを負う必要はないか……。悔しいがさらばだ。次は万全の準備を施してから赴くとしよう」

「逃がすかよ!」

 

 三十メートル先、蹴り飛ばされた眷属は翼を生やし飛び立とうとしていた。

 俺はそれを阻止しようと地面を蹴るが、軌道上に黒い魔法陣が展開された。死の風か、激流か、どちらかは分からないが受ければそれ相応のダメージを負うだろう。

 

「小賢しい!」

「焦るな、次の機会はそう遠くない」

 

 死の風が吹き荒れる。俺はその風をものともしないかの様に突っ込んでいく。

 後一秒で直撃するかという時、左手の流体は右手の鎌に吸収され、代わりに紅蓮の魔法陣が現れた。

 その魔法陣を構築した時間はコンマ五秒。とてつもない早業だ。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

 俺は死の風を吹き飛ばすと同時に右手の鎌を振るった。しかし手応えはない。

 

 上空を見上げると巣に帰る眷属の姿があった。

 

「逃がさねぇつってんだろうが!」

 

 右手の鎌が流体になり、弓に姿を変えた。

 おれがその弦を引くと抽出された様に矢が装填された。

 矢を放った。矢は虚空を裂き狙い通り眷属目掛けて飛んでいく。

 

 しかし、すんでのところで気づかれ致命傷は避けられた。足に突き刺さった矢は五秒ほどで消え、弓の色が少し赤くなった。

 先程よりも赤くなった気がする。

 

「チッ、運の良い奴だ。……後はこいつらか」

 

 自分の顔が酷く歪んだ気がした。俺が標的に定めたのは魔王とエリスフィア先輩だ。

 しかも、明らかな殺意を持って見ているのは確かなのだが、それ以上に娯楽の標的と言った感情が大きい。

 

「な、何を言っているんだシャーちゃん!?」

「シャーちゃん、笑わせてくれるな。お前もあの男と同様あの女の眷属だろうが。まぁ、お前がどういう目的で作られたかは検討がつくが……関係ねぇ」

「……君は誰なんだ?」

 

 俺の中に微かな戸惑いが生まれた。しかし、それは何かを疑問に思う間もなく激しい感情で押し潰された。

 

「俺か? 俺はただの殺戮兵器だ。そうしたのは……お前らだろうが!」

 

 再び俺の右手から流体が現れ、素早く鎌に変化した。

 

「待てアルフォード!!」

 

 ピクリ、と動きが止まる。左手後方から声がかけられた。

 

「お前、どんな速度でここまで来たんだ? まるで」

「それは関係無い。それよりも、ここは引いてくれないか? いや、引けアルフォード」

 

 声の主はイア、逃がしたはずの一人だ。

 

「なぜ戻ってきた!」

「魔王様は黙ってて。アルフォード、このままでは体が破綻する。それはお前が望んだことではないはずだ」

「何を知ってやがる?」

 

 確かに眷属を追い返した直後から脱力感が襲ってきている。この脱力感の原因が先の戦闘ではないことは分かるが、原因は分からない。

 

「君の体は本当のものではない、仮初だ。姿を変えるのは並大抵のことではない。己を書き換える魔法はその反動が大きすぎる」

「俺が眠っている間に面倒な魔法を身につけやがって」

 

 俺はついさっき目覚めたばかりで俺自身のことを完全には把握出来ていない。主に俺が持つ知識の百分の一も理解出来ていない状態だ。

 

「さぁ、彼に体を返せ」

「ふん、まぁいい。貴様、名前はなんだ? 何者だ」

 

 イアという少女はただの魔王の眷属だったはずだ。四人の中でも異質なのは感じていたが……。

 

「イア、君の師匠だ。それ以上語ることは無い」

「師匠か、舐め腐ったガキだ。覚えてろよ」

 

 光が差し込み、日光に当てられたように優しい光に包まれる。俺の意識が遠のき、俺の意識が覚醒しようとしていた。

 

 一度暗転し目を開けると、景色は客観的なものから主観的なものに変わっていた。

 

「シャーちゃん!」

「せ、んぱい」

 

 そう思えたのも一瞬。抗えない睡魔が脳を支配していき、顔から地面に直撃する頃には既に眠っていた。

 

 分からないものだらけの戦いだったが、それ以上に自分自身が怖かった。

 

 朝を迎えた時、周りには誰もいなかった。

 前とは違い、良く寝たあとのようにスッキリしていたので、とりあえずその部屋を出た。

 

 歩いているが人の気配はない。改めて魔王城を見ると、ただの城だった。

 これまでの魔王は番人やらなんやらを配置し、部屋と呼べるような部屋はあまりなかったのが印象だったが、この城には部屋も十室以上はあるようだ。

 二階に上がると初めて魔王らしさを感じる豪勢な扉があった。

 

 俺はここに魔王がいるだろうと直感的に感じ取った。いわゆる王の間の魔王ヴァージョンだろうな。

 

「起きたか」

「今さっきな。それよりエリスフィア先輩やイアはいないのか?」

「ああ、どうやら国が大変なことになっているらしい。先に帰ると言って急いで帰って行ったぞ」

 

「なに!? それはいつだ!」

「一日前だな。お前は二日ほど眠っていた」

「具体的にはどうなっているんだ?」

「どうやら魔人達の襲撃があって国王が亡くなったらしいぞ」

 

 聞き間違いかと耳を疑った。そして戦いが終わったなどと呑気に抜かしていた自身を呪った。

 

 俺は魔王城を言葉通り飛び出し、魔力も気にせず国に向かった。

 

 これは終わりではなく、ただの始まり、計画の始まりに過ぎなかったことに俺はまだ気づいていない。




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魔王城の双子姫 3ー3

「なっ、なんでだよ」

 

 目の前には焼け落ちた廃墟があった。そこは確かに王都だった街だ。

 以前のような活気はなく、王城周辺の建物はまだマシなもののそれ以外の建物はほとんどが倒壊していた。

 

 魔力を探知すると城の広場に集められているのが分かった。とにかく事情を知るためにもおれは広場に向かって再び走り出した。

 

「ここに集まって貰ったのは他でもない……この惨状を解決するためだ」

 

 演説台の上には第一王子が上がっていた。丁度今始まったようだ。

 

「この国は魔人達による攻撃で壊滅状態にまで追いやられた。それはこの街以外の街も例外ではない。この前の謎の集団死亡事件も魔人達の仕業だ。あれによって既にいくつかの街が壊滅状態に陥っていた」

 

 確かにそんな噂も流れていたが真実だったのか。そう言えば、第一王子はどっか他の国に出向いていたはず……速度の出る移動手段がこの世界にはあるのか?

 

 これまでの世界は極端に魔法に頼っている面が大きかった。特に移動面では魔法の応用次第でどうにでもできていたので誰も発展させようとも思わなかった。

 

 偶に変わり者が発明品と称して奇妙な乗り物を開発していたが、それでも魔法を利用しないと動かないものがほとんどだった。

 

「そこで、国民に聞きたい。俺達が今出来ることはなんなのか、そして()()()()()()は何を望んでいるのか!」

「な、なんだっ、て!? お、王が亡くなった??」

 

 そんな!? 俺はあそこまで手を焼いてくれた親を失くしたのか? 俺はその時、ただただ寝ていたのか?

 

「なんだ貴様、この国の国民か?」

「す、すいません」

 

 俺の一言は大きかったらしく注目を集めていた。俺は肩を落としてその広場を去った。

 

 近くにベンチがあったのでそこに座った。

 空を見上げる。人間は涙が流れそうになる時、無意識に空を見上げ涙を見せないようにしている気がする。

 

 なぜこうなったのか……なぜ俺はあの男のお使いという言葉で、真っ先にこの国のことを思いつかなかったのか!

 

 心の底で黒い何かが燻っているのを感じる。これはあの時の状態に似ている。これに身を委ねれば、この悔しさや憎悪を糧に全てを破壊し尽くすだろう。

 しかし、父を殺した犯人を殺すのはこの手でやりたい。やつに任せたくはない。

 

「シャルテアちゃん! 戻ってきたんだね」

「カルナムート先輩、この国に何があったんですか? なぜ国王は亡くなったんですか?」

「そこからは僕が話すよ、君達は四つ子達のところに戻っていてくれ」

「分かった。また後でね」

 

 とぼとぼと去っていく先輩達の背中はものすごく小さなものに思えた。

 

「シャーちゃん、すまない。この国を、国王を守ることができなかった。国王は君の父親だろう?」

「ええ、そうです……。何があったんですか? この国の騎士団達は何をしていたんですか!」

「第一王子の凱旋。それと同時に襲撃は行われた。騎士団達は隣の街まで第一王子を迎えに行っていたんだ」

「執事達は!? 彼らなら国王を守り切ることは容易いはずだ!」

「そうだね……彼らも死んでしまったよ。多勢に無勢、国王は最低限の護衛を残して殆どの戦力を国民の救援と王妃の脱出に当てたんだ」

 

 父ならば、自分の命よりも母や国民の命を優先するだろう。あの人はなんだかんだ言ってとても優しい人だった。

 

「各個撃破、そうはならなかったんですか。そこまで魔人達は強かったんですか?」

「ああ、四つ子の彼女達がいなければ、被害はさらに広がっていただろうね。彼女達にはリミッターのようなものがあったんだ。それを解放してやっと、一対一で追い返すことが出来るレベルだった」

 

 リミッターとやらを解放した彼女達の戦闘力はこの国の騎士団長にも劣らないだろう。それでやっと追い返せる程の魔人。

 

「敵は、敵はどのくらいいたんですか?」

 

 エリスフィア先輩は右手を広げ示した。

 

「まさか……五十体ですか?」

「うん、彼女達が戦ったのはその中で最も強い分類に入るだろうけど。たった五十体の魔人にこの国は負けたんだ」

 

 エリスフィア先輩の言っていることは間違ってはいない。相手が五十、こちらは何人だったのだろうか? 数ではこちらが大きく上回っていたはずだ。

 そんな相手が同数もいれば、この世界が支配されてもおかしくはない。

 

 しかし、問題はそこではない。

 最低でも五十の魔人達が組織化されているということだ。単体での戦闘力が吸血鬼や竜と同等の彼らが協力して大規模殲滅魔法でも発明すれば、文字通りこの国は焼け野原となるだろう。

 

「『永劫の教団(アルカナ・カルト)』、彼らはそう高らかに名乗っていたそうだ。次の任務はこの組織を潰すことになるだろうね」

「奴らが俺の父親を奪ったのですよね。彼の……最期を教えてください」

「最期は誰も見ていない。隣町に続く道の上に激しい戦闘のあとが見られた。王妃を逃がす為の殿を務めたのではと言われているよ」

 

 吸血鬼の肉体は死後、灰となって消える。こうして推測を立てることしかできないのだ。

 

「そうですか。少し……一人にしてください。どこに行けばいいですか?」

「王城の中だよ。そこに国民がまとまって過ごすことになりそうだ」

 

 それほどの非常時なのだろう。元の家の持ち主が生きているかどうかが怪しい。騎士など王城に務めていたものが多かったはずだ。

 

「分かりました」

 

 まだ日は天井にまで到達していない。

 俺が立ち上がった時、太陽は赤さが増し、半分が地平線に沈んでいた。

 

「とりあえず辞めるか、学生」

 

 色々考えたものの大した案は浮かばなかった俺は王城へと向かって歩き出した。

 




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魔王城の双子姫 4ー1

「ということで、学校は辞めて母を追おうと思います」

「そういうと思っていたよ。隣町の第二学園に避難したそうだから行ってみて。それと」

「日常研究部の方は休部ということでもいいですか?」

 

 先輩達との関係を絶つつもりは全くない。上に第一王子がいるのならば色々便利な面も出てくるだろう。今では第一王子ではなく国王だったか。

 

「ああ、そっちの方は全然構わないよ。それとどうしても君と話したいと言っている人がもう一人いるんだよ」

「誰ですか?」

 

 この後はイアを訪れる予定なので手早く済ませてほしい。

 

「イアちゃんだったかな? 四つ子のうちの一人が話したいって。夕食の後でも話を聞いてあげてほしい」

「もちろんですよ。俺も彼女には聞きたいことがあるし」

「そうか。じゃあ夕食の時間だ! 好きなだけ食べてくれよ!」

「ありがとうございます先輩」

 

 その後、先輩達と一緒に貧相な食事を楽しんだ。貧相なと言っても貧民街での食事以上だったが。

 それとキールなどは俺を死ぬほど探し回っていたという情報を得ている。

 今は母の護衛に付き添っているそうだ。そのうち会えるだろう。

 

「待たせたな」

「いや、本題に早速入りたい。アルフォード、君は何を知り何を知らない? 変遷、その前のことは?」

 

 改めて記憶を探ろうとする。

 前と同じ様にあの少女と出会うところまでは思い出せた。しかし、そこからは断片的な記憶しか出てこない。

 

「パンドラ、ノルン、アポロン、ポセイドン、フレイ、オーディン……あとは思い出せない」

「変遷については?」

「全く知らない」

 

 思い出そうとすると名前が時々、断片的な光景に潜り込んでいた。

 

「彼らとの関係は?」

「分からない。父との記憶以外はほとんど一人だけだ。イア、お前は何を知っている? 教えてくれ、お前は何者なんだ?」

「…………私はイア。貴方に教える義理もなければ、教えるべき知識も持っていない。でも、一つだけ言える。過去を知っても今は何も変わらない、貴方が気にするのは現在だけでいい」

「……分かった」

 

 確かに過去を知ったからと言って都合良くパワーアップするなんてことは無いだろう。

 今は母を守りつつ、父を殺した奴を殺すだけだ。

 

「もう一つ、これはお願いに近いかもしれない。私はしばらく貴方に同行する」

「理由は?」

「……秘密。それに貴方の魔力の質と同じ魔力を私は使える。リスク対策にも役立つと思うけど?」

「ほ、本当か!?」

 

 俺の魔力が神代の魔力だというのは疑うまでもないことだ。それを持つということは少なくともあの時代と関わりがあるということだが……それが秘密だということか。

 

「ありがとう、よろしく」

「こちらこそ。で、いつ出発するの? 王妃達が避難したのはナルカだった?」

「あ、ああ。明日の朝に出るつもり」

「そう、じゃあ明日の九時にここで。おやすみなさい」

「う、うん」

 

 こんなタイプの子だったか? 完全にペースを掌握されている気がするんだが、気のせいだろうか?

