魔法使いのToLOVEる (T&G)
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プロローグ

窓から差し込む日の光を受け、今まで眠りについていた俺は顔を顰めた。

 

「んっ、眩しい・・・・・・」

 

今日から高校生活が始まるという大切な日だとは理解しているのだが、身体は居心地のいい布団から出ようとはしない。

 

「まぁ、いいか・・・・・・」

 

始業式という行事よりも自分の欲求に素直に従うことにした俺は日の光を浴びないように布団を深くかぶる。

 

「トシ兄ぃ、早くしないと学校に遅れるよ?」

 

部屋の扉を開けて、そう言いながら入ってきたのは義妹の美柑。

 

現在、小学5年生で11歳の少女であるが、家事などを一切に引き受けてくれている良い子だ。

 

「・・・・・・サボる」

 

わざわざ起こしに来てくれた美柑には悪いが、今日はそんな気分ではない。

 

なにが悲しくてもう一度高校へと行かなければならないのか、そんなことを考えながら俺は一言だけ口にする。

 

「サボるって、そんなのダメに決まってるでしょ! ほら、早く起きる!!」

 

こちらの言い分を聞いてくれない美柑は俺が頭までかぶっていた布団を引きはがして、呆れた様子でため息を吐く。

 

「もう、いつもはしっかりしてるのに、たまにそういうこと言うよね、トシ兄ぃって」

 

布団を引きはがされた俺は身体を起こし、不機嫌な表情で美柑を無言で見つめる。

 

「・・・・・・」

 

「な、なに?」

 

不機嫌な表情をしている俺を見て怒られると思ったのか、怯えた様子でこちらの様子を窺う美柑。

 

「・・・・・・ぐぅ、ぐぅ」

 

「ね、寝るなぁ!!」

 

俺が美柑に怒鳴られて色々と準備をしているうちに自己紹介をしておこうと思う。

 

俺の本名は敷島トシアキ、現在18歳で異世界では王子をやっていたことがある人間だ。

 

ちなみに今の名前はわけがあって結城トシアキと名乗っている。

 

王子をやっていたということで俺は今、王子ではない。

 

詳しい内容は別の物語で語らせてもらうから省略するが、簡単に言うと世界はここだけではない。

 

別の世界で俺は王子で次期後継者となっていたが、ある日突然現れた鷹見ゲンジという青年に出会い、そして色々と教えて貰ったのだ。

 

【世界はここだけじゃないんだよ。 僕は別の世界から『歪み』を調整しに来たのさ】

 

その言葉に俺は興味を持ち、無理矢理付いていく形でゲンジと一緒に世界を渡り歩いてきた。

 

その途中でゲンジと生き別れになってしまい、気が付いたらここで寝ていたというわけである。

 

「ほら、パンは焼けてるから学校へ行きながら食べてね」

 

俺が着替えて、寝癖を直している間に美柑がパンを焼いていてくれたらしい。

 

「おう、サンキュー。 美柑はいいお嫁さんになれるな」

 

丁寧にバターを塗ってくれたパンを受け取り、リビングから出て行くときに美柑のあまりの手際の良さに思ったことを口に出てして言ってみた。

 

「なっ!?」

 

チラッとしか確認できなかったが、今頃顔を赤くしていることだろう。

 

こういう反応をしてくれるから、美柑は可愛いのだ。

 

学校へと向かいつつ、先ほどの『歪み』についても簡単に説明しておく。

 

『歪み』とはこの世界では本来、あり得ない現象によって現れるものなのだ。

 

世界はそれぞれ異なる秩序を持ち、世界の中に存在するものはその世界固有の秩序から作られている。

 

ある世界から別の世界へと物体が移動し、異なる秩序にさらされると一種の反応を起こす。

 

それは違う秩序で作られた存在を異なる秩序に対応させる。

 

つまり、周囲の秩序を歪ませるものなのだ。

 

それらを称して『歪み』と呼ぶ。

 

『歪み』の大きさは物体の大きさや常識によって異なり、大きな物体や非常識であるほどその世界の『歪み』も大きくなる。

 

また、『歪み』は時間の経過と共にその度合いを大きくし、最終的には世界の崩壊が予測されている。

 

それを防ぐために俺とゲンジが世界を渡り歩き、『歪み』を調整していたのだ。

 

調整していた世界でのトラブルで気が付いたらここにいた俺だが、この世界での記憶が全くない。

 

目が覚めたら中学を卒業し、高校生になるための準備をしていたのであろう部屋のベッドで寝ていたのだ。

 

もともと存在していた人間と俺が入れ替わったのか、普通の生活をしていたこの世界の俺に意識だけ入り込んだのか全くわからない。

 

「まぁ、それで『歪み』が出来てるはずだからゲンジと会えると思うんだがなぁ」

 

「トシ兄ぃ、どうかしたの?」

 

俺の独り言に風呂から上がったのであろう、美柑が首を傾げながら反応した。

 

「いや、なんでもない。 というか美柑、髪を乾かせ。 そのままだと傷むだろ」

 

「後でするよ、先にアイス食べたい」

 

ちなみにタオルを首にかけ、濡れた髪でパジャマが濡れないようにしているようである。

 

俺の前を通過して冷蔵庫に向かおうとする美柑を俺はソファに座りながら力強く引き寄せた。

 

「きゃっ!? ちょ、ちょっと、トシ兄ぃ。 ビックリするじゃない」

 

少し驚いた表情を見せた美柑だが、特に抵抗することなく俺に背を向けた状態でペタンと床に座り込む。

 

「ほら、拭いてやるからジッとしてろ」

 

「もう、乱暴なんだから・・・・・・」

 

特に乱暴に扱った意識は無いのだが、18歳が11歳を力強く引き寄せると確かにそう感じるかもしれない。

 

「んっ、く、くすぐったいよぉ・・・・・・」

 

髪をタオルで優しく拭きながら、俺特有の方法で髪を乾かしていく。

 

その途中で、身をよじりながら微笑む美柑を見て、こんな世界も悪くないと感じてしまった。

 

「ほら、終わったぞ。 もうアイスを食べも良いぞ」

 

「うん、ありがと。 トシ兄ぃ」

 

笑顔を見せた美柑は俺からタオルを受け取って冷蔵庫へと向かって行った。

 

最初にこの世界に来て美柑に会ったときに思わず言ってしまった一言。

 

【お前、誰だ?】

 

その時の美柑の悲しそうな表情はもう二度と見たくないと思う。

 

あの時は寝ぼけていたということにして、一人になったときに持ち物を調べて美柑という名の妹がいると確認出来たのだ。

 

「しかし、俺の言葉遣いや性格はもともとこんな感じだったのか?」

 

俺の今の意識はゲンジと色々な世界を渡り歩いていた時の物だ。

 

しかし、もともとこの世界にいた今の俺のポジションの人間は本当にこんな性格だったのだろうかと疑問に思う。

 

「まぁ、『歪み』が原因で周りも影響されていると考えた方が無難だな」

 

とりあえずの結論を出した俺はさっさと風呂に入って寝ることに決めた。

 

ゲンジが迎えに来れば俺という『歪み』を調整して、また世界を渡り歩く。

 

それまでの休息と思ってこの世界を結城トシアキとして、せいぜい楽しんでおくとするかな。



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第一話

「面倒だなぁ・・・・・・」

 

始業式が終わり、高校1年生として彩南高校に入学した俺だが、早速帰りたくなってきた。

 

一応、意識では18歳なので高校を卒業しているのだが、この世界での俺はまだ高校1年生らしい。

 

窓側の自分の席に座り、教師の話を聞き流しながら下校の時間まで外を眺めて過ごしている俺であった。

 

「トシアキ! 一緒にゲーセン行こうぜ!!」

 

「悪い、今日は帰るわ」

 

猿のような顔をした奴に名前を呼ばれ返事をした俺だが、誰か全く分からない。

 

中学からの同級生か、入学までに知り合った奴だろうと思った俺は下の名前を呼んでいるところを考えて前者と判断する。

 

だけど俺には名前がわからないので、とりあえず返事だけして自宅へ向かうことにした。

 

「ただいま」

 

「お帰りぃ、トシ兄ぃ。 お父さん、今日も帰り遅くなるってさ」

 

「そうか。 とりあえず着替えて来るわ」

 

高校より早く終わっていた小学校に通う美柑の言葉に返事をした俺だが、ここでも問題が出てくる。

 

「父親のことがわかんねぇ・・・・・・」

 

階段をのぼり、自室へ向かいながら俺は思いっきり深いため息を吐いた。

 

アルバムを探せば顔くらいわかるだろうが、今更アルバムを探して美柑に不信がられるのも勘弁してほしいところだ。

 

「帰りが遅くなるらしいし、顔を合わす前に寝てしまえばいいか」

 

そう考えた俺は素早く制服から普段着へと着替え、風呂場へと向かった。

 

「ふぅ、風呂はいいねぇ。 人間が生み出した文化の極みだ」

 

口にだしてそう言ったのはいいが、頭の中は全然違うことを考えていた。

 

今はまだいいが、いずれ父親と顔を合わすことになるだろう。

 

さっきの美柑の言葉に母親のことが出てなかったのも気になる。

 

「どうすればいいか・・・・・・」

 

浴槽に背を預け、天井を見つめながら考えていると目の前に人の気配を感じた。

 

「っ!? 人? いや、これは・・・・・・」

 

この感じはゲンジの能力の1つである世界を渡るためのゲートを開いたときと同じ感じであった。

 

風呂に入っているときに迎えにくるなよ、と俺は思っていたが、実際に目の前に現れたのは桃色の綺麗な髪で何も着ていない年頃の少女であった。

 

「ふぅ、脱出成功!」

 

まだ幼さが顔に残っている彼女であるが、身体の方は立派に大人になっている女の子が俺の目の前でそう言って微笑んでいた。

 

「・・・・・・」

 

「ん?」

 

俺の無言の視線を感じたのか、首を傾げて俺を見つめる彼女。

 

「・・・・・・とりあえず、前を隠そうな」

 

浴槽から立ち上がり、脱衣所まで彼女の身体を隠すためのタオルを取りに行った俺。

 

「きゃっ!? トシ兄ぃ、出て来るなら出て来るって言ってよ!」

 

脱衣所に出ると、洗濯機を動かそうと洗剤を手にしている美柑が驚いた様子で俺を見つめる。

 

「いや、浴槽に突然、裸の女の子が出てきてな。 俺も少し驚いてタオルを取りに来たんだが」

 

「は?」

 

俺の言葉が通じなかったのか、美柑は素っ頓狂な声を出して洗剤を取り落とす。

 

「いや、だから裸の女の子が・・・・・・」

 

「私の目の前には裸の男が出てきたように見えるんだけど?」

 

ジト目で俺のことを見つめる美柑に俺は説明するより見て貰った方が早いと判断した。

 

「・・・・・・とりあえず、風呂場を見てみろよ」

 

「誰もいないんだけど?」

 

「なに?」

 

美柑の言葉に今度こそ驚きを表情に出してしまった俺は美柑の後ろから風呂場を覗く。

 

「いなくなってる。 一体、なんだったんだ・・・・・・」

 

深く考え込む俺の肩をポンッと叩いて美柑は小悪魔的な笑みを浮かべる。

 

「トシ兄ぃ、年頃なのはわかってるけど、現実と妄想の区別はつけよ――痛っ!?」

 

とりあえず、美柑の言葉を全部聞かずに、額にデコピンを放って俺は浴槽へ戻った。

 

 

 

***

 

 

 

「さて、どうしたものか・・・・・・」

 

風呂から上がった俺は二階にある自室の前でそう呟く。

 

自分の部屋の中から人の気配がするため、どのように対処するかを考えていたのだ。

 

「美柑は下にいたし、父親は遅くなる。 母親は窓から入るような変質者じゃないだろうし」

 

親族の可能性はまずない。

 

俺のことを襲おうとしている奴なら気配を消すようにして身を潜めているはずだ。

 

「・・・・・・もういいか」

 

考えていても時間の無駄だと思うようになったので、気にせずドアを開けることにした。

 

「あっ、タオル借りてるよ」

 

「タオルの前に服を着ろ。 年頃の女の子が何やってんだ」

 

先ほど裸で浴槽に現れた女の子がタオルを身体に巻きつけて、俺のベッドに座っていたのだ。

 

「服はペケがまだ来てないから着れないの」

 

そう言った彼女の言葉に首を傾げながら、俺はまだ彼女の名前を聞いてないことに気が付いた。

 

「そういや、名前。 なんていうんだ?」

 

「私? 私、ララ」

 

ララと名乗った彼女を見つめ、日本人ではないと判断した俺はさらに質問を続ける。

 

「じゃあ、ララ。 お前はどこから、何を目的にここに来たんだ?」

 

俺の質問にララは笑顔のまま自分の事情を話してくれた。

 

デビルーク星という場所からやってきたこと。

 

自分の発明品であるワープができる機械で俺の家の風呂場へ出てきたこと。

 

追手に連れ戻されそうになって逃げて来たことを俺は静かに聞いた。

 

「追手ねぇ・・・・・・この世界でも平和に生きていけないのかね」

 

ララの事情を聞き終えた俺はそう言って苦笑いを浮かべてしまう。

 

また何かに巻き込まれてしまう気がする。

 

どうやら俺には休まる日がないらしい。

 

「?」

 

俺の呟きが聞えなかったのか、ララは笑顔のまま首を傾げている。

 

そんなララをジッと見つめていると、窓の外からこの部屋に向かってくる何かに気付いた。

 

「ん? 何か来たみたいだぞ?」

 

「ご無事でしたか、ララ様!」

 

翼を生やし、自らで飛んできた物体はその言葉と共にララのもとへ向かって行く。

 

「ペケ!」

 

ララも飛んできたものに気付いたのか、嬉しそうに微笑みながらペケと呼んだものを静かに受け止めた。

 

「よかった! ペケも無事に脱出できたのね!」

 

「ハイ! 船がまだ地球の大気圏を出ていなくて幸いでした」

 

二人(?)で仲良く話していると、ペケと呼ばれた翼を生やした小さいやつが俺の存在に気が付いたらしい。

 

「ララ様、あの目つきの悪い地球人は?」

 

始めて会って、言葉も交わしていないので第一印象はどうしても見た目で判断になってしまうのは仕方ないと思うが、突然そんなことを言うのは失礼だとは思わないのだろうか。

 

「この家の住人だよ。 そういえばまだ名前、聞いてないね」

 

「ん? トシアキ、結城トシアキだ」

 

そう言えば自分の名前を言って無かったか。

 

色々と尋ねておいて、自分のことは一切話していなかったことに少し反省する。

 

「この子はペケ。 私が造った万能コスチュームロボットなんだよ」

 

「ハジメマシテ」

 

なるほど、あの小さいやつはロボットだったのか。

 

納得出来る事実に俺は一人、頷いていた。

 

「じゃ、ペケ。 よろしく」

 

「了解!」

 

ララは自分の身体に巻いていたタオルを放り投げ、宙に浮かぶペケに話しかける。

 

というか、ララの尻あたりに黒い尻尾が見えた気がしたんだが、アレが宇宙人の印なのだろうか。

 

「じゃーん!」

 

自分で効果音を付けたララの姿は真っ裸から変わった衣装に変化していた。

 

「どう? 素敵でしょ、トシアキ」

 

「まぁ、いいんじゃねぇの?」

 

俺の世界ではありえない服装なので変だと思うが、本人が良いと思っているならわざわざ否定することもないだろう。

 

「ときにララ様、これからどうなさるおつもりで?」

 

ペケというロボットは自分が服になっても話せるようで、ララの頭にある帽子のようになっているところから声が聞えてくる。

 

「それなんだけど、私に考えがあるんだ。 実は――」

 

「っ!?」

 

ペケの言葉に答えているララだが、俺は高速で近づいてくるものに気が向いていてララの言葉は聞えていなかった。

 

「全く、困ったお方だ」

 

「地球を出るまでは手足を縛ってでもあなたの自由を封じておくべきだった」

 

ペケに続いて今度は黒服にサングラスを装備した男二人が窓から俺の部屋へと入って来たのであった。

 

「ペケ・・・・・・」

 

「はっ、ハイ!」

 

「私、言ったよね? くれぐれも尾行には気を付けてって」

 

「ハイ・・・・・・」

 

そんな会話をしている二人を余所に俺は侵入してきた男たちを観察する。

 

一般人じゃ勝てそうにないが、特別な能力とかを持っているわけでもなさそうだ。

 

さて、この世界でも俺の『魔法』は使えますかね。

 

「あっ!」

 

ララの腕を一人の男が掴み、無理矢理連れて行こうと力強く引っ張る。

 

「イヤッ! 離してよ!!」

 

「我儘を言わずに、早くお父上のところへっ!?」

 

男は最後まで言いきることが出来ず、開け放たれていた窓の外へ身体が吹き飛んで行った。

 

「ふむ、問題ないようだな」

 

俺は自分の右手から放たれた風の威力に今までと変わりないことを理解した。

 

「な、何をした! 地球人!!」

 

残っていたもう一人の男が俺の方へ身体を向け、大声で怒鳴りつける。

 

だが、俺も重なる出来事にストレスが溜まっているのだ。

 

「何をしただと? 敵にそんなことを教える馬鹿がいるか」

 

「くっ! ララ様、お下がりください。 この者はタダものではありません」

 

俺の殺気を感じ取ったのか、黒服の男はララを庇うようにして立ち、俺と向かい合う。

 

「出ていけ。 それと、これ以上関わるな」

 

「トシアキ・・・・・・嬉しい、初めて会った私の為にそこまでしてくれるなんて」

 

俺は自分の向かい側にいる二人に言ったつもりだったが、ララはどうやら違った風に聴こえたらしい。

 

目をキラキラさせ、頬を少し赤らめて俺の方を見つめてくる。

 

「ラ、ララ様、今回は引きますが次は隊長が直々に来られます。 どうか、お考え直しを」

 

「イヤ! トシアキがこう言ってるんだから早く帰ってよ」

 

いつの間にか黒服の男の後ろから俺の後ろへと移動してきたララはそう言って追い払う仕草をする。

 

「地球人! 次は王室親衛隊隊長ザスティン様が来られる。 それまで命乞いの練習でもしておくんだな!」

 

黒服の男はそれだけ言って、窓から出て行った。

 

俺が窓の傍まで行き、外を確認すると吹き飛ばされたもう一人と共に暗闇へと姿を消していった。

 

「トシアキ、ありがと! それにしても地球人って強いんだね」

 

「いや、俺だけ特別なんだよ」

 

そう、俺が王子だった話は以前少ししたと思うが、実は『魔法の国』の王子だったのだ。

 

そんなわけで、俺は小さい頃から魔法を使い、魔法と共に生きてきた魔法使いなのだ。

 

「ふ~ん、そうなんだ」

 

俺の一言に納得したのか、それ以上ララは何も聞いてはこなかった。

 

しかし、突然顔を赤らめたかと思うと、上目遣いに俺を見つめてきたのだ。

 

「私、パパが結婚させるための見合いに嫌気がさして家出してきたの」

 

先ほどの事情を聞いた時には追手がいるということだったが、なるほど。

 

父親がララを連れ戻すための人材だったのか。

 

「自分の好きなように、自由に生きたい」

 

どうやらララの父親は娘を溺愛しているらしい。

 

可愛がるあまりに自分が正しいと思ったことをずっとララに対して行ってきたのだろう。

 

「まだまだやりたいことも沢山あるし、結婚相手だって自分で決めたかったの」

 

「よかったじゃないか。 しばらくは自由に生きれるだろ」

 

「でも、私さっきのトシアキの言葉で気付いたの」

 

話の流れがいまいちど理解できないので、黙ってララの言葉の続きを待つ。

 

「初めて会った私の為に身の危険を顧みず、追手を追い払ってくれた」

 

それは俺の部屋に土足で入り込み、俺の存在を無視して色々やっていたこいつらに腹が立っていただけで特に深い意味は無かったりするんだが。

 

「私、トシアキとなら結婚してもいい。 ううん、トシアキと結婚したい!」

 

「・・・・・・は?」

 

突然の告白に流石の俺も思考が一時停止してしまった。

 

もともと俺の言葉を自分の都合のいいように聴き違えたララに問題があるんだが、それを訂正しなかった俺も悪いのか。

 

「これからよろしくね、トシアキ」

 

「・・・・・・」

 

ララの笑顔の言葉に返事が出来なかった俺は何も悪くないと思う。

 

異世界に来てまさかプロポーズされるとは思わなかった。

 

これからどうやってララの誤解を解いていこうか、考えるだけで頭が痛くなりそうであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

トシ兄ぃがデコピンした部分がまだヒリヒリしている。

 

「もう、ちょっとからかっただけなのに怒らなくてもいいじゃん」

 

リビングにはいないトシ兄ぃのことを思い浮かべ悪態を吐く私。

 

昔からお父さんとお母さんがあまり家にいなかったけれど、四つ離れているトシ兄ぃはしっかりしていた。

 

私が小さいときは家事も一人でやっていたし、雷が怖くて眠れなかったときは一緒に寝てくれたトシ兄ぃ。

 

「カッコいいのに、やる気の無い態度が減点になってるんだよね」

 

基本的になんでも一人でこなせるトシ兄ぃだが、私が家事を手伝うようになってから段々と怠け始めた。

 

原因はわからないけど、聞いたら今の関係が壊れそうで聞けない。

 

トシ兄ぃはきっとここからいなくなってしまうような気がするから。

 

「今のままで大丈夫、トシ兄ぃは私が大好きなお兄ちゃんなんだから」

 

自分で口に出して言ったことを思い出して、傍にあったクッションを抱え込み、赤らんだ頬を隠すように顔をうずくめる。

 

そこまでして、先ほど風呂場でからかったのはトシ兄ぃに構って欲しかったのだと気付く。

 

「私、ブラコンなのかなぁ・・・・・・」

 

2階の部屋でドタバタと音が鳴り響く中、美柑の小さな独り言は誰にも聞かれることはなかった。



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第二話

「ぐぅ・・・ぐぅ・・・」

 

現在、午前七時。

 

俺は未だに深い眠りに落ちていた。

 

しかし、もうすぐその平和な時間が終わりを告げるのだ。

 

そう、目覚まし時計という名の騒音をまき散らす悪の発明品が。

 

ピピピ・・・・・・ピピピ・・・・・・

 

「っ!? んっ・・・・・・」

 

そう思っている矢先に音が聞えてきた。

 

俺は仕方なく手を布団の中から出して目覚ましを止めようとする。

 

「・・・・・・ん?」

 

しかし、動かそうとした右手が何故か動かない。

 

まさかこれが噂に聞く金縛りなのか、と思いつつ目をあけてみる。

 

「・・・・・・」

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

そこには俺の右腕をしっかりと抱きしめ、幸せそうに眠るララの姿があった。

 

「いや、なんでだよ」

 

寝ぼけていた思考が一気に目覚め、思わずツッコミをいれてしまった。

 

まさか、俺が寝ていたとはいえララの気配に気づかなかったとは、早くもこの争いのない世界に馴染んでいるのか。

 

「あ、トシアキ。 おはよ」

 

俺のツッコミで目が覚めたのか、ララが目を開けて俺に挨拶してきた。

 

「おはよ、じゃねぇよ。 なんで俺のベッドにいるんだ、しかも裸で」

 

「だってトシアキと一緒に寝たかったし」

 

「いつもララ様のコスチュームでいるのは大変なのです!」

 

ララとペケがそう言って俺が聞いたことを答えてくれた。

 

「そんなもん、俺が知るか!」

 

答えてくれたが、俺にはそんなこと関係ないので、とりあえず偉そうに言い放ったペケには殺気を込めて睨みつけてやる。

 

すると、冷や汗をかいてララの後ろに隠れてしまった。

 

というか、ロボットも汗をかくのだろうか。

 

「トシ兄ぃ、いつまで寝てるの? 遅刻する・・・・・・」

 

そこへいつも目覚ましでは起きない俺を起こしに来てくれたのか、美柑が扉を開けて部屋を覗きこんできた。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

ベッドの上に座る俺とその傍に裸でいるララ。

 

ララの後ろに隠れていたペケと部屋を覗きこんだ美柑。

 

四人とも一瞬、沈黙してお互いの顔を見合す。

 

「お邪魔しました」

 

最初に動いたのは美柑で、それだけ言って扉を閉めてしまった。

 

「ヤバいな、美柑が変に誤解してるかもしれない・・・・・・」

 

次に動いたのは俺で、頭を抱えて次から美柑に会ってなんて言おうか考える。

 

「今日は出かけなきゃ、ペケ」

 

「ハイ!」

 

最後はララで、いつもと同じようにペケにコスチュームチェンジをさせて窓から外へ出て行く。

 

「じゃ、トシアキ。 わたしちょっと出かけてくるね」

 

外で浮かんだまま振り返り、俺にそれだけ言って飛び去ってしまった。

 

というか、出かけて来るってことは戻ってくるということで、つまりここに住むのか。

 

「冗談じゃねぇ。 ただでさえ父親は母親のことが分からないのに、これ以上わからない奴が増えてたまるか」

 

もっとも、これから会っていく奴は俺の意識がはっきりしているので覚えていけばいいだけなのだが。

 

「・・・・・・美柑に事情を説明して、学校に行くか」

 

俺は制服を着込み、美柑がいるであろうリビングへと向かうことにした。

 

 

 

***

 

 

 

「はぁ・・・・・・」

 

俺は深いため息を吐きながら通学路を歩いている。

 

このため息の原因はもちろん、今朝のことだ。

 

あの後、美柑に事情を説明したのだが、

 

【宇宙人? そんなのいるわけないじゃん】

 

【いや、けどな美柑・・・・・】

 

【私、もう学校行くから】

 

と話を聞かずに出て行ってしまった。

 

俺の分の朝食を準備してくれているあたりは流石と思ったのだが。

 

「今更、美柑に俺とお前の兄は別人だと言うわけにもいかねぇし・・・・・・」

 

教室にたどり着いた俺はそう呟きながら足を踏み入れる。

 

「ん?」

 

黒板の隅に自分の名前が書かれていて疑問に思ったが、学校には日直というものがあったことを思い出す。

 

「・・・・・・面倒だな」

 

男子は俺で女子は西連寺という奴らしい。

 

昔の俺を知らない奴だといいな、と思いつつ気配がしたので振り返る。

 

「あ、結城君。 今日一緒に日直だね」

 

「あ、あぁ」

 

学級日誌を持ち、俺にそう話し掛けてくる女の子。

 

話し方や態度を見て、この子が西連寺で、昔の俺のことを知っている奴らしい。

 

「高校に入って初めての日直が中学から一緒の結城君でよかった」

 

そう言って微笑む彼女であるが、俺は心の中でこの西連寺という女の子のことがまったくわからず困っていた。

 

話し掛けてくるくらいだから嫌ってはいないだろう。

 

しかし、中学時代に恋人だったというわけでもなさそうだ。

 

「俺も、とりあえず顔と名前が一致する西連寺でよかったぜ」

 

顔と名前も別に一致しているわけではないが、中学からの知り合いということでそう言っておく。

 

今までのことからの結論で、比較的に仲のいい女友達だと俺の意識に叩きこんだ。

 

それから、授業が終わるたびに黒板を消し、必要な教材を教室まで運んだりと日直らしい仕事をして放課後になった。

 

「さて、これで終わりか」

 

教室の後ろの棚にあった花瓶の水を換え、教室に戻って来た俺。

 

俺が教室に戻ると西連寺は日誌を書き終え、開いていた窓を閉めているところであった。

 

「結城君ってさ、中学の頃もよく教室のお花の手入れしてたよね」

 

「ん?」

 

まさか教室に二人しかいない状況で日直の仕事の内容以外で話しかけられるとは思っていなかった。

 

「けっこう忘れちゃうんだよね、お花のお水換えるの。 でも、結城君はいつもこまめに手入れしていた」

 

「あぁ。 こう見えて俺は自然が好きなんだ」

 

昔の俺もこの作業をしていたらしいが、自然が好きという俺の言葉は本当のことである。

 

俺が使う『魔法』は自然にいると言われている『精霊』に力を貸してもらっているのだ。

 

昨日、黒服の男を吹き飛ばした時も風の『精霊』に力を借りたからである。

 

「都会は確かに色々と便利だけど、やっぱ、海や川、木や日の光とかも大切にしていかなくちゃいけないと思ってるからな」

 

そう言いながら俺は花瓶を置き、そこに入れられた花の傍にいた『精霊』に微笑みかける。

 

「でもやっぱり、それを行動に現わせる優しい結城君はカッコいいと思うよ」

 

「えっ? 西連寺、それってどういう・・・・・・」

 

まさか朝に、比較的に仲のいい女友達っていう判断をしたのが間違っていたのかと、少し心配になってしまう。

 

「な、なんでもない。 ゴミ、捨ててくるね」

 

しかし、西連寺も予想外の言葉が出てしまったのか、慌てて窓を閉め、ゴミ箱を持って立ち去ろうとする。

 

「あっ!?」

 

余程慌てていたのだろうか、扉のレールの部分に足を引っ掛けてゴミ箱を抱えたまま倒れそうになる西連寺。

 

「危ないっ!」

 

先ほど微笑みかけた『精霊』に力をかりて、移動速度を通常の数倍に上げ、一瞬で西連寺の傍により、身体が倒れないように後ろから抱きとめる。

 

そして、手放されたゴミ箱だけが廊下に倒れ、俺と西連寺は無言でお互い見つめ合う。

 

「わ、悪い。 助けるためとはいえ、抱締める形になって」

 

しばらく見つめ合っていた俺だが、このままの状態は流石にマズイと思い、西連寺を解放してそう謝罪する。

 

「う、ううん。 その、助けてくれてありがと」

 

西連寺も抱きしめられたことに照れているようであったが、特に怒っている様子ではなく、助けた感謝までされてしまった。

 

「結城君、ゴミ捨て手伝ってくれる?」

 

「あぁ。 これも日直の仕事だ。 最後まで二人でやろう」

 

二人で廊下に散らばってしまったゴミを拾い集め、二人で焼却炉まで足を運んだのであった。

 

 

 

***

 

 

 

帰り道で西連寺と別れた後、俺は川辺を歩いていた。

 

「やっぱ、自然はいいな。 今度の休みはここで昼寝しようかな」

 

「その時は私も一緒がいいな」

 

独り言に返事があると思っていなかった俺は驚いて身体を声のした方へ向ける。

 

「っ!?」

 

そこにはララが出ていった時の服装で宙に浮かんでいたのだった。

 

「もう、探したんだよ? 家に行ってもトシアキいないし」

 

「俺は今日、日直だったからな。 少し帰りが遅くなったんだよ」

 

普通に返事をした俺だが、ララの気配に気付けなかったことに内心驚いていた。

 

本当にこの世界は平和な世の中らしい。

 

いつもの俺なら、寝ていても空から話しかけられても近づいたら気付いていたのだが。

 

「とにかく、一緒に帰ろ?」

 

「いや、一緒にって、やっぱり俺の家に住むのか?」

 

朝に考えていたことが現実になりそうになり俺はなんとかしようと思考をする。

 

「そうだよ、結婚する人たちは一緒に住むんだよね?」

 

「俺はまだ、結婚するなんて言ってねぇだろ」

 

とりあえず、告白されたことを否定も肯定もしていないので、それを理由に俺の家から遠ざけようと考える。

 

「ララ様!!」

 

俺の思考を中断させるほどの大声でララの名前を呼んだ奇妙な人物。

 

全身に鎧を着込み、黒いマントをなびかせて、腰に剣を付けた奇妙な人物。

 

とりあえず、この地球には絶対にいないであろう奇妙な人物だ。

 

大切なことなので三回ほど言っておく。

 

「ザスティン!」

 

呼ばれたララは知り合いだったようで、彼の名前を呼ぶ。

 

というか、ザスティンというのは昨日来た黒服の男が言っていた人物ではないだろうか。

 

「さぁ! 私とともにデビルーク星へ帰りましょう、ララ様!」

 

そういえば、ララは父親が勝手に決めたお見合いが嫌だって言っていたな。

 

それにザスティンの役職は王室親衛隊隊長。

 

「嫌よ! 私、帰りたくない理由が出来たんだから」

 

「帰りたくない理由?」

 

そして、王室親衛隊であるザスティンが敬語を使って連れ戻そうとするララ。

 

「私、ここにいるトシアキのことが好きなの! 結婚もトシアキ以外とはしないから!!」

 

今までずっと無言だった俺を余所にララとザスティンで話を進めている。

 

そろそろ口を挟んでも問題ないだろう。

 

「ララ。 お前って、お姫様だったのか?」

 

「あれ? 言ってなかったけ? ララ・サタリン・デビルーク。 一応、第一王女なんだよ」

 

それで黒服の男たちや王室親衛隊隊長が来るはずだ。

 

「やっべ、俺、自分から喧嘩売っちゃったよ、デビルーク星の王女を誘拐したと思われても仕方ないかも」

 

「なるほど、そういうことですかララ様。 トシアキとやら、お前がララ様に相応しい男かどうか見極めてやる」

 

どうやら俺の言葉は聞えていなかったようで、喧嘩を売ったや誘拐などの危ない単語は聞えて無かったようだ。

 

しかし、お姫様であるララの結婚相手に相応しいかどうかって、また姫様かよ。

 

「見極めてやる? 貴様、何様のつもりだ」

 

「っ!?」

 

俺自身も王族として何年も生きてきたため、他国の姫様とのお見合いなど何度も経験している。

 

だが、俺自身を見下して上から目線で話す相手には正直、腹が立つ。

 

当時、7歳の俺が18歳の姫様とお見合いさせられたが、子どもを相手にしているような態度に俺が腹を立て、その国と全面戦争になったことすらある。

 

「俺を見極めるだと? たかだか、護衛風情が偉そうなこと言ってんじゃねぇよ!」

 

礼には礼を持って接するが、失礼無礼には勿論、失礼無礼で返すのが俺だ。

 

「覚悟は出来てるんだろうな? デビルーク星王室親衛隊隊長ザスティン、お前、死んだぜ?」

 

「なに?」

 

ザスティンが警戒して腰の剣に手を伸ばそうとした瞬間に俺は既に彼の後ろへと回りこんでいた。

 

「くっ!?」

 

とっさに反応して剣で防いだようだが、俺の攻撃はまだまだ続く。

 

「ほらほら、守ってばかりで見極められんのか?」

 

「ば、馬鹿な! このイマジンソードに対抗できる物質があるのか!?」

 

ザスティンがなにやら驚いているようだが、俺自身が使っているのは氷の剣だ。

 

傍の川に流れている水を凍らせて剣にしているだけである。

 

もっとも、『精霊』の全面支援があるので折れないし、俺自身のスピードも上がっている。

 

「・・・・・・興醒めだ」

 

俺は剣になっていた氷の『精霊』にお礼を言って水に戻し、ザスティンに背を向けて歩き出す。

 

見極めると言いつつ、大した実力もなかったザスティンに呆れて俺は家に帰ることにした。

 

「帰って王に伝えろ、見極めるなら自分で来やがれってな」

 

唖然とするザスティンを放って、俺は美柑が待つ自分の家へ帰宅する。

 

しかし、この時の俺の言葉を聞いたララが自分との結婚を決めてくれたのだと大喜びし、俺の後ろを付いてきているのに気付いたのが家の前であった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

「お邪魔しました」

 

それだけ言ってトシ兄ぃの部屋の扉を閉めた私は階段をトントンと降りる。

 

「トシ兄ぃ、彼女いたんだ・・・・・・」

 

全くそんなことに気付けなかった私は妹としてダメなんだろうかと考える。

 

せっかく一緒に食べようと思って用意した朝ごはんが台無しだ。

 

「早く食べて学校に行こう」

 

学校に行っている間は家のことは忘れていられるから早く学校に行こうと思う。

 

自分の分だけを食べ終えて、リビングにおいてあったランドセルを背負う。

 

「あっ、美柑・・・・・・」

 

そこへ制服を着たトシ兄ぃが降りてきた。

 

だけど、トシ兄ぃに彼女がいたことに驚いて機嫌が悪かった私は返事もせずに玄関に向かう。

 

「実はあいつは宇宙人でな、追手に追われてるっていうから俺の部屋に」

 

「宇宙人? そんなのいるわけないじゃん」

 

嘘をつくならもっとマシな嘘をついて欲しい。

 

けど、追手に追われている人を匿う優しさはトシ兄ぃだと、私は変なところで感心してしまった。

 

いや、宇宙人は信じてないんだけど。

 

「いや、けどな美柑――」

 

「私、もう学校行くから」

 

色々と頭の中で考えている内に靴を履き終えた私は、トシ兄ぃの言葉を最後まで聞かずに家から出ていった。

 

登校しながら自分の行動を振りかえり、なんでトシ兄ぃに彼女がいて私の機嫌が悪くなったのか考えながら今日一日を過ごしたのであった。



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第三話

「今度は一体、何のようだ?」

 

俺は今、家の近くにある公園の茂みの奥にいる。

 

なぜ、こんなところにいるのかというと、つい先ほど学校帰りにザスティンに声を掛けられたからだ。

 

「トシアキ殿。 あなたにララ様のお父上、デビルーク王からのメッセージを持ってきました」

 

最初に会った時の攻撃的な態度とは違い、礼を持って接触してきたので俺は言われたままに付いてきたのだ。

 

「ララの父親?」

 

そして、付いてきてたどり着いたのが公園の茂みの奥だったというわけである。

 

「そう。 銀河を統一し、頂点にたった偉大なお方です」

 

「偉大な方ねぇ・・・・・・俺の言葉を伝えてくれたのか?」

 

昨日、ザスティンに見極めると言われてカチンと頭にきた俺はつい自分で来いと言ってしまったのだ。

 

本当に来てしまったら来てしまったで色々と面倒なことになりそうなのだが、どうやらメッセージだけで済んだらしい。

 

「王もお忙しい方です。 あなたの言葉を伝えたところ、このメッセージを頂きました」

 

ザスティンがそう言いながら、宝石が付いた不気味な置物を取り出す。

 

【よぉ、結城トシアキ。 ザスティンから話は聞いたぜ】

 

そして、宝石の部分から声が聞えてくる。

 

どうやら、この世界で言う録音できる機械のようなものみたいだ。

 

【俺は色々と忙しくてそっちには行けねぇから、とりあえずテメェをララの婚約者候補の一人として認めてやる】

 

顔を見えてない相手に好き勝手に言われて段々と不機嫌なってきた俺だが、録音した声なので文句を言っても仕方ない。

 

【地球人は貧弱らしいが、あのララが初めて好意を抱いたほどの男だ】

 

ララが初めて好意を抱いたと言っているが、お前が箱入り娘に育てた所為じゃないのか、という言葉は心の中だけで呟いておく。

 

【俺はお前の器に期待している。 っと、こんな上からものを言われるのが嫌いだったな】

 

どうやら俺のことをある程度ザスティンが話しているらしい。

 

【いずれそっちに行くこともあるだろう。 その時に話をするとしようか】

 

その言葉を最後に今まで光っていた宝石が光を失っていく。

 

どうやら、俺はララの婚約者候補になったようだ。

 

「・・・・・・」

 

あのときに変な言い方をしなければこんなことにはならなかっただろうに、何やってるんだ、俺。

 

「以上で王からのメッセージは終了です」

 

ザスティンはそう言って不気味な置物を懐にしまう。

 

それから俺の方へ向き直り静かに頭を下げてきた。

 

「先日は大変、失礼をしました。 出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません」

 

さすがに跪くようなことはしなかったが、誠意を持って謝罪してくれたザスティンに俺は笑みを浮かべる。

 

「わかってくれればそれでいい。 とりあえず、メッセージは受け取った」

 

「それと先ほどは言ってませんでしたが、ララ様は今日からあなたの家でお世話になるとのことです」

 

浮かべていた笑みを一瞬で崩し、俺は眉を顰めてザスティンの話に耳を傾ける。

 

ちなみに昨日は嬉しそうな顔で付いてきたララをキチンと追い返したはずなのだが。

 

「昨日は地球の大気圏内にある船で過ごされましたが、王のメッセージを聞いて少し勘違いをされたようで」

 

「・・・・・・勘違い?」

 

話しているザスティンもララの行動に疑問を抱いているのか、呆れたような、諦めたような顔で話す。

 

「ララ様自身はお父上にトシアキ殿との結婚を認めて貰ったという風に言葉を受け取ったようでして・・・・・・」

 

「なん、だと!?」

 

今のメッセージをどのように聞いたら俺と結婚することになる。

 

数いる中の一人として認められただけではないか。

 

「おそらく、どれだけの数の婚約者がいようとララ様自身が好きなのはトシアキ殿ただ一人なのでそのように解釈したのだと考えられます」

 

まるで俺の心の中を読んだかのように色々と説明してくれるザスティン。

 

だが、俺にとっては面倒事が増えたことには変わりない。

 

「では、私はこれで失礼します」

 

空気を読んでくれたのか、黙ったままの俺に一礼してその場から去ったザスティン。

 

取り残された形になった俺は頭を抱えてこれからのことに思いを馳せた。

 

 

 

***

 

 

 

いつまでもあの場所で悩んでいても意味はないので、俺は自宅へと帰ってきた。

 

「・・・・・・」

 

と言っても、玄関のドアになかなか行くことが出来ず、数分間立ち尽くしているのだが。

 

「はぁ、ララが一緒に住むだなんて・・・・・・父親と母親の顔すら知らないのに、勝手にそんなことになっても大丈夫なのか」

 

色々と考えを巡らしていると、上空から人の気配が近づいてくる。

 

この世界に人が個人で飛べる魔法や機械がないはずなので、おそらくララであろう。

 

「・・・・・・お前、今日からここに住むらしいな」

 

「きゃっ!? ビックリした。 トシアキ、私のことに気付いてたんだ」

 

ララに背を向けたまま声を出したところ、ララもまさか俺が気付いているとは思って無かったのか、驚きながらも俺の首に腕を絡めてくる。

 

「離れてたのに私のことに気付いてくれるなんて、なんか嬉しいな」

 

それは色々な世界を渡り歩いているときに自分の周囲を警戒していないと死ぬようなことが何度もあったため、慣れていただけなのだが。

 

「いいから離れろ。 俺は今、どうやって家に入ろうかと考えているんだ」

 

この状態を美柑に見られたら昨日の朝同様、冷たい目で見られ、不機嫌な態度で接されるに違いない。

 

「? 普通に入ればいいじゃん。 ここトシアキの家でしょ?」

 

そうなのだが、色々と問題があるんだと心の中で呟いていると、ララが勝手に玄関を開けてしまった。

 

「おっじゃましまーす!」

 

「あっ、おい!」

 

ララの声が聞えたのか、リビングの方からエプロンを付けた美柑がお玉を持って出てきた。

 

「はーい? あれ、トシ兄ぃの彼女・・・・・・」

 

「彼女じゃないよ、婚約者だよ」

 

美柑の言葉に訂正を入れるララ。

 

というか、婚約者というのも俺自身は了承した覚えがないのだが。

 

「こ、こん、やくしゃ?」

 

ララの訂正した言葉を真に受けたのか、美柑は持っていたお玉を落とし、唖然と立ち尽くしている。

 

「いや、だからな――」

 

「あと、私も今日からここに住むからよろしくね?」

 

立ち尽くしていた美柑に事情を説明しようとしたところ、ララが俺の言葉を遮ってそう言い放つ。

 

というか、先に事情を説明すればいいものの、どうして結論から話してしまうんだララ。

 

「ここに住む・・・・・・婚約者・・・・・・同棲っ!?」

 

先に結論を話してしまったためか、美柑の勘違いが激しく斜め上の方へ行っている気がしてきた。

 

「それには理由が――」

 

「ダメだよ! トシ兄ぃ、エッチな本も持ってないのに!!」

 

キチンと理由を説明しようとした俺の言葉を遮って今度は美柑が言い放った。

 

しかし何故美柑が、俺が所有していないことを把握しているのか。

 

というより、どこからそんな話に切り替わったんだ。

 

「えっ? トシアキ、エッチな本持ってないの?」

 

そしてララよ、そんなところに反応しないでくれ。

 

俺はなんて答えればいいんだ。

 

「・・・・・・とりあえず落ち着け二人とも」

 

これ以上二人に会話させていたら色々な意味で危ない気がしたので、二人を黙らせたあとでリビングへと連行していった。

 

美柑が途中で落としたお玉もちゃんと拾っておいた。

 

その時に漂ってきた匂いで今日はしじみの味噌汁なのかと、どうでもいいことを思い浮かべてしまった。

 

 

 

***

 

 

 

「おいしー! このスープ」

 

「しじみの味噌汁だよ」

 

あれからリビングで美柑にキチンと事情を説明した。

 

横でララが余計なことを言おうとするたびに口を塞ぐのに苦労はしたが。

 

「地球の食べ物って美味しいんだね、美柑!」

 

「ちっちっちっ、甘いよララさん。 作る人の腕ってヤツ? でも、トシ兄ぃの方が美味しく作るんだけどね」

 

一応、ララが宇宙人だということも伝え、昨日の出来事も理解はしてもらった。

 

もっとも俺のベッドで、裸で寝ていたことについてはかなりしつこく聞かれたが、何もなかったことを伝えるとホッと安心した様子を見せていた。

 

「はぁ・・・・・・」

 

それから一緒に住むことといつの間にか婚約者候補になっていたことも説明したため、美柑もララに普通に接している。

 

事情を説明する前までは敵に噛みつくような勢いだったので少し不安だったが、今のところ問題はなさそうだ。

 

「ね、ねぇ、トシ兄ぃ」

 

ため息を吐きながら色々と考えていると、食器を片づけていた美柑が声を掛けてきた。

 

しかし、どこか緊張した様子で、それでいて不安な様子を隠しているようにもみえる。

 

「ん?」

 

「ララさんとは、その・・・・・・け、結婚、するの?」

 

なるほど、美柑は宇宙人という規格外な人と兄が結婚するのに不安を抱いているのだろう。

 

「今のところ、考えてはいない。 まぁ、これからの付き合いで変わるかもしれないが」

 

そう、今のところは結婚する気など全くないが、この世に絶対はない。

 

ゲンジが迎えに来なければ俺は一生ここにいなければならないのだ。

 

付き合い、好きになり、離れたくなくなればゲンジが迎えに来ても一緒に行かない可能性もある。

 

「そ、そっか。 そうなんだ」

 

俺の返答に納得いったのか、安心した様子で食器の片付けに戻る。

 

ちなみに先ほどまで隣にいたララは晩御飯を食べてからどこかへ行ってしまった。

 

「トシアキー」

 

ララの行方を考えていると、その本人がタオルを持って走ってきた。

 

「ご飯も食べたことだし、一緒にお風呂に入ろうよ」

 

「はぁ? 男の俺と入・・・・・・」

 

俺の言葉は食器が割れて音でかき消されてしまった。

 

どうやら美柑が洗っていた食器を割ってしまったらしい。

 

「ご、ごめん、トシ兄ぃ。 すぐ片付けるから・・・・・・」

 

「片付けは俺がやる。 美柑はララと一緒に風呂に入ってやれ」

 

今まで美柑に任せっぱなしだったし、今日くらいは良いだろう。

 

割ってしまった食器で怪我をする可能性もあるしな。

 

「で、でも・・・・・・」

 

どうやら、食器を割ってしまったことにかなり落ち込んでいるようだ。

 

まだ小学生なのにしっかりしている義妹だ。

 

「気にするな。 今日はいろんなことがあったからな、風呂に入ってゆっくり休め」

 

昔、妹にしていたように美柑の頭をポンッと撫でてやる。

 

「う、うん。 ありがと、トシ兄ぃ」

 

美柑はそう言いながら少し俯いて頬を赤く染めていた。

 

もしかして、熱でもあったのだろうか。

 

「というわけだララ。 今日は美柑と入れ」

 

「うん、わかった。 美柑、行こ」

 

まだ頬が赤いままの美柑を連れて、ララは風呂場へと向かっていった。

 

誰もいなくなったのを確認した俺は、美柑が割ってしまった食器を片付ける。

 

「・・・・・・そろそろ俺も家事、するか」

 

今までは美柑に任せっぱなしだったが、いつまでも迷惑を掛けてられない。

 

別人になってしまった俺だが、もう兄妹間で特に不審がられることもないだろう。

 

「後は、父親と母親か・・・・・・」

 

まだ見ぬ二人のことを考え、会ったときにどう反応しようかと今から考えてしまう俺であった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

私が晩御飯の支度をしていると、綺麗な女の人の声が玄関から聞えて来た。

 

トシ兄ぃが帰ってくると思って、鍵を開けていたのが原因みたいだ。

 

「セールスだったらどうしよう」

 

いつも頼りになるトシ兄ぃがいないため、変な人が来てしまったら困るのだ。

 

とりあえず、武器になりそうなお玉を持って玄関に向かう。

 

ここで流石に包丁は持っていけない。

 

「はーい? あれ、トシ兄ぃの彼女・・・・・・」

 

玄関に行くとそこにいたのは昨日、トシ兄ぃの部屋で裸になって寝ていた女の人がいたのだった。

 

「彼女じゃないよ、婚約者だよ」

 

トシ兄ぃの婚約者だと聞いた途端、身体に力が入らなくなり、持っていたお玉を落としてしまった。

 

「こ、こん、やくしゃ?」

 

なんとかそれだけを口にしてだしたが、頭の中では色々な思考でいっぱいになっている。

 

「いや、だからな――」

 

「あと、私も今日からここに住むからよろしくね?」

 

そこに新たな情報としてトシ兄ぃの彼女、じゃなくて、婚約者が一緒に住むという情報が入ってくる。

 

『婚約者+一緒に住む=同棲』という式が頭に出てきたのだ。

 

「ここに住む・・・・・・婚約者・・・・・・同棲っ!?」

 

そのあとに『同棲=一緒に寝る=子どもが出来る』という式も出てきてしまい思わず大きな声を出してしまった。

 

「それには理由が――」

 

「ダメだよ! トシ兄ぃ、エッチな本も持ってないのに!!」

 

トシ兄ぃが何か言ってたような気がしたが、私にとってはそれどころではない。

 

トシ兄ぃが、私のお兄ちゃんが、私だけのトシ兄ぃが、別の人のところへ行っちゃう。

 

そんな思考で頭の中が色々な考えでグチャグチャになってしまった。

 

結局、後で説明を受けて、一方的にそう言われたのだと聞いた。

 

それを聞いて安心したあと、私はトシ兄ぃのことが本当に好きなんだと、このときになって初めて自覚したのであった。



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第四話

「よし、こんなもんか」

 

俺は目の前で美味しそうな匂いを漂わせている朝食を見て一人頷いた。

 

白いご飯、ワカメのお吸い物、ほうれん草の御浸し、焼き鮭、卵焼き、とこれくらいあればいいだろう。

 

「やべっ、腹減ってきた・・・・・・」

 

作っているときには何とも思わなかったが、並べてみると早く食べたくなってきた。

 

「あ、れ? トシ兄ぃが起きてる・・・・・・」

 

そこへ、可愛らしいパジャマを着た美柑が驚いた様子でこちらへやって来た。

 

「おう、美柑。 おはよう」

 

「しかもご飯まで作ってるし、夢? ひょっとして夢なの??」

 

俺がせっかく早く起きて作った飯だというのに、美柑は自分が夢の中にいると思っているらしい。

 

そんな美柑にはいつものごとくデコピンをお見舞いしてやることにする。

 

「っ!? い、痛いよ、トシ兄ぃ・・・・・・」

 

「痛いってことは現実だろ? ほら、さっさと着替えて来い」

 

涙目になりながら額を抑えている美柑をさっさと追い出し、俺はララを起こしに向かうのであった。

 

「おい、ララ。 朝だ、起きろ」

 

ララの部屋になった元物置部屋にノックをする俺。

 

ちなみに置いていた物はこれを機会に殆どゴミ捨て場へ運び込んだ。

 

勝手に捨てたのはいいが、父親や母親のだったらどうしよう。

 

「おい、ララ。 聞いてるか?」

 

一度目の声掛けで返事がなかったため、二度目の声掛けを行う俺。

 

しかし、やはり返事がないので俺は静かにドアを開けてみる。

 

「・・・・・・いねぇ」

 

用意していた布団の中身にララはおらず、ペケだけがそこで寝ていた。

 

ペケがここにいるということは、ララは服を着ていないということになる。

 

いくらなんでも裸で出て行っているわけはないと思いたい。

 

「でも、規格外の宇宙人だからなぁ」

 

そう、ララは宇宙人なので俺には理解できないことを普通にしている可能性がある。

 

だが、裸で外に出ていたら今頃、騒ぎになっているはずだ。

 

「っていうことは・・・・・・」

 

あまり考えたくないのだが、一応確認することにした。

 

そう、俺が数時間前まで寝ていた自分の部屋のベッドだ。

 

ちなみにトイレは確認したが、誰もいなかった。

 

美柑の部屋も確認したが、いつもの癖で普通に開けてしまい、着替えていた美柑に目覚まし時計というお土産を頂いた。

 

「いってぇ・・・・・・まさかの額にクリティカルヒットだぜ」

 

お土産の目覚まし時計を額に頂き、痛みで顔をしかめながらそう呟く。

 

まぁ、ノックもせずに普通に開けてしまった俺が悪いのだが。

 

気を取り直して最後に自分の部屋へ向かう。

 

「・・・・・・マジか」

 

考えたくなかったが、ララは俺の枕を抱締め、幸せそうな表情で眠っていた。

 

かろうじて布団を来ているが、ペケがララの部屋にいたのでおそらく何も着てないだろう。

 

「俺だからいいものの、普通の男子高校生なら襲ってるぞ、絶対」

 

そう言いながら眠っているララの傍まで行き、肩を揺すりながら起こす。

 

「おい、ララ。 起きろ」

 

「ん~~~? トシアキぃ?」

 

目を開けたララは俺を確認したかと思うと、腕を取って布団に引き込もうとする。

 

だが、あらかじめ力を入れていた俺は布団に引き込まれることなくその場で立ち尽くす。

 

「早く起きろ、飯が冷めるだろ」

 

「むぅ、トシアキ意地悪だよ」

 

どうやら起きていたらしいララは可愛らしく頬を膨らませ、怒っていることをアピールしてくる。

 

「早く来いよ」

 

しかし俺はそんなララを構うことなく踵を返し、リビングへと向かうのであった。

 

 

 

***

 

 

 

飯を食い終わったあと、洗い物を美柑に任せて俺とララは通学するために一緒に歩いていた。

 

「お前も学校、通うんだな」

 

「うん! だって、トシアキと一緒にいたかったし」

 

笑顔でそんなことを言うララに俺もつられて笑みを返す。

 

「けど、いつの間にそんな手続きしてたんだ? 試験とかあったんじゃ・・・・・・」

 

「うん? こないだ出かけたときにコーチョーって人にお願いしたら」

 

【カワイイのでOK!】

 

「って言ってくれたよ?」

 

俺は自分の学校の校長がどんな人物がわからなかったが、今のララの言葉を聞いてなんとなくわかってしまった。

 

「大丈夫か、彩南高校・・・・・・」

 

思わず自分が通っている高校の心配をしてしまう俺であった。

 

学校に到着し、職員室にララを案内した俺は自分の席へ向かう。

 

「おい、トシアキ。 さっき一緒にいた可愛い子誰だよ!?」

 

その途中で、この前も声を掛けてきた猿のような顔をした奴が俺の前に立ちはだかる。

 

「ん? あぁ、俺ん家にホームステイしている外国人だ」

 

とりあえず、宇宙人と言っても信じそうにないので、ホームステイしている外国人ということにしておく。

 

「なぁにぃ!? なぜそんな大切なことを親友の俺に話してくれなかったんだ!!」

 

というか、お前誰だと聞きたかったが、そこは自重して苦笑いを浮かべておく。

 

「色々あったんだよ」

 

そこまで言ったときに背中に視線を感じたので、振り返ってみる。

 

が、特にこちらに視線を向けている者もいなかったので、この男が騒いだ所為かと考え、今度こそ自分の席へ向かう。

 

「突然ですが、転校生を紹介します」

 

いつの間にかホームルームが始まっており、ララが教室に入って来ていた。

 

「ララ・サタリン・デビルークです。 よろしくね」

 

ララが自己紹介をしたあと、俺の方を見てウインクしてきたので、俺も手を軽く振っておく。

 

「お、おい、転校生と結城がなんか親しげだぞ」

 

「くっ、結城の奴、すでに転校生まで毒牙に」

 

周りの男子生徒がうるさくなってきたので、とりあえず睨みつけて威嚇しておく。

 

「一時間目は体育か。 西連寺君、君は学級委員だったよね? 更衣室へ連れて行ってあげなさい」

 

「あ、はい。 わかりました」

 

クラスの担任はそれだけ言って外へ出て行ってしまった。

 

それに合わせてクラスの女子たちも着替えの為に次々と教室から出ていく。

 

「ねっ、トシアキ。 体育ってなにするの?」

 

その波に逆らって俺のもとまでやってきたララだが、着替える場所が違うので体育の内容だけ簡単に話す。

 

「お前は西連寺と一緒に行って着替えて来い。 ちなみに体育は身体を動かす授業だ」

 

「身体を動かす授業・・・・・・なんか楽しそうだね」

 

なかなか俺のもとから離れそうにないので、少し離れた位置で立ち尽くしている西連寺に声を掛けることにする。

 

「西連寺、頼んでいいか?」

 

「えっ、あ、うん。 デビルークさん、行きましょ?」

 

俺が声を掛けたことに驚いたのか、慌てた様子でララを連れて行ってくれた。

 

「体育か、めんどくせぇ・・・・・・」

 

身体を動かすのは好きなのだが、授業で行うと自由に動かせないのが面倒なのだ。

 

これでは『精霊』たちと遊ぶことすらできない。

 

「・・・・・・まぁ、仕方ねぇな」

 

いつの間にか教室には俺しか残っていなかったので、体操服に着替えて教室に鍵を掛け、グランドに向かった。

 

「よし、そのまま行けぇ!」

 

「抜かれるな! ディフェンスなんとかしろ!」

 

体育の授業で男子はサッカー、女子は短距離走を行うようであった。

 

俺は自分のチームのコートでゴールポストに寄りかかって試合を眺めていた。

 

「ふぁあ、眠い。 飯を作るために早く起きたのが原因か」

 

「おい、トシアキ。 もうちょっとやる気出せよ」

 

ゴールキーパー役の猿顔の自称俺の親友がそう言って話しかけてくる。

 

「うるさい、俺は眠いんだ。 先生に気付かれないようにディフェンスをしているフリをしているんだ」

 

「フリじゃなくて、ちゃんと動けよ・・・・・・」

 

呆れた表情を見せる自称親友だが、ボールがこっちに迫ってきているので俺のことは気にしないことにしたらしい。

 

「猿山! 絶対に入れられるなよ!」

 

「おう、まかせとけ!!」

 

抜かれてしまったディフェンスがキーパー役の自称親友に声を掛ける。

 

というか、自称俺の親友、お前の名前は猿山だったのか。

 

「猿山、俺に任せろ」

 

ようやくこの男の名前がわかり、少しだけやる気が出た俺はゴールポストから離れてボールを持つクラスメイトを見据える。

 

「お、おい、トシアキ! それじゃ、俺が見えないだろ!?」

 

猿山の正面に立った俺は素早く動いて、ボールを奪うことに成功する。

 

「あ、あれ?」

 

「えっ? マジ?」

 

ボールを今までキープしていた敵チームのクラスメイトはいつの間にかボールが無くなっていることに気が付く。

 

猿山も俺の足の動きが見えなかったようで、ボールの位置が変わっていることに驚いているようだ。

 

「まぁ、ズルしてんだけどな」

 

風の『精霊』たちに力を借りて、移動速度を上げた俺はそのまま相手チームのゴールへ向かう。

 

「させるか!」

 

「結城、覚悟!!」

 

何か俺に恨みでもあるのか、俺自身を狙ったスライディングをジャンプでかわしてそのまま付き進む。

 

「なっ!?」

 

「と、跳んだ!?」

 

敵も味方も俺がこんなに動けることに予想外だったようで、誰も近づいてこようとはしない。

 

「ほら、シュートだ!」

 

俺が蹴ったボールはゴールの右側へと吸い込まれていく。

 

キーパーも反応したが手が届かず、ボールはゴールネットへと突き刺さった。

 

それと同時に授業終了のチャイムが鳴り、結果的に俺たちのチームが勝った。

 

「ふむ、こんなもんか」

 

『精霊』の力で決めたゴールなので特に喜ぶこともなく、力を貸してくれた彼女たちにお礼を言いながら校舎へ向かって歩く。

 

ちなみに俺が見える『精霊』たちは皆、女の子の姿だ。

 

他の魔法使いによると、気配を感じるだけで姿を見たことは無いらしいので、何とも言えないが。

 

「トシアキ! よくやった! これで俺たちのジュースは確保できたぜ!」

 

猿山が嬉しそうに俺の頭をガシガシと乱暴に撫でまわしてくる。

 

「やめろって! って、ジュースだと?」

 

「あぁ、このサッカーで負けたチームが勝ったチームに飲み物を奢ることになってたんだよ」

 

俺はそんな話聞いてない。

 

つまり、気まぐれでなにもせず、あのままシュートされていたら俺がジュースを買わなければならなかったのか。

 

「まぁ、勝ったからいいか」

 

「そうだよな! さすがはトシアキだぜ!」

 

タダでジュースを飲めることがそんなに嬉しいのか、猿山はご機嫌なまま校舎へ戻っていった。

 

そのあと、相手チームのキーパー役をしていた奴からカフェオレを貰い、それを飲みながら午前中を過ごしたのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

今日、登校しているときに久しぶりに結城君の姿を見つけた。

 

この前、日直の仕事を一緒にしたときに思わずあんなことを言ってしまってから顔を合わすのが恥ずかしく感じていたのだ。

 

「あの子、誰だろう・・・・・・」

 

結城君の隣に桃色の綺麗な髪をした女の子が笑顔で歩いていた。

 

気になったけど、恥ずかしさもあって話しかけることも出来ず、そのまま教室へたどり着く。

 

「おい、トシアキ。 さっき一緒にいた可愛い子誰だよ!?」

 

教室へ入っていきなり、猿山君の声が聞えて来た。

 

どうやら結城君にさっきの女の子のことを聞いているようだ。

 

「ん? あぁ、俺ん家にホームステイしている外国人だ」

 

留学生がいたなんて知らなかった。

 

ということは今、結城君と一緒の家に住んでいる。

 

なんだかそう考えると胸の中がモヤモヤしてきたのでとりあえずもっと話を聞くために結城君の方を見つめる。

 

「?」

 

すると、私の視線に気づいたのか結城君が振り返った。

 

私は慌てて視線を外し、見ていなかった風を装うる。

 

そのあと、転校生として先ほどの女の子が教室に入ってきた。

 

自己紹介をした後、結城君に合図を送っていたのを見て、私の胸がチクリと痛む。

 

「なんだろう、この気持ち」

 

始めて感じたこの痛みに不安を覚えながら、体育の授業を受ける。

 

私たち女子は短距離走なので、他の人がタイムを計っていると自然と暇な時間が出来てしまう。

 

「・・・・・・」

 

その時にチラリと男子のサッカーを見てみると、結城君が自分のゴールから相手のゴールへ向かって行くところだった。

 

「すごい・・・・・・」

 

思わずそう声に出してしまった私は周りに聞かれていないか不安になり周囲を窺う。

 

だけど、皆は転校生のタイムに驚いていて私の方を見ている人はいなかった。

 

まさか一人で相手ゴールまで向かって行くとは思わなかったのだ。

 

中学時代から結城君はあまり人と話さず、人を寄せ付けないような感じだった。

 

けれど勉強もスポーツも他の人以上に出できてカッコ良かったし、教室のお花の水を毎日換える優しいところもあり、そんな結城君を私は。

 

「西連寺」

 

「は、はいっ!?」

 

そこまで考えていると、テニス部の顧問の佐清先生に声を掛けられた。

 

授業もいつの間にか終わっており、さっきまで私は何を考えてたんだろ。

 

「今日の昼休みに部室まで来てくれるか?」

 

「は、はい。 わかりました」

 

テニス部のことで話があるようなので、そう返事をして校舎へ向かう。

 

そのときには先ほどまで考えていたことは頭の中から消え去っていた。



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第五話

昼休みになった後、俺は飯を買うために席を立つ。

 

「トシアキ! 一緒にお弁当食べよ?」

 

「悪いな、俺は買いにいかなくちゃいけないんだ」

 

そう、朝食を作った時に弁当も一緒に作ったのだが、材料がなかったためララと美柑の分しか作れなかったのだ。

 

朝食をもう少し減らせば何とかなったかもしれないが、終わったことなので言っても仕方がない。

 

「と、いうわけで先に食べてろ」

 

「あっ、トシアキ」

 

ララを放って、俺は自分の昼食確保のため走り出す。

 

どこの学校でも同じだと思うが、購買の人気商品は急がないと買えないのだ。

 

校舎から飛び降りてショートカットしてやろうかと思い、開いている窓を見つけたとき、聞きなれた声が聞えた気がした。

 

「ん?」

 

走っているときに誰かが俺に声を掛けたのかと考えたが、新入生の俺が他学年に知り合いなどいるわけがない。

 

同学年だとしても、今のところ同じクラスの奴しか知らないのが現状だ。

 

「気のせいか?」

 

そう思い、傍に飛んでいた『精霊』に尋ねてみると、どうやら俺の名前を呼んだ奴がいるらしい。

 

普通は声が空気中に伝わり、耳へ聴こえて来る。

 

俺の場合は少々特殊で風の『精霊』たちが声を届けてくれるのだ。

 

つまり、望むなら遠方の音や声も聞くことが出来る。

 

まぁ、普段からそんなことをしていると耳がおかしくなるのでやっていないのだが。

 

「悪いけど、その人のところまで案内してくれるか?」

 

俺の言葉にニッコリと微笑んでくれた彼女は廊下を進み、階段を下っていく。

 

俺もそのあとを追いかけて走る。

 

途中で先生に注意されたが、『精霊』のスピードが速いので止まっている暇などなかった。

 

「ここか」

 

案内に従ってやって来たのは校舎の外れにある部室棟の一つであった。

 

「テニス部の部室か?」

 

ドアの傍に置いてあったテニスボールの入った籠を確認しつつ、扉を開ける。

 

「西連寺?」

 

ドアを開けるとそこには気を失っている西連寺が触手で身体中を絡められていたのだった。

 

「ほぉ、もう気付いたのか。 結城トシアキ」

 

そして、西連寺の傍にいた男が振り返って俺にそう話しかける。

 

どこかで見た顔だと思えば、この学校の体育の教師だったはずだ。

 

「ん? お前、人間じゃないな」

 

人間は昔から自然とともに生きてきた種族だ。

 

俺のように直接見えなくても、『精霊』は人間に近寄ってくる。

 

だが、コイツにはその『精霊』が寄りついていない、というより嫌っているようにも見える。

 

「オレの擬態を見破るとはなかなかやるな。 はぁあぁあぁ!!」

 

その言葉とともに体育の教師の顔が剥がれていき、舌の長い気味が悪い生物へと変化した。

 

「なるほど、ララと同じで宇宙人か」

 

ララにも『精霊』は近づかなかったが、嫌ってもいなかった。

 

『精霊』に嫌われているこいつは人として、いや、生物としてダメな存在なのだろう。

 

「そう、佐清の姿を借りてただけさ。 まったく、人間に化けるのは神経使うぜ」

 

「で? 俺に何か用があったのか?」

 

こいつが俺を呼んだのなら今すぐ踵を返して帰るところだが、おそらく俺を呼んだのは西連寺だろう。

 

「結城トシアキ、ララから手を引いてもらおう」

 

ララから手を引くもなにも、数いる婚約者候補の一人になっただけの俺にどうしろというのだ。

 

候補を辞退しろということなのだろうか。

 

「ララと結婚し、デビルーク王の後継者となるのはこのオレ、ギ・ブリーだ」

 

まぁ、ララが誰と結婚して誰が後継者になろうと俺は構わないのだが。

 

クラスメイトが、俺の知り合いが関わっているとなると話は変わってくる。

 

「さぁ、どうするんだ? 結城トシアキ。 オレは気が短いんだぜ?」

 

「そりゃあ、奇遇だな。 俺も気が短いんだ」

 

