ツンデレスナイパーの彼氏でポニーテールと乳の幼馴染みで神崎名人のライバルのいる暗殺教室 (てこの原理こそ最強)
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出会いの時間

「ここが今日から通う校舎かぁ。ていうか来るまでに山道を1Km登るってどんだけよ・・・」

 

 今まで通ってきた校舎とは打って変わって、目の前にある校舎は木造で一箇所でも破損したら直ぐにでも倒壊しそうなほどにボロい校舎。しかもここは山を登ったてっぺんにあり、それまでの道のりはちょっとした山登りだ

 

「ちと早く来すぎたかな」

 

 そう呟いて左腕に付けてある腕時計に目をやった瞬間、一瞬強い風が吹いた。そして顔を上げた目の前には・・・

 

「おや、君が波風 彼方くんですか?」

 

「・・・あ、すいません。波風 彼方です。そういうあなたがもしかして・・・」

 

「はい。おそらく君が想像している通りです。私が月の7割を破壊した超生物、今はここで教師をしてます。殺せんせーと呼んでください」

 

 そこへ現れたのはガウンを羽織り昔の大学帽を被った、手足ではなくうねうねと動く触手のようなものが生えている、全身黄色く顔はまん丸、いかにも地球の生物ではないのは明らかだ

 

「よろしくお願いします、殺せんせー」

 

「はい。しかし彼方くんは早い登校ですね」

 

「昔から欠席よりも遅刻に腹が立つたちでして。集合とかだと早めに来ちゃうんですよね」

 

「そうですか。早めの行動は大いに結構!では他の皆さんが来るまで職員室でお茶でもしましょうか」

 

「そうですね。他の先生にも挨拶しなきゃいけませんし」

 

「では行きましょう」

 

 オレは殺せんせーに続いて校舎に入っていった。今日から通う”3年E組“のクラスがある校舎に・・・

 

 職員室にはスーツに身を纏った先生が1人机に座ってパソコンに向かっていた

 

「おはようございます」

 

「あぁ、おはよう。早いな」

 

「えぇ、まぁ」

 

「烏間先生もどうですか?」

 

「あぁ、もらおう」

 

 いつの間にかお茶を淹れ終わって湯呑みを器用にその触手で持っている殺せんせーからその湯呑みを受け取る烏間先生

 

 実は一週間前、うちに訪れて来た烏間先生から大体の話は聞いている。殺せんせーが最速マッハ20で移動することや対先生用に作られた弾やナイフでないと殺せんせーの触手にダメージを入れられないこと。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「先日も聞きましたが、ホントに先生を暗殺しなきゃいけないんですよね」

 

「あぁ、そのために俺はここに派遣された」

 

「そうですか。これからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

 

「ヌルフフフフフ、殺せるといいですねぇ」

 

 オレと烏間先生で真面目な話をしてるというのに、その横で顔に緑の縞模様を入れて笑う殺せんせー。今に見てろ・・・ギャフンと言わしたる!

 

 

 

 

 

 時間が過ぎるに連れてどんどん生徒が登校して来た。ホームルーム5分前になるとオレも殺せんせーと共に教室へ続く廊下を進んだ

 

 椚ヶ丘中学校3年E組。そこは中学の中では最低のクラス。本来名門進学校であるこの学校で成績の悪化した者や校則違反者が自動的に送られる場所。そんなこの場所は通称”エンドのE組”と呼ばれ、そこに通う生徒は他クラスのやつらから冷ややかな目を向けられる

 

『それではホームルームを始めます。日直の人は号令を』

 

『起立、気をつけ・・・』

 

 殺せんせーが先に入りオレは廊下で殺せんせーに呼ばれるまで待機だ。教室のドアから中の状況を見ていると日直の号令と共に全員がそれぞれ()()()()()

 

『礼!』

 

 その礼の号令で普通は頭を下げておはようございますと挨拶すると誰もが思うだろう。しかしこのクラスは違った。号令と共に全員が殺せんせーに向けて一斉射撃を行なったのだ

 

『では出席を確認します』

 

 しかしそんな激しい銃弾の嵐の中で殺せんせーは自慢の速さで全ての銃弾を避けながら全員の出席を取っていく。ホントに化け物だな

 

 そして殺せんせーが全員の出席を取り終わると同時に銃声は鳴り止んだ

 

『では今日はみなさんの新しい仲間を紹介します。入って来てください』

 

 殺せんせーのお呼びでオレはドアを開け教室に入り殺せんせーの横に立って黒板に自分の名前を書いてみんなの方に顔を向ける

 

「A組から来ました、波風 彼方です。前のクラスで教師殴ってここに落とされました。A組出身だけどみんなとは仲良くしたいので気軽に彼方って呼んでくれ。よろしく」

 

 オレは軽い自己紹介を済ませてその場にいる全員の顔を見渡す。そして驚いた顔をしている3人が目に入る

 

「ということで今日からクラスメイトが1人増えます。戦力が増えましたね」

 

 と殺せんせーはさっき職員室でしていたような緑の縞模様を顔に浮かべる

 

「彼方くんの席はカルマくんの隣です」

 

「はい」

 

 殺せんせーに指定された席に進むとそのカルマが声をかけてきた

 

「久しぶりだね、彼方」

 

「あぁ。また同じクラスになったな」

 

「だね〜。ま、よろしく」

 

「よろしくな」

 

「おや、カルマくんとお知り合いでしたか」

 

「そうですね。それにこのクラスの何人かとは顔見知りです」

 

 殺せんせーからの質問にオレはそう答えてカルマの前に座っている千葉 龍之介に目を向け、龍之介はそれに気づいたのか手を少し上げて答えてくれた

 

「では彼方くんとの交流は昼休みにするとして、早速授業を始めます」

 

 E組になって初めての授業、1つわかったことがあった。殺せんせー教えるの上手くね?

 

 

 

 

 

 午前中の授業が終わり昼休みになった。E組には給食いうシステムは存在せず、各自お弁当を持参して仲のいいメンツが集まっている

 

 そんな中、オレはカバンからお弁当を1つ出してオレの席の2つ前に座っている生徒の机に向かった

 

「ほれ、凛香」

 

「ありがと」

 

 なんとも素っ気ない返しをしたのは速水 凛香である。いわゆるツンデレさんだ

 

「おい波風。なんでお前が速水に弁当渡してんだ?」

 

 すると凛香の左隣のやつに尋ねられた

 

「ん?あぁ・・・悪い。名前教えてもらっていいか?」

 

「あ、悪りぃな。俺は杉野 友人だ」

 

「オッケー、杉野な。オレのことは彼方で構わないぜ?それとさっきの質問だけどな・・・あぁ、話していいのか?凛香」

 

「・・・」

 

「わりぃ、秘密だ」

 

「え〜。なんだよ〜」

 

「悪いな」

 

「ちょっと、カナくん!」

 

 オレが杉野の質問に断っていると今度は少し背の大きい、ポニーテール少女が何やら声を荒げてやってきた

 

「なんだよ、桃花」

 

「なんだよじゃないよ!なんで凛香ちゃんのお弁当をカナくんが持ってるのさ!」

 

「だからそれは秘密だって今話したばっかだ。それよりもその呼び方やめい」

 

「波風くん、矢田さんとも知り合いなの?」

 

「ん?あぁ、君は・・・」

 

 桃花にいい詰められているところに今度は水色の髪でツインテールのような特徴的な髪型をした男か女かわからないやつが入って来た

 

「あ、ごめんね。僕は潮田 渚」

 

「おう。杉野にも言ったがオレのことは彼方でいい」

 

「わかった。僕のことも渚でいいよ」

 

「わかった、渚。桃花とのことだっけな。こいつとは・・・まぁいわゆる幼馴染ってやつだ」

 

「へぇ〜、そうなんだ」

 

「今はそんなことどうでもいいの!なんで凛香ちゃんのお弁当を!」

 

「あぁ、お前はなんでそんなムキになってんだよ」

 

「ム、ムキになんてなってないよ!ただ、気になって・・・」

 

 とさっきまでの勢いが一転、俯いてなんともしおらしくなってしまった桃花

 

「彼方くん」

 

「神崎さん!」

 

「ん?おぉ、ユキリn「有希子」・・・有希子」

 

 次に割って入って来たのは清楚な雰囲気をした黒髪ロングの神崎 有希子だった。オレがいつも通りの名前を呼ぼうとすると彼女から笑顔の圧力を受け有希子と呼んだ・・・怖かった・・・しかし、杉野はなんで固まってんだ?

 

「おいおい、今度はクラスのマドンナとも知り合いかよ!ハーレムかよ!爆ぜろリア充が!」

 

「岡島くんは少し黙っててもらえるかな・・・?」

 

「アッハイ・・・」

 

 またも有希子の笑顔の圧力に顔色を悪くする岡島くんとやら。南無・・・

 

「それで彼方くん。どうして速水さんのお弁当を持ってたのかな・・・?」

 

「い、いや。それは秘密で・・・」

 

「どうして持ってたのかな・・・?」

 

「・・・」

 

 笑顔で迫ってくるのやめて!なんか知らんけど変な汗止まんないから!

 

「カナくん!」

 

「彼方くん・・・?」

 

 ダ、ダレカタスケテー!!!

 

 するとその願いが叶ったのか凛香がオレと2人の間に入ってきた

 

「2人とも、これ以上彼方を困らせないで」

 

「私達はただ質問してるだけだよ」

 

「それとも速水さんが代わりに教えてくれるの?」

 

 2人の言うことに数秒の間をあけて凛香が言い放った

 

「彼方は、私の彼氏だから・・・」

 

『・・・』

 

 またしばしの沈黙

 

『えー!!!』

 

 そしてクラス全員の叫び声。その中恥ずかしかったのか凛香の顔は赤い。しかしその目はしっかりと桃花と有希子を捉えている。それに負けじと桃花と有希子も凛香に穴でも開けそうなほど凝視している

 

 そう、オレがクラスに入った瞬間驚いた表情をしていたのがこの3人。オレは助けを乞うべく龍之介に視線をやるが、いかんせん彼は前髪で目が見えないためアイコンタクトによるコミュニケーションが非常にわかりにくい。よって助けが来るのは皆無

 

「3人ともなんでそこまで睨み合ってんの。いいからお昼食べようぜ」

 

 オレはそう言って自分の席に戻ろうとするが、三本の手によって制服の裾を掴まれて阻まれた

 

「彼方、一緒に食べよ」

 

「カナくんは幼馴染みである私と食べたいよね?」

 

「彼方くん」

 

「ん?そんなもんみんなで食べればいいだろ?」

 

『はぁぁぁぁぁぁ』

 

 3人にそう答えた瞬間、クラス中から大きなため息が聞こえた。みんな午前の授業で疲れちまったのか?

 

 そんなオレを横に3人は再び向かい合う

 

(((他の2人には渡さない!)))

 

 




オリ主の席はカルマの左隣です


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テストの時間

 

 

「さてみなさん・・・」

 

「「「「始めましょうか!」」」」

 

 ⦅いや、何を・・・?⦆

 

「学校の中間テストが迫って来ました」

「そうそう」

「そんなわけでこの時間は・・・」

「「「「高速強化テスト勉強を行います」」」」

 

 殺せんせーの言うように中間テストが迫って来た今日、殺せんせーが国数英社理と書かれたハチマキを頭に巻いて何体にも分身?していた

 

「先生の分身が1人ずつマンツーマンで」

「それぞれの苦手科目を徹底して復習します」

 

「くだらね。ご丁寧に教科別にハチマキとか」

 

 と呟いている寺坂の前の殺せんせーの巻いているのは教科ハチマキではなく

 

「つーか、なんで俺だけNARUTOなんだよ!」

 

 ハチマキではなくNARUTOに出てくる木の葉の額当てだった

 

 殺せんせーはどんどん早くなって言ってる気がした。国語6人、数学8人、社会3人、理科5人、英語4人、NARUTO1人・・・

 

「うわっ!」

 

 すると突然渚がびっくりした声を上げた。殺せんせーの顔がいきなり歪んだからだ

 

「「「「急に暗殺しないでください、カルマくん!それ避けると残像が全部乱れるんです!」」」」

 

 意外とこの分身は繊細であった

 

「でも先生、こんなに分身してて体力持つの?」

 

「ご心配なく。一体外で休憩させてますから」

 

「それむしろ疲れない!?」

 

 残像を作れるくらい速いスピードで動く超生物がオレらの暗殺対象ではあるが、今はテストに向けたオレらの心強い先生だなんてな

 

「ここまで大丈夫ですか?彼方くん」

 

「はい、大丈夫です」

 

「それは結構。しかし君は頭がいい。不得意な理科と数学もこの程度なら余裕で上位を狙えますね」

 

「ありがとうございます」

 

 ちなみにオレは理科と数学を教えてもらっていた。どうも昔から数字やら式やらに抵抗があって。根っからの文型タイプであるのは自分でも自覚している

 

 

 

 

 

 そして翌日・・・

 

「おはようございます、みなさん」

 

 朝の挨拶と共に教室内には沢山の殺せんせーで埋め尽くされていた

 

「「「「今日は先生、更に頑張って増えてみました!」」」」

 

 いや、増えすぎでしょ。しかも訳のわかんないものも紛れ込んでるし。トリコ、両さん、etc・・・意味ないでしょ、それ

 

「「「「さぁ授業開始です!」」」」

 

「どうしたの?殺せんせー・・・なんか気合い入りすぎじゃない・・・?」

 

「ん?そんなことないですよ」

 

 渚の左隣に座っている茅野の質問に対して殺せんせーは特に変わった様子もなく答える

 

 \キーンコーンカーンコーン/

 

 授業終了の鐘が鳴り、殺せんせーは教卓に寄りかかってうちわを仰いでいる。そこへみんなが集まった

 

「流石に相当疲れたみたいだな」

 

「今なら()れるかな」

 

「何でここまで一生懸命先生をすんのかね」

 

「ハァ・・ハァ・・ヌルフフフ。全ては君達のテストの点を上げるためです。そうすれば・・・!」

 

 殺せんせーは顔をピンク色に染めて何やら卑猥な妄想に浸る

 

「いや、勉強の方はそれなりでいいよなー」

 

「うん。何たって暗殺すれば賞金100億だし」

 

「100億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしね」

 

「にゅや!そういう考えをしますか!?」

 

「だって俺達エンドのE組だぜ?殺せんせー」

 

「テストよりも暗殺の方がよほど身近なチャンスなんだよ」

 

 岡島や中村、三村達が声を揃えて勉強などいらないと口にする

 

「そうか、がっかりだな」

 

 オレはそんな自分達を卑下するやつらに向かって言い放つ

 

「何だよ波風。元から頭のいいお前には俺達の気持ちなんてわからないだろ!」

 

「はぁ・・・最も差別意識が高い者は差別されている者だ、とはよく言った者だな」

 

「はぁ?どういう意味だよ」

 

「お前らE組に来てから一度でもエンドのE組から抜け出そうと考えなかっただろ」

 

『っ!』

 

 オレの言葉を聞いた瞬間全員が自分の足元を見るように俯く。さっきからオレに好戦的な態度を取っていた岡島もしかりだ

 

「自分達はエンドのE組だから仕方ないと決めつけ、そこから抜け出そうとは考えない。エンドのE組っていう言葉を作ったのは他のやつらだがそれに一番固執してんのは他でもないこのクラスのやつら自身なんだよ」

 

 クラスの全員が表情を暗くする。カルマだけは椅子の背もたれに仰け反って手を頭の後ろで交差させて聞いているが

 

「向上心のないやつはどんなことに対しても挫折から立ち直れない。暗殺だってそうだ。100億云々の前にその辺をしっかり殺せんせーに教わることだ。先生、すまないがオレは早退します。このままオレがいてもクラスの雰囲気が悪くなるだけだ。あとは頼みます」

 

「えぇ、ありがとうございます」

 

 オレはカバンを肩にかけて教室の後ろのドアから出ようとする

 

「オレはみんながそんなやつにはならないって信じている」

 

 オレは最後にそれだけ言い残して教室から、校舎から出て山道を下りた

 

 

 

 

 

 放課後、オレは学校から帰って部屋で1人机に向かってペンを走らせていた。帰ったときに机の上に殺せんせー直筆の国語辞典ほどのテスト復習テキストがあったのには驚いた

 

 そして丁度学校が終わって1時間くらいしたころだろうか、家のチャイムが鳴った。出てみるとそこにはまだ制服姿の凛香が立っていた

 

「凛香、どうした?」

 

「ちょっと話がしたくて」

 

「そっか。とりあえず上がれよ」

 

「うん。お邪魔します」

 

 立ち話も何だからと思って凛香を部屋に招いた

 

 オレの家は学校から10分くらいの位置にあるマンションの三階の角部屋。両親は海外に単身赴任中のため一人暮らし。部屋の間取りは2K。1人にしては広すぎるくらいだ

 

「とりあえず座ってろ。飲み物はお茶でいいか?」

 

「うん。ありがと」

 

 凛香をオレの部屋に座らせ、飲み物を持ってきて凛香と向かい合う感じで座った

 

「で?どうした?」

 

「彼方が帰った後、殺せんせーから怒られて。クラス全員50位以内取ることになった」

 

「そっか。まぁ今までの気持ちを整えさせるなら妥当だな」

 

 殺せんせーは本気だろう。それだけの教えをオレ達はしっかり受けたはずだ。不可能ではない

 

「それと、彼方に謝りたくて・・・」

 

「ん?」

 

「私もいつの間にか自分じゃどうせいい成績なんて取れっこないって思ってた」

 

「そうか」

 

「でもさっき彼方に言われて気づいた。私も今のままじゃ嫌だって」

 

「そうか」

 

「それに、もっと彼方と釣り合う彼女になりたい・・・」

 

「はぁ?そんなこと考えてたのかよ」

 

「だって・・・」

 

 オレは今にも泣きそうな凛香の隣に座って肩に手をやって引き寄せる

 

「ならもっと頼れよ」

 

「彼方・・・」

 

「お前は自分1人でやろうとしすぎなんだよ。もっと自分を出せ」

 

「・・・うん。ありがと」

 

 オレと凛香の目が合う。そしてどんどんと顔が近づいていきもう少し・・・

 

 ピンポーン

 

 ・・・のところでチャイムが鳴った。んの野郎・・・

 

 オレは仕方なく凛香と離れ少し荒れた感じで玄関のドアを開ける

 

「どなたですか・・・?」

 

「あ、カナくん・・・」

 

 そこには一度家に戻ったのだろう、私服姿の桃花が立っていた

 

「なんだ、桃花か」

 

「え?」

 

「いや、何でもない。なんか用か?」

 

「えっと、ちょっと話したいことがあって「矢田さん?」えっ?」

 

 するとそこへ今度は有希子がこちらも私服姿でやってきた。なんてタイミングの悪い・・・

 

「彼方、誰だったの?あ・・・」

 

 ますますタイミングが悪い!というかなんで来た、凛香!

 

「「「・・・」」」

 

 急に黙るのやめて3人とも・・・なんか怖い・・・

 

「「「少し話、しようか・・・」」」

 

 あ、オレ今日死んだかも・・・

 

 

 

 

 

 中間テストから土日を挟んだ月曜日。全員全てのテストを返却されてクラス内はどんよりムードだった

 

「先生の責任です・・・この学校の仕組みを甘く見すぎていたようです。君達に顔向けできません」

 

 クラスのみんなに加えて殺せんせーまでどんより。クラス内の雰囲気がより一層暗くなった。しかしその暗さを断ち切るが如く、一本のナイフが先生に向かって飛んで行った

 

「にゅや!」

 

「いいの〜?」

 

 ナイフが飛んで来た方向からはテスト用紙を持ったカルマが殺せんせーに近づいて行っている。そしてその刹那・・・

 

「っ!」

 

 殺せんせーの触手が一本切られ教壇の上にぽとりと落ちた

 

「顔を向けないとオレ達が殺しに行くのも見えないよ?先生」

 

「彼方くん、今のは・・・」

 

「あれ?先生でも見えなかったの?まぁいいや」

 

 クラスの全員は切られた先生の触手の方に目が行っている。その中オレとカルマは教卓に自分のテスト用紙を置く

 

「にゅっ!」

 

「俺ら問題変わっても関係ないし」

 

「だな」

 

 赤羽 業

 

 国語 98点

 数学 100点

 英語 98点

 社会 99点

 理科 98点

 

 波風 彼方

 

 国語 99点

 数学 98点

 英語 100点

 社会 100点

 理科 97点

 

「うぉーすげぇ!」

 

「カルマ、数学100点かよ」

 

「カナくんも、英語と社会で100点!」

 

 教卓の周りにはいつの間にかクラスの大半が集まっていた

 

「あんたがさ、俺の成績に合わせて余計な範囲まで教えたからだよ?」

 

「オレにもそう。だから出題範囲が変更されても対処できた」

 

「だけど俺はこのクラスを出て行く気はないよ」

 

「同じく。前のクラスよりもこのクラスの方が全然楽しいし」

 

「で、どうすんの?そっちは」

 

 そこでオレはカルマと目が合い先生を煽る作戦に移行する

 

「全員50位以内に入んなかったって言い訳つけてここから尻尾巻いて逃げちゃうの?それってさ殺されんのが怖いだけなんじゃないの?」

 

「なんだ殺せんせー、怖かったなら早く言ってよ」

 

「なーんだ、先生怖かったのか」

 

「正直に言ってくれればよかったのに」

 

 カルマとオレに乗っかって前原や学級委員長でもある片岡まで先生を煽り出した。次第に殺せんせーは全身を真っ赤に染めた

 

「にゅやー!!逃げるわけではありません!」

 

「へぇ〜。じゃあどうすんの?」

 

「期末テストであいつらに倍返しでリベンジです!」

 

 \はははははは/

 

「にゅや!!笑うところじゃないでしょう!まったく!」

 

 このテストでクラスのほとんどが大きな壁にぶち当たっただろう。しかしそれにめげるE組ではない。それにめげる殺せんせーではない。やはりこのクラスに来れてよかった

 



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修学旅行前の時間

「彼方くん、班は決まったかな」

 

「すまん、委員長。何せずっとこんな感じなんだ」

 

「あぁ・・・」

 

 委員長の片岡から聞かれたことに対して右手の親指を立てて後ろを指す。そこでは凛香、桃花、有希子がいがみ合っている。いつもそんなに仲悪いわけじゃないのにな

 

「まぁ決まったら私か磯貝くんに伝えてね」

 

「了解した」

 

 と伝えると委員長は手を降って次の授業の体育の準備をしに行った

 

「彼方はか、彼女である私一緒に行くから2人は遠慮してくれないかな」

 

「修学旅行だし別にそういうの関係ないんじゃないかな。だからカナくんは私の班に入るよ」

 

「それだったら私でもいいんじゃないかな」

 

 未だに3人の戦いは終わる気配が見られない

 

「まったく3年生も始まったばかりのこの時期に修学旅行とは先生あまり気乗りがしません」

 

 そいう割には舞妓のような化粧と着物、扇子や髪飾りと言ったものを身につけている

 

「ウキウキじゃねぇか!」

 

「しかも舞妓かよ!」

 

「しかも似合ってるよ!」

 

 その姿に前原、三村、岡島からツッコミを受ける

 

「バレましたか。正直君達との旅行が楽しみで仕方ないのです」

 

 ものすごいスピードの早着替えでいつも通りの先生の服装に戻って本音を語る殺せんせー

 

 テストの後は修学旅行。暗殺のことはあるけどこれからも行事は目白押しだ

 

 

 

 

 

 体育の授業は基本外で行われる。授業開始前は必ずその日のメニューを烏間先生から聞かされるため一度全員が集まって先生の前に座る。今日は授業が終わってからも集められた

 

「知っての通り来週から京都二泊三日の修学旅行だ。君らの楽しみを極力邪魔したくはないがこれも任務だ」

 

「ってことはあっちでも暗殺?」

 

「その通りだ」

 

 岡野の質問に素早く返す烏間先生。そしてまた話を続ける

 

「京都の街は学校とは桁違いに広く複雑。しかも君達は回るコースを班毎に決めやつはそれに付き合う予定だ。スナイパーを配置するには絶好のロケーション。既に国は狙撃のプロを手配した。成功した場合、貢献度に応じて100億円の中から分配される。暗殺向けのコース選びをよろしく頼む」

 

『はーい』

 

 みんな殺せんせーを暗殺しなければいけない気持ち半分、もっと自由にコース選びをしたいの気持ち半分の返事をする

 

「では終わる前に波風くん」

 

「はい?」

 

「先日君はやつの触手を一本切ったと聞いたが本当か?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「できればどのようにやったか教えてはくれないか?」

 

「いいですけど、おそらく参考にはならないと思いますよ?」

 

「それならそれでもいい。生徒の実力の把握はしておきたい」

 

「わかりました。では烏間先生はそこに立っててください。自分がナイフで攻撃しますので普通に避けてくれて構いません」

 

「わかった」

 

 中間テスト返却日の日に殺せんせーの触手を切り落とした種を知りたいとのことなのでオレは烏間先生に従い、立ち上がってみんなの目の前に移動し烏間先生と対峙する

 

「では、いきます」

 

「あぁ、いつでもい・・・」

 

「はい、切りました」

 

「なっ!」

 

『っ!』

 

 烏間先生の実力のほどはクラスのみんなからある程度聞かされていたし、今日まで何度も授業の中でこの身で体感してきた。だから通用するかどうか不安ではあったが初見ってこともあって今回は効いたみたいだ

 

「なるほど〜、“縮地法”ですか」

 

「さすがにバレましたか、殺せんせー」

 

「いや〜、これは一本食わされましたね、烏間先生」

 

「あぁ、初めて見たが・・・これはすごい技術だ」

 

 殺せんせーと烏間先生に褒められて悪い気はしないな、うん

 

「おい先生!今何が起こったんだよ!?」

 

「彼方が一瞬で烏間先生の背後に・・・」

 

 全員驚いている中で前原と磯貝が先生に質問した

 

「縮地法。それは重心や腰の高さを変えずに地面を蹴らずに重力を利用して相手との間合いを一挙動でまたぐようにして詰めるという沖縄武術の一つです」

 

「いわゆる目の錯覚だな」

 

 みんなは殺せんせーの説明に対してよく理解できずポカーンとしている

 

「簡単に言うと少しの距離を一瞬で来たように見せる技ってこと」

 

「それならなんとか理解できるな」

 

「彼方お前すげぇな!」

 

 クラスメートからも賞賛の声。うん、悪くない

 

「でもそんな凄い技、殺せんせーに見せちゃっていいの?」

 

 すると桃花からそんな心配の質問もきた

 

「まぁいづれはバレるものだし、ある程度の距離じゃないと使えないからね」

 

「そっか」

 

「でも・・・」

 

 その瞬間、またも殺せんせーの触手が一本切られた

 

「油断は禁物だぞ?殺せんせー」

 

「にゅや!いつの間に!?」

 

「オレは前後左右に移動できる」

 

「っ!あれは前後だけの技だったはず!」

 

「それは昔のことだ」

 

「そうですか。これは厄介なアサシンを招き入れてしまいましたね」

 

 \キーンコーンカーンコーン/

 

 そこで終わるのチャイムが鳴り各自着替えのために部屋に戻って行った。戻る前にオレは凛香に袖を掴まれた

 

「その、カッコよかったわよ」

 

「おう、ありがとな」

 

 それだけ行って凛香は校舎の方に歩いて行った

 

 

 

 

 

「神崎さんでどうでしょう!?」

 

「おぉ!異議なし!」

 

 着々と修学旅行の班が決められていく中で、オレはボッチをきめていた

 

「あ、彼方くんも一緒に来るよね?」

 

「ん?」

 

「あぁ、カナくんはこっちに来るから有希子ちゃんは4班で楽しんでてよ」

 

「矢田さん。そうやって強制するのはよくないと思うな」

 

「強制なんてしてないよ」

 

「あの、両腕を引っ張り合うのはよしてほしいかな・・・」

 

 オレの腕が太いからなのか2人の手が小さいからなのかオレの腕の肉摘んでんて地味に痛いんだよね・・・てかなんで杉野は泣いてんの?

 

「よし!じゃあどこ行くか決めよう!」

 

 茅野はオレがこんな状況なのに楽しそうだな・・・

 

「ふん、ガキねぇ。世界中を飛び回った私には旅行なんて今更だわ」

 

「じゃあ留守番しててよ、ビッチ先生」

 

「花壇に水やっといてー」

 

 誰も自慢気に話すビッチ先生に目をやろうとはせずにコース選びに熱中しているクラスのみんな。誰からも相手にされなかった、むしろ留守番を言い渡されたビッチ先生は目を点にしている。そして次第に眉間に皺を寄せていく

 

「何よ!私抜きで楽しそうな話してんじゃないわよ!」

 

 なんと理不尽な!

 

「だぁもう!行きたいのか行きたくないのかどっちなんだよ!」

 

「うるさい!仕方ないから行ってあげるわよ!」

 

 自分だけ仲間ハズレは嫌のようでなんとも子供の思考であるビッチ先生に前原も怒鳴る。そこで教室の前のドアがガラッと開いた。そこからは殺せんせーがざっとクラス人数分ほどある広辞苑並みに分厚い本を持っている

 

「一人一冊です」

 

「何ですか?」

 

「修学旅行のしおりです」

 

 殺せんせーは素早くそれを一人一人渡して行く。って重っ!なんでオレに桃花と有希子の分まで置くんだよ!

 

「辞書だろ!これ!」

 

「イラスト解説の全観光スポット。お土産人気トップ100。旅の護身術入門から応用まで。昨日徹夜で作りました!初回特典は組み立て紙工作金閣寺です!」

 

「どんだけテンション上がってんだ!?」

 

 気合い入れすぎだっつーの。全部読むのに一体どんだけ時間かかるんだよ

 

「彼方」

 

「ん?凛香?すまん、しおりが重くて後ろ向けん」

 

 後ろから凛香の声がしたがいかんせん先生から配られたしおりが三冊はさすがに重く、しかもまだ両腕は桃花と有希子に拘束されたままで後ろを向けない

 

「京都、一緒に回りたい」

 

「一緒の班ってことか?それとも自由時間で二人きりってことか?」

 

「・・・どっちも」

 

「ん、わかった。ってことで悪い二人とも。誘ってくれたのは嬉しいんだが、オレは二班に行くことにするよ」

 

「そっか」

 

「残念だけど、仕方ないね」

 

 こうしてようやくオレは二人から解き放たれた

 

「あの・・・しおり持ってほしいんだけど・・・」

 

「私の家カナくんの隣だし、家までよろしくね♪」

 

「私も彼方くんの帰り道の途中だから、よろしくね彼方くん♪」

 

「ま、マジか・・・」

 

 こうして二人のしおりをオレが持って帰る羽目になってしまった

 

 

 

 

 

 放課後、オレは凛香と一緒に帰っている。くっ!しおり持ってるから手を繋げない!

 

「ったく、なんでオレが・・・」

 

「大丈夫?一個持とうか?」

 

「凛香に持たせるぐらいなら手が折れた方がマシだ」

 

「・・・そっか」

 

 手伝うと言ってくれた凛香の優しさに涙しそうです

 

「それで、凛香はどこ行きたいんだ?」

 

「嵐山とか行ってみたいかも」

 

「おー、いいんじゃないか?二人で行くか」

 

「うん」

 

 凛香の笑顔。他人の前では滅多に見せない凛香の笑顔を見れるのもオレの特権だな

 

「彼方」

 

「ん?」

 

「修学旅行用の買い物に付き合ってくれない?」

 

「あぁ、そんぐらいいいぞ?いつだ?」

 

「土曜日がいいかな」

 

「オッケー。時間とかはまた連絡してくれ」

 

「わかった」

 

 ん?これってデートか?デートだよな?デートであってほしい。デートなはずだ。デートでないわけがない!

 

 



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修学旅行の時間①

 いやぁ、ついに修学旅行の日が来たな〜。ていうか眠気ハンパないな

 

 しかしどうしてオレは一週間のうちに同じ雑貨屋さんに三度も行かなければならなかったのか・・・いや、凛香とは仕方ないよ?ちゃんと約束もあったし。でもなんでその前に桃花と有希子とも行く羽目になったのやら・・・

 

 断ってもよかったじゃないかって?断ったら後が怖いじゃん。あの二人だぜ?見返りに何か要求してくるに決まってるじゃん・・・まぁ三人ともそれなりに楽しんでくれたらしいからよかったけど

 

 そんで今は東京駅の京都に向かうための新幹線のホームにいるぜ

 

「うわぁ、A組からD組までグリーン車だぜ・・・」

 

「うちらだけ普通車。いつもの感じだね」

 

「オレはどこでも寝れるから特に気にならねぇけどな」

 

「カナくんは昔からどんな状況でもどんな場所でも寝れてたからね」

 

 先公と他クラスの生徒がなんか言ってるけど気にしないに限るな。ふぁ〜寝み・・・

 

「ごめんあそばせ。御機嫌よう、生徒達」

 

「ビッチ先生、なんだよそのハリウッドスターみたいな格好はよ」

 

 そう菅谷が指摘したビッチ先生の私服はどうにも一介の教師のする格好ではなかった

 

「ふふふ、女を駆使する暗殺者としては当然の心得。いい女は旅ファッションにこそ気を使うのよ」

 

「そんなこと言って、烏間先生に怒られ・・・あっ」

 

 怒られるぞと言おうとしたところでビッチ先生の背後に烏間先生のご登場。ビッチ先生、南無・・・

 

「目立ちすぎだ。着替えろ。どう見ても引率の先生の格好じゃない」

 

「堅いこと言ってんじゃないわよ、カラスマ!ガキどもに大人の旅

「脱げ。着替えろ」

 

 さすがのビッチ先生も烏間先生の鬼の形相には圧倒されたようで、派手派手な服から一転、ダサいジャージ姿に変身した

 

「誰が引率なんだか・・・」

 

「金持ちばっか殺してきたから庶民感覚がズレてるんだろうな・・・」

 

 新幹線に乗り込み椅子の上でショボくれているビッチ先生に対しての我らが委員長二人による尤もな意見。さすがである

 

 新幹線が出発しそれぞれ自分達の時間を楽しんでいる。京都での最終確認をする者、人生ゲームで楽しむ者、etc・・・

 

「龍之介はなんでスコープ磨いてんだよ」

 

「なんかこうしてると落ち着くようになってな」

 

「職人かよ・・・ほれ、凛香」

 

 もう職人の域に達している龍之介は一先ず置いといてオレはカバンの中から小さな袋を出してそれを凛香に渡した

 

「オレ特製のクッキーだ。食べたいって言ってたろ?」

 

「ありがと」

 

「へぇ〜。彼方はお菓子作れんのか」

 

 匂いにつられたのかさっきまで話をしていた岡島と菅谷まで興味を示してきた

 

「なんかいい匂いするね」

 

「倉橋か。一つ食うか?」

 

「いいの?いただきま〜す」

 

 椅子の後ろから顔を出してきた倉橋にオレはカバンからもう一つ袋を出しその中から一枚口元に持って行ったら倉橋はそれをパクッと頬張った

 

「すごい美味しいよ!これ!」

 

「お口に合って何よりだ。もう一個食うか?」

 

「食べる〜!」

 

 さっきと同じように倉橋の口元にクッキーを持っていく。倉橋もさっきと同じようにそれをパクッと頬張った。なんだろう、倉橋には悪いがペットにお菓子あげてる気分だ

 

「む〜。カナくん、陽奈乃ちゃんに優しくない?」

 

「そうか?お前も食うか?桃花」

 

 オレは取りやすいように桃花に袋の開け口を向けて差し出した

 

「私にはやってくれないんだ・・・」

 

「ん?」

 

「何でもない!はむ・・・いつも通り美味しいよ!」

 

「なんで怒ってんだよ」

 

 なんとも力強く美味しいと言ってくる桃花。嬉しいんだけどなんだかな・・・

 

「彼方くん。私もいいかな?」

 

「有希子か?いいぞ。ほれ」

 

 通路を挟んで有希子も欲しいと言ってきたので桃花と同じように袋を持った手を伸ばす

 

「私も倉橋さんみたいに欲しいな」

 

「はぁ?なんで?」

 

「お願い」

 

「はぁ・・・ほらよ」

 

 仕方なく袋から一個取り出し有希子に向かって手を伸ばす。有希子は右手でその長い髪をどかす仕草をしながらクッキーをついばんだ

 

「あー!!!」

 

『なんかエロっ!』

 

「桃花、うるさいぞ。岡島と菅谷は何言ってんだ」

 

「カナくん、なんで私にはしてくれないの!?」

 

「座ったまま真後ろにどうしろってんだ」

 

 ぶうぶう言ってる桃花は気にせず横に目を向けると凛香がじっとこっちを見ていた

 

「ほれ」

 

 オレは凛香の言いたいことを察し、凛香の持っている袋から一個取り出し凛香の口元に持っていく。凛香は恥ずかしいのか少し躊躇ったが最後にはパクッといった。恥ずかしいならやめればいいのに

 

「彼方ー。俺達にもくれよー」

 

「私も欲しい!」

 

 後ろの方から前原と岡野の声がしたのでオレはカバンから新たな袋を取り出し天井に当てないように後ろに放り投げた

 

「サンキュー」

 

「班の連中で分けろよ?原さん。これそっちの分」

 

「あらいいの?ありがとう」

 

「有希子もこれそっちで分けてくれ」

 

「うん、ありがとう。美味しかったよ」

 

「それはよござんした」

 

「桃花も。倉橋、ちゃんと委員長や磯貝達にもあげろよ?」

 

「わかってるよ〜」

 

「む〜」

 

 桃花はまだ膨れてんのか?

 

「あれ、そういや殺せんせーは?」

 

「そこそこ」

 

 杉野の疑問にオレは窓の方を指差す。するとそこには新幹線の外で窓に張り付いた殺せんせーがいた

 

『うわっ!』

 

「なんで窓に張り付いてんだよ、殺せんせー!?」

 

「いやー、駅中スイーツを買ってたら乗り遅れまして。次の駅までこの状態で一緒に行きます。あーご心配なく。保護色にしてますから服と荷物が張り付いているように見えるだけです」

 

「それはそれで不自然だよ!」

 

「そんなことより!彼方くん!私にもクッキーください!」

 

「いいけど、早くしないとみんなに食われんぞ。あ、烏間先生もどうぞ。ビッチ先生も」

 

「あぁ、ありがとう」

 

「ぐすっ・・・貰っておくわ」

 

 ビッチ先生、まだいじけてるくせになんでそんな上からなんだよ。なんか腹立つな

 

『殺せんせー美味しいよー』

 

「にゅやっ!羨ましい!」

 

 次の駅で殺せんせーも中に入ってようやく全員が揃った

 

「いやー疲れました。目立たないように旅行するのも大変ですねぇ」

 

「そんなクソでかい荷物持ってくんなよ」

 

「ただでさえ殺せんせー目立つのに」

 

「てか、外で国家機密がこんなに目立っちゃヤバくない?」

 

「にゅやっ!」

 

「その変装も近くで見ると人じゃないってすぐわかるし」

 

 確かに変装するにしてもあれじゃな・・・

 

「殺せんせー、ほい」

 

 と菅谷がさっきから作業していたものを先生に投げた。殺せんせーは五本指の手袋に対して二本しか入っていない手で受け取った

 

「まずそのすぐ落ちる付け鼻から変えようぜ」

 

 殺せんせーはその菅谷が作った付け鼻を付けてみる

 

「おー。すごいフィット感」

 

「顔の曲面と雰囲気に合うように削ったんだよ。オレそんなん作るの得意だから」

 

 手に持っているカッターとヤスリをポンポンと投げながら得意げに話す菅谷。今まであまり目立って来なかっただけに少し意外な一面が見られた

 

 

 

 

 

 そして京都に着いてバスに乗り泊まる旅館に到着した。ちなみに言っとくとA組からD組までは高級ホテル、オレ達E組は旅館だ。オレはホテルより旅館の方が好きだからこっちでよかったけどね

 

「新幹線とバスで酔ってグロッキーとは」

 

 殺せんせーはというと三村の言うように新幹線とバスに酔ってフロントのソファでグロッキー状態にあった

 

「大丈夫?寝室で休んだら?」

 

 岡野が心配して言葉をかけているがそれと同時にナイフを振り下ろしている。言っていることとやっていることは矛盾に等しいな。委員長と磯貝もやってるし・・・

 

「ご心配なく。先生これから一度東京に戻ります。枕を忘れてしまいまして」

 

「あんだけ荷物あって忘れ物かよ!」

 

 ツッコミを入れている三村の隣で渚が何かを書いていた。気になったので覗いてみる

 

「渚、何書いてんだ?」

 

「彼方くん。先生の弱点をメモっとこうと思って」

 

「へぇ〜」

 

「どう?神崎さん、日程表見つかった?」

 

「ううん」

 

「有希子、どうした?」

 

「日程表どこかで落としちゃったみたい」

 

「そんなん作ってたのか。有希子は真面目だな」

 

「先生のしおりを持っていれば全て安心ですよ?神崎さん」

 

 ⦅それ持つの嫌だから纏めてんだろ⦆

 

「確かにバックに入れてたのに。どこかで落としたのかな・・・」

 

 このときは有希子が日程表を落としたことに対してそこまで深く考えなかった。でもこれが後であんなことになるなんて・・・



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修学旅行の時間②

 四班side

 

「渚、暗殺の場所ここなら行けそうだな」

 

「スナイパーの人から見えるかな?」

 

「変な修学旅行になったね」

 

「そうだね。でも楽しいよ」

 

「うわ〜ん!折角京都に来たんだから抹茶わらび餅食べたい!」

 

「ははは・・・」

 

 修学旅行二日目、今日は班で自由に京都の街を見学する日である。しかしその中でも暗殺は続行であるため四班は街並みを見つつ絶好のスナイプポイントを探していた

 

「ではそれに毒を入れるというのはどうでしょう!?」

 

「なんで!?」

 

「殺せんせー、甘いものに目がないですから」

 

「いいね。名物で毒殺」

 

「もったいないよ!抹茶わらびが!」

 

「殺せんせーに効く毒があればいいんだろうけど」

 

「でもさ、修学旅行のときくらい暗殺のこと忘れたかったよな。いい景色じゃん。暗殺なんて縁のない場所でさ」

 

「そうでもないよ」

 

 単純に修学旅行を楽しみたかったとぼやく杉野。京都は暗殺とは無縁かどうか。渚の言うようにそんこともないのだ

 

「坂本龍馬ってあの?」

 

「あぁ、1867年龍馬暗殺。近江屋跡地ね」

 

「さらに歩いてすぐの距離に本能寺もあるよ。当時と場所は少しズレてるけど」

 

「そっか。織田信長も暗殺の一種かぁ」

 

 先生からのしおりを開きながら自分の持つ知識を語る渚

 

「このわずか1kmという狭い範囲でもものおすごいビッグネームが暗殺されてる。ずっと日本の中心だったこの街は暗殺の聖地でもあるんだ」

 

「なるほどな。言われてみりゃこりゃ立派な暗殺旅行だ」

 

 こんな神聖な土地でも昔から世界に重大な影響を与える人物ばかりが暗殺されて来た。彼らの暗殺のターゲットである殺せんせーもまた世界に影響を及ぼす点で通ずるものがあるだろう

 

「次は八阪神社ですね」

 

「えぇ」

 

「え〜。もういいから休もうよ。京都の甘ったるいコーヒー飲みたいよ」

 

「飲もう飲もう!」

 

 それから四班のメンバーは観光スポットを回って行き、祇園の方に辿り着いた。そして人の賑わっていた大通りとは大違いの人気のない小道に入って行った

 

「祇園って奥に入るとこんなに人気ないんだ」

 

「一見さんはお断りの店ばかりだから目的もなくフラッと来る人ともいないし見通しが良い必要もない。だから私の希望コースにしてみたの。暗殺にぴったりなんじゃないかって」

 

「さすが神崎さん!下調べ完璧!じゃあここで結構に決めようか」

 

「マジ完璧」

 

 人気もなく暗殺には最適。しかしそれと同時に事件も起こりやすい。それを象徴するが如く彼らの前から数人の学ランを来たガラの悪い男が彼らに近づいてきた

 

「なんでこんな拉致りやすい場所歩くかねぇ」

 

 気づくと背後にも数人同じ学ランを来た同じようにガラの悪い連中が数人いた

 

「なに、お兄さんら。観光が目的っぽくないんだけど」

 

 男達に怯えるメンバーの中でもカルマだけはまだ余裕の表情をしている

 

「男に用はねぇ。女置いておうちに帰ん・・・」

 

 前にいる男の一人が話し終える前にカルマに顔を掴まれ地面に押し倒された

 

「ほらね渚くん。目撃者のいないとこなら喧嘩しても問題ないっしょ?」

 

「わっ!」

 

 渚は何かに驚いてその方向を指差す

 

「刺すぞおらぁ!」

 

 違う男がカッターを取り出しカルマに襲いかかった。しかしカルマは近くにあった自転車のカゴを覆っていた布を男の顔に投げつけ張り手でまた倒してしまった

 

「刺す?そのつもりもないのに?」

 

「いやっ!何!」

 

