生き返ったと思えばAクラスに所属させられていた件について。 (ジグ)
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1. 転生しても現代社会ですか、そうですか。

どうも、初めましての方は初めまして。ダンまちSSで知っている方は、……私だ!!!!(殴
普段はダンまちSSを書いているしがない作者です。この度はよう実に見事ハマってしまいまして、ダンまちSSの息抜きに書こうかなぁ、と思った次第です。
といっても、この1話を書いてる時点で4.5巻までの知識しかないのでご容赦を…。全巻買ってありますのできちんと読まさせて頂きます…。


昨今、益々経済発展を遂げる日本。小国ながらその技術力は世界トップであり──最近は、教育面にも大きく力を入れている先進国だが、その日本のとある都市に、一人。

細かくいえば、とある都市の公立中学校に、一人──ある青年が在学していた。

 

──曰く、平凡な秀才。

 

──曰く、特徴のない優等生。

 

他人との協調性は人並みにあり、顔もそれなりに良い。

成績優秀で、運動もそつなくこなす。

内申も高く、教師からの評価は勿論、その能力と人当たりの良さから男女問わず交流を深めている模範のような生徒。

 

──しかし、それはあくまで総合評価だ。

所謂オールラウンダー。RPGであれば、アタッカーやディフェンダー、ヒーラーなど様々な特化した役割がキャラに与えられているが、彼をソレに当てはめようとすると──悲しいかな、どれにも当てはまらない。

 

詳細には、クラスで目立つ存在ではなく、スクールカーストというもので考えても中堅。トップカーストとは遊びに誘われれば赴き、所謂低カーストとも話題が合えば会話に勤しむ。

浮ついた話は特に無く、しかしだからと言って女子に遠ざけられてるという訳でもなく。

成績優秀というのを聞いたクラスメイトには勉強を教え、運動も出来ると聞いたクラスメイトからは昼休みにサッカーをしようと誘われる。

だが、大抵の場合前者は教えてもらう人が居ない時であり、後者は人が足りない時である。

 

どこからか付いた渾名は「存在感のない便利屋」。

 

つまるところ、居ても居なくても全く以て問題が無い存在。

居たら役に立つが、別に居なくてもクラスに問題は無い。

クラスメイトの話題に上がることは無く、成績上位者に名前が上がると褒められる程度である。

教師からの評価は、とても優秀な生徒ではあるが、何かが足りない。

文句のつけ所が無いのだが、特段褒める所も無い。

何かしらの教科で学年一桁を取るわけでも無く、体育でもあくまで上の下から上の中。諸手を挙げて褒めるにはあまりに中途半端すぎる。

既に卒業式を終えているものの、卒業するにあたっての書類を担当した担任は「色々と書きづらくて“優秀”とだけ念を押した」と苦笑したそうで──

 

 

───それが、俺──桐ヶ谷 黎耶(きりがや れいや)の総評だ。

 

 

……うん。うん。

まあ、な?外れてないんだよ。

むしろ全て当たってるまである。

けど、少し注視して見て欲しい。褒められていることには褒められているが、暗に“微妙”と言われてるんだ。

確かに成績上位者ではあったし、運動も大体の事は出来る。

学校祭とかになりゃ器用な奴と言われて駆り出された。

生徒会役員でもないのに内申も比較的貰えたさ。

物凄い苦い顔した担任から渡された書類も満足だよ。

 

でも待ってくれ。何か足りないってなんだよ何か足りないって。

俺としては必死に中学生活を生き抜いてきた成果がアレなんだよ。

その辺りにいるような「俺勉強しなくても点取れるから」みたいな奴らと違って勉強しなきゃ点は落ちるし、運動しなけりゃ身体は鈍る。

あの成績は日々の努力の結晶な訳で、それを如何ともし難いように言われるのは思う所がある訳で────ああ、いや、もう。

 

この際俺の評価なんてどうでもいい。

回想の如く自身の事を振り返るまでに俺が“混乱”している訳がある。

こうして自身を保たなければ自我を確保できそうにない訳がある。

──結論を告げよう。

今俺が置かれている状況について問い質したい。

なんだこれは。

 

 

 

「あら、立ち止まってどうかしましたか?桐ヶ谷くん?」

 

 

 

美麗な響きが籠るソプラノ。透き通った声色。

その発生源の少女は、片手に杖を携え、頭にはベレー帽を。

髪は日本人には珍しい銀。そんな彼女が醸し出す雰囲気はどこか幻想的で、まるで何かの物語の中の登場人物ではないかと言う妄想さえ抱かせる。

 

 

 

………と、言うのがこいつを知らない奴の評価だろう。

坂柳 有栖。この学校の理事長の娘。この後超性格良いハゲと対立する病弱系美少女。先天性心疾患を持っていて常に杖を携え体育や運動は出来ないが、それ以外の成績が飛び抜けている文字通りの天才。

 

──で、その情報を何故知っているかという問いに対する答えだが。

正直今も状況がわからない。

いや、脳が理解を拒んでいると言うべきか。

それでも、どう足掻いても脳裏に叩きつけられる事実が一つだけあり、その事実こそがその問いに対する答え。

 

どうやら、異世界転生してしまったようで。

 

 

 

時は2018年、1月1日に遡る。

昨夜にガ〇使をフルで視聴し笑って迎えた新年、戌年。

いや、呪いの人形恐ろしかったよな。避けられないケツバットですこっわい。あんなのあったら燃やしたくなってしまう。なんて、新年を迎える前に笑い尽くして──そのまま眠って。

初日の出を見る気にもなれず、健康的に意識を取り戻した朝7時。起きてはLINEで10件ほど通知が溜まっていると思えば新年の挨拶。と言っても卒業を終えたばかりの学生の挨拶に堅苦しいものがある訳もなく、ともすれば自分もそれらしく、適当に返信し、届いた年賀状をゆっくり眺めていればあっという間に12時。記念すべき2018年初の昼食に、親が作ったのは皆大好きお雑煮という料理であった。

まあ、勘のいい奴ならこの時点で大体わかるだろう。

ほら、毎年起こるしニュースでも取り上げられるじゃん?

 

 

 

────喉に餅詰まらせて窒息死する奴ってさ。

 

 

 

自分でもあまりに呆気ないと思ってしまった。餅がうまく噛みきれねえなぁと思って一気に食うか、なーんて油断してたら息が出来ない。

あっ、これやべえわ、と。

そう思って机を必死で叩き物音を立てても時既に遅し。

親は昼飯を作った事に満足し上で寝ており、助け舟は夢の海に沈没していた。

いや、本当に走馬灯って見えるんだなと。

ただ、走馬灯を見てもなおぱっとした思い出ねえなぁ、なんて死に際になりながらも特徴のない自分を虚しく思ってしまった。

とまあ、完璧に詰んだ状況でタイムリミットの1分と数十秒過ぎ見事他界他界してしまった訳だが。

俺の最後の一言「いただきます」だからな。自分の命いただいてどうすんだよ。新手の自殺じゃねえか面白くねえよ。遺言は「お雑煮美味しかったです」ってか。マジで笑えないんだよなぁ。

 

そんな感じで面白くない人生だったなあと生と死の狭間的な所でさ迷っていると何か出てきたんだわ、これが。

 

 

 

「おお、死んでしまうとは情けない!」

 

 

 

聞いた時は殴りたくなったね。

一丁前に白髭生やしてニコニコしながらやってくる仙人みたいなジジイ。開口一番がこれとか。笑い通り越してお前も死なせてやろうか、と。パロディネタをぶっ込んできた素性も知らないジジイに引きつった笑みを向けていればガンガン喋るのなんの。

 

「というのはまあ、冗談で。桐ヶ谷 黎耶くん、じゃな?」

「お、おう。……何?今から天国か地獄か行かされんの?」

 

別に交通事故とか後ろから刺されて死んだ訳でも無く、窒息死というある程度死ぬ事がわかっていた状態で逝ったので、現状把握する事にさほど時間は要らなかった。

 

これあれだろ?閻魔様的なやつでお前地獄行けよとかそんなやつだろ?と。神の審判。あまり悪行は重ねなかった筈、地下は嫌だの要領で地獄は嫌だなんてこいつに抗議するつもりだったのだが。

 

「違う違う。…あれじゃあれ、お主。異世界転生って聞いたことあるか?」

「は?異世界転生?」

 

いや聞いたことはあるわ。むしろ中学生時代とかしたいと思ってたわ。

異世界転生って奴ぅううううう!?とか言う最弱系無限ストック主人公とか、まるで将棋だなとか謎発言を残すお前言いたかっただけだろ系主人公とか。そういう奴らが経験する異世界転生だろ?知ってる知ってる。

 

だが待ってくれ。よく考えて欲しい。

 

あくまでそんな異世界転生はラノベの中の世界だ。いやまあ、異世界転生というもの自体がラノベの世界でしか有り得ないものかもしれないが。

それはともかくとして、もし実際に異世界転生があったとして、所謂ファンタジー世界とかに行ける確証なんてのは何処にも無いのだ。

異世界転生は、あくまで異世界に転生するのであって転生先が必ずそんな夢のような世界ではない。

極端な話、冒涜的な神話生物が跋扈している世界に飛ばされたり、宇宙人みたいな見た目してる奴らが普通に暮らしてる世界に飛ばされる可能性だって十二分に有り得る。

 

「その異世界転生ってのはどこに転生させられるんだ?」

 

いつもの俺ならこんな話信じてないだろうが既に死んだ身。ある程度非現実的な話でももう俺に失うもんは無いし聞くだけ聞こう、と。

 

「んー、そうじゃなぁ。この中のリストの中からランダムじゃな。超激レアな所だと王子になって転生出来るファンタジー世界かの」

 

「超激レアって何だよ!?」

 

え?待って?何?異世界転生ってガチャみたいなもんなの?

変なドラゴンの手を下げたり、いっつも青い水晶叩き割ったりするアレ?そんな簡単に異世界転生させられんの?おかしくね?異世界転生って書いてガチャって読むの?俺は石か何か?

 

「わしに言われてものう。んで、とにかく異世界転生するのかの?正直死んだ魂の処理とか色々めんどいから異世界転生してくれた方が助かるんじゃが」

 

「クソ適当だなおいふざけんな。……いや、出来んならするけど」

 

これもうわかんねぇな。

異世界転生が本当にあったりとか、そのシステムがガチャとか何とか。今すぐ理解しろというのが無理だろ。むしろ理解したら負けまである。

もう一度死んでるしどっか適当に転生出来んならそれでいいが。願わくばファンタジー世界とかそこら辺。つーかこれ、このシステムで行けば死んだやつ基本違う世界に飛ばされてるだけじゃね?無限リスポーンじゃね?

ハズレ引いたらもう一回死んでもう一回ガチャすればいいのでは?

 

そんな事を考えていると、肯定の言葉を聞いた爺さんの隣にはいつの間にやら扉が。

 

「ん。ならこの扉を開けて中に入るんじゃ。気づけば異世界転生してるから」

「ほんっと適当だなおい…」

 

はぁ、と溜息を吐き後ろ髪をくしゃりと掻きながら一応爺さんに会釈して扉を開ける。

 

出来ればファンタジー世界。いや、頼むからファンタジーを。

別にヒロインとか役職とかいらねえからとりあえずファンタジーに飛ばしてくれ。

 

そんな下らないことを念じている内に、気づけば俺の意識は途絶えていた訳で。

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

「いいや、何でもない。考え事をしてたんだよ」

「考え事、ですか?」

 

 

ガチャの結果──おはよう現代社会。こんにちはNIPPON。こんばんは学園生活。

異世界転生した先はまさかまさかのよう実ワールドだったよ。

おいジジイ、俺ファンタジー世界がいいって念じてたよな?

何でもう一度現代社会で生きていかなきゃいけないのん?

しかもこの世界まあまあ難易度高くない?

Dクラススタートとか言われたら俺もう一度自殺してガチャ回す(異世界転生する)ぞ?

これだからガチャはクソなのだ。やはりどんな世界でも運ゲーか。

排出確率見とけば良かったよこの野郎。

とまあ、転生早々愚痴しか零さない俺なのだが。

 

開幕早々出会ったのがラスボス感漂う美少女、坂柳 有栖だった訳だ。最初はなんかこの風景見覚えあるなぁ、なんて思って杖を片手に慎重に階段を登る女の子が居たから助けようと声をかけたらこの始末(坂柳 有栖)である。声かける相手間違ったわ。純粋系天使一之瀬さんとか探すべきだったわ。

あ、櫛田さんはちょっと…。まだ見てないがきっと実物はやはり腹黒いのだろう。

 

階段を登るのを手伝えば礼を言われ名を名乗れたので俺も名乗り返し、折角なら教室までどうだろうか、と誘われ素直に従ったまでが、今の状況だ。

いやね?美少女に「一緒に行きませんか?」なんて言われたら断れないのが男でしょ。残酷とかドSとか聞いてるけど表面上はただの超可愛い女の子。逆らえるはずも無かった。

 

「この学校の事をな。今日が入学式だし」

「そうですね。……と、あら」

 

彼女の先にあるのは皆大好き校門前の張り紙。

所謂クラス分けの通知である。

ベストはBクラス。詳しい話は聞かないけど1番平和そうだ。一ノ瀬さん居るし。

次点でAクラス。まあ隣で歩く坂柳さんが危惧すべき点だが早々に葛城さんと絡めばいいでしょ。あの人面倒見よさそうだしな。

一番悪いのは……Cクラスかなぁ。あれでしょ?入った瞬間に龍園さんが牛耳るクラスだろ?嫌だよそんなの。一応俺格闘技に心得はあるけど龍園さんに勝てる気とかしないし。

となると、妥協点はDクラスか。

……誰と絡もうかなぁ。綾小路とか接点ねえし、池たちと絡むのは何か嫌だし。かと言って平田グループだとメインヒロイン軽井沢さんとか現時点じゃ嫌味なモブキャラと絡まなきゃいけないし?

……うっわぁ、居場所ねぇ……。

Dクラスになったら高円寺さんと絡むまであるな。鬱陶しく付きまとったら相手してくれてなし崩し的に友達になれそう。

 

とまあ、転生してるからこそのカンニング知識を活かしながらどのクラスかなぁ、と俺の名前を探す。つーか俺の名前あんの?

転生したと思ったらバス降りた直後だったんだけど。

そこら辺あれなんですか、ご都合主義とかなんですかね。

異世界転生すごいなぁ。

あ、坂柳さんの名前。うん、安定と信頼のAクラス。葛城さんも…Aクラスだな。

 

さーて俺のクラスは何処かなぁ、と視線を動かしていると。

 

「あ、桐ヶ谷くんの名前ですね」

 

「ん?何処だ?」

 

坂柳さんが丁度俺の向けている視線からやや左の部分を指す。

 

「私の左上です」

 

──は?

 

いや、うん。

待て。待ってくれ。頼む。

坂柳 有栖の左上。

それ即ち、彼女と同じクラスである事が確定した訳で。

──次点で良いとは言ったけど。言ったけど、待ってくれよ。

 

「同じクラスですね、桐ヶ谷くん」

 

横から聞こえる声が再度通告する。

そこにある【桐ヶ谷 黎耶 :Aクラス】という現実を。

 

──なぁ、神様。

ああ、ハズレは引いてねえよ。むしろ変な所に飛ばされるより余程良いよ。CクラスやDクラスじゃなくて安堵もしてるさ。

……でもさぁ、この世界でこのクラスって事はさぁ……。

 

「──ハードモードで人生やり直させてんじゃねえよ……」

 

───肉体的にも、精神的にもこの先まともに休めねえって事じゃねえかよ、クソジジイ。

 




2019/3.30 簡易修正


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2. 結局、坂柳に捕まってしまったようだ。

どーも、ジグです。
一話時点でお気に入り40件超え、ありがとうございます。
…前書きで書くこと特に無いですね。
本編どうぞ。


───女性を創造したということは、神の第二の間違いであった。

 

これはニーチェの言葉だが、今の状況に関しては全く以てその通りだと思う。いや、女性を創造するのはいい。が、女性に魅力を与えてはいけなかった。例えば万人を虜にする容姿とか。男心をくすぐらせる行動とか。

 

つまるところ、だ。俺が何を言いたいかというと。ただでさえ詰みゲーなよう実ライフ、早くも逃げる場所が消えてしまったようです。隣に座る美少女、坂柳 有栖のせいで。

 

 

 

 

「隣の席になりましたね、桐ヶ谷君」

「……そう、だな」

 

喧騒に包まれ始める教室内。

外の表札には“1-A”と明確に記載され、ソレを一瞥する生徒がまばらに我らがホームルームの扉をくぐっていく。

いずれは見慣れる風景なのだろう。

この教室も、入る生徒の面々も。

───ただ、きっと、半年を迎えても“コレ”だけは慣れないと思うんだ。

 

「ご覧の通りの身体ですからご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いしますね?」

「そこは気にしなくていい。迷惑だと思うんならあの時に助けてないからな」

「ふふ、お優しいんですね。隣の席が貴方で良かったです」

「俺じゃなくても皆優しくするとは思うけど、そりゃどうも」

 

席の場所自体は完璧だった。

教室のおよそ最奥とも言え、学生の誰もが一度は座りたいと渇望してやまないそこは、窓際の最後尾。

退屈な授業は外を眺めることでパス───は、この学園では出来ないのだが、最前列よりは精神衛生上健全なのは火を見るより明らか。

ただ、問題があるとすれば、右隣に今も可憐に微笑む華奢な美少女(ヤベー奴)が居ることだろうな。

……このハードモード、本当にどうしてくれようか。アヴェンジャーとしてあのクソ神に何時か復讐してやらなければ気が済まない。

 

「それなら有難いのですが──少々、“この学園は特殊ですから”。多少は心細い気持ちもあったんですよ」

 

嘘と欺瞞に塗れた仮面が、視界に映る。

見えるのは何時だってお伽噺に出るお姫様が浮かべるような笑顔。

気を抜けば思わず見蕩れそうになるそんな笑みも、生憎と“予備知識”があれば惑わされない。

……笑顔を直視する度心臓が高鳴っているのは多分誤作動だ。

 

「らしいな。まさか俺も入れるとは思って無かった。望んだ就職先に行けるなんて学校聞いた事がねえ」

「桐ヶ谷君もそれを目的で?」

「まあな。というより、ここに居る大半の奴らはそれ目的だろ」

 

………本当に、誤作動であって欲しい。

難易度ルナティックの舞台で生き残るのに、美人局に“無策で引っかかる”というのはとてもよろしくない。

苦笑を混じえ、冗談げに肩を竦めるものの視線は坂柳からは逸らし、クラス全体へと。彼女もそれに気付いたようで、桐ヶ谷から視線を外しどこか楽しげに教室を眺め始めた。

その中で桐ヶ谷が探しているのは───

 

「──ああ、居た」

「誰が、ですか?」

 

葛城康平。後々Aクラスの中心の一人となる男。また、多くの苦悩を抱える苦労人でもある。容姿的な特徴としてはやはりそのスキンヘッドが挙げられるだろう。自ら剃ったのか、それとも………いや、これ以上考えるのは止めておいた方が良いだろう。

───それで、だ。Aクラスで生き残るなんてハードモードをこなすにあたって、根幹にあたる必須条件が存在する事を俺は知っている。

即ち、“坂柳 有栖派閥へと入る”か、“葛城 康平派閥へと入る”かだ。

Aクラスのカーストトップはこの二人で構成、もといカーストは二極化され分立する。その予備知識が俺にはある。

そして何より、この選択を間違えてはならない事を、俺はよくわかっている。

どちらにつくか、この目で真剣に確かめなければならない。

 

「ああいや、教室に入る前に特徴的な人物を見かけたから、もしかしたらこのクラスかと思って」

「特徴的な見た目? ああ、あの人ですか」

 

もっとも、皮肉な事にほぼ答えは決まっているのだが。

俺の言葉で凡そ誰を指しているかを察した坂柳は、可愛らしく小首を傾げていた姿から納得したように頷いている。ともすれば、彼の周囲にも視線が動くだろう。

まだ始業式すら迎えていない状況で数人の取り巻きを抱えているというコミュニケーション能力の高さ、ひいてはそのカリスマ性に。

……多分きっと、その中には“特徴的な見た目”に興味をそそられたから、という者も居るのだろうが。いや、馬鹿にしてる訳じゃないんだよ。ほんと。

だが───それでも、ソレだけじゃ、その程度では、眼前で不敵に笑う少女に適う筈が無いという事実を、確かに俺は知っていた。

 

「そうそう。まあ、特徴的って言えば坂柳もだけどな。入った時、注目浴びてたろ」

「ああ……慣れていますよ。今も幾らか視線を感じますし」

 

こちらを一瞥してはぎこちない会話に興じる数名の男女を視界に捉える坂柳は、やはりその思考の裏を読ませない強かな笑みを浮かべるのみだった。

庇護欲を掻き立てる“ステータス”の保持というのは利点にも欠点にも変わる──が、彼女の場合は前者で間違いないだろう。往々にして後者の場合、入学時点ですらも向けられる視線は悪感情を滲ませたソレなのだから。しかし、今彼女に向けられているのはそういったものではなく、紛れもなく“別のもの”だ。その証拠は、俺に向けられている男からのソレだろう。

 

「俺には嫉妬の込められたものなんだけどな。怖いな、全く」

「嫉妬、ですか?」

 

ああ、そうだ。葛城康平が覆せないもう一つは、その圧倒的な容姿だろう。庇護欲を掻き立てるステータスの前提条件として挙げられるのがソレだ。

容姿に優れていれば優れている程、男とは単純なもので本能には抗えずホイホイとついて行ってしまう生き物。まだ理性の抑制も完全じゃないような学生なら尚更だ。

実際、向けられる視線は男の比率が多い。そんな事実にわざとらしく肩を竦めながらも彼女へ向け苦笑する。

……かくいう俺も正直ついて行きたいのだが。異世界転生という名の人生ハードモードに転換して美少女の一人や二人隣に居なきゃやってらんねえよ。俺はおかしい事は言ってないだろう。ああ、俺は間違っちゃいない。

 

「入学時点から坂柳のような可愛い女子と話せてる上に席が隣。男子からしたら羨ましいって思うのが普通なんだろうよ」

 

相も変わらずわざとらしい解説を垂れ流す。

どこまで探りを入れていいかわからないが、せめて彼女の零す言葉の真意くらいは見定められるようにならなければいけない───そう考えての言葉だったが、その反応は意外なものだった。

 

「っ……そう、でしょうか?」

 

薄らと染まる頬。

口許に人差し指を当て、再度男子の方を一瞥するとこちらへ向け首を傾げる坂柳の顔は、確かにほんのりと淡い赤を見せていた。

───……ん?

おい、ちょっと待てよ。思っていた反応と少し違うんだが?

少々坂柳 有栖という少女を見誤っていたのだろうか、おかしいな。照れているように見える。いや待て、騙されるな。これらも全て演技の可能性がある。正直言って目の前で女子にして欲しい仕草を連発されて悶え死にそうだがまだ堪えろ。まだ生きていたいのなら平静を装え。

 

「少なくとも俺からしたら美少女の部類に入る。俺じゃなくても入ると思うけどな」

「──美少女、ですか」

 

見えるのは、どこか驚いたようにその双眸を見開きながらも頬に熱を帯びさせる少々の姿。その様子は先程とはあまり変わってはいないが、心なしかその赤が少しだけ濃くなったような気がした。

しかしそれも瞬きの間には以前に見た余裕気な表情を浮かべるミステリアスな彼女の姿に変わっている。

─────このチート女子、さては耐性が無い?

間違いなく照れたという事は判明した。俺の彼女への警戒心が薄れた事による耐性が低下した事も確定した。不味い、策略にハマっているかもしれない。いや、ハマっているかもしれなくとも眼前の美少女が可愛いのだから俺は悪くない。

ともかく、ある程度零す言葉は本音である事も視野に入れよう。

 

「そのように私を評価した人は貴方が初めてです」

「……マジで?」

「ええ。このような身ですので、そういった経験はありませんでした」

 

朗報。本音だったらしい。

納得がいかないこともない。確かに松葉杖を使用する女子に遠目からちらちら見る男は居ても、直接好きだ、等の告白をする生徒なんて居ないだろう。というよりかは、原作で匂わせていた“ホワイトルーム”とやらの影響が多いのかもしれないが。

………ともかく。これは、ほぼ決まりかもしれないが──頑張れ童貞。もう一つ、最終確認だ。

 

「そりゃ悪い事をしたな。坂柳の“初めて”を奪ったようで」

「──あら、ふふ。自ら敵を作る発言をなさるのですね」

「冗談だ。ただ、直接的な評価は初めてでも間接的にはもう慣れてたんだろ?」

「さあ、どうでしょう。好奇の視線に晒され続けて生きてきたのでどれがどれだか区別する事もしませんでしたから」

 

本音を介さない会話。しかし確かに意味を持つ会話。

桐ヶ谷、坂柳共に浮かべるのは“相手を見定めるような”真意を読ませない口角だけを上げた笑み。彼は頬杖をつきながら、彼女は口許に可笑しそうに手を添えながらも“攻防を続ける”──が。

 

「少し面白い方ですね、桐ヶ谷君は」

「……それは喜んでいいのか落ち込んでいいのか反応に困る言葉だな」

「前者でいいでしょう、なんて──」

 

何かを溜めるように不敵に微笑む坂柳。

その様子に不穏な気配を感じるもここで言葉を挟める程の余裕がある訳もなく────

 

「──桐ヶ谷君は喜んでくれませんか?」

 

どうやら、やはり彼女が先を往くらしい。

桐ヶ谷が苦笑するのも束の間────その目を見開いた。

彼の双眸が捉えた先にあったのは、目も眩むような“天使の微笑み”。人によっては小悪魔の微笑かもしれない。程よく伸ばされた銀髪が揺れ、雪のように白い肌はほんのりと赤く染まり、確かな潤いを感じさせる薄紅色の唇が閉じられその口角は上げられている。そして何より、桐ヶ谷の瞳を見つめ返す二つの薄紫の輝きが細められた瞬間、彼は見蕩れたように硬直してしまった。

 

「───……ぅ、あ」

 

反則だ。

────駄目だ、コレは。

心が惹かれた、とは正にこの事を言うのだろう。

坂柳に対する警戒心も、この先への対策も、全て吹っ飛んだ。

顔に熱が帯びる。人間らしい肌色が林檎の如き赤へと変わる。

 

 

 

「そりゃ良かった。怒られたらどうしようかと」

 

「褒められて怒ることなんてありませんよ。…あら?桐ヶ谷くん、先生が来たようです」

 

と言って坂柳は扉の方を見つめる。時間は教室に着いてから既に30分ほど経っていたようだ。始業を告げるチャイムが鳴ると共にスーツを着た一人の男性が扉を開けて、教室へと入ってくる。

来たか、真嶋先生。

アニメで見たものと同じく髪は短く、歳は中年に差し掛かっているとわかる。先生は教卓に色々な書類を置くと皆を見つめるように手を置いて話を始める。

 

「おはよう、Aクラス諸君。私はAクラス担当の真嶋 智也。担当教科は現国だ。予め言っておこう。この学校において、学年ごとのクラス替えは無い。卒業まで私が3年間君たちの担任、ということになる」

 

うん、知ってる。

全て俺の知識と全く同じ事に内心安堵する。3年間のクラス替えは無し。まあ真嶋先生が現国担当ということは知らなかったが。

そんな事を考えていると前の席からとある資料が配られる。確かこの学校についてのルールに関しての資料だったか。

ページをぺらりぺらりと捲り、あまり深くは目を通さずに重要な情報だけを叩き込む。昔テスト前日に教科書でチェック入れたところだけを見た経験が生きているようだ。

数分見て重要だなと思えるものを挙げよう。

 

〇全学生は敷地内での寮を生活拠点に学校生活を送る。

〇在学中は特例を除いて肉親含む外部との連絡を禁ずる。

 

勿論、連絡が出来ないということは学校の敷地から出ることも出来ない。ここまで知識と合致すると逆に後ろめたく思えてしまうな。カンニングしているみたいで。他には学校内の施設の紹介記事がある。カラオケとかそういう類の娯楽施設だ。3年間、景色に見飽きるということを除いて退屈する事は無さそうだな。

 

「皆、おおよそ目は通したか? 今から配る学生証は一種のカードになっている。これを使ってその資料に書いてある施設の利用や売店などで色々なものを購入することが出来る、簡単に例えるならクレジットカードだ」

 

はい来たクソシステム。開幕10万ヒャッハー!とか言えるのは最初の内だけだろう。後々貯めておかないといざと言う時に詰んでしまう。俺の節約生活が決まった瞬間であった。まあ、Aクラスは確か最初の1ヶ月を過ぎても9万は貰えるから貧乏生活を極める必要は無さそうなのだが。

 

「施設ではこのカードを通したり提示する機械が設置されている。バスや地下鉄でのカードと使い方は同じだ。それで、そのポイントだが毎月1日に自動的に振り込まれるシステムになっている。君たち全員には最初、10万ポイントが支給されている。普通のポイントカードと同じく1ポイントは1円と同じ価値を持つ」

 

真嶋先生が淡々と告げた瞬間、やや弱い喧騒が辺りを包む。そりゃあ驚くだろうな。とりあえず入学祝いで10万渡すから好きなもん買えって言われてるのと同じですもの。まあ、葛城さんとか隣の坂柳を見れば至極冷静に佇んでいたが。クラスのリーダーマジパネェっす。

 

しかし騒がしくなったのは一瞬で、すぐに喧騒は鳴りをひそめる。流石Aクラスと言ったところか。表面上は皆冷静を装い始めた。

しっかしこのシステム本当に大丈夫なんですかね。日本からしたら赤字でしか無いだろうに。ああでも、毎年Aクラスから優秀な人材が社会に出て貢献すればチャラになるのか…?

 

「おや、もっと驚くものだと思ったが。冷静な者が多いようだ。知っての通りこの学校は実力で生徒を測る。入学した時点で君たちにはそれほどの期待が込められているということだ。何に使うも自由だが、無駄遣いだけはしないようにな」

 

そこの生徒A、俺には見える。一見冷静そうだが額から汗が零れているな、動揺している証拠だ!

とまあ、名も知らぬ生徒を観察していると真嶋先生はあと1時間で入学式が始まるからそれまで自由に過ごしてくれと言って教室から退出した。

 

戸惑いと静寂で包まれた教室は瞬く間に崩壊した。と言っても、ぎゃーぎゃー騒ぐほどでは無かったが。

 

「学生に10万ものお金を与えて良いのでしょうか」

 

坂柳がこちらに顔を向け話しかけてくる。当然の意見だ。

 

「さあな。ま、大金に目が眩む奴は多そうだけど。ほら」

 

目の前の小集団の話が聞こえてくる。

 

「なあ、帰り早速カラオケとか行こうぜ!贅沢に飯とかも頼みまくってさ!」

 

「おっ、いいなそれ。お前もどうだ?」

 

「俺?まあいいか、とくに予定もないし。乗った」

 

ほらな?Aクラスと言えど学生は学生でしか無い。甘い蜜を垂らされれば吸い付くし、美味い話があれば飛び込む。きっと教師達はこういった点も観察しているのだろう。この高度育成学校とやらはそういったところも嫌らしく評価に入れそうだからな。

 

「…扱いやすそうな人達ですね」

 

はい聞こえましたよ。聴き逃しませんでしたよ俺。ほら黒い。坂柳さん超黒いよ。やはり裏の性格はそういう感じか。半ば諦めていたのでショック自体は大きくないが。今の時点で目の前の奴らと同じ扱いされていないし。それに先程俺はもう坂柳派閥に入ると決めた。よって今口にする言葉は一つだけだ。

 

「そうだな。馬鹿は扱いやすいからな」

 

出来るだけ淡々と。冷静を装って坂柳に笑いかける。すると坂柳は一瞬だけその双眸を見張ったが、瞬時に戻し同じように微笑んだ。

 

「聞こえていましたか」

 

「隣だしな、そりゃ聞こえるだろ」

 

「ふふっ、まあいいですけれど」

 

「割り切ってんな。それより坂柳」

 

「なんでしょう?」

 

「さっきのセリフからして、このクラスをまとめる気か?」

 

まとめるというより支配する、という意味でのセリフだったんだろうなさっきの。そんな純粋なものではなさそうだしな。と、皆がポイントの件について話している中、俺たちだけ異質な会話を繰り広げる。

 

「…そうなりますね。それが何か?」

 

「なら、行動はさっさと起こした方がいい。ほら、あのハゲを見てみろ」

 

俺たちから右斜め前、現時点このクラスの中で8人で構成されているグループがある。その中心には葛城康平の姿が。そこを指さすと坂柳は俺が何を言いたいかを察したようだ。だが同時に俺に訝し気な視線を向ける。未来を知っているからと言ってやはり不自然な発言だったか…?

 

「桐ヶ谷くんは私の心を見透かしているようですね」

 

「そ、そんな事は無いぞ…?」

 

「…まあ、それは後でじっくり問い詰めるとしましょうか」

 

そう言って坂柳は、見た目に合わない美しく妖艶な笑みで俺を見つめる。

きっと俺の顔は林檎のように真っ赤に染まっているだろう。それも仕方ない、転生する前の15年含めても、今坂柳が浮かべているようなこんな笑顔を見たことは無い。端的に言おう、一目惚れした。

お前ちょろすぎだろ、とか言われそうだが少し待って欲しい。坂柳 有栖という少女の容姿はそれ程までに美しいのだ。某TRPGのステイタスで例えるならAPP18だ。いや、もう20まである。

俺の眼は目の前の少女に釘付けになっていた。視界に坂柳以外の何も映らない程に。

 

「桐ヶ谷くん?」

 

「ッ…な、何でもない!」

 

何でもないわけ無いだろうに。あー、駄目だ。顔の熱が取れない。ぱんぱん、と顔を叩いて強制的に自分を冷静にさせる。もう大丈夫だ、とやや目を逸らしたまま坂柳に告げると彼女はならいいですが、と意味ありげに笑ってから席を立つ。

 

「皆さん。話に花を咲かせているかとは思いますが少しよろしいでしょうか?」

 

透き通るソプラノの音。急に立ち上がり声を放った坂柳に皆の視線が集中する。この辺りは坂柳の生まれ持ってのカリスマもあるのだろうなと未だ浮ついた心を落ち着かせながら冷静に分析しては俺も立ち上がる。

 

「既にグループも出来ているとは思うが俺たちはこれから3年間一緒なんだ。軽い自己紹介でもして、交流を深めないか?」

 

今、男尊女卑という悪しき風習は消えているがそれでも中には女を下に見る男もいる。勿論、ほんのひと握りの奴だが。現に今、俺が声を出す前に坂柳が号令をかけた時に杖をついているその姿ににやけた奴がいる。後でそいつの名前を聞いて死のノートに名を記すとしよう。と、話が逸れたが、その状況だと真に坂柳がクラスを支配することがしづらくなる。本来なら、この呼び掛けをしたのは葛城だったかもしれない。Aクラスの細かい事情など俺は知らないからな。俺のせいで坂柳がクラスの中心に立てないなどあってはならない。そう思っての行動だ。

 

すると、やはり一番最初に口を開いたのは葛城康平だった。

 

「賛成だ。男子から席順に自己紹介するのがベターだと思うがどうだろうか」

 

「はい。私もそう思います。皆さん、よろしいでしょうか」

 

葛城と坂柳の声に反対の声を挙げるものや不満の声を漏らすものは誰一人として居なかった。そして流石葛城さんだな。俺たちに話を進めさせると思いきやちゃっかり自分もまとめる側に回っている。そう簡単にリーダーの座は譲ってくれなさそうだ。

 

「その前にまず俺たちが自己紹介した方が良くないか?緊張しているやつもいるだろうし、な」

 

にこっ、と表面上は好青年を装って葛城に笑いかける。葛城は構わない、と表情を変えずこちらを見つめる。おいおい、俺を見たって何も無いぜ?