俺は右手をギ・ブリーに向けると小さく『風刃』と言葉を呟く。

 

「ぎゃあぁあぁ!?」

 

俺の言葉通りに動いてくれた風の『精霊』たちは刃となり、ギ・ブリーの身体を切り刻んだ。

 

ちなみに俺には『精霊』が見えるため刃も見えるが、『精霊』が見えない奴からすると突然、切られたように感じるだろう。

 

「痛い、痛いぃ!? 死んじゃうぅ!!」

 

「は?」

 

宇宙人が相手だったので遠慮せずに『魔法』を放ったのだが、思った以上のリアクションに俺は唖然としてしまう。

 

「腕が!! オレの腕がぁあぁあぁ!?」

 

残念なことにギ・ブリーの右腕は完璧に切断されており、切断面から緑色の液体が飛び散っている。

 

宇宙人の血液の色は緑色なのか、もしかしてララもそうなのだろうか、と俺は場違いなことを考えていた。

 

「とりあえずうるさい」

 

まだ騒いでいたギ・ブリーを殴って気絶させ、これからについて考える。

 

「・・・・・・西連寺を先に助けてやるか」

 

触手に絡まっていた彼女を救出して、部室のベンチに寝かしてやる。

 

「やっと見つけた! こんなところにいたんだ、トシアキ!」

 

そこへ俺のことを探していたらしい、ララが笑顔で部室へと入ってくる。

 

「おう、ララ。 こいつ知り合いか?」

 

入ってきたララに緑色の液体の中心で倒れているギ・ブリーを指して聞いてみる。

 

「ギ・ブリー? どうしてここに・・・・・・」

 

どうやら顔見知りだったようで、知っているらしい。

 

しかし、腕が片方無くなっていることや、血溜まりの中心で倒れているところに悲鳴を上げないのは流石だと思う。

 

「あぁ、西連寺を人質に俺に婚約者候補を辞退しろって言ってきたんだよ」

 

「そうなの!? そんな奴は地球外に追放しちゃおう」

 

何処から取りだしたのか、ララは洋式トイレのような入れ物を出したかと思うと、その中にギ・ブリーを押しこんだ。

 

「・・・・・・とりあえず、部室を掃除して西連寺を保健室にでも運ぶか」

 

「そだね。 あっ、掃除はザスティンたちにお願いしとくよ」

 

使える者は王室親衛隊長まで使うのか、さすが銀河を統一した王の娘だ。

 

ララの言葉を有りがたく受け取り、俺は西連寺を保健室まで連れていった。

 

 

 

***

 

 

 

部室の掃除をザスティンに任せ、西連寺の付き添いをララに頼んだ俺は購買へ向かっていた。

 

あれから時間が経っているし、売り切れになっている可能性が高いのだが。

 

「腹が減って死にそうだぜ・・・・・・」

 

部室棟から校舎の方へ歩いていると、正門のところに見たことある姿があった。

 

「あれ?」

 

そこには赤いランドセルを背負った美柑がいて、慣れない場所に不安を抱いている様子だった。

 

そして、不安そうな表情で学校内へ入ろうかどうか迷っているようであった。

 

「美柑、どうしたんだ?」

 

「あっ、トシ兄ぃ!」

 

俺の声を聞いて、不安そうな表情から可愛らしい笑顔へと変わる。

 

そして、俺の傍まで来た美柑はランドセルの中から弁当を取り出し、俺へと渡して来た。

 

「はい、これ。 トシ兄ぃ、お弁当持ってなかったでしょ?」

 

「あぁ、だけどお前の分は?」

 

俺に弁当を渡してしまうと美柑の分がなくなってしまう。

 

まだまだ成長期の美柑を差し置いて俺が食うわけにもいかない。

 

「私、まだ短縮期間だから今から家に帰って自分で作るよ。 だからトシ兄ぃはこれを食べて」

 

言われてもこの世界に一年もいないのでわからなかったが、どうやら学校は午前中で終わっているらしい。

 

「なら、問題ねぇな」

 

「えっ?」

 

美柑に作った弁当を二人で分けて食えば問題ないだろう。

 

せっかく作った弁当なのだから、やはり美柑にも食べて貰いたい。

 

「ほら、こっち来い」

 

「ちょ、ちょっと、トシ兄ぃ」

 

美柑に手を引き、学校内へ連れ込んだ俺は近くにあったベンチに腰を下ろす。

 

「ほら、美柑も座れ」

 

そう言いながら、俺は自分の隣をポンポンと叩いて、美柑を座らせる。

 

「もう、私も早く帰ってご飯食べたいんだけど?」

 

「ここで食えば問題ないだろ」

 

俺は美柑から受け取っていた弁当の包みを開け、蓋を開ける。

 

我ながらなかなか美味しそうな弁当を作ったものだと思ったところで、箸が一膳しかないことに気付く。

 

「ここでって、お弁当を二人で食べるの?」

 

「あぁ、俺としては美柑に弁当食べて貰いたいからな。 ほら、あーん」

 

一膳しかなくても義兄妹だし、別に構わないかという結論に達した俺は、卵焼きを美柑の口元まで運ぶ。

 

「えっ!? ちょ、ちょっと、トシ兄ぃ!?」

 

俺に食べさせてもらうことが恥ずかしいのか、美柑は頬を赤く染めて慌てた様子で俺を見つめる。

 

「早く口を開けろ、ほら」

 

だが、俺としては早く食べて欲しいので口を開けるように再度要求する。

 

「うぅ・・・・・・あ、あーん」

 

観念して口を小さく開けた美柑に俺は卵焼きを食べさす。

 

頬を赤く染めて、目を閉じたままモグモグと卵焼きを食べている美柑。

 

「どうだ? 美味いか?」

 

久しぶりに作った朝食は美味しいと言ってくれた美柑だが、弁当にすると冷めてしまうのでもう一度確認の意味を込めて尋ねてみる。

 

「う、うん。 美味しいよ、トシ兄ぃのお弁当」

 

ゴクンと飲みこんだ美柑は閉じていた目を開け、美味しいと言ってくれた。

 

しかし、頬が赤い理由が今一つ理解できない。

 

やはり義兄とはいえ、外で一緒にご飯を食べるのが恥ずかしいのだろうか。

 

「そりゃ、よかった。 んじゃ、俺も」

 

美柑の返事に満足した俺は次に自分が食べるため、ご飯を箸で掴む。

 

「ふぇっ!? と、トシ兄ぃ、かんせ・・・・・・」

 

なにやら慌てて手を上下にパタパタさせている美柑だが、俺は腹が減っていたので最後まで聞かずご飯を口へ運んだ。

 

「・・・・・・やっぱ、飯は温かい方が美味いな」

 

自分で作ったので評価も適当に付ける俺。

 

そんな俺の横では顔を赤くしたり、手をパタパタさせたりと慌ただしい美柑。

 

「ほら、次はコレだ」

 

そんな美柑に次はアスパラをベーコンで巻いて焼いたおかずを差し出してやる。

 

「トシ兄ぃと・・・・・・かんせ・・・・・・私も・・・・・・」

 

小さな声だったため所々聞えなかったが、美柑は俺の差し出したおかずをジッと見つめている。

 

そんな美柑に口を開いてもらうため、俺も自分の口を開いてみる。

 

「美柑、あーん」

 

「あ、あーん」

 

しばらくジッと見つめていた美柑だが、ようやく口を開いてくれたので、俺が箸で掴んでいたおかずを食べてもらう。

 

そうして、昼休みが終わるまで俺と美柑で仲良くお弁当を分けて食べたのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

一時間目の体育の時間に言われたとおり、昼休みになってすぐにテニス部の部室に来た私。

 

確か、佐清先生に呼ばれていたはずなのだけど。

 

部室に入っても誰もいないので、私はどうすればいいのか分からなかった。

 

「なんの用事なんだろ」

 

昼食もクラスメイトである里沙と未央の誘いを断って早く来たのだ。

 

早く用事を済ませて教室で皆とご飯は食べたいと考えていると、背後に気配を感じた。

 

「えっ? きゃあぁあぁ!!?」

 

振り返ってみるとウネウネと不気味に動く触手が私の身体に巻き付いてきたのだ。

 

「っ!?」

 

抜け出そうと手足を動かすが、腕も足も絡め取られて力が入らない。

 

「た、助けて、結城くん・・・・・・」

 

声を出して助けを呼ぶときに頭に浮かんだのは両親でも先生でもなく、何故かクラスメイトの結城君だった。

 

そのあと、触手は首や腰にも巻き付き、声が出せなくなったまま私は気を失った。

 

「うっ、んん・・・・・・」

 

私が次に目覚めたときに最初に目に入ったのは綺麗な白い天井であった。

 

「目が覚めた? 春菜」

 

「デビルークさん?」

 

どうやらここは保健室のようで、私はベッドで眠っていたようだ。

 

隣には心配そうな表情で私を見つめる転校生のデビルークさんがいる。

 

「もう、私のことはララでいいって! 私たち、もう友達でしょ?」

 

「う、うん、ララさん・・・・・・」

 

呼び方を改めたところで、どうして私はここにいるのか気になり、ララさんに尋ねることにした。

 

「私、どうしてここに?」

 

「春菜はテニス部の部室の近くで倒れてたんだよ、貧血ってヤツだって」

 

「貧血?」

 

今まで貧血になったことがないため実感がないけど、最近は色々と考え事をしていたから頭がパンクしたのかな。

 

「その、ララさんが私を見つけてくれたの?」

 

そうだとしたら転校したてのララさんに申し訳ないことをしたことになってしまう。

 

転校していきなりクラスメイトが倒れていたなんて驚くに決まっている。

 

「ううん、春菜を助けてここまで運んだのはトシアキだよ」

 

「えっ・・・・・・」

 

結城君の名前を聞いてトクンと心臓が跳ねた気がした。

 

それに運んでくれたって、テニス部の部室からここまで距離があったはずだ。

 

「結城くんが・・・・・・」

 

普段から他人とあまり関わらないようにしているはずの結城君が私を助けてくれたことが嬉しくて、自然と笑みが浮かんでくる。

 

結城君には今度会ったときにお礼を言おうと私はそう心の中で決めた。



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第六話

「暑いぃ・・・・・・」

 

登校中のララは汗をかきながらトボトボと俺の隣を歩いていた。

 

「なんで朝からこんなに暑いの? トシアキ」

 

「そりゃ、夏だからな」

 

この世界にも四季があったようで、今は四季の中で一番暑い夏であった。

 

もっとも、俺自身はそんなに暑さを感じていない。

 

風の『精霊』たちが俺の周りをクルクルと飛んでくれているので心地いい風が終始吹いている状態なのだ。

 

「ちなみに午後からもっと暑くなるんだけどな」

 

「デビルークにはナツなんてないもん・・・・・・」

 

確かに俺が今まで行ったことある世界でも四季があるのは珍しいほうだった。

 

他の星にはもっと厳しい環境で生活している人たちがいるのだろうか。

 

「もう今日はずっと裸のままで過ごそうかな」

 

暑さで頭がおかしくなったのか、ララがとんでもないことを言い始めた。

 

「ララがそうしたいなら別に止めはしないが、襲われてもしらねぇぞ」

 

「冗談だよ、いくら私でも知らない人に裸を見せたりしないって」

 

笑顔でそう言ったララだが、俺と初めて会ったときは全裸だったような気がする。

 

それに宇宙人の考えなんて俺にはわからないので、もしかしたら全裸で過ごしている人もいるかもしれない。

 

「それにしても、なんでトシアキは涼しい顔してられるの?」

 

冗談を言った後、ララは俺の表情に変化がないことや、汗が出ていないことに気付いたのか、そう尋ねてくる。

 

「俺は別に暑くないからな」

 

「えぇ!? そんなのウソだよ。 こんなに暑いのに・・・・・・」

 

驚いた様子を見せたララはそう言って俺の身体に触れてくる。

 

「あれ? トシアキの周り、なんだか涼しい」

 

俺と身体を引っ付けたことによって『精霊』たちが俺とララの周囲を回り出したのだ。

 

「あはっ、トシアキに引っ付いてると涼しいし、嬉しいし、いいかも」

 

「俺は歩きにくいし、暑苦しいから嫌だ」

 

そう言ってララを振りほどこうとするが、右手にギュッと抱き付いたララは離れようとはしない。

 

その時、電柱の後ろに怪しい人物がいるのを見つけた。

 

怪しい人物はこの暑さの中、真っ黒なフード付きの服を着てサングラスとマスクを装着しており、デジカメを持ってこちらの様子を窺っていたのだ。

 

「おい、お前。 なにしてんだ?」

 

カメラは俺に向いていたのかララに向いていたのかわからなかったが、友好的ではないと判断し、俺は怒気を含ませて声を掛ける。

 

「っ!?」

 

しかし、怪しい人物はすぐさま踵を返し、俺たちに背を向けて走り去っていった。

 

俺も追いかけようとしたが、ララに腕をしっかりと掴まれていたので走ることが出来ず、結局見失う形になってしまった。

 

学校に着いて授業を受けているときに、再びその怪しい人物が現れた。

 

「今度は逃がすか!」

 

俺の言葉に驚いたのか、怪しい人物は素早く反転して廊下を走り去る。

 

だが、先ほどとは違い自由になった俺は授業中であるにも関わらず、席を立って廊下に飛び出し、奴の背中を追いかけた。

 

途中、授業終了のチャイムが鳴ったため、他の生徒も出てきたのでなかなか追いつけなかった。

 

『魔法』でスピードが上がった俺はようやく階段付近で奴に追いつき始めた。

 

「あっ!?」

 

ところが、階段を上っていった奴が上から下りて来ていた一般生徒を付き落としたのだ。

 

「流石に無視は出来ないな」

 

落ちて来る一般生徒を風の『精霊』に力を借りて受け止め、時間をロスした俺も階段を上って追いかける。

 

「チッ、見失ったか。 仕方ない、また『精霊』に力を借りて・・・・・・」

 

「ふっふっふっ、全く、素晴らしい女だ」

 

この前の西連寺を探した時のように『精霊』に力を借りようと考えていた俺の耳に怪しげな男の声が聴こえてきた。

 

「見てるだけで胸が高鳴ってくるぜ」

 

どうやら今朝の登校時に撮っていたのは俺ではなく、ララの方であったらしい。

 

俺自身じゃなければ別に構わないか、と考えたのだが、先ほどから聴こえてくる言葉を聞いていると放っておくわけにはいかないようだ。

 

「趣味は人それぞれだが、キチンと相手の許可は取ろうな!」

 

そう言いながら、声が聴こえてきた部屋の扉を開けた俺。

 

予想では隠し撮りした写真を眺めながら不穏な言葉発している男がいると思っていたのだが。

 

「へっ?」

 

そこにいたのは派手な服を着て、ニヤニヤと笑みを浮かべながらエロ本を読んでいるおじさんであった。

 

「・・・・・・」

 

しかもおじさんが座っている椅子は見るからに立派な造りで、机には校長というネームプレートが見える。

 

「イヤン」

 

「イヤンじゃねぇよ!!」

 

ドアを開けた俺に対する言葉が思ってもいなかった発言だったので、つい俺も突っ込みを入れてドアを閉めてしまった。

 

というか、アレがウチの学校の校長なのか。

 

「やっぱ、心配した通りだったぜ・・・・・・」

 

ララの転校を許可した理由もそうだが、本当にあんなのが校長でいいのだろうか。

 

「もう、仕方ない。 屋上にでも行くか」

 

『精霊』に尋ねてもよかったが、怪しい人物を見失い、走ったり怒鳴ったりで疲れた俺はもう怪しい男を探すのは諦めて後の授業をサボることにした。

 

校長があんな奴なら大抵のことをしても退学や停学にはならないだろう。

 

「さすがセンパイ! 女子更衣室だけじゃなく水中にカメラを仕掛けるあたりがマニアックだぜ!」

 

屋上へ出る扉を俺が開くと同時にそんな複数の声が聴こえてきた。

 

俺が屋上へ出てみると先ほどまで追いかけていた怪しい男が他の男子生徒たちの先頭に立って、何やら言っているようだった。

 

「お前らも欲しけりゃ売ってやるぜ? 何なら・・・・・・」

 

「へぇ、何を売ってくれるって?」

 

今まで散々振り回された相手を見つけて俺は嬉しくなり、相手の言葉を遮って話しに入っていった。

 

「ん? 何だ、お前は」

 

「あっ!? 弄光先輩! ソイツ、一年の結城です」

 

怪しい男の正体は弄光という先輩だったらしい。

 

俺のことを一年と呼び、弄光のことを先輩と呼んだ男子生徒は二年なのだろう。

 

つまり弄光は必然的に三年になり、年齢は本当の俺と同じというわけだ。

 

「なるほど、お前があの結城か」

 

そして、一年として彩南高校に入ったはずの俺が何故か二年と三年に顔が広まっているようだった。

 

「『あの』が『どの』かはわからないが、俺は結城だが?」

 

俺が結城であると言った途端、集まっていた二年の男子生徒たちがザワザワと騒ぎ出した。

 

「あいつが、最近入った・・・・・・」

 

「一年のくせに態度が・・・・・・」

 

「女子からの人気が・・・・・・」

 

小さい声で殆ど聞き取れなかったが、俺の頭の中では振り回してくれた弄光をどう処理するかを考えていて特に気にはしなかった。

 

「ふっ、お前もこの写真が欲しくて俺を追ってたんだろ?」

 

そう言って懐から数枚の写真を取りだす弄光。

 

そこには女子更衣室の盗撮写真や階段下から撮影したであろう写真があった。

 

「いや、俺はお前にO・HA・NA・SHIをしに来たんだが?」

 

以前別の世界で出会い、世話になった白い悪魔のように感情を込めて言ってみた。

 

「お話? ふん、なんと言われようと安くはしないぞ」

 

どうやら俺の感情は弄光には伝わらなかったらしい。

 

こうなったら実力行使をするかと考え、弄光に近づいていく。

 

「一枚三千円で・・・・・・な、なにをっ!?」

 

ごちゃごちゃとうるさい弄光を掴み上げた俺はそのまま女子が楽しそうに遊んでいるプールへ投げ飛ばしてやった。

 

「そんなに好きなら直接見て来い!」

 

「う、うわぁあぁあぁ!!?」

 

「「「セ、センパイッ!?」」」

 

投げ飛ばした後は『精霊』に乱暴でも構わないので死なないように着地させてくれと頼んだ。

 

そして、二年の男子生徒がいる屋上でサボる気にはなれなかった俺はその場を立ち去る。

 

その後、弄光の盗撮事件が発覚して二週間の停学になったらしいが、俺は特に気にはしなかった。

 

 

 

***

 

 

 

俺は非常に困っている。

 

何を困っているかというと、ララが俺の部屋で荷物の準備をしているからだ。

 

「・・・・・・」

 

明日から臨海学校という行事があり、その準備を何故だかララが俺の部屋でしているのだ。

 

別に準備をするのは悪くないが、こんなに散らかして誰が片付けるというのだ。

 

「まぁ、俺か美柑だよな」

 

ララはなんでもかんでも持って行こうとしているらしく、旅行鞄が既に膨れあがっているのに、まだ入れようと頑張っている。

 

それと大変言い辛いのだが、明日辺りに台風が直撃しそうなのだ。

 

そんなことになれば臨海学校は延期か中止になる。

 

「俺はどっちでもいいんだけどな・・・・・・」

 

俺は別にそんな行事あってもなくても構わないのだが、ララはあって欲しいのだろう。

 

しかし、こんなに楽しみにしているララにそんなことを言えるわけがない。

 

まぁ、方法は一応考えてはいるのだが。

 

「ララさん、楽しみにしているところ悪いんだけど、中止になるかもよ? 臨海学校」

 

俺の代わりに大好きなアイスを食べながらそう言ったのは美柑であった。

 

というか美柑よ、暑いのはわかるが男の俺の前でそんな格好はやめろ。

 

美柑は膝上までしかないズボンとブカブカのランニングシャツを着ていたのだ。

 

「へっ?」

 

まさかの中止発言に素っ頓狂な声を出したララ。

 

俺は最初から知っていたので特に驚きはしなかったが。

 

「台風が近づいてるんだって。 しかも、明日辺り直撃って言ってるよ?」

 

俺の部屋からリビングに移動した三人でテレビの前へ集まる。

 

そこでは丁度天気予報が映し出されており、台風が直撃すると言っていた。

 

「えー!? そんなのヤダよ! せっかく色々準備したのに」

 

「私としては中止の方がいいかな、トシ兄ぃが家にいるし」

 

美柑の呟きはララの大声でかき消され、ララには聴こえていなかったようだが、近くにいた俺には聴こえていた。

 

そんな美柑には悪いがあんなに楽しみにしているララの為に俺は『魔法』を使っているのだった。

 

「ってなわけで、頼むな」

 

俺が事前に台風が来るとわかっていたのも『精霊』から聞いていたからだ。

 

そしてそのときからお願いして、当日までに台風を日本から逸らしてもらうように言っていたのだ。

 

今、言ったのも最終確認であり、このまま朝になれば台風は日本を逸れていることだろう。

 

「心配するな、ララ。 寝て起きたら行けるようになってるから」

 

「ホントに?」

 

美柑の中止発言が効いたのか、目に涙を浮かべ俺にそう尋ねてくるララ。

 

そんなララの表情に一瞬ドキリとしたが、俺は顔には出さず頷いてやる。

 

「あぁ、大丈夫だ。 俺を信じろ」

 

俺はララの目を見つめて、真剣な表情でそう言ってやる。

 

もっとも、絶対に台風が逸れるという自信があったから言えたのだが。

 

「・・・・・・うん、わかった。 トシアキのこと信じる」

 

そして、俺の言葉を信じてくれたのか、涙を拭き取ってしっかり頷いたララ。

 

「それじゃあ、風呂に入って早く寝ろ。 明日は早いんだから」

 

「うん、わかった! それじゃ、行ってくるね!」

 

元気になったララは俺の言った通り、明日に備えて早く風呂に入って、寝るようだ。

 

まだ昼間なのだが、ララには丁度いいだろう。

 

どうせ、興奮して早く寝られないだろうから。

 

「・・・・・・いいの? トシ兄ぃ。 あんなこと言って」

 

アイスを食べ終えた美柑はそう言いながら俺を見つめてくる。

 

どうやら俺が根拠のないことを言ったのが気になっているらしい。

 

「いいんだよ。 どうせ台風は逸れる、美柑には悪いけどな」

 

「私?」

 

「さっき言ってたろ? しばらく一人になるけど泣くなよ」

 

俺の言葉を聞いてキョトンとしていた表情が、俺に聴こえていたという驚きに変わる。

 

そして恥ずかしくなってきたのか、顔を赤らめてそっぽを向く。

 

「な、泣かないよ、トシ兄ぃのバカ」

 

そんな様子を見せる美柑が可愛く思えてきたので、ポンポンと頭を撫でて微笑む。

 

「寂しくないように今日はなんでも一つだけ、望みを叶えてやるよ」

 

ララにばかりでは流石にズルいので、美柑も一つ願いを叶えてやることにする。

 

もっとも、お金が欲しいとか、家が欲しいとかは流石に無理だが。

 

「・・・・・・じゃあ、一緒にお風呂に入ろ?」

 

「なん、だとっ!?」

 

まさかの願い事に俺は驚いてしまった。

 

確かにまだ小学生な美柑だが、そろそろ男という存在が気になり始め、たとえ兄でも一緒に行動したく無くなる歳だと思っていたのだが。

 

「・・・・・・ダメ?」

 

顔を赤くしながらも俺から視線を外さず、答えが返ってくるのを待つ美柑。

 

「わかったよ。 けど、美柑もそろそろ兄から卒業しような?」

 

「・・・・・・うん、わかった」

 

俺は美柑のお願いを叶えてやるために今日は一緒に風呂に入ることになった。

 

ちなみに、裸で入ろうとしていたのでマナー違反だがタオルを付けさせた。

 

もちろん、俺もタオルを付けていたのは言うまでもない。

 

 

 

~おまけ~

 

 

私はお風呂に入りながら、つい先ほどの真剣な表情をしたトシアキを思い出していた。

 

「トシアキ・・・・・・」

 

始めて通った学校という場所の友達と一緒にお泊りが出来る臨海学校。

 

どうしても行きたかったけど、タイフウとかいうのに邪魔されて行けなくなるところだった。

 

でも、トシアキが俺を信じろって言ってくれて、その時のトシアキの表情が。

 

「カッコ良かったなぁ・・・・・・」

 

今まで人を好きになったことがなかったので、色々と戸惑うことも多いけど、これが人を好きになること。

 

ドキドキして、楽しくて、でも不安で寂しく感じるときもあるけど、初めて好きになったのがトシアキでよかった。

 

私は明日の臨海学校を楽しみにしながら大好きなトシアキのことを思い、お風呂から出て明日に備えて早くベッドで横になった。



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外伝

今回は外伝なので少し短めですが、ご了承ください。


最近は毎日、暑い日が続いている。

 

あまりにも暑いので私は短いズボンに大きめのランニングシャツを着ている。

 

汗で肌に引っ付いたら気持ち悪いし。

 

ウチの家ではあまり冷房を付けない。

 

お父さんやお母さんがいれば話が変わるけど、トシ兄ぃが人工的な風を凄く嫌うのである。

 

冷房が効いている部屋には入りたくないというほど嫌いなのだ。

 

だから私も基本的に冷房は使用せず、大好きなアイスを食べて過ごしている。

 

そんな今日も大好きなアイスを食べながらリビングでテレビを見ていた。

 

「今頃、トシ兄ぃとララさんは臨海学校の準備か・・・・・・」

 

そう言葉にしてみると、この家で数日間は一人でいることになると実感出来た。

 

「お父さんは最近帰ってこないし、お母さんも相変わらず海外にいるんだろうし」

 

いつもはトシ兄ぃがいてくれるけど、学校の行事なので仕方がない。

 

多分、優しいトシ兄ぃのことだからお願いしたら普通に家に居てくれると思うけど。

 

「・・・・・・言えないよね、そんなこと」

 

トシ兄ぃにはトシ兄ぃの都合がある。

 

いくら私でもそこまで我儘なんて言えない。

 

そんなことを考えながらテレビを見ていると、天気予報で台風が近づいていると言っている。

 

「・・・・・・伝えた方がいいよね。 ララさん、楽しみにしてたし」

 

つい先日から一緒に住むことになった宇宙人で自称トシ兄ぃの婚約者。

 

ララ・サタリン・デビルーク、ララさんの顔を思い浮かべる。

 

可愛いらしい顔にスタイルもよくて宇宙のお姫様、きっと世の中の男の人の理想に違いない。

 

それに比べて私は。

 

「なに考えてんだろ、私」

 

首を振って、先ほどまで考えていた思考を打ち払いトシ兄ぃの部屋にたどり着く。

 

トシ兄ぃの部屋ではララさんが笑顔で鞄に荷物を積めていた。

 

けど、そんなにたくさん入らないと思うのだけど大丈夫かな。

 

「ララさん、楽しみにしているところ悪いんだけど、中止になるかもよ? 臨海学校」

 

「へっ?」

 

私の言葉に素っ頓狂な声を出してこっちを見たララさん。

 

トシ兄ぃは最初から知っていたみたいで、特に驚いた様子はなかった。

 

「台風が近づいてるんだって。 しかも、明日辺り直撃って言ってるよ?」

 

それから三人でリビングへ向かい、天気予報が映し出されているテレビを見る。

 

「えー!? そんなのヤダよ! せっかく色々準備したのに」

 

宇宙人のララさんにとって、学校の行事である臨海学校は余程楽しみだったようだ。

 

でも、私としては中止の方が嬉しい。

 

「私としては中止のほうがいいかな、トシ兄ぃが家にいるし」

 

思ったことが口に出てしまい、慌てて口を塞いで二人を見る。

 

ララさんはテレビに向かって台風を何とかしてとお願いしていて聴こえてなかったようだ。

 

「・・・・・・頼むな」

 

肝心のトシ兄ぃを見ると、誰もいない空間に話しかけていた。

 

時々思うのだけど、トシ兄ぃのアレって変な病気とかじゃないよね。

 

だけど、そのおかげでトシ兄ぃにも聴こえていなかったみたいで私はホッと胸を撫で下ろした。

 

「心配するな、ララ。 寝て起きたら行けるようになってるから」

 

もし、トシ兄ぃに聴こえていたら本当に学校を休んで家に居てくれるだろう。

 

昔から私の為に学校を休んだり、家事を色々と頑張ってくれているのを知っている。

 

「ホントに?」

 

それだけにトシ兄ぃにはなるべく学校行事や友達との遊びを楽しんで欲しいと思う。

 

「あぁ、大丈夫だ。 俺を信じろ」

 

というか、トシ兄ぃの真剣な表情で言った言葉は私も頷いてしまうと思う。

 

それを見ているララさんの顔も真っ赤だし。

 

「・・・・・・うん、わかった。 トシアキのこと信じる」

 

「それじゃあ、風呂に入って早く寝ろ。 明日は早いんだから」

 

いくらなんでも寝るには早すぎると思う、まだお昼だし。

 

「うん、わかった! それじゃ、行ってくるね!」

 

しかし、ララさんはそんなことを気にせず、トシ兄ぃに言われた通りに風呂場へと向かって行った。

 

「・・・・・・いいの? トシ兄ぃ。 あんなこと言って」

 

丁度食べていたアイスを食べ終えたので、棒を咥えたままそう尋ねてみる。

 

いくら真剣は表情で言ったとしても台風は自然現象だ。

 

トシ兄ぃ、個人の力でどうにかなるとは思えない。

 

「いいんだよ。 どうせ台風は逸れる、美柑には悪いけどな」

 

このまま行けば明日には直撃の台風が逸れるらしい。

 

でも、不思議トシ兄ぃがそう言うならそんな気がしてくる。

 

「私?」

 

だけど、どうして私に悪いのかわからず、首を傾げてトシ兄ぃを見つめる。

 

「さっき言ってたろ? しばらく一人になるけど泣くなよ」

 

まさかさっきの言葉が聴こえていたとは思わなかったので、慌ててそっぽを向いた。

 

私の表情を見て臨海学校に行かないと言われないようにするために。

 

「な、泣かないよ、トシ兄ぃのバカ」

 

けれど、私の行動が照れ隠しだと勘違いしたのか、トシ兄ぃは私の頭をポンポンと撫でてくる。

 

頭を撫でて貰うのは恥ずかしいけど、同時に嬉しさも感じられるので私は結構気に入っていたりする。

 

「寂しくないように今日はなんでも一つだけ、望みを叶えてやるよ」

 

微笑みながら私にそう言ってくれたトシ兄ぃ。

 

きっとここで、臨海学校に行かないでと言えば本当にいかないような気がする。

 

なので、先ほどの仕返しも込めて前から言いたかったことを言ってみた。

 

「・・・・・・じゃあ、一緒にお風呂に入ろ?」

 

今までは兄妹でも男と女だからダメだと思っていたけれど、最近ではララさんがいる。

 

このままじゃ、ララさんにトシ兄ぃを取られそうな気がするので、私も負けるわけにはいかない。

 

「なん、だとっ!?」

 

普段は出さないような声色で驚くトシ兄ぃ。

 

私がこんなことを言ったのがそんなに予想外だったのだろうか。

 

でも、ララさんには負けたくないのでトシ兄ぃから視線を逸らさない。

 

「・・・・・・ダメ?」

 

自分でも頬が赤くなっているのがわかる。

 

ララさんが来るまでは兄妹でずっと一緒にいれればいいと思っていた。

 

でもそれは私がトシ兄ぃのことを異性として好きだからそう思っていたのだ。

 

「わかったよ。 けど、美柑もそろそろ兄から卒業しような?」

 

そう言えば昔、お母さんからトシ兄ぃと結婚してもいいと言われたけど、あれってどういうことなのかな。

 

兄妹じゃ結婚できないってことは、もしかして私とトシ兄ぃは。

 

「・・・・・・うん、わかった」

 

兄からは卒業するけど、トシ兄ぃからは卒業出来そうにない。

 

だって私はトシ兄ぃが、結城トシアキが大好きだから。

 

 

 

~おまけ~

 

 

ララさんが部屋に戻ったあと、トシ兄ぃと一緒にお風呂に入ることになった。

 

と言っても私がお願いしたことなのだけど。

 

「ト、トシ兄ぃ、入るね?」

 

「あぁ」

 

先にお風呂に入ったのはトシ兄ぃで、私は後から入ることになっていた。

 

流石に一緒に服を脱いだりすることは出来そうもなかった。

 

「お、おじゃましまーす」

 

ゆっくりドアを開けると湯船に浸かっているトシ兄ぃが私に視線を向けてくる。

 

「っ!? ば、ばか! タオルを付けろ!!」

 

私を見たトシ兄ぃが慌てた様子でそう言い放つ。

 

「えっ!? でも、お風呂場でタオルを付けるのはマナー違反だって・・・・・・」

 

小さいときに一緒に入ったときはタオルを付けなかったし、銭湯だとタオルを付けるのはマナー違反だったはずだ。

 

「それはタオルを湯船に浸けるのがマナー違反なんだよ! 身体に付けても問題はない」

 

「そ、そうなの? あっ・・・・・・」

 

そう言われて改めて自分の身体を見降ろすと何も付けていない。

 

そう考えてしまうと一気に恥ずかしさが込み上げて来る。

 

「・・・・・・タオル、取ってきます」

 

脱衣所まで一度戻った私はタオルを身体に巻き付け、再び風呂場へ向かった。

 

その後の詳しいことはあまり覚えていない。

 

ただ、久しぶりにトシ兄ぃと一緒に入ったお風呂は、明日から一人で留守番することの寂しさを忘れさせてくれるものだった。



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第七話

『精霊』たちのおかげで台風が日本から逸れたため、無事に行われることになった臨海学校。

 

旅館に到着した俺たちはさっそく自分たちに宛がわれた部屋で浴衣に着替えた。

 

「んじゃ、さっそく風呂に行くか」

 

4人で1部屋のここでは俺と猿山、犬飼と雉島の4人が部屋のメンバーだった。

 

ちなみにウチのクラスは男子が16人、女子が16人の計32人である。

 

まったくどうでもいいことだとは思うが、部屋は4人ずつで計8部屋となっているのだ。

 

それで、同室の犬飼は着いた途端にゲームを始めたのでどうやら風呂には行かないらしい。

 

「ここは温泉だったよな? 楽しみだ」

 

「ん? 結城、お前そんなに楽しみだったのか?」

 

雉島がそう言って俺に話しかけてくる。

 

俺と話すのを最初は怖がっていたみたいだが、猿山が普通に話しているのを見ていて平気だと思ったらしい。

 

「あぁ、温泉は好きだ。 露天とかあったらもう最高だな」

 

俺としても敵意を持っていない奴に警戒するほどではないので、普通に学友として返事をする。

 

それに顔と名前を早く覚えてやらないといけないしな。

 

「おっ、わかってるなトシアキ。 やっぱ覗きといえば露天だよな!」

 

「は?」

 

俺の言葉に反応したのは猿山で、興奮しているのか鼻息が荒い。

 

というか、そんな顔で俺に近づくなよ。

 

「「風呂といえば覗き! 覗きといえば露天! だろう!?」」

 

いや、『だろう!?』とか言われても、俺は特に興味はないのだが。

 

というか雉島、お前まで猿山と一緒になって何を言っているのだ。

 

「というわけで行くぞ!」

 

どういうわけか猿山と雉島に連れられて大浴場へと到着した俺。

 

まぁ、風呂には入るつもりだったので別に構わないのだが、覗きをするために来たわけではないと言っておこう。

 

「はぁあぁ・・・・・・いい湯だ」

 

温泉に浸かりながら俺はそう呟く。

 

やっぱり大きい風呂、しかも温泉となれば格別だ。

 

「くっ、あともう少し・・・・・・」

 

女子風呂との境界線となっている岩山を登っていた猿山がそう言って一番上の岩に手を掛けていた。

 

大浴場に来てまだ間もないのにあそこまで登ったのか、素早い奴だ。

 

「仕方ない」

 

一緒に温泉に浸かっていた『精霊』たちにお願いして、女子風呂との境界線辺りに湯気を立ち上らせるようにした。

 

これで覗きこんでも全く何も見えないだろう。

 

「きゃあぁあぁ!! のぞきよ!!」

 

「なに?」

 

湯気の為、お互いが見えなくなっているはずなのに女子風呂の方から叫び声が聴こえてくる。

 

まさか猿山たちの方が、湯気が立ち上るよりも先に顔を出したのだろうか。

 

「こんなところに校長がいるわ!!」

 

と思ったが、どうやら犯人はあの校長らしい。

 

それより、どうやって女子風呂へ侵入したのか気になるところだ。

 

まさか、生徒が入る前から待っていたわけでもあるまい。

 

「まぁ、いいか。 校長がボコボコにされている音を聞けばあいつらも諦めるだろ」

 

案の定、ゆっくりと降りてきた猿山と雉島は静かに温泉に浸かり、二度と覗きに行くことはなかった。

 

その後、露天風呂を堪能した俺は上機嫌のまま部屋に戻ることが出来た。

 

反対に覗きに失敗した猿山と雉島はかなり落ち込んだようだったが、事が事なので慰めることはしなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「さて! 今から肝試しのペアをくじ引きで決めます!」

 

相変わらず派手な服装で元気よく話している我が校の校長。

 

しかし、顔が腫れあがっているところを見ると、先ほど女子から受けたダメージが残っているらしい。

 

「肝試しか・・・・・・」

 

高校生にもなって肝試しという行事を行うことに不思議を感じたが、一応全員参加行事なので参加することにした。

 

「各クラスの男女それぞれでくじを引き、同じ番号同士がペアになります!」

 

校長の言葉に従い、クラスの皆はくじ箱の前に並ぶ。

 

俺自身は相手が誰でもよかったので最後まで動かず、他のクラスメイトのペアになった奴らを眺めていた。

 

「おっしゃあぁ!! ララちゃんとペアだ!」

 

眺めていると猿山が嬉しそうに大声で叫んでいた。

 

他にも嬉しそうにしている男子が数人いる。

 

女子も女子で、相手の男子を見て嬉しそうに微笑んでいた。

 

「っと、俺の番か」

 

箱の底に残っていた紙を引き抜いて中身を確認する。

 

番号を確認した俺は未だペアがいない一人の女子を探す。

 

「西連寺、引いた番号は5番か?」

 

俺は一人で周囲を見渡していた西連寺に声を掛ける。

 

「えっ!? あ、うん。 もしかして結城君も?」

 

ビクッと身体を震わせるも俺だと気付いたのか、安心した様子で引いたくじを見せてきた。

 

「あぁ。 よろしくな」

 

俺も引いたくじを見せ、挨拶をしておく。

 

クラスメイトの女子で顔と名前が一致する相手はまだ少ないのだ。

 

「よ、よろしく」

 

そんな俺の態度が怖かったのか、オドオドした様子で俺の隣に並ぶ西連寺。

 

そうしていると肝試しが始まった。

 

俺と西連寺は5番だったので早めのスタートとなり、鳥居をくぐって歩き始めた。

 

「この一本道を500m進んだ所にある神社の境内がゴールだってよ」

 

「・・・・・・」

 

唯一の明かりとなる提灯を俺が持ち、鳥居から続く一本道を歩く。

 

西連寺もペアなので一緒に進んでいるが、歩幅が狭くて随分と遅い。

 

「西連寺?」

 

「えっ!? な、なに?」

 

振り返って声を掛けて見ると、先ほどと同じくビクッと身体を震わせる西連寺。

 

「・・・・・・もしかして、怖いのか?」

 

「じ、実は私、ダメなの・・・・・・オバケとか、ユウレイとか」

 

涙目になった西連寺はそう言って俺を見つめてきた。

 

ララといい西連寺といい、意外と女の子の涙目は普段との違いが可愛く見えてくるから不思議だ。

 

先ほど驚いていたのも、俺が怖いんじゃなくてこれからの肝試しが怖かったんだな。

 

「仕方ないな、ほら」

 

俺は提灯を持っていない左手を西連寺に差し出す。

 

「えっ?」

 

手を差し出された西連寺は俺の手と俺の顔を戸惑った様子で交互に見つめる。

 

「俺の手に捕まって目を閉じてろ。 そうすればゴールに連れてってやるよ」

 

「えっと・・・・・・」

 

「まぁ、俺みたいな男に触れたくないってんなら話は別だが」

 

何やら迷っている西連寺にそう言ってやる。

 

迷っている理由がそれなら流石の俺でも少し傷つくが。

 

「い、いいの?」

 

今度は俯いた状態で視線を上げて見つめてくる。

 

先ほどの涙目と重なって、見事な上目遣いだった。

 

「俺は別に構わない。 ただ、さっき言ったように西連寺が嫌なら・・・・・・」

 

「い、嫌じゃない! 嫌じゃないよ!!」

 

俺の言葉を遮って西連寺の大きな声が辺りに響いた。

 

自分の大きな声が恥ずかしくなったのか、頬を赤くして俯いてしまう。

 

「ったく、仕方ないな」

 

いつまでたっても行動しようとしない西連寺の右手を俺から繋いでやる。

 

「あっ・・・・・・」

 

「嫌じゃないんだろ? 嫌ならいつでも離していいからな」

 

「ううん、ありがと」

 

俺の言葉に首を振って否定した西連寺はそのまま両手でギュッとしがみ付き、目を閉じた。

 

「まぁ、一本道だから大丈夫だと思うが、コレも貸してやるよ」

 

「えっ? あっ、クラシック音楽」

 

ここに来るまでのバスの中で話す相手がいなかった俺はずっと音楽を聞きながら眠っていたのだ。

 

その時の小型音楽プレイヤーを西連寺に貸してやる。

 

「一応、俺のお気に入りだから失くすなよ? 音楽を聞きながら目を閉じてたらゴールしてるから」

 

それだけ言って、俺は止まっていた足を進めた。

 

先ほどから隣の林の中で先生が早く行けと指示しているのが気になっていたのだ。

 

おそらく、俺たちが止まっていた所為で後ろの奴らがスタート出来ないのだろう。

 

「・・・・・・ありがと」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

先生に気を取られていた俺は西連寺が何を言ったのか、聴き取ることが出来なかった。

 

「・・・・・・」

 

俺の聞き返した言葉も、音楽を聞いて目を閉じている西連寺には聴こえなかったようで、無言のままゆっくりと足を進めている。

 

「まぁ、いいか」

 

俺は特に気にしないことにして西連寺が転ばないように気を付けながらゆっくりと進んで行った。

 

途中、先にスタートしたクラスメイトたちが引き返してきたり、驚かす役をしている旅館の人たちに遭遇したが、俺は気にせずそのまま足を進めた。

 

西連寺も本当に音楽に集中しているのか、終始穏やかな表情のままゴールまで辿り着いた。

 

「ゴールおめでとう! 今年の肝試しの達成者は今のところキミたちだけだ」

 

いつの間に移動したのか、スタートの位置に居たはずの校長が俺と西連寺を拍手で迎えてくれた。

 

後ろには旅館の人たちも数人いるのが確認出来た

 

というか、こんなにここに人が居て旅館は大丈夫なのだろうか。

 

「そうなのか。 だが、まだ居るかもしれないんだよな?」

 

「そうだね。 君たちが最初にゴールしたということだよ」

 

俺の言葉に律儀に返事をしてくれる校長。

 

しかし、俺は敬語を使っていないのだが、いいのだろうか。

 

「終わったらどうすればいい?」

 

「うん? ここで友達たちを待っててもいいし、先に旅館に戻っても構わないよ?」

 

それだけ答えて、校長は旅館の人たちが集まっているテントへ向かって行った。

 

おそらく、あそこで色々と準備をしたり、何かあった時の為に備えているのだろう。

 

「西連寺、もう終わったぞ」

 

未だに目を閉じて俺の左腕にしがみ付いていた西連寺の肩を叩いて教えてやる。

 

「えっ? なに? 結城君」

 

イヤホンを外して、俺の顔を見つめる西連寺。

 

「終わったんだよ、肝試し。 ここがゴールらしい」

 

「そうなんだ・・・・・・あっ! ご、ごめんなさい」

 

ゴールに到着して安心した西連寺は今の状態に気がついて慌てて俺から離れる。

 

「ここで友達待っててもいいし、旅館に戻ってもいいらしいけど、どうする?」

 

俺から離れた西連寺だが、何故だか頬が赤くなっていた。

 

風呂上がりに外へ出たから湯冷めでもしたのか。

 

「わ、私は里沙と未央を待ってるね」

 

西連寺の言う里沙と未央が誰なのかわからないが、友人を待つならそれで構わないだろう。

 

「んじゃ、俺は戻るな」

 

西連寺に背を向けて旅館の方へ向かって歩き出す俺。

 

その日は結局、他にゴールする者がいなかったようで、俺と西連寺のペアが唯一の達成者だったらしい。

 

ちなみに途中で本物の幽霊が出たという噂が旅館の人たちの間で広まったが、未だに原因は謎のままらしい。

 

 

 

~おまけ~

 

 

結城君が旅館に戻っていく背中を見つめながら私は自分の頬を押さえて俯く。

 

押さえた頬は熱く、きっと鏡で見たら真っ赤になっていることだろう。

 

「お化けが怖かったからってあんなこと・・・・・・」

 

歩いている間、ずっと結城君の腕にしがみ付いていたことを思い出してまた頬が熱くなる。

 

「・・・・・・そう言えばお風呂で未央が」

 

旅館に到着してすぐに入ったお風呂で未央が

 

【この臨海学校の肝試しで最後までたどり着いたペアは必ず結ばれてカップルになるんだって!】

 

と、そんな風に言っていた。

 

「わ、私と結城君がカップル・・・・・・」

 

そう考えると夜風に当たって冷めてきた頬が再び熱くなる。

 

私は何回頬を熱くしているのだろ、と考えていたけど、次々とリタイアしたクラスメイト達が集まってきたのでその思考は停止させる。

 

「春菜、どうだった?」

 

集まってきたクラスメイトの中に私が待っていた里沙と未央もいて、私を見つけた里沙が声を掛けてくる。

 

「うん、ちゃんとゴールできたよ」

 

「おぉ! ということは、春菜はペアの人とカップルになるんだね!」

 

私の言葉に未央が目をキラキラさせてそう言ってくる。

 

「そう言えば、春菜のペアって誰だっけ?」

 

「結城君だよ、結城トシアキ君」

 

私がそう答えた瞬間、里沙と未央のテンションが下がっていくのがわかった。

 

「あぁ、結城ね」

 

「結城かぁ。 春菜、大丈夫?」

 

「えっ? 大丈夫ってなにが?」

 

一瞬なにを言われているのかわからなかったけど、気になったのですぐに聞き返してみた。

 

「だって結城、なに考えてるかわかんないし」

 

「こないだも、上級生の人と言い争っているのを見たって聞いたよ?」

 

私は同じ中学校だったので、結城君がどんな人なのかわかっていたけど、高校で初めて結城君に会ったらそういう風に見えるんだ。

 

「ううん、結城君は優しくて、凄く頼りになる人だよ?」

 

この前も貧血で倒れていた私を保健室まで運んでくれたし、それに今日も私の為に音楽プレイヤーを。

 

「あっ、これ、返すの忘れてた」

 

手に持っていた結城君の音楽プレイヤーを見て、思わず呟いてしまった。

 

「ふーん、春菜って結城のこと好きなの?」

 

しかし、そんな私の呟きは聴こえなかったようで、里沙は別のことを聞いてくる。

 

「ふぇ!?」

 

そんな里沙の声に私は素っ頓狂な声を出しながら視線を音楽プレイヤーから慌てて二人へ移した。

 

というか、また顔が熱くなっている。

 

このままじゃ気付かれそうなので、顔を見せないようにして旅館を目指して走った。

 

「あっ、コラ、待て!」

 

「さっきの話、聞かせてよ!」

 

走って旅館に帰った私は里沙と未央の追撃を適当に答えてはぐらかした。

 

ちなみに頬が赤かった理由は先ほど走った所為だということにしておいた。



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第八話

二日目の臨海学校は朝から海で海水浴だった。

 

綺麗な砂浜に青い海、そして暑さの元凶となっている太陽。

 

そんな中、俺は一人立ち尽くしていた。

 

「・・・・・・遊んでばかりのような気がするのは俺だけか?」

 

一応、臨海学校なのだから勉強はしないまでも何か学ぶことをするのだと思っていたのだが、予想が外れたらしい。

 

「まぁ、自然が好きな俺にとっては自由に動けるなら別にいいけどな」

 

久しぶりに見た海の『精霊』たちに軽く挨拶をしながら辺り見渡す。

 

どうせなら日陰の涼しい場所でのんびりしたかったのだ。

 

「トシアキー! こっちで一緒に遊ぼうよー!」

 

呼ばれたので声がした方に振り向くと、ララと西連寺の姿が見えた。

 

西連寺が俺のことを下の名で呼ぶはずがないので、ララが呼んだのだろう。

 

「なんだよ、ララ。 俺はゆっくり休も・・・・・・」

 

「えへへ、どう? 可愛いでしょ?」

 

水着姿のララが俺の言葉を聞かずに自分の水着姿をアピールしてくる。

 

というか、それもペケの変身した姿なのだろう。

 

「どうせペケの変身したやつだろ? それなら本物を着てる西連寺の方がよっぽど可愛いぞ」

 

やはり、ペケがどこからかコピーした水着より自分で着るものを選んだのであろう西連寺の水着の方が可愛く見える。

 

「えっ!? わ、わたし!?」

 

俺が突然名前を出したことに驚いたのか、西連寺が顔を赤くしながら慌てている。

 

だが、よく考えると女子の水着を褒めると変な意味にとられないだろうか。

 

「むぅ、ペケの変身じゃあダメなの?」

 

慌てている西連寺の横では頬を膨らませたララが俺にそう言ってくる。

 

別にダメと言うわけではないが、やはり自分で似合うものを買うべきだと思っている俺はおかしいのだろうか。

 

「ダメじゃないが、西連寺と比べると見劣りしてしまうな」

 

もっとも、ララのように万人受けするような容姿であればどんなものを着ていても似合うとは思うが。

 

「あくまで俺個人の意見だ。 他の奴に聞けば可愛いって返ってくるんじゃないか?」

 

「もう! 私はトシアキに言って欲しんだよ」

 

ララが俺を慕ってくれるのは嬉しいが、もともとは俺の発言が誤解を生んだのが原因だ。

 

もう一度キチンと話をしておくべきなのだろうか。

 

「あのな、ララ。 そもそも・・・・・・」

 

「きゃあぁあぁ!! 水着泥棒よ!」

 

俺の言葉をかき消すようにして離れたところから悲鳴が上がった。

 

覗き事件といい、お化け事件といい、水着泥棒事件といい、問題多発しすぎだろ、この臨海学校。

 

「っと、こっちに来たか」

 

水中を素早く移動してきたヤツは俺たちの方へと向かって来ていた。

 

「ララ、西連寺、注意しとけよ。 こっちに近づいて来てるぞ」

 

とりあえず、被害にあっているのは女子だけのようなので、目の前にいる二人にはそう言っておく。

 

「う、うん・・・・・・」

 

「まっかせて! 私が捕まえるわ!」

 

そう言っていたララだが結局、水着を盗られてしまった。

 

というか、今水着を盗ったヤツって。

 

「ラ、ララさん、大丈夫!?」

 

傍にいた西連寺が心配そうにララに近寄って声を掛けている。

 

しかし、ララの水着はペケの変身したものなので、すぐに元に戻っていた。

 

「うん。 大丈夫だよ、春菜」

 

振り返ったララの水着はキチンと元通りになっており、周りで様子を窺っていた男子たちが残念そうに肩を落とす。

 

そんな奴らを俺は放っておくことにして、水着を盗んだ犯人のもとへ向かうことにした。

 

「ちょっと、行ってくる。 お前らはここにいろ」

 

ララと西連寺にそう言い残して、俺は犯人が向かって行った岩場へと急ぐ。

 

「・・・・・・なるほど、そういうことか」

 

岩場に行ってみると、大きなイルカが砂浜に乗り上げて身動きがとれずにいた。

 

水着を盗んだ犯人はそのイルカの子供のようで、心配そうにコチラの様子を窺っている。

 

「安心しな、すぐに助けてやるよ」

 

イルカは頭の良い動物だ。

 

おそらく、人間の水着を盗んでここまで案内して親を助けて欲しかったのだろう。

 

「キュー」

 

俺の言葉の意味を理解したのか、嬉しそうにその場でとび跳ねた子イルカ。

 

流石に人一人の力ではどうしようもないが、俺には『精霊』がついている。

 

俺は『精霊』に協力してもらい、親イルカを海へ返してやった。

 

「んじゃ、気をつけてな」

 

遠くの海でこちらを見つめる親子イルカにそう言って手を振る。

 

「キュー!」

 

最後にお礼でも言ってくれたのか、親子イルカはそのまま海へと戻って行った。

 

それにしても、親子か。

 

「・・・・・・まぁ、いいか。 丁度いい場所だし、ここで休むことにしよう」

 

岩場は人の気配がしない静かな場所で、丁度いい陰もあり涼しそうな場所だった。

 

俺はそこで今までの疲れを休めるためにゆっくりと眠りに着いた。

 

これは余談になるが、イルカたちが無事に返ったあとに校長が今まで盗られていた水着を発見して大喜びしていたらしい。

 

そこに盗られた水着を探していた女子に見つかり、再びボコボコにされてしまったそうだ。

 

 

 

***

 

 

 

海で課外授業という名の遊びを終えた生徒たちは旅館に戻って寝る準備をしていた。

 

風呂にも入り、美味しい夕食も食べ、俺も布団に入って眠ろうと考えていた。

 

「明日で臨海学校も終わりかぁ」

 

「思い返すと校長に振り回されてばっかりだったよな」

 

同室の雉島と猿山の会話が俺の耳へと入ってくる。

 

しかし犬飼、お前はゲーム以外にすることはないのか。

 

二人の会話に混ざろうともせず、布団に入ったままゲームをしている犬飼に視線を向けた俺。

 

「せめて最後に楽しい思い出の一つを残したいと思わないか?」

 

「確かに! このまま終わるのは寂し過ぎる」

 

俺や犬飼を無視して話を続ける猿山と雉島。

 

犬飼に視線を向けていてもなにも反応しないので、俺は二人の会話に入ることにした。

 

「でも今からじゃ、寝て起きたら帰宅になるだろ」

 

「いや、まだやれることはある!」

 

かなりの大声で叫びながら俺に人差し指を向けた猿山はそのまま言葉を続ける。

 

「ララちゃん・・・・・・もとい、女子の部屋に遊びに行くのだ!」

 

俺に指を向けてまで何を言いだすのかと思えばどうでもいいことだった。

 

女子となら明日の帰りのバスにでも会話出来るだろうに。

 

そこまで考えた俺だが、肝試しの時に西連寺に貸した音楽プレイヤーをまだ返してもらってないことに気付いた。

 

「そうだな、行くか」

 

「「えっ?」」

 

俺がそう答えたことが余程驚いたのだろうか、猿山と雉島が揃って俺を見る。

 

明日帰るときに音楽プレイヤーが無かったら困るので、俺はそんな二人を放って部屋を出る。

 

「お、おい! 待てよ、トシアキ!」

 

「お、俺も行く!」

 

俺の後を慌ててついてきた猿山と雉島。

 

そんなに女子の部屋に行きたかったのだろうか。

 

「ここだ」

 

女子の部屋を目指した俺だが、西連寺が何処の部屋に居るのかわからなかった。

 

猿山に尋ねたところ、ララと同室ということだったので俺は案内を任せたのだった。

 

「ララちゃん、起きてるかなぁ」

 

「早く行くぞ」

 

女子の部屋の前で変なテンションの猿山を放っておいて扉に近づいた俺。

 

あんな奴の傍に居たら俺まで変な目で見られるに決まっている。

 

「おい! そこに居るのは男子か!」

 

俺が扉の前に着いた途端、聴こえてきた怒鳴り声。

 

おそらく、後ろにいる猿山と雉島が見つかってしまったのだろう。

 

俺は扉の前まで来ていたため、近くまでこないと見つからないはずだ。

 

「げっ! 指導部の鳴岩だ」

 

「に、逃げろ!!」

 

猿山と雉島は先生の姿を確認したのか、慌てて元来た道を戻って行く。

 

俺は見つかってはいないが、このままここに居ると見つかってしまうだろう。

 

「俺も逃げるかな」

 

考えていても仕方がないので、ここから逃げようとしたとき、目の前の扉が静かに開いたのだ。

 

「ゆ、結城くん・・・・・・」

 

「西連寺・・・・・・」

 

目的の人物に出会えたのは良いが、このままでは見つかってしまう。

 

「コラー! 待たんか!」

 

逃げた猿山と雉島を追いかけているのであろう先生の声が近くまで迫って来た。

 

今から逃げだしてもおそらく間に合わないだろう。

 

「仕方ない、腹を括るか」

 

別に今で無くても明日の帰るときに返してもらえばよかったのだと俺は思った。

 

早計な考えをして、行動に移してしまった自分自身に呆れてしまう。

 

こうなったら潔く怒られて反省でもしようか、と考えていたところ、西連寺に腕を掴まれた。

 

「早く入って! 見つかっちゃうわ!」

 

「おっ? おう」

 

女子の部屋に入れて貰った俺は座りこんで、そのまま辺りを見渡す。

 

「あれ? 他の女子たちは何処行ったんだ?」

 

「あ、うん。 みんなジュースを買いに行くって」

 

なるほど、それで他の女子の姿が見えなかったわけか。

 

ここまで来たのだから俺は早速本題に入ることにした。

 

「西連寺、悪いけど音楽プレイヤー返してくれね? あれがないと明日のバスの中で暇になるからさ」

 

「あっ、そう言えばずっと私が持ってたよね。 ちょっと待ってて」

 

自分の鞄が置いてある場所まで戻った西連寺はその中から俺の音楽プレイヤーを取り出す。

 

「はい、あの時はありがと。 凄く助かったよ」

 

「そうか。 それなら良かった」

 

渡された音楽プレイヤーを笑顔で受け取った俺はそのまま立ち上がった。

 

「それじゃ、俺は戻るな。 いつまでも女子の部屋にいるとマズイだろうし」

 

目的の物は手に入ったので、自分の部屋に戻って早く寝ようと俺は西連寺に背を向けて歩き出そうとする。

 

しかし、俺の浴衣が後ろに引かれているのを感じて振り返ると西連寺が袖を掴んでいた。

 

「西連寺?」

 

「あっ、その・・・・・・今出てると、先生に会っちゃうと思うから」

 

どうやら西連寺は俺が先生に見つかって怒られるのを心配してくれたらしい。

 

気持ちは嬉しいがこのまま部屋に居るのも問題あるだろう。

 

「大丈夫だ、何とかなる。 もし見つかったとしても・・・・・・」

 

「そうだったんだ、ララっち」

 

俺の言葉を遮るようにして、扉の向こうから女子の声が聴こえてきた。

 

ララの声も一緒に聴こえることからおそらく、この部屋の女子たちだろう。

 

「って、特に問題ないか。 後ろめたいことなんてしてないし」

 

そういう風に俺は考えていたのだが、西連寺は違ったらしい。

 

「結城君、早くこっちに!!」

 

慌てて俺の腕を取ると、布団の中に俺を押しこんでその布団を自らの膝に掛けたのであった。

 

「・・・・・・何故、隠れなくちゃいけないんだ?」

 

俺の目の前は暗闇に包まれ、その中で西連寺の足だけがぼんやりと見える。

 

そんな中で俺は疑問を浮かべたが答えが返ってくるはずもなく、その間にララたちが部屋に入って来てしまった。

 

「お、おかえりなさい」

 

ララたちが戻って来たのを見て、西連寺がそう声を掛ける。

 

というか、この状況で俺が姿を見せたら色々と勘違いされるじゃないか。

 

仕方がないので黙って気配を消し、外に出られる機会を待つことにした。

 

「あれ? 春菜、布団に入っちゃって、もう寝るの?」

 

「う、うん。 ほら、もう消灯時間だし」

 

「もう、そんなこと言って、夜はこれからよ?」

 

名前がわからない女子がそう言って西連寺に話しかけているようだ。

 

上の状況がわからないので何とも言えないが、なかなか出れそうにない。

 

「?」

 

そう思っていると携帯が布団の中に入ってきた。

 

西連寺が文字を打ってくれており、俺へ伝えてくれようとしたみたいだ。

 

【みんなが寝静まったら外に出すからそれまでガマンして】

 

俺は別にそれでも構わないのだが、クラスの男子を自分の布団の中に入れることに抵抗は無いのだろうか。

 

「ねぇ、ところで春菜さ」

 

「な、なに?」

 

今度は別の女子が西連寺に話しかけたようだ。

 

「春菜ってララちぃみたいに結城のこと好きなの?」

 

「なっ、なに言ってるのよ!」

 

流石に俺自身も驚いてしまう。

 

まさか、本人の俺が居る所でそんな話題になるとは思っていなかったのだ。

 

「えっ? そうなの春菜」

 

ララも興味があったのか、その話に首を突っ込んできた。

 

というか、俺がここにいるのだけど、聞いていても大丈夫なのか。

 

「さっきジュース買いに行ったときに聞いたんだけど、ララちぃって結城の婚約者らしいのよ」

 

厳密に言えば俺自身はそんなこと認めていない。

 

それと『ララが俺の婚約者』ではなく『俺がララの婚約者候補』になっただけだ。

 

「それで結城の家で一緒に住んでるらしいのよねぇ」

 

「肝試し大会の時には聞きそびれたけど、今なら良いわよね?」

 

「な、何が?」

 

布団の中から話を聞いている限り、このままここに居るのは色々と問題になりそうだ。

 

何とかして話を遮ろうと俺は布団の中で考える。

 

「肝試しの時に結城と何があったの!? 変なことされたんじゃない?」

 

「そうそう! 無口で何考えてるかわからない奴ほど、危険な考えをしてるんだよ」

 

俺が知らない女子二人が西連寺の傍に近づいてくる。

 

このままだと、西連寺の布団の中に居る俺は踏まれてしまうことになる。

 

「そんなことないよ」

 

そう答えたのは西連寺でも俺でも無く、話を聞いていたララであった。

 

「トシアキはね、皆のことを考えてくれる優しい人で、宇宙で一番頼りになる人だよ」

 

ララの言葉を聞いて他の三人は無言になる。

 

布団の中で声だけ聞いている俺にも一瞬、言葉を失うほど想いが伝わってきた。

 

ララは俺のことを本当にそういう風に見てくれているのだろう。

 

「な、なに!?」

 

「非常ベル!?」

 

そんな中、突然旅館内の非常ベルが鳴りだした。

 

ララを含めた三人は慌てて部屋の外へ出ていく。

 

「結城君!」

 

「あぁ、サンキューな」

 

その隙に布団から抜け出した俺は部屋を出て、他の生徒とは反対方向へ走りだす。

 

ちなみに非常ベルは鳴ったが、実際には何も起こってはおらず。

 

年老いた先生が何かのボタンと間違えて押してしまったらしい。

 

そのおかげで俺は自分の部屋に戻ってくることが出来たので、とりあえず感謝しておくことにした。

 

 

 

~おまけ~

 

 

「今頃、トシ兄ぃは海で遊んでるのかなぁ」

 

私はアイスを咥えながら、臨海学校に行ってしまったトシ兄ぃのことを考える。

 

出かけるときは笑顔で見送ったけど、やはり二日間一人でこの家にいると少し寂しく感じてしまう。

 

「まぁ、明日には帰ってくるんだけどさ」

 

私以外誰もいないのに、思わず言い訳をするかのようにそう言葉にしてしまう。

 

「・・・・・・」

 

アイスを食べ終え、残った棒をゴミ箱へと捨てた私はふと、思い出す。

 

「そういえば・・・・・・」

 

臨海学校に行く前にトシ兄ぃが言っていたことを思い出した私は洗面所へ足を運ぶ。

 

「あった! これを使おっと♪」

 

目的の物を手に入れた私は、明日帰ってくるトシ兄ぃの驚く顔を思い浮かべて笑顔になるのだった。



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第九話

臨海学校から戻って来たあと長かった夏休みも終わりを告げ、俺は今、教室で授業が始まるのを待っていた。

 

臨海学校の時にララが言っていたことを俺なりに考えて、真剣に向かい合ってみようと決めたのだ。

 

「まぁ、俺のいい加減な発言が原因なんだけどな」

 

一人でそう呟いて苦笑した俺は西連寺と楽しそうに会話しているララに視線を向ける。

 

俺が興味のないような態度でいれば諦めるなり、幻滅するなりなると考えていたが、ララはチキンと俺のことを見ていてくれたらしい。

 

「俺も態度を改めないと、ララに失礼だな」

 

自分の考えがまとまったところで、チャイムが鳴り二学期最初の授業が始まる。

 

「はい、みんな席についてぇ」

 

クラスの担任が教室に入ってきてそう声を掛ける。

 

あちこちで談笑していたクラスメイトたちは自分の席に戻り、授業を受ける体制になった。

 

「えー、二学期になっていきなりですがぁ、転校生を紹介しますぅ」

 

ウチの担任は言葉の最後を妙に伸ばす癖があるのだろうか、かなり気になってしまう。

 

そう考えている間に一人の男子生徒が教室に入ってくる。

 

「レン・エルシ・ジュエリア君ですぅ、みんな仲良くするよーに」

 

「「きゃあぁあぁ!! 美形よ!」」

 

先生の紹介と共にクラスの女子たちが叫び声を上げる。

 

それにしてもまた宇宙人か、アイツにも『精霊』が寄りついてないな。

 

「やっと見つけたよ、ララちゃん。 ボクの花嫁・・・・・・」

 

そんなことを考えている間にララの傍に移動した転校生はララの手を握ってそう声を掛けていた。

 

「一目でわかったよ、やはり・・・・・・」

 

なんだか口説いているような言葉ばかりを口にする転校生に嫌気がさした俺は途中で意識から転校生という存在を外す。

 

まったく、次から次へとララの婚約者候補がこの地球にやって来ているのだろうか。

 

このままだと俺の平和な生活が宇宙人たちの所為で台無しになってしまう。

 

いっそのことデビルーク星に乗り込んでララの父親と殺りあうべきか。

 

「じゃあ、キミだ!」

 

頭の中で考え事をしていて他から意識を遠ざけていた俺に突然、転校生が指を向けてきた。

 

「・・・・・・」

 

だが、答えるのも面倒だった、というより関わりたくなかったので無言を貫く。

 

その後、担任の言葉もあって転校生も席に着き、授業は始まった。

 

「うぜぇ・・・・・・」

 

授業が始まったのはいいが、何かにつけて転校生は俺に絡んでくる。

 

数学の問題を俺より先に答えるだの、体育の授業で俺より早く走るだの、正直に言って鬱陶しい。

 

別に答えるのも走るのも俺より早くていいのだが、その度に俺の名前を叫ぶのは勘弁してほしい。

 

「流石に、昼休みの飯を食う時ぐらいは大人しくしてるだろ」

 

そう思って飯を食おうと立ち上がる。

 

最近、俺は屋上で飯を食うのがお気に入りなのだ。

 

「あの、結城君いいかな?」

 

席を立ちあがったところで俺は声を掛けられた。

 

声がした方を見てみると、西連寺が申し訳なさそうに俺を見つめている。

 

「ん? どうかしたのか?」

 

「実は五時間目で使う資料を教室まで運んでおきたいんだけど、私一人じゃ運べそうになくて・・・・・・」

 

そう言いながらチラッと黒板の隅を見る西連寺。

 

そこには日直の名前が書かれており、今日は俺と西連寺であった。

 

というか、また西連寺と日直なのか、一学期に続いて二学期も同じペアとは驚きだ。

 

「わかった。 今から手伝えばいいんだなっ!?」

 

俺が西連寺と話していると口にパンを咥えた状態で転校生が背中にぶつかってきた。

 

「きゃっ!?」

 

そのため俺は西連寺を押し倒す形になってしまい、倒れた拍子に西連寺の胸を掴んでしまう。

 

「見たまえ! 結城君より早くご飯を食べたぞ!」

 

倒れた俺や西連寺を気にした様子もなく、そう言って自慢げに胸を張る転校生。

 

その態度に流石に関わらないようにしていた俺もキレてしまう。

 

「てめぇ・・・・・・人にぶつかって、迷惑を掛けておいてその態度はなんだ?」

 

