八幡のラブコメを観察したいのに、どうして私とラブコメするの!? (Faz)
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第一話 こうして私の『俺ガイル』観察が始まる?

 ――総武高校に入ってからはやニ年と少しが経ちました。

 

 所謂(いわゆる)転生というものを体験して前世大好きだったライトノベル『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の世界に生まれ落ちた私は、持ち越した知識をフルに活用して天才と呼ばれながらもこの高校に入学しました。

 就職先も引く手あまたな私がやりたかったのは、原作の様子を間近で見る事。主人公である比企谷八幡とヒロインたちの甘くも切ないラブコメを傍からじっくりと見ようと思っていたのです。

 その為に総武高校に受験し、見事に主席として入学したのですが。

 

「……まさか皆が一個下とはねぇ」

 

 前世の記憶を持っても努力は怠らず原作では雪ノ下雪乃が所属していた国際教養科であるJ組に入学したのはいいものの、当人が居ない事に気が付きました。

 まさか学年が違うのか? そう思い上級生をくまなく探した所、三年生に雪ノ下先輩が居ました。

 

 ……いやまぁ、雪ノ下陽乃先輩だったけど。

 

 そうしてメインヒロインである雪ノ下雪乃の姉、陽乃先輩と仲良くなりながら(どうやら気に入られたらしく、外面ではない陽乃先輩と話す事が多かったけど)その翌年、遂に八幡たちが入学してきました。

 しかし先輩という立場もあり自然に近付く事は容易では無かったので、去年から平塚静先生と一緒に立ち上げた奉仕部の部長として雪ノ下雪乃さんが入って来るを待つ事になりました。

 

「何をぶつぶつ言っているんですか、円加(まどか)先輩。それに足をジタバタさせないで下さい、はしたないですよ。コーヒーが出来ましたから落ち着いて下さい」

「お、ありがとね雪乃ちゃん。ただ考え事をしてただけだから何でも無いよー」

 

 そしてこのように現在三年生の春、去年の夏から我が奉仕部に入った雪乃ちゃんと二人で活動をしています。

 まさに計画通りってやつですね!

 原作では長机の端に座っていた雪乃ちゃんですが、私の必死の働きかけによって二人仲良く並んで座っています。

 ……時々手が触れ合うくらいまで近いのは私の事を友人だと認めてくれているからかな?

 

「考え事ですか? 私でよければお聞きしますが」

「いやいや、本当に大した事無いから! ふぅ、雪乃ちゃんの作るコーヒーは美味しいねー」

「ありがとうございます。……何か困った事があれば、相談に乗りますからね?」

「うん、ありがとねー。優しい雪乃ちゃん大好きだよ!」

「だ、だいっ!?……ごほんっ、せ、先輩は直ぐにそうやって」

 

 あらら、今度は雪乃ちゃんがぶつぶつ言い始めました。

 何を言ってるのかは分かりませんが何か悩みがあるのでしょうか? 原作通りだと陽乃さんに対するコンプレックスとか、人付き合いとかかな。

 

「雪乃ちゃんも困った事があったら何でも相談に乗るからね! お姉ちゃんにまっかせなさい!」

「……はい、ありがとうございます。そろそろ足を止めて下さい、ジタバタすると埃が舞うので」

「あ、ごめんなさい」

 

 こうして一週間に一度来るか来ないかの依頼を待ちながら、毎日ゆったりと過ごしています。

 でも今日は特別な日だと言う事が先程職員室に部室の鍵を取りに行った時に分かりました。

 平塚静先生……静ちゃんとある男子生徒が話をしていたからね。

 なので長机の下で足をジタバタさせて、待ちに待ったこの瞬間を楽しみにしているのです。

 

「あっ、来たね。開いてるから入っていいよー!」

「……先輩。私たちが居る限り鍵を閉める事は無いと思いますし、扉の前に人が居るを察知して先に声を掛けるのは怖いので止めた方がいいと思いますよ」

 

 雪乃ちゃんの丁寧なツッコミと共に部室の扉が開き、いつも通り白衣を纏った静ちゃんが腐った目をした男子生徒を連れて入って来ました。

 長机の前までやってきた静ちゃんは片手を腰に当てて私を見ます。

 

「お前は相変わらずエスパーみたいだな進藤(しんどう)

「いやーそれほどでもー」

 

 私は後頭部に手を当てて分かりやすく照れているアピールをしました。

 なまじ身体能力が高い私は耳が良くて部室の前に誰かが来たくらいなら察知出来ます。

 なのでこうして声を掛けるのですが、雪乃ちゃんが初めて来た時とかはビックリして怯えてたなー。怯えてる雪乃ちゃんもギャップがあって可愛かったんだけど。

 

 思い出し笑いをしている私を見た静ちゃんは溜め息を吐き、雪乃ちゃんは読んでいた本を閉じて呆れた声を出しました。

 

「先輩。褒められているのでは無く、呆れられていますよ。それで、そのヌボーっとした人は?」

「え? 私呆れられてるの?」

「彼は入部希望者だ」

「あ、二年F組比企谷八幡です。えっと」

 

 私を華麗にスルーしていく中、(ようや)くこの物語は始まりを迎える事になりました。

 この世界に生まれてからずっと待ち望んでいた原作、主人公とヒロインとの初めての出会いから始まる様々な人間模様をこの目で見る事が出来る。

 原作ファンとしてはこれ以上に無い嬉しい体験でしょう!

 

 八幡の挨拶を聞いた雪乃ちゃんは顎に手を当てて少し考えた後、私の方をチラリと見ました。

 きっと部長である私に確認しているのでしょう、八幡の入部を認めるか否かを。

 勿論私は雪乃ちゃんのスラっとした目を見詰めてブンブンと音が鳴りそうな程に首を縦に振りました。

 八幡が奉仕部に入らないと何も始まらないからね!

 

 その様子を見た雪乃ちゃんは小さな微笑みを浮かべ、頷き返してくれます。

 これが一年を掛けて築いた雪乃ちゃんとの絆だよ!

