ありふれた勇者の物語 【完結】 (灰色の空)
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序章 違和感
プロローグ


読みにくかったらごめんなさい


 いつもの月曜日。いつもの学校の昼休みにハジメのいるクラスはまばゆい光に襲われた。

 

 光から目を閉じていたハジメはざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開いた。そして、周囲を呆然と見渡した。どうやら自分達は巨大な広間にいるらしいということが分かった。天井を見るとドーム状になっており大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間であった。しかも周りには30人近い人々がまるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好でハジメたちの前にいるのだ。

 

(なんだこれ?えーっと確かさっきまでは日本にいたはずなのに…ただのドッキリとは思えないし…)

 

 その圧倒的な雰囲気にのまれながらもさっきまでのことを思い返すハジメ。さっきまで自分たちは普通に学校生活を送っており、ちょうど昼休みの時間だった。そこまで思い出したとき隣にいるはずの少女、白崎香織の存在を思い出す。チラリと横を見ると、呆然とした様子で座り込んでいる香織の姿があった。

 

 この香織という少女は学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。いつも微笑の絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔一つせず真摯に受け止めるのだから高校生とは思えない懐の深さだ。そんな彼女は何故かよくハジメにかまってくる。

 

 そのせいでクラスメイト達にやっかみを受けているのでハジメとしては、放っておいて欲しいのだが…とはいえこの異常事態になると心配になったが、どうやら怪我はなかったようだ。その事にホッと息を吐くハジメ。

 

続けて香織の近くにいる3人の男女の様子をうかがう。

 

「何なの此処は…」

 

 ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークの美少女、八重樫雫はあたりを見渡し警戒している。

 

「なんだってんだこりゃあ…」

 

 熊のような大きな体格を持つ脳筋思考の坂上龍太郎は口を開いてあんぐりとしている。

 

「……え?ええ?なにこれ?ここ何処?コスプレ?……というよりこの状況は…もしかして……マジで?…えぇー」

 

 最後は天之河光輝という容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。サラサラの茶髪と優しげな瞳、百八十センチメートル近い高身長に細身ながら引き締まった身体。誰にでも優しく、正義感も強い(思い込みが激しい)。だがこの状況にはさすがの完璧超人もかなり困惑しているようでキョロキョロと辺りをしきりに見回している。心なしか顔が青くなっている。

 

(流石の天之河君でもびっくりするよね)

 

 光輝のあまりの困惑ぶりに少し落ち着きが出てくるハジメ。自分よりも慌てている人を見ると冷静になるというのはどうやら本当らしい。そんな事を考えていると、周りにいる法衣集団の中からやたらと偉そうな老人が進み出てきた。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。

 

 

 

 現在、ハジメ達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 

 全員の前に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。

 

 要約するとこうだ。

 

 人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。それが、魔人族による魔物の使役だ。そのせいで数で勝る人間族が滅びの危機を迎えているのだ。

 

「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

 ハジメが、“神の意思”を疑い無く、それどころか嬉々として従うであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 

 愛子先生だ。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る愛子先生。しかし、次のイシュタルの言葉に愛子含む全員が凍り付いた。

 

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に乗りかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 愛子先生が叫ぶ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

 愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! 何でもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 パニックになる生徒達。ハジメも平気ではなかった。しかし、オタクであるが故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる。それ故、予想していた幾つかのパターンの内、最悪のパターンではなかったので他の生徒達よりは平静を保てていた。ちなみに最悪なのは召喚者を奴隷扱いするパターンだったりする。

 

 誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。だが、ハジメは、何となくその目の奥に侮蔑が込められているような気がした。今までの言動から考えると「エヒト様に選ばれておいて何故喜べないのか」とでも思っているのかもしれない。

 

 未だパニックが収まらない中、ずっとイシュタルの話を真剣に聞いていた光輝が音を立てて立ち上がった。その事に驚き注目する生徒達。深呼吸を何度か繰り返しおもむろに話し始めた。

 

「イシュタルさん少しばかり聞きたいことがあるんですが良いでしょうか」

 

「ええ、もちろんかまいませんよ勇者様」

 

「…ありがとうございます。先ほど話してくれた強力な力…俺達には大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力が張っているような気がするんですが…」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「そうですか…人間族を救って、この戦争を終わらせたら俺たちを地球に、日本に返してくれるんですよね?」

 

「もちろんですとも、エヒト様は慈悲深いお方。必ずやあなた方を返してくださることでしょう」

 

「……なら俺は戦います。この世界を救い人々を救って見せます。皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。覚悟を決めたその顔に絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「3人とも…すまない」

 

 いつもの3人組が光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。

 

 結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。

 

「………?」

 

そんな事を考えていた時、ふと誰かから見られているような気がした。いったい誰だろうとそれとなくあたりを見回すと、光輝とバッチリと目があってしまった。

 

「----」

 

「え?」

 

 こちらを見て何事かを呟いてた光輝だが遠くにいたので何を言っているのかはわからなかったが

ハジメには助けを求めているように聞こえたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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……何かの冗談だと思った。目を開けたら学生服の少年少女ばかり、そして神官服の男たち…それはまだいいかもしれない。決定的なのは自分の姿も違う、おまけにトータス…つまりここはこの世界は…「ありふれた職業で世界最強」の世界…

 

 驚く暇も現実を受け止める暇もなかった。夢のようなふわふわした感覚というのか…とりあえず自分の姿の役割通りにしてみたが…これで合っていただろうか?ダダをこねて全員、国外追放なんて目も当てられないし…間違えたわけじゃないと思いたい…

 

 今はひたすら夢であってほしいと願っている

 

  誰か助けてくれ…

 

 

 

 

 

 




これでいいのでしょうか?


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ステータスプレート

 

 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

訓練場に集まったハジメ達に手渡されたのは銀色のプレート状の名刺の様な物だった。不思議そうに配られたプレートを見るハジメ達に騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

「皆、手渡されたプレートを見てくれ。コイツはステータスプレートと呼ばれるものであってお前たちの強さを客観的な数字として表すもんだ。ほかにも自身の身分証としての意味を持つ。失くすなよ?発行するには面倒な手続きが必要だからな」

 

 非常に気楽な喋る方をしてくるメルド。騎士団長が素人の訓練に付き合っていいのだろうかと思ったのだが、メルド曰く『これから戦友になる奴らの相手をして何が悪い!面倒な仕事は副長に押し付けてきたから問題ない!』との事だった。

 

 そんな豪放磊落なメルドの説明は続く。曰くステータスプレートはアーティファクトの一種でアーティファクトとは現代では再現できない強力な力を持った魔法道具の事を言うらしい。ステータスプレートを複製するアーティファクトと一緒に見つかって以来一般市民にも流通を始めたとか何とか。

 

 そんなこんなで各自自分のステータスを確認すると

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

===============================

 

 

(うわ…僕のステータス低すぎ?)

 

 現れたステータスにはレベルと各ステータスの数値が表示された。何だか嫌な予感を感じながらも説明を聞くにレベルは人間の到達できる領域の現在地を示し、ステータスは日々の鍛錬や魔法などで上昇する仕組みらしい。

 

 そして、天職。これは才能と呼ばれるもので技能と大きく関わるもので、その職業内においては無類の才能を誇るらしい。

 

 天職持ちは希少で何でも戦闘系は千人に一人、場合によっては万人に一人もあるらしい。所変わってハジメのような錬成師と呼ばれる非戦闘系の天職持ちは百人に一人、十人に一人はいてもおかしくないというのも結構あるらしかった。

 

 なんとも、希少性のないの天職だなとハジメがぼんやりと感じていたところでメルドの次の説明を聞いて一気に冷や汗が飛び出してきた。

 

 何とステータスは見たままでこの世界の平均は10だと言うのだ。しかも神から選ばれた自分たちはその平均より10倍は固いとメルドが嬉しそうに笑っている中改めて自身のステータスを確認するハジメ。

 

 だが何度見てもステータスは10のまま変わらず、上位世界から呼び出されたはずの自分は何故かこの世界の平均と言う事実は変わらなかった。

 

(な、なんでぇ~僕達って強いってのが普通じゃないの?見事なぐらい平均値なんですけど?ほ、ほかの皆は…もしかして僕のステータスプレートが壊れているだけって話じゃ…)

 

 キョロキョロと辺りを見回しながら自分と同じようなものはいないか探すが、誰もハジメの様に冷や汗をかくものはいない。

 

 メルド団長の呼び掛けに、早速、難しい顔をした光輝がステータスの報告をしに前へ出た。

 

 そのステータスは……

 

============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者  ---

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・

高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解  --魔法

==============================

 

 まさにチートの権化だった。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

 

「…だったら本当によかったんですけど……」

 

「?なんか言ったか、今?」

 

「いえ、何でもないですよメルドさん」

 

 団長の称賛に光輝は一瞬複雑そうな顔をしたが、すぐに、にこやかな顔になった

 

 光輝だけが特別かと思ったら他の連中も、光輝に及ばないながら十分チートだった。それにどいつもこいつも戦闘系天職ばかりなのだが……

 

 自分の報告の番が巡りステータスプレートを見せると規格外の戦力にホクホク顔だったメルドの顔がピシリと固まる。そして物凄く、見ているハジメがげんなりするほど微妙そうな表情で苦笑いをした。

 

「ああ、その、何だ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

 歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。その対応で目ざとく檜山達が一気にハジメに絡みついてきた。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

 

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

 

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

 そこから始まったのはハジメの低ステータスと非戦闘職業を嘲笑う檜山達の騒ぎ立てるような嘲笑だった。

 

(なんでこんなことするんだろう…僕だって好きでこんな低ステータスになったわけじゃないのに)

 

 同じ状況と場所で呼び出されたはずなのに『何故か」ほかの皆は違う低ステータスに非戦闘職業。なりたくてなったわけではないのにそれを嘲笑う檜山達に、ハジメも表情には出さないが暗い気持ちが募ってくる。 

 

 その状況に香織が憤然と動き出す。しかし、その前に動きメルドに質問をするものがいた。光輝だ

 

「あれ?メルドさん南雲は非戦闘職ですけど別に戦う必要はないんじゃないですか?」

 

「いや、光輝そう言うわけにはいかないんだ。神々の使徒として戦えないものはいないと証明しなければいけないんだ」

 

「…ふーん、だったら俺が南雲の分まで戦いますよ。なにせ、俺はここにいる誰よりも強いんですから皆も納得してくれますよ。檜山もそれでいいだろ?」

 

「あ、ああ」

 

 メルドの声に不思議そうな顔をするもさわやかなスマイルを見せながら檜山たちに話しかける光輝檜山達としてはあまり光輝ともめ事を起こしたくないのかすごすごと引き下がっていったそれを確認した後、光輝は皆に聞こえるようにハジメに話しかけてきた。

 

「安心してくれ、南雲! 非戦闘職業の錬成師が前に出ないように俺はお前の分まで頑張るからさ!」

 

「あ、ありがとう天之河くん…」

 

 無駄にキラキラした顔で宣言する光輝に周りのクラスメイトは「やっぱり勇者はすげぇ!」「流石、天之河君優しぃ~」ともてはやし一種のお祭り騒ぎと化す訓練場。

 

(あれ、天之河君ってこんな感じの人だったっけ?)

 

 ハジメとしては少しの疑問を抱き首をひねるのだった。

 

 

 

 

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 …うまくいっただろうか?流石にあの光景を無視するのは気が引ける。しかし、なぜ彼だけが非戦闘職なんだろう。…わからない、ほかの奴は戦闘職、それも性格にあっているようなものばかり

 …そう考えると彼はどこにでもいる少年として、ありふれた職業…非戦闘職の錬成師なのだろうか?

 

 



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強さとは?

ひっそりと投稿します




 

 ハジメが自分の最弱ぶりと役立たず具合を突きつけられた日から二週間が経った。現在、ハジメは訓練の休憩時間を利用して王立図書館にて調べ物をしている。その手には“北大陸魔物大図鑑”という何の捻りもないタイトル通りの巨大な図鑑があった。

 

 何故、そんな本を読んでいるのか。それは、この二週間の訓練で、成長するどころか役立たずぶりがより明らかになっただけだったからだ。力がない分、知識と知恵でカバーできないかと訓練の合間に勉強しているのである。

 

 そんなわけで、ハジメは、暫く図鑑を眺めていたのだがおもむろにステータスプレートを取り出し、頬杖をつきながら眺める。

==================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2

天職:錬成師

筋力:12

体力:12

耐性:12

敏捷:12

魔力:12

魔耐:12

技能:錬成、言語理解

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 これが、二週間みっちり訓練したハジメの成果である。「刻み過ぎだろ!」と、内心ツッコミをいれたのは言うまでもない。ちなみに光輝はというと、

 

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天之河光輝 17歳 男 レベル:10

天職:勇者 ---

筋力:200

体力:240

耐性:200

敏捷:140

魔力:200

魔耐:260

技能:全属性適性・耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読

高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解 --魔法

==================================

 

 圧倒的なステータスだった。そもそもなぜ彼がこんなにも自分と違うのかというよりなぜ自分だけがここまで弱いのか、色々思い悩んでいると声を掛けられた。

 

「そこにいるのは…南雲?」

 

「ん?…ってあれ?」

 

 ステータスプレートから目線をあげるとなんと、そこにいたのは天之河光輝だった。こちらを不思議そうに見ながらも、ハジメの持っていた“北大陸魔物大図鑑”に目を向けていた。

 

「何で天之河君がここに?」

 

「訓練の休憩でここに足を運んだんだ。図書館は好きだからね…それよりその本は?」

 

「これ?…どうにも僕はあんまり成長できないみたいだからせめて勉強して色々知っておいた方が良いかなって…」

 

「なるほど少しでもみんなの役に立とうと頑張っているのか。南雲はすごい奴だな…俺も覚えていた方がいのかな?」

 

 感心したようにうなずきながら“北大陸魔物大図鑑”をぺらぺらとめくる天之河光輝。そんな光輝に妙な違和感を覚えるハジメだが、そろそろ訓練の時間が迫っていると気付き光輝に声をかける。

 

「そろそろ訓練の時間だよ。行こう天之河君」

 

「っともうそんな時間か」

 

 そのままハジメは天之河光輝と一緒に少々急ぎながらも図書館を出る。王宮までの道のりは短く目と鼻の先ではあるが、その道程にも王都の喧騒が聞こえてくる。露店の店主の呼び込みや遊ぶ子供の声、はしゃぎ過ぎた子供を叱る声、実に日常的で平和だ。

 

 そんな光景を見ながらハジメは隣にいるさっきから妙な天之河光輝を盗み見る。天之河光輝という男は正義感が異常に強いが視野が狭く自分の思い込みがとてもひどくて自分の思考に疑問を抱かない男だとハジメは考えていたのだが、今横にいる天之河光輝はそんな様子はみじんもなくどこにでもいるような少年のように感じるのだ。

 

 現に今も図書館にいるハジメを見て“もっと真面目に自主訓練位した方が良い、弱さを言い訳に鍛錬をしないなんて不真面目だ”と言いそうなものを何も言わず逆に感心しているなど、どうにもおかしいところが多々ある。

 

「…ん?どうした南雲?俺の顔になんかついているのか?」

 

 ハジメの探るような視線に気づいたのか、自分の顔をペタペタ触り始める光輝。じっと見つめすぎたかと内心慌てるハジメ。不審がられないように何を言うべきかと考えすぐにさっきまで悩んでいたことを話す。

 

「う、ううん違うよ。…僕も天之河君みたいに強くなりたかったなって思ってて…」

 

 話しながら自分だけが非戦闘職だという事を思い出して最後の方は声が小さくなってしまう。やはり自分だけステータスが低いというのは少しばかりつらいハジメだった。

 

「強いか…世界最強になるお前にそんな事を言われるなんて皮肉もいいところだな…」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない。それよりもだ南雲。自分がほかの皆より少しばかり劣るからと言って悲観することは何にもないんだぞ」

 

 一瞬自虐みたいなものを浮かべる光輝だがすぐに真剣な顔つきになる。

 

「コレは俺の主観にすぎないが皆、魔法や異常な身体能力をいきなり持ったせいで浮かれているように感じているんだ。でも南雲、お前だけは違う。確かにお前は皆より弱いかもしれない。でも、だからこそ俺たちより冷静に物事を見ることが出来るはずなんだ。そして、きっとそれは何よりの力に…強さになる」

 

「そうなのかな…そんな事はないと思うけど…」

 

「なに、いずれ気付く時が来るさ。…いや来ない方が良いのか?」

 

 首をひねり考え込んでしまう光輝にもしかして慰められたのかと気づくハジメ。やはり違うと感じる。この勢いのままさっきから感じる疑問を聞こうと思ったが訓練所についてしまったため聞けずじまいになってしまった。その後ハジメは檜山達に絡まれそうになるも何故かハジメの近くから離れない光輝がいたため何事もなく訓練は終わった。

 

 訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ!まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

 そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の最後尾でハジメは天を仰ぐ。

 

(……本当に前途多難だ)

 

 

 

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 ハジメは羨ましがっていたが、力を持つっていうのはそんなにいい物ではない。現に檜山達にこの力をぶつけることができなくて残念だと何処か、ガッカリしている自分がいる。…そんな俺が偉そうに説教垂れるとは、滑稽以外の何物でもない。

 それにしても…いつまで天之河光輝を演じればいいんだろう?…もしかして最後まで?いい加減疲れてきた。どうすればいいんだ…

 

 




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迷宮前夜

ここら辺からキャラの崩壊がひどくなってきます
どうかご注意を


 【オルクス大迷宮】

 

 それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

 魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

 

 要するに魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 

 ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

 

 ハジメ達は、メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

 

 久しぶりに普通の部屋を見た気がするハジメはベッドにダイブし「ふぅ~」と気を緩めた。全員が最低でも二人部屋なのにハジメだけ一人部屋だ。「まぁ、気楽でいいさ」と、少し負け惜しみ気味に呟くハジメ。寂しくなんてないったらないのだ……

 

 明日から早速、迷宮に挑戦だ。今回は行っても二十階層までらしく、それくらいなら、ハジメのような最弱キャラがいても十分カバーできると団長から直々に教えられた。ハジメとしては面倒掛けて申し訳ありませんと言う他ない。むしろ、王都に置いて行ってくれてもよかったのに……とは空気を読んで言えなかったヘタレなハジメである。

 

 

 暫く、借りてきた迷宮低層の魔物図鑑を読んでいたハジメは、部屋の外から聞こえてきたノックの音に訝しんだ。自分にいったい何の用事が、とドアに向かうとそこには意外な人物がいた。

 

「南雲、いきなりすまない、少しいいだろうか?」

 

 なんと光輝が申し訳なさそうな顔で立っていたのだ先日に続いて光輝とエンカウントするのは、驚きである。

 

「天之河君?どうしたの?何か連絡事項?」

 

「いや、そうじゃないんだけど…どうしても今のうちに話しておきたいことがあってその…迷惑だろうか?」

 

 いつもの自信に打ちあふれた姿とは打って変わって申し訳なさそうにしている光輝。そんな光輝に面食らいながらも部屋に入れるハジメ。

 

「ええっと、うん、まあ何もないけど…どうぞ」

 

 一体何だろうかと思いつつ夜中に男を部屋に招き入れるのになんだか少し悲しくなるどうせ招くなら可愛い女の子がいいのにと、現実離れをした考えにふける。

 

「それで、話したいって何?」

 

 ハジメとしては明日のことについて何か緊急のことがあったのではないかと考えていたのだがどうやらそうではないらしい。

 

「南雲、迷宮に行くことになった時から考えていたんだが明日の迷宮…お前には危険すぎる、だから町で待っていてほしいんだ。教官やクラスの奴は俺が何とかする。ここで…安全な所にいてほしいんだ」

 

 真剣な顔つきで頼み込む光輝。訳が分からないのはいつものことだが今回は輪にかけて意味不明であるどうにもその様子を見る限り足手まといだからついてくるなというわけではないみたいだが…

 しかし、だからといって光輝の言う通り町にいては、クラスメイトから批難の嵐だろう。ただでさえ肩身が狭いのに、本格的に居場所を失う。故に、ハジメに行かないという選択肢はない。

 

「…ごめん、それは受け入れられないよ。危険だからと言ってここにいたら居場所がなくなってしまう。それに危険だって言っても今回はメルド団長率いるベテランの騎士団員がついているし、うちのクラス全員チートだし問題ないよ」

 

「それは確かにその通りだが、だからと言って…あぁもうなんで非戦闘職をわざわざ前線に出すんだ?そもそもステータスが低いからそこぐらいは考慮したって良いじゃないか……騎士団がいるから大丈夫?馬鹿野郎、騎士団全員で生徒全員の面倒を見れるわけないだろうがっ……はぁ~ままならねぇな…」

 

 納得はできるがまだ何か言いたげな様子でブツブツと文句を吐いていたが、ハジメにも事情があるとわかったのだろう悩み難しい顔をして、諦めたように溜息をつく。

 

「…しょうがないなら一つ約束させてくれ」

 

「?何を」

 

「お前が死にそうになったら必ず助けるという約束だ」

 

 真剣な顔つきでいきなりとんでもない事を言う光輝。だがそこに一切の冗談は込められていないのが分かるそんなのは普通女の子に言うセリフだとか、男相手に何言ってんだコイツと思いはするが茶化すことはできない。

 

「う、うん、わかった。そんな事は起きないと思うけど危なくなったらお願いするよ」

 

「ああ、約束だ……」

 

「うん…」

 

「………」

 

「………」

 

「「・・・・」」

 

 どこか満足したような顔をする光輝。そのまま会話が途切れてしまい気まずい沈黙になる。その事に慌てたのかあたふたしながらも光輝が話しかけてくる。

 

「えーと、あー、そ、そうだ!南雲この戦争…つまり面倒ごとが終わったらどこか面白そうな…。そうだな、行ってみたい場所とかなんてないか?」

 

 さっきまでの真剣な空気は消えどこかぎこちないながらもとても楽しそうに話し始める光輝。その様子に戸惑いながらも答えるハジメ。

 

「そ、そうだね。えーと、うーんと、やっぱりファンタジーの世界に来たんだから亜人の人たちを見てみたいな」

 

「ほーう亜人か~なるほど、南雲はケモ耳が見たいのかーケモ耳をモフりたいのかーそうかそうか正直な奴だなーこのむっつりさんめ!」

 

「ええっ!そこまで言ってないよ!…まぁ少し当たってはいるけど…でも【ハルツェナ樹海】の深部にいるらしいから見れることはないんだろうねー」

 

 溜息を吐きながらいまだ見ぬケモ耳に思いをはせるハジメ。やはりオタクとしてはケモ耳はどうしても見てみたいのだ。モフりたいのはともかくとして。

 

「そう気を落とすな。いつか存分に見れる時が来るさ!…いや見れない方が良いのかな?…まぁそれはともかく他には?」

 

 一瞬顔をしかめた光輝だがすぐに先ほどまでのにこやかな表情になりハジメに聞いてくる。その表情には侮蔑や軽蔑のまなざしは一切なく好奇心に満ち溢れていたのでハジメは薄々考えていたことをつい話してしまう。

 

「他には…確か、エリセンという海上の町があるらしいからそこに行ってみたいかな。ケモミミは無理でもマーメイドは見たい。男のロマンだよ。あと海鮮料理が食べてみたい」

 

「マーメイドか、うーんそこまで見たいとは思わないなー、というかそれ男のロマンか?どちらかというと南雲の性癖なんじゃないのか?」

 

「それは違うよ!マーメイド…つまり人魚は男のロマンじゃないか!上半身は綺麗な女の人で下半身は魚という古くからある日本人の夢の集大成!何でそれが分からないの!?」

 

「お、おう、分かった! 分かったから落ち着け! なんか今のお前言っていることがよくわかんねぇぞ!?」

 

 折角ファンタジーの世界に召喚されたのにその良さや楽しみを話す相手が誰もいなかったのだ。無意識のうちに興奮してしまい光輝に詰め寄ってしまった。

 

「ご、ごめん、こんなことを話せる人がいなくって…と言うより話を振ってきたそっちの方はどうなの?」

 

「ん?俺かーそうだな中央都市?フューレンっていう場所に闘技場があるらしいぞ。やっぱこんな世界に来たんだから見てみたくないか?絶対に面白そうだ。他にもゲームスタジオとか水族館とか劇場とか…あぁ夢が広がってしかたないな!」

 

 目をキラキラさせて楽しそうに話す光輝。その顔は遠足を楽しみにしている小学生に見えて仕方なかった。

 

「闘技場か~やっぱりファンタジーには必要不可欠だよね~」

 

「うんうん分かってくれるか。流石は俺と同じ()()()()()だ。話が早い」

 

「それほどでも……あれ?」

 

「ん?どうした何かあったのか?」

 

「ううん。何でもないよ。それにしてもどうしていきなりこんな話を?」

 

「どうしてって言われたらそりゃあいざこざが終わったらこの世界を見て回りたいと思ったからだよ」

 

「この世界を見て回るか…いいなぁー僕もそんな風に旅をしていろんな所へ行ってみたいな」

 

 光輝の言葉に思いをはせるハジメ。折角のファンタジー世界なのだ。いろんな所へ行きいろんなことを体験してみたいというのがある。しかし、今の自分では旅に出るのは危険だと言う思いがあり諦めていたのだ。

 

「…あ~そのなんだ、もしよかったら南雲お前も一緒に行くか?」

 

「え?行くって?」

 

 見ると光輝は恥ずかしいのか頬をかきながら視線をあちこちに向けている。

 

「俺と一緒に世界を見て回らないかってことだ。ほかの奴らだと話が合わなさそうだし…南雲なら気楽に観光できそうだなと思って…もちろん道中の危険なことは俺が引き受けるからさ…その…どうかな?」

 

 最後の方は消えそうな声で絞り出すように言う光輝。その事にある確信を持つもその提案はこれからのことを考えていたハジメにとってうれしいものだ。

 

「…うんいいよ。迷惑をかけるかもしれないけど…それでもいいなら僕も世界を見て回りたい」

 

「本当か!良かった~断られていたらどうしようかと思っていたんだ。いや~言ってみるもんだなぁ~」

 

 心底嬉しそうに笑う光輝。その笑顔を見てさっきから…ずっと前から思っていたことをハジメは光輝に話すことにした。

 

「…喜んでいるところ悪いんだけど一つ聞いてもいいかな?」

 

「お?何々?どこから見て回るかもう決めてあるのか?流石は南雲中々気が早いな~」

 

「そうじゃなくって、割と真剣な話なんだけど」

 

 ハジメの真面目な雰囲気が伝わったのか、首をかしげながらも姿勢を正しこちらに向き直る光輝。

 

「君は…君は一体「っ!?南雲声を抑えてくれ」…う、うん」

 

 違和感のことを尋ねようとしたが急に焦ったように扉の方を見つめ静かにするように言う光輝に話をさえぎられておとなしく静かにするハジメ。

 

「どうしたのそんなに慌てて」

 

「どうやら長居しすぎたかな、ちょっとまずそうだ」

 

「?まずいって」

 

「俺がここにいることだ」

 

 光輝はすぐに窓際により足をかけ今にも飛び降りそうな格好になったあまりにも光輝の奇妙な行動に驚くハジメ。

 

「待って!?なんで窓から出るの!?普通にドアから出ればいいじゃないか!」

 

「ハッ、あのなあ、俺はこれでも人の雰囲気には敏感な男だぞ。今ここで、俺がいたら邪魔になるじゃないか」

 

「邪魔って一体…」

 

 光輝が来てから、ハジメは振り回されてばっかりだった、思わずツッコミを入れたくもなる今も窓から出ようとしながらニヤニヤ笑っている変人に呆れたような感情しか出せない。

 

「ではな、少年、大いに青春をするんだぞ。ふむ、こういうときは…『今夜は、お楽しみですね』だな。じゃ、おさらばっ」

 

「ドラク○!?」

 

 そのままサムズアップをしながら夜の闇の中へと消えていく光輝もはやただの変人である。

 

「何なんだよ…」

 

 思わず項垂れる。まるで嵐が過ぎ去ったようだった。取りあえず眠くもないが無理やりでも寝ようかとベット向かったときコンコンとノックの音が聞こえた。来客が多いなぁと扉へ向かうと

 

「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

 なんですと? と、一瞬硬直したハジメ。扉を開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。まるで、神秘に彩られた女神である。

 

「……えぇ~」

 

だからドラ○エかよっと内心ツッコミを入れるハジメであった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 深夜、香織がハジメの部屋を出て自室に戻っていく。その背中を無言で見つめる者がいたことを誰も知らない。その者の表情が醜く歪んでいたことも知る者はいない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

運命は変えられるのだろうか?分からない。念のためと南雲に会いに行ったが止めることはできなさそうだ…

 

 南雲と改めて話すことができた。良い奴だ。話していると楽しい。受け答えもいいし、こちらを邪険に扱わない。どうにもからかってしまいたくなる。そんな少年だ。あれでなぜ友達がいないのだろう?

 

…白崎は美人だ、それは間違いないが…だからといって、ハジメをクラス全員が嫌うのは……やめよう。考えるだけ無駄なことかもしれない。それよりも明日だ。俺が…「天之河光輝」が変なことをしなければ問題ないとは思うが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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最弱だからこそ

(…落ち着け、落ち着くんだ。もしここで焦ったら僕たちはこのまま死んでしまう!)

 

 現在ハジメは迷宮の橋の上で必死に呼吸を整え冷静になろうとしていた。周りにはクラスメイトたちの怒声や悲鳴が聞こえ、骨の魔物が大群で押し寄せてきている

 

 事の始まりは、オルクス迷宮20層の中で起きた。それまでは同行してきたメルド率いる騎士団たちのおかげで、何事もなく実地訓練を行うことができた。…途中、昨夜会いに来た香織と目が合い気恥ずかしくなって目をそらしたり、そのすぐ後に粘つくような不快な視線を浴びたり、その視線の主を探そうとしたら光輝とバッチリと目が合いさわやかな笑顔でサムズアップされたりと何だかんだと

ともかく順調だった。

 

 しかし20層に出てくる魔物、ロックマウントと遭遇してから歯車が狂い始めた。その魔物を倒すために坂上龍太郎が特大の衝撃波を出したのだ。その衝撃波は難なく魔物たちを吹き飛ばし奥の壁を壊しつくしていた。その事はまだよかったかもしれない。その奥にグランツ鉱石という綺麗な鉱石があったのだ。その鉱石を香織達女子が綺麗と夢見るようにうっとりとしたときに檜山がグランツ鉱石を

回収しようとしたのだ。

 

 メルドが止めようと追いかけるも、そのままグランツ鉱石に仕掛けられていたテレポートの罠が発動し巨大な橋の上に転移させられた。運の悪いことは続き、上へ通じる階段の入り口には魔法陣が現れ、大量の骨の魔物が現れたのだ。さらに反対の通路側にも巨大な魔物ベヒモスが現れ、まさしく絶体絶命の状態になっていた。

 

「すぅーー…ふぅーーー」

 

 大きく深呼吸をするハジメ。ステータスがあまりにも低い自分は、ほかのクラスメイト達のように戦うことはできない。だからこそ自分でできる何かをしようと考えたのだ。その結果、錬成を使い先ほど女子生徒一人を助けることに成功した。

 

(怖くて足が震える…でもなんとか助けることができた!このまま冷静に行けば…)

 

 光輝が言っていたことの意味を理解するハジメ。周囲のトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしながら周囲を見渡す。

 誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

 

「何とかしないと……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……彼の力だ!」

 

 ハジメは走り出した。光輝達のいるベヒモスの方へ向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思ったよりもスムーズに光輝のいるところまでついたハジメ。クラスメイト達をまとめさせるように頼もうと光輝達に近づいたが何やら様子がおかしかった。

 

「ちょっと!しっかりしなさい光輝!」

 

「おいどうしたんだ!何をボーっとしているんだ光輝!」

 

「光輝くんどうしたの!?早く避難しないと!?」

 

 雫、龍太郎、香織が光輝の周りに集まり必死に声を掛けている。その間に割り込む様に飛び込むハジメ。

 

「皆!」

 

「なっ、南雲!?」

 

「南雲くん!?」

 

「早く撤退しよう!皆パニックになっているんだ!このままじゃ全滅だ!」

 

 今のままではこの場にいる全員が死んでしまう。それを回避するためにも、今は勇者の力が必要なのだが、南雲の頼みは香織の悲鳴のような声にかき消される。

 

「南雲君聞いて!光輝くんの様子がおかしいの!」

 

 香織の声につられるように光輝を見ると、そこには呆然とベヒモスを見ている光輝の姿があった。さっきから龍太郎が声を荒げるようにして呼びかけているが全くの反応を示していない。それどころかなにかをブツブツと呟いている。明らかに様子がおかしい。ハジメもすぐに呼びかけることにする。

 

「天之河君!起きて!しっかりするんだ!」

 

「……南雲?」

 

 ハジメが呼びかけた途端、光輝は首を振り向きハジメを見る。と同時に呟いていた声がハジメにも聞こえてきた。

 

「違うんだ…これは…俺のせいじゃ……どうしてなんだ?俺は…『天之河光輝』は何もしていないのに…」

 

 呟いている光輝の内容に理解はできなかったが何か責任を感じているのかとハジメは推測した。が今はそれどころではなかった。光輝の胸ぐらを掴みながら大声を上げるハジメ

 

「しっかりするんだ!」

 

「っ!?…南雲?あれ?俺は一体…ってここは…ああそうか罠に引っかかってたんだ…ってうわ!なんかやべぇことになっている!」

 

 南雲の声に正気を取り戻したのか、飛び上がり回りをキョロキョロと見回す光輝。その事にホッと一息をつくハジメ。すぐに状況を伝える事にする。

 

「入り口は見ての通り魔物の大軍と混乱しているクラスメイトで滅茶苦茶になっている。騎士団の人たちはあの巨大な魔物ベヒーモスに抑えるのに付きっ切りなんだ。」

 

「なるほど…明らかにやべぇ状況だな…でもなんでだろう焦っている奴らを見ていると自然と冷静になってくるな」

 

「さっきまでパニックになっていた人がそんな事を言うわけ?」

 

「…すまん。SANチェック失敗していたんだ」

 

「そっか、だったらしょうがないよね」

 

 お互い軽口を言いあう。そのやり取りで落ち着きを取り戻した光輝に改めて頼みごと言うハジメ

 

「もう時間がない。君はクラスメイトの皆を助けてほしいんだ。このままじゃ皆死んでしまう。」

 

 入口の方にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。訓練の事など頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、

それも時間の問題だろう。

 

「…ああそうだな、お前はそういう事を言う奴だったな…分かった。やれるだけのことはやってみるよ。南雲お前はどうするんだ」

 

「僕はメルド団長たちのもとへ行ってあのベヒモスの足止めしてくる。考えがあるんだ。多分うまくいけば皆を避難させる時間を大きく稼ぐことができる」

 

「そんな!南雲君駄目だよ!」

 

 ハジメはあのベヒモスを自分が足止めする様に提案したのだが、そこに今にも泣きそうな香織のストップが入る。

 

「お願い行かないで南雲君…このまま行ったらきっと…」

 

「白崎さん…でもこのままじゃ皆が死んでしまうんだ。だから…」

 

 ハジメの声にイヤイヤと首を横に振る香織。そこへハジメに援護の声が掛かる

 

「行かせてやってくれ、しら…香織」

 

「そんな!」

 

 援護の声は光輝だった。優しく諭すように香織を説得する光輝

 

「南雲が行くっていうその思いを…勇気を止めないでくれ。大丈夫。南雲がピンチになったら俺が助けに行く…そうだろ南雲」

 

「うん!だから大丈夫だよ白崎さん。僕はこんなところで死なないからさ!」

 

 光輝のニッとした笑みに力強く頷き香織を安心させるハジメ。その時メルド率いる騎士団員たちがベヒーモスを抑えているために作っていた障壁のひびが入る音が聞こえてきた

 

「うわ!もたもたしている間にさらに不味くなった!おいそこでぼさっとしている2人さっさとあの集団を助けに行くぞ!」

 

「お、おう!」

 

「え、ええ!わかったわ!」

 

 光輝の声にはっと我に返る龍太郎と雫。光輝とハジメのとても気やすいやり取りに驚いて硬直していたのだ

 

「じゃあ俺は行くよ…抜かるなよ」

 

「そっちこそ。…またあとで」

 

 拳を突き出してくる光輝に拳を合わしメルドのもとへ駆け出すハジメ。魔力も体力も心もとないし絶体絶命の状況だというのに、不思議と気分は高揚し足取りが軽くなっていた。そんなハジメの背中をじっと見つめた後、すぐにパニックを起こしているクラスメイト達へ走り出す光輝。そのまなざしはどこか羨むようであった。

 

 

 すぐにメルドのもとへ駆けつけたハジメはベヒモスの足止めを自分がするとメルドに提案。このままでは全員が撤退するまで障壁が持たないと察したメルドは、ハジメの一か八かの作戦に乗ることにした。メルドが騎士たちを下がらせ囮になりベヒモスの注意を引き付ける。そこへ、ベヒモスが飛びかかってきたが最小限の動きでメルドは回避する。

 頭部をめり込ませるベヒモスにハジメが飛びかかりベヒモスが引き抜こうとしている頭部付近の石を”錬成”で無理やり固め頭部を引き抜かせないようにする。そのままベヒモスの足元も錬成で動かさないように固定させ時間を稼ぐハジメ。

 

 どれくらい時間がたったのだろうか。もう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

 

 

 ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。

 

 ハジメはタイミングを見計らった。

 

 そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束する。同時に、一気に駆け出した。

 

 ハジメが猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……ハジメを捉えた。再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ハジメを追いかけようと四肢に力を溜めた。

 

 だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 

 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 

 いける! と確信し、転ばないよう注意しながら、頭を下げて全力で走るハジメ。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。思わず頬が緩む。しかし、その直後、ハジメの表情は凍りついた。

 

 無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。……ハジメの方に向かって。明らかにハジメを狙い誘導されたものだ。

 

(なんで!?)

 

 疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメの眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。直撃は避けたし、内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまった。フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がるが……

 

 ベヒモスも何時までも一方的にやられっぱなしではなかった。ハジメが立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかりハジメを捉えていた。

 

 そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながらハジメに向かって突進する!

 

 フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 

 ハジメは、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

 そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

 

 度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。ハジメは何とか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。

 

(ああ、ダメだ……)

 

 落ちると諦めかけたその時、伸ばしていた腕を掴まれ体全体がぐっと引き上げられる

 

「…何とか間に合ったようだな」

 

 掴み取ったのは光輝だった。ふらつきながらもハジメの腕をしっかりと握りしめ、全力で走ってきたのだろうか荒い呼吸を繰り返している。

 

「あ、ありがとう」

 

「礼を言うのは後だ。さっさとここから…」

 

 光輝の言葉は最後までいう事はできなかった。ハジメと光輝が走り出そうとした瞬間、まるでそうなる事を見越していたかのように2人の場所が崩落していき奈落の底へ落ちて行くのだった…

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 これは俺の失態だ。天之河光輝が何もしなければ問題ないと楽観していた。結果はこのざまだ。俺は南雲を救うことができなかった。

もしこのまま落ちても生きることができたら…

 その時は南雲を…あの優しい少年を助けよう。それがこうなることを知っていたのに何もしなかった俺の出来るせめてもの罪滅ぼしだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第1章 奈落の底で
自己紹介


ようやく主人公を楽に喋らせることができる
無理矢理感が強いかもしれませんがどうかご了承を


 

  ザァーと水の流れる音がする。冷たい微風が頬を撫で、冷え切った体が身震いした。頬に当たる硬い感触と下半身の刺すような冷たい感触に「うっ」と呻き声を上げてハジメは目を覚ました。ボーとする頭、ズキズキと痛む全身に眉根を寄せながら両腕に力を入れて上体を起こす。

 

「痛っ~、ここは……僕は確か……」

 

 ふらつく頭を片手で押さえながら、記憶を辿りつつ辺りを見回す。

 ハジメと光輝が奈落に落ちていながら助かったのは全くの幸運だった。落下途中の崖の壁に穴があいており、そこから鉄砲水の如く水が噴き出していたのだ。ちょっとした滝である。そのような滝が無数にあり、ハジメと光輝は何度もその滝に吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最終的に壁からせり出ていた横穴からウォータースライダーの如く流されたのである。

 とてつもない奇跡だ。隣には自分を引っ張り上げようとしていた天之河光輝がうつぶせで倒れていた、慌てて体を揺すり起こす

 

「ねえ!大丈夫!しっかりして」

 

 その声に反応したのか頭を振りながら呆然とした様子で周りを見渡す光輝。心なしか顔が青ざめている

 

「…ここは、…あぁそっか、落ちたのか…」

 

「怪我はない?平気?」

 

「…南雲?ああ、大丈夫みたいだ。…すまん。大層なことを言いながらお前を助けることができなかった」

 

 こちらを見て謝罪をする光輝。声に張りがなく沈んだ表情だった。なんだかこちらも暗くなってくる。ハジメは気にしないように明るく声を出した

 

「ううん。気にしないで。落ちちゃったけど2人とも大丈夫みたいだから…何とかなるよ」

 

「そっか そういってくれると助かる…ああこのままじゃ寒いよな。ちょっと待ってろ、今火を出すからな」

 

 2人の体は濡れていて寒さで体が震えてきたためすぐに服を脱ぎ火を用意する。ハジメも同じように服を脱ぎ光輝が用意してくれた火で暖をとる。冷たい体に暖かい火はありがたく体の奥まであったかくなってくるようだった。

 

 

 

 

「ここどこなんだろう? ……だいぶ落ちたんだと思うけど……帰れるかな……?」

 

「…ここはオルクス迷宮というのは分かるが…なんだろうな、ひたすらやばいってことぐらいしかわかんねぇ」

 

「うん、なんかそんな感じだね………ずっと前から気になってたんだけど聞いてもいい?」

 

「あーなんとなく想像できるけど…いいよ」

 

 ハジメはずっと違和感に思っていたことを話す決心をした。先日もそしてさっきもあまりにもおかしいのだ

 

「…君は一体誰なの?天之河くんじゃないよね?」

 

 不思議だった。思えばステータスプレートの時からずっと妙に気遣ってくれるのだ。それに先日のあの夜のやり取りを考えれば考えるほど違和感しかない

 

「…うん、俺は、天之河光輝じゃない。…ただのどこにでもいるオタク野郎だ」

 

「…そうだったんだ。でもなんで天之河くんの姿なの?」

 

「わからん。俺が聞きたいよ、目が覚めたら、訳の分からないところにいて、いきなり勇者だとか光輝だとかさっぱり意味不明だったよ。周りはなんか縋るように俺を見ているしさ、わけがわからないよってやつだ。なんとなく夢見心地でそれらしいことを言っていたらうまいこと皆誤解してくれたけど。…たぶん召喚ミスかなんかで俺の魂が天之河って奴の体に上書きされたか、無理やり入れられたかと睨んでいるが、どっちにしろ迷惑な話だ」

 

 はぁーと大きなため息をはき、喋り出すその姿は今まで我慢していたことを吐き出すかのようで、思わず同情したハジメの視線が柔らかくなる

 

「それは…大変だったね。」

 

「ああ、大変だった…本当に疲れたよ…」

 

 息を深々と吐き項垂れている彼の姿に、だんだんと重苦しい雰囲気になってしまったので慌てて話題を探すハジメ。

 

「え~と、そうだ‼名前!君の名前はなんていうの」

 

「名前?あぁそれなら俺は、…俺の名前は…名前…あ、あれ?」

 

「?どうしたの?…まさか」

 

「…名前、名前、えーとまてよ、待ってくれ、家族構成は分かる、小さい時の記憶も大丈夫どんな奴だったのかもOKだ。好きなゲームやアニメ、漫画もわかる。それなのに……オイオイうそだろ!南雲、どうしよう名前がさっぱり思い出せない!」

 

 途端に顔を青くし慌て始める天之河光輝(偽)まるで迷子のようにオロオロし、ハジメに助けを求めてくると言っても、ハジメも困ってしまった。記憶を戻す方法なんて知らないのだ

 

「う、うーんどうしよう?何かほかに思い出せることは?」

 

「…なんか…記憶が虫食いになっている。…はぁ~…仕方ない南雲、俺に名前を付けてくれ」

 

「えっ僕が!?」

 

「あぁ仕方ないだろう、名前決めなんて俺の苦手なことだしさ、ゲームの名前決めなんてほとんどがデフォルトだぞ。絶対変な名前しか出てこない」

 

 人に名前を決めてもらうなんて中々適当だな~と思いつつも考えるハジメ。と言っても性格もあって断りにくいし、こっちを信頼してる目で言われると、期待に応えたいのだそれに助けに来てくれた感謝の気持ちもある。

 

「え~と苗字じゃなくて名前だから…体の持ち主にあやかって…こうき…こう…こうたろうはなんか違うし…コウ…コウスケ! 君の名は今からコウスケでどうだろう?」

 

 急にティんと来た。なんだかこれがあっているような気がする。名前の大本が変人だが今目の前にいる彼は、普通のいい人だし大丈夫だろう

 

「…コウスケ、コウスケか…いいな、うん!今から俺の名はコウスケだ」

 

 しっかりと自分の名を心に刻むように呟き晴れ晴れとした顔で言う光輝改めコウスケは、すっと姿勢を正しハジメを見つめてくる

 

「?どうしたの」

 

「そりゃあ名前が決まったんだならやることは一つ!」

 

 ニヤリと不敵な顔で答えてくるコウスケ、ハジメもなんとなく姿勢を正す

 

「おれのなまえは、コウスケ、コンゴトモヨロシク」

 

「…ああ!そういう事か!…ぼくのなは、南雲ハジメ、これからよろしく」

 

「「……ぷっ、くっははは、あっははは!」」

 

 2人でケラケラと笑う。奈落の底に落ちてしまったが、かけがえのない友達を見つけることができたようでハジメは嬉しかった。きっとコウスケと一緒ならここから脱出できると思ったのだ。

 

「さてそれじゃあ服も体も乾いたし、慎重に大胆に行こう」

 

「うん、…大丈夫かな、絶対僕達が来る場所じゃないよねここ…」

 

「あぁまったくだ…前衛は俺がする。安心しろステータスはお前の20倍だ、何とかなる」

 

「悲しくなるから、そういうことあんまり言わないでよ…」

 

 2人は静かにこっそりと移動を始めるのだった。これからのことに不安を抱きながら…

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の名前ですが原作キャラである遠藤浩介君と被っています
これは作者のミスなのですが後に引けなくなってしまっているので
どうか気にしないように読んでいただけると嬉しいです


本当にごめん…遠藤君






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災難

もっと文章力がうまくなりたいです


 

 

 服を乾かした2人は恐る恐る慎重に進みだす。先に進むのがステータスが高く一応勇者としての能力を持っているコウスケでハジメはそのあとを離れないようについていく。

 

 そうやってどれくらい歩いただろうか

 

「…っ!南雲隠れろ!」

 

 コウスケはとっさにハジメを連れて岩陰に身を隠す。ハジメはすぐにその理由が分かった。前方に動く影を見つけたのだ

 

「なんだろうあれ?…ウサギ?」

 

 岩陰からそっと顔だけ出して様子を窺うと、ハジメのいる通路から直進方向の道に白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もある。見た目はまんまウサギだった。但し、大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。物凄く不気味である。

 

「あれは絶対やばい奴だ…見つからないように逃げるぞ」

 

「うん。…ひっそりとだね…」

 

 コウスケが息をひそめながら囁くように撤退の準備をする。ハジメも合わせるように少しづつ後退するその時ウサギがピクッと反応したかと思うとスっと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒するように耳が忙しなくあちこちに向いている。

 

(やばい! み、見つかった? だ、大丈夫だよね?)

 

(大丈夫…ここで慌てたら見つかる、だから落ち着いていけば問題ない!)

 

 ハジメの不安な声をコウスケが一蹴する。だがその声は震えており、自分に言い聞かせているようだ。

そんな2人をよそに目の前では状況が変わっていく。

 

「グルゥア!!」

 

 白く狼の様な魔物が岩陰から飛び出しウサギに攻撃を仕掛けたのだ。 その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。一体何処から現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。

 

 今のうちに逃げるために後退する2人だが目の前には壮絶な展開になった。ウサギが後ろ足で瞬く間に3体の二尾狼の首の骨を粉砕していたのだ。

 あまりの早業に硬直するハジメ。コウスケに至っては絶句し目を見開いている。

 

(な、南雲…逃げるぞ…)

 

 硬直から解け震える声でコウスケがその場から離れるようにハジメに声をかける。その声で我に返ったハジメは「気がつかれたら絶対に死ぬ」と、表情に焦燥を浮かべながら無意識に後退る。

 

 それが間違いだった。

 

 カラン

 

 その音は洞窟内にやたらと大きく響いた。

 

 

 下がった拍子に足元の小石を蹴ってしまったのだ。あまりにベタで痛恨のミスである。ハジメの額から冷や汗が噴き出る。小石に向けていた顔をギギギと油を差し忘れた機械のように回して蹴りウサギを確認する。

 

 蹴りウサギは、ばっちりハジメを見ていた。

 

 赤黒いルビーのような瞳がハジメを捉え細められている。ハジメは蛇に睨まれたカエルの如く硬直した。魂が全力で逃げろと警鐘をガンガン鳴らしているが体は神経が切れたように動かない。

 

 やがて、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとハジメの方を向き、足をたわめグッと力を溜める。

 

「来るぞ!」

 

 蹴りウサギの足元が爆発した瞬間、コウスケの叫び声が聞こえ本能的に全力で横飛びをするハジメ。直後、一瞬前までハジメのいた場所に砲弾のような蹴りが突き刺ささり、地面が爆発したように抉られた。硬い地面をゴロゴロと転がりながら、尻餅をつく形で停止するハジメ。陥没した地面に青褪めながら後退る。蹴りウサギは余裕の態度でゆらりと立ち上がり、再度、地面を爆発させながらハジメに突撃する。

 

(錬成をっ…駄目だ間に合わない!)

 

 石壁を作ろうとする間もなく蹴りウサギが突っ込んでくる。蹴りウサギの足がハジメに炸裂する瞬間目の前に影が割り込んできた。

 

「…え?」

 

 その影が誰かを理解する間もなく影に巻き込まれるように衝撃で吹き飛び地面を転がるハジメ。慌てて横に目を向けるとそこにいたのは左腕を抑え悶えているコウスケがいた

 

「…コウスケ?僕をかばって…」

 

「あ……あああぁぁあ!痛い!痛い!何でだ!俺は!俺は南雲の20倍のステータスがあるっていうのに!痛い!あああぁあぁあぁ!」

 

「コウスケ一体どうし…っ!?」

 

 その絶叫にただ事ではないと慌てて見るとコウスケの左腕はおかしな方へ曲がりプラプラとしている。完全に粉砕されたようだ。

 

「ぐうっ痛ぇ…痛ぇよ…」

 

 蹲り脂汗を出しながら痛みに耐えているコウスケにハジメは何もすることができない。この状況をどうするべきかと蹴りウサギの方を見ると今度はあの猛烈な踏み込みはなく余裕の態度でゆったりと歩いてくる。

 

 ハジメの気のせいでなければ、蹴りウサギの目には見下すような、あるいは嘲笑うかのような色が見える。完全に遊ばれているようだ。

 

「あ…あ…っ!コウスケ逃げるんだ!早く!」

 

 一刻も早くこの場から逃げようと必死にコウスケを引きずろうとするが恐怖心のせいか立ち上がることができずもたついてしまうそうしているうちにやがて、蹴りウサギがハジメ達の目の前で止まった。地べたを這いずる虫けらを見るように見下ろす蹴りウサギ。そして、見せつけるかのように片足を大きく振りかぶった。

 

(せめて…せめてコウスケだけでも…)

 

 精一杯の抵抗のつもりでコウスケをかばうよう覆いかぶさる。あの蹴りの前では何の意味もなさないがそれでも、友達を見捨てることはハジメにはできないのだ。ハジメは恐怖でギュッと目をつぶる。

 

 

 しかし、何時まで経っても予想していた衝撃は来なかった。

 

 

 ハジメが、恐る恐る目を開けると眼前に蹴りウサギの足があった。振り下ろされたまま寸止めされているのだ。まさか、まだ遊ぶつもりなのかと更に絶望的な気分に襲われていると、奇妙なことに気がついた。よく見れば蹴りウサギがふるふると震えているのだ。

 

(な、何? 何を震えて……これじゃまるで怯えているみたいな……)

 

 “まるで”ではなく、事実、蹴りウサギは怯えていた。ハジメ達が逃げようとしていた右の通路から現れた新たな魔物の存在に。

その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。その姿は例えるなら熊だった。但し、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えているが。

 

 その爪熊が、いつの間にか接近しており、蹴りウサギとハジメを睥睨していた。辺りを静寂が包む。ハジメは元より蹴りウサギも硬直したまま動かない。いや、動けないのだろう。まるで、先程のハジメだ。爪熊を凝視したまま凍りついている。

 

「……グルルル」

 

と、この状況に飽きたとでも言うように、突然、爪熊が低く唸り出した。

 

「ッ!?」

 

 蹴りウサギが夢から覚めたように、ビクッと一瞬震えると踵を返し脱兎の如く逃走を開始した。今まで敵を殲滅するために使用していたあの踏み込みを逃走のために全力使用する。しかし、その試みは成功しなかった。爪熊が、その巨体に似合わない素早さで蹴りウサギに迫り、その長い腕を使って鋭い爪を振るったからだ。

 

 蹴りウサギは流石の俊敏さでその豪風を伴う強烈な一撃を、体を捻ってかわす。ハジメの目にも確かに爪熊の爪は掠りもせず、蹴りウサギはかわしきったように見えた。しかし……着地した蹴りウサギの体はズルと斜めにずれると、そのまま噴水のように血を吹き出しながら別々の方向へドサリと倒れた。

 

 その音に我に変えるハジメ。あれはマズい。先ほどまでの蹴りウサギとは別次元の化け物だ。本能に従うようにハジメは右手を背後の壁に押し当て錬成を行った。

 

「あ、あ、ぐぅうう、れ、“錬成ぇ”!」

 

 幸いにも体は動き壁に穴が開き始める。しかし2人分の穴が開き始める前に爪熊が悠然とハジメに歩み寄るその目には蹴りウサギのような見下しの色はなく、唯ひたすら食料という認識しかないように見えた。その事がハジメの恐怖心を煽る

 眼前に迫り爪熊が爪を振り上げる

 

(駄目だ!殺される!)

 

 諦めかけたその時

 

「糞が!!吹っ飛べ!」

 

「グゥルアアア!?」

 

 咆哮と共に爪熊が後方に吹っ飛ばされた。声の聞こえた方にハジメが顔を向けるとそこには右手を爪熊に突き出し風魔法を放っていたコウスケがいた。顔は苦痛で歪み、使い物にならなくなった左腕をかばうようにしているため変な体勢になっている。

 

「南雲!ボーっとすんな!今のうちに錬成で穴を作るんだ!」

 

「う、うん!」

 

 コウスケの叫び声にはじかれるように錬成で2人分の穴を作り込むがそこに先ほど吹き飛んだはずの爪熊がハジメとコウスケに襲い掛かる

 

「しつけぇんだよ!」

 

「グゥルルルルアアアアア!!」

 

 コウスケの罵倒と爪熊の唸り声が聞こえる中何とか穴を作る事に成功したハジメ。コウスケに知らせようと振り返るのと自分の方に何かが倒れ掛かってきたのはほぼ同時だった。

 

「うわっ…コウスケ?」

 

 倒れ掛かってきたのはコウスケだった。慌てて受け止めるハジメ。すぐに倒れ掛かってきた意味が分かったコウスケが右手で抑えている腹が赤黒くなっているのだ。今も血があふれコウスケの右手は真っ赤に染まっている

 

「…南雲…すまねぇ…しくじった…」

 

 弱弱しい声で謝るコウスケ。風魔法を撃って爪熊を吹き飛ばしたのと同時に爪熊の技能”風爪”を食らってしまったのだ

 

「ガァアアアアアアアア!!」

 

「っ!!」

 

 先ほどから邪魔されて怒り狂った爪熊の咆哮がすぐそばまで聞こえてきた。ハジメは持てるすべての力を使い重傷を負ったコウスケを引きずりながら穴へ入り込む。穴に入り込んだと同時にガリガリと凄まじい音が聞こえてきた爪熊がハジメたちのいる穴に向かって爪を振るっているのだ

 

「うぁあああーー! “錬成”! “錬成”!」

 

 爪熊の咆哮と壁が削られる破壊音に半ばパニックになりながら少しでもあの化け物から離れようと連続して練成を行い、どんどん奥へ進んでいく。左腕一本でコウスケを引きずり右手で錬成を使い穴を広げ少しでも奥へと進んでいく。火事場の馬鹿力という奴だろうか、コウスケの重みを全く感じずに何とか音の聞こえなくなるところまで奥へと進むことができた。

 

 

 

 

 

 

「きっとここまで来れば…ってコウスケ大丈夫!」

 

「…はは…なんか…痛みを感じなく…なって…」

 

 ハジメは慌てて傷口を抑えて止めようとするがコウスケの出血は止まらない。コウスケの傷口を抑えながら涙と鼻水が出てくるハジメ

 

「うぐ、ひっく、うぅ ごめんなさい、ごめんなさい…僕の…僕のせいだ」

 

 自分があの時小石を蹴ってしまったから…あの時もっと気を付けていればコウスケは傷だらけになっていないというのに…強い後悔と今自分は苦しんでいる友達に対して何もできないことによる無力感がハジメの心を抉っていく

 

「………」

 

 コウスケは何も言わずただ首を横に振る、がそれで力を使い果たしたのか呼吸がどんどん弱くなっていく

 

「嫌だ!死なないでコウスケ!ダメだよ…諦め…な…いで…」

 

 言い終わると同時にハジメの意識が朦朧としてきた。ただでさえベヒモスを足止めして魔力が尽きそうだったのに無理やり錬成を使ったからだ。何とか意識を保とうとするも体力魔力どちらも使い果たしたのだ。次第にハジメの意識が強い無力感と友達を失う恐怖感を抱きながら闇の中に落ちていく。

 

「……コウ…ス…ケ」

 

 意識が完全に落ちる寸前、仰向けになったコウスケに何か光るものが落ちるのが見えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何かおかしい所があってもこまけぇことはいいんだよ!の精神で見てくれると嬉しいです
それはそれとして読みにくくはなかったでしょうか?心配です

感想お待ちしています


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生還と決意

中々の難産でした


 

 

 ぴちょん……ぴちょん……

 

 水滴が頬に当たり口の中に流れ込む感触にコウスケの意識が徐々に覚醒していく。あたりは薄暗くここがどこなのかわからない。ぼんやりとするコウスケ。のっそりと体を起こすと低い天井に頭を思いっきりぶつけた

 

「おごっ!?」

 

 両手で頭を押さえながらようやく自分のいる場所と先ほどの状況を思い出した

 

(痛ぇ~、あーそっか…蹴りウサギに蹴られて、ついでに爪熊に殺されそうになってたんだっけ)

 

 先ほどの惨劇の詳細を思い出し、自分の左腕を確認するとそこには変な方向に折れ曲がった腕ではなく折れる前の程よく筋肉のついた左腕があった。右手で無意識に左腕をさする。

 

(あれほど滅茶苦茶になっていた腕が元に戻っている…ってことは)

 

 思案にふけるコウスケの顔に水滴がまた落ちてくる。その水滴の正体に気付き息を吐く水滴の正体は【神結晶】と呼ばれる、魔力の結晶が出す液体である、その液体を【神水】と呼び、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。これのおかげで体が回復したのだ。原作におけるハジメを救った重要アイテムである。

 

 

(ここまで凄い物だったとは…)

 

 完全に治った左腕を見つめ、切り裂かれていたはず腹部を触る。確かに傷が治り何も問題はなさそうだ。

 

(確かあの時は内臓らしきものが飛び出していたような…っ!?)

 

 自分の身体から零れ落ちそうとしていた物の感触を思い出してしまい思わず吐きそうになる。青白い顔で何とか吐き気を抑え、深く息を吸い込みあたりに香る血の匂いに辟易した。憂鬱な気分であたりを見回し隣で眠っているハジメにコウスケは気付いた。

 悪夢を見ているのか顔は険しく涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになっている

 

「…南雲、お前心配してくれていたのか」

 

 コウスケの記憶には最後まで心配してくれていたハジメの声が頭に残っている。その事とここまで運んでくれた事に深く感謝する。疲れているだろうハジメをこのまま寝かせてあげたいがさすがにこの場所は狭いし何より血の匂いがひどい

 

「南雲…起きてくれ南雲」

 

「…ううん?…!?コウスケ!生きてるの!」

 

「ああ、お前のおかげだ…それにこの水?のおかげかもしれない」

 

 ハジメを起こし水滴を飲むように言うコウスケ。ハジメは訝しがりながらも水滴を飲むと頭がクリアになり倦怠感が治まっていく。その事に目を見開き驚くハジメ

 

「コレは?」

 

「分からん。だがこの先に何かあるかもしれん。錬成で道を作ってくれないか?」

 

 コウスケの言葉にあいまいにうなずき、熱に浮かされたように穴を掘り続けるハジメとそのあとを追うコウスケ。やがて、流れる謎の液体がポタポタからチョロチョロと明らかに量を増やし始めた頃、更に進んだところで、ハジメ達は遂に水源にたどり着いた。

 

「こ……れは……」

 

 そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が存在していた。

 

 その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。コウスケとハジメは引き寄せられるようにその石に手を伸ばし直接口を付けた。すると体の調子がみるみるよくなっていくのが分かる

 

「はは、地獄の底に一筋の希望ってか?やったな南雲。役立つものを見つけたぞ……って南雲?」

 

 コウスケは死の淵から生還できたこと、このオルクス迷宮で最重要アイテムを見つけたことででテンションが上がったが、対するはハジメは膝を抱え込んで座っており顔は俯いている。体も小刻みに震えておりコウスケは思わず声をかけた。

 

「…怖かった、怖かったんだ!ぐすっ僕の、僕のせいでコウスケが死んでしまいそうで…怖いんだ、…僕を餌としか見ていないあいつも!こんな場所も!何もかも怖いんだ…もう嫌だ、ここから動きたくない、なんでこんなことに…」

 

 死地から脱出したことで心に余裕ができたのだろうか、ハジメは自分の感情を吐露していた。八つ当たりなのは自分でもわかっている。それでも自分のせいで死にかけたコウスケ、こちらを餌としか見ていない絶対強者の爪熊。この異常な迷宮。すべてに恐怖していた。

 

「南雲…そっか、そうだな、怖かったな…でもな、()()()

 

 ハジメの前に座り正面から見つめるコウスケ。涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔をあげコウスケの目を見るハジメ。その目はとても優しく綺麗だった。

 

「お前のおかげで俺は助かったんだ。…ありがとう。お前も俺も生きていて本当によかった」

 

「…ぅうう…」

 

さらに涙を流しハジメは俯いてしまった。コウスケはハジメの肩に手を置き優しく慰めるように背中をさすった

 

 

 

 少しの休憩の後コウスケは立ち上がりまだ恐怖から動けないハジメに声をかけた

 

「南雲…俺は、ちょっとそこらへんを探索してくるよ…なんか食えるもんがあるかもしれないしさ、ほらよく言うだろ腹が減っては戦はできぬってさ…だからお前はここにいてくれないか」

 

 その言葉にピクリとだけ一瞬ハジメの肩が動く、しかし顔を上げようとせず動こうとはしない。その事にコウスケはほんの少しだけ溜息が出た

 

(………はぁ)

 

「この石があれば命を落とすことはないだろう。何かあっても大丈夫だ。戦いは全部、俺に任せてくれ。なーに次は油断も慢心もしないさ、だから、生きて一緒に、日本に帰ろうぜ!」

 

 神晶石を最後に一舐めすると立ち上がり動かないハジメをちらりと見て移動を開始した。

 

 

 

 

 

 コウスケはひどく苛ついていた。理由は主に自分だ。

 

 勇者の力とこのステータスがあれば何とかなると楽観視していたこと。ステータスがハジメの二十倍なら蹴りウサギの攻撃がぐらいなら耐えられるとうぬぼれていた。実際は、左腕が折れてしまいステータスはあくまで目安であり絶対ではない、そんな簡単な事に気付かずにいたことだ

 

 次に技能を使うことを忘れていたこと、自分の正体を話していたことで油断して『気配感知』『魔法感知』の両方を使うことを忘れていたため蹴りウサギにエンカウントし『縮地』『先読み』すら使う暇もなく蹂躙された。もし使っていればまだ何とかなったもかもしれないのに自分の油断が原因だった。必死だった訓練も順調だった迷宮上層も命を懸けた殺し合いには何の役にも立たなかった

 すべては自分の油断だった。甘く見ていたこのオルクス迷宮を…ただの、南雲ハジメの豹変した場所としか見ていなかった…

 

(だけど、俺が!最も苛ついているのは‼)

 

 自分を助けてくれたはずのハジメに感謝の気持ちを持っているはずなのに動こうとしないハジメに「役立たず」と罵っている自分がいたことだった。

 

 なぜ自分が殺されそうなのに援護してくれないのか、どうして錬成でもっと早く穴をあけてくれないのか、なんで今もうずくまって動かないのか、今手元には聖剣がない、だから今こそハジメの錬成が必要なのに

 

(クソッ仕方ないだろう!?南雲はただの学生だ!こんな状況になったら動けなくなるのはしょうがないだろ!?だから南雲にイラつくのはやめろ!)

 

 結局のところ自分が悪いのに全部ハジメのせいにしようとする自分がたまらなく嫌でひどく醜かった。だから別れたのだ。助けてくれた感謝の気持ちが消えそうで、このままだとハジメを罵ってしまいそうになりそうで怖かったのだ。今になって死にかけた恐怖心がぶり返してくる

 

(怖い、怖い!でも仕方がないんだ!俺がやるんだ、魔物を殺して肉を食って!敵になった奴を排除するんだ!そうやって南雲を守るんだ!俺しかいない、でも痛いのは嫌だ、すべて南雲に任せればいい、違う俺がやるんだ!、帰りたい…あの時見捨てていれば…)

 

「っ!」

 

 南雲に少しでも苛ついたことに腹を立てる自分、帰りたい死にたくないと願う自分、恐怖におびえる自分

 

 様々なことが頭をよぎり心の中が荒れ狂う。思わず膝をつき頭を抱えるどれくらい蹲っていたのだろうか、もしかしたら、数十分か、もしくは数時間かもしれない

 

(ぅううう、誰か助けてくれ、俺はどうすればいいんだ、どうすれば…)

 

 思わず助けを求めたとき、ふと頭の中にハジメと最初に自己紹介して笑いあったことが頭に浮かんだ、次に迷宮に入る前の夜に会話をしていたことを思い出した

 

(…あ)

 

 あの時自分は救われたのだ、ほんの少し話をしただけ、だけど、楽しかったあの笑顔を見ていたい、そう思ったのだ

 

(…ぁあ、そっか、俺、南雲と一緒にいたかったんだな)

 

 頭の中が徐々に楽になっていく。荒れた心が穏やかになっていくあの、とてもかなわないようなベヒーモスに向かっていく勇気を持ったハジメに嫌いたくない、嫌われたくないたったそれだけだった。だから…

 

(…南雲に、自信をもって隣に立てるように強くなろう少しづつでもいい…だから)

 

 頭がクリアになると同時に「気配感知」に何かが反応した

 

「この感じは…蹴りウサギか…ハッ俺たちの門出の贄になってもらうぞ」

 

 不敵な笑みを浮かべ交戦の準備をする、南雲と共に行く、ただそれだけを決意して…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハジメはまるで胎児のように丸まって動けなかった。コウスケが行った後も動けなかった。爪熊のあの目がダメだった。ハジメを餌としてしか見ていない捕食者の目。弱肉強食の頂点に立つ人間がまず向けられることのない目だ。

 

(ぅうう 怖い、怖いんだ…)

 

何度も立ち上がり行こうと思う、だがそのたびに足がすくんでしまう

 

(どうして僕は弱いんだ…どうして…コウスケは、立ち上がることができたのに…)

 

 思い出すのは一緒に落ちてきた友達のこと。怖くて不安だというのにそれを出さずこちらを心配してくる、そんなところに自分は甘えてしまっていた。だから…自分は足手まといにしかならなかった。いつまでも弱くて無能な自分、嫌気がさしてきた。

 そのままどれくらい時間がたったのだろうか、もしかしたら、数十分かもしくは数時間かもしれない。だが、ハジメには長い時間だった。自分の中が少しづつ変わるようなそんな時間だった。

 

(なぜ僕はこんなところにいる…)

 

(なぜこんな目にあってる……なにが原因なんだ……)

 

(神は理不尽に誘拐した……)

 

(だから、こんな世界にいるんだ…)

 

(クラスメイトは僕を裏切った……)

 

(だから、こんな暗い迷宮にいるんだ)

 

(だったら、どうして動かないんだ…)

 

(それは、魔物が怖いからだ…)

 

(違う!コウスケが助けてくれると甘えているんだ…)

 

(コウスケは立ち向かっていった…)

 

 自問自答をし、だんだんと思考が変わっていく、あの自分を勇気づけてくれた友達…親友のように強く…弱い自分から強い自分へ少しづつ…

 

(いつまでコウスケに甘えているんだ…)

 

(コウスケと一緒に帰るんだ)

 

(だったらどうするんだ)

 

(強くなるんだ、今よりもっと、もっと強く)

 

(そして、邪魔者を排除するんだ)

 

(狂った神も裏切ったクラスメイトも襲ってくる魔物も全部)

 

(僕の、僕達の邪魔をするもの!、理不尽を強いる全て!)

 

()()()()()‼)

 

 今この瞬間、優しく穏やかで、対立して面倒を起こすより苦笑いと謝罪でやり過ごす、香織が強いと称した南雲ハジメは変わった

 理不尽を跳ね飛ばし、立ち向かう障害をすべて叩きのめすより強くより冷静で冷酷になった新しい南雲ハジメが誕生した。

 

 ハジメは弱った体を必死に動かし、神晶石に口をつけて啜る、体に活力が戻り頭がさえるあくまで冷静にしかし大胆にハジメはここから切り抜ける方法を考える

 

「強くなるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

コウスケは少しおぼつかない足取りで神昌石の部屋まで戻ってきた。手には原形をとどめていない蹴りウサギの死骸を持っている。

 

「おーい、南雲ー待たせたなーってお前…」

 

「ん?ああ、コウスケ待ってたよ」

 

ハジメが居るのはいいしかし、隣にある赤黒いのは何なのだろうか

 

「ああ、これ?ただの魔物だよ。錬成で動けなくした所を手動ドリルで仕留めたんだそっちのソレは?」

 

「あ、ああこれは、先読みでコレの来る所にありったけの風魔法を放ってだな、動きづらそうにした所を縮地と剛力とそこらへんの石で無理やり殴りまくった」

 

「無理やりって…なんか脳筋だね」

 

「へっうるせぇ、ほかに思いつかなかったんだよそれよりなんか雰囲気変わった?」

 

さっきまでのハジメとは違う、どこか知的?というかなんか肝が据わったような感じがするのだ

 

「…いろいろあったんだよ。それよりコウスケ」

 

「ん?」

 

「僕を庇ってくれてありがとう。君のおかげで僕は生きている」

 

「いや、それは俺のセリフじゃ「それでも、君のおかげなんだ」

 

ハジメの目は真剣だ。何があったかはわからないがその目はコウスケにとって非常に心強いものだ

 

「…わかった。これで貸し借りなしってやつか?よくわからんけど?」

 

「そういうものだよ。…コウスケ、生きて強くなってそして、一緒に日本に帰ろう」

 

「…ああ!強くなって日本に…俺たちの故郷に帰ろう!」

 

拳を突き出してきたハジメに合わせて拳を合わせるコウスケ。強い決意とともに感じたそれはとても暖かった。同時に、なんだかテンションが上がってきた

 

「というわけで3分クッキング始めるか!」

 

「うん!」

 

「まずはこの糞共を適当にぶつ切りにします

助手のハジメ君スパスパやっちゃって」

 

「ハイハイ、錬成ナイフでスパスパ行きます」

 

「では切れたぶつ切り肉を適当に焼きます。おらぁっ消し炭になりなぁ!」

 

「消し炭にしたらダメでしょ」

 

「はい出来上がり~ウサギと狼のぶつ切り焼きでーす。隠し味は何もありません!、素材100%の味をお楽しみください」

 

「わーい」パチパチパチ

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

 

両者、無言になる。いったい何をしているのか。変なテンションからいきなり素に戻ってしまった。目の前にはこんがり焼けた魔物の肉

 

「なあ、南雲、俺いきなり何してんだろ?というかこれ俺達食べるのか!?」

 

「仕方ないよほかに食べるものなんてないし…というよりここに他の食糧になるものなんてなかったよね?これを食べるために仕留めてきたんじゃないの?」

 

「そりゃあそれもあるが…コレ腹壊すよな?」

 

「うん間違いなく毒だって本に書いてあった」

 

「マジか…嫌でもこの石があれば行けるか?」

 

嫌そうな顔でまじまじと肉を見るコウスケ。原作を見ているから知ってはいるのだが激痛が襲うとなるとさすがに躊躇する。無論それで強くなるのも分かってはいるのだが…

 

「コウスケ、生きてここから出るためだ、覚悟しよう」

 

やたら覚悟の決まった顔をするハジメ。貫禄さえ出てきそうである

 

「ええい、ままよ!うおおおお、まっず!?なんじゃこりゃ!」

 

「うぐ、おえ!まだ虫の方がましなんじゃないのコレ!?」

 

コウスケに合わせるように肉に食らいつくハジメ変なにおいと酷い味に2人とも涙目になる。思わず神晶石からにじみ出る神水をなめる

男2人青い石を必死に舐めるその姿は、すさまじくシュールだった

 

どれくらいそうしてたのかハジメの体に異変が起きた

 

「グッ ――ッ!? アガァ!!!」

 

 突如全身を激しい痛みが襲った。まるで体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる。錬成で作っていたコップの中に入っている神水を飲むと痛みが引くがまた激痛がぶり返してくる

 

「ひぃぐがぁぁ!!あがぁぁ!」

 

 ハジメは絶叫を上げ地面をのたうち回り、頭を何度も壁に打ち付けながら終りの見えない地獄を味わい続けた。激痛に蝕まれながらも隣の親友の無事を確認するハジメ。そにいたのは…

 

ビクンッビクンッ

 

泡を吹きながら気絶して痙攣している親友がそこにいた…あまりの激痛に脳がオーバーフローしているのかどうやらすぐに意識を手放してしまったらしい、しかし痙攣の仕方があまりに変だ、まるで、クリ○ゾンの様な…

 

「うぐが、おきろ!くそがぁぁ!!」

 

心配して神水を飲ませる目的で神晶石を思いっきりコウスケの口元に叩きつける。一応心配しているのだ。痛みを自分だけ体験しているのが苛っとしたわけではない…ないったらないのである。

 

「おごおおお!てめ、南雲なにしやが、あばばばばっばあっばあばっば!」

 

「君だけ気絶してんじゃ!がぁぁあああ!!!」

 

神水を飲みながらお互い罵りあい,地面をのたうち回りながら、痛みを引くのを待つのだった

 

やがて激痛が治まり、ぼんやりとするハジメ、何度か自分の手を握ったり開いたりして自分が生きているのを確認する。

 

「…はは、本当に…死ぬかと思った…僕の体どうなっているんだ?」

 

気のせいか自分の体が軽く、力がみなぎるような気がするのだ。腕や腹を見ると筋肉が発達しており目線も少し高くなっている気がする。 体の変化だけでなくハジメは体内の違和感も覚えていた。暖かいような冷たいような、どちらとも言える奇妙な感覚。意識を集中して見ると腕に薄らと赤黒い線が浮かび上がった。

 

「うわっ、き、気持ち悪い、大丈夫かなコレ…っとそうだ、コウスケは…」

 

「…童貞捨てるまでは…死なねぇよ」

 

隣でうつぶせになっていた親友の無事を確認する。うわごとを言うあたり、まだ大丈夫そうだ。とりあえずお互いの無事を確認する

 

「なんか案外平気そうだね…」

 

「…んなわけねぇだろ。なんか生まれ変わったような気がするがな…あれ?背も低くなったような?…南雲お前の方は、髪の毛は…え?変わっていない!?」

 

「何だよ、抜けていると思ったの?」

 

「ああそうじゃなくて、ははそうだよ、そうだ、これでいいんだ…」

 

コウスケはハジメの髪の毛を見て何やら小さく頷いている。抜けているわけでも長くなっているわけでもましてや、色が変わっているわけでもないというのに…

 

「それより、南雲、こういう時はステータスプレートを見よう。何が変わっているのかわかるはずだ」

 

ステータスプレートを探してポケットを探る。どうやら失くしていなかったようだ。現在のハジメのステータスを確認する。体の異常について何か分かるかもしれない

 

==================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

天職:錬成師

筋力:100 (C)

体力:300 (C)

耐性:100 (C)

敏捷:200 (A)

魔力:300 (B)

魔耐:300 (C)

技能:錬成・魔力操作・胃酸強化・纏雷・鉱物鑑定・言語理解

==================================

 

「…強くなってる、魔力操作?纏雷?なんだこれ?というより数字の隣にあるのは…?」

 

「魔物の肉を食ったら強くなる、か…ほんとファンタジーだな魔力操作は詠唱いらず、纏雷は雷かな?ま、イメージすれば大体何とかなる

…ってんん?なんだそりゃ?」

 

「なんだろうコレ…そっちの方は?」

 

コウスケはポケットからステータスプレートを探し出し自分のステータスを確認する…今現在の自分はどうなっているのか内心見るのが怖いのだが

 

==================================

コウスケ ?歳 男 レベル:--

天職:勇者 ———

成長率

筋力:B-

体力:A

耐性:A

敏捷:C-

魔力:B

魔耐:A

 

技能:我流闘技・魔力操作・全属性適正・--魔法・他多数

 

状態:支援効果「南雲ハジメ」

 

==================================

 

「…………え?」

 

「え?」

 

「「え?」」

 

思わずハジメと顔を合わせるコウスケ。何が何だかわからなかった。名前が変わったことで別人と判断されステータスが変動されたのだろうか、それとも自分こそがイレギュラーであるからだろうか?原作を知っているコウスケでもこれはさっぱりとわからない

 

「な、なんじゃこりゃぁああああああ!?」

 

迷宮の奥深くコウスケの絶叫がむなしく響くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやくシリアス終了!
ここからは少しずつコミカルに行く予定です


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迷宮探索

どんどん主人公の素が出てくる…


 

 

あの後、何かと騒ぎながらもこれからのことをハジメと話し合った結果、神結晶の部屋で鍛錬をすることになった。いくら強くなったとしても、油断は禁物、というわけでハジメは錬成の鍛錬と武器の製作、コウスケは魔法の練習と実戦の積み重ねを行うことにした。

 

「とりあえずステータスプレートのことは放置するぞ。あんな物何の目安にもならん!」

 

「本当になんなんだろうね?」

 

(俺が知りたいよ…)

 

 

 その結果、ハジメは遂にとある物の作成に成功した。

音速を超える速度で最短距離を突き進み、絶大な威力で目標を撃破する現代兵器。

全長は約三十五センチ、この辺りでは最高の硬度を持つタウル鉱石を使った六連の回転式弾倉。長方形型のバレル。弾丸もタウル鉱石製で、中には粉末状の燃焼石が圧縮して入れてある。すなわち、大型のリボルバー式拳銃だ。しかも、弾丸は燃焼石の爆発力だけでなく、ハジメの固有魔法“纏雷”により電磁加速されるという小型のレールガン化している。その威力は最大で対物ライフルの十倍である。ドンナーと名付けた。

何となく相棒には名が必要と思ったからだ。ちなみに名前付けでコウスケとお互いに中二病をいかんなく発揮させ、ひと悶着があった

 

「ドンナー?確かロシア語で雷だったっけ?いや~南雲君、中々の中二っぷりですなー」

 

「そっちも変な名前を付けようとしたよね!「こいつの名は、『雷撃丸・極』だ!」とかなんとか!そっちもたいがいだよ!」

 

「えぇーいいじゃねえかよ、名前を付けるってのは大切なことなんだぞ俺もよーかっこいい名前を付けたいもんよー」

 

「それにしたってセンスがないのはどうかと思うんだけど…」

 

 コウスケの方は、魔法の方は全属性適正というあいまいな技能のおかげで難航していた。個人的にはハジメみたいに一つのことを極める方がかっこいいと思うのだ。そのせいでうまいことイメージが決まらず発動するのが難しい。ファンタジーの魔法を発動するとはすなわち

思い込みであると考えているコウスケには中々もどかしいことだった。最も何でもできるのは器用で役に立つので、飲料用の冷水や、体を洗うための温水、体を乾かすための温風などいろいろ便利なのだが…

 技能の方は魔物を食らってもハジメのように魔物の固有魔法は増えなかった。これは、自分はこの世界の正真正銘のイレギュラーなのでこの世界の法則が当てはまらないと思うことにした、すなわち、魔法と同じように自分ができると思ったときに技能が生えるのではないかと考察した。最もハジメに話したら複雑そうな顔をされたが…

 

「思い込みで出来るって…それは流石にないんじゃないかな?」

 

「その考えは分からんでもないんだが…なんというか今一掴みづらいんだよなぁなんか自分の想像力の無さが露呈しているというか、きっかけがないというか…うーん難しい」

 

「案外死にそうになったら思いついたりして」

 

「おいおい、瀕死になってパワーアップって、俺はサイヤ人かよ。ま、今のところはコイツで、ぶん殴っていけばいいしな」

 

 また、ハジメに協力してもらいタウル鉱石で、両手で持つ大槌を作ってもらった。名を『地卿』と名付けた。長すぎず、短すぎずと中々の仕上がりである。重量も程よく重くいざとなったら片手運用もできるように練習中である。ハジメは、ギミックを仕掛けたそうにしていたが割と脳筋思考なコウスケは、「ギミックを使えるだけの頭がないからな」と言い代わりに頑丈さを底上げするように頼んだ。

 

 そんなこんなで準備を整えた2人は迷宮の探索を開始した。ちなみに、この階層最強であるはずの爪熊はハジメがさっさとドンナーで撃ち殺してしまった。アレにかまっていられないということらしい。そんなハジメに変わったなぁと感じながらコウスケも探索を開始する。結果わかったことだが

上層に続く道はなく錬成で無理やり上に道を作ろうとしてもプロテクトが掛かってているのか、それ以上進めないのである。そんなわけでこのオルクス裏迷宮の深部へと2人は進んでいくのであった。

 

 道中はいろんな魔物がいた、暗闇で石化させようとするバジリスク、

 

「どうせ石化させられるのならボディコンを着た綺麗なお姉さんがいいな!」

 

「…?ああ、あの石化の魔眼を持つ人か」

 

タールの中から襲い掛かるサメ、

 

「フカヒレって美味しいのかな?」

 

(高級食材がおいしいとは限らないぞ南雲)

 

毒の痰を出す二メートルもある虹色のカエル、

 

「カエルはおいしいって聞くけど流石に毒持ちは…」

 

「一度お湯で洗ってみるか」

 

なぜか甘い実を落とすトレントモドキ

 

「「……あまーい」」

 

「さてと…南雲分かっているな?」

 

「そっちこそ」

 

「「一匹の残らず狩りつくしてやる!」」

 

まひの鱗粉を出す蛾、巨大すぎるムカデ、

 

「ぁああああああ!駄目!虫は駄目なんだよ!ひぁぁあああ!こっち来るなー!」

 

「ちょっ!僕の後ろに隠れないでよ!」

 

「フィヒヒヒヒ!アッヒャヒャヒャヒャ!」

 

「だからと言って突撃しないでよ…」

 

虫の魔物が出てきた時は、コウスケが発狂して地卿を滅茶苦茶に振り回すという場面もあったが…

 

などなど多種多様の魔物がいた。戦闘は主にコウスケが前衛を張り後ろからドンナ―でハジメが援護するという感じである、まだまだ連携も甘くドンナ―の弾がコウスケに当たりそうになったり

 

「フレンドリーファイアーはゲームの中だけにしてくれ!」

 

「ご、ごめん!」

 

ハジメに魔物が群がりそうになったり、

 

「コウスケしっかりと敵の注意を引き付けて…」

 

「す、すまん!」

 

コウスケの振るう地卿が全く当たらなかったり、

 

「リーチの長さ、間合いの取り方、振るう速度、力の入れ具合、考えることは多い」

 

「何か変なところがあったら言ってね。すぐに改良できるから」

 

神水の消費を抑える為にコウスケの治癒魔法を使うがあまり役に立たなかったり

 

「この水を使えばいいんじゃないの?」

 

「それはそうなんだが、あんまり頼りすぎるともしもの時が怖い、それよりは選択肢を増やしておいた方が良いだろう…中毒が怖いし」

 

それでも故郷へ帰るため2人はあきらめなかった

 

 現在2人は50層で作った拠点で武器の点検、銃技、槌技、錬成と魔法の鍛錬を積んでいたというのも、階下への階段は既に発見しているのだが、この五十層には明らかに異質な場所があったのだ。

それは、何とも不気味な空間だった。

脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。ハジメはその空間に足を踏み入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じ、これはヤバイと一旦引いたのである。

もちろん装備を整えるためで避けるつもりは毛頭ない。ようやく現れた“変化”なのだ。調べないわけにはいかない。ハジメは期待と嫌な予感を両方同時に感じていた。あの扉を開けば確実に何らかの厄災と相対することになる。だが、しかし、同時に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹くような気もしていた。

 

「さて、どーみても中ボス戦の感じがするが…南雲、準備はどうだ?」

 

「悪くないよ、…まるでパンドラの箱だね、どんな希望が詰まっているやら?」

 

「さてね?案外唯一無二のお宝かもよ」

 

自分達の今持てる武技と武器、そして技能。それらを一つ一つ確認し、コンディションを万全に整えていく。全ての準備を整え、ハジメはゆっくりドンナーを抜きそっと額に押し当て目を閉じる。コウスケは地卿を祈るように持つ。覚悟ならとっくに決めている。しかし、重ねることは無駄ではないはずだ。2人は、己の内へと潜り願いを口に出して宣誓する。

 

「僕は生きて必ず故郷に戻る。日本に、家に……帰る。邪魔するものは打ち砕く!」

 

「(この部屋は…確かに希望がある、だからこそ南雲を死なせない何があっても絶対に!)ああ…帰ろう共に日本へ!」

 

 扉の部屋にやってきた2人は油断なく歩みを進める。特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

 

「なんだろうこれ?…こんな式見たことないな」

 

「なら相当古いのかも?」

 

「うーん、仕方ない錬成するか」

 

「あると便利な錬成、様様だな」

一応、扉に手をかけて押したり引いたりしたがビクともしない。なので、何時もの如く錬成で強制的に道を作る。ハジメは右手を扉に触れさせ錬成を開始した。

 

 しかし、その途端、

 

バチィイ!

 

「うわっ!?」

 

 扉から赤い放電が走りハジメの手を弾き飛ばした。ハジメの手からは煙が吹き上がっている。すぐにコウスケの治癒魔法で手を治す。直後に異変が起きた。

 

オォォオオオオオオ!!

 

 突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。2人はバックステップで扉から距離をとり、武器を構えて先制攻撃出来るようにスタンバイする。

 

「まぁ、ベタと言えばベタかな」

 

苦笑いしながら呟くハジメの前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。

 一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。手にはどこから出したのか四メートルはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようとハジメの方に視線を向けた。

 その瞬間、

 

ドパンッ!

 

 凄まじい発砲音と共に電磁加速されたタウル鉱石の弾丸が右のサイクロプスのたった一つの目に突き刺さり、そのまま脳をグチャグチャにかき混ぜた挙句、後頭部を爆ぜさせて貫通し、後ろの壁を粉砕した。

 左のサイクロプスがキョトンとした様子で隣のサイクロプスを見る。撃たれたサイクロプスはビクンビクンと痙攣したあと、前のめりに倒れ伏した。

巨体が倒れた衝撃が部屋全体を揺るがし、埃がもうもうと舞う。

 

「悪いけど、空気を読んで待っているほど出来た敵役じゃあないんだ」

 

 いろんな意味で酷い攻撃だった。ハジメ達の経験してきた修羅場を考えれば当然の行いなのだろうが、

あまりに……あまりにサイクロプス(右)が哀れだった。おそらく、この扉を守るガーディアンとして封印か何かされていたのだろう。

こんな奈落の底の更に底のような場所に訪れる者など皆無と言っていいはずだ。

 

 ようやく来た役目を果たすとき。もしかしたら彼(?)の胸中は歓喜で満たされていたのかもしれない。満を持しての登場だったのに相手を見るまでもなく大事な一つ目ごと頭を吹き飛ばされる。これを哀れと言わずして何と言うのか。

 

 サイクロプス(左)が戦慄の表情を浮かべハジメに視線を転じる。その目は「コイツ何て事しやがる!」と言っているような気がしないこともない。

 

「さて、ハジメ悪いけどこっちは俺に譲ってくれ」

 

「わかったよ、あんまり遊ばないでね」

 

サイクロプスと対峙するコウスケ、瞬間唸り声をあげ大剣を振り上げコウスケを押しつぶそうとする。

 

「おせぇよ!」

 

大剣と打ち合わせるように地卿を振り上げる、バキンと音を立て半ばから折れる大剣。思わずといった目で大剣を見るサイクロプス。その隙に地卿を土手っ腹に打ち込む。サイクロプスは、うつぶせに倒れとどめを刺そうと地卿を振り下ろすコウスケ、 しかし、ここで予想外のことが起きた。サイクロプス(左)の体が一瞬発光したかと思うと、その直後、地卿をはじき返したのである

 

「へぇー良いの持ってんな」

 

サイクロプスの固有魔法『金剛』が発動したのである。しかし、気にせず、地卿を思いっきり振り上げサイクロプスを仰向けにしあらわになった目に地卿をたたきつける。サイクロプスの頭部はあっさり粉砕した。

 

「まぁ、こんなところか」

 

「中々の豪快っぷりだね」

 

「脳筋乙ともいう…んじゃ肉は後でとるとして」

 

錬成ナイフでサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。血濡れを気にするでもなく二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。ピッタリとはまり込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸り魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。

そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

 2人は少し目を瞬かせ、警戒しながら、そっと扉を開いた。

扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。手前の部屋の光に照らされて少しずつ全容がわかってくる。中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。その立方体を注視していたハジメとコウスケは、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。

 近くで確認しようと扉を大きく開け固定しようとする。いざと言う時、ホラー映画のように、入った途端バタンと閉められたら困るからだ。しかし、ハジメが扉を開けっ放しで固定する前に、それは動いた。

 

「……だれ?」

 

 掠れた、弱々しい女の子の声だ。ビクリッとして2人は慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の“生えている何か”がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

 

「人……なのか?」

 

 “生えていた何か”は人だった。

 

 上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

 

 流石に予想外だったハジメとコウスケ(コウスケは知ってはいたがここからでもわかる美貌に固まっていた)

は硬直し、紅の瞳の女の子もハジメ達をジッと見つめていた。

 

やがて、ハジメはゆっくり深呼吸し決然とした表情で告げた。

 

「すみません。間違えました」

 

 

 

 

 




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希望

戦闘シーン非常に難しいです!でも書くしかないのさ~
原作のメインヒロイン登場!ですがキャラ崩壊注意です…
こっそりと自分の趣味を載せてみる


「すみません、間違えました」

 

そう言ってそっと扉を閉めようとするハジメちなみにコウスケはまだ硬直している。それを金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったように掠れて呟きのようだったが……

 

 ただ、必死さは伝わった。

 

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

 

「お断りします…というかコウスケさっさと起きて。とっととこの部屋から出るよ」

 

そう言いながら扉を閉めようとするハジメは怪しいものには容赦がない。

 

「ど、どうして……何でもする……だから……」

 

女の子は必死だ。首から上しか動かないが、それでも必死に顔を上げ懇願する。

 

「な、何でもだと!」

 

「コウスケ…その言葉に反応しないでよ…」

 

やっとで硬直が解けるコウスケ、中々最低の反応である。コウスケに呆れながらハジメは鬱陶しそうに言いはなった

 

「あのな、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって。見たところ封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうもない。という訳で……」

 

全くもって正論だった。

 

すげなく断られた女の子だが、もう泣きそうな表情で必死に声を張り上げる。

 

「ちがう! ケホッ……私、悪くない! ……待って! 私……」

 

 知らんとばかりにコウスケを外へ蹴り飛ばして扉を閉めていき、もうわずかで完全に閉じるという時、ハジメは歯噛みした。もう少し早く閉めていれば聞かずに済んだのにと。

 

「裏切られただけ!」

 

 もう僅かしか開いていない扉。

 

 しかし、女の子の叫びに、閉じられていく扉は止まった。ほんの僅かな光だけが細く暗い部屋に差し込む。十秒、二十秒と過ぎ、やがて扉は再び開いた。そこには、苦虫を百匹くらい噛み潰した表情のハジメが扉を全開にして立っていた。ハジメとしては、何を言われようが助けるつもりなどなかった。こんな場所に封印されている以上相応の理由があるに決まっているのだ。それが危険な理由でない証拠がどこにあるというのか。邪悪な存在が騙そうとしているだけという可能性の方がむしろ高い。見捨てて然るべきだ。

 

(裏切られた、か…)

 

 “裏切られた”――その言葉に心揺さぶられてしまうとは。もう既に、クラスメイトの誰かが放ったあの魔弾のことはどうでもいいはずだった。

 それでも、こうまで心揺さぶられたのは、やはり何処かで割り切れていない部分があったのかもしれない。そして、もしかしたら同じ境遇の女の子に、同情してしまう程度には前のハジメの良心が残っていたのかもしれない。

 

「南雲どうした?閉めないのか?」

 

「…話を聞くだけだよ…怪しかったら即座に撃つ」

 

 コウスケはどこか嬉しそうに話す。まるで、ハジメの良心があることを心から喜んでいるようだ。その顔に、拗ねたように不機嫌になるハジメ。

 

「裏切られたと言ったな? だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

 

 ハジメが戻って来たことに半ば呆然としている女の子。コウスケは事の成り行きを静かに見守っている。

 

 ジッと、豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼でハジメを見つめる。何も答えない女の子にハジメがイラつき「おい。聞いてるのか? 話さないなら帰るぞ」と言って踵を返しそうになる。それに、ハッと我を取り戻し、女の子は慌てて封印された理由を語り始めた。

 

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

「ふーん」

 

 枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。話を聞きながらハジメは呻いた。なんとまぁ波乱万丈な境遇か。しかし、ところどころ気になるワードがあるので、湧き上がる何とも言えない複雑な気持ちを抑えながら、ハジメは尋ねた。

 

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないってなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

「ふーん、中々すごいなぁ…ちょっと待ってくれる?南雲、カモン」

 

 コウスケは話を聞いてから少女に待つように言い、ハジメを呼び寄せる苦々しい顔をしてコウスケに近寄るハジメ。

 

「どうする南雲?助けるか?それとも放置か?」

 

「…正直迷っている。話の言う通りなら中々の力だけど…」

 

「そーだな。こういう時は、どうしたいか、その後どうなるか、で考えよう。南雲はどうしたい?」

 

「…助けようとそう考えている」

 

「ふむ、その後どうなる?」

 

「これからの戦力になる…最もこちらを襲ってこなければだけど…」

 

「見た限りそれはないな……あ、美人局ってこともあるか」

 

「それこそないよと思うけど…それより良いの?」

 

「まぁ大丈夫だ、なんかあったら俺がついてるし何とかなる、もしも何かあっても俺がいれば万事オッケーだ…あー助けた後になんか来るってフラグもあるからそこらへん抜かりなく」

 

 笑顔で胸を張るコウスケ、話を聞いた時点でハジメが助けると考えていたのか、やけにニヤついている気がする。なんだかなぁと思いつつ少女のいる立方体へ近づくハジメ。コウスケもその後に続くその顔はやたらと笑顔だ。

 

「あっ」

 

 女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。ハジメはそれを無視して錬成を始めた。

 

 ハジメの魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。コウスケも意味があるのかわからずとも取りあえず、自分の魔力を立方体に押し込むイメージをする。と同時に青空の様な蒼色の魔力が暴風の様に吹き荒れる

 

「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の僕なら!」

 

「まだだ!南雲!パワーをメテオに!」

 

「いいですとも!って、なんでこんな時にふざけるの!」

 

「こんな時だからこそだ!」

 

 ハジメは初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだ。だが、これだけやっても未だ立方体は変形しない。ハジメはもうヤケクソ気味に魔力を全放出してやった。なぜ、この初対面の少女のためにここまでしているのかハジメ自身もよくわかっていない。だが、とにかく放っておけないのだから仕方ない。

 コウスケもネタを振りながら慣れない事をして脂汗をかいている。助けたいと思う気持ちを魔力を通して立方体注ぎ込む。

 今や、部屋全体が紅と蒼の輝きを放っていた。正真正銘、全力全開の魔力放出。持てる全ての魔力を注ぎ込み意地の錬成と魔法を成し遂げる!

 

「ファイト―――――!!」

 

「いっぱああああああああつ!!」

 

 直後、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

 

 それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

 

 ハジメも座り込んだ。コウスケはへばりながら魔物の毛皮で作ったポーチから震える手で錬成型試験官に入れた神水を飲んでいる。

 ハジメも同じように神水を飲もうとしてその手を女の子がギュッと握った。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。ハジメが横目に様子を見ると女の子が真っ直ぐにハジメを見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

 

 そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

 

「……ありがとう」

 

 その言葉を贈られた時の心情をどう表現すればいいのか、ハジメには分からなかった。ただ、胸の奥から何か温かいものが宿ったような気がした

 「神水を飲めるのはもう少し後かな」と苦笑いしながら、気怠い腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再びギュギュと握り返してきた。

 

「……名前、なに?」

 

「ハジメ、僕の名前は南雲ハジメ。でさっきから横にいる変なのが」

 

「南雲なんか俺の扱い悪くない?いじめ?泣くぞ?まぁいいか…コウスケだ。コンゴトモヨロシク」

 

 女の子は「ハジメ、コウスケ、ハジメ、コウスケ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したように2人にお願いをした。

 

「……名前、付けて」

 

「え? 付けるってなに。まさか忘れたとか?」

 

 長い間幽閉されていたのならあり得ると聞いてみるハジメだったが、女の子はふるふると首を振る。

 

「もう、前の名前はいらない。……2人の付けた名前がいい」

 

「……はぁ、そうは言っても、センスがひどいのがいるし」

 

「俺のことかい…とりあえず南雲、女の子なんだし可愛い名前を考えてみようか」

 

 おそらく、裏切られた前の自分を捨てて新しい自分と価値観で生きる、この女の子は自分の意志で変わりたいらしい。その一歩が新しい名前なのだろう。女の子は期待するような目で2人を見ている。しかし、少女は知らなかった。こういう時には全力でふざけるコウスケ(馬鹿)のことを…

 

「閃いた!ボロンゴ、プックル、チロル、ゲレゲレこれだ!さぁどれがいい?ちなみに俺のおすすめはゲレゲレだ」

 

「……えぇ」

 

「ドラクエ5かよ!つか、さっきから何でネタばっかいうの!常識ないのかよ!ねぇなんで!」

 

「いや、名前つけろなんて言うしー良いセンスないしーなんかさっきから2人でいい雰囲気ばっかするから忘れられた気がして茶化したくなるんだもーん」

 

「…マジかよ、これじゃただの小学生じゃないか…」

 

くねくねしながら阿呆なことを言うコウスケ。その顔には反省の顔が全く見られない、溜息を吐きながらせめてまともな名前を付けようと考えるハジメ。

 

「“ユエ”なんてどう? ネーミングセンスはコウスケよりましだと思うけど……」

 

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

 

「うん、ユエって言うのはね、僕の故郷で“月”を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、君のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたから……どう?」

 

(良いセンスだ…流石は南雲。オタクの名は伊達ではないな)

 

 思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、女の子がパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

「うん、それより…これを着て」

 

「?」

 

 礼を言う女の子改めユエは握っていた手を解き、着ていた外套を脱ぎ出すハジメに不思議そうな顔をする。

 

「なにも着てないのはちょっとね」

 

「流石南雲紳士だ。女の子の好感度を上げていくそのスタイル…嫌いじゃないわ!」

 

そんな事を言いながらも一応配慮して見ないようにしてはいるのだが、ちょっぴり残念なコウスケ。

 

「……!?」

 

 そう言われて差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすユエ。確かに、全裸だった。大事な所とか丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になるとハジメの外套をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。

 

「ハジメのエッチ」

 

「…エッチて言われた」

 

「気にするな南雲君!男はみなスケベなのさ!」

 

「…コウスケはヘンタイ」

 

「…美少女にヘンタイと言われた…これはこれで…っと南雲!茶番はここまでだ!上からくるぞ気を付けろ!」

 

 コウスケの警告と、ソレが天井より降ってきたのはほぼ同時だった。

 

 咄嗟に、ハジメはユエに飛びつき片腕で抱き上げると全力で“縮地”をする。一瞬で、移動したハジメが振り返ると、直前までいた場所にズドンッと地響きを立てながらソレが姿を現した。

 

 その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。一番分かりやすい喩えをするならサソリだろう。二本の尻尾は毒持ちと考えた方が賢明だ。明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配を感じる。

 

すぐにコウスケは全力で地卿を振りかぶっていた

 

「だらしゃっあああああ!」

 

ガギンッ!

 

(っち!想像以上に固い!)

 

 頭に向かって地卿を打ち当てたはいいもののあまりの硬さに手がしびれそうだった。わかってはいたが、さっきのサイクロプスとはあまりにも強さが違う、そのことに顔をゆがめるコウスケ。サソリモドキはお返しとばかりに4本の腕をコウスケに突き出してくる。地卿を振り回し全力で打ち返す。が、どれもが硬く腕をへし折ることができない。

 

(やべぇ!ここまで俺の打撃が通用しないとは…)

 

 自分の力不足に歯噛みするコウスケに容赦なくサソリモドキの溶解液が降り注いでくる。

 

「うわわわっ」

 

 ゴロゴロと転がり何とか溶解液を回避するコウスケ。その隙に準備が終わったのかユエを担ぎながらドンナーで援護するハジメ。

 

 放たれた弾丸は命中した、しかし外殻にわずかな傷を負わせるだけだった。サソリモドキが「いい加減にしろ!」とでも言うように散弾針をハジメに向かって放った。ハジメは、即行でその場を飛び退き空中で身を捻ると、散弾針の付け根目掛けて発砲する。超速の弾丸が狙い違わず尻尾の先端側の付け根部分に当たり尻尾を大きく弾き飛ばすが……尻尾まで硬い外殻に覆われているようでダメージがない。完全に攻撃力不足だ。

 

どうすべきかと、ハジメが思考を一瞬サソリモドキから逸した直後、今までにないサソリモドキの絶叫が響き渡った。

 

「キィィィィィイイ!!」

 

 その叫びを聞いて、全身を悪寒が駆け巡り、咄嗟に“縮地”で距離をとろうとするハジメだったが……既に遅かった。絶叫が空間に響き渡ると同時に、突如、周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきたのだ

 

「マズイ!」

 

 ドンナーと“豪脚”で何とかいなすが、そんなハジメに、サソリモドキの散弾針と溶解液の尻尾がピタリと照準されているのが視界の端に見えた。顔が引き攣るハジメ。

 

 次の瞬間、両尻尾から散弾針と溶解液が標的を撃墜すべく発射された。回避が間に合わない、無理だと歯を食いしばった。

 

 しかしここでコウスケがハジメの前に躍り出た。顔の前に地卿を構え風魔法「風壁」を使い溶解液をそらせる。

 

 直後、強烈な衝撃とともに鋭い針が何十本もコウスケに突き刺さる。

 

「がぁぁああ!!!」

 

 悲鳴を上げ衝撃で吹き飛ばされた。後ろにいるハジメとユエも巻き添えになる。ハジメはすぐに立ち上がり“閃光手榴弾”を投げる。放物線を描いて飛ばされた“閃光手榴弾”はサソリモドキの眼前で強烈な閃光を放った。

 

 

「キィシャァァアア!!」

 

 突然の閃光に悲鳴を上げ思わず後ろに下がるサソリモドキ。どうも最初からハジメとコウスケの動きを視認しているようだったので、いけると踏んで投げたのだが、その推測は間違っていなかったらしい。すぐにハリネズミになったコウスケを回収し、神水を無理矢理口に突っ込む。ユエもすぐにやってきた。心配そうに2人を見る無表情が崩れ今にも泣き出しそうだ。

 

「ハジメ、コウスケ!」

 

「げほっがはっ…大丈夫だ!クッソ、強いなアイツ!?南雲!なんか強力なもんはないのか!?」

 

「そんなに火力のあるものは持ってないよ、目や口を狙うにも4本のハサミが邪魔するし…今すぐには攻略法が浮かばないかな」

 

「俺が囮になってる間にドンナーや手榴弾ってのは?」

 

「それは…駄目だよ、狙っている間にコウスケが持たないと思う。それに痛みにはまだ慣れてないんだろう?顔が青いよ」

 

「そりゃ慣れないけど、だからと言って誰がやるって言ったら俺しかいないし…火力も硬さもない前衛はキッツいな」

 

ユエの心配を余所にサソリモドキを攻略すべく思案するハジメとコウスケ。そんなハジメにユエがポツリと零す。

 

「……どうして?」

 

「ん?」

 

「え?」

 

「どうして逃げないの?」

 

 自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、その可能性を理解しているはずだと言外に訴えるユエ。それに対して、ハジメとコウスケは呆れたような視線と苦笑いを向ける。

 

「何を今更。強い敵が出てきたからって見捨てるような真似はしないよ」

 

「そういうことだ、そんなことを考えているのなら何か案を出してほしいな」

 

 ハジメは助けると決めたあの時から、ユエを守ろうと思うのだ。あの時助けを求めてきた時自分の良心が傷んだ。きっとあれを忘れては自分は力を振りかざす外道になるそんな感じがした。何より助けたときの暖かいあの気持ち、あれを手放す気はさらさらしない。

 コウスケは論外だ、そもそも見捨てるという選択肢はあり得ない。生きて、喜んだり悲しそうにする彼女を助けたいとそう思うのだ……思っているのだが力が足りなさ過ぎて内心とても穏やかではないが…

 

 ユエはそんな2人に言葉以上の何かを見たのか納得したように頷きハジメに抱きついた

 

「ユ、ユエ? どうしたの?」

 

 状況が状況だけに、いきなり何してんの? と若干動揺するハジメ。そろそろサソリモドキが戻って来るころだ。コウスケの傷も治っている。

 早く戦闘態勢に入らなければならない。だが、そんなことは知らないとユエはハジメの首に手を回した。

 

「ハジメ……信じて」

 

 そう言ってユエは、ハジメの首筋にキスをした。

 

「ッ!?」

 

「うおっ大胆」

 

 否、キスではない。噛み付いたのだ。

 

 “信じて”――――その言葉は、きっと吸血鬼に血を吸われるという行為に恐怖、嫌悪しても逃げないで欲しいということだろう。そう考えて、ハジメは苦笑いしながら、しがみつくユエの体を抱き締めて支えてやった。一瞬、ピクンと震えるユエだが、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。どことなく安心しきったようなのは気のせいだろうか。

 

「キィシャァアアア!!」

 

 サソリモドキの咆哮が轟く。どうやら閃光手榴弾のショックから回復したらしい。こちらの位置は把握しているようで、再び地面が波打つ。サソリモドキの固有魔法なのだろう。周囲の地形を操ることが出来るようだ。

 

「だが、それなら僕の十八番だ!」

 

「俺の土魔法もついてるぞ!」

 

 ハジメは地面に右手を置き錬成を行った。周囲三メートル以内が波打つのを止め、代わりに石の壁がハジメとコウスケとユエを囲むように形成される。その上をさらにコウスケの土魔法「土壁」がさらに覆う。周囲から円錐の刺が飛び出しハジメ達を襲うが、その尽くを2人の防壁が防ぐ。一撃当たるごとに崩されるが直ぐさま新しい壁を構築し寄せ付けない。

 

 地形を操る規模や強度、攻撃性はサソリモドキが断然上だが、錬成速度はハジメの方が上だ。錬成範囲は三メートルからまだ上がらないが成長の余地はありそうだ、刺は作り出せても威力はなく飛ばしたりも出来ないが、守りにはハジメの錬成の方が向いているようだ。コウスケの魔法は鍛錬不足かボロボロ壊れていくが…

 

2人が防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。

 

「…ん、とても美味しい…次はコウスケの番」

 

「って、南雲で満足じゃないのかよ!?」

 

「…つべこべ言わず吸わせて」

 

「諦めたら? ああコウスケ、壁の方は大丈夫だから、コウスケの魔法もそんなに役に立ってないし」

 

「お前本当に言うようになってきたな…仕方ない…初めてなので優しくお願いします」

 

「…ん、任せて」

 

 笑顔で毒を放つハジメと吸血させろと抱き着いてくるユエ。なんか選択ミスったかなと思いつつ裸コートの美少女が抱き着いてくるというシチュエーションに戦闘中にもかかわらず顔が赤くなる、そんなコウスケに悪戯っぽい表情で吸血を開始するユエ。

 瞬間コウスケに得も言わぬ恍惚感が襲ってきた自分の中のナニカが吸われていくという感覚、首筋に当たるぬめぬめした感触。おそらくユエの舌だろう…に膝ががくがくし頭がスパークする。童貞であるコウスケには刺激が余りにも強すぎた。

 

「ひゃ、ひゃにこれえ! な、なぐもぉぉおお、これ…これぇしゅごいのおおお!!」

 

「なんでみさくら語……ユエ?なんか長くない?」

 

「……おえぇ、まずい…でも…それがいい、もう一杯」

 

「ぁあああ!や、やめてぇえしゅごいのおおお!ばかに、ばかになっちゃぅぅうううう!もうあにも、かんがえられなぃいいい」

 

「…なんだろうこの状況…今戦闘中だよね?なんか…突っ込むの馬鹿らしくなってきた」

 

目の前に起こる親友の痴態に、夢中で血を吸う裸コートの美少女、溜息が深くなるハジメだった。

 

 そうこうしている間にやっとで口を離すユエ

どういう訳か、先程までのやつれた感じは微塵もなくツヤツヤと張りのある白磁のような白い肌が戻っていた。頬は夢見るようなバラ色だ。紅の瞳は暖かな光を薄らと放っていて、その細く小さな手は、そっと撫でるようにコウスケの頬を撫でた後ハジメの頬を優しく撫でている。ちなみにコウスケはビクンッビクンッとクリムゾンをしていて恍惚の表情のまま地面に倒れて気絶していた。蹴り飛ばそうかと一瞬悩むハジメ。

 

「……ごちそうさま」

 

 そう言うと、ユエは、サソリモドキに向けて片手を掲げた。

同時に、その華奢な身からは想像も出来ない莫大な魔力が噴き上がり、彼女の魔力光なのだろう――黄金色が暗闇を薙ぎ払った。

そして、神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらとなびかせながら、一言、呟いた。

 

「“蒼天”」

 

 その瞬間、サソリモドキの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げて離脱しようとするサソリモドキ。だが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。青白い炎の球体は指揮者の指示を忠実に実行し、逃げるサソリモドキを追いかけ……直撃した。

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 サソリモドキがかつてない絶叫を上げる。明らかに苦悶の悲鳴だ。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。ハジメは腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。

 やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅する。跡には、背中の外殻を赤熱化させ、表面をドロリと融解させて…完璧にこと切れたサソリモドキがそこにいた。

 

「強すぎだろこれ…オーバーキルにもほどがある…」

 

 一応ドンナーをサソリモドキの口内に撃つ…必要なさそうだが念のためである。反応がないことによしと納得するハジメ。トサリと音がして、ハジメが驚異的な光景から視線を引き剥がし、そちらを見ると、ユエが肩で息をしながらギラギラとした目でコウスケに、にじり寄っていた。

 

「ん…まずくて、えずきそう…でも、良薬は口に苦し…癖になる…」

 

 どうやら魔力が枯渇したようで吸血しようとコウスケに狙いを定めているようだ。完璧に獲物を狙う目である。在りし日を思い出し背中をブルリとしながら親友を狙うユエを止めるのであった。

 

 

 

 

 

 




原作を知っているコウスケならサソリを楽に倒す方法を知っているんじゃないかと思われますが一応理由があります…
最も想像以上のユエの容姿(ちなみに全裸)に思考が止まっていたというのもありますが…シカタナイヨネ♪童貞だもん♪


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語り合う

いつも誤字脱字の報告ありがとうございます
拙い文章ですが楽しんでくれるとうれしいです
ところでコウスケの容姿は天之河光輝です。漫画版の光輝は物凄くカッコいいです
あの容姿でみさくら語か…ごめんね光輝君


サソリモドキを倒したハジメたちは、サソリモドキとサイクプロスの素材と肉持って拠点へと帰還した。その巨体と相まってものすごく苦労したのだが、、へばったユエに再度血を飲ませると瞬く間に復活し、見事な身体強化で怪力を発揮してくれたため、(ユエはコウスケの血を飲みたがっていたがまたビクンッビクンッされると困るためハジメの血を飲ませた。ものすごく不満そうだった)何とか運ぶことができた

 

ちなみに、そのまま封印の部屋を使うという手もあったのだが、ユエが断固拒否したためその案は没となった。無理もない。何年も閉じ込められていた場所など見たくもないのが普通だ。消耗品の補充のためしばらく身動きが取れない事を考えても、精神衛生上、封印の部屋はさっさと出た方がいいだろう。

 そんな訳で、現在ハジメ達は、消耗品を補充しながらお互いのことを話し合っていた。最もさっきからコウスケはハジメの陰に隠れてユエから遠ざかっているが…血を吸われた時の快感がすさまじかったらしい

 

「そうなると、ユエは俺達よりも年上…少なくとも300歳以上だから…敬語にした方がいいですか?」

 

「…マナー違反…普通に話して」

 

「コウスケ、女性に年齢の話は禁句だよ」

 

ハジメの記憶では三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだ。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどないそうだが、それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというから三百歳ちょいということだ。

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするの?」

 

「……私が特別。“再生”で歳もとらない……」

 

 聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や“自動再生”の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。

 

ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

 

 なるほど、あのサソリモドキの外殻を融解させた魔法を、ほぼノータイムで撃てるのだ。しかも、ほぼ不死身の肉体。行き着く先は“神”か“化け物”か、ということだろう。ユエは後者だったということだ。

 

欲に目が眩んだ叔父が、ユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分のもと殺そうとしたが“自動再生”により殺しきれず、やむを得ずあの地下に封印したのだという。ユエ自身、当時は突然の裏切りにショックを受けて、碌に反撃もせず混乱したまま何らかの封印術を掛けられ、気がつけば、あの封印部屋にいたらしい。

 

ユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。本当に「何、そのチートは……」と呆れるハジメだったが、ユエ曰く、接近戦は苦手らしく、一人だと身体強化で逃げ回りながら魔法を連射するくらいが関の山なのだそうだ。もっとも、その魔法が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。

 

 ちなみに、無詠唱で魔法を発動できるそうだが、癖で魔法名だけは呟いてしまうらしい。魔法を補完するイメージを明確にするために何らかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れないようだ。

 

 “自動再生”については、一種の固有魔法に分類できるらしく、魔力が残存している間は、一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないということ。つまり、あの時、長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、サソリモドキの攻撃を受けていればあっさり死んでいたということだ。

 

「それで……肝心の話だけど、ユエはここがどの辺りか分かる? 他に地上への脱出の道とか」

 

「……わからない。でも……」

 

 ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

 

「反逆者?」

 

 聞き慣れない上に、何とも不穏な響きに思わず錬成作業を中断してユエに視線を転じるハジメ。ハジメの作業をジッと見ていたユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。

 

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」

 

 ユエは言葉の少ない無表情娘なので、説明には時間がかかる。ハジメとしては、まだまだ消耗品の補充に時間がかかるし、サソリモドキとの戦いで攻撃力不足を痛感したことから新兵器の開発に乗り出しているため、作業しながらじっくり聞く構えだ。コウスケは先ほどからとても静かだ。

 

「どうしたのコウスケ?何か考え事?」

 

「ん?あーお気になさらず、俺のことは放っておいて会話を続けてくれ」

 

(反逆者…いや解放者か…)

 

 ユエ曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

 

「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか」

 

見えてきた可能性に、頬が緩むハジメ。再び、視線を手元に戻し作業に戻る。ユエの視線もハジメの手元に戻る。ジーと見ている。たまに、コウスケを見て舌なめずりをする。そのたびにビクッとするコウスケ。怖がりすぎである。

 

「……そんなに面白い?」

 

 口には出さずコクコクと頷くユエ。だぶだぶの外套を着て、袖先からちょこんと小さな指を覗かせ膝を抱える姿は何とも愛嬌があり、その途轍もなく整った容姿も相まって思わず抱き締めたくなる可愛らしさだ。

 

(裸コートとはニッチな、だがそれがいい!滅茶苦茶いい!)

 

(コウスケ思考がダダ漏れだよ…)

 

隣にいる親友に呆れるハジメ、なんか、酷く残念なキャラになっている

 

「……ハジメ、コウスケ、どうしてここにいる?」

 

今度はハジメに質問し出した。当然の疑問だろう。ここは奈落の底。正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。

 

 ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。そもそもハジメとコウスケは人間なのか。ハジメが使っている武器は一体なんなのか。ポツリポツリと、しかし途切れることなく続く質問に律儀に答えていくハジメ。

 ハジメが、仲間と共にこの世界に召喚されたことから始まり、無能と呼ばれていたこと、ベヒモスとの戦いでクラスメイトの誰かに裏切られ奈落に落ちたこと、魔物を喰って変化したこと、魔物との戦いと願い、ポーション(ハジメ命名の神水)のこと、故郷の兵器にヒントを得て現代兵器モドキの開発を思いついたことをツラツラと話していると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。

 

「何で?」と視線をあげてユエを見るとハラハラと涙をこぼしている。先ほどから会話に参加していないコウスケはずっと苦い顔をしている。

 

「いきなり2人ともどうしたの?」

「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」

「すまん、…あそこで俺がしっかりと助けることができれば…お前を…こんな過酷な目には」

 

どうやら、ハジメのために泣いているらしい。コウスケの方は責任を感じているのか眉間に深いしわができている。ハジメは、苦笑いをしユエの頭をなでる。

 

「気にしないで、もうクラスメイトのことは割かしどうでもいいんだ。そんなことにこだわっても仕方ないしね。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がないと。だからコウスケもそんなに難しい顔をしないでよ、助けに来てくれたときすごくうれしかったんだ」

 

「…すまん」

 

そう言われてさらに悲痛そうな表情になるコウスケ、落ちるのを助けられなかったことをずっと後悔しているらしい。

 スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられると安心するのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応する。

 

「……帰るの?」

 

「うん? 元の世界に? そりゃあ帰りたいよ。……色々変わったけど……故郷に……家に帰りたい……」

 

「……そう」

 

 ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

 

「……」

 

「…帰る場所…というより居場所か…」

 

ユエの言葉に思案顔になるコウスケ、何か思うことがあるのかぽつりぽつりと呟き始める

 

「…俺も一人だったから、居場所も何もなかったなぁ…(ある意味では本当に独りだが)南雲に出会って仲良くなりたくて…なぁユエ、外には…もしかしたら、お前の居場所となるような友達ができるかもしれないかな、なんて」

 

「……外に…友達」

 

涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ落ち着かなくなりコウスケは早口で話し始める

 

「そ、そうだよ、外の世界は広い、もしかしたらユエと同じように特異な奴がいるかもしれない、そんな奴なら仲良くできるんじゃないかな?ま、まぁいなくても南雲が日本に連れて帰ってくれるしな!」

 

「ちょっ!連れて帰るってなんだよ、言い出しっぺの法則があるじゃないか!」

 

「うるせぇ!ユエを見てみろ!滅茶苦茶綺麗な美少女を俺が連れて帰ったら即逮捕じゃねえか、全く持って弁解できる自信がない!」

 

「そこは自信をもって、俺が何とかする!ぐらい言ってよ!」

 

「南雲ぉ!お前は、ユエにとっての光だぁ!」

 

「うわ、コイツうやむやにしようとしている!」

 

ぎゃーぎゃー喚きながら言い争う2人。そんな2人を羨ましそうに見ながら、ユエはハジメの裾をキュッと握る。

 

「…ハジメ…本当?」

 

「うっ…うん、外は広いし友達もできるよ。それに…もし何かあったら僕の家に来ればいいし」

 

「戸籍とかどうするんだよ…現実は甘くねぇんだぞ!このロリコンめが!」

 

「言い出しっぺのくせにやたらと現実的なことを言わないでよ… じゃなくて、ロリコンなのはそっちでしょ!さっきからユエをちらちら見て幻滅だよ!」

 

「ばっ馬鹿なこと言うなよ!それにちらちら見てるのはしょうがねえだろ!ユエ本当に綺麗なんだし…見ちまうのは悪くねぇ、そうだ俺は悪くぬぇー!」

 

「開き直りやがった!」

 

またもや騒ぐ2人を見ながらユエはそっと外の世界に思いを寄せた。こんな風にふざけあう友人がいたら楽しそうだと思いながら…

 

 それからしばらくして

 

「……これ、なに?」

 

「うーん、ライフルかこれ?」

 

 ハジメの錬成により少しずつ出来上がっていく何かのパーツ。一メートルを軽く超える長さを持った筒状の棒や十二センチ(縦の長さ)はある赤い弾丸、その他細かな部品が散らばっている。それは、ハジメがドンナーの威力不足を補うために開発した新たな切り札となる兵器だ。

 

「あたりだよコウスケ、これはね……対物ライフル:レールガンバージョンだ。要するに、僕の銃は見せたろ? あれの強力版だよ。弾丸も特製だ」

 

 ハジメの言うように、それらのパーツを組み合わせると全長一・五メートル程のライフル銃になる。銃の威力を上げるにはどうしたらいいかを考えたハジメは、炸薬量や電磁加速は限界値にあるドンナーでは、これ以上の大幅な威力上昇は望めないと結論し、新たな銃を作ることにしたのだ。

 

当然、威力を上げるには口径を大きくし、加速領域を長くしてやる必要がある。

 

 そこで、考えたのが対物ライフルだ。装弾数は一発と少なく、持ち運びが大変だが、理屈上の威力は絶大だ。何せ、ドンナーで、最大出力なら通常の対物ライフルの十倍近い破壊力を持っているのだ。普通の人間なら撃った瞬間、撃ち手の方が半身を粉砕されるだろう反動を持つ化け物銃なのである。

 

この新たな対物ライフル――シュラーゲンは、理屈上、最大威力でドンナーの更に十倍の威力が出る……はずである。素材は何とサソリモドキだ。ハジメが、あの硬さの秘密を探ろうとサソリモドキの外殻を調べてみたところ、“鉱物系鑑定”が出来たのである。

 

====================================

シュタル鉱石

魔力との親和性が高く、魔力を込めた分だけ硬度を増す特殊な鉱石

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 どうやら、サソリモドキのあの硬さはシュタル鉱石の特性だったらしい。おそらく、サソリモドキ自身の膨大な魔力を込めに込めたのだろう。

 

 ハジメが、「鉱石なら加工できるのでは?」と試しに錬成をしてみたところ、あっさり出来てしまった。これなら錬成で簡単に外殻を突破できたと、あの苦労を思い返し思わず崩れ落ちたのは悲しい思い出だ。

 いい素材が手に入って結果オーライと割り切ったハジメは、より頑丈な銃身を作れると考え、シュラーゲンの開発に着手した。ドンナーを作成した時から相当腕が上がっているので、それなりにスムーズに作業は進んだ。

 

 弾丸にもこだわった。タウル鉱石の弾丸をシュタル鉱石でコーティングする。いわゆる、フルメタルジャケット……モドキというやつだ。燃焼粉も最適な割合で圧縮して薬莢に詰める。一発できれば、錬成技能[+複製錬成]により、材料が揃っている限り同じものを作るのは容易なのでサクサク

と弾丸を量産した。そんなことをツラツラとユエとコウスケに語りつつ、ハジメは、遂にシュラーゲンを完成させた。

 

 中々に凶悪なフォルムで迫力がある。ハジメは自己満足に浸りながら作業を終えた。

 

「なぁ南雲これ持ち運ぶの大変じゃね?背負っていくのは流石にきつくないか?」

 

「……ま、まぁ何とかなるよ」

 

そんなこんなでハジメ達は腹が減ってきたので、サイクロプスやサソリモドキの肉を焼き、食事をすることにした。

 

「ユエ、ご飯は……って、ユエが食べるのはマズイよね? あんな痛み味わせる訳にはいかないし……いや、吸血鬼なら大丈夫なのかな?」

 

 魔物の肉を食うのが日常になっていたので、ハジメは軽くユエを食事に誘ったのだが、果たして喰わせて大丈夫なのかと思い直し、ユエに視線を送る。ユエは、ハジメの発明品をイジっていた手を止めて向き直ると「食事はいらない」と首を振った。

 

「まぁ、三百年も封印されて生きてるんだから食わなくても大丈夫だろうけど……飢餓感とか感じたりしないの?」

 

「感じる。……でも、もう大丈夫」

 

「大丈夫? 何か食べたの?」

 

 腹は空くがもう満たされているというユエに怪訝そうな眼差しを向けるハジメ。ユエは真っ直ぐにハジメとコウスケを指差した。

 

「ハジメの血とコウスケの血」

 

「ああ、僕とコウスケの血。ってことは、吸血鬼は血が飲めれば特に食事は不要ってこと?」

 

「……食事でも栄養はとれる。……でも血の方が効率的」

 

吸血鬼は血さえあれば平気らしい。ハジメから吸血したので、今は満たされているようだ。なるほど、と納得しているハジメと特にコウスケを見つめながら、何故かユエがペロリと舌舐りした。

 

「……何故、舌舐りするの!」

 

「……ハジメ……美味……コウスケ…病み付きになる」

 

「ち、ちょっと待ってくれや、ユエさんや、南雲は、まぁわかる見た目的にも行けそうだしな」

 

「…見た目的ってなんだよ」

 

「言葉通りだ!南雲知らなかったのか?お前の顔は結構年上のお姉さんが好みそうな顔だぞ?俺は違うだろ、なんだよ病み付きって俺は変な薬かい」

 

「…ハジメはとても安心する熟成の味…コウスケは私の好みの珍味…」

 

「「………」」

 

ユエ曰く、ハジメは、何種類もの野菜や肉をじっくりコトコト煮込んだスープのような濃厚で深い味わいで家庭で食べるような安心感があるとのこと。最初に吸血されたとき安心しきった顔だったのはこういうことだったらしい。

 コウスケは不味く、えづきや吐き気がするが、そこがまた良いらしく栄養満点で滋養強壮の効果もある?とユエの好みにバッチリとあってしまったようだ。どうやら青汁とみたいな物といえばいいのか今もコウスケに熱い視線を送っている。完全に捕食者の目だ。最も飢餓感に苦しんでいる時に極上の料理と自分の一番の好みを食べたようなものなのだろうから無理もない。

 

「…まずはハジメのを吸ってから…コウスケの?……ん、逆にする…メインディッシュから食べて…極上のデザートで占める…だから…コウスケ…吸わせて?」

 

「ヒィッ!こっちに来ないでユエさん!」

 

「……大丈夫…怖がらないで…天井のシミを数えてる間に全部吸ってあげる…」

 

「男が言いたいセリフを言いながらにじり寄って来ないでってば!」

 

「ふふ…可愛い…むしゃぶりつきたくなる…優しくするから…ね?」

 

「南雲助けてくれ!この娘、力めっちゃ強い!鼻息がやばい!や、やめ……あひぃぃいいいい!しゅごいいい!!も、もうだめえええええ」

 

「……前途多難だ」

 

この吸血姫はなかなかやばいと、恍惚の表情を浮かべる親友と一心不乱に血を吸うユエを見ながら、この頃多くなってきた溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、なんで南雲は血を吸われても平気なんだ?」

 

「んん?注射器で抜かれているような感じだよ」

 

「…俺は、なんか違うぞ…なんというか大事なものが吸われているというかすっごい気持ちいいんだよ。なんだろな?魔力が吸われてる?…それとも魂か?…ああなんか吸われたくなってきた…」

 

「中毒症状かよ、しっかりしてくれ…突っ込むのも見ているのも聞くのも大変なんだよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はクラスメイト達の話をしたいけど…無理矢理な力技になりそうです


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番外編 白昼夢?

深夜のテンションで下書きを出してしまいました。
これが本来のものです
本当にごめんなさい


 

「……南雲君…光輝君……」

 

香織の目の前で南雲ハジメと天之河光輝が奈落の底に落ちてから数日たった現在未だに香織は自分の自室から出ることができずにいた。

 

 ハイリヒ王国は世界の希望である勇者が死んだことを秘匿し神山で修業をしているだとか天之河光輝の親友である坂上龍太郎が「光輝の敵討ちだ!」だと奮起しそれに一部の呼応したクラスメイト達のことも、まだ光輝は死んでいないと泣きはらした顔で、訓練している親友の八重樫雫も香織にとっては動くためのきっかけにはならなかった。

 頭の中ではまだ彼らは生きている。助けに行くべきだと心が叫んでいるのだが、一方であの奈落に落ちて生きているはずがない、とどこか達観した考えがあるのだ。そんな事が頭の中を駆け巡りぐちゃぐちゃと考えがまとまらず、何も行動する気力がわいて出てこない。

 

 

「…雫ちゃん……私は…」

 

 ぽつりと出てきた言葉は今この時も訓練をしてあの衝撃の日から前に進もうとしている親友の八重樫雫の名前だった。親友は絶望から立ち上がって前へ進もうとしているのに自分はまだ立ち上がることも、現実も受け止めることもできない。情けない自分に嫌気がさしベットの中で丸くなる。

 

「…全部夢だったら…」

 

全てが夢だったならどんなによかったか。かなわぬ夢を見つつその内香織の意識は深い闇の底へと落ちていった。

 

 

 

 

「…クソッ…これもダメか…」

 

 南雲ハジメは薄暗い闇の中、作業に集中していた。作るのは強力な武器、すなわち銃を作ろうとしているのだ。”纏雷”の技能を身に着けた時の発想をもとに普通の銃ではなくある仕掛けを製作をしているのだがなかなかうまくいかない。

 

 

「発想に間違いはないはず…電磁加速を追加させるって大変だな…」

 

 ハジメの作ろうとしているのはリボルバー拳銃だ。しかし普通のものではなく、超電磁砲の様なものを作りたいと考えているのだ。そのためには何度も失敗と成功を繰り返さなければいけない。コウスケの隣に立つのであるならば強力な武器が必要としての考えだが、何分初めての作業なのでうまくいかない。その事がわずかながらの焦りをハジメは感じていた。

 

「ぃよう、順調に進んでいるか南雲?」

 

「おかえりコウスケ…そうだね。結構難儀しているかな…」

 

 拠点に返ってきたコウスケが意気揚々と話しかけてくる。ハジメが錬成をしている間はコウスケは、錬成の邪魔にならないように拠点の周辺で見回りと魔物の肉の確保をしているのだ。取ってきたウサギと狼の肉を並べながらコウスケは神妙な顔をする。

 

「そりゃ今まで触れたことのない物を作ろうとしてんだからなー難航はするさ。ま、焦ることはないない。時間はたっぷりとあるからな。」

 

「…うん、そうだね…少し休憩をしようかな」

 

「おう、休め休め、ずっと錬成をしてんたんだから腹が空いただろう。今肉を焼いておくからな」

 

 最初の時と比べ随分と手慣れた手つきで肉を解体し焚火の火力を調整しながら肉を焼いていくコウスケ。どこか楽しそうに鼻歌を歌いながら調理するコウスケにハジメの気が安らいでいく。そうこうしているうちに肉が焼けハジメとコウスケは食事をしながら雑談をする。ハジメにとってこの雑談が一番の楽しみである。

 

「むぐっ…相変わらず不味いねコレ…何でこんなに筋張っているんだろう?」

 

「筋肉が一杯あるからか?うーむ焼いて駄目なら次は煮てみるか?ん?叩いた方が柔らかくなるんだっけ?というより調味料がないとなー流石にいつも素材100%の味は不味いしなぁ…つーか飽きる。胡椒、せめて塩の一つでもあれば違うと思うけど…」

 

「野菜も食べたいよね…そうだ!なんか錬成で調理器具でも作ってみる?ある程度ならできると思うよ」

 

「お!?そっか南雲の錬成ならある程度は調理方法が増えるのか」

 

 うんうん頷きながら肉を噛り付き水魔法で出した冷水で無理やり喉に流し込むコウスケ。そんな雑談を交えながら食事は進む。

 ふとハジメは何日の間も風呂に入っていないことを思い出した。その瞬間自分の身体の汚れが気になりだした。生粋の日本人であるハジメにとって何日の間も体を洗わないのはとても辛く、また髪がべたついているのも気になってしょうがなかった。

 

「んーどうした南雲?体ををくねくねし始めて…なんかの儀式?」

 

「違うよ、そういえば体を洗って居なかったなーと思って少しかゆくなってきたんだ」

 

「ちょっそんな事言われたら俺もなんだか気になってきたぞ。…あ!」

 

 突然目を見開き大声を上げるコウスケ。いきなりの大声に眉を顰め面になりながら聞き返す。

 

「いきなり大声をあげてどうしたのさ」

 

「思い出した!南雲錬成してほしいもんがあるんだ!」

 

「?良いけど一体何を?」

 

「決まってんだろう!それはな…」

 

 

 

 

「……」

 

 そこでパチリと目が覚めた。しばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、ここは王宮の自分の自室だ。先ほどまでの夢で見た薄暗い洞窟の中ではない。

 

(…さっきのは夢?)

 

夢の中では落ちたはずの2人の少年が香織の願ったように生きているという物だった。そんな事はないと頭を振る。あの高さから落ちたのだ、生きているはずがない。淡い期待はもろく崩れるものだ。自分が見せた儚い夢に涙を流しながら香織は枕を抱きしめ再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

「あ~~キンモチィイイイーーーー」

 

「へっへっへだろう?。やっぱ日本人ならこれが必要不可欠だよな」

 

 拠点にてハジメは心の底からの気持ちよさに感激の声をあげていた。先日コウスケがハジメに作ってほしいと願ったものそれは『桶』だ。ただしそれは少しばかり大きく出来てある。

 

「どれどれ温度はっと…うんいい感じだ。どうだ南雲もっと熱くすることもできるがどうする?」

 

「んーこのままでちょうどいいかな~」

 

「そうかい、堪能しているようで何よりだ」

 

 ハジメが現在堪能しているものそれは『足湯』だ。本来なら風呂を作りたかったのだが拠点の狭さと、ダンジョンという危険極まりないところで風呂に入るのはどうかと思い少し大きめの桶を作り、そこにコウスケの火魔法と水魔法の複合魔法『温水』を出し『足湯』を作ったのだ。

 

「本当はドラム缶風呂みたいなのを作りたかったが致し方なし…んー後はタオルがあれば何でもできたかもしれんけどなー」

 

「それは…流石に贅沢が過ぎるよ」

 

「でもなぁまさか上着で体を洗うわけにもいかないし…んん~何かほかの代用方法を考えるべきか、諦めるのはなんだかなぁ~まぁしばらくはこのお湯で体と髪を洗うしかないか…なんかシャンプーとか石鹸の代わりがあれば…」

 

 首をひねりながら考え込むコウスケ。その顔を見ながらハジメは思案する。コウスケは魔法が苦手だ、それなのに複合魔法を諦めず練習してこのお湯を作り出したのだ。魔法を使えないハジメにはわからない苦労があったのだろう。それなのに、いつもコウスケは何かと気遣ってくれている。だからこそ自分も頑張らなくては。このままコウスケに甘えているつもりはない。

 

「焦らずに一歩ずつだね」

 

 

 

 

 ふと香織はそばに人の気配を感じて目を開けた。あたりは薄暗く今の時間は夜だろうか。ずっと部屋に閉じこもっていたので時間の感覚が分からなかった。

 

「……雫ちゃん?」

 

そばにいたのは八重樫雫だった。どうしてか、その顔は泣き笑いの様な複雑な顔だった。

 

「…雫ちゃんどうかしたの?」

 

「…ううん。なんでもないわ。それより香織こそさっきまでなんだか幸せそうな顔で寝ていたわよ」

 

 天之河光輝と南雲ハジメが奈落に落ちてからは雫にとってまさしく悪夢の日々だった。勇者の死を隠そうとする王国と協会。絶望の表情を浮かべるクラスメイト達。光輝は死んでいないと咆哮をあげ無茶な訓練をし続ける坂上龍太郎。全てから逃げ出したくて何度閉じこもろうとしたか。しかし自分の責任感が逃げることを許さない。

 

 そんな自分に鞭を打つような訓練の後自室に戻ってきた雫は親友の香織が穏やかな顔で寝ているのを見つけたのだ。今までは心あらずといった様子の親友が安らかに眠っているのを見て嬉しくもあり同時に夢の中でしか安らげないことが悲しかった

 

「…うん。あのね 雫ちゃん聞いてくれる?」

 

「ええ。いいわよ」

 

「なんか夢の中でね。南雲君と光輝君が洞窟…あの迷宮の中で生きているの。」

 

「っ!それは…」

 

そんなはずはないと言いそうになるがなんとか堪える。目の前で微睡んでいる親友に向かってそんな残酷なことは言えない本当は言うべきだ。南雲ハジメと天之河光輝は死んだのだと。しかしその勇気が出てこない。知ってから知らずか、香織はそんな雫にかまわず夢の続きを話す

 

「なんか変な夢なの。南雲君が何かを作ろうとしていて、それを光輝君が応援しているの。とっても仲が良よさそうで、なんだか羨ましいの」

 

「そう。なんだか不思議な光景ね」

 

「うん。…良いなぁ…私も…南雲君と…もっと…おしゃべり…したかった…な」

 

 そのまま眠りにつく香織。寝息は穏やかで先日までの悲惨さはない。そのことに安堵の息を吐きいつか現実を知らなければいけないことに悲しくなる雫だった。

 

 

 

 

 

 拠点の中でぼんやりとコウスケはドンナーの点検をするハジメを見ていた。ハジメが試行錯誤し何とか作り上げた。ドンナーは凄まじい火力を持っていた。実際に見るその火力に驚愕と戦慄を感じるコウスケ。錬成師と言う職業…ではなくハジメの発想力に少しながら嫉妬を感じていた。

 

「どうかしたのコウスケ?さっきからボーっとしているよ」

 

「ん?…いろいろ考え事」

 

「ふーん?ああ、そうだ、その大槌どこか変なところはない?」

 

ハジメがコウスケのそばに立てかけてあった。地卿を見る。ハジメが言うにはドンナーよりもずっと整備や修復が楽だという。

 

「問題ないよ。むしろ俺の力任せの攻撃によく耐えてくれている中々の一品だ」

 

「そっか。ならよかった」

 

 そのままドンナーの点検と弾薬の製作に取り掛かるハジメ。ふとコウスケは思い出した。原作のハジメは片腕でドンナーを使っていたが、今のハジメならシュラーク…原作のドンナーと対になるリボルバー拳銃だ…も作って火力をもっと上げることができるのではないだろうか。

 

「なぁ南雲」

 

「ん?」

 

「今のお前なら、りょう……違った2丁拳銃ってできないのか?ほらダンテやグレイブ、オセロットみたいにさ。ガン=カタ?みたいな?」

 

 両腕だからできるんじゃないのかと言うのはなんとなく言ってはいけない感じがしたのでゲームのキャラみたいにと言い直す。だがその言葉にハジメは苦笑する。

 

「うーん作ることはできるけど…」

 

「?なんか歯切れが悪いな。どったの」

 

「もう一丁ができたからと言ってすぐにうまく使えるかは別問題なんだよ」

 

「あーそっか、そういうことか」

 

 ようやくここでコウスケは2丁拳銃の難しさを理解することができた。そもそも銃を片手で運用するにはまだまだ修練不足なのだ。ハジメは右利きだ、右腕で運用するのは何とかなっても左はそう簡単にうまくいくわけではない、リロードの問題もある。弾を込める間の時間がどうしても一丁の倍かかってしまうのだ。

 

「そういうこと。それに調子に乗っているとコウスケに当たりそうになるからね…」

 

「…確かにそれは勘弁だな。…やっぱそう簡単にはいかないか」

 

「もっと訓練できるような時間と場所があったら試してみようと思うからそれまでは2丁拳銃はお預けだね」

 

 

 

 

 

 

 夢というのはここまで都合よく何度も見るものだろうか。それも自分にとっての都合のいい夢を。隣のベッドでは親友が寝息を立てているのが分かる。どうやら先ほどからあまり時間がたっていないようだ。

 

(夢?でもなんでここまではっきりと?)

 

 夢を見たと言えば、あのオルクス迷宮の前夜に夢の内容をハジメに話したことがある。その内容はハジメに声をかけるが気付かずに歩いていき最後は消えてしまうというものだった。結果的にその夢の内容通りになってしまったが。では、戻ってきてから見続けているこの夢は?

 

(もしかして本当は生きているの?)

 

 迷宮前夜の夢が本当になってしまったのなら、先ほどまでの夢も本当に起きていることかもしれない。希望的な話だ。現実から逃げているかもしれない、でもどこか納得している自分がいる。

 

(朝になったら雫ちゃんと話してみよう)

 

そのまま瞼を閉じる。2人が無事であってほしいと願いながら…

 

 

 

 

 

「せりゃあ!」

 

 地卿を振るいドゴンッ!と音を立てこちらに殴りかかってきたゴリラ型の魔物の腕をへし折る。呻く相手に追い打ちをかけるように地卿を振り下ろし魔物を絶命させる。と同時にタックルしてきた別のゴリラ型の攻撃を転がりながら回避しすぐに体勢を立て直し相手の方に向かって突撃する。

 

「くたばれっ!」

 

 力の入れ具合、地卿を振るう速度、自分でも中々の物だと思う攻撃。しかし魔物は器用に腕を使い地卿を受け止めてしまう。

 

「ぐぐぐぐっ!」

 

 相手との力比べなら自分の方が有利のはずだ。しかし焦ってしまうのか、どうしても地卿を動かすのに難儀してしまう。魔物のニヤリと笑う顔が見えたような気がした。がすぐにその顔は紅い光線と共にはじけ飛ぶ。

 

「コウスケ平気?」

 

「…おう、問題なしだ」

 

「…ん、よかった」

 

 加勢しに来てくれた2人に感謝しあたりを見回すコウスケ。あたりには死屍累々とした光景だった。迷宮を進んでいるときにゴリラ型の魔物と遭遇したのだ。相手の数は大体12から15だっただろうか。遭遇した瞬間ユエが魔法で先制攻撃を仕掛け半分ほど消し飛ばした。そのまま交戦しコウスケは相手に突撃を仕掛けたのだ。が相手は中々の腕力と耐久力の持ち主で、どうしても倒すのに時間がかかってしまう。その間にハジメがドンナーで次々と魔物の顔と心臓部分を狙い数を減らしていき、最後の一体を消し飛ばしたという状況だった。自分の手に視線を落とすコウスケ。いつかは分かる事だった。それがだんだんと近づいてきただけの話だ。

 

(………弱いな、俺)

 

 だから心の底から荒れ狂う感情が今、顔に出ていないかそれが心配だった。

 

「…ん、コウスケ、血を吸わせて」

 

「えぇ~悪いけどそう簡単にアヘ顔をさらしたくはねぇよ~南雲、頼んだ!」

 

「そうしようか。流石に戦闘が終わってからコウスケのみさくら語は聞きたくないし」

 

「ば、馬鹿言うんじゃねぇよ!あれは言いたくて言ってるわけじゃ…」

 

「…ん、お楽しみは後にしておく、ハジメ」

 

「ハイハイ」

 

 ハジメの所へトコトコと歩くユエとそれを仕方なさそうに、でも優しく向かい入れるハジメに視線を向ける。そのことにホッと息を吐く。今はただこの思いを誰にも知られたくなかった。

 

「嘆く暇なんてないのは分かっているけどよ…あぁ強くなりてぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。私も強くなりたい」

 

 少しばかり朝というのには遅い時間、昼近くに香織は自分の言葉で夢から覚めることができた。夢というにはあまりにも鮮明な映像と内容。もう自分の都合のいい夢だとは思わない。だから香織は2人が生きていると思うことにした。

 

(こんなところで立ち止まっていられない。私も強くなるんだ)

 

 隣のベッドで寝ていたはずの親友は気を利かせてくれたのか、音を立てずに出かけていたようだった。その優しさに感謝し簡単に身支度を整え遅い朝食を取りに行く。

 

 廊下を歩きながら何度も見てきた夢のことを考える。

 

(南雲君、大きな怪我はしていないみたいだし本当によかった。でもさっきの可愛い女の子は誰だろう?すごく綺麗だったな。お人形さんみたい。うーんなんだか仲がよさそうだったな。私も、もっと南雲君と…)

 

 夢に出た女の子は一体何者だろうか。考えてもわからないので次のことにを考える。

 

(しかし本当に南雲君と天之河君仲がよさそうだったな~学校でもあんな感じだったら…?)

 

 そこでふと足が止まる。何かがおかしい。よく親友に天然だとか鈍感だとか言われている香織だが、さすがに何度も見ていて気付いた。

 

(あれ?光輝君てあんな感じだったかな?もっとなんというか)

 

天之河光輝は正義感が強くて独善的で思い込みが強く人の話を全く聞かず全てが自分にとって都合がいいように考えるそんな人間だった。そんな光輝がハジメをあそこまで気遣い親しみを向けた笑顔を向けるだろうか?自分の強さに歯噛みするだろうか?

 

(もしかして別人?でもそんな事って………あれ?ちょっと待って。何か……変)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

頭の中の靄が晴れていくような不思議な感じだった。

 

 思えばこのトータスに来てから天之河光輝は変だった。言動はどこかたどたどしく、無理に口調を変えているような…もっと言えば台本のセリフを読んでいるような妙な違和感があった。日本にいたとき香織は光輝といつも一緒にいたわけではない。だから光輝の全てを知っているわけではない。しかし、この世界に来てからの天之河光輝はいくらなんでも日本にいた時とは違いすぎた。

 

(なんで私…ずっと気付けなかったの?)

 

 頭の中は疑問で一杯だ。夢で見た『彼』は優しい人だというのは分かる。しかしなぜ光輝とそっくりの姿をしているのか。誰かにこの違和感を相談したかった。

 

ふと前を見るとふらふらと歩く女子生徒の後ろ姿が見えた。追いかけて話を聞いてみることにする。

 

「ごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあるんだけど…恵理ちゃん?」

 

「…香織?」

 

 話しかけた相手は中村絵里だった。眠れていないのだろうかおとなしそうだった顔は隈ができ髪は乱れ、体がやせ細ったような錯覚さえ感じた。まるで幽霊みたいだと場違いなことを考えてしまう香織。

 

「……どうかしたの」

 

「あ、うん、えっと…光輝君についてなんだけど」

 

「光輝くん?…彼は死んでいないよ」

 

「え?」

 

気のせいか恵理の目が暗く澱んだ気がする。驚く香織にも気づかず恵理はブツブツと呟いている。

 

「そうだよ光輝くんがこんなところで死ぬわけないじゃないか。彼は勇者なんだ。死ぬはずがないこんな変な世界で死ぬなんて…そうだよあんな無能と一緒に死ぬなんておかしいんだ。誰が想像できるんだ。おかしいよ僕を置いて逝くなんて…」

 

 最後の方は聞こえなかったがどうやら光輝が落ちたショックが想像以上に大きいようだ。流石にこの調子では話が聞けない。オロオロする香織にようやくハッとした様子で恵理が気付いた。

 

「…ごめんね香織ちゃん。ちょっと心の整理がついていなくて…えっと聞きたいことって?」

 

「え、あ…光輝君って何か変なところなんてなかった?」

 

「???変な所って…特になかったよ?」

 

「え」

 

「この世界に来たときはオロオロしていたけど、うん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、そうなんだ…ありがとう恵理ちゃん」

 

 そのまま不思議そうな顔をしている恵理を置いて親友を探す香織。いつも冷静で人をよく見ている恵理があんな誰がどう見たっておかしい天之河光輝を変わっていないというのだ。なら小さい頃から知っているはずの雫は?

 

八重樫雫は訓練所で見つけた。武器を構えている姿はどこか精彩を欠いているようだ。香織に気付いた雫が訓練を中断し駆け寄ってくる。その表情は驚きに満ちていた。

 

「香織…貴女もう大丈夫なの?」

 

心配そうな目で見てくる親友に香織は飛びかかるようにして抱きしめる。

 

「わぷっ、香織、貴女何をやって…」

 

「ごめんね雫ちゃん…ずっと心配をかけて…私はもう大丈夫だから」

 

そのまま胸に抱きしめた雫の頭を撫でる。不思議そうな顔をする親友に香織は自分の気持ちを打ち明けた。

 

「私ね、ずっと怖かったの。南雲君…ううん。2人が死んだと思って…その事実を受け止めようとも確かめようともせずにずっと逃げていたの。閉じこもってさえいれば嫌な現実から逃げられると思って…でもそんな事をしていたら駄目だよね。」

 

「香織…貴女」

 

そのまま親友と目を合わせる。自分の気持ちを少しでも相手に伝わるように。

 

「雫ちゃん。私あの2人が死んだなんて思えないの。もちろん分かっているよ。あそこから落ちて生きていると思う方がおかしいって。でもね、死体を確認したわけじゃない。可能性は低くても何もわからずに死んだなんて思いたくないの」

 

「……」

 

「だから私は強くなって自分の目で確かめるよ。たとえ何があっても。」

 

 雫はじっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返した。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っている。こうなった香織はテコでも動かない。雫どころか香織の家族も手を焼く頑固者になるのだ。

 

「そう…なら私も付き合うわ、あの光輝が死んだなんて思えないから…」

 

そこで香織は思い出した。親友に会いに来た理由を。

 

「ねぇ雫ちゃん。…光輝君ってこの世界に来てからずっとおかしかったよね?」

 

「…光輝?何も変な所なんてなかったわよ。」

 

「…本当に?」

 

「ええ。間違いないわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やはり、雫も違和感を感じていない。ハジメと一緒にいる彼はいったい何者なのか。

 疑問は尽きないがあのハジメのことを気遣う優しさは本物だ。そのためにも彼らに会うために強くなる事を決意する香織だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後のところを大幅に追加しました。
香織の口調が変かもしれません。…そのうち慣れるといいな
深夜のテンション駄目、絶対。


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存在意義

第1章が終わるまであと少しです。
拙い文章ですがよろしくお願いします


 

「だぁー、ちくしょぉおおー!」

 

「がんばれ南雲! このくらいで、ばてるなよ!」

 

「…ハジメ、ファイト…」

 

「2人とも気楽だね!」

 

 現在、ハジメはユエを背負いながら猛然と草むらを逃走していた。コウスケは地卿を背負い後に続く。周りはハジメの肩辺りまでの雑草が生い茂っている。ユエなら完全に姿が見えなくなっているだろう。そんな生い茂る雑草を鬱陶しそうに払い除けながら、ハジメ達が逃走している理由は、

 

「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」

 

 二百体近い魔物に追われているからである。

 

ハジメ達が準備を終えて迷宮攻略に動き出したあと、十階層ほどは順調に降りることが出来た。2人の装備や技量が充実し、かつ熟練してきたからというのもあるが、ユエの魔法が凄まじい活躍を見せたというのも大きな要因だ。

全属性の魔法を何でもござれとノータイムで使用し的確に2人を援護する。

 ただ、回復系や結界系の魔法はあまり得意ではないらしい。“自動再生”があるからか無意識に不要と判断しているのかもしれない。もっとも、ハジメには神水があるし、ある程度の傷なら治癒魔法を持つコウスケがいるので、何の問題もなかったが。

 そんな3人が降り立ったのが現在の階層だ。まず見えたのは樹海だった。十メートルを超える木々が鬱蒼と茂っており、空気はどこか湿っぽい。しかし、以前通った熱帯林の階層と違ってそれほど暑くはないのが救いだろう。

 3人で階下への階段を探して探索していると、突然、ズズンッという地響きが響き渡った。何事かと身構える三人の前に現れたのは、巨大な爬虫類を思わせる魔物だ。見た目は完全にティラノサウルスである。

 

 但し、なぜか頭に一輪の可憐な花を生やしていたが……。

 

鋭い牙と迸る殺気が議論の余地なくこの魔物の強力さを示していたが、ついっと視線を上に向けると向日葵に似た花がふりふりと動く。かつてないシュールさだった。すぐさまユエが魔法を放つ。

 

「“緋槍”」

 

 ユエの手元に現れた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形をとり、一直線にティラノの口内目掛けて飛翔し、あっさり突き刺さって、そのまま貫通。周囲の肉を容赦なく溶かして一瞬で絶命させた。地響きを立てながら横倒しになるティラノ。そして、頭の花がポトリと地面に落ちた。

 

「「……」」

 

 いろんな意味で思わず押し黙る2人。

 

 最近、ユエ無双が激しい。最初はコウスケとハジメの援護に徹していたはずだが、何故か途中から2人に対抗するように先制攻撃を仕掛け魔物を殲滅するのだ。そのせいで、ハジメと特にコウスケは、最近出番がめっきり減ってしまい、自分達が役立たずな気がしてならなかった。まさか、自分が足手まといだから即行で終わらせているとかでは?と特にコウスケは内心苦々しい思いだった。

 

「あのーユエさん?張り切るのはいいんですけど…ちょっと前衛である俺の存在意義がなくなってきた様な気がするんですけど…」

 

「……私、役に立つ、…チームだから」

 

どうやらただの後衛では我慢できないらしい。確かに少し前に魔力枯渇するまで魔法を使い戦闘中にぶっ倒れてちょっとした窮地に落ち入っててしまい、その時に慰めるように自分たちはチームだ。だから大丈夫、短所を補って行こう。…そんなことをハジメが話したような気がするが、まさかここまで張り切るとは。

 

「はは、いや、もう十分に役立ってるって。ユエは魔法が強力な分、接近戦は苦手なんだから後衛を頼むよ。前衛はコウスケ、中衛が僕が担当するから」

 

(その前衛も存在意義が、感じられなくなってきたんですけどね…)

 

コウスケは、その言葉にあまりいい顔ができない。実際、前衛として前に出ているのだがハジメの銃火器とユエの魔法の前では、正直あまり役に立てないのだ。

 

そもそもの話自分の力が不足してきたように感じてくるのだ。自分が一匹すりつぶしている間にハジメの精密射撃で3,4匹がはじけ飛んでいく。ドンナーの火力もそうだが恐ろしいのはハジメの急所狙いの的確さだ。頭を正確無比に狙っていく技術はもはやドンナ―を作り出したときとは比べ物にならない。

 

ユエの魔法もかなりのものだ。特に相手が複数で出てきた場合、ユエの魔法ですぐに消し炭になる。前衛には当たらないよう範囲も制御も完璧だ。

おまけに、自分の魔力を調整出来てきて来たのか枯渇して倒れることも少なくなった。

 前衛は、後衛を守る盾としての役割もある。後ろにいる2人に魔物が行かないようにしなければいけない。しかし自分が相手をするはずの敵が後衛の2人を狙っていき盾としての役割すら持つことができないのだ。そのたびにハジメのフォローで事なきを得るのだが…

 

(なぁ…南雲、ユエ…俺は役に立っているのか?ちゃんと戦えているのか?お前たちを守れているのか?チームなんて言ってたけど…本当は俺がいない方がよかったんじゃ…)

 

そこまで考え頭を振るう、己の弱さについて考えていると自分の大切な、根幹となる部分が悲鳴を上げそうだったのだ。だが、このままではそう遠くないうちに、足手まといになりそうな気がする。

 

「コウスケ!ボーっとしているとこけるよ!速く走って!」

 

「…コウスケ?」

 

「あ、ああ、すまんあいつらの花のことを考えていたんだがな!あれは、寄生されているんじゃないか!?」

 

深く考え込みすぎたのだろう、気が付いたら300はあろうかという数の頭に花をつけた恐竜に追われていた。危険な場所で深く考え込みすぎた、自分に思わず舌打ちが出そうになる。気を取り直し今の状況を突破しようと考える。

 

「ってことは本体がどこかにいるはず!」

 

「ああ!その通りだ南雲!奴らの行かせたくない場所にいるはずだ!」

 

「随分と具体的だね!」

 

「ハッ、そういうゲームとか小説とか読んでばっかりだからな!オタクの知識舐めんな!」

 

 ハジメ達が睨んだのは樹海を抜けた先、今通っている草むらの向こう側にみえる迷宮の壁、その中央付近にある縦割れの洞窟らしき場所だ。すぐにハジメ達は三百体以上の魔物を引き連れたまま縦割れに飛び込んだ。

 

 

 縦割れの洞窟は大の大人が二人並べば窮屈さを感じる狭さだ。ティラノは当然通れず、ラプトルでも一体ずつしか侵入できない。何とかハジメ達を引き裂こうと侵入してきたラプトルの一体がカギ爪を伸ばすが、その前にハジメのドンナーが火を噴き吹き飛ばした。そして、すかさず錬成し割れ目を塞ぐ。

 

「ふぅ~、これで取り敢えず大丈夫だろう」

 

「……お疲れさま」

 

「そう思うなら、そろそろ降りてくれない?」

 

「……むぅ……仕方ない」

 

ハジメの言葉に渋々、ほんと~に渋々といった様子でハジメの背から降りるユエ。余程、ハジメの背中は居心地がいいらしい。

そのやり取りにホッコリするコウスケ。さっきまでの迷いは心の底にしまって置く。

 

 

 

 

 

 しばらく道なりに進んでいると、やがて大きな広間に出た。広間の奥には更に縦割れの道が続いている。もしかすると階下への階段かもしれない。ハジメは辺りを探る。“気配感知”には何も反応はないがなんとなく嫌な予感がするので警戒は怠らない。気配感知を誤魔化す魔物など、この迷宮にはわんさかいるのだ。ハジメ達が部屋の中央までやってきたとき、それは起きた。

 

 全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのだ。その数は優に百を超え、尚、激しく撃ち込まれるのでハジメとコウスケは錬成と土魔法で石壁を作り出し防ぐことに決めた。石壁に阻まれ貫くこともできずに潰れていく緑の球。大した威力もなさそうである。ユエの方も問題なく、速度と手数に優れる風系の魔法で迎撃している。

 

「ユエ、おそらく本体の攻撃だ。どこにいるかわかる?」

 

「……」

 

「ユエ?」

 

「ユエさん?」

 

 ユエに本体の位置を把握できるか聞いてみるハジメ。ユエは“気配感知”など索敵系の技能は持っていないが、吸血鬼の鋭い五感はハジメ達とは異なる観点で有用な索敵となることがあるのだ。

 

しかし、ハジメの質問にユエは答えない。訝しみ、ユエの名を呼ぶハジメだが、その返答は……

 

「……にげて……ハジメ!コウスケ!」

 

 いつの間にかユエの手がハジメに向いていた。ユエの手に風が集束する。本能が激しく警鐘を鳴らし、ハジメは、その場を全力で飛び退いた。刹那、ハジメのいた場所を強力な風の刃が通り過ぎ、背後の石壁を綺麗に両断する。

 

「ユエ!?」

 

 まさかの攻撃にハジメは驚愕の声を上げるが、ユエの頭の上にあるものを見て事態を理解する。そう、ユエの頭の上にも花が咲いていたのだ。それも、ユエに合わせたのか? と疑いたくなるぐらいよく似合う真っ赤な薔薇が。

 

「ハジメ、コウスケ……うぅ……」

 

「意識があるまま、操るとは性格悪いな此処の親玉…」

 

 ユエが無表情を崩し悲痛な表情をする。コウスケは何がいるか知っている。知っているからハジメに無意識のうちに頼ってしまう。案の定、操りを解除する花に向かって照準を向けるハジメ。しかし相手はそれを妨害するようにユエを操り、花を庇うような動きをし出したのだ。上下の運動を多用しており、外せばユエの顔面を吹き飛ばしてしまうだろう。ならばと、接近し切り落とそうとすると、突然ユエが片方の手を自分の頭に当てるという行動に出た。接近したらユエの頭を切り飛ばすつもりだ。

 

「……そうきたか……」

 

「増々、いやらしい相手だな。どうする南雲?」

 

 ハジメとコウスケの逡巡を察したのか、それは奥の縦割れの暗がりから現れた。

見た目は人間の女性しかし、ゲーム漫画と違って醜い顔をしておりその口元は何が楽しいのかニタニタと笑っている。ハジメはすかさずエセアルラウネに銃口を向けた。しかし、ハジメが発砲する前にユエが射線に入って妨害する。

 

「2人とも……ごめんなさい……」

 

悔しそうな表情で歯を食いしばっているユエ。自分が足手まといになっていることが耐え難いのだろう。今も必死に抵抗しているはずだ。口は動くようで、謝罪しながらも引き結ばれた口元からは血が滴り落ちている。鋭い犬歯が唇を傷つけているのだ。悔しいためか、呪縛を解くためか、あるいはその両方か。ユエを盾にしながらエセアルラウネは緑の球を2人に打ち込む。

 

 ハジメは、それをドンナーで打ち払い。コウスケは地卿でまとめて球を潰す。目に見えないがおそらく花を咲かせる胞子が飛び散っているのだろう。しかし、2人には花は咲かない。

 

(耐性系の技能のおかげか…)

 

2人が平気なのは毒耐性により効果がないのだ。つまり。ユエが悲痛を感じる必要はないのだ。

 

「さて、俺たちは問題ないことが証明されたが…どうする俺が突っ込んでユエを取り押さえるか?その間にハジメが親玉を撃つって感じで」

 

「…どうだろうコウスケの足の速さと相手がユエの頭を切り飛ばすのと、どっちが早いかという話になるけど…」

 

「…そっか…」

 

「…一応即行で片づける方法もあるんだけど…」

 

 

ユエの風魔法をよけながら打開策を相談する2人。どうすべきか思案しているとユエが悲痛な叫びを上げる。

 

「ハジメ! ……私はいいから……撃って!」

 

 何やら覚悟を決めた様子でハジメに撃てと叫ぶユエ。攻撃してしまうぐらいなら自分ごと撃って欲しい、そんな意志を込めた紅い瞳が真っ直ぐハジメを見つめる。

 

「ん、了解」

 

「え?…あ!ちょっ待!」

 

ドパンッ!!

 

コウスケの止める声も待たず広間に銃声が響き渡る。

 

 ユエの言葉を聞いた瞬間、何の躊躇いもなく引き金を引いたハジメ。広間を冷たい空気が満たし静寂が支配する。そんな中、くるくると宙を舞っていたバラの花がパサリと地面に落ちた。ユエが目をパチクリとする。エセアルラウネもパチクリとする。コウスケは…非常に複雑そうだ。ユエがそっと両手で頭の上を確認するとそこに花はなく、代わりに縮れたり千切れている自身の金髪があった。エセアルラウネも事態を把握したのか、どこか非難するような目でハジメを睨む。

 

ドパンッ!!

 

 何のリアクションをとることもなくハジメが発砲。エセアルラウネの頭部が緑色の液体を撒き散らしながら爆砕した。そのまま、グラリと傾くと手足をビクンビクンと痙攣させながら地面に倒れ伏した。

 

「で、ユエ、大丈夫?体に違和感はない?」

 

「コイツ本当に撃っちまった…」

 

 気軽な感じでユエの安否を確認するハジメ。コウスケはその事にドン引きであるだが、ユエは未だに頭をさすりながらジトっとした目でハジメを睨む。

 

「……撃った」

 

「ん? そりゃあ撃っていいって言うから」

 

「……躊躇わなかった……」

 

「そりゃあ、最終的には撃つ気だったし。狙い撃つ自信はあったんだけどね、流石に問答無用で撃ったらユエがヘソ曲げそうだし、今後のためにはならないと配慮したんだよ?」

 

「……ちょっと頭皮、削れた……かも……」

 

「まぁ、それくらいすぐ再生するよね? うん大丈夫」

 

「馬鹿!問題大有りじゃあねえか…ユエ平気か?今魔法で治すからな」

 

「うぅ~……う!」

 

「って俺に飛びつくなよ!やった南雲に文句を言ってくれ!って、ちょっ、ま、また血を吸うの…あひぃいいいいん」

 

 

ユエは心配して近寄ってきたコウスケに飛びかかり目いっぱい血を吸うことにした。確かに撃てといったのは自分であり、足手まといになるぐらいならと覚悟を決めたのも事実だ。だが、ユエとて女。多少の夢は見る。せめてちょっとくらい躊躇って欲しかったのだ。いくらなんでも、あの反応は軽すぎると不満全開でコウスケに八つ当たりする。ハジメにはせずコウスケにしているのは…なぜだろうか自分でもわからないが、コウスケならなんだかんだで許してくれそうとユエは解釈して好物の血を吸うのだった。

 

 ハジメとしては、操られた状態では上級魔法を使用される恐れが低いとわかった時点でユエに対する心配はほとんどしていなかった。ユエの不死性を超える攻撃などそうそうないからだ。しかし、躊躇い無く撃ってギクシャクするのも嫌だったので戦闘中に躊躇うという最大の禁忌まで犯して堪えたのに、そんなに不服だったのかと思案する。やはり味方に銃を向けるべきではなかったか。取りあえずコウスケには八つ当たりを受けてもらってからユエの機嫌を直そうかと考えていた。

 

(……結局…俺は…役に立てないのか……)

 

コウスケは血を吸われ恍惚になりながらどこか、心の底が冷えていくのを感じていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次はヒュドラ戦ですね
感想お待ちしています


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死闘

戦闘描写が本当に難しくて困ります
でもここを頑張らないと…


 

 樹海の迷宮から順調に進みついにハジメとコウスケが最初にいた階層から百層目になるところまで来た。その一歩手前の部屋で装備の確認と補充点検を行っていた

 

「ついにここまで来たな」

 

「うん、ここが最後になるんだろうね…」

 

「長かった…なぁ南雲」

 

「ん?」

 

「俺この戦いが終わったらパインサラダを食べながら嵐の中田んぼを見に行ってあの娘に告白するんだ…」

 

「何で無理矢理、変なフラグを立てるの…」

 

「ほら死亡フラグを立てていけば逆に生還するって言わない?」

 

「初めて聞いたよそれ…」

 

 そんなくだらないことを話す2人。ユエはそんな2人を羨ましそうに見ながら2人の間に座り込む。最近はそれがお気に入りだ。自分を救ってくれた2人。

 ハジメは優しく、冷静に物事を判断してくれる。コウスケは、おどけながらよく気遣ってくれる。そんな2人の間にいるのは幸せで安心だった。

 

「ハジメ……いつもより慎重……」

 

「うん? ああ、次で百階だからね。もしかしたら何かあるかもしれないと思って。一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたから……まぁ念のため」

 

 銃技、体術、固有魔法、兵器、そして錬成。いずれも相当磨きをかけたという自負がハジメにはあった。そうそう、簡単にやられはしないだろう。しかし、そのような実力とは関係なくあっさり致命傷を与えてくるのが迷宮の怖いところである。

 

 故に、出来る時に出来る限りの準備をしておく。コウスケにも新装備ができた。丸型の大盾だ。材料はサソリモドキの鉱石の余りを使ってあり魔法や衝撃に耐えられる一品物だ。本格的に火力が足りなく感じたコウスケがハジメに頼んで作ってもらったのである。

 

(作ってもらったのはいいけど……)

 

 この奥の敵を考え顔に緊張が走り喉がゴクリと音を出す。力不足の自分が盾となり、ハジメとユエで攻撃を担当する。それでいいはずだ。それなのに、どうしようもなく怖くなるのだ。自分は傷つくのは…怖くて嫌だが…まだ耐えられる。しかし、ハジメとユエの2人が自分がここにいるせいで、原作とは違う流れになり死んでしまうのではないかと不安になってしまうのだ。

 無論死なせるつもりなんてない。だが、考えれば考えるほど、嫌なことを思い描いてしまう、さっきのふざけたやり取りは緊張をほぐすためだったのに、手が少しづつ震えてきた。そんな時だった、震える手に小さな手がそっと重ねられる。

 

「……ん、コウスケ、大丈夫」

 

「コウスケ、僕たちがいる、だから平気だよ」

 

 ユエの手だった。不安を和らげようとしてくれているのか、手をそっと握り、無表情の顔に優しさを乗せる。ハジメも気づいたのか作業を中断しこっちを見て元気づけようとする、その眼には自分たちを頼ってくれと言う意思を言外に感じたのだ。そんな2人にコウスケは深く感謝をし自分を激励する

 

「…すまん、ちょっと緊張していたみたいだ…そうだな、俺たちがいれば何にも問題はないな!行こう!俺たちの戦いはこれからだ!」

 

「…それじゃあ、未完結になっちゃうじゃないか…」

 

 何があっても二人を守る。だから自分にできることをしよう。コウスケは強く決意した。

 

 

 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

 ハジメ達は暫く警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角系の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「……これはまた凄いな。もしかして……」

 

「……反逆者の住処?」

 

 如何にもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応がなくともハジメの本能が警鐘を鳴らしていた。この先はマズイと。それは、ユエも感じているのか、薄らと額に汗をかいている。

 

「コウスケ、ユエ、行こう。きっとこの先がゴールだ」

 

「ああ!」

 

「……んっ!」

 

 

そして、三人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

 

 その瞬間、扉とハジメ達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。ハジメは、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、あの日、ハジメが奈落へと落ちた日に見た、自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

 

「…これはまさしくラスボスだね」

 

「ああ、マジでそうっぽいな」

 

(最も付け加えるならプロローグのラスボスだけどな)

 

 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。光が収まった時、そこに現れたのは……体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光がハジメ達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気がハジメ達に叩きつけられた。

 

 同時に赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。ハジメとユエは同時にその場を左右に飛び退き反撃を開始する。コウスケは、左腕に盾を構えその場に防御の姿勢をとる。炎の壁がコウスケを焼き殺さんと迫ってくる。しかし、盾は難なくとその熱を防ぎきる。

 

(これなら、いける!)

 

 盾の性能に自信を持ちすぐに念話で2人に攻撃を頼む

 

”2人とも、こっちは平気だ!敵の頭には攻撃、防御、回復がいる!きっとそういう敵だ”

 

”わかった!なら、ユエ!回復する奴をを狙うぞ!”

 

”んっ!”

 

”ちなみに、回復は白色の奴だな!なぜって?俺ならそんな色にするからだ!”

 

 念のため回復役が何色か伝える。後の攻撃は2人に頼みコウスケは盾を構え敵の攻撃を耐える。赤頭が放つ炎弾の衝撃に耐え緑頭の放つ風刃の切りつけてくる音に冷や汗をかき、青頭の放つ氷弾を押し込む。隙をついては右手にかまえた地卿を振りヘイトを稼ぐ。どこか遠くで破裂のする音が聞こえた。ハジメの手榴弾だろうか。この調子なら行ける!そんな事を考えたときだった。

 

「いやぁああああ!!!」

 

 ユエの絶叫が聞こえた。あまりにも自分のうかつさにコウスケは舌打ちをした。黒頭のことを見逃していたのだ。黒頭は精神攻撃をしてくる。そのことを知っていたのに攻撃を防ぐことを、自分の役割に固執してしまった。

 

「ユエ!」

 

 視界の端に黒頭がはじけ飛ぶのが見えた、ハジメがすぐに気が付き吹き飛ばしてくれたのだろう。ユエのそばに駆け寄り、大口を開けてユエを食らおうとする青頭の前に立ちはだかる。

 

「クルルルッ!」

 

「ぐっがぁぁあああ!」

 

 盾を構えるのとかみつかれるのは同時だった。盾を使い飲み込まれないように腹から声を出し踏ん張る、すぐに青頭の上あごがふき飛んだ。

 

「コウスケ!ユエは!」

 

「怪我はねえ!この様子だと、おそらく精神攻撃を食らったんだろう!すぐにユエを連れて、ここから離れろ!」

 

「分かった!置き土産を残していくから、持ちこたえてよ!」

 

「おうよ!任せな!」

 

 ユエを抱え柱の方に向かいながら、しっかりと“閃光手榴弾”と“音響手榴弾”ついでに”焼夷手榴弾”をヒュドラに向かって投げつけるハジメ

 

「全く、中々気が利くなぁ南雲は…だから白崎に惚れられたのか?全く羨ましいなオイ、まぁいいや…さあ、クソ蛇どもかかってこいや!」

 

 

 

「ユエ!」

 

 柱の陰に隠れながらハジメはユエに呼びかけた。しかしユエは反応せず青ざめた表情でガタガタと震えている。コウスケの言葉から、ユエは恐慌状態になったと判断したハジメは、ペシペシとユエの頬を叩く。念のため神水も飲ませる。しかし、反応は帰ってこない。何かを求めるようにユエの手が虚空に伸びる。その手を優しく握りハジメはユエに呼びかける

 

「ユエ…どんな悪夢を見ているかはわからないけど、僕はここにいるよ」

 

「…ハ…ジ…メ…」

 

「うん。僕もコウスケも一緒だから…だから戻ってくるんだユエ」

 

 ハジメの言葉に虚ろだったユエの瞳に光が宿り始めた。パチパチと瞬きしながらユエはハジメの存在を確認するように、その小さな手を伸ばしハジメの顔に触れる。それで漸くハジメが其処にいると実感したのか安堵の吐息を漏らし目の端に涙を溜め始めた。

 

「ハジメ…私…暗闇で一人だった…ハジメもコウスケも……いなくて…見捨てられたと思った」

 

 泣きそうな不安そうな表情で震えるユエ。ハジメはそんなユエを見て…むぎゅっとユエのほっぺたを軽く指で押し込んだ。

 

「!?」

 

 驚くユエにハジメはユエの不安を吹き飛ばす様に明るく言い放つ。

 

「まったく…ユエは僕とコウスケのことを信じていないの?見捨てる?そんなことするはずないじゃないか。特にコウスケなんて可愛い女の子に目がなさそうだしね。見捨ててしまうなんて、ないないあり得ない」

 

「むぅ~」

 

 頬っぺたから指を話すとそこには先ほどまでの今にも泣きそうな顔ではなく拗ねたように怒ったような顔をするユエがいた。どうやら自分が思いついた荒療治が効いてくれたみたいだ。その事に内心ほっとして今も耐えているであろうコウスケの加勢に行くようにする

 

「もう大丈夫かい、ユエ?」

 

「んっ!」

 

 気合を入れるユエに続くようにドンナ―を構え飛び出してくハジメ。

 

 

 

 

 

「ぬぉおおお!!」

 

 比較的、無事だったのか黄頭と緑頭が攻撃を仕掛けて来る。幸い黄頭の方は防御の方が得意なのか攻撃はそこまで激しくはないが、緑頭の風刃が少しずつ盾を削っていくような音で冷や汗が吹き出てくる。それでも盾を持ちある程度持ちこたえたところで

 

「“緋槍”! “砲皇”! “凍雨”!」

 

 と矢継ぎ早に魔法が飛んでくる。どうやらユエは恐慌から回復したようだ。その声は覇気に満ち溢れていたどんなことをしたのか後でハジメに聞こうか考えながらもホッとするコウスケ。

 

「ユエ!平気か!」

 

「んっ!もう負けない!」

 

「よし!防御は任せろ!デカいの一発かましたれ!」

 

 ユエの魔法をサポートするように盾になるコウスケ。次々とこちらに向かって放たれる魔法を防ぐ。視界の端で黒頭がまたハジメによって吹き飛ぶ。

 

ドガンッ!!

 

 続けて大砲でも撃ったかのような凄まじい炸裂音をがした。ハジメの必殺兵器シュラーゲンが炸裂した音だった。思わずといった様子でハジメを見る三つの頭。その隙にユエが最上級魔法を放つ。

 

「“天灼”」

 

 かつての吸血姫。その天性の才能に同族までもが恐れをなし奈落に封印した存在。その力が、己と敵対した事への天罰だとでも言うかのように降り注ぐ。三つの頭の周囲に六つの放電する雷球が取り囲む様に空中を漂ったかと思うと、次の瞬間、それぞれの球体が結びつくように放電を互いに伸ばしてつながり、その中央に巨大な雷球を作り出した。

 

ズガガガガガガガガガッ!!

 

 中央の雷球は弾けると六つの雷球で囲まれた範囲内に絶大な威力の雷撃を撒き散らした。三つの頭が逃げ出そうとするが、まるで壁でもあるかのように雷球で囲まれた範囲を抜け出せない。天より降り注ぐ神の怒りの如く、轟音と閃光が広大な空間を満たす。

 

そして、十秒以上続いた最上級魔法に為すすべもなく、三つの頭は断末魔の悲鳴を上げながら遂に消し炭となった。

 

 何時もの如くユエがペタリと座り込む。魔力枯渇で荒い息を吐きながら、無表情ではあるが満足気な光を瞳に宿し、ハジメに向けてサムズアップした。ハジメも頬を緩めながらサムズアップで返す。

 

その直後、ハジメの後ろで七つ目の銀色の頭が胴体部分からせり上がり、ハジメを睥睨していた。

 

「ハジメ!」

 

「南雲油断するな!後ろだ!」

 

 思わずユエが切羽詰まった声を出す。コウスケも焦った声を出す…しかしハジメには近づかない。なぜならコウスケは知っているからだ。銀頭が誰を狙うかを。だから動かない。案の定、銀頭はハジメから視線を外し、魔力枯渇で動けないユエに狙いを定め極光を放った。

 

 極光が届く前にユエの前に立ち盾を構え…視界の端にハジメがこちらに向かってくるのが見え、それでも極光の方が早いのが分かり…ハジメが傷つかないと安堵して、余りにも原作通りに事が進んで視界がすべてが白くなる中少し笑ってしまった。

 

(そう、これでいいんだ…ハジメの身代わりに…そうだ、そのためについてき…)

 

そこまで考え、コウスケの意識は闇に沈んでいった…

 

 

 

 

 

 

 極光が収まり、ユエが吹き飛ばされたことによる全身に走る痛みに呻き声を上げながら体を起こす。極光に飲まれる前にコウスケが自分をかばったこと思い出しその姿を探す。コウスケはその場から動いてなかった。盾はすべて融解したのか、何も持っておらず全身から煙をあげぐらりと倒れこんだ。

 

「コウスケ!」

 

 すぐにハジメが駆けつけ、倒れ掛かったコウスケを支え、魔力の底をついたユエを背負い柱の影へ離脱した。コウスケの容体は酷いもので、上半身が焼けただれていた。顔のやけどは、上半身に比べると比較的ましだ、おそらく本能的に盾で防いだのだろう。下半身の方も角度的に被害が少なかったのか軽症だった

 

「…私をかばってコウスケが…」

 

「ユエ、大丈夫。コウスケはこんなことで死んだりしない…そうだよね、コウスケ」

 

 ユエは目に涙を貯めていた。動けない自分をとっさにかっばたせいで自分を救ってくれた恩人が、こんなに痛々しい姿になるのがつらかった。

 

 ハジメは自分のうかつさを悔やんだ。油断しないと決めたのにボスを倒せたと舞い上がってしまった。そのせいで親友が死にかけるなんて…爪熊から逃げ出したあの時を思い出しそうになり怒りで我を見失いそうになる。自分はあの時弱かったせいでコウスケが死にかけたのだ。それが嫌で強くなったはずなのにそれなのに目の前にいるのは、また死にかけている親友だった。必死の理性でユエにコウスケを託す。

 

「ユエ、神水をありったけ使ってコウスケを助けて」

 

「ハジメはどうするの?…」

 

「僕は…僕はアイツに用がある。コウスケがやられて…このままでいいはずがない!」

 

 ハジメは言い切るとヒュドラに向かっていった。ユエはすぐに神水をコウスケの傷口に振りかけもう一本も無理矢理口にねじ込み、飲ませる。しかし、神水は止血の効果はあったものの、中々傷を修復してくれない。何時もなら直ぐに修復が始まるのに、何かに阻害されているかの様に遅々としている。

 

「どうして!?」

 

 ユエは半ばパニックになりながら、手持ちの神水をありったけ取り出した。

 

 実は、ヒュドラのあの極光には肉体を溶かしていく一種の毒の効果も含まれていたのだ。普通は為す術もなく溶かされて終わりである。しかし、神水の回復力が凄まじく、溶解速度を上回って修復しており、速度は遅いものの、コウスケの魔物の血肉を取り込んだ強靭な肉体とも相まって時間をかければ治りそうである。しかしこのままグズグズしていては、ハジメの消耗がひどくなり死んでしまうユエは、コウスケの手を取りただ涙を流していた。

 

「コウスケ……」

 

 

 コウスケは、微睡む様に夢を見ていた。『ありふれた職業で世界最強』の世界にいるそんな胸が躍るような夢だった。幸せだった。原作の主人公ハジメと出会い仲良くなることができた。ヒロインであるユエに懐かれることができた。本当に幸せだった。辛く苦い現実をわずかでも忘れることができそうで…

 

 そこで急に夢に痛みが走る…ハジメは一人で戦っている、その表情は怒りに満ちていた。いったい何をそんなに怒り狂っているのだろうか?

 

誰のために?

 

 ユエは泣いていた、誰かの手を取りいつもの無表情ではなく、悲痛に満ち溢れていた。何でそんなに悲しんでいるんだろう?

 

誰のせい?

 

 痛みが徐々に現実になってくる。その痛みに呼応するかのように次々ハジメとユエの映像が流れる。ハジメと自己紹介をし笑いあったこと、死に物狂いで魔物から逃げたこと、お互いに生きて帰ろうと誓い合ったこと、ユエと初めて出会ったこと、戦闘中に血を吸われて情けない姿をハジメに見られたこと、自分の実力不足に悩んだこと、ユエに八つ当たりで吸血されたこと、様々な思い出が流れていく、そして最後に、自分の根幹である、ベヒーモスに立ち向かうハジメの光景が残る。

 

 そうだ自分は…あの姿を見て守りたいと、そばに立ちたいと願ったのだ。

 

 だからこんなところで寝ていられない!あの姿に!