とまあ、ふざけるのもここまでだ。学校生活の大半は自己紹介で決まると思っている。割とマジで。最初に自分の内を晒すこの自己紹介というイベントにおいて失敗は基本的に許されない。うぃっす俺、桐ヶ谷黎耶でぃーす!とか馬鹿みたいなのは論外だしぼそぼそといかにもコミュ障です、と言っているようなものもNGだ。無難に落ち着いて。性格イケメンを装うんだ。何年もやってきただろ?……なんで何年もそんな風にやってきてもてなかったんだろうな。女心わっかんねえ。

 

「っと。俺からいこうかな。桐ヶ谷 黎耶だ。趣味は色々とあるけどサッカーとかバスケとかはよくやるな。後、勉強もそこそこは出来るから何か困ったことがあれば聞いてくれ。あと細かい事は皆の自己紹介終わってからで。んじゃ、3年間よろしく!」

 

最後に自分が出来る最高の笑みを皆に向けて席に座る。

うん。これで間違いない筈だ。これで中学は上の中くらいのカーストで過ごせてきたんだ。周りからは拍手が起こる。女子からはサッカー出来るんだー、とか男子からはノリ良さそうだなぁ、とかちらほら聞こえる。

や っ た ぜ 。

ふっ、見たか中学教師よ。文句のつけ所が無いが褒める所もない?前言撤回してもらおう。このコミュニケーション能力を褒めてくれ!あ、俺転生してたわ無理だったわ。

 

「…ふぅ」

 

「良い自己紹介でしたね、桐ヶ谷くん」

 

「ま、これくらい出来ないとな」

 

「それじゃあ次、いかせてもらう。葛城康平だ。小学中学は生徒会に入っていて、今年も入るつもりだ。この見た目もあって話しかけづらいとは思うが気軽にどうぞ話しかけてきてほしい。それでは3年間よろしく頼む」

 

またも拍手が巻き起こる。それもその筈、最後に葛城は俺よりよほど男らしい笑みを浮かべた。ふっ、とかそんな感じ。頼りがいがある男ってハゲてもモテるんだろうな。女子からは嫌がる声は全く聞こえない。男子からも同様だ。むしろかっけえ!とか好意的なものが耳に入ってくる。

 

ふむ。まあ確かに某進撃するティターンの金髪のガチムチ男に似た頼れる兄貴って感じだな、実物を見ると。

 

葛城が座った後に今度は坂柳が立ち上がる。

 

「それでは私ですね。坂柳有栖です。この通り杖をついていますが、体育以外では普通に学校生活を送れますので皆さん、是非お気軽にお話しに来て下さいね」

 

にこっと魅了するような笑顔を作れば大半の男はその直撃を食らったようで顔を赤くして固まる。女子からも概ね好意的な声が向けられている。身体は大丈夫?とか、可愛いなー、とか。でもね皆さん、きっと一か月もしないうちにこの子の支配下に置かれるからね。覚悟しておいてね。

しっかしやはり表面上はただのか弱い女の子だな。どうやってクラスの手綱を握るのか楽しみになってしまった。

 

と、坂柳の自己紹介も終わり葛城の言った通り一番左の男生徒から自己紹介が始まっていく。中には町田や神室など聞き覚えのある名前が聞こえてくる。数十分経ち全員の自己紹介が終わると、やはりというか何というか。葛城の元に半分、坂柳の元に半分人が集まっていく。その比率は葛城には男子8の女子2の比率だろうか。対するこちらはその逆だ。男子2の女子8。

 

「大分人集まったな」

 

「そうですね。ありがとうございます、桐ヶ谷くん」

 

「俺は何もしてないって」

 

礼を述べる坂柳に首を横に振る。しっかし坂柳に絡むということは俺もトップカーストに居なきゃいけないということか。別に嫌ではないが人付き合いとか面倒くさそうだな、と。昔は適度に遊びに誘われてって感じだったから気楽だった。

と、この先の事はどうしようかと考えているとにやにやと笑う女子が俺たちを見て大声で質問をしてきた。

 

「ねぇねぇ、坂柳さんと桐ヶ谷くんは付き合ってるの!?」

 

「は?」

 

思わず変な声が出てしまった。失礼失礼。

いや、冷静を保っているが内心はヤヴァイ。

とりあえず付き合ってる訳ないだろ、とぎこちなく笑って返す。あかん。落ち着け俺。

 

「そうなんだー、いやさー、仲良さそうだったし?」

 

おいちょっとそこの男子?俺を睨んでたと思えば付き合ってないと聞いて安堵の息を漏らすな。ぬっころすぞ。当の坂柳さんを見てみるが、少し耳が赤いような。まあ気のせいだろ。すると、坂柳は俺の肩を叩いては携帯を出す。………ああ、連絡先か。

 

「ふふっ。それは置いておいて、皆さん連絡先を交換しませんか?」

 

「さんせーい!坂柳さんの初めては私だからなー桐ヶ谷くん!」

 

「お、おおう…。別に何番目でもいいけど。っと、んじゃ俺たちもやろうぜ」

 

適当にこの場に集まっていた男子たちと携帯を開く。よろしくなー、と軽く挨拶を返し男子たちと連絡先を交換し終える。続けざまに女子たちの連絡先もゲット。俺の人生でクラスの女子の連絡先こんなに手に入ったの初めてかもしれねえ。

 

「それでは桐ヶ谷くんも、お願いします」

 

「ん。よろしくな、坂柳」

 

「ええ、これから」

 

俺にしかわからない程度に裏を感じさせる笑顔を。やめてね。その笑顔俺に効果抜群なの。…まさか確信犯!?いや、流石にこの短時間で俺の性癖に気づかないだろ。

 

「あ、皆さん。そろそろ始業式のようです。今日の授業が終わり次第交流を深めるという意味でレストランに行こうと思うのですが、不都合な方はいますか?」

 

坂柳のその提案に首を振るものは居なかった。ちらっと葛城グループを見てみるがあちらもあちらで放課後どこかの施設に行くようだ。早くもAクラス二分されてるんだが?と、坂柳派閥(仮)のメンバーたちを一人一人見つめる内に始業式が始まる予鈴が鳴った。

 




気づいたら7000字だった。手が勝手に動いていたんです。
ちょろすぎる桐ヶ谷くん。

2019/7/16
加筆修正中


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3. 早くも坂柳の手下になりました。

どーも、ジグです。
タグに神様転生を追加しました。朝起きれば新着メッセージが届いていて、誰からかと思えばまさかの運営。内容は神様転生を追加しろとのことでした。私、神様転生を神様が人間となって転生する意味と思ってまして。いやはやお恥ずかしい。
とまあ、前書きはこの辺りに。まだ評価透明の2話時点でお気に入りが80人もいて戦慄してます(真顔)

*修正
クラス人数を25から40へ、作者の勘違いです。申し訳ありませんでした。


──指導者とは、自己を売って正義を買った者だ。

 

 

哲学者ソクラテスの言葉だ。いやはや同感だ。偉人たちはやはりすごいな。

Aクラスの指導者足り得る人材は二人に限られる。葛城と坂柳。そしてその両方とも自己を売り、つまるところ積極的にクラスメイトと接触し、正義を買うのに長けた人物だ。ここでいう正義はきっとクラスメイトからの信用、友好なのだろう。坂柳だって最初から支配出来たら葛城の介入する暇なくクラスメイト全てを取り込んでいた筈だ。

まあそれはともかくとして。この世界で正義は民意と等しい。日本人は基本的にマジョリティ、多数派だ。ここで一つ考えてみてほしい。とある教室があったとしよう。その中には五人で構成されているグループと、一人ぼっちで本を読んでいる男子。

貴方はどちらと絡みたいと思うだろうか。勿論一人ぼっちな時点でその男はクラスメイトからは厄介者として扱われている。大半の人は前者を選ぶ。それが日本人のマジョリティだ。

 

「…桐ヶ谷くん?」

 

人が多い方に付いていった方が楽だし、責任も分散される。それに自分が間違っていても多数派ならその多数派全員が間違っていることになるから大した辱めを受けることもない。反対に、一人ならば責任はそいつ一人に全振りだ。間違っていても間違っているのは一人だけだし、他の多数派からは間違ったとして嗤われる。皆そのリスクが怖いのだ。

 

「んんー? 桐ヶ谷くんがどうかしたの、坂柳さん?」

 

「桐ヶ谷どうした? 立ったまま寝れる人材とか?」

 

それが顕著に現れるのは学校だ。嫌だった奴も多いと思う、教師にここ解いてみろと当てられるの。あの場合答えるのは当てられた自分だけだからな。答えない多数派と違って強制的に少数派に変えられる。そしてもし間違われればカーストが低いやつは総じて裏でくすくす嗤われる。

 

「いえ、先程からずっと固まってまして…」

 

前置きが随分と長くなった。つまるところ俺が何を言いたいかというと。坂柳と葛城とのクラス抗争、勝つ鍵は支持する生徒の数だ。

 

「っと。ごめんごめん。考えごとしててさ。んで、何だっけ?」

 

「しっかりしろよなー。今からファミレス行くんだろ?」

 

「あー、そうだったな。悪い坂柳、皆。時間取らせた」

 

いかんな。つい深く考えると周りの音が聞こえなくなる。そうだった。確か入学式を終えて今日はもう放課ということで皆でファミレスへと行くんだった。生徒会長安定だったなぁってことくらいしか覚えてないでござる。苦笑いを浮かべる俺に皆は茶化すように気にすんなよって笑って返してくる。あー、Aクラスの人たち良い人ばっかだな。ありがてえ…。

 

「気にしていませんよ。さ、行きましょうか」

 

「りょーかい。階段とかある場所大変だったら言えよ?」

 

「桐ヶ谷くんは優しいですね。大丈夫ですよ」

 

日常生活は問題なく送れますので。と微笑んでは皆を先導するように中心を歩き、それに付いていく形で他のクラスメイトが坂柳の周りを歩いていく。放課後すぐということもあってかまだ人は少ない。きっと大半の人は教室にいるのだろう。初日に各クラスの首脳陣を見れておけば良かったのだが。

と、情報を整理していると隣から肩をどつかれる。坂柳に扱いやすいとか言われてた男だな。

 

「なあなあ桐ヶ谷。お前坂柳さんとどういう関係なんだ?」

 

「グイグイ来るなお前…。黎耶でいい、あと別に何もねえよ」

 

「嘘だろー? 今も自然に隣に居たしよー」

 

ああうっぜ。クラスに一人はこういうやつ絶対いる。男にも女にも他人の恋愛事情に絡んでくるタイプの人間が。話しかけてこないやつよりはずっとマシだがそれでもうざい。つーか名前知らねえ。後で坂柳に聞いとこ…。

 

「ただお前らより早く知り合っただけだっての」

 

「じゃ、じゃあさ!俺が狙ってもいいよな!」

 

うっわぁ、わっかりやす…。つーかお前、隣に坂柳いるのわかってんのか?何こいつ池とか山内と同じ人類じゃね?何でAクラスなの?まあいいか、坂柳に冷静に振られる未来しか見えな……………待て。よく考えろ。

 

〇こいつ(以降モブ男)が坂柳に告白する。

〇坂柳にこっぴどく振られる。

〇モブ男が坂柳に悪印象を抱く可能性がある。

〇悪印象を抱いた場合モブ男は坂柳派閥から離れ、葛城派閥に入る。

〇そしてその葛城派閥に坂柳に悪い噂が流れるかもしれない。

 

ここまでいけば葛城派閥の連中を坂柳派閥へと引き抜く事は不可能に等しくなる。一度流れた噂は消えようとも、噂はが流れた人物としてそれだけでステイタスが落ちる。それだけは避けなければならない。

 

「駄目だ。坂柳が疾患あるの知ってるだろ。恋仲でも作って無理させたらどうする」

 

「…ぐぬ。で、でもよ」

 

「それで体調崩した時、“お前のせいで坂柳が体調を崩した”って噂が流れるだろうな?」

 

お前のせいで。これは今、学校が始まってすぐに人にカマかける言葉としては最善手だ。特にこの学校は同じクラスのまま3年間を過ごす。そんな状況で、一年生の前期に悪い噂でも流れたとしよう。さっきの通り、噂は消えても噂の張本人というレッテルは残り続ける。この一撃(言葉)は相当なダメージを与えた筈だ。

 

「ッ!わ、わかった。…アイドルとして信仰はしとくけど」

 

「おい」

 

まあそれくらいならいいだろ。逆にこいつの交流網が発達すれば坂柳派閥が増える可能性も生まれる。更にいえば他クラスにも、だ。まあ、坂柳さんそんなの関係なく支配すると思いますけどね!

 

「あら、何の話をしているんですか? 桐ヶ谷くん」

 

「坂柳…。今のはわざとか?」

 

「さあ? どうでしょう?」

 

そう言って坂柳はまたも意味深に笑う。だからそういう笑顔やめような。もっと坂柳派閥発達させようって張り切っちゃうから。この笑顔のせいで坂柳派閥を大きくさせようって決めたんだ。全く、男ってのは単純な生き物に作られているから困る。笑顔一つで従ってしまうんだから。

 

「はぁ。っと、そこ階段だ」

 

「あら。ありがとうございます、桐ヶ谷くん」

 

「ん」

 

「危うく転ぶところでした」

 

「言っておいて良かったよ」

 

冗談げに言葉を放つ坂柳に肩を竦め返す。

こういうやり取り憧れてたんだよな。こう、互いに心をある程度読み取れてるけど、言葉にしない的な。言葉にしなくてもわかるぜ的な。まあ、俺がわかるのは転生してるからなんだけど!この人に初見対面とか無理、勝てる気しない。操られて終わり。

 

周りを見渡せば坂柳の元に集まった男女が仲良く会話している。女と女、男と男、というところもあるが男女混ざって話すグループもあるようだ。どれも周りに響く大音量と言う訳ではなくある程度節度を持って話している様子だな。何だよAクラス、一部を除いてマジで有能じゃねえか。これはこれで扱いやすいだろうな。Dの方がよほど扱いづらいか、高円寺さんとかいるし。あそこは良くも悪くも個性的すぎる。

 

「ふふ、見えてきましたよ」

 

「っと。…うわぁ、おしゃれなレストランだなおい」

 

思わず溜息が出てしまった。

何だよあれ。ファミレスじゃねえよ中堅クラスのお洒落そうなレストランだよあれ。ポイントは日常品を買う以外にも裏で暗躍するのに色々と使うだろうからあんまり使いたくねえんだよなぁ。当面の目標も決まってるし。…まあ、初日くらいはいいか。

 

「んで、今回の目的は?」

 

「あら、目的なんて食事の時に合わない言葉ですね」

 

「生憎と、坂柳みたいな知り合いがいるんでな。大体わかるんだよ」

 

「珍しい知り合いもいるものですね?」

 

あっやべ、目逸らしてしまった。怪しまれただろうな。まあ、知り合いというか貴方なんですけどね。原作の。というかあくまでも知らない振りを貫くんですね坂柳さん。人がいる所では話せないということか。

 

「そうだな。…ま、食べ終わって皆解散した後でいいか」

 

「ええ。前の件も合わせてじっくりと問い詰めさせてもらいます」

 

「ははは。お手柔らかに頼みたいもんだな」

 

「ふふ、どうしましょうか」

 

結構楽しんでますね坂柳さん。偶に垣間見える微笑みが俺のストライクゾーンに直撃してんだよ。ま、こんな可愛い美少女に使われるんなら本望だ。

と、俺たちが話しながら歩いていると見えていたレストランに辿り着いたようで。

 

「さあ、皆さん入りましょうか」

 

 

 

それで、皆おー!とか声を挙げ店内に入った訳だが。内装もこれまた無駄に凝ってるんだよな。やや暗い店内を照らすのは燦然と光るキューブ状のランプ。それが等間隔にシンメトリー、左右対称になるように配置されている。隅には観葉植物も置かれていたり、それこそ実際に大都市にありそうな感じのレストランだ。顔立ちの整った男性に席を案内されここに居る20人全て許容出来るテーブル席へと辿り着く。

 

んでまあ、席に座る訳だが。

 

「おい桐ヶ谷ー!坂柳さんの隣とかずるいぞ!」

 

「ああ、これは少しばかり話をしなければならないな!」

 

「でも坂柳さん嫌がってないよねー」

 

「やっぱりあの二人実は…!?」

 

こういう事だ。男はまだいい。おい女子。そういう恋愛系の話大好きだな。何もねえから。俺が一方的に惚れてるだけだから。つーかこの調子で支配下に置けるのか?…ああでも、そうか。現状ではまだ友人という関係性でいいのか。1ヶ月後のポイント発表、もといクラスでのポイント争いになってから本格的にまとめるくらいでいい。その時期になれば色々と操れるような案件も出てくる。直近で言えばテストとか。

 

「話って何だよ。あー、坂柳、女子と代わるか?」

 

「いえ。今から移動するのは桐ヶ谷くんも面倒でしょうしこのままで構いませんよ」

 

「だとさ、男子共」

 

「ぐああああああ!?」

 

「覚えておけよ桐ヶ谷…!」

 

あーっ、あー。なんか男子から喧嘩売られてるんだが?確かあいつ橋本か。あの、アニメで坂柳に連絡取ってた小物系男子。こりゃ扱いやすいわ。ちょっと囁くだけで忠実な手下になりそうですね、坂柳さん。

その坂柳と言えば、何が楽しいのかくすくすと笑っている。こっちはあなたのせいで男子との交友関係詰みそうなんですが。まあそうなったら坂柳と行動すればいいと思っている俺ガイル。

 

「あーわかったわかった、文句は後で聞くからとりあえず何か頼もうぜ」

 

と言ってメニュー表を見る。

うん、……うん?2000ptとか見えるけど幻覚かな?おいおい、一つのメニューで2000ってなんだ2000って。ふざけんな。一番安いの頼むの安定だろ。そうそう、ここは無難に日替わり定食とか。こんなお洒落そうなレストランなのに日替わり定食とかあるのに驚きだけどな。あ、俺が情弱なだけ?

 

「んじゃ俺はこれで。坂柳はどうする?」

 

「ふむ。私は軽いもので大丈夫です。スープとかはあるでしょうか」

 

「あるな。野菜スープからコンソメスープまで様々」

 

「それでは野菜スープを。後はこのドリアで」

 

ああなんだ。普通のドリアか。ミラノ風ドリアとか言ったら某千葉県民の聖地が思い浮かんでしまう。相当重症だな、アニメの見すぎか。

 

「皆さん決まったでしょうか?」

 

「おーう!」

 

「はーい!」

 

「決まったみたいだな。注文いいですかー?」

 

「ただいまお伺いします」

 

スっとした佇まいで落ち着いた雰囲気を放つ男性店員が全員の注文をメモし、それをすぐに厨房へと指示する。うん、仕事が早いな。この学校の街の店員は全員そんな教育されてんのか?

 

十数分すると全員分のメニューが出され、各人の前にはそれぞれ頼んだ品が置かれている。それを確認した坂柳がグラスを持って口を開いた。

 

「入学式の放課後という貴重な時間に集まって頂きありがとうございます。少ない時間ですが、この時が皆さんにとって楽しいものになれば私も嬉しいです。…桐ヶ谷くん、後は頼みました」

 

「えぇ…。…んじゃまあ、ここに居る全員の入学を祝って、乾杯!」

 

皆俺に続くように乾杯、とグラスを掲げ、食事に手を付ける。

実は坂柳さん、こういうレストランに大人数、それも同級生集めてくる経験ないだろ。まあそんな初めてのものを簡単に行える時点ですげえけどな。俺じゃ無理だ。ほら、平凡な秀才ですし?常に安牌。

俺も料理を食そうかな、と思った辺りで坂柳がとんとんと俺の肩を叩いてくる。何かなと思って耳を貸すと、耳元でこんなことを囁かれた。

 

「桐ヶ谷くん、皆の皿が空になった辺りで私から話があると伝えて下さい」

 

ゾクッとする感覚が背筋に染み渡ると共に内容も理解する。

坂柳の声量では後ろまで届かないかもしれないから一度場を静かにして坂柳に視線を集めて欲しい、と。

いや、それはお安い御用なんですけどね?囁いたのわざとだろ坂柳さん。ぼそぼそ話す程度でいいでしょうに。洗脳かなにかされるかと思ったわ。

了解、とだけ返して今坂柳と話などしてないというように周りに認識させるために日替わり定食へと箸を動かす。

 

「おっ。桐ヶ谷それ美味そうだな、もーらいっ!」

 

「なっ、おまっ!」

 

隣の男子……あー、確か…清水?原作にも名前しか出てこなかったような。つーかAクラス40人全員名前割れてるのか?そんな深いところまで読み込んで無いからなぁ、後々命取りにならなきゃいいんだけど。まぁとりあえず仕返しするように清水の皿から肉を一つ奪い取る。うん、OC。

 

「ふっ、奪ったら奪い返す。当然だろ、清水?」

 

「くっ…、手が早いな桐ヶ谷…!」

 

「黎耶でいい、そしてその言い方は誤解を招くからやめろ」

 

「別に間違っても無いだろ、坂柳さんと仲良いし」

 

俺も直樹でいい、と言われ無事呼び捨てに。というか直樹って名前だったんだな。知らなかった。まぁとりあえず初の男友達ということで。

 

「お前らその話題好きだなぁ…、何もないって言ってんのに」

 

「何もないことねえだろ黎耶ー。つーか、さっき歩いてる時も話題に上がってたし」

 

「マジかよ…。登校初日からとかありえねえだろ、普通」

 

「まあそりゃそーか。って、味噌汁が冷めちまう。黎耶、食おーぜ!」

 

「はぁ。そうだな、食うか」

 

直樹以外にも色んな奴から話しかけられたがとりあえず全員呼び捨てでOKとの許可を取って終わった。ここまでは中学でもこなしたからな。コミュニケーションはゲームと思えばいい。話しかけられればギャルゲーのように脳内に選択肢を浮かび上がらせその通りに喋るだけ。

とまあ、そんな状態のまま20分ほど経ち皆の皿が空になった。坂柳がこちらを見て不意に微笑んだのでそれが合図だろう。何するかはよくわからんけどまあ、乗るだけ乗るのも一興だ。あ、今の笑顔も中々可愛かった。脳内フォルダに保管しておきますね。

 

「おっ、と。皆、ちょっといいか?坂柳から話があるってさ」

 

「おー?聞く聞くー!」

 

にこりと笑ってから坂柳は口を開く。さーてと、何を始めるんですかねこのお方は。

 

「ありがとうございます。楽しくなっているところすみませんが、今から少し真剣な話になります」

 

その一言で皆は静まる。あれ?もう支配できてね?笑顔一つでこの人今日集まったばかりの18人静めちゃったよ。とまあ、そんな事を考えている内に坂柳は本題に入る。

 

「皆さんは今日、学校から金銭に換算して10万もの大金を手に入れました。…何か疑問はありませんでしたか?」

 

「疑問?」

 

「よく考えてみてください。真嶋先生の話では毎月1日にプライベートポイントが振り込まれるそうです。となると、1年で皆さんは120万ポイントを手にしますね?」

 

「120万!確かにそうだね…、坂柳さん、それで?」

 

そうだ。誰も授業中に居眠りとか携帯を弄るとかしないで、何も失態を犯さず1ヶ月を過ごせば確かに毎月10万。今の時点ではポイントは増減することを皆は知らない。だから皆120万貰えるという事実に嬉しそうに驚く。でしょうね、こんな美味い話ないだろうし。

 

「はい。この学校は一クラス40人。全学年を数えれば、退学者を居ないものと考えると480人が在籍しています」

 

「…ああ、そういう事か」

 

「ん? どういう事だよ黎耶」

 

「生徒に一人毎年120万。それを480人全員に、ってこの学校は1年で生徒に何円払ってる?」

 

「おー、待て待て。120万を480でかけて……5億7千万!?」

 

直樹の言葉に坂柳と俺以外の皆は目を見開く。当然の反応だ。ただ学校に居る生徒に毎年5億もの大金を無償で与えているのだ。幾ら国が運営しているとはいえ一学校に払う額では無いだろう。

 

「その通りです。学校は私達に1年で5億以上ものポイントを与えていることになります。とまあ、話は変わりますが皆さん、綺麗なバラには刺がある、という言葉を知っていますか?」

 

流石はAクラス。坂柳のこの一言で察したようだ。このSシステムには必ず何かしらの裏がある、と。さっきまで馬鹿みたいに騒いでいた直樹や他の男子たちも今は神妙な顔つきで何かを考えている。

 

「皆さん察しが良いですね。この話には必ず裏があります。私の考えですが、きっと4月に10万ポイントを基礎の点数として与え、1ヶ月毎に各クラスが問題を起こすと減点されたりするものでしょうね」

 

「も、問題って?」

 

「そうですね…。ここは学校ですから、例えば授業中の居眠りとか、やらないとは思いますが携帯を弄ったりとか、でしょうか」

 

その瞬間、何人かの男子と女子がビクッと身体を跳ねさせる。うん、君たち寝ようとしてたでしょ。安心して。俺も転生してなかったらきっと寝てるから。とまあ、恐ろしい程に未来を先読みしている坂柳だ。つくづくハイスペックだなと思い知らされる。俺では到底敵わないだろうな、と。

 

「答えは1ヶ月後にわかります。ですので、それまで、極力居眠りやそういった行動は起こさないようにお願いしたいのですがよろしいでしょうか? 皆さんも、お金はあればあるだけいいでしょう?」

 

「おっ、おお!そりゃそうだ!こ、これが当たってら坂柳さんすげえな!」

 

「明日他の奴らにも伝えようぜ!」

 

と、モブ男くんが発言したところで。

 

「いえ。それはやめて頂けると助かります」

 

「坂柳さん? どうしてだ?」

 

葛城派閥を貶める為なんて言えませんよね。

どう言うのだろうか、と少しわくわくしながら坂柳の解答を待つ。

 

「それでは居眠りなどで減点されるかわからなくなります。多少のリスクは負うべきでしょう」

 

「あー、なるほどな。わかったぜ坂柳さん!」

 

「それに加え私が話したということは1ヶ月後まで内密にお願いしますね?」

 

皆頷く。綺麗にまとめるな、坂柳。公式チートだろこんなの。まあそんなこと言えば龍園もチートなのだが。あいつのスペックほんとおかしい。男として完全敗北してるわ。

 

「ありがとうございます。それでは皆さん、1ヶ月後を待ちましょう。私からは終わりです」

 

ぱちぱちと拍手が起これば、坂柳はにこっと優しげに微笑む。皆これ当たってたらやばいよなー、とか私授業中友達とメールするつもりだったー、とかちらほらと聞こえてくる。これが当たるんだよなぁ…。この時点で坂柳はここに居る18人を完全掌握したと言っても過言じゃないな。初日で半分を取り込んだ。ハイスペックすぎるだろ。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

とまあ、それ以降も皆は適当に話して、18時になって解散した。ここで仲良くなった奴らがグループで寮へと戻る中、俺と坂柳は近くの川沿いの広場へと歩いていた。よく見ればここ櫛田さんの裏の顔発見現場じゃん。櫛田さんいない?そう思い立って辺りをちらほらと見渡すが人一人居る気配がない。でしょうね。

 

近くにあった椅子に坂柳と俺は腰掛ける。先程までのレストランとの喧騒とはかけ離れた静寂が辺りを包んでいる。春とは言えど18時を過ぎればやや薄暗い。どこか幻想的なこの時間で、坂柳はこちらを見つめた。

 

「今日はありがとうございました、桐ヶ谷くん」

 

「俺は特に何もしてない。話題は基本坂柳が作っていたろ」

 

「いえ。貴方がいなければ初日でここまで事が進むことはありませんでした」

 

え?マジで?俺まさか原作の歴史変えちゃった系?いやまあ、俺という存在(イレギュラー)がいる時点で原作改変なんだろうが、もうかよ。早いな。

 

「初日で、ってことはいずれはあの事を話すつもりだったんだな?」

 

「ええ。…まあ、前置きはこの辺りにしておきましょう」

 

と言って坂柳は立ち上がり川と歩道とを遮断する鉄柵の近くまで歩いていく。俺もそれに続き、その鉄柵へもたれかかる。

どう尋問されるんだろうなと内心すごい焦ってます。いや飛ばしすぎた。見た目凡人だからな、中身開けばいきなり自分の思ってることペラペラ喋ってくる男とか気持ち悪いでしょ。

 

「単刀直入に聞きましょう。桐ヶ谷くん。…貴方は何者ですか?」

 

「いきなりだな。何者もなにもどこにでもいる男子高校生だ」

 

「ふふ、冗談がお上手なのですね。…誤魔化さないで下さい」

 

「…はぁ。ま、誤魔化せねえよな。でも答えは同じだ。普通の男子高校生、ただの学生だ」

 

すると坂柳は拗ねたようにそっぽを向いた後、それ以上は追求せず別の質問へと移った。甘いな坂柳、俺は嘘は言っていない!嘘だッ!!とか見抜かれる心配も無いのさ!…なんで坂柳と戦ってる風なんだよ、俺。

 

「まあいいでしょう。…何故かはわかりませんが、桐ヶ谷くんの口振りからして、私の当面の目標は既に見抜かれているみたいですね」

 

「クラスをまとめあげる事、だろ?」

 

「ええ。私には目的がありますので。その為にはクラスの団結が必要になります」

 

「当たっててよかった。んで?」

 

「それをわかっていて何故桐ヶ谷くんが黙っているのかを知りたいのです」

 

そう言って坂柳はぐいっと俺に顔を近づける。その端正な顔立ちは月明かりに照らされてより妖しく、可憐に。幻想的な佇まいは今正に俺を魅了しようと視界から彼女以外の一切を奪う。うん、奪われました。駄目だわこれ美少女って罪すぎると思う。まあ、黙ってるも何も話す理由無いしな。

 

「俺はリーダー、って器じゃないし」

 

「だからリーダーの素質がある私に付いてきた、と?」

 

「まあ、そうなるな」

 

「でも、それなら葛城くんだってリーダーたり得るのでは無いですか?」

 

ぐっ。それを言われると弱いな。というかまだ顔近い。俺が少し顔を前に動かせばキスする距離だぞ恥じらいを持て恥じらいを。つーか俺冷静すぎん?転生して坂柳のことを知らなければ動揺して童貞歴15年の力を発揮するとこだった。せんきゅー神様。だがガチャのように転生させたことだけは許さねえからな。

とりあえずそれっぽい言い訳をしよう、そうしよう。

 

「確かに葛城もクラスをまとめる素質はあるだろうな。けどあいつはお前ほどのカリスマはない。証拠に今日坂柳のとこに集まったのは俺含め19人、一方葛城の方は10人だ」

 

9人の差はかなり大きいだろうな。それにあちらは男子が中心だ。この後のクラス抗争では妨害工作に簡単に引っかかるだろう。ただでさえCクラスに化け物がいるってのに、葛城に任せるのは最善手とは言えない。

あ、残りの9人は知らないっす。神室さんは居たけど。やっぱりこの時点じゃ坂柳とは対等なんだろうな。弱み握られてないし。

 

「それだけの理由で私を選んだと?」

 

今度は身体も近づけてくる。半分俺に寄り添うような形だ。思わず何してる!?と声を出すが坂柳さんはお構い無し。ちょっと坂柳さん?疾患持ってるんだからそんな無理しないで。いやご褒美でしか無いですけどね。色んなところが柔らかくて、うん…最高です。

そして坂柳は他にもあるでしょう?と。逃げ場は与えないというように笑っては問い詰める。…えぇ、これ言っちゃうんですか。俺人生初なんですけど。

 

「……からだ」

 

「もう一度言って下さい、よく聞こえませんでした」

 

難聴系主人公か!?いやすんません、俺の声が小さかっただけです。

 

「坂柳の、…お前の笑顔に惚れたからだよ」

 

「……っ!」

 

「こ、これ以上理由は無い!というかさっきから近いっ!」

 

一瞬、ほんの一瞬だけ坂柳は顔を赤らめた。が、俺の慌てる言葉を聞くともっと身体を寄せてくる。ちょっと、当たってるんですけど!?貧乳だと思ってたのに普通にあるじゃねえか!?

 

「ふふっ、では桐ヶ谷くんは私のことが好きなんですね?」

 

「…ああ、そうだよ」

 

思わず顔を逸らす。というか直視できない。無理。だって俺童貞だもん。自分で言ってて悲しいなと思っていると、頬をつままれそのまま顔を強制的に坂柳の方へと向かせられる。その顔は悪戯気に満ちていて、どう扱ってやろうかという完全なドSの顔である。ありがとうございます。

 

「納得しました。なら私に付いていく理由も、葛城くんに付かない理由も証明されますね」

 

「…そりゃ良かったな。あと付け加えるなら裏切ることもない、だ」

 

「ですね。…ふふ、貴方は頭がキレるでしょうし、いい人材を手に入れる事が出来ました」

 

人材とか言われてますけど全く持って問題ないねッ!今全身で感じ取っている坂柳さんの太ももとかその他諸々の為なら喜んで従うわ。リターン大きすぎるってこれ。

 

「お褒めに預かり光栄だ。大体のことは言うこと聞くさ」

 

「あら、それなら良かったです。では早速、頼みたいことがあるのですが」

 

「葛城と接触しろ、とか?」

 

「…ふふ、流石ですね。正解です」

 

まあこの時点で一番妥当な選択肢だろう。まだ一年はクラス同士で争うことになることを知らない。坂柳もまだの筈だ。であれば坂柳の目的とやらが何かは知らないが、当面の目標であるクラスをまとめることに関しての最大の強敵、葛城について調べなければならない。俺は男だしこの時ではまだ葛城には何の悪印象も抱かれていないだろうから適任だな。

 

「明日の昼休みとかでいいか?朝はきっと葛城のグループが周りにいて話が出来ない」

 

「ええ、構いません。…しかし桐ヶ谷くんは本当に不思議な方です」

 

「そうか?」

 

まあ転生してる身ですからね。というかまだ離れないんですか。いや全然離れなくていいんだけど坂柳さんは大丈夫なのだろうか。ほんと。

 

「はい。まあ、今日はこの辺りにしておきましょう。もう19時ですしね」

 

「そうだな。まだ購買にも行ってない。日用品買わないと」

 

いつの間にか時計の針は19時を指していた。辺りもここに来た時よりずっと暗くなっている。足元が見づらいくらいに。俺の言葉でようやく離れた坂柳は杖を持ち直して、服を正す。

 

「今日は本当にありがとうございました、桐ヶ谷くん」

 

「ん。こちらこそいいものをどうも」

 

いいものとは具体的に何かとは言わない。

とっても柔らかくていい匂いがしました。

 

「いえいえ。…それでは、私も生活用具を買っていませんし、一緒に行きましょうか」

 

「りょーかい」

 

と言って、歩き出す俺を止める。ん?他にまだ何かあるのか?

 

「桐ヶ谷くん」

 

「坂柳?」

 

 

 

「好きと言われて、嬉しかったですよ。桐ヶ谷くん」

 

瞬間。俺の中で世界の時が止まった。

その言葉と共に浮かべられた彼女の笑顔は今まで見たどれよりも輝いていて、可憐で、儚くて、美しかった。正に満面の笑みと言って差支えのないもので、視界から彼女以外の一切が消え、残ったのは彼女の周りに咲く幻想の花。花びらが舞い散るその光景は夢でも見ているかのように現実離れしていて、目の前の美少女は偽物なのではないかとさえ疑わせる。だが答えは否だ。確かに眼前の坂柳有栖という少女は本物だ。でなければ、こんなに俺の心臓の鼓動が高鳴ることも、俺の心が彼女しか考えられなくなることも、俺の顔が真っ赤に染まっていることも無いのだから。




気づいたら10000文字超えてました。誤字してないかな()
個人的によう実ってあまりラブコメ要素がない作品だと思ってまして。それが相手が坂柳の場合であれば尚更。ですので後半はああ言ったふうにさせていただきました。多少飛ばしすぎた感はありますが。


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4. 俺、スパイになるみたいですよ。

どーも、ジグです。
まずは、日間ランキング1位となりましたッ…!
なんかこう、いざ1位ってなっても実感が湧かないというか、モチベしか湧かないというか。とにかく、皆さんの期待に添えるようこれからも頑張っていきます。


 

 

 

 

 

 

──始めは、全体の半ばである。

 

古代ギリシアの哲学者プラトンの言葉だ。最初の1歩を踏み出すことが最大の壁になった、という経験は皆も体験したことがあるのではないだろうか。この言葉は学校生活にも当てはまる。例えば自己紹介の時とか。しつこいようだが一番最初に、皆に自分の第一印象を与え刻み込む自己紹介こそ学校生活において重要度は高い。緊張して噛む、くらいであれば問題は無いが挙動不審だったり声が小さかったりするだけで女子達からは煙たがられるものだ。

 

「あ、おはよー黎耶くん!」

 

「おはよー」

 

今のこの会話も俺が昨日あの女子と交友関係を築くという“始め”を乗り越えたからこその結果である。実際、友人というのはどちらかが嫌われるようなことを起こさない限り割と長く関係が続く。だからこそ始めは全体の半ば、なのだ。最初に下の名前で呼んでもいいか?と聞くことの辛さな。

と、いつものように哲学者の言葉を振り返って自分の席に座ると隣から声がかかる。

 

「おっ、おせーぞー黎耶!」

 

「なんだよ直樹、何かあったのか?」

 

俺が聞くと直樹は丁度教室の左側をを指さす。そこには緑髪のショートヘアーに、身長は俺と同じか少し下回るかくらいの細身の男が立っていた。…ええと、誰だっけあいつ。名前がもう少しで出てきそうなんだが。

あ、戸塚だ戸塚。下の名前は知らん。覚える価値無いでしょ。

 

「戸塚か。んで、あいつがどうかしたのか?」

 

「それがよー、朝からずっとうるさくてさー」

 

確かに耳を澄ませば隣の男子にぺちゃくちゃと周りの迷惑になっていることも知らないというように話している。ちょっと戸塚くん、その男子苦笑いですよ。内容は放課後どこに行くか、部屋に遊びに行っていいかとかそんなものだったがそれを大音量で喋る必要はあるのだろうか。

 

「あんな会話を一々騒ぐように喋る必要もないのになー」

 

「…ああ、直樹はああいう人種は初めてか?」

 

「いや、中学の時にも何人か居たけど。あーいうの嫌いなんだよな、俺」

 

まあそれには同感だ。そしてありがとな直樹。その前の言葉であいつの性格が大体掴めた。あれは自己顕示欲が強いタイプの人間だろうな。大方、“入学早々友達と仲良く話せてる俺すげー”だろうな。吐き気しかしないんだが。まあそれを直樹に伝えたところで特に何もないし同調しておくだけでいいか。

 

「そうだな、俺も戸塚みたいなのは苦手だ」

 

「だよなー!」

 

と、俺と直樹で会話に勤しんでいると、右隣に1人の女子が座る。

 

「おはようございます、桐ヶ谷くん、清水くん」

 

「おはよー坂柳さーん!」

 

「ん。おはよ、坂柳」

 

今日も今日とて俺の大天使兼小悪魔こと坂柳有栖さんのご登場です。うん、可愛いな。そして性格は黒い。登校二日目でも皆、坂柳の魅力に惹き付けられるのか俺たちの元に、正確には坂柳の元に視線が集中する。おい戸塚、てめえ何見てんだぬっ殺してお前も転生させて(ガチャ回させて)やろうか。やはり、疾患を持っているのか座るのにもひと手間かかるようで、ゆっくりと坂柳は席についた。いつか治ればいいんだけどな。

 

「桐ヶ谷くん、昨日は色々とありがとうございました。お陰様で良い学校生活を送れそうです」

 

「そりゃ良かった。また何かあったら、な」

 

「ええ、ではこれからも頼らせて頂きますね?」

 

坂柳がくすっと笑う。はい可愛い。駄目だ、坂柳といると語彙力が低下して可愛いしか言えなくなる。ちなみに坂柳の色々と、というのはあの夜の出来事の後の件も入っている。あ、あの夜の出来事って意味深ぽくて良いな。

と言っても、生活用品を購買で揃える際に坂柳の手では届かないところのものを取ったりとか、足りていないものは無いか確認を手伝っただけなんだけどな。ぷるぷると手を伸ばして、それでも届かなくて「…取ってくれませんか、桐ヶ谷くん」と拗ねてお願いしてくる姿はそりゃもう俺の脳内フォルダに焼き付いて保存されましたよ。あ、流石に坂柳さんの部屋には入ってないです。童貞ですし。女子の部屋に、それも好きな女子の部屋に入ったらきっと気絶する。無理。

 

「…やっぱりさー、黎耶と坂柳さんって」

 

「ねえよ」

 

「返事早ッ!?」

 

「桐ヶ谷くん、一体何がないのでしょうか?」

 

そう言って坂柳はにやにやと笑いかけてくる。絶対に意味知ってるでしょ坂柳さん。肩を竦めて女子にはわからないことだ、と苦笑で返すとおもむろに坂柳は携帯端末を取り出した。何をするというのだろうか。

 

「ふふっ」

 

「何かある風にしか見えないんだよなー…」

 

「おいおい、それ以上言うとお前に戸塚二号の称号を与えてやろうか?」

 

ニヤッと直樹に不敵に笑えば、やめろぉ!?と返ってきたのでしばらく追求することはないだろう。この脅し文句便利だな。なお、戸塚をよく思ってないものに限り。つーかなんであいつAクラスなんだろ。あんな小物感漂う男より、Bクラスの神崎くんとかの方がAクラスの適正高いでしょ。まああれでもアニメじゃ葛城くんの右腕みたいな役割になってたもんなぁ、よくわからん。

 

と、まだ話したこともない戸塚のことについて考えていると不意に腰に振動が走る。何だろうかと思い立ちその発生源のポケットから携帯端末を取り出す。普段は真っ黒な画面は新着メッセージを受信しました、と表示され煌々と光っている。誰からだろうなと思いメールを開けばこんな内容が。

 

 

 

『あの夜のことは、二人だけの秘密ですよ』

 

 

 

瞬間、俺の身体は携帯端末を隠すようにして机に勢いよく突撃した。バン、と大きな音が発生しぎょっとした皆がこちらを振り向くのが見えたが知ったことではない。今はそんなことどうでもいいのだ。

駄目だ。心臓がうるさい。ドキがムネムネしてる。仕方ないだろう。好きな女子からこんなことを言われれば誰だって悶える。今俺の顔は赤い果物代表の林檎より赤く染まっているだろう。文字通り茹で蛸のように。

 

ちょっと坂柳さんどれだけ俺の好感度上げれば気が済むんですかねえええ!? もうこの二日でカンストしたんだが!? 一生寄り添っていくまであるぞこれ。あ、これ普通逆か。まあそれはともかくとして、坂柳のことしか考えられなくなる。脳内ではずっと二人だけの秘密ですよ、という言葉がぐるりぐるりと回っている。馬鹿になりそうだ。隣からはくすくすと笑い声が聞こえる。確信犯ですか、そうですか。ありがとうございます。最高だよこのやろう。

 

「ちょ、大丈夫か黎耶!?」

 

「黎耶くーん!?」

 

「どうしたんだ黎耶!?」

 

おう、直樹に女子Aに橋本、ありがとな。つーか橋本良い奴そうだな。今度昼飯に誘おう。でもあの人アニメで坂柳に敬語使ってたイメージしかない。…あー、大分冷静になれてきた。このままだと俺は意味もなく机に顔面ぶつけた変人になってしまう。それだけは避けよう。勢いよく机にぶつかり腫れたのと、隣の坂柳さんのせいで、二つの意味で赤くなった顔を上げる。

 

「ごめんごめん皆、驚かせて。ちょっと目眩がしてな」

 

「マジかよ!おい黎耶、顔貸してみ。熱出てたりしないか?」

 

え?熱なら多分今40度くらいじゃないですかね。隣の小悪魔さんのお陰で。とりあえず大丈夫だ、熱はないからと言って誤魔化すように笑う。

 

「それならいいけどよー。具合悪くなったら言えよな」

 

「おう。ありがとな、直樹」

 

超いいやつだぞ直樹。名前しか出てこなかったのに何だよこいつ。親友クラスになれるまであるって。初めの席が左隣なのはそのフラグか。あ、右隣は坂柳さんです。配置完璧です、ありがとうございました。

橋本含め昨日坂柳と共にレストランに同行した人たちは安堵したように友人たちとの会話に戻る。Aクラス最高かよ。

とりあえず坂柳に仕返ししてやろう。いや、効果あるかわからないけどな。携帯端末を開き、メール、返信、と。さあ、どう反応するか見ものだな。

 

「…っ!」

 

俺が携帯端末を取り出したことに興味を持ったのかこちらを見ていた坂柳だったが、俺がとある内容を返信で送ると、それを確認してすぐ坂柳はふい、と顔を俺から背ける。今見えたぞ、耳が赤くなっていたのが確かになぁ!