 アイコンタクトとボディーランゲージで言葉を交わした私たちは静ちゃんの方へと向き直ります。

 そして雪乃ちゃんは歓迎の一言を。

 

「――お断りします。先輩と二人きりの部活にそんな死んだ魚の目をした男を入れるのは反対です」

 

 歓迎の一言? あれ、雪乃ちゃん?

 ……もしかしてこれ、原作始まらないんじゃ?



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第二話 ようやく私の『俺ガイル』観察が始まる。

「な、何を言ってるのかな雪乃ちゃん!?」

 

 記念すべき原作開始日の放課後、今まで私と雪乃ちゃんだけだった奉仕部に八幡くんが連れられて来ました。

 ここから青春ラブコメが始まるのかぁと感慨深く思っていた所、何故か雪乃ちゃんが八幡くんの入部を断ってしまいました。

 

「何を考えているか分からない男子を先輩の近くに置く訳にはいきませんから」

「いやいやいや!? 入れてあげようよ!」

「あーなんだ雪ノ下。こいつは危機管理能力には優れている。社会的に死ぬ行動を取る事は無いさ」

「そうだよ雪乃ちゃん! 八幡くんが可哀想でしょー?」

「あ、え、あの」

「……先輩。今あの男を名前で呼びましたか?」

 

 見ると八幡くんはブツブツと言葉を呟きながら少し頬を染めて視線を外している。

 流石に初対面で名前呼びは少し慣れ慣れしかったかな?

 これまでずっと頭の中で八幡くんって呼んでたからついつい普通に呼んでしまったけど、これからは苗字で呼ぼう。

 

「ごめんね比企谷くん。ついうっかりー」

「……あ、いえ。えっと、大丈夫ですけど」

 

 ある程度仲良くなったら雪乃ちゃんみたいに下の名前で呼べたらいいな! と思いながら、仲良くしてねという意思を込めた微笑みを返します。

 人付き合いが苦手な比企谷くんは口を閉じて目をキョロキョロと動かして照れています。

 確かに目は腐っているけれど、見ていて飽きない可愛さがあります。

 彼の妹である小町ちゃんはもっと可愛いのでしょうね! 早く会いたい!

 ……あの、雪乃ちゃん? 痛いから抓らないで? 大丈夫、雪乃ちゃんの方が可愛いから!

 

 そうして雪乃ちゃんが比企谷くんを猫のように睨み、オドオドしている比企谷くんがその目線に狼狽(うろた)えていたりしていると、静ちゃんが手を打ち鳴らして(まと)めに入りました。

 

「これは奉仕部としての依頼でもあるのだよ。ここで比企谷の孤独体質を解消して欲しい」

「雪乃ちゃん! 依頼だよ! 依頼なんだよ!」

 

 私が両手を合わせてお願いっ! とポージングすると、雪乃ちゃんは何度目か分からない溜め息と共に観念してくれた。

 何だかんだお願いしたら言う事を聞いてくれる雪乃ちゃん可愛い!

 

「……分かりました。先輩が大丈夫でしたら仕方がありません。ようこそ比企谷、いえヒキコモリくん」

「おい待て何で言い直した」

 

 比企谷くんとの仲は原作通りで理路整然(りろせいぜん)とした言い合いを続けており、私と静ちゃんはそんな二人の様子を見てニヤリと笑いました。

 雪乃ちゃんがこうして同い年の人と話をするのは珍しい事ですから、ぼっち同士仲良くして欲しいですね。

 原作通りに二人の心が通う事を祈りましょう!

 

「それでは失礼するよ。あ、そうだ進藤」

「はい?」

「先週没収したゲーム、返却するから反省文書いて持ってこい」

「……はいー」

 

 この前雪乃ちゃんがゲームをした事が無いと聞き、携帯ゲームを持ってきて部室で遊んでいたのですが運悪く静ちゃんに見つかって没収されたのです。

 とほほ、成績主席なんだからそれくらい大目に見てよー。

 

「先生。先輩は私の為にゲームを持ってきてくれたので、私も反省文を」

「進藤だけでいい。……まぁ反省文くらいで進藤が更生する訳が無いんだが」

「分かってるならいらなくないー?」

「馬鹿者、他の生徒に示しがつかないだろう。反省しなくてもいいから書いてこい」

 

 それは先生が言っていい言葉じゃ無いよね!?

 静ちゃんが去って行くと部室には一度の沈黙が生まれました。

 雪乃ちゃんの呆れた視線、比企谷くんの唖然(あぜん)とした視線が私の心を貫きます。

 

「さ、さぁ!」

 

 うぅ、変な先輩って思われてるよー!?

 

 

 

「それじゃあ改めまして自己紹介だね。私は進藤(しんどう)円加(まどか)。三年J組だよー」

「私は雪ノ下雪乃。二年J組よ」

「じゃあ俺も、いや僕は比企谷八幡です。二年F組っす、いやF組です」

「あ、無理して敬語使わなくていいよー! 同じ部活の仲間なんだしね」

 

 二人の視線に苛まれながらちゃちゃっと書いた反省文によって、愛しの携帯ゲームちゃんは私の鞄の中へと帰ってきました。

 試しに起動してみたら新しいセーブデータが作られていたのですが……ちょっと遊んだよね静ちゃん?

 そして長机に雪乃ちゃん、私、少し離れて比企谷くんと座り、雪乃ちゃんの淹れてくれた紅茶で一息吐いてから漸く話が始まります。

 

「あ、えっと、そうすか」

「比企谷君。先輩はそう言っていますが、ちゃんと敬意を持ちなさい」

「分かってる、雪ノ下。それで、ここはなんの部活なんだ?」

「そうだねー。何の部活だと思う?」

 

 本来なら雪乃ちゃんの台詞なのですが私が言っても大丈夫でしょう、言ってみたかったし。

 少し考えてから比企谷くんはその答えを口にしました。

 

「……文芸部だろ?」

「へぇ、その心は?」

「この部屋の中に特殊な環境、特別な機器が存在しない」

「外れ」

「じゃあ何部なんだよ?」

「今ここで私たちがこうしているのが部活動よ」

「……降参だ、さっぱり分からん」

 

 おー!! 原作で見た通りだよ!