 

「憧れたんだ!」

 

「コウスケ!?」

 

 瞬間目が覚めた。隣では信じられないような顔をしてユエが手を握っている。突如、体に激痛が走る。これまでの味わったことのない痛みに呻き声が出そうだが、それすらもはねのけるほど気分が高揚している。

 自分の根幹を、ハジメの…2人のそばにいる理由を思い出した、だからだろうか。気力と魔力が湧き上がってくる。と同時に自分の身体から蒼い光が出てきており漂うように纏わりついて来る。その光はコウスケの傷を治していき、また魔力や気力を回復させていく。

 

「なんじゃこりゃ!?ってそんな事はどうでもいいか。ユエ!今何がどうなっている!?」

 

「…ん、コウスケが倒れて、ハジメが怒って戦いに行って、私がコウスケに神水を飲ませた。」

 

「ハハッ…アイツ、ユエに自分の血を飲ませて2人で戦うってのが選択に入らなかったのか?」

 

「…ハジメはとてもコウスケを心配していたから…たぶん思いつかない」

 

「……仕方のない奴」

 

 ハジメの思わぬキレ方に苦笑が出る。何とも迂闊だが、心配してくれたことには嬉しくなる。この青い光が何なのか直感的に理解し、どう使うのかが分かってきた。だからハジメを守るためにユエに頼みごとをする。

 

「…これは…なるほど瀕死になったからって奴か…、ユエ頼みがある」

 

「?」

 

「俺の血を吸ってくれ、加減はいらねぇ思いっきりな」

 

「…平気?」

 

「ああ、南雲を助けたい、そのためにはユエ、お前の魔法が必要なんだ。頼む!」

 

「……んっ!」

 

 コウスケの強烈な意思の宿った言葉にユエもまた力強く頷いた。

 

 

 

 ハジメはただ一人戦っていた。脳裏に浮かぶのは傷だらけになった親友の姿。最初にその姿を見たときは自分の無力感が強かった。自分がもっと強ければもっと賢ければとそこから敵を殺すことに躊躇もしなくなった。事実自分は強くなった。それなのに親友はまた瀕死になった。もうあの光景を見たくなかったのにハジメは怒りで戦っていた。それには自分の怒りもあった。だからだろうか、さっきからドンナ―の銃弾がうまく当たらない。いつもなら当たるはずなのに…

 

「クソッなんで、当たらないんだ!」

 

頭の片隅に冷静になれと、コウスケは死ぬはずがないと叫んでいる。しかし、体は焦りを浮かべ思うように動かず、早く奴を殺せと心が憎悪で埋まる。ついには、銀頭の光弾を避けるのに精いっぱいになっていた。遂に体力がなくなり光弾が当たりそうになる。

 それでも、心は負けることを選ばず頭の片隅で冷静になれと、コウスケは死ぬはずがないと叫んでいる。しかし、体は焦りを浮かべ思うように動かず、早く奴を殺せと心が憎悪で埋まる。ついには、銀頭の光弾を避けるのに精いっぱいになっていた。遂に体力がなくなり光弾が当たりそうになる。

 

(ごめん…コウスケ)

 

親友に仇を撃てないこと謝るその刹那

 

 

 

 

 

 

 

 

見慣れた背中が目の前に立っていた

 

「!?」

 

「よう、なーにカッコつけてんだ?俺も混ぜてくれよ!なあ、()()()!」

 

 目の前にはコウスケが満身創痍でしかし、しっかりと立っていた。わずかに蒼い光が体から出ている見れば、コウスケの前には蒼く輝く光の盾があった。あれで光弾を防いだのか、気が付くと自分の周りにも薄い青の膜の様なものが覆っており体力と気力と魔力が回復していくのが分かる。

 

「…コウスケ…まったく…遅いよ…ヒーロー…」

 

「そりゃヒーローは遅れてくるからな。…ハジメ、アイツは任せろ。ユエと一緒に攻撃を頼む。作戦名は…『ロードローラーだ!!』で行こう!」

 

「はは、なんだよそれ…分かった!任された!」

 

 見れば、銀頭は、コウスケにくぎ付けになっており、こちらに見向きもしない。今が好機と作戦名を実行しに天井へ仕掛けを設置しにハジメは『天歩』を使い飛び上がった。さっきまでの怒りは綺麗に霧散していた。

 

 

ハジメが飛びあがったのを確認しコウスケは、ひたすらヒュドラを挑発していた

 

「へいへい!なーにビビってんだこら!!ああん!やる気出せよてめーそのデカい図体は何のためについてんだ!というより、自分一匹だけ生き残って恥ずかしくねーのかてめーはよ!お前自分が最後の切り札だと思ってんだか知らねーけどよ!どっからどう見たってただハブられてるようにしか見えねーんだよ!このボッチ野郎が!」

 

「グルゥゥウウアアアアアアアア!!」

 

「マジか!?図星なのか!?」

 

 多少主観的なのはあるが、挑発は効果的だったらしく銀頭は、すさまじい光弾を吐き出してきた、しかし蒼の盾はすべてを受け止め霧散させる。実はコウスケに新しい技能ができたのだ。さっきから銀頭がコウスケしか狙わないのは”誘光”という技能でありコウスケが敵だと認識したものは状態にかかわらず狙ってくるという盾として役割を持ちたかったコウスケには嬉しい技能である

 

 ハジメにかかっている薄い青い膜は”快活”であり対象者の体力と気力と魔力を回復し続けるものである。何気にしっかりと先ほどから魔力を練っているユエにもかかってありユエの魔力を回復している。

 

 最後の蒼い盾は”守護”誰かを守りたいと思えば思うほど固くなっていく。この3つの技能をコウスケは無意識に全力で活用しているのだ。すべては、ハジメをユエを守りたい、一緒にいたいというコウスケの願いがかなったものだ。

 

「ああ、いいなこれ、これなら一緒にいることができる。これならハジメたちについていける…感謝する、ヒュドラ。お前たちのおかげで俺は、やりたかったことが出来たんだ」

 

 光弾をはじきながら感謝を告げるコウスケ。その眼には迷いがなく吹っ切れた晴れ晴れとした快活さがあった。

 

 めきめきと天井が音を立てていく、ハジメが作戦を決行したのを実感しながら、コウスケは満足げにぶっ倒れるのだった

 

 

 

 

 




ようやくコウスケの役割とオリジナルの技能を出すことができました…
何か矛盾しているところがあったら嫌だなー


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解放者の住居

いつも誤字脱字報告ありがとうございます
ひっそりと投稿します
ちょっと物足りなかったので一文追加しました


 

 コウスケは、体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。随分と懐かしい感触だ。これは、そうベッドの感触である。頭と背中を優しく受け止めるクッションと、体を包む羽毛の柔らかさを感じ、コウスケの微睡む意識は覚醒しつつある。

 

(暖かい…ん?俺は確か…ヒュドラと戦っていて…)

 

寝ぼけた頭で体を起こそうとすると、右手が何か暖かいものに包まれている感じがした。非常に手触りがよくずっと触っていたくなるそんな感触だ。

 

(柔らかい…なんだろうこれ?…!?)

 

右手にあったのはユエの手だ。ユエは、ベッドに持たれながらコウスケの右手をしっかりと自分の両手で抱きしめて寝ていた。すやすやと眠る寝顔は非常にほほえましくとても穏やかな気持ちになる。……だから残念に思う気持ちはない。原作のように全裸ではなくてハジメの服をしっかりと着ているユエを見て残念に思う気持ちはないのである。一人むんむんとしてると、ユエが目を覚ました。

 

「……コウスケ?」

 

「よう、おはようユエ。…えーと、南雲は…」

 

「コウスケ!」

 

「!?」

 

目を覚ましたユエは茫洋とした目でコウスケを見ると、次の瞬間にはカッと目を見開きコウスケに飛びついた。寝起きに美少女に抱き着かれ驚きうれしくなり、なんだか幸せになるコウスケ。しかし、ユエが、コウスケの首筋に顔埋めながらぐすっと鼻を鳴らしていることに気が付くと、途端に申し訳なくなりユエの頭をなでながら謝る。

 

「ごめん、心配をさせたな」

 

「んっ……心配した……」

 

しばらくユエの気が済むまでこのまま撫で続けようとしたところで妙な視線を感じた。ハッとして視線の先の方を見る。

 

「やあ、おはようこのロリコン野郎、美少女に抱き着かれていい目覚めだね、このロリコン」

 

「南雲!?いやちがう!俺は断じてロリコンなどでは!」

 

「……はぁ、それにしては随分と幸せそうだったけど?」

 

「ぬっ…そ、それは、その…」

 

「あははっ冗談だよ…無事で良かった」

 

視線の正体はハジメだった。いきなりコウスケに毒舌をを吐きながらも優しくコウスケとユエを見ていた。先ほどのやり取りを見られていたことに顔を赤くしながらもハジメに話しかける。

 

「あ~すまん迷惑をかけたな」

 

「迷惑はかけていないよ。心配をかけたけどね。…大丈夫だと信じていた…それでも本当に心配だったんだ」

 

気のせいかハジメの目にはうっすらと涙の跡があるような気がする。

 

「う、うん、今後気を付ける…そ、それよりっここはどこで、今まで何してたんだ?」

 

慌てて話題を変えるコウスケ。このままでは自分がいたたまれなくなる。慌て始めたコウスケに、この場所はヒュドラを倒した先の場所であり先にこの場所を調査をしていたとハジメは語り案内してもらうことになった。身支度を整えベッドから出たコウスケは、周囲の光景に圧倒され呆然とした。

 

 まず、目に入ったのは太陽だ。もちろんここは地下迷宮であり本物ではない。頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていたのである。僅かに温かみを感じる上、蛍光灯のような無機質さを感じないため、思わず“太陽”と称したのである。

 

「……夜になると月みたいになるんだ」

 

「マジかよ……」

 

 次に、注目するのは耳に心地良い水の音。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。よく見れば魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

 

 川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。今は何も植えられていないようだが……その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

 

コウスケは、ハジメとユエに連れられ川や畑とは逆方向、ベッドルームに隣接した建築物の方へ歩を勧めた。建築したというより岩壁をそのまま加工して住居にした感じだ。

 

「少し調べたけど、開かない部屋も多かったんだ」

 

「ふむ、何か仕掛けがあるのかもな」

 

「ん……」

 

 石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。全体的に清潔感があり、エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいたハジメ達には少し眩しいくらいだ。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。

 

 取り敢えず一階から見て回る。暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。どれも長年放置されていたような気配はない。人の気配は感じないのだが……言ってみれば旅行から帰った時の家の様と言えばわかるだろうか。しばらく人が使っていなかったんだなとわかる、あの空気だ。まるで、人は住んでいないが管理維持だけはしているみたいな……

 

更に奥へ行くと再び外に出た。其処には大きな円状の穴があり、その淵にはライオンぽい動物の彫刻が口を開いた状態で鎮座している。彫刻の隣には魔法陣が刻まれている。試しに魔力を注いでみると、ライオンモドキの口から勢いよく温水が飛び出した。どこの世界でも水を吐くのはライオンというのがお約束らしい。

 

「風呂!いいなこれ!あ~今すぐ飛び込みたい」

 

「……んっお風呂…楽しみ」

 

「流石にここの調査が済んでからにしようよ…」

 

 

思わず頬を緩めるコウスケ。ユエも同じように目を輝かせる。そんな2人にハジメは苦笑する。最もハジメも同じ気持ちだ。お風呂は大好きだ。迷宮にいた時はコウスケの複合魔法で温水を使って体を洗っていたがさすがに目の前にあるお風呂にかなわない。時間をかけてゆっくり入りたいものだ。

 

「んじゃあ、後でだな。…南雲一緒に入って体のお付き合いをしようじゃないか…」

 

「……お邪魔虫はクールに去る」

 

「ちょっと待って!変なことを言わないでコウスケ!ユエも離れていかないで、なにその『私は分かっている』と言いたさそうな目は!誤解しないでよ!」

 

ゆっくりと入れるかどうかは分からないが…

 

 それから、二階で書斎や工房らしき部屋を発見した。しかし、書棚も工房の中の扉も封印がされているらしく開けることはできなかった。仕方なく諦め、探索を続ける。

 

 二人は三階の奥の部屋に向かった。三階は一部屋しかないようだ。奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。

 

 しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象はなく、お化け屋敷などにあるそういうオブジェと言われれば納得してしまいそうだ。

 

 その骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。その姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で骸は何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図はなんなのか……コウスケはそんな事を考えながら白骨化した遺体に近づく。

 

(これが解放者オスカー・オルクスか…せめてベッドにいてくれよ…こんな所にいたらなんだか寂しそうじゃねえか。まったく…)

 

ここに一人でいたオスカーのことを考えていたら涙が出そうである。というか出た。

 

「…うっ…グスッ…」

 

「!?コウスケいきなりどうしたの?」

 

「…なんか、ヒックッ一人此処で寂し…ぅうっ死ぬなんて…悲しいなと思ったら…あぐっ…出た」

 

「それにしては…なんか出すぎじゃない?涙と鼻水で顔がひどいことになっているよ」

 

そう言われてもコウスケはどうすることもできない。確かに悲しくなったからと言ってここまで出てくるのはおかしい気がするが…

 

「うおぉぉぉぉっ!!! がおぉぉぉぉっ!!! あおっ!! あおっ!! あおぉぉっ!!!」

 

「だから泣きすぎだってば…」

 

この後コウスケの涙が止まるまで呆れた様子のハジメと、妙に生暖かい視線を送るユエだった。

 

「さてと、気を取り直して、僕が調べたのはここまでなんだ」

 

「……怪しい……どうする?」

 

「うーん、ここまで来て危険があるとは思えないし…南雲、調べてみるぞ。ユエ、なんかあったら頼む。」

 

「ん……気を付けて」

 

そう言うとコウスケは、魔法陣に向かって進んでいく。ハジメもそのあとに続くそして2人が、魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

 

 まぶしさに目を閉じる2人。直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからのことが駆け巡った。やがて光が収まり、目を開けたハジメの目の前には、黒衣の青年が立っていた。魔法陣が淡く輝き、部屋を神秘的な光で満たす。青年は、よく見れば後ろの骸と同じローブを着ていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

 話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。驚きながら彼の話を聞く。

 

 

「ああ、質問は許して欲しい。これは唯の記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

そうして始まったオスカーの話は、ハジメが聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話しとは大きく異なった驚愕すべきものだった。

 

要約すると

 

1、神代の少し後の時代、宗教戦争をしていた

 

2、解放者と呼ばれる強者集団がいた

 

3、解放者、神々が人を駒にして戦争をして遊んでいたことが判明

 

4、解放者、激おこぷんぷん丸

 

5、神をぶっ殺そうにもはめられ人々の敵に仕立てられる

 

6、解放者、最後に残った先祖返りの7人が迷宮を作り試練を用意し、突破した強者に後を託す

 

大体こんな感じだった。長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。同時に、ハジメの脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいるためと理解できたので大人しく耐えた。

 

しかしコウスケは違った。何か温かいものがあふれてくるように感じたのだ。隣では顰め面をしているハジメが居る。どうしてか考えてみるが…さっぱり思いつかない。分からないことを考えてみてもしょうがないので溜息を吐き、ハジメとユエの会話に加わる。

 

「……アーティファクト作れる?」

 

「うん、そういうことだね」

 

「アーティファクトを作れるようになるか…まるで南雲のための魔法だな」

 

「僕のためというより錬成師のための様な気がするけどね…」

 

ハジメとコウスケが習得した神代魔法の一つ“生成魔法”とは平たく言うと鉱物に魔法を付加できるという錬成師のための様な魔法だった。この後ユエも魔法陣に乗り生成魔法を習得した。またオスカーが出てきてぺらぺらと同じことをしゃべり始めたが…

 

「あ~、取り敢えず、ここはもう僕達のものだし、あの死体片付けよう」

 

 ハジメに慈悲はなかった。

 

「ん……畑の肥料……」

 

 ユエにも慈悲はなかった。

 

「えぇー無慈悲な2人にコウスケさんドン引きですわー…オスカー安心しろ、取るもん取ったらちゃんと墓を作ってやるからな」

 

コウスケは多分…やさしかった。 

 

風もないのにオスカーの骸がカタリと項垂れた。

 

オスカーの骸を畑の端に埋め、墓石も立てた。念のためしっかりと供養もする。

 

「何妙法連…後なんだったかな?まぁいいや、オスカーここに眠る。成仏せいよ。南無!……さて、探索タイムとしゃれこみますか!」

 

「ワクワクするね」

 

「んっ」

 

 埋葬が終わると、3人は封印されていた場所へ向かった。次いでにオスカーが嵌めていたと思われる指輪も頂いておいた。墓荒らしとか言ってはいけない。その指輪には十字に円が重なった文様が刻まれており、それが書斎や工房にあった封印の文様と同じだったのだ。

 

 まずは書斎だ。

 

 一番の目的である地上への道を探らなければならない。3人は書棚にかけられた封印を解き、めぼしいものを調べていく。すると、この住居の施設設計図らしきものを発見した。通常の青写真ほどしっかりしたものではないが、どこに何を作るのか、どのような構造にするのかということがメモのように綴られたものだ。設計図によれば、どうやら先ほどの三階にある魔法陣がそのまま地上に施した魔法陣と繋がっているらしい。オルクスの指輪を持っていないと起動しないようだ。盗ん……貰っておいてよかった。

 

「エロ本ねえのかよ…見損なったぞオスカー」

 

「あるわけないだろ……」

 

「男の一人暮らしなのにもっていないだと…」

 

 更に設計図を調べていると、どうやら一定期間ごとに清掃をする自立型ゴーレムが工房の小部屋の一つにあったり、天上の球体が太陽光と同じ性質を持ち作物の育成が可能などということもわかった。人の気配がないのに清潔感があったのは清掃ゴーレムのおかげだったようだ。

 

 工房には、生前オスカーが作成したアーティファクトや素材類が保管されているらしい。これは盗ん……譲ってもらうべきだろう。道具は使ってなんぼである。

 

「ハジメ、コウスケ……これ」

 

「うん?」

 

 ハジメが設計図をチェックしていると他の資料を探っていたユエが一冊の本を持ってきた。どうやらオスカーの手記のようだ。かつての仲間、特に中心の七人との何気ない日常について書いたもののようである。その内の一節に、他の六人の迷宮に関することが書かれていた。

 

「……ふーん? 他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入るということか」

 

「……なんだか、ゲームじみてきたね……」

 

「ファンタジー世界に来た時点でゲームっぽいよな…」

 

 手記によれば、オスカーと同様に六人の“解放者”達も迷宮の最新部で攻略者に神代魔法を教授する用意をしているようだ。生憎とどんな魔法かまでは書かれていなかったが……

 

「……帰る方法見つかるかも」

 

 ユエの言う通り、その可能性は十分にあるだろう。実際、召喚魔法という世界を超える転移魔法は神代魔法なのだから。

 

「だね。これで今後の指針ができた。地上に出たら七大迷宮攻略を目指そう」

 

「んっ」

 

 明確な指針ができて頬が緩むハジメ。思わずユエの頭を撫でるとユエも嬉しそうに目を細めた。それから暫く探したが、正確な迷宮の場所を示すような資料は発見できなかった。現在、確認されている【グリューエン大砂漠の大火山】【ハルツィナ樹海】、目星をつけられている【ライセン大峡谷】【シュネー雪原の氷雪洞窟】辺りから調べていくしかないだろう。

 

 暫くして書斎あさりに満足した3人は、工房へと移動した。

 

工房には小部屋が幾つもあり、その全てをオルクスの指輪で開くことができた。中には、様々な鉱石や見たこともない作業道具、理論書などが所狭しと保管されており、錬成師にとっては楽園かと見紛うほどである。

 

コウスケは、胸を躍らせて探索していた。秘密基地の探索みたいでワクワクするのだ。童心に帰りつつ漁っていると、無造作に放置されていた剣を発見した。いや、剣というより鉈といった所だろうか。片刃で刃が幅広くかなりの肉厚である。年月がたったのだろう、錆びてボロボロになっているが、なぜか目が離せなかった。手に持ってみても、ごく普通の武器といった所なのだが…何故かとても手に馴染む気がする。

 

「馴染むぅ…実に馴染むぅぞぉぉぉおおおおお!!」

 

悪のカリスマのまねをしながらぶんぶん振り回してみる。特に何か変わった感じはしないが、手放す気は全くしなかった。

 

「うーん?何だろうコレ?オスカーの失敗作?…んーとりあえず、南雲に直してもらおうかな」

 

手に持ち持って帰る事にする。2人に近寄るとハジメが何か考え込んでいた。そんな様子にコウスケとユエは顔を見合わせ首を傾げた。

 

「どうかしたか?」

 

「……どうしたの?」

 

 ハジメは暫く考え込んだ後、ユエに提案した。

 

「う~ん、2人とも。暫くここに留まらない? さっさと地上に出たいのは僕も山々なんだけど……せっかく学べるものも多いし、ここは拠点としては最高なんだ。他の迷宮攻略のことを考えても、ここで可能な限り準備しておきたい。どうかな?」

 

「俺は賛成なんだが…ユエはどうだ?」

 

コウスケとしては諸手を挙げて賛成したいところだ。これからのことを考えると強くなりすぎて困ることはない。ハジメに作ってもらいたい物もあるし、イレギュラーの自分のこともある。いろいろ備えたいところだが…ユエは三百年も地下深くに封印されていたのだから一秒でも早く外に出たいだろうと思ったのだが、ハジメの提案にキョトンとした後、直ぐに了承した。不思議に思った2人だが……

 

「……2人と一緒なら何処でもいい」

 

との事らしい。ユエのこの不意打ちはどうにかできないものかと照れ臭そうにハジメは頬をかきコウスケは身悶えていた。結局、3人はここで可能な限りの鍛錬と装備の充実を図ることになった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

おまけ

 

 その日の晩天井の太陽が月に変わり淡い光を放つ様を、ハジメとコウスケは風呂に浸かりながら全身を弛緩させてぼんやりと眺めていた。奈落に落ちてから、ここまで緩んだのは初めてである。風呂は心の洗濯とはよく言ったものだ。

 

「はふぅ~、最高だぁ~」

 

「あ~体が解けていくぅ~風呂はやっぱりええのう~先にユエを入らせたから存分に浸かれるぞ~」

 

「そ~だね~ユエ先に入れて喜んでいたね~それにしてもなんだか爺臭いよ~コウスケ~」

 

ここまで気持ち良いのは中々ないだろう。それぐらいお湯加減もよく景色もいい。先に風呂に入っていた元王女のユエも絶賛していた。それぐらい豪勢な風呂だった。

 

「ところで、南雲君やい」

 

「ん~な~に~?」

 

「……先から気付いていたけど何でタオルつけてんの?」

 

「え!普通つけるでしょ!というか、コウスケなんでつけてないの!?」

 

「ばっかオメー、男の前で恥ずかしがってどうすんだよ。ああ…そっか自信がないんだな」

 

うんうんと頷くコウスケ、その体には股間を隠すタオルがなく惜しげもなく自分の体をさらしている。その体は、バランスよく鍛えこまれておりまた無数の傷があり、歴戦の強者という風貌をさらしていた。その傷を見て少し憂鬱になるハジメ。傷の何割かは自分をかばってつけられたものだ。いくら神水があるといっても、節約のために治癒魔法や自然回復で放っておいたものがある。その時の傷だろう。

 

「…すごい体だね…」

 

「ん?ああ……確かにこの体は天之河光輝の体だしなー…やっぱり、自分の体じゃないっていうのは中々来るものがあるな…」

 

どうやら少し誤解をしてるコウスケ。複雑そうな表情を浮かべ自分の体を見回す。地雷を踏んでしまったかと慌ててフォローを言おうとしていたハジメにコウスケはいきなり不敵な笑みを浮かべる。

 

「……まぁそんなことはどうでもいい、重要なことじゃない。今見るべきなのは……お前の息子だぁ!!」

 

「うわ!ちょ、ちょっと!やめてよコウスケ!」

 

「ふははははは、よいではないかよいではないか。見たって減るもんじゃないし、お前の漢を見せてもらわんとなぁ!」

 

ハジメに飛びかかり時代錯誤な事を言いながら股間を隠すタオルをはごうとするコウスケ。その目は明らかにハジメをからかって遊んでいる。別の意味で恐怖を覚えながら必死にタオルを隠すが、ステータスの差かあるいは執念の差かついにタオルをはぎ取られてしまう。

 

「獲ったどーーー!!さて現物はっと…………え??え!?なにこれ!エロ漫画でもこんなのはねぇぞ!……嘘だろ、マジかよ」

 

ハジメの物をみて思わず呆然とするコウスケ。ハジメの物は明らかにデカかった。数々のエロ漫画やエロゲーをやってきたと自負するコウスケだが、それにしたって目の前の物はデカい。自分のと見比べて落ち込んでしまう。

 

「うわぁこんなものがあるのかよ……マジでか…はは、それに比べて俺の一物は…ポークビッツか…自信なくしそう……あ、そっか見せる女もいねえし使う機会もないだろうし別にいいのか…あっはははは……もうだめだぁ、おしまいだぁ」

 

「だから見ないでって言ったのに…」

 

ハジメとしては自分の物を見て勝手に落ち込むコウスケに文句を言いたいのだが、だんだんとコウスケが壊れてきたので放置にする事にした。深いため息が出てしまうハジメ。こうして、最初の風呂は散々なものになってしまった。

 

余談だが、先に風呂に入って髪を乾かしていたユエは風呂からあがってきて顔を赤くして複雑そうにするハジメと明らかに落ち込んでブツブツ呟くコウスケをみて何となく察しながらもくすくす笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次の話はコミカルで行く予定です
やっとで自分の書きたい話をかけます


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交流をして訓練を頑張って考える

色々詰めすぎた気が…
時間軸は結構適当です
試験的な内容が多いし変なところが多いかもです
コミカルをかきたかったのにシリアスになってしまう…
活動報告に一言書きました。時間があったらどうぞ


ハジメとコミュ

 

錬成師の実力?

 

「あ~南雲、その作ってもらいたいものがあるんだが…」

 

「?言いよ、何でも言って。錬成や生成魔法の特訓にもなるし」

 

「そう?なら、男の子の浪漫武器をいろいろ作ってもらいたいんじゃが…」

 

「浪漫?いいねそれ、何々?」

 

「パイルバンカーとかビームソードとかドリルとかギミック入りの武器とかトンファーとかファンネルとかロマン砲とか…ほか色々…できるの?」

 

「うーん難しいのもあるしできないものをあるけど…いや待てよ、あれなら鉱石を合わせて…うーん、どうせならあれとあれを組み合わせて…ふふっなんか面白くなってきた!」

 

(なんかスイッチはいっちゃった…つーかできるのかよ!なーにが『錬成師はありふれた職業だ』だ。メルド団長、非戦闘職業の方がよっぽどチートじゃねぇか!)

 

 

 

 

 

 

 

実はやってみたかった

 

「……コウスケもユエもいないよね?」

 

「よしっ…『僕のリロードは、レボリューションだ!』…フフッ決まった!」

 

「「……」」

 

「……コウスケ、ハジメは何をしているの?」

 

「あ~気にしないでやってくれ…」

 

「?わかった」

 

「…リロードタイムが…こんなにも息吹を…」

 

(それがやりたかったからリボルバー拳銃にしたのか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

寒気?

 

「…コウスケ少し聞いてもいい?」

 

「?どうした。そんな変な顔して?」

 

「ユエに吸血されているときなんだけど…」

 

「…まさか南雲もみさくら語を!?」

 

「違うってば…なんかユエに吸血されているときたまに背筋がゾクッとするんだ。なんでだろう?」

 

「?なんだそりゃ…ん?んん?…あ!?」

 

「何か気付いたの?」

 

「…くたばれこのリア充!」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

普通はできません

 

「なぁ南雲ー前から思っていたんだけどさ」

 

「んー」

 

「一介の高校生が何で銃の構造を知っているの?あの時はあんまり考えていなかったけどさ、普通に考えたら、どういう銃かは分かるとしても、流石に一から組み立てができるというのは…」

 

「あ~確かにそうだよね。僕は父さんがゲームクリエイターで資料が家にあったりしたからね。それに父さんの会社でバイトをしていたから、色々銃のことについて触れ合う機会が多かっただけだから、人よりも多少の知識があっただけだよ。」

 

「…そういうものか」

 

(だからと言ってできるかどうかと言えば…南雲ハジメにとって錬成師はなるべくしてなったというべきなのか?)

 

 

 

 

ハジメの銃火器

 

「南雲!ちょっとドンナーを撃たせてほしいんだけどいいか?」

 

「良いよ、ただし、僕の専用な感じだから扱いづらいかも」

 

「そりゃ構わんさ、やってみたいシチュエーションがあるし…」

 

「?はいどうぞ」

 

「なら遠慮なく!撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ!」

 

ポフン…

 

「「………」」

 

「どう撃つのコレ?」

 

「練習あるのみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ユエって……

 

 

「なぁ南雲ー」

 

「んー」

 

「ユエってさ滅茶苦茶、綺麗じゃないか?」

 

「どうしたの急に…」

 

「だってよー綺麗なんだもん、肌はきめ細かいっていうの?だし、髪はさらさらでシルク?のようだし目は綺麗な赤い色でよー顔の造形なんかもうやばすぎるでしょ。初めて見たときあまりにも美人で思考がストップしちゃったよ。」

 

「そうだね。ユエはすごく美人だ。身内びいきになるけどはっきり言ってこの世界で一番美人じゃないかな?」

 

「おー分かってくれるか。だよなぁ。あの無表情もいいけどたまに見せる笑顔なんか、並みの男ならノックアウトだぞありゃおまけに性格も良い。悪戯好きだが、なんだかかんだで気を使ってくれるし……あれ?非の打ち所がないんじゃ…」

 

「うん。間違いなくパーフェクトと言うやつだ。オタクの夢の結晶というか…あ」

 

「ああそうだな。パーフェクトすぎる恐ろしい娘だ…?なんで南雲驚いた顔してんの?なんで少しずつ離れていくの?え?後ろを見ろって……あ、あひぃぃぃいいい!ユエしゃんなんでいるのぉぉぉぉ!やめてぇえぇ!」

 

「……照れさせた罰…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ユエとコミュ

 

吸血鬼って…

 

「なあユエちょっと話があるんだけど」

 

「…ん」

 

「ユエって吸血鬼だろ太陽の光を浴びても大丈夫なの?」

 

「…ん、平気」

 

「そっか…なら、にんにくは?」

 

「…ん、平気」

 

「…なら流水は?十字架は?銀製品は?」

 

「?…全部大丈夫」

 

「吸血鬼要素ってただ血を吸うだけでそれ以外は普通の女の子…流石ファンタジー…割と適当ってかそれでいいのか吸血鬼?」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

ユエの好み

 

「ハァ…ハァ…なあユエさん、ちと聞きたいんだが…」

 

「……ん、何。…今なら、何でも聞いてもいい…」

 

「上機嫌のとこ悪いんだけどさぁ…毎回俺やハジメの血を吸うのはいいんだ。ユエの食糧的なこともあるし…だけどよぉ、直接血を吸うじゃなくて

なんか試験管に入れておくとかして保存した血のを飲むとかできない?毎回、快感に耐えるのはきついし血を吸われるのが病み付きになりそうなんで怖いんだ…」

 

「無理」

 

「即答!?なんで!?」

 

「…新鮮な方が美味しい。…滋養満点…保存したのは…マズイ…魔力も…体力も…回復しない…」

 

「マジかよ…」

 

「……でも、一番おいしいのは…」

 

「?」

 

「…血を吸われているところをハジメに見られているコウスケの血が一番美味………きっと見られていて興奮している」

 

「!?」

 

(…聞こえない聞こえない、親友が見られて喜ぶ変態なんて知らない、ユエがコウスケをいじめて喜ぶ、ドSなんて僕は知らない、だから、顔を赤くしてこっちを見ないでコウスケ、ユエ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユエの服

 

「なぁーユエ」

 

「…ん?」

 

「下世話な話かもしれないけどさユエの服ってどうしてるの?オスカーが流石に少女物の服を持っているとは思えないけど…」

 

「…タンスの中にあった」

 

「マジで!?」

 

「…嘘。シーツを使って…自分で作った…」

 

「嘘かよ!、あ~それにしても良かったーオスカーが変態じゃなくて。しっかしユエはすごいな。元王女様なのに服を作るなんて」

 

「…女の子のたしなみ」

 

「はぁ~女の子ってすげぇ」

 

(……一部、嘘、下着類はなぜかタンスにあった…オスカーはきっと変態…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!?」

 

夜、ユエは飛び上がるように目が覚めた。自分の手足が自由に動くことを確認し安堵の息を漏らす。自分が封印されていた時の事を夢で見たのだ。周りはいつもの部屋だが、きょろきょろと辺りを見回す。一人でいることが怖くなり、ハジメとコウスケを探し出す。ハジメは見捨てはしないと言ったが今は少しでも2人のそばにいたかった。

 

ところが2人は部屋にはいなかった。不安に押しつぶされそうになりながらも2人を探すと工房の方で明かりと音が聞こえた。ホッと安堵の息を漏らして中をのぞくとそこにはハジメが真剣な顔をして錬成をしていた。今作っているのは、防具だろうか、何やらいろんなパーツが分かれて分散している。そんなハジメに邪魔をしないようそっと声をかける。

 

「……ハジメ」

 

「ん?ユエ、どうしたの?もしかして起こしちゃった?」

 

「…違う、少し眠れなかっただけ………一緒にいていい?…」

 

「良いよ、ちょっと錬成をしているけど…」

 

「…ん、ありがとう…」

 

「……」

 

ユエはそっとハジメに寄り添うように隣に座る。ハジメが少し驚いたような顔をしたが構わなかった。それだけで、不安が消えて行くのを感じた。ハジメの暖かい雰囲気がユエの心に安心感を与える。ハジメはなんとなく察したのか苦笑しながらユエの頭を優しく撫でる。しばらく撫で続けた後また錬成に意識を戻していく。

 

「「……」」

 

お互い沈黙だった。だがそれは気まずいものではなく暖かく柔らかな雰囲気だった。

 

「…ハジメ。何を作っているの?」

 

「ん?これはね、コウスケの防具を作っているんだ。ほら、あの盾に頼りすぎはいけないって思ってさ、ちょっと僕の方でも何かできないかなと思って」

 

「…ん、コレかっこいい。」

 

「そう?ありがとうユエ」

 

「んっ」

 

会話は終わりまた沈黙が続く。ふとハジメは呟くように、静かに話し始める

 

「…ねぇ、ユエ?コウスケってさ、いつも僕たちのことを守ってくれるよね」

 

「…ん、いつも私たちを守ってくれる」

 

「うん、そうだよね。いつも前に出て魔物の攻撃を受けている…本人はそれしかできないなんて言うけどそんなことはない。痛みに臆病なのにさ、

それでも前に出るんだ…いつも傷ついても大丈夫、ただのかすり傷だなんて言ってさ、そんな事はないんだ。それなのに…」

 

ハジメの心の奥の本音が漏れ出す。今まで貯めていたものを言おうとしているのだろう。ユエは黙って聞いていた。誰かに聞いてほしいと理解しているから優しくうなずく。

 

「僕は甘えてばかりだ…奈落に落ちてきたあの時からずっと…臆病で泣いて震えていた僕を元気づけてあの時はすごくうれしかった。だから僕は立ち上がることができたんだ…僕は強くなって証明したい。コウスケが守ってくれたからここまでこれたんだって。だから…」

 

「……ん。大丈夫…私も手伝う…」

 

気が付くとユエはハジメの頭をなでていた。ハジメはコウスケが庇うたびに傷つくのを見て辛くなっていくのだろう。それはユエも同じだった。

 

「うん…ありがとうユエ」

 

「んっ」

 

元気づけられたのか顔がほころぶハジメ。気恥ずかしくなったのか話を変え始める。最も話題はコウスケのことなのだが…

 

「そういえば、ユエ知ってる?コウスケって僕やユエのことを複雑そうに見ている事」

 

「…ん、知ってる」

 

ユエにも経験があった。コウスケはたまに自分とハジメが一緒にいるとき難しい顔をするのだ。コウスケに自覚はなさそうだが…ハジメの方は思い当たることがあるのか考え込んでいる。

 

「…思い返すと、ユエと出会う前から、僕のことを見てそんな顔をしていたような…」

 

「…自分のせいでハジメが奈落に落ちたと思ったから?」

 

「どうなんだろ?…なんかもっと深刻な事だと思うんだけど…」

 

「…何か隠している?」

 

「それは…どうかな?結構コウスケって顔に出やすいと思うんだけど」

 

考え込むハジメだが、思いつかなかったのか首を横に振った。

 

「……ユエ」

 

「…ん」

 

「きっとコウスケが話してくれる。そんな気がするんだ。それまで待ってみよう」

 

「んっ」

 

あの優しい彼のことだ。きっと何かあるのだろう。それでも信じて話してくれるのを待つ。2人は静かに笑いあいながらハジメとユエは約束した。

 

 

 

 

あの後、ハジメは錬成を続けるというので無理をしないように言いユエは別れた。ユエは、安心したように寝室まで歩いていた。ハジメと話をして気分が晴れたのだ。その途中風を切る音が聞こえた。コウスケかと思い音のなる方へ行くと予感通り小川の近くでコウスケは上半身裸で座り込んでいた。今まで武器を振るっていたのか周りには剣や槍、斧、槌、棍棒に鞭、なぜか丸太まであった。

 

休憩しているコウスケに話しかける。さっきのハジメの話を聞いた後でコウスケにも会いたくなったのだ。

 

「…コウスケ」

 

「ん?ユエか…すまん起こした?」

 

「ふふ…違う…眠れなくなっただけ」

 

「?そっか、あんまり近づくなよ、さっきまで武器を振るっていたからな。ちょっとどころじゃないぐらい汗臭いぞ」

 

「…私は、気にしない…」

 

ハジメと同じように起こしてしまったか心配するコウスケにユエはおかしそうに笑う。そんなユエにコウスケは少し不思議そうな顔をしていた。

 

「「……」」

 

ハジメの時と同じように沈黙になる。最もハジメの時とは違ってコウスケは妙にあたふたしているが…そんな様子のコウスケを微笑ましく思いこちらから話しかけることにした。

 

「…コウスケ…頑張ってる…偉い…」

 

「偉いって…本当に?」

 

ユエの言葉に頭を傾げるコウスケ。それが切っ掛けなのかぽつりぽつりと言葉が出てくる。

 

「なぁユエ」

 

「…ん」

 

「南雲って強いよな…」

 

「ん」

 

「俺はあの強さについていけるのかな…正直不安に思うときがあるんだ」

 

「?…コウスケは…いつも守ってくれている、ハジメも私も…感謝している…」

 

「そう言ってくれると助かるけど…身体的な強さもあるけど精神的な強さ…つまり心がアイツは強いんだ、知ってるか?奈落に落ちる前、南雲がベヒーモスを足止めしたこと」

 

確かにその話は聞いている、圧倒的な強さを誇るベヒーモスの前に立ちはだかって足止めをしたこと、本人は必死だったと聞くが…

 

「南雲も俺も争いとは一切無縁の生活をしていたんだ。それなのに南雲は、足止めするって立ち向かっていったんだ。普通は圧倒的な暴力の前にいたら腰が竦むかパニックになって逃げ惑うのが普通なのに…なぁわかるかユエ。怖くて仕方ないのにそれでも前に進んだんだ、無能と言われていた普通の学生が!あんな圧倒的な化け物を前にして!!」

 

どんどん熱が入ってきたかのようにしゃべり始めるコウスケ。気のせいか目が少し澱んでいる。

 

「すごかったよ。羨ましかった。恐怖を乗り越えて進むアイツの背中は誰よりもカッコよかった。だから、だから助けたかったのに…俺はダメだった…魔物に不覚を取って心配をかけさせて…今もそうだ。本当にアイツの役に立ってるのか、時々不安になる。このままどんどん引き離されそうで…」

 

そのまま落ち込むコウスケ。急に興奮したかと思えば落ち込み始める。明らかにおかしくなっている。とりあえずユエは小川の水を容赦なくぶっかける事にした。

 

「ぶはっ冷たっ何すんだよ、ユエ」

 

「……コウスケ、あの蒼い盾を出して」

 

「?ああ、分かった」

 

言われたとおりに蒼い盾を出すコウスケ。鍛錬の結果かヒュドラの時に出した時よりも少し大きくなっている。

 

「…この盾は…ハジメを守ってくれた…私も…勇気づけられた…コウスケが立ち上がってくれたから」

 

「……」

 

「…だから…ありがとう…私たちを守ってくれて」

 

そっと淡く光る盾に触りながら礼を言うユエ。この盾がなければ、いや…コウスケが居なければ自分たちはここにいなかった。

 

「…うん、どういたしまして」

 

照れたように頭をかきながらそっぽを向くコウスケ、もう目に澱みはなくなっている。ユエはそんなコウスケにくすくすと笑うのだった。その後コウスケと分かれユエは自分のベットで横になった。もう、不安はなかった。自分を助け出した2人はこれから強くなっていく。なら自分も負けないようにしようと微睡みながら決意するユエ。その表情は、とても安らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、ユエ先生、本日はよろしくお願いします」

 

「んっ任せて」

 

コウスケの言葉に眼鏡をクイッと上げ満足げな顔をするユエ。今までは独自で魔法の練習をしていたのだが、折角魔法の天才であるユエが居るので教えを受けようとコウスケ思いついたのだ。ユエは初めての生徒?に非常に満足そうである。…ちなみにメガネはハジメが「先生ならこれが必要でしょ」と言い作った伊達メガネである。

 

「んで、先生今日は何をすれば?」

 

「ん、適性を見るから…攻撃魔法をやってみて」

 

「了解」

 

ユエの言葉通り思いつくままにやってみた結果…

 

「…へっぽこ」

 

「うぐっ」

 

結果としてコウスケは攻撃の魔法が全然使えなくなっていた。一応初級ならギリギリ何とかなるが、今後役に立てるかと言うと…非常に微妙だ。その事に肩を落とすコウスケ。

 

「他には…何ができるの?」

 

「うーん…あ!『種火』」

 

指先から小さな火を出してみる。これのおかげで迷宮にいたときは、火に困ることはなかった。しかしユエは非常に微妙そうな顔をする。なんとなく気まずくなりながらも続けて自分が得意な魔法を出してみる。

 

「『冷水』に『温水』、『冷風』に『温風』、『光明』に…そんなものか」

 

どれもがあると便利なものばっかりだった。なぜかどんどんユエの機嫌が落下していく。どうやら自分の得意な攻撃型の魔法にコウスケの適性がないのが不満らしい。

 

「他には~えっと…『快活』!」

 

ヒュドラと戦ったときに生まれた技能である『快活』をユエにかけてみるコウスケ。しかし、ユエに纏っている青く光る色が若干薄い気がした。首をひねると、ユエがどこか納得したようにうなずいている。

 

「うーん?もっと色が濃かったような?」

 

「あの時より…効果が薄い…魔力も、体力もあんまり回復しない」

 

「何で!?」

 

「おそらく…コウスケの気分の問題」

 

ユエが言うにはヒュドラと戦っていた時は気分が高揚し全力で使えていたのだろうという事らしい。今は普通な状態のため効果が薄いのではないかというのだ。

 

「なるほどね…要は俺がテンションが上がると効果が上がるような技能なのか」

 

「ん」

 

こうしてユエに魔法を教わるはずが、結局は魔法よりもできることをより得意にするという結論になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在コウスケはユエとヒュドラのいたところに立っていた

 

「さてと、ユエ頼みがある」

 

「…ん」

 

「前置きを省いてすっぱり言うと俺に魔法をぶち当てて欲しいんだ。それも本気で」

 

「!?」

 

コウスケは知っている。これからの旅路が苛酷になるのを。雑魚はどうにでもなる、しかし、強敵となると話が違う。そんな時、何もできずハジメとユエに頼りっぱなしは嫌なのだ。だからこそ自分の唯一の力である守りの力を鍛え上げたいのだ。ユエは魔法の天才的な力を持っている。これから先の強敵と比べると見劣りはしない、だから頼んだのだ。もちろん後でハジメにも協力を要請するつもりである。

 

「……ん、分かった…コウスケ」

 

「おう!」

 

「…死なないで『緋槍』」

 

「え」

 

とっさに蒼の盾を展開するコウスケ。ノ―モーションで魔法をぶっぱするユエ。蒼の盾にはじかれコウスケの頭を狙った火の槍は霧散した。

 

「あのーユエさん確かに撃って欲しいとは言ったけど急所狙いは…せめて、心の準備位はさせてほしいなんて…」

 

「…ん。敵は…待ってくれない…急所を狙うのも当然…世界の常識『凍雨』」

 

「そりゃそうですよね!うぉぉおおおお!!」

 

この後フラフラになるまで特訓が続いたコウスケは少しだけ後悔しながらも蒼の盾が成長していく手ごたえを感じていたユエも魔力の限界量が上がった気がするらしい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁオスカー俺は一体どう行動するべきなんだろうな」

 

早朝オスカーの墓石の前でコウスケはポツリと呟いた。これからの旅のことを考えると不安になってしまうのだ。ハジメとユエには話すことができないことを誰かに聞いてもらいたかったのだ。気配感知で2人は自室にいることは確認済みである。

 

「このまま原作通り進むべきなのはわかっているけど…俺は助言をしない方が良いのかな?」

 

コウスケは大体原作で何が起きるのかある程度は知っている。しかしその事をさりげなく言ったところで果たしてハジメたちにとって最良の結果になるのだろうか?もしかすると成長の妨げになるのではないか?天之河光輝の自分がここにいることで何が起きるのか?疑問は尽きることはない。

 

「そりゃもちろん言うべきなのかもしれないけどよ…言ったせいで何が起きるかわからないからなーまったく…『君は小説のキャラクターです。原作名ありふれた職業で世界最強と言う名のなろう小説の主人公です』なーんてことを南雲には言いたくはない…と言うより言ったことで信じてくれるのか?…もしくはなぜ言わなかったのかと恨まれるのか?…言いたくねぇなこんな事」

 

ハジメ達に隠し事をしているというのがコウスケには辛かった。本当は言ってさっさと楽になりたい。しかし…頭の中でどうしても迷いが出てくる。

 

「つーか、なんで俺がここにいるんだ?と言うよりなんで天之河光輝の身体なんだ?オスカー…オー君、答えてくれよ。どうして俺はこの世界に来ちまったんだ?」

 

半ば八つ当たりのようにオスカーに愚痴る。コウスケには召喚された直前の記憶がない。いつの間にか目が覚めたらあの広間の間にいたのだ。

 

「はぁー本っ当にめんどくさい。天之河光輝が”天翔閃”を撃たなければ問題ないと思っていたけど、まさか坂上龍太郎が天之河の代わりをするなんて誰が想像できるかよ…あれか?運命は変わらないってか?ケッ阿呆くせぇ…思い出した。クラスメイト達どうなっているんだ?天之河…リーダーが居なかったらあいつらはどう動くんだ?原作通りに行動するのか?…あーそういえばあのメンヘラもどうなっているんだ?…こんな所に召喚されなかったら痛い女で済んでいただろうに。どーしてあそこまで暴走するのかね?なんで南雲のクラスメイトは問題児が多いんだ?エヒトか?すべてはあの究極のボッチをこじらせた奴が悪いのか?…あああああぁ考えたくねぇー未来の自分に全部丸投げしようかな…」

 

自分の事とハジメ達の事で手一杯なのに余りにも考えることが多すぎる。このままでは頭がパンクするので仕方なくオスカーの墓石に『冷水』を浴びせる。気のせいか成仏しているはずのオスカーが苦笑したような気がした。

 

「ほーれほれほれ。んん?気持ち良いかオー君?なーに遠慮はいらん。たんと浴びるがいいさ…何?お湯の方が良いだと?この卑しんぼめ!」

 

結局今はできることをするべきだとオスカーの墓石に八つ当たりをかましながら無理矢理納得するコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ、“天翔閃”!」

 

コウスケはその詠唱と共にハジメに作ってもらった錬成剣を振り下ろす。が剣は光ることもなく何も放たれることはなかった。

 

(やっぱり出ないか…)

 

現在コウスケはヒュドラのいた大広間で一人、魔法や剣技の練習をしている。迷宮を攻略していた時は違い余裕のある今色々試していたいことがあったのだ。その一つとして原作における天之河光輝が使っていた技の一つを真似してみたのだが…結果は先ほどの通り、何もできなかった。仕方ないとは思いつつももう一度試してみる。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ…ああもう!さっきから神神うるせぇんだよ!そんなに髪が大事なんかボケェ!禿げ散らせ糞エヒト!“神威”!」

 

途中から本音が出てしまったがやはりうんともすんとも剣は反応しない。

 

「…当たり前か、俺は『天之河光輝』じゃないからな」

 

体が天之河光輝なら少しは反応するかもと思ったがそう、うまいことはいかないようだ。最も使えたところであの様な恥ずかしい詠唱を真顔で言うつもりなんてさらさらないが。気を取り直して次に錬成で出来た錬成刀を適当に構える。ハジメが中二病を煩わせながら作った物の一振りだ。

 

「八重樫流……?」

 

続く言葉は何だっただろうか。確か技名を叫ぶ流派ではないだろうがどう行動するのかがコウスケにはわからない。取りあえず適当にそれらしく突きや袈裟切りなどを試してみるが…やはり体にピンと来るものは全然ない。

 

「おかしいな?確か天之河光輝は小さい頃から八重樫流を学んでいるはずじゃ…うーん、やっぱり中身が違うと出来ないもんか」

 

小学生のころから八重樫流の剣道を学んでいるはずの天之河光輝の肉体なら刀を持ったら勝手に八重樫流の動きが出ると思ったが、そんな事はなかった。憑依という初めての体験なのだ。可能性を模索してみるため、ほんの少し期待していただけなのであんまり残念でもないが。

 

「しょうがねえか、俺にはこれがあるしな」

 

左腕を前に出し守護を出す。蒼い盾は難なく前に展開された。その状態を維持しながらもいろいろ考えるコウスケ。

 

(しっかし八重樫流が使えないとは…うーん、俺は剣道なんてやっとことはないしなーどうしても見様見真似というか…ん?あれ?俺、天之河だった時よく八重樫雫から気付かれなかったな?)

 

まだ天之河光輝を演じていた時たびたび訓練で八重樫雫と一緒にいたのだが、不審な目を向けられることはなかったのである。明らかに剣を持った訓練がおぼつかなかったであろうに、特に気付かれた様子はなかった。

 

(まぁ仕方ないよな異世界に召喚されてただでさえ大変なのに、幼馴染の変化に気づけなんて無理があるからな…つーか普通、目の前にいる人間が中身が別人だなんて気づくわけないよな…もしくは俺に役者の才能があったりして!)

 

バチィッ!

 

「うぉ!?」

 

阿呆なことを考えていたら守護が掻き消えてしまった。やれやれと息を吐きまた守護を展開する。今はただできることに集中するしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人は数字で測れる生き物じゃないんだ」

 

「…」

 

「おかしいとは思わないか南雲?人にはそれぞれ個性があるはずなんだ。それを数字で表すなんて俺はおかしいと思うんだ。そりゃ日本にいたときはさ、自分の能力を数字で見れたら良いなーなんて考えてはいたさ。けどよ、実際見たらおかしくないか?」

 

「……」

 

「なんなんだよ、人のステータスを10とか100で表して格差を作るなんてさ。おかしいじゃねえか。何?100の奴は10の奴より10倍も身体能力が高いって訳か?違うだろうが!そもそも100の奴が寝ているときに10の奴に首筋をぷすりとされたら死んじまうだろうが!ステータスプレートを作ったやつはもしかしたら善意で作ったのかもしれない。自分のことが分かるようにってさ、でも俺はこう思う「余計なもんを作るな」って」

 

「…コウスケ」

 

「ん?」

 

「何があったの?」

 

「俺のステータスがまたバグってた。…もう信じない」

 

「見せて」

 

「へーい」

 

 

 

==================================

コウスケ  

 

称号 異界の護り手 

 

天職:勇者 ——

 

筋力 B⁺   耐久 AA

敏捷 C   魔力 A

幸運 D

 

 

技能:我流闘技・魔力操作・全属性適正・悪食・守護・快活・誘光・—魔法

 

他多数

 

状態:守護対象「南雲ハジメ・ユエ」

 

==================================

 

 

(……Fate?…僕のステータスプレートはっと)

 

 

 

====================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:???

天職:錬成師

 

筋力:10950 +(B)

体力:13190 +(C)

耐性:10670 +(C)

敏捷:13450 +(A)

魔力:14780 +(B)

魔耐:14780 +(C)

 

技能:錬成能力・銃技・他多数

 

状態:勇者の加護

 

==================================

 

(明らかにコウスケの影響を受けているよね…コレ)

 

「えーい!こんなもん作ったのはどこのどいつだぁあああ!」

 

「あんまり気にしない方が良いよね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




詰め込みすぎたかな?所々変な気がします


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旅立ち

色々ネタが少なくなってきた予感…
どうやったらインスピレーションが出てくるんでしょうかね?


ついに旅立ちの時が近づいてきた。3人の装備も充実してある。ハジメは錬成の力をいかんなく発揮し新たな兵器を開発していた。ドンナーと対になるリボルバー式電磁加速銃シュラーク、強化した対物ライフルシュラーゲン、対軍用電磁加速式機関砲:メツェライ、ロケット&ミサイルランチャー:オルカンなどなど。

 

また、ハジメの技能と技術も進化している。コウスケと一緒に特訓した結果ガンカタを習得したのだ。これでもしもの時、接近戦もできるようになる。

 

また右目が魔眼にもなった。これはコウスケと一緒にオスカーの工房を漁っているときに誤って棚にあった薬品の液体が右目に入ってしまったのである。目がー目がーとゴロゴロ転がるハジメに慌てて神水を飲ませようとするコウスケ。だが目を開けると薄ぼんやりと青白く光っている。どうやら任意で発光するとわかったのだが…このおかげで魔法の核などが分かる魔眼を手に入れたのだ。コウスケは「…主人公パネェ」と呟いていた。

 

また、ユエとコウスケとの合同特訓で”瞬光”という自分の知覚を引き上げる技能も身に着けた。最もコウスケの煽りを食らってプッツンしたせいでできたのだが…

 

次に、ハジメは“魔力駆動二輪と四輪”を製造した。これで旅も快適になると3人で喜ぶ。バイクの方はサイドカーが付いており平時はハジメが運転しコウスケがサイドカーユエがハジメの前に座るという形になった。

 

「ところで南雲。運転免許は持っているのか?」

 

「持っているわけないでしょ…」

 

(当たり前だけど無免許運転か…)

 

宝物庫という空間に道具を収納できる便利アーティファクトも見つかった。これで、いろいろできるとハジメとコウスケは目を輝かせていた。早速素材や錬成した道具もぶち込む。ハジメとコウスケ。ユエはそんな二人を微笑ましく見ていた。

 

「これがあってよかったよ。流石に大量の荷物は持ち運べないからね」

 

「取りあえず半分ぐらいになるまで詰め込もう。後々町に付いたら、いろいろ買わないとな」

 

ユエも念のため装備品が増えた。神結晶が試験管型保管容器三〇本分でついに枯渇したのでハジメは、神結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、一部を錬成でネックレスやイヤリング、指輪などのアクセサリーに加工した。そして、それをユエに贈ったのだ。ユエは強力な魔法を行使できるが、最上級魔法等は魔力消費が激しく、一発で魔力枯渇に追い込まれる。しかし、電池のように外部に魔力をストックしておけば、最上級魔法でも連発出来るし、魔力枯渇で動けなくなるということもなくなる。贈られたユエは嬉しそうにほころんで礼を言い、ハジメとコウスケを撃沈させた。

 

最後にコウスケも待望の武器が追加と強化された。地卿はより頑丈により素早く振れるように強化を施してある。地属性の魔法を生成魔法で付与したので、地面にたたきつければ岩が飛び出したり衝撃波を出すなどある程度のことはできるようになってる。

 

ハジメに預けた鉈は練磨された。銘は「風伯」と名付けられた。風魔法を付与されており剣の刃から風の魔法が飛ばせるようになっている。ハジメと一緒に技名を連発してユエに変な目で見られたのは…ご愛嬌というやつだ。普段はこれを持ち、地卿は形がデカいのでハジメの宝物庫に預けてある。

必要な時にハジメから渡されるという戦法だ。訓練もばっちりだ。

 

また衣装も変わっている。ハジメは黒に赤のラインが入ったコートと下に同じように黒と赤で構成された衣服を纏っている魔物の素材を組み合わせているので防御力も中々だ。ユエは前面にフリルのあしらわれた純白のドレスシャツに、これまたフリル付きの黒色ミニスカート、その上から純白に青のラインが入ったロングコートを羽織っている。足元はショートブーツにニーソだ。どれも、オスカーの衣服に魔物の素材を合わせて、ユエ自身が仕立て直した逸品だ。高い耐久力を有する防具としても役立つ衣服である。最後にコウスケは、全体的に灰色のマントを着ている。下には青と黒で構成された衣服をまとっている。手甲と足甲も付けており胸当ても完備してある。腹には魔物の革を利用したサラシも付けてある。防具はハジメの会心の作であり、動きを妨げることもない優れものである。

 

それから十日後、遂に三人は地上へ出る。

 

三階の魔法陣を起動させながら、ハジメは2人に静かな声で告げる。

 

「今から僕達は地上に出る…地上では僕たちの力や武器は異端だ。きっといろんな敵が出てくるだろう」

 

「ああ」

 

「…ん」

 

「でも僕は、2人がいる。だから、僕が2人を守って2人が僕を守る。それで僕たちは誰にも負けない。敵は全部なぎ倒して、世界を超えよう」

 

その言葉にコウスケとユエはしっかりと頷く。

 

「…ん、私は…ここから出て…自分の居場所を探す…そして…ハジメの家に行く…それで…幸せ…」

 

「困難があっても2人がいるなら俺は何とかなる。そう信じている。だからここから始めよう。俺たちの旅を」

 

三人はそれぞれ顔を見合わせ頷くと魔法陣の中に入っていった。途中で出てきたぺらぺらとしゃべり続ける幻影のオスカーに一言だけコウスケは礼を言った。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

「ありがとよオー君!世話になったな!」

 

そのまま消える三人。後に残されたのは喋り続ける幻影のオスカーだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……礼なんていらないよ……君の旅路が…どうか…自由の意思のもとに…あらんことを……」

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも誤字脱字報告ありがとうございます
次の話で第1章が終わりになります


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番外編 ある少年の悩み

遅れました
ひっそり投稿します
活動報告を更新しておきます


 隠れオタクである清水幸利にとって、異世界召喚とは、まさに憧れであり夢であった。ありえないと分かっていながら、その手の本、Web小説を読んでは夢想する毎日。夢の中で、何度世界を救い、ヒロインの女の子達とハッピーエンドを迎えたかわからない。元々性格的に控えめでおとなしい清水は中学時代にイジメにあい自室に引きこもり毎日本やゲームなど創作物の類に手を出していた。その影響か親は心配をしていたが兄弟は煩わしかったようで露骨に言葉や態度で表し清水にとっての居場所はなくなっていった。そんな時だった。まさしく夢でしかなかった異世界に呼ばれたのは。まさしく自分の人生の転機になるものだった。清水の頭の中はチートの能力で無双をし美少女たちと爛れたハーレム生活をできると信じていた。

 

しかし現実は甘くはなかった。自分が勇者となり女の子が寄ってくるものばかりと考えていたが、実際は自分の天職が”闇術師”であり自分はその他大勢の一人に過ぎないという事を知ったのだ。これでは、日本にいた時と何も変わらない。念願が叶ったにもかかわらず、望んだ通りではない。その苦い現実に清水は、かなりの不満を募らせていった。

 

そんなある日、王国の人間が召喚された者たちを歓迎するという立食式のパーティーがあった。

 

(どうせ、勇者である天之河を歓迎するものなんだろ!)

 

と内心では不満たっぷりであったが周りに流されるままパーティーに出ることになった清水。出てくる異世界の料理は美味かったが、やたらときれいな女性に囲まれる光輝が気になり清水は途中でパーティ―から抜け出すことにした。

 

 近くの人気のないところまで移動し一息をつく清水。元々内向的な性格であり、華やかなパーティーは苦手で早々に離れたかったのだ。そのまま壁にもたれかかり先ほどまでの光景を思い出す。

 

(クソッ、天之河の奴あんなに大勢の女に囲まれて…なんで俺じゃないんだ!俺が勇者だったら…皆俺のことを…クソッ)

 

「俺が勇者だったら…」

 

 なぜ、自分が勇者ではないのか。なぜ、光輝ばかりが女に囲まれていい思いをするのか。なぜ、自分ではなく光輝ばかり特別扱いするのか。自分が勇者ならもっと上手くやるのに。自分に言い寄るなら全員受け入れてやるのに……そんな事を考えているとつい自分の望みが口から出てしまった。ハッとして誰かに聞かれていたらまずいと思い慌てて回りを伺うがそもそもここは人気もなく周りからは死角となっている中庭なのだ。その事を思い出してホッとしていると

 

 

 

 

 

 

「だったらやってみるか?勇者という名の道化役を」

 

「!?」

 

口から心臓が飛び出るほど驚き、声のした方へ振り向く。そこにいたのはさっきまで自分が嫉妬していた勇者天之河光輝が不敵な笑みを浮かべ立っていたのだ。

 

「…い、いいいったいなんのこと?」

 

慌てて声を出しとぼけてみるが小さくどもった声になってしまった。

 

「別にとぼけなくてもいいんだけど…まぁいいか。別にどうでもいいし、それより隣に座ってもいいか?」

 

光輝は清水の態度に気にした様子もなくそばに近寄ってきた。こうなると清水としては断ることができなくなり無言で頷き少し移動することにした。さっさとあっちに行けよ、なんでここにくるんだよ、と内心ではここに来た光輝を罵っているのだが光輝はその事に気付かずに当然のように清水の隣にどかりと座った。

 

「サンキュー、いやぁ悪いなーあのパーティ―飯はうまいんだが楽に食えなくてさー」

 

「…う、うん」

 

「おっ清水もわかってくれるか。だよなぁやっぱ飯は誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあ駄目なんだ…」

 

変なことを言いながら懐をゴソゴソと探る光輝。そのセリフに違和感を感じる間もなく清水は光輝が取り出した瓶とその中に入っている液体に目を奪われる。その瓶に入っている液体はトータスの大人が飲んでいたような…

 

「まさか…それってもしかして酒!?」

 

確かパーティー会場にも数本ばかりあったはずだ。まさかそれを盗んできたのかと目で問うと光輝はニヤリと不敵に笑った。

 

「フッフッフ、ばれちゃあしょうがねぇその通り!未成年じゃあまず手に入らない酒よ、いやー案外チョロいもんだったぞ。厨房に行って飲みやすいお酒をくださいと言ったらあっさりと手に入っちまった。勇者の信頼度ってすごい!」

 

ケラケラと笑いながら酒をラッパ飲みする光輝。清水は開いた口がふさがらず只々唖然とするだけだった。あの天之河が堂々と酒を飲むなんて!というよりなんでそんな事をするんだ!先生やほかの奴にばれたらどうするんだ!様々なことが頭の中を駆け巡るが言葉にできず見ていることしかできない。その視線に何を思ったのか光輝はニンマリと笑い酒を清水に勧めてくる。

 

「…な~るほど、そんなにこの酒が気になるのか~仕方ないなぁ~ちょっぴり飲んでみるか?」

 

「ええ!い、いらない!何考えているんだよ!」

 

「えーもったいない。これ本当に飲みやすいぞ。酒って匂いがきついイメージがあるけどそんなことない、むしろ甘いにおいがするんだ。それに味がいい。辛さはないし苦みもない、女性向けなのかな?甘みが強くてジュースみたいにグイグイ飲めるんだ。」

 

喋りながらも味わうように酒を飲む光輝についゴクっと喉を鳴らしてしまう清水。

 

「で、でも先生やほかの奴らにばれたら…」

 

「そん時は間違えて飲んでしまったと言えばいい、安心しろちゃんと弁護はしてやる」

 

「う、うう………それなら一口…だけ」

 

光輝の誘惑に負け瓶を受け取り匂いを嗅いでみる。確かに甘いにおいがする。恐る恐る口をつけグイッと飲む。そういえばこれ男と間接キスじゃないかと思った瞬間何とも言えない甘さが口いっぱいに広がった…が、この味はどこかで飲んだことのある味だった。

 

「……ん?あれ?…この味は…ってこれあの虹色ジュースじゃないか!酒じゃねえじゃんか!」

 

「…くっぶっははははは!気づいちまったか!その通りこれはあの虹色の奴だ!酒かと思ったか?残念でしたーただのジュースですよーねぇねぇ今どんな気持ちwどんな気持ちw期待して酒を飲んだと思ったらただのジュースを飲まされたのはどんな気持ちねぇねぇ教えてくださいなwww」

 

煽るように指を向けゲラゲラと爆笑している光輝。清水は騙されたと思い顔が赤くなり怒りがわいた。だが、光輝の楽しそうな顔を見ているとすぐに怒りが霧散し恥ずかしいが妙に楽しいというどこか懐かしく愉快な気分になり笑いだしてしまった。

 

「っぷ…くっはは…あっはははは!お前!なんでこんな悪戯してくるんだよ!」

 

「お!?やっとで笑った。さっきまでつまらなさそうに飯を食っていたからな。ちょっとした俺の気遣いという奴よ、理解したかぁ~」

 

「なんておせっかいな…」

 

なんて奴だと思い光輝を呆れた目で見る。そしてようやく気付いた天之河光輝とはこんな奴だったのかと。清水の知っている天之河光輝は無駄な正義感を振りかざす見ているだけで腹の立つ野郎だったのに目の前にいる光輝はただの愉快な変な奴にしか見えないのだ。

 

「天之河…お前そんな奴だったっけ、なんか性格違いすぎないか?」

 

「んー色々あるんだよ。そんな俺のことなんかどうでもいいじゃないか、それより清水お前の天職なんだっけ?」

 

「…まぁいいか闇術師だよ」

 

「闇術師!良いなそれ!滅茶苦茶かっこいいじゃねーか!」

 

性格の違う光輝に疑問を持って聞いたがあっさりと流されてしまう。だがその事に清水は文句は言わない。元々偽善者めいた光輝が気に入らないのだ。今の方がずっと話しやすい。それよりも清水の天職を聞き驚きながらも羨ましがる光輝に清水は悪態をついてしまう。煌びやかで物語の主役となる勇者ではなくただのモブの一つである闇術師にどうしてそんなに羨ましがるのか理解できないのだ。

 

「はぁ?ただのモブ職業じゃねぇかよ…」

 

「うーんそうか?闇属性の魔法を自由自在に使えるってかっこいいだろ?ほら、暗黒闘気とか邪王炎殺黒龍波とか…いいねぇ夢が広がるな!…あ!リアル邪気眼と中二病ができる!…くっこの俺の腕がうずく…逃げろ清水!…俺の闇の力があふれないうちに!」

 

「お、おう」

 

勝手なことを言いながら変なポーズを取る光輝に清水は若干引きながら溜息をもらす。そういう問題ではなく勇者としての立場が羨ましいと思っているのだ…が、光輝の声に思考が中断される。

 

「…なぁ清水。お前は勇者を羨ましがっているけど、そんなにいい物じゃないよ…周りの奴らをみたか?どいつもこいつも俺を見ているんじゃなくて『勇者』の力しか見ていない…ハッくだらねぇ異世界に助けを求めてしまった時点でこの世界は終わっているのに、ここの連中は気付いてすらいないというよりも異世界の若いもん呼び出して置いて自分たちのために命を掛けろってのは無責任じゃないか」

 

悪態をつき吐き捨てるように言う光輝の姿は、清水が見たこともないほど侮蔑が含まれている表情だった。

 

「じ、じゃあ何であの時戦争をすることを引き受けたんだ?そんなに嫌なら断っちまえばよかったんじゃ…」

 

「あ?…あぁあの時のことか、しょうがないだろあの時引き受けなかったら見知らぬ世界で全員が路頭に迷うところだったんだからよ…ライトノベルにもそんな話もあったはずだろ?」

 

「な、なるほど」

 

心底嫌そうな顔をする光輝に確かにその通りだと頷く清水。自分が読んでいたライトノベルなどにはそんな話もあった様な気がする。そんな清水をよそに光輝は飲んでいたジュースを懐にしまい清水にどこか残念そうに声をかけてきた。

 

「っと少し話しすぎたか…やれやれ俺はパーティーに戻るとするよ、この世界の希望である『勇者様』が戻らないとさすがにマズイからな。清水も隙を見て戻って来いよー」

 

そういうとさっさとその場から離れようとする光輝。その姿の唖然とする清水はとっさにその背中に声を掛ける。

 

「あ…待ってくれ!」

 

「ん?どうした?」

 

不思議そうに振り返る光輝に清水は何も言えなくなってしまった。今自分は何を言おうとしたのか。それは清水自身が一番わからなかった。何も言えない清水に首をひねる光輝は何かを思いついたように顔を明るくさせる。

 

「ふむ…清水、また時間があったらくだらない話でもしようぜ!」

 

「…ぁ…ああ!」

 

そう言って走り去っていく光輝のその言葉に顔を明るくする清水。なぜだかそのやり取り、その気やすい言葉使いが無性に嬉しいのだ。また時間があったら光輝と話をしてみたいと清水は無意識に考えていた。

 

 

 

 

 

 

だが、現実はそう甘くはなかった。その後実地訓練となった迷宮で光輝は無能と呼ばれていた南雲ハジメを助けようとして奈落の底へ落ちていったのである。その光景を見た清水は絶望してしまった。どうして?と、もっと話をしたかったのに…

 

そんな清水は陰鬱な心で光輝が羨ましがっていた闇魔法にのめり込んでいった。そんな時だった。とある存在に声を掛けられたのだ。

その存在に惹かれるように清水は王宮から姿を消した。清水が光輝と話をしていた時の状態であれば気付くであろう破滅への道を清水は誘われるように進んでいくのだった…

 

 

 

 

 

 

 




これにて1章終了です長かったー。
本当ならヒロイン候補の娘と話を追加する予定でしたが、思い浮かばず断念しました。無念

念のため補足
Q何故コウスケは清水の前で素を出したのか?

A天之河光輝の演技でストレスが限界突破していたのです
また、清水には親しい友人がいないことを知っているので誰かに話すことはないだろうというちょっとした打算がありました



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第2章 衝動
うさ耳と出会う


この話から2章になります。
色々と無理矢理感の強くなる章になる予定ですがご了承ください
いつも誤字脱字ありがとうございます


「あぁー太陽がこんなに気持ち良いなんて…浄化される―」

 

「ぽかぽかの日差しと真っ青な青空…良いものだね」

 

「んっーー!!」

 

ハジメ、コウスケ、ユエの3人はオルクス大迷宮を抜けた先である【ライセン大峡谷】の谷底にいた。暖かい日差しと穏やかな風が地上に出たという事を実感しながら3人は青空を見上げていた。途中魔物に囲まれたが、ハジメがドンナー・シュラークをつかい、空中リロードをしながらあっさりと殲滅した。

 

「まったく無粋な奴らだね。…たしかここって魔法が使えないんだったけ?」

 

「……分解される。でも力づくならいける」

 

ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。

 

「素直に南雲の銃に頼った方が良いと思うが……ちなみに効率は?」

 

「……十倍くらい」

 

「ふむ確かに使えないな…あれ?俺の”守護”はちょっと疲れるだけで問題ないぞ?」

 

ユエの言葉通りコウスケの初級魔法は確かに使えなかったが、なぜか技能の守護は特に問題ない。

 

「…例外はあるってことだね」

 

「…コウスケはヘン」

 

「お前ら…人を何だと思っているんだ」

 

ユエとハジメに聞こうとしたが2人の『コウスケならシカタナイヨネ』という視線にがっくりとうなだれる。そんなコウスケにかまわずハジメとユエは今後について話し合う。

 

「さてと、ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だから…せっかくだし樹海側に向けて探索でもしながら進もう」

 

「……なぜ、樹海側?」

 

「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌でしょ? 樹海側なら、町にも近そうだし。」

 

「……確かに」

 

という事で魔力駆動二輪走らせることにするハジメ。 ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適だ。もっとも、その間もハジメの手だけは忙しなく動き続け、一発も外すことなく襲い来る魔物の群れを蹴散らせているのだが。

 

暫く魔力駆動二輪を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。魔力駆動二輪を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。かつて見たティラノモドキに似ているが頭が二つある。双頭のティラノサウルスモドキだ。だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。ハジメは魔力駆動二輪を止めて無関心な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。

 

「何だろあれ?」

 

「……兎人族?」

 

「なんでこんなとこに? 兎人族って確か樹海に住んでいるんじゃ?」

 

「…そのはず」

 

「うさ耳少女…ん?…ぅぉ!?」

 

ハジメとユエは首を傾げながら、逃げ惑うウサミミ少女を尻目に呑気にお喋りに興じる。赤の他人である以上、単純に面倒だし興味がなかっただけである。ウサミミ少女にシンパシーなど感じていないし、メリットが見当たらない以上ハジメの心には届かない。助けを求める声に毎度反応などしていたらキリがないのである。ハジメは既に、この世界自体見捨てているのだから今更だ。

 

コウスケはうさ耳少女を見つめ硬直している。知ってはいる。ここにいる以上出てくるというのは知ってはいたのだが、遠目から見えるあまりにも少女の肌色の面積が多いことに思わず硬直してしまったのだ。

 

しかし、そんな呑気なハジメとユエとコウスケをウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のままハジメ達を凝視している。そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……ハジメ達の方へ。

 

 それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊しハジメ達に届く。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

 滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。このままでは、ハジメ達の下にたどり着く前にウサミミ少女は喰われてしまうだろう。

 

 流石に、ここまで直接助けを求められたらハジメも……

 

「え、やだよ。自分でどうにかしてくれ」

 

「…ん」

 

やはり助ける気はないらしい。必死の叫びにもまるで動じていなかった。むしろ、物凄く迷惑そうだった。だがコウスケは違った。少女が助けを求めてきた時点で、否うさ耳を発見した時点で、助けるつもりだったのだ。…少女の柔肌に少しばかり目を奪われていたというのがあって動けなかったが…すぐにサイドカーからひらりと飛び降り風伯を構える。

 

「南雲あれを見ろ」

 

「あれ?…生物の捕食活動?」

 

「後ろのはどうでもいい。問題は前の方だ」

 

「前…うさ耳少女?」

 

「そうだ!うさ耳だ!ならば俺がすることは一つ!」

 

「え…もしかして面倒ごとに首を突っ込むつもりじゃ…」

 

すぅと息を深く吸い込み風伯に魔力を注ぎ込む。貯め込んだ魔力を解き放ちながら大きく風伯を振りかぶる。

 

「そのうさ耳もらったぁあああああ!!切り飛ばせ!風伯!」

 

振りかぶった風伯から風の刃が飛び出す。今まさにうさ耳少女を食らわんとしていた双頭ティラノは真っ二つに両断されていき地面に激突、慣性の法則に従い地を滑る。双頭ティラノはバランスを崩して地響きを立てながらその場にひっくり返った。

 

一歩先の自分の運命を悲観していた少女は、後ろで何が起きたかを理解できず衝撃で再び吹き飛ぶ。狙いすましたようにハジメ達の下へ。

 

「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」

 

 眼下のハジメに向かって手を伸ばすウサミミ少女。その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。例え酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。

 

「だから、自分でどうにかしてくれって」

 

「えぇー!?」

 

しかし、そこはハジメクオリティー。一瞬で魔力駆動二輪を後退させると華麗にウサミミ少女を避けた。地面に立っているコウスケは受け止めようと身構えたが、少女のボロボロの格好を見てふと思い戸惑ってしまう。

 

(流石に、年頃の女の子の柔肌を無遠慮に触るのは不味いか…)

 

その一瞬の迷いが手遅れだった。哀れうさ耳少女は驚愕の悲鳴を上げながらハジメの眼前の地面にベシャと音を立てながら落ちた。両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。気は失っていないが痛みを堪えて動けないようだ。

 

「……コウスケ、助けたら…最後まで面倒見る」

 

「むっ…否でも流石に女の子の肌に触るのは勇気がいるというか何と言うか…セクハラで訴えられないかな?」

 

ユエのジトっとした目にコウスケの反論は尻すぼみになってしまう。そんなやり取りを呆れた目で見ているハジメは深い溜息をついてしまう。

 

(なんだか…面倒ごとに巻き込まれそうな気がする)

 

そんな呑気な雰囲気にガバリと起き上がったうさ耳少女は自分を追ってきた双頭ティラノの両断された姿をみて唖然とする。

 

「し、死んでます…そんなダイヘドアが一撃なんて…」

 

 ウサミミ少女は驚愕も表に目を見開いている。どうやらあの双頭ティラノは“ダイヘドア”というらしい。そんな驚愕しているうさ耳少女には目もくれずハジメはコウスケを呼びながらなに事もなかったように魔力駆動二輪に魔力を注ぎ先へ進もうとする。

 

「助かって良かったね。それじゃ僕たちはこれで、コウスケ変顔していないで行くよ」

 

その気配を察したのか、驚愕していた顔を引っ込めてものすごい勢いでハジメの腰にしがみつくうさみみ少女。

 

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」

 

助けてもらいながら物凄い図太いことをお願いしてくるうさ耳少女にハジメはしがみついて離れないウサミミ少女を横目に見る。そして、奈落から脱出して早々に舞い込んだ面倒事に深い溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




取りあえず短いですが今回はここまで
書籍版や漫画を見て思ったのですがいくらなんでもシアの服装マズい様な…
最初見たとき痴女かよ!と突っ込んでしまいました
感想お待ちしています


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うさ耳救出


遅れました。ひっそりと投稿します


 

「うわぁああーーーーー速いですぅーーーーーー!!風がーーーーーー気持ちいぃぃぃぃ!!」

 

「分かったから暴れるな!はぁ…なんでこんなことに…」

 

「…ん、仕方ない…我慢する」

 

「あっははは、そりゃ仕方ねぇさ!急がば回れっていうだろ!寄り道して人助けした方が案外目的地に早く着くかもよ!」

 

現在、ハジメとコウスケとユエは、うさ耳少女のシアを連れ、その家族のところまで魔力駆動二輪を飛ばしているところだった。本来ならメリットがなく面倒ごとに巻き込まれるとハジメは考えていたため素気無く断ったのだが、コウスケが

 

「うさ耳がいっぱいいるんだぞ?見たくない?モフりたくない?」

 

とシアの家族を助けるように提案し、またユエの

 

「…樹海の案内に丁度いい」

 

と言われるとハジメは何も言えなくなった。確かに、樹海は亜人族以外では必ず迷うと言われているため、兎人族の案内があれば心強い。樹海を迷わず進むための対策も一応考えていたのだが、若干、乱暴なやり方であるし確実ではない。そうなると自ら進んで案内してくれる亜人がいるのは正直言って有り難い。ただ、シア達はあまりに多くの厄介事を抱えているため逡巡するハジメ。しかし身内であるユエとコウスケが助けた方が良いというのだ。身内に非常に甘いハジメは結局断ることができず樹海の案内を取り付けシアの家族を助けることになった。

 

 

そんなこんなで魔力駆動二輪に乗りながら自己紹介をし事情を話すシアの話をまとめると

 

1 温厚な兎人族の一つ、ハウリア族は静かに暮らしていた

 

2 亜人族には無いはずの魔力をもつ特異性のある女の子…シアがハウリア族に生まれた

 

3 故郷であるファベルゲンにばれると殺されるので一族全員で隠し守った

 

4 16年秘密にしたが、ばれたので処刑される前に一族総出で逃げた

 

5 帝国兵に見つかった。奴隷にされるのでライセン大峡谷へ逃げた

 

6 運悪く魔物に見つかった。ヤバイ、助けて!

 

ということだった。ちなみにシアは未来視という固有魔法がある。この力でハジメたちが助けてくれる未来を見て家族と別行動をして魔物に襲われていたのだ。

 

「未来を見れるね~その力があれば大層楽になれると思うけど」

 

「未来視って言っても選択した先が少しだけ見えるとか、危険が迫った時は勝手に見れるとかそんな感じですぅ。最も見えた未来が絶対という訳ではないですけど…」

 

そんな事をハジメの腰に抱き着きながら説明をするシア。魔力駆動二輪を運転しているのはハジメで、ハジメの前にユエ、後ろにシアという美少女のサンドイッチ状態だ。

 

ちなみにシアの容姿は少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉やまつ毛まで白く、肌の白さとも相まって黙っていれば神秘的な容姿とも言えるだろう。手足もスラリと長く、ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は何とも愛らしい。おまけにシアは大変な巨乳の持ち主だった。ボロボロの布切れのような物を纏っているだけなので殊更強調されてしまっているそれは、

固定もされていないのだろう。彼女が動くたびにぶるんぶるんと揺れ、激しく自己を主張している。ぷるんぷるんではなくぶるんぶるんだ。念の為。

 

そんな美少女たちにサンドイッチされながらも動揺することなく運転するハジメにコウスケは感心している。とその時さっきまで楽しそうにはしゃいでいたシアがおずおずと伺うように話しかけてきた。

 

「あ、あの。助けてもらうのに必死で、つい流してしまったのですが……この乗り物?は何なのでしょう? それに、さっきコウスケさん魔法使いましたよね?ここでは使えないはずなのに……」

 

「そーだな、暇になったし、かいつまんで説明しよう!南雲、補足をお願いね」

 

「ハイハイ」

 

コウスケは、魔力駆動二輪の事やユエが魔法を使える理由、ハジメの武器がアーティファクトみたいなものだと簡潔に説明した。すると、シアは目を見開いて驚愕を表にした。

 

「え、それじゃあ、みなさんも魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

 

「ああ、そうなるな」

 

「……ん」

 

「そんな感じ」

 

 暫く呆然としていたシアだったが、突然、何かを堪える様にハジメの腰を強く握りしめ肩に顔をうずめた。そして、何故か泣きべそをかき始めた。

 

「どったの?あんまりその凶悪なものを押し付けると、南雲平静を保てなくて事故っちまうからやめてほしいんだけど」

 

「……ハジメはおっきいのが好き…」

 

「そ、そんな事じゃ事故らないよ!ユエもそんな目で見ないで!」

 

「お、押し付けてません!そういうことじゃなくて…ただ、一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

 

「「「……」」

 

 どうやら魔物と同じ性質や能力を有するという事、この世界で自分があまりに特異な存在である事に孤独を感じていたようだ。家族だと言って十六年もの間危険を背負ってくれた一族、シアのために故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる家族、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。それでも、いや、だからこそ、“他とは異なる自分”に余計孤独を感じていたのかもしれない。

 

 シアの言葉に、ユエは思うところがあるのか考え込むように押し黙ってしまった。いつもの無表情がより色を失っている様に見える。ハジメには何となく、今ユエが感じているものが分かった。おそらく、ユエは自分とシアの境遇を重ねているのではないだろうか。共に、魔力の直接操作や固有魔法という異質な力を持ち、その時代において“同胞”というべき存在は居なかった。

 

 だが、ユエとシアでは決定的な違いがある。ユエには愛してくれる家族が居なかったのに対して、シアにはいるということだ。それがユエに、嫉妬とまではいかないまでも複雑な心情を抱かせているのだろう。しかも、シアから見れば、結局、その“同胞”とすら出会うことができたのだ。中々に恵まれた境遇とも言える。

 

ハジメはそっとユエの頭をなでる。ユエはハジメが撫でてくれていることに安心したのかハジメに体を預ける。コウスケはそんなユエを見ながらユエにどう言えばいいのかわからなくなっていた。外で友達ができるなんて言ってしまった手前、同じ異端の力をを持つユエとシアはできるだけ仲良くなってもらいたいところだが、今のシアにそこまで求めるのは難しい。シリアスは苦手なのである。色々考えていたが面倒になったのでハジメに丸投げしようかと考えたとき、いきなりシアが不満そうに騒ぎ始めた

 

「あの~、私のこと忘れてませんか? ここは『大変だったね。もう一人じゃないよ。傍にいてあげるから』とか言って慰めるところでは? 私、コロっと堕ちゃいますよ? チョロインですよ? なのに、せっかくのチャンスをスルーして、何で皆さんいきなり無視をするんですか! 寂しいです! 私も仲間に入れて下さい! 」

 

「「黙れ残念ウサギ」」

 

「……はい……ぐすっ……」

 

シリアスの雰囲気がコミカルに変わったので内心グッジョブとシアをほめるコウスケ。取りあえずその場の空気に乗ってみる。

 

「大変だったねーもう一人じゃないよー俺達がいるからーよかったねー」

 

「……コウスケさん。…言ってくれるのは嬉しいんですけど…全然気持ちが込められていないですぅ…」

 

がっくりとした様子で落ち込むシア。最も内心では「コウスケさんは中々乗ってくれますねぇ~この調子で他2人の好感度を稼ぎますよぉ~せっかく見つけたお仲間です。逃しませんからねぇ~!」と新たな目標に向けて闘志を燃やしていた。

 

 

 暫く、シアが騒いでハジメに怒鳴られるという事を繰り返していると、遠くで魔物の咆哮が聞こえた。どうやら相当な数の魔物が騒いでいるようだ。

 

「! ハジメさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです!父様達がいる場所に近いです!」

 

「うさ耳!子供も大人もゲットだぜ!南雲ぶっ飛ばせ!うさ耳が俺たちを待っている!」

 

「分かったから騒ぐな!コウスケもはしゃぐな!小学生か!」

 

 ハジメは、魔力を更に注ぎ、二輪を一気に加速させた。壁や地面が物凄い勢いで後ろへ流れていく。そうして走ること二分。ドリフトしながら最後の大岩を迂回した先には、今まさに飛行型の魔物に襲われようとしている数十人の兎人族達がいた。

 

すぐに敵の数をハジメに伝えるコウスケ。運転はハジメに任せている以上索敵に精を出す。

 

「敵の数は6!南雲‼行けるか!?」

 

「冗談!数秒で終わらせる!!」

 

遠距離でしかも運転中だというのに、正確に魔物の頭部を狙い撃ち抜くハジメ。それを見てシアはきゃっきゃっと騒ぐ。

 

「凄い!凄いですよ‼ハジメさん!あのハイベリアを簡単に倒すなんて!」

 

どうやら飛行型の魔物の名前はハイベリアというらしい。が、ハジメはそんな事よりも、魔力駆動二輪を高速で走らせながらイラッとした表情をしていた。仲間の無事を確認した直後、シアは喜びのあまり後部座席に立ち上がりブンブンと手を振りだした。それ自体は別にいいのだが、高速で走る二輪から転落しないように、シアは全体重をハジメに預けて体を固定しており、小刻みに飛び跳ねる度に頭上から重量級の凶器巨乳がのっしのっしとハジメの頭部に衝撃を与えているのである。そのせいで、照準がずれ、二匹目のハイベリアを一撃で仕留められなかった。

 

 ハジメは、未だぴょこぴょこと飛び跳ね地味に妨害してくるシアの服を鷲掴みにする。それに気がついたシアが疑問顔でハジメを見た。ハジメは前方を向いているため表情は見えないが、何となく不穏な空気を察したシアが恐る恐る尋ねた。

 

「あ、あの、ハジメさん? どうしました? なぜ、服を掴むのです?」

 

「…戦闘を妨害するくらい元気なら働かせてやろうと思ってな」

 

「は、働くって……な、何をするのです?」

 

「なに、ちょっと飢えた魔物の前にカッ飛ぶだけの簡単なお仕事だ」

 

「!? ちょ、何言って、あっ、持ち上げないでぇ~、振りかぶらないでぇ~」

 

 焦りの表情を表にしてジタバタもがくシアだが、筋力一万超のハジメに叶うはずもなくあっさり持ち上げられる。

 

ハジメは片手でハンドルを操作すると二輪をドリフトさせ、その遠心力も利用して問答無用に、上空を旋回するハイベリア達へ向けてシアをぶん投げた。

 

「逝ってこい! 残念ウサギ!」

 

「いやぁあああーー!!」

 

「美少女を躊躇なく魔物に向かって放り投げるとは…南雲さんは鬼畜やで~」

 

 物凄い勢いで空を飛ぶウサミミ少女。シアの悲鳴が峡谷に木霊する。有り得ない光景に兎人族達が「シア~!」と叫び声を上げながら目を剥き、ハイベリアも自分達に向かって泣きながらぶっ飛んでくる獲物に度肝を抜かれているのか、シアが眼前を通り過ぎても硬直したまま上空を見上げているだけだった。

 

 そして、その隙を逃すハジメではない。滞空するハイベリア等いい的である。銃声が四発鳴り響き、放たれた弾丸が寸分のズレもなくハイベリア達の顎を砕き貫通して、そのまま頭部を粉砕した。

 

 断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく、力を失って地に落ちていくハイベリア。この谷底では危険で厄介な魔物として知られている彼等が、何の抵抗もできずに瞬殺された。有り得べからざる光景に、硬直する兎人族達。

 

 そんな彼等の耳に上空から聞きなれた少女の悲鳴が降ってくる。

 

「あぁあああ~、たずけでぇ~、ハジメさぁ~ん!ゴウズゲざぁ~ん!」

 

 慌ててシアの落下地点に駆けつけようとする兎人族達を追い抜いたハジメが、ちょうど落下してきたシアをコウスケがキャッチできるように二輪をドリフトさせる。

 

「親方!空からうさ耳の生えた残念美少女が‼」

 

「捨てろ!パズー!」

 

難なくとキャッチするコウスケ。しかしユエとはまた違った美少女の肉体の触り心地に慌ててシアをぺいっと捨ててしまう。

 

(うぉ!や、柔らかい!何という肌触り!女の子の肌って触り心地が良いんだな…って何やっとんじゃい己は!)

 

「あふんっ! うぅ~、私の扱いがあんまりですぅ。待遇の改善を要求しますぅ~。私もユエさんみたいに大事にされたいですよぉ~」

 

しくしくと泣きながら抗議の声を上げるシア。どうやら自分が触ったことに関しては全然気にしてはいないらしい。ホッと息を吐くコウスケ。

 

 投擲とキャッチの衝撃でボロボロになった衣服を申し訳程度に纏い、足を崩してシクシク泣くシアの姿は実に哀れを誘った。流石に、やり過ぎた……かな?と思うハジメは宝物庫から予備のコートを取り出し、シアの頭からかけてやった。これ以上、傍でめそめそされたくなかったのだ。正直めんどくさいしかなり鬱陶しい。

 

しかし、それでもシアは嬉しかったようである。突然に頭からかけられたものにキョトンとするものの、それがコートだとわかるとにへらっと笑い、いそいそとコートを着込む。ユエとお揃いの白を基調とした青みがかったコートだ。

ったコートだ。

 

「も、もう! ハジメさんったら素直じゃないですねぇ~、ユエさんとお揃いだなんて……もぅ~、 ダメですよぉ~、ユエさんと同じように大切だなんて~私、そんなチョロイ女じゃないですから、もっと、優しくしてくれないと~~」

 

 モジモジしながらコートの端を掴みイヤンイヤンしているシア。それに再びイラッと来たハジメは無言でドンナーを抜き、シアの額目掛けて発砲した。

 

「はきゅん!」

 

 弾丸は炸薬量を減らし先端をゴム状の柔らかい魔物の革でコーティングしてある非致死性弾だ。ただ、それなりの威力はあるので、衝撃で仰け反り仰向けに倒れると、地面をゴロゴロとのたうち回るシア。「頭がぁ~頭がぁ~」と悲鳴を上げている。だが、流石の耐久力で直ぐに起き上がると猛然と抗議を始めた。きゃんきゃん吠えるシアを適当にあしらっていると兎人族がわらわらと集まってきた。

 

「シア! 無事だったのか!」

 

「父様!」

 

「!?男のうさ耳!…ふむ、悪くない、いやむしろそれがイイ!」

 

「流石にドン引きだよ…」

 

「……変態コウスケ」

 

 真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。はっきりいってウサミミのおっさんとか誰得である。しかしコウスケは、妙に興奮している。シュールな光景と親友の謎の興奮状態に微妙な気分になっていると、その間に、シアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互の無事を喜んだ後、ハジメの方へ向き直った。

 

「ハジメ殿とコウスケ殿で宜しいですか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

 そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

「別に大した労力では…それより助けた礼として樹海を案内し、その間の危険は俺たちが引き受ける。で、いいんだよな?南雲」

 

「ああ、それであってるよ。だから、助けたのは樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ?それより、随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族にはいい感情を持っていないだろうに……」

 

念のため契約の確認をするコウスケそれにこたえながらハジメはカムの態度に疑問を抱いた。シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。にもかかわらず、同じ人間族であるハジメ達に頭を下げ、しかもハジメ達の助力を受け入れるという。それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感のようなものが全く見えないことに疑問を抱くハジメ。

 

カムは、それに苦笑いで返した。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

 その言葉にハジメは感心半分呆れ半分だった。一人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらいだから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というか人がいいにも程があるというものだろう。

 

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。ハジメさんは、女の子に対して容赦ないし、対価がないと動かないし、人を平気で囮にするような酷い人ですけど、ただ照れてしまってそんな事をしているだけですから!」

 

「はっはっは、そうかそうか。つまり照れ屋な人なんだな。それなら安心だ」

 

 シアとカムの言葉に周りの兎人族達も「なるほど、照れ屋なのか」と生暖かい眼差しでハジメを見ながら、うんうんと頷いている。

 

ハジメが額に青筋を浮かべドンナーを抜きかけている横でコウスケは朗らかに笑うハウリア族を感心しながら見ている。

 

(…いい人たちだ…なんか暖かいというかホッコリするというか…情の深い一族、か…)

 

コウスケにとって家族愛の強いハウリア族はとても心が温まるものだった。人がよさそうなカムも非常に好感が持てる。だから、ハウリア族がひとまず助かってホッとする。

 

そんなことを考えながら、ライセン大峡谷の出口目指して歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも誤字脱字報告ありがとうございます


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人殺しに酔う

ひっそり投稿します
諸事情があり文章を追加します
すみません


「ところでカムさん、助けた礼としてそのうさ耳を触りたいんだが?」

 

うさ耳たちを引き連れながらコウスケはカムに話しかける。実はさっきから我慢していたのだ。ここはファンタジーならばこそ、生のうさ耳を触りたい気持がついに出てきた。最も本当は美少女であるシアのうさ耳を滅茶苦茶に触りたいのだが…童貞ヘタレのコウスケには無理だった。それならば、そのシアの父親である、カムに標的を定めたのだ。実際現代にはうさ耳のおっさんはいない…ならば、その触り心地はどうなのかと気になってしょうがないのだ。

 

「ふむ、別にかまわないのですが…しかし、私でよろしいのですかな?あなたの年代だとシアやほかの娘たちの方が良いのでは?」

 

思いっきり自分の好みがばれていた。動揺するコウスケ。しかし、そんな様子はおくびにも出さずはっきりと宣言する。

 

「確かに、ハウリア族の女性は綺麗どころだ。そのうさ耳に飛びつきたい。思う存分モフモフしたい。だがそれじゃあダメなんだ。

それでは、ただの女性に興奮している変態だ。俺は違う、断じてそんな変態ではない。俺はうさ耳を触りたい、ただそれだけなんだ。そこに老若男女関係がないそのためにも、まず族長であるあなたのうさ耳の触り心地を確認したいんだ」

 

「ハジメさん、あの人は真顔で父様に何を言っているんですか?」

 

「知らん、あれはただの病気だ」

 

「……コウスケは変態…ただそれだけ」

 

コウスケの変態性に他人のふりをしたいハジメ。訳知り顔で頷くユエそんなところにコウスケがニヤニヤと意地の悪い顔をしながら爆弾発言をする。

 

「おいおい南雲く~ん、な~に自分は興味ありませんって顔をしてんだ?俺は知っているぞ、本当は触りたくてうずうずして仕方ないって」

 

「まったく、馬鹿を言わないでよコウスケ。僕はうさ耳が触りたいなんて一言も」

 

「ふ、語るに落ちたな。俺は何もうさ耳なんて言ってないぞ」

 

「!?」

 

「ふふ、間抜けは見つかったようだ…あおん!」

 

額に青筋を浮かべコウスケの股間にゴム弾を撃つハジメ。ゴム弾を食らったコウスケはいつものようにビクンビクンしている。そんなハジメにシアは含み笑いをしながら話しかける。

 

「もぅ~そんなに照れなくてもいいですよぉ~ハジメさん正直にうさ耳が触りたいといえばいつでも触ってくれて…あわわわわわわっ!?」

 

取りあえずシアの足元にゴム弾を撃つハジメ。 ゴム弾が足元を連続して通過し、奇怪なタップダンスのようにワタワタと回避するシア。そんな光景を見て周りのハウリア族たちは楽しそうに笑っている。

 

「こいつら…なんか調子が狂う」

 

「……ズレてる」

 

ユエの言う通り、どうやら兎人族は少し常識的にズレているというか、天然が入っていた温厚種族らしい。それが兎人族全体なのかハウリアの一族だけなのかは分からないが。

 

 そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。ハジメが“遠見”で見る限り、中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

 

 ハジメとコウスケが何となしに遠くを見ていると、シアが不安そうに話しかけてきた。

 

「帝国兵はまだいるでしょうか?」

 

「ん? どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

 

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさん、コウスケさん……どうするのですか?」

 

「どうするも何も、敵対するだろうなー」

 

「まぁそうなるだろうね」

 

のんびりとした様子のハジメとコウスケに意を決したようにシアが尋ねる。周囲の兎人族も聞きウサミミ耳を立てているようだ。

 

「…今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。お二人と同じ。……敵対できますか?」

 

「? 未来が見えていたんじゃないのか?」

 

「はい、見ました。帝国兵と相対するお二人を……」

 

「ふーん……で?何が疑問なんだ?」

 

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

 

 

 シアの言葉に周りの兎人族達も神妙な顔付きで2人を見ている。小さな子供達はよく分からないとった顔をしながらも不穏な空気を察してか大人達とハジメとコウスケを交互に忙しなく見ている。

 

「ふむ?国に喧嘩を売れるかってことか。なら全く問題ないな」

 

「だね。…コウスケの言うことを補足すると、僕たちは樹海探索のためにあんたたちを助けたんだ。それまでに死なれたら困るから守っているんだ。決して同情も義侠心でもない。今後を守る気もない」

 

「だから、樹海の案内の仕事が終えるまでは守る。何があっても絶対守る。だから邪魔するものは容赦しない、それが人間だろうと国だろうと、すべては俺たちのために…お分かり?」

 

(最も俺は助けたくて助けるんですけどねーうん、そうだ。こんな優しく良い人たちを見捨てるなんて…俺には…)

 

「な、なるほど……」

 

なんともハジメたちらしい考えに何も言えないシア。未来視では助けてくれる光景を見たといってもといっても未来は絶対ではない。見えた未来の確度は高いが、万一、帝国側につかれては今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。表には出さないが“自分のせいで”という負い目があるシアは、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。

 

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

 

 カムが快活に笑う。下手に正義感を持ち出されるよりもギブ&テイクな関係の方が信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。

 

 一行は、階段に差し掛かった。ハジメとコウスケを先頭に順調に登っていく。帝国兵からの逃亡を含めて、ほとんど飲まず食わずだったはずの兎人族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではないようだ。

 

 そして、遂に階段を上りきり、ハジメ達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。

 

 登りきった崖の上、そこには……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、ハジメ達を見るなり驚いた表情を見せた。

 

だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

 

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

 

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

 

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

 

「ひゃっほ~、流石は小隊長! 話がわかる!」

 

 帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。

 

 帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、漸くハジメとコウスケの存在に気がついた。

 

「あぁ? お前誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

 

ハジメは、帝国兵の態度から素通りは無理だろうなと思いながら、一応会話に応じる。

 

「ああ、人間だ」

 

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か?情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

 勝手に推測し、勝手に結論づけた小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られることなど有り得ないと信じきった様子で、そうハジメに命令した。当然、ハジメが従うはずもない。

 

「断る」

 

「……今、何て言った?」

 

「断ると言ったんだ。こいつらは今は僕達のもの。あんたらには一人として渡すつもりはない。諦めてさっさと国に帰ることをオススメする」

 

「もっともそれができるほどお利口ではなさそうだけど」

 

 聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。

 

「……小僧共、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

 

「理解しているさ、最も俺には魔物以下の畜生に見えるんだが…違うのか?」

 

 コウスケの言葉にスッと表情を消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気でコウスケを睨んでいる。その時、小隊長が、剣呑な雰囲気に背中を押されたのか、ハジメの後ろから出てきたユエに気がついた。幼い容姿でありながら纏う雰囲気に艶があり、そのギャップからか、えもいわれぬ魅力を放っている美貌の少女に一瞬呆けるものの、ハジメの服の裾をギュッと握っていることからよほど近しい存在なのだろうと当たりをつけ、再び下碑た笑みを浮かべた。

なのだろうと当たりをつけ、再び下碑た笑みを浮かべた。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

 

 その言葉にハジメは眉をピクリと動かし、ユエは無表情でありながら誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている。目の前の男が存在すること自体が許せないと言わんばかり、ユエが右手を掲げようとした。だが、それを制止するハジメ。訝しそうなユエを尻目にハジメが最後の言葉をかける。

 

「つまり敵ってことでいいよな?」

 

「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇは、震えッ!?」

 

ズザンッ!!

 

 想像した通りにハジメ達が怯えないことに苛立ちを表にして怒鳴る小隊長だったが、その言葉が最後まで言い切られることはなかった。なぜなら、コウスケが一瞬で距離を摘め風伯を振りぬき小隊長を縦に真っ二つに断ち切ったのだ。

 

「コウスケ…ちょっと気が早くないかな?」

 

「あ~ユエをそう言う目で見られると凄く嫌で嫌でしょうがないんだ…だから、ここは俺が殺る」

 

ドンナーを抜き撃つ手前だったハジメだったが目の前にいる、嫌悪感と不快感を全身であらわにする親友に任せることにする。ユエのことを言われて殺意がにじみ出ているのは自分も同じなのだが、どうやら親友はそれ以上にプッツンしているようだ。

 

「んじゃ始めるか…ああ、お前ら逃げるなよ?」

 

言葉と同時に武器を構える帝国兵に躍りかかるコウスケ。

 

 突然、小隊長を両断されたことに兵士達が半ばパニックになりながらも、武器をハジメ達に向ける。中々に迅速な行動だ。人格面は褒められたものではないが、流石は帝国兵。実力は本物らしい。しかしコウスケが振り回す風伯は、身構える帝国兵たちを物ともせず切り裂いていく。

 

「……は」

 

人を切った感触に思わず声が漏れた。人を切って恐怖心が出たのではない。心の底からの歓喜の声が出てしまったのだ。そのわずかな隙をついて槍をついてくる帝国兵。それをくるくると回りながら回避しすれ違いざまに胴体を真っ二つにする。驚愕に見開かれて絶命した帝国兵を一瞥してコウスケは目の前にいる標的を確認する。

 

(……ああ、これは)

 

後衛の帝国兵が詠唱をしているのを見て斬撃を放つ。前にいて盾を構えていた帝国兵を巻き込みながら、詠唱中の帝国兵もろとも首や手足を切り刻まれながら細切れになっていく。

 

(……檜山達の…南雲をリンチしようとしていたあの気持が少しわかる)

 

風伯を振り回すごとに手足を吹き飛ばし胴体が割れ首が飛ぶ、それでも驚愕と恐怖を向けながらこちらに向かってくる帝国兵。

それが、コウスケにはおかしかった。さっきまで優位に立ってこちらを侮蔑の表情で見ていたのに今は目の前の圧倒的な暴力に恐怖におびえる帝国兵たち。その姿が面白くて滑稽で仕方がないのだ。

 

(…暴力を振るうのは気持ちいい。ははっ…これはおかしくなるのもしょうがないな)

 

血肉を浴びながら考えにふけるコウスケ。コウスケにとって帝国兵は脅威でも何でもなかった。魔物と違って泣き叫び怒りに震え死におびえる人間は、痛めつけると、とても面白い反応を返すのだ…その事に自分の中のドス黒い感情が歓喜の声をあげている。

 

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

 

「そう?ならほかの他の兎人族は?もう帝国にいるのかな?」

 

目の前で必死に命乞いをするコレは非常に滑稽だ。少しだけ希望をぶらつかせる。

 

「……は、話せば殺さないか?」

 

「?別にそこまで聞きたいことじゃないし…じゃあ、さよなら」

 

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから! ……多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」

 

 “人数を絞った”それは、つまり老人など売れそうにない兎人族は殺したということだろう。兵士の言葉に、悲痛な表情を浮かべる兎人族達。コウスケは、その様子をチラッとだけ見る。直ぐに視線を兵士に戻すともう用はないとゆっくりと風伯を振りかぶった…本当はそんなことをする必要はない。すぐに殺せる…ただコレの必死な姿が見たいのだ。

 

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だかっ!」

 

ザシュッ!

 

命乞いは最後まで出なかった。コウスケの風伯は慈悲なく命乞いをする帝国兵を両断した。

 

「まぁこんなもんか…げ、血を浴びすぎた。南雲、すまん宝物庫からタオルを出してくれ」

 

コウスケはふと今の自分の状態を確認し顔をしかめる。血肉が体に掛かり服が点々と赤黒くなっている。さっきまでの帝国兵達は頭になく、今は服に付いた血が取れるか今の自分が臭っていないかそれが心配だった。ハジメは呆れた顔でタオルをコウスケに放り投げる。

 

その何でもない様子に息を呑む兎人族達。あまりに容赦のないコウスケの行動に完全に引いているようである。その瞳には若干の恐怖が宿っていた。それはシアも同じだったのか、おずおずとハジメに尋ねた。

 

「あ、あのさっきの人は見逃してあげても良かったのでは……」

 

 はぁという呆れを多分に含んだ溜息を吐くハジメに「うっ」と唸るシア。自分達の同胞を殺し、奴隷にしようとした相手にも慈悲を持つようで、兎人族とはとことん温厚というか平和主義らしい。ハジメが言葉を発しようとしたが、その機先を制するようにユエが反論した。

 

「……一度、剣を抜いた者が、結果、相手の方が強かったからと言って見逃してもらおうなんて都合が良すぎ。……そもそも、守られているだけのあなた達がそんな目をハジメとコウスケに向けるのはお門違い」

 

ユエは静かに怒っているようだ。守られておきながら、ハジメとコウスケに向ける視線に負の感情を宿すなど許さないと言わんばかりである。その事にコウスケは何とも言えないむずがゆい顔になりながら少しだけユエを窘める。

 

「ユエ、ちょっと言いすぎだ。今まで暴力沙汰とは無縁な人たちだったんだから、ドン引きしてそんな目で見てしまうのはしょうがないだろう」

 

「…むぅ」

 

「ふむ、ハジメ殿、コウスケ殿、申し訳ない。別に、貴方に含むところがあるわけではないのだ。ただ、こういう争いに我らは慣れておらんのでな……少々、驚いただけなのだ」

 

カムが代表として謝罪する。ほかの兎人族達もバツが悪そうな表情をしている。

 

「良いってことですよ、あまり気にしないでください」

 

「そういう事、それよりこの馬車とかを再利用しよう。もう使う人たちはこの世にいないからね」

 

コウスケは気にしていないという風に手のひらを軽く振り ハジメは、無傷の馬車や馬のところへ行き、兎人族達を手招きする。

 

樹海まで徒歩で半日くらいかかりそうなので、せっかくの馬と馬車を有効活用しようというわけだ。魔力駆動二輪を“宝物庫”から取り出し馬車に連結させる。馬に乗る者と分けて一行は樹海へと進路をとった。

 

 

 

 

 

 

 七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、ハジメが魔力駆動二輪で牽引する大型馬車二台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

 

二輪には、ハジメ以外にも前にユエが、後ろにシアが乗っている。当初、シアには馬車に乗るように言ったのだが、断固として二輪に乗る旨を主張し言う事を聞かなかった。そんな中、シアは突然話しかけてきた。シアとしては、初めて出会った“同類”である三人と、もっと色々話がしたいようだが聞こうか聞くまいか悩んでいたらしい。

 

「あ、あの皆さんのことを、教えてくれませんか?」

 

「?僕達のことは話したけど?」

 

「いえ、能力とかそいうことではなくて、なぜ、奈落? という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのかとか、今まで何をしていたのかとか、あなた方のことが知りたいです」

 

「……聞いてどうするの?」

 

「どうするというわけではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で……もちろん、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが……それでも、やっぱり、この世界のはみだし者のような気がして……だから、私、嬉しかったのです。みなさんに出会って、私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃない、はみだし者なんかじゃないって思えて……勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて……だから、その、もっとみなさんのことを知りたいといいますか……何といいますか……」

 

 シアは話の途中で恥ずかしくなってきたのか、次第に小声になってハジメの背に隠れるように身を縮こまらせた。出会った当初も、そう言えば随分嬉しそうにしていたと、ハジメとユエは思い出し、シアの様子に何とも言えない表情をする。あの時は、ユエの複雑な心情により有耶無耶になった挙句、すぐハウリア達を襲う魔物と戦闘になったので、谷底でも魔法が使える理由など簡単なことしか話していなかった。きっと、シアは、ずっと気になっていたのだろう。

 

「…はぁ、いいよ。あんまり楽しくはないけどね」

 

道中ずっと無言での移動にもつまらなくなったのでハジメは渋々と自分たちのことを話した

 

 結果……

 

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ハジメさんもユエさんもがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

「…あれ?俺の名前が入っていない?」

 

「事情を説明していないからじゃない?」

 

「うーん、別に話すことでもないし、どうでもいいか」

 

号泣した。滂沱の涙を流しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないでぅ」と呟いている。そして、さり気なく、ハジメの外套で顔を拭いている。どうやら、自分は大変な境遇だと思っていたら、ハジメとユエが自分以上に大変な思いをしていたことを知り、不幸顔していた自分が情けなくなったらしい。

 

コウスケとしては自分の名前が入っていないことに寂しさを覚えそうだが自分の体が違うなんて言っても伝わりにくそうだし、不幸自慢がしたいわけでもないのでだまっていた。…自分の体が天之河光輝という他人のものだとはまだユエには伝えていない…伝えたところでどうなるとも思っていた。

 

暫くメソメソしていたシアだが、突如、決然とした表情でガバッと顔を上げると拳を握り元気よく宣言した。

 

「ハジメさん! ユエさん! コウスケさん!私、決めました! みなさんの旅に着いていきます!これからは、このシア・ハウリアが陰に日向にみなさんを助けて差し上げます!遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった四人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

 

 勝手に盛り上がっているシアに、ハジメが実に冷めた視線を送る。

 

「現在進行形で守られている脆弱ウサギが何言ってんの? 完全に足でまといしかならないって理解している?」

 

「な、何て冷たい目で見るんですか……心にヒビが入りそう……というかいい加減、ちゃんと名前を呼んで下さいよぉ」

 

意気込みに反して、冷めた反応を返され若干動揺するシア。そんな彼女に追い討ちがかかる。

 

「それは…旅の仲間がほしいから、だからついてきたいってこと?」

 

「!?」

 

ハジメの言葉にシアの体がビクッと跳ねる。

 

「ああ、なるほど一族の安全が一先ず確保できたら、家族から離れる気なんだろ?そこにうまい具合に“同類”の僕達が現れたから、これ幸いに一緒に行くってこと?そんな珍しい髪色の兎人族なんて、一人旅出来るとは思えないしね」

 

「……あの、それは、それだけでは……私は本当にみなさんを……」

 

図星だったのか、しどろもどろになるシア。実は、シアは既に決意していた。何としてでもハジメ達の協力を得て一族の安全を確保したら、自らは家族の元を離れると。自分がいる限り、一族は常に危険にさらされる。今回も多くの家族を失った。次は、本当に全滅するかもしれない。それだけは、シアには耐えられそうになかった。もちろん、その考えが一族の意に反する、ある意味裏切りとも言える行為だとは分かっている。だが“それでも”と決めたのだ。

 

 最悪、一人でも旅に出るつもりだったが、それでは心配性の家族は追ってくる可能性が高い。しかし、圧倒的強者であるハジメ達に恩返しも含めて着いて行くと言えば、割りかし容易に一族を説得できて離れられると考えたのだ。見た目の言動に反してシアは、今この瞬間も“必死”なのである。

 

 もちろん、シア自身がハジメとユエとコウスケに強い興味を惹かれているというのも事実だ。ハジメの言う通り“同類”であるハジメ達に、シアは理屈を超えた強い仲間意識を感じていた。一族のことも考えると、まさに、シアにとってハジメ達との出会いは“運命的”だったのだ。

 

「悪いけど今のお前じゃ瞬殺されて終わりだよ。だから、同行を許すつもりは毛頭ない。…そんな無駄な事を考えるより君のことを大切にしている家族と一緒にいろ」

 

ハジメの言葉にシアは落ち込んだように黙り込んでしまった。隣のサイドカーで話を聞いていたコウスケとしては旅に同行してほしいという思いもある。無論原作ではついてきたからというのもあるが、それ以上に、天真爛漫な彼女がいると楽しいのだ。そんな気持ちもあるし逆に、危険すぎるというのもある、今の彼女は、ついてきても、どこかで命を落としてしまうのではないかと思ってしまう…要するに、生きている彼女を見ていると心配になってしまうのだ。

 

 シアは、それからの道中、大人しく二輪の座席に座りながら、何かを考え込むように難しい表情をしていた。

 

そのあと、数時間で一行は【ハルツィナ樹海】の中に入ることができた。一行は樹海の中にある大樹へ目指すことになった。そこには大迷宮があるかもしれないとハジメは考えハウリア族に案内してもらっていたのだ。そんな中コウスケはずっと思案にふけっていた。

 

(うーん何だろう…なんか物足りないっていうか…暴れたりないな…)

 

実は帝国兵を皆殺しにしてから何か心がざわつくのだ。ハジメとユエはシアがまとわりついているのでコウスケの異変に気付いていないみたいだが…このままでは、原作通りフェアベルンに行く事になっても、自分がなにかやらかしてしまうかもしれないそれでは、ハウリア族とシアを本当の意味で助けることができないかもしれない。そのことでずっと人知れず悩んでいたのだ。

 

 そんな、うんうん考えるコウスケにハジメは気遣うようにひっそりと話しかける

 

「コウスケ?何か悩み事?」

 

「…南雲か、そーだな。ちょっと思う事があって…すまん。わがままを言ってもいいか?」

 

「わがままを言うなんて珍しいね。なに?」

 

「しばらく別行動をしたい…だめか?」

 

「…いきなり突拍子もないことを言うね」

 

ハジメはコウスケの提案に悩み始める。このまま順調行けば大樹につくはずだそのはずなのにコウスケは別行動をしたいという。ここは霧が深く迷いやすい。いったん別れたら容易ではないと思うが…しかし、コウスケのことだ、何か考えがあるのかもしれないし彼からのわがままは非常に珍しい。この辺の魔物にコウスケが後れを取るとは思えない。一応ユエにも意見を求める

 

「ユエ、どう思う」

 

「…コウスケ、迷子にならない?」

 

「何歳児だよ俺は…まぁ何とかなるでしょここらの魔物は弱いし、目的地ははっきりしているし会えるだろ」

 

「…一人でも平気?」

 

「だから俺は何歳児って、ユエからすれば俺はただの子供か…まぁ一人になりたいが正しいかな…」

 

ユエの言葉に苦笑するコウスケ。ユエの年齢を考えれば自分は年下に見られても仕方がない。だから心配されているのだろうかそんな気遣いに嬉しく思うが、今も心の中はざわついて仕方がない。2人に迷惑をかけたくないし今の自分が何をやらかすかわかったものではない。だから今ここから離れたいのだ。

 

「…理由は言えないの?」

 

「すまん、それは…2人ともやっぱり…だめか?」

 

「…はぁ~分かったよ。コウスケ、合流場所は分かっているよね」

 

ハジメの言葉に笑顔が咲くコウスケ。明らかにうれしそうだ。

 

「南雲…すまんこの埋め合わせはいつかまた…じゃあ後で……っとその前に」

 

その場から離れようとしたコウスケだが、ふと思いつき呆然とやり取りを聞いていた、シアのもとに近寄る

 

「コウスケさん!?あの、この森は霧が深くて亜人族である私たちがいないと迷ってしまいますよ!」

 

「大丈夫!鍛えてますから…じゃなくてシア、大丈夫だから、君も君の家族も南雲が助けてくれるからだから、大丈夫だ」

 

シアの頭をポンポンと優しく撫でるコウスケ。今後何が起きるかは言えない。それでもできる限りシアの不安が消えるように出来る限り優しく笑いかける。

 

「コウスケさんそれってどういう…」

 

困惑したシアが理由を尋ねることもなく、コウスケの姿は霧の中へ消えていった。シアとコウスケのやり取りを見ていたユエは隣にいるハジメにこれでよかったのかを聞く

 

「…ハジメ、良かったの?」

 

「…正直、不安はあるけど、きっと大丈夫だよ…」

 

無論これでよかったかと聞けば首を振る。しかしコウスケの頼みは断れなかった。そんなハジメをよそにコウスケの気配は完全に消えた。おそらく技能を使ったのだろう。その数十分後入れ替わるようにハジメたちの周りを無数の気配が囲んだのだった。

 

 

 

 

 

 

ハジメたちと別れてしばらく、コウスケは技能を使い潜伏していた。これから自分がすることを冷静にに考えたいからだ。はやる気持ちを抑え物事を順序だてて行動する。

 

(これからハジメたちは、警備の亜人に見つかりフェアベルゲンに行くその邪魔をするわけにはいかない。だから音を立てる行動は禁止。魔法も使えない。亜人に見つからないようにする。それから、それから…なんだったっけ、あぁもうどうでもいいか今はただ、魔物を狩りたい、狩りつくしたい!)

 

唐突に物陰からでて魔物を探す、霧が濃く足場も悪いが、オルクス大迷宮には樹海型の階層もあった。だから問題はない。すぐに4匹の腕を4本はやした猿が襲って来た。

 

「「「「「キィイイイ!」」」」

 

風伯を振りぬき襲い掛かる3匹をまとめて両断する。分が悪いと判断したのか慌てて逃げる1匹を腰につけた山刀…ハジメに錬成で作ってもらった愛用品…を猿の頭に投げつけ絶命させる。

 

(あ~たまらねぇ、コレだよコレ、楽しくって仕方がない)

 

山刀を回収しながら満足してにやけてしまう。魔物を殺している間は不思議と気持ちが落ち着く事にコウスケは気がつき、次の獲物を探すため技能”誘光”を使い始める。これから襲ってくる魔物のことを考えながらのその足取りは軽くまるで散歩をしているようだった。

 

(まだだ、まだ足りない!もっとだ。もっと存分に力を使いたい。何も考えず思うがまま、暴れたい!命を奪いたい!理不尽な暴力を振るいたい!だから早く!早く来てくれ!)

 

誘われるように…実際”誘光”によって魔物たちは次々と現れる。中にはコウスケとの実力差を理解して、逃げようとしている魔物もいたが、誘われる力が強いのか、抗うこともできずコウスケに向かってくる。それを見てコウスケは嬉しそうに風伯を振るうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から無理矢理感がが…
感想お待ちしております
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文章を追加しました。こんなことをしないよう注意します


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変わりゆく者

前話に文章を追加しました。
先読まないと一気に物事が飛んだようになってしまうかも…
文法やら言葉やらおかしいかもしれません。
もっと文章力や表現力がうまくなりたいですね…


 

コウスケが魔物を殺戮している間ハジメたちは、フェアベルゲンの警備部隊の虎の亜人たちに囲まれてしまった。虎の亜人たちはシアを見て裏切者のハウリア族と判断し攻撃をしようとしたがハジメの威圧により攻撃は中断された。その後、交渉により本国の長老に判断を仰ぎたいとの事でその場にとどまる一行。

 

 その後、やってきた長老のうちの一人…森人族のアルフレリックに案内されフェアベルンへと行くことになった。本来大樹へ行きたかったハジメとユエだがどうやらこれから霧が濃くなり亜人たちでも方角を見失うようだ。亜人ならだれでも知っていることらしいが…ハウリア族の族長カムはすっかり忘れていたようだ。そのことで責任を擦り付け合うハウリア族にユエがお仕置きをしながらもフェアベルゲンにつく一行。

 

そこでハジメは長老たちとの交渉…またの名を恐喝によりハウリア族はハジメの奴隷になり、またハジメは亜人に敵対されず、フェアベルゲンへの立ち入り禁止となった。

 

 そんなこんなで、大樹の近くに拠点を作り…フェアベルゲンにある結界を作る事の出来るフェアドレン水晶を使って結界を張っただけのものだ…一息ついたところでこの後どうするべきか考えていた。亜人たちの話によると十日間すぎるまでは、大樹への霧は晴れない。

ならその間にハウリア族を鍛えることにしたのだ。今のままではハジメたちが離れたらハウリア族は全滅は必定である、そのため、ハウリア族を焚き付け訓練をすることにした。

 

 

これからのハウリア族のことを考えてさて戦闘の訓練をどうするべきか考えていると突如、影が何の前触れもなく視界に入り込んできた。

魔物かっとドンナーを向けるとそこにいたのはコウスケだった。

 

「っ!?…ってコウスケ!?…何、その姿は…」

 

「よう南雲、ん?この姿って、ああ、さっきまで暴れていたからな~ちょいと待ってくれ。すぐに洗うから」

 

コウスケは体中魔物の体液まみれだった。拭うこともよけることもせず切りまくっていたのだろう。明らかに不快なにおいがしている。そのことに特に気にもせず魔法を使って体中を洗い落とし濡れ鼠になった体を温風を使って乾かす。こういう無駄なことにかけては魔法の扱い方が日々うまくなっているコウスケだ。

 

「で、どう言う状況?」

 

ハジメに状況を聞くコウスケの顔に特におかしなところはない。親友のあまりにもマイペースな性格に溜息を吐きながら、今までのこととこれから行うことを説明する。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど…つまりハジメはうさ耳一族をまるまるゲットしたというわけか…羨ましい、後でカムさんをモフモフしようかな?」

 

「そういうわけじゃないっての…というかなんでカムなの?」

 

「そりゃあ温厚な男のうさ耳だぞ、今まであった美少女うさ耳は廃れこれからは中年男のうさ耳がはやる、つまり時代の先取りだ」

 

「そんな時代は来ないでほしいよ…」

 

「まぁそのうち南雲にもわかる日が来る、美少女より温厚なおっさんに癒されるその時が…話がそれたな、訓練方法は軍隊式が一番かな?戦い方より精神を鍛えた方がいいかな?今の温厚種族では訓練以前の問題だからなー。武器は…隠密がうまい兎人の特性とロマンを考えて…ナイフのようなものがいいな、首狩り兎の誕生だ!それに連携を高めるものとしてボウガンもいいかも」

 

阿保なことを言ったかと思えばすぐにまじめなことを言うコウスケその言葉になんだかなぁーとは思いつつも親友のせいで増えつつある溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 その後、コウスケとハジメはハウリア族の訓練方法を話し合い、取りあえず、武器を持たせ基本的な動きを覚えさせることにした。まずハウリア族の基本的な運動能力を知るためだ。教えるのは奈落の底で覚えたあまたの魔物と戦い培った、”合理的な動き”と”命の奪い合い”を教え込ませることにする。ある程度戦闘になれたら、奇襲と連携に特化した集団戦法を教え込むつもりだ。

 

 ちなみに、シアに関してはユエが張り切って専属で魔法の訓練をしている。どうやら同じ異端として何か思うものがあるらしく、自分から志願した。コウスケとしては、これで仲良くなってほしいところであるが…亜人でありながら魔力があり、その直接操作も可能なシアは、知識さえあれば魔法陣を構築して無詠唱の魔法が使えるはずだ。時折、霧の向こうからシアの悲鳴が聞こえるので特訓は順調のようだ。

 

 そして訓練を開始して数時間後、ハジメは額に青筋を浮かべながらイライラした様に、コウスケは爆笑しながらハウリア族の訓練風景を見ていた。確かに、ハウリア族達は、自分達の性質に逆らいながら、言われた通り真面目に訓練に励んでいる。コウスケの”誘光”によって寄せ集められた魔物をいくつもの傷を負いながらもなんとか倒している。

 

 しかし…

 

グサッ!

 

魔物の一体に、ハジメ特製の小太刀が突き刺さり絶命させる。

 

「ああ、どうか罪深い私を許してくれぇ~」

 

それをなしたハウリア族の男が魔物に縋り付く。まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のようだ。

 

ブシュ!

 

また一体魔物が切り裂かれて倒れ伏す。

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

首を裂いた小太刀を両手で握り、わなわな震えるハウリア族の女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のようだ。

 

バキッ!

 

瀕死の魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いる。体当たりによって吹き飛ばされたカムが、倒れながら自嘲気味に呟く。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

その言葉に周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情でカムへと叫ぶ。

 

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

 

「そうです! いつか裁かれるとき来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

 

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」

 

「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミっぽい魔物)のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

 

「「「「「「「「族長!」」」」」」」」

 

 いい雰囲気のカム達。そして我慢できずに突っ込むハジメ。

 

 

「だぁーーー! やかましいわ、ボケッ! 魔物一体殺すたびに、なんで、いちいち大げさになるんだよ!なんなの? ホント何なんですか? その三文芝居! 何でドラマチックな感じになってんの? 黙って殺せよ!即殺しろよ!魔物に向かって“彼”とか言うな! キモイわ!」

 

「だっははは!あっはははは!!おもしれ―!なにこれ凄い面白いんですけど!なんというドラマチックな人たちだ!役者の人たちは見習った方がイイかもな!」

 

「笑ってないでどうにかしてよコウスケ!突っ込むのは大変なんだよ!」

 

 そう、ハウリア族達が頑張っているのは分かるのだが、その性質故か、魔物を殺すたびに訳のわからないドラマが生まれるのだ。この数時間、何度も見られた光景であり、ハジメもまた何度も指摘しているのだが一向に治らない。おまけにコウスケは笑って手伝ってくれない。いい加減、堪忍袋の緒が切れそうなのである。

 

 ハジメの怒りを多分に含んだ声にビクッと体を震わせながらも、「そうは言っても……」とか「だっていくら魔物でも可哀想で……」とかブツブツと呟くハウリア族達。

 

 更にハジメの額に青筋が量産される。

 

見かねたハウリア族の少年が、ハジメを宥めようと近づく。この少年、ライセン大峡谷でハイベリアに喰われそうになっていたところを間一髪ハジメに助けられ、特に懐いている子だ。しかし、進み出た少年はハジメに何か言おうとして、突如、その場を飛び退いた。

 

 訝しそうなハジメが少年に尋ねる。

 

「? どうした?」

 

少年は、そっと足元のそれに手を這わせながらハジメに答えた。

 

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったよ。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可哀想だもんね」

 

ハジメの頬が引き攣る。

 

「お、お花さん?」

 

「うん! ハジメ兄ちゃん! 僕、お花さんが大好きなんだ! この辺は、綺麗なお花さんが多いから訓練中も潰さないようにするのが大変なんだ~」

 

ニコニコと微笑むウサミミ少年。周囲のハウリア族達も微笑ましそうに少年を見つめている。

 

ハジメは、ゆっくり顔を俯かせた。黒髪が垂れ下がりハジメの表情を隠す。そして、ポツリと囁くような声で質問をする。

 

「……時々、お前等が妙なタイミングで跳ねたり移動したりするのは……その“お花さん”とやらが原因か?」

 

 ハジメの言う通り、訓練中、ハウリア族は妙なタイミングで歩幅を変えたり、移動したりするのだ。気にはなっていたのだが、次の動作に繋がっていたので、それが殺りやすい位置取りなのかと様子を見ていたのだが。

 

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

 

「はは、そうだよな?」

 

苦笑いしながらそう言うカムに少し頬が緩むハジメ。しかし……

 

「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

 

 カムのその言葉にハジメの表情が抜け落ちる。幽鬼のようにゆら~りゆら~りと揺れ始めるハジメに、何か悪いことを言ったかとハウリア族達がオロオロと顔を見合わせた。ハジメは、そのままゆっくり少年のもとに歩み寄ると、一転してにっこりと笑顔を見せる。少年もにっこりと微笑む。

 

そしてハジメは……笑顔のまま眼前の花を踏み潰した。ご丁寧に、踏んだ後、グリグリと踏みにじる。

 

呆然とした表情で手元見る少年。漸くハジメの足が退けられた後には、無残にも原型すら留めていない“お花さん”の残骸が横たわっていた。

 

「お、お花さぁーん!」

 

少年の悲痛な声が樹海に木霊する。「一体何を!」と驚愕の表情でハジメを見やるハウリア族達に、ハジメは額に青筋を浮かべたままにっこりと微笑みを向ける。

 

「うん、よくわかったよ。よ~くわかりましたともさ。僕が甘かった。僕の責任だ。お前等という種族を見誤った僕の落ち度だ。ハハ、まさか生死がかかった瀬戸際で“お花さん”だの“虫達”だのに気を遣うとは……てめぇらは戦闘技術とか実戦経験とかそれ以前の問題だ。コウスケの言った通りだった。もっと早くに気がつくべきだったよ。自分の未熟に腹が立つ……フフフ」

 

「ハ、ハジメ殿?」

 

不気味に笑い始めたハジメに、ドン引きしながら恐る恐る話かけるカム。その返答は……

 

ドパンッ!

 

ドンナーによる銃撃だった。カムが仰け反るように後ろに吹き飛び、少し宙を舞った後ドサッと地面に落ちる。次いで、カムの額を撃ち抜いた非致死性のゴム弾がポテッと地面に落ちた。

 

 辺りをヒューと風が吹き、静寂が支配する。ハジメは、気絶したのか白目を向いて倒れるカムに近寄り、今度はその腹を目掛けてゴム弾を撃ち込んだ。

 

「はうぅ!」

 

 悲鳴を上げ咳き込みながら目を覚ましたカムは、涙目でハジメを見る。ウサミミ生やしたおっさんが女座りで涙目という何ともコウスケが喜びそうな光景…実際グッジョブ南雲!と言ってたので同じように額を撃って、ハジメは宣言した。

 

「貴様らは薄汚い“ピッー”共だ。この先、“ピッー”されたくなかったら死に物狂いで魔物を殺せ!今後、花だの虫だのに僅かでも気を逸らしてみろ! 貴様ら全員“ピッー”してやる!わかったら、さっさと魔物を狩りに行け! この“ピッー”共が!」

 

 ハジメのあまりに汚い暴言に硬直するハウリア族。そんな彼等にハジメは容赦なく発砲した。

 

ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

わっーと蜘蛛の子を散らすように樹海へと散っていくハウリア族。足元で震える少年がハジメに必死で縋り付く。

 

「ハジメ兄ちゃん! 一体どうしたの!? 何でこんなことするの!?」

 

 ハジメはギラリッと眼を光らせて少年を睨むと、周囲を見渡し、あちこちに咲いている花を確認する。そして無言で再度発砲した。

 

 次々と散っていく花々。少年が悲鳴を上げる。

 

「何だよぉ~、何すんだよぉ~、止めろよぉハジメ兄ちゃん!」

 

「黙れ、クソガキ。いいか? お前が無駄口を叩く度に周囲の花を散らしていく。花に気を遣っても、花を愛でても散らしてく。何もしなくても散らしていく。嫌なら、一体でも多くの魔物を殺してこい!」

 

そう言いつつ、再び花を撃ち抜いてくハジメ。少年はうわ~んと泣きながら樹海へと消えていった。それ以降、樹海の中に“ピッー”を入れないといけない用語とハウリア達の悲鳴と怒号が飛び交い続けた。

 

 種族の性質的にどうしても戦闘が苦手な兎人族達を変えるために取った訓練方法。戦闘技術よりも、その精神性を変えるために行われたこの方法を、地球ではハー○マン式と言うとか言わないとか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はぁ」

 

深夜、コウスケは憂鬱な気分になり目が覚めた。周りを見渡しここが大樹近くの樹海の中だと思い出した。隣では精神的な疲れがあるのか眉間にしわを寄せて眠りこけているハジメの姿があった。夢を見ているのかたまに変なことを呟いている。

 

「……ハー…軍…曹……フル…パニ…」

 

(どんな夢だよ…)

 

ハジメを起こさないように細心の注意をして起き上がり、夜の散歩をしようと樹海の中を歩きだすコウスケ。結界の中である以上魔物の奇襲の心配もなく夜の森を散策する。夜の森は静かで何かの虫の声しか聞こえない。歩いていると丁度腰を掛けるのに適した木の幹が倒れていたので座り込むコウスケ。そのままボーっと空を見上げる。

 

「そこにいるのは…コウスケ殿?」

 

どれだけ時間が過ぎただろうか。ふいに声が聞こえ視線を向ける。そこにいたのはカムだった。昼間散々ハジメにシゴキを受けたのにまだ動く元気があるとは…内心感心するコウスケ。

 

「こんばんはカムさん。まだ寝ていないと明日に響きますよ?」

 

「ははっ確かにそうですな。しかし何分初めての訓練ですので妙に目が覚めてしまって…コウスケ殿はどうしてこちらに?」

 

「俺ですか?…ちょっと考え事をしていたんです」

 

「そうでしたか。…隣に座ってもよろしいですか?」

 

カムの質問に体をずらすコウスケ。その動作に気分を害した様子もなくコウスケの隣に座るカム。男2人夜の森の中でただ無言で座っていた。

 

「そういえばコウスケ殿にはお礼を言ってませんでしたな」

 

「礼ですか?」

 

「…帝国兵のことです。魔物の時もそうでしたが貴方達が居なければ我々ハウリア一族は全滅しておりました。私の家族を救っていただきありがとうございます」

 

そういうとコウスケに向かって深々と頭を下げるカム。カムの誠実な言葉にコウスケは強い困惑の表情を浮かべた。実はさっきまで帝国兵を皆殺しにしていた時のことを考えていたのだ。あの時心の底から人を殺すことを楽しんでいたことがコウスケの顔を曇らせる。

 

「あ~どういたしましてって言いたいんですが…」

 

「?どうしましたか」

 

「……実はあの時、初めて人を殺したんです。」

 

その言葉にカムは驚いた。あれほど圧倒的な強さを持ち、何のためらいもなく帝国兵を切り刻んでいたコウスケは実は初めて人を殺したというのが信じられなかった。言葉が出ないカムをよそに苦々しい顔をしたコウスケは先ほどまで考えていたことを独り言のようにつぶやく。

 

「最初は間違いなくあなたたちハウリア族を助けたいって思っていたんです。そのためなら人殺しも仕方ないって…いや、南雲を助けるって決めた時点でどこかで人殺しを…ともかく守りたいって思ていたはずなんですけどね…ユエが犯されると思った瞬間プッツンしてしまって…」

 

そこで大きく息を吐くコウスケ。苦々しい顔から自虐の笑みを浮かべる。どうしてかカムにはその顔が泣いているように感じる。

 

「切った瞬間何とも言えない気持ちになりました。今まで自分のことを見下していたやつが驚き死んでいく。アイツらの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しくって…貴方達を護るとかユエのことで怒るとか大切なことをすぐに忘れて、只々自分が楽しむために殺戮をしたんです。」

 

自分の手を見て溜まっていたものを吐き出すようなコウスケにカムは何も言えなくなる。と言うより何を言ってもこの少年は悩むのをやめないだろう。そんな確信がした。だから抱えている物を最後まで聞こうと黙っていることにした。

 

「本当に自分に嫌気がさしますよ。まさか人を殺して恐怖心に捕らわれるんじゃなくて楽しくなるなんて…おまけに、物足りなくなって魔物を殺して回るなんて…俺はそんな風になりたくなんてなかったのに、あの帝国兵たちと何も変わらない、いやそれ以上の糞野郎になっちまった…」

 

「そんな事はありませんよ」

 

そのまま項垂れるコウスケにカムはきっぱりと言い放つことにした。顔をあげ不思議そうにカムを見るコウスケに諭すように言葉をかける。

 

「…カムさん何を言っているんですか。先も言ったように俺は人を殺して楽しんでいて…」

 

「確かにそのことは事実かもしれません。しかし貴方はずっと後悔をしているではありませんか。コレはいけない、どうにかしないとしなければと。自らの過ちを後悔し反省することができるのであればあなたは大丈夫です。決して外道になんてなりませんよ」

 

カムの言葉にぽかんとした顔をするコウスケ。何言ってるんだと思いはすれどカムはいたって真剣だ。

 

「…根拠もないのに随分と言い切りますね」

 

「ええ言い切りますとも。短い付き合いですがあなたは優しい人という事を()()はわかっていますから。それにあなたにはハジメ殿やユエ殿がいるのでしょう?なら大丈夫ですよ」

 

カムの優しさに満ちた言葉にコウスケの心が軽くなる。確かにその通りかもしれないと、何処かカムの言葉を無責任にも信じようとしている自分がいる。

 

「そういうものですかね?」

 

「ええ、そういうものです」

 

「そっか…すみませんカムさん。かなりカッコ悪い所を見せてしまって」

 

「ふふっ構いませんよ」

 

優しく微笑むにカムに感謝し、別れを告げ自分の寝床へ戻るコウスケ。先ほどまでの憂鬱な気分はだいぶ軽くなった。やはりカムの様な温厚な人には弱いなと頭をかきながら座り込む。そのままぼんやりと先ほどまでのカムの言葉を思い出す。

 

(大丈夫か…そうかな?でも信じてみないといけないよな)

 

この先のことを考えると不安はある。しかしカムの言葉を信じたいし、何よりも自分が変わりたい。この暴力的な力を振り回されないように心が強くなりたいと思うのだ。

 

「…ぅ……微笑みデブ…」

 

(…ったく人がシリアスになっているときにさっきから何の夢を見ているんだ。このヤローは…まったく俺みたい(糞野郎)になるんじゃねえぞ、()()()

 

隣で意味の分からない寝言を言うハジメに苦笑しながらゆっくりと横になるコウスケ。明日からまたいろいろ忙しくなるかもしれないと考え込みながら瞼を閉じる。次第にやってくる睡魔に身を任せコウスケは眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コウスケが去った後カムは一人静かに考え込んでいた。自分の一族の事、これからの事、そして何より自分たちを助けたせいで心に傷を負ってしまった少年の事。

 

(強くなるという事は我らが生き抜くために必要なことだ、だが同時に強さという力におぼれる可能性もあるという事だ…我々は…)

 

考え込むカムの周辺に微かな物音と多くの気配がする。しかしカムは身動きはしない。近くにいるのは誰で何をしていたかなど、カムは知っているのだ。

 

「…カムや、儂らは物事を甘く見ていたのかもしれんのう」

 

「…翁」

 

カムの横に音もなく出てきたのはハウリア族の中で一番の高齢である老人だ。その横には悲しそうにする老人の妻もいる。その2人が出てきたことを皮切りに続々とカムと同世代以上のハウリア族達が悲痛な表情を浮かべながら出てくる。実はカムとコウスケが会話をしていたので起きてしまったのだ。訓練で疲れていることもあり寝ようとしていたが会話の内容を聞きうさ耳を立てて盗み聞きをしていたのだ。

 

「若い者はどうしています?」

 

「皆寝ておる…儂らは助かったが、あのような未来のある若者が心を痛めてしまうとは…弱いというのは力がないというのは辛いのぅ」

 

「ええ…本当に我々が不甲斐ないばかりに…」

 

「…なら強くなりましょう。心も体も」

 

項垂れるカムと老人にさっきまで泣きそうになっていた老人の妻が震える声で呟いた。その声を聞きカムは真剣にうなずく。

 

「ああ、我らは変わらなければいけない。このまま弱いままでいいわけがない。強くなろう。無論、力におぼれないように心もだ。…きっとそれが我らを助けるために動いてくれたハジメ殿…いやボスやコウスケ殿の恩返しとなる」

 

カムの力強い決意の言葉に今一度ハウリア族たちは皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハウリア族の所は非常に難しいです
でも今後のためには書かないと…
それにしても無理矢理感が強い


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そしてハウリアは…

ひっそり投稿!
取りあえずこんな感じになりました


 シアは上機嫌だった。ユエとの特訓で約束をしたのだ。約束の内容はユエとシアが勝負しユエにわずかな傷でもつけることができたら旅の同行を許すようハジメとコウスケに口添えするというものだった。その結果、 死に物狂いでユエに挑み見事頬に傷をつけることができたのだ。本気で3人の旅に同行したい、もっと仲良くなりたい、これ以上家族に負担を掛けたくない、その執念が実を結んだのだ。

 

これで、ユエの口添えがあれば旅に同行できる可能性がぐっと上がる。そのことを考えると、シアは顔がにやけるのを止めることができなかった。

 

「ふふ~ん。これで私も旅に同行することができるですぅ!あはは~、やりましたぁ!これも私がユエさんに勝ったからですぅ努力と執念のたまものですぅ!」

 

「……シア、おめでとう…でも確定じゃない」

 

「うっ、で、でもユエさんは味方してくれんですよね!?それなら、ほぼ、決まったようなものじゃないですか!」

 

「…口添えはする、私からも頼み込んでみる…でも、決めるのは主にハジメ」

 

「うう~」

 

 ユエは何故、シアとそのような約束を交わしたのか。

 

それは、ハジメとコウスケの仲の良さだろう。いつも2人で騒いでいるのを見ると羨ましくて同時にわずかな寂しさを感じるのだ。もちろん2人は何かと気遣ってくれるがユエとしては、同性の友達が欲しいというのもある。そんなときに出てきた、自分と同じ同類の女の子だ。ライセン大峡谷で初めてシアの話を聞いた時、自分とは異なり比較的に恵まれた環境にあることに複雑な感情を覚えつつも、やはり、放っておくことはできない、むしろチャンスなのではと思った。コウスケが奈落で言った友達と居場所というのもある。そんなこんなで約束をしたのである。

 

(でも大丈夫ですよね!ユエさんが口添えしますしコウスケさんも、きっと協力してくれる。だからきっと…)

 

シアとしても不安はあるが、このチャンスを逃す気はなかったそろそろ、ハジメのハウリア族への訓練も終わる頃だ。考え込むユエと上機嫌なシアは二人並んでハジメ達がいるであろう場所へ向かうのだった。

 

 ユエとシアがハジメのもとへ到着したとき、ハジメは腕を組んで近くの樹にもたれたまま瞑目しているところだった。 二人の気配に気が付いたのか、ハジメはゆっくり目を開けると二人の姿を視界に収める

 

「二人共。勝負とやらは終わったのか?」

 

 ハジメも、二人が何かを賭けて勝負していることは聞き及んでいる。シアのために超重量の大槌を用意したのは他ならぬハジメだ。シアが、真剣な表情で、ユエに勝ちたい、武器が欲しいと頼み込んできたのは記憶に新しい。ユエ自身も特に反対せずむしろ協力してほしいということから、ユエの不利になることもないだろうと作ってやったのだ。

 

 実際、ハジメは、ユエとシアが戦っても十中八九、ユエが勝つと考えていた。奈落の底でユエの実力は十二分に把握している。いくら魔力の直接操作が出来るといっても今まで平和に浸かってきたシアとは自力が違うのだ。

 

 だがしかし、帰ってきた二人の表情を見るに、どうも自分の予想は外れたようだと内心シアに感心するハジメ。そんなハジメにシアが上機嫌で話しかけた。

 

「ハジメさん! ハジメさん! 聞いて下さい! 私、遂にユエさんに勝ちましたよ!大勝利ですよ! いや~、ハジメさんにもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを!」

 

「ハイハイ、凄い凄い、で? どうだったの?」

 

シアを適当にいなしながらユエに聞くハジメ正直、どんな方法であれユエに勝ったという称賛ものだ。ユエから見たシアはどれほどのものなのか、気にならないといえば嘘になる。ユエは素直にハジメの質問に答えた。

 

 

「……魔法の適性はハジメと変わらない」

 

「ありゃま、宝の持ち腐れだね……で? それだけじゃないよね? あのレベルの大槌をせがまれたとなると……」

 

「……ん、身体強化に特化してる。正直、化物レベル」

 

「……へぇ。僕達と比べると?」

 

 ユエの評価に目を細めるハジメ。正直、想像以上の高評価だ。ユエの偽りのない目が何より雄弁に、その凄まじさを物語るユエは、ハジメの質問に少し考える素振りを見せるとハジメに視線を合わせて答えた。

 

「……強化してないハジメの……六割…七割くらい」

 

「マジで……最大値だよね?」

 

「ん……でも、鍛錬次第でまだ上がるかも」

 

「…それは確かに化物レベルだ」

 

 シアは、ハジメが驚愕の面持ちで眺めている事に気がつくと。いそいそと姿勢を正し、急く気持ちを必死に抑えながら真剣な表情でハジメのもとへ歩み寄った。背筋を伸ばし、青みがかった白髪をなびかせ、ウサミミをピンッと立てる。これから一世一代の頼み事をするのだ。緊張に体が震え、表情が強ばるが、不退転の意志を瞳に宿し、一歩一歩、前に進む。そして、訝しむハジメの眼前にやって来るとしっかり視線を合わせて想いを告げた。

 

 

「ハジメさん。私をあなた達の旅に連れて行って下さい。お願いします!」

 

「断る」

 

「即答!?」

 

まさか今の雰囲気で、悩む素振りも見せず即行で断られるとは思っていなかったシアは、驚愕の面持ちで目を見開いた。

 

「あのなぁ、カムは、お前の家族はどうするのさ。全員連れていくって話じゃないだろうけど」

 

「…父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認めないけど……その……」

 

「その? なんだ?」

 

何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら上目遣いでハジメをチラチラと見る。あざとい。実にあざとい仕草だ。ハジメが不審者を見る目でシアを見る。

 

「その……私自身が、付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって……」

 

「はぁ? 何で付いて来たいんだ? 今なら一族の迷惑にもならないだろ?それだけの実力があれば大抵の敵はどうとでもなるだろうし」

 

「で、ですからぁ、それは、そのぉ……」

 

「……」

 

本当はシアがこれから何を言うかなんとなく察している。だから、ハジメは内心ため息をついていた。

 

「皆さんと友達になりたいんです!一緒に冒険して一緒に笑って泣いて怒って、苦労を分かち合って…そんな事をしたいんです!」

 

「……」

 

想像通りのセリフだった。そして、内心しょうがないとも思い始めてくるのを感じた。何度もすげなく断っているが、ユエやコウスケのことを考えると連れて行った方が良いのではないかと思い始める。この天真爛漫さや残念さはコウスケと波長が合いそうで、ユエにとっての初めての友達になる、自分もシアの打たれ強さは、気に入ってるものがある。何より『友達になりたい』その言葉がどうしても引っかかるのだ。まるで日本にいたときの自分の様な…それを考えると本当に断るべきか迷いが出てくる。

 

そんなハジメにユエからこっそり耳打ちが入る。

 

「……ハジメ、連れて行こう」

 

「…理由は」

 

「…もしかしたら…友達になれるかと思うと…断り切れない」

 

「…そっか。うん…そうだよね。友達が出来ると思うと嬉しいよね」

 

最後の方は小声になってしまったが、ユエの気持ちが何かわかる様な気がするハジメ。あの奈落にいたときもし自分一人だけだったら…

コウスケという友達のおかげで自分は生き延びることができた、その事を考えると何とも言えなくなる。

 

ユエ自身も、シアをとても気に入っている。元気で、へこたれず、残念という喜怒哀楽の激しいシアは一緒にいて楽しいのだ。

 

シアは悩むハジメにもう一度、はっきりと。シア・ハウリアの望みを言った。

 

「……私も連れて行って下さい」

 

見つめ合うハジメとシア。ハジメは真意を確認するように蒼穹の瞳を覗き込む。

 

「……はぁーわかったよ。全く、仕方ない…行こう、一緒に」

 

 樹海の中に一つの歓声と祝福する声が聞こえる。その様子に、ハジメは、いろんな意味でこの先も大変そうだと苦笑いするのだった。

 

 

「えへへ、うへへへ、くふふふ~」

 

 同行を許されて上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせてた。それは、ハジメと問答した時の真剣な表情が嘘のように残念な姿だった。

 

「……キモイ」

 

 見かねたユエがボソリと呟く。シアの優秀なウサミミは、その呟きをしっかりと捉えた。

 

「……ちょっ、キモイって何ですか! キモイって! 嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。これで私も皆さんと一緒にいられるんですよぉ~喜ぶのは仕方ないんじゃないですかぁ」

 

「喜びすぎだよ、まったく」

 

「……喜びすぎて面倒」

 

シアの奇怪な行動に溜息を吐くハジメとユエ。気持ちは分からないでもないので仕方なく放置する。

 

「ちょっと無視しないで下さいよぉ私は本当に皆さんと…あれ?コウスケさんは?」

 

「気付くのが遅すぎる…ハウリア族と一緒にいるけど…ねえ、シア」

 

「?はい」

 

「…原因は恐らくコウスケだから、僕は悪くない。うん、きっとそうだ。そうだよねコウスケ」

 

「え?ええ?ハジメさんどうしてそんな遠い目をするんですなんでそんな頭を抱えるんです?うちの家族はいったいどうなったんですか!?」

 

ハジメのあまりにも遠い目を見て急に不安になる。ハジメの指さす訓練場へ急ぎ向かう。そこは広い空き地の様な開けた場所だった。

その空き地の方にちょこんとコウスケが座っている。確か事前に聞いた話ではコウスケの技能”誘光”で魔物を集めているという話だった。その技能で魔物を誘っているのは分かるだからそれはいい、いいのだが……

 

無数の魔物の死骸が山のように積み上げられていた。明らかに絶命しているものが多数。後は外傷もなく静かにこと切れているようなのが大半だった。

 

がそれより目が行くのはまだ生きていてコウスケに向かって来る魔物を間をすり抜ける無数の影だった。影が通るたびに倒れていく魔物、よく見ると急所に刺し傷や切り傷が見られる。

 

「…残4匹、左2匹を殺る」

 

「了解、頭を確認した、援護を」

 

「了解」

 

影はハウリア族だった。中年の女が向かってくる魔物の左の2匹を素早く仕留め男が魔物のリーダー格を急所を仕留めた。残った1匹はコウスケが座っている所…正確にはコウスケと一緒に座っている老夫婦から放たれたボウガンの矢によって絶命している。老夫婦はコウスケとの雑談を楽しんでいるようにみえ撃ったところが分からなかった。おまけに、顔を魔物に向けていない。

 

「婆さんや、魔物が弱すぎて鍛錬にならんのぅこのままでは腕が鈍りそうじゃ」

 

「あらやだ、おじいさん。コウスケの前で強い魔物を倒してカッコつけたいんでしょう?」

 

「ばれてしもうたか、婆さんにはかなわんのう」

 

朗らかに笑う老夫婦。その手はよどみなく、動き向かってくる魔物の数を減らしていく。たしか、あの老夫婦はハウリア族で一番温厚な人たちだったはずだ。それがいつの間にか、歴戦の老兵になっている。

 

遠くの方ではヒャッハァ――――という声が聞こえるおかしい、なにもかもがおかしい。シアが混乱しているときすっと影が現れた。

 

「ひゃっ」

 

影の正体は若いハウリア族達だった。中にはあの花を愛でていた少年パルもいる。しかし何やら様子がおかしい、不敵な笑みを浮かべながらその肩には大型のクロスボウが担がれており、腰には二本のナイフとスリングショットらしき武器が装着されている。随分ニヒルな笑みを見せ武器を自然と手にするその姿は余りにも違和感がない。むしろ自然だ。

 

「パ、パル君?一体どうしちゃったんですか」

 

「おっとシアの姉御お久しぶりでさぁ。申し訳ありませんがこれから狩りの成果をボスに報告しなければいけませんのでちょいとしつれいしますよ」

 

「へっ?ボス?い、いったい何のことなんですか!?ハ、ハジメさん!なんか皆おかしくなっていませんか!?」

 

シアは、未だかつて“姉御”などという呼ばれ方はしたことがない上、目の前の少年は確か自分のことを“シアお姉ちゃん”と呼んでいたことから戸惑いの表情を浮かべる。そんな困惑し混乱するシアをしり目に若いハウリア族達はハジメの前にきっちりと整列し成果を報告する。

 

「ボス、お題の魔物殲滅してきました!」

 

「……僕は1チームで一体と言ったと思うんだが…」

 

ハウリア族たちはこの樹海に生息する魔物の中でも最上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。ハジメの課した訓練卒業の課題は上位の魔物を一チーム一体狩ってくることだ。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、優に十体分はある。ハジメの疑問に対し、パル少年が不敵な笑みをもって答えた。

 

「ええ、そうしたかったのですが… 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

 

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

 

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

 

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

 

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

 

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

 不穏な発言のオンパレードだった。全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたままハジメに物騒な戦闘報告をする。それを呆然と見ていたシアは正気に戻り慌ててハジメに詰め寄る。

 

「……誰?…じゃなくて!ど、どういうことですか!? ハジメさん! 皆に一体何がっ!?」

 

「僕は悪くない…原因は恐らくコウスケ…そういう事にしておこう…彼らは頑張った…その訓練の賜物だ……」

 

「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ!? 完全に別人じゃないですかっ!ちょっと、目を逸らさないで下さい! こっちを見て!」

 

「シア…現実を受け止めるんだ」

 

「何を言っているんですかっ!見て下さい。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですか! あっ、今、ナイフに“ジュリア”って呼びかけた! ナイフに名前つけて愛でてますよっ! 普通に怖いですぅ~」

 

混乱するシアにハジメとしても説明ができないのだ。訓練の最初の頃はハートマン式訓練で鍛えていたはずが日がたつにつれどんどん異様な速度で成長していったのだ。自衛できるようとそのつもりだったのがどうしてここまでなってしまったのか。コウスケにも相談してみたが心当たりはないらしい。ハジメもよくわからない状況だ。とりあえず混乱しているシアを放っておいて先ほどから気になっていたことを聞くことにする。

 

「えーっと、そういえばカムはどうしたんだ?お前たちと一緒にいるはずじゃなかったか?」

 

「ああ!?そういえば父様はどうしたんですか!?みんなの豹変ぶりに驚いて忘れて居たですぅ!」

 

確かカムはこの若いハウリア族達と一緒に行動していたはずだが、姿が見えない。詳細を聞こうとするとなぜか目をそらすハウリア族達。

 

「あ、あー長についてなんですが、その…おいお前が言え」

 

「お、俺!?やだよボスに何か言われたら…」

 

「アニキ達…仕方ありません。自分が説明します。ボス、長は狩りをしている最中に途中で単独行動をしました」

 

「単独行動?」

 

訝しむハジメにばつが悪そうに説明するパル少年

 

「はい、狩りの途中で『ふむ…存外早かったな。お前たちは先にボスのところに戻れ』と言われまして付いて行こうとしたのですが戻れとの一点張りで」

 

ふむと考え込むハジメ。なんとなくその言葉でカムが何をしようとしているのか考えはつく。…考え付くのだが、できるのだろうか?そこまで強くなったのだろうか。考え込むほど顔が険しくなっていく。至急カムを探す様にと言いかけたところで奥から人影が見えた。が、何かおかしい。右手で何か大きいものを引きずりながら歩いているのだ。

 

「おや、どうやら遅れてしまったようですね。申し訳ありませんボス」

 

「父様!って…あ…と、父様その引きずっているのは…」

 

「ん?シア?ユエ殿との訓練は終わったのか」

 

人影はカムだった。シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後として会っていなかったのだ。たった十日間とはいえ、文字通り死に物狂いで行った修行は、日々の密度を途轍もなく濃いものとした。そのため、シアの体感的には、もう何ヶ月も会っていないような気がしたのだ。早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。が気付いてしまった。顔は温厚ないつものカムだ。しかしカムの全身からにじみ出る威圧感が尋常ではない、気のせいか体つきも何やらマッシブになっている。何よりも目を引くのはカムがさっきからゴミの様に引きずっていた物…それは熊人族次期頭領と名高いレギン・バントンだった。

 

「カム、そいつは…」

 

「ボス報告であります。熊人族の集団が我々に対する待ち伏せをしていたのを発見しましたので、単独で撃退しリーダーであるコイツを捕獲してきました。事後報告になってしまい申し訳ありません。」

 

「た、単独で熊人族を撃退した…?」

 

シアは開いた口が塞がらない。いくら訓練をしたとしても兎人族のカムが単独で熊人族に集団に敵うことはまずないだろう。それなのにやってのけたという。おまけに怪我らしい怪我もなくリーダーを捕まえて…シアは頭の中が真っ白になってしまった。

 

「ぐっ…貴様…いったいハウリア族に何をしたのだ…おかしいだろ…正面から…誰も殺さず…ただ一撃で我らを打ち倒すなんて…」

 

ボロボロになりながらなんとかと言った様子で声を出す熊人族をスルーしつつハジメは表情には出さないが困惑していた。ここまでハウリア族は強くなれるのだろうか。確か兎人族は他の亜人族に比べて低スペックだったはずだが…いい加減考えると頭が痛くなりそうなので溜息を吐きながらこの熊人族の処遇を決めることにした。

 

 

 

 

 

 

(うわーカムさんなんか強くなってるーかっこいいー)

 

一方カムたちのやり取りを遠くから聞いてるコウスケ。ドン引きのあまり現実逃避していた。ハウリア族がヒャッハーしているのは原作通りだ。それは問題ないのだが…なんかカムやカムと同年代以上のハウリア族たち…特にこのそばにいる老夫婦…が想像以上に強くなっているような気がするのだ。自分は何もしていないはずなのだが…

 

戦闘訓練がないときはいい。この前は「コウスケさん何か食べたいものはあるかしら。何でも言ってね」と優しく笑うカムと同年代と思われる女性や「コウスケ君何か訓練している最中気付いたことがあったら何でも言ってくれ」と微笑みながら話しかける中年男、など優しく温厚で付き合いやすいのだが…訓練が始まると能面のような顔になり静かに手早く魔物を始末していくのだ。正直ドン引きだ。特にこの老夫婦は一歩抜き進んでいる。

 

「コウスケこれ食うか、うんめぇぞ」

 

「ア、ハイいただきます…あっ…美味しい」

 

「そうかそうか、いっぱいあるからたんと食え」

 

「ふふふ、コウスケが気に入ってくれて良かったですねおじいさん」

 

「うむ、摘んできたかいがあったのぉ婆さんや」

 

「あっと…えーとできれば…」

 

「ふふ、わかっていますよ。ちゃんとボスやユエちゃんの分もありますから心配しなくていいのよ」

 

「…あ、ありがとうございます」

 

老夫婦から木苺?みたいなものをもらい食べるコウスケに幸せそうにに微笑む老夫婦。これだけ見れば孫との会話を楽しむ老夫婦のようだが実際は、ボウガンを手早く動かし顔をこちらに向けながら魔物を殺している。ちなみにすべて目や関節、急所に当たっている。

 

(えぇー後ろに目でもついてんの!?というか凄すぎない?何でそんなにボウガンの使い方上手いの?あっちの人たちは何でナイフをそんなに巧みに扱えるの?急所を当てれるの?いくら南雲の錬成ナイフでも技量がなければただのよく切れるナイフだぞ!俺や南雲でも結構苦労したんだぞ!?おかしい、ハウリア族はチートやったんや…それはそれとして木苺ウメェな…南雲とユエも喜びそうだ)

 

あんまりの手際の良さ、熟練の技、すべてにおいてすさまじかった。本当に温厚種族だったの?実は先祖が戦闘民族じゃないの?何でファンタジーのウサギは滅茶苦茶強くなるの?と聞きたくなるほどだ。が、なんだかんだで温厚なハウリア族は大好きなのでこれはこれでいいかと思うコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局熊人達はフェアベルゲンの長老たちに“貸一つ”という名目で返されたのだ。そんなこんなで、大樹へ向かう一行、その間にシアはコウスケにひそひそと話しかける。

 

「あのコウスケさん?いったいうちの家族に何をやったんですか?なんかみんなおかしくなっているというか一部の人たちは変わらずにやたらと強くなっているというか…本当に何をしたんですか」

 

「…俺は何もしていないはずなんだけど、つーか南雲が主に何かやったせいじゃねえの?」

 

「僕に振らないでよ、なんか気が付いたらこうなっていたんだ」

 

「訓練で温厚種族を変えた奴が自覚なしとは…ユエさんこの人怖いですぅ」

 

「…コウスケ、シアのまねは流石に気持ち悪い」

 

「うん、自分でも気持ち悪いと思った。そういえばユエとシアの訓練はどうだったの?うまくいった?」

 

「あ!ふっふーん聞いてくださいコウスケさん!ユエさんとの賭け事に勝って私シア・ハウリアは貴方達の旅についていくことになりました!これからよろしくですぅ!」

 

「お!やったじゃねえかシア!そーかそーか旅についてくるのか…へぇーなるほどなるほど」

 

「…あのユエさんハジメさん?なんかコウスケさんが企んでいるような悪い顔になって私を見ているのですが…」

 

「あーうんきっと平気だよシア。コウスケの事だから、どうせ訓練の事しか考えていないはずだよ」

 

「…コウスケは純情ヘタレだからシアに何もできない」

 

そんな和やかな明るい雰囲気?で一行は遂に大樹の下へたどり着いた。ハジメが大迷宮だと思っていた大樹は……見事に枯れていた。

 

 大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

 

「こりゃまた…かれてますなぁ」

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

 ハジメとユエの疑問顔にカムが解説を入れる。それを聞きながらハジメは大樹の根元まで歩み寄った。そこには、アルフレリックが言っていた通り石版が建てられていた。

 

「これは……オルクスの扉の……」

 

「……ん、同じ文様」

 

 石版には七角系とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。ハジメは確認のため、オルクスの指輪を取り出す。指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

 

「やっぱり、ここが大迷宮の入口みたいかな……だけど……こっからどうすればいいんだ?」

 

「何か仕掛けがあるってことだろ。RPGのお約束だ」

 

 その時、石版を観察していたユエが声を上げる。

 

「ハジメ、コウスケ……これ見て」

 

「ん? 何かあったか?」

 

 ユエが注目していたのは石版の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが空いていた。

 

「これは……」

 

ハジメが、手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。すると……石版が淡く輝きだした。

 

 何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。暫く、輝く石版を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

“四つの証”

“再生の力”

“紡がれた絆の道標”

“全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”

 

「おっ謎解きか!解読、解読~」

 

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

 

「……再生の力と紡がれた絆の道標は?」

 

 頭を捻るハジメにシアが答える。

 

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

 

「ふーむそうだとして、再生か…再生?うーん()()()()()()()?」

 

(…ん?あれ?何か今おかしかったような…?)

 

「…再生……私?」

 

「……ユエの自動再生?それは違うんじゃないかな」

 

ふと、奇妙な違和感を覚えコウスケに視線を向けていたハジメだが、自分の手を切って自動再生を発動しようとするユエを止める。流石にそれではないと思う。

 

「枯れ木に再生ねぇ…南雲、再生に関する神代魔法があってそれを使ってこの大樹をどうにかするってことじゃね?」

 

「それが一番らしいね…ほかの迷宮を回って来いってことかぁつくづくゲームっぽい世界」

 

「RPGだったら面白そうなんだが実際にやると面倒でしかないな…」

 

ここで愚痴を言っても仕方がない、気持ちを切り替えて先に三つの証を手に入れることにする。

 

ハジメはハウリア族に集合をかけた。

 

「いま聞いた通り、僕達は、先に他の大迷宮の攻略を目指すことにする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

 そして、チラリとシアを見る。その瞳には、別れの言葉を残すなら、今しておけという意図が含まれているのをシアは正確に読み取った。いずれ戻ってくるとしても、三つもの大迷宮の攻略となれば、それなりに時間がかかるだろう。当分は家族とも会えなくなる。

 

 シアは頷き、カム達に話しかけようと一歩前に出た。がその前にカムが一歩前に出た。

 

「ボス! お話があります!」

 

「父様?ここは私の旅立ちのシーンでは?」

 

「あ~、何だ?」

 

なんだか面倒な気がする。そばにいるコウスケがニヤニヤし始めた。こんな時は大体面倒ごとが起こる前触れだ。

 

「ボス、我々もボスのお供に付いていかせて下さい!」

 

「えっ! 父様達もハジメさんに付いて行くんですか!?」

 

 カムの言葉に驚愕を表にするシア。十日前の話し合いでは、自分を送り出す雰囲気だったのにどうしたのです!? と声を上げる。

 

「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし! ボスの部下であります! 是非、お供に! これは一族の総意であります!」

 

「ちょっと、父様! 私、そんなの聞いてませんよ! ていうか、これで許可されちゃったら私の苦労は何だったのかと……」

 

「ぶっちゃけ、シアが羨ましいであります!!」

 

「ぶっちゃけちゃった! ぶっちゃけちゃいましたよ! ホント、この十日間の間に何があったんですかっ!」

 

 カムが一族の総意を声高に叫び、シアがツッコミつつ話しかけるが無視される。何だ、この状況? と思いつつ、ハジメはきっちり返答した。

 

「却下」

 

「なぜです!?」

 

「足でまといだからに決まってんだろ、バカヤロー」

 

それでもついていきたさそうなハウリア族にじりにじりとハジメとユエとコウスケにと近寄ってくる。仕方なく代案を出すハジメ。

 

「じゃあ、あれだ。お前等はここで鍛錬してろ。次に樹海に来た時に、使えるようだったら部下として考えなくもない」

 

「……そのお言葉に偽りはありませんか?」

 

「ない」

 

「…分かりました、ではせめて別れの挨拶を…総員シアとボスとコウスケ殿とユエ殿に飛びつけぇ―――別れの挨拶をするのだ!」

 

わっと群がるハウリア族に四人は一緒になってもみくちゃにされた。目の前には楽しそうに笑うハウリア族が群がっており。

ハジメは嫌そうな顔で、でもちょっぴり口角をあげて、コウスケは笑いながら、ユエは若干引き気味に、シアはなんだかんだで楽しそうに。ハウリア族の別れをそれぞれ受ける。

 

「シア気を付けていくのよ!」

「シア!ボスと一緒に行くなんて羨ましいぞ!」

「シアの姉御!俺達の代表なんだから油断したらいけませんぜ!」

「ボス!俺たちは待っていますからね!」

「ボスーーーーーーーーーーーーー!!」

「ボス!期待しててください!俺たち強くなりますから!」

「コウスケさんユエちゃんいつでも帰っておいで私たちはいつでも歓迎するから!」

「ユエさんあなたのお仕置きをいつでも待ってます!」

「ユエちゃん泣きたいことや辛いことがあったらいつでも来てね。待ってるから」

「婆さんやコウスケと…孫と離れるのは寂しいのぅ」

「大丈夫ですよおじいさん、今度はひ孫が見れるかもしれませんよ」

「!?さえてるな婆さん!ふふ次に会えるのが楽しみじゃわい」

「…ハァハァコウスケさんいい匂い…ボスとどっちが…!?両方一緒に嗅げばいいじゃない…私ったら天才ね!」

 

 

「シアいってらっしゃい…ハジメ殿達と一緒に世界を楽しんできなさい。我らのことは心配しなくていいから」

 

 

 

 

 

騒ぎながらも樹海の境界でカム達の見送りを受けたハジメ、ユエ、シアは再び魔力駆動二輪に乗り込んで平原を疾走していた。位置取りは、ユエ、ハジメ、シアの順番である。サイドカーにはコウスケが乗っている。ハジメの肩越しにシアが質問する

 

「ハジメさん。そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

 

「ん? 言ってなかった?」

 

「聞いてませんよ!」

 

「……私は知っている」

 

「あ、俺は聞いてない!」

 

「そういうのはちゃんと聞いてね、コウスケ。シア、次の目的地はライセン大峡谷だ」

 

「ライセン大峡谷?」

 

 ハジメの告げた目的地に疑問の表情を浮かべるシア。現在、確認されている七大迷宮は、【ハルツィナ樹海】を除けば、【グリューエン大砂漠の大火山】と【シュネー雪原の氷雪洞窟】である。確実を期すなら、次の目的地はそのどちらかにするべきでは?と思ったのだ。その疑問を察したのかハジメが意図を話す。

 

「一応、ライセンも七大迷宮があると言われているからね。シュネー雪原は魔人国の領土だから面倒な事になりそうだし、取り敢えず大火山を目指すのがベターなんだけど、どうせ西大陸に行くなら東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれない」

 

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

 

 思わず、頬が引き攣るシア。ライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、つい最近、一族が全滅しかけた場所でもあるため、そんな場所を唯の街道と一緒くたに考えている事に内心動揺する。ハジメは、密着しているせいかシアの動揺が手に取るようにわかり、呆れた表情をした。

 

「シア、自分の実力を自覚してよ。今の君なら谷底の魔物もその辺の魔物も何も変わらないよ。ライセンは放出した魔力を分解する場所だよ、身体強化に特化した君なら何の影響も受けずに十全に動けるんだ。むしろ独壇場じゃないか」

 

「……師として情けない」

 

「うぅ~、面目ないですぅ」

 

「うーんなら俺と一緒に特訓でもするかシア?色々確認したいことがあるからな」

 

コウスケとしては同じ前衛だ。連携やお互いの間合いなどいろいろ気になる事がある。それにシアと肩を並べるのは中々楽しそうだ。

 

「その時はぜひお願いしますぅ…コウスケさん」

 

「はっはっは任せなさい!ユエではできなかったことを特訓しような!」

 

ケラケラと自信をもって笑うコウスケにシアもつられるように明るくなる。

 

「では、ライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか? それともこのまま、近場の村か町に行きますか?」

 

「出来れば、食料とか調味料関係を揃えたいし、今後のためにも素材を換金しておきたいから町がいいな。前に見た地図通りなら、この方角に町があったと思うんだよ」

 

 ハジメとしてはいい加減、まともな料理・・を食べたいと思っていたところだ。それに、今後、町で買い物なり宿泊なりするなら金銭が必要になる。素材だけなら腐る程持っているので換金してお金に替えておきたかった。それにもう一つ、ライセン大峡谷に入る前に落ち着いた場所で、やっておきたいこともあったのだ。

 

 

「はぁ~そうですか……よかったです」

 

ハジメの言葉に、何故か安堵の表情を見せるシア。ハジメが訝しそうに「どうしたの?」と聞き返す。

 

「いやぁ~、ハジメさんやコウスケさんのことだから、ライセン大峡谷でも魔物の肉をバリボリ食べて満足しちゃうんじゃないかと思ってまして……ユエさんはハジメさんとコウスケさんの血があれば問題ありませんし……どうやって私用の食料を調達してもらえるように説得するか考えていたんですよぉ~、杞憂でよかったです。ハジメさん達もまともな料理食べるんですね!」

 

「……なぁシア」

 

「?はい、どうしましたコウスケさん」

 

「迷宮には魔物しかいなかったんだ、魔物を解体して肉を焼いて食って水で何とか流し込んで…何とか食えるように散々苦労して…それでも不味くって、本当にまずかったんだ。南雲とお互い励ましあいながら生きてたんだ…誰が!好き好んで!魔物なんか喰うか!南雲!!飛ばせぇ!俺は腹いっぱい野菜を食うぞ!!」

 

「あの苦痛を思い出した…シア、町に着くまで車体に括りつけて引きずってやる」

 

「ちょ、やめぇ、どっから出したんですかっ、その首輪!ホントやめてぇ~そんなの付けないでぇ~、ユエさん見てないで助けてぇ!」

 

「……自業自得」

 

 ある意味、非常に仲の良い様子で騒ぎながら草原を進む四人。

 

 

 数時間ほど走り、そろそろ日が暮れるという頃、前方に町が見えてきた。ハジメの頬が綻ぶ、奈落から出て空を見上げた時のような、“戻ってきた”という気持ちが湧き出したからだ。懐のユエもどこかワクワクした様子。きっと、ハジメと同じ気持ちなのだろう。僅かに振り返ったユエと目が合い、お互いに微笑みを浮かべた。

 

「あのぉ~、和やかないい雰囲気のところ申し訳ないですが、この首輪、取ってくれませんか? 何故か、自分では外せないのですが……あの、聞いてます? ハジメさん? ユエさん? ちょっと、無視しないで下さいよぉ~、泣きますよ! それは、もう鬱陶しいくらい泣きますよぉ!」

 

「あ~後でその首輪の説明してあげるから今は好きなようにさせてやってくれシア」

 

 ハジメとユエは微笑みあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて大変だったハウリア族編終了!
次回から好きなように書けると思うと気が楽になります

感想お待ちしております


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ブルックの町にて

楽しんで思いつくままにやってみたら後半が変なことに…
勢いとノリで書いているのでキャラの会話で変な矛盾が出ないか心配です

今更改めて書きますがキャラ崩壊注意です。
…2次創作の時点で原作と違うのは当たり前かもしれませんが


 

 

 

 遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

 

 そろそろ、町の方からもハジメ達を視認できそうなので、魔力駆動二輪を“宝物庫”にしまい、徒歩に切り替えるハジメ達。流石に、漆黒のバイクで乗り付けては大騒ぎになるだろう。町に近づいていく、それなりに、充実した買い物が出来そうだとハジメは頬を緩めた。

 

「……機嫌がいいのなら、いい加減、この首輪取ってくれませんか?」

 

街の方を見て微笑むハジメに、シアが憮然とした様子で頼み込む。

 

シアの首にはめられている黒を基調とした首輪は、小さな水晶のようなものも目立たないが付けられている、かなりしっかりした作りのもので、シアの失言の罰としてハジメが無理やり取り付けたものだ。何故か外れないため、シアが外してくれるよう頼んでいるので、コウスケがハジメの代わり答えることにした。

 

「あ~テレ屋なハジメの代わりにこの俺が答えよう!シア、その首輪は俺たちの奴隷の証となっているんだ。」

 

「え!私は奴隷扱いなんですか!?」

 

「阿呆、俺たちがシアを奴隷扱いするわけないだろが。考えてみろ、愛玩用としての人気の高い兎人族が普通に町を歩けるわけがない、ましてやシアは白髪でおまけにスタイルも抜群なパーフェクト美少女なんだ。普通に考えて滅茶苦茶目立つだろ。俺たちの奴隷としてその首輪がなかったら…まぁ町の男たちに全員に目をつけられるな、確実に。というか、首輪があろうがなかろうが同じことか…ま、それの予防として外さないんだよ。…って、何くねくねしてんの?俺の話聞いてる?」

 

これから起こるであろうことを考え、シアに説明するコウスケだがシアは話の途中からくねくねしだし、顔を赤らめ嬉しそうにしている。

 

「もう~そんなに褒めなくてもいいじゃないですか~照れちゃいますよ~コウスケさ~ん。ハジメさんも私が心配だからって首輪を無理矢理つけるなんて~照れ屋さんなんだっあべし」

 

奇怪な悲鳴を上げ額を抑えるシア。言ってる最中にハジメから凸ピンを食らったのだ。溜息を吐きコウスケの話の続きを話す。

 

「さっきから誰が照れ屋なんだって…はぁその首輪、念話石と特定石が組み込んであるから、必要なら使って。直接魔力を注いでやれば使えるから」

 

「念話石と特定石ですか?」

 

 念話石とは、文字通り念話ができる鉱物のことだ。生成魔法により“念話”を鉱石に付与しており、込めた魔力量に比例して遠方と念話が可能になる。もっとも、現段階では特定の念話石のみと通話ということはできないので、範囲内にいる所持者全員が受信してしまい内緒話には向かない。

 

 特定石は、生成魔法により“気配感知[+特定感知]”を付与したものだ。特定感知を使うと、多くの気配の中から特定の気配だけ色濃く捉えて他の気配と識別しやすくなる。それを利用して、魔力を流し込むことでビーコンのような役割を果たすことが出来るようにしたのだ。ビーコンの強さは注ぎ込まれた魔力量に比例する。

 

「これで何かあってもフォローできると思うし…まぁ一人ではいない方が良いってこと。できる限り僕かコウスケのそばにいてね。さっきから楽しそうにしているユエも同じことだよ」

 

「…私?」

 

「そうだよ、ユエも世の中の女性がかすむほどに綺麗なんだ、だから、シアと同様に面倒ごとが向こうから寄ってくるだろうし…ってユエも嬉しそうにニンマリしないで…」

 

ユエも精巧なビスクドールと見紛う程の美少女だ。シアと同様、念のため男である自分かコウスケのそばにいるよう注意したが…ユエは嬉しそうにニンマリしているため注意を聞いているかわからない。

 

「…コウスケ、改めて思うけど、絶対面倒ごとが起こるよね…」

 

「だな、ユエもシアもとびっきり可愛いからなー。力任せに自分のものにしようとする奴が出てくるだろうなぁ…可愛い女の子と旅ができるのは嬉しいけど厄介ごとが起きそうとは…因果なものだ」

 

「「はぁ~」」

 

容姿をほめられて嬉しそうにする美少女2人に仕方がないとはいえ溜息が出てしまう男2人だった。

 

 

 

遂に町の門近くまで来たハジメたち。ハジメがステータスプレートの提示についてどうしようか言い訳を考えているとコウスケがボソッと耳打ちしてきた。

 

「南雲、ステータスプレートの提示なんだがお前のだけで通したいんだが、いいか?」

 

「?別にかまわないけど、なんで」

 

「俺のステータスプレートには勇者って書かれているからな。見つかったら面倒ごとに発展しそうじゃないか」

 

(最もほかにも試してみたいことがあるんだけどな)

 

コウスケのステータスプレートはバグりまくっているとはいえ天職の欄には依然として勇者と書かれている。見つかってしまったら王国に連絡が行き面倒ごとがわらわらとやってくるに違いない。自分から勇者になったわけでもないのにあーだこーだとなるのは面倒でしょうがないのだ。

 

 

コウスケの説明にハジメは快く了承し、遂に町の門までたどり着いた。門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男がハジメ達を呼び止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。ハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

 ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男がハジメのステータスプレートをチェックする。そして、目を瞬かせた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。その門番の様子をみて、ハジメは「あっ、ヤバ、隠蔽するの忘れてた」と内心冷や汗を流した。その時、コウスケがすっと門番の前に立ち話し始める。

 

「ああ、すいません。実は、先日魔物と交戦中に彼のステータスプレートに魔法が当たっちゃって壊れたみたいなんですよ」

 

さらりと嘘を吐きながら門番の目を見るコウスケ。

 

「そんな表示、普通に考えて出るわけないでしょう?ほんと困りましたよー。こんな風になってしまったら誤解されると2人で困っていたんです」

 

「ふむ、壊れてしまったのか…それは大変だったな、君のは?」

 

「自分のですか?それが戦っているうちに失くしてしまって…ああ後ろの、彼女の物もです。ほんと、どこに行ったんだろう?」

 

困ったような顔をしてさらりと嘘をつくコウスケ。

 

「本当に災難だな…後ろの娘もってうお!」

 

門番はユエとシアを見て固まる。ハジメたちの予想していた通り門番の顔が赤くなっていく。ユエもシアも凄まじい美少女だ。そんな門番の反応もコウスケに分かってしまう。ちなみに、話題に出ているユエ、シア、ついでにハジメも門番と話をしているコウスケを変な物を見るかのように見ている。ひしひしと背中から感じる3人の視線をスルーしコウスケは会話を続ける。

 

「どうしました?大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ、失礼した。うむ通っていいぞ」

 

「ありがとうございます。あ、素材の換金場所って何処にあります?」

 

「ん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

 

「何から何まで、ありがとうございます。ほら行くよ3人とも」

 

町の中へ入っていくコウスケ、そのあとを慌てて追い門をくぐり離れてからコウスケに尋ねる3人。

 

「コウスケ、今のなに?物凄く変だ」

 

「……コウスケ…変なものでも食べた?」

 

「コウスケさん何か気味が悪かったですぅ」

 

「お前ら…何言ってんだ…流石に傷つくぞ…」

 

3人の言葉にがっくり肩を落とす。人に対して敬語が使えるのは普通なことなのにどうやら3人にとってはかなり奇妙に見えたらしい。少しいじけてしまう。そんなコウスケにハジメは慌てて話題を変える。

 

「じょ、冗談だよコウスケ。でもそれにしてもかなりスムーズ行けたね?」

 

「…はぁ、ちょっと闇系魔法を使ったんだ。確か交渉に使えると思ったから試してみたんだが、結果は…どうだろう、使わなくても変わらなかったかな?」

 

闇系魔法は相手の精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されている。

実戦で使えるとは思っていないが、自分の中の暴力性と今後のことを考えて活用できそうだと試してみたのだが…効果はなかったかもしれない。

 

「…闇魔法は洗脳とかに使える…洗脳したい人がいるの?」

 

「違うってば、今後何かと面倒ごとがあった時に後処理で使えるようにしたいんだ…難しいけどね」

 

「面倒ごとか…」

 

「?ハジメさんなぜ私やユエさんを見るんです?」

 

そんな事を話しながらギルドを目指す4人。コウスケは歩きながら闇魔法について思案する。

 

(さて、南雲達にはああいったが…そもそも俺に扱えるかどうか、かな…ふーむ、なんとなくだがイメージはできる。洗脳は男の夢みたいなものだからな!…だからと言ってうまくいくかどうかは…困ったな、経験が足りないから効果があるのかどうかさっぱりわからん。ユエもそこらへんは苦手そうだし…仕方ないそこら辺のごろつきで実験でもしてみるか)

 

コウスケが物騒なことを考えていると突然話しかけられてきた。

 

「そこのカッコイイ兄ちゃん大丈夫かい?何やら難しい顔をしているけど、何か質問でもあるのかい?」

 

気が付いたらギルドの中まで来ていたようだ。受付の恰幅のいいおばちゃんが心配そうにこちらを見ている。どうやら自分が考え事をしている間に素材の課金やらこの町…ブルックの地図のもらっているなどあらかたギルドでやるべきことはハジメが終わらせてくれたようだ。慌てて返事をしようと思ったがユエが代わりに答えてくれた。

 

「…ん、コウスケはたまにボーっとしている。いつものこと、だから…平気」

 

「そうなのかい。兄ちゃん何を考えていたのかは知らないけどこんな可愛い娘に心配かけさせたらダメじゃないか」

 

「っとすいません。以後気を付けます。ユエ、ありがとう」

 

「…ん」

 

受付のおばちゃんに謝罪しユエに礼を言う。ユエは特に気にした様子でもなく、コウスケの手を引いて入り口で待っているハジメのもとへ向かう。まるで、子ども扱いだと苦笑していると、何故か多くの視線を感じた。周りを見回すとギルドの冒険者たちがこちらを気にしているようだった。ユエは美人だからなーと一人納得していたが、どうやら自分にも視線を向けているらしい。敵意や悪意ではなく何やらねっとりとしたような…

 

「ワリィ、待たせたな」

 

「問題ないよ。それよりコウスケどうしたの?さっきからキョロキョロしているよ」

 

「あー、また後で話すよ」

 

(……こっちを見ている?嫉妬や好奇は分かるとして…何か熱い視線を感じる)

 

首をかしげながら待っていたハジメに謝罪しギルドを出る。そして宿屋についてたときもまた妙な視線を感じていた。ハジメが受付の女の子と会話をしてこちらに話しかけてきたときにその視線の意味が分かった。

 

「あの、お兄さん!お部屋はどうしましょうか!景色のいいお部屋をご紹介しますよ!」

 

言っていることは特に問題はない。が、女の子は頬を赤くし緊張しているのか声が上ずっている。その顔をコウスケは見たことがある。日本でみたイケメンアイドルに声援を送る熱心なファンの女の子の顔だ。理解した瞬間、心がざわめいた。

 

(この娘、俺を見て顔を赤くしているんじゃない、この体の持ち主、天之河光輝の顔を見て顔を赤くしているんだ。あーそうだった。イケメン顔になっているんだ俺は…あっはは、やべぇなんか…辛いな)

 

さっきのギルドもこの宿屋に入ってからの視線も女性達からだった当たり前だ。天之河光輝はかなりのイケメンなのだ。

奈落に落ちてコウスケになったあの日から激動の日々だったため、自分の顔がどうなっているかなどすっかり忘れていたのだ。コウスケにはイケメン顔を喜ぶほど図太さはないも楽観的な思考もない、どうしても気にしてしまう。そのことを思い出してしまい顔が暗くなってしまった。少女は気を悪くしてしまったのかと、慌てて話しかける。

 

「あ、あのすいません!私、何か気に障るようなことしましたか?」

 

「いいや、問題ないよ。2人部屋を2つでお願い」

 

ハジメが部屋を頼みそのまま3階にの部屋へ向かう。男女別に分かれハジメはベッドに腰を下ろす。

 

「ふ―疲れた。…コウスケさっきから難しそうな顔をしている…その体のこと?」

 

「ははっやっぱお前に隠し事は無理そうだな…さっきから女の人達から熱い視線を受けてな!どうやらモテモテみたいなんだ!これがモテ期って奴だな!あっははは!…はぁ」

 

おどけて冗談を言うコウスケだがその顔はさえない。ハジメとしても何を言ったらよいのか…いきなり今まで生きてきた自分の体が別人になるのだ。想像はできても流石に実感したことはない。だから無難なことしか言えない。

 

「…そのうち慣れるよ」

 

「だといいが…あーイケメンになれてサイコーって思うことができたらなー。なってみると実際、違和感がすげぇ…天之河光輝の顔を見るんじゃなくて俺を見てくれよ…」

 

そのまま疲れたのかベッドに入り込みすぐに寝息を立てるコウスケ。慰める言葉も出ずハジメも疲れて眠ってしまった。

 

数時間ほど眠ったのか、夕食の時間になったようでユエに起こされたハジメとコウスケは、ユエとシアを伴って階下の食堂に向かった。何故か、チェックインの時にいた客が全員まだ其処にいた。

 

コウスケは、できるだけ気にしないようにしているのだが食事中にも見られているので、せっかくの楽しみにしていた料理の味がよく分からなくなってしまった。仕方なくさっさと夕食を終わらせ風呂に入り部屋へ戻るコウスケとハジメ。ハジメはやりたいことがあるのか錬成をしているのでコウスケはしばらく眺めていたのだがうつらうつらとそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シアは一人宿の近くで月を眺めていた。家族と離れ町にいるということが慣れないのか目がさえてしまったのだ。月を眺め、時折吹く風に髪を抑えるその姿は、シアの容姿と合わさって神秘的でまるで幻想の様だった。その空間に近づく影が一つ。

 

「シア…まったく、何をしているの?」

 

「…ハジメさん?ちょっと眠れなくなっちゃって」

 

影はハジメだった。実は、特定石でシアが宿から出たのが分かったのだ。ロクなことにならないだろうなとついてみると案の定宿にいた男連中が隠れてシアを伺っていたのでまとめて威圧で退散させシアに近寄ったのだ。コウスケと一緒に危惧していたことが現実になり、溜息をつく。そんなハジメを知ってか知らずかシアは楽しそうに話しかける。

 

「…町から見る月は森とまた違った感じがしますね…ここは面白い場所ですね。市場があったり、お店があったり森とは全然違うですぅ」

 

「そりゃ違うよ…そんな事より言ったじゃないか一人になるなって、奴隷商やら人さらいが居てもおかしくないんだぞ、この残念兎」

 

「あうっ、うぅぅごめんなさいですぅ」

 

シアに近づき軽めの凸ピンを一発、シアはちょっぴり痛いのか額を抑えながら謝る。そんなシアの近くに座り込むハジメ。お互い一緒に月を見る。沈黙が続くが嫌な空気ではなく静かな穏やかな雰囲気だ。しばらくして月を見ながらシアは気付いたように話し始める。

 

「…そういえば、ハジメさん最初に出会った時とは口調と言うか言い方が違うですぅ。とても柔らかい感じがして…どうしたんですか」

 

「今頃気付いたのか…流石、残念兎…一緒に旅をするんだ。いつまでも他人に使うような言葉遣いじゃダメでしょ」

 

「…気遣いは嬉しいのですが、凄く変な感じが…あうっ」

 

「はぁこの失言兎は…さっさと慣れろ」

 

「ぅぅう…はいですぅ」

 

失言をしたシアにさっきより強めの凸ピン放つハジメ。気のせいか、溜息がさらに多くなってきた。まさか自分はこのメンバーの中での苦労人ポジションか!と思い戦慄していると、シアは真剣な顔でハジメを見てきた。

 

「ハジメさん…改めてお礼を言わせてください。私達ハウリア族を助けていただきありがとうございます。返せるものは少ないですけど、このシア・ハウリア一生懸命頑張ります!」

 

「…それはコウスケにいいなよ、僕は助ける気なんて全然なかった。コウスケが最初にシアを助けたからなし崩し的にハウリア族を助けることになったんだ。僕がやったことじゃない」

 

「それでもです!それは、確かにコウスケさんが私を助けてくれなかったらハジメさんも助けてくれなかったかもしれませんが…それでも、なんだかんだでフェアベルゲンで私たちを助けてくれたじゃないですか。それは間違いありません!だからありがとうございます!」

 

「…このお気楽兎……どういたしまして」

 

にっこりと太陽のように笑うシア。そんなシアに苦笑するハジメ。あの時助ける気はなかった。それは間違いない、自分たちの邪魔をするものは排除すると考えていた。その他大勢にも手を貸す気はないとも。しかし、コウスケが助けて、なし崩し的だが自分はシアと約束をしたのだ。家族を助けると。この笑顔を見ていると約束を守ることができてよかったとハジメは思った。

 

「さて、もう夜も遅くなった。そろそろ宿へ帰ろう明日はライセン大迷宮を探すんだ。さっさと眠らないと」

 

「はいですぅ!」

 

シアと一緒に宿へ帰る。その足取りは思いのほか軽く感じた。明日の準備とどういう道筋で行くか簡単にシアと雑談したハジメはシアと別れようと自分の部屋を開け始めたとき

 

「……んっ……ぁ……ぅ…ひぁ…」

 

部屋から漏れてきた喘ぎ声にハジメとシアは硬直し顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少しさかのぼる。

 

コウスケはふと眠りから覚めた。どうやら疲れていたのかすぐに眠っていたらしい。ポリポリと頭をかきながらあたりを見回しハジメを探すが部屋にはいなかった。夜の散歩でもしているのかと思いつき、さて、眠くなるまで日課の”守護”の練習でもしようかと考えていた時だった。控えめなノックの音がした。何かと思い用心して扉を開けると、そこにはユエがいた。

 

「…コウスケ入っていい?」

 

「ユエ?良いよー」

 

扉を開けユエを招き入れる。ユエは寝間着姿なのかラフな薄着姿だった。一瞬ドキッとするコウスケ。一応ユエの裸を不可抗力とはいえ見ているのだがそれでも心臓に悪い。もう少し用心してほしいとは思いつつ信頼されているのかとも思うと苦笑いしか出ない。

 

「あんまりその格好でうろつかないでくれよ、俺たちはそこら辺の奴より強いとはいえ危険なんだから。んで、どったのこんな時間に…眠れない?」

 

「…ん、気を付ける。用件は…吸血しに来た」

 

「あー、そっか今日は俺の番か…」

 

注意を促すコウスケに、素直にうなずくユエ。ユエの吸血はハジメとの日替わりとなっている。最もユエの気分によるのが多いのでハジメとコウスケもろとも吸われる時が多いのだが…やはり快楽付けの吸血はクルものがある。中毒にならないよう気を張りながらユエと向かい合うコウスケ。

 

「(ぅぅぅ…いつものこととはいえ緊張するな…)あーユエさん優しくお願いします」

 

「…ん、善処する」

 

ユエはコウスケの後ろに回り首筋に舌を這わせる。無論、吸血に必要な行為ではない。だが、ユエ曰く、美味しくいただくための挨拶…というものらしい…無論コウスケにはさっぱりわからない。そんなこんなで首にチクリと痛みが走りすぐに頭がしびれるような快感が出てきた。

 

「………っ!」

 

「…コウスケ今日は…我慢しているの?」

 

流石に町の中にある宿で喘ぎ声を出すわけにはいかないし、いつまでも快感に負けたくはないというのもある。迫りくる快感に必死でこらえる。ユエの熱っぽい甘い声が耳元で聞こえ身震いをする。どうやら反応を楽しんでいるようだ。ユエの悪戯顔を想像して苦笑いが出そうだ。そのまま窘めようと口元から声が出そうな瞬間昼間の視線を思い出した。あの視線は天之河光輝の顔を見ている視線だった。

なら今自分の…この体の血を吸っているユエは?