 それにおやすみなさいと言いつつすぐに魔王城に向かってるし。

 魔力反応がそれなりの速度で魔王城に向かって行った。

 

 あと俺がすることと言えば、フェーカスはどこだ?

 先輩達からも話は出なかったし、探知してみるか。

 

 あれ? この王城にいることになってるな。しかも先輩達の横にいる。……行ってみれば分かるか。

 

 暗闇の中に格段に大きな影はない。むしろ小さな影が一つ。あれ? 人数が一人多い。

 ……まさかな。

 

 見慣れない顔の少年をポンポンと叩く。

 

「すいません、まさかフェーカスじゃないですよね?」

「う、……どうしたのアルフォード君」

 

 えっ?マジで?

 

「お前、まさかフェーカスか?」

「そうだよ? 寝る前もずっと隣にいたよ」

 

 そう言えば、あの時も、この時も、先輩達のところにいた気がする。

 

「魔法か?」

「んー、あとから獲得した特性って感じだよ」

「その少年がお前なのか?」

「軽く千年は経ってるけど……変わらないよ」

 

 まさか、不老不死? おかしくはないのだが、ペットがここまでとは思っていなかった。

 

「そ、そうか。起こして悪かったな」

「ううん。それよりもこれからどうするんです?」

「明日の朝この街を発つ。お前もできればきて欲しい」

 

 フェンリルの姿ならば邪魔になるからここの復興でもして貰おうかと思ったが、人型になれるなら話は別だ。

 移動手段としてこれ程優秀なペットもそうそういないからな。

 

「もちろん行きます! ではまた明日……」

 

 これでメンバーはイアとフェーカスか。イアの同行はいつまで続くか分からないが、フェーカスはついて来いと言えば、ずっとついて来てくれるだろう。

 このメンバーで組織、『永劫の教団(アルカナ・カルト)』を滅ぼすのは無理だろうな。

 その時になれば魔王達にも手伝ってもらえばいいだろう。

 

 翌朝、

 いつかの出国の時と同じ様に雨が降っていた。

 

「じゃあ行くか」

 

 一応校長には別れを告げておいた。何かあれば頼っていいらしいので、他の学校に何かあれば色々工面して貰おう。

 

 フェーカスは素手、イアは戦斧だった。イアの戦斧も含めいくつかの武器を【収納魔法】に収納している。

 この姿はあと四日後の夕暮れ時に元に戻る。

 魔力供給さえして貰えるならば反動のことはさほど気にしなくてもいいだろう。

 俺達は雨の中、ひび割れた街道を走っていた。

 

 その日の昼過ぎ、雨は止み空には曇天が広がっていた。

 そんな頃、俺達は第二学園を訪れていた。




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魔王城の双子姫 4ー2

 これは、どうやって入ればいいのだろう?

 門ではなく、立ちはだかっているのは壁だった。

 

 王立第二学園。それは王立第一学園と共に創立されたこの国の初期からあった学園だ。

 王立第一学園は武、第二学園は知と言われている。

 それもそのはず、王立第二学園は魔法研究職の金の卵達が通う学園だ。

 

「君達、見かけない顔だけど。ここに入りたいのかい?」

「おっと、すいません。ここに避難したはずのオリビア王妃に面会を求めたいのですが」

 

 後には白衣を身にまとい、ボサボサの髪に丸ぶちの大きな眼鏡をかけた冴えない研究員がいた。

 だらしないを体現した様にも思えるが、背筋だけは真っ直ぐだ。

 

「王妃のことを知っているならこの街の者ではないのかな? まぁ、多分会えるとは思うよ……。ちょっと離れてね」

 

 壁にその男は手を突き出した。そして、魔力を少し込めると、壁に人が通るには十分な大きさの穴が空いた。

 

「どうぞ? ようこそかな。ここからは第二学園の管轄だ。僕はそこのしがない一教員さ。王妃との面会は僕から頼んでみるよ」

「ありがとうございます」

 

 そこから中に入ると、第三学園とは違い、すぐに校舎が出迎えた。

 左右に五棟ずつはあるだろう。とにかく建物が多いという印象を受けた。

 

 しばらくするとその男が戻って来た。

 

「すまないね、名前を教えてもらえるかな? 場合によっては断るかもしれないそうだ」

「……シャルテア・ウィズマークと伝えてください」

 

 この名前が通じるのは家族とキールくらいだろう。

 

「ウィズマーク? まぁ、伝えるよ」

 

 待つこと数分後、バンッという音と共に扉が開かれた。

 

「お嬢様……でない?」

「久しぶり! キール。心配させてすまなかった」

 

 執事の服を身にまとったキールがいた。別に半年も経ってはいないのだが、数年ぶりの再会のように思えた。

 

「ご冗談を、私キールと申します。シャルテア様は何処に?」

「だから俺がシャルテアだよキール。色々あって今はこの姿なんだ」

 

 て言っても信じてもらえるわけがないか。

 久しぶりに再会したら性別も年齢も変わっていたらそうなるか。

 

「失礼ですが……いえ、ご誕生日は?」

「四月十三日、五日後には確実に戻っているからその時にでも確認してくれ」

「は、はぁ。面会はいいのですが、後ろの御二方には御遠慮して貰ってもよろしいでしょうか? 此度の出来事で王妃は大変疲弊していらっしゃるので」

 

 やはり、母は悲しいだろうな。

 吸血鬼にとって死に別れということは、認識が薄い。

 稀にしか起こらない事であり、王ともなればそれなりの実力は兼ね備えていたはずだ。

 それに死の瞬間、夫の最期に立ち会えないというのは辛いものだろう……。

 

「分かった」

「了解です!」

 

 素直に二人も答えた。この二人にとっては特に知らない相手だからな〜。

 

「ありがとうございます。では、付いてきてください」

 

 部屋を出て二つ隣の部屋。キールはそこの扉を開けた。

 

「母さん……ただいま」

「貴方は? いえ、シャルテアなのね」

「うん。色々あったんだ。でも今はそれどころじゃない!」

「ええ、ここに来ているということは……知っているのね。大丈夫?」

「母さんこそ! 絶対に犯人は探し出す!」

「駄目よ!! シャルテアが戦う必要はないわ!」

「俺は強い! いや、強くなくてもやらなきゃいけないんだ! あの時、俺は敵に負けて……何も出来なかった。あんな思いはしたくない!」

「シャルテア…………」

 

 この犯人は必ずこの手で殺し返す! あの男が率いる組織ごと潰して、それでやっと父の前に顔を出せる。

 これは俺の中のケジメに似ている。譲れないものだ。

 

「分かった……好きにしなさい。けど、死ぬのはダメ……。もう失いたくないから」

「ありがとう。国は第一王子と第二王子がどうにかしてくれるはずだから安心してくれ」

 

 第二王子は第一王子の補佐で今も忙しくしていることだろう。声をかけておきたかったが、いつも忙しそうに働いていた。

 

「それじゃ、キール。母さんのことは任せたよ」

「お嬢様もお気をつけて。影!!」

 

 影? 秘密の隠密部隊のことか? どこにも居ないぞ?

 

「はいよー。仕事ですか?」

 

 今どっから出てきた!? 壁に影が現れたと思ったら、それが人型になった。それよりも……。

 

「お前、影だったんだな」

「ん? 誰だお前は。そんなことより、仕事ですか?」

 

 影と呼ばれて出てきたのは、毎朝嫌がらせのように家に現れただらしない男だった。

 

「そうだよ。君だけ独立して彼の戦いの補佐をしてやってくれ。命に代えても必ず守るように」

「りょーかいです。で、この人は何と戦うんですかー」

 

 そんな勝手に護衛を動かしていいのか? まぁ、一任されてるってことだろう。

 

「本人に聞いてくれ、彼の仲間も応接室にいるから」

「りょーかいです」

 

「キール、母さんを頼む」

「承りました。この命にかえても必ず」

 

 お前も死んでもらったら困るのだが、言葉のあやってやつだろう。

 

 俺は母さんとキールがいる部屋をあとにした。影の男はその後に付き添う形でついてきた。

 

「じゃあ、自己紹介して」

 

 俺はこの男の強さしか知らない。それも、俺とやっていた時は絶対に力を抜いていただろう。

 唯一一度だけ白星を獲得したが、その時も余裕はあった。

 

「えっと〜、ゼルドミアでーす。お好きに呼んでくださーい」

 

 やる気が全く感じられない。

 

「えっ!? 君が王国の影かい? いや〜光栄だな」

 

 さっきから部屋にずっといた白衣が驚いた。

 なぜそんなに驚くことがあるのだ?

 

「そんな尊敬されるようなものじゃないよー。君こそ、稀代の魔法使いなんだろう?」

「へぇ? この人が」

 

 珍しくイアが反応を示した。

 この人って冴えない白衣の事だよな。

 

「そんなことないですよ〜。ちょっと変わった魔法が使えるだけです」

 

 変わった魔法? なんじゃそりゃ、俺の知ってる魔法か?

 

「どんな魔法なんだ?」

「【魔法模倣魔法】、ただ相手の魔法を完全コピーするだけですよ〜。ねっ? そんな大したものじゃないでしょう?」

 

 俺は絶句して何も言葉が出なかった。

 

【魔法模倣魔法】、それは俺が長年かけても開発できなかった魔法だった。




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魔王城の双子姫 4ー3

「ほ、本当に完成したんですか!?」

「う、うん。そんなに驚くことかな?」

 

 うっ、本気で言ってる顔だ。

 確かにあの魔法を完成させているならば天才と呼ばれていてもおかしくはない。それどころか天才の枠さえも超越しているだろう。

 一体何者なんだ?

 

「俺はシャルテアと申します。お名前を教えていただけませんか?」

「こちらこそ、私はカルロです」

 

 カルロか、覚えておこう。何者かは分からないが、天才には違いないのだろうな。

 

【魔法模倣魔法】とは相手の魔法を読み取り、その魔法をコピーする魔法だ。どんな制限があるのかは分からないが、超優秀なのは確実だろう。

 

 あれだけ研究しても生み出せなかったのだから、俺はどうしても適性が無かったのだな……。

 

「これからどーすんですかー?」

 

 本気でやる気ないなゼルドミアは。

 

「そうだな。俺の姿が元に戻るまでは二人ずつに分かれて、この街で情報収集だ。ゼルドミアはそれを頼む」

「りょーかい」

「フェーカスとイアも同じだ。ペア分けは、ゼルドミアとフェーカス、俺とイアだな。俺が倒れた時に横にいてもらいたい」

「分かった」

「了解です!」

 

 めぼしい情報はないだろうが、どうせ俺の体が戻るまでは大きな行動はできない。

 それに……犯人達の目的も気になる。

 

 確かに戦闘力の高い吸血鬼族の頭を潰すことで、多少の戦力は削れたかも知らない。しかし、騎士達の殆どは生きている。

 街に大打撃を与えることが目的とは思えないし、そもそも魔人達が得をすることがない。

 

 ならば、逆に王が亡くなることで利益を得た人物は誰なのか……。まさかな……流石にそれはないだろう。

 

「それでは私はこれで。何かあったら言ってくださいねー」

「カルロ教授、色々お世話になります」

 

 ここを発つまではこの応接室と客人用の部屋を貸してくれることになっている。

 門を開けるにはこの学校の教員の魔力が必要らしい。そのため、壁の横には魔法通信器が取り付けられており、職員室から直接開けられるように設定されているそうだ。

 中々画期的だと思う。

 

 それから俺達は二つに分かれ、情報収集を開始した。

 俺とイアは学園の西側、フェーカスとゼルドミアは東側だ。

 

 しかし、どちらとも大した成果は得られなかった。

 そんな感じで何の成果も上げられず、この学園に来て三日が経った。

 

 その夕飯時

 

「ああ、襲撃ならこの学校にもありましたよ? 魔人のやつですよね」

「そうなんですか!? どうやって対処を?」

 

 そこからはカルロ教授の武勇伝を聞かされている気分だった。

 まず、街に現れた魔人達が奇妙な魔法を使い、吸血鬼が当たるだけで死に至ることが判明した。

 ここでカルロの【魔法模倣魔法】が役立った。

 奴らの魔法を模倣し、その魔法で攻撃した。

 その事で、単なる小さな襲撃くらいにしか感じなかったらしい。

 次の日、この学園に仕掛けられた何かを発見した。これまたカルロ教授が。

 その何かを設置場所から取り外し、破壊したそうだ。

 結局何だったのかは分からなかったらしい。

 

 つまり、殆どカルロ教授一人で対処してしまったのだ。

 

「本当にすごい人なんですね! アルフォード君には及びませんが」

「こらフェーカス! 俺よりもこの人の方がよっぽど凄いぞ! すいません、うちの駄犬が」

「いえいえ、気にしないでください。それに皆さん……僕のことを買いかぶり過ぎなんですよ」

 

 いやいや、それは謙遜って度を超えてるぞ。ここまで自信なさげだとなんかムカついてくるな。

 

「それよりも駄犬ってなんでなんですか? 普通の男の子にしか見えませんけど……」

「フェーカス、やるなよ」

 

 今にも元のフェンリルの姿に戻ろうとしていたので止めた。この部屋を潰す気かお前は。

 

「こいつは幻獣種のフェンリルなんですよ。あの森の主と呼ばれていたそうですが、元々俺のペットだったので連れてきました」

「そ、それは何とも大胆なことをするね。それにフェンリルをペット扱いって何者なんだい?」

「まぁ、そのうち分かりますよ」

 

 ただの十歳すぎの女の子ってことがな。

 明日か明後日には反動が来るだろうな。ある程度の覚悟をしとかなければ。

 

「私は第五研究室にいるので、何かあれば来てください。それではおやすみなさい」

「今日もありがとうございました」

 

 ついでに補足すると影はいない。

 夕食など、普段の生活の時は母の護衛に戻っているらしい。

 あの働かなさそうな男がねぇ……実の所は少し見直した。

 

 翌朝

 

「第一王子が王位を正式に継承したそうだぞー」

「そうか。それがどうかしたのか?」

 

 というかまだしていなかったのか。

 それくらい切羽詰まっていたということか。

 

「その王立継承の時の宣言が少し面倒な内容だったんだよなー」

「もったいぶらずにさっさと話せ」

「奴隷……奴隷制度の拡大を宣言したんだよ」

「本気か!?」

 

 今までの奴隷制度は、召使いという認識が強く、生活なども保証されていた。

 それを拡大した。つまり、奴隷の権利の剥奪を拡大したということだろう。

 

「具体的には?」

「奴隷の全権利の剥奪。それに奴隷の販売、奴隷商人が認められた」

「……はっ!?」

 

 全権利? 流石にやり過ぎじゃないか?