 

ちなみに送った内容というのは、『そうだな。坂柳の赤くなって照れた顔は秘密にしないとな』だ。見逃すわけがないだろうに。絶賛片思い中の身だぞ。あ、誰にも賛美の言葉送られてねえ。…賛美、賛美ぃ…。邪教を捨てよ…。っと、いかんいかん。

 

「桐ヶ谷くん…」

 

「ん、何だ? 坂柳」

 

「…後で覚悟しておくことです」

 

何を覚悟しなきゃいけないんだろうなぁ、俺わからないなぁ。少しきっとして睨みつけてくる坂柳が送った言葉になら覚悟しておくよ、と不敵に笑う。坂柳という少女には受け身では駄目なのだ。きっと攻めてくるのに弱い筈だから。ドSな人って案外攻められるのに弱いですからね、ソースは俺の昔の経験。つっても転生前の記憶なんて半分忘れたけど。1日で忘れるとか鳥頭かよ俺。

 

「おっ、チャイム鳴るか」

 

「初授業かー、どんな先生来るんだろうなー」

 

そんな感じの朝のやり取りを終えれば今日も今日とて、まだ聞き慣れない始業のチャイムが教室に静かに響き渡った。

さてと、授業の時間ですか。昨日配布された時間割を手に取る、日本史のようだ。ん?日本史?珍しい苗字というより他に居ないんじゃないかと綾小路くんにからかわれた茶柱先生の担当教科じゃないか。これは色々と楽しみだな。

 

『皆さん、昨日の確認です』

 

授業が始まる前の準備時間、丁度教科書やノートを机に用意した辺りで携帯端末にはこのメッセージ。レストランで食事を共にした坂柳派閥のグループチャットだ。今の発言者はもちろん坂柳。

 

『私語を控え、居眠りせず、携帯端末を弄らず、だろ?』

 

『わわわ、忘れてなんかいないんだからねっ!』

 

『直樹、一旦頭冷やしてこい。坂柳、続きを頼んだ』

 

お前のツンデレとか誰も得しねえよ、直樹。チャット故の発言の自由さと軽さが垣間見えるが、今はちょっとそっちの方向に話題を持っていくわけにはいかない。直樹の発言を俺が受け流し坂柳へとバトンを渡す。ちらっと見ればにこっと笑っていた、ありがとうという意味だろう。

 

『はい。このグループにいる皆さんはそれを心掛けるように。ですが、私たち以外の人が何をしていようと極力無視するようにお願いします』

 

『りょーかーい、葛城くんのグループにいる人って男子ばっかりだしねー、おっけー!』

 

『了解しました』

 

『まあ、今日は初めてだから半分くらいは授業の説明だろうけどな』

 

『え、まって。それ一番眠くなるやつ』

 

『……、頑張れ』

 

そのまま全員が参加するまで会話を続け、既読が12になったことを確認し携帯端末を閉じる。皆理解してくれたようだ。そしてすぐに、ガラッと扉を開閉し、黒いスーツに身を包んだ女性教師が入ってきた。一般的な目で見てもスタイルがいいと言える身体付きに、後ろまで長く伸びるポニーテール。Dクラス担任、そしてこの高校の元生徒、茶柱佐枝先生だ。…あの人三十路いってんのかな。

一先ず号令を、との声が挙がれば先生と席が近い中央最前列の生徒が号令をかける。起立し礼、小学中学と続いてきた手馴れた動作をこなし着席すれば、茶柱先生はプリントその他諸々を教卓にそっと置いた。

 

「日本史担当の茶柱 佐枝だ。Dクラスの担任もしている、よろしく。それでは早速授業を始めるぞ。まずは日本史の授業についてのプリントの紙を配る」

 

有無を言わせぬ威圧感を放つ先生はスピーディにプリントを配布していく。手慣れているという印象だ。ここの辺りは原作でもあまり描かれていないから気になっていたところ。予想通りではあったが。先生のその雰囲気に呑まれているらしく、皆心なしか先生の配布スピードを真似するように早く早くとプリントを渡す。俺もその流れに従って自分の分を取っては速やかに後ろの人にパス。書かれている内容を見れば基礎的な内容だ。授業の進め方からどのような内容をどの時期にやるか。そんなことがコンパクトに1枚の紙にまとめられていた。

 

「皆に渡ったな。その紙も後々プリントを保管しているかどうか、ということで提出物に入る。私の説明が終わったらファイルか何かに挟んでおけ」

 

ああこれ誰か失くすパターンでしょ。知ってる知ってる。クラスに1人どころか5人くらいいたわ、プリント失くしたからコピーしてくれって頼んでくるやつ。確かにファイルに一々挟むのが億劫なのはわかるが成績に関わるし保存しとけよ。

そんな茶柱先生の説明はやはりというかわかりやすい。スムーズかつ効率的に、ざっと15分程で1年間の予定を話し終えた。残りの時間はしっかりと授業に当てるということで皆教科書を開きノートを手に取る。

 

──一部の奴を除いて、な。

 

「ではまず、縄文時代についての話を始めるが…」

 

「…なぁなぁ、放課後映画館行こうぜ、ポイントあるだろ?」

 

「…今授業中だろー、集中しよーぜ」

 

「…そんな固いこと言うなって、どうせ中学の復習なんだしさ」

 

そんなコソコソと話す声を無視しない俺ではなかった。瞬時に坂柳と目を合わせる。にやっと小さく笑えば先生を見つめる、……やっぱりだ。先生は教科書を持つ手がピクっと動いた、そしてそのすぐに左手で一、と数えたことも今しっかりと確認した。つーか葛城さんグループの管理甘くないですか、今日くらいは自由にさせようぜってことですか。甘いですよ葛城さん、坂柳さんそんな隙見つけたら逃さず追撃しますからね。と思ったらその話す人たちの隣の席に座っていた葛城は、その小さな話し声が聞こえたのか肩を叩き黒板を顎で指す。今は授業だ、という意味が含まれているだろうな。葛城には逆らえなかったのか映画館に誘おうとしていた男子は少し項垂れてノートを開く。

 

「それでは、縄文土器についてだ。この土器は…」

 

授業の内容自体もとても理解出来やすいように説明している。無駄がないというか、日本史とか世界史系教師にありがちな有難くないお話が無いのだ。教えていることに関する雑学は多少入るがそれはその語句や人物を覚えやすくする為のものだ。寝てしまうかもしれないと唸っていた女子もすっかり授業に集中している。やはりその点もAクラスと言うべきなのか、地の能力は高水準でまとまっているといって良いだろう。…一部を除いてな。戸塚とか戸塚とかさっきの男子とか。葛城グループの民度大丈夫なんですかね。いや、真面目に取り組んでいる優等生みたいな葛城グループのメンバーもいるんですけどね。そこら辺の馬鹿2、3人が悪目立ちしている感じだ。

 

「…それでは今日はこれで終わりだ。号令」

 

あっという間に時間が過ぎましたね。気づいたら時計の針回ってた。元々勉強は嫌いじゃないが授業がこれならここでのテストも頑張れそうだな。ま、最終手段としての過去問とかは普通に使わせてもらいますけどね!数学とかで!理数系科目は苦手なのだ。平均点以上は取れるが基礎問題だけ解いて応用問題はパスするスタイル、公式当てはめれば解けるのじゃなきゃ解けません。それといつも思うが点P、なんでお前動くの?点は点らしくそこに留まっておけよ。

 

「桐ヶ谷くん、どうでしたか?」

 

おっと、坂柳か。一人理数系もとい数学への愚痴タイムは終わりだな。

 

「やっぱり数えてたな、教科書を持つ手が反応したのと目線が一瞬だけあいつらを向いた」

 

「…予想通り、ですね。一回の私語でどれだけ減点されるかはわかりませんが、一ヶ月後には答えも出るでしょう」

 

「だな。当たってたらいよいよ女王様の誕生、か?」

 

皮肉を込めて笑顔を向ける。坂柳もまたふっ、と微笑み返して冗談がお上手なのですね、と。さしずめ俺は女王様(坂柳)の召使いってところか。うん、悪くない。

 

その後グループチャットでやはり私語とかはカウントしていたことを伝えると、皆口を揃えて坂柳を褒めたたえていた。もっと崇めよ、坂柳派閥最初の11人だ、喜べ。あ、俺は召使いしてますから。身の回りの世話から食事まで何でも…あ、坂柳から何やら見つめられてる気がする。これ以上考えるのはよそう、背後から刺されたくはない。

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

「わざわざ廊下に出てもらって悪いな、葛城」

 

そして午前の時間はあっという間に過ぎていき、昼休み。授業と授業との合間はしっかりと坂柳の笑顔を確認し保存しつつ授業では葛城グループへ目を光らせる。まあ、あれ以降私語したやつはいなかったけど。俺から後ろは見えないから居眠りしてたやつはいるかもしれない、確証はないけどな。と、そんなところで今俺の現在地、教室の外へ出て廊下。戸塚たちが葛城に絡むより前に授業が終わりすぐに声をかけた。なんてったって坂柳からの依頼だからな。失敗する訳にはいかないだろ?

 

「構わない。それで、何の用だ?」

 

「昨日ろくに挨拶も出来なかったし、それでな」

 

「…ふむ。まあいいだろう」

 

うーん、ファーストチェック、クリア。

嘘は吐いていないからな。人は嘘を吐く時は無意識に何かしら癖が出てしまう。テンプレなのは目をそらすとか、瞳孔が大きくなるとか。俺のはわからないがそれでも、俺の癖が葛城にバレるのは不味い。嘘でも本当のことでもない言葉を導入に、会話に入らせてもらおう。

 

「名前は知ってると思うが、桐ヶ谷 黎耶だ。葛城 康平、だよな?」

 

「ああ。…それだけか?」

 

「んー、まあ呼び捨てでいいとか色々話すことはあるんだけどな」

 

「よ、呼び捨てか。…黎耶と呼べ、と?」

 

「え?呼んでくれんの?」

 

まあ呼んでくれるなら呼んでくれる方がいいですけどね。下の名前で呼び合える関係、ともなれば互いにそれだけで信頼感が生まれる。まあ俺に生まれるのは坂柳への忠誠心だけですけどね。元々芽生えてるけど。

少し悩む素振りを取ったあと、葛城はゆっくりと口を開いた。

 

「…黎耶、そう呼ばせてもらおう」

 

「ん、俺も下の名前で呼んでもいいか?」

 

「もちろんだ。よろしく頼む、黎耶」

 

「ああ、よろしくな、康平」

 

はい、セカンドチェック、もといセカンドステップクリア。葛城康平と交友関係を結ぶ。次だ。坂柳から頼まれた依頼の内容はまだ残っている、全て合わせて五つ。

 

〇葛城と友人関係を結ぶこと。

〇葛城がどこまでSシステムについて考えているか聞き出すこと。

〇それに合わせ葛城グループの現状について聞き出すこと。

〇先程私語をしていた男や戸塚に厳重注意しておけ、と忠告すること。

〇最後に、好青年を演じて何か困ったことがあれば相談に乗る、という体で連絡先を交換すること。

 

うん、いつ見てもえげつないなぁ。俺半分スパイみたいな仕事してるぞ。正直葛城、じゃなかった。康平真面目でいいやつだからなぁ、そんな康平を利用し陥れるのは気が引けるし良心が痛むっちゃ痛むんだけど。

 

『依頼が成功したら今度、二人でカフェに行きましょう』

 

なーんてメール送られたらやるしかないよなぁ!?

ごめんな康平、男の友情とか、そんなことより俺は坂柳が好きなんだ。最優先事項は坂柳、不変だ。

 

「今度遊びに行けたらいいんだけど、康平忙しそうだしな…」

 

「…悪いな、時間が見つかれば、伝えよう」

 

「マジで?やった、じゃあ連絡先交換しようぜ。いつでも伝えられるようにさ」

 

はい後やるべきことは3つ。パパっと連絡先を交換し、葛城 康平と表示されたのを確認すれば次の話題へと入る。こういうのは間を置いちゃ駄目だ。そして何より会話の流れを崩しちゃいけない。

 

「あ、連絡先と言えば。葛城はさ、昨日8人くらいに絡まれてたよな。そいつらとも交換したのか?」

 

「ああ。昨日はあの後広場でスポーツをな」

 

「混ざりたかったなぁ。皆良いやつそう?」

 

「そう、だな。弥彦辺りは少し軽薄な行動は目立つが、注意すれば治そうと努力する。皆良い人達だ」

 

おっとー?いいんですか康平くん。次の話題の種を自ら撒くだなんて、随分太っ腹じゃないですか。とりあえずもう1つクリア。弥彦、戸塚の下の名前だったな。さっき確認した。辺りは、ということはもう一人二人くらい居るのだろう。よし、4つ目といこうか。

 

「ああ、戸塚か。後日本史の時間少し話してたやついたよな、…やっぱり皆授業に集中出来なくなるからさ、康平の方から注意しておいてくれないか?」

 

「わかった。こちらとしても皆少し迷惑しているだろうとは思っていた。少し厳しめに注意しておこう」

 

坂柳がこの項目を入れた意味。普通なら暴れっ子を抑えて逆に損害になると考えるだろう。敵側に扱いやすいやつがいたのにそれが矯正されるってことだからな。だが、よく考えてみよう。康平は厳しくと言った。まだ入学して二日目の人間に注意されるんだぜ?幾らカリスマに溢れる康平にでも、戸塚側から少しばかりの不満が貯まるのは確実だろう。そしてその不満はいずれ大きな爆弾と変わり、盛大に爆発する。今はその火薬を用意したに過ぎない。自分で自分の首を絞めていることに気づかず自爆するんだぜ、康平。

 

「ん、ありがとな。あ、この後昼飯一緒に食べないか?何か奢るからさ、ポイントは一杯あるし」

 

「食事を共にするのは賛成だ。だが奢らなくてもいい、ポイントはこちらもある」

 

「おっ、んじゃ食堂行こうぜ。…それにしても、幾ら何でも太っ腹だよな、10万ポイントなんてさ」

 

さて、カマをかけよう。普通に会話してる風を装い、情報を聞き出す。これくらい出来なきゃ、このよう実の世界じゃ生きてけねえだろ。

 

「同感だ。学生に与える金額ではない、…何か裏があるのではないか?」

 

「裏って?」

 

「それはまだわからない。…今考えても仕方ないか、食堂だったな、時間もある、急ごう」

 

「やべやべ。りょーかい」

 

作戦完了。パーフェクト。我ながらここまで完璧にこなせるとは思わなかった。というか、康平ガード緩すぎなんだが?クラスをまとめたいならもう少し危機感を覚えることですな。もう遅いけど。ま、葛城グループが崩壊しても普通に康平とは友人として仲良くしていきたいものだな。

 

『全て聞き出した。詳細な内容は後で』

 

素早くタッチパネルを操作し送信、一人にやっと笑って俺は携帯端末を閉じ康平の隣を歩く。しまったばかりの携帯端末が震えメッセージの受信を知らせる。明るくなったタッチパネルには、坂柳 有栖、と名前が表示されていた。




少し走り気味に書いたので表現に乏しいところがあったかもしれません…。
今回は坂柳さん成分控えめでしたが次回はまた坂柳さん回です(多分二回に一回くらい坂柳さん回です)


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5. 俺、友人にランクアップしました。

どーも、ジグです。ランキング週間3位に戦慄してました。
誤字報告もありがとうございます、順次修正させて頂きます。
さてさて、今回はフル坂柳回となっております。…文字数が8000弱なのは許してください!お願いします(ry


 

 

 

 

 

 

──もっとも平安な、そして純粋な喜びの一つは、勤労後の休息である。

 

ドイツの哲学者カントの言葉だ。仕事が終わったあとの開放感から、何をしようかと思える自由は素晴らしいものだろう。学生でも、例えばテスト勉強を必死に頑張りテストを乗り切った後の達成感や、その後の自由感は言葉では言い表せないものだ。良い言葉だと思うが、俺はこれに少しばかり異を唱えたい。

 

──もっとも幸福な、そして純粋な喜びの一つは、想い人と過ごす時間である。とな。

 

これ以上の喜びはあるだろうか、いや無い。俺にとっては最高と思える幸せだ。俺以外にこの言葉が当てはまるかは定かじゃないので、俺の脳内だけでカントの言葉を訂正した。人間の特技、自分の都合のいいように物事や言葉を曲解する、を使わせてもらったぞ。

さてさて、こんな一人芝居を演じている俺の現在地だが。

 

「桐ヶ谷くん、飲み物は何にしましょうか」

 

そう、坂柳と二人きりでカフェ・パレット──ではなく、校舎や学生寮からは少し離れた川沿いのカフェに居るのである。パレットは女子多すぎて無理です、主に俺の童貞力的に。高円寺さんクラスの自信家なら余裕でいけるんだろうが生憎と俺は元々普通の高校生なんでな、それに坂柳との二人きりの時間は静かな場所で過ごしたい。

 

「んー、まあ無難に紅茶かな。坂柳は?」

 

「私も紅茶にしましょうか」

 

「りょーかい、んじゃ頼んでくる」

 

そう言って一人席を立てばカウンターまで、速やかに注文を済ませ席へ戻る。ここまで1分かかっていない。というか、気持ちは至極冷静にさせているつもりなのだが心臓がさっきからうるせえ。俺単純すぎん?好きな人と二人きりってシチュエーション想像以上にやばいな。

 

「中々放課後時間が取れずすみません、気づけば小テストの後になってしまいました」

 

「いや、坂柳が空いてる時間もあったのに、その日に予定を入れてた俺も悪いから」

 

そう。あの依頼を無事完遂し、約束通り二人きりでカフェへ…なーんて思ったらそう現実は甘くなかった。まず俺は直樹やら坂柳グループの男子から遊びに誘われ、入学早々のスクールカーストの維持の為に行かざるを得なかった。坂柳もそれは同様だったらしく、というか坂柳の場合は徐々にクラスの覇権を握るためだろうけど女子と交友を深めていたようだ。そんなこんなで時間だけが過ぎていく、と思えばやってきたぜ抜き打ち小テスト。まあ詳細は後でいいか。

 

「お互いの地位の為ですし仕方ありません」

 

「だな。俺のために時間作ってクラスのリーダー枠取れなかったら俺が申し訳ないし」

 

「ふふ、二人きりと言うのにやはり異質な話題になってしまいますね」

 

「情報交換も兼ねてるんだ、それにこういう事話すためにここを選んだしな」

 

まあもちろん大本命の理由は二人きり(カフェの店員は除く)になるためですけどね。そんなことを話していれば澄ました顔の店員さんが紅茶を二つトレイから俺たちの机へと。きっと話していることは聞かれていただろうが、店員が聞いていたところでなんら問題は無いので坂柳も特に何も言うことはなかった。

 

「桐ヶ谷くんがそう言うのならもう少しこういった話をさせてもらいますが」

 

坂柳が紅茶を手に取り、優雅にそれを呷る。一つ一つの所作が丁寧で、どこかのお嬢様なのではないかと疑わせる。

 

「ん。じゃあまあ、とりあえずは、今日の小テストか?」

 

「ええ。…テストを始める前の真嶋先生の言葉」

 

「「“成績”には関係しない」」

 

二人同時に発声する。何だよ息合っちゃったよ恥ずかしいな。坂柳も今のには少し思うところがあったのか誤魔化すように瞠目して紅茶を一口。うん、今日も可愛い。まあ今それは置いといて。原作で茶柱先生が言ったようにやはり、あの小テストは成績には関係しなくともポイントには関係するんだろうな。坂柳は咳払いして話を続ける。

 

「テストの結果次第で減点されるでしょうね」

 

「だろうな。成績には関係しなくとも、貰えるポイントには関係する」

 

「そういう意味でしょうね、真嶋先生のあの言葉の意味は」

 

俺も紅茶を一口喉へと流し入れる。やはり店で出される紅茶は自分で作るより美味いな。まあ、といっても余り紅茶など飲まないのだが。

 

「ふふ、同じ考えのようで良かったです」

 

「ま、あれくらいの問題で減点食らうようなやつはいないと思うけど」

 

「最後の数問以外は簡単でしたからね」

 

坂柳は頷いて、言外にその数問も解いたと伝える。うん、やっぱりチートなんだよなぁ。そう、原作通り小テストはその大半の問題が下手すれば中学1年生でも解けるような内容だった。最初見た時は驚いたものだ、手抜きしているのか、と。そう思ったのも束の間スラスラと解答している内に辿り着いたのは先程までとは異常な難易度差を誇る問題、難読漢字やらとある国の地名やら、解かせる気あんのか、という問題だったな。「孅い」とか普通の高校生解けねえぞ。それだけ解いて残りの数学とかはパスしたが。問題文見た瞬間吐き気がしました。

 

「…全問解いたんだな、坂柳」

 

「そうなりますね。桐ヶ谷くんはどうでした?」

 

「国語の難読漢字だけ。後はお手上げだ」

 

「ふふ、それでも凄いことじゃないですか」

 

「はぁ、そりゃどうも」

 

思わずため息が出た。全問解いたやつに褒められてもなんも嬉しくないって。

 

「ため息を吐いたら幸せが逃げますよ、桐ヶ谷くん」

 

「…逃げた分、目の前から補給するから大丈夫だ」

 

「っ。ふふ、そうですか」

 

今の言葉の意味を理解したようですね坂柳さん。くっそ恥ずかしいです。目の前から補給する(坂柳といるだけで幸せだ)なんてな。というか少し赤くないですか坂柳さん、こういう攻撃に弱いんですか。なるほど、メモしておこう。

 

「とりあえず小テストの話はここまでにしておきましょうか」

 

「ん。あ、紅茶の他に何か頼むか? スイーツとか」

 

「そうですね、ではこのパフェを」

 

へい店員さん、そろそろ物騒な会話は終わるんで目の前の天使に最高の一品を頼む。そっと手を挙げパフェをオーダー、俺もついでにクレープを。スマートにいこう。店員もスマート。そっと注文をメモし奥へと消えてゆく。…うん、なんだこの謎のテンションは。

 

「桐ヶ谷くん、今何か変なこと考えてませんでしたか?」

 

バレテーラ。

 

「そんなことないぞ?」

 

「そうですか、ではそういうことにしておきましょう」

 

坂柳はくすっと笑い外の方を眺める。その見る方向には人ひとりおらず、あるのはただ少しずつオレンジ色に染まっていく青空に、十数本の木々。端的に言って何もない。一体坂柳は何を見ているのだろうか。いや、坂柳には何が見えているのだろうか。その答えがわかった時、俺は坂柳の隣に立てるのだろうか。そんな意味のない問いを頭の中で交差させながら、俺はただ坂柳の夕日に染まっていく横顔を見つめていた。

 

「森の隠れ家と、バナナクレープです」

 

「ありがとうございます」

 

「では、ごゆっくり」

 

っと。気を抜いていた。いや、見とれていた。ここ重要だ。既にカウンターへと戻った店員の手から出されたのは隠れ家と名乗ってるのにフルーツやらスイーツやらの自己主張がとても激しいパフェ。おい、隠れろよ。名前詐欺ですか。それに対してバナナクレープって。もう少し捻りましょうよ。まあ名前詐欺してそれっぽい名前付けるよりはマシですけどね。

 

「桐ヶ谷くん?」

 

「なんでもない、見とれ……気を抜いてた」

 

あ、ミスった。

 

「…ふふっ、見とれていたんですね?」

 

見えるのは坂柳の嗜虐心に満ちた笑顔。ありがとうございます、ご褒美です。あれ? 結果オーライじゃね? 流石にプライド持てよ俺。普通に恥ずかしいわ、惚れたと言ったとはいえ、これはこれで無理。無意識に顔を坂柳から逸らしてしまう。

 

「…だったら、どうするんだ」

 

無意味な問いかけとわかっている。こんな問いを返したところで心を侵食する羞恥心は消えないのだから。

 

「いえ、どうもしませんが……あ、でも、そうですね」

 

なにやら何かを思い付いたような、無邪気な子供を思わせる楽しげな声が聞こえる。顔を逸らしても何もない景色しか見えないし、戻そうと思ったその瞬間。

 

「んぐっ!?」

 

スプーンと、甘いなにかが俺の口内に突っ込まれた。

 

「私のパフェを食べさせてあげることにしましょう」

 

悪戯が成功したような、してやったというような様子で、嬉しそうに坂柳は笑う。スプーンを自分の方へと戻すが同時に口に入れられた甘いなにかは口内に残る。くそ、味が全くもってわからない。ただわかるのは、とてつもなく甘いことと、俺の顔が真っ赤になっていることだけだ。

だが、それではまだ坂柳は終わらなかった。

 

「っっ…」

 

「ふふ、美味しいですね」

 

なんという事かそのままスプーンにまだ付いていたクリームを舐めとってしまった。少しばかり舌を出して余裕げに。

 

「なっ…!?」

 

坂柳さん、それを人々は間接キスと言うんやで。…って、そうじゃなくてええ!おいいい!?坂柳さん何しちゃってんの!? それ今あなたが俺の口に突っ込んだスプーン。

それを舐めとるということはもはや間接キス以上のことしてる訳で。

とにかく俺の脳内はパニックに陥っている訳で。

思考回路は止まっている訳で。

 

「どうかしましたか、桐ヶ谷くん?」

 

俺の顔が赤く染まっていることだろうか。絶対にその意味をわかっているのにわざわざ問いかける坂柳。今それどころではないんだが。あなたのせいで俺の頭はおかしくなりかけてるんだが。声を出そうとするがうまく口が動かない。言葉を紡ごうとしても脳が甘く痺れている。くそ、一度深呼吸を、と思ったところで。

 

「…喋れないほど動揺していますか。大成功です」

 

そして、俺の目の前で、心の底からの笑顔で笑った。

あの日には幻想の花びらに、妖艶さを彩る夜空が。

今回は夕日に照らされ橙に染まり、より美麗に魅せられた坂柳有栖の笑顔が見える。彼女をメインに、バックには幻想ではない現実の、風に乗せられる緑葉に、夕焼けの空。その光景に幻想はひとつも無くて。だが、それでも幻想のように感じられて。しかし確かに現実で。

ただ、彼女の笑顔は──坂柳有栖の笑顔は、俺の頭の中を眼前の少女で埋め尽くした。彼女以外を考えるなと言うように。彼女以外を考えても辺りがが働かないように。

 

「ふふ、そろそろ戻って来て下さい」

 

いつだって透き通るそのソプラノは俺の脳内を透明にしていく。もう元に戻れ、と。意識が帰ってきた。思考回路が動き始めた。戻ってこいと言われて意識戻るとか俺もう大分やばいな。とりあえず少しだけ気分が落ち着いた。少しだけだが。

 

「さ、坂柳…お前、何を…」

 

「私のスプーンについていたクリームを舐め取っただけですが」

 

「その前に、お、俺の口に突っ込んだろ…」

 

ああだめだ。何を言ってもからかわれるだけだ。そして未だに顔が赤い。思考は戻れど鈍っている。くそ、今の状態で坂柳とまともに話せる気がしない。坂柳は間接キスしてしまいましたね、とか美味しかったですよ、とか追撃を仕掛けてくる。とっくのとうに俺のライフは0なんだが。

 

「桐ヶ谷くんをからかうのは楽しいです」

 

今の言葉で幻想から現実に戻れた、ふぅ。ありがとう坂柳。

ああ、そうだ。きっと、彼女はからかっているだけなのだ。坂柳が俺を好きな訳じゃない。惚れている訳でもない。ただ俺から坂柳への一方通行の想いをぶつけて、それに坂柳がこうして返しているだけなんだ。どこまでが坂柳の計算で、どこまでが計算外のアドリブなのかはわからない。が、今はそれでもいい。たとえからかわれているとしても、楽しいものは楽しいし、こうして幸福を感じている。

 

「そりゃ良かったな。…んじゃ、仕返しだ」

 

──だから、俺からも意趣返しをしようじゃないか。

 

「桐ヶ谷くん? 一体何を……きゃっ!?」

 

右手でクレープを掴み、身体を机越しから近づける。坂柳は何をされるのかと興味ありげだったが、いつまで経っても近づいてくる俺に驚きに顔を染め、()()()()()

今しかない、そう思い立てば俺の行動は早い。右手に掴んだクレープをすかさず坂柳の口内へと突撃させた。ははっ、これは確かに楽しい。坂柳の可愛らしい顔が驚愕と少しばかりの羞恥に染められた。少しは坂柳も恥ずかしさを覚えろ、攻められてばかりでいられるかっての。

 

「…んむっ、桐ヶ谷くん…!」

 

まるで想定外のことが起こり癇癪を立てる子供のような顔で、坂柳は俺を睨んでくる。が、知ったことか。先にやったのはそちらだろう。そして俺はまだ、もう一つやるべき事がある。……ものすごい勇気いるんですけどやった以上引き返せないんで、やりますか。坂柳の口へと押し付けていたクレープを、正確には坂柳の口が突っ込まれた部分を確認し、俺はそれを坂柳ににやりと笑って口にした。

 

「〜〜〜っ!?」

 

クリティカルヒットしたらしいぞ、俺。やっぱり坂柳さん攻撃性能はチート級でも耐久がやや弱いようだなぁ!普段は肉盾やら何やらを使って外部からの攻撃は防げるようだが、直接的な攻撃には慣れていないなお嬢様。坂柳は攻めに弱いことは確定した、これからもぐいぐいと攻めるとしようか。

その坂柳と言えば、俺がクレープを食した辺りから顔をぼふっと音が立つくらいに真っ赤に染まり、ふいっと顔を逸らしているが。はっきり言って国宝級に可愛いです。やった甲斐があったわ。

 

「先にやったのは坂柳だ、俺にもやり返す権利はあるだろ?」

 

「っ…、まさかやり返されるとは思いませんでした。私もまだまだですね」

 

「攻められるのには慣れてないんだな」

 

「…そうなります。私にこのように攻撃する人などいませんでしたから」

 

でしょうね。よく思えば俺もここまで攻められてるなと自分で自分に感心する。賛美の言葉を某邪教を許さない象から貰えるくらいには。彼女いない歴&童貞暦=年齢人類ですからね。まあ、前も女子とは適度にカラオケには行くし、飯も食べるが。二人きりというのは流石になかった。

 

「坂柳が楽しそうな理由がよーくわかったよ、攻めるとな」

 

「それは良かったですね、これからもからかってあげましょう」

 

「それじゃ俺は好きという気持ちをぶつけるとしよう」

 

「望むところです」

 

「「ははっ(ふふっ)」」

 

笑い声が共鳴する。嗚呼、駄目だ。心が踊る。楽しいな。お互いに思っていることがわかる。

(桐ヶ谷くん)坂柳()のことが好きで、坂柳()(桐ヶ谷くん)をからかって楽しんでいるだけだと。

だが、それでも。互いに理解している。遊び遊ばれ、攻めて攻められ。この関係が心地良い。言葉の裏にある意味も、言葉の表にある意味も知っている。知ろうと出来る。

 

「桐ヶ谷くんは本当に不思議な人です」

 

坂柳は楽しんでいるのがありありとわかるように笑っている。

 

「そうか?」

 

俺も微笑んで返す。

 

「はい。私をここまで楽しませてくれたのは桐ヶ谷くんが初めてです」

 

紅茶を一口飲んで坂柳は息を吐く。

 

「そりゃ光栄で。俺もここまで楽しい気分にさせてくれるのは坂柳くらいだ」

 

俺も紅茶を喉に流し込む。思考がすっと整理される感覚を覚える。

 

「それに」

 

楽しげに笑っていた坂柳の笑顔が、少し歪んだものに変わる。その表情の真意は読み取れない。

 

「私のこの性格を知ってなお、付いてくれる人も桐ヶ谷くんが初めてです」

 

まあ、そりゃあ転生してますから。なーんて言えないが、別に転生していなくても、きっと。この世界に生まれていたのなら坂柳を好きになっていたのだろう。当然今みたいに俺が攻めることなどできずからかわれてばかりなのだろうが。

 

「何故、付いてきてくれるのですか?」

 

坂柳はどこか歪な顔で嗤う。その歪みは自虐なのか、それとも俺への嘲りなのか。そんなことは今はさて知らないが、俺が返す言葉はただ一つだ。そんなもの決まっているだろう、と。前も言っただろう、と。こほん、と咳払いをして。呼吸する空気が新鮮だ。

 

「坂柳 有栖という存在に惚れたからだ」

 

何度も言わせんな恥ずかしい。そちらが歪んだ笑顔ならこちらも歪んだ笑顔で返そう。何故ここまで俺が彼女を好きになっているかなど俺自身知らない。が、“好き”とはそういうものなのだろう。あの人は見た目がいいから、とかあの人はスポーツ出来るし、とか、何かと理由を付けてそれで惹かれていますなど笑わせるな。そんなものただのステイタスだろう。俺は確かに坂柳 有栖という少女に惚れてしまったのだ。あの笑顔を、どこか壊れているあの身体を救いたいと思ってしまった。いや、救いたいのではない、支えたいのだ。そしてあの微笑みを無くしたくないのだ。それ以上の理由などきっとあまり無いのだろう。だがそれだけの理由で充分すぎるほどに、俺は彼女に惚れていた。

 

「…あなた、壊れていますね」

 

「お互い様だろう」

 

「ふふっ、確かに」

 

ああ、壊れている。俺も彼女も。だが壊れているからなんだと言う。人間どこか壊れてる不良品だ。そしてそれを互いに補うのが友人なのではないか、家族なのではないのか、──恋人なのではないか。

きっと、平凡な秀才などと言われ都合のいいように扱われたこの人生だからこそ、目の前の歪んだ天才少女の心を理解できるのだろう。

 

「あの時の言葉を訂正しましょう」

 

「ん?」

 

あの時の言葉とは何だろうか。…あの時が多すぎてちょっとよくわからないですね。おい、理解できるって言ったじゃねえか俺。

 

「桐ヶ谷くんをいい人材と呼んだことですよ」

 

「ああ、そんなことか。別にそのままでいいのに」

 

「いえ、それでは私の気が済みません」

 

「…それじゃあお好きなように」

 

相変わらず強引なお嬢様(坂柳)だ。まあ、それでこそ坂柳だ。こちらを見つめる坂柳に俺もしっかりと視線を合わせて返す。

 

「ありがとうございます、では」

 

坂柳は一度呼吸を深く取って。

 

()()()()()と」

 

()()、ね」

 

「ご不満ですか?」

 

「いいや、今はそれでいい」

 

今はそれでいい。ああ、それでいい。いつかそこから友の字を抜いてやろうと努力出来る。これからも彼女のことを想える。人材から大切な友人とは大きな進歩じゃないか。心の中に明るい火が灯った、さあ、この火を大きくしよう。周囲の酸素を吸い尽くした時には、きっと友では無くなっていることを信じて。

俺は挑戦的に坂柳の顔を捉え笑った。

 

「ふふ、そうですか」

 

そして、坂柳は。

 

「もう一度訂正しなければならなくなる時を楽しみにしていますね」

 

かかってこい、と上から見下ろす様に不敵に彼女は笑う。時間が過ぎ先程より、より赤く染まった夕暮れが彼女を神々しく照らしていた。それは近いようでどこか遠くて。そして、世界の何よりも美しくて、儚げで。いつか崩れそうな彼女の面影が確かに俺の眼前の光景に現れていた。全く、どれだけ惚れさせれば気が済むのか。微笑まれるだけで心が昂る俺自身に呆れながらやってやるさ、と肩を竦めて苦笑を零した。

 

「…では、これから、二人きりになった時は有栖とお呼び下さい、()()くん」

 

「っ。そう呼ばれちゃ、呼ぶしかないな、()()

 

嬉しげに有栖が笑う。…ああ、そろそろ気絶しそうだ。これ以上は童貞力が持たない。が、もう少しだけ頑張れ、俺。

 

()()ですからね、名前で呼ぶのは当然でしょう?」

 

「ごもっとも。()()なら当たり前だな」

 

「ふふ。さあ、私はパフェを食べるとしましょう」

 

「んじゃ、俺はクレープを」

 

二人は声を揃えて。

 

「「有栖(黎耶くん)。そのパフェ(クレープ)、少しだけ分けてもらってもいいか(いいですか)?」」

 

 




後半いつもの主人公の思考がネタではなくガチになりかけてました。
あ、感想欄に多くの偶像教の信者様が居られたので今回も偶像ネタを。邪教を捨てよ。権化を許すな。


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6. 見事にクラスが分裂しました、やったね。

どうも、ジグです。
前回は坂柳回でしたが今回は少し真面目回に。坂柳は出てくるには出てきますが糖分は控えめなので。というよりクラス回なので若干シリアス…?(シリアスの定義)



 

 

 

 

 

 

氏名:桐ヶ谷 黎耶(きりがや れいや)

 

クラス:1年A組

 

誕生日:1月22日

 

学力:B+

 

知性:B+

 

判断力:A

 

身体能力:B+

 

協調性:A

 

 

担任メモ

 

 

全体的に高水準の成績を収めている生徒で、まだまだ全力を出し切れてないように推測される。また、コミュニケーション力も高く、ある程度のカリスマも持ち合わせているが自ら率先してクラスメイトを導く気は無いようで、同クラスの坂柳 有栖と基本行動を共にしている。これからも注目していきたい生徒の一人だ。

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

──賢者は財宝を貯えない。人に与えれば与えるほど、彼の財宝は豊かになる。

 

現在地、教室。今は担任の真嶋先生のLHRの時間だ。いつもとは違う先生の雰囲気によって皆何が起こるのかと不安げだ。そんな時、ふと思い出したのが古代中国の思想家、老子の言葉。ここでの賢者は誰だろうか。当然有栖だ。人とは誰か。クラスメイトのことだ。ここでの財宝はなにか。

 

情報だ。

 

有栖は入学早々十数人もの人々をまとめ上げ、そして情報をばら撒いた。この学校のシステムには裏があり、そしてその答えは1ヶ月後に明らかになると。今正にその1ヶ月後だ。結論から言えばその情報は正しい。転生した俺からすれば予め知っていた未来を見ているような、ネタバレ記事を見た後にコミックの最新話を読むような感覚だ。まあ今は俺のそんなことはどうでもいい。情報が正しかった、つまり純粋な財宝を有栖は与えたことになる、これにより何が起こるだろうか?