 

(…この体は天之河光輝のものだ…、それってアイツの血がうまいってことになるのか?そんなはずは…でもこの体はアイツのもので…それをユエは夢中になるということは…)

 

途端に悲しくなってきた。今の自分の血は天之河光輝の血だ。その血をユエは吸っている。すなわち、天之河光輝の血が美味しいといってるのではないか。虚しさと悲しさが襲ってきた。ユエはそれに気づいたのかまたは別の要因かコウスケの首から離れてベッドで吸っていた血を吐いていた。

 

「うぐっ…げほっ…コウスケ?」

 

ユエはコウスケの血が好きだ。しかし、今のコウスケの血はとてもヘドロの様で飲めたものではない、思わず吐き出し、コウスケを見る。その背中は震えているように感じた。何を考えているかはユエにはわからない。しかしそっと背中をなでると一瞬ビクンとした後落ち着いてきたのか静かになった。

 

「……コウスケどうしたの?」

 

ユエはコウスケが何かを悲しんでいると検討をつき吐き出せるように背中をなでる。まるであの時の…オスカー住居の時の夜みたいだとユエは思った。

 

「ねえ、ユエ」

 

「ん」

 

「…俺の血っておいしいの?」

 

「……ん、美味しい」

 

「…そっか、…本当は…この体は俺の物じゃないんだ」

 

「…?」

 

「俺は、天之河光輝っていう男の中に入り込んでいる魂の様な物なんだ。…自分の体じゃない、ユエはそいつの…天之河の血を吸っていたんだ。ユエが俺じゃない奴の血を好んでいると考えたら悲しくなって……昼間の視線から薄々感じていたんだ。女の人が俺を見ているってことになんてことはない、天之河光輝というイケメン野郎の顔を見ていたんだ。俺じゃなくて別の人間を…」

 

吐き出すように言いがっくりと肩を落とすコウスケ。ユエはコウスケの話を聞き、頭の中で理解して…鼻で笑った。

 

「…コウスケは馬鹿」

 

「ユエ?」

 

「…私は、顔と体とかそんなことどうでもいい」

 

「どうでもいいって、これでも結構悩んでいたんだけど…」

 

「…コウスケはコウスケ、それは当たり前のこと。大切なことは、有象無象の評価なんてどうでもよくて今私の目の前で悩んでいるコウスケが私やハジメ、シアが知っているコウスケだという事。天之河光輝という男はどうでもいい」

 

ユエの紅い瞳がじっとコウスケを見つめている。その目が何よりも言っている。”大切なのは体ではなく心そのもの”だと。

 

「…はは、そっか、そうだよな。いないやつのことじゃなくて今の俺は誰か、大切な奴らが知っていればそれでいいのか…」

 

「…んっ」

 

さっきまでの悩んでいた様子はなくかみしめるように今の言葉を繰り返すコウスケにユエは満足した。自分の言葉で自信を持ってくれるのならそれは嬉しいことだ。ふと、血が飲みたくなった。さっき中断したせいか無性に吸いたくなる。

 

「…コウスケ、血を吸ってもいい?」

 

「ん?…そういえば途中だったな。良いよ。悩みを聞いてくれたお礼として満足するまでどうぞ」

 

「…ん」

 

ユエはコウスケの後ろに回り改めて血を吸う事にする。大きく息を吸い思いっきりカプリとコウスケの首筋に歯を突き立て血を啜る。

 

「!?」

 

瞬間ユエはあまりの血の旨味の濃厚さに目を見開いた。さっき吐きたくなるようなものだったが今の血は極上なものだ。これはどういうことか。ユエは瞬時に考察しある仮説を立てた。すなわちコウスケの感情が血の味に深みを出させるのではないか。先ほどまではコウスケが落ち込んでいたから飲めたものではなかった。まるでヘドロの様だった。しかし今のコウスケの血はマズさの中に強い旨味を感じる。恐らくコウスケの嬉しいという感情が味の良さを引き立てているのだろう。後でハジメに吸血させてもらうときに実験しようと考えるユエ。

 

しかし今はこの考察も理由も正直どうでも良かった。今は、この目の前にある血を一滴残らず吸いたい。ユエの中で自重という言葉がはじけ飛び吸血鬼としての本能が出てきた。もっとこの血を味わって吸い尽くしたいと。

 

「!?……くっ…うぁ…あの…ユエさ…長くな…い…」

 

「コウスケは満足するまで吸って言いといった。だから絶対自重しない」

 

「……ひぁ……やば…なぐ……も…たす…け」

 

ユエに血を吸われながらもハジメに助けを求めようとするもコウスケは床に倒れ伏してしまった。快楽に震える体を無理矢理力を籠め這いずりながら扉へ向かうコウスケ。さっきとは比べ物にならない快楽だった。今すぐすべての理性を放り投げて絶叫を上げたい。しかしそれだけはダメだと残っている理性が叫ぶ。ハジメに会えば助かる。その一心で扉へ向かう。しかし、その事を察知したのか背中にいる吸血姫がそっと耳元で悪魔の言葉を囁く。

 

「…今の…コウスケをハジメとシアが見たら……ふふ」

 

その言葉を聞き今の状況を確認する。部屋で倒れている自分。汗がすごく、寝巻用のシャツが体に張り付いている。背中にはユエ。薄着でおそらく蠱惑的な表情を浮かべている。おまけにベッドには少量の血が付いている…非常にまずい…何がマズイかはわからないがとにかくマズイ。快楽に打ち震え頭が真っ白になっていくなか顔を青ざめる。その時扉から視線を感じた…ユエが来たとき扉に鍵を閉めた覚えはない。そのことを思い出し扉に目を向け…良く見慣れた黒い目と綺麗な蒼穹の目がこちらを見ていた。

 

「!?!!!?!?」

 

声にならない悲鳴を上げコウスケの意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハジメとシアは扉から聞こえる喘ぎ声に硬直し顔を見合わせた後すぐに部屋の中を見た。部屋の中には倒れ伏しこちらを見て声にならない悲鳴を上げるコウスケとその首筋にかじりついているユエがいた。ハジメとシアが見ているの中でコウスケは白目をむきドサリと音を立てて床に突っ伏しってしまった。

 

「ハ、ハジメさんコウスケさんが死んじゃいました!」

 

その音でハジメとシアは我に返り慌ててハジメがコウスケをユエから避難させようとシアがユエを引きはがそうとするが余りにも力が強くなかなかうまくいかない。

 

「死んでいない!おそらくあまりの快楽に意識が飛んだんだ!…言ってて馬鹿らしくなってきた…とにかくシアはユエ引きはがして!」

 

「さっきからやっていますぅ!ってユエさん力強っ!?私より力が強いんですけど!?」

 

「…ふふ…勝利の美酒…一滴残らず吸い取ってやる」

 

「ユエ!バグってないで離れろ!ってコウスケの顔が青から白くなってる!?」

 

コウスケにしがみつくユエ。シアの力をもってしても離れないのは執念によるものだろうか。全てを投げ出して寝ていたくなるがこのままだとコウスケは明日の朝日を拝めなくなる。それは不味いので溜息をつきながら加減なしでハジメはユエに”纏雷”をぶち込むことにした。

 

「!? アババババババアバババ」

 

ビクンビクンしながら感電するユエ。そのままトサリと落ちた。力を入れた”纏雷”のおかげで気絶したのだろう。その顔はとっても幸せそうだった。ハジメとシアは座り込み息を吐く。

 

「…流石に疲れたですぅ…もう眠りたいですぅ…」

 

「…お疲れさん…うん、僕もだ…」

 

お互い溜息が出た。今後のことに頭を悩ませながら2人は乱れた部屋の後始末をするのだった。

 

 

 

 




ユエの出番を増やそうと思ったら変なことに
なんだこりゃ


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準備をして、いざ大迷宮へ

ひっそり投稿します


 

騒動が起きた翌朝、朝食を食べた後ハジメは、シアとユエに金を渡し、旅に必要なものの買い出しを頼んだ。チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使えるから、ユエ達に買出しに行ってもらっている間に、部屋で済ませておきたい用事があったのだ。貧血で倒れていたはずのコウスケは朝起きたら何事もなかったように回復していたので一緒に護衛として同行を頼んだのだが、やりたいことがあるので、できないと申し訳なさそうに断られてしまった。

 

「すまん、南雲、2人とも、本当は一緒に行きたいんだけど…」

 

「コウスケさん大丈夫ですよ。ユエさんと一緒にお買いものを楽しんできますから」

 

「…ん、楽しみ…ハジメは?」

 

「まぁ久しぶりの町だし散策したくなるのは分かるしね…僕はちょっと作っておきたいものがあるんだよ。

構想は出来ているし、数時間もあれば出来るはずだ。ホントは昨夜やろうと思っていたんだけど……疲れて出来なかったんだよ」

 

ジトーとシアとユエを見る、2人はさっと視線をそらしコウスケは不思議そうな顔をする。どうやらユエと会話した後のことは覚えていないらしい。ハジメはユエから事の顛末は聞いているので親友の悩みが解消したというハジメとしても喜ばしい事だった。最も昨日の夜の出来事のせいでユエの吸血に中毒にならないか心配であるが…

 

(記憶が飛ぶほどの快楽とはいったい…うん、次からはユエは僕の血をメインに吸ってもらおう。流石にコウスケのアヘ顔ダブルピースは見たくないし…)

 

ハジメがひっそりと今後のことを決意している中、3人はきゃいきゃいと買い物の話をしていた。

 

「お、そうだシア、悪いけど服と下着類はかなり大目に買ってきてほしいんだけど頼める?」

 

「いいですよ、でも何でですか?」

 

「あー武器の問題でなーどうにも接近しないといけないから魔物の体液を思いっきり浴びるんだ…慣れたとはいえ流石に服は替えたくなるというか、汚れたままは…ねぇ」

 

「…なるほど、確かにそうですよね…私もそうなるのですよねぇ」

 

「…コウスケはもっと魔法の練習をする…」

 

「善処します。…ユエも何か気になるものがあったら買って来たら?お金はあるんだし、どうせこれから嫌でも増え続けるんだ。買い食いするのもいいし、気になるアクセサリーを買ってもよし、量が多くなったら南雲の宝物庫にぶち込めばいいからな」

 

「…無理やりな話題そらし…でもそういわれるとワクワクする…行こうシア、私は露店を見に行きたい」

 

「まずは用事を済ませてからですよユエさん。では行ってきます!」

 

「おーナンパされて断っても力尽くで来る男がいたら遠慮なく玉を潰せばいいからなー遠慮すんなよーグチャっといけグチャっと」

 

「…ん、任せて」

 

きゃいきゃい騒ぐ女性2人が去り男2人がぽつんと部屋に残される。ハジメは呆れ顔でコウスケに話しかける。

 

「玉を潰せって…」

 

「はは、何を今更、無理矢理にでもシアとユエをどうにかしようとするやつがいたらそうするだろ」

 

「まったくもって否定できないね…それよりコウスケ、その体のことはいいの?」

 

コウスケの顔に昨日までの悩みはなさそうだ、しかし念のため聞くことにする。自分ではない別人の身体だ。抱える精神の負担はハジメには測りきれない。

 

「ああ、そりゃ慣れるまでに時間はかかるかもしれないが…ま、南雲やユエ、シアが俺を見てくれているんなら…大切な人たちが俺のことを分かってくれているのならどうだっていいことなんだ。」

 

にこやかに笑うコウスケ。さらりと恥ずかしいことを無意識で言ってる辺りもう大丈夫そうだ。

 

「そっか分かった。じゃあ僕はこれから錬成をするよ。コウスケも今のうちに用事を済ませたら」

 

「あいよーんじゃねー」

 

コウスケが部屋から去っていきハジメは気合を入れて錬成を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は不満を持っていた。上手くいかない冒険者生活。その日だけの生活で精一杯の僅かな所持金。不幸だと嘆き酒におぼれていく日々。何かを変えようとしても何も変えられないもどかしさ。そんな不満を持って街道を歩いていた。

 

(あぁ…何かイイことねぇかな…)

 

そんな事を考えながら歩いていた時、目の前の光景に男は目を奪われた。前方に歩いている女の子の2人組。

片方は小柄でサラサラとした金髪をして、人間離れした美貌を持ち無表情ながらどこか楽しそうにしているのが全身からにじみ出ている少女。残るもう片方の少女は、青みがかった白髪で手足は引き締まっておりとても扇情的な格好をしている。顔は明るく笑っておりつられて笑顔になってしまいそうな魅力がある。頭から出ているうさ耳からして亜人族だろう。

 

ゴクリッ

 

思わず喉が出てしまうほど別格の美しさと可愛らしさを持った少女達だった。ふらふらと花の蜜に誘われる虫のように少女達の後をつける男。

 

(なんて…綺麗なんだ……)

 

先ほどまでの鬱屈した思いはなくなり、目の前を無防備に歩く少女達に視線がくぎ付けにになる男。どうやって話しかけようか、どうすれば気を引けるのか、考えようとしているうちに、どんどん心臓の鼓動が早くなり危険な思考になっていく。

 

(ああ…組伏せたい…そのまま滅茶苦茶に…)

 

本来、ここまで危険な思考を持つ男ではない。善良さを持ち、道徳心も良識も人並みに持っている。しかし、己の何もできないもどかしさに不満を持っていた時に目の前を歩く逸脱した存在につい魔が差してしまったのだ。

 

男の顔がどんどん危険な顔つきになっていく。ついに力づくでものにしようかと行動しようとしたとき、

 

「当店はおさわり厳禁ですよー」

 

間延びした声と同時に腕を何かにつかまれ一瞬の内に男は路地裏に連れ込まされてしまった。慌てて腕をつかんだ人物を見ると困った顔をしている顔の整った青年がこちらを見ていた。

 

「触りたいのやらナニかしたいというのは、同じ男として分かるんですけどねー流石にダメでしょ。そういう如何わしいことがしたいなら風俗行きましょうよー風俗ー」

 

にこにこと眉尻を下げ困った顔で笑う青年に怒りがわく。力づくで腕を振り払うと一気に詰め寄った。

 

「てめぇ!いきなりに何を根拠に…」

 

「いやー見ればわかりますよ。明らかに動作が挙動不審で顔が色情魔みたいでしたもん。この世界に法律があるかどうかは分からないけど婦女暴行は駄目ですよー常識でしょー」

 

勝手に話してうんうん頷く青年に不意を突いて殴りかかる。あの少女たちがこうしている間に何処かに見失ってしまうと思ったら手が出てしまったのだ。しかし青年は簡単に拳を受け止め男の目を見つめてくる。

 

「スローすぎてあくびが…違った。…あの娘達をそっとしておいてはくれませんか。彼女たち初めて友達と一緒に買い物ができて楽しんでいるんです。そんな楽しいことに水を差しては駄目でしょう?」

 

青年の目が男をとらえて離さない。その目を見ていたら先ほどまでの怒りと焦りが不自然なまでに消えていくのを感じた。まるで…ナニカサレタヨウニ…

 

「ア、アア…ソうだナ、ジャマをしてはいけないよな」

 

「良かった、良かった。どうやら分かってくれたようですね」

 

青年の安心した笑みに男の頭の中が正常に戻っていく。なぜ自分はあんな短絡的な行動を起こそうとしていたのか。楽しそうに歩いていた少女たちに申し訳なかった。

 

「どうして俺は、あんなことをやらかそうと…」

 

「しょうがないですよ。人間ですし魔がさすってことはあるんですから」

 

ケラケラ笑いながら慰める青年に男の肩の力が抜けた。自分を止めてくれた青年に感謝をし別れを告げ日の当たる街道を歩く。先ほど見た少女たちはもうどこにもいなかった。しかし見れただけで眼福ものだ。この先きっといいことがあるだろう。澄み渡るような真っ青な空を見ながら男の心はとても軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと…これで12人目…結果的にはうまくいってるのかねぇ」

 

路地裏に残された青年…コウスケは伸びをしながら男が出て言った方向をぼんやりと見つめる。ユエとシアが買い物にしている間、隠れて護衛と闇魔法の実験をしていたのだ。案の定2人の美貌に目がくらみ後をつけている危険人物を一人一人路地裏につれ込み闇魔法で洗脳…もとい説得をしていた。結果は今のところ上々でありコウスケが交渉(物理)をすることはなかった。

 

「しっかし、洗脳がうまくできるように人体実験するって…我ながらドン引きだな、でも暴力沙汰や玉砕きよりは平和的だろ…たぶん」

 

自分の行動にツッコミを入れながらもやめる気は毛頭ないコウスケ。相手が話を聞きませんでした、だから暴力で分からせる!ではだめなのだ。そんな事をしていたらいつかすべての出来事を暴力と威圧で解決してしまいそうになり、戻れなくなってしまう。

 

(そんな事やるより洗脳でスマートに説得した方がいいよな)

 

暴力で解決するよりも言葉(洗脳?)で分かり合えた方がずっと良い。今後のいざこざを考えても闇魔法…別名『洗脳』魔法を鍛えておいて損はない。恐らく今後もユエとシアの美貌に目がくらむ輩がいるはずだ。仲間である少女たちのトラブルを引き寄せる可愛さにほんのちょっぴり溜息をつきながらコウスケは路地裏を出ていくのだった。

 

 

 

 

そんなこんなで用事と言う名の護衛と鍛錬を済ませ宿に帰ってきたコウスケ。シアとユエも無事に買い物が終わりハジメも問題なく錬成が終わった。

 

「うん。我ながらいい出来だ」

 

「ハジメさんこれは一体なんですか?」

 

「シア専用の新しい大槌だよ」

 

 そう言ってハジメはシアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡した。銀色をした円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。今のこの形状は待機モードであり魔力を流すと持ち手が伸びハンマーになるのだ。銘は大槌型アーティファクト:ドリュッケン(ハジメ命名)でありシア専用の武器である。

 

「わ、わたし専用の武器ですか!?やったー!これでバリバリ頑張ってまだまだ強くなりますから皆さん期待しててくださいよ!」

 

シアはそれを受け取り大喜びをする。そんなシアに3人は微笑みながらライセン大迷宮を探しに出発するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でりゃ~~~ですぅっ!」

 

「まだだシア!腰が引けている!もっと前に踏み込め!」

 

「ですぅ!」

 

「そうだ!それでいい!」

 

 死屍累々

 

 そんな言葉がピッタリな光景がライセン大峡谷の谷底に広がっていた。ある魔物はひしゃげた頭部を地面にめり込ませ、またある魔物は頭部を粉砕されて横たわり、更には全身を炭化させた魔物や真っ二つに両断された魔物など、死に方は様々だが一様に一撃で絶命しているようだ。

 

ハジメたちはブルックの町を出た後、魔力駆動二輪を走らせて、かつて通った【ライセン大峡谷】の入口にたどり着いた。そして現在は、そこから更に進み、野営もしつつ、【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されている洞窟も通り過ぎて、更に二日ほど進んだあたりだ。

 

 【ライセン大峡谷】では、相変わらず懲りもしない魔物達がこぞって襲ってくる。

 

その事にコウスケはシアの戦闘の経験になると喜びできる限りシアが魔物を倒す様に”誘光”を使い自らに魔物のヘイトを集めているのだ。コウスケの狙いとしては、前衛としてのシアとの間合いの調整、後衛との連携の仕方などやりたいことがいっぱいあるのだ。この絶好のチャンスを見逃すほど余裕ぶるつもりはない。

 

「良いぞシア!俺が盾になってひきつけている間お前が吹っ飛ばす!それが基本となる!その事をしっかりと意識しろ!」

 

「ですぅ!!」

 

「だからと言ってユエとハジメとの連携も忘れるな!俺たちが抜かれたら後衛の2人が危険だ!ハジメはなんとでもなるがユエはそうはいかん!何かあった時すぐに駆けつけるように間合いを調整しろ!」

 

「でっっっすうぅぅ!!」

 

「やればできるじゃねえか!よし!町に帰ったらスイーツをたらふくおごってやる!覚悟しろ!」

 

「!?燃えてきましたぁーーーー‼‼」

 

大迷宮を探しながらしっかりとシアの訓練と連携もする。中々充実していてコウスケは非常に満足だ。

 

 

ビチャア!

 

「………」

 

…シアの吹き飛ばした魔物の体液や肉片がこちらに飛んでこなければだが…全身魔物の体液だらけになり渋い顔になるが、ワザとしているわけではないと理解しているので何ともいえなくなってしまう。そんなコウスケにユエとハジメが苦笑しながら近づいてくる。

 

「やっぱり、ライセンのどこかにあるってだけじゃ大雑把過ぎるよね」

 

洞窟などがあれば調べようと、注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。ついつい愚痴をこぼしてしまうハジメ。

 

「大火山へ行くついでだし、そのうち見つかるさ…それよりタオルをくれ、流石にこのままは辛いっていうか臭い」

 

「…ん、お疲れさま」

 

「ありがとうユエ…やっぱり服を多めに買ってもらって良かった~。おーい!シアー戻ってこーい」

 

「はいですぅ!ってコウスケさん何でそんなに汚れているんですか?」

 

「……お・ま・え・のせいだよ!ここまで汚させやがって!待てー!シアも体液まみれにしてやるー!」

 

不思議そうに首をかしげるシアに、頬がピクつくコウスケ。悪気がないのは知っているがやはり少々くるものがある。なのでシアも体液まみれにすることにした。

 

「うわーん!こっちに近づかないでほしいですぅ!ハジメさーん!助けてくださーい!」

 

「うるせぇ!南雲手伝え!お前もうさ耳の体液まみれが見たいだろ!」

 

「…ハジメ、そうなの?」

 

「違う!僕に勝手な性癖をつけないでよコウスケ!ユエもそんな驚いたような顔をしない!分かってやっているでしょ!」

 

そんな風にふざけあいながらも更に走り続けること三日。その日も収穫なく日が暮れて、谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、ハジメ達はその日の野営の準備をしていた。野営テントを取り出し、夕食の準備をする。町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。この野営テントと調理器具、実は全てハジメ謹製のアーティファクトだったりする。

 

 野営テントは、生成魔法により創り出した“暖房石”と“冷房石”が取り付けられており、常に快適な温度を保ってくれる。また、冷房石を利用して“冷蔵庫”や“冷凍庫”も完備されている。さらに、金属製の骨組みには“気配遮断”が付加された“気断石”を組み込んであるので敵に見つかりにくい。

 

 調理器具には、流し込む魔力量に比例して熱量を調整できる火要らずのフライパンや鍋、魔力を流し込むことで“風爪”が付与された切れ味鋭い包丁などがある。スチームクリーナーモドキなんかもある。どれも旅の食事を豊かにしてくれるハジメの愛し子達だ。しかも、魔力の直接操作が出来ないと扱えないという、ある意味防犯性もある。

 

「…神代魔法って超便利だ…」

 

(ちげぇよ!その発想が出てくるお前がチートだっての!)

 

「コウスケ?どうしたの?」

 

「このバグキャラめ!」

 

「!?」

 

 

 

 ちなみに、その日の夕食はクルルー鳥のトマト煮である。クルルー鳥とは、空飛ぶ鶏のことだ。肉の質や味はまんま鶏である。この世界でもポピュラーな鳥肉だ。一口サイズに切られ、先に小麦粉をまぶしてソテーしたものを各種野菜と一緒にトマトスープで煮込んだ料理だ。肉にはバターの風味と肉汁をたっぷり閉じ込められたまま、スっと鼻を通るようなトマトの酸味が染み込んでおり、口に入れた瞬間、それらの風味が口いっぱいに広がる。肉はホロホロと口の中で崩れていき、トマトスープがしっかり染み込んだジャガイモ(モドキ)はホクホクで、ニンジン(モドキ)やタマネギ(モドキ)は自然な甘味を舌に伝える。旨みが溶け出したスープにつけて柔くしたパンも実に美味しい。

 

「美・味・い・ぞーーーーーーーーー!!」

 

「コウスケうるさい。でも本当においしい。シア本当に料理が上手なんだね」

 

「ふっふーーん。もーーーーっと褒めてもいいんですよ!他にも炊事、洗濯、裁縫何でもござれですぅ!」

 

「……くっ負けた気がする。私も料理覚えよう」

 

「シアーーーー!!おかわりーーーーー!!」

 

「だーー!コウスケうるさいってば!」

 

「…ハジメも結構うるさい」

 

 

 大満足の夕食を終えて、その余韻に浸りながら、いつも通り食後の雑談をするハジメ達。テントの中にいれば、それなりに気断石が活躍し魔物が寄ってこないので比較的ゆっくりできる。たまに寄ってくる魔物は、テントに取り付けられた窓からハジメが手だけを突き出し発砲して処理する。そして、就寝時間が来れば、四人で見張りを交代しながら朝を迎えるのだ。

 

「コレだよコレ!なんか冒険してるって感じだなぁ」

 

「うん、本当にファンタジーしているね」

 

(最もハジメの錬成と生成魔法でかなり快適な冒険ですけどね!苦労をしたいわけじゃあないけどちょっぴり駆け出し冒険者の苦労をしてみたい俺なのでした)

 

 その日も、そろそろ就寝時間だと寝る準備に入るユエとシア。最初の見張りはハジメとコウスケだ。テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にもかかわらず快適な睡眠が取れる。と、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていこうとした。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと、お花摘みに」

 

「んーそっか気を付けろよー」

 

「何かあったら大声を出すんだよ」

 

「はーいですぅ」

 

暫くすると……

 

 

「ハ、ハジメさ~ん! コウスケさ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

 

と、シアが、大声を上げた。何事かと、ハジメとユエとコウスケは顔を見合わせ同時にテントを飛び出す。

 

 シアの声がした方へ行くと、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れており、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアは、その隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、信じられないものを見た! というように興奮に彩られていた。

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

 

「流石シア‼でかした!」

 

「まさか、こんなにあっさり見つかるとは…」

 

「…ん」

 

シアに導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

 

その指先をたどって視線を転じるハジメとユエは、そこにあるものを見て「は?」と思わず呆けた声を出し目を瞬かせた。

 

 二人の視線の先、其処には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

“おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪”

 

“!”や“♪”のマークが妙に凝っている所が何とも腹立たしい。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

「……なにこれ」

 

ハジメとユエの声が重なる。その表情は、まさに“信じられないものを見た!”という表現がぴったり当てはまるものだ。二人共、呆然と地獄の谷底には似つかわしくない看板を見つめている。コウスケはその看板…正確には文字を見てトクンっと心臓が跳ね上がるのを感じた。

 

(…なんだこれ?なんで俺はこの文字を見て…興奮しているんだ)

 

心臓が喜ぶように跳ね上がるように音を出す。なぜか奇妙な高揚感があった。自分のことのはずなのにさっぱりわからず首をかしげていると

 

ガコンッ!

 

「ふきゃ!?」

 

シアが突然触っていた壁と一緒にグルンッと回転し消えていった。さながら忍者屋敷の仕掛け扉だ。

 

「「……」」

 

「シア…不用意に触るから…とりあえず助けに行こう」

 

無言でシアが消えた回転扉を見つめていたハジメとユエは、一度、顔を見合わせて溜息を吐くとコウスケと一緒に、シアと同じように回転扉に手をかけた。

 

 扉の仕掛けが作用して、三人を同時に扉の向こう側へと送る。中は真っ暗だった。扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。と、その瞬間、

 

ヒュヒュヒュ!

 

 無数の風切り音が響いいたかと思うと暗闇の中をハジメ達目掛けて何かが飛来したすぐにコウスケの”守護”でふさがれ、あっけなく飛来したものが地面に落ちる。飛来してきたものは矢だった。しかも黒く塗装してあり中々のいやらしさである。本数にすれば二十本、最後の矢が地面に叩き落とされる音を最後に再び静寂が戻った。

 

 と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ハジメ達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

“ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ”

 

“それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ”

 

 

「「……」」

 

 ハジメとユエの内心はかつてないほど一致している。すなわち「うぜぇ~」と。わざわざ、“ニヤニヤ”と“ぶふっ”の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティーで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。

ハジメもユエも、額に青筋を浮かべてイラッとした表情をしている。そんな中コウスケは必死に口角が上がるのを我慢していた。

 

(だから何で俺はこの文字を見て楽しんでいるんだって!)

 

コウスケはさっきからの自分に戸惑っていた。文字を見ていると無性に胸が騒ぐのだ。落ち着けるよう深呼吸をして…そこでシアのことを思い出した。

 

「あれ?シアはどこ行った?」

 

「「あ」」

 

ハジメ達も思い出したようで、慌てて背後の回転扉を振り返る。扉は、一度作動する事に半回転するので、この部屋にいないということは、ハジメ達が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。結構な時間が経っているのに未だ入ってこない事に嫌な予感がして、ハジメは直ぐに回転扉を作動させに行った。

 

果たしてシアは……いた。回転扉に縫い付けられた姿で。

 

「うぅ、ぐすっ、ハジメざんゴウズゲざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

 何というか実に哀れを誘う姿だった。シアは、おそらく矢が飛来する風切り音に気がつき見えないながらも天性の索敵能力で何とか躱したのだろう。だが、本当にギリギリだったらしく、衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。ウサミミが稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣している。もっとも、シアが泣いているのは死にかけた恐怖などではないようだ。なぜなら……足元が盛大に濡れていたからである。

 

「あ~そういえば花を摘みに行ってた最中だったね…ドンマイ」

 

「冷静に分析していないで助けようよ南雲!…いやまてこれ助けようとしたら連鎖するトラップなのか?南雲!魔眼を使って警戒!」

 

「何でもいいからだずげでぐださい~うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

女として絶対に見られたくない姿を、晒してしまったことに滂沱の涙を流すシア。ウサミミもペタリと垂れ下がってしまっている。その場から動かない男2人に変わってユエが近寄りシアを磔から解放する。

 

「…泣かないでシア…でもあれぐらい何とかする」

 

「ユエざーん、ぐすっ面目ないですぅ~」

 

「……ハジメ、着替え出して」

 

「了解」

 

 

“宝物庫”からシアの着替えを出してやり、シアは顔を真っ赤にしながら手早く着替えた。

 

そして、シアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ! と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。暫く無言だったシアは、おもむろにドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石版に叩き込んだ。ゴギャ! という破壊音を響かせて粉砕される石版。よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いでドリュッケンを何度も何度も振り下ろした。

 

 すると、砕けた石版の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

 

“ざんね~ん♪ この石版は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!”

 

「ムキィーー!!」

 

シアが遂にマジギレして更に激しくドリュッケンを振るい始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。発狂するシアを尻目にハジメはポツリと呟いた。

 

「ミレディ・ライセンだけは“解放者”云々関係なく、人類の敵で問題ないな」

 

「……激しく同意」

 

(そうかな~なんか俺結構好きになってきたんだけど…あれれ~)

 

 どうやらライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所のようだった。

 

 

 

 

 




いつも誤字報告ありがとうございます

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アスレチックダンジョン

ひっそり投稿します


 

 

 ライセンの大迷宮は想像以上に厄介な場所だった。

 

 まず、魔法がまともに使えない。谷底より遥かに強力な分解作用が働いているためだ。魔法特化のユエにとっては相当負担のかかる場所である。何せ、上級以上の魔法は使用できず、中級以下でも射程が極端に短い。五メートルも効果を出せれば御の字という状況だ。何とか、瞬間的に魔力を高めれば実戦でも使えるレベルではあるが、今までのように強力な魔法で一撃とは行かなくなった。

 

 また、魔晶石シリーズに蓄えた魔力の減りも馬鹿にできないので、考えて使わなければならない。それだけ消費が激しいのだ。魔法に関しては天才的なユエだからこそ中級魔法が放てるのであって、大抵の者は役立たずになってしまうだろう。

 

 ハジメにとっても多大な影響が出ている。“空力”や“風爪”といった体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は全て使用不可となっており、頼みの“纏雷”もその出力が大幅に下がってしまっている。ドンナー・シュラークは、その威力が半分以下に落ちているし、シュラーゲンも通常のドンナー・シュラークの最大威力レベルしかない。

 

 よって、この大迷宮では身体強化が何より重要になってくる。ハジメ達の中では、まさにシアと何故か技能が問題なく使え身体能力がバグってきたコウスケの出番なのだ。で、そのハジメ達の頼もしきウサミミはというと……

 

「殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

 

 大槌ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探すように周囲を見渡していた。明らかにキレている。それはもう深く深~くキレている。言葉のイントネーションも所々おかしいことになっている。その理由は、ミレディ・ライセンの意地の悪さを考えれば容易に想像つくだろう。

 

 シアの気持ちはよく分かるので、何とも言えないハジメとユエ。凄まじく興奮している人が傍にいると、逆に冷静になれるということがある。ハジメとユエの現在の心理状態はまさにそんな感じだ。現在、それなりに歩みを進めてきたハジメ達だが、ここに至るまでに実に様々なトラップや例のウザイ言葉の彫刻に遭遇してきた。シアがマジギレしてなければ、ハジメとユエがキレていただろう。

 

最後のいつも頼りになる?コウスケは

 

「ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥエ」

 

明らかにおかしくなっていた。どうやらこのダンジョンが楽しくて仕方ないようだ。トラップの一つ一つを心の底から楽しんでおりミレディ・ライセンの残した煽り言葉に喜び小刻みに動きながらカサカサとゴキ○リのように壁走りをするその姿はまごうことなき変態だった。話しかければ一応答えてはくれるが…そんな正気ではなくなったコウスケにハジメとユエは白い目で見てしまうのであった。

 

「…ハジメ、私達は正気でいよう」

 

「……うん」

 

ハジメは溜息をつきながらここに至るまでの悪質極まりない道程を思い返した。

 

 

 

 

 

 シアが、最初のウザイ石版を破壊し尽くしたあと、ハジメ達は道なりに通路を進み、とある広大な空間に出た。そこは、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせてできたような場所だった。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当にめちゃくちゃだった。

 

 

 そのまま進み通路に入ると、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。難なくハジメは回避しユエはしゃがみコウスケはとっさのことで反応が遅れたシアを引きずり回避に成功した。が、続く悪寒を感じてハジメたちは直ぐに前方に転がり込んだ。

 

 直後、今の今までハジメ達がいた場所に、頭上からギロチンの如く無数の刃が射出され、まるでバターの如く床にスっと食い込んだ。やはり、先程の刃と同じく高速振動している。どうやらトラップは魔法で利用したものではなく物理的なものだったようだ。

オルクスの迷宮は魔法トラップなどがあったので先入観に殺されそうだったのだ。

 

 

 あまりの迷宮のいやらしさにムッキーと怒るシア。この迷宮に入ってから、この短時間で既に二度も死にかけたというのに意外に元気だ。やはり、シアの最大の強みは打たれ強さなのだろう。本人は断固として認めないだろうが。

 

 その後もいきなり階段がスロープになる罠があり下には無数のムカデが待ち構えているというトラップがあった。落ちながらハジメがユエを背負いコウスケがシアを抱きかかえ、ハジメはワイヤーガンを使いコウスケは壁走りを使って回避する。壁にぴったりと張り付くコウスケと天井に打ち込んだワイヤーからつるされたハジメは下にいるムカデから目をそらそうと天井を見上げたら煽ってくる文字があった。

 

“彼等に致死性の毒はありません”

“でも麻痺はします”

“存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!”

 

「…フヒ…フヒヒ…フヒッヒイィィィィ!!」

 

その煽る文字を見たあたりからコウスケがおかしくなってきた。その後ゆっくりと落とし穴の近くにあった横穴に入るハジメたちその次の部屋は広い部屋だった。警戒するハジメ達。

 

「絶対罠があるよねこれ…」

 

「罠があるだって!ならワザと発動させて漢式解除としゃれこむか!」

 

「コウスケさん戻ってきてください!罠なんて掛からない方がいいんですよ!!」

 

「…コウスケはもう手遅れ」

 

そんな風に騒いでいると急にガコンッと音が鳴り響く周りを見渡すが何の変化もない。その時シアの耳がぴくっと動き慌てて叫んだ。

 

「ハジメさん!コウスケさん!上です!」

 

見ると天井が猛スピードで迫ってくる。すぐにコウスケが反応し迫ってくる天井を馬鹿力で受け止める。ハジメとシアも続いて天井を抑える。

 

「ハッハァーいいねぇこの天井落とし!だが!減点だ!トゲが付いていない!やり直し!」

 

「笑っていないで打開策を考えてくださーい!!このままじゃ、ぺちゃんこですぅー!」

 

「…ん、潰れるのは嫌」

 

「あっははははは、なんだお前らも結構余裕そうだなぁ!!だけどまだまだスリルが足りねぇしな!南雲!お前の分まで支えとく!錬成を頼む!」

 

「分かった!すぐに穴をあけるよ!」

 

コウスケとシアが踏ん張っている間に落ちてきた天井に錬成をし穴をあける。もっとも、強力な魔法分解作用のせいで錬成がやりにくい事この上なく、錬成速度は普段の四分の一、範囲は一メートル強で、数十倍の魔力をごっそりと持っていかれることになった。何とか小さな空間を作り出し四人で密着しながらハジメの錬成で穴を掘りつつ、出口に向かったのである。

 

「くそ、“高速魔力回復”も役に立たないな。回復が全然進まない」

 

「……取り敢えず回復薬…いっとく?」

 

「ささっ、一杯どうぞぉ~」

 

「2人とも、何だかんだで余裕だね……」

 

「ふー楽しかった。次は何かなー」

 

「コウスケは余裕すぎる…」

 

ハジメが少し疲れた様子で壁にもたれて座ると、ユエが手でおチョコを使って飲むジェスチャーを、シアがポーチから魔力回復薬を取り出す。魔晶石から蓄えた分の魔力を補給してもいいのだが、意思一つで魔力を取り出せる便利な魔晶石は温存し、服用の必要がある回復薬の方が確かにこの場合は妥当だ。

 

 ハジメは、どこぞのサラリーマンみたいな小芝居をするユエとシアに「つっこまないからね」と言いながら回復薬を受け取り一気に飲み干した。味は、まさしくリ○ビタンDである。魔晶石から魔力を取り出すのに比べれば回復速度も回復量も微々たるものだが随分活力が戻ったような気がするハジメ。「よし!」と気合を入れ直し立ち上がった前には再び、というか何時ものウザイ文を発見した。

 

“ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い”

 

どうやらこのウザイ文は、全てのトラップの場所に設置されているらしい。ミレディ・ライセン……嫌がらせに努力を惜しまないヤツである。

 

「あ、焦ってませんよ! 断じて焦ってなどいません! ださくないですぅ!」

 

 ハジメの視線を辿り、ウザイ文を見つけたシアが「ガルルゥ!」という唸り声が聞こえそうな様子で文字に向かって反論する。シアのミレディに対する敵愾心は天元突破しているらしい。ウザイ文が見つかる度にいちいち反応している。もし、ミレディが生きていたら「いいカモが来た!」とほくそ笑んでいることだろう。

 

「いいから、行こう。いちいち気にしないで」

 

「……思うツボ」

 

「楽しまないと人生損するぞシア」

 

「うぅ、はいですぅ」

 

 

 その後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。突如、全方位から飛来する毒矢、

 

「ハッハァー!俺の防御能力は無敵ぃ!」

 

「コウスケさんの守護って物理も魔法も大丈夫なんですね」

 

「一応、コウスケの精神状況に左右されるらしいけど…今の状況なら大丈夫そう」

 

「…ハイになったコウスケはすごく硬い」

 

硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、

 

「服だけを溶かすんじゃないのかよ!しけてんなぁー」

 

「そんな都合のいいの無いでしょ…」

 

アリジゴクのように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、

 

「遠距離武器があれば、なんてことはないな」

 

「撃つのは僕なんだけどね!」

 

燃え上がる大玉が転がり落ちる急なスロープ状の通路、

 

「これぞまさしく定番だな!!」

 

「いいから走って!」

 

そしてウザイ文。ハジメ達のストレスはマッハだった。そして、騎士の像が並び立つ部屋。奥には荘厳な扉があった部屋の中央まで来たときガコンッと音が鳴り騎士がハジメたちを包囲する。

 

「中ボス戦?…そろそろ終わりかな?」

 

「マジかよ、もったいねぇ。まぁいい、準備はいいかい?」

 

「…んっ」

 

「か、掛かってきやがれですぅ!」

 

 

 ハジメはドンナーとシュラークを抜く。数には機関砲のメツェライが有効だが、この部屋にどれだけのトラップが仕掛けられているかわからない。無差別にバラまいた弾丸がそれらを尽く作動させてしまっては目も当てられない。従って、今回は二丁のレールガンを選択する。

 

 ユエは、コウスケの言葉に気合に満ちた返事を返した。この迷宮内では、自分が一番火力不足であることを理解している。だが足でまといになるつもりは毛頭ない。

 

 一方でシアは、少しやけくそ気味だ。このメンバーで一番影響なく力を発揮できるとは言え、実質的な戦闘経験はかなり不足している。まともな魔物戦は谷底の魔物だけで、僅か五日程度のことだ。ユエとの模擬戦を合わせても二週間ちょっとの戦闘経験しかない。

コウスケの特訓もあるのかこなれてきてはいるが…もともとハウリア族という温厚な部族出身だったことからも、戦闘に対して及び腰になるのも無理はない。むしろ、気丈にドリュッケンを構えて立ち向かおうと踏ん張っている時点でかなり根性があると言えるだろう。

 

「シア」

 

「は、はいぃ! な、何でしょう、ハジメさん」

 

「君は強い。僕達が保障する。こんなゴーレム如きに負けはしないさ。だから、下手なこと考えず好きに暴れて。ヤバイ時は必ず助けるからさ」

 

「そうだ!俺と南雲とユエがいる。命の危険なんてこれっぽっちも無いさ!」

 

「…ん、自信をもってシア」

 

 シアは、3人の言葉に思わず涙目になった。単純に嬉しかったのだ。旅に同行しているが本当は迷惑だったんじゃないかとちょっぴり不安になったりもしたのだが……杞憂だったようだ。ならば、未熟者は未熟者なりに出来ることを精一杯やらねばならない。シアは、全身に身体強化を施し、力強く地面を踏みしめた。

 

「かかってこいやぁ! ですぅ!」

 

「いや、だから、何でそのネタ知ってるの……」

 

「……だぁ~」

 

「……つっこまないぞ。絶対つっこまないからね」

 

コウスケはその光景を見て“守護”“快活”“誘光”を問題なく使いながら微笑んでいた。この迷宮に入ってから自分の気分がやたらとハイになっている。オルクス迷宮の時はそうではなかった。ライセン迷宮の効果とも思えないが…おまけに自分の固有技能も問題なく使えていることも変だ。魔法はこの迷宮の分解作用で何も使えなかったのに…明らかにおかしいがコウスケには正直どうでもよかった。

 

オルクス迷宮の時とは違って自分が役に立てないなんて思ってもいないし、隣にはハジメにユエ、そしてシアもいる。だから、楽しい、彼らと肩を並べ共にいるというのは幸せだった。それに呼応するように魔力が溢れていくのを感じる。コウスケは…本当に楽しくて幸せで仕方なかった。

 

戦闘は順調だったがあまりにも騎士ゴーレムの数が減らないので逃げることを選択するハジメたち、扉は封印がかかってあったがユエが解除し、すべるように奥の部屋に逃げ込んだ。部屋の中は、何もない四角い部屋だった。てっきり、ミレディ・ライセンの部屋とまではいかなくとも、何かしらの手掛かりがあるのでは? と考えていたので少し拍子抜けする。

 

「これは、あれか? これみよがしに封印しておいて、実は何もありませんでしたっていうオチ?」

「……ありえる」

「うぅ、ミレディめぇ。何処までもバカにしてぇ!」

「さーてなにがおこるかなぁ」

 

 三人が、一番あり得る可能性にガックリし一人がワクワクしていると、突如、もううんざりする程聞いているあの音が響き渡った。

 

ガコン!

 

「「「!?」」」

 

 仕掛けが作動する音と共に部屋全体がガタンッと揺れ動いた。そして、ハジメ達の体に横向きのGがかかる。

 

「っ!? 何だ!? この部屋自体が移動してるのか!?」

「……そうみたッ!?」

「うきゃ!?」

「あっははっ上へまいりまーす。下へまいりまーす。いったいどこへ連れてってくれるんだろうなー」

 

 

 ハジメが推測を口にすると同時に、今度は真上からGがかる。急激な変化に、ユエが舌を噛んだのか涙目で口を抑えてぷるぷるしている。シアは、転倒してカエルのようなポーズで這いつくばっている。コウスケは楽しそうに重力に身を任せゴロゴロ転がっている。

 

 部屋は、その後も何度か方向を変えて移動しているようで、約四十秒程してから慣性の法則を完全に無視するようにピタリと止まった。ハジメは途中から錬成ブーツのスパイクを地面に立てて体を固定していたので急停止による衝撃にも耐えたが、コウスケはシアを途中から抱きかかえ踏ん張っていたが耐えられずゴロゴロと転がり部屋の壁に後頭部を強打した。シアは方向転換する度に、あっちへゴロゴロ、そっちへゴロゴロと悲鳴を上げながら転がり続けていたので顔色が悪い。相当酔ったようで完全にダウンしている。ちなみに、ユエは、最初の方でハジメの体に抱きついていたので問題ない。

 

「ふぅ~、漸く止まったか……ユエ、大丈夫?」

 

「……ん、平気」

 

 ハジメはスパイクを解除して立ち上がった。周囲を観察するが特に変化はない。先ほどの移動を考えると、入ってきた時の扉を開ければ別の場所ということだろう。

 

「コ、コウスケさん、衝撃から守ってくれるのは嬉しいんですが、離れてくれないとリバースを掛けちゃいそうですぅ」

 

「魔物の体液まみれから、今度は美少女のゲロまみれになるのか…我ながらレベルが高いな…」

 

「変なこと言わないで…ううっぷ」

 

「ごめんごめん、ほら、ゆっくり行こう。迷宮はまだまだ続くんだから」

 

顔を青くしているシアの背中をさすりハジメたちへ近づくコウスケ。ハジメ達は周囲を確認していくがやっぱり何もないようなので扉へと向かった。

 

「さて、何が出るかな?」

「……操ってたヤツ?」

「その可能性もあるね。ミレディは死んでいるはずだし……一体誰が、あのゴーレム騎士を動かしていたんだか」

「……何が出ても大丈夫。皆いるから」

「……約一名は吐きそうで、もう一名はおかしくなっているけどね」

「好きで吐きそうじゃ…うぷ」

「おかしいって俺のことかい…やべぇまったくもって否定できない!」

 

 

 扉の先は、ミレディの住処か、ゴーレム操者か、あるいは別の罠か……ハジメは「何でも来い」と不敵な笑みを浮かべて扉を開いた。

そこには……

 

「……何か見覚えないか? この部屋。」

「……物凄くある。特にあの石版」

 

 扉を開けた先は、別の部屋に繋がっていた。その部屋は中央に石版が立っており左側に通路がある。見覚えがあるはずだ。なぜなら、その部屋は、

 

「最初の部屋……みたいですね?」

 

 シアが、思っていても口に出したくなかった事を言ってしまう。だが、確かに、シアの言う通り一番最初に入ったウザイ文が彫り込まれた石版のある部屋だった。よく似た部屋ではない。それは、扉を開いて数秒後に元の部屋の床に浮き出た文字が証明していた。

 

“ねぇ、今、どんな気持ち?”

“苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?”

“ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ”

 

「「「……」」」

 

 ハジメ達の顔から表情がストンと抜け落ちる。能面という言葉がピッタリと当てはまる表情だ。三人とも、微動だにせず無言で文字を見つめている。すると、更に文字が浮き出始めた。

 

“あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します”

“いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです”

“嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!”

“ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です”

“ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー”

 

「は、ははは」

「フフフフ」

「フヒ、フヒヒヒ」

「やっぱミレディちゃんは最高だな!」

 

 三者三様の壊れた笑い声とコウスケの歓声が辺りに響く。その後、迷宮全体に届けと言わんばかりの絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。最初の通路を抜けて、ミレディの言葉通り、前に見たのとは大幅に変わった階段や回廊の位置、構造に更に怨嗟の声を上げたのも言うまでもないことだ。

 

 何とか精神を立て直し、再び迷宮攻略に乗り出したハジメ達。最もやはり順風満帆とは行かず、特にシアが地味なトラップ(金たらい、トリモチ、変な匂いのする液体ぶっかけetc)の尽くにはまり、精神的にヤバくない? というほどキレッキレになったり、コウスケがトラップに掛かるごとにテンションをあげついにはヘンな言葉を言いながらカサカサと変態的な動き方をし始めた。

 

 

 

 

 そうして、冒頭の光景に繋がるわけである。

 

その間も数々のトラップとウザイ文に体よりも精神を削られ続けた。スタート地点に戻されること七回、致死性のトラップに襲われること四十八回、全く意味のない唯の嫌がらせ百六十九回。最初こそ、心の内をミレディ・ライセンへの怒りで満たしていたハジメ達だが、余りにもトラップに引っかかり何かもうどうでもいいやぁ~みたいな投げやりな心境になっていた。

 

その後ハジメたちの精神的な疲労を顧みてコウスケの提案で一度迷宮を出て休むことになった。

 

「まだ行けるはもう危ないってね…ダンジョン探索の基本だろ」

 

「あの~コウスケさんはいったいどこに向かってドヤ顔をしているんですか?」

 

「シアそこの変態は放っておいてさっさと引き上げよう」

 

「…まともなことを言ったはずなのに放置されている…あれれ~」

 

 

 

 

 

 

 夜ベースキャンプでハジメとコウスケは毛布にくるまっていた。今夜はシアとユエが見張りだ。毛布の暖かさに頬が緩むハジメ。今回の迷宮も一筋縄ではいかない。精神を休めるためにも一度戻るのは正解だったなとコウスケの提案に感心する。このまま精神的に疲労したまま進んでは取り返しのつかないことになるかもしれないからだ。

 

横目でコウスケを見ると何やら悩んでいる様子だった。

 

「コウスケ、考え事?」

 

「南雲、起きてたのか、そうだな…聞いてもらってもいいか?」

 

「うん、いいよ」

 

「途中からは気にしないようにしていたんだけどさ、あのダンジョンにいると…凄く、すっごく楽しいんだ。我を忘れるぐらいに…南雲はそんな気分にはなっていないんだろ?」

 

「僕はイラつきしかなかったんだけど、確かにコウスケはおかしくなっていたよね、うん、あれはまごうことなく変態になっていた」

 

「お前、本人が目の前にいるってのに変態変態って…まぁいいや。となるとあの迷宮には精神的なトラップはない訳だ…うーん。なんなんだろうあの高揚感。さっぱりわからん」

 

「…本当になんでだろうね。ゲーマーとしてあのアスレチックなダンジョンを見ると興奮するとか」

 

冗談めかして言うもののハジメとしてもコウスケのあの迷宮内でのテンションの上りぶりは異様だった。

たまに落ち着こうとして深呼吸しているのは見てているのだが、トラップにひっかりあのうざい文を見ると嬉しそうに笑うのだ。

 

「確かにゲーマーとしてあの迷宮は楽しいと思ったりするけど…あれか?俺のオタク心が歓喜しているのか?」

 

「相当ねじ曲がったオタク心だ…」

 

「まったくだ。…実はほかにもあるんだけどさーライセン迷宮は魔力が分解される場所だってのに俺の3つの技能は問題なくできるんだ。無理矢理魔力を注げば使えるのは分かるとしても…流石にいくらなんでも変じゃないか?あのユエが魔法を使うのに結構苦労しているってのにさ」

 

そう言いつつコウスケは天井に手を伸ばし蒼い光の盾を出す。盾は優しく光り始める。その気になれば部分的に硬くすることも大きくすることも可能だ。この盾も使い続ければ成長するという確信があった。実際やろうと思えばこのベースキャンプを覆うように盾を展開することだってできる。そんな悩むコウスケをハジメは苦笑いする。

 

「確かにへんだね…でもそれで僕たちは助かっているそれでいいんじゃない?」

 

「問題の先送りかよ…でもまぁ考えても仕方ないのかねぇ」

 

盾を消しハジメを見る。ハジメは隻眼ではない、右目はしっかりとある隻腕ではない、左腕はあり時たまユエやシアをなでている。白髪ではない黒髪でどう見ても日本人の配色だ。そのことを確認しクスリと笑う。

 

「…何笑っているの?」

 

「いんや、何でもないよ…お休み、南雲」

 

そのまま顔を背けると寝息を立てるコウスケ。ハジメは呆れたように笑い、そのまま眠りに入った。

 

 

 

 

 

 

 

ハジメとコウスケが寝息を立て始めるころ、見張りのユエとシアはお互い向かい合いながら話をしていた。

 

「ぅうライセン大迷宮は中々きついですぅー」

 

「…ん、シアはよく頑張っている…私が保証する」

 

「ユエさん…ありがとうですぅ!」

 

「…静かにハジメたちが起きる」

 

「うっしゅいませーん」

 

張り切ったかと思えばシュンとするシア。忙しくころころ変わる表情にユエは優しく笑う。女性同士で話し合うのはいいものだ。月が優しく照らしてたときシアがユエにずっと思っていたことを質問する。

 

「ユエさん、聞きたいことがあるんです」

 

「?…何」

 

「あの時…私を助けてくれたとき、どうして樹海の案内人と言って助け船を出したんですか」

 

シアが初めてハジメ達と出会たときは家族のことを考えるばかりで気が回らなかったが今、冷静に考えるとユエにとって自分と家族を助ける義理はなかったのではないかと思うようになったのだ。

 

「…ん、もちろん樹海の案内人としてと思ったけど…」

 

「けど?」

 

「……んぅ」

 

珍しくもじもじと言い澱むユエ。気のせいか頬がうっすらと赤くなっている気がする。いつもならはっきりというユエがこんなに言いよどむのは珍しい。不思議に思いながらシアは首をかしげる。

 

「…シアの事情を聞いて…もしかしたら…友達になれると思った」

 

小さな声でぽそりというユエ。ハジメとコウスケに助けてもらったあの時から2人がずっと羨ましかった。いつもあの2人は楽しそうに笑っている。あの遠慮のなく笑いあえる人がユエにはずっといなかった。封印される前は王女として政治に奔走し、同年代との交流はなかった。封印が解かれた後2人のやり取りを見ていると同性の友人がほしくなった。しかし自分は異端の能力を持っている。そう簡単にできるとは思っていなかった。

 

そんなときにシアが出てきた。自分との境遇は違うが、それでも同性で同類だ。その事を無意識に理解していたのかもしれない。だから、今ここで言うのだ。友達になりたいと。その言葉を聞きシアのうさ耳がピーンと立つ。

 

「ユ、ユエさーん!」

 

いきなりガバリとユエを抱きしめるシア。ユエはシアの強力な2つの兵器を顔に押し付けられ顔を竦め苦しそうだ。

 

「私も…ユエさんと友達になりたかったんですぅ!修行をしていた時からずっと!でもどういえばいいのか分からなくて…」

 

「うぐっ…シア…苦しい」

 

「だから今ここで言います!私とユエさんは友達…いえ親友です何があっても絶対に!」

 

「……シア」

 

「はいですぅ!」

 

「…ありがとう…“嵐帝”」

 

「ア~~~~~~~!!」

 

上空へきりもみしながら飛んでいくシア。それを見ながらユエはシアの言葉にニマニマと嬉しく笑うのだった。

 

 

 

 

 




面倒な所は端折ってほしいところは追加する
2次創作の醍醐味ですな

感想お待ちしています


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抑えられない気持ちを抱いて

ひっそり投稿します
そろそろストックがなくなり始めてきました
戦闘模写が難しいです。手を抜くわけにはいかないし
長すぎると矛盾行動が出そうだし…


 

 遂にハジメたちはライセン迷宮の最深部へ到達した。そこは超強大な球状の空間だった。直径二キロメートル以上ありそうである。そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。だが、不思議なことにハジメ達はしっかりと重力を感じている。おそらく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

 

 そんな空間をゴーレム騎士達が縦横無尽に飛び回っていた。やはり、落下方向を調節しているのか、方向転換が急激である。生物なら凄まじいGで死んでいてもおかしくないだろう。この空間に近づくにつれて細やかな動きが可能になっていった事を考えると、おそらく……

 

「ここに、ゴーレムを操っているヤツがいるってことかな?」

 

 ハジメの推測にユエとシアも賛同するように表情を引き締めた。ゴーレム騎士達は何故か、ハジメ達の周囲を旋回するだけで襲っては来ない。ハジメは“遠見”で、この巨大な球状空間を調べようと目を凝らした。と、次の瞬間、シアの焦燥に満ちた声が響く。

 

「逃げてぇ!」

「「!?」」

「ハッハア!」

 

ハジメとユエは、何が? と問い返すこともなくコウスケは本能が命じるまま、シアの警告に瞬時に反応し弾かれた様に飛び退いた。運良く、ちょうど数メートル先に他のブロックが通りかかったので、それを目指して現在立っているブロックを離脱する。

 

 直後、

 

ズゥガガガン!!

 

 隕石が落下してきたのかと錯覚するような衝撃が今の今までハジメ達がいたブロックを直撃し木っ端微塵に爆砕した。隕石というのはあながち間違った表現ではないだろう。赤熱化する巨大な何かが落下してきて、ブロックを破壊すると勢いそのままに通り過ぎていったのだ。

 ハジメの頬に冷や汗が流れる。シアが警告を発してくれなければ確実に直撃を受けていた。“金剛”が使えない今、もしかしたら即死していたかもしれない。感知出来なかったわけではなかった。シアが警告をした直後、確かに気配を感じた。だが、落下速度が早すぎて感知してからの回避が間に合ったとは思えなかったのである。

 

「シア、助かった。ありがとう」

「……ん、お手柄」

「えへへ、“未来視”が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど……」

 

 どうやら、ハジメの感知より早く気がついたのはシアの固有魔法“未来視”が発動したからのようだ。“未来視”は、シア自身が任意に発動する場合、シアが仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだが、もう一つ、自動発動する場合がある。今回のように死を伴うような大きな危険に対しては直接・間接を問わず見えるのだ。

 

 つまり、直撃を受けていれば少なくともシアは死んでいた可能性があるということだ。改めて戦慄を感じながら、ハジメは通過していった隕石モドキの方を見やった。ブロックの淵から下を覗く。と、下の方で何かが動いたかと思うと猛烈な勢いで上昇してきた。それは瞬く間にハジメ達の頭上に出ると、その場に留まりギンッと光る眼光をもってハジメ達を睥睨した。

 

「おいおい、マジかよ」

「……すごく……大きい」

「お、親玉って感じですね」

 

 三者三様の感想を呟くハジメ達。若干、ユエの発言が危ない気がするが、ギリギリ許容範囲……のはずだ。

 

 ハジメ達の目の前に現れたのは、宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、先ほどブロックを爆砕したのはこれが原因かもしれない。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

コウスケはその姿を見て心…魂が狂喜しているのを感じていた。理由は分からないがまるで待ちに待ったものに出会ったかのようだ。あふれでる喜びを無理矢理押さえつける。そうしなければ今にも突撃しそうだからだ。

 

 ハジメ達が、巨体ゴーレムに身構えていると、周囲のゴーレム騎士達がヒュンヒュンと音を立てながら飛来し、ハジメ達の周囲を囲むように並びだした。整列したゴーレム騎士達は胸の前で大剣を立てて構える。まるで王を前にして敬礼しているようだ。

 

 すっかり包囲されハジメ達の間にも緊張感が高まる。辺りに静寂が満ち、まさに一触即発の状況。動いた瞬間、命をベットしてゲーム殺し合いが始まる。そんな予感をさせるほど張り詰めた空気を破ったのは……

 

 ……巨体ゴーレムのふざけた挨拶だった。

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

「「「……は?」」」

 

「っ!?」

 

 凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムから、やたらと軽い挨拶をされた。何を言っているか分からないだろうが、ハジメにもわからない。頭がどうにかなる前に現実逃避しそうだった。ユエとシアも、包囲されているということも忘れてポカンと口を開けている。

しかしコウスケだけは違った。巨体ゴーレムの声…正確には巨体ゴーレムを操っている解放者ミレディ・ライセンの声を聞いたときに言いようのない興奮を覚えた。

 

(なんだろう…なんか凄く…抱きしめたい!)

 

あの巨体ゴーレムと可愛らしいミレディ・ライセンの声を聞くと突撃をかまし今すぐにでも巨体ゴーレムにへばりつきたい衝動がコウスケの胸の奥からあふれるのだ。しかし今は一触即発の戦闘前、残る理性で何とか自らの本能を抑える。コウスケが一人ムンムンとミレディ・ゴーレムを視姦しているとどうやらその間に混乱から回復したハジメとミレディ・ゴーレムとの会話は終わりを迎えそうになっていた。

 

「目的は何? 何のために神代魔法を求める?」

 

嘘偽りは許さないという意思が込められた声音で、ふざけた雰囲気など微塵もなく問いかけるミレディ。どうやら、ハジメの目的である神代魔法を求める目的を聞き出そうとしているのだろう。そろそろ会話に参加してもいいかとコウスケは口を開く。

 

「目的は日本に故郷に帰るため。ただそれだけなんだけど?」

 

「そういう事。僕たちはお前等のいう狂った神とやらに無理やりこの世界に連れてこられたからね。世界を超えて転移できる神代魔法を探している……お前等の代わりに神の討伐を目的としているわけじゃない。この世界のために命を賭けるつもりは毛頭ない」

 

肩をすくめるコウスケ。自分がなぜ召喚されてこのような状況になっているか皆目見当もつかないがこの世界に染まってしまう前に日本に帰りたいのは本心だ。その言葉に同調するようにハジメが言葉を付け足す。

 

「………ーーーー」

 

(…?)

 

ミレディ・ゴーレムは微動だにせず、ただコウスケをじっと見つめて直立している。その事に疑問を浮かべるコウスケ。自分は何かまずい発言でもしてだろうか。思い返すがそこまで変なことを言った覚えはない。もしや先ほどまで舐めるように視姦しているのがばれてしまったのだろうか。

 

そこまで考えたときだった。微動だにしていなかったミレディ・ゴーレムが流れるような動作で左腕に装着しているフレイル型モーニングスターをコウスケに向かって射出したのだ。投げつけたのではない。予備動作なくいきなりモーニングスターが猛烈な勢いで飛び出したのだ。おそらく、ゴーレム達と同じく重力方向を調整して“落下”させたのだろう。

 

余りにも違和感なく流れるような動作だったためコウスケの意識は一瞬遅れるが体の方はすぐさま反応し前方に”守護”を展開する。ドゴンッ!!と凄まじい衝撃が腕に伝わるが無理やり力技ではじき返す。モーニングスターはそのまま宙を泳ぐように旋回しつつ、ミレディ・ゴーレムの手元に戻った。

 

「いきなりずいぶんなご挨拶じゃないか。ミレディちゃん」

 

日ごろの訓練の成果に内心安堵の息をつきながら悪態を放つコウスケ。ロクな会話もせずにいきなりの攻撃はないだろうとミレディ・ゴーレムを睨みつける。そのコウスケの視線にミレディ・ゴーレムはやれやれと肩をすくめる仕草をする。

 

「………いやぁ~君のその変態的で女の子を泣かせることしかできない顔を見たら途方もない怒りがわいてさ~ついついやっちゃった。ゴメンねぇ~」

 

「あぁん!?」

 

溜息を吐きながら器用にぶりっ子のポーズをとるミレディ・ゴーレムに青筋を浮かべるコウスケ。何故だか物凄く反論したくなった。

 

「テメェ…この俺のハンサム顔が変態的だと?何処をどう見たらそうなるんだ!これでも女性に対しては紳士的で通っているコウスケさんだぞ!」

 

「「「えっ!?」」」

 

あくまで自分は紳士的で常識的な行動をしていると思っていたがどうやら後ろにいる3人はそう思っていないようである。後で3人にお仕置きをするべきかと思いながらもミレディに対する悪態は止まらない。

 

「と言うよりなんださっきからそのふざけた言動は!!」

 

「おやおや~怒っちゃった~?ゴメンねゴメンね~だってミレディちゃん可愛「滅茶苦茶可愛いじゃあねえか!」…えぇー」

 

ミレディの言葉をさえぎるコウスケ。もう自分が止められなかった。寧ろ止まる気がなかった。後ろの3人がドン引きしているにもかかわらず溢れる思いが口から次から次へと出てくる。

 

「前っから思っていたんだけど何その煽るような言葉!すっごく良いじゃねえか!これが男がやっていたんなら即殺なんだがミレディちゃんは可愛いから凄く似合うんだよ!!美少女に煽り発言を受けるなんて興奮しない男なんてこの世にはいない!断言しよう!最高じゃねえか!ウッヒョー―――!!今すぐその薄っすい胸に飛び込んでprprしたい!」

 

おかしなことを言っているような気がしたがまったくもって気にしなかった。心の奥底にたまっていたものを全部言い終えたようなそんな開放感と爽快感がコウスケの全身を包む。反対に後ろの女性陣2名からは底冷えするような視線を受け、親友からは呆れたような溜息を吐かれるがコウスケは華麗にスルーする。

 

「……ふふふ」

 

コウスケの変態チックな言葉を受けたミレディ・ゴーレムはプルプルと震えたかと思うと指先をコウスケに向ける。それを合図にしたかのようにゴーレム騎士たちはいっせいにコウスケに剣を向ける。さながら犯罪者を今から処刑するかのようであった。

 

「悪いけどそこの変態の相手はしたくないから騎士たちに任せるとするよ」

 

一切の感情の込められていない声で宣言するミレディ・ゴーレム。その言葉が合図となったのかコウスケに群がり始めるゴーレム騎士たち。しかしこれはコウスケにとってもチャンスだった。ミレディと一緒に取り巻きのゴーレムたちを相手するよりも自分が雑魚を引き付けその間にハジメ達がミレディの相手をした方が危険が少ないと感じたのだ。群がり始めるゴーレム騎士たちから逃げるように跳躍しながらすぐに念話をする。

 

”南雲!周りの雑魚は俺が全部引き付けるからミレディ・ライセンを頼んでいいか!?”

 

”し、正気ですか!、雑魚と言っても50体…もしくはそれ以上はいるんです!圧殺されますよ!”

 

シアの叫び声が聞こえる。どうやら何十体のゴーレムを相手するのはきついのではないかと心配してくれているようだ。

 

”そこら辺は気合で何とかする。それよりもだ、周りの雑魚なしでミレディとお前ら3人で戦った方が速いと思うんだ。…どうだ南雲、頼めるか?”

 

”確かにその方が手っ取り早いけど…”

 

”…コウスケ本当に平気?”

 

ハジメの言葉に続くようにユエが話してくる。その声は信頼と心配が混ざったような声だ。その気遣いにありがたく思いながらハジメ達と距離を取り続け浮遊するブロックを次々と移動するコウスケ。その後ろ姿を追うゴーレム騎士たち。

 

”問題ない!というよりさっきからミレディに突撃をしたくてしょうがないんだよ。流石にそれは不味いしな…だからこの雑魚の相手は任せろ!”

 

”…分かったよ、親玉の方は任せて”

 

言葉と同時にミレディにシェラ―ゲンをぶっぱなすハジメ。どうやら自分たち3人でミレディを倒した方が早いと判断したようだ。自分のおおざっぱな作戦に快諾してくれた親友に感謝しながら念のため”誘光”を使いゴーレム騎士全てを自分に引き付ける。たとえ操られてる無機物といえども自分にわらわらとまとわりつく姿は愉快なものだ。自然と笑い声が出てくる。

 

「あっはははは!おいおい、こんなに来るとはよぉ‼まさか今がモテ期ってやつか‼ヒュー――!コウスケさん、そんなにラブラブアタックされると困っちゃいます!」

 

ふざけながらも、ゴーレム騎士の攻撃をひらひらと躱し、よけられないのは守護を使いはじき飛ばす。倒す必要はない、ただハジメたちがミレディを倒すまで時間を稼げばいい。

 

「さーてコイツはどうかな?」

 

自分の周りを覆うように光を展開する。その光を壊そうとゴーレム騎士たちが群がり始める。どうやら自分の守護の力はかなり強力となっており並大抵の攻撃では壊れそうになさそうだ。

 

(さて…あとは南雲達が頑張ってくれれば良いんだけど…)

 

一息つきながら騎士たちの隙間からハジメたちの様子をうかがう。その時叫び声の様な念話が届いた。

 

”コウスケさん!避けて!”

 

「わかった!」

 

その言葉と同時に感じた強い悪寒に従い守護を解き群がるゴ―レム騎士を吹き飛ばしながら大きくジャンプし別の浮遊ブロックの方へ着地する。その瞬間先ほどまで自分がいたところに巨大なブロックがゴーレム騎士を巻き込みながら吹き飛んできた。

 

「おいおいマジかよ‼ブロックにまで求愛されるとは!ハッハァー!見ているか南雲!ついに無機物からルパンダイブされたぞ!これが!俺と!お前の差だ!羨ましいだろ!」

 

「誰が!羨ましいだって!」

 

「…コウスケは無機物に欲情する変態」

 

「え?ええ?ブロックは君たちにぶつけようとしたんだよ何であっちの変態に飛んでいくの?おかしくない?」

 

何やら外野が騒いでいるが構わなかった。楽しくなってきたのだ。相手は強大、しかし今の自分たちなら勝てる。ハジメが、ユエが、シアがいるなら全く問題ない。ゴーレムをはじき、飛んでくるブロックを避けコウスケの精神は絶好調だった。

 

 

 

 

 

ドォガン!!!

 

周りに浮遊するゴーレム騎士をあらかた切り倒した時だった。突如、爆音が響きハジメたちを見る。何をしたかはわからないが。ミレディ・ゴーレムは両腕が飛ばされ、おまけに胸の部分が大きくえぐれている。なぜかそのことに、強い不安を覚えハジメたちの方へ移動する

 

「3人ともうまくいったか!」

 

「ふふん、やりましたよコウスケさん!」

 

「どうかな、まだ何か手を残してそうだ」

 

「…油断禁物」

 

シアは嬉しそうだが、ハジメとユエは油断なく構えているコウスケとしても喜びはしたいのだが、満身創痍なはずのミレディ・ゴーレム

は天井を見上げている。そのことに嫌な予感が付きまとう。それを裏付けるようにシアの表情が青ざめる。

 

「ハジメさん、コウスケさん、ユエさん! 避けてぇ! 降ってきます!」

 

その言葉を言われて気付くミレディ・ゴーレムは騎士や浮遊ブロックだけを動かせるのではない天井に敷き詰められた数多のブロックが全て落下させることだってできるのだ。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!! ゴバッ!!

 

その言葉道理 天井からブロックが外れ、地響きがなり止む代わりに轟音を立てながら自由落下する巨石郡。しかもご丁寧に、ある程度軌道を調整するくらいは出来るのか、ハジメ達のいる場所に特に密集して落ちてくる。

 

(うわわわ!えっと確か、この攻撃は南雲の“瞬光”と“限界突破”を合わせて回避したんだっけ!?あ、俺できねぇ。死んだ?死んだのコレ?)

 

自分の未来に一瞬悲観するも生き残るため腕を天井に向け”守護”を展開する。そして気付く。今なら回避できるはずなのになぜかシアとユエが自分に密着しハジメがオルカンを天井に向けるのを。

 

「…どうして?」

 

自分は間に合わなくても3人なら今からでも退避すれば死なずに済むのに不思議だった。その呟きに答えるように3人がはっきりという。

 

「そんなの!コウスケさんを信じているからですぅ!!」

 

シアが怖いのかに震えてしがみつきながらも言い放つ。先ほど未来視でかなりの数の巨大なブロックが振ってくるのを見たというのに

蒼穹の瞳は震えながらもしっかりとコウスケを見ている。

 

その言葉に視線に全身の血が騒ぐ。

 

「…ん、コウスケなら、あれぐらい問題ない」

 

こちらに体を預けいつもと変わらず静かに話すユエ。全身からコウスケのそばにいれば問題ないと語っている。

 

その言葉に、無言の絶対の信頼に異様に魔力が湧き上がってくる。

 

そして…

 

ハジメがオルカンを構えながらコウスケをチラリと見て一言。

 

「任せたよ、()()

 

瞬間、魂が震え、頭がはじけたようにスパークした。

 

「………は」

 

胸の鼓動が収まらない、歓喜に震え、蒼い魔力が体からあふれ全身を覆う。

 

「はははははははっあっははははは‼まったく!まったく‼お前らってやつは‼ユエもシアもミレディちゃんも‼さらに()()()も‼

どうして!そんなに!俺を昂ぶらせるのが上手いのかな‼」

 

 

展開した守護が蒼く強く自分たちを覆うように輝く。感情の高ぶりが答えるように蒼い光がさらにコウスケを包むように発光する。“限界突破”だ。それも本来なら魔力分解作用によってここではすぐに消滅するのに、消えることなくコウスケの体を覆う。嬉しかった、ヒュドラの時と同じようにここぞというときはしっかりと出てきて自分に応じてくれるこの力にコウスケは深く感謝した。と同時にさらに大きくなる“守護”。

 

(これじゃあ、守護というより結界かな…)

 

ハジメが横でオルカンを撃ち天井のブロックを砕いた。それでも依然として降ってくる大量の巨石をドンナーとシュラークで連射し巨石の軌道を変える。それでも足りないと思ったのか限界突破をしようとするハジメ。それに待ったをかける。

 

「ハジメ!それは後で俺の代わりにアイツにぶち込んでくれ!」

 

「…ああ分かったよ、コウスケ」

 

と話した所で同時に腕から伝わる凄まじい衝撃に歯を食いしばる。腕からは嫌な音が響くが問題ない。自分のことを信頼してくれる3人のことを考えると痛みが吹き飛ぶのだ。

 

「うぉぉおおおおおおおおおおお!!!!」

 

数十トンの巨石が降ってきているのに守護はひび割れるどころかさらに光り輝き青色が濃くなる。そのままあふれ出る歓喜を全て魔力に乗せさらに”守護”改め”守護結界”を硬くする。

 

 

 

 

 そんなハジメ達の様子を壁際で観察していたミレディの目には、ハジメ達が蒼い光を纏いながら一瞬で巨石郡に飲み込まれたように見えた。悪あがきをしていたようだが、流石にあの大質量は凌ぎきれなかったかと、僅かな落胆と共に巨石郡にかけていた“落下”を解いた。

 

「う~ん、平気だと思ったんだけど無理だったかなぁ~。でもここで終わるような変態じゃないし、こんな所でてこずっていたらあのクソ野郎共には勝てないし絶対に帰れないしねぇ~」

 

と、その時ハジメ達のところに降り積もっていた巨石が蒼い光と共にが一気にはじけ飛んだ。飛んできた巨石を受け止めながら驚愕と歓喜の目でその場所を見る。そこには魔力の出しすぎでふらつきながらも男が一人立っていた。

 

「…あーこういう時なんて言うんだっけ…ああ、思い出した、ねぇ今どんな気持ち!死んだと思っていたやつが無傷でどんな気持ち!ねぇ応えてよ、無駄なことをしたミレディちゃーんプギャー!!…いいなこれ、あの煽り方今度から真似しようかな…」

 

「…ふふ、そうだよそんな簡単にやられるような男じゃないもんね」

 

「何独り言喋ってんだ。まだ終わってないぞ」

 

コウスケはふらつきながら戦闘を再開するハジメ達を見た。その姿に満足し座り込んでしまう。

 

(あー駄目だ、力が入らねぇー。やりすぎたか?まぁいいか“快活”もなんか地味にパワーアップしたからかハジメ達もやたらと青く光ってた様な気がするし…ダメだー眠い…すまん…後…任せた)

 

そのままドサリと倒れ込む。巨石を弾き飛ばした瞬間。“守護結界”を解いて“快活”をハジメたちにかけ特攻を頼んだのだ。知らぬ間に強化されていた“快活”にハジメ達の傷がふさがり魔力、気力共に回復しているのを横目でチラリと確認して、後の戦闘はハジメたちに任せそのまま戦場のど真ん中でコウスケは満足げに気絶をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この頃感想クレクレ厨と化してしまった自分に気が付きました。
という訳で気が向いたら感想お願いします。…ネタバレを恐れてあんまり気の向いた返信はできませんですけど…


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ミレディちゃん

ひっそり投稿です


「…ほあっ!?…ん?ここどこ?」

 

薄いまどろみの中突如ビクンとしながらあたりを見回すコウスケ。確か自分の記憶では天井から降ってきた巨大ブロックを防ぎ弾き飛ばしたところまでは覚えているのだが…

 

「コウスケ気分はどうだい?」

 

「南雲?そっか俺、魔力切れで倒れたのか…うん眠ったからかな、少し怠いぐらいけど…あれからどうなったんだ?」

 

「…ねぇ、もしかして無意識で言っているの?」

 

「?何の話だ」

 

「………はぁやっぱり無意識なんだね…分かった。あの後何が起こったか説明するよ」

 

どこかあきれた様子で溜息をつくハジメに首をかしげるコウスケ。その事に増々溜息を出しながら説明するハジメ。どうやらあの後無事にミレディ・ゴーレムを倒したようだ。その後壊れ行くミレディと色々と事情を聴き感動的な別れ方をしたらしい。ミレディを倒したからだろうか壁の一角が光っておりその場所まで向かおうとしていたのである。

 

「そっかー倒せたんだな。よかったー…で、なんでシアはあんなに涙目なんだ?どっか怪我したのか?」

 

仲間たちの様子を見るとシアの目が真っ赤に晴れている。一瞬怪我をしたのかと心配になるが横でニンマリ微笑んでいるユエの様子を見る限りどうやら違うらしい。

 

「…怪我じゃない、私とハジメに褒められて嬉し泣きしていた」

 

「あ!言わないで下さいよユエさん!結構恥ずかしいですぅ!」

 

目元と顔を赤くしながら抗議するシア。ミレディにとどめを刺したのはシアでその頑張りをユエとハジメに褒められたらしい。うさ耳も恥ずかしそうにピコピコ動いている。そんな仲間たちに顔がほころぶコウスケ。迷宮を攻略していた時やミレディと対峙していた時のあの高揚感はなく今は達成感がある。その余韻につかりながら、ふらふらと立ち上がりハジメにもたれかかる。

 

「うわ、何するんだよコウスケ」

 

「うるせーこっちはへとへとで疲れてるんだ、少し肩を貸してくれ」

 

「ハイハイ」

 

そのままだらだらのんびりと浮遊ブロックに乗るハジメ達。するとそのままブロックは動き出し光る壁の前まで進むと、その手前五メートル程の場所でピタリと動きを止めた。すると、光る壁は、まるで見計らったようなタイミングで発光を薄れさせていき、スっと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いている。

 

 ハジメ達の乗る浮遊ブロックは、そのまま通路を滑るように移動していく。どうやら、ミレディ・ライセンの住処まで乗せて行ってくれるようだ。そうして進んだ先には、オルクス大迷宮にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれていた七つの文様と同じものが描かれた壁があった。ハジメ達が近づくと、やはりタイミングとよく壁が横にスライドし奥へと誘う。浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

 

 くぐり抜けた壁の向こうには……

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 ちっこいミレディ・ゴーレムがいた。

 

「「……」」

 

「ああ、やっぱり。こんなことだと思ったよ」

 

「んーちんまいとさらに可愛さが増すな」

 

 ちっこいミレディ・ゴーレムは、巨体版と異なり人間らしいデザインだ。華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、白い仮面を付けている。ニコちゃんマークなところが微妙に腹立たしい。そんなミニ・ミレディは、語尾にキラッ! と星が瞬かせながら、ハジメ達の眼前までやってくる。

 

その姿に女性陣2人は黙り込んで顔を俯かせる。

 

「南雲なんであの2人はあんなにプルプルしてんの?」

 

「さっきミレディと感動的な別れをしていたのが全部茶番だと気付いたから」

 

「なるほど、純粋な2人にはミレディちゃんの性格までは読めなかったかー」

 

ケラケラと笑うコウスケと溜息を吐くハジメ。そんな男2人を放っておいてミレディは非常に軽い感じで女性2人に話しかける。

 

「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」

 

 ユエがシアがぼそりと呟くように質問する。未だ、ユエとシアの表情は俯き、垂れ下がった髪に隠れてわからない。もっとも、先の展開は読めるので、ハジメは一歩距離をとった。

 

「……さっきのは?」

「ん~? さっき? あぁ、もしかして消えちゃったと思った? ないな~い! 

そんなことあるわけないよぉ~!」

「でも、光が登って消えていきましたよね?」

「ふふふ、中々よかったでしょう? あの“演出”! やだ、ミレディちゃん役者の才能まであるなんて! 恐ろしい子!」

 

「なんかミレディが可愛くて仕方ないんだけど?」

 

「コウスケ、君は疲れておかしくなっているんだ。取り返しのつかないことになる前にさっさと正気に戻ってきてくれ」

 

こんな時でも真顔でふざけるコウスケに呆れるハジメ。そんな2人をよそにテンション上がりまくりのミニ・ミレディ。比例してウザさまでうなぎ上りだ。ユエは手を前に突き出し、シアはドリュッケンを構えた。流石に、あれ? やりすぎた? と動きを止めるミニ・ミレディ。

 

「え、え~と……」

 

 ゆらゆら揺れながら迫ってくるユエとシアに、ミニ・ミレディは頭をカクカクと動かし言葉に迷う素振りを見せると意を決したように言った。

 

「テヘ、ペロ☆」

「……死ね」

「死んで下さい」

「ま、待って! ちょっと待って! このボディは貧弱なのぉ! これ壊れたら本気でマズイからぁ! 落ち着いてぇ! 謝るからぁ!」

 

 暫くの間、ドタバタ、ドカンバキッ、いやぁーなど悲鳴やら破壊音が聞こえていたが、ハジメは一切を無視して、部屋の観察に努めた。部屋自体は全てが白く、中央の床に刻まれた魔法陣以外には何もなかった。唯一、壁の一部に扉らしきものがあり、おそらくそこがミニ・ミレディの住処になっているのだろうとハジメは推測する。

 

 ハジメは、おもむろに魔法陣に歩み寄ると勝手に調べ始めた。それを見たミニ・ミレディが慌ててハジメのもとへやって来る。後ろからは、無表情の吸血姫とウサミミがドドドドッと音を立てながら迫って来ている。

 

「君ぃ~勝手にいじっちゃダメよぉ。ていうか、お仲間でしょ! 無視してないで止めようよぉ!」

 

 そんな文句を言いながらミニ・ミレディはハジメの背後に回り、二人の悪鬼に対する盾にしようとする。

 

「……ハジメどいて、そいつ殺せない」

 

「退いて下さい。ハジメさん。そいつは殺ります。今、ここで」

 

「まさか、そのネタをこのタイミングで聞くとは思わなかったよ。っていうかいい加減遊んでないでやる事やろうよ。おい、ミレディ、ちゃんと試練はクリアしたんだからさっさとお前の神代魔法をよこせよ」

 

「うーん、まさかのあっさりとした対応にミレディちゃんびっくり。なんか遊びがないね~」

 

ハジメの塩対応に呆れた声を出しながら魔法陣を起動するミニ・ミレディ。流石に神代魔法を手に入れ得る前に壊すのは不味いと思ったのかユエとシアも落ち着きを取り戻す。魔法陣の中に入るハジメ達。直接、脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく。ハジメとユエは経験済みなので無反応だったが、シアは初めての経験にビクンッと体を跳ねさせた。

 

コウスケにはオスカーの魔法陣と同じように何か温かいものが胸の中に溢れるのを感じた。他の3人とは何か違うような感覚に頭を捻っているとどこか視線を感じそこでようやく先ほどからジッとミニ・ミレディが自分の顔を見ているのに気付いた

 

「ん?なに俺の顔に何かついている?」

 

「…ううん、なんでもない」

 

どこか変なミニ・ミレディに疑問を抱くも3人がちゃんと神代魔法を習得したかを確認するコウスケ。

 

「3人ともどうだ?問題なさそうか」

 

「うん平気だよ。やっぱり重力操作の魔法みたいだね」

 

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とウサギちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」

 

「知ってる。それくらい想定済みだ」

 

ミニ・ミレディの言う通り、ハジメとシアは重力魔法の知識等を刻まれてもまともに使える気がしなかった。ユエが、生成魔法をきちんと使えないのと同じく、適性がないのだろう。

 

「まぁ、ウサギちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。君は……生成魔法使えるんだから、それで何とかしなよ。金髪ちゃんは適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」

 

 ミニ・ミレディの幾分真面目な解説にハジメは肩を竦め、ユエは頷き、シアは打ちひしがれた。せっかくの神代魔法を適性なしと断じられ、使えたとしても体重を増減出来るだけ。ガッカリ感が凄まじい。また。重くするなど論外だが、軽くできるのも問題だ。油断すると体型がやばい事になりそうである。むしろデメリットを背負ったんじゃ……とシアは意気消沈した。

 

「さて、最後の変態君は…君次第だね!」

 

「やけに適当だな、おい」

 

3人とは打って変わってあからさまに適当なミレディの説明にげんなりするコウスケ。もっと重力魔法の使い方などをレクチャーしてもらいたいところだが、コウスケが項垂れている間にハジメが迷宮攻略の証を要求する。遠慮、容赦は一切ない。

 

 

「さてと、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も全部。お前の迷宮を攻略したんだ、それぐらい当然あるよね」

 

「……君、セリフが完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?」

 

ニコちゃんマークの仮面が、どことなくジト目をしている気がするが、ハジメは気にしない。ミニ・ミレディは、ごそごそと懐を探ると一つの指輪を取り出し、それをハジメに向かって放り投げた。パシッと音をさせて受け取るハジメ。ライセンの指輪は、上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインだ。

 

 ミニ・ミレディは、更に虚空に大量の鉱石類を出現させる。おそらく“宝物庫”を持っているのだろう。そこから保管していた鉱石類を取り出したようだ。やけに素直に取り出したところを見ると、元々渡す気だったのかもしれない。何故か、ミレディはハジメが狂った神連中と戦うことを確信しているようであるし、このくらいの協力は惜しまないつもりだったのだろう。

 

若干口角をあげていそいそと鉱石を回収していくハジメに苦い笑いを浮かべるコウスケ。強盗のような物言いだが錬成師として嬉しそうに鉱石を回収してく姿を見ると何とも言えない気持ちになる。そんなコウスケにそばにミニ・ミレディが近づいてくる。

 

「はぁ~あの言い方じゃただの強盗だよ~」

 

「あっははは。すまん許してくれ、本来は優しい奴なんだけどオーくんの迷宮で色々あったんだよ」

 

「…ふーん、オー君の迷宮でね~まぁそんな事はどうでもいいとして」

 

「?」

 

「あの子はあなたにとっての…何なの?」

 

隣にいるミレディの声は何故か真剣な声だ。疑問に思いながらも心の内を正直に話す。

 

「何って…友達で親友で相棒のような…あ、これ言葉に出すと物凄く恥ずかしいな!」

 

若干顔を赤らめながら正直に話すコウスケ。今まであまり意識したことはないが改めて言葉に出すと途方もなく恥ずかしくなる。

 

「…そっか。大切な存在なんだね」

 

「お、おうそんなもんだ」

 

茶化すこともなくうんうんと頷くミレディに若干気恥ずかしさで焦るコウスケ。話を変えるようにあたふたしながら話題を探し早口で話し始めるコウスケ。

 

「あ~っとえ~っと、そうだ。さっきの戦う前の会話なんだけど、そのごめんな、いろいろヘンなこと言ってしまって」

 

「分かっているよ。今更な話だし。それよりも人のコンプレックスをずけずけというのは直して欲しいかな~私じゃなかったら嫌われているよ~」

 

「す、すまん…あれ?ってことはミレディちゃんは貧乳なのか?」

 

「…いい加減に怒るよ」

 

「図星ってこと?なら何であの時俺は堂々と確信をもって…?」

 

コウスケは原作である「ありふれた職業で世界最強」を読んでいるがミレディの容姿がどんなものであるかは知らないのだ。それなのになぜかミレディの一部分である身体的特徴になぜか自信を持って言える気がする。増々首をひねって考えようとするが何故か頭がズキリと痛む。変な違和感に顔を顰めるコウスケ。

 

その時ミレディの出した鉱石を回収し終えたのかハジメ達がミレディににじり寄ってくる。

 

「ねぇ、それ“宝物庫”だろう? だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろう」

 

「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。“宝物庫”も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」

 

「知らないよ。寄越せ」

 

「あっ、こらダメだったら!」

 

本当に根こそぎ奪っていこうとするハジメに焦った様子で後退るミニ・ミレディ。彼女が所有しているアーティファクト類は全て迷宮のために必要なものばかりだ。むしろ、それ以外には役に立たないものばかりなので、ハジメが持っていても仕方がない。その辺りのことを掻い摘んで説明するが、ハジメは「ほぅほぅ、よくわかった。じゃあ寄越せ」と容赦なく引渡しを要求する。どこからどう見ても、唯の強盗だった。

 

「ええ~い、あげないって言ってるでしょ! もう、帰れ!」

 

「え?うわっ!?」

 

なお、ジリジリと迫ってくるハジメに、ミニ・ミレディは勢いよくコウスケの襟首をつかみ踵を返すと壁際まで走り寄り、浮遊ブロックを浮かせると天井付近まで移動する。そのまま素早い動作でミニ・ミレディは、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。

 

「「「「?」」」」

 

 一瞬、何してんだ? という表情をするハジメ達。だが、その耳に嫌というほど聞いてきたあの音が再び聞こえた。

 

ガコン!!

 

「「「「!?」」」」

 

 そう、トラップの作動音だ。その音が響き渡った瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。

 

「てめぇ! これはっ!」

 

 ハジメは何かに気がついたように一瞬硬直すると、直ぐに屈辱に顔を歪めた。

 

 白い部屋、窪んだ中央の穴、そこに流れ込む渦巻く大量の水……そう、これではまるで“便所”である!

 

「じゃあ迷宮苦略頑張ってね~」

 

ウインクするミニ・ミレディ。ユエが咄嗟に魔法で全員を飛び上がらせようとする。この部屋の中は神代魔法の陣があるせいか分解作用がない。そのため、ユエに残された魔力は少ないが全員を激流から脱出させる程度のことは可能だった。

 

「“来…”」

「させない!」

 

が、ユエのその行動を見越したように素早くミニ・ミレディが右手を突き出し、重力魔法で上から数倍の重力を掛けた。

 

「ああ!南雲達が汚物のように!」

 

コウスケの場違いな悲鳴をよそに瞬く間にハジメ達が抵抗する間もなく穴に流されると、ハジメ達が流れ込んだときと同じくらいの速度であっという間に水が引き、床も戻って元の部屋の様相を取り戻した。

 

 

 

 

「ふぅ~やっとで邪魔者が居なくなった~」

 

「いや邪魔者って…」

 

ミレディと残されたコウスケ。さっきからコウスケは混乱の極みだった。いったいなぜ自分は襟首をつかまれて残されたのか、邪魔者とは、いったい自分はどうされるのか。さっぱりわからなかった。

 

「なぁミレディ俺に一体何の用事がっ!?」

 

疑問は最後まで言い終えることはできなかった。何故ならミレディが勢い良くコウスケの胸に飛び込んできたのだ。たたらを踏みそうになるが何とか踏ん張り体制を整えるコウスケ。いきなり何をするんだと言おうとして、口を噤んでしまった。

 

コウスケの胸に飛び込んできたミレディは仮面をコウスケの胸に当てわずかに震えていた。その姿になぜか強い罪悪感と申し訳なさが出てきて、胸が痛くなる。

自分の身長より低いミレディを引きはがせることもできず、どうすればいいかもわからず取りあえず頭を優しくなでることにする。するといつの間にか背中に回された腕の力がさらに強くなる。

 

(うぉぉ…痛ぇ…でもガマン…しなければ)

 

気のせいか背中からミチミチと嫌な音が鳴っている気がするが振りほどくことはできない。どうすることもできず取りあえず会話をしてみようと冷や汗をかきながら口を開くコウスケ。

 

「あの…どなたか…間違えておりませんか?…うぎっ!」

 

言葉を掛けたがいいがさらに強くなる腕の拘束。同時に背中から鳴り響くペキペキという音。どうやら説得の仕方を間違えてしまったようだ。冷や汗が脂汗に代わるころやっとのことで拘束から解放される。

 

「フヒュー…フヒュー」

 

やっとのことで息を整えるコウスケにミレディは顔を俯かせながら話しかけてくる。俯いた表情からは何も読み取れずさっきまでのハジメ達をあおっていた雰囲気とはあまりにも違いすぎてコウスケの混乱と戸惑いは頂点に達しそうだ。

 

「ねぇ…他の迷宮にもいくの?」

 

「ふぅー…ああ、勿論行くよ」

 

「そう」

 

何故だかわからないが声はどことなく嬉しそうででも悲しそうにも聞こえるようで、どうにも居心地が悪い。そんな油断していたコウスケをミレディは力いっぱい突き飛ばす。

 

「うぉ!もぉーさっきから何なんだよ!」

 

不満をあげるコウスケをよそにミレディは先ほどと同じように天井からぶら下がっていた紐をグイッと掴んだ。身構える間もなく水に足を捕らわれ穴に向かって流れていく。何とかもがきながら抵抗するも力及ばず少しづつ流されていく

 

「さっきからなんか俺の扱い酷くね!」

 

「あっはは日ごろの行いが悪いんだぞ☆それじゃあ解放者に…ううん、みんなにあったらまた会いに来てね♪」

 

「ごぼっ、言われなくでぼぉ!うぼぼぼぼぉぉぉお」

 

流されていく中コウスケはミレディにダブるように映った金髪の少女がとても楽しそうに笑っているようなそんな幻覚を見たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライセン迷宮から大量の水に流されていたコウスケはどこかの泉に打ち上げられていた。すぐに水面に上がり息を整えるコウスケ。

 

「ゲホッ、ガホッ、~~ったくいったい何だってんだミレディちゃんの奴…んな事より南雲達はっと、ん?ありゃ南雲とユエ?なにしてんだ」

 

その視界に岸のそばで何やらハジメが慌てているのが見える。ハジメがあれほど慌てるなんて珍しいと思いつつ近づくコウスケ。

 

「おーい、南雲どうした、ってシアが死んでる!」

 

「死んでない!溺れて死にかけているだけだ!そんな阿呆なこと言ってないで手伝って!」

 

そばに駆け寄るとシアが、顔面蒼白で白目をむいていた。よほど嫌なものでも見たのか、意識を失いながらも微妙に表情が引き攣っている。

 

「溺れていたやつには…人工呼吸だ!ユエ!やっちまえ!」

 

「???」

 

「この世界には心肺蘇生がないみたいなんだ!」

 

「え?マジで!?じゃあ俺たちのどっちかがまうすとぅーまうすして胸をわしづかみにするの?」

 

童貞であるコウスケには若干尻込みしてしまう。死にかけているとはいえシアは美人なのだ。流石に怖気ついてしまうが…とはいえシアは命には代えられない。覚悟を決めハジメと頷きあう。

 

「や、やったろうじゃねえか、よし、俺が心臓マッサージをする!南雲!お前は気道を確保して思いっきりまうすとぅーまうすをかましてやれ!遠慮すんな!これはチッスに入らん!」

 

「ふざけてないで行くよ!」

 

シアに覆いかぶさり慣れない手つきで心臓マッサージをするコウスケ。シアの柔らかいものがふにゅふにゅと形を変える。

 

(ああくそっ滅茶苦茶柔らかーい、じゃなくてこんなことなら教習所で応急処置のやり方もっと真剣に聞いておくべきだった!)

 

コウスケとハジメの必死の応急処置が功をなしたのか何度目かの人工呼吸のあと、遂にシアが水を吐き出した。水が気管を塞がないように顔を横に向けてやるハジメ。

 

「ケホッケホッ……ハジメさん?」

「ふ―そうだよ、ハジメさんだよ…なんでこんなとこで死にかけるのかな…」

「よかったシア気付いたのか…」

 

ホッと息を吐くコウスケとハジメ、しかしシアの様子がなにやらおかしい。顔を赤くしてプルプルしている。首をかしげる2人にシアは震えながら言った

 

「ハ、ハジメさんにキスされた…コウスケさんに胸をもまれた…というか今も鷲掴みにされている…」

 

コウスケはふと自分の手を見る。気が付くと両手はしっかりとシアの左胸を鷲掴みにしている。すごく柔らかく暖かいその感触に本能が手を離すことを許さなかったのだ。

自分がとんでもないことをしていることに気が付き硬直するコウスケ。

ハジメは…さっさと退避していた。親友のあまりの行動の速さに感心するのもつかの間ガバリと立ち上がったシアに思いっきりビンタされ泉に吹っ飛ばされるコウスケ。

 

「コ、コウスケさんのばかーーー!!」

 

「俺は悪くブゲラっ!!」

 

音を立てて泉に叩き落とされるコウスケ。シアはその様子を見ることなくユエに縋りつく。

 

「ユエさん!ハジメさんと…コウスケさんが…私に無理矢理!」

 

「…シア、分かっている。仇は私が討つ…“嵐帝”」

 

退避していたハジメにシアをなでながら容赦なく魔法を打つユエ。溜息をつきながらそれを甘んじて受けるハジメ。

 

(まぁ救命措置とはいっても無理矢理キスをしたようなものか。流石にこれぐらいは受けてもしょうがないよね…どうやらユエも分かってやっているみたいだし…)

 

ハジメは飛ばされる瞬間ユエの口角がニンマリと吊り上がっているのを見た。からかっているのだろう。それを見ていると何とも言えなくなる。新たな仲間と共に、二つ目の大迷宮の攻略を成し遂げたハジメ。これからも色々あるだろう旅を思い薄らと口元に笑みを浮かべながら泉へ飛ばされるのだった。

 

 




後で修正が入るかも…です
次のコミュ編で第2章は終わりになりますね


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交流をして訓練を頑張って考える そのに

第2章最終話です
前と同じく時間軸は適当です。
会話内容に矛盾や同じことを繰り返して言っていないかすごく心配になります
あとキャラが物凄くブレブレになっていないか。会話させるのは楽しいんですが色々大変ですね。


コミュ編  コミカル

 

  ハジメとコミュ

 

ハジメの銃火器2

 

「なあ南雲ドンナ―貸してくれ」

 

「いいよ、また練習?」

 

「おう、やっぱり銃はかっこいいだろ!俺もカッコつけたいんだよ」

 

「だからと言ってできるかどうかは…

まぁどうぞ」

 

「サンキュ―なら遠慮なくんっんー銃は剣より強し!」

 

パキュン

 

「お!うまくいった!」

 

「やればできるんだね…」

 

 

 

 

 

 

 

魔物の素材

 

「ああ、分かっているんだ。俺しかいないって」

 

「…うん」

 

「ユエとシアは女の子だ、そりゃあ出来ないといけない日もいつか来るとは思うけど、なるべくこんな事はさせたくないじゃん」

 

「うん、そうだね」

 

「南雲は、ドンナ―で警戒する必要があるし…まぁ、雑魚戦ではあんまり役に立たない俺がやるのは分かっている」

 

「うん、ごめんね」

 

「別に不満があるわけじゃないんだ。ただ……素材の剥ぎ取りが下手でいつも魔物の体液で服が汚れる俺の愚痴を聞いてほしかっただけなんだよー」

 

「後で手袋とか買ってこようね」

 

 

お金を稼ぐ

 

「なぁ南雲。今俺たちの所持金はどうなっているんだ」

 

「色々そろえたからね。うーんと大体40万ルタぐらい残ってるかな」

 

「…ルタって日本円と同じくらいの金額だっけ?」

 

「多少のずれはあるかもしれないけどそんな感じだね。物の物価も大体日本と同じぐらいだし、分かり易くてよかったよ」

 

「…確か樹海の魔物の素材を全部売ったんだっけ」

 

「うん。ギルドの受付のおばちゃんに買取をお願いしたんだけど…どうしたの?」

 

「…たかだか3から4時間素材の剥ぎ取り込みで暴れたとして40万…ハハッなんて高給料取りなんだ…日本で働いているのが馬鹿になっちまう」

 

「えーっとコウスケ?」

 

「しかも怒られることもなく、気楽に作業ができてそばには頼りになる親友とかわいい女の子付き…命の危険があるって言っても……フヒ、フヒヒヒッヒイィィィィ!!」

 

「うわっ!?コウスケが壊れた!」

 

「あああああああ!なんで!俺は!楽な稼ぎを知ってしまったんだぁあああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にうさ耳が好きなのは…

 

「コウスケさん!私のおやつ知りませんか!?」

 

シャキーン!

 

「……」

 

「んん?知らないぞ。どこかに落としたんじゃないの?」

 

「ええー楽しみに取っておいたのにー」

 

へにょん

 

「……」

 

「仕方ないなー俺のを分けてあげるよ」

 

「え!?ありがとうございますぅコウスケさん!」

 

パタパタ

 

「……」

 

「…ハジメ?シアのうさ耳を見てどうしたの?」

 

「!?」

 

「…ハジメはむっつりのうさ耳好き」

 

 

 

RPGの楽しみの一つ武器屋

 

「南雲、俺さ、武器を見るのが好きなんだ」

 

「うん」

 

「色々な剣や斧、槍などを見てこれはどんな風に使うのかとか考えるのが好きなんだ。楽しみともいえるのかな」

 

「うん、分かるよ。平和な日本にいたからね興味をそそられるのはしょうがないし何より武器は男の浪漫だからね」

 

「そうなんだよ!だから見に行ったんだけど…あそこに並べられているのすべて南雲の作ったものより劣ると思うとなんだかなぁって」

 

「…うーんこればっかりはね。そうだ、錬成でいろんなものを作ったんだ。見る?」

 

「お!?何々見せて見せて!」

 

(店売りより自作した方が質が良い…か、楽だと思うけど店売り物の楽しみが減るのはしょうがないよね)

 

 

 

便利すぎるのは?

 

「南雲、あのキャンプセットなんだけど…便利すぎねぇ?」

 

「そうかな?僕たち日本人ならならあの位は必要でしょ」

 

「うーん悪いといってるわけじゃないんだただ…冒険者っていう風勢を感じるのが難しくて…」

 

「言いたいことは分からないでもないけど…僕たちは強いだけで冒険のイロハは分からないんだから、自分たちで備えようとするのはおかしいことじゃないと思う」

 

「だよなぁすまんファンタジーと言って少し夢を見すぎたみたいだ」

 

「良いんだよコウスケ。僕達にとって冒険者の生活というのは憧れがあるからね」

 

 

 

コウスケの覗きに対するスタンスと本音

 

「南雲、ファンタジー物には銭湯があったら覗きイベントがあるだろ」

 

「真顔で何馬鹿なこと言ってんの」

 

「いいから聞け南雲。あれは身内の女性陣と交友を深める大事なイベントだと思う」

 

「実際やったらただの犯罪で嫌われるよね。でシアとユエが入っている今行くの?」

 

「行かない!なぜならほかの客が入っているかもしれないからだ。混浴だったら行けるかもしれないけど…流石にあれは身内でやってボコられて終わりにするものであって他人に迷惑をかけるのはただの犯罪なんだ!」

 

「なんだちゃんと物事の分別はわかっているんじゃない…で?この馬鹿話をした本当の理由は?」

 

「ラッキースケベはまだですか」

 

「あるわけ無いでしょ」

 

「えー」

 

 

 

 

 

 

シアって…

 

「シアは可愛いよな」

 

「そうだね、うさ耳いいよね」

 

「あの表情がころころ変わるところなんて見てて楽しいしお調子者のところも愛嬌があっていい」

 

「うん、うさ耳もよく動いている」

 

「でも黙っているとこれがまた良いんだ。神秘的な美少女って感じで」

 

「でも、うさ耳はついていてなんかシュールになる時があるね」

 

「おまけに、家事、炊事、掃除など中々セールスポイントも多い」

 

「あと、うさ耳はとてもふさふさしている」

 

「…完璧じゃね?」

 

「…うさ耳サイコー」

 

「だな!…なんで南雲はそんなに距離をとるの?あれ?なんか前にもあったような…ブゲラァ!」

 

「コウスケさんもハジメさんも恥ずかしいことを真顔で言わないでほしいですぅ!」

 

 

 

ユエとコミュ

 

中毒症状

 

「なぁユエ…もういいんじゃないのか俺もう我慢できなくなった」

 

「…ん、私も我慢の限界」

 

「だから南雲」

 

「…だからハジメ」

 

「ユエに血を吸われたい!」

「…コウスケの血を吸いたい」

 

「駄目!完全に中毒に陥ってるじゃないか!」

 

「「えー」」

 

「何がえ~だよ!そんな不満そうな顔をしない!駄目ったら駄目!」

 

「ハジメさんってなんだか2人の保護者さんですね…」

 

 

 

 

 

 

 

ご機嫌なユエ

 

「ユエ―なんかこの頃、機嫌がいいなーなんかあったの?」

 

「…ん、シアと友達になった」

 

「そっか。よかったなユエ」

 

「ん! これから…」

 

「これから?」

 

「…ハジメとコウスケに負けないぐらいシアと仲良くする」

 

「…その言葉だけ聞くとなんかBL臭い…まさか、誤解されてないよな?」

 

「???」

 

 

 

 

 

 

ユエの吸血

 

「ユエ疑問があるんだけど?」

 

「…ん?」

 

「シアの血は飲まないのか、結構おいしそう?に見えるんだが…」

 

「…コウスケの変態」

 

「何ゆえ!?」

 

「…女の子を傷物にしろなんて…コウスケは鬼畜」

 

「あれれ~」

 

(ハジメとコウスケの血だけでいい…なんて恥ずかしくて言えない)

 

 

 

 

 

 

 

シアとコミュ

 

うさぎの好きなもの

 

「「……」」

 

「あのコウスケさん?ハジメさん?」

 

「「……」」

 

「何で黙って私の前にニンジンを置くんですか?なんでそんなに期待した目をするんですか?」

 

「「……」」

 

「???取りあえずありがたくもらいます」

 

「「イエ~イ」」

 

「???」

 

 

 

 

 

 

 

 

ハウリア族の耳

 

「なぁシア」

 

「どうしましたコウスケさん?」

 

「ハウリア族のうさ耳を触るのを忘れた」

 

「…そういえば父様のうさ耳を触りたいといってましたね」

 

「惜しいことをしてしまった…だからシアのうさ耳を触らせてほしい!」

 

「何でそんなに必死になるんですかーまったくもー良いですよ。でも優しくお願いします」

 

「わーい」

 

(いいなぁコウスケ…僕も思いっきりモフモフしたいなぁ…ハッ!?僕はいったい何を!?)

 

「…ハジメがさっきから変な顔している…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シア大事な話があるんだ」

 

「はい?」

 

 宿の一室4人でまったりと雑談しているとき唐突にコウスケはシアを見て言い放った。あまりにも急だったのでハジメとユエも首をかしげているがコウスケはそんな2人を気にする様子もなくシアに提案した。

 

「お前の服装なんだけどもっと露出を抑える服に着替えてくれないか」

 

「えーっと…服ですか?」

 

「そう、服」

 

 初めて出会った時からコウスケは考えていた。シアの服装はあまりにも露出が激しすぎると。まるで水着の様な薄着で胸元が大きく見える大胆な上半身と短すぎることで太ももがあらわになるスカートが原因だった。樹海にいたころはほかのハウリア族の女性も似たような格好だったのであまり気にしないようにしていたのだが、流石に町に入ったのならば服屋があるのでもっと露出の控えた服装にしてほしかったのだ。

 

「あの、コウスケさんこれでも服装はしっかりと替えたんですよ?」

 

「ファック。何も変わっていない。着替えを要求する」

 

 確かにシアの服装は服屋に寄ってから変わってはいた。しかし着ているのは樹海にいたころとあまり変わらないビキニアーマーみたいな防具兼水着みたいなものでたわわな胸はしっかりと強調されておりくびれのあるお腹の方も丸出しだ。

 スカートの方もホットパンツにはなってはいるのだが健康的で白く艶かしい太ももは惜しげもなくさらされている。その上からユエお手製の外套を羽織っていて、つまりコウスケの目からは何も変わってはいなかった。

 

「えぇ~他の服じゃあ動きにくいんですよ~」

 

「知らん。自分で服のセンスはないって断言できるが、さすがにお前の格好には口を出させてもらう。もっと露出を押さえろこの露出狂」

 

 シアの抗議も聞く耳持たないコウスケ。本当なら本人の好きなようにさせてあげたいのだが露出過剰な服装に関しては妥協することができないのだ。

 

「ユエさーんコウスケさんがひどいですぅ」

 

「…コウスケ、シアの好きなようにさせたら?」

 

「駄目です。このことに関しては譲る気がありません」

 

「本人が良いっていうのなら好きにさせたら?よく動くことになるシアにとって窮屈な服装なのはつらいみたいだし」

 

「黙れ小僧。お前ならわかってくれると思ったのに…このうさ耳好きのむっつり変態め」

 

「…辛辣ぅ!」

 

 ユエの頼みもハジメの説得もきっぱりと断るコウスケ。そろいもそろってなぜこの3人は気付かないのだろうか。溜息が出てくる。本当なら自分が言うべきなのだろうが…

 

「なーんで気付いてくれないのかねぇこの残念兎さんは」

 

「ぷひゅぅ!?ほぉうしゅへぇさーん。ふぁにしゅるんですかぁー」

 

 シアの頬を両手で抑えぷにぷに遊ぶコウスケ。すべすべもっちりとしたシアの頬の感触は大変気持ちがいい。もう少し堪能したいのだが、また街に行っていろいろやりたいことがあるのだ。この空気の中自分がいるのは少し気恥しい。

 

「全く…なぁこの残念を通り越して可愛くなってきたシアちゃんよぉ」

 

「うううー顔がー もうなんなんですかコウスケさん!はっきり言ってくれないとわからないですよ」

 

「あんまり言いたくないんだよ…シア一度冷静に鏡で自分の容姿を確認してくれ。自覚しているんだかしてないんだかわからないけど

そろそろ周りの人間からどう見られているのか気付いてくれよ」

 

「…あぁなるほどね。そういう事か。全くもうコウスケは心配症というか独占欲が強いっていうのかな」

 

「…コウスケはむっつりスケベ」

 

 シアに捨て台詞を吐いてそのまま部屋から出ていくコウスケ。その捨て台詞で言いたいことが分かったのかハジメは苦笑しユエはニマニマと笑う。シアだけは頭に疑問マークを浮かべている

 

「ハジメさんもユエさんも分かったんですか?」

 

「うん。なんとなくだけどわかったよ。コウスケはね、シアの体を町の男たちに無遠慮に見られるのが許せないんだって」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「うん。だってシアはすごく可愛いから。だから自分の仲間であるシアがそういう目で見られるのがすごく嫌なんだ」

 

 シアはとてつもない美少女であり亜人族で隷属として人気の高い兎人族である。今のところ撃退し続けているおかげか乱暴な輩は見受けられないが、コウスケにとってはそういう目的で見られるのがたまらなく嫌なのだろう。なんとも心配性な彼らしかった。

 

「えへへ~大切に思われていると思うと照れちゃいますね~」

 

ハジメの言葉に上機嫌になるシア。服装に不満があると言われたときはどうしてと考えていたが、自分のことを気遣ってくれての発言なら頬が緩んでしまう。

 

「…付け加えるとコウスケ自身もシアをあんまり直視できていない」

 

「へっ!?コウスケさんとは普通に会話できていますけど?」

 

「…コウスケはシアの顔しか見ていない…素肌を見るとシアに失礼だと思っている」

 

 ユエにも経験がある。自身が封印されていた時なにも着ていなかったのでコウスケの視線がとてもよそよそしかったのだ。顔を合わせて会話はしてくれるのだがどこかぎこちなく、目が泳いでいるときが多々あった。

 見ないように意識してでも気になって視線が下に行きそうになりでも理性で押しとどめる。何とも愉快なそんなコウスケを見ていた経験がユエにはあったのだ。

 

「うぅーん、そういわれると結構気を使わせちゃっているんですねぇ…服変えた方が良いでしょうか?」

 

「僕の方からは何とも、ただ言えるのはこれからも旅するにあたって薄着はよくないかなと僕は思う。小さな傷が何か大きな事態を引き起こすことってよくあると思うし、何よりいくらシアが身体能力が異常に強い化け物ウサギといっても怪我はするからね。防げることは防いだ方が良いかな」

 

 なんともハジメらしい実用性を訴えたコメントだ。しかしそれもそうかと思うシア。仲間として行動している以上どこかで彼らに合わせる必要がある。それがたまたま服装なのかもしれない。

 

「…動きづらくてもシアならすぐになれる。…それに」

 

「それに?」

 

「もしピンチになっても私とハジメ…コウスケがちゃんと守るから」

 

「そうですか…そうですね!ならクリスタベルさんのお店に行っていろいろ注文して来ます!」

 

 優しく微笑むユエ。皆が自分のことを気遣ってくれていることにシアは嬉しくなる。なら少しは服装を変えてみようかと服屋に行く準備を始めるシア。クリスタベルの名前を聞いてハジメの顔が硬直するがシアは気にせず服屋に向かって走り出した。その後ろをユエが難なくついていく。

 こうしてコウスケが危惧していたシアの服装はちゃんと素肌を隠す様に改善されコウスケは一安心と胸をなでおろすことになった。

 

 

 

 

「ところで南雲」

 

「なんだい」

 

「お前はどうしてシアのあの露出の多さに何も思わなかったんだ?絶世の美少女だろ。なんていうか…こない?」

 

「特に思わなかったかな」

 

「えぇーまさかシアの身体よりうさ耳の方に目が行ったとかか?」

 

「……何のことかさっぱりだね」

 

「なんで目を合わせないんだ?…マジで?シアの身体よりうさ耳しか目がいかなかったの?……うわぁ」

 

 

 

 

 

 

 現在ブルック郊外にてシアとコウスケは対峙するように正面から向き合っていた。訓練でやりたいことがあるとコウスケがシアを誘い連れてきたのだ。

 

「それでコウスケさん私に頼み事とは?」

 

 ドリュッケンを担ぎながら真剣な表情で尋ねるシア。先ほどから考え事をしながら歩いていたコウスケに感化されたのだ。シアとしても訓練は望むところだ。ミレディ戦においてとどめを刺したのは間違いなく自分だが、うぬぼれる気は全く持ってなかった。

 

「大したことじゃないよ。俺は守護を使って防御するからそのドリュッケンを俺に向かって殺す気で当ててほしいんだ」

 

 コウスケの発言に驚き口を開きかけるがすんでのところで噤んだ。いつものシアならば「コウスケさんてどМ何ですか!?」と騒ぎ立てるかもしれないが今の余りにも真剣な表情のコウスケに茶化すのは憚れた。むしろコウスケから殺気がにじみ出ている。

 

「…本気ですか?コウスケさんの力を侮っているわけじゃないんですが、危険が伴うのでは?」

 

 シアの言い分はもっともだ。ユエと協力してドリュッケンを振るうときに少しづつ重力魔法を合わせて使うようにしているので本気のシアの打撃力はとんでもない威力になっている。過信する気はないがもしコウスケに当たってしまったら大惨事になってしまう。そんなシアの気遣いにコウスケは嬉しそうに笑いながら首を横に振った。

 

「問題ないよ。寧ろ俺たちの中で最も力の強いシアの攻撃を受けきれないんじゃ色々と話にならないんだ。という訳でカモン、シア」

 

 指を挑発するようにクイクイとするコウスケ。同時に守護を展開し青い光はコウスケを守るように光っている。

 

「むぅ!怪我しないでくださいね!コウスケさん!」

 

ドゴンッ!

 

 大きな音を立ててドリュッケンが青い光に当たるがひび割れる様子はない。威力が足りなかったかとシアは先ほどよりさらに勢いよくドリュッケンを振り回す。その様子にコウスケは気合を入れなおす。

 

 コウスケはシアが仲間になってからずっと考えていた。魔法は防ぐことができるが物理攻撃はしっかりと防ぐことができるか不安に思うときがあった。だが魔力操作で身体能力を上げることができるシアなら物理攻撃を防ぐいい練習相手になるのだ。ミレディと戦ったときコウスケは巨大ブロックを防いだ実績がある。しかし今になって思うとあの時の桁違いな魔力はミレディと戦えていたから出てきたのではないかと思うのだ。あの時の力が今出せるかと言うと…きっと出せないかもしれない。

 

(それじゃあダメだ。いつでもあの力を出せるように…もっと鍛錬をしなければ)

 

最大の力が肝心な時に出せないのでは意味がない。だからシアに手伝ってもらっていつでも全力が出せるように訓練をするのだ。

 

「とりゃですぅ!」

 

「ふん!」

 

(しかし、それにしては威力が低いような…やっぱり仲間を攻撃するってのはシアには難しいよな)

 

 どうにも攻めあぐねているシアに少しばかり罪悪感がわく。元々温厚な女の子だ。流石に無理な注文だったかもしれない。だからといって加減をしても自分とシアのためにもならない気がする。申し訳ないと思いつつシアがもっと力を出せるようにエールを送る

 

「なぁシア」

 

「っぐ!か、硬いですぅ…どうしたんですかコウスケさん」

 

「最近少し太った?」

 

「!?」

 

「何かお腹周りの肉付きがよくなったような…」

(そんなことまったくもって無いんですけどね!めっちゃスタイルよくてくびれが物凄いですよシアさん!)

 

「…ふっふふふ…分かっていますよ。きっと私に全力になってもらいたいっていうのは分かるんですよ。でもだからって人が気にしていることを平然と言うんですねコウスケさんは…」

 

「サテ、ナンノコトヤラー」

(こ、怖ぇー自分で煽っておいてなんだけどやっぱり女の子にその話題は禁句だよなぁ!)

 

「どうやらそんなに押しつぶされるのがお好みのようでしたら…望み通りにしてあげるですぅ!コウスケさんの馬鹿ぁーーーーー!!」

 

「う、うぉぉおおおおお!!」

(ごめんねシア!!)

 

 その後すさまじい衝撃音とコウスケの絶叫が辺り一帯に響くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿の一室でコウスケはコップの中に入っている水を思案顔で見ていた。

 

「うーん。どうやったらうまくいくのかなー」

 

 このコップに入っている水はコウスケの水魔法でできたものだ。この水を生成魔法で傷薬に変えることはできないかと試していたのだ

 

 コウスケは無機物を何か別の物に変化させるぐらいにしか覚えていないが、それでも何か役に立つだろうと想像しやすい水で魔法の実験をしていたのだ。無論ハジメにそのことを教えたらなんで知っているのかとそこから自分の正体などでマズくなりそうなので黙っているのだが......。

 

(まったくもって傷が治る気配がない…南雲が使いこなしている以上俺もなにかできると考えたんだけど…難しい)

 

 自分の指に小さな傷をつけ水を塗り込んだが…全く持って治る気配がない何か間違えたかと頭を悩ます…そもそも傷薬など町で大量に買えてしまいおまけに自分たちがそんなに傷を負うとは思えない。つまり無意味のなことなのだ

 

(意味はなくても南雲のようになにかつくってみたくなるんだよなー)

 

 ハジメへのちょっとした嫉妬と羨望がコウスケの実験を諦めさせない。コップに目を向け考え込む。…なんだか美味しそうに見えてきた。奈落ではハジメと一緒にコウスケの水魔法で喉の渇きを潤し不味い魔物肉を無理矢理喉に押し込むために使い続けたものである。何かとお世話になった魔法だ。

 

 コップの水はひんやりとちょうど飲みやすい冷たさになっている。奈落で培った経験のたまものだ。

 

 

(しょうがねえ、とりあえず飲んで、そこからまた考えるか)

 

 コップの水でも飲んでまた新しく実験をしようかと思った時だった

 

「ふぃーコウスケさん何か飲み物ありませんかーなんか喉が渇いちゃって」

 

 シアが突然部屋に入ってきた。おそらく郊外での重力魔法の鍛錬の帰りなのだろう。多少驚きつつもシアの訪問を歓迎する

 

「おーう、シアお疲れ、水ならそこにあるけど…味の保証は期待できないぞ?」

 

「そうですか?なんか美味しそうですけど…ありがたくもらいますぅ」

 

 訝し気ながらもコップの水をグイッと飲むシア。そんなシアに苦笑するコウスケ

 

「!?」

 

 しかし、シアが突然目をクワッと見開き一気に飲み干した。何かまずかったと慌ててシアに駆け寄るコウスケ。がシアは逆にコウスケに詰め寄る

 

「コウスケさんあの水はいったい何なんですか!?」

 

「お、落ち着けシア何があった。というより大丈夫!?」

 

「落ち着いてますよ!あの水は……すごく美味しかったんですぅ‼」

 

「は?」

 

 思わず何言ってんのこの兎とシアを残念なもので見るコウスケそんな事にも気付かずシアは興奮した様子でうさ耳バタバタと動かしながらで水の感想を言う

 

「なんというか、飲みやすいんです、味はさっぱりとしてしつこくなく喉にスッと入って、清涼感がイイというか…それも冷たさもちょうどよくて疲れた体にとてもよく効くんです!だから、あの水はどこで手に入れたんですか!」

 

「…俺の水魔法だけど…」

 

「あの水がタダで飲み放題!ハジメさんとユエさんに伝えてきます!」

 

 そのままダッシュでどこかへ行くシア。ポツーンと残されるコウスケ

 

「……マジか」

 

 後日ハジメとユエにも美味と言われ、スポーツ飲料水のように疲れたら飲むようになった。その事に何とも複雑な顔をするコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 宿の一室でコウスケとシアは向かい合っていた。コウスケが真剣な話があるとシアに言い、宿で話し合うことにしたのだ。

 

「それでコウスケさん…話とは…」

 

 妙に緊張しているシアに苦笑しコウスケは自分の身体について話をすることにした考えてみたらシアにまったく話していなかったのだ。流石に仲間外れはよくない

 

「うーん、コウスケさんは本当はもっと別の姿であり、コウスケさんの魂が天之河光輝という人の体に入っているという事ですか…」

 

「そういう事なんだけど…信じてくれる?」

 

 頭をひねらせ考え込むシア。流石に信じられないのだろうかと心配するコウスケとシアがガバリと顔をあげコウスケの目を真っ直ぐ見た

 

「はい、もちろん信じますよ。深く考える事じゃないです。コウスケさんはコウスケさん。ただそれだけですよ」

 

 あっけらかんと言うシア。その目は信頼に満ち溢れていた。そのことに感謝しだからこそシアに頼みごとをした

 

「そっか…ありがとうシア」

 

「いえいえ、どういたしましてですぅ」

 

「といわけでシアに頼みがあるんだ」

 

「頼みですか?」

 

「おう…髪を切ってほしいんだ」

 

 

 

 というわけで、コウスケは椅子に腰かけ布をかぶり頭だけ出している状態だったシアはその後ろに立ち、ハサミを持っている。

 

「まさか、コウスケさんが髪を切ってくれなんて頼むとは思いませんでしたよ」

 

「あはは、いい加減、髪が邪魔になってきたし俺は天之河光輝じゃないという印にもなりそうだからね。本当は、南雲やユエに頼もうと思ったんだけど…なんか大惨事がおきそうで…」

 

「うーん、ユエさんはコウスケさんで遊ぶでしょうけどハジメさんは大丈夫だと思いますよ」

 

「俺で遊ぶって…まぁユエは置いといて、南雲に頼むのはなんかなーあまりそういうのは見せたくないというか男が髪を切ってと男に言うのなんて恥ずかしくないか?」

 

「私にはよくわからないですぅ」

 

 雑談をしながらもハサミを動かし髪を切っていくシア。意外にも手馴れているのかスムーズだ。だんだん気持ちよくなりコウスケは瞼が重くなり眠くなってきた。その事に気づいたのかシアは微笑みを浮かべる

 

「コウスケさん、眠くなったら寝てもいいんですよ後はちゃんとやっておきますので…」

 

「ああ…そうする……シア…」

 

「はい?なんですか」

 

「…ありがとう…俺たちに…ついてきてくれて…」

 

「…こちらこそ、私を受け入れてくれてありがとうございます」

 

 半分寝言なのだろう。静かな寝息と共に聞こえた声にシアは嬉しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 町にて休息をとるハジメ達。ハジメとユエは買い物に出かけて行ったのでコウスケはシアを連れスイーツを食べに甘味処へ来ていた。ミレディ戦のMVPとしてハジメからお小遣いはたんまりともらっているのでシアとの約束を果たしに来たのだった。

 

「コウスケさん?なにボーっとしているんですか?食べないのなら私が食べちゃいますよ?」

 

「うん?…中々食い意地が張ってるねーんなことせずに遠慮なく頼めばいいのに」

 

「女の子に食い意地が張ってるとは失礼ですぅ罰としてコウスケさんのも食べちゃいます」

 

「結局食べるんかい…まぁいいか遠慮せずにどうぞ。シアのおかげで助かっているしねー」

 

 美味しそうに自分の食べかけのフルーツパフェ?らしき物をほおばるシアに苦笑する。実はさっきまでミレディのことについて考えていたのだが…さっぱりわからなかった。

 

(うーんあのミレディの様子は一体…まぁいいか後で考えよう、ん?今この状況って完璧に女の子とデートじゃね?それもとびっきりの可愛い女の子うっひょう勝ち組じゃねぇか!)

 

 頭が痛くなるようなことは後で考えるようにして今目の前にいる美少女をガン見する。幸せ一杯にほおばるシアはかなりの愛嬌をしている。これが黙って静かにしていると神秘的な感じになるので1粒で2つの味があるのだ。その遠慮のない視線に何を思ったのかシアはからかうような表情を浮かべる。

 

「…コウスケさん本当は欲しくてたまらないんですねぇー うーん私の食べかけなら、ちょっとだけいいですよ。はいどうぞ」

 

「だから、それ俺の食いかけって、え?なにそれ?」

 

「?だから物欲しそうにしていたからちょっと分けてあげるんですけど?」

 

 スプーンにさっきまで幸せそうに食べていたフルーツパフェ?を乗せてこちらに差し出すシア。俗にいうアーンというやつである。想像できなかったシチュエーションに固まるコウスケ。…ちなみに周りの客はこちらに視線を向けていない。

 コウスケが店に座るなり、好奇な視線や羨望、熱い視線を受けたので加減をして威圧をしたのだ。効果はてきめんでこちらに耳を傾けているような気配はするが、ぶしつけにこちらに目を向けるのはいない…そんな事は置いといてシアは不思議そうにコウスケを見る。

 

(え?なにこれ?この娘分かってやってるの!?それとも天然!?え?こんな女の子だったか?原作じゃ…あれ?チョロイン!?南雲に惚れている所しかねぇ!?分からん…調子に乗りやすい天真爛漫な子だとは思ってたけどしかしこれは絶好の機会…この先俺に彼女ができるはずがない!なら今がアーンのチャンスではないのか!?…言ってて悲しくなってきた)

 

「で、ではいただきますぅ…」

 

「どうぞですぅ」

 

 おかしな語尾になりながらスプーンをパクリ、味は…正直理解できない。コウスケは緊張と羞恥心で顔を真っ赤にしながらもぐもぐする。恥ずかしさのあまり両手で顔を覆いたくなり、この天然兎とジト目でシアを見ると、なんとシアも顔を真っ赤にしプルプルしていた。うさ耳もへにゃりと垂れ下がっている

 

(えっ?さっきまでなんともなかったのに何で赤くなっているの?ヘルプミー南雲、女の子って訳が分からないよ)

 

 今ここにいない親友に助けを求めるコウスケ。そのことを知ってか知らずかシアは恥ずかしそうに小さな声で理由を話した

 

「…コウスケさん、溺れて死にかけていた私を助けてくれたじゃないですかぁ、それなのに私コウスケさんをビンタしちゃって…」

 

「お、おう」

(あれは、胸を鷲掴みしていた俺が悪いんですけど!)

 

「…だからお礼と謝りたくて…ユエさんに相談したんですそれで、お礼や謝るより、喜ばせた方がコウスケさんは嬉しがるといってこの方法が良いって言ったんですぅ…」

 

「そ、そっか、ありがとうシア…」

(あんの吸血ロリッ娘が!絶対シアと俺で遊んでいる!)

 

 仲間である吸血姫のニンマリとした顔を想像し後で往復すると心に決めるコウスケ、しかし今はこの甘酸っぱい空間をどうにかしなければ…シアはさっきから落ち着きなくうさ耳をピコピコしている。もちろん自分もきょろきょろとせわしなく目線を動かすことしかできない。そんな2人にコウスケにとっては助けと元凶がやってきた

 

「コウスケ、シア、食べてるーってなんで2人ともそんなに顔が赤いの…」

 

「…青春真っただ中…」

 

 買い物袋を持ったハジメとユエだ。これでどうにかできるとコウスケは安心し、ユエをジト目で睨んだ後、ハジメ達に絡む

 

「気にすんな、そんな事よりハジメもユエも一緒に食べよう結構おいしいぞ」

 

「分かった聞かないでおくよ、…ユエも食べる?」

 

「…ん」

 

 席に着き店員を呼び甘味物を注文するハジメ。この頃になるとシアも落ち着きを取り戻しユエと会話をしている

 

「ユエさん、言った通りコウスケさん真っ赤になって喜んでくれたですぅ…私も恥ずかしかったですけどね」

 

「…ん、シアよくやった」

 

 女性陣の会話は華麗にスルーしつつコウスケはハジメに買い物の成果を聞いた。旅は長くなるので色々頼んでおいたのだ

 

「で、いいもんあった?」

 

「調味料とか、食料品とか…あとコウスケが頼んでいたお菓子類も少し買ってきたよ」

 

「ありがてぇ…体を酷使していると無性に甘いものが食べたくなるんだよ。もしかして太るかな?」

 

「コウスケは僕達より体を動かすからね大丈夫なんじゃない」

 

 太るの辺りを女性陣に聞こえるように話すと甘そうな和菓子?を食べていたユエがぴたりと止まった。そのことにざまぁと内心ニヤ付きハジメと雑談する。その時、野太く癖のある声が聞こえてきた

 

「あら~ん、そこにいるのはシアちゃんとユエちゃんじゃな~いおねぇさんまた会えて嬉しいぃわぁ~、んん、あらやだぁ私好みの男の子が2人もいるわぁ~ん」

 

 化け物がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。服装は……いや、言うべきではないだろう。少なくとも、ゴン太の腕と足、そして腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。

 

「!?」

 

 ハジメは思わず腰にあるドンナ―を抜きそうになった。明らかにヤバイ本能が全力で危険だと叫ぶ。奈落のヒュドラ以上の化け物だと確信したというより視線がまずい、獲物を狙う目だ。

 おまけに舌なめずりをしている。隣にいるコウスケは…口をぽかんと開き硬直していた

 

「あ、店長さん、こんにちは」

「…ん、久しぶり」

 

 シアとユエはハジメの心境を知ってか知らずか普通に挨拶する。話に聞いた服飾店の店長だろう逃げだしたくてこのまま女性陣に相手を任せ逃走するかとハジメが脳内で計画を立てていたらコウスケがやっとで動き出した…爆弾発言をしながら

 

「………凄い綺麗だ」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 あまりの言葉にコウスケと言われた化け物…もといクリスタベル以外のその場にいた全員が驚愕の表情をしてコウスケを見る。言った本人は正気に戻ったのか慌てて話し始める

 

「あっと…あまりにも綺麗なんで思わずじろじろ見てしまいました。気に障ったらすみません」

 

「いいのよぉ~ん。そんなに熱い視線で見られるなんておねぇさんうれしいわ~」

 

 くねくねする化け物と気恥ずかしそうに会話をするコウスケ。ハジメは頭が痛くなってきた。さっきまではまともだったはずなのに親友はいつの間におかしくなったのだろう。宿に戻り神水を無理矢理飲ませるべきかそんな事に頭を悩ませながらも会話が続く

 

「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?自分はコウスケと言います」

 

「あらぁん、私としたことが自己紹介を忘れるなんてぇ~クリスタベルよぉん、気軽にクリスって呼んでぇ~」

 

「クリスタベル…ああシアとユエが言ってた服屋の店長さんですか!あの服凄く着心地がいいしデザインも素敵なんですよねーなるほど、店長さんの腕が素晴らしいんですね!」

 

「もぉ~そんなに褒めると照れちゃうわ~」

 

「いえ、事実を言ったまでですけど」

 

 逃げよう。ハジメは決意した。おかしくなっている親友を見捨てるのは胸が痛むがくねくねして頬染める化け物のそばにこれ以上いたくなかった。がハジメの判断はあまりにも遅かった。

 

「それでぇ~ん、隣にいる子はどうしたのかしらぁ~ん私を見て固まっているけどぉ」

 

「隣にいるのは親友の南雲ハジメです。おい、南雲、自己紹介」

 

 小声で話しかけてくるも答えられない、明らかにこの化け物は自分を狙っている。現に、コウスケと話していた時とは打って変わって穏やかな目が急にぎらついた眼をしている。そのぎらついた眼を見ると本能がささやくのだ『今背中を見せたら喰われる」と

 

「うーん、すみません。どうやら緊張しちゃっているみたいです。分かった!クリスさんが美人すぎるからですね!」

 

「あらぁ私ってば罪な女。こんなかわいい子を魅了するなんてぇ~」

 

穏やかに笑いあう化け物と狂人。ハジメはこの地獄が早く終わるのを待つしかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばコウスケ」

 

「んー」

 

「あの化け物もといクリスタベルなんだけど…どうして綺麗だと思ったの?」

 

「南雲…人を外見でしか判断できないとは、やれやれだぜ。そうだなーあの人一つも不潔なところがなくてな」

 

「清潔?」

 

「ああ、顔は濃いが髭はちゃんと剃ってあった。化粧も薄すぎずまた濃すぎずだ、顔によく合っている。

 髪はべたついた感じがしないサラサラとしていそうだ。体もすね毛や腕の毛も剃ってある。香水もキツイ臭いじゃなくて香りがいいものだ。おそらく容姿に関する努力のたまものだろう。外見に不潔さは感じられない。

 おまけにあの筋肉、実戦でできたのかな、無駄なく鍛え上げた歴戦の戦士という風格がある。以上かな?オカマだけど俺には汚い物には見えなかった」

 

(なるほど…じゃなくてなんでそんなに冷静にみられるの!?)

 

「あ、それと南雲はクリスさんのどストライクらしい。良かったな綺麗なお姉さんから惚れられているぞ」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドのそれなりに広い部屋でハジメは錬成に明け暮れていた。この広い部屋はギルドの受付のおばちゃんに重力魔法と生成魔法の組み合わせを試行錯誤するのに、それなりに広い部屋が欲しかったので心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれたのだ。

 

「さてっと経過は順調で構成も問題なし…後はうまく起動できるかどうか」

 

 ハジメは目の前にある自分で錬成をした縦六十センチ横四十センチ、中心部分にラウンドシールドの様なものが取り付けられている金属製の十字架の様なものを前にしてうんうん頷いていた。そこに背後から声がかかる。

 

「…ハジメ、順調?」

 

 すぐそばまでやってきてぺたりと座り込むのはユエだった。そのまま腰にぶら下げた水筒をハジメに渡そうとする。どうやらずっと集中して錬成をしていた自分を心配してくれていたようだ。気遣うような声と表情にハジメはふっと微笑む。

 

「うん、問題ないよ。あとはこれがうまく動くかどうかだけ」

 

 ユエから受け取った水筒の水(なぜかやたらと美味い)をゴクリと飲み朗らかに答える。何度か試行錯誤は繰り返していたので後は広くて人のいないところで実験をするだけだ。しかし、ハジメの返答を受けてもユエのはまだ心配そうだ。首をかしげるハジメ

 

「ん、ハジメがとても焦っているような気がした」

 

 ユエは心配だった。ライセン大迷宮を突破したあたりから気のせいか、ハジメが錬成に力を注ぎすぎているような気がするのだ。何度か夢中で錬成をしているのは見たことがあるが、今回は焦っているような気がした。実際今のハジメはあまり睡眠がとれていないのかハジメの目にはうっすらと隈がある。本人は何でもないとシアとコウスケを説得していたがユエは聞き入れるつもりはなかった。

 

「そう…かな。うん。そうかもしれない」

 

 ユエの言われたことで少々自分を顧みるハジメ。確かに焦りはあるかもしれないしかしそれ以上にある気持ちが出てきたのだ。この気持ちを曲げるつもりはない、だからユエに話すことにするハジメ。

 

「どうして?」

 

「そうだね。…ねぇユエ。ミレディが岩を降らせたときのことを覚えている?」

 

「ん」

 

 まだ記憶に新しいことだ。岩が降ってくる絶体絶命の危機にコウスケが死力を尽くしてバリアーを張り自分たちを守ってくれたのだ。コウスケならば問題ないとできると信じていた。もしあの光がコウスケが死力を尽くしていなかったら今頃自分たちは死んでいただろう。

 

「あの時のコウスケの放った光、すごく綺麗で絶対に壊れないって思ってそれから、ううんもっと前からかな?思ったんだ」

 

「何を?」

 

 尋ねるユエにハジメはちょっと困ったような笑みを見せる。

 

「今まであんまり考えたことなかったんだけど…『負けたくない』って思ったんだ」

 

 助けられたあの時は隣に立とうと思った。しかしミレディ戦の時みたあの光を見て負けたくないとハジメは思ったのだ。コウスケは日々訓練をし努力をしている。なら自分もと錬成をしているうちにどうしてもコウスケに負けたくないと思い始めてきたのだ。

 

「無論コウスケと僕じゃ役割とか能力が違うけどそれでもなんていうか…ライバル?と言うか…なんなんだろう?うまく言葉にできないけどコウスケに負けたくないって思ったんだ」

 

 言葉にするのは難しい。しかし溢れる思いは気持ちのいいものだ、だから自分の取柄でありコウスケにはないもので勝ちたいというちょっとした男の意地みたいなものが出てきたのだ。

 

「ん、分かった。なら私も応援する」

 

「ありがとうユエ」

 

 クスクス微笑みながら応援してくれるユエに感謝をし、またハジメの意識は錬成に戻る。コウスケに負けたくない。これほどまでに対抗意識を燃やすのは人生で初めてで、中々悪くないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、一人ベットの上でぼんやりと天井を見つめ考え込むコウスケ。隣のベットではハジメが寝息を立てて寝ている。訓練と錬成で疲れ果てているのだろうか、ちょっとの物音でも起きる気配はなさそうだ。

 

(取りあえず、ハウリア族もライセン大迷宮もなんとかなったか)

 

 深く息を吐き奈落から出た後の前半の出来事を思い返す。シアとの出会い、ハウリア族の救出と初めての人殺し、人を殺したことによって自覚した暴力性、そしてカムに心情を吐露した後のハウリアの原作とは違う強化のされ方。

 

(やっぱり俺がいることによって少し違う結果になるのかな)

 

 シアとの救出はちゃんと出会えるかどうか不安だったが何事もなかった。あの時自分が助け無くてもハジメが結局助けることになるのだが手を出さずにはいられなかった。シアの家族であるハウリア族も想像より温厚で気のいい人たちだった。だから助けようとしたのだが…

 

(魔物相手だと特に感じないけど人間相手だとまさかあそこまで異様に殺意がたぎるなんて…。やっぱり色々ため込んでいたってことだよな…はぁ…)

 

 驚きはしたが今になって考えてみるとどこか吐き出すことのできないストレスを我慢していたのだろう。思い当たることは多々ある。原作を知るものが自分だけしかいない不安と寂しさ、これから起こるであろう出来事に対する訓練と対策の模索。自分の身体のこと。自分がいることでこれからたどる旅に悪影響を与えないかという不安。そして旅が終わり日本に帰ったとしても必ずしも今以上に楽しくなれるかという疑問

 

(駄目だなぁ…相談できる相手が一人もいないや…仕方ないよな…そうだよ、誰にも言えない。言ってはいけない)

 

このまま考えていると思考が暗くなる。自分の悪い癖だ、頭を振り無理やり別のことを考える。

 

(なんにせよシアもハウリア族も助かって良かった。それにしてもシアのあの明るさは良いな。南雲もユエも笑顔が増えて楽しそうだ)

 

 実際ハジメは溜息が多くなっているような気がしたが嫌がっている様子はなく楽しそうだ。寧ろたまにシアのうさ耳をじっと見つめている時さえある。ユエに関しては言わずもがな、友達ができて喜んでいる。やはり元気で天真爛漫なシアがいると雰囲気が明るくなる。

 

 そこまで考えてふと気づいた。

 

「あれ?シアって南雲に惚れていたっけ?」

 

 思わず声に出てしまったがハジメは起きる気配はない。ほっと息を吐き、今までのシアの行動と言動を思い出す。ハジメといると楽しそうにはしている物のどう見ても恋する少女の顔ではない。信頼や親しさと気安さがあるが恋をしているというと…どうにも違う。

 

(やっぱ俺がいたから違う結果になったのかな?…そういえばユエも南雲に惚れていないし)

 

 今の今まで気付いてはいなかった。または無意識のうちに考えないようにしていたのかもしれない。ユエもハジメに惚れている様子はなかった。寧ろあのハジメに甘えているような態度は親しそうな兄妹にすら見えそうだ。そんな2人を微笑ましく眺めているときがコウスケにはよくあった。

 

(これに関しては…俺にはとてもよかった)

 

 これがもし原作通りユエがハジメに惚れて関係を持ち、シアがハジメに一目ぼれをして今もアプローチを続けていたのなら…

 

(絶対に嫉妬するだろうな、何でお前だけ!ってさ)

 

 シアとユエ2人の美少女にアプローチされているハジメを見たとして自分は微笑ましく見ていることができるだろうか?答えはは考えるまでもない。絶対に無理だ。最初は祝福はするだろうが、段々と疎ましく思い必ずハジメに対して悪感情を浮かべるだろう。

 コウスケは自分が器が大きくないというのをよく知っている。人並みに気遣う事も出来れば人並みに悪態や不満も妬みもある。そんな自分が友達だと思っている少年が、美少女2人に好かれていたら…良い気持ちなんてするわけがない。

 

寧ろハーレムなんてもの築き上げようとしていたら…自分はきっと…

 

「やめよう…そんなことを考えていたってしょうがないんだ。南雲は…()()()じゃない。南雲が()()()にならないように俺が動けばいいんだ」

 

 原作の主人公(魔王様)を思い出し溜息を吐く。昔はかっこいいなんて思っていたが今の自分ではとてもじゃないが…。またもや考えが暗く濁っていく。考えるたびにネガティブになる、もはや自分の悪癖の一つだ。頭を振り最後に気になっていたことを考える。

 

(なんでライセン大迷宮の時あんなに俺は興奮していたんだ?おまけに…)

 

 脳裏に浮かぶのは自分に飛びかかるように抱き着いてきたミレディ・ライセン。あまりにも突然のことで訳が分からなくて混乱しているだけだった。一瞬天之河光輝の顔に惚れたか!?っと思いはしたがあり得ないと即断。寧ろあの飛びつき方は感情をこらえきれず飛びついてきたという感じだった。

 

(解放者のだれかに似ていた?でもそんな感じはしないし…うーん)

 

 胸に残るあのざわつきからして誰かに似ているという線はあり得ないとなぜか確信を持つ。原作の解放者の情報は驚くほど少ない。だからコウスケが頭を捻っても分からないことだらけだ。当然といえば当然である。

 

(確か南雲がオスカーの手記を宝物庫にぶち込んでいたような?…やめとこう人の日記を見るのはよくない。特にオー君のは見たら怒られそうだ)

 

 結局のところミレディの言ってたように迷宮を攻略していくしかこの疑問は解けることはないだろう。考えることは多く困難しかない。抱える悩みは自分一人でどうにかしていくしかない。抱える事情は重く、一人で抱え込むには苦しく辛いものだ。いつかぽっきりと心が折れるかもしれない。それでも隣で眠る少年のことを思えばしょうがないと思うコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて第2章は終了です。取りあえずこんな感じになりました
次の第3章はまだまだ執筆途中でおまけに色々見直すところがるので時間がかかるかもしれません。
気長に待ってくれるとうれしいです。

気が向いたら感想お待ちしております。とても励みになります。やる気が出ます。
活動報告の方も更新する予定です


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第3章 運命の反逆者
旅は続く


遅くなりました第3章序盤開始です。
書き為がないので投稿が遅くなりますがゆっくりとお待ちしていてください。

一応書いておきます。この章から本格的に力技と矛盾、無理やりな展開が続きます。また原作についての批判もかなり出てくることになります。第3章まで見ているという事はそれなりに受け入れてくれるとは思いますがもう一度書いておきます。

肌に合わないな、または期待していた展開とは違う面白くないと思ったらすぐにプラウザバックしてほかの小説を見ることを強くお勧めします。合わない小説を無理矢理我慢してみるより好きな小説を見ることに時間を使ってくれることを強く願っています。

取りあえず第3章は「コウスケは読者であった」という事を念願に置いてみると受け入れやすいかも…です。長々と書きましたが、今後も好き勝手書きますのでどうか生暖かい目で応援してくれるとうれしいです。

ではおそらく作者にとって大変でこの物語にとって大事な大事な第三章の始まり始まり…







ハジメ達は旅の準備をし、中立商業都市フォーレンへ向かうことにした。ハジメ達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。

 なお、【グリューエン大火山】の次は、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】が目的地だ。他のベテラン冒険者に冒険の心得などを聞くため、今回は急がずにブルックの町で商隊の護衛の依頼を受け、馬車に揺られゆっくりと旅をするハジメ達。

 途中、シアの料理につられてきた他の冒険者たちと夕食を共にした。最も男の冒険者たちはユエとシアにお近づきになりたくて近づいてくるのが丸わかりなので、ハジメとコウスケの2人は簡単に威圧をしてある程度の牽制をして置くことにする。

 

「うーんやっぱりシアの作る料理はうまいな、俺もある程度は出来ていたつもりだったけどまったくかなわないなぁ」

 

「えへへ~もぅそんなに褒めないでくださいですってばぁ~」

 

「…私ももっと料理が上手くなりたい」

 

「ユエさんは調理や味付けの仕方が結構大胆ですからね。もっと細かく調整できるようになればうまくできるようになりますよ」

 

「んっ頑張る」

 

「うちの女性陣は向上心が強くていいなぁ南雲」

 

「ングッ…自分ができることを増やそうと言うのは良いことだね」

 

「全くだ。そうだ、あとついでに作ってほしいものがあるんだけど…」

 

「なに?」

 

「えっと、ほらこの前シアが溺れ掛けて死にかけたじゃないか。あの時神水を飲ませることができなかっただろ?そこで思いついたんだけど飲ませる用の試験官タイプじゃなくて直接体内に打ち込むタイプ…TPSのゲームとかでよくあるピストン型?…注射型?よくわからんがそういう神水の容器を作ってほしいんだけど…」

 

「ふーむ。確かに口から直接と言うのは手間が掛かるし、いざというときに使えないかもしれないね…うん後で作ってみるよ」

 

「マジか!?サンキュー!」

 

 その後も旅は進む。道中に百体以上の魔物が出てきたがユエが重力魔法と雷魔法を複合した”雷龍”であっさりと瞬殺した。胸を張りドヤ顔をするユエに歓声を上げるコウスケ。

 

「ユエさん、さっすがー」

 

「…ん、もっと褒めて」

 

「パネェッす!ユエさん!マジリスペクトッす!」

 

「コウスケさんのあの言葉は何ですか?」

 

「シアは知らなくていい言葉だよ」

 

 

 

 

 その後、特に何事もなく一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。が、フューレンに入る入場受付を待っている最中、道中の護衛の依頼をした大商人モットーがハジメのアーティファクトをなんとしてでも売ってほしいとハジメに交渉しに来たのだ。

 これは、ハジメが野営中に“宝物庫”から色々取り出しているのをモットーが見ていたので、その有用性に気付いたことで何をしてでも欲しくなったのだろう。最初は理性的だったモットーが次第に狂気的な目をし始め、交渉が脅しに切り替わってきたのでコウスケが乱入した。

 

「そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ……例えば、彼女達の身にッ!?」

 

「ふうん。何をするのか聞かせてくださいよ。モットーさん、その言葉を言うからには、それなりの覚悟があると思われますが?」

 

 右手をモットーの肩に置き後ろから静かに威圧しながら話すコウスケ。ただし左手は愛用の山刀がモットーの腹をちょんちょんとつついてる。

 

「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……あなた達が……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで……うっ」

 

「なるほどなるほど、確かに大っぴらに使えばあなたのように力づくで来る輩が出てくるでしょうが…力づくで奪おうとする輩にはそれなりの対応をするわけでして…まぁ道中で魔物に出会ったと思ってあきらめてください」

 

 コウスケはこの商人を殺すつもりはない。後々出番があるのを知っているのだ。しかし、それでも今の言葉は非常にイラッとした。徐々に肩をつかむ力が強くなってくる。苦痛に呻き始めるモットーを見て、交渉されていたハジメが溜息をつきコウスケを止める。

 

「コウスケ」

 

「…ウェーイ」

 

 コウスケが山刀をしまい殺気を解く。モットーはその場に崩れ落ちた。大量の汗を流し、肩で息をしている。

 

「別に、お前が何をしようとお前の勝手だ。あるいは誰かに言いふらして、そいつらがどんな行動を取っても構わない。ただ、敵意をもって僕達の前に立ちはだかったなら……生き残れると思うな? 国だろうが世界だろうが関係ない。全て血の海に沈めてやる」

 

「……はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな……」

 

「少しでもそう思うなら俺達をおだてて持ち上げてから交渉に入りましょうよーなんでいきなり脅しから入るんですかーこのアンポンタン」

 

 溜息をつきモットーをジト目で見るコウスケ。ハジメのアーティファクトに目が眩むのは分かるのだがなぜそこで脅しに入るのかが分からない。暴力をちらつかせるのではなく恩を売るようにすれば、怖い思いをせずに済んだのに。

 

「……全くですな。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」

 

“竜の尻を蹴り飛ばす”とは、この世界の諺で、竜とは竜人族を指す。

 

 彼等はその全身を覆うウロコで鉄壁の防御力を誇るが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近にウロコがなく弱点となっている。防御力の高さ故に、眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。昔、何を思ったのか、それを実行して叩き潰された阿呆がいたとか。そこからちなんで、手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに合う愚か者という意味で伝わるようになったという。

 

 ちなみに、竜人族は、五百年以上前に滅びたとされている。理由は定かではないが、彼等が“竜化”という固有魔法を使えたことが魔物と人の境界線を曖昧にし、差別的排除を受けたとか、半端者として神により淘汰されたとか、色々な説がある。

 

 その後、モットーは立ち上がり普通にハジメと会話をし別れた。中々豪胆な人物で、商売たくましいのだろう先ほどコウスケの殺気におびえていたはずが自分の商会を贔屓にしてほしいと宣伝し普通に別れていった。

 

「…殺す気だったの?」

 

「いんや。これっぽっちも」

 

「はぁー」

 

 

 

 

 中立商業都市フューレン

 

 高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれた大陸一の商業都市だ。あらゆる業種が、この都市で日々しのぎを削り合っており、夢を叶え成功を収める者もいれば、あっさり無一文となって悄然と出て行く者も多くいる。観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでも大陸一と言えるだろう。

 

 その巨大さからフューレンは四つのエリアに分かれている。この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区がそれだ。東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近いほど信用のある店が多いというのが常識らしい。メインストリートからも中央区からも遠い場所は、かなりアコギでブラックな商売、言い換えれば闇市的な店が多い。その分、時々とんでもない掘り出し物が出たりするので、冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達が、よく出入りしているようだ。

 

 そんな大都市フューレンの説明をカフェでこの街専用の案内人の女性から聞くハジメ達。おすすめの宿を聞き他の区の説明を聞いているのだ。

 

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

 

「へえ~なるほど、どこにでも行ける中央が一番良いっていう訳じゃないんだ。知らなかったら中央で宿を取りそうだったよ」

 

「そうだね。なら素直に観光区の宿に泊まろうか。おススメはどこかな?」

 

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

 

「ふむ。みんな何か要望はある?」

 

 ハジメとしては責任の所在が明確な…つまるところ面倒どころがないところに泊まりたかった。自分の要望はひとまず置いといてほかの3人を見回す。

 

「ん~俺としては飯がうまくて夜は静かなところがいいな。寝ているときにも喧騒が聞こえると眠れなさそうだし」

 

「…私は大きなお風呂に入りたい」

 

「なら私は夜景がきれいなところがいいですぅ」

 

 思い思いの注文に案内人の女性は「うんうん」とき早速、脳内でオススメの宿をリストアップしたようだ。次にハジメの方に視線を向け要望はないかと問いかけてくる。しかし、ハジメの言葉で「ん?」と首を傾げた。

 

「そうだね、僕の方は責任の所在が明確な場所がいいな」

 

「あの~、責任の所在ですか?」

 

「うん。そうそう面倒ごとには巻き込まれないと思うけど連れがとても目立つからね。観光区なんてハメ外すヤツも多そうだし、商人根性逞しいヤツなんか強行に出ないとも限らないからね。あくまで“出来れば”で。難しければ考慮しなくていいよ」

 

 ハジメの言葉に、すぐの理解を示す案内人。先ほどから軽食を美味しそうに食べているユエとシアに視線をやる。確かに、この美少女二人は目立つ。現に今も、周囲の視線をかなり集めている。特に、シアの方は兎人族だ。他人の奴隷に手を出すのは犯罪だが、しつこい交渉を持ちかける商人やハメを外して暴走する輩がいないとは言えない。

 おまけに先ほどからワクワクを抑えきれないという様子で聞いているコウスケも見目が良く、説明の一つ一つに嬉しそうに笑う顔は愛嬌があり気付いているのかいないのか先ほどから女性からの視線を独り占めにしている。ハジメの説明に「この少年は苦労しているんだなぁ」と思いつつも“出来れば”でいいと言うハジメに、案内人根性と人の良さが疼いたようだ、やる気に満ちた表情で「お任せ下さい」と了承する。

 

「そういえばこの街闘技場があるんだったっけ?見たい!」

 

「あー確か楽しみにしていたって言ってたね。時間があるなら一緒に見に行く?」

 

「お!?良いのか?ヤッター!…あ、でもきっと俺達より弱い奴しかいないんだろうなぁー味気ないなー」

 

「そこはまぁ仕方ないってことで」

 

「闘技場制覇したらなんかもらえるかな?ほらRPGでもよくあるじゃん。隠しアイテムとか、称号とか…」

 

「無いんじゃないかな」

 

「そうなのかー」

 

 それから、雑談を交えながらも他の区について話を聞いていると粘つくような視線と共に歩くブタの様な人間がやってきた。あからさまな面倒ごとの気配にげんなりするハジメ達。

 

 ブタ男は、ハジメ達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でユエとシアをジロジロと見やり、シアの首輪を見て不快そうに目を細めた。そして、今まで一度も目を向けなかったハジメに、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をした。

 

「お、おい、ガキ。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

「あ?ブタはブタ小屋に行け。…全く太った男ならハート様に会いたかったな」

 

「何でハート様?あんなのどこが良いの?」

 

「性格」

 

「あ、ユエさん持ち帰りのデザート何にしますか?」

 

「んーおススメは何?」

 

 ブタ男がドモリ気味のきぃきぃ声でそう告げるがハジメたちは全く相手にしない。むしろ見ないようにしたようだ。その事に腹を立てたブタ男は喚きながらブタ男はユエに触れようとする。その瞬間、その場に凄絶な威圧が降り注いだ。周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死にハジメから距離をとり始めた。

 

 ならば、直接その殺気を受けたブタ男はというと……「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。

 

「コウスケ、ユエ、シア、行こう。場所を変えよう」

 

 ハジメはユエとシアに声をかけて席を立つ。本当は、即射殺したかったのだが、流石に声を掛けただけで殺されたとあっては、ハジメの方が加害者だ。殺人犯を放置するほど都市の警備は甘くないだろう。基本的に、正当防衛という言い訳が通りそうにない限り、都市内においては半殺し程度を限度にしようとハジメは考えていた。

 

 席を立つハジメ達に、案内人の女性が「えっ? えっ?」と混乱気味に目を瞬かせた。彼女がハジメの殺気の効果範囲にいても平気そうなのは、単純に“威圧”の対象外にしたからだ。鍛錬のたまものだ。彼女からすれば、ブタ男が勝手なことを言い出したと思ったら、いきなり尻餅をついて股間を漏らし始めたのだから混乱するのは当然だろう。

 

 ちなみに、周囲にまで“威圧”の効果が出ているのはわざとである。周囲の連中もそれなりに鬱陶しい視線を向けていたので、序でに理解させておいたのだ。“手を出すなよ?”と。周囲の男連中の青ざめた表情から判断するに、これ以上ないほど伝わったようだ。

 

 だが、“威圧”を解きギルドを出ようとした直後、大男がハジメ達の進路を塞ぐような位置取りに移動し仁王立ちした。ブタ男とは違う意味で百キロはありそうな巨体である。全身筋肉の塊で腰に長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。どうやらこの巨漢はブタ男の雇われ護衛らしい。周囲がハジメたちの前に立つ巨漢を見て騒ぎ始める。

 

「お、おい、あの男って“黒”のレガニドか?」

「“暴風”のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」

「金払いじゃないか?“金好き”のレガニドだろ?」

 

 

「……2つ名か…いいなぁ俺もなんかかっこいいのつけてもらえないかな」

 

 周囲の声を聴き思わずコウスケの口から巨漢への羨望の声が漏れる。やはりファンタジー世界に来たからには2つ名には憧れるものがある。たとえ中二だとか邪気眼とか言われようとも憧れるものがコウスケにはあったのだ。そのつぶやきを聞いていたのか目の前の巨漢を気にすることもなくハジメたち3人が勝手に話し始める。

 

「コウスケさんの2つ名ですか…“うさ耳好き”?」

 

「ん、それはハジメ。…“ヘタレ”?」

 

「僕は別にうさ耳好きじゃ…えーっと、『ヒー』…」

 

「ヒー?」

 

「…なんか恥ずかしいから今の無し!うん“守護者”でどうかな?」

 

「ん、なんか…かっこいいからダメ。“実は照れ屋”で」

 

「かっこいいの駄目なの!?えっと“快男児”で」

 

「なんか違う気がしますねぇ…“物凄い奥手”」

 

「おーい、本人の目の前で何を話し取るんですかー…え?なにこれ野外羞恥プレイ?流石の俺もそこまではちょっと気が進まないかな」

 

「「「やっぱり変態?」」」

 

「だから本人を目の前にして何をおっしゃっているのかな君たちは…」

 

仲間の忌憚のない意見に遠い目になるコウスケ。取りあえず現在進行形で相手にされていない巨漢をさっさと半殺しにしようとすると女性陣2人から制止の声がかかった。

 

「ん、コウスケの2つ名は取りあえず保留。これは私たちが片づける」

 

「そうですね。私達が守られるだけのお姫様じゃないことを周知させましょうか。取りあえず股間を潰しておけば良いでしょうかね」

 

「ん、後はみせしめとして血祭りにする」

 

 そんな物騒なことを話しながら守られているだけのお姫様扱いは嫌とユエとシアは巨漢と対峙する。その姿を一歩下がりながら見守るハジメとコウスケ。ハジメは全くもって心配していないがコウスケは何やら悩んでいる。

 

「どうしたのコウスケ。ユエ達なら問題ないと思うけど?」

 

「そりゃそうだけどさ、やっぱりユエとシアもある程度の体術を学んだ方が良いかなって」

 

「そうかな?2人とも魔力操作ができるから必要なさそうだけど」

 

「でもこの世界何でもありだし、『変な薬で魔力操作ができない!』になって薄い本案件になったら嫌だしなーうん後で簡単な護身術でも教えよう」

 

「エロゲーとエロ本の見すぎだよ…コウスケ」

 

 そんな馬鹿な話をしている間に巨漢の護衛は瞬く間にシアとユエによってぼこぼこにされた。無論股間はぐちゃぐちゃになっている。

そんな惨状を眺めながらコウスケがハジメに愚痴を言う。

 

「なあ南雲、前から思っていたんだけどさ、なんで俺たちにかまう奴らは実力の差が分からないのかなーいくらユエとシアに見惚れていても、「隣にいる男たちはヤバイ」とか思うじゃん、普通。」

 

「実力差に気付くほど強くないからだよ大体気付いていたなら、喧嘩を売るようなことしてこないし」

 

「あー“お前に足りないのは危機感だ”って奴かー…凄い面倒だな」

 

(本当はハジメに絡んでくることが今後の展開につながるわけで…あー俺tueeと敵yoeeはあんまり好きじゃないんだけどなー)

 

 そんな事を話しながらブタ男に制裁を加えるハジメとコウスケ。何もしないでおいて“喉元過ぎれば熱さを忘れる”をされては困るのだ。

殺さないように痛みつけていたら、ギルド職員に事情聴取を協力してほしいと要請された。被害者、加害者両方から調書を取りたいとの事だった。

 ハジメがあまりの面倒ごとに職員に対してクレームを出しているのでコウスケが職員に助け舟を出すことにした。

 

「なんで僕たちがあんな奴らのせいで足止めをされる訳?僕たちの連れ奪おうとして、それを断ったら逆上して襲ってきたから返り討ちにしただけなのに?周りの奴らも見ていたんだ。僕たちが被害者でアイツらが加害者ってわかりきっているのに…めんどくさい…いっそ都市外に拉致って殺そうそうしよう」

 

「やめろ南雲、職員にクレームを言うんじゃない。そんな事ぐらいギルド職員もわかっているんだって。だから…クレームを言うのは…」

 

「…コウスケ?」

 

「クレームを言わないでくれよ…そりゃあミスをしたこっちが悪いのは分かっているよ」

 

「コウスケ?どこを見て言ってるの?」

 

「怒鳴らないでくれよ…嫌なんだ電話に出るの…いつもいつもクレームの電話かとびくびくして怖いんだ…どこのどいつだよ…お客様は神様ですなんて言うのふざけんなよ…」

 

「その…なんかごめん」

 

 何か良くないスイッチを入れてしまったのか遠い目でブツブツ言い始めるコウスケ。場がカオスになり始めたとき、幹部の男が出てきたのでハジメはブルック支部の受付のおばちゃんに出発前に渡された手紙を渡した。手紙を読んだ男はギルドの応接間へついてくるよう言いハジメは素直に従うことにした。…コウスケはユエとシアに慰められている真っ最中である。

 

「えーっと…コウスケさんファイトですぅ!何の話かは分かりませんがきっとコウスケさんのせいじゃありませんよ!」

 

「…コウスケが壊れた」

 

「…これ僕が悪いのかな…」

 

 応接間に案内されてから十分後、フューレン支部支部長イルワ・チャングがやってきた。話し合いの結果、身分証明はされた。用が終わった以上長居は無用とするハジメ達だったがイルワは、ハジメ達に依頼を頼んだのだ。断るハジメだが、聞いてくれるなら今回の件は不問とすると言うのだ。

考え込むハジメ、今後のことを考え結果話を聞くことにした。

 

「聞いてくれるようだね。ありがとう…ところで向こうの彼はどうしたんだい。その…酷く落ち込んでいるように見えるのだが…」

 

「気にするな、嫌なことを思い出して錯乱しているだけだ」

 

「うぅううクレームだけは嫌だー」

 

「そ、そうか…さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

 

要約すると北の山脈地帯の調査に出かけた冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に入り込みその後冒険者パーティーは消息が不明となったらしい。

 

この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

この伯爵家とイルワは個人的な友人でイルワは懇願するようにハジメ達に依頼を申し込む。ここらへんでやっとでコウスケが戻ってきた。目を袖でこすり会話に参加する。

 

「ふーむ、報酬はどのぐらいできます?」

 

「依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする」

 

「ランクはどうでもいいんですけどね……」

 

 

「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

 

「大盤振る舞いだな。友人の息子相手にしては入れ込み過ぎじゃないか?」

 

「彼に……ウィルにあの依頼を勧めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……資質は中々あったので近くまでの同行ならと判断したのがまずかった…昔から私には懐いてくれていて……だから私は判断を誤ってしまったのだ…」

 

ハジメはイルワの独白を聞きながら、僅かに思案する。ハジメが思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃いらしい。すまし顔で話していたが、イルワの内心はまさに藁にもすがる思いなのだろう。生存の可能性は、時間が経てば経つほどゼロに近づいていく。無茶な報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠なのだろう。

 

 ハジメとしても、町に寄り付く度に、ユエとシアの身分証明について言い訳するのは、いい加減うんざりしてきたところであるし、この先、お偉いさんに対する伝手があるのは、町の施設利用という点で便利だ。

なにせ、聖教教会や王国に迎合する気がゼロである以上、いつ、異端のそしりを受けるかわからない。その場合、町では極めて過ごしにくくなるだろう。個人的な繋がりで、その辺をクリア出来るなら嬉しいことだ。

 

 なので、大都市のギルド支部長が後ろ盾になってくれるというなら、この際、自分達の事情を教えて口止めしつつ、不都合が生じたときに利用させてもらおうとハジメは考えた。ウィル某とは、随分懇意にしていたようだから、仮に生きて連れて帰れば、そうそう不義理な事もできないだろう。

 

「そこまで言うなら考えなくもないが……二つ条件がある」

「条件?」

「ああ、そんなに難しいことじゃない。ユエとシアにステータスプレートを作って欲しい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約すること、更に、ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、僕達の要望に応え便宜を図ること。この二つだな」

 

「それはあまりに……」

 

「出来ないなら、この話はなしだ。もう行かせてもらう」

 

 ハジメの言葉にイルワはすぐさま頭を回転させ、一つの結論を出した

 

「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」

 

「まぁ、そんなところだろうな……それでいい。あと報酬は依頼が達成されてからでいい。そいつ自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」

 

 ハジメとしては、ユエとシアのステータスプレートを手に入れるのが一番の目的だ。この世界では何かと提示を求められるステータスプレートは持っていない方が不自然であり、この先、町による度に言い訳するのは面倒なことこの上ない。

 

 問題は、最初にステータスプレートを作成した者に騒がれないようにするにはどうすればいいかという事だったのだが、イルワの存在がその問題を解決した。ただ、条件として口約束をしても、やはり密告の疑いはある。いずれ、ハジメ達の特異性はばれるだろうが、積極的に手を回されるのは好ましくない。なので、ハジメは、ステータスプレートの作成を依頼完了後にした。どんな形であれ、心を苛む出来事に答えをもたらしたハジメを、イルワも悪いようにはしないだろうという打算だ。

 

 イルワもハジメの意図は察しているのだろう。苦笑いしながら、それでも捜索依頼の引き受け手が見つかったことに安堵しているようだ。

 

「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、ユエ君、シア君コウスケ君……宜しく頼む」

 

 イルワは最後に真剣な眼差しでハジメ達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。それだけウィルが大事なのだろう。

 

 そんなイルワの様子を見て、ハジメ達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。

 

「あいよ」

「……ん」

「はいっ」

 

「任せてください」

 

 コウスケはイルワの顔を見ながら安心しろと言外に込めながら返事をした。意味が伝わったのか安堵した様子のイルワ。その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、ハジメ達は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 広大な平原のど真ん中に、北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道がある。街道と言っても、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけのものだ。この世界の馬車にはサスペンションなどというものはないので、きっとこの道を通る馬車の乗員は、目的地に着いた途端、自らの尻を慰めることになるのだろう。

 

 そんな、整備されていない道を有り得ない速度で爆走する影がある。黒塗りの車体に二つの車輪だけで凸凹の道を苦もせず突き進むそれの上には、四人の人影があった。

 

 ハジメ、コウスケ、ユエ、シアだ。かつてライセン大峡谷の谷底で走らせた時とは比べものにならないほどの速度で街道を疾走している。時速八十キロは出ているだろう。魔力を阻害するものがないので、魔力駆動二輪も本来のスペックを十全に発揮している。

 

 今回の座席順は、運転しているのがコウスケ、その後ろにシア、サイドカーにはハジメが乗っておりその膝の上にユエがしがみつくように乗っている。

 天気は快晴で暖かな日差しが降り注ぎ、ユエの魔法で風圧も調整されているので絶好のツーリング日和と言える。実際、ユエもシアも、ポカポカの日差しと心地よい風を全身に感じて、実に気持ちよさそうに目を細めていた。

 

 

「ヒャッハー!コレだよコレ!この風を切って走るこの感覚!あ~気持ちイイー!」

 

「はぅ~、気持ちいいですぅ~、ハジメさんの背中もいいけどコウスケさんの背中もまた格別ですぅ~ユエさんもどうですかぁ~」

 

「…今はハジメの腕の中が良い」

 

「ほほーん南雲君!中々モテますなーヒューヒュー」

 

バイクの運転ができコウスケのテンションは爆上がりだ。その背中で気持ちよさそうに目を細めるシア。対照的にユエはハジメの背中に手を回ししっかりとしがみついている。サイドカーにある程度の余裕があるとはいえ若干窮屈さを感じるハジメ。

 

「…ユエ、なんでこっちに来たの?」

 

「…ん、コウスケの運転は不安」

 

「あ~確かに…」

 

ユエとしては、コウスケの運転に不満はないのだが今のテンションを見ていると少し不安になるのだ。…最もハジメの腕の中に入りたくなったというのもありハジメに見えないように若干にやけているが…

 

 

「まぁ、このペースなら後一日ってところかな。ノンストップで行くし、コウスケの好きなようにさせよう」

 

 ハジメの言葉通り、ハジメ達は、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む頃に到着するだろうから、町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。急ぐ理由はもちろん、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくからだ。しかし、いつになく他人のためなのに積極的なハジメに、ユエが、上目遣いで疑問顔をする。

 

「……積極的?」

「まぁ、生きているに越したことはないからね。その方が、感じる恩はでかい。これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからね。盾は多いほうがいいだろう? いちいちまともに相手なんかしたくないし」

 

「……なるほど」

 

「流石南雲だ。そんな細かいことまで考えてなかった」

 

 実際、イルワという盾が、どの程度機能するかはわからないし、どちらかといえば役に立たない可能性の方が大きいが保険は多いほうがいい。まして、ほんの少しの労力で獲得できるなら、その労力は惜しむべきではないだろう。

 

「面倒ごとを避けたいだけだよ…それよりコウスケ!これから行く街は湖畔の町で水源が豊かで近郊は大陸一の稲作地帯だって!」

 

「稲作?…おいマジかよ!それって…」

 

「そう米だよ米!僕たちの日本人のソウルフード!」

 

 普段からは考えられないようなテンションでハジメが騒ぐ。召喚されてからずっと食べたかったものが食べられるかもしれないのだ。いつになく嬉しそうに喜ぶハジメにユエとシアの顔もほころぶ。

 

「…ハジメたちの故郷の食べ物?」

 

「どんな食べ物ですか?」

 

「米っていうのはね。僕たちの故郷で毎日食べていたものなんだ。この世界に来てからは食べることができなくって…ああ!あの白米をお腹いっぱい食べたい!暖かいお茶とみそ汁があればもっと最高なんだけどね!」

 

 興奮しているのかはハジメは大声で叫ぶ。その顔にはこらえきれない楽しみと高揚感がありとても幸せそうだ。しかしそこでふと、違和感を覚えるハジメ。いつもならここで会話に入り込んでくるコウスケがずっと前を見つめたまま微動だにしない。

 何故か嫌な予感がするハジメ。ユエも気づいたのかハジメを握る腕の力が強くなる。

 

「ええっと…コウスケさん?」

 

 コウスケの背中にしがみついているシアが恐る恐る話しかける。さっきから密着しているコウスケの背中が震えているような気がするのだ。

 

「……カレー」

 

「え?」

 

「カレー、牛丼、チャーハン牛丼焼き飯!カツ丼に天丼中華丼!お茶漬けに納豆ご飯、卵かけごはんもありか!あああこの際おにぎりでも構わねえ!」

 

 コウスケが叫び出した瞬間、魔力駆動二輪がいきなりスピードを上げる。慌ててサイドカーにつかまるハジメとそのハジメにこれでもかと引っ付くユエ。シアに至っては一瞬体が浮きかけた。

 

「うわ!ちょっとコウスケ!いきなりスピードを上げないでよ!」

 

「んーーーーー!!!」

 

「はわわわわわ!絶好のお昼寝時間がいきなり地獄の真っただ中に!?」

 

「ウッヒョーーーーーーー!!行くぞ南雲!あのピリオドの向こうへ!」

 

 待望の米料理が食べれると思い爆走を始めるコウスケ。ずっと召喚されてから食べたかったのだ。最初の数日間は異世界料理って美味しいなとは思っていたのだが、やはり毎日食べていた米が食べられないことは中々の苦痛だった。

 

(それにこの世界だったら渋滞も車両事故も法律もないからな!)

 

 コウスケが運転する魔力駆動二輪は広大な平原を走っており見渡しもいい。対面から走る車もなければ前をトロトロ走る遅い車もない。止まらなければいけない赤信号もなければ赤いランプを光らせる警察車両もない。故にコウスケはいつになく心からくる興奮をそのままに爆走をした。気のせいか魔力駆動二輪からならないはずの爆音が聞こえる。

 

「コウスケ!道!目的地から外れているってば!」

 

「ふはははは!!俺を止めたければ赤信号と警察でも持ってくるがよい!ユエ!シア!しっかりつかまれ!この黒王号は前しか見ておらぬ!!」

 

「んん!!」

 

「えーいこうなったらコウスケさん全力で行くんですぅ!あの風の向こう側へ!」

 

「このバイクの名前はそんな名前じゃない!阿呆な事を言っていないでスピードを落とせコウスケ!焚き付けるなシア!あとユエは嬉しそうに笑っていないでコウスケを止めるのを手伝って!」

 

 楽しそうに笑いながら運転するコウスケに腹を決めたのかなぜか焚き付けるシア。ユエに至ってはさっきから嬉しそうに笑ってばっかりだ。ハジメはさっきからコウスケを止めようとしている。

 

 4人はぎゃーぎゃーと騒ぎながらもウルの町へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

「全速前進DA☆」

 

 

「うるせぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




取りあえず出だしはこんな感じです。方言が入ってないか心配ですー
誤字脱字報告いつもありがとうございます。

さて次の話はどうなる事やら…
所でヒロインってなんなんでしょうね?自分が好きな作品は「主人公を救い、導き、救われ、そして共に歩む」と書いてありますが…そんな人をうまく書けるか心配になります。


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思わぬ再会

お待たせしました
3月は大変仕事が忙しく投稿するのがかなり遅くなります。
おまけに第3章は展開はすぐに思いついても文章にするのがかなり大変な章なので投稿がもっと遅れるかもしれません。申し訳ないです

久しぶりすぎて最後の方は文法や会話内容が変だったりするかもです。なんとなーくで察してくれればいいのですが…




 

 

「で?何か言う事は?」

 

「…俺は悪くねぇー」

 

「……あ?」

 

「ひぃ!ごめんなさい!マジすんませんでした!」

 

 

 目的地であるウルの町の高級宿『水妖精の宿』の一室で謝りながら土下座をするコウスケにハジメは深い溜息をつく。原因はコウスケの運転だった。最初は順調だったのだが、ウルの町の特産品である、米の話をしたら急に暴走をし始めたのだ。

 そのままノンストップで直進し盛大に道を間違え、何とかハジメがナビゲートをし、ようやくウルの町について宿にチェックインできたのだ。

 

「はぁーーーーー」

 

「うぅ…すまねぇついつい運転が楽しくなって…」

 

 申し訳なさそうに謝るコウスケをちらりと見るハジメ。本当は全く持って怒ってはいない。むしろあそこまで自分の作ったバイクを楽しそうに運転するコウスケを微笑ましく思っていた。この頃ふと目を離すと何やら難しい顔をして考え込んでいる姿を見かけているので

いい気分転換にはなったようだ。

 

(でも調子に乗るのは厳禁だよ)

 

 だからと言って甘やかすのもどうかと思い少しばかり灸をすえたのだ。効果はてきめんで叱られた子供のようにしょんぼりするコウスケ。

 一体何歳児だよとか、だからユエにからかわれるんだよとかそんな事と思いつつ苦笑する。結局のところハジメはコウスケにとても甘い

 

「全くもー次からはちゃんと気をつけてね」

 

「はい。以後気を付けます」

 

「よろしい。ならさっさとレストランに行こう。久しぶりの米料理を堪能しようか」

 

「わーい」

 

 さっきまでしょんぼりしていたコウスケが嬉しそうに返事をする。やれやれと思いつつ別の部屋で休んでいたユエとシアに合流し一介のレストランへ向かうハジメ達。この高級宿 “水妖精の宿”は、一階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。内装は、落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。

 また、天井には派手すぎないシャンデリアがあり、落ち着いた空気に花を添えていた。“老舗”そんな言葉が自然と湧き上がる、歴史を感じさせる宿だった。

 

「しっかしよくこんな高級宿に泊まろうと思ったな南雲。お金の方は大丈夫なのか?」

 

「お金の方は問題ないよ。なんだかんだで結構の貯えがあるからね。それに折角の観光用の街なんだ。明日は大変だろうしある程度奮発して明日に備えようと思うんだ」

 

「…お前に金を預けてよかったよ。俺だったら簡単に使いこんじまうからな」

 

 ハジメとコウスケがそんな話をしている後ろでユエとシアは店内の雰囲気を楽しんでいる。

 

「ほぇー綺麗な所ですねーブルックの町の宿もよかったですけど、ここは別格と言うか…凄いですぅ」

 

「…分かる…でもシア、キョロキョロしないで…変にみられる」

 

「そういわれても、故郷にはなかったものですしついつい見てしまいますぅ」

 

「分かるぞシア。田舎から都会に出るとついあたりを見回しちまうんだよな。俺にも何回か経験がある」

 

「へぇコウスケにもそんな事があったんだ」

 

「まぁな。そんな俺のことは置いといて、米料理だぞ。何を頼もうかなーお前らは何にする」

 

 コウスケの言葉に自分の食べたいものを思い浮かべるハジメ。やはりここは一番人気のメニューが鉄板ではないだろうか。

 

「僕は…そうだね、ニルシッシルっていうカレーモドキを食べてみたいかな。ここの看板メニューらしいよ?」

 

「ふーむ南雲はカレーか、ユエとシアは?」

 

「んーおススメがよくわかりませんからハジメさんたちが決めてくれるとうれしいですぅ」

 

「ん、私もそれでいい」

 

「俺はいろんな味を楽しみたいんだが…そうなってくると一緒なのを選んだ方がハズレなしで良いのかな?どうする南雲。責任重大だな」

 

「やれやれ…じゃあここは皆違うものを頼んでシェアをするってのはどうかな?これならいろんな味を楽しめるし好みに合うのも見つかるかもしれない」

 

「おお!そりゃいいな!ナイスアイディアだ南雲!」

 

 コウスケの言う通り我ながら良いアイディアかなと内心ハジメが自画自賛したところでそれは起きた。

 

 

シャァァァ!!

 

 

 ハジメの真横にある仕切りのためのカーテンがいきなり開いたのだ。いきなりのことにギョッと驚く4人。

 

「南雲君!天之河君!」

 

「ん?」

 

「?」

 

 いきなり自分の名前を呼ばれたハジメ。そして気がついた。自分の名前を呼んだ人間を。ハジメの目の前にいたのは百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪でこちらを大きく目を見開き見つめるその人物は

 

 

「…先生?」

 

 ハジメ達と一緒にトータスに召喚されたただ一人の大人。畑中愛子だった。

 

 

 

 

 

 

(やべぇ…ど、どないしよ!)