 それに奴隷商人だと!? 今までも非公認、貴族御用達の奴らはいた。それを公認にするということは……奴隷狩りを認めるに等しい。

 

 一体何のつもりでそんなことを? 意図が読めない。

 このままでは国が荒れてしまう。

 

「それとー、第二王子が行方不明だそうだ。王妃には伝えていない」

 

 凶報尽くしの朝だった。

 暗躍する影の一端を垣間見た気がしたが、それを引っ張り出すことは雲を手で掴むようなレベルの話だろう。

 




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魔王城の双子姫 5ー1

「……予定変更だ。ゼルドミアは今すぐエリスフィア先輩の所まで行って詳しい事情を聞いてきてくれ」

「りょーかい」

「フェーカスはこの街と王都の周辺の森を捜索してきてくれ。何か仕掛けられている可能性が高い」

「了解です!」

「俺とイアはいつも通りだ」

「分かった」

 

 魔人達が出現した方向は揃いも揃って森からだ。魔物の生産や、転移魔法陣でも仕掛けられていたら防ぎようがない。

 そんな有効な手に気づいていないほど雑魚ではない。

 

「午後六時にまたここで。各自警戒しながら行動してくれ!」

 

 魔人は人に化けれる。もし、この国に侵入されていたとしても気づかないかもしれない。

 常に魔力探知をしている奴なんていないからな。

 

 最悪……王が偽物の可能性もある。

 いや、これはそうであって欲しいという矛盾した希望的観測か。

 

 その日の四時頃、反動は容赦なく俺から力を奪った。しかし、失った魔力はすぐにイアが補充してくれたので命に関わることは無かった。

 

「イア、ありがとう。だけどまだ動けそうにない」

「休んでおいた方がいい。それは見えない部分でも反動が来ることがあるかも知れないから」

 

 この魔法について知ってるのか? まぁ、そんなことはいいか。目先の問題の優先度の方が高い。

 

「イアはフェーカスと合流してくれ。そうだな……六時の集合を遅らせて七時に来てくれ」

「分かった。ちゃんと大人しくしてなさい」

 

 イアは心配しすぎだ、まるで姉のような感じか?

 それは置いといて、これで俺は影が帰ってくるまでは一人だ。

 出来ればカルロの研究を見たかったのだが、体が動きそうにない。

 ゼルドミアの報告を大人しく待つとするか…………。

 

 

 …………おーい、お嬢様

「ごめん、寝てた」

 

 ついウトウトして寝てしまっていたようだ。今ゼルドミアの声が聞こえたような気がしたんだが……どこにも居ないぞ?

 

 影分身ってのを使ってんだ。手短に済ます。

 まず、先輩との接触には失敗した。同じ顔の三つ子も消えたそうだ。

 次に、奴隷制度が国民に喜ばれているということだ。これは……洗脳などはないと思う。

 それと、私情でこっちに残らせてもらう。面倒事のかたがつけば戻るつもりだ。

 

「分かった。何かあれば定期的に報告してくれ」

 

 りょーかい。

 

 影が消えた。何が何だか分からないが、あまりおいしくない状況だ。

 兄の政策が国民に認められた時点で奴隷大国となるのは避けられない。これは避けたいところだ。

 次に、先輩達の失踪は王の仕業ではないだろう。先輩達は直属の部下だ。いくら何でも自分で戦力を減らすようなことはしないはず。

 

 それにイア以外の三つ子が失踪か…………罠だな。

 これは魔王を引きずり出すための人質の役割を背負っている可能性が高い。それならば犯人は魔人だろう。

 それと同時に目障りだった先輩達を攫ったといったところか。

 

「面倒だな」

 

 もちろん放って置く訳には行かない。助けに行くのは助けに行くのだが……見当がつかない。

 それに、第二王子の件は別件と考えるべきなのか? その点についても先輩達が鍵となってくるのか。

 

 魔人の尻尾を捕まえることは容易くない。

 むしろ、罠にかかった魔王を利用して……。悪くない案だが、それまで先輩達が無事である必要がないな。

 不必要な人質は殺されるだろう。

 

 イアとフェーカスが戻ってくるまで後一時間はあるな。とりあえず、あの人に頼みに行くか。

 

「失礼します。カルロ教授はいらっしゃいますか?」

「はーい。どなたでしょう?」

「シャルテアです、少しいいですか?」

 

 俺が頼みに来たのはカルロだ。彼の【魔法模倣魔法】を応用すれば相手の魔法陣を解析できるかもしれない。

 

「シャルテア? 男の人だったと思うんだけどー? ああ、こっちが本当の姿ってことかい?」

「はい。王立第三学園の生徒です……元ですが」

「辞めてしまったのかい? 勿体無い。まぁ、事情は人それぞれだから聞かないけどね。で、話って?」

 

 事情を聞いてくれないのは助かる。

 こうは言っているが、多分聞くのが面倒なだけだろうなー。ばっちし顔に出てるぞ。

 

「貴方の【魔法模倣魔法】の魔法陣を見せていただきたい。それと協力してほしいことがあります」

「魔法陣……いいけど使えないと思うよ?」

「知っています。何せ何百年も研究しましたし……。話が逸れましたね、お願いできますか?」

「構わないよ! 少し待ってね」

 

 カルロは模造紙に魔法陣を書き出した。

 その間はヒマなので研究室を見て回ることにした。

 この研究室にはカルロ以外いないし、来ないそうだ。

 何やら説明が下手くそらしい。

 よくそれで教員になれたなとは思うが、もちろん口には出していない。

 できるだけ友好的な関係でいたいからな。

 

「お待たせー。これで出来たよ」

 

 五つの魔法陣が重なり合い、複雑に描かれている。やはり、【結界魔法】の魔法陣を要として配置するのは間違っていなかったようだ。

 試しにこの魔法陣に魔力を流してみたが、案の定発動しなかった。

 

 しかし、これで本来の目的は果たせそうだ。

 

「えっと………………こうして、これで発動できるか試してみてください」

 

 魔法陣をさらに二つ追加した。五つの魔法陣の両端を支えるように【魔力吸収魔法】の魔法陣を設置した。

 

 これで理論上は敵の魔法を解析できるようになったはずだが……。

 

「うん、発動しないよ……。【魔力吸収魔法】の魔法陣がやはり僕とはあっていないようだ。手を加えてみるけど……期待はしないで」

「そう上手くは行きませんよね。分かりましたお願いします。それともう一つお願いしたいことがあります」

 

 これは、戦力的に頼みたいことだ。

 

「私と一緒に魔人達と戦って欲しいんです。お願いできませんか?」

「……敵は前の奴らと同じなのかい?」

「はい。前の奴らはまだ戦闘員でも弱い方だったかも知れませんが。同じ組織です」

 

 やはり、いい顔はされないな。わざわざ戦場に足を運びたがるほどの戦闘狂には全く見えないし。

 

「戦えないよ僕は……。でも、この街くらいなら任せてくれ。できるだけ多くの人を守るよ」

「ありがとうございます!」

 

 よし、母のいるこの街の防衛は完璧にも等しいだろう。キール達とカルロが協力すれば大概の敵は殲滅できるはずだ。

 その守りの一手が欲しかった。

 

 そのあと俺は応接室に戻った。

 そこには、目を輝かせたフェーカスと、見るからに落ち込んでいるイアがいた。




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魔王城の双子姫 5ー2

「先にフェーカスから聞こうか」

「アルフォード君の狙い通りでした! 森には魔法陣が仕掛けられていました!」

「そうか!」

 

 ん? じゃあなんでイアは不機嫌な顔をしているんだ?

 

「イアはどうかしたのか?」

「どうかしたかなんてものじゃないわ。あんなものが簡単に作られたら確実に負けるわよ」

「何の魔法陣だったの?」

 

 そこまで厄介な魔法陣は……でも、この世界の魔法の基準はかなり低いみたいだからなー。

【結界魔法】が無ければ防げない攻撃法も多いかもしれないな。

 

「魔物の生産の上位版ね。魔人の力を持った生物の生成かしら」

 

 んー、思ったより微妙な魔法陣だな。

 生産速度が早ければ驚異的だが、それ程の魔力を補える戦力があるのか? それならそれで対処の仕方があるのだが。

 

「数はどうだったの?」

 

 この系統の魔法陣は一つや二つ仕掛けた所であまり効果的ではない。

 最低限、十個は必要だな。そうでなければ戦術的な戦力は期待出来ないだろう。

 

「今日見つけただけでも二十個よ。ね、どう使用もないでしょ?」

「……いや、手段は最低でも片手の指の数くらいはあるよ」

 

 単純に魔法陣を解除するだけでもいいのだが、そこに供給される魔力を横取りすることも出来るはずだ。

 あまりにも複雑で強固な場合は、予め結界で囲んでおいて一掃するのも手だ。

 

「そう、まさかその姿でも強いの?」

「アルフォードの姿よりは流石に劣るし、使えない魔法もあるけど、ある程度は」

 

 今は【時間錯誤魔法】は使えないだろう。この前ので随分と魔子回路が傷ついている。一ヶ月、いや二ヶ月はあまり大きな規模の魔法は使いたくない。

 

「そんなことより、破壊は? 出来そうだった?」

「ダメね、破壊は難しそうだったわ。場所をずらすとか、小さな干渉は出来そうだったけど」

 

 破壊だけはさせてくれないか。多分、魔力ですぐに再構築されるタイプだろう。

 供給源からの魔力供給を遮断し続ければ、理論上は妨害出来る。だが、その方法は魔力切れで元も子もなくなるのがオチだろう。

 最悪の可能性……龍脈が供給源として利用されている可能性も、現状否定しきれない。

 

「そっちは私がどうにかしてみるわ」

 

 少し細工をするだけで効率は落とせるだろう。生産速度と、生産される魔人の強度のどちらに干渉するかは迷いどころだな。

 冒険者の強さにもよる。今度の戦いでは全面的に冒険者などの力を借りなければ勝てないはずだ。

 

「明日はどうするの? また情報収集?」

「いや…………どうしようかな」

 

 情報収集も悪くは無い。

 先日の魔王城での戦い。王を名乗るニュクスという男が魔王城を襲撃してきた。

 しかし、総力戦ではなく単体でだ。目的が魔王の殺害だったのならば単体で乗り込む必要は無い。

 かと言って魔法陣を仕掛けるために国を襲撃する必要もない。

 

 奴らの目的が分からない。それが分かれば随分と楽になると思うのだが……。

 それを模索している間に先輩達はあっさり殺られましたとなっては困る。

 ゼルドミアの方も何かあったみたいだしなー。

 

「王都に戻ろう。ただし堂々とは帰らない。何があるか分からないんだ。森の魔法陣に細工しながらこっそり戻ろう」

 

 予定よりもよりも早くなったが仕方がない。ここの防衛はカルロにも任せられる。

 そもそも母が狙いになる理由も無いはずだ。

 この国に伝わる兵器でもあれば話は別になってくるが……吸血鬼そのものが兵器みたいなものだからなー。

 

 一番いいのは第一学園のある街、アルパに応援を頼む事だが、向こうは向こうで大変だろう。

 戦力を徐々に削られているような、嫌な流れだ。

 

「時間は有限。夕食が終わったら出よう」

「了解です!」

「分かった」

 

 その日俺らはこの街を発つ予定だった。

 夕食は魚にスープ。どちらも学食のご飯なんだそうだ。

 俺達は一気にスープを飲み干した。後味が悪い気もしたが普通に美味しかった。

 

「アル、フォードく……むにゃむにゃ」

「っ!? やられ……た」

 

 視界が歪み、声を発する間もないまま俺は深い眠りについた。

 

 翌朝

「ん、あっ……!?」

 

 意識が覚醒し、状況を把握する。

 手足は椅子に固定されており、奇妙に物静かだった。壁は石造り、前には劣化が目に見えて分かるほどの鉄格子があった。

 その横にはイアとフェーカスも椅子に固定され、スヤスヤと眠っていた。

 

「……パー………ん……ここは?」

「むにゃむにゃ」

 

 イアも目覚めたみたいだ。

 魔力探知をすると、この上に多くの未熟な魔力反応が見られた。数からしても、隊列のように並んでいることからも、生徒達だろうと推測できる。

 

 それと、この階には警備員はいなかった。

 逃げられることを前提に捕まえたのだろう。ならば目的は時間稼ぎか。急いだ方が良さそうだな。

 

【氷塊魔法】で手足を拘束していた縄を切り落とす。

 

「……嵌められたわね」

「そうだね。でも、それよりも王都が気になる! できるだけ早く戻るぞ!」

「分かった。ほら、起きなさい駄犬!」

 

 イアがフェーカスの椅子を傾けて倒した。確かに起きざるをえないだろうが……些か対応が酷すぎないか?