 

答え。有栖の支持がより一層固まることになる。

 

 

 

「今日は君達に重要な話がある」

 

そう切り出して、真嶋先生は黒板にABCDとアルファベットを書き連ねていき、それぞれの横にそれぞれ960などの数字を記入、最後のDの横には0と刻まれた。ああ、やっぱり0なんですね。まあ減点を抑えるのは無理でしょうなぁ、須藤いる時点で無理ゲー。

 

「これは1ヶ月間、君達一年生の授業態度や成績を各クラス毎に評価し、それをポイント化したものだ」

 

およ、喋っちゃうんですね。まあAクラスだしバラしてもいいんじゃね?的なやつか。まあ減点40だしなぁ、数える程しか私語してなかったし、居眠りに至っちゃ0だ。やべえわAクラス。康平派閥攻めづらすぎて辛い。

 

「君達は書いてある通り960。見ればわかるが、各クラスの中で最高の評価だ。これは誇るべき数字だ、この高度育成高等学校の歴史の中で、一年生の最初で減点をこれだけ抑えたのは偉業に等しい」

 

おーおー、すげえ褒める。が、まだ皆要領が掴めていないですよ。ほら、前の人とか頭に疑問符付けてますもん。もっとわかりやすい情報を教えろください。

 

「…いきなりこういうことを言われてもわからないか。簡単に言えば、君達は優秀な生徒ということだ」

 

すると皆はおお、と声を挙げる。まあそんな簡潔に説明されれば誰だって理解できますよね。ま、有栖は当然だと言うように微笑んでますが。今日も可愛いです。

と、そこで。

 

「だからこそ、君達には今月、96000ポイントが振り込まれた」

 

そう、ここからだ。ただ褒めるだけのご褒美タイムは終わりだ。皆、今日の朝起きてポイントを確認すれば10万ポイントではなく96000ポイントが振り込まれていた。何かの不具合ではないか、と康平派閥の人間は愚痴っていたが有栖派閥の人間は皆冷静、というより朝から坂柳さん、これもしかして当たってる!?とか何とか言ってたな。当たってる、というのは有栖の立てた推論のことだ。減点などで貰えるポイントは減る、っていうアレ。

 

「せ、先生!おかしくないですか、優秀な生徒なら10万以上のポイントを…」

 

「…はぁ。やはり居るか。戸塚、君は疑問に思わなかったのか?」

 

戸塚ナイス。褒めてやろう。誰も言わなきゃ俺が道化演じてやろうかと思ったけどそんなことをしなくて良かったようだ。そう、皆普通はそう考えるだろう。毎月基本の10万ポイントで、そこから優秀なら更に加算される筈だろう、と。だが、違う。

 

「な、何をですか」

 

「高校の一生徒に毎月10万。そんな大金を学校が無償で与えているとでも?」

 

「それは…」

 

常識的に考えておかしいよな。貰えた金額に目が眩むのは確かにわかるが、ちょっと考えればすぐにわかるはずだ。馬鹿げてる、と。高校生なら仕方ないとは思うけどな。ちょっと高校生離れした俺の想い人が初日で考えついてますけどね。

 

「君達には入学して、各クラス1000ポイントを与えていた。1ポイントは100プライベートポイントと同じ価値を持つ、だからこそ10万ポイントが与えられていた。それがこの1ヶ月で40ポイント減少しただけだ」

 

それに、と。

 

「だが、落ち込むことは無い。この1ヶ月間の行事で減点することはあれど、ポイントが増える行事は無かった。つまり、入学してからの1ヶ月は、如何に減点を抑えられるか、という試験を行っていたのだ」

 

おーおー、上手く纏めるなぁ。それなら確かにこれ以上不満が漏れる心配もなく、また、減点の原因を作った戸塚たちが責められることもない。正直残念だ、ここから崩せれば早々に康平派閥を脱落させられたのにな。

さて、んじゃ俺も仕掛けますかね。…って思ったら有栖が立ってたよ。

 

「真嶋先生、では、これからは増えることもあるのですね?」

 

「勘がいいな、坂柳。その通りだ。直近で言えば中間テスト。優秀な君達なら最初の1000ポイントを超えることも容易だろう」

 

まあ超えるんでしょうけどね。その言葉に皆安堵しほっとする者多数。

 

「君達が頑張れば頑張るほど君達のプライベートポイントは増えていく、話は以上だ。残りの時間は自由に過ごしてくれ、ああ。この時間は減点することはないから安心して欲しい」

 

そう言って真嶋先生は嵐のように過ぎ去っていった。実際嵐だったし。そこからクラスの静寂は大きく崩れる、そして、こちら側──正確には、有栖に向かう人多数。…っと、そうだ。クラスにいる間は坂柳と呼ばなきゃいけないんだった。気をつけよう。

 

「坂柳さんの予想当たってたーっ!」

 

「はい、やはり減点はされましたね」

 

「良かったぁ、俺坂柳さんから言われなかったら寝てたわ…」

 

「おいおい、居眠りとか減点でかいだろ」

 

とまあ、皆騒ぐ騒ぐ、大盛況。辺りを喧騒が包み、有栖派閥の人達は入学早々に有栖に減点されるかもしれないと言われ、今それが現実となったことによって有栖を褒め称えるもの、安堵するもの様々である。が、ここに。

 

「え、坂柳さん減点されるって予想してたの!?」

 

「ええ、まあ予想だったのでクラスの人全員には言えませんでしたが」

 

「でも当たってたじゃん!ねね、連絡先教えて!これからは坂柳さんと仲良くしたいな!」

 

ほら、増えていく。康平にも有栖にも付いていない無所属がどんどんと有栖の方へと流れゆく。有栖は二つ返事で了承し、今それを3件くらい繰り返す。

 

「ありがとー坂柳さーん!」

 

「大人気だな、坂柳」

 

「ふふ、そうですね。とりあえず桐ヶ谷くんの言う派閥、は結成されましたか」

 

「そうなるな。んで、ま…問題は」

 

康平の方だ。あちらもあちらで、減点の原因を作ったかもしれない、という戸塚達を慰める聖人君子こと葛城康平の姿。そしてそれに感銘を受けたのか少しだけ流れる無所属の人間達と、より一層支持を固める康平派閥。あーあー、駄目だわ。康平強いわ。くそ、カリスマ力たけえ。これは、俺が絡もうがどうしようが避けられないイベントってことか。

 

「…手強いですね」

 

「ああ、康平を崩すのはまず無理だな」

 

「おーい、二人とも仲良く何話してんだー?」

 

そうだわ。ここ教室だった。こんな物騒な会話は出来ないか。

 

「何でも、気にするなよ、直樹」

 

「ならいいけどよー」

 

簡単な誤魔化しでもいける直樹マジ直樹。…っつーか、これ、有栖と康平どうやって争うんですかねぇ。いや確かに有栖は好戦的だし康平は保守的だけど。…ああ、でも見えたかもしれない。原因が。

 

そして、その俺の考えが表面化するように、一人の男が口を開いた。

 

「少し失礼する。坂柳、どうやら減点されることを知っていたようだな」

 

おお、これは中々見ない構図。目の前に有栖と康平のツーショット。二大リーダー様の会話が始まるぞ。俺は傍観者に徹するとしますかね。康平はそのまま有栖に問いかける。

 

「はい、それがどうかしましたか?」

 

「減点される原因も予想は付いていたのか?」

 

予想通りだな。

有栖はその問いににこっと笑って肯定する。

 

「授業中の私語、居眠り、後は遅刻でしょうか」

 

「何故それを言わなかった。言えば、減点されることは無かった筈だ」

 

「…あら、おかしいですね。葛城くんは、クラスメイト全員が確証のないことを言って信じると思っているんですか?」

 

その時点では当然減点されることも知らない。元より有栖に付いてきた派閥の人間は信じるだろうが、康平や無所属の人間は違う。そんな証拠のない事を信じられるかよ、と。あちら側からしたら確証もないもので、授業を集中しろ、と遠回しに言っているようなものだ。そんな忠告を鬱陶しいと思うのは当然だ。それに、その忠告を聞くメリットもあちら側からしたらあまりない。毎月10万ポイント貰えると思っているからな、その時では。

 

「それは…、だが、少しは変わったかもしれない」

 

「そうですね。ですがそれでも少しです。であれば、一度大きく減点を受けて、皆に危機感を覚えさせる方がいいのではないですか?」

 

有栖と康平の価値観は大きく異なる。先程も、有栖は好戦的、康平は保守的と言ったがその通りだ。有栖はどんなものが相手だろうが、リスクを負うことを承知で真正面からそれを破りにいく。が、康平は違う。未知を相手にする場合、念入りに情報を探し調べ尽くして、そこから対策を練り、ようやく取り掛かる。リスクを最小限に抑えるタイプだ。

 

「だがその手段では、この先大きな問題が出てきたとして、間違えたら大きな損害を負う。これからは皆で相談し、じっくり考えていくべきだ」

 

「じっくり? 時間をかけている内にまた新たな問題が起こるかもしれません。それに、そこまでリスクを負うのが嫌なら自分で考えれたと思いますが」

 

「考えた、考えたがどれも確証が無かった。確証が無いものを伝える訳にはいかないだろう」

 

「矛盾していますね。私が確証が無いものを伝えなかったと聞いて注意したのに、自分がそれを伝えるわけにはいかないのですか?」

 

おいおい、康平。有栖には勝てねえぞ。まあ面白いから続けさせようかな。このまま進むときっと、有栖派閥と、康平派閥は見事分裂し、原作通りの展開になる。それは望むことだ。原作通りの展開でないと俺は対策できないからだ。一度原作と違う道を進めば結果が異なるかもしれない、それは避けないといけないからな。

 

「それは俺の耳にも入る。そうすれば皆で考えられる時間が生まれたはずだ」

 

「葛城くんの言うことを皆が聞く確証があると?面白いことを言いますね、その時だとまだ入学して1ヶ月も経っていません。葛城くんにそのような信頼があるとは思えませんが」

 

「…そうかもしれない、が、それでも変わった可能性はある」

 

「不毛ですね。過去の話をして何になると?」

 

有栖さん、確かに康平さんは頭不毛ですけど、あ、洒落ですかそうですか。

こう言われりゃどうしようもねえよなぁ…。過ぎ去った話を掘り下げても何も起こらないのだ。そう、この話自体の内容に確証が無い以上、康平はこれ以上有栖を責めることは出来ない。大体ブーメランとなって返ってくるからな。たらればはどこまでいってもたられば。過去を追求する康平と違って有栖は常に前を見ている。そこも違いなんだろうな。だけどこれで引き下がる康平でもないだろうし、これで康平派閥と有栖派閥の分裂は決定的になった、止め時かな。

 

「康平、坂柳。そこまでだ」

 

「桐ヶ谷くん?」「黎耶?」

 

おう、周りの声は聞こえるようで良かった。

 

「そのまま話を続けてもどちらも引き下がらない平行線になる、それこそ不毛だ。次は昼休みだし、一旦落ち着け」

 

「…そう、だな。少し熱くなっていたようだ」

 

「私も少し冷静では無かったようです、すみません」

 

嘘つけよ有栖。常に落ち着いてただろ、まあ話を合わせるという意味だろうが。女の子こわいなー。康平は有栖に謝ったあとに自分の派閥へと戻っていく。安寧が訪れました、しばらく平和ですね。

 

「葛城くんとは価値観が合わないようです」

 

「ほぼ対極だったな、平行線にもなる」

 

「ですね。…これからどうしましょうか」

 

「と言って、考えは既にあるんだろ?」

 

「ええ、まあ」

 

ですよねー。まあ俺もやりそうなことは大体検討付いてるけど。ただこれ、俺の労働量が物凄いことになりそうな。労働は反対、有栖は最高。足しても有栖分+だから問題は無いが。

 

「ねー、さっきから坂柳さんと桐ヶ谷くん何の話してるのかなー?」

 

「俺もよくわからん、黎耶と坂柳さんって何か、俺たちとは違う雰囲気があるっつーか」

 

「あ、それわかるかも!通じ合ってるっていうかさー」

 

俺と有栖が話し合っている間、有栖の元に集まったやつらが何か話してるが良く聞こえない。何を話しているのだろうかと思うが、俺たちの会話の内容に関するワードは聞こえてこないから大丈夫だろ。

 

「流石にここじゃこの手の事は話せないな。昼休み、俺は少し行く所があるからその間にメッセージで話せるか?」

 

「わかりました、大丈夫ですよ。私は昼休み、今集まった人たちを纏めなければいけませんから。ちなみにどこへ行くのですか?」

 

「ん? 生徒会室だけど」

 

「…何をする気ですか?」

 

ちょっと有栖が警戒心を込めた目で訝しげに見つめてくる。まあその気持ちはわかるが、こう言う俺もまだ時期尚早だとは思う。けど、アイツに対抗するには今からあそこへ行くしかないと結論が付いている。唯一アイツと物理的にやり合えるのはあの人くらいだろうし。生徒会室とか中学でも行ったことないけどな。

 

「秘密だ。つってもすぐにバレるだろうけどな」

 

「そうですか。桐ヶ谷くんの考えることです。間違いは無いでしょうね」

 

朗報。俺、有栖からかなりの信頼を得られている模様。やったぜ。これも日々偶像様を崇めていたお陰ですな。あ、関係ない? そうですか、そうですよね。とりあえず、ここからは俺も個人行動が多くなる上に、原作知識とはかけ離れる。リスク計算を第一に、無駄な地雷は踏まないようにしよう。

 

「ああ。っと、そろそろ予鈴が鳴るな。んじゃ、メッセージで」

 

「はい。…何をするかはわかりませんが、お気を付けて」

 

有栖のその言葉を最後に、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、昼休みだ。目的地は決まっている。予め直樹には今日は昼食は有栖たちと取ってくれと伝えてある、とりあえず教室を出た俺の現在地は学校全体のマップ前。まあ正直に言えば生徒会室の場所がわからなかったんですよ。そんなの知りませんしね。自分で自分に苦笑しながら俺は携帯端末を開く。

 

『それで、これからの目標というより、やる事ですが』

 

『各クラスの偵察、だろ?』

 

『ええ、そうなります。とりあえずはBクラスでしょうか』

 

『だが、偵察を表向きにするには色々と準備があるだろ?』

 

っと、あったあった。生徒会室。地味な場所にあるなぁおい。それと有栖さん、俺Bクラスの情報が一番無いので出来ればDクラスから潰したいんですが。無理ですよね。まあ、今はそのどちらでもない、Cクラスの対策に向かってるんですけどね。最終的にはDクラスの綾小路に向けてなんだけど。

 

『ええ、人員も要りますし。黎耶くん一人に負担をかける訳にもいきません』

 

『有栖の為なら問題無いけどな。だがまあ、俺一人じゃ遅くなることは確かだ』

 

スパイ適正もあるからこなせるにはこなせるが一度に全クラスはきつすぎる。これからそれ以外の事もしなければいけないというのに流石に過労死するって。孔明さんもビックリ。

 

『ですから私は明日にでも、もう一人程黎耶くんのように自由に動ける人を探してきます』

 

ああ、神室さんですねわかります。弱みを既に握ってそう。どんな弱みかはさて知らないが。とりあえずお疲れ、神室さん。

 

『ありがとな、助かるわ』

 

『いえいえ、黎耶くんの負担を和らげられれば幸いです』

 

現在進行形で、生徒会室に向かっている最中なのだが、今有栖から送信されたメッセージを見ては壁に拳を叩きつける。仕方ない、これは仕方ない。幸い周りに人は居なかった。惚れ殺す気かよ…、さりげないそういう一言がダイレクトアタックに近づいてるんだって。

 

『あ、そろそろ食堂なので私は失礼しますね』

 

『…りょーかい。また後で』

 

自分の顔が赤くなっているのを自覚しながらそっと携帯端末をポケットへ仕舞う。ああくそ、熱が収まらない。深呼吸だ、深呼吸。一度大きく深呼吸をして、壁に頭を軽くぶつける。どん、という音と共に伝わる頭部への痛みで思考を冷却させながら、生徒会室へと足を進めていく。

 

しかし、昼休みに行くと決めたはいいけど生徒会長居るのかね。これで副会長もとい邪魔虫居たら俺の計画総破綻なんだが。まあ昼休みだしあの軽い男は女子たちと昼飯食べてるでしょ。ああそうだ、きっとそうだろう、そうに違いない。そうでなければならない。

 

「…ノックして人を確認するか」

 

一番妥当な選択肢だろう。ノックすれば誰かが扉を開けてくれる。それが生徒会長なら最善、橘さんなら少し面倒くさくなるが妥協。副会長ならあ、間違えましたー!とか言って急いで逃げれば問題…あるけどない。そんな事を考えてはすたすたと歩いていく、やはり皆は教室か食堂、はたまた体育館にでも居るのか人一人すれ違わない。本当に生徒会長が居るのかどうかという一抹の不安を抱えながら、足を運ぶ。

 

「そろそろ着きそうなんだけど…」

 

歩いていて改めて思うのが、久しぶりに一人になった事だ。振り返ってみればあの適当神に転生させられて(ガチャ回させられて)この高度育成高等学校に入学してからというもの、一人になったのはそれこそ寮くらいだ。学校にいる間一人になったことはまずない。基本隣には有栖が居たし、居なくても直樹や康平が居た。見事なまでに俺は脱ぼっち生活の高校デビューしていた事を知る。まあ別に昔もぼっちではなかったですけどね。複数で遊ぶことに大して喜びも感じていなかったけど。

 

思考回路をぐるんぐるん回すのはここまでにしておこう。生徒会室が見えた。そのまま歩いていき、生徒会室の前に辿り着けば一度大きく息を吐く。ああ、少し緊張してきた。あの公式チートに会うのだから当然と言えば当然だが。よし、と心で呟いてから、ノックを行う。

 

(…誰が来る、…さあ、誰が…!?)

 

おい待て、よく考えればこれもガチャじゃね?運ゲーじゃねえか、俺の人生まさかガチャなのか…!?ガチャに踊らされて生きていると言うのか!?…こんな事を考えられるくらいには落ち着いているわ。

 

と、そこで。

 

「…昼休みに訪ねてくるとは珍しいな。生徒会室に何の用だ?」

 

生徒会長(リセマラ終了最高ランク)きたああああああああああああッ!!

ゆっくりとドアが開かれ、出てきたのはこれこそ超激レア、ぶっ壊れもいいとこの最強ランク、生徒会長 堀北学だった。ちらっと中の生徒会室が見えたが誰も居ない。よし、橘さんには悪いが居なくて良かった。堀北会長はやや怪訝な、俺を測るような目線で見つめてくる。

んじゃまあ、早速仕掛けるとしますかね。こんなチートに小細工は通用しないでしょうしね。

 

「──南雲 雅、後継者の育成への失敗」

 

ぽつりと、俺は囁くように呟いた。

 

「…何を訳の分からないことを言っている」

 

嘘だな。分かってるんだ、分かっているがまだ試している。ならばそれに乗ろうじゃないか。

 

「伝統の崩壊、学校の崩壊」

 

俺が言葉を放ち終わった刹那、とてつもない速度の拳撃が俺の腹部めがけて飛んでくる。あ、ヤバイわこれ。綾小路くん、これヤバイわ。これでも身体能力と反射神経には自信がある、咄嗟に身体を逸らし間一髪でそれを避ける。ひゅう、と空を切る音と共に堀北会長の拳は空振りに終わった。おいおい、これ高校生が出していい威力のパンチじゃないですよ。

 

「っと、あっぶねぇ…」

 

「これを避けるとはな。…何者だ、お前は」

 

あまりに凄まじい速度の拳だったのでつい驚いて大仰にバックステップを取ってしまった。それによりズレたブレザーを整えてはふぅ、と一息吐いてにこりと微笑む。そうだ、あくまで冷静に行こう。当たらなければどうということはなかった。当たってたら保健室行きでしたけど。

 

「1年A組、桐ヶ谷 黎耶。生徒会長、堀北 学と交渉をしに来た」

 

さて、難易度ルナティックの始まりだ。

 

 

 




邪教を捨てよ(挨拶)
真面目回と言いながらしっかりと坂柳とは絡んでいくスタイル。前話に比べればずっと糖分控えめですが。坂柳を全面に出さない話を書くのは少し慣れなかったです。


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7. 俺、公式チートから武術を教わります。

どーも、ジグです。
今更ですがクラス人数を25から40へと修正致しました。ずっと勘違いしていまして…、龍園さんが8億ポイントとか言ってたので「ん…? あれ…?」と。申し訳ありませんでした。と言っても多分40人全員の名前は出てこないと思いますが(殴

*前半に大幅な修正を加えました。


 ──ありのままの自分を出すほうが、自分を偽って見せるより得るものは大きいはずだ。

 

  フランスの著述家、ラ・ロシュフコーの言葉だ。昨今の社会では誰も彼も本当の自分を押し殺し、会社では従いたくもない上司に頭を下げ気分を取り、学校では例え嫌いな奴でも人間関係の問題で笑顔で付き合わなければならない。が、それで得るものは何だろうか。自分を偽る間はいいかもしれないが、いざ本当の自分に戻ってみると果てしない虚無感が待っているだけだ。俺、何やってたんだろう、とな。かといって、今の社会で簡単に本当の自分を出せるという訳でもないが。ブラック企業は消えて、どうぞ。

 

  と、まあ。前置きはこのくらいにして。

 

「……飲み物は茶くらいしか無くてな」

 

「あ、ああいえ。お気になさらず……」

 

  今俺がどこにいるかだが、生徒会室。それもよう実ワールドでもチートと名高い生徒会長、堀北 学様の目の前だ。正直言って無事で帰れる気がしない。バレるような嘘を吐いてしまったらそれこそ一瞬でゲームオーバーだ、だからこそ自分を偽るのはこの場では愚策と等しい。

 おい、さっきそれっぽい雰囲気出して喧嘩売った俺はどこに行ったよ。社長を前にする平社員か俺は。というか流石生徒会長。こんな客人でもお茶は出してくれるんですね。

 コト、と2つのコップに麦茶を注ぎ、大きな机に置いた堀北会長はその片方を俺の方へと差し出す。会釈してから自分の方へと寄せるが口は付けない。喉は乾いているのだが飲める気分じゃない、むしろ飲んだら吐くまである。

 

「飲まないのか?」

 

「今は大丈夫です」

 

 そうか、と一息吐いて。

 

「桐ヶ谷 黎耶、か。今年の一年には異端な存在が随分と多いな。……それで、さっきお前が呟いたワードの意味。一体何を知っている……? 」

 

「あのままの意味ですよ。南雲雅の考え方ではこの学校の伝統が崩れる、と」

 

  あくまで冷静に。嘘は吐かないように。もう一度あの拳を躱せる自信は俺には無いからな。と、いうか。どう攻めようかねこれ。攻めどころがない。

 

「……質問を変えよう。何故それを知っている?」

 

「さあ、何故でしょう」

 

ニヤッと笑っては挑発するように。ミスったら死ぬけどミスらなければ死ぬことは無い。今渡っているのはそういう世界線だ。恐怖を抱くな。冷静でいろ。俺なら出来る。何でも出来るのが俺の特技だろ? なら、乗り切ってみせろよ。堀北会長は挑発には乗らずただ黙考する。いやまあ、幾ら考えても正解には辿り着かないと思いますけどね。俺が転生者だなんて考える馬鹿でもないだろ。

 

「南雲雅は確かに優秀ですが、その分慢心してしまう。何処かでボロを出すことも無いとは言いきれません」

 

「……お前は」

 

このブラフも嘘か真か計りかねてるな。まあ嘘なんですけどね。だがこの状況だと真の可能性が高いと考えるのが妥当だ。一年生が一ヶ月の間に南雲雅の情報を調べ上げ、裏の顔を見抜くなど不可能に近い。だが近いだけで不可能ではない。ともすれば、可能性がある方を信じるのがまだ妥当。ここで重要なのは俺が一ヶ月で南雲雅の情報を調べ上げたという偽りの事実。これを真と思うのならば俺は化け物クラスに情報収集力が高い人間として堀北会長に認識され、嘘と思うとしてもどっち道俺のスペックが他の奴とは一線を越しているという認識をされるだろう。まあ転生して知識あるだけなんですけど。そんなスペック1ミリくらいしか無いわ。

 

「……食えん男だ」

 

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

 

数分ほど黙々と思考回路を働かせていた堀北会長はやがて首を横に振って俺を睨みつける。ほんと怖いんでそういう目線やめて下さいね。油断したら目線だけで死にそう。

 

「何を聞いてもお前が素直に話すとは思えんな」

 

「はは、心外ですね。綾小路よりは素直に話しますよ」

 

「やはり、あの男のことも知っているか」

 

この反応ということは未だ先程のブラフに対する解答は出ていないが、少なくとも俺がただ者ではないという認識はされたらしい。一先ずはファーストラインを越えた。堀北会長は依然として俺を鋭い視線で見つめる。

 

「全教科50点丁度を狙ったように取る男を知らない訳がないでしょう」

 

それに、と。言葉を続けて。あー、言いたくねえ。自ら逆鱗に触れに行くとかどんなMプレイだよ。

 

「あの協調性がまるでない、貴方の妹と親しい時点で注目しま……ッ!?」

 

「鈴音の話をするな。口を閉じろ」

 

堀北会長は俺が言葉を言い終わるより前に机から身を乗り出し俺の口を塞ぐ。その雰囲気は鬼気迫るものがあり、殺気を全開。堀北会長の言う通りそれ以上堀北さんの話をすれば今すぐ俺は気絶させられ保健室送りだろう。俺は両手を上げ降参の意を示す。するとゆっくりと、俺から視線を外さず慎重に手を引っ込める。一つ言っていいですか。殺されると思いました、ほんときつい。難易度ルナティックは伊達じゃないな。

 

「すみませんすみません、つい口が滑りました」

 

「……もう一度言えば、わかっているな?」

 

「ええ。それはもう、心臓が破裂しそうなほどに」

 

ならいい、と一度大きく溜息を吐き、堀北会長は眼鏡をくいっと整える。ふぅ、ふぅ。こええよ、超こええよ。もう帰りてえよ。

 

「……最初に、交渉を持ちかけてきたな、お前は」

 

「ええ。先程までの話は俺が貴方と交渉するに足り得るか貴方に図ってもらう為でしたので」

 

この生徒会長のことだ。無能な奴にはどうもしないが有能な奴は放っておかない。でなければ綾小路を生徒会に誘うことなどしないからな。まあもっとも、一年生を生徒会に勧誘する条件として南雲に付いていきそうにない人物ってのが大前提になってそうだけども。今から話す交渉の内容は、成立したらこええじゃ済まないからなぁ。本当に目の前の人間は人間なんですかね。人間の皮被った大魔王か何かなんじゃないですかね。ああでも、どちらかといったら迅雷が如く駆け抜けそうなイメージ。あの人もこの人もイケメンですし。早そうですし。

 

「……聞くだけ聞こう。伸るか反るかは俺が決める、それでいいな?」

 

「ええ、もちろん」

 

でなければ交渉ではありませんから、とにこりと笑って。さてと、セカンドラインも越えた。詰めに行くとしよう。

 

「こちら側から提示するのは南雲 雅の行動の抑制、と言っても一年側にあいつの手駒が増えるのを防ぐことですけどね。後は、綾小路 清隆を生徒会に入れる手伝いをしたりとか」

 

「……ふむ。悪くない内容だ。だが、肝心のお前は生徒会に入らないのか?」

 

 俺の話を聞く堀北会長は元々鋭利な目を更に鋭くして俺に問いかける。そこを突かれると痛いですね。まあ突かれると思ってましたけど。別に入ってもいいのだが、そうなると南雲に目を付けられたりとか、後は生徒会ですし放課後に活動したりすると有栖と癒しの時間を満喫する暇が無くなる。そうしたら俺死ぬぞ? 放課後働かなくていいなら入ります、ええ。

 

「放課後は色々と予定が立て込むので。 放課後の活動を無しに、書類の処理や行事の進行など限定的なものでいいのであれば、役職が無い生徒会役員として入らせて頂きますが」

 

「書類の処理、か。いや、それでいい。放課後は俺たちだけでも問題無い、今までそうしているからな。役職は設定せず、橘にはボランティアだ、と都合を付けておこう」

 

「わかりました。朝早く来ればいいですか?」

 

 堀北会長は首肯し、自分で注いだ麦茶を一口喉へと入れる。そのまま机へとコップを戻せば、鋭い目を少し緩め。

 

「それで、お前が俺に要求する条件は何だ?」

 

 とりあえず半分は交渉成立しただろう。あ、半分だから成立じゃねえな。ここからが本題だ。この話を切り出せばきっと後戻りは出来ない。が、やるしか無い。これから先、この堀北会長とは行かなくとも何人もの化け物と戦うことになるんだ。今の俺のスペックじゃまだ敵わない。だからこそ。

 

「簡潔に言うのであれば。生徒会長、貴方に武術を教わりたい」

 

 いつにも増して真剣な眼差しで俺は眼前の生徒会長へとその言葉を告げる。武術を教えてくれ、と。ずっと考えていたんだ。この先、何をしようかと。何が俺に必要か、と。1週間ほど考え抜き、そして辿り着いたのが、この先俺が戦い抜く武力だ。それも生半可なものでは無い。最低ラインでも龍園をねじ伏せるほどの、それくらいの力を。でなければ駄目だ。俺も元から多少の武術は嗜んでいる。が、それでは全然足りない。精々倒せてあの龍園の付き人の黒人だろう、名前忘れたけど。そんなレベルでは、あの綾小路には全く届かない。この先対峙するであろう南雲にも敵わない。

 

 だとしたらどうするか。綾小路はともかくとして、きっと南雲よりは強いであろう生徒会長、堀北 学から武術を教わること。そして、ついでだが生徒会にコネを作っておくこと。いざという時には権力も必要になる、その為にだ。有栖はあまり小細工を使わないタイプだ、であれば物理的な力も権力もいずれ必要になる。有栖のカリスマがあれば権力は問題無いだろうが念の為、そして武力はAクラスの面子では頼りない。であるからこその武力。各クラスに対抗するため、そして、有栖を守るために。

 

「ほう。面白いな、俺に武術を教わりたい、とは」

 

「……それで、どうなんでしょうか」

 

「時間を都合出来ない日は出てくる。場所は生徒会室、時間は朝と昼休み。それで構わないのなら、いい」

 

 その言葉に俺は心でガッツポーズを取る。きっと顔からは安心した、という思考が漏れているだろう。同じようにこちらを見つめ返した堀北会長は淡々とそう告げた。であれば、俺が返す答えはただ一つだ。

 

「全く問題ありません。では、交渉成立ということでいいですね?」

 

「ああ。よろしく頼むぞ、桐ヶ谷?」

 

 そう言って堀北会長は不敵に笑えば手を差し出してくる。握手か。……握手だよね? 握った瞬間腕折られるとか無いよね? 怖いんですが。だがまあ、ここでそれに応えないというのもおかしいな。もう知らん、なるようになれ。

 

「はい。よろしくお願いします、堀北会長」

 

 俺はぎこちなく笑ってから、右手を伸ばしその手を握った。俺の不安は杞憂に終わったようで、堀北会長からもしっかりと握り返される。良かった。そのまま暫し時が経って、俺も麦茶を口にした頃。堀北会長はぼそりと呟いた。

 

「俺としても、南雲を抑える一年生が欲しかった所だったのでな」

 

「……一応、Aクラスに生徒会を志願する者が居ますが。後、Bクラスにも」

 

「一応、ということは南雲は抑えられないということか」

 

堀北会長はまたも溜息。案外苦労人体質なんですかね、堀北会長。髪の毛をくしゃりと握る堀北会長を前に、俺はその言葉を肯定した。

 

「ええ。まあ、俺の言葉を信じるかどうかは貴方次第ですが。所詮この関係は利用し利用され合う関係ですから」

 

すると、堀北会長は不思議と笑った。何がおかしいのだろうか? え? 俺何かおかしい事言った?

 

「俺を利用する、などと言う人間は居なかったのでな。ああそうだ、俺はお前を利用し、お前も俺を利用する。そこには信頼どころか不信感が中心だ」

 

「そうなります。ですが、その方が色々と割り切れるでしょう?」

 

ああ、その通りだ。と堀北会長は未だ笑う。イケメンだから笑う姿かっこいいんだよ。くそう、能力チートの癖に顔もイケメンとかふざけんな。まあ、確かにこの関係性は気楽ではあるが。変に気を遣う必要も無い。

 

 と。俺のポケットから静かな生徒会室に似合わない電子音がうるさく鳴り響いた。この音からして電話だろう。一体誰だ? 俺の持ってる連絡先なんてAクラスくらいだし、何かあったのか?

 

「……出るといい」

 

 俺が出ていいのだろうかと戸惑っていると堀北会長はふっ、と笑って早く出てやれ、と。すみません、と会釈した後に俺は誰が掛けてきたのかも確認せずに携帯端末をそっと俺の耳にかざした。

 

 すると。

 

「黎耶くん、今すぐ食堂へ来れますか? 少し面倒くさい状況になりまして」

 

 まさかの有栖だった。え? ちょ、何? ……まさか、誰か動き出したか? 今はそんな事を考えても仕方ないな。食堂か、確かここからの距離は割と近かったはず。走れば1分もかからない。

 

「有栖? わかった、事情はよくわからんが今すぐに行く。待っててくれ」

 

「ええ、ありがとうございます。なるべく急いでいただけると助かります」

 

 そう言って有栖は電話を切った。声色からは少しの焦りが感じ取られる。あの有栖が少し焦る? どんな化け物だよ。いや、違うな。有栖が食堂で仕掛けるとは思っていなかったってことか。一年で有栖を焦らせるに足り得る人物は俺は知らない。スペックなら間違いなくトップなのだ、そこから考えても緊急事態ということがわかるな。だけど今はな……。やるしかないか。

 

「坂柳 有栖か。内容からして緊急事態なのだろう? 俺には構わず早く行け、事務処理は明日でも出来る。俺の連絡先はメモしておいた。持っていけ」

 

 ふぁー。判断力半端ねぇ……公式チートの名は伊達じゃないな。有栖という言葉から有栖の名を推測し、会話から即座に状況を把握。俺が抱えていた心配を察してあと伸ばしにさせ、連絡手段の用意まで完璧と来た。これはチートですわ。うん、頭おかしい。俺は全力で堀北会長に頭を下げて急ぎ部屋を出る。

 

「ありがとうございます、会長!」

 

「……この手で、あいつを止めなければな」

 

 勢いよく扉を開け外へと出ていった桐ヶ谷を一瞥した堀北は、一人ぽつりと、誰に向けるでもなく虚空へとその言葉を送った。

 

 

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

「今考えられるのは、龍園か……ッ!」

 

 生徒会室を出て俺は走る。廊下を音を立て疾走する。向かう先は食堂、変わる景色を置いて加速する。走ってはいけない? 知ったことか、校則なんてクソ喰らえ。この状況で有栖に仕掛ける奴なんてあいつしかいない。そしてあいつが現状一番不味い。有栖なら軽くあしらえるのだろうが、それでもこちら側の勢力情報がバレるのはよろしくない。廊下の角を曲がりただただ走る。スピードは緩めない。

 

「待ってろよ、有栖!」

 

 一度惚れてしまえばもう駄目だ。例え有栖がどれだけ強かろうとも、チートであろうとも心配になる。もし龍園が暴力を振るおうとしたら? それで有栖が傷付いたら? そんな事が簡単に思い浮かぶくらいには重症だ。この胸に抱いた衝動は抑えられない、ほら、食堂が見えてきた。急げ、急げ、急げ。龍園と言葉で張り合えるのは有栖だけ。直樹含む他の派閥の人たちはあいつ相手には頼りにならない。俺が行かなければ。

 変わりゆく景色はやがて大きな喧騒が辺りを包む大食堂へと変わった。

 

 どこだ、どこにいる。全体を見渡す。確か有栖は食堂へ行く時今日加わった奴ら全員を連れて行った。それなりに目立つはずだ。一人で食うようなスペースは無視だ。団体席、大テーブルを探せ。

 

 

 

「…あそこかッ!」

 

 居た。白髪の美少女が黒髪ロングの男に絡まれている。有栖と龍園だ。その周りには直樹たち有栖派閥の人間が何が何だかわからず動揺している様子が見える。対して龍園側にはアルベルトと伊吹。武闘派の二人連れて来てるなこの野郎。アルベルトと伊吹は今の俺でも抑えられる、が、龍園は言葉で下すしかない。……いやまあ、そもそもそういうことになっているのかどうかなんだけど。

 

「坂柳、悪い、待たせたな」

 

「遅いですよ、桐ヶ谷くん」

 

「あ? 誰だお前」

 

 多分、今の俺は少しだけ殺気を纏ってる。意識はしてない、無意識だ。でなければ俺を見てそこら辺の一年生怯えてないもの。あ、もしかして堀北の覇気移った? 違うか。とりあえず平穏……な雰囲気ではないものの、特に有栖が危害を加えられているようでもないようだ。

 

「誰でもいいだろ。しっかし、飯を食うのにそんな用心棒みたいなのを二人か。随分とチキンだなぁおい」

 

 初手挑発。状況は知らんが龍園相手に畏まっても後手に回らされるだけでしょ。ならば煽りから始めよう。用心棒と言われ伊吹さんは少し嫌そうだったが、悪いな。さあ恐怖を知らない蛇(笑)さん、どう返してきます?

 

「はっ。言ってろよ、そこのお姫様なんて家臣を大勢連れてるぜ?」

 

「てめえみてえな強そうなやつと違って坂柳は疾患持ち、それに付け加えるならあいつらは全員自分の意思で来てるっての。チキンの言い訳はそれで終わりか?」

 

 二ターン目、挑発。へい、チキン。かかってこいよ。食堂で騒動起こそうもんなら怒られるのはお前らだけどなぁ?俺は傷付いても勝つのは俺たちだ。

 

「チッ。耳障りな奴だ。……まあ、ここで一年の奴らに見せつけるのもいいだろ、アルベルト。そいつを黙らせろ」

 

 あー……。そういう方向行っちゃう? 騒がれる方言っちゃう? めんどくせええ、ここでアルベルトを抑えて後で訴えりゃ勝てるが俺の手の内もバレてしまう、それも少しよろしくない。というか有栖に迷惑がかかる、却下だ却下。そんなことを考えているうちにアルベルトさんがこちらにやってきた。うわあでかいなぁ。怖いなぁ。

 

 ということで、俺が取る方法は。ポケットから一つの紙と携帯端末を取り出し、アルベルトさんが何故かゆっくり歩いてきたのでその内容を素早く打ち込んだ。そうしているとアルベルトさんが俺に拳を振るおうとしたので綺麗にバックステップ、堀北会長に比べれば遅すぎるんだよ、余裕で視認できるわ。そのまま開かれた画面のスピーカーをONにして、龍園と有栖側に俺は逃げ込む。

 

「どうした、桐ヶ谷? もう終わったのか?」

 

「いえ、現在進行形で食堂の事件に巻き込まれています、()()()()

 

 俺がかけたのはそう、先程メモを渡されたばかりの堀北会長の連絡先だった。暴力には権力で抵抗してやるよ。堀北会長という言葉を強調し、周りによく聞こえるように。龍園の耳には当然届いているだろう。その瞬間。

 

「堀北会長、だと?」

 

「……そういうことか。上手く利用するな、お前は」

 

「すみませんね、後で借りは返しますから」

 

 流石堀北会長、俺が電話をかけた意図を察したようだ。会長の名を出せば、あちら側は引き下がるしかないと。暴力に暴力で対抗するのは最終手段、持てる力は使わせてもらう。

 

「面倒な野郎だ。アルベルト、もういい。……ここを出るぞ」

 

 はい完全勝利。散々煽られた挙句、何も出来ずに帰ることしか出来ない気分はどうですかぁ、龍園さぁん? いやぁ楽しいなぁ! 虎の威を借るってのは気分がいい。堀北会長最高かよ。龍園は去り際俺の顔をチラリと見てきたがガン無視してやった。

 

「ふぅ。坂柳、大丈夫か?」

 

「ええ。宣戦布告のようなものをされただけですので」

 

 有栖に案内されるがままに俺は席へと座る。ここまでの一部始終を見ていた有栖派閥の皆はぽかーんと口を開いているか、唖然としている。料理冷めるぞ、はよ食え。って、皆大体食べ終わってた。食べ終わったタイミングを見計らって龍園が接触したっぽいな。

 

「なら良かった。……あ、追い返してよかったんだよな?」

 

 今更心配になってきたわ。何か龍園に言うことでもあったのだったら完全勝利じゃなく完全敗北になってしまう。恐る恐る有栖に聞いてみる。

 

「大丈夫ですよ、むしろ助かりました。しつこかったですから」

 

 にこ、と有栖は俺に微笑んでくる。うん、可愛い。ありがとうございます。そしてやっぱりあの男はしつこくつきまとっていたのか。堀北の時も鬱陶しそうだったからな。陰気臭いのはお前の髪の毛だけにしとけよ。

 

「ん。少し焦っていたから暴力を振るわれそうになっていたかと」

 

「私がそんなミスを犯すはずがないでしょう。少し予想外ではありましたが」

 

「予想外?」

 

()()で話しかけてくるとは思いませんでしたから」

 

 ああ、それは確かに。まあ龍園の性格を考えると、ただのちょっかいって訳じゃ無さそうだな。Aクラスの牽制、見定めってところか。外だと有栖が連れていけるメンバーにも限りがあるし、全体を把握したかったんだろうな。まあ、Aクラスには康平もいるけど。二極化されてますけど、情報量が足りないぞ龍園。

 

「なるほど。まあしかし、あれがCクラスのリーダーで確定か」

 

「リーダーというより暴君でしょうが」

 

 的確な例えですね有栖さん。まあ実際化け物スペックだし、逆らえるやつも居ないし暴君というのは本当に的確だ。……アレに勝てんのかなぁ、俺。アルベルトは確実にいける、あいつ喧嘩慣れしていないだろ。喧嘩慣れしてるやつはあんな遅い動きはしない、ただ力と耐久にステ全振りしてるだけの脳筋だなあれは。あ、伊吹さん? アルベルトさんの5倍くらいキツいです。何かあればいずれ有栖が雇うであろう神室さんに任せよう、そうしよう。

 

「いい呼び方だな。……これはまた、近いうちに会議か?」

 

「そうなりますね。明後日は空けておいて下さい」

 

「りょーかい」

 

 さりげなく放課後二人きりの予定確保。龍園ありがとな、有栖とまた二人きりになれるチャンスを作ったことには感謝してやるよ。それ以外に感謝する気全くねえけど。俺たちが二人で話していると、ふと気づいた。というより思い出した。

 

「というか、直樹。さっきからお前ら固まってるけどどうした?」

 

 肩をとんとんと叩いてみる。するとビクン、と身体が跳ねてハッとしたように辺りをぶんぶんと首を動かし見渡している。何してたんだお前ら……。そんな直樹の動きに皆意識を取り戻し、開いていた口をゆっくりと閉めた。

 

「へっ!? あ、あー、いや……なんか、途中から固まってた……」

 

「何でだよ……」

 

「いや、なんつーか、二人の雰囲気に付いていけないっつーか」

 

 俺と有栖を除く皆がうんうん、と頷く。え? 雰囲気? 特に何も意識していないんだけどな。まあいいか、別にひゅーひゅーと囃されてる訳でもないし。そういうことを言われるのも悪い気はしないし。

 

「別に普通だけど」

 

「嘘だってっ! なんか話しかけづれえしよー!」

 

「そーそー! 何かあるでしょ!」

 

 直樹の言葉を開戦の角笛に、皆が俺たちに──いや、基本俺だけに有栖との関係性についてグイグイ攻めてくる。何か救いはないんですか。有栖の方を見るが、くすくすと面白げに笑うだけで何もしてこない。ちょっと有栖さん、止めてくださいよ。

 

「お、落ち着けって。何も無いから、本当に何も無いから!」

 

「嘘だッ!」

 

 おい。

 

「私ずっと何かあると思ってたんだよね、いつもはぐらかすしさー。今日こそは聞かせてもらうからね黎耶くん!」

 

 駄目だ。止められない。勢いが強すぎるのと数が多すぎるので一人じゃ無理だって、数の暴力反対。何か、何か救いはないのか。助け舟は転がっていないのか!?