起き上がった俺は転校生へ向けて殺気をぶつける。

 

俺の怒りに反応してか、周りの『精霊』も慌ただしく動きまわる。

 

その所為で俺の周囲の机やイスがカタカタと震える。

 

「なっ、なんだ! ぼ、ボクが悪いというのか!?」

 

俺の殺気を受けて話せる転校生は凄いと思う。

 

それか、最近俺が殺気を出すことがなかったため衰えているのか。

 

「西連寺、悪い。 その、身体に触れちまって、アレだったら気の済むまで殴ってくれても構わないから」

 

何か叫んでいる転校生を無視して、俺は後ろで倒れている西連寺を起こしながらそう言った。

 

手や肩ならいざ知らず、胸を触ってしまったんだ、それくらい仕方ないだろう。

 

「う、ううん、大丈夫。 ちょっと、ビックリしただけだから」

 

西連寺は俺の手を取りながら立ち上がりそう言って許してくれる。

 

ただ、少し頬が赤くなっているのはおそらく公衆の面前での出来ごとに恥ずかしがっているためだろう。

 

「そうか。 そう言ってくれると助かる」

 

西連寺が立ち上がってから俺は頭を下げ、今度はこんなことを仕出かした転校生を見る。

 

「ひっ!?」

 

つい睨んでしまったため、先ほどの殺気とも相まって転校生は怯えてしまった。

 

だが、俺は許すつもりは全くないので、転校生の腕を掴んで引きずって行くことにする。

 

「ララ、悪いが西連寺を手伝ってやってくれ。 俺はコイツと話がある」

 

「えっと、うん。 わかったよ」

 

いつの間にか人だかりが出来ており、その中にいたララにそう声を掛ける俺。

 

ララに声を掛けたとき、ララを含めた周囲の女子生徒の顔が赤かったのは何故だろうか。

 

そんな疑問を頭に浮かべながら、未だに怯えている転校生を連れて俺は屋上へ向かった。

 

 

 

***

 

 

 

屋上へ出てきた俺はすぐさま、引きずっていた転校生を殴り飛ばした。

 

地球人ならば話をしただろうがコイツは宇宙人だ。

 

どんな力や能力を持っているかわからないので遠慮はしない。

 

もっとも、見掛けだけの奴や地球人並みの力しかもってない奴もいるかもしれないが。

 

「ぐっ!?」

 

殴られた転校生はそのまま屋上の手すりに激突し、呻き声を上げた。

 

「とりあえず、俺にぶつかった分の仕返しはさせて貰ったぞ」

 

西連寺が許してくれたので俺からこれ以上コイツにすることはない。

 

もっとも、西連寺から殴られていたらその分俺がコイツを殴るつもりだったが。

 

「あと、俺より何でも早いのは結構だが、俺の名前をいちいち叫ぶんじゃねぇ。 付きまとわれているみたいで鬱陶しい」

 

それだけ言って俺は転校生に背を向ける。

 

このままだと五時間目の授業に遅刻してしまいそうだ。

 

個人的には別にいいのだが、連絡が家にいってしまうと色々と困ってしまう。

 

「だったら・・・・・・」

 

「ん?」

 

転校生が小さく呟いた言葉に俺は立ち止まる。

 

本来なら聴こえないはずのその声は、後ろから襲撃されないようにと、『精霊』に色々と援護を頼んでいたので、俺の耳に聴こえてきたのだ。

 

「だったら、君はどうなんだ! ララちゃんに付きまとって勝手に婚約者になり、今では次期デビルーク王だ!」

 

立ち上がった転校生はそう言って叫ぶ。

 

というか、いつの間にか俺から婚約者になったことになっているし、最有力候補にまで格上げされている。

 

「それは違う。 俺から婚約者になったんじゃない、ララが俺を婚約者候補に選んだんだ」

 

振り返りながら俺は本当のことを教えてやった。

 

その後ろで五時間目の授業が始まるチャイムが鳴ったが、俺は気にせず言葉を続ける。

 

「それに次期デビルーク王なんて話は今、初めて聞いたことだ」

 

「そ、そうなのか」

 

真剣な表情で話す俺の言葉を信じたのか、どこかホッとした様子の転校生。

 

そして、そのことで調子を取り戻したのか、色々なことを話し出した。

 

自分はメモルゼ星の王族であること。

 

子どものころ、ララと結婚の約束をしたこと。

 

ララに相応しい男になって地球まで追いかけてきたことを説明してくれた。

 

「なるほどな。 それで、俺にどうしろと?」

 

結局、話を全て聞いているうちにかなり時間が経ってしまったので、授業を諦めた俺はそう尋ねてみた。

 

俺に事情を話したと言うことは何かやってほしいことがあるのだろう。

 

「君に婚約者候補の座を辞退してほしい」

 

何を言うかと思えばそんなことだった。

 

俺自身としては特に問題ないが、婚約者として選んでくれたのはララなので、俺にはどうしようもない。

 

「さっきも言ったろ、選んだのは俺じゃなくてララだ。 俺がなんと言おうとララの気持ちが変わらない限りそれは出来ない」

 

「ならば、ララちゃんと親しくなるようなことは避けてほしい」

 

確かにララが俺の方へ寄って来ても冷たくあしらうことは出来る。

 

そして、それを繰り返していけばいずれは俺という存在を諦めることもあるだろうけど。

 

「悪いな、ララの気持ちを知ってしまった俺としては結果がどうなろうと答えを出してやりたいと思ってる。 だから、いい加減なことは出来ない」

 

朝にも悩んだことだが、勘違いが原因とはいえ本当の俺を見てくれているララにそんな態度は出来ない、それは人として失礼な行為だと思う。

 

そして俺がそう言うと転校生であるレンは俯いたまま肩を震わせる。

 

「結城トシアキ! やはり君はボクの敵だ!!」

 

そして突然、顔を上げたかと思うと、叫びながら俺に指を向ける。

 

その宣言の後に五時間目終了のチャイムが鳴り響くのであった。

 

結局、俺はその日の午後の授業に出ることはなかった。

 

五時間目終了のチャイムの後、レンは教室へと戻って行ったが、俺は戻る気にはなれなかった。

 

屋上で過ごしたあと、下校時間になってから教室へ戻り、今は家で休んでいる。

 

「・・・・・・」

 

リビングのソファで横になり、目を閉じながら考えていた。

 

ララのことは好きか嫌いかで聞かれると好きだと答えられる。

 

しかし恋人としてや結婚相手としてはと聞かれると答えを返す自信がない。

 

「トシアキ、何してんの?」

 

「ちょっと、考え事をな。 って、なんだ、その格好」

 

ララの声がしたので目を開けてみると風呂上がりなのだろうか、バスタオル一枚を身体に巻いた状態で俺の顔を覗きこんでいる。

 

「今、美柑とお風呂入ってたんだよ、だからこんな格好なの」

 

「相変わらず警戒心がない奴だな、俺が襲ったらどうするんだよ?」

 

既にララのバスタオル姿は見慣れているため、少し困らせてやろうと軽い冗談を言ってみる。

 

「大丈夫だよ、トシアキはそんなことしないって信じてるし」

 

笑顔のまま、俺のことを信じていると言い放ったララ。

 

俺の冗談に全く慌てた様子もなく、特に考えもせずに答えたということは本心からそう思ってくれているのだろう。

 

「・・・・・・」

 

そう考えてみるとララのことが可愛く思えてくる。

 

今まで勝手に婚約者にされて迷惑だと思っていたが、これはある意味で幸せなことなんじゃないだろうか。

 

「ん?」

 

俺の無言の視線を受けても特に気にした様子もなく、可愛く首を傾げてみせるララ。

 

「・・・・・・なんでもない。 湯冷めしないように気をつけろよ」

 

そんなララに俺はそれだけ言って自分の部屋へ向かうことにする。

 

なんだか急に恥ずかしくなってしまったのだ。

 

あんなに可愛い女の子が俺を信頼してくれている。

 

そんな事実に少し照れてしまう俺であった。

 

「あっ、トシ兄ぃ。 お風呂空いたよ?」

 

自室へ戻ろうと廊下に出ると、今度は美柑が俺に声を掛けてきた。

 

先ほどのララのことを考えていた俺は美柑の声を聞いてそちらに視線を向ける。

 

「・・・・・・何、着てんだよ、美柑」

 

視線の先には風呂上がりの美柑がパジャマの代わりに俺のカッターシャツを着ていたのだ。

 

しかも、それは臨海学校へ行く前に処分してくれと頼んだモノだった。

 

「どう? これ、私の新しいパジャマ。 トシ兄ぃは捨ててくれって言ってたけど、勿体ないから再利用してみました」

 

そう言ってシャツ姿のままクルリとその場で回転する美柑。

 

その時にシャツの下部分が捲れ上がり、綺麗な黄色が見えたことは黙っておくことにする。

 

「俺のシャツなんて嫌だろ? 別に無理して再利用なんてしなくても」

 

「ううん、私が着たいから貰ったの。 再利用はただの言いわけ」

 

そう言った美柑は恥ずかしそうに頬を染める。

 

まさかの答えに俺のほうも恥ずかしくなってしまった。

 

「・・・・・・そんな格好をするのは家だけだぞ」

 

「うん、わかってる。 トシ兄ぃ以外には見せないから安心して」

 

それだけ言ってパタパタとリビングの方へ走って行った美柑。

 

我が義妹ながらなかなか可愛いことを言ってくれる。

 

「ちょっと待て、俺は今何を考えた」

 

ララに続いて俺は自分の義理とはいえ妹までそんな目で見ているのか。

 

学校では西連寺の胸まで触ってしまうし、最近の俺はどうかしているのだろう。

 

「・・・・・・早く寝よ」

 

その日は風呂にも入らず、自分の部屋へ戻ってすぐに布団をかぶることにした。

 

しかし、布団に入っても今日の出来事やララへの想い、それに自分自身への自己嫌悪でなかなか眠りにつくことは出来なかった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

結城君が転校生のジュエリア君を連れて教室から出ていった後、クラスではちょっとした騒ぎになっていた。

 

「ねぇねぇ、見た? さっきの結城君」

 

「うんうん、今まで無口で怖いイメージだったけど、委員長に謝ってるときとか格好よかったよね」

 

今までは無口で何を考えているかわからない人って皆思っていたみたいだけど、今回のことで結城君の認識が変わったらしい。

 

「は・る・な!」

 

「どうだった!? どうなった!?」

 

そんなことを考えていると未央と里沙が興奮した様子で私に詰め寄ってきた。

 

「えっ? どうなったって?」

 

「もう、決まってるじゃない。 結城にム・ネ、触られたんでしょ?」

 

里沙の言葉で先ほどの記憶が蘇ってきて恥ずかしくなって俯いてしまう。

 

「べ、別にどうって・・・・・・さっきのは事故だったし」

 

「でもでも! その後の春菜の為に怒ってた結城はどうだった?」

 

今度は未央がそう聞いてくる。

 

確かにジュエリア君が結城君にぶつかって私も巻き込まれたけれど、結城君は私の為に怒ってくれたのかな。

 

「なんか、春菜の為に怒ってる感じだったよね?」

 

「そうそう、結城の奴も良いとこあるじゃん」

 

里沙と未央の話を聞いてそうなんだと、私は少し嬉しく感じた。

 

あと、怒っていた結城君の後ろに居た時はとても安心できた気がする。

 

なんていうか、守ってくれるってことが凄く伝わってきたの。

 

その後、五時間目には二人とも戻ってくることはなかった。

 

六時間目にはジュエリア君は戻って来たけど、結城君は来ないまま授業が進んでいった。

 

私はそんな結城君のことを考えながら窓から見える白い雲をジッと眺めていた。



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第十話

「さて! もうすぐ待望の彩南高校学園祭!! 実行委員になった猿山だ!」

 

普段からうるさい奴だと思っていたが、今日はいつもに増してかなりうるさい。

 

季節は秋に変わり、この学校でも文化祭が行われる季節になったようである。

 

その実行委員にいつの間にかなっていた猿山が準備のために担任に交渉してこんな機会を作ったらしい。

 

「この前のHRで皆に出してもらった物案だが、オバケ屋敷に演劇など、どれも普通過ぎてつまらない!」

 

普通でも別に構わないと思うのだが、猿山的に何か許せないものがあったのだろう。

 

俺は俺で、絶対に他の人と同じにならないように書いたから問題ない。

 

もしも多数決になった場合、他人が選ばないような少数意見は却下されるだろうから。

 

「だがそんな中、俺と全く同じ考えをしている奴が一人だけ居たのだ!」

 

猿山と同じ考えをする奴なんてこのクラスに居ただろうか。

 

俺は何も考えずに周囲に視線を向けてみる。

 

「ずばり! 『アニマル喫茶』だ! ウチのクラスはこれで行こうと思う!!」

 

「トシアキ、大丈夫?」

 

猿山の言葉を聞いた瞬間、俺は自分が座っていた椅子から転げ落ちてしまった。

 

近くの席に座るララが心配してくれたが、それどころではない。

 

まさか、俺が書いた意見がこうして行われようとしていることに驚いたのだ。

 

「アニマル喫茶ぁ? なにそれ? コスプレ喫茶みたいなもん?」

 

「えぇえぇ、ヤダぁ」

 

俺が椅子から落ちたことはララ以外のクラスメイトは気付くことはなかった。

 

もっとも、一番後ろの一番端に座っている俺より、教卓に居る猿山に視線が向かっているからであるが。

 

「反対意見は認めない! 俺以外にもそう考えた奴がいるんだ!」

 

「誰だよ、ソイツ!」

 

「猿山と同じことを考えるってことはきっと、雉島ね!」

 

「俺はそんなこと書いてねぇよ!」

 

なんだかクラスメイト対猿山の構図になってしまっているが、このままだと俺の名前が出されるのも時間の問題だ。

 

「いいか! 時代はアニマル!! 弱肉強食の時代!!!」

 

目をギラギラとさせながら演説を行う猿山に真面目な生徒が若干引いている。

 

それでも納得いかない者もいるようで、まだ反対しているようであった。

 

「ふっふっふっ、そう言っていられるのも今のうちだ。 こっちにはあのトシ・・・・・・ぐはっ!?」

 

俺の名前を出しそうになったので、俺はアルミで出来た筆箱を猿山に向けて全力で投げつけた。

 

突然倒れた猿山に、クラスメイトの視線が筆箱を投げた俺に集中する。

 

「・・・・・・うるさい、もう少し静かに話せ」

 

とりあえず視線を集めてしまったため、不機嫌な表情でそう言ってみる。

 

それを見たクラスメイトも俺から視線を外して、隣近所の友人たちと話始める。

 

どうやら見なかったことにしてくれるらしい。

 

「トシアキ、さっきからどうしたの?」

 

「いや、なんでもない。 なんでもないんだ」

 

まさか自分に被害が及ぶ危険性があるから猿山を黙らせたとは言えないため、とにかくララにはそう言って教卓へ向かう。

 

教卓へ向かうと中身がぶちまけられた筆箱が猿山の額に乗っており、本人は完全に気絶していた。

 

「・・・・・・とにかく、中身を回収するか」

 

散らばったシャーペンや消しゴムなどを集めていると、入口に積まれた箱が幾つも置いてあるのを見つけた。

 

「ん? なんだこれ」

 

気になった俺は積まれた箱を見てみる。

 

その箱の蓋の部分にはウチの女子生徒の名前と動物の名前が書かれていた。

 

「なるほど、猿山が考えそうなことだ」

 

俺が意見を書いたアニマル喫茶とは動物たちと触れ合いが出来るのをイメージしながら書いたものだった。

 

しかし、猿山は女子生徒たちに動物のコスプレをさせて、接客する喫茶店をイメージしたらしい。

 

「まぁ、本人が気絶してるし、関係ないか」

 

そう思っていると、後ろからララがやってきて俺と同じ箱に視線を向ける。

 

「あっ! 私の名前が書いてある、これ私の?」

 

「いや、猿山が考えていたアニマル喫茶の制服だよ、別に着なくても・・・・・・」

 

「みんなぁ! 一度コレ、着てみようよ!」

 

俺の話を全部聞かず、ララは他の女子生徒たちにそう言って声を掛け始めた。

 

最初は不満そうな顔をしていた生徒たちも、ララの言葉に乗せられ、女子生徒は皆で更衣室へ行ってしまった。

 

「・・・・・・とりあえず、猿山を起こしてもしもの時の楯にするか」

 

気絶している猿山に声を掛けて起こし、女子生徒たちが着替えに行っていることを伝えた。

 

「そうか、とりあえず着替えに行ったんだな。 これでクラスの半分は味方になる」

 

何を自信にそんなことを言っているのかわからなかったが、女子生徒たちが戻って来た時にそれは理解できた。

 

「「「おぉおぉおぉーーーーーー!!」」」

 

クラスの半分である男子生徒たちが女子生徒たちの着替えてきた衣装を見て叫び声を上げたのだ。

 

女子生徒は皆、短いスカートに小さいエプロンを付け、頭やお尻に動物の耳や尻尾の飾りがついており、露出度が高い。

 

というか、ヘソが出ている奴とか胸の谷間が見えている奴とかいるけど校則的に大丈夫なのか。

 

いや、あの校長のことだ、多分何の問題もないことだろう。

 

「すげぇ、いいじゃねぇか! 猿山!」

 

「あぁ! これこそが俺たちが求めたパラダイス!」

 

そう言いながら肩を組もうとしてくる猿山の手から離れ、俺は自分の席へ戻る。

 

女子生徒たちも衣装の可愛さと男子たちの反応を見て、やることに反対する者は居なくなっていた。

 

「っ!?」

 

女子生徒の中でただ、一人だけ恥ずかしそうに身体を隠している西連寺。

 

目が合ったと思った瞬間、彼女は頬を赤らめて俯いてしまった。

 

「おい、猿山」

 

楽しそうに騒いでいる首謀者を捕まえ、後ろの方へと連れていく。

 

「本当にやりたくない女子が居たらやらなくていいと言っとけ。 クラスメイトは見世物じゃないんだぞ」

 

「わかってるって! でも大丈夫だと思うぜ?」

 

本当にわかっているのかとか、何が大丈夫なのかと色々と聞きたかったが、ララがこちらに来たので猿山を解放してやる。

 

「ねぇ、トシアキ! どう? 私の格好!?」

 

近寄って来たララはそう言いながら俺の前でクルリと回って見せる。

 

「あぁ、可愛いと思うぜ。 それはペケの変身じゃなく本物の衣装なんだろ?」

 

衣装としては露出度が高いが、ララが着ると何の違和感もなく可愛く見える。

 

「そだよ! えへへ、トシアキに可愛いって言って貰っちゃった」

 

そう言って微笑みながら皆のいるところまで戻って行った。

 

別に俺が言わなくてもクラスの男子たちが言ってくれるだろうに。

 

「あ、あの、結城君」

 

「どうした?」

 

そう考えていると今度は名も知らない女子生徒が声を掛けてきた。

 

「わ、私、変じゃないかな?」

 

彼女はウサギの格好をしているショートカットの女の子であった。

 

肌も白く綺麗でウサギの格好が良く似合っている。

 

頬だけ赤いところもウサギを連想させていて本当に可愛く見える。

 

「あぁ。 全然変じゃない。 可愛くて似合ってると思うぞ」

 

「か、かわっ!?」

 

俺の言葉を聞いた女子生徒は赤かった頬をさらに真っ赤にして俯いてしまった。

 

頭から湯気のようなものが出ているが、大丈夫なのだろうか。

 

「川? って、おいおい、大丈夫か?」

 

「っ!? ご、ごめんなさい!!」

 

額に手をあてて熱を測ろうとしたところ、彼女は驚いて謝りながら皆のところへ走って行ってしまった。

 

その後の会話を聞いていると彼女の名前は白雪冬華という名前らしい。

 

「しかし・・・・・・」

 

こうして見てみるとこのクラスの女子の可愛さはなかなかのものだと思う。

 

普段着ていない服装だからそう感じるのかもしれないが。

 

「どうだ、トシアキ」

 

「何がだ?」

 

そんなことを考えていると一度離れた猿山が再び俺のもとへとやって来た。

 

「とぼけるんじゃねぇよ。 アニマル喫茶、お前が書いたんだろ?」

 

「・・・・・・」

 

この前の投票では名前を書かずに案件だけを書いて提出したはずなのだが。

 

「俺が中学からの付き合いのお前の字を見間違えるわけないだろ。 伊達に宿題を写させて貰ってないぜ!」

 

「そこは威張るところじゃないだろ」

 

そんな感じはしていたので、先ほども筆箱を投げたのだ。

 

というか、そんなことを言うならもう宿題見せてやらんぞ。

 

「しかし、トシアキは女に興味がないと思ってたが・・・・・・仲間が増えて嬉しいぜ」

 

「勿論興味はある。 ただ、俺の好みの奴が今までいなかっただけだ」

 

とりあえずそういう風に言っておくとする。

 

もっとも、最近になって気になる奴らが出てきたのだが、そんなことは表情には出さない。

 

「そうなのか、ちなみにトシアキの好みって?」

 

「それより、実行委員。 早く次のこととか決めないと先に進めないぞ」

 

答えたくないので猿山にそう言って教卓へ行くように追い払う。

 

「ん?」

 

猿山を追い払った時に一瞬、俺は窓の外から視線を感じた。

 

そちらを見てみると、木に登ってこちらの様子を窺う女子生徒がいた。

 

「見ているのは・・・・・・このクラスか?」

 

視線が俺に集中しているわけではないので、放っておいても大丈夫だろう。

 

だが、あの時の男のように何かする可能性もある。

 

「・・・・・・一応、釘を刺しておくか」

 

俺は楽しそうにしているクラスメイトたちに気付かれないようにソッと教室から出て行った。

 

 

 

~おまけ~

 

 

私は授業が行われている教室を抜け出し、木に登り目標がいる教室を覗き見た。

 

「沙姫様、どうやらこのクラスはアニマル喫茶というものをするそうです」

 

そこで主人である沙姫様の指示通り、目標がいるクラスの出し物を調べていた。

 

目標の人物というのは最近、この学園に転入してきたという一年のララ・サタリン・デビルークのことである。

 

彼女の動向を報告するため、私は持っていた小型無線機を使い沙姫様へ連絡した。

 

「何やらララという一年が、男子が大喜びしそうな衣装を着ています」

 

「なんですって!?」

 

私の耳元についているイヤホンから沙姫様の大きな声が聴こえて来る。

 

しかし、沙姫様は確か授業中のはずだが、大丈夫なのだろうか。

 

「それと・・・・・・っ!? いない!?」

 

他にも少し気になることがあったので報告しようと再び教室を見たが、元凶である生徒の姿が消えていた。

 

やる気がなさそうで周りからも少し浮いていた男子生徒だが、確かに一瞬目が合った。

 

教室から離れた、しかも木の葉に姿が隠れているはずの私と視線が合うなどまず普通ではない。

 

「どうかしましたの?」

 

耳元から沙姫様の不思議そうな声が聴こえて来る。

 

「い、いえ。 なんでもありません」

 

報告しようと思っていた対象が消えてしまったため、慌てて誤魔化すことにした。

 

「そう? なら、もう戻ってらっしゃい。 報告御苦労さま」

 

「はい、失礼します」

 

私はそう返事をして無線機の電源を切った。

 

覗き見るために使っていた双眼鏡をしまい、耳に付けていたイヤホンを外す。

 

「探していたのは俺のことか?」

 

そうして気を抜いた瞬間、目の前に逆さまになった男子生徒が現れた。

 

「きゃっ!? えっ・・・・・・」

 

普段なら人の気配をよんで行動する私だが、任務を終えた後だったため油断していた。

 

驚いた反動で乗っていた木の枝から身体が落ちて行くのがわかってしまう。

 

「あっ、ヤバい」

 

そんなときなのに何故だか目の前に現れた男子生徒の声だけははっきり聴こえてきた。

 

状況が状況だったため、私は落ちた時の衝撃に備えて目を瞑る。

 

「悪い、驚かせるつもりはなかったんだ」

 

しかし、私が予想していた衝撃は一向に来ず、優しい感じの風と先ほど聞いたばかりの男子生徒の声が聴こえてきたのであった。

 

私はギュッと閉じていた目をゆっくりと開けてみる。

 

「あっ・・・・・・」

 

目の前には先ほどまで探していた一年の男子生徒が心配そうな表情をしてコチラを見つめていた。

 

そして、この目の位置から自分がどんな状態でいるのか想像し、頬に熱が集まってくる。

 

「は、放せ! 自分で立てる!」

 

「お、おい!? 暴れるな! 下ろすから、落ち着け」

 

ゆっくりと地面に下ろされた私は素早く彼から離れ戦闘態勢に入る。

 

私の視線に気づいた彼だ、何か武術を修めていてもおかしくはない。

 

だが、そんな彼は何もせずにその場で両手を上げて首を振った。

 

「・・・・・・助けてくれて感謝する。 私は二年の九条凛だ」

 

そんな様子を見せられてはコチラも警戒を解くしかない。

 

それに結果として助けられたのだ、礼は言わねばなるまい。

 

「俺は一年の・・・・・・って言わなくても知ってるか。 どうやらさっきは俺を探してたみたいだし」

 

やはり私の視線に気づいていたらしい彼は、結局名を名乗らなかった。

 

もっとも、天条院グループの情報をもってすれば簡単に調べがつくはずだ。

 

「気付いていたのか」

 

なので私は普通にそう返し、特に彼の名前を聞くことはしなかった。

 

しかし、私は二年なのだが彼は年下ではなかったのだろうか。

 

「まぁな。 それよりどうして俺たちのクラスを見てたんだ?」

 

別に言っても問題はないはずだが、沙姫様の許可なしに勝手なことは出来ない。

 

それに、彼が沙姫様に危害を加えないとも保障出来ないため迂闊なことは言えない。

 

「すまないが、それは言えない」

 

私がそう答えると彼は興味をなくしたのか、背を向けて歩き出した。

 

「んじゃ、いいや。 それじゃあ、またな」

 

あまりの呆気なさに私はつい彼の背に手を伸ばしてしまう。

 

しかし、結局声を掛けることはなく、彼はそのまま校舎へと消えて行った。

 

「私は何をしているのだ・・・・・・」

 

伸ばしたままの自分の右手を見つめ、私は一人でそう呟くのであった。



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第十一話

「さぁ、いよいよ彩南祭まであとわずか! 各自、与えられた準備をしっかりやってくれ!」

 

実行委員の猿山の言葉にクラスの皆は準備のためにそれぞれの場所へ散って行く。

 

彩南祭が近くなってきたため、最近の授業は午前のみで昼飯を食べてからは放課後まで準備時間となっていた。

 

「というか、やはりこの高校は遊んでばっかりじゃね?」

 

いくら文化祭のためとはいえ、一週間も前から午後の授業を準備時間にするとか今まで行ったことある世界でもなかったことだ。

 

もっとも、この世界ではそれが常識なのかもしれないが、勉強時間をそんなに削る必要もないと思う。

 

「トシアキ、一緒に準備しよ?」

 

文化祭という行事を楽しみにしているのか、笑顔のままララが声を掛けてきた。

 

俺自身、なにをすればいいのかわからなかったのでララの提案はありがたい。

 

「ララちゃん、こっちこっち!」

 

俺がララに返事をする前に猿山がララを別の場所へ呼んでしまった。

 

「トシアキにはもう、別の作業があるんだ」

 

「えっ、そうなの?」

 

俺に確認を取ってくるララだが、俺もそんな話は初めて聞いたのだ。

 

困惑している俺を放って、猿山はララを別の場所へ案内する。

 

「ララちゃんはむこうのチームに参加してくれ」

 

そう言ってララを別の場所へ連れて行った猿山は俺のもとへ戻ってくる。

 

「というわけでトシアキ、教室の飾り付け頼むぜ。 西連寺と」

 

「わかったよ」

 

そんな猿山に言われた準備を行うため、俺は一人で作業している西連寺のところまで足を運んだ。

 

「・・・・・・やだなぁ」

 

「西連寺」

 

近づいてみると、ため息を吐きながら作業をしている西連寺の声が聴こえた。

 

何やら悩んでいるようだが、とりあえず準備を手伝うために声を掛ける。

 

「えっ!? あっ、結城君」

 

「猿山に言われて手伝いに来た。 俺は何をすればいい?」

 

猿山には教室の飾り付けをしてくれと頼まれたが、何をどうすればいいか俺にはわからない。

 

そこで最初から作業をしている西連寺に指示してもらおうと思ったのだ。

 

「えっと、この飾りを上に付けてくれる?」

 

「わかった」

 

西連寺から渡された飾りを椅子に乗って、教室の上へ付けて行く。

 

下から西連寺が次の飾りを渡してくれているので楽に付けることが出来る。

 

「ところで、さっきは何が嫌であんなこと言ったんだ?」

 

黙々と作業を行うのもなんなので、先ほど西連寺が呟いていた言葉の理由を聞いてみた。

 

「えっとね、本番の時に着る衣装がちょっと・・・・・・恥ずかしいから」

 

本当に恥ずかしいと思っているらしく、頬を赤らめながら俯いた西連寺。

 

仲のいい籾岡や沢田のように割り切ればいいと思うのだが、そう簡単にはいかないらしい。

 

「そうか。 俺は可愛くて似合ってると思ったんだけどな」

 

前のお披露目の時に西連寺とは目が合ったが、その時も本当にそう思ったのだ。

 

「えっ!?」

 

俺の言葉に驚いて顔を上げた西連寺と視線が合う。

 

丁度、話を聞くためにしゃがんでいたのでかなり近い位置で見つめ合ってしまった。

 

「でも、本当に嫌ならそう言えよ? 猿山には俺から言ってやるし」

 

だが、真剣味を出すために西連寺から視線を逸らさずそう言ってやる。

 

「う、うん。 でも、大丈夫。 頑張るから」

 

俺の真面目な表情を見たためか、西連寺もそう言って頷いてくれた。

 

といっても、見つめ合うのが恥ずかしかったのか、頬を染めてしまい最後の声は小さかったが。

 

「あっ、飾り付け用の布がなくなっちゃった」

 

「俺が買ってくるから、少しの間頼むな」

 

なんだか俺と西連寺にクラスメイトの視線が集中してきたので、俺はその場を抜け出して教室を出た。

 

教室を出て見ると目の前に巻き髪の可愛らしい女子生徒が俺の行く手を塞ぐ形で立っていた。

 

「ちょっと、そこのアナタ!」

 

避けて通るつもりだったが、声を掛けられては仕方がない。

 

俺は声を掛けてきた女子生徒の前で立ち止まった。

 

「二年B組、天条院沙姫! この私が付き合ってあげてもよろしくてよ?」

 

「本当か? なら頼むよ」

 

まさか学年が違う先輩が俺たちのクラスの買い出しに付き合ってくれるとは思っていなかった。

 

何処の店が安いとか、品揃えが良いとか俺にはまったくわからないから正直助かる。

 

「ほーほっほっほっ! どうやら私の魅力がわかったようですわね!」

 

「ほら、いいから行くぞ。 先輩」

 

買い物に付き合ってくれると言っていたのになかなか動こうとしないので、先輩の手を引っ張って俺は歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと、そんなに慌てなくても・・・・・・」

 

後ろで先輩の慌てた声が聴こえるが、俺は無視して進む。

 

校門を出たところで目の前に大きくて長い車が止まっているのを見つけた。

 

「大きいな・・・・・・こんな車、どこの金持ちが乗ってんだよ」

 

「お疲れ様でした、沙姫様」

 

俺が眺めていた車からこの前に出会ったポニーテールの女の子が出てきた。

 

そして、俺の隣にいる先輩に言葉を掛けて頭を下げる。

 

「お荷物をお持ちしますね」

 

さらに反対側のドアからは眼鏡を掛けた女の子が現れ、先輩の鞄を持つ。

 

「・・・・・・」

 

どこの金持ちの車かと思えば、まさかこの先輩の車だったとは思わなかった。

 

「どうかしたんですの?」

 

「いや、なんでもない」

 

俺が唖然としていたのを見て先輩が声を掛けてきたが、俺は平然を装う。

 

ポニーテールの女の子と視線が合ったので一応、声を掛けておく。

 

確か、二年の九条凛と名乗った先輩だったはずだ。

 

「どうも、九条先輩」

 

「むっ? 君は・・・・・・」

 

九条先輩は俺の呼びかけで気付き、そして最近会ったことを思い出したようだ。

 

「あら? 凛と知り合いでしたの?」

 

「まぁ、色々あってな・・・・・・」

 

途中に天条院先輩がそう尋ねてきたので、俺は含みのある言い方をして誤魔化す。

 

九条先輩も俺の答え方に特別なことは何も言ってこなかった。

 

ただ、俺の天条院先輩への話し方が気に入らないようでコチラを睨んではいるが。

 

「まぁ、構いませんわ。 ところで、何処へ行くんですの?」

 

天条院先輩は特に気にした様子もなく話題を切り替えてきた。

 

俺としては普通にコンビニでも構わないのだが、安い店が他にもあるかもしれない。

 

「ちょっとクラスの出し物で布地を買いに行きたいんだけど」

 

「そんなことですの? 綾」

 

「はい、沙姫様」

 

俺の言葉を聞いた天条院先輩は眼鏡を掛けた女の子にどこかに電話を掛けさせた。

 

そして数分もしないうちに大型のトラックが二台ほど目の前に到着し、荷台が上下にパカッと開いていく。

 

「おっ? おぉおぉ!!」

 

最初は意味がわからず首を傾げていた俺だが、荷台が開き終わるとそこには綺麗な布地が多彩に整然と並んでいたのだ。

 

「さぁ、好きなものを好きなだけ持って行きなさい!」

 

どうやら先ほどの電話でこのトラック二台を呼んだらしい。

 

確かに大きくて長い車に乗るほどの金持ちならこのくらい簡単なのだろうけど。

 

「えっと、いいのか?」

 

「何も気にする必要はありませんわ! お付き合いする殿方の為ならばお安い御用ですわ」

 

お付き合いする殿方って、俺のクラスに居るのだろうか。

 

だが、教室の前で待ち伏せし、さり気なく俺たちのクラスを手伝おうとしている所をみるときっとそうなのだろう。

 

「サンキュー、助かる。 これで皆、喜ぶよ」

 

とりあえず、そのクラスメイトの代わりにお礼を言っておくことにする。

 

勿論、こんな良い布地を貰うのだから笑顔での対応だ。

 

しかし、今までクラスの奴らにあまり興味がなかったけど、今度から気にしておくことにしよう。

 

「あっ・・・・・・こ、これくらい簡単ですわ」

 

先ほどから大きな声で話していたからか、興奮で顔を赤くして最後には声が小さくなっていく。

 

そんな天条院先輩を横目に、今使っている布地を手に取る。

 

「それじゃあ、これを貰って行くな」

 

「え、えぇ。 構いませんわ」

 

どこか上の空状態の天条院先輩だが、俺の言葉にはキチンと返事をしてくれる。

 

「ありがとうな、天条院先輩。 お礼はまたいつか必ずするから」

 

教室では西連寺も待っているだろうし、ララや猿山が暴走しないか心配でもある。

 

そんなわけで俺は必要な布地を手にその場から立ち去ることにした。

 

「お、お待ちなさい!」

 

「ん?」

 

再び大きな声で天条院先輩に叫び呼ばれたので俺は立ち止まって振り返る。

 

「わ、私のことは沙姫とお呼びなさい」

 

ふむ、どうやら一連のやり取りで名前を呼んでもよくなったらしい。

 

せっかくなので別世界で出会った少女にしたことを沙姫先輩にもしてみた。

 

「それでは沙姫先輩、このお礼は今度必ず」

 

彼女の前で跪き、右手を引き寄せて手の甲にソッと口づけをかわす。

 

そして、今度こそ教室に向けて足を進めたのであった。

 

教室に戻った俺は暇そうにしている西連寺のもとへ布地を持って行く。

 

飾り付け用の布地がないのだから何も出来ないわけだからな。

 

「西連寺、布地持って来たぜ」

 

「あっ、結城君。 おかえりなさい、早かったね」

 

俺に気付いた西連寺は笑顔で出迎えてくれて、傍まで駆け寄ってきた。

 

「ちょっと色々あってな・・・・・・」

 

「色々?」

 

この台詞は今日で何回目だろうか。

 

そんなことを考えながら西連寺に持ってきた布地を手渡す。

 

「ほら、コレ。 これで作業できるだろ?」

 

「う、うん。 でもこれ、凄く良い布地だよね」

 

流石は沙姫先輩、文化祭に使う材料でも良い品物を渡してくれたようだ。

 

やはりこのクラスに沙姫先輩の想い人がいるのだろうか。

 

「まぁ、いいじゃねぇか。 早く準備してしまおうぜ」

 

「う、うん」

 

沙姫先輩の事情は話すことではないので俺は無理矢理話を打ち切って準備をするように促した。

 

西連寺もそれ以上深くは聞いてこなかったので、二人で飾り付けに取りかかることになった。

 

しばらく経った後、飾り付けを終えた西連寺は他のクラスメイトの手伝いをしている。

 

俺は何をしているかと言えば、沙姫先輩の想い人探しだ。

 

「・・・・・・」

 

もっとも、やることが無くなったので暇を潰すためにしているだけだが。

 

しかし、眺めていてもそれらしい人物は見当たらない。

 

俺は雉島、犬飼、猿山くらいしか話す男はいないのでよく知るわけもないのだが。

 

「・・・・・・帰るか」

 

皆が楽しそうに文化祭の準備をしている様子を見て、この世界の俺だったらあの中に入っていたのかと考えてしまう。

 

今の俺が楽しんでも構わないのだが、ここにいる皆に申し訳ない気がする。

 

なぜなら、俺は本当の『結城トシアキ』ではないのだから。

 

 

 

~おまけ~

 

 

私は彼が去って行った背中を見つめてしばらくその場に佇んでいました。

 

我に返ったのは凛と綾に呼ばれたからです。

 

「沙姫様」

 

「沙姫様?」

 

始めは綾からの呼びかけ、二度目は凛が私の顔を覗きこむような形で声を掛けてようやく気付きました。

 

「えっ、あっ、な、なにかしら?」

 

「彼が戻ったため呼び付けたトラックは撤退させました」

 

「そ、そう・・・・・・」

 

綾からの報告に私は頷くだけにとどめます。

 

それにしても、先ほどから彼の笑顔が頭から離れませんわ。

 

「沙姫様、お車へお乗りください。 今日はこれから先生方とのお食事会があります」

 

凛はメモ帳を見つめながら私のスケジュールを教えてくれます。

 

先生とのお食事会と言っても、お父様が参加出来なくなったから変わりに行くだけのものなのですけど。

 

「そう言えば凛、彼の名前はなんていうのかしら?」

 

最初は彼のクラスに転入してきたララ・サタリン・デビルークとかいう人物が私を差し置いて学園で一番魅力がある生徒だと聞いたので調べたのがきっかけでした。

 

彼女の婚約者である彼を私が誘惑すれば彼女より魅力があると証明できるだろうと考えていたのです。

 

「はっ、彼の名前は結城トシアキ。 彩南高校一年の生徒です」

 

「結城、トシアキ様・・・・・・」

 

廊下でトシアキ様を呼びとめたときは何とも思っていませんでした。

 

でも、ララという人物に勝つため、私はトシアキ様と付き合うことにしました。

 

返事をくれたときは彼女に勝ったという気持ちが大きく、つい彼の望み通りに物資を渡したのですけど。

 

「・・・・・・」

 

車に乗り込んだあと、綾と凛も共に乗り込みます。

 

そして静かに発進した車内で私はあの時の笑顔を思い出します。

 

去り際に触れたトシアキ様の手と唇の感触もまだこの手に残っています。

 

「トシアキ様・・・・・・」

 

お父様、お母様。

 

私、天条院沙姫は年下でも頼りになる殿方に恋をしてしまったようです。



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第十二話

彩南高校の文化祭、彩南祭当日。

 

俺たちのクラスには沢山の客が押し掛けていた。

 

といっても客は男性客ばかりなのだが。

 

「いらっしゃいませ! アニマル喫茶へようこそ!!」

 

そう言いながら客を出迎えるのは露出度の高い動物のコスプレ衣装を着たウチのクラスの女子たちだ。

 

しかも、入口付近にはララ、籾岡、沢田、西連寺とかなりレベルの高い女子を配置している。

 

「猿山が考えそうなことだな」

 

配置や役割を決めたのは勿論、実行委員の猿山だ。

 

男子は裏方に徹しており、列の整理や飲み物や食べ物の準備を行っている。

 

ちなみに俺はというと。

 

「君を注文する!!」

 

「「さすが弄光センパイ! いきなり口説きにかかってるぜ!!」」

 

「悪いが、ウチのメニューには店員なんて載ってないんだよ、先輩」

 

こういう客や店員に執拗に声を掛ける迷惑な客の排除が仕事だったりする。

 

「ん? げっ!? お前は、結城!?」

 

「ナンパなら他でやってくれ」

 

俺の顔を見て表情を引きつらせた先輩の首根っこを掴み、出口へと案内する。

 

「「さすが弄光センパイ! いきなり撃沈させられたぜ!!」」

 

「アンタたちもだよ」

 

先輩を廊下へ放り出した後、叫んで迷惑な取り巻き二人も廊下へ放り出す。

 

少しはこの室内の騒がしさもマシになっただろう。

 

もっとも、女子の衣装に興奮している男たちが色々とうるさいが、店員に迷惑を掛けていないので俺は何もしないことにする。

 

「ゆ、結城君、その、ありがとう」

 

ウサギの格好をしている白雪がそうお礼を言ってくれる。

 

「気にするな、これが俺の仕事だ。 また困ったことになったら俺を呼べ、一応見回ってはいるが、何かあってからじゃ遅いしな」

 

「う、うん。 それじゃあ、私は戻るから」

 

「おう、頑張れよ。 白雪」

 

白雪は慌てた様子で席に着いたばかりの客のもとへ注文を取りに行った。

 

俺は引き続き室内の見回りを継続するためあちこちに視線を向ける。

 

「トシアキ、交代の時間だぜ」

 

「おう、わかった」

 

猿山の指示が出たので、俺は教室の裏スペースへ引っ込むことにする。

 

クラスメイトの鞄や休憩時に読んでいたであろう雑誌が散らばっている。

 

「ったく、休憩するのは自分たちだけじゃねぇんだぞ」

 

俺は一人でそう呟きながら自分の座るスペースを確保し、傍にあった雑誌を手に取った。

 

「お疲れ様、結城君」

 

そんな俺の所に西連寺が飲み物を持って来てくれた。

 

「サンキュー」

 

「アニマル喫茶、思ったよりも楽しいね」

 

俺が受け取ったジュースを飲んでいると西連寺がチラリと喫茶スペースを見ながらそう言った。

 

最初と違って、着ている黒ネコの衣装は恥ずかしくなくなったらしい。

 

「楽しめてるならよかったじゃねぇか」

 

「うん。 最初は恥ずかしくてイヤだったけど、慣れて来ると楽しくなったの」

 

そう言いながら俺の目の前で猫のポーズを取る西連寺。

 

確かに、慣れてしまえばそんなに気にならないのかもしれない。

 

猫耳と尻尾もなかなか似合っており、本人も気に入ったのなら良いだろう。

 

「そういや、休憩って俺だけなのか?」

 

「そうだと思うよ? 結城君、朝からずっと当番だったから皆と時間がズレてるんだよ」

 

確かに俺は朝からずっと休憩はなかったが、他の皆は交代していたらしい。

 

「猿山の奴、俺だけこき使いやがったな」

 

「ん? 呼んだか、トシアキ」

 

俺の言葉に返事をしたのは傍に居た西連寺ではなく猿山だ。

 

どうやらタイミング良くこっちに顔をだしたらしい。

 

「俺だけ休憩時間がなかったことを西連寺に聞いてたんだよ」

 

「悪いな、トシアキは一人で教室をカバー出来るからかなり助かってたぜ」

 

交代の時間を忘れていたわけではなく、知っていて俺を長時間働かせたらしい。

 

これは一度、拳で語り合う必要があるかなと考えていたのだが。

 

「そういや、トシアキ。 お前にお客さんだぜ?」

 

「客?」

 

拳で語り合うのはもう少し後になりそうだ。

 

しかし、俺に客とは珍しいこともあるものだ。

 

学校内には特に知り合いは居なかったように思ったのだが。

 

「やっほー、トシ兄ぃ。 来たよ」

 

「み、美柑!?」

 

猿山の後ろから顔を覗かせたのはなんと妹の美柑であった。

 

確かにこの学校の文化祭は土曜日だから学校は休みなんだろうけど。

 

「トシ兄ぃの働いてる姿を見たかったんだけど、もう終わった感じ?」

 

「今は休憩中だ。 また働くこともある・・・・・・のか?」

 

俺自身のシフトを聞いてなかったので、傍にいる西連寺に聞いてみる。

 

「えっと、確かあったような・・・・・・」

 

「おう、トシアキは一時間後から最後まで入って・・・・・・ぶっ!?」

 

当たり前だが西連寺は知らなかったようで猿山が変わりに答えてくれた。

 

が、結局俺の休憩時間は一時間しかないという事実に、持っていた雑誌を投げつけてやった。

 

「痛いだろ! トシアキ!!」

 

「うるさい! なんで俺の休憩時間が文化祭中に一時間しかねぇんだよ!!」

 

というわけで、結局拳で語り合うことになった俺と猿山。

 

「で、俺はあと一時間休憩らしいけど、美柑はどうする?」

 

勿論、俺が猿山をボコボコにして適当な位置に寝かしてある。

 

西連寺も喫茶の方が忙しくなったため俺と猿山のことを気にしつつも戻って行った。

 

「トシ兄ぃはどこも回らないの?」

 

「あぁ。 最後まで働かされるなら今のうちに身体を休めておきたいからな」

 

そう言いながら俺は壁に背を預ける。

 

とりあえず、残りの時間で眠っておこうと考えたからだ。

 

「じゃあ、私もここにいようかな」

 

「それならば美柑ちゃん! この衣装を着てみないか!!?」

 

美柑の呟きを聞いた猿山が突然、起き上がってアニマル喫茶の衣装を持ってきた。

 

「・・・・・・高校生のサイズじゃ、美柑は着れないだろう」

 

「ふっふっふっ、こんなこともあろうかと美柑ちゃんのサイズに合わせて・・・・・・へぶっ!?」

 

不穏な発言をした猿山にはそこらへんにあった鞄をそのまま投げつけてやった。

 

というか、他人の妹のサイズを知っているとか犯罪だろうが。

 

「と、トシ兄ぃはどう思う?」

 

猿山が倒れた拍子に落とした衣装に視線を向けながらそう聞いてきた美柑。

 

その質問は他人のサイズを知っていた猿山についてなのか、その衣装が美柑に似合うのかという意味なのか。

 

「・・・・・・美柑は可愛いし、似合うんじゃね?」

 

とりあえず、俺と視線を合わしていないことから後者であると判断して答えておく。

 

「かっ、かわっ!?」

 

「川? まぁ、いいか。 俺は寝るから、ゆっくりしていけよ」

 

俺はそう言ったあと、ゆっくりと目を閉じる。

 

それにしても白雪といい、美柑といい、何故そんなに川と叫ぶのだろうか。

 

そんなどうでもいいことを考えながら俺の意識は闇へと沈んでいくのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「おい、トシアキ。 交代の時間だぜ」

 

俺が目を開けて最初に見たのは笑顔が眩しい猿山の顔だった。

 

というか、何故そんなに満面の笑みなんだお前は。

 

「あ、あぁ。 ん? 美柑はどうした?」

 

俺が眠るまで傍にいたはずの美柑の姿がない。

 

確か、俺の働いている所を見てから帰ると言っていたような気がするんだが。

 

「それより早く行ってくれ、これでも三十分遅れさせてやったんだからな」

 

そう言われては仕方がない。

 

俺は立ち上がろうとして、膝の上に置いてある自分の鞄に気付く。

 

「鞄なんて抱いたまま寝たか?」

 

自分の鞄を見つめながらそう呟く。

 

しかも、チャックが微妙に空いていたので中身を確認するために開いた。

 

「ぶっ!?」

 

そこには先ほどまで美柑が着ていた服とスカート、それから水色の下着が入っていたのだった。

 

「なんで美柑の服が・・・・・・まさか!?」

 

俺は眠る前にあったやり取りを思い出しながら、とりあえず表の喫茶スペースへと足を進めた。

 

「なっ!?」

 

喫茶スペースに行ってみると、予想していたが、それを上回る光景が広がっていたのである。

 

「いらっしゃいませ! アニマル喫茶へようこそ!!」

 

豹のララ、リスの沢田、猫の西連寺、狐の籾岡、ウサギの白雪はまだわかる。

 

同じクラスメイトでもっとも衣装が似合っていた五人だからだ。

 

だが、なぜだか犬の美柑と虎の沙姫先輩、牛の凛先輩と鹿の綾先輩がいた。

 

「・・・・・・」

 

「あっ、トシ兄ぃ」

 

俺が出てきたことをいち早く美柑が気付き、こちらに駆け寄ってくる。

 

その様子を見ていると、確かに飼い主を見つけた忠犬に見えなくもない。

 

「えへへ・・・・・・どう? 似合う?」

 

「あ、あぁ、似合ってるけど、なんで?」

 

予想していた通りに美柑は猿山が容易した衣装を着ていたのだ。

 

確かに犬の姿は似合っているのだけど、わざわざ手伝う必要はないと思うのだが。

 

「トシ兄ぃの働きっぷりを見るまで暇だったからお手伝いしたんだよ」

 

その気持ちは嬉しいが、まだ小学生の美柑にこんな格好をさせるのはどうかと思う。

 

衣装を用意した猿山は後でもう一度ボコボコにしておくことにしよう。

 

「トシ兄ぃもその衣装、似合ってるね。 その、か、カッコイイよ」

 

ちなみに俺が着ている衣装は動物とは全く関係ない真っ黒なスーツである。

 

一応、監視員としての服装なんだが、一部の女子からの要望でコレになったらしい。

 

「あぁ、ありがとな」

 

とりあえず褒められたので、お礼に俺は美柑の頭を撫でておくことにする。

 

その際に頭に着いた犬耳がピクピクと動いた気がしたが、深く考えないことにしよう。

 

予想を上回った原因でもある三人の方へ俺は足を進めた。

 

「沙姫先輩たちもありがとうございます。 飾りの布地に続いて、手伝ってもらって」

 

「も、問題ありませんわ」

 

美柑に続いて、上級生で自分たちのクラスの出し物もあるのに手伝ってくれている先輩たちにお礼を言っておく。

 

やはり、このクラスに先輩の想い人がいるのだろう。

 

「ゆ、結城のその衣装もなかなかのものだな」

 

沙姫先輩の連れである凛先輩も俺の衣装を褒めてくれる。

 

「一応、付属のアイテムもあるんですけど、流石にこれはつけられなくって」

 

今朝、衣装を渡されたときに一緒に渡されたのだが、使わずに胸ポケットにしまってある。

 

「どうしてですか?」

 

同じく、沙姫先輩の連れである綾先輩が不思議そうに尋ねてきたので、俺は実際に付けてみせた。

 

「流石にこれはマズいでしょう?」

 

その付属アイテムとはサングラスであった。

 

真っ黒なスーツにサングラスを室内で付けてる人間なんか近くに居てほしくないだろう。

 

「・・・・・・」

 

俺の目の前に居る綾先輩はジッとコチラを見つめたまま何の反応もしてくれない。

 

「・・・・・・先輩?」

 

「はっ!? あっ、その、えっと!!」

 

何やら赤くなりながら慌てた様子で手をブンブンと振る綾先輩。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

そして、そのままの姿で走り去ってしまった。

 

「綾!?」

 

「ちょ、ちょっと! どうかしまして!?」

 

凛先輩と沙姫先輩も綾先輩の後を追って教室から出て行った。

 

もちろん、アニマル喫茶の衣装を着たままで。

 

「・・・・・・大丈夫かな」

 

恩がある先輩たちのことが心配だが、仕事があるため追いかけるわけにもいかなかった。

 

仕方がないので、美柑に執拗に声を掛けている客のもとへ歩いていく。

 

「ウチの妹に何か御用ですか?」

 

「ひっ!? な、なんでもありません!!」

 

そう言えばサングラスを付けたままだったと客に声を掛けてから気付いたのだった。

 

その後は何事もなく、無事に彩南祭は終了して俺は美柑と共に帰宅するのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

トシ兄ぃが眠ったあと、私は猿山さんが落とした衣装を手に取る。

 

衣装はかなり露出度が高く、着るのは恥ずかしいと思っていたのだけど。

 

「トシ兄ぃが可愛いって・・・・・・」

 

先ほど言われた言葉を思い出すと自然と頬が赤くなってしまう。

 

トシ兄ぃの働く姿も見たかったことだし。

 

「暇を潰すだけだもんね。 別に衣装を着た姿をトシ兄ぃに見て貰いたいわけじゃないんだからね」

 

この部屋には眠ってるトシ兄ぃと気を失っている猿山さんしかいないので、別に声に出す必要じゃなかったが、つい言ってしまったのである。

 

「着替えはここでするとして・・・・・・」

 

そう考えてから鞄を顔にぶつけられて倒れている猿山さんを見る。

 

「・・・・・・えいっ!」

 

残っている他の鞄を全て猿山さんの顔の部分に全て乗せる。

 

これで猿山さんが起きても見られることはない。

 

「トシ兄ぃには・・・・・・べ、別に見られても問題ないし」

 

兄妹だから問題ないはずだ。

 

家族なんだから別に見られても大丈夫だよね。

 

「うぅ・・・・・・ちょっと、胸の部分が苦しいかも」

 

猿山さんはトシ兄ぃと中学から一緒で私と面識があったけど、さすがにピッタリのサイズは作れなかったようだ。

 

「よし、着れた!」

 

露出度が高いので下着は外して服と一緒に畳んで置いた。

 

そしてその服をトシ兄ぃの鞄の中に入れておく。

 

「さすがにこのままここに置いておけないからね」

 

私の服が入った鞄を眠るトシ兄ぃの膝の上に置いて、私は表へと向かっていくのであった。



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第十三話

「あれ? ララは?」

 

いつものように美柑に起こされた俺は寝起きのまま美柑に玄関でそう尋ねた。

 

ちなみに最近は起きて朝食を作っていたが、文化祭が終わってからやっていない。

 

「大事な用があるって出かけたよ? 今日は学校も休むって」

 

ララが学校を休むとは珍しいこともあるものだ。

 

デビルーク星から家出して来てこの星の学校を楽しんでいたと思っていたのだが。

 

「珍しいこともあるんだな」

 

「ララさんも忙しいんだよ、きっと。 じゃあ、行ってきます」

 

靴を履き終えた美柑はそう言い残して学校へ出かけて行った。

 

俺も遅刻しないように素早く準備を整えて家を出る。

 

「あれ? アイツ、結城だよな。 隣にララちゃんがいないような」

 

「なんか、今日は休みらしいぜ」

 

周りからの視線が俺に集中しているのがわかる。

 

確かに最近はララと一緒に登校していたが、俺とララがセットになっているわけではない。

 

「おはよう、結城君」

 

周りの男子たちの会話を聞きながら通学路を一人で歩いていると、前から声を掛けられた。

 

声の相手を確認すると西連寺がコチラに歩み寄ってくる。

 

「おう、西連寺か。 おはよ」

 

俺は挨拶を返しながら学校へ向かう歩みを少し緩める。

 

西連寺も俺の隣に並び、一緒に学校へ向かって歩き出す。

 

「ララさん、今日はどうかしたの?」

 

「あぁ、なんか用事があって朝早く出かけたみたいだな」

 

俺が美柑に起こされた時には既に居なかったので、おそらくそうなのだろう。

 

「そうなんだ・・・・・・」

 

西連寺はそう返事をして、そのまま黙ってしまう。

 

俺も話題となることが特に思いつかなかったのでそのまま無言で歩き続ける。

 

「あ、あの、結城君!」

 

「ん?」

 

先ほどの会話の時より大きな声で西連寺に呼ばれたので、立ち止まって振り向いた。

 

「これを・・・・・・」

 

振り向いた俺に西連寺は少し大き目の紙袋を手渡してきた。

 

それを受け取った俺は何なのか確認するため、中身を取り出した。

 

「ジョウロか?」

 

大きくて水が沢山入りそうなシルバーのジョウロが中に入っていたのだ。

 

「うん。 前に結城君、自然が好きって言ってたから、家でも植物とか育ててると思って、その・・・・・・迷惑だった?」

 

手を目の前で弄びながら、上目遣いで俺の様子を窺う西連寺。

 

「い、いや・・・・・・嬉しいよ。 サンキューな、西連寺」

 

なかなか可愛い仕草に俺は少し取り乱してしまったが、悟られないように笑顔で礼を述べる。

 

「・・・・・・よかった」

 

俺の笑顔で感謝の気持ちがキチンと伝わったのか、西連寺も笑顔で返してくれた。

 

その後はいつもと同じように学校で授業を受けて放課後に帰宅する。

 

そう言えば、学校で白雪からズボンのベルトを貰った。

 

聞いた話によると、デザインが気に入って購入したが男物だったらしい。

 

俺的には気に入ったものなら男物も女物も気にしなくてもいいと思うのだが。

 

本人は気になったらしく、俺に渡してくれることになったのだ。

 

というわけで鞄の他にジョウロとベルトを別の袋に入れて家にたどり着いた。

 

「・・・・・・」

 

家にたどり着いた俺だが、玄関のドアの前で立ち尽くしていた。

 

前にもこんなことがあったような気がするが、深く考えないことにする。

 

「玄関に三人・・・・・・いや、四人か」

 

この時間帯に家に居る人間は美柑だけのはずだ。

 

仮にララが戻っていたとしても後の二人の説明が付けられない。

 

「まさか、父親と母親がいるんじゃないだろうな」

 

まだ見ぬ両親が居るかもしれないという可能性に俺は少し焦ってしまう。

 

もし俺が本当の『結城トシアキ』ではないとバレたらどうなることか。

 

「・・・・・・考えても仕方ねぇ、行くか」

 

俺は腹を括って玄関の扉を開け放つ。

 

「トシアキーーー! 誕生日おめでとーーー!!」

 

玄関に入った瞬間、ララが満面の笑みを浮かべて俺に抱きついてきた。

 

慌てて俺は受け止め、先ほどのララの発言を思い出す。

 

「おっと・・・・・・誕生日?」

 

「やっぱり忘れてたんだね、トシ兄ぃ」

 

俺の困惑した顔を見た美柑がそう言って呆れた表情を浮かべる。

 

「今日はお前の誕生日だろ?」

 

その呆れた表情を浮かべる美柑の隣で額に鉢巻きをした大男がそう言った。

 

もしかして、もしかすると、この人物が『俺』の父親なのか。

 

「・・・・・・そういえば」

 

俺自身の誕生日は四月四日なのだが、『俺』の誕生日はどうやら今日らしい。

 

とにかく、それらしく振舞っておけば何とかなりそうだ。

 

「ねぇ、トシアキ。 私、プレゼント用意したんだよ」

 

「プレゼント?」

 

その単語で思い出したのは今日の西連寺と白雪からの貰い物だ。

 

もしかすると二人とも、今日が『俺』の誕生日だと知っていたのかもしれない。

 

「ララ様はトシアキ殿へのプレゼントを探すために今朝早くから出掛けられていたのです」

 

デビルーク星の王室親衛隊長であるザスティンが横からそう教えてくれる。

 

どうやら玄関で感じていた気配はこの四人だったようだ。

 

そうなるとやはり話題に出ない母親の存在が気になるのだが。

 

「プランタス星にだけ咲くレアな花なんだよ。 どうしてもトシアキにプレゼントしたくって」

 

照れた様子でそう言ってくれるララに嬉しさを感じながら、レアな花に少し興味が湧く。

 

「庭に置いてあるから早く見て!」

 

「あぁ・・・・・・」

 

ララの後を付いて窓から庭へ出ると今朝にはなかった巨大な花が咲いていた。

 

というかこれは花なのか。

 

なにやら手のような枝と花のような顔があるように思えるのだが。

 

「どう? トシアキ。 可愛いお花でしょ?」

 

「・・・・・・そうだな」

 

世の中には変わった動物も存在するのだから植物もあってもおかしくはない。

 

見たところ、この世界の『精霊』からも受け入れられているので特に害はないだろう。

 

あとは俺の気持ちの問題だ、花として見る気持ちの問題だけだ。

 

「プレゼント、ありがとな。 ララ」

 

「うん!」

 

俺の感謝が伝わったようでララは嬉しそうにそう返事をしてくれた。

 

その後は俺とララ、美柑に親父、それからザスティンと共に美柑が腕によりを掛けて作ってくれた夕食を美味しく頂いた。

 

後、余談になってしまうが、夕食を食べている途中に郵便物が届き、中には天条院グループ系列の店で割引が効くシルバーカードと男物の香水、そして何故か小太刀が入っていた。

 

「先輩も誕生日知ってたんだな。 けど、何故に小太刀?」

 

自室のベッドで横になりながら俺は呟く。

 

今度、会ったときにお礼を言っておかないとな、と考えている内に俺は眠りに付いたのであった。

 

 

 

***

 

 

『俺』の誕生日から数日が経過したある日のこと。

 

ララと一緒に通学路を歩いているのだが、何やらララの様子がおかしい。

 

いつもならば、楽しそうに笑みを浮かべながら話しかけてくるのだが、今日は静かにスタスタと歩いているのだ。

 

「・・・・・・別に静かに登校するのが嫌な訳じゃないんだけどな」

 

嫌なわけでは勿論ない。

 

ないのだが、いつもと違うことに少し調子が合わないのだ。

 

「やっほー、ララちぃ。 おっはよー!」

 

別の道から声を掛けてきたのは沢田である。

 

隣には仲の良い西連寺と籾岡の姿もある。

 

「おはよう。 結城くん、ララさん」

 

「おう、おはよ」

 

「おはようございます。 春菜さん、里沙さん、未央さん」

 

俺も挨拶を返して再び歩き出そうとしたところで思わず足を止めてしまった。

 

ララの挨拶がいつもの元気な挨拶ではなく、どこか他人行儀な挨拶だったからだ。

 

「さ、行きましょう。 遅刻してしまいますよ?」

 

驚いて足を止めてしまったのはどうやら俺だけではないらしく、西連寺も籾岡も沢田もララの言葉遣いに驚いていたようだ。

 

だが、ララはそんな俺たちを気にすることなく、そう言って足を学校へ進めた。

 

「・・・・・・なにかあったのか?」

 

先に進むララの後ろ姿を見つめながら俺は小さくそう呟いた。

 

怪我なら治せないこともないが、病気では俺にはどうしようもない。

 

原因がわからなければ手の出しようがないからだ。

 

怪我なら目に見えている傷を塞いだりすることは出来るのだが。

 

「あぁ、ララちゃん! 今日も君は美しい!!」

 

再び違和感を覚えたのは休み時間の時であった。

 

実験室での授業が終わり、教室へ戻っている途中にレンがララへ近づいていく。

 

「その美しさはまさに宇宙の宝石! いや、神の芸術だよ!!」

 

前に屋上で宣言されてからレンはララによく話しかけるようになっていた。

 

もっとも、ほとんどララの感心を掴んでいる所は見かけなかったが。

 

「っ!!」

 

傍で様子を窺っていると、ララが突然顔を赤らめて俺の後ろへ身を隠した。

 

「ララちゃん!?」

 

「やだ・・・・・・恥ずかしいからやめてください」

 

俺の後ろから顔だけを出して、本当に恥ずかしそうな表情で訴える。

 

そのララの言葉にショックを受けたようで、レンは泣きながら廊下を走り去って行った。

 

「・・・・・・・・・やっぱ、何かあるな」

 

そう確信した俺は次の授業が始まるのを無視してそのままララを屋上へ連れ出す。

 

「なんでしょう、トシアキ・・・・・・お話って」

 

屋上の手すりに背を向けたララは俺の方へ身体を向けて俺が連れ出した訳を聞いてくる。

 

しかし、俺とは目を合わそうとせず、視線は下に向いたままであった。

 

「なぁ、ララ。 今日のお前・・・・・・」

 

そこまで言った時、後ろから楽しそうに『精霊』たちに身体を押されるのを感じた。

 

と言ってもそんなに強いものではなく、あくまで風が吹く程度であったが。

 

「あっ・・・・・・」

 

だが、そんな程度でも布生地は簡単に揺れてしまう。

 

ララの制服のスカートが先ほどの風でフワッと浮いてしまったのだ。

 

「っ!? ・・・・・・見ました?」

 

まさしく風のイタズラによってララのスカートの中身が見えてしまう。

 

ララは慌ててスカート押さえたが、俺の目にはしっかりと桃色が見えてしまっていた。

 

「あ、あぁ。 悪い」

 

「もう、トシアキのエッチ」

 

普段、裸でベッドに潜り込んできたり、風呂上がりにバスタオル一枚で歩きまわる奴の台詞には聴こえなかった。

 

だが、いつもと違うギャップに俺もなんて言っていいのかわからなくなってしまう。

 

「・・・・・・」

 

いつもならちゃんと服を着ろ、と注意することはできるのだが、両手で頬を押さえて恥ずかしがるララを見ていると言葉が何も出てこない。

 

これが婚約者としての自覚を促すテクニックだとしたら俺は完全にやられてしまった感じだ。

 

「トシアキ?」

 

俺が何も言わなくなったのが気になったのか、顔を覗き込んでくるララ。

 

いつもと変わらない行動だが、俺の心臓はいつもより大きく鼓動する。

 

「ラ、ララ。 お前・・・・・・」

 

「どうやら彼女、『コロット風邪』のようね」

 

突然、背後から声が聴こえ俺は慌てて振り向いた。

 

こんな近くにいるのに気配を感じられなかったのは俺が平常心でいなかったからか。

 

それとも、背後からの声の主が俺より実力者なのか。

 

「・・・・・・アンタは?」

 

後者であることを警戒して、ララを庇う様にしながらそう問いかける。

 

「私は保健教諭の御門よ。 あとはこの星の人間ではないってことも言ったほうがいいかしら」

 

この星の人間ではないということは、ララと同じで宇宙人か。

 

彩南高校の保健の先生は宇宙人だったってことか。

 

「なるほどな。 で、『コロット風邪』ってのは?」

 

「微熱に伴って性格が全く別人に変わってしまう症状が現れるの」

 

全く別人に変わるね、確かに今までの行動を思い出すと思い当たる。

 

試しにララの額に手を置いてみると若干、熱があるように感じられる。

 

「確かに微熱がありそうだな。 で、治す方法は?」

 

「コレをあげるわ。 私が調合した風邪薬よ」

 

俺は紫色の液体が入った小瓶を手渡される。

 

「本当なら報酬を貰うところだけど、カワイイ生徒からお金は貰えないからね」

 

「・・・・・・ありがとうございます、御門先生」

 

この薬が本当に効くのかどうかはわからないが、宇宙のことまで俺はわからない。

 

ここは宇宙人である御門先生の言っていることを信じることにした。

 

「別にいいわよ。 それじゃ、お大事にねお姫様。 それと王子様」

 

そう言い残して屋上から御門先生は立ち去って行った。

 

その後に受け取った薬をララに飲ませ、数時間後にはいつものララに無事戻っていた。

 

ともかく、風邪が無事に治ってよかったと俺はソッと胸を撫で下ろすのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

屋上へ出た私は目的の生徒たちを見つける。

 

一人はデビルーク星の第一王女、ララ・サタリン・デビルーク。

 

もう一人はその王女に認められた結婚相手、結城トシアキ。

 

調べたところ、結城トシアキの方はこの星、地球生まれの地球育ちで特に何か有るわけではなさそうなのだけれど。

 

「どうやら彼女、『コロット風邪』のようね」

 

私の発言に驚いたようで、警戒するような視線をコチラへ向けてくる。

 

その一瞬でお姫様を背中に庇う判断力はなかなかのものね。

 

「・・・・・・アンタは?」

 

コチラは知っているけど、アチラは私を知らないようね。

 

もっとも、この星の人間に存在を隠しながら生活するのが私たち宇宙人だしね。

 

知らないのは当然ね、それにしてもこの子の殺気は凄いわね。

 

「私は保健教諭の御門よ。 あとはこの星の人間ではないってことも言ったほうがいいかしら」

 