 比企谷くんと雪乃ちゃんの捻くれた者同士の会話は、この世界に産まれた時から夢にまで見た光景です。

 これから二人が仲良くなっていくのが楽しみですなー。

 

「それじゃあ先輩。教えてあげてください」

「そこで私に振るの!?」

「部長ですから」

 

 えぇー、このまま二人の会話を傍で見ておきたかったんだけどなぁ。

 

「えっとね、ここは奉仕部っていう部活なんだ。皆の悩みを聞いて解決に導くんだよ!」

「先輩、話が飛び過ぎです。つまりは持つ者が持たざる者に慈悲の心を持ってこれを与える、人はそれをボランティアと呼ぶわ」

「……雪乃ちゃんの言葉も分かりづらいよね?」

「ま、まぁ、そうっすね。つまりはボランティア部ですか?」

「いいえ。困っている人に救いの手を差し伸べるのが、この部の活動よ」

 

 そうしてスケットダンスのような部活だよーと教えた私たちは、先程先生に頼まれた比企谷くんの更生について考えます。

 

「比企谷くんはぼっちなの?」

「うぐっ、でも俺はそこそこ頭が良いんですよ。顔もそこまで悪くないと思うし、一人で居るのは自分の意思なんですよ」

「比企谷君。貴方が今話しているのはテスト満点が普通の主席で、容姿端麗の天才人間よ」

「えへへー、照れるなー」

「そ、それは知ってる。有名だしな」

 

 成績優秀なだけでなく親友の現生徒会長を巻き込んで色んなイベントをやったり、先生に伝えずにゲリライベントを催したりと進学校の生徒とは思えない事をしている私は、どうやら有名だそうです。

 前やったゲリラトランプマジックショーは楽しかったなー、またやろっと。

 

「先輩、反省してください」

 

 色々と企んでいた私を表情で察したのか雪乃ちゃんにめっ、という感じに叱られました。

 怒ってる雪乃ちゃんも可愛い! でもこれ以上やると本気で怒るから今は自重します……。

 

「それで比企谷君は、何を言いたいのかしら?」

「俺は別に変わりたくないんだって」

「それは貴方の逃げでしょう?」

「変わるっつうのも現状からの逃げだろ?」

「それじゃあいい案があるよ!」

 

 言い合っている二人を止めて、私は立ち上がりました。

 原作なら静ちゃんが入ってきて二人の勝負に持ち込む筈ですが、どうやら来ないようなので私が代わりに勝負を仕掛けましょう!

 

「互いの正義がぶつかった時は、勝負で決めよう!」

「なんすかその少年漫画みたいなシチュエーションは」

「そこうるさいよー。……ごほん。ここは奉仕部、誰かの悩みを解決してあげる場所。だからどちらが正しいかは、ちゃんと依頼を解決出来るかの勝負で決めよう!」

「先輩。そんな事は必要ではありません。こうして私たちと会話が出来ている以上、更生等いらないのでは?」

「うーん、よし! それじゃあ勝った方には私が何でも言う事を聞いてあげよう!」

「何でも!?」

 

 顔を赤くした比企谷くん、思春期真っただ中の彼には少し刺激が強すぎたかな?

 雪乃ちゃんは比企谷くんをキッと睨んでから私の肩を掴んで顔を近付けました。

 いつになく真剣な眼差しです。

 

「それはいけません先輩!! きっと厭らしい事を命令するに決まってます!」

「なら雪乃ちゃんが勝てばいいんだよ? ほら、雪乃ちゃんならそんな命令する訳無いし」

「私が勝ったら……」

 

 何を想像しているのか顔をボンッと赤くさせる雪乃ちゃん。

 いや待って、本当に何を想像したの? 私に何をさせようとしているの!?

 

「分かりました、受けて立ちます。じゅるり。先輩を守る為にやりましょう」

「じゅるりって何!?」

「次の依頼が楽しみですね、じゅるり」

「いや、俺はやると言ってな……はいやります」

 

 やる気の無かった比企谷くんをまるで猛禽類のような眼光で黙らせた雪乃ちゃん。

 ふぇぇ、軽はずみで言う事を聞くって言っちゃったけど、何だか身の危険を感じるよぉー。

 

 そして次の日、奉仕部が三人になってから初めての依頼がやってくるのでした。

 テンションの高いもう一人のヒロインと共に。



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第三話 ややあってお団子ガールはお菓子作りの極意を聞く。

「ふぅ。雪乃ちゃんの紅茶は美味しいね、比企谷くん」

「そうっすね」

「ありがとうございます」

 

 新しい仲間が増えた奉仕部は今日も平和な時間が流れています。

 雪乃ちゃんと比企谷くんが勝負する事になって一日、今の所新しい依頼は来ていません。

 まぁ原作を知っている私は今日新しい依頼が来ることを知っているんですけどね!

 

「そういえば雪乃ちゃん。明日は暇?」

「ええ、特に予定はありませんが」

 

 私の質問に首を傾げた雪乃ちゃん、艶々な横髪が頬に掛かってとても可愛い。

 

「それじゃあ私の家に来ない? この前ゲームについて教えられなかったから、教えようと思ってねー」

 

 そう提案すると雪乃ちゃんは少し思考してから、綺麗な微笑みを浮かべました。

 比企谷くんには原作通り……いや、原作よりも厳しくあたっている雪乃ちゃんですが、去年からの付き合いである私にはとても甘く接してくれます。

 私が陽乃さんの友達という事を雪乃ちゃんは知っていて目の(かたき)にされると思ったので、プライドを刺激しないように優しいお姉さんとして色んな遊びに引っ張って行った結果、今ではとても仲が良くなりました。

 ……その代わり陽乃さんが私を羨ましそうな目で見るようになりましたが。

 

「はい、大丈夫ですよ。お昼過ぎでいいですか?」

「やたっ! じゃあお昼過ぎとは言わず私の家でご飯食べようよ! あ、比企谷くんも来る?」

「あ、いや」

「それは駄目ですよ先輩。家族が居るからと言って男を気軽に部屋に上げてはいけません」

 