 しかしカルマが前の男達の相手をしていた最中に神崎と茅野が背後の連中に捕まってしまった。それを見てカルマは苦い顔をする

 

「わかってんじゃんか」

 

「くっ!」

 

 人質を取られたことでカルマは手を出せなくなり、地面蹴り倒され加えて複数人から同時に踏みつけられたり蹴られたりされる

 

「カルマくん!」

 

「おい!がはっ!」

 

 助けに出ようとした杉野も腹を蹴られ渚と衝突してしまう

 

「おい、車出せ。中坊が、舐めてんじゃねぇぞ」

 

 そのまま一方的に蹴られ、3人は意識を失った

 

(助けて!彼方くん!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「彼方?どうしたの?」

 

「いや、・・・」

 

 誰かに呼ばれた気がしたが、気のせいか・・・?なんでこんなモヤモヤする・・・

 

「凛香悪りぃ。ちょっと待っててくれ」

 

「うん」

 

 オレは根拠のない衝動に駆られ携帯を取り出し電話をかける

 

『もしもし、カナくん?どうしたの?』

 

 桃花は大丈夫か

 

「いや、そっちの班の様子はどうかなって思ってな」

 

『カナくんいないのが残念だけど楽しく観光してるよ〜』

 

「そっか。ならいいんだ。じゃな」

 

『ちょっ!カナくん!?』

 

 桃花が何か言いたそうだったが申し訳ないが切らせてもらった。あとで甘いものでもあげよう

 

 PLLLLL・・・

 

 クソッ!なんで出ない、有希子!あいつと同じ班って、渚とかだよな

 

『・・・もしもし、彼方くん?』

 

「渚!よかった。お前は出てくれた。有希子が電話に出ねぇんだ。なんか知らねぇか?」

 

『実は・・・』

 

 オレは渚から事情を聞き次第にスマホの握る力が強くなっていく

 

「・・・わかった。渚は急いで殺せんせーと烏間先生に報告してくれ」

 

『わかった。彼方くんは?』

 

「ちょっとお灸を添えに行ってくる・・・」

 

 オレはそこで耳から携帯を離し切るボタンを押す

 

「神崎になにかあったの?」

 

「高校生に連れ去られたらしい。凛香、悪いが行ってくる。この埋め合わせは絶対するから」

 

 折角の凛香との京都デート。凛香が楽しみにしてたのは知っている。だが凛香ほどではないにしろ大切なやつがそんな目にあってるのは我慢ならん

 

「うん。早く助けてあげて」

 

「もち」

 

 すぐにでも向かおうとすると凛香がオレの肩に掴まり背伸びをしてオレの頰にキスしてきた

 

「気をつけて」

 

「あぁ。行ってくる」

 

 オレは殺せんせーの作ったしおりを頼りに有希子が捉えられているだろう場所に全速力で向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの写真、真面目な神崎さんもああいう時期があったんだね。ちょっと意外」

 

「うちは父が厳しくてね。良い学歴、良い肩書きばかり求めてくるの。そんな肩書き生活から離れたくて、名門の制服も脱ぎたくて、知っている人がいない場所で格好も変えて遊んでたの」

 

 今いる場所に連れて来られてすぐにリーダーと思われる男から携帯の画面を見せられた。そこには今の清楚で可憐な雰囲気とは正反対の服装で化粧もしている神崎が写っていた

 

「バカだよね。遊んだ結果得た肩書きがエンドのE組。自分の居場所がわからなかったよ・・・」

 

「俺らの仲間になりゃいいんだよ。俺らも肩書きなんて死ねって思ってるし」

 

「勘違いしないで。今の私はあなた達みたいなのとは違う。こんな私にも手を差し伸べてくれた人がいたから」

 

 自分の過去を話したときとは明らかに顔つきが変わる神崎。大勢の男を前にしてもその目はまるで何かを信じて疑わない、そんな目をしている

 

「強がんなよ。なんつーか、自然体に戻してやる?みたいな。俺らそういう遊びたくさんしてきたからよ」

 

「さいってー」

 

 聞く価値もない話を聞かされたからなのか茅野はそう口に出してしまう。それが気に障ったのかリーダーの男が茅野の胸ぐらを掴んで持ち上げた

 

「何エリート気取りして見下してんだぁ?」

 

 茅野は苦しいのか足をバタつかせる

 

「その汚い手を離せ、クズが・・・」

 

「んあ?ガハッ!」

 

 しかし苦しかったのも束の間。全く気づかないうちにある声と共に男は蹴り飛ばされ、空中で離されたため茅野は地面に落ちていく。がそれを誰かにお姫様抱っこの形で受け止められた

 

「茅野、大丈夫か?」

 

「ゴホッゴホッ!彼方、くん・・・?」

 

「あぁ。来るのが遅くなってすまん。有希子も大丈夫か?」

 

「うん。信じてたよ。彼方くんなら必ず来てくれるって」

 

 そこへ駆けつけたのは二人のクラスメートである波風 彼方だった。彼方は茅野を神崎の隣に降ろす

 

「すぐ終わらす」

 

 

 

 

 

 

 

「おいお前!よくもやってくれたな!」

 

「御託はいい。お前らはオレの大切なやつらを苦しめた・・・殺すぞ・・・?」

 

 まずは茅野を助けられてよかった。見た感じまだ酷い仕打ちとかはされてなさそうだった。それを見ただけで今は十分。あとはこいつらを殺るだけだ

 

「クソッ!どうやってここをつきとめたかは知らんがな、舐めるなよ、ガキが!」

 

「お前らの意見なんてどうでもいいんだよ・・・」

 

 オレからはいつもより大分低い声が出てるだろう。それだけ今のオレの機嫌は悪い。そしてその怒りを保ったまま、最初の一歩を踏み出す

 

「な、なんだ!?」

 

 リーダーの男は目を見開いて驚いている。それもそのはず。まだ何もしていない。何もしていないのにだ、仲間がどんどん倒れていく。こんな状況は普通ではないだろう

 

「オレがここに来た時点でお前らは終わってんだよ・・・」

 

 最後の仲間を倒すとその瞬間リーダーの男は学ランのポケットからナイフを取り出した

 

「クソが!殺してやる!」

 

「やれるもんならやってみろ・・・」

 

 しかしその声を聞いたのが最後。男の顔面を殴り男はものすごい勢いで仰向けに倒れた。だがここで終わらせない。オレは男に乗りかかりこれでもかといくらい顔や腹を殴り続ける

 

「彼方くん!それ以上はいけない!」

 

「・・・殺せんせー」

 

 その行為は突然ヌルヌルしたものの止められた。顔を上げるとそこには黒子みたいな顔隠しをつけた殺せんせーがいた

 

「彼方くん!」

 

「もういいよ!」

 

 そして後から二人の人物に抱き着かれて尻餅をついた

 

「有希子・・・茅野・・・」

 

「私達はもう大丈夫だから」

 

「もう終わったから!いつもの彼方くんに戻って!」

 

 オレに抱きついて二人とも泣いている。よっぽど不良連中が怖かったのか。それとも怖かったのはオレか

 

 二人に抱き着かれながら二人がやって来た方を見ると渚やカルマ達、四班のメンバーが揃っていた。杉野はなぜか真っ白になって固まっている

 

「あーあ、彼方のせいで俺ボコれなかったじゃん」

 

「あぁ、悪い」

 

「彼方くん。危険なのでこれからはこういう単独行動は控えてください。それにあれはやり過ぎです」

 

「すいません。頭に血が上っちゃってて」

 

 殺せんせーに少々説教され、泣いている二人が泣き止んでから外に出た

 

 外はすっかり夕暮れ時になって赤い太陽が街を照らしていた。帰り道オレの隣には有希子が歩いている

 

「彼方くん、今日は本当にありがとう」

 

「ケガとかなくてよかった」

 

「・・・さっきね、昔の私の写真見せられたの」

 

「昔って、遊んでたときのか?」

 

「うん。でもあの時も今日も彼方くんが助けてくれた」

 

「今日はともかくあん時はオレは何もしてない」

 

「ううん。ちゃんとしてくれたよ」

 

「なんのことやら、全く覚えがありませんね」

 

「ふふっ。でも彼方くんは私の中でずっとヒーローだからね」

 

「よせよ」

 

 昔の有希子は相当荒れていたのを覚えてる。あそこから立ち直ったのは有希子自身。オレはただきっかけを作ったにすぎない。なんと言われようと頑張ったのはあいつだ

 

 などと考えていると有希子がオレの腕に彼女の腕を絡ませてきた

 

「おい」

 

「いいでしょ?今日くらい甘えても」

 

 夕焼けのせいなのか有希子の顔は少し赤く見えた

 

「まったく。ユキリンは甘えん坊だな」

 

「っ!その名前で呼ぶのはやめてよぅ・・・」

 

「ははは」

 

 この名前で呼んだのも久しぶりだな。前を歩いてるみんなには聞こえてないだろう。そう思ってみんなの背中を見ようとすると茅野がこっちを向いていたので目があった。しかし茅野は慌てて前を向いてしまった。茅野も顔が赤く見えたな。これも夕焼けのせいかな

 

 



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修学旅行の時間③

 クラスメート誘拐事件が解決して宿に帰って来ると烏間先生からこっぴどく怒られた。先生の部屋で三十分ぐらい正座で烏間先生とマンツーマン。でも生徒を大切に想ってくれているというのがひしひしと伝わってきた

 

 烏間先生のお説教から解放されて部屋に戻る途中で小さなゲームコーナーがあった。中には有希子が何かしてるのを渚、杉野、茅野、奥田が見ていた

 

「うぉっ!どうやって避けてるか全くわからん!」

 

「恥ずかしいな、なんだか」

 

 そう言いつつも慣れた手つきで左手でレバーを操作し右手でボタンを操っている

 

「さすがだな」

 

「彼方くん」

 

「か、彼方くん!?」

 

「よっ」

 

 ゲームをプレイしている有希子に近づいて声をかけると画面を見ながら有希子が、突然来たオレに驚いたような声で茅野がそれぞれ呼んできた。茅野の顔が少し赤いのは風呂上がりだからだろうか

 

「よう彼方。烏間先生のお説教タイムは終わったのかよ?」

 

「あぁ、こっぴどく怒られたよ」

 

「だろうな」

 

「ごめんね、私達のせいで・・・」

 

「おいおい。なんで茅野が謝るんだよ。有希子と茅野を助けられたんだ、お説教の三十分や一時間どってことない」

 

 申し訳なさを感じたのか茅野が暗い顔をして謝ってきたのでオレはそう返しておいた。それを聞いた茅野はいつもの笑顔に戻った

 

「それにしても意外です。神崎さんがこんなにゲームが得意なんて」

 

「黙ってたの。遊びができてもうちでは白い目で見られるだけだし。でも周りの目を気にしすぎてた。服も趣味も肩書きも逃げたり流されたりして身につけてたから自信がなかった。でもそんな私に教えてくれたのが彼方くんだったよね?」

 

「そんなことあったっけかな」

 

「照れてるの?」

 

「照れるところがどこにある」

 

 いい話で終わるかと思いきやいきなり昔のことを話し出した有希子。いきなりふられたからツンデレみたいになったじゃねぇか。男のツンデレなんて需要ねぇんだよ

 

「ねぇねぇ神崎さん。そのとき彼方くんになんて言われたの?」

 

「茅野、なんでそんな目を輝かせている。別にどうでもいいだろ」

 

「えっとね」

 

「有希子も話そうとしなくてよろしい」

 

「“見た目や肩書きなんて関係ない。大切なのは中身だろ。自分のしたいようにすればいいんじぇね?”って言ってくれたの」

 

 話すのかよ・・・

 

「へぇ〜。さっすが彼方くん!いいこと言うね!」

 

「そんなこと言ったかな。記憶にございません」

 

「また照れてる♪」

 

「照れてねー」

 

「彼方くんかわいい♪」

 

「可愛くねぇ。茅野も乗るな」

 

 この二人、攫われてたのにさらに仲良くなってねぇか?

 

 

 

 

 

「しっかしボロい旅館だよな。寝室も男女大部屋二部屋だし。E組以外は全員ホテルの寝室だってよ」

 

「いーじゃん。賑やかで」

 

 有希子達女子と別れて偶然ジュースを買いに来ていた岡島と会い一緒に部屋に戻っている。すると男湯の前でこそこそとしている金髪と紫髪を見つけた

 

「ねぇ、二人は何してるの?」

 

「しっ!」

 

「決まってんでしょ?覗きよ」

 

「覗き!?」

 

「それオレらのジョブだろ!」

 

「ジョブではねぇよ」

 

 まぁ確かに覗きと言えば誰もが男が女湯を覗くことを考えるだろう。だが中村と不破は男湯をそっと開ける

 

「あれを見てもそれが言える?」

 

 中には殺せんせーがいつも着ているガウンがかかっていた

 

「あの服がかけてあって服の主は風呂場にいる」

 

「言いたいことわかるよね・・・?」

 

「う、うん・・・」

 

「今なら見れるわ、殺せんせーの中身。首から下は触手だけか胴体あんのか。暗殺的にも知ってて損はないわ」

 

「この世にこんな色気のない覗きがあったとは・・・」

 

 岡島はそういうがやはりみんな気になるようで抜き足差し足忍び足で音を立てないように風呂場に近づく

 

 中村がそーっと風呂場のドアを開けると中では殺せんせーが泡風呂を楽しんでいた

 

「女子か!」

 

「おや、みなさん」

 

「なんで泡風呂入ってだよ・・・」

 

「入浴剤禁止じゃなかったっけ」

 

「これ先生の粘液です」

 

「・・・は?」

 

 先生の言った一言にポカンとする中村

 

「泡立ちやすい上にミクロの汚れも浮かせて落とすんです」

 

「ホント便利な体だな」

 

「でも甘いわ。出口は私達が塞いでる。浴槽から出るとき必ず私達の前を通るよね?殺すことはできなくても体ぐらいは見せてもらうわ」

 

 中村はそう言ってスッと浴衣からナイフを取り出す

 

「そうはいきませんねぇ」

 

 パッと立ち上がった殺せんせーにはお湯が寒天のように纏わり付いている

 

「煮こごりか!」

 

「おっと湯冷めしてしまいます」

 

 そのままの状態でニュルフフフと笑いながら浴槽の上にある小窓からスルリとと抜け出した

 

「逃げた・・・」

 

「中村、この覗きむなしいぞ」

 

「修学旅行でみんなのこと色々知れたけど」

 

「殺せんせーのことは全くわからんかったな」

 

「大部屋でだべろっか」

 

 あれ?ここに来てオレ喋ったっけ?

 

 

 

 

 

 

 大部屋に着いてみんなで話しているといつの間にか気になるクラスの女子ランキングなるものの話になった

 

「やっぱり一位は神崎か」

 

「まぁ嫌いなやつはいないわな」

 

「で?うまく班に引き込めた杉野はどうだったん?」

 

「それがさ、色々トラブルあってさ。じっくり話すタイミングが少なかったわ」

 

「あぁなんか大変だったらしいな」

 

「気になるのは誰が誰に入れたかだよなー」

 

「オレは一人に決められないよー!」

 

 クラスの女子の名前を紙に書いて回して集計したため誰がどの子に票を入れたかはわからない。岡島に関しては誰にも入れられず悶絶している

 

「それに神崎さんの中には絶対に彼方が出てくるらしいし・・・はぁ・・・」

 

「は?そんなわけないだろ」

 

『爆ぜろ!この鈍感リア充!』

 

 なんで今の一言だけで全員からこんなツッコまれなきゃならんのだ

 

「渚、お前は誰に入れたんだよ?」

 

「えっ?ぼ、僕は・・・」

 

「そういう前原こそ誰に入れたんだよ?」

 

「俺か?ふふん、そいつは言えねぇな」

 

「腹立つ!お前みたいなのがモテてるかと思うとまた腹立つ!」

 

 前原は顔だけはいいからな。まぁ性格知って逃げられるのが常なんだけど。なんとも残念な

 

「おっ、面白いことしてんじゃん」

 

「カルマ」

 

 そこに飲み物を買いに行っていたカルマが戻ってきた

 

「いいとこに来た。お前気になる子いる?」

 

「う〜ん、俺は奥田さんかな」

 

「言うのかよ」

 

「お、意外。なんで?」

 

「だって彼女怪しげな薬とかクロロホルムとか作れそうだし。俺のイタズラの幅が広がるじゃん」

 

「絶対くっつかせたくない二人だな」

 

 大きな甕に棒を突っ込んでかき回しているまるで魔女のような奥田さんを想像したことは秘密だ

 

「んで、彼方はどうなんだよ?」

 

「そうだそうだ!いつも女を侍らせてるお前はどうなんだ!?」

 

「んなことしねぇだろ。それにオレは凛香に決まってんだろ」

 

「即答かよ」

 

 前原と岡島に聞かれたので即凛香の名前を出したら三村に頭を抱えられた。解せぬ

 

「それよりお前らは大丈夫なのか?」

 

「ん?何が?」

 

「ほれ」

 

 磯貝に疑問で返されたので襖の奥の方を指差す。そこにピンクに染まった殺せんせーが“生徒データ 男子③”なるものにメモをとっていた。書き終えるとそっと襖を閉めた

 

「メモって逃げやがった!」

 

「殺せ!」

 

 オレ、カルマ、渚を残して他の男子はメモを奪還するため先生を追った。磯貝とか誰に入れたか気になるな

 

「さて、オレは風呂に行くかな」

 

「そっか、彼方くんは烏間先生のお説教で入ってなかったね」

 

「今なら貸切なんじゃない?」

 

「そりゃいいや。じゃあ行ってくるわ」

 

 クラスの大半の男どもが殺せんせーを殺しに行っているところ悪いが、オレは一人風呂を堪能させてもらおう

 

 

 

 

 

 女子部屋side

 

「え?好きな男子?」

 

「そうよ。こういうときはそう言う話で盛り上がるものでしょ?」

 

 暗殺しているとはいえ中身はやはり普通の中学生。男子同様、いやもしかしたらそれ以上に女子は恋バナに花を咲かすだろう

 

「うちのクラスでマシなのは・・・磯貝と前原くらい?」

 

「そうかな?」

 

「前原はタラシだからまぁ残念だとして、クラス委員の磯貝は結構優良物件じゃない?」

 

 磯貝は顔もいいし性格までいいという、E組にしてはもったいないできた男子である

 

「あとは、“彼方くん”とか?」

 

『っ!』

 

 岡野からの“彼方”という言葉にその場の何人かが反応する

 

「あぁダメダメ。彼方にはもう速水さんっていう相手がいるんだから」

 

「・・・」

 

 中村が続けて言ったことに速水は嬉しいけど恥ずかしいといろんな感情がごっちゃになって顔を赤くしている

 

「でも彼方くん、普通にカッコいいよね〜?お菓子も美味しかったし」

 

「そこんとこどうなんですかね?幼馴染みさんの矢田さんと何やら仲がいい神崎さん。それに今日助けてもらって彼方と目を合わせるのが恥ずかしい茅野ちゃん」

 

「なっ!何言ってるの!?」

 

 なぜ中村はここまで勘がいいのか。それとも観察眼がいいのか。いきなりの指摘に速水同様顔を赤くする茅野

 

「おーいガキども。もうすぐ就寝時間だってことを一応言いに来たわよー」

 

「一応って・・・」

 

「どうせ夜通しおしゃべりするんでしょ?あんまり騒ぐんじゃないわよー」

 

 ビール缶を持ちながら浴衣も着崩し、なんとも先生とは思えないビッチ先生。これを見た烏間先生はどんな反応をすることやら

 

「先生だけお酒呑んでズルい」

 

「当たり前でしょ。大人なんだから」

 

「そうだ。ビッチ先生の大人の話聞かせてよ」

 

「はぁ?」

 

「普段の授業よりためになりそう」

 

「なんですって!?」

 

「いいからいいから」

 

 倉橋の失礼な言葉に強く言い返すビッチ先生を矢田が背後に回って部屋の中に引き入れる

 

『えー!!!』

 

「ビッチ先生まだ二十歳!?」

 

「経験豊富だからもっと上かと思ってた」

 

「ねー。毒蛾みたいなキャラのくせに」

 

「そう。濃い人が作る毒蛾のような色気が・・・誰だ今毒蛾つったの!!!?」

 

 ビッチ先生はノリツッコミまでできるようだ

 

「いい?女の賞味期限は短いの。あんた達は私と違って危険とは縁遠い国に生まれたのよ。感謝して全力で女を磨きなさい。そして今目の前にあるものはしっかり掴むこと」

 

 お新香をつまみにビールを飲んでいる英語教師からの言葉の最後で何人かの心にズキンときた。だてに百戦錬磨をかいくぐって来た人の話だけある。言葉に重みがある。お新香ボリボリ食べてるけど

 

「ビッチ先生が真面目なこと言ってる」

 

「なんか生意気ー」

 

「ナメんなガキども!」

 

「じゃあさじゃあさ、男の落とし方聞きたい!」

 

「あ、私も興味ある!」

 

 岡野と中村がビッチ先生にひどい言葉をかけてるのなんてお構いなしに次の話題に写そうとする矢田と倉橋

 

「ふふふ、いいわよ。子どもには刺激が強いから覚悟なさい」

 

 ビッチ先生が全員の顔を見回す。その中でも特に矢田、神崎、茅野の顔は真剣そのもの。そして真ん中にはピンクのタコが・・・ピンクのタコ?

 

「ってそこ!さりげなく紛れ込むな!女の園に!」

 

「いいじゃないですか〜。私もその色恋の話聞きたいです」

 

「そう言う殺せんせーはどうなのよ。自分のプライートはちっとも見せないくせに」

 

「そうだよ。人のばっかズルい」

 

「先生は恋バナとかないわけ?」

 

「そうよ。巨乳好きだし片想いくらい絶対あるでしょ」

 

 女子全員から指を突きつけられ追い込まれる殺せんせー。そして答えは・・・

 

「逃げやがった!捉えて吐かせて殺すのよ!」

 

 ナイフを片手に殺せんせーを追うため部屋から出て行く女性陣。殺せんせーの運命やいかに・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜、いい湯だった〜」

 

 やっぱり家の風呂とは違って足を伸ばせるってのはいいよな。さて、風呂の後はやっぱり牛乳だよなー

 

「彼方」

 

「おう、凛香も飲みものか?」

 

「うん」

 

「どれがいい?」

 

「オレンジかな」

 

「あいよ」

 

 自販機の前でばったり凛香と会った。自販機でオレンジジュースのパックをかって凛香に渡す。オレは牛乳を買う。瓶じゃないのが心苦しいが

 

「ありがと」

 

「なんか騒がしくないか?」

 

「女子全員殺せんせー暗殺しに行ってるからかも」

 

「女子もか?男子もそんな感じだからな。ちなみにそうなった経緯は?」

 

「クラスで気になる男子を言ってたら殺せんせーが来た」

 

「そっちもか。やることは同じだな」

 

「男子も?」

 

「あぁ」

 

 買った牛乳にストローを刺して一口飲んで凛香の方を向くとまだ開けていなかった

 

「彼方は・・・」

 

「ん?」

 

「彼方は誰に入れたの・・・?」

 

「は?そんなん凛香に決まってんだろ」

 

「っ!そ、そっか・・・」

 

 それを聞いた凛香の顔はみるみる赤くなっていく

 

「なんだ?照れてるのか?」

 

「て、照れてない」

 

「素直じゃねぇな。まぁそれも凛香の可愛いとこなんだけどな」

 

「・・・バカ」

 

 否定しながらもしっかりとオレと手を繋いでくる凛香さんちょー可愛いっす

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「・・・」

 

 呼んでおいて何も言わないってか。まぁオレの顔ガン見してるし何がしたいのかはわかるんだけど

 

「何だ?」

 

「・・・」

 

 ちょっと意地悪っぽくニヤけながら聞いてみると手を握る力が強くなった。それに気づいて顔を近づけ優しく口付けする

 

「素直に言えばいいのに」

 

「言えるわけないでしょ・・・!」

 

「凛香は可愛いな〜」

 

 うん、可愛い。もう一回言う?うちの彼女は可愛い。可愛いは正義。つまり凛香は正義だ・・・何言ってるかわからなくなっちった

 



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転校生の時間①

 中学三年での大きな行事である修学旅行が終わってしまい、今日からまた学校が始まる

 

 朝6:30。オレは目が覚め夕べ一応かけておいたまだ鳴っていない目覚ましのスイッチをoffにする。そして体を起こそうとするが、腕が何かに掴まれていた。確認するため布団をバッと剥いでみる。するとそこにはピンクのショーパンにコットン系のパーカーを着た桃花がスヤスヤと心地好さそうに眠っていた。いつもは髪をポニーテールで結んでいるが寝るときはさすがに解くようだな。久々に桃花の髪下ろしたバージョン見た気がする

 

 いやいや、そんなことを考えてる場合じゃない。なんだこの状況は・・・

 

 待て。落ち着くんだオレ。一度冷静に整理するんだ。昨日の夜のことを思い出せ。確か夕飯を一人で食べて、皿洗いやら洗濯やらの家事を済ませた後に風呂に入って、凛香と一時間くらい電話して今日の分の宿題を済ませて十二時前には寝たよな

 

 うん、桃花をうちに呼んだ覚えはない・・・玄関の鍵も窓の鍵もしっかりかけているはずだ。その前にここはマンションの三階。窓からの侵入はほぼほぼの可能性で不可能。ということは桃花はオレが寝た後に玄関から侵入した・・・こう考えるのが妥当だろう

 

 考えていてもしかたない。とにかく起こそう。起こしてどうしてここにいるか問い正そう

 

 桃花を起こそうと桃花の方を向くが、こっちに体を向けて気持ちよさそうに眠っている。ただでさえ寝ることがこの世で二番目に至福な時間と思っているオレがこんな顔をしている桃花を起こせるわけがない!

 

 しかしこのままだと桃花がオレの腕を話さないからオレ起きれんし、何より柔らかいもの当たってるし・・・これは桃花を起こさないように腕を抜くしかないな

 

「んっ・・・」

 

「っ!」

 

 起きて、ないよな・・・?はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、心臓に悪い。どうにか腕は抜くことはできたけど桃花が変な声出すから起きたかと思ったぞ。さて、桃花には起きてから問いただすとして、とりあえず朝食作るか。っとその前に目覚まし準備するか。7:15ぐらいでいいだろ

 

 

 

 

 

 ジリリリリリリ

 

 おっ、もう時間か。大体予想通りの時間だな。朝食も丁度できとるし、弁当も作った。ちゃんと凛香と桃花の分もな

 

 ・・・

 

 あれ?起きてこない?まだ寝てんのか?仕方ない。オレは桃花を起こすべく目覚ましが鳴り響く自室に向かった

 

 案の定桃花はまだ寝ていた。こんなに目覚ましが大音量で鳴ってんのに。しかもオレの枕を抱き枕にしやがって

 

「桃花。起きろ」

 

「ん・・・」

 

「のわっ!」

 

 桃花の肩を優しく揺らすと桃花が寝返りをうって服がはだけてしまい、中学生としては大きいであろうその胸の谷間があらわになってしまった。オレは急いで目を背ける。こんなん凛香にバレたら殺される!

 

「桃花。いい加減起きてくれ」

 

 桃花の体が見えないように一旦布団をかけ、桃花の頰をペチペチと軽く叩いたりむにゅーと左右に伸ばしてみる

 

「んん、んぁ・・・?あ、おはよぅ、カナくん・・・」

 

「おはよぅ、じゃねぇ。とりあえず顔洗って目を覚ましてこい。話はそれからだ」

 

「ふぁ〜い・・・」

 

 寝起きでまだ頭が働いてないのだろう、体は起こしたものの欠伸まぎれに返事してきた

 

 

 

 

 

「さて、わけを聞こうか」

 

「ん?カナくんのベッド寝心地良くてさ〜。寝すぎちゃった」

 

「そういうことじゃねぇ。なんでここにいる」

 

「だって、修学旅行で凛香ちゃんや有希子ちゃんだけ仲良くしてたから・・・」

 

「それとこれとどういう関係がある・・・?」

 

「それは・・・」

 

 そこから声が小さくて聞こえなかった

 

「まぁそれはもういい。昔から何度かあったことだしな」

 

「本当!?ありがと!」

 

「だからってこれからも来ていいって意味じゃないからな!それと、どうやってここに入った」

 

「え?”合鍵“だけど?」

 

「・・・」

 

 合鍵?あいかぎ?アイカギ?Aikagi?Supar key?は?なんでこいつそんなん持ってんの?オレは渡した覚えないし、それ以前に作った覚えもない

 

「どうして、お前がそんなものを持っている・・・?」

 

「カナくんのお母さんが単身赴任に行くちょっと前にくれたの。カナくんになんかあったらよろしくねって」

 

「・・・」

 

 あんの人は!なぜそういうことを前もって言わんのじゃ!今度帰ってきたら晩飯抜きだな!!

 

「そ、そうか。とりあえず今度からは無断で入るのはよしてくれ・・・」

 

「は〜い」

 

「んじゃ朝食にすっか。桃花も食べるだろ?」

 

「もちろん!久しぶりにカナくんの手料理が食べれるよ〜」

 

「んな大げさな。着替えはどうすんだ?」

 

「大丈夫!持ってきてるから」

 

「あ、さようで」

 

 準備は万端で来たってわけか。そこらへんはさすがというかなんというか。でもそれならもう少し寝るときの格好も考えてほしいわ

 

 

 

 

 

 朝食を終えてオレが後片付けをしているうちに桃花は制服に着替えた。それから二人で学校に向かった

 

「あれ、カナくんこれ見た?」

 

「ん?なんだ?」

 

 学校へ向かう途中で突然桃花が携帯の画面をオレに見せてきた。どうやら烏間先生からクラス全員に一斉メールが入っていたらしい。朝からとんだトラブルがあったため確認してなかった

 

「転校生だって」

 

「この文面からして間違いなく“殺し屋”だろうな」

 

「どんな子なんだろうね」

 

「生徒で来るわけだし、ビッチ先生みたいな人ではないだろ。まぁ行けばわかるっしょ」

 

「彼方・・・?」

 

 っ!この声・・・まさかと思ってゆっくり声の方を向くとそこには思った通り凛香がいた。しかもすんごい睨んでる

 

「なんで矢田と一緒にいるの?」

 

「え、いや、丁度家出たところで会ってな。ほ、ほら、オレら家が隣同士だs「おはよう、凛香ちゃん。私とカナくんが一緒に“カナくん家から”来ちゃおかしいかな?」おまっ!」

 

「彼方ん家。どういうこと・・・?」

 

「そのままの意味だよ?昨日泊まらせてもらったから今日は一緒に登校してるんだ〜」

 

「・・・」

 

 あ、これヤバいよ。凛香めっちゃ怒ってるよ。めっちゃ体プルプルしてるよ。桃花はなんで余計なこと言うかな!

 

「凛香」

 

「・・・」

 

 うわぁ、返事までしてくれなくなっちゃった・・・これは本気でマズい・・・

 

「凛香、もしお前が良ければうちに泊まりに来るか?」

 

「っ!」

 

 あ、止まった

 

「いいの?」

 

「まぁ付き合ってるわけだし、凛香の親御さんに許可得ないといけないがな。オレは別にいいぞ」

 

 さっきまでの凛香が嘘のように普段でも滅多に見せない満面の笑みを浮かべている。とりあえず機嫌は直ったかな

 

「ふ〜ん、カナくんはそうやってすぐ違う女の子を部屋に入れるんだ。へぇ〜」

 

「人聞きの悪い言い方すんなよ。桃花は勝手に来たんじゃんか」

 

 今度は桃花の機嫌が悪くなってしまった。ホント女心はわからない

 

 

 

 

 

 7:55、学校に着いてどんな転校生が来るのだろうと考えながら教室のドアを開けると、窓際の一番後ろ、原さんの席の後ろに何やら黒いモニター付きの長方形の縦長の板のようなものがあった

 

 それから入ってくるクラスメートはみんながみんな「なんだあれ?」と言いたげな顔をしながら入ってきた。ホームルームの時間、今日は珍しく烏間先生も一緒に来た。おそらく転校生についていろいろ説明してくれるのだろう

 

「みんな知ってるとは思うが転校生を紹介する。ノルウェーから来た”自律思考固定砲台“さんだ」

 

 烏間先生が黒板に”自律思考固定砲台“と書きそれについて軽く紹介するとそのモニターがつき少女の顔が映し出された

 

「みなさま、よろしくお願いします」

 

 軽く挨拶だけしてまたモニターが消えて真っ暗になった

 

 烏間先生も大変だなぁ。オレがあの人だったらツッコミきれずにおかしくなるわ。おそらくみんながこう思っただろう

 

「お前が笑うな!同じイロモノだろうが!」

 

 教室の前のドアの前で笑っている殺せんせーに烏間先生が言い放つ。そして自律思考固定砲台の方を見ながら続ける

 

「言っておくが彼女はれっきとした生徒として登録されている。彼女はあの場所からずっとお前に銃口を向けるがお前は彼女に反撃できない。生徒に危害を加えるのことは許されない。それがお前の教師としての契約だからな」

 

「なるほど。契約を逆手にとって。なりふり構わず機械を生徒に立てた。いいでしょう。自律思考固定砲台さん、あなたをE組に歓迎します」

 

「よろしくお願いします、殺せんせー」

 

 転校生はどんな殺し屋なのか、どんな暗殺をするのか。何もわからない状態でホームルームは終わり授業が始まった

 

「さて、この三人の登場人物ですが一人はすでに死んでいます・・・」

 

 授業が始まって三十分、自律思考固定砲台はモニターも切れてるし静寂を続けていた。茅野と渚が何か話してるな。おそらく彼女について話し合ってるんだろう

 

 すると・・・プシューッっという音とともに彼女が起動。側面から銃が飛び出した

 

「やっぱり!」

 

「かっけぇ!」

 

 杉野、今はそんな感想は・・・かっけぇな。でもこれは!

 

「伏せろ!」

 

 さすが普段から烏間先生に鍛えられてるだけある、全員オレの声で机に頭を伏せる。そしてその銃からの一斉射撃が開始された

 

「ショットガン二門、機関銃二門。濃密な弾幕ですがここの生徒は当たり前にやってますよ。授業中の発砲は禁止です」

 

 クラス全員分ほどの銃撃を全て躱した殺せんせー。確かにこの程度であればクラスの全員でできる。しかしそれでは終わらないだろう

 

「気をつけます。続けて攻撃準備に入ります」

 

 殺せんせーに注意されたにも関わらずまだ続けるつもりな自律思考固定砲台さん。そして第二射撃はすぐ始まった。さっきと同じような弾幕射撃。だが同じことをやっても殺せんせーは殺せないと彼女はわかっているはず。何かあるのか・・・?

 

 そしてそれはすぐ明かされることとなった。撃ち抜かれた殺せんせーの触手によって。触手が撃ち抜かれたことによって持っていたチョークがゆっくりと落ちていき教壇の上で砕けた

 

「左指先破壊。増設した副砲効果を確認。次の射撃で殺せる確率0.001未満。次の次の射撃で殺せる確率0.003未満。卒業までに殺せる確率90%以上」

 

 自律思考、一回の攻撃で再思考。これを繰り返すのが彼女の特技ってわけね

 

「それでは殺せんせー。続けて攻撃に移ります」

 

 殺せんせーを含めたオレ達は彼女を甘く考えていたのかもしれない。いや、言い方が違うな。根本的に認識を間違っていた。目の前にいるのはついこの間から暗殺を始めたオレらとは違う、紛れもない殺し屋だ

 

 転校生による射撃で潰された一時間目が終わった。教室の床には彼女が打ったBB弾が無数に散らばっている

 

「これ俺らが片すのか」

 

「お掃除機能とかついてねぇのかよ。固定砲台さんよぉ」

 

 村松の質問に彼女の反応はなし。モニターも消えて完全に機能停止状態だ

 

「シカトかよ」

 

「やめとけ。機械にからんでも仕方ねぇよ」

 

 一時間目だけでもあの迷惑さ。しかも後片付けはこっち。みんながイラつくのは無理もない

 

「岡野と倉橋は大丈夫だったか?反射角度的に二人大変だったろ」

 

「うん。でも彼方くんが叫んでくれたおかげで当たってはないよ」

 

「そうそう。びっくりはしたけど怪我はしてないよ」

 

「ならよかった。前原ならともかく二人に当たったりしてたら大事だもんな」

 

「心配してくれてありがとね♪」

 

「ありがと♪」

 

「おい彼方!それどういう意味だ!」

 

 そして嫌々でも全員でBB弾の後片付けをした

 

 それから二時間目、三時間目、その日一日中機械仕掛けの転校生の攻撃は続いた

 



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転校生の時間②

 そして翌朝

 

「午前八時二十九分三十五秒、システムを全面起動、電源電圧安定、オペレーションシステム正常、記録ディスク正常、各種デバイス正常、不要箇所なし、プログラムスタート」

 

 自身のシステムチェックが完了し自立思考固定砲台は起動した。しかしそれはガムテープでギチギチに巻かれていた

 

「殺せんせー、これでは銃を展開できません。拘束を解いてください」

 

「ん〜、そう言われましてもね」

 

「この拘束はあなたの仕業ですか?明らかに私に対する加害でありそれは契約で禁じられているはずですが・・・」

 

「ちげぇよ」

 

 その声とともに廊下側からガムテープが飛んできて自立思考固定砲台の側面に当たった

 

「俺だよ。どう考えたって邪魔だろうが。常識ぐらい身につけてから殺しに来いよ、ポンコツ」

 

「ま、わかんないよ。機械に常識は」

 

「授業終わったらちゃんと解いてあげるから」

 

 昨日のこと考えるとそりゃこうなるわ。寺坂や菅谷に言われるだけの常識はなさそうだし、ましてや温厚な原さんまで嫌がってそうだ

 

 その日は何度か銃を展開しようと試みていたがガムテープによって阻まれた。でもガムテープを破れないってどんだけ非力なんだよ、機械のくせに・・・てなわけで昨日よりはいつも通りの授業が受けれた

 

 

 

 

 

 放課後、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴ると同時にオレは凛香の元に歩み寄った

 

「凛香。オレちょっと残るわ」

 

「?どうして?」

 

「まぁちょっとすることがあってな」

 

 オレは目だけ今ようやくガムテープから解放されている窓側に立つ物体に向ける

 

「だから凛香は先帰ってもいいぞ?」

 

「私も残る」

 

「大丈夫か?親御さん心配しないか?」

 

「彼方と一緒なら大丈夫だと思う」

 

 そこで凛香の携帯のバイブが震える音が聞こえた。凛香が携帯を開いて確認するとオレに見せてきた

 

「ほら」

 

「?」

 

『わかった。彼方くん、よろしくね』と凛香のお母さんからメールが入っていた

 

「おばさんはエスパーか・・・」

 

「昔から感はいい人ってお父さんが言ってた」

 

「ならまぁちょっと付き合って」

 

「うん」

 

 オレはみんなが帰るまで凛香と机を合わせて今日出された宿題をやった

 

 

 

 

 

 みんなが帰ったのを見計らって自立思考固定砲台に声をかけた

 

「自律思考固定砲台さん」

 

 呼ぶとモニターがついた

 

「呼び出してすまんな。オレは波風 彼方。こっちは速水 凛香だ」

 

「よろしく」

 

「・・・」

 

 オレらの紹介に対して無反応。どんだけ愛想ないやつだよ

 

「今日なんであんなことされたかわかるか?」

 

「理解できません」

 

「じゃあ暗殺を邪魔されてお前はどう思った?」

 

「感情などはプログラムされていません」

 

 マジか。作ったやつどんなやつだよ。そりゃオレ達の気持ちも考えろってのが無理な話だ

 

「オレ達の邪魔でお前は暗殺ができなかった。でもな、その邪魔っていうのはオレ達にも言えるわけだよ。お前の射撃はオレ達の勉強の邪魔になってるんだ」

 

「しかし、私は殺せんせーの暗殺を命じられてここに来ました」

 

「別に暗殺をするなってわけっじゃないさ。時とタイミングを考えろってだけだ。それにみんなでやった方が成功するかもしれないぞ?協調性ってやつだ」

 

「協調性?」

 

「あぁ。まずはこのクラスを楽しめってこと」

 

 オレはそう言って隣にいる凛香を抱き寄せる

 

「ちょ!ちょっと!」

 

「いいじゃんか。仲良いとこ見せないと」

 

「だからって!恥ずかしい・・・」

 

「このクラスは楽しいぞ?まぁまだ馴染んでないやつもいるみたいだがな」

 

「楽しい・・・」

 

「お前は自律思考、自分で考えることができる。そのうち“感情”って分野もインプットできるだろうよ」

 

 オレもこのクラスに来てすぐ馴染めたんだ。転校生が機械だからって仲間はずれにするやつなんて・・・いないよな?

 

「凛香は何かアドバイスないのか?」

 

「別に・・・」

 

「おいおい、まだ照れてんのか?」

 

「て、照れてないし!」

 

「またまた〜可愛いやつめ」

 

「うるさい!」

 

「お二人は、先程言っていた仲が良いという関係なのでしょうか?」

 

「どうなんだ?凛香」

 

「そこで私に振らないでよ」

 

「え〜、凛香とオレは仲が良くないのか〜?悲しいな〜」

 

 思いっきり棒読みだけど大丈夫かな。まぁ凛香も茶番だってわかるだろ

 

「どうだ?オレらみたいにクラスのやつらとも仲良くしてみないか?」

 

「方法がわかりません」

 

「ご心配なく!」

 

 そこへ殺せんせーがやってきた。その手には段ボールいっぱいに詰まった機材がいろいろ入っていた

 

「殺せんせー」

 

「彼方くん。ここからは先生にお任せください。クラスメートとの協調に必要なソフト一式とメモリです」

 

「わかりました。じゃあ帰るか、凛香」

 

「わかった」

 

「じゃあ先生さようなら。また明日な、“律”」

 

 後のことは殺せんせーに任せてオレは凛香と手を繋いで校舎を出た。手を繋いでね。大事だから二回行ったぞ

 

「ねぇ、律ってなに?」

 

「ん?自律思考固定砲台ってなんか長くね?それにこれからクラスメートなんだからあだ名で呼んでもいいだろ」

 

「そういうこと」

 

「凛香もリンちゃんって呼ばれたい?」

 

「やめて。気持ち悪い」

 

「ヒドくね!?」

 

「・・・私は、彼方に凛香って呼ばれるのが好き。だから凛香でいい」

 

「わかった。今日は付き合ってくれてありがとな、凛香」

 

 それからオレは凛香を家まで送ってから自分の家に帰宅した

 

 

 

 

 

 次の日、今日は珍しく一人で登校している

 

「彼方くん」

 

 のは束の間、後ろから有希子が小走りで近づいてきた

 

「おはよ、有希子」

 

「うん、おはよう」

 

「有希子ってこの通り使ってたっけ?」

 

「ううん。今日はなんか彼方くんに会える気がしたから」

 

「そ、そうか」

 

 なんだ?昨日の凛香のお母さんといい有希子といい、この街にはエスパーが多いのか?

 

「あ、彼方くん寝癖ついてるよ?」

 

「そうか?まぁ気にしないからいいがな」

 

「もう、彼方くんカッコいいんだからもっと気をつけなよ」

 

「はいはい、お世辞ありがとね」

 

「・・・お世辞じゃないんだけどな

 

 寝癖なんて別に気にせんでもええやろ。最後に有希子がなんか言ったみたいだけど声小さくて聞こえね

 

「その分有希子はいつも髪綺麗だよな」

 

「えっ!あ、ありがと・・・」

 

「さすがうちのクラスのマドンナだな」

 

「・・・彼方くんも、そう思ってくれてるの?」

 

「ん?有希子は美人さんだからな。そりゃ思うだろ」

 

「・・・」

 

「凛香も負けないくらい可愛いがな」

 

「・・・なんでそこで他の人の名前を言うかなぁ

 

「なんか言ったか?」

 

「なんでもない!早く行くよ!」

 

「お、おう・・・」

 

 なんかいきなり機嫌悪くなったな。なんでだ?