 

「確かに、坂柳さんと桐ヶ谷くんの関係性は興味深いね。私、気になりますっ!」

 

 おい、さっきからお前らネタを混ぜてんじゃねえ。半分面白がってるだろ。

 

「ぐっ、ちけえって……皆、離れろ…」

 

 この光景を傍から見る奴らは目を疑うだろう。何が起こっているか。椅子に一人座っている俺を、全方位から男女が取り囲んでいるのだ。しかもすごく近い。俺だって自身持ってリア充です!とか言いてえよ。だが言えねえんだよ。友人です、とか言ったって皆そうでしょで返されて終わり。ああもう、詰んでるんだよなぁ!?

 

 と、万事休すかと半ば諦めていたところで、食堂に甲高いチャイムの音が鳴り響いた。それを聞き逃す俺じゃなかった。

 

「おい、チャイムが鳴ったッ! 遅刻して減点されるか、俺と坂柳の関係性を聞くか、どちらか選べッッ!」

 

 叫んだ。とにかく叫んだ。叫声を放った。ありがとうチャイム、この恩は一週間くらい忘れないぜ。ふぅ、と大きく息を吐いた俺の周りは静まり返ったと思えば、皆一斉に舌打ちした。ちょっと? 君たち息揃いすぎじゃない?

 

「……次こそ聞かせてもらうからな、黎耶」

 

「覚悟しておいてよー!」

 

「私、気になりますっ!」

 

 最後、とりあえずお前は古典部に行ってこい。放課後に。朝は生徒会、昼休みは生徒会かこいつらに追求され、放課後は追求されるか有栖と二人きり。天国要素が有栖と二人きりしかない。そんな事を考えていれば有栖が大変でしたね、と微笑んできたので全くだ、と苦笑を返しておいた。皆は渋々と食器を片付けていった。今だけ二人きりになったのを確認して溜息を。

 

「少しは止めてくれよ、有栖」

 

「大切な友人、などと言ってしまえば更に騒ぎが大きくなりましたよ、黎耶くん」

 

「……はぁ。それもそうか、元から詰んでたな」

 

「そういうことです。さあ、教室に戻りましょうか。午後からも授業はありますから」

 

 有栖はくすっと悪戯げに笑っては俺の頬をつついた。

 昼休み、開幕生徒会室とかいうパンデモニウムに突撃して胃がキリキリ言うのを我慢して交渉を成立させ、電話がかかってきたと思えば食堂で緊急事態。駆けつけては龍園を煽り、アルベルトが召喚されれば急いで堀北会長を召喚返し。極めつけにはクラスメイトからの追及。俺の疲労は限界だった。

 

 が、今つつかれた有栖の指の感触がその全てを癒していく。あの笑顔が心を落ち着かせる。俺に安らぎと幸福を与える。

 

 ──嗚呼、全く。本当に単純だな、俺は。

 

 

 

 

 

 




三回目の坂柳さん回は次回の予定です(予定)


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8. 放課後の前にもご褒美が貰えました。

どーも、ジグです。
前話の生徒会長との下りに指摘がかなりあったので、私も見返した所やはり少し無理やりだったなと結論付け、書き直させて頂きました。簡潔に伝えれば未来を知ってる設定ではなくなっております。手間かとは思いますが一度前話を見て頂ければ、と。申し訳ありません。


 

 

 

 

 

──人は繰り返し行うことの集大成である。だから優秀さは、行為ではなく、習慣なのだ。

 

 言わずと知れた哲学者、アリストテレスの言葉。優秀な奴は才能だけでなく、しっかりと努力しているという意味だ。まあ、努力出来る才能を持っている人が優秀という意味にも取れるが。よくテレビで見るような歌手だって最初から歌が上手かった訳じゃない、何度も何度も練習を重ねて万人を魅了する歌声を作り上げている。大抵どの職種にも当てはまるだろう。芸能人もそうだし、スポーツ選手だって。生まれ持った才能というのもあるのかもしれない。が、それを生かすか殺すかという点で見れば、確かに習慣が不可欠だ。血反吐を吐き、地に這いつくばって、身体を限界まで駆使してでも、辿り着きたい高みがあるから、彼らは努力する。と、そんな話を今している理由だが。

 

「今日はここまでだな。」

 

 そんな努力の塊、努力の中の努力。純粋な習慣の結晶、堀北 学を見ていたからだ。拳を交わしてわかる、あれは才能などという話でケリが付けられるものでは無いと。確か空手と合気道の段持ちと堀北さんが言ってたな。なるほど、これは確かに強い。目の前の堀北会長の強さは純粋な強さだ。ただ愚直に己を傷つけ、鍛え、耐え忍び、そうしてようやく出来上がったのが堀北 学という公式チート。そんな人を目の前にしている俺の今の状況知ってるか?まず地に伏せて、全身はボロボロで、身体中が悲鳴を上げている。簡単に例えるなら、HP1。

 

「……うぐ……」

 

 結論から言おう。完膚なきまでに叩きのめされました。やはり実力の差は圧倒的で、ワンチャン一撃くらい当てられるんじゃね?って思ってた俺が馬鹿だと思えるくらいに。まず動きが早すぎる。俺が一歩動く間に堀北会長は三歩動いてる。そして一撃一撃も早く、そして鋭い。電光石火の拳と名付けられそうなくらいには早い、……格好悪いな。何もかもがとにかく早い、早すぎる。クイックブ〇ーダーさんが霞んで見えるくらいには早い。あの人がおせぇよ。早く強力、これほど手強いものはない。

 

「筋は悪くない、あと30日も鍛えればその辺りの連中ならいとも容易く下せるだろうな」

 

「……そう、ですか。ありがとうございます……」

 

 褒められたのはいいんですけど、もはや喋る気力も無いです。授業中居眠りなんて出来ないし、朝はきついか……? いや、でもやらなければいけない。最低でも龍園相手に完勝出来るほどにはこの身体を痛めつけ鍛え上げなければならないんだ。文字通り満身創痍の身体を無理やり起こしては服についた埃を払い落とす。その度にずき、と動く度に身体が痛みを伝えるが構ってはいられない。これから授業もあるし、放課後は有栖と話し合いもとい癒しタイムだ。へばってられるものか。

 

「かなり痛むようだな」

 

 そんな俺の様子なんていとも簡単に見抜けるのか、鋭い目線で堀北会長は俺の身体を眺める。

 

「まだ始業まで時間はある、ソファで少し休んでいろ」

 

「……いいんですか?」

 

「お前が処理した書類分の対価だ。今日の俺からの鍛錬分を差し引いても、数十分ほどなら足りている」

 

 何ですかその何処かの企業みたいな。まあ休めるからいいんですけど。正直言ってとても有り難い。ここから昼休みまで休み無しで座学となると無事に乗り切れる自信は無かった。少しでも身体を横にできれば痛みも和らぐだろう。筋肉痛でもない限り、この手の痛みはあまり長引かないしな。

 

「ありがとうございます、では借りますね」

 

 乾いた苦笑を浮かべては、言われた通りにソファへと腰掛け、そのまま寝そべる態勢に。ああ、ふかふかだ。最高かよ。起こすところまで迷惑をかける訳にはいかないし、タイマーをセットするとしよう。

 

「それに、お前を鍛えるのは俺のためでもある」

 

「堀北会長の?」

 

 眠ろうとする前に、ふいに堀北会長が口を開いた。

 その声色には9割の決意と、1割の微かな迷いが聞き取れる。

 

「……お前を育てておけば、役に立つからな」

 

 具体的な内容は話さず、やや濁したものだった。珍しいな、堀北会長が少しでも迷っているとは。と言ってもまだ会って数日しか経っていないんだが。その言葉に、俺に出来る範囲内の仕事で頼みますよ、とだけ返し俺は全身の力を抜く。意識が微睡み、思考が途絶える。ふわふわとした気持ちいい感覚が全身に渡るのと同時に、俺は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 ピピピ、と聞き慣れた脳へと響く機械音が聞こえる。アラームだ。その発生源の携帯端末を開いてはアラームを止め、ぐぐっと背伸びして身体を起こす。ややぼやけた思考回路を起動させると共に辺りを見渡す。

 

「んぅ…」

 

「……時間通り起きたか。身体の調子はどうだ?」

 

 ああ、そうか。この人にボッコボコにされて、少し休んでいたのか。起きればまた感じる、が、眠る前よりはずっと和らいでいる痛みを全身で感じ取ると共に、その痛覚が思考のモヤを払い除けさせる。意識が覚醒する感じを覚えながら体勢を変え立ち上がる。やっぱりまだ痛いな。だがずっとマシだ、普通に生活する分には支障無い……とは言えないけど、それでもまだ動ける。

 

「まあ、寝る前よりは良いですが」

 

「そうか。ならいい」

 

「すみませんね、ソファを貸して頂いて」

 

「問題無い。それより後10分でチャイムだ、俺もこの部屋を閉める。出る準備をしろ」

 

「……もうそんな時間だったのか。わかりました」

 

 元々持ってきていた荷物は少ないので手早く近くにまとめていく。寮制だとこういう点は楽だ。それにしても10分前か。有栖はもう教室に居るだろうな。身体のことはバレないようにしないと、色々と聞かれて隠し通せる自信は無い。生徒会と関わっている理由が有栖にバレるのは……別に駄目な訳じゃないが、なんかこう、格好悪いというか。何というか。とにかく、普通を装おう。普通を。

 

「ああ、そうだ。次時間が取れるのは明後日だ、また朝にここに来い」

 

「了解です、では俺はこれで」

 

「待て」

 

 ん? 何か他にあっただろうか。首を傾げては扉へと手を伸ばしていた俺は振り返り堀北会長の方へと目線を変える。すると、大量の書類が渡されてきた。おい、まさか。

 

「時間が取れるのは明後日だが、明日分の書類は処理して貰おう。いいな?」

 

 その問いかけ、俺に拒否権ありませんよね。書類処理をやると言ったのは俺だしな。きっと今俺の顔は苦笑いを浮かべているだろう。今日中に終わらせてやる、と心の中で半分諦めてから書類を堀北会長の手から受け取る。すると堀北会長は満足したようでそれではな、と薄く笑った。

 

「ははは……。ではまた、明後日に」

 

 軽い礼で返して今度こそ俺は扉を出る。一昨日来た時と変わらず生徒会室の周りには誰一人通らないらしく、学校の中でも異質な、物静かな廊下へと足を運んでいく。

 

「っつつ、やっぱりまだ痛むな」

 

 小刻みに鳴る、靴と廊下が接触する音が静寂に包まれる周りに響く中、歩く度に身体を襲う痛みを感じ取る。本当に痛い。超痛い。なんでRPGの主人公とかは戦闘で傷を負った後歩いてダメージを受けないのか不思議に思う。モン〇ンなら裂傷とかあるというのに、普通のRPGでは幾ら戦闘で傷を負おうがあいつらは戦闘後歩いてもダメージを食らわない。おかしいよなぁ? 現実だと鍛錬後もとい戦闘後歩いたらダメージ負うんですけど。その辺り次世代のRPGはしっかりとやって下さいね。

 

「保健室へ寄るか……?」

 

 ぶつぶつと呟きながら道を曲がる。目的地は教室だが、少し考えてしまう。保健室へ行けば確かにアイシングは出来るが、問題点が一つだけある。保健室担任が星ノ宮先生ということだ。まあ普通に考えればいわゆるゆるふわ系女教師なんだが、あくまで普通に考えた場合の話。何が問題かって、あの人はBクラスの担任でもある。あのクラスの代表は一ノ瀬。一ノ瀬さん天使ではあるんだろうがあのポイントの保有量はどう考えてもおかしい。裏があることは確かだ。そしてその一ノ瀬と交流が深いのが星ノ宮先生。アニメのボーナスシーンはありがとうございました、目の保養になりました。……ではなく、あの手のゆるふわ系先生は大抵闇を抱えている。無警戒で保健室になんて行けるものか。それに、何故こんな怪我したのかと聞かれてそれっぽい理由を吐いてもきっとあの人には見抜かれる。綾小路の力を直感で見抜くような化け物だ。嘘なんてあの人には効かないだろう。

 

 結論。

 行かない。

 行くメリットに対しリスクが大きすぎる。ただでさえ堀北会長にブラフかけてる最中というのにこれ以上胃をキリキリさせる案件を増やせるか。毎時間トイレに篭ってやるぞ。あの手の天使は総じて堕天使なのだ、信用ならない。裏の顔を明らかにしないヒロインよりは、俺は裏の顔が明らかになっていて尚且つ小悪魔系ヒロイン、有栖の方が良い。まあ、胸はないですけどね。……いや待て、貧乳はステータスだろう。

 

「……こんなことを考えていられるなら授業は問題ないか」

 

 はぁ、と大きく自分に対して溜息を。頭を抑えてはすたすたと保健室へ行くかどうかの葛藤を繰り広げている内に一年生の教室がある場所に来ていたようだ。結局これ保健室へは行かないコースだったじゃねえか。まあいいけど。流石にここまで来るとチャイムが鳴るまで数分あるが、教室の外にも何人か生徒がいるようで、音量控えめに騒いでいる。見た感じBクラス、噂をすればBクラスってか。なるべく存在を認知されないように通り抜けるとしよう。今の時点で無駄に顔を覚えられたくはない。Bクラスは団結力が高いし、情報はクラスメイト全員で共有するだろう。

 

 話に集中しているのを見ては華麗にその横を通り抜ける。この間1秒。影の如く渡る。小学校の頃は影になりきりすぎてよくクラスの奴に認識されなかったものだ。中学になってからは出来なくなったが。と、そんなところで見えたのはAクラスの教室、そのままそこまで歩けば扉を開ける。

 

「おっ、黎耶くん来たよー!」

 

 教室に入っての第一声がこれである。

 

「おはよー、桐ヶ谷くん」

 

「よう、桐ヶ谷」

 

「おせえぞ、黎耶」

 

 うん、直樹以外名前ほとんど知らない。モブの名前覚えたところであんまり意味ないからね、仕方ないね。ああでも、後で有栖に覚えろとか言われそうだ。何だかんだ全員いいやつなんだよな。有栖派閥から覚えてくか。とりあえず適当に挨拶をして返す。気楽といえば気楽だ。生徒会室にいる間は常に気が抜けなかったからな。いつも通り笑顔を振りまいては、自分の席に着く。そこで、隣から。

 

「おはようございます、桐ヶ谷くん。今日は随分と遅かったですね?」

 

 ふぅ。ありがとう。ありがとう神様。今日も有栖の姿が見れて俺は幸せです。癒しだ。声を聞くだけで癒される。重症ですね、わかってます。

 

「おはよう、坂柳。……まあ、ちょっとな。これからも遅れる日は出る」

 

 内容をやや濁した俺に、有栖はくすりと意味深に微笑む。可愛い。ではなくて、怖い。バレてないよね? バレるはずがない、大丈夫大丈夫。心を落ち着かせよう。

 

「そうですか、深くは聞かないでおきますね」

 

「ん、助かるわ」

 

 天使。小悪魔系天使。だがそれがいい。

 

「ふふ、誰にだって隠したいものはあるでしょうし」

 

「そうだな。坂柳が言うと説得力が違う」

 

「あら、私が隠し事をしていると?」

 

「さあ、どうだろうな?」

 

 大げさに肩を竦めてはニヤッと有栖に笑顔を向ける。返すように有栖も口元に手を当てふふっ、と微笑みを。

 

「こういった会話も楽しいものですね」

 

「同感だ、もっと続けたいところではあるんだが。もう鳴るか」

 

「本当ですね、桐ヶ谷くんが来たのは5分前でしたし」

 

 ここで始業のチャイムが無慈悲にも後1分で鳴る。まあ、SHRが終わったらまた時間が出来るからね?……ああ、そういえば、今日最初の授業は何だったかな。さっきからクラスがやけに授業が何とか、で騒がしいから少し気になる。

 

「待て、そういや今日の授業は何だっけか?」

 

「聞いてませんか? 午前はプールで水泳ですよ」

 

「……………………はい?」

 

 俺の腑抜けた声を最後に、空しくも始業のチャイムが鳴り、扉から1人の男性教師が教室へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

 

「しゃあッ! 俺の時代がきたああああああッ!」

 

 一人の男が叫んでいる。若干名を除くほぼ全ての男の気持ちを代弁するように叫声を放っている。女子の水着が見れる、と。ああ、そりゃあ確かに女子の水着が見たいという意見には概ね賛成だ。あんな下着とほぼ変わらない姿で女子が目の前に現れるのだ。水着姿を見たくないという奴の方が珍しいだろう。瑞々しい肌色、たゆんと揺れる胸。惜しげも無く晒される足。男子の夢の塊だな。そんな男の叫びは女子には届いていない、今も着替え中だからな。その男の夢の水着を着ている最中。

 

 だけどな。今の俺にとってそんなことはどうでもいい。今の俺が置かれている状況のせいでな。

 

「黎耶くん、あなたも見学ですか?」

 

「……ちょっとな。理由は聞くな」

 

「そう、ですか。わかりました」

 

 おいおい、水泳とか聞いてないぞ?

 うん、まあね? 朝から堀北会長にゴリゴリしごかれて水泳とか出来るわけないじゃないですか。全身痛えよ。無理無理、傷口に染みる。これで泳げとか言われたら死ねる。俺そんなマゾじゃない。と、いうことで、適当に担当教師に言い訳を述べて見学させてもらっているわけだ。正直に伝えたらこの傷はどうしたんだ、とか言われて面倒くさいし。

 

「有栖は、言わずもがな、か」

 

「ええ。見学はもう慣れました」

 

 だが、よく考えてみてほしいんだ。

 有栖は見学、俺も見学。他に見学する生徒はいない。つまるところ、実質二人きりなのだ。これがご褒美ってやつか、ありがとうございます。堀北会長、感謝しますよ。あなたのおかげでこうして有栖と二人きりになれた。しかもたっぷり2時間分。

 ん? 泳げないだろって? どうでもいいね。有栖の隣に居られるならそれでいい。

 女子の水着姿を近くで見られない? どうでもいいね。有栖以外の女子なんかアウトオブ眼中。有栖さえ見ていれば俺は満足。ということで、これから幸せな2時間を誰にも邪魔されず過ごす訳だ。

 

「おーい、黎耶ー!なんでこっち来ねえんだよー!」

 

 おい、邪魔されずって考えてたよな。

 

「体調悪いんだよ。悪いが今日は泳げない」

 

 学生のテンプレ言い訳の一つ、体調が悪い。シンプルにして最強。使用頻度を考えて使えば大抵のことはこの言葉で乗り切れる。よく中学は保健室へ行ってはこの言い訳で早退したわ。嫌な授業は逃げるに限る。

 

「えー。わかった、次のプール授業は絶対参加しろよー!」

 

「はいはい、わかったわかった」

 

 もうむしろプール授業の間はずっと見学でいいまであるんですけど。隣でスマートに制服で過ごす有栖と2時間二人きりになれる訳ですし。

 

「人気者ですね、黎耶くんは」

 

「それは皮肉か?」

 

「いえいえ、素直な感想ですよ」

 

 ふいに、にこりと笑う有栖が俺に向かってそんな言葉を投げかけてきた。こういう会話がほんと楽しいの。会話の裏の意図を互いに探り合うこういう会話が。やめられないですね。

 

「体調不良、嘘ですよね?」

 

「……やっぱバレるか」

 

 表情は崩さないまま雰囲気を変える有栖。その様子に一瞬ゾクッとなったがすぐに戻り、苦笑でその問いを返す。

 

「ええ。体調が悪いようには見えませんから」

 

「よく見てるんだな」

 

「ずっと見ていますよ」

 

 ふふっ、と笑う有栖の不意を突かれた一撃に顔を赤くしてしまう。ああもう、だから。熱い。その言葉のダメージ量大きすぎんだろ。一発で俺のシールドは全部割られたわ。

 

「そ、そうか。そりゃあ、どうも」

 

 何言ってんだ俺。テンパって上手く言葉が出ない。そんな俺の様子がおかしいのか有栖はそのまま楽しげに笑顔をまとっている。楽しいようで何よりです。

 

「私の大切な友人ですから、ね」

 

 友人。その言葉を聞くと少しだけ熱が収まる。やはり友人という立ち位置はそう簡単に変わりそうにないな。いや、まあ当然といえば当然なのだが。今の状況で狙ったように放たれるそのセリフは少々心に来る。いつか、友人から友の字を抜くと誓ったものの、その道は遠いなと改めて認識してしまった。

 

「……ああ。友人、だから、か」

 

「ええ、友人だからです」

 

 と、そこで俺が友人という言葉を繰り返すとふいに有栖の顔が曇る。どうしたのだろうか、と思い声をかけようとしたその瞬間。有栖は俺の服の裾を掴み、俺を見上げていた。

 

「ですから。友人ですから、黎耶くん。────」

 

「…ッ」

 

「……いえ、何でもありません。忘れてください」

 

 俺の名前を読んだ後に何か言葉を放とうとしていた。その声色には確かに不安の色が聞き取れた。何だ? 有栖が、不安がる? そんなわけがないだろう。あの有栖が、何か不安を抱えるなど。思考回路をぐるぐると動かしながら、言葉にはしなかったが、確かに見えた有栖の口の動きが、俺の目に焼き付いていた。そんなわけがないと、わかっている。見間違えと思う。が、見えた気がしたんだ。

 

 

 ──いなくならないで、と。

 

 

「あ。そろそろ授業が始まるみたいですよ」

 

 次の瞬間には有栖は元の儚く、どこか不思議な雰囲気を醸し出すいつもの坂柳 有栖に戻っていた。やはり気のせいか。あれだ、あれ。堀北会長に殴られたりしたせいでちょっと頭が上手く働いてないみたいだな。

 

「お、本当だな。見学ってこんな気分なのか」

 

 プールサイドに立つ俺ら以外のAクラスのクラスメイトは準備運動を始めている。新鮮な気分だ。早退したことはあっても体育を見学したことは無かった、これが傍観者ってやつか。

 

「黎耶くんは見学するのは初めてですか?」

 

「ああ。見学初心者だ」

 

「ふふ、見学に初心者も上級者も無いでしょう」

 

 くすりと有栖が微笑を零す。

 

「冗談だ。しかし暇だな、2時間何をしようか」

 

 有栖と二人きりになれたのはいいものの、することが無い。彼女いない歴=年齢だからね。二人きりになった時女子と話す話題なんて早々見つけられませんよ。こうなるんだったら堀北会長から渡された書類でも……って、それは有栖に色々と勘繰られるか。

 

「一人の時はただ見ているだけでしたが、黎耶くんといるならそれも少し退屈ですね」

 

 有栖は顎に手を当て考える仕草を取る。一々可愛いんだよな、ほんと。外に耳を傾ければ誰かの身体が水を切る音が聞こえる。羨ましいとは思えない。目の前の有栖を見るだけで、充分幸せだからな。

 

「ああ、いいことを思いつきました。少し待っていてください」

 

 有栖の言ういいことは大体嫌な予感がするんですけど。有栖は喜ぶけど俺は遊ばれる的な。そう言って有栖はどこかへと消えてしまった。何をするかわからんが、予想がつかないことだけはわかる。そのまま数分欠伸をしながら見学の本来の目的、他の奴らの水泳を見ていると後ろから足音が聞こえる。

 

「黎耶くん、戻りました」

 

 綺麗な音色が響く。さて、いいこととは何だろうかと俺が振り返ると。

 

「ん、おかえ──」

 

 ばしゃっ、と。

 

「ぷはっ!?」

 

 水飛沫が、有栖の手から放たれた。俺は大きく仰け反り顔にかかる水飛沫を防ぐように手で顔を覆う、驚愕の表情は隠しきれなかったが。濡れた頬からは水がぽたりと滴っている。よく見れば、見学する際に終わったらここを掃除するように、と言われた時の水が入ったバケツがある、先生は生徒のタイムを図るのに忙しいようでこちらは見えていない。監視カメラも仕掛けられてはいない。減点の心配はあまり無いだろうな。やり返していいよね。

 

「ふふ、大成功です」

 

 そう言う有栖の笑顔は本当に楽しそうで。面白そうで。水のせいでややぼやけた視界でもしっかりと有栖が映る。儚く、不思議で、見目麗しい、俺が惚れた、美少女の姿が。今だけはそんな儚いという雰囲気は消え失せ、ただ一人の、悪戯心溢れる少女となっていた。そんな彼女に、どうしても見惚れてしまう。どうしても見蕩れてしまう。どう足掻いても好きという感情が抑えられない。ああ、思わず俺も笑みが零れてしまった。本当に俺は単純で、そしてこの状況が、心から楽しいと思えてしまうから。躍動し、昂るこの心を抑えることは出来ない。

 

「ははっ、……くっそ。よくやってくれたな、有栖?」

 

「あら、何をするつもりですか、黎耶くん?」

 

 じりじりと詰め寄る。そんな最中にも、目の前の彼女は本当に楽しげで、普段の彼女からは考えられないほど、笑っていた。心の底から笑っていた。

 

「さあな。そこ、動くなよ」

 

「動くなと言われて、素直に従う私ではありませんよ」

 

 俺が前進すれば、有栖は後退する。その足元には水が入ったバケツが置かれている。ならば。

 

「だよな。ならもっと近づくまで」

 

「ふふ、捕まえられるものなら捕まえてみてください?」

 

 そうだな。捕まえられるものなら捕まえたい。が、今はそうじゃない。さあ、青春を楽しもうじゃないか。

 

「なぁ、有栖」

 

「はい?」

 

「好きだ」

 

「っ。そう、です──きゃっ!?」

 

 一瞬。有栖が動揺したその一瞬。俺は前進し辿り着いたバケツから水を取り出し、そしてやる分はやられた分だけ。少しだけ顔を赤くした有栖へと水飛沫を放ち返した。

 

「隙あり、ってな」

 

 ぷるぷると有栖が震えている。おっと? おこかな? 激おこかぁ?

 

「……ふふっ」

 

 え?

 

「ふふ、ふふふっ」

 

 有栖は笑う。ただただ笑う。

 その様子は、いつもの坂柳 有栖ではなくて。

 強かで、妖しげな坂柳 有栖ではなくて。

 近くにいるのに、遠くにいる坂柳 有栖ではなくて。

 

「ふふっ。よくもやってくれましたね。黎耶くん?」

 

 ただ。ただ、純粋に、水遊びを楽しんでいる。

 その辺りを探せばいるような、ごまんといるような。年相応に青春を楽しんでいる、勝ち気な笑みを見せる、坂柳 有栖の姿が。

 

 そこには、あった。

 

 

 




邪教を捨てよ(挨拶)
何とか0時に間に合いました(完成したのは23時50分)
減点の心配があるかと思いますが、予め監視カメラと教員の目が無いことを確認しての行動ですので。


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9. そうして俺はまた、告白した。

どーも、ジグです。
タグに独自解釈を付けさせて頂きました。坂柳さんの素性がほとんどわからない以上そういう点を入れないと話が作れないものでして。……中間テスト終わった後の2巻でAクラスが全く出てこない?ああ、聞きたくないです聞きたくないです(想像力よ来い)。あ、今回も坂柳回です。


 

 

 

 

 

 

恋という狂気こそは、まさにこよなき幸いのために神々から授けられる──プラトンより。

 

 

 

 

 

 

 

「コーヒーと紅茶を一つ」

 

 一つ声を投じた。前と同じ店に、前と同じ時間帯。放課後直行で有栖と先日訪れたカフェへと。相変わらずパレットの方に人が集中しすぎているせいか辺りには人一人いない。それでも潰れないのは単にこの高度育成高等学校の力だろう。既に席についている有栖の向かい側へと注文を終え、流れるがままに座る。

 

「ありがとうございます、黎耶くん」

 

 その有栖と言えば、午前中からずっとご機嫌だ。いや、いつも笑顔を浮かべにこにことしているのだが、それはあくまで仮面のようなもので、今浮かべているような輝くようなそれではない。まあどちらにしろ可愛いことに変わりは無いのだが。一体何があったんですかね。

 

「どういたしまして。水泳の時間からずっと機嫌良さそうだけど、何かあったか?」

 

「いえいえ、何もありませんよ」

 

 何も無いことはないでしょうに。水泳の時間とかあの後はただ隣に座って素直に見学しただけなのだが。ああでも、少しだけ座る位置が近かったような気がしないでもない。意識したら顔が赤くなるので気のせいだと言い聞かせていたけど。

 

「……そうですか。水泳の時間といえばだが、あれ、良かったのか?」

 

「あれ、とは?」

 

「水かけだ。幾ら監視カメラが無い、先生はタイムを計ってたとはいえ、減点の可能性はあったろ」

 

 まあ、やり返した俺が言える立場じゃないんですけどね。あの時は軽く確認しただけですし。まだ注文した飲み物は届かないので、手持ち無沙汰に机の上で腕を組む俺に坂柳は答える。

 

「水泳の時間、きっと減点はよほどのことがない限りありませんでしたよ」

 

「それはまた、なんでだ?」

 

「女子の着替えている間、男子は叫んでいました。それも一人二人ではなく、十数人。普通なら私語扱い、ですが先生の方を見ればカウントしている様子はありませんでした」

 

 ああ、確かに。直樹たちが叫んでいたが教師は気にする素振りなく、せいぜいうるさいぞー、くらいだった。いつも減点する際は必ず何かしら教師はカウントする素振りを見せる。茶柱先生や真嶋先生もそうなのだから、監視カメラに頼らずその場で減点行動をした際は必ずカウントしているのだろう。そのカウントが無かったということは水泳の時間での私語や多少の遊びくらいなら問題ないということか。無論確証は無いが。

 

「なるほどな。だが、減点の可能性はそれでもあっただろ」

 

「……減点されればされたで、私たちがやったとはバレません。何かにつけて葛城くんの側の人たちのせいにすればいいでしょう?」

 

 そう言って有栖はニヤリと不敵に笑う。黒いなぁ有栖さん。だが今の言葉でようやく納得した。皆タイムを測ったり、男子なら女子の身体を見るのに集中して見学しているこちらを見ることなどまず無い。それにその間は女子がタイムを測っていたしな。女子は計測中の女子に注目しているし、男子も同様だろう。不安が残るといえば康平だが、きっと戸塚たちや他の康平派閥男子が女子の水着姿に騒いでいるのを抑えるのに手一杯でこちらを見る暇など無かったはずだ。減点されたとしてそいつらに押し付ければいい。ほら、某邪神様も言っていたじゃないか。

 

 

 バレなきゃ犯罪じゃないんですよ、ってな。

 

 

 まあもっともな話、この後中間テストが待っているんでどちらにしろ目に見える減点は見つからないんですけどね。ただそれでも、増点が少なかった場合=少なからず減点があったという時に、康平派閥へと押し付ける材料に使うのだろう。減点の詳細を教えない学校のシステムを取った裏技だな。

 

「いつも通りの有栖で安心した。そこまで機嫌がいいと隕石でも降りそうだったからな」

 

「あら、落としても構いませんが?」

 

「冗談だって。あ、どうも」

 

 いつものように言葉を交わしていると注文していたコーヒーと紅茶が届けられた。店員さんは会釈するとその二つを机へと並べスマートに去っていった。どうしてこうカフェの店員って格好いいんですかね。ちょっとそういう技術教えてくれないかな。

 

「と、それで。今日の本題は?」

 

「そうでした。と言っても黎耶くんも薄々わかっているでしょう?」

 

「まあな」

 

 前も話していたし。それに直近でいえばあいつとの接触があったしな。話すことと言えばあれくらいだろう。俺と有栖は同時に微笑んだ後に、

 

「「各クラスをどうするか」」

 

 ふっ、と更なる笑みが零れる。有栖も同様に、くすっと笑うと手元に置かれた紅茶を目を細め一口。クラスの分裂が表面化し、現状これといった解決策がない以上、俺たちが目を向けるのは他クラスのことだろう。まあ大体情報は割れてるけど。

 

「この学校のシステム上、クラスポイントによってクラスの地位が上下しますからね。私たちが何処かを攻撃し弱体化させる必要は現状あまりありませんが、妨害されないように防衛する為に情報収集はしなければなりません」

 

「そうだな。とりあえず俺たちが今持っている情報の確認から始めるか」

 

 Dクラスだけでなく他の2クラスも上に上がり、就職先の約束などの特典目的にAクラスになろうとしている。が、俺たちAクラスにはこれ以上上はない。だからどこかに攻撃する必要性はあまり無い、が、無いだけで攻撃しない理由もない。各クラスを弱体化させAクラスのポジションを確たるものにするとか、な。

 

「一昨日接触してきたのはC組の龍園くん、でしたね」

 

「アレは相当頭がキレるらしいな、取り巻きがいたのを考えるともうクラスはあいつ一強になってるはずだ」

 

「ええ。ですが飛び抜けて優秀なのは彼だけでしょうね、無論情報収集は欠かせませんが」

 

 まあ、C組で脅威なのは龍園くらいだろう。他に優秀なのは、龍園に次いで総合的に高い能力を持つ伊吹だが、如何せん協調性がまるでない。物理的な力で考えるならアルベルトと石崎が挙がるが、基本アルベルトは龍園の命令でしか動かない。石崎は上手くいけば操れるが、わざわざあいつを使う理由もないな。知性で考えれば金田くんか。後はなんか強そうな椎名さん。まあ龍園が居なくても彼らで回るには回るだろうが、はっきり言って龍園無しじゃAクラスの敵じゃないな。

 

「一先ずC組は先送りだな。少なくとも最優先事項じゃない」

 

「そうなります。次にBクラスですが、黎耶くんは何かあのクラスについて情報はありますか?」

 

 Bクラスとかいう謎なクラスの話をしますか。一息にコーヒーを飲んでは覚えているBクラスの知識を集中させる。きっと有栖も大体の情報は集めているだろうが、念の為か。

 

「中心人物は一ノ瀬、次に神崎。あのクラスを一言で纏めるならチームワークに優れたクラス、ってとこだな」

 

「情報に相違は無いようですね。黎耶くんの言う通りあのクラスはとにかく仲間意識が強い、多少の損害を食らってもすぐに立て直すでしょう」

 

 個々の能力が飛び抜けて高い訳じゃないが、団結することにより高い力を発揮するクラスだ。つまるところ、硬い。が、あくまでそれはBクラス全員を敵に回した場合の話であり、個人個人を攻撃するのであれば防御力はそこまでじゃない。まあ勿論、攻撃する理由も現状無いのだが。

 

「Bクラスが今俺たちに妨害行為をしようとする兆しは見られない、あそこはどちらかと言えば堅実に徐々にクラスポイントを稼ぐ安定型のクラスか」

 

「ええ。そうなるとCクラスよりも優先度は下がります、最後にDクラスですか」

 

 Dクラス、光り物の集まり。協調性はまるでないが他の分野が飛び抜けてる財閥の男とか、同じく協調性がない生徒会長の妹とか、裏表が激しすぎる腹黒女子とか。あそこは誰を対策しようかなど考えるだけでもキリがないな。まあ、もっともあの中で一番の問題児は綾小路だが。確かこの時有栖は綾小路の存在を知らないんだったか。とすれば、教えなくてもいいか。あの後綾小路にご執心になるし、そんな有栖を見たくはない。

 

「中心人物は、平田だったか。成績優秀、運動神経も良いクラスのまとめ役、更にイケメンとかよく聞くが」

 

 ほんと、何なんだよあのスペック。爽やかイケメンはさっさと爆発してしまえ。平田の能力をペラペラ語ると同時に気分が悪くなる、それを誤魔化すようにコーヒーを一口。うん、苦いな。現実は苦いってか。そんな俺を見る有栖はいつもと変わらなかったが。

 

「女子だと軽井沢さんに、櫛田さんですね」

 

「ああ、もっとも軽井沢に目立った能力はないらしいな。カリスマ性があるんだろ」

 

「ええ。あのクラスは個性が強すぎますね。平田くんの力なら私たちのようにポイントシステムの裏にも気づけたでしょうが、彼1人気づけたとして全員に理解させるのは無理でしょう」

 

「そうだな。それにあのクラスにはまだ能力が優秀なやつが多そうだ。ある一分野だけずば抜けて優秀、とかそういうやつらが」

 

 あのクラスの面子は確かに不良品の塊と言われても仕方ない。が、あくまでそれは総合的に見た場合だ。例えば山内。あいつはよく自分を誇張するが、その誇張というのも社会に出れば大事なことだ。今は絶対嘘だろ、と思えるような誇張のし方だが、程よい誇張が出来ればそれは一種の仮面となり、他クラスとの交流でも有利に働くだろう。そう、磨けば確かに光る人材なのだ。須藤は無論、運動神経だけなら1年でレギュラー入りする程の実力を持っている。ようは彼らは特化型の集まりだ。出来ない部分が多すぎるが、出来る部分だけを考えればAクラスとも張り合える。そんなやつらの集まり。一度彼らの歯車が噛み合えば一番の脅威となるのはDクラスで間違いないだろう。