変に揉め事を起こして困るのはコチラなので私は包み隠さず話す。

 

どうやら少しは警戒を解いてくれたようで、話方もそれとなく変わっていく。

 

それにしてもこの子の殺気は下手な大人なら簡単に気を失ってしまうわね。

 

さすが、お姫様が選んだ相手ってことかしらね。

 

「別にいいわよ。 それじゃ、お大事にねお姫様。 それと王子様」

 

最後にそう言い残して私は屋上から出て行く。

 

本当は授業中だから教室へ戻りなさいと言いたかったけれど、彼の情報収集も出来たから特別サービスにしておきましょう。

 

今度からは薬の代金を請求しても払ってくれそうだし、今のうちに良い付き合いをしておくことにしようと考えながら私はその場から立ち去った。



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外伝2

今回は外伝なので少し短めですが、ご了承ください。


「トシアキのバカーーー!!」

 

私はトシアキに向かってそう怒鳴ってから部屋を飛び出した。

 

トシアキを楽しませようと私の発明品を部屋で使ってみたら調子が悪くて爆発してしまった。

 

幸い、素早く気付いたトシアキが対処してくれたから怪我はなかったのだけど。

 

「・・・・・・あんなに怒ることないのに」

 

トシアキの部屋から飛び出して来た私は川辺に座り込んでそう呟く。

 

確かに部屋がめちゃくちゃになったけど、私はトシアキの為を思ってやったのに。

 

「ララさん?」

 

「あっ、春菜・・・・・・」

 

川辺で座っている私に声を掛けてくれたのは友達の春菜だった。

 

学校が休みなのに制服を着ているけど、何かあったのかな。

 

「どうかしたの? こんなところで座って」

 

「春菜こそ、どうして制服着てるの?」

 

「私はテニス部の練習があったから、その帰りなの」

 

確か学校には部活という集まりがあって、その種類によっては放課後や休みの日にも活動していたような気がする。

 

「そうなんだ・・・・・・」

 

「ララさんはどうしてここに?」

 

私の質問に答えてくれたので、やっぱり私も答えるべきだと思うけど。

 

「・・・・・・ねぇ、春菜。 今日、春菜の家に泊めてくれない?」

 

春菜の質問には答えず、私は春菜にそうお願いしてみる。

 

やっぱり、トシアキに怒られて家を飛び出したなんて恥ずかしくて言えないよね。

 

「えっ、あ、うん。 大丈夫だよ。 それじゃあ、行こっか」

 

結局、春菜の聞いてきたことには答えていないのだけれど。

 

私が答えられないことだと思ってくれたのか、春菜は嫌な顔一つせずに私を連れて歩き出してくれた。

 

春菜の家に着いた時にはもう日が暮れていて、そのまま晩御飯の時間になった。

 

「この巨大しじみ美味しい!」

 

「ララさん、それはハマグリだよ」

 

このしじみはハマグリって名前なんだ。

 

私はハマグリをお箸で掴みながら考えを巡らす。

 

やっぱり、地球にあるモノの名前を覚えるのは難しいかも。

 

「しっかし珍しいねぇ、春菜がウチに友達を連れて来るなんて」

 

そんなことを考えていると、料理を作ってくれた春菜に似た女の人がこっちにやって来た。

 

「ララちゃん、だっけ? この子、友達少ないから仲良くしてあげてね」

 

「春菜は私の大切な友達だから仲良しだよ」

 

「あら、そう! よかったねぇ、春菜」

 

私の答えた言葉に嬉しそうにした女の人は春菜と楽しそうに話し始める。

 

話を聞いているとどうやらこの人は春菜のお姉ちゃんみたい。

 

そのままご飯を食べ終えた後は春菜の部屋に移動して色々と話をした。

 

「あれ? これって・・・・・・」

 

話しているときにタンスの上に飾ってあった写真立てを見つけた。

 

そこには今の制服とは違う服を着た春菜と一緒にトシアキも写っている。

 

「あっ! そ、それは中学の時のクラス写真だよ」

 

「へぇ、春菜とトシアキって同じ中学だったんだ」

 

中学っていうのは高校の前に勉強をしていた場所。

 

私の知らない昔のトシアキを春菜は知ってるんだ。

 

「こっちの写真は・・・・・・トシアキがトロフィー持ってる」

 

「それは中学のクラス対抗リレーの時の写真だよ」

 

トシアキはクラス写真の時は端っこで不機嫌そうな顔で写ってるのに、リレーの時の写真は真ん中で笑っていた。

 

「その時は結城君がアンカーでバトンを貰ったときには最下位だったんだけど、最後にトップでゴールしたの」

 

そう言えばトシアキって普段はヤル気がなさそうだけど、何かの拍子で凄く真面目になるよね。

 

その時のトシアキってちょっとカッコいいなって思うんだけど、この時もそうだったのかな。

 

「そのリレーの点数でクラスが逆転優勝になって・・・・・・あの時はカッコよかったなぁ」

 

「っ!?」

 

春菜が最後に呟いた言葉を聞いて、ドキッと胸が熱くなる。

 

やっぱり、私が思ってたように春菜もその時はそう感じたんだ。

 

「二人とも、お風呂沸いたわよ?」

 

「どうする、ララさん。 先に入る?」

 

春菜がそうやって聞いてくれたけど、私としては春菜と一緒に入りたい。

 

やっぱりお風呂は一人で入るより、皆で入ったほうが楽しいもんね。

 

トシアキは全然、一緒に入ってくれないけど。

 

「ううん、春菜と一緒に入りたい」

 

「えっ!? 私と?」

 

私のお願いに驚いていた春菜だったけど、結局一緒に入ってくれることになった。

 

「・・・・・・ねぇ、春菜」

 

「な、なに?」

 

シャワーを浴びていた春菜に私は湯船に浸かりながら呼びかける。

 

私の呼びかけに春菜は少し驚いた様子でコチラに視線を向ける。

 

「トシアキって私といてもつまんないのかなぁ」

 

「結城君?」

 

春菜とお風呂に入っていることもあって、普段なら誰にも言わないようなことを聞いてみる。

 

「トシアキってあんまり笑わないでしょ? もしかして楽しくないのかなぁって」

 

「・・・・・・男の子の考えてることは私にはよくわからないけど」

 

春菜はそう言いながら椅子に座って身体を洗い始める。

 

「でもね、それは別にララさんと一緒に居るのがつまらないってわけじゃないと思うよ?」

 

私は湯船に浸かりながら春菜の話す言葉に耳を傾ける。

 

「だって、結城君は中学からそんな感じだったし。 むしろ、今の方が楽しそうにしているように見えるけどなぁ」

 

身体を洗いながらそう言った春菜の表情は私からは見えなかったけど、なんだか悔しそうな表情をしているような気がした。

 

でも、私としても中学時代のトシアキのことを知っている春菜が羨ましく感じる。

 

「・・・・・・なんか、春菜の方が私よりトシアキのことを見てるみたいだね」

 

「えっ!? べ、別にそんなことないよ? 偶然、そう感じただけだから」

 

春菜の方がトシアキのことを見てるっていうことは春菜もトシアキのことが好きなのかな。

 

私はもちろん大好きだけど、全然トシアキのことわかってなかったんだ。

 

「ねぇ! 春菜!! もっと中学の時のトシアキのこと教えて!」

 

「えっ、うん!」

 

もっともっとトシアキのことを知って、トシアキが楽しいことや嬉しいことを知ろう。

 

そうすればきっとトシアキも私のことをもっと好きになってくれるはずだから。

 

 

 

~おまけ~

 

 

春菜の家に泊まってトシアキの色々なことを聞けた。

 

今から家に戻って、昨日のことをトシアキにちゃんと謝らないと。

 

「よう、家出娘。 もう、気は済んだか?」

 

春菜のウチから出たところで突然、そう声を掛けられた。

 

驚いて視線を向けると、壁に背を預けてコチラを見つめるトシアキの姿があった。

 

「えっ、ト、トシアキ?」

 

「おう。 探したぜ、ララ。 いきなり家を飛び出したら心配するだろうが」

 

こっちに近づいてくるトシアキの顔はなんだか怒っていて、私は反射的にギュッと目を閉じてしまう。

 

「ふえっ!?」

 

「まったく、家出してウチに来て、そこからまた家出なんかすんなよな」

 

トシアキは私の頭の上に手を置いて乱暴にかき乱した。

 

ちょっと痛かったけど、トシアキが心配してくれたことが伝わってきた。

 

「う、うん。 ごめんなさい・・・・・・」

 

「ほら、帰るぞ」

 

相変わらずの表情でトシアキは先に歩き出す。

 

でも、後ろ姿をジッと見てみると所々汚れていたりしていて私を探してくれていたことがわかる。

 

「うん!」

 

そんなトシアキの姿を見て私はとても嬉しくなり、先に歩くトシアキの腕に飛び付いた。

 

飛び付いた時は怒られたけど、その後は何も言わずにそのまま家まで帰ってくれた。



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第十四話

とある休日、俺は一人で街中を歩いていた。

 

ようやくクラスの奴らの顔を覚え、親父にも俺と『俺』の違いに気付かれなかった。

 

そんなことで心に余裕が出来たので自分が住んでいる街を見て回ることにしたのだ。

 

「やっぱり、何処の世界も人間の文化だったら似たようなものなんだな」

 

俺はこことは違う世界で育ったため、自然が多い方が好きなのだが。

 

「まぁ、こんな世界も悪くないな」

 

一人でそう呟きながら歩いていると、視線の先に懐かしい物を発見した。

 

「おっ、たいやきじゃねぇか。 久しぶりに食べるかな」

 

前に居た世界の公園で初めてたいやきを食べたときには驚いたものだ。

 

なんせ、アンコとカスタード以外にカレーやチーズといった種類があったからだ。

 

もっとも、その屋台もメニューには載っていなかったので頼まないと作ってくれなかったが。

 

「へい、いらっしゃい! 何味にしましょうか?」

 

「とりあえずアンコとカスタードを五個ずつと、チーズとカレーを頼む」

 

店の前に立つと丁度、たいやきを焼いていた店員が声を掛けてくれた。

 

俺はメニューに載っている二種類とは別に載っていないものも頼んでみる。

 

「へい! えっ? チーズとカレーですかい?」

 

「あぁ」

 

俺の注文を聞いた店員が景気良く返事をした後、驚いたように聞き返してきた。

 

確かにメニューに載っていないものを注文したら聞き間違いと思って確認はするよな。

 

「わかりやした! けど、お客さん。 よくその二つがあるってわかりましたね?」

 

「って、あるのかよ!?」

 

思わず突っ込みを入れてしまった。

 

まさかこの世界にもチーズ味とカレー味のたいやきがあるとは思わなかった。

 

もっとも、この世界でも注文を受けてから作るようなので数十分待つことになったが。

 

「まぁ、数十分でこの味が食えるなら別に良いけどな」

 

アンコとカスタードのたいやきを袋に入れてもらい、俺はカレー味のたいやきを頬張りながら街中を歩き出す。

 

「ん?」

 

歩いていると視線を感じたので、ソチラの方へ俺は顔を向ける。

 

「フ、フェイト?」

 

「?」

 

前の世界に居た義妹の姿がそこにあったので、俺は思わず名前を呼ぶ。

 

しかし、本人ではないため、似ている彼女には首を傾げられてしまった。

 

「そりゃそうだよな。 いくらなんでもここに居るわけねぇし」

 

カレー味のたいやきを口に入れ、俺はチーズ味に手を付ける。

 

けれど、先ほど俺が間違って名前を呼んでしまった彼女からの視線はずっと感じる。

 

「・・・・・・もしかして、たいやきが珍しいのか?」

 

義妹の方はたいやきの存在を知っていたが、全く別人の彼女は知らないのだろう。

 

俺のような知らない人に声を掛けられ、その人が変な物を食べていたら気になるに決まっている。

 

「えっと、たいやき食うか?」

 

間違って名前を呼んでしまった罪悪感もあった俺はコチラへ視線を向け続ける彼女にそう話しかけた。

 

ちなみに彼女に渡したたいやきは普通のアンコ味のたいやきである。

 

「・・・・・・・・・地球の食べ物は変わっていますね」

 

モグモグと可愛らしく口を動かしながらたいやきを食べた彼女はそう呟いた。

 

「地球?」

 

彼女の発言に疑問を抱いた俺だが、彼女は何も答えずに俺の両肩にそれぞれ手を乗せる。

 

「あなたが、結城トシアキ・・・・・・」

 

「そうだけど、なんで俺の名前を知って・・・・・・っ!?」

 

彼女の言葉に返事をした後、肩に乗せられていた手がゆっくりと下がっていき、細くて白い手が獲物を切り裂く鋭い爪に変化した。

 

「っ!?」

 

「あっぶねぇ・・・・・・もう少しで切り裂かれる所だったぜ」

 

変化したその手で脇腹を裂かれそうになったので、咄嗟に反応して彼女の腕を掴んだのだった。

 

「・・・・・・ある方からあなたを抹殺するように依頼されました」

 

俺の手を素早く振り払った彼女は数歩下がってそう話してくれる。

 

というか、俺はついに命を狙われるまでになったのか。

 

今までは話や脅しで済んでいたのだが、どうやらそうはいかないらしい。

 

「恨みはありませんが、消えて貰います」

 

彼女の手は鋭い爪から今度は腕ごと大きな刃物に変化した。

 

ここで戦ってもいいが、他の人間に迷惑がかかりそうなので、俺は彼女に背を向けて走り出した。

 

俺の命を狙ってるのなら必ず追って来るだろうから、俺は何も言わずに走り続けた。

 

 

 

***

 

 

 

走り続けて向かったのは山にあるひと気のない神社だ。

 

そこにたどり着いた俺は振り返り彼女の姿を確認する。

 

「ちょろちょろと逃げ回らないでください」

 

彼女は背中から生えた翼で飛んでおり、そのまま俺の向かい側に着地した。

 

地面に足を付けた後、背中から翼が消えたので俺は首を傾げる。

 

「別に逃げていたわけじゃないが・・・・・・お前は鳥人か何かか?」

 

「いえ、私は全身を自在に変化させる能力、変身能力をもつ暗殺者です」

 

暗殺者と言った彼女は身体を変化させることが出来るらしい。

 

しかし、そんなことなど今はもはやどうでもいいことだ。

 

「そうなのか・・・・・・くっくっくっ」

 

「何がおかしいのですか?」

 

俺はもう、彼女の言葉に答えている余裕なんてない。

 

なぜなら、久しぶりに身体を思いっきり動かして殺り合いが出来るんだからな。

 

「なんでもねぇよ。 さて、殺り合おうぜ!」

 

今までは彼女からの攻撃だったので、今度は俺から攻撃することにした。

 

右手を上げて下に振り下ろす、手刀と呼ばれる行為をその場から動かずに行う。

 

「?」

 

確かに、距離が開いているので俺の行動は全く意味がないものに思えるだろう。

 

それが普通の反応なのだから、彼女が首を傾げているのもわかる。

 

「でも、俺は『魔法使い』なんだよ」

 

「っ!?」

 

突然、彼女の黒い服が裂けてそこから覗いた肌から血が出てきた。

 

そう、先ほどの俺の動作で風の『精霊』を彼女に向かって飛ばし、刃となって襲いかかってもらったのだ。

 

「なるほど、あなたも何か能力を持っているのですね。 なら、手加減はしません」

 

「へっ、望むところだぜ!」

 

それから数時間が経ったようにも、数分しか経っていないようにも感じられた。

 

こんなに相手に集中し、時間感覚は薄れるほど戦ったのは本当に久しぶりだ。

 

お互いが傷付き、傷付け合い、気がつくと最初の立ち位置へと戻っていた。

 

「あなたはプリンセスを脅迫し、デビルーク乗っ取りを企てる極悪人だと聞きました。 やはり、実力も備わっていますね」

 

「ん? ちょっと待て、それは誤解だ。 俺からララに近づいたんじゃなくて、ララが俺に近づいてきたんだぞ?」

 

また変な所で誤解が生じているようなので彼女の発言を訂正しておく。

 

「・・・・・・ですが、理由はなんであれ、依頼されれば何でも始末する。 それが私、『金色の闇』の仕事です」

 

なるほど、この金髪の可愛らしい暗殺者の名前は金色の闇というのか。

 

もっとも、可愛いのは姿だけで殺しの実力は充分に理解出来たんだけどな。

 

「何をやっているんだもん、金色の闇! そんな相手にどれだけ時間をかけているんだ!」

 

しばらく戦いを中断していると、いつの間にか上空に変な機械が浮いていた。

 

アレが噂に聞く宇宙船なのだろうか。

 

その機械から光が射し込み、その光の中心に何者かが現れた。

 

「ジャジャーン! ラコスポ、只今参上! だもん!!」

 

「・・・・・・」

 

登場の仕方に呆れてしまった俺だが、ラコスポという人物の姿に驚いてしまう。

 

「結城トシアキ! お前の所為でララたんがボクたんと結婚してくれないんだもん!」

 

「いや、俺の所為って言われてもなぁ・・・・・・」

 

俺はあまりの小ささに驚いてしまったのだ。

 

こんな奴があのララと釣り合うのかと聞かれると聞かれた全員が首を横に振ることだろう。

 

「金色の闇! お前も何やってるんだ! 予定では結城トシアキをとっくに始末しているはずだろう!!」

 

「ラコスポ、丁度よかった。 私もあなたに話があります」

 

金色の闇も俺から意識を外し、依頼人と思われるラコスポに話しかける。

 

今が好機と言えばそうなんだろうが、そういう手は真剣勝負をした相手にするものではなので俺も大人しくしていることにする。

 

「結城トシアキの情報、あなたから聞いたものとかなり違うようですが」

 

そこまで言った金色の闇はチラリとコチラに視線を向け、何かを確認してから再びラコスポへ向き直る。

 

「目標に関する情報は嘘偽りなく話すように言ったはずです。 まさか、私を騙したわけではありませんよね?」

 

「な、なんだもん、その目は! ボクたんは依頼主だぞ!!」

 

俺の位置からは金色の闇の表情は見えなかったが、ラコスポは怯えるように後ろへ数歩下がった。

 

「くっ、こうなったら・・・・・・出て来い! ガマたん!!」

 

再び上空に浮かぶ変な機械から光が射し込まれ、また光の中心に何かが現れる。

 

「・・・・・・って、カエルか?」

 

現れたのはとてつもなく大きなカエルだった。

 

だが、俺には特に脅威は感じられない。

 

「さぁ、ガマたん! お前の恐ろしさを見せてやるもん!!」

 

ラコスポの言葉を切掛けに大きなカエルは金色の闇に向かって何かを吐きだした。

 

しかし、俺と本気で戦える金色の闇は素早くその何かを避ける。

 

「なっ!?」

 

「ふ、服が!?」

 

俺は驚きの声を上げ、金色の闇も自分の姿を見て驚いているようだった。

 

大きなカエルの吐きだしたものを避けた金色の闇だが、跳ねたものまでは避けられなかったらしく、服にあったってしまった。

 

すると、その服にあたった部分が溶けてしまい白い肌がそこから覗く。

 

「ガマたんの粘液は都合よく服だけ溶かすんだもん! だからボクたんのお気に入りなんだもん!!」

 

その発言を聞いているとかなりの変態思考の持ち主のようだ。

 

これは俺も戦いに参加するべきなのかと考える。

 

「そんな不条理な生物、認めません!」

 

俺が考えている間にも金色の闇は戦闘を継続しており、腕を刃に変化させて大きなカエルに切りかかる。

 

しかし、粘液が纏わりついた長い舌は上手く切れないようで、金色の闇はそのまま吹き飛ばされてしまった。

 

「くっ!」

 

「よっと、大丈夫か?」

 

吹き飛ばされた金色の闇を抱きとめてやり、そう問いかける。

 

しかし、粘液によって溶かされた服から覗く白い肌が眩しくて直視することが出来ない。

 

「い、いやぁ!!」

 

金色の闇は長い髪を拳に変化させ、抱きとめていた俺を殴り飛ばした。

 

「へぶっ!?」

 

切られるよりはマシだが、助けた相手にそれはないだろう。

 

「スキありだもん! 金色の闇、全裸決定だもん!!」

 

大きなカエルから吐き出された粘液は金色の闇に向かって一直線に飛んでくる。

 

しかし、彼女は俺の方へ意識を向けていたので反応出来ずにいた。

 

「しまっ・・・・・・」

 

「させるかよ。 爆ぜろ」

 

金色の闇の目の前で小規模の爆発が起こり、飛んできた粘液を吹き飛ばした。

 

勿論、俺が『精霊』の力を使って、爆発を起こしたのだ。

 

さすがに敵とはいえ、年頃の女の子を全裸にさせるわけにはいかない。

 

「ったく、大人しく見てりゃ調子に乗りやがって」

 

金色の闇に殴り飛ばされていた俺はそう言いながらラコスポと大きなカエルに向かって歩き出す。

 

その途中で全裸にはならなかったが、露出度が高くなってしまった金色の闇に上着を掛けてやる。

 

「あっ・・・・・・」

 

「さて、お仕置きの時間だぜ?」

 

身体に『精霊』を纏った俺はもはや目では追えないほど早く動ける。

 

カエルを何度も殴り付けたあと、上に乗っていたラコスポも一緒に殴っておく。

 

そして下から風の力で吹き飛ばし、上空に浮かんだままの変な機械へぶつけてやった。

 

すると変な機械が爆発して、ラコスポはどこか遠くへと飛んで行ってしまった。

 

「・・・・・・どうして敵である私を助けたのですか?」

 

少しやり過ぎたかなと反省していた俺の背に金色の闇がそう話しかけてきた。

 

「もともと悪いのはアイツだろ? それに依頼主がいなくなればもう俺の命を狙わなくて済むからな」

 

俺はそう答えを返して微笑む。

 

すると、金色の闇は俯いて俺の上着でギュッと身体を隠すような仕草をする。

 

「それにこれ以上、可愛い子に命を狙われるのは困るからな」

 

「か、可愛い・・・・・・私が、ですか?」

 

沈黙に耐えきれなかったので、そう言って場を和ませようとしたのだが、金色の闇から思った以上の反応が返ってきた。

 

「あ、あぁ。 それがどうかしたか?」

 

「いえ、そんな風に言われたのは初めてなので・・・・・・」

 

照れてしまったのか、今度は頬を少し赤らめて俯いてしまった。

 

しかし、よく考えると俺は金色の闇から仕事を奪ってしまう形になった。

 

依頼主をどこかに飛ばしてしまったので、依頼料を取ることが出来なくなっただろう。

 

「なぁ、金色の闇。 お前に依頼をしたいんだが、いいか?」

 

せめてものお詫びとして今度は俺が依頼主になってコイツに依頼料を支払ってやるとしよう。

 

あまり高いと払えなくなってしまうが、そこは交渉でなんとかするかな。

 

 

 

~おまけ~

 

 

私は金色の闇、名前はありません。

 

今までもこれからもこの名前で呼ばれることでしょう。

 

今回の目標はなかなかの強敵でした。

 

「・・・・・・結城トシアキ」

 

前回の依頼主から聞いていた情報では地球人でデビルーク星のプリンセスを脅している極悪人だと聞きましたが。

 

「・・・・・・」

 

そこまで考えて私は、彼に貰った上着をギュッと握りしめます。

 

先ほど彼に依頼された内容は私を驚かせるものでした。

 

「まさか、暗殺者に護衛を頼む人がいるなんて思いもしませんでした」

 

そう、彼は自分の身を守ってくれと依頼してきたのです。

 

今まで人を暗殺してきた私にとって誰かを守ることが出来るとは思えませんでした。

 

【同じだろ? 自分の力を殺すために使うか守るために使うかの問題だ】

 

そう彼に言われ、結局私はその依頼を受けることにしました。

 

近くに居た方がいいと言われましたが、私自身の心の整理の為、遠慮しました。

 

今はこの少し離れた位置から彼、結城トシアキを見守るのが私の仕事なのです。



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第十五話

「トシアキ! 早くしないと遅刻しちゃうよ!!」

 

彩南高校の予鈴を聞きながら俺は先に走りだしたララの背を見送る。

 

ララは楽しみにしている学校での生活の為に走っているのだろうが。

 

「・・・・・・朝から本当に元気だなぁ」

 

鞄を担ぎながら俺はトボトボと歩いて門を潜った。

 

新学期ならば風紀委員が居そうなものだが、今回は特に問題もなく学校内へ入ることが出来た。

 

「ん?」

 

学校に入ってから視線を感じたので、辺りを見渡してみる。

 

「・・・・・・おっ!」

 

見渡してみると、校舎の屋上で黒い衣装を身に纏った金髪の少女を発見した。

 

視線が合ったのを確認した後、俺はここに来るように彼女に向かって手招きをする。

 

「なんですか、結城トシアキ」

 

変身能力で白い翼を羽ばたかせながら俺の目の前に降り立つ金色の闇。

 

前回の戦いの後、俺のことを護衛するように依頼したのだ。

 

「ほらこれ」

 

「?」

 

俺は鞄の中から包みを取り出し、彼女の手の上に乗せる。

 

金色の闇は手の上に乗っている包みと俺に視線を交互に向けながら首を傾げた。

 

「それは弁当だよ。 今日の昼飯に食ってくれ」

 

「・・・・・・毒でも入っているのですか?」

 

「なんてこと言うんだよ。 一応、俺が腕によりを掛けて作った自信作だぜ?」

 

人がせっかく早起きして作った弁当に対してなんて言い草だ。

 

今日はララと美柑にも同じ弁当を渡している。

 

その時に彼女の顔も思い浮かんだので一緒に作ってみたのだ。

 

「そうですか」

 

相変わらず表情を変えずに手に乗せた弁当をジッと見つめる。

 

するとその場で包みを解き、弁当を食べ始めた。

 

「おいおい、昼飯用に作ったのに今食べるのかよ」

 

「・・・・・・やはり、地球の食べ物は変わっていますね」

 

俺の呆れた言葉に返事をするかのように弁当を口に含んだ後に彼女はそう言った。

 

つまり、俺が腕によりを掛けて作った弁当はそんなに美味しくなかったということだ。

 

「ですが、こういう変わった食べ物も悪くありません」

 

「えっ? お、おい!」

 

落ち込んでいる俺の姿を見てそう言ってくれたのか、本心からそう思っていたのかわからなかった。

 

結局、金色の闇はそう言ったあとに再び白い翼を羽ばたかせてどこかへ飛んで行ってしまった。

 

「・・・・・・まぁ、いいか」

 

弁当は受け取ってもらえたし、そのまま持って行ったので食べてはくれるだろう。

 

結果的によかったと、そこまで考えた所で始業のチャイムが聴こえ、俺の遅刻が確定してしまうのであった。

 

こうなってしまっては急いでも仕方がないので、俺はゆっくり校舎へと向かう。

 

上靴に履き替えようと靴箱を開けると大量の手紙が落ちてきた。

 

「・・・・・・マジかよ」

 

最初は女の子からの手紙かと少し期待したのだが、よく見るとどれもそんな様子はない。

 

なぜなら、手紙にカッタ―の刃が仕込んであったり、文字が赤く染まっていたりしているからだ。

 

俺はそのうちの一枚を取り、中身を読んでみる。

 

【直ぐにララちゃんと別れるんだ!!】

 

内容が内容だったため、俺は気にせずに傍にあったゴミ箱へ捨てる。

 

カッターの刃がついている危ない物や文字として読めないようなものも一緒に捨てておく。

 

【月のない夜は気を付けろ、俺はお前を狙っている】

 

【陽のあるうちは歩けると思うな、俺たちはお前を監視している】

 

「・・・・・・つまり、月のある夜は歩いても大丈夫なんだな」

 

全ての手紙を読み終え、くだらない結論に達した俺。

 

もっとも、素直に手紙の内容を守るつもりもないのだが。

 

「ん?」

 

上靴を手に取った俺はまだもう一枚、手紙が残っていたことに気付く。

 

この最後の一枚は綺麗な封筒に入っており、文字も普通に読めた。

 

【屋上で待ってます】

 

「・・・・・・いや、いつだよ」

 

思わず手紙に突っ込みを入れてしまった。

 

この手紙を何度読み返してもそれしか書いていない。

 

差出人も時間帯もわからないままだ。

 

昨日、俺が帰るときに靴箱には何もなかったので入れたのならばその後だ。

 

「昨日の放課後の話じゃねぇだろうな」

 

どうせ遅刻が確定してしまっているので、俺は教室へは向かわずに屋上へ向かう。

 

もし、昨日から待っていたのならば、と考えての行動だったのだが。

 

「・・・・・・誰もいないな」

 

既に一時間目の授業が始まっており、屋上には誰の姿もなかった。

 

仕方なく俺は落下防止用のフェンスの傍まで行き、腰を下ろす。

 

「いつの時間帯かわからないから仕方ないよな」

 

俺以外には誰もいないのだが、授業をサボる言い訳を呟きながら目を閉じる。

 

風が心地よく吹いており、この分だと気持ちよく眠れそうだ。

 

俺はそこまで考えている内に意識が遠のいていくのを微かに感じていた。

 

 

 

***

 

 

 

「んっ、ん?」

 

俺の傍で言い争う様な声が聴こえて来たので閉じていた目を開ける。

 

まったく、せっかく気持ちよく寝ていたのに邪魔をしたのは誰だよ。

 

「・・・・・・だから、あなたに用はないの。 そこを退いて」

 

「どのような理由があろうと、彼は私の依頼主。 ここを通すわけにはいきません」

 

俺が開けた目に最初に飛びこんできたのは、金色の闇の背中だった。

 

背が小さい彼女だが、俺は座っている状態なので少しその背中が大きく見える。

 

「もう! トシアキ君は私が手紙でここに呼んだの! だから、私には会う権利があるんだよ」

 

そして、金色の闇の対面側に立つ女の子がどうやら手紙の差出人らしい。

 

金色の闇の背から顔を覗かせて見てみたが、俺が初めて見る生徒だった。

 

「手紙でここに・・・・・・やはり、彼を襲うために呼び出したのですね」

 

どうやら彼女は眠っている俺が襲われそうになっていると勘違いしているらしい。

 

確かに護衛をするように頼んだが、まさか本当に傍で守ってくれるとは思わなかった。

 

「よっ、金色の闇。 色々とサンキューな」

 

「起きたのですか、結城トシアキ。 あなたはいついかなる時でも警戒しておくべきです」

 

いつまでも座っているわけにはいかないので、俺は起き上がって彼女の肩をたたく。

 

俺が隣に立ったのに気付いた金色の闇はそう言って注意してくる。

 

確かにララの他の婚約者候補から命を狙われていればそう思うのかもしれないが。

 

「警戒って言ってもなぁ。 いざとなったら助けてくれるんだろ?」

 

「っ!」

 

そう言いながら彼女に向かって微笑む。

 

俺と戦える実力者が護衛してくれているのだから何も心配なんてしていないのだ。

 

「・・・・・・知りません。 それから彼女はあなたに用があるそうです」

 

プイッと俺から視線を外した金色の闇は先ほどまで言い争っていた女の子に視線を向けた。

 

そんな彼女に俺は苦笑しながら、初めて顔を会わせるであろう女の子に視線を向けた。

 

「えっと、初めまして、でいいよな?」

 

「うん、初めまして。 でも、私はずっとトシアキ君のこと見てたんだよ?」

 

そう言われても俺にはそんな記憶はない。

 

ある程度離れていても視線を感じられる自信はあるのだが、彼女のような女の子からは覚えがない。

 

「私の気持ちを伝えたくて・・・・・・でも、チャンスがなくて」

 

「気持ちって?」

 

俺がそう聞き返すと、彼女はチラリと俺の隣にいる金色の闇に視線を向けた。

 

どうやら、他の人には聞かれたくない話らしい。

 

「悪い、金色の闇。 少し外してくれないか?」

 

「・・・・・・依頼人からの願いなら構いませんが、いいのですか? 彼女があなたの命を狙っていないという保障は有りませんよ?」

 

今の会話を聞いて俺は金色の闇は立派な仕事人だと考えてしまった。

 

俺が依頼した『護衛』という仕事をキチンとこなそうとしている姿が立派に見える。

 

今まで暗殺しかしてこなかったというのが嘘のように感じられたのだ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが、俺の強さは知ってるだろ? 問題ないさ」

 

「・・・・・・わかりました。 あなたがそう言うのなら」

 

俺の言葉を信じてくれたのか、金色の闇は白い翼を変身能力で出現させて少し離れたマンションの上に降りたった。

 

なんだかんだ言って俺のことは見守っていてくれるらしい。

 

「なんか、トシアキ君って凄いね。 あの『金色の闇』にあそこまで言えちゃうんだもん」

 

今の言葉から察するにどうやら彼女も宇宙人らしい。

 

しかし相手は女の子、流石にララの婚約者関係ではないと思うのだが。

 

「この前はごめんなさい。 レンが迷惑をかけて」

 

「ん? もしかして、兄妹かなにかか?」

 

ここで思いもよらないクラスメイトの名前が出てきた。

 

以前、ララに自分をアピールするために色々と絡んできたレンの知り合いらしい。

 

「えっと、兄妹っていうか、なんていうか・・・・・・」

 

どうも話しにくい事情があるようなので俺は特に何も聞かず、話の続きをするように視線で促す。

 

「メモルゼ星の王族として謝罪します、本当にごめんなさい」

 

メモルゼ星が何処にある星なのかは知らないが、彼女も王族の出のようだ。

 

つまり、その知り合いであるレンも王族なわけで。

 

「そうか。 君・・・・・・っと、名前をまだ聞いてなかったな」

 

「あっ! ごめんなさい。 私はルンっていいます」

 

俺の言葉に慌てて名前を教えてくれる彼女、ルン。

 

そんなルンの今までの様子を見ていて、悪い奴ではないと判断した。

 

「ルンの謝罪は確かに受け取った。 王族としての謝罪なら受け取らない方が失礼だしな」

 

本当なら本人の口からそう言った言葉を聞きたかったが、仕方ない。

 

俺自身も王族の出なのでこういったやり取りは初めてではないのだ。

 

もっとも、その仕事の殆どは王であった父親がずっとやっていたのだが。

 

「そう言えば最初に言ってたルンの気持ちって、もしかしてこのことか?」

 

身内の不始末の為に頭を下げるルンの行動に感嘆しつつ、そう尋ねた。

 

もし、そうならば話は終わりということになり俺は帰ろうかと思っていた。

 

「えっと、そうじゃなくて・・・・・・」

 

ルンは急に頬を赤らめ、俯きながら一人で小さく何かを呟いた。

 

顔を上げた彼女の瞳は決意で固まっており、閉じていた口をゆっくりと開いて言葉を発する。

 

「・・・・・・あなたのことが好きです。 私と付き合ってください」

 

突然の告白に少し驚いた俺だが、ララには結婚したいと言われたこともある。

 

「理由を聞いても良いか?」

 

そのため、すぐに落ち着きを取り戻した俺はその理由を尋ねてみた。

 

そもそもメモルゼ星の王族が地球の一般人にそんなことを言っていいのか。

 

と、そこまで考えた所でララもデビルーク星の王女であったことを思い出した。

 

「私、レンに対して本気で怒っているトシアキ君を見て、一目惚れしたの!!」

 

あの教室で思わず殺気を出してしまった時のことか。

 

しかし、その時の出来事は教室にいたクラスメイトしか知らないはずだが。

 

「他の人の為に怒る優しさ! レンを睨んだときに表情! もう、カッコよくって!!」

 

「そ、そうか・・・・・・」

 

その時のことを力説するルンに少し苦笑気味の俺。

 

確かに好意を持たれたことは嬉しく思うが、俺はまだルンのことを知らない。

 

「その気持ちは嬉しいけど、俺はまだルンのことをよく知らない。 だから残念だけど・・・・・・」

 

そこまで言った所で突然、目の前の『精霊』が暴れ始めた。

 

その様子から何かを伝えてくれようとしているのがわかるが、内容までは理解できない。

 

「くしゅん!」

 

『精霊』が暴れたことが原因で風が起こり、ルンの鼻が刺激されたのか、彼女は可愛らしいクシャミをする。

 

すると、先ほどまでいたルンの姿が消え、女子の制服を着たレンが現れた。

 

「・・・・・・」

 

「ルンの奴、少しはボクの気持ちも考えてくれよ」

 

俺が無言で見つめているのを知ってか知らずか、涙目になりながらレンは自分の姿を見てそう呟く。

 

「くっ! 結城!! ララちゃんだけでなく、もう一人のボクであるルンの心まで奪うとは」

 

俺の視線に気付いたのか、コチラを睨みつけながらそう言ったレン。

 

だが、男であるレンが女子の制服を着てそんな風に言っても雰囲気が台無しだ。

 

「許しがたい! 許しがたいが、今日は勘弁してやろう!!」

 

俺の呆れた表情が効いたのか、それだけ言い残して慌てて去って行くレン。

 

おそらく、女子の制服を早く着替えたいのだろう。

 

それにしても、また新しい宇宙人と関わりを持ってしまった。

 

これでまた面倒事が増えるかもと心配する俺であった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

私はクシャミをしてしまったことによって周りが暗い闇の中にポツンと佇む。

 

「もう! もう少しでトシアキ君からの返事を聞けたのに!!」

 

思わずレンの意識に向かってそう怒鳴ってしまう。

 

一応、レンが見た光景は私も見えるのだけど、レンは制服を着替えるために既に屋上から立ち去ってしまっていた。

 

「本当はクシャミ程度じゃ、入れ替わることなんてないのになぁ」

 

レンがララを追いかけて地球に来た所為で身体が少しおかしくなってしまった。

 

さっきもトシアキ君が何か言ってたけど、クシャミを我慢しようと意識をソチラへ向けていたので全くわからなかった。

 

「せっかく告白したのに・・・・・・」

 

答えを聞けなかったのは残念だけど、おそらく断られていただろう。

 

あのララの婚約者候補になっているくらいだし、他からも告白されているかもしれない。

 

「でも、いいもん! 私、負けないから!!」

 

今はレンが表に出ているけど、今度私が出たときにまた告白してみよう。

 

それでもダメだったら、振り向いてもらえるまで頑張る。

 

メモルゼ星の王族はデビルーク星の王族なんかに負けないんだから。



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第十六話

授業が終了し、後は帰宅するだけになった放課後。

 

俺は鞄を担ぎながら欠伸をして、今日一日を振り返る。

 

「ふわぁあぁ・・・・・・ようやく放課後か。 短いようで長いよなぁ」

 

振り返ると言っても特に何もなく、ただいつもと同じような感じだった。

 

そう言えば、一緒の家に帰るララの姿が見えないが何処に行ったのか。

 

「まぁ、アイツも人気あるし、誰かに告白でもされてんのかな」

 

そんなことを考えつつ、俺は靴を履き替えて外へ出る。

 

「ん? あれは先輩たちだよな」

 

沙姫先輩といつも傍に控えている凛先輩に綾先輩の三人が何やら校門前で立ち止まっていた。

 

様子を見ていると、どうやら小さな子どもが一緒にいて何やら話をしている。

 

しかし、あの子どもこの距離から俺の見る限り全く隙がない。

 

「・・・・・・何か嫌な予感がするな」

 

近づいてみればその違和感に気付くかもしれないが、また変なトラブルに巻き込まれそうで躊躇してしまう。

 

「先輩たちに迷惑かけられないし、とりあえず行くか」

 

そう思って歩き出した矢先、沙姫先輩が背負っていた子どもが胸を触り始めた。

 

それも、たまたま触れてしまった感じではなく、アレはもはや揉んでいる。

 

「そこまでにしておけ」

 

ちょっとムカついた俺は凛先輩や綾先輩のスカート捲り始めた子どもの首根っこを掴み上げる。

 

「おっ!?」

 

「大丈夫ですか、先輩」

 

俺の存在に気付いたらしい子どもが驚きの声を上げているが、俺はそんなことを気にせず先輩たちに声を掛ける。

 

「う、うむ。 助かったぞ、結城」

 

「あわわわ、あ、ありがとうございます!」

 

落ち着きを取り戻した凛先輩と俺が声を掛けて余計に混乱してしまった綾先輩。

 

「沙姫先輩も大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ。 ありがとうございます。 トシアキ様」

 

ようやく俺に気付いた沙姫先輩はどこか恥ずかしそうに俺から視線を逸らした。

 

「? とりあえず、こいつは俺が叱っておきますから、許してあげてくれませんか?」

 

俺の言葉に凛先輩と綾先輩の視線が沙姫先輩へと向かう。

 

どうやら二人とも沙姫先輩の判断に従うつもりのようだった。

 

「沙姫先輩、いいですか?」

 

「そ、そうですわね。 トシアキ様がそこまでおっしゃるのでしたら」

 

まだ俺と目を合わせてくれない沙姫先輩だったが、俺のお願いは聞いてくれたようだ。

 

「ありがとうございます。 こいつは俺しっかり言い聞かせますんで・・・・・・」

 

「うむ? 結城、先ほどの子どもがいないぞ?」

 

凛先輩に言われてから手元を確認してみると、しっかり掴んでいたはずの子どもの姿が消えていた。

 

「・・・・・・」

 

俺自身も手の力を弱めた記憶もないし、いなくなった気配も感じなかった。

 

やはり、先ほど感じた嫌な予感が当たっていたみたいだ。

 

「すみません。 俺、探しに行きますんで、これで!」

 

このままあの子どもを放っておくとまた何か仕出かしそうなので探しに行くことにする。

 

何か言いたそうにしていた沙姫先輩には悪いと思ったが、俺は女子生徒の悲鳴が聴こえた場所へと走り出すのであった。

 

 

 

***

 

 

 

悲鳴が聴こえた場所にたどり着くと、そこはまさに地獄と化していた。

 

「フハハハハ! もませろーーー!!」

 

「いやぁあぁ!」

 

「きゃあぁあぁ!!」

 

先ほどの子どもがテニスコートにいる女子生徒たちの胸を手当たり次第に触りまくっていた。

 

「・・・・・・いや、あれは触るじゃなくて、揉みしだくだな」

 

自分で呟きながら言いなおしてみたが、それで事態が収まるわけもない。

 

女子テニス部の顧問の先生は気を失っているようで役に立ちそうにないので俺がなんとかしなくてはならないようだ。

 

「仕方ないか」

 

あの子どもの行動を止めるために『魔法』を使おうとした俺だが、視界に西連寺たちが入ってきた。

 

というか、沢田や籾岡もテニス部だったのか。

 

「いい女、発見!」

 

俺が少し視線を逸らした間に、先ほどの子どもも西連寺たちの姿を見つけたようだ。

 

今まで触っていた女子生徒たちのもとを離れて一直線に西連寺へ向かう。

 

「チューしてぇ・・・・・・ぐえっ!」

 

西連寺に向かって飛びついたその手前で再び俺は子どもの首根っこを掴む。

 

本来ならば西連寺に抱きつけたのであろうが、今は俺の手元でぶら下っている。

 

「ったく、油断も隙もねぇ子どもだな」

 

「ま、またお前か。 この俺様に気配を感じさせないとはなかなかやるな」

 

今度は逃がすわけにはいかないので、視線をこの子どもから放さないようにする。

 

「お前も。 俺に気付かれずによく逃げることができたな」

 

「ケケケ、俺様にとっては朝飯前よ」

 

どうやら話は通じるようで、これ以上逃げようとはしない。

 

俺は傍で呆然としていた西連寺たちに声を掛けたあと、子どもを連れて屋上へ向かった。

 

屋上はあまり人がいないので、聞かれたくない話をするには適しているのだ。

 

「あれ? トシアキ、どうしたの?」

 

屋上への扉を開けると、目の前にはキョトンとしたララと真剣な表情のザスティンがいた。

 

帰るときに姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのかララ。

 

「「よう、ララ」」

 

俺が声を掛けたのと重なるようにして、手元にいる子どもも同じようにララに呼びかけた。

 

「ん? なんでお前、ララのこと知って・・・・・・」

 

「パパ!?」

 

声が重なったことに俺が驚いていると、ララも驚いた声でそう叫んだ。

 

というか、『パパ』ということはこの子どもはララの父親でデビルーク星の王様。

 

「・・・・・・なんっ、だとっ!?」

 

この子どもがデビルーク王だという事実に驚きつつも、隙がなかった様子が思い出されてどこか納得していた。

 

「トシアキ殿、このお方こそ銀河を束ねる我らが主、ララ様のお父上なのです」

 

先ほどまでララと会話していたザスティンは傍によって来て跪きながらそう教えてくれる。

 

「そういうことだ、結城トシアキ」

 

ザスティンが頭を下げ、ララが驚いているなか、堂々とした態度でそう言った子ども、デビルーク王。

 

「俺がデビルーク王、ギド・ルシオン・デビルークだ」

 

他者を威圧するような殺気を振りまきながらそう名乗ったギド。

 

もっとも、俺の手に首根っこを掴まれてぶら下っている状態が全てをぶち壊しているのだが。

 

「ララ。 俺が何のために地球に来たか、ザスティンから聞いてるな?」

 

「・・・・・・」

 

どうやら先ほどララとザスティンが話していた内容はこのことらしい。

 

親子の会話に俺が混ざるのもどうかと思ったので、踵を返して立ち去ろうとする。

 

勿論、掴んでいたギドの首根っこは離している。

 

「俺の後継者、つまりお前の結婚相手が正式に決まった。 あいては結城トシアキ、お前だ」

 

屋上から立ち去ろうとしていた俺の背中にギドの言葉が圧し掛かる。

 

「・・・・・・そんな簡単に決めていいものではないだろう」

 

「別に簡単に決めてねぇよ。 お前の報告は常にザスティンから聞いてんだ」

 

突然、当事者にさせられてしまったので、俺は立ち去ることを諦めギドの正面へまわる。

 

「貧弱な地球人に跡を継がせるのは不安もあるが、ララの意思とお前の先ほどの立ち振る舞いを見て決めた」

 

確かにララは俺と結婚するという話をずっとし続けていた。

 

勿論、そのこともザスティンからギドへと話がいってるだろう。

 

「立ち振る舞いね、俺は大したことをしたつもりはないが?」

 

「ふん! 力を押さえているとはいえ、この俺様に気付かれずに二度も行動を止めたんだ。 それは誇ってもいいことだぜ」

 

ギドの上から目線の言葉に俺は少しイラついてきた。

 

「それに前に言ってたろ、地球に来たら話をしようかと」

 

そう言った途端、ギドの立っていた場所から四方に亀裂が走る。

 

そして、俺に対してぶつけられる凄まじい殺気。

 

「なるほど、つまり話とはそういうことか」

 

声色は冷静なようでも俺の内心は期待と喜び、そして楽しみで乱れていた。

 

ギドの態度にイラついていた俺としては丁度いい。

 

この前に戦った金色の闇と同等・・・・・・いや、それ以上に興奮してきた。

 

「結城トシアキ! あなたは一体何をしているのですか!」

 

名前を呼ばれたので視線を向けると、金色の闇が戦闘状態で俺の隣に立っていた。

 

勿論、敵意を向けているのは俺に殺気をぶつけているギドに対してだ。

 

ちなみにザスティンはララを背後に庇うようにして離れた場所にいた。

 

「ほぉ、暗殺者の金色の闇か。 なかなかいいモノを持っているな」

 

流石に一つの星の王ともなると金色の闇のことは知っているらしい。

 

「だろ? だが、こいつはもう暗殺者じゃねぇ。 今は護衛者だぜ」

 

俺はギドの言葉を訂正しながら、殺気をともに受けている金色の闇の頭をポンポンと叩いてやる。

 

「な、なにをするのですか」

 

「緊張を解してやろうと思ってな。 あと、コイツの相手は俺がするから邪魔するなよ?」

 

どこか嬉しそうにそう言ってくる金色の闇に笑みを向けながら俺はそう言った。

 

しかし、俺の言葉を聞いた今でも彼女は傍を離れようとはしない。

 

「私の受けた依頼はあなたを護衛することです」

 

「依頼主の命令だぞ?」

 

俺の傍で共に戦おうとしてくれていることは嬉しく思うが、まだ彼女には荷が重いだろう。

 

「その場合は最初の依頼に支障がない程度の命令ならば実行します」

 

つまりは引く気は全くないってことだな。

 

ほんとに、受けた依頼に忠実な仕事人だ。

 

「それじゃあ、殺り合うか」

 

俺と金色の闇、そしてギドが戦闘態勢に移行しようとした時、間にララが立ちふさがった。

 

「パパ。 私、トシアキとは結婚しない」

 

そして、その言葉を言い放った瞬間、今まで襲って来ていたギドの殺気が霧散していくのがわかる。

 

そのことに一番安堵していたのは金色の闇のようで、彼女は緊張が解けたのか、その場で気を失って倒れてしまった。

 

「結婚しないだと!? 俺様がせっかくお前の意思を優先して・・・・・・」

 

「それでも!」

 

ギドの言葉を途中で遮ったララは話を続ける。

 

「それでも私は、トシアキの気持ちを無視してまで一方的に結婚しても嬉しくないの」

 

「「・・・・・・」」

 

ララの言葉に俺もギドも返す言葉がなかった。

 

というか、ララはそんなことを思っていたのか。

 

今までの態度ではそんな素振りは全く見せなかったというのに。

 

「トシアキ、私ね。 なんとなく気付いてたんだ。 トシアキは私と結婚したいと思っていないことに」

 

「・・・・・・そうか」

 

そこまで気付いていながらあれほど俺に対してアピールをしていたのか。

 

なんだか、ララの凄さが改めてわかったような気がする。

 

「それでもトシアキは優しいし、一緒にいると楽しいから今のままでもいいと思ってた」

 

「でも、やっぱり駄目だよね。 私はトシアキを振り向かせたい、振り向いてもらえるように努力したいの」

 

「だからパパ、結婚のことはもう少し待ってて。 私、頑張るから」

 

ララの長い告白を聞いた俺たちは皆、静まり返っていた。

 

金色の闇はまだ気を失っており、ザスティンは感動したのか涙を流している。

 

ギドも何か思うことがあるのか、俯いたまま黙っている。

 

かく言う俺自身もストレートな告白に結構ドキドキしてたりするのだが、表情には出さない。

 

「・・・・・・・・・わかった」

 

ようやくギドが言葉を発した。

 

「ララ、お前の考えはわかった。 そこまで考えているのなら俺はもう何も言わん」

 

「うん、ありがと。 パパ」

 

どうやらギドはララの好きにさせるつもりらしい。

 

その後、感動して泣いているザスティンを連れてギドは立ち去って行った。

 

ララに聞いた所によると、地球の大気圏に停めてある宇宙船へ戻ったらしい。

 

「ねぇ、トシアキ」

 

屋上には俺とララ、そして気を失ったままの金色の闇が残っていた。

 

とりあえず俺は金色の闇の頭を膝の上に乗せてやることにした。

 

「ん?」

 

ララに呼ばれた俺は顔をララの方へと向ける。

 

彼女は屋上から夕陽で染まっていく校庭を見降ろしていた視線を俺の方へ向けた。

 

「絶対に『好き』って言わせてあげるから、覚悟してね」

 

そういう風に不意打ちで言われた俺の顔はきっと赤くなっていることだろう。

 

自分でも頬が少し熱を持っているのが理解できるのだから。

 

とりあえず、俺はこの赤いのは夕陽の所為だと言いながらその場を誤魔化すのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

パパとザスティンが居なくなったあと私はトシアキと二人きりになった。

 

金色の闇っていう可愛い子がいたけど、気を失っているので数には入れないことにする。

 

けど、トシアキったらこの子と何処で知り合ったんだろ。

 

そんなことを考えながら私は夕陽で染まっていく校庭を眺めていた。

 

本当はトシアキの顔をまともに見ることが出来ないくらい緊張している。

 

あんなことを思ったとことも言ったことも初めてだった。

 

でも、好きって気持ちは本当だからパパにもキチンと言えた。

 

今度はトシアキに言う番だもんね。

 

「ねぇ、トシアキ」

 

私は校庭に向けていた視線をトシアキに向けた。

 

すると、トシアキが気を失っている金色の闇って子に膝枕をしていた。

 

そうだよね、ここはパパがデコボコにしちゃったから優しいトシアキはきっと彼女の為に枕になってあげたんだね。

 

羨ましいから私もしてもらいたいと考えたけど、言葉にはしなかった。

 

だって、他に伝えたいことがあったから。

 

「ん?」

 

私の呼びかけた言葉に振り向いたトシアキの目をしっかりと見つめて、言った。

 

「絶対に『好き』って言わせてあげるから、覚悟してね」

 

本当に覚悟してね、トシアキ。

 

私は他の誰にも負けないくらいトシアキのことが大好きなんだから。



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第十七話

窓から差し込む日の光を受け、今まで眠りについていた俺は顔を顰めた。

 

「んっ、眩しい・・・・・・」

 

今日から学年が一つ上がって新学期が始まるのだが、身体は居心地がいい布団から出たくないようだ。

 

「まぁ、いいか・・・・・・」

 

新学期ということよりも自分の欲求に素直に従うことにした俺は日の光を浴びないように布団を深くかぶる。

 

「トシアキ! 今日から二年生になるね、早く学校に行こうよ!!」

 

部屋の扉を開け放って侵入してきたララは朝から元気がいいようだ。

 

だが、残念ながら俺にとっては二年生になることでは元気になれない。

 

「・・・・・・俺は今日、行かない」

 

わざわざ誘いに来てくれたララには悪いが、今日はそんな気分ではない。

 

なにが悲しくてこんな居心地のいい布団から出なければいけないのか。

 

「えっ? トシアキ、学校に行かないの?」

 

俺の言葉を聞いて急に静かになったララは何か迷う様な仕草をして結局、部屋から出て行った。

 

「これで静かになったな」

 

ララが部屋から出て行き、安心してもうひと眠りしようとしたとき、ドタドタと騒がしい足音が聴こえてきた。

 

「トシ兄ぃ! 学校行かないって何言ってんの! 早く布団から出る!!」

 

次に俺の部屋に侵入してきたのは義妹の美柑であった。

 

彼女は部屋に入るなりそう言って、俺の布団を引きはがす。

 

「もう、去年もそんなこと言ってたよね。 まさか今年も言うなんて思わ・・・・・・」

 

俺から布団を引きはがした美柑は呆れた様子で話していたが、突然言葉を止めたと思うと顔を真っ赤にしてしまう。

 

「ん? あぁ、そういうことか」

 

最初は疑問に思っていた俺だが、今の自分の状況と年頃の義妹を思い浮かべて納得した。

 

「気にするな、これは朝の生理現象だ。 だいたい、去年一緒に風呂に入ったときには・・・・・・ぶっ!?」

 

俺は最後まで言いきることが出来ず、美柑が投げつけてきた布団に埋もれてしまう。

 

「き、気にするなって無理に決まってるでしょ!? それに前の時は大きくなかったもん!!」

 

後者の怒る理由が納得いかないが、とりあえず埋もれた状態から脱出する。

 

「と、とにかく早く起きてご飯食べてよね! いつまでも片付かないから」

 

俺が布団から顔を出した時には既に扉を閉めるところであり、美柑の背中しか見えなかった。

 

そして、そのままトントンと階段を下りて行く音が遠ざかっていく。

 

「・・・・・・起きるか」

 

もう既に居心地がいいとは言っていられる状態ではなくなったので、俺は起き上がり制服に着替えることにした。

 

結局、朝食を食べるときには美柑はまだ怒っていて機嫌を直すのに時間がかかってしまうのであった。

 

 

 

***

 

 

 

始業式にはなんとか間に合い、今は新しくクラスメイトが変わった教室で辺りを見渡していた。

 

半分くらいは見知った顔が揃っているが、もう半分については全然わからない。

 

「はぁ・・・・・・めんどくせぇ」

 

もう一度、クラスメイトを覚えなければならないと思うと、自然とため息を吐いていた。

 

「なにため息吐いてんだよ、トシアキ」

 

俺の後ろから声を掛けてきたのは中学から一緒だったという猿山だった。

 

男子で話せる相手が居るのは喜ばしいことだと考えていると、急に視線を感じた。

 

「ん?」

 

視線を感じた方を見てみると、初めて見る黒髪の女の子がコチラを凄い視線で見つめていた。

 

いや、アレは見つめているというより睨んでいるが正しいだろう。

 

初めて見る顔なので特に何かした覚えはないのだが、何かしてしまったのだろうか。

 

「どうかしたのか、トシアキ」

 

「いや、なんでもない」

 

猿山に再び声を掛けられ、視線をソチラに向けてそう答えたあとに再び彼女の方を見てみる。

 

しかし、その時には彼女は俺の方を見ていなかったので、詳しい話を聞きに行くことができなかった。

 

「ちょっと、いいかしら」

 

などと考えていたが、放課後になるなり向こうの方からコチラにやってきたのだ。

 

「いいけど、手短にな」

 

最初から敵意をむき出しにしている奴に対して付き合ってやる義理はないのだが、今日は予定がないので話は聞いてやることにする。

 

「あなたが結城トシアキ、であってるわね?」

 

「そうだよ。 そういうアンタは?」

 

「古手川唯、元一年B組のクラス委員よ」

 

その元クラス委員が俺に何の用があるのかと疑問に思いながら、話の続きを待つ。

 

「去年は西連寺さんが甘かったから問題視されてなかったようだけど、私が同じクラスになった以上、そうはいかないわ」

 

「去年に俺がなにかしたか?」

 

隣のクラスだった奴にそんなことを言われるようなことをした覚えはない。

 

ないのだが、知らない間に何かしていた可能性があるため聞いておく。

 

「とぼけないで! 私、聞いたのよ。 あなたが暴力事件を何件か起こしていることをね」

 

そう言われてみれば確かに何回か起こした覚えがあった。

 

しかし、理由もなく一方的に起こしたわけではない。

 

「そうか・・・・・・で、理由や原因は聞いたのか?」

 

「いえ。 私も話を聞いただけだったし、その時にはもう終わったことだったから」

 

つまり、コイツは俺がそういう事件を起こした『悪い奴』に見えていたわけだ。

 

別に『良い奴』になるために生きているわけではないが、理由も知らないのに一方的に言われることに少し怒りを覚える。

 

「直接見たわけでも、理由を聞いたわけでもなく、暴力を起こしたら悪い奴か」

 

「そ、それは・・・・・・でも、暴力はいけないわ! もっと他に解決する方法があったはずよ!」

 

「それはお前の考えだろ、俺には俺の考え方がある」

 

確かに争いや暴力は悪い解決方法かもしれないが、それらを使わなければいけない時もある。

 

俺はそういう風に考えているので、どうやら古手川とは見解が違うらしい。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

別にわかってもらう必要性も感じなかったので、俺はそのまま教室から出て行くことにした。

 

それから何度か教室で古手川から視線を感じることがあったが、特に会話をすることもなくそのまま日々が過ぎて行くのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「なに? 家庭訪問だと?」

 

「うん。 でも、お父さんが漫画の締めきりが間に合わないから急に帰って来れないって」

 

ある日、学校から帰ってくると美柑が電話を持ったまま玄関に立っていたので事情を聞いてみるとそういう答えが返ってきたのだった。

 

「仕事が忙しいからって俺とは違う実の娘のことを放っておくなよな」

 

「ちょ、トシ兄ぃ」

 

靴を脱いだ俺は美柑の頭をクシャクシャと少し乱暴に撫でまわしながら先ほどの発言を誤魔化す。

 

危うく美柑に余計な心配をさせる所だったと反省しながらリビングへ向かう。

 

「でも、いないものは仕方ない。 別の日に変えて貰うしかないな」

 

「うん。 でも、もう何回も日にち変えて貰ってるから・・・・・・」

 

俺が先ほどクシャクシャにしてしまった髪を整えながらソファへ腰を下ろした美柑。

 

「じゃあさ、トシアキが変わりにしたらいいじゃん、家庭訪問」

 

先に帰宅し、ポテチを食べてリラックスしていたララが美柑の横からそう言った。

 

「「えっ?」」

 

俺と美柑の声が重なり、お互いで顔を見合わせる。

 

確かに俺も家族で一応、兄としての立場ではあるが、問題はないのだろうか。

 

「俺は別に構わないが・・・・・・」

 

そう言いつつ美柑を見てみると、似合わない腕組をしながら考えて頷いていた。

 

「お父さんも帰ってこないし、仕方ないね。 トシ兄ぃ、お願いしていい?」

 

「・・・・・・わかった」

 

家庭訪問される美柑自身が納得したのなら俺としては別に問題ない。

 

帰って来ない両親に変わって俺が美柑のために頑張ることにしよう。

 

そういう結論が出てしばらくすると、美柑の担任の先生が訪ねてきた。

 

「あ、あの! こんにちは! 私、美柑ちゃんの担任の新田晴子です」

 

「こんにちは、いつも美柑がお世話になってます。 今日は父親が仕事でいないため兄である私が変わりをさせて貰います」

 

とりあえず、美柑の担任なのでなるべく丁寧に対応し、家の中に入って貰う。

 

俺が挨拶をした時に少し残念そうにしていたのが気になったが、そのまま客間へ案内する。

 

客間では俺と先生が向かい合って座り、俺の右隣に美柑、左隣にララが座っている。

 

というかララは別にいなくてもいいような気がするんだが。

 

「あの、そちらは?」

 

「えっ? 私? 私はトシアキの婚約者でーす!」

 

やはり先生もララの存在が気になったのか、それとも家族以外に美柑の学校でのことを話すのを躊躇ったからなのか。

 

尋ねられたララはララで、笑顔で嬉しそうにそう答えていた。

 

「そ、そうなんですか。 若いのに凄いのね・・・・・・」

 

先生は何やら感心した様子だったが、このままでは話が進みそうにないので、俺から話題を切りだしていくことにする。

 

「それはそうと、先生。 美柑の学校での様子はどうですか?」

 

「そうですね、美柑ちゃんは頭もよくて落ち着きのある良い子ですよ。 クラスの皆からもとっても信頼されています」

 

「へぇ、そうなんだ。 美柑」

 

かなり褒められていたので確認するように美柑を見てみると、嬉しそうに胸を張っていた。

 

義妹が褒められて俺自身も嬉しくなって隣の美柑の頭を撫でておく。

 

「ふふっ、兄妹仲が良いんですね」

 

そんな俺たちの様子を見て、先生も微笑みながらそう言ってくれた。

 

それからしばらく先生と話をしていたが、美柑は問題もなく優等生であるらしい。

 

スポーツや勉強も平均以上で友達もたくさんいるようだ。

 

ただ、家事を行っているため放課後に友達と遊ぶことが少なく、先生としては心配らしい。

 

「私は大丈夫だよ? 家事も好きだし、友達とは学校で遊んでるから」

 

美柑はそう言っていたが、小学生に家のことを全てやらせてしまうのも考えものだ。

 

まったく家にいない両親もそうだが、俺も美柑を手伝わなくてはいけないと考えさせられた家庭訪問だった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

新しい学年になってクラスメイトも半分は入れ替わった。

 

私が確認している限り、このクラスには要注意人物がいる。

 

「・・・・・・彼ね」

 

自分の席に座ったままの彼は何をするでもなく、ただ教室を見渡していた。

 

最初は知り合いを探しているのかとも思ったのだけれど、彼は一通り見てため息を吐いたのだ。

 

「っ!?」

 

彼の噂は色々と聞いていた。

 

去年から彼は先輩との喧嘩や、学校外での暴力事件を数件起こしている。

 

そんな彼がため息を吐いたということは、このクラスに喧嘩相手が居ないと思ったからだわ。

 

「私が同じクラスになったからには問題なんて起こさせないわ」

 

そう呟きながら彼を見ていると突然振り返り、私と視線を交わす。

 

警告の意味も込めて、私は視線を逸らさず、ジッと彼を見つめる。

 

そんな時、彼は友人に呼ばれて私から視線を逸らした。

 

「・・・・・・やっぱり、一度注意しておくべきよね」

 

そのまま私は授業が始まるまで彼になんと言って注意するべきか考え込むのだった。

 

そして放課後になり、私は彼に声を掛けることにした。

 

だけど、結局彼は私の言葉を聞き入れずに教室から出て行ってしまう。

 

「でも、彼の考え方はやっぱり間違ってるわ」

 

彼は私の考え方と自分の考え方が違うと言っていた。

 

一度、彼が起こした事件のことを調べてみようかしら。

 

思い立った私はすぐに行動に移す。

 

去年の出来事なので覚えている人は少ないかもしれないけれど。

 

彼の考え方を正すため、まずは彼のことを理解しなくてはならない。

 

そのために私は行動を開始するのであった。



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第十八話

「きゃあぁあぁあぁ!?」

 

「落ち着け、西連寺。 ただのネズミだ」

 

俺の隣を歩いていた西連寺が急に叫び声を上げたため、俺は原因を教えてやる。

 

訳がわからないモノが怖いなら、訳がわかるモノだと教えてやれば少しはマシになるだろう。

 

「大丈夫? 春菜」

 

「う、うん。 なんとか・・・・・・」

 

一番前を歩いていたララがコチラへ戻って、叫んでいた西連寺を心配する。

 

「別に大したこと起きないよね」

 

「やっぱり、ただの噂なのかもね。 幽霊って」

 

一番後ろにいた籾岡と沢田がそう話しているのでわかるように、俺たち五人は幽霊を探しに旧校舎にやって来ている。

 

昼休みに幽霊騒ぎがあったと女子たちの間で話題になり、本当かどうかを放課後に確かめに来たというわけだ。

 

「じゃあ、もう戻るか? 今はまだ大丈夫だが、夜になればここも暗く・・・・・・」

 

そこまで言った所で、俺は隣の部屋にいる気配に気がついた。

 

足音も聴こえたため、他の四人も誰かが居るということに気付いたようだ。

 

「き、聴こえた?」

 

「う、うん・・・・・・」

 

先ほどまで普通に話していた籾岡と沢田も緊張してきたのか、静かな声に切り替えている。

 

西連寺はララの腕を掴みながら目を閉じ、プルプルと肩を震わせていた。

 

「・・・・・・」

 

近づいてきた足音は扉の前まで来ると一時的に止まってしまう。

 

そして、足音の代わりに扉を勢いよく開ける音が響き渡った。

 

「・・・・・・って、金色の闇かよ」

 

「結城トシアキ、このようなところで何を?」

 

開け放たれた扉から現れたのは元暗殺者で現護衛者こと金色の闇であった。

 

彼女は驚いた表情をしながらもトコトコと傍にやって来る。

 

「きゃー、可愛い!!」

 

と、俺の傍へたどり着く前に目の色を変えた沢田に抱きしめられていた。

 

「ほんと、綺麗な髪。 凄くサラサラしてる」

 

籾岡も金色の闇の髪を触りながら、感心しつつ羨ましそうに見つめていた。

 

「ねぇ、トシアキ。 この娘、誰なの?」

 

「そうよ、結城! こんなに可愛い子と知り合いなんて何をやったのよ!」

 

そういえば俺以外では金色の闇のことを知らなかったのだ。

 

しかし、ララの質問はわかるんだが、なぜ沢田に怒られなければならないのだろうか。

 

「こいつは『金色の闇』って名前でちょっとした事件で知り合ったんだよ」

 

ララになら宇宙人について言ってもいいが、流石に西連寺たちがいる前では言えないのでそう言っておく。

 

「ふーん、じゃあ、ヤミちゃんだね!」

 

今まで俺は金色の闇と呼んでいたが、ララが言ったヤミという方が呼びやすい。

 

なので、俺も今度からはそう呼ぶことにしよう。

 

「・・・・・・何かいます」

 

俺がそんなことを考えていた間に、沢田と籾岡の傍から離れて俺の前まで移動していたヤミ。

 

彼女がそう言いながら俺の前に来たということは未知の存在から俺を守るために移動してくれたようである。

 

「サンキューな、ヤミ」

 

「・・・・・・・・・こんなときに頭を撫でないでください」

 

丁度、目の前にヤミの頭があったのでお礼を言いつつ、その頭を撫でてやる。

 

「あなたたち! ここは校則で立入禁止のはずでしょ!?」

 

ヤミが警戒していた方から大きな声で怒鳴りつつ現れたのは古手川であった。

 

「あはは、ちょっとビックリしちゃった」

 

「ほんと、私も驚いちゃった」

 

籾岡と沢田も突然大声で怒鳴られて驚いたようだが、相手が人だとわかると安心したように談笑を始める。

 

「西連寺さん! クラス委員のあなたがいながら・・・・・・」

 