 

 

 畑中愛子とハジメが思わぬ再会をしている中でコウスケはひたすら混乱していた。実は、フューレンを出るまではこの再会が起こることをしっかりと覚えていたのだが、道中で魔力駆動二輪を思いっきり切り動かすことの気持ちよさと待ちに待った待望の米料理を食べれるという事ですっかり忘れていてしまったのだ。おかげで先ほどまでの楽し気な気持ちは一気に吹っ飛んでしまった。

 

「何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか? 南雲君! 答えなさい!後さっきから何も答えない天之河君も一体どうしたんですか!ちゃんと先生の話を聞いているんですか!」

 

(怒った顔は中々プリチー、ハイエースで…じゃなくって!どうする!どうするよ俺!ここは確か素数を数えれば…2,4、6…偶数じゃねえかボケ!)

 

 コウスケが慌てている間もハジメと愛子の話は進んでいく。打開策を考えるのだが混乱をして変なことを考える始めるコウスケ。そんな混乱真っただ中のコウスケとあまりにも突然の再会で困惑しているハジメを救ったのはユエだった。

 ユエは、ツカツカとハジメとコウスケと愛子の傍に歩み寄ると、二人の腕を掴む愛子の手をそっと握った。

 

「……離れて、2人が困ってる」

「な、何ですか、あなたは? 今、先生は南雲君と天之河君に大事な話を……」

「……なら、少しは落ち着いて」

 

 

ユエの声で幾分か落ち着いたのだろう。彼女の言葉に自分が暴走気味だった事を自覚し頬を赤らめてハジメとコウスケからそっと距離をとり、遅まきながら背筋を正す愛子。

 

 

「すいません、取り乱しました。改めて、南雲君ですよね?」

 

 静かな、しかし確信をもった声音で、真っ直ぐに視線を合わせる愛子にコウスケは目を合わせることができない。自分は天之河ではない、その気持ちがわずかながら出てきてしまう。しかし今は演技をしなければいけない。

 

「久しぶりですね、先生」

 

「………です」

 

「やっぱり、やっぱり南雲君と天之河君なんですね……生きていたんですね……」

 

 溜息をつきながら肯定するハジメに合わせるコウスケ。死んだと思っていた教え子に再会できて涙目になる愛子に自分が愛子の教え子(天之河光輝)ではないことにわずかな申し訳なさを感じる。

 

 

「まぁ、色々あったけど、何とか生き残ってるよ」

「よかった。本当によかったです」

 

 それ以上言葉が出ない様子の愛子を一瞥すると、ハジメは近くのテーブルに歩み寄りそのまま座席に付こうとする。それを見て、ユエとシアも困惑しながら後をついていこうとする。やはりハジメは原作と同じようにクラスメイトや先生に関心がないらしい。

 

(ここで先生を無視すると…後々面倒ごとになるよな)

 

 もしここで自分もついて行ったら…原作通り騒動が起きる。そのせいで楽しみにしていた料理をおいしく食べることができなくなるのは非常に困る

 料理を楽しむのは味はもちろんだが雰囲気も大切だとコウスケは考えている。ごたごたが起こった後の気まずい雰囲気でご飯を食べるのはゴメンだ。

 

(はぁぁぁぁーーー仕方ねぇここは俺が一丁即席でアドリブをかますか!鍛え上げた洗脳魔法と俺の演技力をもってすればこいつらなんてチョロイもんよ!)

 

 必死で自分を鼓舞し愛子たちを騙すことにする。要はこれまでのことをうまくぼかして説明し納得させることができればできればいいのだ。まずはハジメに飯の邪魔をされないために愛子たちにこれまでのことをボカシながら説明することを念話で伝える

 

”こちらコウスケどうぞ”

 

”?コウスケ何やっているの?早く料理を注文しようよ。2人とも席についているよ”

 

”あーそれなんだが…飯を食っているときに邪魔されるとかなり腹立つだろ?だからこの合法ロリ先生にうまいこと説明をしようと思ってな。

 

”合法ロリって…まぁいいや。確かに畑中先生って諦めが悪くてかなりの行動力があるからね。説明するまでは付きまとうだろうしなぁ”

 

”だから邪魔される前にいろいろ説明しとこうと思う訳。取りあえず先に注文しておいてくれ、もちろん俺の分もな…という訳でここは俺に任せて先に食え!”

 

”…本当はそれを言いたかっただけなんじゃ…”

 

 

「えっと、天之河君?」

 

 ハジメとの念話を切り上げ改めて畑中愛子を見つめる。ハジメ達が席に着きコウスケ一人だけが立っていることに困惑しているようだ。本当はしたくないのだが致し方ない。溜息を抑え込み出来るだけ柔らかい表情を浮かべる。

 

「あぁすみません、あの時の事…みんなとはぐれた後俺達が何をどうしていたかを説明をしようと思いますので…えーっと、どこか他のお客さんの迷惑が掛からないような場所はありませんか?」

 

「天之河君が?…それなら私たちの席ならほかのお客さんたちの目も届かないですし…って南雲君はどうするんですか!席に座ってしまいましたよ!」

 

「まあまあ、そこら辺もちゃんと説明しますから…さぁ行きましょう」

 

 ウガ―と叫びそうな愛子をなだめながらVIP席へ移動するコウスケ。そのあとに続く生徒達はチラリとこちらに興味のない様子のハジメを見て複雑そうな表情を浮かべるのだった

 

 

 

「さてと、何から説明をしましょうか」

 

 VIP席に着き、関係者たちの顔を見ながら話すコウスケ。内心の緊張を悟られないように注意しつつ、『奈落に落ち性格が変わった天之河光輝』を演じることにする。正直な話、中身は別人だと気付かれるとは思えない。

 せいぜいが性格が激変したと思われるだろう。しかし、自分のうっかりな発言でボロを出す可能性はある。油断はできない。気付かれないように深呼吸を一つ

 

「それじゃあ…橋から落ちた後どうしていたんですか?皆からはとても助かる事の出来ない高さから落ちたとしか聞いていなくて…」

 

「あの後ですか…運よく助かって南雲と協力して死に物狂いで頑張ってあの地獄から脱出しましたよ」

 

 微笑みを絶やさずに話す。その表情に何を思ったか男子生徒の一人は興奮したように話し始める

 

「やっぱりそうだと思ったよ!天之河がそう簡単に死ぬはずないって!」

 

「…死ぬはずがない、か…実際は何度も死にかけたんだけどね。まさか、自分の内臓をじかに触れることができるなんて思いもしなかったよ。知ってる?思ったよりも暖かくてさ、ぬるっとしているんだ。」

 

 遠い目で爪熊に襲われていた時のことを思いだすコウスケ。傷口を抑えていたはずがまさか自分の内臓を腹から飛び出ないようにしていたとは

思いもしなかった。コウスケの実感のある言葉に驚いたのかまたは想像以上の体験をしていたことに驚いたのか話しかけてきた男子生徒やほかの人たちも黙り込んでしまった。

 

「?みんなどうしたんだ。そんなに驚くようなこと言ったかな?」

 

 心底不思議そうな顔をする『天之河光輝』に愛子は、ただただ驚くしかなかった。いったい自分の知らないところで何があったのか、召喚される前とは雰囲気が違う天之河光輝に困惑するばかりだ

 

「…天之河君…いったい本当に何があったんですか?…何か人が変わったように感じます…」

 

「あははは…言ったじゃないですか、死に物狂いだって…何度も死にかけました。左腕はぐちゃぐちゃの滅茶苦茶になったり、わき腹を食いちぎられたり、…そんなところを南雲と一緒に必死で生き延びました」

 

「そんな…そんなことがあったなんて…」

 

 困ったような笑顔で話すコウスケに愛子は口を押え愕然とする。自分たちが絶望に打ちのめされていたとはいえ平穏に生きている間に自分の生徒である2人は壮絶な状況だったのだ。目に涙を貯め、何もできなかった自分に腹を立てながら誠心誠意コウスケに謝罪をする。

 

「ごめんなさい天之河君…2人がそんな状況だったのに先生は何もしてあげられなくて…」

 

「…先生が謝る事じゃありませんよ、なんだかんだで俺も南雲も生き延びることができたんですから…あぁそうだ、南雲のことですけどあの地獄の様な環境のせいなのか、性格が少し変わってしまいまして…皆のことに興味を失っていますので…その、失礼な態度をとっても悪く思わないでください。…ほんと五体満足で生きているだけでも奇跡的な所を生き延びたんですから」

 

 ハジメの態度に余計な不信感を持たれないように念のため忠告を出すコウスケ。まるでハジメが危険人物の様な言い方になってしまうが、自分たちにかかわらないようにするためあえて危険という事にする。

 

「…なぁ天之河…説明している所悪いんだけど…あの女の子達はいったい?…」

 

 さっきとは別の男子生徒がちらちらとユエとシアの方を見ながらコウスケに聞いてきた。聞きにくいことであるだろうに度胸があるというか好奇心旺盛だというか…それともシアとユエの美貌がすさまじいのか…

 

「あの2人は、まぁ色々あって俺たちの旅についてきてくれているんだ。あー間違っても手を出そうとは考えないでくれよ?俺はお前らを嫌いになりたくはないしな」

 

 ちょっぴり威圧をして宣告する。男子生徒達ががっくりとしているのを尻目に今度は女子生徒が疑問を投げつけてきた。

 

「天之河君、事情は分かったけど…それなら何で戻ってこなかったの?皆心配していたの。特に白崎さんや八重樫さん、坂上君が…」

 

「それは…」

 

 遂にこの質問かとコウスケは考えを巡らせる。正直に奈落に落ちてから生き残ることに必死で君たちのことを忘れていました。とは言えない。だからと言って、解放者の迷宮に行けば帰れる方法が分かるとも言えない。数秒の間にコウスケはある作戦を思いついた。

 

(よし!全部魔人族のせいにしよう!そうしよう!)

 

「皆さん…これから言う事は絶対に漏らさないようにお願いします…」

 

 周りを伺うように声を潜めるコウスケ。周りは自然と顔を寄せ合い始めた。

 

 その事に苦笑いがでそうなコウスケ。今から言う事はすべてアドリブだ。本当のことを言いつつも嘘をさらりと混ぜるようにする。動揺は見せない。堂々と言い切るのだ。

 

「実は…あの迷宮から脱出するときに、この戦争に勝つ重要なことが分かったんです」

 

「そ、そうなのか!」

 

 畑中愛子に同行していた豊穣の女神の護衛騎士隊筆頭のデビットが驚愕の表情を浮かべる。こんな嘘やでたらめを信じる頭の緩い人だったかと

首をかしげそうになるが、勇者である天之河光輝の言葉なら信じやすいのだろうと考え付く。念のため、精神魔法を使い、”説得”をしやすくする

 

「声を抑えてください…迷宮から出るとき、魔人族の秘密が…この戦争を終結させ、世界を救う方法が分かったんです。俺と南雲はそのために皆に合流せず旅に出たんです」

 

「そうなのですか!?それはいったい!?」

 

 護衛騎士副隊長チェイスでさえも顔を乗り出し聞いてくる。「お前は冷静なキャラじゃなかったんかい」と心の中で突っ込みつつ騎士団、クラスメイト一人一人の目を見て話す。コウスケが思うに精神魔法は相手の目を見ながら使うと効果が出やすい。そのために全員の顔を見回したのだがそこで気付いた。

 

「………」

 

(…誰だ?あのローブの奴)

 

 騎士団に紛れ込む様にローブを羽織った小柄な人物がこちらを注視していることに気付く。フードを目深にかぶり表情はうかがい知れないが悪意や敵意は感じられない。むしろこちらの話を聞こうと耳を傍立てているような気配さえ感じる。

 

「…天之河君?」

 

 見るからに怪しいフードの人物に疑問を抱くも今は嘘を交えた説明をする方が先決だ。今コウスケの話を聞こうとしているこの瞬間が一番精神魔法を掛けやすいのだ構わず続きをいう事にする。

 

「それは…言えません」

 

「何故!?」

 

「そのことを話すと…聞いてしまった皆の命が危ないからなんです。…俺は死にかけたときやっとで気付いたんだ。俺は召喚されたときなんて馬鹿なことを言ったんだろうかと。みんなが手を貸してくれれば勝てると…世界を人を救うことができると思ったんだ。でも違った。あの死ぬかもしれないという寒気と恐怖、自分の命が零れ落ちていくという感覚、死にかけたことで本当に…やっとで気付いたんだ。戦争というものが何なのか、命を奪うという事、殺されるという事、…皆が背負うものではないという事を…先生!」

 

「は、はい!」

 

「召喚されたあの時、俺はバカでした。誰かの力になれると思って舞い上がってしまって…それなのに先生の言葉を…俺たちを気遣ってくれたことを蔑ろにしてすみませんでした!」

 

(ふむ…自分で言っててなんだが結構それっぽく言えてないか?助演男優賞はいただきやな!)

 

 その言葉とともにガバリと頭を下げるコウスケ。自分の言葉に矛盾やおかしいところがあるかもしれないが勢いとノリでうやむやにすることにした。内心は結構調子に乗っている。

 

「天之河君…そこまで皆のことを思ってくれていたなんて…でも、その秘密は先生には言えませんか?」

 

「それは…言えません…何があっても」

 

「しかし、魔人族の秘密が分かれば人間族の有利にもなるが…」

 

 デビットは難しい顔をしている。しかし愛子専用の護衛騎士の筆頭である彼だからこそ対策は簡単だ

 

「確かにいえば、多くの命が救われるかもしれません…しかし、言ってしまえば皆の…先生の命が危なくなるんです!あなたならどうしますか!?、大切な人の命が危なくなるようなことをしてまで話そうと思いますか!」

 

「それは無理だ」

 

「「「「隊長!?」」」」

 

「お前たち、愛子に傷つくようなことがあってみろ。そのようなことを起こさないのが我々じゃあないのか」

 

「「「なるほど…」」」

 

 愛子にすべてをかける護衛騎士に呆れながらも話を終わらせようとするコウスケ。そろそろ閉めに入らなければ楽しみにしている米料理が食べれなくなる。このまま勢いとノリですべてを突破する。

 

「だから、俺はあなたたちのもとに戻ることはできません…これは、俺のわがままだとわかっている、けど俺は選んだんだ、皆を傷つけさせたくないって。そのためにも、みんなごめん、戦うことは俺が何とかする。もうみんなが武器を手に取って命の奪いあいをする必要なんてないんだ…だからこれでさよならだ…」

 

「天之河君…」

 

 背をむきハジメたちのもとへ向かうコウスケ。その背中に声がかかるも歩みを止める気配はない。愛子とクラスメイト、護衛騎士たちはその何も言わず世界の命運を背負おうとする背中を見つめることしかできなかった。

 

「………」

 

ただ独りフード人物を除いて…

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃーこんなもんかな」

 

 

 深く息を吐きながら首をコキコキ鳴らすコウスケ。やはり嘘をつくのはいささか罪悪感が沸く。先ほどまで内心調子に乗っていたことをきれいさっぱり忘れハジメたちの席へ向かうと

 そこにはお腹いっぱいなのかとても幸せそうなハジメ達と綺麗になっている皿があった。幸せそうなハジメ達を見て頬が緩むも自分の席にあるはずの料理の皿が綺麗なことに固まるコウスケ。

 

「…ん、お帰り」

 

「ただいま、…なぁ俺の米は?飯は?どこいったの?ねぇ?」

 

「…ハジメが食べた」

 

「南雲…お前…俺が楽しみにしていたものを…」

 

「ち、違うよ!ユエもシアも食べてなくなったんだ!」

 

「あ、ハジメさん自分も食べていたのに私たちを売りましたね!ひどいですぅ!」

 

「し、仕方ないじゃないか!久しぶりのごはんだったんだし…それにシアだって豪快に食べていたじゃないか!」

 

「…シアはがっつり食べた」

 

「そういうユエさんも幸せそうに食べていたじゃないですか!」

 

「…私は少しだけ食べた…あとは全部ハジメとシアが食べた。私は悪くない」

 

「…俺頑張っていたのに…グスッ…お腹空いたなぁ」

 

 そこから誰が食べたかとギャーギャー騒ぐ仲間たちに一人涙が出るコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コウスケはその後お仕置きとして、、シアはうさ耳を思う存分モフモフして、ユエには頬っぺたをビヨーンと引っ張りハジメには、『黒の双銃士』、『錬成兵器』など中2病的なあだ名をつけ散々いじり倒し鬱憤を晴らした。

 

 そのあとの深夜、コウスケはトイレに行ったついでに折角の高級宿なので少し散策をし一階の中庭が目に入ったので気分転換に中庭にあった高級そうなベンチに座ることにした。息をつきぼんやりと月を見る

 

「ふー」

 

 月は綺麗な光を放っている。その光を浴びるようにベンチでグーッと体を伸ばす。今頃ハジメは畑中愛子の部屋に行ってるのだろうか。傍から見たら完全に夜這いだろうなと思い自然とほほが緩む。親友の行動に笑っているとふと人に気配を感じ振り向いた。

 そこには、先ほど愛子たちと一緒にいたフードの人物がコウスケに歩み寄ってきた。警戒はするも敵意や悪意は感じられず少し戸惑うコウスケ。

 

「……天之河さん、少しお話をしてもよろしいでしょうか」

 

「…それは構いませんが…」

 

 声からして若い女性で警戒心が一段階上がるコウスケ。しかし相手はコウスケの返事に気を良くしたようで、隣に座り込んできた。天之河と呼んだ時点で、王宮にいた人物かと考察するも相手はそんなコウスケに気付いた様子はなく月を眺めている

 

「月が綺麗ですね」

 

「えぇ…死んでもいいわ」

 

「え?」

 

「あ…何でもないですよ。えっとそれよりいったい話とは何でしょうか」

 

 相手の話をついノリで返してしまったコウスケ。ここにいるのがハジメだったら突っ込んでくれているのにと内心愚痴るフードの人物はそんな頓珍漢な返答をしたコウスケに気を悪くした様子もなく真剣みを帯びた声で話し始める。

 

「実は…先ほどの話なんですが…この世界を救う秘密と言う物を教えてもらうことはできませんか?」

 

「……何故」

 

「もしその秘密が本当なら人々の犠牲を最小限にできると思ったんです。それに…」

 

 言い澱むフードの人物に悩むコウスケ。声からして悪意はなく必死さがうかがえる。どうやら先ほどの嘘と本当を織り交ぜた話を信じてくれているようだ。しかし原作にはいなかったはずのこの人物が何者かは分からないのがコウスケを悩ませる。

 

「それに?」

 

「…貴方達召喚された人たちの犠牲が出ないようにって思ったのです。天之河さんと南雲さんが死んだと聞いたときにもうこれ以上自分たちの都合で死なせたくないと…」

 

「……そうでしたか」

 

 どうやらこのフードの人物はかなり人が良いらしい。王宮では召喚された神の使徒は戦うのが当然と考えている人たちが多い中で心配などをしてくれている人たちは少なかったのだ。責任を感じているらしい発言に少しばかり好感を持つコウスケ。

 

「分かりました。秘密を教えてもいいでしょう」

 

「本当ですか!?」

 

「でもその前にあなたはいったい誰なんですか?」

 

「あ」

 

 どうやらフードの人物は素で自分が顔を隠していたことに気付いていなかったようだ。少しばかり気恥ずかしそうな声を出し、キョロキョロと辺りを見ます。そうして人影がないことを確認するとゆっくりとフードを外す、

 

 まずあらわになったのは美しく煌く金色の髪の毛だった。次に意志が強そうなエメラルドの様な輝きを放つ碧眼。そしてかなり整った美貌があらわになる。コウスケは一瞬時を忘れるほどその顔立ちが非常に整った少女を見つめていた。

 

「ふぅ、立場上顔を隠さなければいけないというのは大変ですね。…それよりお久しぶりです天之河さん」

 

コウスケを見てにこやかにほほ笑む少女。しかしコウスケはハッと正気に戻るとたった一言呟き少女は驚愕するのだった。

 

 

 

「…誰?」

 

 

「え!?」

 

 

 

 

 

 

 

 




取りあえずこんな感じで

さて次が大変そう…簡単に略すかも?難しいと感じたら好き勝手書きます。

きっと第3章まで見てくれた人なら許してくれるはず(チラッ)


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事情説明

タイトル考えるのと文の終わりを考えるのがすごく面倒です。

タイトルは話の全体の印象を考えればいいとして、
どういった所で場面を切ればいいのか…短すぎると話が多くなるし長すぎると一気に場面が進みすぎるような…

なんだか最近愚痴っぽくなってしまいます。許してください!できる事なら何でもしますから!


 

「あの、天之河さん?…じょ、冗談にしてはあまり笑えないというか…」

 

「んなこと言われても…うーーん」

 

「うぅっ忘れられるって結構心に来るものなのですね…」

 

 少々涙目になってしまった少女に罪悪感を感じ必死で思い出そうとするコウスケ。彼女は自分が天之河光輝を演じていた時に出会ったはずの少女だ。

 記憶を必死に探るが、何分あの時は演じることで一杯一杯だったのだ。そこで出会った一人の人間を思い出せというのは少々酷だと

コウスケは内心言い訳する。

 

(しっかしこんな美少女に出会ったのに忘れちまうとは…耄碌した覚えはないんだけどな。えっとさっきの会話からして立場のある人間で召喚された生徒たちのことを気遣う事の出来る人格者で、かなりの美少女で…モブじゃないよな?)

 

 項垂れている美少女をまじまじと観察するコウスケ。気のせいか佇まいや動作の一つ一つから気品を感じる。おまけによくよく声を聴いてみればどこかで聞いたことがあるような気がするのだ。先ほどの情報と併せて考えると一人の人物がコウスケの頭に思い浮かんだ。

 

「…まさか、君はもしかして…」

 

 その人物は本来ここにはいないはずだ。しかしコウスケの思いとは裏腹に少女はやっとで思い出したのかとジト目でコウスケを見つめた後しっかりと頷いた。

 

「もぅようやく気付いたのですか…そうです。私はリリアーナ・S・B・ハイリヒ…このハイリヒ王国の王女です」

 

「………」

 

「?天之河さん?」

 

「………」

 

「…と、止まっている!?」

 

やっとで話を進めることができると息を吐きながらも名乗った少女、リリアーナはどこか苦笑しながらコウスケに改めて自己紹介をする。しかしコウスケにとってはまさかの人物だったので思考が止まってしまった。

 

 

 

 

 

「すみません、あまりにも想定外の人だったので硬直してしまいました」

 

「いえ…確かに驚きますよね。まさか王女がここにいるなんて…」

 

何とか気を取り直した後コウスケはすぐにリリアーナに謝罪をした。実は動揺して硬直している間にも原作にはいないはずの彼女にどう扱うかを決めかねていたのだ。一瞬、神…エヒトの先兵や教会の回し者かと疑ったが先ほどの会話内容からあり得ないと思った

 先ほどの会話内容的にも隣で座っているリリアーナからも悪意は感じないというのが決め手だった。そもそも今の段階の自分たちの敵になるとは思えない。

 我ながら甘い考えだと思う一方でやたらと人を疑いたくないと思う自分もいる。結果少しばかりの警戒はしつつもリリアーナには好意的に接することにするコウスケ。

 

「普通は思いつきませんよ。ところでリリアーナ王女はどうしてこんなところに?」

 

「言ってませんでしたか?貴方達のクラスメイト、清水さんが行方不明になってしまったんです。先ほども言いましたがこれ以上こっちの都合で召喚されてしまった貴方達の犠牲者をこれ以上出したくないと思ってその清水さんを探す愛子さんに同行しているのです。」

 

「…だからと言ってフットワーク軽すぎじゃないですか?別にいいですけど…そっか、それにしても清水の奴いなくなっちまったんだ」

 

 余りにも軽すぎるリリアーナの行動に苦笑するが責任感が強いのだろう。話しながらも必ず見つけようと表情が引き締まっていくリリアーナに何も言えなくなるコウスケ。それよりも清水の行動に関心が行くコウスケ。王宮で多少は交流をしたがやはり魔人族につくことは止められなかったようだ。

 

(もし奈落に落ちなくて清水ともっと交流できていたら…今は考えるべきじゃないか)

 

 清水のもしもの未来に思いをはせるが今は考える時ではない。そんな事を考えていたコウスケに何を思ったのかリリアーナはじっとコウスケの横顔を見ている。

 

「…どうかしましたか」

 

「いえ…なんだか王宮にいたころよりずっと生き生きとしていると感じまして…まるで別人みたいだなと…本当に奈落に落ちた後に何かあったんですか」

 

「…そうですね。しいて言えば本来の自分に戻れたというか、やっとで演じる必要がなくなったかと言うか…」

 

「…それは一体」

 

「まぁ何でもないですよ。それよりそろそろ寝ましょう。あんまり起きていると明日に響きますから」

 

首をこきりと鳴らしあくびを一つするコウスケ。気が付くとどうやら長いこと話をしていたみたいだ。そのまま自分の部屋へ向かうコウスケにリリアーナの制止の声がかかる。

 

「あ!待ってください天之河さん。あの秘密の話をまだ聞いていませんよ」

 

「あ~あの話ですか。んー気にしなくてもいいですよ。どうせ何をしてもこの世界は救われるんですから」

 

「天之河さん?いったいあなたは何を知っているんですか…」

 

「ある意味全部ですかねぇ~それよりも今後俺のことを天之河と呼ばないでコウスケと呼んでくれませんか?」

 

「コウスケ…さん?」

 

 先ほどから天之河と連呼されげんなりするコウスケ。どうせ事情を言った所で理解されるとは思えない。なら別に言ってしまってもいいだろう。眠気で頭が鈍くなる中気が付けば自分のことを話してしまっていた。

 

「俺は本当は天之河光輝と呼ばれる人間じゃなくて別の人間だって言われたら信じてくれます?」

 

「…一体さっきから何の話をして」

 

「あっはは…ただの世迷言です。ではおやすみなさい」

 

 そのままコウスケは眠い目をこすりながら去っていった。リリアーナはただその姿を眺めるしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方そのころハジメは愛子の部屋でこの世界の真実やクラスメイトに殺されかけたことを話し終えていたところだった。コウスケが何やら説明をしていたらしいが一応先生には真実を伝えようと行動したのだ。無論ほかにもいろいろと理由はあるが…

 

「さてと、僕たちの旅の目的はちゃんと理解してくれましたか。先生」

 

「はい、まだ信じられませんけど…」

 

「そういうことです。だから僕たちの邪魔をしないでください。むしろほかの奴らのそばにいた方が良いかもしれませんね」

 

 そう言い放ち踵を返して扉へと手をかけた。愛子の考えている様子から与えるべき情報は確かに与えたと感じたからだ。愛子はその背中に先ほど事情を説明していたもう一人の生徒の姿を思い出し話しかけた。

 

「そういえば南雲君は天之河君と一緒に行動していたんですね」

 

「…えぇコ……彼は僕を助けようとして一緒に奈落へ落ちていきましたから。本当に馬鹿な奴ですよ。ほっとけばいいのにわざわざ危険を冒して助けに来て一緒に落ちてしまったんですから」

 

 振り返り悪態をつきながらも苦笑するハジメに愛子は、まだハジメが以前の心を残していると思い喜色を浮かべた。先ほどまで色々説明していた時は自分達に無関心な態度をとっていたのに対して天之河光輝の話になると随分と気を許しているその姿が愛子にはうれしかったのだ。

 

 

「ふふ、でもよかったです。南雲君が前みたいに独りぼっちじゃなくて」

 

「人をぼっち扱いですか…随分とひどい言い様ですね」

 

「?…っ!?そ、そうい訳じゃなくてですねっ!ほ、ほら南雲君って仲のいいお友達がいなかったですよね?それが随分と天之河君の話をすると嬉しそうな顔をするものだからつい…」

 

 何か地雷を踏んでしまったのか遠い目をするハジメに愛子はワタワタと焦りながら弁解をする。その言葉に何を思ったのかハジメは少しだけ俯いてしまった。

 

「えっと南雲君?」

 

「……ねぇ先生」

 

「はい?」

 

「コウスケのことを…彼のことを天之河って呼ぶのはやめてくれませんか」

 

「え?」

 

 ハジメの言葉に首をかしげる愛子。確かに天之河光輝の性格は以前とは全く違うものになっているが一体ハジメは何を言っているのだろうか。不思議がる愛子にハジメはほんの少しため息をついた。

 

「…中身は別人で体が天之河光輝になっているなんて気づかなくて当然で、普通は信じませんよね。」

 

「南雲君?一体何を言っているんですか?」

 

「…もしあの時あそこにいるのが『天之河光輝』だったら僕を助けに行こうとはしていませんでしたよ。むしろ僕が死んだと思って尚更この世界を救おうなんて思うんだろうな…本当コウスケとは大違いだ」

 

どこか吐き捨てるように呟くとハジメはそのまま部屋を出ていった。一人部屋の取り残された愛子。今のハジメの話そしてこの世界の真実考えることが多く 愛子の悩みは深くなり、普段に増して眠れぬ夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




…短っ!!
でも話の切り方が分からないのです。アカンなぜかネガティブになっています。
本当に作者になるって大変ですね。読み専の時とは全然違います。
拙い物語でしょうが最後までお付き合いしてくれるとうれしいです
感想が今後の展開とかを考えるのにいいネタになるので、できれば書いてくれるとうれしいです
いつも誤字脱字報告ありがとうございます


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山脈登山

一つの話を作るのに一日かかります。楽しい反面ゲームが全くできなくて悲しい。
でも小説を書くのは楽しい。矛盾した気持ちを抱えながら投稿します

感想ありがとうございます。テンションが上がって筆がとても進みます。
一人で書いているわけではないというのがよくわかります。


 夜明け、ハジメたちは、東の空がしらみ始めた頃、捜索の準備をして北門に向かっていた。依頼のウィル・クデタ達の生きている可能性を考えれば、早くいくことに越したことはない。

 幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。と、ハジメはその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。

 

 朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子とリリアーナ、生徒六人の姿だった。

 

「……何となく想像つくから一応聞くけど……何してんの?」

 

 ハジメが半眼になって愛子に視線を向ける。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとハジメと正面から向き合い話し始めた。コウスケはその様子を横目で見ながら、リリアーナに視線を移す。なぜここにいるのかという疑問は抱かなかった。

 なんとなく、この人もついてくるんだろうなと予感めいたものがあったのだ。後の展開を考えても邪魔にはならなさそうだと結論付け、ハジメと愛子の会話を見守る。どうやら愛子が胸を張っているところを見ると捜索に連れていくことになったようだ。

 

「んで、南雲連れていくのか?」

 

「この人はどこまでも教師だからね。生徒のことで妥協はしないそんな人だ。それに放置していく方が後で絶対面倒になる」

 

「へぇ~生徒思いのいい先生だ。こんな人希少価値にもほどがある」

 

「まぁね…そっちの人とは知り合い?さっきからコウスケのことをガン見しているけど?」

 

「どうかな?…多分あの娘…王女様がいるのは巡り巡って俺のせいだろうな。…すまん色々面倒をかける」

 

「ふーん王女様ね…それよりも何を今更って話だよ」

 

苦笑し肩をすくめるハジメに気持ちが楽になるコウスケ。そんな2人をジトーと見た後ユエとシアは疑問を口にする

 

「…定員オーバー」

 

「人数が多すぎですぅ。どうするんですかハジメさん?」

 

「ちゃんと対策は取ってあるよ。さて…僕達の行動に邪魔をしないって約束できるならお前たちは荷台に行け」

 

 話しながら宝物庫から魔力駆動四輪を出すハジメ。ポンポンと大型の物体を消したり出現させたりするハジメに、おそらくアーティファクトを使っているのだろうとは察しつつも、やはり驚かずにはいられない愛子達。今のハジメを見て、一体誰が、かつて“無能”と呼ばれていたなどと想像できるのか。

 園部達は、吐き捨てるように言い残しさっさと運転席に行くハジメに複雑な眼差しを向けるのだった。

 

 

 

 前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、ハマーに似た魔力駆動四輪が爆走する。サスペンションがあるので、街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、大抵の衝撃は殺してくれる上、二輪と同じく錬成による整地機能が付いているので、車内は当然、車体後部についている硬い金属製の荷台に乗り込むことになった生徒達も特に不自由さは感じていないようだった。

 

 ちなみに、“宝物庫”があるのに、わざわざ荷台を取り付けたのは、荷台にガトリングをセットし走行しながらぶっ放すという行為に、ちょっと憧れがあったからだ。ハジメのささやかなこだわりである。

 

 車内はベンチシートになっており、運転席には当然ハジメが乗り、隣の助手席にはコウスケが、そのコウスケの膝の上に愛子が非常に居心地悪そうに座っている。これは助手席に乗るのは自分だとコウスケが頑として譲らなく愛子は愛子で昨夜の生徒に殺されそうになっていたという会話の続きをしたいのと他の生徒には聞かれたくないのでそばで話せる助手席でと考えていたのだ。

 

 結果コウスケの

 

「ふむ。なら俺が助手席に座って先生が俺の膝の上に座ればいいんじゃないか?幸いなことに先生はちっこいから何とかなるし」

 

 と言う言葉に対してハジメが「どうでもいいからさっさと急ごう」という事でこうなってしまったのだ。自分から同行を願い出たとはいえまさか自分の生徒の膝の上に座るとは思いもしなかった愛子は只々気まずそうにしていた。おまけにハジメが昨夜の最後に言った『中身が別人』と言う言葉が引っかかっている。見たところは顔とかは以前の天之河光輝ではあるが性格がかなりはじけているような印象を受けるが…

 

 後部座席にはユエ、シア、リリアーナが座っている。リリアーナは街から離れるのでフードを外しているのだがユエからじろじろ見つめられておりこちらもまた居心地悪そうだ。

 

「……誰?」

 

「えっと私は…リリアーナと言いまして…」

 

「ユエさん、いろいろ事情があるから聞かない方が良いかもしれません。リリアーナさん同行するのは構いませんが自分の事は自分で守ってくださいね。一応フォローはしますけど…」

 

「はい。…ご迷惑をお掛けします」

 

「ん。足手まといが居ても全く問題ない」

 

「もぅユエさん。朝からハジメさんとコウスケさんが構ってくれないからってそういう事は言っては駄目ですよ!」

 

「ち、違うっ!」

 

「ふふ、皆さん仲がいいんですね」

 

「…うぅ」

 

 最もシアがうまくとりなしているので雰囲気は和気藹々としている。一方で ハジメと愛子の話も佳境を迎えていた。

 

 ハジメから当時の状況を詳しく聞く限り、やはり故意に魔法が撃ち込まれた可能性は高そうだとは思いつつ、やはり信じたくない愛子は頭を悩ませる。

 

「一体誰がそんな事を…」

 

「さぁ?もしかしたら全員かもね?僕は無能で通っていたから邪魔だから排除しようとか考えていたのかも?もしくはくだらない嫉妬かな?」

 

(ビンゴだ南雲。最もアイツが魔法を撃たなければ物語は始まらないわけで…)

 

「もし、そうだとしたら私は一体どんな言葉を掛ければいいんでしょうか…」

 

 愛子は悩む。仮に犯人を特定出来たとしても、人殺しで歪んでしまったであろう心をどうすれば元に戻せるのか、どうやって償いをさせるのかということに、また頭を悩ませた。

 そんなウンウン悩む愛子にコウスケは慰めるようにしかしどこか真剣さを感じる声でアドバイスを送る。

 

「言葉よりもあなたの正直な気持ちを伝えればいいんではないでしょうか?」

 

「え?」

 

「いえ、貴方の生徒を思う気持ちがあれば割と何とかなるんじゃないかって…まぁいいや、あんまり根を詰めるのはよくないですよ。気楽に行きましょう」

 

 なんとも雑で適当なアドバイスだったがその言葉に少しは気持ちが軽くなったのか頭を唸って悩むうちに、走行による揺れとコウスケの硬い膝が眠りを誘い、愛子はいつの間にか夢の世界に旅立った。コウスケはそんな愛子を優しく見守りハジメの宝物庫から毛布を要求し愛子に優しく掛ける。

 

「あーあ南雲が困らせるから先生さん寝ちゃったじゃないか。ほらタオルケットの一つでもさっさと出さんかい」

 

「やれやれ」

 

「全く。こんな生徒思いのいい先生を困らせるなんて、もう少し優しく接することはできないのか?」

 

「…それはそうだけど」

 

「お前のことを心配して、今も行方不明になっている清水を心配して、人殺しをしでかそうとしたアホのことも心配して…こんないい人、負担を掛けさせない方が良いぞ」

 

「それ僕の責任じゃないよね?」

 

「それでもだ。少しは協力的になるとか口調を優しくするとか、…本当にこんないい先生…いや大人か、そんな人がそばにいるって貴重なんだから。…正直お前がかなり羨ましいよ」

 

 それっきり外の景色を眺めて黙ってしまうコウスケ。ハジメはどこか寂しげにつぶやいたコウスケの言葉に何も言えずただ運転に集中していった。

 

 

 

 

 そんなこんなで北の山脈についた一行。

 

 標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。

 

 また、普段見えている山脈を超えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ超えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局、成功はしなかった。

 

 ちなみに、第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】である。今回、ハジメ達が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。

 

 

 ハジメ達は、その麓に四輪を止めると、暫く見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。先程まで、生徒の膝で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。

 

 ハジメは、もっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえて、小型の無人偵察機、四機を出しながらあたりの捜索を開始した。魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。そこを目指しハイペースで進むハジメ達。

 

 おおよそ一時間と少しくらいで六合目に到着したハジメ達は、一度そこで立ち止まった。理由は、そろそろ辺りに痕跡がないか調べる必要があったのと……

 

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

「……ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、南雲や天之河達は化け物か……」

 

 予想以上に愛子達の体力がなく、休む必要があったからである。もちろん、本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。ただ、ハジメ達の移動速度が早すぎて、殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。

 だが一番悲惨なのは

 

「おーい姫さーん大丈夫ですかー?」

 

「…が…かはっ…」

 

「ダメだこりゃ」

 

 コウスケに背負われているリリアーナだった。あくまで一般人より上のステータスをしているのであって愛子たちと違いチートではない。そのため早々に体力がなくなり顔が青白くなったのだ。あまりにも顔色が悲惨だったのでコウスケが背負っていくことにした。コウスケとしても、おそらく自分のせいでここにきてしまったリリアーナに罪悪感があるのだ。

 

 四つん這いになり必死に息を整える愛子達にをその場において休憩がてら近くの川に行くことにするハジメ達。そうしてハジメたちがたどり着いた川は小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。索敵能力が一番高いシアが周囲を探り、ハジメも念のため無人偵察機で周囲を探るが魔物の気配はしない。取り敢えず息を抜いて、ハジメ達は川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。

 

「さてと、ウィル・クデタ達はどこに行ったのかな?」

 

「もっと開けた場所か…あるいは負傷してどこかで隠れているとか?」

 

「…コウスケ、今後のことについての会話に参加するのはいいけど後ろの姫さんが死にそうなんだけど」

 

「ひゅぅー…ひゅぅー…けほっ……ぅ」

 

「ん?…うぉ!ヤバイ死にそう!すまん南雲ちょっとこの人の面倒を見ているから後の方針は頼んだ!」

 

ハジメに断りを入れすぐに背負っていたリリアーナを下ろし”快活”をかけ生成魔法産の水を飲ませることにする

 

「ほらリリアーナさんこれを飲んでください…たぶんかなり楽になるから」

 

「んぐっんぐっ…ふぅ…すごく美味しいですねこのお水」

 

「そりゃあ良かったです。その水筒に入っているの全部飲んでいいですからゆっくり休んでください」

 

コウスケがリリアーナを介抱している最中ユエとシアは素足になり足を川の水につけ涼んでいる。

 

「ありがとうございます…お水美味しかったです」

 

 さっきまで死にそうなほど消耗していたのに青い光に包まれ、美味しい水を飲んだだけですぐに体力が回復したことに驚愕しながらリリアーナが感謝の声を出す。

 

「この青い光は?…とても体が楽になるんですが…貴方の魔法ですか?」

 

「そーですよ。俺のオリジナル魔法…いや、技能かな?掛かると体力やら魔力が回復するんだ。その水も俺の魔法の産物で南雲達曰くかなり美味いというけど…俺にはさっぱりです」

 

「何から何までありがとうございます、でも…どうして私にここまで世話を焼いてくれるんですか」

 

俯いていた顔をあげ、コウスケの目を見ながら疑問を口にするリリアーナ。自分が捜索の足を引っ張っているのは理解しているし申し訳なさも感じていたがどうにも致せりつくせりのように感じてしまうのだ。

 

「ん?そりゃあ…下心がありますからね。ここで恩を売っておけば、後々役に立つかなってそう思ったんですよ」

 

(半分嘘。きっとここで恩を売っておけば色々便宜を図ってくれるとは思うけど本当は…きっと君はここに来なかったはずなのに俺のせいで来てしまったから)

 

「…そうなのですか」

 

最もそうな理由を口に出しながら肩をすくめるコウスケ。その理由を聞いて複雑そうなリリアーナ。そのやり取りを、興味深そうに眺める視線が3つ。

 

「コウスケさん、あのお姫様のお世話をずっとしていますね…もしかして、好みなんでしょうか!」

 

「……」

 

「…どうかな?そこまで考えてるようには見えないけど?」

 

「…ハジメあの人は?」

 

「ん?リリアーナ姫の事?この国の王女様。何でも人気があって聡明な人らしいよ。僕はあんまり接点がなかったから良くは知らないけど」

 

「……王女…」

 

もしかしてと興奮するシアに王女と言う立場の何か思う事があるのか考え事をするユエ、依頼のことを考えながらも親友の行動を観察するハジメ、とその時ハジメの顔が一瞬で険しくなった

 

「…ハジメ?」

 

「どうやら上流の方に何か暴れた跡があるみたいだ。…コウスケ、ユエ、シア行こう」

 

「ん……」

 

「私はもうちょっと見ていたいんですが…はいですぅ!」

 

「あいよ!…というわけでリリア―ナさん。ほらおいで?背中を貸すから」

 

 ハジメの号令を聞きリリアーナの前でしゃがむコウスケ。その背中に戸惑うリリアーナ。流石に体力が回復しているのにまた乗るのは気が引けてしまう。その様子に気付いたコウスケは茶化す様に笑った。

 

「乗らないんですか?…ははーん。お姫様抱っこがイイと申しますか。無理でござる。あれは緊急の時にとても困るのでござる」

 

「違います!なんですかござるって…その迷惑じゃないでしょうか?」

 

「問題ないですよ。というより、俺達の速さに付いてこれないでしょう?」

 

「…はい」

 

「ほほぉ~ん~中々いい感じですよ~コウスケさ~ん」

 

「……ふむ」

 

「やれやれだ」

 

 渋々という感じでコウスケの背中におぶさるリリアーナ。その様子にシアは鼻息荒く目を輝かせ、ユエは何かを閃いた表情を見せ、ハジメはやれやれと首を振る

 

 疲れ果てて休憩していた愛子たちと合流し先へ進むと争いの形跡が見えてきた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った後もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。しばらく、争いの形跡を追っていき身元特定になりそうなものを回収していく。

 

 さらに調査をした結果ウィルたち冒険者は魔物から逃走し川へ逃げ込んだのではないかとハジメは推測した。コウスケも賛同し川を重点的に捜索した結果、立派な滝つぼを発見した。そこでハジメの気配感知に反応があり滝つぼの奥に人の気配があったのだ。ユエの魔法で滝の中に入り進んでいくとそれなりの広さの空洞に出た。

 

 その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。

 

 ハジメがその男…ウィル・クデタに話しかけている間コウスケは装備の点検と荷物のチェックをする。その様子にリリアーナが不思議そうにする。

 

「あの…天之河さん…ではなくて、コウスケさんどうして戦闘の準備を?」

 

「んーそりゃ見つかったんならあとは無事で送り届けないとなーどうせ面倒ごとがやってくるし」

 

「面倒ごとって…」

 

「ああ、あんまり気にしなくていいよ。俺たちがいる以上どうにでもなるし」

 

 要人が見つかったなら後はお約束の展開が待っているのだ。ハジメの方を見ると自分だけが生き残ったことに罪悪感を抱いているウィルに向かって諭すような、しかし自分に向かって話すような声で語りかけているのが見える。

 

 その声に罪悪感がわくも無言でたたずむコウスケ。あの時助けられなかったのは事実だが、そのおかげで自分はハジメと旅をすることができる。…しかし、本当なら無理矢理でも助けるべきだったのではないかと思うのだ。原作を知っているという罪悪感がじわじわとコウスケの心を蝕むもその事を顔には出さない。

 

 その後一行は早速下山することにした。日の入りまで、まだ一時間以上は残っているので、急げば、日が暮れるまでに麓に着けるだろう。救助対象を見つけた以上ここに留まる意味はハジメ達にはない。他の生徒達は、ここら一帯の魔物のせいで町の人達も困っているから調べるべきではと微妙な正義感からの主張をしたが、コウスケの

 

「じゃあ、お前らチート集団でやってくれよ?俺達は関与しないから」

 

の、一声と愛子の危険な目には合わせたくないと頑として調査を認めなかったため、結局、下山することになった。

 

 準備をして滝壺の外へ行こうとするコウスケにハジメの待ったが掛かる。

 

「どうした南雲?さっさと下山しよう」

 

「そうなんだけど…念のためこれを持って行って」

 

 ハジメが宝物庫からあるものをコウスケに手渡す。

 

「ん?これって『地卿』か懐かしいな~ってなんか形変わっていないか?随分とスマートになったというか。一回り小さくなった?」

 

 ハジメから手渡された物。それはオルクス迷宮で世話になった大槌『地卿』だった。今は風伯を主にに使っているためあんまり活躍の機会がなかったのだ。懐かしさを感じていたが形が違っていた。前は形が大きくメイスの様な大きな鉄塊が先端に付いていたのに対して、今手元にある『地卿』は随分と小さくなって形が変わっている。鉄塊はなくなり握りは持ちやすいように細くなっている。形として一番近いのは鉄棍だろうか。

 

「色々試してみたくてね。コウスケも力の入れ具合がうまくなったみたいだし、これならいろいろ役に立てるかと思ってさシアのドリュッケンのようにギミックは何にもないけど頑丈さと扱いやすさは格別だよ。どうかな?」

 

 ハジメの説明を聞きながら『地卿』を振るい動作の確認をする。手触りは中々で重さもまたちょうどいい。ハジメの巧みな錬成技術に感心しながら少々調子に乗るコウスケ

 

「ぬぅ~受けてみよ!烈闘破鋼棍!……うんこれかなりいい感じだ。ありがとう南雲」

 

「どういたしまして。それより注意しよう。お約束な出来事がよく起きる世界だ。要人を救出したらボスが出てきそうだからね」

 

 かなり気に入ったようで嬉しそうに笑うコウスケ。そばで見ていた女子生徒達はその笑顔を見て頬を赤らめ男子生徒達は専用武器を羨ましそうに、ユエとシアは苦笑し愛子は仲の良い2人を微笑みながら見守り、リリアーナは只々ボーっとコウスケを見つめていた。

 和やかな雰囲気で意気揚々と進む一行。だが、事はそう簡単には進まない。再度、ユエの魔法で滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎するものがいたからだ。

 

「グゥルルルル」

 

 低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する……それはまさしく“竜”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一応補足説明です。新調された地卿の形はきりたんぽやクインケ・ドウジマの小さい感じがイメージに近いです。
前までは大槌でダークソウルのグラントがモデルになっています。

…使う機会は少ないですけどね
という訳で限られた時間を使って北斗かサヴァイブでも楽しんできます


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黒キ龍ト踊ル

戦闘模写がうまくできませーん。
どうしても原作のようにうまくいきませーん
チクショー!うまくなりたいですぅ!

もっと他の場面で頑張るようにします


 

その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。

 空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

 

 その圧倒的な威圧感に蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。

 

 その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

 

キュゥワァアアア!!

 

「ッ! 退避しろ!」

 

 不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。その音にハジメは危機感を覚えすぐに一足飛びで退避し、ユエとシアも続く。だがそのハジメの警告に反応できないものが多数、救出対象のウィルとハジメ達についてきた愛子たちだ。コウスケはそんな彼女たちに前に進み出た。

 彼女たちは驚きの余り逃げることができない。なら盾である自分が守り切ればいい。幸いにも全員が突然のことに硬直しひとまとめになっているので守るのはたやすい。

 

「下手に動かないでそこでじっとしていて」

 

「え…コウスケさん?」

 

 驚いたようなリリアーナが呟くも言葉は返さず腕を前に出し守護を展開する。今まで数々の攻撃を防いできたのだ。だから、この程度の攻撃など問題ない

 

”南雲、先生たちは俺がどうにかする。ブレスが終わった後は頼んだぞ”

 

”コウスケ!正気!?”

 

”俺がやらなかったらこの人たち消し炭になるだろ?…なんだ南雲もしかして俺がたかだか龍のブレスに負けると思ってんじゃないだろうな?”

 

 不敵な笑みを浮かべるコウスケ。守護がさらに青く輝く光の壁が愛子たちを守るように覆っていく。その直後に竜からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれた。音すら置き去りにして一瞬でコウスケの”守護”に直撃する

 

「ぬぅ!うぉおおおお!!」

 

 気合の雄たけびをあげ踏ん張るコウスケ。予想以上のブレスの威力に一瞬驚くが負けじと”守護”の硬度をあげるよう魔力を注ぎ込む。その魔力に応えるように”守護”はさらに光を放ち始める。

 

「おおおおお!!舐めるなぁ!こっちはディフェンスに定評のあるコウスケさんだぞ!!」

 

(ははっ!全く盾役っていうのも大変だなこりゃ!)

 

 吠えるように気勢をあげ内心では悪態をつきながらも黒龍のブレスを防ぐコウスケ。光の壁は壊れる気配はないがじりじりとコウスケが後退していく。ブレスの威力に押し出されつつあるのだ。地面には、コウスケの踏ん張る足で抉られた跡がある。

 

(クッソ!断続的な攻撃にも耐えるような訓練をしておけばよかったな!)

 

 今までの訓練では瞬間的な攻撃を防ぐようなものばかりだったので、自分の修行不足に思わず悪態をつく。とその時不意に背中に柔らかな感触が伝わった。チラリと肩越しに振り返れば、何と、愛子ががコウスケの背中に飛びついて必死に支えているのだどうやらコウスケがブレスを抑え込んでいる間に正気に戻り支えになろうと飛び込んできたらしい。それを見て、愛子や生徒達やウィルもコウスケを支えるため慌てて飛び出してきた。

 その行動に合わせるかのように耳に心地よい声がコウスケに聞こえてきた。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず! “聖絶”!」

 

「…へ?」

 

 毅然とした詠唱と共に輝く障壁がドーム状となってコウスケの達全員を包み込んだ。そのおかげか押し出されていくのが止まる。いきなりのことで気の抜けるような声を出した。コウスケが肩越しに後ろを振り向くと、そこには冷や汗を流しながらも魔法を維持しているリリアーナの姿があった。

 

「コウスケさんだけにっ…無理を…させる訳には…」

 

 轟音にかき消されながらも聞こえたのは、コウスケを助力しようとする声だった。その声に心遣いにコウスケのテンションが上がっていく。

 

「はっ!ははは!あっはははははははは!!オイオイ皆頑張っているんだったら、俺も踏ん張らないとなぁ!!!」

 

 豪快に笑いながらブレスを抑え込むコウスケ、そこに待望の赤黒い光が黒龍に直撃する。ハジメのシュラ―ゲンだ。コウスケにとっては長い時間だったがどうやらあまり時間は過ぎていないようである。ブレスをやめ攻撃してきたものを探す黒龍に今度はユエの重力魔法が炸裂する。

 

「グルァアア!!」

 

 もがき咆哮をあげる黒龍を確認したコウスケは、”守護”を解き後ろにいた者たちに声をあげる。

 

「よし!南雲達が相手をしている間に退避をするぞ!」

 

 しかし……生徒達が怒涛の展開にようやく我を取り戻したのか魔法の詠唱を始めた。加勢しようというのだろう。早々に発動した炎弾や風刃は弧を描いて黒竜に殺到する。

 

「ゴォアアア!!」

 

 体制を整えた黒竜の咆哮による衝撃だけであっさり吹き散らされてしまった。しかも、その咆哮の凄まじさと黄金の瞳に睨まれて、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りし、女子生徒達に至っては尻餅までついている。

 

「おい!なにヘイト稼いでんだよ!自分たちの実力差ぐらい把握してくれよ!」

 

 混乱している生徒たちがまさか実力差が分からず応戦するとは思わず舌打ちをするコウスケ。しかしそれも仕方ないかとすぐに頭を切り替える。ただでさえ実戦の経験が少ないうえに圧倒的な威圧感を放つ敵が現れたのだ。パニックになった人間が予想もつかないことをするのは仕方のないことだった。

 案の定ウィルに向かって先ほどからハジメ達に攻撃されているのにもかかわらず火炎弾を撃ち放つ黒龍。

 

「ああもう!本当に仕方ねえな!」

 

 ”誘光”を使い火炎弾を自分の方に飛来させ”守護”を使いかき消す。その後すぐにリリアーナと愛子にこの場から離れるように声を張り上げる。愛子は逡巡するもリリアーナはすぐに生徒たちに声をかけ離れるように促す。自分たちはここにいてはコウスケたちの邪魔になるとすぐに理解したのだ。

 

 その様子にやれやれと思いつつも戦えない者たちから離れさっきからウィルに向かって放たれる火炎弾を自分に引き寄せるコウスケ。その時ハジメから念話が届いた

 

”コウスケ忙しい所悪いけど頼んでもいいかい”

 

”なんじゃらほい?”

 

”この黒龍さっきからウィル・クデタを狙っているみたいなんだ。だからユエと一緒に守りを頼む。こいつは僕一人でも問題ない。教会や国に強硬策をとれないように先生に僕の実力を見せつけたいんだ”

 

”……確かにあの図体ならさほど問題なさそうだが…まったく…了解”

 

 ハジメの願い通りウィルの前に移動するコウスケ。先に氷の城壁を作っていたユエと合流し”守護”を展開する。2重構造になった壁に安堵の息を吐く生徒達。取りあえずこれで問題ないかと息をつき先ほどから一人で戦っているハジメに注視する。

 

 ハジメは空を”空力”で駆りながら銃撃で黒龍を追いつめている。黒龍の攻撃を鮮やかに回避し、わずかな隙を狙って反撃する。ある時は接近して蹴りをたたき込み、またある時は手榴弾を使い一気に叩き込む。黒龍の反撃の火炎弾を縫うように回避し縦横無尽に空を駆けるハジメは、いつしか残像すら背後に引き連れながら、ヒット&アウェイの要領で黒竜をフルボッコにしていく。

 

「…羨ましい…」

 

 そのあまりにもかっこいい姿にコウスケは自分の戦意が高まっていくのを感じた。正直竜と戦うその姿はあまりにもかっこよく羨ましいのだ。いつしか無意識のうちに声が漏れていた。

 

「…コウスケ」

 

「ユエ?」

 

「ここは任せて」

 

 どこか胸を張るようなユエ。ここの生徒たちは任せろとユエは言う。それはつまり、ハジメと一緒に黒龍と戦っておいでと言っているのだ。ユエはハジメが負けるとは微塵にも思っていない。だが隣に目を輝かせ参戦したさそうにしているコウスケが微笑ましくなったのだ。

 

「それは…嬉しいけど、もし何かあったら」

 

「コウスケさんここは私もいるから大丈夫ですよ」

 

 いつの間にかシアが隣でコウスケの後押しをしている。実は最初の方でハジメと一緒に黒龍と戦っていたのだが黒龍に遠く吹き飛ばされていたのだ。幸いドリュッケンを盾にしたので傷もなかったのだが、慌てて戻ってき時ユエからハジメの意図を聞き一緒に護衛と観戦をするようだ。

 

「2人がいるのなら大丈夫か…うん。ありがとう2人とも」

 

 2人に感謝をし風伯を構えさて突撃しようか足に力を入れたとき声がかけられる。

 

「コウスケさん…貴方が負けるとは思いませんけど、どうか、気を付けてください」

 

「…リリアーナさん。ははっ大丈夫ですよ。これでも結構鍛えていますから」

 

 リリアーナはどこか心配するようにコウスケを見つめてくる。先ほど黒龍のブレスを防いで強さを見せたのに心配してくるとは変わっていると思いつつも誰かに見送られのはそれもそれでいいかと苦笑するコウスケ。リリアーナの不安を明るく吹き飛ばす様に返事をし、黒龍の方へ突撃する。その背中をリリアーナは静かに見つめていた

 

 

 

「ヒャッハーーー!」

 

 奇声を上げながらハジメのいる上空に注意を向けていた黒龍の前足辺りを風伯を大きく振りかぶり切り付ける。コウスケのテンションが高いためか又は風伯に乗せている風の力が強力になったのか、黒龍の鱗ごと大きく切り裂かれていき、血が出てくる

 

「ゴォアアア!!」

 

(あ!やべぇ!!)

 

 風伯の余りにも切れ味のよさにビビり一瞬硬直するコウスケ。流石に操られているとはいえ”彼女”に傷をつけるのはマズい。その隙を狙うかのように黒龍の爪が襲い掛かってくる。何とか動揺を振り払い、守護を出し爪を防ぐ。安堵した瞬間ハジメからの念話が届いてくる。

 

”ちょっと!なんで参戦するの!さっき僕一人で戦う説明したはずだよね!?”

 

「うるせぇ!お前ひとりだけモンスターハンター(リアル)を楽しんでいるんじゃねぇよ!」

 

「えぇー」

 

 なにやら呆れたような声が聞こえたが結局の理由は龍と戦うハジメが羨ましくかっこいいからだったのだ。そのまま爪を防いでいると黒龍の背中にハジメのレールガンが容赦なく当たる。くぐもった唸り声を上げる黒龍に今度はコウスケが地卿を思いっきり振り上げ前足の先端つまるところ爪付近に地卿を振り下ろす。

 

「ハッハー!足の小指の先を殴られるのはどうだ!痛いだろう!」

 

「性格悪!」

 

 コウスケの宣言通り痛みに呻く黒龍。その隙を逃さずハジメがドンナー・シュラークで爪、歯茎、眼、尻尾の付け根、尻という実に嫌らしい場所を中距離から銃撃する。切れた黒龍がハジメに火炎弾を放つが、不規則な軌道をしすべてコウスケの方へ向かっていく

 

「オイオイ!南雲ばっかり構ってないで俺にも構ってくれよ!」

 

 コウスケの誘光が全ての火炎弾を引き寄せていく。すかさず守護でかき消しまた地卿を振り上げ黒龍へ突貫する。コウスケのあらん限りの力で振るわれる地卿はすさまじい音を立て黒龍の脚にダメージを与える。地卿の打撃力があるのだろうか黒龍の鱗は徐々にボロボロになっていく。

 

「クルゥ、グワッン!」

 

 コウスケの遠慮のない打撃とハジメの隙をつくような銃撃に確実に黒竜の声に泣きが入り始めている。鱗のあちこちがひび割れ、口元からは大量の血が滴り落ちている。

 

「凄い……」

 

 2人の戦闘を見ていたリリアーナが思わずと言った感じで呟く。言葉はなくても、他の生徒達や愛子も同意見のようで無言でコクコクと頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容にガクブルしていたとは思えないほど目を輝かせて食い入るようにハジメとコウスケを見つめている

 

「この調子なら問題なさそうですぅ」

 

「…シア、念のためいつでも動けるようにして」

 

「?分かりました」

 

 シアの胸を張るような言葉に少しばかり考えたユエはいつでも戦闘ができるようにシアに頼み込む。何故だか嫌な予感がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゥガァアアアア!!!」

 

「うぉおおお!!」

 

 それは偶然か必然かユエがシアに頼み込んだ直後になんと黒龍によってコウスケは思いっきり吹き飛ばされてしまった。順調に打ちのめしていると気が緩んだ瞬間だった。“窮鼠猫を噛む”という諺があるように、黒龍の咆哮と共に凄絶な爆風と尻尾による体全体のあらん限りの力を持った強力な一撃で木をなぎ倒しながら吹き飛ばされていくコウスケ。

 

ドゴンッ!!

 

「ぐっ……ふぅーちっと油断しちまったか」

 

 大きな巨木に当たりやっとで止まったコウスケ。すごい音がしたが、多少打撲痕があるだけで体は問題ない。つくづく異様に強くなったなと自分の身体に感心しているとハジメから焦ったような念話が届いた。

 

”コウスケ平気!?”

 

”平気だ!あーこういう時は流石コウスケさんだ。問題ないぜ!っていうべきか?”

 

”どうやらそんな阿保なことを言えるってことは平気みたいだね…全く心配させないでよ”

 

”はっはっは、メンゴメンゴ”

 

”はぁー…こっちはさっさと終わらせるから早く戻ってきてね”

 

”ウェーイ”

 

 立ち上がり体のあちこちを見るがやはり問題はなさそうだ。なぎ倒されている木々を見ながら戻ろうかとするコウスケ。しかし、先ほどのハジメとの会話が何か引っかかったのだ。なんだろうと首をかしげてすぐに気づいた

 

(終わらせる…終わらせるってつまりとどめを刺すってことで…あ。ヤベェ!)

 

 この次に起こる悲劇?に気付き急いで戦闘場所へ戻るコウスケ。しかしすべては手遅れだった。

 

“アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!”

 

“お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~”

 

 倒れ伏す黒龍、その後ろでパイルバンカーを黒竜の“ピッー”に突き刺しているハジメ(顔は驚愕の表情を浮かべている)そんなハジメにジト目な視線を投げるユエとシア。顔を青ざめている非戦闘者たち。そして悲しげで、切なげで、それでいて何処か興奮したような声。

 

「はぁーーーーやりやがったなアイツ」

 

 どこか遠くを眺めたくなるようなそんな光景にコウスケは深い溜息を吐くのだった。

 

 

 

 




取り合ずこんな感じです
感想お待ちしております


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黒龍の正体

ひっそり投稿!
ヒャッハーー!!とテンションをあげて文章を書くのが楽しいです。
でも時間が足りぬ!もっと休日がほしいです

勢いとノリで書き上げ投稿しているので後で少しばかり修正するかもです。


“ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~”

 

 北の山脈地帯の中腹、薙ぎ倒された木々と荒れ果てた川原に、何とも情けない声が響いていた。声質は女だ。直接声を出しているわけではなく、広域版の念話の様に響いている。竜の声帯と口内では人間の言葉など話せないから、空気の振動以外の方法で伝達しているのは間違いない。

 

「…コウスケ、もしかしてこいつは」

 

「ああ、きっとその考えで合ってるな…お前、竜人族か?」

 

 “む? いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ? 凄いんじゃぞ?だからの、いい加減お尻のそれ抜いて欲しいんじゃが……そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら……大変なことになるのじゃ……妾のお尻が”

 

 ハジメの驚いた声に確信を持ちながらコウスケが質問するとあっさりと黒龍は自分が竜人族だと認めたのだ。コウスケのそばではユエが好奇心に満ちた目で黒龍を見ている。ユエにとっても竜人族は伝説の生き物だ。自分と同じ絶滅したはずの種族の生き残りとなれば、興味を惹かれるのだろう

 

「その杭を抜いてほしいなら質問に答えてくれるか。じゃないとその杭をさらにぶち込む羽目になる…この南雲が」

 

「なんか嫌な役を僕に押し付けようとしていないコウスケ?」

 

「あのなぁ、あんな太くて凶悪で長い杭をぶち込んだのはお前なんだぞ。自分のやったことは自分で責任を持つんだ南雲」

 

”何でも構わんから早う質問してくれないかのぅ…じゃないと妾のお尻が…大変なことに~”

 

 なんとも珍妙なことになりながらもいくつか質問するハジメとコウスケ。結果わかったことは

 

1 竜人族の仲間が、数ヶ月前に大魔力の放出と異常な何かがこの世界にやって来たことを感知した。この黒龍はその事を調べるため単身調査に乗り出した。

 

2 休憩のため山の中腹で黒龍の状態で休んでいたら黒いローブを着た少年が一日かけて闇魔法を使い洗脳されてしまった。

 

3 黒ローブの少年に従わされ魔物の洗脳の手伝いをされていたところ山の調査に来ていたウィルたち冒険者を発見、洗脳のことを知られては不味いと判断した黒ローブに差し向けられた

 

4 気が付いたらフルボッコにされて尻に異物を挿入されていた

 

 という事らしい。とそこまで話していた黒龍に激情に身を任せた声が発せられた。ウィルだ。

 

「…ふざけるなよ。洗脳されていたからってあの人たちを殺したのは仕方ないとでも言うつもりか!」

 

拳を握りしめ、怒りをを宿した声で黒龍を睨みつける。どうやら、状況的に余裕が出来たせいか恩人の冒険者達を殺されたことへの怒りが湧き上がったらしい。激昂して黒竜へ怒声を上げる

 

 

“……”

 

 対する黒竜は、反論の一切をしなかった。ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止めるよう真っ直ぐ見つめている。その態度に少々落ち着きを取り戻しながらも絞り出す様に声を出す

 

「…分かっていますよ…恐らくあなたの言っていることが本当だってことは…それでも、あの人たちを殺したってことは変わりないじゃないですか…」

 

 親切にしてくれた先輩冒険者達の無念を思いだし悔しそうに顔をゆがめるウィルを見て、黒竜が懺悔するように、声音に罪悪感を含ませながら己の言葉を紡ぐ。

 

“操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置はできんのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、どうかこの場は見逃してくれんか”

 

 

 黒竜の言葉を聞き、その場の全員が魔物の大群という言葉に驚愕を表にする。自然と全員の視線がハジメに集まる。このメンバーの中では、自然とリーダーとして見られているようだ。実際、黒竜に止めを刺そうとしたのはハジメなので、決断を委ねるのは自然な流れとなったのだろう。

 

 そのハジメの答えは、

 

「お前の都合なんて僕が知るわけないじゃないか。運が悪かったと諦めてくれ」

 

 そういって溜息を吐きながらさらにパイルバンカーの杭をねじ込もうとする。

 

“待つのじゃー! お、お主、今の話の流れで問答無用に止めを刺すとかないじゃろ! 頼む! 詫びなら必ずする! 事が終われば好きにしてくれて構わん! だから、今しばらくの猶予を! 後生じゃ!”

 

 ハジメは冷めた目で黒竜の言葉を無視し杭をねじ込もうとするだがそれはかなわなかった。ユエがハジメの腰にしがみついたのだ

 

「……殺しちゃうの?」

「え? いや、そりゃあ殺し合いしたわけだし……」

「……でも、敵じゃない。殺意も悪意も、一度も向けなかった。意志を奪われてた」

 

 どうやら、ユエ的には黒竜を死なせたくないらしい。ユエにとっては、竜人族というのは憧れの強いものらしく、一定の敬意も払っているようだ。

 

 そのままユエとハジメが話し続けるのを眺めていたコウスケは黒龍に近づいていく。ユエが説得をしている時点でこの黒龍を助けることは確定になる。そもそもコウスケはこの黒龍を殺す気はない。

 それならばさっさと助けた方が良い、とそこまで考えたときふいに視線を感じた。視線の正体はハジメだった。その目はどこか迷っているように見えた。やれやれと肩をすくめながら苦笑しハジメと2人その場にいる全員の死角へ歩き出す。

 

「どうした南雲」

 

「うん…正直迷っているんだ。アイツは僕たちを襲ってきた敵だ。でもユエは生かしてほしいって言ってる。…コウスケは?」

 

「…俺としては助けるべきだ。……操られていたからって敵とは言えないしな。それに何でもすると言ってるし」

 

「そうかな…敵は殺さないと…」

 

「やれやれ、いつからそんな物騒な考えを持つようになっちまったのかね?何でも殺していたらいつかお前は手遅れになっちまうぞ?」

 

「……」

 

「はぁー今は説教は無しだ。…なんかあっても俺がいる。だから、大丈夫だよ()()()

 

「…うん」

 

 ハジメの背中をバシバシと叩きケラケラと笑う。そんなコウスケにハジメは複雑そうな顔をしてそれでも数秒後にはいつもの顔になり黒龍に助けるという事を伝える。すると黒龍は嬉しそうに声をあげた

 

”それはよかった。このままだと妾、どっちにしろ死んでおったのじゃ”

 

「ん? どういうことだ?」

 

“竜化状態で受けた外的要因は、元に戻ったとき、そのまま肉体に反映されるのじゃ。想像してみるのじゃ。女の尻にその杭が刺さっている光景を……妾が生きていられると思うかの?”

 

 その場の全員が、黒竜のいう光景を想像してしまい「うわ~」と表情を引き攣らせた。特に女性陣はお尻を押さえて青ざめている。

 

“でじゃ、その竜化は魔力で維持しておるんじゃが、もう魔力が尽きる。あと一分ももたないのじゃだから済まぬ…早く抜いてたもぉ”

 

 その弱弱しい声音から本当に限界が近いようなので、コウスケが力を込めて杭を抜こうとするが深く刺さっているのかなかなか抜けない

 

「ぐっ!?これ抜けないな…おい南雲!お前どんだけ深く刺したんだよ!」

 

”あひんっあっぅう”

 

「あ~ごめん実はこれ…先端がドリル状になっているんだ」

 

”ひゃう…そんなに力強くしないでほしぃのじゃ”

 

「はぁ!?お、お前なんて恐ろしいもんをぶち込んだんだ!?」

 

「仕方ないじゃないか!パイルバンカーにドリルの組み合わせはロマンだってコウスケ言っていたでしょ!」

 

「確かに言っていたかもしれないが…だからと言ってこれは…」

 

”はあん!そんなにぐりぐりしないで~…もうだめ…変身が…解ける”

 

「わ!わわ!!待て、待ってくれ!流石に女の尻から杭の生えた死体なんて俺は見たくねえぞ!南雲手伝え!刺したお前が何でやらねえんだ!」

 

「だってさっきから変な喘ぎ声が聞こえるし…あんまりかかわりたくない」

 

「そうなった原因はお前だっての!ああもう!”快活”これで少しはもってくれるよな!」

 

”おお~なんか気持ちが落ち着くのじゃ~体力や魔力が回復する~あぁ~~癒されるぅ~”

 

「はぁーわかった手伝うよ…そらっ」

 

”はぁーん!さっきと違ってなんて遠慮のない力の入れ方じゃ…アメとムチ…これはこれで…”

 

「まだ半分しか抜けてねぇ…ドリルってここまで抜けない構造してたっけ?」

 

「…コウスケ、僕達のドリルは天元突破するんだ!」

 

ズドムッ!

 

”あひぃーーーー!そんなに突き刺さないでほしいのじゃ!気持ちよすぎて…意識が…”

 

「ば、馬鹿野郎!お前なんでまた突き刺してんだ!?え?ええ!?南雲、お前ア○ル趣味だったの!?」

 

「突き刺して思いっきり引き抜いたらスポって抜けるかなって…」

(…あとちょっとした八つ当たり)

 

「んなわけねぇだろうが!…尻の穴に挿入なんて2次元だけでやってくれよ…あれは2次元だから許されるんだろうが…俺はノーマルなんだぞ…」

 

何やかんやと騒ぎながら少しづつ杭を抜く2人。最後は2人で力を合わせ一気に引き抜く。

 

「ファイト―!」

 

「いっぱーーーつ!」

 

ズボッ!!

 

“あひぃいーーー!! す、すごいのじゃ……こんなに気持イイのは…生まれて初めて……”

 

 そんな訳のわからないことを呟く黒竜は、直後、その体を黒色の魔力で繭のように包み完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていく。そして、ちょうど人が一人入るくらいの大きさになると、一気に魔力が霧散した。

 

 黒き魔力が晴れたその場には、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女がいた。

 腰まである長く艶やかなストレートの黒髪が薄らと紅く染まった頬に張り付き、ハァハァと荒い息を吐いて恍惚の表情を浮かべている。

 

 見た目は二十代前半くらいで、身長は百七十センチ近くあるだろう。見事なプロポーションを誇っており、息をする度に、乱れて肩口まで垂れ下がった衣服から覗く二つの双丘が激しく自己主張し、今にもこぼれ落ちそうになっている。シアがメロンなら、黒竜はスイカでry……

 

 黒竜の正体が、やたらと艶かしい美女だったことに特に男子が盛大に反応している。思春期真っ只中の男子生徒三人は、若干前屈みになってしまった。こまま行けば四つん這い状態になるかもしれない。女子生徒の彼等を見る目は既にゴキブリを見る目と大差がない。

 

「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……それより全身あちこち痛いのじゃ……ハァハァ……痛みというものがここまで甘美なものとは……」

 

 何やら危ない表情で危ない発言をしている黒竜は、気を取り直して座り直し背筋をまっすぐに伸ばすと凛とした雰囲気で自己紹介を始めた。まだ、若干、ハァハァしているので色々台無しだったが……

 

「面倒をかけた。本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

 ティオ・クラルスと名乗った黒竜は、次いで、黒ローブの男が、魔物を洗脳して大群を作り出し町を襲う気であると語った。その数は、既に三千から四千に届く程の数だという。何でも、二つ目の山脈の向こう側から、魔物の群れの主にのみ洗脳を施すことで、効率よく群れを配下に置いているのだとか。

 

 魔物を操ると言えば、そもそもハジメ達がこの世界に呼ばれる建前となった魔人族の新たな力が思い浮かぶ。それは愛子達も一緒だったのか、黒ローブの男の正体は魔人族なのではと推測したようだ。

 

 しかし、その推測は、ティオによってあっさり否定される。何でも黒ローブの男は、黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。それに、黒竜たるティオを配下にして浮かれていたのか、仕切りに「これで俺は…やっとで…」等と口にし、随分と焦っているようだったという。

 

 黒髪黒目の人間族の少年で、闇系統魔法に天賦の才がある者。ここまでヒントが出れば、流石に脳裏にとある人物が浮かび上がる。愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。限りなく黒に近いが、信じたくないと言ったところだろう。

 

 とそこでハジメが突然声をあげた。どうやらティオの話を聞いてから無人偵察機を出し魔物の群れを探していたらしい。そこで無人探査機の一機がとある場所に集合する魔物の大群を発見した。その数は…

 

「へぇ、これは三、四千ってレベルじゃないね。桁がもう一つ追加されるレベルだ」

 

 ハジメの報告に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始しているようだ。方角は間違いなくウルの町がある方向。このまま行けば、半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。

 

「は、早く町に知らせないと!」

 

「愛子さん落ち着いてください!まずは人を避難させて、それから王都から救援を呼んで……」

 

 事態の深刻さにリリアーナと愛子が必死に考えを巡らせ慌てている中ハジメたちは下山の準備をしていた。今は、慌ててもどうにもならないのだ。案の定、パニックになった生徒たちがハジメ達ならどうにかできるのではないかと騒ぎ始めたので一言

 

「何でもいいけどまずは町についてからでは?」

 

 とコウスケが威圧を振りつつ話しかけたら騒いでいた連中は何も言えなくなった。そこで比較的冷静なリリアーナが何にせよ町に戻ることを提案したので、下山することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャッハハァァアアーーーーーー!!!!バイクもいいが!四輪駆動も中々乙って奴だな!!さぁ飛ばすぜ!!」

 

「ま、町に急いでと言ったのは私ですけどぉぉぉ!こんな速度で運転しないでくださいぃぃぃぃい!!!」

 

「あんだって!もっとスピードを出せってか!?ウッヒョウ!!流石先生さんだ!行くぜ行くぜ!」

 

「ちょっと先生!コウスケを焚き付けないでくださいよ!ああもうさらに速度が上がったじゃないですか!」

 

「そ、そんな事言ったって!!!ひゃぁぁあああ!!!」

 

「~~~♪」

 

「ユエさん…どうして貴女はそんなに平気…うぷっ」

 

「だ、駄目ですぅ!リリアーナさん吐かないでくださいですぅ!ここで吐いちゃったら女の子として大事なものがなくなりますぅ!!」

 

「…私はここで…死ぬのだろうか…父さん、母さん…先立つ不孝をお許しください…私はどうやら…ここまでです…ガクッ」

 

 魔力駆動四輪が、異常な速度で帰り道を爆走し、整地機能が追いつかないために、席に座っている人たちは飛び上がるような揺れを、天井に磔にしたティオには引切り無い衝撃を、荷台の生徒達はミキサーの如きグチャグチャになっていた。

 

 原因は言わずもがなコウスケである。さっさと下山した一行は、すぐにウルの町へ向かうため急いで四輪駆動に乗ったのだ。ここまではよかった。しかしいざ運転をハジメがしようとすると即座にコウスケが運転席に乗り込んでしまったのだ。

 そのままニヤけるコウスケに嫌な予感がするも、自分では止められないと判断、案の定全員が乗り込んで席に着いた人たちがシートベルトを着用したのを確認するといきなり全力で爆走したのだった。

 

「クッソーー!!ここで音楽が鳴っていれば完ぺきだったのに!南雲!なんかCDはないのか!」

 

「あるわけないでしょ!」

 

「だよな!仕方ねぇ!アカペラで歌おうかな!?」

 

「やめろ!」

 

「うぅ…南雲君。あ、天之河…君?…それとも…コウスケさん?なんかもうどうでもいいです…とにかく彼の運転を止めてくださいぃぃ…このままでは吐きそ…うぇ」

 

「んもぉー急いでって言ったのは先生さんじゃないですかぁー注文通りにしたのにぃー」

 

「…コウスケこのままだと車内がゲロまみれになりそうなんだけど」

 

「ふっふっふ大丈夫だって。私にいい考えがある!」

 

「はぁーーー」

 

溜息を吐きながらも揺れる車内を見回すハジメ。愛子は顔が青くなりリリアーナも同様だ。シアは吐きそうなリリアーナの背中をさすり天井にはりつけにされているティオは…あんまり見たくはない。救助者のウィルはどうやら気絶したようだ。……なぜかユエ一人だけがかなり楽しんでいるようで上機嫌で鼻歌を歌っている。荷台の方は…興味なし。汚れているようだったらあとで徹底的に掃除をさせるつもりだ。

 

 悲惨な状況になっている車内でハジメは一人深い溜息をついたのだった。

 

 




取りあえずにぎやかなコメディはここら辺までかもです
次はいよいよシリアスで真剣な話になるかも…おまけにストックが底を付きました。ヤバイ!

所で荒野を駆ける車というのはなんであんなにテンションが上がるのでしょうか?
北斗が如くのバギーを運転しているとテンションが上がって仕方ないのです。

いつも誤字脱字ありがとうございます

感想お待ちしています…本当に感想クレクレ厨になってしまった…ort


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防衛戦準備

今日最後の投下です。

悲しいお知らせです。遂にストックが底をつきてしまいました。
これから投稿が遅くなるかもしれません。できる限り早く投稿できるように頑張ります。


 

 ウルの町に帰還する途中で愛子親衛隊がいたが華麗にスルーし何やかんやで ウルの町に着く一行。すぐさまコウスケは車内の全員に快活を使った。そのおかげで今にも吐きそうだった人たちは急に体調がよくなったことにかなり複雑そうな顔をしていた。その事に胸を張りドヤ顔をするコウスケ。

 

 ハジメは愛子の注文通りにウルの町についたので愛子たちを下ろしてウィルをフューレンへ送ろうとしたが、ウィルがすぐに町長の居る所へ飛び出していったため仕方なく後を追いかけた。

 

 町の中は、活気に満ちている。料理が多彩で豊富、近くには湖もある町だ。自然と人も集う。まさか、一日後には、魔物の大群に蹂躙されるなどは夢にも思わないだろう。ハジメ達は、そんな町中を見ながら、そう言えば昨日から飯を喰っていなかったと、屋台の串焼きやら何やらに舌鼓を打ちながら町長のいる町の役場へと向かった。

 

「……コウスケ?入らないの?」

 

「ちょっとこういうお偉いさん方がいるところは苦手でな……頼んでもいいか?」

 

「はぁ……分かったよ。そこで待ってて」

 

 愛子達の後を追うようにハジメが役場へ入る中コウスケは入り口で待っていることにした。これから愛子がウルの町に来る魔物の大軍をハジメにどうにかしてほしいと頼むことを知っているからだ。

 

 その時自分がいたらややこしいことになるかもしれない。それなら関与しないようにするのが一番と判断した。ついでにティオとイレギュラー(本来居ない筈)であるリリアーナも入らないようにしておく。2人は訝し気な顔をしたがコウスケの話したいことがあるという声で留まってくれた。

 

「コウスケさん? いったい何を考えて……」

 

「ちょっとした悪だくみ……冗談です。王女であるリリアーナさんや便宜上勇者の俺が出てくるともっと面倒になりますからね。ここにいた方が面倒が無くなって良い」

 

「しかし、今はそんなことを言っている場合では……」

 

「大丈夫ですよ。なんだかんだで南雲はこの街を救うことになります」

 

「む? 随分と確信を持った言い方をするのぅ。あの様子では町を救う為に行動するとは思えないんじゃが」

 

 ハジメがさっさと依頼を終わらせるため町から抜けようとしていたのを知っているため疑惑の目を向けるティオと不思議そうな顔をするリリアーナ。そんな2人に苦笑するコウスケ。確かに今の説明では説得力がないだろう

 

「畑中さん……先生さんが南雲を説得してくれるはずなんですよ。その時ヘンにこじれないように俺達はここにいた方が良いってことです……それよりもだ、ティオ、さっき言った何でもするって言葉は本当?」

 

「む? うむ、このティオ・クラウス約束を違える気はないのじゃ」

 

 コウスケの言葉に面食らいながらも頷くティオ。それを見たコウスケは腰にあるバックパックに入っている試験型神水……コウスケがとっておいたものだ。まだ数本残ってある……をティオに渡した。不思議そうに受け取るティオにコウスケは説明する。

 

「ふむ? これは?」

 

「魔力と体力が回復する薬……ティオ。魔力が回復すればある程度は多数の魔物の相手をできるって話だよな?」

 

「うむ。確かに魔力が回復すれば問題はない……という事は……」

 

「ああ、こいつを使って南雲達と一緒に暴れてほしいんだ。」

 

「……? ではコウスケさんはどうするんですか?」

 

 首をかしげるリリアーナ。その言い方だとコウスケは参加しないと言っているようなものだ。

 

「俺か? ……悲しいけど能力的に多数を相手にするのは向いていないんだよなーそれにちょっと試したいこともあるし……何より俺達にはちゃんと役割っていうものがあるんだ」

 

 寂しげな表情を浮かべたがすぐに不敵な笑みを向けるコウスケ。と同時にハジメ達が役所の中から出てきた。

 

「お疲れ南雲。んでどうだった?」

 

「……先生に説得されてこの街を助けることになった。……コウスケもしかしてこうなることを予測していたの?」

 

「さてな。……悪かった。そんな感じがしていたんだ。だからそんなジト目で俺を見るなよ…まったくティオみたいに興奮したらどうするんだよ」

 

 くねくねしながら笑うコウスケに深く溜息を吐きながらウルの町を助ける算段を考えるハジメだった

 

 

 

 ウルの町。北に山脈地帯、西にウルディア湖を持つ資源豊富なこの町は、現在、つい昨夜までは存在しなかった“外壁”に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。

 

 この“外壁”はハジメが即行で作ったものだ。魔力駆動二輪で、整地ではなく“外壁”を錬成しながら町の外周を走行して作成したのである。もっとも、壁の高さは、ハジメの錬成範囲が今現在は半径六メートル位で限界なので、思ったほど高くはない。大型の魔物なら、よじ登ることは可能だろう。一応、万一に備えてないよりはマシだろう程度の気持ちで作成したので問題はない。そもそも、壁に取り付かせるつもりなどハジメにはないのだから。

 

 

 町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと。当然、住人はパニックになった。町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられるものなどそうはいない。彼等の行動も仕方のないことだ。

 

 だが、そんな彼等に心を取り戻させた者がいた。愛子だ。漸く町に戻り、事情説明を受けた護衛騎士達を従えて、高台から声を張り上げる“豊穣の女神”。恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。畑山愛子、ある意味、勇者より勇者をしている。

 

 冷静さを取り戻した人々は、二つに分かれた。すなわち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。

 

 避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、“豊穣の女神”一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも、自分達の町は自分達で守るのだ! 出来ることをするのだ! という気概に満ちていた。

 

 

 現在コウスケはハジメと一緒に即席の城壁に腰かけぼんやりと空を眺めていた。傍らにはユエとシアも何も言わず静かに寄り添っている。

 

「なぁ南雲ー今回の防衛戦だけど俺参加できないからなー」

 

「……うん」

 

「……すまん。本当は一緒に暴れたいんだけどさ。どうしても多数を相手にするとお前たちの足を引っ張っちまう可能性があるからな……」

 

「気にしないでよ。……それより何か試したいことがあるんじゃないの?」

 

「……ばれてたかーまぁいいや、そこで俺の代わりにあの竜人族……ティオに参戦するように言っておいたからこき使ってくれ」

 

「一体いつの間に……まぁ戦力が増えるのはいいことか」

 

 そんなこんなで話しているうちに愛子と生徒達、リリアーナ、ティオ、ウィル、デビッド達数人の護衛騎士がやって来た。愛子は黒ローブの人物を殺さないで連れてきてほしいとハジメに頼み込む。その様子をぼんやりと見つめるコウスケにティオがこそこそと近づいてくる。

 

「ティオ? 何やってんの?」

 

「うむ。実はお主たちの旅に同行したいと思ってな……その、すまぬがハジメの許可を取るのに協力してほしいのじゃ……おそらく彼がこの一行のリーダーなのじゃろう?」

 

「ああそうだよ。……そっかついてくるんだな。これからよろしくティオ」

 

 コウスケが快く了承するのを満足気で頷き、愛子の話が終わったのを見計らって、今度は、ティオが前に進み出てハジメに声をかけた。

 

「ふむ。よいかな。妾もお主に頼みがあるのじゃが。聞いてもらえるかの?」

 

「……ティオか。何?」

 

 聞き覚えなのない声に、思わず肩越しに振り返ったハジメは、黒地にさりげなく金の刺繍が入っている着物に酷似した衣服を大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な双丘の谷間、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒した黒髪金眼の美女に、一瞬、訝しそうな目を向けて、「ああそういえば」と思い出したように名前を呼んだ。

 

「うむ。この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」

 

「ああ、そうだ」

 

「うむ、それで頼みというのは、妾も同行させてほしいのじゃ」

 

「……なんで?調査のために里を出てきたって言ってたよね?それはどうするんだ」

 

「その事についてなのじゃが、お主のそばにいた方が何かと効率がいいのじゃ。見たところやたらと騒動に巻き込まれているし、妾の女の勘が同行した方が良いと訴えるのじゃ」

 

「好きで騒動に巻き込まれているんじゃないんだけど…断る自分一人でやってくれ」

 

「何! むむむ……ならばただとは言わん! 妾のすべてを捧げよう! 身も心も全てじゃ! これならどうじゃ!」

 

「いらない。お前とはこの戦いが終わったらサヨナラだ」

 

「そんなバッサリと……仕方あるまい、コウスケ、援護を頼む!」

 

 ティオの言葉にハジメは親友を見る。まさかコウスケまで何を面倒なことを言うんだと若干とげのある言い方になる

 

「…コウスケ? 一体何を考えているの? 正気か?」

 

「南雲別にいいんじゃないか? ティオがそこら辺の魔物より強いのはこれから証明できるし役に立つと思うぞ」

 

「そういう問題じゃ…」

 

「よく言うだろ? 旅は道連れ世は情けってさ。多少のことは何とかなる。それに……竜人族ってなんかかっこいいじゃないか。龍なんてファンタジーの醍醐味だぞ!」

 

カラカラと笑うコウスケにハジメは言葉に詰まる。確かに龍という存在は胸が躍る。しかも仲間になるというのは魅力的かもしれない。がそれとして面倒ごとになりそうな予感がするのだ。

 

「俺のわがままだってのは分かるけどさ、連れて行こうよ。旅は楽しくなるぞ。確実に」

 

「……………………はぁ……分かったよ」

 

 

 長い沈黙の後息を吐き出すハジメ。薄々こうなる予感はしていたのだ。それにコウスケの頼み事は断れない自分がいる。仕方ないとばかりに苦笑しチラリとティオを見ると何やら顔を赤くしもじもじしていた。

 

「ティオ? 何やってんの?」

 

「ぬぬぬ……ハジメとコウスケがそろっているとあの強烈な快感を思い出して凄くお尻がムズムズするのじゃ……その悪いとは思うのじゃが思いっきり2人で妾をイジメてくれぬかのぉ」

 

「……は?」

 

「その、ほら、妾強いじゃろ?里でも、妾は一、二を争うくらいでな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃそれがじゃ2人ににボコボコにされたじゃろ?おまけに尻に打ち込まれた杭をコウスケは優しくじっくりとハジメは荒々しく乱暴に……あの飴と鞭の使いように妾はぞっこんになったのじゃ!」

 

 一人盛り上がるティオだったが、彼女を竜人族と知らない騎士達は、一様に犯罪者でも見るかのような視線をハジメとコウスケに向けている。客観的に聞けば、完全に婦女暴行である。「こんな可憐なご婦人に暴行を働いたのか!」とざわつく騎士達。あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオの様子に悲痛さがないからだろう。むしろ、嬉しそうなので正義感の強い騎士達もどうしたものかと困惑している。

 

「……つまりハジメとコウスケのせいで新しい扉が開いちゃった?」

 

「その通りじゃ! さあ早く2人とも‼ その内に眠る暴力を妾に対して遠慮なく放つのじゃ!」

 

「はぁ……」

 

 ユエが、嫌なものを見たと表情を歪ませながら、既に尊敬の欠片もない声音で要約すると、ティオが同意の声を張り上げる。その嬉しそうな様子に若干引き始めるコウスケ。気のせいかティオは内股になりとろんとした目をハジメとコウスケに向けてくる。

 

「コウスケ出番だ。僕がピンチな時は助けてくれるって言ってたよね」

 

「それとこれとは話が違うぞ南雲! そもそもこれはお前のせいだろうが! 調子に乗ってティオの尻に杭をぶち込んだお前が絶対的に悪い!」

 

「こんなことになるなんて予測できるはずないじゃないか! 大体コウスケだって杭を抜くとき楽しそうにしていただろ!」

 

「それはお前だろうが! いきなり尻の穴の開発を始めたお前にこっちはただ慌てるしかなかったわ!」

 

「2人とも責任のなすりつけ合いをしていますけど、ティオさんを目覚めさせたのは間違いなくお2人のせいだと思いますぅ」

 

「……ハジメはむっつり。コウスケはスケベ」

 

 ティオの尻の開発という言葉に。騎士達が、「こいつらやっぱり唯の犯罪者だ!」という目を向けつつも、戦慄の表情を浮かべる。愛子達は事の真相を知っているにもかかわらず、責めるような目でハジメを睨んでいた。両隣のユエとシアですら、「あれはちょっと」という表情で視線を逸している。

 

「ふふふ…そんなに嫌がることはないのじゃ…ただ妾に対してねっとりと罵詈雑言を浴びせ苛烈に暴力をふるってくれればそれでいいのじゃ…」

 

「うわわわ、そんなとろんとした顔でこっちに来ないで!南雲助けてくれ!俺はどうすればいいのかさっぱりわからん!」

 

「だからって僕の後ろに隠れようとしないでよ!って、ちょっと押さないでコウスケ!こっちに来るなティオ!」

 

 ティオが縋り、コウスケが怯え、ハジメがけん制する。それに護衛隊の騎士達が憤り、女子生徒達が蛆虫を見る目を2人に向け、男子生徒は複雑ながら嫉妬し、愛子が不純異性交遊について滔滔と説教を始め、何故かウィルが尊敬の眼差しをハジメとコウスケに向け、リリアーナは凄く不満そうにコウスケを見るそんなカオスな状況が、大群が迫っているにもかかわらず繰り広げられ、ハジメがウンザリし始めたとき、遂にそれは来た。

 

「! ……来たか」

 

 ハジメが突然、北の山脈地帯の方角へ視線を向ける。眼を細めて遠くを見る素振りを見せた肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、ハジメの“魔眼”には無人偵察機からの映像がはっきりと見えていた。

 

 

 それは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は、山で確認した時よりも更に増えているようだ。五万あるいは六万に届こうかという大群である。

 

 更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならプテラノドンだろうか。何十体というプテラノドンモドキの中に一際大きな個体がいる、その個体の上には薄らと人影のようなものも見えた。おそらく、黒ローブの男。愛子は信じたくないという風だったが、十中八九、清水幸利だ。

 

「来たぞ。予定よりかなり早いが、到達まで三十分ってところだ。数は五万強。複数の魔物の混成だ」

 

 魔物の数を聞き、更に増加していることに顔を青ざめさせる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に、ハジメは壁の上に飛び上がりながら肩越しに不敵な笑みを見せた。

 

「そんな顔をしないでよ、先生。たかだか数万増えたくらい何の問題もない。予定通り、万一に備えて戦える者は“壁際”で待機させてくれ。まぁ、出番はないけどね」

 

「そういう事です。先生さんはこの後のことだけを考えてください……貴女の役割はそこにあります」

 

「わかりました……君達をここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが……どうか無事で……」

 

 愛子はそう言うと、護衛騎士達が「ハジメに任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」という言葉に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。生徒達も、一度ハジメを複雑そうな目で見ると愛子を追いかけて走っていく。残ったのは、ハジメ達以外には、ウィルとティオ、リリアーナだけだ。

 

 ウィルは、ティオに何かを語りかけると、ハジメ達に頭を下げて愛子達を追いかけていった。疑問顔を向けるハジメにティオが苦笑いしながら答える。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういうわけで助太刀させてもらうからの。魔力はコウスケのおかげでほぼ満タンじゃし妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

 

 竜人族は、教会などから半端者と呼ばれるように、亜人族に分類されながらも、魔物と同様に魔力を直接操ることができる。その為、天才であるユエのように全属性無詠唱無魔法陣というわけにはいかないが、適性のある属性に関しては、ユエと同様に無詠唱で行使できるらしい。

 

 自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、ハジメは無言で魔晶石の指輪を投げてよこした。疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解する

 

「コレは……」

 

「念のために渡して置く……僕達と一緒に戦場に出るんだ。足手まといになってほしくないからね」

 

「うむ。心遣い感謝する。全力をかけて力になる事を約束しよう」

 

 そんな風に戦闘の準備をしていると遂に、肉眼でも魔物の大群を捉えることができるようになった。“壁際”に続々と弓や魔法陣を携えた者達が集まってくる。大地が地響きを伝え始め、遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始めると、そこかしこで神に祈りを捧げる者や、今にも死にそうな顔で生唾を飲み込む者が増え始めた。

 

 その緊張している町の人たちの姿を見てハジメはふと思いついた。コウスケを念話で近くに呼び寄せる。

 

”コウスケちょっとこっちに来てくれないか”

 

”? 南雲何を考えているんだ”

 

”ちょっとしたお遊びだよ……勿論コウスケも付き合ってよね”

 

”……あーそういう事か……セリフは任せたぞ”

 

 ハジメは錬成で地面を盛り上げながら即席の演説台を作成する。人々の不安を和らげようと思ったわけではなく、単純にパニックになってフレンドリーファイアなんてされたら堪ったものではないからだ。

 

 突然、壁の外で土台の上に登り、迫り来る魔物に背を向けて自分達を睥睨する少年達に困惑したような視線が集まる。

 

 ハジメは、全員の視線が自分とコウスケに集まったことを確認すると、すぅと息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!」

 

 いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。ハジメは、彼等の混乱を尻目に念話でコウスケにセリフを伝える。

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている“豊穣の女神”愛子様だ!」

 

 その言葉に、皆が口々に愛子様? 豊穣の女神様? とざわつき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子がギョッとしたようにハジメとコウスケを見た。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして“豊穣”と“勝利”をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、愛子様の剣だ! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」

 

 

 ハジメはそう言うと、虚空にシュラーゲンを取り出し、銃身からアンカーを地面に打ち込んで固定した。そして膝立ちになって構えると、町の人々が注目する中、些か先行しているプテラノドンモドキの魔物に照準を合わせ……引き金を引いた。

 

 紅いスパークを放っていたシュラーゲンから、極大の閃光が撃ち手の殺意と共に一瞬で空を駆け抜け、数キロ離れたプテラノドンモドキの一体を木っ端微塵に撃ち砕き、余波だけで周囲の数体の翼を粉砕して地へと堕とした。ハジメは、そのまま第二射三射と発砲を続け、空の魔物を駆逐していく。

 

 そして、わざと狙いを外して、慌てたように後方に下がろうとしている比較的巨大なプテラノドンモドキを、その上に乗っている黒ローブごと余波で吹き飛ばした。黒ローブは宙に吹き飛ばされて、ジタバタしながら落ちていった。

 

 魔物をどうにかするまで、黒ローブに愛子を引き合わせる暇はないので、取り敢えず一番早い逃げ足を奪っておこうという腹だ。撃ち落としたと聞いたら愛子が怒りそうだが、流石に、怪我をしないように気を遣うつもりなど毛頭ない。なるべく、離れている内に撃ち落としたので愛子は気がついていないだろう。

 

 空の魔物を駆逐し終わったハジメは、悠然と振り返った。そこには、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿があった。そこにコウスケのセリフが続く。

 

「そして私は、愛子様の盾なり! 見るがいい! 彼女の皆を守りたいという思いを! その慈愛を!」

 

 コウスケはそういうと両手を天にかざした。すると青い光が町を覆うようにドーム状に展開されていく。その光は爛々と輝くと遂には町一つを飲み込んだ。コウスケの技能”守護”を改良したもので自分ではなく町を守るように調整したのだ。しかし今はまだ貧弱で強度は低く中級魔法ぐらいしか防げないものだ。

 

 だがコウスケとしてはこれでいいと思っている。あくまでこの光の壁は町を守るということを知らしめて町の人達を安心させ恐慌に陥らせないためのものだからだ。

 

「優しき愛子様! 我々をお救いくださる愛子様! この光は愛子様が我々のことを思う心の表れだ!」

 

 コウスケはチラリとハジメを見る。その顔は一瞬、驚きに満ちていたがすぐに顔を引き締める。自分の特訓の成果に驚いたようでどや顔になるコウスケ。ハジメはコウスケにジト目を向けるもすぐに声を張り上げた

 

「愛子様、万歳!」

 

 ハジメが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

 ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメとコウスケに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。

 

 コウスケがその愛子の様子ににやにやと笑っていると、ハジメから念話が届いた

 

”お疲れコウスケ。中々堂に入った立ち振る舞いだったよ”

 

”ハジメこそどこからそんな言葉が浮かんでくるんだ?もしかして、本当は詐欺師が天職だったんじゃないか?”

 

”さてね、自然と言葉が浮かんできたんだ。それよりもこの光は?守護の応用?”

 

”ふふん、いいだろーこれでも結構頑張ってできたんだぞ。もっと褒めろ”

 

”ハイハイ。すごいね”

 

”お前な~もっとさー…まぁいいや、しかしあの先生さんの顔を見たか?顔を真っ赤にして滅茶苦茶かわいいな。あれで25歳なんて…合法ロリとは恐ろしいな!ハイエースでダンケダンケ!”

 

”……コウスケ流石にその言葉はドン引きだよ。……先生にはいろいろ迷惑かけるけどこれぐらいは許してほしいよね”

 

 コウスケのふざけたやり取りを呆れながら、目の前の魔物の大軍に気を向けると“宝物庫”からメツェライを二門取り出し両肩に担いで、前に進み出た。右にはいつも通りユエが、左にはハジメが貸与えたオルカンを担ぐシアが、更にその隣には、優雅に佇むティオがいた。

 

 最後に町に残るコウスケに視線を移すと、顔は笑っているのに何故か寂しそうな眼をしているコウスケがそこにいた。思えばそれはあの奈落にいたころから時折向けていた事をハジメは思い出した。

 なぜそんなに寂しそうなのか、どうしてその理由を自分に言わないのか疑問は尽きない。無理矢理聞こうとすればはぐらかせられるのは目に見えている。

 だがらハジメはいつかコウスケが話してくれるのを信じるしかない。悩みを打ち明けてくれない寂しさを心にしまい何の気負いもなく魔物の群れに向かった。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「おう、思いっきり暴れてこい!」

 

 コウスケの声はいつもの調子なのに、やはりどこか寂しそうに聞こえるのだった。

 

 

 

 




実はこの小説を書いたのは去年の11月ごろなのです。それを少しづつ修正して投稿しているのです。
若干おかしなことがあるかもです。最近少しでも見やすくなるように文章を整理するように心がけています

作中ティオは変態っぷりが遺憾無く?発揮されていますが徐々に薄くなっていくかもしれません。そして思い出したかのように変態になるかも…


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自分がやりたい事、すべき事

ひっそり投稿!

シリアスは苦手なんです。登場人物が真剣な顔で会話しているはずなのに話している内容が頓珍漢を言っていたら凄く興覚めするのです。
一応見直してはいるのですが…正直怖くて仕方がないです。

お目汚し失礼いたします


 その光景はまさしく蹂躙劇だった。

 

 

 ハジメに向かってくる魔物は、二門のメツェライによって毎分一万二千発の死が無慈悲な“壁”となって迫り、一発で一体など生温いと云わんばかりに目標を貫通し、背後の数十匹をまとめて貫いていく。“弾幕”は、まるでそこに難攻不落の城壁でもあるかのように魔物達を一切寄せ付けず、瞬く間に屍山血河を築き上げた。

 

 そのハジメの左手にはオルカンを担いだシアがてロケットランチャーをぶっ放し周囲数十メートルの魔物達をまとめて吹き飛ばした。爆心地に近い場所にいた魔物達は、その肉体を粉微塵にされ、離れていた魔物も衝撃波で骨や内臓を激しく損傷しのたうち回る。そして、立ち上がれないまま後続の魔物達に踏み潰されて息絶えていった。

 

 シアの左に陣取るのはティオだ。その突き出された両手の先からは周囲の空気すら焦がしながら黒い極光が放たれる。あの竜化状態で放たれたブレスだ。どうやら人間形態でも放てるらしい。殲滅の黒き炎は射線上の一切を刹那の間に消滅させ大群の後方にまで貫通した。ティオは、そのまま腕を水平に薙ぎ払っていき、それに合わせて真横へ移動する黒い砲撃は触れるものの一切を消滅させていく。

 

 

 ハジメの右に陣取るユエの殲滅力は飛び抜けていた。ハジメ達が攻撃を開始しても、瞑目したまま静かに佇むユエ。右側の攻撃が薄いと悟った魔物達が、破壊の嵐から逃れるように集まり、右翼から攻め込もうと流れ出す。しかしそれは悪手だった。

 

「“壊劫”」

 

 ユエの詠唱と同時に迫る魔物の頭上に、渦巻く闇色の球体が出現する。薄く薄く引き伸ばされていく球体は魔物達の頭上で四方五百メートルの正四角形を形作る。そして、太陽の光を遮る闇色の天井は、一瞬の間のあと眼下の魔物達目掛けて一気に落下した。次の瞬間、。闇色の天井が魔物の群れに落下し、そのまま魔物ごと大地を陥没させて、四方五百メートル深さ十メートルのクレーターを作り上げたのだ。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 町の至るところからワァアアアーーーと現実とは思えない“圧倒的な力”と“蹂躙劇”に人々は湧き上がっていた。町の重鎮や護衛騎士はただ唖然とし、生徒たちは自分たちとの差を痛感し複雑な表情をしている。愛子は大事な生徒であるハジメの無事を祈っていた。

 

 コウスケはそれらのことを気にするわけでもなく城壁の上でただ魔物をせん滅していくハジメ達を静かに眺めていた。本来なら町の人たちと同じように歓声を上げハジメたちの強さを自慢したかった。『俺の仲間はこんなにも強いんだぞ!』と訴えたかった。しかし実際は今目の前で行われている蹂躙劇を静かにしかしどこか複雑な表情で眺めていることしかできなかった。

 

(…遠いなぁ…)

 

 ハジメ達が羨ましかった、同時に妬ましかった、そして悲しかった。魔物を苦も無く殲滅していくその力に強い憧れと粘つくような嫉妬が混ざる。自分の役割を理解はしている。もし、自分がいるせいで万が一のことが起こらないようにと町を守ると決めたのは自分だ。

 だから仕方のないことでもあるし、己の能力が守ることに特化しているのも理解はしている。だから嫉妬するのは間違いだとは気づいていてもくすぶる気持ちを抑えることはコウスケには難しく、また明るく優しい仲間たちがこんな血みどろの戦場に立つのが悲しかった。本当なら戦いなどせず町で遊んで楽しく旅をしてほしいとも考えてしまう。

 

(これも全部仕方ないのかねぇ?それになぁーなんで清水はあんな馬鹿なこと…いや、そんなにおかしいことでもないか)

 

 ハジメ達に対して複雑な感情をもつも、コウスケが浮かれない本当の理由、それは清水の事だった。コウスケは清水の境遇を知っている。だからこそ、どうにも憎めない。それどころか心情を理解してしまいそうだった。

 

「だって俺も似たような…」

 

 そこまで呟いた時だった。誰かがこちらに歩いてくる気配を感じ取ったのだ。胡乱な目を向けるとそこにいたのは愛子についてきた女子生徒のうちの一人だった。名前は何だっただろうか?一瞬考えるもすぐに興味をなくすコウスケ。

 

「……」

 

「…はぁ、どうかしたの?」

 

 何かを言おうとしているのか複雑な表情をし、口を開くも、何も言わず口を真一文字にする女子生徒に溜息をつき話を促すコウスケ。正直に言えば、いなくなり豹変した天之河光輝に対してどう話しかければいいかわからないのだろうと察することはできたのだが今はいろいろと立て込んでいるのだ。少々態度がおざなりになる。

 

「あ、天之河君。南雲の奴は…いったいどうしちゃったの?」

 

「んー話せば色々と長くなるんだけど…君たちが知らなくてもいいことだよ。そんな無駄なことを考えるよりもっと他の事…日本に帰った後の事でも考えたら?受験とかテストとかいろいろあるんだろ?」

 

「そ、そんな言い方って…」

 

「あー勘違いしないでくれ、別に嫌味で言ってるわけでもなくてさ、君たちが何にもしなくても無事に日本に帰ることができるんだ。だからこんな血なまぐさいことはかかわらない方が良いよ?」

 

「っ!」

 

 コウスケの発言に苛立ったのかそれとも別の何かを感じたのかそのまま走り去ってしまう女子生徒。結局誰だったかわからなかったがどうでもよかった。

 

 今はそんな事よりも考えることがあるのだ。それなのにさっきから横にいる人物はその横暴な発言を咎める声を出す

 

「コウスケさん、もっと優しく正直に言えばよかったんじゃないですか?『危険なことに巻き込みたくない』ってそうすれば彼女、園部さんは分かってくれたはずですよ?」

 

 隣にいた人物…リリアーナは被ったフードの隙間から除く目でコウスケを非難する。実はハジメ達が戦闘に向かった後からフードをかぶりコウスケの横にいたのだ。フードをかぶるのは町の人たちに知られないためとはいえ、なぜ自分のそばにいるのか。考えたところでコウスケにはわからなかったが害はなく邪魔もせず傍にいたので気にしなかったのだ。

 

「んなこと言ってもー俺は天之河光輝じゃありませんからねー正直な話あんまりかかわらない方がお互いのためなんですよ」

 

「そうですか」

 

 コウスケの話を軽く流すとそのままハジメたちの蹂躙劇を眺めるリリアーナ。コウスケも同じように眺める。なんだか、無理やりでもハジメ達に付いていけばよかったかなとコウスケが思い始めたとき、リリアーナの口からポツリと声が聞こえた。

 

「どうして彼は…」

 

「ん?」

 

「どうして清水さんはこのようなことを行ったのでしょうか?王宮では不満が出ないようしていたはずなんですが」

 

 それはリリアーナがずっと浮かんで疑問に思っていたことだった。王宮では決して不自由のない生活だったはずなのにどうしてこのような町一つを壊滅させてしまうようなことをしでかしてしまうのか。リリアーナにはわからなかった。

 

「それは…きっと何不自由のない暮らしをしたところでいつかアイツは不満を爆発させていたんじゃないですかね」

 

「不満ですか?」

 

「です。異世界に召喚され自分が特別になれると思っていたのに現状は何も変わらなかったから少しづつ不満がたまっていくんだと思います…不満を吐き出すことのできる友達の一人でもいればまた違ったんでしょうけどね」

 

 原作の清水の不満を思い出し溜息を一つ。恐らくこの騒動を起こした彼も同じような不満を持っているのだろうか。やはり彼を憐れむことも馬鹿にすることもできない。そんな事を考えながら殺戮劇を見ているとどうやらハジメのメツェライの弾が切れたようでドンナー・シュラークを撃ち続けているのが分かる。そろそろこの蹂躙劇の幕が終わりそうだ。

 

 その前に決断をしなければいけないだろう。このまま静観するべきか、それとも介入をするべきか。コウスケにはどうすればいいかわからない

 だから隣にいるリリアーナに聞いてみることにした。本当は自分が何をしたいのか、どう行動したいのかを知っている。ただ誰かの後押しがほしかったのだ。

 

「リリアーナさん少し聞いてもいいですか?」

 

「どうしました?」

 

「実は少し迷っているんです。この後自分がどう動くべきか。本当なら自分のやりたいようにするべきなんですが…」

 

「ならやりたいようにしてしまえばいいのではないでしょうか」

 

「その事が皆に迷惑がかかるものであっても?」

 

「…私はコウスケさんが何をしたいかはよくわかりません。でもあなたが決して皆に不幸をもたらすようなことをしないと確信できます」

 

 チラリと横にいるリリアーナを盗み見るコウスケ。フードをかぶっていて表情は分からないが優しい声で話すその姿に目を奪われる。

 

「だってあなたはあの時動けなかった私たちを全力で守ってくれたでしょう?命を懸けて全力で助けてくれたあなたが皆を不幸にするなんてありえませんよ」

 

 その言葉と共にコウスケを見つめるリリアーナ。その真剣さと柔らかい微笑が混じったような顔にコウスケは思わず照れてしまってそっぽを向いてしまった。

 

「そ、そうですか…そっかなら俺は俺の思うようにしてみよう。あんな茶番劇(原作通り)なんて納得がいかないからな」

 

 少し照れが残りつつも、自分のやりたいことを声に出し決意するコウスケ。そのための必要な魔力は十分にある。後は気力だけだったが、それはリリアーナと話をしたことによって悩みは吹っ切れた。

 

 これから自分が起こす行動について準備と対策をするためハジメたちの戦いを祈っていた畑中愛子を手招きで呼び寄せる。

 

「えーっと、天之河君じゃなくて…コウスケ君?さん?どうかしたのですか?」

 

「あーそういえば事情を説明していませんでしたね…まぁいいや。俺のことは置いといて。先生さん…いいえ()()()()

 

「は、はい!」

 

「貴方は何があってもアイツらの先生ですか?物事を教え、導く先生でいることはできますか?」

 

 コウスケの言葉に少々面食らうも真剣な顔できっぱりと断言する愛子。

 

「はい。私は何があってもあの子たちの先生です。迷う事があったら話を聞き一緒に考えて幸せを手助けできるようなそんな先生であり続けます」

 

「そっか。知ってはいたけどやっぱりあなたはいい先生だ。全く本当に南雲や清水たちが羨ましくて仕方ないなぁ」

 

 愛子の言葉を聞きカラカラと笑うコウスケ。話していて安心する。この人なら後のことを託してもなんとかしてくれそうだと。そんなコウスケに愛子は不思議そうに質問する。

 

「?一体何をしようとするんですか?」

 

「んーーー悪だくみ?ちょっと違うかな…原作ブレイク?原作レイプ?アンチ・ヘイト?…まぁなんにせよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人殺しはよくないって話ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蹂躙劇が終わって清水を愛子のところまで連れてきたハジメは、ただただ冷めた目で死にかけている清水を見ていた。戦闘はなんてことのなく

一方的な展開で終わることができ、愛子との約束通りに清水を連れてきたのだ。その清水は自分が負けて敗北者になっていたことに気付くと

辺りにいる人たちにみっともなく当たり散らしていた。

 

 話していた内容は何だったかハジメは覚えていない。興味もなければどうでも良かったからだ。ただ所々に卑屈さと自分以外のすべてを恨んでいるような感じだったかもしれない。途中で魔人族がどうとか話もしていたがハジメの琴線に触れるものはなかった。自分の邪魔をするものは容赦なく殺すそれだけだった。

 

 清水が近寄って説得をしていた愛子を人質にし毒針を刺そうとヒステリックになっていた時もこんな時でも自分の生徒を気遣う愛子が少々痛い目を見ればいいのではないかと考えていた。どうやら清水は魔人族に愛子を殺せと言われていたらしい。溜息をつくハジメ。清水はどうでもよかったが愛子は無論助けるつもりではあるのだが…

 

その後事態は急速に動いた

 

 愛子を人質にしていた清水に向かって蒼色の水流が向かってきたのだ。襲撃してきた黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男はすぐにドンナ―で攻撃したが大型の鳥の魔物に乗って逃げられてしまった。襲撃され口封じをされた清水は胸に直撃し、倒れ伏していた。おそらくまだ息はあるだろう。

 

 人質になっていた愛子はシアが間一髪で助け出していた。愛子は毒針がかすかに当たってしまったのか瀕死の状態になっていたが、すぐに飲ませる試験管型の神水ではなくピストン型の神水で迅速に治療する事ができた。シアもわき腹を直径三センチ程の穴が空いていた。だがすぐにユエが神水を飲ませたことによって容体は安定していた。その事に安堵の息を出すハジメ。

 

 そしてこの騒動の原因の倒れ伏し今にも死にそうなでそれでも命にしがみついている清水をハジメは冷めた目で見ていた。愛子は死にかけの清水を助けるように周囲を見渡しているが誰もが目をそらしていた。もうどうしようもないという事、清水を助けたいと誰もは思わないでいることがよくわかる光景だった。

 

 わらにもすがる気持ちで清水を助けてほしいと愛子が言ったときも全ての原因は自業自得であり只々哀れな清水をハジメは見ていた。愛子が自分を殺そうとしていた清水の延命を願うのは予想通りだったと思う。しかしだからと言って清水を「はい、そうですか」と助けるかと言うと…そんな考えには全くもってならなかった。

 

 ハジメは一瞬考えるように天を仰ぐと、一度目をつぶり深呼吸し、決然とした表情で清水の傍に歩み寄った。

 

「清水。聞こえているな? 僕にはお前を救う手立てがある」

「!」

「だが、その前に聞いておきたい」

「……」

 

 救えるという言葉に、反応して清水の呟きが止まりギョロ目がピタリとハジメを見据えた。ハジメは一拍おき、簡潔な質問をする。

 

「……お前は……敵か?」

 

 清水は、その質問に一瞬の躊躇いもなく首を振った。そして、卑屈な笑みを浮かべて、命乞いを始めた。

 

「て、敵じゃない……お、俺、どうかしてた……もう、しない…………助けて……何でもするから……だから…助けてくれ……まだ俺は…俺は…」

 

 

 ハジメは、命を絞り出すようなその言葉に無表情となる。そして、真意を確認するようにジッと清水の目を覗き込むように見つめた。覗き込むようなハジメの目に清水は思わず目を逸らす。だが、ハジメはしっかりと確認していた。清水の目が、今まで以上に暗く濁っていたことに。憎しみと怒りと嫉妬と欲望とその他の様々な負の感情が飽和して、まるで光の届かない深海でも見ているかのようだった。

 

 ハジメは確信した。愛子の言葉は、もう決して清水の心には届かないといことを。そして、清水は必ず自分達の敵になると。故に決断した。一瞬、愛子に視線を合わせる。愛子もハジメを見ていたようで目が合う。そして、その一瞬で、愛子はハジメが何をするつもりなのか察したようだ。血相を変えてハジメを止めようと飛び出した。

 

「ダメェ!」

 

 が、ハジメの方が圧倒的に早かった。

 

 

ドパンッ! ドパンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがハジメの銃撃よりもさらに圧倒的な速さでまるで予知していたかのように動く人影がいた。

 

 

 

 

 

「…なんで……どうしてそいつを庇うんだ?そいつは僕たちの敵だよ?…ねぇ教えてよ…()()()()

 

 

 

 

 

 

「さぁ?どうしてなんだろうな?なぁハジメ」

 

 

 ハジメの目の前で清水を守るように守護を展開しているコウスケがそこにいたのだった。

 

 

 

 




シリアスなんてやりたくねーです。
でももうちょっとだけ続くんじゃよ。

気が向いたらでいいので感想お願いします。(土下座)


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生きろ

眠たい目をこすり何とか投稿します
勢いとノリでできたものなのでいろいろと足りないところがあるような…

もっと時間さえあれば…


 ハジメにとってコウスケはかけがえのない親友で恩人で自分を助けてくれて傍にいてくれている大切な存在である。その大切な存在が目の前の敵を庇い助けるという事は表情には出さないが、かなりの衝撃だった。

 

(どうして?なんでそいつを助けようとするの?)

 

 頭の中は疑問だらけで、しかし心のどこかではさっさと清水を殺せと叫ぶ。だからそこをどくように子供のように親友に反発する。

 

「どうしてって…そいつは生きていたところで僕たちの敵だ。さっさとケリをつける必要がある。だからいい加減」

 

「ケリ?それは殺すってことか?まったく。本当にいったいどこでどうなったらクラスメイトを殺すなんて言葉が出てきてしまうようになっちまったのか…あー確実に俺のせいだよな。あの時奈落に落ちずちゃんとお前を助けていればこんな物騒なことをいう子にはならなかったよな。ごめんな」

 

 おどけたように軽くしかし悲しそうに言うコウスケ。目は全く笑わずむしろ守護の光がさらに強く輝き始めた。口では何も言わないが絶対に退く気はないというコウスケの意思表示だった。その事がハジメの心を強くかき乱す。謝ってほしくはなかった。この性格になってしまったのは自分の意思だ。

 

「ふざけないでよ…ねぇどうして…どうして僕の邪魔をするの?敵は殺さなくちゃダメなんだ…じゃないと僕は…」

 

 自分の意思とは無関係に呟かれる声にハジメはどうしていいかわからない。ただドンナ―を構える腕が勝手に震え出す。まるで親友に武器を向けたくないというかのように。

 

「…なぁハジメ」

 

 聞きたくないとハジメは思った。コウスケは気付いているのかどうかは分からないが真剣な時、又は無意識だろうか、何か心の底から伝えたいというときコウスケは自分の名字(南雲)ではなく名前(ハジメ)で呼ぶのだ。

 最初は奈落の底でお互い生きて帰ろうと誓い合ったときその次は自分がヒュドラに殺されそうなとき、何かと重要な場面で名前で呼んでいたのだ。だから今から言う事はコウスケの心の底から思う事だ。

 その言葉を聞いたとき、きっと清水を殺そうと思う気持ちはなくなってしまうかもしれない。でもどこかで聞きたいという気持ちもあった。

 

「お前は…日本に帰るんだろう?この世界から脱出して日本に…いつもの日常に学校生活に帰っていくんだろ?なら人を殺しちゃいけない」

 

 その言葉がずきりとハジメの心に傷をつける。しかしショックはなかった。何故だかこの世界に染まっていないコウスケならそんな事を言いだすのではないかと思ったからだ。

 

「人を殺した人間が日本で平和に暮らせると思うか?…答えは否だ。一線を越えてしまった人間はどこかでまた同じ過ちを繰り返す。もし日本に帰ってもちょっとしたことで人を殺すかもしれない…俺はハジメにそんな人間になってほしくない。人を殺しても当たり前だという考えを持つ人間にもなってほしくない。そもそもあんなハーレムチンピラ野郎(魔王様)に…ああもう自分で何を言っているのかわかんなくなっちまったじゃねえかこの野郎」

 

 自虐するように一人愚痴るコウスケ。しかしハジメには確かに見えた。一瞬今にも泣きそうなコウスケの目を。コウスケは知ってか知らずかハジメに対して優しく諭す様に言葉を掛ける。

 

「ともかくだ。俺が言いたいことはたった一つだけ。人を殺さないで。きっと人を殺してしまったら君は手遅れに…不幸になる。だから…お願いだから人を殺さないでくれ」

 

 もはや懇願にも聞こえそうな声だった。だからだろうかハジメは顔を俯くとドンナ―を構えていた腕を力なくおろしてしまった。何も言えなかった。それでも敵は殺せと思う気持ちもありコウスケが自分の今後の事を心配してくれているのを嬉しく思う気持ちもあり、また、庇われている清水に対してわずかな嫉妬を感じさせる気持ちもあった。だから、今は何もする気にもなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメが銃を下ろしてくれたことに内心ホっと息を吐くコウスケ。これでもし後ろから銃撃されてはたまったものではなかったがその心配は必要なさそうだ。…ハジメがそんな事をしないとは無論思っている。しかし念には念を入れた。

 

 改めて清水に向き直るコウスケ。清水は息も絶え絶えでそれでも死にたくないのか生きようと足掻いている。その姿に言い様のない感情が出てくる。だからコウスケはたった一つの質問をした。初めて出会っとき、いや、原作で清水が出てきた時からだろうか?ずっと聞きたかった事があったのだ。

 

「なぁ清水、聞こえるか」

 

「うぐっ……お、お前は…」

 

「よう。あのパーティーの時以来だな。本来なら自己紹介でもしたいところだが時間がない。たった一つで言い答えてくれ」

 

 しゃがみ込み清水の目をのぞき込む。そして洗脳魔法をかけるコウスケ。必要ないかもしれないがどうしても聞きたかったのだ

 

「な…にを…」

 

「お前は勇者になって…いやこの世界で何がしたかったんだ。ずっと気になっていたんだ。魔人族に手を貸し、クラスメイトを裏切ってそこまでして何が欲しかったんだ。何を求めていたんだ…君の本当の望みを教えてくれ」

 

 コウスケの目を見ていた清水は一瞬顔を竦めるもすぐに絞り出すように叫んだ。

 

「……ったんだ……俺は…誰かに!…認められたかったんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 清水はこの異世界なら自分が特別な存在になれると思っていた。しかし現実は非情で都合がいいものではなく異世界に召喚されても特別になることはなかった。虚しかった。悲しかった。この異世界でも日本にいたときのようにただのモブの様な、いなくてもかまわないような奴なのかと悲観した。

 

 もし自分が勇者だったら…何度もそう思った。勇者であるのならば誰かに必要とされ誰かの特別になる事ができるのではないかと考えていた。勿論自分の好きなWeb小説やライトノベルのようにハーレムを築き上げ女の子からモテたいという思いもあるしチートを使い無双したいというのもある。しかし本当の心の奥底では誰かに必要とされていたかったのだ。

 

 清水には居場所がなかった。自分の逃げ場であるはずの家では親から心配され兄弟は侮蔑の目線を向けてくる。学校では仲のいい友達もおらず元々が引っ込み思案の自分では誰かと打ち明けることもできなかった。

 

「この世界なら俺は!ぐっ…特別になれると信じていたのに!…結局日本にいたときと変わらなかった…ぐぼっ」

 

 血を吐き出しながらも自分の思いのたけを吐き出す清水。もう自分に残された時間は少ないと感じるがそれでもかまわず叫ぶ。そうするしか心の奥底にたまっていたものを吐き出すことができないからだ

 

「なんで…なんで俺は特別になれなかったんだよ…どうして認められないんだよ…俺は“その他大勢の一人”じゃないのに…誰か…俺を見てくれよ…」

 

 呻くように言葉を吐きながら清水は自然と涙があふれていた。あまりにも悲しかった。待望の異世界は日本と何も変わらず挙句の果てにはごみの様に死んでいくことが只々悲しく目から悔し涙が出てきてしまった。

 

「…馬っ鹿だなぁ。別に異世界でなくてもちょっとの勇気さえ持てば友達だって作れただろうに…ほら其処にいる南雲ならどうだ?アイツはゲーマーでうさ耳狂のむっつり野郎だぞ?案外話が合いそうだと思うんだけどなぁ」

 

 いつからだろうか気が付けば清水はいつの間にか誰かに抱き寄せられ蒼い光に包まれていた。しかし目の前にいるのが誰かわからなくなるほど目の前が暗くなっていく。それでも今自分を抱き寄せる人物と会話を続ける。何故だか今自分が生きているという実感がわくのだ。

 

「はは…できるわけねぇだろ…あのクラスはオタクの…人権がねぇんだよ…どいつもこいつも…頭の沸いた連中ばっかりだ…白崎がオタクに話しかけただけで…あんなに敵意を出すなんて…」

 

「あーなるほどなるほど…確かにそれは自分がオタクだって言いづらいよな。…これだからアイツらは嫌いなんだ。オタクが何をしたっていうんだっての。人がゲームやアニメが好きなだけでゴミを見るような目で見やがって…人の趣味に口出せるほどてめーは偉いんかっての」

 

「ははは…だよな…だから人のことを良く知らないで騒ぐ奴らが嫌…ぐぼっ!」

 

 同じような不満を聞きわずかに清水の顔に笑みが出る。がすぐに血を吐きせき込む。しかし清水は苦悶の表情を浮かべない。段々痛みが薄れてきたのだ。それに反応してかさらに青い光が輝き清水の空いた胸に吸い込まれていくが清水は気付かない。

 

「おいおい大丈夫か清水…それにしてもお前本当に馬鹿だよな。普通に考えたら主人公と敵対する魔人族に付いちまったら破滅フラグしかあり得ないだろうが」

 

「…ああ。言われてみれば確かに…でも仕方ないだろう…必要だって言われたんだから…」

 

「チョロイなーお前は頭の悪そうなナデポ、ニコポの頭お花畑型ヒロインかよ」

 

「なんだ…そ…れ…失礼な…奴……?」

 

 段々と言葉が出てこなくなるがそれに比例するかのように光が強くなってくる。そして清水は気付いた。自分の顔に先ほどから水滴が当たっているのを。開けにくくなった瞼を必死の力で開けるとそこには目に涙を貯め泣いている天之河光輝の姿があった。

 

「お前…泣いて?…」

 

「あ?泣いてねぇよ…これはあれだ、目にゴミがはいって…だから泣いてねぇグスッ……悲しくって泣いているんじゃねんだぞ?」

 

 鼻を赤くし先ほどから涙をこぼしているのに何とも滑稽なことを言う「天之河光輝」の顔をした誰かに清水は力なく微笑む。もう先ほどまでの不満も妬みもなかった。ただ自分のために誰かが泣いていてくれるというのが清水の心を温かくさせるのだ。

 

「そっか…俺のために…泣いてくれる奴が…い…る…か…よか…た」

 

「何変なこと言ってんだよ、俺はもっと一杯話したいことが……だから『生きろ』清水」

 

 自分のために泣いてくれる人がいることに安堵する清水。誰かの特別になる事が出来たのかと思いそのまま暗い闇の中へ静かに意識が落ちていく。その中で誰かの優しい声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

『どうか…君の第2の人生が自由で…素晴らしいものになりますように』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清水を抱きかかえたまま”快活”を清水に使い果たしたコウスケ。温存していた魔力はとうに空になったがそれでも気力を振り絞りずっと使い続けていたのだ。自分が清水を治している間周りが何も手を出さなかったことには少々疑問が出たが気にすることなくまた、最後に自分が清水に言った言葉は何だったか思い出すこともなく清水をそのまま呆然としている愛子のもとへふらつきながらも運んでいく。

 

「あ…清水君は無事なんですか!?」

 

「自分のすべての魔力を使って治したんですが…すいません…後のことはお願いします」

 

 慌てている愛子のそばに丁寧に清水を下ろすとふらつきながらも仲間たちに呼びかけるコウスケ。もうこの街ですべきことは終わった。後はウィルをフューレンまで送り届けるだけだ。

 

「ユエ、シア、ティオ…行こう。もうこの街に用はない。ウィルもボーっとしていないで」

 

 未だ自分を見て呆然としていた仲間たちはハッとした顔をするといそいそと集まってくる。しかしハジメだけはずっと俯いたままで立っている。ふらつく身体を何とか動かしハジメにフューレンへ行くように促すとたった一言「うん」と頷いてハジメは4輪駆動を出した。

 

 最後に振り返った光景は愛子が清水を抱きしめ安堵した顔をしており周りの連中は只々複雑そうな顔をしていた。その光景を眺めながら原作とは違った結末を迎えたことに対する不安と清水を助けたという達成感を感じつつそのまま助手席にもたれ掛かるように座るコウスケ。

 

 一行はいろいろと複雑そうな顔をしながらもフューレンへ帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 真エンディングの条件の一つ『清水の生還と共感』のロックが解除されました

 ハードモードからノーマルモードへ難易度が変更されました。




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フューレンに帰還する

 改めて見直すとなんかちぐはぐな…同じことを言ってるような…前半も後半もさっと見てくれるだけでお願いします!
原作について批判がありますがあんまり気にせず見てくれると良いなと思います

 だからシリアスって嫌なんです

 所で原作を見ずに見ている人っているのでしょうか?
 念のため書いておきますが原作を見ていることを前提で書いてあるところが多数あります
第3章に入ってから今更かもしれませんが



 

 

 

「「「………」」」

 

 

 

 

 北の山脈地帯を背に魔力駆動四輪が砂埃を上げながら南へと街道を疾走する。何年もの間、何千何万という人々が踏み固めただけの道であるが、ウルの町から北の山脈地帯へと続く道に比べれば遥かにマシだ。サスペンション付きの四輪は、振動を最小限に抑えながら快調にフューレンへと向かって進んでいく。

 

 

(うぅぅぅ~~~つ、つらいですぅ)

 

 最も軽快に進む4輪と違い社内の空気はただひたすらに重かった。運転はハジメ、その隣の助手席にはコウスケ後部座席にはユエ、シア、ウィルがおりティオは荷台に乗っている。

 

(だ、誰か喋ってくださいぃ~)

 

 いつもだったらコウスケがふざけ、シアがはしゃぎ、ハジメが呆れてユエが笑うというスタンスだったのだが、今はコウスケはずっと席に寄りかかり窓の方に顔を向け、ハジメは前方しか見ておらずピリついた空気を出している。ユエはさっきから無表情でなにやら考え込んでいるように見えた。ウィルはとても気まずそうに座っており、ティオは何をしているかわからない。

 旅はいつだって明るく楽しかったのだが、今は全員の雰囲気が暗すぎる。今までにはなかったことでシアにはとてもつらかった。 自慢のうさ耳も元気なくへにょりと垂れ下がっている。

 この空気を変えるために自分が何かを言わなければ、しかし下手なことを言ってしまうとさらに空気が悪くなりそうで口を出せそうにない。うむむと悩み、このままではいけないと思いつき何かしゃべろうと口を開いたとき横にいるウィルがハジメに話しかけていた。

 

「えっと、礼を言うのが遅くなったかもしれませんが、改めて言わせてください。私を助けてくださった事、ウルの町を救ってくれたこと本当にありがとうございました。」

 

 その言葉と共に頭を下げるウィルにシアは中々豪胆な人物だと評価する。ハジメも小さく溜息を吐くとウィルと会話をする。どうやら怒っているようではないようでシアはホッとする。

 

「…別に礼を言う必要はないよ。お前を助けたのはイルワからの依頼だったからだ。それに町は先生に言われて助けただけに過ぎない。

礼を言うのは先生にだ。僕は町を救おうなんて思わなかったからね。」

 

「それでもです。あの町を…みんなをあなた方が助けてくれたのは事実です。本当にありがとうございました」

 

 素っ気なく言い放つハジメにウィルはそれでもと礼を言い、またシアやユエにも同じように頭を下げる。その誠実さは好感を持てるようで幾分か車内にいる全員の雰囲気が軽くなったような気がした。

 

「コウスケ殿もあの町に被害が出ないように気を使ってくださってありがとうございます」

 

 ウィルはいまだに窓の外へ顔を向けているコウスケに礼を言うが、ピクリとも反応がない。シアが不思議に思いコウスケの様子を伺おうと体を乗り出してからようやく気が付いた。

 

「………zzz……」

 

「…ね、寝ていますぅ」

 

 コウスケは目を瞑り静かに寝息を立てていた。思わず肩の力が抜けるシア。先ほどの清水を助けていた真剣な顔とは打って変わって

全身の力を抜いて眠りこけているのが分かる。なんだかなぁーと思わずにはいられないシア。何せ、清水に快活を使っていた時余りの鬼気迫る必死さを出していたのだ。流石に落差が激しく感じてしまう。

 

「…ん、きっと疲れている」

 

「……じゃな。少し眠らせておくのが良いじゃろう」

 

「そっか。寝ているんだ。コウスケ」

 

 ユエが眠らせておくように言い、荷台から顔を出し何やら難しい顔をしながらもティオも同意する。横目でチラリと見てコウスケが寝ている事にようやく気づいたのか、ハジメのピりつく雰囲気が消えた。どうやら清水を殺すのを止めた、コウスケに対して反発するような思いがあるらしい。

 

「どうして…なのかなぁ」

 

「コウスケさんが止めたことですか?」

 

 小さくつぶやいた声は、恐らく無意識だったのか。ハジメが呟いた言葉はしっかりとシアのうさ耳に届いていた。ハジメは一瞬自分の不注意さを恨むも、そのまま仲間たちと話すことにした。

 

「…うん、アイツはきっと敵になるってそう思ったんだ。だから銃を向けたんだ。それに先生のこともあるし…」

 

「なるほど、わざわざ殺そうとしたのは、そのためですか。彼はあの時、既に致命傷を負っていて、放って置いても数分の命だったのですから……だから、愛子殿が生徒が死んだのを自分のせいだとは思わないように殺そうとしたのですね」

 

「……意外によく見て考えているんだな」

 

 ハジメの言葉をウィルが補足する。ウィルの補足したことはもっともであり、図星でもあった。要は、愛子が清水の死に責任を感じないように意識を逸らそうという魂胆もあったのだ。ウィルの補足説明に他のメンバーがなるほどという顔をする

 

「しかし、ハジメの意思に反してコウスケが清水をかばい助け出したと…思惑通りに事は動かぬものじゃな」

 

「…そんなことぐらいわかっているよ。でも、どうしてって思ってしまうんだ」

 

 ティオに言われた様に事が自分の思うように進まないのは知ってはいる。しかし、だからと言ってコウスケが妨害してくるなんてハジメには思わなかったのも事実だ。そのハジメを気遣ってかウィルは少々悲しそうな顔をするとコウスケがなぜ止めたのかを自分なりの解釈付きで話し始めた。

 

「…これは自分の勝手な思い込みかもしれませんけどコウスケ殿はハジメ殿のことを心配していたんではないんでしょうか。ハジメ殿とコウスケ殿は、確か神々の使徒として別の世界から召喚されたんですよね?その世界では人を殺すという事が禁忌を犯すようなことだからコウスケ殿はやめてほしかったのではないでしょうか。私たちトータスの世界の住人は人の命が軽い世界ですから何とも言えませんが、きっと同郷の者として罪を犯してほしくなかったんじゃないんですかね…」

 

 最後は消え居る話した後、勝手長話すみませんと一言謝りウィルは自分の座席に座り込む。ウィルの話を聞きハジメは考え込む。

 

(確かにそうかもしれない、だけどさコウスケ…変わるのは難しいんだよ…)

 

 横目で見ても依然と眠っている。よほど疲れたのか、それとも別の要因か。目を覚まさない親友に色々思いつつもそのまま順調にフューレンへ向かう一行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 中立商業都市フューレンの活気は相変わらずだった。

 

 

 

 

 入場検査待ちの長蛇の列付近に4輪駆動を止め入場待ちをするハジメ。魔力駆動四輪を凝視する人々に対して遠慮をする気もなければ自重する気もなかった。ウルの町でさんざんアーティファクトを使ったのだ。教会や国から接触があってももはや気にしないことにした。またはその事で対策や思考するのが面倒になったともいう。

 この頃になったらようやくコウスケも起きたようだが、依然と足はふらついており、ティオに肩を貸してもらって何とか歩けるような状態だった。

 そのような状態でもあったしやはり反抗するような気持ちもあるのかハジメはコウスケと顔を合わせることができずに門番から支部長から通達があると言われギルドの方へ足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ウィルがイルワと感動の再開をしている中コウスケは自分の身体が思うように動かないのを感じていた。この感覚はいつ以来だろうか。ハジメと一緒に訓練している中で守護を魔力の続く限り展開し、魔力切れを起こし倒れる寸前までいったときとよく似ている。いやそれよりもっとひどいかもしれない。眠気と体のだるさが止まらず心も不安定にもなっている気がするのだ。

 

(つらい、ねむい、いらいらする。もやもやして、はきそう)

 

「ハジメ君、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

 

「礼はいい、悪いが面倒ごとは後日っていう事にしてくれないか。こっちは疲れているんだ。」

 

「ふむ。どうやらそのようだね。…特にコウスケ君の顔色が悪そうだ。こちらのことは後でできるからギルド直営の宿のVIPルームに行ってくれたまえ。金や手続きは気にしなくていい。今回の依頼の報酬の一部に過ぎない。疲れが取れたらまた訪れてくれ」

 

 どうやらステータスプレートなどは後回しになるらしい。多少仲間たちの強さが気にはなかったが、それよりも今は休みたかった。

 

 

 フューレンの中央区にあるギルド直営の宿のVIPルームへ向かい個室のベットに倒れ込むコウスケ。

 

(このベット、手触りが良い……でも眠れない)

 

 眠ろうと瞼を閉じゴロゴロとベットの上を転げまわるのだがどうしてだか眠れなかった。体は疲れているがどうやら精神的に妙に昂ぶっているようだ。気が付くとあたりはすっかり暗くなっていた。それでも眠れる気配がなかったので疲れが残る体を引きずりVIPルームを物珍しく見回し何故か完備されていた酒瓶数本を手に取りテラスへ向かうコウスケ。清水を助けたことに悔いはないのだがハジメとの会話をどうすればいいかわからないのだ。

 

 逃げるように来たテラスからは観光区が一望でき中々の綺麗な光景だった。酒をコップに注ぎちびちび飲み始める。久しぶりに飲む酒は味は美味いはずなのに妙に物悲しく感じられた。銘柄が全く分からない酒を瓶の半分ほど飲んだ頃だろうか、人の気配を感じ鈍い動作で振り返る。

 

「…一人晩酌は物悲しいじゃろ。邪魔でなければ妾も同伴していいかの?」

 

 そこにいたのはコップを片手に苦笑し佇むティオがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 夜個室でハジメは寝返りを打ちながらウルの町の出来事を思い出していた。あれからコウスケとは話をしておらずどうにも調子が出なかった。ユエやシアからは話をしてきた方が良いと諭されてはいるのだがどうしても顔を合わせづらかった。

 

 だがこのままでいいわけではないという事を理解はしている。どうやって話を切り出すべきか。どんな顔をして対応すればいいのか。ハジメは初めての友達との和解?方法に頭を悩ませながらテラスに向かう事にした。綺麗な夜景でも見れば何か思いつくかと感じたからだ。

 

「-----」

 

「--」

 

 テラスまで足を運んだ時どうやら先客がいたようだ。今は一人になりたかった為このまま踵を返そうかと振り向いたとき今は聞きたくないようで聞きたかった声が聞こえてきた。

 

「…ずっと考えていたんだ。南雲に人を殺してほしくないって。でもどうやって伝えればいいかわからず、ずっと後回しにしていたんだ」

 

「ふむ」

 

 聞こえてきた声はコウスケだった。相手はティオだろうか。自然と足が止まり、聞き耳を立ててしまうハジメ。ここから離れた方が良いと思いはすれど、どうしても会話の内容が気になってしまった。

 

「ティオにはわかりづらいかもしれないけど、俺たちにいた故郷日本では人殺しは重罪なんだ。『人殺しはいけない』ってずっとガキの頃から言われていてさ、やってしまうと社会的に信用がなくなって牢屋にぶち込まれるんだ。おまけに社会的に制裁を食らって非常に生きづらくなるんだ」

 

 ゴクリと何かを飲む音が聞こえ、ほのかにアルコールの匂いが漂ってくる。どうやらコウスケは酒を飲んでいるようだ。妙に饒舌になっている。ティオは聞き役に徹しているのか声はあまり聞こえない。

 

「人を殺した人間の末路は…まぁ悲惨だろうな。想像したくないけどさ。罪の意識に悩まされ、しでかしたことの大きさに今後の人生を削られる。はぁーー大量殺人鬼の俺は日本に帰ったらどうなっちまうんだろう?…考えるまでもないか。ただでさえ人にイラつきながら生活していたんだ。絶対に人を傷つけるだろうなー…『異世界から帰ってきた男は騒動を起こし豚小屋行きになりましたとさ』…笑えねぇエンディングだな」

 

「む?お主は人を殺めたことがあるのか?」

 

「…シアの家族を助けるために大量に人を殺したんです。思えばあれが初めての人殺しか…」

 

 コウスケはハウリア族を助けるため帝国兵を一人残らず惨殺したことがある。その事を言っているのだろう。ハジメが思い返したとき続く熱に浮かされるようなようなコウスケの言葉に硬直してしまった。

 

「あん時は…ふふ、凄く楽しかった。心が洗われる気持ちでさ、俺のことを見下した奴を一人残らず細切れにして行くんだ。驚いて絶命していくあの顔ったら…最高だったよ。人を殺していくのがあんなに楽しいなんて思いもしなかった。……すぐにそんな自分が嫌になったけどさ、なんだよ人を殺して楽しいって。俺は異常者かよ。…あ、異常者だった」

 

 知らなかった。ハジメはそんな話を聞いていなかった。様子がおかしいとは感じてはいたがまさかそこまで気を悩ましていたなんて

 

「まぁ俺のことはどうだっていい。重要じゃないんだ。問題は南雲だ。アイツは…人を殺さないでほしい。俺はもう手遅れだけどさ、アイツにはまだ未来があるんだ。手を真っ赤に染めて日本で暮らしていく必要なんてない。してほしくない。いやさせない。俺はそんな未来を認めたくなんてない。何が人殺しを決意するだ。なぁティオ知っているか?南雲はな、良い奴なんだ。俺の様なろくでなしの相手をしてくれているんだ。バカみたいな話にも乗ってくれてさ。良い奴なんだ」

 

 酔いが深刻化してきているのか考えたことをそのまま話しているらしい。そのまま止まらずにティオが聞いているのかどうかも気にせずコウスケは話し続ける。

 

「そんな良い奴がさぁ、人殺しをしたらダメだろ。罪なんか背負わなくてもいいんだ。なのに…それなのにどうやったら南雲は気付いてくれるのかな?どうしたらわかってくれるのかな?どんな事を言えばいいのかな?…わからないよ」

 

「悩むことではない思いをそのままに伝えた方が良いじゃろ」

 

「そーなの?」

 

「うむ。ハジメはお主の話をちゃんと聞いてくれるじゃろう。…友達なのじゃろ」

 

「…そっか」

 

 ティオの言葉に納得したのか、何度も「そっか」と呟くコウスケ。ハジメは居た堪れなくなった。そこまでコウスケが自分のことを考えてくれている何て思わなかった。

 

「…コウスケ、いきなりですまぬが、体の方は大丈夫か?」

 

「ん?どったのそんな深刻そうな顔をして?お酒欲しいの?どうぞ」

 

「む、すまぬ…ではなくてなぜ清水を助けるためにそこまで魔力を使うのじゃ?あの魔力の量は命にかかわるかもしれんぞ」

 

「そーかなーこのぐらいいつもの事の様な気がするけど…まぁいいや助けた理由?そりゃ清水のことを憐れんで…ごめんすこし嘘。本当は…」

 

 コウスケは気付いていないが清水に快活を使っていた時すさまじい蒼く輝く魔力光があふれていたのだ。その量は半端なものではなく周り一体が青になるほどだった。そしてあの必死さ。清水をあそこまで魔力を使いながら助けた理由はハジメも気になっていた。

 

「本当は?」

 

「清水は、…昔の俺によく似ているんだ。俺もさ、中学の時はいじめられていてさ、ひきこもる寸前までいったんだ。親に心配かけさせたくなくてずっと我慢して学校に行ってはいたんだけど…その時周りをひがむ様にしていてさ、俺が悪いんじゃない全部周りの奴らが悪いんだってさ…ずっとずっと人を見下すことで自分を保っていて…だからかなアイツは昔の俺のように感じて助けなくちゃて…感じ……たん…だ…」

 

 またゴクゴクと酒を飲む音が聞こえる。それも今回はやたらと多い。慌てたティオの声が聞こえる。と同時にいきなり嘲笑が聞こえてきた。酔いが限界に達したのか理性のタガが外れてしまったのか、余りにもテンションが高くなるコウスケ。

 

「待て!いくらなんでも飲みすぎじゃ!」

 

「……ぷっはは!…あはははっは!今の聞きましたかティオさん!俺と似ていたからって?嘘、嘘嘘ぜーんぶ嘘なんですよ!本当は!本当は気に入らなかったんですよ!な~にが『先生が傷つかないように殺した』だぁ?馬っ鹿じゃねぇか!清水が死んだ理由を知っていますか!?」

 

「お主…いったい何を言って」

 

「あれはねぇどうみてもねぇ!『畑中がヒロインになるために清水は死んだ』んですよ!ぶははは!!生徒を助けられなかった先生は~傷心中に気付くんでーす。なぜ彼が清水を殺したのかを~そして自分の心を守ろうとしてくれた彼に恋をするんでーーーーーす!!」

 

 意味不明なことを口走るコウスケにハジメが止めようとしたとき

 

「ふざけんなよ…」

 

「っ!?」

 

 一瞬自分の首が切り落とされたかと感じた。それほどまでに強い殺気がコウスケから出てきたのだ。そばにいたティオも息をのんで動きを止めたのが伝わるほどだった。

 

「なんだよそれ…なんなんだよ!人の死をどうして畑中のフラグに持ってくるのかな!?読んでいてさっぱりとわからなかったよ!どこでどうやったらアレに恋をするんだ!?都合が良すぎるんだよ!それじゃあ清水が…あんまりじゃねえか…」

 

 怨嗟の声だった。恨みと憎悪が混じったかのような声だった。いったい誰に向かって言っているのだろうか。話の内容もハジメには全くわからない

 

「だから…だから助けたんだ。あんな茶番劇のために死ぬのは間違っている…そうだ俺はあの展開が気に入らなかったんだ。

ふふふ、人助けの理由も蓋を開けてみれば俺のわがままか…まぁいいさ俺のわがままを通して見せる。あの野郎の思惑通…り筋書き通りに…進めてた…まる…か」

 

 コウスケが呟いた途端ドサリと音がした。やっとで動く身体を動かしテラスを見るとそこには酔いつぶれたのか倒れているコウスケとへたり込むティオに周囲に散乱している空き瓶が目についた。

 

「む、ハジメか…すまぬ腰が抜けてしまった。手を貸してくれぬか」

 

「りょーかい…一応状況は理解しているけど、どうしたの?」

 

「実は、コウスケの様子が気になっての…心配してきてみれば、何やらいろいろとため込んでおったようじゃのう」

 

「コウスケは悩みをあんまり言わないからね。」

 

 ティオに手を貸し立ち上がらせる。そのまま空き瓶を回収しコウスケを担ぎ上げる。流石にそのままテラスに放置はかわいそうだからだ。そのまま部屋に運ぼうとしたらティオから止められる

 

「聞いておったのならわかっているとは思うが、コウスケはずっとハジメの心配をしておったぞ。お主はどう行動するのじゃ」

 

「…さぁその時になってみないとわからない。…最後に叫んでいたことは分からないけどコウスケが言っていたことが全部本心だってことぐらいは僕でも分かるよ。……分かっているんだ」

 

 そのまま歩き出すハジメに今度こそ声を掛けられる事はなかった。

 

 コウスケを部屋に運びベットの上に少々乱雑に乗せるハジメ。酔い潰れたものを運ぶのはできればこれっきりにしてほしかった。

すやすやと眠る親友はさっきまでの醜態はなく安心して眠っているように感じられる。溜息を吐き部屋から出るハジメ。扉から出る前に後ろを振り向き未だに眠っているコウスケに声をかける。

 

「…また明日話をしよう。…それじゃお休みコウスケ」

 

 そのまま部屋を後にするハジメ。いろいろあったがまた明日話をしてみようと思うハジメだった。だがその思いは裏切られることになる。

 

 

 

 

 

 

 

翌日もさらにその次の日もコウスケは目を覚まさなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 なんだこれ?

 取りあえず気が向いたら感想お願いします


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面倒事はいつだって突然に

途中までできたので投稿します

会話内容が変?気にするないつもの事さ




 

 ハジメがコウスケと別れての翌日、コウスケは昼になってもまだ起きてこなかったのでイルワには全員が揃ってから行くとだけハジメは伝えることにした。その日はティオがコウスケの様子を見ると言い残った3人で買い物など簡単な用事を済ませた。

 

 コウスケがいまだに起きないとティオから連絡を受けたのは夕方頃だった。流石にいくらなんでも眠りすぎではないかと疑ったティオが何度か起こそうとしていたのだがどうやってもコウスケは起きなかったのだ。

 

 万が一を考えイルワから医者を呼んでもらい容体を見てもらった。ハジメとしては神水で無理やり起こすという手段もあったのだが、ユエに止められてしまった。コウスケの容体を見てもらった医者が言うには命に別状はないが魔力を使いすぎた疲労と精神的なストレスが同時に来て体が無理矢理休息にはいったのではないかという事だった。

 

 そのままコウスケが起きるのを待ってハジメはコウスケのそばにいた。自分がそばにいたところで何かが変わるわけではないと理解しつつも、自分がコウスケに余計な負担を与えたのではないかと考えてしまうと罪悪感でとても街に出ようという気分にならなかったのだ。

 

「ハジメさんそんなに気を病む必要はないですよ。きっとコウスケさんもそう思っています」

 

「シア…うん。そうかもしれないけど、心配なんだ。もしこのまま目を覚まさ無かったらと…」

 

「…ん、ハジメは考えすぎ。コウスケは大丈夫」

 

「ありがとうユエ。でも僕はもう少しだけそばにいることにするよ。…2人とも折角の商業都市なんだから町を見てきたら?何か面白いものがあるかもしれないよ」

 

「…ハジメさん」

 

 シアとユエの2人が心配してくれているのは嬉しかったがどうしてもそばを離れたくなかった。そのまま此処にいることを話すと2人は気落ちしたように部屋から出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かなりの重症ですね」

 

「…どっちが?」

 

「ハジメさんの方です。コウスケさんは…なんとなく大丈夫でしょう。何故かって?女のカンです」

 

「…シア。流石にそれは酷い」

 

 コウスケの部屋から出た2人はどうやったらハジメをコウスケから離すことができるか話し合っていた。今のままではその内ハジメも倒れてしまいそうだった。どうすればいいのかウンウン考える

 

「うーん私もコウスケさんが話していたことを聞いているんですけど、そこまで思い悩む必要はないんだと思います。『人を殺さないでー分かったよー』で終わる話だと思うんですよね」

 

「?なにを聞いていたの」

 

「コウスケさんの愚痴?です。私のうさ耳は飾りじゃないんですよ?ユエさんだけが知らないというのも嫌ですから教えますね」

 

 そのまま夜何があったのかをシアから聞くユエ。話を聞いたユエはたった一言

 

「…そこまで考えてなかった」

 

「ユエさん!?」

 

「嘘、ハジメもコウスケもお互い大切に思うから話がややこしくなる」

 

 バッサリと切り捨てるユエにシアは苦笑しながら自分も思いっきり当たってみるかと誓う事にする。いい加減暗い雰囲気が漂いすぎてめんどくさくなってきたのだ。

 シアはもっと明るく楽しく旅をしていたい。仲間が暗く思い悩むようなら自分が振り回せばいい。

 

「ふふ。そうですね。私の恩人たちは本当にめんどくさくて仕方のない人たちです。ユエさん私決めました!もっとシンプルにバッサリと行きます!ユエさんも協力してくれますか」

 

「んっ!私に任せて」

 

「ありがとうございます。後でティオさんも巻き込んでしまいましょう。私たちは仲間なんですから」

 

 この次にどう行動するべきか話し合いながら2人はにこやかに笑いあうのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 コウスケが眠りについて目を覚まさなくなってから数日後。その日もハジメは朝からコウスケのそばにいたのだがドゴンッ!と音を立て勢いよく扉が開かれた。何事かと扉を見るとそこにいたのはシアだった。大きな音を出さないようにと注意しようとしたところでハジメは気が付いた

 

 シアはなぜかドヤ顔で胸を張っている。それはまだいい。しかし服装が問題だった。

 

服装は何時も着ている丈夫な冒険者風の服と異なり、可愛らしい乳白色のワンピースだ。肩紐は細めで胸元が大きく開いており、シアが豊かな胸を張るとぷるんっ!  と震えている。腰には細めの黒いベルトが付いていて引き絞られており、シアのくびれの美しさを強調していた。豊かなヒップラインと合わせて何とも魅惑的な曲線を描いている。膝上十五センチの裾からスラリと伸びる細く引き締まった脚線美は、弾む双丘と同じくらい魅惑的だった。

 余りにもいつもと違いすぎてハジメがあっけにとられていると堂々と近づいてくるシア。

 

「さぁハジメさん!私と一緒にデートに行きましょう!」

 

「……は?」

 

「聞こえませんでしたか?ならわかり安く言いましょう。デ!エ!ト!です!」

 

「いきなり何を言っているの?」

 

 余りにも突然のことで混乱するハジメにシアは問答無用で腕を絡んでくる。増々困惑するハジメにシアは何故か悪戯の相談をするような表情を向けてくる

 

「ふふん。私は気付いたのです。コウスケさんが起きないのならそのまま寝かせておいて、私と一緒にハジメさんはデートに行けばいいのですぅ!そうしたらコウスケさん羨ましくなってすぐにガバリと飛び上がりますよ!『俺が寝ている間に何やってんのお前は!』って感じで」

 

 そのままドヤ顔を決めるシアにしばしあっけにとられ、理解すると同時にハジメは思わず吹き出してしまった。確かに美少女とデートをしていたらコウスケは飛び上がって羨むだろう。なぜかその姿が明確に浮かんでくる。

 

「確かにコウスケなら飛び上がりそうだね。でもいいのかな。遊んできても。何かあったらどうしよう」

 

「そこら辺はユエさんとティオさんにちゃんとお願いしてきましたから大丈夫ですぅ。さぁ行きましょうハジメさん!寝坊助なコウスケさんは放っておいて遊びに行くのですぅ。目が覚めたら何をしていたかを自慢するように話をして思いっきり笑ってあげましょう!」

 

 なんとも無茶苦茶なことを言うシアだが自分に対して気遣っているのが丸わかりだ。そんなシアとおそらくシアに入れ知恵したユエと留守番を頼まれたティオに感謝するハジメ。

 

「ありがとう…みんな」

 

「んん??何か言いましたか?」

 

「ううん何でもないよ。それじゃあ後のことは2人に任せてどこに行こうか」

 

 そのまま笑いあいながら2人は町へと繰り出していったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメがシアと一緒に町へ繰り出している間、ユエはコウスケのそばにいた。念のため起きたときにそばに誰かがいた方が良いのと単純に暇だったのだ。

 

「……ん、柔らかい」

 

 することもないのでベットにいるコウスケに近寄りムニムニと頬っぺたを触るユエ。からかった反撃としてコウスケがよくユエにしていることを今度は自分がやり返しているのだ。しかし反応がないので味気なくすぐに飽きてしまった。やはりコウスケが何かしらリアクションを取ってくれないと実に面白くない。

 

「んーーーー暇」 

 

 あまりにも暇だったので気晴らしに魔法の訓練でもしようかと考えていると、扉を開きティオがやってきた。片手にはなにやら飲み物を持っている

 

「ユエ、飲み物を持ってきたのじゃ」

 

「ん、ありがとう」

 

 どうやらティオも暇を持て余したのだろうか。手渡された飲み物を口につけているとティオは何やら深刻な顔つきで眠りにつくコウスケを見ている。

 

「…どうしたの」

 

「なぁユエよ。お主はコウスケが清水を助けているとき疑問には思わなかったのか」

 

 真剣な顔つきで尋ねてくるティオに目で話の続きを促す。最も言いたいことは何となく理解はしているが

 

「あの異常な魔力量の多さじゃ。あの場にいた皆は気付いてはおらなかったようじゃが、清水は間違いなく死ぬ一歩手前だったのじゃ。

それを自分の技能だけでたった一人で完治させたなんて普通はありえないのじゃ。確認するがコウスケは治癒魔法が得意ではないのじゃろう?」

 

「ん、コウスケは防御寄り、回復や治癒はあくまでおまけに近い」

 

 ティオの言いたいことはユエもわかっていた。清水の傷は苦手な治癒魔法で完治できるほど浅くはなかった。しかしコウスケはただ助けたいという思いだけで、莫大な魔力を使い清水を完治させてしまったのだ。あの場にいた誰もが、おそらくハジメもシアも気づいていないが普通はあんな莫大な魔力を持つ人間はいない。

 

「コウスケが神の使徒の一人だとかそういう話もシアから聞いてはおるのじゃが…いくらなんでも規格外すぎる。あの場にいた生徒達が同じ召喚された人間だとしても差がありすぎる。まるで水たまりと底なし沼ぐらいじゃもしや…里の者が感知した異常なものとはコウスケだったのかもしれぬ」

 

 ティオはコウスケの顔を見つめうむむと唸っているがユエにはそこまで深刻に考える事かと思っていた。

 

「ティオ」

 

「む?なんじゃユエ」

 

「コウスケはコウスケ。何も問題はない」

 

 そうたとえコウスケが異常な魔力の量を持っていたとしても、それが魔法の専門の自分やティオを超えるほどの魔力量だとしても

あの優しくおどけて、でも変なめんどくささを持ったコウスケであることに変わりはないのである。

 

「そうかコウスケはコウスケか…そうじゃな妾は異常なことを目の前にして少々取り乱しておったのかもしれぬ」

 

「ん」

 

 

 納得をするティオを見て微笑むユエ。色々疑問に思う事もあるかもしれないが結局はなんだかんだで大丈夫なのだ。未だに眠っているコウスケを見ながらユエはそう信じているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユエとティオがコウスケの部屋で話し込んでいるとき、ハジメは少々困っていた。

 

 最初にシアの要望で水族館へ行った時は純粋に楽しかったし良い気晴らしにも慣れた。途中で何故か水族館に展示されていたシー○ン風の中年魚とも知り合いになれた(ちなみに外に出たがっていたので少々乱暴なやり方で外に出してしまった。一時のノリとはいえ水族館のスタッフには申し訳ないことをしてしまった)

 

 その後昼食を食べ露店のお菓子を食べ歩きをしたときハジメの気配感知に小さな気配を感知したのだ。そこまでならよくある事かもしれなかったが、感知した場所が下水でしかも弱っている子供だと感知したのだ。そこまでの事をシアに説明するとすぐに助けることになった。

 

 多分に面倒ごとの気配がするものの仕方ないと思いつつさっくりと救助するハジメ。人目に付かない袋小路で救助して毛布に包み込んだ子供を確認すると6~7歳ぐらいだろうかエメラルドグリーンの長い髪と幼い上に汚れているにも関わずわかるくらい整った可愛らしい顔立ちをしていた女の子だ。

 だが何より特徴的なのは、その耳だ。通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いているのである。しかも、毛布からちょこんと覗く紅葉のような小さな手には、指の股に折りたたまれるようにして薄い膜がついている。

 

 明らかに海人族だった。本来は西大陸の果、【グリューエン大砂漠】を超えた先の海、その沖合にある【海上の町エリセン】で生活しているはずの海神族の子供が何故下水道にいたのか、物凄い犯罪の匂いがする中でその海人族の子供が目を覚ましたのだ。

 

 目と目が合い両者硬直するもさっさと清潔にするためにシアに宝物庫で取り出した錬成で作ったお風呂に入らせるように頼み込むハジメ。自分はその間に子供用の服を買いに行っているところだったのだ。

 

「はぁなんでこの年で子供用の服と下着を買わなくちゃいけないんだろう。…別にいいけどさ。なんかコウスケが見ていたら絶対に煽ってくるよね。『マジか…お前ロリコンだったのか!』って。ロリコンはコウスケの方だろ。先生を見てハイエースって言っていたし。…ん?合法的なロリコンの方なのかな?」

 

 文句と阿保なことを言いながらも手早く服と下着を買うハジメ。店員の目が気にはなったが素知らぬ顔をして何とかしのいだのだ。戻ってくると子供は既に湯船から上がっており、新しい毛布にくるまれてシアに抱っこされているところだった。抱っこされながら、シアが「あ~ん」する串焼きをはぐはぐと小さな口を一生懸命動かして食べている。薄汚れていた髪は、本来のエメラルドグリーンの輝きを取り戻し、光を反射して天使の輪を作っていた。

 

 シアに服の着せ替えを頼みながらこの時になって自己紹介をするハジメ。子供の名前はミュウで事情を聴くに海岸線の近くを母親と泳いでいたらはぐれてしまい、人間族の男に捕らえられたらしいということだ。

 

 後はハジメの想像通り牢屋に入れられオークションの順番待ちをしている間に何とか抜け出したが下水道で力尽きてしまった。と言う話だった。やはり明らかな面倒ごとで溜息を吐くハジメ。さっさと保安署に預けようとしたがシアに拒否されてしまった。

 

 ハジメの言う保安署とは、地球で言うところの警察機関のことだ。そこに預けるというのは、ミュウを公的機関に預けるということで、完全に自分達の手を離れるということでもある。なので、見捨てるというわけではなく迷子を見つけた時の正規の手順ではあるのだが、事が事だけにシアとしては見捨てたくないと思ってしまったのだろう。

 

 増々溜息が大きくなるハジメ。しかしこちらも子供連れで旅をする訳にはいかない。おまけにこれはフューレンの問題である。自分たちが勝手なことをするわけにもいかない。ミュウに対して情が出てきたシアを何とか説得し、ついでにミュウも説得するハジメ。

 

「や!一緒にいるの!」

 

「や!じゃないってば…」

 

 助けてくれた人達と一緒にいたいと駄々をこねるミュウだったが、強制的にハジメに連れられ、保安署の職員に預けられるミュウ。事情を聞いた保安員は、表情を険しくすると、今後の捜査やミュウの送還手続きに本人が必要との事で、ミュウを手厚く保護する事を約束しつつ署で預かる旨を申し出た。

 

 ハジメの予想通り、やはり大きな問題らしく、直ぐに本部からも応援が来るそうで、自分達はお役目御免だろうと涙目になるミュウに後ろ髪を引かれる様な気持ちを抱きながらも引き下がった。

 

 

 やがて保安署も見えなくなり、かなり離れた場所に来たころ大きな音が響き渡ってきた

 

 

 

 ドォガァアアアン!!!!

 

 どうやら背後で爆発が起き、黒煙が上がっているのが見えた。その場所は、

 

「ハ、ハジメさん。あそこって……」

「保安署か!」

 

 そう、黒煙の上がっている場所は、さっきまでハジメ達がいた保安署があった場所だった。二人は、互いに頷くと保安署へと駆け戻る。タイミング的に最悪の事態が脳裏をよぎった。すなわち、ミュウを誘拐していた組織が、情報漏えいを防ぐためにミュウごと保安署を爆破した等だ。

 

 焦る気持ちを抑えつけて保安署にたどり着くと、表通りに署の窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっている光景が目に入った。しかし、建物自体はさほどダメージを受けていないようで、倒壊の心配はなさそうだった。ハジメ達が、中に踏み込むと、対応してくれたおっちゃんの保安員がうつ伏せに倒れているのを発見する。

 

 両腕が折れて、気を失っているようだ。他の職員も同じような感じだ。幸い、命に関わる怪我をしている者は見た感じではいなさそうである。ハジメが、職員達を見ている間、ほかの場所を調べに行ったシアが、焦った表情で戻ってきた。

 

「ハジメさん! ミュウちゃんがいません! それにこんなものが!」

 

 シアが手渡してきたのは、一枚の紙。そこにはこう書かれていた。

 

“海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて○○に来い”

 

「ハジメさん、これって……」

「本当に面倒事っていうのは舞い込んでくるんだね…」

 

 ハジメは、メモ用紙をグシャと握り潰すと大きなため息を吐いた。おそらく、連中は保安署でのミュウとハジメ達のやり取りを何らかの方法で聞いていたのだろう。そして、ミュウが人質として役に立つと判断し、口封じに殺すよりも、どうせならレアな兎人族も手に入れてしまおうとでも考えたようだ。

 

 そんなハジメの横で、シアは、決然とした表情をする。

 

「ハジメさん」

 

「はぁ……うん。シアを狙うっていうのならこいつらは僕たちの敵だ。さっさとミュウを取り返そう」

 

「はいです!」

 

 

 正直、危険な旅に同行させる気がない以上、さっさと別れるのがベターだとハジメは考えていた。精神的に追い詰められた幼子に、下手に情を抱かせると逆に辛い思いをさせることになるからだ。

 

 とはいえ、再度拐われたとなれば放っておくわけにはいかない。余裕があり出来るのに、窮地にある幼子を放置するのはあり得ない選択だ。それに今回はシアをも狙っている。ハジメに対して明確に敵だと宣言しているという事だ。

 

 ハジメとシアは武器を携え、化け物を呼び起こした愚か者達の指定場所へと一気に駆け出した。

 

 

 

 

 

 




取りあえずここまでです

追記

次回は展開があまりにも思いつかず悩み始めてしまったので無理矢理になります。
ごめんなさい

感想お願いします(上目使い)


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ああもう、分かったよ!

色々と賛否両論でしょうが取りあえずこんな感じになりました。

やりたいことして好きなように書くためにこの物語を書いているので好きなようにやらせてもらいます(言い訳)


 

 

 

 

 

「いったい何者なんですかお前は!!」

 

  裏オークション会場の司会の男は激怒していた。商品として出されていた海人族の子供が水槽の中で一つも身じろぎもしないので商品としての価値が下がるのを恐れ棒でつつこうとしたときに天井から派手な音出しながら舞い降りた男が商品である海人族の子供を水槽をたたき割りさらってしまったのだ。いきなりの事でうろたえるのもつかの間すぐに怒声をあげる。

 

 

「大丈夫ミュウ?どこか怪我をしたところはない?」

 

 

 天井から降ってきた男…ハジメは腕に抱きかかえたミュウを手早く毛布にくるみ優しく声をかける。ミュウは初めてあった時のように

ジッーとハジメを見つめると自分を助けてくれたのが誰かわかった瞬間目を潤ませ、

 

「お兄ちゃん!!」

 

 ハジメの首元にギュッウ~と抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。そんなミュウをハジメは苦笑し背中をポンポンと叩く。 

 このオークション会場にたどり着くまでにどこかの裏組織の人間を威圧で黙らせながら探し続けた結果どうにかしてたどり着いたのである。ミュウが怪我がなくひとまず無事であることに安堵するハジメ。

 

 

 と、再会した二人に水を差すように、ドタドタと黒服を着た男達がハジメとミュウを取り囲んだ。客席は、どうせ逃げられるはずがないとでも思っているのか、ざわついてはいるものの、未だ逃げ出す様子はない。

 

「クソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようですね。その商品を置いていくなら、苦しまずに殺してあげますよ?」

 

 総勢五十人近くのの屈強そうな男に囲まれて、ミュウは、首元から顔を離し不安そうにハジメを見上げた。ハジメはミュウの頭を優しくなでると自分の胸元に顔を埋めるように言う。言われたミュウは素直に顔を埋めると両手で耳をふさいだ。

 

 完全に無視された形の黒服は額に青筋を浮かべて、商品に傷をつけるな! ガキは殺せ! と大声で命じた。その瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れよ」

 

 

 

 その声と共に威圧を解放する。中々に腹が立ってイラついていたので、加減をする気がなかった。その本気の殺意がその場のすべての人間に降り注ぎ、一瞬で意識を刈り取られたのかバタバタと人が崩れ落ちる。

 特にハジメの周りを囲んでいた男たちは感じる圧がすさまじかったのか全員が泡を吐き白目になっている。意識を取り戻しても何らかの後遺症になってもあり得そうな気絶の仕方だった。

 

「全くこう何度も実力差が分からない人間がいるとこの世界の人間って馬鹿ばっかりなのかと疑っちゃうよねコウスケ」

 

 溜息を吐きながら文句を言うも隣で同意してくれる親友はいない。その事に寂しさを感じるハジメ。やはりいつもそばにいた人がいないのは中々クルものがある。いつから自分はこんなに弱くなったのだろうかとドンナ―を構え倒れていた男たちに照準を合わせる。

 

 

 

 

 

「………ッチ」

 

 だが、ドンナ―から弾は出てこない。

 

 ハジメが引き金を引くのをためらってしまったからだ。見せしめのつもりだった。自分たちに連れに手を出せば死が待っている、と凄惨な光景を出し手を出せないようにするつもりだった。

 

 だができなかった。ハジメはここに来るまでに一度もドンナ―を撃っていない。すなわち一度も人を殺していない。早くミュウを保護しなければと、ドンナ―を撃っている暇なんかない、とも考えていたが実際は

 

「何で人を殺すなっていうんだよ…コウスケ」

 

 引き金を引こうとするたびに悲しそうな親友の顔がちらつくのだ。懇願するように、でもどこか諦めたような、何とも言えない顔だった。そんな顔をしないでほしかった。いつものように明るくふざけて笑っていてほしかった。

 

 

 

 

「敵は殺さないと…そうじゃなければ僕たちは…死んでしまうかもしれないんだよ」

 

 無意識に出た言葉がハジメの偽らざる本音だった。あの奈落の中、爪熊に襲われたとき初めて自らの死を意識した。コウスケが必死になって庇ってくれて、逃げだした時、自分の腕の中で静かにコウスケの息が弱くなっているときは自分のかけがえのないものが死んでしまうと感じた。感じてしまった。理解してしまった。

 

「強くなければ死んでしまう…ここはそんな世界なんだ」

 

 だから強くなろうとした。死にたくない。死なせたくない。ただそれだけを原動力にして。だが、コウスケは殺さないでくれと人を殺してしまったら不幸になってしまうと。

 

「今死んでしまったら不幸も糞もないんだよ?そこら辺ちゃんとわかっているの?大体なんなのさ人の事ばっかり言ってさそんなに心配するほど僕は貧弱な心を持っている様に見えるわけ?冗談キツイよ」

 

 悪態をつきながらも引き金に掛かる指の力がどんどん弱くなり、ついには腕を下ろしてしまった。その時タイミングよく奥から更に十人ほどやってきたがホールの惨状をみて狼狽している。

 

「なん、なんだってんだこりゃっ!」

 

 すぐさま威圧を放つハジメ。本気の殺気を浴びた男たちはまたもや泡を吹き白目になりながら崩れていく。その光景を見てようやくハジメは気付く

 

「………はは、そっか僕は…強くなっているんだ」

 

 一瞬で屈強な男たちを刈り取った自分の強さなら、人を殺さなくてはいいのではないかと、親友を悲しませることもないのではないかと考えれば考えるほど徐々にハジメは気付いていく。自分は強い。そう簡単にやられることもなければ死ぬことなんてないのではないか。

 

「はぁ~~~~~~~~~」

 

 長い長い溜息だった。心の奥底から吐き出すような溜息だった。やはりコウスケのせいで溜息が格段に増えたとどこかで考える自分がいる。そんな風に考え口角が上がるとガバリと顔を天井に向ける

 

「ああもう!!分かったよ!分かった分かった!!やめるよ!やめればいいんでしょ!僕は人を殺さない!それでいいんでしょ!聞いているのコウスケ!まったくもう!人に制限プレイをしろっていうの!?良いよやってやろうじゃないか!制限がかかった状態でどうにかするのがプロゲーマーだからね!僕をなめるなよチクショウ!」

 

 魂の叫びだった。決意でもあった。自分は強くなった。もう死ぬことの恐怖におびえることもなければ自分の無力さに嘆くこともない。だから人を殺そうとするのはやめるとしよう。もし、それでも強力な敵が来たらコウスケに頑張ってもらえばいい。自分の殺人を止めたのだ。それぐらいの責任はもってほしい。

 

「…お兄ちゃん?」

 

「ゴメンねミュウ。さぁ帰ろう」

 

 ひとしきり叫びすっきりしたところで不思議そうに眺めてくるミュウをあやしながらシアに念話を届け出口に向かっていくハジメ。その足取りは本人は気付いているのかいないのかとても軽かった。

 

 

 

 

 

 

”シア。ミュウを発見して保護したよ。そっちは?”

 

”よかったですぅ。こっちは売りに出されそうになっていた子供たちを発見し全員避難させたところです。”

 

”そっかそれはよかった”

 

”ですぅ!それはそれとしてなんか機嫌がよさそうですね?何かありました”

 

”…人を殺さないって覚悟を決めただけ…それだけだよ”

 

”んっふっふ~そうでしたか~”

 

”なに笑っているのさ”

 

”なんでもないですぅ”

 

”…はぁ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”あ、ちなみに報告です。私を捕まえようとした愚かな人たちはもれなく全員乙女にしましたので”

 

”うわぁ”

 

 

 

 

 

 

 






 真エンディングの条件の一つ『南雲ハジメは人を殺さない』のロックが解除されました

 南雲ハジメの強化フラグが立ちました





ちなみに↑の文字はフレーバーです。お気になさらず…
かなり短いですが取り合ずここまでです。できたら今日の夜にはもう一つ上げたいですが…
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目覚める

やっと出できたー
シリアスしていますが会話内容が変な可能性がガガガg

急遽仕上げたので例にもれず短めです


 

 

 

 いつだって朝目を開けるのは億劫だった。ずっと引きこもっていたかった。だはそれは世間の目が許さない。社会が許さない。何より自分が許さなかった。このまま目を覚まさないのは社会から逃げ出してしまうという事を自分はよく知っているからである。

 

 …たとえそれがどんなに辛くても、悲しくても、反吐が出そうでも、病みそうになっても…死にたくなっても………自分は社会人だから、大人だから、仕方がないのである。

 

(あぁせめてこの暖かいのをもっと堪能してから……ん?)

 

 ベットの中で非常に暖かく手触りが良いものを抱きしめてから気付いた。自分の枕はこんなに手触りが良くない。なら今抱きしめている物は?うっすらと目を開け視界に入ってきたのは、サラサラと手触りがよさそうで綺麗に手入れがされている現実にはあり得なそうな金色の髪の毛だった。

 

(あぁ?なんだこれ?)

 

 未だに眠気が残る思考の中で視線を下に持っていくとそこにいたのは金髪の髪の持ち主の非常に顔の整った女の子だ。見かけは12から14歳だろうか。非常に安心しきった顔で眠りこけてる。

 

(オイオイ誰だコイツ…邪魔くせぇな…)

 

 自分の絶対安全領域の寝床に知らない誰かがいて途方もなくイラつくも手はどうしてだか優しく女の子の頭をなでている。

 

「…ん…コウスケ?」

 

「……ぁ」

 

「?」

 

 

 自分の(知らない)名前を呼ばれ濁り切った思考と記憶が消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…えっと、おはようユエ」

 

「ん」

 

 そしてようやくコウスケは何日かぶりに起きることができたのだ。

 

 

 

 

 

 

「なーんでユエさんは俺のベットに潜り込んでいたんですかねぇ」

 

「ん、暖かくて気持ち良かった」

 

「だからと言って嫁入り前の女の子が男のベットの中に入ってくるなよな」

 

「コウスケはヘタレだから問題ない」

 

「うごっ」

 

 朝と言うには遅すぎる昼手前。ユエに文句を言うコウスケ。最も目覚めはとても良かったので苦笑し窘めるようなものだ。コウスケが起きた後一度部屋から出たユエはそのまま帰ってきて備え付けの椅子に座ったので、いろいろ事情を聴き自分が数日間眠っていることに気付き驚愕するコウスケ

 

「ええ!?俺そんなに寝ていたの!?」

 

「ん、ずっと起きなかった」

 

「うぅマジか…すまん迷惑を掛けたな」

 

「…迷惑はかけてない、心配しただけ」

 

「おおぅ尚更申し訳ない…やっぱり酒は控えめにしないとな」

 

 コウスケの最後の記憶と言ったらティオと一緒に酒を飲んでいたころだ。途中で記憶がなかったのだが変なことを言ってはないだろうか、心配はするも、何日も寝ていて心配を掛けさせてしまったのが心に響く。目を彷徨わせていたコウスケは、ほかの仲間達がどこに行ったのかユエに聞く

 

「シアは今コウスケの身体に優しいものを作っている。ハジメとティオは事件の後始末中」

 

「事件?」

 

「ん、ハジメとシアがデートの途中で海人族の女の子に遭遇して…色々あった」

 

「説明が面倒で一気に端折ったな…まぁいいか。んでデート?アイツ俺が寝ている間になんてことを…じゃなくって海人族?ってことは、あーそっか終わってしまったのか」

 

「終わった?」

 

「ごめんユエ。こっちの話」

 

 不思議そうに見てくるユエに謝り、少し原作の整理をするコウスケ。自分が寝ている間に海人族の幼女ミュウを助けるイベントは終わってしまったようである。確かあの話は助けたミュウをさらわれてしまい助けるために裏組織(笑)の人間たちを根こそぎ殺戮する話だった。見ていてなんだかなぁーと思った話だ。

 

(ってことは…南雲はやっぱり人を殺してしまったのかな)

 

 原作通りならそうしているはずだ。自分の介入によって変わったかも知れないが結局何も変わらなかったと思うと無力感に悩まされる。結局自分は本当の意味で南雲ハジメを救うことができなかったという事になる。とその時ユエがそっと呟いた声が気になった

 

「大丈夫。コウスケの気持ちはちゃんとハジメに届いた」

 

「…ユエ?」

 

 いつの間にか俯いてしまっていた顔をあげるとそこには微笑みながら部屋から出ようとするユエの姿があり入れ替わるようにやってきたハジメの姿があった。

 

 

「…南雲」

 

「…体の調子はどう?大丈夫」

 

 最後に顔を見合わせたのはいつだったか。随分と久しぶりに感じるもハジメはいつもと変わらずに接してくる。その事に嬉しく思いつつ、どうしても人殺しをしてしまったのか気になって仕方がないコウスケ。

 

「あぁ平気だ。多少体がだるいけど、すぐによくなるだろう。それより…あー事件に巻き込まれたって聞いたけど」

 

「事件というか面倒ごとなんだけどね、後で紹介するミュウっていう女の子なんだけど…」

 

 そのままハジメから事件の全貌を聞くコウスケだがなぜかハジメはずっと苦笑したままだ。訝しそうにするコウスケにハジメはひらひらと手を振る。

 

「…コウスケ。もしかして僕がミュウをさらった暴漢たちを殺したと思っているの?」

 

「…あぁそうだと思っていたんだが…」

 

「残念。僕は、誰一人として、殺さなかったよ」

 

「!」

 

 多少は痛い目を見てもらったけどと付け足し何でもないことかのように話すハジメにコウスケは驚愕する。ハジメは自分が直前で邪魔をしない限りなんだかんだで意見を変えないと思っていたのだ。それがいったい何を思ったのか考えるコウスケにハジメは静かに自分の心情を話し始める

 

「…あの奈落での時のことを覚えている?…僕は死にたくなんてなかったんだ。それにコウスケを死なせたくなんてなかった。だから敵はすべて殺すそう思っていたんだ。今でもその思いを完全には消すことはできない。だけどあの時と比べて少しだけ強くなったんだ。だから…だからさ、ちょっとだけでも力を緩めても大丈夫かなって思ったんだ」

 

「…南雲」

 

 静かに話すハジメの姿にしんみりとするコウスケ。ハジメも色々と考えていたのだと今更になって痛感する。

 

「それに強い敵が来てもコウスケが…皆がいてくれるんなら何とかなるんでしょ?」

 

「ああ、その通りだ。俺たちが一緒にいる」

 

「なら…うん。僕は人を殺さない」

 

 決意したその目は真剣で、その事がとてもうれしく、何故だか報われたような気がした。目じりの端に涙を貯めるコウスケに少々面食らいながらも気恥ずかしそうに頬をかくハジメ。いつもの明るく騒がしい雰囲気とは違い穏やかで優しい空間がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウスケさん起きましたか!この私特製のお粥を食らいやがれですぅ!!」

 

「食らうの!」

 

 しかしそんな雰囲気も崩れ去るのは一瞬だった。突如ドアを蹴破りながら乱入してきたのはふりふりエプロンを着たシアとシアにくっついてきた見知らぬ幼女、ミュウによって一気に場の雰囲気が変わってしまった。

 

「うぉ!シア!?」

 

「コウスケさんおはようございます!さぁ色々皆に心配をかけた罰としてこの熱々お粥を一気に食らうのですぅ!」

 

「さっさと口を開けてあーんなの!」

 

「おい待てシアお前俺を無理矢理抑えるって力強くね!?そしてさっきからそこの幼女はなんで熱々レンゲを俺の口に運ぼうとしているの!?」

 

 いきなり部屋に乱入してきたかと思えばすぐさまコウスケに飛びかかり押さえつけるシア。ミュウは器用にシアから渡されたお盆を手に取り熱々お粥の入ったレンゲをコウスケの口へ運んでいく。出会って数日のはずなのに大変息の合ったプレーだった。ちなみにハジメはすぐさま邪魔にならないようにコウスケから離れている。

 

「南雲止めてくれ!こいつら善意で俺を殺そうとって熱!熱いんだよ!美味いんだけど熱!げっほげっほ。これじゃあただの拷問じゃねえか!南雲笑っていないで止め、だから熱いんだってば!聞けよ幼女!」

 

 目の前で熱々お粥を浴びせられているコウスケを見て微笑みながらやっとで日常が帰ってきたなと感じるハジメだった。

 

 

 

 

 

 

 




これにてシリアスは終了かな

ステータスとイルワとの会話は次の話に載せておきますかね

感想お願いします(くねくね)


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事後報告

かなり短いですが投稿します
いつもの事ですが会話内容が変でもお気になさらず…


 

 

 

「さてと、それじゃあ改めて自己紹介かな。俺の名前はコウスケだ」

 

「ミュウの名前はミュウなの!」

 

 部屋の一室にて自己紹介をするコウスケとミュウ。先ほどの熱々お粥ぶっかけ事件はさっさと後片付けをしミュウと改めて顔を合わせになったコウスケ。実は先ほどのお粥はそこまで熱くは無かったのでやけどはなかったのである。

 

「しっかし海人族の子供を助けることになるとはねぇー…ことあるごとに厄介ごとがやってくる気分はどうですかな南雲君」

 

「…正直な話、僕何か悪いことしたのかな?」

 

「ドンマイだ南雲、それよりイルワさんのところへ行かなくちゃいけないんだっけ?」

 

 ハジメにからかうように茶化してみたら、どんよりした空気で返され慌てて慰めるコウスケ。話を無理矢理切り替えるためにイルワの名前を出す。確かウルの町の事やウィルのことを報告しなければいけなかったはず

 

「あーうん、どっかの誰かさんの体調を考慮して後回しにしていたんだった。見たところ歩けそうだしさっさと向かうとしよう」

 

「面目ない」

 

 申し訳なさそうに謝るコウスケにハジメは苦笑しながら手を振るのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウスケ君体の方は大丈夫なのかね?顔色は良くなっているが…」

 

「少しだるいぐらいで問題はないですよ」

 

「そうかそれはよかった」

 

 現在、ハジメ達は冒険者ギルドにある応接室でイルワと対談していた。コウスケの体調を確認すると改めてハジメ達に向き直り穏やかな表情で深々とハジメに頭を下げた。

 

「まずは君たちに最大の感謝を。ウィルを生きて連れ戻してきたこと、数万の大軍からウルの町を守り切ってくれたことおまけにこのフューレンに巣くうゴミ共を片付けてくれたこと。本当に感謝してもし足りないぐらいだよ」

 

「ん?ウルの町のこと話をしたの?」

 

「いや僕はしていないけど…長距離連絡用のアーティファクトでもあるんじゃないの」

 

 ハジメの考察に苦笑するイルワ。どうやらハジメの考察が当たったらしい。

 

「ご名答だよギルドの幹部専用だけどね。私の部下が君達に付いていたんだよ。といっても、あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていたようだけど……彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」

 

 

 やはり監視員が付いていたらしい。色々移動したのでそのたびに振り回されていた名も無き監視員に同情するコウスケ

 

「それにしても、大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは……二重の意味で君に依頼して本当によかった。数万の大群を殲滅した力にも興味はあるのだけど……聞かせてくれるかい? 一体、何があったのか」

 

「構わないよ。だけどその前に3人分のステータスプレートを頼む。多分そっちを見た方が早い」

 

「ふむ、確かに、プレートを見たほうが信憑性も高まるか……わかったよ」

 

 そう言って、イルワは、職員を読んで真新しいステータスプレートを三枚持ってこさせる。

 

 

 

 結果、ユエ達のステータスは以下の通りだった。

 

====================================

ユエ 323歳 女 レベル:97

天職:神子

筋力:120+(D)

体力:300+(D)

耐性:100+(D)

敏捷:240+(D)

魔力:6980+(AA)

魔耐:7120+(A)

 

技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法

 

状態

 

勇者の加護

 

 

====================================

 

====================================

シア・ハウリア 16歳 女 レベル:67

天職:占術師

筋力:5640+(A)

体力:4540+(D)

耐性:3240+(D)

敏捷:5670+(A)

魔力:1020

魔耐:1800

技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅱ] [+集中強化]・重力魔法

 

状態

 

勇者の加護

 

 

====================================

 

====================================

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

天職:守護者

筋力:770  [+竜化状態4620]+(D)

体力:1100  [+竜化状態6600]+(D)

耐性:1100  [+竜化状態6600]+(B)

敏捷:580  [+竜化状態3480]+(D)

魔力:4590+(B)

魔耐:4220+(B)

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

 

状態

 

勇者の加護

 

====================================

 

 

 

 明らかに異様なステータスだった。ハジメの方は何となく察してはいたので動揺は少ないがさすがにイルワにとっては想定外だったようで硬直している。

 

(しかし、皆コウスケの影響を受けているんだよね…コレ)

 

 普通のステータスでは表示されることの無いものがちらほら見られるのでコウスケの力が感染しているのだろう。原因(コウスケ)を見ると顔を背け視線を外された。自分が悪くないと言いたいらしい。呆れながらも後で自分のステータスプレートを確認しようと思うハジメ。恐らく彼女たちとは違ってさらにおかしくなっている可能性がある。

 

 

「いやはや、まさかここまでとは…」

 

「動揺しているところ悪いんだけど危険分子だと教会に突き出す?」

 

 イルワは、ハジメの質問に非難するような眼差しを向けると居住まいを正した。

 

 

「冗談がキツいよ。出来るわけないだろう? 君達を敵に回すようなこと、個人的にもギルド幹部としても有り得ない選択肢だよ……大体、見くびらないで欲しい。君達は私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」

 

「……そう。それは良かった」

 

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを全員“金”にしておく。普通は、“金”を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど……事後承諾でも何とかなるよ。色々交渉材料はあるからね」

 

 にこやかにほほ笑むイルワを見れば後は任せておけとでも言いたげな表情だ。なら後の色々な面倒ごとは頼もうかと考えるハジメ

 

 

「あ~そういえばイルワさん聞きたいことがあるですけど」

 

「何かな、コウスケ君」

 

「少しの間なんですが俺の休養のためにこの町に滞在することになったんですけど…南雲が気絶させた裏組織の連中あれはどうするんですか?滞在している間は余計なことに絡まれたくはないんですけど」

 

 実は部屋にいるときに少しの間、フューレンに滞在することになったのだ。理由としてコウスケの体調が良くなるまではここにいようとハジメが提案したのだ。他の3人も、同意したので結果休むことになったのはいいのだが滞在している間に面倒ごとは関わり合いになりたくなかったのだ。

 

「ああ、あのゴミ共のことかい?それは任せてくれたまえ。ハジメ君が気絶させた連中から色々聞きたいことがあるからね。証拠はたっぷりと残っているし、色々やりようはある。正直ハジメ君はよくやってくれたよ、捕まえた連中には幹部クラスのゴミもいた事だし、我がフューレンギルドの腕が鳴るところだよ」

 

 そのまま不敵な笑みを浮かべるイルワ。どうやら裏組織にいろいろ手を焼いていたところに思わぬ朗報だったらしい。口角が上がり明らかに悪い顔をしている。先ほどまでの顔とは違いすぎることにハジメ達がドン引きしていると慌てたように微笑むイルワ

 

「ま、まぁそういう事だから後々の細かいところは我々に任せてほしい。君たちの身に危険が迫るようなことは一切ないとフューレンギルド支部長の名に誓って約束するよ」

 

「…大きく出ましたね」

 

「それだけに君たちには感謝しているんだよ。それに、異世界からの来訪者である君たちには、この街が危険な所ではないと感じてほしいからね。」

 

 微笑むイルワは只々ハジメ達に感謝をしている顔だった。

 

 

 

 

 その後保護したミュウはハジメ達が故郷である【海上の都市エリセン】に連れて帰ることになった。何でもハジメ達にとてもよくなついていることや異常な強さにハジメ達が連れて行っても問題はないという事になったらしい。

 

 喜ぶシアやミュウをしり目に少々げんなりするコウスケ。

 

「どうしたのそんな浮かない顔をしてさ」

 

「あー子供は苦手なんだよな」

 

「ふぅん?」

 

「純粋な目で見られているといかに自分が汚れきったかが分かりそうで…あと遠慮のない言い方が苦手」

 

「そうなんだ。…コウスケって結構面倒見がよさそうに感じたけど」

 

「気のせいだ。それより良いのか?途中で【大火山】の迷宮に行くんだろ?明らかに危険地帯に突っ込む羽目になるんだが」

 

「そこら辺は…何とかするよ」

 

「……そういえばお前、海人族に対してかなり興奮していたっけ?…光源氏計画?」

 

「な!?ち、違うよ!」

 

「うわーその内『パパ』って呼ばせるつもりなんだろ。そして綺麗に成長した暁にはパクッと…ちょっとそれにはコウスケさんドン引きですわ」

 

「だから違うって!」

 

「あのな幼女に手を出しているのは2次元なんだからオッケーなんだぞ?其処ら辺ちゃんと理解している?