 どうせなら歓迎会にしようかなと思ったのですが、雪乃ガードによって比企谷くんの参加は無理そうです。

 比企谷くんに手を合せてごめんねと謝り、雪乃ちゃんの機嫌を直す為に明日やるゲームの話をして、一緒に料理しようと提案したりしました。

 雪乃ちゃんの機嫌が戻るどころかそれ以上になる頃、部室の扉の前へと誰かがやって来ました。

 

「開いてるよ! どーぞ!」

『うひゃぁっ!? なに? なになに!?』

 

 うひひ、驚いてる驚いてる。

 雪乃ちゃんにデコピンされていると彼女は扉を開けて入ってきました。

 

「し、失礼しまーす。ってヒッキー!? どうしてヒッキーがここにいんの!?」

 

 大きな声で驚くお団子ヘアーの彼女は由比ヶ浜結衣ちゃん。

 原作で一番目の相談を持ち掛けてくる比企谷くんのクラスメイトで、雪乃ちゃんに並ぶもう一人のヒロインです。

 雪乃ちゃんとは正反対の大きなメロンを持っていて、容姿端麗と名高い私でも勝てないでしょう。

 ……違うよ! 私は美乳なんだよ! 雪乃ちゃんみたいに小さい訳じゃごめん雪乃ちゃん、謝るからデコピンやめて。

 

「こほん。二年F組、由比ヶ浜結衣さんね」

「……学校全員の名前覚えてるのか?」

「雪乃ちゃんは努力家だからねー」

 

 褒めてあげると雪乃ちゃんはそっぽを向いて照れているのを隠すので、よく褒めてはニヤニヤ観察しています。

 比企谷くんにも頑張って欲しいですね!

 

「それじゃあ相談を聞こうかな? あ、私は部長で三年生の進藤円加ね。よろしくー!」

「し、進藤先輩! わ、私は由比ヶ浜結衣です! 結衣って呼んでください!」

「緊張しなくてもいいよ、結衣ちゃん? 私は円加って呼んでねー」

「は、はい! よろしくお願いします、円加先輩!」

 

 どうやら結衣ちゃんは私のファンだそうで、この前のトランプマジックショーも端っこで見ていたそうです。

 ふっふっふ、憧れの視線で見られるのは嬉しいですね。

 今度部室でマジックを見せてあげる事を約束していると、話が脱線していると雪乃ちゃんの指摘が入って相談が始まりました。

 

 

 

「――どうしてこうなるのかしら」

 

 場所を調理室へと移した私たちの前に出て来たのは、真っ黒に焼かれた何とも言えないクッキーでした。

 結衣ちゃんの相談は原作と同じお世話になった人にクッキーを渡したいという事で、静ちゃんに調理室の使用許可を取りました。

 その際、家庭科担当の先生に絶対に危険な事はするなと念を押されたのですがこちとら主席ですよ?

 いつも馬鹿みたいにイベントを催してるからと言ってそんなのあんまりですー!

 

「これって、毒とか入ってないよな?」

「ヒッキー酷い!……やっぱり毒かな?」

 

 比企谷くんと結衣ちゃんは黒いクッキーを手に取りましたが、口に入れる勇気は出ないようです。

 なので私はひょいと手に取って口に入れ、何だかジャリジャリと音がしますが咀嚼しました。

 

「ちょっ円加先輩!? 食べなくてもいいですよ!」

「……先輩、中々チャレンジャーね」

「進藤先輩って怖いもの知らず過ぎじゃ?」

「むぅ、酷い言いようですねー。確かにこれは失敗作です。でも結衣ちゃんが頑張って作ったんですから、決して美味しく無い物ではありませんよ。……いや、やっぱ美味しくは無いです」

「円加先輩……最後は酷いけど、嬉しいです」

 

 ……あっ!? これって私が言っちゃ駄目なんじゃない!?

 確か原作では比企谷くんが大事なのは味じゃなくて作った人の気持ちだなんだって諭すんだった筈。

 これは(まず)い! 味も不味いけど私も大変拙い!

 

「進藤先輩、流石ですね」

「でしょう? 先輩は素晴らしい人ですから」

「なんでお前が自慢気なんだ雪ノ下」

「『私の』先輩だからよ」

「……アッハイ」

「うぅ、円加先輩……そうですよね、分かりました! 私、沢山気持ちを入れて作ります!」

「あ、うん。頑張って」

 

 それからもう一度雪乃ちゃんによるクッキー教室を行って、先程よりはまだ黒く無くなったクッキーを作れるようになりました。

 片付けを終え部室へ帰って来ると結衣ちゃんは、頑張ってクッキー作ります! と宣言して帰って行きました。

 どうにか比企谷くんに惚れるように仕向けようとしたのですが、結衣ちゃんが調理以外で私の傍から離れる事は無く、それを見た雪乃ちゃんも私の傍へと近付いてきてしまいました。

 違うの! 私が見たい青春ラブコメはこれじゃないの! まちがってるの!

 

「……由比ヶ浜さん。中々手強いわね」

「あーその、頑張って下さい進藤先輩」

「うぅー!! こうじゃないよー!!」

 

 その次の日、再びやってきた由比ヶ浜さんから比企谷くんに渡したクッキーよりも大きなクッキーを渡されるのですが、まだ私は諦めませんよ!



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第四話 きっと、誰しも等し並みに悩みを抱えている。あ、私は抱えてません。

 私が所属している三年J組は国際教養科は全校生徒から一目置かれるエリートクラスです。

 その中でも生ける伝説とまで呼ばれている私は生徒からは尊敬の目を、先生方からは恐怖と諦観の目を向けられる超エリートなのです!

 

「さてさて前回はトランプマジックだったからね、今日の昼休みはこの百円玉を使ったマジックを披露するよ!」

『おおー!』

 

 そんな私が今居るのは校舎に囲まれた中庭のど真ん中、近くの教室から借りた長机に黒いマットを引いてガラスのコップに百円玉が貫通するマジックを行います。

 コップにはこの前都内のマジックショップで買った仕掛けが施されており種も仕掛けも存分にあるのですが、種明かしされるまで意外と分からないもんですよね。

 そんなコップを筆頭にしたマジックグッズを沢山披露し生徒たちの歓声を浴びていると、遂に先生方が現れました。

 

「進藤ォー! またお前かー!」

 

 先頭に居るのは教頭先生ですね、結構なお歳なのに頑張りますなぁ。

 でも私はやめないし捕まる気も無いけどね!