そう言いながら近づいてくる古手川だったが、俺たちの傍まで寄って来た瞬間、床が大きな音を立てて割れ、下の階へ落下することになった。

 

「っと! 危なくない程度に保護を頼むぜ」

 

沢田と籾岡、西連寺と古手川の落下速度が緩くなって静かに下へ着地する。

 

ヤミとララ、俺は持ち前の運動力で負担がかからないように地面に降り立つ。

 

「・・・・・・あれ? 痛くない」

 

「ホントだ」

 

不思議がっている四人には悪いが、俺の正体を明かすわけにはいかないので知らない振りをする。

 

「そんなことより、さっきみたいなこともあるから出るぞ。 危なくて怪我でもしたら大変だからな」

 

俺はそう言いながら歩き出すが、誰も後ろに付いてこようとしない。

 

仕方なく俺は振り返ってみると、皆が俺のことを見たまま固まっていた。

 

「な、なんだよ?」

 

「いやぁ、結城がそんな風に考えてくれてるのが意外でさぁ」

 

「うんうん。 ここに来たのもララちぃに連れてこられたからと思ってたんだけど・・・・・・」

 

確かに女の子だけでは何かあった時に危険だと思い、ララに付いていく形でこのグループに混ざったのだ。

 

「えっ? 私は何もしてないよ?」

 

つまり、今回はララに連れられてではなく自主的に付いてきたというわけだ。

 

「いいから行くぞ! 付いてこないならもう知らん」

 

籾岡や沢田、それに古手川からの視線が少し優しいものに変化してきた気がしたが、俺は構わずにそのまま通路を進んでいく。

 

そんな俺の様子を見て女の子たちは笑いながらもキチンと付いてくるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「というわけで、もう一度戻って来たわけだが」

 

あれから一度外へ戻り、皆が帰るのを確認してから俺は再び旧校舎へとやって来ていた。

 

偶然出会ったヤミや古手川の他にも気配を感じていたためである。

 

しかも、敵意や悪意の類だったため流石に巻き込むわけにもいかなかったのだ。

 

「巻き込むか・・・・・・結構気に入ってるのかもな、この世界も」

 

自分の考えに対いて色々と思うところがあったが、今は目の前のことに集中する。

 

「アイツのために頑張るか。 っと、そろそろ戻ってくるかな」

 

「結城トシアキ」

 

俺の呟きと共に現れたのは金色の闇ことヤミである。

 

彼女には旧校舎の周りを見に行ってもらい、他に異常がないか確認して貰っていたのだ。

 

「おかえり。 どうだった?」

 

「はい、特に異常は見当たりませんでした。 ただ、やはり建物の中から時々視線を感じました」

 

さすがに裏の世界で生きていたヤミである。

 

俺と同じように他人の気配や自分に向けられる視線を感じられるようだ。

 

「そっか。 俺だけだったら間違いの可能性もあったが、ヤミも感じたんなら・・・・・・」

 

「はい、この建物に何かいます」

 

二人揃って覚悟を決めた所で旧校舎に向けて足を進めた。

 

先ほど落ちてしまった穴まで辿り着き、再び飛び降りる。

 

着地した俺たちは背中合わせに周囲を警戒し、何も異常がないことを確認した。

 

「っと、さすがだぜ、ヤミ。 俺との相性いいじゃん!」

 

「・・・・・・私は今まで一人でしたから、あなたが私に合わせてくれたのでしょう?」

 

確かにその通りなのだが、即席のコンビにしては悪くないと思う。

 

つまり、それほど相性がいいという意味で言ったのだが。

 

「っ!?」

 

突然、ヤミの髪が刃物の形に変わったのを見て、俺の発言で機嫌を損ねたのかと心配していたのだが。

 

「本? それに椅子や靴まで・・・・・・」

 

どうやら俺の背後から飛んできていた物を代わりに切り落としてくれていたらしい。

 

流石に刺されることはないと思ったが、それでも驚いたことには変わりない。

 

「いや、マジでビックリしたんだけど・・・・・・」

 

「もっと警戒してください、結城トシアキ。 そんなことでは・・・・・・」

 

俺に説教するように話すヤミの後方にある、落ちてきた穴の傍から視線を感じた。

 

しかし、ヤミは俺の方を見ていて気が付いていないようだったので、俺が代わりに攻撃しておく。

 

「きゃっ!?」

 

穴の傍を『精霊』の力である風の刃で攻撃すると、そこから人が落ちてきた。

 

「って、ララ。 お前、何してんだよ」

 

落ちてきたのは先ほど西連寺たちと一緒に帰ったはずのララで、今度は上手く着地出来ずに尻もちをついていた。

 

「だってぇ、気付いたらトシアキがいないし、探しに戻ってきたらヤミちゃんとここに入って行くし、気になって」

 

好奇心の強いララのことだから、また旧校舎に調べに行くと言ったら付いて来そうだったので何も言わずに帰らせたんだが。

 

「まぁ、仕方ないか。 その代り、危なくなったら逃げろよ? お前は一応、お姫様なんだからな」

 

付いて来てしまったのならば仕方ない。

 

ララに何かあった時にギドに何を言われるかわかったものじゃないが、ララ本人の意思を尊重して、とか言えば何とかなるだろ。

 

「愚かな奴らめ、大人しく出ていけばよかったものを・・・・・・」

 

そんな声が聴こえてきたのは突然だった。

 

建物から響いて聴こえたその声はどうにも人のものとは思えない。

 

ヤミ、ララ、俺の三人があちこちに視線を向け、声の主を探していた。

 

「っ!?」

 

死角から現れた触手によってヤミが捕まってしまい、壁を破壊してソイツは現れた。

 

「ぐははは! 思い知らせてやるわ!!」

 

一つ目でタコのように手足となる触手が八本生えている巨大生物が現れたのだ。

 

やはりこの旧校舎に何か居たという事実と、今まで見たことない生物に対しての驚きで動きが止まってしまう。

 

「ヤミちゃん!」

 

ララの叫ぶ声でハッと我に返った俺はヤミに自力で脱出できないか尋ねる。

 

彼女の変身能力は髪でも可能なので身動きが取れなくても何とか出来るだろうと考えていた。

 

「ヤミ! お前一人でなんとかなりそうか!?」

 

「すみません。 私、こういうニュルニュルしたのが苦手で・・・・・・」

 

今にも気を失いそうな弱々しい声で返事をしてきた。

 

どうやら気を失いそうになるくらいに苦手らしい。

 

「きゃっ!? 放してよ!!」

 

俺がヤミと会話している間に巨大生物の触手がララの身体を捕まえたようだ。

 

しかし、女の子ばかり捕まえているが、奴は女にしか興味がないのか。

 

「最後はキサマだ!」

 

「っと! そう簡単に捕まるかよ」

 

どうやら捕まえる順番に特に意味はなかったらしい。

 

俺を捕まえようとしてきたので、とりあえずバックステップで回避する。

 

「くっくっくっ、逃がさないぜ」

 

「ここも通さねぇよ」

 

何処から現れたのか、両側から別の生物たちがゾロゾロと歩いてくる。

 

半魚人や狼男など、人のように二本足で歩いているが顔や身体が人とは違う。

 

「ぐははは! これでお前も終わりだ!!」

 

目の前にいる巨大生物が四本の触手を使って攻撃してきた。

 

「本当にこの世界に自然があってよかったよ。 じゃないと・・・・・・」

 

迫って来ていた四本の触手が俺の身体に触れる前にズタズタに切り刻まれる。

 

「えっ? ぎゃあぁあぁあ!!」

 

「俺が『魔法』を使えないからな!」

 

四本の触手を失った巨大生物は痛みのためか、捕まえていたヤミとララを放して暴れている。

 

「ひっ!? に、逃げろ!」

 

「アイツは化物だ!!」

 

ゾロゾロと集まっていた生物たちも仲間がやられているのを見てか、怖気づいて逃げ出そうとする。

 

「逃がさないけどな」

 

ヤツらが逃げようとした道が地面から出てきた土の壁に遮られる。

 

勿論、これも俺が『精霊』の力を借りて行っていることだ。

 

「さて、次の誰は相手だ?」

 

逃げ場を失い、恐怖で怯えている生物たちをどうしてくれようかと思考を切り替えた。

 

「あらあら、何の騒ぎかと思えばあなたたちだったのね」

 

「あっ、御門先生」

 

ララの言葉で俺は誰がやって来たのか知り、攻撃の思考を中断して手を止める。

 

「ミカド?」

 

「あの、有名なドクター・ミカド!?」

 

御門先生の存在を知っているということは、どうやらこの生物たちは宇宙人らしい。

 

話を聞くと、宇宙でリストラになって住む場所を探している内にここにたどり着いたようだった。

 

「ふふふっ、あなたたち、この子たちに手を出してよくそれだけで済んだわね?」

 

「「「えっ?」」」

 

御門先生は俺に切り刻まれた巨大生物の手当てをしつつ、微笑みながら話す。

 

「デビルークの姫と殺し屋の金色の闇!?」

 

今まで相手にしていたのがどのような人物だったのか、知らなかったらしい。

 

銀河を統一した王の娘や殺し屋に自分から手を出す奴はいないだろう。

 

「それに、この子は最近有名のデビルーク王の次期後継者よ? 他の有力な候補者を次々と撃退してるんだから、切られるだけで済んでよかったわね」

 

いつの間にギドの次期後継者になったんだよ。

 

さすが銀河を統一した男、ララのためにそういう噂を一瞬で広めやがったな。

 

「こ、殺さないで・・・・・・」

 

「ごめんなさいぃ! 許してくださいぃ!!」

 

俺たちのことを聞いてか、宇宙人たちはみるからに怯え出して泣きながら謝ってきた。

 

「やだ、そんなことしないよ」

 

謝られているララは笑いながら否定していたが、ザスティンの耳に入れば現実になっていた可能性もある。

 

「とにかく、これで無事に解決か」

 

ここに居た宇宙人については御門先生に任せることにして、俺は胸を撫で下ろす。

 

皆から少し離れた位置に置いてあった椅子に腰を掛けながら、誰もいない隣に話しかける。

 

「これで静かになるだろ?」

 

「はい、ありがとうございます。 トシアキさん」

 

そこには薄らと浮かぶ着物をきた女の子の姿があった。

 

彼女はここに住んでいる幽霊で、最近は宇宙人たちが住みついて静かに過ごせなかったらしい。

 

「そういや、名前を聞いてなったな」

 

「申し遅れました。 私、この地で四百年前に死んだお静といいます」

 

こうしてまた新しい知り合いが増えた。

 

この世界に来てから色々な経験や体験ができて意外と満足している俺だった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

私の名前はお静。

 

ここで四百年くらい幽霊をやっています。

 

いつもは静かで良い場所なのですが、最近は変わった人たちが住んでしまい、静かに眠ることができなくなりました。

 

「いいから行くぞ! 付いてこないならもう知らん」

 

そんな言葉を言いながらコチラにあるいて来きたのは人間とは違う感じがする人でした。

 

「ん? お前、幽霊か?」

 

「ひゃい!?」

 

なんと、まだ外が暗くないこの時間帯に私のことが見えているなんて驚きです。

 

「しかし、本当に居たんだなぁ、幽霊って」

 

彼は全く気にした様子もなく、そのまま通り過ぎて行こうとしていました。

 

「ま、待ってくださいぃ!」

 

慌てて私は彼の横に並びながら必死に話しかけます。

 

どうして私の姿が見えるのかということ。

 

変わった人たちが住みついて静かに眠ることが出来ないこと。

 

話してるうちに出口まで来てしまったので、私はここで止まります。

 

一応、この地で死んでしまったのでここから出ることが出来ないのです。

 

「じゃあ、なんとかしてやるよ。 また来るから、しっかり見とけよ?」

 

「あの、お名前は・・・・・・」

 

夕陽を背にそう言った彼の顔はとても綺麗で、見惚れてしまいました。

 

意識を総動員してなんとかその言葉だけ口にします。

 

「俺? 俺は結城トシアキ。 『魔法使い』さ」

 

それから数時間後に私の悩みを解決してくださったトシアキさん。

 

これで静かに眠れるようになったのですが、私の頭から彼の姿が消えてくれませんでした。

 

また、会えますようにと願いながら、久しく静かになったこの場所で私は眠りにつくのでした。



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第十九話

「おっ、美味そうなもの飲んでるじゃん。 美柑に貰ったのか?」

 

去年、ララが誕生日プレゼントとしてくれた花が俺の帰宅をジュースを飲みながら歓迎してくれた。

 

ちなみに花の名前はセリーヌと名付けている。

 

花のような顔と枝のような手があるし、俺と意思疎通も『精霊』を通して行えるため名前をつけたのだ。

 

「ただいま・・・・・・ん?」

 

俺も早く冷たい物を飲もうと思い、玄関の扉を開ける。

 

すると、玄関には見たことがない靴が綺麗に揃えて置いてあった。

 

「客人か? けど、今は美柑しかいないはずだし・・・・・・」

 

しっかりしている美柑のことだから知らない人を家に入れたりはしないはずだ。

 

と、言ってもこんな靴を履く人物は俺の知る限り、美柑の担任の先生しか思い浮かばない。

 

「と、トシ兄ぃ! 大変だよ!!」

 

俺の声が聞えたためか、美柑が慌てた様子で玄関に姿を見せた。

 

「大変って、今来てる客人が何かしたのか?」

 

慌てている美柑とは反対に俺はいつもと変わらない速度で靴を脱ぐ。

 

「そうじゃないけど、とにかく早く来て!!」

 

「お、おいっ!?」

 

靴を脱いだ俺の腕を引っ張って、美柑と俺はリビングへ向かう。

 

リビングのソファにいた女性はなかなか綺麗な人で、リラックスしながら美柑が入れたであろうコーヒーを飲んでいた。

 

「あら? トシアキじゃない、お帰り♪」

 

俺と目が合った女性はそう言いながらカップを机に置き、笑みを浮かべる。

 

その瞬間、俺の名前を親しげに読んだこととリビングで寛いでいる姿を考えて答えを導き出す。

 

「・・・・・・母さん、いつ帰って来たんだよ」

 

「ついさっき。 ちょっと日本で仕事があったから、あまりゆっくりは出来ないけど」

 

どうやら俺の答えは正解だったようで、この女性は『俺』の母親にあたる人らしい。

 

家にいないと思っていたが、日本という単語が出たことから他の国で仕事をしているようだ。

 

「親父に連絡は?」

 

「急な仕事だったから連絡は出来てないの。 あっちの仕事の邪魔しちゃ悪いしね」

 

そう言いつつソファから立ち上がり、俺の傍にやってくる。

 

「?」

 

その行動に不思議を感じつつ、親が相手なら警戒することもないと思っていたのだが。

 

「もう! トシアキったら、知らない間にカッコよくなっちゃって!!」

 

「お、おいっ!? なにして!?」

 

傍まで寄って来たかと思うと、突然俺の身体を抱締め始めた。

 

女性特有の良い匂いと胸の柔らかな感触が俺の思考を一時的に奪う。

 

「ちょっと、お母さん! トシ兄ぃが困ってるでしょ!!」

 

そんな俺の姿を見かねた美柑が身体を張って引きはがしてくれた。

 

「あらあら、美柑ったら相変わらずトシアキにベッタリなのねぇ」

 

「べ、別にそういうわけじゃ・・・・・・」

 

何やら微笑ましいものを見るような眼で美柑を見つめる母親。

 

その視線を受けて、頬を少し赤らめながらも満更でもない様子の美柑。

 

「・・・・・・じゃあ、俺は部屋に居るから」

 

そんな家族の良い雰囲気を壊すわけにはいかないため、俺は自分の部屋に戻ろうと踵を返す。

 

「あ、そういえばトシアキ。 美柑から聞いたけど、宇宙人の子が居候してるんだって?」

 

「ん? あぁ、そうだけど・・・・・・」

 

「ただいまー!」

 

「お、おじゃまします」

 

俺の声を遮るようにして、噂のララが帰って来たようだ。

 

西連寺の声も聞えたということは、遊びにでも来たのだろうか。

 

「ちょうど帰ってきたようだ」

 

「そうみたいね」

 

ララや西連寺をおいて自分の部屋に戻るわけにもいかないので、俺はリビングに残ることにした。

 

気を利かせた美柑が玄関まで出迎え、二人をここまで連れて来てくれた。

 

「トシアキのママ、初めまして! ララです!」

 

「えっと、西連寺です」

 

「むっ!?」

 

やって来た二人が挨拶をすると同時に立ちあがった母親は真剣な表情で二人に近づいていく。

 

「お、おい、なにして・・・・・・」

 

俺の声が聞えてないのか、母親はララと西連寺の周囲を歩き回り、様々な角度から見つめだす。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「きゃっ!?」

 

そして、今度は二人の身体を隅々まで触り、掴み、揉み、始めた。

 

挙句の果てには着ている制服にまで手をかけ始めたので流石に止めに入る。

 

「凄いわ! 二人とも将来はモデルにならない!?」

 

「いいから落ち着け」

 

目の色を変えて二人に迫る母親の頭をコツンと殴り、ソファに座らせる。

 

「モデル?」

 

「お母さんはファッションデザイナーなんだけど、モデルのプロデュースもやってるんだよ」

 

ララの質問に美柑が答えているのを横から聞いて、俺はなるほどと納得する。

 

ファッションデザイナーで外国に居るということは結構有名なのではないだろうか。

 

自分の母親の仕事を今知った俺は感心しつつ、西連寺に視線を向けた。

 

「悪いな、西連寺。 こんな母親で」

 

「う、ううん。 大丈夫だから」

 

「あら? ひょっとして・・・・・・」

 

俺と西連寺が会話している様子を見ていた母親がそう言いながらコチラに近づいてくる。

 

「おい、母さん。 流石に二回目は本気で怒るぞ?」

 

「ち、違うわよ。 西連寺さん? ちょっといいかしら」

 

俺の言葉に慌てて首を振りながら西連寺だけを連れて少し離れる。

 

二人が何を話しているのか聞こうと思えば聴けるが、流石に悪趣味なのでそういうことはしない。

 

「わ、私! 急用を思い出したので帰ります!!」

 

そして母親に何か言われたのか、突然顔を真っ赤にして走って帰ってしまった。

 

「・・・・・・何言ったんだよ」

 

「ふふふ、人気者なのね。 少し妬けちゃうわ」

 

俺の質問には答えず、意味深な笑みを浮かべる母親。

 

そのすぐ後にまた外国に仕事へ行くということで空港まで見送りについていった。

 

「じゃあ、またね。 あっと、美柑」

 

「なに? お母さん」

 

離れた位置で呼ばれた美柑は何の疑問も持たず、母親のもとへ向かう。

 

何やら言葉を交わした後、先ほどの西連寺のように顔を赤くして戻って来た。

 

「ララさん、お母さんが呼んでる」

 

「えっ? 私?」

 

呼ばれたことに首を傾げつつもララは母親の所へ向かって行く。

 

「何を話してんだ?」

 

「えっ!? いや、べ、べつに何でもないよ!?」

 

俺の顔を見て慌てた美柑の様子で、どうやら俺には聞かれたくなかった話らしい。

 

「・・・・・・まぁ、いいけどな」

 

そう言っている間にララも戻って来て、母親は最後に大きく手を振って飛行機に乗り込んで行った。

 

「ララは何を言われたんだ?」

 

「えっと、頑張れって」

 

俺にはその言葉の意味がよくわからなかったが、隣で聞いていた美柑にはわかったらしい。

 

言われた本人もわかってないようだったが、応援されたのなら頑張るだけだとララは最後に微笑んでそう言ったのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

元気そうな店員の声を聞きながら俺たちがやって来たのは街中にある一軒の店であった。

 

「服だけじゃなくて下着まで売っているのか、この店は」

 

女性物の服や下着類が売っている店なので俺には場違いなのだが、籾岡や沢田に連れて行かれたヤミを放っておくわけにもいかないので仕方ない。

 

「ヤミヤミ! こっちこっち!!」

 

店内の商品を物珍しそうな目で見ていたヤミを色々な服を抱えた籾岡が呼んでいる。

 

そもそもここに来る原因となったのが、ヤミの服装についてだったのだ。

 

「じゃあ、まずはこれに着替えてね」

 

「はぁ・・・・・・」

 

籾岡が持っていた服をヤミに手渡し、ヤミは言われるがままに試着室に入って行った。

 

学校の帰りにヤミに出会い、たまたま彼女が読んでいた本が母さんの書いたファッション雑誌だったのだ。

 

そこから、ヤミの服装はいつも変わらないという話しになり、それを聞いた籾岡と沢田がここに連れてきたというわけである。

 

「・・・・・・どうですか?」

 

今までの過程を思い返している内にヤミの着替えが終わったようなので見てみる。

 

「おぉ、似合ってるな」

 

いつもツインに纏めている髪を下ろし、帽子をかぶっているのが似合っている。

 

ドクロの入ったハーフパンツと組み合わせてボーイッシュで可愛らしい。

 

「じゃあ、次はこれ! 今度はこっちね!!」

 

今度は沢田に渡された衣装を持って再び試着室へ戻るヤミ。

 

「・・・・・・こんな感じですか?」

 

沢田に渡された衣装はいつもと同じような黒い衣装なのだが、ゴスロリの感じが出ており、それもまた似合っていた。

 

「ふむ、それもなかなか」

 

「それじゃあ、次いってみよぉ!」

 

再び籾岡が持っていた衣装をヤミに渡し、試着室へと押し戻す。

 

というか、お前らいつの間にそんなに服を持って来ていたんだ。

 

「でもやっぱり、ヤミヤミは可愛いから何着ても似合うよねぇ」

 

「うんうん! こんなに可愛い子が身近にいたら色々とコーディネートしてあげたくなっちゃうよね!」

 

籾岡と沢田がそう話しているのを後ろで聞きつつ、ヤミに似合う服を選ぶ二人のセンスも良いんじゃないかと俺は考えていた。

 

ちなみに俺の服への感想は女性陣の盛り上がりによってかき消されていた。

 

そんな感じで一時間ほどヤミは色々な服に着替えて、最後には今風のミニスカートにヒールを履いた女の子になって店を出た。

 

「あの、本当にコレを頂いてもいいんですか?」

 

結局、籾岡と沢田がヤミの服や靴を買ってやることになった。

 

ちなみにヤミの元々着ていた服や靴などは紙袋に入れ、俺が持っている。

 

「いいよいいよ! ヤミヤミにプレゼント!!」

 

「ほら! 結城も何か言ってあげなよ!」

 

籾岡も沢田も楽しそうにヤミの服を選んでいたので買ってもらったのはそれでよかったのだろう。

 

「いつもの服でも可愛いけど、その服も凄く似合っていていいと思うぞ」

 

「そ、そうですか。 ありがとうございます」

 

いつもと着ている服が違うからだろうか、照れている様子もまた違って見える。

 

「おっ、カワイイ子がいっぱいいるじゃん」

 

「ねぇ、ねぇ、君たち。 俺らと遊ばない?」

 

とそこへ声を掛けてきたのは大学生くらいの男たちだった。

 

籾岡と沢田、それからヤミと可愛い三人を目当てに声を掛けてきたのだろうが、相手が悪かったとしか言いようがない。

 

「やめとけ、痛い目を見ることになるぞ」

 

三人を庇う様に前へ出た俺はそう言って声を掛けてきた男たちに睨みを利かせる。

 

「あ? 何だテメェ」

 

「喧嘩売ってんのか?」

 

声を掛けていたことを邪魔されたのに苛立ったのか、俺の胸倉を掴み上げる。

 

俺の睨みも大して意味がなかったようなので実力行使しかないと考えていたのだが。

 

「その人は私の依頼主、手出しは許しません」

 

俺の後ろからヤミがそう言って前に進み出てきたのだ。

 

「お、おい、やめとけって今のお前は・・・・・・」

 

「はぁ!? 何言ってんの?」

 

「手を出したらどうなるわけ? おチビちゃん!」

 

いつもの動きやすい服装ではないので俺はヤミを止めようとするが、男たちが俺の声を遮って騒ぎ出す。

 

結局、ヤミの変身能力で男たちは数分で騒いでた口を閉じることになった。

 

「・・・・・・まぁ、結果はこうなるよな」

 

ボコボコにされて倒れている男たちを見ながら俺はため息をついた。

 

そして、男たちをそうしたヤミに視線を移す。

 

「だからやめとけっていったろ?」

 

「・・・・・・」

 

ヤミのスカートが先ほどの出来事で大きく破れてしまったのだ。

 

俺はとりあえず、持っていた紙袋をヤミに渡してやる。

 

「すみません。 せっかく頂いた服ですが、やはり私にはいつもの服が合っているようです」

 

「ヤミヤミ・・・・・・」

 

籾岡と沢田にそう言って頭をさげ、紙袋を持ってその場から去って行った。

 

その後ろ姿を俺たち三人は眺めていることしかできなかった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

私は結城トシアキたちと別れたあとすぐにビルの屋上へと上りました。

 

勿論、変身能力はなるべく人目がつかない場所で行います。

 

そうしないと結城トシアキに怒られてしまいますので。

 

「・・・・・・着替えますか」

 

私はビルの屋上で周りから見えない所を探し、そこで紙袋に入っていた服に着替えます。

 

「やはり、これが落ち着きます」

 

着ていた服を紙袋へ仕舞うとき、ふと彼の表情を思い出します。

 

初めて知ったこの星での服の文化。

 

初めて着たこの星の衣装。

 

初めて感じたこの星の衣装を着たときに褒められた嬉しさ。

 

「・・・・・・ですが、なかなか捨てたものでもありませんね」

 

この服は破れてしまいましたが、この服を着たときの彼の微笑みがいい思い出になるので置いておくことにします。

 

次に新しい服を着たときに彼がどんな顔を見せてくれるか楽しみにしながら、私は今日も仕事に戻ることにしました。



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外伝3

今回は外伝なので少し短めですが、ご了承ください。


「さて、久しぶりの日本。 懐かしの我が家だわ」

 

私は小さな旅行鞄を持って空港から自宅へと戻って来た。

 

仕事の都合でなかなか帰って来れないけど、子供たちは元気にしてるかしら。

 

「ただいま~」

 

「えっ? お、お母さん!?」

 

玄関まで出迎えてくれたのは私の娘である美柑であった。

 

エプロンをしてお玉まで持って出て来ちゃって、相変わらず可愛いわね。

 

「ただいま、美柑。 相変わらず可愛いわねぇ」

 

「ちょ、ちょっと、お母さん!!」

 

久しぶりに会う愛娘を抱締め、家族のもとへ帰って来た実感をかみしめる。

 

もっとも、仕事の都合でそんなに長くは居られないんだけどね。

 

「あれ? そう言えばトシアキは?」

 

昔からしっかりしていたもう一人の子どもの姿を探すが出迎えには来ていない。

 

あの子は自分が興味を持ったこと以外には感心が全くないからかしら。

 

「トシ兄ぃはまだ学校だよ。 ララさんもまだみたいだし」

 

「ララさん?」

 

美柑の口から私が聞いたことのない名前が出てきたので詳しく聞いてみる。

 

リビングで美柑の入れてくれたコーヒーを飲みながら話しを聞いていた。

 

「なるほど、宇宙人ね。 トシアキも宇宙のお姫様に好かれるなんてやるじゃない」

 

「まぁ、トシ兄ぃはトシ兄ぃのままだけどね」

 

私の言葉に少し呆れたような声色で返事をした美柑。

 

そんな様子を見て、トシアキは最後に会ったときから変わっていないんだと考えていた。

 

「でも、よかったじゃない美柑。 美柑も昔はトシアキのことが・・・・・・」

 

「ただいま・・・・・・」

 

「と、トシ兄ぃが帰って来たみたい! わ、私、行ってくるね!!」

 

私の言葉を途中まで聞いた美柑が慌てて帰って来たトシアキを迎えに玄関まで走って行った。

 

「あの娘も変わってないわね」

 

自分の娘も昔と変わらず可愛い性格のままのようであった。

 

勿論、姿は成長した分だけ可愛くなってるんだけどね。

 

「お、おいっ!?」

 

そんなことを考えていると美柑に腕を引っ張られながらリビングに入って来た私の息子であるトシアキ。

 

「あら? トシアキじゃない、お帰り♪」

 

最後に見たときから背が少し伸びている気がするけど、カッコ良くなってるわね、一体誰に似たのかしら。

 

「・・・・・・母さん、いつ帰って来たんだよ」

 

「ついさっき。 ちょっと日本で仕事があったから、あまりゆっくり出来ないけど」

 

この子も性格は相変わらずのようね。

 

久しぶりに母親に会っても驚きもせず、淡々と話しをするなんて。

 

息子と娘を放っておいて仕事ばっかりの私に興味を持ってないからかもしれないけど。

 

「親父に連絡は?」

 

「急な仕事だったから連絡は出来てないの。 あっちの仕事の邪魔しちゃ悪いしね」

 

やっぱり長男ということもあって、私とパパの関係にも気を使ってくれてるのかしら。

 

それにしても、本当にトシアキってばしばらく見ないうちにカッコよくなって。

 

義息子じゃなければアプローチしていたかもしれないわ。

 

「もう! トシアキったら、知らない間にカッコよくなっちゃって!!」

 

「お、おいっ!? なにして!?」

 

これくらいは親子のスキンシップとしても問題ないわよね。

 

「ちょっと、お母さん! トシ兄ぃが困ってるでしょ!!」

 

私のスキンシップが過激すぎたのか、美柑が慌てて間に割って入って来た。

 

そう言えば美柑はトシアキのこと好きって言ってたっけ。

 

聞いたのはずっと昔だったから兄妹としての好きかもしれないけれど。

 

「あらあら、美柑ったら相変わらずトシアキにベッタリなのねぇ」

 

「べ、別にそういうわけじゃ・・・・・・」

 

頬を赤らめている美柑を見て、兄妹としての好きではないことを確信した。

 

やっぱり美柑は私の娘よね、異性の好みがこんなにも似ているんだもの。

 

「・・・・・・じゃあ、俺は部屋に居るから」

 

私のスキンシップの所為で居心地が悪くなったからか、それとも単に話しをする必要はないと感じたからなのか、どちらかわからないけど、トシアキはリビングから出て行こうとする。

 

でも、私にとっては久しぶりの親子の会話だから何とかこの場に引き留めようと話題を探す。

 

「あ、そういえばトシアキ。 美柑から聞いたけど、宇宙人の子が居候してるんだって?」

 

「ん? あぁ、そうだけど・・・・・・」

 

私の言葉に反応してくれたトシアキはその場で立ち止まって話しを続けてくれる。

 

どうやら、私のことが気に入らなかったわけではないとわかったので一安心したのは秘密だったりする。

 

「ただいまー!」

 

「お、おじゃまします」

 

そんな時トシアキの後ろ、つまり玄関の方から聞いたことのない女の子たちの声が聞えてきた。

 

「ちょうど帰ってきたようだ」

 

「そうみたいね」

 

気を利かせた美柑が玄関まで女の子たちを出迎えに行ってくれた。

 

「トシアキのママ、初めまして! ララです!」

 

「えっと、西連寺です」

 

美柑に連れられて来た二人の女の子は対照的な二人。

 

片方は初めて会うはずなのに元気よく挨拶をし、笑顔を見せている子である。

 

もう片方は初めて会うからか、緊張した様子でコチラに失礼が無いように気を付けている子であった。

 

「むっ!?」

 

しかし、そんな対照的な二人だが共通している点があった。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「きゃっ!?」

 

それは二人ともモデルになれるくらい素晴らしいボディということだった。

 

思わず私は彼女たちに近づき、様々な角度から眺め、見つめ、観察した。

 

そして、最後に二人の身体を隅々まで触り、掴み、図ったところでトシアキにコツンと頭を叩かれてしまった。

 

「悪いな、西連寺。 こんな母親で」

 

「う、ううん。 大丈夫だから」

 

ついつい仕事の癖が出てしまったことを反省した私はトシアキと話している女の子、西連寺さんの様子を見てピンときた。

 

「あら? ひょっとして・・・・・・」

 

「おい、母さん。 流石に二回目は本気で怒るぞ?」

 

西連寺さんにちょっとした確認をしようと近づいてみたら、私に気付いたトシアキに睨まれてしまった。

 

美女が怒ると怖いと聞くけど、美男が怒っても怖いわね。

 

「ち、違うわよ。 西連寺さん? ちょっといいかしら?」

 

静かに頷いたのを確認してから私は西連寺さんを連れてトシアキから距離を取る。

 

「あ、あの、何か・・・・・・」

 

「あなた、トシアキのこと好きでしょ?」

 

落ち着かない様子の西連寺さんだったけど、私の言葉を聞いた瞬間、顔を真っ赤にして固まってしまった。

 

「私は中立だから応援してあげられないけど、あの子は倍率高いわよ?」

 

「わ、私! 急用を思い出したので帰ります!!」

 

私の言葉をどう受け止めたのかわからなかったけど、慌てて出て行ったのを見ると恥ずかしくなったのでしょう。

 

「・・・・・・何言ったんだよ」

 

「ふふふ、人気者なのね。 少し妬けちゃうわ」

 

西連寺さんが突然帰ったことで私が何かしたと思ったのか、トシアキがそう聞いてきたけど、こればっかりは答えられないわね。

 

だから私はいろんな子たちから好意を寄せられている義息子にそれだけ伝えたのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

次の仕事の為に再び外国へ向かわなくちゃいけなくなったので空港までやって来た私たち。

 

見送りにはトシアキと美柑、あとララさんも着いて来てくれた。

 

「じゃあ、またね。 あっと、美柑」

 

飛行機に乗る前に私は大切な愛娘を手招きして呼び寄せる。

 

「なに? お母さん」

 

トシアキとララさんから充分距離を取ったのを確認した私は美柑に小さい声で話す。

 

「やっぱりまだ、トシアキのこと好き?」

 

「なっ!? なんでそんなこと!?」

 

私の言葉に頬を赤らめてあたふたと慌てる美柑を微笑ましく思いつつ、話しを続ける。

 

「好きなら頑張りなさい。 あの子、きっとライバル多いわよ」

 

「・・・・・・・・・うん」

 

小さく、それも時間が掛ってからだが、美柑はちゃんと頷いてみせた。

 

「それじゃあ、またね。 あと、ララさんを呼んでくれる?」

 

美柑と入れ替わりでやって来たララさんに顔を近づけて話す。

 

「頑張ってね、ララさん」

 

「えっ?」

 

私の言葉の意味が理解できなかったのか、キョトンとしたままのララさんを置いて私は搭乗口へ向かった。

 

次に会えるのはいつになるかわからないけど、それまでに何か進展があったら面白いな、と考えつつ私は飛行機で再び外国へ向かうのであった。



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第二十話

いつものように美柑に起こされた俺は先に起きて飯を食べていたララと一緒に学校へ到着した。

 

「あっ、おはよー! 春菜」

 

「はい! おはようございます。 お二人ともお元気そうでなによりです」

 

「あはは、春菜もなんか元気だね」

 

ララは特に気付いた様子ではなかったが、俺は西連寺がいつもと違うような気がしていた。

 

よく視てみると西連寺の身体の周りに何か白い膜が覆っているのが確認できた。

 

「・・・・・・また、厄介ごとか」

 

ララの婚約者候補の宇宙人が西連寺の身体を使って何かしようとしているのだろう。

 

まったく、ギドはどんな奴らを婚約者候補として選んでるんだよ。

 

宇宙的地位は高くても人として最低な奴に跡を継がせていいのか、銀河の支配者。

 

「あっ、ホントだ」

 

考えに没頭していた俺を現実に引き戻したのは西連寺のそんな声であった。

 

「・・・・・・」

 

廊下の真ん中で自分の制服を捲って下着を確認している西連寺。

 

声を聞いて視線を向けたため、俺はその姿をまともに見てしまった。

 

慌てた籾岡や沢田が西連寺の制服を元に戻していたが、それでも何人か目撃してしまっているだろう。

 

「西連寺、ちょっと来い」

 

「えっ? えっ?」

 

訳がわからない表情をしている西連寺を連れて、俺は早足で歩きだす。

 

ララや籾岡に後ろから声を掛けられたが、聞えなかったことにして俺はそのまま屋上へと向かった。

 

「あの・・・・・・トシアキさん、私に何か・・・・・・」

 

「とぼけんなよ。 お前は西連寺の身体を乗っ取ったんだろ? 俺に始末されたくなければ早く西連寺から出ていけ」

 

幸い、登校時間だったので屋上に他の人間はいない。

 

これならある程度暴れても俺が見つかることはないだろう。

 

そう考えて今までのようにボコボコにしてやろうかと戦闘状態に入る。

 

「ふぇっ!? ご、ごめんなさい! でもでも、私、ここから出られなくって!!」

 

俺の殺気を正面から受けたためか、身体をビクッと震わした後、涙目になりながらガタガタと身体を揺らす西連寺。

 

しかし、話を聞いているとララの婚約者候補絡みではないらしい。

 

「出られない? お前は一体・・・・・・」

 

「わ、私です。 幽霊のお静なんです」

 

「・・・・・・静かになってゆっくり眠れるようになっただろうが」

 

少し前にリストラになった宇宙人の溜まり場となっていた旧校舎で出会った幽霊が西連寺の身体に憑依してしまったらしい。

 

「はい。 それで、その、死んでしまった土地から出られないと思ってたんですが・・・・・・」

 

彼女自身は自分のことを地縛霊だと思っていたらしい。

 

だが、実際はそういうわけではなく、あの後に他の場所にも行けることに気付いたそうだ。

 

「で、四百年振りにあの場所から出たことに興奮して、たまたま居た西連寺にぶつかって憑依してしまったと?」

 

「はい、すみませんです」

 

西連寺の顔で申し訳なさそうに顔を俯けるお静。

 

気持ちはわからなくもないが、憑依された方は堪ったものではないだろう。

 

「いくら興奮してたとはいえ、前に何があるか見えなかったのか?」

 

「そ、それは、その・・・・・・」

 

俺の質問に対して、彼女は頬を少し赤らめてしまった。

 

俯きながら手を忙しなく動かし、チラチラとコチラに視線を向けてくる。

 

「・・・・・・まぁ、いい。 とにかくそのままじゃ西連寺が危ないからそこから出すぞ」

 

「えっ!? そんなこと出来るんですか!?」

 

俺の言葉に驚いたように顔を上げるお静。

 

先ほど視たときの白い膜がおそらくお静の魂か何かだろう。

 

「前に言ったろ? 俺は『魔法使い』なんだぜ」

 

視えていれば出来ないこともない。

 

俺は西連寺の身体を抱締め、背中の方に視える大きな白いモノを優しく手で包みこむ。

 

そのまま引き寄せていき、西連寺の身体から白いモノを全て抜き取ることに成功した。

 

「ほら、出来ただろ」

 

「わぁ! ほんとです! もとの幽霊に戻れました!!」

 

そう言いながら俺の周りをフワフワと浮かんでいるお静。

 

「ゆ、結城君!? えっ!? 私、なんで・・・・・・」

 

お静が西連寺の身体から出ることが出来たためか、西連寺本人の意識が表に出てきたようだ。

 

しかし、彼女の身体はお静を出すために俺が抱締めているままである。

 

「・・・・・・気をつけろよ西連寺。 何もないところで躓くなんて危ないぞ?」

 

俺は抱きしめていた言い訳として、そう言いながら西連寺の身体を放してやる。

 

先ほどまではお静の意識だったはずなので、何とか誤魔化せると考えたのだ。

 

「えっ? あ、うん。 ありがとう、結城君」

 

どうやら彼女は俺の言葉を信じて、躓いて倒れそうになった所を俺に抱きとめられたと勘違いしてくれたようだ。

 

「早くしないと一時間目に間に合わないから急ごうぜ」

 

「う、うん。 あの・・・・・・」

 

校舎へ戻ろうとする俺を戸惑いが含まれた声で西連寺が呼びとめる。

 

ちなみにお静は俺の後ろでその様子を窺っている。

 

地縛霊の次は背後霊にでもなるつもりなのだろうか。

 

「どうかしたのか?」

 

「・・・・・・ごめんなさい、なんでもないの」

 

結局、西連寺は何も言わずに俺の横を通り過ぎて校舎へ入って行った。

 

「それで、お静はこれからどうするんだ?」

 

「せっかくなので街を見て回ろうかと思ってます」

 

見て回るのは全然構わないんだが、また問題を起こされては困るので釘を刺しておくことにする。

 

「それはいいけど、もう憑依しないようにな。 あと、視える人に祓われたりするんじゃないぞ」

 

「はい! それではトシアキさん、失礼します」

 

俺の言葉を理解してくれたのか、そう言い残して彼女は街の方へと飛んで行ってしまった。

 

それと同時に一時間目開始のチャイムが鳴り響き、俺の遅刻が確定してしまったのは余談である。

 

 

 

***

 

 

 

「「いただきまーす!!」」

 

皆で声を合わせてそう言ったあとに、テーブルの中心にあるスキヤキに手を伸ばした。

 

ちなみに皆とは、ララ、西連寺、ヤミ、美柑、俺の五人である。

 

「春菜が買って来てくれたお肉、おいしー!」

 

「ウチの近所のお肉屋さんで買ったの。 いつもオマケしてくれるのよ」

 

最初はヤミに地球の食べ物を食わしてやることと、美柑にヤミを紹介することが目的だった。

 

そこからララが西連寺を誘ってこのメンバーでの食事ということになったのである。

 

「・・・・・・」

 

「ヤミさんっていつもどんなもの食べてるの?」

 

ヤミはモグモグとスキヤキを食べ、隣に座っている美柑が早速話しかけている。

 

これで目的は達成できたので、俺も安心して飯を食べることが出来る。

 

ちなみに美柑にはヤミがララと同じ宇宙人であることは話している。

 

「たいやき・・・・・・」

 

「えっ!?」

 

ヤミの主食がまさかのたいやきとは、さすがに俺も驚いてしまった。

 

けど、たいやきは俺と初めて会ったときに食べていたものだ。

 

「覚えていてくれてんなら嬉しいけどな」

 

ヤミと美柑が話しているのを見ながら俺はそう呟いた。

 

俺の護衛に付いてくれているヤミだが、学校に行っていないため友人がいないのでは、と思っていた。

 

「食べ物には特にこだわりはないので」

 

「いや、もう少しこだわった方がいいと思うよ」

 

そこで美柑を紹介することで話すことのできる友人を増やそうと考えたのである。

 

二人もキチンと話せているので特に問題はないだろう。

 

そんな風にして五人で仲良く楽しくスキヤキを食べるのであった。

 

「もう、お腹いっぱい」

 

「あっ、もうこんな時間。 そろそろ帰らないと・・・・・・」

 

スキヤキを皆で食べ終えて一息ついていると、西連寺が時計を見てそう言った。

 

確かに時間を見るともう八時を過ぎてしまっている。

 

「もう帰っちゃうの? 明日は学校休みだし、二人とも泊っていけばいいのに」

 

「え?」

 

帰ろうとしている西連寺にララはそう言って引き留めようとする。

 

泊るのは構わないのだが、男の同級生が一緒では問題になりそうなんだが。

 

「そうだよ、着替えなら私やララさんのがあるし」

 

美柑もヤミに泊って欲しいのか、ララと同じく二人の泊りに賛成のようであった。

 

「でも・・・・・・」

 

西連寺がチラリとコチラに視線を向けてきた。

 

「俺は別に構わないよ。 男の俺が居るけど、それでも構わないのなら」

 

泊ることに俺自身も反対ではないのでそう答えておく。

 

後は、ヤミや西連寺が判断してくれるだろう。

 

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

 

というわけでヤミと西連寺がこの家に泊ることになった。

 

美柑に片付けを任せた俺は風呂掃除をしておくことにした。

 

「流石に西連寺やヤミが使うなら丁寧に洗っておかないとな」

 

ゴシゴシとスポンジで浴槽を洗い終えた俺は、お湯を入れて風呂の準備を完了させた。

 

「・・・・・・せっかくだし、このまま先に入ってしまうか」

 

一度、脱衣所に戻った俺は着ていた服を洗濯機の中へ放り込み、浴槽へと身体を沈めた。

 

「ふぅ・・・・・・風呂はいい、風呂は心を癒してくれる」

 

浴槽に背を預け、天井を見つめながらそう呟く。

 

そういえば、こんな時にララが浴槽から出てきたんだった。

 

「あれからもう、一年も経ったのか・・・・・・」

 

最初は俺が『俺』になっていたことに驚いたものだが、今ではもうこの世界に馴染んでしまっている。

 

このままゲンジが迎えに来なかったら俺はどうなってしまうんだろうか。

 

「考えていても仕方がないか・・・・・・ん?」

 

脱衣所の方から物音が聞えてきたので視線をソチラへ向ける。

 

「おっ!? 風呂が広くなった?」

 

広くなったと言っても、小さな町にある銭湯くらいの広さだ。

 

浴槽もシャワーも一つしかなく、ただ広くなっただけのようである。

 

「みんなー。 私、先に入ってるよー」

 

その声と共にララが裸のまま扉を開けて入って来た。

 

いや、風呂に入るんだから裸なのは当たり前なのだが。

 

「おい、ララ! 俺が入ってるんだから早く出ていけ」

 

「あっ、トシアキ。 ここにいたんだ」

 

俺の言葉を聞かずにトコトコと浴槽まで歩いてくるララ。

 

相変わらず、自分の身体を隠そうともせず俺の傍までやって来るのであった。

 

「早く出ていけよ。 一緒に入るのはマズいだろ」

 

「え? なんで?」

 

男である俺と一緒に入ることにララはなんの抵抗もないらしい。

 

ララは良くてもあとから来るであろう三人には問題あるだろう。

 

「ララさーん! 待ってよ・・・・・・って、トシ兄ぃ!?」

 

次に入って来たのは美柑で、ララを追って浴槽までやって来て俺を見て驚いている。

 

「ほら、美柑も。 今は俺が入ってるから西連寺やヤミが入ってこないように・・・・・・」

 

「私がなにか?」

 

美柑の後ろからヤミが続いて姿を現した。

 

さすがにヤミは身体をタオルで隠しているが、特に俺が居ることを気にしている様子はない。

 

「年頃の女の子が男と一緒に風呂にはいるんじゃ・・・・・・」

 

「春菜ー! トシアキも一緒でもいいよねー!」

 

ヤミと美柑への俺の言葉はララの大きな声でかき消されてしまった。

 

結局、この風呂場に五人で入ることになって俺はかなり居心地が悪い。

 

流石に西連寺は恥ずかしいのか、俺から離れた位置でララと一緒にいる。

 

「美柑は俺と一緒でよかったのかよ?」

 

「だってほら、兄妹だし。 前にも一緒に入ったことあるし」

 

隣に居る美柑に聞いてみたが、恥ずかしいらしいが嫌ではないらしい。

 

顔は赤く染まっているが、笑みを浮かべていることから問題ないようだ。

 

「ヤミはいいのか?」

 

「えっちぃのは嫌いです。 ですが、あなたを護衛する任務の為ならば仕方ありません」

 

美柑の隣にいるヤミにも聞いてみたが、同じく嫌ではないようであった。

 

彼女も頬を赤らめているが、怒ってはおらずむしろ機嫌が良いようにも見える。

 

「・・・・・・ララは相変わらずだし、常識人は俺と西連寺だけかよ」

 

もっとも、俺が潔く出ていけばいいだけの話なのだが、先に入っていたのに追い出されるのはなんとなくムカつく。

 

我ながら子どものような思考だと思ったが、こういう性格なので仕方ない。

 

俺は四人が出て行った後に元の大きさに戻った風呂場で身体と頭を洗ってからその場を後にした。

 

最初に入って最後まで風呂に居たためか、それとも別の理由かわからないが、熱くなっている顔を冷ますのに時間が掛ってしまうのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

皆でお風呂に入ろうとララさんに言われたとき、私は戸惑ってしまった。

 

女だという自覚はあるのでお風呂には入りたい気持ちがあったけど、皆で入れるとは思っていなかったからだ。

 

「大丈夫! ここのお風呂は広いんだから」

 

ララさんに連れられてやってきた脱衣所はやはり一般家庭の広さしかない。

 

本当に四人が一緒にお風呂へ入れるのだろうか。

 

「みんなー。 私、先に入ってるよー」

 

私がそんなことを考えている間にララさんは服を全部脱いで、お風呂場へと入って行った。

 

その時に見えた感じでは確かに四人でも入れそうな広さだった。

 

「ヤミさん、私たちも行こうよ」

 

「わかりました」

 

結城君の妹さんの美柑ちゃんとヤミちゃんも既に服を脱いでタオルを持っている。

 

私も早く行こうと思って服を脱ぎ、畳んで脱衣所の端へ置いた。

 

「なんだろ、コレ」

 

風呂場へと続く扉に何か変な機械がついていたけど、下手に触って壊してはいけないと思い、そのまま入ることにした。

 

「春菜ー! トシアキも一緒でもいいよねー!」

 

お風呂場へ足を踏み入れた途端に聞えたララさんの声で、咄嗟に身体をタオルで隠せたのは幸運だったと思う。

 

でもまさか男の子と、しかも結城君と一緒にお風呂に入るなんて思わなかった。

 

結局、浴槽でも洗い場でも結城君はこっちに来なかったし、顔も背けてくれていた。

 

恥ずかしかったけど、皆で一緒にお風呂に入れてよかったと私は思うのであった。



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第二十一話

今日の風呂での騒ぎがあってから俺はリビングでテレビを見ていた。

 

俺が最後に風呂から出たはずなのに、リビングには誰もいなかったのである。

 

「まぁ、騒ぎすぎて疲れて寝たのかもしれないな」

 

特に面白くもない番組を見ながらそう呟いた俺はテレビを消すことにする。

 

「やっぱり、ヤミさん! ピッタリだね、そのパジャマ」

 

「ゆったりした服は落ち着かないです。 それに、この間のこともありますし」

 

「ごめんね、私までララさんのパジャマ借りちゃって」

 

「いいよ、いいよ♪」

 

テレビを消したのと同時くらいに扉が開いて四人がパジャマ姿で現れた。

 

どうやら、二階の部屋で着替えていたらしい。

 

「だってララさん、めったにパジャマなんて着ないもんね」

 

「えっ? そうなの?」

 

「最近はちゃんと着てるよ。 だって裸だとトシアキが怒るんだもん」

 

そりゃそうだろう、家族同士でも問題がありそうな年頃なのに他人で許されるわけなどない。

 

「・・・・・・そろそろ寝ようぜ。 風呂に入ってたらもうこんな時間だ」

 

時計の針は既に十一時を過ぎており、小学生の美柑がいつも寝ている時間を過ぎている。

 

「そうだね。 じゃあ、ヤミちゃんは美柑の部屋で春菜は私と一緒に寝ようね!」

 

「じゃあね、トシ兄ぃ。 おやすみ」

 

ララがそう言いながら皆に話している横を通って、美柑がトコトコと俺の傍までやってきた。

 

「おう、おやすみ。 美柑、今日もありがとな」

 

「えへへ・・・・・・」

 

最近日課になりつつあるのが、美柑の頭を優しく撫でてやることだ。

 

いつも食事の準備や洗濯、さらに掃除までしてくれている美柑に何かして欲しいことはあるかと聞いたときに返ってきた答えがコレだったのだ。

 

「・・・・・・」

 

「ん? どうかしたのか、ヤミ」

 

本当は家事の手伝いで何かして欲しいことがあるかと聞いたつもりだったのだが、予想外の答えに最初は戸惑っていたことが懐かしい。

 

今では寝る前や学校に行く前に自然とすることが多くなってきた。

 

「・・・・・・いえ、別に」

 

美柑の頭を撫でているとヤミからの視線を感じたので聞いてみたが、本人は特に用はないらしい。

 

だが、視線は相変わらずコチラに向けているので気になってしまう。

 

「別にって言われてもなぁ・・・・・・」

 

考えながら視線をもう一度辿ってみると、どうやら美柑の頭に集中しているような気がする。

 

「ヤミ、こっちに来い」

 

「なんですか?」

 

理由を何となく思いついた俺はヤミをもう片方の手で手招きして呼び寄せる。

 

ヤミは何の疑いもなく用を尋ねつつもコチラへやって来た。

 

「ヤミもおやすみ。 それといつもありがとな」

 

「あっ・・・・・・い、いえ、別に構いません」

 

近づいてきたヤミにおやすみの言葉を言いつつ、いつも護衛をしてくれていることに対して感謝の気持ちを込めて頭を撫でてやった。

 

最初は驚いた様子だったが、今では大人しく俺のなすがままに頭を撫でられているヤミ。

 

「ほら、二人とも寝て来い」

 

「「あっ・・・・・・」」

 

頭を撫でる手を放すと二人とも残念そうな声を上げていたが、気にせずそのまま二階へと追いやった。

 

「まったく、美柑もまだ子どもだし、ヤミまで・・・・・・」

 

「じゃあ、トシアキ。 私たちも寝るね」

 

「お、おやすみなさい、結城君」

 

次いで、ララと西連寺もそう言ってから二階へと上がって行った。

 

リビングに残された俺は電気やガスなどを確認してから自分の部屋へ向かう。

 

「・・・・・・さて、そろそろ寝るか」

 

自分の部屋に戻ってから予習や復習を簡単に済ませ、ベッドに入る。

 

よく遅刻やサボりをしてしまっているため、たまにこういった勉強が必要なのだ。

 

「ん? セリーヌか?」

 

ララが誕生日プレゼントにくれた花であるセリーヌの声が聞えた気がした。

 

だが、『精霊』を通してしか言葉が聞き取れないので、こうして家の中に居たりするとセリーヌが何を言っているのかがわからないのだった。

 

「少し見て来るか」

 

いつもは大人しいセリーヌがこんな時間に声を上げているのを聞くと、何かあったのかと思ってしまう。

 

「泥棒や強盗ならいいが、宇宙人が相手だとマズいからな」

 

念の為、ヤミにも協力してもらおうと考えて美柑の部屋に入る。

 

「ん? ヤミがいない?」

 

ヤミも何か異変に気付いて目が覚めたのかと考えて部屋に足を踏み入れた。

 

「うおっ!?」

 

その瞬間、横からヤミの変身能力で強化された髪が俺の目の前を掠めていった。

 

「あっぶねぇ、いないと思って油断してたぜ。 ヤミは立ったまま寝てるのかよ」

 

思わず苦笑いを浮かべてしまった俺はソッと冷や汗を拭いとる。

 

しかし、ヤミが寝ているままということは特に危険はないと考えることもできる。

 

「侵入者を無意識で攻撃とか、可愛い寝顔のわりに怖い奴だな」

 

ヤミがこの部屋に居る限り、ここは安全だろう。

 

俺も昔は同じようなことが出来たはずなのに今ではソレが出来ない。

 

「・・・・・・やっぱり、平和な世界にいるとこうなるのかな」

 

そう呟きながら美柑の部屋から退出することにした。

 

「きゃっ!?」

 

「おっと、大丈夫か? 西連寺」

 

美柑の部屋からでたところで、西連寺とぶつかってしまったので慌てて抱きとめる。

 

そのときに触れてしまった身体はいつもより薄い生地の所為で柔らかく、そして温かく感じる。

 

「ゆ、結城くん?」

 

驚いていた西連寺だが、相手が俺だとわかると落ち着きを取り戻して俺の腕から離れる。

 

「こんな時間にこんなところでどうしたんだ?」

 

「寝つけなくて、お水を飲みに下に降りようと思ったの」

 

やはり他人の家、しかも男のクラスメイトの家だとなかなか寝付けなかったようだ。

 

「そうか。 なら俺も付いて行くよ。 少し気になることもあったし」

 

「気になること? それってさっき騒がしかった外の・・・・・・」

 

どうやら西連寺にもさきほどのセリーヌの声が聞えていたらしい。

 

「あぁ。 もしかしたら泥棒や強盗の可能性もある」

 

「ど、泥棒!?」

 

本当はそんな奴らより、何をしてくるかわからない宇宙人の方が怖いのだが、西連寺にそれを言うわけにもいかないので黙っておく。

 

「だから、部屋に戻っていてくれないか? 俺が様子を見て来るから・・・・・・」

 

「そんな! 危ないわ、結城君。 私も一緒に行く」

 

真剣な表情でそうはっきりと言われてしまったので、俺は勢いで頷いてしまった。

 

そして、二人揃って階段をゆっくりと降りて行く。

 

「っ!?」

 

リビングから聞えてきた物音に西連寺がビクッと身体を震わして俺の右腕を掴む。

 

というか、怖いなら部屋に戻っていてくれれば楽に済むのだが。

 

「こ、こっちに近づいてくるわ」

 

物音が止んだかと思うと、今度は足音が聞えてきて、コチラに近づいてくるのがわかる。

 

「とにかく隠れるぞ、こっちに」

 

ブルブルと身体を震わす西連寺を引っ張って行き、階段下の倉庫へ身を隠す。

 

その時に俺は素早く西連寺の手を振りほどいて、後ろから抱締めるようにして口を塞ぐ。

 

「っ!? んん!! んんん!!?」

 

「静かにしろ、西連寺。 ジッとしていれば絶対に見つからないから」

 

西連寺と身体を密着させた俺は『精霊』の力を借りて気配を完全に遮断する。

 

今の俺たちはただの置物のように感じられるはずなので動いたり音をたてたりしなければ大丈夫なはずだ。

 

もっとも、視覚まで誤魔化せるわけではないので、目で見られてしまうとわかってしまうのだが。

 

「「・・・・・・」」

 

しかし、肝心の足音は廊下を行ったり来たりとしているのが聞える。

 

何かを探しているのか、それとも何処にいけばいいのかわからないのか。

 

そんな中で俺は目の前にある西連寺の頭からのシャンプーの良い匂いで色々なモノが限界に近付いてきた。

 

「「・・・・・・・・・」」

 

年下とは言え、今は同じ学年で通っている女の子である。

 

しかも見た目は可愛い美少女であるし、パジャマという薄い生地越しに伝わってくる温もりも長時間耐えられるものではない。

 

「・・・・・・ごめん、西連寺。 もし見つかっても俺が絶対に守ってやるから」

 

「・・・・・・えっ? きゃっ!?」

 

西連寺の身体を押し倒すようにして俺は自分の身体を廊下へ飛びださせた。

 

「なんだてめぇ!!」

 

身体を廊下に出した途端、聞えてきた声はどこかで聞いたことのある声だった。

 

「ん?」

 

視線を上げてみると、日本酒の瓶を持ったままフラフラと歩いている親父の姿がそこにあった。

 

「さてはてめぇ、泥棒だな? おりゃあぁあぁ!!」

 

「おっと!?」

 

酔っぱらっているためか、俺のことを認識出来てないようでその言葉と共に殴りかかってきた。

 

俺はとりあえず避けて、会話が出来るか試みる。

 

「親父、俺だよ。 いきなり殴るのはどうかと・・・・・・」

 

「とりゃあぁあぁ!!」

 

今度はコチラの言葉を聞かずにとび蹴りを放ってきたので、流石の俺もカチンときた。

 

「いい加減にしやがれ、このクソ親父!」

 

「へぶっ!?」

 

とび蹴りの後に着地した隙を狙って後ろから思いっきり殴ってやった。

 

日本酒を瓶ごと飲んでいた酔っぱらいを退治した俺はとりあえず瓶を取り上げ、リビングのソファに放り込む。

 

「・・・・・・悪いな、西連寺。 どうやら泥棒でも強盗でもなく酔っぱらいだったようだ」

 

廊下で今までの様子を唖然と見ていた西連寺にそう声を掛ける。

 

しかし、母親に続いて親父にまでこんなことをされたら呆れるのも納得がいく。

 

「ゆ、結城君のお父さんだったんだ。 何もなくてよかった・・・・・・」

 

だが、西連寺に呆れた様子はなく、俺の親父だったことに心から安心していた。

 

「・・・・・・とにかく、水を飲んでゆっくり休もうぜ」

 

それから最初の目的通り、西連寺が水で喉を潤して二階の廊下で別れた。

 

ちなみに親父はリビングのソファでいびきをかいて寝ている。

 

そのまま放置してやろうかと思っていたのだが、心優しい西連寺の言葉で俺はしぶしぶ毛布をかけてやることになった。

 

結局、その後は特に問題もなく夜を眠って過ごし、朝にはヤミも西連寺も帰って行った。

 

帰るときに西連寺が楽しそうに笑っている姿を見て、どこか安心している俺がいたのだった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

ララさんと一緒の部屋で寝ているけど、隣の部屋には結城君がいる。

 

そう考えると私は緊張してしまってなかなか眠ることが出来なかった。

 

「・・・・・・お水、貰おうかな」

 

隣で寝ているララさんを起こさないように立ちあがった私はそのまま廊下に出る。

 

自分の家じゃないから、手探りでゆっくりと階段の所まで進んでいく。

 

「きゃっ!?」

 

少し進んだ所で何かにぶつかって、倒れそうになってしまう。

 

「おっと、大丈夫か? 西連寺」

 

倒れた時の衝撃を予想して閉じていた目を開くと、そこには結城君の姿があった。

 

「ゆ、結城君?」

 

どうやら結城君は倒れそうになった私を抱えてくれたらしい。

 

触れられた手に緊張しながら自分の足で崩れていた姿勢を戻す。

 

それから眠れなかったことや部屋を出て来る前に聞えた騒がしい声のことを話した。

 

どうやら、泥棒や強盗のような人が家に入って来ている可能性があるらしい。

 

「だから、部屋に戻っていてくれないか? 俺が様子を見て来るから・・・・・・」

 

結城君が私のことを心配して言ってくれているのはわかった。

 

「そんな! 危ないわ、結城君。 私も一緒に行く」

 

でも、私は思わずそうはっきりと言ってしまった。

 

自分でも怖いという気持ちがあるのに結城君が一緒にいると不思議と大丈夫なような気がする。

 

だから私はきっとそういう風に言ってしまったんだと思う。

 

それから二人で一階に下りて、入って来ていた人の足音が聞えた途端、今までの緊張が一気に押し寄せてきた気がした。

 

「とにかく隠れるぞ、こっちに」

 

結城君の腕を掴んでいたのでそのまま引っ張られるようにして階段下にあった倉庫へ入ることが出来た。

 

「っ!? んん!! んんん!!?」

 

「静かにしろ、西連寺。 ジッとしていれば絶対に見つからないから」

 

そのあと、いつの間にか私の後ろにいた結城君に口を塞がれて、耳元でそう囁かれたときには驚いてしまった。

 

「「・・・・・・」」

 

足音が廊下を行ったり来たりとしているのが聞える。

 

そんな中で私は結城君に後ろから抱きしめられ、口を塞がれた状態でいる。

 

「「・・・・・・・・・」」

 

結城君の鍛えている身体や温もりに私は知らないうちに落ち着くことが出来ていた。

 

「・・・・・・ごめん、西連寺。 もし見つかっても俺が絶対に守ってやるから」

 

そんなときに後ろ聞えてきた結城君の言葉に思わずドキッと胸が熱くなる。

 

「・・・・・・えっ? きゃっ!?」

 

そして、そのまま前に押されて廊下へ身体を飛びださせてしまった。

 

でも、飛びだした後に私を庇う位置で立った結城君の後ろ姿を見て、緊張とは違ったドキドキが私の中に残っているのであった。



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第二十二話

「ん? 気のせいか?」

 

「どうかしたの? 王子様」

 

登校中に背後から視線を感じたので振り返ってみたが、特に変わった様子はない。

 

唯一あるとすれば高級感が漂う車が一台停まっていることくらいか。

 

しかし、沙姫先輩の家の車のような気もするので俺は意識を隣に移す。

 

「・・・・・・その呼び方、何とかなりませんか?」

 

「ふふっ・・・本当のことなのだから構わないじゃない」

 

今日、俺の隣を歩いているのは保健教諭の御門先生だった。

 

ララは少し前を西連寺と歩いており、俺はたまたま通学路で出会った御門先生と話しながら歩いている状態だ。

 

「王子って、まだララの婚約者候補はいるし、俺にはそんな気ないですし」

 

「でも、デビルーク王からの発表ではお姫様の結婚相手はアナタで決まりのようだけど?」

 

「・・・・・・あの、クソ野郎め」

 

知らないうちに銀河全域にそういう話が流れているらしい。

 

ララの気持ちを考えて少し待ってるんじゃなかったのかよ。

 

これじゃあ、ララや俺が何と言おうと決まってしまったようなものじゃないか。

 

「それにしても、あの銀河の支配者に対してよくそんなことが言えるわね」

 

「まぁ、一度会って実力を見たからかな。 アレで全力じゃないなんて楽しみで仕方が無い」

 

話している内に気持ちが高ぶってきたためか、いつもより少々荒い言葉遣いになってしまった。

 

「あなたも彼と同じタイプなのね」

 

「そうかもしれないな。 っと、そう言えば先生はどうしてここに?」

 

呆れた表情で俺を見ている御門先生に気付いて、我に返った俺は前から気になっていたことを聞いてみた。

 

確か、先生も宇宙人だったはずだ。

 

「・・・・・・風が吹いたからかな」

 

「なるほど、それはわかりやすいですね」

 

風が吹いたということは本当に気まぐれだったのだろう。

 

しかし、その気まぐれで降り立った場所が意外と居心地がよかったのだ。

 

そういう経験は色々な世界を渡り歩いてきた俺にもあるので納得だ。

 

「今の説明でわかったの?」

 

「俺も似たようなことが何度かあったので」

 

「そう・・・・・・」

 

それっきり会話は途切れてしまったが、特に居心地が悪いわけでもなく、そのまま昇降口で俺は先生と別れを告げた。

 

「ってわけで、さっきぶりです」

 

一時間目の授業が始まる前に俺は保健室へと足を運んでいた。

 

「あら? 王子様、どうかしたの?」

 

昇降口で先生と別れた俺だったが、やはり今朝からの視線が気になって仕方がなかった。

 

もっとも、先生と別れたときに視線を感じなくなったので、おそらく見られていたのは先生だったのだろう。

 

「いや、少し気になることがありまして・・・・・・」

 

俺が色々と聞きたいことを話そうとした瞬間、俺と先生の間に小さなモニターが現れた。

 

「やぁ、お久しぶりですね。 ドクター・ミカド」

 

「ケイズ!? どうしてここが・・・・・・」

 

モニターに映し出された人物はどう見てもこの星の人ではないことがわかる。

 

サングラスのようなものではっきりとした顔は見えないが、まさしく悪人面とはこんな顔のことを指すのだろう。

 

「・・・・・・我らが組織、『ソルゲム』は貴方の力を必要としているのですから」

 

「お断りするわ。 あなた達とは考えが合わないの」

 

話を聞いている限り、悪の組織が優秀な先生を勧誘しているというところだろう。

 

それも、お互いが顔を知っていることからこの勧誘が最初ではない。

 

もしかしたら、先生はこういう奴らから身を隠すためにこの星で生活しているのかもしれない。

 

「ごらんいただこう」

 

いつの間にか話が進んでおり、モニターに映し出されていた映像が別のものに切り替わった。

 

「「!?」」

 

そこに映し出されたのは授業を受けているはずの西連寺と古手川の姿であった。

 

西連寺に関してはララと教室へ入って行くのを俺自身でも確認していたはずだ。

 

「さて、ごらんになられた通り、大事な生徒を二人預かっています」

 

その二人は薄暗い倉庫のようなところで両手を縛られ、身動きがとれないように柱へ括り付けられていた。

 

「ここには私の部下が居るのですが、彼らに一言命令するだけで二人の命は一瞬でなくなってしまいます」

 

幸い、今のところ西連寺も古手川も気を失っているようだったが、目が覚めたら覚めたで今の状況にパニックになってしまうかもしれない。

 

「さぁ、先生。 生徒たちを見殺しにできますか?」

 

「・・・・・・わかったわ。 あなたたちの言うとおりにする」

 

「それでは今から指定する場所に一人で来てもらいましょう」

 

それからモニターは消え、保健室には静寂が訪れる。

 

俯いて何かを考え込んでいた先生だが、顔を上げて笑顔を浮かべて俺を見る。

 

「安心して。 彼女たちは必ず助けるから」

 

「・・・・・・先生」

 

俺の言葉には返事をせず、御門先生は静かに保健室から出て行ってしまった。

 

何とかして先生を手伝ってやりたいが、西連寺と古手川が人質に取られていては簡単に身動きが取れない。

 

「どうせ、先生が一人で来るかどうかの監視もしているのだろうし」

 