 

「……こう整理すると、一番厄介なのはDクラスですね」

 

「ああ。情報があまり割れないってことはつまり、不穏分子がその分潜んでいるかもしれないからな」

 

「まあ、厄介なだけであって今何かをするか、と言えばそれは違いますが」

 

 だろうな。現状何をするにしてもこれといった利益が少ない。確かに各クラスの情報収集は欠かせない、が、収集するだけであって何か行動を起こすメリットが無いのだ。下手に動いてクラスを危ない目にあわせる訳にはいかない。

 

「だな。まあまとめると、今警戒するのは龍園で」

 

「その間もDクラスの情報は随時集める、ということですね」

 

 結論は出た、と有栖は微笑み紅茶を優雅に微笑む。その表情はいつもとは違い、やはり機嫌が良い。

 

「そうだな。でも、このくらいなら有栖一人で何とかならなかったか?」

 

「いえいえ、集めた情報に毒が混ざっていては困りますから。一番信頼出来る黎耶くんと確認することにはしっかりと意味はありますよ」

 

 にこりと笑うその姿に相も変わらず見惚れてしまう。今放った言葉も合わさってきっと俺の顔は赤い。何回もこういうセリフは吐かれてるだろうに、そろそろ耐性付けろよ俺。熱くなった顔を抑えてなるほど、と頷く。

 

「はぁ、それにしても本当に機嫌が良いな、有栖」

 

 溜息を吐いて熱を引かせる。誤魔化すように別の話題へと変え、コーヒーを一口。こういう時はこの苦さが有り難い。

 

「そうですね。少し、良いことがあったので」

 

「今度は誤魔化さないんだな」

 

 さっきは何でもないと言ってたのにな、とコーヒーを飲んで冷えた顔でふっと笑う。良いことがあった、と言う有栖の顔は本当に楽しそうに、嬉しそうに綻んでいて。

 

「ええ。……黎耶くん、良いこととは、何だと思います?」

 

 そう言って有栖は顔を寄せる。その表情からは真意を読み取れない。何かに気づいて欲しそうな、だが気づくなと言うようにも歪んでいて。

 

「……さあな」

 

 だから、俺は誤魔化した。どちらを選んでもきっと駄目なんだ。今は、駄目だ。証拠はない、確信もない。が、何故かそう思えてしまった。だから、誤魔化すように俺は肩を竦めた。

 

「ふふっ、黎耶くんならそう言うと思ってました」

 

 正解だったようだ。俺の返答に、より一層喜びの感情を滲ませる有栖はやはり、いつもの坂柳 有栖ではなかった。攻撃的で残酷な性格としての坂柳 有栖ではなく。クラスを支配しようとする坂柳 有栖ではなく。いつも余裕を持ち冷静な坂柳 有栖ではなく。

 

「だから、でしょうか」

 

 坂柳 有栖は呟く。心の底から嬉しげに。だがそれがオレには歪んだものに見えてしまって。でも、そんな歪みが見えて喜ぶ俺がいて。なんなんだろうな、本当に。

 

「……いえ、何でもありません」

 

 嬉しげに綻んでいた表情はその一言によって消え失せた。まるで何かに縛られたかのように。自分を戒めるように。そうじゃないだろう、と自分を律するように。生まれた歪みを矯正するように。

 

「……そうか」

 

 それを止めはしない。それが坂柳 有栖という少女の在り方だと思うから。攻撃的で残酷な性格の坂柳 有栖を否定しない。クラスを支配しようとする坂柳 有栖を否定しない。いつも余裕を持つ坂柳 有栖を否定しない。

 有栖は元に戻ったかのように、いつもの微笑みを浮かべる。ああ、いつもの有栖だと。そう認識する俺がいた。

 

「ええ。忘れて下さい」

 

 だから。俺は不敵に笑って。

 

「断る。さっきの一言はしっかりと覚えておく」

 

 ただ純粋に微笑む、楽しげに笑う、嬉しそうに笑う、坂柳 有栖を否定することはない。戒められてなお表に出てきた坂柳 有栖なのだとしたら、否定する事なんて、俺には出来ない。出来るわけがない。だって、彼女も確かに坂柳 有栖という一人の少女なのだから。

 

「……ふふっ、黎耶くん。あなたは、本当に」

 

 有栖は何かを諦めたように、憑き物が一つ落ちたように。

 

「不思議な人です」

 

 落ちゆく太陽の光と重なり、目の前の坂柳 有栖という少女はただただ純粋に、満面の笑みを浮かべた。それは、確かにいつも見る坂柳 有栖で。だが、いつも見えない坂柳 有栖でもあって。色褪せぬ輝きを放つ彼女のそれは、確かに俺の脳裏に刻まれた。俺の心を昂らせた。心臓の鼓動を激しく鳴らせた。改めて、惚れさせられた。その一言には、確かに、俺への感謝が含まれていた。

 

「不思議、ね」

 

「ええ。私からすれば、それはとても」

 

「俺からすれば不思議じゃない。……俺は、ただ」

 

 この世界に転生する前は、これだ、と掲げる夢なんて無かった。ただただ平凡な日々を送り、優秀な人材として社会に出て、そこそこの年収を貰い、夢も何も無い平和な人生を送れれば良かった。飛び抜けて優秀でないが、優秀なことには変わりない。夢を持って日々を過ごせ、お前は優秀なんだから。うるせえ、黙れ、と。そんなことを言うのなら、じゃあ、あえてぱっとしない人生を送ってやるよ、と。それが、俺を評価した奴らに対する反抗と考えていた。だって、俺にはどうしても熱中出来るものが無かったのだから。何をしても上の中程度には出来たし、勉強も苦手な数学でも7割は取れる。何をしなくても何かが出来るし、難しいと言われるものもさほど難しく感じなかった。

 

「ただ、俺は」

 

 それを人に言えば自慢か? 嫌味か? と避けられた。違う、そうじゃない。何でも出来る奴はいいよな? ふざけろ。何でも出来るからこそ何も出来ないんだよ。夢を持てることなんて無かった。だって、きっとその夢も簡単に叶うから。

 だが、この世界は違った。俺より優秀な奴らなんて幾らでもいる。綾小路、龍園、有栖、康平、南雲、堀北会長。些細なきっかけで有栖と関わった。普通に見れば儚げな美少女と言うのに、俺より遥かに優秀だ。だからこそ、惚れた。その在り方に。その笑顔に。強者が強者である笑顔に。だが、それでも一人の少女ということを示すその笑顔に。いつか、隣にいたいと、そう願ってしまった。人生で初めて、夢と言える夢を、俺は抱いた。

 

 だから。

 

「馬鹿みたいに、坂柳 有栖が、好きなだけだ」

 

 簡単には叶わない夢。熱中出来るもの。きっとこの考えはひどく歪んでいる。純粋に有栖が好きだという気持ちと、一度も持てなかった夢を叶えるためという壊れた気持ちと。惚れるにはまだ有栖のことを何も知らない? ああそうだ、俺はまだ坂柳 有栖という少女の全貌を1割も知らないだろう。だが、惚れるとは。一目惚れとは、そんなもの関係無しに、やってきたのだ。自分でもおかしいと思える程に、惚れていたんだ。だから、それが有栖にとっては、不思議なんだろう。私のことをほとんど知らないのに、何故そこまで好きになっているのか、と。未だ落ちる太陽を横目で流しながら俺は、有栖を見つめた。

 

「私は壊れています」

 

「知っている」

 

 ああ、知っている。それくらいなら知っている。

 

「私は止まれません」

 

「知ってる」

 

 有栖の目的は俺にはわからない。原作にもまだ書いてはいなかった。だが、それはきっと、坂柳 有栖という少女の根幹に関係していることだけはわかる。その目的が坂柳 有栖を坂柳 有栖として在らせ、坂柳 有栖を歪めていることだけは。

 

「私は歪んでいます」

 

「わかってる」

 

 歪んでいるのは互いに一緒だ。

 そんなものは関係ない。

 

「……決意は固いようですね」

 

 有栖は諦めたように、だがそれでいて嬉しそうに顔を綻ばせた。きっと、その諦めはいつも見る坂柳 有栖のもので。きっと、その嬉しさは籠に篭る坂柳 有栖のもので。大きく溜息を吐き有栖はこちらを見つめる。

 

「譲れないものがあるからな」

 

「……ふふっ。黎耶くん、告白を何度もしていること、わかっていますか?」

 

 笑顔のまま有栖はにやっと問いかける。それは、いつもの坂柳有栖が放つ言葉。……と、いうか。今それを言いますか。強制的に自覚させられまたも赤く染まる頬を手で抑えながらも、今度は目を逸らさない。急襲する羞恥心を食い止めながらも、俺は言葉を紡ぐ。

 

「わかってるよ。有栖も告白と捉えてるんなら、そろそろ返事が欲しいんだが?」

 

 羞恥心を追い払うように、冗談げに聞き返す。答えは知ってる。わかっている。わかりきっている。

 

「そうですね。……では、保留ということで」

 

 わかっていた。その一言に安堵した。その返答はわかりきっていた。了承すればクラスのトップではいられなくなり、断れば俺が離れていく。まあ別に離れませんけどね。不敵に笑う有栖に、俺は瞠目して薄く口を開いた。

 

「だと思ってた」

 

「ふふっ」

 

「ははっ」

 

 この関係性が心地良い。

 この曖昧な距離が心地良い。

 手に届きそうで届かない。近くにいるのに遠く思える。だが、確かに触れられる。感じ取れる。この関係がひどく落ち着く。そんなことを考えていれば自然に笑みが零れた。馬鹿みたいだ、と。だが、嬉しい、と。

 

「ほんと、近づけないな」

 

「そう簡単に近づけると思っているんですか?」

 

「いいや。思ってるわけないだろ」

 

 はっ、と自虐するように肩をすくめる。本当に、遠いな。初めて抱いた夢とは、こんなに遠いものなのか、と。人生イージーモード? おいおい、ハードモードの間違いだろ。だが、それじゃなきゃ駄目なのだろう。簡単に届くものなら、それを好きとは、恋とは呼ばない。

 

「であれば、どうしますか?」

 

「決まってる」

 

 すっかり落ちてしまった太陽が、薄明るいオレンジ色を視界に移した。

 

「これからも距離を詰めるだけだ」

 

 にやりと首をやや傾けて、俺は有栖の瞳を捉えた。逃がさないと言うように。何がなんでも近づいてやると。そんな俺に応えるように、有栖もまた。

 

「なら、私は受け流しましょう」

 

 来るなら逸らす、と。挑発するように笑う有栖のその表情はいつも通り美しくて。儚くて。だが、確かに。少しずつ。その儚さを、掴めている。そう確信できるほどには、今の彼女のその姿は輝いていた。何かスっと抜け落ちたかのように、澄んでいた。そんな笑顔に、どうしようもなく、釘付けになってしまったんだ。消えゆく空の光と共に、俺は未だ輝く有栖の笑顔を眺めていた。




邪教を捨て、止まるんじゃねえぞ……(挨拶)(意味不明)



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10. 俺の身体はそろそろ限界です、有栖さんよ。

どーも、ジグです。
再びやってきた日間入り、4位でした。
そろそろ80000字を超えそうと言うのに1巻分が終わっていないことに気づいてしまった。2巻分はオリジナル要素が強くなりそうです。原作で名前が出ていないAクラスの生徒も輝かせていきたいので。と、早速今回1人登場します。苗字だけは出てたんですけどね。


 

 

 

 

 

 

 

 ──自信ある行動は、1種の磁力を宿す。

 

 ラルフ・ワルド・エマーソン、アメリカの思想家の言葉だが、今まさにそれを実感しているところだ。先日、有栖に挑発的な告白をしていたのが自信ある行動というのなら確かにこれは磁力を宿していると体感出来る。といっても、これは有栖の磁力というのもあるだろう。中間テストまであと2週間ほど。皆がしっかりと真面目に勉強に取り組む時期だ。これがDクラスなら1週間前から追い込みをかけるのだろうが流石はAクラス。有栖派閥だろうが康平派閥だろうがこの時期に入ってから、遊びに行くのはせいぜい土日の息抜き程度であり、平日の放課後に遊びに行こうぜ、などの声は聞かない。と、話が逸れてしまった。磁力の件だ。まあつまり、何があったかというと。現在時刻、朝。

 

 

 

「黎耶、今日も勉強会はするんだろ?俺も混ぜてくれないか」

 

「黎耶ー! 国語、俺に国語を教えてくれっ!」

 

「坂柳さん! 今日はグループの皆集めてやろうよっ!」

 

「坂柳さん、桐ヶ谷くん!皆こう言ってるしさー!」

 

「……馬鹿ばっか」

 

 こういうことだ。いや、Aクラスに入ってからも自慢ではないが人が周りには必ずいた。が、ここまで人が殺到することはない。土日明け、月曜からこの状況だ。どうなってるんですかね。何かあったといえば、何も無い。俺が有栖のもう1つの面を垣間見たくらいだ。重要ではあるが。しかしこうなってからというもの、俺の体力は削られてばかりだ。不定期に、といって2日に1度はある堀北会長との稽古に加え生徒会の書類処理。朝からハードワークをこなしたと思えば安定と信頼の座学が待っている。午前の授業が終わったら昼休み。だが毎回直樹たちに誘われ1人で飯を食ったことなどここ最近は全く無い。そして極めつけは放課後の勉強会だ。そろそろ身体が死ぬ。

 

「直樹わかったわかった。そして侑斗、それ聞いてるだけで俺が断っても参加してくるよな?」

 

「いいじゃないか。友達だし、さ」

 

「その爽やかフェイスイケメンだから栄えててムカつくんだよ…!」

 

 だがまあ、悪いことばかりだったかと言えばそうじゃない。里中 侑斗。原作1巻、綾小路と櫛田が話している時の話題に挙がった女子の中のイケメン男子ランキング。綾小路がランキング入りしていることに目を奪われて、そのランキングの1位の人など忘れていた。……うん、すぐにわかったよ1位。平田を超越する爽やかな笑顔に高身長。里中 侑斗だ。四文字で侑斗のことを表すのなら、イケメン。廊下でこいつが笑えば女子はキャーキャーと騒ぎ、彼女いない系男子は睨みを効かせる。歩く天災、それが里中侑斗だ。……少し言い過ぎか。んでまあ、俺と有栖が話している時に侑斗が来て、そこから飯を共に食べ、現在友人として関係を築いている。

 

「ごめんごめん。だけど黎耶だって充分にイケメンじゃないか、充分に」

 

「煽ってんのか侑斗? おうわかった、表出ろよ」

 

「ははは、バレたか。サッカーでいいなら勝負に乗るよ」

 

 それでまあ、中々いい性格してるんだよこれが。ネタにも付いてこれる、二次元にも割と精通している上にこの通り冗談げに煽ってくる。話せばわかるがかなり話しやすい。これもモテる秘訣なんだろうな、と思ってしまうほどに。といっても、今のように軽口を叩けるのは俺くらいらしい。理由は「だって、俺と張り合える人じゃなきゃ煽りがいが無いだろ?」との事だ。ほんといい性格してるよ、全く。女子のみなさーん、この人相当黒いですよー!

 

「はぁ。……坂柳、今日もやるのか?」

 

 侑斗の返答に軽くため息を吐きながらここに集まっている人数を数えてみる。有栖派閥の中にもテスト勉強は1人じゃないと出来ない、というタイプの人間ももちろん居る。が、それを差し引けばここに集まっているのはほぼ有栖派閥の人間全員だ。お前ら団結力高すぎない?これも有栖のカリスマなのだろうか。

 

「ええ。もちろんです。私が理数系を、桐ヶ谷くんが文系という分担でしょう?」

 

「そろそろ過労死しそうなんだが?」

 

「ふふ。もし死んでしまったら蘇生させてあげますね」

 

 有栖さん、あなたネクロマンサーか何かですか。ネクロマンサーというと果ての果てまで行進するおじさんの後ろで友達募集してる幽霊屋敷の少女しか思いつかない。あのぶっ壊れどうなってるんですかね。とまあ、俺の休みたいという願望を即座に切り捨てられたわけで。今日は夜更かしせず早く寝て身体を休めようと決意した瞬間でもあった。

 

「こええよ。……あ、悪い。ちょっと席外すわ」

 

 大仰に肩をすくめつつ、教室全体を目を逸らすように見つめていると、扉の外に見覚えのある人物が立っているのを見た。ちょうど目が合ったようで、彼女はこちらを手招くように手を小さく振っている。坂柳や侑斗たちに断りを入れて自分の席を立つ。

 

「黎耶?」

 

「桐ヶ谷くん?」

 

「知りあいの先輩に呼ばれてるんだ。すぐに戻る」

 

 人口密度が高い席の周りを抜け出し、やや駆け足で廊下へと扉を開けて出る。ふぅ、と軽く息を吐いては待っていてくれた彼女に会釈する。

 

「わざわざ教室まで来てもらってすみません、橘先輩」

 

「会長の指示ですから」

 

 廊下で待っていたのは生徒会書記、橘先輩だった。知り合ったきっかけはもちろん生徒会なのだが。そのままやや重そうな書類を橘先輩から受け取る。

 

「ふぅ、ありがとうございます。桐ヶ谷くんは人気者みたいですね」

 

「はは、まあ。これから中間テストですし、勉強会の計画の話ですよ」

 

「なるほど。ですが大丈夫ですか? 試験勉強もあるのに、この書類の量は」

 

「夜の自由時間を削ればなんて事ありませんよ。それに、今日は早く寝る予定ですから」

 

 心配の声を漏らす橘先輩ににこりと笑って問題ないです、と。自由時間といっても転生したからゲーム機器は無い。つまりこれといってすることがない。携帯端末で動画を見たり有栖や直樹、侑斗たちとチャットするくらいか。転生前なら自由時間ヒャッハー! とか騒いでネトゲしまくっていた時が懐かしいな。

 

「ならいいですが。身体には気をつけて下さいね。では、私はこれで」

 

「あ、待って下さい。これ、俺の連絡先です。ここに連絡してくれれば今度からは先輩の教室まで受け取りに行くので」

 

 可愛らしく笑って立ち去ろうとする橘先輩を呼び止めて、連絡先をメモした紙を渡す。渡す際に堀北会長経由で携帯端末から連絡先交換をすればいいと思ったけどもういいや。俺の声に立ち止まった先輩は紙を受け取る。

 

「ありがとうございます。あとで入れておきますね」

 

 ぺこ、と会釈して橘先輩は今度こそ廊下から去っていった。うん、有栖とは別のベクトルで可愛い。なんと言うかこう、庇護欲をかき立てられるというか、そんな感じの。まあ先輩なんですけど。

 

「さてと、戻るか」

 

 そんな橘先輩を見送り、俺も教室に戻ろうか、としたその時。その教室側から肩を叩かれた。

 

「桐ヶ谷。ちょっといい?」

 

「……神室?」

 

 振り替えればそこには、黒髪ロングに、やや鋭い瞳が特徴な女子が立っていた。神室真澄。堀北さんと同等の身体能力を持つと書かれていた美術部所属の女子。

 

「まあいいけど。それで何かあったか?」

 

「今日の勉強会のことなんだけど」

 

「勉強会? 勉強会がどうかしたのか?」

 

冗談げに聞き返す。

 

「……わかって言ってるの、桐ヶ谷。それとも、本当にわからない?」

 

 まあわかってますけどね。やや嘘らしく返した俺に神室さんは強く睨みを効かせる。おおこわこわ。それでまあ、この神室さん。端的に言えば有栖に弱みを握られて、有栖に従わざるを得ない状況に陥っているんだな。どんな弱みかは俺もさて知らないが、見事に有栖の罠にハマったらしく、気づけば有栖の傍で待機するようになっていた。有栖曰く、彼女は優秀ですしずっと前から目をつけていたんですよ。とのこと。そんな話を聞いて神室さんにくっ、殺せ!とか1度言わせてみたいと思ったのは内緒だ。んで、そんな神室さんが勉強会について話をもちかけてきた理由についてだが。

 

「大人数が無理、かといってそれを表立って坂柳には言えない。そんなとこだろ」

 

「わかってるならわざわざ聞かせるな。それで何とかならない?」

 

「何とかなるといえば何とかなるが。ようは騒がしいのが嫌なんだろ?」

 

「まあ、そうだけど」

 

 協調性に乏しい上に人と馴れ合うのが苦手、というより嫌いな神室のことだ。勉強会は妥協にするにしても静かに過ごしたいということだが、神室のルックスがある以上多少なりとも男子が声をかけてくるのは想定している。女子からもそれは同様だ。といってもこのクラスの女子は少々特殊なようで孤立していようが何していようが暇そうな時に声をかけている。そのお陰で神室は多少は女子と交流があるのだが、女子だけだ。男子で交流があるのはそれこそ俺くらい。

 

「ならちょうどいい案がある。戻ったら坂柳に提案しようと思ってたところだ」

 

「……そう」

 

 素っ気なく神室は答えるがその顔からは少しの安堵が見て取れる。ポーカーフェイス苦手なんですかね。だからにやっと口を弧に歪め笑ってこう返してやった。

 

「安心した、って顔だな」

 

「っ!黙って!」

 

 少しばかり顔を赤くした神室は俺に瞬時に構え、刹那正拳突きを繰り出すが遅すぎる。軽々と手で受け流し距離をやや取る。そんな俺の行動が、いや、自分の攻撃を受け流されたのが予想外だったのか神室は顔を歪める。

 

「……あんた、何かやってんの?」

 

「ん? ああ、まあな」

 

 ええ、やっていますよ。朝に生徒会室で堀北会長と。あなたの攻撃が手抜きしてるんじゃね? って思えるくらいの一撃を連続で繰り出す化け物から稽古つけてもらってるからな。いくら至近距離といえ直感を働かせるまでもない。神室が構える間にもう受け流す用意は整っていた、それだけのことだ。飄々と避けた俺のことが気に入らないらしく、神室はそっぽを向いた。

 

「いつか殴るから」

 

「もう殴ってるって。そろそろ俺は戻る、坂柳に言うこともあるしな」

 

 きっと睨む神室を華麗にスルーし教室に戻る。時計はあと5分で始業の鐘が鳴ると知らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桐ヶ谷。私、大人数は無理って言ったんだけど?」

 

「充分少人数だろ。ほら、7人だ」

 

 放課後。場所は図書館。沈みかけている太陽が図書館の窓に映り、どこか幻想的な雰囲気を漂わせる中、神室は確かな不満を持つ感じさせる声を放った。

 

「はぁ……」

 

「俺と坂柳以外の参加者二十数人を放課後後半に5人にまで減らしたというのに、まだ文句があると」

 

 ここにいるのは俺と有栖、直樹、侑斗、神室。それに神室の数少ない女友達2人だ。俺はあのあと、教室に戻った時有栖にこう提案していた。

 

「坂柳。流石にこの人数を一気には無理だ。放課後前半と後半に人を分けてやらないか?」

 

 とな。これこそが神室の提案をある程度汲める上に俺の負担も軽減されるパーフェクトプラン。ほんと二十数人同時とか死にますって。放課後前半に大人数を割り当て、後半に俺と親しい直樹と侑斗に加え、神室が不満を漏らさないよう神室の友人に頼んで残ってもらった。2人はもっと神室と仲良くなりたいから、と快諾してくれた。本当に有難い。直樹と侑斗は前半でもいいけど後半の少人数の方が細かく教えて貰えるから、とのことだ。

 

 神室は俺の一言にしぶしぶ席につく。わがままか。

 

「いつの間にか真澄さんと仲良くなっていたんですね、桐ヶ谷くん」

 

 と、隣の有栖から声がかかる。その声色からはよく真意が読み取れない。疲労からか、あまり思考回路が動かない。困った。

 

「少しな。坂柳ほどじゃない」

 

「ふふ、それはわかってますよ」

 

 坂柳ほどじゃない(弱みは握っていない)と、皮肉を込めるがやはりにこりと笑って返されてしまった。その笑顔で疲労が取れました。ありがとうございます。馬鹿か、俺。

 

「かーむろさーん!ここ教えて、ねね!」

 

「わ、わかった。わかったから……!」

 

 その神室について話していれば、神室の友人が神室の腕に抱きついていた。なるほど、積極的にいけばなし崩し的にいけるんですね。参考にしますね。鬱陶しそうにしながらも力強く振り払おうともしない神室を見てふっ、と笑いながら俺は隣のノートへと目を向けた。

 

「……う、うーん……なんだここ……」

 

「貸せ。そこはこう訳せばいい、これがこうなるからな。……あとでよく出る古文の文法についてのメモ渡しとく」

 

 直樹が古文に苦しんでいたのを見ては知識を動員して答えを導く。他人に勉強を教えるというのは中々難しいもので、自分で言う解くだけなら自分が理解していればいいが教える場合相手に理解させる必要がある。理解させた上で問題の答えまで導かなければいけない。教師という仕事は大変なんだなと。嫌みたらしい教師は除く。問題が解けた直樹は嬉しそうに笑って、次へと進んでいく。

 

「なるほどなー。いや、古文は苦手でさ。ありがとな黎耶」

 

「ん。まあ古文は現代文とか漢字と比べると難易度は高いからな。一度覚えれば楽にはなるけど」

 

「マジか。数学とかはいけるんだけどなー」

 

 直樹は理数系か文系かと言われれば迷わず理数系と答える。レストランの件で即座にポイント総額を暗算してのけたことを考えると数学はかなり得意なのがわかる。反面国語、その中でも古文を苦手にしているからそこで成績をやや落としているらしい。ということで国語が得意な俺に、放課後後半という人数が少ない時に個別で俺に教えてくれ、と。

 

「黎耶。俺も少しいいかな?」

 

「りょーかい。どこだ?」

 

 侑斗は俺とは直樹を挟んでいる位置にあるのでここからではよく見えない。立ち上がって侑斗の元まで移動しては指さされた問題を見る。どうやら英語の問題らしい。

 

「この例文の意味があまりよくわからなくて。訳しても変な風になるんだ」

 

「なるほど、確かにこれは少し難しいな。俺が訳してもいいけどそれじゃ勉強にならないからな。このページにその例文と同じ文法を使う文がある、和訳もされてるからこれを見てもう1度解いてみ。わからなかったらまた呼んでくれ」

 

 応用力が試される問題だった。侑斗はイケメンに加え成績も優秀、見たところ今の問題以外に間違いは見られなかった。が、応用問題がやや苦手なようで他の応用問題には何度も消しゴムで消した跡があった。基礎は出来ているが応用力にやや難ありってとこだな。だからこそ、もう1度基礎を見直させてそこから解かせる。イケメンでハイスペックなのはちょっと思うところがあるがこういう時は有難いな。

 

「ああ、解けた。ありがとう黎耶、やはり基礎を学ぶのは大切だな」

 

「応用問題が苦手ならとことん基礎を鍛えて、そこからなら応用もいけるはずだ」

 

「わかった。また困ったことがあれば呼ぶよ」

 

 うーむ。この忙しさ。まともに自分の勉強が出来ない。まあ、最終手段過去問題借りればいいんですけどあの取り引き先生たちには筒抜けらしいしな。ここは高円寺を見習って俺なら余裕オーラを出すしかない。……出したところで勉強してないならオーラ出しても意味ねえじゃねえか。ちらっと神室の方を見れば溜息を吐きながらも、友人たちの勉強を時たま見ながら黙々と課題に取り組んでいる。

 

「桐ヶ谷くん、大変そうですね」

 

「そう思うなら助けてくれよ、坂柳」

 

「私は理数系担当ですから」

 

 このメンバーを見れば、神室の友人はよくわからないものの、直樹が理数系、他の神室と侑斗は万能型だ。つまるところ、有栖が出る幕がない。必然的に俺だけが教えることになる負のシステムが構築されてるわけだ。これが社畜か? 違うか、違うね。にこりとやや自虐的に笑う有栖に苦笑を返しては、ならば俺は数学をやろうじゃないかと教科書とノートを開く。

 

 空白のページに教科書に書かれている例題をコピーし埋めていく。

 

 問題文を書き、解く。問題無い。

 

 問題文を書き、解く。オールグリーン。

 

 問題文を書き、解く。なかなかいける。

 

 問題文を書き、解く。まだ舞える。

 

 問題文を書き、解……解けない。もう舞えない。

 

 ぶち当たった壁の正体は証明問題。俺が最も苦手とする系統だ。俺は文句を言いたいんだよ。もう答えが出てるなら証明する必要が無いだろうと。何故答えが出ているものをわざわざ正しいかどうかなど書かなきゃいけないのだ。問題作ってるんだから基本答え合ってるだろ。と、頬に汗を垂らしながら必死に黙考する。公式を当てはめ、テンプレ文を書き。わからなくなった。

 

「手が止まっていますね、桐ヶ谷くん」

 

「……数学は苦手なんだよ」

 

 指摘されると恥ずかしくなり、そっぽを向く。そんな俺を見てくすっと声を零した有栖は、

 

「なら、教えてあげましょう」

 

 身体を近づけ、寄り添うようにして俺のノートと教科書の方を見る。うん、ちょっと待って。近い近い近い。いい匂いする。クラクラする。あと柔らかい。教えてもらうのはいいんですけど、教えてもらうレベルの段階じゃない。心臓がばくばくとうるさい。冷静な思考が出来ない。熱くなる顔を感じながら俺は抗議の声を零す。

 

「わざとやってるのか、坂柳……」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

 悪戯するように笑う有栖のその表情に、情けないかな。見とれてしまった。本当に耐性つかないな俺、と自分自身に嘆息しては目を逸らすように問題文を見つめる。

 

「はぁ。それで、ここがな」

 

「ふふ。なるほど、証明問題ですか」

 

 楽しげな有栖を横目で見ながら思考回路を冷却させる。落ち着け。もちつけ。落ち着け俺。そう、これはただ有栖に勉強を教えてもらうだけ。周りには直樹たちがいる。下手に慌てるな。クールにいけ。彼女いない歴&童貞暦=年齢の俺ならいける。そうだろう? 自虐すると一気に熱くなっていた頬が引いていき冷えていく。作戦は成功のようだ。

 

「ここはこう解くんですよ。この公式があるでしょう?」

 

「ああ、なるほどな。それでここから代入か」

 

 有栖は俺がわからなかった点を的確に見定め、ヒントを与えた。そのヒントを参考に問題を解く。すると先ほどまで解ける気配のしなかった問題がスラスラと解けていく。自分でも驚くほどに書く手が止まらない。恐ろしいな有栖。教える才能もあるのかよ。と、まあ。そこからはあっという間に証明完了まで辿り着く。

 

「ありがとな、有栖。助かった」

 

「いえいえ、お役に立てたのなら幸いです」

 

 にこっと微笑む有栖からはやや邪気を感じる。さしずめ慌てた俺が見られて良かったってとこだろうな。Sですか、そうですか。ありがとうございます。

 

「……まあいいか」

 

 結果役得ではあったし、問題も解けたと。少し休憩しようと椅子にもたれかかったその時。

 

 

 

「あれ?里中くん? ここで勉強会?」

 

 

 少し遅い時間というのに、後から声が聞こえる。

 落ち着けると思ったのに何かがあるな、と。

 俺の背後から聞こえるBクラスのリーダー、一ノ瀬 帆波の声を聞いては。にっこりと意味深に笑う有栖を見ては、俺はもう一度嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 




里中くんの下の名前は創造です。もし出てたなら教えて下さると助かります。全速力で修正させていただきます(きっと寝てる(殴


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11. 出かけた言葉が言えなかった。

どーも、ジグです。
今日この話を投稿し、明日も投稿する予定です。明日は初の有栖視点です。同じ話にまとめてもいいと思いましたが、どうせなら2つに区切ろうということで。そのため一話一話の文字数は少なめです、ご了承を。……本当なら今日に二話同時投稿する予定だったんじゃ。二話書くか→でも身体の調子が悪いなぁ→熱はかろ→《38.4》→HAHAHA、コレハハヤリノインフルエンザデスカ?→パトラッシュ、なんだかとても眠いんだ(悟り)


 

 

 

 

 

 

 

「お、一ノ瀬さんじゃないか。君もここで勉強を?」

 

「んー、ちょっとね。あ、この人たちは?」

 

 Bクラスのリーダーもといポイント大量所持者、一ノ瀬帆波のご登場。侑斗と一ノ瀬は知り合いのようで、侑斗はお得意の爽やかスマイルで一ノ瀬を迎える。対する一ノ瀬も大抵の男子をドキッとさせるであろうニコニコとした笑顔で返す。うーん、このリア充の空気感。付き合ってるわけじゃないのになんでだろうな、美男美女が揃うと出てくる特有の雰囲気。と、まあ。こんな重要人物が出ればAクラスのお姫様は黙っちゃいないわけで。

 

「坂柳 有栖です。Bクラスの一ノ瀬さん、でしたか」

 

「坂柳さんね。私はー……って、私のこと知ってるみたいだね」

 

「ええ。たまに名前は聞きますので」

 

 普通に見れば美少女同士が交友を深めようとしている風に見えるのだが、俺からしたらそんなもんには全く見えない。絶対なにか裏がある癒し系天使(一ノ瀬)と裏を既に知っている俺の想い人(有栖)との会話だぜ? 脳内では互いに互いの探り合いしてる風にしか見えないね。といっても、一ノ瀬の方は本当に有栖のことを知らない風だったが。

 

「あはは、少し照れちゃうな。坂柳さんと、……えっと」

 

 一ノ瀬は俺の方を見る。直樹たちじゃなく俺の方を。ちらっと神室の方も見ていた辺り、この人直感鋭すぎるんじゃないんですかね。開幕から警戒心しか抱いていない俺だが、そんなことは微塵も顔に出さないようにいつも通りを装う。

 

「桐ヶ谷 黎耶だ。横のが清水 直樹、あそこでつーんとしてるのが神室 真澄さん。一ノ瀬さんの話はよく聞くからな、こうして一度会えて嬉しい」

 

 にこっと、普段繰り返している笑顔を向ける。感情は悟らせない。中学の時に身に付けた特技。俺だけではなく他のやつの情報も与え、俺以外にヘイトを分散。笑顔の裏の真意を探られる前に相手を褒め、感情の行き先を逸らす。ここまでがテンプレート。思惑通り一ノ瀬は俺のことをじっと見つめることもせず、他の皆を見渡してはにこにこと笑顔を崩さないまま。

 

「君が桐ヶ谷くんか。里中くんからよく話を聞くから気になってたんだー」

 

「おい侑斗、何話したんだ?」

 

「ん? 一ノ瀬さんとの秘密」

 

 うぜえ。とぼけた顔もイケメンだからうぜえ。何が秘密だよ、一ノ瀬はそんな小さいレベルじゃない秘密抱えてんぞ。100万を余裕で超えるポイントとか。そんな一ノ瀬は侑斗に便乗するようににやにやと俺に顔を向ける。

 

「そうだね。里中くんとの秘密、だから教えられないかな?」

 

「こええよ……」

 

 本当に怖い。こういうリア充っぽい奴らの会話とか童貞の俺にはわからないね。あと、リア充とかカースト上位の奴ってどうしてこう秘密って言葉が好きなのか理解に苦しむ。秘密を作れば互いに裏切れないという暗黙の了解でも生まれるのん? それなら納得がいく。

 

「ふふ。里中くんと仲が良いみたいですね。ところで一ノ瀬さんは、どうしてここへ?」

 

 俺が乾いた笑みを浮かべていると、有栖が横に割って入り楽しげに微笑む。そう見えるのは表面だけで、実際は一ノ瀬の情報を抜くためだろうが。有栖に問いかけられた一ノ瀬は依然としてにこっと笑い嫌な顔をひとつ見せない。

 

「借りてた本の返却に来たんだよ。もう少し前の時間に返そうと思ってたんだけど、ちょっと色々あってね」

 

 そう言って一ノ瀬は一冊の本を見せてくる。学校の図書館によくある勉学の本だ。その本を借りること自体は、テスト期間中ということもあり不自然な点ひとつ見られない。しかしここで重要なのは何故返すのが遅れたか、だろう。一ノ瀬はもう少し前の時間と言った。今はもう少しで18時になる、わざわざこんな時間に返す理由もない。あとで確認することは色々とあるが、その“ちょっと”が最重要ポイントだ。が、しかし。

 

「なるほど。一ノ瀬さんは人気者のようですし、この時間帯に返すのも納得です」

 

 有栖は表情を変えないまま呟く。ベストアンサーだ。今の俺たちには一ノ瀬にその“ちょっと”が何かを聞けるほど仲良いわけじゃない。里中ならワンチャンあるだろうがそもそも里中には聞く動機がないしな。今はこれ以上の情報を得られないか、と有栖は切り上げるようだ。

 

「あはは。テスト期間はどうしても忙しくなっちゃうよね。坂柳さんはいつもここで勉強会をしているの?」

 

「いえ、日によって変わりますよ。今日はたまたまここで勉強会をすることになっただけです」

 

 最低限の情報しか与えない。一ノ瀬が現状Aクラスに何かしらする理由は無いと思うが念には念を、か。まあ実際、日によって変わるし。レストランとかでする日もあれば放課後そのまま教室ですることもある。

 

「そうなんだ。あ、私はそろそろ本を返してくるね」

 

 腕時計を見た一ノ瀬は俺たちにまた話そうね!と終始変わらない笑顔を見せたあとに、たたたっ、と返却カウンターまで早足で駆けて行った。まるで嵐だな、おい。初見一ノ瀬帆波、あれは本当に裏表が無いのか。それとも櫛田みたいにやっぱり裏ありましたってパターンなのか。如何せん情報が全く足りない上、真意を悟らせない純粋な笑顔を向けてくる。現状は手詰まりだ。ある程度行動や性格を知っている龍園より、一ノ瀬の方が危険かもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、皆さんまた明日」

 

「おーう!じゃな、坂柳さーん、黎耶ー!」

 

「かむろん、また明日ねー!」

 

「いつかますみんって呼ばせてもらうからね!」

 

「それじゃあ、また明日」

 

 あれから1時間ほど経ち、夕陽が落ちて月が見えてきた頃。今日の勉強会はここまで、ということで皆それぞれ寮に戻っていった。彼らを見送り残ったのは俺に有栖、それに神室だった。その神室といえば今の言葉にはぁ、と大きく溜息を吐いている。

 

「かむろんって何……」

 

「良かっただろ。あだ名が貰え……何でもないです、すみませんでした」

 

 言葉を紡ぎかけたところで、神室さんから虎をも射殺す視線を向けられたのですぐに誤魔化しました。怖すぎんだろ。本当に殺されるかと思ったわ。両手を上げる俺に神室はまだ睨んでいるが、やがて俺から視線を逸らした。次の向かう先は有栖のようだ。

 

「それで、私を残して何の用?」

 

「聡明な真澄さんならわかると思いますが。一ノ瀬さんの情報を探って欲しいのですよ」

 

「……そんなところだろうと思ってた」

 

 不満があることを隠しもせず面倒くさそうにする神室。忠誠心の欠片も無いですね、弱み握られてる関係ですし無理もない。そんな神室の様子を知ったことか、と言うように有栖はにこっと笑ってはお願いしますね?と念押しする。俺には聞こえる、聞こえるぞ。「真澄さんの秘密をばら撒いてもいいんですよ?」と。黒いなぁ。

 

「期限はいつまで?」

 

「いえ、特にそういったものは定めません。情報が入り次第私に連絡してくれればそれでいいですよ」

 

「……わかった。用件はそれだけ? それだけなら私はもう帰るけど」

 

「ええ。今日はありがとうございました、真澄さん」

 

 感謝なんてしていない癖に、とぼそりと呟いた神室は一度、夜空の中輝く月を見上げてはさよならの一言も無しに寮へと戻っていった。クールだな。そんな神室の背中を見送ったところで俺と有栖は公園の方へと歩き始める。

 

「すっかり暗くなったな、有栖」

 

 二人きりになったので、名前で呼ぶ。これが会話の合図でもある。互いに建前を使わなくてもいい、という。実際俺たちは日常生活では嘘か建前、とにかく本音をまるで出さない。まあ俺の場合侑斗とか直樹とかには心をある程度許してはいるが。有栖の場合、自惚れじゃないが心を明かせるのは俺くらいだろう。……俺くらいだよな?