 

「むにゃむにゃ」

 

 嘘だろ!? 今ので起きないとか……。これはイアが経験したことがあるみたいだな。やれやれという顔をしている。

 

「んー、朝ですか?」

「よし、ここを脱出する! ここは第二学園の地下だと思う」

「どうするの? 森に立ち寄るのか寄らないのか。最悪、戦いは始まってるわ」

 

 そこが迷いどころなんだよなー。時間的余裕は無い。それどころか一歩、いや、五歩くらい出遅れているかもしれない。

 

「直行しよう!」

 

 階段があり、その上には出口と思われる扉があった。

 

 そこを開け、外に出た。そこには第二学園の風景が広がっている予定だった。

 

「まさかっ!? すいません! ここはどこですか!?」

 

 今どこから出てきたんだと言いたげな顔をした、一番近くにいた少年に声をかける。

 

「はぁ? ここは()()()()に決まってんじゃん」




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魔王城の双子姫 5ー3

「だ、第一学園?」

「当たり前だろ? 校内にいるくせに何言ってんだ?」

 

 っ!? 完全にやられた!

 第一学園がある街、アルパ。第二学園からここまで来るのに半日と言ったところか。

 王都に戻るまで、本気を出しても二時間はかかる。

 だが、確か第一学園は王城に繋がる転移ゲートが設置されていたはずだ! それを使えばすぐにでも行ける。

 

「校長室に案内してもらえないかな? いや、頼む!」

「校長室って、そこの二階だろ?」

 

 何を当たり前のことを、みたいな風に目の前の校舎を指さした。

 こういう時は校長室に行くのが手っ取り早いと相場は決まっているもんだ。

 

「ありがとうございます!!」

 

 俺は校舎に向かって走り出した。イアとフェーカスも無言でついてくる。

 やがて第三学園の校長室とよく似た扉を見つけた。

 

「失礼します! 第三学園のシャルテアと申します! 至急、校長に頼みたいことがあるのですが」

「第三学園? 弟のとこか! 遥々よくやってきたな! で、頼み事とは?」

「王城への転移ゲートを使わせて欲しい!」

「運がいいな、今から俺も向かうところだ!何をするつもりかは分からんがついてきていいぞ!」

「ありがとうございます!!」

 

 マジか!? 予想以上の出来だ。これならば敵の予想を大きく上回り王都に戻れる。

 

「ちょっと待ってろ、五分後に出発だ」

「分かりました、お願いします」

 

 この五分で方針を決めなければならない。

 

「イア、魔王城の様子は分かる?」

「三つ子達とは音信不通だけど、魔王様は無事みたいよ。襲撃なんてないそうだけど」

 

 魔王城に襲撃が行っていない……不味いな。

 戦力が王都に集中している可能性が出てきた。それに、目的も分からない。

 

「イアは魔王城が襲撃にあっていたら、王都と魔王城、どっちで戦いたい?」

「魔王城」

 

 そりゃ、即答されるか。最悪、イアとフェーカスには魔王城に行ってもらうか……三つ子達のこともあるしな。

 彼女達が行方不明になってしまった責任は少なからず俺にもある。

 そういった可能性を無視していたせいではないとは言いきれないからな。

 

「分かった。魔王城に異常があったらすぐにそっちに向かって。フェーカスもイアについて行くように」

「了解です!」

 

 しかし、何が目的なんだ? 魔人達の国か? それなら森に作ればいい事だし、街を破壊する意味が無い。

 やはり、王城には何かあるのか?

 くそっ、分からねぇ!

 

「よし! 準備は出来たぞ」

「お願いします!」

 

 至って普通の門が、壁に取り付けられている。

 しかし、門の中は不透明な何かに覆われているように見えた。

 初めてこれを使った時は、とても足を前に踏み出すのが怖かった覚えがある。

 

「私の後に付いてきてくれ、王の御前では静かにしてくれよ」

「分かっています」

 

 通った先が火の海とかだったら洒落にならないが、王城の中に火の手が回っていた場合は手遅れと見て間違いはないだろう。

 

 その場合は魔力探知を最大限で行い、先輩達を探し出す。第二王子も、一緒の所で捕まえられていれば楽なのだが、どちらにしろ探し出さなければないだろう。

 

 先に校長が通り、その後に俺が続く。その後すぐにイアとフェーカスも入ってきた。

 

 景色は王城内部に移り変わった。

 見たところ、戦闘の後はない。目的は魔王城みたいだ。

 

「ようこそお越しくださいました。第一学園の校長」

「恐縮です、サンドラク・ウィズマーク王」

 

 目の前に王が現れた。久しぶりという訳では無いが、公演の時よりも顔色は明るくなっている気がした。

 この国には何も起きていないのだろう。

 

「いきなりで悪いのだが、勅命だ。第一学園の校長、その連れ共々ーーーー死ね!」

 

 護衛に連れてきていたであろう騎士達が前に出てきて俺達に剣を向ける。

 

「な、なんの冗談ですか王!」

「聞こえなかったか? 勅命だ」

 

 まさか……最悪の想定が的中した。

 王は既に敵陣営だ。それならば、大方目的も見えてきた。

 

「横槍を入れるようで申し訳ございません。王、そこの騎士達は全員が魔人。これはどういうことでしょう?」

 

 厄介だな。魔力反応を見分けられなければ魔人と吸血鬼の違いが分からない。

 フェーカスと校長は話についていけてないみたいだが、イアは感じ取っていたようだ。

 

「それがどうかしたか? より強い護衛を使うに決まっているだろう?」

 

 王が手で合図を送ると、護衛の騎士達はその魔法を解除した。

 黒色の皮膚、間違いなく魔人だ。

 

「貴様は……エリスフィアの報告にあったシャルテアか。いや、第二王子のシャルク・ウィズマークか?」

 

 ここで答えることに意味は無いだろう。

 それに、あのことのカラクリを知らない時点で父と母には信頼されていなかった可能性が高い。

 

「イア! フェーカスを連れて魔王城まで行け! 私も後で追いかける!」

 

 無言で頷き、ポカーンとしていたフェーカスの手を掴んで走り出した。普段の三倍以上の速度は出ていただろう。すぐに曲がり角へと姿を消した。

 

「どういうつもりだシャルク、勅命だと言ったであろう? それは無論お前達も含まれていたのだが?」

「私たちの中に吸血鬼はいない、吸血鬼の王たるもの力を示してはどうでしょうか」

 

 別にこの国に執着する必要は無い。もはや、人間の国に逃げ込んだ方が生きやすいだろう。

 ここで戦闘になれば、隙を見て校長は逃せる。俺は正直いつでも逃げられるが、王の力を見ておきたい。

 

 現状、盤上の駒をひっくり返す程の奇策は何も無い。だからといって、ただで敗北する訳にはいかないのだ。

 

「ふん、何処にでも逃げるがいい。その代わりお前の先輩達、母の命はないと思え」

 

 くっ、人質もこっちが持っているのか! 魔力反応はこの王城にはないが、妙に阻害されている場所がある。そこに捕えられている可能性が高い。

 

「校長、貴方は戦闘が始まり次第すぐに逃げてください」

 

 校長の方を見るが、その目は虚ろになり思考は停止しているようにしか見えない。

 

「無駄だ。貴様は運良く人間だが、基本は吸血鬼の国だ。この指輪がある限り吸血鬼は俺には逆らえまい」

 

 あれはっ!? 神代の時にも一度見たことがあった。どこぞの神の遺品か!

 

「種族単位での洗脳ですか」

「知っているようだな。龍脈に接続している、魔力切れを狙うのは得策ではないと言っておこう!」

 

 王は言い終えると同時に手で合図を送った。

 護衛の騎士達五人が襲いかかってくる。

 あの指輪の有効範囲はそう広くないのだろう。校長をここに呼び出さなければならなかったことから分かる。

 

「校長、貴様も殺せ」

 

 校長の腕が不自然に動く。ブリキ製の人形のような動きだが、魔法は構築できるようだ。

 

「なぜ、魔人と手を組んだんですか!?」

 

 剣を避けながら情報を抜き出そうと試みる。相手からしたら死ぬのは確定した相手だ。

 情報を与えてくれる可能性は高い。

 

「強さだ。強くなければこの先の時代は生き抜けない」

 

 強さ、強さって何をそんなに恐れているんだ?

 それにしても、あまり質の良い魔人たちではないようだな。

 

「何をそんなに恐れているんですか! (【爆裂魔法】の魔法陣を多重展開、【特殊付与魔法】を展開、付与)」

 

 話しながらも、【収納魔法】の中から剣を取り出した。

 急がなければ魔王城の方が危ないかもしれない。先輩達には悪いが後回しにさせてもらおう。

 王が人質を持っているならば、まだ人質の価値はある。俺を引き寄せる餌として使えるだろう。

 

「時代の流れだ。ターニングポイント、再び神代は訪れる!」

 

 ちっ、記憶が無いだけあって、その後のことは分からない。再び変遷とやらが来ると思ったらいいのか?

 とりあえず、脱出だ。

 

「そうですか。情報提供ありがとうございます」

「逃げられるとでも?」

「ええ、簡単です」

 

 魔人達の剣の太刀筋は良くない。鎧には防御系統の魔法がかけられているのか、反撃を考えていない大振りばかりだ。

 

「こうするんですよ」

 

 一太刀で二人の鎧に剣を当てる。それと同時に【爆裂魔法】は効果を発揮し、爆発を起こす。

 三人目、四人目、五人目。一発目を防がれても関係ない。

 何のための多重展開か。もちろん確実に吹き飛ばすためだ。

 

「っ!? そこまでの力を持っているとはな」

 

 王は驚きながらも腰の剣を抜く。

 装飾が豪華なだけの剣ではないのは見てわかる。指輪と同クラスの兵器だろう。

 無論、そんなものと戦うつもりは無い。

 

「さようなら!」

 

 剣を後ろに振り下ろす。一撃で壁に大穴を開けたが、多重展開で爆発し続けるが、それを止めるつもりは無い。

 やがて大穴からは風が差し込んだ。五枚くらいの壁をぶち抜いたようだ。

 

「無茶苦茶な!」

 

 焦ったように飛び込んでくる王。隙は無いとはいえないが、悪くない突撃だ。剣の効果によっては負けも十分考えられる。

 迷いなく【飛翔魔法】で、穴を通り抜け、外に出た。

 思いのほか情報も集まった事だし、そんなに悪い結果にはならなかった。

 

「……不味いな」

 

 森から発生した魔人は全て魔王城へ向かっていた。

 圧倒的な力も数の前には膝をつく。

 そんな現象が目に見えて起ころうとしていた。




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魔王城の双子姫 6ー1

「完璧にやられた」

 

 この駄犬を連れてきた意味はありそうで良かった。

 

「っ、邪魔」

 

 魔人達の力は私にも、駄犬にも及ばないけどっ、数が多い。この数の前には眷属たちも押し切られている可能性が高いか。

 となると、魔王城も落ちている可能性が大きくなる。

 

 あの城は私達の妖力を支柱とした防衛能力が備わっている。裏を返せば、私達の妖力が切れた時点で、ただの建造物へと成り下がる。

 

 私以外の三人は何処に行ったのかは分からないけど、妖力の供給が途切れている。私だけの妖力でこの数を押しとどめているわけだけど……そろそろ限界が近い。

 

 魔王様の能力の前には数の暴力など無にも等しいが、単騎としての力が強い者にはそこまで強くはない。

 真相としての覚醒をすれば話は別になってくるが。

 

 真相としての覚醒、それは神になることだ。

 神となれば自身の力の、真相として根源を具現化する、【顕現】が使えるようになるだろう。

 

 それは誰も模造品を作ることができない、世界で唯一の魔法となる。

 

 しかし、魔王様にはまだ無理だ。彼女を突き動かすのは意思ではなく力。

 自身の力を振るうための強い意思がなければ覚醒はできない。

 

 そんな可能性の少ない希望に縋るよりも、現状の打開策を模索するべきか。

 いや、撤退策を模索するべきだ。

 

「駄犬!」

「ワンっ! って、何やらせんだ!」

「口の中に武器とかないの? あればかして」

「ほらよっ!」

 

 狼姿のフェーカスは思っていたよりも頼りになった。以外にも強い。

 

「ありがと、貴方強いわね」

「今は魔王城から魂が溢れかえってるから強化できるのさ!」

 

 自慢げに言っているが、ようはドーピングか。

 いつまでもこのままでは前に進めない。

 

「ちょっと力を借りる」

 

 ーーーーええ、好きなだけ使ってちょうだい! この体はイア、貴方なのだから。

 

 魔子回路が開放される。体に力強く、優しい魔力が流れ始める。

 

「我ここに還らん、我ここに至らん。万象は地へと還り、森羅は我とならん。我はただの地の守り手、その力は森羅万象、神をも打ち崩す力となる」

「ちょっ! 待って!」

 

 目の前にいた狼が急いで避難した。そこまで馬鹿ではなかったか。

 

「エーデル・フレミア!!」

 

 地面に通っていた龍脈の魔力が足から流れ込み、手の先に凝縮されていく。

 目に見えるほどの風が集まり、手毬程の大きさに凝縮された。

 

 私は拳を引き、その球体を殴りつけた。

 拳に押し出された球体はまっすぐ、速度を出しながら魔人達に飛び込んでいった。

 魔人達がその球体を脅威と判断したのか、軌道上に立ち塞がるが、肉を抉りながらその球体は直進していく。

 

 二百メートル程進んだであろうところで、魔法を解放した。

 

 同時にその球体は膨張し、凝縮され刃物のように研ぎ澄まされた風が放出された。

 

 ドッガァァン!!!!