 

 

 

 

 

 最後まで機嫌が直らなかったのにオレの隣からは離れなかった有希子と一緒に校舎に入り教室のドアを開けた

 

「あ!彼方さん!おはようございます!」

 

「おぉ律。調子はどうだ?」

 

「とっても爽やかな気分です!」

 

「そりゃよかった」

 

 しかし予想外の方向に改造されたな。顔だけ映してたモニターは大画面で全身映してるし、表情も豊かになっちゃって

 

「ねぇねぇ彼方くん、律ってな〜に?」

 

「ん?あだ名。自律思考固定砲台って名前長いじゃん」

 

「昨日僭越ながら彼方さんに呼んでいただきました。みなさん、これからは律とお呼びください!」

 

 倉橋から律って名前について聞かれたので昨日凛香に説明したことをそのまま話した。律も律で気に入ってくれたみたいだ

 

「えらくキュートになっちゃって」

 

「あれ一応、固定砲台、だよな・・・?」

 

「なに騙されてんだよ、お前ら。全部あのタコが作ったプログラムだろうが。愛想良くても機械は機械。どうせまた空気読まずに射撃すんだろ、あのポンコツ」

 

「おっしゃる気持ちわかります、寺坂さん・・・昨日までの私はそうでした・・・ポンコツ・・・そう言われても、返す言葉がありません・・・」

 

 寺坂の言葉で律は顔を手で覆って泣き出し、画面内は雨が降り出した

 

「あーあ、泣かせた」

 

「寺坂くんが二次元の女の子泣かせちゃった」

 

「なんか誤解される言い方やめろ!」

 

「素敵じゃないか、二次元。Dを一つ失うところから女は始まる」

 

「竹林!それお前の初ゼリフだぞ!?」

 

「いいのか?」

 

 そう聞くと竹林の声聞いたの初めてだな

 

「でもみなさん、ご安心を。殺せんせーに諭されて私は協調の大切さを学びました。そして彼方さんのおかげでみなさんと仲良くなりたいと思いました。私のことを好きになっていただけるようみなさんの合意が得られるまで私単独での暗殺は控えることにしました」

 

「そうだぞ、みんな。寺坂も女の子泣かすなよ。今の律は昨日までとは違うんだよ。なぁ律?」

 

「きゃっ!」

 

「・・・え?」

 

 そんなつもりじゃなかった。ただ興味本位で画面の律の頰をツンとしてみただけなんだ

 

「もう、彼方さん。女の子にいきなり触るものじゃないですよ。でもなんでしょう。彼方さんに触れられるのは、嫌、じゃないです・・・」

 

 なぜ顔を赤らめる。いや、感情豊かになったのは嬉しいことだよ?機械だからと思ってつい触っちゃったオレも悪いよ?でもこの仕打ちはないだろうよー

 

「彼方・・・」

 

「カナくん・・・」

 

「彼方くん・・・」

 

「え?三人ともなんでそんな怒って・・・」

 

 あの、だから無表情で近づいてくるのやめて・・・怖いから・・・ちょっ・・・

 

「彼方さん、これからもっと仲良くしてくださいね!」

 

「え?あぁ、うん。よろしくな」

 

「「「彼方(カナくん)(彼方くん)!!!」」」

 

「なんでだー!!!」

 

 

 

 

 

 それから律はクラスのみんなとどんどん溶け込んでいった。授業中にカンニング見せるとかはダメだけど・・・でも体の中でいろいろ造形できることでみんなは興味を示し、龍之介と将棋で対決したが三局目で龍之介に勝つし、不破とはマンガの話で盛り上がった。人気はうなぎ登りだ

 

 殺せんせーのおかげで律もクラスに溶け込めそうだな。よかったよかった。でもこれだけの改造をしたんだ、製造者(おや)がどう出るかによるな

 

「カナくん!聞いてるの!?」

 

「は、はい!」

 

「まったく」

 

「別に仲良くしちゃダメってわけじゃないの。でも少し限度があるかなって私は思うな」

 

 もうどれくらい経ったかな。十分?十五分?オレはそれくらいの時間桃花と凛香、有希子の前で正座させられていた。オレ悪いことしたかな・・・

 

 

 

 

 

 

 さらに翌日、クラスには元の状態に戻った律がいた

 

「おはようございます、みなさん」

 

「生徒に危害を加えないという契約だが、今後は改良行為も気概とみなすと言ってきた。君らもだ。彼女に触って壊しでもしたら賠償を請求するそうだ。持ち主の意向だ、従うしかない」

 

「持ち主とはこれまた厄介で。親よりも生徒の気持ちを優先させたいんですがねぇ」

 

 そのまま以前の緊張感を取り戻しつつ授業が始まった。でもみんな身構えすぎだ。律は朝一番になにをした?”みなさん、おはようございます“って言っただろ。つまりはそういうことだ

 

 時間になり律が起動する。クラス内の緊張感が一気に増すのを感じる。大きな音と共に律の側面部が開いた

 

「花を作る約束をしていました」

 

 出てきたのは銃ではなく色とりどりな花であった。全員射撃だと思い込んでいたためポカーンとしている

 

「殺せんせーは私のボディに計985点の改良を施しました。そのほとんどはマスターが暗殺に不要と判断し削除、撤去、初期化してしまいました。しかし学習したE組の状況から私個人は協調能力が暗殺に不可欠な要素と判断し消される前に関連ソフトをメモリーにの隅に隠しました」

 

「すばらしい!つまり律さん、あなたは・・・」

 

「はい!私の意志でマスターに逆らいました!」

 

「やるねぇ」

 

「殺せんせー、こういった行動を反抗期と言うのですよね?律はいけない子でしょうか?」

 

「とんでもない。中学三年生らしくて大いに決行です!」

 

 花の舞う三年E組にこうして新たな仲間が加わった

 

「彼方さん!」

 

「ん?」

 

「私はE組との協調性の他にももう一つマスターに隠したことがあります!」

 

「へぇ〜そうなのか。それはなんなんだ?」

 

「それは、彼方さんが”大好き“ということです!」

 

「・・・へ?」

 

「だからこれからも仲良くしてくださいね!律の大好きな彼方さん!」

 



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転校生の時間 二時間目

今回、『LとRの時間』は省きました。構成が全然浮かびませんでした・・・


「・・・

 

 ん・・・もう朝か。昨日は凛香との電話でいつもより夜更かししちまったからな、瞼が重い・・・

 

 

「・・・さん

 

 やべっ、また睡魔が・・・

 

「彼方さん!」

 

「んぁ・・・誰だ・・・?」

 

 誰かに呼ばれた気がしたので眠いが体を起こして半目状態で周りを見渡してみる。しかし誰もいるはずがない。なにせここはオレの家なのだから。まぁ桃花みたいなイレギュラーはいるが

 

「気のせいか」

 

「おはようございます!彼方さん!」

 

「・・・へ?」

 

 朝の挨拶の声がしたのはオレの枕元、充電器のささったオレの携帯からだった。その画面には律が映し出されていた

 

「律?」

 

「はい!お邪魔してます!」

 

「なんでオレの携帯に?」

 

「みなさんとの情報共有を円滑にするため全員の携帯に私のデータをダウンロードしてみました。しかしごお安心を!みなさんの所には私のコピーが行っております。私本体は教室と彼方さんの携帯にのみ行き来します」

 

「いや、本体とかコピーとかわかんないから。というかオレの携帯の中身の情報とか筒抜けなんじゃ・・・?」

 

「い、いえ。彼方さんがたとえ、その、エッチな画像を保存していたとしても、私は・・・」

 

「おい、その言い方だとオレが持ってるみたいじゃねぇか。それに顔を赤らめるのをやめろ」

 

 凛香以外に興味のない体質でよかった。でも写真とかって筒抜けだよな。まぁほとんど凛香との写真だし、いいか

 

「それで?なんでオレのとこには本体なんだ?」

 

「彼方さんのことが好きだからです!そんな彼方さんとはできるだけ私自身が共に過ごしたいな、と」

 

「随分と感情豊かになったな。でもすまんがオレには凛香が・・・」

 

「承知しています!私は何番でも構いません!」

 

「ちょっと待て!そんな言葉どこで覚えた!?」

 

「はい?有名電子小説にこのような一節があったので使ってみたのですが、もしや間違えてましたか?」

 

 いや、強ち間違いではないんだよ?うん。でもそれはラノベとかのハーレム主人公が言われるセリフであって、一介の中学生であるオレに言うものではない気がする。いやそうに違いない!

 

「まぁ律がいるとなにかと便利だろうし、これから頼りにさせてもらうよ」

 

「はい!彼方さんの通い妻である私にお任せください!」

 

「だからどこで覚えたー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 今日の天気は生憎の雨。雨はそこまで好きじゃない。なんでかって?傘持つのめんどくさいし靴下濡れるの嫌だから

 

「ではホームルームを始めます。席についてください」

 

 いつも通りの時間にホームルーム開始。しかしクラスにいる全員殺せんせーのある部分の変化に困惑している

 

「殺せんせー、33%ほど巨大化した頭部についてご説明を」

 

「水分を吸ってふやけました。湿度が高いのでー!」

 

「生米みたいだな!」

 

 その巨大化した頭部の一部をギューっと絞ると水滴が滲み出た。本当に湿気を吸ってるっみたいだ。バケツいっぱいに絞り出したところで改めてホームルームが始まった

 

「さて、烏間先生から転校生が来ることは聞いてますね?」

 

「あ〜、うんまぁぶっちゃけ殺し屋だろうね」

 

 い言い忘れてたが朝烏間先生から新たな転校生が来ることのメールがあった、と律から教えてもらって知った。普段から自分でメール確認する習慣をつけないとな

 

「律さんのときは甘く見て痛い目を見ましたからね。先生も今回は油断しませんよ」

 

「ふふふ♪」

 

 殺せんせーに褒められた(?)律はご機嫌に

 

「いずれにせよみなさんに仲間が増えるのは嬉しいことです」

 

「そういや律、何か聞いてないの?同じ暗殺者として」

 

「はい、少しだけ」

 

 同じ暗殺者として転向してきた律に原さんが何か知らないのかと聞いている

 

「初期命令では私と“彼”の同時投入の予定でした。私が遠距離射撃、彼が肉弾攻撃、連携して殺せんせーを追い詰める、と。ですが二つ理由でその命令はキャンセルされました」

 

「理由って?」

 

「一つは彼の調整に予定より時間がかかったから。もう一つは、私の性能では彼のサポートに力不足。私が彼より暗殺者として圧倒的に劣っていたから」

 

 クラス内に重い空気が立ち込める。殺せんせーの指を吹き飛ばした律がその扱い・・・一体どれほどの怪物なのか

 

 すると突然ガラガラっと教室のドアが開いた。そしてそこには白い装束を身にまとい、顔まで面で隠している人物が立っていた

 

「何、あの格好」

 

「あれが転校生?」

 

 そんなわけあるか。どう見たって大人の体型だろ。その人物は唐突に鳩と出すという手品を披露した

 

「ハッハハハ、ごめんごめん、驚かせたね。転校生は私じゃないよ。私は保護者。まぁ白いしシロとでも呼んでくれ」

 

「いきなり白装束で来て手品やったらビビるよね」

 

「うん。殺せんせーじゃなきゃ誰だって・・・」

 

 殺せんせーじゃなきゃ誰だってビビるって言いたかったんだよな?渚。だがそれは的外れ。一番ビビったのは殺せんせーだ。しかもなんだ?あの姿。まるではぐれメ◯ルだ

 

「ビビってんじゃねーよ、殺せんせー!」

 

「奥の手の液化まで使ってよ!」

 

「い、いや・・・律さんがおっかない話すっるもので・・・!」

 

 液化。奥の手。マッハ20ってチート持ってんのに奥の手なんてあったのか、殺せんせー

 

「は、はじめましてシロさん。それで、肝心の転校生は?」

 

「はじめまして殺せんせー。ちょっと性格とかが色々特殊な子でね。私が直で紹介させてもらおうと思いまして」

 

 液化から元の姿に戻った殺せんせーに近づいて行くシロさん。しかしその途中で渚?茅野?そこら辺に座る誰かに目を向けた。渚?いや・・・

 

「なにか?」

 

「いや、みんないい子そうですなぁ。これならあの子も馴染みやすそうだ。では紹介します。おーい”イトナ“、入っておいで」

 

 どんな暗殺者(てんこうせい)なのかと全員の意識はシロが入ってきた教室のドアに向いた

 

「っ!有希子!」

 

「っ!」

 

 しかしその予想とは裏腹に教師の後方、寺坂の席の後ろの壁が壊され一人の制服を着た生徒が立ち込める煙の中から悠々と歩きながら入ってきて寺坂のとカルマの間の席に座った

 

 そいつが壁を破壊した際に木片が有希子に迫っていたためオレは咄嗟に席を立ち有希子に迫る木片をギリギリのところでキャッチした

 

「有希子、大丈夫か?」

 

「う、うん。ありがとう、彼方くん」

 

 幸いにも有希子にケガはなさそうなので一先ずホッとした。しかしすぐにオレはシロを睨む

 

「おー怖い怖い。そう睨まないでくれ。イトナもやんちゃな時期なんだ」

 

「そういう問題じゃないと思いますが・・・子供の躾がなってないんじゃないですか・・・?保護者さん・・・?」

 

 オレは怒りをいっぱいに含めた言葉をシロにぶつける

 

「これからはしっかりと躾けておくよ」

 

 その軽く薄っぺらい言葉にオレはシロに近づこうとするがそれは転校生の言葉で遮られた

 

「俺は勝った。この教室の壁より強いことが証明された」

 

『いや!ドアから入れよ!』

 

 みんなも空気読めよ。はぁ、興ざめだ。とりあえず有希子にケガはなかったんだし、それでいいか。オレ一息ため息を吐いて自分の席に戻った

 

「堀部 糸成だ。名前で呼んであげてください」

 

 転校生の名前は堀部 糸成と言うらしい。今のでオレの中でお前はクラス最低の位置に達したぞ

 

「ねぇイトナくん、ちょっと気になったんだけど。今外から手ぶら入って来たよね?外土砂降りの雨なのになんでイトナくん、一滴たりとも濡れてないの?」

 

 あ、確かに・・・ダメだな、頭に血がのぼるとどうも冷静さを失う。カルマには敵わんな・・・

 

 そのイトナは一度クラスを見渡し立ち上がってカルマに近づく

 

「お前はこのクラスで強い。けど安心しろ。俺より弱いから俺はお前を殺さない」

 

 カルマの頭を撫でながらカルマの方が弱い宣言。なかなか肝座ってんな。だがそれに対してカルマが反論しないってことはあいつ結構やるやつなのか・・・?まぁ最低でも壁壊せるだけのやつだが

 

「俺が殺したいと思うのは俺より強いかもしれないやつだけ。この教室では殺せんせー、あんただけだ」

 

「強い弱いとはケンカのことですか?イトナくん」

 

「力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ?」

 

「立てるさ。だって俺達・・・血を分けた兄弟なんだから」

 

『えー!!!!!き、き、き、き、き、兄弟!!!!?』

 

「負けた方が死亡な?兄さん」

 

 驚愕の事実をイトナの口から聞いたクラスのみんなは驚きを前面に出している。殺せんせーはどう思っているのだろう

 

「兄弟同士に小細工なんかいらない。兄さん、お前を殺して俺の強さを証明する。放課後、この教室で勝負だ」

 

 イトナはそれだけ言ってシロと共に教室から出て行った。ドアが閉まると同時に全員が立ち上がり殺せんせーにどう言うことか説明を求める

 

「先生、兄弟ってどういうこと!?」

 

「そもそも人とタコで全然違うじゃん!」

 

「全く心当たりがありません!先生、生まれも育ちも一人っ子ですから!」

 

 殺せんせーにも知らなかった事実らしいな。だがオレには殺せんせーの兄弟とかどうでもいい。それよりも・・・

 

「律、あいつの戦闘の詳細とかわかるか?」

 

「すみません。彼に関しての情報は共有されていません・・・」

 

「そっか」

 

 この分じゃあいつの正体とか個人情報もリークされてないだろうな

 

「彼方」

 

「ん?どうした?凛香」

 

「手、出して」

 

「へ?」

 

「いいから。手出して」

 

「いや、だからなんで・・・?」

 

「さっき、神崎助けたとき手ケガしたでしょ」

 

「うっ!な、なんのことやら・・・」

 

「バレバレだから」

 

「・・・」

 

 なんでわかったんだ?顔に出てた?いやいや、ポーカーフェイスには自信があるし。やはり速水家はエスパーなのか!?

 

「律、消毒液とガーゼ、それと包帯とか持ってない?」

 

「はい!」

 

 三秒後、律から市販の消毒液とガーゼ、包帯が出てきた

 

「いや、こんなの唾つけとけば治るから」

 

「ダメ」

 

 凛香はオレがこう言ってるのにも関わらず強引にオレの手を開かせた

 

「彼方くん・・・」

 

「有希子?」

 

「ごめんね、私のせいで」

 

 このケガのことを思ったのか有希子が神妙な面持ちでやってきた

 

「気にすんな。お前にケガがなくてよかったよ。言うなれば名誉の負傷だな」

 

 笑いながらそう言ってやると有希子に笑顔が戻った

 

「速水さん、それ私にやらせてくれないかな?」

 

「私がやるから、大丈夫」

 

「でも、私のせいで彼方くんケガしちゃったから、私がするべきだと思うの」

 

「彼方は気にするなって言ってるから問題ない」

 

「なら、間を取って私がやるよ〜」

 

 だからそんな大したことないって言ってるのに。しかもなぜここに桃花まで出てくる

 

「どうしてここで矢田さんが出てくるのかな?」

 

「二人じゃ埒があかないから、ここは幼馴染である私がやった方が手っ取り早いかなって」

 

「なら彼女の私がやるから、二人とも大丈夫よ」

 

 ありゃ〜、また始まっちゃったよ・・・三人の間で火花散ってるよ・・・これなら自分でやった方が早くね

 

「もう〜、三人ともこんなことでムキになってないの〜。彼方くん、手出して」

 

「ん、悪いな倉橋」

 

「いいっていいって。それにしても彼方くんって手大きいよね〜」

 

「そうか?別に普通だろ」

 

「そんなことないよ。なんか、安心する。はい、おしまい」

 

「サンキュ」

 

「どういたしまして。あ、一ついいかな?」

 

「ん?なんだ?」

 

 包帯を巻き終えた倉橋はオレのケガをした手と逆の手を自分の頭に持っていった

 

「はい?」

 

「そんまま動かして〜」

 

「まぁいいが・・・」

 

 オレは言われるがまま手を左右にスライドさせ、倉橋の頭を撫でた

 

「ん〜♪いい感じ〜♪」

 

「あの、いつまでやればいいのかな?」

 

「ん〜、もう少しお願〜い」

 

「・・・」

 

 倉橋さん?そんな主人に撫でられてる嬉しくなった犬みたいな表情やめて・・・なんか殺気みたいな視線がビシビシと飛んできてるから・・・

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎて放課後。教室内はまるでボクシングのリングのように机を楕円形に繋ぎ合わせ、その中にイトナと殺せんせーが向かい合っている

 

「机のリング?」

 

「あぁ。まるで試合だな。こんな暗殺を仕掛けるやつは初めてだ」

 

 この勝負には烏間先生とビッチ先生も見に来ていた。イトナの後方のリングの外にはシロも立っている

 

「ただの暗殺には飽きたでしょう、殺せんせー。ここは一つルールを決めないかい?リングの外に足が着いたらその場で死刑。どうかな?」

 

「なんだそりゃ、負けたって誰が守るかそんなルール」

 

「いや、みんなの前で決めたルールを破れば先生としての信用が落ちる。殺せんせーには意外と効くんだ、あの手の縛り」

 

「いいでしょう、そのルール受けますよ。ただしイトナくん、観客に危害を加えた場合も負けですよ」

 

 殺せんせーからの規定に頷きもしないイトナ。もとよりこちらは眼中にないみたいだ

 

「では合図で始めよ「ちょい待ち」・・・なんだね?」

 

「中断して悪いね。殺せんせーとやる前に、オレに一戦やらせてもらえないか?」

 

「彼方くん!」

 

「「「彼方(彼方くん)(カナくん)!!!?」」」

「承認できないね。わざわざこっちの手の内を明かすわけがない」

 

「へぇ〜、そんなこと言ってどうせ負けるのが怖いんだろ?」

 

「そんな見え見えの挑発に「弱い?」・・・イトナ・・・」

 

 シロには端からこの程度の挑発が効かないのはわかってた。でもイトナはどうか。朝からの発言を効く限り勝つことに相当な拘りを持ってると思った。ならこっちを挑発すればいい

 

「オレが、弱い・・・?」

 

「イトナ、よすんだ・・・」

 

「そ。だからオレとはできないってことだろ?いや〜、そうとは知らず試合中断して悪かったね〜」

 

「俺が弱いはずがない。いいだろう、殺せんせーより先にお前を殺す」

 

 かかった。シロの制止も聞かずダメな子供だな。親の顔が見てみたい。あ、そこにいたんだわ。でもどっちにしても顔は見えないわ

 

 オレはリングの中に入り殺せんせーの前まで歩み寄る

 

「彼方くん、いけません」

 

「すまん殺せんせー。まださっきのことが許せなくてね。まぁクラスメートとの過激な交流だと思ってよ」

 

「・・・わかりました。しかし危険と察知したら即座に中断します!」

 

「オッケー、それでいいよ」

 

 殺せんせーはてくてくと烏間先生の隣に移動していった

 

「さて、お待たせしたな。ルールはさっきと同じでいい。リングの外に出たら即死刑、だっけ?」

 

「はぁ、仕方ない。イトナ、すぐ終わらせるんだ。それと、()()はまだ出すな」

 

 あれ、そのあれとやらは気になるが恐らく殺せんせー用に隠している武器などと推測できる。自らハンデを付けてくれるとは都合がいい

 

「じゃあ合図で始めよう」

 

「あ、公平を喫するために烏間先生、合図お願いします」

 

「・・・わかった」

 

 烏間先生も本音はオレを今すぐやめさせたいって感じか。ごめんなさい、後で反省文でも説教の三時間コースでも謹んで受けます

 

「では、始め!」

 

 ドガンッ!!!

 

 烏間先生の合図とともにどちらかの体が吹っ飛ばされ背後にあった机を倒しながらリングから出てしまった

 

「っ!」

 

「そ、そこまで!」

 

「あらら、リングから出ちゃったね、”イトナくん“」

 

 そう、リングから出て負け判定が下されたのはイトナだ。オレは合図を出される前に右手を少し動かしわざとイトナの注意を右手に集めさせた。イトナの意識が完全に向いたのを相手の目線から察し、合図とともに縮地法で一気に近づいてイトナの腹にパンチ一発

 

 机に手をついてイトナは身を起こし、オレをじっと睨みつけた

 

「お〜怖い。そんなに睨むなよ。そっちが決めたルールだろ?ということはお前は死刑。なぁシロさんよ〜」

 

「・・・」

 

「おいおい、今更変えらんねぇでしょ。ここにいる全員がルールを聞いてる。なら早くそいつ殺せよ・・・」

 

 オレはさっきの有希子への危害と、その後の謝罪とも思えない謝罪に対しての怒りを存分に言葉に乗せて言い放つ

 

「殺す!」

 

「はぁ?ホントに躾がなってないじゃん。シロさん、あんた保護者って単語もう一回調べなおs・・・ガハッ!!!」

 

 最後まで言い切れず、なんとも言いようがない痛みが腹部を襲った

 

『彼方(くん)!!!』

 

「彼方くん!」

 

 そのままオレは机か壁か感覚が麻痺したからかどこかにぶつかり、殺せんせーやクラスのみんなの声、そして口を手で押さえ固まっている凛香の姿を最後に意識をなくした・・・

 



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知らない天井の時間

 

 いつからだろう、E組の噂を聞くようになったのは・・・

 

 いつからだろう、E組の居心地がいいと思い始めたのは・・・

 

 いつからだろう、E組のみんなを傷付けるやつを許せなくなったのは・・・

 

 いつからだろう、あいつらが何かされると頭に血が上って我を忘れるときができたのは・・・

 

 E組はいいところだ。先生もいい人だしクラスメートとともほぼ良好な関係を築けてると思う。暗殺という難題はあるが毎日が楽しい。かけがえのない彼女だっている、幼馴染がいる、かつてのゲームのライバルがいる。だから、こんないいやつらをなにがなんでも失いたくない・・・

 

「・・・」

 

 目をゆっくり開けると目の前には真っ白い天井だった。右側の窓からの日の光でさらに白く見える。病院か、オレはすぐにその思考に行きついた。意識を失っていたため過程はわからないがあの後病院に搬送されたのだろう

 

 一体あれからどれくらい経ったのか。三十分か、一時間か。はたまた日付けが変わって次の日なのか

 

 幸いなことに首は動くため周りを見てみる。するとベッドの側に、いや、この部屋中に同じ制服を着た同じくらいの歳のやつらが地べたで寝ていたり、ソファーにお互い寄り添いあって眠っていたりしている。その中でもベッドの側で椅子に座りベッドに顔を伏して寝ている愛する彼女の姿が目に入る

 

 左手は動くだろうか。よかった、動くようだ。オレは布団から手を抜こうとしたがすでに凛香に握られていた。オレはそっと手を抜いて布団から出し、寝ている彼女のサラサラでキレイな髪をした頭をそっと撫でた

 

「ありがとな」

 

 起こさないように優しくかつ丁寧に撫でながら超絶小声で感謝の言葉をかける

 

「おはようございます」

 

「あ、おはようございます。殺せんせー」

 

 寝ている凛香の反対側にいつの間にか殺せんせーが立っていた。ここでもみんなを起こさないように極限の声の小ささで話す

 

「オレはどれくらい寝てました?」

 

「まる一日です。しかしそれでも早い方です。あれだけのものをまともに受けておきながらもう目を覚ますとは」

 

「まぁ頑張って急所は外しましたから。むっちゃ痛かったっすけど」

 

「彼方くん。謝罪させてください。あのとき君を助けることができなかった。教師失格です」

 

「よしてください。オレが勝手にやったことです」

 

 この前の中間テストのときのように落ち込んでいるようすの殺せんせー。だが今回のは自業自得と言ってもいいかもしれない。先生からの忠告を無視して勝手に戦ったんだから

 

「それで殺せんせー、イトナとシロは・・・」

 

 その後、殺せんせーはオレが気絶した後のことを事細かく教えてくれた。まず最初にオレが最後にくらったのはイトナの持っていた”触手“によりものだそうだ。なるほど、シロが言っていた()()の正体は触手か。そしてオレがビッチ先生の付き添いの元病院に搬送された後、改めてイトナと殺せんせーが戦い殺せんせーの勝利。二度の敗北でキレたイトナはシロにより鎮圧。触手の情報を聞こうとしたが失敗。そのままイトナを抱えてどこかへ行ってしまったらしい

 

「そうですか、あいつが触手を」

 

「えぇ」

 

「まぁ考えても仕方ないっすね。てかオレの容体はどうなんですか?」

 

「烏間先生によりますと内部には問題なく、ただの打撲だと。なのですぐ退院できるでしょう」

 

「それはよかった」

 

「触手の攻撃を受けたというのにただの打撲のみ。きみの体はどうなってるんでしょうねぇ」

 

「殺せんせーに言われたくないですよ。まぁ昔から鍛えられてはいたので。体の丈夫さには少し自身があります」

 

「修学旅行のときも言いましたが無茶はやめなさい。なによりも君を心配する人がこれだけいるのですから」

 

 オレは殺せんせーにそう言われてもう一度室内をくまなく見渡す。何人かいないがいい友達を持ったな、オレ

 

「彼方さん!!!目が覚められたのですね!よかったです・・・」

 

「うおっ!律、静かに」

 

「ん・・・」

 

 あっ、やべっ・・・今の律の声で何人か起き出した・・・

 

「かな、た・・・?」

 

「お、おう・・・おはよう、凛香・・・」

 

 オレだと確認した途端凛香は目を見開き涙を流して下を向いた

 

「バカ!なんであんなことしたの!」

 

「・・・悪かった」

 

「どんだけ心配した思ってるの!?」

 

「悪かった」

 

「なんで・・・なんで、彼方が・・・」

 

 凛香はどれだけ泣いてくれたのだろうか。目元はすでに赤く腫れ上がっている。しかしそれでもなお、今再び泣いてくれている

 

「彼方がいなくなると思った・・・」

 

「ごめん、凛香。心配かけた」

 

「ホントよ・・・」

 

「自分を抑えられなかった」

 

「知ってる。彼方が優しすぎるってことは」

 

「早く退院するよ」

 

「もう危険なまねはしないように、ずっと入院してて・・・」

 

「そ、そんな・・・」

 

「ふふっ、嘘よ。でも・・・」

 

 まだ涙を流しては流していつつも笑顔を見せた凛香はオレに抱きついた

 

「もう、あんなことしないで」

 

「・・・」

 

 普通ならここでわかったと言うだろう。しかしオレは凛香からのお願いに口を紡いでしまった

 

「彼方・・・?」

 

 オレからの返事がすぐに返ってこなかったのを思ってオレから離れる凛香

 

「すまん凛香。善処はするつもりだ。でももしまたお前や有希子、桃花やクラスの誰かに危害が及んだときは、その約束を守れるかわからない」

 

「・・・」

 

 黙っちゃったか・・・そりゃそうだよな・・・

 

「・・・わかった」

 

「へ?」

 

「何驚いてるのよ。あんたが無茶するのなんて知ってるわよ」

 

「そ、そっか」

 

「でも、これだけは絶対約束して。絶対にいなくならないで。ずっと側にいて」

 

「・・・あぁ、約束する。絶対にオレはいなくならないしずっと凛香の側にいる」

 

 これからは凛香を泣かさないように頑張ろう。心配かけないようにしよう。喜んでもらえることをたくさんしよう

 

「ヌルフフフフフ」

 

 それから十秒くらい凛香と見つめ合っていると横では殺せんせーがそんなオレらを見て顔を真っピンクにして笑っている。そういえば殺せんせーいたんだった。さっきまでの会話を聞かれたことに気づいた凛香は顔をみるみる赤くする

 

「いやぁ〜、青春ですね〜」

 

「そういえば、殺せんせーいたんだったな」

 

「・・・」

 

 凛香は声も出せない様子で殺せんせーを睨みつける。そして常時忍ばせている対殺せんせー用拳銃を取り出し殺せんせーに向かって放つ。しかし当然当たるはずもなく軽々と避けられてしまう。そして弾が当たらないとわかるや今度はナイフを取り出し殺せんせーに斬りかかる

 

「ヌルフフフフ、気持ち任せのナイフでは私は殺せませんよ〜?」

 

「うるさい、早く死んで」

 

 ナイフを避けて移動する殺せんせー、それをひたすら追う凛香。その繰り返しを室内で行う二人。ここが個室でよかった

 

「ってー!!」

 

「ん〜・・・?」

 

「んぁ、なんだ・・・?」

 

 その最中で凛香が床に寝っ転がって寝ていた前原の足でも踏んでしまったのだろう。前原の痛恨の叫び声が病室に響、それに伴ってみんなが目を覚まし出した

 

「おっ!目が覚めたか、彼方!」

 

「おう、杉野。おかげさんでな」

 

「「彼方くん!!!」」

 

 目覚まし一番、杉野が既に目を覚ましていたオレに気づいて声をかけてきてくれた。しかし束の間、二人の少女、緑で特殊な髪型少女と明るめな茶髪ウェーブ髪型の少女がオレがいるのもお構いなしにベッドにダイブしてきた

 

「茅野・・・倉橋・・・」

 

「まったくもう!本当にまったくもうだよ!彼方くんは!」

 

「よかった・・・本当によかった・・・」

 

 凛香だけでなくクラスメートである茅野や倉橋まで泣かせてしまった。その隣では桃花と有希子も口を抑えて二人同様涙を流している

 

「悪かったな、心配かけた」

 

「ううん、彼方くんが無事なら、もういいの」

 

「でも、この心配は高くつくよ・・・?」

 

「ははっ・・・お手柔らかにな」

 

 四人はまだ涙を流しつつも広角は上がり笑うという表情に変わっていた。周りには他のクラスメートも集まっていた。まだ心配そうな顔をしている者、安堵の顔をする者、ハンカチを噛み締めながら号泣している岡島(もの)。やっぱり・・・このクラスは最高だ・・・

 

「茅野、倉橋・・・そろそろ離れてくれると嬉しいのだが・・・」

 

「えっ?あ!ご、ごめんね!」

 

「え〜、私にくっつかれるのは嫌なの〜?」

 

 いやね?嫌なわけじゃないのよ?でもさ、さっきから磯貝と片岡の委員長組の間からもっのすごく睨みつけてくる凛香の姿が見えるわけよ。めっさ怖いんだよね・・・汗止まんないんだよね・・・

 

「いや、嫌ってわけじゃないだけどさ・・・」

 

「ならもう少しいいじゃん♪」

 

「・・・」

 

 ぎゃぁぁぁぁぁ!!!倉橋!待って!ホントに待って!ヤバい!凛香、オレの体に無数の穴ができるぐらい睨んでくるから!!!

 

「悪りぃ、離れてくれ・・・」

 

「ぶぅ〜、わかったよ〜。じゃああれやって〜」

 

「あれ、とは?」

 

「あれって言えばあれしかないじゃ〜ん」

 

 倉橋の言っているあれにまったく心当たりがないため脳の限りを尽くして考えていると倉橋が頬を膨らまして「ん!」と頭を出してきた

 

「あ〜、ほれ」

 

「ふふっ♪せいか〜い♪」

 

 倉橋の言っていたあれとは頭を撫でるで当たりのようだ。そのまま倉橋のふわふわな髪に指を通すように頭を撫でるとようやく離れてくれた

 

(((じ〜・・・)))

 

 なんだろう・・・凛香以外にも視線を感じるな。まぁ全員の注目は集めてるみたいだけど、その中でも強い視線を感じる

 

「あの〜・・・どうした・・・?」

 

「べっつに〜。ただ陽菜乃ちゃんだけズルいなーって思っただけー」

 

「ズルいって。お前は子供か、桃花」

 

「不平等は、よくないよね〜」

 

「茅野まで・・・」

 

「彼方くん・・・?」

 

「有希子・・・目が笑ってないぞ・・・?」

 

 案の定三人にも倉橋と同じように頭を撫でるはめになってしまった。撫でるに比例して凛香の睨みもどんどん強くなる一方。あとでなんかしてやらないと機嫌直んないな、ありゃあ・・・

 

 それからオレは大事を取って三日ほど入院した。退院した後は覚悟していた通り、烏間先生からのお説教をバッチリ受けました

 



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球技大会の時間

 

 無事退院してから三日経った今日、梅雨がようやく明けて夏に差し掛かるのを教えるが如く日差しが燦燦と照りつけている。朝からそんな日差しの中を登校してすぐ、委員長である磯貝からある報告があった

 

「ふむふむ、クラス対抗球技大会ですか。健康な心身をスポーツで養う、大いに結構!ただ・・・トーナメント表にE組がないのはどうしてです?」

 

「E組はエントリーされないんだ。一チーム余るって素敵な理由で」

 

「その代わり、大会のシメのエキシビジョンマッチに出なきゃなんない」

 

「エキシビジョン?」

 

「要するにに見世物さ。全校生徒が見てる前でそれぞれ野球部、女子バスケ部とやらされるんだ」

 

「なるほど、いつものやつですか」

 

「そ」

 

 球技大会。そういえばそんな行事もあったな。去年も一昨年も興味なかったから何かと理由をつけて休んでたっけ。それに毎度おなじみなこのE組の扱い。クラス対抗ではなく対部活ってのが気に食わん

 

「俺ら晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや。じゃあな」

 

「お、おいちょ!寺坂!ったく・・・」

 

 磯貝の声にも反応せずにそのまま教室から出て行った寺坂、村松、吉田。相変わらずこのクラスに溶け込むのを嫌うな

 

「野球となりゃ頼れんのは杉野だけど、なんか勝つ秘策ねーの?」

 

 杉野は元は野球部に所属していたらしい

 

「無理だよ。かなり強えーんだ、うちの野球部。特に今の主将、進藤。豪速球で名門高校からも注目されてる。っ勉強もスポーツも一流とか

 不公平だよな・・・だけどさ、勝ちたいんだ殺せんせー。善戦じゃなくて勝ちたい。好きな野球で負けたくない。野球部追い出されてE組に来て、むしろその思いが強くなった」

 

 杉野は野球のボールを握りしめ、そんな杉野を全員何も言わずに見ている

 

「こいつらとチーム組んでかちた「ワクワク、ワクワク」・・・あぁ、殺せんせーも野球したいのはよくわかった・・・」

 

 杉野が真剣に語ってるというのにこの先生は顔を野球ボールの模様に変えて手にはグローブ、バット、メガホン、野球ボール、竹刀を持っている。あれ、竹刀・・・?

 

「ヌルフフフフフ、先生一度スポ根ものの熱血コーチをやりたかったんです。殴ったりはしないのでちゃぶ台返しで代用します」

 

「用意良すぎだろ!」

 

 ちゃぶ台返しっていつの時代だよ。しかもご丁寧にご飯、焼きジャケ、味噌汁が四人前置いてあるし、肉じゃがと青野菜のおひたしまで乗ってる、一般の家庭か!

 

「最近の君達は目的意識をはっきりと口にするようになりました。殺りたい、勝ちたい。どんな困難にも揺るがずに。その心意気に応えて殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう」

 

 さて、運動は好きではあるが野球は全くやったことがない。ルールくらいは知ってるが全くのど素人。だが勝負は勝負、勝ちたいに決まってる。これからの殺せんせーのトレーニングに期待かな

 

 男女ともに勝利という方向に全員の目が向いたところで、男女それぞれの担当を決めていく。いわゆるポジション決めというやつだな。決まったやつから委員長が黒板に名前を書いていった

 

「殺せんせー、一つ提案があるんだけどー」

 

「はい、何でしょう矢田さん」

 

 メンバーも大体決まっていざ練習だと身を乗り出そうとしたところで桃花が手を挙げて声を上げた

 

「女子の応援団長に波風 彼方くんを指名しまーす」

 

「・・・は?」

 

 は?ひ?ふ?へ?ほ?桃花は今何とおっしゃいました?応援団長?いや、時間的に無理がないかしらね?男子の野球と女子のバスケって同じ時間にやるんだよね?そうだよね?

 

「あ、それさんせ〜」

 

「ナイスだよ!矢田さん!」

 

 あの〜、倉橋さん?茅野さん?だから無理がありますよね?凛香有希子も力強く頷くのやめてー。殺せんせー早く良き決断を

 

「いいでしょう」

 

「はい!?ちょ、ちょっと待て、殺せんせー。時間的に無理があるでしょ」

 

「そうですね。ではこうしましょう。彼方くんは秘密兵器、試合の最後に代打で出場。こうすればある程度は時間も作れるでしょう」

 

「んな無茶なー」

 

「スポーツにとって選手のコンデションは勝つための重要なファクターですよ?彼方くん」

 

「そうそう」

 

「殺せんせー、たまにはいいこと言うじゃん」

 

「で、でもほら。男子に迷惑かけるし・・・」

 

 オレは最後の手段と考えて杉野や龍之介、話のわかりそうなやつらに助けを求めるようアイコンタクトした

 

「彼方は運動神経いいし。俺としては最初からいてくれた方が・・・」

 

「杉野くん」

 

 はっ!有希子の声。嫌な予感・・・

 

「彼方くん、貸して?」

 

「はい!喜んでー!」

 

「杉野ー!!!?」

 

 くっそ!有希子のお願いの一言で撃沈とはなんたる薄情者か!!!龍之介!後はお前だけだ!頼む!という顔をして龍之介を見てみる。龍之介は一度オレから目線を外し凛香の方を確認。そしてもう一度オレに顔を向け体の前で手を合わせた。くそー!!!

 

「・・・わかったよ」

 

「「「「「やったー!」」」」」

 

「決まりですね。では早速練習に取り掛かりましょう」

 

『おー!!!』

 

 おのれ〜・・・この恨みはお前らで晴らさせてもらう。覚悟しろよ?野球部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピピーッ!!

 

『試合終了です!』

 

 主審のホイッスルで女子バスケのクラス対抗が終わった。優勝はA組となった。まぁ別にどうでもいいが。しかし問題が一つ、各クラスが得点を決めると決めたやつが必ず二階にいるオレの顔を見てくる。しかもその顔は不満顔だったりドヤ顔ではなく、顔を赤くして超絶笑顔。別にこれが問題ではない。むしろ問題なのは・・・

 

『・・・』

 

 今にもドス黒いオーラのようなものが出そうなうちのクラスメート達だ。もう目が怖い。他クラスの子と目が合う度にその子を睨んでからオレを睨む。その目には正気はなかった・・・

 

『それでは最後に三年E組対女子バスケ部のエキシビジョンマッチを行います』

 

 センターラインを挟んで並び合うお互いのスターター五人

 

 ちなみにE組のスターターはクラスの委員長でまとめ役。なんでも卒なく器用にこなすオールラウンダーの委員長こと“片岡 メグ”

 

 クラスでは一番の背の高さ。体力に不安はあるもののその身長からは想像できないほど俊敏に動くセンターの”矢田 桃花“。

 

 山の中での訓練や烏間先生との戦闘訓練でズバ抜けた視力と視野の広さを持つツーガードの”倉橋 陽奈乃“と”岡野 ひなた“。

 

 そしていくらバスケ部だとしてもこいつには苦戦するだろう。普段からの射撃演習で的との距離間把握が尋常ではなく、打てば必ず入るという神の手を持ったシューティングガードの“速水 凛香”

 

 茅野と有希子はベンチスタートだがこの二人もなかなか厄介だ。茅野はなんでか知らんが胸の大きいやつを嫌う。そのためか相手が巨乳であればあるほどスティール率が高くなる。偶然にも相手の女バスは巨乳が多い。これは期待できる

 

 有希子はめっちゃ器用だ。そのせいか練習で有希子のドリブルは誰もカットできない。スティールの上手い茅野でさえ成功率0%だ

 

 ちなみに戦術、作戦の指揮は我らが最強の脳である“律”が行った

 

 用意は完璧だ。後は殺せんせーの言っていたモチベーションだが特に問題はない様子。相手を殺しそうなほど気合が入っていて委員長や岡野はちょっと引いてるな

 

 女子side

 

「「「「「絶対勝つ!!!!!」」」」」

 

((彼方くん、後でなんか奢ってもらうからね!))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピピーッ!!

 

『し、試合終了。な、何ということでしょう。我らが女子バスケ部が、敗退・・・』

 

 試合は滞りなく幕を閉じた。試合終了のホイッスルが鳴って電光掲示板を確認すると、『89(E組) 50(女バス)』とE組の圧勝劇となった

 

 片岡 メグ 2得点 (4アシスト)

 

 矢田 桃花 15得点 (4ブロック)

 

 倉橋 陽奈乃 12得点 (4スティール、3アシスト)

 

 岡野 ひなた 16得点 (3スティール、5アシスト)

 

 速水 凛香 23得点(3P 7本)

 

 茅野 カエデ 2得点 (8スティール、5アシスト)

 

 神崎 有希子 12得点 (6アシスト)

 

 その他 7得点

 

 それぞれ中学生の、しかもこの前まで初心者だったなんて思わせないほどの成績を残した。女バスのメンバーはほとんどが床に両手両膝をつき、顧問の先生さえ口を開いて突っ立っていた

 

「いやー、勝ててよかった」

 

「本当だねー」

 

 やりきった感を全身に出している委員長と中村。中村も凛香や桃花には劣るものの、女バス相手になかなかの成績を残している

 

「上から見てたけど、途中から相手が可哀想に思えてきたぞ」

 

「あれ〜?彼方くんは私達の応援してくれてなかったの〜?」

 

「んなわけあるか。ちゃんと応援したわ。だから今こうして・・・」

 

 倉橋がそんなことを言うもんだから今の状況を確認させてやったさ。試合に勝ってなおかつ律がMVPと分析した凛香と岡野をこうして両手で歩きながら撫でてるんだぞ。なんで撫でてるかって?二人にそうしろって強要、んっ!要求されたからだ

 

「凛香ちゃんもひなたちゃんもいいな〜」

 

「桃花すごかったぞ。女子がブロックなんてそうそうできるもんじゃないからな」

 

「うん!矢田さんが相手のキャプテンのシュートをブロックしたの見てスカッとしたよ!」

 

「そ、そう?えへへ」

 

「そう言う茅野もすごいじゃないか。スティール数E組一位なんだ」

 

「うん!揺れる胸に対する憎悪を力に変えたよ・・・」

 

「有希子も頑張ったな」

 

「・・・それだけ?」

 

「ん?有希子はやれるって信じてたからな」

 

「そっか♪」

 

 まぁ総称すると全員頑張った!さて、男子はどうなってるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男子の野球は一回の表にE組が3点を取って今はその裏が始まろうとしているところだった。しかしなぜか野球部のベンチには理事長が座っている。E組ベンチ側の外には烏間先生が立っていた

 

『一番、レフト、橋本くん』

 

「プレイ!」

 

『E組杉野、第一球、投げた』

 

 なんともやる気のない実況。しかしそんな実況お構いなしに杉野の球は大きくカーブしてキャッチャーである渚のミットに収まった

 

「ストライック!」

 

 おー、すごい変化したな。これなら当分大丈夫か。でも相手は野球部。しかも今はベンチに理事長がいる。慣れるのもそう遅くはないだろう

 

 その回は予想通り杉野の抜群の投球で三者凡退に終わった

 

『さぁ!二回の表、やはり鉄壁のバントシフト!』

 

『八番、レフト、赤羽くん』

 

 ウグイス嬢並みにうまいアナウンスで呼ばれたにも関わらずなかなか打席に入ろうとしないカルマ。どうしたんだ?

 

「ねぇ、これズルくない?理事長先生。こんだけ()()()位置で守ってんのにさ審判の先生も注意しないの?お前らもおかしいと思わないの?あ、そうかぁ。お前ら()()だから守備位置とか理科してないんだね」

 

 明らかにおちょくっている。殺監督の指示か?