YESロリータNOタッチの紳士協定が理解できてる?」

 

「だから人の話を聞いてよ…」

 

「幼女に手を出すのは犯罪です。……あれユエや先生さんは?合法ロリはどうなるんだろう?」

 

「知らないってば…」

 

 

 

 

 




うーん短い

ステータスは適当です

次はコミュパートなのでいろいろ書きたいです


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交流をして訓練を頑張って考える みっつめ

なんとか出来ました!

やっぱりこの話を考えているときが一番の至福ですね




 

 

 

皆とコミュ

 

 

羨ましい

 

「………」

 

「?どうしたのドンナ―をじっと見て」

 

「…なぁ」

 

「?」

 

「良いなぁ~俺も銃をバンバン撃ちたい!」

 

「そう言われても…コウスケは性格と役割的ににあんまり使わないんじゃないかな」

 

「そりゃそうだけどさー俺も南雲みたいに中二病全開になりたいんだよ」

 

「中二病って…はぁ分かったよ。何か色々考えておくから期待しないで待っていて」

 

「わーい」

 

 

 

 

 

闘技場

 

 

 

「南雲!闘技場へ行こう!」

 

「随分といきなりだね」

 

「楽しみにしていたんだからいいじゃん!さぁ行こう!」

 

「ハイハイ」

 

 

 

「…で、どうだったの?最初は、はしゃいでいたようだけど」

 

「んーやっぱり出ている選手や魔物が弱く感じるんだよなぁー失礼かもしれないけどなんか子供のお遊戯みたいな」

 

「見ていても今一楽しめない、出場しても俺tueeしたいわけじゃない。難儀なものだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南雲の運転

 

 

「そういえば先生さんは南雲の運転を見ていたはずだよな」

 

「そうだね、コウスケの膝に乗って途中で爆睡していたけど」

 

「寝ていたのは許してやれよ…ともかく免許を持っていない生徒が運転していることに最後まで突っ込まなかったな」

 

「色々あったから余裕が無かったんでしょ」

 

「だよなー…仕方ないから俺が言っとくけど、ちゃんと日本に帰ったら免許取っておけよ。ここでの運転が慣れて無免許運転なんてするなよ」

 

「はーい」

 

 

 

 

 

ティオって…

 

「ティオは美人だ」

 

「…」

 

「顔立ちはもちろんだが胸がすごいな。走っているとたぷんたぷんと揺れる。ブラジャーはちゃんとしているのか?ともかくユエが凄まじい表情で見ている位凄い」

 

「……」

 

「でも一番綺麗だと思うのは、佇まいと少しの動作からうかがえる気品さだな。あれはかなり育ちが良いぞ。ユエと同じクラスだ」

 

「………」

 

「聞いているか南雲」

 

「……………」

 

「だからさ、俺の後ろにしがみつくなよ!?ああなったのはお前のせいなんだぞ!」

 

「はぁはぁ…ゴクッ…さぁ2人とも、もう我慢できんのじゃ。妾を痛ぶって罵ってほしいのじゃ」

 

「たまにあれが出るから美人ていうのは同意しかねるんだ」

 

「だからおれを盾にしながら言うんじゃねえってば!」

 

 

 

 

 

 

 

 

VIPルーム

 

「しっかしイルワさんは中々の太っ腹だよな。こんなVIPルームに泊まってもいいなんてさ」

 

「一応個人的な依頼をしっかり果たしたからね。あとは恩を売った方が後々役に立つなんて考えでもしているんでしょ。全部が全部善意だけじゃないよ」

 

「おおぅ、中々腹黒く計算高いことで。ま、俺達にとってはそんなの関係ないんだけどな!という訳で一生にあるかないかの高級宿を思う存分満喫するぞ!」

 

「一応やろうと思えば高級宿に連泊することはできるんだけどね…やれやれだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冒険者のランク

 

 

「金かー」

 

「冒険者にとっての最高ランクだね。で、何でそんなに不満そうなの」

 

「んー俺たちの実力が認められたようでうれしい反面、こういうのはコツコツ上がって達成感を味わいたかった、と思ってさ」

 

「手間が省けてよかったんじゃないの?」

 

「そりゃそうだけど、苦労して手に入った物に価値があるわけでなんか味気ないと言うかなんというか」

 

「…やっぱり冒険者生活に憧れがあるんだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

米料理を食べ損ねた

 

「あ!」

 

「どうしたの?そんな急に声を出して」

 

「俺、結局米喰ってねぇ!」

 

「……あ」

 

「うわぁぁぁぁああ!!あんなに楽しみにしていたのにーーーー!!なんであの時俺の分も食っちまうのかな!?」

 

「僕は悪くない」

 

「うるせぇぇえええ!!吐け!あの米を全部吐け!」

 

「…うぇええええ」

 

「誰が吐けつったんだよ!!オラァン!」

 

(ユエさんユエさん今のうちに逃げましょう!)

 

(ん!食物の恨みは恐ろしい)

 

「ユエお姉ちゃん、シアお姉ちゃん、どこ行くのー」

 

「「!」」

 

「うがぁーーー!待て貴様らぁ!逃げようったってそうはいかんぞ!」

 

「ひゃぁあああ!ユエさん置いて行かないでーーー!!」

 

「シアの犠牲は忘れない!」

 

「待ぁてええええ!!」

 

「皆何やっているのじゃ…」

 

 

 

 

 

 

ムニムニ

 

 

「あのーユエさん?なんでさっきから頬っぺたを触ってくるのですか?」

 

「…んふふ」

 

「ユエさん?そんなに楽しそうだと困るんですけど…それよりトイレに行きたいんですけど…」

 

「んー駄目…『凍結』」

 

「駄目!?ちょっ!?足元凍らせるなよ!?待て待ていったい何を考えているんだ!?」

 

「んふー」

 

(やっぱり面白い♪)

 

「笑っていないで氷を溶かして!漏れる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シアのデート着

 

「あ、コウスケさんどうですかこの服!ちょっとお洒落をしてみたんですが似合ってますか?」

 

「…タイヘンヨクニアッテイマス」

 

「こちらを見ていってくださいよーなんで顔を背けるんですかぁ」

 

「ムリデス」

 

「即答!?」

 

「…コウスケは恥ずかしくて見れない」

 

「あー確かによく見れば耳のところが真っ赤になっていますね。なるほど~そんなに魅力的に見えるんですか~ほらほら~見てもいいんですよ~」

 

「っ!?ああそうだよ!滅茶苦茶かわいいから反応に困るんだよ!チクショー!!こっちくんなーーー!!」

 

「……逃げた」

 

「どこまで女の人に耐性がないのでしょうかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティオの荷物

 

 

「そういえばなんだけど」

 

「ん?どうしたのじゃ?」

 

「ティオって竜化しているときに洗脳を食らったんだろ?」

 

「うむ、情けないがその通りじゃな」

 

「なら里から出たときの荷物はどうしたんだ?まさか手ぶらで調査に来たわけじゃないよな?」

 

「……あ」

 

「あ?」

 

「な、なくしてしもうた…」

 

「うわぁ」

 

「貴重品があったわけではないのじゃが…うぅまさか着の身着のままになってしまうとは」

 

「ドンマイ、後で南雲からお金を出してもらうようにしよう」

 

「すまぬ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和服は素晴らしい

 

 

「ティオー竜人族ってみんな和服なのか?」

 

「和服?ああ里の者が妾の格好と同じか?という事かの。うむ皆似たような服じゃ」

 

「へーこんな世界でも和服があるっていうのは素晴らしいな。みんなうまく着こなしているのかな?一度でいいから竜人族の皆を見てみたいな」

 

「ふむ。竜人族が人里に来ることはないが…そんなに楽しみにしているならいつか里の皆を見せてやりたいのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

竜化について

 

 

「竜化しているときは意識はあるのか?」

 

「無論じゃ。しっかりと覚えているぞ。人の姿の時とは違って中々強靭じゃぞ」

 

「知ってる。しかし、竜に変身するか、ロマンだなー黒龍状態のティオは威圧感があってかっこいいしな」

 

「む、照れるからあんまりストレートに褒めないでほしいのじゃが」

 

「思ったままを言ったまでだ。それに本当に格好良かった…?」

 

「どうしたのじゃ?」

 

(あれ?そういえば変身しているとき服はどうなっているんだ?確か竜化が解けたときは服はちゃんと来ていたよな?

服は弾けずにどこへ行くんだ?聞いてもいい話題なのか?失礼に値するんじゃ…)

 

「?」

 

「まぁ聞かなくても別にいいか。なんちゃってファンタジーだし」

 

「???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーこんな感じの場所で十分かな」

 

 現在場所はフューレン郊外の人目が付かない広い荒れ地でコウスケは背を伸ばし久しぶりの外の感覚を楽しんでいた

 

「むぅ改めてみるとこの乗り物はすごいのぉ妾が竜化し全力で飛んだときより速いのではないか?」

 

 隣にいるのはティオでつい先ほどまで乗っていた魔力駆動2輪をしげしげと眺めていた。実はコウスケに頼まれ訓練として付いてきてもらったのだ。

 

「周囲に人の気配は…なし。魔力は問題なさそう。体力は…まぁ慣らしで行けばいいか。さてと場所をもう一度確認して…おーいティオそろそろ頼むー」

 

 周囲を確認したコウスケはティオに向かって守護を展開する。今コウスケが始めようという訓練とはズバリ、守護の持続力を鍛えようというのだ。洗脳されていたティオのブレスを受けきったとはいえ、あの時はリリアーナの援護がありまたハジメ達が必ず援護してくれると分かったうえでの防御だった。決して自分一人だけで受けきったわけではない

 

 いつかみんなが万全の状態ではない日が来るかもしれない、だからこそ不測の事態に備えた訓練をコウスケはしたかったのだ。

 

「うむ。あくまで病み上がりじゃから最初は弱めにしておくぞ」

 

「はいよー」

 

 腕をコウスケの方にかざしたティオは黒い極光を放つ。竜のブレスは以前ほど強くはない。しかし、長く続くブレスは徐々にコウスケを後退させ体力を削り取っていく

 

「うごごごごご!」

 

「ふむこんなもんじゃろ」

 

 ティオの言葉と共にブレスが途切れ、コウスケも息を吐きながら守護を解除する。やはり眠っていたブランクは確かにあり、いつもより体力の消耗が激しい気がする。体中から汗が出てきたが、しかし不快感はない。今自分がすべきことを再確認したからだ。

 

「ふぃーーやっぱり持続力は鍛えないとな。もしもの時に使えないなんて話にならないし。さてティオもう一回だ」

 

「またやるのか?もう少し休んでからの方が良いと思うのじゃが…」

 

「おいおい疲れたときにこそ出来ないとまずいだろ。ブレスの調整はティオに一任しているから、好きなタイミングで撃ってくれ。何度でも防ぎ切ってやるからさ!」

 

「何とも向上心の強い男じゃな。では気張るのじゃぞコウスケ!」

 

 またもやブレスをコウスケに向かって放つティオ。守護にふさがれてしまうが構わない。長引くように威力を調整し少しでもコウスケの訓練を実りあるものにするため協力を惜しまないティオだった。

 

 

 

「あばばばばば…疲れた…もうだめぽ…ガクッ」

 

「気絶してしまったか、お疲れじゃったのコウスケ。さて後は町に帰って…む?この乗り物どうやって動かせばいいのじゃ?むむむ?これもしかして…コウスケが起きるまでずっとこのままかの?」

 

「……zzz」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはーーー気持ちいのじゃーーー」

 

「ティオが気持ち良くても俺からしてみれば複雑だ」

 

 ベットでうつぶせになっているティオに快活を使っているコウスケ。今はまだいいのだがふとした時、ティオはねっとりするような視線でハジメとコウスケを見てくるのだ。無論原因はハジメのドリルバンカーを尻に直撃したからである。

 

(知ってはいたよ。尻にパイルバンカーを食らうってさ。だけどなんでドリルを先端に付けるのかな南雲はー)

 

 内心かなり愚痴ってはいるが錬成武器を組み合わせてみてほしいとお願いしたのは間違いなく自分なので、ハジメを責めるにも攻めれないコウスケ。仕方がないのでこのパーティー唯一の回復技能快活を使い少しでもティオの変態性を薄めることができないかと奮闘中なのである

 

(まさか美人の尻に向かって魔法を使う事になるとは…はぁ溜息しかできねえ。あーあの娘が仲間になったらこの役を交代してもらおう。そうしよう)

 

「あ”あ”あ”ぁぁぁ良いのじゃぁぁぁぁ」

 

「……ああもう南雲はどこ行ったんだよ!人に任せて逃げんなよーーーー!!!」

 

「はぁはぁたまらん!もっと頼むコウスケ!」

 

「チクショー―――!!うるせぇーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、話とはなんじゃコウスケ」

 

「俺のことについて。ティオには説明していなかったからね」

 

 部屋にてティオと向き合うコウスケ。今から話をするのは自分の事…すなわち自分の身体についてだ。今のところ何もわからずの状態ではある

だからと言って黙ったままも気分が悪いし色々意見を聞いてみたかったのだ。

 

「…という訳で本来の俺はもっと別の姿で今の姿は天之河光輝と言う人間の姿になっているんだ。俺は魂が天之河光輝の身体に入ったと思っているんだけど…ってティオ?」

 

 自分のことを話し始めたら最初は頷いていたティオが次第に真剣さを増しなにやら考え込んでいるようだった。恐らく信じてもらえているようだがいささか悩んでいる姿は不安になる。そんなコウスケの視線に気づいたのかティオはハッとした顔をすると苦笑した。

 

「すまぬ。事情が事情で少しばかり考え込んでしまった」

 

「それは構わないんだけど…何か気になる事でもあった?」

 

「それは…」

 

 何やら言いよどむティオ。だが顔をあげ出た言葉はコウスケにとって思いもしなかった言葉だった。

 

「お主の言うことは嘘ではないと妾は信じる。しかし妾は思うのじゃ、…果たして生きた人間の中に魂が入ることは可能なのかと」

 

「…え」

 

「コウスケの魂は天之河光輝とやらの身体に入ったとする。なら、天之河光輝とやらの魂はどこにいったのじゃ?天之河光輝とやらは精神が死んだわけでもないのじゃろ?他にも疑問がある。もし天之河光輝の魂が今もお主の中にあるとすればなぜ、お主の性格や精神に影響が出ないのじゃ?お主と天之河光輝とやらの性格よく似ているのか?」

 

「…似ていないよ…」

 

「混ざりあったという訳ではないと、なら一体魂はどこへ?」

 

 ティオの目は探るような眼ではない。ただ純粋に疑問に思ったことを聞いているだけだ。しかしコウスケはその目から逃げるように目をそらしてしまった。考えたこともなかった。もしくは無意識に考えないようにしていたのか。何故だか手が震える。

 

「っとすまぬ。何やら失言をしてしまったようじゃな」

 

「…ううん、問題ないよ。ただそんな考え方はしたことがなくて…」

 

「そうか…なにせ長く生きる妾にとっても初めての事じゃ。だから力になれるかどうかは分からぬがいつでも相談には乗るぞ」

 

「ありがとうティオ」

 

 礼を言い部屋から出るコウスケ。今はただ一人で考えたかった。ずっと憑依したものばかりだと考えていた。だって気付いたら天之河光輝と呼ばれていたのだ。だから憑依したのだとばかり考えていたが…まるでティオの意見はその考え方を崩すような気がして…

 

「駄目だ、深く考えるな、俺はコウスケだ」

 

 頭をかぶり思考の海にはまらないようにする。何故この世界に来たのか、なぜこの姿なのか、いったい自分に何が起こったのか考えることは多々あるが無理やり心の底にしまい込むコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。何やら訳ありじゃの…胸に抱えている物を吐き出さないといつか壊れてしまうぞ。コウスケよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい南雲ー作ってほしいものがあるんだけど」

 

「これまた唐突だね。何を作ってほしいの」

 

「んとなー…仮面を作ってほしいんだけど」

 

「仮面?」

 

「おう、またの名をマスク!」

 

 唐突な要求にはもちろん理由がある。次に行く街ではいろいろと顔を隠していた方が良いのだ。その事をハジメに話すと苦笑されてしまった。

 

「ああなるほど。次の目的地はあそこだからか、いろいろ面倒ごとになりそうだからね」

 

「そー言う事。だからなんかカッコイイ奴お願いしてもいいかな」

 

 両手を合わせ頼み込むと苦笑し快諾してくれるハジメ。その後どうせ作るのなら何かカッコイイものを作ろうという事になった。

 

「うーんどういうのがいいかな?ヘルメット系?」

 

「それ仮面じゃないじゃん。やっぱり顔に張り付く奴だろ」

 

「なんか味気ないなーせっかく作るんだからもっと弾けてみようよ」

 

「被るのは俺なんだぞ…やっぱシンプルに行ってほしい」

 

「…っは!?パンツタイプで行こう!」

 

「おい!俺は変態仮面じゃねえんだぞ!」

 

「えー」

 

「え~じゃないってば」

 

「なら覆面レスラータイプで行こう」

 

 2人で騒ぎながらもあーだこーだと話し合った結果、標準的な骸骨を形どった黒い仮面となった。表面は黒光りしており、強度は中々の物らしく、一般的な武器では傷つけられないらしい。

 

「おーいい出来じゃないか、中々にシンプルで手触りも悪くない」

 

「うん中々の出来だからね。被ってみたら」

 

「じゃあさっそく……アァ、コレハイイナ」

 

「!?」

 

 被ると何やら高揚感が増してくるような気がした。肌触りもよく顔によくフィットしている。素直な感想をハジメに報告したら何故か驚愕された。首をひねるコウスケ

 

「ドウシタンダ、ソンナ顔ヲシテ、モシカシテ…似合ワナイノカ?」

 

「え?気づいてないの?なんか…声と雰囲気が変化しているような…」

 

「ム?…アンマリ変ワッテイナイガ?」

 

 驚くような事だろうかと首をひねる。今一自分ではよくわからない。何故だろうかと考え一つの仮説を思いついた。仮面を脱ぎながら話はじめるコウスケ

 

「フム、多分ダガ…それは、仮面をかぶって自分じゃない自分になれたから…とか?」

 

「自分じゃない自分?」

 

「おう、よく銀行強盗犯が覆面をかぶるだろ。あれは顔を隠すほかに、いつもの自分とは違う犯罪を犯す自分に切り替わる機能もあるんだよ。

いつもの自分だったら絶対にやらないことでも、顔を隠して元の自分を消したら後は何をしても元の自分に迷惑がかからないからな」

 

「へぇー初めて聞いたなよそんな話」

 

「今思いついた話だからな」

 

「なんだそれ」

 

 苦笑するハジメだが、コウスケは割と真実だと思っている。なぜなら今の自分は元の顔ではなく天之河光輝の顔なのだ。本来の自分ならしないような事、言わないような事をよく言っている。これも天之河光輝と言う仮面を被っているからと言うのも原因の一つなどでもあるのだろう

 

 なんだかんだでハジメに仮面を作ってもらったコウスケ。後は適当なフード付きの黒いコートでも羽織れば中二病溢れる闇騎士の出来上がりである。色々準備を整え次の町…正確に言えばハジメのクラスメイト達のことに思いをはせるコウスケであった。

 

 

 

 

「…所で仮面は買えば良かったんじゃ」

 

「あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

==================================

 

コウスケ  

 

 

 

称号 異界の護り手 魔王誕生を阻止した者 運命の反逆者

 

 

 

天職:勇者 ——

 

 

 

筋力 B⁺   耐久 AA

 

敏捷 C⁺⁺   魔力 A

 

幸運 C

 

 

 

 

 

技能:我流闘技・魔力操作・全属性適正・悪食・守護・快活・誘光・—魔法・他多数

 

固有奥義『快活に生きろ(LIVE・A・LIVE)

 

状態:守護対象「南雲ハジメ・ユエ・シア・ティオ・ハウリア族」

 

 

 

==================================

 

 

「……」

 

「うん。言いたいことは分かるからこっちをそんな目で見ないで」

 

「…南雲は…」

 

「えーっと僕のは…」

 

 

 

 

====================================

 

南雲ハジメ 17歳 男 

 

 

 

天職:錬成師

 

 

 

筋力:B+(A)

 

体力:BB +(B)

 

耐性:B⁺⁺ +(C)

 

敏捷:AA +(A)

 

魔力:A +(A)

 

魔耐:B⁻ +(C)

 

 

 

技能:錬成能力・銃技・他多数

 

 

 

状態:勇者の加護 不殺の誓い 

 

 

 

==================================

 

 

 

「…強くなっている?」

 

「……」

 

「そんな変な顔しないでってば」

 

「どう見てもこれ俺の影響だよな…俺は一種の病気か何かかよ…」

 

(気にする必要はないと思うんだけどな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん!?何か忘れているような…何だったっけ?」

 

「?いきなりどうしたのさ」

 

 宿の一室でハジメと雑談中、ふいに何かを忘れているような気がした。何か喉元まで出かかっているのだが、声に出ない難しい感覚だった。

 

「なにか…特に問題ないけど重要な何かを忘れているんだ」

 

「なんだそれ」

 

 呆れるハジメだが、コウスケにとってはここで思い出さないと行けない気がするのだ。うんうん唸るが一向に出てこない

 

「うーーん。なんだろう?南雲何か言ってみてくれ。思い出すかもしれん」

 

「やれやれ。分かったよ…フューレンで起きたこと?」

 

「…違うな。もっと前の様な?」

 

「ウルの町?忘れていたなんて米料理しか思い出さないけど…」

 

「ウルの町?うーーーん?何かそこで…あ!リリアーナだ!」

 

 ハジメとの会話でようやくコウスケは思い出した。ウルの町でリリアーナと出会い行動を共にしていたのだ。しかし清水のことで頭がいっぱいだったのでウルの町を防衛した後はきれいさっぱりに記憶から抜けていたのだ。

 

「うわぁーまさかすっぽりと忘れていたなんて…」

 

「そういえばいたね。お姫様。なんでいたのか分からなかったけど…って重要?」

 

「ああ(本来いない人間がいるって意味で)重要人物だったんだが…」

 

「ふーん(好み的な意味で)重要だったんだ。…ああいう子が好みなんだねー」

 

 何やらハジメの視線が生暖かくなっているような気がする。が考え事をして気付かないコウスケ。

 

(うーん結局忘れちゃったけど…問題はないよな?特にいても何も変わらなかったし…)

 

 色々思う事はあるがどうせこのまま旅を続けていたらまた会う機会があるのだから取りあえず気にしないようにするコウスケなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、体調の方はどうですか?ずっと眠ったきりだったとお聞きしたのですが」

 

「体の調子はいい感じだ。いろいろ訓練しているからなあともう少しで本調子になるはずだ」

 

「それは良かった。ところでどうですかこの街は」

 

「中々楽しい町だ。やっぱり大都市と言うのは間違いじゃないな」

 

 

 現在宿の自室で遊びに来たウィルと雑談に花を咲かせているコウスケ。先日ウィルとその両親…グレイル伯爵が改めて礼を言いに来たのだ。

 グレイル伯爵は、しきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案したが、ハジメとコウスケが固辞するので、困ったことがあればどんなことでも力になると言い残し去っていったのだ。

 

「貴族ともなると格式がきつそうで断ったけど本当はあの時お前の家に遊びに行きたかったんだがな」

 

「かしこまらなくても両親は全く持って気にしなかったんですが…」

 

「そういわれても俺は庶民中の庶民だぞ?失礼なことしかできん」

 

「ははは、なら私が色々作法を教えますので今度ぜひ遊びに来てください。命を助けてくれた恩人に何もしないというのは私としても不満がありますので」

 

「まったく、考えとくよ」

 

 気楽に笑いあうウィルとコウスケ。そのまま雑談を続け話が途切れた時、ウィルがすっと姿勢を正した。

 

「実はコウスケさんに報告したいことがあるんです」

 

「うん」

 

「ずっとこの街に帰ってから考えていたことなのですが…私は、冒険者になることを決めたんです」

 

 真剣な表情でコウスケの目を見つめるウィル。コウスケは口を挟むことなく目で会話の続きを促す。

 

「幼いころからずっと冒険者に憧れていたんです…現実は酷い物でした。頼りになる先輩たちゲイルさんたちは一流の冒険者でした。何もわからない私の面倒を見てくれて本当に頼りになる冒険者のみなさんでした…でもあっけなく死んでしまいました」

 

 一度息を大きく吐くウィル。面倒見の良かった先輩冒険者たちを思い出したのかわずかに目の端が光っている。

 

「分かってはいました。冒険とは危険と隣り合わせなのだと。ゲイルさんたちはあんなに強かったのに…私だけが生き残りました。生き残った時何故私だけがとずっと悔やみました。そしてコウスケさんたちに助けられて…あのブレスから守られて、魔物の大軍を蹴散らしていくおとぎ話の様なその姿を見て、やはりどこか憧れるものがあったのです」

 

 コウスケを見るその目は真剣で決意に満ち溢れていて何事にも折れない意思(will)を感じていてコウスケには眩しいものだった。

 

「悩みました。自分が生きている意味、絶対的な死の恐怖、そしてそれでもなお色あせない冒険者になるという憧れ。だから私は決めました。冒険者になって生きようと。それがゲイルさんたちが私を生かしてくれたことへの意味であり私の根本的な意思でもあります」

 

 自分の意思を真っ直ぐに宿すウィルの目はやはりコウスケにとって清々しものだった。ウィルの決意を聞き届けたコウスケは自分の荷物を漁り目的の物をウィルに手渡す

 

「コレは…」

 

「俺愛用の山刀。そこら辺の既製品よりかなり丈夫で切れ味がいいはずだ。なんたってこの世界最強の錬成師、南雲ハジメの渾身の一振りだからな!」

 

「しかし貴方にとって大事なものなのでは…」

 

「むっふっふっふ。そう俺の超お気に入り、だから貸してあげる」

 

「え?」

 

「いつか…いつか君が一流の冒険者になった時に返しに来てくれればいい。その時までは持っていてくれ。そして返してくれる時に君の話を聞かせてくれ。俺が体験できなかった、体験したかった冒険者と言う物語を」

 

 コウスケの言葉を聞いたウィルは静かに山刀を握りしめ、しっかりと頷いた。

 

「はい!いつか必ず!あなたにお返しします!その時は私の冒険譚を聞いてください!」

 

「おう!」

 

 笑顔で拳を合わせ笑いあうコウスケとウィル。見習い冒険者となる貴族の青年の門出は祝福と笑顔に満ち溢れ、波乱万丈で明るい旅路を予感させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ!ウィルまだ依頼を受けていないよな?」

 

「はい、まだですよ。これから正式に登録をしていくところです」

 

「そっかー……今なら…でも…うーん」

 

「どうかしましたか?」

 

「…よし!ウィル一つ頼まれてくれないか?…本当ならグレイル伯爵やモットー商人に頼もうかと思たんだけど…」

 

「構いませんが、一体なにを?」

 

「ちょっと待ってくれ。……おーーーーーい!南雲ーーーーーー!」

 

「行ってしまった…」

 

 

 

 

「…ふぃーお待たせ。実はこれをある人に届けてほしいんだ」

 

「コレは…無骨ですが見事な剣ですね。凄い…刃渡りがなんて綺麗なんだ…」

 

「コレはねー南雲と俺が遊びで生成魔法をぶち込みまくって唯一耐えた剣なんだ。持っていると色々効果が出てくるんだ。傷が勝手に治ったり、豪腕と豪脚が入っているから、阿保みたいな身体能力になったり、後異様にしぶとくなる…試してはいないけどユエの魔法を何発か耐えれるぐらいにはなるかな、後持ち手の技量によっては()()()()()()と打ち合えるようにできるかも」

 

「はぁー詳細は分かりませんが凄いですね。えーっと誰に渡すんですか」

 

「おおう、ごめんごめん。それはな…操られていなくて生気に満ちているはずの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイリヒ王国騎士団団長()()()()()()()()に渡してほしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




見直しているとまだまだ追加したいなと思うときがあります。

気が向いたら感想お願いします

後半のウィルはどうしても追加したかったシーンです。
本当は原作でウィルが仲間になるんじゃないかなと思ったときがあるのです。そんな事はなかったですけど…
取りあえずこの物語では冒険者になりました


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番外編 男子別れて三日、刮目して見よ

なんとか出来ました
ひっそり投稿します

変な所はないかな?結構心配しています


  朝、いつも目を覚ますのは億劫だった。また学校で背景のように過ごさなければいけないかと思うと嫌でで仕方がなかった。

 しかし、今日は何かが違っていた。非常に胸が暖かくいつも開いている穴がふさがったように満たされているのだ。

 

「……ここは」

 

 薄く目を開けてみれば見慣れない天井。いつのまにか寝ていたベットから体を起こしあたりを見回す。案の定知らない部屋だった。無意識に胸に手をあて、思い出すのは、痛む胸と青く光る空、そして…自分を生かそうとする誰かの泣き顔

 

 

「…っ!?……オレは…そっか…」

 

 瞬間全てを思い出した。自分がが何をしようとしていたのかを。そしてその結果自分が死にかけて、天之河光輝の姿をした誰かに助けられてことを思い出したのだ。

 

 

 

 ウルの町に混乱をもたらそうとした清水はこの日久しぶりに目を覚ました。

 

 

「清水君怪我はどうですか!?痛みますか!?医者を呼んできましょうか!?」

 

「…先生、顔が近い」

 

 清水が目を覚ましてしばらく考え事に耽っていると愛子が部屋にやってくるなり詰め寄ってきたのだ。恐らくいつも心配して様子に見てきていたのだろう。目じりには涙があり心配してくれていたというのはすぐに分かったが、いくらなんでも近寄りすぎだ。その事を指摘するとハッと我に返って距離をとる愛子。

 

「ご、ごめんなさい。…でも本当に心配していたんですよ」

 

「心配って…あんた自分を殺そうとしていた相手を良く心配出来るな」

 

「心配しますよ。だって清水君は私の生徒なんですから」

 

 にこやかに笑う愛子に呆れる清水。本来自分を殺そうとしていた相手に笑う事なんてできない。だがそれをやってのける辺りこの先生はかなりの大物なのかもしれない。変なものを見るような目つきになるのをやめずに仕方なくお人好しと会話をすることにする清水。実はなんだかんだで話し相手に飢えていたのだ。

 

「なぁ先生」

 

「はい?なんでしょう清水君」

 

「その…アイツらは…もういないのか?」

 

「南雲君たちの事ですね。彼らは…自分たちにはやることがあると言ってそのまま行ってしまいました。」

 

「…そっか」

 

 自分を殺そうとしていた南雲ハジメと自分を助けた誰かの顔を思い出す清水。自分の馬鹿な計画を物理的に止めてしまったハジメには恨みや妬みは綺麗になくなり、また助けてくれた誰かには嬉しさや感謝の気持ちが芽生える清水。そんな清水に愛子は優しく微笑んでおり気恥ずかしくなりそっぽを向いてしまう。だが口だけは何故だか止めることができなかった

 

「……先生」

 

「はい」

 

「…そのさ……オレのために泣いてくれる誰かがいるって…なんかすごく…嬉しいって思ってさ…」

 

「ふふ、そうですね。嬉しいですもんね」

 

「…オレ、迷惑をかけたけど…アイツと友達になれるかな」

 

 自分の本音をポロリとこぼしたが愛子は不思議そうに首を傾げた後すぐに笑った。

 

「清水君そんな不安そうな顔をしなくていいですよ。先生から見たらもう友達になっていますよ」

 

「そうなのか?…友達か…」

 

 『友達』なぜかその何でもない言葉が、清水にはとても大切で、かけがえのない物のように感じられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、愛子と雑談をしながら、今の現状を知る清水。町の被害は全てゼロであり今愛子たちは荒れ果てている大地の浄化をし、また街の重鎮の対応をしているのだという。ちなみに町を混乱に陥れた原因である清水のお咎は無しになっている。

 

 どうやら愛子が、原因は清水をそそのかした魔族が悪いのであり清水は利用されてしまっただけ、と護衛騎士やクラスメイト達に強く訴えかけ、町の重鎮たちには魔族が魔物をけしかけてきたと説得をして回ったのだ。そして愛子が色々と頑張って立ちまわった結果、清水はおとがめなしとなった。

 

「大変でしたがこれで大丈夫ですよ!」

 

「おいおい、オレがまた懲りずに何かしでかしそうとは思わなかったのか?」

 

「思いません。だって眠っていた清水君は憑き物が落ちたような顔をして眠っていましたからもう大丈夫と判断したんです」

 

 きっぱりと言い放つ愛子にもはや言葉が見つからない清水。まさかここまで生徒思いだったとは思わなかったのだ。改めて畑中愛子と言う人間の芯の強さを実感する清水。

 

「そうかよ…んで、先生に聞きたいことがあるんだ」

 

「何ですか?今ならどんなことでも聞いてください」

 

「…アイツらのこと、目的や先生が知っている全て教えてほしいんだ」

 

 何故奈落に落ちたはずの2人があそこにいたのか、あのでたらめな強さは何なのか。清水は今後のためにもあの2人に何があったのかを知りたかった。

 

「…分かりました。きっと驚くことも多いけど清水君は知っておいた方が良いのかもしれませんね」

 

 ハジメ達に何があったのかを知っている愛子は少々暗い顔をしながらも再会してからの事、ハジメに聞かされたこの世界の真実を清水に話すことにした。ほかの生徒たちなら混乱するかもしれないが、今の清水はとても落ち着いており今までにはない活力と冷静さを感じるのだ。

 

「っと先生ちょっと待ってくれ」

 

「はい?」

 

「囁きは小さく 密談は静かに ”遮断”…これでよし」

 

 愛子から事情を聴く前に念のため闇魔法”遮断”を使い周りに声が漏れないようにしておく。誰かに聞かれると厄介だろうと考えたためだ。

 

 

 

「……まるで、ライトノベルだな」

 

 愛子から事情を聴き最初に感じた感想が、自分がよく読んでいたweb小説みたいだと思ったのだ。奈落に落ち、死に物狂いで生き延び、美少女に会い、この世界の真実を知り、日本に帰るために迷宮を攻略する。まさしくなろう小説みたいで鼻で笑ってしまう清水。

 

「らいとのべる?がなにかは先生にはよくわかりませんが、南雲君たちがとても苦労したのだと思います」

 

 うつむき加減でしゃべる愛子は恐らく自分の力不足を嘆いているのだろう。増々あまりにも人の良さにもはや突っ込むことを放棄した

清水は考えに耽る。

 

(聞けば聞くほど、ゲームや漫画みたいだな。奈落に落ちた少年たちは強くなり数々の美少女を仲間にして日本に帰る。アイツはともかく、南雲なんてまるで物語の主人…公……?)

 

 何かが頭に引っかかった。何故だかあまりにも出来が良すぎるような違和感を感じた。その違和感を確かめるために愛子に質問をしながらも考えをまとめようとする。そうすれば何かが分かる気がするのだ。

 

「先生、アイツ…南雲の天職は何だった?」

 

「?錬成師と言う天職だったと覚えています」

 

「錬成師…確かメルドが言ってたな。ありふれた職業だって」

 

「はい。確か…鍛治が得意な非戦闘職だったはずです…」

 

 あの魔物の大軍を殲滅しておきながら非戦闘職はないだろとツッコミを入れつつ整理する。

 

(職業はどこにでもある物で、ステータスはかなり低い…あれ?なんで南雲一人だけなんだ?他の奴らは全員例外なく戦闘職で、ステータスはこの世界の平均より強いはずなのに何故か南雲だけ低かったんだっけ。確か檜山がそうやって馬鹿にしていたはず…)

 

 いくらなんでもあり得るのだろうか?クラスメイト全員戦うために呼ばれたのに一人だけ不自然なほどの冷遇されているのは流石におかしい。そして奈落に落ちてからも違和感しか感じない

 

(普通死ぬような高さから落ちたけど生き延びたってそんな事ってあるのか?そもそもその後に美少女と出会うってどんな確率だよ。ボーイミーツガール?…いくらなんでも都合が良すぎじゃね?)

 

 考えれば考えるほど違和感は強くなる。頭の隅ではそんな事はないと喚ているが、これではまるで…そこまで考えたとき頭の中に誰かの言葉が聞こえた。

 

『それにしてもお前本当に馬鹿だよな。普通に考えたら主人公と敵対する魔人族に付いちまったら破滅フラグしかあり得ないだろうが』

 

(アイツは主人公って言ってたよな…普通自分のことを主人公って言わないよな…なら主人公は…南雲ハジメか?)

 

 もしあの言葉を深読みすれば主人公が南雲ハジメで、自分はハジメ側を裏切ったことになる。いくらなんでも考えすぎだと思っても何処か今までの仮説を正しく感じる自分がいる。

 

「……オレたちはまるで物語の登場人物みたいだな」

 

 もし南雲ハジメが主人公で自分たちはその物語の登場人物なら…改めて声に出してみればどこかで納得する自分がいた。不自然なまでの主人公の冷遇、その後に起こるクラスメイトとの離別、そして足掻きながら最強になり、美少女と旅をしている。

 

「考えれば考えるほど、本当にそうなのかもしれない…ならアイツは一体?」

 

 ならその主人公の隣にいるアイツは一体何なのだろう。隣でさっきから不思議そうな顔をしている愛子に天之河光輝の顔をした彼のことについてを聞くことにする。

 

「先生アイツのことを教えてくれ」

 

「アイツ?」

 

「天之河光輝の顔をしたアイツの事だよ」

 

 合点がいったのか再会した時の事から順番に思い出し話す愛子。その全容を聞き清水は確信する

 

「………やっぱり絶対アイツは天之河光輝じゃない」

 

「ええ!?でも…」

 

「いや普通におかしいだろ。天之河が車を爆走させながらヒャッハーー言うかよ」

 

「それは確かに…南雲君もコウスケと呼んでほしいと言ってましたし…でも顔は間違いなく天之河光輝君でしたよ」

 

 確かに愛子の言う通りだ。顔は間違いなく清水が嫌悪する天之河光輝そのものだ。何故かを考える清水に愛子が思い出したかのように

呟く。その声に清水の意識が持っていかれる。

 

「そういえば、彼おかしなことを言ってましたね…」

 

「なにを」

 

「げんさくぶれいく、とか、げんさくれいぷ、あんち・へいと?なんて言っていたんですがいったい何のことなんでしょう」

 

 不思議そうに首をひねる愛子に対して清水は理解した。理解してしまった。この勇者召喚とトータスでのことが全て物語の中の出来事なのだと気付いてしまった。そしてコウスケがなぜ天之河光輝の姿をしているのかも

 

「原作ブレイクに、原作レイプ、おまけにアンチ・ヘイト…あぁやっぱりそうだったんだな。という事はコウスケ…お前はさしずめ憑依もの主人公って奴か…原作通りオレのことは死なせておけばよかったのに…」

 

 コウスケがこの物語についてどこまで知っているかはわからないが原作ブレイクと言う言葉を考察すると自分が死んでいるのが本来の流れなのだろう。放っておいてもコウスケ自身には問題は無いはずなのに。助けたことで何が起きるかもわからずそれでも助けてくれたのだろう。その気持ちが清水にはうれしかった

 

「本当にオレの周りは馬鹿ばっかりなんだな…」

 

 清水は目の端から涙がこぼれ頬が緩むのを止めることができなかった。

 

 

 しばらく感情の溢れるまま涙を流し幾分か心がすっきりにする清水。ちなみに横にいた愛子はしばらくは一人でゆっくり休んでほしいと言い部屋を出て行った。念のために愛子には今までの会話内容を全部黙ってもらう事にした。快く了承した愛子を見て、これで余計なことにならずに済むと考える清水。

 

「…とりあえず先生には黙ってもらうとして…オレがするべきことは…」

 

 自分はまさしく物語の道筋から外れたイレギュラーだろう。なら何をするべきか、どう行動するべきか。自分の凶行を止め命を救ってくれた2人に何かできることはないか。

 

「……これからオレは王国に戻る。ならすべきことは…あの時火球を撃った奴を見つける事か。…ハッ考えるまでもない十中八九檜山だな」

 

 ハジメがベヒーモスから逃げるとき意図的に当たった火球。あの時は事故だとクラスの連中は騒いでいたが、よくよく考えればすぐにわかる事だった。南雲ハジメが居なくなって得をする人間、又はいなくなってほしいと願う人間なら一人しかいない。

 

「檜山は頭がスポンジだからな。短絡的に行動を移すと考えてアイツを絞めれば…それで終わりか?本当に?」

 

 まだ何か見逃している気がする。確かに犯人は檜山で確定だ。しかしそれで終わりなのだろうか。物語として考えると檜山が締めあげられて終わりとはいささかインパクトが弱い気がする。

 

「まだほかにもイベントがあるはず…例えばオレの様にクラスの奴らに裏切者がいるとか」

 

 自分の行動や言葉に鼻で笑いつつもクラスに問題児はいなかったか確認すると同時に天職も確認しておく。もし敵に回った場合対処方法を考えておくとうまく立ち回りやすい。

 

「南雲ハジメは錬成師、天之河光輝は勇者だな、で坂上龍太郎は拳士、八重樫雫は剣士で白崎香織は治癒術師…まるでテンプレだな。

谷口鈴は結界師、中村絵里は降霊術師、永山は重格闘家、野村は…土だったか?辻は白崎と同じく治癒術師、吉野は付与術師…付与術師ってなんだ?檜山は軽戦士…頭の軽そうな檜山らしい。中野は炎、斎藤は風、近藤は槍、後は…ん?アイツ…コウスケの本来の天職は何なんだ?まぁ次にあったら聞いてみるか」

 

 途中でツッコミや疑問を挟むもクラス全員の転職を次々と思い出す清水。ステータスプレートの時相手が羨ましくて自然と覚えてしまったのだ

 

「こんな所か、そしてオレは闇術師…まったく、闇術師にふさわしく闇落ちするとはな」

 

 自分の転職と行動に鼻で笑う清水。まさしくクラス転移物の裏切りをして、主人公の踏み台となる役割だったのだまさか自分の天職が指し示すような行動を起こすとは失笑物だった。

 

 

「ははは……なるほどアイツか」

 

 そして清水は確信した。もし裏切るのならアイツだろうと。天職が人の性格や得意なことを指し示すのなら間違いなく神々の使途にはふさわしくない人物がいた。

 

「はっ思えばアイツは天之河達から一歩引いた立ち位置を築いていたか…」

 

 よく教室で嫉妬と羨望から天之河達を横目で観察していた清水だ。疑いの目とテンプレ小説物を見ているオタク知識で考えて見れば

本人が隠そうとしていた動機や性格などが手に取るようにわかる。

 

「違っていたらそれでよし、あっていたら…その時はその時か」

 

 これはあくまで自分勝手な考察に過ぎない。しかしそれでもよかった。今の自分が何をするべきかわかった気がするのだ。

 

 胸に手を当て目を瞑り深く呼吸をする清水。開いていた穴はふさがり、満ち足りたものがあふれかえってくる。呼吸を繰り返すたびに自分の中で魔力が脈動する。それが以前とは比べ物にならないほど増えているのが分かる。

 きっかけは自分を助けてくれる奴がいたと、友達ができたと喜び己の壁を超えたからだろうか、又はコウスケの魔力で魂や命が補完されたからだろうか。清水にはどうでもよかった。

 

 

 

「本来死ぬオレを生かしたんだ。…ちゃんと責任はとれよ、コウスケ」

 

 

 閉じた目を開けたときそこには以前のように虚無感に支配されていた清水の目ではなかった。

 活力と決意に満ち溢れた強い眼差しがそこにはあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




気が向いたらでいいので感想お願いします

ところで返信はすぐに返した方が良いんですかね?
投稿するときにまとめて返すようにしていますけど…


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番外編 疑惑と決意

 いきなりですがタイトルを考えるのが面倒です。取りあえずなんとなくでつけていますが…

 ところで女の子のセリフって難しいですね!無理矢理頭を捻って考えるのはきついっす。そのうち慣れるんでしょうかね…




 

 

 

「………」

 

「どうかしましたか?リリアーナさん」

 

「愛子さん?いえ何でもないですよ」

 

 

 ウルの町からハイリヒ王国に戻るまでの馬車の中でリリア―ナはずっと考え事をしていた。その事に心配をしたのか愛子が気遣ってくれたがリリアーナは笑って誤魔化した。不思議そうにしながらも納得してくれたのか、自分の席に戻る愛子に内心感謝するリリアーナ。今は考えていることを悟られてたくはなかった

 

 

(……勇者召喚は本当に正しかったの?)

 

 実はコウスケが清水を助けようとしたあの時からずっと考えていたのだ。人間族を救うために異世界の住人に協力を求める。異世界の住人は通常の人より何倍も強く必ず戦力になり、魔人族に打ち勝つと言われてきた。

 しかし蓋を開ければ召喚されたのはリリアーナよりわずかに年上の少年少女達であり、戦士とは到底見られない人たちだとリリアーナは感じた。

 

 その予感に狂いはなく実戦の訓練場所の迷宮では生徒の一人の軽率な行動が破滅を呼び、希望と呼ばれる勇者と非戦闘職の生徒が犠牲となった。次に行方不明の生徒が出てしまい捜索したら、現状に不満を持ち魔人族側に寝返ってしまったという散々な結果だった。

 

 (もしコウスケさんが居なければ…)

 

 結果的には犠牲となったはずのハジメと天之河光輝…コウスケは無事に生きており凄まじい強さになっていた。そしてその力で裏切った清水を止め救ったのだ。結果論で言えば犠牲となった者は誰もいないが、だからと言ってこのままで良いとは言えないのだ。

 

 神であるエヒトが人間族を救わせるために遣わせた神々の使徒。そのありようにリリアーナは疑問を浮かばせていた。

 

(本当に彼らが必要だったんでしょうか。人間族を救うという建前で私たちは取り返しのつかないことをしているのでは…)

 

 どう見ても戦う人物達ではない。これではまるで異世界の人々を自分たちが誘拐し洗脳させ捨て駒にしているに過ぎない。

 余りにも不自然だった。これではまるで創造神エヒトは人のことが全く分かっていない無能ではないか。リリアーナは考えれば考えるほど神と言う物に対して疑念を感じていた。

 

(私たちが意識を向けなければいけないのは魔人族ではなくてこの国に根付いている神への妄信では…)

 

 そこまで考えると一息をつくリリアーナ。神への不信感を募らせるが、今はほかのことも考えなければいけない。すなわち今も迷宮で訓練をしている異世界の友人香織達のことだ。彼女たちをこのまま戦力として組み込むのは間違いだ。彼女たちは彼女たちの人生がある。

 

 生徒たち全員をできれば戦場から遠ざけたい。だから自分の父親である国王…エリヒド・S・B・ハイリヒを説得し戦いから遠ざけた方が良いのだろう

 きっと良い顔はされず、却下されるかもしれないが言わないよりはましかもしれない。今後の王国内で自分がどう行動すべきかを

考えつつ場所の中を見回しある人物をさがすリリア―ナ。

 

 すぐに目当ての人物…清水は見つかった。

 

 清水は席に座り静かに目を閉じている。どうやら寝ているわけではなそうだが…。清水の周りには人はいない様で皆距離を取っている、どうやら清水に対して負い目や距離の測り方が分からないのだろう。本人は本人でクラスメイト達に興味はない様で一向に身じろぎしていない。

 

(……コウスケさんが居なければ彼は死んでいたんでしょうね)

 

 清水を見ながらもコウスケを思い出すリリアーナ。清水が魔人族により胸を撃たれ死にかけていたとき助けに入り顔を泣きはらしながらも必死で魔力を使い助け出そうとしていた姿。その顔が、必死さがどうしても忘れられない

 

(私、男の人が泣く姿を初めて見ました…)

 

 リリアーナには同世代の異性が周りにはいない。いたとしても弟のランデルだけだ。まだやんちゃさが抜けない弟のランデルが涙を流す姿とは違いコウスケの涙は衝撃的だった。

 

(男の人だったから?ううん違う。誰かを思って泣くのが綺麗だと感じたから)

 

 コウスケの涙は清水を思う気持ちの表れだった。それが綺麗で衝撃的で…目が離せなかった。思えば再会してからコロコロとよく表情を変える人だった。嬉しいときは朗らかに笑い、悩むときは眉間にしわを寄せうんうん唸り、悲しいときは唇をかみしめ泣きそうな表情していた。

 

(ふふ…子供みたいで変な人)

 

 コウスケのことを思い出しわずかに口角が上がるリリアーナ。もしまた会うことができるのならば落ち着いたところで話をしてみたいと考えながら無自覚に機嫌がよくなるリリアーナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…雫ちゃん待って」

 

「香織?いきなりどうしたの」

 

 ホルアドの町にていきなり自分を呼び止める親友に雫は困惑した。それまでは迷宮探索の準備を進めいざ行こうとしたときに突然止められたのだ。訝しむ雫をよそに香織はしばし胸に手を合わせ目を瞑っていたか思うと呟くように雫へ忠告した。

 

「なんだか分からないけど凄い嫌な予感と良い予感が混ざり合った変な感じがするの」

 

「変な感じ?」

 

「そうなの。根拠はないけど…いきなり変だよね。でも何か感じるの」

 

 目の前で悩む親友に疑問を一瞬抱くもすぐに頭を切り替えどうするべきかを香織と話し合う雫。みんなのリーダーである光輝が居なくなってからは自分と香織が探索組のリーダーになっているのだ。

 その香織が嫌な予感がすると言う。ならもう一度入念に準備をするべきだ。

 

「そう。ならもう一度同行する騎士団の人たちや永山君たちに装備の点検をさせるわね」

 

「ありがとう雫ちゃん。皆に持たせている回復薬や魔力回復薬は普段よりもっと多めに準備をさせて、特に騎士団の人たちは入念に」

 

「ええわかったわ。そういう香織も忘れ物が無いよう気を付けてね」

 

 

 香織の忠告を聞き探索へ向かう人たちにテキパキと準備させる雫に感謝をする香織。実は雫には伝えていないことがあるのだ

 

(なんだろう…肌が泡立つ感じがするのに心は嬉しそうにしている?)

 

 今までも危険な予感はあったが今日の予感はそれ以上だ。それと同時にどうしても心臓が高鳴る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

(…南雲君)

 

 居なくなった思い人(ハジメ)に胸を馳せる香織。あの日生きていると確信してからハジメともう一人の夢は見なくなってしまったが、どうしてだかもうすぐ会えるような気がしてならないのだ。

 

「…会いたいなぁ」

 

 思わず出てきてしまった言葉が偽らざる香織の本音だ。ただ無性に会いたい。それだけのため訓練をして強くなってきたのだ。今から挑むオルクス迷宮は七十層目。皆をまとめあげる光輝は不在のまま、それでも慎重に慎重を重ね到達した階層なのだ。

 

 それでもまだハジメ達の痕跡は発見できなかった。もしかしたらもう別のルートから脱出できているのかもしれない。そんなの思いが日々募っていくが、それでも探索をやめる気はしなかった。

 

(今どこにいるの南雲君…きっと無事だよね。ううん無事に決まっている。だって南雲君の隣にはあの人がいるんだから)

 

 ハジメの姿を思い出し、そしてその隣で天之河光輝の姿で朗らかに笑っていた人のことを思い出す。彼がそばにいるのならハジメは大丈夫だという信頼が香織にはあった。きっとそばで笑っているその姿があまりにも自然だったからだろうと香織は思う。

 

(でもどうしてあの人は天之河君の姿を?それにどうして…あの人は…天之河君の事を…ううん、今はそんな事を考えちゃダメ!目の前のことに集中しないと…)

 

 人の良さそうな笑みを浮かべていた彼は信用できるし信頼できるが疑問があった、どうしてその姿なのか、何よりどうして天之河光輝の…

心に湧き出て来た疑問を頭を振りかぶることで打ち消す。今は迷宮探索に集中しなければいけない。 

 遠くから準備ができたと声をあげる雫の声に返事を返すと香織はハジメに絶対に会うという決意を固め迷宮に乗り出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 見直すと色々と前話で同じこと言っているような気がするのです。しつこいかなと思いつつ投稿します

気が向いたら感想お願いします


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懐かしき町で

短いです。場面場面を端追ってます。原作を見ていなければわからないところが多々あります
そして展開がかなり無理矢理です。正直自分でもこれでいいのか?と考えてます。期待には答えられないかもしれません
それでもよろしければどうぞ


 

 

 ハジメ達は、現在、宿場町ホルアドにいた。

 

 

 本来なら素通りしてもよかったのだが、フューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをしたので、それを果たすために寄り道したのだ。といっても、もともと【グリューエン大砂漠】へ行く途中で通ることになるので大した手間ではない。

 

 ハジメは、懐かしげに目を細めて町のメインストリートをホルアドのギルドを目指して歩いた。ハジメに肩車してもらっているミュウが、そんなハジメの様子に気がついたようで、不思議そうな表情をしながらハジメのおでこを紅葉のような小さな掌でペシペシと叩く。

 

「ハジメお兄ちゃん? どうしたの?」

 

「ん? あ~、いや、前に来たことがあってな……まだ四ヶ月程度しか経ってないのに、もう何年も前のような気がして……」

 

「あれからもう四ヶ月もたったのか…」

 

 ハジメの言葉にフードを目深にかぶりながら呟くコウスケ。あの物語が始まったともいうべき奈落に落ちてから随分と濃密な時間を過ごしてきた。あの始まりの時を思い出し感慨に耽るコウスケ。その隣ではティオがハジメに対してやり直したくないのかと尋ねている。

 

「ふむ。ハジメは、やり直したいとは思わんのか? 元々の仲間がおったのじゃろ? ハジメの境遇はある程度聞いてはいるが……皆が皆、ハジメを傷つけたわけではあるまい? 仲の良かったものもいるのではないか?」

 

 ティオはストレートに物事を尋ねる。ティオ自身がきちんとハジメ達の仲間になりたいと思っているが故の彼女なりの努力である。

それは構わないが、コウスケは内心落ち込みそうになる。今でもあの時助けられなかったことをどうしても気にしてしまうのだ。続くハジメの言葉に無意識に聞き耳を立てる。

 

「確かにそういう人がいたかもしれない、でもやり直そうとは思わないよ」

 

「ふむ、なぜじゃ?」

 

「皆に会えたから、…最初にコウスケと出会って、ユエとシア、ティオ、今はミュウもかな?怖い思いも痛い思いもしたけどみんなに出会うことができたんだから、だから僕はあの日をやり直そうとは思わない」

 

 ハジメの言葉にユエは嬉しそうに微笑みシアはうさ耳をバタバタさせながら喜びを露わにし、ティオは面白そうに笑っている。ミュウは何を言っているのかはわからなくても無邪気に喜んでいる。そんな女性陣を見ながら「コイツ実は天然のたらしかよ!」と内心ツッコミながらもフードをさらに深くかぶりなおす。勇者天之河光輝が居るととばれたら面倒だったためフードをかぶっていたのだが今はそれとは関係なく自分の顔を隠していたかった。

 

(本当にコイツはよー照れるじゃねえか馬鹿野郎。流石はハーレム主人公っていう奴か?…でもな南雲、俺は今でもこう思っちまうんだよ。あの時原作を知っている俺はお前を助けるべきだったってさ)

 

 ハジメの言葉に嬉しく思いつつ、心のどこかでは、何が起こるのかを知っているのに自分は何もできなかったという罪悪感が募ってしまうコウスケだった。

 

 

 

 

 その後、懐かしさを感じる街を見回しながらも冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。途中でミュウを肩から降ろしたハジメはギルドの扉を開ける。他の町のギルドと違って、ホルアド支部の扉は金属製だった。重苦しい音が響き、それが人が入ってきた合図になっているようだ。

 

 前回、ハジメがホルアドに来たときは、冒険者ギルドに行く必要も暇もなかったので中に入るのは今回が始めてだ。ホルアド支部の内装や雰囲気は、最初、ハジメが抱いていた冒険者ギルドそのままだった。

 

 壁や床は、ところどころ壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。内部の作り自体は他の支部と同じで入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。しかし、他の支部と異なり、普通に酒も出しているようで、昼間から飲んだくれたおっさん達がたむろしていた。

 二階部分にも座席があるようで、手すり越しに階下を見下ろしている冒険者らしき者達もいる。二階にいる者は総じて強者の雰囲気を出しており、そういう制度なのか暗黙の了解かはわからないが、高ランク冒険者は基本的に二階に行くのかもしれない。

 

 冒険者自体の雰囲気も他の町とは違うようだ。誰も彼も目がギラついていて、ブルックのようなほのぼのした雰囲気は皆無である。冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから気概に満ちているのは当然といえば当然なのだろう。

 

(イイねぇ~イイよぉ~この荒くれ物の掃きだめって感じ!)

 

 そんな殺伐としたギルドに内心歓喜の声をあげるコウスケ。周囲のぎろりとした男どもの視線は煩わしかったが、いかにも自分の思い描く冒険者ギルドという感じて顔に出さないがワクワクしてしまうのだ。

 

 ギルドのピりつく雰囲気流しながら喜ぶコウスケを横に血気盛んな、あるいは酔った勢いで席を立ち始める一部の冒険者達。彼等の視線は、美女、美少女、美少女に囲まれている少年とフードをかぶった男に注がれている。その視線は「ふざけたガキ共をぶちのめす」と何より雄弁に物語っており、このギルドを包む異様な雰囲気からくる鬱憤を晴らす八つ当たりと、単純なやっかみ混じりの嫌がらせであることは明らかだ。

 

 定番の荒事かなとわずかに腕に力を込めていたコウスケだが、その腕は振るわれることはなかった。その場で自分たちを注視していた冒険者たちをハジメがまとめて”威圧”で黙らせたのだ。異常な殺気と威圧感を受けた冒険者たちはそのまあ席に座り込み静かになる。周りも同様で、冷や汗を流しながらハジメに視線を向けないように俯いているものが大半だ。

 

 そのまま静かになったギルド内を一瞥して受付嬢へ向かうハジメに逞しくなったな~と場違いな感想を持ちながらハジメに錬成してもらった仮面を装着するコウスケ。

 

「んん?コウスケさんなんですか、その仮面は?」

 

「…オシャレ?」

 

「チガウ、面倒ゴトノ予感ガスルンダ」

 

 不思議そうにコウスケを見つめる、ユエとシアに適当に流しつつフードと仮面で顔を隠すコウスケ。この先にある展開を考えれば自分の顔を見られると色々面倒だと判断したのだ。ちなみに仮面をかぶったコウスケに対してティオは生暖かい視線を向けミュウはかっこいいの~と喜んでいる。

 

 そんな風にハジメの後ろで会話をしていたらハジメの冒険者ランクが金だったことに受付嬢が驚き声をあげギルド内が騒然となる。 

コウスケがそんな騒がしいギルド内を静観しているとギルドの奥からズダダダッ! と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。

 その人物に見覚えがあるのかハジメは目を丸くしながら名前を呟き、コウスケは視界から外れるように比較的その人物の死角側に行く。

 

「……遠藤?」

 

 その声にはじかれたように顔をあげハジメを見つめる遠藤。男に見つめられて喜ぶ趣味はないので嫌そうな表情で顔を背けるハジメに、遠藤は、まさかという面持ちで声をかけた。

 

「お、お前……お前、南雲……なのか?」

「はぁ……ああ、そうだ。正真正銘南雲ハジメだ」

 

 上から下までマジマジと観察し、強者特有の佇まいや貫禄のある威圧感から半信半疑だったが漸く信じることにしたようだ。

 

「お前……生きていたのか」

「今、目の前にいるんだから当たり前だろ」

「何か、えらく変わってるんだけど……雰囲気が以前と違いすぎだろ……」

「奈落の底から這い上がってきたんだぞ? そりゃ多少変わるだろ」

「そ、そういうものかな? いや、でも、そうか……ホントに生きて……」

 

 あっけらかんとしたハジメの態度に困惑する遠藤だったが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。いくら香織に構われていることに他の男と同じように嫉妬の念を抱いていたとしても、また檜山達のイジメを見て見ぬふりをしていたとしても、死んでもいいなんて恐ろしいことを思えるはずもない。ハジメの死は大きな衝撃であった。だからこそ、遠藤は、純粋にクラスメイトの生存が嬉しかったのだ。

 

「っていうか南雲!一緒に落ちた天之河はどうしたんだ!」

 

「天之河?あーーー」

 

 遠藤の言葉にチラリとコウスケを見るハジメ。視線に気づいたコウスケは“隠形”を使いさらに気配を薄くする。どうやら厄介ごとは全部丸投げするようである。溜息を吐きながらもなぜかボロボロになっている遠藤を適当に嘘をつくことにする

 

「生きているよ、今はいないけど…そんなどうでもいい事より何でボロボロになっているんだ?」

 

「生きてるのか?なら一体どこに…っていない奴の事を言ってる場合じゃなかった!お前迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな? 信じられねぇけど……」

 

「まぁ、そうだな」

 

 

 遠藤の真剣な表情でなされた確認に肯定の意をハジメが示すと、遠藤はハジメに飛びかからんばかりの勢いで肩をつかみに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。

 

「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ、南雲!」

 

「いきなり何なんだ?まずは落ち着いて説明してくれよ。じゃないと何もできないぞ」

 

「それは……」

 

 尋ねるハジメに、遠藤は膝を付きうなだれたまま事の次第を話そうとする。と、そこでしわがれた声による制止がかかった。

 

「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり迷宮に入ってたんだ…うーん天之河光輝が居なくても流れは変わらないのかな?あーーーーーめんどくさい関わり合いになりたくない)

 

 しわがれた声をだした男…ホルアド支部の支部長により事の顛末を聞かされている一行。コウスケの知識通り白崎香織を筆頭としたパーティーが魔人族の襲撃に会い窮地に陥っているようである。

 

 部屋の片隅で壁を背にしながら腕を組み考え込むコウスケ。仮面の影響からか謎の人物として見られており遠藤からは胡散臭いものを見るような目で見られ支部長からはなぜか警戒されている。そんな2人をスルーしながらも嫌になってくるコウスケ。正直言って関わり合いにはなりたくないのだが見捨てる気はみじんもない。自分の矛盾した考えに辟易しているのだ。

 

(あ~見捨てたくねぇ助けたいんだけどな、南雲に全部任せて俺は留守番してようかなぁーでも、もしイレギュラーのことがあったら?

うわぁー考えたくねぇ…あああああせめてあのメンへラさえいなければ自由に行動できるのに…ん?なんで俺あのメンヘラに遠慮してるの?今のうちにどうにかしてしまえば?…でも関わり合いになりたくない!何で俺が天之河のケツを拭かなければいけないんだ!ファック!)

 

 うだうだと考え込むコウスケ。ふと視線を感じ顔をあげるとカリカリと頭をかきながらハジメがこちらを見ていた。なにやら考え込む表情にふっと息を吐き方の力を抜く。どうやら迷っているようなので背中を押すことにする

 

「…オ前ガ、シタイヨウニシロ。俺ハ、イツダッテ一緒ニイル」

 

「…ん、心配しないで私もいる。」

 

「勿論私もですぅ!」

 

「ふむ、妾ももちろんじゃ」

 

「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」

 

 皆の言葉に迷いが晴れたのかハジメは仲間に己の意志を伝えた。

 

「皆…ありがとう。面倒事かもしれないけどちょっと義理を果たしたい相手がいるんだ。だから、助けに行こうかと思う」

 

 ハジメの言葉に頷く一行。その後テキパキと話は進み救出は依頼と言う形になり、遠藤が案内をして、ハジメ、コウスケ、ユエが救出に向かう事になった。

 幼子であるミュウはギルドで預かることになった。聞き分けよく留守番をすると言うミュウに一同ホッコリしながら護衛役としてティオとシアが残ることになった。

 

 「健太郎…重吾、無事でいてくれよ…」

 

 どこか思いつめた表情で呟く遠藤にそれも仕方ないかと思うコウスケ。自分一人だけが無事に地上に出てしまったことに罪悪感やら申し訳なさを感じているのだろう。焦って道を間違えられても困るので励ますことにする

 

「ソンナニ気負ウナ、タダ案内スルコトダケヲ考エロ」

 

「でも…」

 

「大丈夫ダ、魔物ハ俺達ニ任セレバイイ、ナ?」

 

「えっと、あ、ありがとうございます」

 

 肩をポンポンと叩き励ますと戸惑いながらもしっかりと頷く遠藤に頬を緩める。色々考えることはあるがノリと勢いで進もうと考えるコウスケだった

 

 

 

 

 

 

「なぁ南雲あの人いったい何者なんだ?なんか聞いたことのあるような声をしているような…?」

 

「…そんなことを考えている暇があればさっさと案内しろ」

 

「うわっ、ケツを蹴るなよ!お前本当に変わりすぎじゃね!?」

 

「知るか!」

 

 

 

 

 

 

 




 次は何も考えずに書きたいなー

感想お待ちしております


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戦略的行動?

久しぶり投稿するような気がします
見直すとこいつこんな性格だったけと思います。
いつもの如く展開が無理矢理な気がしますがそれでもよければどうぞです


 

「さてと…で?さっさと降伏したらどうだい。どうやらあんた達2人がが一番この状況をよく理解しているようだけど」

 

 襲撃してきた魔人族の女に降伏勧告を告げられている中、香織は周りの状況を確認していた。周りはまさしく死屍累々と言う惨状だろうか。事の始まりは70層についてから何かがおかしかった。本来現れるはずの魔物が姿を現さず異様に静かだったのだ。すぐに異変を察知し、撤退しようと香織が宣言するのもつかの間魔人族に襲撃されたのだ。

 

 すぐさま伝令として遠藤を何とか撤退させるもそこからは逃げるにも逃げられず、じわじわといたぶられ全員が圧倒的な実力差と死への恐怖によって抵抗虚しく地に伏してしまったのだ。頼みの綱であり経験豊富なメルドは瀕死になっており今もまだ生きているのが不思議なほどだ。

 

「…… 私達に何を望んでいるの? わざわざ生かして、こんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」

「ああ、やっぱり、あんたが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃないあたしらの側に来ないかい?」

「今だけ従ったふりをして…後で裏切るとは思わないのかしら?」

「それも、もちろん思っている。だから、首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

「自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないっていう」

「そうそう。理解が早くて助かるね。」

 

 雫が魔人族の女と交渉している間に香織は必死に考えを巡らせる。どうすればこの窮地を逃れるのか、考えるている間にも会話は進む

 

「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

 

 中村恵理が魔人族に降伏しようと声をあげる。確かに魔人族に従えば生きていられる可能性は大きいだろう。しかしそれは実質魔人族の奴隷になるという事である。奴隷になってしまったらもうハジメとは出会えないかもしれない。香織の思いとは裏腹に場の雰囲気が恵理のその一言で徐々に降伏するべきではないかと変わってきてしまっている。

 

「まぁどうすればいいのか考えるの構わないんだけどさぁ、そこのあんた」

 

 いきなり呼ばれ顔をあげる香織。そんな香織に何故かイラつくような目を向け吐き捨てるような表情を浮かべる魔人族の女

 

「あんたさぁ今の状況分かっているのかい?なんでそんな目をしてるのさ」

 

 魔人族の女がイラついたのは訳があった。圧倒的な優位な状況であるはずなのに何故かただ独りだけ絶望もせず只々決意に満ちた目をしているのだ。その目は自分はここで死なない。負けるつもりもないとギラギラとしていてまるでお前は眼中にはないと言われているようで無性に癇に障るのだ。

 

「…!……私」

 

「あん?」

 

「…私、どうしても会いたい…好きな人がいるの」

 

 香織の突然の告白に面食らう魔人族の女。周りの皆も驚いているようだ。だが香織は気にせず言葉を続ける

 

「…離れ離れになっちゃって…今はどこにいるかわからないけど、もう一度…ううん。会って自分のこの思いを伝えたいの。」

 

「こんな時に随分とおかしいことを言うんだねぇ」

 

「そうかな?好きな人に会いたい。それってそんなにおかしいことなのかな?貴方にも好きな人がいるんでしょ?死ぬ前には会いたくなるんじゃないの?…私は死ぬつもりもなければ降伏するつもりもないけど」

 

「そうかい、恐怖でおかしくなっちまったんだね…可哀想だから一瞬で殺して愛しの男もすぐに送ってやるよ!」

 

 首を傾げ不思議そうに尋ねてくる香織に何故だか不気味さを感じ、魔人族の女は馬頭の魔物…アハトドに痛めつけて殺すように命じる。

 動けない状況なのに明らかに他の魔物とは一線を越えたアハトドが向かってくる状況に雫は死ぬ覚悟を決めてしまった。ただでさえ手元には折れた剣しかなく全員が満身創痍の状況なのだ。もう抵抗する手段がない。それなのにどうしてか隣にいる親友は全く諦めてはいなかった。

 

「雫ちゃん大丈夫だよ。だからそんな泣きそうな顔をしないで」

 

「香織…貴方…どうして?」

 

「…説明するのは難しいんだけど…さっき感じたの。もしかして女の感かな?」

 

 そばにいる雫を抱きしめ困ったかのように眉を八の字にして微笑む香織は可笑しくなっているわけではなさそうで流石の雫でも困惑してしまう。そんな二人の前に影が差す。アハトドだ。血走った眼で、寄り添う香織と雫を見下ろし、「ルゥオオオ!!」と独特の咆哮を上げながら、その極太の腕を振りかぶっていた。

 

 今、まさに放たれようとしている死の鉄槌を目の前にしても香織の心は穏やかなままだ。そこでふと思い出した。それは、月下のお茶会。二人っきりの語らいの思い出。自ら誓いを立てた夜のこと。困ったような笑みを浮かべる今はいない彼。いなくなって始めて“好き”だったのだと自覚した。

 

そんな香織の微笑ましい記憶も無残に砕け散ろと言わんばかりの剛腕が迫ってくる。が

 

 

ガキンッ!!

 

 

 当たる瞬間、蒼く光る光の壁が現れアハトドの攻撃はあっさりとふさがれてしまう。驚く雫をしり目に今度は蒼く淡く輝く光が雫と香織を包み込む。その光に包まれている間。2人の怪我や魔力が急速に回復していくのが分かり雫はあまりにも突然のことで混乱していた。結界師である谷口鈴の力かとみれば鈴も困惑しているようで口を大きく開いている。

 

 あまりも突然のことで雫が口を開こうとしたとき、今度はさらに理解不可能なことが起こった。

 

ドォゴオオン!!

 

 体制を整えもう一度攻撃をして来ようとするアハトドに向かって 轟音と共に頭上にある天井が崩落し、同時に紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭が凄絶な威力を以て飛び出したのだ

 スパークする漆黒の杭は、そのまま眼下のアハトドを、まるで豆腐のように貫きひしゃげさせ、そのまま地面に突き刺さった。

 

 

 全長百二十センチのほとんどを地中に埋め紅いスパークを放っている巨杭と、それを中心に血肉を撒き散らして原型を留めていないほど破壊され尽くしたアハトドの残骸に、眼前にいた雫はもちろんのこと、生徒達や彼等を襲っていた魔物達、そして魔人族の女までもが硬直する。

 

 戦場には似つかわしくない静寂が辺りを支配し、誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると、崩落した天井から二つの人影が飛び降りてきた。その人物達は、香織達に背を向ける形でスタッと軽やかにアハトドの残骸を踏みつけながら降り立つと、周囲を睥睨する。

 

 そして、肩越しに振り返り背後で寄り添い合う香織と雫を見やった。

 

「…相変わらず仲がいいね2人とも」

 

 苦笑しながら振り返った顔は、香織がずっと焦がれてきた思い人、南雲ハジメだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(…キマシタワー…じゃなくて間に合ったか。よかった)

 

 ハジメの後ろで抱き合う2人の美少女を見て一瞬百合かな?と思ったがすぐに無事だと気付きホッとするコウスケ。遠藤に案内されながら感知能力を全力で使い弱っていた気配に対して守護を展開したのがうまくいったようだ。そのあとはハジメの錬成とパイルバンカーで大幅なショートカットをし間に合ったという訳だった。

 

(状況は…ふむふむ原作と大幅な違いは無そうかな)

 

 いきなり乱入してきたこちらを見て固まっている生徒達と魔人族を見るコウスケ。驚愕した雫が困惑し、遅れてやってきた遠藤が友人たちに助けが来たと喜びをあらわにしている。やはりと言うか大幅な流れは変わらないようだ。

 

「ユエ、悪いけどあそこで固まっている奴らの護衛をお願い。…言わなくてもわかるよね?頼んだ」

 

「ん、任せて」

 

「アァ、了解ダ」

 

 少しばかり周りの視線に面倒な表情をしたハジメがユエとコウスケに指示を出してくる。ユエは周囲の魔物をまるで気にした様子もなく悠然と歩みを進めコウスケは風伯を構え倒れ伏し、瀕死になっているメルドの所まで駆け寄っていく。

 

「フン!」

 

 触手をはやした黒猫が向かいかかってくるが力を込めた風伯の前にあっさりと真っ二つになった。その後ろで控えていた四つ目狼は風伯から飛ばされた斬撃風によって同じく両断されている。

 

「セァッ!」

 

 続けて襲いかかてくるブルタールモドキを地卿で上半身を吹き飛ばしながら姿を消し隙を狙っていたキメラを問答無用で叩き潰す。哀れなキメラは頭部を潰され力なく倒れ伏す。その姿を横目でチラリと確認し、ふっと息を吐く。余りに歯ごたえが無く一瞬失望してしまったのだ。しかしすぐに思考を切り替えメルドの駆け寄る。今は暴れ回っている場合ではない

 

「メルドサン…」

 

「…ぅ」

 

 小さくうめくメルドはまさしく満身創痍だった。恐らく王国が誇る最高性能の鎧の大半はボロボロになっており役目を終えている。太く逞しい腕は裂傷が大きく、腹部は黒猫の触手に貫かれたのか、穴がそこら中にあり耐性がないものが見たら失神するレベルだった。

 それでもまだ生きているのは日ごろの訓練のたまものか、本人の強い精神力なのか、どちらにせよ神水をメルドに打ち込むコウスケ

 

「…私…は」

 

「モウ大丈夫デス」

 

 うっすらと目を開け徐々に傷が治っていくメルドの安堵するコウスケ。念のため快活を使い後遺症がないようにしておく。過剰な回復かもしれなかったが、コウスケにとってはそれでもよかった。

 何故ならコウスケが本当に助けたかったのは生徒ではなくメルドだったからだ。

 

「お前は…いったい…?」

 

 自分を助けた仮面の人物が誰かわからなかったのか呻くようにつぶやくメルドに顔を見せるか躊躇するコウスケ。周りの状況を確認するとハジメが魔物相手に無双をしており、ユエは生徒たちの前に立っている。守られている生徒たちは驚愕に満ちた表情で全員がハジメにくぎ付けになっている。魔人族の女は逃げるにも逃げれないのか、歯がゆい表情でハジメを睨んでいた。この状況なら仮面を外しても問題はなさそうだ。

 

「よっと、…やっぱり仮面をつけるのはやめておいたほうが良かったかな?まぁいいや、お久しぶりですねメルドさん」

 

「!?生きて…いたのか」

 

「ええ、御覧の通り生きていますよ。それより申し訳ないんですが色々理由があるんでしばらくの間は負傷しているように演技をしてもらっていいですかね?」

 

 訝しみながらも体は本調子ではないのか、ふらついているメルドにそっと耳打ちをする。後で誰にも気づかれずにいろいろ話したいことがあるのだ。仮面をつけ無理矢理メルドに肩を貸すとユエの方へ歩いていくコウスケ。メルドは何か言いたそうではあるもコウスケの指示通りおとなしくしている

 

”ユエ―護衛任務お疲れさまー”

 

”ん、問題ない…そっちは?”

 

”こっちも問題ないよ。それよりこのおっちゃんの面倒もしばらく見てもらってもいいか?

 

”?コウスケはどうするの”

 

”…南雲が無双しているから混ざってくる!”

 

 

 

 メルドをユエに任せるとそのまま一気に跳躍しハジメに向かって口を大きく開いている六足亀を真上から垂直に蹴りをたたき込みクレーターを作りながら着地するコウスケ。

 

「…何やってんの」

 

「混ゼロ!」

 

「はぁ」

 

 呆れた目を向けてきたハジメに簡潔に理由を話すとそのまま背中合わせになる。ハジメはガンスピンをしてリロードしコウスケは救出に向かう途中でハジメに渡されたコウスケ専用の『単発式グレネードランチャー』をおもむろに魔物の集団に向けて発砲する。

 

 

キュポン   ドゴンッ!!

 

 

 あまりにも軽く気が抜けるような音は着弾と同時にすぐに凄まじい音を立て魔物たちを跡形もなくミンチ状になった。ハジメにねだった銃?の威力に満喫するコウスケ。本当ならミニガンも持って映画で見たタフガイのように無表情で撃ちまくりたいのだが、重量や武器がかさばるため取りあえずこのグレネードランチャーで我慢しているのだ。

 

(ウホッ!良い火力、ビンビンするね~)

 

「お願いだからフレンドリーファイア―だけは勘弁してよね」

 

「ウィ」

 

 後ろで恐らく苦笑しているハジメに適当に返事をしながらリロードをするコウスケ。自分が思ったより火力や使いやすさがかなりいいのだ。やはり武器はロマンをよくわかってくれるハジメが作ったものに限る。仮面の奥でだらしなく顔をにやけながらもう一度適当に魔物の集団へ発砲するコウスケ。

 

 そんな親友に呆れながらもハジメは次々とドンナーとシュラークを使い急所を狙いながら魔物を殲滅していく。コウスケが誘光を使い魔物を絶え間なく引き寄せるので片手間に魔物を減らしながらハジメは魔人族の女に目を向ける。出口はクロスビットで完全に封鎖をしており魔人族の女は完全詰みにはいっている

 南雲ハジメは人を殺さない。人を殺すなと親友は願った。なら自分は人を殺さない。それは人間族だろうと亜人族だろうと魔人族でも変わらない。だから自分たちに敵対してしまったあの魔人族の女をコウスケにゆだねることにしたのだ。一体どうするんだろうと考えて、溜息をついた。なんとなく分かってしまったのだ。

 

「ォォォオオオオオオ!!!」

 

 咆哮がする方へ視線を向けると風伯を右手に地卿を左手に魔物の集団へ突貫しているコウスケがいた。かなりハイになっているのだろう。魔物を集め次々と蹴散らしていくその姿は完全に狂戦士だ。溜息一つをつきながら援護をするように魔物へ容赦なく発砲するハジメだった。

 

 

 

 

 

 「ホントに……なんなのさ」

 

 力なく、そんなことを呟いたのは魔人族の女だ。何をしようとも全てを力でねじ伏せられ粉砕される。そんな理不尽に、諦観の念が胸中を侵食していく。もはや、魔物の数もほとんど残っておらず、誰の目から見ても勝敗は明らかだ。出口から逃げようとするも十字架によって自分が完全に逃げられないと知ると力なく座り込んでしまった。

 余りにも不条理だった。楽な任務だとは思ってはいなかった。このオルクス迷宮の真の階層を調査するように言われ神々の使途とやらを見つけたときは駒の一つぐらいにはなると思っていた。

 順調だった。そのはずが、すべて目の前の男2人によって破綻した。男のうちの一人は神々の使途と同じような外見だから、同郷の者だろう、明らかに異常な強さだった。しかしそれはまだ納得はできる。

 問題はもう一人だった。仮面をつけフードをかぶったおかしな人間。立ち会うまでもなく悪寒がするのだ。アレにかかわってはいけないと。まるで自分を生きている物とは見ていないような目で時たまこちらを見るその目が見るもおぞましく感じるのだ。

 

「…ミハイル」

 

 気付けばロケットペンダントを握りしめて愛しい恋人の名を呟いていた。戦士として戦場で死ぬ覚悟はできている。しかしこのような理不尽な死に方は納得できなかった。だからだろうか、今はどうしても無性に恋人に会いたくなった。生きたいと願ってしまった。しかしいつの間にか目の前に不気味に立つ仮面の男を前にしてその思いも打ち砕けてしまった。

 

「…この化け物め」

 

 悪態をつくが目の前の男は微動だにしない。気が付けば男は武器をしまっていた。訝しむも一瞬で殺すつもりはないのかと想像し顔が引きつってしまう。何も言わずただ突っ立ているこの男が怖くて仕方がなかったのだ。特にこちらを見ている目が。

 

「ここであたしを殺しても、いつかあたしの恋人があんたを殺すよ」

 

 男の目を睨み返しながらわずかに震える声で負け惜しみを言い放つ。その言葉に何を思ったのか、男は何故か血まみれになっている手を自分の頭に向けてきた。血まみれになっている理由は知っている。途中でこの男は魔物を素手で撲殺し始めたからだ。言いようのない震えが最高潮に達し、男の手が自分の頭の乗せられたとき声が聞こえてきた。

 

「…オ前ハ、伝言者ニナッテモラウ。敬愛スル上司ニ伝エロ『魔人族の生存を願うのならトップを疑え、このまま神の駒になっていたら滅ぶぞ』トナ」

 

「……へ」

 

 思わず間抜けな声になってしまった自分を誰が責められようか。明らかな人間の皮をかぶった化け物が意外にも優しい声で自分の上司に伝言をしろと言うのだ。それはつまり…

 

「国へ帰るんだな。お前には恋人がいるのだろう」

 

 何故か遠くから「ぶふぉっ!」と変な声がしたが、気にせず男の手を振り払いすぐさま出口へ向かう。なぜか出口にあった十字架はなくなっており、そのまま後ろから警戒していた襲撃もなく自分でも驚くほど迷宮から脱出することができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




短いし進んでなーい
またこつこつ書いてきます

気が向いたら感想お願いします
返信には時間がかかってしまいますが、あると励みになってうれしいのです


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救出成功!

やっとで出来ました!
この頃どう展開すればいいのか深刻に悩みましたが全部を原作通りにする必要は無いですもんね。代わりにかなりガバガバな気がしますが…

タイトルがなかなか難しいです!


「で、ガイルのものまねしながら逃がしていたけど、あれでよかったの?」

 

”調子に乗った。反省はしていません”

 

「はぁー所でメルドさんは?頼むって言ったんだけど」

 

 魔人族を逃がした後ハジメと合流したコウスケ。結局逃がすか殺すか迷ったが、逃がすことを選択した。念のため洗脳魔法をかけて脅しをかけていたため大丈夫だとは思うのだが…いつかこの選択を後悔する日があるかもしれないが今はこれでよかったと思う事にする。

 それよりも今はぞろぞろ集まりだしてきたハジメのクラスメイト達、特にハジメにずっと視線を向けている白崎香織が先決だ。

 

「問題ナイ」

 

「そっか」

 

“それよりもクラスメイト達が集まってきたぞ。相手をしてやったらどうだ?”

 

「ハジメくん。メルドさんを助けてくれてありがとう。私達のことも……助けてくれてありがとう」

 

 コウスケが念話で会話したと同時に香織がハジメに対して感謝を告げる。ハジメの変わりように驚きはしたが、それでも、どうしても伝えたい事があったのだ。

 メルドの事と、自分達を救ってくれたことのお礼を言いつつハジメの目の前まで歩み寄る。

 

 そして、グッと込み上げてくる何かを堪えるように服の裾を両の手で握り締め、しかし、堪えきれずにホロホロと涙をこぼし始めた。嗚咽を漏らしながら、それでも目の前のハジメの存在が夢幻でないことを確かめるように片時も目を離さない。ハジメは、そんな香織を静かに見返した。

 

「夢で見ていだの。ハジメぐんが生きでいるって…それでもじんぱいで……生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。あの時、守れなぐて……ひっく……ゴメンねっ……ぐすっ」

 

「えーっと、心配かけてごめんね、この通り怪我もなかったから…だから謝る必要なんてないからさ…その、えっと、泣かないで」

 

(ふむ美少女の泣き顔か…悪くないな。しっかしここまで可愛い女の子に一途に思われていたなんて…南雲の奴羨ましいぞ!末永く爆発しろ!)

 

 泣いてしまった香織に困惑するハジメに対して内心悪態をつくコウスケ。しかし仮面の奥の顔はにやけておりハジメと香織の甘酸っぱい再会を祝福している。そんな微笑ましく笑っているコウスケにユエから念話が届く

 

“コウスケ、あの女の子は?”

 

“白崎香織、見ての通り南雲にホの字の女の子”

 

“ん…何でハジメは何もしないの?”

 

“それは南雲がヘタレだから!普通自分の生還に喜んで号泣してくれる女の子がいたら慰める為に色々するだろうに…全くあのヘタレは”

 

“…なら協力して”

 

 見ると悪戯っ子のような笑みを浮かべるユエ。すぐに何をするか察したコウスケは音もなくハジメの後ろへ回り体制が崩れるようなけりを無防備なハジメの背中に放つ。ユエも同じように香織の背中に回り両手で香織の背中を押す。

 

「わっ!」

 

「きゃっ!」

 

 ユエとコウスケの思惑通り体制を崩れたハジメと香織はお互い支えるものを探そうとして結果目の前にいる人物に縋りつくようになってしまった。すなわち香織はハジメの胸元に飛び込む様になってしまい、ハジメは支えるように香織の背中に手を回す構図になってしまった。

 

 その光景を 見ていた女子生徒達はハジメと香織に対して生暖かい視線を送り男子生徒達は嫉妬と羨望の混じったような視線をハジメに送る

 

“ちょっ!何やってんの2人とも!”

 

“何って…ヘタレにきっかけを作ってやっただけだが?”

 

“ヘタレ鈍感むっつりハジメに天誅!”

 

 ハジメの焦った念話をどこ吹く風の様にスルーする2人。悪気は全くない。寧ろやり遂げたような達成感さえ感じた。しかしハジメからしてはたまったものではない。今も自分の胸元ですすり泣く香織の体温を全身で感じ取ってしまっているのだ。

 おまけになにやら甘くいい匂いがして心臓の鼓動が大きくなった気がする。早く離れてほしいのだが香織は両腕をハジメの背中に回し離れる気は全く無いようでさらに困惑するハジメ。

 

 女の子に力強く抱きしめられるという未知の体験を実感しているハジメに救いの手が差し伸べられた。先ほどまで負傷していたメルドだ。立てるようになったのかふらつきながらも立ち上がり驚きながらもしっかりとハジメを見ている

 

「坊主…お前も生きていたのか」

 

「メルドさん…この通りですよ」

 

「そうか…お前が生きていて本当に…本当によかった。そしてすまなかった。絶対に助けると言いながら私はお前を助けることができなかった。許してくれとは言わん。だが謝らせてくれ、本当にすまなかった」

 

 メルドはハジメが生きていたことに心底喜びまた、あの時、助けられなかった事を土下座する勢いで謝罪した。

 

「メルドさん顔をあげてください。僕は生きている。それでいいじゃないですか」

 

 頭を深く下げたメルドにハジメは居心地悪そうにして謝罪を受け取った。

 

 ハジメとしては、全く気にしていなかったというか、メルドが言った「絶対助けてやる」という言葉自体忘却の彼方だったのだが……深々と頭を下げて謝罪するメルドを前に空気を読んだのだ。

 

「それに僕が生き残れたのは彼のおかげですよ」

 

 メルドの謝罪と共に抱き着いていた香織を自然と離れさせ…香織は離れさせるときに若干不満げそうだった…コウスケに視線を向けるハジメ。つられてコウスケを見たメルドは深々と頭を下げる。

 

「光輝…お前もすまなかった。そして私たちを助けてくれてありがとう」

 

(やば!名前を言わないでって言うの忘れてた!)

 

「「「「光輝?」」」」

 

 メルドの発した名前にオウム返しのように名前を言うクラスメイト達。自然とコウスケに注目が集まる。

 

(やべぇ…どうする?どうしよう。誤魔化すか?でも名前を言っちゃったしなーあ~糞、もういいか!臨機応変その場その場で考えて激流に身を任せれば、後はどうにでもなるだろ!)

 

 一瞬で判断したコウスケは観念したように仮面を外す。

 

「「「「「「「天之河(君)!!」」」」」」

 

 露わになった顔に息をのむ声と驚きに満ちた声が聞こえた、がコウスケはあえてそれを無視してメルドに話しかける

 

「…謝らないでくださいメルドさん。あれは俺の責任でもあるんです。(分かっていたはずなのに)突然のことで何もできなくて…だから、そんなに自分を責めないでください。折角の男前な顔が台無しですよ」

 

 目を伏せ、あの時のことを思い出す。自分が何もしなければ問題ないと油断していたのが全ての原因だった。だからメルドが謝る必要ではないと自分たちは生きていたから問題はないとおどけながら明るく言い放つ。

 明るく言い放ったコウスケに思う事があるのかもう一度だけすまんとメルドは言うと立つのに疲れたのか座り込んでしまった。

 

「光輝!お前生きてやがったのか!」

 

 メルドとの会話が終わったのを察してか顔を喜びを露わにしながら坂上龍太郎が駆け寄ってくる。その姿にコウスケは内心ビビってしまう。何せ190㎝の巨体が自分めがけて突っ込んでくるのだ。いくら魔物を片手間に処理出来るコウスケと言えども巨人のような人間は竦んでしまうのだった。

 

「あ、ああ、龍太郎。俺が死ぬわけないだろ。だから離れてくれないか。男に抱き着かれて喜ぶ趣味はないんだ」

 

 嬉しさの余り抱きしめようとする龍太郎に距離を取り困ってしまうコウスケ。どうせ抱き着かれるなら美少女が良いと雫を見ると目の端に涙を浮かべている姿が見えギョッとしてしまう

 

「光輝…生きていたのね…よかった…」

 

 目をこすりながら嬉し泣きをする雫に対して申し訳なさがいっぱいになるコウスケ。ほかのクラスメイトを見ると皆同じように喜んでいる者やら涙ぐんでいる者安堵している者など『天之河光輝』が生きていることに誰もが歓喜していた。

 

(天之河光輝が生きていて皆嬉しそうだね~でも残念!ここにいるのは天之河光輝の皮をかぶったただの別人です!ごめんね皆。天之河光輝じゃなくてさ…っとそれよりメンヘラは…)

 

 なるべく不自然にならないようにクラスメイト達の中からメンヘラ少女を探し出すと、その顔は驚愕に満ち溢れていた。そしてコウスケと目が合うと一瞬ドン引きするぐらい悦楽に満ちた狂気的な目の色をし、すぐに顔を俯き再び顔をあげると他のクラスメイト達と同じように嬉しそうに眼に涙を止めていた。

 

(……こ、怖い。凄く怖い。あれはヤバイ。なんか一番怖いのは魔物で神でもなく人間でしたってぐらい怖い。…今のうちに殺っておくか?でも、南雲達にどう説明を……うん。関わらないようにしよう。俺は天之河光輝じゃないんだ。ああなったのは天之河のせいなんだから俺は関係ない。臭い物には関わらない蓋をする。生きる上での教訓ですな)

 

 内心かなりビビり恐怖し、今のうちに処理をすべきかと考えるも結局コウスケはかかわらない事を選択した。本来なら自分がどうにかするべきなのだろう。しかし、面倒な他人の事情をわざわざかかわるのは嫌でしょうがないのだ。

 

 そんな事を考えているとわらわらとコウスケの周りに人が集まってき始めた。中にはコウスケの横に立つ絶世の美少女ユエのことを聞き出そうとする者もいる。めんどくさくてしょうがないと頭をポリポリと掻いているとユエが小さくも明瞭に響く声でこの場所から離れるようにコウスケとハジメに話し始めた。

 

「ん、2人とも行こう?」

 

「そうだね。用はすんだし行こうか。みんなが待ってるからね」

 

「だな。っとそうだ。南雲、ユエ、悪いけど先導してくれるか?殿は俺がするからさ」

 

 疑問そうにコウスケを見るもすぐに快く先に歩いていくハジメとユエ。クラスメイト達は仲の良さそうなハジメとコウスケに疑問そうな顔をし、説明してほしそうにコウスケを見るが、

 

「ほら、行った行った。ただでさえ皆疲労しているんだろ?今魔物に襲われたら対処できるのか?あの2人の邪魔をせずについていけば安全に脱出できるぞ」

 

 と言うコウスケの言葉に慌ててハジメの後を追っていった。香織だけは一瞬コウスケに視線を向けるもおとなしくほかの皆と同じようにハジメの後についていく。あとに残されたのはコウスケといつの間にかコウスケに肩を持たれているメルドだけだった。

 

「気配感知に問題はなし。迷わないように後をついていくようにして…さてメルドさん。俺達も行きましょうか」

 

「あ、ああ。しかし光輝。いったい何があったんだ。どうして2人だけに…」

 

「それについては、移動しながら話します」

 

 メルドの肩を持つと有無を言わさずそのまま歩き始めるコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

『まさか…神が遊戯のように我らの命をもてあそぶとは…』

 

『信じられませんか?しかしそれが事実です。あなた達トータスの人間が信じてきた神は色々をこじらせすぎて自分以外のすべてを玩具だと考えているただの阿保です』

 

 ダンジョンを歩きながらメルドに自分たちの事とこの世界の真実をいくらかの説明をしたコウスケ。ちなみに盗聴の可能性を考えてハジメが生成魔法で作った、念話の技能が使えないものでも使えるようになる携帯型念話石を使って会話をしている。

 

『信じられんが…しかし俺を助けてくれたお前が嘘を言ってるとは到底思えん。信じるぞコウスケ』

 

『ありがとうございます…よかった。あなたに信じてもらえるのがこんなに嬉しいとは…』

 

 メルドの信じるという言葉に顔がほころぶコウスケ。実は自分が天之河光輝ではないという事はすでに伝えてある。余りにもいきなりなカミングアウトだったがメルドは素直に信じてくれた。どうやら命を救われたという事がメルドの信用に値するという結果につながったのだろう。

 

『ふふ、そんな気弱なことを言うな。戦っているお前はかなり勇敢だったぞ。ぜひ騎士団にスカウトしたいくらいだ』

 

『かなり嬉しいけど謹んでお断りさせてもらいます。…貴方と一緒の職場で働けたらなとは思いますけど…ってそうだ!』

 

『なんだ?いきなり大声を出して、この石、かなり通話性が良くてお前の声が頭によく響いてくるんだが』

 

 コウスケの突然の声に顔を竦めるメルド。しかしコウスケはお構いなしにメルドに説明をした。

 

『騎士団で思い出しました。メルド団長!実は召喚された人間たちの中に裏切者が居ます』

 

『なんだと!?一体誰だ!』

 

 コウスケに負け劣らず大きな声を出すメルドだが、言った瞬間コウスケはぐっと躊躇してしまった。今裏切者は誰かを言うべきなのか。もし言った所でさらに途方もなくメルドが危険になってしまうのではないか。不安の種は尽きることはなくメルドを支える腕に力が張ってしまう。

 

『それは、すみません言えません。本当なら俺が対処すべきなんでしょうが…どうすればいいのかわからないんです。もし言ったら、貴方は徹底的にマークされてしまうのではないかと…でも言わないとあなたは死んでしまう…どうすればいい?どうすればあなたを助けることができるんだ!?あなたは惜しい人間じゃない!()()()()()()()()!』

 

『コウスケ…お前』

 

 どうすればいいのか、激高し悩むコウスケに打開策は思いつかない。一番は首謀者を無理矢理捕まえるべきだがそのせいでしわ寄せに何が起こるかわからない、2番目に自分がメルドのそばにいて危険から守ればいいのだが、その場合ハジメ達から離れてしまう。あくまでも優先はハジメ達だ。自分が離れてしまう事でどんなイレギュラーが襲い掛かってくるか分からない。だから自分がそばにいるのは却下だ。

 

 そんな悩み堂々巡りをするコウスケに低く力強い言葉が聞こえてきた。

 

『コウスケ。話せないという事は何かおまえにも事情があるのだろう。それが何なのか俺は問わん。むしろ危険を知らせようとするのはよく伝わっている。だから大丈夫だ。今お前の隣にいる男が誰なのか知っているか?このハイリヒ王国最強の男メルド・ロギンスだ。いきなり襲われるならともかく、危険が迫っているのなら十分に対処できる』

 

 任せろと男くさい顔をするメルドにコウスケは何も言えなくなってしまった。このままメルドに甘えていて大丈夫なのか不安は尽きないがせめて助言だけはしておこうと情報を伝える

 

『…ありがとうございます。俺を信じてくれて…これから先もしかしたら王国の主要な人間たちや貴族、騎士団の中からうつろな表情をして生気のない者たちが出てくるかもしれません。気を付けてください』

 

『ふむ…なるほど、それだけ分かれば後は大丈夫だ』

 

 コウスケの言葉にすぐに対処法を思いついたのか頷くメルドはコウスケにはとても頼もしかった。

 

『さぁそろそろ出口だ。しゃんとしろコウスケ。折角のハンサム顔が台無しだぞ。今はまだ天之河光輝の演技をしなければいけないんだろう?』

 

『…はい。どうか生きてまた会いましょうメルドさん』

 

『ああ、その時は俺のとっておきの店を紹介してやる』

 

 

 そのまま2人はオルクス大迷宮の入場ゲートのある広場へ向かっていった。外のよく晴れた日差しはまるでコウスケの不安を消し飛ばすかの様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったね」

 

「悪い、迷った」

 

「なんだそれ」

 

 

 ハジメと軽口を言いながら仲間全員と合流してギルド支部長のもとへ依頼達成報告をし、早々に町を出ようとするコウスケ。元々、イルワからの手紙を届ける為だけに寄った様なものなので、旅用品で補充すべきものもなく、直ぐに出ても問題はなかった。

 

 そんなハジメ達の後ろをぞろぞろと集団でついてくるクラスメイト達。

 理由としては香織がハジメの後ろで考え事をしながらついてきているのと天之河光輝に何があったのかの説明を待っているからだ。

 途中で変な集団が因縁を付けてきたがあっさりと撃退。その後、さて町を出ようとしたところで雫に背中を押された香織がハジメの前に一歩出てくる。

 

 

「ハジメくん、私もハジメくんに付いて行かせてくれないかな? ……ううん、絶対、付いて行くから、よろしくね?」

 

「………………へ?」

 

 第一声から、前振りなく挨拶でも願望でもなく、ただ決定事項を伝えるという展開にハジメの目が点になる。思わず、間抜けな声で問い返してしまった。直ぐに理解が及ばずポカンとするハジメに代わって、ユエが進み出た。

 

「…貴女では足手まとい、ハジメの迷惑になる」

 

「…確かに今の私は足手まといだけど、これから強くなる、ううん強くなって見せる!だから何があってもついていきたいの」

 

 香織の決意を聞いたユエは変わらず無表情だがコウスケの目には何故だかとても楽しそうに見えた。

 

「ここで友達と一緒にいた方が良い」

 

「私は好きな人と一緒にいたい」

 

「大怪我を負って後悔する」

 

「ハジメ君のそばにいない方が後悔する」

 

「…どうしてもついてくる?」

 

「うん。どうしてもハジメ君と一緒にいたい」

 

 そこまで香織の決意を聞いたユエはとても珍しく誰が見ても分かるくらい微笑みを浮かべるとそっと香織の前に手を差し出した。

 

「そう。なら貴方がハジメの横に並べれるように私が強くする」

 

「…いいの?」

 

「ん。私の名前はユエ。これからよろしく」

 

「私は白崎香織…ありがとうユエ」

 

 2人は手を取り合いしっかりと握手をする。美少女2人が手を取り合って笑いあうそんな美しく微笑ましい光景にコウスケが目を奪われているとやっとでショックから立ち直ったハジメが抗議した

 

「ええ!?そんな駄目だよユエ!危険すぎる!それに白崎さんもなんでついてくるの!?僕達の旅についてくるって物凄く危険なんだよ?分かっているの?」

 

 混乱しているハジメの前に香織は少しだけ微笑むとしっかりと顔を引き締めて、両手を胸の前で組み頬を真っ赤に染めて、深呼吸を一回すると、震えそうになる声を必死に抑えながらはっきりと……告げた。

 

「貴方が好きです」

 

「……白崎さん」

 

 香織の表情には、羞恥と想いを告げることが出来た喜びの全てが詰まっていた。そして、その全てをひっくるめた上で、一歩も引かないという不退転の決意が宿っていた。ハジメはその覚悟と誠意の込められた眼差しに何も言えず困ってしまった。

 

 何故自分のことが好きなのか理由がわからない。もしや日本にいたときいつも嬉しそうに話しかけていたのは好意を持っていたからなのか、そんなの気付くはずがないだろ、そこまでうぬぼれてなんていない、いなかったはずなのに好かれていたなんて!等々関係のないことばかり頭に浮かんできて断る口実が見つけられなかった。そんなハジメに何時だって声をかけるのはコウスケだった。

 

「連れて行こうよ。南雲」

 

「でも!」

 

「俺がいる。ユエがいる。シアがいる。ティオがいる。俺達はみんな強い。だからさ、大丈夫」

 

「……」

 

「それにいつだって言っているだろ。俺に任せておけば万事オッケーだってさ」

 

“あと付け加えるなら女の子に告白されているのに返事を蔑ろにする子に育てた覚えはありません!”

 

“うるさい!育てられた覚えなんてないよ!”

 

”んま!反抗期なのね!シアちゃん!ハジメちゃんが可愛い女の子に告白されたのに何にも返事をしないのよ!”

 

“女の子に恥を掻かせるダメダメですよハジメさん!”

 

「…はぁ…」

 

 コウスケの説得?を受けたハジメは深い溜息を吐いた後香織に真っ直ぐ向き合う。ちなみに香織の後ろでは何やらクラスメイト達が騒いでいるが全部無視だ

 

「正直に言えばいきなりすぎて返事を返すことはできない。好きと言われてもどうすればいいのか僕にはよくわからない。それでも…それでもいいのなら、一緒に、行こう」

 

「うん!ありがとうハジメ君!」

 

 最後の言葉はもごもごと呟くような声だったが、ハジメの返事を聞いた香織は花が開いたような満開の笑顔になったのだった。

 

 

 

 

「みんな、ごめんね。自分勝手だってわかってるけど……私、どうしてもハジメくんと行きたいの。だから、パーティーは抜ける。本当にごめんなさい」

 

 香織はハジメの同行の許可が出るとすぐにクラスメイト達に深々と頭を下げ自分勝手な行動を詫びた。

 そんな申し訳なさそうな香織を、鈴や恵里、綾子や真央など女性陣はキャーキャーと騒ぎながらエールを贈った。永山、遠藤、野村の三人も、香織の心情は察していたので、気にするなと苦笑いしながら手を振った。

 

 檜山達は香織の抜ける穴が大きすぎると香織に説得を続けたが香織の決意が固く説得が困難だと知ると次は天之河光輝であるコウスケに詰め寄ってきた

 

「天之河待ってくれ!お前ならわかるだろう!?俺達には香織が必要なんだ。このままいなくなっちまったら死人が出ちまう!それはお前の望むことじゃないだろう!?」

 

 コウスケに詰め寄ってくる檜山の目は狂気的な色をしていた。まるで自分のものが手元から離れてしまうのではないかとでも言いたげなようで。

 

「諦めるんだ。香織は物じゃない。自分で選び自分で判断したんだ。なら俺たちはそれを祝福するのが普通なんじゃないか」

 

 檜山に無駄だとは思いつつも説得するコウスケ。天之河光輝の様に言えているか不安ではあるがばれないように必死で祈る。そして祈りながら思い人を取られて嫉妬に狂っている檜山を哀れに思う。いったい何が切っ掛けでそんなに香織に好意を持つようになってしまったかのか。

 コウスケの至極全うな正論に何も言えなくなったのかすごすごと引き下がる檜山。やれやれと思った瞬間今度は女子生徒から話しかけられ表情に出さないが心の中で絶叫をあげるコウスケ

 

「光輝君は…?もしかして私達を置いて行っちゃうの?そんなの寂しいよ」

 

「恵理…」

 

 コウスケに話しかけてきたのは中村恵理だった。その目は折角会えたのにまた離れることを寂しがっているようで周囲の者も恵理に同調していた

 

「その通りだ光輝!俺たちはお前が死んだって思わなくてずっと探していたんだ!なぁ行っちまうのかよ」

 

 龍太郎が代表して光輝であるコウスケを引き留める。だがコウスケはハジメと離れる気は毛頭ない。すぐに言い訳を思いつき堂々と話し始める。…ちなみに心の中は絶叫中なのでほぼ反射で物事を言っている

 

「そうだな。俺もみんなとまた離れるのは寂しい。でもこれは仕方がないんだ」

 

「仕方ないって…」

 

「南雲についていけばこの戦争を終わらせることができるかもしれない。俺…皆には戦争なんか参加してほしくない。皆には笑って生きていてほしいんだ。…痛いことも辛いことも全部俺が引き受ける。だからみんなもう戦わなくていいんだ。手が血に汚れることもなく。魔物に命をかけて戦う事もなく。命の奪い合いなんて知らずに幸せに生きていてほしい」

 

「天之河君…」

 

 うつむきながらも声を絞り出す悲痛なその姿にクラスメイト達は言葉を失う。いったい奈落に落ちてから何があったのか想像するしかできないがそれはとても凄惨なことだったんだろう。俯いた顔をあげたその顔はそれでも明るく務めるように見えて誰も何も言えなかった

 

「だから皆。いったんここでさよならだ。また会う日にはきっと状況はよくなっているはずだから…そうだな、それまでは自主学習でもしていてくれ。そろそろテストが近かったしさ、ほら日本に帰ってから学力が落ちていると面倒だろ?それで俺が帰ってからは一緒にテスト勉強でもしようよ」

 

「光輝くん…うん!鈴達帰りを待っているからね!気を付けてね!カオリンをちゃんと守るんだよ!」

 

 コウスケの言葉に谷口鈴がはにかみながら胸を張る。その姿に自分がうまく天之河光輝を演じられたこと知ることができた。コウスケは感動を覚え思わず目の前の鈴の頭を撫でてしまう。

 

「わわわっ!」

 

「あ、ごめん。なんか触り心地良さそうだから、つい」

 

 恥ずかしそう顔を赤くしながら後ずさる鈴にハッと正気に戻り素直に謝るコウスケ。周りを見回すと自分の言い訳に納得したのか誰もがコウスケを見送るつもりのようだ。

 

 その後ようやく出発まで行ける状態になったハジメ達。香織が宿で自分の手荷物をシアと一緒に取りに行ってる間(念のためコウスケがシアについていくように頼んだ)ハジメはこれからいろいろ苦労するかもしれない雫に黒刀を渡していた。

 ちなみにコウスケはメルドにハジメが遊びで作った錬成鎧(本当に遊びで作ったので特殊な効果はない)を渡していた。本来は自分が着る筈だったがそのままお蔵入りになっていたものだった。

 

「これは?」

 

「八重樫さん、剣折れてたよね? あげる。唯でさえ苦労人なのに、白崎さんが抜けたら“癒し(精神的な)”もなくなるからね。まぁ、日本にいたとき色々世話になったお礼」

 

「…女の子に武器を渡すなんてよく考えれば変じゃないか?」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ南雲。だから俺からは、ハイこれ」

 

 メルドに鎧を渡し終えたコウスケが雫に渡したのは勾玉を模したアクセサリーだった。目を白黒する雫に簡単にどんなものか説明するコウスケ

 

「南雲のとは違ってそんなに強力じゃないけど一応体が少し頑丈になって小さな傷なら回復するように魔法が込められている。今後もし何かあった時身に着けているといいかもね」

 

「光輝…貴方本当に性格が変わっちゃったのね。女の子にそんな気遣いができるなんて…ありがとう2人とも大事にするわ」

 

 2人からの贈り物に素直に嬉しく、自然笑みも可憐なものになる雫。そんな雫をなんだかなーと思い始めるコウスケ。

 

(うーんここまで()()()()()()()()()()()?そりゃさっきから気付かれないようにって祈りまくっているけどさ…一応幼馴染なんだし…ハッ!?もしかして八重樫雫にとって天之河光輝とは忘れられる人間だった!?…哀れなり光輝。南無)

 

 なんとも言えない気持ちになりながらもハジメ達はホルアドの町を後にした。

 天気は快晴。目指すは【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】。新たな仲間を加え賑やかさを増しながら、ハジメの旅は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………うん。やっぱりこの人は色々と変な所が多すぎる。…どうしてハジメ君は気付かないの?)

 

 

 香織の疑問を残しながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次の話で第三章は終わりかもです。

はぁー長かった。

感想お願いします(土下座)


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番外編 狂気と勧誘

なんか筆が進みました
少し短いですが投稿します


 

「くそっ! くそっ! 何なんだよ! ふざけやがって!」

 

 時間は深夜。宿場町ホルアドの町外れにある公園、その一面に植えられている無数の木々の一本に拳を叩きつけながら、押し殺した声で悪態をつく男が一人。檜山大介である。檜山の瞳は、憎しみと動揺と焦燥で激しく揺れていた。それは、もう狂気的と言っても過言ではない醜く濁った瞳だった。

 

「 くそっ! こんな……こんなはずじゃなかったんだ! 何で、あの野郎生きてんだよ! 何のためにあんなことしたと思って……」

 

 月明かりが木々の合間に陰影を作り、その影に、まるでシルエットのように潜む人物に向かって、檜山は、傍らの木に拳を打ち付けながら苦々しく言う

 

「おやおや、随分と荒れているねぇ……まぁ、無理もないけど。愛しい愛しい香織姫が目の前で他の男に掻っ攫われたのだものね?」

 

 後ろからたっぷりの嘲りと僅かな同情を含んだ声が掛けられた。バッと音がなりそうな勢いで檜山が振り返る。

 そこにいたのは、自分の秘密を握り悪事をそそのかした人物がいた。檜山は南雲ハジメに対し故意的に魔法を撃ったあの時からその人物に弱みを握られてしまい、その人物から駒扱いを受けていたのだ。

 

「黙れ!もうテメェなんかに従う理由なんてねぇぞ…俺の香織は……」

 

 月明かりが木々の合間に陰影を作り、その影に、まるでシルエットのように潜む人物に向かって、檜山は、傍らの木に拳を打ち付けながら苦々しく言う。

 

 檜山が、この人物の計画に協力していたのは、香織を自分だけのものに出来ると聞いたからだ。その香織がいなくなってしまった以上、もう、協力する理由はないし、ハジメへの殺人未遂の暴露を脅しの理由にされても、被害者本人から暴露される危険がある以上、今更だった。

 

 

 しかし、そんな檜山に対して、暗闇で口元を三日月のように裂いて笑う人物は、再び悪魔の如き誘惑をする。

 

「奪われたのなら奪い返せばいい。違う? 幸い、こっちにはいい餌もあるしね」

「……餌?……そういうことか」

「おやぁ?随分と察しがいいねぇ、そう彼女を呼び戻すのはとても簡単だよ。例え、自分の気持ちを優先して仲間から離れたとしても……果たして彼女は友人達を、幼馴染達を……放って置けるかな? その窮地を知っても?ふふふっふふ…王都に帰ったら、仕上げに入ろうか? そうすれば……きっと君の望みは叶うよ?」

 

 檜山は、無駄と知りながら影に潜む共犯者を睨みつける。その視線を受けながらも、目の前の人物は変わらず口元を裂いて笑う。

 檜山は、その計画の全てを知っているわけではなかったが、今の言葉で、計画の中には確実にクラスメイト達を害するものが含まれていると察することができた。自分の目的のために、苦楽を共にした仲間をいともあっさり裏切ろうというのだ。

 しかしここで檜山は疑問に思う。この目の前の共犯者はあたかも全て自分の計画がうまくいくと確信しているふしがあるが、果たしてしてそんなにうまくいくのだろうかと

 

「チッ……ああそうだ、俺の香織を取り戻すためならなんだってやる、けどよ…そんなにうまくいくのか?」

 

「ふふ、何を急に臆病風に吹かれているんだい。まぁいいか僕も君も欲しいもののためなら失敗したくないからね……そうだね、作戦を成功させるためにもう少し考えてみるよ。それよりもこれからが正念場なんだ。王都でも、宜しく頼むよ?………あぁそれにしても光輝くぅん生きてたんだぁ、ふふ、僕が思った通りぃ、それになんだかすんごぉくカッコよくなっちゃって…あぁ早く滅茶苦茶にした~い」

 

 檜山の話を聞いているのかいないのか共犯者は変わらずニヤニヤと笑いブツブツ呟きながらくるりと踵を返すと、木々の合間へと溶け込むように消えていった。

 

 

 

 それから数週間後、愛子たちが行方不明だった清水を見つけ帰還した。王宮に残っていた生徒たちは大いに喜び愛子に会いに行く中で檜山は清水を探していた。

 檜山は清水を心配していたわけではない、共犯者に仲間に誘えと言われたからである。

 

 曰く

 

「クラスでの彼を覚えているかい?…ふふ、そうだね記憶にまったくない無害な奴だっただろう?ああいうような奴はさ、おとなしそうに見えて心の中では自分以外のすべてを馬鹿にして自分を保っているんだよ。そんな奴に、これからクラスの女…そうだね八重樫雫とかが自分の思いのままになる気に入らない奴は自分の意思一つで殺せるようになる。なんて囁いたらコロッとこちら側に寝返るもんさ、都合のいいことに彼は闇術師だ。幻覚や錯乱色々と使えそうだからね」

 

 との事だった。なるほどと檜山は頷いた。自分は知らないが、ああいうおとなしそうな奴は餌をちらつかせればいう事を聞くだろう

すぐに目当ての清水の自室にたどり着いた檜山。部屋をノックする。

 

「……誰だ」

 

 扉の奥から聞こえたのは目当ての人間清水の声だ。その声は虚無的で感情が込められていなかった。

 

「俺だ檜山だ。ちっと話したいことがあるんだけどよぉ…顔を見せてくれねえか」

 

「……分かった」

 

 そのまあずかずかと遠慮なく部屋に入る檜山。清水の部屋はいつの間にやら本にまみれ、中々の汚部屋と化していた。顔を竦めるも改めて清水に向き直った檜山は一瞬硬直した。

 

「…で、用件は何だ」

 

「あ、ああそれなんだがよ…」

 

 うつろな声で話す清水。その表情は、無表情だったが何よりも目を引いたのが諦めと嫉妬に怨み劣等感が混ざり合って出来た濁った眼をしていたのだ。一体行方不明の間に何があったというのか疑問を感じつつも、すぐに自分たちの事と計画を話すことにする

 

「ほ、本当にその計画が成功したら…クラスの奴らは俺の好きなように、滅茶苦茶にしてもいいのか」

 

「ああそうだよ。ぜ~んぶお前のもんだ。俺は香織が居ればそれでいいからよぉ。後の奴ら…特に八重樫はテメェに譲ってやるよ。好きなんだろああいう気丈な女。滅茶苦茶にしてもいいんだぜぇ~」

 

 ゲスな笑みで清水を誘惑する檜山。檜山は笑い顔を止めることができなかった。共犯者の言葉通り、最初は警戒するように聞いていた清水も段々と参加することのメリットに目を爛々と輝かせ始めたのだ。

 

「マジかよ…へ、へへ日本にいたときからあの自分だけがまともだと思っている女を跪かせてやりたかったんだ。何度も何度も妄想の中でやろうとしていたことができる。そんな機会が訪れるなんて…いいぜ檜山。俺も協力する。こんな絶好の機会逃してやるかよ」

 

 ニチャアとした清水の笑みに檜山も同じような笑みを浮かべる。楽な交渉はこれで終わった。あとは清水を共犯者のもとへ案内しこれからの計画を話し合うだけだ。

 

「へへへ、なら清水ついてこいよ、たっぷりと良い思いをするためにも俺たちは仲良くしなきゃなぁ~」

 

「ああ分かっている。それよりも約束を忘れるなよ。」

 

 後ろからおとなしくついてくる清水(使い捨ての駒)に適当に相槌を打ちながら、これで計画は滞りなくいくと確信する檜山。

 ゆがんだ笑いを浮かべながら檜山は自分たちの計画が成功した後の事…白崎香織が自分のものになった時のことを考えながら機嫌よく廊下を歩くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱコイツ阿呆だな」

 

 そんな檜山を呆れた目で見ている清水に気が付かないまま…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編はもうちょっと続くかもしれません

感想お待ちしております


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交流をして…したいんだけど…

ひっそり投稿します

香織ちゃんの性格が変ですね。後々慣れてうまくかけるのでしょうか。心配です


 

「さてと、改めて自己紹介をするよ。俺の名前はコウスケ。君と同じく召喚され何故かこの体の持ち主、天之河光輝君の身体に入り込んでしまった只の日本人だ」

 

「…やっぱりそうだったんだ。えっと私は白崎香織と言います。コウスケさんこれから迷惑を掛けますけど色々よろしくお願いします」

 

 ホルアドの町から次の町へ向かう途中、野宿をすることになり、夕食を終え、ハジメの作った錬成風呂にさきにシアとティオ、ミュウが入っている間に、コウスケは白崎香織に自分の事情を説明することにした。

 これから旅をする仲間としてコミュニケーションを図ろうとしたのも勿論ある。また同じ日本人として仲良くなりたい、可愛い女の子と良好な関係を築きたい、原作でも割かし気に入っている人なのでという、下心を持ちながら話をしたのだ

 

しかし、コウスケの予想とは異なり香織は驚く様子は見られなかった。寧ろどこか納得している節さえある。

 

「うん、色々よろしくね…ん?やっぱり?」

 

「はい。実はコウスケさん、とハジメ君があの橋から落ちた翌日ぐらいから夢で2人が迷宮の中で生きているところを見ていたんです。

夢の内容ははっきりと覚えていませんでしたけど、なんか天之河君の様子がおかしいって思ってて…それで…」

 

「夢か…」

 

 香織の話を聞きふと考え込むコウスケ。夢で自分とハジメの奮闘しているところを見たというのは何なのだろうか。香織に嘘は言っている様子は無さそうであり、嘘を言う必要はない。そこでふと思い出す。確か香織は原作で迷宮訓練の前夜ハジメが落ちるの示唆するような夢を見て部屋に向かっていたはずだ。もしかしたらそれと同じようなことが起こったのかもしれない。考え込んでいたコウスケはふと顔をあげるとこちらをじっと見つめる香織と目が合う。

 

(…?あれ?今何か…)

 

「…コウスケさんは、あの時からハジメ君をずっと守ってくれていたんですね」

 

「まぁそうなるか?いやどちらかと言うとあの時は俺が南雲に守られていたような…」

 

 一瞬香織の視線が気になるも問われてあの迷宮の中での出来事を思い出すコウスケ。あの時は自分の力不足に悩んでいたものだ。遠い目になりながらも懐かしく思っていると香織が深くコウスケに頭を下げた。

 

「ありがとうございます。ずっとハジメ君を守って、傍にいてくれて…貴方のおかげでハジメ君は大きな怪我もなくて…コウスケさんのおかげです。本当にありがとうございました」

 

「い、いや俺はそんな大したことはしていなくて…それよりも白崎さん顔をあげて!なんか傍から見ると俺がイジメているみたいじゃないか!?」

 

 いきなり頭を下げてきた香織にあたふたするコウスケ。香織はゆっくりと頭をあげると真剣にコウスケのことをほめだした。

 

「でも本当の事ですよ。貴方のおかげでハジメ君は独りぼっちにならずに済んだんですから…だから本当に感謝しているんです」

 

「…そうだね。じゃあ今度は君が南雲のそばにいる番だ。南雲のことが好きなんだろ。今はアイツいきなりのことで混乱しているけど諦めずにアタックするんだぞ。俺も微力ながら協力するから」

 

「はい!…あのコウスケさん。さっきから思っていたんですけど私のことは香織でいいですよ」

 

「んーでも見知らぬ男に名前で呼ばれるって嫌じゃないのか?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「そう?なら香織」

 

「はい」

 

「女の子を名前で呼ぶって変な感じ…と言うのは置いといてそっちも敬語はいらないよ」

 

 実は先ほどから香織の敬語が気になって仕方がないのだ。しかし、コウスケの言葉を聞いた香織は困ったように眉尻を下げた。

 

「えっとそれはちょっと難しいですね…あのコウスケさんって私やハジメ君よりもっと年上ですよね」

 

「…まぁ年上だな。でもあんまり気にしなくていいんだけど…南雲の奴と一緒にいたせいかそれともこの体のせいなのか随分と中身が若返っている気がするし…」

 

「でも年上なことに変わりませんから、敬語を抜くのは失礼ですよ」

 

「そうかなぁ…」

 

「おーい香織さーんお風呂空きましたよぉ~」

 

「はーい。じゃあコウスケさん私はこの辺で」

 

「ん、いってらっしゃい」

 

 お風呂から上がったであろうシアの言葉に返事すると香織は行ってしまった。軽く手を振っていたコウスケは一人になったことを確認すると大きく溜息を吐いた。

 

(…仕方ないとはいえ警戒されてたよな。もしくは何か探るような…)

 

 香織との会話中ずっとコウスケは壁を感じていた。しかしそれも仕方ないかと思うコウスケ。何せ幼馴染の中に見知らぬ男がいるのだ。警戒されるのも仕方のないことだった。香織に悪意や敵意はない。性根は優しい女の子だろう。それが分かっているからこそ、無性に壁を感じるのが悲しかった。

 

「ん?コウスケどうしたの?一人黄昏ていて…似合わないよ?」

 

「おまえなぁ…それより南雲から見た香織ってどんな女の子なんだ?」

 

「いきなりだね。うーんと優しくて天然で、学校で二大女神と言われて男女問わず絶大な人気を誇っていて、物凄い天然で非常に面倒見が良くて責任感も強い天然な女の子だよ」

 

「…どんだけ天然を強調するんだよ」

 

「自分の好意が原因で僕がクラスメイト達からハブられていることに気付かないぐらい天然だよ」

 

「…ドンマイ。聞いた俺が馬鹿だったからそんな悲しそうな顔をするな」

 

 遠くを見つめるハジメに同情しながらも、先ほどの香織は天然からほど遠いなと思うコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー……やっぱりちょっと変だったよね」

 

 ハジメが作った錬成のお風呂で一息をつく香織。思い出すのは先ほどのコウスケとの会話。当たり障りなく会話をしていたつもりだったがやはりおかしかったかもしれない。自分の警戒心が滲み出るのを隠すのが精一杯だった。

 

「ハジメ君を守ってくれていたから優しい人っていうのは分かるんだけど…」

 

 先ほどの会話からでもコウスケの根は善人だというのは分かる。香織としても好感が持てるような雰囲気を持つ人だった。しかしその事が尚更香織の疑問が大きくなってしまう。

 

「うーん、ティオさんに相談してみようかな…でも、あのことが分かるのは召喚された人たちぐらいだし…もぅどうしてハジメ君は疑問に思わないのかな。気付いていない?それとも信頼しているから?」

 

 文句を言いつつもやはり誰にも相談できそうにはなさそうだと思う香織。香織はコウスケが嫌いなのではない。あることがどうしても気になり警戒してしまうのだ。パーティー内の不和は思わぬ危険につながる。よくメルドから教わったことだ。

 自分の疑問が解消されればと思いつつも、本人には聞けず、周りの者にも聞きづらく、香織は一人悩むのだった。

 

 

(でも、このままじゃいけないからいつか聞いてみよう……それにしてもハジメ君てやっぱりすごかったんだ!)

 

 

 香織はいつかコウスケに聞いてみようと静かに決意しながらハジメが作ったお風呂を堪能するのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで第3章は終わりかな?
気が向いたら活動報告を更新しておきます

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第4章
赤銅色の砂漠で


少し書いては投稿することにします

GWが忙しいのでこれから投稿ができなくなるかも…です

たま―に息抜きで別の設定のありふれ短編を書きたくなります。でも書いてしまったこちらがおざなりになってしまうんでしょうね…


 

 

 

 赤銅色の世界。

 

 【グリューエン大砂漠】は、まさにそう表現する以外にない場所だった。砂の色が赤銅色なのはもちろんだが、砂自体が微細なのだろう。常に一定方向から吹く風により易々と舞い上げられた砂が大気の色をも赤銅色に染め上げ、三百六十度、見渡す限り一色となっているのだ。

 

 また、大小様々な砂丘が無数に存在しており、その表面は風に煽られて常に波立っている。刻一刻と表面の模様や砂丘の形を変えていく様は、砂丘全体が“生きている”と表現したくなる程だ。照りつける太陽と、その太陽からの熱を余さず溜め込む砂の大地が強烈な熱気を放っており、四十度は軽く超えているだろう。舞う砂と合わせて、旅の道としては最悪の環境だ。

 

 もっとも、それは“普通の”旅人の場合である。

 

 現在、そんな過酷な環境を、知ったことではないと突き進む黒い箱型の乗り物、魔力駆動四輪が砂埃を後方に巻き上げながら爆走していた。道なき道だが、それは車内に設置した方位磁石が解決してくれている。

 

 

 

 

「……外、すごいですね……普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」

「全くじゃ。この環境でどうこうなるわけではないが……流石に、積極的に進みたい場所ではないのぉ」

 

 車内の後部座席で窓にビシバシ当たる砂と赤銅色の外世界を眺めながらシアとティオがしみじみした様子でそんなことを呟いた。

 

 

 

「砂漠の荒れ地を進む…か。砂嵐じゃあなかったら俺が運転したいんだけどな」

 

「まぁまぁここは我慢して、僕に任せておいてよ」

 

 助手席で外の景色を退屈そうに眺めながらぼやくコウスケとなだめるハジメ。外が快晴ならコウスケが運転する予定だったがあいにく砂嵐でテンションが下がってしまったのだ。荒れ地を颯爽と運転するのが楽しみだったため、いつになくやる気が起きないコウスケ。

 

「はぁーまぁ桃色お花畑な空間じゃないからそれだけでもマシとするかねぇ」

 

「…それ、もしかして僕と白崎さんの事を言っているの?」

 

「んー南雲の事じゃあなくて別の誰かの事…と言いたいんだけど、なんだまだ返事を悩んでいるのか?あんな可愛い女の子に告白されたのにー」

 

 面倒そうに運転しているハジメを見ると、その顔は複雑そうにバックミラーでミュウをあやしている香織をちらりと見ていた

 

「そりゃ告白されたことは嬉しいよ?でもさだからと言って反射的にすぐに返事をするのは違う気がするんだ」

 

「ふーむ?」

 

「なんていうのかな。好きになってくれたから好きになるのは違うような…相手のことをよく知らずに返事をするのは失礼な気がして…もっと簡単に言うと、どうして僕なんかを好きになったのかななんて思ってさ。色々考えてしまうんだよ」

 

 悩みを明かすハジメの苦悩はコウスケにはわからない。出てきた言葉は多少の呆れが混じったものだ

 

「普通の男だったら、あんな可愛い子に告白されたら舞い上がってすぐオッケーするのに、南雲はまじめだなぁ」

 

「真面目なのかなぁ…それよりコウスケの方はどうなのさ」

 

「どうって?」

 

「好きな女の子はいないの?顔は…ともかくコウスケは性格が良いんだから、誰か気になる女の子がいたら協力するよ?」

 

「むむむ…女の子か」

 

 ハジメの言葉に黙り込んでしまうコウスケ。思えばそんな事を考えたこともなかった。最も考えたところで誰かを好きになる事なんて想像することさえ難しいが。

 

「考えたこともないな。そもそも俺は女の子に一途に惚れられたりするような奴じゃありませんので~」

 

「なにそれ、言外に僕のことを言っているの」

 

 

 そんな風に男同士で雑談をしているとティオから外で何か起こっていると注意を促された。窓の外に何かを発見したらしい。

 

 言われるままにそちらを見ると、どうやら右手にある大きな砂丘の向こう側に、いわゆるサンドワームと呼ばれるミミズ型の魔物が相当数集まっているようだった。砂丘の頂上から無数の頭が見えている。

 

 このサンドワームは、平均二十メートル、大きいものでは百メートルにもなる大型の魔物だ。この【グリューエン大砂漠】にのみ生息し、普段は地中を潜行していて、獲物が近くを通ると真下から三重構造のずらりと牙が並んだ大口を開けて襲いかかる。察知が難しく奇襲に優れているので、大砂漠を横断する者には死神のごとく恐れられている。

 

 幸い、サンドワーム自身も察知能力は低いので、偶然近くを通るなど不運に見舞われない限り、遠くから発見され狙われるということはない。なので、砂丘の向こう側には運のなかった者がいるという事なのだが……

 

「? なんで、アイツ等あんなとこでグルグル回ってんだ?」

 

 そう、ただ、サンドワームが出現しているだけならティオも疑問顔をしてハジメに注視させる事はなかった。ハジメの感知系スキルなら、サンドワームの奇襲にも気がつけるし、四輪の速度なら直前でも十分攻撃範囲から抜け出せるからだ。異常だったのは、サンドワームに襲われている者がいるとして、何故かサンドワームがそれに襲いかからずに、様子を伺うようにして周囲を旋回しているからなのである。

 

「…騒動の気配がする。全員シートベルトを着用しろ。香織、ミュウの事を頼んだぞ」

 

「は、はい!」

 

「南雲、武装の用意だ。こんな時のためにいろいろ仕込んで置いたんだろ。絶好のチャンスだ」

 

「了解!ふふ、ほんといろいろ備えておいてよかった!」

 

 コウスケの警戒の声に全員がいそいそとシートベルトを着用しハジメが魔力4輪駆動を変形させロケット弾がセットされたアームをサンドワームに向ける。そのまま迫り来るサンドワームの方へ砲身を向けると、バシュ! という音をさせて、火花散らす死の弾頭を吐き出した。

 

 オレンジの輝く尾を引きながら、大口を開けるサンドワームの、まさにその口内に飛び込んだロケット弾は、一瞬の間の後、盛大に爆発し内部からサンドワームを盛大に破壊した。サンドワームの真っ赤な血肉がシャワーのように降り注ぎ、バックで走る四輪のフロントガラスにもベチャベチャとへばりついた。

 

「うーん、汚ねぇ花火だ」

 

「うわぁ…と、とりあえず移動しながら攻撃していくよ!」

 

 その後シュラーゲンに酷似したライフル銃を撃ちまくりながら移動していたハジメ達は白い衣服に身を包んだ人が倒れ伏していたのを発見した

おそらく、先程のサンドワーム達は、あの人物を狙っていたのだろう。しかし、なぜ食われなかったのかは、この距離からでは分からず謎だ。

 

 香織が倒れている人を助けたいと懇願し、すぐにコウスケが了承。ハジメも襲われなかった理由が気になったので助けることにした。

 

 

 倒れていた人物を介抱し治療を始める香織を見つめるコウスケ。そんなコウスケにシアが声をかける

 

「今香織さんが頑張って治療しようとしていますけど…コウスケさんの快活ならすぐに治るんじゃないですか?」

 

「あーどうだろ?試してみないと分かんないけど…俺参加する気ねぇからなー」

 

 気の抜けたようなコウスケの声にシアが非難するように目を向ける。

 

「コウスケさん…」

 

「そんな顔すんなって、そりゃ俺がやれば解決するかもしれないけどさ。それじゃあの子が付いてきた意味も能力も台無しだろ?(タンク)香織(ヒーラー)の役割を奪ってどうするんだよ。それにあれぐらいどうにかしてくれなきゃな」

 

 魔法を唱え倒れていた青年に向かって治療を続ける香織を見て肩をすくめるコウスケ。香織が参入してから考えていたことだった。今までは自分の快活と神水が有れば事足りた。しかし増々これから何が起きるか分からない。そんなときに彼女の能力は文字通り死活問題になるかもしれないのだ。

 

(原作での彼女の治癒は出番がなかった。もしかしたら今後も出番はないかもしれない。でも、それじゃあダメだ。香織には申し訳ないけどもっともっと強くなってほしい。)

 

 今現在ハジメ達が怪我をする可能性はかなり低い。ハジメとシアは攻撃が来る前に回避できる。ティオとユエは魔法で被害を減らすことができる。何より盾として自分が居るので攻撃が通用するとは考えにくい。しかしもしもの事を考えてしまうと香織には治癒術師としてさらなる成長をしてほしいのだ。

 

(頑張ってくれよ…もし俺が居なくなっても、何とかなるようにさ)

 

 いつの間にか晴れていた空を見ながら、そんな事を考えるコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




活動報告を更新しました

誤字脱字報告ありがとうございます

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アンカジ公国で

今更な話ですが内容が不十分な所があるかもです。
そんな心配をしながらも投稿です

一応補足です。アンカジ公国とグリューエン火山はさっさと片づけます
メインは次の大迷宮になるので…


 

 

 

 倒れていた青年は助けてくれた礼を言い自己紹介を始めた。青年は砂漠の町アンカジ公国の領主の息子のビィズと名乗った。

 ビィズ曰く、こういうことらしい。

 

 四日前、アンカジにおいて原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。それは本当に突然のことで、初日だけで人口二十七万人のうち三千人近くが意識不明に陥り、症状を訴える人が二万人に上ったという。直ぐに医療院は飽和状態となり、公共施設を全開放して医療関係者も総出で治療と原因究明に当たったが、香織と同じく進行を遅らせることは何とか出来ても完治させる事は出来なかった。

 

 そうこうしているうちにも、次々と患者は増えていく。にもかかわらず、医療関係者の中にも倒れるものが現れ始めた。進行を遅らせるための魔法の使い手も圧倒的に数が足りず、なんの手立ても打てずに混乱する中で、遂に、処置を受けられなかった人々の中から死者が出始めた。発症してから僅か二日で死亡するという事実に絶望が立ち込める。

 

 そんな中、一人の薬師が、ひょんなことから飲み水に“液体鑑定”をかけた。その結果、その水には魔力の暴走を促す毒素が含まれていることがわかったのだ。直ちに調査チームが組まれ、最悪の事態を想定しながらアンカジのオアシスが調べられたのだが、案の定、オアシスそのものが汚染されていた。

 

 当然、アンカジのような砂漠のど真ん中にある国において、オアシスは生命線であるから、その警備、維持、管理は厳重に厳重を重ねてある。普通に考えれば、アンカジの警備を抜いて、オアシスに毒素を流し込むなど不可能に近いと言っても過言ではないほどに、あらゆる対策が施されているのだ。

 

 一体どこから、どうやって、誰が……首を捻る調査チームだったが、それより重要なのは、二日以上前からストックしてある分以外、使える水がなくなってしまったということだ。そして、結局、既に汚染された水を飲んで感染してしまった患者を救う手立てがないということである。

 

 ただ、全く方法がないというわけではない。一つ、患者達を救える方法が存在している。それは、“静因石”と呼ばれる鉱石を必要とする方法だ。この“静因石”は、魔力の活性を鎮める効果を持っている特殊な鉱石で、砂漠のずっと北方にある岩石地帯か【グリューエン大火山】で少量採取できる貴重な鉱石だ。魔法の研究に従事する者が、魔力調整や暴走の予防に求めることが多い。この“静因石”を粉末状にしたものを服用すれば体内の魔力を鎮めることが出来るだろうというわけだ。

 

 しかし、北方の岩石地帯は遠すぎて往復に少なくとも一ヶ月以上はかかってしまう。また、アンカジの冒険者、特に【グリューエン大火山】の迷宮に入って“静因石”を採取し戻ってこられる程の者は既に病に倒れてしまっている。生半可な冒険者では、【グリューエン大火山】を包み込む砂嵐すら突破できないのだ。それに、仮にそれだけの実力者がいても、どちらにしろ安全な水のストックが圧倒的に足りない以上、王国への救援要請は必要だった。

 

 その救援要請にしても、総人口二十七万人を抱えるアンカジ公国を一時的にでも潤すだけの水の運搬や【グリューエン大火山】という大迷宮に行って、戻ってこられる実力者の手配など容易く出来る内容ではない。公国から要請と言われれば無視することは出来ずとも、内容が内容だけに一度アンカジの現状を調査しようとするのが普通だ。しかし、そんな悠長な手続きを経てからでは遅いのだ。

 

 

 なので、強権を発動出来るアンカジ公国領主ランズィか、その代理たるビィズが直接救援要請をする必要があった。

 

 

「……君達に、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

 そう言って、ビィズは深く頭を下げた。車内にしばし静寂が降りる。窓に当たる風に煽られた砂の当たる音がやけに大きく響いた。領主代理が、そう簡単に頭を下げるべきでないことはビィズ自身が一番分かっているのだろうが、降って湧いたような僥倖を逃してなるものかと必死なのだろう。

 

 ハジメはチラリとコウスケを見ると、案の定コウスケはニヤニヤしている。溜息一つ。それで方針は決まった。

 

「くくっ本当に災難が絶えないなぁ南雲」

 

「ことあるごとに何かしら厄介ごとが起きるっていうのは何なんだろうね…はぁどうせグリューエン大火山にはいくことになるんだしまぁ宝物庫にありったけぶち込んでおけばいいか。その依頼、受けるよ」

 

「まことでしょうか!?」

 

「おう。だからひとまずはアンカジ公国に行こうか。水の確保ならユエが居れば問題ないしな」

 

「…任せて」

 

 その後ビィズは王都で水の確保をしなければと言ったがユエの水魔法を使えば数十万人分の水を確保することができる。訝しげなビィズを香織が説明と説得しながらコウスケの提案により一行はアンカジ公国に向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

 赤銅色の砂が舞う中、たどり着いたアンカジは、中立商業都市フューレンを超える外壁に囲まれた乳白色の都だった。外壁も建築物も軒並みミルク色で、外界の赤銅色とのコントラストが美しい。

 

 ただ、フューレンと異なるのは、不規則な形で都を囲む外壁の各所から光の柱が天へと登っており、上空で他の柱と合流してアンカジ全体を覆う強大なドームを形成していることだ。時折、何かがぶつかったのか波紋のようなものが広がり、まるで水中から揺れる水面を眺めているような、不思議で美しい光景が広がっていた。

 

 どうやら、このドームが砂の侵入を防いでいるようだ。月に何度か大規模な砂嵐に見舞われるそうだが、このドームのおかげで曇天のような様相になるだけでアンカジ内に砂が侵入することはないという。

 

 

 ハジメ達は、これまた光り輝く巨大な門からアンカジへと入都した。砂の侵入を防ぐ目的から門まで魔法によるバリア式になっているようだ。門番は、魔力駆動四輪を見ても、驚きはしたがアンカジの現状が影響しているのか暗い雰囲気で覇気もなく、どこか投げやり気味であった。もっとも、四輪の後部座席に次期領主が座っていることに気がついた途端、直立不動となり、兵士らしい覇気を取り戻したが。

 

 アンカジの入場門は高台にあった。ここに訪れた者が、アンカジの美しさを最初に一望出来るようにという心遣いらしい。

 

 確かに、美しい都だとハジメ達は感嘆した。太陽の光を反射してキラキラときらめくオアシスが東側にあり、その周辺には多くの木々が生えていてい非常に緑豊かだった。オアシスの水は、幾筋もの川となって町中に流れ込み、砂漠のど真ん中だというのに小船があちこちに停泊している。町のいたるところに緑豊かな広場が設置されていて、広大な土地を広々と利用していることがよくわかる。

 

 北側は農業地帯のようだ。アンカジは果物の産出量が豊富という話を証明するように、ハジメが“遠見”で見る限り多種多様な果物が育てられているのがわかった。西側には、一際大きな宮殿らしき建造物があり、他の乳白色の建物と異なって純白と言っていい白さだった。他とは一線を画す荘厳さと規模なので、あれが領主の住む場所なのだろう。その宮殿の周辺に無骨な建物が区画に沿って規則正しく並んでいるので、行政区にでもなっているのかもしれない。

 

 砂漠の国でありながら、まるで水の都と表現したくなる……アンカジ公国はそんなところだった。

 

 だが、普段は、エリセンとの中継地であることや果物の取引で交易が盛んであり、また、観光地としても人気のあることから活気と喧騒に満ちた都であるはずが、今は、暗く陰気な雰囲気に覆われていた。通りに出ている者は極めて少なく、ほとんどの店も営業していないようだ。誰もが戸口をしっかり締め切って、まるで嵐が過ぎ去るのをジッと蹲って待っているかのような、そんな静けさが支配していた。

 

「……使徒様やハジメ殿にも、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は、時間がない。都の案内は全てが解決した後にでも私自らさせていただこう。一先ずは、父上のもとへ。あの宮殿だ」

 

 一行は、ビィズの言葉に頷き、原因のオアシスを背にして進みだした。

 

 

 その後話はさっくりと進んでいく。領主であるランズィ公と出会い水の確保と患者の治療の2手に分かれることになった。オアシスへはハジメ、コウスケ、ユエとティオおまけにミュウだ。患者がいるところへはシアと香織が行くことになった。

 

 

 

 現在、領主のランズィと護衛や付き人多数、そしてハジメ、コウスケ、ユエ、ティオ、ミュウはアンカジ北部にある農業地帯の一角に来ていた。二百メートル四方どころかその三倍はありそうな平地が広がっている。普段は、とある作物を育てている場所らしいのだが、時期的なものから今は休耕地になっているそうだ。

 

「“壊劫”」

 

そのままユエは神代魔法を使い農地に二百メートル四方、深さ五メートルの巨大な貯水所を作る。周りのランズィやそのおつきのものは驚愕で目を飛び出さんばかりに驚いていた。衝撃が強すぎて声が出ていないようだが、全員が内心で「なにぃーー!?」と叫んでいるのは明白だ。

 

 

 神代魔法を半分程の出力で放ったユエは、「ふぅ」と息を吐く。魔力枯渇というほどではないが、少しだけ疲労感を感じた。まだまだ魔法を使えるだけの余力は残してはあるのだが、この後グリューエン大火山に挑むことを考えれば魔晶石は使わずにおいておきたい…という大義名分を得たユエはコウスケに視線を定める。

 

「…ふふ」

 

「!?ユエさんなんでそんな獲物を狙う目で俺を見るの!?」

 

「魔力補給のために吸わせて?」

 

 実はブルックの町でハジメにコウスケの吸血を止められてからずっとハジメの血で我慢してきたのだ。ユエがコウスケの血をねだってもずっとハジメが駄目と言っていたので仕方なく我慢してきたが今は水を作るという大義名分がある。

 ユエは内心ほくそ笑んだ。そのまま獲物を狙う目つき…若干涎が出そうになるのをこらえながら、コウスケににじり寄っていくとハジメがユエを止めるように前へ進んできた。

 

「こらユエ。駄目だって言ったでしょ。僕の血で魔力は補給できるんだから、コウスケをそんな目で見ないの…正直なんか目つきが怖いよ」

 

「むぅ…」

 

 ハジメが駄目と言えば仕方がないと諦めるしかないユエ。しかしその時ユエの頭に悪魔的なひらめき…電流が走った。

 

「…香織」

 

「え?」

 

「…ハジメは香織の思い人。思い人に吸血をしてはいけない…私は香織を裏切れない…」

 

 香織はハジメが好きだ。その好きな人が仲間とはいえほかの女の子にキスの様な吸血をされていたらどう思うだろうか。

 仕方ない、しょうがないと香織は吸血を受け入れるだろう。しかし今まで思い続けてきた香織のことを考えるとそれはやってはいけないとユエは考えたのだ。

 

「それは…でもユエもう何度も吸血しているんだから流石に今更の話じゃないかな」

 

「チッ女の気持ちが分からないこの鈍感」

 

「あれ!?今なんか舌打ちされた!?」

 

 今更ではなく香織の気持ちを知ったからやってはいけないというのにハジメは気付かないようだ。ユエは呆れたように溜息を吐くと凍柩を唱えハジメの首から下を氷に閉じ込める。ついでとばかりに重力魔法でコウスケを動けなくする。

 

「ちょっ!?ユエいきなり何すんの!?」

 

「ほわっ!?か、体が…動けない!」

 

「むふふ」

 

 邪魔者…もといハジメを封じ込めたユエはスキップしそうなほど軽い足取りでコウスケに飛びかかる。

 

「ひゃっ!」

 

「ふふ…久しぶりのご馳走…いただきます」

 

 コウスケに飛びかかったユエはそのまま首筋に思いっきり歯を立てた。コウスケの痛がるような呻き声が聞こえ内心謝るが止める気はなく、そもそも止まる気もせず一気に血を吸う。瞬間あの独特の苦みとえぐみがユエの味覚を刺激した。

 

(!…もっと味わい深くなっている…だと…)

 

「ひぁぁ……あぐっ…ぁぁぁぁあああ」

 

(なんて美味…コウスケ恐ろしい子!)

 

んっ あむっ ぴちゃぴちゃ あふぅ ふっーふっー じゅずずずずず

 

「にゃっ!……あはぁぁぁ…ひぅ…」

 

 周囲にはユエの吸血する声とコウスケが必死で歯を食いしばるも漏れ出してしまう喘ぎ声が響き渡る。周りの領主やそのお付達は何やら前かがみになっており、いつの間にか状況を察知したティオはミュウを連れて居なくなっていた。そのまま魔力を回復させたユエはハジメの氷を溶かした。どうやら十分に堪能した様で肌がこれ以上なくつやつやしている。

 

「はぁ…気はすんだの」

 

「…まだ足りない…でも、ちょっと我慢する」

 

 ユエに開放されビクンッビクンッと痙攣しているコウスケを見てハジメは溜息を出す。そのままユエと協力し、ほどなくして、二百メートル四方の貯水池は、汚染されていない新鮮な水でなみなみと満たされた。

 

 

「……こんなことが……」

 

 ランズィは、あり得べからざる事態に呆然としながら眼前で太陽の光を反射してオアシスと同じように光り輝く池を見つめた。言葉もないようだ。

 

「取り敢えず、これで当分は保つだろう。あとは、オアシスを調べてみて……何も分からなければ、稼いだ時間で水については救援要請すればいい」

「あ、ああ。いや、聞きたい事は色々あるが……ありがとう。心から感謝する。これで、我が国民を干上がらせずに済む。オアシスの方も私が案内しよう」

 

 ランズィはまだ衝撃から立ち直りきれずにいるようだが、それでもすべきことは弁えている様で、ハジメ達への態度をガラリと変えると誠意を込めて礼をした。

 

 ハジメ達は、そのままオアシスへと移動する。

 

 オアシスは、相変わらずキラキラと光を反射して美しく輝いており、とても毒素を含んでいるようには見えなかった。

 

 しかし……

 

「……ん?」

「……ハジメ?」

 

 ハジメが、眉をしかめてオアシスの一点を凝視する。様子の変化に気がついたユエがハジメに首を傾げて疑問顔を見せた。

 

「いや、何か今魔眼に反応があったような…」

 

「なるほどな、ならオアシスの底に何か原因がいるってことだろ」

 

「…随分と断定するんだね」

 

「そりゃそうだろ?オアシスに毒があるって言ったら。大抵は上流か又は底に何かが仕組まれているとしか思いつかん」

 

「ふぅん。ならちょっと試してみるか」

 

 いつの間にか復活し疑問に答えるコウスケに納得したハジメは無造作に、魚雷…この先向かう事になる七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】は海の底にあるらしいので海用の兵器と言えば魚雷だろうと試作品をいくつか作っておいた…を投げ込んでみた。

 

 

ドゴォオオオ!!!

 

 

凄まじい爆発音と共にオアシスの中央で巨大な水柱が噴き上がった。再び顎がカクンと落ちて目を剥くランズィ達。

 

 

「おいおいおい! ハジメ殿! 一体何をやったんだ! あぁ! 桟橋が吹き飛んだぞ! 魚達の肉片がぁ! オアシスが赤く染まっていくぅ!」

「ちっ、まだ捕まらないか。よし、あと五十個追加で……」

 

 オアシスの景観が徐々に悲惨な感じで変わっていく様にランズィが悲鳴を上げるが、ハジメはお構いなしに不穏なことを呟いて、進み出ようとする。ランズィは部下と共にハジメにしがみついて、必死に阻止しようとした。その時、

 

 

シュバ!

 

 風を切り裂く勢いで無数の水が触手となってハジメ達に襲いかかった。コウスケがとっさに守護を使いはじかれた触手はハジメがドンナー・シュラークで迎撃する。

 

 何事かと、オアシスの方を見たランズィ達の目に、今日何度目かわからない驚愕の光景が飛び込んできた。ハジメの度重なる爆撃に怒りをあらわにするように水面が突如盛り上がったかと思うと、重力に逆らってそのまませり上がり、十メートル近い高さの小山になったのである。

 

 オアシスより現れたそれは、体長十メートル、無数の触手をウネウネとくねらせ、赤く輝く魔石を持っていた。スライム……そう表現するのが一番わかりやすいだろう。

 

「うわー出たよ、ファンタジーおなじみの触手スライム…モーファを思い出すな」

 

「モーファ?」

 

「マジか…時のオカリナやったことないのか?やれよ名作だぞ」

 

 カルチャーショックを受けながら誘光と守護でハジメ達を守っているコウスケ。ぶよぶよと動くスライムを見ていると色々考えてしまう。

 

(しっかし本当に期待を裏切らないっていうかお約束通りと言うか…触手かー俺の範囲じゃないな。触手姦はなぁーなんか見ていて気持ち悪くなるんだよなぁ吐き気がするっていうか…ん?このメンツだとユエが危ない?ユエの艶姿…なんか想像湧かないけど、どうせなら金髪の可愛い女の子が乱れる姿は見てみたいな)

 

 そんな阿保な事を考えていたせいだろうか、足元に静かによってきた触手にコウスケは気付かず、足首を掴まれてしまう

 

「「あ」」

 

 その声は誰の物だっただろうか。理解することもなく、そのまま一気にコウスケは引きずり込まれ空中でブランブランと戦利品のように振り回される。

 

「おわっ!うひょっ!な、南雲~助けてくれ~」

 

「あーあー油断するからこうなるんだよ。大方触手でエロい事でも考えていたんだろ」

 

 呆れて溜息を吐くハジメに慌てたランズィが詰め寄る。

 

「ハ、ハジメ殿!?早く助けなければお仲間が危険ですぞ!」

 

「んー大丈夫じゃないかな。コウスケってあれでも頑丈だし…暫く頭を冷やすってことで放置しても「おおい!さっさと助けてくれよ!なにアイツならほっといても大丈夫だろって顔しているんだよ!このまま放置するんなら言うぞ!言っちまうぞ!実は夜な夜な皆に隠れてお前が錬成魔法で大人の玩」ちょっ!何でそのこと知って…口を閉じて黙ってろ!」

 

ドパンッ!!

 

ベチャッ!

 

 コウスケの爆弾発言を触手魔物の核を撃ち抜くことで無理矢理黙らせる。妙に変な空気が流れる中ハジメは一つ咳ばらいをすると触手魔物の心当たりをランズィと話し始めた。無事?救出されたコウスケは杜撰な自分の扱いに遠い目をしユエに慰められていた。

 

 その後何やかんやでグリューエン大火山にある病気の特効薬、静因石を物のついでに取りに行くことになるハジメ達。医療院で獅子奮迅の活躍をする香織と合流する。

 

「ハジメくん。私は、ここに残って患者さん達の治療をするね。静因石をお願い。貴重な鉱物らしいけど……大量に必要だからハジメくんじゃなきゃだめなの。私はここの人たちの治療を行うから…ごめんね、迷宮攻略にはついて行けない」

 

「問題ないよ。すぐに攻略すればいい話だし、それよりもミュウのことをお願い。一応ここの領主には手厚く扱ってくれとは話してあるけど念のためそばにいてほしいんだ」

 

「うん分かった。ミュウちゃんは私がしっかり見ているから」

 

 香織は真っ直ぐハジメに向き合うと、信頼と愛情をたっぷり含めた眼差しを向けた。

 

「私も頑張るから……無事に帰ってきてね。待ってるから……」

「……あ、ああ」

 

 香織の、愛しげに細められた眼差しと、まるで戦地に夫を送り出す妻のような雰囲気に、思わず、どもるハジメ。

 

 元から、香織の言動はストレートなところがある。日本にいたときも、光輝の勘違いをばっさり切り捨てたり、ハジメに爆弾を落として教室が嫉妬の嵐に見舞われたり……そういった事は日常と化していた。それが、あの告白の日から、さらに露骨になっている。

 何となく目を逸らしたハジメだったが、逸らした先には……ニヤついた笑みでサムズアップするコウスケがいた。思わずイラッとしたので蹴りを放つハジメ。

 

「なんだなんだ~俺に八つ当たりするなんて照れているのか~」

 

「う・る・さ・い!」

 

「あっはっは全く青春しているなぁ」

 

 蹴りを難なく受け止めるコウスケに真剣な顔でしかしどこか不安げな表情をした香織が近づいてくる。妙に緊張してしまうコウスケ。何故だか香織には苦手意識を持ちそうになってしまうのだ。

 

「コウスケさん…ハジメ君のことをよろしくお願いします」

 

「おう!任せとけって!」

 

 深々と頭を下げてくる香織に一瞬顔を竦めてしまうも、コウスケは明るく香織の不安を消し飛ばすように言い放つ。グリューエン火山で起きる事を考えれば多少の不安はあるが、それでもコウスケはハジメ達を守ろうと思うのだった。

 

 

 

 




次はどうなる事やら…

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グリューエン大火山

ようやくGWが終わって書き上げることができました。
世間一般の連休なんて嫌になります

かなり久しぶりなので所々不安です


 

 

 

 【グリューエン大火山】

 

 それは、アンカジ公国より北方に進んだ先、約百キロメートルの位置に存在している。見た目は、直径約五キロメートル、標高三千メートル程の巨石だ。普通の成層火山のような円錐状の山ではなく、いわゆる溶岩円頂丘のように平べったい形をしており、山というより巨大な丘と表現するほうが相応しい。ただ、その標高と規模が並外れているだけで。

 

 この【グリューエン大火山】は、七大迷宮の一つとして周知されているが、【オルクス大迷宮】のように、冒険者が頻繁に訪れるということはない。それは、内部の危険性と厄介さ、そして【オルクス大迷宮】の魔物のように魔石回収のうまみが少ないから……というのもあるが、一番の理由は、まず入口にたどり着ける者が少ないからである。

 

 その原因が、

 

「……まるでラピュ○だね」

 

「…龍の巣じゃーって叫べばいいのか?」

 

「そういう訳じゃないけど…なんだか懐かしいね」

 

「なんかまた見たくなってきたなラピュ○」

 

【グリューエン大火山】は、かの天空の城を包み込む巨大積乱雲のように、巨大な渦巻く砂嵐に包まれているのだ。その規模は、【グリューエン大火山】をすっぽりと覆って完全に姿を隠すほどで、砂嵐の竜巻というより流動する壁と行ったほうがしっくりくる。

 

 しかも、この砂嵐の中にはサンドワームや他の魔物も多数潜んでおり、視界すら確保が難しい中で容赦なく奇襲を仕掛けてくるというのだ。並みの実力では、【グリューエン大火山】を包む砂嵐すら突破できないというのも頷ける話である。

 

「つくづく、徒歩でなくて良かったですぅ」

「流石の妾も、生身でここは入りたくないのぉ」

 

「そもそもな話あれを普通の冒険者がどうにか潜り抜けることができるのか?」

 

「…風魔法とアーティファクトでどうにかする?」

 

「それはいくらなんでも脳筋過ぎないか?ただの冒険者でもユエと同じような魔力量を持っているわけでもないしアーティファクトなんて滅多にお目に掛かれるもんじゃなさそうだし」

 

 ハジメと同じく窓から巨大砂嵐を眺めるシアとティオも、四輪に感謝感謝と拝んでいる。ハジメは、苦笑いしながら、それじゃあ行くかと四輪を一気に加速させた。今回は、悠長な攻略をしていられない。表層部分では、静因石はそれ程とれないため、手付かずの深部まで行き大量に手に入れなければならない。深部まで行ってしまえば、おそらく今までと同じように外へのショートカットがあるはずだ。それで一気に脱出してアンカジに戻るのだ。

 

 砂嵐の内部は、まさしく赤銅一色に塗りつぶされた閉じた世界だった。【ハルツィナ樹海】の霧のように、ほとんど先が見えない。物理的影響力がある分、霧より厄介かもしれない。ここを魔法なり、体を覆う布なりで魔物を警戒しながら突破するのは、確かに至難の業だろう。

 途中サンドワームなどの魔物の襲撃があったがティオとユエの魔法で難なく切り抜け、ボバッ! と、そんな音を立てて砂嵐を抜け出たハジメ達の目に、まるでエアーズロックを何倍にも巨大化させたような岩山が飛び込んできた。砂嵐を抜けた先は静かなもので、周囲は砂嵐の壁で囲まれており、直上には青空が見える。竜巻の目にいるようだ。

 

 【グリューエン大火山】の入口は、頂上にあるとの事だったので、進める所まで四輪で坂道を上がっていく。露出した岩肌は赤黒い色をしており、あちこちから蒸気が噴出していた。活火山であるにも関わらず、一度も噴火したことがないという点も、大迷宮らしい不思議さだ。

 

 やがて傾斜角的に四輪では厳しくなってきたところで、ハジメ達は四輪を降りて徒歩で山頂を目指すことになった。

 

 

「うわぅ……あ、あついですぅ」

 

「ん~……」

 

「あ、汗が止まらねぇ…」

 

「ここは砂漠の日照の暑さとは全く違う暑さだね…さっさと攻略しよう」

 

「ふむ、妾は、むしろ適温なのじゃが」

 

「マジかよ…竜人族ってのは暑さに強いのか?流石は火を吐く竜だ、普通の人間とは違うんだな」

 

 割と平然としているティオに全身から汗を拭きだしながら悪態をつきそうになるコウスケ。全身から噴き出る汗に不快感が強くなってきて歩くのが億劫になってくる。汗をタオルでふき取りながらも懸命に足を動かし上っていく一行は一時間もかからずに山頂にたどり着いた。

 

 たどり着いた頂上は、無造作に乱立した大小様々な岩石で埋め尽くされた煩雑な場所だった。尖った岩肌や逆につるりとした光沢のある表面の岩もあり、奇怪なオブジェの展示場のような有様だ。砂嵐の頂上がとても近くに感じる。

 

 そんな奇怪な形の岩石群の中でも群を抜いて大きな岩石があった。歪にアーチを形作る全長十メートルほどの岩石である。

 

 

 ハジメ達は、その場所にたどり着くと、アーチ状の岩石の下に【グリューエン大火山】内部へと続く大きな階段を発見した。

 

「それじゃあ、迷宮攻略、開始しようか」

 

「…ああ」

 

「んっ!」

「はいです!」

「うむっ!」

 

 ハジメの号令と共に一行は【グリューエン大火山】の攻略を開始するのだった。

 

 

 

 【グリューエン大火山】の内部は、【オルクス大迷宮】や【ライセン大迷宮】以上に、とんでもない場所だった。

 

 難易度の話ではなく、内部の構造が、だ。

 

 まず、マグマが宙を流れている。亜人族の国フェアベルゲンのように空中に水路を作って水を流しているのではなく、マグマが宙に浮いて、そのまま川のような流れを作っているのだ。空中をうねりながら真っ赤に赤熱化したマグマが流れていく様は、まるで巨大な龍が飛び交っているようだ。

 

 また、当然、通路や広間のいたるところにマグマが流れており、迷宮に挑む者は地面のマグマと、頭上のマグマの両方に注意する必要があった。

 

 しかも、

 

「ひょわ!」

 

「大丈夫?」

 

「お、おう問題ない…それにしたってゲームだと単純なトラップが現実だと致命的なトラップになるなんてな…赤い配管工のおっさんは凄げぇや」

 

 壁のいたるところから唐突にマグマが噴き出してくるのである。本当に突然な上に、事前の兆候もないので察知が難しい。まさに天然のブービートラップだった。ハジメが“熱源感知”を持っていたのは幸いだ。それが無ければ、警戒のため慎重に進まざるを得ず攻略スピードが相当落ちているところだった。

 

 そして、なにより厳しいのが、茹だるような暑さ――もとい熱さだ。通路や広間のいたるところにマグマが流れているのだから当たり前ではあるのだが、まるでサウナの中にでもいるような、あるいは熱したフライパンの上にでもいるような気分である。【グリューエン大火山】の最大限に厄介な要素だった。

 

「……うぅ」

 

 唸るような熱気、体中から出てくる不快な汗、いたるところが白熱し埋め尽くされた視界。入るまでは元気だったコウスケの精神は

じりじりと削られていく。一行から離れないように歩いてはいるものの次第に気力が下がっていくのが分かる。幸いマグマを纏った魔物たちはシアやユエ、ハジメが次々と殲滅して行くのでコウスケが戦闘することはなかったがそれでも暑さには耐えるのは辛い

 

「…ふむ。コウスケ肩を貸すがよい」

 

「……?」

 

「歩くだけでも辛いのじゃろう?妾が支えてやる」 

 

 朦朧としているコウスケに気が付いたのかティオがそばに近寄り肩を貸しコウスケの消耗が幾分か楽になる。

 

「……」

 

「うむ。言いたいことはちゃんと伝わっておる。だからそんな顔をするではない。妾達は仲間じゃろう」

 

 言葉にする元気も出ず、礼と謝罪を言おうと顔をあげたが言いたいことはちゃんと伝わっているのかティオは気にするなと顔を横に振った。そんなティオにコウスケは感謝しつつ少しずつ迷宮を進んでいく。

 

 

 途中で薄い桃色の鉱石…静因石を見つけたが小さく使い物にならずやはり深部に行かなければアンカジ公国の病を止めるだけの量は取れないという事だった。

 

「はぁはぁ……暑いですぅ」

「……シア、暑いと思うから暑い。流れているのは唯の水……ほら、涼しい、ふふ」

 

「ユエ…それはただの幻覚だよ…」

 

 その後も暑さに辟易しながら進み次第に熱気でユエとシアがおかしくなってきたところでいったん休憩をとることになった

 

 ハジメは、広間に出ると、マグマから比較的に離れている壁に“錬成”を行い横穴を空けた。そこへユエ達を招き入れると、マグマの熱気が直接届かないよう入口を最小限まで閉じた。更に、部屋の壁を“鉱物分離”と“圧縮錬成”を使って表面だけ硬い金属でコーティングし、ウツボモドキやマグマの噴射に襲われないよう安全を確保する。

 

「…『冷風』」

 

 部屋に入るとすぐにコウスケが氷と風の複合魔法を使い部屋の温度を下げる。途端に熱気のこもった部屋はすぐに涼しくなり、全員の顔がほころぶ。その後続けてユエが部屋の真ん中に氷塊を作りティオが風を使い部屋の温度を調整させる

 

「はぅあ~~、涼しいですぅ~、生き返りますぅ~」

「……ふみゅ~」

 

 女の子座りで崩れ落ちたユエとシアが、目を細めてふにゃりとする。タレユエとタレシアの誕生だ。ハジメはそんな2人に内心萌えていると袖をクイクイと引っ張られた。見ると汗だくになったコウスケがタオルとコップを要求しているのが分かりすぐに宝物庫から人数分のタオルとコップを取り出す。

 

 タオルを受け取ったコウスケは汗を拭いつつコップに水の魔法で飲料水を作って皆に配っていく。その間ずっと無表情で何もしゃべらないのがハジメには薄気味悪かった

 

「コウスケ…大丈夫?」

 

「…」

 

 ユエとシアから離れて水を飲みつつひたすら汗をぬぐっているコウスケは手をひらひらさせ返事をする。どうやら喋る余裕すら無い様だ。少し心配になったハジメにティオが話掛けてくる

 

「ふむ…コウスケはだいぶ参っているようじゃの…どうやらこの暑さがこの大迷宮のコンセプトなのじゃろうな」

 

 参るほどではないとは言え、暑いものは暑いので同じく汗をかいているティオがタオルで汗を拭いながら言った言葉に、ハジメが首をかしげる。

 

 

「コンセプト?」

「うむ。ハジメから色々話を聞いて思ったのじゃが、大迷宮は試練なんじゃろ? 神に挑むための……なら、それぞれに何らかのコンセプトでもあるのかと思ったのじゃよ。例えば、ハジメやコウスケが話してくれた【オルクス大迷宮】は、数多の魔物とのバリエーション豊かな戦闘を経て経験を積むこと。【ライセン大迷宮】は、魔法という強力な力を抜きに、あらゆる攻撃への対応力を磨くこと。この【グリューエン大火山】は、暑さによる集中力の阻害と、その状況下での奇襲への対応といったところではないかのぉ?」

 

「……なるほど……攻略することに変わりはないから特に考えたことなかったけど……試練そのものが解放者達の“教え”になっているってことか」

 

 ティオの考察に、「なるほど」と頷くハジメ。ならほかの大迷宮は何のコンセプトがあるのかと思った所でさっきから汗をぬぐっているユエとシアからさらに距離を取ったコウスケがべちゃりと突っ伏しているのが見えた。流石にそろそろ心配になったので声をかけることにする

 

「本当に平気なの?」

 

「俺さ…」

 

「ん?」

 

「俺、日本に帰ったらゲームのキャラ達に優しくすることにする…こんなにもマグマが熱いなんて…ごめんねマ○オ、リン○、いつもいつもショートカットとか何とかでマグマの中に突っ込ませて本当にごめんね」

 

 暑さが随分と応えたらしい。有名な赤い配管工と緑の勇者にうつぶせになりながら謝っているコウスケ。どうやら余計なことを言う体力は戻っているらしい。ハジメも近くの壁に寄りかかりながら座ることにした。

 

「ハイハイ、変なこと言ってないでもっと汗を拭かないと風邪をひくよ」

 

「ウィ」

 

 短く答えた返事と共にずるずると起き上がるとハジメと一緒になってのろのろと汗を拭き始めるコウスケ。見ればまだ頭が茹だっているのか、目はうつろで氷塊をぼんやりと見つめている。

 

「……こんなことを言うのもなんだけどさ」

 

「なに?」

 

「ここに香織が居なくて本当によかった」

 

「…そうだね。確かにこの暑さは白崎さんにはつらいだろうね」

 

 アンカジ公国にいる自分に告白しついてきた香織の事を思い出すハジメ。ステータスが変化しやたらと強くなった自分たちに対して香織はあくまでも常識的な強さだ。みんなでフォローするとしてもこの暑さの中ではそれも難しい。結果的にアンカジ公国に残ることになったが危険なことに合わせずに済むためハジメとしてはホッと安堵していた。しかしコウスケにとってはどうも違う事を考えているようだ

 

「…それもあるけどさ、正直な話あの子がなんか怖いんだ」

 

「怖い?」

 

 コウスケから出てきた言葉はハジメにとっては意外な言葉だった。

 

「…出会ってから、なんだろうな?ずっと警戒されているんだ。そりゃ俺は傍から見ればただの不審者かもしれないけど…どうしてかな、あの子と顔合わせない方が良かったとすら思っている」

 

 おそらく本音だとハジメは確信する。暑さで精神的に疲労している今つい口から出てしまっているのだろう。

 

「………俺は何かミスったか?それともバレちまったのか?……あぁもう嫌だ。一体いつまで隠せば…」

 

「…コウスケ?」

 

「っ!?……すまん何でもない。ちょっと暑くて変なことを口走っちまった」

 

 『バレた』『隠す』コウスケの口から出る不穏な発言がハジメの耳に届く。聞き返す様に名前を呼べばしまったという顔をして話を逸らす。

 

「…それにしても暑い。ゴロンの服とか持ってないの?」

 

「なにそれ?一応冷却用のアーティファクトは作ってはあるから何とか我慢しよう」

 

「ですよねー…おのれナイズどうしてこう面倒な場所に迷宮を作るのかな!?いくら自分が暑さに強いからって他の人もそうだとは

限らないんだぞ!?はぁー仕方ない何とか頑張りますか。」

 

 愚痴るような話題そらしに乗ってあげながらもハジメは少しばかり悲しかった。いったい何を考えているのか、どうして思い悩むのか

少しでも力になれればと思うのに話してはくれないし、聞くのはコウスケの事を思うとどうしても憚れる。いつか思いを打ち明けてくれることを願うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【グリューエン大火山】たぶん、きっと五十層くらい。

 

 それが、現在、ハジメ達のいる階層だ。なぜ“たぶん”なのか。それは、ハジメ達の置かれた状況が少々特異なので、はっきりと現在の階層がわからないからである。

 

 具体的には、ハジメ達は宙を流れる大河の如きマグマの上を赤銅色の岩石で出来た小舟のようなものに乗ってどんぶらこと流されているのだ。

 

「気分は、ハードモードのインディさん……」

 

「馬っ鹿!お、お前この馬鹿野郎!何がインディさんだ!これはどちらかっていうとネイトさんやララさん案件だろうが!」

 

「コウスケさん騒がないで下さい!暴れないで下さい!船が転覆しちゃいますぅ!」

 

「…流水に身を任せる」

 

「…ユエよこれは水じゃなくてマグマじゃぞ」

 

 なぜ、こんな状況になっているかというと……端的に言えばハジメのミスである。というのも、かなり簡潔に説明するとハジメが“静因石”が大量にある壁を宝物庫に回収した時、“静因石”によってせき止められていたマグマが噴出してきたのだ。

 

 咄嗟に飛び退いたハジメだったが、噴き出すマグマの勢いは激しく、まるで亀裂の入ったダムから水が噴出し決壊するように、穴を押し広げて一気になだれ込んできた。

 

 あまりの勢いに一瞬で周囲をマグマで取り囲まれたハジメ達は、ユエが、障壁を張って凌いでいる間に、ハジメが錬成で小舟を作り出しそれに乗って事なきを得たのである。小舟は、直ぐに灼熱のマグマに熱せられたが、ハジメが“金剛”の派生“付与強化”により小舟に金剛をかけたので問題はなかった。

 

 そして、流されるままにマグマの上を漂っていると、いつの間にか宙を流れるマグマに乗って、階段とは異なるルートで【グリューエン大火山】の深部へと、時に灼熱の急流滑りを味わいながら流されていき、現在に至るというわけだ。

 

 ちなみに、マグマの空中ロードに乗ったとき、普通に川底を抜けそうになったのだが、シアが咄嗟に重力魔法“付与効果”で小舟の重さを軽減したのでマグマに乗ることができた。“付与効果”は、シアが触れているものの重量を、自身の体重と同じように調整出来るというものだ。

 

 

「はわ!はわわわわ!」

 

 小舟に乗っているためマグマがすぐ目の前にあるという恐怖にコウスケは気が気ではない。へたり込む様に…実際腰が抜けている…何か掴まれるものは無いかと手が宙をさまよう。

 

ボチャン!

 

「ひぃ!お、俺はまだサムズアップしながらマグマに入浴なんてしたくないぞ!」

 

 へたり込んでいる姿がなんとも情けなく感じるがコウスケは必死だった。何が悲しくてマグマの近くにいなければいけないのか、日本にいたときは噴火などのニュースが流れても『怖いなー家が近くじゃなくてよかった』ぐらいにしか思わなかったのだ。

 

「…大丈夫。私がいる」

 

「…ユエ」

 

 コウスケを安心させようとしたのかユエが手を握ってくる。その気持ちが気遣いがとても嬉しい、嬉しいのだが

 

「ユエさん俺を見ていないであのファイアキースを何とかしてくださいよ!」

 

 絶賛小舟は大量のマグマコウモリによって襲撃を受けている真っ最中なのだ。前方はハジメがメツェライとオルカンを使い銃撃し後方はユエとティオが担当しているのだ。万が一はないとはいえできればしっかりと相手取ってほしい

 

「むー」

 

「ごめんってば!」

 

 情けない自分が悪いといえ申し訳なさでいっぱいになるコウスケ。一応なんだかんだで小舟を守るように守護は展開はしてある。…コウスケの精神的な影響を受けてかいつもと比べればだいぶ脆そうだが…

 

 その後も激流に上手く乗りながらもマグマの空中ロードは続いていく。気分はまるで夢の国のジェットコースターだ。

 

「ジェットコースターっていう割には危険度が高すぎませんかね!」

 

「そんなに慌てて興奮していたら振り落とされるよ!」

 

「だからって割と平然としているお前が怖ぇよ!なんでそんな平然としてんだ!」

 

「心頭滅却すれば火もまた涼し!」

 

「できるか!」

 

 そんな風に騒いでいるとその先に光が見えた。洞窟の出口だ。だが、問題なのは、今度こそ本当にマグマが途切れていることである。

 

「掴まれ!」

 

 ハジメの号令に、再び、小舟にしがみつく一行。小舟は、激流を下ってきた勢いそのままに猛烈な勢いで洞窟の外へと放り出された。

 ハジメ達が飛び出した空間はかつて見た【ライセン大迷宮】の最終試練の部屋よりも尚、広大な空間だった。

 地面はほとんどマグマで満たされており、所々に岩石が飛び出していて僅かな足場を提供していた。周囲の壁も大きくせり出している場所もあれば、逆に削れているところもある。空中には、やはり無数のマグマの川が交差していて、そのほとんどは下方のマグマの海へと消えていっている。

 

 

 だが、なにより目に付いたのは、マグマの海の中央にある小さな島だ。海面から十メートル程の高さにせり出ている岩石の島。それだけなら、ほかの足場より大きいというだけなのだが、その上をマグマのドームが覆っているのである。まるで小型の太陽のような球体のマグマが、島の中央に存在している異様はハジメ達の視線を奪うには十分だった。

 ティオの風魔法で無事にマグマの海に着陸した一行は小舟の上で、明らかに今までと雰囲気の異なる場所に、警戒を最大にするハジメ達。

 

「……あそこが住処?」

 

 ユエが、チラリとマグマドームのある中央の島に視線をやりながら呟く。

 

「当たりだな。深さ的にも場所的にもいかにもって感じだ」

 

「ふむ。そうなると…最奥のガーディアンがいる訳じゃな」

 

 コウスケの言葉にティオが確認をとる。その確認は正しかったようでマグマの海から炎塊がマシンガンのように小舟に撃ち放たれた。

 

「散開!」

 

 そのままそれぞれが別の足場に着地する。

 

「っとああ怖かった」

 

 しっかりと自分の足が地面?についたことでホッとするコウスケ。すぐに思考をこのグリューエン火山の攻略方法について切り替える。

 このグリューエン火山の試練の突破方法は一つ『大量に現れるマグマの蛇を規定数倒せ』だ。そのためにどう行動するべきか判断していると丁度ハジメが突如出たマグマ蛇の攻撃を回避しているところだった。近くによるコウスケ。ほかの仲間たちもハジメのもとに集まる

 

「……ハジメ、無事?」

 

「問題ないよ。それより、ようやく本命が現れたようだ」

 

「やはり、中央の島が終着点のようじゃの。通りたければ我らを倒していけと言わんばかりじゃ」

 

「でも、さっきハジメさんが撃った相手、普通に再生してますよ? 倒せるんでしょうか?」

 

 先ほど回避のついでにハジメから銃撃を食らったマグマ蛇はすでに再生を終え何事もなかったように元通りの姿をしている

 

「シアそりゃ大丈夫だ。倒せなかったらそれは試練になりえない。必ず倒せるようにはできている。倒せない敵を用意するなんてナイズはそんな性根が曲がったような奴じゃないからな」

 

 汗を拭い自分が知っている情報をうまく伝えるように口を出すコウスケ。ハジメは一瞬訝し気な顔をするもコウスケの言葉をもとに考察する

 

「…なら一定数倒すってことかな」

 

「多分それで正解だ。あそこ中央の島見てみろ」

 

 言われた通り中央の島に視線をやると、確かに、岩壁の一部が拳大の光を放っていた。オレンジ色の光は、先程までは気がつかなかったが、岩壁に埋め込まれている何らかの鉱石から放たれているようだ。

 

 ハジメが“遠見”で確認すると、保護色になっていてわかりづらいが、どうやら、かなりの数の鉱石が規則正しく中央の島の岩壁に埋め込まれているようだとわかった。中央の島は円柱形なので、鉱石が並ぶ間隔と島の外周から考えると、ざっと百個の鉱石が埋め込まれている事になる

 

「なるほど……このマグマ蛇を百体倒すってのがクリア条件ってところか」

 

「……この暑さで、あれを百体相手にする……迷宮のコンセプトにも合ってる」

 

 ただでさえ暑さと奇襲により疲弊しているであろう挑戦者を、最後の最後で一番長く深く集中しなければならない状況に追い込む。大迷宮に相応しい嫌らしさと言えるだろう。

 

「そういう事だ。じゃ規定通りに俺が囮をするから撃墜頼んだぞ」

 

「あんなに一杯の炎塊を食らったら流石に死ぬよ」

 

「まぁ大やけどは確実だろうな…でもこれが多分一番早いと思います」

 

 ニヤリとコウスケが笑うとハジメは苦笑で返す。ほかの仲間たちも少々心配そうだが異論は出さない。

 

「それじゃ行ってきます!」

 

 言葉と同時に誘光を使いヘイトを稼ぎ足場を乗り継いでいく。途端に始まる後方からの爆音。作戦通りマグマ蛇はコウスケを狙い始めた。

 

「ほっと!わっと!ジャンプ!っとなぁ!」

 

 次から次へと足場を乗り継いでいき炎弾を躱す。当たりそうにになるものは守護を使い無理矢理防ぐ

 

「あつ!あつつつ!」

 

 そばを通り過ぎる熱風がコウスケの肌を焼きそうになる。しかし脚は止まらない。むしろ加速しているような気さえした。

 

 チラリと中央の島にある数を示す鉱石を見れば残りは八個と言うところまで来ていた。ハジメの銃撃がユエとティオの魔法がシアの鉄槌が瞬く間にマグマ蛇を粉砕していく。

 

「全く本当に頼りになる奴らだ!」

 

 堪えきれず笑いそうになる中でふとコウスケは何かを忘れているような気がした

 

(あれ?この試練ってこんなに簡単なものだったっけ?何か忘れているような…)

 

 マグマ蛇が確実に減っていく中、何か嫌な予感がするコウスケ。

 

(えーと?なんだったっけ…なんか南雲が危険な目に遭っていたような?)

 

 チラリとハジメを見れば残りの2体に空中で銃を向けているところだった。そのはるか上で何か魔力が集まっているような気配が感じ取れた

 

「!」

 

 気がついたのは一瞬、思い出したのも一瞬。すぐにコウスケは足に力を籠め爆発するような脚力を使いハジメのところまで突進する。ハジメが2体を仕留めたのとそばに近寄れたのはほぼ同時だった

 

「最後まで気をぬくな、勝利によいしれた時こそスキが生じる…なーんてな」

 

 驚くハジメを蹴り飛ばしながら笑うコウスケ。

 

――その瞬間

 

 ズドォオオオオオオオオ!!!!

 

 頭上より、極光が降り注いだ。

 

 まるで天より放たれた神罰の如きそれは、ハジメを蹴り飛ばしたコウスケに容赦なく降り注ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ささっとグリューエン火山は終わらせます。

それにしてもなんだかご都合主義もここまでくると大概なような気がします。
しかもこれからどんどん多くなるかもしれませんし…

少し思う事があるので活動報告更新するかもしれません


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思いと戦闘

ひっそり投稿します
後々修正するかもです


 

 

 思えばいつも危険が迫ると庇われていた気がした。

 

 蹴り飛ばされ何故と問う暇もなく極光に飲み込まれているコウスケを見ながらハジメはそんな事を考えていた。力尽き落ちていくコウスケをユエが両腕で抱きかかえ近くの足場へと着地する。ハジメもすぐに駆け寄りたくなるがぐっと我慢した。

 

 コウスケは光に飲み込まれる寸前守護を使い防御をしたのがわずかに見えたため恐らく無事であろうという確信とあれだけの攻撃でも倒れないだろうという信頼もあった。

 

 それに今しがた攻撃してきた存在のこともある。案の定ハジメが上を見上げるとそこにはおびただしい灰色の竜がハジメ達を攻撃しようと口を開いていたからだ。

 

 

ドドドドドドドドドドッ!!!