 半径百メートル程の木々が吹き飛ばされ、その範囲内にいた魔人達は一人残らず、文字通り跡形もなく吹き飛んだ。

 

「げっ、これは多すぎ!」

 

 魂が見えているであろう駄犬はその多さに驚いているようだが、そんなことは無い。

 雑兵をいくら倒しても状況が好転しないを理解していないのは、この駄犬くらいのものだろう。

 

「急いで走る」

「分かってるよ!」

 

 心無しか駄犬の体が大きくなっている気がしないでもない。魔法陣から生み出された生物にも魂はあるのか、と妙に変なことが気になりもした。

 

「山岳地帯」

「口に入る?」

「嫌。自分の足の方が早い」

 

 この力を行使している時点で駄犬よりも遥かに速い速度を出せる。

 非常時は移動のみに力を使っていたが今は体全体だ。いつもよりも速くなっている自信がある。

 

「魔王様!」

 

 主人の姿を瞳が捉えた。漆黒の、この世を飲み込まんとする深い黒髪は乱れ、顔には切り傷がいくつもついている。

 

「へぇ、こんな子がさっきの攻撃を?」

 

 三人が魔王様を囲っている。前の男は居ないみたいだが、実力的には三人共が引けを取らないレベルだ。

 真祖の卵、魔王様と同格だろう。

 

「イア、逃げろ」

「ダメです。貴方はここで死んでいい人ではない」

 

 私は所詮作り物、魔王様あっての存在だ。双子が二組同時に作られた。魔王様の最高傑作の一つ、それが私だ。

 確か、口数が少ないが行動的な姉性質を持つ次女っていう設定だったかな?

 姉も妹もないというのに妹達はその設定に振り回されてばかりだった。

 このことを知っているのは私だけだろう。

 

 私達眷属が死ぬと力は魔王様の元へと戻る。私達がそれを死ぬ時に望めばだが。

 しかし、私達の力が魔王様に吸収されれば……もしかしたら魔王様だけでも逃げられるかもしれない。

 

 それくらいしか考えられないほどの戦力差があった。

 

 

 気温は高いにも関わらず冷たい風が顔を冷やしていく。打開策はない……私には悪いが死んでしまうだろう。

 

 ーーーー私のことは気にしないで。これは貴方の人生、私はただの付属品よ。

 

 そんなことない。たまたま被さってしまっただけで、私が来なければ、この体は貴方が使うはずだった。

 

 ーーーーそうね。あなたが来なければこの体は私のモノだった。でも、この体は貴方のために作られた器、私は紛れ込んでしまっただけの、不要物。貴方に開示してこなかった記憶を、力を解放するわ。

 

 

 その瞬間元々知っていたかのように情報を受け入れた。私自身は知らなかったとしても、その魂に刻み込まれた想いは消えなかった。そういうことなのだろう。

 

 ーーーーお姉さん眠たくなっちゃった。少しの間眠るわ。

 

 まるで、死ぬ様な言葉を吐かないで。

 

 ーーーー死ぬわけないじゃない。貴方の中で少し眠るだけよ。

 

 そう、おやすみなさい。

 

 ーーーーええ、そうさせてもらうわ……。

 

 彼女の意識が頭の中から消える。この間、約五秒。

 その短い間に私は大きな力を手に入れた。

 それでもこの三人を倒すことは叶わないのが悔しいが、逃げるだけならどうにかなりそうだ。

 

「逃げろイア! 奴が来た!」

 

 魔王様の声にはっ、として後ろを振り向く。

 そこには黒い剣を手に持ったあの男がいた。記憶にも現れたパンドラの箱から生み出された呪いそのもの、ニュクスだ。

 

「死ね」

 

 思い出した力を行使する間もなく殺されるだろう。

 母、パンドラを殺した世界への恨み。そして、母の復活だけを生き甲斐としてしか生きられない、悲しい化物。

 

 救われるべきだが、その進む先の未来には破滅しか残っていない。

 もう一人の私はそう言っていた。

 

 ああ、ここで終わってしまうのか。作られ、作られた道筋を通ってしか生きてこなかったこの人生。

 願うならば、多くの心に触れてみたかった。

 ーーーーまだ、死にたくなかったな。

 

「ーーさせないよ!!」

 

 希望の光が、天から差し込んだ。

 その太刀筋は、死の太刀筋の方向を変え、私を救った。

 

 そんな感傷に浸る間もなく剣戟が始まった。

 黒と鋼の剣は互いに傷を入れながら何度も衝突する。

 腐敗と爆発が衝突し、私は吹き飛ばされた。

 

 それを合図に紛れもない総力戦が始まった。




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魔王城の双子姫 6ー2

 ギリギリ間に合った! 遅かったが最後の一線をまもりきることが出来た。

 それはともかく、俺が参戦してもこの戦力差は覆せないだろう。

 

「下がれ、イア! 魔王! 今すぐ撤退するぞ!」

「させるわけがないだろ!」

「っ、!?」

 

 っ、なんなんだその剣は! 【爆裂魔法】の多重展開の衝撃に耐えるだけでなく、押し返してきているじゃないか!

 くそっ、このままでは俺の元の剣が持たない!

 

 しかし【爆裂魔法】が無効化されている気配はない。さらに黒剣の表面は衝突する毎に吹き飛び、再生している。

 それに比べて、俺の方の剣が劣化していっているようだな。

 

 恐らく……死の風で作り出した剣だな。

 魔法剣と呼ばれるものがこの世には存在する。

 放出された現象を魔力で操作し、特定の形で留まらせるというものだ。並の集中力でなせる技ではない。

 

 だが、ニュクスが持つ黒剣はそれに該当するものだろう。それも神代の魔法で構成されたものだ。

 こちらの剣が勝る道理がない。

 

 しかし、俺だって対抗策がない訳がない。知識としてあるのだから、対抗策を考えておくのは当たり前のことだろう。

 とうの昔、そういう系統の攻撃の対抗策として【氷獄魔法】を生み出したのだ。

 もちろんの如く、奴はそれを知らないみたいだがな。

 

「ネタがわれればなんてことはない!(【氷獄魔法】の魔法陣を構築、展開、発動!)」

 

 辺り一帯とまではいかないように制御しているが、半径五メートル圏内の魔力が停止する。風だろうがなんだろうが、魔力で出来ているものはすべて凍りつく、そういう魔法だ。

 

 これでニュクスの黒剣はただの強度の低い棒と変わらなくなったが、こちらの【爆裂魔法】の多重展開も停止してしまっている。

 

 この魔法の難点は最低範囲が広すぎることだ。

 大雑把な操作しかできないため、自身への付与魔法などはすべて停止してしまった。

 

 そのため、停止と同時に新しい【身体強化魔法】を自身の体に付与しなければならないという手間がはっせいしてしまうのだ。

 この人間の娘の筋力は並の人間以下しかない。そんな危険な状況をもたらすような魔法はできるだけ使いたくないのだが、状況が状況だ。

 仕方がないこともある。

 

 蛇足になるが、そんな難点をどうにかしようとした過程で過去に生み出したのが【特殊付与魔法】だ。

 これでデメリットを克服できた。

 

 そして現在、俺は魔法の展開速度だけならば、神にも負けないという自信がある。

 ましてや、神の眷属程度の存在に負けてなどいられない。

 

 俺はニュクスの持つ黒剣に向かって剣を振り下ろすそのコンマ数秒の間に【爆裂魔法】の多重展開、【威力累乗魔法】付与付きの魔法陣を構築した。

 

 俺が振り下ろした剣は、それこそ風を切るように黒剣を砕いた。太陽に照らされ黒い結晶が地面に落ちるまでの一時、奴との目が合った。

 

 ほぼ同時に魔法陣を展開する。考えていたのは相手も同じ、どのくらいの時間をかけて構築したかは知らないが、あらかじめ準備していたようだ。

 

 身体中の力の速度が上がる。それだけで体温が上昇し、血の流れが、思考が速くなった。

 後は構築された魔法陣に魔力を流し込むだけ。その動作が遅かった方が、次の攻撃で大打撃を受けるだろう。

 

「遅い!!(全魔法陣発動!)」

 

 俺が振り下ろし、そのままニュクスの心臓部に向かって剣を突き出した。その剣先に紅蓮の魔法陣が五重になって現れた。

 そして、魔力は圧倒的な熱へと変換され、破壊の極地に到達する。

 

 しかし、その光景を数十センチ先に突きつけられているニュクスはーーーー笑っていた。

 

 急激に嫌な悪寒が背筋に走る。だが奴にこの攻撃を止め、反撃するだけの時間はない。

 

 奴は剣の軌道上に、心臓を守るように左手を被せてきた。

 心に残った不安を振り払い、俺は剣先をニュクスが心臓を守ろうと防御に使った左手の平に突き刺した。

 同時に魔法が発動し、視界が無の白色に染まった。

 

 手応えはあった。それでも奴は残った魔力をその剣先の部分の防御に当てていたため、仕留めたとは言いきれない。

 確実にトドメを与えるためには追撃を緩めてはいけない!

 

 俺は再び【爆裂魔法】の魔法陣を展開し、吹っ飛んだニュクスの体を追いかけた。

 左手は既に吹き飛ばされ、おびただしい量の血を振りまきながら飛んでいく……魔王がいる方向に。

 

「ただでは……死なない!」

 

 残った右手から灰色の、この世界に来てから最大の魔法陣が現れた。

 

 魔法陣はある程度の大きさ以上になると維持が格段に難しくなり、発動前に破綻する可能性が高くなってしまう。

 そのため、魔法陣を紙に書いた上で発動させるなど、色々な工夫を施す。

 しかし、奴の魔法陣の大きさは【不老不死魔法】の魔法陣と同級の大きさだ。

 そんな魔法陣を維持するための集中力を乱せば、阻止するのは容易い。しかし、今の俺にその術は持っていない。

 あれほどの魔法陣だ、この戦いに突入する前から構築していたはずだ。阻止するためには、俺もそれなりの魔法陣を構築しなければならない。

 しかし、そんな時間は残されていない。

 

 見た感じ、恐らく攻撃系統だ。しかも、かなり範囲が広くしか指定できないタイプのものだろう。一国くらいなら余裕で吹き飛ばせるのではないだろうか。

 しかし……範囲には完全に味方であろう三人も含まれている。

 

「魔王っ! 逃げろっ!」

 

 それでもニュクスは止まる気配はない。味方諸共魔王を殺す気だ。

 

「……イアを頼んだ」

 

 最後にそう微笑んだ。優しい、子の行先を見守っているような……母親の表情だった。

 直後、魔王の瞳には強い力が宿り、最後の抵抗に意識を切り替えた。

 それでも一秒後、彼女の命はこの世にないだろう。

 イアも必死で叫びながら走り出すが、間に合う道理はない。

 

「【顕現】ゲイル・ユートピア!!」

「【顕現】死獣・ディザイア、奥義・デスゲリュル!!」

「「なっ、」」

 

 正真正銘最後の一撃。文字通り命をかけた二人の攻撃の衝突。強敵であるはずの三人は、声と共に存在を掻き消された。

 

 世界の終わりを連想させるような灰色の咆哮。その大きさは魔王が背中に背負う魔王城を覆い潰す程大きかった。

 

 刹那、灰色の閃光と華やかさな紅の壁が衝突した。

 凄まじいエネルギーの衝突。しかしその衝突がもたらした衝撃は無に等しかった。

 

 両攻撃のエネルギーが底を突いた。

 同時に一つの命の灯火が……儚く消え去った。

 

 辺りには優しさ、温もりを与え、全ての怨恨を飲み込むような紅蓮の花弁が舞い散っていた。

 あの魔王はこの土壇場、最後の最後に真祖として覚醒した。

 それはつまり、力の根源となる感情を自覚し、受け入れたことを指し示す。

 

 幻想的な、それであり哀しみを覚える光景だった。

 

 まるで死者からのエール。これからを生きていく我が子への最後の贈り物のように感じたのは気のせいではなかっただろう。

 

 作り物の少女の頬には二筋の光が煌めいていた。

 

 その瞳には、紅蓮に彩られた、親が命懸けで遺した故郷が映っていた。

 唯一の思い出としての光景として忘れることは無い、彼女はそう心に誓った。

 

 




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魔王城の双子姫 6ー3

 俺は横で力なく、地面に膝をついた少女にかける言葉が見つからなかった。

 それでも彼女の表情に含まれているのは悲しみだけではなかった。

 過去を振り返らないのではなく、振り返り、受け入れ、その上で前に進もうとする勇気を持っている彼女に、俺は同情はいらないと感じ取った。

 

 そして、俺は苦境を乗り越え、作り物ではなくなった彼女の行く先を、ただ純粋に見てみたいと思った。

 

 彼女が慕っていた主、魔王は死んだ。

 それでも魔王は最後に自分を突き動かす感情を力に変え、娘達の未来を残した。

 その生き様は決して汚されていいものではなく、汚れるものではない。

 俺とイア、そして理解しているかは怪しいが、フェーカス。その三人の心の中に深く刻み込まれた。

 

 

 翌朝、国は大いに盛り上がっていた。

 昨晩から続いた宴会騒ぎは収まることを知らない、と言った状況だ。

 もちろん、それは魔王が死んだという吉報が届いたからだ。

 

 そんな宴会で飲み食い出来るほど俺は聖人ではない。

 それでも俺の堪忍袋の緒が切れたのは今さっきだ。

 なんやかんやでイアが全く怒りを発していないので、キレるまではいかなかった。

 それでも王、サンドリア・ウィズマークの一言によって呆気なく沸点に達した。

 

「昨日! 魔王軍の生き残りを捕獲することに成功した! 本日の正午、捕虜の処刑を実行する!!」

 

 ブチッ、本当に脳の血管が千切れたかと思うほど、俺の怒りは爆発していた。

 

 だって許せるわけが無い。この国の国民を騙し、魔人の手を組んで多くの人々を殺した。

 そんな奴が魔王の残したあと三人の娘達を処刑すると言ったのだ。

 許せるわけが無い。無論、許すつもりもなかった。

 

 抑えていた魔力は膨張し、外へと溢れ出さんばかりに身体中を駆け巡った。黒い何かが心の中から溢れ出てこようとしたから、力の奔流で吸収してやった。

 

 今すぐにでも殺す、そう決意した時だった。

 小さな手の温もりが俺の手に触れた。

 俺の手にはイアのてが重ねられ、赤く染まっていた。

 