 

「小さいことでガタガタ言うな!E組が!」

 

「たかだかエキシビジョンで守備にクレームつけんじゃねーよ!」

 

 カルマのおちょくりも外野の生徒には効果はあったものの野球部自体には影響はなかった。二回の表はそのカルマを含め三者凡退で終わった。オレいつ出るんだろー・・・

 

「ぬぉー!!!」

 

『打ったー!低い弾道!フェンス直撃!おっとクッションボール取れない!進藤くん、楽々と二塁へ!ツーベース!』

 

 理事長からなにか手解きを受けたのか、続々と打っていき等々同点にされてしまった。しかし杉野もなんとか同点止まりとする

 

「波風くん、あいつから伝言だ」

 

「はい」

 

「この回、一番の子と代打で変われ、とのことだ」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 殺せんせー、前もって言っといてくれればいいのに。わざわざ烏間先生を伝言役に使うなんて・・・

 

「んじゃ、行ってくるな」

 

「うん、頑張ってね」

 

「おう」

 

 隣にいる凛香の頭を軽くポンッと叩いて球場へ入った。全員の注目は一気にオレに集まるがオレは気にせずE組ベンチに向かった

 

「殺監督から聞いてる?」

 

「あぁ、同点もしくは逆転で三回表を迎えたら彼方を1番で代打って聞いてる」

 

 同点もしくは逆転ならか。だからオレには話さなかったのね

 

「オッケー。悪いな、渚」

 

「ううん。絶対勝ってね」

 

「おう、任しとけ」

 

 オレは渚からヘルメットとバッドを受け取り打席に向かった

 

『なんと!E組は代打!苦肉の策か!?』

 

 言ってろ。こちとら誰と練習したと思ってるんだ?オレは殺監督の指示を確認・・・了解

 

「プレイ!」

 

「ンダァァァァ!!!」

 

 1球目は見る。ほう、竹林の話じゃMAX140kmって言ってたけど、少し上がってるな。もう一度殺監督の指示を確認・・・了解

 

「デリャァァァァ!!!」

 

 確かに速い。でも・・・

 

「マッハ20よりは、全然遅ぇー!!!」

 

 カキーン!!

 

 鉄のバットと野球の球が当たったいい音が鳴り響く。その打球は晴れている空へと高々と上がっていき、伸びて、伸びて、やがてそれはストンとレフト後ろのフェンスよりも奥の芝生に落ちた

 

『ホ、ホームラン!!!?』

 

「おっしゃ」

 

 いやー、気持ちいいねー。気持ちいいけど手がジンジンする。もう野球はやだー。オレはゆっくりとダイアモンドを回って行く。その途中で投手の進藤や野球部ベンチにいる理事長の顔を伺う。進藤は「そんなバカな・・・」とでも言いたげないい表情をしている。しかし理事長の表情は全く変わらずさっきまでの笑顔のままだ。つまんね。少しは悔しそうな顔しろってんだ

 

 一周してホームを踏んでベンチに戻る途中、オレはクラスの女子達に向かって手を手を高く上げた。当然凛香に向かってだ。そして戻ったオレに男子から頭や背中を叩かれた

 

 その後の磯貝、杉野、三村は三振に抑えられてしまったが進藤には精神的に大きなダメージを与えられただろう

 

『やはりバントで来たー!』

 

 やはり?E組の最初の作戦てバントだったよな。真似っこか?あ、ちなみにオレは渚と変わってキャッチャーに入ってるよ。杉野の変化球も取れるように殺監督からみっちり指導されました。だから・・・

 

 トン・・・シュバッ!・・・バシッ!

 

 野球部の人がバント、オレメットを外す、球取る、一塁送球

 

「ア、アウト!」

 

『な、なんとキャッチャー波風、素早い捕球と送球で一アウト!何ということだ!』

 

 よかった。捕球のレクチャーも受けといて。アウトを取って殺監督にグッドとハンドサインしておいた

 

 最初の打者をアウトにしたもののそこから二人にはヒットを打たれ一アウト一、二塁。そして次なるバッターは、進藤だ

 

「ぶっ潰してやる・・・杉野ぉぉぉ!!!」

 

 さっきので一回治ったと思ったんだけどな。また理事長になんか吹き込まれたか。一度流れを切るためにタイムを取り全員が杉野の元に集まる

 

「やっぱり進藤は敬遠するしか・・・まだ塁は空いてるし・・・」

 

「おーい、監督から指令」

 

 野球の場合、タイムの時に集まるのは基本内野のみ。そこへ外野守備であるカルマが殺監督からなんか作戦を授かったのだろう。小走りで寄って来た

 

『さぁ試合再開、ですが・・・こ、この前進守備は!』

 

 前進守備というには明らかに近すぎる。バッターである進藤のほぼ目の前にカルマと磯貝の二人が並んだ

 

「明らかにバッターの集中を乱す位置で守ってるけど、さっきそっちがやったとき審判は何も言わなかったよね?文句ないよね?理事長?」

 

「・・・ご自由に。選ばれたものは守備位置ぐらいで心を乱さない」

 

「へぇ〜、言ったね。じゃ、遠慮なく」

 

 理事長の許可を得てカルマと磯貝はさらに進藤に近ずく。バットを振れば当たる位置だ

 

『ち、近い!前進どころかゼロ距離守備!』

 

「気にせず打てよ、スーパースター。ピッチャーの球は邪魔しないから」

 

 カルマ、これ以上怖がらせるなよ。スーパースター怖がってんじゃん(内心おもしろがってる)

 

「くだらないハッタリだ。構わず振りなさい、進藤くん。骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組だ」

 

 理事長はそう言うものの進藤は今までの野球では起こりえない状況を目の当たりにして汗がすごい

 

 そして杉野が投げたストレートの球はカルマと磯貝の間を抜けオレのミットまでやってくる。進藤はバットを大きく振るが二人はそれを体はほとんど動かさず首だけ動かして躱した。さてここでプラン2だな

 

「おいおい、スーパースター。ダメだぞ?そんなスイングじゃ」

 

 進藤は錆びついたロボットのようにギシギシと顔をオレに向ける

 

「次はさ・・・その二人を殺すつもりで振ってみなよ」

 

 この時点で進藤は理事長の指示に体がついていかないの確定。体は震えバットを構えるが芯がしっかりしていない

 

 杉野の第二球。この状況を進藤にはどう見えてどう感じているのだろうか。進藤の苦し紛れの振りはボテボテのキャッチャーゴロ

 

「三塁!」

 

「あいよ」

 

 オレはすぐさまそのボールを三塁の木村に投げる

 

「木村!次一塁!ランナー走ってないから焦んなくていいぞ!」

 

「了解!」

 

 打った後一塁に走らなくてはならない進藤はバッターボックスで尻餅をついていた。そして木村からのボールがワンバン、ツーバン。スリーバウンドして一塁の菅谷のグローブに収まった

 

『ダ、ダブルプレイ・・・ゲームセット・・・なんと、なんとE組が野球部に勝ってしまった』

 

 フィールドにいたやつ、ベンチで応援してたやつが全員杉野の元に集まり、勝利を祝福している。試合を観戦していた生徒達はE組ごときに負けた野球部に不満を言いながら帰って行く。見てたやつらには知る由もないだろう、試合の裏の付帯の監督の数々の戦略のぶつかり合いを

 

「進藤」

 

 グラウンドから出る前に杉野は今だにバッターボックスで座っている進藤に声をかけに行った。オレらは一足先にグラウンドから出て旧友と手を握る杉野を見守った

 





ー練習時ー

「殺ピッチャーは300kmの球を投げる!」

「殺内野手は分身で鉄壁の守備を敷き!」

「殺キャッチャーは囁き戦術で集中を乱す!」

「この前の放課後、校舎裏で速水さんとイチャイチャでしたねー」

カキーン!!

「ん?嫉妬か?殺せんせー」

とても充実した(?)練習であった


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才能の時間

 

「視線を切らすな!ターゲットの動きを予測しろ!全員が予測すればそれだけやつの逃げ道を塞ぐことになる!」

 

 体育の時間。校庭で二人一組のナイフを持ちながらの指導。その中で烏間先生からの指示が飛ぶ。そんな時だった

 

「グホッ!」

 

 烏間先生が珍しく、ホントに珍しく迫ってきたナイフを持った腕を強く弾いて防いだ。その拍子に攻撃したやつが空中で一回転して地面に背中から倒れた

 

「痛った・・・」

 

「・・・すまん!ちょっと強く防ぎすぎた」

 

「あ、平気です」

 

「バッカでー。ちゃんと見てないからだ」

 

 潮田 渚。体格や身体能力が決して優れているというわけではないはず。それなのに今の感覚はなんだ?烏間先生もそれを感じてあの行動を取ったのだろう

 

 \キーンコーンカーンコーン/

 

「いやー、しかし当たらん。隙無さすぎだぜ、烏間先生」

 

「私生活でも隙がないって感じだよな」

 

「っていうか私達との間に壁っていうか距離を保ってるような・・・」

 

「私達のこと大切にしてくれてるけど、でもそれって任務だからなのかな・・・」

 

 烏間先生は基本授業や訓練以外でオレ達生徒と関わろうとしない。それを逆に不安に思う岡野や倉橋。みんなももっと親しくなりたいとは思っているだろう

 

 そして烏間先生が校舎へ戻って行く途中で何やら大量の荷物を抱えた男性が一人やってきた

 

「新しい先生・・・?」

 

「やぁ!今日から烏間の補佐としてここで働くことになった鷹岡 明だ。よろしくな、E組のみんな!」

 

 鷹岡と名乗った新しい教師は烏間先生とは正反対、親しみやすそうな笑顔でこっちに近づいてきた。そして持っていた荷物の中身をどんどん出していった

 

「なんだ!?」

 

「ケーキ!」

 

「ラヘルメスのエクレアまで!」

 

「いいんですか!?こんな高そうなの・・・」

 

「おう、食え食え!俺の財布を食うつもりで遠慮なくな!」

 

「よくこんな甘いブランド知ってますね?」

 

「ま、ぶっちゃけラブなんだよ・・・砂糖がよ!」

 

「デカい図体して可愛いな・・・」

 

 出てきたのは有名ブランドの甘いお菓子ばかり。女子なんかは特に目がないだろう。オレは和菓子派だが

 

「明日からの体育の授業は鷹岡先生が?」

 

「あぁ、政府からの要請でな、烏間の負担を減らすために・・・」

 

「ケーキ・・・」

 

「おぉ!アンタが殺せんせーか!食え食え!」

 

 ここにも甘いものに目がないやつ、いやモンスターがいたわ。ヨダレなんかたらしちゃってまぁ・・・

 

「まぁいずれ殺すけどな、ははははは!」

 

「同僚なのに烏間先生と随分違うんスね」

 

「なんか近所の父ちゃんみたいですよ」

 

「へへへ、いーじゃねぇか父ちゃんで。同じ教室にいるからには俺達家族みたいなもんだろ?」

 

 家族。家族ね。さて、どうなることやら。あ、大福見っけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、昨日聞いた通り今日からの体育の授業は鷹岡先生になるようだった

 

「よーし、みんな集まったな。今日からはちょっと厳しくなると思うが終わったらまたウマいもん食わしてやるからな!」

 

「そんなこと言って自分が食いたいだけじゃないの?」

 

「まぁな。おかげさまでこの横幅だ」

 

 \はははははは/

 

 ダメだ。あの笑顔になんかありそうで落ち着かね

 

「さて、訓練内容の一新に伴って新たな時間割を組んだ」

 

 配られた紙には新しい時間割が載せられていた

 

「うそ・・・だろ・・・」

 

「10時間目・・・?」

 

「夜9時まで訓練!?」

 

 そこには21:00までの計10時間目まである時間割表だった

 

「これくらいは当然さ。このカリキュラムについてこられればお前らの能力は飛躍的に上がる。では早速・・・」

 

「ちょっ、待ってくれよ。無理だぜこんなの!勉強の時間これだけじゃ成績落ちるよ!遊ぶ時間もねーし、できるわけねーよこんなの!」

 

 新しい時間割に抗議する前原の言い分を聞くと、鷹岡は前原の頭を掴み腹に膝蹴りを入れた

 

「ガハッ!」

 

「”できない“じゃない。“やる”んだよ」

 

 その出来事に全員恐怖を感じその場に硬直した

 

「言っただろう?俺達は家族で俺は父親だ。世の中に父親の命令を効かない家族がどこにいる?抜けたいやつは抜けてもいいぞ?そのときは俺の権限で新しい生徒を補充する。けどな、俺はそんなことはしたくないんだ。お前らは大事な家族なんだから父親として一人も欠けてほしくない」

 

 そうわけのわからないことを言いながら今度は有希子のもとに近づいて行く鷹岡

 

「家族みんなで地球を救おうぜ!な!」

 

 そして座っている三村と有希子に腕を回して引き寄せる

 

「な、お前は父ちゃんについて来てくれるよな?」

 

「は、はい・・・」

 

 そう返事した有希子はゆっくり立ち上がる

 

「あの、私・・・」

 

 それに続いて鷹岡も立ち上がった

 

「私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」

 

 恐怖を感じつつも引きつった笑顔でそう言い放った有希子。それに対して鷹岡の平手が近ずく

 

「オレも有希子に賛成だ。第一、あんたを父親と思ってないなら言うこと聞かなくてもいいよな?ん?」

 

「彼方くん!」

 

 オレは二人の間に入り平手を左手でガードした

 

「へ〜。お前らまだわかってないのか?」

 

 鷹岡はオレの割り込みに驚きもせず一旦離れた

 

「返事は“はい”以外はないんだよ。文句があるなら拳と拳で語り合おうか?そっちの方が父ちゃん得意・・・」

 

「ダマレ・・・」

 

「っ!」

 

 オレが一瞬で近づいたことにはさすがに驚いたようで顔を引きつらせた。オレはその機に鷹岡の顎に拳を一発入れる

 

「ぐっ!」

 

 人間は顎を殴られるとその衝撃で脳が揺れ、一瞬だが機能が停止する。鷹岡も同じようによろめく。オレは続けて打った顎と対角線上にある頭の側頭部を殴打した。こうすることで揺れた脳はさらに揺れ幅を大きくするため完全に機能が停止し気を失う。鷹岡もそのまま地面にうつ伏せになるように倒れた

 

「・・・有希子、ケガないか?」

 

「う、うん。大丈夫」

 

「そっか。よかっt・・・」

 

「やるじゃねぇか」

 

「なっ!ごふっ!」

 

 鷹岡が倒れたのを確認して有希子にケガの有無を確かめると背後から鷹岡の声が聞こえ、驚いて振り向こうとした瞬間に脇腹に蹴りを入れられた。幸い防御が間に合ったため骨を折るなんてことはなかったが1mぐらい吹っ飛ばされた

 

『彼方くん!』

 

「ちっ、寸前で防御しやがったか。まぁいい。さっきの分きっちり教育してやるよ」

 

「・・・」

 

 鷹岡の蹴りはとてつもなく重かった。前に受けたイトナの触手ほどではないにしてもこんなんまともにくらってたらあばらの一本はいってたぞ・・・吹き飛ばされたオレは痺れている右手を隠しながら鷹岡を睨みつける。そのオレに凛香や桃花、有希子達が心配してくれているのか集まってきた

 

「止めろ!鷹岡!」

 

「ん?」

 

 すると校舎の方から烏間先生がオレの方に駆け寄ってきた

 

「大丈夫か?痛みはあるか?」

 

「・・・大丈夫です」

 

「前原くんは?」

 

「へ、平気っす・・・」

 

 オレに続いて前原にも声をかける。前原の方には磯貝や委員長が様子を見れくれている

 

「ちゃんと手加減してるさ、烏間。大事な俺の家族だ、当然だろ」

 

「いいや、あなたの家族じゃない。私の生徒です!」

 

『殺せんせー』

 

 鷹岡の背後には顔を赤黒くし血管を浮かび上がらせて怒りをあらわにしている殺せんせーがいた

 

「私が目を離した隙に何をやっている!」

 

「文句があるのか?モンスター。体育は教科担任の俺に一任されているはずだ。そして今の罰も立派に教育の範囲内だ。短時間でお前を殺す暗殺者を育てるんだぜ?厳しくなるのは当然さ。それとも何か?多少教育論が違うだけでお前に危害も加えてない男を攻撃するのか?」

 

 鷹岡の言うことはムカつくが正論っちゃ正論だ。先生によって教育論は違うしここはE組。よって前原や有希子、オレに対して手を出したのが体罰とされない可能性も高い。殺せんせーもそれがわかって反論しないのだろう

 

 それからオレ達は整列し直し鷹岡の教育(めいれい)通りにスクワットをしている。それも一介の中学生に向けては尋常じゃない量をやらされている。このままいくと全員潰れてしまうほどだ

 

「冗談じゃなぇ・・・スクワット300回なんて、死んじまうよ・・・」

 

「烏間先生・・・」

 

「おい」

 

 あまりのキツさに倉橋が烏間先生に助けを求めるような声をあげてしまった。それが鷹岡の目に止まってしまった

 

「烏間は俺達の家族じゃないぞ?お仕置きだな・・・父ちゃんだけを頼ろうとしない子はぁ!」

 

 鷹岡は手をポキポキと鳴らして威圧感を丸出しにし、倉橋に向けて拳を振り下ろす。オレの右腕はまだ正常に戻ってない・・・受け止めきれない・・・なら盾になるしかない・・・そう思って鷹岡に背を向けて倉橋を覆い隠すように抱きしめ、守る体制をとった。しかし一向に痛みを感じないと思ったら背後から烏間先生の声がした

 

「そこまでだ」

 

 オレは背後の状況を確かめるため振り向くと、振り上げられた鷹岡の右腕を片手で止めている烏間先生がいた。鷹岡は必死に動かそうとしているがビクともしないようすだ

 

「暴れたいならオレが相手を務めてやる」

 

「・・・烏間、横槍を入れてくる頃だと思ったよ」

 

 鷹岡は腕に力を入れるのを止めたため、烏間先生もその腕を離した

 

「言ったろ?これは暴力じゃない教育なんだ。暴力でお前とやり合う気はない。やるならあくまで、()()としてだ。烏間、お前が育てたこいつらの中から一押しの生徒を一人選べ。そいつが俺と闘い、一度でも俺にナイフを当てられたらお前の教育は俺より優れていたのだと認めて出て行ってやる」

 

 鷹岡は自分のバックの元に歩いていき、バックから何かを取り出すのか手を突っ込んでいる

 

「しかし使うのはこれじゃない・・・」

 

 殺せんせー用特殊ナイフをブラブラと見せ地面に捨て、その後バックから本物のサバイバルナイフを取り出して殺せんせー用ナイフに突き刺した

 

「殺す相手は俺なんだ・・・使う刃物も本物じゃなくちゃなぁ」

 

「本物のナイフだと!?よせ、彼らは人間を殺す訓練も用意もしていない!」

 

「安心しな、寸止めでも当たったことにしてやるよ。俺は素手だし、これ以上ないハンデだろ?」

 

 ハンデ?んなバカな話があってたまるか。あっちはプロの軍隊、対してこっちはひよっこの中学生。訓練を受けてると言っても密度が違う。ハンデなんてないも同前だ

 

「さぁ烏間。一人よ。嫌なら無条件で俺に服従だ」

 

 鷹岡はそう言って烏間先生の足元にナイフを放り投げた。烏間先生はそれを拾い上げオレ達の方に振り向く。そして選んだ一人の生徒の元に歩み寄った

 

「渚くん、できるか?」

 

「なっ、なんで渚を?」

 

「俺は、地球を救う暗殺任務を依頼した側として君達とはプロ同士だと思っている。プロとして君達に払うべき最低限の報酬は当たり前の中学生活を保証することだと思っている。だからこのナイフは無理に受け取る必要はない。そのときは俺が鷹岡に頼んで報酬を維持してもらえるよう努力する」

 

 烏間先生は渚の目をしっかりと見ながら説明をした。渚もそれを烏間先生の目を見ながら真剣に聞いているようすがうかがえた

 

「・・・烏間先生、一つ教えてください」

 

「なんだ?」

 

「なぜ僕なんですか?僕より彼方くんの方が確実じゃないんですか?」

 

「あぁ、実はさっきあいつから蹴られたときから右腕が痺れててな。まだ正常に動かないんだわ。面目ねぇ」

 

 オレは左手を後頭部に当てて痺れている右手を上にあげて使えないことを主張した。正常であればオレが殺りたいさね

 

「それもあるが俺は君だと確信しているからだ」

 

「・・・」

 

 渚は一度オレの見てから再び烏間先生が差し出しているナイフに目をやった。そしてそのナイフを受け取った

 

「やります」

 

 掴んだナイフを今度は口で咥え、準備運動がてら腕を十字にして肩を伸ばしている

 

「烏間ぁ、お前の目も曇ったなぁ」

 

 体格や運動神経からしても渚と鷹岡の力の差は歴然。しかし烏間先生は渚を選んだ。そこには大きな理由があるはずだ。大丈夫、渚ならやってくれる

 

「渚のナイフ、当たると思うか・・・?」

 

「無理だよ。プロ相手に本物のナイフなんて・・・」

 

 菅谷と木村は無理だと話す。他の連中も無理だという顔で見ている。すると茅野と倉橋がオレの両手とそれぞれの手を握ってきた。その顔も不安でいっぱいのようだ

 

「大丈夫だ」

 

「「っ!」」

 

「信じろ。渚を」

 

「・・・うん」

 

「そだね」

 

 そしてそんなクラスメートの目の前で決闘が始まろうとしていた。鷹岡は着ていたジャージを脱ぎ捨て、渚は咥えていたナイフを右手に持った

 

「さぁ、来い!」

 

「・・・」

 

 鷹岡は笑顔、渚は少し表情が引きつっている。無理もない。本物のナイフは殺せんせー用のゴムナイフとはわけが違う

 

 オレは鷹岡相手に渚はどんな戦法を取るか考えていた。体格差があるため無闇に近づけば捕まってフルボッコ確定だ。かといって距離を取っても腕のリーチがあるわけではないからナイフを当てられない。そんな考えをしている中、オレは渚の行動に驚いた。いつも通り自然体で立ち、普通に歩いて近づいて行く。それはまるで友達と廊下を歩くように、普通にだ

 

 そしてそのまま鷹岡の懐に入った瞬間、ナイフを鷹岡の顔目掛けて振り上げた。それを間一髪で避けた鷹岡の体勢は崩れ重心は後ろに傾いた。それを利用して渚は鷹岡の服を引っ張って転がし、瞬時に背後に回って首元にナイフを突きつけた

 

「捕まえた」

 

 なんだありゃ・・・ホントにいつもの渚か・・・?殺気を隠す、殺気で相手を怯ませる、本番に物怖じしない。こいつ、マジの暗殺者だ・・・

 

 オレだけでなくクラス全員が今の出来事に驚いている。あの烏間先生でさえも

 

「あれ、峰打ちじゃダメなんでしたっけ?」

 

「そこまで」

 

 鷹岡に突きつけられているナイフを殺せんせーが取り上げた

 

「勝負ありですね、烏間先生。まったく、本物のナイフを生徒に持たすなど正気の沙汰ではありません。ケガをしたらどうするんですか」

 

 取り上げたナイフをボリボリ食べながら話す殺せんせー。そして渚の元に走り出すクラスメート

 

「やったじゃん、渚!」

 

「ホッとしたよ!」

 

「大したもんだよ!よくあそこで本気でナイフ振れたよな!」

 

「いや、烏間先生の言われた通りにやっただけで鷹岡先生強いから・・・」

 

 パチン!

 

「いたっ!何で叩くの!?」

 

「あぁ、悪い。ちょっと信じられなくて・・・でもサンキュ!今の暗殺スカッとしたわ!」

 

「笑顔でナイフ突きつけて捕まえたなんて」

 

 全員さっきまでの心配や不安がどこへやら。全員笑って渚を褒め称えてる・・・のかな?

 

「はぁはぁ、このガキ!父親も同然の俺に刃向かってまぐれの勝ちがそんなに嬉しいか!もう一回だ!心も体も全部残らずへし折ってやる!」

 

 そんなもう教育というより負けた腹いせ、逆ギレのようなこと言いながら相当お怒りなようすの鷹岡が渚に再選を申し出た

 

「たしかに次やったら絶対僕が負けます。でもはっきりしたのが、僕らの担任は殺せんせーで、僕らの教官は烏間先生です。これは絶対譲れません。父親を押し付ける鷹岡先生よりプロに徹する烏間先生の方が僕はあったかく感じます。本気で僕らを強くしようとしてくれたことには感謝します。でもごめんなさい、出て行ってください」

 

 渚は頭を下げみんなは軽蔑の目で鷹岡を見ている

 

「じゃあ私は?」

 

「僕らのビッチです」

 

「殺す!」

 

 ビッチ先生。今シリアスな場面でしょ。そんなわかりきったボケいらんよ

 

「黙って聞いてりゃガキの分際で大人になんて口を!」

 

 鷹岡は沸点が最高潮に達したらしく、渚に殴りかかった。右腕も治ったし()()やっとくか・・・と思ったのに先に烏間先生が倒しちゃった

 

「身内が迷惑をかけてすまなかった。後のことは心配するな。今まで通り俺が教官を務められるよう上と交渉する」

 

『烏間先生!』

 

「や、やらせるかそんなこと・・・俺が先にかけあって・・・」

 

「交渉の必要はありません」

 

 うわっ、なんか聞いたことある嫌な声だ

 

「理事長」

 

「新任教師の手腕に興味がありまして全て拝見させていただきました。鷹岡先生、あなたの授業はつまらなかった。教育に恐怖は必要です。が、暴力でしか恐怖を与えることができないならその教師は三流以下だ。解雇通知です」

 

 理事長は鷹岡の空いた口に解雇通知書を突っ込んだ

 

「ここの教師の任命権はあなた方防衛省にはない。全て私の支配下だということをお忘れなく」

 

 理事長は汚いものを触ったかのようにハンカチで手を拭き、それを鷹岡のバックの上に捨て校舎の方に歩いて行った

 

「くそ・・・くそ・・・くそ・・・くそぉーーーー!」

 

 それに続いて鷹岡がバックを持って理事長を追い抜き走って去って行った

 

「鷹岡、クビ・・・」

 

「ってことは今まで通り烏間先生が・・・」

 

『よっしゃぁ!』

 

 鷹岡のクビ。烏間先生の復帰。全員が歓喜の声をあげた

 

「烏間先生。生徒の努力で体育教師に返り咲けたし、なんか臨時報酬があってもいいんじゃない?」

 

「お前は何もやってないだろ、中村」

 

「あー、彼方そういうこと言っちゃうんだぁ〜」

 

「ホントのことだろ。今回は渚の一人勝ちだろ」

 

「ふん、甘いものなど俺は知らん。これで食いたいものを・・・」

 

 と烏間先生が言い終わる前に取り出した財布をビッチ先生に取られた

 

『やったー!』

 

「にゅや、先生にもその報酬を・・・!」

 

「えー、殺せんせーはどうなの?」

 

「今回はろくな活躍なかったよなー」

 

「いやいやいや!烏間先生に教師のやりがいを知ってもらおうとあえて静寂していたんです、そう・・・」

 

「放っといて行こ行こ、烏間先生」

 

 殺せんせーを無視して烏間先生を引っ張って行く中村。そのときの烏間先生の顔はとても笑顔であった

 

 オレも後を追おうとすると腕を誰かに掴まれた

 

「倉橋?」

 

「彼方くん。さっきは助けてくれてありがと・・・」

 

「ん?あぁ、あれはオレがいなくても烏間先生が止めてたじゃん」

 

「でも、彼方くんもケガしてたのに守ってくれたから・・・」

 

「そんな顔すんなよ。いいじゃん、なんもなかったんだから」

 

「うん・・・」

 

 倉橋顔赤いな。しかしそれよりも離してくれないかなー。この状況凛香にでも見られたら・・・

 

「彼方くん」

 

「うぉっ!ゆ、有希子か・・・」

 

「うん。どうしたの?」

 

「いや、なんでもない・・・それより、有希子こそどうした?」

 

「さっきは守ってくれてありがとう」

 

「おう、ケガがなくて何よりだ」

 

「でもそのせいで彼方くんが・・・」

 

「大丈夫だって。有希子もそんな顔すんな」

 

「うん・・・」

 

 申し訳なさそうな顔をした有希子を安心させるために頭を撫でた。なんでこんなサラサラなんだ?やべっ!今のは変態発言だ。気をつけよう・・・とそんなことを考えてるうちに有希子にも腕を掴めた

 

「神崎さ〜ん・・・?何してるのかな〜?」

 

「あら倉橋さん。何ってあなたと同じことだけど?」

 

「今は私と彼方くんのお話タイムなの。だから神崎さんは離れてくれないかな・・・?」

 

「そうだったんだ。ごめんねそんなのがあるなんて知らなかったから。でも私も彼方くんと話したいことがあるから、倉橋さんの方こそ離れてもらえないかな・・・?」

 

「私が先だったんだけど〜?」

 

「別に先とか後とか関係ないと思うな」

 

「なんで二人とも喧嘩腰なんだよ。とりあえず二人とも離れればいいんじゃない?」

 

「「彼方くんは黙ってて!」」

 

「アッハイ」

 

 うちのクラスの女子は強いと再確認・・・



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ビジョンの時間

評価が順調に低下中・・・


 蝉が本格的に鳴き始めるような季節に移り変わり、オレ達E組は夏の焼くような熱気の中厳しい日差しを遮ってくれる森の中を担任の殺せんせーについて行っている

 

「あつはなついなー。大阪の方では猛暑のときにそう言うらしいです」

 

「暑っちー。なんで裏山なんかに」

 

『プールでしたら本校舎にあるんですよね?場所が違うようですが』

 

「本校舎にプールはあるけど、もちろんE組に使わせてくれるわけがないんだわ。てか律、ずっとオレの携帯にいるんだけど充電とか大丈夫なのか?」

 

『ご安心を!節電モードにしてあるので一日つけっぱなしでも問題ありません』

 

「さようか」

 

 山道を進みながらオレの携帯の画面になぜか学校指定の水着にジャージを羽織った姿をしている律と会話を交える

 

 少し進んだところで殺せんせーは歩みを止めた

 

「さぁ、着きましたよ。ご覧あれ」

 

『うわぁ〜!』

 

 殺せんせーよりも奥、茂みをどかして見てみるとそこには全員が現状とてもありがたいものが設置されていた

 

「先生特製のE組専用プールです!」

 

「いやっほー!」

 

「よっしゃー!」

 

 その光景に全員興奮し次々とジャージを脱ぎ捨てて飛び込んで行く。ちなみにあらかじめ殺せんせーから水着を着ているように言われているので誰かが裸、なんてことはない

 

 専用プールは思いのほか広く、普通のプールのように仕切りとしてコースロープフロートでプールを盾に何レーンか作られている。その横には広いスペースが形成されていてビーチボールで楽しむスペースが十分に確保されている

 

 みんな各々泳いだりビーチボールで遊んだりと楽しんでいる。しかし、そんな中オレは遊べていない。なぜなら・・・

 

「彼方、手止まってるよ?」

 

「ハイ、スミマセン・・・」

 

 プール外(この場合もプールサイドでいいのかな?)であぐらで座り、凛香お嬢様に膝枕しながらうちわで仰いでいる最中でございます。なんでかって?いろいろありまして・・・ちょっと、ほんのちょーっと水着姿の桃花の発達した部分に目を取られたのを知られ、損ねた凛香お嬢様のご機嫌を取っているのございます

 

 ピピー!

「木村くん!プールサイドを走っちゃいけません!転んだら危ないですよ!」

 

「す、すいません」

 

 ピー!

「原さんに中村さん!潜水遊びはほどほどに!長く潜ると溺れたかと心配します!!」

 

 ピッ!

「岡島くんのカメラも没収!」

 

 ピッ!

「狭間さんも本ばかり読んでないで泳ぎなさい!」

 

 ピピー!!!

「彼方くんと速水さんはそこでイチャイチャしないで泳ぎなさい!」

 

 なんでオレらにだけそんな音大きくすんの。というか小うるせぇ。しかもその格好なんだ白と赤の縞模様ってあれか?なんとかを探せか?しかも監視台みたいなのに座ってるし

 

「いるよねー、自分が作ったフィールドの中だと王様気分になっちゃう人」

 

「ありがたいのにありがたみ薄れちゃうよな」

 

「ヌルフフフフフ、景観選びから間取りまで自然を活かした緻密な設計。みなさんには整然と遊んでいただかなくては」

 

「律、ありがとな」

 

『いえ!これも彼方さんのためですから!』

 

「そこはクラスのみんなのためって言おうな・・・」

 

「にゅやっ!彼方くんはなぜそれを!」

 

「さっき律に教えてもらった」

 

「律さん!あれほど秘密と言ったのに!」

 

 まぁ作ったのは殺せんせーだし感謝はしてるけど、生徒である律の戦果まで自分のものにするのはどうなのよ

 

「堅いこと言わないでよ、殺せんせー。水かけちゃえ」

 

「きゃーん!」

 

『・・・』

 

「え、なに?今の悲鳴・・・」

 

「へへっ」

 

「カルマくん!揺らさないで!水に落ちる!落ちる!落ちますって!落ちますから!頼みますから!」

 

 倉橋に水をかけられて今までとは明らかに違う反応を見せた殺せんせー。それを見てカルマが監視台を揺らすと明らかに動揺した

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

「殺せんせー」

 

「もしかして・・・」

 

「いやー別に泳ぐ気分じゃないだけだしー。水中だと触手がふやけて動けなくなるとかそんなんないしー」

 

 はっきりした。先生はお泳げない。これは今までで一番使える弱点かもな

 

「手にビート板持ってるし、てっきり泳ぐき満々かと」

 

「これはビート板じゃありません、麩菓子です」

 

「おやつかよ!」

 

 あのビート板が麩菓子ってどこで売ってたんだよ・・・

 

「さて、オレらも泳ぐか?」

 

「そうね」

 

 まだオレの膝枕を堪能していた凛香はようやく体を起こして立ち上がった

 

「カナくん、遊ぼ!」

 

「一緒にビーチボールで遊ぼうよ!」

 

 そこへ桃花と岡野がやってきた。二人ともテンション高いなー

 

「彼方はこれから私と泳ぐの」

 

「えー。あ、じゃあ凛香ちゃんも一緒にやろ!」

 

「いいね!人数多い方が楽しいし!」

 

「いいんじゃないか?凛香」

 

「・・・そうね」

 

「よし!じゃあ行こ行こ!」

 

「ほらほら、彼方くんも!」

 

「おい!押すなって!うわっ!」

 

 桃花が凛香の手を引き岡野がオレの背中を押した。その結果オレは腹からプールに落ちた。めっちゃ痛かった・・・その復讐としてオレは誤ったふりで岡野の後頭部に軽くスマッシュを決めてやった

 

 

 

 

 

「マジかよ殺せんせー!まるで本物じゃねぇか!」

 

 殺せんせーが作った等身大模型バイクに格好もレーサーと同じような服装で載っている。ヘルメットまで被って。それを見て吉田が目を輝かせている。そこへ寺坂が入ってきた

 

「何してんだよ、吉田」

 

「あぁ、寺坂。この前こいつとバイクの話で盛り上がっちまってよ。うちの学校こういうの興味あるやついねぇから」

 

「先生は大人な上に漢字の漢と書いて(おとこ)の中の漢。この手の趣味も一通りかじってます。しかもこのバイク最高時速300km出るんですって。先生一度本物に乗ってみたいもんです」

 

「アホか。抱きかかえて飛んだ方が速ぇだろ」

 

『ははははは!』

 

 吉田の言ったことに全員同意するのかみんなで笑い出した。しかしなにかが気に食わなかったのか、寺坂がそのバイクの模型を蹴り倒した

 

「にゅやーー!」

 

「なんてことすんだよ寺坂!」

 

「謝ってやんなよ。大人な上に漢字の漢と書いて漢の中の漢の殺せんせーが泣いてるよ」

 

『そーだそーだ』

 

「てめぇら虫みてぇにプンプンうるせーな。駆除してやんよ!」

 

 寺坂は自分の机の中から何かスプレー缶を取り出しそれを地面に叩きつけた。その衝撃で缶から煙が出てきた

 

「なんだこれ!」

 

「殺虫剤!?」

 

「磯貝!岡島!窓開けろ!」

 

「「あぁ!」」

 

 オレは窓際に立っていたと記憶していた二人に指示を出し、オレも一緒に窓を全開にした

 

「寺坂くん!やんちゃするにも限度ってものが・・・!」

 

「触んじゃねーよ、モンスター。気持ちわりーんだよ、オメェもモンスターに操られて仲良しこよしのテメーらも!」

 

「なにがそんなに嫌なのかねぇ。気に入らないなら殺せばいいじゃん。せっかくそれが許可されてる教室なのに」

 

 窓を開けたことにより教室に蔓延した煙は外へ出て行き、煙が晴れてきて目にしたのはカルマがいつもの小悪魔ちっくな笑で寺坂に話しかけるカルマの姿だった

 

「テメーケンカ売ってんのかよ。上等だよ、だいたいテメーは最初から・・・」

 

 その話し方通の言動でカルマに殴りかかろうとする寺坂だったがカルマにより顔を捕まえれ抑えられた

 

「ダメだってば寺坂。口より先に手ぇ出さなきゃ」

 

「っ!・・・離せ!くだらねー」

 

 寺坂はカルマの手を振り払い勢いよくドアを開けて出て行ってしまった。その姿は口では強いことを言いつつも強い者の前では物怖じてしまっているように見えた

 

「なんなんだアイツ」

 

「一緒に平和にやれないもんかなぁ・・・」

 

 オレがこの組に来てから今日まで寺坂が吉田や村松のようないつものメンツ以外と交流することはなかった。殺せんせーの暗殺も球技大会も。磯貝は優しいしイケメンだからなんとか寺坂もクラスに溶け込んでくれないものか考えているのだろうと思うが、正直このクラスの大半がそれを望んではいないだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日登校すると、学校に寺坂の姿はなかった。欠席の理由も誰も知らなかった。いつも一緒にいた吉田や村松でさえ知らないようすだった

 

「うぅぅぅぅぅ・・・」

 

「なによ、さっきから意味もなく涙流して」

 

 午前中の授業を終えてお昼になった。結局午前中は寺坂は来なかった。そのことは一旦置いといて、なぜか今殺せんせーがハンカチで抑えるぐらい涙を流していた。涙も黄色なのか・・・

 

「いいえ、鼻なので涙じゃなく鼻水です。目はこっち」

 

「紛らわしい」

 

 ホントに紛らわしい。それにこっちって言っても小さくてわからんわ

 

「どうも昨日から体の調子が少し変です。おぉー!寺坂くん!」

 

 みんなの視線が殺せんせーに向いてる中、後ろのドアがガラガラッと開き寺坂がやって来た。そこに殺せんせーが素早く動き寺坂の両肩に触手を置いて鼻水をぶちまけている

 

「今日は登校しないのか心配でした!」

 

「おいタコ・・・」

 

 その先生の鼻水が大量に顔にかかった寺坂は殺せんせーのネクタイでそれを拭いながら殺せんせーを呼ぶ

 

「そろそろ本気でぶっ殺してやんよ。放課後プールへ来い。弱点なんだってな、水が。テメーらも全員手伝え!オレがこいつを水ん中に叩き落としてやっからよ」

 

「寺坂ー。お前ずっとみんなの暗殺には強力してこなかったよな?それをいきなりお前の都合で命令されてみんなが「はい、やります」っていうと思うか?」

 

 前原の言う通りだな。磯貝や委員長みたいに普段からの行いでみんなからの信頼があってこそ全体指揮というものが成り立つ。だがこれまでクラスになんの貢献もしてない寺坂の命令に従うのは無理があるだろう

 

「別にいいぜ?来なくても。そんときはオレが賞金100億独り占めだ」

 

 それだけ言い残し教室から出て行った

 

「なんなんだよアイツ」

 

「もう正直ついて行けねーわ」

 

 これまでつるんで来た吉田や村松でさえお手上げ状態な様子

 

「私行かなーい」

 

「同じく」

 

 倉橋、岡野は行かない宣言。みんなも行く気はないようだ

 

「みんな行きましょうよー」

 

「うぉっ!粘液に固められて逃げられねぇ!」

 

「せっかく寺坂くんが私を殺る気になったんです。みんなで一緒に暗殺して気持ちよく仲直りです」

 

「まずアンタが気持ち悪い!」

 

 殺せんせーの鼻水(ねんえき)が床中に広がり固まってみんな身動きが取れなくなった。殺せんせー自体も顔が粘液で覆われてそれこそモンスターのようだった

 

「律、ありがとな」

 

『いえ!私も彼方さんに触れることができて嬉しいです!』

 

「変な言い方するなよ」

 

『えへへ♪』

 

 全員が粘液に捕まっている中律がアームでオレを抱え上げてくれた

 

「律、寺坂の言ってたことに嘘はないか?」

 

『はい、声質的に嘘をついてることはなくむしろ自信を持ってる感じです。しかし・・・』

 

「ん?」

 

『自信があるけど自信がない・・・そんな感じが寺坂さんの声から感じ取れました』

 

「自信があって自信がない・・・」

 

 律の言葉が少しわからなかったが寺坂の計画にはなにかあると胸騒ぎがした

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になってオレらは仕方なく寺坂の言った通りプールに入った

 

「よーし、そうだ。そんな感じでプール全体に散らばっとけ」

 

「偉そうに」

 

「疑問だね、僕は。君に他人を泳がせる器量なんてあるのかい?」

 

「うるせー竹林。とっとと入れ」

 

 竹林はまだプールには入らず寺坂の横で尤もなことを言っていると寺坂にプールへ蹴り落とされた

 

「すっかり暴君だぜ、寺坂のやつ」

 

「あぁ、あれじゃ一年二年のころと同じだ」

 

「なるほどー。先生を水に落としてみんなに刺させる計画ですか。それで君はどうやって先生を落とすんです?ピストル一丁では先生を一歩すら動かせませんよ?」

 

 その通りだ。寺坂は今殺せんせー用ゴム銃一丁しか持っていない。それで殺せんせーを水に落とせるならもう既に殺せている

 

「・・・覚悟はできたか?モンスター」

 

「もちろんできてます。鼻水も止まったし」

 

「ずっとテメーが嫌いだったよ。消えてほしくてしょうがなかった」

 

「えぇ知ってます。この暗殺の後でゆっくり二人で話しましょう」

 

 殺せんせーに向けて銃を突きつける寺坂に対して殺せんせーは余裕の模様(二重の意味で)。そして寺坂がその引き金を引いた瞬間・・・

 

 ドカンッ!!!