「問題ありません」

 

俺の独り言に対して、扉の向こうから聞き慣れた声がした。

 

視線を向けると、先ほどまでモニターに映っていた奴と同じような格好をした男が二人、気を失って倒れていた。

 

「近くのビルの屋上でこの学校を見ていた不審者を始末しておきました」

 

「ヤミ!」

 

いつもの黒い戦闘服に身を包んだ俺の護衛者こと、金色の闇が倒れている男の傍で立っていたのだ。

 

「最初はアナタを狙う刺客だと思っていたのですが、どうやら違ったみたいで・・・・・・うぷっ!?」

 

特に頼んだわけではないのに、俺のことを考えて行動してくれたヤミ。

 

しかも、俺一人では手の出しようがなかったことだけに嬉しくなって、ヤミを抱締める。

 

そしてそのまま、可愛がるようにして頭を撫でてやった。

 

「さすが俺のヤミ! これでなんとかなりそうだ!!」

 

「ぷはっ! い、いきなり抱きつかないでください。 それに、わ、私は別にアナタのでは・・・・・・」

 

何やら顔を赤らめてブツブツと言っているヤミだったが、それより俺は気を失っている男たちを起こしにかかることにした。

 

「さて、西連寺たちの居場所を教えて貰いますか」

 

 

 

***

 

 

 

「残念だけど、あなた達の勝ちだわ」

 

「いや、まだ終わってないぜ」

 

河原の高架下で御門先生を見つけた俺はそう言った後、先生を庇えるような立ち位置に着いた。

 

「お、王子様!?」

 

「っ!? あなたは確か、デビルークの次期後継者・・・・・・結城トシアキ」

 

相手の方も驚いた様子だったが、すぐに人質のことを思い出したのか、余裕を取り戻している。

 

「その呼び方はどっちも嫌いなんだけどな。 先生にはちゃんと名前で呼んで貰いたいし」

 

俺は苦笑を浮かべながらそう言いつつ相手の方を睨みつける。

 

「さて、俺が来たからには先生には手出しさせないぜ?」

 

「ふっふっふっ、しかし我々にはあなたのクラスメイトがいるのですよ、お忘れですか?」

 

まだ人質が自分の仲間の手の中にあると思っているのか、余裕の笑みを崩さない。

 

「残念だが、もう救出してるんだよ」

 

「そのような戯言を・・・・・・」

 

相手はそこまで言って大きく目を見開いた。

 

俺の隣に現れた人物、金色の闇ことヤミの姿を確認したからだ。

 

もっとも、彼が驚いた原因はヤミの足元で倒れている二人を見つけたからだが。

 

「残念ですが、彼らは私が倒しました。 これで人質が居ないことはわかったでしょう」

 

「くっ!!」

 

自分が不利なことを理解したのか、踵を返して走り出すケイズ。

 

勿論、逃がすつもりは全くないので俺は指をパチンと鳴らした。

 

「ぐおっ!? な、なんだ、コレは!?」

 

俺の合図とともに地面から土の壁が彼の前に現れる。

 

そして四方を取り囲んだと思ったら、その土の壁が一斉に崩れだした。

 

「ぎゃあぁあぁあぁ!!!」

 

「ふむ、晒し首の刑、完了」

 

ケイズの身体は崩れてきた土で埋まり、首だけが出ている状態になった。

 

わかりやすく言うと、雪だるまの土バージョンといったところか。

 

「ヤミ、悪いけどコイツの仲間をここに集めてくれないか?」

 

「仕方ありませんね」

 

そう言ってヤミは姿を消した。

 

なんだかんだ言いつつも動いてくれる良い奴なんだよなヤミって。

 

「で、先生はもう大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ、助かったわ。 ありがとう」

 

俺とヤミが突然現れたことや、俺の意思で土の壁が出来あがったことに驚いているようだった。

 

しかし、先生や西連寺たちが無事だったのでこれで良かったのだろう。

 

「あとはギドにでも連絡しとくか」

 

俺はギドから貰った携帯電話のような機械を取りだした。

 

テレビ電話の小型版だということだったのだが。

 

『ん? なんだ、お前か』

 

画面には王座に腰をおろしている小さいギドの姿が映し出された。

 

本当にこの機械で宇宙にいる奴と姿を見ながら会話が出来るらしい。

 

「俺には名前がある。 そんな代名詞で俺のことを呼ぶな」

 

『ケケケ、相変わらず生意気な奴だぜ。 結城トシアキ』

 

「まぁ、いい。 ところで少し頼みたいことがあるんだが・・・・・・」

 

俺がそう言った瞬間、画面の向こうに映し出されているギドの表情が変わった。

 

『俺様に頼み? 聞いてほしいなら今すぐ跪いて頭を下げろ、そうすれば聞いてやらないこともない』

 

銀河を統一した王なだけあって、簡単に頼みを聞いてくれるわけではないらしい。

 

普段ならそんな風に言われるとキレてしまう俺だが、こっちには切り札があるのだ。

 

「そんなことを言っていいのか? 聞いたぜ、俺をララの結婚相手だと銀河全域に発表したそうだな?」

 

『・・・・・・それがどうした?』

 

どうやら自分が犯した過ちを理解できていないらしい。

 

「ララには結婚のことは待って欲しいと言われてたのにそんなことをしたんだ。 当然、ララに嫌われても良いってことだよな?」

 

『うぐっ!』

 

「今の段階ではララはそんなことは知らない。 だが、お前が俺の頼みを聞いてくれないならララにこのことを伝えようと思う」

 

『・・・・・・』

 

画面に映るギドの表情は激しく歪んだ状態になっている。

 

きっとギドも俺と同じで上からモノを言われることが嫌いなのだろう。

 

「きっと、ララには嫌われて話も聞いてくれなくなるだろう。 そんなことだから・・・・・・」

 

『・・・・・・わかったよ。 そこまで言うのなら話を聞いてやろう』

 

普段なら気に入らないことがあれば力で相手と戦うのだろう。

 

しかし、全力を出せる状態ではないことと、俺がララのお気に入りということで我慢することにしたようだ。

 

「助かるよ。 で、俺の頼みなんだが・・・・・・」

 

俺の頼みを聞いたギドは一瞬、呆けたような表情だったが、事情を理解したらしく快く引き受けてくれた。

 

もっとも、最後に見せたあの悪魔的な笑みが気になったのだが。

 

「これで先生も安心してここで過ごせるだろう。 何かあればデビルークを敵に回すことになるからな」

 

ギドに頼んだ内容だが、御門先生はデビルークに所属していると発表して貰うことだった。

 

これで先生に手を出すということはデビルークに敵対するということになる。

 

「・・・・・・ほんとにアナタって凄いのね」

 

外部からの誘いがなくなり、先生が何も気にしなくていいようになったはずだ。

 

そして先生は感心した様子で言ってくれたが、俺にはまだ気になることが残っていた。

 

「だからさ、先生。 俺を代名詞で呼ばないでくれよ」

 

そう、御門先生は俺のことを未だに名前では呼んでくれないのだ。

 

今までの経験で俺は自分自身を見て欲しい、肩書や役職で見て欲しくなかったのだ。

 

そのため、親しい人間や仲間、俺が気に入った人たちには名前で呼んで貰っている。

 

「そうね、考えておくわ。 それと今回の件、ありがと」

 

御門先生は微笑みながらそう言ってこの場から去って行ってしまった。

 

おそらく学校へ向かったのだろうが、残された俺は少し寂しいものがある。

 

「・・・・・・まぁ、いいか」

 

ケイズとその仲間たちをヤミと一緒にザスティンに引き渡して俺の一日は終わった。

 

よく考えると、今日も学校をサボってしまったのだが、大丈夫だろうか。

 

 

 

~おまけ~

 

 

最初に生徒たちを人質にされたときは本当にもうダメかと思った。

 

今まで相手の素性に関係なく治療やメンテナンスをしてきた。

 

そのおかげで私は有名になったのだけど、そのぶん色々な組織からも声を掛けられることが多くなってきた。

 

ケイズのいる『ソルゲム』もその一つ。

 

今回は地球に長く居たために居場所が特定されてしまったのだろう。

 

「残念だけど、あなた達の勝ちだわ」

 

「いや、まだ終わってないぜ」

 

だからこの声を聞いたときは本当に驚いてしまった。

 

学校の保健室で別れた彼、結城トシアキの声を聞いた時は。

 

彼と金色の闇のおかげで私は何事もなく、生徒たちも助かった。

 

その後にデビルーク王と対等に話をしているのを見て、やはり彼は後継者としての資格を持っていると思ってしまったほどだ。

 

「助かるよ。 で、俺の頼みなんだが・・・・・・」

 

その後に彼の口から出てきたのは私という存在の保護。

 

デビルークに所属しているという形にしておけば手を出してくる者は減るだろうということだった。

 

「だからさ、先生。 俺を代名詞で呼ばないでくれよ」

 

「そうね、考えておくわ。 それと今回の件、ありがと」

 

彼からの頼みを断る必要な無いのだけれど、イタズラ心で私はそう答えてその場を去った。

 

ちなみに後日、デビルーク王から私のことについて発表があったのだけど。

 

『ドクター・ミカドは俺様の次期後継者、結城トシアキの専属医師になった。 手を出す勇気があるのならば好きにするといい』

 

といった内容で思わず笑ってしまったわ。

 

この内容を聞いたら彼はまた怒るだろう。

 

私は今度彼にあったらこう言ってみようかしら。

 

『これからよろしくお願いしますね、ご主人様』ってね。



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第二十三話

俺は今、制服を着て学校へ向かっている。

 

日曜日という学校が休みの日にも関わらずだ。

 

「まぁ、確かに最近はサボり気味だったけどさ」

 

ちょくちょく学校を休んだり、授業を抜けたりしていた俺だが、ついこの前の御門先生の事件で呼び出しが掛ってしまったのだ。

 

「あの日は結局、保健室しか行かなかったしなぁ」

 

御門先生を助けるためだったので後悔は全くしていないが、先生も少しくらい庇ってくれてもいいと思う。

 

保健教諭じゃ通常授業のサボりを弁護出来ないとは思うけど。

 

「あなた達! そこは通行のジャマよ! 道をあけなさい!!」

 

俺がそんなことを考えていると聞いたことある怒鳴り声が聴こえてきた。

 

視線をソチラへ向けると、風紀委員の古手川がガラ悪そうな三人組みに怒鳴っている所だった。

 

「いや、気持ちはわかるけど自分に関係ないことまで首を突っ込む必要ないだろ」

 

思わずそう呟いてしまったが、その言葉を聞いてほしい相手は向こうにいる。

 

学校に行かないといけないので無視してもよかったが、同じクラスなだけに放っておくわけにもいかない。

 

「仕方ないか・・・・・・」

 

俺はため息を吐きながら古手川の方へと足を進めることにした。

 

この街で平和に過ごすために平和を乱すゴミ掃除をしようと俺は考えながら歩く。

 

「はっ、放しなさいよ!!」

 

「そんなこと言わずに遊ぼうぜ」

 

ガラ悪そうな三人組みは古手川を羽交い締めにして身動きを封じてイヤらしい視線を向けている。

 

「へぇ、結構かわいいじゃん」

 

「綺麗な足してるな」

 

一人が古手川の顎を持ちあげ、もう一人はスカートを捲くろうと手を伸ばしていた。

 

そのころには傍まで寄ることが出来ていたので相手に声を掛ける。

 

「いい加減にしとけよ?」

 

「あぁ? ぶっ!?」

 

古手川の顎を持ちあげていた奴の肩を後ろから引っ張り、コチラへ顔を向けた瞬間、思いっきり殴りつけてやった。

 

「てめぇ! 何しやがる!」

 

「俺たちに喧嘩売って、タダで済むと思うなよ!」

 

残りの二人も古手川を放りだして、俺を囲むようにして立ちはだかった。

 

「ゆ、結城君」

 

驚きと困惑が入り混じった視線を俺に向ける古手川を無視して、俺は残りの二人を挑発する。

 

「タダじゃ済まないってことはいくらか貰えんのか?」

 

「この野郎!」

 

殴りかかってきた男の拳を避けて、腹部を目掛けてひざ蹴りを放つ。

 

「ふごっ!?」

 

残りの一人もごちゃごちゃ言う前に殴って沈黙させ、ゴミ掃除は完了した。

 

「ったく、誰彼構わずに注意してんじゃねぇよ」

 

「だってあの人たちが!」

 

自分が危険な目にあったというのにまだ理解出来ていないらしい。

 

「お前一人で何が出来るんだよ? 俺が居なかったら自分がどうなってたかわかるか?」

 

「でも・・・・・・」

 

俺に言われて先ほどの状況が頭に蘇ってきたらしい。

 

確かに間違っていると注意するのは良いことだ。

 

だけど、全員が注意されて素直に聞くわけでもない。

 

「注意するならその後に起こることの責任を持て。 注意するだけして後は知りませんって、単なる自己満足じゃねぇか」

 

「っ!?」

 

「もし、あいつらが怒りの矛先を他人に向けてたらどうだ? 物に向けてたらどうだ?」

 

今回はこうなったが、次回も同じとは限らない。

 

近くを通った子どもに怒りの矛先が向いたかもしれないし、店の看板やガラスが犠牲になったかもしれない。

 

そうなるなら、放っておいてくれた方が良かったと思う人間も出てくるだろう。

 

「全部自分で解決しようとするな。 学校なら他の風紀委員や教師が、街中なら警察とかいるだろ」

 

「・・・・・・」

 

普段、不真面目なことをしている俺に怒られているのに悔しいのだろう。

 

俯いている古手川の目から涙が流れているのを確認した。

 

「お前も女の子なんだから、自分の身を守ることも考えて行動しろ」

 

言い過ぎたかもしれないと思ったが、結局言いたいことは言ったのでこれで良しとする。

 

最後に俯いている古手川の頭を撫でて慰め、俺はその場を後にした。

 

結局学校へも行けず、俺は次の休みにもう一度呼び出されることになったのは余談である。

 

 

 

***

 

 

 

「えぇ~、突然ですがぁ~、転校生を紹介します」

 

担任の骨川先生がそう言いながら教室に入って来てホームルームが始まった。

 

というか、話しながらプルプルと震えているが大丈夫なのかあの先生。

 

「おっ! 可愛いじゃん!」

 

猿山がそう反応したように確かに可愛い女の子が転校生なのだが、俺はあの姿に見覚えがあった。

 

「む、村雨静と申します。 お静って呼んでください」

 

やっぱりあの旧校舎にいた幽霊の女の子だよな。

 

身体があって転校してきたってことは、生き返ったのか。

 

「・・・・・・ほんと、退屈しない世界だな」

 

俺はクラスメイトからの質問攻めにあって困っているお静を見ながらそう呟くのであった。

 

「御門先生居ますか?」

 

休み時間になると同時に俺は保健室へと足を運んだ。

 

御門先生ならお静が身体を手に入れた事情を知っていると考えたからだ。

 

最初はララの発明品の所為かとも思ったが、クラスメイト達に混じって質問していたので関係ないのだろう。

 

「あら? ご主人様じゃない、どうかしたの?」

 

「・・・・・・」

 

保健室にある事務机に座っていた先生は俺を見るなりそう言って首を傾げた。

 

というか、ご主人様って呼ばれたような気がしたのだが、気のせいだよな。

 

「? ご主人様?」

 

「気のせいじゃなかった!!」

 

あまりの出来ごとに俺は思わず頭を抱えて叫んでしまった。

 

街中でやったら不審者と間違われても仕方がない行為でもある。

 

「先生、なんで俺のことをそんな風に呼ぶんですか?」

 

「だって私はアナタの専属医師だもの。 仕える人をそう呼ぶのは間違ってないでしょう?」

 

御門先生が俺の専属医師ってどういうことだ。

 

ヤミを護衛者として雇うのだってお金が掛っているのに専属医師なんて雇えるわけがない。

 

「・・・・・・いつそんな話が?」

 

「この前のデビルーク王からの発表で。 前に私を助けてくれた時のことよ」

 

俺が頼んだのはデビルークに所属しているということにしてくれってことだったはずだ。

 

それが何をどうすれば俺の専属医師の話しになるんだ。

 

「ご主人様は今やデビルークの後継者よ。 デビルーク王が言ったことも間違いではないわ」

 

そもそもデビルークの後継者という話しもギドが勝手に言ったことだ。

 

その話とかみ合わさってもう後に引けない状態にまでなってしまっている。

 

「・・・・・・」

 

「そういうわけでよろしくね、ご主人様」

 

「話は理解したので、その呼び方はやめてください」

 

というわけで、俺の肩書がララの婚約者候補からデビルークの後継者になった。

 

平和にこの世界を楽しもうと思っていたのになんて仕打ちだよ。

 

「それで、結城君はどうしてここに来たのかしら?」

 

「あぁ、そう言えば忘れてました。 お静を生き返らしたのは御門先生ですか?」

 

どうやら俺の意見を聞いてくれたようで呼び名は『結城君』になったようだ。

 

その後、本来の目的を聞くために先生と話を始める。

 

「別に生き返ったわけではないわ。 私が造った人工体に憑依しているだけよ」

 

「人工体? 先生は人間の身体を造れるのか?」

 

「限りなく人間に近い、ね。 本物のようにはいかないけれど」

 

そう言った先生は話の区切りとしてか、コーヒーをゆっくりと飲む。

 

「前の宇宙人たちのリストラ騒動で皆に仕事を紹介した後に彼女に会ったの」

 

そりゃ、あそこにずっと住んでいて騒がしくて眠れないって言ってたからな。

 

「何度か外へ出たらしいんだけど、どうしても身体を手に入れてやりたいことがあるって言ってたから協力したの」

 

「やりたいこと?」

 

「ふふふ・・・・・・残念ながらそれは教えられないわ」

 

聞き返した俺に先生は笑みを浮かべてそう答えた。

 

先生が話を聞いて身体を与えたのなら特に問題はなさそうなので、俺は深くは聞かないことにした。

 

「失礼します。 御門せんせ・・・・・・あっ! トシアキさん!」

 

ちょうど話が終わったところに噂のお静が姿を現した。

 

彼女は御門先生に用があったようだが、俺の姿を見て嬉しそうにコチラへ近づいてきた。

 

「教室ではお話できず、とても寂しか・・・・・・きゃっ!?」

 

「おっと、大丈夫か?」

 

話ながら近づいてきたお静だが、自分の足を絡ませてしまい俺の方へ倒れてくる。

 

幸い、彼女が近くまで来ていたため難なく受け止めることに成功した俺だが、念の為に怪我が無かったか確認する。

 

「あっ・・・・・・は、はい、大丈夫です」

 

間近で異性の顔を見たためか、彼女は頷きながらも頬を赤らめて俺から視線を外す。

 

「すみません、自分の足で歩くのが久しぶりなもので」

 

「まぁ、無事ならいいんだが・・・・・・」

 

お静は照れたようにそう言って、俺の傍から離れるかと思っていたのだが。

 

そのまま自分の手を俺の背中に回してギュッと抱きつくような形になった。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「あなたたち、ここは保健室よ。 そういうのは人目のつかないところでやってちょうだい」

 

俺もお静も動けないままの状態で居ると、今まで静かに俺たちの様子を見ていた御門先生がそう言葉を発した。

 

「っ!? あわわ・・・・・・ごめんなさい!!」

 

御門先生の言葉に驚いたのか、慌てて俺から距離を取ったお静。

 

「私、長い間身体がなくて、人の温もりや感触を忘れてて、その・・・・・・」

 

確かにずっと幽霊で存在してればそうなっても仕方ない。

 

足で歩くのも久しぶりだと言っていたし、誰かの温もりを感じることもなかったのだろう。

 

「あっ・・・・・・」

 

そう思うとなんだか可哀想になってきたので、俺は距離を取ったお静に近づいてソッと抱きしめてやった。

 

「大丈夫だ、これからは俺たちがいる。 だから何も心配することはない」

 

「はい、ありがとうございます。 トシアキさん・・・・・・」

 

お静のその言葉を聞いたあと、抱いていた俺の腕に負担が掛ってきた。

 

「・・・・・・寝ちまったのか」

 

「そのようね。 こっちに寝かせて貰えるかしら?」

 

いつの間に準備をしたのか、保健室にあるベッドの傍に御門先生は控えていた。

 

俺は先生の案内に従ってお静をベッドに寝かせた。

 

「本人も言ってたけど、やっぱり身体に慣れていないのか」

 

「ふふふ・・・・・・この子のことが心配?」

 

「まぁ、そうだな。 せっかく知り合った仲だし、心配もする」

 

お静が寝てしまっているので、俺がここにいてもやることはない。

 

休み時間も終わるころなので俺は保健室から出て行くことにした。

 

「それじゃあ、御門先生。 お静のことは頼みましたよ」

 

「わかったわ。 それじゃあ、またね。 結城君」

 

御門先生の声を聞きながら俺は保健室の扉を閉めた。

 

次の授業の先生にお静が体調不良で保健室で寝ているということを伝えるため、チャイムの音を聞きながら俺は歩く速度を速めるのだった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

保健室から彼が出て行ったのを確認した私は先ほどまで座っていた席へ戻る。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

そこに置いていた温くなったコーヒーを飲みながら一息吐く私。

 

いきなりあんなことを言って本気で嫌がられたらどうしようと思っていた。

 

「私を庇うということは私の火の粉も彼に掛ってしまうということだもの」

 

ところが彼は口では色々と言いつつ、最終的には納得してくれていた。

 

もっとも、あの呼び方は本当に嫌だったようだけれども。

 

「それに、この子も・・・・・・」

 

ベッドで幸せそうに眠る彼女を見つめながら私はそう呟く。

 

旧校舎で会ったときに彼女に身体が欲しいとお願いされて困ったものだった。

 

「四百年振りの恋ね・・・・・・でも、彼はライバルが多いわよ?」

 

彼が自分の姿を見つけて、話しかけてくれたことが印象に残っていたらしい。

 

幽霊である自分の為に動いてくれたことも嬉しかったようだった。

 

「デビルークのお姫様に金色の闇、彼に好意を持っているのは他にもいそうだし・・・・・・」

 

そこまで言って最後にカップに残っていたコーヒーを飲み干す。

 

「それに、私もその一人だしね。 まぁ、新しい身体で頑張りなさい」

 

未だに眠ったままの彼女の頭をソッと撫で、私は保健教諭としての仕事を終わらせるために再び机に向かうのだった。



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第二十四話

「で、これからどうするの? トシ兄ぃ」

 

「どうするかな」

 

俺と美柑は今、現実の世界とは別の世界にある田舎の村に来ていた。

 

いや、来ているというより気がついたらこの世界にいたわけなのだが。

 

「これもララさんの発明品か何かかな?」

 

「まぁ、そうだろうな。 巻き込まれたのが俺たちでよかったぜ」

 

美柑が言ったようにララの発明品が原因という可能性が高い。

 

それに彼女が宇宙人だということを知っている人が殆どいないのだ。

 

そのため、事情を知らない人だとこの状況ではパニックになっていただろう。

 

「むっ、トシ兄ぃは私の心配はしてくれないの?」

 

俺の発言が不満だったのか、美柑は少し頬を膨らませながらコチラを見つめてくる。

 

そんな美柑の表情に苦笑しつつ、俺は美柑の頭を少し乱暴に撫でまわす。

 

「一緒にいるんだから心配する必要なんかないだろ。 守ってやるから安心しとけ」

 

「ちょっ、トシ兄ぃ。 痛い、痛いよぉ」

 

若干涙目になった美柑を余所に俺は改めてまわりを見渡す。

 

村人らしき人間が数人いるのだが、着ている服装が現実のものとかなり違っている。

 

「・・・・・・まさか過去の世界に飛ばされたとかじゃないよな」

 

「あっ! トシアキ君だ!」

 

色々な可能性を考えていると遠くから俺を呼ぶ声が聴こえてきた。

 

視線を向けると、彩南高校の制服を着たルンがこっちに駆け寄ってくる。

 

「・・・・・・女の子の知り合いが多いんだね、トシ兄ぃって」

 

「気のせいだろ」

 

先ほどまで涙目になっていた美柑だが、ルンの姿を見てから俺に向ける視線が鋭くなったような気がする。

 

「よかった、知ってる人に会えて。 さっきからここの人に話しかけてるのに会話が成立しないんだもん」

 

ルンの話を聞くと、どうやらこの村の人たちは同じ言葉しか話さないらしい。

 

「ふ~ん、なんかそれってゲームの村人みたいだね」

 

隣で一緒に話を聞いていた美柑が何となく呟いたその言葉で俺も気がついた。

 

「過去に飛ばされたわけじゃなくてゲームの中に入ったのかよ」

 

思わず呟いてしまったが、そんなことを言っていても何も解決はしない。

 

「とりあえず、行こうか。 歩いていればララに会えるかもしれないし」

 

そういうわけで俺と美柑、そしてルンの三人は揃って村の中を歩き回ることにした。

 

「まぁ! アンタたち旅人かい!?」

 

歩いていると買い物籠を持ったおばさんが話しかけてきた。

 

というかゲームのキャラって自分から話しかけてくることは無かったような。

 

「旅をするなら職業を設定しないと戦いに勝てないよ! 早く転職屋に行きな」

 

「「「・・・・・・」」」

 

俺たちの誰も答えてないのに勝手に話を続けるおばさん。

 

そして、言いたいことを言ったからか、そのまま去って行ってしまった。

 

「・・・・・・とにかく行ってみるか」

 

「・・・・・・そうだね」

 

先ほどのおばさんが言っていた転職屋にたどり着いた俺たち三人。

 

俺は別に転職しなくても大丈夫なのだが、このままではゲームが進行しない可能性がある。

 

「入るぞ」

 

後ろの美柑とルンにそう声を掛けて、俺は転職屋と看板があがっている扉を開いた。

 

「「「ようこそ! 転職屋へ♪」」」

 

同じ顔をした女性に迎えられた俺たちは唖然としたままその場から動けずにいた。

 

「お、同じ顔をした人ばっかり・・・・・・」

 

「グラフィックの使いまわしだね。 ゲームではよくあることだよ」

 

ルンの驚いている横で美柑が冷静に判断して教えてくれる。

 

確かに顔は同じなのだが、体型もと言い胸の揺れ具合が微妙に違う気が。

 

「いてて・・・・・・」

 

「もう! トシ兄ぃ、ジロジロ見ないの!」

 

俺の視線に気付いた美柑が腰あたりを抓ってきた。

 

確かに女性に向ける視線ではないかもしれないが、相手はゲームのキャラだから良いはず、と考えたのは秘密にしておこう。

 

「―――設定しますか?」

 

「えっ? あ、はい」

 

俺が色々と考えたりしている内に何やら説明をしてくれていたらしい。

 

そして、最初から最後まで話を聞いていたルンがそう返事をした瞬間、俺たちの服装が変化した。

 

「これは、本?」

 

現代の服装からハーフパンツ、薄着の服とマントを着ている美柑。

 

表示されている文字を見ると『賢者』となっている。

 

「こんな格好、恥ずかしいよぉ。 あ、でも、トシアキ君になら・・・・・・」

 

そう言いながら何やら頬を赤らめているルン。

 

彼女は水着のように胸と下部だけが隠れており、後は地肌が見えている格好だ。

 

他にも腰に剣を付けており、表示は『戦士』となっていた。

 

「それに比べて俺はなんだよ・・・・・・」

 

全身が黒一色に統一された服装でマントまで黒色である。

 

現代にいたら不審者で通報されてもおかしくないような格好だった。

 

「しかも、剣があるけど俺の職業って何だよ・・・・・・」

 

腰には剣があり、懐には短剣やクナイのようなものがあるが表示は『謎の男』だった。

 

「剣があるってことは『戦士』ってことか? でも、暗器もあるし・・・・・・」

 

「職業は自動で設定されます♪」

 

何でも楽しそうに言いやがって、一度こいつらを切り倒してやろうか。

 

などと考えたのだが、早く元の世界に戻る方が大切なので俺たちは先を急ぐことにした。

 

 

 

***

 

 

 

田舎の村から出た俺たちはとりあえず、大魔王が居るという北の大地を目指して歩きだしていた。

 

「大魔王ねぇ・・・・・・案外、ララがラスボスなのかもな」

 

「ララさんならあり得るね。 でも、それだと簡単に攻略出来るんじゃない?」

 

ただ無言で歩いているのも何なので話を振ってみたが、美柑から意外な答えが返ってきた。

 

ララが大魔王だと簡単というより、メチャクチャ苦労しそうな気がするのだが。

 

「だって、ララさんがトシ兄ぃの敵になるなんてありえないでしょ?」

 

「そうね、そんな気がするわ。 ララはトシアキ君の敵には絶対にならない」

 

美柑の言葉にルンも納得しているのか、腕を組みながら頷いている。

 

「そうか? あいつなら面白そうとか言って・・・・・・っ!?」

 

話の途中で森の中から一つ目の化物が三体ほど現れた。

 

おまけに俺の視線の先には『敵が現れた』という文字まで見える。

 

「ってか、『敵が現れた』って表示がでるのかよ!?」

 

「任せて、トシアキ君」

 

一人でツッコミを入れている俺を守るようにして立ったルンは腰にある剣に手を伸ばし、そのまま相手に切りかかった。

 

切りつけた化物が倒れ、『敵を倒した』の表示が目の前に現れる。

 

「もう、表示はいいって!!」

 

毎回そんな表示が出てくると流石に鬱陶しくなってきた。

 

全ての表示を振り払うかのようにして俺は敵に向かって走り出す。

 

そしてルンと同じように腰にある剣に手を伸ばしてそのまま切りかかる。

 

「ん? これ、抜けない?」

 

敵の前まできて気付いたが、腰にある剣は鞘から抜けず『攻撃できない』の表示が。

 

「いい加減にしろよ!?」

 

「トシ兄ぃ、危ない!!」

 

俺が攻撃出来ないことに気付いた美柑が持っていた本を読みながら叫ぶ。

 

すると、美柑の手から大きな炎の龍が現れ、そのまま敵に襲いかかった。

 

全ての化物はこの場からいなくなり、先ほどまで化物が居た位置にはお金が落ちていた。

 

「本当にゲームなんだな・・・・・・」

 

「び、びっくりした」

 

「今の凄かったね」

 

などと会話をしつつ、このゲームの進め方を少しずつ理解していった。

 

敵を倒し、お金を拾い、レベルが上がり、その頃には二人に疲労の色が見えてきた。

 

「けっこう歩いたね」

 

「確かにな。 そろそろ休みたいところだが・・・・・・」

 

「あっ、街が見えてきたよ」

 

休みたいと思っていた矢先にルンが街を発見し、俺たちは揃って街に入った。

 

休める場所を探して街中を歩き、すぐに見つかった宿屋に入ったのだが、二名用の客室しか空いていなかった。

 

「美柑とルンで部屋を使ってくれ。 俺は外で寝るから」

 

女の子と一つ屋根の下くらいなら問題ないが、同じ部屋で寝ることまでは流石に出来ない。

 

俺自身は昔、旅をしていたこともあるので外で寝るのには特に抵抗はない。

 

「も、もしよかったら一緒に寝る? この際だし、別にいいけど・・・・・・」

 

そう提案してくれた美柑だが、彼女も立派な女の子だ。

 

いくら義兄妹だからと言って一緒に寝るわけにもいかない。

 

「気にするな。 二人はベッドでゆっくり休んでくれ」

 

そう言い残して俺は宿屋の外へと出て行く。

 

振り返ったその時に見えた美柑の顔が少し残念そうに見えたのは気のせいだと思っておこう。

 

「・・・・・・少し冷えるな」

 

宿屋から離れるわけにもいかないので、俺は屋根の上で月を眺めながら休息をとっていた。

 

「ん?」

 

眺めていた月からコチラに向かって何かが近づいてくる。

 

近づいてきたのは黒い帽子と黒いローブを纏い、ホウキに乗った女の子だった。

 

「なんでもかんでも燃やして解決! マジカルキョーコ参上!!」

 

「いや、燃やして解決って、ダメだろ」

 

思わずツッコミを入れてしまったが、彼女も恐らくゲームのキャラなのだ。

 

イベントが進むだけで、会話が成立するわけはないと思っていたのだが。

 

「こんばんは、結城トシアキ君」

 

「俺の名前を知って・・・・・・」

 

最後まで言い終わる前にホウキから降りた彼女は俺の上に跨ってくる。

 

そして、纏っていた黒いローブの前の部分を外し始めた。

 

「・・・・・・何て格好してんだよ」

 

黒いローブの前を外すとそこには下着のようなものしか着けておらず、色々と際どい格好だったのだ。

 

「これはレアアイテムのギリギリ下着。 トシアキ君にサービスしようと思って着て来たんだ」

 

そう言いながら彼女は胸を押しつけるように前かがみの姿勢になる。

 

「トシアキ君、ララちゃんの居場所知りたい?」

 

「ララを知ってるのか?」

 

思わぬ所で思わぬ人物からララの情報が聞けそうだ。

 

この話を聞くと大魔王の居る北の大地まで行かなくても済みそうだ。

 

「もっちろん。 だってキョーコが大魔王なんだもん」

 

「・・・・・・」

 

話を聞いているとどうやらララは今、彼女の城に捕らわれているらしい。

 

大魔王であるマジカルキョーコを倒してララを救うのがゲームを攻略する方法のようだ。

 

「ただし、キョーコは最強キャラだからトシアキ君たちが勝つのはまず無理なんだよね」

 

「殺ってみるか?」

 

目の前にいるキョーコに殺気をぶつけてみたが、彼女は特に反応は示さない。

 

「怖い顔もカッコイイね。 で、ここからが本題」

 

俺の殺気に反応を示さないのはゲームのキャラだからか、それとも本当に俺より強いため殺気と感じなかったのか。

 

「キョーコはトシアキ君がカッコイイので、特別扱いをしたいと思います」

 

「特別扱い?」

 

「ララちゃんを見捨てて、トシアキ君がキョーコのモノになるなら元の世界に帰してあげるよ」

 

キョーコがそう言い終わると同時に、彼女の身体が俺の上から素早く空中に移動していた。

 

「あっぶないなぁ。 キョーコとトシアキ君の邪魔しないでよ」

 

「私の依頼人に何をしているのですか」

 

声がする方へ視線を向けると、ヤミが戦闘状態でそこに立っていた。

 

ちなみに彼女の格好は何故かスカートが短いメイド服であり、出ている表示は『守護者』。

 

「・・・・・・格好と表示が一致してないな」

 

などと考えている内にヤミも空中に飛び上がり、キョーコへ攻撃を仕掛ける。

 

「まぁ、途中で邪魔が入ったけど考えてね、トシアキ君。 キョーコは大魔王の城で待ってるから」

 

そう言い残してヤミから逃げるようにして飛んで行く大魔王ことキョーコ。

 

「逃げられました」

 

キョーコが去ったあと、俺の隣に静かに降り立ったヤミ。

 

スカートが短いため、降りたったときに可愛らしいものが見えたのは秘密だ。

 

「しかし、ヤミもこの世界に来てたんだな」

 

「はい、気付いたらここに。 転職屋に行ったらこのような姿になりました」

 

短いスカートを持ちあげながらそう言うヤミ。

 

「まぁ、格好は確かにアレだけど、表示が『守護者』になってて今のお前にピッタリだな」

 

「・・・・・・そう、ですか」

 

俺の言葉をかみしめるようにゆっくりと頷くヤミ。

 

今までのこともあり、色々と思うところがあるのだろう。

 

新たにヤミという仲間を加えて、俺たちはマジカルキョーコの居る大魔王の城を目指すことになった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

部屋から出て行ったトシ兄ぃの背中を見つめながら私は少し残念に思った。

 

「もう、トシ兄ぃのバカ」

 

私のことを女の子として扱ってくれるのは嬉しいけど、妹なんだし一緒に寝るくらい気にしなくてもいいのに。

 

「そう言えば、お母さんがライバルが多いって・・・・・・」

 

そう考えながらルンさんに視線を向けると、彼女もトシ兄ぃが出て行ったことを残念がっているように見えた。

 

「・・・・・・」

 

そのまま彼女の姿を見ていると、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。

 

まさにモデルとかアイドルとかの女の子の体型だった。

 

それに比べて私は背も小さいし、胸も小さい。

 

「はぁ・・・・・・」

 

思わず自分の胸に手をあててため息を吐いてしまった。

 

「でも、一番長くトシ兄ぃの傍に居られるし・・・・・・」

 

とそこまで呟いた所で、最近はララさんがウチに居候しているので私だけの特権ではなくなっていることに気付く。

 

それにララさんの体型も宇宙のお姫様に相応しい立派なものだった。

 

「・・・・・・うん、がんばろ」

 

私は小さい声で気合を入れて、これからも頑張ってトシ兄ぃにアピールしていこうと密かに思うのであった。



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第二十五話

マジカルキョーコが居るという大魔王の城までようやくたどり着いた俺たち。

 

「ここが大魔王の城・・・・・・」

 

綺麗な肌に傷をもなく、このステージまで順調に進んできた『戦士』ルン。

 

「なんか雰囲気出てるね。 流石、最終ステージって感じ」

 

小学生ながらもしっかりしている義妹で魔法のエキスパート『賢者』の美柑。

 

「これでようやく終わりですか。 少し疲れました」

 

途中から仲間に加わったメイド服着用の戦闘スペシャリスト『守護者』のヤミ。

 

「よし、行くか」

 

最後に特に何の役にも立っていない『謎の男』こと俺。

 

武器もあるが鞘から抜けないし、暗器もあったが使うと消えてなくなってしまった。

 

結果的にルンやヤミに守られて、何もせずに経験値だけ貰ってレベルが上がったような感じだった。

 

「皆さーん!!」

 

大魔王の城の扉を開けると向かい側から見慣れた姿が飛び込んできた。

 

「あれは確か、ペケ?」

 

「良かった! ここまでたどり着けたんですね!!」

 

そう言ったペケの言葉からここが大魔王の城で間違いないらしい。

 

もっとも、外観や雰囲気でそんな感じはしていたのだが。

 

「で、ここは結局どうなってるんだ?」

 

ペケと合流してからララのもとへ向かうために城の中を走って行く。

 

その時に今まで気になっていたことを聞いてみた。

 

「歪曲空間を利用して造られた電脳世界だと思います」

 

「歪曲空間か・・・・・・」

 

俺が相棒であるゲンジと旅をしていたときに使っていた『ゲート』とはまた違ったものらしい。

 

ゲンジのは空間を歪めて別の世界に繋がるとか、そんな感じだったはずだ。

 

「しかし、空間パターンが以前、ララ様が造りかけてやめたゲームに似ているのですが」

 

などと走りながら話をしている内に前方に敵が出現した。

 

「邪魔!」

 

「排除します」

 

先頭を走っていたルンが剣を一振りして敵を薙ぎ払い、その後ろを走っていたヤミが残党を処理する。

 

ちなみに走りながら美柑はルンとヤミの攻撃力が上がる魔法を使っていた。

 

そして相変わらず俺は何も出来ない状態のまま走り続ける。

 

「おっ?」

 

丁度、先ほど倒した敵の経験値で俺のレベルが上がったようだった。

 

すると、今まで何の変化もなかった剣が突然輝きだした。

 

「な、なに?」

 

「と、トシ兄ぃ・・・・・・」

 

俺の腰あたりから急に光が出たのでルンが驚き、美柑が心配そうな目で俺の方を見る。

 

「これは・・・・・・」

 

「へぇ、もう着いたんですか。 結構早かったですね」

 

光り始めた剣に気を取られていると前からそんな言葉が聞こえてきた。

 

視線をそちらへ向けると、マジカルキョーコこと大魔王が玉座に座ってコチラを見つめていた。

 

「トシアキ君、考えてくれました? この前の話」

 

「この前の話?」

 

「前に会ったことあるの? トシ兄ぃ」

 

そう言えばルンや美柑には大魔王と会ったことを話していなかった。

 

ヤミはその時、現場に居たので事情を知っているが俺が答えるのを待っているのか、黙ったままだ。

 

「一応、前に会ったことがある」

 

そこで一度言葉を句切った俺はその時の会話の内容を伝えるために再び口を開く。

 

「俺が大魔王キョーコのモノになるなら皆を元の世界に帰してくれるって言って・・・・・・」

 

「な、なによそれ! そんなの絶対ダメだよ!」

 

「トシ兄ぃはモノじゃないし! 私も反対!!」

 

俺が最後まで話す前にルンも美柑も怒った様子でそう叫んだ。

 

ヤミも二人と同じ意見なのか、言葉にはしていないが戦闘態勢に入っている。

 

「悪いな、大魔王キョーコ。 皆、反対みたいだ。 それに・・・・・・」

 

「それに?」

 

「俺がお前のモノになる? はっ、笑わせんな。 お前が俺のモノになるなら考えてやってもいいぜ」

 

前に言われた時も思ってたんだが、俺は基本的に上から目線で話されるのは嫌いだ。

 

そんな俺をモノ扱いするなんて到底許せるものではない。

 

「トシアキ君のモノに・・・・・・いいかも」

 

「トシ兄ぃのモノになったら構ってもらえるかな」

 

「結城トシアキのモノに・・・・・・今とあまり変わりませんね」

 

俺の発言に対して思うことがあったのか、隣に立っている女性陣から色々な呟きが聴こえてきたが、聞かなかったことにする。

 

「うーん、キョーコもトシアキ君のモノになるのは悪くないんだけど・・・・・・」

 

そこまで言って大魔王キョーコは後ろへと視線を向ける。

 

「みんな!!」

 

大魔王キョーコの後ろから彼女の手下らしいフードを被った二人組みが現れる。

 

その二人組みに連れられたララが姿を見せ、俺たちを見つけて喜びの笑みを浮かべる。

 

「キョーコとこの子、どっちが欲しい?」

 

「・・・・・・答える意味あんのか?」

 

「勿論ありますよ。 キョーコはトシアキ君の一番が良いんです。 それ以外はダメなの」

 

ここでキョーコが欲しいと言えば上手く行くかもしれないが、ララを消してしまう可能性がある。

 

だからと言ってララが欲しいと言っても大魔王と戦うことになりそうだ。

 

「・・・・・・」

 

「結城トシアキ。 相手にする必要はありません」

 

俺が答えに悩んでいることに気付いたのか、ヤミがそう言いながら前へ進み出る。

 

「ヤミ?」

 

「倒せば良いだけのことです」

 

そう言いながらヤミは大魔王へ向かい走り出す。

 

そして変身能力で強化された髪でキョーコを切り刻んだ。

 

だが、露出している肌に一切傷がつかず、表示されている数字も減っていない。

 

「いきなり切るなんてヒドーイ。 っていうか、あなた守護者でしょ?」

 

そう言いながらキョーコはヤミの背後にまわり、彼女の身体を後ろから抱締める。

 

「守る人を放っておいていいのかな?」

 

「っ!?」

 

大魔王の言葉に弾かれたように俺へと視線を向けるヤミ。

 

だが、俺の方には何も問題は起きておらず、彼女はまんまと騙されてしまった。

 

「ス・キ・あ・り♪」

 

ヤミを抱きしめていたキョーコがそう言ったかと思うと、突然自分ごと燃やし始めたのだ。

 

そして、表示されているヤミの体力を現す数字がどんどん減っていく。

 

「? 全然熱くないんですが・・・・・・」

 

「や、ヤミさん! 服、服!」

 

数字が減っていくのと同じように、今まではなんとも無かったメイド服が焼けていく。

 

美柑の慌てた声でようやく気付いたのか、なんとかキョーコを引き剥がしてコチラへ戻ってきた。

 

「熱くないから油断しました」

 

「とりあえずこれ着とけ」

 

俺は自分が使っていた黒いマントをヤミに渡し、今度は自分自身が前に出る。

 

「それでトシアキ君、どっちが欲しいか決めてくれました?」

 

「俺はどうやら欲張りみたいでな、どっちも欲しいみたいだ」

 

結局、俺の中では結論が出なかったのでそう言って誤魔化すために不敵に微笑む。

 

なにやら二人組みの手下ががっかりしたような気がしたが、気にしないことにする。

 

「えぇーーー。 そんな女の敵のトシアキ君は燃やしちゃいます。 えい♪」

 

「トシアキ!? ふぁっ! 尻尾はダメぇ・・・・・・」

 

ララが珍しく焦った表情で俺の元に来ようとしたが、二人組の手下に尻尾を掴まれているので動けない。

 

俺に向かって炎が迫ってくるが、焦らず腰で輝いている剣を抜き放つ。

 

何となくというか、感覚的に、この剣は大魔王を倒すための武器だとわかったのだ。

 

「おりゃ!」

 

そしてそのまま向かってきた炎を切り払った。

 

すると、向かってきていた炎が消え、大魔王の体力の数字が減っていた。

 

「『謎の男』は一定以上の経験値を積むと大魔王を倒せる『勇者』に変わる」

 

二人組の手下がララに話している言葉を聞き取った俺は、そのままキョーコへ向かって走って行く。

 

「悪いな、大魔王キョーコ。 今度会ったら歓迎するよ」

 

「残念、もうおしまいか。 まぁ、いいや。 それなりに楽しめたし♪」

 

倒されたというのに気にした様子もなく、大魔王キョーコの姿が徐々に消えていく。

 

「じゃあ、またね。 トシアキ君」

 

そして、彼女は笑顔のまま消えていき、最後に『大魔王を倒した』という表示が目の前にでてきた。

 

「た、倒したの?」

 

「とりあえず、勝てたと見ていいかと」

 

後ろで様子を見ていた美柑とヤミがそう話しながらコチラへ向かってくる。

 

一緒にここまで来たペケやルンも喜びながらコチラへやってきた。

 

「あとは・・・・・・」

 

ララを捕まえている二人組みの手下がまだ残っていた。

 

あの二人を倒して、ララを助けてようやく終わりかと考えていると二人組の手下の様子がおかしい。

 

「ん?」

 

「あ、あなたたち、もしかして・・・・・・」

 

良く見ると、捕まっているララの様子もおかしい。

 

そして二人組みの手下が被っていたフードが消えるとそこにはララと同じ桃色の髪が似合う可愛い女の子が現れたのだ。

 

「やっぱり!!」

 

「久しぶりだね、姉上」

 

「お久しぶりです、お姉様」

 

どうやら敵役としてララの妹達が参加していたらしい。

 

それはそれでいいけど、ちゃんと元の世界に帰れるんだろうな。

 

「ら、ララさんの妹?」

 

「そうだよ。 私の妹で双子なの」

 

美柑の質問に答えたララは二人を前に押し出す。

 

「デビルーク第二王女、ナナ・アスタ・デビルーク」

 

「第三王女のモモ・ベリア・デビルークです。 よろしくお願いします」

 

二人が自己紹介を終えるとララが怒った表情で二人に訳を聞く。

 

どうやらこの世界に俺たちを連れてきたことにララは関係ないようだ。

 

「ナナ、モモ。 どうしてこんなことをしたの?」

 

「姉上の身近にいる地球人のことをよく知りたかったんだよ」

 

「特殊な状況に置かれる程、人柄がわかりますからね」

 

つまり、俺や美柑のことを詳しく知るためにこんなことを仕出かしたのか。

 

ルンやヤミ、それに実の姉であるララまで巻き込むとは大した双子だ。

 

「それで、俺たち義兄妹は合格か?」

 

「そうですね。 素晴らしいお友達だということがわかりました。 これからもお姉様をよろしくお願いしますね」

 

会話を聞いてる限りじゃ、どうやら俺がララの結婚相手だとは知らないらしい。

 

もっとも、知っていたら知っていたでララに相応しいかどうかまでやらされていた可能性もあったが。

 

「わかったから、そろそろ元の世界へ帰してくれ」

 

「あれ?」

 

俺の言葉を聞いてか、ナナがリモコンのようなものを取りだして操作を始めたが途中で首を傾げる。

 

「どうしたの?」

 

ナナの様子を見たモモが不思議そうな表情でそう尋ねる。

 

「いや、転送システムが作動しないんだけど・・・・・・」

 

そこまでナナが話した途端、大きな揺れが大魔王の城を襲った。

 

建物が壊れ始め、空間に亀裂が入っているのがわかる。

 

「バグが発生してる! このゲームのプログラムが不完全だったんだ」

 

ララの言葉でナナとモモの表情が驚きから怯えへと変わる。

 

つまりこのままだと異次元を死ぬまで彷徨ことになるということだな。

 

「それで、なんとかなりそうなのか?」

 

「うん、任せて! 妹たちが掛けた迷惑は私が何とかするから!」

 

ナナとモモの表情を見た美柑やルンにも怯えが伝染してしまったようで、二人とも俺にしがみ付いている。

 

ヤミはそんな俺の周りで崩れてくる建物を切断し、身を守ってくれていた。

 

「わかった。 後は任せたぞ、ララ」

 

プログラムのバグは俺ではどうすることも出来ない。

 

だが、色々な発明品を造るララなら何とか出来るだろう。

 

俺はララに任せ、完全に怯えている二人を宥めることに集中するのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

あの後、お姉様のおかげで無事に元の世界に戻ることができました。

 

戻ってから色々と怒られてしまいましたが、仕方ありません。

 

「なぁ、モモ」

 

「どうかした?」

 

今は宇宙船の中でナナと迎えに来た親衛隊に囲まれながらデビルーク星に向かっています。

 

「あの地球人、どうだった?」

 

「結城トシアキさんのことですか?」

 

ナナに話をされて彼の行動を振りかえってみます。

 

確かになかなか出来る人ではありましたが、お姉様が惹かれるほどではなかったように感じました。

 

「そうそう。 アイツ、最後の選択でどっちもって選んだけど、姉上の相手がそれじゃダメだよな」

 

お姉様のお相手という点で見れば、私たちから見ればダメなのですが。

 

「でも、デビルークの支配者としてならあの選択でも正解だったと思いますよ」

 

そう、王としての選択でどちらも選んだのならば間違っていません。

 

後継者をつくり、自分に変わる王を育てるための選択肢なら正解です。

 

「えっ?」

 

「ふふふっ、これからが楽しみですね」

 

私の答えにポカンとした様子のナナの表情を見ながらお姉様のお相手である結城トシアキさんを思い浮かべ、地球を後にしました。



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外伝4

今回は外伝なので少し短めですが、ご了承ください。


今日は学校が休みの日なので街まで出てきました。

 

「なによ、どいつもこいつもイチャイチャしちゃって」

 

でも、街まで来てみると周りはカップルばかり。

 

これが世に言う『バカップル』ってやつなのかな。

 

「はぁ、学校が休みだとトシアキ君に会えないし、もう帰ろっかな」

 

「キミ!」

 

そう思って街から離れようとした時に後ろから声をかけられた。

 

ホントはトシアキ君以外の男なんて興味ないけど、とりあえず暇なので話を聞いてみることにした。

 

「えぇ!? アイドル!!?」

 

話を聞いてみるとアイドルのスカウトだったようで私はその話を受け入れた。

 

それで、翌日に学校で皆に報告しているというわけ。

 

「すごいじゃん、ルンルン!」

 

「アイドルなんて女の子の憧れじゃん!」

 

クラスメイトの未央や里紗がそう言ってくれているが、一番聞きたい相手は別にいる。

 

「トシアキ君!」

 

「ん?」

 

たまたま話していた廊下を通り掛ったトシアキ君を見つけたので、私は傍に駆け寄る。

 

「私、頑張って宇宙一のアイドルになるからね! トシアキ君の為に!!」

 

「・・・・・・俺の為じゃなくて、自分のために頑張れよ」

 

トシアキ君が呆れたような表情で私を見つめてくる。

 

私、何か間違ったこと言ったのかな。

 

「いいか。 アイドルなんて言うのは知らない奴から見られるんだ。 好意的なものなら良いが、嫉妬や逆恨みだってあるかもしれない」

 

真剣な表情でそう言われて私は思わず聴き入ってしまう。

 

先ほどまで一緒に喜んでいてくれた未央や里紗も一緒にトシアキ君の話を聞いていた。

 

「自分の為で本当にやりたいことなら頑張れるだろう。 だが、俺の為にってことは逃げ道を作ってるのと一緒だ」

 

「そ、そんなこと・・・・・・」

 

思っても、考えてもいないと否定しようとした私の言葉を遮りながらトシアキ君は話を続ける。

 

「今はまだわからなくていい。 ただ、頑張るんなら自分のために頑張りな」

 

泣きそうになっていた私の頭をポンポンと撫でて、トシアキ君はその場から去って行った。

 

「ゆるせねぇぜ、トシアキの奴! せっかくルンちゃんがああ言ってくれてたのに!」

 

一緒に話を聞いていた猿山がそう言って、去って行ったトシアキ君を追いかけて行った。

 

「でも、結城の言う意味もわかるかな。 他の誰かの為に頑張って、挫けそうになったらそれを理由に辞めてしまうかもしれない」

 

「そうだよね。 確かにそうかも・・・・・・」

 

私の後ろではトシアキ君の言葉を聞いて納得している里紗と未央。

 

「自分の為に・・・・・・」

 

そう小さく呟いて私は、トシアキ君から聞いた言葉の意味を考えながらアイドルの仕事を続けていくことになった。

 

「今日は私の為に集まってくれてありがとー!」

 

「「「わぁあぁあぁ!!!」」」

 

駅前の特設ステージで歌うことになった私はマイクを片手に笑顔で挨拶をする。

 

いつもに比べて集まっている人が多いけど、それは人気があるってことだから特に気にしなかった。

 

「RUNは宇宙一の幸せ者でーす!!」

 

ちなみに学校に居る時とか、プライベートでは『ルン』で、アイドルの時は『RUN』と名乗っている。

 

発音とかは一緒だけど、仕事とプライベートでは分けておきたかったのだ。

 

「うひょぉ!! RUNちゃーん!!」

 

「結婚してくれ!!」

 

いつもより多いお客さんに特設で作ったステージ、私と見に来てくれた人との壁が無くなってしまった。

 

「えっ? きゃーーー!!」

 

全然知らない男の人たちが目の色を変えて私に向かって走って来る。

 

トシアキ君以外に興味がなかった私は、男の人たちの怖さもあって裏の方へ走る。

 

「な、なんでこうなっちゃうのよーーー!」

 

特設ステージの裏は備品やスタッフの荷物でゴチャゴチャした感じだった。

 

道もわからず逃げていると出口のない行き止まりにたどり着く。

 

「う、嘘。 行き止まり?」

 

前は壁、右も左も進める所がない。

 

唯一の進める道は私が走ってきた道、つまり追いかけてきた男の人たちがいる場所だった。

 

「アイドルも楽じゃないなぁ・・・・・・」

 

確かに人気が出てからは楽しかった。

 

男の人たちが自分に向けるメロメロになっていく視線。

 

女の人たちからの羨望や嫉妬の視線を感じながら優越感に浸っていた時。

 

「でも・・・・・・」

 

何人もの男の人たちがこっちに向かって走って来るのを見つめながら思う。

 

本当に振り向いて欲しい人には届かなかった。

 

教室で会うたびに『頑張れ』とは言ってくれるが、それ以上の会話もない。

 

「仕事が忙しくなってからは全然会えてない・・・・・・」

 

それが悔しくて仕事をもっともっと増やしてみたが、会う機会が減るだけで余計に悲しくなった。

 

そう考えた後に、走って来る人たちに何をされるか、そう思うだけで涙が出てきた。

 

「会いたいよ、トシアキ君・・・・・・」

 

「呼んだか?」

 

涙で濡れた視線を上げるとそこには宙に浮いているトシアキ君がいた。

 

「えっ、どうして・・・・・・」

 

「たまたま駅前を通り掛ったらルンが頑張ってたから見てたんだよ。 後ろの方だったけどな」

 

そのまま私の前に降り立ち、走って来る男の人たちから私を守るように背を向ける。

 

「前に言った意味、わかったか?」

 

「えっ?」

 

確か、『俺の為に頑張るんじゃなく、頑張るなら自分の為に頑張れ』ってことだったかな。

 

わからないまま今日まできてしまったけど、今でもよくわからない。

 

「そもそもお前がアイドルになった理由はなんだ?」

 

「私がアイドルになった理由・・・・・・」

 

トシアキ君に言われて考えてみたけど、トシアキ君に振り向いて貰うために私はアイドルになったのだ。

 

「それはトシアキ君の為に・・・・・・」

 

「違うだろ? 俺がいつ、お前にアイドルになってくれって頼んだ?」

 

「あっ・・・・・・」

 

そうだ、私がアイドルになったのはトシアキ君の為じゃなくてトシアキ君に振り向いてもらうために、自分の為になったんだ。

 

「わかったみたいだな」

 

「うん! 私、自分の為にアイドルになったの!」

 

「良い答えだ。 風よ」

 

「きゃっ!?」

 

私の答えに満足そうに微笑んだトシアキ君がそう言った途端、もの凄い風が私たちを取り巻く。

 

突然の風で思わず私はギュッと目を閉じてしまう。

 

「目を開けてみろよ、綺麗だぜ?」

 

トシアキ君の声が近くで聴こえ、恐る恐る目を開けてみると、夕陽に染まった街が綺麗に見えた。

 

「わぁあぁあぁ・・・・・・って、空!? 私、飛んでるの!?」

 

「俺の魔法でな。 あそこから脱出するにはそれしかなかった」

 

別に走って来ていたアイツらを吹き飛ばしてもよかったけど、と小さい声で言っていたが気にしないことにする。

 

「トシアキ君って、地球人よね? なんでこんなこと・・・・・・」

 

「俺は『魔法使い』なんだ。 だからこれくらいのこと朝飯前だ」

 

そう言いながらトシアキ君は私と手を繋いだまま、ゆっくりと山にあるひと気のない神社に降り立った。

 

「まぁ、ここなら大丈夫だろ。 俺は帰るから後は自分で何とかしな」

 

「トシアキ君! 私・・・・・・」

 

ここから去って行こうとするトシアキ君の背に私は呼びかける。

 

「私、トシアキ君を振り向かせるような凄いアイドルになるから頑張るね!」

 

少し離れた位置で振り返ったトシアキ君は私の言葉を聞いた後、微笑みながら手を振ってくれた。

 

きっと気持ちが伝わったんだと、私は嬉しくなりアイドル事務所への道を進んでいく。

 

「私、頑張る!」

 

誰もいない神社だったけど、私は自分に言い聞かせるために大きな声で気合を入れた。

 

これからも大変だろうけど、彼を振り向かせるために頑張ろうと新たに決意するのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

神社から事務所に戻ることになった私だけど、その足取りはいつもより軽い。

 

「えへへ・・・・・・」

 

別れ際に微笑んでくれたトシアキ君の顔を思い浮かべるとつい、頬を緩んでしまう。

 

「最初のトシアキ君もカッコ良かったけど、さっきのも良かったなぁ」

 

最初のはレンの中から見ていた怒ったときのトシアキ君だった。

 

『魔法使い』っていうのは少し驚いたけど、私たち宇宙人もいるくらいだし、別に不思議ではない。

 

「はぁ・・・・・・」

 

でも、そんな彼だからこそライバルは多いだろう。

 

ララや同じクラスの生徒、あと金色の闇も怪しい感じだし。

 

「でも私、負けない!」

 

アイドル事務所に帰りながら私はそう誓うのであった。



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第二十六話

「ただいま」

 

「あれ? 美柑が出てこないね」

 

学校から帰宅した俺とララは玄関で靴を脱ぎながら美柑が出迎えに来ないことを話す。

 

「まだ学校から帰ってないのかな?」

 

「そんなこと無いだろ。 玄関のカギだって開いてたんだし・・・・・・」

 

そう話ながらリビングまで歩いていくと、ソファに倒れている美柑がいた。

 

凄い汗をかいていて、顔も赤くなっており体調が正常ではないことがわかる。

 

とりあえず美柑の部屋に運んだ俺はベッドに寝かせて、額に手を置いて熱を測る。

 

「38度2分ってとこか・・・・・・」

 

「えっ!? 美柑、病気なの!?」

 

よく考えてみれば最近は家事の一切を任せていたような気がする。

 

小学生の高学年でしっかりしているとはいえ、負担をかけ過ぎたのだろう。

 

「薬を飲んで寝ていれば大丈夫だろ」

 

「そっか・・・・・・」

 

ララはやはり心配なのか、ベッドで眠る美柑を不安そうな表情で見ている。

 

そう考えている俺もこんな弱々しい美柑を見たことがないので心配だったりする。

 

「・・・・・・まいったなぁ、洗濯物とか溜まってるのに」

 

自分が熱で辛いであろう時にも家事の心配をしてくれている美柑。

 

「心配すんな。 家のことは俺がやっとくから」

 

「私も!」

 

いつも任せているのでたまには俺がやるのもいいだろう。

 

飯も作れるし、洗濯や掃除も問題はない。

 

ただ、ララや美柑の洗濯物を俺が洗ってもいいのかと不安が残るのだが。

 

「えっ、でも・・・・・・」

 

「大丈夫だって。 俺に任せて寝ときな」

 

「うん・・・・・・」

 

本当は熱を下げることくらい出来ないことはないんだが、この世界はキチンとした薬があるのでそっちの方がいいだろう。

 

『魔法』に頼った治療をしてしまうと何が起こるかわからない。

 

そんなことを考えながらリビングに戻って来た俺はとりあえず風呂掃除からすることにした。

 

「さて、久しぶりにするか。 ちなみにララ。 手伝うのはいいが余計なものはいれるなよ?」

 

「えっ!? わ、わかってるよ、大丈夫!」

 

洗面所にある洗濯機の前に居たララに釘を刺した俺は風呂掃除にとりかかった。

 

「まぁ、こんなもんだろ」

 

とりあえず綺麗になった風呂場に納得した俺は洗面所にいるララの様子を見に行く。

 

しかし洗面所にはララの姿はなく、正常に動いている洗濯機の音だけが聴こえていた。

 

「ん? ララはどこにいった?」

 

一人でそんなことを呟きながら俺はララを探しにリビングへ戻る。

 

「あっ、トシアキ! お風呂掃除終わった?」

 

「・・・・・・」

 

リビングで俺を迎えたのは裸にエプロンを付けてお玉を持った姿のララであった。

 

「トシアキ?」

 

「お前、いい加減に服を着ることを覚えようぜ?」

 

「えっ? でも、男の子ってこういう格好が好きなんでしょ?」

 

ララは俺になんでそんなことを言われたのか全く分かっていない様子だった。

 

しかも、男が全員その姿が好きなのだと勘違いもしている。

 

確かに俺は嫌いではないが、時と場合を考えるべきだろうと思う。

 

ちなみに俺は嫌いではないと二回目も言っておく。

 

「誰だよ、そんなこと言った奴」

 

学校で猿山とか雉島とかのどうでもいい会話を聞いていたのだろうか。

 

もしそうだったとしたら次に会ったときに拳で語り合う必要がありそうだ。

 

「リサとミオが教えてくれたんだよ」

 

「あいつら・・・・・・」

 

ロクなことを教えない二人組みだが、流石に拳で語るわけにはいかなくなった。

 

なので、今度会った時に厳しく注意することにした。

 

「頑張って美味しいご飯、作ろうね」

 

「その前にいつもの服に着替えろ」

 

ララの服を着替えさせている間に俺は手早く美柑に食べさせる料理を作る。

 

もっとも、病人なので栄養のあるスープとかになるだろう。

 

「着替えてきたよ!」

 

「俺は美柑の部屋にコレを持ってくから」

 

ララが戻って来たのと入れ替わるようにして、栄養あるスープを持って美柑の部屋に行く。

 

「美柑、起きてるか?」

 

「トシ兄ぃ? うん、起きてるよ」

 

ノックと同時に小さい声で確認したところどうやら美柑は起きていたようで俺はそのまま部屋に入る。

 

「飯、というかスープだけど食えるか?」

 

「うん、大丈夫」

 

どうやら食べる元気はあったようで、ベッドから身体を起こした美柑。

 

俺は持っていたスプーンでスープを掬い、美柑の口元まで運んでやる。

 

「ほら、熱いから気をつけろよ」

 

「ふぇっ!? い、いいよ。 自分で食べられるから!!」

 

驚いた顔をした後、なにやら顔を赤くし始めた美柑。

 

もしかして、まだ熱が下がってなくて無理をしているんじゃないだろうか。

 

「そんなに顔を赤くして何いってんだよ。 ほら、口開けろ」

 

「うぅ・・・・・・トシ兄ぃのバカ」

 

何故か俺が怒られたが、大人しくなった美柑にスープを最後まで飲ませることに成功した。

 

一緒に持ってきた風邪薬も飲まして再び美柑をベッドに横になるように言う。

 

ちなみにララも何やら薬を持っていたが、危なそうなので俺が没収しておいた。

 

「あとは大人しく寝てろよ?」

 

「う、うん、わかった・・・・・・」

 

美柑が眠るのに邪魔をしてはいけないと思い、空になった器を持って部屋を出ようとする。

 

「ねぇ、トシ兄ぃ」

 

「ん?」

 

そんな俺を美柑が布団を被りながら呼びとめてきた。

 

「その・・・・・・眠るまで傍に居てもらってもいい、かな?」

 

布団を被っているので表情は隠れていたが、目元だけはコチラからも見える。

 

不安そうで寂しそうな瞳で俺を見つめてくる美柑。

 

「・・・・・・わかったよ、一緒に居てやる」

 

「うん!」

 

それから美柑が眠るまで傍に居てやり、俺は眠ったのを確認してからソッと部屋から出て行った。

 

翌日には薬のおかげか、美柑も元気になっており美味しい朝食を作ってくれた。

 

俺には負けていられないとか言っていたが、元気になったので良しとする。

 

 

 

***

 

 

 

ある日の午後、俺は美柑に言われて風呂にお湯をためるために風呂場へと向かっていた。

 

リビングに美柑もララも居たので他には誰もいないはずなのだが、何故か風呂場の電気が点いている。

 

「ん? 誰か入ってんのか? いや、皆リビングに居たしな」

 

近づいてみるとどうやら風呂場に二人の人間がいるようだった。

 

気配がわかっていても性別や体格までは俺にはわからない。

 

とりあえず不審者だったら困るので、俺自身の気配を消して扉を開いた。

 

「「「・・・・・・」」」

 

そこに居たのはどこかで見たことのある二人の美少女であった。

 

風呂場に居た、というか、風呂に入っていたので勿論、二人とも何も着ていない状態である。

 

「間違えました」

 

「覗き魔だ!!」

 

俺が開いた扉を閉めると同時くらいにそんな声が聴こえ、扉に何かがぶつかる音がした。

 

「そうか、あいつらは確かララの妹」

 

今更ながらに思い出した俺はリビングにいるララのもとへこのことを伝えに戻るのであった。

 

ちなみに風呂に入っていた二人の姿はしっかり脳裏に残ってしまったのは余談である。

 

「ナナ! モモ! 急にどうしたの?」

 

「やっほー、姉上」

 

しばらくして風呂から出てきたララの妹二人、ナナとモモがリビングへやって来た。

 

勿論、今度はちゃんと服は着ている状態である。

 

「そう言えば姉上、コイツと結婚なんて絶対にやめた方がいいよ」

 

「えっ? トシアキと?」

 

姉妹水入らずで会話をしている中で俺の名前が出てきたので耳を傾ける。

 

ちなみに俺も義兄妹水入らずで美柑の隣に座って髪を梳いていたりする。

 

「だってお風呂を覗くような奴だもん。 姉上には合わないと思うんだけど」

 

「人の家の風呂に入っていたお前らが悪・・・・・・痛っ!?」

 

隣に座る美柑に太股を抓られてしまったので結局最後まで言うことが出来なかった。

 

というか、なんで俺が抓られなくちゃならないんだよ。

 

「あら、私はそうは思いませんよ」

 

「モモ?」

 

「庭のセリーヌちゃんも言ってました。 トシアキさんは優しくて強い親切な人だって」

 

俺はナナの発言に少し引っ掛かりを覚えたので聞いてみることにした。

 

「セリーヌが言ってたって、お前も話が出来るのか?」

 

「あ、お姉様から聞いていなかったんですね。 私は植物と、ナナは動物と心を通わせることが出来るんです」

 

なるほど、俺のように『精霊』を通しての会話ではなく、直接植物と話が出来るということか。

 

「ところで先ほど私も話が出来るとお聞きしていましたが、もしかしてトシアキさんも・・・・・・」

 

「ナナ様! モモ様!!」

 

「ザスティン!?」

 

モモの言葉を遮って聴こえて来たのはデビルーク星の親衛隊長のザスティンの大きな声であった。

 