 そう、イアが怒りを全く出していない訳がなかったのだ。彼女は爪が食い込み皮膚が破れ、流血するほど拳を握りしめていた。

 そうまでして怒りを抑え、三人の救出、その機を伺っていたのだ。

 

 それを理解した時、俺の頭の中は整理され、冷静になった。

 そして、目的ははっきりした。

 

 俺の目的はこの国の……元の姿を取り戻し、奪った奴らを殺すこと。その為に、魔人達の組織は一人残らず殺し尽くす。これは決定事項だ。

 

 親玉が死んだからといって組織が潰れたかどうかは怪しい。新たな親玉が組織を牛耳り、存続していてもおかしくはない。

 そんなことはーー俺が許さない。

 

 イアの目的はなんなんだろうか。フェーカスは何も特に考えていないだろうし。

 

「イア、これからどうするの?」

「…………魔王になるわ」

「えっ!?」

 

 確かに母の意志を継ぐという点では間違ってはいないのかもしれないが、それは吸血鬼、人間、獣人、様々な種族と対立するということだ。

 間違ってはいないが最善の道ではないだろう。

 

「魔王様が死んだ直後、私達四人の中には真祖の種がまかれた。私はその種を開花させ、力を手に入れる」

「いいの? 戦いだけの人生になるわ」

「それを誰かがしないと、魔王様が忘れ去られる」

 

 彼女の瞳は死んではいない。別に母の後を追おうとか、やけくそになっている訳では無いのは十分に伝わってきた。

 

「とりあえず三人を処刑から、先輩達を牢屋から救い出して、亡命するしかない」

「どこに行くつもり?」

「…………人間の国か、獣人の国」

 

 正直なところ、情報が無さすぎて判断のしようがない。

 先輩達なら何かと知っていそうだからその時に決めればいいと思っている。

 

「私もついていくわ」

「……魔王はどうするの?」

「全ては終わってから考えること。あの時の魔力の流れはおかしかった。それにまだ終わってない」

 

 イアの視線の先には、貴族達と楽しく酒を嗜んでいる王がいた。

 あの男の戦闘力は不明だ。指輪と剣、その両方がとても強力な魔力を帯びていた。それに、組織を利用していたことから、対等に手を結んでいたと考えられる。

 

 最低でもニュクスと同等の戦力と見ていいだろう。

 現状では厳しいかもしれない。いや、その可能性の方が高い。三人のうち一人は死ぬだろう。

 そんなハイリスクを犯すことはしたくない。

 

 それに最優先事項は別にある。

 

「とりあえず、処刑の阻止のことを考えよう」

「今から侵入して、ぶっ壊して助けるじゃダメなの?」

 

 脳筋か! 確かにできなくもないが、それこそハイリスクだ。俺は残念ながら【転移魔法】は使えない。その為、緊急脱出などが出来ないのだ。

 

「それは流石に無理があるよ。あの王の戦力がわからない以上危険すぎる。狙うのは…………の時だ」

「駄犬の頑張り次第って事ね」

「僕頑張れ!」

 

 不安は残るが仕方がない。これが最善だと信じよう!

 イアの言う通りフェーカスが鍵となる作戦だ。

 

 その後、俺達は細かい作戦のすり合わせをして正午になるのを待った。

 

 太陽が頭の真上にまで登ってきた。お祭り騒ぎもこれで終わりになることだろう。

 

「これより、待ちに待った処刑を行う!」

 

 その宣言とともに、落ち着きかけていた宴会場にいる人々から歓声があがる。

 処刑される三人は頭に袋を被せられ、ギロチンの横に転がされていた。

 

「行くぞ!!」

 

 俺達は【隠密魔法】を三人に付与し、広場に設置された処刑台の近くに来ている。

 俺はフェンリルモードのフェーカスとイアに目配せし、【氷獄魔法】を王都を覆う範囲で発動した。

 

 そして、イアは城の地下へ、俺とフェーカスは処刑台のすぐ横まで近づいた。

 

 そして、処刑台に向かって【爆裂魔法】を放った。処刑台は派手に吹き飛ぶ。それと共に国民の悲鳴と土埃が同時にあがった。

 その瞬間【隠密魔法】を解き、フェーカスが処刑台が吹き飛ぶ風圧で飛ばされた三人を口に放り込み、戻ってきた。

 

 処刑人も、国民も何が何だか分からないという感じだが、王は眉間に皺を寄せ、険しい表情をしていた。

 剣を一度抜いたが、機能が凍結している事に気づき大人しくこの場を見守ることにしたようだ。

 

 俺は戻って来たフェーカスに乗り、土埃の中から国民の前に登場した。

 元第二王子、シャルク・ウィズマークの姿で。

 

「俺はシャルク・ウィズマークだ! 俺はこの国の王を、俺を殺そうとした輩を認めない! これはクーデターだ、俺はいずれこの国を潰しに戻る。それまで首を洗って待っていろ!!」

 

 後ろを向いて【氷塊魔法】を発動する。氷の杭が王に向かって飛んでいく、これは宣戦布告だ。

 王は前に出ようとした護衛を手で制し、同じように氷の杭を作り出した。

 相殺され、崩れた氷の塊が太陽の光に反射し綺麗に煌めく。

 

「第二王子を名乗り、その人生を侮辱した反逆者よ! 俺はこの国の王として、何よりも兄として許しはしない!!」

 

 よく言うぜ。こっちが完全に悪役だな。

 

「フェーカス、行くぞ」

「了解です!」

 

 俺達はその場を駆け抜け、合流地点へと向かった。背中には敵への歓声が上がっているが気にしない。

 別に国民に罪はないのだから。いや、無い訳では無いが命を奪われるほどのことはしていない。

 

「フェーカスはここで待機していてくれ、俺はイアの方に行ってくる」

「お気をつけてー」

 

 王の注意は俺に釘付けだったが、イアの方が難易度は断然高い。見知らぬ場所に潜入し、捕まっている先輩達を救い出さなければならない。

【氷獄魔法】を使った後、魔力探知で先輩達が地下にいることは確認済みだが、牢屋が破壊不可能だった場合は終わりだ。

 他にも、先輩達が自力で歩けない時もイアにはどうしようもない。

 

 俺は元の姿に戻り、急いで走った。一分以内に風穴の空いた壁を見つけることが出来た。恐らく、イアはここから侵入したのだろう。

 ここから処刑人と三人は出てきていたから地下牢には繋がっているはずだ。そう信じたい。

 

「っ、誰だ!」

 

 そこに一つのシルエットが浮かび上がった。顔はその場が暗いせいで見えないが、体格からしてイアではない。

 

「待てって! いきなり剣を向けんな」

「ん?」

 

 どこかで聞いたような、聞いてないような声がした。

 

「ゼルドミア! まさかもう忘れたー?」

 

 あっ、最後の気の抜けた声で分かったわ。何かはっきりした声だったから違和感があったんだ。

 

「悪い、だらしなくなかったので分からなかった。それよりもなんでここに?」

「弟の一人が捕まってたんだよ。あっ、ついでにこいつらも拾ってきたぞー」

 

 影から七つの人型が飛び出した。

 全員無事みたいだ。これで心置き無く亡命できるな!




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旅路の冒険 1ー1

「じゃあキール、後のことは任せたよ」

「……お気をつけて行ってらっしゃいませ。このキール、いつまでもお帰りをお待ちしております」

 

 そう言って、俺は母のいる部屋の扉を閉めた。閑散とした学園内、その理由は学生達が王都に集められたからだ。

 あの王は早速戦力強化に入ったらしい。

 

「……行こう」

 

 廊下に出てもいつもの様な騒がしい雰囲気はなく、曇天から漂う湿った空気に支配されていた。

 今頃、彼らは洗脳を受け、王の手先となっているかもしれない。

 そんな状況を見過ごしたまま出国するのに、心が痛まないか? と聞かれたら間違いなく痛む、と答えるだろう。

 

 それでも、あの元凶を倒す力のない俺はこの国を離れる。後二年もあれば勝てるようには持っていけるだろう。ほぼ単騎での国との戦争になり、勝たなければならない。

 それを成し遂げるために俺は…………逃げるのだ。

 言い逃れをしようとは思わない。これは紛れもない敗走だ。

 

 これから俺達は大陸を横断し、海を横断する。

 人間の国、秘境の島国とも囁かれるその国までは長旅となるだろう。

 その長旅に付き合ってくれる仲間はイアとフェーカスに加えてもう一人いる。

 

 昨日、脱獄したのは先輩達を除いてあと一人だけ。第二王子、ハーダック・ウィズマークは既に洗脳され、王に連れていかれたそうだ。

 

「ほらっ、早く来ないと置いてくぞ!」

「ちょっ、待てってシャルテア!」

 

 俺達に気付かず、学園の外を見ていた少年が慌てて追いかけてくる。何とも頼りなさそうな少年だ。

 こいつがもう一人の仲間、タイト・アンフェルだ。

 

 ゼルドミアは昨日までの別行動はこいつを救い出す為だと言っていた。こいつにそんな価値があるのか? とふざけ混じりで聞いてみたところ、面白い返答が返ってきた。

 

『あいつはポンコツだが、素質だけはピカイチなんだよなー。俺やもう一人の弟よりも影の力の才能はあるんだよ』

 

 こんな返答の次にさらなる驚きが待っていた。

 

『力を完全に抑えてたから闇属性には反応していなかったんだろーな。育て上げればそこの幻獣種程度の敵なら倒せるようになるはずだぞ。ってことで連れてけよー』

 

 どうやらかなり特殊な家柄みたいだ。闇属性から派生した独自の影属性や、魔子回路の完全な遮断封印など、一般的なことではない。

 

『お前はどうするんだ?』

 

 俺はそう聞いてみた。返答は予想通りだったのだが…………護衛に戻るらしい。

 この事だけではないが、俺の父と母は多くの人々から厚い信頼を得ていたことがわかった。

 

 ここにいない先輩達は父の恩義に報いる為に母の護衛に回っている。睦月先輩とカラミア先輩は人間の国の方からの使者が来て、連れて行かれてしまうそうだ。

 使者が到着するまでは二人も補佐に回ってくれる予定だ。

 

「カルロ、いざとなったらみんなで逃げてね」

「分かってますよ。シャルテアちゃんと作ったこれもありますしねー」

 

 応接間の床には大きな魔法陣が書かれた模造紙が広げられていた。

 昨日、俺の【転移魔法】に関する知識を総動員して作った転移魔法陣だ。

 俺は適性がないのか発動できなかったが、カルロが発動できるのは確認済みだ。

 緊急時はこれで魔王城まで避難する手筈になっている。

 

 魔王城と言えばあの三つ子、ラミ、ミラ、アイだ。

 彼女達も明らかに力が増幅していた。口々に魔王様のおかげと言っていたので、イアの認識は間違っていなかった。

 そのまま三人は礼を告げて魔王城へと帰っていった。あそこが唯一の居場所だそうだ。

 これからの人生を魔物の管理者としてあの城で過ごしていくらしい。

 

 イアは三人に誤っていたが、これまた口々に否定していた。要約すると、『人生を選択するのは自分自身であって、それを責めるなんてことはしない』だそうだ。

 それを聞いたイアの瞼からポロリと涙が流れ、それを合図に他の三人も泣き出してしまった。

 

 心の中では三人ともイアのことを心配していたのだろう。それも当たり前のことだ。

 魔王によって生まれた四人は二組の双子として、今までの時を共に過ごしてきたのだから。

 

「長い旅になると思うけど、これからもよろしく!」

「こちらこそ」

「主の飼い犬ですから!」

 

 こうして俺達は吸血鬼の国、サートリア王国を出国した。

 名残惜しい事など一つもない。この偽りだらけの国を変えるために俺達は必ず戻ってくるのだ。

 長い旅路も一歩から。俺達はその一歩を踏み出した。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ーーーー二ヶ月後

 

「イア! 左から来てるぞ!」

「分かった!」

「てりぁぁ!」

 

 ジメジメとした季節は終わりを告げ、カンカン照りの暑さが俺達を襲っていた。

 そんな中、複数の魔人と遭遇した俺達は森の中で戦闘を繰り広げていた。

 

「完了、終わったわ」

 

 こっちでも二体、向こうにも二体いたが、俺達に敵うほどの戦力ではない。むしろ秒殺できるレベルだ。

 

 熱心というか、馬鹿正直というか、組織に属しているであろう魔人達は皆揃いも揃って、お揃いのローブを着用している。

 

「最近多くなったね。根城でもあるのかな?」

「さぁ、答えさせればいいんじゃない?」

 

 イアは今の戦闘で一人の捕虜を確保していた。

 そして、何の特別なことでもないように【真言魔法】を発動した。

 

【真言魔法】は無属性魔法で、真実薬と一緒の効果をもたらす魔法だ。拷問にかけずに情報を抜き取るにはいい魔法だが、対抗手段を知っている者には効きづらい。

 例えば【隠蔽魔法】や、【遮断魔法】が対抗手段に該当する。

 

 まぁ、何故イアが無属性魔法を使えるのかというと、使えるようになったからとしか答えられない。

 元々は魔子回路が停止していたが、何らかの弾みで稼働し始めたらしい。その代償として、妖力を操る感覚が日に日に弱くなっている。

 魔王の眷属ではなくなり、その恩恵を失ったのが理由として推測できるが、断定はできない。

 

「わー、私たちは、この付近にある迷宮を活動拠点にしております」

「ここの付近とはどこ?」

「ここから南南西に五百メートルほど行ったところにある地下迷宮です」

「そう、ありがとう」

 

 ビチャ。この音が何なのかはご想像にお任せしよう。

 

 何にしろ、俺達は二ヶ月かけて初めての大きな情報を手に入れた。

 あの魔人の言った通り五百メートル行った先には地下迷宮の入り口があった。

 

「あれっ? この迷宮の魔力って……」

 