 

「それじゃあ皆また今度! 今日は来てくれてありがとねー!」

『よかったよー!』

『楽しみにしてるぞー!』

『片付けはやっとくからなー』

「ありがとねー! では、ドロン!」

 

 まぁドロンと言っても走って逃げるんだけどね!

 

 

 

「――進藤。この三年で何枚反省文を書けば気が済むんだ?」

「知らないよー。反省してないのに何を書けって言うんだよー!」

「反省してないな!? 全く雪ノ下……姉の方が卒業して学校が静かになると思ったが、お前の方が厄介だとはな。頼むから雪ノ下妹と比企谷、それに新入部員の由比ヶ浜に変な影響を出させるなよ」

「分かってますよーだ。それに結衣ちゃんはまだ新入部員じゃないからね」

 

 陽乃ちゃんが居た頃は、破天荒な雪ノ下陽乃に連れ回されている可哀想な女の子のように思えていたのかもしれませんが、彼女が卒業してからは私の独壇場です。

 今では雪乃ちゃんを巻き込む事もあるので静ちゃんの懸念はもう既に手遅れかもしれませんが。

 あ、結衣ちゃんは奉仕部に入り浸っていますが入部届を貰っていないので正式な部員ではありません。

 

「そうだ進藤。また相談者が来たから奉仕部について教えておいた。多分今頃、部室に来てると思うぞ」

「お、そうなんだ。それじゃあ早く部室に行かないとね。ほい、反省文でございますお納めくださーい」

「……文章に反省の意が全く見えないな。まぁどうせ直らないからいいとしよう」

「静ちゃんのそういう所好きだよ!」

「静ちゃんって言うな」

 

 あまり怒らせるとまたお説教が始まってしまうのでさっさと退散しますか。

 面と向かって好きと言われたせいか少し恥ずかしそうにしている静ちゃんを置いて部室へと向かうと、何やら中で騒がしい声が聞こえます。

 結衣ちゃんの次に来る依頼は確か、中二病の材木座くんだった筈。

 ラノベは好きだけど原作であれだけ酷評されてた物を読むのは少し面倒だなぁと思いながら、私は扉を開けました。

 

「遅れてごめんねー!」

「先輩、お説教お疲れ様です」

「あ、円加先輩! やっはろーです!」

「……うす」

「あ、貴女様はっ、し、しん、進藤先輩っ!? は、八幡ッ! これは一体!?」

 

 うむ、実際に見ると凄い迫力だな材木座くん。

 コートに手袋、原作通り中二病のようだね!

 

「やっはろー! それで君は材木座くんだね? 依頼はライトノベルの感想が欲しいっと」

「なっ、何故それをぉ!?」

 

 一昔前のアニメのようなリアクションを取る材木座くんを尻目に、雪乃ちゃんが訝し気な眼差しをこちらに向けます。

 

「先輩、盗み聞きですか?」

「違うよ! これも私のシックスセンスさ!」

「円加先輩……かっこいい!」

「はぁ……由比ヶ浜さん、先輩の言葉を真面に受けない方がいいわよ」

「そうなのゆきのん?」

 

 いつの間にかお昼を一緒に食べる程に仲良くなった雪乃ちゃんと結衣ちゃん。

 結衣ちゃんも原作通りに雪乃ちゃんの事をゆきのんと呼んでいます。

 ……私もゆきのんって呼んでみようかな?

 二人の百合百合しい姿はいつまでも見ていられるのですが、今は材木座くんの依頼を先に済ませましょう。

 

「えっと、それで今はどんな状況ー?」

「そうですね。材木座の原稿がかなり多いので、持ち帰って明日感想を言うって事になりました」

「なるほどー。それじゃあ私の分は預かっておくね」

「分かりました。材木座、部長にも見てもらっていいよな?」

「か、構わんぞ八幡!」

 

 うわ分厚っ!? これを読むのは骨が折れそうだなぁ……。

 原作でもちゃんと読まなかった結衣ちゃん以外眠たそうにしてたし、こりゃ私も徹夜コースかー?

 

「ふむ、そういえば『非オタの彼女が俺の持ってるエロゲに興味津々なんだが……』の最新刊明日発売だね! 明日は本屋に寄って帰らないと」

「な、なんと!? し、進藤先輩もライトノベルをお読みになるのでしょうか!?」

「……意外だな」

「先輩はよく漫画やライトノベル? を読んでますね。面白いんですか?」

「あ、円加先輩がオススメする本読んでみたい!」

 

 材木座くんがとても居づらそうにしていたので、私も大好きなラノベトークで場を盛り上げていきます。

 ……あ、しまった~!? せめてガガガ文庫の話にするべきだったぁ!!

 この世界に『俺ガイル』は無いけど出版元のガガガ文庫はあるんだよね、せめて関わりのある出版社のラノベにすればよかった……。

 

「し、進藤先輩の推しキャラは?」

「う~ん。メインヒロインの萌香(ほのか)ちゃんも可愛いんだけど、妹の涼香(りょうか)ちゃんもいいんだよねー!」

「おおっ! 拙者は姉キャラの一葉(かずは)氏をずっと推しているのでござるが、そちらの二人も素晴らしいですな!」

「ほほぅ、よく分かっているじゃないかー」

 

 ラノベに詳しくない女子二人がキョトンとしていますが私と材木座くんは同士よ、と握手をしました。

 

「比企谷くんは誰推しなのー?」

「うむ、八幡よ! 魂の同士進藤先輩と共に語り明かそうでは無いか!」

「あ、えっと、その」

 

 比企谷くんは言葉を濁していますが、どうしてでしょう?

 キャラクターを好きだと言える事は決して恥ずかしい事では無いのに!