 

 プールの水路が爆発し決壊。勢いよく流れ出すプールの水の勢いにどんどんとのまれていく

 

「凛香っ!!!」

 

 オレは瞬時に近くの岩の窪みに指を引っ掛け逆の手で凛香を抱き寄せた

 

「っ!岡野!捕まれ!」

 

 流れに逆らって懸命に凛香を引き寄せ体で流されないようにしていると目の前で岡野が流されていた。オレは腕が保つかどうか考える間もなく勝手に岡野に手を伸ばした

 

「みなさん!」

 

 コンマ数秒もしないうちに殺せんせーがみんなを助けるべく動き出した。オレ達三人もまた殺せんせーに岩場へ移された。ジンジンしている腕を抑えながら心の中で「殺せんせー、頼む!」と願うしかなかった・・・

 

「凛香、岡野・・・大丈夫か・・・?」

 

「うん」

 

「でも、彼方くんの腕・・・」

 

「こんなん大したことない・・・それよりもみんなは・・・」

 

 自分の腕よりもクラスメートの方が心配だ。あの流れの先はどうなっていいるのか。ただ緩やかな川に続くのか。急な滝になるのか。後者なら最悪死に陥る

 

「とりあえず、行こう」

 

「大丈夫なの?」

 

「あぁ、足は動く」

 

「ムリ、しないで・・・」

 

「大丈夫だから泣くなって」

 

 さっきの川の恐怖からか、はたまたオレへの心配かで凛香も岡野も涙を浮かべている。オレは立ち上がってみんなの安否の確認に立ち上がろうとしたが、二人ともまだ震えていたため持ち上げようとした腰をスッと下ろした

 

「震えが止まるまでここにいるから」

 

 二人ともそれを聞くとギュッとオレに抱きついてきた

 

 

 

 

 

 

 

 三分ぐらい経ったか。二人もようやく落ち着きを取り戻し震えも止まった。オレの腕もいつの間にか痺れは引いていたので三人で川に沿って進むと滝があり、その下からはもう事態は解決していたのかみんなが水遊びで楽しんでいた。唯一制服姿のカルマでさえびしょ濡れな姿だ。そしてその中には寺坂の姿もあった

 

「なんかみんな楽しそうに遊んでるね」

 

「一体なにが・・・」

 

「ホントホント。二人が怖くて泣いてた間に何があったのかね〜」

 

「・・・言わないで」

 

「だって、ホントに怖かったんだもん・・・」

 

 さっきまで泣いてたことを指摘されて顔を赤くする凛香と岡野。まぁあんな死にそうなことがあったんだから怖かったのは当然だろう

 

「とりあえず寺坂を一発殴ってくるわ」

 

「えっ!ちょっ!」

 

「彼方!?」

 

 オレはみんながワイワイしている中に飛び降りた

 

「彼方!」

 

「大丈夫だったの?」

 

「あぁ。心配してくれたことは嬉しいが今まで楽しそうに遊んでてオレらのことなんて忘れてたんじゃないのか?」

 

「うっ!」

 

「そ、そんなことないよ・・・」

 

「ふ〜ん。まぁそういうことにしといてやるよ」

 

 オレが降りてきたことに一旦手を止めて「大丈夫?」と言いながらこっちに寄ってきた。オレはニヤリ顔で嫌味ったらしく返すとみんな揃って渋い顔をした。忘れてたのね・・・

 

「とりあえず寺坂一発殴りにきた」

 

「彼方。今日のことは寺坂が考えたことじゃなくてシロに指示されたんだ。それも聞いていたのと違かったらしい!だから・・・!」

 

「だから寺坂のせいじゃないってのはちとおかしいんじゃないか?実行したのは寺坂だし」

 

「それは・・・」

 

 磯貝が寺坂を弁護するがオレはそれで寺坂は悪くないとは到底言えない

 

「彼方。その一発受けてやんよ」

 

「なんでそんな上からなのか意味わからんが聞き分けがいいじゃんか」

 

「今回のことは俺が騙された俺自身にムカついてんだ。こんなんで許してもらえるとは思ってねぇ」

 

「へぇ。まぁホントに反省してるみたいだしようやくクラスに溶け込んだみたいだし。改めてこれからよろしくだな」

 

「え、あ、あぁ・・・」

 

 寺坂の表情、声から本気で反省してるのを感じ取りオレは手を前に出して握手を求めた。寺坂はその手を取った

 

「でも一発は一発な」

 

「へ?がはっ!!」

 

「っしゃーーー!!死亡フラグゲットーーーー!!!!」

 

 握手ながら一度ニッコリ笑って一発殴ると言いつつ寺坂の脇腹に蹴りを一発入れて寺坂を蹴り飛ばした

 

 その後号泣している桃花や倉橋に押し倒されて背中を強打したのはまた別のお話

 




ー放課後ー

「彼方くん」

「ん?どうした岡野」

「今日は、その・・・ありがと・・・」

「どういたしまして。なんだよ岡野。そんなもじもじして」

「え、いや・・・別になんでも、ないよ」

「そっか。まぁ思い出してまた泣くなよ?」

オレはそう言って岡野の頭をわしゃわしゃする

「もう!言わないでよ!」

「ははは!悪りぃ悪りぃ!」

岡野は恥ずかしいのかオレの腹をそこまで力も入れずポカポカしてきた。でも頭に置かれた手を退けようとはしなかった

「ねぇ、彼方くん・・・」

「ん?」

「私のこと、名前で呼んでくれないかな・・・?」

「別にいいぞ、ひなた」

「っ!!」

「おいおい、せっかく呼んだのに無視かー?オレでも傷つくぞ」

「あ、ごめんね」

「冗談冗談。んじゃまた明日な、ひなた」

「うん!バイバイ!」

その日の夜、クラスL◯NEに寺坂が加入し、さらにひなたの頭を撫でてるときの写真を流された。送信主は中村


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期末の時間

 オレらが通う椚ヶ丘中学校は前期期末試験の日程が間近に迫っていた。E組は中間のときと同じように殺せんせーの分身が一人一人について勉強している

 

 今日はなぜか教室ではなく裏山に入って木陰で勉強をしていた

 

「ヌルフフフフフ。みなさん、一学期の間に基礎があガッチリできてきました。この分なら期末の成績はジャンプアップが期待できます」

 

「殺せんせー、期末もまた全員50位以内目標にするの?」

 

「いいえ、先生はあのとき総合点ばかり気にしてました。生徒それぞれに見合った目標を立てるべきかと思い至りまして。そこで今回はこの暗殺教室にピッタリの目標を設定しました」

 

 まぁ誰にも得意不得意はあるもんだ。でもE組に合った目標ってなんだ?テスト前に全クラス滅ぼすか?・・・ないな

 

「だ、大丈夫!寺坂くんにもチャンスがある目標ですから!」

 

 このクラスでドベは明らかに寺坂だな。それにしてもなんで今回も寺坂にだけナルトなんだ?

 

「さて、前にシロさんが言った通り先生は触手を失うと動きが落ちます」

 

 先生は説明しながら自分で自分の触手を一本銃で撃ち抜いた

 

「一、二本減っても影響は出ます。御覧なさい。分身の質を維持できず子供の分身が混ざってしまった」

 

「分身ってそういう減り方するもの?」

 

「さらに一本減らすとー?」

 

 と今度は足の触手を一本撃ち抜いた

 

「子供の分身が更に増え、親分身が家計のやりくりに苦しんでいます」

 

「なんか切ない話になってきた」

 

「更に一本。今度は父親分身が蒸発し、母親分身は女手一つで子供達を養わなければいけません」

 

「重いよ!」

 

「触手一本喪失につき先生が失う運動能力は約10%。そこで問題です。今回は総合点の他にも教科ごとに1位を取った者には触手を一本破壊する権利を進呈します」

 

 今殺せんせーが言った()()()()()()()()()()()にみんなが食いつく

 

「これが暗殺教室の期末テストです。賞金100億に近づけるかどうかはみなさんの努力次第なのです」

 

 なるほどな。もし5教科全部一位取れば触手五本。それに総合一位なら計六本。しかも同率一位ならもっと破壊できるかもしれない。一位を取れば取るほど賞金獲得が近づいてくる。だから暗殺教室に打ってつけのテストってわけね

 

「彼方、ここ教えて」

 

「どっちの文が古い方を考えるんだ。過去形よりも前のことなら過去完了形な」

 

「カナくん、ここはー?」

 

「主語によって尊敬語なのか謙譲語なのか変わるからな。古文は主語が省略されること多いから気をつけろよ?」

 

「彼方く〜ん、ここー」

 

「それはな・・・」

 

「彼方くん、これってこうであってる?」

 

「ん?それはな・・・」

 

「彼方くん、この計算って・・・」

 

「先に直線の計算してからだ」

 

「彼方くん・・・」

 

「ここか・・・って言うか」

 

「「「「「「ん?」」」」」」

 

「オレに聞かないで殺せんせーに聞けよ!」

 

 いつの間にか凛香、桃花、倉橋、有希子、ひなた、茅野に囲まれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教科一位で触手一本か」

 

「えぇ!頑張りましょう!」

 

「珍しく気合い入ってんじゃん、奥田さん」

 

「はい!理科だけなら私の大の得意ですからやっとみんなの役に立てるかも」

 

「ウチにも上位ランカー結構いるから、一教科だけならトップも夢じゃないかも」

 

 理科が大の得意だと話す奥田さん。オレは理科苦手だから羨ましい。そういえばオレがこのクラスに来る前に殺せんせーに自分で作った毒を飲ませたって言ってたな。ホントに理科好きなんだな

 

 そこに突然杉野の携帯が鳴りだした。発信元は球技大会で世話になった進藤らしかった。内容はA組の勉学状況を教えてくれた。A組には五英傑と呼ばれるそれぞれの教科で優秀な生徒が四人。そして五英傑のトップに君臨しA組を束ねている生徒、浅野学修がいる。

 

 進藤によるとAクラスは浅野を中心に勉強会をしているらしい。オレらは敵であるはずなのに進藤はこんな情報を教えてくれた。本校舎にもいいやつはいるんだな

 

「ありがと進藤、心配してくれて。でも大丈夫。今の俺達はE組脱出が目標じゃない。でも目標のためにはA組に勝てる点数を取らなきゃならない。見ててくれ、がんばるから」

 

『・・・ふん、勝手にしろ。E組のがんばりなんて知ったことか』

 

 杉野の言葉で一層やる気の炎が強まるE組のみんな

 

「彼方」

 

「どした?凛香」

 

「今日の放課後、彼方の家に行っていい?」

 

「急だな」

 

「勉強教えて」

 

「そいうことか。別にいいぞ?」

 

「あ、私も行きた〜い」

 

「私も〜」

 

 凛香がうちで勉強したいと言ってくると倉橋や茅野達が私も私もと寄ってきた。その数が増えるにつれて凛香のオレを見る目が鋭くなっていく。それにつれてオレの胃がキリキリいってくる

 

「龍之介・・・今日、うち来ないか・・・?」

 

「・・・俺はまだ死にたくない」

 

 龍之介に助けを求めたものの断られしかも迎撃できないようにトイレに行ってしまった。オレハモウダメダ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終的に凛香、倉橋、茅野、桃花、有希子、ひなたの六人がうちに来ることになった。帰る時間がもったいないってことで全員着替えずにウチに直行した。凛香だけは一度帰ったから来たけど。そういえば帰る前に磯貝から明日の放課後に本校舎の図書室で勉強するのに誘われたな

 

「みんな適当に座ってくれ。飲み物は麦茶でいいか?」

 

「大丈夫」

 

「ありがと」

 

「桃花、お前は手伝え」

 

「え〜」

 

「じゃあ桃花だけお茶請けはなしな」

 

「それはないよー」

 

「なら手伝え」

 

「もう、人使いが荒いんだから、カナくんは」

 

「ブツブツ言うな」

 

 文句を言う桃花と一緒にキッチンへ行き人数分のコップ・・・がなかったから戸棚を探ってたらラッキーなことに紙コップが出てきたのでそれに人数分お茶を注いでみんなの元に戻った

 

 それから約3時間くらい集中して勉強に励んだ。わからないところはお互いに教え合い、それでもわからなければ律に教えてもらった。それにしても教えるのも自分の力になるとはよく言ったもので、理解できてると思っていたものが他人に教える際に曖昧なところが出てきた。それを復習することでより正確に身についた気がする

 

「さて、そろそろいい時間だし帰らなくて大丈夫か?」

 

「あ、本当だ!もうこんな時間」

 

「こんなに集中して勉強したの初めてかも・・・」

 

 時計の針は19:30を指していた。茅野と岡野はぶっ続けで勉強したのに驚きはするものの伸びをして達成感も感じてるみたいだ。みんな各々教材をしまうなりして帰り支度を整えているときに凛香だけはその場を動かなかった

 

「ん?どうした凛香。送ってくぞ?」

 

「私、今日泊まる」

 

「・・・は?」

 

『えーーー!!!』

 

 凛香の発言にオレは一瞬思考が停止し他の5人は近所迷惑になるぐらいの大声を上げた

 

「・・・おばさんは知ってるのか?」

 

「うん」

 

 一応の確認のため聞くと凛香は携帯を少し操作して画面を見せてきた。そこには凛香のお母さんからのメールが映し出されており、その本文には『わかったわ。彼方くんによろしくね。P.S.彼方くんへ。避妊ちゃとしなk・・・』。全部読まずに携帯を閉じさせた

 

「・・・あの人は。とりあえず泊まる件は了解だ。んじゃみんなを送ってくるから少し待っててくれ」

 

「わかった」

 

「じゃあみんな帰る・・・か・・・」

 

 玄関へ向かおうと振り向くと5人が揃って眉間にしわを寄せ頰を膨らませいた

 

「ど、どした・・・?」

 

「別に〜」

 

「なんでもないよ〜」

 

 オレが声をかけると今度は揃ってプイッとそっぽを向いてぞろぞろと玄関に歩いてしまった

 

「なんだよ・・・じゃあ行ってくるな」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 オレは1人ずつ家へ送り、その帰りに夕飯を買い物をしてから家に帰った

 

「ただいま〜」

 

「おかえり。遅かったね」

 

「買い物してたからな。今日は凛香の好きなビーフストロガノフだぞ」

 

「・・・そ」

 

「なんだよ、素っ気ないな。嫌なら他のに・・・」

 

 玄関まで出迎えに来てくれた凛香に今日の夕飯は凛香の好物だと伝えたが表情も変えず素っ気ない返事をした。オレは凛香の横を通ると服の背中部分を引っ張られた。オレはニヤリとして振り向く。なぜニヤけたかというと凛香は表情は変わらないものの内心は嬉しがってるってわかってるからだ

 

「どした〜?」

 

「別に、作ってくれても・・・いい・・・」

 

「ん〜。その言い方だとなんだかな〜」

 

「・・・」

 

 俯いてるためどんな顔してるかわからないがおそらく本音を言うのが恥ずかしいのだろう

 

「・・・食べ、たい・・・」

 

「最初からそう言えばいいのに」

 

 ちゃんと言えたのでオレは凛香の頭を撫でる。今度は撫でられて嬉しいけど恥ずかしいって感じで顔上げられないってところか

 

 それから作ったビーフストロガノフを食べて順番に風呂に入った。好きなものを食べれたからなのか少し表情が緩んだ凛香を見てオレも嬉しくなった

 

「なんか飲むか?」

 

「牛乳欲しい」

 

 オレはコップに牛乳を注ぎ凛香に渡した。それにしても風呂上がりだからか凛香が色っぽく見えるな

 

「キレイだ・・・」

 

「ぶふっ!ゴホッ!ゴホッ!」

 

「うぉっ!大丈夫か?あーあ、服まで」

 

「きゅ、急に何言ってんのよ!」

 

「ん?あ、もしかして声に出てたか?」

 

「えぇ・・・」

 

「あらら。まぁホントのことだしな」

 

「・・・バカ」

 

 心で思っただけのはずなのに声に出てたらしく、それを聞いた凛香は口に含んでいた牛乳を吹き出してしまった。オレはホントのこと言っただけだからそうでもないけど凛香的には恥ずかしかったらしい

 

「とりあえずもう一回風呂行ってこい。着替えは・・・オレので我慢してくれ」

 

「うん、ごめん」

 

「オレの方こそ悪かった」

 

 凛香の着ていたパジャマが牛乳で汚れてしまったためもう一度風呂に入るように促す。凛香が入ったのを確認して脱衣所に着替えとしてオレのTシャツとジャージの下を置いといた

 

「着替えありがと」

 

「おう。大きいのは我慢してくれ」

 

「大丈夫」

 

 風呂から上がって置いといた着替えを身につけて部屋に来た凛香はベッドに座っていたオレの隣に腰を下ろした

 

「彼方の匂い」

 

「やめろ」

 

 凛香はオレに体重をかけて寄りかかってきた。そして着ているTシャツをスンスンと匂いを嗅いだ

 

「もう寝るぞ」

 

「もう少しこのままがいい」

 

「どうせ一緒に寝るんだからおんなじだ」

 

「っ!・・・うん」

 

 ベッドに横になるとオレに抱きつくようにして凛香も横になった

 

「もう少し離れないか?」

 

「ヤダ」

 

「この甘えん坊が」

 

「うるさい」

 

 凛香はオレの胸に顔を埋める。それに対してオレも凛香の方を向いて抱きしめ返す

 

「彼方」

 

「ん?」

 

 電気を消してリモコンを置くと薄暗い中で凛香がオレを見上げてきた

 

「好き」

 

「オレも好きだよ」

 

 最後におやすみのキスをすると凛香は笑顔を見せてまた顔を埋めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の放課後、オレは磯貝、渚、茅野、有希子、中村、奥田さんと一緒に本校舎の図書室に来ている。なぜこのメンツかと言うと数学以外の4教科で一位を取れる見込みがあるメンツだかららしい。磯貝は社会。渚と中村は英語。茅野と有希子は国語。奥田さんは理科。ちなみにオレは国英社だ。数学で一位を狙えるのはカルマだが、磯貝の誘いを断ったらしい

 

「おや?E組のみなさんじゃないですか」

 

 そこに現れたのはこの前話に出たA組の五英傑のうちの4人だった

 

「もったいないな〜、君達にこの図書室は豚に真珠じゃないのかな?」

 

 E組のメンバーは4人の登場に明らかに嫌な顔をする

 

「どけよ雑魚ども。そこは俺らの席だ。とっとと失せな」

 

「な、なによ!勉強の邪魔しないで!」

 

「茅野、本・・・」

 

 茅野が立って講義するが手に持っていた現代文の教科書がスルリと落ち、中からは“世界のプリン大百科”という勉強には関係ない本が露わになった

 

「ここは俺達がちゃんと予約して取った席だぞ」

 

「そーそー。クーラーの中で勉強なんて久々で超天国ー」

 

「忘れたのか?この学校じゃ成績の悪いE組はA組に逆らえないこと」

 

「さ、逆らえます!」

 

「なに?」

 

「私達期末テストで各教科一位狙ってます。そうなったら大きい顔なんてさせませんから!」

 

 普段は気弱な奥田さんがあんなことを

 

「く、口答えするな生意気な女め。おまけにメガネなどしてイモ臭い。なー荒木?」

 

「お、おぉ・・・」

 

 お前やその荒木だってメガネかけてるじゃねぇか

 

「くさすばかりでは見逃すよ?ご覧、どんな掃き溜めにも鶴がいる。惜しいね、学力さえあれば僕と釣り合う容姿なのに。せめてウチに奉公にこない?」

 

「いえ・・・あの・・・」

 

 なんか片方ハゲてる頭したやつ(名前なんて言ったっけ)が有希子にべったりとくっつく。つくづく有希子は男運ないな。嫌がってるから力づくで離してやりたいが騒ぎ起こして他のやつの迷惑になるのものなー

 

「おい!いい加減にしろよ!」

 

 さすが委員長。磯貝から注意の言葉が出る

 

「なるほど、一概に学力ナシとは言えないな。一教科だけなら」

 

「じゃあこういうのはどうかな?僕達A組と君らE組、5教科でより多くの一位を取ったクラスが負けた方になんでも命令できる、ってのは?」

 

「どうした?臆したか?所詮雑魚は口だけか。俺達はなら()()()()も構わないぜ?」

 

 命をかける。その言葉を聞いた瞬間のオレらの動きは速かった。それぞれターゲットの喉元や目に持っていたボールペンや指を突きつけた

 

「命は簡単に賭けないほうがいいと思うよ?」

 

 A組のやつらは怯み尻餅をついたり動けずに硬直している

 

「じょ、上等だよ!受けんだな!?この勝負!」

 

「死ぬよりも厳しい命令出してやる」

 

「逃げるんじゃないぞ・・・?」

 

「後悔するぞ!」

 

 A組の4人はまるで余裕ぶって負けたときの悪役のようなセリフを残し逃げるように図書室から出て行った

 

「みんなこわーい」

 

「いやいや、彼方に言われたくなし」

 

「なんで。オレはそんな人にペンを向けたりしませーん」

 

「神崎さんがベタベタされてたときに殴りかかりそうになってたのはどこのどなただったかな?」

 

「な、何行ってんだよ渚。オレがそんな暴力振るったりするわけないだろ・・・」

 

「彼方くんは私があんなことされたのになんとも思ってくれないの?」

 

「・・・有希子、それはズルいぞ」

 

「ふふっ、冗談だよ」

 

 くっそ。正直言うと言いたいこともたくさんあったしすぐ反撃したかったんだけどなー。お前ら中間でオレより順位下じゃん、とか。オレのクラスメートバカにすんじゃねぇぞ、とか。お前の母ちゃんでべそ、とか・・・!

 

「ねぇねぇ彼方くん」

 

「ん?」

 

「さっきの人に髪触られて気持ち悪いから、手櫛してくれないかな」

 

「は?オレが?」

 

「うん。お願い」

 

「・・・はいはい、仰せのままに。お嬢様」

 

「ふふふ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間は過ぎて期末テスト当日。本来一人一人で受けるはずの試験。なのにいろんなやつと同じステージに立っているのを感じる。一緒になって闘うやつら。敵となって闘うやつら。ヤジや声援を送るギャラリー。これはまるで・・・闘技場だ。戦いの火蓋は今、切って落とされた

 



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終業の時間

中高一貫の進学校では中三から高校の範囲を習い始めることは珍しくない。特にペースが速いのはウチの学校では英数理。だが学校内での条件はみな同じ

 

この試験という名の闘いは熾烈を極めている。数々の問題というモンスターを解析して倒していかなければならない。しかしそのモンスターは中間のときよりも遥かに解析困難で強くなっていた

 

ー英語ー

 

最終問題。内容は長文の中の一文を和訳するものだ。そこへ挑むことさへできないものも数名いる。特に英語が苦手なやつは・・・

 

今、そこへ挑んでる者がいた。A組のアイツだ

 

「嘘だろ!満点解答の見本だぞ!」

 

どうやら自分では解いたつもりでもボスを倒せないでいるようだ。A組でも倒せない敵を倒せる者が果たしているのだろうか?答えは・・・いる!

 

「お堅いねー。力抜こうぜ、優等生」

 

「そうそう。英語は紙上のものだけが全て答えじゃねぇんだよ」

 

A組のやつは「E組のやつら如きが!」とでも言いたげな表情を浮かべている

 

「多分読んでないっしょ?サリンジャーの“ライ麦畑でつかまえて”」

 

「これは名作からの引用問題だ。ただ直訳するだけじゃ半分。雑で簡潔な口語体で答えなきゃな」

 

「外国でいい友達いなかったっしょ、瀬尾くん。やたら熱心に本を勧めるタコとかさ」

 

ウチのクラスでは殺せんせーが事前がこの本を読むよう熱心に勧めてくれた。しかも英語と国語の二か国語で。読むの結構時間かかったな。そのおかげでオレや中村、渚はこの問題をクリアできた

 

 

 

ー理科ー

 

「理科は暗記だー!・・・なにっ!装甲が剥がせない!?ちゃんと暗記したはずなのに!」

 

「本当の理科は暗記だけじゃおもしろくないです。君が君であることを知ってるよってちゃんと言葉にして伝えてあげたらこの理科すごく喜ぶんです」

 

理科に限って言えば奥田さんはさすがだな。でも装甲を自ら脱いだそのモンスターは・・・申し訳ないが気持ち悪い・・・

 

 

 

 

ー社会ー

 

「しくじったー!アフリカ開発会議の会議の回数なんて解るかよ!」

 

「はぁ・・・危なかった。一応覚えておいて正解だった」

 

「お前に教えてもらっといてよかったわ。サンキューな、磯貝」

 

「磯貝!波風!貴様らー!」

 

磯貝とオレが解けた問題が全く解らずに押しつぶされているA組の荒木がいた

 

「たまたまだよ。俺ん家結構な貧乏でさ、アフリカの貧困に一寸共感して調べてたら実際に現地に連れて行かれて更に興味が広がっただけだよ」

 

「オレはそれをたまたま磯貝から聞いただけだ」

 

 

 

 

ー国語ー

 

「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」

 

「はははは、顔だけでなく言葉も美しい。だがただ一片の会心の解答でテストの勝敗は決まらない」

 

「「天つ風 雲の遠ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばじとどめむ」」

 

「なんだ!?う、うわぁーーー!!!」

 

一吹きの強気風がA組の榊原を吹き飛ばした

 

「あのやろう、また有希子にちょっかい出してきやがって」

 

「忘れじの 行く末までは かたければ 今日を限りの命ともがな」

 

「ん?有希子。なんでわざと間違いの解答書いたんだ?」

 

「ふふっ、なんでだろうね♪」

 

 

 

 

ー数学ー

 

数学か。正直不得意な部類だ。でもまぁ殺せんせーにも教えてもらったし、頑張ってみるかね・・・

 

 

 

 

 

テストは二日間。暗殺、ギャンブル、全ての結果は○の多さで決まる・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一週間後、全てのテストの採点が終わったらしい

 

「さてみなさん。全教科の採点が届きました」

 

全員息を飲んで答案の返却を待っている。不破は窓に貼ってあるA組vsE組と書かれた紙にペンで書き込む準備が万端な状態で待っている

 

「では発表します」

 

殺せんせーは答案が入っている茶封筒の紐をクルクルと解いていく

 

「まずは英語から・・・E組の一位、そして学年でも一位。しかも同率!」

 

『っ!』

 

「中村 莉桜!そして波風 彼方!」

 

「ドヤァ!」

 

「ふぅ〜」

 

【英語】中村 莉桜、波風 彼方:100点(学年同率一位)

 

この結果に中村はドヤ顔をして、オレは一先ず安堵の息をはいた

 

「完璧です。中村さん、君のやる気にはムラっ気があるので心配でしたが」

 

「ふふふ〜ん。なんせ賞金100億懸かってっから。触手一本、忘れないでよ?殺せんせー」

 

「勿論です。彼方くんはさほど心配はしてませんでした。教えてる時点で確信はありましたからね」

 

「まぁ英語だけで言えばオレも確信はあったし、殺せんせーの教えや他のクラスメイトとの勉強も活きたよ。とりあえず中村と合わせて触手二本な」

 

「はい」

 

オレと中村は答案を取りに行き殺せんせーの顔に○が描き出され全員に素早く英語の答案が配られた

 

「渚くんも健闘ですが肝心なところでスペルミスを犯すクセが治ってませんね」

 

殺せんせーが毎度のごとく素早く全員分の答案を各自の手元の届ける

 

「さてしかし、一教科トップを取ったところで潰せる触手は一本。喜ぶことができるかは全教科返した後ですよ」

 

そう言いながら殺せんせーは触手二本に破壊予約済と書かれた旗を立てた

 

「続いて国語・・・E組一位は・・・神崎 有希子!波風 彼方!」

 

【国語】神崎 有希子、波風 彼方:98点(学年同率二位)

 

『おー!』

 

「・・・がしかし、学年一位はA組浅野学秀」

 

くっそぉ〜あんにゃろ〜・・・次は負けんぞ・・・

 

「神崎さんも大躍進です、十分ですよ。彼方くんは次は頑張ってくださいね、君ならできますよ」

 

「やっぱ点獲るなー、浅野は」

 

「強すぎ。英語だって中村と彼方と一点差の三位だぜ?」

 

「さすが全国一位・・・全教科あいかわらず隙がないな」

 

「五英傑なんて並んで呼ばれてるけど」

 

「結局は浅野1人。あいつを倒さなきゃトップは取れないんだ」

 

前回の中間や今回はムリだったかもしれんが、いつかその座を奪ってやるから覚悟しとけよー?浅野ー

 

「では続けて返します。社会。E組一位は磯貝 悠馬くん。そして学年では・・・おめでとう!浅野くんを抑えて学年一位!」

 

「よしっ!」

 

【社会】磯貝 悠馬:97点(学年一位)

 

「マニアックな問題が多かった社会でよくぞこれだけ獲りました」

 

「これで2勝1敗!」

 

「次は理科・・・奥田か!」

 

社会は見事磯貝が制した。オレも一位の磯貝には及ばなかったものの頑張れたと思う。そしてA組との勝負にも勝ち越し、次の理科に奥田さんへの期待がぐんぐん上がっていく。その奥田さんも祈るように手を組んで緊張した表情をしている

 

「理科のE組一位は、奥田 愛美!そして・・・素晴らしい!学年一位も奥田 愛美!」

 

『うぉーーー!!!』

 

【理科】奥田 愛美:98点(学年一位)

 

「3勝1敗!」

 

「数学の結果を待たずしてE組が勝ち越し決定!」

 

『やったー!』

 

「いい仕事したな、奥田!」

 

「触手一本お前のもんだ!」

 

答案用紙を受け取り自分の席に戻る奥田さんに激励の言葉が飛び交う。奥田さん自身も嬉しいようすが見て取れる

 

「ってことは賭けのあれもいただきだな」

 

「楽しみー♪」

 

「あとは数学だけですね」

 

そしてみんなの顔は後ろに座っているカルマに向けられた。中間で100点を取ってればそれもそのはず。みんなの期待を一身に受けるカルマであったが、その表情はいつものカルマのものではなかった・・・

 

全ての教科の答案用紙の返却は終了した。しかし数学でカルマの名前が上がることはなかった・・・学年一位どころかE組一位も取れなかったのだ・・・返却終了と同時にカルマは答案用紙を持ったまま出て行ってしまった

 

「カナくんカナくん!おめでとう!」

 

「ん?あぁ、あんがと」

 

「もう!学年総合二位だよ?もっと喜びなよー」

 

「そうだよ。それに一位の浅野くんとは一点差なんでしょ?次は抜かせるよ!」

 

『彼方さんがこのまま勉強を疎かにしなければ、次回の後期中間で総合一位になる確率は98%以上という計算に至りました!』

 

全員が自分のテスト結果を確認してチャイムが鳴り響くとオレの周りにはいつものメンバーが集まってきた

 

「みんなも頑張ったじゃんか。全員前回の中間より順位大幅アップだろ?」

 

「今の状況で彼方くんにそれ言われるのはなんか嫌味にしか聞こえないけど、素直に嬉しいよ」

 

自分の答案をまだ持ち歩いてニコリと笑顔になるひなた(数学学年八位)

 

「これも彼方くんに教えてもらったおかげかなー」

 

手を後ろで組んでこちらもニッコリ笑顔を見せる茅野(国語総合九位)

 

「私はもう少し上に行きたかったよ〜」

 

今回の結果に満足がいってなさげに机に手をあててチョコンと顔を出している倉橋(理科総合一二位)

 

「有希子は言わずもがな、桃花も頑張ったじゃないか」

 

「うん。ありがとうね、彼方くん」

 

「う〜、有希子ちゃんに勝ちたかった…」

 

学年一位は逃したものの今回のできに満足のいっているらしい有希子と、同じ教科で勝手に争ってたのか不満げな桃花(国語総合六位)

 

「凛香も頑張ったな」

 

「うん。でもやっぱり彼方はすごいね」

 

「まぁオレも勉強したからな。ホントはアイツに勝ちたかったけど」

 

「律も言ってたけど彼方なら次は勝てるよ」

 

「ん、サンキュ」

 

オレの隣で表情を変えずに淡々としている凛香(英語総合七位)。でも最後にはオレの顔を見て励ましの言葉をくれた。オレも凛香の方を向いて数秒間見つめ合う形になると複数の視線を感じた

 

「また2人の世界に入ってー」

 

「2人っきりの世界はんた〜い」

 

「「そーだそーだ、ぶーぶー」」

 

「・・・」

 

その視線はやはり桃花達のものだった。桃花、倉橋、ひなた、茅野はジト目でオレ達を見ていた。有希子に限ってはいつも通りの笑顔。しかしそれは表面的な笑顔であって心からの笑顔ではない・・・なぜかそう思った・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になって殺せんせーが教室に戻ってきた。黒板には綺麗な字でHRと書かれている

 

「さてみなさん。素晴らしい成績でした。五教科でみなさんが取れたトップは同率を含めて四つです。早速暗殺の方を始めましょうか。トップの4人はどうぞご自由に」

 

そう言って三本の破壊予約済と旗が立った触手を前に出してきた。どうせ三本くらい余裕とか思ってるんだろうなぁ〜

 

「おい、待てよタコ。五教科トップは4人だけじゃねぇぞ」

 

先生の言葉を遮るようにして前に出たのは寺坂、村松、吉田、狭間の4人だった

 

「にゅ?4人ですよ、寺坂くん。国、英、社、理、数。合わせて・・・」

 

「あん?アホぬかせ。五教科っつったら国、英、社、理・・・あと、“家”だろ」

 

そして寺坂は教卓の上に四枚の答案用紙をバラまいた。なるほど、考えたじゃねぇの

 

「か・・・家庭科ぁぁぁぁ!!!!?」

 

「だーれもどの五教科とは言ってねーよな?」

 

「くっくっく、クラス全員でやればよかったこの作戦」

 

【家庭科】寺坂 竜馬、村松 拓哉、吉田 大成、狭間 綺羅々:100点(学年同率一位)

 

「ちょ、ちょっと待って!家庭科なんて・・・!」

 

「なんてって・・・失礼じゃね?殺せんせー。五教科最強の”家庭科さん“にさぁ〜」

 

「そうだぜ殺せんせー!約束守れよー!」

 

「一番重要な家庭科で4人がトップ!」

 

「合計触手八ほーん♪」

 

「な、8本!?ひぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

『はーちほん、はーちほん、はーちほん』

 

五教科最強の家庭科で4人がトップになったことによって破壊される触手が一気に8本に増えた殺せんせー驚きを隠せていない。クラスはカルマのいつもの煽りにみんなが乗っかってよくわからない8本コールが鳴り響く

 

「それと殺せんせー。これはみんなで相談したんですが、この暗殺にA組との賭けの戦利品も使わせてもらいます」

 

磯貝はそう言って一冊のパンフレットを取り出した

 

「What?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

期末の後は程なく一学期の終業式。けどオレらにはやるべきことが残っている。いつも通り本校舎への山道を下って本校舎の体育館に入った入り口付近で待機していた

 

「おぉおぉやっと来たぜ、生徒会長様がよ」

 

本校舎の方からやってきた浅野を含めた五英傑に寺坂が上から目線で挑発した

 

「なんの用かな?式の準備でE組に構う暇なんてないけど」

 

「おう待て待て。何か忘れてんじゃねぇのか?」

 

素通りしようとする浅野を寺坂が肩を掴んで止める

 

「浅野、賭けてたよな。勝った方が一つ要求できるって。要求はさっきメールで送信したけどあれで構わないよな?」

 

「・・・」

 

「まさか今更冗談とか言わねぇよな?なんならよ、五教科の中に家庭科とか入れてやってもいいぜ?どうせ勝つけどよ!」

 

それほど家庭科で100点を獲ったことを自慢する寺坂やそれに同意するようにドヤ顔を出す他の3人にオレ達は苦笑いする

 

そして未だに整列する気配を見せない他クラスを他所にE組は綺麗に整列した。その先頭には珍しくカルマの姿があった

 

「なぁ律。代役の人のところにいなくていいのか?」

 

『はい!私はここで大丈夫です!』

 

「でもせっかく烏間先生が手配してくれたのに・・・」

 

『私は少しでも彼方さんと一緒にいたいんです!ダメ、ですか・・・?』

 

「いやいや、むしろ一緒にいすぎだからな?おはようからおやすみまでほとんど一緒だからな?」

 

『そうでした。テヘペロ♪』

 

画面の中の律は舌をペロッと出しながら片手で軽く拳を作り頭をコツンとした。さすがはバーチャルと言ったところか、ちゃんとコツンという音と同時に星が出た

 

そして終業式が始まり先生が壇上で話し出した

 

「えー、夏休みと言っても怠けずに・・・えぇー、E組のようには・・・ならないように・・・」

 

いつものE組弄りもウケが悪い。エンドのE組がトップ争いをしたから。表情が曇る他クラスに対してE組のメンバーの顔にはみな笑顔が見える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1人一冊です」

 

「出たよ、恒例過剰しおり・・・」

 

「アコーディオンみてぇだな」

 

「これでも足りないくらいです」

 

終業式が終わっていつものボロ教室に戻ると、待っていたのは修学旅行のときにもらったほどの分厚すぎる夏休みのしおりだった

 

「夏の誘惑は枚挙に暇がありませんから」

 

全員しおりをもらい机に落ちた。その長さは机の横いっぱいと丁度同じくらいの長さだ

 

「さて、これより夏休みに入る訳ですがみなさんにはメインイベントがありますねぇ〜」

 

「あぁ、賭けで奪ったこれのことね」

 

「本来は成績優秀クラス、つまりA組に与えられるはずだった特典ですが、今回の期末はトップ50のほとんどをA組とE組で独占している。君達にだってもらう資格は十分あります」

 

パンフレットの中を見てみるとそこには一面海に囲まれた自然の豊かな島が写っていた

 

「夏休み!椚ヶ丘中学校特別夏期講習!沖縄リゾート二泊三日!」

 

『やっふー!!!』

 

「で、君達の希望だと・・・」

 

「はい、触手を壊す権利は合宿中で使います」

 

「触手8本の大ハンデでも満足せず、四方を先生の苦手な水で囲まれたこの島を使い万全に貪欲に命を狙う・・・正直に認めましょう。君達は侮れない生徒になった・・・親御さんに見せる通知表は先程渡しました。これは、先生からあなた達への通知表です!」

 

殺せんせーによって教室にばら撒かれたその紙には、ただシンプルにデッカい二重丸が赤く書かれていた。ターゲットからのこの三ヶ月の嬉しい評価だ

 

「一学期で培った基礎を十分に活かし、夏休みもたくさん遊びたくさん学びそして、たくさん殺しましょう!」

 

椚ヶ丘中学校3年E組、暗殺教室の一学期はこうして終了した




波風 彼方のしおり

P.68 <彼女とのデートスポットTOP100>

P.139<修羅場になったときの対処法>

P.174<ハーレムENDを目指すならこちら> etc...


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日常の時間①

 

夏と言えば何を連想するか。海。山。花火。お祭り。どれも夏らしくていいと思う

 

オレも今学校の裏山で絶賛夏にピッタリのことをしている。それはなにかと言うと・・・

 

「おい、見ろよ。うじゃうじゃいるぜ」

 

杉野が予め蜜を塗ってトラップを仕掛けておいた木に沢山の昆虫がついてることに興奮している。そう。オレ達は子供の夏の定番行事、“昆虫採集”に来ていた

 

夏休みも始まり、学校から解き放たれてFreedom!と思っていたのも束の間、杉野からの呼び出しで授業でもないのに学校に舞い戻っていた

 

「なんで僕ら学校に来てるのかな・・・?」

 

「同感だ、渚。せっかくの休みだってのに」

 

「いやぁ〜、いい歳してみんなの前で昆虫採集とか恥ずかしいだろ?オレ町育ちだからさ、こういうの憧れてたんだ。偶然カルマが虫がいっぱいいる木見つけたっていっててさ。しかし、前原まで来るとは意外だわ。こんな遊び興味ないと思ってた」

 

「次の暗殺は南国リゾート島でやるわけじゃん?そしたら、何か足らねぇと思わねぇか?」

 

「なにが?」

 

「金さーーー!!!!水着で泳ぐ綺麗なチャンねえ落とすためには財力が不可欠!」

 

一学期が終わっても前原は前原のままみたいだな。顔は悪くないんだからもう少し言動に気をつければ絶対モテるのに、こいつは・・・

 

「まぁこいつみたいな雑魚じゃダメだろうけど、オオクワガタ?あれとかうん万円するらしいじゃん!レートをくり出して大儲け、最低でも高級ディナー代とご休憩場所の予算までは確保するんだー!」

 

「旅の目的忘れてねぇか?前原のやつ」

 

「うん・・・15歳の旅行プランとは思えないよね・・・」

 

「それに海で中学生相手にする人がいるかってんだ」

 

オレだけではなく、渚も杉野も本来の目的から大きく脱線している前原に呆れ返っている

 

「ダメダメ」

 

「んぁ?」

 

「オオクワはもう古いよ〜」

 

「倉橋」

 

「おっはー♪彼方く〜ん♪」

 

「おいっ!」

 

オオクワガタを見つけようと駆け出した前原の頭上にある太い木の枝に倉橋が座っていた。オレ達が倉橋に気づくと倉橋は両手を広げてオレに向かって飛び降りてきた。オレは咄嗟のことに驚いたがなんとか受け止めることができた

 

「みんなもお小遣い稼ぎに来たんだね?」

 

「来たんだね?じゃねぇ!危ねぇだろ!」

 

「え〜。でも彼方くん、しっかり受け止めてくれたじゃん。だから大丈夫」

 

「それはそうだが・・・はぁ、もういい・・・」

 

オレが受け止めきれなかったらどうするんだ!とか。オレじゃなかったらどうするんだ!とか。いろいろ頭の中にツッコミポイントを見出したが、倉橋の一切曇りのない笑顔を見たらいう気が失せてしまった

 

「倉橋、オオクワガタが古いってどういうことだ?」

 

「うんっとね、私達が生まれた頃はすごい値段だったらしいけどね、今は人工繁殖法が確立されちゃって大量に出回りすぎて値崩れしたんだってさ〜」

 

「ま、まさかのクワ大暴落か・・・1クワ1チャンねえぐらいの相場だと思ってたのに・・・」

 

「ないない。今はチャンねえの方が高いと思うよ〜?」

 

「詳しいな、倉橋。そういうの好きなのか?」

 

「うん!生き物は全部好き!ねぇねぇ、折角だしみんなで捕まえよ!多人数で数揃えるのが確実だよー!」

 

いつも天真爛漫な倉橋は生物の話にはめっぽう強いみたいだな。ゲスい考えをしてた前原にはいい修整剤になるだろ

 

オレ達4人の隊員を引き連れて倉橋探検隊長は一つの木の前に止まった

 

「おっ、そこそこ引っかかったね」

 

「へぇ〜、これお前が仕掛けておいたのか?」

 

「お手製のトラップだよ。昨日漬けておいたんだ。20個ぐらい仕掛けておいたから、うまくいけば1人1000円程度は稼げるよ」

 

「バイトとしてはまずまずか」

 

「探してたあれ、()()()といいな〜」

 

「ふふっ、効率の悪いトラップだ」

 

1箇所目のトラップを確認してから次の場所まで行こうとすると、木の上からゲス・オブ・ゲスの声が聞こえてきた

 

「それでもお前らE組みか?」

 

「岡島!」

 

「せこせこ1000円稼いでる場合かよ。オレのトラップで狙うのは当然100億だ」

 

同時に岡島は枝から飛び降りた

 

「100億って・・・」

 

「その通り。南の島で暗殺するって予定だからあのタコもそれまでは油断するはず・・・そこがオレの狙い目だ!」

 

狙いは悪くない。不覚にも岡島やるなと思ってしまった。そしてどれだけ精巧なトラップなのか期待で胸を高らせながら岡島についていき、茂みの奥を見てみると・・・!

 

「お椀・・・にゅるふふふ・・・」

 

「掛かってる掛かってる、オレの仕掛けたエロ本トラップに!」

 

カブトムシ姿でエロ本を読んでるタコがいた。さっきまでの期待を返せ!!!

 

「すげぇ・・・スピード自慢の殺せんせーが微動だにせず見入っている・・・」

 

「うわぁ・・・またなんだあのカブトムシのコスプレは・・・あれで擬態してるつもりか!嘆かわしい!」

 

岡島以外みんな、さすがの前原もあの殺せんせーには引いている

 

「どの山にも存在するんだ・・・エロ本廃棄スポットが・・・そこで夢を拾った子供が大人になって本を買える齢になり、今度はそこに夢を置いていく。終わらない夢を見る場所なんだ」

 

んなわけねぇだろ。全国の山に謝れこのゲス野郎

 

「丁度いい、手伝えよ!俺達のエロの力で覚めない夢を見せたやろうぜ!」

 

さっきよりもゲス度が上がったな、明らかに

 

「随分研究したんだぜ?あいつの好みを。俺だって買えないから拾い集めてな」

 

「・・・ん?殺せんせー、巨乳ならなんでもいいんじゃ・・・」

 

「現実ではそうだけどな。エロ本は夢だ。人は誰もがそこに自分の理想を求める!写真も漫画も僅かな差で全然違うんだ!」

 

岡島に渡された携帯の中には日によって違うあのエロダコの表情が違うのがはっきりと写っていた

 

「すごいよ岡島くん。一ヶ月間本を入れ替えてつぶさにそれを観察してる!」

 

「渚。半分は自分も読みたいからだと思うぞ?岡島(そいつ)は」

 

「っていうか大の大人が一ヶ月も連続でエロ本拾うなよ。嘆かわしい・・・」

 

「お前のトラップと同じだよ、倉橋。獲物が長時間食いつくよう研究するだろ?」

 

「う、うん・・・」

 

「蔑む奴らはそれでも結構!誰よりエロい俺だから知っている。エロは、世界を救えるって」

 

((((な、なんかカッコいい!!!!))))

 

「やるぜ!エロ本の下に対先生弾を繋ぎ合わせたネットを仕込んだ。熱中している今なら必ずかかる!誰かこのロープを切って発動させろ。俺が飛び出してトドメを刺す!」

 

どんなものでも研ぎ澄ませば刃になる。岡島の“エロ”の刃が殺せんせーを貫くかもしれない

 

しかしその刹那だった。殺せんせーの目線がエロ本から移動し、しかもその目が伸びた・・・伸びた!!!?