 その迷宮には懐かしい魔力質。神代の魔力が漂っていた。




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旅路の冒険 1ー2

「ここって、メイザス迷宮の派生のひとつだったんじゃなかったっけ?」

 

 吸血鬼の国の近くには大きな迷宮が一つあった。

 その名もメイザス迷宮という。メイザスという人が見つけたからそう付けられたらしい。

 この迷宮はポピュラーかつ、安全な迷宮だったはずだ。冒険者を目指す学生達のいい訓練場になると話していたのを聞いたことがある。

 

 ここもメイザス迷宮の入り口の一つと考えるのが妥当なところだ。

 しかし、神代の魔力が漂ってきていることに違和感がある。神代の魔力が流れている迷宮が生易しい物である覚えはない。

 

「でも、魔力がね」

「違うわね」

「神代のものですね!」

「えっ、魔力がどうしたのさ」

 

 タイトに対して神代のことを説明しても、時間の無駄に終わりそうだな……放っておこう。

 入るとしてもどのメンバーでいけばいいのか。迷宮中の魔力は迷宮の魔力が入り乱れていて探知しづらい。

 相手の戦力が分からない以上、危険ではあるのだが入らないわけにもいかない。

 

「……私とイアで中に入るから、タイトはフェーカスの中に入ってて。フェーカスもできるだけ戦闘は無しよ」

「了解です!」

「た、頼んだぞ、フェーカス!」

 

 迷宮外チームはそんなに心配していないのだ。問題は迷宮チーム、俺とイアだ。

 何があるか分からない迷宮の中に二人だけ。【爆裂魔法】は迷宮内では必然的に威力を抑えてしか使うことが出来ない。

 俺達には繊細な戦い方が求められるが、俺もイアもあまり得意なタイプではない。

 だからといって、失敗しちゃったで済む話でもない。崩落すれば、ここら一帯の生態系が道連れになる可能性が高い。

 それは出来る限り避けたいことだ。

 

「じゃあ行ってくる」

「お気をつけて!」

 

 中に入ると一気に暗くなるため、予め用意していた木の棒に火をつける。

 ボウっと松明の明かりが、洞窟のような壁に俺たちの影を映し出した。

 

「何もいないわね」

 

 しばらく歩き、下に降りるための坂が現れた。ここまでに出会った生物は何もいなかった。

 不気味なくらい静かな洞窟だ。

 

「いないと来た意味がないんだけどな〜」

「出来るだけ浅い層で出てきてくれた方が迷宮に負担をかけなくて済むのに……」

 

 俺達は迷宮を攻略するためにここに来た訳では無い。魔人達のアジトだと言うから来ているのだ。もっとわんさかいるものかと思ったのにな。

 

「とりあえず降りよう」

 

 坂を降りたところの壁に松明を取り付けた。松明に【材質強化魔法】をかけているので焼け落ちることはないだろう。

 これは各ポイント事に松明を置いていくことで人が入ったぞーという証になる。

 

 この迷宮にはさほど意味はないのだが、多くの人が挑戦するポピュラーな迷宮だと安全地帯を示したり、単純な灯りとしても活用される。

 そのため、この系統の無属性魔法を使える人達は親切心で置いていくことが多い。

 商売にも一応はなるのだが、何せ単価が低いので消費魔力と利益が釣り合わないので、ほとんどの人はしない。

 

「やっとお出ましよ」

「出来るだけ床に大きな衝撃は与えないでね! こっちから仕掛けるよ!」

「分かった!」

 

 T字路になっているところに、警戒を怠った魔人が二体現れた。

 俺の声に反応して、こちらに気づいたが遅い。既に勝負は決している。

 

 急いで腰の剣を抜いた魔人だが、防御をさせる間を与えることなく氷の剣で腕を落とす。流石に首を落とせる程の隙ではなかったが、それは武器の射程が短かったからだ。

 大剣を使うイアはしっかりと首を落としていた。

 

 そんな感じで特に危なげなく敵を葬り、二つ下の階層へ降りた。階層主が出てこない理由は、魔人達が既に倒していると考えるのが妥当だろう。

 洗脳系統の魔法を使えたならば、有能な防衛手段として使えたのに……勿体無い。

 

「イア……」

「分かってるわ、そろそろ来るわよ」

 

 ここに来て初めて魔力濃度が上がった。そして、空気がピリついている。地面の振動からして……もう少しで階層主レベルの魔物がやってくる。

 やはり、防衛手段として大事な箇所だけ守らせているのかもしれない。

 

「先手を取られる前に私が!(【氷塊魔法】で氷の杭を生成、【相対座標魔法】を付与)」

「ブオォォォォオ!」

 

 作り出された氷の杭は大きいが一本だけ。その氷の杭は拳の動きと共に前に突き出された。

 

 二足歩行の豚型魔物、もはや魔獣と言った方がいいかもしれない。豚型と言っても腹筋はバキバキのエイトパック、背中には裁ち包丁の様な剣が装備されていた。

 

 構わず突っ込みながら拳を前に出す。それと同じ動きをした氷の杭がその顔面に突き刺さった……はずだった。

 

「何っ!? 止められた、イア!」

「分かった!」

 

 氷の杭は先端から粉々に砕けている。俺は魔法を解除しながら、イアの太刀筋を空けた。

 俺が氷の杭を放った場所と同じところに大剣が叩き込まれたが、豚型魔物は倒れない。

 

 それどころか、傷一つ負っていなかった。

 

「ブオォォオ!? ブオォォオ!!」

 

 いきなり攻撃を仕掛けられたことに怒りを覚えたのか、猛突進してくる。その手には既に剣が握られており、俺達を横薙ぎにするように振るった。

 

 それを間一髪の所を狙ってしゃがみ、隙の出来た横腹に狙いを定め魔法陣を構築する。

 

「イア! こいつは【結界魔法】を使っている可能性が高い!」

「……っ! なら、叩き割るだけ!!」

 

 迷宮での初めての強敵との戦い。神代の魔力を帯びた迷宮の魔物として相応しい強さだ。

 それを俺達の知らない所から覗いている影に俺達はまだ気づいていなかった。




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旅路の冒険 1ー3

「あちゃー、これもダメなのか~。私の所までそろそろ来ちゃうな。あっ、おもてなししなきゃ!」

 

 慌てたように部屋を出て鍵を閉める。物理的などと優しいものではない。壁で閉めるのだ。

 

「おもてなしって言ってもすることないな〜。落とし穴でも作っちゃおう!」

 

 そう言って、金髪に赤毛という珍しい髪色をした少女は楽しそうに指をくるんと回した。

 特に変化は起きていないようにも思えるが、今の行為も大いに迷惑な行動だ。

 

「ここで終わりね」

「あれは……魔人じゃないわね」

 

 客人達が登場した。二人とも女の子で、見た目通りの年齢だとしたら十代前半、私の年齢を百で割ったくらいかな? けど、魔力は有り得ないほど強い。油断出来ないなー。

 

「やぁ、よくここまで辿り着いたね! 歓迎するよ!」

「お前が永劫の教団(アルカナ・カルト)の今のボスってことでいいの?」

 

 あるかな、かるとって何だっけ? どこかで聞いたことがあるような、ないような……思い出せないや。

 

「その何とかかるとって言うのは分からないけど、とりあえず自己紹介から始めよう! 私の名前はラプラス! よろしくね!」

 

 ○○○○○○○○○○○○○

 

 こいつはなんなんだ……アジトの一番奥に居座りながら組織のことを知らないのか?

 

「魔人達はいなかったの?」

「いたよー? お願いして出ていってもらったけど 」

 

 お願いしてって、そんな訳あるか! 組織化した魔人に武力交渉しただけだろ。

 いや、洗脳系統の魔法を使って『お願い』したならば、いとも簡単に魔人達を追い出すことが可能か。

 

 どちらにしろ侮っていい相手ではない。何せ、こいつの魔力は……神代の魔力だ。

 

「……イア、どうしたい?」

「とりあえず、パンドラの情報を聞きたい」

「じゃあ、捕まえるか!」

「ええっ!? なんでそうなったのさ!」

 

 最優先事項はパンドラのことだ。ここがアジトならば彼女が封印されているはず、その鍵は俺の魔力らしいのだが勿論のことながら自覚はない。

 

 てか、こいつ……バレてないと思ってるのか?

 これなら、利用できるな。

 

「えーと、ラプラスだっけ? これはお返しだと思ってくれるといいな(【氷獄魔法】の魔法陣を構築、展開)」

「へっ?」

 

 俺は【氷獄魔法】を遠慮なく発動させた。そしてすぐに【浮遊魔法】を俺とイアに付与した。

 これは飛ぶというよりはその場に浮くといった感じだ。この状態で移動するのは骨が折れるのがデメリットだが、【飛翔魔法】よりは魔力消費が大幅に抑えられる。

 

「あっ、ちょちょちょっと!」

「足元に気をつけた方がいいよ〜」

 

 こいつは俺たちの目の前に落とし穴を掘っていた。どうやったかは分からないが、中々の大きさの空間が空洞となっていた。

 俺達はその穴が何らかの魔法によって維持されていると見ていたのだが……間違いではなかったようだな。

 

 いい感じにその空間に土が集められ、狙い通りにラプラスの足元も崩れた。

 俺に罠を仕掛けるなど二百年早いわ!

 

「やってくれるなー! ちょっと遊ぼうよ!」

「イア! 私だけでやる!」

 

 中々の魔法使いだと見受けられた。魔力量に関しても俺とそう大差は無さそうだ。

 こんなやついなかった気がするけど……俺の記憶は頼りにならないからなー。

 

【氷塊魔法】で氷の杭を五本作り出し、掃射した。十分なスペースがあるここならば、戦いの幅も広がるというものだ。

 さて、どう来るか?

 

「んにゃ、こりゃやびぃー!」

 

 魔法を使った気配はない。しかし、俺が放った五つの氷の杭はラプラスに掠りもせずに壁に突き刺さった。

 

 彼女の足は止まらない。そのまま無防備に突っ込んでくる。

 

「舐めないで!(【爆裂魔法】展開)」

 

 殺す気は無いが舐められていて悔しかったのだ。【爆裂魔法】を展開し、手のひらを彼女の方に向け標準を合わせた。

 

「ふふっふー! 【結界魔法】発動!!」

「ぶち破れ!(【爆裂魔法】発動!)」

 

 距離は五メートル。その先の彼女の足元に【爆裂魔法】を放った。土煙に飲まれないために後ろに下がった。

 

「あまいね! このラプラス、このくらいじゃやられないよ!」

 

 バキ、ズドォン。

 

「…………怪しい」

「ああ、イアの言う通り……怪しい」

「はうっ! わかった、わかったよ! おふざけはここまでにして君達の質問に答えるよ!」

 

 五つの氷の杭のせいでヒビが入っていた壁が崩落した。その中から怪しい培養機などが並んだ、人目で研究室と分かる代物が登場した。

 

 ラプラスは俺たちの放つ『怪しいな〜光線(ただの疑いの目)』に耐えられなくなり、俺達をその研究室の中に招き入れたのだった。

 

「ここはなんなの? ラプラス、あなたの部屋か何か?」

 

 研究室の奥にはさらに一つ部屋があり、そこは完全に私部屋となっていた。

 

「うん! 元々はパンドラって人が封印されてたみたいなんだけどね」

「っ! パンドラ! 彼女は復活したのか!?」

 

 彼女が復活するとこが何をもたらすのか、それを俺達は知らない。ただ、世界を恐怖で飲み込もうとした組織の目的だったから阻止した、それだけだ。

 記憶的には、ただの女の子が封印されているはずなのだが、彼女に関する記憶のほとんどが欠けてしまっている。

 むしろ、彼女の関わった出来事の記憶が欠けていると言っても過言ではない。それだけ、俺の中で大きな存在だったはずなのだ。

 

 現に俺はパンドラが俺の魔力で復活できるのなら、そうしようと思っている。

 だが、そのための情報が少なすぎた。どんな危険があるか分からない。

 

 世界と彼女を天秤にかけて、彼女を選べる程の覚悟は、俺にはまだ無い。

 

「彼女、パンドラは復活したよ……それは考えられる限り最悪の状態でね」

 

 その言葉に呼応し、真っ先に反応を示したのは俺の心だった。




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旅路の冒険 2ー1

 何故なのか? 俺の心はなぜここまで脈打っているのだろう。胸が締め付けられ、息苦しい。それほど大切な人を……俺は思い出せない。

 

「……最悪の状態って?」

「どうやら彼女の復活は正攻法で行われたものではなかったようなんだよね。違う燃料を無理矢理入れられ、稼働させられた……そんな風に感じたよ……」

 

 彼女の歯切れは悪く、その時の情景を思い出しているようだった。

 ニュクスが無理矢理でも魔王を仕留めようとしたことには意味があると思っていたが、それがパンドラの復活に繋がるとは思ってもいなかった。

 

 ニュクスは復活には『箱舟』が必要だと言った。それは俺の事だそうだ。だが、俺は何かを奪われた覚えはない。

 燃料が俺の魔力だとすると、違う燃料は魔王の魔力だということになるのか。

 しかし、魔王の魔力量で復活が可能ならばニュクス単体の魔力で足りそうなものだが……他にも条件があるってことか?

 

「自我はあったの?」

「……あって欲しくはなかったけどね。自我と呼ぶには相応しくもないのかもしれない。改竄された自我、人間の滅亡を望んだ魔帝そのものだったよ……」

「まさかっ!? 人間の国に?」

 

 魔帝、魔王のさらに格上。全ての生物の頂点に立つ最高位の存在。

 俺は自分でも驚くほどあっさりと、この事実を受け止められていた。

 

 横のイアは絶句状態、目が虚ろになっていた。

 それもそのはずだろう。イアはこの世界の最高位に最も近い魔王になる事で、死んでしまった母の遺志を継ごうとしていた。

 しかし、そんな事実をいとも簡単にひっくり返しすことが出来る存在が現れたのだ。

 魔王となる覚悟が揺らいだとしても、仕方がない。

 

「多分ね。でも、いくら彼女でもあの国を落とすことは出来ないだろうさ」

「島国何だよね? 彼女なら島ごと吹き飛ばせそうなものだけど……」

 

 憶測でしかない。ニュクス程の相手が仕え、魔人達をまとめあげる為の旗印。

 そんな魔帝の力は、想像を絶するものだと言っても過言ではない。

 

「例え島を吹き飛ばしても……人間達が滅ぶことは無いよ。そういう風に作り上げたのは、私と彼女だったからね」

「……どういうこと? 貴方は何者なの?」

 

 作り上げた、私と彼女、すべてが謎に包まれた島国。

 つまり、人間の国の創設者の一人だというのか?