 

 当たれば致命傷な無数の閃光が豪雨の如く降り注そぐ中、ハジメは何も言わずなにも表情を変えず、ひらりひらりと雨を避けるような動作で回避する。仲間たちのことが少しだけ心配になったがユエとティオがうまく防御してくれるだろう。

 どこか他人事のような気持ちで上から降り注ぐ閃光を回避しながらも思い浮かべるのは親友の事だった。

 

(最初に庇われたのは…確か蹴りウサギの時だっけ)

 

 初めて庇われた時を思い出す。爪熊から逃げる時も情けない自分の前に立って時間を稼いでくれた。ドンナ―を錬成で作り出してからは庇われる回数は少なくなったがサソリモドキとの戦闘の時もまた針から自分とユエを守ってくれた。

 そしてヒュドラとの戦闘、ユエをかばい白頭の極光の中に消えていくコウスケ。その後復活し守護と言う防御能力を得たコウスケ。

 

(次は…ミレディ・ライセンとの時とティオの時)

 

 ミレディが出してきた奥の手の落盤攻撃はコウスケの強化された守護により全員無事だった。次は操られたティオのブレス。黒龍として立ちはだかったティオにあの時愛子たちは誰も逃げることができずにいた。そんな愛子たちを助けたのもやはりコウスケだった。

 

(いつも誰かを助けようとして前に出るんだね)

 

 今ハジメの目に映るすべての物がスローになる。無意識で瞬光を使い知覚領域を大幅に上昇させる。しかしその事にハジメは気付かない。

 迫りくる死の雨に難なく回避していることさえもハジメは気付いてすらいない。どこかゆったりとした世界の中で考えることはやはり親友の事だけだった。

 

(…ねぇコウスケ。どうしてこの攻撃を予測することができたの)

 

 この試練が始まる前にコウスケはどこか確信した様子で規定数を倒せば試練は突破できるのではないかと提案した。全員がその認識で戦っていたし、事実その通りなのだろう。しかしこの上からの何物かによる攻撃は試練とは関係ないはずだ。

 それなのにコウスケはすぐさま気が付いた。魔力の扱いに関しては誰よりも得意なはずのユエとティオを差し置いて、ハジメが最後の2匹のとどめを刺そうとした誰もが勝利を確信したあの時、コウスケだけが別の行動をしていた。

 

(…きっと聞いたらファンタジーだから、テンプレのような世界だから、だから何か来ると思って備えていたんだって言うんだろうね)

 

 ファンタジーだから、確かにその通りだ。テンプレのような世界だから、確かにその通りだ。ゲームの様な、ご都合主義の様な、確かにコウスケが言いそうでその通りだとハジメも頷くようなことを言うのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()。いくらなんでも想像できるからと言ってすぐに行動できるはずはない。それこそシアのように未来視がない限り、何かが起こると思って行動などできないのだ()()()。特に先ほどの自分のところにわき目も降らずに真っ直ぐに来るなんておかしいのだ。自分のところに極光が降り注ぐなんて事を知らなければ。

 

(……コウスケ。君は…)

 

 脳裏に浮かぶは屈託なく笑いかけてくるコウスケで、ずっと何かに苦悩している姿でもあった。ハジメはコウスケが何に苦悩しているのかが少しわかった気がした。

 

 

 気が付けば永遠に続くかと思われていた極光の嵐はようやく終わりを告げた。周囲は、見るも無残な状態になっており、あちこちから白煙が上がっている。

 ハジメが仲間たちの様子を伺うとユエもティオも魔力を使いきり、肩で息をしながらも無事の様だ。見ればコウスケはユエが神水を使ったのか怪我が少しずつ治っておりそろそろ目覚めそうな気配を感じる。

 

 ハジメが仲間たちの状態を確認すると上空から感嘆半分呆れ半分の男の声が降ってきた。

 

「…カトレアから聞いてはいたが、まさしく看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。お前達は異質で危険過ぎる」

 

 天井付近に目を向けるとそこにいたのは大量の灰竜とそれを従えるような巨体を誇る純白の竜とその白竜の背に赤髪で浅黒い肌、僅かに尖った耳を持つ魔人族の男がいた。

 

 

「まさか私の白竜が、ブレスを直撃させても殺しきれんとは…想像以上の耐久力か。貴様は未知の武器を使い総勢五十体の灰竜共の極光を回避するか…カトレアが言っていた男はどっちかは分からぬがまさしく化け物。それに女どもだ、貴様らには劣るとはいえ考えられん。貴様等、一体何者だ? いくつの神代魔法を修得している?」

 

 魔人族の男は警戒しながらもハジメに問いかけてくる。いや問いかけるというよりは独り言のようにも感じられた。それほどまでに極光を防ぎ切ったのが驚いたのだろう

 

「いきなり出てきて質問して名乗ることもできないなんて…魔人族ってのは思ったよりも礼儀知らずなんだね」

 

 肩をすくめて挑発をしてみれば魔人族の男は眉を顰める。その姿にハジメはこの男の性格などを分析する。

 

「……これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんな」

 

「そう?冥土の土産にって言葉知ってる?知らないのかな。随分と教養がなさそうだし、ああ無理して言わなくてもいいよ。僕はお前の事(道端の石ころ)なんてどうでもいいから。それとさっきの質問を返すなら僕の名前は南雲ハジメ、ただの高校生だよ。あとどうやら僕達の力が神代魔法の力だと誤解しているみたいだから訂正させてもらうけど、お前と違ってただの訓練と修練の結果だよ。そんな事もわからないの?魔人族の底が知れるね」

 

 畳みかけるように皮肉って言えば魔人族の男は額から血管が浮き出てくるほど怒りの表情を浮かべる。この時点で魔人族の男の性格が大体つかめた

 

(かなりプライドが高いな、自分のことは正しいって顔もしている…うーんどっかの馬鹿(天之河光輝)を見ているみたいでなんか癪に障るな) 

 

「気が変わった。貴様は、私の名を骨身に刻め。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」

 

「神の使徒?ふーんなんだ結局は神様のお人形…つまりただの駒って所か。なんともドヤ顔でそんな事を誇る様に言うなんて…魔人族って皆こうなのかな?」

 

 自分は堂々と操り人形です!と答えている魔人族…フリードにハジメは呆れを多分に含んだ視線を向ける。本来なら親友を傷つけたものとして半殺しは確定なのだがあまりにも馬鹿さそうなので全身の骨をへし折ってやろうと決意するハジメ

 

「貴様…神代魔法を手に入れた私に…“アルヴ様”に直々に“我が使徒”と任命された私を愚弄するか!私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える!その障碍と成りうる貴様等の存在を、私は全力で否定する!」

 

「本当の敵が誰かすらわかりもしない操り人形風情が人間を否定するなよ」

 

 ハジメが皮肉って言いながらドンナ―をフリードに向け引き金を引く。コウスケから殺すなと言われた。だから殺す気はないしこれぐらいで死ぬような阿保でもなさそうだと考えたからだ。案の定灰竜が射線上に割り込み正三角形が無数に組み合わさった赤黒い障壁が出現させ、ハジメ達の攻撃を全て受け止めてしまった。

 

「ふーん。防御も完備済みかぁ」

 

 よく見れば、竜の背中には亀型の魔物が張り付いているようだ。甲羅が赤黒く発光しているので、おそらく、障壁は亀型の魔物の固有魔法なのだろう。

 

「私の連れている魔物が竜だけだと思ったか? この守りはそう簡単には抜けん…なに!?」

 

ドドドドドドパンッ!

 

「ギュオオオォ!?」

 

 自慢げに灰竜と亀の魔物の連携を誇るフリードだがあっさりと障壁が突破され灰竜が沈んでいくことに驚愕の表情を浮かべる

 

「確かに厄介だけど…コウスケの守護に比べたらお遊戯、いやそれ以下だね」

 

 ドンナ―に弾丸を装填しながら呆れた溜息を吐くハジメ。特別なことをした覚えはない。ただハジメは弾丸をすべて同じ軌道同じ直線上に連続で撃っただけだった。続けて同じところに攻撃されてしまっては自慢の障壁も役には立たなかった。

 

「くっ!」

 

 驚愕から復帰したフリードはすぐさま極度の集中状態に入り、微動だにせずにブツブツと詠唱を唱え始めた。ハジメが妨害をしようとドンナ―で銃撃しようにも灰竜たちが極光を放ってきておりうまく銃撃できない状況になってきている。

 

(面倒な状況になってきたな…ユエやティオも攻めあぐねているみたいだし…一匹ずつ確実に仕留めていくべきかな。でもアイツがそんな時間をくれるとは思えないし…長い詠唱…手には大きな布…何をする、何を仕掛けようとする。…新しい魔法でも使ってくる?このグリューエン火山で習得した神代魔法を?やたらとプライドの高い男…なら新しい力試さずにはいられない…力、何もいないところからの攻撃…もしかして)

 

 思考は何時になく早くフリードが何をしてくるのか想像する。思いついたのと同時に空中で足に力を籠める。と同時に声が聞こえた

 

「ハジメ!そいつは瞬間移動するぞ!避けろ!」

 

「ッ! 後ろです! ハジメさん!」

 

 その声が聞こえたと同時に垂直にジャンプするハジメ。と同時にさっきまで自分がいたところに大口を開け極光を放つ白竜とその背に乗っているフリードがいた。

 

「っははは!何で空間を移動する奴ってのは相手の真後ろをとる事ばかり考えるんだろうねコウスケ!」

 

 まさしくタイミングがばっちりだった。そのままドンナ―・シェラ―クを構え逆立ちの要領でつづけさまにフリードに向かって発砲する。

 

「ぐおおおお!?」

 

 白竜が標的がいないことに気付いたのかすぐさま離脱を開始するが弾の何発かは当たったようでフリードの苦悶の声が聞こえてくる

 

「なんて…なんて化け物どもだ!」

 

「うるせぇ!人に向かってレーザーぶっ放しておきながら化け物言うな阿保!その白竜が居なければ何もできないアホンダラが!降りてかかって来いよ!負けるのが怖いのか!白竜なんて捨ててかかって来い!」

 

 ハジメが視線を下に向けるとそこにいたのは元気よく悪態をつくコウスケがそこにはいた。所々極光の影響があるのか装備が溶解していたり出血などもありユエに支えられてはいるがいたって元気そうだった。

 

「やれやれ何をやっているのか」

 

 肩をすくめるハジメ。復活しておいていきなりコマンドーのようなことを言うとはずいぶんと余裕がありそうだ。その証拠にさっきまでハジメを攻撃していた灰竜達がコウスケを狙って極光を放つがコウスケの守護に阻まれている。

 

 その隙に一匹一匹確実に仕留めていくハジメ。コウスケが復活した以上勝機はハジメ達によりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

(ぐ…侮っていたのか私は…カトレアの忠告を受けたはずなのにどこかで慢心していたというのか!)

 

 フリードはハジメ達から距離を取りつつ余りにも怒涛予想外の展開に戦慄していた。最初はうまくいくはずだった。カトレアから言われていた男…仮面の男がどちらかは分からなかったが、未知の武器を使う男を優先して仕留めようとした。そこまでは間違いではなかった。それなのに別の男に庇われ、白竜…相棒であるウラノスの極光は当たったとはいえ仕留めることはできなかった。その後は数に合わせた灰竜の攻撃も回避に防御され、挑発され頭に血が上っている間にこのグリューエン火山で取得した神代魔法は読み取られてしまい酷い手傷を受けてしまった。

 

(私はまだ戦える…しかし、なんという実力の差か…)

 

 体力的にも魔力的にもまだまだ戦える。しかし今勝機は確実に向こうの方が有利になっている。先ほどから灰竜たちは何故か無駄だと理解しているはずなのに倒れていた男…コウスケに向かって一方的に極光をはなち防がれてしまっている。その間にもハジメと言う男が虫を潰すかのように一匹一匹確実に仕留めていく。正に悪夢であり想定外の状況だった。

 

(カトレア…確かお前は言っていたな。『あの男達とは敵対するべきではない』と…確かにそうかもしれんしかし私は負けるわけには!?)

 

「なに戦闘中にボーっとしてんの?舐めプ?そういうの良くないよ」

 

 いつの間にか後ろにいたハジメに対応が一歩遅れるフリード。そんなフリードにハジメは容赦なく“魔力変換”による“魔衝波”を発動させながら後ろ回し蹴りをたたき込む

 

ドォガ!!

 

「がぁああ!!」

 

 かろうじて左腕でガードするも、粉砕されて内臓にもダメージを受ける。体勢を立て直そうかとしたところに今度はいつの間にか現れた黒龍がブレスを撃ってくる

 

「なに!?黒龍だと!?くっウラノス頼む!」

 

“若いのぉ! 覚えておくのじゃな! これが“竜”のブレスよぉ!”

 

「ルァアアアアン!!」

 

 相棒であるウラノスはフリードの頼みに即座に答えブレスを使い黒龍のブレスを押しとどめる。しかし戦闘による疲労とダメージによるものか

又は実力によるものか次第にウラノスのブレスが押されつつあった。

 

「…やむを得ん」

 

 次第に押される極光を見てフリードすぐに判断した。すなわち撤退するべきだと。ウラノスに合図をしハジメ達と距離をとる

 

「…恐るべき戦闘力だ。周りにいる女連中も尋常ではない。絶滅したと思われていた竜人族に、無詠唱無陣の魔法の使い手、未来予知らしき力と人外の膂力をもつ兎人族…だが脅威なのはそこではない。貴様たち2人だ。」

 

 フリードが指し示すのはいつの間にか仲間と合流して銃を構えるハジメと魔力が切れつつあるのかふらつくコウスケだった。

 

「未知の兵器を使いこの数をものともしない戦闘力を持つ男とウラノスの極光を耐えきり灰竜共の攻撃全てを防ぐ男…異質だ異様だ。貴様たちは一体何なのだ」

 

 フリードの問いにハジメは肩をすくめる。どうやらコウスケに返答を任せるようだ。コウスケはわずかに考えると応え始める

 

「さぁただの一般人だよ。それよりフリードとやら」

 

「なんだ」

 

「お前今のままだと魔人族全滅するぞ」

 

「何?」

 

 フリードが眉をしかめたところにコウスケが畳みかける。効果は薄いかもしれないが洗脳魔法も添える

 

「今のまま神とやらに縋って妄信していると魔人族はおもちゃのように使い潰されるって言ってるわけだよ。あんた中間管理職何だろ。なら『考えろフリード・バグアー、真の敵は別にいる。このままだとお前たちは全滅する』」

 

「ふん。何を言うのかと思えば…まぁいい世迷言はそのままマグマの中で言うがよい」

 

 そのままフリードはいつの間にか肩に止まっていた小鳥の魔物に何かを伝えた。

 

 その直後、

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!! ゴバッ!!! ズドォン!!

 

 空間全体、いや、【グリューエン大火山】全体に激震が走り、凄まじい轟音と共にマグマの海が荒れ狂い始めた。

 

 

「ちっ」

「うわっ!?」

「んぁ!?」

「きゃあ!?」

“ぬおっ!?”

 

 ハジメ達がいったい何をしたんだと目で訴えてくる。その様子に冷たく見下ろすと何が起こっているかを説明する

 

「ふん、冥土の土産に教えてやろう、このグリューエン火山の要石を破壊しただけだ、間も無く、この大迷宮は破壊される。神代魔法を同胞にも授けられないのは痛恨だが……貴様等をここで仕留められるなら惜しくない対価だ。大迷宮もろとも果てるがいい」

 

 

 フリードはそのまま首に下げたペンダントを天井に捧げ円形に開かれた扉を一気に上昇し潜り抜けグリューエン火山から

脱出する。

 

 

『考えろフリード・バグアー。真の敵は別にいる。このままだとお前たち魔人族は全滅する』

 

 そんな言葉が胸に頭にわずかに刺さりながら異様な敵からの撤退を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 




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灼熱の中を大脱出

かなり遅くなった気がします。おまけに短い

この頃、気晴らしで書いている短編に浮気しています。
かなりまずい状況なのでは…


 

 

 

 フリードが撤退した後ハジメ達も撤退しようとしたがそれよりもマグマの水位が上がるのが早く一刻の猶予もなかった。そんな中ハジメはしばし何かを考えるように目を瞑り”宝物庫”を握ると黒龍状態となっているティオに近寄り始めた。

 おそらく宝物庫に入っている静因石をティオにアンカジ公国まで運んでもらうのだろう。

 

「うわ!うわわわ!マグマが迫ってくる!?」

 

 しかしコウスケにとっては大事なことだとはわかってはいてもさっさとここから脱出したくてたまらなかった。なにせ今現在上空から灰竜たちが逃すかとばかりに無数の極光を放ってきており、横を見れば煮えたぎるマグマが徐々に水かさを増し今も足場が飲み込まれそうなのだ。平然を保っていられるほどコウスケの精神は頑丈ではない。

 

(しかもよりによって魔力がもう無い!俺役立たず!)

 

 あの極光に当たる寸前恐らく無意識で守護を使い生き残ることができたのだろうが、代わりに魔力のほとんどを使ってしまい今コウスケは何もすることができないのだ。横では灰竜の極光をユエが“絶禍”を使い防いでいる。本来の自分の役目が出来ないことに歯がゆく思いつつも極光に含まれていた毒のせいで体全体がだるく、正直今すぐにでも横になりたい気分だった。

 

 そんな無力感と脱力感ついでに体の痛みでくすぶっているコウスケの横で突風が吹き荒れた。ハジメから宝物庫を託されたティオが空へは羽ばたいていったのだ。

 

「うん、これでよしっと…さぁ3人とも行こう!」

 

 ティオを見送ったハジメの声と共に唯一残る中央の島へ向かうハジメ達。中央の島には、最初に見たマグマのドームはなくなっていて、代わりに漆黒の建造物がその姿を見せていた。

 一見、扉などない唯の長方体に見えるが、壁の一部に毎度同じみの七大迷宮を示す文様が刻まれている場所があった。ハジメ達が、その前に立つと、スっと音もなく壁がスライドし、中に入ることが出来た。ハジメ達が中に入るのと、遂にマグマが中央の島をも呑み込もうと流れ込んできたのは同時だった。再び、スっと音もなく閉まる扉が、流れ込んできたマグマを間一髪でせき止める。

 

 扉はかなりの頑丈さかもしもの事を考えての事かマグマが入ってくる様子はなかった。

 

「ふぃー…間一髪かー」

 

「流石に危なかったね…それよりコウスケあれ」

 

「魔法陣か」

 

 ハジメが指さしたその先には複雑にして精緻な魔法陣があった。神代魔法の魔法陣だ。ハジメ達は互いに頷き合い、その中へ踏み込んだ。

 

(……まただ)

 

 コウスケが魔法陣に乗ると胸に何か温かいものが宿るのを感じた。それはオルクス大迷宮やライセン迷宮で感じた感覚と全く一緒なもので何か目頭が熱くなるような感じさえ覚えた

 

(何なんだろう?)

 

 胸に感じるものはよく分からないが【グリューエン大火山】における神代魔法”空間魔法”はしっかりと継承することはできたようだ。

 ハジメ達が、空間魔法を修得し、魔法陣の輝きが収まっていくと同時に、カコンと音を立てて壁の一部が開き、更に正面の壁に輝く文字が浮き出始めた。

 

“人の未来が 自由な意思のもとにあらんことを 切に願う”

                          “ナイズ・グリューエン”

 

「……シンプルだね」

 

「ああ…なんからしい気がする」

 

 この部屋には生活感がなくかなり殺風景な部屋だ。ただ魔法陣のためだけの部屋。それがこの部屋の感想だった。ユエが解放者の証を取りに行くのをぼんやりとコウスケが見ていると横で肩を貸していてくれたハジメがじっと視線を向けている。

 

「? どうかしたか」

 

「……いや、何でもないよ。それより装備のほとんどが壊れちゃったね」

 

 疑問に思ったコウスケが問いかけるもハジメは何でもないという。話題をそらされたような気がしたがハジメに言われた通り自分の装備を見てみれば確かにいたるところがボロボロだった。傷がないのは風伯ぐらいだろうか。それ以外の装備品は修復をしなければ無さそうだ。

 

「あーよく生き残れたな俺…また装備を作ってもらってもいいかい」

 

「任せておいて」

 

「頼んだ。で、それより脱出はどうするんだ?外はマグマの海だぞ」

 

 今コウスケ達がいるこの部屋は扉によってマグマがせき止められているが、まさかマグマの中を進む訳ではあるまい。そんなコウスケの不安はハジメがニヤリと笑って吹き飛ばす。

 

「大丈夫。実は潜水艇を作ってあるんだ」

 

 ハジメの考える脱出方法とは、今マグマの中にある潜水艇までユエの聖絶を使い障壁に守られながら潜水艇まで行き乗り込んだら後はなるようになれという事だった。

 

「なんて雑で大胆なこと考えるんだ…」

 

「ふふ、人類で初めてマグマの中を進んでいくことになるんだよ僕達」

 

「二度と経験したくない経験だな。それよりユエ魔法の方は大丈夫か?」

 

「ん、問題ない」

 

 本来なら自分も手伝いたいのだが魔力量が安定せず、またマグマにビビって守護が解けてしまうため自分たちの安全はユエに任せっきりになってしまうのだ。その事がコウスケには悔しかった。

 

 ユエが聖絶を三重に重ね掛けをしハジメ達を包んだのを確認するとハジメが扉を開けようとする。コウスケは最後の見納めとばかりに

部屋を見回して気が付いた。

 

「………」

 

 男が部屋の中央に立っていた。髪は赤錆色の短髪で筋肉質の巨躯の男。見たこともない男だった。

 

「…ナ…イズ?」

 

 だがコウスケから口から出てきた言葉は解放者のひとりであるナイズ・グリューエンの名前だった。自分の口から出てきた言葉に驚くコウスケをよそに男は何も語らない。しかしどうしてか男の赤錆色の目は「すまない」と謝っているようだった。

 どうしてそんな目をしているのかわからない。コウスケには全く持って分からないが、大丈夫だというように口角をあげると男は少しだけ微笑む。直後男の姿はマグマの海によって掻き消えてしまった。ハジメが外に通じる扉をあけマグマが部屋に流れ込んできたのだ

 

「さぁ行こう!潜水艇はすぐそこだ!」

 

 わずか一分にも満たない一瞬の出会いだった。コウスケが先ほどの幻影に思いも馳せることもなくすぐにハジメ達が移動する。コウスケも遅れないようにユエに近づきながらもう一度部屋を振り返ったが、部屋はすべてマグマによって満たされ何も分からなくなってしまっていた。

 

 

 

 ユエの障壁に守られながら何とか潜水艇にたどり着き中に入り込むハジメ達。一安心する間もなくマグマの激流で潜水艇がグルングルンと回転する

 

「わっ!?」

「んにゃ!?」

「はぅ!? 痛いですぅ!」

 

「クソが!『安定』!」

 

 やけくそ気味になったコウスケの重力魔法で無理矢理全員が潜水艇で転げ回らないように潜水艇の床に張り付くように安定させる。体制が整っている間にハジメが操縦桿を握りしめる。

 

「さて人類初の溶岩漂流だ!」

 

 気合を叫びながらもハジメが潜水艇をコントロールするがなかなか思うようには進まないらしい。

 

「どうだ南雲!ちゃんと俺たちは進んでいるのか!?」

 

「どうかな!?段々と流されている気がするよ!」

 

「だよな!やっぱりそううまくはいかないんだよな」

 

「大丈夫なるようになるさ」

 

 ハジメは流されているこの状況でもあきらめずに操縦桿を握りしめている。ユエとシアはハジメなら問題ないとばかりにいそいそと席についている。

 マグマの中を突き進む。おそらく人類では到達できない偉業と経験にコウスケは遠い目になりそうなりながらもハジメにこの後の命運を託すのであった

 

 

 

 

 

 




やっとでグリューエン火山は終わり。
次の迷宮から物語が大きく進む予定

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漂流し囲まれる

やっとで投稿です。短いです、でも時間がかかってしょうがないです。
エリセン編は大事なイベントがあるからまったリと進めたいです。



 

 

 

 見渡す限りは穏やかな波の音を響かせる辺り一面黒に染まった海

 

空は雲一つのない夜空で月がぼんやりと光っており、海は荒れることもなくただ静かだった

 

「……」

 

 マグマの激流にのまれた後、都合よく、又は原作通りハジメ達は海の上に何とか到達することができたのだ。しかしそのせいで潜水艇はボロボロになっており、今は広い海を漂流中といった所だろうか。

 

 今は何もすることがなくコウスケは船上の上でぼんやりと夜空と月を眺めている。昼間自分も何か出来ることはないかとハジメに聞いたところ『フリードの戦いのときに極光を受けてボロボロになったんだからおとなしく寝ていろ』とお小言を言われてしまったので体を休めることにしたのだ。

 

 

 波の音が耳に心地よくそのまま眠ってしまいたくなる中、ただ何も考えずコウスケは座っていた。寒くはなくまた暑くもない気温。ただ独りと言うのがどこか寂しく、だが気が楽にもなるという矛盾した気持ちだった。 

 

 「……コウスケ起きてる?」

 

 後ろからハジメの声が聞こえてくる。どうやらハッチを開け船上に出てきたようだ。確かさっきまでは船の修復をすると言って潜水艇の中でいろいろ作業をしていたはずだが、どうやら終わったらしい

 

「んー、起きているよ」

 

「隣良いかな」

 

 返事をせず首だけを動かすとハジメはコウスケの横に座る。

 

「ユエとシアは?」

 

「寝てる」

 

「そっか」

 

 お互い言葉は少なくただ2人でぼんやりと海を眺める。騒動が続いていたからだろうか、いつになくゆったりとした時間だった。

 

「あの時さ、」

 

「ん?」

 

「助けてくれてありがとう」

 

「んーーー???」

 

 隣にいるハジメが海を眺めながらいきなり礼を言ってくるのでコウスケは疑問で首をかしげる。しばし考えてからやっとで気付いた。ハジメは白竜からのレーザーから庇ったことに礼を言っているのだ。

 

「ああ!あの時か!別に礼を言うもんじゃあねえよ。真面目な奴だなぁ~」

 

 手をひらひらさせこともなげに言うコウスケ。自分はできることをやったのだ。改めて礼を言う事ではないし言われるようなことでもない。だがその言葉に何を感じたのか隣のハジメの空気が少し変わった気がした。

 

「…そう。ところで僕が攻撃されるなんてよく気が付いたね。」

 

「そりゃあのままマグマ蛇を倒して終わりだなんて思わなかったからな。おまけに南雲の上あたりで何やら不穏な気配がしていたし」

 

「…コウスケは凄いね。あの時おそらくユエやティオ、未来予測持ちのシアさえも気づかなかったのに予測できたなんて」

 

「はっはっは。そんなに褒めるなよ。何も出ねえぞ?」

 

 ハジメは視線を前に向けたまま外さない。少々気になるコウスケだが、そんな日もあるかと特に気にしない

 

「これから僕たちはどうなるんだろうね。一応次の目的地であるエリセンにたどり着けるようにはしてあるんだけど」

 

「問題ないな。今まで何とかなってたんだ。だから町にたどり着けるさ」

 

「そっか。…ティオはちゃんとアンカジ公国にたどり着けたかな。一応グリューエン火山を抜けたところまでは把握しているけど」

 

「それも大丈夫だな。今頃香織と合流して待ってるんじゃないかな。又はしびれを切らしてミュウをエリセンまで届けようとしているとか」

 

 ハジメの言葉を問題ないと言い切るコウスケ。いきなり海で漂流することになって色々不安に思っているんだろうとコウスケは考えていた。

 

「…そうだね海に出てきたからちょっと考えすぎていたのかも。明日からまたいろいろ動くだろうからコウスケはもう寝たら?後は僕が警戒やら

何やらしておくよ」

 

 ハジメはしばらく考えていたようだが、ふっと息を吐くと苦笑した。顔を見る限り問題はなさそうだ。そろそろ眠たくなってきたコウスケはハジメの言葉に甘えることにした。

 

「ふぁ~なら後はお願いしようかな。お休み南雲」

 

「うん。お休みコウスケ」

 

 コウスケはそのままハッチを開け潜水艇の中へ入っていく。

 

「…随分とこれからのことを確信を持っていうんだね…」

 

 それを見届けたハジメはひとり呟くのだった

 

 

 

 

 朝になった一行は魔力を潜水艇に流し込みながら発進させる。道中の水棲の魔物はユエが魔法で蹴散らしていき時たま休憩と修復をしながら陸地をとらえた。今自分たちがいる場所は大体エリセンの北であると仮定して進んでいく。

 

「んーーーまた魚の丸焼きか」

 

「仕方ないですよぅ。周りが海なんだから自然と材料が決まっちゃいますぅ」

 

「ごめんごめん。シアの料理に文句を言ってるんじゃないからな」

 

「宝物庫があったらね。ほかの食材や調味料があるからいろいろできるんだけど」

 

「…今はティオが持っている。我慢」

 

 昼頃になり、昼食のため潜水艇を止め4人で簡易的な焚火を囲みながら魚を食べる。調理方法はいたってシンプルで串に刺した魚を焚火でじっくり焼き上げるというものだった。串はハジメが錬成で作り、火はコウスケが簡単に用意する。

 

「焼くだけじゃなくて、もっと別の喰い方もしたい」

 

「ん~ならエリセンに付いたら何か色々考えてみるですぅ」

 

「シアは料理ができて羨ましい」

 

「ユエさんもちゃんと上達してますよ?もっと自信をもってください」

 

「ん、頑張る」

 

「女の子同士の友情は尊い。それにしたって景色も変わらないし、何か面白いことも起きない、正直暇でしょうがない。」

 

「まぁまぁ、不満を漏らしたからって何かが起こる事でもないよ」

 

「…フラグ?なんかうさ耳にピーンと来たんですけど」

 

 シアのうさ耳が突如、ピコンッ! と跳ねたかと思うと、忙しなく動き始めた。次いで、ハジメも「ん?」と何かの気配を感じたようだ

 直後、潜水艇を囲むようにして、先が三股になっている槍を突き出した複数の人が、ザバッ! と音を立てて海の中から一斉に現れた。数は、二十人ほど。その誰もが、エメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を付けていた。どう見ても、海人族の集団だ。彼らの目はいずれも、警戒心に溢れ剣呑に細められている。

 

 そのうちの一人が槍を構え問いかけてくる。

 

「お前達は何者だ? なぜ、ここにいる? その乗っているものは何だ?」

 

 コウスケはその質問に答えようとしたが少々困ってしまった。なにせ今、魚を頬張っていたのだ。質問には答えたい、しかし今口に物を含んだ状態でしゃべるのは流石にマナー違反だと思う。しかし喋らなければ剣呑な雰囲気になり怪我をさせてしまうかもしれない。

 

 目の前の状況にすぐに対応しようとした結果、出した結論はさっさと食べて平和的に話をしようと言う考えに至った。

 

「ムグォ!?」

 

「「「!?」」」」

 

 話そうとするコウスケ。しかしここで予想だにしないことが起こった。慌ててしまったのか魚肉がコウスケの喉で詰まってしまったのだ。涙目になり顔をがみるみる青くなるコウスケ。異変に察知したのかシアが容赦なくコウスケの背中をたたく。

 

「コウスケさん!しっかりしてください!」

 

ドン!ドンドン!ドドドドドド!!!!

 

「オグッ!エグッ!ま、待ってくれシア…オロロロロロロロロ!!」

 

 シアに背中をたたかれ食べていたものを海に垂れ流し魚に餌をまくコウスケ。目の前で起こる男が美少女に叩かれているという状況に困惑し、また海を漂う吐しゃ物にドン引きする魚人族。ドンナ―に手を伸ばしつつも呆れた目を向けるハジメ。コップに水をもってスタンバイするユエ。

 

 非常にカオスな状況だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~酷い目に遭った」

 

 口元をぬぐいながらやっとで食べたものを吐き出したコウスケ。まだ口の中が酸っぱい感じがするが不満は言ってられないだろう。辺りを見回すと質問してきた魚人族の男以外は少し離れていた。

 

「それでお前たちは何なのだ」

 

 目の前で吐き続けたコウスケに完全に毒気を抜けたのか先ほどから比べて投げやり気味に聞いてくる魚人族。剣呑な空気にはならずに済みそうだとコウスケはホッとし、自分たちのことを説明する。ちなみにハジメは対応をコウスケに任せるようで呑気に魚を食べていた。

 

「かくがくしかじか、という訳なんですよ」

 

「にわかには信じられんな」

 

「ですよねーうーんミュウが居れば話は早いんですけど」

 

 コウスケの説明に疑惑の目を浮かべる魚人族に苦笑いを浮かべるコウスケ。確かに得体の知れないものに乗りながら魚人族の領域にいるのは怪しいだろう。しかしこのままではらちが明かない。

 

「ともかく俺たちの言ってることが本当かどうかも証明するためにも取りあえずエリセンまで案内してくれませんか」

 

「…良いだろう。ただし妙な真似はするな」

 

「了解です」

 

 結果、魚人族に囲まれながらもエリセンまで移動することになったハジメ達。一応警戒されているが先ほどのコウスケのファインプレー?によってミュウをさらった犯人ではなさそうだと思われているようだ。

 

 そうして海の上を走ること数時間、

 

「あっ 見えてきましたよ! 町ですぅ! やっと人のいる場所ですよぉ!」

 

「すげぇ、海に浮かぶ街が本当にあるなんて」

 

「本当だ、なんか海の上に浮かぶってロマンがあって良いよね」

 

 エリセンに感動するコウスケに苦笑しながらハジメは開いてる場所に潜水艇を停泊させる。とここで完全武装した海人族と人間の兵士が詰めかけてきた。魚人族の男が事情を説明するためになにやら会話をしているのですることもなく待っているハジメ達。

 

「暇だな」

 

「暇だね」

 

「お二人とも緊張感がないですねー…ん?今何か」

 

 やることもなくぼんやりしていた2人にシアが苦笑していると一瞬影が差した。なんだろうと上を見てシアが焦った声を出す。

 

「2人とも上も見てください!」

 

「ん?上?」

 

 シアにつられて上を見ればそこにいたのは黒い色をした大きな竜が町の上を通過したところだった。黒い竜は町から離れたところにザッパンッッ!!と大きな音を立て着水する。周りのエリセンの住人たちは大きくどよめきうろたえるがハジメ達は驚かなかった。

 

「意外と再会は早かったね」

 

「そんなもんだ。取りあえずこれからちょっと忙しくなるかもな」

 

 こちらに向かって進んでくる黒龍…ティオと遠くからハジメたちの姿が見えたのか大きく手を振るミュウにはしゃぐミュウを落ちないように支えている香織を見ながらそんな事を呟くハジメとコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




特に必要ないところはどんどん省いていきます

この頃気晴らしの短編が楽しいです。マズいです


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何も言えない

 必要のないところはダイジェストします。その方がスランプにならずに済みそうです

 後半力尽きてかなり適当です。後々修正するかもです


 

 

 

「んで、俺達はどうしてここにいるんだ?」

 

 現在コウスケとハジメは宿の一室にいた。ティオ達と合流した後、警備隊の隊長と話をし、自分たちが金ランクの冒険者であること、ミュウと言う海人族の少女の保護をして街に届けに来たことを説明した。その後、納得がいった兵士や警備隊の人達と共にミュウの母親のところまで生き無事親子は感動の再会となった。

 

 ミュウの母親は、脚に酷い怪我を負っていた。ミュウとはぐれて捜索しているとき誘拐していた男たちによって怪我を負ってしまったのだ。しかしその怪我は香織の治癒魔法とコウスケの快活によって後遺症もなく完治した。

 

 怪我が治り娘を助けてくれた礼としてミュウの母親は宿代わりとして自分の家を使うように提案してきたが、ハジメはこれを拒否。ミュウが悲しそうな顔をするもハジメは意見を覆すことはなく、仕方なく女性陣がミュウの家で宿泊し、ハジメとコウスケは宿に泊まることになった。

 

 そして今に至る

 

「正直な話、夕食に招待されるとかならともかく未亡人の家に男が泊まるのはどうなのかなと思ったんだよ」

 

「あーなるほどな、在らぬ噂が立てられると嫌だしな」

 

 ミュウの母親はかなり整った容姿をしていたし、町の人たちからも心配されている様子を見たうえで流石に同じ家の下で眠るのは勘弁してほしい。なるほどなるほどとコウスケは頷く。

 

「それに…」

「それに?」

「一緒にいると別れがつらくなる」

「あー」

「情が湧いて、悲しい気持ちになるよりもあっさりさっぱりと別れをした方が良いと思ったんだ」

「一理ある、あんまり一緒にいると別れる時が無茶苦茶大変だ」

「そういう事」

 

 一緒に居続けると別れは辛くなる。なるほど確かにその通りだと考えたところでハジメが真剣な声を出す

 

「さて、ミュウの事はそれでいいとして、本題に入るよ」

 

「本題?」

 

「メルジーネ海底遺跡の事」

 

「なーるほど」

 

 次に向かう大迷宮は海の底にあるとハジメはミレディから言われている。場所は分からず月とグリューエン火山で手に入れたペンダントを使えば分かるらしい

 

「正直これだけでは分からなくてね、コウスケの意見を聞こうと思って」

 

「ふむ」

 

 ハジメからペンダントを受け取りしばし考え込むコウスケ。原作ではどうだったかを思い出すのは中々一苦労だった。

 何せ原作を見たのは何年も前だし、この世界に来てからは怒涛の如く色々なことがあったため日本のことが少々思い出せなくなっている。ついでに言えば序盤はしっかりと見ていたが、中盤になるにつれて流れが好みではなくなり斜め読みをしていたのが多数あったのだ。

 

「んーーやっぱり月ってことだから夜にペンダントの空いている部分から月を見ろってことじゃないの」

 

「……へぇ、そしてその後は?」

 

「海底に隠されている迷宮の扉が開かれる…かな」

 

「そっか、ありがとうコウスケ」

 

 コウスケはそこで俯いていた顔をあげハジメの顔を見る。その表情は何かを言いたそうな顔だった。 

 

「どったの?ヘンな顔をして」

 

「…そんな顔をしている?」

 

「おう、何か言いたそうな顔だ」

 

「…………じゃあ聞いてもいい?」

 

「なんぞ?」

 

「僕に何か隠し事していない?」

 

「……ぇ」

 

「ずっと気になっていたんだ。何時かな、ずっと前…オスカーの迷宮の時からかな。コウスケは僕とユエが2人でいると複雑そうな顔をしていたんだ。最初は何かなと思ったんだけど、あのグリューエン火山での事で思う事があったんだ」

 

「…そ、それは」

 

「言いたくないのなら構わない、もしかしたら言えないことなのかもしれない、言ってはいけないことなのかもしれない」

 

「……」

 

「でも僕は、それで構わない。話さなくてもいい。だけど覚えていて欲しいんだ」

 

「…何を?」

 

「僕は君の味方だ。たとえ何を隠していても、どんな事情があるにせよ。僕は君の味方なんだ」

 

「南雲…」

 

「ごめん、少し話しすぎたね。明日一日使って準備をしたらメルジーネ海底遺跡に向かうから」

 

「ああ、分かった」

 

「それじゃ、お休みコウスケ」

 

「…お休み南雲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもよ、いくら味方してくれるって言っても…本当のことを話したら、お前はどうするんだ…」

 

 

 

 

 




時間さえあれば…

ともかくメルジーネ海底遺跡編、始まり始まり―(内容はどんどん端折っていきますけど)


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メルジーネ海底遺跡

 

 

「けほっ、けほっ、うっ」

 

「大丈夫?息できる?」

 

「はい…なんとか大丈夫です…ほかの皆は…」

 

「見たところ周りにはいない。どうやらはぐれたみたいだね」

 

 ふぃーと息を吐くコウスケ。周りは真っ白な砂浜と木々が青々と茂った雑木林ぐらいしかない。未だにむせて何とか息を整えようとしている香織を心配そうに見ながら気配感知を使うがやはり周りには自分たち2人しかいない。

 

(やれやれ、どうしてこうなっちまったかなー)

 

 頭上に広がる水面の揺らぎをぼんやりと見つめながらどうして自分と香織2人だけになってしまったかを振り返ることにした。

 

 

 

 

 

 

 時はさかのぼり、メルジーネ海底遺跡入り口にて

 

 

「じめっとして暗くて磯のにおいがきつい場所ですぅ~おまけに足が海水のせいでびちゃびちゃですぅ~」

 

「仕方ないだろう、海底の中なんだから。それよりシアもっと近づかないとあぶねえぞ」

 

 守護を使い一行を守りながら、シアの愚痴に応えるコウスケ。ハジメ達は【海上の町エリセン】から西北西に約三百キロメートルの海底の中にあるメルジーネ海底遺跡の中にいた。

 大迷宮に付いて早々頭上から降ってきたレーザーの様な水流をコウスケが守護で難なく防御し、探索しているのだ。

 

「ふむ、やはり水棲の魔物には思ったより火がよく効くのぅ」

 

「焼きフジツボってか?俺、魚介類は喰いたくないなー」

 

 コウスケが守っている間にティオがさっさと火の魔法を使い魔物を殲滅していく。コウスケが守り、他の者が攻撃する。グリューエン火山では今一だった事がこの迷宮では問題なくできる。その事にコウスケはホッとする。最も気がかりなこともあるのだが…

 

「…コウスケさん?また何か考え事ですか?眉間にしわが寄ってます」

 

「む?そんな顔をしていたのか俺」

 

「うむ。それにわずかにじゃがハジメと香織から距離を取っているじゃろ」

 

「…マジか、そんなに分かりやすいのかよ」

 

 どうやら、ハジメと香織から距離を取っていたのがばれてしまったらしい。理由は言わずもがなハジメは先日の件で顔が合わせづらい事と、香織はやはりほかの皆と比べどこかよそよそしく感じてしまう事だった。

 

 仕方のないことではある。ハジメについては、原作と言う物がありずっと黙っていたことだ。どこかでぼろが出ていたのかもしれない。香織についても同様、自分が気付けない何かのミスを犯して感づかれたのかもしれない。

 

(仕方ない仕方ない、っていつまで俺は気を使わないといけないんだろう。そもそもずっと黙っているべきなのか?話すべきなのか?…俺はどうすればいいんだ)

 

 どうすればいいのかわからない、考えても思いつかず、解決策は浮かばない。そんな答えのない悩みに嵌ってしまったせいなのか、気が付いたらゼリー型の魔物に襲われるのを守護で防いでいるという状況になっていた。

 

(アレ?俺いつの間に考えながら戦闘できるように……まぁいいか、別に辛くねぇし、命の危険もなさそうだし、こんな魔物より南雲と香織についての方がよっぽど強敵だ)

 

 疑問に思うが思いのほか体に負担はない。気付いてはいないがもしかしたら今の自分は迷宮の事よりも仲間たちについての方が手ごわく厄介に感じているかもしれない。そんな馬鹿なことを考えつつも守護の魔力は緩めない。

 

 立ち止まっていた応戦していた部屋の全体を覆うように襲ってくるゼリー状の魔物。その触手はコウスケの守護によってふさがれ、ユエとティオが火の魔法で奮闘し、ハジメの火炎放射器がうなりを上げている。しかしじりじりと追い詰められそうになった時、ハジメが打開策を見つけた。

 

「皆、一度体勢を立て直そう。地面の下に空間がある。お互いカバーできるように準備をして!」

 

 ハジメの声に全員が答え、覚悟を決めた。その言葉通り腰まであった海水が一気に増し全員が海水に足を取られハジメが錬成でこじ開けた空間の中に飲み込まれていく。

 

 そのまま激流に流されていく中、偶々目の前に香織が流されるのが目に入り何とか手をつかみ、そのままハジメと合流しようとしたが力及ばず

一緒に流されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 そして現在に至る

 

(本当だったら確か南雲がここで香織と一緒にいるんだっけ?なんだか悪いことしちゃったな)

 

 徐々に息を整えつつある香織を見ながらそんな事を思うコウスケ。本来の流れだったらハジメと香織が一緒に流されて仲が良くなる?筈だったのに、関係のない自分と一緒だったことに変な申し訳なさを感じる。

 

「取りあえず、着替えようか、南雲から宝物庫(小)を渡されていることだし」

 

「…はい。あの?」

 

「ん?どうしたの?もしかして失くしちゃった?」

 

「いえちゃんと持っています。着替えるので、その…」

 

「おっとコイツは失礼」

 

 濡れて服が肌に張り付いている香織が至極当然のことを言うので、配慮が足りなかったかと頭をかきながら視線を外すコウスケ。後ろの方で香織は着替えている間に、自分も宝物庫(小)にある荷物で簡単な準備を済ませていく。ちなみにこの宝物庫(小)はハジメが空間魔法と生成魔法やらを苦心しながら作った簡易的な宝物庫である。広さは小さな家庭用倉庫ぐらいだが、いつでも荷物を取り出せるのは中々使い勝手がいい。

 

 

 

 

 

「…皆はどこに行ったんでしょう」

 

「うーんバラバラになっちゃったからねー。まぁ最深部に向かっていけば合流できるでしょ。みんな強いんだし」

 

 お互い準備を済ませた後、遠くにある密林を目指し歩き始める。歩いている間はコウスケが守護を使い万が一の不意打ちを警戒する。魔物に後れを取る気はさらさらないが、今の自分はどうにも不注意が多い。念に越したことはなかった

 

「………」

 

「………」

 

 おまけに自分の後ろを歩く香織の視線が妙に気になるのだ。辺りを警戒している様子はうかがえるもののどうしてか、視線は意識は自分に向けられているような気がする。今は2人しかいないこの状態でこの奇妙な空気になるのはいただけない。

 密林を抜け、岩石地帯に漂流する船の墓場に付いたとき意を決してコウスケは香織に聞くとにした。

 

「ねぇ香織ちゃん」

 

「はい?」

 

「なんか、そのさ、俺に言いたいことでもあるの?」

 

「…それは」

 

「言いにくいことなら無理して言わなくてもいいよ。なんか気になっちゃってさゴメンね」

 

 コウスケの質問に良い澱む香織。何か言いにくいことなのだろうかと気にはなりつつもコウスケはあくまで無理に聞こうとは思わなった。 

 一度顔を手ではたいて気を取り直す。今は自分がこの状況をどうにかしなければいけない。ほかの事に気を取られないようにコウスケは今一度気合を入れなおす。

 

「よし、それじゃ気を付けて行こう。はぐれないようにね」

 

「…はい。よろしくお願いします。その、コウスケさん」

 

「ん?」

 

「あとで教えてほしいことがあるんです」

 

「ふむ?今じゃダメなの?」

 

「どう言えば良いのか私にも上手く整理出来なくて…ごめんなさい」

 

「ううん、謝らなくても大丈夫だよ」

 

 『教えてほしいことがある』その言葉にコウスケの心臓がドキリと跳ね上がった。香織の顔は今までに見たことがなく固く、真剣さがある。

 決して冗談やふざけた無い様ではないのが目で見えて分かる。表面上は笑っているコウスケだが内心では今にも逃げ出したくて仕方がなかった。

 

 

 

 墓場となっている船の間を難なく進む2人。コウスケにとって意外なのは香織は割と器用にすいすいと歩きにくい岩や傾いた船の上を進んでいくのだ。自分の中では割と後衛職だから動くのは苦手なのかなぁーと考えていた所に香織の身体能力の良さは嬉しい誤算だった。

 

「ハジメくんやコウスケさんが見ていないところでシアから体の動かし方を教わっているんです。ほかにも魔法の事はティオに、敵や魔物の対処の仕方はユエに、それぞれ教わっているんです」

 

 という事らしい。女の子の努力ってすごいなと思いつつも

 

(さっきから口調が固い。空気が重い。なんか避けられている感が凄い。泣きたい)

 

 そんな事を思うコウスケ。もし今ここにいるのがハジメだったら、ふざけあいながら気楽に船の探索ができているはずだったのに。

 

(あ、今は気まずいからちょっと無理っぽい。…なんだか最近気の揉む様なことばかりだ。はぁー)

 

 最近の事を思い少しナーバスになるコウスケ。そんな感じで気まずいながらも思ったより順調に船の墓場のちょうど中腹まで来た辺りだった。

 

 

――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 

――ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

「コウスケさん! 周りに何かが!」

 

「ッチ!いきなりだなオイ!」

 

 突然、大勢の人間の雄叫びが聞こえたかと思うと、周囲の風景がぐにゃりと歪み始めた。驚く暇もなく風景の歪みは一層激しくなり――気が付けば、コウスケ達は大海原の上に浮かぶ船の甲板に立っていた。

 

「これは…幻覚?」

 

「やべぇな…行こう!このままここに突っ立ていると巻き込まれそうだ!」

 

 すぐに何が起こるかを思い出し、香織の手を引きながら、その場から離れることにする。

 

(そうだった!ここの迷宮は過去の異教戦争の光景を見せてくるものだった。しかも実体付きで!)

 

 コウスケは原作で何が起こっていたかをすぐに思い出し、振り返りもせず跳躍を駆使し船の上にある物見台にたどり着く。ハジメの様に空中を駆ける技能はないが足場がある場所を走り回るのはコウスケでもなんとかなるのだ。

 

「いったい何が起こって…」

 

「恐らく過去の戦争を魔力で再生しているんだろう。しかも実体付きで。」

 

 コウスケの言葉に香織は下に群がるものを見る。そこにいたのは狂気に彩られた兵士がそこにいた。

 

「全ては神の御為にぃ!」

 

「エヒト様ぁ! 万歳ぃ!」

 

「異教徒めぇ! 我が神の為に死ねぇ!」

 

 そこにあったのは狂気だ。血走った眼に、唾液を撒き散らしながら絶叫を上げる口元。まともに見れたものではない。香織はその顔を見てブルリと体を震わせた。

 

「っ!?…どうやってここから脱出できるんだろう…」

 

「この手の物は大体が全部ぶちのめせば終わるもんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「って南雲なら言いそうだなって思って」

 

 おどけるように肩を竦めるコウスケに真っ青になり強張っていた香織の顔がわずかに緩む。流石に今まで生きていて人間の狂乱した姿は見たことがなかったのだろう。やはり恐怖心があったようだ。

 

「さてと、それじゃあ俺はこのまま下に降りて無双してくるから、香織ちゃんはここにいて」

 

「そんな!コウスケさんの説明通りだったら普通の武器では効かないんじゃ…」

 

「それは大丈夫!」

 

 香織の心配を見越してコウスケは宝物庫から棒状のものを取り出す。首をかしげる香織にはコウスケは悪戯っぽく笑うと棒状のものに魔力を込める。

 

ブォン!

 

 そんな音に棒状のものから出てきたのは青い刀身だった。

 

「あれ?これってライト○ーバー?」

 

「一応正解。本当は○ットセイバーっぽくしてほしかったんだけど…俺の魔力光は青色だからな…っと、ともかくこれは、南雲に作ってもらった武器でさ、刀身が魔力でできているんだ。だからこんな時にはかなり大助かりさ」

 

 本来なら風伯に魔力を纏わせれば問題ないし、ネタ武器と言ってしまえばそれまでだが、せっかく有効活用できる場面ができたのだ。大いに振るう事にする。そんな新しい武器のワクワク感に喜んでいるコウスケに香織が注意を呼びかける。

 

「コウスケさん、それでも油断は禁物です、怪我をしたらすぐに戻ってきてください」

 

「大丈夫だと思うんだけどなーそうだ、どうせなら香織ちゃんも攻撃に参加して。回復魔法もここでは強力な武器になるはずだから」

 

 コウスケの言葉に疑問を持った香織は試しに下にいる喚きちらし、気味が悪い兵士たちに回復魔法を掛けると光の粒子になっていくのが分かった。その様子にコウスケはニッと笑うと一気に下まで降り着地と同時に光子剣を振りぬき兵士たちを真っ二つにする。

 

「いいねぇこの鋭さ 流石は南雲だ、いい仕事をする」

 

 雄たけびをあげ突っ込んでくる兵士たちを難なく切り裂きながら、光子剣の威力に感激するコウスケ。肉厚のため程よい重さの風伯を振るうのも好きだが、軽い光子剣を振り回すのまた楽しい。

 

 遠くにいる敵には光子剣に魔力を注ぎ刀身を伸ばして切り裂き、香織にヘイトが向かないよう誘光で自分に敵意を向けさせる。この頃ストレスがたまる一方だったコウスケにとっては、数で攻めまくる兵士はまさしく息抜きの道具と化していた。

 

 

 

 

 

「ハッハァー――!!いいねぇいいねぇ!!さぁもっとだ!もっと来い!」

 

 暫くの間、狂喜の声をあげクルクルと独楽の様に回りながら切り裂き回っていたのだが、なぜかまだ切って居ない筈の兵士たちが光を出し消えていくのが見えた。あれれーと思い見上げてみれば物見台で香織が超広範囲型の回復魔法を唱え終わっていたところだった。

 

「…まいっか、お楽しみはこれからって言うからな」

 

 少々の暴れたりなさを感じたが、我慢し香織のもとへ行くコウスケ。気が付けば風景はいつの間にか船の墓場へと戻っており兵士の大軍は消えていた、気が付かぬうちにあらかたの大軍を倒してしまったのかと残念がりながら香織のそばまで行くと、そこには魔力を大量に枯渇して座り込んでいる香織がいた。

 

 

「あーっと大丈夫?これ飲める?」

 

 自分の宝物庫からスポーツドリンクを差し出すコウスケ。自分の水魔法と砂糖を適当に混ぜ合わせていたらできてしまった、日本で言うところのポカ○スエット味の飲料水だ。香織は苦しそうにしながらも一気に飲み干すと一息をつく。そのままコウスケは快活をかけ香織の調子が整うよう介抱する。

 

「…ありがとうございます。もう大丈夫です」

 

「そうかい。でももうちょっとだけ休むとしよう。俺もつかれたし慌てて進んでもよくはないからね」

 

 香織そばに座り込み、自分も休憩するというコウスケ。実は全く持って疲れてはおらずまだまだ暴れたいのだが流石に人を切っててテンションが上がったとも言えず嘘をつくことにしたのだ。

 

「コウスケさんは…その平気なんですか?あんな狂った人たちを見て」

 

「んーどうだろ?なんとも思わなかったかなー寧ろ、自分が正しいと思っている奴らを切り捨てることができて楽しかっ……ごめん」

 

 話している最中に自分の異常さに気付き口を紡ぐコウスケ。嫌にテンションが上がっているのか今は迂闊なことを言ってしまいそうだ。現に香織の警戒が強まった気がする

 

「まぁともかく色々あってなんか慣れちゃったっぽいんだ」

 

「…そうですか」

 

 そのまま香織は黙り込んでしまう。コウスケも何も言えず取りあえず体を休めることにする。周囲に敵の気配はなくとても静かだった。

 

 

 

 

「コウスケさん。あなたは優しい人なんですね」

 

 休憩をして10分ぐらいだろうか、突然香織は確信を持ったようにそんな事を言い出した。あまりに突然だったので面食らってしまったが、香織はとても真剣で口を挟むことがコウスケにはできない

 

「いつもハジメ君と気楽に楽しそうにおしゃべりをして、ユエにからかわれて反撃しても壊れ物を扱うように優しくて、シアと一緒にはしゃいでハジメ君に怒られても屈託なく笑って、ティオに砕けた喋り方でも年上の女性として接してて、さっきからずっと警戒している私にも気にかけていてくれて」

 

 香織の目はコウスケの目をとらえて離さない。ザワリと心が騒ぐ。『この後の言葉を聞いてはならない』『彼女の口をふさげそうしないと手遅れになる』と、しかしコウスケはその衝動を我慢する

 

「コウスケさん、あなたは本当に優しい人。それはまだ付き合いが短い私でもわかる事なの。でも、それでもずっと疑問に思っていたことがあるの」

 

 香織の口調が砕けた言い方になる。それは一体何故なのか、信頼しようとする心の表れなのか、それとも…

 

「助けられた時から…ううん。ずっと前、ハジメ君とコウスケさんが奈落に落ちてその夢を見ていた時からずっと違和感…疑問に思ったことがあるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして貴方は、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 



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どうして知っているの?

香織ちゃんの口調がおかしい気がします
始まりのところもっとうまく表現することができればと考えてしまいます


 

 

「私達が召喚されたとき、あの時コウスケさんも一緒に召喚されたというのなら可笑しいことがあるの」

 

「貴方は天之河君の事を知らないはずなのにどうして天之河君が言いそうな言葉を言うことができたの?」

 

 香織はずっと疑問だった。コウスケは召喚されたときから天之河光輝の身体だったという。きっと本当なのだろう。しかしここで疑問が起きる。

 自分が誰になっているかをよく知らない筈なのになんでこの世界を救うなんて光輝が言いそうな言葉を何故言い切る事が出来たのか。

 

「変だなと思ったの。もしあなたの言う事が本当ならなんで召喚されてよくわかっていない状況のはずなのに天之河君が正義感が強い男の子だと知っていたの?どうして、私と雫ちゃん坂上君と天之河君が親しいと知っているの?何でクラスの皆をまとめるような男の子だと知っているの?」

 

「貴方は天之河君と出会っていないのにどうして性格や、行動を真似することができたの?」

 

 

 

 

 

 

 香織の怒涛な疑問にコウスケは何も答えることはできない。確かにその通りだったからだ。自分は天之河光輝を知らないという前提で行動していたはずが今になって香織から疑問に思われてしまった。どうして知っているのかと

 

(…確かに知らない人間をすぐに真似できるなんておかしいよな)

 

 思えば召喚された直後から、何とか天之河光輝の演技をしてなぜかばれないことに安堵をしていたのだ。まさか中身が違うという事に誰も気づかないだろうと慢心をして。その結果がこれだ。 

 

(前どこかで見かけたから真似することができたとか言ってみるか?…駄目だなすぐにばれる)

 

 いくつかのその場しのぎの嘘を思いつくことも出来はするのだが…正直コウスケは疲れていた。

 

(……いつまで隠し事をすればいいんだろう。誤魔化すのか?俺を信じようとしているこの娘の気持ちを無視して?……ははは、もう…どうでもいいや)

 

「はぁーーーーーー」

 

 深い深いため息が出てきた。コウスケは疲れてしまったのだ。いつまでも嘘をつくという事、隠し事をしているという事、何より仲間だと思ってくれている皆に対しての罪悪感が限界に達してしまったのだ

 

「…コウスケさん?」

 

「そうだね、確かにおかしいよね。俺は天之河光輝を知らないはずなのに性格や行動、言動何もかも真似できるのは流石に変だよね」

 

「…ならどうして」

 

「説明したいけど…ごめん、この事を最初に言うのは君じゃない。南雲に話すのがスジなんだ」

 

「スジ?」

 

「うん。だって始まりからずっと俺は南雲に隠していたから、だからアイツにすべての事を話したいんだ」

 

 思えばハジメが奈落に落ちると知ったうえでオルクス迷宮に行ったのだ。あの時無理やりにでもハジメを待機させておけばハジメは酷い目に遭わなかったはずだ。何が起きるかを知っていたのに何も言わなかった。ずっと黙って隠して知らないふりをして。

 

「疑問に思うだろうし、怪しく見えるかもしれない、でも今だけは何も言わないでくれないか」

 

「…ちゃんとハジメ君に説明をしてくれるなら」

 

「ありがとう」

 

 気まずい雰囲気ながらもコウスケは香織を促し、一番遠くに鎮座する最大級の帆船へと歩みを進める。

 

(…潮時って奴なのかな…)

 

 ハジメに対してどう切り出せばいいのかという悩み、言った所でハジメはどうするのかという不安ともしかしたら別れないといけないのかと言う寂しさと肩の荷が下りる一株の開放感、そしてそのすべてを上回る恐怖を心の中に押しとどめながらコウスケは前に歩むしかできなかった。

 

 

 

 

「もう知っているかもしれないけどメルジーネ海底迷宮のコンセプトは『狂信者の末路』又は『神の凄惨さ』だ」

 

 今まで見てきた中でひときわ目立つ豪華な客船を見ながらコウスケは口を開く。

 

「そういえば、さっきの人たちも確かに神の名のもとにって叫びながら殺し合いをしていた…」

 

「そう、だからこの中も同じように殺戮と狂気が蔓延している。だから心の準備をする事。OK?」

 

「うん分かった。そういうコウスケさんは平気なの?」

 

「俺か?どうにもそこら辺壊れちゃったみたいで特に何も感じないんだよなぁ。寧ろ血沸くっていうか…」

 

 香織との雑談をしながらもコウスケはこの先に起こることを説明する。知らないふりをするの疲れたし、何より香織に対して遠慮をするのが面倒になったのだ。もしくは一種の逃避の様なものか。

 

「まぁいいや、とりあえず上がるとしよう。戦闘準備はしなくていいよ。最初はただパーティーをしているだけだから」

 

 とにかくコウスケはこの迷宮で起こることを説明するように話をする。そのコウスケに香織は何も言わない。先ほどハジメに説明するという言葉を信じてくれているという事だろうとコウスケは考える

 

 香織を抱え足に力を籠め一気に跳躍し豪華客船の最上部にあるテラスへと降り立つ。するとコウスケの言葉通り周囲の空間がゆがみ、周囲は光に溢れキラキラと輝き、甲板には様々な飾り付けと立食式の料理が所狭しと並んでいて、多くの人々が豪華な料理を片手に楽しげに談笑をしていた。

 

「…本当に変わった…」

 

「でしょ?それにしても知っていたとはいえ、想像以上の豪華さだな~なんだかお腹が空いてきた」

 

 香織は言われていたとは言え言葉通りに変わったことに驚き、コウスケは自分の想像以上の華やかさに驚いていた。

 

 運ばれる料理やテーブルの上にある料理に目を奪われる。匂いはしないとはいえ、ご馳走が並ぶのは目に毒だ。

 

「このパーティはいったい何のために…」

 

「終戦を祝うための物らしい。最も全部無駄なことなんだけどさ」

 

「無駄なこと?」

 

 香織の目の前にいるすべての人間はとても楽しそうであり心の底から幸せそうでもある。その人達は人間族だと思っていたがよく見れば亜人族や魔人族もいる。その誰もが、種族の区別なく談笑をしていた。

 

「こんなに皆が誰分け隔てなく幸せそうなのに、無駄に終わるって…」

 

「徒労。又は意味のないことかな?あ~どいつもこいつも神様の玩具と言えば種族関係ないか。そういうところはやけに平等なんだよね~」

 

 コウスケは香織に説明しながら力なく笑っている。それが香織には泣いているように見えた。

 

「コウスケさん。この後一体何が」

 

「んーそろそろグロ注意かな。一応覚悟しておいて」

 

 香織の質問に答えながら、壇上に登り始める初老の男…正確に言えばその傍に控えているフードの人物に目を向ける。

 

(……あれ?思ったより背が低い?)

 

 フードの人物が誰なのかをコウスケは知っている。知ってはいるのだが…想像よりも背が低かった。もっと長身な人物だと思っていたのだが、香織より少し小さいかもしれない。

 

(まぁいいか。どうせそこまで注意を払うもんじゃないし)

 

 コウスケが考えている間に初老の男の演説が始まった。演説の内容は特に面白みのないものだ。戦争が和平と言う形で

終戦で来たことを人々に感謝しねぎらうかのような話で、この後の事を知っているコウスケには実に詰まらないものだった

 

 

 

 その後に起きたことを説明するのならば、演説していた男の号令でいきなり殺戮が始まったという話だろうか。

混乱する亜人族や魔人族の人たちに対して剣を振るうやら魔法を放つなどで一方的な展開だった。先ほどまで華やかなパーティーはすぐに血と内臓と人の腕や首が転がるスプラッタ劇場に早変わりしていた。

 

「…ぅ」

 

「平気?我慢するぐらいなら吐いた方が楽になるよ。これからもっとえぐい船内に入るんだから」

 

 覚悟はしていたとは言え香織の表情は青い。コウスケが心配するも香織は首を振り自分は大丈夫だと目で訴えてきた。

 

 景色はいつの間にか元の朽ちた豪華客船に早変わりし、先ほどまでの異様な光景はみじんもない

 

「それじゃさっさと船内に入ろうか。そうだ、ちゃんと気はしっかりと持ってよ?この先にいるのは亡霊がほとんどで意識を失ったら、体を乗っ取られるから」

 

「……」

 

「どうして詳しいって?そりゃもちろん知っているからだよ。と言っても何が起きるかを知っているだけで道案内は期待しないでほしいんだけど」

 

 コウスケは力なく笑うとカンテラを腰につけ(ハジメ作の錬成カンテラ。中々かっこいい)船内の扉を開ける。香織は何も言わずただその背に追う。

 

 船内は、完全に闇に閉ざされていた。外は明るいので、朽ちた木の隙間から光が差し込んでいてもおかしくないのだが、何故か、全く光が届いていない。コウスケのカンテラが辺りを照らす中2人の足音だけが響き渡る。

 

「…さっきのは人族の人がほかの種族の人を裏切ったってことなのかな」

 

「さぁどうだろ。これっぽちも興味がないからなぁ。元からだったのか、神に頭をいじくりまわされたのか、おそらく後者かな?どうでもいいけど日本人である俺達にとっては神を信仰するっていうのはよくわからないんだよね」

 

「…うん。イシュタルさんみたいなのはちょっと引いちゃうよね」

 

 暗い船内をコウスケが先導しながら香織と雑談をする。時折亡霊やら幽霊が現れるが光子剣で遠慮なく切り捨てていく。もはやコウスケにとってここに敵はいなかった。

 

「…ゴメンね」

 

「え?」

 

「本当ならここは君と南雲が一緒に行動する場所だったんだけどねー俺がその役目を奪っちゃった。本当にごめんね。好きな男の子と2人になるタイミングを俺が壊しちゃった」

 

「コウスケさん?」

 

「うーん、この埋め合わせはいつかするけど…失敗したな、幽霊船に男女2人がいるって最高のタイミングなのになんで俺がいるんだろうっな!」

 

 ブツブツ呟きながらコウスケは歩く。かと思たったら急に光子剣を天井に向けて突き刺す。香織が上を向くとそこには光子剣に顔面を突き刺されている髪の長い女がいた。

 

「っひ」

 

「まったく。これじゃホラーじゃなくてただのB級スプラッタ映画だ。俺的にはバイオハザードの様な奴よりも静かに恐怖させるようなホラー物の方が怖いんだけど…これじゃ怖がることもできないな」

 

 肩をすくめやれやれと思うコウスケ。この幽霊船に出てくる亡霊は光子剣や魔力で全て対処できるというのが、恐怖感をなくしている。対処ができない、どうすることもできないというのが幽霊の強みだというのにこれではただのお化け屋敷だ。

 

 結局、船倉についても特に苦労することもなく、倉庫の一番奥にある魔法陣についてしまった。

 

「もう着いたの?」

 

「これで終わり。結局何が来るか知っていれば対処は簡単だって話か」

 

 ここにコウスケの敵はいなかった。しかしこれからが本当の意味での本番だ。先に行けば必ずハジメと合流する。何を言えばいいのか、どうすればいいのか、何もわからない、しかしいつか来る時が今日来ただけだ。

 

(…行くんだ。アイツに会いに、本当の事を話すんだ)

 

 どうしようもない不安と恐怖で振る手を握りめ、コウスケは魔法陣の中へ進んでいくのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これから先戦闘描写は少なくなります
それよりも会話が多くなります


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海底遺跡最深部

 淡い光が海面を照らし、それが天井にゆらゆらと波を作る。

 

 その空間には、中央に神殿のような建造物があり、四本の巨大な支柱に支えられていた。支柱の間に壁はなく、吹き抜けになっている。神殿の中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれていた。また、周囲を海水で満たされたその神殿からは、海面に浮かぶ通路が四方に伸びており、その先端は円形になっている。そして、その円形の足場にも魔法陣が描かれていた。

 

「ここが、最深部?」

 

「…だねーやっぱり俺達が一番乗りって奴か」

 

 周囲には人影はなくコウスケと香織が一番乗りだった。このままハジメ達を待っていた方が良いだろう。少しばかり休憩を挟むコウスケと香織。

 

「ハジメ君たちは無事かな」

 

「んー問題ないよー。そもそも強敵はあのゼリー状のクリオネだけだし、亡霊の大軍なんて話にならない、よって南雲達は無傷でここに来るQEDだな」

 

 コウスケはハジメ達の心配をしていない、あるのは真実を話した時どうなるかただそれだけだ。丁度良く右側の通路の先にある魔法陣が輝きだし、そこには別れたハジメ、ユエ、シア、ティオの4人の姿があった。

 

「よーう、遅かったな」

 

「先についてたんだ、怪我は…あるはずもないか」

 

「ははは、怪我はないな」

 

「……」

 

 力なく笑うコウスケの姿にハジメは目を細める。何か様子が変だと気付いたが、追及はしなかった。そんな男2人の横では女性陣が無事を確かめ合ってる。

 

「ん、香織怪我はない?平気?」

「ユエ、私は大丈夫だよ、そっちの方は大丈夫?」

「こっちも大丈夫ですぅ!亡霊の大軍が出てきた時はびっくりしましたけどよく考えたら私たちそれ以上の魔物の大軍を相手にしていましたからね」

「そういう事じゃ、どの敵もあのゼリーに比べたら手ごたえがなかったのぅ」

 

 きゃっきゃっと騒ぐ女性陣をコウスケは力なく見つめる。

 

(…南雲の嫁になるはずだった女の子達。俺の介入のせいであの中で南雲に明確な恋心を抱いているのは恐らく香織だけ。これでいいと思う。俺はハーレムが嫌いだから、だからホッとしている。でもそれは俺のエゴって奴なんじゃないのか?本当にこれでよかったのか?原作通りにするべきだったのか?あの子たちが南雲を好きなるようにすべきだったのか?)

 

 何も考えたくないのに思考は悪い方へと言ってしまう。たとえ考えても、どうすることもできないはずのは分かっていてもへばりつくような悩みは収まることはできない

 

(……でも、もういいか。これから南雲にすべてを話すんだ。それで終わり。…終わりなんだ)

 

 力なくコウスケは奥にある魔法陣へ歩み始める。その背中にハジメが続き女性陣が後を追う。

 

 

 

 魔法陣に入るといつも通りハジメ達は脳内を検査されコウスケは胸に温かいものが宿った気がした。ついでにハジメ達が経験したことがコウスケの脳内に映像として流れたが…気分が降下しているコウスケにはどうでもいいことだった。

 

「なるほどここに再生の力があったのか」

 

「ん、これでハルツィナ樹海の迷宮に挑める」

 

「証も四つになりますしあの大樹の秘密が明かされる時ですね」

 

「…再生魔法。私と相性がいいのかな?すごく馴染む感じがする」

 

「香織は治癒術師じゃからな。この神代魔法とは波長が合うのじゃろう」

 

 仲間たちが各々会話している中コウスケは暗く沈んだ表情をしている。そんな時床から直方体がせり出てきた。小さめの祭壇のようだ。その祭壇は淡く輝いたかと思うと、次の瞬間には光が形をとり人型となった。

 

 人型は次第に輪郭をはっきりとさせ、一人の女性となった。祭壇に腰掛ける彼女は、白いゆったりとしたワンピースのようなものを着ており、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持っていた。どうやら解放者の一人メイル・メルジーネは海人族と関係のある女性だったようだ。

 

 彼女は、オスカーと同じく、自己紹介したのち解放者の真実を語った。おっとりした女性のようで、憂いを帯びつつも柔らかな雰囲気を纏っている。やがて、オスカーの告げたのと同じ語りを終えると、最後に言葉を紡いだ。

 

「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

 その姿を心あらずにぼんやりと眺めるコウスケ。だからだろうか本来は声に出さない悪態が思わず出てしまった。

 

「どんな難題でも答えはある?答えは俺の中にしかない?…人の気も知らずに勝手に言いやがって…」

 

 悪態をつくが答えは出ている。正直にハジメにすべてのことを打ち明けようと思っている。ただ怖いだけだ。話してしまったら積み上げてきたものが壊れることが怖いのだ。

 

 俯くコウスケの顔に影が掛かる。何だろうと顔をあげ、驚愕した。そこにいたのは顔は微笑んでいるが目が一つも笑っていないメイル・メルジーネがいたのだ。

 

 驚愕するコウスケにメルジーネは手を振り上げる。何故か身体は避けようとはせず反射的に目をつぶるコウスケ。

 

「……?」

 

 しかし来ると思った衝撃はなかった。恐る恐る目を開けると呆れた表情で溜息をつき手をコウスケの頬に添えるメルジーネがいた。

 

「…ほんと、一人で悩みを抱える癖は治らないのね」

 

「…え?」

 

「貴方の友達を信じなさい」

 

 聞き返そうとして手を伸ばそうとするも一瞬だけメルジーネは微笑むと淡い光となって霧散した。後に残されたのは驚きで固まり自分を見つめてくる仲間たち。

 

「コウスケ、今のは…一体」

 

 ハジメが代表して聞いてくるがコウスケにだってわからない。しかし今の一言で何かが吹っ切れたような気分だった。

 大きく息を吸い、深く深く息を吐く。そして顔をあげこれから何が起きるかを皆に説明する。コウスケの雰囲気が変わったの感じたのか皆が注目する。

 

「オレにだって、わからないことぐらい、ある。っていうのは置いといて、皆聞いてくれ。今から海水が出てきてここから強制排出が始まるんだ。おまけに排出される場所は海の中で外にはあのゼリーのクリオネがいる。ユエ、ティオ魔法の準備をしてくれ」

 

「ん、わかった」

 

「ほぅあの厄介な奴がおるのか。腕の見せどころじゃのう」

 

「頼もしいな!次、シア!香織!」

 

「はいですぅ!」

 

「なに?」

 

「正直君たちの出番はない!臨機応変にその場その場の判断で動いてくれ」

 

「あ、あれ?私今回はいいところ無しですか?」

 

「水中だとあんまり活躍できないよね…」

 

「嫌でも活躍するときがある。それが今じゃないってだけだ」

 

 女性陣に指示を出し一息をつけ、ハジメに向き合うコウスケ。ハジメは自然体でたたずんでいた。

 

「…南雲」

 

「うん」

 

「ここから出たら聞いてほしいことがあるんだ」

 

「分かったよ。…なんかフラグっぽいよね」

 

「確かにフラグっぽいよな」

 

 お互いふっと微笑みすぐに顔を引き締める。神殿が鳴動を始める。もう時間がない

 

「守護で俺が皆を守る。絶対に。だから南雲は」

 

「分かっているよ。ゼリー状の奴にはどう対処すればいいか見当はつく」

 

「流石だな。言わなくてもわかっているって奴か」

 

「そういう事。僕が攻めて君が守る。何も変わらない、いつもの事だ」

 

 ハジメが不敵に笑ったのと海水が一気に増水するのはほぼ同時だった。

 

 宝物庫から取り出した酸素ボンベを皆と同じように口に装着し隣にいるハジメとユエの服をつかみ守護を三重に展開する。

 

(さてと、それじゃあ!派手に行きますか!)

 

 投げやりではある。恐怖が消えたわけではない。それでもメルジーネに言われた『友を信じろ』と言う言葉が胸に沈み込むのを感じながら守護の力を強固にするコウスケだった。

 

 

 

 




気が向いたら感想お願いします


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真実を話そう

急いで書いたためグダグダです


 ザザァーーン

 

 

 コウスケは波の音が好きだ。規則的な音で妙に心が落ち着くのだ。本当なら何も考えず、ずっと波の音を聞いて海を見つめていたいところだが、そういう訳にはいかなかった。

 

「……」

 

「……」

 

 コウスケの隣にはハジメは同じように海を眺めている。表情は笑っているのでもなく顰めているわけでもない。ただ、何も言わず、コウスケの口が開くのを待っている。

 

 メルジーネ海底遺跡からの大脱出後の翌朝。コウスケはハジメにすべてのことを打ち明けようとして人気のない桟橋にハジメを誘い2人並んで海を見つめていたのだ。ハジメは快く了承しホッとするコウスケ。他の仲間達にも説明はするべきだが、まずはハジメにだけどうしても先に伝えたかった。

 

「……」

 

 だがまずは何から言えばいいのか、頭を悩ませるコウスケ。声は出かかっているのだが、どうにも言葉で言おうとしても口が閉じてしまう。悩んでいる間にも時間は進んでいく。朝食を食べた後に誘ったのだが気が付けば太陽は真上でさんさんと輝いている。

 

 雲一つない見事な快晴の中、うんうん悩む男一人(見た目はイケメン)に、何も言わず黙っていて時たま吹かれる風を気持ちよさそうに感じている少年が一人

 何ともおかしな空間だった。そんな変な雰囲気の中やっとでコウスケは覚悟を決めて口を開く

 

「…なぁ南雲…俺さ」

 

「うん」

 

「好きな、なろう小説があるんだ」

 

「うん?初耳だね」

 

「初めて話すからな。その物語はな、異世界転移のありふれた物語なんだ」

 

「…テンプレのよくある奴だね」

 

「…そうありふれた話だ」

 

 チラリと表情を伺うがハジメの顔は変化がない。何を思っているのかはわからないが、このまま突き進む

 

「俺その話が好きでさ、よく何回も読み直したことがあるんだ」

 

「…どんな内容なの」

 

「ある学校のクラスが異世界に勇者とその仲間たちとして召喚される話だ。主人公は普通の少年でオタクなんだけどその学校一の美少女に好かれているっていう中々羨ましい奴なんだ。…もっともそのせいでクラスからハブられているけどな」

 

「話を戻すぞ、異世界召喚された主人公たちは、その世界で魔人族によって劣勢になっている人間族を救ってほしいと願われるんだ。クラスのリーダー格の正義感が強い奴がその話を承諾して、主人公たちは異世界で戦う事になったんだ」

 

「クラスの皆が強いステータスの中なぜか主人公はとても弱く、しかもほかの皆が戦闘職なのに何故か一人だけ非戦闘職なんだ。主人公はできる限りの事をして強くなろうとするんだがうまくいかなくて…」

 

「そんなある日主人公たちは実地訓練としてある迷宮で訓練をすることになった。最初は順調だった。このままいけば問題ないかと思った。だけど事故が起きて、クラス全員が命の危機に陥った」

 

 コウスケはもうハジメの顔を伺うことはできない。顔は穏やかな海に向けている。ただ横で驚いているような気がした

 

「クラス全員がパニックになる中無能で最弱と罵られていた主人公はただ独り冷静に行動して、クラスの皆の危機を救ったんだ。だけど、その結果主人公はたった一人奈落の底に落ちてしまったんだ」

 

「…その主人公はどうなったの」

 

 静かな声だった。震えているような声に聞こえるのはコウスケの気のせいか。構わず話を続ける。

 

「主人公は運良く生き延びていた。 ……だけどそこから悲惨だった。主人公は何とか脱出しようと足掻くんだけどさ、魔物に太刀打ちできなくて左腕を食われちまったんだ」

 

 隣で物音がする、恐る恐る視線を向ければハジメが左腕を右腕で摩っているところだった。

 

「何とか危機を脱出できた主人公は何日も救助を待った。だけど助けは来ず、飢餓感と幻肢痛で主人公がどんどん摩耗していって…ある日優しかった主人公は変貌した。それまで苦笑して争いごとが苦手だった少年は、敵はすべて皆殺しにするっていう男になってしまった」

 

「変貌した主人公は生きて地球へ帰ることを決意し武器を作り迷宮を進んでいく。そしてそこで物語のメインヒロインである吸血鬼の可愛い女の子と出会うんだ。その女の子を助けて好意を持たれて…迷宮最深部にいるボスを協力して倒して…結ばれてさ」

 

 言葉が途切れ途切れにあるのは自分が言いたくないことで、伝えたくないからだろうか。自分のことながらコウスケはよくわからない。分かるのは隣から小さな声で「…ユエ」と聞こえたぐらいだ

 

「主人公とヒロインの女の子はその迷宮から脱出するとき誓い合うんだ。2人揃って最強だって。まぁ話の展開的に2人っきりになるはずないんだけど…まぁいいや、そこからは脱出した先で助けを求めてきた兎人族の美少女と出会ってなし崩し的にその子の家族を助けて思いっきり惚れられて旅の同行者になったり、ある場所で戦った竜人族の美女に変な性癖目覚めさせて惚れられたり、分かれた学校一の美少女と再会して告白されたりとまぁこんな旅をすると言うのが話の内容かな」

 

「…その主人公の名前は」

 

 

「…主人公の名前は『南雲ハジメ』、その小説の正式名称は『ありふれた職業で世界最強』…俺の好きな小説だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚愕…と言うほどは驚いてはいない。しかしやはり心にショックがあるのはハジメは否定できなった。コウスケの隠し事、色々考えてはいたものの、やはり本人から直接聞いた方が良いと考えていた。何か話しにくそうだったがそれでもよかった。

 きっと自分たちの事を考え言いにくいのだろうと。

 

 まさか話した内容が『お前は小説の人物だ』と言われるとは考えもしなかったが。

 

「驚いたよ、まさか俺がありふれに召喚されるなんて思いもしなかった。しかも天之河になっててさ、本当に訳が分からなかった。でもずっと混乱しているわけにはいかなかった。すぐにアイツが言いそうなセリフを思い出して演技をしたよ。この世界を救うなんてさ。これっぽちもそうは思わなかったけどな」

 

 だからあの時助けを求めるように自分を見ていたのか、とハジメは思った。何故なら自分が主人公だったから、性格も知っているのなら

尚更だろう

 

「…俺はすべてを知っていた。だからお前が奈落に落ちるのも分かっていたんだ。止めたかったんだけど自分が『天之河が余計なことをしなければいい』と気楽に考えていたのがあのざまだったんだけどな。あとはお前の知っている通りだ。」

 

「…どうして今になって話したの」

 

 色々思う事はあるがなぜ今になって話そうと思ったのか。ハジメにはそれが疑問だった。

 

「…香織に気付かれたからだ。『あなたはなんで天之河君の事を知っているの』って、そりゃ傍から見たら知らないはずなのにいきなり演技しているんだもんな。変に思われるわけだ」

 

(……つまりそれって香織さんが言わなければずっと黙っていたの?……ムカッ)

 

 非常にイラッとしたしムカつく、別に黙っていたことが悪いと言いたいわけではない。自分も同じような境遇だったら黙っているからだ。しかしそれはそれとして、香織が疑問を抱いて話したから言ったわけで、()()()()()()()()()()()()()言ったわけではないからだ。その事が非常に癪に障る

 

「すまん南雲。俺はどうしても言えなかった。本当は」

 

「コウスケ」

 

「?なんだ」

 

「言いたいことはいっぱいあるけど、取りあえず…歯ぁ食いしばれぇ!」

 

「ふごぉ!」

 

 聞き返してきたコウスケの無防備な顔に全力で拳をぶつけるハジメ。奇怪な悲鳴を上げ吹っ飛ぶコウスケはすぐに受け身をとる

 

「な、なにすんだよ!」

 

「当然の報い。その話ってさ、もしかして香織さんが言わなければずっと黙っていたわけ?何で黙っていたの?」

 

「そ、それは…」

 

「大方僕に嫌われるとでも考えていたんでしょ。『どうして話してくれなかったの?あの時教えていてくれれば』とか何とか僕に言われるのが怖くて嫌われたくなくてずっと黙っていたんでしょ」

 

「……」

 

「図星かぁ…そういうところが本当にイラつくんだよ!」

 

 距離を摘め、顔面に繰り出した拳は今度はコウスケに防がれる。

 

「なんで、なんで僕を信用してくれないのさ!僕がそんな事言う訳ないだろ!コウスケはずっと僕を助けてくれていたじゃないか!それなのに嫌う訳がないよ!」

 

 あの奈落に落ちてからずっとコウスケは自分を助けてくれた。もしいなかったらさっきの話の様に左腕をなくし性格が変貌していたかもしれない。しかしそんな事にはならなかった。目の前の親友がずっとそばにいてくれていたからだ。だから嫌うはずもないのにどうして怖がるのか、それがハジメにはとてもつらく悲しくそして途方もなくイラつくのだ。

 

「そうかもしれない。俺もそう思いたかったよ。でもな俺が話していればお前はあんな過酷な目に合わなかったんだ!ずっとずっと引っかかっていたんだ!もっと早く話していたらってさ!でも言えるわけがないだろう!俺はすべて知ってる、お前は小説の人物だって!どの面さげてそんなこと言えばいいんだよ!」

 

 コウスケが繰り出した拳を受け止めさらに倍の力で殴りつける。もはや会話で無くお互いが言いたいことを言い合うだけになってきている。

 

「うるさい!そういうとこがイラつくんだよ!何度も言っているじゃないか僕は君を絶対に嫌わない味方だって!大体なんだよ!ユエと一緒にいる時妙に距離を取る時があるなと思ったらメインヒロインだって?それは小説内の話で合って僕達に当てはめるな!」

 

「仕方ねぇだろうが!どうすればいいのか分からねぇし、邪魔になるのかなって思って距離を取っていたんだよ!文句を言うのならユエに手を出したお前に言えよ!」

 

「この世に存在しない人間に文句が言えるか!そいつがどんな奴か知らないけど僕があのロリッ娘に手を出すわけないだろ!現実と小説の区別位つけろ!この馬鹿!」

 

「うるせぇ!実際小説と同じような展開になっているんだからそう思っちまうだろうが!大体そっちこそなんだよ!香織に惚れられておきながら何普通ぶっているんだよこのボケ!毎朝毎朝あんな可愛い女の子に楽しそうに話しかけられる高校生活なんてうらやましいんだよ!」

 

「その可愛い女の子に話しかけられるからこっちはボッチになっているんだよ!」

 

「ボッチなのはテメェが趣味に全力を掛け過ぎているからだろうが!生活態度改めておけばお前なら友達の2人や3人ぐらい余裕だろうが!何いつも授業中寝ているわけ!?何で授業態度改善しない訳!?いくらコネ入社できるからって高校生活舐めすぎだろ!!」

 

「何をーー!!人の生活知ったような気で話して!」

 

「実際知っているんだっつの!」

 

 

 人気のない桟橋で大声で騒ぎながら素手で全力の喧嘩をする2人。遂にはお互い防御も忘れ殴り合い顔が腫れ上がりつつもどこかその顔は非常に楽しそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんな可愛い女の子達から特に過程もなくモテやがってふっざけんな!この糞ハーレム体質が!もげろ!」

 

「だから小説の人と現実の僕を一緒にするな!」

 

「知っているわ!これはただの八つ当たりじゃこのボケェ!」

 

「コイツなんて糞野郎だ!」

 

 

 

 

 

 




やっぱシリアスって無理ですわぁ
気楽にグダグダが性に合ってます


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結局のところ

遅れました!申し訳ねぇです!!
7月は仕事が楽になるはずなので更新が少し早くなるかも…
取りあえずこの話で4章は終わりです。あとは番外編を何話か書いて第5章に入る予定です


「いたたた…これ絶対顔歪んだよな?」

 

「別にいいじゃないか、どうせ天之河の顔なんだし」

 

「だからと言って今は俺の顔なんだけどな…」

 

 自分の顔の怪我の具合を確かめるがおそらく青あざができているだろう。時刻は夜になっており星と月が辺りを照らす。

 辺りが暗くなっても気にせず罵り合いながら殴り合いをしていたことに戦慄を覚えながらも肩の力が抜けたのを感じ、心がとても軽くなったコウスケ。

 

「で、やっぱり僕は小説の人間だと?流石にそんな自覚はないし無理がないかな」

 

「そうだよなー、どっちかっていうとよく似た世界とでも言うのかな?正直な話俺もよくわからん」

 

「なんだそれ…まぁいいか僕にとってここは現実。作られた存在じゃない。それでいいや」

 

 同じように顔を腫れ上がっているハジメはそう締めくくる。色々と衝撃はあったが、どうやらそう結論付けたらしい。腫れあがった顔で笑うその顔はコウスケが危惧した嫌悪感や怒りなどは見受けられない。気が楽になったところで、別の問題を思い出し少し顔が曇ってしまう。

 

「そんな変な顔をしてどうしたの?また悩み事?」

 

「あーユエ達にも説明しないとと考えたらなんだか気が重くて…」

 

 ハジメと同じように説明しなければと考えるとまた気が重くなる。すべての事を知りながらずっと黙っていたという事実は消すことができない。

 

「まったく…コウスケはやっぱり変な所で鈍いんだね」

 

「む?」

 

「黙っていたからって皆コウスケの事嫌うわけないだろ。そんなつまらない事悩むだけ無駄だよ。無~駄」

 

 だが、ハジメはそんなコウスケの悩みを一蹴する。ハジメからしてみればむしろ今まで体を張って守ってきてくれたコウスケを嫌う方が変だろう。

 

「…無駄か、なら信じて話してみるよ。ちゃんと本当の事を」

 

「うん」

 

 お互い無言だった、だがそれは先ほどまでの気まずく感じるものではなく軽やかな雰囲気だった。そんな中ハジメがそろそろ戻ろうと提案してきた。

 

「俺は…もうちょっとだけここにいるよ」

 

「そっか、じゃ、また明日。お休みコウスケ」

 

「ああ、お休み」

 

 そのままハジメは振り向替えらずに宿に向かって歩いていく。その姿を見ずにコウスケは海を見つめていると背後で立ち止まる音が聞こえた。

 

「…コウスケ」

 

「…なんだ」

 

「これからも、よろしく」

 

「…おう」

 

 コウスケの返答を聞いたハジメは今度こそ立ち止まらずに宿の方へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふっふふふ…くはははは、あっはははは!!」

 

 ハジメの気配が完全に消えた後、コウスケは一人、腹を抱え思いっきり笑った。単純にうれしくてしょうがないのだ。

 

「こ、こんなにも怪しい俺を信じてくれるなんて、ぷっくくく、あいつどんだけお人好しなんだよ」

 

 嫌われると思った。もしかしたら一人になるかもしれないとすら考えた。それなのにハジメは信じてくれたのだ。荒唐無稽な話のはずなのに、信じられる要素なんてないはずなのに。

 

「全くもう~滅茶苦茶カッコいいじゃねえか。ほんっと、マジでさ…」

 

 心は軽く、穏やかな波の音と爽やかな風が気持ち良い。仰向けに倒れ、きらきらと光る満開の星と強く淡く輝く月を見上げる。

 

「ありがとうなハジメ。こんな俺を信じて友達なんて言ってくれてさ…」

 

 本人の前にでは言いたくないとても恥ずかしい台詞を平然と口に出てしまうぐらい嬉しさがこみあげてくる。にやける顔を止めることができない。感激のあまり目じりの端から出てくる涙を止めることができない。只々嬉しさと喜びでいっぱいだった。

 

「どうして俺がこの世界に呼ばれたのかはわからない。何故この姿なのかわからない。でもさ、お前を必ず日本へ帰らせる。きっと俺はそのために呼ばれたんだ。だから南雲…」

 

 腕をあげ手のひらを空に向ける。歓喜に打ち震える心に応えるように魔力と気力が充実していくのが分かる。今ならなんだってできそうだ。まるで自分が重しから解き放たれたような充実感と開放感さえ感じる。 

 

「必ずお前を日本へ帰らせる。何があっても必ず…」

 

 自分の身体に宿る途方もない魔力を空へ放つ。解き放たれた魔力は空へと昇りエリセンの町をドーム状に覆っていく。それは以前ウルの町を覆った魔力とは比べ物にならないほどであり、明らかにコウスケの力が桁違いになっているのを感じさせる。しかしコウスケにはどうでもよかった

 

 今はただ嬉しくて本当に仕方がなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメは一人静かな夜の町を歩く。足取りはしっかりとしかしその顔は思案に耽っていた。

 

(今まで僕が訪れた街では必ず騒動が起きていた。ならこれから行く場所でも?…色々やるべきことが増えたかな)

 

 コウスケの話を聞く限り、自分は主人公と言う役割を持っている。ならこれから行く場所場所でも必ず何かが起きるだろう。対処方法や必要な物、何を作りどう行動するか、考えることは多いがどこか楽しく感じるのは何故だろうか。

 

「何故だろうかって?…やっぱり話してくれたからに決まっているよ」

 

 コウスケがずっと抱えてきていた物を自分に話してくれたことが何よりもハジメには嬉しかった。今までどこか聞きづらく触れてはいけないことだと考えていた。きっと聞いてしまったらいけないのだろうと。しかしコウスケは話してくれた。動機が少し不満ではあるが、まず何よりも自分に最初に打ち明けてくれたことが嬉しいのだ。

 

 そんな事を考え歩いていると前方に人の気配を感じた。思考を中断し顔をあげて見ればそこにいたのは香織だった。

 

「ハジメ君!?どうしたのその顔!?」

 

「顔?…あ、そっか」

 

 一体何に驚いているのかと一瞬疑問に思ったが、すぐに思い出した。先ほどまでコウスケと思いっきり殴り合っていたのだ。治療もせずずっと放っておいたので今の自分の顔は腫れあがっているのだろう。自分たちの余りにも青春染みた馬鹿な行動を思い返し苦笑しながら、慌てて駆け寄って治癒魔法を使おうとする香織を止める。

 

「大丈夫?いったい何が…」

 

「大丈夫だよ香織さん。それよりもこの傷はそのままにしてくれない?」

 

「え?でもすごく痛そうだよ?」

 

「あはは…アドレナリンが出てるのかな?実はあんまり痛くないんだ」

 

「でも…」

 

「それにこの傷は青春の一ページみたいでさ、そのままにして置きたいんだ」

 

 ハジメの言い分に不満はある物の香織は渋々と治癒魔法を止める。代わりにすごく不満そうな顔でハジメを見つめてくる。その顔が今のハジメにとっては凄く子供っぽく感じつい苦笑してしまう。

 

「むぅ…分かった。ハジメ君がそれでいいっていうならやめるけど…それよりどうしてそんな傷を?それに青春って?」

 

「んーっと説明するのは難しいんだけど端的に言うとさっきまでコウスケと全力で殴り合いをしていた」

 

「コウスケさんと殴り合い!?」

 

「しー!ちょっと声が大きいってば」

 

「ふがぁ!?ふぁ、ふぁひゅへぇひゅん!?」

 

 とっさに大声を出した香織の口をふさぐ。もがもがと暴れる香織だが今の時間帯が深夜に迫るという時間で自分の声がいささか大きく響いたので気恥ずかしくなり顔が赤くなる。最もそれだけではなくハジメに口をふさがれているというのもあるが…

 

「うぅぅぅ」

 

「ごめんね。余りにも響いたから…」

 

「ううん。それよりも本当に何をしていたの?」

 

「その事はまた明日話すよ。ちょっと長くなりそうだし。そういえば香織さんはどうしてここに?」

 

「私?私はハジメ君たちが心配になって…ユエ達は心配いらないって言ってたけど。どうしても我慢できなくて」

 

「そっか。ありがとう香織さん。僕達を心配してくれて」

 

「あぅ…」

 

 流石に夜まで何も連絡をしなかったのはマズかったかと少し反省し、自分たちのことを心配してくれた香織に心の底から礼を言うハジメ。香織は香織で不意打ちにの微笑みで礼をいうハジメにあたふたするも顔が凄くすっきりしていているのが気になったが後で説明してくれると思い聞かずにしておく。

 

 そのまま香織を送るためミュウの住む家まで2人で歩いていく。両者に会話はないがハジメは上機嫌で、香織はそんなハジメと一緒にいるのが嬉しくて足取りはお互い軽かった。そんな折にハジメはたまらず上機嫌で香織に話しかける。

 

「香織さん」

 

「なにハジメ君?」

 

「僕さ、今まで友達がいなかったんだ」

 

「うん…」

 

「憧れていたんだ。友達とくだらない会話で盛り上がって、馬鹿な話をして楽しんで。そんな事にずっと憧れていたんだ」

 

「…ハジメ君ずっと一人だったもんね」

 

「うん。だからずっと羨ましかった。本当にずっとずっと…僕にはできないのかなって思ってたんだ。でもね」

 

「でも?」

 

「僕にも友達ができたんだ。くだらないことを言い合って本気で喧嘩ができるような友達が、それが嬉しくて…ごめんちょっと自慢したかった」

 

 ハジメの顔はとても明るい。きっと本気で言ってるのだろう。心の底から喜んでいるハジメに香織は嬉しくなり、しかしその顔を作ったのは

自分以外の人だと気付きちょっとしたやきもちも出てくる。

 

「むぅーそれってコウスケさんの事だよね。ハジメ君をそんな顔にするなんて…ちょっとずるい」

 

「あははは、まぁまぁこればっかりは仕方のないことだから」

 

 唇を尖らせ不満をあらわにする香織に苦笑するハジメ。そこでふとコウスケの言っていたことを思い出した。原作と呼ばれる世界では『南雲ハジメ』はハーレムを作るのだという。今この目の前にいる不満げに焼きもちを焼いている女の子もハーレムの一員になっていたのだろうか。もし自分がハーレムを作っていたのならこの子はどんな行動を起こすのか。

 

 自分に明確な恋心を持ったこの子は不憫な目に遭ってしまうのだろうか。こんなにもかわいい女の子が辛い目に遭うのか。天然だけど優しく思いやりのあるこの子が突拍子もないことをしでかすけど、嫉妬し焼きもちを焼くごくごく普通の女の子が。

 

 そんな事を考えていたせいだろうか。気が付けばハジメは香織の頭を撫でていた。

 

「ふぇ!?ハ、ハジメ君!?」

 

「…あ」

 

 不満を漏らしていたら好きな人に突然頭を撫でられ顔が赤くなる香織に、いきなりの無意識の自分の行動に目を白黒させるハジメ。両者が突然の行動に固まり硬直する。唯一動いているのは香織の頭を撫で続けるハジメの手だけだった。

 

(え?ええ!?いきなり何?なんなの!?…でも、なんかとっても気持ちいい~)

 

 香織は羞恥心で顔がゆでだこの様に真っ赤になるが、頭を撫でてくるハジメの手がとても優しく目が蕩けてくる。

 

(あれ?なんで僕はいきなり女の子の頭を撫で続けているの?スタンド?スタンド攻撃なのコレ?…でも香織さんの髪の毛って凄く肌触りが良い…)

 

 いきなりの行動に混乱するも手触りの良さから中々手を離せないでいるハジメ。

 

 結局のところミュウの家から物音がするまで両者は赤くなりながらずっとハジメは香織を撫で続け、香織はされるがままになっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 真エンディングの条件の一つ『南雲ハジメにすべての事を話す』のロックが解除されました

 真エンディングの条件がすべて解放されました

 真エンディング「ーーーーーーー」のルートに入ります

 難易度が消失しました



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交流をして訓練を頑張って考える ふぉー

ヒャッハー投稿じゃ!おまけに前話のあとがきにに追加しますのじゃー。時間があったら見てね

一応念のため書いておきます、話の都合上(前話であったように)原作に対する批判が多分に含まれています
コウスケの読者だったという立場状どうしても出てきてしまいます。

今更ですがご注意をお願いします


 現在ミュウの家の広間にてコウスケは旅の仲間たちに自分のことを正直に話をしていた。

 この世界が自分のいた世界では小説として出ていたこと。自分はその小説が好きで内容とかを覚えていたこと。だから旅で何が起きるかを知っていたこと。洗いざらい話をした。

 ちなみにミュウ親子は空気を読んでくれたのか親子そろって買い物に出かけている。

 

 反応が特に大きかったのはやはり香織だった。それもそうだ。自分たちが召喚されたこともあの迷宮も何が起きるかも全て知っていて行動していたとコウスケは言うのだから。

 

(知っていたのならどうして止めてくれなかったの!?)

 

 内心ではコウスケのことを責めてしまうが、香織は知っているのだ。ハジメが奈落に落ちそうになった時に全力で駆けつけていた彼の姿を。引き上げて戻ろうとして一緒に落ちてしまったがあの時コウスケは本当にハジメを助けようとしていたのを香織は知っているのだ。

 

(それに…)

 

 当事者であるハジメが特に気にした様子が無いのだから、香織は何も言えなかった。寧ろハジメが無事にいるのはコウスケのおかげだろうというのも分かっていた。だから香織は自分の言葉を飲み込むことにした。ハジメが信頼しているのから自分も信頼できるようにと思いながら。

 

 

 次に反応があったのはシアだ。シアにとってコウスケは自分の命を救ってくれた恩人だ。しかしコウスケが言うには自分の家族が危険な目に遭うのを知っていたという。もし知っていたのならば自分たちハウリア族が危険に会う前に助けてくれることはできなかったのかと一瞬でも考えてしまう。

 

(でも、コウスケさんは私たちを助けてくれました。その事は確かですぅ)

 

 だがそれは自分のわがままだ。今現在カムたちは生き残るすべを得ているのは間違いない。だから感謝こそすれ恨む気持ちなんてあるはずがない。

 

 ティオは興味深そうにコウスケを見ている。コウスケの悩んでいたこと、ため込んでいたことに興味があるのだ。今まで起きたことを知っているとコウスケは言っていた。ならこれから起きることも? 

 

(ふむ…聞くべきかの?しかし、安易に聞いてもいいものか…コウスケはいったいどこまで知っておるのかのぅ)

 

 聞くべきだろうか?いったいどこまで知っているのかと。この旅の終わりはどうなるのかと。

 

 ユエは反応がなかった。コウスケの言葉を聞き静かに目を瞑った後、トコトコとコウスケに歩み寄る。

 

「…ユエ、すまん俺は…」

 

「コウスケ聞きたいことがある」

 

「ああ、何でも聞いてくれ。俺はお前らの質問全てに応える義務がある」

 

「なら…あの時私が封印されていることは知っていたの」

 

「知っていた。その後に現れるサソリの事も」

 

「ん、サソリはどうでもいい。…私が聞きたいのは、あの時私がどんな姿か知っていたの」

 

「ああ知って…んん??」

 

 ユエの質問に何かがおかしいと感じるコウスケ。しかし時すでに遅し。ユエは目の前に立っており逃げ場がふさがれている。

 

「私が全裸だという事をコウスケは知っていて、上着もくれずにずっとガン見をしていたの」

 

「ファッ!? ああっとそれはその…」

 

「そういえばあの時コウスケってずっとユエのことガン見していたよね。ユエがいることを知っていてなおかつ服を着ていないことも把握していながら視線は全裸の女の子に釘付け…ギルティ(有罪)!」

 

「ま、待ってくれ南雲!ユエ!だって仕方ないだろう!?そりゃ知ってはいたさユエがあそこにいるって!でも想像以上に綺麗だったんだもん!

小説では綺麗だ―とか妖艶だーとか圧倒的な美少女だ―とか書いてあってもしんじられなかったんだもん!それが見てみれば規格外なほどに綺麗で可愛かったし胸だって貧乳とかロリとか言われているけど結構バランスが良くて…あ」

 

 コウスケはそこで気付いた。女子陣が冷ややかな目で自分を見ていることに。特に目の前にいるユエがいつもの澄ました顔が崩れて真っ赤になりながらもプルプル震えて物凄く怒っていることに気付いてしまった。

 周囲に助けを求めようとしても唯一の頼みであるハジメはいつの間にか消えてしまった。そうこうしているうちにユエの手がコウスケの頬を引っ張る

 

「私はコウスケが何を知っているかなんてどうでもいい」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

「あの時助けてくれた事を私はずっと感謝している」

 

「ゆ、ゆえしゃーん」

 

「でもそれとこれは別!」

 

 バッチーーンッ!!

 

「ぶべらぁ!」

 

 ユエの強烈なビンタがコウスケの頬に当たりたまらず吹っ飛ぶコウスケ。ユエ全力のビンタは白目をむいたコウスケの頬に真っ赤な椛模様を作る。

 

「ん、これで私達に黙っていたことのおとがめは無し」

 

 手を軽く払うユエ。結局なんだかんだでユエの強烈な一発でコウスケは許されたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コミュ

 

 ハジメ編

 

 まさしく主人公

 

「僕が主人公かー…本当に?始まりから最弱の主人公じゃないかーやだー」

 

「と言っても最初から主人公だったとしか言えないぞ」

 

「ふむ」

 

「まず初めにお前だけが非戦闘職業だった。戦うために呼ばれた中でお前だけが、ほらいきなり特別扱い」

 

「む」

 

「次に皆ステータスが高いという中でまたもやお前だけがステータスが低い。特別そのに」

 

「むむ」

 

「何処からどう見たって特殊すぎだろ。何故気付かないのかソコが分からない」

 

「むむむだってー気付くはずないじゃんかー」

 

「やれやれとどめと行こうか?南雲お前はこの世界に呼ばれるまで自分が普通だって思っていたかもしれないけどそんな事無い!だって普通の奴が美少女に嬉しそうに話しかけられるかよ!」

 

「!?」

 

「くっそーーー!!やっぱり羨ましい!良いな良いな俺も美少女と朝の挨拶をやりたかった!」

 

(そのせいでクラスからはハブられていたんだけど…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々予定外でした

 

「もう一度聞くけど何が起きるか知っていたの?」

 

「勿論!と言っても忘れていたことも多々あるけどな」

 

「ふーん。だからあの時迷宮に行かないでくれって言ったのか」

 

「あの時?ああホルアドでのことか。そーだよ。結局止めることはできなかったし、あの時は天之河である俺が何もしなければいいって楽観視していたからな」

 

「天之河が?」

 

「んーっとあの時南雲が奈落に落ちるまでの原作の流れなんだけど、天之河が勘違いを発揮して天翔閃を使って迷宮の壁を破壊しちまうんだ」

 

「アイツ正真正銘の馬鹿だろ。なんで迷宮でそんな大技を使うって、あーだから天之河が何もしなければよかったという事なんだね」

 

「そういう事。結局坂上が壊したけどな…上手くいくと油断はしていたんだけど結局原作通り、本当この世界はどうなってんだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 当事者からしてみれば結構大変

 

「そういえば新しい町に着くたびによく絡まれていたけどあれも必然だったのかな」

 

「あー原作でもよく絡まれていた。やたらと女の子の可愛さを強調して主人公が撃退するシーンが一杯あったな」

 

「やっぱり…ってことでもないか。ユエ達可愛いし」

 

「だな。当時は主人公tueeeのためかと思っていたけどそれと関係なく来る連中もいるからな」

 

「どっちにしろ迷惑な話だよ。まったくなんで強さっていうのを測ることができないのか」

 

「この世界の人間って意図的に考えなしにされているのが多々あるからね。そのせいかも」

 

「はぁいくら主人公の強さを披露していたくても雑魚じゃダメじゃん。本当に迷惑な話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒロインについて

 

「で、主人公がハーレムを作ったって話なんだけど…」

 

「お!?やっぱ誰がヒロインか気になるのか?男の子だなぁ~」

 

「うるさい」

 

「ははは、そうむくれるな。そーだなメンバーはユエ、シア、ティオ、香織がメイン。サブに畑山先生、リリアーナ姫、ミュウの母親のレミア、あとついでに八重樫もそうだったな。おまけに園部は愛人枠だったっけ?」

 

「多っ!ってちょっと待って!メインはまぁ置いといてサブの方メンバーが変じゃない!?特になんで先生と八重樫さんがヒロインになっているの!?」

 

「まぁまぁ落ち着け。慌てない慌てない。順番に話すからそう焦るな。ユエは分かるな?」

 

「うん、僕が一人だけだったらと考えるとそうなるよね」

 

「そゆこと、シアも同じだな」

 

「自分と家族を助けた人間なら惚れるのもやむなしかな?ティオは?」

 

「…正直分からん!」

 

「えぇー」

 

「んなこと言われてもーア○ル開発をしたからか?あそこら辺怒涛の展開で正直よくわかっていないんだよな」

 

「好きな小説ならもっとよく見ようよ」

 

「へいへい、で次は香織は論外でサブか…」

 

「先生に八重樫さんってどう考えてもおかしいよね?何で日本人なのにハーレム受け入れてるの?」

 

「…先生さんについてはあんまり言いたくはないな。先生さんから惚れられる為に清水が死んだようにしか見えなかったし」

 

「…コウスケって清水の肩をよく持つよね」

 

「アイツの境遇と思考こそが一般的なオタクって感じだからな。『主人公』より一番共感できるというか…」

 

「ん?」

 

「何でもない。恋する乙女の思考回路はよくわからんってことだ。次は八重樫だったな」

 

「いや本当に何で八重樫さんが僕に惚れるの?理由がさっぱりわからないんだけど」

 

「色々フラグを積み重ねていたからなー あ、多分人気投票していたらきっと上位に食い込むぞ。」

 

「なんで?」

 

「他の一目ぼれメンバーと違って明確に好意を持つまでの描写が細かいからなーなんせ大迷宮二つ分使ってまでの描写の細かさ!あれ絶対作者から気に入られているわ~」

 

(いやでも、本当に何でしれっとハーレムに入るの?香織さんは何も言わなかったの?独占欲が強いと思っていたんだけど?)

 

「んで次、リリアーナ姫は…ッチ」

 

「コウスケ?なんか殺意が漏れているよ」

 

「すまん。原因となったことを思い出したら心底ムカついてきた あの皇太子よくもあんな健気な娘を襲いやがって…必ずぶっ殺してやる」

 

(…その出来事が起きそうになったらコウスケに任せてみようかな、リリアーナ姫の事無自覚に好いているみたいだし)

 

「っとまた脱線してしまったな。最後のレミアだが…」

 

「ミュウのお母さんだね」

 

「ごめん俺あの人だいっ嫌いだわ」

 

「突然のカミングアウト!?」

 

「いやさ、惚れる理由がよくわからねぇんだわ。娘を助けただけで惚れるって流石にご都合が過ぎない?なんか理由があまりにもなさ過ぎて逆に怖すぎるわあの人。別に失くした旦那の事をずっと想ってろと言いたいわけじゃないんだけど…ちょっと尻軽って感じてな。したたかな女の側面を見ているようで気味が悪い」

 

「…あのさコウスケ」

 

「分かっているよ。原作のレミアとここにいるミュウのお母さんは同一の存在だけど別人だってことぐらい」

 

「それ、ほかの皆にも言えることだからね。コウスケにとっては原作っていう物があっても僕たちにとってはそんな物ないんだから重ねて見られるのは中々不愉快だってことをちゃんとわかっていてよ」

 

「ああ、難しいけど、肝に銘じておくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーレムについて

 

「そもそもの話だけどさ、コウスケの話を聞いているとコウスケってハーレム嫌いだよね」

 

「直球だな!?確かに…俺ハーレム物は好きじゃないな」

 

「なら何でハーレム物を見ていたの?主人公が女の子にもてまくるのは必然なのによく読もうと思ったよね。アンチ?」

 

「違いますー 序盤がさ、凄く面白かったんだよ。自分の才能と言う天職に数字化されたステータス。最弱主人公が奈落に落ちて死に物狂いで最強になる。なんか心惹かれないか?」

 

「まぁ確かにカタルシスを得やすいよね」

 

「主人公はいろんな武器や兵器を使い異世界からの帰還を目指すっていうのが当時はど嵌りしたもんだ」

 

「んでそんな主人公が女の子にモテていくのが気に入らなくなったと」

 

「うっ、はい、そんな感じです。モテるのは百歩譲っていいとしてユエ一筋と言ってたのが他の女の子を受け入れるなんてよー。もっと一筋を貫いてほしかったなーはぁー本当に序盤は楽しかったんだけどなぁー」

 

(そこまで褒めて貶すなんていったいどんな小説なのやら…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも本当に好きなの?

 

「さっきから話を聞いてて思ったんだけどさ」

 

「うん?」

 

「その小説『ありふれた職業で世界最強』だっけ本当に好きなの?なんか聞いていると不満がいっぱいに聞こえるけど?」

 

「好きだからこそ不満点も出てくるわけよ。色々ツッコミどころ多かったしなー」

 

「それにしても不満多くない?」

 

「…実はありふれについて語れる人が周りにはいなくてさ。ずっと原作の事をため込んでいたんだ」

 

「確かに、好きなものについて話せないのは辛いけど」

 

「んで、南雲は話について行けるじゃん?当事者でもあるし…だから色々と吐き出したかった。なんかごめん」

 

「話をしてくれるのはいいけど、原作を僕読んでいないから大したことは言えないからねー」

 

 

 

 

 

 

 今後について

 

「所で南雲今後についてなんだけど」

 

「ちょっと待て、悪いんだけど今後何が起きるかは言わないんでほしいんだ」

 

「なして?」

 

「変な言い方になるけどさ、教えてもらってその通りに動くのってなんか癪に障るような気がするんだ」

 

「ふむ」

 

「手のひらで踊らされているというか…決められた通りに動かないといけないような感じがすると言うか」

 

「うーむ確かに」

 

「それにこれからどんな事が起きるのかってなんだかワクワクしない?」

 

無謀(チャレンジャー)だなっていうかいつの間にそんな余裕を持つようになったんだ?」

 

「コウスケが話してくれたからだよ。という事で攻略本片手に安全ですべてのイベントが分かる旅をする気はないのでよろしく」

 

「よろしくって…いいのか?後悔するかもしれんぞ?あの時こうしていればよかったって」

 

「そうかもね、でもそんな事が起こらないようコウスケがフォローしてくれるんだろ。全力で頼るからね」

 

「し、仕方ねぇな~分かった今後のことはできる限りやってやんぜ!」

 

(チョロイなーでもまぁ僕も色々準備しないとね)

 

 

 憧れの海人族?

 

「んで、なんだかんだでエリセンまで来たけど海人族はどうだ?」

 

「どうって?」

 

「お前ホルアドで言ってただろ?人魚は男のロマンだって、熱く語っていたのに無反応に近くないか?」

 

「あーそういえば言ってたねー…どうだろ。確かにミュウのお母さんとかは美人なんだけど…」

 

「なんだけど?」

 

「仲間の女性陣のレベルが高すぎてどうしても比べちゃう」

 

「あー確かにあのレベルを求めるのは海人族には酷だよなぁ」

 

「もしかしたら芸能人みたいな物かもね。近くで見てみると驚くほどじゃなかったとかそんな感じかも」

 

 

 

 

 

 

 ユエ編

 

 当作品のユエは良く笑います

 

「んー」

 

「私の顔を見てどうしたのコウスケ」

 

「ユエってさ良く笑うじゃん」

 

「?そうなの」

 

「そうだぞ。特に香織達といると嬉しそうだ。よくコロコロ表情が変わって可愛いなぁーと」

 

「……」

 

「お?赤くなった。照れているのか?そういういじらしさが男心をつかむんだよな。この魔性のロリッ娘」

 

「…ぬぅ『嵐帝』!」

 

「ふっ 効かぬわぁ!」

 

「!?」

 

「はっはっは いつもいつも対策をしていないと思ったら大間違いよ!重力魔法は俺と共にある!ユエの行動パターンなんてお見通しよ!」

 

「…イラッ」

 

「んん~無駄だと言っているのが…ちょっと待ってユエさん。何その右手に火の玉と左手にある氷の弾は…はっもしかして!」

 

「ハジメから教わった魔法…『極大消滅呪文(メドローア)』!」

 

「うぉぉおお!!あんの馬鹿一体何を吹き込んだんだよチクショー――!!」

 

「ふっ悪は滅びるが定め」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユエは小さい

 

「コウスケ」

 

「んーどうした」

 

「私は大きくなれるのかな」

 

「いきなり何を!?」

 

「皆大きい」

 

「た、確かに他の女性陣はご立派なものをぶら下げているが…って待てよ、どうしてそれを俺に聞くんだ?シアとかに聞けよ。新手のセクハラか?」

 

「シアやティオに聞くのは屈辱」

 

「分かんねぇ…まぁいいや俺もその手の知識はよくは知らないからなぁ」

 

「むぅ」

 

「そもそもユエはそれでいいんじゃない?ロリのくせに巨乳ってのはアンバランスだからな。今のままが十分だよ」

 

「…頭を撫でながらそんな事を言わないで」

 

「子ども扱いは嫌ってか?もっと身長が伸びてから言うんだな」

 

「ぬぅ年下が背伸びしおって」

 

「はははは、お互い様だ」 

 

 

 

 

 ユエ先生の称賛

 

「ところでユエさんや」

 

「なに」

 

「香織の訓練をしていると聞いたがどんな事をしているの?」

 

「攻撃から身を守るための訓練を重点的にしている」

 

「ほうほう」

 

「香織は回復役。狙われる確率が高い。だから何としてでも生き延びる為にひたすら回避運動と防御の魔法の訓練をさせてる」

 

「なるほどねー香織ちゃんさえ立っていられれば俺達も立ち上がることができるからね」

 

「ん、でも香織はすごい」

 

「お?」

 

「私の魔法やシアの攻撃が直撃しても歯を食いしばって立ち上がってくる。あの根性は凄い」

 

「直撃って…」

 

「香織は平和な世界の出身。ハジメやコウスケの様に地獄で鍛えられたわけでもないのにあの精神力は称賛に値する。恋する乙女は強い、私も見習わないと」

 

「ユエがここまで褒めるとは…香織ちゃんマジパネェ」

 

 

 

 

 

 

 

 シア編

 

 メメタァッ!

 

「最近…」

 

「んー」

 

「最近私の出番減ってませんか?」

 

「いきなり何をおっしゃいますかこのうさ耳は」

 

「気のせいかもしれませんが話をしている事が少なくなっているような気が…」

 

「一体何の話だ?」

 

「別にかまわないんですけど、ちょっと空気化が進んでいる気がしただけですぅ」

 

「だから何の話だよ」

 

 

 

 

 

 海鮮物は怖い

 

「コウスケさんまたホタテやイカを残しましたね!」

 

「えぇー良いじゃんか別によぉ~食べなくても人は生きていられるんだぞー」

 

「屁理屈を言わないでちゃんと食べるんですってば!子供ですか!」

 

「ぶーぶー」

 

「好き嫌いはよくありませんですぅ!」

 

「うぅー分かったよ食べるってば」

 

「よろしい! 別にアレルギーって訳でもないのにどうして食べないんですか?」

 

「クトゥルフ動画をよく見ていたからかな?魚は大丈夫なんだけど蛸とかがなぁ…なんか怖いんだ」

 

「???よくわかりませんが好き嫌いは駄目ですよ」

 

「はーい」

 

 

 

 

 お土産

 

「シアまた買い物に行ってきたのか?」

 

「はいですぅ。この街は海の幸がいっぱいで新鮮なものばかりですからついつい買ってしまうんですぅ」

 

「まぁお金は大量にあるし宝物庫にぶち込めるけど…なしてそんなに買い込むの?」

 

「えっと…恥ずかしい話なんですけど私たちハウリア族って海の幸を食べたことはないんですぅ」

 

「森が故郷だからね。当然っていえば当然だ」

 

「だから父様たちに食べさせることができたらなぁって思って」

 

「…尊い」

 

「はい?」

 

「めっちゃええ娘やん。よっしゃおっちゃんも協力したろやないか!」

 

「え?ええ?」

 

「よし!それじゃこの市場にある魚を買い尽くすか!ヒャハッーー!!全部強奪じゃーーー」

 

「ちょっ!ちょっと待ってくださーい!そんなに要らないですぅー!!」

 

 

 

 

 

 

 シアは嬉しくて仕方がない

 

「最近シアってミュウのお母さんとよく話しているな。気が合うのか?」

 

「はい!穏やかな人で話をしていると楽しいんですぅ。コウスケさんも交じりますか?」

 

「俺はノーセンキューしておくよ」

 

「???でも本当に楽しいんですよ?お買い物のコツとか物を品定めるためのコツとか値引き交渉や人の持ち上げ方どれもこれも勉強になるですぅ」

 

「そ、そうか」(やべぇ…シアがなんかおばちゃん化している!?)

 

「他にも料理の隠し味や人の好みに合わせる方法なんて最高に楽しいですぅ!」

 

(うさ耳がバタバタしている…本当に楽しくてテンションが上がっているな)

 

「家庭的なことを教えてくれるのは非常に為になって面白いんですよ」

 

(あ…そっかシアのお母さんって…無自覚なんだろうけど…そっかそういう事か)

 

「?どうしたんですかコウスケさん。そんなはしゃぐ娘を慈しむ様な目をして…変ですよ?」

 

「あはは…俺の事は気にしないでミュウのお母さんの所へ行ってきな。まだまだ教わることは多いんだろ?」

 

「はい!それじゃコウスケさんまた後で!夕飯は期待していていいですよ!」

 

「おう!楽しみにしているよ」

 

 

 

 

(お母さんか…かーちゃんもとーちゃんもどうしてんのかなー不甲斐ない息子は異世界で何とかやっているから心配しすぎて体壊さないでくれよー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティオ編

 

 違和感は多かった

 

「なるほどのう、だからコウスケは何かおかしいところがあった訳じゃな」

 

「やっぱ変だった?」

 

「うむ。ウルの町でハジメが町を救うかどうかと騒いでおった事覚えているかの?あの時妙に自信をもって救うと言っておったから妙じゃなと感じておったのじゃ」

 

「あーそうだよね。どうしても流れを知っていると確信を持った言い方になるからなー。違和感バリバリか」

 

「しかし今考えるとお主がしたことは結果的に良かったことかもしれんがの」

 

「そういってもらえると助かる。ほっんとあの時はそれが最善だと思って色々動いていたからな。中々大変だった」

 

 

 

 

 一体なんのために? 

 

「ふむ。しかしお主はいったいどうやってこの世界に来たのかのぅ?読み物の世界に召喚されるなぞ聞いたこともないのじゃ」

 

「うん?…確かに言われて見れば、どうやって3次元の俺を2次元に…て違った、この世界に召喚する事ができたんだ?目的は?何のために?」

 

「ついでに付け加えるのなら一体誰がともいえるのじゃ」

 

「誰がって…糞エヒトじゃないのか?」

 

「もしそうだとしたら何のために?」

 

「うーん俺がいろいろ悩むのを愉悦するため?…なんか違うな」

 

「ふむ理由が見えてこないというのは中々厄介じゃのう」

 

「うーーーん理由かぁ そういえば憑依物で明確な理由づけされている作品って少ないしなー俺ももしかしたらちゃんとした理由なんてものはないのかもな」

 

(…そうか?本当に偶然この世界に来たとお主は思うのか?…こう言ってはなんじゃがハジメの旅に同行するお主は無自覚じゃろうがまるで…)

 

「ティオ?」

 

「ん、何でもないのじゃ」

 

 

 

 

 

 そういえば

 

「気にしないようにしていたんだけど聞いていいティオ?」

 

「ん?なんじゃコウスケ改まって」

 

「ぶっちゃけ尻の具合はどう?香織が加わってからずっと俺はノータッチだったんだけど」

 

「ど直球じゃのぅ、うむ最近は香織の治療のおかげでムズムズすることはなくなってきたの。快復して嬉しいような寂しくなったような変な気分じゃがまぁ時期に落ち着くじゃろ」

 

「良かったー。ずっと気にしていたんだよ。どうなるのか知っていたのに何もできなかった身としては申し訳なくて仕方がなかったんだよ」

 

「それほど気にする必要はないんじゃが…責任感が強い奴じゃ」

 

「いや普通女の人に変な性癖目覚めさせてしまったら責任感じるだろ……あ!?」

 

「?どうしたのじゃ」

 

(そういえばどМってティオのアイデンティティじゃねえか!アイデンティティが無くなっちまったティオってどうなるんだ?どうなっちまうんだ!?)

 

「コウスケ?」

 

(嫌でも治せるものなら治した方が良いだろ?俺間違ったことはしていないよな?…こればっかりは分からないな)

 

「ふ―む何を悩んで居るかはわからぬが妾は治してくれて感謝しているぞコウスケ。ありがとうなのじゃ」

 

「ティオ…」

 

(でもキャラが薄まったような気がするのは気のせいですかねぇ…)

 

 

 

 

 

 

 香織編

 

 わだかまり解消?

 

「と言う訳でゴメンね。香織ちゃん。俺南雲を助けることができなかったんだ」

 

「そんな事…いえ、ハジメ君が気にしていないなら私からは何も言わないよ。思う事はあるけど…」

 

「うむむ。これから頑張るからそれで帳消しにしてくれる?」

 

「ううん。そんな事を言わないでこれからもハジメ君と一緒にいてくれれば私はそれでいいの。コウスケさんと一緒にいるとハジメ君本当に楽しそうだから…」

 

「ぬぅ。そー言われると複雑だが…って何弱気になっているんだ香織ちゃん!そこは『私のハジメ君に近づかないで!この糞ホモ野郎!』っていうぐらいの啖呵を切らないとだめだぞ!」

 

「えええ!?ホ、ホモって…コウスケさんそんな人だったの!?」

 

「違うわい!俺はノーマルじゃ!でもそれぐらい言ってくれなきゃあのヘタレ野郎の女たらしの彼女になるのは難しいんだぞ!しっかりしてくれよ!」

 

「彼女…が、頑張ります!」

 

 

 

 

 

 恋する乙女を激励する

 

「そもそも香織ちゃんもっと頑張ってくれないと俺が2828できないじゃないか」

 

「2828って…」

 

「俺さ、好きなカップルが幸せそうにしているのを見て砂糖をうぇ~って吐きたい人種なの。別名カップル厨って言ってもいいけどさ、とにかく甘酸っぱい青春を見るのが好きなんだ」

 

「カップル…」

 

「正直今の君に恋敵はいない。南雲のヒロイン枠は君でおさまっていると断言してもいい」

 

「はっ!?そういえば原作っていうところではハジメ君はユエやシアに告白されているんだった!」

 

「その通りよ。しかし恋敵はいない。ならば焦る必要はないとしても、ゆっくりじっくり確実に南雲を攻略しなければならない」

 

「(;゚д゚)ゴクリ…な、なら既成事実を…」

 

「だから焦るなって言ってるでしょ!この馬鹿チン!」

 

「ひゃう!」

 

「いいか?童貞はな、好意をむき出しにしてくる美少女がほしいとは思いつつもいざ好かれると驚いて疑心暗鬼になっちまうんだ」

 

「ふむふむ」

 

「『この子は俺が好きなの?いやぁまっさか~どうせからかって馬鹿にするんだろ』見たいな感じでな」

 

「むぅ!そんな気持ちは一つも持っていないよ!」

 

「香織はそう思っているかもしれなくても相手がそう感じてしまったらおしまいだ。なんせ全ての行動が裏目に出ちまうからな」

 

「ならどうすれば…」

 

「簡単だ。さっき言ってたこととは矛盾するかもしれんが少しづつ少しづつあなたが好きっていう態度を出すんだ」

 

「でもそれじゃあ!」

 

「焦んな。男って生き物は馬鹿なもんでさ、女の子のさりげない動作をすぐに勘違いするんだ『お!?コイツ俺に気があるんじゃね!?ウッヒョーモテる男はつらいねぇ~』って感じにな」

 

「さりげない行為…手をつなぐとか?」

 

「フム悪くないかもしれんがちっと急ぎすぎかもしれん。そこはさりげなく上目遣いがいいかもな。…いいか香織。絶対に焦らずに確実に距離を縮めていくんだ。獲物を狙う蛇や息をひそめ狩りの瞬間を待つライオンの様に!」

 

「うん分かったよ!絶対にハジメ君をモノにして見せる!」

 

「いようし!よくぞ言った!それでこそ突撃天然美少女香織ちゃんよ!」

 

 

 

 

 

 ルートはもう入ってます

 

「あ!そういえばハジメ君が顔を腫らして帰ってきた時なんだけど」

 

「う!それ俺のせいじゃん!青春の一ページとは言え悪いことしちゃったな」

 

「それについてはハジメ君は気にしてないから問題ないよ。嬉しそうだったし」

 

(嬉しそう?…アイツ、マゾの可能性があるのか?)

 

「えっと多分違うよ?コウスケさんと分かり合えてうれしかったって言ってたよ」

 

「…アイツなんでそんな恥ずかしい事言えるのかな」

 

「照れているところ話を戻すけど、その時私ハジメ君と会話することになって」

 

「ふむ」

 

「それでミュウの家まで送ってくれたときにいきなりハジメ君に頭を撫でられたんだ」

 

「マジかよ!?」

 

「なんか壊れ物を扱うような感じで…思い出すと恥ずかしいけどちょっと気持ち良くて…えへへ」

 

「香織!惚けている場合じゃないぞ!こりゃあ脈ありだ!」

 

「本当!?」

 

「おう!間違いねぇ!何かしらの心境の変化があったのかもしれんが…へっへっへ隙を見せたな!なぐもきゅ~ん!」

 

「脈あり…えへえへへ」

 

「ふぃひひひ…今に見てろよてめえのすまし顔!真っ赤なゆでだこにしてやるからなぁ!」

 

 

 

 

 

 どうして?

 

「所でなんでそんなに私の恋路に協力してくれるの?」

 

「んん?そんなにおかしいか?」

 

「ううん。そうじゃなくて…どうしてそこまで応援してくれるのかなって」

 

「んーあんまり言いたくないけど…別にいっか」

 

「?」

 

「実は俺さ原作で一番好きなキャラが序盤の南雲と白崎なんだ」

 

「む、違う世界の私達を好きって言われると変な感じ」

 

「すまんな。ともかく、あの初心な感じが好きだったんだけど…白崎は不憫属性だがなんだがと言って当て馬みたいなキャラになっちゃって…」

 

「…」

 

「俺の好きなヒロインにはならなかったんだよなーまるでハーレム要員のための都合のいい女みたいでさ」

 

「なんか違う世界の私だけど悲しいね」

 

「あの子はそれでも幸せそうだったがな…でもやっぱ変だろ?惚れている女の子全部蹴落として一番になるっていき込んだ女の子がいつの間にか親友の八重樫さえもハーレム要員になるのを許容しちゃってさ。なぁ香織」

 

「なに」

 

「もし八重樫が南雲の事を好きだって言ったらどうする?」

 

「絶対に渡さない。いくら親友でも共有するなんてありえない。雫ちゃんは私の大事な人だけどそこだけは絶対に譲らない。何があっても」

 

「だよなぁ。だからその八つ当たりも含めて南雲と香織ちゃんには幸せになってほしいかなって」

 

(…でも、それだけだったら悲しいなぁ)

 

「無論それだけじゃないよ。それはあくまで動機であって今はただ君と南雲が幸せにいちゃついているところが見たいんだ。すっごくね」

 

(あとはまぁ自分が体験する事ができなかった彼氏彼女関係をまじかで見てみたいと言う物もあるけど…これは藪蛇かな)

 

「…ふふ、コウスケさんって変な人なんだね」

 

「まぁね。というわけでそんな変人に応援されることになった香織ちゃん頑張って南雲を幸せにするんだよ」

 

「はい。でも」

 

「ん?」

 

「コウスケさんもちゃんと幸せになってね。じゃないと私もハジメ君も心の底から笑う事ができないから」

 

「…うん。善処するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(所でさっきまでの会話全部聞こえているんだけど…隠れていた僕が言うのもなんだけどさ、2人とも注意力散漫じゃない?…はぁどうしよう本気で迫られたら絶対にコロッと落ちるよね僕)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにまだ続きます
気が向いたら感想お願いします


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交流をして訓練を頑張って考える ふぉーてんごー

短いです
勢いで書いたのです。

会話が多いです。力不足を感じます


 

 

 

 

「所で南雲、お前空中戦はできるよな」

 

 エリセン郊外の海の上のさらに潜水艇の上でコウスケはハジメに確認を取っていた。

 

「うん。天歩の技能で空を駆けあがることができるよ」

 

「駆け上がるって…今更だけど化け物染みているな」

 

「それをコウスケが言うの?」

 

 軽く雑談をしながらコウスケは宝物庫から2人で遊びながら作った大剣『竜殺し』と『段平』を取り出し重力魔法を使って空中に浮かべる。

 

「……あれ?コウスケそれ…」

 

「ん?これかいつか2人で遊びながら作っただろ?ガッツが使うような剣を作ろうってさ」

 

「そうじゃなくていつの間に重力魔法の扱い方がうまくなっているの!?」

 

「お前と殴り合ったあの日からなんかうまく扱えるようになっていた。そのうちやろうと思えば空も飛べるかもな」

 

 冗談はともかく空に浮かべたふた振りの大剣はコウスケの視界の中でぶんぶんと回転する。中々うまく扱えることに微笑むコウスケ。

最も集中しないと動かせないので実用性は皆無なのだが…

 

「所で話は変わるが振動剣ってロマンだよな。一瞬でもふれたら即死って所ら辺がアホっぽくて」

 

「浪漫だね。実際あったら堪ったもんじゃないけどさ」

 

「だよな。さらにだけど大剣二刀流ってすごいと思わないか」

 

「なんだそれ、振り下ろしとかち上げ薙ぎ払いしかできないのに二刀流?考えた奴馬鹿なんじゃないの」

 

「ところがどっこい空中で使えばあら不思議。意外といけるかも?」

 

「ははは普通の人間がそんな事できる訳ないじゃないか」

 

「だよな」

 

「でしょ」

 

「「HAHAHAHA」」

 

 笑いあうがコウスケの目が一つも笑っていないことに嫌な予感がするハジメ。

 

「じゃこれが一撃必殺振動剣二刀流だと思って空中訓練をしようか」

 

「やっぱり!?チクショウいったいどんな敵だってんだよ!」

 

「がんばれ南雲。練習はきっと無駄にならないぞ」

 

「他人事だと思って!」

 

 空に駆け上がるハジメを追跡し両断するように大剣を操るコウスケ。コウスケの視界の中では無茶苦茶な速さで振るわれる大剣二本をギリギリに躱すハジメがいる。

 

(頑張れ南雲!これぐらい突破しないと神の使徒には勝てねぇぞ!)

 

 心の中では激励しながらも全く持って手加減する気がないコウスケだった

 

 

「チックショー!一体どんな敵か知らないけど絶対にぶっ潰す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユエは冷や汗をかいていた。いつかはそうなるかもしれないとは感じてはいたが、まさかここまでだったとは。

 

「っく『雷龍』」

 

 雷を纏った竜が標的を食い破ろうと向かうがあっさりと青の壁にふさがれ瞬く間に消滅してしまう。

 

「『嵐龍』『蒼龍』」

 

 続いて風を纏う龍と炎の龍を放つがこれらも全く持って青の壁を崩すことができない。冷や汗をぬぐいながら青の壁を睨みつけると

その向こう側から声が飛んできた

 

「おいおいどうしたそれで終わりかユエ。もしかして手加減している?全力でやってもいいんだぞ?」

 

「…むぅ」

 

 気遣っての言葉だろうがあいにくこちらは割と本気でやっているのだ。少しばかりイラッとする。 

 

「へいへいピッチャービビってるぅ~」

 

 カチン

 

 自分の中のナニカがキレる音がした。怒りのままに必殺の空間魔法を唱える

 

「“斬羅”」

 

 ガキンッ!!

 

 空間魔法“斬羅”。空間に亀裂を入れてずらす事で、対象を問答無用に切断する魔法である。

 金属音のような音を立て青い壁が切り裂かれるがやはりすぐに修復されてしまった。最も一瞬見えた相手の顔はかなり驚いていたようだが…

 

「あのユエさん?今何かかなりやばそうな魔法名が聞こえたのですが…」

 

「ん、コウスケが煽るから」

 

「あれ生身でくらってたら絶対首ちょんぱだよな…恐ろしい」

 

 恐ろしいものを見るような目でこちらを見てくるが防御不可能なはずである魔法を防いで見せたそっちの方が恐ろしい。内心悪態をつきながら相手…コウスケを冷ややかな目で見て溜息を吐くユエ。

 

 

 現在コウスケはユエと一緒に訓練をしていたのだ。今後の事を考えてもやはり油断はできない。そのためにも自分がサンドバックになるつもりでユエに魔法を撃ってもらっていたのだが…自分の技能である『守護』がかなりの強化をされてしまっていてユエに冷ややかな視線を受けているのだ。

 

「異常すぎる、変」

 

「んなこと言われてもー」

 

「変人、変態、ヘタレ、スケベ」

 

「おおう全部防いだからかディスが酷い」

 

 中々に怒っているユエをなだめながらも訓練内容を思い返す。訓練はいたって単純でユエの魔法をずっと防ぐと言う物だが未だにこちらの守護が敗れた事がない。

 

 ちなみにシアとティオとも訓練をしたがシアからは「壊れない。徒労感が酷い」ティオからは「レーザーを防がないでほしい。自信を無くす」と酷評されてしまった。

 

「むむむ、しかしどうしてこうここまで強固になったんだろう?成長期?」

 

「恐らく精神的な物。良いことでもあった?」

 

「そう言われると…まぁ一つしかないよな」

 

 仲間に自分の事を話して楽になれたのが原因の一つだろうか。良いことではあるのだが、自分が中々単純な事に苦笑してしまう

 

「やっぱり不安な事は誰かに話すって大事だな。 それにしてはちょっと単純すぎるけどさ」

 

「ん。でもコウスケなんでそんなに魔力量が多いの?」

 

 ユエが不思議そうに聞いてくるがコウスケにだってわからない。確かに枷が外れたような感じはするが…。同じように首をひねりながら考える

 

「うーん?天之河の身体だからか?…それは流石に認めたくないな。なんか腹が立つ」

 

「…コウスケはもともと魔力量が豊富だった?」

 

「なんだそりゃ?理由、理由ねぇ…訓練の成果が出てきたから!」

 

「そんな簡単に強くなれるものなの?」

 

「そー言われると自信を無くすな」

 

 2人で考えてみるも結局わからず、強力になったのだからそれでよしと言う話になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし俺は本当にどうやってここに来たんだろうな?」

 

「……それなんだけど」

 

 場所はミュウの家の屋根の上。ハジメと一緒にコウスケは雑談をしていた。特に中身のない会話の中でコウスケはいったいどうやって召喚されたのかと言う話になった

 コウスケが何気なくつぶやいた言葉にハジメが何やら考えた後口を開く

 

「んー何か思い当たる事でもあるー?」

 

「関係ないこともかもしれないんだけどさ、ちょっと聞きたいんだけど、グリューエン火山で休憩していた時のこと覚えている?」

 

 ハジメの言葉に思い返すコウスケ。確かあの時は想像以上の暑さにかなり参っていたのだ。真夏の暑い日にヒーターの熱風を直撃しているような考えられない暑さだった。そこで休憩のために部屋を作りそこで氷を作り涼んでいたのだ。

 

「あーあったな。あん時は熱くて仕方なかったなーあん時がどうかしたか?」

 

「あの時どんなことを話していたのか覚えている?」

 

「んっとゲームのキャラに謝っていた」

 

「うん。他には?」

 

「香織ちゃんと一緒に迷宮に入らなくて良かったって言ってた…正直あの時は原作内容をぽろっと言ってしまったんじゃないかとヒヤヒヤしていたからなー」

 

「覚えていないかもしれないけど迂闊な所結構あったよ。あの枯れている大樹を見て知っている言い方していたし」

 

「マジか!?うわぁー」

 

「あはは、それはいいとして、他には?」

 

「む?…うーん?何でこんな迷宮を作ったんだ―って愚痴ってたぐらいかな?」

 

「その内容は覚えている?」

 

「全く持って覚えていません」

 

「なるほど…」

 

 ふむふむと言い考え込むハジメ。いったい何だろうとコウスケが疑問を抱くもすぐにハジメから質問が出てくる。

 

「次に聞きたいんだけど、解放者たちの間に行った時のどんなことを考えていたの」

 

「んん?別にかまわないけど…そーだなオスカーの時はなんか悲しかったな。一人で死ぬなんて悲しいって思った」

 

「確かあの時思いっ切り泣いていたよね」

 

「恥ずかしいから忘れてくれ、次ミレディの時は…」

 

「そういえばあの時コウスケだけ一人取り残されていたよね。いったい何があったの」

 

「それなんだが、なんかサバ折食らった」

 

「サバ折!?」

 

「急に抱き着かれてそのままサバ折を食らった。ものすごく痛かった」

 

「……よし次に行こう」

 

「スルーしやがった。 まぁいいかナイズの時は…なんか一瞬マッチョな男の幻が出てきた」

 

「幻影?僕は見なかったけど?」

 

「一瞬だったからな。んでなんか悲しそうな顔をしていたな」

 

「ふーん」

 

「次はメルジーネなんだが…あれ一体何だったんだ?」

 

「…僕に聞いてもさっぱりだよ。今までの大迷宮でなにか共通することはなかったの」

 

「共通すること…かどうかは分からないけど、なんか…辛かったな」

 

「そう。ねぇコウスケ言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど中学の時の事を覚えている?」

 

「さっきから脈絡がないような…まぁいいか中学かー正直辛かったことが多すぎてあんまり覚えていなんだよなー」

 

「覚えていないの?」

 

「つらい出来事には蓋をするっていうのかな?すぐに忘れようとするんだ。ほら、過去に嫌なことがあっても明日は良いことがあるかもしれないって思うだろ?その時に過去の事でいちいち暗くなるわけにはいかにしさ」

 

「そっかありがとうコウスケ。 …やっ…ゃ……でも……き…それに…天之河…な…ほう?…」

 

 そのまま顎に手をやりコウスケを見たまま聞き取れない声で何事かを呟くハジメ。さっきから一体何だというのか。聞き返そうとした所でハジメは宝物庫から何かを取り出す。

 

「悪いんだけどこれ預かってもらってもいいかな」

 

 ハジメが取り出したのは今までの大迷宮を攻略した証でもある、オスカーの指輪とミレディの指輪、ナイズのペンダントにメルジーネのコインの四つだった。

 

「攻略の証?そんな貴重品をどうして?」

 

「まぁまぁ受け取ってくれる?」

 

 差し出された以上嫌とは言えず、受け取るコウスケ。替えのない貴重品なので出来ればハジメが持っていてほしかったのだがやんわりと断られてしまう。

 

「それは君が持つべきものだ…て言ったらなんかカッコよくない?」

 

「そりゃそうだけど…大丈夫かな 無くさないかな?」

 

「『それを捨てるなんてとんでもない!』ってことになるから大丈夫だよ」

 

「ドラクエかよ!?」

 

 なんだかんだで大迷宮の攻略した証を大事そうに懐に入れながらもツッコミをするコウスケ。結局の所なぜ召喚されたのかを分からずじまいなコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「憶測だけど君は……まぁいいか、いつか分かるときがくる。それまでは黙っておくことにするよコウスケ」

 

 

 

 

 

 

 




さっさと番外編を書きたいものですが中々難しいです。


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番外編 闇より深く

時間がかかる―この話のため過去の話を改変します。申し訳ないです
前半より後半の方が筆が進む進む。

気が付いたら投稿してから半年もたったんですね。早いものです。
最初に始めたときのビクビクオドオドしながら投稿していた時が懐かしいです。
まさかスランプや自分の設定に疑問を感じたり上手く書けないことに苦悩するとは思ってはいてもここまでだとは感じませんでした。
今もなんとか投稿できているのは皆様のおかげです。心より感謝を


 

「……来たか」

 

「お待たせしました団長」

 

 深夜。王宮の外れにある場所で2人の男が向かい合っていた。一人はハイリヒ王国騎士団長メルド・ロギンス。もう一人は副長のホセ・ランカイドだ。

 

「問題はなかったか」

 

「はい。誰にも見られていません。とは言え、あまり長居はできないでしょうが」

 

「深夜に騎士団のトップがこんな場所で密会だからな。」

 

 メルド達がいる場所は王宮の敷地内にある墓所だ。ここにはよほどどのことがない限り人が来る場所ではないのだが今現在、そうも言ってられない事情があった

 

「今、兵団や貴族たち…言い方を変えよう。この虚ろになっている者はどこまでいる」

 

「…下級騎士には見当たりません、しかし貴族達や王宮内部の人間には数が見られます」

 

「そうか…やはりじわじわと増えてきているな」

 

 メルドがホセと密会している理由。それはコウスケが言っていた虚ろの調査によるものだった。虚ろとは簡単に言えば無気力な者たちの事を言う。受け答えははっきりとしているし、仕事もちゃんとこなすのだが、どこか覇気がなく笑う事が無くなり人付き合いも消極的になり部屋に引きこもってしまうのだ。

 

 魔人族との交戦から王宮に戻った後、騎士たちには姿の見えない裏切り者に警戒するよう騎士団だけが知るメッセージで拡散させ調査を進めていたのだが…警戒されているのか裏切者の正体はつかめずにいた。

 

「調査は一向に進まず数が増えていくばかりか…あれほどまでに啖呵を切ったというのになんて無様なことだ」

 

「…しかし団長。その、なんと言いますか…本当にこれは何者かの攻撃なのでしょうか。単に気が抜けているだけなのでは?」

 

 恩人から助言に上手く対応できないメルドの自虐に対してホセは遠慮がちにそうたずねてくる。副団長の立場としては団長の考えに対し別の角度からの否定的な意見を出すのは職務でもあるのだ。

 しかしメルドはその可能性を否定する。確かに虚ろと呼ばれていても問題がないように見える。しかしどうしても楽観視することはできないのだ。それに命を救ってくれた恩人の事もある

 

「ホセ、そうかもしれん、しかしだからと言ってこのままでは手遅れになってしまう気がするのだ。気を引き締めろ。お前まで虚ろになってしまったらシャレにならん」

 

「そうですね。失礼しました」

 

 メルドの言葉に改めて気を引き締め直し咳ばらいを一つ。ホセは改めて口を開く

 

「それで団長の方は?陛下に何か影響は?」

 

「陛下の方は…」

 

「どうしました?」

 

 言うべきだろうか。神に傾倒しすぎていると。メルドはコウスケから神と呼ばれているエヒトが命をもてあそぶような輩と聞いている。

 そんな神に傾倒してしまい、虚ろの本格的な調査を願い出たにも関わらず却下してしまった陛下の事を副長になんて説明すればいいのだろうか。

 

「大丈夫だ問題ない」

 

 口から出てきたのは自分と部下を無理矢理安心させるような言葉だった。今ホセに言っても余計に混乱させるだけかもしれなかった。

なら虚ろと裏切者のことを調べ終わってから話をするべきだと結論づけた。その後虚ろに対しての情報をいくつか交換していく。

 

「そういえば団長。その剣どうなされたんですか?」

 

 ホセがふとメルドの腰にさしてある剣に気が付く。いつもの持っている騎士剣とは違って真新しいものだったのだ

 

「これか? 実はある冒険者から渡されてな。直々に俺に渡す様に依頼されていたらしい」

 

「わざわざ団長にですか? それもこんな業物を?」  

 

 渡して来た冒険者はメルドの面識の無い青年だった。青年はじっとメルドの顔を見つめた後何かを納得したのか剣を渡してきたのだ。

 

「ああ、送ってきた人間には心当たりがあってな。それで受け取ったんだが…王国のアーティファクトに勝るものだな」

 

 青年に頼んだ人間はどうやらコウスケらしく、色々と手回しをしようとしてくれたらしい。その結果が武器と言うのはなんだか微笑ましいものだが…

 

「しかし、こんなはずではなかったのだがな…」

 

「ええ、魔人族の事に集中したかったのですが…まさか内部がこんなことになるなんて」

 

 メルドの言葉にホセが相槌を打つ。それもそうだとメルドは思う。本来なら魔人族に対して何か有効な手段はないかと検討し作戦や準備をするべきなのだが、裏切者や虚ろなどに注意を向けなければいけなかった。

 

(本当なら、魔人族に対して共に戦えると思っていたんだが…)

 

 召喚された少年少女に対して言いようのない気持ちになってしまう。どうしてこんなことになってしまったのか。悩むメルドはついポツリと漏らしてしまう

 

「…俺達はいったいどこで間違えてしまったんだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 その声が聞こえた瞬間メルドはすぐさま臨戦対応を取った。しかしあまりにもすべてが遅すぎた。一瞬黒い影に覆われたかと思うと体に力が入らなくなり崩れ落ちてしまったのだ。

 

「ぐっ…誰だ!」

 

 声からして相手は若い。気力を振り絞り剣に手をかけ、辺りを見回す。隣にいた腹心の部下であるホセはうつ伏せに倒れてある事と詠唱がほとんど聞こえなかった事から相手の力が自分より上だと認識してしまう。

 

「へぇ、流石は騎士団団長。そこら辺にいるモブ共とは格が違うってか。 最も無駄で無意味で無価値なことなんだけどな」

 

「お、お前は…」

 

 暗く近づいてきた相手にメルドは驚愕した。何故ならその人物は…

 

「どういうつもりだ!清水!」

 

 畑山愛子と共に帰ってきた清水だったのだ。 清水は一度行方をくらませたことを謝りに来たことがあったがそこからずっと顔を合わせていなかったのだ。

 行方不明になっていた理由は魔人族がかかわっておりその事に罪悪感を感じているのだろうとそっとして置いたのだが、その気遣いが裏目に出てしまった。 

 

「どうって…見て分から無いのか?あんまりオレを失望させないでくれよ」

 

 その時メルドは清水の目を見た。見てしまった。自分を人間として見ていない道端に転がる石を見るような無感動さを持つ目。闇と言う闇をもっと深くしたような黒く染まり切った眼。人間はここまで変わってしまうのかと錯覚するほどまでに変貌した顔つき。臓腑が抉られ心臓を握りしめられているような殺気どれもがメルドが知る清水幸利ではなかった。

 

「が…ぐぅうう!!」

 

「やれやれ意地の悪い奴だ。さっさとくたばれよ。堕落し、崩れるように堕ちていけ『冥土』」

 

 立ち上がろうとするも清水の容赦のない蹴りがメルドを襲う。抵抗ができず仰向けに転がってしまう。それでもなお動こうと一矢報いようとするも清水の詠唱によって出来た影がズルズルとメルドの前にいるホセを覆っていく。

 

「や…めろ!何故だ!何故こんな事を!?」

 

 何らかの対策でもされているのか魔法を唱えようにも魔力が集まらず、肝心の力も入らない。それでもなお心までは屈さない様清水に怒鳴るメルド。

 

「…はぁ 自分の目的をべらべらと喋る馬鹿がどこにいるっていうんだよ。頭沸いているんじゃねえのか」

 

 心底馬鹿にした言葉と共に影がズルズルとメルドを覆っていく。もう口さえも覆われてしまった。視界のすべてが影に覆われ、意識が奈落に落ちるように転がり落ちていく寸前

 

(すまないコウスケ…お前は信じてくれていたというのに俺は…何もできなかった…)

 

 自分の命を救ってくれた恩人に謝るしかできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや素晴らしいお手並みだったねぇ~あの騎士団長を僅かひと手間で行動不能にさせるなんて~」

 

 メルドが倒れ静寂となった墓地にねばりつくような声が響く、清水が面倒そうに声がした方向に振り向くとそこには裏切者と檜山がにやにやと笑っていた。

 

「…事前に魔法陣を引いていたからな。あとは大量のスクロールを用意すれば事足りることだ」

 

「それにしたって僕ではこうも鮮やかにやる事はできなかったよぉ~流石は闇術師、君を仲間に引き入れて正解だった」

 

 クスクスといやらしく笑う裏切者に清水は興味をなくしたように視線を外し倒れ伏したメルドとホセに近づく。

 

「んで、こいつらどうするんだ。貴族共と同じようにサクッと殺っちまうか?」

 

 檜山は王国騎士団最強であるはずのメルドが手も足も出ずに倒れたことに愉快なのか嬉しそうにメルドの頭を足で小突く。

 

「いや、このまま俺の闇で洗脳し、駒にする」

 

「おや良いのかい?僕の魔法で傀儡にした方が手間が無くて楽だよ?」

 

 裏切者の提案に一瞬何か考えるもすぐに清水は否定した。

 

「確かにお前の魔法なら死んだ人間に対して絶対的だ、その方が手間が無くてすぐに終わる。だがなそれじゃあ駄目なんだよ」

 

 清水が吐き捨てるように言うと、裏切者は目を細める。どうやら自分の魔法が馬鹿にされたと感じたらしい。清水は気分を害した裏切者に謝ることもなく淡々と事実を述べる

 

「どうしてだい?僕の魔法に何か不満でもあるの?」

 

「不満だらけだ。何だあの覇気のない顔をした死体共は?いくらなんでも不自然すぎるだろ。こいつらがいくら考えなしの頭がパーでも疑問に思うってことは他の奴が気付いても可笑しくねぇんだよ」

 

「あ~確かにそうだねぇ でも考えすぎじゃないかい?現に気付いたのはこいつ等だけで後の皆は疑ってすらいない」

 

「そうだぜ、こいつの言う通りだ。まさか死体が動くなんて考える奴なんて此処にいる訳ねぇだろ」

 

 檜山も裏切者に同調するようにはやし立てるが清水は全く持って動じない。むしろ視線が馬鹿を見るような目つきに変わっていく。

 

「…はぁ馬鹿だ馬鹿だと思っていたがここまでだったとは…」

 

「あぁん!?なにを言ってんだ!」

 

「問題大有りだろ。八重樫にでも気づかれてみろ。勘の良いアイツが一声周りに言えばすぐに他の奴も疑問に思っちまう。その中身のない頭ではそれぐらい分かんねぇのか?」

 

「言わせておけばテメェ!!」

 

 日本にいたときは大人しかった清水にここまで馬鹿にされたことが檜山の癪に障ったのか胸ぐらをつかみ上げ怒鳴りあげる。まさしく一触即発の雰囲気だった。そこにパンパンと手のなる音がする。2人の諍いを面白そうに見ていた裏切者だ。

 

「はいはい、熱くなるのはそこまでだよぉ~それほど言うのなら清水君に任せようかなぁ随分と自分の魔法に自信があるみたいだし~ …それにしても随分と性格も変わっているね。行方不明になっていた間一体何があったのかな」

 

「…ご想像にお任せする。後、オレは失敗して惨めな思いをしたくないからこんな手間をしているんだ」

 

 檜山の手を乱暴に振り払うとメルドのそばにしゃがみ込み詠唱を唱え始める清水。檜山は舌打ち一つするとその場から離れる。なんだかんだともめてはいたが清水の魔法の凶悪さは認めざるを得なかったからだ。

 

「ッチ。オイこいつを本当に引き入れてよかったのかよ。そりゃコイツの魔法のおかげで上手く行ってるけどよ」

 

「なら問題ないじゃないか。本当はもっと時間をかけて進めるつもりだったんだけど、彼のおかげで計画が早急に進んでいるんだから。

しっかしメルド団長ったら本当にお馬鹿さんなんだねぇ~ まさか騎士の殆どが清水君の魔法にかかっているなんて思いもし無かっただろうね」

 

「お前が死んだ人間に対して一番効力のある天職なら、オレの天職は()()()()()に対して絶対的だからな」

 

 洗脳を終えてしまったのか清水が立ち上がり不敵な笑みを浮かべる。その後ろではメルドとホセが黙ったままその場に直立していた。

 

「もう終えたのかい」

 

「ああ。これで最大の障害はクリアした」

 

「へへっなら後は八重樫に気付かれないように行動すればどうってことはないな」

 

「その通り。あの銀髪の女のおかげで国王は頭がぶっ飛び中だし、教会は最初から障害ですらない。団長さんを落とした今もう、僕達を止める存在はいない」

 

 裏切り者の声音に狂気があふれだす。これから先の未来に思いをはせ、哄笑しながら愉悦とそれ以上の狂気をにじませながら宣言する

 

「さぁ、加速して行こう。坂道を転がり落ちる石の様に。終わりに向かって僕の望んだ未来に向かって」

 

 清廉さがあったはずの墓地は、その瞬間、悪意と敵意でべっとりとコーティングされた哄笑が響いていたのだった。

 

 

 

 

 




書籍版のあの場面を借りていろいろしています

しっかし清水が出てくると台詞が浮かんで仕方ないし筆がスラスラ進むのです。
とても助かっています。

あともう一つ番外編をやるつもりなのですが…さっさと第5章に入ってしまいたいとも思っています。(無理に入れなくても問題ない個所ですし色々終わった後でも大丈夫な場面ですので)

後で活動報告更新しておきます 気が向いたら感想お願いします


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第5章
再会と理由


遅れて申し訳ないです。一応骨組がある程度完成しているので肉付きをしながら投稿することにします。
何分久しぶりなので変な所がありますがご了承お願いします


 

「ぐぅ…ここで…こんなところで倒れる訳には…」

 

 40人と言おう男たちに囲まれながらリリアーナは結界魔法『聖絶』を維持しながら歯を食いしばっていた。

 

 コウスケ達と別れ王宮に戻ったリリアーナは召喚された者たちの支援をしながら国王に戦争に参加させるのをやめさせようと準備しているときだった。

 

 王宮の空気はどこかおかしく違和感があったのだ。 父親であるエリヒド国王は、今まで以上に聖教教会に傾倒し、時折、熱に浮かされたように“エヒト様”を崇め、それに感化されたのか宰相や他の重鎮達も巻き込まれるように信仰心を強めていった。それだけではない

 

 妙に覇気がない、もっと言えば生気のない騎士や兵士達が増えていったのだ。顔なじみの騎士に具合でも悪いのかと尋ねても、受け答えはきちんとするものの、どこか機械的というか、以前のような快活さが感じられず、まるで病気でも患っているかのようだった。

 

 そのことを、騎士の中でもっとも信頼を寄せるメルドに相談しようにも、少し前から姿が見えず、時折、龍太郎達の訓練に顔を見せては忙しそうにして直ぐに何処かへ行ってしまう。結局、リリアーナは一度もメルドを捕まえることが出来なかった

 

 そしてついにはハジメ達の異端者認定が行われてしまったのだ。異端者とはこの国にとって最も重罪の一つである神の敵という事になる。それは国が全力をもってハジメ達を敵とみなすという事だった

 ウルの街を救った英雄のはずなのにあまりの強硬策にリリアーナが抗議するも父親であるエリヒドは全く持って聞き入れてはくれなかった。

 むしろ、抗議するリリアーナに対して、信仰心が足りない等と言い始め、次第に、娘ではなく敵を見るような目で見始めたのだ。

 

 何時にもなく恐ろしくなり素直に聞き入れたように見せかけリリアーナはその場から逃げ出しこの異常な状況を愛子に相談をしたのだ。

 愛子も思うところがあり生徒たちにハジメから聞いた話を話そうとしていたようなので、準備をしていたところ愛子が銀髪の修道女に

誘拐されてしまったのだ。

 

 リリアーナは隠し通路に逃げ込んだため難を逃れたが余りにも運がないというような状況だった。現状王宮内部には頼れる人間はどこにもいない。家族である弟のランデルに母親のルルアリアなら信じてくれるかもしれない。しかしそれは大切な家族を危険に巻き込む可能性がある。むしろもう手遅れに近いかもしれない。

 

 悩むリリアーナはすぐに即決した。すなわち今、王宮外部にいる人間に助けを求めようとすることにした。候補として真っ先に上がったのが召喚されてきた人たちの中で親友と呼べるほど仲が良くなった香織だった。彼女ならきっと事情を聞いたらすぐに力になってくれるはず。

 そして香織のそばには…

 

(本当ならこの世界の事情になんて巻き込みたくなんてないんですけど…)

 

 リリアーナに脳裏に映るのはよく笑いよく悩む、見ていて飽きないしかしどこかお人好しなコウスケの顔があったのだ。きっと彼も事情を知ったら力を貸してくれるかもしれない。でも巻き込みたくはない。相反する感情を持ちながらも会えたらいいという気持ちもあった。

 

(でも、こんな状況では…)

 

 国を出る時ユンケルと言う商人の隊商があったので便上させてもらったのはよかったのだが、そこで賊の襲撃にあったのだ。

 一応武術や魔法の訓練はしているとはいえあくまでもリリアーナはこの世界において一般的な力しか持たない。聖絶の力で結界を作り時間を稼いでいるがいつまで持つかはわからない。

 

 なんとしてでもこの窮地を脱し生きて香織と会わなければと思うが体はその思いについて行かない。

 

(駄目…!もう魔力が…)

 

 リリアーナの願いもむなしく結界が切れてしまった。結界が消えたことを確信した賊達は一斉に襲い掛かってくるリリアーナのほかにも護衛はいるが十五人と賊に比べて明らかに数が少なく全滅は時間の問題だった。

 そしてついに魔力切れでふらつくリリアーナの目の前に下卑た笑みを浮かべた男が剣を近づいてくる。

 

「ヒャハハ!久しぶりの女だぁ!いっただきま~っす!!」

 

 男が剣を振り上げ襲い掛かってくるがもう避けるほどの力は残されておらずリリアーナは立っているのが精一杯だった。見ている景色がスローになっていく中リリアーナは無意識に助けを求めていた。

 

 ここにいる筈なんていないのに、それでもリリアーナはどこか縋るように。

 

「……コウスケさん…助けてください」

 

 リリアーナの小さな、されど願いを込めた呟きは風に流されるように消えていく筈だった。

 

 

 

 

 

「ヒィィィイイイイヤッホゥゥウウウウウウウ!!!!!!」 

 

「ぐべぇあ!」

 

「え?」

 

 しかしその願いは確かに届いたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハローリリアーナ王女無事だった?大丈夫?怪我していない?」

 

 

 エリセンの町を出発してからサクッとアンカジ公国のオアシスを再生させ異端者扱いしてきた教会連中を歯牙にもかけず割と順調にハジメ達は王宮を目指していた。コウスケが王宮で事件が起きるとハジメ達に説明しまた、神代魔法の一つが神山にあるという事なので移動している最中だったのだ。

 

 コウスケとしては胸中面倒なことは避けたくなるも仕方なしと考え気分転換に2輪駆動をハジメから借り移動していたのだ。

 シアとの操縦席を掛けた熾烈なじゃんけん勝負に勝利をおさめ風を気持ちよく浴びているときに賊を発見しリリアーナとの再会を思い出したのだ。

 

 リリアーナが襲われる前に賊を二輪駆動で跳ね飛ばしさっぷうと登場しいかにも窮地を救ったかのように表れたコウスケ。実際は襲撃を忘れていて割と慌てているのは内緒だ。

 

「ごめんね。ちょっと道に迷ってさ。。白馬でもなければイケメンでもなく…あ、顔は一応イケメンの部類に入るのか、王子でもないけど助けに来たから、えーっとまぁゆるしてくださいな」

 

「……」

 

「?リリアーナ姫?もしかしてどっか怪我したの?」

 

「いえ…まさか本当に助けに来てくれるなんて」

 

「???」

 

 ペタンと座り込んだリリアーナに首をかしげるコウスケ。取りあえず大丈夫そうだと見切りをつけ、後ろの方の賊たちはどうなったかと見ればハジメが四輪駆動のボンネットの上でオサレポーズを取りながら賊の股間に銃撃をすると言う地獄絵図を生み出しているところだった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで賊を蹴散らし護衛達の傷を治し、ユンケル商人との会話を終わらせ4輪駆動の中に全員が入り多少の手狭さを感じながらもリリアーナの話を聞く一行。その話はやはりコウスケが知っている物で、王宮が危機的状況にあると言う物だった。

 

「あ~やっぱりそうなるんだよねぇ」

 

「やっぱりとはどういうことですかコウスケさん」

 

「んーいろいろ事情がありまして…なぁ南雲、事情を知っている俺ってリリアーナ姫から見たら敵っつーか変人に見えないかな」

 

「?何を今更」

「…今更」

「今更ですぅ」

「今更じゃな」

 

「お前ら…」

 

 仲間たちの容赦ない変人扱いにがっくりと肩を落とすコウスケ。そんな中一人だけフォローが入る

 

「えーっと事情をちゃんと話せばリリィは分かってくれるよコウスケさん」

 

「…香織ちゃんマジ天使」

 

 唯一苦笑しながらもフォローを入れてくれる香織に感謝しながらコウスケは今後の対策を考える。とそこでリリアーナが皆の顔を見ながらも話しかけてきた

 

「それでこの国とは関係がない皆さんにはとても頼み辛いことなんですが…」

 

 リリアーナの顔は暗い。この場にいる全員が入り王国を助ける義理は無いのだ。それでもなおすがってしまう事に罪悪感を感じながらこの国を助けてほしいと頼んでしまうのだ。

 

「その事についてなんだけどちょっと待ってリリアーナ姫」

 

「南雲さん?」

 

 リリアーナの声をさえぎりどこか含み笑いするハジメは、話を聞いて考え込んでいたコウスケに向かって口を開く

 

「さてコウスケ聞いた通りだけどハイリヒ王国がどうやら危機の様だ」

 

「んん?そりゃ聞いていれば分かるけど?」

 

「でも僕達には関係がないことで無視をしても問題ない話だ」

 

「いやいや待て待て先生が誘拐されているぞ。助けに行かんと」

 

「確かに愛子先生は助けないといけない。でもそれは僕や香織の問題だ。そもそもの話コウスケにとってこの世界の住人を助ける義理も責任もないんだよ」

 

 コウスケはハジメの顔を見る。その顔はどうしてか少し笑っている

 

「…何が言いたいんだ」

 

「さっきからコウスケは助けることを前提で考え事をしているよね。それはどうしてなの?」

 

「どうしてってそうしないと原作通りに」

 

「そういう話じゃないよ。ねぇコウスケ、どうして君は放っておけばいいことなのに人を助けようとするの?自分が手を差し伸べたら傷つくかもしれないのにどうしてなんだい」

 

 ハジメの顔は薄く笑っているが目は真剣で、他の者は誰も口を開かない。

 

「どうしてって…」

 

「僕が落ちた時を覚えている?あのまま放っておいても君はそれでよかったんだ。それなのに手をさしのべて結果痛い目を見ることになった。どうして放っておかなかったの?」

 

「…放っておけるわけがない。お前は小説のキャラクターじゃない。笑って泣いて怒って普通に生きている人間だ。だから助けようと思った。…ああそうか単純なことだ」

 

「何がだい」

 

「俺は人を助けたい、ただ生きて普通に生活している人たちを助けたい。いや、理由なんてない。人が人を助けるのに理由はないんだ。

だから南雲」

 

 呼吸を一つしてしっかりとハジメに向き直り自分の願いを口にする

 

「俺はハイリヒ王国の人たちを助けたい、手を貸してくれ」

 

「勿論。皆も協力してくれる。そうだよね皆」

 

 ハジメの言葉に仲間たちが微笑ましそうにうなずく。その事にハジメが満足げにうなずくと改めて状況を見守ってきたリリアーナに向き合った。

 

「そういう事で随分と遠回りになったけど良かったねリリアーナ姫。コウスケが君たちを助けたいみたいだから、僕達も協力するよ」

 

「なんかそういう言い方すると嫌な奴に聞こえるぞ南雲」

 

「いいえ…いいえそんな事はありません。コウスケさん貴方のその思い本当に感謝します。色々と聞きたいこともありますけど、どうかよろしくお願いします」

 

深々と頭を下げるリリアーナとどこか満足げなハジメに奇妙な物を覚えるコウスケだった

 

 

 

 

 

 



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王都防衛線 ①

短いですが少しづつ投稿します


 

 

「道順は大丈夫かリリアーナ?」

 

「問題ありません。こっちです」 

 

「雫ちゃん…、皆、無事でいて…」

 

 夜闇に紛れ王宮の隠し通路内を走るリリアーナ、香織にコウスケ。真っ先に生徒たちの救出を願った香織の意思を尊重しクラスメイトたちのもとへ走っているのだ。

 

「…コウスケさん」

 

「ん?どったの香織ちゃん?」

 

「本当に恵理ちゃんが皆の事を裏切っているの?コウスケさんを疑う訳じゃ無いけど…どうしても」

 

「信じられない…か。そうだな今まで一緒だったクラスメイトの友達を疑えっていうのは難しいよな」

 

 コウスケは香織に裏切者…すなわち中村恵理こそが友人たちを危険にさらしていると説明したのだ。当初は皆を危険にさらすような事をする子ではないと否定をしていた香織もコウスケの説得とリリアーナから聞いた王宮の人達の現状を聞き渋々納得したのだ。

 

「でもな、檜山と一緒に騎士や貴族たちを殺し回って自分の傀儡を増やしているのは間違いないんだ。だから決して優先順位を間違えないでくれよ」

 

「…うん。どういう結果になっていたとしても雫ちゃんたちを助ける。それが私がするべきこと」

 

「その通りだ。ついでに檜山にも注意すること。香織ちゃんを殺してでも自分のものにしようって言う阿保なことを考えているんだから」

 

「そこは心配しないで。私はハジメ君の物だから檜山君の好きにはさせないよ」

 

「香織…この非常事態にサラッと惚気ないでください。それよりもコウスケさん、今までの出来事やこれから起きる事を知っているのは本当なのですか」

 

 隣で走るコウスケを見上げるリリアーナの表情は困惑と戸惑いにあふれている物でそれがコウスケには一番堪えるのだ。

 

「…まぁね。大体の事は知っているよ。だから…」

 

「…すみません。責めている訳ではないのです。貴方にも考えがあっての事だというのは理解しています。しかし…いえ今は目の前の事に集中しましょう」

 

 そう締めくくるとリリアーナは前を向いてしまった。リリアーナに対する気まずさと申し訳なさを感じながらも息を一つ吐くとコウスケは今後の事を考え始める。

 

(今はリリアーナの言う通り目の前の事に集中しよう。ほかの事を考えて失敗してしまったら意味ないからな。さて…まず合流したら真っ先にメンヘラを制圧。返す刀で檜山もぶっ飛ばす。どのタイミングで出会えるか分からないけど多分これが一番ベストだと思うけど…まぁいいなるようになれだ。いざとなったら殺すことも覚悟しておこう)

 

 自分がするべきことを考えると次は懸念事項…ほかの仲間たちの事を考える。仲間たちはそれぞれ原作通り、ハジメとティオは愛子の救出、ユエとシアは魔人族の相手をしてもらったのだ。コウスケがリリアーナと香織に同行したのはすぐさまメンヘラこと中村絵里と檜山大介を制圧したかったのだ。

 

(銀髪の女…エヒトの人形『ノイント』に南雲は勝てるのか?…アイツを信じるしかないか。そのために空中で大剣二刀流を相手にした時の訓練をしていたんだから。ユエとシアは…大丈夫だよな?魔人族って言ってもそこまで強いわけじゃ…でも数が数だし…ああもぅ考えるのはやめやめ!ネガティブなことばかり考えていたらダメだっての!)

 

 仲間たちは強い。コウスケは信じてはいるものの、自分と言うイレギュラーがどこでどんな異常事態を生み出すのかが不安だった。今までは多少道筋が違っても原作通りだった。しかし、これからもそうなるとは確証は持てない。悩めば悩むほど不安は尽きない

 

「この時間なら、皆さん自室で就寝中でしょう。……取り敢えず、雫の部屋に向かおうと思います」

 

「それで行こう。八重樫ならすぐに状況を察してくれるしほかの子たちの説得も楽になる。もしいなかったら…騎士が集まっている場所だ。多分そこにいる」

 

「雫ちゃんならすぐに察してくれるから恵理ちゃんを止めてくれるのに力を貸してくれるよ」

 

 香織が親友の事を考えて力強く頷いたそんな時だった。

 

ズドォオオン!!

 

 

 

パキャァアアン!!

 

 

 

 砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破砕音が王都を駆け抜けたのだ。衝撃で大気が震え、コウスケ達のいる廊下の窓をガタガタと揺らした。

 

 

 

「コレは…まさか!?」

 

「早いな!?もうちょっとがんばってくれよ大結界!」

 

 王都の夜空を見れば大結界の残滓たる魔力の粒子がキラキラと輝き舞い散りながら霧散していく光景が広がっていた。まだ合流もしていないうちに王都を守る大結界が壊れてしまったのだ。結界が壊れるという事はすなわち魔人族が王都まで攻め込んでくるまで残された時間がわずかしかなかったのだ

 

「ほんとにも~!外から頑丈だけど中からは脆すぎだ‼欠陥品もここまでくると清々しいな!」

 

「欠陥品ではありません!不測の事態に弱いだけです!」

 

「それを欠陥品っていうんだよ!この国の人たち危機管理能力が低すぎるんじゃないのか!」

 

「普通内通者がいるって思わないですよ!」

 

「戦争してんだから寝返るやつとかいるだろうが!本当に戦争やっているって自覚あるのか!?駄目すぎんでしょ!」

 

「2人とも騒いでないで走って!時間がないの!」

 

 脆くも崩れ去った大結界が決壊したことでコウスケとリリアーナが言い争うので香織が止める。その時コウスケの懐が突然光り出した

 

「うぉ!?」

 

「きゃ!?」

 

 一瞬目が眩むほどの光が放ち徐々に収まっていく。突然の事であっけにとられることしばしば。ハッとし我に帰ったコウスケは自分の懐をごそごそ漁る

 

「さっきのは一体何なんですか?」

 

「分かんない。なんかここから光ったような…?」

 

 余りにも不可思議なことに今の状況を忘れ懐を漁って出てきたものは以前エリセンでハジメから渡されたものだった

 

「コレは…迷宮の攻略の証?なんでこれが?」

 

「でも現に今も淡く光ってますよね?」

 

「んー光ったところなんて見たこともないんだが…まぁ今考えても仕方ないことだ。さっさとっ!?」

 

 香織の言う通りハジメから渡された大迷宮の攻略の証の四つは今もまだ自己主張するかのように淡くされど確かに光っている。いったい何なんだと考えるものの今考えても仕方ないので先に進もうとした時だった。

 いきなり攻略の証がが強く光始めたのだ。それと同時に感じる体がどこかに転移されようとする感覚。コウスケはとっさに目を丸くしている2人に叫んだ。

 

「なんっ!?くっそ!ああもうチクショウ!こんなのは原作になかったぞ!2人とも先に行ってくれ!俺も後で追いつ」

 

「コウスケさん!?」

 

 コウスケが最後まで言い終わらないうちに光が一瞬強く光り放ち2人が目をつぶり、再び目を開けたときにはその場からコウスケは忽然と姿を消してしまったのだ

 

「…え?コウスケさん?」

 

「いない…」

 

 リリアーナと香織が顔を見合わせるも、コウスケはどこにもいない。先ほどまでは確かにそこにいたはずのコウスケはまるでそこには誰もいなかったかのようにきれいさっぱりいなくなってしまったのだ。

 

「…仕方がありません。私たちは進みましょう」

 

「…そうだよね。コウスケさんなら私達よりもずっと強いから何があっても大丈夫だよね」

 

「ええ、彼の事を信じましょう。今は私たちがすべきことをするだけです」

 

 消える直前のコウスケの言葉通りにリリアーナと香織は雫たちのもとへと先を急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 




次はもうちょっと長くする予定です。
では


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王都防衛線 ②

なんだか設定に矛盾が出てきそうです。滅茶苦茶怖っ
時間軸はあんまり気にしないでください。自分でもよくわからなくなってきています。
つまりご都合主義ってことさ!


 

「~~~♪」

 

「ユエさん。さっきから聞きたかったんですけど」

 

「ん?なにシア」

 

「なんでさっきから上機嫌なんですか?」

 

 

 王都の前にある草原にて目の前には数十万と言おう数の魔物と魔人族の混成軍をざっと見渡したシアは気軽に隣のユエに質問を投げかけた。理由はいたって簡単目の前の魔物たちには目もくれずユエは鼻歌を歌っていて上機嫌だったのだ。

 いつもの無表情さは消え、顔はほころんでおり誰がどう見ても機嫌がよさそうだった。思えばリリアーナを助け出した時から機嫌が良かった気がするとシアは思った。

 

「いくら私たちが強いって言ってもあれだけの数は面倒ですよ?それなのに」

 

「どうして機嫌がいいか?」

 

「はい。嬉しそうなのはよく見ていますが。今日は輪にかけて機嫌が良くて楽しそうじゃないですか」

 

 シアの疑問にユエはますます笑みを深くすると上機嫌な理由を話し始めた。

 

「…コウスケが」

 

「コウスケさんが?」

 

「私たちを頼ってくれた。今まではどこか遠慮気味だった。だけど今は違う。『魔人族と魔物を相手に大立ち回りをしてくれ』と頼んでくれた。だから私は嬉しい」

 

 理由を聞きなるほどとシアは頷いた。隠していた秘密を話してくれたことに加え、コウスケの本当の意味で力になれることがユエにとっては嬉しいのだろう。

 それはシアも同じだった。恩人であり仲間であるコウスケがずっと苦悩し抱えていた秘密を共用するというのは存外悪くないものであった。

 

「そうですね。私も同じ気持ちですユエさん。さっさと蹴散らしてとっとと合流しましょう!」

 

「ん!……あ」

 

 力強く返事したユエだったが、直後に何かに気付いたのかハッとし顔を赤くするユエ。訝しそうにするシアに聞こえるか聞こえないかの小さな声でユエは恥ずかしそうにつぶやいた

 

「後…シアとコンビを組めるのが初めてだからちょっと浮かれている…かも」

 

「!?」

 

 気恥ずかし気に、しかし嬉しそうにはにかむユエにシアは一瞬見惚れてしまった。何せ同性であるシアでさえも目がくらむ絶世の美少女から恥じらいながら一緒に戦えるのが嬉しいと言われたのだ。

 

(…か、可愛いですぅ!!…このまま抱きしめても…駄目駄目!今は目の前の事に集中しないと…)

 

 シアにその気は無くてもクラッとしてしまいそうになる。しかし頭を振ってその考えを振る払う。シアは気を引き締めると同時に魔力を体中にたぎらせる。なぜか魔力と違った別の力が纏っているような気がするほど闘志がみなぎってくる。

 

「私もユエさんと一緒に戦えるのは嬉しいですぅ!」

 

「ん、……背中は預けた」

 

「はいですぅ!」

 

 ユエも隣にいる闘志をむき出しにするシアに合わせるように黄金の魔力を体中に纏わせる。今ならなんだってできそうだと錯覚してしまいそうなるほどユエにやる気に満ち溢れてくる。

 

 この夜、魔人族は異常な速度で高等魔法を連発してくる少女と異様な速さと力で翻弄してくる少女のタッグに地獄を味わう羽目にとなる。

 

 

 

 

 

 

 

「うわっと!」

 

「…この攻撃もかわしますか。流石はイレギュラーです」

 

「敵に褒められてもうれしくはないね」

 

「?賛辞は素直に受け取る物ですよ。それとも照れているのですか?なら問題ありません。その首を取らせてもらいます」

 

 ハジメはコウスケの情報通り捕らわれていた愛子を救出しティオに預けた直後、敵と遭遇していた。神山の上空八千メートルで戦闘を行っていた。

 

(まぁ遭遇するだろうとは思ってはいたさ。ウィルを助けたときだって黒龍(ティオ)が襲ってきたからね。それにコウスケからの情報もあったし)

 

 危惧していた通りと言うべきか又はシナリオ通りと言うべきか。すぐに襲い掛かってきたがコウスケの情報通りにだったので問題はなかった。容姿もコウスケの言う通り銀髪碧眼だったのですぐに原作に出てくる敵だと分かった。

 

(たださぁ…全部が全部情報通りっていう訳にはいかないんだね…)

 

「?なにをまじまじと見つめているのですかイレギュラー 気味が悪いです」

 

「いやなにてっきり大剣二刀流で襲ってくるんじゃないのかなと思っていたからさ」

 

「……大剣二刀流…なるほどあなたは馬鹿なのですねイレギュラー。叩き潰すと振り払う事しかできないという読みやすい武器を私が振り回すと思ったのですか愚かな思考ですね。いっそ哀れみを感じます」

 

「はいはい頭が出来が悪くて悪かったね」

 

「ですので、この槍にてあなたのその首もらい受けます」

 

 手に持った短めの槍くるりと回転させると同時に一瞬に手詰め寄ってくる敵対者である「神の使徒」ノイント。迷いがなく一直線に突っ込んでくるその姿はまさしく突撃してくる砲弾そのものだった。

 

 突き出してくる槍を回避すれば今度は凪払いが襲ってくる。当たらぬように回避をし、攻撃を仕掛けようとすればすぐさま槍を構えたノイントの高速の突きが襲ってくる。反撃の機会が与えられず回避で手いっぱいでだった。

 

(ああもう!コウスケの馬鹿!何が大剣二刀流で高周波ブレードだよ!当たっているのは最後の所だけじゃないか!()()()()()()おまけに短槍だから取り回しが早いし、想像以上にスピードがあるから避けにくいし!さっきから変な歌が聞こえて戦いづらいし!ああもう!本当なんで僕がこんな目に遭うんだ!)

 

 意外なほどに又は想像以上の強敵ノイントを相手しながらハジメは親友に毒づく。状況が変わるわけでもないがそれでも言いたかったのだ。情報と違って強いと。最も負ける気なんてハジメにはさらさらないが

 

「…さっきから考え事とは中々余裕ですねイレギュラー」

 

「さてね …お前の主って奴の事を考えていたんだけど、かなりの糞野郎だなと思っただけだ。どうせこうやって僕が足掻いているところをニヤニヤとふざけた面して見ているんだろ」

 

「良くお分かりで。主は貴方があらゆる困難を撥ね退け、巨大な力と心強い仲間を手に入れて……そして、目標半ばで潰える。主は、あなたのそういう死をお望みなのです。ですから、主は貴方がなるべく苦しんで、嘆いて、後悔と絶望を味わいながら果てて死に絶えることを所望しているのです」

 

「うわ、やっぱり最低最悪のゲス野郎だ。ニートこじらせて構ってくれないと駄々をこねて自分の思い通りにいかないと癇癪を起こすタチの悪い糞野郎には会いたくないな」

 

「そんなに会いたくないのならあなたはここで死ぬべきなのです…私からしてみればこれほどの強さのイレギュラーは全力をもって対処をした方が良いと思いますが…主の考えは理解できません」

 

(…変な奴)

 

 以外にも雑談(時間稼ぎ)に乗ってくるノイントに内心驚きながらハジメはコウスケの話していた原作とは違った敵に中々ハードな戦闘を開始するのだった

 

 

 

 

 

 

 

 




うーん時間軸が変かなぁ…まぁいいや


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王都防衛線 ③

遅くなりましてごめんなさい
少しづつ投稿してい行きます


 

 

 

『ぬぅ 中々強固な結界じゃのう』

 

「ティオさん…」

 

『先生殿、心配せずとも良い』

 

 神山の頂上大聖堂上空にて黒龍状態になったティオは歯噛みをしてい居た。背中にいる愛子に心配話かけさせまいと声を出すが、いささか不利な状況だった。

 

 ティオはハジメから愛子を渡された後コウスケの読みに従って大聖堂で聖歌を歌っているエヒトの信徒たちを排除しようとしていたのだ。

 

 だが大聖堂自体が魔法陣となって結界を張っているのでかなりの強度があり、ティオのブレスでも中々壊せないでいた。今もなお数百人規模の司祭たちと神殿騎士団が聖歌を歌い魔法を放ちティオに攻撃してくる。どれもが致命的な攻撃とはいかずとも、じりじりと削りとられているようなものだ。

 

「ぬぅぅう…」

 

「…っ!ティオさんやっぱり私も協力します!こう見えても魔力だけなら人一倍あるんです!だから!」

 

『ならぬ!』

 

「っ!」

 

 ティオの援護のため発行操作という技能を使おうとした愛子にティオの鋭い制止がかかる

 

『先生殿、助力してくれるその気持ちはとても嬉しいのじゃ。しかしそれだけはしてはならぬ。妾を手伝うという事はすなわち人殺しに加担をするという事。先生殿の世界では人殺しは最大の禁忌なのじゃろう?だからそれだけは決してやってはいかぬ』

 

「でも…このままだと」

 

『確かに妾は情けなくも攻めあぐねているのは確かじゃ。それでも先生殿は妾の援護も助力もしないでほしいのじゃ。先生殿は元の世界に帰っても教職を続けるのじゃろ?人を殺したその手で人を教え導こうというのか』

 

 ティオはこの世界で生きる人間だ。だからこそ命を奪う事に迷いはなく、また命を背負う覚悟はとっくの昔にできている。

 捕らわれている愛子の救出の時、自分に人殺しの罪を背負わせる事に考え込んでいたコウスケには問題はない、と言い切ったのだ。気を使ってくれるのはとても嬉しいがもうとっくの昔に覚悟はしていると

 

 だからこそコウスケと同じ世界(厳密には似て異なる世界だが…)の出身である愛子には手を汚してほしくないのだ。たとえそれが偽善と言われようとも

 

「……」

 

『心配し気遣ってくれている。それだけで妾は十分じゃ。だから先生殿はこの戦いが終わった後の事を頼む。お主の教え子たちのためにも。頼めるか?』

 

「…はい!」

 

『うむ。では、距離を取るから多少大きく動く。振り落とされないようにしっかり捕まっていてほしいのじゃ』

 

 迫りくる魔法の数々を躱し被弾を最小限にしながらもティオは攻略方法を考える。愛子には大丈夫だといったものの未だ打つ手がないのは事実。

 

(ふぅむ…しかしここまで厄介なのは想定外じゃの。何か助言でも…いや、コウスケの情報に頼り過ぎてもダメじゃ。もしもの出来事が起きてしまったとき立て直すのが難しくなる。)

 

 先に起こることが分かっていても絶対に起こるとはいつだって限らないのだ。そんな事を考えながらもティオは結界を破壊する方法を模索する。

 

(頼まれた以上、妾がここで気張らねばならぬ。…結界か。ふむしかしいくら強固とは言えコウスケの守護よりかは脆いはずじゃ)

 

 思い出すのはエリセンの郊外で行ってい居た訓練。コウスケの魔力が阿保みたいに強力になりその調整と原因を調べながらも

訓練をしていたのだ。

 

(あの時は妾のブレスでもコウスケの守護を罅を入れることができなかったのぅ…そうどうやっても)

 

『HAHAHAんっん~~ティオさんのブレスはまるでそよ風見たいですなぁ~~』

 

(………)

 

『Fu~流石俺の守護だなんともないぜ!…それにしたってなんかティオさんのブレスってチョー余裕なんっスけど~まさかそれで本気なんスか(鼻ホジ)』

 

(…あの時の挑発は妾の全力を出させるため…妾は大人じゃ。それぐらい分かっておる)

 

『…思うんだけどさぁ―ティオって結構中途半端だよね。魔法はユエの方が威力たかいし、防御力は俺の方が上。物理攻撃はシアが圧倒的。万能さでは南雲が天元突破。知識力はあっても、それぐらいしかパッとしないしさー』

 

(…そう、あの時疲れ果てておったから聞き流しておったが、きっと妾を激励するためにあえて…)

 

『原作においてティオは変態と言う属性があってにぎやかしではあったけど戦闘ではあんまり活躍するところはなかったのよねーっていう訳でティオには強くなってもらいたいわけだけど、さっきから何なの?ユエの魔法より弱いってどゆこと?』

 

(……イラ)

 

『…あのさぁ折角の変身なんだよ?おまけに龍だぞ?わかるティオ?男心をくすぐる力を持っていながら何その体たらく。特撮好きな俺でもがっかりですわー黒い光線ってカッコはいいけど大したことはないしーぶっちゃけ昔テレビで見た怪獣王の光線の方が凄かったですわ~』

 

 ブチンッ

 

「あのティオさん?何か…変な音が聞こえたような気がするんですけど」

 

『先生殿、すまぬが耳を抑えながら妾にしがみついてくれるかの』

 

「え?いったいどうやって…っ!?」

 

 思い出してしまったコウスケの様々な発破をかけるという名の嫌味にティオの堪忍袋は切れてしまった。背中の愛子が振り落とされないようにしがみついているのも忘れ高度をあげると、聖堂にを標的にし体内の魔力を一気に練り上げる。

 

「あわ、あわわわ」

 

 ティオの魔力によって愛子の乗っている背中が黒く光り始め、その光は体内を通じてティオの口元へと次々と運ばれていく。この様子を日本人であるハジメとコウスケが見たのならばきっとこういうだろう。まるで怪獣王みたいだと

 

キュゥゥイイイインンン!!