というか、なんで庭に繋がる窓から入って来るんだ、玄関を使え玄関を。

 

「先ほどデビルーク王より直々の通信がありました。 お二人が勉強が嫌で家出したと!」

 

「「は?」」

 

俺と美柑はザスティンの言葉を聞いて、揃って素っ頓狂な声を出してしまった。

 

二人が地球に来たのはララを訪ねて遊びに来たのではなく、勉強が嫌で家出して来たという理由だったからだ。

 

「そうだったの?」

 

「だって・・・・・・・」

 

「面倒なんだもん。 宇宙の歴史とか、王族のたしなみとか」

 

確かに王族になるための知識とか礼儀作法とかは面倒なことが多い。

 

そういう気持ちは分からなくもないが、他の星に家出するのはどうだろうか。

 

「――ですから! あれ?」

 

「二人とも玄関から出て行ったよ?」

 

ザスティンが力説し、俺が色々と考えている間に二人は家から逃げ出したらしい。

 

美柑から聞いて慌てたザスティンとその部下二人も家から飛び出していった。

 

「困った二人だね、家出なんて」

 

「いや、お前が言うなよ」

 

ララにツッコミを入れつつ、俺は出かける準備をする。

 

「あれ? トシ兄ぃ、どこかに行くの?」

 

「ちょっと、散歩」

 

美柑に答えつつ、俺は玄関からキチンと靴を履いてゆっくりと出て行く。

 

今、思い出したんだが、ザスティンとその部下二人は土足で家に入って来たような気が。

 

「まぁ、いいか」

 

外に出て俺はギドから貰っているテレビ電話の小型版を取り出す。

 

『結城トシアキか、何か用か?』

 

「要件はわかってるだろ? お前の娘たちのことだ」

 

画面の向こうでは相変わらず小さい姿で、しかし態度が大きなギドが映し出されている。

 

『・・・・・・』

 

「どうしたらいい? 連れ返して欲しいなら協力するけど?」

 

俺としてはどちらでも構わないのだが、ギドにとっては大切な娘だ。

 

しかも、離れた星に三人とも居る状態は好ましくないだろう。

 

『いや、結城トシアキ。 お前が面倒をみてくれるなら別に構わん』

 

「・・・・・・いいのかよ? お前の大切な後継者なんだろ?」

 

予想外の答えに一瞬詰まってしまったが、伝えたいことは言えたので良しとする。

 

『ケケケ、俺様はお前の強さを信用している。 任せても問題ないと思えるほどにな』

 

「そりゃ、どうも」

 

あの二人が地球にいるつもりならこっちの常識とかも教えないといけない。

 

いくら勉強が嫌いだからってそれくらいは学んでくれるだろう。

 

「言うこと聞かなかったら多少、手荒にしても問題ないよな?」

 

『・・・・・・まぁ、良いだろ』

 

その答えを聞いて満足した俺はそのまま通信を切り、あの二人が向かったであろう場所を探すために空へ飛び立つ。

 

「風よ」

 

まずは宇宙人だということを出来るだけ知られないようにすることを伝えるかな。

 

そう考えながら、何やら騒がしい河川敷へと俺は向かうのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

「ギガ・イノシシのギーちゃん!」

 

「シバリ杉さんもお願いしますね」

 

あたしたち二人に掛れば親衛隊長のザスティンも簡単には手出しできないだろう。

 

「いけぇ! やっちゃえぇ! ギーちゃん!」

 

あたしは姉上から貰ったデダイヤルで呼び出したギーちゃんを応援していた。

 

ギーちゃんも親衛隊を追いかけまわしていたけど、急に怯えたように身体を震わしながら止まってしまった。

 

「ギーちゃん?」

 

「ブ、ブヒィィ・・・・・・」

 

「暴れ過ぎだ。 お友達とやらを殺されたくなかったらさっさと戻せ」

 

ギーちゃんが怯えていたのは宙に浮いている姉上の婚約者、結城トシアキだった。

 

隣を見るとモモが呼んだシバリ杉も怯えたように蔓を縮こまらせている。

 

「ナナ」

 

「うん・・・・・・」

 

モモと視線を合わせて、デダイヤルでギーちゃんとシバリ杉を戻す。

 

「今、ギドと連絡を取ってお前たちの面倒を俺がみることになった」

 

「ち、父上と!?」

 

「お父様が!?」

 

父上のことを呼び捨てに出来る奴なんて今までいたのは敵だけだった。

 

それにあたしたちの面倒をみるって一体どういうことなんだろう。

 

「とりあえず、この星では宇宙人であることを隠しとけ」

 

「「は、はいっ!!」」

 

目の前に降りてきた結城トシアキから父上が怒ったときのような怒気を感じたので思わず返事をしてしまった。

 

声が揃ったということはモモも同じように感じたんだろう。

 

「俺に手間をあんまり掛けさせるなよ。 俺が面倒みる間は地球にいていいらしいから」

 

そう言って、結城トシアキはそのまま歩いて帰って行った。

 

今回は助かったみたいだけど、これからはアイツを怒らせないようにしようとあたしは心に決めた。



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第二十七話

俺は今、街で行われている花火大会に来ている。

 

街で行われているだけあって、商店街から神社のあたりまで出店が立ち並んでいるからなかなか大掛かりのようだ。

 

「どうどう? トシアキ。 似合う?」

 

「あぁ、いいんじゃないか?」

 

浴衣を着たララが俺の隣を歩きながら笑顔でそう尋ねてくる。

 

俺自身は祭りも花火もあまり興味がなかったが、地球の文化を知るためにララが行きたいと言ったのが始まりだった。

 

「そう言えば、お前の妹の二人はどうしたんだ? 一緒に来るって言ってただろ?」

 

「あの子たちは地球のお祭りに感激しちゃって、そのまま二人でまわって来るって」

 

二人だけでまわって来ると言っても、あの二人はデビルークのお姫様だ。

 

地球人にはわからないが、他の宇宙人から見たら絶好の獲物になるんじゃないだろうか。

 

「あとで探しに行くか。 ギドからも面倒をみる様に言われてるし」

 

「あ、でも、花火が始まる頃には合流するって言ってたよ?」

 

探しに行こうと思っていたが、ララの言葉を聞いて捜索するのはやめにする。

 

そう簡単にデビルークのお姫様を狙った刺客なんかが来るものでもないだろう。

 

単に探しに行くのが面倒だというのも理由の一つなんだが。

 

「あっ、ヤミさん。 こっちこっち!」

 

離れた位置でキョロキョロと辺りを見渡していた美柑が目的の人物を見つけ、大きく手を振っている。

 

「遅くなりました。 この浴衣という着物は面倒ですね」

 

美柑の傍までやってきたヤミはそう言いながら自分の姿を確認している。

 

恐らく、戦闘になった時の動ける範囲などを確認しているのだろう。

 

「まぁ、そう言うなよ。 なかなか似合ってるぞ、ヤミ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

少し照れた様子でそう言ったヤミはいつもと違い可愛く見えたのは秘密だ。

 

「・・・・・・これで全員だな? そろそろ行こうぜ」

 

自分の考えを誤魔化すようにして俺はそう言って歩き出す。

 

途中の出店にあった金魚すくいでヤミと美柑が楽しそうに遊んでいる。

 

「難しいものですね」

 

「力みすぎなんだよ、ヤミさんは」

 

そんな二人を後ろからララと一緒に見守っていたのだが。

 

「・・・・・・お前、いつの間にそんな物を」

 

「ほへ?」

 

俺の隣から移動していなかったはずなのに頭にはお面、右手には綿菓子、左手にはフランクフルトとまさかの重装備状態だった。

 

「そんなに持ってても食べられないだろ」

 

「あぅ・・・・・・」

 

そう言って俺はララからフランクフルトを没収し、口に含む。

 

ちなみに全部食べる気もなかったので残りは美柑に手渡し、先に進むことにした。

 

「これは?」

 

「これは輪投げって言って・・・・・・」

 

次の場所でヤミは輪投げに挑戦しようとしていた。

 

美柑がフランクフルトを片手にヤミに輪投げの説明をしている。

 

「あっ! トシアキさん、皆さん! 見つけました!!」

 

そこへ、浴衣を着たお静がコチラへ向かって駆けてきた。

 

お静も昔の人間だったためか、着物というか浴衣がもの凄く似合っている。

 

「よぅ、お静も来たのか。 御門先生は?」

 

「御門先生はお仕事です! あの、トシアキさん。 ご一緒してもいいですか?」

 

コチラを見上げてそう尋ねてくるお静。

 

確かに人数が多い方が楽しいだろうから別に構わないだろう。

 

「あぁ、いいz・・・」

 

「ありがとうございます!」

 

俺が最後まで言い終わるまえに満面の笑みを浮かべながら腕に飛び付いてきた。

 

彼女は彼女でスキンシップが激し過ぎるような気がするのは俺だけだろうか。

 

「本当にトシ兄ぃって女の子の知り合い多いよね」

 

「・・・・・・学校の友達だ」

 

美柑の鋭くなった視線を流しながら、俺たちは五人で再び歩き出す。

 

そうして到着したのは神社に行く前に建っている民間ビルの屋上である。

 

「ここは穴場なんだよ。 人もいないし、花火もよく見えるの」

 

「よくこんなところ知ってたね、美柑」

 

「昔、トシ兄ぃと二人で来た時に見つけたんだ」

 

そう言ってくれている美柑だが、あいにく俺にはその時の記憶がない。

 

俺の中での昔は傭兵団を結成して、管理局や次元犯罪者たちと戦っていたのだ。

 

「・・・・・・そういや、あいつらどうしてるかな」

 

「トシアキさん、どうかしましたか?」

 

俺の呟きに反応したお静が首を傾げて視線を俺へ向けてくる。

 

「いや、なんでもない。 皆の飲み物でも買ってくる」

 

どうやら俺の呟きを聞き取ったわけではないようなので、安心した俺はそう言ってビルからコンビニへ向かう。

 

「ありがとうございました!」

 

コンビニ店員の元気な声を聞きながらお茶やジュースなどの飲み物を手に入れた俺。

 

出店が出ている商店街から少し離れたこのコンビニの近くに人はいない。

 

「っ!?」

 

のんびり歩いていると後ろから殺気を感じたので咄嗟に振り返り、コチラへ接近してきた白い何かを屈んで避ける。

 

『ほぉ、俺の糸が見えるのか。 それとも偶然か』

 

「また面倒なパターンかよ」

 

恐らく、ララの婚約者候補とやらの残りがまだ居たのだろう。

 

既に後継者として有力な俺の名前が聞こえていてもおかしくないのだが、まだ知らない者もいるらしい。

 

「にしても、糸使いか。 まさか、アキじゃないよな?」

 

傭兵団のメンバーでもあり、実の妹でもある敷島アキの姿を一瞬、思い浮かべてしまった。

 

もっとも、あいつの場合は俺の命を狙うことなんて絶対ないはずなのだが。

 

『残念ながら私はアキという名ではない。 私はランジュラという』

 

「ランジュラ・・・・・・」

 

全く聞いたことのない名前だったので、俺は思わず安心してしまった。

 

逆に傭兵団のメンバーの名前が出てきたら俺は全力で逃げていたと思う。

 

執務官兼提督とか妖狐とか暗天の書のプログラムとか猫姉妹とかは勘弁してほしい。

 

『ご存知だったとは光栄だな』

 

「いや、別に知ってたわけじゃないんだけど・・・・・・」

 

小さくそう呟きながら俺は思考をこの戦いに切り替える。

 

いつまでも昔のことを考えているわけにはいかないのだ。

 

「まぁ、いい。 このままだと一般人に迷惑がかかるだろうから・・・・・・」

 

俺はそのまま走りだして、ヤミと戦った神社の裏手にある雑木林へと向かった。

 

『私の糸は何処までも追っていくぞ!』

 

飛んで行ければ楽なのだが、人目があるためそれは出来ない。

 

仕方なく走りながら時々襲ってくる糸を避け、躱し、撃退しながら進む。

 

「ん? あれは・・・・・・」

 

途中、走っている前に見知った姿が見えたので、とりあえず声をかけておく。

 

「トシアキさん?」

 

「あっ、ホントだ」

 

「モモ、ナナ。 集合場所はあのビルの上な。 もう、皆居るから、それじゃ」

 

二人のポカンとした顔を尻目に伝えることだけ伝えて俺はすぐさま走り去る。

 

雑木林に到着した俺は大きな樹に身体を預けながら呼吸を落ち着ける。

 

『おや? もう鬼ごっこはおしまいかな?』

 

ここなら多少、音を出しても花火の音で聞こえないだろうし、人目にもつかない。

 

つまり、俺の得意分野の『魔法』を使っても大丈夫だということだ。

 

「一瞬で殺ってやるよ」

 

自然の中での戦いは俺にとって有利な状況である。

 

さっさと決着を付けて、皆の所へ戻って一緒に花火でも見ることにしよう。

 

 

 

***

 

 

 

「やっと会えたんだもん! ララたん!!」

 

「ラコスポ!?」

 

俺がランジュラを撃退し、ギドを通してデビルークの奴らに後片付けを任せてビルの屋上に戻ると、どこかで見た小さい奴が鎧を着たカエルの上に乗っていた。

 

「結城トシアキは今頃、新しく雇った殺し屋に始末されている頃だもん!」

 

「う、嘘!?」

 

「そ、そんな・・・・・・」

 

ララと美柑はその言葉に目を大きく見開いて驚きを露わにしている。

 

ちなみに屋上には戻ってきたが、まだ姿を見せていないので二人は俺が始末されたと勘違いしているようだ。

 

「本当なんだもん! 前に雇った金色の闇は失敗したけど、今度の殺し屋は間違いなく強いんだもん!!」

 

ラコスポの言葉にララも美柑もお静も、静かに佇むヤミへと視線を向ける。

 

「どういうわけか、金色の闇はヤツの味方をしてるみたいだけど、ここにいていいのかな?」

 

「・・・・・・彼は私より強い。 それに結城トシアキならここに居て皆を守れと命令するはずですから」

 

流石は俺の守護者ヤミ。

 

俺が一番して欲しいことを理解してくれているようで嬉しい。

 

けど最近、依頼料を払えてなかったりもするのだが、大丈夫なのだろうか。

 

「まぁ、そんなことはいいもん。 それいけ、ガマたん!」

 

カエルの口から吐き出される粘液は確か、服だけを溶かす変態能力だったはずだ。

 

「きゃっ!? はれ?」

 

粘液を正面から浴びてしまったお静の浴衣が溶けてしまい、そこから白い肌が覗く。

 

「お静ちゃん!?」

 

「女の敵は排除します」

 

ララがお静に駆け寄って心配している横で、ヤミがラコスポとカエルに向かって切り掛る。

 

「お前の攻撃はガマたんには効かないもん」

 

「くっ!」

 

前回と同じく、粘液の纏わりついた長い舌によって邪魔をされ、ヤミは攻めきれないようだった。

 

「前回はあの男に殴られたけど、この鎧で完全防備になってるから安心だもん」

 

なるほど、カエルの鎧は俺からの攻撃を防ぐために着けたものだったのか。

 

そんなことを考えている間にもカエルの攻撃が続き、美柑やお静があちこちへ逃げ回っている。

 

「ラコスポ! いい加減にしなさい!!」

 

「止めたければ僕たんと結婚するしかないもん」

 

やはりララの婚約者の座を諦めていなかったようだ。

 

理由を聞けたのでそろそろ止めに入ろうかと思っていると反対側から大きな気配がすることに気付いた。

 

「そんな奴の言うこと聞く必要なんかないぜ、姉上」

 

「ナナ!?」

 

ララの妹であるナナがビルの下から徐々に姿を現しながらあがって来る。

 

「珍獣イロガーマか、珍しいの飼ってるじゃん、お前」

 

「ん? お前は確かララたんの妹の・・・・・・」

 

「あたしのペットになれよ。 いいだろ、ガマたん」

 

そう言いながら現れたナナは大きなコブラの上に乗っており、不敵に微笑んでいた。

 

先ほど俺が感じた大きな気配はこのコブラだったようだ。

 

「そ、それはイロガーマの天敵! ジロ・スネーク!?」

 

「まぁ、そういうわけみたいだから帰ってくれるか?」

 

ナナの友達のコブラを見て驚いているラコスポの横まで歩いて行った俺。

 

ソッと肩に手を置いて満面の笑みで語りかけてやる。

 

「なっ!? ゆ、結城トシアキ!? な、なんでお前がここに居るんだもん」

 

「そんなの俺が勝ってきたからに決まってるだろ」

 

「ちょ、ちょっと待つんだもん!」

 

何か言っているラコスポをそのまま俺は引っ張って行き、皆の見えないところでしっかりと制裁を行った。

 

そして、再びギドに頼んでデビルークに事後処理をしてもらった。

 

「まったく、次から次へと・・・・・・」

 

「お疲れ様、トシ兄ぃ」

 

静かにため息を吐いている俺を心配してくれているのか、美柑が駆けよって来てそう声をかけてくれた。

 

「ごめんな、すぐに助けてやれなくて」

 

「う、ううん。 大丈夫だよ、ララさんやヤミさんもいてくれたし」

 

とりあえずこの疲れた気持ちを癒すために義妹の頭を撫でて気持ちを落ち着けることにする。

 

「あ~ぁ、花火終わっちゃったね」

 

「本当ですね、また次の時はゆっくり見たいですね」

 

「全部アイツの所為だぜ、父上に言って懲らしめて貰おう」

 

そんな風に話しながら残念そうな表情をしているララ達姉妹。

 

その時の三人の表情が印象に残ってしまい、心に引っ掛かりを覚えた一日だった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

「それはそうとナナ」

 

「な、何だよ」

 

俺の普段とは違う声色に驚いたのか、ビクリと身体を震わせたナナがコチラに視線を向ける。

 

「ここは宇宙とは違うんだ。 そんな簡単に友達なんかを呼ぶんじゃない」

 

あんな巨大なコブラが街中に出現したら地球人は誰でも驚いてしまうだろう。

 

今回はたまたま花火が上がっている方とは反対側で、なおかつ夜だったから目立たなかったが。

 

「ふん! そんなのあたしの勝手だろ!」

 

「・・・・・・ギドに言ってお前だけデビルークに送り返すぞ?」

 

既に巨大なコブラはデダイヤルで戻しているようだが、言っておかないとまた同じことをするだろう。

 

そのためにはやはり注意をしておくことにこしたことはない。

 

「わ、わかったよ。 今度から気を付ける」

 

そう言ってナナはそのまま俺の前から立ち去ってしまった。

 

ちなみにララにもむやみやたらに発明品を出すなとは言ってある。

 

後はもう一人の妹、モモにも言っておかなければならない。

 

「なんで俺がここまでしなくちゃいけないんだよ・・・・・・」

 

そんな感じで宇宙のお姫様たちの面倒をみるのに苦労をする俺だった。



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第二十八話

「ララちぃ、ちょっといい?」

 

いつもと変わらぬ学園での平和なある日の休み時間のこと、籾岡がララを尋ねてやってきた。

 

「その完璧なスタイルをどうやって維持してるのか教えて欲しいの!」

 

「ララちぃはモデルさんみたいにスタイル良いからねぇ」

 

籾岡と一緒に沢田も後ろでそう言いながらララのもとまでやって来る。

 

「スタイルをどうやって維持してるのかって?」

 

「そう! なにか良い方法があったら教えてよ」

 

籾岡に尋ねられたララはしばらく考えていたのだが。

 

「う~ん、あんまり意識したことないなぁ。 私、別に食べても太らないし」

 

「「羨ましい!!」」

 

特に何もしていないようで、具体的なことは何も出てこなかったようだ。

 

それに対して、籾岡も沢田も声を揃えて本当に羨ましそうに話す。

 

「ララちぃの場合は栄養が全部ここに集中してそうだもんねぇ」

 

「きゃっ、やだ、くすぐったいよぉ」

 

籾岡がララの身体のあちこちを確かめるようにしながら触っていく。

 

そもそも俺から見た場合は籾岡もスタイルが良いと思うのだが何かダメなのだろうか。

 

「それにこのか細いウエストにはちきれんばかりのヒップ」

 

「うんうん、女の子にしてみたら羨ましいスタイルだよね」

 

ララのバスト、ウエスト、ヒップを順に触り、それぞれ感想を言った籾岡。

 

そしてそれを頷きながら意見を言う沢田。

 

さらに一緒にやってきていた西連寺も一言も話してないが、自分の身体とララの身体を比較している。

 

「やっぱり男としてはララちぃのスタイルがたまらないでしょ、結城」

 

「ん? 確かにララのスタイルは良いとは思うが、俺的には外見より中身が重要だな」

 

「「ほほぉ・・・・・・」」

 

俺の言葉にジト目を向けながら声を揃える籾岡と沢田。

 

本当にこいつらは双子みたいに息があった行動や発言をするよな。

 

「トシアキならそう言うと思ったよ」

 

ララは俺の発言にニコニコと嬉しそうにそう言いながら微笑む。

 

ちなみに西連寺も笑顔になっていたが、なにか良いことでもあったのだろうか。

 

「ならさぁ、こっちの中身は知りたくないワケ?」

 

机に座った籾岡は俺にだけ中が見えるようにソッと自分のスカートを持ちあげた。

 

「・・・・・・知りたくないと言えば嘘になるが、そんなことをして自分の価値を落としてるぞ籾岡」

 

「ありゃ? もしかして見慣れてる?」

 

この世界に来てから色々なトラブルに巡り会っているのでその程度では動じない。

 

別世界で既に経験を積んでいるということもあるが。

 

「ノーコメントだ。 せっかくの綺麗な容姿が軽い女と見られて台無しになってしまうぞ」

 

「・・・・・・」

 

俺がそう言うと籾岡は黙ってしまったのだが、何か思うところでもあったのだろう。

 

「ほら、チャイム鳴ったぞ。 席に戻れ」

 

都合よく次の授業が開始されるチャイムがなったので、黙ったままの籾岡を追いやる。

 

沢田も黙ってしまった籾岡の様子を気にしてはいたが、結局何も言わずにそれぞれの席へと戻って行った。

 

「というわけでベッド貸して下さい」

 

「何がというわけなのかわからないのだけど、まぁ、いいわ」

 

その後は特に何もなく、昼休みになったので俺は保健室へと足を運んでいた。

 

最近は御門先生と仲良くなったこともあり、保健室のベッドを使わせてもらうことがあるのだ。

 

「それじゃあ、いつものように授業始まる前に起こして下さいね」

 

「はいはい、ご主人様の仰せのままに」

 

「だからそれは止めてくださいってば!」

 

というようなやり取りをした後、俺は空いているベッドに横になってカーテンを閉める。

 

それから、目を閉じて眠りにつこうとした時、誰かが保健室を尋ねてきたのがわかった。

 

「御門せんせぇはどうやってそのスタイルを維持してるんですか?」

 

「ゲホッ!?」

 

尋ねてきた人の声を聞き、思わず咳き込んでしまった俺は悪くないはずだ。

 

というか、まだそんなことを聞きまわっていたのか籾岡よ。

 

「・・・・・・あまりそういうことは意識してないわね」

 

「へぇ・・・・・・」

 

「それでそのスタイルとか、さすが御門先生」

 

籾岡の他にも西連寺と沢田もいるようで、御門先生の言葉に相槌をうっていた。

 

「でも、そうね。 綺麗になりたいのなら恋でもしてみるといいんじゃない?」

 

「恋!?」

 

「おぉ! 大人の意見!!」

 

沢田と籾岡が嬉しそうに大きな声を出しながら頷いているような気がした。

 

もっとも、カーテンが閉まっているのでその詳細はわからないのだが。

 

「恋をすれば自分を磨くことに努力するでしょ? 負けるつもりの恋なら話は別だけど」

 

「恋か・・・・・・なら結城から攻めてみようかなぁ」

 

「えっ!?」

 

「ちょ、ちょっと里紗!?」

 

御門先生のアドバイスを受けて籾岡が突然、そんなことを言い出した。

 

その言葉に沢田も西連寺も驚いている。

 

勿論、そんなことを言われた俺も驚いてしまったわけなのだが。

 

「いやぁ、実はさ。 さっきの休み時間に言われたことがちょっと気になっちゃってて」

 

「でも、彼はライバル多いわよ?」

 

「「えっ?」」

 

御門先生の言葉に反応したのは籾岡と西連寺の二人であった。

 

というか、なんで西連寺まで反応したとか、俺がここにいるとか色々と言いたいことがあるんですけど。

 

「ふふふっ、私も最近は彼に興味を持ってもらえるように努力してるしね」

 

「「「えっ? えぇぇぇ!!!???」」」

 

昼休み終了のチャイムがなるまで保健室は阿鼻叫喚な状態になっていたのであった。

 

勿論、御門先生が起こしに来てくれた時は寝た振りをしていたのは言うまでもない。

 

 

 

***

 

 

 

「・・・・・・ん? 誰か来たのか」

 

深夜と言えるくらいの時間帯に俺の部屋に侵入してくる二つの気配。

 

俺は一日の疲れを癒すために眠りについていたのだが、その気配で目が覚めてしまった。

 

「まぁ、いいか・・・・・・」

 

殺気のような俺を害しようとする気配ではなかったため、気にせず目を閉じてそのまま眠りにつく。

 

美柑が俺のベッドにもぐりこみに来たとか、ララが来たとかそんなところだろう。

 

「などと考えていた俺が間違いだった」

 

朝、目が覚めて見てビックリ仰天。

 

俺の両隣にはララの妹で双子のナナとモモが静かに眠っていた。

 

「モモなんて俺の腕を掴んで寝てるし・・・・・・俺は抱き枕じゃねぇんだぞ」

 

「トシ兄ぃ、朝・・・・・・」

 

寝ている二人を起こさないようにと静かに身体を起こしていると、美柑が俺の部屋に入ってきた。

 

「よぉ、美柑。 悪いんだけどさ、ちょっと・・・・・・ぶっ!?」

 

「サイテーだよ、トシ兄ぃ! お、女の子とそれも三人で一緒になんて!」

 

何やら盛大な勘違いをしている美柑から投げられた鞄の角が顔面に当たり、悶絶する俺。

 

「むぅ、なんだよ。 人が気持ちよく寝てんのに・・・・・・」

 

「ふわぁ、何かあったのですか・・・・・・」

 

美柑の声と俺の悶絶での振動で両隣のナナとモモがそれぞれ目を覚ましたようだ。

 

というか、お前らの所為で俺がこんな目にあってるんだぞ。

 

「まったく。 ダメだよ、ナナ、モモ。 人のベッドに勝手に潜り込んじゃ」

 

「いや、お前が言うなよ」

 

俺たちの騒ぎを聞き付けたララも合流し、ナナとモモに向かって注意している。

 

その間に俺は美柑への誤解を解いたのだが、途中で思わずララにツッコミを入れてしまった。

 

「で、なんで二人がここにいるんだ?」

 

「やっぱり住むのならお姉様の近くがいいと思いまして」

 

「それで、この家の天井裏に空間を作って姉上と三人で住もうと思ってさ」

 

家主に許可もなく勝手にそんなことをしていたのか、こいつら。

 

だが、ギドに面倒をみてくれと頼まれている分、近くに居た方がいいはずだ。

 

「まぁ、いいか。 あんまり美柑に迷惑かけるなよ」

 

「トシ兄ぃ・・・・・・」

 

飯に掃除、洗濯と家事を全て美柑がやってくれているのだ。

 

住む人数が増えれば増える分、美柑への負担が増えるだろう。

 

「それは大丈夫です。 お風呂もトイレも食事も自分たちのスペースでなんとかしますから」

 

要するに家の中にもう一つの家が出来ると考えていいようだ。

 

ララもそっちの家へ行くようだし、今後はトラブルがあまり起きなさそうである。

 

「その家はもう出来あがっているのか?」

 

「はい、昨日の夜遅くに完成したので、トシアキさんへ報告に行こうと思ってたのですが眠くなちゃいまして・・・・・・」

 

それで俺のベッドで二人揃って眠ったということか。

 

しかし、報告と言われても何故最初に俺になのだろう。

 

「この前に注意されたから最初に報告しようと思ったんだよ」

 

俺の表情を読み取ったのだろうか、ナナが拗ねたようにそう言った。

 

モモも前に俺に言われたことを思い出しているのか、同意するように俯く。

 

「そうか、えらいぞお前たち。 ちゃんとわかってくれてたんだな」

 

「きゃっ!?」

 

「わわわ!?」

 

ベッドに座る二人の頭を思いっきり撫でてやる。

 

俺が言ったことを聞いていて、理解してくれていることがよくわかった。

 

「いいなぁ・・・・・・」

 

「羨ましい・・・・・・」

 

何やらそんな言葉がララと美柑から聞えた気がしたが、あえて聞こえなかったフリをする。

 

「と、とりあえず、昼からララの引っ越しの作業でもするか」

 

俺は思考を切り替えてこれからのことの準備をするのであった。

 

ちなみに二人からの視線に耐えきれず、引っ越しの作業が終わったあとにララと美柑の頭も撫でたのは余談である。

 

 

 

~おまけ~

 

 

「ふぅ、これで最後か・・・・・・」

 

「お疲れ様です、トシアキさん」

 

お姉様の発明品やら一式を私たちの新しい住まいへ運んでくれたトシアキさん。

 

「にしても広いな。 これが本当に天井裏とは思えん」

 

「ふふふっ、空間歪曲の応用ですからね。 今回はお姉様にも見てもらってますので前のゲームのように崩壊はしませんよ?」

 

前回の時は失敗してしまいましたが、今回は大丈夫なはずです。

 

「まぁ、ララも確認してるなら大丈夫か」

 

「うん? トシアキ、呼んだ?」

 

奥の研究室から出てきたお姉様はそう言いながらトシアキさんの傍へ寄って行きます。

 

「いや、この部屋の空間歪曲ってララが確認したんだろって話をしてたんだ」

 

「そうだよ! でも、殆ど修正することなんてなかったんだけどね」

 

殆どということは少し修正したということ、まだまだお姉様には勝てませんね。

 

「それじゃあ、俺は戻るな」

 

「うん! トシアキ、ありがとね!」

 

「おう」

 

そう返事しながら後ろ姿でプラプラと振るトシアキさんの手が気になってしまう。

 

「・・・・・・あの手で私は頭を撫でて貰ったのよね」

 

「うん? どうしたの、モモ」

 

「な、なんでもないです!」

 

少し熱くなった頬をお姉様から隠すようにして私は自分の部屋へ駆けこむ。

 

「お母様に撫でて貰ったことしかなかったですけど・・・・・・」

 

なんだか不思議な気持ちでいっぱいでトシアキさんの顔が頭から離れません。

 

ナナも同じ気持ちだったのか今度聞いてみようと私はそう思いました。



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第二十九話

今日の授業も無事に終了し、俺は帰宅するために鞄に教科書を入れていた。

 

しかし、教科書というのは何故こんなにも種類があり、そして分厚いのだろう。

 

「結城君」

 

そんなことを考えていると、このクラスの委員長を務める男子生徒から話し掛けられた。

 

「ん? 何か用か?」

 

「うん。 今日、君は日直だよね。 風邪で欠席している古手川さんにプリントを届けに行って欲しいんだ」

 

どうやら今日は日直で、古手川が風邪で休みだったらしい。

 

俺はいつもの花の水やりしかしていなかったのだが、もう一人はなにも言ってこなかったので忘れていた。

 

「あまり白雪さんばかりに仕事をさせてはいけないよ。 キチンと二人でやらないと」

 

「あ、あぁ。 白雪には俺から謝っとくよ」

 

「それじゃあ、コレは古手川さん家までの地図だからよろしく」

 

そう言いながらかけている眼鏡をキラリと光らせるクラス委員長。

 

そして持っていたプリントと地図を俺に手渡してそのまま帰って行ってしまった。

 

地図を見てみると学校からの道のりが簡単に描いてある。

 

「・・・・・・個人情報なのにいいのか?」

 

などと思わず呟いてしまったが、無くては届けられないので仕方がないと思うことにする。

 

「あっ、白雪!」

 

ゴミ捨てに行って来てくれていたのか、空になったゴミ箱を抱えた白雪が戻ってくるのが見えたので声を掛ける。

 

「ふぇ!? ゆ、結城君!?」

 

俺の声に驚いたのか、ビクッと肩を震わしてゴミ箱を落としてしまった。

 

そんなに驚くような声をだしていたのだろうか、少し気を付けよう。

 

「今日、俺も日直だったんだな。 全く手伝ってなくて悪い」

 

「う、ううん。 私が好きでやってることだし・・・・・・」

 

彼女の言葉の続きがなかなか聞けなかったので、静かな時が数分続く。

 

「・・・・・・そういや、古手川へプリントを届けないといけないんだった」

 

沈黙に耐えきれなくなった俺はそう切り出して、先ほどクラス委員長から貰った地図とプリントを見せる。

 

「そ、そうなんだ。 後は私がやっておくから結城君は古手川さんに届けに行ってあげて」

 

「いいのか? 俺、なんだかんだで日直の仕事をしてないけど」

 

「後は日誌を職員室へ持って行くだけだから大丈夫」

 

そう言って彼女が微笑んでくれたので言葉に甘えることにしよう。

 

重い教科書が入った鞄を片手に俺は残りを白雪に任せて教室を後にする。

 

「ここが古手川の家か・・・・・・」

 

地図を頼りにやってきた一軒家。

 

なかなか大きな家でどうしても自分の家と比べてしまう。

 

「まぁ、今の家でも充分満足なんだけどな」

 

そんなことを呟きながら俺は玄関についている呼び鈴を鳴らす。

 

「へーい。 ん?」

 

「すみません。 古手川・・・唯さんにプリントを持ってきたんですけど」

 

思わずいつもの口調で話してしまいそうになったが、なるべく丁寧な言葉を使うように努力した。

 

「・・・・・・おう、わざわざワリーな」

 

少し間があったので、おそらく俺が無理に丁寧な言葉を使っていることに気付いたのだろう。

 

しかし、特に何も言うことはなくそのまま接してくれているので安心することにした。

 

「これが今日のプリント・・・・・・」

 

「なぁ! どうせならあがって、直接渡してやってくれよ!」

 

俺が最後まで言い終わる前に古手川家の人がそう言って背を押してくる。

 

結局、無理に抗うことはしなかったのでそのまま古手川家に入ってしまった。

 

「二階の部屋の・・・・・・何処だ?」

 

階段を上がったのは良いものの、部屋がいくつかありどれが古手川の部屋かわからない。

 

いや、この家の人は皆、古手川なのはわかっているんだけどな。

 

「気配があるのはここだけか、ならばここだな」

 

「えっ?」

 

そう呟きながら開けた部屋の中に居たのは探していた古手川唯だったのだが。

 

汗を拭くためか、タオルを手にパジャマをはだけさせた状態で俺と目が合う。

 

「悪い、邪魔した」

 

「ハレンチな!」

 

扉を閉めると同時にドアに何かがぶつかる派手な音がしたので、おそらく何か投げたのだろう。

 

前にもこんなことがあったような気がしたが、相手は誰だっただろうか。

 

「・・・・・・気をつけないとな」

 

最近はこの世界に身体がというか感覚が馴染んできているような気がする。

 

このままでは戦う時に色々と支障が出てきそうだ。

 

「全く、女子の部屋にいきなり入ってくるなんて、非常識だわ!」

 

「悪い、家族の人に入れて貰ったからベッドに横になってるだけだと思ってさ」

 

実際、年頃の娘が着替えてたり、風呂に入ってたりしたら家族も家に入れないだろう。

 

俺の場合は美柑がそんな状態だったら玄関すら開けたくない。

 

「もう、お兄ちゃんね。 で、何の用なの?」

 

「クラス委員長にコレを渡すように頼まれてさ」

 

俺は鞄から取り出したプリント類を古手川に手渡す。

 

ちなみに教室とか玄関で出し入れしていたので少しクシャクシャになってしまっている。

 

「あ、ありがと・・・・・・」

 

プリントを渡すだけの用事だったのだが、それだけで帰るのもどうかと思い体調を尋ねてみることにした。

 

「それで体調はどうだ? まだ具合とか悪いのか?」

 

「熱も下がったし、明日には学校に行けると思うわ」

 

「そうか、それは良かった。 それにしても・・・・・・」

 

まぁ、体調が良くなっているのなら俺としては何もすることはない。

 

宇宙からの病気とか、ウィルスなら何かしなければならないかと思ったが。

 

「な、なに・・・・・・」

 

「古手川ってネコ好きか?」

 

ベッドの上でガクッと頭を下げる古手川が気になったが、飾ってある物やぬいぐるみなどからそう判断したのだが。

 

「そ、そうよ! 悪い!?」

 

「いや、別に悪くはないんだけど、なに怒ってんだよ」

 

「ふんっ!」

 

すっかりと機嫌を悪くしてしまった古手川だが、俺には理由が思いつかなかった。

 

ちなみに猫と言えばやはり思い浮かんでしまうのはあの姉妹だろうか。

 

「くっ、あの二匹。 今度会ったら撫でくりまわしてくれる」

 

「えっ? 二匹ってもしかして猫?」

 

思わず呟いてしまった言葉に以外にも喰いついてきた古手川。

 

あの二匹の所為で俺の服が毛まみれになったり、財布が空になったことが何度あったことか。

 

「あぁ、ロッテとアリアって言ってな。 珍しい猫の双子姉妹だよ」

 

「撫でくりまわすってことは結城君、あなたもしかして・・・・・・」

 

「ん? あぁ、なんか動物に結構好かれる体質でな。 前には猫に埋もれたこともあ・・・・・・」

 

そこまで言ったところで古手川が身を乗り出し、俺のすぐそばまで顔を近づける。

 

「ぜひ、今度私に猫を撫でさせて貰えないかしら!?」

 

そう言い放った彼女だが、今はベッドの上で床に座る俺に顔を近づけたということは。

 

「あっ!?」

 

「お、おい!?」

 

顔から床にぶつけそうになる古手川を咄嗟に抱締め、なんとか受け止める。

 

「大丈夫か?」

 

「え、えぇ・・・・・・」

 

まだどこか放心しているような声で古手川が返事をするので、俺は今のうちに手を放しておく。

 

ちなみに受け止めたときの感触はやはり柔らかったとだけ言っておこう。

 

「それじゃあ、俺は帰るな。 猫の話はまた今度にしようぜ」

 

「そ、そう? あ、ありがと」

 

俺の言葉で我を取り戻した古手川はいそいそとベッドに戻って布団を被る。

 

「俺の所為でまた体調が悪くなったら困るしな」

 

「そ、そんなこと・・・・・・風邪なんて吹き飛んだわよ」

 

布団で口元が隠れていたので俺の耳でも最後の方に何と言ったのか聞き取れなかった。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「なんでもない!」

 

そう言って完全に頭から布団を被ってしまったので、どうすることも出来ず俺は訳のわからないまま古手川の部屋を後にするのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「くそっ、ちょっとビビらせやがって・・・・・・とっちめてやる!!」

 

「ペ、ペケ! トランス!!」

 

古手川の家からの帰り道を歩いてたらヤミの格好をした美柑が宇宙人に襲われていた。

 

美柑の声を聞く限りペケの衣装のようだが、そんなことを考えている場合ではない。

 

「人の義妹になにしてんだ、コラ!」

 

宇宙人の後ろから飛び回し蹴りを放ち、壁に吹き飛ばした。

 

思わず口調が荒っぽくなってしまったが、可愛い義妹の為だし仕方ない。

 

「トシ兄ぃ!」

 

半分泣きそうになっている美柑が嬉しそうに俺のもとへ駆けよって抱きついてくる。

 

「大丈夫か、美柑」

 

「どうしてここに?」

 

腰に抱き付いたまま上目遣いでコチラへそう尋ねてくる美柑。

 

「友達の家にプリントを届けに行った帰りだよ。 で、なんでヤミの格好?」

 

「えっと、色々訳あって・・・・・・」

 

えへへと照れたように笑う美柑へ深く事情を聞くのはやめ、先ほど吹き飛ばした宇宙人に視線を向ける。

 

「うっ、ぐっ・・・・・・くそっ! 地球人・・・ぐぇ!?」

 

壁にめり込んだ状態から復活した宇宙人が懐から銃を取り出したあと、そのまま地面に叩きつけられた。

 

「私の護衛対象に向かって銃を向けるとはいい度胸ですね」

 

「ヤミ!」

 

「ヤミさん!」

 

たい焼きをモグモグと美味しそうに食べながら宇宙人の上に立ったヤミ。

 

「結城トシアキ、アナタも相手を殺すまで油断しないでください」

 

「悪いな、ヤミ。 どうも最近感覚が鈍ってる気がしてな」

 

「わ、私が守るので構わないといえば構わないのですが」

 

俺と目を合わせず、何故か頬を赤くしながらそう言ってくれたヤミ。

 

だが、このままでは俺も問題だと思っているので、今度一緒に訓練をしてもらうことにしよう。

 

「で、コイツはどうする?」

 

「美柑が望むなら息の根を止めてしまいますが?」

 

相変わらずたい焼きを頬張りながら緊張感の欠片もない声で美柑に尋ねるヤミ。

 

「い、いいよ。 盗られたものも戻ってきたし」

 

流石の美柑もヤミの息の根を止める発言に冷や汗をかいている。

 

「あなたは構わないのですか、結城トシアキ」

 

「ん? 美柑がいいって言ってんだからいいだろ。 ザスティンにでも頼んどくよ」

 

「そうですか・・・・・・」

 

ギドを通じてザスティンに引き取りにくるように頼んでいる間、ヤミは何かを考える様にしながらたい焼きをモグモグと食べ続け。

 

「しかし美柑の身体を触ったあと、荷物を強奪し、さらにすくーる水着姿にさせ、最後には襲おうとした輩で・・・・・・」

 

「よし、今すぐ殺ろう」

 

「ちょっ!? トシ兄ぃ!?」

 

ヤミが教えてくれたことが事実ならば早急にこの宇宙人を始末しなければならない。

 

ザスティンに連絡をしてしまったから、奴が到着するまでに指一本も残らないように消滅させなければ。

 

「ヤミさん、最初から見てたなら助けてくれてもよかったのに・・・・・・」

 

「すみません、美柑。 ですが、私は護衛者。 雇われて依頼されているのはそこの結城トシアキですので」

 

美柑の言葉がヤミの発言を真実だということを証明している。

 

「つまり、こいつは消さなければならないと・・・・・・」

 

「トシ兄ぃも! いい加減にする!!」

 

怒られたので渋々と宇宙人抹殺計画を諦めることにした。

 

その後、身柄を引き取りに来たザスティンに宇宙人を引き渡した俺たち。

 

ヤミは相変わらず遠くから見守ると言って飛んで行ってしまった。

 

「俺たちも帰るか」

 

「うん」

 

盗られていた買い物バッグは俺が持ってやり二人並んで仲良く歩く。

 

ちなみに美柑の衣装となっていたペケはララのもとへ先に帰っている。

 

「あれ? この公園でなにかやってるのかな?」

 

「ドラマか映画の撮影か? こんなところで珍しいな・・・・・・って!?」

 

歩いて帰る途中の公園で人だかりが出来ていたので見てみると、機材やスタッフから何かの撮影を行っているのだとわかった。

 

「トシ兄ぃ? どうかしたの??」

 

「いや、アレって・・・・・・」

 

俺の視線の先には何でもかんでも燃やして解決でお馴染みの大魔王キョーコが居たのだ。

 

「ホントだ! あの人ってゲームの中だけじゃなかったんだねぇ」

 

「ん? ルンもいるのか」

 

コチラの視線に気付いたのか、キョーコの傍に居たルンが手を振ってきたので振り返しておく。

 

あれ以降、ルンは自分の道を見つけたようでアイドル稼業を頑張っている。

 

「邪魔しちゃ悪いし帰るか」

 

「・・・・・・んと、えいっ!」

 

「お、おい! 美柑!?」

 

何を思ったか、買い物バッグを持つ手とは反対側の腕に抱き付いた美柑。

 

「ダメ?」

 

「いや、ダメってわけじゃないが・・・・・・」

 

「じゃあ、このまま帰ろ?」

 

結局そのまま美柑と一緒に歩いて家まで帰る羽目になってしまった。

 

身長差の所為か凄く歩きづらかったが、柔らかかったとだけ伝えておこう。

 

 

 

~おまけ~

 

 

キョーコちゃんとお友達になって、残りのシーンの撮影を始める少し前に見学者の中にトシアキ君がいることに気付いた。

 

「おーい、トシアキくーん!」

 

衣装が派手なので恥ずかしかったが、トシアキ君に向かって手を振っていると。

 

「あれ? ルンちゃん、知り合い?」

 

傍に居たキョーコちゃんも私が手を振る先に視線を向けた。

 

「うん! 同じ学校で結城トシアキ君っていうの!」

 

「へぇ・・・・・・結構、カッコイイね」

 

トシアキ君も気付いてくれたみたいでこっちに手を振ってくれている。

 

だからその時にキョーコちゃんが言った言葉が全然聞こえなかった。

 

「えっ?」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

キョーコちゃんはそのまま撮影の為の最終メイクに入り、トシアキ君も妹の美柑ちゃんと一緒だったからか、その場から帰って行った。

 

「ルンちゃーん! 最後にメイクして最終シーン行こうか!」

 

「あっ、はーい!」

 

その後は無事に撮影も終わり、今日の芸能活動は終了して私は事務所に戻ります。

 

その日のブログにはキョーコちゃんと友達になったことを載せました。

 

でも、アイドル活動しているのでトシアキ君のことは書けないのが残念でした。



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第三十話

とある夏の暑い日。

 

俺は庭で植物たちに水をやりながら精霊たちと話をしていた。

 

「わかったって。 根元だけじゃなく全体にかかるように撒けばいいんだろ」

 

モモのように植物たちと心を通わすことができるわけではないが、精霊を通じて意思疎通はできる。

 

俺は肩や頭に乗っている精霊に言われるがまま、植物に水をやっているのである。

 

「ん? セリーヌが?」

 

そんなとき、慌ててコチラへ飛んできた精霊にセリーヌの様子がおかしいと教えて貰った。

 

ちなみにセリーヌは『俺』の誕生日にララから貰った宇宙の植物の名前だ。

 

「っ!? おい、セリーヌ! 大丈夫か!?」

 

言われた通り、セリーヌのもとへ向かうといつもは元気に立っているセリーヌが元気のない様子で倒れていたのだ。

 

「いや、大丈夫って、全然大丈夫じゃないだろ」

 

「トシアキさん、私が診ます」

 

俺の声が聞こえたのか、家の中からモモがナナやララと共にやってきた。

 

そういえば、モモは植物と心を通わすことが出来るって言ってたな。

 

「どうしたの? 私に教えて・・・・・・」

 

モモがセリーヌの傍に近づき、そう言いながら話しかける。

 

「ちょっと疲れているだけだから心配しないで、と言ってます」

 

さっき聞いたような答えと同じく、俺にもそう聞こえた。

 

だが、見るからにちょっと疲れただけとは言いにくい様子だった。

 

「この症状的にカレカレ病の可能性があります」

 

「カレカレ病?」

 

「はい。 放っておくと数日で枯れ果て、死に至る植物特有の病です」

 

とは言ってもここは地球だ。

 

本来、地球には存在しない種のセリーヌが宇宙の病気にかかるのだろうか。

 

「モモ! 治す方法はないの!?」

 

「その前に御門先生に連絡してみる」

 

『ふぁあい。 誰よ、こんな時間に電話なんて・・・・・・』

 

「・・・・・・こんな時間ってもう昼前だ」

 

まさかの寝ぼけた状態で電話に出られるとは思わなかった俺は素の状態で話してしまう。

 

『あら? ご主人様じゃない、どうしたの?』

 

俺の声を聞いて目が覚めたのか、いつもと同じ声のトーンに戻ったようだ。

 

せっかくの専属医師なので、普段では使わない口調でそのまま話すことにした。

 

「緊急だ。 カレカレ病を治せるか?」

 

『申し訳ありませんが、私は医者です。 人間と宇宙人ならなんとかできますが、植物は専門外です』

 

「そうか、邪魔して悪かったな」

 

そこまで言って俺は相手の返事も待たずに電話を切った。

 

「御門では無理らしい。 モモ、何か知っているか?」

 

「は、はい、危険が伴いますが一つ方法が・・・・・・」

 

何やら頬を赤くしたモモが俺から視線を外し、どもりながら答える。

 

「危険でもいい、教えろ」

 

「惑星ミストアという地球から離れた所にある星にラックベリーという果実があると聞きます」

 

「惑星ミストアは私のデータでは危険指定Sランクの星だったはずです」

 

ララの頭からペケの声がそう教えてくれた。

 

だが、俺には特に関係のない話だ。

 

「ラックベリーがあれば治るのだな。 あとはどうやってその星に行くかだが・・・・・・」

 

「私に任せてください」

 

俺が頭を悩ませていると、いつから話を聞いていたのか、ヤミが傍に降り立つ。

 

「ヤミか。 お前も来るのか?」

 

「私はアナタの守護者。 アナタに行く所なら私も行くに決まっています。」

 

「・・・・・・そうか」

 

俺の返事を聞いた後にヤミはリモコンを取り出し、スイッチを押した。

 

すると頭上に黒く輝く宇宙船がどこからともなく現れた。

 

「よし、行くぞ。 惑星ミストアに」

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

俺がそう言って身を翻したが、誰からの反応もない。

 

「何してんだ?」

 

「えっ!? あ、ううん。 何でもないよ!」

 

「そ、そうだぞ。 姉上の言うとおりだ! 何でもない!」

 

そう言いながら俺の横を通り過ぎ、ヤミの宇宙船のもとへ向かっていくララとナナ。

 

「ふふふ、さっきのトシアキさん、カッコ良かったですよ」

 

「流石、私のマスターですね」

 

モモは微笑みながら、ヤミも嬉しそうに微笑んで俺の横を通り過ぎて行った。

 

「ったく、なんなんだよ」

 

そんな四人の後を追いかけ、俺もヤミの宇宙船に乗り込もうと足を踏み出したところでふと気付く。

 

「ヤミの奴、俺のことマスターって呼ばなかったか?」

 

喫茶店の店長や何かを極めた人のことをそう呼ぶが、俺にはどちらも当てはまらない。

 

主という意味のマスターということなのか。

 

「・・・・・・どうりで最近、依頼料の請求が来ないと思ったぜ」

 

しかし、どのタイミングであいつはそう決めたのだろうか。

 

最近はそんな機会があったわけではないのだが。

 

「トシアキ、早く行かないと!」

 

「あ、あぁ。 直ぐ行く」

 

宇宙船に乗り込んだララにそう言われ、考えを途中で放棄して俺は止めていた足を進めるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

久しぶりに宇宙の景色を見ることが出来た俺はどこかにあいつらがいるのかと考えてしまう。

 

宇宙は広く、まだまだ俺が知らないことがたくさんあるのだから。

 

「・・・・・・いや、今はセリーヌのことが大事だな」

 

「大切なんですね、セリーヌさんのこと」

 

そんなことを呟いた俺のもとにモモがやって来てそう言った。

 

確かに大切と言えば大切な存在であり、長い付き合いになった植物である。

 

「俺はモモのように直接心を通わすことが出来ないが、伝え聞くような感じで話しはできるからな」

 

「やはりそうだったのですね」

 

「話してるうちにそう言う存在になっていったのかもな。 変か?」

 

俺の問いにモモはフルフルと首を静かに振ったあと、俺の隣にゆっくり腰を下ろす。

 

若干距離が近いような気がするが、気のせいだろうか。

 

「そんなことありませんよ。 植物も動物も一緒に居れば家族と同じです」

 

「そうか、なら良かった」

 

「・・・・・・お姉様がモタモタしているようなら私、頑張っちゃおうかしら」

 

顔を赤くしたモモが俺から顔を背けて呟いた最後の言葉は聞かなかったことにする。

 

『マスター!』

 

そんな会話をしていると、ヤミの宇宙船についている人工知能――ルナティークの声が聞こえてきた。

 

「どうしました?」

 

『進行上のミストアの大気から異常なレベルの磁気の乱れを観測!』

 

そんなことも出来るのか、俺が知っている宇宙船には人工知能がついていなかったのでこの船はなかなか優秀な宇宙船のようだ。

 

『船体に影響を及ぼす恐れがあるんで予定軌道を変更して侵入するぜ!』

 

「・・・・・・了解」

 

そして、軌道を修正しつつ惑星ミストアへと進んでいく俺たち。

 

「そう言えば、ルナティーク」

 

『何です?』

 

そんな緊張感が漂う中、ヤミがふと思い出したかのようにルナティークに呼びかける。

 

「私のマスターである結城トシアキです。 アナタのデータベースに登録しておいてください」

 

『マスターのマスターと言うことはグランドマスターってことだな!』

 

「そうですね」

 

『了解! よろしく頼むぜ、グランドマスター!』

 

「・・・・・・あぁ」

 

こうして俺は宇宙船ルナティークのグランドマスターになったのである。

 

「って、おかしいよな!? なんでいきなりそんな話しになってんだ!?」

 

「いいじゃん、気にしなくても」

 

「そうだぜ、細かいことは気にすんなよ」

 

ララもナナの関係ないことだと思って気楽に言ってくれる。

 

俺の情報がデータベースに登録されたらいつかこの世界から消えるときに痕跡が残ってしまう。

 

それが世界の崩壊の原因になる可能性があるのだ。

 

『到着だぜ、マスター』

 

「よし、ラックベリーを探しに行こう!」

 

そう言ってララはさっさと惑星ミストアへ降り立ってしまう。

 

ナナとモモもララを追ってルナティークから下りてしまった。

 

「早く行きましょう。 ルナティークはこの場で待機しておいてください」

 

『了解だぜ、マスター』

 

ヤミに手を引かれ、俺もルナティークから惑星ミストアへと降り立った。

 

「ここが危険指定Sランクって星かぁ」

 

「デカい樹が多いな。 歩くのに苦労しそうだ」

 

そう言いながら辺りを見渡すが、霧が濃くて先まではよく見えない。

 

「モモ、ラックベリーの実ってのはどこにあるんだ?」

 

「わからないわ。 図鑑でしか見たことのない希少種だし・・・・・・」

 

この惑星にあるらしいが、どこにあるかまではモモもわからないらしい。

 

とりあえず、ここの精霊たちに話を聞いて早く持って帰る必要があるな。

 

「私がその辺の植物たちに話を聞いて・・・・・・っ!?」

 

「どうしたの? モモ」

 

ララがそう尋ねるが聞こえていないのか、モモは驚いた表情のままだ。

 

もっとも、モモが驚いたのも無理はない。

 

俺は精霊を通してだからニュアンスが違うのだろう。

 

だけどもモモは直接聞こえるのだ、ここの植物たちの悪意の声が。

 

「わっぷ!? ケホケホッ」

 

そんなことを考えている内にララが植物の花粉を顔に撒かれ苦しんでいた。

 

「えっ? きゃあぁあぁ!!」

 

その隙に植物のツタがララの足に絡みつき、そのまま遠くへ投げ飛ばされてしまった。

 

「姉上!?」

 

「俺が行く! ヤミは二人を頼んだ!」

 

俺は素早く飛び立ち、ララが地面にぶつけられる前に空中で受け止めることに成功した。

 

「あ、ありがと、トシアキ」

 

しかし、受け止めたララは先ほどまで着ていたはずの服が消えていた。

 

「おい、ペケ。 お前、一体・・・・・・」

 

ペケは目を回しながらララに抱えられており、返事すらしない。

 

ルナティークが言っていた異常なレベルの磁気の乱れが機械であるペケに影響しているのだろうか。

 

「チッ、霧が濃くなってきてヤミたちがどこに居るのかわからなくなった」

 

ヤミがついているなら大丈夫だろうが、二人を守りながらだと上手く戦えないかもしれない。

 

「早く合流した方がいいだろうが、とりあえず降りるか」

 

俺はララを抱えたまま、ゆっくりと地面へと降り立つ。

 

回りの安全を確認したあとにララをソッと降ろしたのだが、そのままペタンと座りこんでしまった。

 

「あ、あれ? おかしいな、力が入んない」

 

「この霧の所為か、それともあの時の花粉の所為か」

 

どちらにしろ、ララは立つこともままならないようであるため、俺が抱えて行くことにする。

 

「が、その前に」

 

俺は着ていた上着をララの肩にかけてやる。

 

いつまでも生まれたままの姿というわけにもいかないしな。

 

「ありがとう」

 

「じゃあ、皆と合流するか。 しっかり掴まってろよ」

 

俺の上着を着たララを再び抱え、あてもなく歩きながら他の三人を探しに行く。

 

とにかく、早く三人と合流してラックベリーを見つけ出して地球に戻らないとな。

 

ここへ来る前のセリーヌの様子を思い浮かべながら俺は足を進めるのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

「姉上!?」

 

「俺が行く! ヤミは二人を頼んだ!」

 

そう言って飛び出していったマスターの背中を視線で追っていると急に霧が濃くなり始めました。

 

「とにかく追いかけよう!」

 

「えぇ、そうね。 トシアキさんが一緒なら大丈夫だと思うのだけれど」

 

私はマスターの指示通り、この二人の安全を確保しなければなりません。

 

ですので、本来ならここから動かない方が得策なのですが。

 

「そうですね。 ですが早く合流した方が良いでしょう」

 

口からでた言葉は頭で考えているのは逆の案。

 

どうやら私自身もマスターの安全な姿を確認したいと思ってしまっているようです。

 

「姉上ーーー!」

 

「トシアキさーん!」

 

マスターとプリンセスの名前を呼びながらどんどんと森の奥へ進んでいく。

 

その彼女たちの背中を追いながら私は当たりの気配を探る。

 

「―――助けにいかなきゃ!!」

 

「そう簡単にはいかないようです」

 

プリンセスの妹の発言が終わると同時に今まで様子を窺っていた植物たちが動き始めました。

 

「っ!?」

 

使おうと思っていた変身能力がかき消されてしまったのに少々驚いてしまいましたが。

 

「ギャッ!?」

 

先日マスターと修行した体術の成果が早々に出せようで良かったです。

 

何としても、マスターと合流するまでは彼女たちの安全を確保しなければなりません。

 

「・・・・・・また、褒めて貰いましょう」

 

幸いにも、その言葉が口から漏れたときには二人とも襲ってくる植物の迎撃で聞こえていなかったようです。

 

私も頑張って暴れん坊な植物たちを退治するとしましょう。



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第三十一話

「ねぇ、トシアキ。 重くない?」

 

ララを抱えたまましばらく歩いていると、腕の中で俺を見上げているララと視線が合う。

 

「重くないから気にするな」

 

人を抱えてはいるが、俺にとって重さはあまり関係ない。

 

何度も言う形になってしまうが、精霊たちによる恩恵が大きい証拠である。

 

ちなみに飛ぶことも出来るのだが霧が濃く、先が見えにくく危険なため徒歩での移動だ。

 

「・・・・・・ゴメンね、足手まといになっちゃって」

 

「気にするなって言ったろ? 早くラックベリーの実を見つけて帰ろうぜ」

 

「うん、そうだね」

 

そんな会話をしながら歩いているとララが何かを思い出したように声を出した。

 

「小さい頃にね、お城を抜け出して一人で森に行ったことがあるの」

 

小さな頃から城を抜け出していたということは今の家出はもはや癖になっているのかもしれない。

 

「―――迷子になっちゃって、不安で、一人で泣いてたの」

 

こんな元気いっぱいのララも小さい時は不安になって一人で泣いていたと聞くと微笑ましく感じてしまう。

 

「そしたらパパが見つけてくれて、私をおんぶして連れて帰ってくれたの」

 

「あのギドの身体でか?」

 

思わず、何度か目にしたことのある小さい子供のようなギドの姿が頭に浮かぶ。

 

「十年くらい前の銀河統一戦争で力を使い果たしちゃったからあんな姿になってるだけだよ」

 

クスクスと笑いながら俺に教えてくれたララ。

 

しかし、銀河統一戦争か、いくつあるかわからない星々を統一したギドはなかなか凄い奴なんだな。

 

「あの時はおんぶだったけど、トシアキの腕の中も凄く安心する」

 

「・・・・・・そうか」

 

そう言って目を閉じたララは俺の胸に顔を摺り寄せて来る。

 

俺は少し照れくささを感じながらも静かに頷いて足を進めるのであった。

 

「ピィィィ!!」

 

しばらく歩いていると何やら玉ねぎに似た大きな植物がコチラに向かって走ってきた。

 

目と口も付いており、ちゃんとした顔の形になっている。

 

おまけに根が足のようになって走って来る姿はなかなか不気味ではある。

 

「おっと!」

 

なので思わず避けてしまったが、そいつはそのまま倒れてしまい起き上がらなくなってしまった。

 

「ララ、もう立てるか?」

 

「うん、試してみるね」

 

俺の腕から離れたララはどうにか自分の足で立てたようでその場で地面の感触を確かめている。

 

その間に俺はその植物に近寄り、声を掛けてみるがどうやら水分が足りないらしい。

 

「そういや、さっき水場があったな」

 

通り過ぎたときに見た水面は濁っており、飲んだりはできないだろうと思っていたが、植物なら大丈夫だろう。

 

「トシアキ、連れて行くの?」

 

「まぁ、悪い奴じゃなさそうだし。 ラックベリーの情報でも聞けたらいいかと思ってな」

 

今度はララの代わりに倒れている植物を抱えて立ち上がる。

 

ララも歩ける程度には回復したようで俺の隣に並んで一緒に歩き出した。

 

「よっと、こんなもんかな」

 

水場に着いた俺は抱えていた植物をソッとおろして水面に浸けてやる。

 

「おっ? おぉ!?」

 

すると玉ねぎだと思っていた頭上から木が生え、植物の奴も元気に目を覚ました。

 

「なぁ、ラックベリーって実のこと知らないか? この惑星にあるらしいんだが」

 

そう尋ねてみるも、返答は首を傾げられるだけだった。

 

どうやらコイツはラックベリーの存在を知らないらしい。

 

「まぁ、その実の名前も勝手に人間がつけた名前かもしれないしな」

 

「仕方ないね。 じゃあ、次の場所に探しに行こう」

 

俺たちは別の場所を探すために水場に背を向けて歩き始める。

 

「ん?」

 

ふと背後から気配を感じた俺は濁った水場の底から現れた大きな海藻と目が合う。

 

というか、海藻に目があるということは化物であるということなのだが。

 

「危ない、ララ!」

 

「キャッ!?」

 

海藻の化物の攻撃を今のララが受けたらマズいと思い、とっさにララの身体を押しやる。

 

「って!」

 

ララを押しやったため、俺自身避けきることが出来ず、頬に切傷ができてしまう。

 

「このやろう、爆ぜろ!」

 

海藻の化物に小規模な爆発が何度も起こり、爆煙で姿が見えなくなるくらい爆発が続いた。

 

「どうだ? ・・・・・・ぐぁ!?」

 

爆煙から突然、伸びてきた海藻が腹部にあたり、俺は受身を取ることもできずに吹き飛ばされてしまった。

 

どうやら俺が起こした爆発の攻撃は効いていないらしい。

 

「いてて、流石に今のは効いたぞ。 絶対に燃やしてやる」

 

体勢を立て直し、起き上がった俺が見たモノはララが海藻の化物を投げ飛ばした所だった。

 

「・・・・・・・・・俺の出番なしかよ」

 

「あっ、トシアキ。 大丈夫?」

 

思わず呟いてしまった俺の方へと駈け寄ってきたララ。

 

どうやらララはいつもの調子に戻ったらしい。

 

「姉上!」

 

「トシアキさん!」

 

大きな樹の上から声がしたので見上げてみるとナナとモモ、そしてヤミの姿を確認することが出来た。

 

「よかった、トシアキさんもお姉様も無事で・・・・・・」

 

「ペケは相変わらず停止しちゃってるけどね」

 

無事に合流出来た俺たちはお互いの無事を喜び合い、それぞれでの出来事を報告し合う。

 

「マスター、申し訳ありません。 私が傍についていなかったばっかりに・・・・・・」

 

俺の頬に付いた切傷を優しく触れながらそう謝ってきたヤミ。

 

心なしか、俯き加減なので落ち込んでいるようにも見える。

 

「お前は俺の指示通り、二人を守ってくれてたんだろ? それでいいんだ」

 

「あっ・・・・・・はい」

 

俯き加減のヤミの頭を優しく撫でてやりながら俺はララ達の会話に加わる。

 

どうやら、先ほど水場に運んできた玉ねぎの頭から生えた木の実がラックベリーだったらしい。

 

「お前、自分の実のことも知らなかったのか?」

 

そんな名前がついているとは知らなかったらしく、ペコペコと頭を下げる動きをする。

 

「まぁ、いいんだけどな。 一つだけ持って帰ってもいいか?」

 

俺の問いにガサガサと頭上の木を揺らして答える。

 

欲しければいくらでも持って行っていいそうだが、俺たちが欲しいのは一つで充分なのだ。

 

「サンキューな。 よし、ラックベリーの実も手に入ったし帰るか」

 

俺たち五人は再びルナティークに乗り込み、急いで地球へと向かった。

 

 

 

***

 

 

 

ラックベリーを持って帰ってきた俺たちを迎えたのは、いつもの白衣を身に纏っている御門先生と何故かナース服を着ているお静であった。

 

「あれ? 御門先生、なんでここに?」

 

ララが不思議そうな顔をして、御門先生とお静の二人に視線を向けている。

 

「ちょっと、ね」

 

なにやら意味深な笑みを浮かべて答えているが、視線は俺の方へ向けられている。

 

おそらく、惑星ミストアに行く前に連絡をしたことを気にしてくれたのだろう。

 

「セリーヌ! 今、戻ったぞ!!」

 

だがそんなことより、今はセリーヌのことが心配だ。

 

俺は御門先生やお静の間をすり抜けて、セリーヌがいる場所まで駆け寄る。

 

「・・・・・・これは」

 

「そんな! 遅かったのか!?」

 

セリーヌの花が無くなり、蕾とはまた違う、実のような何かになってしまっていた。

 

ナナも声を荒げて間に合わなかったことを悔やんでいる。

 

ただ、モモは何やら考え込むような仕草をしており、俺としては何か方法があるならモモの意見を聞いてみたいが。

 

「ん?」

 

そんなことを考えていると、セリーヌの実に突然、罅が入り始めた。

 

「まうまうー!」

 

「「「は?」」」

 

実が割れたかと思うと、中から小さな女の子が姿を現した。

 

突然のことに俺もナナもモモですらも思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「まうー!」

 

頭に花を咲かせた小さな女の子は俺と目が合ったかと思うと、胸元に飛び込んできた。

 

「おっと、お前は一体・・・・・・」

 

「まうー!!」

 

本人が言うにはどうやらセリーヌが生まれ変わった姿らしい。

 

それでも、花の時のことも覚えているらしいので生まれ変わったというより進化したのかもしれないが。

 

「モモ、お前も聞いたろ? つまり、カレカレ病ってやつじゃなかったらしい」

 

「ご、ごめんなさい。 この子は超希少種でまだまだ謎の部分が多くて・・・・・・」

 

確かに珍しいかもしれないが、俺の今までの苦労はなんだったんだろうか。

 

「まぁ、仕方ないか。 とりあえず、美柑に言ってセリーヌの服でも用意してもらうか」

 

元々は植物だったとはいえ、流石に生まれたままの姿でいるわけにもいかない。

 

それに動けるようになったセリーヌには教えとかないといけないこともたくさんありそうだ。

 

「とりあえず、一件落着でいいかしら?」

 

御門先生が俺の方へ向かいながらそう尋ねてきたので静かに頷いておく。

 

彼女も植物から人型の生き物が生まれてきたことに興味があるだろうが、表面上はそういった様子は見られない。

 

「なら、今日はもう帰るわね。 また何かあれば連絡して」

 

「それではトシアキさん、皆さん、失礼します!」

 

俺の頷きを確認した御門先生は踵を返して、お静とともに帰って行った。

 

俺が電話した時に起きたのだとすれば帰ってまた眠るのだろう。

 

「・・・・・・悪いことしたかな」

 

「まう?」

 

セリーヌが俺の呟きを聞いて首を傾げている。

 

こうして、新しい家族が誕生したことによって俺の周りはまた一段と賑やかになるだろう。

 

「まぁ、面倒事じゃなければ大歓迎なんだけどな」

 