 

「なんだ!?」

 

「急に目がビヨーンって」

 

「データにないぞあの顔は!どんなエロを見たときだ!」

 

「にゅるふふふ、見つけましたよ!」

 

殺せんせーは何かを見つけたらしく素早く触手を伸ばして何かを掴み取った

 

「ミヤマクワガタ。しかもこの目の色!」

 

「はっ!白なの!?殺せんせー!」

 

そして今度は隣にいた倉橋が飛び出して行った。これで岡島の作戦は失敗だな

 

「おや倉橋さん。ビンゴですよ」

 

「すっごーい!探してたやつだ!!!」

 

「えぇ、この山にもいたんですね」

 

「もう少しだったのに…」

 

「何が何だかさっぱりだが、巨大カブトと女子中学生がエロ本の上で飛び跳ねてるのってスゴい光景だ…」

 

作戦が失敗して涙を流す岡島と目の前の光景に唖然としてる他。まぁ岡島の作戦に関しては殺せんせー気づいてるかもな

 

「ハッ!にゅやーーーー!!!超恥ずかしい…超超超恥ずかしい…」

 

さっきまで飛び跳ねて喜んでいた巨大カブトが一変、足元に広がる現実に戻ってうずくまり顔を隠す

 

とりあえず一旦場が落ち着いたようだったのでオレ達も茂みから出た

 

「教育者としてあるまじき姿を…本の下にワナがあるのは知ってましたが…」

 

「えっ!?」

 

「…どんどん先生好みになっていく本の誘惑に耐えきれず!」

 

ほーらバレてた。でもワナがあるにも関わらず殺せんせーが熱中するものがあるってのは結構な収穫なんではないだろうか。ものがあれだけど…

 

「で、どういうことよ倉橋。それってミヤマクワガタだろ?ゲームとかじゃオオクワガタより全然安いぜ?」

 

「最近はミヤマの方が高いときが多いんだよ。まだ繁殖が難しいから。このサイズじゃ、2万は行くかも」

 

「に、2万!?」

 

「おまけによーく目を見てください。本来黒いはずの目が白いでしょう」

 

「なるほど。アルビノってやつか」

 

「授業でやったことをちゃんと覚えてますね。関心ですよ、彼方くん」

 

アルビノとはごく稀に生物が真っ白になって産ませてくるもののことを言う

 

「クワガタのアルビノは目だけに出ます。ホワイトアイと呼ばれ天然物ミヤマのホワイトアイはとんでもなく希少です。学術的価値すらある。売ればおそらく数十万円はくだらない」

 

『す…!!!?』

 

「落ち着け、この金の亡者ども」

 

「一度は見て見たいって殺せんせーに話したらさ、ズーム目で探してくれるって言ってくれたんだ〜」

 

倉橋はこんなゲスな男どもみたいに金儲けで探してたわけじゃなく、単純に興味本心でなんだろう

 

「ゲスのみんな〜、これ欲しい人手挙げて」

 

『欲しい!!!』

 

「お前ら…」

 

倉橋の提案にオレ以外の男ども全員が手を挙げた。まぁ小遣いの少ない中学生にとって数十万は目の前の100億ぐらい魅力的か。これは大人にも言えることか…

 

「あはは、どうしよっかな〜」

 

「あ、捕まえたのは先生なんですから!!!」

 

倉橋がその金元であるミヤマを持って逃げて行くのをゲスどもが追っかける。オレも心配なので追っかける。べ、別にミヤマ欲しいってわけじゃないし…

 

ある程度追っかけっこが続くと倉橋がどんどんと追い詰められていった。そして目が本気になって「ちゃんネェ…ちゃんネェ…」とボソボソとつぶやいている前原の手が倉橋を捉えようとしていた

 

オレは咄嗟に前に出て倉橋を抱き上げる

 

「きゃっ!」

 

「まったく…お前が男どもに足の速さで勝てるわけないだろ」

 

「か、彼方くん!」

 

\マテー!カナター!/

 

「いくらお前がファルトレク(*)得意だからってあいつらの方が足は速いんだからな?」

 

「う、うん…」

 

*ファルトレク・・・丘や森・草原・砂地など起伏のある場所で走ること(コトバンクより)

 

「まぁオレもミヤマ取られんのやだしな。あ、金目当てじゃないぞ?」

 

「ふふっ、わかってるよ。彼方くんがそう言う人じゃないって」

 

\ソレヲヨコセー!/

 

「そいつは光栄で。倉橋自身も最後は逃してやるんだろ?」

 

「うん。からかうつもりでああ言っちゃったけど、まさかこんなに食いつくなんて思ってもみなかったから」

 

「金の力は怖いな…」

 

\オレノニマンー!!!/

 

「…ねぇ、彼方くん……」

 

「ん?走りながらだから手短に…って!舌噛んりゃ…」

 

「ふふっ、彼方くんにもそういうところあるんだね」

 

「っとけ…」

 

「彼方くん、私のことも名前で呼んでくれない…?」

 

「どうした、改まって」

 

「ちょっとね…みんなが羨ましくなっちゃって…」

 

「別にそれぐらいいいがな、陽菜乃」

 

「っ!ありがと…」

 

よそ見をするわけにもいかないので倉は…陽菜乃の顔を見ることはなかったが、確実にオレの服を掴む力は強くなったのは感じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

「おかえり」

 

「あれ?なんで凛香が?」

 

「夏休みの宿題をしようと思って来たら彼方いなかったから。律に聞いたら学校の裏山って聞いたから待ってた」

 

「そっか。ん…?どうやって入った?」

 

「彼方のお母さんにもらってる、合鍵」

 

凛香はポケットからウチのであろう合鍵を取り出した…なんだこのデジャヴは……というかあの人は何人に合鍵渡してんだ!

 

「おばさんには?」

 

「連絡してある」

 

「そっか。まぁ別に凛香ならいいけど。メシは食ったか?」

 

「まだよ。言ったでしょ?待ってたって」

 

「ありゃま、それは悪かったな」

 

「別に。おかげで宿題が結構進んだわ」

 

『速水さん、そうは言っても途中何度も時計を確認しては「まだかな…」と呟いていました』

 

「ーッ!律!」

 

ポケットから律の声が聞こえたと思いきやいいことを聞いてしまった

 

「そっか〜。そんなに寂しかったのか〜凛香は」

 

「ッ〜〜〜〜〜〜!」

 

「ごめんな〜、遅くなっちまって〜」

 

「…もういいから!早く食べるわよ!」

 

「照れてる凛香は可愛いな〜」

 

それから照れてる凛香とのんびりした夜を過ごしましたとさ

 



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暗殺の時間①

 

南の島暗殺まであと一週間、オレ達はその訓練と計画のために集まっていた。

 

「あーあガキ共、夏休みというのに汗水流してご苦労なことね」

 

「ビッチ先生も訓練しろよ。射撃やナイフは俺らと大差ないだろうさ」

 

「大人はズルいのよ。あんた達の作戦に乗じておいしいとこだけ持ってくわ」

 

「ほほぅ、エラいもんだなイリーナ」

 

「ん?グェッ!ロ、ロブロ先生!」

 

ウッドチェアにハットに飲み物と夏を満喫してろくに体を動かそうとしないビッチ先生が後ろから聞こえた師匠であるロブロ氏に驚いて慌てる

 

「夏休みの特別講師で来てもらった。みんなが考えた作戦にプロの視点から意見をくれる」

 

「一日休めば腕や指が殺しを忘れる。落第が嫌ならさっさと着替えろ!」

 

「へい!喜んで!!」

 

「ビッチ先生もあの先生には頭上がらないな」

 

「あぁ、てかあの人いかにも怖いもん・・・」

 

師匠が来たことによりさっきまでの優雅状態のビッチ先生は走り去って行った

 

「協力感謝する」

 

「困ったが重なってな。有望だった殺し屋達と連絡がつかなくなった」

 

「プロ達が失敗して怖気づいた」

 

「かもしれんな。今は彼らに託すしかあるまい。それで、今日やつはここにはいないんだな?」

 

「あぁ、予てからの予告どおりエベレストで避暑中だ」

 

「ならばよし。作戦の秘密保持こそ暗殺の要だ。なるほど・・・」

 

ロブロ氏は殺せんせーがいないことを確認してオレ達が考えてまとめた資料に目を通したちなみにビッチ先生はジャージに着替えてきていた

 

「・・・この一番最初の精神攻撃というのはなんだ?」

 

「まず動揺させて動きを鈍らせるんです」

 

「この前さ、殺せんせーエロ本拾い読みしてたんすよ」

 

「そんときはアイス一本でクラスのみんなには内緒だって口止めされたけどな」

 

先日に行った昆虫採集の際のことをその場いた前原とオレが話す

 

「だけど、今どきアイスで口止めできるわけねぇだろ!」

 

『クラス全員で散々いびってやるぜ!!!』

 

「他にも強請るネタはいくつか確保してますからまずはこれを使って追い込みます」

 

「残酷な暗殺法だ・・・」

 

残酷もなにもこれじゃ暗殺というより拷問の気がしないでもないな

 

「しかし肝心なのはトドメを刺す最後の射撃。正確なタイミングと精密な狙いが不可欠だが」

 

「不安か?E組の射撃能力が」

 

「いーや逆だ。特にあの二人はすばらしい」

 

プロのロブロ氏褒めるスナイパーの一人が龍之介だ。あいつは空間把握に長けてる。長距離射撃で並ぶやつはクラスにはいねぇな。そしてもう一人が何を隠そうオレの彼女である凛香だ。凛香は手先が器用で動体視力もいい。だから長距離~中距離にかけて動く的に当てるのに長けている

 

「でも凛香、弱点があるんすよ」

 

「ほぉ、参考までに聞いておきたいな」

 

「いっすよ。見ててください」

 

オレはロブロ氏の目線を凛香に誘導させる。そして凛香が発砲するタイミングで・・・

 

「リーンちゃーん!」

 

「っ!!!」

 

凛香は体制を崩し、BB弾は大きく的をはずした

 

「な?」

 

「ふ、ふむ・・・」

 

ロブロ氏に確認を取りもう一度凛香の様子を見てみると顔を赤くしてこっちを睨んでいた。うん、照れてる凛香もカワイイ!

 

「ンンッ!どちらも主張が強い性格ではなく結果で語る仕事人タイプ。ふん、オレの教え子に欲しいくらいだ」

 

「ふふーん」

 

「なんでお前がドヤ顔になってんだ?彼方」

 

「彼女が褒められてんのにドヤ顔しない彼氏はいないだろ?」

 

『爆ぜろリア充!!!』

 

「波風 彼方、君も二人とはまったく違うがセンスがある」

 

「ほぇ?」

 

「君もまた動体視力がずば抜けていい。それに肩の稼動域も広い。走りながらの射撃は群を抜いている」

 

「・・・ははっ、自分のことになるとちょっち恥ずかしいですね」

 

「恥じることはない。それに他の者もいい具合にまとまっている。短期間でよく見出し、育てたものだ。彼らなら十分に可能性はある」

 

それからはロブロ氏のレクチャーのもと各々訓練に励んだ

 

「凛香、オレ達褒められたぜ?」

 

「そ」

 

あちゃー、さっきのこと根に持ってんな・・・

 

「さっきは悪かったよ」

 

「・・・」

 

「ごめん、この通り!」

 

オレは手を合わせながら腰を曲げて頭を下げた

 

「夏休み・・・」

 

「ん?」

 

「夏休みの間、ずっと彼方の家に泊まらせてくれるなら許してあげる」

 

「?そんなことでいいのか?」

 

「(コクッ)」

 

「そんなことならオレの方から頼みたいくらいだわ」

 

「・・・ありがと」

 

「こちらこそ。んじゃ帰りに一緒に凛香の家に荷物取りに行ったときにおばさんに話すわ」

 

「わかった」

 

うっし!今日から夏休みが終わるまでの約一ヶ月間凛香と毎日会えること決定!こいつは楽しい夏休みになりそうだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

そして南の島の暗殺ツアーが幕を開ける。今いるのは海の上、南の島行きの船の上にいる。辺りはキラキラと光が反射する海。それに女子達は大興奮だ

 

「にゅ~・・・にゅや~・・・船はヤバい・・・船はマジでヤバい・・・先生頭の中身が全部まとめて飛び出そうです・・・」

 

「東京から6時間!」

 

「殺せんせーを殺す場所だぜ!」

 

『島だ!!!』

 

殺せんせーは修学旅行の新幹線よりもヤバい乗り物酔いに当てられていた。そんな目的地である島が見えてきてクラス全員のボルテージは最高潮に達した

 

「有希子、大丈夫か?」

 

「うん、大分よくなってきたよ。ごめんね、彼方くん」

 

「気にすんな。スポドリ飲むか?」

 

「ありがと」

 

みんなが元気な中有希子が強い日差しにやられて気分が悪くなってしまった。オレはそんな有希子を日陰に移動させて壁に寄りかかるように座り太ももに有希子の頭を乗せてうちわで扇いでいた

 

「彼方くん、変えの濡れタオル持ってきたよ」

 

「サンキュ、ひなた」

 

「岡野さんもごめんね」

 

「全然大丈夫。そんなことよりどう?体調は」

 

「うん、さっきよりは大丈夫」

 

氷と水が入った部屋のバスルームに備え付けられてた洗面器にタオルをしみこませて持ってきてくれたひなたも有希子を心配してくれている

 

「ひなたはみんなのとこに戻っててもいいだぞ?」

 

「ううん、私もここにいるよ。体調悪いってのはわかってるけど、それでも彼方くんと二人きりな神埼さんはズルいからね」

 

「む~」

 

「そんなこと言ったらひなたがくるまで有希子と二人きりだったけどな」

 

「そうだね♪」

 

「・・・神崎さん、本当はもう元気なんじゃない?」

 

「そんなことないよ~♪」

 

「もう!えいっ!」

 

「ひなた!?」

 

笑顔を浮かべる有希子を眺めているとひなたが突然有希子とは反対側の足に頭を置いて横になった

 

「私もちょっと休ませてもらうね♪」

 

「そっか。悪かったな、こき使っちまって」

 

「いいのいいの。あ、じゃあさ」

 

「ん?」

 

ひなたはオレの右手を取って自分の頭に乗せた

 

「これでチャラでいいよ♪」

 

「こんなことでいいのか?」

 

「うん♪」

 

陽菜乃もそうだけどこう見るとひなたも小動物みたいに見えてくるな

 

「「すぅ・・・すぅ・・・」」

 

いつの間にやら二人とも眠りについてしまっていた。島まであとちょっとだし我慢しよう、足がしびれてるのは・・・

 

 

 

 

島に上陸してすぐにホテルの自分の部屋鍵を渡され荷物を置きに行った。なんとリッチなことにツイン部屋が13部屋となっていた。まぁホントならA組が使うはずだったんだからこれくらいは普通なのか

 

ホテルと青々とした海の間には真っ白な砂浜が広がっておりそこに一定間隔でパラソルが備え付けられていた。オレ達はまだその砂浜にも海にも足を踏み入れずとりあえず長い船旅の疲れを癒すべくホテルの一回で涼しんでいた

 

「ようこそ福間島リゾートホテルへ。サービスのトロピカルジュースでございます」

 

さすがはリゾートホテル。サービスもしっかりしてらっしゃる

 

「いやー最高!」

 

「景色全部が鮮やかで明るいなー」

 

「ホテルから直行でビーチに行けるんですね。様々なレジャーも用意してあるそうです」

 

「例のあれは夕飯の後にやるからさ。まずは遊ぼうぜ、殺せんせ」

 

「修学旅行のときみたく班別行動でさ」

 

「にゅるふふふふ。賛成です。よく遊びよく殺す。それでこそ暗殺教室の夏休みです!」

 

なんやかんや一番遊ぶのを楽しみにしてるのが殺せんせーな気がする。めっちゃワクワクしながら修学旅行で分けられてた磯貝達1班とグライダーをするべく出発した。しかしこれは遊びに見せかけた暗殺準備時間でもある。1つの班が殺せんせーと遊んでる最中に他の班がプラン通りに暗殺が進められるか綿密にチェックする

 

オレ達2班は龍之介と凛香のスナイプポイントの調査のため山道を歩いていた

 

「殺せんせーは?」

 

「今3班と海底洞窟巡りしてる。こっちの様子は絶対に見えないよ」

 

「んじゃ今なら射撃スポット選び放題だな」

 

「さくっと決めちゃいますか」

 

「っとその前に。みんなこの竹林&奥田さん考案の『無臭になるスプレー』かけるから」

 

「ネーミングセンス・・・」

 

「それよか千葉と速水、渋すぎだろ・・・ホントに同じ中3か・・・?」

 

「あぁ、もはや仕事人の風格だ・・・」

 

「こう見ると凛香と龍之介の方がカップルに見えて結構くるものがあるよ・・・」

 

龍之介と凛香、クラスで圧倒でき射撃力を持った二人。しかも寡黙で仕事人な性格まで似てるときた。この暗殺のプランを二人で話し合ってる場面も何回も目にしている。自分に言い聞かせてもふと思うところがある。龍之介の方が凛香には合ってるのではないかと・・・

 

「心配しないで」

 

これから暗殺だって言うのに暗い気持ちになっていたオレに凛香が振り返らず声をかけてきた

 

「私は、彼方以外にはなびかないから」

 

今度はこっちに向きなおしていつも通りの凛々しい凛香の表情でそんな言葉を発した。その場に風も混じって凛香の髪が少し揺れる。そんな光景にオレは見入ってしまった

 

「だから・・・」

 

「ん?」

 

「だから、彼方も・・・私以外になびかないで・・・」

 

さっきまでの凛々しい表情から一変。目線をはずして頬を赤らめて恥ずかしがっている凛香。そして体を反転して歩き出してしまった

 

何今の。カワイすぎ。えっ?ウチの彼女カワイすぎん?やばっ、今すぐ抱きしめたい。いやでも今はスナイプポイント見つけてる最中だし・・・いや、ホントは凛香も甘えたいのでは?いやでも・・・

 

((爆ぜろリア充が!!!!))

 

そしてこの後の凛香への対応を考えているといつの間にか置いて行かれた

 

 

 

 

 

 

日が沈みだして青々としていた海はオレンジ色に反射して昼間とは違った絶景が広がっていた。オレ達も遊びに遊んでやることも終わらしてビーチに戻ってきた

 

「いやー遊んだ遊んだ。おかげで真っ黒に焼けました」

 

『黒すぎだろ!』

 

「歯まで黒く焼けやがって」

 

「もう表情が読み取れないよ・・・」

 

「じゃあ殺せんせー、飯の跡で暗殺なんで」

 

「はーい、まずは船上レストランへ行きましょう」

 

「どんだけ満喫してんだあのタコ」

 

「こちとら楽しむフリして準備すんの大変だったのによー」

 

「ま、今日殺せりゃ明日は何も考えずに楽しめんじゃん」

 

「まーな。今回くらい気合入れてやるとすっかー」

 

みんな殺せんせーの黒さ加減に呆れつつもこれからの暗殺に気合を入れていく

 

そして場所を夕食で使われる戦場に移した

 

「夕食はこの貸切船上レストランで夜の海を堪能しながらゆっくり食べましょう」

 

「なるほど、まずはたっぷりと船に酔わせて戦力を削ごうというわけですか」

 

「当然です。これも暗殺の基本の一つですから」

 

「実に正しい。ですがそううまく行くでしょうか。暗殺を前に気合の乗ったせんせーにとって船酔いなど恐るるにたr・・・」

 

「「だから黒いよ!」」

 

「そんなに黒いですか・・・?」

 

「表情どころか前も後ろもわかんないわよ」

 

「ややこしいからなんとかしてよ」

 

あまりの黒さにただの黒い物体がシャツと帽子を被ってウネウネしているだけに見えてしまう。だから話の内容も入ってこない。それに対して中村と委員長が講義する

 

「ぬるふふふ。お忘れですか?みなさん。先生には脱皮があるということを!黒い皮を脱ぎ捨てれば!ほら元通り」

 

黒いから物体から黄色の殺せんせーが帰ってきた

 

「あ、月一回の脱皮だ」

 

「こんな使い方もあるんですよ」

 

「殺せんせー。それせんせーの奥の手って聞いてたけどこんなとこで使っちゃってよかったのけ?」

 

「・・・だぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ばっかでー。暗殺前に自分で戦力減らしてやんの」

 

「なんで未だにこんなドジッ子殺せないんだろ・・・」

 

みんなが殺せんせーを呆れ顔で見る中、中村と委員長がお互いにサムズアップしてるのが見えた。なるほど、二人のファインプレーなわけね

 

この日のために夏休みに入って密かに特訓してきた。しこみも万全。今度こそ殺せんせーにオレ達の刃を届かせて見せる

 

優雅な夕食を終えて船は島に戻ってきた。オレ達の目論見通り殺せんせーは船酔いで相当やられている

 

「さぁて殺せんせー。飯のあとはいよいよだ」

 

「会場はこちらですぜ」

 

「にゅ・・・」

 

「このホテルの離れにある水上チャペル」

 

オレ達が今回の暗殺場に選んだ海の上に浮かぶチャペル。中には6個の長いすとテレビが置かれている。そしてオレを含めたテスト一位組みがピストルを手に持って待機する

 

「さ、とりあえず座れよ殺せんせー」

 

「ここなら逃げ場はありません」

 

「楽しい暗殺」

 

「まずは映画鑑賞から始めようぜ!」

 

「君たちの知恵と工夫と本気の努力。それを見るのがせんせーの何よりの楽しみです全力の暗殺を期待しています!」

 

いよいよ始まる。オレ達の努力を結晶した暗殺が・・・



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暗殺の時間②

 

「さて、一体何をしてくれるんですかね」

 

「まずは三村が編集した動画を一緒に見てもらい、その後テストで勝った8人が触手を破壊。そしてみんなで一斉に暗殺を始める。いいですか?殺せんせー」

 

「ヌルフフフフ、上等です!」

 

「セッティングご苦労さん三村」

 

「頑張ったぜ〜・・・みんなが飯食ってるときもずっと編集さ」

 

(ふむ...このチャペルは周囲を海で囲まれている。壁や天井にはたいせんせー物質が仕込まれている可能性もある。脱出はリスクが高い。チャペルの中で避け切るしかないようですね)

 

「殺せんせー」

 

「ニュ?」

 

「まずはボディチェックを。いくら周囲が水とは言え水着を隠し持ってたら逃げ切れるから」

 

渚は念には念を入れて殺せんせーの体をくまなく調べる

 

「入念ですね。そんな野暮はしませんよ」

 

(これだけ直に触っている状態でもこの先生は僕の攻撃なんて余裕で躱す...けど!みんなで!この作戦なら!)

 

このために綿密に計画を立て練習を重ねた。シミュレーションも何度も行い全員で意見を出し合い続けた。そしてようやく納得がいくものとなり実行のとき。殺せんせーはいつもの余裕の笑みを浮かべながらテレビに一番近い椅子に腰掛けた

 

「準備はよろしいですか?遠慮は無用。ドンッと来なさい!」

 

「始めるぜ?殺せんせー」

 

岡島が宣言しチャペルの電気が消された。テレビとチャペルの壁の隙間から刺す月明かりの中、作戦は始まった

 

(後ろの暗がりで数名がチャペルの中と外を出入りしている。一と人数を明確にしないためでしょう。しかし甘い!二人の匂いがここにないのはわかってますよ。そちらの方向からE組きってのスナイパー、速水さんと千葉くんの匂いがしてきますね〜)

 

「しかしこの動画よくできている。編集とナレーターが三村くんですか。カット割といい選曲といい、いいセンス。ついつい引き込まれ...」

 

なぜ殺せんせーはそこで言葉が止まったのか。その原因であるテレビの向こう側の三村はこう話す

 

『買収は、失敗した...』

 

「失敗したーーーーーーーー!!!!!!!?」

 

“殺せんせーエロ本に夢中事件“。あの時の殺せんせーのあられもない姿が今、生徒たちの前に映し出されている

 

「いや、ちがっ!岡島くん達!みんなに言うなとあれほど!」

 

しかし彼への辱めはこれだけに留まらない。次は女性限定のケーキバイキングの列に並ぶ女装殺せんせーが映し出された

 

「へぇ〜エロ本に女装?恥ずかしくないの?」

 

こういうときの狭間の笑顔と言葉はより一層当事者の心に突き刺さる。さらに画面には給料前に分身してティッシュ配りに列を作る殺せんせー。そんなにもらって何をするのかと思いきや、揚げて食べた

 

『これでは終わらない。我らが教師の恥ずかしい姿をこれから1時間たっぷりとお見せしよう』

 

「あと1時間もー!!!?」

 

一方その頃チャペルの外では・・・

 

「さてどうすっかねー」

 

「どうしたの?」

 

「岡島から“外でもイチャイチャめちゃくちゃ気になる!大作戦!”なんて言われたけど、どうしろってんだ・・・」

 

「言葉通りでいいんじゃないの?」

 

「凛香がいないのに何をしろと?」

 

「ん?私がいるじゃん」

 

「はぁ〜」

 

「ちょっと〜。さすがにため息はひどくない...?」

 

「あー悪い・・・」

 

せっかく私が勝ったのに・・・

 

外では彼方と桃花が肩が当たりそうなほどの距離でチャペルに背もたれながら座っていた。なぜ桃花なのか。聞いては見たものの教えてはくれなかった。最後の言葉、本人は聞こえないように小さな声にしたんだろうけど聞こえてるんだよな〜

 

「桃花、寒くないか?」

 

「えっ、うん。大丈夫だよ」

 

「そっか。いくら南国っても、いや南国だからなのか?夜だし海辺だからか涼しいな」

 

「そだね。でも心地いいよ」

 

「それは言えてる」

 

南国の風を感じながらふと空を見上げる

 

「綺麗だな」

 

「うん。うちの方じゃ絶対見れないね」

 

「そだな。そう思うと文明が発達しすぎるのもどうかと思うわ」

 

「考えすぎじゃない?こうやって違う場所に来れば見れるんだから」

 

「そっか」

 

「・・・ねぇ、カナくん」

 

「ん?」

 

「昔みたいにさ、手繋いでもいい?」

 

「おいおい。どうしたんだ急に」

 

「小さい頃のこと思い出しちゃって。旅行先で何回か一緒に星見たことあったじゃん?」

 

「あぁ覚えてるよ。どこに行ったかの記憶は確かじゃないがな」

 

「ダメ、かな・・・?」

 

「この状況でその聞き方は反則だな〜。断ったらお前絶対いじけるじゃん。そしてらこれからの作戦が」

 

「えへへ。こういう状況作りも暗殺には重要なファクターってビッチ先生が教えてくれたんだ!」

 

「あの人は余計なことを・・・はぁ、向こうから見えないように頼む」

 

「どうして?」

 

「さっきから悪寒がすごいんだよ。凛香殺せんせー狙ってんのかオレのこと狙ってんのかわかんね」

 

「それは大変だ♪じゃあ凛香ちゃんには悪いけど、失礼して」

 

「思ってねぇだろ」

 

繋いだ手は大きさが変わろうと昔握ったことのある手となんら変わらなかった

 

ー1時間後ー

 

「あ“〜死んだ・・・先生もう死にました・・・あんなの知られてもう生きていけません・・・」

 

作戦の第一段階は見事成功だったようで殺せんせーの顔はげっそりとし顔色も青ざめていた

 

『さて最後まで見ていただいたわけだが、何か気づかないか?殺せんせー?』

 

「・・・?っ!水が!誰も水を流し込む気配などなかったのに!まさか、満潮!」

 

「誰かが小屋の支柱でも短くしたんだろ」

 

「船よって恥ずかしい思いして海水吸って。大分動きが鈍ってきたよね〜?」

 

これより第二段階と言わんばかりにオレを含めたテストで勝ったメンバーが前に出て銃を構える

 

「さぁ本番だ。約束だ。避けんなよ?」

 

(やりますねぇ・・・しかしスナイパーのいる方向はわかっている。そちらの方向さえ注意すれば)

 

『作戦開始!』

 

「開始!」

 

律からの号令と磯貝の復唱でオレ達は先生の触手を8本奪う

 

『5秒経過!』

 

「ニュヤ!?」

 

そして律の合図でチャペルの壁が壊れる

 

『35秒経過!』

 

「フライボード!?水圧の檻!」

 

そしてすかさず水中で待機していたメンバーで水の壁完成

 

「殺せんせーは急激な環境の変化に弱い!」

 

「チャペルから水の檻へ!」

 

「弱った上に反応速度を更に落とす!」

 

『53秒経過!』

 

中に残ったメンバーが一斉にばらけ配置につく。水中からも律本体が登場

 

『一斉射撃を開始します!照準、殺せんせーの周囲1m』

 

「ッとその前に、もう少しだけ弱らせてもらうよ。殺せんせー」

 

「っ!?」

 

射撃が始まるコンマ何秒のうちにオレは縮地で殺せんせーに近づき、顔、腕や足の残った部分に出来る限りの傷をつけて退散。射撃が開始された

 

「殺せんせーは当たる攻撃には敏感だ!」

 

「えっ!?ちょっ!」

 

「だからあえて先生を狙わない!」

 

「網を張り逃げ道を塞ぐ!」

 

「かーらーの!」

 

山の方は二人の匂いが染み付いた囮。チャペルから水の檻にすることで新たに出来る狙撃ポイント

 

『ゲームオーバーです♪』

 

(よくぞ、ここまで・・・)

 

作戦は寸分の狂いもなく進んだ。最後の射撃も確認できた。全員が“勝った”と思っただろう。しかし突如殺せんせーから光が発生し大きな爆発が起こった

 

『うわっ!』

 

『きゃっ!』

 

「有希子!」

 

ってー!!!隣にいた有希子を庇いながらだったため背中を水面に強打!でも手応えあり!

 

「油断するな!ヤツには再生能力がある。磯貝くん片岡さんが中心になって水面を見張れ!」

 

「「はい!」」

 

逃げ場はなかったはず。すると一ヶ所水中から空気が上ってくる場所があった。全員銃をその場所に向ける

 

「ふぅ〜」

 

『・・・』

 

ナニアレ・・・

 

「ヌルフフフ。これぞ先生の奥の手中の奥の手、完全防御形態!」

 

『完全防御形態!?』

 

「外側は濃密のエネルギーで構築された結晶体です。体を極限まで縮め、余ったエネルギーで肉体の周囲をガッチリ固める。この携帯になった先生はまさに無敵!」

 

「そんな・・・じゃあずっとその形態になってたら殺せないじゃん!」

 

「ところがそう上手くはいきません。このエネルギー結晶は約一日で自然崩壊します。その瞬間に先生は肉体を膨らませエネルギーを吸収して元の体に戻るわけです。裏を返せば元に戻るまでの一日先生は全く身動きが取れません。これは様々なリスクを伴います。最も恐れるのはこの状態で高速ロケットに積み込まれ遥か彼方の宇宙空間に捨てられることですが、その点は抜かりなく調べ済みです。24時間以内にそれが可能なロケットはこの世界のどこにもない」

 

ふぅ〜ここにきてまだ新しい奥の手か。こりゃどう取り繕ってもクルものがあるな・・・

 

「なーにが完全防御形態だ。なんとかすりゃ壊せるんだろこんなもん!」

 

試しに寺坂がレンチで叩いてみるもびくともせず

 

「ヌルフフフフ、無駄ですね。核爆弾でも傷一つつきませんよ」

 

「そっか。弱点ないんじゃ打つ手ないね」

 

先にボートから上がっていたカルマが先生を渡すよう要求。何をするのかと思いきや携帯でさっきの恥ずかしい映像を見せ始めた

 

「ニュヤーー!!!やめて!手がないから顔を隠すこともできないんです!」

 

「ごめんごめん、んじゃとりあえずそこで拾ったウミウシ貼り付けとくね」

 

「うわー!!!」

 

「あと誰か不潔なおっさん見つけてきて。これパンツの中にねじ込むから」

 

「やめて助けてー!!!」

 

「とりあえず解散だみんな。上層部とコイツの処分法を検討する」

 

さすがカルマといったところだったが残念、烏丸先生に取り上げられてしまった

 

「ヌルフフフフフ。対先生用液で敷き詰めたプールにでも入れますか?無駄ですよ。その場合はエネルギーの一部を爆発させてさっきのように爆風で周囲を吹き飛ばしてしまいますから」

 

「クッ・・・」

 

「ですが君達は誇って良い。世界中の軍隊でも先生をここまでにできなかった。一重に計画の素晴らしさです」

 

殺せんせーはいつものように今回の暗殺を褒めるが今までとは違う大掛かりで会心の一撃とも言える作戦の失敗に敗北感と疲労感だけがのしかかる

 

「・・・」

 

「彼方くん」

 

「ん、あぁすまん有希子。そういえば抱きかかえたままだったな」

 

「ううん。また助けられちゃったね」

 

「オレがいなくても受け身ぐらい取れただろうよ。離すが大丈夫か?」

 

「私としてはもう少しこのままの方がいいんだけど」

 

「すまんな。多分今一番凹んでるであろうやつのとこに行かないと」

 

「そっか。そうだね」

 

有希子をゆっくりと離し特に問題がないことを確認してその場を離れた

 

「凛香」

 

「彼方」

 

凛香は想像してた通り、いやそれ以上に暗い表情だった

 

「とりあえず上がってホテルに戻ろう」

 

「・・・」

 

凛香から返事はなく上がってからも黙って俯いたままオレの後を追ってくるだけだった

 

ホテルに戻ってからも凛香のみならず全員が意気消沈と言ったところだった

 

「律」

 

『はい』

 

「記録は取れてる?」

 

「はい。可能な限りのハイスピードカメラで暗殺の一部始終を」

 

「俺さ、打った瞬間わかっちゃったよ。ミスった。この弾じゃ殺せないって」

 

『・・・断定はできません。あの形態に移行するまでの正確な時間は不明瞭なので。ですが千葉さんの射撃があと0.5秒速いか速水さんの射撃があと30cm近ければ気付く前に殺せた可能性が50%ほど存在します』

 

「・・・」

 

「自信はあったんだ。リハーサルはもちろんここより不安定な場所で練習して、外さなかった。だけどいざあの瞬間指先が硬直して視界が狭くなった」

 

「同じく」

 

「絶対に外せないというプレッシャー。ここしかないって瞬間」

 

「こんなにも練習と違うとはね」

 

「何もう終わったみたいな雰囲気出してんの」

 

「彼方」

 

「・・・」

 

「暗殺期限は明日までなのか?」

 

「それは・・・」

 

「まだ半年はある。それに半年でせんせーの最終兵器まで出したんだ。1ヶ月後はもっといい暗殺ができるかもしれない」

 

「でも私達が今日外さなければ・・・」

 

「んなこと言ったら全員そうだ。あの時のナイフが当たってれば。あの時の銃弾が当たってれば。まぁ今日みたいなプレッシャーの大小はあるがな。でも二人のおかげでまた新しいことがわかった。律、今回でわかった殺せんせーの完全防御形態を踏まえたこれからの暗殺の成功率の再計算どうなった?」

 

『はい。先程も言いましたがあの形態になるまでの時間がまだ不明です。ですがこれ以上の奥の手がないと推測しますとこれまでのように未確定要素を取り除くことができるため必然的に確率は上がると思われます!』

 

「な?二人にとってはこういう結果になったけどE組の暗殺計画的には絶大な収穫だ。二人がそんなの関係なしに自分達の手で殺したかった!ってんなら話は別だけど」

 

「そんなこと・・・」

 

「今さっきのことで気負うななんて言えないけど、二人がいなかったらこの作戦さえ成り立ってねぇんだ。だから・・・」

 

みんな疲れてて疲労感もすごいだろうがオレだけは笑顔で言いたい

 

「ありがとう二人とも。お疲れさん」

 

「彼方・・・」

 

「おうなんだ?ハグでもするか?」

 

龍之介は吹っ切れたように笑い、凛香はオレの腕の中で涙を流した

 



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伏魔の時間


豆腐メンタルが崩れて投稿してませんでしたが、
続きを待ってくれている方からコメントをいただきまして頑張って書きました。

以前とは書き方が変わっているかもしれませんがご容赦ください。
よろしくお願いします。


 

「しっかし疲れたわー」

 

「部屋戻って休もうか。もう何もする気ねぇ」

 

「んだよてめぇら。一回外したぐらいでダレやがって。もうやることやったんだから明日1日遊べんだろうが」

 

「そうそう!明日こそ水着ギャルじっくり見んだ!」

 

「そんな元気ねぇよ...」

 

今までで最大にして最高の暗殺も失敗に終わり、クラスのほとんどが疲れからなのかぐったりとしている

 

しかし少しおかしい。全員が同じようにぐったりしているのならわかるが、ぐったりしている者とそうではない者の差が激しすぎる

 

「彼方、くん...」

 

「有希子?」

 

「なんだか、私...」

 

「っ!?有希子!」

 

「なに、これ...体が...」

 

「陽菜乃!」

 

隣に座っていた有希子が彼方にもたれかかってきたと思えば突然体の力が抜けるように倒れそうになったのを間一髪で受け止めた。続けて陽菜乃も倒れそうになったところを素早く支えた

 

「中村さん!?」

 

「おい岡島!その鼻血の量は!」

 

中村も有希子や陽菜乃と同じように倒れ、岡島に至っては尋常じゃないほどの出血だった。そしてさっきからぐったりしていたメンバーが次々と倒れ出した

 

「何事だ!これは...!」

 

物音に気づいて駆けつけた烏間先生が現状を見てスタッフに近づいた

 

「きみ、この島の病院はどこだ!」

 

「え、なに分小さな島ですので...」

 

「にゅ〜...」

 

そんな危機とした状況の中烏間先生の携帯が鳴った

 

『ヤァ先生。カワイイ生徒ガ随分ト苦シソウダネ』

 

「何者だ」

 

『俺ガ誰カ、何者カナンテドウデモイイ。賞金首を狙ッテイルノハガキドモダケデハナイトイウコトサ』

 

「まさかこれはお前の仕業か」

 

『察シガイイ。秘密裏ニ開発シタウイルスダ。発症スレバ最期。潜伏期間ヤ症状ニ個人差ハアレド精々一週間。最後ハズブズブニナッテ死ニ至ル』

 

「なぜこのようなことを!」

 

『サッキ伝エタダロ。目的ハソコニイル賞金首ダ。今カラ1時間以内ニ山頂ニアルホテルニ連レテコイ。ソウスレバ治療薬ヲ渡シテヤル』

 

通話しながらも烏間先生はジェスチャーで指示を出し、それを受け取った渚が自身の携帯を見せて律が割り出したホテルの場所を確認した

 

『シカシ先生、オ前ハナカナカニ腕がタツソウジャナイカ。ソウダ、動ケル生徒ノ中デ一番小サイ男女ニ人ニ届ケサセロ。モシコノ条件ヲ破レバ、治療薬ハ破壊スル。感謝スルヨ、賞金首ヲ戦闘不能ニマデ追イ込ンデクレテ』

 

そこで通話は途切れた

 

「くっ!まさかこんな時に第三者が狙ってくるとは!」

 

「烏間さん、やはりダメです。政府として連絡しても例のホテルはプライバシーの保護を繰り返すばかりです」

 

「やはりそうか」

 

「やはり?」

 

「あのホテルは政府からもマークされてる違法取引の場所らしくてな」

 

「南海の孤島ってロケーションがおあつらえ向きってわけね」

 

「政府のお偉いさんともパイプがあり迂闊に警察も手が出せん」

 

「ふーん、そんなホテルがこっちの味方するわけないね」

 

「どうするんすか!?このままじゃいっぱい死んじまう!殺されるためにこの島に来たんじゃねぇよ!」

 

「落ち着いて吉田くん、そんな簡単に死なない死なない。落ち着いてじっくり対策考えてよ」

 

「お、おう。悪りぃな原」

 

「絶賛ウイルス感染してる原さんがこんな落ち着いてるんだ、オレ達が焦ってもなにも変わらない。できることを考えよう吉田」

 

「彼方...そうだな」

 

「だが言うこと聞くのも危険すぎだぜ。クラスで一番のチビ二人で来いだ?このちんちくりんどもだぞ!人質増やすもんじゃねぇか!第一こんなやり方するやつに腹が立って仕方ねぇ。俺の連れにまで手を出しやがって!」

 

「単細胞が...」

 

「キシシ」

 

「出された条件なんて全シカトだ!今すぐ東京の病院に!」

 

「それは賛成しないな。もし本当に未知のウイルスなんてものを使っているのだとしたらどの病院にも治療薬なんてありはしない。行って欲しいものがないとなると大幅なタイムロスになる」

 

「んだと...!」

 

「対症療法で応急処置はしとくから急いで取引に行った方がいい」

 

「竹林...」

 

「竹林のおかげですべきことは決まりましたね。その胡散臭いホテルに行って治療薬をもらう。取引に応じるにしろ応じないにしろ最終目標はそれになりますよね」

 

「そうだな。だが...」

 

「取引に応じたとして、渡しに行った生徒をそのまま返してくれるかしら」

 

ビッチ先生の言う通りだ。犯人がそう簡単に返すわけがない。ならばどうする?と烏丸先生は考え込んでいる

 

「いい方法がありますよ」

 

『殺せんせー、OKです』

 

「律さんにお願いしていた下調べが終わったようです。さて、元気な子は来てください。汚れてもいい格好でね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せんせーが収集した動ける生徒と先生方が向かったのは山頂にあるホテルの真下。ちょうど崖になっていてホテルを見上げる位置だ

 

「たけー...」

 

『あのホテルのコンピューターに侵入して内部の図面を入手しました。警備の配置図も。正面玄関と敷地一体には大量のセンサーが張り巡らされています。通常の侵入なら不可能。ただこちら側の崖にはなにもありません。そもそも地形的に侵入困難なため警備も配置されていないようです』

 

「敵の意のままになりたくないなら、手段は一つ!患者10人と看病で残った二人を除き残りの生徒全員でホテルを奇襲。治療薬を奪い取るのです!」

 

「危険すぎる!この手慣れた手口、相手はプロだぞ!」

 

「えぇ、大人しく私を手渡した方が得策です。どうしますか?あなた達次第です」

 

「これは...」

 

「ちょっと...」

 

「難しいだろ...」

 

「ホテルに着く前に転落死よ」

 

「...やはり無理だ。二人に持って行かせるしか。帰るぞ渚くん。すまないが...っ!」

 

犯人からの条件通り二人に持って行かせるしかない。そう感じた烏間先生は即時帰還するよう言いかけるが、その目線の先には崖をよじ登ろうと手をかけている生徒が見えた

 

「よっ」

 

「ま、崖を登るだけなら簡単なんだけどな」

 

「いつもの特訓に比べたらね」

 

「だね」

 

「上からなにも落ちてこないし」

 

その光景を開いた口が塞がらない先生方

 

「ヌルフフフ!」

 

「でも、未知のホテルに潜入する訓練は受けてないので。烏丸先生、難しいけど指揮をお願いします」

 

「ふざけたやつらにきっちり落とし前つけてやる!」

 

「見ての通り彼らは普通の生徒ではない。ここには16人に特殊部隊がいるのですよ」

 

「16人?」

 

『私を忘れないでくださいね♪』

 

「さぁ!時間はないですよ」

 

「...全員注目!我々の目標はホテルの最上階!潜入から奇襲までの連続ミッションだ!ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使用する。違うのは目標だけだ!3分でマップを叩き込め!」

 

『『『おう!』』』

 

「やっぱかっこいいな烏間先生」

 

「そうだね。私達も頑張らないと」

 

「だな」

 

「行こ、彼方くん。あんまり遅いと置いてっちゃうからね」

 

「なっ!待てこら、ひなた!負けるか!」

 

スイスイ登っていくひなたを全力で追いかける

 

「やっぱ身軽だな岡野は」

 

「あぁ。こういうことさせたらクラス1だ」

 

「それについて行ってる彼方もヤベェな...」

 

「いいのか?速水」

 

「別に。たまに子供みたいに張り合うから」

 

「あぁわかるわかる。変なとこ強盛だよね、カナくん」

 

「それに比べてウチの講師は...」

 

木村と磯貝が目線を下にやると片手に殺せんせーを持ちながらビッチ先生を背負った烏丸先生がゆっくりと登ってくるのが見える

 

「動けるのが3人中1人って...」

 

「大丈夫かよ...」

 

「ていうかビッチ先生なんでついてきたんだ?」

 

「残るのはなんか除け者にされてる感あるから嫌なんだって」

 

「足手まといにならなきゃいいけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな遅いねー」

 

「オレらが早すぎたんじゃないか?」

 

「そっか。でももう少しで彼方くんに負けそうだったから危なかったよ」

 

「あの大岩さえなければ勝ってたな」

 

「いやいやー、あれがあろうとなかろうと私の勝ちだったよ」

 

「お、言ったな?なら一回降りてもう一回勝負するか?」

 

「望むところだよ。またやったって私が勝つんだから!」

 

「ならもう一回だ!」

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

意外に早く到着した彼方とひなたはもう一勝負する勢いとなるが到着した凛香に止められた

 

「ざーんねん。じゃあ私の勝ち越しだね彼方くん」

 

「こんのー。帰ったら訓練場で再戦だからな」

 

「それよりも大事なことがあるでしょ」

 

「そうだった。みんな来たみたいだな」

 

「早いね岡野さん」

 

「彼方くんに負けてらんないからね」

 

「岡野さん、波風くん、待たせた。律侵入ルートの最終確認だ」

 

『はい、内部マップを表示します。私達はエレベーターは使えないため階段を使用するほかありません。しかしその階段もバラバラに配置されているため長い距離を歩かなければなりません』

 

「テレビ局みたいな構造だな」

 

「どういうこと?」

 

「テロリストに占拠されないように複雑な設計になってるらしい」

 

「詳しいんだね」

 

「こりゃ悪い客が愛用するわけだ」

 

『通用口ロック解除します』

 

「行くぞ、時間がない」

 

律が操作して鍵を開けた通用口から侵入し廊下を進むと広いセンターホールに出た。しかしそこには多数の警備がおり簡単には通過できそうにない

 

「この人数では全員突破は難しいか」

 

「ならここで何人か囮として?」

 

「何よ、普通に通ればいいじゃない」

 

「状況考えろよビッチ先生!」

 

「あの人数だぞどうやって!」

 

「だから普通によ」

 

そう言ったビッチ先生がフラフラと出て行って警備の目を惹こうと動いた。酔ったピアニストを演じその場にいる警備を全員見事に魅了している。その隙に全員通過し階段下に辿り着いた

 

「全員突破!」

 

「すげぇなビッチ先生。あの爪でよくやるぜ」

 

「ピアノ弾けるなんて一言も」

 

「普段の彼女から甘く見ないことだ。優れた殺し屋こそ萬に通じる。君達に会話術を教えているのは世界でも1、2を争うハニートラップの達人なんだ」

 

「ヌルフフフ、私が動けなくても全く心配ないですね」

 

「そうだね、行こ」

 

「うん」

 

ビッチ先生のおかげで第一関門は突破。階段を進み上のフロアへ

 

「よし、上に登れば客のフリができる。バレる危険性は減るだろう」

 

「客?」

 

「ここに中学生の団体客なんているんですか?」

 

「聞いた限り結構いる。芸能人や金持ち連中のボンボン達だ。彼らは若いうちから悪い遊びに手を出していると聞いている」

 

「そう。ですのでここからはそんな中学生になりきって世の中をナメてる感じで行ってみましょう」

 

『『ア”〜ン”...』』

 

「そうそうそんな感じ」

 

「演技上手いな茅野」

 

「え、そう?ん?こんなの褒められても嬉しくないんですけど!」

 

「いやいや褒めてるって。まさか普段から世の中ナメてたり?」

 

「してないよ!」

 

「みなさん、そんな感じで大変結構。しかし私達は敵を知りません。敵も私達のように客に扮して襲ってくるかもしれません。十分に警戒して進みましょう」

 

『『ウィ〜ッス』』

 

返事までナメた感じにしなくていいのではないだろうか

 

「本当にただの客同士って感じだな」

 

「むしろ視線を合わせない。トラブルを避けているのか?」

 

「向こうからしたらこっちはいいとこの坊ちゃん嬢ちゃん。手出したら後が怖いんだろ」

 

「ホテル中敵かと思ったけどこれなら楽々最上階に行けそうだね」

 

「何かあっても前衛の烏丸先生が見つけてくれるよ」

 

「へっ、入っちまえば楽勝じゃねぇか。時間ねぇんだからさっさと進もうぜ」

 

「油断するな。おい!」

 

烏丸先生の忠告も聞かず寺坂と吉田が飛び出してしまった。すると廊下の向こう側から1人の客がやってきていた

 

「っ!寺坂くんそいつ危ない!」

 

「え?」

 

「あん?」

 

「烏丸先生!」

 

咄嗟に烏丸先生が2人を後方に引くが、その客に扮した男がガスのようなものを噴射しまともに受けてしまった

 

「くっ!」

 

「なぜわかった。殺気も見せず擦れ違った瞬間やるつもりだったんだが?おかっぱちゃん」

 

「だっておじさん最初にサービスドリンク配った人でしょ」

 

「あ!」

 

「確かに!」

 

「そんな人がこんなところにいるなんておかしいわ」

 

「へぇよく見てるじゃねぇか」

 

「じゃあみんなにウイルスを盛ったのも!」

 

「おいおい断定するには証拠が弱いぜ。ドリンクじゃなくても盛る機会なんていくらでもあるだろ」

 

「ふっふっふ。クラス全員が同じものを口にしたのはあのドリンクと船上でのディナーの時だけ。でもディナーを食べずに編集をしてた三村くんと岡島くんも感染してた。なら感染源は昼間のドリンクに間違いない。犯人はあなたよ!おじさんくん!」

 

「うっ...」

 

「すごいよ不破さん!」

 

「なんか探偵みたい!」

 

「普段から少年漫画見てるとねいざという状況判断が良くなるのよ」

 

「そうじゃなくてもいきなり変なガスみたいなもの噴射するやつが配ったドリンクなんて怪しさ100億パーだろ。烏丸先生には効いてないみたいだけど...烏丸先生!」

 

彼方がそう思ったのも束の間、烏丸先生が地面に膝をついて四つん這いになってしまった

 

「ま、俺の正体がバレたところで今更なんだけどな」

 

「毒物使いですか。しかも実用性に優れている」

 

「オレ特製の毒ガスだ。一瞬でも吸えば象でも気絶するが外気に触れればすぐに分解されて証拠も残らない。さて、お前達に取引の意思がないことはよーくわかった。交渉決裂、ボスに報告する...っ!」

 

敵がボスとやらの元に向かおうとするが全ての通路が生徒によって塞がれていた

 

「敵と遭遇した場合」

 

「即座に退路を塞ぎ」

 

「連絡を断つ」

 

「でしたよね?烏丸先生」

 

「お前は俺達を見た瞬間に攻撃ではなく、報告に帰るべきだったな...」

 

「まだ動けるか。だが他は所詮ガキの集まり。あんたがやられれば逃げ出すだろうさ!」

 

「あーあ」

 

弱っている烏丸先生を襲う敵だったが弱っていたとしても烏丸先生は上段蹴り一発でノックアウトさせてしまった

 

「烏丸先生、意識は?」

 

「朦朧としている。意識を保っていることで精一杯のようだ...」

 

寺坂と吉田が敵をロープで縛り上げテーブルの下に隠す作業をしている最中、烏丸先生の状態を彼方が診ていた

 

「これ以上は無理ですよ烏丸先生」

 

「30分で回復させる。決して無理はするな...」

 

「いや30分あれば回復するんかい」

 

「象も気絶させるって言ってたのに」

 

「烏丸先生も十分化け物だよね」

 

磯貝が烏丸先生に肩を貸し先へ進む。しかし先の戦闘で全員に緊張と恐怖が植え付けられていた

 

「凛香、大丈夫か?」

 

「ちょっと、怖いかも...」

 

「そうだよな。なら手でも繋ぐか」

 

「ちょっ、今冗談言ってる場合じゃ」

 

「そうしてる方がオレがリラックスできるんだ。頼む」

 

「...そういうことなら」

 

彼方が言ったのは凛香を思ってのこともあるが、自分も流石に恐怖を感じているからだ。お互いに手を繋ぎお互いを確かめ合う。少し目が合った。そして普通の繋ぎから恋人繋ぎへ。やはり好きな人が隣にいるとなんだか穏やかになる、2人はそんな気がしていた

 



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カルマの時間


少し長くなってしまいました。
申し訳ございません。



 

敵のガス使いを倒し階段を進み5Fへ到達。しかしそこには第二の敵が待ち構えていた

 

「あの雰囲気...」

 

「あぁ。流石にわかってきたわ。どう見てもやる側の人間だ...」

 

ここは先ほどまでとは打って変わり見晴らしのいい展望通路。別れ道があるわけではない一本道のため奇襲や数で攻めることができないため正面衝突を免れない状況だった

 

『『っ!』』

 

全員どうするか悩んでいると突然敵が手を添えているだけのガラス部分にひびが入った

 

「つまらぬ。足音を聞く限り手強いと思えるやつが1人もいぬ。引率の先生が手強いと聞いていたがスモッグのガスにやられたようだぬ。そこに隠れているのはわかっているぬ。出てこいぬ」

 

「手で窓にひび入れたぞ!」

 

「そ、それより...」

 

「怖くて誰もつっこめないけど...」

 

「ぬ、多くね?おじさん」

 

(((言った!よかった!カルマがいて!)))