 ーーこいつは一体何者なんだ?

 

「変遷、それと同時に産み落とされた少女。時千年経った今でも、その姿が変わることは無い。ただの研究者、それが私だよ」

「貴方は何をしたの? 人間をどうしたの?」

 

「変遷を生き残れる不死者。生殖機能を失いながらも島国には溢れかえるほどの人の姿がある偽りの国。それを作り出したのは……私とかつて親友と呼んだ女性だよ」

 

 初めて出会った時の、幼さが表面に出ているラプラスはとっくに消えていた。

 ここにいるのは、約千年……破滅の世界を生き、その時間を研究に費やした賢者だった。

 

「ごめんね〜、これ以上は話せない。それでも、魔帝が人間の国に攻め込むのは早計過ぎだよ。だけど…………」

「それに便乗して、あわよくば私達が落とす。そんなところかしら?」

 

 歯切れの悪いラプラスの言葉を代わりに紡ぐようにイアが声を発した。その内容にラプラスは首を縦に振ることで肯定を示した。

 

「シャルテア・ウィズマーク、イア。君達の目的を聞かせて欲しい。おおよそ理解はしているけど…本人達の口からその言葉を聞きたい、その罪を」

 

 罪。良心のとがめを受けること、法に触れることだ。

 奴らを滅ぼすことに良心が痛むことは無い。

 奴らを滅ぼす時に足枷となる法は捨ててきた。

 残るものは仲間と自身、それらの力だけだ。

 

「罪を犯すつもりは無い。奴ら、『永劫の教団(アルカナ・カルト)』を滅ぼすことに足枷となるものは全て捨ててきた!」

 

「私は魔王様に作られ、魔王様の、母の意思で生きてきた。ただの操り人形、そう思っていた私は……母のことを何も分かっていなかった。

 私は恩を返さず逝かせてしまった自分が許せない。私の代わりに恩を仇で返した相手を許せない! これが私の初めて、魔王イアとしての初めての戦い、誰にも邪魔はさせない!」

 

「イア……」

 

 そんなことを考えていたのか……。彼女は作られた人工物という事実を知り、その上で作り物として生きてきた。

 イアは魔王に対して必要以上の感情を持たず、周りの世界に対して必要以上の興味を抱かないようにしてきた。

 そうして、人形を演じてきた。

 

 しかし、事実は違った。どのような経緯で生まれたとしても、魔王は彼女達を実の娘達だと思っていた。

 イアはうわべだけの関係に徹していたにも関わらず、魔王は愛を与え続けていた。

 皮肉にも魔王が死ぬ事をトリガーに、彼女は事実を知り、その愛に気づいた。

 そんな自分自身が許せない、その感情が彼女の力となっていた。

 

 魔王をこの世に残す。

 今なら理解できる母の愛情、そのための戦い。それを忘れないため、忘れさせないために彼女は魔王になったのだ。

 

「君達の覚悟は本物だ……、試すようなことをしてしまってごめんね〜! 良ければその目的は私の目的とも合致しているようだ。出来れば同行させてくれないかい?」

 

 願ってもいない戦力増強のチャンス。しかし、彼女に関する情報は少ない。

 何が彼女の行動動機なのか、彼女は何者なのか。結局はっきりしていることはほとんどない。

 

「貴方も不死者なのか?」

「そうだよー。私が親友に与えた力で作った魔法、【因果律操作魔法】が私自身に刻まれているのだ!」

 

【因果律操作魔法】? なんなんだその魔法は、まるで運命をねじ曲げるかのような魔法名だ。

 

「私が親友の彼女に与えたのは、未来を見る力だったんだ。その力に私の体は向いていなかった、自分の力なのに可笑しいよね」

「どんな魔法なの?」

 

 確かに、自身の持つ特性と言っても過言ではない力が、自分の体とはマッチしていなかった。自分の持つ特性が自分以外でも使える、そんなことがあって欲しくはない。

 そうでなければーー真祖の種を複数持つ……正真正銘の神が出来上がってしまう。

 

「生命は因果律に従って行使される。それは生命は因果律によって死の瞬間まで予め決められていることを示す。彼女は因果律によって訪れる未来を正確に把握することで、因果律から外れることに成功した。輪廻から脱線する魔法、それが【因果律操作魔法】だよ」

 

 俺はふーんとしか思わなかった。死の瞬間が決まっていたとしてもそれを証明する手段はない。

 ならば、因果律なんぞのことを考えず精一杯生きた方が良いと思ったのだ。

 しかし、それは次の生命があると知っている俺だから考えられたことだった。

 

 今まで操り人形を演じ、操作されていた彼女は自分の意思で生きる覚悟を決めた。

 しかし、母が殺されたことも因果律によって決まっていたことと知ったのならば。

 覚悟を決める決断さえもが決められた因果律に従っただけだと知ってしまったならば。

 

 彼女は本当の意味で生きることが出来るだろうか?

 




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旅路の冒険 2ー2

「……全ては決まったことなの?……死ぬのも全て決められているの!?」

「い、イア?」

「だって! 今まで過ごしてきた時間も、これから過ごす時間も全て決められていたなんて……私は耐えられない!」

「そうだよ。耐えられない。だからーー変遷が起こったんだよ」

「っ、どういうこと?」

 

 彼女は変遷を知っている。何が起こったのか、何のために起こったのかを。

 その表情は明るくもなく暗くもない。まるでその当時の光景を頭に浮かべるように、遠い目をしていた。

 

「まっ! ともかく君達が因果律に操られていることは無いよ! 変遷は因果律を破綻させる為の現象だった、全て過去の出来事さ」

「じゃあ【因果律操作魔法】は……」

「人間には死で終わりを迎えるという因果律が存在した。これは人間という種族が生まれ出されたその瞬間から刻み込まれていたもの。その因果律を消し去ったのがこの魔法の正体さ」

 

 なんだ、因果律で人生が決められている訳じゃないのか。まぁ、俺の【輪廻転生魔法】は因果律を完全に覆していそうだけどな。

 

「本当に決められているわけじゃ、因果律なんてないのね?」

「無いよ! 本当に!」

 

 心底安心したような顔を見せたイアの瞳は潤んでいたが、そこに言及する無粋なやつはいなかった。

 

「…………ごめん」

 

 俺はとても小さな声でラプラスの口からそう呟かれたのを聞いた。

 そこでようやく本題を切り出した。

 

「ラプラスは何のために人間の国に行きたいの?」

「……かつての親友に会いたいだけさ。大丈夫、足でまといにはならないよー!」

「なら、これからよろしく」

「うん! よろしくね!」

 

 こうしてあっさりと戦力を増強した俺達は迷宮の外に出た。

 日差しが顔を照りつけてくるようなことはなく、日が沈んでいた。時刻は午後七時半、辺りは真っ暗だ。

 

「んー! 久しぶりの地上だー!」

「そう言えば研究はもう良かったの?」

「まぁね、ほとんど完成してたし。ほらっ! 私の所に来るまでにやたら強い魔物と会ったでしょ?」

 

 全員が全員【結界魔法】を身に纏うという離れ業を成していた魔物達だ。あんなものが溢れれば国に対する兵力として脅威になり兼ねない。

 

「あったよ。はた迷惑だったね」

「あれが私の研究の成果みたいなものかなー。【結界魔法】を埋め込むことで、供給源からの魔力が切れるまで結界を身に纏える。これは無属性魔法が使えなくてもいける所がすごいんだよー!」

 

 なるへそ。供給源を別にすることで組み込まれた魔法陣を何であろうと発動することが出来るのか。

 自分の魔力とは異質の魔力ならば拒絶反応が出てしまうだろう。

 他にも、魔法陣を体に刻み込むことは容易ではない。リスクと痛みを背負わなければいけないだろう。

 それを克服してこその研究か。

 

「それに研究室ごと持ち歩いてるしね〜。いつでもどこでも研究出来るからそこまであそこに未練はないよ」

「じゃあなんであんなところにいたのよ」

「神代の魔力が溢れかえっていたし、魔力が不自然に集まっていたから興味が湧いちゃったんだよ〜。まさか一人の女の子が血だらけで立ってるとは思わなかったー…………うっぷ」

 

 そんなに悲惨な状況だったのか? あくまでも人体改造をしている研究者だろうに。

 

「吐かないでよ」

「うぅ、もう大丈夫だよ。彼女にしたら目覚めたと同時に魔人達が襲ってきたんだからしょうがないよね」

「ん? なんで魔人達が襲ってきたの?」

「分からないなー? そんな感じの命令でもあったんじゃないの?」

 

 王だったニュクスはパンドラの復活を目的として動いていた。王の命令ではないとしたら……王妃の命令? リーダーは二人いた? ……それは考えすぎか。

 

「魔人達は何体くらい死んでたんだ?」

「さぁ? 水溜りが何杯のバケツで作られたかシャルテアちゃんは分かる?」

「ごめん。聞いたのが間違いだったよ」

 

 その時の光景を頭に思い浮かべて、謝った。

 そんな状況は何度も思い出したくないだろう。

 

「どのルートで人間の国に行くの? それとフェーカスとタイトと合流しなくてもいいの?」

「あれっ? 二人のことなんで知ってるの?」

「ふふっふー! 私の力を言わなければならない時が来てしまったようだなー!」

 

 やっぱなんかあるのか。てか、そこまで話したそうにされたら聞きたくなくなるな。

 

「いや、言わなくてもいいよ。今まで秘密にしてたんだしね」

「別に言わなくていい。それよりも二人との合流が先」

「あれれ? ちょっと〜聞いて、聞いてくださいー!」

 

 こんな感じでイアも聞きたくなくなっていたようだ。やがて……一人でに話し出した。

 

「つまり、直接見た人の過去が見られるってことでいいのね?」

「うん! 前世とかそんなものは見れないからシャルテアちゃんのご期待には答えられないと思うけどね〜」

 

 過去が分かるかもっ! と一瞬期待したのだが、そこまでの性能はないのだろう。

 

 魔力探知でフェーカス達の居場所を調べ、合流した。

 近くに川が流れていたらしく、そこで休んでいたそうだ。合流した時は川辺で寝ていた。

 何事も無かったようで何よりだ。

 

 翌朝

 

「ぷっ、あはははは! 人間の国に歩いて行くって? それが一番現実的じゃないよー?」

「もう分かったってば、ここまで来れば誰でも分かるわよ」

 

 朝から、俺達はこれからの方針を話し合っていた。その上で問題となったのが移動面だった。

 俺達は近づけるだけ近づいて、船か何かしらの方法で島国に渡る予定だったのだが、それは不可能らしい。

 

 野生の幻獣種が溢れかえる海を船で渡れるのか? と聞かれるともう黙り込むしかなかった。

 

「ふふっふー! ここで私、ラプラスから提案があるのであるー!」

「何?」

「人間の国から吸血鬼の国に派遣される予定の飛行船があるのは知っているかい?」

「うん。知り合いもそれで帰るって言ってたよ」

 

 睦月先輩とカラミア先輩もそれで帰還する予定のはずだ。

 

「そう、その飛行船に私達も乗り込めばいいのさ!」

 

 自信満々で膨らみの乏しい胸を張るラプラス。

 確かに、そっちの方が現実的な手段だと思う。俺もそれに異議を唱えるつもりは無いが。

 

「そもそも飛行船は吸血鬼の国に降りられるの? 吸血鬼の国からしたら格好の餌食だよ?」

「それについては大丈夫みたいだね。人間の国から乗ってくる者も、迎えに来てもらった吸血鬼の国にいる者も只者ではないらしいからねー」

「そうなの? 私が知っている二人は特に強くなかったと思うけど……」

 

 先輩達は、自分自身の身は守れるけど戦力にはならないと言っていた。

 あの王や、吸血鬼達を相手に勝機があるとは思えない。

 

「そんなはずはないと思うよー! 人間の国を支配する五大財閥の一角、睦月財閥のお嬢様とその従者がいるはずだよ?」

「別に偉いから強いわけじゃないんじゃない?」

 

 上の位にいるからと言って、武が強いと決まっている訳では無い。この世の強さは武力以外にも権力という大きな、それこそ最も大きな力がある。

 

 それにしても、まさかカラミア先輩が従者で、睦月先輩がお嬢様とは。普段の態度から見るに逆にしか見えなかった。

 

「昨日も言ったけど、人間の国は普通じゃない。財閥なんてその中でも頭一つ飛び抜けて狂ってる。彼らの出産はただの兵器を生み出す過程にすぎないのよ……」

 

 ラプラスの言葉を聞いて、どこまで酷い国なんだ? と思いつつも吸血鬼の国を思い出した。

 うちの国も変わらないか、それ以上なのだと。

 

「どちらにしろタイミングは良かったよ! 飛行船が吸血鬼の国を出発するのが明日の朝、今からなら充分間に合うからねー!」

 

 こうして、俺達は飛行船への侵入計画を細かく話し合った。

 そうして、結局俺とラプラスがフェーカスに【飛翔魔法】と【隠密魔法】を付与し、乗り込むという強行手段が作戦となった。

 

 翌朝、俺達は飛行船が通るはずのルートの真下で待機していた。

 その時はまだ、俺達は飛行船の異変に気づくことは出来ていなかった。

 

 太陽の光に照らされ、黒いシルエットを浮かび出した飛行船は、目視できる距離まで近づいていた。

 




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