「まうー!」

 

俺はセリーヌを抱きながら微笑みかける。

 

セリーヌも俺の表情を見て、同じく笑顔で返してくれる。

 

それから美柑にも事情を説明し、ララたち三人姉妹はとりあえず自分たちの家に戻って行った。

 

戻ったと言っても、この家の屋根裏のスペースになるのだが。

 

「じゃあ、行くか」

 

「まうまう!!」

 

セリーヌに服を着せた後は、彼女に街の中を見せて回るため散歩に出かけることにした。

 

「まう?」

 

「アレは自動車って言ってな・・・・・・」

 

あれこれと質問してくるセリーヌに説明しながら街を散策する俺とセリーヌ。

 

今のところ、セリーヌの言葉がわかるのは俺かモモしかいない。

 

そのため、説明してやれるところは説明しているのだが。

 

「まうー!」

 

返事はいいのだが本当に分かっているのか怪しいところだ。

 

「喉が渇いたな・・・・・・何か炭酸でも飲むか」

 

公園にある水道水でも構わないのだが、近くに自販機があったのでコーラを買って喉を潤す。

 

「まうまう!!」

 

「ん? お前も飲むのか?」

 

俺が飲んでいる姿を見て、興味を持ったのかコーラを催促するセリーヌ。

 

缶に残っているコーラも大した量ではないので、そのまま渡して飲ませてやる。

 

「さて、次は何処に行くかな」

 

「まうぅ、まうぅ?」

 

俺の言葉に返事をしたセリーヌだが、微妙に話しがかみ合っていない。

 

「・・・・・・」

 

抱いているセリーヌを見てみると、心なしか頬が赤くなっており目も虚ろな状態であった。

 

「お前、コーラで酔ったのか?」

 

「まうぅぅ?」

 

酔っぱらってはいるが、俺がしっかりと抱いててやれば自動車に轢かれることもないだろうし、大丈夫だろう。

 

「しかし、このままじゃ意味がないな。 今日は帰るか」

 

酔っぱらったままのセリーヌを家に連れて帰った俺は家の中なら大丈夫だろうと思い、セリーヌを廊下に下ろす。

 

「あっ、トシ兄ぃ、おかえり」

 

「まうー!!」

 

出迎えてくれた美柑に飛び付いたセリーヌは頭に咲かせている花から花粉のようなものを撒き散らした。

 

「おいおい。 美柑、大丈夫か?」

 

顔にセリーヌの花粉が直接掛ってしまった美柑だが、何やら様子がおかしい。

 

「トシ兄ぃ。 大好き!!」

 

「お、おい? 美柑?」

 

なんだかよくわからないが、目の色を変えた美柑に突然正面から抱きつかれて困惑してしまう。

 

と、その時に気付いたのだが、美柑の頭の上に小さな花が咲いているようだ。

 

「セリーヌの花粉の影響か?」

 

「トシ兄ぃ、好き。 大好きなの。 兄妹のことなんか関係ないくらい好き」

 

酔ったセリーヌの影響で美柑がおかしなことになってしまった。

 

義理とはいえ、妹に好きと言われるのは嫌ではないが、本心かどうかわからないので素直に喜べない。

 

「とりあえず、お休み、美柑」

 

俺は抱き付いている美柑を眠らせてからソファへと運んだ。

 

「さて、酔っぱらいにはお仕置きが必要だな」

 

その後、家にいたデビルーク三姉妹も酔っぱらいのセリーヌの花粉に掛ってしまい後処理が大変だったのは余談である。

 

 

 

~おまけ~

 

 

「あれ? 私、なんで寝てるんだろ?」

 

目が覚めたらソファで横になっていた私は眠る前の記憶がないことに首を傾げる。

 

「確か、トシ兄ぃを玄関まで迎えに行って、それから・・・・・・」

 

「おう、美柑。 起きたか? 飯はもう少しで出来るから待ってな」

 

そう言えば夕飯の支度をしている最中だったということを思い出した。

 

その証拠に私はエプロンを付けたままの状態である。

 

「ご、ごめんねトシ兄ぃ。 なんか寝ちゃってたみたいで」

 

「気にするな。 いつも大変だろ? 疲れが溜まってたんだよ」

 

どうやらトシ兄ぃは私が作っていた料理の続きをしてくれたようで、後は並べるだけで良いようだった。

 

ララさんたち三人も一緒にご飯を食べることになっているのだけど。

 

「あれ? ララさんたちは?」

 

「ん? あぁ、ちょっとあって、後で良いってさ」

 

よくわからないけど、ララさんたちは一緒に食べないらしい。

 

新しい家族の一員になったセリーヌの姿も見えないし何かあったのかな。

 

「まぁ、いいかな。 トシ兄ぃがそう言うんなら間違いないだろうし」

 

トシ兄ぃがここにいるということは何も問題ないということである。

 

だって、何かあるなら一番に駆けつけて解決するために頑張ってるはずだもん。

 

「「いただきます」」

 

久しぶりに兄妹だけで食べるご飯はやっぱりトシ兄ぃの味付けでとても美味しく感じられた。



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外伝5

今回は外伝なので少し短めですが、ご了承ください。


「こんなところに呼び出して何のようですか?」

 

「悪いな、最近身体が鈍ってる気がして、ちょっと相手になってくれよ」

 

私は護衛対象者である結城トシアキに呼び出され、人がいない神社で向かい合っていました。

 

「そうですか、確かに最近のアナタはそんな感じがします」

 

この前の美柑が襲われたときにも止めをさす前に気を抜いていたようですし。

 

「だろ? ここは昔の感覚を取り戻すために戦いの場に行きたいんだが、この世界は平和でな」

 

「話はわかりました。 では、どうぞ」

 

私は変身能力を使い、髪を刃物へと変身させて迎え撃つ準備を整える。

 

「じゃあ・・・・・・行くぞ!!」

 

それからしばらく私たちは闘い続けました。

 

結城トシアキが使う『魔法』というものに慣れていないため手こずりましたが、近接戦闘ならばまだ私の方が上です。

 

「・・・・・・しかし、結城トシアキ」

 

「ん?」

 

今は区切りがついたので、神社の木陰で休息をとっているのですが、私は以前から気になっていたことを聞いてみました。

 

「アナタの戦闘術はどこで学んだのですか?」

 

「あぁ、旅をしていた時に色々とな」

 

その話を聞いて少し興味を覚えます。

 

彼はこの地球の生まれのはずなのですが、旅をしていた時の話を聞くと地球以外のことを話しているように感じます。

 

「・・・・・・って聞いてるのか、ヤミ」

 

「ハッ!? な、なんですか?」

 

突然、彼の顔が目の前にあって私は驚きながら身体を後ろに下げます。

 

「だから、前に契約した依頼だよ。 旅に出るときまでは頼むな」

 

「・・・・・・」

 

旅に出るときまでと言うことは彼がここからいなくなるということでしょうか。

 

そう考えるとチクリと胸に微かな痛みを感じます。

 

「って言っても、いつになるのかわからないけどな」

 

「・・・・・・そうですか」

 

結城トシアキのその言葉を聞いて、先ほどの胸の痛みが無くなったことに気付きます。

 

いったい先ほどの痛みは何だったのでしょうか。

 

「俺の相棒がいつ迎えにくるかわからないからな」

 

「相棒・・・・・・」

 

見たことも聞いたこともなかった彼の相棒の話。

 

私はその相棒のことが何故か羨ましく感じられました。

 

「さて、今日はもう帰るか。 ヤミもウチに来るか?」

 

「いえ、私は・・・・・・」

 

そこまで言ってから私は気付きました。

 

少しでも彼の傍にいたいと思ってしまう自分の思考に。

 

「・・・・・・そうですね。 久しぶりに美柑の料理を食べたくなりました」

 

「よし、じゃあ行くか」

 

私の返事を聞いて結城トシアキは背を向けて歩き始めました。

 

彼は私と同じく飛ぶことができるはずなのですが、歩いて帰るつもりなのでしょう。

 

「私は一体・・・・・・」

 

「おーい、ヤミ。 置いてくぞ?」

 

神社の階段を下りた先にいる彼がコチラに振り返って声を張り上げる。

 

私はその言葉には返事をせず、そのまま無言で彼のもとへ歩み寄って行きました。

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさい、トシ兄ぃ」

 

結城トシアキに続いて家に入った私は彼の妹である美柑と視線を合わせました。

 

「お邪魔します、美柑」

 

「あっ、ヤミさん! いらっしゃい、来てくれたんだ」

 

この前のお祭りのとき以来の再会だったので美柑はとても喜んでいるようです。

 

「前にも泊まったことあるし、好きにしてくれていいから」

 

それだけ言い残して彼は階段を上がって行ってしまいました。

 

「そういえばこの間はありがとうね、ヤミさん」

 

結城トシアキの姿が見えなくなったあとに、美柑がそう言いながら微笑んでくれました。

 

恐らく、以前助けたときのことを言っているのでしょう。

 

「いえ、私は依頼通りに動いただけですので」

 

護衛対象者である結城トシアキに銃を向けたためにとった行動なので美柑のためというわけではないのです。

 

「それでも嬉しいの。 だってトシ兄ぃのことを守ってくれたんでしょ?」

 

「それは・・・・・・」

 

「私はそれでいいの。 トシ兄ぃってああ見えて結構危ないことに首を突っ込んでたりするし」

 

妹である美柑にも心配されている彼は普段から危ないことをしているのでしょうか。

 

「そうなのですか・・・・・・」

 

「ヤミさんがずっとトシ兄ぃを守ってくれたらいいのになぁ」

 

小さく呟いた美柑の言葉に私は気付かされました。

 

依頼を受けるという形ではなく、ずっと結城トシアキの傍にいる方法を。

 

「・・・・・・契約ではなく主従の誓い」

 

「ヤミさん、どうしたの?」

 

美柑に顔を覗きこまれて私は意識を戻します。

 

そういえば、玄関にずっと立ちっぱなしでした。

 

「いえ、なんでもありません。 お邪魔します」

 

私も金色のヤミという名で呼ばれるまで色々な惑星を彷徨っていました。

 

他の惑星で主に使える従者が行う主従の誓いというものがあったはずです。

 

しかし、主従の誓いはお互いの了承のもとで主人となる人からの贈品に誓いを立てるはず。

 

「・・・・・・たいやき」

 

彼からもらったものと言えば初めて会ったときのたいやきしか思い浮かびません。

 

他にも何かないか考えてみましたが、思い当たるのは食べ物ばかりでした。

 

「・・・・・・」

 

仕方がないのでソファに座りながらテレビを眺めていましたが、地球のことはよくわかりません。

 

チラリと美柑を見てみると台所で歌を口ずさみながら料理を作っていました。

 

「?」

 

よく見ると、美柑がいつも髪を纏めているときに使っている髪留めが違っていることに気付きます。

 

「ヤミさん、お待たせ。 ご飯できたよ」

 

「ありがとうございます。 ところで美柑、その髪留めは?」

 

料理を笑顔で運んできてくれた美柑にお礼を言いつつ、いつもと違う髪留めについて聞いてみます。

 

「あ、コレ? コレはトシ兄ぃがくれたんだ」

 

髪留めに触れながら嬉しそうに話す美柑。

 

美柑が触れている髪留めには銀色の十字架がキラリと輝いて見えました。

 

「そう、なのですか。 しかし、十字架の飾りは邪魔になるのでは?」

 

「そうなんだけど、トシ兄ぃが絶対に外すなって。 見える絆がとか言ってたけど」

 

「おっ、今日も美味そうだな。 いつもありがとな、美柑」

 

そんな話をしていると結城トシアキが料理の匂いに釣られてか、コチラへやってきました。

 

「どういたしまして。 じゃあ、運ぶの手伝ってね」

 

「任せとけ」

 

そうして三人で食卓を囲み、美柑の手料理を一緒に食べることになりました。

 

ちなみに料理はご飯に味噌汁、肉じゃがと焼き魚、きんぴらごぼうという和食尽くしです。

 

「「「いただきます」」」

 

三人で声を合わせて料理にそれぞれが手をつけ始めようとしたときに彼が思い出したようにお箸を置きます。

 

「そうだ、ヤミにコレを渡そうと思ってたんだ」

 

そう言って結城トシアキがとりだしたのは小さな黒い箱でした。

 

「いつも協力してくれているお礼だよ。 気に入ってもらえると嬉しいかな」

 

彼の言葉を聞きながら渡された黒い箱を開けると、そこには二つの髪留めが入っていました。

 

「わぁ! ヤミさん、それ私と同じやつだよ。 銀色の十字架」

 

隣で箱の中を覗き込んだ美柑が嬉しそうにそう言って自分の髪留めを触ります。

 

確かに美柑がつけているものと似ていますが、全く同じというわけでもなさそうです。

 

「一応、俺が認めた奴に銀色の十字架のアクセサリーを渡すことにしてるんだ。」

 

そう言いながら彼は首から下げているネックレスを見せます。

 

そこには同じ銀色の十字架がキラリと輝いていました。

 

「それを持ってる奴は皆で助け合う。 どんな場所でも、いつだってな。 まぁ、見える絆のようなものと思ってくれ」

 

「・・・・・・」

 

私は結城トシアキの言葉を聞きながら、静かにその髪留めを箱から取り出しました。

 

そして、自分のつけているものを外し、彼から貰ったものをゆっくりと一つずつつけます。

 

「おっ、似合ってるな。 やっぱそれにしてよかったよ」

 

「ホント! ヤミさん可愛いよ。 これで私とお揃いだね」

 

二人の笑顔を見て、私は心が温かくなるのを感じました。

 

「・・・・・・ありがとうございます。 そして、これからよろしくお願いします」

 

私はゆっくりと結城トシアキの前まで移動して静かに頭を下げます。

 

「ん? おう、これからもよろしくな」

 

彼はそう言いながら微笑み、私の頭を優しく撫でてくれました。

 

「・・・・・・見える絆。 いいものですね」

 

小さく呟いた私の言葉は二人とも聞こえていなかったようです。

 

私は髪に付けた二つの飾りをソッと触れたあとに美柑の料理を頂きます。

 

そして、その時の料理は今まで食べた中で一番の美味しさと温かさをくれるのでした。

 

 

 

~おまけ~

 

 

美柑の料理を頂いた後、私はこの家の屋根に登りました。

 

「主従の誓いとはあのような感じでよかったのでしょうか?」

 

周りに誰もいないことはわかっていますが、自分の行動で正解なのか自信がありません。

 

「・・・・・・地球には答えを知っている者がいないはずです」

 

ということは、自分がそのように振舞っていれば問題ないはずです。

 

「これからは結城トシアキをマスターと呼ぶことにします」

 

そう言って呼び方を変えれば周りもそのように認識していくでしょう。

 

これで彼、マスターと私は主従の誓いを結びました。

 

「これからはどこに行くときも私も傍であなたを守ります」

 

髪についている銀色の十字架を外して、手に取りそう誓います。

 

月明かりでキラリと輝いた銀色の十字架が私の誓いに答えてくれたような気がしました。



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第三十二話

「まったく、家に居ても休めないってどういうことだよ」

 

俺は一人でそう呟きながら当てもなく歩いていた。

 

家でゆっくり休もうと考えていたのだが、動けるようになったセリーヌや新しい発明品を持ってくるララの相手をしていて休むことができなかったのだ。

 

「仕方ない。 どこかで暇を潰して・・・・・・っと!?」

 

「きゃっ!? あっ、トシアキ様・・・・・・」

 

考え事をしながら歩いていたが、曲がり角で人の気配を感じたので咄嗟に立ち止まったのだが、相手はこちら側に曲がってきたため結局ぶつかってしまった。

 

「大丈夫ですか、沙姫先輩」

 

「え、えぇ。 大丈夫ですわ」

 

思わず抱きとめてしまったのだが、相手は知り合いの沙姫先輩であった。

 

その沙姫先輩だが、何故か俺の腕の中からなかなか離れてくれない。

 

「あの、沙姫先輩?」

 

「はっ!? すみません、私ったらつい」

 

俺の声に反応した沙姫先輩は名残惜しそうな様子で半歩後ろにさがっていく。

 

「しかし、珍しいですね。 沙姫先輩が一人でいるなんて」

 

「実は私・・・・・・家出してきたんですの」

 

「・・・・・・」

 

沙姫先輩の言葉を聞いてすぐに反応できなかった俺は悪くないはずだ。

 

ララといい、ナナやモモといい、どうしてこうも家出娘が多いのだろうか。

 

「突然、お父様から海外留学しろと勧められまして、嫌だと言ったんですが」

 

俺が黙っているのでそのまま家出の理由を語ってくれた沙姫先輩。

 

どこの家も父親の意見とぶつかり合いが家出の原因となっている気がする。

 

「一度言い出したら聞かない人ですから、私も今回ばかりは退けなくて、思わず家を飛び出したらトシアキ様に・・・・・・」

 

どうやら家を飛び出してわけもわからず走っているうちに俺にぶつかったらしい。

 

「ということは、追手が近づいてきていてもおかしくはないですね」

 

そう言ったときに沙姫先輩の後ろから見覚えのある高級車が近づいてきた。

 

「あっ・・・・・・・」

 

俺たちの隣で止まった車から出てきたのは同じ先輩の凛先輩と綾先輩であった。

 

「綾! 凛!!」

 

二人の姿を確認した沙姫先輩は嬉しそうに駆け寄っていく。

 

だが、このタイミングで現れたということは恐らく沙姫先輩を連れ戻しに来たのだろう。

 

「ようやく見つけましたよ、沙姫様」

 

「心配して捜してくれたの!? ごめんなさい」

 

「いえ・・・・・・」

 

沙姫先輩の表情とは違い、真剣な表情の凛先輩と不安そうな表情の綾先輩。

 

「お父上の・・・・・・劉我様の命によりあなたをお迎えにあがりました」

 

「えっ?」

 

そして、凛先輩からの言葉を聞いて、沙姫先輩はショックを受けた様子だった。

 

「嫌なら力ずくでも」

 

「凛・・・・・・綾・・・・・・どうして・・・・・・」

 

ショックを受けて動けない沙姫先輩の腕を掴もうとした凛先輩を遮るようにして俺は身体を動かす。

 

「凛先輩、ちょっと強引過ぎじゃないですか?」

 

「そこを退いてくれ、結城。 君には関係のない話だ」

 

確かに言われた通り、俺には関係のない話かもしれない。

 

だが、俺はお世話になっている先輩たちのこんな姿を見たいわけではないのだ。

 

「沙姫先輩は海外留学に行きたくないそうですが?」

 

「わかっている。 だが、これが私の役目だ!!」

 

そう言って俺に向かって木刀を振るってきた。

 

「っ!?」

 

反応して避けることはできたが、沙姫先輩から離れてしまう形になり、結果的に凛先輩の思い通りになってしまった。

 

「きゃっ!?」

 

すぐさま沙姫先輩の腕を掴んだ凛先輩が先ほど乗ってきた車に連れ込もうとする。

 

「い、いや! 放して!!」

 

「ダメです!!」

 

必死に抵抗する沙姫先輩だが、普段から鍛えているであろう凛先輩の力は強い。

 

そのため、徐々に身体が車に近付けられていく。

 

「凛先輩、アンタは沙姫先輩の付人だろ? なんで無理やり連れて行こうとするんだ?」

 

「君に何がわかる!」

 

普段とは違う声のトーンに俺も思わず二の声が継げなくなる。

 

そのまま黙ってしまった俺を確認してか、凛先輩が静かに話し始めた。

 

「私は代々、天条院家に仕える九条家の人間。 だからこそ、沙姫様を連れ戻せと言われたら逆らえない」

 

「代々仕えるって・・・・・・」

 

「そうですわ。 でも、綾はもともと天条院家と関わりのない家柄、私と凛が海外留学に行けば綾は残ることになる」

 

沙姫先輩の話を聞いて俺は納得することができた。

 

綾先輩と離れたくないから海外留学に行くのを拒んで家出をしてしまったということなのだろう。

 

「何より、三人一緒にいられなくなるのは辛すぎますわ」

 

「沙姫様!! 私も、沙姫様と離れたくないです!」

 

凛先輩の後ろで不安げな表情を浮かべていた綾先輩がついに我慢できない様子で沙姫先輩の胸元に飛び込んだ。

 

「・・・・・・」

 

凛先輩も同じ想いなのか、先ほどの威勢はなくなり悲しげな表情で立ち尽くしている。

 

なんだかんだ言いつつも、凛先輩も三人一緒じゃなくなるのが嫌だったようだ。

 

「だったら、やることは一つじゃないですか」

 

「「「えっ?」」」

 

三人からの視線を受けながら俺は解決策になるであろう言葉を口にする。

 

「沙姫先輩がハッキリと父親に言えばいいんですよ。 海外留学には行きたくないと」

 

そう、行動することも大事だが、話し合うことも大切なことだと思う。

 

「大切な友達と離れたくないと言えばいいんです。 それでもダメなら今度は三人で俺のところに来てください」

 

もし、そんなことになるのならば今度は俺も力を貸すことになるだろう。

 

いざというときはララたちに協力してもらってもいいかもしれない。

 

「最初に行動してしまったからすれ違いが起こったのかもしれません。 もしかしたら・・・・・・」

 

「そう、ですわね。 トシアキ様のおっしゃるとおりですわ。 話してみます、お父様に」

 

「「沙姫様・・・・・・」」

 

そうして三人の先輩たちは車に乗って走り去って行った。

 

今から、沙姫先輩の父親のもとへ行き自分たちで話しをして解決することだろう。

 

それに、きっと沙姫先輩が初めから凛先輩や綾先輩に話をしていたら三人で家出する結果になっていただろう。

 

あの三人は立場が違うが、お互いを思い合っているのはよくわかるのだから。

 

 

 

***

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

あの後、しばらく外をぶらついて家に帰って来た俺は美柑の声を聞いて首をかしげた。

 

「美柑?」

 

「はい」

 

リビングに入ると美柑が座布団の上に座りながらコチラを見つめていた。

 

名前を呼んでも返事はするがいつもと様子が違う。

 

「どうかしたのか? なにかいつもと違う気が・・・・・・」

 

「気のせいでしょう」

 

本人がそう言うのならそうなのかもしれないが、やはり少し不安になる。

 

「美柑、ちょっと・・・・・・」

 

「っ!?」

 

美柑の額に自分の額をくっ付けて熱を測ってみるが、特に問題はなさそうだ。

 

「ってことは、またララがなにかしたのか」

 

小さくそう口にした俺は先ほどまでの美柑の様子や言動などを考えているとある人物と一致した。

 

「・・・・・・ヤミか?」

 

「さすがマスター。 よくわかりましたね」

 

姿は美柑で中身はヤミになっているということか。

 

恐らく、先ほどから騒いでいたララは俺が居ないとなって美柑とヤミを実験体にしたようだ。

 

「後であいつにはキツく言っとかないとな」

 

「いえ、これは美柑が望まれたことですので」

 

「えっ? マジ?」

 

「はい」

 

どうやら美柑は俺の知らないところでストレスが溜まっていたらしい。

 

自分からララの発明品の実験体になるなんてなかなかできることではない。

 

美柑には迷惑ばかりかけているし、今回は好きにさせてあげることにしよう。

 

「なら、仕方ない。 じゃあ、ララには何も言わないでおくよ」

 

しかし、そう考えると美柑はヤミの姿で街をうろついていることになる。

 

「・・・・・・心配だ」

 

街にはウチの校長みたいな変態や、ウチの先輩みたいなストーカーなどが存在する。

 

そんな奴らにヤミの姿をした美柑が追いかけられると思うと。

 

「よし、殺そう。 ヤミ、美柑の姿で悪いけど留守番よろしくな」

 

「わかりました」

 

何やら殺意が湧いてきたので、ヤミの返事を聞きつつ俺は再び外に出ることにした。

 

「さてと、美柑は・・・・・・いや、ヤミの姿を捜すんだな」

 

「むっひょー!」

 

と考えていると、目の前の道をウチの校長が奇声を発しながら走り去って行くのが見えた。

 

「・・・・・・あの場合は誰かを追いかけているということだから」

 

そこまで考えて俺は校長を追いかけて走り出す。

 

「今日のヤミちゃんはいつもと違ってコーフンしますなぁ」

 

「いっ、いやーーー!!」

 

「人の義妹・・・・・・いや、守護者になにしてんだ、コラ!」

 

「ぎゃふっ!?」

 

襲われそうになっていたヤミの姿をした美柑を助けたるため俺は校長を背中から踏みつける。

 

校長を思いっきり蹴飛ばしてしまったが、気を失っているようなので顔とかはバレてないはずだ、多分。

 

「と、トシ兄ぃ!?」

 

「よぉ、ヤミ。 じゃなくて、美柑。 事情は聞いたがその姿は危ないぞ?」

 

ヤミはなんだかんだで暗殺者として働いていたこともあるため地球人には問題ないが、宇宙人には恨みを買っていても不思議ではない。

 

普段のヤミなら撃退できるだろうが、中身が美柑じゃ危ないだけだろう。

 

「ご、ごめんなさい」

 

俺の言葉に怒られたと思ったのか、シュンと俯く美柑。

 

ヤミの姿で俯くその様はなかなか見ることができない姿なので少しドキッとしてしまった。

 

「と、とにかく、危ないから俺も一緒に行くぞ?」

 

「えっ? いいの?」

 

「ヤミが良いって言ったから変わったんだろ? なら、今日くらいは別にいいさ」

 

「ありがと! トシ兄ぃ!!」

 

そう言ってほほ笑みながら俺の腕に抱きついてくるヤミ、じゃなくて美柑。

 

中身は美柑だが、姿がヤミなので普段では見れないヤミの表情などが見れてこれはこれで結構楽しい。

 

「じゃあ、行くか」

 

「うん!!」

 

そうして俺たちは二人で街のあちこちを歩いて回った。

 

ゲーセンで遊んだり、今日の夕飯の買い物をしたりと普段と変わらないことをした。

 

途中で美柑の希望により、変身能力を使うためヤミと戦った神社に行ったりした。

 

「ヤミさんのこの変身能力ってすごいねぇ」

 

「そうだな」

 

そう返事をしつつ、いつも来ているこの神社に俺たち以外に人がきていないような気がするのだが、大丈夫なのだろうか。

 

「楽しかった! ありがとね、ヤミさん!」

 

「いえ、美柑が楽しめたのならそれで」

 

その後、神社での変身能力を充分堪能した美柑は自宅へ帰りヤミと再び入れ替わった。

 

これで元の姿と中身になったのでもうややこしい事態にはならないだろう。

 

「じゃあ、飯にしようぜ。 ヤミも今日は食っていけよ」

 

「そうだね。 ヤミさん、一緒に食べよ?」

 

「わかりました。 よろしくお願いします」

 

こうして俺たちは三人で仲良く美柑が作った夕食を食べた。

 

ヤミはヤミで家での生活を美柑の姿で堪能したらしく、お互いの新鮮な出来事をネタに楽しい時間を過ごしたのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

トシアキ様の言葉を受けて私は凛や綾とともに車に乗り込みました。

 

「とりあえず、お父様のところへ向かって頂戴」

 

「かしこまりました」

 

運転手へそう告げ、私はジッと先行方向を見つめます。

 

隣では凛は不安そうな表情で、綾もコチラへと視線をチラチラ向けてくるのがわかります。

 

「心配しないで、二人とも。 私は大丈夫ですわ」

 

「はい」

 

「・・・・・・はい、沙姫様」

 

到着したのはこの街にある大きなビルである天条院グループの本社であった。

 

私たちはそのまま建物の中に入り、持っていたカードを通して直通のエレベータへと乗り込みます。

 

「「「・・・・・・」」」

 

三人とも無言のまま、エレベータは目的の場所へたどり着きました。

 

「二人はここでお待ちなさい」

 

「「はい」」

 

凛と綾を置いて私はお父様のいる部屋をノックもしないで大きく開け放ちました。

 

「お父様! お話があります!!」

 

「ふむ、沙姫か。 荷物を纏め終えたのか? ならばすぐに空港に・・・・・・」

 

コチラへ視線も向けず、手にしていた資料を見ながらそう言ったお父様。

 

私は思わずその資料を手で払いのけました。

 

「・・・・・・何をする、沙姫」

 

「お父様こそ、私と話しをするのでしたらコチラを向いてください!」

 

そうして視線を合わせた後、私は言いたいことを伝えました。

 

海外留学はまだする時ではない、この街には大切なものがたくさんある。

 

それに、自分の道は自分で決めて歩きたいと思いつく限りお父様に伝えました。

 

「・・・・・・そうか。 そこまで沙姫が考えているなら私は何も言わん」

 

「なら・・・・・・」

 

「海外留学の件は取り消そう。 今まで通り、この街の学校へ通いなさい」

 

お父様は最後まで難しい表情をしていたけれど、話を聞いてわかってくれました。

 

トシアキ様の言ったとおり、言葉を伝えることは大切なことであると学びました。

 

これでしばらくはまた、三人一緒に学校へ通えそうです。



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第三十三話

俺はいつも通りに学校へ向かう道を歩いていた。

 

いつも隣に居るララは何やら用事があるとかで先に学校へ行ってしまったのだ。

 

「よぉ! トシアキ!」

 

「どうしたんだよ、朝からテンション高いな」

 

教室に入った途端に猿山から声を掛けられたのだが、いつも以上に声が大きい。

 

「あったりめぇだろ!? 周りを見てみろよ」

 

「ん?」

 

猿山に言われて周りを見てみるといつも以上に教室の空気がピリピリとしていた。

 

特に男子たちの視線がいつも以上にギラ付いているような気がする。

 

「今日はどいつもこいつもチョコがもらえるかどうかでギラギラしてんだよ」

 

「たかがチョコくらいで?」

 

チョコレートなど、来る途中のコンビニでも買えるような代物でなぜこんなに空気が悪くなるのだろうか。

 

「おいおい、トシアキ。 だって今日は・・・・・・」

 

「猿山! 結城!」

 

何かを言おうとした猿山の声を遮って声を掛けてきたのは籾岡と沢田である。

 

振り返ると二人とも大きめの箱を持っており、それぞれこちらに差し出してきた。

 

「ほら、コレあげる」

 

「チョコだよ」

 

「おっ、サンキュー」

 

籾岡と沢田の箱からそれぞれ一つずつ取って口に放り込む。

 

普通に売っているチョコレートだが、甘くてとても美味しかった。

 

「あと、コレもあげるね」

 

籾岡はポケットから取り出した別の小さい箱を猿山や沢田に気付かれないようにこっそりと俺の制服のポケットに入れていた。

 

「ん? あぁ・・・・・・」

 

「じゃね♪」

 

そして二人はそのまま大きめの箱を持って教室の男子たちのもとへ駆けて行く。

 

去り際にウインクを残して行った籾岡が可愛く見えたのは余談である。

 

「皆、チョコもらえてるじゃねぇか」

 

「いや、そういうのじゃなくてだな・・・・・・」

 

俺の言葉にどこか諦めたような声で言った猿山であったが途中でチャイムが鳴ったので席へ戻って行くのであった。

 

「トシアキ君! 見つけた!」

 

時は変わって休み時間。

 

俺は飲み物を買いに校舎の外にある自販機の傍に来ていた。

 

「ルンか? どうかしたのか?」

 

「トシアキ君にチョコをあげようと思って・・・・・・はいっ!」

 

キレイな紙で包装された箱を差し出され、俺はそれを受け取る。

 

「おう、サンキューな。 でも、なんで皆、今日に限ってチョコをくれるんだ?」

 

「えっ? だって今日は地球で言う・・・・・・」

 

「「ルンちゃーん! 俺たちにも!!」」

 

アイドルRUNの追っかけである学生たちがルンのもとへ走ってきたため、それを見たルンはそのまま走り去って行ってしまった。

 

「・・・・・・結局、最後まで聞けなかったな」

 

「マスター」

 

走り去ったルンの後ろ姿を眺めていると上からスタッと降り立ったのはヤミであった。

 

ヤミは惑星ミストアに行ってから態度が少し変わってしまったような気がする。

 

「よっ、ヤミ。 何かあったのか?」

 

「これをマスターに」

 

だが、俺からのプレゼントもつけてくれているようだし、呼び方が変わっただけなのであまり気にしないようにしている。

 

「ん? たい焼きか?」

 

「はい、いつものお店で特別にチョコ味を作ってもらいました。 美味しかったのでぜひ食べてください」

 

いつもの店ということはあのたい焼き屋だろうか。

 

あんこやカスタード以外にチーズ味やカレー味があるたい焼き屋ならチョコ味があっても不思議ではない。

 

「おう、ありがとな」

 

「いえ、それでは失礼します」

 

突然現れたように、俺にたい焼きを渡すと忽然と去ってしまったヤミ。

 

「・・・・・・とりあえず、教室に戻るか」

 

無事に飲み物を購入した俺はルンやヤミからのチョコレートを持って教室へ戻るのであった。

 

さらに時は進んで昼休み。

 

俺は校内放送で呼び出されたので保健室の御門先生のもとへと足を進めていた。

 

「トシアキ!」

 

保健室へと続く廊下を歩いていると後ろから声を掛けられた。

 

振り向くとララと西連寺が二人揃ってこちらへ向かって来ていた。

 

「はい、コレ。 私と春菜で作ったスペシャルチョコだよ!」

 

「受けとってくれると嬉しいな」

 

ララと西連寺が二人で作ってくれたチョコを受け取る俺。

 

今朝からララの姿が見えなかったのは西連寺のところへ寄っていたからなのか。

 

「ありがとな。 ララ、西連寺」

 

「それじゃあ、あたしたちはご飯食べてくるね」

 

「結城君は確か保健室に呼ばれてたよね?」

 

どうやら俺を捜してチョコを渡すためにご飯を食べていなかったらしい。

 

「そうなんだよ。 理由はよくわからないんだが、とりあえず行ってくるわ」

 

そういうわけで保健室へとたどり着いたのだが御門先生の姿はなく、代わりにお静が俺を出迎えてくれた。

 

「御門先生は?」

 

「えっと、ちょっと用事で出てますが、すぐに戻ってくるので待っててください」

 

俺は言われた通り待っているため椅子へと座ったのだが、お静が何やらソワソワしている姿が気になってしまう。

 

「どうかしたか?」

 

「はぅ!? いえ、あの、その・・・・・・」

 

「あら? ごめんなさいね。 待たせてしまったかしら」

 

お静がキョロキョロと視線を泳がせていると御門先生が扉を開けて戻ってきた。

 

「いえ、俺もつい先ほど来たとこです。 なにか用ですか?」

 

「そうね、用と言えば用なんだけど・・・・・・」

 

そう言ってお静の方へと視線を向ける御門先生。

 

「えっと、あの・・・・・・トシアキさん、受け取ってください!」

 

御門先生からの視線を受けたお静は後ろ手に持っていたものを俺へと差し出した。

 

「お、おう、ありがとう」

 

どうやらお静はコレを俺に渡すかどうかでソワソワしていたらしい。

 

「ふふふ、よかったわね。 受け取ってもらえて」

 

「はわわ、み、御門先生!!」

 

頬を赤く染めながらパタパタと手を振るお静を横目に御門先生もポケットから小さな箱を取り出して俺へと差し出してくれた。

 

「ご主人様のことだからもうたくさん貰ってるだろうけど、わたしからもね」

 

「ありがとうございます。 確かに今日はチョコをたくさんもらいましたが・・・・・・」

 

そこまで俺が言ったところで今度は校内放送で御門先生が呼ばれてしまった。

 

そのため、御門先生は職員室へ向かい、お静も御門先生と一緒に出て行ってしまい俺一人が残ってしまう。

 

「・・・・・・とりあえず、教室に戻るか」

 

またさらに時は進んで放課後。

 

俺は帰宅するため鞄に教科書を詰めようと思っていたのだが。

 

「皆からのチョコで鞄に教科書が入らねぇ・・・・・・」

 

仕方がないので教科書類をすべて机の中に戻し、チョコが入った鞄を手に教室を出ようとしたところでまた呼びとめられてしまった。

 

「ゆ、結城君! あの・・・・・・」

 

「白雪か。 どうした?」

 

何度か日直を共にしたクラスメイトであり、誕生日プレゼントをもらったこともある相手である。

 

「これ、よかったら・・・・・・」

 

可愛らしいリボンが付いた紙袋を俺に差し出した白雪は何故か俺と視線を合わせてくれない。

 

「んと、俺が貰ってもいいのか?」

 

「うん。 結城君じゃなきゃ、ダメなの」

 

そう言って潤んだ目で視線を合わされたら受け取らないとは言えなかった。

 

「ありがとな、白雪。 また明日」

 

「う、うん! また明日ね。 結城君」

 

最後には微笑んでくれた白雪に見送られ、俺は自分の鞄と白雪からの紙袋を手に下駄箱まで向かって歩いてきた。

 

「結城くん!」

 

「ん?」

 

「こ、これ、あげる」

 

再び呼びとめられた相手は古手川であり、手には小さな包が添えられていた。

 

「もしかしてチョコか? 俺に?」

 

「言っとくけど、あくまで友達としてなんだからね!」

 

さすがに何度も貰っていたらこれがチョコレートであることの予測は付く。

 

古手川からの言葉を聞く限り、友達にお菓子を配る日であったらしい。

 

「おう! ありがとな、古手川!」

 

「うっ、そ、それじゃあね」

 

そう言ってまだ学校でやることがあるのか、古手川はそのまま階段を上って行ってしまった。

 

「・・・・・・とりあえず、家に帰るか」

 

またまたさらに時は進んで夕方。

 

家に戻ってきた俺はリビングのテーブルに貰ったチョコレートを鞄から取り出していた。

 

「まうまう!!」

 

後ろから抱きついてきたセリーヌを腕に抱えていると美柑が冷蔵庫から取り出した箱を渡してくれる。

 

「はい、トシ兄ぃ。 チョコレート、私とセリーヌからね」

 

「サンキュ、美柑。 セリーヌもな」

 

「まう!」

 

美柑とセリーヌからのチョコも一緒に机の上に置いておく。

 

さすがに俺一人で全部食べるのは不可能だからだ。

 

「わっ、チョコだ! しかもこんなにたくさん」

 

「あぁ、学校で皆から貰ったんだ」

 

そんな話をしていると呼び鈴が鳴るのが聞こえてきた。

 

どうやら宅配便が届いたらしい。

 

「トシ兄ぃへの荷物だよ。 結構大きいけど、なにかな?」

 

「俺への? 心当たりはないんだが・・・・・・送り主は天条院沙姫。 沙姫先輩から?」

 

大きめの箱を開けるとそこにはさらに箱が三つ入っていた。

 

「えっと、沙姫先輩と凛先輩に綾先輩? なんで一つの箱に入ってんだ?」

 

いつも一緒に行動しているからって箱まで一つにしなくてもいいと思うんだが。

 

そう言えば、前に貰った時もこんな感じだったと思い出しながらそれぞれの箱を開ける。

 

「チョコだ。 しかも三つともチョコ」

 

「トシ兄ぃ、モテモテだね」

 

「まうまう!」

 

美柑の言葉を聞き流しながら俺はその三つもテーブルの上に並べておく。

 

よく考えると知り合いの女の子みんなからチョコレートを貰った気がする。

 

「・・・・・・とりあえず、寝るか」

 

またまたさらにさらに時は進んで就寝前。

 

今日の出来事を色々と考えながら俺は自室への扉を開けた。

 

「「ハッピーバレンタイン!!」」

 

扉を開けると、ララの妹であるナナとモモが二人でお揃いの衣装で出迎えてくれた。

 

その時の言葉を聞いて、ようやくチョコレートを貰っていた理由がわかった。

 

「「「・・・・・・」」」

 

バレンタインの季節だと忘れていたこともそうだが、二人の衣装にも驚いていたりする。

 

黒の衣装でヘソの部分は露出しており背中には黒い翼も生えてたりする。

 

頭には角の飾りが付いており、尻尾と相まって可愛らしい悪魔に見えたのだ。

 

「や、やっぱりこんな格好するんじゃなかった!」

 

「あ、あの、トシアキさん?」

 

ナナは羞恥のあまり、顔を赤くしながらそっぽを向き、モモは不安げな様子で俺に声を掛けてきた。

 

「あぁ、悪い。 突然だったからビックリしてな。 二人とも可愛いよ」

 

「そうだったんですね! ほら、ナナ! トシアキさんもこう言ってるじゃない!」

 

「ふ、ふんっ!」

 

相変わらずそっぽを向いているナナだが、気分を良くしたのか尻尾がフリフリと左右に揺れていたりする。

 

「それでですね。 コレは私たちからです!」

 

「か、感謝しろよな!」

 

二人からのということで包を受け取った俺はソッと二人の傍によって頭を撫でてやった。

 

「ありがとな。 わざわざこんな格好までしてくれて」

 

「えへへ」

 

「ッッ!!?」

 

喜んでくれるモモと少し戸惑っているようなナナの二人の反応は双子なのに全然違っていた。

 

「もしよかったら、一緒に添い寝もしますよ?」

 

「なっ!?」

 

「はいはい、そういうのは本当に好きな人に言ってやれ。 じゃあ、お休み」

 

俺はモモの言葉を軽く流して、頬を赤くしながらドギマギしているナナとそのまま部屋の外へ押しやって扉を閉めた。

 

「まったく、なんで今日は皆してチョコを渡してくるのかと思ったが」

 

この世界にもバレンタインデーというイベントがあるということを理解した。

 

前に行ったことがある世界と類似しているということだろう。

 

「ん? ってことは・・・・・・」

 

俺は気になって部屋にあるカレンダーを一枚ペラリと捲ってみた。

 

「やっぱりか」

 

そう、バレンタインデーがあるならホワイトデーというイベントもあるのだ。

 

今日、俺が貰ったチョコレートは十三個。

 

来月に来るであろうホワイトデーのことを考えて俺は深くため息を吐くのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

部屋から追い出されたあたしたちはそのままの姿で自分の部屋に戻る。

 

「もう、ナナの所為で追い出されちゃったじゃない」

 

「あ、あたしの所為じゃないだろ!」

 

多分、あいつに追い出されたのはモモの発言が原因だとあたしは考えていた。

 

「せっかく、誘惑できそうな格好までしたのに、トシアキさんってば素気ないんだから」

 

「それにあたしまで巻き込むなよ」

 

あたしはモモに巻き込まれてこんな格好をしているのだ。

 

別に、あいつの喜ぶ顔が見たかったとか、頭を撫でて欲しかったとかいうわけじゃない。

 

「あら? でも、トシアキさんに頭を撫でて貰った時は嬉しそうだったわよね?」

 

「っ!? べ、べつにそんなんじゃ・・・・・・」

 

「はいはい、それじゃ、お休み」

 

あたしの言葉を最後まで聞かずに、モモは自分の部屋へと戻って行った。

 

あたしも自分の部屋に戻り、服を寝間着へと着替える。

 

「・・・・・・」

 

着替え終わったあと、今まで着ていた服をモモに返そうかと思ったが、さっきのあいつの笑顔が頭に浮かんできた。

 

「まぁ、モモも持ってるし、あたしが持っててもいいよな」

 

そう誰に言うでもなく、一人で呟いたあたしはベッドに入るのだった。



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第三十四話

俺はソッと近づいてくる気配を感じとり、思考を通常の状態に起こす。

 

いつもならば普通に行えていたことだが、最近は意識しないとできなくなってしまった。

 

それも、この世界が平和だからなのだろうが。

 

「動くな、妙な真似をしたらそのまま首をへし折・・・・・・ん?」

 

傍に来た気配を感じた俺はベッドから身体を起こし、相手を床に組み伏せて馬乗りになった。

 

そして、そのまま手を相手の首元へ持っていき脅しをかけたのだが、その相手が見知った顔であったのだ。

 

「あんっ! や、優しくしてくださいね?」

 

「・・・・・・なにやってんだ、モモ」

 

何を隠そう近づいてきていたのは同じ屋根の下で過ごす宇宙人のモモであった。

 

しかも、格好が服はボタンが全て外れており、肌が露出している。

 

ズボンなどは履いておらず、下着は着用しているようだが際どい状態だ。

 

「なにって、トシアキさんを起こしに来たんですよ」

 

「じゃあ、なんでその格好なんだ?」

 

「私も今、起きた所ですからね。 着替えるより先にトシアキさんの顔が見たかったんです」

 

「トシアキ、今日は天気がいいから花見に行こうって姉上が・・・・・・」

 

俺が言葉を紡ごうとしたとき、開いたままの扉の向こうからナナの声が聞こえた。

 

「な、なんでモモの上に乗ってんだ!」

 

「俺は自分の身を守ろうとしただけだ、他意はない」

 

掴みかかってきたナナを避けながら俺はモモの首から手を離した。

 

「他意はないだなんて、あんなに激しかったのに?」

 

確かに激しかったかもしれないが、首を絞められてその言葉が出てくることにある意味尊敬してしまう。

 

「いいから部屋に戻って着替えてこい。 ララと花見に行くんだろ?」

 

「わかりました。 それではトシアキさん、また後で」

 

「・・・・・・」

 

ウインクをしながら楽しそうに部屋から出て行くモモとコチラを睨みつけながら部屋を出て行くナナ。

 

「・・・・・・俺も着替えるか」

 

とても二度寝をする気が起きなかったので俺も着替えることにした。

 

その後、ララたち姉妹と美柑、それにセリーヌを連れて近くの公園までやってきた。

 

「ララさーん!」

 

「春菜! お静ちゃん! もう来てたんだ」

 

公園で他のメンバーと合流し、花見ができそうな場所を探して歩き回る。

 

「じゃ、この辺でシート敷いてのんびりしよっか」

 

ララが場所を決めたところで俺は少し皆から距離をとる。

 

大きめの桜の木を見つけ、その木に背を預けながら俺は声をかけた。

 

「いるんだろ、ヤミ。 降りてこいよ」

 

「・・・・・・なんですか、マスター」

 

ガサガサと桜の木を揺らして上から俺の前に降りてきたヤミ。

 

「せっかくだし、皆で楽しもうぜ?」

 

「マスターがそう言うなら・・・・・・あっ」

 

「行こうか」

 

俺はヤミの頭の上についている桜の花びらを取ってやりながら皆のいる場所へ歩き出す。

 

「あっ、トシアキ。 どこ行ってたの?」

 

「ちょっとな。 その時にヤミを見つけたから連れて来たんだ」

 

「ヤミちゃん! いらっしゃい!!」

 

西連寺やララは持ってきたジュースを飲んだりしながらヤミを迎え入れる。

 

俺もシートへと腰をおろしたが、美柑やナナ、それにお静の姿が見えない。

 

「そういや、美柑たちは?」

 

「美柑さんは屋台で買い物してくるって言ってましたよ? はい、トシアキさん」

 

俺の隣に座っているモモから渡されたジュースを受け取りゴクリと喉を潤す。

 

セリーヌもおとなしくモモの膝の上でジュースを飲んでいた。

 

言っておくが、コーラは酔っぱらうので与えていない。

 

「で、他のメンバーは?」

 

「お静ちゃんならその辺で遊んでくるって」

 

「ナナさんなら私と話した後は公園を見て回るって言ってたよ?」

 

俺の質問にララと西連寺がそう答えてくれた。

 

お静はともかく、美柑はまだ小学生だし、ナナは一応俺が面倒をみる約束になっている。

 

「・・・・・・ちょっと、様子見てくる。 これ、頼むな」

 

「えっ!? あっ、はい・・・・・・」

 

先ほどから何やら顔を赤くしてモジモジしていたモモに俺のジュースを渡して俺は美柑たちを探すべく公園内を歩き始めた。

 

「お静」

 

「あっ! トシアキさん!!」

 

桜の花びらをたくさん抱えたお静が笑顔を浮かべながらコチラへ振り返る。

 

もとは日本人のお静、桜の花と相まってなかなか美しい光景だった。

 

「美柑やナナを見なかったか?」

 

「美柑さんはわかりませんが、ナナさんなら先ほどまで私とお話してました」

 

ナナは公園を探索しながらお静と話をしていたらしい。

 

どんな話をしていたか興味がないわけでもないが、今は行方を追う方が先だ。

 

「そうか。 ちなみに話した後、ナナはどこへ行った?」

 

「ナナさんならあちらの方へ行きましたよ? なにやら考え事をしていたようですが」

 

ナナが考え事をしていたということは注意力が散漫になっている可能性がある。

 

一般人より強いが他の宇宙人がいるとも限らないし、早く見つける必要がありそうだ。

 

「俺は美柑とナナを探してくる」

 

「あっ、はい! 私はもう少しこの辺で遊んでますね」

 

桜の花びらとお静の笑顔に見送られ、歩き出した俺が次に見つけたのは美柑であった。

 

「遅かったな、なにか問題でもあったか?」

 

「ト、トシ兄ぃ!? べ、別になんでもないよ! なんでも!!」

 

俺の顔を見るなり、顔を赤くした美柑が手に持つフランクフルトの袋をブンブンと振り回していた。

 

しかし、食べ物をそんな風に振り回しても問題ないのだろうか。

 

「ん? まぁ、何もないんならいいんだが」

 

「あはは・・・・・・そ、それじゃあ、私は皆の所に戻るね!」

 

そうして慌てて俺から離れるように去っていこうとする美柑の腕を何となく掴む。

 

「ふぇ!?」

 

「そういや、ナナを見なかったか?」

 

「ナ、ナナさん!?」

 

何故そんなにナナの名前に反応するのか理由はわからないが、おそらく美柑はナナの居場所を知っているのだろう。

 

「何をそんなに慌てているんだ?」

 

「ナ、ナナさんから質問された直後だったからってわけじゃないよ!?」

 

「・・・・・・何を言ってんだ、お前は」

 

錯乱状態が酷くて話にならなかったので俺は美柑の額にデコピンを与える。

 

「はぅ!?」

 

「で、ナナは?」

 

「ナナさんならあたしと話したあとあっちの広場に向かって行ったよ」

 

額を抑えながら涙目になっている美柑からナナの行方を聞いた俺は広場へ視線を向けた。

 

「っと、その前に俺にもくれ」

 

「あっ・・・・・・」

 

美柑が食べていたフランクフルトを貰った俺はモグモグと食べながらナナを探すために再び歩き出した。

 

「おっ、ようやく見つけた」

 

広場の方へ行ってみると、桜の木に背を預けながら考え事をしているナナを見つけた。

 

「そうやってると、絵になるな」

 

「ト、トシアキ!?」

 

俺が声を掛けると驚いた様子でコチラを見るナナ。

 

どうやら俺が近づくまで気がつかなかったらしい。

 

「な、何だ? 絵になるって」

 

「いや、女の子らしさが際立っていてな。 やっぱりお前もプリンセスなんだと改めて思っただけだ」

 

「へ、変なこと言うな!」

 

「まうー!」

 

ナナの大きな声が聞こえたのか、木の上で遊んでいたらしいセリーヌがナナの頭をめがけて落ちてきた。

 

というか、俺より後に席を立ったセリーヌの方がナナのいるところに先にたどり着けたのが少しショックだったりする。

 

「わわっ、前が見えないだろ」

 

「なにやってんだよっと」

 

セリーヌの所為で前が見えなくなってしまったナナが倒れてしまいそうになったので腕に抱きとめてやる。

 

その時にセリーヌもナナの顔から胸へ落ちたので、視界が開けたナナと近くで見つめ合う形になってしまった。

 

「大丈夫か?」

 

「・・・・・・うん」

 

いつもと違って大人しくなったナナに首を傾げつつも、近づいてくる気配を感じたのでセリーヌを抱き上げてナナから離れる。

 

「トシアキ! 一緒に遊ぼうよ!!」

 

「そうだな、たまにはいいか。 ほら、ナナも行こうぜ」

 

俺たちを呼びに来たであろうララに答えたあと、呆然としているナナの前に手を出して誘う。

 

「あっ・・・・・・そ、そうだな!」

 

それからいつもの調子を取り戻したナナや他のメンバーたちと楽しく花見をしたのであった。

 

ただ、戻ってきてからモモが一言も発することなく空き缶を見つめていたのだが、お酒でも入っていたのだろうか。

 

 

 

***

 

 

 

「なぁ、いいだろ? ちょっと付き合ってよ」

 

「ん?」

 

学校の帰り道、美柑に頼まれていた買い物を終えた俺は家に向かって歩いていた。

 

その時に前から聞こえてきた声に視線を向けると、クラスメイトの籾岡が別の学生服を着た男に声を掛けられていた。

 

「あっ、トシアキ! もう、遅いよ!!」

 

「は?」

 

そして、俺の姿を見つけたかと思うとそのまま腕を絡めて俺が来た道を戻ろうとする。

 

「さっ、早く行こ?」

 

「おい、待て。 俺はこっちに行きたいわけじゃ・・・・・・」

 

俺の言葉を最後まで聞いてくれることもなく、そのまま腕を引っ張られてもと来た道を戻る羽目になってしまった。

 

「はぁ、助かった。 しつこい男に引っかかって苦労してたんだ」

 

しばらく歩くと今までの態度が嘘のように変わり、そう言ってきた籾岡。

 

「なるほど、そういうことか。 それならまだ腕を絡めているのはなんでだ?」

 

「もう、助けてくれたお礼してるのに、それはないんじゃない?」

 

そう言って俺の腕に自分の胸を押しつける仕草をする籾岡。

 

「前に言っただろ? そういうのは軽い女だと見られるから辞めとけって」

 

「・・・・・・」

 

「それじゃ、俺は帰るから」

 

俺はそう言いながら絡められた腕を外して家に向かって帰ろうとする。

 

だが、なかなか籾岡が絡めた腕を放してくれない。

 

「おい、籾岡?」

 

「ちょっと、今から付き合って」

 

「ん? 付き合ってって、ちょっと待て」

 

「いいから、こっち!」

 

俺の言葉はまた最後まで聞いてもらえず、そのまま腕を引っ張られてしまった。

 

そのまま歩き続けて数分後に目的の場所にたどり着いたようで、足を止める籾岡。

 

「ここは?」

 

「いいから入って!」

 

背中を押されるままに店の扉を開けると中から甘い匂いと華やかな装飾が見えた。

 

「おかえりなさい!」

 

出迎えてくれたのは同じくクラスメイトの沢田であり、服装はメイド服を着用していた。

 

「おかえりなさいって、いらっしゃいませじゃないのか?」

 

「ここはそういうお店なの! って、あれ? 結城とリサが一緒なんて珍しいじゃん」

 

珍しいもなにも、俺は籾岡に連れられてきただけなのだが。

 

「まぁ、いいか。 ゆっくりしていってね、おにぃちゃん」

 

「・・・・・・おにいちゃん?」

 

「そういうお店だから」

 

沢田に席へ案内され、最後に言われたお兄ちゃんという言葉に首をかしげながら籾岡の向かいに座る。

 

というか、妹ならメイド服なんて着ないと思うのだが、色々と混ざっている気がする。

 

「じゃ、俺はもう帰るな。 ごちそうさま」

 

「えぇ!?」

 

それから籾岡の奢りで軽食をごちそうになり、しばらく学校の話をしていたが、そろそろ暗くなってきたので俺は店を出たときにそう切り出す。

 

「女の子を一人で夜道を歩かせる気? ウチまで送ってよ」

 

「・・・・・・はいはい、わかったよ」

 

そのまま籾岡を家に送り届けるため、二人で夜道を歩く。

 

何故か再び腕を絡められたのだが、何を言っても話してくれそうにない。

 

抵抗をやめて、会話らしい会話もなく、無事に籾岡の家までたどり着いた。

 

「それじゃあ、今度こそ俺は帰るな。 また明日」

 

「待った」

 

まだ絡めたままの腕を強く引かれ、歩き出すことができない俺。

 

「せっかくだし、あがっていったら? コーヒーくらい出すし」

 

「いや、さっき散々飲ん・・・・・・」

 

「ほら、行くよ」

 

そのまま腕を引かれて籾岡の家に連れ込まれてしまった俺。

 

家では買い物を待っている美柑がいるのだが、何を言っても解放してくれそうにないので諦めてしまうのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

花見の時にトシアキさんが私の隣に座ったので、気が利く女であることをアピールしようと飲み物を差し出した。

 

「美柑さんは屋台で買い物してくるって言ってましたよ? はい、トシアキさん」

 

そして、私は渡してから気付きました。

 

私が持っていたのは自分の飲みかけのジュースで新しいのは先ほどセリーヌちゃんに渡してしまっていたのです。

 

「で、他のメンバーは?」

 

開いていたことを気にすることもなく私と、その、間接キスをしたトシアキさんがそう尋ねていましたが、もうその言葉からは耳に入ってきません。

 

あのトシアキさんとの間接キス、下着姿で迫っても慌ててもくれないトシアキさんとのキス。

 

いつの間にか間接の文字が消えていましたが、そんなことを考える余裕もないくらい私は興奮していました。

 

「まう?」

 

私が身体を動かしたことによってセリーヌちゃんがコチラを見上げています。

 

そこで私はこの場がいつもの自分の部屋でないことに気付きました。

 

「・・・・・・ちょっと、様子見てくる。 これ、頼むな」

 

「えっ!? あっ、はい・・・・・・」

 

そして再びトシアキさんの手元から戻ってきた私のジュース。

 

私はそのジュースを見ながら色々と考えているうちにいつの間にか花見の時間が終わってしまっていたのでした。



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第三十五話

「ここが私の部屋だよ」

 

「家に誰もいないみたいだけど?」

 

腕を引かれたまま籾岡の家に上がった俺だが、人の気配を感じなかったのでそう尋ねてみた。

 

「あぁ、親は共働きだから帰り遅いの」

 

そんな家に男の俺を連れ込んでいいのかと思ったので踵を返して出て行こうとするが籾岡が立ちはだかっていて部屋から出られない。

 

「おい、籾お・・・・・・」

 

「そんなにさ、素気なくしなくてもいいじゃん?」

 

行く手を阻まれた俺をそのままベッドに押し倒した籾岡はそう言いながら頬を赤らめる。

 

「あんたはドキドキしてなかったかもだけど、私は結構ドキドキしてたんだよ?」

 

そのまま顔を近づけた彼女は俺の耳元でそう囁いた。

 

「・・・・・・籾岡」

 

「私も最近ご無沙汰でさぁ、寂しい夜もあるんだよねぇ」

 

俺の声を無視して、彼女は俺のことを見つめながら身体に触れてくる。

 

「大丈夫、手取り足取り教えてあげる。 だから、私で試しときなよ」

 

「ふむ。 なら、そうしようか」

 

「へっ? きゃっ!?」

 

俺は勢いよく身体を起こして、籾岡の両手を取って壁に押しつける。

 

いくら身体が鈍っているとしても女の子の両手を片手で押さえつけることは余裕だ。

 

「何が試しときなだよ、初めてなんだろ?」

 

「な、なに言って・・・・・・」

 

身動きが取れない籾岡の足は若干震えており、言葉も動揺していることを表していた。

 

そんな籾岡の言葉を遮るかのように俺は空いていた右手を壁に強く叩きつける。

 

「ちょ、ちょっと、結城・・・・・・」

 

「安心しろ、痛いのは最初だけで直におさまる」

 

そのまま顔をゆっくり近づけていく俺を怖がってか、ギュッと目を閉じて俯く籾岡。

 

俺はそんな彼女の額にソッと右手を近づけていき。

 

「った!?」

 

指で素早く籾岡の額を弾いた。

 

「バカなこと言ってないで、寂しい夜があるなら彼氏でも見つけろ」

 

籾岡を解放した俺は美柑から頼まれていた買い物袋を持って出ていく。

 

「あ、でも」

 

「・・・・・・なによ」

 

両手を額にあてて座り込む籾岡がコチラを睨むようにしながら返事をする。

 

「さっき俺にビビって目を閉じてた時、なかなか可愛かったぞ?」

 

「バカ!」

 

俺がそう言った直後、顔を真っ赤にしてクッションを投げられたのでそのまま籾岡の家から出ていくことになった。

 

「少しからかい過ぎたか。 今度あったときに謝っておくか」

 

先ほどの彼女の反応を思い出して、少し反省した俺はもう一度買い物袋の中身を確認する。

 

「忘れ物は・・・・・・ないな」

 

美柑から頼まれていた食材などを確認し終えた俺はそのまま帰路につく。

 

「ただいま」

 

「あっ、トシ兄ぃ、遅いよ!」

 

美柑がそう言いながらお玉を片手に玄関までやってきた。

 

「悪い、ちょっと色々と寄り道してしまったから」

 

「もぅ。 足りないから買い物をお願いしたのに、ご飯作れなかったじゃん」

 

「悪かったって」

 

少しご機嫌斜めな美柑の頭をソッと撫でてから、買い物袋をキッチンまで運ぶ。

 

「じゃあ、晩御飯楽しみにしてるから」

 

俺はそう美柑に告げて、自室へと戻る。

 

ちなみにその日の晩御飯はいつもより遅い時間帯ではあったが、とても美味しい料理だった。

 

 

 

***

 

 

 

「ようこそ皆さん! 我が天条院家の別荘へ!!」

 

沙姫先輩に招待された俺たちは専用の船で別荘がある島に連れてきて貰った。

 

「沙姫様のご友人の方々ですね、よくぞいらっしゃいました」

 

「あなたは?」

 

一緒に来た古手川が皆を代表してそう尋ねる。

 

確かに、こんな島で突然現れた男性に警戒心を持つのは悪くない。

 

「この屋敷を管理している執事の嵐山です」

 

もっとも、沙姫先輩の別荘なので不審者などが出てくるはずもないんだが。

 

「今日は皆さんのために海の幸をたくさん用意してあります。 どうぞごゆっくりおくつろぎください」

 

「あっ、どうも、お世話になります」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

執事という言葉を聞いて安心したのか、古手川はペコペコと頭を下げている。

 

そんな古手川の後ろでララも笑顔で元気にそう返事していた。

 

「サキ! 招待してくれてありがとね!」

 

「トシアキ様には家出のときにお世話になりましたから、天条院家は受けた恩は忘れませんのよ」

 

チラチラとコチラを見ながらそう言う沙姫先輩。

 

後ろに控えていた凛先輩や綾先輩も俺の方を見て頭を下げていた。

 

「そんなの気にしなくてもよかったのに。 でも、他の皆も一緒に招待してくれてありがとうございます」

 

恩を返すという言い方では俺だけでも良かったはずだが、気を利かせてくれた先輩は美柑やヤミまで呼んでくれていた。

 

「れ、礼には及びませんわ! トシアキ様が喜んでくれるならそれで・・・・・・」

 

「沙姫様、そろそろ皆さんをご案内した方がよろしいかと」

 

俺の言葉を聞いた沙姫先輩は嬉しそうに微笑みながら話してくれていたが、凛先輩に遮られて途中までしか聞き取れなかった。

 

「そうですわね・・・・・・嵐山、皆さんをお部屋へご案内して」

 

「はっ、沙姫様。 それではコチラになります」

 

嵐山さんが皆の先頭にたって別荘の奥へと歩きだす。

 

「リサとミオやお静ちゃんも来られたらよかったのにね」

 

「急な話だったから残念だったね」

 

ララの言葉に西連寺がそう言いながら嵐山さんの後についていく。

 

ちなみに他はナナとモモ、セリーヌと美柑にヤミ、そして古手川に俺の計九人が招待されている。

 

「って、よく考えたら男って俺だけじゃないか」

 

「トシ兄ぃ、なにしてるの?」

 

衝撃の事実を口にして立ち止まっていると前を歩いていた美柑とヤミが首をかしげながら俺を見ていた。

 

「いや、なんでもない。 で、俺の部屋はどこだ?」

 

さすがに一人での部屋はもったいない気がするが他は皆、女性なので仕方ない。

 

「トシ兄ぃは私とヤミさんと一緒だよ。 セリーヌは古手川さんが見てくれるって」

 

「なん、だと!?」

 

いくら義兄妹だからってそれは問題あるんじゃないだろうか。

 

「私はマスターの傍を離れるわけにはいきませんのでそう希望しました」

 

「私もトシ兄ぃと一緒なら別にいいかなって、兄妹だし」

 

「・・・・・・」

 

この二人は俺を一体何だと思っているのだろうか。

 

異性である俺に対してもう少し危機感を持つべきだと思う。

 

「わーーー! いい眺め!」

 

「結構広い部屋ですね」

 

俺が色々と考えているうちに美柑もヤミも宛がわれた部屋に入ってしまった。

 

「ほら、トシ兄ぃもおいでよ! とっても綺麗だよ!」

 

「あっ、おい、ちょっと美柑!」

 

俺の前までやってきた美柑は笑顔で俺の手を取り室内まで引っ張って行く。

 

そのまま俺は部屋に入り、窓際から景色を見ることになった。

 

「・・・・・・確かに綺麗だな」

 

「でしょ! 来てよかったね」

 

美柑の嬉しそうな笑顔に部屋割のことはもうどうでもよくなってきた。

 

「そうだな。 二人とも、夕食まで時間があるし風呂にでも行ってきたらどうだ?」

 

「お風呂ですか、いいですね」

 

ベッドに腰をおろしていたヤミも風呂の話に興味が引かれたのかスッと立ち上がる。

 

「いこいこ! トシ兄ぃも一緒に入る?」

 

「私も別にかまいませんよ?」

 

美柑の言葉に返事する間もなく、ヤミからそんな言葉を掛けられる。

 

しかし、二人が良くても他のメンバーがいたら駄目だろう。

 

「他にもいるんだから駄目に決まってるだろ」

 

というか、他の人がいなくも駄目だろう。

 

前に一緒に入ったことはあるが、好んで俺と入るようにはならないでほしい。

 

「あっ、そうか。 じゃあ、ヤミさん行こ」

 

「ですが・・・・・・」

 

俺の方にチラリと視線を寄こしたヤミにヒラヒラと手を振り美柑と行くよう指示する。

 

恐らく、守護者として傍にいないと駄目だとか考えているのだろう。

 

「俺のことは気にせず行って来い」

 

「・・・・・・わかりました」

 

「じゃあ、トシ兄ぃまたあとでね」

 

二人が部屋から出ていったのを確認して、俺は窓際にある椅子に腰掛ける。

 

「たまにはこういった感じでのんびりするのも悪くないな」

 

何気なく外を眺めていると一匹の黒い猫と視線があった。

 

「・・・・・・」

 

お互いに視線を逸らすことなく、俺と黒い猫はしばらく見つめ合う。

 

「・・・・・・ん? 雲行きが怪しくなってきたな」

 

雲の色が暗くなり、雷の音まで聞こえ始めてきたので視線を空へ移す。

 

そして、再び視線を戻すと既にそこに黒い猫は居なくなっていた。

 

「気のせいか」

 

あの猫は普通の猫ではないと直感が告げていたが、姿が見えなくなってしまってはどうしようもない。

 

「少し横になっとくか」

 

居なくなってしまった猫についていつまでも考えていても仕方がないので、ベッドに横になる。

 

外では雷や雨の音が聞こえているが、部屋に居ればそれほど気にならない。

 

そして、一人静かな部屋で俺はそのまま眠りにつくのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

「やっぱり広いお風呂は気持がいいわね」

 

「ホントだね」

 

目の前でそんな話を姉上とコテ川がしているけど、それよりあたしは気になることがあった。

 

「コテ川、けっこう胸おっきいな」

 

「へっ!?」

 

自分の胸と見比べて思わず口に出してしまったが、言葉を戻すことはできない。

 

「どうやったらそんな風になるんだ?」

 

言ってしまったので、ついでにそう尋ねてみる。

 

もしかしたら、あたしもコテ川みたいになれるかもしれないしな。

 

「ど、どうやったらって、ナナちゃん!」

 

「私も知りたい・・・・・・」

 

「西連寺さんまで!?」

 

一緒に入っていた春菜もあたしと同じことが気になっていたようでコテ川の胸をジッと見つめていた。

 

「お子様ね、ナナ。 胸なんて気にするようなことじゃありませんよ?」

 

「な、なんかモモに言われるとスゲー腹立つ!」

 

モモはあたしより大きいからってこんな風に悩まなくて済むんだ。

 

「・・・・・・でも、アイツもやっぱり大きい方がいいのかな」

 

そんなときに頭に浮かんだのは姉上の婚約者候補のアイツ。

 

「えっ? ナナ、何か言いました?」

 

「べ、べつになんでもない!」

 

自分でそんなことを考えてしまった恥ずかしさを隠すようにお湯に口まで浸かり、ブクブクと息を吐いて心を落ち着かせるのであった。



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