 

「ぬ、を使うとサムライっぽい口調になると耳にしたぬ。カッコ良さそうだから試してみてるぬ」

 

(そっか、外国の人か)

 

「間違っていたならそれでもいいぬ。お前ら全員殺して使うのをやめれば恥もかかぬ」

 

「素手...それがあなたの暗殺道具ですか」

 

「こう見えて需要があるぬ。身体検査で引っかからない利点は大きいぬ。近づいた瞬間頸椎を一捻りぬ。その気になれば頭蓋骨を握り潰せるぬ」

 

「ひっ!」

 

「しかし人殺しのための技術を身につけるほど人殺し以外にも試したくなるぬ。すなわち闘いぬ

。強い敵との殺し合いぬ。だががっかりぬ。敵がこのザマでは試す気も失せたぬ。雑魚を1人でやるのも面倒ぬ。ボスと部下を呼んで皆殺しぬ」

 

敵が持っていたトランシーバーでボスに連絡を取ろうとした瞬間、カルマがそこにあった植木を振りまわしそのトランシーバーを窓に打ちつけた

 

「ねぇおじさんぬ」

 

「んー?」

 

「プロって意外と普通なんだね。ガラスとか頭蓋骨なら俺でも割れるよ?ていうか速攻仲間呼んじゃうあたり中坊とタイマン張るのも怖い人?」

 

「ちょっ!」

 

「おい!」

 

「よせっ!」

 

「ストップです烏丸先生」

 

カルマが敵を煽ることを止めようとする烏丸先生に殺せんせーがストップをかけた

 

「顎が引けている。今までの彼なら余裕をひけらかして顎を突き出し相手を見下す構えをしていた。でも今は違う。口の悪さは変わりませんが目は真っ直ぐ油断なく、正面から相手の姿を観察している。テスト以来少々なりを潜めていましたがどうやら敗北からしっかり学んだようですね」

 

カルマは前回のテストで余裕を見せていたがその実は全くクラスの戦力になっていなかった。得意科目それだけを必死に勉強し学年一位を目指したわけでも、約束の穴をついて誰も手をつけなさそうな科目を必死に勉強したわけでもなかった

 

しかしカルマはその屈辱からしっかり学んだのだ。自分はまだ子供なのだと。そんな余裕を持てるほどの武器を持ち合わせていないと

 

「いいだろうぬ。試してやるぬ」

 

「存分にぶつけなさい。高い大人の壁に」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

カルマは持っていた植木を敵に向かって振り下ろすが、簡単に止められてしまい、なおかつその太い茎の部分を敵は軽々と引きちぎった

 

「柔いぬ。もっといい武器を見つけるぬ」

 

「必要ないね」

 

「カルマ。手伝おうか?」

 

「いんや今はいいよ。そこで速水さんとイチャイチャでもしてて」

 

「お、そりゃ助かる」

 

「おい彼方!なに悠長なこと言ってやがる!」

 

「落ち着けよ寺坂。今カルマに加勢するのは返って邪魔になる。それぐらいカルマは目の前の敵に集中してる」

 

「...」

 

「じゃあカルマの許しも得たし、イチャイチャしよ凛香」

 

「黙って見る」

 

「...ハイ」

 

彼方は凛香に抱きつこうとするが当の凛香は彼方の方に顔を向けもせずそれを静止させた

 

「すごい!全部避けるか捌いてる」

 

敵がカルマを捕まえようと幾度となく手を伸ばしてきているがカルマはそれを自慢の動体視力でかわすか捌き続けていた

 

「烏丸先生の防御テクニックですね」

 

「あれを授業で教えた覚えはないが...」

 

「おそらく目で見て盗んだのでしょう」

 

「あぁ」

 

確かに防御の授業をした覚えはクラス誰1人としていない。カルマは授業の度に生徒のナイフを避ける烏丸先生を観察しその技術を身につけたのだ

 

「どうした。避け続けるだけなら永久にここから抜け出せずぞぬ」

 

「どうかな。あんたを引きつけるだけ引きつけといてその好きにみんながちょっとずつ抜け出せるんじゃないかと思って。安心しなよ、そんな狡いことはなしだ。今度はこっちから行くよ。あんたに合わせて正々堂々素手のタイマンで決着つけるよ」

 

「いい顔だ少年戦士よ。お前とならできそうだ。暗殺家業では味わえぬフェアの闘いが」

 

カルマはボクシングのようなステップを踏みつつ相手に殴りかかる。そして相手の脛に蹴りを入れ相手が蹲った

 

(チャンス!)

 

相手の体制が崩れたのを機にカルマが一気に攻め込もうとした次の瞬間、ガスが噴射されカルマを襲った

 

「いっちょあがりぬ」

 

「あのガス!」

 

「長期戦は好まぬ。スモッグのガスを試してみることにしたぬ」

 

「き、汚ねぇ!そんなもん隠し持っといてどこがフェアだよ!」

 

「俺は一度も素手だけと言ってないぬ。拘ることに拘りすぎなぬ。それがこの仕事を長くやっていく秘訣だ。至近距離のガス噴射、予期していなければ絶対避けれなグハッ!」

 

相手が言い終える前に先ほど見たガスが相手を襲った

 

「ぬ、ぬわんだと...!」

 

「奇遇だね。2人とも同じこと考えてた」

 

「ぬ、なぜお前がそれを持っている...しかも、お前はなぜ俺のガスを吸って...うおー!」

 

烏丸先生でも吸えば一瞬動くのがやっとだったガスを浴びたはずの敵が最後の抵抗か懐からナイフを出してカルマに襲いかかる

 

しかしそれはカルマに届くことなく敵は何かに躓きその場に倒れた

 

「ナイス彼方」

 

「おう。ダメだよおじさん。カルマだけじゃなくてオレ達他の生徒からも目離しちゃ。こうやって足かけられちゃうんだから」

 

「ほら寺坂早く早く!ガムテと人数使わないとこんなバケモン勝てないって」

 

「へいへい。テメェが素直に素手のタイマンとかそれこそねぇわな!」

 

彼方とカルマで両腕を抑え応援を呼び、烏丸先生を支えている磯貝以外の男子生徒で敵を押さえつける

 

「縛る時も気をつけろ。そいつの怪力は麻痺してても要注意だ」

 

『はーい』

 

「岡島がいつだか暴れれば暴れるほど縛りがキツくなるって縄の縛り方言ってた気がする」

 

「へぇ。どんなの?」

 

「なんか本に書いてあったみたいなんだけど、それ読もうとしたところを有希子に止められたからよくわかんね」

 

「そっかー。まぁ殺せんせーに縄縛りなんて使えそうにないし」

 

「だよなー」

 

「ぐぬぬぬぬぬ!」

 

「お、やるじゃん吉田。めちゃキツそう」

 

「たまに家具の修繕とか頼まれっからさ。ガムテ捌きなら任せろよ!」

 

「なんだよガムテ捌きって」

 

「ねぇカルマくん、そのガスどうしたの?」

 

「さっきの毒使いのおっさんから未使用のやつくすねたんだよ。使い捨てなのが勿体無いくらい便利だよねー」

 

「奥田さんとかそのうち開発できんじゃね?」

 

「おー彼方ナイス。今度相談してみよー」

 

(((彼方なに余計なこと言ってんのー!?)))

 

「なぜだぬ。お前は読んでいたから吸わなかったぬ。俺は素手しか見せていないのにぬ!なぜ!」

 

「当然っしょ。素手以外の全部を警戒してたよ」

 

「ぬ...」

 

「あんたが素手だけの闘いをしたかったのは本当だろうけど俺らをここで止めるためならどんな手段でも使うべきだし。俺がそっち側だったらそうした。あんたのプロ意識を信じたんだよ。信じたから警戒してた」

 

「なるほど!」

 

「カルマくん、いい方向に変わったね」

 

「大きな敗北を知らなかったカルマくんは前回の敗北で知ったのでしょう。敗者も同じくいろんなことを考えている人間なのだと。それに気づいたものは必然的に相手を見くびらなくなる。自分と同じように相手も何か考えていないか。頑張っていないか。敵の能力や事情をちゃんと見るようになる。敵に対し敬意を持って警戒できる人。戦場ではそういう人を隙がないと言うのです」

 

「なるほどね」

 

「一度の敗北を大きな糧にした。君は将来大物になれます」

 

「ふん、大したやつだぬ。少年戦士よ、負けはしたが楽しい時間を過ごせた...」

 

「え?なに言ってんの、楽しいのはこっからじゃん」

 

そう言ってカルマが取り出したのはチューブのからしとわさびだった

 

「な、なんだぬそれは...」

 

「わさびアンドからし。おじさんぬの鼻の穴にねじ込むの」

 

ぎちぎちに拘束された敵を見てカルマのイタズラ心に火がついたようだ

 

「凛香」

 

「な、なによ」

 

「オレも頑張った。だからご褒美が欲しい」

 

「頑張ったって、弱った敵に足引っ掛けただけじゃ...」

 

「オレ頑張った」

 

「だから...」

 

「オレ、頑張った!」

 

「...はぁ。で、ご褒美ってなんなの?」

 

「ハグしよっ!」

 

「はぁ!?」

 

「さぁ!」

 

「ちょっ、やめてよみんないる前で」

 

「凛香のハグがあればオレこの後も頑張れるから!」

 

「で、でもやっぱり恥ずかしいし...」

 

「ねぇねぇカナくん」

 

「ん?」

 

「えい♪」

 

凛香に断られ続ける彼方の方をチョンチョンとして振り向かせた桃花が思いっきり抱きついた。その放漫な胸が押し潰れるほど

 

「どう?頑張れそう?」

 

「んー桃花だしなー」

 

「えーなんでさ。美人の幼馴染だよ?」

 

「自分で言うな自分で。昔からだからありがたみわかんなくなっちゃった。まぁ安心はするけども」

 

「そっか。じゃあ今はそれでいいや」

 

「いいのかよ」

 

「いつまで引っ付いてるの」

 

「カナくんにはこの後も頑張って欲しいから」

 

「答えになってない。そもそも矢田は呼ばれてない」

 

「呼ばれなくても駆けつけるのがいい女だってビッチ先生が言ってたもん」

 

「それは必要な時でしょ」

 

「だってカナくんかわいそうじゃん!」

 

「...」

 

凛香は桃花の言い分を聞き、スッと彼方と桃花の間に割って入り彼方に彼方を抱きしめる

 

「こ、これでいいわけ...?」

 

「お、おう」

 

「なに?何か文句でもある?」

 

「いや、ちょっと驚いただけ。ありがとう凛香」

 

「ん」

 

まさかここが敵の本拠地だと誰もが忘れそうになるぐらいイチャコラしてくれる彼方達

 

「オメェらとっとと行くぞ。もたもた見つかっちまう」

 

「寺坂図体でかいからね」

 

「うっせぇ!テメェの態度の方がでかいだろうが!」

 

『みなさん、この上がテラスです』

 

「問題の階だね」

 

『はい。VIPフロアへ続く階段は店の奥にあります。裏口には鍵がかかってますので店に侵入して鍵を開けるしかありません』

 

「こっからはアドリブか」

 

「俺達は目立っちまうな」

 

「先生達は裏口のところで隠れてて。私達が店に侵入して鍵開けるから。こういうところは女子だけの方が怪しまれないでしょ」

 

「いや、女子だけでは危険だ」

 

「おー、だったら」

 

店内に女子だけで侵入することに反対な烏丸先生に何か思い付いたカルマが渚を凝視する

 

「え、カルマくんまさか...」

 

「うん、そのまさか」

 

「うわー...」

 

「しかし、もし大男が相手ならば渚くんでも正面から倒すのは難しい」

 

「ならオレが行くよ」

 

「彼方?でもどうやって」

 

「渚くんみたいに女装しても紛れられないよ?」

 

「やっぱり女装させるつもりなんだ!」

 

「どうって正面から堂々と」

 

「怪しまれない?」

 

「大丈夫でしょ。委員長達が入った後にオレと凛香が一緒に入れば、どう見たってカップルで来たってなると思う」

 

「あーなるほど」

 

「ならいいでしょ?烏丸先生」

 

「...わかった。しかし危ないと感じたのならすぐさま撤退だ。わかったな?」

 

『了解!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦通り先にクラスで委員長という役職で磯貝と対をなしている片岡を先頭に女子達が入店した

 

「じゃ行こっか凛香」

 

「はぁ」

 

「どうした?」

 

「なんで私、こんな目立たなきゃいけないのよ」

 

「目立ってるかな?」

 

「彼方があれやこれやするから一緒に目立ってる」

 

「そっか。嫌だった?」

 

「別に嫌とは言ってない。ただ、時と場所を考えて欲しいだけ」

 

「わかった、気をつけるよ」

 

「お願い」

 

彼方は少し寂しく思うが凛香が彼方の手を握った

 

「凛香?」

 

「カップルに見られないといけないんでしょ?」

 

「いいのか?」

 

「私だって...」

 

その後の言葉を発するのは恥ずかしかったのか凛香は口を紡いでしまった

 

「そうだな。なんか嬉しい。行こっか」

 

「ん」

 

彼方と凛香も店内に入った

 

「ほら男でしょ。ちゃんと前に立って守らないと渚くん」

 

「無理!前に立つとか絶対無理!」

 

「諦めなよ渚」

 

「ほら!」

 

そこには超絶似合っている女装をした渚が慣れないスカートにもじもじしていた

 

「男手も欲しいけどこういうところは男のチェック厳しいんだから」

 

「だからって」

 

「作戦なんだから」

 

「本当かな...」

 

『はい、本当です』

 

「律まで...」

 

「自然すぎて新鮮味がない」

 

「そんな新鮮味いらないよ!どこにあったのこんな服!」

 

「外のプールサイドに脱ぎ捨ててあった」

 

「ぐっ!」

 

「あーやだやだ。こんな不潔な場所さっさと抜けたいわ」

 

「その割には楽しそうだね不破さん...」

 

「ねっ!どっから来たの君らー?俺と一緒に飲まね?金あっからさー、なんでも奢ってやんよ!」

 

典型的なナンパ。っていうか同い年ぐらいのやつが典型的なナンパの仕方を知ってる方がおかしい。そんな男を社会のゴミを見るような目で睨みつける女性陣

 

「はい渚。相手しといて」

 

「えっ!片岡さん!」

 

「怪しまれないように...」

 

「おいお前...今オレの凛香にナンパしたか?なぁ?」

 

「ヒッ!」

 

「オレの彼女に声かけるなんていい度胸を...ゴフッ!」

 

今にもナンパ野郎に殴りかかりそうな彼方を凛香が脇腹にチョップを入れて止める

 

「り、凛香...痛い...」

 

「当然」

 

「ごめんねー、私達先約があるんだけどこの子お酒好きだから」

 

「マジ!?あ、渚ちゃんだっけ?俺ユウジな」

 

ナンパ野郎は元々渚目当てだったのかすんなりどっかへ行ってくれた。渚は犠牲になったけど

 

「よし、今のうち」

 

「お、オレの脇腹は...」

 

「目立たないようにするんだから大人しくしてて」

 

「ハイ...」

 

「彼方はいつも頑張りすぎ。たまには私達に任せて」

 

「そうそう。でもピンチの時はちゃんと助けてね♪」

 

凛香と桃花からそう言われ彼方は前を行く女子の背中がすごく頼もしく感じた。そしてその時桃花に手を握られた際に何かを渡された。それを確認した彼方はすぐさま桃花の伝えたいことを理解した

 

「えっと階段は...こっちね」

 

「よぅ嬢ちゃん達」

 

「今夜遊ばない?」

 

「ったくもう次から次へとキリないな。あのねぇ!」

 

「まぁまぁ」

 

「矢田さん?」

 

「お兄さん達かっこいいから遊びたいけど、あいにく今日パパ同伴なんだ。だからさ、止めとこ?」

 

新たにナンパしてきた男2人に対して桃花は手にしていたものを見せた

 

「なっ!ヤクザのエンブレム!」

 

「しかもこれって少人数だけど凶悪で有名な...」

 

「パパから時間もらったから友達と少し遊びたいだけなんだー私」

 

「は、ハッタリだこんなもん!第一娘遊び行かせるのに護衛つけないなんてことはねぇだろ!」

 

「そ、そうだな...おいガキ!よくも騙してくれやがったな!こっち来やがれ!」

 

「ちょっ!離して!」

 

「ウチのお嬢になに汚ねぇ手で触れてんだ...」

 

桃花のハッタリに引っ掛からず逆上させてしまい桃花の腕を掴んで引っ張ろうとした男が、別の何かに手首を掴まれた

 

「その汚ねぇ手を離せ」

 

「イ、イデデデデ!!!」

 

「んのやろ...っ!」

 

「んだ?やろうってんなら受けて立つぞ。表でよか?」

 

「「し、失礼しましたー!!!」」

 

男2人は自分達より少し背丈の大きい目つきの悪い男。そしてその胸のエンブレムを見て逃げ出した

 

「はぁ....桃花、無茶するのも大概に」

 

「さっすがカナくん!ちゃんとわかってくれたんだね!」

 

「まぁあ。このバッジ渡されてなにしようとしてるかすぐわかったよ。でも危ないからな?こういうことするのはさっきみたいな状況の時振り払えるぐらいの護身術を身につけてからにしよ」

 

「そうだね」

 

「ちょっと待って...どういうこと?」

 

「これビッチ先生に借りたの。でも二つあったからさっきカナくんに渡したんだ」

 

「へぇビッチ先生に借りたんだ」

 

「あの人すごいよ。弁護士政治家ヤクザ。どんな状況でも使えるようにあらゆるバッチ揃ってるの」

 

「そういえば矢田さんが一番熱心に聞いてるよね?ビッチ先生の仕事の話」

 

「うん。殺せんせーも言ってたじゃない?第二の刃を持てってさ。接待術も交渉術も社会に出たときに最高の刃になりそうじゃない?」

 

「おー、矢田さんは将来かっこいい大人になるね」

 

「一応相手を魅了する技術も教わってるんだ。こんな風に」

 

桃花はスルスルっと彼方に自分の体を擦りつけ流れるように手を絡ませた

 

「どう?ドキドキしない?」

 

「あー、めっちゃドキドキしてる」

 

「ホント!?」

 

「後ろにいる凛香に刺されないか、めっちゃドキドキしてる...」

 

「そっち!?」

 

「はぁ。やっぱりいろいろ知られすぎちゃってるとダメかー。その辺も今度ビッチ先生に聞かなくちゃ!」

 

「矢田さん、ある意味逞しいよね」

 

「みんなあれ。辿り着いたはいいけど見張りがいるのよね」

 

「流石にそうだよね」

 

「とりあえず茅野ちゃん、渚連れてきて」

 

「うん」

 

「なんとかあの見張り誘き寄せて通れないかな...」

 

「みんな顔怖いよ...?」

 

「...何か言ったかしら彼方くん?」

 

「ヒッ!ナンデモゴザイマセン...」

 

「はぁ...強行突破は避けたいよね。乱暴したらすぐバレちゃう」

 

「んなの簡単じゃね?ひなたちょっといい?」

 

「ん?」

 

彼方はとある作戦を思いつきひなたに説明した

 

「行けそう?」

 

「正面に来てくれればなんとか」

 

「オッケー。ちょっと呼んでくるわ」

 

「ちょっと彼方くん!?」

 

ひなた以外の女子達が疑問符を浮かべている中、彼方はそこら辺にいる適当な酔っ払ってるオヤジに声をかける。するとそのオヤジはテンションが上がりすんなりと彼方についてきた

 

「ほぉ君か!」

 

「こんにちわおじさん」

 

「ゲヘヘ」

 

「ひなた右なー」

 

「あ?右」

 

「ほいほいっと!」

 

「ウガッ!」

 

「ていっ!」

 

ひなたの回し蹴りがオヤジの顎を直撃。直後に彼方が対角線の位置にある頭部を殴った

 

「うっし脳震盪いっちょ上がりー」

 

「「イェーイ!」」

 

上手くいって彼方とひなたがハイタッチ

 

「えーなにそのコンビネーション」

 

「そんなことよりほら矢田さん、見張りの人呼んで」

 

「あ、そっか。すみませーん店の人ー。そこの人急に倒れちゃったんですけど」

 

「はい、申し訳ありません。ドラッグのキメすぎか?」

 

「よっしゃー今のうちだー」

 

「あれ?もう終わってる?」

 

「ごめん茅野ちゃん。もう終わっちゃった」

 

「ちょっと1人にしないでよー」

 

「すまん渚。これで許せパシャリ」

 

「写真撮って許せって謝罪する気ないでしょ彼方くん!」

 

「お、おい!ちょっと待てって!俺の十八番のダンス見せてやっからさ!」

 

茅野が渚を連れてきたはいいもののナンパ野郎までついてきてしまった

 

(どうしよう...すっごい邪魔だ)

 

「ほらどうよ!俺のダンス!」

 

「あーすごいすごい。それじゃあな」

 

「え?」

 

彼方が縮地で近づきナンパ野郎を一瞬で気絶に追いやった

 

「ナイス彼方くん!」

 

「大変だな渚も。でもこのままの方がモテるんじゃないか?」

 

「嬉しくないよ」

 

「ほら行くよ」

 

こうして無事(?)潜入ミッションは完了した

 

「危険な場所に潜入させてしまいましたね。危ない目に遭わなかったですか?」

 

「ううん」

 

「ちっとも」

 

「はぁ...」

 

「着替えるの早いね渚。どうしたの?」

 

「いや、結局今回僕こんな格好する意味あったのかなって」

 

「なに言ってんの渚くん。面白いからに決まってんじゃん」

 

「カルマくんも撮らないでよ!」

 

「着替えたのか?そのままで行けばいいのに。女装している暗殺者も歴史上珍しくないぞ」

 

「磯貝くんまで...」

 

「渚くん、取るなら早めの方がいいらしいよ?」

 

「取らないよ!大事にするよ!」

 

「その話は後にしてくれるか...」

 

「もう2度としません...」

 

「この潜入も終盤だ。律」

 

『はい。ここからはVIPフロアです』

 

作戦もいよいよ大詰めに差し掛かろうとしていた

 



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✖︎✖︎の時間

 

 

『ここから先、ホテルの警備だけではなく個人で雇った見張りを置けるそうです』

 

「それで早速上への階段に見張りか」

 

「めっちゃ強そ〜...」

 

「あれって私達の敵が雇った人なのかな。それとも他の」

 

「どっちでもいいだろ。どうせ倒さなきゃ先へは進めねぇんだからよ」

 

「その通りです寺坂くん。そして通るにはきみが持っている武器が役に立つでしょう」

 

「けっ、透視能力でもあんのかよテメェはよ」

 

「2人同時に倒さなければ連絡されるぞ」

 

「任してくれよ。おい木村。ちょっとあいつらこっちまでおびき寄せろ」

 

「え!でもどうやって...」

 

「知らねぇよ!」

 

「じゃあこう言ってみな木村」

 

いよいよ寺坂が1人リュックでなにを持ってきていたのか明らかになる。カルマが木村にこっそり作戦を教え、木村は「大丈夫かよ...」と少し不安げに見張りの元に向かっていった

 

「あん?なんだ坊主」

 

「あっれー?脳みそくんがいないなー。こいつは頭の中まで筋肉だしー。人の形してんじゃねーよ、豚肉どもが」

 

一瞬の間を置いて木村の言葉でブチ切れた見張りは木村を追いかけるが、クラス1の俊足には追いつけなかった

 

「今だ!」

 

「スタンガン!?」

 

寺坂が持ってきていたのは長棒型のスタンガンだった。見張りに足をかけ転ばした後喉元にスタンガンを浴びせ気絶させた

 

「タコに電気試そうと思って持ってきてたんだが、こんな形でお披露目になるとは思わなかったぜ」

 

「試そうって、高かったでしょそれ」

 

「あ、んー。ま、まぁな...最近、臨時収入があったからよ...」

 

「いい武器です寺坂くん。ですがその2人の胸元を探ってください」

 

「あん?」

 

「膨らみから察するにもっといい武器が手に入るはずですよ」

 

(((本物の銃!?)))

 

「そしてその銃は千葉くん、速水さん。君達が持ちなさい。烏丸先生はまだ精密な射撃ができるとこまで回復していない。今、この中で最もそれを上手く扱えるのは君達2人です」

 

「だ、だからって...」

 

「待ってくれ殺せんせー!ってことは凛香に人殺しをさせる気か!」

 

「落ち着きなさい彼方くん。その武器を持ってもらうにあたって条件を出します。先生は人殺しを絶対に許しません。君達2人の腕ならば傷つけずに無力化できるはずです」

 

(俺達が本物の銃を...)

 

(今日エアーガンで外したばかりなのに...)

 

「それでは行きましょうか。ホテルの様子を見る限り敵が大勢で陣取ってる気配はない。雇った殺し屋もせいぜい1人2人」

 

「おう!早くいってぶっ殺そうぜ!」

 

「殺しはダメと言ったでしょ寺坂くん!」

 

「言葉の綾だろうが!察しろよこのタコ野郎!」

 

『みなさん、これより上もVIP専用の非常階段を使わなければいけません。そのためには8階のコンサートホールを通り抜けなければなりません』

 

見張りを倒し悠々とコンサートホールに入れたのはよかったが目指す非常階段の方から近づいてくる足音が聞こえたため電気もつけず身を隠した

 

「15、いや16か。呼吸から年も若い。なるほど、動けるの全員で乗り込んできたわけか。言っとくがここは完全防音だ。お前ら全員撃ち殺すまで誰も助けに来ねー。お前ら人殺しの準備なんてしてねーだろ。大人しく降参してボスに...」

 

パンッ!

 

(外した!銃を狙ったのに!)

 

敵が高説たれてる間に凛香が敵の銃向けて発砲。しかし惜しくも外れてしまった

 

「意外と食える仕事じゃねーか!」

 

敵がリモコンで操作しバックライトに明かりがついた

 

(まぶしっ!)

 

(逆光で的が見づらい!)

 

「今日も元気だ銃がうめぇ!」

 

「凛香!」

 

パンッ!

 

敵がイスの隙間から敵を観察していた凛香へ発砲。気づいた彼方が凛香を押し倒すようにして避けたため凛香には当たらなかった

 

「グッ!」

 

「彼方!」

 

「大丈夫、掠っただけ...」

 

凛香には当たらなかったものの彼方の左肩を掠って血が出ている

 

「一度発砲した敵の位置は忘れねー。俺は軍人上がりだ。幾度もの経験の中で敵の位置を把握する術や銃の状態を味で確認する感覚を身につけた。さぁ、お前らが奪った銃はあと一丁あるはずだ」

 

「速水さんはそのまま待機!彼方くん、怪我の方は!?」

 

「問題ないです。動けます」

 

「無理をしないこと。そして速水さんを元気付けてあげてください」

 

「了解」

 

「千葉くん!きみはまだ敵に位置を知られていない。先生が指示を出しますのでここぞと言うときに撃ってください」

 

「チッ!どこから話してやが、る...」

 

声の主、殺せんせーはというと

 

「ヌルン」

 

敵の目の前だった

 

「テメェ!なに呑気にしてやがる!」

 

敵が殺せんせーに発砲するも今の殺せんせーは完全防御形態。全然効いていない

 

「凛香」

 

「私...彼方に」

 

「気にするな。彼女を守るのも彼氏の役目だから」

 

「でも...っ!」

 

彼方は凛香を抱き寄せキスをした

 

「な、なにして...!」

 

「こうでもしないと落ち着かないでしょ?」

 

「だからって!」

 

「凛香」

 

彼方はいつになく真剣な顔をする

 

「銃、俺が持つよ」

 

「え、でも...」

 

「手震えてるだろ。凛香や龍之介には劣るけどこれでもクラスNO.3なんだから大丈夫」

 

「...」

 

「なぁ凛香。自分1人で背負う必要はないんだよ。オレだってクラスのみんなだって、殺せんせーや烏丸先生、ビッチ先生、は少し頼りないけど助けてくれる奴が少なくともこんだけいるんだ」

 

「...」

 

「一発外した。なら次当てればいい。それでもダメなら頼ってくれ。オレは一生凛香の味方なんだから」

 

「彼方」

 

「だから今日別に頑張らなくてもいいよ。その分オレが頑張るから」

 

「...私がやる」

 

「いいのか?」

 

「もう大丈夫。彼方がいてくれるなら怖いものなんてない」

 

「そっか。じゃあ頼んだ」

 

「ん」

 

凛香の震えは止まりその目は数多くの修羅場を潜り抜けてきたプロのようだった

 

「木村くん後列左へダッシュ!寺坂くんと吉田くんはそれぞれ左右3列移動!死角ができた、この隙に茅野さん2列前進!カルマくん不破さん同時に右へ8!磯貝くん左へ5!」

 

殺せんせーの指示で素早く移動し場所をシャッフル。敵も目まぐるしく変化する状況に銃を構えることもできていなかった

 

「出席番号12番右に1で準備しつつ4番と6番はイスの間からターゲットを撮影!律さんを通して舞台上の情報を千葉くんへ伝達!ポニーテールは左前列へ前進!バイク好きも左前列へ進みましょう!」

 

名前で呼べば相手に情報が渡ってしまうと察した殺せんせーは出席番号やメンバーの特徴で指示を出し続けた

 

「彼方くん大丈夫?」

 

「ひなた...実は、めちゃくちゃ痛い...」

 

「え〜」

 

殺せんせーのシャッフル中たまたま隣同士になった彼方とひなた。ひなたは彼方の弾が掠った左肩を見て心配する。当の彼方はさっきは凛香の前だった手前我慢をしていたが、今は痛みで涙目となっていた

 

「チラッと聞こえたけど速水さんの前ではあんなに男らしかったのに」

 

「彼女の前だとかっこつけたいんだよ男は」

 

「へぇ。やるじゃん彼方くん。そういうの私嫌いじゃないよ」

 

「ありがと」

 

「じゃあね彼方くん。後で手当してあげるから」

 

「おう、任せるわ」

 

「最近竹林くん一推しのメイド喫茶に興味本位で行ったらちょっとハマりそうで怖かった人、撹乱のため大きな音を立てる!」

 

「うるせー!なんで行ったの知ってんだテメェ!」

 

「自分の部屋の棚の上から三段目左から4冊目に表紙を変えて速水さんの写真フォルダーを大切に保管している人、叫びながら左へ9!」

 

「なんで知ってるんですか!!!!!?」

 

こんな状況で隠していた秘密が暴露された寺坂と彼方。しかしそんな敵にはどうでもいいような情報が敵の思考を鈍らせていた

 

「さていよいよ狙撃です千葉くん。次の先生の指示の後君のタイミングで撃ちなさい」

 

「どこだ!」

 

「速水さんは状況に合わせて彼のフォロー。敵の行動を封じるのが目的です。ですがその前にあまり感情を表に出さない2人にアドバイスです。君達は今日先生への狙撃を失敗したことで射撃の腕に迷いを生じさせている。言い訳や弱音を吐かない君達はあいつらなら大丈夫と変で勝手な信頼を押し付けられたこともあるのでしょう。苦悩していても誰も気づいてもらえない」

 

龍之介も凛香も思い当たる節はあった。親、同級生、先生。自分ではそんなつもりはないのに勝手にそう思い込まれてしまっていた

 

「しかし今君達がそんなプレッシャーに押し潰される必要はない。もし外した時は人も銃もシャッフルして全員誰が撃つかわからないような戦術に切り替えます。ここにいる皆が訓練と失敗を経験したからこそできる戦術です。君達の周りにはそんな仲間がいる。しかし君達には以前から親身になって隣にいてくれた人物が1人いたはずです。そんな彼も君達を信頼し、そして頼って欲しいと心から願っている。安心して引き金を引きなさい」

 

親やクラスメイトからもなにを考えているかわからないと言われたのに龍之介自身が思っていることを的確にとまではいかないが察してくれる同級生

 

テストの点数が低く悔しい思いをしても親や先生になぜ涼しい顔をしていると叱られる凛香の隣にそっと寄り添って慰め、悔しい思いを共有してくれる恋人

 

偶然にも2人の一番近くにいたやつは一緒だったが、彼方はいつも自分達のことを気にかけてくれていたと心に感じた

 

「では、行きますよ!出席番号12番、立って狙撃!」

 

「ビンゴ!」

 

パンッ!

 

敵のたまが眉間を貫いた。しかしそれは出席番号12番の菅谷ではなく、菅谷が準備していた人形だった

 

『狙うならあの位置です!』

 

「オッケー」

 

パンッ!

 

「は、ははっ!外したな。これで2人目も場所ガハッ!」

 

龍之介が狙ったのは敵ではなく敵頭上にある吊照明の金具だった。なんなら敵本体を狙うよりもよっぽど正確な射撃が求められるだろう

 

「クッソがー!!!」

 

パンッ!

 

「ふぅ...やっと当たった」

 

吊照明が直撃しても倒れず銃を構えた敵の銃を凛香が撃ち落とした

 

「よっし今だ!」

 

「すごいすごい!」

 

「はぁ...音立てずに作ってたから疲れたぜ」

 

敵の手から銃が離れたため前列に一度っていた寺坂と吉田がすかさず飛び出しこれまで同様ガムテでガチガチにした

 

「やったな龍之介」

 

「あぁ。なんとかなったよ」

 

「もっと中学生らしく喜んだらいいのによ」

 

「そんなキャラじゃないんだ。彼方こそもっと中学生らしく痛んだらいいんじゃないか?」

 

「そんなかっこ悪いことできっか」

 

「...ありがとな彼方」

 

「ん?」

 

「さっき殺せんせーに言われて、彼方がいたからここまで腐らずやって来れたのかなって思ってさ」

 

「そっか。ま、また困ったことがあったら相談してくれ。話は聞くからさ」

 

「あぁ、助かる」

 

「彼方」

 

「凛香、お疲れ」

 

「ありがと。彼方のおかげで勇気出た」

 

「いつもオレが凛香から元気とか勇気もらってばっかりだったから。さすがにそろそろ返していかないと」

 

「そうね。早くしないと一生返せなくなるぐらい溜まっちゃうかも」

 

「かもなぁ...」

 

「冗談。私も同じぐらい彼方からたくさんのものもらってる」

 

「そっか?ならまた元気を!」

 

「調子に乗らないで」

 

「グハッ!凛香...オレ怪我人...」

 

「ならおとなしくしてて」

 

「イエスマム」

 

すぐ調子に乗る彼方は凛香に再度ハグを求め手を広げるがその無防備となった腹に凛香のチョップが炸裂した。凛香の拒否をくらった彼方はシュンとなっているが、いつも通りの彼方を見て凛香は自分の幸せな日常がそこにあることを感じ自然と笑顔になってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、ようやく体が動くようになってきた。まだ力半分ってとこだが」

 

「力半分でももう俺らの倍強ぇ...」

 

「あの人1人で入った方がよかったんじゃ...」

 

最上階への階段の見張りを烏丸先生が一瞬で無力化し遂に最上階へ向かおうとしていた

 

「もう時間がない!」

 

「みなさん、この上にいるであろう黒幕についてわかってきたことがあります。彼は殺し屋の使い方を間違っている」

 

「え...」

 

「それってどういう...」

 

「見張りや警護など殺し屋の仕事ではない。彼らの能力はフルで発揮すれば強力なものです」

 

「確かにあいつ狙った的は1cmすら外れてなかった」

 

「カルマくんも日常で後ろから忍び寄られたらあの握力に握りつぶされていたでしょう」

 

「そりゃね...」

 

「やはり黒幕は殺し屋ではないということか。よし、個々に指示を出していく」

 

侵入には2列縦隊。それぞれ磯貝、吉田を先頭に後に続き黒幕を包囲する作戦だ

 

そして烏丸先生が先に侵入し黒幕の様子を伺う。合図で全員が侵入した

 

(ナンバ!忍者も使用していたと言われている歩行技術。どうりで最近の教室で物音が立つ暗殺がなくなったと思いました。君達は本当に私の自慢の生徒です。だからこそ目の前の敵に臆してはいけませんよ!)