 

「……こ、この話はやめにしよう。な、雪ノ下」

「ええ、違う話題の方がいいと思うわ。そうよね? 由比ヶ浜さん」

「そ、そうだね!」

 

 そう、材木座くんと握手をして勝ったなガハハと笑っている私には見えなかったのです。

 雪乃ちゃんのその、とっても冷たい表情が。

 

 ――次の日。眠そうな私たちにバッサリと酷評された材木座くんは持ち前のガッツで新たな作品制作へ動き出しました。

 そしてその日から雪乃ちゃんが頻繁に手を繋ごうとしてくるのですが、今の私には皆目見当も付きませんでしたとさ。



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第五話 そうして私の壮大なる計画は癒しと共に進んでいく。

「まーちゃん、一緒にお昼ご飯食べていい?」

「もぐもぐ? んくっ、いいよーめぐりちゃん」

 

 お昼休みになって朝買っておいたパンを食べていると、私の親友で生徒会長である城廻めぐりちゃんがJ組の教室へとやって来ました。

 彼女はとても面倒見が良く色々な問題を起こす私をまーちゃんと気軽に呼んでくれて、見捨てずに叱ってくれる優しい子です。

 まぁその叱り方が全然怖くなくて、寧ろ癒やしにも感じているんだけどね!

 

「最近奉仕部はどう?」

「新しい部員が増えてねー、楽しいよ」

「そうなんだ。良かったね」

 

 ラノベ批評で材木座くんの心が折られかけてから数日が経って、時々奉仕部へとやって来る材木座くんとラノベ談義を行う今日この頃。

 比企谷くんと雪乃ちゃん、そして未だに入部はしていないものの入り浸っている結衣ちゃんの絡みを見ていて微笑ましいものです。

 それに雪乃ちゃんと比企谷くんの仲が進展している様子は見えませんが、気軽に言い合える関係になっているのが分かります。

 うふふ、お姉さんが見守ってあげますから存分に青春してくださいね!

 

「そういうめぐりちゃんはどうなの? 生徒会の方」

「うん。この前誰かさんが中庭でマジックショーをしたせいでその対策を練らなきゃいけなくなっちゃったけど、それ以外は楽しいよ」

「誠に申し訳ございませんでした」

 

 くっ、そういう対策は先生の会議で話し合ってればいいのに!

 生徒会にまで問題を持って行かれたら活動しにくくなるじゃないか!

 

「ごめんねぇめぐりちゃぁん……」

「まぁいいんだけどね。今に始まった事じゃないし、まーちゃんのお陰で凄く楽しいから」

「ふぇぇ、めぐりちゃぁん!」

 

 抱き付いためぐりちゃんの柔らかなボディに癒され、しょうがないなぁと頭を撫でてくれるむず痒さが心地良い。

 私はクラスメイトの暖かい視線を浴びながら、めぐりちゃんのクッションと共に珍しくゆったりとしたお昼休みを過ごすのでした。

 

 

 

「――そういえば、はるさんから電話があったんだけど」

「陽乃ちゃんから? 珍しいね」

「うん。大学が詰まらないから、今度遊びに行くねって言ってたよ」

「Oh……それは流石に伝えておいた方がいいかもね、先生たちに」

「珍しく先生方に優しいね、まーちゃん。もう伝えておいたから大丈夫だよ」

 

 卒業生が高校に遊びに来るのは時々ある事ですが、陽乃ちゃんが来るという事は必ず一波乱起きるでしょう。

 普通に仲良くすればいいのに、雪乃ちゃんに態と嫌がられる態度を取ってはその後私に泣きついてくるので勘弁して欲しい所です。

 千葉の兄妹は仲が良いのに、姉妹が仲悪いってのはおかしいよ!

 ……あ、比企谷くんじゃない方の千葉の兄妹は仲が良い所じゃないけどね。

 

「うん。まーちゃんは雪ノ下さんのケア頑張ってね」

「頑張るよー。さっさと仲良くすればいいのにねー」

「そうだね」

 

 事情を知っている私たちからすると、陽乃ちゃんが拗らせている歪んだ愛情を直すだけでいいのにと思うんだけど……家庭環境が複雑だから仕方がないかぁ。

 流石に実家の事までとやかく言ってしまうとお節介を通り越して傍迷惑になってしまうでしょうから、私が出来るのは雪乃ちゃんが孤独を拗らせないように優しいお姉ちゃんで居てあげる事だけだよ。

 

「……そういえば陽乃さんから三十通くらいメールが着てたんだけど、めぐりちゃんの方から何とか言ってくださいませんか」

「それは難しい相談だね。私じゃちょっと難しいかな」

「だよねー。メール全編に(わた)って雪乃ちゃんとの接し方についての相談と、雪乃ちゃんが私に取られたっていう文句ばかりだから大変だよー。下手に返すとまた機嫌悪くなっちゃうからね」

「はるさん、まーちゃんの前では素顔を見せるから。はるさんからするととっても助かってるんだと思うよ」

「だったら私の苦労も報われるんだけどねー」

 

 私としては皆が原作よりも良い関係になれば嬉しいし、その輪の中に入れれば更に嬉しい。

 ……しゃーない、陽乃ちゃんのお悩みくらい聞いてあげるかー!

 

「……それじゃあ一通目から返信していくかぁ」

「が、頑張って」

 

 その日の夜に全てのメールを返し終わり眠りにつこうとした私でしたが、新しいお悩みメールがやってきて徹夜コースになるのでした。

 

 

 

「あ、来た来た! こっちだよ円加ちゃん!」

「……メールであれだけお話したのに、まさか数日後に呼び出されるとは。私の苦労は一体」

 

 私がやって来たのは原作にも出てくる『ららぽ』という商業施設です。

 その中にあるお洒落な内装と渋いお爺さんのマスターが淹れてくれるコーヒーが人気の喫茶店へと、陽乃さんからの呼び出しが掛かりました。

 

「いやー円加ちゃんは変わらないねぇ」

「つい一ヶ月前くらいに会ってますからね? 食事に連れて行かれましたからねー?」

「でも美味しかったでしょ? あそこのスパゲッティ」

「あれはごっつあんでしたー」

 