 

『妾は役立たずではおらぬ…実は戦闘では長所がないのではなどと考えた事はない!』

 

 コウスケに煽られたときの怒りと実際は気にしていた本心を当てられたティオの虚しさが口元に集まっていき遂に大聖堂に向かって放たれた

 

『コウスケの……馬鹿者ーーーーー!!』

 

ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!

 

 ティオの怒りが詰まった黒い光線が大聖堂に命中する。その衝撃はすさまじく、先ほどまではティオのブレスをはねのけていた結界を粉々にし、司祭や神殿騎士もろともを吹き飛ばしてしまった。

 

「うわぁ…」

 

『フン!コウスケの守護に比べたらやはり脆いのじゃ、それはそれとしてコウスケにはあとで説教じゃな』

 

 神山頂上にそびえたっていた大聖堂を根こそぎ崩壊させたティオはまだ怒りが詰まった声でコウスケに折檻することを誓っていたのだった。

 

 

 

 

 




短いですね…
はぁー


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王都防衛線 ④

テストとして予約投稿します。
上手く行けばいいんですけど…


 

 

 

 

「ああもう。ここはいったいどこなんだよ」

 

 コウスケは全く見知らぬ空間に一人でぼやいていた。さっきまではリリアーナと一緒にいたはずだったのだが懐に持っていた四つ大迷宮の証からの光によって奇妙な空間にワープされてしまったのだ。

 

 空間…と言うよりコウスケがいる部屋はそれほど大きくない。光沢のある黒塗りの部屋で、中央に魔法陣が描かれており、その傍には台座があって古びた本が置かれている。

 

「悪意や敵意は感じられないし…うーんやっぱりここは解放者の間なんだろうけど…」

 

 魔法陣をしげしげと見て呟くコウスケ。おそらくここは神山にある大迷宮の最深部なのだろうと推測する。何故いきなり攻略の証が光ったのか、なぜいきなりワープしてきたのか、そもそも帰りはどうするべきなのか。考えることは山ほどあるが今は目の前にある魔法陣だ。

 

「これは…たしか魂魄魔法だよな…南雲達より先に乗ってみるか?」

 

 しげしげと精緻にして芸術的な魔法陣を見て、そこで誰かにみられていることにコウスケは気付いた。

 

「…誰だ!?って貴方は…」

 

 魔法陣より奥にその男はいた。白い法衣の様なものを着た禿頭が特徴的だが、何よりコウスケが目を奪われるのはその目だ。厳格と言う言葉がよく似合うその力強い目はしかしどこか優しさを感じるものだった。分かりやすいたとえで言うなれば厳格で躾けが厳しい父親だが内心は子供を甘やかしたくなる親バカな感じとでもいうべきか。今そのまなざしはコウスケに向けられている

 

「…貴方がラウス・バーンですね」

 

『………』

 

 コウスケの質問に男は何も答えない。幽霊と同じようなものだとはわかってはいても返事が返ってくると思ってしまうのだ。それでもコウスケは話をやめることはしない。何故だか今この瞬間を逃したくないと心の奥で訴えかけるものがあるのだ。

 

「どうして俺はここにいきなり呼ばれたんですか?…いいえ、そんな些細な事よりあなたに聞きたいことがあるんです」

 

 ラウスは何も話さない、何も行動しない。しかし魂のはずなのに目だけはしっかりとコウスケを見ている。

 

「俺は…俺はあなたたち解放者と何か関係があったんですか?」

 

 コウスケがずっと気になっていたことだった。今まで解放者たちに出会うと何か胸が締め付けられるようなものがあった。それは今ラウスと対面している今も感じるものだった。現に今にもコウスケの目から涙があふれそうになっている。

 

「どうしてなんでしょうね…貴方と面と向かって話ができることが嬉しいって思うんです。面識なんてないのに…初対面のはずなのに

どうしてか嬉しくてしょうがなくて…貴方は何か知っているんですか?」

 

 胸を押さえ懇願するようにラウスに問うコウスケ。そんなコウスケを見たラウスは静かに目を伏せるとその口を開いた。

 

『……すまない』

 

「…いったい何を」

 

 ポツリとつぶやいた声は小さなものだったが確かにコウスケの耳に聞こえた。その謝罪の意味を聞こうとしたところでラウスの異変に気が付いた。元から幽霊の様におぼろげのようなその姿が徐々に薄くなっていくのだ。

 

「…そんな…待って、待ってください!俺はまだ貴方と!」

 

『…私の魔法はもう継承してある…全てはお前次第だ……使い道を誤るなよ…」

 

 コウスケの言葉に耳を貸さずラウスは言うべきことは言ったと言わんばかりに姿を消してしまった。

 

「…ラウスさん」

 

 がっくりとうなだれてしまうコウスケ。自分の中の奇妙な違和感を聞こうとしたのに結局なにも聞けずじまいでおまけに会話なんてものはできず一方的に喋っていただけだった。

 

「……はぁーどうせ照れて顔を見合わすことができなかったんだろう。そう考えれば…なんかあの人っぽいかな…?なんで俺はそう思うんだ?……ああもう!考えても仕方ない。頭を切り替えてさっさと行動しよう」

 

 深い溜息を一つつくとすぐに頭の中を切り替える。なぜ?どうして?疑問は深まるばかりで仕方がないが今はほかにするべきことがある。

 軽く頭を振り思考をリセットすると魔法陣の上に移動する。なぜここに来たのかは分からないがせっかくここまで来たのだ。ここで習得できる魂魄魔法をさっさと覚えていた方が良いだろうと判断した。

 

「………あれ?」

 

 しかしいつものように魔法陣が光るわけでもなく胸に温かいものが宿る様子もなかった。首をかしげてしばし、ジャンプしてみたり魔法陣の中に出たり入ったりしてみるも反応は全くしない。

 

「えぇー壊れているのかコレ…ちょっとー欠陥品を残さないでくださいよーラウスさーん」

 

 魔法陣をつつきながら居なくなったラウスに愚痴ることしばしば、しょんぼりした気持ちでわらにもすがるような複雑な気分で自分のステータスプレート見て気が付いた。

 

「んん?あれコレって…え?もしかしてそういう事なの?…でも…まぁいいか」

 

 自分のステータスプレートに書いてあることに目をぱちくりさせるもすぐに考えないことにする。魂魄魔法に関しては南雲と相談しよう。コウスケはすぐにここからの脱出に考えを切り替える。そうでもしなければやっていけないほど混乱していたのだ。

 

「えーっと出る方法は…魔法陣はなぜか使えないみたいだから…徒歩で帰るべきなのか」

 

 しかし周りを見回しても出口は無い。壁を見つめ事の状況に冷や汗をかきぽつりと一言

 

「…詰んだ?はははそんな馬鹿な……マジ?」

 

 隠し扉がないかと壁をコンコンと叩いてみるもののそれらしき反応はせず。今更ながらにコウスケはいかに現状がまずいのかを悟った

 

「マジかよ!?緊急用の通路でも作っておけよあんの禿げ頭!なんで密室なんかつくんのかな!?どうやって脱出すれば…そりゃ脱出ゲームは好きだけどあくまでゲームの中だけだからな!」

 

 愚痴を言いつつしばし考えるコウスケ。そこでやっとでティンと来た。

 

「そうだ…空間魔法を使えばいいんだ!ワープできたんならこちらもワープで帰る。そんな簡単なことに気付かないとは…てへぺろ☆」

 

 おどけて見せるが勿論周りの反応はなく、物悲しさを感じながら、座標を決める。

 

「えっと、こういう時は誰かの魔力を感知してから空間移動すればよかったよな。そうすれば壁の中にいるってことはなさそうだし…さっきから独り言多いな俺。本当に虚しくなってきたぞ」

 

 人恋しさを感じながらも仲間の中の誰の元に飛ぶべきか考えるコウスケ

 

「南雲は…今頃空中戦だから俺が行っても足手まといで、ティオも同じ理由で邪魔になっちまうな。ユエとシアは…王都の正門近くだろうから、ちょっと遠すぎるな。俺じゃ無理かもしれないやめておこう。ってことはさっきまでいた香織とリリアーナがベストだよな」

 

 座標を香織のそばに決定し魔力を練り上げるコウスケ。

 

(香織のそばってことは…あ~嫌だなぁメルヘンと対峙するの…どうせ頭パッパラパ―になっているだろうし遭遇したら速攻で黙らせるとしようかな。檜山も同じ理由でサクッと沈める。……最悪殺っておく覚悟もしておいた方が良いな。面倒な連中だし)

 

 これからすべきことにげんなりしながらコウスケは空間魔法を使いで一瞬で香織とリリアーナの傍に移動する

 

 そこで香織たちと合流したコウスケが見たものは……

 

「なぁにこれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、意外と遅かったな勇者」

 

 何故かメンヘラこと中村絵里を足で踏みつけている清水幸利と

 

 

「さっさと目を覚まさんか!この馬鹿者!」

 

 騎士団長メルド・ロギンスによって思いっきり殴られている檜山大介の姿だった

 

 

 

 




ストックが切れていくー
ヤベェよやべぇよ

感想あったらお願いします。


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王都防衛線 ⑤

遅くなっても申し訳ありません。
短いです。なんかバランスがおかしいです。力不足をとても感じます


 

 

兎人族は亜人族の中で一番弱く貧弱だとシアはカムから教えられてきた。事実兎人族は戦う力を持たず、隠れる事と逃げることに特化した身体能力を磨いてきた。だからこそ今まで兎人族は生き延びてきたとシアは考えていた。

 

 ハジメ達について行くようになり様々なことを学び時には戦い成長していきながらシアの視野は広がっていた。その旅の中でシアは

どうしてもよくわからないことがあった。

 

 

 ユエと分断され多数の魔人族や魔物に囲まれながらもシアは余裕だった。相対する敵のすべてが自分より格下で、脅威と言っても大迷宮の魔物たちに比べれば拙いもので、仲間内での訓練の方がよっぽど手厳しかった。

 

 そんな中、怒りに燃えた目でさっきからシアに向かって風の刃を飛ばしてくる魔人族の男を軽くあしらいながらシアはふと思ったことを尋ねた。

 

「カトレアの仇だ…貴様だけは…貴様だけは絶対に殺す!」

 

「う~ん。さっきからカトレアカトレアと言ってますけどその人が何なんですか?」

 

「俺の婚約者で貴様らがオルクス迷宮で打ち負かした相手だ!」

 

「あ~なんかコウスケさんが言ってましたね。故郷へ帰らせたとか何とか…で?死んでもいないのに仇ってなんなんですか?」

 

 純粋に疑問を聞いてみれば相手は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

 

「アイツは…アイツはもう戦士として戦えなくなったんだ!国に帰ってからずっと何かにおびえているように震えて…優しく聡明で、いつも国を思っていたアイツを…よくも!」

 

 血走った目で、恨みを吐く魔人族の男に、シアは実にあっさりした言葉で返した。

 

「…それを私に言われてもだから何?としか言えないんですけどーそもそも死んでいないのならいいじゃないですか。怖いと言うのなら恋人である貴方が傍にいなければいけないのに…よくもまぁ恋人を放っておいてこんなところまで来たものですね」

 

「う、うるさい!うるさい、うるさい! カトレアの仇だ! 苦痛に狂うまでいたぶってから殺してやる!」

 

 正論を言ったシアに対して魔人族の男は喚きながら竜巻を生み出し無数の風の刃をシアに放ってくる。無数に放たれた刃をこれまたぴょんぴょんと軽やかに飛び跳ねながら回避するシアは呆れながらちょうど近くにいた黒鷲の魔物の頭を蹴り砕きながら話し始める

 

「クソが!接近させるな!距離取って遠距離から魔法と石針で波状攻撃しろ!」

 

「そうはいってもあなたたちの速度ではたぶん無理だと…」

 

 離れようとする魔物に向かって切り揉み回転をしながらドリュッケンを振り回すシア。その高速の動きに構える暇も、逃げ出すこともできずに魔人族が乗っている黒鷲が次々と砕かれていく。

 

「何なんだこの化け物は!」

 

 魔人族の男が驚愕している間に次々と魔物の頭を砕き落としていくシア。絶命していく魔物の体液を浴びたシアはうへぇとした顔で血まみれになったを顔をぬぐうとさっきから疑問に思っていたことを魔人族の男に聞いてみることにした。 

 

「…さっきからずっと思っていたことなんですけど…なんであなたたち逃げないんですか?」

 

「なにを…何を言っているこの獣風情が!」

 

「化け物の次は獣ですか…まぁいいです。だから何で逃げないんですか。もうわかっていますよね?私と貴方達では絶対的に差があると」

 

「ぐっ…」

 

「他の有象無象はともかく自分と相手の力が分からないほど弱くはないんでしょう貴方は。なのにどうしてわざわざ自分から死にに来るんですか?恋人のため?国のため?上司のため?それとも魔王と言う存在のため?…うーんよくわかんないですぅ」

 

 シアはずっとわからなかった。何故力の差が分からずにこちらを見下せるのか。なぜ相手の実力を図ろうとしないのか。なぜ?どうして?最も弱いと言われていた種族のシアだからこそ疑問を浮かばずにはいられなかった。

 

「…別にあなたたちがどうなろうとかまわないんですが…ほんっとこんな人たちにも手を差し伸べようとするコウスケさんは人がいいのか甘すぎるのか…まぁそこがいいんですけどね」

 

「さっきから何をブツブツ言っているこの獣が!」

 

 怒声に対してシアははぁと溜息をつくとドリュッケンを軽く振り方に担ぎ不敵な笑みを浮かべる。

 

「別に何でもありませんよ。それはともかくとして実力の差だが分かっていても向かってくるんです。それ相応の覚悟はできているとみていいですね」

 

「総員この畜生をなぶり殺しにしろ!」

 

「あらら、もはや話す言葉さえなくなりましたか。まぁ構いません。それじゃ皆さん。命は取りませんが全部まとめて叩き潰してあげます!」

 

 笑顔で宣言したシアは詠唱する魔人族たちに向かって飛び跳ねていくのだった

 

 

 

 

 

 

 

「やはり生きていたか…末恐ろしい化け物だ。いったいどうやってあのような状況で…」

 

「…少しは考えろ道化」

 

 シアと分断されたユエは魔人族の総司令官フリードとにらみ合っていた。正確に言えばフリードが警戒するようにユエを睨んでいるだけでユエは全く気にも留めていなかったのだが…

 

「道化だと?貴様、私弄するのか!?」

 

「神の言いなりで自分の意思も無い。そんな奴はただの道化に過ぎない」

 

「フン!アルブ様は絶対のお方だ。あの人の言う事に間違いはない…そう間違いなど」

 

 ユエの言葉にはっきりと答えたはずのフリードだが徐々に声が小さくなっていく。怪訝そうなユエに気付くこともなくフリードは

うわごとのように何かを言い続ける

 

「アルブ様は我々のためを思って…だが何故だ?何故あの男を?…我ら魔人族以外の者は不必要なのに()()()()()()()を…こんな防壁など我らと魔物さえいればどうしてあんな下賤な()()()()()など…」

 

 ひとしきり何かを呟いた後フリードは頭を振ってユエを睨みつける。その眼には強い敵意と共にわずかな困惑な感情が見て取れた。

 

「奴だ…」

 

「…奴?」

 

「コウスケと呼ばれていたあの男の言葉が頭から離れない。『真の敵』とは?『魔人族が全滅』するとは?お前たちは何を知っている?どうして敵である私に声をかける?どうしてあの言葉を思い出すたびにアルブ様への信仰が消えていくのだ…分からない…分からないことだらけだ!」

 

 フリードが叫ぶ怒りの声と合わせるように白竜ウラノスがブレスをユエに向かって放つ。

 

「キュアアアアア!!」

 

 ウラノスのブレスを難なく避けるユエに対して手で頭を押さえ苛立つような表情をしたフリードが声高々に宣言する

 

「貴様を殺せば!貴様たちを殺せばこの疑問もアルブ様への疑惑も全てが消える!貴様らはここで消え失せろぉおお!」

 

 絶叫と共に魔法の詠唱に入るフリード。そんなフリードをユエはただ黙ってみているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユエさーん! すいません遅くなって…って、うわぁ~何ですか、ここ? 天変地異でもあったんですか?」

 

 シアの声が聞こえてきたのはフリードが逃げてから数分後の事だった。シアは呆れた様子で周囲を見渡し尋ねるとと、

ユエは何でもない様子で答える。

 

「ん、逃げられた」

 

「ありゃ、意外と賢明な判断ができたんですねアレ」

 

 そんな感じで暫く情報交換していると王宮の一角で爆発が起き、次いで、雨が降ってきた。

 

「?これは…」

 

「雨?」

 

 空を見上げる2人の上からだんだん勢いが増してくる雨。しかしその雨は普通とは違っていた。雨の一つ一つが紅く光っており、なおかつ液体ではなく体に触れても一つ一つがふっと消えて行くのだ。どう考えても普通ではない。

 

「なんか…紅くありません?この雨」

 

「…きっとハジメが何かした。」

 

 何やら妙な確信を持ったユエの視線につられてみると、そこには外壁の外で待機していた数万からなる魔物の大軍がもだえ苦しみながら息絶えていく姿があった。誰の仕業かすぐに検討が付きシアは軽く溜息をつく。

 

「もぅ…本当にハジメさんは私たちの想像できないものを作り出すんですからぁ~事前に説明してほしいですよですぅ~」

 

「きっとコウスケをびっくりさせるための物、致し方無し」

 

 ユエはふっと微笑むと王宮に向かって歩き出す。シアも遠目に見える死骸となった魔物の大軍を一瞥すると王宮に向かって歩きだすのだった

 

 

 

 

 

 




原作と同じようにしようとすると表現をどうしようかと頭を悩ませます。
だからと言ってオリジナルになると矛盾がないかビクビクします。
二次創作のくせにして余計な事ばっかり考えてしまいます


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王都防衛線 ⑥

短いです。そろそろダレてきました。さっさと終わらせたいです


 

ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!

 

 

「…どうやらあの狂った狂信者たちはいなくなったみたいだね」

 

「ですね。本当に使えない駒です。もっとも期待などしていませんでしたが」

 

 ハジメとノイントの戦いはいまだ終わらず、想像以上に長引いていた。ハジメが攻めるもノイントは空を舞いながら回避をし、ノイントの槍さばきを距離を取って銃で計撃するハジメ。攻防はまさしく一進一退だった。

 

(やれやれ…まさかここまで苦戦するとはね…コウスケが言ってたノイントって奴と本当に同一人物なのかな?)

 

  何度目かの攻防の後ハジメは敵対者であるノイントを観察することにした。今はわずかでも勝機がほしいという考えだ。

 

(容姿は銀髪で碧眼で顔は整っている…なんともコウスケが聞いたら喜びそうだ。で、服っていうか鎧は…ノースリーブだけど強度は中々のモノかな。格好はまさしくヴァルキリーって奴だね。考えた奴は中々センスがいい)

 

 ノイントの容姿を見ながら戦闘能力を考察するハジメ。何故か一瞬背中がヒヤッとするモノの気にせず観察をする。何せ今は情報が欲しかった。

 

(しかし…聞いていた情報だと女って言ってたから成人女性ぐらいだと思っていたけど…意外と背が小さくて幼いな。中学生ぐらいかな?それに)

 

 コウスケから聞いていた事と目の前にい入るノイントとの違いを比べる。身長や見た目の年齢もそうだが極め付きだったのが

 

()()()()。確か銀色の羽を使って攻撃とガードをするらしいけどこのノイントにはその翼がない。どういう事だろ?)

 

 コウスケから聞いていた話では、翼から羽を出し遠距離攻撃をしてくるらしいがそんな気配は全くなく槍による接近戦と牽制の魔法で攻めてくるというのがノイントの戦闘スタイルだった。

 

(最もその銀の翼の代わりか槍さばきがやたらと美味いんだけどね、ほんとに厄介だっ!)

 

「さっきから何をじろじろと見ているのですかイレギュラー。不愉快なのでさっさと死んでほしいのですが」

 

「いやなに、聞いた話だと神の使徒って奴は翼が生えていると聞いていたんだけどさ。その翼が無くてあれっと思ってね。邪魔になったからちぎったのかな」

 

「……………」

 

 さっきまで口を開いていたノイントが黙り気のせいか目が細くなったような気がした。その瞬間を逃さず、ハジメはある武器を起動し始める。

 

(白い死神…起動……落日の死影…起動…照準を合わせて…)

 

「翼…銀の翼…ほかの使徒はあるのに…私は、どうして…」

 

先ほどまで槍の穂先はハジメに向けられていたのが翼と言う単語を聞いた途端にぶれ始めだした。その隙にハジメは気付かれないように着々と準備を進める。

 

(静かに迅速に…両狙撃準備よし!後はタイミングを…)

 

「…いいえ私は任務をこなすだけ。それだけのモノでありそれしかできないモノ。イレギュラーあなたを殺す。それだけが私の存在理由」

 

「なんともつまらない理由。息が詰まりそうだ」

 

「その減らず口今度こそ黙らせます」

 

 言葉と図時に槍を構えるノイントにハジメは即座にドンナー・シュラークを抜くと最大威力で連射する。轟く炸裂音は二発分。夜闇を切り裂く紅い閃光も二条。されど、実際は十二発分の弾丸。ドンナー・シュラークそれぞれにつき、一発分しか聞こえない程の早撃ちと、全く同じ軌道を通り着弾地点も同じという超精密射撃。

 

「はぁぁああああッ!!」

 

 しかしノイントはハジメの絶技を槍の回転だけですべての弾丸を叩き落とす。ハジメは小さく舌打ちするとオルカンを宝物庫から取り出し全弾一気に集中砲火した。

 

「小癪な!」

 

 ノイントはオルカンのミサイルを上級魔法を素早く唱えて次々と落としていく。先ほどまでの攻防の時にオルカンのミサイルの威力を知っているノイントはミサイルを撃ち落とすことを選んだ。しかしその一手が勝負の明暗を分けた

 

「チャックメイトだ!」

 

「何を言って、がッ!?」

 

 どこからともなく撃ち放たれた紅いレーザーの二本の光線がノイントの胸と腹に風穴を開ける。魔力供給源である心臓を外れていたとは言えそのダメージは深刻だ。しかしノイントは体が倒れそうになるのを無理矢理堪えようとする。

 

「悪いけど駄目押しいくよ」

 

 ドパンッ!

 

「がはっ!」

 

 戦闘を続行しようとするノイント。しかし即座ハジメがドンナ―とシュラークを発砲。ノイントは手足を打ち抜かれ、遂に自分の身体を空中にとどめていた魔力が無くなっていき地上に落下していく。

 

(…いったいどこから…ほかに生命反応はなかったはず)

 

 ついに自分の魔力が尽き地面に落下していくノイントは先ほどの攻撃を場所を探ろうとしていた。もう戦えるほどの力はなかったが

せめて先ほどの攻撃の正体を知っておきたかったのだ。

 

 戦いの最中敵対者のハジメに援軍はいなかった。しかし実際には攻撃があり殺気も何も感じなかったその銃撃は確かに自分の急所を狙ってきた。

 暗くなっていく視界の中で見えたのは畑山愛子を幽閉していた塔。その塔の頂上部分に何かが置かれているのがノイントが最後に見た光景だった。

 

 

 

「ふぅーー 何とか上手く行った。流石は白い死神(シモ・ヘイヘ)落日の死影(デューク・東郷)。やっぱり偉大なる現実と素晴らしき架空の狙撃手達は頼りになるね」

 

 ノイントを打ち倒しほっと息を吐くハジメ。ノイントに深刻なダメージを与えた二本の紅い光線。実はハジメが愛子を救出するときに塔の中に設置してい置いた長距離狙撃銃だったのだ。

 敵が現れると聞いてはいた為、念のために銃を設置し備えておいたのだ。そのままでも使えるが遠隔操作をできるというのが特徴であり、コウスケがねだっていたので浪漫と実用を兼ね合わせて作った武器のうちの一つでもある

 

「さて、追撃は…別にいいか。皆と合流のほうが優先事項だし。はぁ~それにしても疲れたな~今度襲って来たらコウスケにでも擦り付けようそうしよう」

 

 一通り愚痴るとハジメは全壊している聖堂の方に空を駆けて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 




やっとで仲間たちの描写が終わったので話を進めることができます。
長かったぁ~


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王都防衛線 ⑦

出来ました。ようやくここまで来た…後少しですね
少し?無理矢理かもしれませんが受け入れてくれると嬉しいです


 

 

 中村恵里にとって天之河光輝は絶対に手に入れるべき存在だった。その思いは異世界に来たことでますます強固になり自分の天職降霊術師の能力を駆使して天之河光輝を手に入れるための計画を練った。光輝が奈落に落ちたときは我を失ったがその程度では死ぬはずはないと断定し計画を進めた。

 自分の理想郷を作り上げる為にまずは南雲ハジメに火球を放った檜山大輔に交渉と言うの名の脅しを使い自分の好きなようにできる手駒を獲得し、次に王宮の身分の低い物から次々と檜山に始末させ自分の傀儡にしていった。

 そんな中騎士達も自分の傀儡にしようという段階で清水幸利を勧誘する事が出来たのは幸運だった。清水の闇魔法があれば洗脳により傀儡特有の虚ろな表情が無くなりスムーズに事を運べるからだ。増々順調に計画通りに事が進んでいった。

 

(この世界の神…エヒト神だったっけ?そんな神なんてどうでもいいけど幸運の神様っていうのはいるんだねぇ)

 

 全てがあまりにも順調だった。誰もが自分の本性に気付かず、誰もが平和に見える中での異変に気付かない。何度も嘲笑をしたくなったがすべては天之河光輝を手に入れるために我慢をした。その為だけでありそれ以外は全てどうでもよかったからだ。

 

 故に魔人族が攻めてくるという事を()()()()から聞いたときに自分の計画を実行することにした。その人物曰く『上手く行けば必ず天之河光輝を明け渡す』というのだ。交渉をしてきた者の思惑など恵理にとってはどうでもいい、今はただ近くにいない光輝が現れ自分のモノになる光景を夢見るばかりだった。

 

 伝えられた情報通り大結界が壊れ、八重樫雫がクラスメイト達を纏め上げていた時はニヤつくのをこらえたものだ。いつもの気弱だが冷静な参謀役のふりをし、自分の傀儡となっている騎士団と合流させることも容易だった。そして一緒に召喚されてきたクラスメイト達が虚う騎士団に包囲されたとき恵里はまさしく有頂天となっていた。

 

「始まりの狼煙だ。注視せよ」

 

 清水に操られ傀儡となったホセの言葉で閃光が走り光がはぜた。その直後に響き渡る肉を裂く異様な音と痛みによるくぐもった声虚ろの騎士たちによって奇襲され次々と倒れ伏していくクラスメイト達

 

「な、こんな……」

 

 多少の誤算があったとするならば八重樫雫だけが騎士の剣を防いだところぐらいだろうか。しかしこれも全ては予定調和だった。だからこそ恵理は初めて本性を現した。もう自分の本性を隠す必要はない。クラスメイトの殆どが倒れ伏した時点で自分の勝利は揺るがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらら、流石というべきかな? ……ねぇ、雫?」

 

「え? えっ……何をっ!?」

 

 いつも凛々しくどんな時でも気丈な顔だった雫の美貌は咄嗟の事にうろたえていた。大結界が壊れたと言う情報を聞きクラスメイト達を叩き起こしどうするべきかと言う状況で中村恵里から騎士団と合流すべきだと意見されそれもそうだと納得し皆から反対する声もなく、騎士団と合流した結果が襲われるという想像もつかない状況だった。

 

 自分に向けられた凶刃をとっさに防ぎ、何事かと辺りを見回せば呻き倒れ伏しているクラスメイト達。その中でただ一人だけニヤついた表情で話しかけてくる友人…中村絵里にどういうことかと聞きだす雫。異常な事態に余裕を見せるその表情と只住まいから雫の中で嫌な予感が急増していた。

 

「どういうことなの…何を知っているの恵里!」

 

「アハハ… まぁ君が倒れないのは想定済みってことだよ」

 

「なにを言って…っ!?」

 

 恵里の言葉に身構えた雫は直後、地面から伸びてきた黒い手の様なものに足をつかまれてしまった。力を籠めようにも黒い手はがっちりと雫の足をつかみ振りほどくことができない。もがけばもがくほど締め付けを強くする黒い手に抵抗虚しく雫は地面に引きずり倒されてしまった

 

「あぐっ!ぐっ振りほどけない…何なのコレは!?」

 

「そいつはオレの闇魔法でできた手だ。貧弱そうに見えるが結構丈夫でな。まぁお前じゃどうやっても振りほどく事とはできねぇよ八重樫」

 

「貴方は…清水君!?」

 

 声が聞こえてきた方を見ればそこにいたのは失踪したが愛子に連れられて戻ってきたはずの清水が悠然と立っていた。驚く雫を冷たく見下していた清水は傷ついて呻いているクラスメイト達を気にすることもなく歩み寄ってくる。

 

「それにしても…ハッ! 本当に無様だな八重樫。洞察力が鋭いはずのお前なら異変に気付くとでも思って二重三重に策を考えていたんだが…なんて事のない只の女子高生って所か。まさかこんなにも簡単に行くなんてよ…失望したぜ」

 

「貴方…本当に清水君…なの」

 

「あ?それ以外の誰に見えるってんだ」

 

 八重樫雫は清水幸利と言う人間をよくは知らない。ただのクラスメイトであり、話をしたことも顔を見合わせたこともなかった。分かっているのは印象が薄いというだけ。

 しかし、今目の前で自分を見ている清水幸利は冷たいを通り越していっそ冷酷と言えるほどの目と傷ついているクラスメイト達が眼中にないという態度をとっているのだ。目の前にいるのは同じ日本出身のクラスメイトだというのに清水に対して何か薄ら寒いものを雫は感じていた。

 

 粘つくような声で嘲り笑う中村恵里にクラスメイト達に関心を示さない清水幸利。異常な行動をしている2人に雫は混乱するばかりだった。

 

「貴方達…いったいどうして…何でこんな事を」

 

「うん?そうだねぇ…教えてあげてもいいんだけど…」

 

「言ってやれよ中村。どうせこいつらにお前の目的を言っても支障はねぇだろ」

 

「そうだね、どうせ後々殺すんだし言っちゃおうか。僕はね雫、光輝君がほしかったのさ」

 

「光輝を…」

 

「そう!本当ならあの時何が何でも引き留めたかったんだけど君達のせいで上手く行かなかったからね。どうしようかと考えながら取りあえず王宮の人間を傀儡にしているときに()()()から交渉をされてね」

 

 恵理はニヤついた顔を浮かべながら嬉々として話し出す。その表情はいつも一緒にいた中村恵里ではなく、別人に見えた。

 

「騎士団や君たちを殺してくれれば光輝君を手に入れるのに協力してくれるって言ってね。それで邪魔な君たちを殺して僕の降霊術で傀儡にしようと思ったんだ。そこにいる騎士たちの様にね」

 

「そんな…それじゃ、この人たちは!」

 

「もっちろん死んでいるよ~アッハハハハハ!」

 

 狂ったような…実際狂っている恵里の言葉に雫は歯ぎしりをした。違和感は少なからずあった。訓練の時や私生活の時もどこかよそよそしく何か隠されているような気配があった。しかし何か伝えたくない事でもあるのだろうと思い詮索しなかったのが仇となってしまった。

 

 雫と恵理とのやり取りを眺めていた清水は自分を責め苦渋の表情を浮かべる雫と先ほどから狂笑しいる恵里を一瞥し肩をすくめると恵里の間違いを正す。

 

「はぁ…騎士団を傀儡にしたのはオレの闇魔術だろ。間違えんなよ。あとこいつらを無力化した後はオレがもらうって話だろ」

 

「んん?ああそういえばそうだったね。でも君の洗脳を食らった人間は悉くが廃人になっているんだから別に違わないんじゃないかな」

 

「ふん。…まぁそういう訳だ。運が悪かったと思って諦めろ」

 

 清水の宣言により騎士たち全員がクラスメイト達に剣を向ける。重傷を負いながらも、直ぐには死なないような場所を狙われたらしく苦悶の表情を浮かべて生きながらえているクラスメイト達はそれぞれ諦めたように呆然とする者隙を伺う者、死にたくないと叫ぶ者全員の反応は違っていたがそれぞれがこれから起こる事に恐怖していた。

 

 そんな中ただ独りだけ声を張り上げるものがいた。

 

「嘘だ……嘘だよ! ぅ…エリリンが、恵里が…っ…こんなことするわけない! ……きっと…何か…そう…操られているだけなんだよ! っ…目を覚まして恵里!」

 

 恵里の親友である鈴が痛みに表情を歪め苦痛に喘ぎながらも声を張り上げた。その手は、恵里のもとへ行こうとでもしているかのように地面をガリガリと引っ掻いている。恵里は、鈴の自分を信じる言葉とその真っ直ぐな眼差しにニッコリと笑みを向けた。そして、おもむろに鈴に近づくとこの日一番のとびっきりの笑顔を見せた。

 

「ねぇ、鈴? ありがとね? 日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに君はとっても便利だったよ?」

 

「……え?」

 

「参るよね? 光輝くんの傍にいるのは雫と香織って空気が蔓延しちゃってさ。不用意に近づくと、他の女共に目付けられちゃうし……向こうじゃ何の力もなかったから、嵌めたり自滅させたりするのは時間かかるんだよ。その点、鈴の存在はありがたかったよ。馬鹿丸出しで何しても微笑ましく思ってもらえるもんね? 光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの。だから、“谷村鈴の親友”っていうポジションは、ホントに便利だったよ。おかげで、向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった! だから、ありがと!」

 

「……あ、う、あ……」

 

 その笑顔は教室で鈴と共に笑いあっていた恵理の笑顔そのもので、だからこそ、その言葉が嘘偽りのない本音だという事鈴は理解してしまった。

 

 衝撃的な恵里の告白に、鈴の中で何かがガラガラと崩れる音が響く。親友と築いてきたあらゆるものが、ずっと信じて来たものが、幻想だったと思い知らされた鈴。その瞳から現実逃避でもするように光が消える。

 

「恵里っ! あなたはっ!」

 

「ふふ。怒ってるね? 雫のその表情、すごくいいよ。僕ね、君のこと大っ嫌いだったんだ。光輝くんの傍にいるのが当然みたいな顔も、自分が苦労してやっているっていう上から目線も、全部気に食わなかった。だからね、君は僕が特別にじっくりとなぶり殺しにしてあげる」

 

 雫は、全力で体を動かし黒い腕から抵抗しようとするも脱出はできずせめて最後まで眼だけは逸らしてやるものかと恵里を激烈な怒りを宿した眼で睨み続けた。

 

 それを、やはりニヤついた笑みで見下ろす恵里は、最後は自分で引導を渡したかったのか、近くの騎士から剣を受け取りそれを振りかぶった。

 

「じゃあね? 雫。君との友達ごっこは反吐が出そうだったよ?」

 

 雫は、恵里を睨みながらも、その心の内は親友へと向けていた。届くはずがないと知りながら、それでも、これから起こるかもしれない悲劇を思って、世界のどこかを旅しているはずの親友に祈りを捧げる。

 

(ごめんなさい、香織。どうか……生き残って……幸せになって……)

 

 逆手に持たれた騎士剣が月の光を反射しキラリと光った。そして、吸血鬼に白木の杭を打ち込むが如く、鋭い切っ先が雫の心臓を目指して一気に振り下ろされた。

 

 ベキッ!

 

 がその凶刃は雫の命を奪わず代わりに聞こえてきたのは何かが折れる音だった。

 

 

「え?」

 

 呆然と前を見る雫の目の前には腕があらぬ方向に折れ曲がり苦悶の表情を浮かべる恵里と手に持った杖を恵里に振りかぶる清水幸利がそこにいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そぅれもう一発!」

 

 ガギッ!

 

「あぐっ!?」

 

「うし、今度はちゃんと当たった当たった」

 

 振りかざした杖を今度は間違いなく恵理の頭部に振り下ろした清水は、軽く杖を振り体の伸びをする。バキボキと音のなる背中を肩をぐるぐる回すことでほぐしていく。

 

「君は…いったい何を!」

 

「あ?…ッチ結構力込めたんだが気絶しなかったか。やっぱりそう上手くはいかないってことだな。まぁいい、それじゃ副団長、この茶番劇の協力ありがとさん。後は好きなようにしてくれ」

 

 頭を押さえ呻きながら突如殴ってきた清水に腕を抑えながら怒りの目で問い詰めようとする恵理をさして気にした風でもなく清水は無視するとホセに向かって声をかける。声を掛けられたホセから黒い霧のようなものが出てくると頭を数度振り苦虫を潰したような顔で清水と恵理を見る。

 

「…っぐ、なんとも凶悪な魔法ですね。もしこれほどの使い手が我らの敵だったら…いえそれにしてもまさか本当に裏切っていたとは」

 

「だから言ったろ?裏切者が居るって。そんな事よりほかの奴らの魔法を解くから、さっさと動いた方が良いんじゃねーの」

 

「…そうでしたね。総員!第1、第2部隊は入り来る魔物の討伐を!第3、4部隊は民の避難を!第5部隊は王宮に居る残りの傀儡兵を始末せよ!」

 

 未だふらつく恵理を見たホセはすぐに意識を切り替え同じように黒い霧が体中から抜けてきた部下達に指示を出していく。指示を出された騎士たちは皆それぞれが騎士としてのの役割を果たすべく駆けて行く。

 ホセは召喚されて国を救うべきだった『神の使徒』と呼ばれていた少年少女たちを苦い顔で一瞥すると自らもまた部下たちと同じように駆け出していく。

 

 後に残ったのは突然の騎士達の行動に戸惑いと困惑を隠せない傷ついたクラスメイト達と腕を抑えながらふらつく恵里だけだった。

 

「暗き炎渦巻いて…」

 

「させねぇよ『言葉繰りの者共、静寂に真実を求め、暫し言葉忘れよ… 沈黙』」

 

「っ!?…………!」

 

 恵里が放とうとした詠唱を清水が闇魔法で妨害する。声を出すことができず、怨嗟にこもった目で清水を睨みつけるがやはり清水はどこ吹く風で、恵里に歩み寄ると躊躇なく手に持った杖で恵里を攻撃する。魔法を封じられ攻撃する手段をなくしてしまった恵里は火事場の馬鹿力と言うか落とした剣を片手で持って清水の攻撃を防いでいく。

 

「……っ!?」

 

「何だよその顔。もしかしてオレが接近戦ができねぇとでも思っていたのか?…はぁーどうしてこうお前の考え方ってのは極端なんだ?何で全部上手く行くと思ったんだ?オレが簡単にコイツ等を見捨てるとでも思ったのか?」

 

 溜息をつきながらも杖を振る清水に容赦はなく、恵里を追いつめていく。数回の剣戟の後ついに恵里は剣を弾き飛ばされてしまった。武器をなくしてしまった恵里を清水は足払いをかけ床に引き倒す。

 

「やれやれ こんな杜撰な計画を立てた奴が障害になるとは思えないんだが…もしかして補正って奴でも入っていたのか?どうにも他の奴らはお前に対してノーマークだったし…まぁいいか。もうすべては終わったことだ」

 

 愚痴を吐き倒れ伏している恵里の上に馬乗りになりながらも清水はテキパキと魔力封じの枷を恵里に取り付ける。枷がはまったことを確認すると今度は呆然と事の成り行きを見てい居た雫に向かって声をかけた。

 

「これでチェックメイトってな。 おい八重樫何をボーっとしているんだ。もう魔法は解いたぞ」

 

「え?…へ?消えてなくなっている…」

 

 キョトンとしている雫に呆れそうになるが仕方ないかと肩をすくめる清水。何せ魔物と魔人族の大軍が一挙に襲い掛かってきているという状況に加え 騎士たちによる攻撃と中村恵里の裏切り、そしてさらにその中村恵里を裏切った自分がいるのだから混乱しているのも仕方ないと言えるだろう。

 

 見ればクラスメイト達も混乱している様子で這いずりながらも何とかそれぞれが応急手当てをしようとしているところだった。そんな時だった。

 

「ふ、ふふふ 清水君、君がどういう腹積もりかはわからないけど、『彼』の目的は達成できそうだね」

 

「あ?」

 

「皆ーーーー!!」

 

 足元で何が面白いのかニヤついている恵里の声に疑問を抱き、続けて声がした方を見ればそこにいたのはクラスメイトであり南雲ハジメと一緒に旅に出た白崎香織と王女リリアーナがこちらに駆け寄ってくるのが遠目で見えた。

 

「ぅわ本当に来やがった。こんな大イベントだから来るとは思っていたけど…ってああそういう事か」

 

 必死に駆けつけてくる香織とリリアーナ。その2人に横から近づいていく影…檜山大介を見ながら清水は恵理の言葉の意味が分かった。檜山は剣を持ち、瞳に狂気を宿しながら待ちに待ったモノに飛びつくようにして走っている。

 

「がお”り”ぃぃいいいいい!!」

 

 大方香織を殺し恵里に降霊術を使わせて自分専用の傀儡にでもしてもらうという魂胆だろう。

 

(って言うかそういう契約しているんだっけ?)

 

 恵里の計画では檜山は何かイレギュラーがあった時の為の対応として待機していたはずだが、いきなり共犯者の清水が裏切ってしまい驚いている間に騎士たちが正気に戻ってしまったのでどう対応すればいいのか分からなくなってしまったのだろう。

 そこに檜山にとっての本来の目的である香織が来たので混乱に混乱を重ねた檜山の頭は香織を自分のモノにすると言うただそれだけのために後先考えずに行動していると清水は分析した。

 

「アッハハハ! 僕の光輝くんに当然の様に傍にいるあの女なんて死んでっぶぎっ!」

 

「ペラペラうるせぇんだよこのタコ!お前のその逆なで声どうにかならねぇのか!あとリアル僕っ娘なんて気色悪ィんだよ!反吐が出そうだ!」

 

 足元でニヤついている恵里に対してサッカーボールキックを放つ清水。足から伝わる感触からして鼻の骨と前歯を数本へし折った様な感触がしたが全く気にせず止めとしてのけぞり白目をむいている恵里の頭にストンプを放つ。 

 

 息を吐き面倒な相手が完全に沈黙しているのを確認した清水が香織たちを見れば今まさに檜山が香織に飛びかかろうとしていたところだった

 

「ったく、オレがその辺手を抜くわけねぇだろうが…なぁ団長さん」

 

 檜山が飛びかかる瞬間、黒い影が一気に檜山に体当たりをする。体当たりを食らった檜山は紙屑の様に吹き飛んでいくが黒い影はそのまま檜山に追い付き体を押し倒し馬乗りになる。

 

「どうして…どうしてなんだ!なんであそこまで酷いことができるんだ!答えろ大介!」

 

 黒い影…重装備のメルド・ロギンスがそのまま檜山にマウントを取りながら拳を振り下ろしていく。拳を次々と振り下ろしていくメルドの目にはうっすらと涙が見えているところや話している内容からするとここに現れるまでに何人かの顔見知りの傀儡兵を殺して回ったのだろう。

 

 一方殴られている檜山の状況は悲惨だ。筋肉がみっちり詰まっているメルド(おまけに鎧などを着用しているためかなりの重量と思われる)の体当たりを食らいあまつさえ太く頑丈な拳を次々と食らっているのだ。腰にさしている騎士剣を抜かない辺りメルドにもそれなりの優しさがあるのだろうが、檜山の顔は見るも無残に腫れあがっていく。恐らく目も当てられない顔になってしまっているだろう。

 

「ま、あれはあのままにしておこう、それよりも白崎が来たってことは…」

 

 南雲ハジメについて行った白崎が現れたのだ。なら当然南雲ハジメ(主人公)も近くにいる。そして南雲ハジメの横には…

 

 

 

 

 

「なぁにこれぇ」

 

 

 

 

 

(こんな時に遊戯王かよ…相変わらず変な奴)

 

 いきなり虚空から現れた、清水が待ちに待った相手は相も変わらず変なことを言いながらもついに清水の前に現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




後少し終わったら、やっとでやりたいことができるようになります。
それまで頑張ります


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王都防衛線 8

お待たせです。


 

  人間予想もつかないことが起こると思考が停止するとはよく聞く話だがコウスケはまさか自分がそうなるとは思ってもいなかった。

 

「なぁにこれぇ」

 

 傷ついている生徒たちは想像通りだ。違っているのは全員が自分を見て目を見開いていることだが、いきなり天之河光輝が出てきたら驚くのは仕方ないと言えるので別段問題はなかった。

 

 同じく怪我をしている八重樫雫も香織に抱き着かれながら同じように驚いている。こちらは怪我はないが他の生徒達と同じように驚いている。コウスケとしてはさっさと立ち直ってほしいが相手は高校生だ。あんまり期待しすぎるのはどうかと思う。

 

 問題は…

 

「どうした!何とか!言ったら!どうなんだ!大介!」

 

 言葉を区切るたびに馬乗りになったメルドが檜山の顔面を殴っている光景と

 

「おいおいどうした?何をそんなに驚いているんだ」

 

 現在進行形で中村絵里を踏みつけている清水幸利だろうか。

 

 

(えぇ~)

 

 正直中々のドン引きな光景だったがすぐに頭を切り替えることにする。とりあえず檜山の方はスルーしてもいいだろう。顔の形が愉快なことになっているかもしれないがこっちには再生魔法がある。極端な話、死ななければある程度は修復可能なので後回しにしても問題はない

 

(つーかキレているメルドさんに話しかけたくねぇ…)

 

 怒りで赤くなっている顔で絶賛気絶中の相手を殴っている筋肉モリモリの成人男性と言うのは中々恐怖モノだ。進んで関わりたくなかった。檜山への黙祷を簡単に済ませると絶賛どう接すればいいのかわからない清水幸利と正直関わりたくない中村絵里に目を向ける。

 

(…あれ死んで無いか?)

 

 清水の足元で倒れている恵理を見れば、腕は変な方向に曲がっており顔面に足跡がくっきりとついていて白目をむいている姿は何処からどう見ても瀕死だった。

 

「コイツか?安心しろ魔力封じの枷を付けたから何もできねぇよ。ま、ちょっとばっかりウザかったからボコっては見たが…問題はねぇよな?」

 

「お、おう」

 

 清水は足元の恵理をゴミでも見るかのように一瞥した後コウスケに不敵な笑みを浮かべて確認してくる。コウスケは返事を戸惑いながらも清水をマジマジと見る。最初の出会いは敵対していて、その後瀕死になった清水を助け出した後は全く持って接触も情報もなかったのだ。

 だからコウスケからしてみれば敵か味方すらわからないのだ。現状敵対の意思はなさそうだがどうしても身構えてしまう。そんなコウスケの悩みに気付いた様子もなく清水は怪訝な表情を浮かべる

 

「それよりなんなんだ?オレをじろじろ見て…」

 

 今目の前にいる清水幸利はコウスケが知っている原作の清水ではない。堂々とした佇まいに不敵な笑み、ステータスを見なくてもわかる他の生徒達よりも高い内に秘める魔力量。どれもがコウスケが知っている清水幸利ではなかった。だから思わず聞いてしまった。

 

「えっと…お前本当に清水なのか?なんか性格が…」

 

「…はぁ~ どいつもこいつもオレをなんだと思って…フン無理もないか」

 

 呆れたかの様に肩をすくめると清水は改めてコウスケに向き直るとどこか含むような顔で姿勢を正した。

 

「仕方ない改めて自己紹介をしようか。…初めまして、かな?オレの名前は清水幸利。お前の知っている南雲ハジメのクラスメイトであり、アホな事をしでかそうとして死にかけた大馬鹿者であり、お前によって救われた、ただの闇術師で、お前の味方だ」

 

「…マジで本物の清水?偽物とか俺の幻覚とかじゃなくて?」

 

「ああ間違い無く本物だ。ちっと性格は変わっているが…」

 

「そっか…体の調子は良いのか?腹に大きな風穴が開いていたような気がしたけど…大丈夫?」

 

「問題ない、誰かさんが助けてくれたからな。もう…塞がったさ」

 

「そっか、うん。良かったよ」

 

「…おう」

 

 状況は分からない。なぜ清水が恵理を足蹴にしているのか、どうして清水の性格や感じる風格が全然違うものになっているのかそもそも先ほどから騎士たちがいないのも変なのだがコウスケはそれらを全部わきに置いて清水が元気で生きていることを喜んだ。

 

 清水は清水で会いたかった人に自分の生存を喜ばれると気恥ずかしさを感じてしまう。言いたいことも聞きたいこともあるし何よりも伝えたいことがあるのだがどうすればいいかどう伝えればいいか対人経験が人より少ない清水は少し戸惑ってしまった。

 

「あーなんだ取りあえず色々情報交換しねぇか?薄々南雲達が来るだろうなってことは分かっていたんだが、こっから先どうなるかまではわかんなくてな」

 

「そうだなこっちも色々聞きたいし…って来るのを分かっていた?」

 

「それについては後にするぞ。また時間ができたら話をするから今は現状の確認の方が先だ」

 

 お互い少々気まずいような雰囲気になる物の取りあえずは情報交換をするべきだという清水の言葉に同意するコウスケ。途中の気になる発言は清水から後でと言われてしまったので今はわきに置いておくことにする。

 

 

 

 

 

 

 

「……つーことで取りあえず中村と檜山は無力化した。おそらくこれでいいと思ったんだが」

 

「いやいや十分だ。寧ろ物凄く有り難い。あのメンヘラを相手にしなくていいってのはデカい。ものすごく助かる。第3部完!って言いたくなるぐらいにめっちゃ嬉しい!」

 

「あ、ああそいつは良かった。中村がお前を見たら何をしでかすかはわからなかったからな。気絶させて正解だったか」

(…なんかフラグっぽいぞ今の言葉)

 

「はぁー結構身構えていたからね~一気に肩の力が抜けたよ。…んで詳細は分かんないから憶測だけど清水が暗躍して動いてたってことでいいの?」

 

「そういう事だコウスケ」

 

「メルドさん。そっちも無事だったんですね」

 

「ああ、清水が動いていなければ俺達騎士団は何も知らずに壊滅していたかもしれん」

 

「そうだったんですか…お手柄だな清水!」

 

「…止めてくれオレは別に…」

 

 コウスケと清水、途中からメルドを交えながらも話を進めていく。清水とメルド曰く、騎士団たちは町の方へ向かっていったらしい。

その事がコウスケにはうれしくて仕方がない。明らかに原作とは違った展開であり、何より騎士団を救ったのは清水であるというのが

自分の事のように誇らしかった。当の清水は照れているのかそっぽを向いてしまっているが…

 

 その3人とは別に香織、リリアーナは生徒たちの怪我の手当てをしている。最も傷は治療されている物の心の方が疲弊してしまっているらしく何人もの生徒は地面にへたり込んでしまったり俯いてしまっている。

 

「これで皆は大丈夫。雫ちゃんは?怪我はない?」

 

「私は大丈夫よ香織。それにしてもどうしてここに?」

 

「私がコウスケさんたちに救援をお願いしたんです。それで南雲さんは愛子先生を助けに行って私と香織はあなたたちの救出に来たのですが…」

 

「なんだかコウスケさんから聞いた話とは違う事になっているね。いったいどうなっているの香織ちゃん」

 

「それこそ私が聞きたいわよ…パリンって音が鳴ったから嫌な予感を感じて皆を叩き起こしてどうすればって考え込んでいたら恵理が騎士団と合流した方が良いっていうから合流したら何故か襲われて、恵理がいきなり豹変して殺されるって思ったら清水君がいきなり恵理をフルボッコにして…何が何だかわからないうちに騎士団の人たちはさっさといなくなってしまって次は貴方達が来て…何故か檜山君がメルドさんにボコボコにされてていきなり光輝が空から現れて…本当に何が起きているの?どうなっているの?そもそもなんで光輝はあんなに清水君と仲良くなっているの?それにさっきから香織たちが言っているコウスケって人は誰?」

 

 心労が限界に来たのか矢継ぎ早に香織に問い詰める雫に香織とリリアーナはどう説明するべきものかと顔を見合わせた。

 

(どうするのリリィ?コウスケさんのこと説明する?)

 

(…いえ今は説明しなくてもいいでしょう。彼女たちをこれ以上混乱させるのは気の毒です)

 

「えーっと後で説明するから今は取りあえず休んでいて」

 

「後でって…はぁ分かったわよ。とりあえずみんなの様子でも見てくるわ」

 

 少々苦しい形になるが問題を後回しにする香織とリリアーナ。その2人の態度に雫は問い詰めたくなるのを我慢してクラスメイト達のもとへ足を運ぶ。ちなみにだが気絶している恵理と檜山の双方は魔力封じの枷を何重にも巻き付けられおまけに荒縄で体を縛られている。体の怪我は回復させてもらえずまとめて雑に捨て置かれているが誰も反論はなかった。

 

 

 

 

 

(でも本当によかった。南雲のクラスメイト達はみんな無事だし厄介な奴も抑えられているし…後は南雲待ちか)

 

 最も一番の懸念事項が無くなったせいだろうか、コウスケの肩や心がとても軽くなっているのを感じていた。後はハジメの錬成兵器(ハジメ曰くとっておきの秘密兵器らしい)を使ってくれればこの騒動はすぐに終わるだろう。そう思った時だった。

 

「皆伏せろ!」

 

 声をあげながら守護を展開するコウスケ。いきなりコウスケに向かって極光が襲い掛かってきたのだ。

 

「おおおおお!!!」

 

 声を張り上げながら蒼の盾を展開し極光に真っ向から立ち向かう。前回はハジメをかばう事を優先して意識がそれていたがが今回は自分狙いだったのが幸いだったのか、集中できるので負担は少なく、むしろ余裕さえ感じられた。

 

 やがて、極光が収まり空から白竜に騎乗したフリードが降りてきた。

 

「…そこまでだ。異世界の勇者よ。大切な同胞達と王都の民達を、これ以上失いたくなければ大人しくすることだ」

 

「ほほぉう。人質作戦を取りますかぁー魔人族の最高司令官とあろうものが進んで小物っぽいことをするとは、中々卑劣なことをしてくださるようで」

 

「何とでも言え。そうでもしなければお前を封じることなどできぬからな」

 

 フリードと会話する中周囲の気配を探ればいつの間にか大勢の魔物が辺りを囲んでいた。大半が生徒たちを狙っており、フリードの合図一つで一斉攻撃が始まりそうだった。生徒達にとっては絶体絶命、しかしコウスケにとっては何も問題などなかった。

 

「…何を笑っている。そこにいる者たちは貴様の同胞だろう。貴様の行動一つで無残に朽ち果てるのだぞ。どうしてそこまで余裕でいられる?」

 

「何故って?そりゃ何とかなるに決まっているからだろ?」

 

 言葉と同時に自分の前に展開していた守護をいったん消すと固まっていた生徒たちの前にドーム状の結界を作り出す。蒼く光り出す結界は生徒たちを覆うように展開され絶対の防御の結界と化す。さらに誘光を使い魔物たちの攻撃対象を無理やり自分にさせる。これでたとえ攻撃されたとしても生徒たちに被害はなく自分の周りに守護を展開すれば何も問題はない

 

「さて?どうするねフリード君。今の俺は非常に気分が良いんでな。これぐらいの魔物どもじゃあ俺の防壁を突破することはできねぇぞ。それとも我慢比べをやってみるか?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら笑いかければ、苦虫を潰したような表情でコウスケを見るフリード。

 

「フン。確かに貴様の防壁を突破するのは骨が折れそうだが王都の民までは守れまい。貴様のその力は確かに厄介だが外壁の外にいる十万の魔物たちやゲートの向こうで控えている百万の魔物を防ぐことはできまい」

 

「…あ、そういえばそうだった。王都の人たちのこと完璧に忘れていた!」

 

「おい、駄目駄目じゃねぇか」

 

 生徒たちの事ならいざ知らず王都にいる人間たちの事を完ぺきに忘れていたコウスケ。フリードの言葉でやっとで存在を思い出し声をあげれば隣にいた清水に突っ込まれてしまった。

 

「たとえ十万の魔物たちがいたとしても我らが騎士団をなめるなよフリードとやら!」

 

「……ああ、貴様がこの国の騎士団長か。…なんとも貧弱だな。そこにいる男と比べると相手にもならん」

 

「ほざいたな…ならば試してみるか!今ここで!」

 

 メルドが剣を構え気勢を上げればフリードは無表情で淡々と返す。王都の外にいる魔物の大軍をどうするか考えていたコウスケは2人の様子…正確にはフリードの姿に違和感を覚える。

 

 コウスケが知っているフリードはもっと傲慢で相手を徹底的に見下しもっと神を!神を!と叫ぶような小物のような男だったはずだった。それが今目の前にいるメルドと相対するフリードはどこか淡々として必要以上の敵意を向けているような感じはしないのだ。

 それにいくらコウスケの守護が強固でもなにもしないでいるというのが変だった。いくらでも攻撃できるはずなのに何もしないで只淡々と会話をしているだけ。明らかに不思議だった。

 

 そんなコウスケの疑問を感じ取ったのかメルドから視線を外したフリードはどこか奇妙な視線でコウスケを見る

 

「弱者なぞどうでもいい。それより貴様だ。勇者と呼ばれている男よ」

 

「勇者になったつもりは全く持ってないんだけどな…それよりなんぞ?」

 

「貴様は言ったな『真の敵は別にいる』と、そして『魔人族は全滅する』と…いったい何の事を言っているんだ」

 

 フリードのその言葉に内心驚くコウスケ。確かにグリューエン火山でそんな事を言ったような気はしたがまさかフリードが覚えているとは思わなかったのだ。

 

「確かに言った覚えはあるけど…よく覚えていたな。てっきり一蹴されるかと思った」

 

「ああ私もそう思った。だがなあの日からずっと貴様の言葉が頭から離れないのだ、私は間違ってはいない。アルブ様のいう事は間違っていないと。人間族を根絶やしにすればこの戦争は終わるだと。そう思えば思うほど貴様の言葉が引っかかるのだ。何か私は重大な間違いをしでかそうとしているような…」

 

 コウスケはフリードの奇妙な視線とさっきから攻撃してこないことの意味がようやく分かった。フリードは迷っているのだ。

 以前何かが起こればと願い言った自分の言葉が確かにフリードに響いたのだ。最もその葛藤や迷いはコウスケが産み付けさせたものかもしれないが、それでもとまいた種が少しづつでも孵化しようとしていることにコウスケは内心で笑っていた。

 

「聞かせろ貴様の言葉の意味を。殺すのはそれからでも遅くはあるまい」

 

「…分かった。それじゃあ耳を閉じて頭と心でよく聞けよ。この世界の真実と長きにわたる魔人族と人間族の戦争の真相を」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…『エヒト』それが真の敵。魔人族と人間族の戦争を長きにわたって続けさせた張本人であり、人の生死を娯楽としている者」

 

「おう、そしてお前の所の魔王とはつながっており今も魔人族や人間族が必死で戦い死んでいく姿をニヤニヤと笑っている不愉快な糞野郎だ」

 

 説明を聞き終えたフリードは眉間にしわを寄せ何かを考え込んでいる。どこか緊迫したような雰囲気でありながらコウスケは今こそが

好機だと判断した。今ここでフリードを説得しアルブに疑惑を向けさせればこのトータスの…この世界を生きる人間たちの無意味な戦争が終わるかもしれないのだ。

 

(後、個人的に絶滅寸前まで死にまくる魔人族が可哀想ってのもあるけどな…物語に踊らされるのは主要人物である俺達だけで十分だろ?何も関係のないただ生きている人たちまでが犠牲になるのは…よろしくはないな)

 

「…貴様はどうしてそこまでする?どうして私との会話を試みようとする?なぜ戦争を止めようとする?異世界の住人である貴様には何も関係のない事だ」

 

「…確かにそうだな。例えお前たち魔人族が滅びようとも人間族が死にかけようとしてもいつか故郷へ帰る俺には関係のない話だよな」

 

 少しばかり息をつき自分の気持ちを整理する。言葉は慎重に選ぶべきだが、思いは言葉に込め真っ直ぐフリードの目を見る。

 

「でもな。だからと言って死ぬかもしれない人達を放っておくほど人間を捨てているわけじゃねぇんだ。ほんの些細なおせっかいで救える連中を助けることができたら嬉しいじゃないか」

 

 フリードは何も言わない。ただコウスケの言葉を聞いているのだけは分かる。だからこそコウスケは原作のを知っている自分しかできない切り札と自分が体験したことを交えながら説得を試みる。

 

「なぁフリード。お前は必死な思いで神代魔法を手に入れたんだろ。何で死に物狂いで神代魔法を手に入れようとしたんだ」

 

「…それは」

 

「解放者たちが残した大迷宮ってのは半端な強さで攻略できるようなものじゃない。死に物狂いで決死の覚悟を持たないと突破することのできない試練を持った迷宮なんだ。俺は…がむしゃらで必死でくじけそうになってもダチを…ハジメを助けようとしてボロボロになってでも迷宮を突破することができたんだ」

 

 思い返すのはハジメと共に文字通り死に物狂いで踏破していったオルクス大迷宮。あの時の感じた事、生き抜いたこと、そのすべてを思い出しながら言葉に『魂』を乗せる

 

「だからこそ、俺は神代魔法を手に入れたお前が並大抵な覚悟と願いをもっていることを知っている。教えてくれフリード・バクアー

『お前は何のために神代魔法を手に入れた』」

 

 コウスケの言葉…魂魄魔法を使い自分の言葉を相手の魂に直接伝える『言霊』を聞いたフリードは絞り出すように言葉を出す

 

「…私は…そう、あの時只の魔人族だった私は…『同胞たちが何にも脅かされることのない安心できる国がほしかったのだ』」

 

『それは、お前の本心か?』

 

「そうだ、だから力を求めたのだ。この力があれば誰も傷つかないと…魔物どもを従えて戦えさせれば…戦友たちが傷つくことも…帰りを待っている者たちが涙を流すこともなくなると思ったのだ」

 

 言い終えたフリードは『言霊』の効果が切れたのか頭を振ると手で眉間を抑える。効果が思ったよりも短時間であることに内心舌打ちするコウスケだが、フリードの本心が聞けたのでよしとすることにする

 

「今のは…貴様いったい私に何を」

 

「お前の本心が出てくるように魔法をかけたのさ。効き目抜群だっただろう?」

 

「…交渉に魔法を使って戦いをやめさせようとする馬鹿がいたとな。正気か?」

 

「正気で人を救えるかっての。だけど俺の偽らざる本心もお前に聞こえたはずだ。違うか?」

 

 コウスケの言葉通りフリードには確かにこの馬鹿気た戦争を止めたいというコウスケの心が伝わっていた。

 

「…ああ確かに偽らざる本心だった。そして同時に戦いを終えさせた後は干渉する気がない事もな」

 

「げ!?そこまで伝わっちまうとは…要練習だな。まぁ別に良いだろ?俺は戦争終結のきっかけを作るだけ。後は話の分かる頭の柔らかい人たちが決めればいい」

 

「フン。 …確かに少しばかり考える必要があるな。アルブ様は我らの救いの光だ。しかしその光こそが私の目をくらませているのかもしれない」

 

 朗らかに笑うコウスケにつられたのかフリードはわずかに口角をあげる。周りは魔物の大軍が包囲している中での明らかに異様な雰囲気だった。だがそこにはが誰も口を挟む者はいない。ずっと続いていた戦いの終結が始まるのかもしれない。

 

 

 そんな雰囲気の中それは突然起こった。

 

「っ!?うぉぉおおおおおおお!!」

 

 ズドドドドドドォオ!!!!

 

 その場にいたフリードを除いた全員に降り注ぐ上級魔法の数々。その地獄の様に降り注ぐ魔法の数々をコウスケは自分に向かわせ、すべてを守護で防いでいく。

 

(何だ!?いきなり何なんだ!?あともう少しで和解が成立しようってのに!)

 

 荒ぶる感情を守護に回すことで何とか心の動揺を抑え込もうとするコウスケ。なにせ今全力で防いでいる魔法の一発一発はフリード

の乗っているウラノスの極光に引けを取らない威力なのだ。もし今ここで自分の守護が途切れてしまったら、辺りは地獄絵図と化してしまう。

 

 長いようで一瞬の魔法の数々を何とか抑えきったコウスケが辺りを見回しせば、広場はクレーターでぼこぼこになっていた。生徒達や仲間は無事だったようでひとまず安心するコウスケ。誰の差し金かとフリード見ればフリードは空を見上げとびきり苦い表情を浮かべている。

 

 コウスケや他の者たちも同じように攻撃してきた方向を見て全員が目を見開いた。特にリリアーナとメルドの驚愕は群を抜いていた。

 

「なぜ貴方が…何をしているのですか!」

 

「あんた…自分が一体何をしでかしているのかわかっているのか!」

 

 メルドとリリアーナの怒声と驚愕の声が響く中、原作を知っているコウスケだけは目の前の光景が理解できず唖然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで…何でお前が生きているんだ…()()()()()()()…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、魔人族最高司令官フリード・バクアー殿とあろうものが己の神を疑うとは…アルブ様がお聞きになられたら嘆きますぞ」

 

 

 そう言うとコウスケたちを攻撃してきた人物…原作では死んでこの場にいないはずの聖教協会最高権力者『教皇』()()()()()()()()()()()()は溜息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




次で長かった王都編も終わりですね

気が向いたら感想お願いします


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王都防衛線 終

お待たせしました
これにて王都防衛編終了でございます


 

 

 

 

 元々予想はできていたことだった。いる筈もないイレギュラーである自分がいる以上どこかで何かしらのズレがあるだろうとは考えていたことだった。

 清水を助けたあの時から心の片隅で考えていたことだった。自分が行動するたびにズレが大きくなっていくような感じはしていたが…

 

(ここにきてまさかコイツが生きているとは…想像できるかよ!)

 

 教皇イシュタル。原作ではハジメとノイントの戦いで聖歌を歌いハジメの邪魔をし、ティオのブレスによってあっさりと退場した脇役の一人。だが今コウスケの目の前でフリードに対して苦言な表情を浮かべている。警戒と混乱によりコウスケの心臓は未だかつていないほどにバクバクと音を鳴らしていた

 

「これはこれは王女様と騎士団長殿。ご機嫌麗しゅうございます」

 

「イシュタル!貴様何故そちら側にいるんだ!そもそも先ほどの攻撃は一体何のつもりなんだ!」

 

 メルドの怒声にイシュタルはたいして表情を変えず寧ろどこか余裕を持っていた。

 

「ふむどういうつもりかと言えば…そうですな。エヒト様のご意思と言うべきでしょうかな」

 

「…どう意味ですかイシュタル。何故そこで神の名前が」

 

「王女様、私は選ばれたのですよ」

 

「選ばれた?」

 

 リリアーナの問いにイシュタルは大仰に腕を広げ空に向かって恍惚とした表情で語り始めた。

 

「エヒト様から信託を受けたのですよ私は!エヒト様は仰られました。『貴様の信仰は実に心地よい、イシュタル・ランゴバルト貴様は今日から我に仕え我が手足となれ』と!」

 

 陶酔しきったイシュタルの顔はまさしく醜悪そのもので狂信者と言う言葉がよく似合っていた。

 

「私はエヒト様から信託を授かりました。エヒト様に選ばれ無かった人間たちをこの世から抹消させエヒト様とエヒト様を信仰する信者たちの理想郷を作るのだと。だからエヒト様に選ばれず疑いあまつさえ反抗しようとするあなた方はここで死んでもらうのですよ」

 

 イシュタルはそう言い終わると生徒並びメルド、リリアーナを含むすべての人間に対し魔法を打ってくる。

 

(クッソ!動揺している場合じゃねえ!何とかして守らないと!)

 

 雨の様にイシュタルから放たれてくる魔法を自分に向かわせ防いでいくコウスケ。しかし想定外な状況が立て続けに起こったせいかいつもの強固な守護は脆くなっており強度をイマイチ保てなくなっていた。

 

「おいおいアイツが来るのはシナリオ通りってことじゃねぇのか!?」

 

「そんなわけあるかよ!あいつはさっさと死んでいるはずの人間なんだ!」

 

 清水の怒声に対して叫び声をあげるコウスケ。そんなコウスケに対してイシュタルは観察するような目を向ける。

 

「しかし、勇者がまさかエヒト様に反抗するとは…扱いやすい人間だと思っていたのですが、当てが外れてしまったようですな」

 

「はっ!誰が愉快犯の手ごまになるかよ!そんな阿保みたいなことは天之河にでも言ってろこのカス野郎!アイツなら喜んで協力するぞ!」

 

「いや、流石に天之河でもそんな事は…ないよな?」

 

「…エヒト様の寵愛が理解できないとは、やはり異世界の人間は不愉快ですな。もういいでしょう、それよりフリード殿、何をして居るのです?あなたも加勢してさっさとこの狼藉どもを始末するのです。」

 

 イシュタルに攻撃を促されたフリードだが苦い顔を浮かべ困惑している

 

「私は…」

 

「アルブ様を裏切るのですか?己の信仰を疑うのですかな。アルブ様は必ずやあなた方魔人族を平和に暮らせるように尽力しているというのに?そのために貴方方にとって仇敵である私たち人間族が協力しているというのに?…裏切るのですかな?」

 

「そうだ…私はアルブ様の使徒…あのお方を裏切りなど…する訳がない!私はアルブ様を信じるだけだ!」

 

(あんの糞爺!余計なことを言いやがって!)

 

 困惑していたフリードが徐々に敵意を見せ始めてきている。折角味方とは言えなくても中立ぐらいまでは引き込めそうだったのにとコウスケは歯噛みする。

 

「その通りでございます。信徒である我らが己が信ずる神を疑ってどうするというのです。さぁ私と共にあの者たちを撃ち滅ぼすのですぞ!」

 

 周囲にいた魔物たちがそれぞれ攻撃の構えをとる。絶体絶命とは行かないが非常に不味い状況になってくる。

 

「おい。あの教皇に加えて魔物の攻撃が来るぞ、防げるのか?」

 

「出来る!って言いたいけどな。どうにも俺の想定外の事ばっか起きて動揺しているからな。ちょっとまずいかも…」

 

「やれやれ、ここにきてオレの行動はおせっかいだったのか?」

 

「そんなわけないさ。それよりも何かこの状況を打破するような魔法ってないの?」

 

「あるっちゃあるが…ぶっつけ本番だからな。失敗しても文句は言うなよ?」

 

 隣にいる清水はそういうと詠唱を始める。以前とは考えられないその頼もしさはコウスケの不安を取り除く頼もしさだった。

 

 

 

 しかし清水の魔法は結局は唱えれなかった。

 

 何故ならば…

 

 

 

 

「ふぅん。コウスケと聞いていた状況とはだいぶ違う感じがするけど…教えてくれないかな」

 

 その言葉と共に幾多の銃弾と砲撃を魔物たちに浴びせながらハジメがやってきたのだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と面白い状況になっているけど?」

 

 魂魄魔法を習得し神山からフリーフォールをし、コウスケが居るであろう広場に向かってみればそこには親友のコウスケと香織達にクラスメイト、なぜか縄で縛られ倒れ伏している裏切者の中村絵里と檜山大輔、そしてなぜか堂々と立っている清水幸利というイレギュラーに敵であるフリードと、これまたコウスケの話では居ない筈のイシュタルがいたのだった。

 

 ひとまずオルカンとメツェライを空中に浮かせをファンネルの要領で周囲の魔物を殲滅していく。と同時にひとまず気に入らないというのとおそらく敵であろうという雰囲気からイシュタルとフリードの銃撃を浴びせる。

 

「ほぅ中々手荒な挨拶ですな」

 

「ッチ」

 

 がイシュタルとフリードの前にはバリアーが張られドンナ―の銃弾は塞がれてしまった。軽く舌打ちをしながらも何やら焦っている様子のコウスケに話しかけるハジメ。

 

「で、何がどうなってこうなっているのさ」

 

「清水が中村をボコって

 フリードを懐柔しようとしたら

 イシュタルがやってきた!」

 

「ふんふん。で、もう一度聞くけど何やってんの?」

 

 コウスケの実力があればこの状況を乗り切れるはずなのだが、なぜかひどく狼狽えているのだ。ジト目で見てみればコウスケは気まずそうに視線を逸らす。

 

「…それはその」

 

「はぁー大方自分の予想とは違ったことになってパニクってどうすればいいのかわからなくなって取りあえず皆を守ったのはいいけどさて死んでいるはずのイシュタルが出てきたからにどうすればいいのかわからないってことかな」

 

「ウィ!」

 

「誇るなドヤるな反省してよこの馬鹿!」

 

「ウィイ…」

 

「何このやり取り?」

 

 何となくで言ってみれば当たっているらしく、あまりにも大当たり!と言う顔をしていたので怒ってみればショボンと落ち込んでしまうコウスケ。溜息を吐くと取りあえずさっさと行動しようと思考を切り替えるハジメ。

 

 ひとまずは隣でコウスケに対して微妙そうな顔をしている清水は味方らしいので放っておくことにする。縛られてオブジェクトになっている檜山、中村も放置。無論怪しい動きをしたら手足の一本は吹き飛ばすつもりである。

 

 魔物を殺戮し終えたオルカンとメツェライを手元に呼び戻しイシュタルに向ける。フリードの方はハジメにとってもはやどうでもいい存在だ。だがこの男だけはエヒトの手によって何か強化を施されていると感じたのだ。

 

「いやはや、流石は我が神に敵対する者。無能と言われていたはずのがよもやここまで強くなるとは…末恐ろしいものですな」

 

「そいつは光栄。で、あんたは見たところそっち側ってことでいいんだな」

 

「勿論でございます。我らはエヒト様に選ばれ新たなる人類となったのです。これまでの古き旧人類を根絶やしにするのが我が使命でございまして、そのためにもまずは邪魔なものを一掃しようとここまで来たのです」

 

「説明ありがとさん。…狂信者ここに極まりってことかな?初めてあんたを見たときからイカれているなと思ったけどまさかあっさりと同族を裏切るとはね。その隣にいる魔人族は凶悪で見るに堪えない種族だと召喚されたとき言ってなかったっけ」

 

「さて?そのように思っていた時もございましたが…私と同じようにエヒト様に選ばれたのです。そのようなことは些細な事でしょう。むしろエヒト様のすばらしさを理解できないあなた方の方が醜悪で愚かに感じますな」

 

「あっそ」

 

 言葉を切ると空に浮かばせた兵器達を全弾イシュタルに向かって放つ。無論さっきの攻撃を防いだのだ。攻撃の一つでもあたるとは思ってすらいない。

 

「次、そこの…名前なんだったっけ?まぁいいやどうでもいいし。そこの魔人族あんた軍の最高司令官だろ」

 

「貴様…我が名を忘れたというのか!」

 

「どうでもいい道化の名前なんていちいち覚えていられるか。それよりもさっさと軍を引かせろよ。あんたほどの立場の人間ならできるだろ?」

 

「道化だと…一度ならず二度も私の事をコケにっ!?」

 

 牽制のつもりでドンナ―を打ち、ハジメはすぐに空にあるとある兵器を作動させた。

 

 

「…?雨?」

 

 最初にそう言ったのは誰だったのだろうか。空から何かが降ってきたのだ。最初は雨だと感じた。しかし全然違った。空から降ってくるものは紅い光だった。

 

 そしてその雨は瞬く間にハイリヒ王国の王都とその周辺にまんべんなく振り出したのだ。

 

「南雲?これは一体」

 

「まぁ見てなって」

 

 コウスケの疑問そうな声を含み笑いで応じる。紅い雨は断続的に降っているが、液体の様な感じはなく肌に当たっても濡れることはなく建物や地面に当たってもふっと消えるものだった。

 いったいどういうものかとコウスケが再び問いかけようとしたところで異変が起こった。

 

「ウラノス!いったいどうしたのだというのだウラノス!!」

 

「ギュッ!?ギュァァアアアアア!!!!」

 

 フリードの乗っていた白竜ウラノスが苦悶の声をあげたのだ。その悲鳴な叫びは雨に当たるたびにより大きくなっていく

 

「その雨は魔物に攻撃する様に調整していてね。『対魔物型殲滅用兵器』ってところかな。人的被害はなく

建物にも被害がない。実にクリーンで扱いやすいものだと思わない?」

 

 皮肉たっぷりにフリードの告げるハジメ。対するフリードは忌々しそうにハジメを睨みつけるとすぐさま魔法を唱えウラノスを雨から守る障壁を作り出す

 

「貴様…貴様ああ!」

 

「そんなに小物たっぷりに吠えないでよ。怖くなって次は魔人族だけが当たるように設定しそうになるじゃないか」

 

「グッ!」

 

 もちろんハッタリではない。ハジメが設定しなおせば魔人族だけに被害が出るように調整できるのだ。…時間はかかってしまうが

 

「さて選べよ。魔人族の勇者様。このまま戦争を続けて数が少ない魔人族の数をさらに少なくなるかそれとも尻尾を巻いて逃げるか。あ、言っておくけどこっちに攻撃しようとかまえた瞬間切り替えるからそこらへんよろしく」

 

 ハジメの挑発にフリードは歯噛みをした。しかしその様子ですらハジメには薄く笑うのだ。

 

「やれやれ とっとと学習しろよ魔人族。お前達が戦うのは僕達じゃないってことに。まぁもう考えるだけの頭の思考能力もなさそうだしこのまま絶滅しちゃおうっか」

 

 軽い調子で特に気にした風でもなく笑うハジメについにフリードはゲートを開け一瞬だけコウスケに視線を送るとそのままゲートの向こう側へと消えていった。

 

「ううむ、まさかこのようなものまで作り出すとは…いささか分が悪いですな」

 

「何言ってんだこの爺は。ずっとぴんぴんしているくせに」

 

 空を見つめながら唸るイシュタルにハジメは溜息を吐く。実は先ほどまでイシュタルも攻撃目標に加えていたのだが、イシュタルの障壁は壊せなかったのだ。なまじ強力な障壁に流石にイラつくハジメだがそんなハジメを気にした風でもなくイシュタルもフリードが消えていったゲートへ移動する。

 

「では、私もこれでお暇させていただきましょう」

 

「とっとと失せろこの狂信者二度と面を見せるな」

 

「それはどうでしょうか。あなたがエヒト様に歯向かう限り私はいつでも現れるでしょうな」

 

 そう言って余裕の表情を見せたイシュタルはゲートの奥に消えていった。ゲートが消え同時に雨も収まり場に静寂が戻り始めてきた

 

「…行ったの?」

 

「はぁーなんかさっきから僕溜息ばっかりしていない?ともかく終わったよ。もう近くにはいなさそうだし、魔人族も全員退却したでしょ」

 

「……ってことは!第三部完!」

 

「いやまだ戦後処理があるでしょそこら辺忘れないでよ」

 

「…コロンビア!」

 

「はぁー」

 

 面倒ごとが終わった気配を感じ取ったのか親友が万歳の格好をして喜んでいるのを見て溜息がますます深くなるハジメだったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 感想ございましたらお願いします

 次は交流ですね。やっとで好きなことできます


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戦後処理

お待たせです


 

 

「で、この後どうする」

 

「…っは!?」

 

 ハジメの疲れたような声を聴きやっとで我に返るコウスケ。面倒だったことが終わった事に喜んでつい我を忘れてしまったのだ。すぐに思考を切り替え自分がまず何をすべきなのか判断する。

 

「そうだな…取りあえず王都の人たちが心配だから、香織ちゃん!ちょっとこっちに来てくれ!」

 

 今自分が何をすべきか、そんなのは決まっている。脅威は去ったとはいえどこかで怪我をした者が居るのかもしれない。

 今もまだ命の危機が迫っている人がいるかもしれない。なら自分の力を使う必要がある。無論この世界の最高峰の治癒術師である香織にも協力を要請する

 

「それでコウスケさんどうすればいいの?」

 

「俺の手に手のひらを重ねて」

 

 近寄ってきた香織に自分の差し出した手を重ね合わせるように頼む。不思議そうな顔をする香織だったがすぐにコウスケの手に自分の手を重ね合わせる。

 

「そのまま再生魔法を使ってくれ。誰に使うかなんて考えず只々人を治すことだけ考えて魔法を使ってくれ。細かいところは俺が調整する」

 

 コウスケの言葉に従い再生魔法を使い始める香織。香織が唱える再生魔法をコウスケが範囲を広げる。

 

「…治って」

 

(…範囲拡大、対象無差別、命に差は無しってなぁ!)

 

 魔法の範囲は王都全域、怪我の大小を問わず全員が魔法の恩恵を受けるように空間魔法を使い香織の力を拡大させる。

 

「おいおい紅い雨の次は蒼の雪ってか?お前らほんと規格外だな」

 

 空を見た清水が呆れたように声をあげる。空からはコウスケの魔力光である蒼の光が雪の様にひらひらと舞い落ち当たった者誰構わず怪我を癒していく。その中には身動きができないでいる檜山や中村も含まれていた。 

 

(これで多少は楽になるはず…だよな)

 

 蒼の雪にはコウスケの技能『快活』の力も含まれているので今なお王都を駆けまわっている騎士たちや兵士たちの体力や気力をも回復させる力がある。人を助けるのには時間と体力が必要だとコウスケが考えていからだ。

 

「これで王都の人たちは大丈夫かな?」

 

「ん、きっと問題はないさ。ありがとう香織ちゃん。君のおかげで怪我人はだいぶ減ったはずだ」

 

「ううん、コウスケさんの力があるからだよ」

 

 2人でと協力魔法の成果を語り称え合う。前々から何か試してみようと考えていた魔法の効果が上手く行ったのだ。

 

「コウスケ上手く行ったの?」

 

「ああ、これで魔人族による侵攻の被害はだいぶ抑えれた…はず」

 

「そう、じゃあ次、この清水は何?敵?味方?どっち」

 

 そんな2人の作業が終わった頃合いを見たハジメがさっきから隣にいる清水の事を聞きだす。ハジメからしてみればウルの町でコウスケが回復させたのを見て最後だったのだ。今はコウスケの隣で事の推移を見守っているようだが腹の底まではハジメにはわからない。

 

 クラスメイトの裏切者檜山と中村を事前に封殺したとの話なのだが、ハジメにはまだ疑わしかった。自然と右手がドンナ―に伸び目がうっすらと険しくなっていくのがハジメ自身感じ取れていた。まだ信用できないと

 

「オレか?…そうだなお前にとって分かりやすく言うのなら…」

 

 ハジメの様子に気付いたのか気づいていないのか清水はしばし眉間に手をやり考えニヤリと不敵な笑みを見せ言い放った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『オレはしょうきにもどった』って奴だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャッ!

 

「コイツ敵だ!」

 

「まてまて落ち着け南雲ぉ!おい清水お前もなに笑っているんだよ!?」

 

「あっはは やっぱりこいつらおもしれ―」

 

 即座に清水にドンナ―を向けるとハジメと慌ててハジメを止めるコウスケ。そんな2人を見て清水は愉快そうに笑うばかりであった。

 

「まぁまぁ落ち着け南雲今のはオレの冗談だ」

 

「あぁ?」

 

「そう睨むな。オレは正真正銘お前たちの味方だ。いろいろ話せば長くはなるがな、そこだけは絶対だ」

 

 威圧を放ち常人なら倒れ伏してもおかしくないプレッシャーを放つハジメだが清水は決してハジメから目を逸らさない。清水の目、それは以前の時とは違って力強い意思がある目だった。澱んだ眼を持ち目をそむけていたあの時とはまるで別人だと思うほどの

 

「…ふぅん 前見た時とはだいぶ雰囲気が変わっているみたいだけど?」

 

「まぁな…『俺』が生まれ変わって『オレ』に変わったというべきか…そこら辺の事情は追々話す。今は信じてくれとしか言えない」

 

「な、清水なんか前会った時と違っていい奴になったみたいだからドンナ―を向けるのはやめようぜ南雲」

 

「はぁ…わかったよ」

 

 清水の変わりように警戒していたが、コウスケの説得によりハジメは溜息を一つ吐くとドンナ―を下ろす。ホッと一息を吐くコウスケは、どうにもいつもとは違ってイラついているらしい親友をなだめることにする。

 その間に手のジェスチャーで清水には離れるよう頼み込むと肩をすくめて清水はクラスメイト達の所へ戻っていった。恐らく清水は清水で事後処理をするのだろう

 

「どした?なんか気がたっていないか?いつものお前らしくないぞ?」

 

「そんなつもりは……いや、そうかもね。ちょっと疲れているんだ」

 

「ん?なにがあった?」

 

「コウスケが教えてくれたノイントって敵なんだけど、アレ情報とは全く持って違ったよ」

 

「マジ?」

 

 コウスケが教えた内容は『銀の翼を持ち、大剣の二刀流で魔法を使ってくる戦乙女の様な銀髪碧眼の女性』だったのだが

 

「あっているのは女性で銀髪碧眼だけ、僕より背丈は小さくて香織さんと一緒ぐらいに銀の翼は無い、しかも武器は大剣の二刀流じゃなくて短槍一本のシンプルな戦闘方法。おかげでえらい目に遭った」

 

 見ればハジメの衣服のあちこちに裂けた跡があった。傷は先ほどの魔法で治ったらしいのだが…今の今まで暗くわからなかったのだ。

 

「マジか…そりゃすまなかった」

 

「いいよ謝らなくても。それよりも僕は疲れたんだ、早く休みたいのが本音なんだけど」

 

 明らかに疲れた顔をするハジメ。ノイントとの戦闘やイシュタルたちの相手にストレスでも溜まっているのか随分とやけっぱちな態度だった。どこか宿でも取るべきかそれとも屋外でキャンプでも張るべきかとコウスケが悩んでいるところで傍に近寄ってきたリリアーナが提案をしてきた

 

「それなら王宮の客室を使ってください、細かいことは明日にして体をお休め下さい」

 

「良いの?勝手に決めても迷惑とかにはならない?」

 

「構いません。あなた方はこの王都を救っていただいたのですから」

 

「今も王宮の人たち混乱していると思うけど…」

 

「城の者たちは優秀な者たちです。多少混乱していてもすぐに冷静さを取り戻します」

 

 頑としてリリアーナは意見を取り下げる気はない様だ。どうしたものかと周りを見てもメルドはすでに姿を消し生徒たちは畑山先生と再会し喜び合っている。ティオは事の成り行きをみているだけで口を挟まない。香織も同じようだ。隣のハジメはついにもたれ掛かってきたのでコウスケはリリアーナの提案を受け入れることにした

 

「それじゃ…世話になるよ」

 

「はい!」

 

 リリアーナは返事を返すと城に案内をしようとし、急に立ち止まりコウスケ達に振り向き、深々と頭を下げた

 

「…改めて本日はありがとうございました。あなた方のおかげで城の者も城下の人たちもみんな助かることができました。誰よりも先に言わせてもらいます。皆様、私たちをお救いしてくださり本当に有難う御座いました」

 

 リリアーナの真摯なその声に特に何もしていないコウスケは少々ばかり気まずそうに頬を掻くのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっと忘れ物忘れ物」

 

「む?コウスケ何をしようとしているのじゃ?」

 

「んーー檜山と中村に魔法をかけるのをね」

 

「魔法?」

 

「『魂魄魔法』だよ …どうやら俺が一番うまく使いこなせるみたいだから」

 

 

 

 

 

 

 

 




少しづつ進めていきます


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交流編 闇術師

遅れましたー
後半追加する予定です



 

 

 ネタバラシ

 

「つーことで俺は天之河光輝じゃない、コウスケって言うんだ」

 

 騒動が終わった翌日、コウスケは召喚された者たちを集め、自分の素性の説明をした。元々隠していたのは中村恵理に聞かれてしまったら何をしでかすかわからなかったため話すことができなかったのである。中村絵里はこちら側の手にあり、押さえつけてあるのでもう心配するようなことはなく自分の天之河光輝としての役目が終わったと判断したのだ。

 

「…その話が本当ってのならあんたはずっと俺たちを騙していたっていうのかよ!」

「そうだ!いきなり出てきて何なんだよ!」

 

 声を荒げたのはコウスケの見覚えのない少年達だった。誰か名前を思い出せないで居ることに申し訳なく感じながらも話を続けることにする

 

「騙していたか…確かにそうだな。俺はずっと君たちに嘘をついていたんだから。でも嘘をつくのはもうおしまいだ」

 

 一度言葉を切り集まった少年少女達…自分よりも年下の子供たちの姿を順番にしっかりと見てから宣言する 

 

「俺は君たちの頼れるリーダー天之河君じゃない。いきなり言われても戸惑うだろうし理解できないことかもしれない。でもこれだけは約束するよ。もう君たちは武器を取らなくていい。戦争に参加しなくても殺し合いをしなくてもいいんだ。面倒なことは俺がどうにかする。君達が帰れる手段も探し出す。だから後は俺に任せて君たちはこの王都で待ってていてくれないか。必ず君たちを故郷まで帰らせるから」

 

 自分より年下の少年少女たちが武器を手に取るのがコウスケにとっては嫌で仕方なかった。例え偽善と言われてしまっても自分が焚き付けたようなものとしても嫌だったのだ。

 

 コウスケの言葉に集まった一同は誰も何も言わなった。勿論不満を持ち天之河光輝の姿をした怪しい男としか見えないものもいる。しかしコウスケの真摯な言葉確かに伝わり、だからこそ誰もが何も言えなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 清水と遭遇

 

 

「お疲れさん。中々の演技力だったな」

 

「清水?」

 

 召喚された者たちに対しての説明が終わり用意された部屋にて一息ついたころ、清水がコウスケを訪ねてきた。

 

「斎藤たちが何やら騒いではいたがお前の言葉に完全に沈黙しちまったぞ」

 

「そうかな?納得しててくれればいいんだけど…難しいよな」

 

「そこまで気にする必要はないだろ。みんな生きているんだから」

 

 清水は特に気にした風もなくそれが少しばかりコウスケには気が楽だった。

 

「そうだな。っとそうだ清水 ありがとうお前のおかげで凄く助かったよ」

 

「なにがだ?」

 

「檜山と中村を抑えてくれていただろ どうなるか心配だったけど上手くやってくれたおかげでこっちはだいぶ楽になったよ」

 

 清水が檜山と中村を抑えていなければ今頃は両者の首をはねていたかもしれない。物騒な結果にならずに済んだことに清水に感謝をすれば当の本人は肩を竦めている

 

「それはよかった。俺のせいで物語の流れがおかしくなるかと危惧したが、問題はなさそうだな」

 

「いやいや清水が抑えてくれ無かったら今頃檜山は魔物に食われていて中村はエヒト側に…って待った。清水今お前なんて」

 

「やっとで気付いたか。俺はその事で話をしに来たんだ」

 

 ニヤリと笑う清水はどこか悪戯が成功した様に笑っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライトノベルの世界

 

 

「どこかおかしいと思っていた。異世界召喚にクラスの中でただ独りの非戦闘職の南雲ハジメ、奈落に落ちていきそこで美少女と出会った」

 

 清水は淡々としかし目は逸らさずにコウスケを見ていた。

 

「それは…」

 

「おかしくないか?異世界なんてのもそうだがあの高さから落ちて生きているんだぞ。出来過ぎにしても都合が良すぎるだから思ったんだ。まるでライトノベルの様だって」

 

「……」

 

「極めつけに顔が天之河でもな中身が全く別の奴が『原作レイプ』なんて話すんだから何となく察したよ。もしかして俺達のこの状況は物語なんじゃないかって」

 

 話す清水の様子はどこか達観していて皮肉るようにも嘲笑うようにも見えない。だからコウスケは清水に話すことにしたこの世界はライトノベルが元の世界だと。きっと彼なら受け入れるのではないかと思ったのだ

 

「あ~そういえばそんな事を言っていたような…はぁご名答だ清水。察しの通りこの世界は、南雲ハジメを主人公とした『ありふれた職業で世界最強』ってタイトルのライトノベルの世界なんだ」

 

「…そうか やっぱり俺達は作りもんだったのか」

 

「って言ってもライトノベルが元になっただけで生きているお前たちは二次元ていう訳じゃ…すまん上手く説明できないけど作りもんじゃないってことだけは分かってくれ」

 

「いいさ、大体のことは理解しているつもりだからな。…そっかなら俺のやったことは本当に良かったんだな…」

 

「そうだ。だからありがとう清水。君のおかげで皆が助かったんだ」

 

 深く息を吐き目を瞑る清水にコウスケはもう一度礼を言う事にした。清水のおかげで大勢の人間が救われたのは事実なのだから

 

 

 

 

 

 

 

 何で気付かなかったんだろう?

 

 これまでの旅の事や事情を清水に説明していた時だった

 

「しかしまぁ別人だったとはな、見れば見るほど天之河だとは別人にしか見えないのになんで俺達は誰も気づかなかったんだ?最初のころから怪しかったのに」

 

「怪しいって…いきなり天之河になれるかっての」

 

「ははは違いない」

 

 しげしげとコウスケの顔を見ながらも不思議そうに話す清水にコウスケはステータスプレートを出しながらも誰も気づかなかった原因を思い出す

 

「取りあえずこいつを見てくれ清水。ステータスオープン…相変わらずなんでこれを言わなきゃならないんだ?」

 

 そんな不満を言いながらも自分のステータスプレートを清水に渡す。渡されたステータスプレートを見た清水は眉をひそめた

 

 

「あ、取り合えず能力値?の方はスっ飛ばしてくれ。見るべきところは技能欄だからな」

 

 

==================================

 

 

技能:我流闘技・魔力操作・全属性適正・悪食・守護・快活・誘光・『魂魄魔法』・他多数

 

 

 

==================================

 

 

「……悪いがオレは初めてお前のステータスを見たから何を言いたいのかよくわからん」

 

「あーそうだな、なぁ清水俺が天之河光輝のふりをしていた時のステータス覚えているか?」

 

「…それなら覚えている。他の奴より明らかに上だったからな」

 

「その技能欄に--魔法ってのがあったんだ。特に気にはしていなかったけどその魔法こそが魂魄魔法…つまり人の精神、魂に干渉できる魔法だったんだ」

 

「なるほど、その魂魄魔法を使って皆が気付かないようにしていたわけだな」

 

「そういう事、あの時は皆にばれない様に願いながら天之河のふりをしていたからな。無自覚に魔法を使っていたんだと思う」

 

(…ならなぜ召喚された直後に魂魄魔法っていうのを使えていたのかが気になるがな…おまけに天職欄の方も。まぁオレが言うべきことではないか)

 

「しかし良かったよ~おかげで何とかなったんだから。アレ?なら何で南雲はすぐに気づいたんだ?」

 

「…主人公にだけは気付いてほしかった とか」

 

「……てへ」

 

「照れんなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして気付いたの?

 

「清水、檜山はともかくとして何故中村が裏切者だって気づいたんだ?」

 

「あ?天職を見たら一発じゃねぇか」

 

「あー降霊術師だったっけ」

 

「怪しいにもほどがあるだろ。知っているか?アイツ大人しそうに振舞っているけどオレからしてみれば策士気取りの腹黒女にしか見えなかったぞ」

 

「うーんお前のクラスの事をよく知らないから何とも言えんが…天職で気付いたってのは盲点だったな」

 

「天職ってのは言い換えれば人の才能だからな、王道的な天職の中一人だけ異端すぎるんだよ

 

「そういうもんかー ん?なら遠藤君のことは疑わなかったの?確か彼の天職は暗殺者だったんじゃ…」

 

「……あ」

 

(…忘れられたのか、不憫な少年だ)

 

 

 

 

 

 裏工作

 

「でもさ、中村が企んでいたのが分かっていたんならどこかで止めようとは思わなかったのか?」

 

「無論考えたさ、だけどよあの銀髪の女…確かノイントって言ったかアイツのがいたから迂闊に行動できなかったんだ」

 

「あーなるほど確かに気取られたら一発でアウトか。おまけにノイントが国王とかをおかしくさせていたんだっけ?」

 

「そうだ。オレが奴らの計画に入り込んだ時にはほとんどが手遅れだった。奴に気取られないように誤魔化すしかなくてなだから後手後手だった」

 

「アイツは南雲ぐらいじゃないと勝てない強さだから。な変に行動しないでよかったかも」

 

「最初アイツを見かけたときは寒気がしたぞ。こんな化け物に勝てるのかってな。だからメルド団長やホセ副長と裏でやり取りをしていたんだ。『下手に動くとあのバケモノに排除される。期を見て行動するべきだ』ってな」

 

「なるほどなるほどねー」

 

「中村の茶番劇に合わせて動くのはストレスがたまったよ。騎士の連中も相当鬱憤がたまっているはずだ。なんせずっとコケにされていたんだからな。ホセ副長なんていつキレててもおかしくなかったぜ」

 

(……後で中村たちの処遇についてメルド団長と話をしておくべき…か)

 

「ん?でもあの場には騎士の人たちはいなかったけど?途中で茶番劇をやめたの?」

 

「ああ、そのまま茶番劇に付き合う筈だったんだが、谷口に対してあ~だこーだ言い始めた時点でもういいかと思って攻撃した。クラスの奴らが多少怪我したが誰も死んでいないし怪我しても治癒魔法があるんだ。どうにでもなると思った…何も考えていなかったとも言うがな」

 

「ふーん まぁ近藤君も生きていたことだし問題なかったのかな」

 

(…近藤 生き残れてよかったな)

 

 

 

 

 

 

 

 

清水の決意

 

 

「で、ここからが本題だ」

 

「おう?改まってどしたの」

 

「オレもあんたたちの旅に同行させてほしい」

 

「…どうしてかな?」

 

「オレを助けてくれた事と馬鹿な事を止めてくれた事。そのためにオレは」

 

「恩返しって奴か、でもそれだけじゃ同行を認めることはできないよ?戦力は十分でアイツらが居れば並大抵のことはどうにでもなる。

同行したところで実力の差が開き過ぎているんだ。今の君ではとてもじゃないけど」

 

「…確かに今更、オレが戦力になるとは思えない、寧ろあんたの言う通り実力の差は天と地ほど差がある。それでも!」

 

「分かっているのなら別に良いじゃないか。寧ろ折角助かった命なんだ、むやみに危険にさらす必要はない。中村と檜山を止めてくれた

それだけで十分俺達は…いいや俺は助かったんだ。だから安全なここにいて、故郷に帰る日を待って」

 

「それじゃ駄目なんだ!」

 

「……」

 

「…地球にいたときから俺の事を見てくれる奴なんて誰もいなかった。諦めていた、だから馬鹿な事をしでかそうとした。でも馬鹿な事をしたせいでに死にかけて…結局俺の人生は何だったんだって諦めていた時にあんたは…俺に手を指し伸ばしてくれたんだ…泣いてくれたんだ」

 

「嬉しかったんだ…本当にうれしかったんだよ。こんな誰にでも忘れてしまうような何でもない俺のために泣いてくれる…そんな奴がいることに、だから少しでも何かを返せればと考えた。…檜山と中村はただのついでだ。本当はあんたの力になりたい、ただそれだけなんだ」

 

「…そっか。だからこそ俺としては君に傷ついてほしくないんだけどね…」

 

「オレの方だってそうだ、命を助けてくれた恩人が死ぬかもしれないのをを見て見ぬふりなんてできないし最初から最後まで頼りきりなんて納得ができない」

 

「そういわれると弱いな はぁ分かった。そこまで言うのならよろしく頼むよ清水」

 

「勿論だ。こっちこそ不慣れだが頼む」

 

「おう!…でも他のメンツにもちゃんと説得できないと駄目だぞ。特に南雲」

 

「分かっている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと気になっていたんだけど…

 

「ところで話はがらりと変わるんだけど」

 

「なんだ?」

 

「口調ってか性格変わりすぎじゃない?清水ってもっとこう」

 

「ネクラで無口な奴ってか?」

 

「そこまでは言わないけど!なーんか堂々としてるなって」

 

「一度死にかけたんだ。性格や死生観が変わるなんてよくあるだろ」

 

「うーんそう言われると(まるで原作の誰かさんみたいの様な…)」

 

「まぁ一番の大きな理由として理想の自分を演じているんだけなんだが…」

 

「理想の自分か、どんな感じの奴?」

 

「真正面から聞くかそれ…まぁいいやクールに気取ってるような奴だ」

 

「ふーん?そんな感じかー」

 

(付け加えるならお前に釣り合うような男になってみたいってのがあるが…言わないでおこう)

 

「クール系ねぇ 後でやれやれっていうのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

南雲と清水

 

 

「話は聞いたよ。清水僕たちに着いて来たいんだって?」

 

「ああそうだ。お前らの旅に同行したい」

 

「へぇ… どういう心境の変化があるのかぜひ聞いてみたいんだけど?」

 

「アイツに感化された、だから恩を返したいと思った」

 

「コウスケに?まぁ自分を助けてくれた人に恩返しをするっていうのはそんなに変じゃないよね」

 

「……」

 

「まぁ僕としても同じような境遇をたどってきたからね、分からないでもないけど」

 

「なら」

 

「でも理由はそれだけじゃないよね」

 

「……ああ」

 

「やっぱり、なら教えてくれる?コウスケは気付かなかったのその本当の理由」

 

「アイツの…」

 

「コウスケの?」

 

「アイツの行く末を見届けてみたい」

 

「コウスケの…行く末…」

 

「南雲、お前の旅路が物語だというのならその物語が終わった時コウスケはどうなるんだ?オレはアイツの終わりを見届けたいと思った。それがアイツには言えなかった理由だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

イレギュラー

 

「そもそもコウスケは何なんだ?コウスケから聞いたライトノベルではアイツの存在は居ない筈だ」

 

「本来想定された居ないイレギュラーってことだね」

 

「そうだ、何故アイツは…コウスケは天之河に憑依したのか、どうして魂魄魔法とやらをはじめから使えていたのか、召喚された経緯も理由も不明慮何だろ?」

 

「本人は覚えていない、さっぱり思いつかないって言ってるけど」

 

「だから謎が多い、俺達はエヒトに召喚された。だがコウスケは?同じ時間に別の世界人間も同時に召喚したと思うか?」

 

「考えられないね。あの時教室に現れた魔法陣は天之河を中心に表れた。同時にほかの場所からもするとはエヒトって奴がどんなに馬鹿でもそんな無駄なことはしない。きっと僕達…正確には天之河(勇者)を呼び出すつもりだったんだろう」

 

「ならだれがコウスケを呼んだんだ?…南雲お前は見当がついているんじゃないのか」

 

「…さてね」

 

「まぁいい、ありきたりな世界だ、ならアイツの事情だって最後までついて行けばきっと分かる。オレは最後まで見届けたい。アイツに助けられ救われ深くかかわった者として」

 

「それは…僕も同じだ。コウスケと最後まで旅をして…そして」

 

「…南雲」

 

「やめよう、先の話をするのは後からでもいい。ともかくそれが理由なら僕からは拒む理由にはならないかな」

 

「いいのか?足手まといだぞ?」

 

「自覚があるのなら問題ないよ。自分の事が弱いって客観的に理解している奴は伸びる。僕の持論だ」

 

「お前が言うと説得力があるな」

 

「無能だったからね。ステータスやらなにやらは僕が装備を整えれば問題ない。寧ろ得意分野だ」

 

(錬成師ってこう考えるとかなり頼もしいな)

 

「でも他の皆をちゃんと説得できる材料はあるんだろうね?何もなかったじゃ話にならないよ」

 

「そこら辺は抜かりない。…ユエさんと比べると見劣りするかもしれないがな」

 

「?まぁ楽しみにしているよ」

 

 

 

 

 

 

 

自己紹介と切り札

 

 

「という訳で俺達に同行したいと願い出てきた清水だ」

 

 場所は王都にある訓練所にてコウスケは清水のことを改めて仲間たちに紹介をしていた。場所を指定したのは清水本人であり自分の実力を発揮できる場所という事である。少々期待しながらもコウスケはほかの仲間たちに声をかけ集まってもらった。

 

「うーん?この人どこかで見たような…どこでしたっけ?」

 

「…ん、ウルの町を魔物を使って襲撃した人」

 

「あ!思い出しました!あの時コウスケさんに助けてもらった人ですね!」

 

「町を襲撃?助けてもらった?ハジメ君一体何の話?」

 

「後で説明するから今は静かにしていようね。香織さん」

 

 仲間たちの反応は様々でシアは記憶から抜けていたようでユエに教えてもらい誰かを思い出したようである。ユエはシアにどこで出会ったかを教えながらも視線は清水から離さなかった。香織は清水の事情を知らないため困惑をしており、ハジメに説明を求めている。

 

 清水はそんなコウスケ達にどう説明するべきかを考え、結局自分の言いたいことを言う事にした

 

「もう知っている奴が大半だとは思うが改めて名乗らせてもらおう。オレの名は清水幸利、天職は闇術師だ。色々あってあんた達に同行したい。どうか俺も仲間に入れてくれないだろうか」

 

 言葉を言いきったと同時に頭を下げる清水。他にも言うべきことがあるはずなのだが今はどうしても自分の気持ちを先に出してしまった。内心冷や汗をかいている中聞こえてきたのは何とも気の抜けた会話だった。

 

「ええ!?清水君私たちについてくるの!?危険だし危ないよ?絶対騒動に巻き込まれるから気苦労が多くなるよ?」

 

「あの…好き好んで騒動を起こしているわけでは無いんだけど…」

 

「ハジメ君そう言っても聞いた話だと町に着くたびに何かしらの騒動が起きたってシアやユエが言ってたよ」

 

「…ん、間違いなく何かが起こる」

 

「ですねぇ」

 

「騒動の元凶は大変ですなぁ♪」

 

「うっさいコウスケ!好きでもめ事を起こしているわけじゃない!」

 

 自分のこれからに対する話のはずなのに何故かギャーギャー騒ぐ一行に一株の不安を抱く清水。そんな清水に助け舟を出したのは現状最も清水が目を合わせづらいティオだった

 

「まぁ落ち着くのじゃ、今は仲間入りの事を優先するべきじゃろ」

 

「は!?そうだったゴメンね清水君」

 

「いや…良いんだ白崎」

 

 慌てて謝ってくる香織に対し多少疲れながらも今後はどうなるんだとやっぱり不安になる清水。そんな清水に今度はユエが訪ねてきた

 

「…ん、清水あなたは私達の仲間になりたいと言ったけど香織が言ったように危ないのは本当の事。それでも加わりたいの」

 

「覚悟なんざとっくにしている、それでも行くと決めたんだ」

 

「うーん 私としてはハジメさんとコウスケさんが許可を出したのならば異論は無いんですけど…一応聞きますけど同郷の人たちと一緒にいることはしないんですか?皆が不安になっているときに危機を救った貴方がいた方が皆安心すると思いますよ?」

 

「確かにそうかもしれないな。でもアイツ等には先生が付いているんだ。何も心配はいらないさ、」

 

「そうだね。畑中先生が居れば皆大丈夫だよね…うん。力になりたいっていうその気持ち私は歓迎するよ清水君」

 

「ありがとう白崎。でもあんた達皆から賛同を得たいんだ」

 

 ユエは改めて覚悟を問いかけ、シアは同郷の者の力になるべきではないかと確認し香織は清水が同行する事を喜んだ。そのどれもを清水は嘘のない本心で答えた。そんな中やはりティオだけは少々考え込んでいた

 

「ふむ…なら清水よ、妾はお主の実力が見たいのじゃが…頼めるかの?」

 

「あ、ああそうだよな、やっぱ実力を見せないとな。制御はできるけど…ちょっと距離をとるぞ」

 

 ティオの言葉に動揺するもすぐに立て直した清水は皆から距離を取りそのまま詠唱を始めた。

 

「ティオさんや、やっぱ賛同できないの?」

 

「いいや、そういう訳ではないのじゃが…」

 

 清水が距離を取っている間にこっそりとコウスケはティオに耳打ちをした。ティオは清水に操られ暴走させられた経緯がある。そのため含むものがあるのではないかとコウスケは思ったのだが…どうやら違ったようだ。

 

「清水が妾を見る時、どうにも言い切れぬ恐怖が目に宿っているような気がするのじゃ」

 

「アイツが?…言われてみれば清水ティオとは目を合わせていないよな」

 

「恐らく妾を操った時のことを悔やんでいるじゃと思うのだが…ふぅむ妾は気にしてはおらんのだがのぅ」

 

「そーなの?」

 

「うむ、アレは妾の不覚、そうとしか言えぬのじゃが…む?どうやらそろそろ詠唱が終わるぞ」

 

 コウスケとティオが話している間に清水の詠唱は完成したようだ。高密度の魔力が清水に集まり一気に解き離れようとしている

 

「…闇の力を!我が力を喰らいて滅せよ!『闇龍』!」

 

 清水の叫びにより魔法の発動が終わった瞬間、清水の頭上に突如暗い穴がいきなり出てきた。その穴はまるで深淵を思わせる様に黒く暗く今にも瘴気が出てくるかと思わせるほど悪寒がするものだった。

 

 次にその穴から低く唸り声の様なものが聞こえてきたかと思った瞬間ずぶずぶと音を立て出てきたのはユエが使う『雷龍』や『蒼龍』と同じ姿の漆黒の東洋の龍だった。しかし構成されているものが違った。

 

 纏うものは黒い靄でありしかしてその靄を見ると悪寒が走るのをコウスケは感じた。隣にいる仲間たちも同じようでティオは険しい顔をしユエは目を見開きシアは無意識なのだろうかドリュッケンに手をかけている。香織はハジメの服の裾をつかみ、ハジメは…なぜかフルフルと震えていた。

 

「これが…俺の切り札『闇龍』ずっと闇術を鍛錬をしてできた結果だ。ちと魔力を大幅に使うのが玉に瑕だが…ほら、ご挨拶だ」

 

グゥゥウウ

 

 清水は魔力の消費が激しいのか大量の汗をかきながらもしかししっかりと両足で立ち不敵な笑みを見せる。出てきた闇の龍は攻撃するべき対象が居ないのが不満なのか聞くものが正気を削るような低い唸り声を出しながらも大人しく術者である清水に纏わりついている。

 

「清水…それ」

 

「どうだ南雲。オレは…お前の様に兵器を作ることはできないが…こうやって魔法で龍を作り出すことはできるんだ…」

 

 どこ自嘲する様に言いながらも清水の顔色は青くなっていることに気が付くコウスケ。その闇の龍がどんなものかではわからないが危険を感じ取りすぐにやめるように叫ぶ

 

「清水お前が凄いのは分かったからすぐにその魔法を引っ込めろ!顔色がやべぇぞ!」

 

「そう…怒鳴んなよ…あんまり維持できるものじゃねぇ…のは…知っているから…さ」

 

 清水が、がくりと膝ををついたと同じ様に闇龍も黒い靄となってしまった。慌てて駆け寄り快活を清水にかけるコウスケと我に返った香織も同じように治癒魔法をかけるとすぐに清水の顔色が元の色に戻っていった。

 

「はぁびっくりした。あんまり無茶すんなよ」

 

「そうだよ清水君。心配を掛けさせないで」

 

「すまんかった。でもどうしても見せたくってさ」

 

 体力が回復したのか以外にもケロッとした顔をして謝る清水。一息をついたコウスケは改めて今の魔法の詳細を聞き出す

 

「で今のは?」

 

「…実は使ったオレ自身も上手く説明できる気がしないんだが…闇の力を纏め上げて、そこに相手の精神を削るような作用を施して作り上げたんだ。卓上の空論って奴だったんだが、一度思いついたらやってみたくて仕方なくってさ」

 

「だからってあんなもんが作れるのか?」

 

「さぁ?…だけどできるって変な確信があった。コウスケお前に助けられてからかな、異様に魔力が上がったんだ。んで試してみたら御覧の通りって奴さ」

 

「それが君の力か…うん分かったこれで皆も異論はないよね」

 

 ハジメが仲間たちを見回せばだれもが反対するもはいなかった。その事を確認するとハジメは清水に向かって手を刺し伸ばす

 

「僕達の旅は危険で滅茶苦茶だけど…それでもっていうのならこれからよろしく」

 

「ああ、こっちこそ頼む」

 

 ハジメから差し出された手をがっちりと掴む清水。こうして清水幸利はハジメ達に加わることになったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日の過ちを

 

 

 ハジメとの握手をが終わった清水はふぅと息を吐くとティオに向き直った。その瞳は先ほどと比べると不安げに揺らいでいたが一度だけキッと瞼を閉じ目を開いた瞬間清水はティオに向かって土下座をしていた。

 

「ティオさん!あの時貴方を洗脳してやりたくもない事をさせてしまい本当に申し訳ありませんでした!」

 

 ティオに対する謝罪。清水はどうしてもこれだけはしておきたかったのだ。魔人族に晒されたとはいえティオに洗脳を施したのは間違いなく自分でありずっと心の隅に罪悪感があったのだ。

 

 地面に額を合わせ謝罪をする清水に向かって清水の頭上から淡白言葉が降ってきたのは意外とすぐだった

  

「…それがお主の故郷での謝罪の仕方なのじゃろうが…まずは顔をあげてはくれぬかの?」

 

 声に従って顔をあげればそこには、跪いている清水と同じ目線のティオがどこかほんの少し笑っていた。

 

「やはり人と人は目線を合わせて会話をせねばのぅ それよりも清水」

 

「あ、ああ」

 

「お主は妾に対して謝罪をしておるがそもそも謝る相手自体を間違っているぞ」

 

「え?」

 

「お主が本当に謝るべき相手はウィルと言う青年じゃ、あ奴こそが本当にお主が謝るべき相手で妾はではないのじゃ」

 

 ティオはそこでウィルとのやり取りを清水に説明した。自分が洗脳されたのは慢心や迂闊さが原因であり悔やむことではないと今もなお罪悪感で縛られている清水に優しく説明した

 

「…オレは…あんたの尊厳を奪ったんだ、決して許されることじゃない」

 

「中々頑固な奴じゃのう、アレは妾の驕りじゃ、竜人族である妾はそう簡単にやられないと高をくくった慢心と迂闊さがその証拠。お主は妾に対して何も気後れすることはないのじゃぞ?」

 

「……でもそれじゃ自分を許せねぇよ」

 

「そこまで申し訳なく感じておるのならが許されてもいいとは思うじゃが…それにあの魔法は己が命を蝕むものじゃろ?」

 

「っ!?」

 

「図星か… そこまで覚悟を持った男は初めてじゃの。全く困った者じゃ」

 

 苦笑され本当に困った笑みを見せるティオに清水はどこか自分の心を縛る鎖が薄れていくのを感じた。それほどまでにティオの笑みは暖かいものだった。

 

「なら、これからの旅でお主は妾達を助けてはくれぬか?その強き意思がその覚悟がきっと妾達を救ってくれるはずじゃ、

それチャラにしよう。どうかな?」

 

「それでいいのなら…分かったオレは必ずあんたたちの力になる。今度こそ大切なものを見失わないように必死に足掻いて見せる」

 

「うむ、それでこそ男子と言う物じゃな」

 

 清水の力強い言葉にティオは眩し気に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で南雲すごい勢いで仲間入りの断言したけど…どったの?」

 

「あの闇龍…」

 

「?」

 

「浪漫に溢れていたんだ…闇の龍、黒の瘴気、聞いた者の正気を削る声…ああ清水は浪漫をちゃんとわかっているんだ…」

 

(…なんか変なスイッチ入ってんなこりゃ)

 

「良いなぁ…カッコイイなぁ…羨ましいなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




清水幸利パーティーインッ!!


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アフターケア 王都の人達

想像以上に遅くなりましたね…
繋ぎ繋ぎですので変ですかも
ながーいです


コンコンッ

 

「誰だ?」

 

「俺です。コウスケです」

 

「…そうか。入ってくれ」

 

「失礼します」

 

 深夜、コウスケはメルドに呼び出され、騎士団長室にいた。ノックをし、部屋に入るとそこには執務机でほのかに顔が赤いメルドが虚空を見つめながら酒を飲んでいた。

 酒瓶の中に入っている量から見るとまだ明けて間もない様子だった。ほのかに顔を赤くしながらも入ってきたコウスケにわずかな笑みを見せるメルド

 

「狭くて汚い部屋だが…まぁ適当に寛いでくれ」

 

「はい」

 

 メルドに促され部屋に入ったコウスケは適当に開いていた椅子に座る。部屋の中は酒のにおいが充満しており喉が熱く渇く気がした。

 

「…まずはこんな深夜に呼び出してすまなかった」

 

「いいえ、謝る必要なんてないですよ」

 

「そうか?まぁいい、それよりもだ。魔人族たちの対処に怪我人の治癒…言い出したらきりがないがともかく礼を言わせてくれ。ありがとう。お前たちのおかげで王都の民は救われた」

 

 深々と頭を下げるメルドにどうにも居心地が悪くなる。自分はあくまで何もしていない。魔人族を撤退させたのはハジメの力によるものだったし、怪我人の回復は香織の力によるものだ。そう主張はしたのだがメルドは薄く笑った

 

「勿論坊主にも礼を言ったんだがな。『僕に言うより王都を助けようとしたコウスケに言ってよ。コウスケが言わなかったら助ける気はなかったんだから』とそっけなく言われてしまってな…ふふ、本当にお前たちが居なければ今頃は…」

 

「…メルドさん」

 

「すまん。そうだな折角来たんだ一緒に飲むか?実はこいつは俺のとっておきでな」

 

「あー俺は体が未成年で…」

 

「?」

 

「…中身がおっさんだからいいか。有り難くいただきます」

 

 頭を払い憂鬱な表情を無理矢理消したメルドは自分が飲んでいた酒をコウスケに進めてくる。コウスケは未成年の天之河光輝の身体で酒を飲むのはどうかと考えたが中身が成人しているし、前に飲んだことがあるのでそのまま有り難く頂く事にした。

 

 

「…」

 

「…」

 

 酒をちびりちびり飲んでいるが、部屋は静かでどうにも居づらい空気が流れる。美味いはずの酒なのに味が全くしない。もったいないなと思っていたそんな時ふとメルドが小さな声で話し始めた

 

「すまん。本当なら、もっと楽しく飲める筈だったんだがな」

 

「いえ…」

 

 苦笑するメルド、しかし仕方ない事だった。何せ今はまだ死んでいった城の人たちの対応や人員の補充、兵の再配置等々どうしても死んでいった者たちの事を考えてしまう事があるのだから

 

「どうにも考えてしまう、もっといい方法があったのではないか、どうして気づかなかった、なぜこんな事になってしまったんだとな」

 

「……」

 

「死んでいった者たちに顔見知りが居たんだ。ほかにもすれ違う者や全く顔の知らないもの。色々な奴がいた」

 

「…」

 

「俺達騎士は弱者の盾になるため死を覚悟している。何時だってその心構えはあったんだ。それなのに死んでいったのは非戦闘員の…俺達が守るべきだった者達だった」

 

 メルドの悔やむ顔は晴れない。それほどまでに助けなかった事への罪悪感が酷いのか、又は自分を責めているのか…恐らく両方だろう

 

「…裏切者が誰かを言わなかった俺を恨んでいますか?」

 

 だからこそだろうか、ついコウスケはそんな事を言ってしまった。極端な話自分がすべてを打ち明けていれば死傷者の数はもっと減らせていたかもしれなかったのだ

 

「…どうだろうな。お前は俺を救ってくれたという実態がある。だから恨むというのは…正直分からん。もし言われていたとしてももっとひどい結果になってしまったいたかもしれん。だからお前を恨んでいるかと言われるとわからんと言うのが俺の答えだ」

 

「…そうですか」

 

「ふぅすまんな。どうしてもお前を前にすると口が軽くなってしまう。言った所でどうしようもないのだがな」

 

深い溜息を吐きながら苦笑するメルドにコウスケは何も言えない。ただそのままメルドの話を聞くだけだった。顔が赤くなったメルドはそのまま俯きながらも誰に聞かせるわけでもない話を続ける

 

「本当なら、お前たちと一緒に前線に立って魔人族を倒す筈だった…何処で間違えた?いやそもそも最初からか。この世界とは微塵も関係がないお前たちをこの世界の問題に首を突っ込ませたのがそもそもの原因…か。ははなんだなるべくして事が起きただけか。召喚されたお前たちに何も疑わずに訓練をさせ、一人一人の事情も考えず魔物の殺し方を覚えさせ、只戦力なるとだけしか思わず、全ては…考えなしだった俺の責任か」

 

「……せぇ」

 

 俯くメルドを見ていると拳に力が入った

 

「世界が違えば生き方も違う。お前たちの世界に魔物が居ないなんてことは訓練をする前から知っていたんだ。それを深く考えもせず武器の扱い方や魔法の使い方を教え込んだ。ただそれが人間族を救うとしか思わず。失態だ。俺は自分たちの事情しか考えなかった。だから裏切られたと思ってしまったんだ。…初めからお前達の事を考えずに」

 

「…うるせぇ」

 

 メルドの嘆きに頭の中が真っ白になっていく。

 

「神から贈られた人間族を救う勇者?その仲間たち?…何故そのまま受け入れてしまったんだ?呼ばれてしまった時点で騎士団が不要と信仰している神に言われてしまったようなもんじゃないか。何故俺は何も疑わなかった?何故俺は…神が呼んだとそれだけで異世界の人間を無条件に信じてしまったんだ?……ふっふふ…くははは…そうか俺は最初から道化だったんだ、ここにいるのが間違いぐっ!?」

 

「うるせぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 イラつきは最高潮に達した。腐っていくメルドが見たくないただそれだけだった

 

「うぉおお!?」

 

 思わずメルドの胸ぐらを掴みあげるコウスケ。そのまま突然の事に苦しそうに顔を歪ませるメルドを壁に思いっきりたたきつける。衝撃で壁が揺れたような気がしたがそんな事はお構いなしだった。

 

「さっきから人が黙っていればべらべらと自分を卑下するような口を開きやがって!そうだよ!お前の言う通りさ!諸悪の根源はエヒトだけどよ、この事態を招いたのはお前のせいなんだよ!メルド騎士団長さんよぉ!」

 

「っ!?」

 

 もっとも言われたくない言葉を聞いてしまったのかメルドの顔が苦渋に歪む。しかしそれでもコウスケの言葉は止まらない、止めれない。事情も何も言わなかった自分にも責任があるのだと自覚しながらも、止めることができなかったのだ。

 

「そうだよ、あんたは知らず知らずのうちに自分たちを窮地に追いやる種を育ててしまったんだ。善悪の区別がつかない子供に刃物を握らせるようにさ。全てはエヒトが悪い、それだけは間違いがない。それでも召喚された人たちが何を考えどう行動するのかを何も対策もせず考えなかったのはどう考えても上に立つ立場の人間として明らかにおかしいよ」

 

 メルド・ロギンス。原作においてハジメ達召喚された者たちに訓練をさせた者。しかしてその役割は内に潜む裏切者を看破できない只の脇役の一人であり、何もできずただ無念のうちに死んでいった男。まさしくメルド自身が乏したように道化そのものであり知らなかったとはいえ王宮の人間たちが死んでいった元凶の一人だった。

 

「でも、過ちは取り消すことはできるんだ。だってあなたはまだ生きているんですから、だからそんな自分を乏しめて腐っていくのはやめてください。悔やむのは良い。誰かって間違いを起こすんですから。でもそこで腐らないでください、そのまま立ち止まらないで今自分ができることを探してください。貴方は生きて今ここにいるんですから」

 

「…コウスケ」

 

 死んでいたはずの男は今ここに生きている。清水の助力があったにせよ、メルド・ロギンスはちゃんと生きているのだ。しかし助けられなかったと悔やみ腐っていくメルドを見るのはコウスケにはつらかった。おおざっぱだが活力に満ちた男としてメルドには居てほしかったのだ。たとえそれがコウスケの理想を押し付けるものだとしても

 

「これから世界は変わっていきます。エヒトの玩具箱だった世界から人が自由に生きられる世界として時代は変化していきます。その時にこのハイリヒ王国は様々な苦難が待っているかもしれません。それでもあなたならどうにか出来るって信じているんです」

 

 コウスケの言葉にメルドはしばし呆然とし、ふっと息を吐くとニヤリと笑った。

 

「……フフッ そうだな、お前の言う通りだ。時代は変わっていく。そんな時にくよくよするのは俺らしくない。ふぅーどうにも悩みを抱え込みすぎたようだ。感謝するコウスケ。お前のおかげでやっとで肩の荷が軽くなったような気がする…本当だぞ?」

 

 その顔はコウスケが依然見たメルドの顔であり、表情からは負の感情が消えていた。目の下にはかすかに隈があるがそんな物は微塵も感じさせない力強さがメルドの目に宿ってくる

 

「ならいいんです。でもだからと言って無茶をしては駄目ですよ?色々大変そうですけど、倒れたら元も子もないんですから」

 

「その時はいつものようにホセに丸投げするさ。アイツなんだかんだ言いつつも事務処理能力は俺よりも高いからな。寧ろ今すぐ騎士団長権限で放り投げてみるか?」

 

(…パワハラを垣間見ている気が…)

 

「ふむ、確かニートの奴もなんだかんだで有能だったからな。物は試しで任せてみるとするか」

 

 笑いながらも恐らく冗談を口にするメルドは、先ほどまでの憂鬱さを感じさせず、その目は生き生きとしているのだった

 

 

 

 

 

 

 

副長たちは?

 

「そういえばメルドさん」

 

「ん?」

 

「ホセさんたちはどこへ行ったんですか?ほんの数人ぐらいしか騎士団の人たちを見かけていませんけど」

 

「アイツらなら町の復興を手分けしてやっているさ」

 

「へー…?でも、それにしては王宮で見かけないほどの人数は数が多いような?」

 

「そうかもしれんがな、なにせ魔物が襲撃してきた時騎士団は後手後手だったからな。その埋め合わせてして王都の人たちには働きをアピールする必要があるんだよ。」

 

「そうだったんですか…」

 

 

 

 

拭えぬ不信感

 

「だが、ホセたちが城下に行っているのは良かった事かもしれん」

 

「と言うと?」

 

「…一部の騎士たちがまだ裏切者がいるのではないかと疑っているんだ」

 

「あー」

 

「ホセも誰を恨めばいいのかわからず何もわからなかった自分を責めてイラつきが相当溜まっているようでな、…生徒達と顔を見合せたら衝突が起こるかもしれん」

 

「同じクラスだったのに誰もが気付けなかったですもんね。そりゃ恨んでもおかしくはないかな。でもホセさんたちは凄いですね生徒たちに怨みをぶつけていないんですから」

 

「ああ、お陰で普段より眉間のしわが増えているがな。諍いが起きないように今後はなるべく顔を見合わせない様に畑中先生と話し合っていくつもりだ」

 

「気苦労を掛けます」

 

「仕方のない事だ。…悲しいが以前の様に気楽な関係を気付くことは不可能になってしまったがな」

 

 

 

 

 

これからのハイリヒ王国は?

 

「ぶっちゃけどうなるんですかこの国」

 

「今はまだ復興に手がかかり切る状態だな」

 

「むむむオレも何か手伝えればいいんですけど…」

 

「その気持ちだけで十分だ。今後どうなるかと言えば…まずは落ち着いたらランデル殿下が即位するだろうな。その後は各周辺の諸侯と

話し合いを進めて…頭が痛くなるな」

 

「お疲れ様です…それしてもランデル?誰でしたっけ?」

 

「おいおい…エリヒド国王の息子ランデル王子の事をもう忘れてしまったのか?」

 

「ああ!リリアーナ姫の弟さん!いやぁリリアーナ姫のオマケ見たいなもんですっかり忘れていましたよ」

 

(…ひどい言われようだ)

 

 

 

 

 

 

 

お酒は進む

 

 

「しかしさっきから遠慮なくもらっていますけどこのお酒お高いんでしょ?」

 

「ん?…あぁちょっとばかり値が張る奴でな。団長権限を駆使してこっそり手に入れたんだ」

 

「ほぇーそんな高価物を飲んでもいいんですか。返せって言われても返せませんよ?」

 

「気にするな。色々助けられたからな。そのわずかな返しになればそれでいい」

 

「ふーん。気にしなくてもいいのにねー…ウィック」

 

 

 

 

綺麗どころに囲まれて…

 

「話は変わるがコウスケお前かなりの綺麗どころと旅をしているな。誰か良い人はいるのか?」

 

「あー?な―に行っているんすかー。俺がユエ達と?ないないありえませんよー」

 

「(顔が赤くなっている。酔いが回ったか?)そうか?聞いた話によるとかなり仲がよさそうだが…それにあれだけの美人ぞろいだ。手を出さないのは男としてどうかと思うぞ。」

 

「そりゃ美人美少女ばっかりですけど、なんていうのかな綺麗だとは思うけど恋愛感情は難しいと言いますか……美女に囲まれるって役得に見えるかもしれませんが実際は気を遣うしどう見られているかって思うと変な行動できませんし中々疲れるもんです。だからかな?南雲と話しているときが本当に気が楽で…」

 

「ふむ…美女に囲まれるというのは中々大変だな。お疲れ様」

 

「ですです。あーやっぱりメルドさんと話せてよかったですよ。こんな誰にも聞かせられない話を言えるんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

年長者の自覚

 

「そもそもの話。俺あのメンバーの中で一番年上なんですよ」

 

「なに?見かけは…っと確かその体は違う人間の体だった…んだよな」

 

「そーです。天之河光輝16?17?才のピチピチな少年の体でーす」

 

(ピチピチ?)

 

「…本当は種族的な違いでユエやティオの方が歳は上なんんですが…中身は本当に若いですからね。知ってます?実は俺貴方より少しだけ下ぐらいの年齢なんですよ」

 

「…そんな風には見えんが」

 

「でしょう!?でもマジな話なんですよ。アイツ等といると中身が若返っていくような…欲しかったものが手に入っていくような…」

 

「欲しかったもの?」

 

「いえ…何でもないです。ともかく年齢的には上なんですけど…年長者ってどうすればいいんですかね?」

 

「???いきなりどうした」

 

「皆より歳が上だから…なんかこう…貫禄?見たいな感じを?…うーん」

 

「何を悩んでいるのかは知らんが、やめといた方が良いぞ」

 

「んー?何故ですかー」

 

「見たところお前たちは今の状態でうまくやっているのだろう?今更年上ぶって行動するよりも仲間たちと同じ目線で今の状態を維持した方が良い」

 

「むむむ」

 

「俺は団長として部下と接するときは上の立場の者として話さなければならん。それは当然のことだ。しかしだ。コウスケお前は仲間と一緒にいるんだ。仕事仲間でもましてや上司部下の関係でもない。もっと気楽に考えろ」

 

「気楽にですかーでも年齢が—」

 

「恐らくだがお前の仲間たちはきっとお前の歳の事なぞ考えてすらいないぞ」

 

「えー」

 

「尊敬されたいのか?気遣われたいのか?今のお前のその年功序列の考え方だと逆に仲間との距離が離れていくぞ」

 

「そーですよね。すいませんいきなりこんな話をしてしまって」

 

「いいさ。ずっと誰にも言えなかったんだろう?」

 

「です。あーなんか気が楽になった。…あれ?なんでこんな話になったんだ?」

 

「…さぁ?」

 

 

 

 

性欲を持て余す!

 

「話はさっきの事になるんですけど!」

 

「む?」

 

「俺に良い人いないかって話!」

 

「ああ、その話か、しかしいないのだろう?俺の見立てでは何人でも作れそうに見えるんだが」

 

「んな簡単にできれば苦労はしませんよ!それよりも折角なのでメルドさん!連れて行ってほしいところがあるんです!」

 

「何だ急に改まって…何処だ?」

 

「風俗でっす!」

 

「ぶほぁっ!?い、いきなり何を言い出すんだお前は!?」

 

「えーそんなにおかしいこと言いましたかぁー?俺かって男ですよ?そりゃ溜まりますってば―」

 

「それは…そうかもしれんがいきなりだな!?ほかの町による時もあったんだろ?その時に行けば」

 

「行けば十中八九女性陣にばれます。南雲からなんとも言えない目で見られます。結果俺の社会的地位が死にます。ご臨終です」

 

「確かに女の感は鋭いとよく聞くからな…」

 

「生暖かい目で見られるのは勘弁してほしんですよ。その点メルドさんと一緒なら連れられたとかお礼だとか何とか言い訳できるんです!」

 

「力説して話すことじゃない。しかし風俗か…うぅむ」

 

「え…もしかしてないんですか?王都なのに?男ならだれもが御用になる風俗店が!?」

 

「話を聞け!…あるにはあるんだが、今復興中だからな営業はしていないだろな。諦めろ」

 

「そんにゃ~ この世界の女性は綺麗な人がいっぱいなのに~ちょっと楽しみにしていたのに~魔人族の馬鹿!」

 

(とは言った物の営業している店はあるだろうがな。勇者のお前を連れていくのは対外的にマズいんだよコウスケ)

 

 

 

 

 

 

 

 

恋愛したい!

 

「女の子といちゃいちゃがしたいですー」

 

「俺に言ってどうするんだ…」

 

「なんかいい娘知りませんか?こう…優しくて気遣いができて、可愛くて美少女で」

 

「注文が多いな。そんな都合のいい娘なぞ…いや、あの人なら」

 

「いるんですか!?そんなファンタジーにしかいないような女の子が!?」

 

「いる。身分が高いが今のお前なら国を救ったという功績があるから問題はないだろう。俺から話をしてこようか?」

 

「あ、やっぱりやめます。この話は無かったことにしてください」

 

「オイオイ自分から言ったのに諦めるのが早いな!?どうしたんだ」

 

「よくよく考えたら誰かが俺の事を好きになるなんてありえませんよ。はぁー変な夢を見ちゃったな。ほんとも~いきなりすいませんメルドさん」

 

「いや…ならいいんだ」

 

(コウスケお前どうしてそこまで悲しそうな顔をする?自分に自信がないのか…お前なら…)

 

「そうだよ…俺には恋人なんてできる資格何て無いんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 無自覚な男

 

「…コウスケ?」

 

「…zzz…」

 

「やれやれ、寝てしまったか」

 

 雑談をしながら酒を飲んでいたらコウスケはいつの間にか机に突っ伏し寝てしまっていた。外はいつの間にか微かに白く明るくなってき始めているのを見るとどうやらかなりの時間話し込んでいたらしい。

 

「ふぅ…長い事話し込んでしまったな」

 

 息を吐き体を伸ばすと体中からペキポキと小気味良い音が聞こえる。徹夜をしてしまったせいか身体の調子はそこまでよくはない

 

「よくもまぁ、随分と好き勝手言ってくれたものだな」

 

「……うぅぅ」

 

 しかし心の方はぐっと楽になっているのが分かる。机に突っ伏しグースか寝ているコウスケの頭を乱雑に触りながらも メルドの顔は憑き物が落ちたように落ち着いていた。

 

 騎士として民を守っていくつもりだった。魔人族との戦争に人間族がジリジリと目に見えないような真綿で攻められているその時に神からの使者として若き少年少女たちがこの世界にやってきた。

 チャンスだとメルドは考えていた。この長きにわたる戦争を終わらせることができると対して召喚された者たちの事情など考えもせず神から与えられた才能のある者達に飛びつき戦力になるように育て上げた。

 

「それこそが間違いだった。俺は何も見ていなかった。考えもしなかった」

 

 結果、招いたことは王宮で働く何も罪もない者たちの死だった。もし、召喚された者たちの事をちゃんと考え戦えるものを選別することができたのなら、もっと歩み寄り誰がどう動くのかを把握できたのなら、もっと一人一人性格や個性の事を思考することができたのなら

 

「…全ては終わったことだ。神に妄信し縋って呼び出されてしまった者達を何も見ていなかった俺の責任だ」

 

 後悔は止まらない。騎士団長としての責務を果たせず無能もいいところだ。だがもうすべては終わったことだ

 

「ありがとうコウスケ。お前が生み出した小さな波紋は大きな波となって俺達を救ってくれた」

 

 目の前で呑気に寝ているコウスケの頭を先ほどとは打って変わって優しく撫でる。 

 

 清水から事の顛末は聞いていた。魔人族に晒され又自分から過ちをしでかそうとしたときにハジメに止められ死にかけていた時にコウスケによって救われたのだと。

 

 その清水が恩義を感じ裏切者たちに接近し腹芸をして…そうして騎士たちは全員無事だった。清水に礼を言った。『清水、お前が居なければ我々は全滅だった、感謝する』と、しかしそっけなく言われてしまった。

 

 『礼はコウスケ達に言え、オレはアイツへの恩返しでやっているだけだ、お前たちのためじゃない』と。

 

 一人の少年を助けたその優しさが騎士たちを助けていった。その事にコウスケは気付いているのだろうか。

 コウスケが何を考え何を隠しているのかはメルドには、もはやどうでもいい事だ。

 

「お前は言ったよな。時代は変わっていくと」

 

 朝焼けが騎士団長室に入り込んでいく。眩しさに目を細めながらも太陽を見つめるメルド。人間族に信仰されるエヒトの真実を知る者は少ない。だが、これからこの世界は少しづつ信仰からの脱却を図っていくのだろう。

 

 神に支配されてきた闇の時代は終わりを告げ新しい『人』の時代が間もなくやってくる。

 

「ふん、やって見せるさ。『人』が自由に生きていく。そんな世界にするために俺は生きているのだから」

 

 生き残った責任と罪悪感はある。しかしこれからの世界に対しての希望がメルドの目に宿るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁーー」

 

 王宮の廊下をのんびり歩きながら呑気に欠伸を出すコウスケ。時間帯は大体昼近くだろうか。

 昨夜メルドと一緒に酒を飲んでいたことまでは覚えているのだがいつの間にか与えられていた客室で寝てしまっていたのだ。おまけに酒を飲んだ後の記憶はあやふやになってしまっている。

 

「なんか変なこと言ってなければいいんだけど…まいっかメルドさんだし誰にも話さないだろ」

 

 面倒事の予感はするものの取りあえず後回しにするコウスケ。身支度を整えると王宮の中をふらふらと歩きまわる。

 王宮にいたときの記憶はほとんどなくましてや自由に歩き回る暇すら無かった。一応客人と言う名目があるので咎められはしないだろうという腹積もりもあった

 

 ふらふら歩きながらも小腹がすいたので厨房で朝飯兼昼食の簡単な食べ物をもらい(なぜか厨房にいる人たちからは生暖かい目線をもらっていた)さてどこで食べようかなと考えていた時だった。

 

「ぬ!?貴様は香織の仲間の勇者か!」

 

「んー?」

 

 どこか甲高い声が聞こえ振り向いたらそこには十歳ぐらいの金髪の美少年がなぜか怒っていますと言わんばかりの顔でコウスケを見上げていた。

 

「えっと…誰だ君?」

 

「な…余の顔を忘れた…だと 勇者の癖に余の顔を知らぬと言うか!」

 

 驚愕の表情の金髪美少年をマジマジと見つめるコウスケ。しばし考え込むがやはり誰か思い出せない

 

「うーん誰かわからないってことは…初対面だな!始めまして何故か勇者をやっているコウスケだ。よろしくショタな美少年君」

 

「初対面ではない!それになんだその名前は!お前の名は天之河ナントやらではないのか!あとショタとは何なのだ!?」

 

 コウスケの言葉にムキになって反応する少年。本人は怒っているのだろうがなんともコ気味良い反応を返してくるのでコウスケはこの少年を気に入り始めてきた

 

「初対面ではなく天之河をやっていた時を知っている少年か…む?もしや君は…」

 

「ふん!やっとで分かったかこの能天気な馬鹿者は」

 

「リリアーナの弟君か!」

 

「そこは名前で呼ぶのではないのか!?」

 

 金髪で美少年と言う分かりやすい要素を頭の中で思い出そうとした結果目の前で何故か敵愾心をむき出しにしている少年がランデル王子だったのを思い出したコウスケ

 

「いやー俺ってば影の薄い人間は都合よく忘れる癖がありましてー」

 

「貴様!余の事を影が薄いといったな!」

 

「で、何か用?俺これから昼飯のつもりだったんだけど」

 

「話を聞かないな!?」

 

「もしよかったら一緒に食べる?上手そうな食い物を貰ったんだ。これがなかなか俺の好みでさ」

 

「ええい!余の話を聞けこのポンコツ勇者!」

 

 ぎゃぎゃー喚くランデルを片手であやしながら昼ご飯をどこで食べるべきか思案するコウスケ。折角の中所なのだからとランデルを誘ってみるがどうやらそんな気分ではないらしい

 

「貴様なら香織がどこにいるかわかるだろう 案内しろ」

 

「香織ちゃん?あってどうするの?」

 

「それは…余があいたいからだ!なんだ文句でもあるのか」

 

「別にないけど…」

 

 ランデルがコウスケに頼んだことは香織と会わせろという事だった。確かにコウスケなら香織がどこにいるのかはすぐに把握し出来るしおおよその見当はついている。だからこそ今ランデルが合いに行くのは駄目だと思うのだが

 

「…まぁいいか、変にこじれるのもなんだし、いいよランデル王子。ついておいで」

 

「ふん!そうだ貴様はそうやって余の言う事をさっさと聞いてればよかったのだ」

 

 どうしてか偉そうに命令するランデルだがコウスケは気にした風でもなくランデルを香織にいる場所まで案内することにした

 

 

 

 

 ランデル・S・B・ハイリヒとはどんな人物であったか。残念ながらコウスケは原作の登場人物であるランデルをさっぱり覚えていなかった。ただ一つ覚えているのは香織に恋をしているというただそれだけぐらいか。

 

(こうやって見ると…なんだか可哀想だな。最初から初恋?が破られているんだから)

 

「なんだ?さっさと歩かぬか」

 

「へーい」

 

 知ってか知らずか香織の心は完全にハジメに対して向けられている。ランデルのほのかな恋心はどれほど絶望に彩られてしまうのか。

そんな事を考えてしまうとどうしても可哀想な者を見る目になってしまう。コウスケは哀れな道化のランデルに同情してしまった。

 

「さて、そろそろ部屋に着くっ!?」

 

「む?どうしたのだそんな変な顔をして」

 

 もう少しで香織がいるであろう部屋にたどり着く時だった。コウスケは感じてしまった。

 

「…ラブコメの波動を感じる」

 

 なぜか部屋から甘い青春の匂い感じてしまったのだ。しかも極上の甘さで胸がむかむかするほどの奴を。コウスケがふいに止まった理由をランデルは分からずキョトンと見上げている。

 

「む?どうしたのだ。さっさと」

 

「口を慎みな。…死にたくなかったらな」

 

「!?!??」

 

「ごめん嘘だ。正確に言えば静かにしてくれ。まだ気づかれたくない」

 

 コウスケの先ほどまでの能天気さが消え険しい顔になったのを傍で見ていたランデルは驚愕し止まってしまう。

そんなランデルにかまわず、部屋の雰囲気を探ると香織とやはり近くにいたであろうハジメが随分と近い距離にいるのが分かってしまった。

 

(ぬぅ…恋人同士だから近くにいるのは仕方ないとしても今邪魔をしてしまうと間違いなく…殺られる!)

 

 折角の雰囲気な所に邪魔をしてしまったら自分とランデルはどうなってしまうのだろうか。考えるまでもない。香織は許してくれるだろうが、ハジメは照れ隠しに銃撃をしてくるに違いなかった。自分は大丈夫だ、体は頑丈だしやられ慣れている。

 しかしランデルは堪え切れるのだろうか?心配になり目でランデルにどうする?と聞いてみれば驚愕から回復したランデルはキッとコウスケを見返すと首を縦に頷いた

 

「余は…香織に会いに来たのだ。この先何が待っていようと諦めるものか」

 

(ほぉ…流石は恋する男の子。誰かさんとは違って肝が据わっているなぁ)

 

 コウスケの雰囲気の変化でただならぬ事情だと察したランデルだったがそれでも香織に会いに行くその気概に感心する  

 

 しなりしなりと音を立てないようにそっと扉に近づくコウスケ。ランデルも後に続く。そうして男二人がそっと扉を開き目にした光景にコウスケはふっと微笑みランデルは硬直してしまった。

 

 

 

 

「ハジメ君…どう、かな?変じゃない?」

 

「……ダイジョウブデス」

 

「えっと…本当に?」

 

「ハイ、キモチイイデス」

 

「そう、良かった」

 

 香織がベットに腰を掛けているのはまだいい。しかしその香織の膝の上にハジメが頭をのせていたのだ。俗に言う膝枕である。

香織は顔を赤くしながらも優しい手つきでハジメの頭を撫でている。その微笑はまるで聖母の様でうっかり見惚れてしまいそうなほどに綺麗なものだった

 

 対する香織の膝に頭をのせているハジメは顔が破裂するのでは居ないかと思うぐらいに真っ赤になり明らかに恥ずかしがっていた。

しかし香織にはされるがままで、出来る限り香織の好きなようにさせているようにコウスケは見て取れた。

 

(こ、これは…流石の俺でもなんかこっ恥ずかしいな!)

 

 まるで付き合立ての恋人同士がやってみたいシチュエーションをするかの如く甘酸っぱくまたドギマギした空間が広がっている。

 

(でも今まで恋人同士らしいことあんまりしていなかったからな。)

 

 勝手なことを考えながらもハジメに対して何故の感激をするコウスケ。何故今膝枕をしているのか何故こうなったのか想像するしかできないが、要は恋人同士?の時間を作ろうとした香織がユエ達にアドバイスを求めて膝枕と言う結論に至ったのだろう。

 

(しっかしあそこまで真っ赤になるとはなぁ。香織ちゃんはそうだとしても南雲までとは…アイツいつもは澄ましているけど意外に年相応なんだな)

 

 うんうん頷きながらも未だに顔の紅潮が晴れず香織と何事かと話をしているハジメを見るコウスケ。2人は会話に神経を使っているのかこちらに気付づいた様子はない。このままこっそりと離れようとしたところでやっとでコウスケは隣のランデルが口を開いたまま硬直している事に気付いた

 

(おーいランデル君や。さっさと引き上げるぞ)

 

(や、やはり…間違い…なかったのか)

 

(っておいおい、大丈夫かよ…)

 

 口をあんぐり開いたまま動かないランデルにコウスケは溜息を吐くと物音を立てないようにランデルを担ぎ上げそのままこっそり後ずさりをしていく。コウスケ達がその場を離れても部屋の中にいる青春真っ盛りの2人は最後まで気付かなかったのだ。

 

 

 

 

「おーい 生きてるかー傷は深いぞー」

 

「ふふふ…余はやはり…道化だったのだ…余の女神はあんなにも遠くに…」

 

「駄目だこりゃ」

 

 がっくりと肩を落とし何やらブツブツと呟くランデルに困ってしまう。面倒なことになるだろうなとは覚悟はしていたのだが自暴自棄になるとは思わなかったコウスケ。このまま放っておいてもいいのだが流石に哀れだと感じさてどうするべきかとしばし悩むこと数分

 

「しょうがない。やっぱ失恋のショックを吹き飛ばすにはこれしかないだろう」

 

「うぅー香織ー」

 

 項垂れるランデルの手を引き外に出て準備を始めるコウスケ。言葉で慰める手段があるかもしれないが流石にまどろっこしく感じてしまったのだ。

 いそいそと用意を始めたところでランデルが我を取り戻した。

 

「…ッは!?ここは外か?何故余は…む?勇者貴様何をしているのだ?そもそもそれは一体?」

 

「ふっふっふ さてランデル君、君は生命保険には入っているかな?入ってなくても結構。俺の運転は安全安心で通っているからな!」

 

「何か嫌な予感が…余はこれで失礼す!?」

 

 何やらテンションが上がっているコウスケに後ずさりをするが時すでに遅し、ガシッと胴体をつかまれてしまったランデル。

 

「へっへっへまぁそう言いなさんなや。勇者からは逃げられないってよく聞くでしょ?さ、ちゃんとヘルメットをかぶってロープで体を縛って…レッツゴー!」

 

「待て!離せ!余は…うわぁ!」

 

 じたばた暴れて逃げ出そうにも体格と筋力の差から逃げられない。ランデルの制止も聞かないコウスケの顔は実に楽しそうであった

 

 

 

 

 

 

 

ブォオオオオオオオオ!!

 

 

「うわぁああああああああ!!!!」

 

「ヒャッホゥーーーーーーー!!!!風が気持ちいいぃぃいいいい!!!」

 

「やめろ!余は降りる!さっさと止めんかこの馬鹿者!」

 

「あ!?なんだって!?もっとスピードを上げろ?さっすが殿下!ならウィリーも一緒にやりますか!」

 

「あぁあああああああああ!!」

 

 王都の外、澄み渡るような空と広々とした草原が広がる中一台のバイクが爆音をあげ爆走していた。

 バイクに乗っているのは先ほどまで項垂れていたランデルと異様にテンションが高いコウスケだった。

 

「やっぱバイクは良いですなぁ!知ってます!?この爆音南雲が作って出せるようになったんですよ!」

 

「知らぬ!余の意思を無視して連れ出すとは貴様事の重大さを知っておるのか!?」

 

「ほぉ…まだ喋れるとは余裕があるな。ならきりもみ回転逝ってみようか!?」

 

「ぎゃあああああああ!!!!」

 

 丁度良く高台を見つけたので一気にバイクを唸らせジャンプする。空中で器用に回転をしながらも着地は華麗に決める。敵が居なくて比較的平和な場所だからこそできる遊びだった。無論ランデルが落っこちない様に安全はしっかり対策をしている。

 

 ヘルメットは着用させてあるし、体はロープで自分と固定させてある。それに飛び出さないように重力魔法を使ってバイクと密着させる様にもしてある。…精神面での考慮はされてはいないが

 

「はぁーすっきりした。そろそろ昼飯にしますか」

 

「……」

 

「ありゃ?グロッキーですか?」

 

 今度こそ沈黙してしまったランデルを心配はしてみるものの生きてはいるので放置することにしたコウスケは丁度良く湖畔が見える高台を見つけたのでそこに魔力駆動二輪を止める。

 

 ちょうどよく昼時であり、またお腹が空いていたので簡易宝物庫からシートを取り出しテキパキと昼食の準備をするコウスケ。その間ランデルはまだ車体に乗ったまま動かなかった。

 

「さてと、景色良し、天候良し、周囲に魔物の気配は無し!それじゃ飯にしますか!」

 

「……」

 

「まーだへばっているんですか。しょうがないな『快活』!これで少しは楽になったかな?」

 

「…先ほどよりはマシになったな」

 

「これで良し。なら飯にしようよランデル君」

 

 シートに座ったコウスケは隣をバンバンと叩きランデルを誘う。先ほどまで危険案目に遭わせていた男に従うのは嫌なのかむすっとした顔だったがお腹から虫の音が鳴ったため仕方なくシートに座るランデル。

 

「今日の昼飯はっと、お!?なんかハンバーガーっぽいのがある!他にもハムサンドにタマゴサンドか」

 

 城で渡された昼食は色とりどりのパンだった。これがまた実に焼き立ての様な匂いを出しふっくらとした触感が実に食欲を掻き立てる。

 簡易宝物庫でさらに肉やら魚、シアが作ってくれた携帯型の食糧に店で売っていた果実ジュースも取り出してなどもコウスケは遠慮なくかぶりついていく。

 

「うむ!バカ美味!」

 

「…はぁ、ここまで自分勝手で能天気な奴だとは…こんな奴に余の国は守られたのか?」

 

 コウスケの隣でブツブツ何やら言っているランデルだがやはりお腹は空いていたようでコウスケと同じようにパンを食べていく

 

「うむ、美味いな」

 

「でしょ?景色が良くて天気がいい所で食う飯は格別ってもんだからな」

 

 穏やかな陽気と時折頬を撫でる風が気持ち良いまさしくピクニック日和だった。そんな陽気なものだからコウスケはパクパクとパンや干し肉などにかぶりついていく。

 

 干し肉を食べきった時だろうか。隣にいたランデルが果汁ジュースをちびりちびりと飲みながら話し始めた。

 

「余はな」

 

「ん?」

 

「余は香織が好きだったのだ。一瞬だった、ほかにも顔の良い女子が居ながらも一目で目を奪われた。まさしく一目ぼれという奴だったのだ」

 

 ランデルは香織に見惚れたその瞬間を思い出しているのか顔が綻んでいる。しかしそれは一瞬の事でどこか遠くを見つめる目になった。

 

「どうにかして気を引こうと必死だった。専属の侍女や治癒院に入ってはどうかと進めてはいたのだがすべては失敗した。どうしてだとその時は考えていたが…あの男を助ける為に頑張っていたのだな香織は」

 

 ハジメと一緒に奈落に落ちていた時の香織たち生徒の話はコウスケはあまりよくは知らない。特に気にしたこともなかった。

 

「どうして余に振り向いてくれないと考えていたが…そうかあの男が香織がずっと好いていた男だったのか」

 

「そうですよ。南雲ハジメ、香織ちゃんがこの世界に来る前から好きだった少年です」

 

「始める前から終わっていたとは余の初恋は随分と滑稽だな。ふふ、香織の気持ちを感上げず自分の気持ちを相手に受け入れさせることしか考えぬとは余はなんと子供か」

 

 自嘲するランデルにコウスケは何も言わない。今は黙って話を聞いていた方が良いと思うからだ。

 

「本当はな」

 

「?」

 

「余は…自暴自棄になっていたのかもしれぬ」

 

「…国王の事ですか」

 

「そうだ、余の父は…死んでしまった」

 

 自分の父親の死を語るランデルは静かにどこか遠くを見詰めている。悲しみを我慢しているその顔はとても十歳の少年が見せる顔ではなかった。

 

「父は、何故死んでしまったのだ?まだまだ教わりたい事があったのに…戦争はしていると余は分かっていた。でもそれはどこか遠くでしている物だと…父が…死ぬことなんて考えてすらいなかった」

 

 涙をこらえているのかきゅっと口を噛みしめながら離すランデル。コウスケは隣で父親のこと想う少年の頭を優しく撫でる。泣いている少年にどう声を掛ければいいのかわからない。でもきっと何か伝わってくれると信じて

 

「最後に何を話したかなんて余は覚えておらぬ…ウグッ…確かに父は最近少し様子がおかしかった…聖教協会に入り他のことを蔑ろに

していた……」

 

 ついにはグズグズと嗚咽を漏らし始めたが構わずコウスケは頭を撫でていく。少しでも気持ちが落ち着くように魂魄魔法を使いながら。

 

「それでも余にとっては偉大な父上だったのだ…もっと構ってほしかったいっぱい話したかった!教えてくれ勇者よ!どうして父上は死ななければいけなかったのだ!」

 

 コウスケの手を振り払い涙でくしゃくしゃになった顔を向け問い詰める。答えを求めて聞いているのではない。只父親が死んだことが悲しかったのだ。

 

「俺は…」

 

 エリヒド国王が死んだ理由は中村絵里が裏切ったから。なんて真実をコウスケに言えるわけでもなく、かと言って嘘を言う訳にもいかずコウスケはただ自分が感じたエリヒド国王と言う人物の所感を伝えることにした

 

「俺はエリヒド国王がどんな人かは分かりません。でもわかる事はあります」

 

「…なんだ」

 

「立派な国王で尊敬出来るお父さんだってことです。この場所に来るまでに見た人たちは皆生き生きした顔で復興を進めています。俺が知っている戦争中の国の人々は皆死んだ顔で俯いているんですけどこの国の人たちは気力に満ち溢れているじゃありませんか。これはエリヒド国王がいかに民の事を考え治世を施してきたかってことなんです」

 

 城下の人々は皆復興へ向けて奮闘している。それは無き国王が残した民の強さであり治世の賜物だった。

 コウスケの言葉にランデルは城下の人たちの顔を思い出していた。その顔は悲痛さは残るものの確かに前を見ていた。

 

「…そうだ、父上がどんな王だったかはあの者達を見ればわかる。父上は偉大な人だったのだ…」

 

「はい、それにエリヒド国王は尊敬できる優しくて良いお父さんですよ」

 

「…何故そう言い切るのだ」

 

「だってランデル君やリリアーナ姫を見ていれば分かります。君たち姉弟は優しい子達じゃないですか。リリアーナ姫は優しくて聡明で

王女なのに気さくな女の子で、君はちょっとやんちゃ坊主だけど自分の行いを反省することができる男の子じゃないですか。大抵親ってのは子供がどんな子か見ればわかるもんなんですよ」

 

 リリアーナもランデルもコウスケにとっては好感の持てる姉弟だった。自分の立場で驕ることを良しとしない、次に向けて考えることのできるそんな子供達だった。だから執務にかまけているような父親ではないというのがコウスケにとってのエリヒト国王と言う人間だった。

 

「…ふふ、そうか異世界の者でも父上は立派な人に見えたのか」

 

「です」

 

「そうか…なら余は尊敬する父上を超えるような男にならなければな!」

 

 がばっと立ち上がったランデルは空を見上げた。その顔は先ほどまで泣いていた少年の顔ではない、尊敬し目指していた父親を超えようとする 若き王の姿だった。

 

「父よ!聞こえているか!余は立派な王になって平和を築き上げて見せる!必ずだ!!!」

 

 ランデルの声は空に響ていく。コウスケは風が若き王の誕生を福するかのように吹き荒れるのを感じたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと恥ずかしい

 

「うむ!気のせいか何かすっきりしたぞ」

 

「そりゃ一杯泣きましたからね。すっきりするもんですよ」

 

「うぐっ」

 

「?」

 

「…その、すまぬが」

 

「…! 分かってます。泣いていたって事は誰にも言いませんよ」

 

「…うむ」

 

 

 

 

 

 

庶民の食事

 

「さぁさぁランデル君、一杯泣いたんなら一杯食べましょう。育ち盛りなのに食べない何て駄目ですよ」

 

「う、うむ。しかし庶民の食事と言うのは中々うまいな。このパンにはさんだ…これはイケるな」

 

「それ、俺の国ではハンバーガーっていうんです、手軽に食べられる食い物で…」

 

「むむむ、やはり王宮にいるだけではいかんな」

 

 

 

 

 

 

今後どうするべきか

 

「…むぅ」

 

「どーしました?そんな難しい顔して」

 

「父上より良い王になると誓ったもののどうすればよいかと考えて居たところだ」

 

「ふーむ。良い王様ですか」

 

「そうだ、決めたのは良いがまずは何をするべきかと思ってな」

 

「…無責任な事なら言えますけど聞きます?」

 

「聞こう。余はまだ何も知らぬからな。きっと為になる」

 

「了解。含みを持つような言い方をしましたけど要は簡単です目標を決め、どうすればいいかだれかと相談して話し合うんです」

 

「それだけでいいのか?」

 

「それだけかもしれませんけど、漠然としてただ無益に日々を過ごすよりよっぽどいいのです。ランデル君。君は一人じゃない。君の周りには君を支えようとする人が一杯いるはずだ。その人たちの話を聞き自分で考えまた分からなかったら相談するんです」

 

「支えようとする人間…」

 

「例えばメルド団長とかリリアーナ姫とかですね。君はまだ何もできないもしれないけど心構えができていれば案外物事はうまくいくものなんですよ」

 

「そういうものか…」

 

(まぁ俺は上手く行かなかったけど君ならできるさ)

 

 

 

 

 遅くなった礼

 

「む!」

 

「?どうしました」

 

「そういえば勇者よ。竜から余の姉を助けてくれたようだな!礼を言うぞ」

 

「あーあんときか。その話ほかの誰かにしました?」

 

「いや?しておらぬが」

 

「そうですか。なら良かった」

 

「???ともかく家族を救ってくれたのだ。礼は返しきれんな」

 

 

姉が言っていた人物

 

「戻ってきた姉上から勇者の話をよく聞かされたのだが…」

 

「え!?リリアーナ姫俺のこと喋っていたんですか?」

 

「うむ。よく話してくれた。そしてまさしく姉上の言う通りの人物だったな」

 

「…なんて言ってたんですか、リリアーナ姫」

 

「変人」

 

「ふぉ!?」

 

(他にも優しいとかよく笑うとか、子供っぽくて見ていて飽きないとか、良い事しか言っておらぬかったのだが…流石に余の口から言うのはな)

 

 

 

 

 

連れ出してきた本当の理由

 

「しかしまぁまさか見ず知らず?のお前にまさか余の情けない姿を見せることになるとはな」

 

「気にしていないんですけどね~俺は偶々ランデル君にあって偶々昼飯を一緒にしているわけですから」

 

「…それなんだが」

 

「はい?」

 

「合ったのは偶然でも、余の気持ちを吐露するように何か仕向けたのではないのか?どうしてだが近くにいたら気持ちが軽くなって色々と吐き出したくなったのだが…」

 

「はて?何の事やら」

 

「…まぁいい 余の心が軽くなったのは事実だからな」

 

 

 

 

 

「ではそろそろ帰りましょうかランデル君」

 

「う、うむ。そうだな戻らなければならぬな」

 

 日が暮れそうな時間になり、コウスケとランデルは帰り支度を始める。といっても簡易宝物庫にゴミやシートをまとめて放り込み魔力二輪駆動を取り出したらすぐに終わった。つくづく物を自由に出し入れできる宝物庫は便利だと再確認したところでランデルを駆動二輪に乗せ自分もまたがる。

 

「一応ロープも付けて…あ、ランデル君今回はちゃんとゆっくり走るからそんなにしがみ掴まなくてもいいよ」

 

「そ、そうか。てっきりあの速さで行くのだと腹を決めていたのだが」

 

「あはは、それじゃ出発進行っと」

 

 ゆっくり進むという発言通り行きとは違って帰りはのんびりと二輪駆動を動かしていく。背中にしがみついていたランデルも速度がゆっくりだと感じたのかコウスケをつかむ手の力は緩やかになっていく。

 

「ほぉ…何だ本当にゆっくりと走れるのではないか」

 

「ですです。色々魔法も使ってあるんで風も穏やかで気持ちいいでしょ?俺のお気に入りの乗り物なんです」

 

「うむ。静かで見渡す風景もよい。お前の世界の乗り物は中々面白いものだな」

 

 背中から聞こえる声は穏やかだ。最初からゆっくり移動すれば良かったかと少し反省しつつ、でも荒療治も必要だろうと言い訳しながらもコウスケは草原を移動する。

 

 日が沈もうとしている夕暮れは美しく、このまま眺めてみたい景色だった。いつもはみんなで移動しているがたまには誰かと2人で移動するの悪くないなとコウスケが思い始めたころ。後ろから声が聞こえてきた。

 

「…ありがとう…コウスケ」

 

「んーどうしたんですか急に」

 

「…言える時に…言っておかないとな」

 

 気のせいか後ろのランデルの声は徐々に小さくなっていく。少しだけ後ろを振り向けばどうやらランデルは眠くなっているようだ。ベルトの調整を確認しスピードと風圧をランデルが起きないように弱めていく

 

「…お前の…背中は…広いな……」

 

「そーかな?普通だと思うけど」

 

「…広い…ぞ…まるで…父上の様な…」

 

 そう言い残すとランデルは寝息を立ててしまった。魔力二輪駆動は音を出すこともなく、周囲の風の音もかき消し徐々に目的地へ近づいていく。王都に付いたとき辺りは薄暗くなっていた。ランデルをそっと抱きかかえ、宝物庫に魔力二輪駆動を片づける。眠るランデルの頭を軽く撫で王宮に歩いていくコウスケ

 

「……ごめんね。俺は君のお父さんを…」

 

 そろそろ別れの時間が迫るときコウスケはランデルの目の端に光るものを見ないようにしながらポツリと呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王宮につくとすぐにランデルの側近らしき男たちや子守の様な老人が皆必死の形相で駆け寄ってきた。コウスケが誰かわかると一瞬声を詰まらせるものの何をしていたのかを問い詰められたのでコウスケが説明をするとほっと息の吐き安堵したような表情になった。

 

「心配していたのです。エリヒド国王が無くなって、殿下はずっとふさぎ込んでいたものですから」

 

 愛しそうに語る老人の表情は慈愛に満ちておりいかにランデルが愛されているかが伝わってきた。老人はコウスケに礼を言うとランデルをそっと抱きしめ側近の男たちを連れ、去っていった。

 

 そのままコウスケは自室へ戻り特に何をするわけでもなくボーっとしていた。何となく夕食を食べる気も起きず仲間たちに会う気も起きず只々無益に時間を過ごしていた。

 

 窓の外が暗くなり、そろそろ深夜とでも呼べそうな時間の時扉からノックの音が聞こえてきた。不用心に開けるとそこには僅かに驚いた表情をした女騎士が居た。

 

「勇者殿、夜分遅くに申し訳ない、姫様がお呼びなのだ。 …来れるだろうか」

 

 表情を引き締めた女騎士の言葉にコウスケは了承の返事をした。

 コウスケの返事を聞くと女騎士は僅かに顔を歪ませた後リリアーナの部屋まで案内してくれると言い出した。

 

 夜になり静かな王宮の廊下を歩く。無音だった。前を歩く女騎士がコウスケの挙動を伺っているのがわかったが何をするのでもなく歩き続けた。

 

 部屋の近くまで着くと女騎士は立ち止まった。ここから先は一人で行ってほしいとの事だった。女騎士の傍を通るときほんの僅かだが殺気を感じた。しかしコウスケはどうすることもしなかった。当たり前だ、あの女騎士はリリアーナの近衛騎士であり夜中に男が女の部屋に入るというのだから警戒するのは当然だった。

 

 扉に付きノックをすると部屋からリリアーナの入ってもいいと言う声が聞こえたので無作法にならない様に部屋に入るコウスケ

 

「お待ちしていましたコウスケさん」

 

「お邪魔しまーす」

 

 リリアーナの部屋はランプが灯され想像以上に明るかった。部屋の中を見回せば中々高級そうな調度品があり、しかしどこか女の子っぽさを感じる部屋だった。

 

「すみません夜分に呼び出してしまって」

 

「別にいいよ。それよりどったの?」

 

「要件については説明しますのでどうぞお掛けになってください」

 

 リリアーナに言われるがまま部屋に備え付けてあった椅子に座る。リリアーナは何やら部屋の隅でカチャカチャしていたのでコウスケは何げなく部屋の中を見回す。そこで机の上にかなりの量の書類が無造作に置かれているのを発見した。

 

「お待たせしました。ちょっと自信がないのですが…どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 リリアーナから手渡されたお茶を受け取るコウスケ。リリアーナは受け取った事に微笑むとコウスケの視線の先にあった自身の机の惨状に気づき慌てて片づけをし始める

 

「わ、私ったら、すいませんすぐに片付けますね」

 

「…別に気にしなくていいんだけど、それにしても随分と多いね」

 

 机の上に広がる無数の書類。そしてその書類を片付けるリリアーナの目の隈。明らかに一国の王女がするべき受け持つ執務の量には見えなかった。それも十四歳の少女が受け持つような…。コウスケの視線の意味に気が付いたのかリリアーナは苦笑いを浮かべた

 

「…えぇ でもいいんです。私には寝ている暇がありませんからね。……死傷者、遺族への対応、倒壊した建物の処理、行方不明者の確認、外壁と大結界の補修、各方面への連絡と対応、周辺の調査と兵の配備、再編成……大変ですが、やらねばならないことばかりです。泣き言を言っても仕方ありません。お母様やメルドも分担して下さってますし、まだまだ大丈夫ですよ。……本当に辛いのは大切な人や財産を失った民なのですから……」

 

(…でも君だって…)

 

「私はいいんですよコウスケさん」

 

 苦笑しているリリアーナにコウスケは何も言わないでいた。その方が良いのだろうと思う事にした。納得できるかは置いといて

 

「それで用事って?」

 

「そうでしたね。実は貴方の名前…いいえ勇者の名を使わせてほしいんです」

 

「『勇者』を?それまたどうして」

 

「聖教協会の顛末に関する噂の配布に豊穣の女神である愛子さんの名声を使う事を南雲さんと相談して決めたんです」

 

「ふむふむ」

 

 確かに教会の総本山は崩壊しており(ティオが愛子の力を使わずに消滅させたらしい)いつまでも王国の民に隠すことは不可能だった。その事について愛子の豊饒の女神の名を使うという話だった。それについては分かるが何故勇者の名が必要なのか。

 

「勇者は神山で修業をしていたという事が今の民たちの認識です。そこで神山から修行を終え戻ってきた勇者が王都の惨状を憂い 豊穣の女神の使徒として目覚め蒼き光によって救済をしたというバックボーンを作ろうと思いまして」

 

「……なんだそれ」

 

「要は使えるものは全部使ってしまおうという話です。ちなみに南雲さんがこの話を考えました」

 

 なぜだかニヤニヤと笑っているハジメの顔が浮かび上がり少しイラッとするコウスケ。すぐに仕返しをしようと決心した。

 

「それ追加のストーリー作っても良いかな、てーか追加しよう」

 

「どうするんですか?」

 

「俺だけ使われるってのは癪だから南雲も絡めよう。無能だった神の使徒の一人が豊穣の女神の天命と慈愛を受け王都にいる人々を救うため奈落から死に物狂いで強くなり英雄となって紅い光を使い助けに来たとか何とかって話でもくっつけよう」

 

「なるほど…豊穣の女神に二枚看板を作るという事ですか」

 

「そういう事、現にアイツ豊穣の女神の剣だって宣言したことがあるからな。一緒に巻き込んじまっても問題ないさ」

 

「ウルの町の時ですね」

 

 ハジメの大立ち回りを思い出したのかくすくすと笑うリリアーナ。その表情を見ているとコウスケの心が少しだけ軽くなった気がした

 

「では、そういう事で話を進めていきます」

 

「ん、じゃそろそろ」

 

「あっ」

 

 話が終わり椅子から立ち上がろうとしたとき僅かにリリアーナの口から寂しげな音が漏れた。それにはリリアーナ自身も驚いているようで思わずと言う表情で口元を抑えていた。気恥ずかしそうにするリリアーナを見ていると何とも言えず椅子にまた座り込むコウスケ。

 

「「……」」

 

 お互い話題が見つからず何とも変な沈黙が部屋を流れる。何か話題がないか頭を働かせるコウスケより先に声を出したのは対面に座っている少女だった。

 

「あ!そういえば昼間ランデルが迷惑をかけた様ですね」

 

「いやいや迷惑なんかじゃなかったよ。実際楽しかったし」

 

「そうでしたか?なら良かったです。ふふ、ランデルったら起き上がってくるなり『余は立派な男になって良き王になる!見ていろ姉上!余はやってやるぞ!』なんて息巻いていましたから」

 

 ランデルの事を思い出したのかリリアーナの表情は穏やかだ。

 

「いつの間にかあんなに逞しくなって…びっくりしました」

 

「男の子の成長は早いからね。今後が楽しみだよ」

 

「ふふそうですね」

 

 微笑み合いそして又話が途切れてしまった。どうしてだかコウスケはリリアーナとの会話が楽しいと思う反面緊張するときがある。

今もどうすればいいのか視線が彷徨う。年頃の女の子とどうやって会話をすればいいのかわからない。仲間内なら問題無いのだが…だからつい口から出てしまった 

 

「ねぇリリアーナ姫。聞きたかったんだけどさ」

 

「何でしょうか」

 

「…俺を恨んでいないの?」

 

 窓から見える月を眺めながらついコウスケは口走ってしまったのだ。昨夜メルドに活を入れランデルの誓いを聞きながらずっと心に筆禍っていたことだった。全てを知っている自分が居たのなら…その考えがコウスケの頭から離れない。

 

「貴方を…ですか」

 

「そう、誰が裏切るかを知っていて何が起きるのかも知りながら全部見過ごしていた俺を、君は恨んでいないの?」

 

 リリアーナには王宮に潜入するときに話していたのだ。今までに何が起きるか、これから先の事も知っていると説明をした。 普通に考えれば恨まれるのが筋合いだ。話していればもっと多くの人を救え、国王を助けることができたはずだと。

 

 リリアーナの息を吸う呼吸音が妙に大きく聞こえ、そして確かに聞こえた

 

「………そう…ですね。私はあなたを恨んでいるのかもしれません」

 

「そっか…」

 

 胸に飛来するのは意外にも安堵感だった。やっぱり自分は間違えていたのだと。悲しさはあるがどこかすっきりしたような妙な気持だった。腹を決め真っ直ぐリリアーナに向き直る。謝罪をするべきだと思った。ほかにもすべきことがあるのかもしれない。

それでも謝りたかった。

 

「ごめん、俺は」

 

「申し訳ないと、そう思っているのならまずは私の話を聞いてくれませんかコウスケさん」

 

 口に出た言葉をさえぎられ、リリアーナが話しかけてくる。不思議なことにその眼には攻めるような感情は見受けられなかった。

 

「…もしあなたが言ってくればと言う感情はもちろんあります。あの時…ウルの町で出会ったときや別れる時に少しでも話をしてくれればと思いました。でも仕方のない話なんです」

 

「仕方ないって…あの時少しでも君に話していれば」

 

「確かに話をしていてくれれば信じるか信じないかは別として被害を防ぐ為に行動はできたかもしれません。でもそれは無理なんです」

 

「無理?」

 

「はい。だってあの銀髪の修道女…確かノイントと言いましたね。エヒトの目がある以上何が起きても不思議ではありません。迂闊に行動すればもっと大きな被害があったのかもしれません」

 

 確かにノイントより強い存在が居ない以上変に行動してしまったらさらに厄介なことになってしまうかもしれない、

 

「でも俺がその場にいれば…」

 

「いいえ、それは絶対にあり得ないことです」

 

「…どうしてそう言い切れるの」

 

「だってあなたはハイリヒ王国より南雲ハジメさんを優先したからです」

 

「それは…」

 

「責めているわけではないんですよ。ただあなたは赤の他人の国よりもっと大切な人その場にいることを選んだ。ただそれだけなんですよ。どうなるか知ったところで、あんなに南雲さんと楽しそうにしているのに図々しくも私達を優先してだなんてあなたに言えるわけないじゃないですか…」

 

 南雲ハジメとハイリヒ王国どちらを優先すると言われれば南雲ハジメだとコウスケは即答する。確かにその通りだ。

自分がそばにいると助けると決めたのは南雲ハジメでありハイリヒ王国…エリヒド国王や名前も知らぬ人たち優先順位は著しく低かった。

 

「それにあなたは助けに来てくれた。町の人を助けてくれました。…だからいいんです。私のわがままなんて…」

 

「…それでもゴメン。俺は君のお父さんを助けなかった」

 

「…もう何も言わないでください。父の事は今は思い出したくありません。…私はランデルのようには切り替えられない…」

 

 それきりリリアーナは目を閉じてしまった。父親の事を思い出しているのか溢れる感情を抑えているのかコウスケには判断できなかったがこれ以上いるとリリアーナの負担になると思い入れてくれたお茶…紅茶を一息に飲み干すとそのまま扉へ向かった。

 

「お休みリリアーナ姫」

 

「はい、夜分遅くにお呼び出しして申し訳ありませんでした。…おやすみなさい」

 

 振り向かえったが依然としてリリアーナはこちらを見ておらず目をつぶったままだ。少し悲しくなりながらも自分の部屋に向かうコウスケ

 背後からリリアーナの小さな声が聞こえてくるのを気付かないようにしながら…

 

 

 

 

 

 

「…父はいったい何を考えながら死んだのでしょうね…」

 

 

 

 

 

 




さて次はっと…


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アフターケア 召喚された者達

遅くなりました

恐らくですがこれが今年最後の投稿になります


 

 

「…」

 

 王宮の一室、そこで谷口鈴は今もなお眠っている中村絵里の見舞いに来ていた。…見舞いと言うよりはほかに行くべきところが無かったというべきかもしれないが

 

 現在中村恵理は、王宮にある人気のなく使われていない部屋にてずっと眠り続けていた。本来なら裏切者として処刑…又は牢屋にでも入れられるところだったのだがメルドが制したのだ。恵理の処遇に対してどんなやり取りがあったのかは鈴に知らないないことだが、どうでもよかった。

 

「どうすればよかったのかな…」

 

 眠り続ける恵理の顔を見ながら幾度も繰り返してきた言葉をつぶやくが、答えなんてものはなかった。

 眠っている恵理を見ているとあの出来事は全てうそだったのではないかとどこかで期待するものの手ひどく恵理に言われた言葉が頭の中を駆け巡りる

 

「お邪魔するよー」

 

「あ…コウスケ…さん?」

 

 そんな悩む鈴の所に来たのはコウスケと呼ばれている男だった。友人の天之河光輝の体に入っているという理解不能なことを言い出した男であり鈴にとってはよくわからない男だった。

 

「やっほ ちょっと来ちゃった。どれどれっと…うん。起きた気配は無し、我ながら完璧な魔法だな」

 

 部屋に入ってくるなり眠っている恵理の額に手をかざしなにやら確認している。不思議そうに見ていると気が付いたコウスケが説明をしだす。

 

「これ?一応俺の魂魄魔法が効いているか確認しているの。俺の許可なく起きることを禁ずるって言う簡単な命令なんだけどね。この様子なら問題なさそうだ」

 

 呆気らかんに言い放つコウスケに驚くも少しほっとしてしまう鈴。もしコウスケのいう事が本当なら恵理と顔を見合わさずに済む。…そこまで考えて自分が酷いことを願っていると気付き鈴は自己嫌悪に悩まされる

 

「大丈夫か?あんまり思い詰めない方が良いぞ」

 

 隣にいるコウスケが気遣っている声を出してくるが鈴の悩みは晴れない。だからこそだろうか、隣のある意味全くの他人であるコウスケに悩みを打ち明けることにした。

 

「…コウスケさん」

 

「ん?」

 

「…鈴…どうすればよかったのかな」

 

「と言うと?」

 

「…本当はね、鈴、もしかしたら恵理が何かを演技していたかもしれないって気づいていたんだ」

 

 一度話すと口は止まらなかった。中村絵里が実は打算的な女の子だったのではないかと感づいていたこと。だが、一度も指摘しなかった事、気楽な友人関係が壊れるかと思って何も言えずそのままにしていた事、考えていたことを洗いざらいコウスケに話したのだ。

 

「だから私だけが恵理を止めることが…」

 

「そーかもしれないけどさ。それなんか違くないか?」

 

「え?」

 

 コウスケの突然の言葉に驚き顔を見ればそこには肩をすくめながら恵理を見ているコウスケが居た。呆れたその表情で語るその話は鈴を驚かせるものだった

 

「なんて言えばいいのかな。この子がしたことに君が責任を感じるのは違うと思う。そりゃ友人だから気付いて止めるのが当然だろって言われるかもしれないけどさ。だからと言ってこの子の事を一から十まで知ってなおかつ止めるのが当然ってわけじゃないし…」

 

 話をしている途中で言葉に詰まったのか頭をか開けるコウスケ。何とかして言葉を取り出そうとしている姿は同じ顔の友人が絶対にしていなかった顔だ 

 

「友達だから、親友だからってこの娘…ああもうコイツでいいや。コイツが止まるわけないだろ。そして君が止めないといけない通りもない。責任は仕出かした奴にあるんだから被害者である君がそんなに悲しい顔をするものじゃない」

 

「……もしかして慰めているの?」

 

「どうだろう。言いたいことを言ってるだけかもな。それよりも聞きたいことがあるんだ」

 

 そこでふっと息を吐くと何やら難しい顔をして鈴に向き直るコウスケ。その目はいつになく真剣で何か嫌な予感を鈴は感じた

 

「コイツをどうするか君が決めてほしんだ」

 

「それは?」

 

「信じられないかもしれないけど、俺は人の精神…つまり心を操る魔法を持っているんだ」

 

 心を操る魔法…その言葉を聞いたときドキリと鈴の心が騒いだ。嫌な予感はますますするもののその先を聞きたくてじっとコウスケの顔を見る

 

「君が知っているこの子は大人しくて気配りのできる子だった。でも本当はただのメンヘラ…っと失礼。病んでいる女の子だった。でも俺なら前者の君の知っている女の子にすることができる。この子の演技こそが本物だったと、今の状態が気の迷いだったことにできる」

 

 それは甘美な誘いだった。コウスケは恵理の心をいじり鈴にとって都合のいいようにすると言っているのだ。声は真剣で決して冗談を言っているのではないと鈴は感じた。

 

「どうする?…断ってもいいし、乗ってもいい。すべては君次第だ」

 

 コウスケの手は恵理の頭の上にありいつでも準備はいいと言外に行っている。だがそのコウスケの目に鈴は恐怖を覚えた。ドロリと濁っているのだ。暗く何も移さないその目。慌てて鈴は話題を変えることにした。ずっと見ていると思わず安易に返答をしてしまいそうになったからだ 

 

「あ、あの、どうしてコウスケさんは…そこまでしてくれるの?」

 

「…そーだなー君の成長の妨げてしまったからかな?」

 

「成長?」

 

 鈴の疑問にコウスケはスっと目を瞑る。何かを思い出そうとしているのか眉間にしわが寄っている。ひとまずあの目を見なくてほっとする鈴

 

「本来なら、この中村絵里が敵になったことで君は迷い苦悩するんだ。でもちゃんと答えを出して向き合って…あの場面の君が俺は大好きだった。だからかな君に手を貸してあげたいと思って…」

 

 いったい何を思い出しているのか何の話をしているのか鈴にはわからない。しかし先ほどの嫌な気配が薄れていく。目を開き鈴を見つめるその目にあの澱みは消えていた。

 

「簡単に言えば君のファンだからってことだからかな。だからどうしても君に手を貸してあげたくて。余計なお世話だったかな」

 

 一体何の話かは分からないが真正面から話をするコウスケに鈴は正直な自分の気持ちを話すことにした。きっとそうすることが気遣ってくれているコウスケに対する礼儀だと思ったのだ

 

「…気遣ってくれるのは嬉しいし鈴ももし恵理があの頃に戻ってくれればって思うけど、きっと安易に答えを出しちゃいけないって鈴は思うんだ。だから…恵理をどうするかはもうちょっと待ってほしいの」

 

「だよな。いきなりごめん」

 

「ううん。こっちこそごめんなさい、ちゃんと決めることができなくて」

 