 

「そうですね。寮に戻る前に、少し話をしてもいいですか?」

 

「ん。断る理由がないな、むしろ歓迎」

 

「ふふ。相変わらず私の前では気持ちを隠しませんね」

 

「まあな。あそこの公園でいいか?」

 

「ええ」

 

 夜独特の空気感が辺りを包んでいる中、二人の足音が響く。小さく、だがはっきりと。ここから俺が指差した公園の距離は近く、歩いていればすぐに着いた。ちょうど良くベンチが配置されてあり、そこに隣合わせで座って一息吐く。

 

「落ち着きますね」

 

「わかるな。この冷たい空気は好きだ」

 

「はい。他にもありますが」

 

「ん、他?」

 

 夜空を見上げていれば視線を感じた。有栖のものだ。その他とは何だろうかとぼんやり考えつつ、有栖の方へと振り返る。

 

「ふふ」

 

「……有栖?」

 

 俺が振り返れば有栖はひとりでに笑う。嬉しそうで、儚げに。その他の具体例は出さず、ただ笑っていた。何があったんですか、有栖さん。

 

「やはり、落ち着きますね」

 

「あ、ああ。そう、だな?」

 

 そのままぼそりと呟く有栖に俺は首を傾げることしか出来なかった。一体どうしたというんだ、有栖は。いつもの有栖とは少し離れたその姿に、疑問に思いながらも、惹かれてしまった。きっと、こんな有栖は誰も知らないだろうから。

 

「不思議です。何故、黎耶くんと──」

 

 その言葉は途中で途絶えてしまった。いや、正確には有栖が突然ハッとして口を閉ざした、の方が正しいか。有栖は何を言おうとしたんだ。自分の名前が出されただけに余計に気になる。それに。

 

「──何でもありません」

 

 どうして、そんなに悲しげに笑うのか。

 どうして、自分を責めるように笑っているのか。

 どうして、自分自身に嘲笑しているのか。

 その一言と共に浮かべたその表情の真意を読み取ることは、今の俺には出来なかった。

 

「風が吹いてきましたね」

 

 次の瞬間には、彼女はいつもの坂柳 有栖に戻っていた。冷静を装う有栖がびゅうっ、と音を立てる夜風を迎えるように髪を抑えている。最近の有栖はどこか不安定なように思える。前回の時も、きっと不安定だった。その原因は、一体どこにあるのか。心の奥底で燻る答えを理性が抑えている。

 

「なぁ、有栖」

 

「何でしょうか?」

 

 風が強く俺たちの間を吹き抜けていく。空しい音が静寂の中に響いている。

 

「……一体、何に迷っているんだ?」

 

 だから、聞いた。理性が導くままに。有栖は何かに迷っている。人間、弱みを他の人に基本的には見せないし、見せたくない生き物だ。誰だって知られたくない秘密や想いがある。きっと、有栖の根幹にあるのはその二つのどちらかだろう。人間が迷う時なんてそれらの存在理由が揺さぶられた時だ。もちろん、他にも些細なことで迷ったりはするが、有栖に限ってそれはない。そんなことはわかっている。

 

 だから、聞いた。

 そんなことじゃない秘密がわからないから。

 ただただ空しい風の音が耳朶に触れている。

 

「……おかしいことを言いますね、黎耶くん。私は何にも迷っていませんよ?」

 

「本当にか?」

 

 嘘と知っている。だが聞いた。揺さぶるために。俺の知っている坂柳 有栖はきっとここで受け流していた。だが、受け止めた。つまり、嘘だと。それに、一瞬だが間が生まれていた。普段の彼女ならこんな質問でも間を空けることなどないだろう。

 

「……ええ、迷ってなんかいませんよ」

 

「今一瞬答えるのに躊躇ったのにか?」

 

「っ…」

 

 正直、責めるように有栖に問いかけるのは心が痛い。童貞ですし。だが、それでも知りたいのだ。坂柳 有栖という少女を。わかりたいのだ。坂柳 有栖という人間を。理解したいのだ。坂柳 有栖という存在を。例えまだ出会って半年も経っていないとしても。それでも、知らなければいけないと、心のどこかが叫んでいる。きっと、これは異常だ。彼女と付き合うことを初めての夢と掲げた俺の心の歪みだ。何がなんでも叶えてやるという壊れた願いだ。だが、それでも確かにそれは本能が出した答えだ。だから、この感情に逆らうことは出来ない。

 

「……ませんよ」

 

 有栖は俯く。その声は微かに震えていた。声量は言わずもがな小さい。最後の辺りしか聞き取れなかった。もう一度聞き返そうと口を開こうとしたその時、有栖は顔を上げ、そして。

 

「わかり、ませんよ。……黎耶くん。教えて、下さい。私は、何に迷っているのでしょうか」

 

 泣いていた。静かに、坂柳 有栖は泣いていた。涙は流さず、顔は俺の方を向いて。だが、それでも確かに泣いていた。声は震え、霞み、潤んでいた。まるで、何かに恐怖するかのように。まるで、何かから逃げるように。まるで、行き場を失くした子供のように。

 

「有栖、お前は……」

 

「……すみません。私にもわからないことを、黎耶くんに聞くなんて。今日の私はどうかしているようです」

 

 言葉が出ない。待て、待ってくれ。

 

「私はもう戻りますね。……また明日、黎耶くん」

 

 彼女が去っていく。違う、そうじゃないんだ。

 彼女の姿が遠ざかっていく。何故だ。

 なんで、言葉が出なかったんだ。なんで、言えなかったんだ。

 

 ──それが正常なんだ、と。

 




5000字なのは許してください(ぐったり)
明日、昼辺りに次話を……坂柳さん成分を…。


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??. 少女は仮面を外し、彼と話す。

どーも、ジグです。
HAHAHA、見事にインフルエンザに襲われました!!!
投稿遅れてすみませんでした!!
正直今この投稿している最中も頭痛が本当に酷くて。訳が分からない文になっているかもしれないです…。体調が回復するまで、少しだけ投稿を休ませて頂きます。

……と、私のどうでもいい身の上話はここまでに。今回は坂柳サイドpart1です。そして、独自解釈が90%くらい含まれています。最初に言っておくならば、ノゲノラ6巻もといノゲノラゼロのリクをイメージして下さると、まだ、なんとなく、わかるかと…。


 

 

 

 

 私には目的がある。

 私には野望がある。

 私には悲願がある。

 それは、ひどく歪んでいて。

 だが、それでも確かに私の願いであって。

 絶対に、叶えてみせると誓ったもので。

 

 あの日に受けた屈辱を。

 あの日に刻み込まれた敗北を。

 

 全てあの男に返してみせる。

 屈辱は更なる屈辱として。

 圧倒的な敗北を叩きつけて。

 あの日、壊された私自身を取り戻し、私は勝利を手にする。

 

 それまでは、止まれない。止まらない。止められない。邪魔するものは全て叩き潰し、手駒()を揃え、頂点に立ち、あの男を見下してやると。

 

 それが、私自身に誓った想い。

 たとえこの身体が不自由としても、それでも。

 私はあの男に勝たなければならないのだ。

 無駄な感情は必要ない。

 友人なんて不必要なものだ。

 この悲願を果たすためなら、隣に誰もいらない。

 

 だって、私を救ってくれる英雄などいないのだから。

 

 目の前に現れ私を助ける王子様など現れないのだから。

 

 だから、私は独りでいい。

 私を理解してくれる人などいない。

 幼い頃に読んだおとぎ話は、所詮はおとぎ話。

 私の隣に立つ人なんて、現れない。

 

 だって、私の隣に立つということは、私を許容するということだから。こんなに壊れてしまった私を受け入れてくれるということだから。

 

 そして、隣立つその人も私はきっと壊してしまうから。

 

 だから、そんな人はいらない。

 私はただ恐れられる人でいい。

 残虐で、攻撃的と認識されればいい。

 そう、演じ切ればいい。

 本当の楽しさも、嬉しさも、喜びも何もかも今はいらない。あの男に勝利することだけが、私の願いなのだから。そう、誓ったのだから。

 

 私は坂柳 有栖。

 優秀で、冷酷で、残酷な、恐ろしい少女。

 およそ乙女心というのを捨て去った少女。

 人間性が欠陥した壊れ出来上がった少女。

 

 そんな私に、救いなどあるわけが無い。

 そんな私に、救いなど来るわけが無い、

 

 

 ──ああ、でも。もしも。

 

 ──こんな私でも受け入れてくれるなんて、私に壊されてもいいなんてそんな人が居たら、私は──

 

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

「ん、あれは……杖? ……あー、大丈夫か?」

 

 その声は、ただ純粋に私を心配する声だった。

 階段を杖を使い登る私に、皆が通り過ぎていく中、彼だけは私の元に歩み寄り、一人で登れるか、と。

 

 なんて、お人好しなんでしょうか。

 

 今日は入学式、皆が緊張や浮かれ気分で校門をくぐり、自分のことしか考えていないだろうに、何故、この人は。そんな声を無下にするわけにもいかないから、手を取り階段を登り終えると感謝の言葉を述べる。無論、形だけだ。私が感謝の念を抱くなど、出来るわけがない。壊れてしまっているのだから。

 

 桐ヶ谷 黎耶。顔立ちは上の中といったところか、一般的に見てイケメンと呼べる部類。ブラウンのミディアムショートの髪が特徴的な、私に声をかけたのは、そんな人。彼は階段を登り終えたあと、心配だから教室まで一緒に行ってもいいか?と聞いてきた。その言葉にもやはり私に対する下心とかそういったものは感じられなく、言葉通りのものだった。

 

 愚かな人です。

 

 もしも、同じクラスになれば真っ先に私の味方()になるのは桐ヶ谷くんでしょうね。と、表面上は笑顔を装い、心の中では彼を嗤った。あなたのような性格ではこれから先、生きていけないと。

 

「同じクラスですね、桐ヶ谷くん」

 

 そのもしもという、同じクラスになるというものは現実へと変わった。彼と共にたどり着いたクラス分けの掲示板には、【坂柳 有栖:Aクラス】と【桐ヶ谷 黎耶:Aクラス】の文字が確かに書いてあって。更に、同じクラスというだけではなく、隣の席でもあった。何の運命だろうか、そんなことはさて知らないが、これは好機だ。まず手始めにこの人を駒へと変えましょうか、と。

 

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 席についた私たちは、クラスを確認していて少し話していた。そのすぐあとにAクラスの担任、真嶋先生が現れ、この学校についての話や、Sシステムの話をしていった。それらはすぐに理解した。学生に持たせるような金額ではない金額を持たせることの異常さも、その裏のことも。だが、そんなことはその後の出来事によって、どうでもよくなっていた。いや、どうでもよくはないが、衝撃はその後より大きくなかった。

 

「なあ、帰りに早速カラオケとか行こうぜ!贅沢に飯とかも頼みまくってさ!」

 

「おっ、いいなほれ。お前もどうだ?」

 

「俺? まあいいか、特に予定もないし。乗った」

 

 10万ポイントを貰い馬鹿みたいにはしゃぐAクラスの皆を他所に、彼は冷静にAクラスを見つめていた。それだけならまだ、彼もこのシステムの違和に気づいただけとも取れる。お人好しな人とは思っていたが、頭も少しはキレるようだ、と。

 

 だが、違った。そうではなかった。

 

「……扱いやすそうな人達ですね」

 

 そんな彼らを見て私がぼそっと呟いた言葉。最初は失言だと思った。聞かれていたら彼に警戒される、と。そうした場合、彼を駒にはしづらくなってしまう、と。私は何をしている、と呆れていた、その時だった。

 

「そうだな。馬鹿は扱いやすいからな」

 

 私は目を見開いた。淡々と、冷静に彼らを見る桐ヶ谷くんは私のその一言に賛同した。その声色からは彼の真意を探れない。

 

 お人好し? 違う、そんなものじゃない。

 頭がキレる? そんなレベルではない。

 

 まず彼の返答におかしな点が二つある。

 一つ。比較的温厚だった彼が突然、彼らに馬鹿だと蔑んだ言葉を送ったのだ。少なくとも裏表があるような人じゃなきゃ、それを表立っては言えないだろう。この時点で、私が最初彼に抱いていたイメージは崩れ去った。

 

 だが、これはまだ軽い問題だ。問題は二つ目にある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まだ私は、何も本性を出していない。ただの、杖をつく少女のはず。間違っても、今のような、扱いやすい人達などと、裏を見せるような言葉を放つ人とは思われていないはず。なのに、彼は私の言葉に驚愕の表情も、慌てた素振りも何一つ見せず、ただ淡々と、私に笑顔を見せた。

 

 なんなんですか、それは。

 その笑顔は、なんだと言うんですか。

 

 まるで、私を見透かしているような。

 まるで、私のことを知っているような。

 私のことはわかっている、と言うような、その笑顔は。一体なんだと言うのか。何者なんですか、この人は。

 

 ()()()()()()()()

 

 残虐で攻撃的な性格を演じる私が、そう語りかける。

 

 そうだ、落ち着け。彼がそう返してくるなら、私も冷静を装え。たとえ彼が何者かわからないとしても、今、彼に問題は無い。私に危害を加えるような理由もない。私に害をなすような存在ではない。大丈夫、落ち着いて。

 

「聞こえていましたか」

 

 およそ数秒ほどの時間で、いつもと同じように笑顔で彼のそれを返した。思考回路が冷えていく。ここでの事実は、彼が私にとって警戒するべき相手に変わっただけ。それだけだ、何も問題は無い。

 

「隣だしな、そりゃ聞こえるだろ」

 

「ふふっ、まあいいですけれど」

 

「割り切ってんな。それより坂柳」

 

「なんでしょう?」

 

「さっきのセリフからして、このクラスをまとめる気か?」

 

 ……警戒じゃない、危険視へと変わった。

 私の思考などお見通しというように、至極冷静に彼はそう告げた。彼には何が見えているのか。わからない。だが今はまだ問題ない。だが、同時に興味を抱いた。彼は何を見ているのか、と。何を知っているのか、と。

 

「…そうなりますね。それが何か?」

 

「なら、行動はさっさと起こした方がいい。ほら、あのハゲを見てみろ」

 

 葛城くんの周りのことを指しているのだろう。先生が去った後に、彼の周りに人が集まっていたのは記憶に新しい。そんなことがどうでもいいと思えるほど、この桐ヶ谷 黎耶という男について考えていたのだが。桐ヶ谷くんは、このままじゃ葛城くんにクラスの覇権を握られると言っているのだろう。全く、本当に。

 

「桐ヶ谷くんは私の心を見透かしているようですね」

 

「そ、そんな事は無いぞ……?」

 

 やっとその冷静さが崩れましたね。やはり、何かしら彼にはあるらしい。であれば、

 

「……まあ、それは後でじっくり問い詰めるとしましょうか」

 

 今は、見逃してあげます。これからは私の駒を作らなければいけませんから。ですが、今日の放課後にでも、不穏分子は取り除かなければなりません。覚悟しておいて下さいね、桐ヶ谷くん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後。あの後行なわれた自己紹介その他の時間で、私は予定通り十数人の人を集め、大体のものを駒へと変える準備は整っただろう。皆はあのシステムの裏には気づいていなかった。そして、桐ヶ谷くんは気づいていた。やはり危険だ。だから、交流が終わったあと、夜の時間帯になりかけている頃まで、私は桐ヶ谷と接触した。そして問いただした。何を知っているのか、と。

 

「単刀直入に聞きましょう、桐ヶ谷くん。……貴方は何者ですか?」

 

「いきなりだな。何者もなにもどこにでもいる男子高校生だ」

 

「ふふ、冗談がお上手なのですね。……誤魔化さないで下さい」

 

「……はぁ。ま、誤魔化せねえよな。でも答えは同じだ。普通の男子高校生、ただの学生だ」

 

 おかしい。何故ですか。

 

 ──()()()()()()()()……?

 

 誤魔化してはいる。何かを隠してはいる。

 だが、嘘を吐いてはいない。彼の表情も、声色も、何一つ変わらなかった。本当に、何者なんですか。何が、目的なのか。これ以上はこの話題については聞けそうにない、次へ行こう。

 

「まあいいでしょう。……何故かはわかりませんが、桐ヶ谷くんの口振りからして、私の当面の目標は既に見抜かれているみたいですね」

 

「クラスをまとめあげる事、だろ?」

 

 見抜かれているとは知っていたから、驚きはない。だが、私の目的までは知られていないようだ。その事実にほっとする自分がいた。何故、ここまで踊らされているのでしょうか、私は。

 

「ええ。私には目的がありますので。その為にはクラスの団結が必要になります」

 

「当たっててよかった。んで?」

 

 当たっててよかった。じゃないでしょう。どこまで冷静なんですか、この人は。少しだけ、少しだけ怒りを覚えました。彼を焦らせたい、

 

「それをわかっていて何故桐ヶ谷くんが黙っているのかを知りたいのです」

 

 顔を寄せる。いつもの私に隠れる(少女)は軽く黄色い声を挙げるが知ったことじゃない。(少女)もこの答えを知りたがっている。ならば(仮面)はそれに応えよう。

 

 だと言うのに。何故この男は今も冷静なんですか!

 少しだけ顔を赤くしているだけじゃないですか、……まさか、男色……いや、それは無いか。それなら私ではなく葛城くんに……って、私は何を考えているんですか。私が冷静になれていない。

 

「俺はリーダー、って器じゃないし」

 

「だからリーダーの素質がある私に付いてきた、と?」

 

「まあ、そうなるな」

 

「でも、それなら葛城くんだってリーダーなり得るのではないですか?」

 

 私のその一言にたじろいだ彼は、何かを迷うように、何かに焦るようにその硬かった冷静な表情を崩した。私の行動ではなく、私の言葉でたじろいだのが納得いきませんが。……何故、納得がいかない?とにかく冷静を崩せたのならそれでいいはずなのに。ああもう、調子が狂う。なんだというのだ。その、私の調子を狂わせた彼といえば、早口でまくし立てるように、言い訳がましく葛城くんを選ばなかった理由を述べる。正直あまり聞き取れなかった。今は何故か、少しだけ、イラついているから。

 

「それだけの理由で私を選んだと?」

 

 むぎゅ、と……いや、訂正しよう。……そっ、と音をあまり立てず身体を彼の身体とくっつけた。決して、決して豊満なボディに憧れているわけじゃない。ええ、決して羨ましくなんかありません。私の発育が悪いのも何もかも、全てあの男のせいです。あの男が悪いんです。

 

「何してる!?」

 

「身体を寄せただけですが? それより、早く」

 

 くっつけた私に彼は見事なまでに顔を赤くして驚いた。やりました。豊満じゃなくても桐ヶ谷くんは焦る、と。……どうでもいいでしょう。とにかく、大きく冷静を崩した彼に私は喜んだ。

 

 喜んだ? 私が喜ぶはずなんかないのに。

 私が喜ぶ時は、あの男に勝利した時だけというのに。

 

 私は私に違和感を覚えた。これは一体何なのか、と。この男に踊らされ、焦らされ、怒らされ、イラつかされ、喜ばされ。彼の前では(仮面)ではいられなくなってしまう。私を保てなくなってしまう。なんなんですか、本当に。

 

「……からだ」

 

 何を言ったんでしょうか。からだ、しか聞こえなかった。

 

「もう一度言って下さい、よく聞こえませんでした」

 

 彼を見つめる。そして。

 

「坂柳の、……お前の笑顔に惚れたからだよ」

 

 心臓が大きく跳ね、私の世界の時間が止まった。

 

 惚れ、た?

 私に? なんで。

 私の見た目だけを見て、そう言うのならまだわかる。だが、違う。桐ヶ谷くんは、この人は、私の裏を見抜いて、見透かしてなお、惚れたと言った。おかしい、おかしいだろう。惚れる要素がどこにあるというのか。こんなに壊れているというのに。

 

 わかりません。

 何故この人は私に惚れているんですか。

 

 そして、何故。

 

 私の心は、少しだけ、高鳴っているんですか。

 

 微量だが身体に熱が篭る。今は夜の時間帯で、涼しいはずだというのに。熱気を帯びる。何故、一体何故。わからない。

 

 ──強かな私。それは、その心は、きっと──

 

 (少女)が何かを言っている。(仮面)がわからないのに、あなたはわかるというのですか。私にはまるで検討がつかないというのに。

 

 ──何故、心が少し、もやもやするのですか。

 

 ──……情けないですね、強かな私。少しだけ、身体を返してもらいますよ。

 

「こ、これ以上理由は無い! というかさっきから近いっ!」

 

 (少女)は身体を更に寄せる。ああ、何か、悟ってしまった。きっと、この人なら。この人なら、()()()を。歪んでしまった私たちを。何だか楽しくなってきた。自然に笑みがこぼれる。(仮面)がそれ以上はやめろと言ってくるが、関係ない。

 壊れている?知っている。カチッ、と鍵を外して私は外へ出る。ひ弱なこの体でも動ける。大丈夫、私なら出来る──ああ、私は確かに坂柳 有栖だ。

 

「ふふっ、では桐ヶ谷くんは私のことが好きなんですね?」

 

「……ああ、そうだよ」

 

 桐ヶ谷くんは顔を逸らす。ああ、面白い。ああ、楽しい。この感情が彼に対する恋慕か、と聞かれたら答えはNO。ただ、彼と話すのが純粋に、楽しい。私を見抜いてくれた。私を見透かしてくれた。きっと、どこかで望んでいたのだ。壊れてしまった私を助けてくれる人を。私を理解してくれる人を。その候補に、今彼が上がった。

 

「納得しました。なら私に付いていく理由も、葛城くんに付かない理由も証明されますね」

 

「……そりゃ良かったな。あと付け加えるなら裏切ることもない、だ」

 

「ですね。……ふふ、貴方は頭がキレるでしょうし、いい人材を手に入れる事が出来ました」

 

 人材とは、少し違う。ですが、それ以上の言葉は(仮面)が許してはくれないから。またカチリ、と鍵を閉められそうになり。

 

 ──一旦、戻って下さい。

 

「お褒めに預かり光栄だ。大体のことは言うこと聞くさ」

 

「あら、それなら良かったです。では早速、頼みたいことがあるのですが」

 

「葛城と接触しろ、とか?」

 

「……ふふ、流石ですね。正解です」

 

 ──……嫌です。また返してもらいます。

 

 ガシャン、とまた無理やり扉を開けて。ごめんなさい、(仮面)。すぐに、戻りますから。だから、まだ、もう少し。

 

「明日の昼休みとかでいいか? 朝はきっと葛城のグループが周りにいて話が出来ない」

 

「ええ、構いません。……しかし桐ヶ谷くんは本当に不思議な方です」

 

「そうか?」

 

 不思議な人です。本当に。ずっと外には出れなかったのに、怖かったのに、あなたと話す間なら大丈夫。明確な理由は私も(仮面)も知らないし、わからない。きっと、これは、乙女の直感、というものだろう。この人なら問題ない、私を見てくれた、私を恐れなかった、と。

 

「はい。まあ、今日はこの辺りにしておきましょう。もう19時ですしね」

 

「そうだな。まだ購買にも行ってない。日用品買わないと」

 

 ──(少女)、本当に、大丈夫なのですか?

 

 ──ええ。私はあなたみたいに強くはないですが、こうして立てていますよ。

 

「……それでは、私も生活用具を買っていませんし、一緒に行きましょうか」

 

「りょーかい」

 

 だから、私を外に出させてくれた彼に。

 

「桐ヶ谷くん」

 

「坂柳?」

 

 今の私が出せる、ありったけの感謝を述べよう。

 

「好きと言われて、嬉しかったですよ。桐ヶ谷くん」

 

 

 

 

 

 

 




これもうわかんねぇな……。
インフル治ったら、やばそうな所を書き直します…。


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??. そして、仮面は友人を手に入れる。

私は帰ってきた!!!!!
……ふぅ(深呼吸)。どうも、ジグです。
1週間投稿を空けてすみません、金曜日にやっとインフルエンザが過ぎ去りまして。毎年この時期注意しても駄目ですね。
と、まあ、そんなことはさておき。

坂柳part2です。3で一先ず終わります。正直なところ、通常の黎耶くんがメインの時より数十倍書きづらいんですよね。まだまだ坂柳さんは謎が多いので。


 

 

 

 

 

 

「桐ヶ谷くん、飲み物は何にしましょうか」

 

 授業という退屈な時間を過ごし、訪れた放課後。あの日から、……私が久しぶりに仮面を外した日からおよそ十数日が経った。それまで何かあったか、と言えば特に例に挙げて言うものは思い当たらない。あの日以降もしっかりと(仮面)は正常に動くし、(少女)は私で仮面に鍵をかけられ大人しく仮面に隠れ存在を保っていた。彼──桐ヶ谷くんと話す時以外はまるで仮面が外れる気配がない、まあそうでなくては困るが。しかし、桐ヶ谷くんと話す時はふいに外れそうになるのはどう足掻いても直らない。と言っても、(少女)が遊び心で鍵を開けようとしているだけなのだが。

 

「んー、まあ無難に紅茶かな。坂柳は?」

 

「私も紅茶にしましょうか」

 

「りょーかい、んじゃ頼んでくる」

 

 私の注文を聞くと桐ヶ谷くんはカウンターへと向かっていく。私が何も言わずとも自分から店員へオーダーする辺り、男性だな、と。1分程して桐ヶ谷くんは私の向かいの席へと戻った。少し注意深く見てみると彼は目を泳がせてそわそわしている。冷静を保とうとしているのだが、私には動揺しているのが目に見えてしまう。

 

 と、言うのも。

 

 あの日以降。いや、正確には私が感謝の言葉を送った後からほとんど崩れなかった彼の冷静さが、私が軽く悪戯するだけで崩壊してしまう。前は顔を寄せられてもまだ冷静だったというのに、言葉一つで瓦解してしまうとはおかしな話だ。もっとも、彼が動揺し顔を赤くする姿は(少女)にとってはとても面白いものなので仮面の影に隠れながらくすくすと笑っている。(仮面)も、ほんの少しだけ面白いと感じたのはまあ……否定は、しない。

 

「中々放課後時間が取れずすみません。気づけば小テストの後になってしまいました」

 

「いや、坂柳が空いてる時間もあったのに、その日に予定を入れてた俺も悪いから」

 

 この件に関しては溜息が出る。が、私にとっても仕方ないことだ。スクールカーストが一日で形成はされないのと同じように、私の立ち位置、覇権を握るのも一日では当然達成出来ないため、小テストを挟んだ後もあまり放課後に取れる時間の余裕がなかった。といっても、色々と他クラスや他学年の情報を調べるといった個人的な用事もあったのでクラスに関わることは週に3、4回といったところだ。まあもっとも、これら全ては(少女)の本意であって(仮面)はそうではない。

 

「お互いの地位の為ですし仕方ありません」

 

「だな。俺のために時間作ってクラスのリーダー枠取れなかったら俺が申し訳ないし」

 

「ふふ、二人きりと言うのにやはり異質な話題になってしまいますね」

 

「情報交換も兼ねてるんだ、それにこういう事話すためにここを選んだしな」

 

 (仮面)は彼のその声に賛同するが、(少女)としては少々面白くない。唯一私が現状外へ出て話せる相手なのだ。クラスの覇権とか、リーダーとかそんなこと私にとってはどうでも、よくはないが、それでも今話す話題でないとは少しだけ思ってしまう。無論、(仮面)の願いはわかっているからそれを否定することは無い。壊れている私を直すという願いを、その私が拒むわけにもいかない。だが、せっかく二人きりなのだ。隙を見て彼にまた悪戯するとしよう。

 

 ──大人しくしていて下さい。

 

 カチッと鍵を掛けて、(少女)の意思を閉ざす。全く、困ったものだ。これではまるで二重人格、……いや、二重人格でもあるのだろう、私たちは。壊れ弱くなった(少女)と、感情を偽り欺瞞で作り上げられた(仮面)と。全てはあの男のせいだ。私たちがこうして分裂することになったのも、全て。

 

 それからは小テストの話に。内容は抜き打ちではあったが、高校生に出すような出題レベルのテスト。もっとも、後半の残り数問程だけは異常な難易度を誇っていたが。その問題の範囲で言えば進学校でも習わないような、そんな問題。だが、実際あの問題自体にさほど意味は無い。重要なのは前半の問題を如何に完璧に解けたか、だろう。前半の問題はレベルで言えばそれこそ中学一、二年生がやるようなものだった。真嶋先生がテストを配る前に放った言葉、「成績には関係しない」とは、まさにその通りこのような問題を成績に反映しても意味が無いということ。もちろん本当の意味はプライベートポイントに関わるものなのだろうが、あの言い方は妙に引っかかる。それは桐ヶ谷くんも同じようで、やはり私のその推測が当たっている可能性は高いとの結論が出た。

 

「ふふ、同じ考えのようでよかったです」

 

「ま、あれくらいの問題で減点食らうようなやつはいないと思うけど」

 

 私の予想でいえばAクラスはきっとエリート、というより、比較的高水準の能力を持った人の集まりだ。もちろん例外はいるにはいるが。その中でも、きっとこの男は葛城くんと並んで……いや、能力だけで言うならば葛城くんよりも上だろう。Aクラスでも間違いなくトップクラスの逸材。こうして私と二人きりでも優位を取られず話せているのがその証拠、いや、そもそも(少女)が見透かされていた時点で桐ヶ谷くんの能力は飛び抜けている。今となってはもう(少女)の存在は彼に隠しようがない、彼と話す時だけは(仮面)が崩れてしまうのにももう慣れてしまった。

 

「最後の数問以外は簡単でしたからね」

 

「……全問解いたんだな、坂柳」

 

「そうなりますね。桐ヶ谷くんはどうでした?」

 

 (仮面)という存在はおよそ能力面においては、身体能力以外はこの学校の全学年を含めてもトップクラスにあるといっていいだろう。そうでなくては困る。

 

 そう願ったのだ。

 

 私は完璧であるように。

 

 もう、壊されないように。

 

 敗北を味わうことのないように。

 

 絶対的な強者足り得るように。

 

 全てはあの日に、願ったこと。檻を作り、閉じ篭り、仮面を作り、それを被った。(弱者)ではきっと、この世界に立ち向かえないから。であれば、理想を創り、それを演じようと。私であって私で無いのなら、私に損害はない。私が傷を負うことはない。全て(仮面)が引き受けてくれる。そう在るように、(少女)が願ったのだ。そう在るように、願うことしか出来なかったのだ。

 

「国語の難読漢字だけ。後はお手上げだ」

 

「ふふ、それでも凄いことじゃないですか」

 

「はぁ、そりゃどうも」

 

 思考が乱れていた。直せ、戻せ。私は(仮面)、完璧に、強かに。この気持ちを発散させようと、一度深呼吸し、ふっと笑う。そうだ、余裕を持って。

 

「ため息を吐いたら幸せが逃げますよ、桐ヶ谷くん」

 

「……逃げた分、目の前から補給するから大丈夫だ」

 

 ……え?

 

 照れ臭そうにその言葉を放つ彼の顔が急に見れなくなった。

 目の前から補給する、何を? 幸せを。

 彼の目の前には何がある? 私がいる。

 幸せを目の前から補給?

 

 ──わたし、から、ほきゅ、う……?

 

 思考回路が止まる。心臓の鼓動が早くなる。

 何故だ、一体何故。駄目だ、わからない。何故、顔に熱が帯びる。何故、胸の動悸が激しい。何故、彼の顔が見れない。

 

 その瞬間。

 カチリと、(仮面)の中からどこかの部屋の鍵が開く音が聞こえた。幸せを私から補給する。その意味を理解した瞬間、仮面がピキリと割れる音がした。幻聴か、いや違う。確かに今、(少女)は外へ出て──

 

「っ。ふふ、そうですか」

 

 少しだけ冷静を装い(少女)は答える。ああ、やっと出れたか。お疲れ様、完璧で強かで、優秀な(仮面)。少しだけ休んでいて。空気が新鮮だ。眼前に写る夕焼けがとても輝いて見える。

 

「とりあえず、小テストの話はここまでにしておきましょうか」

 

 (少女)にそんな話は出来ない。いや、昔のままなら出来たかもしれないが今の私では無理だ。仮面と比べればひどく脆く、弱い。脆弱なこの身では事実何も出来ない。こうして話すことだけしか、今の私には出来ない。

 

「ん。あ、紅茶の他に何か頼むか?スイーツとか」

 

「そうですね、ではこのパフェを」

 

 すると彼はスッと手を上げ店員に再び注文を。どうやら彼はクレープを頼んだらしい。その間彼は何故か妙にキリッと表情を作り、オーダーを聞いた店員に笑顔で手を振っていたが。何を考えているのか。

 

「桐ヶ谷くん、今何か変なことを考えていませんでしたか?」

 

「そんなことないぞ?」

 

 彼は一瞬だけ目を逸らしたあと、冷静そうに答える。どうやら当たっていたようだ。どうやって浮かべていたかな、あの笑顔。いつも(仮面)が貼り付けるような笑顔を思い出しては、余裕げな表情で笑う。

 

「そうですか、ではそういうことにしておきましょう」

 

 そのまま私は彼から視線を外し、夕暮れに染まる木々たちを見つめる。

 二重人格に近いような現状だが、正確には少し違う。確かに私と(仮面)の思考は分かれているが、(坂柳 有栖)。本質は同じ、確かに一人の坂柳 有栖なのだ。無理やり私が(仮面)を創り上げ、演じているだけで。

 

 いつか、また一人に戻れるのだろうか。

 

 (仮面)一人だけ頑張らず、私も共に外に出れる日が来るのだろうか。

 

 その為に(仮面)はあの男に勝つと言う。が、実際はどうなのだろうか。あの男への勝利は結局のところ、それしか方法が無いからではないのか。仮面の考えを否定する気は全くない。が、ふと疑問に思うのだ。

 私たちが歩んでいる道は本当にこれでいいのか、と。

 私たちが救われる道は他にもあるのではないのか、と。

 答えのない問いだ。それが見つからないから仮面はずっと頑張っている。ようは、私が元に戻ればそれでいいのだ。壊れたこの体が、この心が修復されればいい。(少女)になにか、出来ることはないのか。隣から聞こえる品物を読み上げる店員の声を流しながら、私は唯一話すことの出来る彼を見つめる。

 

「桐ヶ谷くん?」

 

 見える世界がずっと彼ではなく、彼の横の自然を見つめていたからか彼がずっと私に向けていたらしい視線には気づけなかった。私が振り返ると桐ヶ谷くんは、なにか慌てたように少しだけ顔を赤く染める。

 

「なんでもない、見とれ……気を抜いてた」

 

 見とれていた、の本心からの言葉が出かけたらしい彼は咄嗟に口を塞ぎニュアンスが違う言葉に言いかえる。

 

 だが、私にはしっかりと聞こえた。見とれていた、か。それは、どちら(少女と仮面)にだろうか。そんな考えが不意によぎる。どちらだっていいだろう、今は。その一言で少し昂った心の流れるままに、私は言葉を紡ぐ。からかうような笑顔を浮かべて。

 

「……ふふっ、見とれていたんですね?」

 

 私の言葉と笑顔に真っ赤になった彼はすぐに顔を私から逸らす。やはり楽しい、面白い。いつもは冷静な彼だが、私の行動一つでこうなってしまうのだから可笑しなものだ。

 

「……だったら、どうするんだ」

 

「いえ、どうもしませんが……あ、でも、そうですね」

 

 一度何かの雑誌で見たことがある。“あーん”だったか。何故その名称になったかどうかはよくわからないが、とにかく今のシチュエーションだと出来そうだ。私の前に置かれているパフェの生クリームをスプーンにすくって乗せて、彼が顔を上げるのを待つ。私の予想ではそろそろこちらを向いてもいい頃合なのだが、と、そのすぐあと。

 

 彼が未だ顔を赤くしながらも私の目を見つめたその瞬間。

 

「んぐっ!?」

 

 生クリームを乗せた銀のスプーンを彼の口へと勢いよく突っ込む。その次に、私は無自覚に嗜虐的な笑みを浮かべ、

 

「私のパフェを食べさせてあげることにしましょう」

 

「っっ……」

 

 予想通り彼の顔は更に赤く、まさに茹で蛸のように染まってしまった。その表情が見たかった。沸騰しそうなほどに真っ赤になるその顔を。慌てふためく桐ヶ谷くんの姿を。だが、これじゃまだ私は終わらない。私は知っている。“あーん”をした後にする行為を。……正直なことを言えば少し恥ずかしいが、羞恥心より好奇心の方が勝っているから躊躇はしなかった。

 

「ふふ、美味しいですね」

 

 彼の口から戻したスプーンをそのまま自分の口内へと運ぶ。生クリームの甘みが口の中へと染み渡っていく。甘くて美味しい。スプーンに残っていた生クリームを全て舐め取りパフェへと戻す。その際には、余裕げにからかうように舌を出して。……とっても甘いです。生クリームだけじゃない、何かが入っていますね、これ。

 

「なっ……!?」

 

 桐ヶ谷くんはその双眸を見開いたまま固まってしまった。少しやりすぎただろうか。そう思うと途端に羞恥心が湧き出てくる。彼が思ったことは私にもわかる、間接キスだろう。もちろん私が間接キスを異性としたのなど、彼が初めてだ。……駄目です、これ以上考えてはいけません。生クリームの中に彼の唾液が少し含まれていたとか、そんなことはないです。ただ私は桐ヶ谷くんをからかうためにしたまで。落ち着いて、私。冷静を装い、仮面を真似して。この羞恥心を誤魔化すように。

 

「どうかしましたか、桐ヶ谷くん?」

 

 動揺する彼を見ると少しだけ落ち着いてきた。それにしても、本当に楽しい。私がここまで感情を抱くのは本当に久しぶりだ。心が躍る、心の底から愉快だと思える。だから、私の顔には自然と笑みが零れていた。

 

「……喋れないほど動揺していますか。大成功です」

 

 夕焼けが私の瞳に反射する。そんな私の向かい側に座る彼の瞳は、まるで私しか映っていないようにただただ私を見つめていて。一切視線を外すことがなく、瞬きをしているかどうかすらも怪しいくらいだ。彼が再び動くまで待つのもそれはそれで楽しそうではあるが、(少女)が表に出れる時間もある。起こすとしよう。

 

「ふふ、そろそろ戻って来て下さい」

 

 私その声にビクッと身体が跳ねて反応した桐ヶ谷くんは、椅子に座り直しながらも未だ慌てた様子で言葉を紡ぐ。

 

「さ、坂柳……お前、何を……」

 

「私のスプーンについていたクリームを舐めとっただけですが」

 

「その前に、お、俺の口に突っ込んだろ……」

 

 少しは落ち着いた様子だが、まだその表情からは動揺しているのが見え見えだ。まだ落ち着かせる気は無い、追撃するように私は次々と羞恥心を煽る言葉を浴びせていく。その度に攻撃する私も恥ずかしさを覚えたのはまた別の話だ。

 

「桐ヶ谷くんをからかうのは楽しいです」

 

 私のその一言で、彼はハッとしたように深呼吸を取った。……よくわからないです。今の言葉は私の本心。桐ヶ谷くんと遊ぶのは楽しいし、こうして話していると心臓が高鳴る。(仮面)ならこうした行動全てが計算なのだろうが、私の行動に計算などほとんど無い。私が計算して動いたところで彼には見抜かれてしまうだろうし。そんな彼といえば、完全に落ち着いてしまったのかふっ、と嬉しげに笑いながら身体を寄せてくる。不自由な身体である以上咄嗟に動くことは出来ない。よく見れば彼の右手にはクレープが握られている、一体何をするというのか。彼の瞳に映る私の表情は困惑に染まっている。

 

「そりゃ良かったな。……んじゃ、仕返しだ」

 

「桐ヶ谷くん?一体何を……きゃっ!?」

 