 

敵に未だ動きはない。テーブル下には治療薬が入っていると思われる爆弾付きのアタッシュケース。そしてテーブルの上にはその起爆スイッチ

 

「痒いな〜実に痒い。思い出すと痒くなる。そのせいかな、いつも傷口が空気に触れるから感覚が鋭敏になってるんだ!」

 

黒幕がいきなり話だしたかと思いきや大量の起爆スイッチが投げ捨てられた

 

「言ったろー?そもそもマッハ20の怪物を殺す準備で来てるんだ。リモコンだって超スピードで奪われないよう予備も作る。うっかり俺が倒れ込んでも押すくらいのな」

 

聞き覚えのある声。一生聞きたくない声。前に聞いた時よりも一層邪気を含んでいる感覚がする

 

「行方不明になったの人物は3人の殺し屋の他にもう1人。防衛省から姿を消した者がいた。どういうつもりだ、鷹岡!」

 

「悪い子達だ。講師に会うのに裏口から来る。父ちゃんはそんな子に育てたつもりはないぞー?仕方ない、夏休みの補修をしてやろう」

 

「鷹岡...先生...」

 

「屋上へ行こうか。愛する生徒達に歓迎の用意をしてあるんだ。ついてきてくれるよなー?お前達は俺の慈悲で生かされてるんだから」

 

治療薬が鷹岡の手にある以上逆らうことはできない。全員いう通りに鷹岡の後を追って屋上に出た

 

「殺し屋を雇いウイルスで生徒を苦しめる。血迷ったか鷹岡!」

 

「おいおいおい。俺は至極まともだぜ。地球が救える計画なんだ。おとなしくそこのちっこいの2人に賞金首を持って来させりゃ俺の暗殺計画はすんなり仕上がったのになー」

 

鷹岡の計画では対殺せんせー弾を敷き詰めたバスタブに茅野と殺せんせーを入れ上からセメントで固める。脱出するには生徒ごと爆発で吹き飛ばさなければならないが生徒に優しい殺せんせーが生徒犠牲にして脱出などしないと踏んだらしい

 

「悪魔か...」

 

「全員で乗り込んできた時は肝を冷やしたが、やることはそんなに変わらねぇ。お前らを何人生かすかは俺の機嫌次第だからな!」

 

「許されると思いますか...そんなことが!」

 

「これでも人道的な方さ。お前らが俺にした非人道的なことに比べりゃあな!屈辱の目線と騙し打ちで突きつけられたナイフが頭ん中チラつくたびに顔が痒くなって夜も眠れねぇんだよ!落とした評価は結果で返す。受けた屈辱はそれ以上の屈辱で返す。特に潮田渚!俺の未来をぐちゃぐちゃにしたお前だけは絶対に許さん!」

 

「背の低い生徒を要求したのは渚狙いだったのか」

 

「完璧な逆恨みじゃねぇか!」

 

「つまり渚くんはあんたの恨みを晴らすために呼ばれたわけ?その体格差で勝って本気で嬉しいの?俺ならもっと楽しませてあげられるけど?」

 

「いかれやがって...テメェが作った土俵で渚が勝っただけじゃねぇか。言っとくけどな、あの時テメェが勝手ようが俺らテメェのこと大嫌いだからよ!」

 

「テメェらの意見なんて聞いてねぇ!俺の指一本で砂利が半分消されるの忘れんなぁ!」

 

「クッ...!」

 

「チビ、テメェ1人で来い。この上のヘリポートだ」

 

「渚ダメ!言う通りにしたら...」

 

「行きたくないけど行くよ」

 

「早く来いよオラァ!!!」

 

「あれだけ興奮してたら何しでかすかわからない。話を合わせて落ち着かせて治療薬を壊さないように渡してもらうよ」

 

「渚くん...」

 

「渚...」

 

「にゅー...」

 

「銃貸して凛香」

 

「彼方、どうするの?」

 

「ん?渚含めてみんなのこと助けようと思って」

 

「よせ。下手に動けばすぐスイッチを押すぞ」

 

「あいつは渚とのタイマンを求めてる。治療薬を壊せば烏丸先生を含め全員で取り押さえにかかるから当分は押さないはずです」

 

「しかし...」

 

「渚の交渉で上手く行くなら万々歳。でもそれは無理でしょ。磯貝、手伝ってくれ」

 

「あ、あぁ...」

 

「あと誰でもいいから律に渚の状況撮らせといて」

 

「わかった」

 

鷹岡は彼方の想像通り渚との一対一を望んでいるためヘリポートへの階段を爆破して誰も来れないようにした

 

彼方は磯貝と一緒にヘリポート下に移動した

 

「律、上の状況映して」

 

『了解です』

 

律が映してくれた動画では渚が鷹岡に土下座させられていた

 

「位置確認オッケー。頼むぞ磯貝」

 

「任せてくれ。絶対上げてみせる」

 

「行くぞ」

 

彼方は助走を取りこちらを向いて構える磯貝に向かって全力疾走した

 

「せーっの!」

 

「っ!上がれー!!!」

 

磯貝が組んだ両手の上に彼方が足を乗せ、磯貝が真上へ飛ばした

 

「狙い撃つぜー」

 

パンッ!

 

「ウガッ!」

 

「渚ー!あとは頼んだぞー!!!」

 

ヘリポートまで飛ばされた彼方が放った銃弾が鷹岡の右手に持っていたスイッチを射抜いた

 

「彼方くん!」

 

「あ、やべっ...」

 

彼方のシナリオはここまで。しかし失念していた。着地のことを考えていなかった。当然クッションなどはない。彼方は空中で覚悟を決めなんとか体勢を変えて地面に落ちた

 



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渚の時間

 

「彼方!おいしっかりしろ!」

 

ヘリポート下に落下した彼方は意識を失い、磯貝が彼方に声をかけ続けている。その場に凛香と桃花も駆けつけた

 

「ははっ、やってくれたなガキが...だが残念だったな!」

 

鷹岡は胸ポケットから新たなスイッチを取り出し治療薬入りのアタッシュケースを上空に投げスイッチを押した

 

「あ...あぁ...」

 

「そうだ!その顔が見たかったんだ!」

 

目の前で起きた爆発に絶望を感じている渚や烏丸先生。そして他のクラスメイト達

 

「あははははは!!!ひゃっははははは!!!あん?」

 

「殺す...殺してやる...!」

 

「そうこなくっちゃあな」

 

渚は我を忘れ鷹岡への殺意で埋め尽くされた。呼吸を荒くしナイフを持つ

 

「渚...」

 

「キレてる」

 

「俺らだって殺してぇよ!あんなゴミ野郎!でも渚のやつ、マジで殺る気か...」

 

「いけない渚くん!」

 

そんな時渚に何かが投げつけられた

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞ渚!薬が爆破された時俺のこと哀れるような目で見てやがったな。一丁前に他人の気遣いしてんじゃねぇぞもやし野郎!ウイルスなんて寝てりゃ治んだよ!」

 

「寺坂お前!」

 

「そんなクズでも殺しちまったら殺人罪だ。テメェがキレる勢いで100億のチャンス逃すのか!」

 

「寺坂くんの言う通りです。渚くん、その男を殺してもなんの価値もない。逆上しても不利になるだけです。それよりもその男に薬学の知識なんてない。下にいた毒使いに聞きましょう。そんな男は気絶程度で十分です」

 

「おいおい余計な水刺すんじゃねぇよ!本気で殺させにこさせねぇと意味ねぇんだ!このチビの本気の殺意を屈辱的に返り討ちにして初めて俺の恥は消される!」

 

「渚くん、寺坂くんのスタンガンを拾いなさい。その男の命と先生の命、その男の言葉と寺坂くんの言葉、どちらに価値があるのか考えるんです」

 

「寺坂!お前この熱やべぇぞ!」

 

「こんな状態で来てたのかよ!」

 

倒れ込む寺坂を木村と吉田が支える

 

「うるさい...見るならあっちだろ。やれ渚...死なねぇ程度でぶっ殺せ!」

 

その寺坂の言葉に意を決したのか渚は上着を脱ぎ捨てスタンガンを腰にしまった

 

「おーおーかっこいいねー!ナイフ使う気満々だな。安心したぜ。一応言っとくがここに薬の予備がある。渚くんが本気で殺しに来なかったり、また邪魔が入ったりしたらこいつも破壊する。烏丸ー!じゃますんじゃねぇぞ!」

 

「クッ!」

 

「作るのに1ヶ月はかかるそうだ。全員分には足りないが最後の希望だぜー?」

 

「烏丸先生。もし渚くんが生命の危機と判断した時は迷わずあの男を撃ってください」

 

先々を見通す殺せんせーでもそんな言葉を出してしまうほどの状況だった。鷹岡は以前のような余裕な素振りはなく最初から戦闘体制。いくら暗殺技術を学んでいるからといって正面から軍人を倒すことなど不可能だ

 

「ダメ...渚!」

 

「ほらどうした。殺すんじゃなかったのか?」

 

渚は自分の得意な暗殺ペースに持ち込むことすらできず鷹岡にボコボコにされていた

 

「もう撃って烏丸先生!このままだと渚死んじゃう!」

 

「待て...手出しすんじゃねぇ」

 

「まだほっとけって寺坂?そろそろ俺も参戦したいんだけど」

 

「カルマ、お前は授業サボり魔だから知らねぇだろうが...多分あいつまだなんか隠してんぞ」

 

カルマが渚を再び見ると渚は不敵な笑みを浮かべゆっくりと鷹岡に歩み寄った

 

渚はこの状況でロブロから受けた必殺技を鷹岡を実験台に試そうとしていた

 

(タイミングはナイフの間合いの少し外。接近するほど敵の意識はナイフに集まる。その意識ごとナイフを空中に置くようにして離す)

 

パァン!

 

渚は鷹岡の顔の前で手を叩いた。緊張感が最大限に高まっている中で目の前で大きな音を出された鷹岡はその瞬間あらゆる思考、動作が止まった

 

その一瞬を見逃さなかった渚は腰に入れたスタンガンで鷹岡に電気を食らわす

 

「はぁ...!」

 

殺せんせー、烏丸先生、クラスメイトが全員目を見開いて驚く

 

(酷いことはされたけど授業への感謝はちゃんとしなきゃいけないかな)

 

「鷹岡先生...」

 

渚は前の時と同じような笑みを浮かべて言葉を発した

 

「ありがとうございました!」

 

鷹岡の首元に当てられたスタンガンから電気が走り鷹岡は気を失った

 

「おっしゃー!ラスボス撃破!」

 

『やったー!』

 

今回の黒幕、鷹岡を倒し全員が歓喜に沸いた

 

「あ、彼方くんは!」

 

「大丈夫だ」

 

「磯貝くん」

 

「気を失ってるだけだ。ちゃんと受け身取ってたから打撲はあるかもしれないけど骨折まではいってない。今速水さんと矢田さんが看てくれてる」

 

「そっか、よかった」

 

「やるじゃん渚くん」

 

「大丈夫か?」

 

「よくやってくれました渚くん。今回はさすがにヒヤヒヤしましたが安心しました」

 

「僕は平気だけどどうしよう。治療薬が...」

 

「とにかくここから脱出する。君達は退避、俺が毒使いの男を連れてくる」

 

「ハッ!テメェらに薬なんぞ必要ねぇ!」

 

『っ!』

 

ラスボスを倒したと思いきや今度はここまで倒してきた殺し屋達が勢揃いしていた

 

「ガキども、このまま生きて帰れると思ったか?」

 

「貴様達の依頼人は倒した。戦う理由はないはずだが、俺も十分回復したし生徒達も十分強い。これ以上互いに被害が出るのはやめにしないか?」

 

「あぁ、いいよ」

 

「諦めの...!え?いいよ?」

 

「ボスの敵討ちは俺らの契約には含まれてねぇ。それに言ったろ?そもそもお前らに薬なんて必要ねぇって」

 

「え?」

 

「どういうこと?」

 

「お前らに飲ませたのは食中毒を改良したこっち。あと3時間ぐらいは猛威を振るうが直に回復する。ボスが命令したのはこっちだ。こっち使ってたらお前ら本当にヤバかったぞ」

 

「っていうわけだ」

 

「ボスに依頼された時に3人で話し合ったぬ。猶予は1時間。ならば殺す薬でなくとも取引はできるぬ」

 

「お前達が命の危機を感じるには十分だったろ」

 

「あいつの命令に逆らったってこと?」

 

「お金もらってるのにそんなことしていいの?」

 

「アホか。プロがなんでも金で動くと思ったら大間違いだ。もちろんクライアントに最善を尽くすが、ボスははなから薬を渡す気はなかった。カタギの中学生を大量に殺した実行犯になるか、プロとしての評価を下げるか、どっちが今後に影響するのかどうか冷静に秤にかけただけだ」

 

「まぁそんなわけでお前らは残念ながら誰も死なない。おらよ」

 

「おっと」

 

「栄養剤だ。患者に飲ましてやんな。倒れる前より元気になったってお礼の手紙が届くほどに効く」

 

「信用するかは生徒達が回復した後だ。事情も聞くし少しの間拘束させてもらう」

 

「しゃーねぇな。来週は次のシフト入ってっからそれ以内にな」

 

烏丸先生が呼んだヘリが到着し、気絶したまま拘束された鷹岡を先に搬入しそれに続いて殺し屋達もヘリに乗っていく

 

「あれ、行っちゃうのおじさんぬ。俺のこと殺したい程恨んでないの?」

 

「俺は私怨で人を殺したことはないぬ。だからお前を殺す依頼が来ることを願うぬ。だから狙われるくらいのヤツになるぬ」

 

「そういうこったガキども!本気で殺しにきてほしかったら偉くなれ!そん時はプロの殺し屋のフルコースを教えてやんよ!」

 

殺し屋達は去っていった。彼らなりのエールを残して。そして渚達の潜入ミッションもホテル側が誰も認識することなくコンプリートした

 

渚達もヘリに搭乗しホテルへ向かった

 

「ありがとう寺坂くん。あの時声をかけてくれて」

 

「はっ!人数減ったらタコ殺せる難易度上がるだろうが」

 

「うん、ごめん」

 

ここにきて寺坂のツンデレである。しかし寺坂もようやくクラスに馴染んで来たのだとも感じられる

 

「彼方くんはどう?」

 

「眠ってる。それはもうぐっすり」

 

「そう」

 

彼方は固定されたストレッチャーに横になっており未だに目を覚ましてはいなかった。しかし烏丸先生曰く脈や呼吸も安定しているため危険な状態というわけではなく直に目が覚めるだろうとのこと。

 

「すごかったね彼方くん」

 

「あぁ。俺も最初は本気かって聞いちゃったよ」

 

「カナくん、昔から無茶ばっかりするんだー。小学校の頃友達が川に大切なストラップ落としちゃった時なんて一晩中探してて。その後風邪引いちゃってたし」

 

「そういえば木の上に乗ったバドミントンの羽取るために結構高いとこまで登ってたな。あれは落ちないかヒヤヒヤした」

 

桃花と龍之介が彼方の無茶行動シーンを解説しているのをクラスメイトが苦笑しながら聞いている

 

「そういえば千葉ってどういう経緯で彼方と知り合ったんだ?」

 

「たまたま席順が前後だったんだよ。その時た行の最後が俺でな行の最初が彼方だったんだ」

 

「へぇー。偶然ってあるんだね」

 

そこから彼方の話を中心に話が盛り上がった

 

そしてホテルに到着し寝込んでいるクラスメイトにもう大丈夫なことを伝えた。そしてそれぞれがそれぞれの疲れで泥のように眠った

 

しかしそんな中、体は疲れているのにずっと彼方の側についている凛香の姿があった

 

「...」

 

彼方が運び込まれた部屋は1人部屋。電気も点けず月明かりだけが部屋を照らしていた

 

「彼方...」

 

凛香はまだ目を覚さない彼方に向けて心配そうにそう呟いた

 

「はぁ...」

 

早く目覚めてほしい。みんな無事だと伝えた。お疲れ様と声をかけたい。今日一日頑張ったことを褒めてほしい。控えめに言って寂しい。そう考えながら彼方の手を握った

 

「っ!」

 

凛香が彼方の手を取ってほんの数秒、握った彼方の手がピクッと動いた

 

「彼方...?」

 

凛香...?」

 

小さく弱い声だがはっきり聞こえた。彼は今自分を呼んだのだと

 

「おはよ...彼方...」

 

うん...ごめん、もう少し寝たい...

 

「わかった」

 

凛香も...おいで...

 

「...ん」

 

完全に意識が戻っているのかまだ寝ぼけている感じなのかわからないが彼方の呼びかけに嫌がる素振りを全くせず、従順に彼方の布団に潜り込んだ凛香

 

「...」

 

彼方は再び眠りに就いた。しかし凛香は幸せを感じている。意識のない状態でも自分を抱きしめてくれている。そこでようやく睡魔に襲われた凛香は彼方の腕の中で静かに眠りに就いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が目を覚ましたのは次の日の夕方だった。そしてその中でも一番起きるのが遅かったのが彼方と凛香だった

 

「ん、んー...」

 

「...」

 

先に目が覚めたのは彼方だった。少し体がだるい感じがするが体を起こそうとすると隣で寝ている凛香を確認した

 

「...」

 

彼方は言葉を失った。凛香が隣で寝ているという驚きからか。はたまた自分は何かしでかしたかという焦りからか...

 

(ちょーかわいくね?)

 

違った...

 

(え、待って。凛香の寝顔!写真!携帯が...)

 

「った!」

 

「ん...」

 

凛香の寝顔を写真に収めるべく携帯を取ろうと左腕を動かした瞬間、肩らへんに激痛が走り声に出てしまった。その声に凛香も起きてしまった

 

「おはよ、彼方」

 

「あぁ...おはよ凛香...」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでもない...」

 

そうは言いつつも手で顔を隠し悔し涙を必死に見らないようにしている

 

「...見えない」

 

「?」

 

凛香はそんな彼方の顔を隠している手を退かした

 

「うん、元気そう」

 

「まぁな」

 

「よかった」

 

「オレ、どれくらい寝てた?」

 

「私も昨日の夜一緒に寝たからわからない」

 

「そっか」

 

凛香は再び彼方を抱きしめ顔を埋める

 

「凛香?」

 

「本当に、無事でよかった」

 

「また心配かけちゃったな。ごめん」

 

「うん。でも、今回はみんな頑張った」

 

「そうだな。凛香もよく頑張ったな」

 

そう言って凛香の頭を優しく撫でる。この人はいつもしてほしいことをしてくれる。いつも言ってほしい言葉をくれる。凛香はそんなことを思いながら彼方に身を委ねている

 

「今何時だ?うげっ、もう夕方じゃん」

 

『失礼するわよ』

 

彼方が時間を確認してもう夕方だと知った時、部屋のドアがノックされビッチ先生が入ってきた

 

「あら、邪魔したわね」

 

「お気になさらずに」

 

「そう?ま、とりあえず目が覚めたようでよかったわ」

 

「おかげさまで。ありがとうございます」

 

「それは烏丸や他のクラスの子に言ってあげなさい」

 

「いえ、ビッチ先生も一応は先生なので」

 

「一応じゃなくちゃんとした講師よ!」

 

「おっと失敬」

 

「はぁ...まぁいいわ。今烏丸があのタコを倒す準備中よ。他のクラスの子達もみんなビーチに集まってきてるから、あなた達も動けるならいらっしゃい」

 

「わかりました。わざわざありがとうございます」

 

「あと、私は別に構わないけど中学生のうちから不純異性交遊はやめておくことね。きちんと知識をつけて親の了承を得てからにしなさい」

 

「わかっています」

 

「あっそ。ならいいわ」

 

ビッチ先生は無意識だろうが腕を組みその自慢の胸を強調しながら退出した

 

「だってさ凛香。行く?」

 

「彼方は?」

 

「肩は痛いけど足はなんともなさそうだから行こうかな。みんなにも心配かけただろうし」

 

「わかった」

 

そこで凛香は自分の携帯のランプが点滅していることに気がついた。開いてメールの内容を確認する

 

「水着」

 

「へ?」

 

「女子はみんな水着着よって、中村が」

 

「そっか。いいんじゃないか?どうせ殺せんせー死なないだろうし。その後少しでも遊ぶことになるだろ」

 

「そうだね」

 

「着替えるだろ?先に行ってよっか?」

 

「ダメ。一緒に行く」

 

「じゃあ待ってるから。着替えてきな」

 

「ん」

 

凛香はベッドから出て自分の部屋に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん!次は花火ですからね!先生とも遊んでくださいね!?」

 

凛香が着替え終わり海に着くと既に遊びタイムに突入していた

 

「おや、遅かったですねお二人とも」

 

「遅れました」

 

『彼方くん!』

 

『彼方!』

 

「ストップですみなさん」

 

彼方が目覚めたことに歓喜したクラスメイトは一斉に彼方に飛び付こうとしたが殺せんせーに止められた

 

「彼は左肩を負傷しています。今押し倒しでもすれば悪化してしまいます」

 

「そうだった。具合はどうなんだ?」

 

「ありがと磯貝。振りかぶったりしなきゃ問題ないかな」

 

「そうか」

 

「彼方くん...」

 

「有希子も陽菜乃も元気になってよかったな」

 

「うん...聞いたよ?彼方くんまた無茶したんだって?」

 

「今回はオレより渚の方が無茶したんじゃないか?」

 

「あ、あはは...」

 

「渚くんはいいの!」

 

「いいの!?」

 

「あ、そういう意味じゃなくて。彼方くんは無茶しすぎなの!それで意識失ったり、心配する身にもなってよね!」

 

「あーすまん」

 

「倉橋さん、多分こういう話ってとっくに速水さんからされてると思うの」

 

「うっ!」

 

「でもなんでか直らないの。というか直す気がないんだと思うの。ね?彼方くん?」

 

「有希子...もう許してくれ」

 

「許すもなにも私は別に怒ってないよ」

 

「そ、そうか...」

 

「えぇ」

 

彼方は知っている。有希子の笑顔の裏では凍てつくような静かな怒りが潜んでいることを...

 

「もー!みんな遊ぶ時間なくなっちゃうって!」

 

「そうだねー。カナくんは後でたっぷり問い詰めるとして、今は遊ぼ!ほら、凛香ちゃんも!」

 

「ちょっと...」

 

「行っといで」

 

「...ん」

 

本当はまだ彼方とゆっくりしたかったものの桃花に腕を引っ張られ海に入った凛香

 

「ほぉ...速水もなかなか...!」

 

「岡島...」

 

「なんだよ彼...方...」

 

双眼鏡で女子達を見ていた岡島の方を2回タップして声をかける彼方。その声色は黒一色だった

 

「凛香のなにがなかなかって...?参考までに教えてくれよ...」

 

「そ、そりゃお前。え、笑顔。そう!笑顔だ!いやーうちのクラスの女子はみんな笑顔が素敵だよなー!」

 

「...そういうことにしといてやる。次はないからな?」

 

「イェッサー!」

 

暑さからではない汗を垂れ流す岡島は彼方への返事と共にきれいな敬礼をする

 

「お疲れ渚」

 

「彼方くん」

 

「オレ達がこうして遊べてるってことは渚が勝ったんだろ?」

 

「うん。かろうじてだけどね...」

 

「そっか。内容はわからないが結果助けられたな」

 

「そんな!僕だって寺坂くんや殺せんせーがいなかったら!」

 

「でも最後決めたのは渚だろ?」

 

「そう、だけど...」

 

「えぇ。渚くんはよくがんばりました」

 

「殺せんせー」

 

「それと彼方くん、きみもよくがんばりました」

 

「ありがとうございます」

 

話す彼方と渚の元に殺せんせーが現れ2人の検討を称えた

 

「ことはどうであれクラス全員が無事でせんせーはホッとしています。夏だけに!」

 

「「台無しだよ!!!」」

 

これにてE組の夏は幕を閉じ、新たな学期が始まる

 






海で遊びながら凛香は楽しそうに話す彼方と渚、殺せんせーの方に目をやっていた

(楽しそう)

彼方が元気になってよかったと思いつつ、なぜ今の彼方の隣にいるのが自分ではないのだろうと嫉妬してしまっている

(まさか渚も!)

「速水さん彼方くんの方見過ぎ」

「べ、別に…!」

「隠さなくてもいいって」

片岡に指摘され即座に誤魔化そうとするが既にバレてしまっている凛香

「一緒にいるの渚くんなんだから、そんな妬かなくてもいいんじゃないかな?」

「妬いてなんかない…」

(いや、バレバレなのよ)

この後も視界にはいつも彼方を入れてしまい遊びになかなか集中できない凛香であった


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それぞれの恋の時間


大変お待たせ致しました。
コメントくださった方々ありがとうございます。執筆の励みになりました。


 

暗殺旅行最終日、渚達は残り時間を満喫していた

 

「肝試し?今からですか?」

 

「えぇ!真夏の夜にやることと言ったらこれでしょ!」

 

「殺せんせーが遊びたいだけでしょ?」

 

「君達と違って先生ずっと殻にこもってましたから!」

 

「肝試し楽しそうじゃん!」

 

「だな!」

 

「えー。彼方くん私こわーい」

 

「大丈夫だろ。射撃スポット捜索の時この島結構歩いたけどお墓とか見当たらなかったし」

 

「そうそう。それにオバケ役はどうせ殺せんせーだろ?」

 

「そっかー」

 

おそらくそれほど怖いと思ってもいなかった倉橋だが、たまたま近くにいた彼方にくっつくために怖いオバケ怖いキャラを瞬時に演じたのだ。なんてあざとい子なんでしょう

 

「にゅやり」

 

しかしこの時は誰も殺せんせーにゲスな意図があってこの肝試しが開催されるとは思ってもいなかった

 

「場所は海岸沿いの洞窟。ペアで参加してくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペアだし、凛...」

 

「彼方くん」

 

「ん?どうした有希子」

 

「私とペアになってくれないかな?」

 

「いや、オレは凛香と」

 

「あー!神崎さんが抜け駆けしてるー!」

 

「神崎さん手がはやーい」

 

海岸に移動し彼方が早速凛香とペアを組もうとしたところに神崎が来て、続いて倉橋と岡野もやってきた

 

「いやだからオレは...」

 

「こんな時ぐらいいいじゃん!いっつも速水さんと一緒なんだからさー」

 

「そうそう。たまには他の子とも遊んでみると案外楽しかったりすると思うよ?」

 

岡野と倉橋がぐいぐいと彼方に迫る。それほど一緒に回りたいのだろう

 

当の凛香はというとなぜか杉野が足止めをしていた。おそらく神崎が仕向けたのだろう

 

「ちょっと待ったー!」

 

「遅かったね矢田さん」

 

「うん。いの一番に来ると思ってたのに」

 

「ちょっといろいろあってね。それより!私だってカナくんと回りたい!」

 

「だから...」

 

「なので、ここは正々堂々恨みっこなしのじゃんけんだよ!」

 

「えー。矢田さんはいいじゃん。昨日の夜彼方くんとイチャイチャできたんだから」

 

「うっ...」

 

「私達は壁担当だったから最初からじゃんけんすらできなかったんだよ?」

 

「でも...」

 

「矢田さん、いつもいいところ持っていっちゃうから」

 

「有希子ちゃんまで...」

 

「あんた達...」

 

誰が彼方と回るか討論をしていると凛香が現れた。足止めをしていたはずの杉野はというと、浜辺の砂に頭から突き刺さっていた

 

「私がいないところで好き勝手にして...」

 

「速水さん、わかってると思うけど私達だって諦められないの」

 

「...」

 

「速水さんはこれからも彼方くんと一緒の時間があるだろうけど、私達は卒業したら終わっちゃうかもしれないんだよ」

 

「私だって中学三年生としての彼方との思い出は今しかないんだけど」

 

彼方を挟んで目を全く逸らさない両者

 

「...わかった。今回は譲る」

 

「え...ちょっ、凛香?」

 

「どうせ今回の肝試しは殺せんせーが仕組んでるものだと思うから。普通の肝試しとは違うでしょ」

 

「そうかもだけど」

 

「それに、神崎達の言い分もわかるから。多分私が逆の立場だったら絶対引き下がらないと思う」

 

「凛香...」

 

「でもこれっきり。私だってこういう一生に一度あるかないかの行事は彼方と思い出を作りたい。帰ってから休みの日に出かけるとかは別にいいけど、これからある文化祭とかは絶対ダメ」

 

「うん。ありがとう速水さん」

 

「ん」

 

「凛...香っ!」

 

振り向きざま凛香は彼方を睨みつける。その目は「浮気シタラ殺ス」と言っているかのように彼方には届いた

 

「じゃあ私達はどうしよっか」

 

「そうだなー。ここで1人だけっていうのはなんか悲しいよね」

 

「なら彼方くんに1人1回ずつ回ってもらうっていうのはどう?」

 

「それでいいじゃん!」

 

「えっと...私も...」

 

「「「矢田さんはダメ!」」」

 

「そんなー!」

 

なんやかんや彼方とくっついたりいいところを持っていっている矢田は今回許しを得られなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番目は岡野となった

 

「最初は私だね」

 

「あぁ」

 

「やっぱり怒ってる...?」

 

「怒ってはないよ。でも、ちょっと困惑してる」

 

「そうだよね。ごめんね迷惑かけちゃって」

 

「いや、好意を持ってくれるのは素直に嬉しいんだけどさ。でもお返しができないから」

 

「ん?あはは!」

 

「え、なんかおもしろいこと言ったか?」

 

「違う違う。矢田さんや神崎さんはわからないけど、私も陽菜乃ちゃんもそんなこと求めてないよ」

 

「え?」

 

ここは血塗られた...

 

「なんだろ。言葉にするのは難しいんだけど、私達って彼方くんと付き合いたいとか恋人になりたいとかじゃないんだー。あ、でもちゃんと好きなんだよ?」

 

「お、おう」

 

「いつもみたいに一緒のクラスで楽しく過ごして、ちゃんとできたら褒めてくれて頭撫でてくれて。お兄さんみたいな感じかな」

 

「同い年なんだけど?」

 

「わかってるよ」

 

あら?ちょっとお二人さん!?

 

「陽菜乃ちゃんにも聞いてみればわかるよ」

 

「そっか」

 

「うん。ってあれ?終わっちゃった」

 

「本当だ。殺せんせー出てきたか?」

 

「わかんない。話すのに夢中で気づかなかったかも」

 

「やべっ。こんなんじゃ周辺への警戒ができてないって烏間先生に怒られる」

 

「そうだね。ペナルティは山登りかな?」

 

「お、それは好都合だな。昨日のリベンジができる」

 

「ふふん。もしそうなっても勝つのは私だけどねー」

 

全く肝試し感がないまま岡野の番は終わってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二番目は倉橋

 

「次は私だね〜」

 

「おう」

 

「じゃあしゅっぱ〜つ!」

 

「なんかテンション高いな陽菜乃」

 

「なんか探検みたいでいいよね」

 

「あー。陽菜乃は生物好きだからジャングルとか行っても大丈夫そうだな」

 

「うん!多分全然平気だと思う」

 

「普通の女の子なら虫がダメでジャングルなんて行ったら悲鳴しか聞こえない気がするんだが」

 

「ちょっと〜、それって私が普通の女の子じゃないってこと〜?」

 

「まぁこのクラスで暗殺なんてしてるE組の女子は全員もう普通の女の子ではないでしょ」

 

「あ〜確かに」

 

ここは血塗られた...

 

「そういえばひなたちゃんから聞いた?」

 

「あぁ」

 

「そっか。私もひなたちゃんと同じだよ。彼方くんと一緒にいたいけど恋人になりたいってわけじゃないんだ〜」

 

「そうなのか」

 

「うん。でも気づいたら目で追っちゃってるしこの間お姫様抱っこしてもらった時はキュンってしたな〜」

 

「あれは仕方なく」

 

「わかってるよ〜。ん〜、私にとって彼方くんは友達以上恋人未満。ただし比較的恋人に近い関係になりたい人なんだ〜」

 

「やけに難しいな」

 

「私もよくわからない。好きな人は前にもいたことあるけど、好きな人には彼女がいて、それでも一緒にいたいって思ったのは初めてだったから」

 

「普通はそんな経験ないだろうからな」

 

にゅや!またですか!?

 

「私今すっごく楽しいんだ〜!クラスのみんながいて、彼方くんがいて。彼方くんが甘やかしてくれて褒めてくれて。でも、たまに2人になりたい時もあって」

 

「んー」

 

「でも今の生活にすっごい満足してるんだ〜」

 

「そっか」

 

「速水さんがいるけど私のこともそれなりに構ってね?」

 

「ぜ、善処します...」

 

「あれ、終わっちゃった」

 

「あちゃーまただ」

 

「また?」

 

「さっきひなたの時もこんな感じで終わっちゃったんだよ」

 

「そうなんだ。お話するのに夢中になっちゃって殺せんせー出てきたのかわかんないや」

 

「まぁいいでしょ。どうせ碌でもないこと考えてるんだろうから」

 

「そだね〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後が神崎

 

「よろしくね、彼方くん」

 

「はいよ」

 

岡野や倉橋はただ距離が近かっただけなのだが神崎はピタッとくっつき腕を組んでいる

 

「有希子」

 

「怖いから、このままでもいい?」

 

「嘘つけ。ゾンビゲームとかバンバンやってたじゃんか」

 

「ゲームと現実は違うよ」

 

「そりゃそうだろ」

 

「だからこのまま、ね?」

 

こうなってしまったらてこでも動かない。彼方は諦めてキョロキョロと周りを見渡す。さすがにこの状況を見られたら背後から撃たれてしまう。凛香に...

 

「彼方くん。改めてありがとう、助けてくれて」

 

「あれはみんなで頑張ったんだ。オレだけじゃない」

 

「みんなにも伝えたよ。でも彼方くんにはまた助けてもらったから」

 

「修学旅行のことか?まぁあれは危なかったな」

 

「うん。それにその前のことも」

 

「だからあれは」

 

「そうだね。でも彼方くんのおかげで自分がちゃんと自分なんだって思えたの。だから感謝してる」

 

「頑なだなー」

 

<ここは血塗られた...ぎゃー!日本人形!?

 

「ん?」

 

「今、私の方が殺せんせーに怖がられちゃったみたい」

 

「渚が言ってたけど殺せんせー意外とビビリらしいからなー」

 

「そんなこと言って、彼方くんだって結構ビビリじゃなかった?」

 

「びっくり系がダメなだけ」

 

「ふふっ、風船の爆発音でもびっくりしちゃうもんね」

 

「誰でも驚くでしょ」

 

「私はそうでもないかな」

 

「マジで有希子の心臓がどうなってるか見てみたい」

 

「解剖したいってこと?」

 

「いやサイコパスじゃん。有希子の度胸がすごいってこと」

 

「そっか、ありがと」

 

「見た目は清楚なお嬢様な感じなのにな」

 

「彼方くん...?」

 

「なんで怒ってるんだよ。褒めたのに」

 

「私は普通の女の子でいたいの」

 

「ウチのクラスクセが強いの多いから、その中では普通な女の子なんじゃない?」

 

「彼方くんも相当だけどね」

 

「何を言うか。オレほど普通の男子中学生はいないだろ」

 

「...」

 

「ごめんなさい。だからそんな真顔で見ないで」

 

「ふふっ」

 

「ん?」

 

「やっぱり、彼方くんといると楽しいなって」

 

「そっか」

 

「うん」

 

有希子はさギュッと抱きつく力をさらに強くし、彼方と一緒にいる楽しさを存分に味わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が周り終わり肝試しも終了、となったのだが・・・

 

「シクシク・・・シクシク・・・」

 

「どうしたの?あれ」

 

「なんか思惑と違って悲しんでるっぽい」

 

「思惑?」

 

「要するに怖がらせて吊橋効果でカップル誕生!を狙ってたと」

 

「怖がらせる前に狙いばればれだし」

 

「だって!手繋いでデレデレする2人とかニヤニヤ見たいじゃないですか!コラッ!不純異性交遊はダメですとか先生っぽいことしたいじゃないですか!」

 

「泣きギレ入ったよこの人...」

 

「ゲスい大人だ...」

 

「そういうのはそっとしときなよ。ウチらくらいだと色恋沙汰とかに敏感なんだから。みんながみんな前原みたいに見境なくってわけじゃないんだから」

 

「ん?どういう意味だ中村!!!」

 

「そのまんまっしょ。ていうか殺せんせー、そういうの彼方くん1人で十分でしょ」

 

「勝手に人の名前出すなよ...」

 

「だって彼方くん!ちょっと揶揄おうとしたら逆にせんせーのこと煽ってくるんですよ!」

 

「あらー。殺せんせーがこうなった原因は彼方くんだったか」

 

「いやいや。殺せんせーが勝手に自爆してるだけだろ。オレは何もしてないぞ」

 

「本当のところは?」

 

「この前凛香とデートしたときの隠し撮り写真見せられたからそのときのことを詳しく話したら途中からキレられた」

 

『はぁ...』

 

「え、何みんなそのため息」

 

全員殺せんせーが言うことが少しだけわかった気がした

 

「なによ!肝試しって言っても誰もいないじゃない!怖がって損した...」

 

「だからそんな引っ付くな」

 

「なによ!こんな美女が隣にいるんだから優しくエスコートするぐらいの気概を見せなさいよ!」

 

クラス全員が肝試しを終えてから15分が経ち、参加してたことすら知らなかったビッチ先生と烏間先生が出てきた。

 

「ちょっと前から思ってたけどさ...」

 

「ビッチ先生って、そう言うことだよね?」

 

「多分。どうする?」

 

「明日帰るまでにまだ時間があるしー」

 

『くっつけちゃいますか...ひひひひひ!!!』

 

殺せんせーよかったね。みんなあなたのゲスさを受け継いでいますよ

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、やってらんない!鈍感にも程があるでしょあの男!」

 

「ビッチ先生意外だわ。あんだけ男を自在に操ってたのに」

 

「自分の恋愛には不器用なんだね」

 

「恋愛?はっ!そんなんじゃないわよ」

 

「え、違うんすか?」

 

「あの男が世界クラスの堅物だから珍しかっただけよ!その珍しさについ本気になってたら...そのうちにこっちが...」

 

「うっ!カワイイって思っちまった...」

 

「なんか屈辱...」

 

「なんでよ!!!」

 

コテージに戻ってきたクラス一同はビッチ先生を囲んで真意を聞いていた

 

「よし!俺達に任せろ!2人のためにセッティングしてやるぜ!」

 

「いいね!」

 

「あんた達...」

 

「では、恋愛コンサルタント3年E組の会議を始めます」

 

「ノリノリねタコ...」

 

「同僚の恋を応援するのは当然です。さて、早速意見のある方は?」

 

「まずさービッチ先生服の系統が悪いんだよ」

 

「そうそう。露出しとけばいいや的な。ビッチ先生も烏間先生が相当の堅物だってわかってるんだから。あんな人の好みじゃないって今のビッチ先生。もっと清楚じゃないと」

 

「清楚か...」

 

「清楚って言えばやっぱ神崎ちゃんか。昨日着てた服乾いてたら貸してもらえない?」

 

「うん」

 

神崎が持ってきた服をビッチ先生が着てみると、なんと言うことでしょう!あのビッチ先生が清楚に...

 

『ならねぇ!!!』

 

「なんか逆にエロくね...?」

 

「まずすべてのサイズが合ってない...」

 

「神崎さんがあんなエロい服着てたと思うと...!」

 

「ちょっと岡島くん!」

 

「へー同じ服でも着る人が違うと印象が全然違うんだなー」

 

「彼方くんも変な想像しないで!」

 

「してねぇよ!?」

 

「あーもう!エロいのは仕方ない!大事なのは乳よりも人間性だよ!」

 

「そうだよね!乳なんて重要じゃないよね!?さすが岡野さん!!!」

 

「か、茅野っち大丈夫...?」

 

「では、誰か烏間先生の好みを知っている方は?」

 

「あ、そういえば以前テレビのCMに出てるあの人のことベタ褒めしてた。なんだっけ、暮らしを守る...」

 

『それ理想の彼女じゃなくて理想の戦力じゃねぇか!!!』

 

「じゃ、じゃあ手料理とかどうですか...?ホテルの食事もいいですけどそこを敢えて手料理を振る舞うと言うのは」

 

「烏丸先生ハンバーガーとカップ麺しか食べてんの見たことないぞ」

 

「それだと逆に2人だけ可哀想...」

 

「ぐっ!付け入る隙がなさすぎる!」

 

「なんか烏間先生に原因がある気がしてきた...」

 

「でしょでしょ!!?」

 

「私だって何度あの人に泣かされたことか!」

 

こうしてなぜか烏間先生がディスられ始めた

 

「とにかく!ディナーまでにできることを整えましょう!女子はスタイリングの手伝いを。男子は2人の席をムードよくセッティングです」

 

『はーい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<女性陣営>

 

「兎にも角にも服装だよねー」

 

「露出を減らしつつも大人の色気は出せる服装がいいのかなー」

 

「速水ちゃんなんかいいアイディアなーい?」

 

「なんで私なのよ」

 

「だってクラスで彼氏いるの速水ちゃんだけだし」

 

「だからって...」

 

岡野や矢田、中村が眉間に皺を寄せながら考えるも所詮は中学生のファッション知識。全く思いきそうになかった。そこで中村が唯一の彼氏持ちである速水に声をかけてみた

 

「ドレスコートはどう?」

 

「ドレスコート?」

 

「高級なレストランにはそれ相応の服装しなければいけない文化があるみたい」

 

「へー。でもそれくらいならビッチ先生もわかってるんじゃない?」

 

「それでもドレスコートって派手さは必要だけど下品になっちゃダメみたい。そういうのって今のビッチ先生に必要なんじゃないかな」

 

「なるほど」

 

「あった、ドレスコート。んー今できるのならこんな感じかな」

 

「え!原さん作れるの!?」

 

「なんでか売店に布が売ってたから大丈夫そう。ドレス自体はビッチ先生たくさん持ってそうだし、あとはホテルからミシンさえ借りれればなんとかなるかも」

 

「じゃあ決まりだね!」

 

「でもよくドレスコートなんて知ってたね速水さん」

 

「前に彼方と観に行った映画でやってた」

 

「カナくんと...」

 

「映画...」

 

「ちょっ!矢田さん!?神崎さん!?どうしたの!!」

 

「前に誘ったとき断ったくせに...!」

 

「彼方くん、前に恋愛映画は苦手って...!」

 

ビッチ先生のことのありますが、何やらこちらも楽しくなってまいりました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<男性陣営>

 

「っ!なんだ...?」

 

「どうしたんだ?彼方」

 

「いや、なんか急に背中がゾクってして」

 

「風邪か?まさか後追いでウイルスが!?」

 

「慌てんなよ三村。そんなんじゃないから」

 

「そ、そうか?それならいいんだが...」

 

男性陣は会場のセッティングをどうするか悩んでいた

 

「さて、続きを話そうか竹林。要するにムードってどうすればよくなるんだろ」

 

「まずどうすればムードが良くなるのか考えないといけない。何が原因でムードというものは良くなるのか。それを彼方に聞きたいんだ」

 

「オレに?」

 

「唯一の彼女持ち。ならばムードについて今まで経験してきたものからそれぞれ共通したものがあればより的確にムードがよくなる方法が割り出せる」

 

「なるほど。んー、とにかくオレが凛香といい雰囲気になったときだろ?」

 

「あぁ」

 

「家で2人きりのときかな。他に誰もいなかったとき」

 

「なるほど。それはいいかもしれない。周囲の騒音度によってムードは上がり下がりするだろう」

 

「でも騒音って言っても色々種類がないか?確かに工事の音だったり電車の音は嫌だけど花火とか波の音だったら逆にムード良くないか?」

 

「確かに。それならムードが良くなる音の大きさ、デシベル数で測ることができる」

 

「なるほど。一定の音量を超えるとムードは下がるのか」

 

「森などで聞こえる鳥の囀りが約20デシベル。駅の改札での音が約70デシベルだな」

 

「なら最高でも20、もしくは30ぐらいってとこか」

 

彼方の経験談をもとに竹林が意見を出しなぜかムードというものを計算で出そうとしている彼方と竹林

 

「他にいいムードと感じたのはいつだ?」

 

「んー。あ、プラネタリウム行ったときはよかったかも」

 

「プラネタリウム。静かではあるな。他に要因があるとすれば...」

 

「その場所の明るさ、とか?」

 

「明暗度合いか。確かに心理学的にも暗い場所だと積極的になるとあった気がする」

 

「よくそんな知ってるな竹林」

 

「たまたまだ。さて、彼方からのみの情報でだがムードとは30デシベル以下の少々薄暗い場所が最適か」

 

「あとは周りに誰もいないこととかもいるんじゃないか?ただのデートなら別にいいけど、ムードが良いってなると周りに人がいると下がるんじゃないか?」

 

「ふむ。ならばこの島はうってつけじゃないか」

 

「あ、確かに」

 

「決まったな。ならすぐに音量が30デシベル以下で暗さも最適な場所を探そう」

 

「おう!」

 

『ぜ、全然ついていけなかった...』

 

こうして男子ほとんどを置いてきぼりにした彼方と竹林はホテル内外を隈無く捜索した。ちなみに数値を測る機械などなかったため殺せんせーに評価を頼んだ

 

こうしてこの島で把握している場所で一番ムードがあるであろう場所は夕日の見える砂浜となった。先生達にはあらかじめ時間をずらして伝えビッチ先生が烏間先生を待つ形にした

 

「全員で食事と聞いたが」

 

「あ、烏間先生はこちらです」

 

「波風くん、そっちは外だが」

 

「いいからいいから。オレ達からの感謝を込めてってことで」

 

レストランに来た烏間先生を彼方がビッチ先生の待つところまで案内する

 

「あちらです。どうぞ良い一時を」

 

案内された烏間先生はビッチ先生が先に座っていることを確認しつつも引かれたイスに着席した。それを確認した彼方は静かに退散した

 

「グッジョブ彼方くん!」

 

「あぁ。あとは見守るだけだな」

 

既にレストランにいる生徒は0。全員ビッチ先生のその後を陰から見ていた

 

「凛香」

 

「ん?」

 

「こっち」

 

「え?でも...」

 

彼方は少し強引に凛香を連れ出した。向かったのは少し離れた浜辺。そこからもビッチ先生達と同じように夕日が拝めた

 

「キレイ...」

 

「そうだな」

 

水平線はオレンジに輝き波も穏やかでムード値は最高と言っていいだろう

 

「でもどうして?」

 

「凛香と2人で見たかったんだ」

 

「そ、そう...」

 

彼方の顔を見上げる凛香。その目は真っ直ぐ水平線を見つめ髪は風で靡いている。にっこり笑い口元。見とれるには十分だった

 

「ん?どうした?」

 

「な、なんでもない!」

 

「そっか」

 

凛香は絶対に顔が赤くなってると自分でも感じていた。夕日の光のせいと誤魔化せるかドキドキしている

 

「さて、戻るか」

 

「え...」

 

もう終わり?凛香はそう口に出そうだった。これだけのシチュエーションが揃っていて凛香だって期待していた。するとそんな凛香の気持ちが伝わったかのように彼方がそっと口づけした

 

「な、な、な...!」

 

「あれ違った?」

 

不意打ちだった。それはもう大ダメージを食らって言葉が出ないぐらいの特大な

 

「すまん。もどろ」

 

「ま、待って...」

 

戻ろうとする彼方の上着の裾をつまんで止める凛香

 

「もう、一回...」

 

「...」

 

恥ずかしくて俯く凛香。彼方から言葉はなく、ただ彼方の手が凛香の頬に触れて見上げさせる。近づく彼方の顔。凛香はドキドキしながら目を瞑り唇に触れる感触が心を満たした

 



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