 こんな風に私と陽乃ちゃんは大の仲良しです。

 多分私が陽乃ちゃんと雪乃ちゃんの間に緩衝材として入れば大抵の問題が解決するのでしょうが、そうなると比企谷くんの役目が無くなってしまうのでそれは無しです。

 

「相談に乗ってくれてありがとね。でも雪乃ちゃんを私から取ろうとするのはいただけないなぁ」

「取ってませんって。そう思うならもっと距離を近付ける努力をしてくださいー」

「それは無理かなぁ。雪乃ちゃんに家を継がせる訳にはいかないから」

「捻くれた優しさですよねぇ。あ、そうそう、捻くれたといえば!」

 

 本来はもう少し後で比企谷くんの存在を知るのですが、ここで話しても大丈夫でしょう。

 ……少しくらい良い印象になるように説明しておきますか。

 

「新しい部員が入ったんですよー。比企谷くんって言って、中々捻くれた性格をしてる男の子で」

「男の子? それはちょっと私が監査しないといけないかなぁ?」

「大丈夫ですよ! 雪乃ちゃんも比企谷くんを認めてますし、陽乃さんも気に入ると思います!」

「へぇ、雪乃ちゃんが。それは気になるなぁ」

「えぇ! きっと雪乃ちゃんも比企谷くんに惹かれてる筈ですよ!」

「……いや、それは無いと思う」

 

 ほへ? あ、雪乃ちゃんが妹として好きな陽乃さん的には認めたくない事ですよね。

 シスコンのお姉ちゃんを持って雪乃ちゃんも大変だ!

 

「……絶対分かってないよねぇ。(雪乃ちゃんが惹かれてるのは円加ちゃんだし)」

「分かってない? 何がですか?」

「ううん、こっちの話。それじゃあまた比企谷くんにも挨拶しに行かないとね」

「期待しててください!」

 

 お膳立てはしておきましたよ比企谷くん! 後は頑張って下さい!

 

「それじゃあ円加ちゃん。遊びに行こっか?」

「はい! この前時間が無くて撮れなかったプリクラやりましょう!」

 

 そして後日。手帳に貼り付けたプリクラ写真を雪乃ちゃんと結衣ちゃんに見られ、連行される宇宙人のようにプリクラへと連れて行かれるのでした。ちゃんちゃん。



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第六話 そうしてまた私はラブコメの神様の邪魔をしてしまう。

 太陽が真上から日本を照らすお昼頃、グラウンドにはポーンポーンとボールを打つ音が聞こえています。

 私はここ数日イベント事を起こさず自分のクラスからグラウンドを見詰めていました。

 

「まーちゃん、大丈夫? 体調悪い?」

「あのー……めぐりちゃん? 私が平穏に過ごしてたら体調不良になるの? ねぇめぐりちゃん」

 

 心外です。私はただ次の物語が始まるのを楽しみに待っているだけなのに。

 グラウンドの端にあるテニスコート、そこで華奢な身体を動かしている美少女……いや美少年と比企谷くんが接触する機会を待っているのです。

 とは言っても窓から頭を出さないと比企谷くんがお昼ご飯を食べているベストプレイスは見えないんですけどね。

 

「あの、まーちゃん? 飛び降りちゃ駄目だよ? まーちゃんなら大丈夫かもだけど」

「いや、流石の私でも飛び降りたら怪我するからね? 二階とは言え足グキッてなっちゃうからね?」

 

 またしても心外です。

 

「何見てるの?」

「んー? おっ、始まった!」

 

 窓から頭を出して比企谷くんを眺めていると、彼の元に結衣ちゃんが近付いて行きました。

 そして何やら話をしていると先程のテニス少年が二人の元へと歩いて行きます。

 

「な、何が始まったの!? やめてね? 何か変な事を始めるとかじゃないよねっ!? 答えてまーちゃん!」

「よーし、今日は頑張るぞー!」

「まーちゃん! お願いだから変な事しないでねっ!?」

 

 何やらめぐりちゃんが騒がしいですが、そんな事より原作ですよ原作!

 よーし、秘密裏に練習してきたテニスの腕前を見せる時が来たぞ。

 頑張るぞ、オー!

 

「何か言ってよまーちゃんっ!?」

 

 

 

「やっはろー! 依頼者連れて来たよー」

「失礼します、あ! 比企谷くん!」

「……戸塚」

 

 不安そうな表情を浮かべていたテニス少年、戸塚くんは比企谷くんを見て笑顔を見せました。

 傍から見た感じだと少女漫画の一シーンのように感じるのですが、だが男だ!

 

「……それで由比ヶ浜さん。どうして部員でも無い貴女が依頼人を引っ張って来るのかしら?」

「ええっ!? 私部員じゃないのっ!?」

 

 書くよー! 何枚でも書くよー! と結衣ちゃんは泣き叫びながら、鞄から取り出した白紙の紙に平仮名で『にゅうぶとどけ』と書き始めました。

 ごめんね。折角書いてる所悪いけどそれじゃ正式な書類にならないから、こっちの紙に書いてくれるかな?

 

「え、えっと……」

「戸塚。とりあえず座っていいぞ」

「あ、ありがとう比企谷くん。えっと雪ノ下さんと進藤先輩ですよね? 初めまして、二年生の戸塚彩加です」

「知ってるみたいだけど私は進藤円加だよー。三年生でこの奉仕部の部長ねー」

「雪ノ下雪乃です。それで戸塚さん、依頼の内容は何かしら?」

 

 私が渡した入部届を持って職員室へと向かった結衣ちゃんは放っておいて、テニス少年の戸塚くんに話を聞く事に。

 まぁ私はどんな相談か知ってるんだけどね!

 

「僕がテニスを上手くなったら、きっと部員の皆もやる気が出ると思うんだ」

「つまり戸塚くんを最強にすればいいんだねー!」

「最強って、どこの主人公無双を目指してんだよ……」

「分かりました、引き受けましょう」

「引き受けるっつってもどうすんだ?」

 

 比企谷くんがそう聞くと、雪乃ちゃんは立ち上がって得意気な顔をしました。

 その様子に比企谷くんは頬を引き攣らせています。

 

「さっき言ったじゃない? 覚えてないの?」

「おい……まさかあれ本気で」

 

 実は戸塚くんが来る前に比企谷くんから相談を受けていました。

 戸塚からテニス部に誘われた、という言葉に雪乃ちゃんは是非入りなさいと目を輝かせて言いましたが何とか私が引き留めました。

 本当に仲良くなってるんだよね!? お姉ちゃん不安になってきたよ!?