 私の口の中に、クレープが突っ込まれた。それはまるで、先ほどの私の意趣返しをするように勢いをつけて。そんな現状を確認していると徐々に羞恥心が身体を苛んでくる。顔に熱が帯びる。むっ、と私自身の羞恥心と、彼に対しての反抗を込めて睨みつける。

 

「……んむっ、桐ヶ谷くん……!」

 

 だが、これはまだ序の口と言うように彼はニヤッと笑う。私はそれで全てを悟ってしまった。意趣返しということは、これではまだ終わらない。つまるところ、彼はそのままクレープを自分の口へと運び、……私が口をつけた所を食べてしまった。

 

「~~~っ!?」

 

 見えてしまった。理解してしまった。

 思考回路が働かなくなる。なんだ、これは。なんなんですか、これ。だめです、何も考えられない。ただただ恥ずかしい。顔が熱い。心臓の鼓動が激しい。これが、ドキドキする、ということか。きっと今の私の顔は真っ赤だろう。私は攻められるのには弱いと知られてしまった。ああ、もうわけがわからない。彼の顔を直視出来ない。つい顔を逸らしてしまう。

 

「先にやったのは坂柳だ、俺にもやり返す権利はあるだろ?」

 

「っ…、まさかやり返されるとは思いませんでした。私もまだまだですね」

 

 脳内の大半が痺れている中、唯一残る理性が何とか答える。味わったことのない、甘い痺れ。私の計算ではあのまま主導権を握れる筈だったというのに、これでは逆に握られそうではないか。……なのに、何故だろうか。こんな気持ちを抱いている自分も、悪くは無いなと。きっと(仮面)からすれば駄目なのだろうが、どうしても、嬉しいと思えてしまうのだ。

 

「攻められるのには慣れていないんだな」

 

「……そうなります。私にこのように攻撃する人などいませんでしたから」

 

「坂柳が楽しそうな理由がよーくわかったよ。攻めるとな」

 

 言葉を口にすると冷静さを取り戻せてくる。いや、きっとそろそろ(仮面)が帰ってくるからだろう。ここまで私が動揺すれば当然か。動揺? 違うか、きっとこれは。……それこそ違う。私はただ楽しんでいるだけ、そうだ。そうでなければ、ならない。だからこそ、私の返答は決まっている。

 

「それは良かったですね、これからもからかってあげましょう」

 

「それじゃ俺は好きという気持ちをぶつけるとしよう」

 

「望むところです」

 

「「ふふっ(ははっ)」」

 

 笑い声が共鳴する。嗚呼、駄目だ。心が躍る、楽しいです。お互いに思っていることがわかる。

 桐ヶ谷くん()(坂柳)のことが好きで、(坂柳)桐ヶ谷くん()をからかって楽しんでいるだけだと。私を見透かした上で好きという彼。それにからかいで応える私。この関係性が心地良い。……筈だった。本当は──

 

「桐ヶ谷くんは、本当に不思議な人です」

 

 私は笑う。

 

「そうか?」

 

 桐ヶ谷くんも微笑み返す。

 

「はい。私をここまで楽しませてくれたのは桐ヶ谷くんが初めてです」

 

 未だ笑う。

 

「そりゃ光栄で。俺もここまで楽しい気分にさせてくれるのは坂柳くらいだ」

 

「それに」

 

 カチリ、と鍵を閉めて。スっと仮面を被り。

 (仮面)は嗤う。

 何をしているんですか、(少女)。そんな感情を抱いては、……そんな感情を持っては、止まってしまう。気の迷いです、そんなものは、ただの一時の迷い。私たちには、必要のないもの。

 

「私のこの性格を知ってなお、付いてくれる人も桐ヶ谷くんが初めてです」

 

 私は仮面。(少女)を守る為に、私が創り上げた。あの男に創らされた坂柳 有栖。そんなものに、感情など必要は無い。ましてや、親しい男など。少女の歪みを正すまで、治すまで、私が居なくてもいいようになるまで、私たちは止まれない。

 

「何故、付いてきてくれるのですか?」

 

 ……心にチクリと棘が刺さる。その笑顔が、その瞳が、次の言葉の前準備というように私を捉える。直感で悟る。これは不味い、と。だが、拒めない。何故だ。(少女)が何かを言っている。聞こえてこない。全ては私の真似をするように歪んだ壊れた笑みを見せる目の前の彼に、思考が吸い込まれているから。なんなんだ、その顔は。まるで、(少女)ではなく、(仮面)も見ていると言うような、その瞳は。脳裏からまた、カチリと鍵が開く音が聞こえたその瞬間。

 

「坂柳 有栖という存在に惚れたからだ」

 

 聞きたくはなかった。だが、確かに()()()()()()()()()言葉。(仮面)だって、一人の人間。坂柳 有栖という存在なのだ。感情を持たぬようにと自分を律し、少女の為にと自分を働かせ、友人などいらないとただ拒否し。そんなもの、幾ら仮面といえど、創られた存在と言えど、耐えられるはずが無い。だが、そんな甘い一言を聞いたら、受け入れてしまったら、きっと戻れない。仮面ではいられない。(仮面)を認めてくれる存在が現れたら、(仮面)は崩れてしまう。私が崩れたら、少女は壊れたまま。だから、そんな言葉は聞きたくなかった。そう、思っていたから、ただひたすらに友人など、隣に居る存在などいらないと切り捨ててきたのに。何故。何故だ。

 

 ──何故なんですか。

 

 どうして、(仮面)は心の底から嬉しいと思っているんですか。

 

 どうして、この心臓は今までにないほど高鳴っているんですか。

 

 ──どうして、(仮面)の心は温かくなっているんですか。

 

 彼は坂柳有栖という少女ではなく、存在に惚れたと言った。理解したくはない、だが理解している。理解してしまった。確かに目の前の彼は、(仮面)含めて、惚れたと言ったのだと。否定できない、そんな彼の言葉を否定できない。仮面にまで恋慕の感情を抱くなど、そんなもの、

 

「……あなた、壊れていますね」

 

 私が壊すまでもなく、この人は既に壊れていたのだ。だから、なのか。だから、(少女)を見透かして、(仮面)を認めたのか。ああ、それは確かに壊れている。

 

「お互い様だろう」

 

 だが、確かに望んでいたのだ。心のどこか奥底で願っていたのだ。少女だけでなく、(仮面)も誰かに見て欲しいと。認めて欲しいと。一人の、坂柳 有栖であると、わかって欲しいと。これは、ああ、理解してしまいましたよ、(少女)。この人は、不思議な人だ。きっと、そんな一言を告げられたら、そんな存在が現れたら私は壊れてしまうと思っていた。この仮面は割れると思っていた。だが、割れない。外せるようになっただけだ。(仮面)は私のままでいいと、そう認められたから、割れる理由も無いのだ。そう思うと、自然と笑顔が出てきた。これが、嬉しいという感情なのか。

 

「ふふっ、確かに」

 

 これはもう、桐ヶ谷くんを、ただの人材となど呼べない。呼べるわけがない。……呼びたく、ない。慣れない感情という心のままに、私は言葉を紡ぐ。

 

「あの時の言葉を訂正しましょう」

 

「ん?」

 

「桐ヶ谷くんをいい人材と呼んだことですよ」

 

「ああ、そんなことか。別にそのままでいいのに」

 

 普通、人材と呼ばれたら怒るものでしょうに。……やはり、この男は壊れている。なんだかずっと笑いが止まらない。一度封印したものが解放されるとこうなるものなのか。いや、それは困るが。彼と二人きり以外の時は、いつもの、いつも通りの坂柳 有栖でなければならない。出来ない? 出来る。出来なければ、坂柳 有栖では無いだろう。

 

「いえ、それでは私の気が済みません」

 

「……それじゃあお好きなように」

 

 止まらない感情を、一つの言葉に集約するように。蓋で塞いでいた心が暴走するのを、一纏めにして。

 

「ありがとうございます、では」

 

 きっと、この言葉を放てば、私はもう戻れない。一度手にすれば、失った時の喪失感はとてつもないものだ。それこそ、(仮面)も壊れてしまう。だが、それでも、手にしたいから。もう、独りは嫌だと思ってしまったから。まず手始めに、と。行き過ぎないように、と。

 

()()()()()と」

 

 ああ、友人。これでいい。友を抜かすなど、今の私には出来ない。この感情はまだ恋慕ではないから。初めて抱いた感情が恋慕の筈などないから。そう理性が語りかけるように、律するようにその言葉を紡がせた。だがそれでいい。大切な人など、今の私にはおこがましい。きっと、そんなことを言うのは(少女)の役目だろう。無論、それがいつになるのかは、さて知らないが。

 

()()、ね」

 

「ご不満ですか?」

 

「いいや、今はそれでいい」

 

 そう答えると思っていた。まだ彼も、私の全てを理解したとは思っていない。だからあの時、好きだ、ではなく、惚れたと言ったのだろう。Loveの感情は示すが一方通行の好きではなく、惚れたという宣言をした彼だからこそ、そう答えると思っていた。

 

「ふふ、そうですか」

 

 気づけば鍵が外れかけている。ここまで感情を晒せば出てくるとは思っていたが。だがさせない。今日は、(仮面)の手番だ。そう呟いて、私は(少女)には出来ない、(仮面)だけの挑発的な笑みを浮かべる。

 

「もう一度訂正しなければならなくなる時を楽しみにしていますね」

 

「……はっ、やってやるさ」

 

 いつの間にやら夜の訪れを示すように、煌々と光る真っ赤な夕暮れが私の背後に写っている。私はただただ上から見下すように微笑む、それに対し彼は苦笑と共に肩を竦めた。これではまだ終わらない。

 

「……では、これから二人きりになった時は有栖とお呼び下さい、()()くん」

 

「っ。そう呼ばれちゃ、呼ぶしかないな、()()

 

 ああ、これが楽しいという感情か。これが、嬉しいという感情か。(少女)が抱いていた感情というものは、こんなにも、温かいものなのか。こんなにも、面白いものなのか。

 

()()ですからね、名前で呼ぶのは当然でしょう?」

 

「ごもっとも。()()なら当たり前だな」

 

 同時にわざとらしい笑みを浮かべる。これが、互いを理解するということですか。

 

「ふふ。さあ、私はパフェを食べるとしましょうか」

 

「んじゃ、俺はクレープを」

 

 理解しているからこそ、今のタイミングだ。二人は同時に口を開いて。

 

黎耶くん(有栖)。そのクレープ(パフェ)、少しだけ分けてもらってもいいですか(いいか)?」

 




わけがわからないよ……。
調子乗って10000字超えるのはいいですが確実に誤字しているという。


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??. 坂柳 有栖という少女は

どーも、ジグです。

……お久しぶりです。気づけば1ヶ月空いてました。
書いていた途中にデータが全て消えるという事故と、リアルが少し忙しかったこともありここまで遅れてしまいました、申し訳ありません。


 

 

 

 

「しゃあッ!俺の時代が来たああああああッ!」

 

馬鹿げた叫声が広大な白を基調とした部屋に響き渡る。そんな雄叫びを挙げる男子に続くようにその他の男子達もそわそわとした様子で室内をざわつかせていた。彼らの身につけるものは学校指定の水着のみで、男らしい身体を惜しげも無く晒している。もっとも、惜しむ必要は無いのだろうが。現在地、学校内プール。そのような光景をよそに、私は一人観客席に立って彼らを見ていた。

 

退屈なものです。体育の時間はいつもこうだ。不満げに(少女)が愚痴を漏らすが(仮面)としては何も言えない。生まれつきの心疾患のせいで元々この身体は自由には扱えない、そのため体育などの身体を動かす授業は基本見学ということになる。当然見学とは名ばかりで、授業時間が完了するまでの意味の無い時間。

 

──こういう時、黎耶くんが居れば──

 

ふと、そんな考えが頭をよぎった。いやいや、何を考えている。幾ら先日に(仮面)自身が彼を友人と認めたとはいえ、これはあまりにも緩すぎるだろう。もう少し気を確かに持ってほしいものだ、私も、(少女)も。自分自身に呆れるようにくしゃりと髪を掻きつつ、視線をプールへと戻す。そういえば、その黎耶くんはどこにいるのだろうか。今女子は全員着替え中で、プールサイドに立っているのは男子のみ。普通に考えて適当に見るだけでもすぐに黎耶くんの姿は見つかるはず。それなのに、いくら探しても見つからない。

 

まさか、見学?

 

咄嗟に左右の観客席の入口付近に目を光らせる。予想は当たっていたらしい。右方の入口から制服のまま首の後ろに手を回し怠そうに歩く黎耶くんの姿が見えた。そのままこちらの方に歩く彼はどうやら私の存在に気づいたようで、怠そうな面影は一瞬で崩れ去り小さく片手でガッツポーズをした。そんな彼を見て私も内心少し喜びを感じたのは内緒だ。それも仕方ない、退屈だと思っていた2時間が有意義なものになる希望に変わったのだから。であるからこそ、私は初めに、くすりと笑って彼を出迎えた。

 

「黎耶くん、あなたも見学ですか?」

 

機嫌よさげにこちらに向かっていた黎耶くんが次は気まずげに目を逸らした。

 

「……ちょっとな。理由は聞かないでくれ」

 

「そう、ですか。わかりました」

 

何があったのだろうか。朝から少し様子がおかしいとは思っていたが。見学ということは身体に何かしらの不調があるとはすぐに予想できる。私の姿を見て機嫌が良くなったということは精神的な問題ではないと見ていいだろう。つまるところ、肉体的な問題。だが、他クラスと──Cクラスと喧嘩したのなら顔面などに目立つ傷が出来ているはずだ。しかし、じっと見てもそのような傷は見られない。……わからない。ただ単純に水泳をサボりたいという風には感じないのはわかりますが。

 

「有栖は、言わずもがな、か」

 

「ええ。見学はもう慣れました」

 

普通に会話出来るあたり、大した問題はない、か。その事実を理解するとふいに顔が緩む。だめだだめだ、しっかりと私を保て。深呼吸しようと空気を吸い込むと同時に、プールサイドから大きな声が投げられた。

 

「おーい、黎耶ー!なんでこっち来ねえんだよー!」

 

「体調悪いんだよ。悪いが今日は泳げない」

 

確か清水くん、でしたか。心の中で彼へとサムズアップした後にゆっくりと深呼吸する。いつも通りに、私なら出来る。そう、(仮面)なら出来る。出来ないはずがない。普段やるように、暗示をかけ──カチッ、と。鍵をかける。そうして私は、からかうように彼へと話しかけて。

 

「人気者ですね、黎耶くんは」

 

「それは皮肉か?」

 

「いえいえ、素直な感想ですよ」

 

ああ、問題ない。段々と頭が冴えてきた。じっと彼を見つめる。息遣いは正常、纏う雰囲気もいつもと変わらない。普段通りの桐ヶ谷 黎耶だ。ここに来た原因があるとするならば、先日の生徒会室で、何かしらあったということくらいだろう。とするならば、今朝遅れてきた理由も生徒会と関わっていたということで納得が行く。それが何故、ここに来る理由──肉体的な疲労に繋がるかどうかはさてわからないが。

 

「体調不良、嘘ですよね?」

 

「……やっぱバレるか」

 

「ええ。体調が悪いようには見えませんから」

 

当たり、ですか。これは近いうちに生徒会にも探りを入れる必要がありそうですね。いつも通りの彼が目の前にいるのですから、悪いことをしているというわけではなさそうですが。黎耶くんの行動は把握しておきたいですから。

 

「よく見てるんだな」

 

「ずっと見ていますよ」

 

「そ、そうか。そりゃあどうも」

 

すると不意に、彼は慌てたように赤面した。何かおかしなことでも──ああ、なるほど。確かに、ずっと見ているなどと言われたら、慌てるのも納得だ。全くの無意識から発した言葉だったのだが。……無意識で、発した?友人の定義がよくわからないが、友人というのはそういう関係なのか? いや、違う。 何故違う? ずっと見ることの何が駄目なのか。むしろ正常だろう。だって、彼は──

 

「私の大切な友人ですから、ね」

 

「……ああ。友人だから、か」

 

その一言に彼は少し冷静になったように応対する。……よくわからない。ずっと見ることは友人ではおかしいのか? 初めて出来た友人だからこそ、彼のことを知りたいのではないのか? 私の思考は私ではわからない。そんなはずは無い。いつだって、私は私を掌握できる。でなければ、(仮面)とは言えない。

 

「ええ、友人だからです」

 

なのに、何故だ。わからない。……なんだと言うのだ、この感情は。もしかして、私は。いやいや、そんなわけが──いや、否定する材料が見つからない。一度割れた仮面は修復されど、必ずどこかに支障をきたす。一度温もりを感じたのなら、甘えたくて仕方がない。冷酷な仮面は、またも。

 

「ですから」

 

崩れ始める。いや、生まれ変わろうと、作り変わろうとしている。完璧という名の欠陥を。修復しようと。

 

「友人ですから、黎耶くん」

 

だからこそ、その一言を。

友人、だから。

 

──────(私の傍から)

 

いなくならないで。

 

「……ッ」

 

言えなかった。

その言葉を、空気に乗せることは出来なかった。それを伝えることは、私を否定することだから。完璧でないと認めるものだから。そんな言葉を、音に出せるわけが無い。その一線は、やはり超えられない。超えることが出来ない。だが、それでも私の中で沸き立つ感情を抑えることが出来なかった。周りに耳を傾ければ、どうやら授業が始まったらしい。申し訳程度に、この熱を抑えようと自動的に私が言葉を放つ。黎耶くんはそれに相槌を打つ。

 

「……そろそろ授業が始まるみたいですよ」

 

「お、本当だな。見学ってこんな気分なのか」

 

黎耶くんは何事も無かったかのように、いや、あまり気にしていないのだろう。いつも通り、私に笑顔を向ける。ああ、少し落ち着いてきた。その笑顔を。その声を聞くと、不思議と落ち着く。これ以上考えるのはよそう。どうせ何もわからないのなら、考えない方が合理的だ。

 

「黎耶くんは見学するのは初めてですか?」

 

「ああ。見学初心者だ」

 

「ふふ、見学に初心者も上級者も無いでしょう」

 

思わず笑みが零れる。黎耶くんが初心者であるならば、さしずめ私は上級者と言ったところだろうか。そんなことが考えついてしまう。

 

「冗談だ。しかし暇だな、2時間何をしようか」

 

「一人の時はただ見ているだけでしたが、黎耶くんといるならそれも少し退屈ですね」

 

それきり、少しの間沈黙が流れた。ああ、本当に暇だ。何か面白いことでも──

 

「ああ、いいことを思いつきました。少し待っていてください」

 

ふらりと立ち上がれば、そのまま私はその場をあとにする。黎耶くんが呆けた声を出すが気にしない。──感情の制御が効かない。が、何だかもうどうでもよくなってきた。プールで騒ぐ彼らの熱気にあてられたのだろうか。いや、今はそんなことを考えるのも億劫だ。ただ身体の動くままに、私の意思も続くだけ。仮面。完璧。今は、黎耶くん以外には見られない。なら、そんなもの外してしまおう。外した上で確かに仮面としての自我を保っていることに私は気付かずに。

 

「……普通ならある筈なのですが」

 

向かう先は観客席の隅。軽快な足取りでそこまで辿り着く。ああ、高揚する。やはり見えた、お目当てのバケツ。見学する際に教師にここに置いておくから、授業が終わる時に掃除しろと言われた水バケツ。松葉杖をついたままこれを運ぶのには少々苦労がかかるが、仕方なし。準備は完了。

 

……重いです。

 

ですが、運べないというまででもない。黎耶くんをちらりと見ると、どうやらテストしている最中の男子を見ているらしく、こちらのことはあまり気にとめていない。時間がかかると思ったのだろう。その様子を見て小さく安堵の息を漏らす。慎重に、ゆっくりと彼の背後へと忍び寄る。元より走れない身であるから自然とそうなるのだが。数分の時間をかけた後に、彼の真後ろまで着く。後は、声をかけるだけ。

 

「黎耶くん、戻りました」

 

声をかければ、当然のように彼は振り返り。

 

「ん、おかえ──」

 

そして、それと同時に私は彼に水飛沫を浴びせる。私の好奇心の塊を。退屈を押し潰す透明な攻撃を。彼は放たれた水に堪らず大きく仰け反り、顔面への直撃を避けようと咄嗟に顔を覆う。が、その驚愕に満ちた表情は確かに見えた。それだ。その顔が見たかった。その反応が欲しかった。彼の頬からは結局水がぽたりぽたりと滴っている。──ああ、楽しい。ああ、面白い。一度与えられた友人に、確かに(仮面)は昂る心を抑えることが出来なかった。戻れないと、脳のどこか(理性)が警鐘を鳴らしている。

 

「ふふ、大成功です」

 

私が嬉しげに声を漏らすと、やがて彼にも笑みが零れる。その笑みはどこか吹っ切れたような、純粋なものだった。それを見れば、私も更なる好奇心が芽生える。ああ、サイレン(理性)がうるさい。黙ってて下さい。今は。今だけは、確かに二人きりなのですから、この時間くらい私の好きにさせて。

 

「ははっ、……くっそ。よくやってくれたな、有栖?」

 

「あら、何をするつもりですか、黎耶くん?」

 

じりじりと彼が詰め寄ってくる。当然私は後ろに下がる。何をされるかはまだ色々と選択肢があってわからない。が、結局どれも楽しくなることに変わりはないのだろう。そう考えるだけで自然と私の表情は綻び、微笑を纏う。この心に計算はない。偽りはない。欺瞞はない。ただ純粋に、彼と共にいることが楽しい。対する黎耶くんも、きっと私と同じように悪戯心や好奇心を心の内に潜め、笑っているのだろう。でなければ、こうして詰め寄ることなどないのだから。この関係に打算はない。最初はあった。が、もう消えてしまった。それが心地いい。彼以外のクラスメイトは持ち駒に過ぎない。ですが、彼だけは。確かに私の友人だ。

 

「さあな。そこ、動くなよ」

 

「動くなと言われて、素直に従う私ではありませんよ」

 

やがて私の足元にあったバケツが私から離れ、いや、私がバケツから離れ、代わりに彼が近づいた。後ろをちらりと見る。壁がそろそろ近い。大体彼のやることに検討がついた。素直に食らうのも悪くは無い。が、ただ食らうのも面白くない。ならば、隙は作らないように。いつもの私のように、余裕たっぷりで彼の相手をすることにしよう。

 

「だよな。ならもっと近づくまで」

 

「ふふ、捕まえられるものなら捕まえてみて下さい?」

 

挑発するように、煽るように私は笑う。自信上々と言わんばかりに微笑む私に彼もその口角を吊り上げ、言葉を紡ぐ。

 

「なぁ、有栖」

 

「はい?」

 

「好きだ」

 

そして、予想外の一撃がアッパーのように振り上げられる。

 

いきなり何を言うんですか。

 

最近はその手の攻撃に免疫が無くなっている節がある。彼が私をそういう面で好いているのは知っている。以前ならば軽く受け流していただろうに、ああ、駄目だ。頬に熱が帯びる──隙が生まれる。

 

その数秒の時をやはり彼は逃さなかった。瞬間。

 

「っ。そう、です──きゃっ!?」

 

眼前にはふよふよと空中を漂いつつ、勢いよく私に襲いかかる水滴。それを視認すると同時に顔面に冷たい感触を覚える。ああ、思考が冴える。警鐘が鳴り止む。理性が悟る。この感情の正体を。

 

「隙あり、ってな」

 

身体が震える。水をかけられた恐怖ではない。断じて違う。きっと、これは。

 

──もう、自分に嘘を吐くのはやめましょうか。ねぇ、(仮面)

 

嘘と欺瞞、そして理想で造り上げられた存在。それが(仮面)。本来それは人並みの感情を持つことは無かった。常に強者足り得るように理想を振りかざし、人を駒と従えてきた。造り上げられた明晰な頭脳をもって、害する悪を退けてきた。ですが、それももう──一人では出来ない。

所詮オリジナル(少女)としての私は弱者でしかなかった。弱者が強者になり切ろうとしても限界がある。感情を捨てれば強くなれる。打算をもって苛烈な性格を演じれば強くなれる。だがそれは畢竟、虚構の産物。

 

「……ふふっ」

 

それを捨てるわけじゃない。捨てたら私ではいられなくなる。何年も演じ続け被り続けた仮面はもう、並大抵のことでは外れない。だが、半分でも。その半分でも仮面を割り、(少女)(仮面)が同化する事は出来る。嘘や欺瞞、理想を振るう(仮面)に、純粋な心に人並みの感情を持つ(少女)。互いにそれらを分け合い、今一度新たな私を。だが、それは私一人では叶わない。仮面に感情を与えるには確かにもう一つのアーティファクトが必要なのだ。

 

「ふふ、ふふふっ」

 

昂る心。楽しいと叫ぶ心。面白いと喚く心。これら全て、一人では持てない感情。これら全て、眼前の青年が与えてくれた感情。

今もなお、私の心臓は言葉を紡ごうとする。楽しいと。嬉しいと。今この時、私は久方ぶりに、本当の意味で、坂柳 有栖という少女になれた気がしたんだ。

 

「ふふっ。よくやってくれましたね。黎耶くん?」

 

 

 

 

だからこそ。

 

 

 

──だからこそ。

 

 

 

目の前の青年のことが、好きになってしまったのでしょうね。

 




……まだ終わらない、坂柳サイド。


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11.斯くして、漸く少女は全てを改める。

お久しぶりです、ジグです。
……まず最初に謝罪を。半年以上もの間予告なしで更新を止め申し訳ありませんでした。
個人へのメッセージ機能で心配して下さった方々、本当にありがとうございます。
リアルの事情が落ち着いたのと、モチべが復活したことを機に、これからゆっくりですが更新を再開させて頂きます。ダンまちssの方も、近いうちにリメイクという形での復活を考えさせて頂いています。

それではこの辺りで、本編へ。今回はもう坂柳回に入る直前、勉強会が終わった後の時点から始まります。



人が恋をし始めた時は、生き始めたばかりの時である。

 

────スキュデリー────

 

 

 

〇〇〇

 

 

夜空の星と月に照らされた道を小走りで渡っていく。

駆け足気味でアスファルトの大地を踏みしめていく。

はぁ、はぁと息を切らしながら、みっともなく汗を垂れ流しながら、それでも止まることなく学生寮までの道のりを進んでいく。

 

───いつもはなんて事のなかったその道程が、どうにも遠く感じる。

夜という時間帯が幸いしてか、周りに人の気配は無いものの、それでも私の心中は穏やかではない。

 

『……一体、何に迷ってるんだ?』

「っ───!!」

 

その原因は、先程の彼の言葉。

どんなに心で首を横に振っても、息が切れるまでに歩き続けても、どうしようとも先刻の彼の表情と言葉が脳裏から消えてくれない。

その声色がどうにも身体を蝕んで。

その真剣な表情がどうにも動悸を早くさせて。

……どう答えればいいか、解らなくて。いや。

 

────あの後、どうすればいいか、解らなくて。

 

こうして、逃げ出してしまった。

あの言葉のせいで、様々な感情や心の闇といった類が尽く脳裏を支配している。そして、それら全てが混ざりに混ざり合って、思考回路を掻き乱している。今までこんなケースなど無かったから、起こり得なかったから、対処法もわからず、まるで幽霊屋敷で怯える子供のように、彼から逃げ出してしまった。

 

「………本当、何に迷っているんでしょうか」

 

後ろから誰かが歩くような音が聞こえてこないことを確認すると、歩調を元に戻し、誰にも届かない言葉を零す。

そもそも、彼に話をしようと言ったのは私だというのに。

夜空を仰げば、いつもと変わりない景色が見える。

思えば、彼と夜まで行動を共にしたのは、これが初めてだった。

本来通りであれば、また冗談を交わしながら────

 

『馬鹿みたいに、坂柳有栖が好きなだけだ』

 

───あんな言葉を、恥ずかしげも無く零していたのだろうと。

そして、また。

彼に恋慕を抱いていることを自覚せざるを得なかったのだろうと。

 

「心地良いとは、思っていたんですが」

 

蘇る彼との記憶。

教室。廊下。食堂。カフェ。プール。今日の図書館内。

今まで私がこの学園内で訪れた場所で、彼と行ったことがない場所など無い。何処に行こうとも彼の顔が思い浮かぶ。彼の姿が想像出来る。

他の生徒からしてみれば主語の欠けた形の無い会話を続けて。

しかし、私達からすれば明確な意味を裏に隠した会話を楽しんでいて。

彼からは想いを告げられ、私はただいつも通りの笑みを纏って。

それでも彼は満足そうにはにかんで、それに吊られて私も言葉を弾ませて。

確かなカタチは無い関係。それでもそれ以外の全ては有った関係。

一方通行でもなく、片想いでもなく、互いにソレを自覚しながらも、このままであることを半ば許容した関係。その関係を保ったまま過ごす日々。

 

そんな日々が、心地良かった。

そんな関係が、心地良かった。

ずっと外れなかった仮面(坂柳 有栖)が外れて。

いや、私が初めて外しても良いと思って。

妥協する形で仮面(坂柳 有栖)もソレを許して。

欺瞞だらけの学園生活───人生の中、唯一心を許しても良いと思って。

もはや意識しなければ機能しない程、彼のせいで仮面(坂柳 有栖)が半壊していて。

それでも、ソレを許容している私がいて。

 

─────でも、コレはそんなレベルじゃない。

 

「─────っ」

 

“全壊”だ。

ペースを落としても止まることは無かった歩みが途絶える。

理解したくなかったソレを、しかし、どうしても自覚せざるを得なかったソレを、混沌状態にあった思考回路が結論を出して、自覚してしまった。

力が抜けていく。動悸が早くなる。表情が歪む。

───涙が、零れそうになる。

 

“一体、何に迷っているのか”。

 

解っているのだ、本当は。

その問いに対する答えは出来ていたのだ。

迷っているのではなく、伝えられない。

ただ、その伝えられない内容を伝えようとして、伝えられなくて。

それが迷っているように見えたのだろう。いや、実際、迷っているのと同義だ。だって。それを言葉にすることは、今までの自分を否定することと同義に等しかったから。此処に入学する際、抱いていた信念の根本を否定することに等しかったから。

───貴方のことが好きになってしまった、と。

その言葉を口にしたが最後、後には引き返せない。

関係が始まると同時に、私が築いてきた信念が、崩れてしまう。

私の傍には誰も要らないという誓いが。

いや。

恋愛にかまけて復讐心が薄れてしまう。

なにより、誰かに依存することで弱くなってしまう。

現に、仮面(坂柳 有栖)は既に修復不能だ。

彼以外の前では問題ないが、彼の前になるとコレはもう意味を為さない。

 

───つまるところ、もう手遅れだ。

 

そんなことはわかっている。

痛いほどにわかっているのだ。

それでも、認めたくない。

いや、認められないのだ。

彼に依存しかけていることが。

彼に好意を寄せていることが。

彼からの好意を受け流せなくなったことが。

───100日にも満たない日々を過ごして、恋に落ちてしまったことが。

 

こんなものはただの子供の駄々こねに過ぎない。

見たくないものに栓をするように。

認めたくないものを認めないで。

それでも結局、現実は変わりなくて。

きっとこの後、幾らいつも通りの私を演じたとしても、彼と接する度にボロが出る。

そんな事実は、変わる訳がなくて。

 

私の、坂柳 有栖の計画はあまりにも呆気なく、崩壊して。

 

彼に依存したい自分と、昔のままで在りたい自分。

相反する想いが交錯し、行動に矛盾を起こし、涙を零しそうにさせて。

咄嗟に顔を覆って、涙が零れていないか、手に触れるぬくもりで確かめようとする。

嗚呼、これすら滑稽だ。

ここに来る前の、最初の信念は何処へ行ったのだ。

行き場のない想いを、昔のままで在りたい自分の想いを、夜空にぶつけようとして、覆っていた手を直ぐに元に戻す。

 

────そして、ようやく気づいた。

 

「────ここ、は」

 

夜空が銀の輝きを照らす。

夜風が頬を撫でて、やがて何かに衝突した。

近くには階段があり、手すりがあり───彼の、面影があり。

───桐ヶ谷 黎耶と、初めて会った場所。

階段を、杖を使い登っていた私に、手を差し伸べてくれた彼と、邂逅した地点。

無意識の内に辿り着いていたのは、紛れも無く最初に彼の手を取った場所だった。

 

「…………ふ、ふふっ」

 

それを悟ると、思わず笑いが零れる。

決して自嘲ではなく、かといって嬉しさから来るものでもない。

ただ、ただ笑いがこみ上げてくるのだ。

学生寮に向かっていたはずが、私の身体は何をどう間違えたのか、ココで立ち止まっていて。

その事実があまりにも可笑しくて、つい笑いが零れて────

 

────いいや、違う。

()()()()を中断する。

笑いがこみ上げてくる原因は、決してそんなものじゃない。

()()()()()が、()()()にこの場所に辿り着いたその事実こそが、その答えを物語っている。

先程の相反する想い(私達)結論(こたえ)が、その真意だ。

畢竟、()()()()()()()()

 

「ふふっ、ふふふふっ」

 

───嗚呼、否定したかったのに、これでは否定のしようがないではありませんか。

()() ()()()の笑い声が静寂に包まれた夜の学園に響く。

()()()()()()()()()だ。

今この瞬間、桐ヶ谷 黎耶に対する想いを完全に自覚しきってしまった坂柳 有栖は、彼の前で仮面を付けることが不可能になった。いいや、そもそも彼に対するソレが壊れてしまった。

完璧に練り上げられた計画に、一つの綻びが生じてしまった。それも、絶対に直せない、修復不可能の綻びが。

そして、それが。その事実が、笑いをこみ上げさせてくるのだ。

ナニカが壊れ狂った笑い声を。ナニカから解き放たれた歓びの声を。

 

「………ふふ、帰りましょうか」

 

そこに在るのは、()()()()()()()()() ()()()ではなく、()()()()() ()()()だった。

ナニカを壊れ、精神が歪み、復讐を誓った少女ではなく、一人の男に想いを寄せ、心臓が高鳴るごく普通の少女。

それを自覚してか、していないかはさてわからないが、少女はただ楽しげに笑い続け───やがて、笑い切ったと言わんばかりに深呼吸をする。

その表情は()()()()()ように清々しいもので、少しずつ息を整えると、意味も無い独り言を夜風に乗せて再度歩み出す。

 

───次なるプランを早急に考えなくてはいけませんね。

 

大幅な変更はないものの、しかし、根幹は大きく異なった自身の計画の変更を。

一度結論にさえ辿り着いてしまえば、坂柳 有栖の行動は迅速であった。

元より、坂柳 有栖の計画自体に、()の有無はさほど重大なものでは無い。ただ、()() ()()()という存在自体における()の存在が余りに大きすぎるだけだ。そして、その彼をどうするかという問いにさえ決着をつけてしまえば、後は計画の軌道修正をするだけ。

もっとも、彼女が想定していなかったイレギュラー(彼への恋慕)により、最初の計画が破綻しかけていたことは確かであり、一歩手順を間違えれば、元の計画より基盤は脆弱になっていくのは明らかだった。それを理解していたからこそ、()() ()()()は彼への想いを自覚することにひどく躊躇し、心の奥に封じ込めていた。

 

───しかし、遠い未来からの結論を告げるならば、それは考えすぎ、畢竟───杞憂であった。

 

「…………!」

「───?」

 

前方から声が聞こえる。

夜風が空を切る音が幾度もソレを遮り、明瞭には聞こえてこないが、とにかく誰かが叫んでいるのは理解出来た。

ただ、距離があるのに加え、今は夜。帳が降りた世界は黒に染まっていて、視界は制限されている。

 

が。

 

「………りすっ!」

 

段々とソレは近付いてきて。

息を切らしているような、必死さを感じ取れる声音が耳朶に触れる。

そして、ソレはやけに聞き覚えのある心を暖かくさせるような声音で。

───ソレを悟れば、私の身体も勝手に前へと駆け足気味に進んでいった。

 

一歩。

二歩。

三歩。

一方は駆け足で、一方は全力疾走で。

互いに互い、まるで磁石のように引き寄せられ───やがて、叫んでも明瞭に聞こえて来ないほどあった距離は、顔が見える程に詰められていて。

視界には、先程まで散々自分の思考回路を掻き乱してくれた(想い人)が映っていて。

汗を垂らし、息を切らし、心臓の鼓動を早くしながら、両者は同時に。

 

「………有栖」

「………黎、耶くん」

 

想い人の名前を呼んだ。

一方は、額から流れる汗を拭いながら、それでもぎこちなくはにかんで。

一方は、本来彼女が見せる余裕を纏った笑みではなく、ただ純粋に可憐で、儚い少女元来の笑みを向けて。

─────そして。

 

「────う、ぉ、おおおっ……!?」

「………これから暫くの間、一切の発言を許しません。私の気が済むまでこのままで居させて下さい」

「えっ? はっ?………はぁ!?」

 

ぎゅうっ、と。

杖だけは握ったまま、ただ、それ以外の一切合切全をかなぐり捨てて、直感的に、本能に任せるまま彼の真正面に全身で突撃して、そのまま彼の身体を確保する。

背中に両腕を回し、到底釣り合ってない身長差故に、頭は彼の胸に埋めて、心臓の鼓動を聞く。

当然、名前を呼んだ刹那抱き着かれるなんて、理解が追いつくわけがない現状をやはり呑み込めない彼はひたすら困惑し、それでも顔を真っ赤にして───鼓動のペースを無意識に早めた。

 

────嗚呼、やはりもう、機能しない。

二人きりになれば、終わりだ。

想い人の姿が見えた瞬間コレだ。

………いや、流石に今回のコレは想いを自覚した初日だからであろうが、それでも彼の姿が見えた驚愕より先に手が出るのはどうなのだろうか、とは自省している。

が、知ったことか。

 

「ちょ、待っ、有栖────っ」

「───発言は許さないと告げた筈です」

 

もっともらしい、当然の反応を見せる彼が、思わず口を開くと、すかさず抱きしめる力を強める。

もちろん、自身の病が悪化しない程度に。

といっても彼には効果覿面のようで、未だに顔を茹で蛸のように真っ赤に染めて、何が起こっているかわからないと言わんばかりの驚愕を表情から示すが、抵抗する素振りもこれ以上何かを喋る様子もなく、ただ硬直した。

ああ、それでいい。

これで心置きなく、自身の想いを再確認出来る。

勘違いではないと。気の迷いではないと。

初恋すら無かった、拗らせた少女の幻想ではないと。

散々自分を迷わせて、思考を掻き乱して、計画を破綻させて、仮面を壊して。

───私の、隣に立つ人に相応しいのか、と。

私が隣に立っても、壊れないのか、と。

胸に顔を埋め、心音を聞いて、彼の身体に触れて──どうしようもなく、身体と心が暖まる自分を見て。

 

間違いない。

これはもう、重症だ。

彼はもう、私が要らないと切り捨てた──いや、強がった、()()()になってしまったようだ。

 

「ふふっ」

 

2度目の笑い声が零れる。

当然自嘲するソレでは無く、しかし、面白いから来るソレでも無くて。

可笑しさと、嬉しさが混同した、殻を破った少女が零す儚いソプラノ。

──その瞬間、壊れた仮面は新たな骨格を構築して。しかし、それに少女が気づくことは無く、彼も気付くことは無く───少女は、顔を上げて、“なんの事かわからないかもしれませんが”と前置き、目を合わせると───

 

「───責任は、取って頂きますからね、黎耶くん」

 

──次のプランには、こうなってしまった私には、貴方の存在が不可欠ですから、と。

やはりまだ抜けきらない建前を思考回路に埋め込んで、新たに形成された仮面がそんな冗談を呟いて。

ただひたすら、戸惑いながらも身体から熱を発する青年を他所に。

 

───坂柳 有栖は、悪戯好きのただの少女のように、満面の笑みを咲かせたのだ。

 

 

 

 

 

 




あまりにも期間を置いていたせいか、どうやって書けばいいかを忘れてしまいました。
一先ずまた、近いうちに次話投稿を目指し筆を執ります。

……偶像リメイクは、まだですか。


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