 

 でも普段は貶し合いながらも楽しそうに会話をしているので、若い子の考える事はよく分からんとです。

 そんな二人が先程、テニスを教える方法を話し合っていた時に雪乃ちゃんがこう言いました。

 

『死ぬまで走らせて、死ぬまで素振り、死ぬまで練習かしら』と。

 

 

 

「はぁはぁ……はぁ、はぁ」

「ぜぇぜぇ、も、もう駄目~」

「ほらほら後一周だよー! 頑張って!」

「……部長って学年主席なんだよな? なんで運動まで完璧なんだ?」

「体力お化けね……」

 

 練習する戸塚くんは勿論の事、ダイエットと称して結衣ちゃんも練習に参加しています。

 そして私は二人に追い駆けられております。

 え? 普通のランニングじゃないのかって?

 それじゃあ面白くないからね! 私を捕まえたらランニング終わりっていうルールにしたよ!

 

「……死ぬまで練習って言っておいてなんだけれど、このままだとあの二人本当に死んじゃうわね」

「おい雪ノ下、部長を止めろよ。付き合い長いんだろ?」

「無理よ。暴走状態の先輩を止められるのは姉さんか、生徒会長の城廻先輩くらいね」

「……南無」

 

 それから直ぐ結衣ちゃんがグラウンドに倒れ伏し、雪乃ちゃんに肩を貸してもらいながら木陰へと連れて行かれ、それから数分で戸塚くんもコケてしまいました。

 それに気付いた私は慌てて駆け寄り、失敗してしまった事を悟ります。

 

「ご、ごめんね二人とも! つい調子に乗っちゃったよ!」

「だ……大丈、夫です」

 

 膝を擦りむいてしまった戸塚くんを見て、雪乃ちゃんは何も言わずに立ち去って行きました。

 心優しいけど不器用な雪乃ちゃんは救急箱を取りに行ってくれている筈ですが、戸塚くんには呆れられたように映ったでしょう。

 

「進藤先輩……ごめんなさい、折角練習に付き合ってもらっているのに」

「いやいや! こっちこそごめんね。完全にオーバーペースだったよね」

「雪ノ下さんも呆れちゃったかな?」

「そ、そんな事ないよ! ねぇ比企谷くん!」

「え? あぁ、雪ノ下は努力している奴を見捨てるようなタイプじゃない……と思うぞ」

 

 おお、流石比企谷くんですね。

 短いながらも雪乃ちゃんの性格を確り把握しています。

 そしてそろそろ、あやつらが登場するシーンがやって来ます。

 結衣ちゃんが仲良くしているグループの姫、三浦(みうら)優美子(ゆみこ)さん率いる通称葉山グループの皆さんが!

 

「あれー? テニスやってんじゃーん」

「本当だな」

 

 キタキタキター!

 金髪縦ロールの如何にも傲慢そうな三浦さんと、雪ノ下姉妹と関係のあるイケメン(笑)な葉山(はやま)隼人(はやと)くん!

 その他、海老名(えびな)ちゃんを含めた取り巻きたち!

 

 彼女たちを見た比企谷くんはウゲッと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべました。

 戸塚くんと結衣ちゃんは……あ、未だに体力が回復していないみたいですね。

 あ、材木座くん居たんですか? 彼は腕を組んでゴラムゴラムしてます。

 

「戸塚、あーしらも混ぜてよー!」

「はぁはぁ……はぁ」

「な、何だか異常に疲れてないか? 戸塚、大丈夫なのか?」

「えっと。戸塚は遊んでるんじゃなくてテニスの練習をしてる……いやまだテニスにすら行き付いてないけど、まぁ兎に角遊びじゃないんだ」

 

 比企谷くんがどうにか穏便に帰そうと頑張りますが、きっと彼女たちは諦めないでしょう。

 なんたってトップカーストの意地と、思い通りに物事を動かせるという自信がありますからね。

 

「では私がお相手しますよー! テニス勝負でどうですかー?」

「……誰?」

「……優美子、帰ろう。あれはヤバい」

「は、隼人? どうしたのそんなに震えて?」

「と、兎に角あの人はヤバいんだ。ほら、進藤円加先輩って聞いた事あるだろ? あれがあの人なんだ」

「人をあれとは失礼ですねー」

「すっ、すみません!」

 

 陽乃ちゃんとつるんでいるせいもあってか、既に葉山くんとのエンカウントは済んでいます。

 その時は挨拶程度だったんだけど彼は私の伝説の殆どを知っている、というか無理やり陽乃さんに聞かされているそうです。

 この前の私に来てたメールみたいなものですね。あれよりもっと酷い、十分以内に返事が無ければ何をされるか分からない舎弟の扱いですが。

 

「そんなに怖がらなくてもいいじゃないですかー。ほらほら? 一緒に遊びましょ?」

「……え、えっと。あーしらちょっと用事を思い出したので、ほ、ほら皆! 行こ!」

「え? どうして行っちゃうんですか!? テニスやりましょうよ! ねー!!」

 

 ……また原作が変わってしまいました。

 本当ならここで比企谷くんと結衣ちゃんがダブルスを組んで、というかそもそも今の状況じゃあ結衣ちゃんがダブルス出来ないか。

 また暴走しちゃったなー。よし、次の依頼は完全見守り体制で行こう!

 私が関わらなければ原作通りに進む筈だもんね! 目指せ比企谷くんの青春ラブコメ!

 

 そうして戸塚くんの依頼は多大なる筋肉痛を持って終了し、救急箱を持って帰って来た雪乃ちゃんは私から少し距離を開けた比企谷くんを訝し気に見ていました。

 比企谷くん、私は別に怖くないですよー?



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