 そこで会話は途切れた。後に残るのは何とも言えない空気だった。恵理の顔を見つめても起きる気配はなく、でもこのまま放置するのも忍びなく隣のコウスケは出ていくのかと思えば何やらまた考え事をしている。

 

「うん。よっし!なぁ谷口さん、ちょっとついてきてくれ」

 

「え?は、はい!?」

 

 いきなりコウスケは鈴の返事を聞くと手を握りそのまま部屋から出てしまった。手を握られている鈴は反抗することもなく突然だったのに意外と優しく手を握っているコウスケのなすがまま後をついて行く。

 

「おーいシア、邪魔するぞー」

 

 そうして連れられてきた場所はコウスケ達が止まっている客室の一部屋だった。後をついてきた鈴が困惑しながらも部屋をのぞけばそこにいたのはなぜか机に突っ伏しているうさ耳の少女が居た。

 

「あーなんのよーですかー」

 

「うわ、垂れ兎になっている」

 

「そりゃひまだからですぅーなんにもやることがなくてひまですぅー」

 

「なら起きろ。そのまま弛んでいると余計な肉がつくぞ」

 

「あ?」

 

 部屋に入ったコウスケは気軽にうさ耳少女には話しかけると煽っていく。煽られたうさ耳少女は一瞬でガバリと体を起こすとすぐさま拳を構えてファイティングポーズをとる。見た目が美少女なだけに殺気を出しながら構えるその姿は中々に迫力がある

 

「お?おお?いきなり喧嘩を売ってるんですか?買いますよ?グーでいきますよ?私の兎パンチが火を噴きますよ?」

 

「んーこの脳筋っぷりいったい誰の影響やら」

 

 うさ耳少女の威圧感にも大して気にすることもなくコウスケは肩をすくめるとそこで鈴の背中を押しうさ耳少女…シアの目の前に立たせた。いきなり見知らぬ少女が出てきたことにシアは首をかしげると威圧感を収める。流石に見も知らぬ少女を前にしてコウスケと喧嘩をするつもりはなかった。

 

「さてと、谷口さん。このうさ耳をつけている女の子はシアってんだ」

 

「え、あ、うん」

 

「で、シア、この子の名前は谷口鈴っていうんだ」

 

「はい?いきなり女の子を連れて来て…あ、はい、そうですか。ふーん」

 

 シアの紹介を鈴にすると今度はシアに鈴の紹介を始める。そこで何やらシアのうさ耳がぴくぴくと動くと何やら納得がいった顔をした。

 

「はぁ、事情は分かりました。ではさっさと出て行ってください。このヘタレ」

 

「うぐっ!?…事実だから何も言い返せねぇ…じゃそういう事だから」

 

 そこまで言うとコウスケはさっさと部屋から出て行ってしまった。後に残されたのはいまだに困惑している鈴と何やら虚空からお茶やお菓子などを取り出しているシアだけだった。

 

「あの…」

 

「まぁまぁともかく座ってください。色々あったでしょうが甘いお菓子と美味しいお茶を飲んで気楽にお話しでもしましょう」

 

 シアはそう言って邪気のない笑顔を見せれば鈴も戸惑いはは感じるものの席に着く。そこからはシアと雑談をして時間を過ごしていった。お互い性格が合うのかはすぐに打ち解け合い、鈴は初めて異世界での友人を得ることになった。

 

(もしかして…)

 

 何故シアと無理矢理合わせたのか、何故シアは色々と世話を焼いてくれるのか、何となくだがコウスケが色々と手を回してくれたのだろうかと考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あそこにいるのは」

 

 八重樫雫。剣士としての天職を持ち、クラスを支えてきた彼女は現在復興を手伝いながらクラスの皆の精神的なケアを続けていた。召喚された者たちにとってのショックな出来事である中村絵里の裏切り、そして判明した被害者の数。その事実から雰囲気が暗くなっているクラスメイト達を何とか励ましていた。

 

 最初は気まずい空気になりながらも親友である白崎香織の協力もあってクラス全体の雰囲気はそこそこ明るくなったとは思ういさて次は騎士団や王宮で働く人たちの関係改善をしようかと考えていた時だった

 

「ぁぁあああ もうどうしてこう俺は言葉選びが下手なんだろうなぁ~」

 

 頭を抱え何やら独り言をしている天之河光輝…もといコウスケを見つけたのだ。何を考えているのかは知らないが両手で頭を抱え体をくねらせているその姿は…はっきり言ってかなりキモかった。流石に見過ごして去るほど薄情でもなくだからと言って気楽に話しかけれるほど気安い関係でもなく恐る恐ると言った感じで雫は話しかけることにした

 

 

「えっと…コウスケ…さん?どうかしたんですか?」

 

 声を掛けながらもやはりどこか違和感を感じる。目の前にいる男が幼馴染とそっくりであり幼馴染がするはずもないような行動をしているからだろうか。

 

「んん~年下の女の子を慰めようと思ったんだけど難しくてねー」

 

「はぁ…」

 

「ま、全部シアに押し付けてきたから大丈夫だろ。同年代の同性なんだし…それより君の方こそどうかしたの?」

 

 何やら一人で納得した様子のコウスケは雫に気軽に話しかけてくる。

 

「えっと復興の手伝いをしようと考えていて、今騎士団の人たちに何かできないかと相談をしようとしていたんです」

 

「ふーん。真面目っていうか…自分から苦労を背負い込むんだ。 …どМ?」

 

「どМって、ち、違います!?」

 

 ふむふむと頷いたコウスケは若干引き気味に雫から距離を取ったので慌てて否定する雫。何故人手の手伝いをしようと考えていたらどМ扱いにされなければいけないのか、頬を赤くしながらも抗議すれば何やら疑わしそうな顔をしているコウスケ。

 

「いやでも君ってほっとけば良い事に自分から向かっているような…まぁいいや、どうするのかは君の勝手だけど、人間関係であんまり根を詰めないようにね。後はもう日本に帰る事しかないんだし」

 

「…日本に?」

 

 雫が聞き返せば何でもない様に頷くコウスケ。その声にどこか冷たさが含まれており、わずかにだが嫌なものを感じた。

 

「そ、日本。君たちはなんていうか…ちょっとした災害に巻き込まれただけだから、じっとして蹲っていればちゃんと災害は収まるからさ。なんて言えばいいのかな。この世界で何をするかを考えるよりも日本に帰ってからの事を考えた方が良いよ」

 

 言葉は一見気遣っているように感じられるが雫は余計なことをするな、と言外に行っているかを確信した。先ほどまでは感じなかったコウスケの目が道端の石を見るような目になっているのだ

 

「貴方何を言って」

 

「君たちには同情するよ。こんな異世界に連れてこられてさ。でもこんな世界に合わせる必要はないんだ。誰かの引き立て役になる必要もない。君達には君たちの人生がある。だからまぁこんな人殺しの道具なんて持たないで穏やかに過ごしなさい」

 

 いつの間にかコウスケの手には黒刀が握られていた。ハッとして腰に手をやるがそこにはハジメからもらった黒刀の姿はなく何時取られたのかはわからなかった。

 

「ねぇ知ってる?」

 

 狼狽している雫には目も触れずコウスケは高騰から刃を引き抜きむき出しの刃を眺めている。声は静かで眺めるまなざしは整った容姿と合わせてどこか蠱惑的だった。その言葉を聞くまでは

 

「人を切り殺すのってすごく楽しいんだよ?手元にある刃が肉を切る瞬間のあの感触。臓物をまき散らしながら苦悶の表情を浮かべるあの顔。本当に最高なんだ。凄く凄く楽しくて病み付きになりそうで…」

 

 ねっとりとした声だった。聞いてはいけないと思いながらも耳から頭の中まで侵食するどこか優しげな声。危険だと雫は思った。逃げなければとも、そんな雫の姿を知ってか知らずか、コウスケは黒刀の刃を収めるとそのまま握力で握りつぶした。

 

「アレは君たちが味わっちゃいけないものだ。だから武器をとるのはやめてほしい。他の子たちにも伝えてくれないか」

 

 バキリッと刀が折れる音共に不意に空気が切り替わりそこにいたのは先ほど声をかけた時と変わらない姿のコウスケだった。

 

「君にはこんな物騒な物よりこれの方が似合うよ。それじゃもう顔を見合わせることはないだろうけどお元気で」

 

 折れた黒刀をどこかに消してたコウスケは代わりになぜかふわふわとしたぬいぐるみ(見た目はクリオネっぽい)を雫に投げ渡すとそのまま歩いて去ってしまった。

 

「…いったい何なのあの人」

 

 コウスケが去ってやっとで息をついた雫。いつの間にやら手を握りしめていたらしく手の中が汗ばんでいる。

 

 コウスケと言う人間がどんな人物かは雫にはわからない。親友が気軽に話しかけているところを見ると悪人ではないのだろう。

 しかし今の会話で分かったことが二つある。一つは彼は自分達を石ころと同じようにみている。今まで羨望や嫉妬、下心などの視線を受けてきた雫だがあの様な無機質な目線で見られたことはなかった。

 

 そしてもう一つは、彼は天之河光輝ではないという事だ。同じ姿の別人。幼少の頃から光輝を見ている雫が感じたのはそんな感想だった 

 

 

 

 

 

 

「薄暗いところだな…今にも何かでそう」

 

「収容者の怨念とか?」

 

「そんなもんよりもっとたちの悪い奴に会いに行くんだろ」

 

 薄暗くじめっとした通路を歩く男が3人。コウスケと清水そしてメルドだ。王宮の地下、犯罪者や重罪人を収容する牢屋へと三人は歩いていた。

 

 なぜこのような場所にいるのか、それコウスケにとって必要だと思う事をするのにはどうしても行かなければならなかったのだ。

 

「でもこんな所に檜山がいるとはね」

 

「アイツが仕出かしたことを考えればこれでも軽い方じゃないか?」

 

 コウスケの目的、それは王宮の人たちを殺めた檜山大輔に合うためだった。メルド曰く檜山は地下牢にて監禁していると言う。そこで場所が分からないのでメルドに案内を頼みこのようなじめじめとした薄暗い場所に来ているのだ。ちなみに清水はもしもの時のお目付け役である。

 

「ついたぞ」

 

 メルドに連れられた地下牢その最奥に檜山はいた。檜山は簡易的に作られている寝台に仰向けで横たわっていた。首や手足には魔力を封じる枷が何重にもつけられ重罪人の処遇がどんなものかが一目でわかるものだった

 

「…殺さなかったんですね」

 

「本来なら首を切り落としたいのが俺達騎士団の本音だ。だがコイツもエヒトによって狂わされた一人でもある…気に入らんがな」

 

 溜息をつくメルド。今もなお王宮の人々を殺し回った檜山に対して思う事はある者の檜山もまたエヒトの被害者の一人であると言う事実が檜山を処刑しなかった理由だった。

 

「で、コウスケ。コイツにいったい何の用があったんだ?」

 

 清水の檜山を見る目は複雑だ。元はクラスメイトであるものの友好的な関係だったわけではない。寧ろ学校にいたときは死んでしまえばいいと思っていたこともあった。だがこの世界の真実を知った今では小物としての役割を持った檜山に何とも言えない哀れみと軽蔑と同情が混じった苦い感情がある

 

「お礼と後始末…かな?取りあえず俺に任せときなって」

 

 コウスケはそういうと牢屋でまだ意識を取り戻していない檜山に近づいていく。一応念のため魔力封じの枷がはめてあることを確認すると檜山の頭に手をかざし魂魄魔法を使い檜山の意識を目覚めさせる。

 

「…ぁあああああ!!!がぁあ”あ”あ”ああああ!!」

 

「うるさいよっと」

 

「あがぁ!?」

 

 案の定目覚めた檜山は一瞬惚けた顔をしたが、すぐに顔をゆがませ喚き始める。しかしコウスケは意に介した様子もなくアイアンクローの要領で檜山の頭全体をつかみ上げ空に釣り上げる。

 

「はーい、まずは静かにしましょうねー」

 

 意識を取り戻させたのは自分の意思だがこうまで騒がられると煩わしいので黙るように手に力を籠める。ミシッメシッと檜山の頭から骨のきしむ音が響き渡り喚いていた檜山の声が小さくなっていく。

 

「おいコウスケ、そいつの頭で柘榴でも作るつもりか」

 

「そういう訳じゃないってば、こっからが本番さ」

 

 何も言わなくなった檜山を地面に降ろすと今度はその頭に魂魄魔法を掛けて行く。魔法を使いながらコウスケは清水に独り言のように話しかける。

 

「なぁ清水コイツはどうしてあんな雑な中村絵里の作戦に乗ったんだと思う?」

 

「あ?そりゃ…こいつがあんまり物事を考えずに目先の事しか考えないような奴だからじゃないのか」

 

「そーかもしれない、でも俺は違うと思うんだ」

 

「どういうことだ」

 

「こいつは人を殺した罪悪感に耐えきれなくて中村絵里の話に乗ってしまったんじゃないのかって俺は思ったんだ」

 

 メルドの探るような質問にコウスケは自分が檜山大輔と言う人間を見て思ったことを答えた。檜山大輔が犯した最初の罪。それはあの橋で南雲ハジメに対して火球を放った事だった、その出来事に自分自身罪の意識を感じ判断力が鈍りおかしくなってしまったのではないかとコウスケは考えたのだ

 

 あの時檜山が火球を放ったせいで南雲ハジメ…ついでに天之河光輝もが奈落の底に落ちていった。最初から計画していた中村絵里とは違い人を殺す覚悟も意味も考えずに本当に突発的な行動だった。だから檜山は殺してしまった事実に自分の良心が耐え切れず安易に中村の話を乗ってしまった。

 

「最初はただの嫉妬心だった。それがこじれて人を殺してしまった。コイツがどんなに阿保でも元々は普通の学生で一般人だったんだ。そんな奴が人殺しの責任感に耐えられると思うか?まだ16歳のガキが耐えきれるか?」

 

「無理だろうな。こっちの世界の人間ならともかくお前たちの世界では人殺しは重罪なんだろ。俺達騎士団の新兵でもそうなってしまうんだからなおさら無理な話だ」

 

「そういう事ですメルドさん。だから俺はこいつが憎むのも恨むのも難しいんです」

 

 だからコウスケは檜山を殺さない。無論思う事はあるが…

 

「で、その話と今の使ってる魔法とどうつながるんだ」

 

「そうそうんで話を戻すけどあの時間違えてしまったのなら檜山の精神状態をあの橋での出来事直後まで戻そうと思うんだ」

 

「精神状態?記憶じゃなくて?」

 

「ああ、流石に自分が仕出かしたことまで忘れるなんてのは虫がいい話だ。だから自分の罪を自覚出来るまで精神を戻す。この魂魄魔法で」

 

 記憶を戻すのではなく精神を正常にさせる。そして自分の罪をむき合わせる。それがコウスケが檜山に対するアフターケアだった。

 

「ふぅん随分と人がいいんだな」

 

「どうかな?あるい意味最も残酷なことをしているのかもしれないぞっと、そろそろ廃人が目を覚ますぞ」

 

 魂魄魔法の効き目が聞いてきたのか檜山の目が徐々に生気を取り戻していく。コウスケがそっと離れると同時に檜山大輔は正気を取り戻した。

 

「…あ?ここは…天之河?それに清水、メルドまで…ああなるほどそういうことか」

 

 目の前の人間が誰か理解した檜山は喚く事もなければ暴れようともせずただ静かに前を見ていた。

 

「目を覚ましたか檜山」

 

「みりゃわかんだろ。それよりさっさと殺れよ。そのために雁首そろえてきたんだろ」

 

(おいコウスケなんだコイツ?やけに悟りきっているぞ)

 

(そりゃ檜山の良心と道徳心ついでにその他もろもろを増幅させたからな!自分の罪をちゃんと理解したんだろ)

 

(…つまり檜山の頭の中いじくったってことか)

 

 檜山は地面に項垂れているが逃げようとはしなかった。その表情は諦めの感情が強かった。そんな檜山にメルドが進み出る。手は剣の柄に置かれておりいつでも刃を抜ける様にしていた

 

「大介、お前自分がやったこと覚えているのか」

 

「…覚えている 何をしたのかも何でやったのかも。…ふん、体のいい駒みたいに使われるなんてまるで道化じゃねぇか。そんな俺にいまさら何をしろってんだ」

 

 話すことはすべて話したでも言うかのように溜息を大きく着くとはっきりと話した

 

「もう俺は疲れた。やったことを否定する気はねぇ だからメルド団長さんよぉ あんたのお仲間を俺は殺しくまくったんだ。だから…やれよ」

 

「…分かった」

 

 小さくそう言ったメルドは剣を抜くと目にもとまらぬ速さで剣を振るった。思わず硬直する清水だったがそこには予想に反して血を流す檜山はいなかった。

 

「あ?…なんで」

 

「お前を殺したところで誰かが返ってくるわけでもない。…もう良いんだ」

 

 檜山を切らなかったメルドは息を吐くとそのまま踵を返し牢屋内から出ていく。

 

「なんでだ…俺は人を殺したんだぞ?なんで何もしないんだ…」

 

「さてな切る価値がないって事だろ」

 

「なんだそれ…じゃ俺にどうしろってんだ、人を殺した俺に…」

 

 檜山はそのまま放心したかと思うと虚ろに俯いてしまった。もうここに用はない。コウスケはそう判断するとメルドと同じように地下牢を出ていく

 

「…放っておくのか?あのままだと何をしでかすかわからないぞ」

 

「放っておく。今のアイツならきっと何もできないさ」

 

 清水の言葉にはっきりと断言するコウスケ。肩をすくめた清水はそのままコウスケの後について行く。

 

 正気に戻し、良心を目覚めさせる。それが檜山に対するコウスケの礼だった。檜山が嫉妬心を出し南雲ハジメに火球を打たなければ物語は始めらなかった。あの奈落で辛い事や痛い事やたくさんあったが、コウスケと名付けられ天之河を演じなくてもよくなった。

 

 コウスケとしての始まりはあの奈落だった。だからこそきっかけを作ってくれた礼をコウスケは檜山にしたかったのだ。魂魄魔法で作り出した良心をどうするのかコウスケは興味がない。今後檜山がどう生きるのかもコウスケにとってはどうでもいい。

 

「今後どう生きるのかは…ふふ皮肉をたっぷりと込めてこう言おうか『変わるのか、変わらないのか……それは大介次第である』ってな」

 

 

 

 

 

 

 

「なんだそれ?」

「何も変われなかった少年(天之河光輝)の煽り文句」

「?」

 

 

 

 

 

 

 





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拾得編 戦乙女

あけおめです!これからもよろしくです
ではでは新年最初の物語をどうぞです


 

 

「えーっと大体あの辺かなぁ?」

 

 快晴が続く朗らかな空の下うっそうと茂った森の中をコウスケは簡単な登山用具を手に山の中を歩いていた。目的は神の使徒である『ノイント』の捜索だった。

 

 面倒事がある程度の終わりがついた時だった。偶々ハジメとの雑談中に神山での戦いの話になったのだ。コウスケとしてはハジメが負ける筈はないと思い実際めだった負傷もなかったのだがハジメ曰くノイントがコウスケの言っていた物とは違うという話だったのだ。

 

「いや翼が無いってなんだよ。おまけに年下で大剣二刀流じゃないとかどんだけズレが起きているんだ?」

 

 ハジメ曰く『銀の翼は無かった』『成人女性ではなく少女だった』『大剣ではなく短槍だった』と明らかに原作とは違う数々。興味を持ち実際に見て確かめようとするのはコウスケにとっては自然な事だった。

 

「でも誰かと一緒に行けばよかったかな」

 

 呟くが返答はなく静けさが辺りに響く。今回は隣には誰もいない、皆に付き合わせるのは忍びないと考えていたし、それぞれが休暇を堪能中なのだ。ユエは清水の魔法を見て何か琴戦に触れたのか魔法の研究と開発に余念がない。シアは谷口鈴やほかの女子生徒達とお茶会らしい。ティオは神山で一緒に行動していた畑山愛子と親睦を深めている。香織は清水に今までの旅の詳細を聞かれているらしい。

 

 そして肝心のハジメは王国に在住する錬成師達を鍛え上げているらしい。何でも職人錬成師筆頭のウォルペンと言う老人から大結界を修復した腕前を見て弟子にしてくれと懇願され、思う所があるのか面倒を見ることにしたらしい。

 曰く『まずは魔力が枯渇するまで錬成を頑張ってみようか。え?無理?死んでしまう?大丈夫大丈夫そんなの嘘つきが言う言葉だよ、そもそも無能の僕よりも優秀なんでしょ?ならできるよね』との事だ。笑顔なのに目が笑っていなかった。

 

「大体ここらへんか」

 

 なんだかんだで仲間たちの事を考えながらけもの道を説くに苦戦することもなく登りついにノイントが墜落したと思られる場所へたどり着いた。

 

 その場所は山の中腹位で辺りが開けた広場のような場所だった。空は快晴であり穏やかな陽気が眠気を誘うそんな場所で遂に探していたノイントを発見した

 

「…花畑の真ん中に美少女か。随分とファンタジックなことで」

 

 広場の中央そこには色とりどりの花が咲き誇っておりその中央にノイントは横たわっていた。花を踏むのにわずかに躊躇しながらも横たわるノイントに近づくコウスケ。その姿はハジメと交戦した姿から何も変わっていなかった。平坦な右胸と戦闘服に包まれた腹には大穴が開いており焦げ付いた跡がある。すらりと伸びている手足は関節の所が撃ち抜かれちぎれずに残っているのが不思議なぐらいだった。唯一怪我のない顔は眠っているように瞼が閉じている。

 まさしく満身創痍だった。

 

「よくもまぁここまで…」

 

 傍にしゃがみ込みノイントの全身を眺める。痛々しい。そんな言葉が先に出てしまいそうになるのはハジメの様に戦ったわけでもないからだろうか。何となくしんみりした気持ちになり、さてどうしようかと考える。

 実際ここまで来たのは単なる興味だった。いったい原作とはどんな違いがあるんだろうと野次馬のような気持ちだった。

 しかし見て見るとそんな野次馬のような気持ちは消え失せ物悲しい感情が出てきた。翼も無く背丈も香織と同じぐらいだろうか、知らない女の子が傷ついて居るようでこのままにしておくのは可哀想だと思ってすらいた。

 

「埋めるべきか?でもこのままってのもなぁ …重傷を負った美少女の傍でムンムン唸る男。あ、間違いなく第三者が見たら誤解されるなこれ」

 

 一人でしゃべるが返事は無い。なんだか悲しくなってきたところでどかりとノイントの傍に座り込む。何となく空を見上げれば曇りのない澄み渡る青空だ。

 

「あ~いい天気だなぁ」

 

「そうですね。美しく青々としたとてもいい空です」

 

「お?わかる?この世界の空は綺麗なんだよな。二酸化炭素の排出量が少ないから…か…な?」

 

「?どうしましたか。そんな死んだ人間が生き返ったのを見たような顔をして」

 

「……キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」

 

 澄み渡る青空が見守る中、コウスケはいつの間にか目を開け独りごとに返事をしていたノイントに向かって絶叫をあげていたのだった

 

 

 

 

「何であんさん生きてるん!?」

 

 絶叫をあげノイントから煩いと言われ、多少冷静さを取り戻し武器を構えながらもコウスケはつい話しかけてしまった。てっきり沈黙されるかと思えばノイントは特に気にした風でもなく返事を返す。 

 

「魔力回路を完全に壊されたわけではないですからね。生きてますよ」

 

「はわわ」

 

 四肢がちぎれそうになりお腹や胸などには大怪我をしているにもかかわらず生きているというノイントに驚きながら戦闘態勢を取り警戒する。がやはりノイントはそんな警戒するコウスケに興味を示さず視線であたりを見回す

 

「…動くのは無理ですね、やはりこのまま朽ち果てるのみ…ですか」

 

「…?」

 

 何か違和感があった。どこか達観しているというか諦めているというか…気にはなるが、敵だ。気は抜けないし他の神の使徒がやってくるかもしれない。だがその警戒はノイント自身の言葉により杞憂に終わってしまった。

 

「救援は来ません。動けなくなった失敗作は打ち捨てられるのが運命です」

 

「失敗作?」

 

 どうやら動けないのは本当らしい。多少身じろぎはするもののすぐに動かなくなり視線だけを向けてくるノイントに対して幾分かの警戒を緩めるコウスケ。だからかノイントの口から出てきた失敗作と言う言葉が気になってしまった。

 

「私は…ほかの個体に比べて不完全なのです。その証拠に本来備わっているはずの銀の翼が私にはありません。完成体にあるはずの翼が私にはないんです」

 

「どうしてそのままなんだ?お前の所の主って奴ならすぐに翼をつけるなりなんなり出来るだろ」

 

 大きなため息を吐くノイント。ハジメが言うには交戦したノイントは翼がない事を指摘したらどこか動揺を見せていたらしい。原作にあるノイントの違いがありすぎてどうにも同一人物とは考え難い。おまけに失敗作と言うコウスケが知らない単語さえ出てきた。どうするべきか、コウスケが考え込むんでいるとノイントは空を見ながら静かに話し始めた

 

「ええきっとできるでしょう。ですが主は何もしてくれませんでした。他の使徒達に対する見世物の意味があったのでしょうか。…あの主の考えることは分かりません」

 

「…」 

 

「私は主が望んだ通りの事をした。国王や重鎮達を狂わせ、イレギュラーである南雲ハジメを始末しようとした。でも任務は失敗し、結果私はここで果てる」

 

 ノイントの目は空を見ている。動かない体で彼女が何を考えているのかコウスケには何となくわかった。

 

「…お願いがあるのですがよろしいでしょうか」

 

「なんだ」

 

「私を始末していただけませんか? 私は疲れました。異様に手の温い神に私を見下す同型達。もうあの場に戻りたいとは思えません」

 

 だろうなとコウスケは思った。このノイントは何もかもを諦めてしまっているのだろう。人形であるはずの神の使徒のくせに妙に人間臭い。変な奴だと思いつつも風伯をしっかりと握り上段に構える。最後の手向けとしてノイントの身体を再生魔法で修復する。

 

「…何のつもりですか」

 

「流石に満身創痍ってのもな。さて、何か言いたいことはあるか」

 

「はぁ…なにもありません」

 

 呆れた視線を向けたノイントは、体が治っていくのもかまわず仰向けに最後とばかりに空を眺めた。見納めをするかの様に、又は記憶に焼き付けるように刃物を振り落とされる瞬間まで蒼く綺麗な快晴な空を見続けていた。

 

「…綺麗な蒼」

 

 それが『ノイント』がこぼした最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、なんのつもりですか」

 

「うーんどうしようかな。どうやって南雲に説明しよう」

 

「聞いていますか」

 

「うーん、うーん よし、ノリで何とかしよう!」

 

「聞けよ」

 

 神山から王都までうっそうと茂った森をひょいひょいと軽く下山するコウスケ。来た時とは違って帰る場所は決まってるので戻りは楽だった。只背中にいる同行者はそんな気持ちではないようだが

 

「はぁ…どうして私は生かされているんでしょうか」

 

 コウスケの背中で重い溜息を吐く銀髪の少女。そんな少女にコウスケは朗らかに笑う。まるで何も問題ないとばかりに

 

「いや生きてはいないぞ。あの時神の使徒『ノイント』は確かに死んだんだから」

 

 確かにコウスケは刃を振り落とした、しかし当てることはせず空を切ったのだ。驚くノイントだった少女に対してコウスケはこう告げたのだ

 

『これにて神の使徒であり神の木偶だったノイントは死んだ。今ここにいる君はノイントじゃない只の女の子だ』

 

 そう言うとコウスケは処遇は南雲に押し付けようとか何とかと言始め体の傷は治ってもまだ体を動かすのは無理だというノイントだった少女を問答無用でおんぶをし王都まで下山をしはじめ、そして冒頭につながるのだった。

 

「そもそも、死んだってなんなんですか。なんであの時終わらせてくれなかったんですか」

 

「よく喋るな君。だから失敗作なのか?まーいいや、なんだろうね あのまま死なせるっていうのはなんか違うなって思った。それじゃ駄目?」

 

「駄目に決まってます」

 

「ふむ、じゃあ同情、憐れみ、下心。きっとその中ののどれかじゃないかな」

 

「…はぁ」

 

 また耳元で溜息をつかれてしまった。コウスケとしては本音で言っているのだがどうやらお気に召さないらしい。首をひねるがまぁそんな物だろうと考え直し下山の方に意識を向ける。

 

 少女の方としても困惑の感情が強かった。顔は無表情でも胸の奥はもやもやとした体験したことのない不快さで煩わしい。最もそれも悪くないと考え始めている時点でおかしくなっているのだと自覚してしまうが。

 

(そもそも、背中を預けているこの状況、後ろから襲われるとは考えないのでしょうか?…思いついてすら無いんでしょうね)

 

 自分を助けようとしているこの男の観察を始める少女。人が良すぎる…のでは無く、きっと他に理由があるのだろうと思い当たる物の指摘するのは面倒だったし何より誰かに背負われるという今まで感じたことのない感覚に戸惑いがあるのも事実。

 

 これから先自分はどうなってしまうのか。残り稼働期間がもう僅かだというのに胸がもやもやしたまま銀の少女は大人しく背負われているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なにコレ」

「拾った!」

「拾われました」

「……捨ててきなさい」

「やだ!」

「女を小動物扱いですか。鬼畜ですね」

「……はぁーーー」

「そんなに溜息ばっかついていると白髪が生えるぞ?」

「君のせいだよ!」

「そうですよ。あまり友人を困らせるものではありません」

「お前もだ!」

 

 自室にて南雲ハジメは困っていた。親友コウスケがふらりとどこかへ出かけたと思ったらなんと敵であるはずのノイントを拾って帰ってきたのだ。しかもなぜか傷を治しておぶっているという摩訶不思議な状態で。頭を抱え悩むのは仕方がなかった。

 

「はぁ、それで話を戻すけどマジで何がどうなって連れてきたのさ」

 

「かくかくしかじか」

 

「はいはい、なるほどなるほど」

 

 話を聞けば、倒れていたノイントに死なせるのは惜しいと判断したコウスケが連れてきたという事だった。こんな状況になるのならあの時徹底的にたたけばよかったとは思う者のそんな余裕はなかったのだから何とも言えない気分だった。

 

「で、コウスケはどうしたいと考えているのさ」

 

「え?俺?」

 

「そうだよ。僕に押し付けられてもはっきり言って困る。そもそも君がどうにかしたいと考えていたから連れてきたんでしょ?なら僕に任せるんじゃなくて君が考えないと」

 

「……」

 

「本当に犬か猫みたいな扱いですね」

 

「お前は黙ってろ」

 

 余計な茶々を入れてくるノイントをあしらいながらコウスケに聞いてみれば当の本人は困った様子だった。何となく先の展開が予想できつつも

溜息一つ吐くとコウスケだけを連れてノイントから距離をとる。距離を取られたノイントは逃走するわけでもなくまた暴れる訳でもない様子から

本当に敵意がないのだと南雲はいつでもドンナ―が抜けれるようにしながらも判断した。

 

「で、コウスケあの娘をどうしたいの?」

 

「む、…すまん南雲。アイツの事情を聴いてしまったら殺す気なんてなくてさ」

 

「うん」

 

「それで…助けてみたいって俺達の旅に連れて行きたいって…」

 

「そっか。ならわかった。好きにやればいいよ。何かあったら僕がフォローする」

 

「…反対しないのか?」

 

「しない」

 

 元からコウスケのやる事にはあまり口を出す気もないハジメである。多少は思う事はある物のコウスケのすることに全否定をする気はなかった。

迷うコウスケの背を押しノイントとの会話を観察する。念のために警戒はしているが…まぁどうせ必要ないだろうなと考えるハジメだった。

 

「それじゃ話が決まったことで、君の処遇が決まりました」

 

「はい」

 

「君の身柄は俺達が引き受けるってことになった」

 

「つまり?」

 

「俺達…俺と一緒に来てくれないか?」

 

 まるで告白みたいだなと馬鹿気た思考を頭の片隅で考えながらノイントとかつて呼ばれていた少女に手を刺し伸ばすコウスケ。少女は無表情なのにどこかキョトンとした顔をし、マジマジとコウスケの手を見る。

 

「正気ですか?私はあなたたちの敵だったものですよ」

 

「知ってる。でも、もうあっち側につくのは嫌なんだろ」

 

「はい。あっちはもううんざりです。…後悔はしませんね」

 

「どこかで必ず後悔するさ。だけど今君をここで放っておくほうがよっぽど後悔しそうだ。だから…おいで」

 

 コウスケの言葉に少女はふっと息を吐く。依然として表情は変わらないがどこか明るくなったような感じがした。 そして、少女はコウスケの差し出された手に自分の手をそっと乗せる。

 

「色々迷惑を掛けますが…よろしくです」

 

 体をうまく動かせなくても、自分の意思を伝える為に、失敗作として使い捨てをされていた人形はコウスケの手を取ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で晴れてあなたの仲間になったわけですが問題がなくなった訳ではないんですよ」

 

「なんと」

 

 ペタンと座り込む少女から予想外の言葉を受け驚くコウスケ。ちなみにハジメは部屋の隅で我関与せずと言った態度をとっている。

 

「問題は二つあります。まず一つ、傷が修復されたとはいえこのままでは魔力切れで稼働停止してしまいます」

 

「…つまり?」

 

「主…エヒトからの魔力の供給が途絶えてしまったため他の物で代用しなければいけません」

 

「他の魔力でか…ううーん南雲なんか良いもん持ってない?ってか作ってくれない?」

 

 困った時のハジメ頼みだが当のハジメは宝物庫を漁るわけでもなく何やらコウスケを見つめている。何か嫌な予感を感じコウスケの頬を汗が一つ滴り落ちる

 

「ん?それってコウスケの魔力でどうにかできない?」

 

「え!?それは無理だろ~」

 

「出来ますよ」

 

「何と!?」

 

 驚き見れば何やらズイズイと這うようにして近づいてくる少女。元が整っている容姿のため何やらホラー感満載だ。

 

「見ればあなたの魔力はそこのイレギュラー…この呼称は失礼になりますね。南雲様に比べて頭一つ抜けています。いえもっと多いかも」

 

「で、でもどうすれば?」

 

「そこで天井のシミでも数えていてください。すぐに終わらせます」

 

 なんか昔同じことを言われたような気がしながらもパーソナルスペースまで這いずってきた少女に身を任せることにする。

 

「では失礼します」

 

 言葉と同時に胸…心臓に近い部分を触られたと感じたその瞬間胸の奥からのナニカを吸われていくのを感じ取るコウスケ。それを証明するかのようにコウスケ心臓付近から青い魔力光が漏れ出し少女に吸収されていく。

 

「へぇ…これは中々…想像以上ですね」

 

「ひぇぇーなんかこれ前も同じような目に遭った気がするー」

 

「ユエの吸血と同じじゃないの?」

 

「あぁぁーそれだーーー」

 

「腑抜けて無いで気をしっかり持ってください。…後は契約を書き換えて…っと」

 

 おそらく魔力だろうと思われるものが吸われていく感触に意識が飛びそうになりつつも少女からの叱責で我を取り戻すこと数回。

 

「けっぷ。これでもう大丈夫です。後は魔力が馴染むのを待てば問題ないでしょう。ご馳走様でした、()()()()

 

「おぉう お粗末様でした?…んん?待って今なんて」

 

「?後は魔力が馴染めば問題ないですよ?むしろ以前より格段に性能が上がります。レギュラーからハイオク?みたいな?」

 

「いやそれも気になるけど、マスターって何!?」

 

 『マスター』余りにも聞きなれないその言葉に問い返すば少女はジト目で返してきた。

 

「魔力の書き換えを行ったのです。つまり誰が私の主になったかを考えればわかる事でしょうに」

 

「いやいやまって!?勝手にマスターって呼ばないでってば!俺の社会的地位が地に落ちる!」

 

(割ともう手遅れな様な気がするんだけどなー)

 

「何を今更…私知ってますよ。マスターが実は美少女から敬愛と情欲をこめて御主人様って呼ばれたいことを」

 

「へぇ」

 

「ほぉう!?な、何故それを!?」

 

 ファンタジー世界にいるのなら一度でもそう呼ばれてみたいなーと密かに考えたことがあるコウスケ。

 でも無理だろうしまさか仲間内から呼ばれるのは違うよなと考えてはいたもののまさか目の前の少女から秘密を暴露されるとは思わなかった。

 

「魔力をいただいたときに記憶や心情なども幾分か覗いてしまったので…まぁ蚊に刺されたとでも思って諦めてください。私も()()()()暴露する気はありませんので」

 

「なんちゅーこっちゃ」

 

 早速後悔をすることになったコウスケ。自分の秘密を握られているようでドキドキである。ハジメからの何とも言えない生温かい視線をごまかすべく話を進める

 

「で、でほかにももう一つあるんだったかな」

 

「慌てるマスターを見るのは中々の…っとそうでしたね。もう一つなんですがとても重要なことです」

 

 何やら不穏なことを呟いていた少女だがコウスケの言葉によりスクっと背筋を伸ばす。どうやら本当に重要な事の様だ。自然とコウスケも真剣な顔つきになる

 

「それは一体?」

 

「私の…名前です」

 

 名前。少女はもうノイントではない。神の人形だったノイントはあの時にいなくなったのだ。ならば、新しい名前が必要である。

 

「名前を変えたからと言って過去が変わるわけではありません。しかし私はノイントではありません。これから新しく変わっていくのです。だからマスター私に名前を付けてくれませんか」

 

「名前かー どうしよう俺名前を付けるの壊滅的に下手なんだよな」

 

 いきなりの名前付けである。足りない頭を回転させるがいい名前なんてすぐには浮かばない。助けを求めようとしてハジメに視線を向ければ何故かハジメはニヤリと笑う

 

「そうだね…それじゃボロンゴ、プックル、チロル、ゲレゲレこの中のどれかだね」

 

「おい!それ俺がやった奴!」

 

「あっははは 気付いちゃった?」

 

「覚えているわい!くっそ自分が蚊帳の外にいると思い込みやがって…」

 

「仕方ないでしょ。あの時は僕が考えたんだから今回はコウスケの番が回ってきたそれだけの話さ」

 

 愉快そうに笑う南雲にブー垂れるコウスケ。どうやら南雲からの助力は受けられなさそうだ。当の本人は何やら期待に満ちた視線を向けてくるので尚更頭を悩ませる。

 

「あ~も~……うーんうーーーーん。よし決めた!お前の名前は『ノイン』だ!」

 

 結局元の名前を一部変えることにした。ほかにもいろいろ候補があった物の覚えやすいと考えたのが決め手だった。内心バクバクと緊張しながらなずけられた少女『ノイン』を見ると…

 

「…はぁノイントから『ト』を取っただけじゃないですか」

 

「うぐっ!」

 

「安直だね」

 

「結構適当ですね…まぁ構いませんけど」

 

「ぬぅぅうおおお!」

 

 ジト目にで見つめてくるノインにズバッと言われてしまい顔を両手で抱えごろごろするコウスケ。しかしハジメだけはしっかりと見ていた。ノインが喜びの雰囲気を出している事を、表情は変わらないものの心底喜んでいるのがハジメには見えていた

 

「思う事はありますがマスターが悩んで考えてくれた最初の贈り物です。素直に貰うとしましょう。では改めましてコンゴトモヨロシク…ですねマスター」

 

 こうしてノインと名付けられた元神の人形はコウスケの侍従になるという事になりつつも改めてコウスケの仲間になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ではでは今年もよろしくお願いします。
出来ればアニメが始める前までは終わらせたいと思いつつ第5章終了です?


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交流して訓練をしてやる気に満ち溢れる

遅くなりましたー
気が付いたら投稿してから一年経ってました。
これも皆さんのおかげです。深い感謝を

なんか思ったより長いです!貯め過ぎた!


 

普通の高校生?

 

「さっきからドンナ―を見てるけど、どうしたのさ清水」

 

「…南雲、お前のその銃なんだけどさ」

 

「?」

 

「何で、銃を作ることができたんだ?」

 

「え、ああ僕の父親が銃の資料を持っていて」

 

「だから出来たってか?…いや、だからと言ってできる訳ねぇだろ」

 

「でも実際ここにあるんだけど」

 

「…普通ってなんだ?」

 

 

 

普通っていう奴ほど…

 

「で、グレネードランチャーにマシンガン、挙句の果てには上空からの衛星攻撃か」

 

「後は車にバイク潜水艇にドローン等々!」

 

「ドヤるな、…やっぱ変だろお前」

 

「そうかな?錬成能力がなければ普通の高校生だよ」

 

「…だから普通じゃねぇって!んな物騒なもんホイホイ作れるお前はただの変態だ!」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 装備更新 白崎編

 

「という訳で仲間も増えたから装備品を増やしていこうと思うんだ」

 

「ほうほう まずは誰からだ」

 

「んーそれじゃあ白崎さんからにするよ」

 

「南雲の彼女だからな、優先順位が高いのは当たり前か」

 

「か、彼女じゃないってば!」

 

「んまームキになっちゃって」

 

「むぅー」

 

「むくれんなって それよりもどうするんだ?」

 

「白崎さんは治癒術師だから、真っ先にやられたら駄目なんだ」

 

「ヒーラーがやられたら誰が回復するんだってな」

 

「そう言う事 って訳でこれを用意しました」

 

「白いフード付きのローブ?…あぁ有名RPGのあれか」

 

「ヒーラーって言ったらこれでしょ?流石にもう一つのアレはどうかと思うし…」

 

「ああ、アレは無いな」

 

「ユエとシアに頼んで作ってもらったのを元にしてあるものだから、見た目は女の子っぽくなってるし、いろいろ手を加えたから防御力も格段にある、後でコウスケにも手を加えてもらえばまぁ大丈夫かな」

 

「ふむふむ、…それだけ?」

 

「後は杖とかも作っていいんだけど…実はそこまで考えていない」

 

「雑ぅ!」

 

「ヒーラーが攻撃に参加するってよっぽどのことだからね、そこら辺は適当に考えておくよ。後は詠唱の短縮化でユエやティオと同じように魔法が使えるようになるし魔力の消費を削減して負担が少なくなるなど、色々な技能をぶち込んだ首飾りを用意してあります!」

 

「おお!」

 

「これもまたユエやシアの助言を聞いて女の子っぽい物を作りました。白崎さんの魔力光に合わせた白菫の形をしています …喜ぶかな?」

 

「喜んでくれるさ しかし白菫か…確か花言葉は…ッフ」

 

「何さそんなにニヤニヤして」

 

「なんでもなーい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 清水編

 

「次は清水なんだけど、とくには考えていません!」

 

「清水ェ」

 

「冗談だよ。清水は攻撃魔法もできるけど基本は状態異常がメインだから成功率が上がる様に装備品を整えてみました」

 

「俺達ができないことができるやつだからな」

 

「こっちも杖には闇属性の魔法が強くなるように補助を入れてあるから、後は名前だけだね」

 

「名前付けかぁー これは清水自身が決めた方が良いな。名前を付けると愛着がわく」

 

「防具の方もローブにしました。こっちも色々できるんだけど…ここら辺は清水と相談して作ろうかな」

 

「それが良い。自分に見合った装備品を選ぶってのもきっとアイツのためになる」

 

 

 

 

 ノイン編

 

「で、最後の問題児なんだけど」

 

「…ノインの事か」

 

「どうやら彼女本人は短槍の方が良いみたいだから、何かギミック入りの槍でも考えてみようと思う」

 

「槍かぁ…どっかの戦乙女を思い出す」

 

「一応投げても使えるようにとか三節棍の様にとかやってみようかな?近距離も遠距離も使えるようにしてかつ頑丈さも上げる…中々難易度が高いけど、やりがいがある。ふふ錬成師冥利に尽きるね」

 

「まーた目をキラキラさせやがって…防具の方は?」

 

「それはノイントとして使っていたのを参考にでもしようかな。あんまり重いものは使いにくいみたいだから」

 

「シアと同じような軽装が良いのかな?」

 

「あそこまで無防備なのは嫌みたい。ほどほどで良いってさ。取りあえずノースリーブ型でそこに胸当てをメインにしようかな」

 

「ノースリーブ…」

 

「?流石に軽装すぎるかな?でも本人はこれでいいみたいだから…」

 

「美少女の脇出しとはエヒト、糞野郎のくせに分かってんじゃねぇか!」

 

(もしかして性癖ドストライク?)

 

「ック あんな美少女の軍団を作って自分好みの服を着せるなんて、とんでもねぇふてぇ野郎だ!」

 

「まぁろくでもない奴だってのは認めるけどさ」

 

 

 

 

 

 まさかコイツが…

 

「という事で俺達の旅についてくることになったノインだ」

 

「ノインです。始めまして…ですよね清水様?」

 

「お、おう… なぁちょっとコウスケいいか」

 

「?なに」

 

「お前が良いってのなら反対はしないけどよ、あいつ大丈夫なのか?元エヒト側の奴だったんだぞ」

 

「ノイン?んー大丈夫でしょ 多分」

 

「多分って…はぁ」

 

「そこまで警戒する必要はないと思うけど、ってそうか清水は一度ノインが『ノイント』だった時にあっているんだったな」

 

「そういう事だ、頭ではお前のいう事を信じようと思うんだけど、どうにもな」

 

「ふーむ でももうそんな敵対するような事はしないよ」

 

「そうですよ、そんな無駄なことする必要を感じられません」

 

「うぉおっ!?」

 

「昔の私が迷惑をかけたでしょうが今の私はそんな愚かなことはしません」

 

「だってさ清水。だからもう大丈夫だよ」

 

「それに何か私が仕出かしたとしてもマスターの管理不足ってことになりますので、その時は存分にマスターを非難してください」

 

「そうそうノインが何かしても俺が責任を…ってうぉい!?何言ってんのこの子は!?」

 

(確かにあの時とは違うな、なら信じてもいいかもな)

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん!」

 

 ユエは憤慨していた。激怒していた。腹の内から煮えくり返っている言っても過言ではないほど怒っていた。怒りは爆発しそうなほど

ユエの心を荒れ狂い何かに八つ当たりをしたいほどだった。

 

(私は慢心していた!図に乗っていた!勘違いをしていた!)

 

 だがユエは誰かに起こっていたわけではない、何故なら怒っていた対象は、まぎれもない自分だった。

 

 そもそもユエが自分に腹を立てている原因は清水が使った魔法『闇龍』が原因だった。だがこれ自体清水に非は全くない。ユエ自身も『闇龍』を見たときは自身が得意とする魔法と同じような魔法を使う清水を凄いと素直な賞賛の気持ちが溢れていた。

 

 だが問題はその後だった。清水の挨拶が終わり、それぞれが自由行動をしている中で、ふと思い出してしまったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その事が頭をよぎった時その瞬間ユエは頭が電流を走った様な強い精神的ショックを受けた。なんて事だろうか!

 

(私は生まれたときから魔法と共にあった!なのに清水はたった数か月で私と同じレベルに達している!)

 

 ユエは生まれたときから先祖返りの魔力を持っていた。子供の時に力を目覚めてからそこから魔法は常にユエと共にあった。自分と同じ吸血鬼族の中でも群を抜いており、ハジメ達と共に旅に出てからは魔法の鍛錬を怠ることもなく自分こそが最も魔法と魔力を持っているという自負がどこか心の中にあった。

 

 旅の中で様々な敵がいた。しかし自分の魔力が活路を見出したことがあり、だからこそこの仲間内では最も『魔法』に関して譲れぬ思いとプライドがあった。

 

 しかし今清水の魔法を見てそのプライドは粉々に砕け散った。何物にも負けない確かなものが崩れていくのがユエの中にあった。

 

 清水に聞いた。どうして龍の形をしているのかと

 

『そりゃ…龍ってカッコイイからな。なんかそんなものをオレもできないかなって思ったんだ」

 

 なるほど、龍に憧れる気持ちは分かる。ユエ自身竜に思い入れがある。

 

 清水に聞いた。どうしてその魔法を作ろうとしたのか

 

『…俺の取柄は闇魔法しかない。だったら何か一つでも切り札がほしかった」

 

 なるほど、魔法の中でも切り札を作ろうとするのはなにもおかしくない。実際自分の魔法『五天龍』も切り札のうちの一つだ。

 しかし竜の形をした魔法とはユエ自身の魔法適正と研鑽、そして何よりも神代魔法『重力魔法』を使ってようやくできたものだ。それを今まで魔法なんてものに触れたことさえなかった少年がたった数か月でできてしまった!

 

「私は…侮っていた」

 

 先の魔人族との交戦なんてものがその一例だろう。ユエに怪我はなかった。力量なんて比べる事さえ哀れなほど彼らと自分では格が違った。だから慢心していた。世界の実力者はそんな物だろうとどこかで無意識で決めつけていた

 

「…負けない」

 

 誇りは打ち砕かれプライドはずたずたに引き裂かれた。だがユエの目には力が宿っていた。溢れる気力がユエに力を与えていた。

 

 清水に惜しみない称賛とありったけの感謝をユエは送る。

 

 清水の魔法が無ければ自分はどこかで慢心してこの世界で最も強いなどと言うバカげた自惚れを抱いていたかもしれなかった。そんな愚行は犯さない。まだまだ上を目指すと今度こそ気合を入れるのだ。

 

「すーーはーー …ん!」

 

 深呼吸を一回。肺に新鮮な空気を入れ先ほどまでの怒りを鎮静化させる。なら次にすべき目標を定めるべきだ。まずは…自分が何をできるのか、一つ一つ丁寧に魔法の事を知る事が始まりの一歩になる。

 

 

 王宮の秘蔵図書室へ向かうユエの足取りは力強く闘気に満ち溢れていた 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁコウスケ」

 

「なに清水」

 

「さっきユエさんがオレを見て鼻息荒くしていたけど…なんか怒らせちまったのか?」

 

「俺に女心なんて分かるわけないだろ」

 

「それもそうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇシアさん」

 

「?なんですか」

 

「私達…ちゃんと地球へ帰れるかな」

 

 王宮にあるサロン。そこでシアが園部優花とお茶会をしていた時だった。先ほどまで和やかに話をしていたのだが、話題が無くなって紅茶を飲んでいた時に優花が漏らしたのだ。

 

 シアが優花と会ったのは偶々で以前わずかに面識があっただけなのだが、優花の方からお茶に誘ってきたので快く承諾し話を咲かせていたのだ。

 

「問題い無しですぅ。優花さんはちゃんと故郷に帰れますよ」

 

「そっか。ゴメンね、いきなり暗いこと言っちゃって」

 

「いえいえ。不安を漏らしたくなる時は誰かってありますから、…もしよかったら聞きますよ?」

 

 シアの言葉で元気が出たのか優花の顔が明るくなった気がした。もしかしたら誰かに不安を聞いてほしかったのでは?だから自分をお茶に誘ったのだろうとシアは考えた。その考えも優花の様子から見るとどうやらあっているみたいだった。

 

「なら…私のお母さんとお父さん、大丈夫かな」

 

「ご両親ですか」

 

「うん、私は、ほらこの通り大丈夫だけど、お父さんとお母さんが私を心配して体を壊していないかなって思っちゃうんだ」

 

 遠い目をし故郷に居る両親を思い返す優花。そんな優花にシアはピンとうさ耳を立てた。

 

(なるほど、心配事の大本はご両親だったんですね~)

 

 園部優花と言う少女が心優しい少女だというのは先ほどの雑談で分かったシアだ。そんな優花を育てた両親がどんな人たちなのか察するのはたやすい事だった。

 

 目の前で両親の事に心配する少女がいるのならシアは放って置くつもりなど毛頭ない。気休めでも何でもこの少女の不安を取り除くのが先決だ。

 

「なら占ってみますか?」

 

「占い?」

 

「はい、私これでも天職が『占術師』なんですぅ。だから今優花さんのご両親がどうしているのかをうらなってあげますぅ」

 

「本当!?ありがとうシアさん!」

 

「ふっふっふ~お礼を言うのはまだ早いですぅ~」

 

 優花から感謝され自慢げに胸を前に出すシアだったが内心冷や汗ものだった。何故なら占いなんて物は同族の間で遊びやっていたのを最後にずっとやっていなかったのだ。

 

 むしろ

 

(やばいですぅ!つい今思い出した設定を話しちゃったですぅ!)

 

 天職なんてものに全く縁がなく忘れてさえいたのだ。ハジメ達と共に旅をして占いなんて物に頼る事なんてなく遊びなんてユエと買い物に出かけたりティオと雑談するなど占いに毛ほども触れてすらいなかったのだ。

 

(…でもここで、分からないなんて言うのは絶対に駄目!こうなりゃあやってやる!ですぅ!

 

 一発本番のアドリブ勝負。シアは腹に気合を込めるとズイっと優花に顔を近づけさせた。驚く優花にかまわず両手を優花の頬にそっと当て優花の瞳をのぞき込む。

 

「シ、シアさん!?」

 

「動かないでほしいですぅ、こうやって相手の瞳を見て占うのがハウリア流なんですぅ」

 

「そ、そそうなんだ!?」

 

 もちろん嘘だ。そもそも相手の目を見て何故遠くの人間の現状が分かるのか。嘘でたらめを言いながらも思考は優花に何を言うべきか模索する。

 

(優花さんのご両親は…この子の性格から考えれば善人なのは間違いないですぅ。なら…)

 

「うーん どうやらお父さんの方がちょっとダウンしているようです」

 

「お父さんが!?どんな感じなの!?大丈夫!?」

 

「むむむ、どうやら大丈夫ですね。そばにいる女の人…優花さんのお母さんが看病している様子を見るに問題はなさそうですぅ」

 

「本当に?」

 

「ですぅ。このうさ耳に誓ってあなたのご両親は大丈夫ですよ」

 

「…そっか よかった~」

 

 シアの真摯な言葉に安心したのかほっと息をつき机の上でぐてーっとなる優花。一方シアの方はこれまた内心でほっと溜息をついている。

 

(ふぅ これで問題はないですぅ。…もし仮に何かあったとしても香織さんが居れば並大抵の病気は治るから…)

 

 少しばかり後ろ暗い事を考えながらも優花を見るシア。目の端に光るものを少しばかり出して両親の無事に安堵している優花にシアは自分の父親と今は無き母親の事を思い出す。

 

「そう言えばシアさんのお父さんとお母さんは?」

 

「私のですぅか?母様は幼いころに病気で亡くなりました。父様は森で一族の皆と一緒に住んでいるですぅ」

 

 シアが遠い目をしていたのy通貨が感ず居たのか、話題に出してきたので素直に答えるシア。母親が無くなっていると聞き優花はしまったと慌てて謝った

 

「ご、ごめんなさいシアさん。私」

 

「いいんですよ。ちゃんと母様の事は心の整理がついていますから、だからそんなに悲しそうな顔をしないでください。女の子を悲しませるなんて母様が知ったら怒られちゃいますぅ」

 

 寂しくないかと言えばうそになる。現に海上の町『エリセン』にいたときはミュウの母親レミアと一緒にいたぐらいだ。しかしシアの中ではもう整理したこと。むしろ今気がかりなのは…

 

「うん…じゃあ、シアさんのお父さんは?一族の族長さんだったっけ」

 

「……で、すぅ」

 

「え?どうしたのその沈黙は?」

 

「な、なな何でもないですよ!それよりも優花さんの両親の話が聞きたいですぅ!何でも喫茶店を経営しているとか!?私これでも皆さんの料理当番をしているのでぜひいろいろ話を聞きたいですぅ!」

 

 慌てて話を変えるシア。そんなシアに驚きながらも律義に自分の両親や喫茶店の話をする優花。いきなりの話題返還にシアは申し訳なく感じながら性格が激変してしまった父親たちの事を思い出す

 

(ハジメさんたちのせいで父様達おかしくなってしまったんですよね…はぁ父様たち今頃何でどうしているのやら)

 

 こっそりと優花に気付かれないように溜息を吐くシアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜ…はぁ…ぜ…はぁ…南雲殿、まだ続けなければ」

 

「ん?話せるってことは余裕があるみたいだね。さ、後百セット頑張ろうか」

 

「さ、流石にこれ以上は…」

 

「おかしいな、弟子になりたいって言ったのはそっちだよね?なら死ぬ気での挑むのが筋って話でしょ?それとも…もしかして弟子になりたいってのは嘘だったのかな」

 

「……ぬぅぅうう!!確かにその通りじゃ!これしきの事で折れては職人の名折れ!皆の者文字通り死ぬ気で気張るぞい!」

 

 王都にある錬成師の工場にてハジメは筆頭錬成師ウォルペン達職人たちを鍛え上げていた。王都にある結界を修復する話になった時、自分の錬成を見てウォルペンたちが弟子にしてくれというのが話の発端だった。

 

 そこで、根気よく説得してきたウォルペン達に根負けしたのもあり纏めてハジメが錬成の能力を見ているのだ。

 

 ウォルペンたちに出した課題は『自分の魔力の底をついてでも錬成をし続けろ』それだけだった。しかしその事だけを何より徹底的にやらせていたのだ。

 

「やっているのぉハジメ」

 

「ティオさんギブギブギブ!!しまってる!首が締まってる!?」

 

「ティオ?どうしたの…おまけにソレ」

 

「いやなに、お主が錬成を誰かに教えているのが気になっての。ちょっと様子を見に来たのじゃ」

 

「ティオさん胸が当たってるって!…うごぉ!?ググッ!これだから巨乳キャラって奴は!!?…ぐへっ!っ!??…………」

 

 後ろから声をかけてきたのはティオだった。こんな場所に来るのは珍しいなと思いつつ視線をウォルペンたちに戻すハジメ。ティオにヘッドロックを掛けられて泡を吹いているコウスケは取りあえず放置することにした。大方コウスケが何か言ったのだろう。

 

「ふむやっとで黙ったか。やはり耐久力は恐ろしい男じゃのコウスケは」

 

「…一応聞くけどコウスケ何かしたの」

 

「この前失礼なことを言われての。その仕返しじゃ」

 

「さいですか」

 

 やっぱりなーと思いつつ、後で香織に見せてみようと思考の端っこで考えながらもウォルペンたちの錬成を観察する。ティオはそんなハジメの様子にふむと首を傾げ話を聞いてみることにした。もちろんコウスケは放置だ。

 

「で、どうして教えているのじゃ?」

 

「うん?…そうだね。今後何が起きるかわからないから戦力を増やしたいと思っただけ」

 

 確かにエヒトが手を出してきたことを考えるとできることはしてい置いた方が良いだろう。しかしそれにしてはハジメの様子がどこかティオにはおかしく感じた。

 

「本当にそれだけかの?」

 

「あはは…ティオは鋭いね」

 

 観念したかのようにハジメが肩をすくめると遠い昔の事を思い出しながら話し始めた。

 

「なんていうのかな。彼らを見ていたらふと思ったんだ」

 

「なにをじゃ?」

 

「もし僕が奈落に落ちなかった時、どうしていたのかなって」

 

 もし奈落に落ちなかったら。以前ティオに聞かれたときハジメは同じことを繰り返すと話した。しかしこうしてウォルペンたちと触れ合っていたら思ったのだ。

 

 もし、自分が奈落に落ちずに無事王都へ帰ってくることができたのなら 

 

「ほぅ…もしもの話じゃが、たしかに気になるのぉ お主が奈落に落ちた…つまりその時が運命の分かれ道ともいえる」

 

「うん。で、もし帰ってくることができたのなら、僕は彼らと一緒に錬成していたんだと思ったんだ」

 

 結局のところあの訓練の内容ではハジメが戦闘職に勝ることは一つもなかったし、レベルも能力も格段に上がることはなかった。

 だからハジメは考えたのだ。もし自分が奈落へ行かなかったのならウォルペンたちのもとで錬成のイロハを教えてもらう事になっていたのではないかと。

 

「だからまぁ、そんな事を考えていたら、IFの話だけど彼らが師匠になっていたかもしれないから、今ここで僕が教えてみるのも悪くないんじゃないかなって」

 

「ふむ、あり得た未来の師匠に教えるというのも中々面白いかもしれぬな」

 

「でしょ?」 

 

 悪戯っぽく笑うハジメは年相応の少年でティオは頬が緩むのを感じた。

 

「…実は相談があるのじゃが良いかのハジメ」

 

 だからこそ薄々感じていた事をハジメに話すことにした。ハジメが話してくれたのなら自分もまた話すのが仲間だろうとティオは思ったのだ。ハジメもティオからの相談とは珍しいので驚きながら聞くことにした。

 

「正直に聞くぞ。妾はお主の仲間として役に立っておるのか?」

 

「え?それって?」

 

 一瞬ポカンとした顔になるハジメ。しかしそれも仕方がなかった。ティオは仲間として十分に役に立ってるし助けられてもいる。それなのにどうしてと顔に出せば、ティオは僅かに苦笑して事情を話した。

 

「…前にコウスケに言われたのじゃ。『お前には取り柄が無い』と」

 

 実際にティオは悩んでいた。魔法ではユエに及ばず、守るという力はコウスケが圧倒的に上、腕力はそれなりにあるとは思えど、シアには劣っていた。そしてありとあらゆる面でハジメには届かない。

 

「香織は治癒術じゃから比べるのは違う。おまけに加わったほかの2人の事を考えると…」

 

「清水は状態異常の闇術師でノインは遠近物理魔法型…か」

 

「うむむ」

 

「でも、そこまで悩まなくてもいいんじゃないの?高度な魔法ができる人が多いだけでも戦力になるんだし」

 

 悩めるティオにハジメは当たり障りのない事を言うのだがそれでもティオの顔は晴れない。難しい問題を持ってきたなと伸びている親友に溜息を吐くとティオにしかできないことを考え始めた

 

(って言ってもティオにしかできないことなんて…)

 

「ティオ、君の変身は?」

 

 ティオは竜人族だ。初めて出会ったときも火山から脱出するときもティオは変身し竜になった。だが、ティオはその答えが出てくることを予測していたかのように、首を横に振る

 

「…駄目じゃ。アレを使うには広い場所と言う場所の制約が出てくる。いつでも出来るとは限らぬのじゃ」

 

「だよねぇー」

 

 確かに変身はティオだけができることだ。しかし竜になったティオは七メートルほどの巨体になる。あくまで野外で変身する事が前提であり狭い場所ではむしろその巨体が邪魔になる。迷宮の踏破がハジメたちの大きな目標となる以上あまりにも使いずらい。

 

(でもそれ以外になんて…変身は大きさがネックか、うーん…んん!?)

 

「ねぇティオ」

 

「何じゃハジメ」

 

「ちょっとした考えがあるんだけど…聞いてみない?」

 

 ティオのことを思い考えてふと思いつくハジメ。そしてあることをティオに提案するその顔はやっぱり年相応の少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが白崎がコウスケを疑った原因か」

 

「疑ったって言うと、違うんだけど…疑問に思ったが正しいかな」

 

 王宮の香織に当てられている客室で清水と香織はこれまでの話をしていた。話題は丁度メルジーネ遺跡の事を話し終えコウスケに事についてだった。

 

「でもおかしいとは思わない清水君。だってコウスケさん光輝くんの事知らないってそぶりしているのに召喚されたとき光輝くんのふりをしていたんだよ。全く似てなかったけど」

 

「確かに考えてみればおかしいよな。知らない人間のふりなんてできるはずないもんな。似てなかったけど」

 

 お互い最初に召喚された日を思い出す。あまりにもお粗末だった光輝のふりをしたコウスケを思い出しどちらともなく笑いあう。

 

「種を明かせばオレ達を元にした小説なんて物を知っているからっていう想像もつかないもんだったけどな」

 

 肩をすくめて苦笑する清水。原作なんてものがあるとは未だに驚きものだがどこか納得いくのもまた一つ。やれやれと思いつつさて次はオルクス迷宮でコウスケが助けに来た時の事でも聞こうかしたところで香織がじっと見つめているのに気が付いた。

 

「なんだ?じっと見たところで何もでないぞ」

 

 今更美少女に照れるわけでもない清水は何しているんだろうなと思いながら聞けば香織は気を悪くしてしまったと思ったのか慌ててた様子で説明した

 

「えっと、清水君変わったなと思って、じっと見ててごめんね」

 

「…別にいいけど、南雲以外の男にはすんなよ。もしかして気があるのか!って勘違いする馬鹿が量産されかねぇからな」

 

「それは大丈夫!ユエから惚れた人とそれ以外の異性とのやり取りを骨の髄まできっちり叩き込まれたから!」

 

「…今のこの現状については?」

 

「清水君は紳士だから」

 

「さいですか」

 

 なんとも奇妙な信頼だが大方コウスケに言われたのだろう、微妙な気持ちにはなりながらも今更香織に対して甘酸っぱいものを思う事もなくあるのはハジメの彼女でありこれから共に冒険する仲間という信頼だけだ。

 

「それで話を戻すけど清水君本当に変わったね」

 

「そうか? …そうかもな」

 

「そうだよ。前は…なんていうかずっと下を向いてたんだけど、今は真っ直ぐ前を見ている」

 

 確かに香織の言う通り召喚され…厳密にはあの時まではずっと俯いて生きてきた。ずっと自分は一人だと誰かに理解されないままなんだと絶望していた。

 

「アイツが居なければオレは死んでいた。でもアイツに命を引き上げられた。それにただ命を助けられたんじゃない。オレは救われたんだ」

 

 今でも思い出すあの涙に濡れたコウスケの顔。一人ではないと自分をだれよりも見てくれた清水にとってたった一人の勇者。

 

「…うん、やっぱり清水君良い顔をしている。コウスケさんの事が好きなんだね」

 

「よせよせいくらいった所でぇえ!?」

 

 香織の爆弾発言に思いっきり椅子から転げ落ちる清水。いくらなんでもそれは無かった。たとえ今の自分がなんか枯れているなとは感じていても

それだけは絶対になかった。いったい香織は何を考えているのだと見て見れば香織はきょとんとしていた。

 

「違うの?友達の事が好きになるってそんなにおかしいのかな」

 

「…あーそういう意味か。はいはい俺はあいつと一緒に入れて嬉しい。これで満足か?」

 

「そうだよね!友達と一緒なのは嬉しいもんね」

 

「はぁ…南雲の奴大変だな」

 

 香織が言っていたのは友情的なもので清水が危惧している物ではなかった。天然がいまだに抜けない香織に溜息をつくと天然娘に惚れられているハジメに同情する清水だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あったた…全くティオの奴」

 

 首をコキコキと鳴らしながら王都の中を歩くコウスケ。ティオの折檻から回復した後特にすることもないので町をふらふらと歩いていたのだ。

 

 町の中は今現在も復興の最中で壊れた建物の修繕に町の人たちは忙しく走り回っているという状況だった。

 

(……)

 

 しかして町の人々が憂鬱に項垂れているかと言うとそうでは無く、ある者は忙しくも快活にある者は頭を悩ませながらも苦笑しており人々は前を向いて生きている。

 

 復興をしている人たちは町の人が大勢だったがその中には騎士もいれば王都で働くもの、またハジメのクラスメイト達の姿もちらほら見かけた。

 

(…なんか面白くないな)

 

 コウスケの身体は『勇者天之河光輝』なので見つかると騒がれるかもしれなかった。そうなると非常に厄介でありストレスが一気に溜まってしまうので気配を薄くし誰にも気づかれること行動していたのだ。

 

 誰にも気づかれない。だから目の前で行われている復興や町の人々の生活がどこか遠くに感じていた。まるでブラウン管の向こうの世界の様な映像だけの世界、自分とは全く持って関わり合いのない世界。そのように感じてしまっていた

 

「はぁ…帰るか」

 

 ここは自分の居場所ではない。急に何もかもがつまらなく感じたコウスケはさっさと王宮に帰ることした。王宮に帰っても何かが変わるわけではないのだが、居心地の悪いこの場所よりはいいだろうと考えさて歩き出したその時

 

「そこにいるのは…コウスケさん?」

 

 どこか懐かしい声がした。この王都で知り合いは居ない筈。しかしその声が気になったので周りを見渡せば、一人の青年がこちらを驚いた顔で見ていた。

 端正な顔つきでどこか人の良さそうなその顔の青年はコウスケの傍まで歩みる寄ると一層顔を輝かせた。

 

 その顔にコウスケは見覚えがあった。以前、以来の中で救助し、その後自分の夢をあきらめずに冒険者になった青年

 

「君は…ウィル?」

 

「はい!お久しぶりですねコウスケさん」

 

 その青年はコウスケに冒険者になると言ったウィル・クデタだった。

 

 

 

 

 

 

「まさかここで出会えるなんて思ってもみませんでした」

 

「そりゃこっちもだ」

 

 冒険者ギルドの酒場兼食事処の隅でコウスケとウィルは簡単に食事をしていた。再会した後取りあえずどこか店に入ろうという話になったので

一緒に昼食を取る流れになったのだ。

 

「ウィルはどうしてここに?」

 

 温いエールで再会の乾杯した後、運ばれてきた料理を食べながらコウスケはウィルがここにいる理由を聞く。

 

「コウスケさんからの依頼ですよ。メルド団長に剣を渡してくれっていう」

 

「あ~そう言えばそんな事頼んだな。その様子だと渡してくれたみたいだな。ありがとうウィル」

 

 もしメルドがノイントと戦闘することになっても生き延びれるように身体強化を付与された剣を渡してくれとウィルに頼んだのだ。清水のおかげでその必要性は薄れてしまったが何せよ依頼を完遂してくれたことに感謝するコウスケ

 

「いえいえこっちも王都に一度は来てみたかったのですから何も問題はありませんよ」

 

 にこやかに問題ないと笑うウィルは実に気持ちがいい。先ほどまでの鬱屈した感情はどこか消え失せてしまった。

 

「しかし驚きましたよ。メルド団長に剣を渡した後、ここを拠点にしていたら魔人族や魔物が襲撃してくるんですから」

 

「はっはっは災難だったな。うん?ってことはあの時ウィルは…」

 

「町の中をひたすら走り回ってましたよ。まだまだ冒険者としては素人な私ですが何かできると思って……あぁなるほどコウスケさんがこの王都にいる理由はその関係でしたか」

 

「まぁそんなところだ」

 

 ふぅと息を吐きながらもすぐにコウスケが王都にいる理由に思いついたのか一人納得するウィル。どうやら洞察力の方は相変わらず 良いみたいだ。

 

 改めてウィルの格好を見るとまさに冒険者と言った装備品になってた。体には使い込まれたのか小さな切り傷が付いた革鎧を装備しておりウィルの手元には鞄が置かれている

 

「うん?これですか?中には回復薬などが入っています。もしもの時にすぐに使えるようにって」

 

 他にもウィル曰く今現在は必要最低限の軽装だが止まっている宿屋にはほかにも荷物があり寝袋や武器なども置いているらしい。

 

「町の中にまで完全に武装しているわけではありませんけどね。剣や弓などは宿に置いていますよ」

 

「弓!?ウィルって弓使えるの!?」

 

「どうやら適性があったみたいなので使えますよ。…最も矢代がかかりますのでそんなに無駄撃ちはできませんが…」

 

「ほぇ~」

 

 少々肩を落とすウィルだったがそれでもコウスケにとっては喜ばしい事だった。知り合いがどんどん成長していくのだ。自分の事の様にに喜ぶとはまさしくこの事だったのだろう。

 

「実家にいたときは何一つ不自由はしませんでしたから冒険者になると金銭事情がこんなにもつらくなるとは思いませんでしたよ」

 

 ウィル曰く何をするにもお金が掛かり懐がかなりカツカツになっているというのだ。宿に泊まるのも食事も、武器や装備品の補修や維持代、薬の補給。何もかもお金がないとひどくさもしいとか何とか。

 

「でも自分でなろうと思ったんですからこの苦労もまた良い経験なんですけどね」

 

 苦笑しながら話すウィルは苦労はしていても、悲しんでいる様子はない。自分の夢だった冒険者になったこの状況を楽しんでいるのだろう。それがコウスケにとってひどく羨ましかった。だからもっともっとウィルの話を聞きたかった。

 

「なぁなぁウィル 冒険の話を聞いてもいいか?」

 

「良いですけど…貴方が思うほど面白くはありませんよ?迷子探しや落し物の捜索、ゴブリン退治なんて失敗してしまいましたし」

 

「ゴブリン!?良いじゃ良いじゃん聞かせて!」

 

「…そうでした、約束…でしたね。分かりました。それではお話ししましょう!新人冒険者のありふれた物語を」

 

 微笑むウィルに身を乗り出しワクワクと期待するコウスケ。酒場の一角で新人冒険者の冒険譚がひっそりとはじまった。 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも青ランクの冒険者なんて下っ端ですからね。雑用しか回ってきませんでしたよ」

「あー青は最低ランクだったっけ」

「と言うのもありますけど、どうやら両親が裏で手を回していたみたいで危険な依頼は受けられなかったんです」

「我が子が心配で仕方ないって奴だな」

「心配してくれるのは嬉しいんですけどね…だからまずはフューレンから出る資金を稼ぐのがが私の最初の目標でしたね」

「最初のミッション!」

 

 

 

「依頼と言うのは情報が何より大切です。そんな大切なことを私は甘く見ていました」

「と言うと?」

「先ほどのゴブリンですが…数が多すぎたのです」

「うわぁ」

「一匹一匹だったら問題はなかったのですが、やはり数は脅威ですね。あの時は本当に死ぬかと思いました」

「戦争は数だよ兄貴ぃ!」

「??? ともかくどんな実力者でも数には勝てない。そしてちゃんと事前の準備を怠らない。当たり前の事ですけど身に沁みました」

 

 

 

 

 

 

「探すというのは簡単ではないのです」

「よくある話だな」

「どこで、なにを、どういう状況だったのか。…依頼者の話を組み合わせた結論が」

「が?」

「下水道の中でした…」

「わーお」

「下水って本当にひどい匂いがするんですね…匂いが体に染みついて泣きたくなりました」

「普段そんなところいかないからなおキツイ」

 

 

 

 

 

 

「野宿とは辛いものですね。火を絶やさず、かつすぐにでも起きれるような体の休め方、何をしても初めての経験です」

「一人だと何から何までしないといけないからな…そう言えば」

「?なんでしょうか」

「ウィルってずっと一人なのか?誰かとパーティーを組まないのか?」

「勿論考えましたが…」

「?」

「今はまだ一人で冒険をしたいんです。誰かと苦労を分かち合うのも魅力的ではあるのですが…どうにも迷惑をかけてしまうのではないかと考えて」

「そっか。ならともかくは言わないけど、気を付けるんだよ」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばコウスケさんは冒険者の仕事と言えば何を思い浮かべますか?」

「何だろ?やっぱり護衛とか討伐とかかな?」

「ですよね。私もそんな腕っぷしが必要な物ばかりだと思っていたんですが、実際は先ほど言った通り、雑用が結構あるんですよ」

「ほうほう」

「お陰で掃除に家事、料理に帳簿の計算、事務処理に弁論や交渉、値切りや客商売等々、命のやり取りとは無縁なものが多かったんです」

「…冒険者って体の良い便利屋なのか?」

「勿論、戦闘能力が必要な依頼もあります。ですが取りあえず引き受けてみようと片っ端等から選んだものがそういう雑多な事だったんです。おかげで今では緑ランクまで行きました」

「おお!?…緑ってどこぐらいのランクだっけ?」

「下から5番目で上から5番目。ちょうど真ん中です、最も私がそこまでの実績があるとは到底思えないんですが…」

「そんなことないじゃん!まだ冒険初めて数か月でそこまではいけないだろ!?凄いよウィル!こりゃ祝うっきゃねぇ!すいませーん一番高いお酒下さーい!!!」

「あはは…ともかくそんな感じでボチボチとやっています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでコウスケさん、話があるんです」

 

 ウィルの冒険を聞きながら食事をしお酒を飲み、話がひと段落した時だった。ウィルがいささか真剣な表情で話し始めた。コウスケも取りあえず緩んでいた顔を引き締める。話を促せばウィルがある物を取り出した。

 

 それは剣と呼ぶには刃渡りが小さい刃物だった。店売りの物と比べると刀身が肉厚でコウスケが好きそうな…実際好みの刃物だった。

 

「それは…俺が渡した山刀?」

 

「ええ、貴方が貸してくれたこの剣、今この時をもってあなたに返したいのです」

 

 差し出された山刀は以前確かにウィルへ貸したものだ。しかしそれは一流の冒険者となってから、と言うよりそもそもの話この山刀はウィルが冒険者となった記念に贈り物のつもりで渡したのだ。贈り物のつもりが返されるとなってはいささか悲しい。

 そんなコウスケの気持ちを察したのかウィルは静かに首を横に振った。

 

「コウスケさん。この剣を貸してくれたことはすごく感謝しています。私の勘違いでなければこれはあなたにとっては贈り物だったのかもしれません。でもこれは…この大切な贈り物にどうしても依存してしまうのです」

 

 山刀を鞘から僅かに取り出し刃紋を見るウィル。様々な思い出があるのかその目は静かだった。

 

「これがあるおかげで何度も危機から抜け出しました。先ほどのゴブリン退治も、護衛依頼の時も、盗賊に襲われたときも、…この王都で起こった戦いも、何もかもこの剣があったから私は生き延びることができました。…流石は錬成師南雲さんの物です。丈夫で錆びず刃こぼれもせず、手入れだって必要ないんです」

 

 パチンと刃を鞘に納め、机の上に静かに置くウィル。次に目を開けたときは迷いを吹っ切ったように爽やかだった。

 

「でもこれがある限り私はずっとあなたたちの好意に頼り切ってしまう。それだけは許せない。私がまたあなたたちに頼り切ってしまうのだけは私自身許せないんです。…ウルの町を救ってくれたあの時の様に」

 

 ウィル目に浮かぶのはウルの町の防衛戦だった。あの時自分も何かしようと動いてはいたものの、結局最後から最初までハジメ達に頼りきりだった。実力差があったから仕方がない、自分はただの一般人だ、言い訳はすぐに浮かんでくるものの結局は全てを任せっきりにしてしまった。

 

「だから私は今度こそ、貴方達に頼らず自分自身で成長し冒険をしてみたい。手探りでもいい、自分の力で。…駄目でしょうか」

 

「……そういう事なら、仕方ないか」

 

 折角の贈り物を返されるのは辛いものだが、ウィル自身が決めたのなら口を挟むのは野暮だ。コウスケはそう考え了承することにした。改めて受け取った山刀はコウスケが知っている以前よりも綺麗になっておりウィルがよほど大事に使っていたのが分かる。

 

「分かったよ。君がそう決めたんなら俺は何も言わない。君の人生は君だけの物なんだからな。…それじゃ今度こそウィル・クデタの今後を祝福して」

 

「コウスケさん、貴方の今後の旅の無事を祈って」

 

 酒場の一角。そこで異世界の奇妙な勇者と新人から抜け出した冒険者がカチンとお互いのグラスを鳴らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ。さぁこれが僕の錬成の結晶!僕の集大成!その目をしっかりと開けてみるがいい!出でよ!『フェルニル』!」

 

「「おおおおぉぉ~~!!」」

 

 王都郊外にてハジメはコウスケと清水に自分がコツコツと隠れて錬成していた乗り物、飛空艇を披露していた。これからの旅を考えた結果(あと浪漫)、ハジメのオタク知識をフル騒動してコツコツと準備をし、ついに作り上げたのだ。

 

 出てきた飛空艇にコウスケと清水は感激の声を出す。なにせ飛空艇なのだ。これで興奮しないものはオタクでもましてや男でもない。コウスケは感動でさっきからピョンピョン飛び跳ねており、清水は年相応の少年の様に顔を驚きで輝かせている。

 

「なぁなぁ南雲!見てきて良い!?探索してみたい!」

 

「どうぞどうぞ。自慢の一品だから心行くまでどうぞ」

 

「しゃあ!行くぞ清水!」

 

「よし来た!」

 

 叫び声をあげ飛空艇に駆け寄る二人にハジメは会心のドヤ顔になってしまう。高高と乗り込む二人を見送っているとリリアーナがそっと近づき話しかけてきた。ちなみにだがこの場には仲間たち以外にリリアーナとその護衛騎士並びに侍女が数名いる

 

「凄いですね…いつもあなたの錬成には驚かされてしまいます」

 

「ふふん。そんなに~褒めなくても~別に良いよ~」

 

 リリアーナの称賛の声に鼻が天狗になってしまうハジメ。実は先に見せた仲間の女性陣からはいささか生暖かい微妙な目で見られてしまっているのだ。外見にこだわりすぎてしまったからだろうか。それとも中身か。浪漫が分かってもらえなかったハジメは喜ばれたり驚かれるのは気分がとても良かった。

 

「でも乗せてもらってもいいんですか?」

 

「良いってば。樹海に行くついでなんだから。確か、王都侵攻の事で帝国と話し合わないといけないんだって?しなくてもいいとは思うんだけどなぁ」

 

「流石にそういう訳ではありません。ランデルが奮起していてもまだ十歳。国の舵取りが十全ではない以上、王国の事実上トップである私が出向く方が話が早いですから」

 

 決然と語るリリアーナにハジメはポリポリと頬を掻く。異世界の国事情と言うのはやはり色々と面倒があるらしい。溜息付きながらも横にいるまだ十四歳の少女にちょっとした助言を伝えることにする。

 

「本当にそれだけ?」

 

「それだけとは?」

 

「まだほかにあるんじゃないの、君自身が帝国に行かなければいけない理由が」

 

「っ!?…それは」

 

「まぁ僕がとやかくは言えないけどさ、ここにいるのは君の常識から斜め上にぶっ飛んでいる連中だから相談してみれば案外君の願い通りに事が運ぶかもしれないよ?例えばコウスケとか悩んで悩んで君を助けようとするだろうし」

 

「いいえ、これは私の問題ですから、コウスケさんや貴方達にこれ以上迷惑はかけれません」

 

「そっか」 

 

 案の定少しばかりカマをかけてみればリリアーナは目を泳がせる。気苦労が多いんだなとは思いつつ喋らないのなら、それはそれでしょうがないかと考えるハジメ。所で話題に出した親友は何をしているのかと携帯型交信石のスイッチをオンにした。

 

『おい見ろ清水! なんとトイレがあるぞ!』

『マジだトイレだ! しかもウォシュレット式!南雲は変態だな!』

『だろう?アイツの変態性は留まる事を知らねぇ!』

 

「何が変態だよ…」

 

 興奮で思考回路がおかしな方向に行ってるのか、何やら清水とコウスケの様子がおかしい。コウスケは元からだが清水はもっと落ち着いているキャラではなかったのか。もしかしたら清水のキャラ性をぶっ壊すほどに自分の錬成は完成されていたのか。

 ハジメがドヤ顔で阿呆なことを考えている横ではリリアーナとユエがシリアスな会話をしている

 

「…リリィ たとえ王女でも貴方は女の子。悩みは打ち明けた方が良い」

 

「…ユエさん」

 

「王女は民の事を考えなければいけない。でも自分の身を民のために捧げるのは良いとは思えない。私はそう考えている」

 

「…そうかもしれません。しかし王族として生まれた者の責任は重い。貴女ならその責任の重さは知っていますよね」

 

「ん。ちゃんと知ってる。知ってるからこそ言わせてもらう。『自由に生きるべき』だと」

 

 そう言えばユエは亡国の王女?女王?だったなとハジメが覚ろげながらもユエの出自を記憶の奥底から思い返していると突然、飛空艇がガタガタと揺れ始めた。

 

 何事!と目を向くハジメの手元から元凶どもの声が聞こえる

 

『操縦桿見っけ!行くぞ清水!あの地平線の果てに!』

『オイ揺れているぞコウスケ!ちゃんと飛べるのか!』

『俺に任せろ!…人間はな、いつまでも地球の重力に捕らわれちゃいけないんだよ!動け動けってんだよこのポンコツが!!』

 

「ポンコツじゃない!作り立てのほやほやだ!」

 

「南雲さん突っ込むのはそこじゃ無いと思います!?」

 

「…ん、相変わらずコウスケは手間がかかる」

 

 交信石から聞こえてくる声にずれたツッコミをするハジメにさらに突っ込むリリアーナ。そんなぐだぐだとした状況にシリアスだったのになーと思いながら溜息を吐くユエ。とりあえずユエは重力魔法を使い飛空艇を力ずくで押さえつける。上昇しようとする力と押さえつける力が拮抗しさらに飛空艇が揺れ始める

 

『エンストばっかしてんぞ!コウスケそれでも運転免許持ってんのか!?』

『馬鹿野郎誰かって最初はエンストは必ず起こすものなんだよ!くっそ動け!うごぉけぇえええええええええ!!!!』

 

「さぁあああせるかぁああああああああ!!!!!」

 

 コウスケの声に叫び声を返したハジメは猛然と飛空艇へとダッシュしていった。あとに残されたのは目の前で起きた珍騒動につかれたリリアーナとふぅっと溜息をついたユエ。飛空艇の中から聞こえる破壊音はこの際無視しておく

 

「…今なら格安の勇者…いる?」

 

「…えーっとクーリングオフが出来るのなら…」

 

 何となしに向き合いどちらともなく溜息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「声が聞こえたのだ」

 

 荒野にて男はぼそりと呟いた。小さくしかしはっきりと男は声に出した

 

「幻聴かもしれん。妄想と言えるのかもしれん。しかし私ははっきりと聞こえたのだ。このうさ耳で」

 

 頭の上からひょっこりとうさ耳を出す男。その名はカム・ハウリア。以前ハジメ達と出会い交流し鍛え上げ、ハジメたちの仲間であるシア・ハウリアの父親でありハウリア族の長だった。カムは目の前に積み上げられている大量の魔物たちの死骸の前で独白する

 

「『やっと解放された。これでもう俺は自由だ』と。もしかしたら別の言葉を言っていたかもしれん。あるいは何も言っていなかったかもしれん。だがあの声は…コウスケ殿の声だった」

 

 カムは声が聞こえたその時に備わった力を出しながら記憶を掘り返す。

 

 どこか不思議な少年だった。一族をさっそうと救い、帝国兵を一人残らず殺しつくし、明るく一族と交流しながらも人を殺すという事に悩みを抱えた少年の事を思い出す。

 

「あの声が聞こえたときから私は…いいや我らは力に目覚めた。何故だろうか」

 

 カムの言葉と共に体中から蒼い燐光があふれ出してくる。その蒼き光はハウリア族が知る由もない深い海の様な穏やかな蒼だった。

 

「状況を考えるのならば…コウスケさんが俺らに力を与えた…ってところでしょうかね」

 

 その言葉を出したのは何処からか現れた幼い少年だった。

 

「コウスケ殿の贈り物…ならこの力をどう使うべきか」

 

「カムよ。儂らに聞かんでもお主はもう決めておるのじゃろう?この力の使い道を」

 

 カムの言葉に答えたのは先ほどまで姿を見せなかった吹けば飛ぶような枯れ木の様な老人だった。

 

「そうだ。私はこの力をコウスケ殿のためではなく自分たちのために使おうと考えている。…フッ力を授かりながら恩人のためではなく自分たちのために使う。何とも恥知らずだな。皆もそう思うだろう」

 

 自嘲するカム。だがその言葉を嘲笑う者はいない。カムの周囲に音もなく集まったハウリア族たちに全員がカムと同じ気持ちだったのだ。

 

「皆、私はこれから馬鹿な事をしでかそうと思う。危険なことだ。皆は付いてこなくていい私が」

 

「そんな水臭い事を言わないでくださいよ長。思わず脳天に風穴を開けたくなります」

 

「バルの言う通りじゃ、あんまりアホな事を言うとつい首を切り落したくなるのぅ」

 

 物騒な少年と老人の物言いに思わず苦笑するカム。見渡せば一族全員が同じだと目で語っている。『一蓮托生』だと 

 

「そうか、皆私と同じ恥知らずか。では一緒に暴れて皆一緒にボスとコウスケ殿に怒られるとしよう」

 

 カムは背を向けまっすぐ歩いていく。その背に続くはカムと同じ淡く光る蒼き燐光を纏うハウリア族。 

 本来亜人は魔力を持つことはない、なら今自分たちが纏っているこの光は何だ。内から湧き出るこの闘志は、溢れんばかりの気力は。

 

 本来考えなければいけないこの異常事態をハウリア族は考えない。ただ自分たちが知る少年の贈り物だと信じているからだ。

 獲物を携えあふれ出る燐光…『闘気』を身にまといながらカムはしっかりと宣言した

 

 

「行こう帝国へ。我らが同族たちを一人残らず救いに行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




帝国が終わってから第5章が終わるのでしたー

取りあえずユエとティオの強化フラグ完了っと


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帝国にてこそこそと動き回る

帝国編はさっさと終わらせるつもりです。


 

 

「檻の中の奴隷って初めて見ました。貴方はどうですか清水様。やはり助けようと思うのですか」

 

「人身販売が盛んってのは聞いていたけど、あちらこちらでやってるな。美少女達を見つけたらどうする?清水」

 

「清水様ならそれはもうさっそうと助けるでしょう。悪党をテンプレ如く打ちのめして『大丈夫かいか君達?この俺が来たからにはもう安心だ』とか何とか言って」

 

「ほぅほぅそしてお持ち帰りをしてぬちゃぬちゃのハーレムをするわけですな」

 

「3、4Pプレイですか。精が出ますね清水様。 …ところでもし妊娠したらどうするんですか清水様」

 

「異世界で無責任に種付けして子供ができたらその時はちゃんと認知するのか?教えてくれよ清水」

 

「さっきからうるせぇんだよ!このポンコツ主従!なんでオレにそんなこと聞いてくるんだよ!」

 

「「面白いからに決まってるだろ(からです)」」

 

「だぁーーーー!!!」

 

 ヘルシャー帝国にて現在ハジメ達一行はメインストリートを歩いていた。そのハジメ達の後ろでコウスケとノインは清水を仲良くからかっていた

 

 何故ハジメ達が寄る必要のない帝国にいるのか。それはひとえにシアの家族であり一族であるハウリア族のためだった。

 

 元々帝国へ向かって飛空艇を飛ばしていたのだがその道中兎人族たちが帝国兵を虐殺しているところを発見し、様子を見て見れば、その兎人族たちはハウリア族だった。

 

 こんなところで何をしているか事情を聴けば、

 

1 魔人族が大多数の魔物を引き連れ樹海に攻めてきた。ムカついたから殺戮して回った。

 

2 ひと段落したので戦後処理をしていたら、今度は帝国が亜人族を誘拐してきた。

 

3 ハウリアの長カム、ブチ切れる 少数のハウリアをつれ、残りは樹海の警護(この時誰が行くかで揉めたらしい?)

 

4 カムたち帰還せず。仕方がないので斥候として出向いた。

 

5 途中で亜人族を輸送中の馬車を見つけたので襲撃、亜人族奪還

 

 と、いうことだった。

 

 簡単にまとめると樹海が魔人族によって被害に遭い、撃退したが今度はカムたちがさらわれた亜人族たちを助ける為に帝国へ侵入したが帰ってきていないということだ。 

 

 ひとまず斥候であるハウリアたちを帝国から少し離れた場所でリリアーナ達と共に飛空艇から降ろし、一行は【ハルツィナ樹海】へ。そこで、亜人族たちと再会したハジメ達はフェアベルゲンの惨状を知る。

 

 一通り亜人族の長と会話したハジメ。残っていたハウリア族全員を引き連れカムたちの救出に行くことを決める。

 

「でもハジメさん、父様たちは自分から帝国へ向かったんです。何があってもそれは自己責任では…」

 

「いやいや助けに行こうよシア、カムさんたちが無事だって保証はないんだからさ、なぁ南「行こう帝国へ」お前決断早いな!?」

 

 シアが目的は大迷宮ではないのかとハジメに聞くがハジメはカムたちの救出を優先すると決断した。そんなこんなで帝国へ着いたハジメ達。今現在の目的はカムたちの情報を探るために冒険者ギルドに向かってる真っ最中なのだ。

 

「なぁ何なの?さっきから話しかけてきたと思えば、奴隷を見かけるたびにオレに奴隷がどうこう聞いてきてさ。マジで何なの?」

 

「んー折角奴隷制度のある町に来たんだしさ、よくある美少女奴隷を助けるってテンプレ的展開の事を清水はどう考えているのかなっと思いまして」

 

「私もマスターと同じ考えですね。清水様ならどうするのか、少々気になりまして」

 

 帝国についてメインストリートを歩き居ていくまではよかったものの奴隷が居れば煽るように話しかけて来る勇者?と戦乙女?の主従に清水は大きなため息を吐く。

 とは言え自分もかつてはこの世界に来たとき奴隷の美少女との出会いを妄想したことがあるので何とも言えない表情になってしまう。

 

「はぁ、そりゃオレかってそういう妄想ぐらいはしたことあるけどよ、いざ場面に出くわしても…」

 

「ても?」

 

「……時と場合によるってのは駄目か?」

 

「有耶無耶にしましたね」

 

「お茶を濁したな」

 

「うるせぇっ そんな事よりもさっさと歩かないと南雲達に置いて行かれるぞ」

 

 コウスケとノインのジト目に耐えきれなくなったのか清水はさっさと前夫を歩くハジメ達の方へ行ってしまった。ニヤニヤ笑いながら笑うコウスケとどことなく詰まら無さそうな雰囲気のノインは顔を見合わせる。  

 

「やれやれですね。マスターいくら清水様を弄るのが楽しいからってやり過ぎは駄目ですよ」

 

「ノインも一緒に楽しんでいたくせにー」

 

「ふふふそうですね。でも良いではありませんか。どうせここではマスターの記憶によればマスターも私も清水様ですら部外者でしかないのですから」

 

「んん?あー言われてみれば…ってノインまた俺の記憶を覗いたの?」

 

「ええそれはもうしっかりと」

 

 しっかりと記憶を盗み見たと発言するノインに一株の不安を感じるコウスケ。いったい彼女はどこまで自分の記憶を読んでいるのか。

どこまで知っているのか。

 

「原作『ありふれた職業で世界最強』の事はもちろん、マスター貴方の過去もです。付け加えれば今マスターがこの国に対してどう思っているのかも何となく伝わっています」

 

 どこまで知っているのか、気にはなりつつもどうやらノインは話を続けたいようだ。溜息一つを吐いて雑談に応じる。どうせこの帝国での自分の役割など無いに等しいのだ。なら少しは気を紛らわせるために時間遊びに付き合う事にする

 

「へぇ なら今俺が考えていることは分かるのか?」

 

「そうですね ……この国の必要性ですか」

 

「と言うと」

 

「カム様を助けたい気持ちは本当、ですがそのためならこの国全てが滅んでも別にいいのではないのか」

 

「ふーん 当たらずとも遠からずってところかな」

 

「と言うのは建前で、『原作でのこの国におけるすべての事柄が気に食わない』『この国に来てから見るのがつまらなくなった。だから全てがどうでも良い』」

 

「……」

 

 どうやらノインの察する力はコウスケが思うほど優秀なようだ。現に今ノインが言ったこと殆どが当たってしまっている。予想外の言葉に何も言えないでいるとノインが謝ってきた。

 

「すみません。どうにも不躾なことを言ってしまったようですね」

 

「そんな訳ではないんだけど…図星過ぎてちょっと面食らった」

 

「…マスター 私だけがあなたの状況を把握できています。悩みも愚痴も口に出して吐き出さなければ心が弱っていきます。不満があれば言ってください、原作と言う物を言葉ではなく実際に見た物として知ることができるのは私だけですので…」

 

「…ありがとうノイン」

 

 原作について思うところは多々ある。今自分がいるこの世界は原作の世界ではない。納得している事でもコウスケは考えてしまう事があるのだった。

 

 そんなこんなでコウスケが悩んでいる間にどうやら冒険者ギルドに付いたようだ。今ハジメがバーのマスターに情報を聞き出そうとしている。どうしてかその目はきらきらと期待と興奮で輝いており、何とも子供っぽいハジメにコウスケは苦笑する。

 

「マスターこの店で一番キツくて質の悪い酒をぉお!?」

 

「酒を頼んで何をする気だお前は」

 

 お酒を頼もうとしていたハジメに軽くチョップをするコウスケ。頭を抑えるハジメは少々涙目になりながらテンプレをやってみたいと目で訴えかけてきたので肩をすくめ呆れてしまう

 

「あのなぁ未成年が堂々と酒を飲もうとするんじゃねぇよ。清水、香織ちゃんもちゃんとこの馬鹿のやること止めてやってくれよ」

 

「うぅ~折角のテンプレの場面だったのに~」

 

「あはは…二十歳になってからお酒の飲もうねハジメ君」

 

「異世界だからって日本の法律を破るのは駄目ってか コウスケは案外厳しいんだな」

 

 香織が苦笑してハジメを慰め意外なものを見るような目でコウスケを見る清水。法律云々を言うコウスケも実は運転でいろいろ暴走しているところがあるので人の事を言えるわけではないのだが…気を取り直してマスターに向き直るコウスケ。

 

「さて、うちのモンが迷惑をかけたな」

 

「フン、なんだ次はお前が酒を頼むのか」

 

「いやいや、オレが頼むのは情報だ。…少しばかりあんたに同情するが事故に遭ったと思って諦めてくれ」

 

 マスターに目を合わせたコウスケは少々この場に居合わせてしまったマスターに同情しながらも魂魄魔法を使う。魂魄魔法を使われ虚ろな目になったマスターにコウスケは捕らわれているカムの情報を聞き出す。

 

「そもそもなんで酒を頼むっていう遠回りをするのかね?相手を操れるのなら魂魄魔法を使った方が早いだろうに」

 

「誰もがお主のように自在に魂魄魔法を使えるわけじゃないのじゃぞコウスケ」

 

 あらかたマスターから情報を聞き出し疑問に思うコウスケにティオが溜息をついた。ハジメ達の中で魂魄魔法を自在に操れるのがコウスケで次に続くのは清水だからであり次にユエ、ティオ、香織そしてそれ以外の仲間たちは似たような物だからである。

 

 

「取りあえずカムさんたちの居場所の詳細は分かったけどメンバーはどうする?」

 

「そうだね…シアは絶対だとして、僕とコウスケ、後はついてきたい人いる?」

 

「ん、私も行く。久しぶりに会ってみたい」

 

「これで4人。後は?」

 

「あーすまんオレもついて行きたいんだがいいか?南雲とコウスケが出会った人ってのは興味がある」

 

「いいよん♪これで5人、こんなもんか」

 

「では後のメンバーは帝都の外にいるハウリア族と合流という事にするかのぅ 香織、ノインそなたたちもかまわんじゃろ」

 

「ええ問題ありません」

 

「こっちはパル君たちと一緒に待ってるからね。念のため気を付けて」

 

「うん。じゃあまた後で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 

 光一つ存在しない闇の中に格子のはめ込まれた無数の小部屋があった。特殊な金属で作られた特別製の格子は、地面に刻まれた魔法陣と相まって堅牢な障壁となり、小部屋にいる者を絶対に逃がさないと無言の意思表示をしている。

 

 汚物や血などから発生する異臭で、何も見えなくとも極めて不潔な空間であることがわかる。

 

 そんな最低な場所とは、もちろん囚人を拘束し精神的に追い詰めることを目的とした牢獄、それもヘルシャー帝国帝城にある地下牢であった。

 

「おらっ!とっとと吐きやがれ!誰がお前たちの裏にいるんだっ!一体何人の亜人族が、いいや亜人族全体で何を企んでいるんだ!」

 

「ふん、痛みつければ儂が言うとでも思ったか、このたわけが」

 

「ク、クソッ俺をなめるなぁ!」

 

 その地下牢で老人と男の声が聞こえていた、老人はハウリア族であり男は拷問係であった。現状拷問係が老人に対して尋問を行っているように見えるが実際は違った。

 拷問係の男の方が顔を青ざめ手足を震えながら虚勢を張っている状況だったのだ。

 

「なんじゃそのへっぴり腰は!それより何をしておる!このおいぼれ一人殺すこともできんのかぁ!」

 

「ううううるせぇ!だまりやがれぇ!」

 

 男は恐怖していた。始めはいたぶりがいのない爺の相手だと落胆していたが、傷をつけるごとに何故だか自分の寿命が縮まっている感覚を受けているのだ。

 

 現に手から拷問するための鞭がポロリと落ちてしまった。だが男は鞭を拾う余裕が無い。老人の冷たく底冷えするような目を見てしまったからだ。

 

「…のぅそんなに震えんでもよい。何も取って食おうとは思っておらん」

 

 傷つけられているはずなのに妙に優しく孫に言い聞かせるような声で話しかけてくる老人。だがその目は一つも笑っていない。それどころか臓腑を鷲掴みされるような圧を感じる。

 完全に立場が逆転している。その事に理解した男は体がすくみ上るのを感じた

 

「そうじゃ…ちょっと教えてほしいことがあるんじゃが…聞かせてくれんかのぅ」

 

「ひ、ひぃぃいいいい!!」

 

 男は悲鳴を上げに拷問しているはずの老人をほっぽりなげ逃げ出してしまった。残された老人は深い溜息を一つ

 

「ふぅむここまで帝国の人間とやらが腑抜けじゃったとはのぅ…潮時か。カムと合流を…?」

 

 情報はそれなりに集まったとはいえそろそろ脱出をするべきか、そう考えたたところで逃げた男の足音が無くなったことに気付き訝しげな表情になる。

 しかしその顔はだんだん信じられないという驚きと懐かしさで喜びの感情が同時に出てきたのだ。なぜならとても懐かしい足音が聞こえてきたから。

 

「おじいちゃん!?大丈夫ですか!」

 

「じっちゃん!?うお!?ひどい傷!今すぐ治しますからね!」

 

 故郷を離れていった一族にとっての可愛い孫娘シアと孫のようにかわいがっていたコウスケが現れたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひでぇな…年寄りに酷い傷を負わせやがって」

 

 清水が痛々しそうに語る言葉通り老人の傷は酷いものだった。何度も鞭で打たれているのか肌には裂傷が多くあり火傷跡や折れているのか腕はプランと力なく揺れていた。

 

「ほっほっほ 若いの気遣いは有り難いがこんなものマッサージにもならんよ。年寄りは案外丈夫なんじゃぞ?それよりボス、お久しぶりですのぅ」

 

 しかし老人は清水の気遣いを問題なしと言い放ちコウスケがおぼつかない治癒魔法をしたにもかかわらずすくりと立ち上がると改めてハジメに向き合った。

 

「う、うん 久しぶり」

 

「む?ボス…なんだか雰囲気が変わったような いやそれよりも一体どうしてここへ?」

 

 ハジメの様子に首をかしげるもすぐに気を取り直し、何故ハジメ達がここにいるのか聞いてくる先ほどまで見た目満身創痍だった老人。

コウスケがかいつまんでここに来た説明をすると少しばかり難しい顔をした

 

「むむぅ ボスたちが助けに来てくれたことは誠にありがたいのじゃが…しもたな時を使いすぎたか。バルの奴め、無駄な心配をしおって…」

 

「無駄って…おじいちゃんさっきまで捕らわれていたんですよ?それなのに」

 

「たわけ わざと捕まって帝国の情報を得ようとしていたんじゃ。出るのじゃったらいつでも出れるわい」

 

 首をコキコキと鳴らし体をほぐしていく老人。その様子は先ほどまで捕らわれていたのが嘘の様であり、実際言われなかった信じられないほどまでに体が回復していた。

 

「取りあえず一端外にいる他の連中と合流をしてほしんだけど」

 

「気遣い真に感謝。しかし問題ないですじゃ、すぐにでもこんな腑抜けの国出れますしほかに潜伏している仲間とも合流しなければいけませんわい」

 

 体の調子を確認した老人はそういうと帝国の外にいる仲間たちの場所をハジメ達に聞いた後カムの詳しい居場所を話しすぐに煙のように消え去ってしまった。

 

 残されたのはゲートキーと呼んでいる空間と空間を開く鍵を持ったまま顔が引きつっているハジメとポカーンとしているコウスケに老人の身のこなしに困惑している清水とシア、難しい顔をしているユエだった。

 

「ハジメ ハウリア族はあんなに頑丈だった?」

 

「僕、心構えは教えても身体能力をあげた覚えはないんだけど…」

 

「…じっちゃんがカッコよくなっちゃった…トゥンク」

 

「シアさん、あんたの家族ってのは皆あんな感じなのか?」

 

「…ノーコメントですぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気を取り直したハジメ達はカムが居るべき独房へと進んでいく。途中魔法のトラップがあったがハジメの錬成によりすべてが無力化されていった。

 

「やっぱ南雲の錬成は凄ぇな」

 

「そんなに褒めても何も出ないよ清水。それにもし罠の解除に失敗して見張りが来ても清水が闇と魂魄魔法を使えば問題ないしね。こっちは気が楽だよ」

 

「なるほど無機物は南雲が、人は清水が相手すればいいってことか。改めてえげつねぇメンバーだな」

 

「…ん。2人とも頼りになる」

 

 一般的には厳重なトラップの通路を難なく進んでいくハジメ達。久しぶりの父親との再会に足取りが少々早くなるシアが声をあげる。

その顔は何とか隠そうとしても緊張しているのが見て取れる。父親が無事かどうか心配でたまらないのだろう

 

「そろそろ父様が居る独房のはずですぅ。急ぎましょ皆さん」

 

「あ、ああ…」

 

「…清水?」

 

「どったの?」

 

 だが早歩きになるシアとは別に何故か清水は顔色が普段より悪くなっている。最後尾にいたコウスケとユエが調子の悪そうな清水に気付き顔をのぞき込む

 

「二人とも、この先にいるのはシアさんの父親であるカム・ハウリアって人で間違いなんだよな?」

 

「ん、間違いないはず」

 

「…じゃあ なんでだろうな」

 

「???」

 

「カムって人に近づけば近づくほど圧力を感じるような…慣れないことをしているせいか緊張しているのかね」

 

 見れば清水はうっすらと冷や汗をかいていた。しかしユエとコウスケは問題なく、前を歩くハジメとシアも特に異常はなさそうだ。

 原因が分からないので対策はなくしかして向かっているの先にいるのは間違いなくカムのはずだ。とりあえず警戒を怠らないようにしつつ、ついにカムのいる独房へとハジメ達はやってきた。

 

 その扉は金属製で重厚で分厚かった。まさしく何が何でも逃さないという帝国の意思表示の表れでもある。

 

 そっと扉を開け中を確認するハジメ。室内は暗く異様な匂いと腐臭がした。一体此処でどれだけの命が無くなったのか。そう思わざるを経ないほどの悪臭の中を進むと室内の中央から声が聞こえた

 

 

「…懐かしい足音が三つ。この音は我らの恩人が出す音。聞きなれぬ音が一つ。私の知らぬ音だが恩人たちの音と距離が近いことから察するにお仲間かな?」

 

 低く穏やかな声だった。この部屋とはあまりも合わない声音。ユエが光球を作り出し部屋の中身が照らされる。

 

「そして最後に…誰よりも愛しい我らハウリアの娘の音。私の最愛の娘が織りなす足音」

 

「父様!」

 

「久しぶりだなシア。元気にしていたか?」

 

 声の主カム・ハウリアは鎖と言う鎖で体を雁字搦めにされながらも娘に向かって優しく微笑むのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 




 どうでもいい本編には出てこない裏設定
 話の中で出てきたハウリア族の老人 
 名前はゼノ ハウリア族の中で最高年齢。
 


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救出と宣言と会談

ノリに乗ってるうちに投稿します




 

 

「父様無事ですか!?どこか怪我は!?」

 

「全く持って問題ない。だからそう騒ぐな」

 

 鎖で身動きが取れないであろうカムをシアは駆け寄り声をかけるが、当のカムは苦笑しているだけで逆に大声を出すシアを諫めていた。

 

「それにしては結構な傷だらけなんだけど?」

 

「はっはっは この傷ですか?多少は傷ついていた方が奴らが油断すると思ったのですが…上手く行きませんね」

 

 傷だらけの身体に対してカムは朗らかに笑う。取りあえず鎖で雁字搦めは苦しいだろうとハジメが鎖を解こうと近づくとカムは首を横に振った

 

「これぐらい自分で解けます。…ふんっ!」

 

 気合一発 それだけでカムの身体を縛っていた極太の鎖は弾け飛んでしまった。恐らく帝国の中で最も強固で囚人をつなぎとめるものであろう凶悪な魔法がかかった鎖をカムはいともたやすく粉砕してしまったのだ。

 

「わざと捕まるというのはやはりストレスが溜まりますな。所で少年先ほどはすまなかったな。ボスと隣にいるから大丈夫だとは思っていたんだがどうしても…な」

 

「あ、ああ問題ないよ」

 

「それでボス?どうしてこちらへ」

 

 少々唖然としたハジメに朗らかに話すカムは以前と変わらない穏やか笑顔で話す。何とも言えない微妙な気持ちでここに来た経緯を話せばカムはとても困った顔をした。

 

「む…私を助けに、ですか ふぅむ…となるとパルの仕業か。すいませんボスどうやらお手数をおかけいたしました」

 

「それは問題ないよ。それよりさっさとここから出よう。見つかったら面倒事しか起き無さそうだし」

 

「そうしましょう。…ここは同族たちの怨嗟の声が良く聞こえます。長居するのはよろしくはないでしょう」

 

 カムの同意を得たハジメは今度こそ空間をつなぐ鍵『ゲートキー』を取り出す。驚くカムを押し込みながらハジメ達は他のハウリア族たちと合流するのだった。

 

 

 

 

 カムを救出し、ゲートを通ってハウリアやティオ達が待機している岩石地帯に空間転移して来たハジメ達は、ハウリア達の熱狂的な歓迎に出迎えられた。

 

「パルゥ…ボスを送り込んだのは貴様かぁ…?」

 

「ふっふふ 自分に留守番を任せた腹いせって奴ですよぉ長ぁ 文句があるのなら自分を置いて行く判断したご自身をお怨みくだせぇ」

 

「そうだそうだ!思わせぶりなことを言って俺達を置いて行きやがって!」

「どうせ一人でかっこつけようとしていたんだろ長!こっちはちゃんと見抜いてるっての!」

「水臭いわよ長、私たちは家族、苦労は分かち合う物。そんな事も忘れてしまったの?」

 

「ほぉ ひよっこ達が大きな口をたたくようになるとは…教育が必要かな?」

 

「ふぉっふぉっふぉ 心配していたと素直に言えぬとは…まだまだ若いのぅ」

 

 合流した後そう言いながら仲よく取っ組み合いをするカムと残されたハウリア族。そのまま数時間殴り合いをし始め落ち着いてからカムは姿勢を正しハジメ達に向き合った。

 

「ボス、よろしいですか?」

 

 頷くハジメにカムはきっぱりと宣言をした。

 

「私がおめおめと捕まった理由、何をしていたのか、話すことはあれど先に宣言をしておきます。ボス、我らハウリアは帝国に戦争を仕掛けます」

 

 カムの鋭い眼差しでなされた宣言に、その場の時が止まる。 その静寂を破ったのはシアだった。

 

「何を、何を言っているんですか、父様? 私の聞き間違いでしょうか? 今、私の家族が帝国と戦争をすると言ったように聞こえたんですが……」

 

「シア、聞き間違いではない。我等ハウリア族は、帝国に戦争を仕掛ける。確かにそう言った」

 

「ばっ、ばっ、馬鹿な事を言わないで下さいっ! 何を考えているのですかっ! 確かに、父様達は強くなりましたけど、たった百人とちょっとなんですよ? それで帝国と戦争? 血迷いましたか! 同族を奪われた恨みで、まともな判断も出来なくなったんですね!?」

 

「シア、そうではない。我等は正気だ。話を……」

 

「聞くウサミミを持ちません! 復讐でないなら、調子に乗ってるんですね? だったら、今すぐ武器を手に取って下さい! 帝国の前に私が相手になります。その伸びきった鼻っ柱を叩き折ってくれます!」

 

「シア…お前は我らを見てまだ分からないのか?お前の目は、うさ耳は一体どうしてしまったのだ」

 

「どうかしてしまったのは父様たちですぅ!」

 

 一触即発、シアは怒りの余り今にもドリュッケンをカムへと振り下ろそうとしていた。ドリュッケンを向けられたカムは武器を向けられたことではなく シア自身を見て悲しそうに顔を歪ませた。

 

 シアはそのカムを見て動揺するものの家族を助けるためだと力を腕に入れたところ不意打ち気味に背中に衝撃を受けた。たたらを踏みながら後ろを確認するシア。

 

「シア、まずはお父さんの話を聞いてあげて それから判断しても遅くはない」

 

「ユエさん!?」

 

 背中に飛びかかってきたもの、それはユエだった。ユエは器用に手をシアの頭の上に乗せ優しく丁寧に撫でる。

 

「家族を心配して止めようとする気持ちは立派 でもちゃんと話し合ってから。無理だと思ったら私も一緒に止めるから だから落ち着いてシア」

 

「…ユエさん」

 

 いつもは口数の少ないユエがシアを止めようとしている。その姿を見たシアはふっと力が抜けてしまった。親友が止めようとしているのだ。怒りで血が上った頭が冷静さを取り戻していく。

 

「…そうですね。すいません。ちょっと頭に血が上りました。もう大丈夫です。父様もごめんなさい」

 

「いや、謝る必要などない。こっちこそ、もう少し言葉に配慮すべきだったな。しかしシアお前は…」

 

「どうしました?」

 

「…何でもない」

 

 何かを言いかけたカムだったが頭を振ると先ほどの話をつづけた。

 

 カムたちはさらわれた亜人族を全てを助けようと行動していた。しかし帝国内のどこにいるか情報が全くないため陽動として数名が捕らわれている間にほかの潜入しているメンバーがあらかた内部情報を集めようとしていた。情報が集まり次第暗殺していき帝国主要人物たちをあらかた排除しようとしていた事、等々

 

「本当なら正面突破もできるんですが…そうしてしまうと同族たちを盾にされかねない。全員を救うためにはちまちまとしなければいけない。口惜しいですな」

 

 とはカムの弁だった。

  

 ハウリア族の話を聞いたハジメは積極的にではないにしろ手を貸すことを宣言。

 

「よろしいのですか?これは私たちの問題。ボスには…」

 

「手を貸すってもあくまで作戦とかその他の諸々だよ。あくまハウリア族の新しい門出のためのお手伝い。それこの作戦が上手くいったら」

 

「上手くいったら?」

 

「もう僕の事はボスと言わなくていい。君たちは誰かの下につく事無く自由になるんだ」

 

 その言葉にハウリア族全員が驚愕しハジメを凝視する。視線を向けられたハジメは困ったように笑う。

 

「我らは不必要だと…?」

 

「違うよ。このまま君たちにボスって言われ続けていたら僕はどこまでも増長するかもしれない。それはすごく嫌なんだ。それに君たちはもう僕が手を出さなくても生きていける。自由になれる力を経たんだ。だから軍人ごっこはこれでおしまい。帝国にいる亜人族を助けたら君たちは僕のもとから卒業ってことで…駄目かな」

 

 困ったように笑うハジメに涙を流すもの、感激するもの、寂しそうにするもの。様々だったが反対する声は一つもなかった。

 

「そうですか、寂しいものですがあなたの言葉なら我らは口をはさめません。…良い顔をされましたねボス。どこか心境の変化でもありましたか」

 

「ちょっと、ね」

 

 チラリとコウスケを見て含み笑いをするハジメにカムも意図を察して微笑む。ハジメの宣言は驚くものだったが恩人であるハジメが清々しい顔をしているのだ。最初に出会った時と比べて随分と優しい笑顔を浮かべるようになったと

 

(ボス…いいえハジメ殿。心が晴れるようなその笑顔こそがあなたの素顔なのでしょうな)

 

 ちょっぴり寂しくはなるものの心は晴れ晴れと。今一度カムは顔を引き締めて家族であるハウリアに向き直る

 

「聞いたか皆。我らはこれより帝国にて同族たちを助ける!そしてボスのもとから卒業をする!各時気を引き締めよ!ボスに…ハジメ殿たちに無様な所を見せるな!良いな皆!」

 

 

「「「「「「応っ!!!!」」」」」

 

 

 

 帝都から離れた岩石地帯に、闘志と感激と涙の混じった雄叫びが響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうしていきなりカムさんたちのボスをやめるって言ったんだ?」

 

「さっきカム…さんに話したことが6割で」

 

「6割?」

 

「残りの4割は清水のあの視線に耐えられなかった」

 

「…ラオウの様なムキムキマッチョのうさ耳にボスって…大豪院邪鬼の様な威圧感のある人からボスって…中二病極まりすぎだろ。ショウジキナイワー」

 

 

 

 

 

 

 

「で、貴方方はいったいどうしてこの帝都へやってきたのですか?」

 

 時刻は変わって次の日の昼、ハジメ達はごく普通に入国しリリアーナに会いに来ていた。リリアーナは帝国側との協議で忙しいのか言葉に少なからずの棘が入っていた。最もそれはハジメ達に対して親しみがあるからかもしれない

 

「まぁまぁリリアーナ姫。こっちはこっちで色々あってね。夜になったら色々片付くから…僕たちの事はあんまり気にしないで」

 

「気にしないでって…やっぱりこの帝国で騒動を起こすんですね… まぁ構いません。それよりもその用事は私にも秘密ですか」

 

 はぁととても大きなため息をついたリリアーナ。次に顔をあげたときはは暗に必要なら協力や口裏合わせもすると瞳で語っている。人の良い娘だと苦笑しながらコウスケは問題ないと告げた。

 

「問題ないよ。こっちの事は気にしないで流れに身を任せておけば大丈夫」

 

「その流れに何も知らずにいると大変な気がするのですが…分かりましたコウスケさん貴方を信じましょう」

 

 呆れと苦笑を入り混じった微笑むリリアーナはその後に帝国皇帝ガハルドに聖教教会の末路や狂った神の話が伝えられた事をハジメ達に説明した。

 

 リリアーナから、ある程度、帝国側との協議内容について聞いたところで部屋の扉がノックされた。どうやら時間切れらしい。案内役に従って、ハジメ達はガハルドが待つ応接室に向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 帝国皇帝ガハルド その男は灰色に近い銀の髪と、狼を思わせるような目、福越しでもわかる極限まで引き絞られた肉体を持つ野性的な男、実力主義の帝国のトップにふさわしい男だった。

 

(……弱いな)

 

 だがコウスケが感じたガルハドの実力はあまりにも貧弱だった。そっと触れたら消し飛んでしまうのではないか、ほんの少し殺意を込めてみたら失神してしまうのではないかと危惧してしまうぐらいにか弱く感じてしまった。

 

『過大評価していたのかもしれませんよマスター』

 

 とはリリアーナの横で座っているノインの言葉だ。そこまで力の差が激しいのか、そもそも自分はどこまで強くなっているのかイマイチ基準が分からないコウスケ。

 

『私が思う限り、この世界であなたの《敵》はいません』

 

『…さっきから人の心を読まないでくれる?』

 

『なら心の声を垂れ流しにしないでくださいマスター はっきりと聞こえます』

 

 念話でノインと会話をしながらも応接間の席に座るコウスケ。先ほどからガハルドはハジメに対してプレッシャーを投げかけているので

自分は蚊帳の外だなーと思っていたのだ。  

 

『ノイン』

 

『YESマイマスター リリアーナ様への威圧は私が防ぎますので』

 

 ガハルドの威圧はハジメ達にとっては全く持って意味のない行為だが、リリアーナにとってはキツイものがある。ノインに守ってやってほしいと一言声を掛ければノインはリリアーナを守るように席を近づけさせる。威圧から解放されたリリアーナはノインに向かって多少複雑そうな顔をするものの小さく頭を下げた。

 

 そうこうしている間にガハルドのハジメに対する詰問は続いていく

 

「リリアーナ姫からある程度は聞いている。お前が、大迷宮攻略者であり、そこで得た力でアーティファクトを創り出せると……魔人族の軍を一蹴し、二ヶ月かかる道程を僅か二日足らずで走破する、そんなアーティファクトを。真か?」

 

「ああ」

 

「そして、そのアーティファクトを王国や帝国に供与する意思がないというのも?」

 

「ああ」

 

「ふん、一個人が、それだけの力を独占か……そんなことが許されると思っているのか?」

 

「誰の許しがいるんだ? 許さなかったとして、何が出来るんだ?」

 

『そもそもこの皇帝 どうして南雲様をどうにかできると考えているのでしょうか?分かりますかマスター』

『…自分と国の力でどうにかできるとか』

『リリアーナ姫から魔人族の軍を一瞬で葬ったと話を聞いたばかりですよ?自分の国もそうなるとは思わないのでしょうか…まさか痴呆?』

『やめなさいノイン。俺もそう思っているけど声に出してはいけません!』

 

 ガハルドの覇気の横ではコウスケとノインが念話でくだらない会話をしている。そんな中ますますガハルドの威圧感は増していきガハルドの背後にいる護衛達も殺気を出し始め、部屋の周囲に隠れている者たちの気配も薄まっていく

 

『いくら気配を薄めたところで存在がバレバレですけどねー、この護衛達も頭が湧いているんじゃないですか?実力差が分からないのですか?獣でも敵わないと知ったら逃げるんですよ?本当に何ででしょうねマスター』

 

『だーかーらー何故俺に聞くの!?どうせあれだろ強い奴がどうたらこうたらって奴じゃないの?』

 

『…それは一般的な見方ですよね。なら読者だった時あなたはどう思いましたかマスター』

 

 ハッとしてノインを見ればすまし顔でコウスケを見る。完全にこの場にいるすべての存在を無視している。

 

『欠けているんですよ。相手の実力を測るという観察眼がこの世界の人間…いいえ南雲様と出会う人間たちは推し量れないのです、考えることができないのです。だから敵わない筈の南雲様に敵意を向ける。皆一応に。なぜかは分かりますか』

『…つまりこう言いたいのか?今目の前にいる人間たちは只の舞台装置だって』

『ふふふ、さてどうでしょうか』

『お前なんでこんな事を』

 

「ふん、まぁいい南雲ハジメお前が愛想のねぇガキってことはよくわかった。でだ、そこの俺の話を全く持って聞いてねぇ勇者」

 

「………俺?」

 

「お前以外にどこに勇者がいるってんだ」

 

 ノイントの会話に集中しすぎたせいかガハルドから話を向けられたことに気が付くのが遅れたコウスケ。ノインはもう視線をこちらに向けてはいなかった。先ほどの質問の意図を聞こうと思ったが後でいいかとガハルドに向き合うコウスケ。

 

「リリアーナ姫からお前の話は聞いてはいる。なんでも神の思惑を召喚されたその日のうちに気づき南雲ハジメのサポートに回り暗躍している傑物だってな」

 

「…なんだそりゃ」

 

 おおよそ間違ってはいないその話の出どころであるリリアーナを見れば視線を泳がされてしまった。一体リリアーナの中で自分はどんな評価なのか若干気になるコウスケ。

 

「で、何でも防御魔法の使い手でウルの町に一人で結界を張っただとか攻められて消耗している王国の人間たちを蒼の光で全員回復させたとかどうとか」

 

「う、うーん?合ってはいるけどあんまり意味はなかったような…」

 

 ウルの町の結界は作ったは良いものの結果的に全く持って意味はなかったし王都での魔法はあくまで香織が主体だった。

 自分では特に大げさなことをやった覚えがないと思うコウスケ。そんな頬を掻いて困った様子のコウスケをガハルドはじろじろと無遠慮に見回すと鼻で笑った。

 

「とまぁ中々強力そうな奴だと思い見て見れば、だ …ふん、何とも一般人に武器を持たせたってだけの面白みのねぇつまらん奴だ」   

 

(…まぁ事実かな)

 

 なんともきつい言葉だとは思ったがコウスケからしてみれば事実その通りだ。戦いとは無縁のごく普通の一般人。それが何の因果か、この世界で何故か天之河光輝をやっている。コウスケにとってみればまさしくガハルドの言葉通りだった。それに先ほどガハルドを侮蔑していたのもある。

 ブーメランが返ってきたかなぁと軽く考えていたが

 

 しかし仲間達はそうではなさそうで

 

『『あ”』』

『……』

『ユエさん ヤリましょう。私がタマ行きます』

『ん、棒の方は任せて』

『千切ってすり潰したものを食わせてやらなければいけないのぅ』

『皇帝の怪我なら任せて!どんな傷でも私が治して見せるから!』

「…………っ」

 

『ちょっと!?なんでそんなに物騒なの君達!?』

 

 表面には出さないが一瞬で念話を全員につなげ物騒なことを計画し始める仲間たちと皇帝を睨む一名。少々ドン引きしながらも皇帝にそれとなく会話を続ける。

 

「ははは、まぁこの世界に召喚されるまでは本当にただの一般人でしたから、貴方から見ればつまらない男なのは仕方ないですよ」

 

「…しかも俺より強ぇ筈なのに低姿勢と来た。こんなもんが勇者か。こんなくだらない人間が世界を救うってのか。っは、興がそがれた。これで仕舞だ。まぁ、最低限、聞きたいことは聞けた……というより分かったからよしとしよう。ああ、そうだ。今夜、リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く。是非、出席してくれ。姫と息子の婚約パーティーも兼ねているからな。じゃあな勇者にさせられちまった哀れな一般人君」

 

『オレが闇魔法で奴の精神をぶっ壊して魂魄魔法で治す。止めるなよ』

『止める訳ないだろ。拷問器具はすぐに作れるから肉体の方は任せて』

『…………』

『これが怒髪天を衝くって奴ですかぁ…父様ごめんなさい。シアは仲間の侮辱が許せません』

『シアそれは私も同じ。…まずはウザったい周りの連中を消し炭に』

『作戦は早まったとカムに伝えれば問題ないじゃろう。…これほどまでにはらわたが煮えくり返るのは久しぶりじゃのぅ』

『治して壊して治して壊して壊して治して、ざっと20週繰り返せばいいかな?…うーん優しすぎるかな?』

「…コウスケさんがどんな人か知りもしないで…っ」

 

『だから君たち怖すぎるってば!』

 

 表面上はすまし顔のはずなのに、頭の中では恐ろしい計画を立て始める仲間たち。考えているだけで行動に移さないのはまだ理性が保っているからか。今この場にガハルド皇帝が居ないことにホッとしたコウスケは話題の方向転換をすることにした。このまま放っておけば何をしでかしかわからない。特に女性陣。

 

「えーっと、リリアーナ婚約するって本当?」

 

「…え?あ、はい、確かに本当です。たとえ、狂った神の遊戯でも、魔人族が攻めてくれば戦わざるを得ません。我が国の王が亡くなり、その後継が未だ十歳と若く、国の舵取りが十全でない以上、同盟国との関係強化は必要なことです」

 

「…望まない相手でも結婚しなければいけない。政略結婚って奴か」

 

「ええ、どんなに嫌な相手でも結婚しなければいけない。それが王族の娘として王女として生まれた者の責務と言うものです」

 

 困った笑みで仕方ないと笑うリリアーナだったが、いくら王女とは言え憧れるものはある。一人の女の子としてロマンチックな恋に憧れがあるのは当然だった。異世界の女の子たちや友人である香織からガールズトークをすれば尚更。

 

 だが憧れは憧れ王族として果たさなければいけない責務はちゃんと理解している。理解しているからこそどうしても夢想してしまうのだ。

 

 そんな困ったような悲しんでいるような複雑そうな笑みを浮かべるリリアーナをコウスケは黙って見守るしかできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

『仕方ありません。事が終わったら取りあえずあの皇帝のイチモツは引きちぎりましょう』

 

『『『『『『賛成!』』』』』』

 

『だから怖いって!!』

 

 

 

 

 

 

 




帝国編は残り二話ぐらいですかね


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パーティーにて

フィーリングで読んで下さい


 

 

「気に入らねぇな。何か下痢にでもなる魔法でも仕掛けようか」

 

「止めとけって清水。誰が聞いているか分かんないんだ。不用意な発言は止めとこうぜ」

 

 皇帝との会談を終えメイドに案内された部屋で休憩するハジメ達。先ほどのガハルドの発言が気に入らないのか清水はいまだにイラつき憤慨していた。愚痴を言うのは一向にかまわないのだがあくまでここは帝国内、不用意な発言が何を引き起こすかわからないのでコウスケは怒る清水を慰めていた

 

「あのなぁコウスケ、ダチを馬鹿にされたんだぞ、このままにしておけるか。俺はお前のような大人じゃないんだ」

 

「清水…」

 

 清水が怒る理由はコウスケが不当に評価されているからであり、友人を馬鹿にされたのがどうしようもなく腹に据えかねているのだ。

 そんな清水にジーンとするコウスケ。馬鹿にされたこと自体は何も思わないが自分のために誰かが起こってくれるというのは嬉しいものだった。しかしここで何かが頭の中で引っかかる。

 

(うーん?この後何か大事なことがあったような…)

 

 うんうん悩んでいると先ほどから目を瞑っていたハジメが声をかける。ちなみにこの部屋には女性陣はいない。ドレスの試着や着替えがあるとの事で別室に行ったのだ。

 

「そこで感動しているところ悪いんだけどさ、コウスケ何か思い当たることはない」

 

「んん?何がだ?」

 

「リリアーナ姫の部屋に野蛮人って感じの男が向かってる。多分だけどあれがリリアーナ姫の婚約者のバイアスって男かな」

 

 今ハジメは小さな小型の錬成蜘蛛を城内のいたるところに分散させ小細工と裏工作をしていたのだ。その中でいかにも粗暴と言った男がずかずかとリリアーナの部屋に向かっているのを発見したのだ。足取りからして目的はリリアーナであり下衆な笑みを浮かべる男の目的は実に分かりやすかった。

 

「婚約者の男がづかづかと妻となる少女の部屋に行く。これまぁ分からないでもない。でもどうにも嫌な予感がするね」

 

 無論蜘蛛の中に催眠薬や睡眠薬などい色々常備しており有事の際には対処出来るようになっているのだが…合えてハジメは何も手を出そうとはしなかった

 

「っ!」

 

 ハッとした顔になったコウスケ。バイアスという男が何をしようとしているか思い立ったのだろう。それでも何故か躊躇するように動かない親友にハジメは言い放つ

 

「なに突っ立ているんだコウスケ。何もかも僕がしなくちゃいけないのか。たまには自分から行けよ」

 

「すまん!ちょっとトイレ行ってくるわ!」

 

 ハジメの激にすぐさま動いたコウスケは何とも下手な言い訳をし、飛び出て行ってしまった。道筋は覚えているのかとか部屋がどこにあるのか知っているのかとか、思うところは出てきてしまうが、大丈夫だろうと一人ふっと笑う。

 

「なーに笑ってんだ?そもそも何が起こっているんだ、なんでコウスケの奴一瞬止まったんだ?」

 

「あはは、まぁ色々あるってことさ」

 

 

 

 

 

 

 城の中をさまよい歩き時間的には数分だろうがコウスケにとっては妙に長く感じる中ついに目的の部屋を発見した

 

 部屋の外には追い出されたであろうリリアーナの侍女たちや護衛騎士もいる。皆一応に不安そうな顔を浮かべていたが、いきなり現れたコウスケに驚くのもつかの間侍女のリーダーがコウスケを見て言葉を出さずに訴える

 

――助けてあげて、と

 

 「任せておけ」

 

 心配そうに見つめる侍女たちに一言つげ護衛騎士の頼むという視線を頷き一つで返したコウスケは大きく呼吸を一つする。たとえ目の前の光景がどんな状況であっても心を乱さずに、魂魄魔法で己の心を不動のものにする。

 

「すいませーん!三河屋でーす!」

 

 声と同時に扉を思いっきり蹴り飛ばし部屋に突入する。目的の人物はすぐに目の前にいた.

 

「っ!」

 

 パーティ―に着るための物だろう桃色のドレスが無残にも破れ床に押し倒されているリリアーナ。こちらに気が付いたときに目が開かれ口がかすかに動いた。

 

「あぁん!てめ」

 

「はいちょっくらごめんよ!」

 

 リリアーナにのしかかっている大柄の男に無遠慮に近づき額に手をかざす。たたたそれだけで男…皇太子バイアスはあっけなく白目をむき床にドサリと倒れてしまった。

 

(どんなに体は頑健でも魂は脆いってね)

 

 コウスケがバイアスにしたのは魂魄魔法で魂を強制的に眠らせたのだ。本当ならすぐにでも体の上下を分断するぐらいの蹴りを放ちたかった。知り合いの女の子に暴行を加えようとしたこの男を殺したかった。

 

 だが、それだけはやってはいけない。リリアーナの前で自分の暴力衝動を見せたくはなかった。だから魂魄魔法を使い気絶さえた。…廃人にすることも可能ではあるが、この後の事もある。どっちにしろこの男に明日は無い

 

「さてと…大丈夫っ!?」

 

 もはやどうでも良い男から視線から外し、リリアーナに振り向けば、体に強い衝撃を受けたたらを踏みそうになる。何とか持ちこたえ胸元を見ればリリアーナが自分の胸元で体を震わせていた。

 

「…怖っ…わたっ…怖かった…」

 

「…ごめんね」

 

 とぎれとぎれに聞こえる言葉がコウスケの心を締め付ける。そこら辺に散らばった服を重力魔法で引き寄せ肩に触れないように掛けさせリリアーナが泣き止み落ち着くまでただ何をするまでもなくされるがままになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、服…汚してしまいましたね」

 

「これぐらい平気。どうせ後で着替えるからね」

 

 泣き止んだリリアーナは今の現状に気付き、顔を赤くしながらコウスケから名残惜しそうに離れた後、自分の身体をそそくさと隠しながらコウスケの服の胸元が濡れていることに気が付き謝っていた。

 ひらひらと手を振りながらケラケラと笑うコウスケに行くぶんか落ち着きを取り戻すリリアーナ。

 

「あ、のコウスケさん、」

 

「おっともうこんな時間か。それじゃ俺行くねー」

 

 呼びかけられるが流石にいつまでもここ居るのはマズいと判断し、立ち上がるが、僅かに服引っ張られる感触があり足を止める。

 見ればリリアーナがコウスケの服の裾をつまんでいた。無意識だったのか視線を受けて服をぱっと放し、顔を赤面しながらもわたわたとするリリアーナにコウスケは苦笑する

 

「大丈夫。また後で会えるよ」

 

「…。はい」

 

 そう一言はつげコウスケは部屋から去っていく。扉の外では護衛騎士や侍女たちが控えており、コウスケが目配せをすると次々と部屋の中へ消えていく。その様子をコウスケは見送るとハジメたちのもとへ戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別に僕に任せてくれるのは構わないんだ。頼られるのも嫌いじゃないしね」

 

「…おう」

 

「でもだからと言って僕に任せっきりなのもどうかと思う。もっと君が好きに動けばいいんだよ。もし何かあったとしても僕がそうどうにかするからさ」

 

「なんつー甘い奴だ」

 

「うるさいよ清水」

 

 煌びやかなパーティ会場にて南雲はいまだに何とも言えない表情をしているコウスケに説教をしている。あの後部屋に戻り衣装を整えた男性陣は女性陣より一足先に会場に来ていたのだ。ちなみにハジメは白のスーツ、コウスケは黒、清水は紺色だった。

 

「まぁまぁ経緯は聞いたし、双方の言い分は分かってるけどよ、今はこのパーティを楽しもうぜ。おそらく人生であるかないかだぞこんな煌びやかなもんは」

 

 難しい顔をしている2人に清水は話を中断させることにする。この会場は広く、そこかしこに豪華絢爛な装飾が施されている。立食形式のパーティーで、純白のテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には何百種類もの趣向を凝らした料理やスイーツが並べられており、礼儀作法を弁えた熟練の給仕達が颯爽とグラスを配り歩いていた。

 

 参加している帝国の偉い方々の何人かがハジメ達に話か開けてくるがのらりくらりと受け流し話をする気はない3人。

 

「家に持ち帰れないものなんて意味ないからね」

 

 ハジメの言葉通りに頷く2人。そこで多少の時間を過ごしていた時だった。会場がざわっと騒ぎ始めたのだ。もう始まったのかと会場内を見て見れば、騒ぎ始めた理由がこちらに歩いてきた。

 

「うぅ~なんか緊張しますぅ」

 

「見られているよね…何か変かな私?」

 

「ん、問題ない香織もシアも綺麗」

 

「じゃぞ。もっと堂々としておればいい。怖気づくと負けじゃぞ」

 

「一体何に負けるのでしょうか…」

 

 周りの視線を集めながらやってくるのは仲間の女性陣達。それもそのはず皆が綺麗に着飾っておりこの会場の主役自分だと言わんばかりの美しさだったのだ。

 

「どうかなハジメ君?私…変じゃない?」

 

「あ、っとえーっと…うん綺麗だよ」

 

「良かったぁ」

 

 香織に微笑みかけられは返答が上の空になってしまうハジメ。それもそうだ。いつもは普段の香りを見慣れてはいても薄く化粧をし、着飾った香織を見るのはこれが初めてなのだ。しかも本当にうれしいと言わんばかりの花が咲いた自分だけに向けられた笑顔。照れるなと言う方がハジメには無理だった。

 

「ふっふっふ~やりましたね香織さん。見て下さいよハジメさんの顔。真っ赤ですぅ」

 

「んふふ 私の言った通りハジメは香織に弱い」

 

「ありがとうユエ、シア」

 

 ユエとシアが香織と同じように微笑む。香織は化粧とドレスを選んでくれた2人に礼を言い笑いあう。何とも青春真っ盛りの一ページだった。

 

「おい見ろよ清水。あれがリア充って奴だ爆発しねぇかな」

 

「爆発…しないだろうな。くっそ南雲の奴末永く生きて往生しろ」

 

 未だに顔の赤みが引けないハジメを揶揄する残されたコウスケと清水。しかしこちらは口では悪態着くもののハジメしか見れなかった。

 

「?なんで2人ともハジメしか見ておらぬのじゃ?」

 

「ティオ様、それはこの童貞どもは恥ずかしくて私たちを見れないのですよ。ヘタレここに極まりって奴ですね」

 

「「うぐっ」」

 

 ノインの言う通りコウスケと清水は着飾った女性陣が見れなかったのだ。あくまでパーティ会場の衣装だとは言え、女性陣達の露出は2人にはきつかった。

 

「はぁ…2人ともそんな些細な事を気にしておったのか。2人ともちゃんと妾達たちを見よ。折角着飾ったのに見られない方が傷つくのじゃ。というかそんな事で照れておっては彼女の一人もできんぞ」

 

「うぅ…分かったよ。でも変な目で見てしまうのは許してくれよてティオさん」

 

 観念して清水がティを見ればそこにいたのはいつもの着物姿のティオではなく黒いロングドレスを身にまとったティオだった。

 いつもは胸が強調されているとはいえ着物であり体のラインが分からなかったが、ドレス姿になったことでティオの凹凸の激しいラインが丸わかりであり更に、背中と胸元が大きく開けているので、彼女の見事としか言いようのない美しい双丘が今にもこぼれ落ちそうなほどあらわになっている。

 

(うぉぉぉっっ!)

 

 堂々としたその姿に顔を背ける清水。清水幸利17歳。いくら死に瀕して精神的に成長したとはいえスタイルの良いティオの姿はにはあまりにも刺激が強かった

 

「で、マスター何か私にはないのですか」

 

「…露出が少ない?」

 

 ノインの服装はティオとは正反対で肌と言う肌を出さないゴシックドレスだった。色合いもなぜか黒色であり似合っているもののこのパーティには不釣り合いと言えた。

 

「それはそうですよ。何故私が不特定多数から見られなければいけないのですか。マスターたちが見るのならともかく他の人間にみられるのは不愉快です」

 

「むぅそうかもしれんが香織達は不満そうじゃったぞ。折角おしゃれするチャンスと言っておったのに」

 

「ノーセンキューです。で、マスターどうですか」

 

「あーなんか喪服っぽいていうのか…カッコイイ?」

 

「…まぁそれで良しとしましょう」

 

 銀の髪色に黒のゴシックドレス。それは可愛いという表現よりもかっこいいという感想がコウスケら出てきた。素直に伝えれば溜息一つ出されてしまったがどうやら怒こっているわけではなさそうだった。

 

 

 仲間たちのドレス姿に戸惑いながらも談笑していると会場の入り口がにわかに騒がしくなった。どうやら、主役であるリリアーナ姫とバイアス殿下のご登場らしい。

 

 だが主役であるはずのリリアーナの姿に会場からどよめきが出てくる。

 それは、リリアーナが全ての光を吸い込んでしまいそうな漆黒のドレスを着ていたからだ。本来なら、リリアーナの容姿や婚約パーティーという趣旨を考えれば、もっと明るい色のドレスが相応しい。その如何にも「義務としてここにいます」と言わんばかりの澄まし顔と合わせて、漆黒のドレスはリリアーナが張った防壁のように見えた。

 

「何て言うか、リリィらしくないね。いつもなら、内心を悟らせるような態度は取らないのに……」

 

 香織が、特に笑顔もなく淡々と踊りを終わらせ挨拶回りをするリリアーナを見てポツリと呟く。

 

「色々あったんだよ」

「つーかあんな男との結婚なぞ嫌に決まってんだろ。そうなりゃの服装も納得できる」

 

 その香織の呟きに応えるようなハジメと清水。男性陣が何が起こったのか大体は把握しているため納得の表情である。

 

「うーん…でも嫌だな リリィは好きな人と一緒にいてほしいのにあんな野蛮な人との結婚なんて」

 

「まぁまぁ香織さん。大丈夫ですよ。それよりも折角のパーティーなんです。ハジメさんと踊らないんですか?」

 

「そうだね。それじゃハジメ君。私と踊ってくれませんか?」

 

 リリアーナの事を思い表情が曇った香織だったが、シアからの言葉でこのパーティーでのどうしてもやりたかったを思い出す。

 

 それはハジメと踊る事。どうしても好きな人と華やかな場所で踊りたかったのだ。そんな乙女心を全開にしている香織に誘われたハジメはどうしても顔から照れの感情を消すことができない。

 

「え、えっと」

「おら!何今更照れてんだ、ここは男のお前から誘うところだぞ」

「ひゅーひゅー南雲ークラスのアイドルと踊れるなんて幸せもんだなー」

「うるさいよ2人とも!」

 

 野次を飛ばす男2人に反論するが上目使いの香織に堕ち掛けているのも事実。一瞬の躊躇をするもののそっと香織の手を取りダンスホールへ向かう

 

「僕生まれてから一度もこういうところで踊ったことが無いんだ。だから…」

 

「それは私も一緒。だから私の方が迷惑をかけるかもしれない。でも…」

 

 向き合えばお互いに緊張で顔が赤くなっている。その事にお互い気づき合い出てくるのはふっとした微笑。ハジメは香織の腰に手を当て香織はハジメに体を預ける。お互い何を言いたいかはわかっている。ダンスなぞ踊った事もない初心者同志。

 それでも香織はハジメと踊りたくて、ハジメはそんな香織に恥を欠かせ無いよう真剣な表情になり、くるくると回り始めるのだった。

 

 お互い自身のうるさく響く鼓動が相手に聞こえないように願いながら

 

 

 

 

 

「おぉ~青春していますな~」

「なんともまぁ会場の視線を釘付けにしやがって」

「知ってっか?あれでまだ南雲の奴、香織ちゃんの告白のオーケーしてねぇんだぞ?」

「マジかよ…あれでか」

 

 ダンスホールで踊る2人は初心な少年少女のカップルでほかの帝国貴族たちからは懐かしむものがあるのか微笑ましい視線で見られている。

 

「んぅ~それにしてもなんて愛い奴らじゃ。ノイン」

「勿論心得ていますマスター。●RECですね。しっかりと記録しております」

「よくやった。これでアイツを弄る材料が増えるってもんだぜ」

「2人ともなにやってんですか、ハジメさんに怒られますよ?」

 

 何やらよからぬことをしているポンコツ主従に溜息をするシア。しかし分から無いでもなかった。踊っている2人は緊張はしていてもとても楽しそうで微笑ましい気持ちになるし自分もあんな風に踊りたいという羨望の気持ちもあった。しかし気になる相手はいないシアにとってそれはまた夢のまた夢。

 出会いが無いなーと苦笑が出てきそうなシアにそっと手を差し出してくる者が居た。

 

「ん、シア一緒に踊ろう」

 

「ユエさん?」

 

 ユエがどうしてかニンマリと笑いながらも手を差し出してくる。自分はどう見たって女だ。ユエだってどこからどう見ても女の子。寧ろ美少女の内に入る。なぜ自分を誘うのか首をかしげるがユエは手を引っ込めない。困って仲間たちを見れば

 

「「キマシタワー」」

 

 なにやら変な目で見てくる男2人にぐっと親指を上にあげるノインと苦笑するティオ。増々意味が分からないでいるとユエにパシッと手を強引に引っ張られてしまった。

 

「踊ろうシア。私がリードする」

「ええ!?待ってくださいユエさん!?私女の子ですよ!」

「だからなに、男女でないと踊ってはいけないと誰が決めた。異論がある奴は私が消し飛ばす」

「あ~れ~」

 

 何故だがニマニマと笑いながら一瞬だけノインとティオに目配せするユエはシアを連れてそのままダンスホールに向かったのだった。

 

 

 

 

「行ってしまったのぅ」

 

「ホントですね」

 

 ユエとシアを見送ったティオは苦笑したままユエの企みにに気付き清水に話しかける。振られた清水はまるで自分は関係ないとでもいうかのように他人事だ。やれやれと息を吐き改めて清水に向き直るティオ。苦笑は取れない。どうしても人から距離を置きたがるこの少年に少しでもいい思い出を作ってあげようかなとおせっかいなことを考えるティオ

 

「それで清水はいつまで壁といちゃついておるのじゃ?そのまま過ごすぐらいなら妾と踊らぬか?」

 

「ええ!?つってもオレ踊れませんし…」

 

「っふ そんな言い訳妾に通じると思うたか、安心するがよい。これでも竜人族では姫と呼ばれた女子 こんなのはお手の物じゃ」

 

 清水の手をそっと握りしめなおも逃げようとする清水をスルーしてそっと寄り添う。清水の呼吸と心臓の鼓動が酷いことになっているがティオは全く気にしない。寧ろ魂魄魔法を使って無理矢理落ち付かせた。

 

「あの…ティオさん?」

 

「さぁ踊るぞ清水。ふふ、そう固くなるな、あんまり委縮しておると…喰ってしまうぞ?」 

 

 ニヤリと笑うティオにしどろもどろになる清水。どちらが男役をやっているのかよくわからない2人だった。

 

 

 

「そして誰もいなくなった…」

 

 仲間たちが思い思いにダンスをしている中コウスケはノインと2人きりになっていた。若いっていいなと考えるているとノインから途方もない強力な圧がかかってきた。

 

「じーーー」

「……」

「じいいいいい」

「ああもうわかったよ!…コホンっ ノイン俺と一緒に踊ってくれますか?」

 

 ノインの視線に耐えられず手を差し出し、ちょっとだけかっこよく踊りに誘うコウスケ。踊れないことは知っているはずなのでどうなっても知らねぇぞと視線に込めてみればノインは恭しくお辞儀をした。

 

「拙い貴方様の小道具ではありますが、許されるのならば喜んで貴方様の劇に参加させてもらいます」

「???…なんだそりゃ」

 

 何ともかしこまった返事に疑問顔になりつつもダンスホールにあるく2人。始まってから結構時間がたっているような気がしたがどうやら演奏はまだまだ続くらしい。

 

「ほらマスター。もっとしっかりとくっついて」

「んなこと言っても」

 

 体を寄せ合うように近づけてくるノインに困ってしまうコウスケ。いくら仲間内だとしてもやはり女の子に密着するのは気恥ずかしい。だがそんな感情も続くノインの言葉に吹っ飛んだ。

 

「気恥ずかしいのではなく本当は嫌で怖いのでしょう。女性に触れるという事が」

「……お前」

「…マスターが過去に女性からどんな言葉を言われたのか知っています。そしてあえて言いましょう。貴方を嫌う女はこの世界にはいませんよ。だから怖がらないでください」

 

 ぞわりと背筋を震わせるナニカが通った気がした。しかし呼吸を一回、何とか気持ちを落ち付かせる

 

「…今この場で言う言葉じゃねえなぁ」

「知っています。ですが私としてはどうにも言っておかなければいけませんのでしたので」

「はぁ…本当に俺の中の何を知っているんだが、そしてなにを言いたいんだ」

「さて?私としてもさっぱり分かりません。ですがマスター無自覚かもしれませんが寂しそうなんですよ」

「…そうか?」

 

 コウスケの疑問にノインは答えない。曲に合わせてゆらゆらと体を動かすのでコウスケも仕方なく合わせる。そんな感じで数分も踊ると幾分か心が落ち着いてきた。又はダンスになれてきたのだろう。これがもしほかの女性だったら…と考えもしかしてノインは気遣ってくれたのだろうかと考えるコウスケ。

 

 あたりの様子を見回す余裕も出てきたのでそっと周囲を確認する。ダンスホールからは様々な声が聞こえるが特に仲間たちの声が良く聞こえる

 

「白崎さん大丈夫?疲れていない?」

「大丈夫だよハジメ君。それよりそっちの方は?」

「こっちは大丈夫。…でもまさか白崎さんにダンスを誘われるとは考えられなかったな」

「そうだね。私も予想できなかった。学校にいたときはただ話しかける事だけしか考えなかくて…焦らずゆっくり行けばいいのに私ってばどうしても焦っちゃうみたい」

「そうだね たまに暴走するもんね」

「あぅぅ…」

「あははそれよりも踊ろう白崎さん。なんだかコツを掴みかけてきたみたいだ」

 

 

 

「おぉ なんだか結構楽しいですねユエさん。お堅い雰囲気だからもっとガチガチで失敗しちゃうかと思いました」

「ん、踊りとは本来曲に合わせて気ままに踊るもの。それが何故かこんな格式ばった踊りになった」

「そうですね私も父様達と一緒だった時はもっと気ままだった気がします」

「…シアは私と踊れて楽しい?」

「勿論ですぅユエさんと一緒に踊るのはなんかこう、嬉しくてはしゃぎたくなります!」

「んっ なら私のテクで虜にしてやる」

「そんなユエさん大胆な…あ~れ~」

 

 

 

「どうした清水ガチガチじゃぞ」

「な、なれねぇきっつい」

「ふふ、そんなにガチガチでは女子も緊張してしまうぞ。もっと力を抜くがいい」

「そ、そうしたいんんだけど、…むむむむむ」

「ん?」

「むねがあたって…」

「…当てておるのじゃぞ?」

「ふぇ~」

 

 

 和やかな会話だ。それぞれが思いも思いのまま楽しそうに踊る。それが嬉しくもあり寂しくもある

 

「またそんな顔をして…マスター貴方は観客ではありません」

「観客?」

「ええまたの名を読者とでもいいましょうか。貴方は劇に意図的又は事故でか役者として呼ばれてしまったのです」

「そうだな。どうしてかこうなっちまった」

「理由については憶測でしかわかりません。ですがそんな事はどうでも良いのです」

「どうでも良い?」

「はい、重要なのはこの(物語)を楽しむこと。それだけですよ」

 

 体が密着しているせいかノインの綺麗な瞳はとてもよく見えて、その瞳にきょとんとする自分が見えた。

 

「もっとこの世界を楽しみましょうマスター。これから先 貴方が行くのは己と向き合う場所です。マスターはほかの方々とは違って抱えるものが大きすぎるのです。今までの様にはいきません」

「ノイン…そうか、お前オレの代わりに愚痴と不満を言ってくれているのか」

 

 コウスケの返事にノインは答えない。何時しか演奏は終わっており、それぞれが自分たちの席へと戻っていく。返事はしないが体を預けたままのノインの手を引いてコウスケは仲間たちのもとへと帰っていった。

 

 仲間たちの様子は男性陣が精神的に疲れたのかぐったりとしていて女性陣は肌がつやつやと光っている。どうにもこういうことは女性の方が強いのかもしれない。

 

 ちょうど小腹がすいたので帝国料理でも堪能しようかと思ったがコウスケの願いはかなわなかった

 

「コウスケ様、一曲踊ってくれませんか?」

 

 コウスケにリリアーナが声をかけてきて来たからだ。

 

「俺?あーあいさつ回りとか他の人…ってかあの阿保はどうするんだ。良いのか放っておいて」

「あいさつ回りは大体終わらせましたので問題ありません。皇太子さまは愛人の一人と踊っていらっしゃいますし」

「…つっても」

 

 なんとも自分を誘ってくるリリアーナ返事を返せないでいると隣のノインがわき腹を突っついてきた。

 

「あひぃん!」

「?」

 

『マスター先ほど私とのダンス、覚えていますか』

『覚えているってば!それよりなんだよわき腹突っついて!俺の弱点なんだよ!』

『ならさっさとリリアーナ姫と踊ってきなさい。先ほどの言葉を忘れてしまったのですか。この若年型痴呆症は』

 

 手厳しいノインの言葉を受けおずおずとリリアーナの手を取り、ダンスホールへ歩き出す。気のせいか注目されているように感じるのはリリアーナが恥じらうような笑顔を浮かべているからか。

 

「ひゅー見ろよ南雲コウスケの野郎を。これはアレか?NTりって奴か?」

「ほっほうなんともまぁドロドロ劇が好きなようで」

「ファイトよリリィ!そののままやっちゃえ!」

「ふーむユエさん掛けませんか?コウスケさんがやらかすかどうかを」

「乗った。盛大に仕出かすに掛ける」

「じゃな。…む?これでは賭けにならぬのでは?」

 

 仲間たちの声は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。ゆったりとした曲調に合わせゆらゆら体を揺らし体を密着するコウスケとリリアーナ。肩口にそっと顔を寄せながら囁くようにリリアーナが話しかけてきた 

 

「先ほどは有難うございました」

「あー気にしなくていいんだが…体に怪我はない?」

「はい、おかげさまで。 これで三回目ですね」

「三回目?」

「貴方に助けられた数です」

 

 そう言ってコウスケの肩口から少し顔を放すと言葉通り嬉しそうな微笑みを浮かべた。その笑顔は、先程まで皇太子の傍らにいたときとは比べるべくもないリリアーナ本来の魅力に満ちたもので、注目していた周囲の帝国貴族達が僅かに騒めいた。

 

「はわわリリィが綺麗な顔をしている!」

「む!?」

「どうしましたユエさん!?」

「あれは…恋する乙女の顔!」

「若いのぅ」

 

 

「覚えていますか。一度目は黒龍の咆哮で、二回目は賊に襲われたとき、三回目は先ほど…どれも私が危機に瀕した時、貴方は助けに来てくれました」

「それは…」

 

 知っていたから。何が起きるのかを、どうなるか知っていたから。そう口に出そうとしたのだがリリアーナの言葉にさえぎられてしまう。

 

「知っていたから、だからと貴方は仰るかもしれません。でも私にはどうだっていいのです。だってあなたが助けてくれた事実は変わらないのだから」

「…下心があったかもしれないって考えないのか。王女をたらしこんで悪さをするとか」

「なら聞きますが貴方はそう思って私を助けたんですか?」

「…何も考えていなかった。ただ体が動いていたんだ」

「そういう事ですよ。貴方は悪だくみなんてできない」

 

 本当の所体が勝手に動いていた、そこには原作がどうだとか、この後何が起きるなどとか打算も下心もなくて只々助けようとして動いたのだ。

 

 

「王女と言えども私だって女の子です。憧れや夢見るものだってあるんです。香織や雫から色々と話を聞いて、白馬の王子様を夢想して、でもそんな人いる訳がないと諦めて…でもいました。ちょっと私の理想とは程遠いですけど」

「白馬じゃなくて王子でもなくて悪うござんした」

「ふふふいえいえ、でも嬉しかったんですよ?先ほど私を助けてくれたとき本当に……ああそう言えば私のあられもない姿を見られてしまいましたね…何という事でしょう。もうお嫁に行けません」

 

 よよっよとわざとらしく泣き崩れるふりをしながら肩口に顔を埋めるリリアーナ。なんとも言えない表情をしているコウスケに色めき立つ仲間たち

 

「フォーウ!フォーウ!リリィがあんな甘えた仕草をするなんて!」

「…香織?興奮しすぎじゃ…」

「何とまぁ甘酸っぱいですぅ!これが恋する乙女の真骨頂!でっっすぅ!」

「シアよ、アレはまだ自覚しているようではなさそうなのじゃが…聞いておらんな」

「●REC」

「なんだか口の中甘くなってきたんだけど」

「オレは壁を殴りたくなってきた」

 

「あー一応見ないようには配慮したんだけど…ごめん」

「もぅそこは謝ら無いでくださいよ。あの時あなたが私を見ないように配慮していたことは知っているんですから。これは冗談ですから…そう…冗談」

 

 そこでリリアーナはギュっとコウスケに力強く抱き着くと表情を隠しながら震えるような声で呟いた。

 

「あ”ずまん壁を一つ作ってくれ南雲、今ならどんな壁だって壊せそうだ」

「う”ちょっと毒を一つ掛けてくれ清水。なんだか口の中から砂糖が出てきそう」

 

「…コウスケさん。貴方が困るのは分かっています。でも…」

 

 しかし続く言葉は飲み込み何も事もなかったような顔でリリアーナは顔をあげた。本当なら言いたい『助けて』と。そのたった一言がどうしても言いたくて、しかし王女としての自分が言葉を飲み込んでしまった。国のためだと人々のためだと、その気持ちが王女としての責務が一人の少女としての言葉を飲み込ませてしまったのだ。

 

 

(こんな事ならユエさんが言っていたようにちゃんと悩みを言えばよかったですね)

 

 しかしもうすべてが後の祭り、夢のような時間は曲が終わりを迎えてしまった。後に残るは皇太子の妻となり地獄のような日々を送るだけ。最後に幸せな夢を見せてくれた恩人へ礼を述べるリリアーナ。

 

「ありがとうございます。コウスケさん」

 

 未だに残っている未練を断ち切るように淡く実った無自覚なものを気付かない様に最後にとびっきりの笑顔でリリアーナは別れの言葉を告げる

 

 (最後にリリィと呼ばれたかったなぁ…)

 

 未だに残る心残りを思いながら別れの言葉を言おうとしたとき、リリア―ナは何も言えなくなってしまった

 

「え?コウスケさ」

 

 ガバリと真正面から帝国の偉い方々がそろっているこのパーティー会場でいきなりコウスケに抱きしめられたのだ。

 

(え?ええ!?あ、う?わた、私抱きしめられ!?)

 

 正面から抱きしめられているためコウスケの顔は見えない。混乱するリリアーナだったが正面のコウスケの方からの心臓の音で我に返った。ドグンッドグンッと近くいるリリアーナだからこそわかるその音。

 

(凄い音…)

 

 気付けば抱きかかえられている腕や体自体が震えている事に気付く。そして小さな小さな声が聞こえてきた。

 

「…助ける…助けたい、助けたいんだ。だから言ってくれ。たった一言言ってくれればいい」

 

 絞り出したかのような声。震えるその声は酷く弱弱しい。だからその声を聴いたリリアーナはコウスケの腕をそっと放し今にも泣きそうな怖がっている様な悲しんでいる様ないろいろな感情を含んだその目を見て微笑んだ。

 

 それは唯の十四歳の女の子の咲き誇る満開の花の如き可憐な微笑み

 

「有難う、私の事を考えてくれていたんですね。でも大丈夫ですよ。あなたが私の事を思ってくれているのなら私は、平気です」

 

 これが本当の最後。そう決心したリリアーナは今度こそコウスケから離れていった

 

 

 

 

(…やっちまった!!)

 

 羞恥心を前回に顔に出して仲間たちのもとへ戻るコウスケ。周囲からは驚愕やら殺気やらなにやらより取り見取りの視線を受けるがそんな物はすべてどうでもよかった。

 

 いったい自分は何がしたかったのか。リリアーナのあの微笑を見た瞬間体が動いてしまったのだ。相手は人妻になるだとか王女だとか、色々考えていたはずなのにそれでも動いて抱きしめてしまったのだ。

 

 自分の失態を恥じながら仲間たちのもとへ帰ってくれば

 

「流石マスター私たちが出来ないことをやってのける」

「「そこにシビれる!あこがれるゥ!」」

「FooooUUU!!リリィを抱きしめた感触がどうだったの!?」

「グッジョブコウスケ」

「へっへっへ~王女様に手をだすとはぁさすがですぅ!」

「若いのぅ青春じゃのぅ熱いのぅ」

 

「はぁ」

 

 全員が全員イイ顔をしている。ノインはいつも通りながら記憶を盗み見たネタで煽ってくるしハジメも清水も同じように煽っている。香織は鼻息が荒く女子がしてはいけない顔つきになっておりユエは親指を立てシアはしたり顔でピョンピョン飛び上がりティオは眩しいものを見るような顔だった。

 

 自分がやったこととはいえなんとも気まずい気持ちのコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにですが最終章に関する伏線を少しづつばらまいています。
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殺戮と終焉

これで帝国編は終わりです。
グロ注意。でも今更ですね


 

 

 

 

 

『…マスター、ハウリア族の方々が強いというのは知ってはいましたが…ここまでだったのですか?』

 

『俺…全く知らないんだけど…』

 

 全てが暗闇の中コウスケはノインと念話で目の前の惨状について話をしていた。

 

 リリアーナとのダンスが終わったその後、多少帝国の人たちからにらまれるやら皇帝から面白そうに笑われるなどがあったが筒なく祝杯の声が上がる予定だった。カムたちの作戦ではその瞬間に会場内の電気を消し帝国を驕るという作戦内容だった。

 

 祝杯は行われ、電気は消されすべてはカムたちの作戦道理だった。だがその先からコウスケにとっては予想できない事態になっていた。

 

「やめっやめてくッッがばっ!!!ごべっごぶぶっべべべべごぼごぼごぼごぼっっ」

 

「あぎっ!ぎぃぃぃいぃいい!!」

 

 帝国の軍人たちが一人一人と体を引きちぎられているのだ。比較的冷静だったものは魔法で明かりをつけようとしたが口の中に手を突っ込まれそのまま上下に分断された。ある者は胸から生えてきた腕にぽかんとした表情で見つめたまま絶命した。

 

「な、なんなんだぁぁぁああああ、ぐぺっ」

 

 恐怖の叫びはそのまま最後の遺言になった。四肢をねじ切られたからだ。会場内の様々な場所から肉の砕ける音やちぎれる音が聞こえる。

 

「これは…一体なにっむぐ!?」

 

「静かにしていてくださいリリアーナ様。今この場は何も動かない方が良いです」

 

 暗闇なった瞬間、コウスケはノインに頼み込んでリリアーナを回収してもらった。暗闇に戸惑うリリアーナだったがノインにいとも簡単に引っ張り上げられ、そのままノインに抱きしめられている。暗闇なので凄惨な会場は見れないが音をが聞こえるので辺りの様子をうかがうが魔法により音をふさがれ口はノインの手によってふさがれる。

 

『ふむ。甘い少女の匂いに僅かなこの膨らみかけの胸…中々最高ですね』

 

『どさくさに紛れてセクハラすんなっ!』

 

『…喪服でよかったですね。マスター。葬式の手間が省けます』

 

『……はぁ』

 

 ノインのどさくさに紛れたセクハラを窘めながらコウスケは目を逸らしたくなるのは必然ともいうべきか。コウスケの予想では首がコロコロと転がる程度だと考えていたのだ。

 ここまで肉片や腸が飛び散る屠殺場になるとは考えてもいない。

 

 

 

 

 さっきまで華やかな会場は一瞬のうちに血と臓物溢れかえる凄惨な会場と化している。

 

(道具は必要最低限って言ってたけど…こういう事か)

 

 目の前でまた一人の男が物言わぬ肉塊になりながらもハジメはカムとの会話を思い返す。

 

 最初カムたちが武器を持っていないことに気付き、錬成して作り上げた自慢の武器たちを提供しようとしたのだ。しかしカムたちはこれを拒否。

理由として『戦う力を授けられた、これ以上貴方達に甘えていられない』と言う理由だった。ならば連携が上手く行けるようにと通信装置も提供しようとしたがこれも拒否『我らがうさ耳は仲間の声を正確に聞き取ります。この国ぐらいの距離なら全く問題ありません』と言うのだった。

 

 結局渡したのは自分たちに連絡する用の通信装置だけで後はほとんど必要なかった。出来たことと言えば帝国を制圧した後の段取りと契約などの相談ぐらいだろうか。そしてその宣言通りハジメ達の助力は必要ないほどハウリア族たちは戦闘にこなれていた。

 

(…なんか僕の知らないところで強くなりすぎていない?)

 

 戦い方を性根にしみこませたのはハジメ自身だ。しかしここまで特化してしまったのだろうか。今度は殺さずに四肢をねじり切る作業に取り掛かり始めたハウリア族を見てハジメは複雑な気持ちになった。

 

 

 

 

 

「ここまでする必要あるのか…?」

 

 思わず声に出てしまうのは仕方ないとも言えた。清水にとってハウリア族とはうさ耳が付いている美男美女の仲の良いシアの家族と言う認識位しかなかった。

 

 薄々予感はあった。老人の俊敏な動き、カムと出会う前の威圧。自分より強いのは明白でこの帝国の人間だれもが敵わない強さだと肌で感じ取った。

 だからこそ身動きできないぐらいに痛めつけるだけでよかったのではないかと考えてしまう。

 

(別に…こいつらに同情する訳じゃないけどっ!)

 

 帝国の人間たちが可哀想だと考えたのではない、まして助けようなどとは思わない。しかしそれでもこれほどまでにやるのはマズいのではないか。奈落の底に落ちるように暴力に酔いしれてしまうのではないか。そこまで考えてしまう。だからスッと音もなく隣に忍び寄った気配に気付かなかった。

 

「無論、ここまでする気は自分達もありやせんでした」

 

「お前は…確かパルだったっけ」

 

 隣に現れた影…パルは頷くと静かに会場を見つめる。虐殺は終わり、皇帝が最後一人虚しく奮闘を続けているが相手が自分たちの長カムである以上決着は目の前だろう。現に皇帝の攻撃はすべてがむなしく空振り避けているカムは感情を移さない目で皇帝を見ている

 

「長が言ってたんです。帝国に侵入してから聞こえてしまったのだと」

 

「聞こえて?…何を」

 

「同族たちの怨嗟の声です。…この国で故郷へ帰れず玩具の様にして殺された同胞たちの声が聞こえてしまったんです」

 

 カムもまた手早く終わらせるつもりだった。だがこの帝国に来た時から、牢に捕らわれてから強く死んでいった同族たちの声が聞こえ始めたというのだ。

 

「玩具の様になぶり痛みつけ飽きたらあっさり殺し、また新しい亜人を捕まえて痛みつける。この国の人間たちにとっては自分達亜人族は同じように考え笑いあうような人ではありません。ただの奴隷…いやそれ以下です」

 

 ぞっとするような声だった。自分より何歳も年下の少年が出すような物ではない冷たい声。パルを見て見ればその小さな両手から赤い雫がこぼれている。パルもまた先ほどまで人の臓物を抜き取っていたのだ。

 

「だから惨たらしく殺さなければ同胞たちの恨みは晴れない、晴れる訳なんてない。…つっても自分たちはコイツらではありません。女子供までは手を出さないつもりです。…どいつもこいつも同じ罪人だとは思うんですが、まぁそこは飲み込みましょうか」

 

 はぁとあくまで仕方なくと言ったパル少年の声が怨みの深さを感じる。会場にいるハウリア族の人たちは全員無表情だ。パルの話が本当なら激情を押しとどめ殺戮しているのかそれとももはや何も感じなくなっているのか、清水には判断できない。

 

 そうこうしているうちにカムに応戦していた皇帝の足首が抉り取られていた。背後にはあの老人。カムの威圧感のせいで判断がつかなくなっていたのかそれとも老人の気配の隠し方が巧かったのか。…恐らく両方だろうと清水は冷や汗をたらしながら判断していた。

 

 帝国最強と呼ばれた男が地に伏した。それがどういう意味なのか分からないものはいない。

 

「さて、これでこの帝国も終わりですね」

 

 淡々と告げたパル少年の声がこの帝国の末路を感じさせるのだった。

 

 

 

 

 その後の話をしよう。帝国最強の男皇帝ガハルドが地に扮した時点で勝敗は決まった。後は流れ作業の様に契約として『現奴隷の解放』『樹海への不可侵・不干渉の確約』『亜人族の奴隷化・迫害の禁止』『その法定化と法の遵守』これらを守らせることにした。

 一度ガハルドが断るモノの、皇太子バイアスがライトで周りからよく見えるように引きずり出されると悪態を喚き散らしているうちに内側から爆発。

 それでもガハルドが頷かなかったためカムが会場の壁に手をかざし蒼い光を纏ったかと思うと極太のレーザーを射出。会場の部屋を破壊し道筋にあるすべてを一瞬のうちに消し去る光景を見て唖然とする皇帝たちに優しく頭の髄にまで響くように伝えた

 

『さて、私一人ではこの国を潰すのに夜明けまでかかりそうだが…今我が同族たちはこの帝国内いたるところに待機している。…この言葉が分からぬ貴様ではあるまい」

 

 この言葉が決定的だった。カムと同じような異常な力を持つものが国のいたるところにいると判断した皇帝は全面降伏を宣言。数々の契約を守る旨をつげ、ここにハウリア族の勝利が確定した。

 

 

 

 

 

 

 その後、帝国の後始末を終えたハジメ達は解放された亜人たちを再生魔法やら魂魄魔法やらを香織が使い治療を施した後飛空艇に急遽取り付けられた籠で運ぶことになった。無理矢理大きな籠のような乗り物で運び出される亜人族たちだったが少しの間我慢すれば故郷に帰れるので大人しく空の旅を楽しんでいる。

 

「で、カムさん。あのレーザー砲ってかその他もろもろなんだけど説明してくれる?何で身体能力が上がってるのとかその纏ってる蒼い燐光とかさ」

 

 デッキにてカムにあの殺戮劇の全容を聞くコウスケ。ほかのハウリア族は全員フェアベルゲンに先に送った後カムは事情の説明をするために

残ってもらったのだ。

 

「この光の詳細は分かりません。ただ私たちは便宜上『闘気』と呼んでいます」

 

「『闘気』とな」

 

 むくりとコウスケのオタク心が出てくる。隣のハジメや清水も顔は神妙になりながらも目がきらきらと輝いている。

 

「はい、それでなぜ使えるようになったかのかと言うと…実はこの闘気に目覚める前に声が聞こえたのです。コウスケさん貴方の声が」

 

「む?でも話しかけた覚えはないし、そもそも距離が」

 

「そうですね、だからもしかしたら幻聴だったかもしれません。しかしあなたの声が聞こえたの同時期に私たちはこの力に目覚めたのです」

 

「むー俺にそんな力あったっけ?」

 

 頭を抱えてみるが自分にそんな力があったかは思い出せず、うんうん唸ればハジメと清水が合点いったように声をあげた

 

「たしか、僕達のステータスプレートにも変化があったはずだからもしかしたらその延長かも」

 

「オレもお前に助けられてから魔力が上がったからな、多分そんな力があるんだろお前には」

 

「うーん?」

 

 2人に言われればそんな気がするがやっぱり心当たりは無い。そんな様子にカムは苦笑している

 

「もしかしたらですが、以前とは違ってコウスケ殿やハジメ殿はとても明るくなられた。そのことが影響しているのかもしれませんな」

 

 そんな風に締めくくるとカムは朗らかに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと結局リリィの婚約は破棄になったの?」

「そう…ですね。帝国も今回の騒動で婚約が白紙になってしまうほどのダメージを受けたみたいで」

「良かった。あんな国に嫁がなくて本当によかったね!」

「あの、香織?一応国一つ滅びかけたのですから、もっと言葉を選んだ方が」

「良いのあんな国滅んじゃえば。女の子の恋の方がよっぽど大事だよ?」

「どちらにせよ本当に良かったですぅ!これでリリアーナさんもチャンスができましたね!」

 

 先ほどからすごく楽しそうに会話をしているのはハジメ達一行の女性陣だ。特に香織とシア、ユエの三人はリリアーナの婚姻が白紙になった事にわがことのように喜んでいる。

 

「え、えーっとシアさん?チャンスって一体」

「またまたぁ~そうやって白を切って~…私の口から言わせてほしんですか?」

「リリィもう自由恋愛ができるんだよ。ならもう遠慮する必要なんて一つもないの」

「あの、2人とも何を言ってるんですか?」

 

 2人の剣幕に若干引きながらも尋ねるとユエがずいっと顔を近づけてくる。なぜかいつにもましてユエの無表情が怒っているようにも感じ軽くホラーだ。

 

「リリアーナ。貴方コウスケの事が好きじゃないの?」

「コウスケさんの事を私が?…え?いえいえ?まさか…え?」

「恋する乙女の顔をして気付かなかった…だと」

「ユエ、なぜそこまでショックを受けておるのじゃ」

 

 ユエから指摘されリリアーナの頭の中にコウスケが浮かび出てくる。そのコウスケに助けられたことや話をしたことダンスを踊った事、今までの記憶が蘇る。不思議で変な人だと思った人は色々と表情を変え、そんな変で変わった魅力を持つコウスケはいつしか気が付かぬうちにリリアーナの中で大きくなっていた。

 しかし今まで恋愛のれの字もなかったリリアーナにとってはそれが恋愛感情と言われても首をかしげるしかない。

 

「う、うーん。確かによくコウスケさんの事を思い出しますけど…」

「それが恋って奴なんですぅ!さっさと気づきやがれですぅこのにぶちん!」

「ねぇリリィ無自覚な恋心って駄目なの。ちゃんと自覚しないとダメ。相手の事を知ろうとした行動が逆に相手を深く傷つけて嫌われる原因になるの」

「か、香織?まるで自分が体験したようなことを言うのはどうしてですか?」

「…若さゆえの過ちって辛いね」

「香織!?私が悪かったからそんな悲しそうな顔をしないで!?」

 

 暗く思いつめた表情になっている香織に謝りながらもリリアーナは自分の気持ちを整理する。

 

(私がコウスケさんの事を!?でも確かによくコウスケさんの事を思い出せますし、一番安心できる異性だとは思いますけど…)

 

 自分の感情を整理しようとしてそれでも答えが分からなく、困った顔をすればティオが諭す様にゆっくりと話しかけて来る。

 

「なにも焦る必要はないぞリリアーナよ。きっかけは些細なものかもしれぬ。そうじゃのぅ…あのダンス。お主はコウスケと踊ってみてどうじゃった?」

「…そうですね。あの時は…」

 

 コウスケとのダンス。あの時は皇太子から助けられた礼を言いにダンスを誘ったのだ。ダンスはとても楽しかった。コウスケのおぼつかない足取りに恐る恐ると言った手の取り方。そのどれもが丁寧に扱われていると知って嬉しかった。皇太子に暴行されそうだったので尚更だった。

 

(そしてダンスが終わって…っ!?)

 

 抱きしめられたことを思い出したリリアーナは今更顔から火が出そうなほど真っ赤になった。あの時は自分の未来を悲観していたためそこまで考えてはいなかった。しかし今思えば異性にあそこまで抱きしめられたのは生まれて初めてでしかも

 

(全然嫌じゃなった…寧ろ安心した)

 

 助けたいというコウスケの言葉、行動がリリアーナの心を支えてくれていたのだ。そしてあの行動から察するに、自分は強く想われているのだと気付いた瞬間胸の鼓動が高鳴り、胸が切なくなっていく。

 

「ほぅ…気付いてしまったようじゃのぅ。その甘く切なく蕩けるようなもの、それが恋じゃよ」

「へぇあ!?あ、でもわったし」

「ふっふふ 焦らない焦らない。私達は恋する乙女の味方」

 

 どもる自分の前ではニヤリつくユエ。見渡すと他の女性陣も同じような顔をしている。

 

「恋する乙女の可能性は無限大。でもまだまだ貴女は孵ったばかりのひよっこ。私たちが全力でサポートする」

 

 顔は笑っているが声はどこまでも真剣な声音のユエから逃げるように視線をさまよわせるが遠くにいるコウスケを見た瞬間また顔が赤くなる。そんなリリアーナを女性陣は慈しむ様に見守るのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで第5章は終わりですね。
長かったーーー
感想待ってます!


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登場人物紹介

一度やって見たかったのです。
オリジナル設定がありますがあんまり気にせずです。

ちょっとした設定程度だと思って読んでくださーい

いつも夜遅くに投稿申し訳ないです


 

 

キャラクター紹介

 

 コウスケ

 

 この物語の主人公

 

 目が覚めたらありふれ世界で何故か天之河光輝に!?となった男。何故、どうしてと混乱しながらも南雲ハジメの旅に同行することとなった。

 性格はノリが良く明るいが、何かとすぐ悩みを自分一人で抱え込む。元の世界ではオタクだったのでハジメとは話がよく合い悪ふざけをすることも。

 原作を知っているという事に苦悩していたが、ハジメにすべてを打ち明けることで解放された模様。しかしまだまだ彼の苦悩は続く。

 どうやら解放者たちと関係があるみたいだが…?

 

 分からない事理解できない事は後回しにするという酷い悪癖がある。また元の世界で色々あったせいで、醜悪な物を抱えている。

 メンバーの中で唯一の社会にもまれた人。社会人と書いて… 他のメンバーは高校生が3人に元王女に族長の娘に一族の姫、そして神の人形。何か思うものがあるも出さないようにしている。

 

 戦闘ではタンク役。敵の攻撃を一手に引き受けその間に仲間たちが敵を殲滅する。『守護』と言う蒼い盾を出すことができ、『誘光』で敵を引き付ける。怪我は『快活』で自分で治すという能力を持っているがこの頃活躍が無い。本人も自覚している模様。

 

 風伯と名付けた剣を持っている。片刃で肉厚の剣であり、オスカーの錬成所後で発見しハジメに修繕した後愛用の武器となった。がこの頃振るわれていない。ほかにもいろいろ小道具があるがこれらも使われていない。かなしみ

 

 仲間たちとの関係は良好。ハジメとは呆れられるもオタク談議で盛り上がり、ユエにはいじられる。シアとは一緒になってはしゃぎまわりティオを頼りにしつつ時たま弄る。一時期香織がとても怖かった。今では苦手意識が少なくなった模様ハジメとの関係を祝福している。清水が生きてくれたことにとても感謝している。そして弄る。弄り倒す。ノインとは名付け主でもあり魔力を吸われる側でもあり原作に関しての愚痴を暴露されたりと主従関係は安定していない、それでも本人は満足そうである。どМ疑惑あり。

 

 彼の旅は終わらない。真実を知るまで苦悩は続く。

 

 

 

 

 

 

 南雲ハジメ

 

 原作主人公でありこの物語のもう一人の主人公

 

 原作と同じように奈落に落ちてしまうが、一緒に落ちてしまったコウスケに心身共に救われる。魔物の肉を食べたが白髪にはなっていない。左腕もあるし右目もある。誰かさんの介入のおかげで大きな怪我はしていない。

 今までクラスで除け者にされていたので友達と言う存在に憧れがあった。初めての友達となるコウスケに全幅の信頼をしており一緒になってはしゃぐこともしばしば。

 

 仲間内での一応リーダー。しかし本人にそのつもりはない。でも頼りにされると断れない気質。身内にはチョロ甘。

 

 女性陣に対して一応保護者のつもり。香織との関係は好かれているのは嬉しいけど彼氏彼女関係になるには早いようなでも憧れでもあるし香織は可愛いしと色々年相応の思いを持っている模様。「まだ」告白の返事を返していない。今は恋愛よりも同性との馬鹿騒ぎを楽しみたい様子。

 

 清水とは共通の友人を持つ友人の様な、それよりも仲がいいような…他のクラスメイト達よりは信頼や友情を感じている。時たまゲームの話もするので完全に打ち解けるのは時間の問題。

 

 旅の始まりと比べて人への対応の仕方がかなり柔らかくなっている。口調もどんどん以前のものに。仲間との交流が彼の険を取り除いていく。

 

 自分の錬成品に関しては一家言がある。褒められると調子に乗ってさらにとんでもない物を作る。なので仲間内では錬成=何でも作れると思われている。本人は否定している物の凄いドヤ顔をしているので説得力がない。

 

 旅の目的は日本へ帰る事。終わりは着実に近づいている

 

 

 

 

 

 ユエ

 

 奈落の底にいた吸血姫。元々はある国の王族だった。が仲間内から忘れられている。本人も気にしていないしそもそも忘れている可能性すらある。もしかしたら自分が吸血鬼だという事すら忘れているかも?

 助けてくれた2人に強い感謝と親愛の情がある。大抵2人のはしゃぎ様を見守っている。小さな姉。

 精神的に大人なので仲間内ではお姉さん気分…だが傍から見たら一緒になって騒いでいるようにしか見えない。見た目相応ともいう

 女性陣とは仲がいい、古参メンバーなので女性陣のトップである。女子会もしている模様。シアとは特に仲がいい。香織は可愛い妹分。ティオはたまに尊敬している同年代の気分

 

 仲間内では魔力が2番目に高い。魔法を使う事に関してはトップクラス。その事が誇りだったのだが清水の存在で強い危機感を持つ。慢心駄目絶対の気持ちで一から魔法の勉強中。清水の魔法の腕前は良い刺激になったようでその事についてとても感謝している。最も恥ずかしいので口には出すつもりはない。

 

 実は軽度のコミュ障。仲間内なら問題なく話せるが、他人となると扱いが急に雑になる。本人も薄々自覚はしているようで治さないとなーでも面倒だなーと考えているらしい。割とズボラ。常時は無表情ではあるがよく表情が変わる。ニンマリ口角をあげたり微笑んだり。コウスケと絡むと表情の変化が一番激しい。

 

 手先が器用で仲間内の服に関しては彼女が担当している。裁縫に関してはお手の物、修繕も問題ない。シア曰く「女の子のたしなみってレベルじゃねーですぅ!」との事。気が付いたら服を何着か作っている。マジで?

 

 妖艶?なにそれ食えるの?

 

 

 

 

 

 シア

 

 天真爛漫の元気兎。はしゃぐとにかくはしゃぐ。ピョンピョン飛び跳ねる。そしてプルンプルン揺れる。誰かさん達いわく「もう慣れた。そもそもクーパー靭帯どうなってんの?」「…たまに捥ぎ取りたくなる」との事

 

 仲間内では元気いっぱいに動き回るムードメーカー。ノリに乗ってはしゃぐ年ごろ。彼女が居れば暗い雰囲気がすっ飛んでいく。シリアスブレイカー。だが気遣いも忘れない。仲間内ならうさ耳を触ることを許可する。しかしハジメに関しては駄目。一度触らせたらあまりにもテクニクシャンで腰が抜けてしまった為。

 

 魔法は使えないが身体能力が高い。見かけは細いが繰り出す力は唸りをあげる威力。しかし最近慢心気味。旅に出てから幾度なとなく戦うものの彼女が苦戦した経験は数えるほど。吹けば飛ぶような連中では彼女の危機感をあおることができない。非常にマズイ状態。強化フラグがたっていないともいう。だが彼女にはほかの仲間達にはいない存在がいて…

 

 彼女が作る料理は絶品。大抵食った人は絶賛するが本人的にはまだまだのつもりらしい。そのせいで持ち回りだった料理当番が彼女担当になってしまった。本人は満足そうなので問題はないが。家事炊事掃除など一通りの事はできるが料理だけは妥協を許さない。裁縫が凄まじい人が近くにいるから対抗心が燃え上がるのだろう。

 

 旅の目的は恩返しであったがもう一つの目的として同性の仲間が欲しかったというのがある。その目的は概ねかなえられており女性陣とはいつもニコニコと嬉しそうにおしゃべりをしている

 。手作りのお菓子やお茶を持ち出してはきゃっきゃっと話す。甘党なので良くスイーツを食べる、太らない体質のせいなのか外見に変化はない。「…シア、ひどいよぅ」

 

 実はハジメ達の財政管理は彼女が担当している。旅の当初は経済概念が低かったがすぐに慣れてしまった模様。というよりもほかのメンバーが趣味嗜好品を多めに買ってくることが発覚したので彼女が担当し無ければいけないというべきか。

 節約や無駄のない買い物、食材の見極め方はもはや主婦染みている。が、貯蓄しているお金も凄い事になっているので彼女の頑張りはあまり目立たない。

 

 服装は露出が少ないものを着用している。旅の当初は露出過多だったが街についてコウスケから頼まれたことで肌を極力隠す方面にした。最初はコウスケが照れ屋だからと思っていたが、町の男性たちの自分を見る不快な視線が多かったので意味を言葉ではなく心で理解した模様。

 今となってはどうして昔の自分はあそこまで肌をさらけ出していたのか疑問にすら思っている。

 

 

 最近、愛用品であるドリュッケンについて思う事がある模様

 

 

 

 

 

 

 

  ティオ

 

 知識豊富な竜人族の女性。着物にボインボインである。「…ブラしてねぇのかな?」とは誰かの言葉である。

 

 仲間内では一番落ち着いている。誰かが珍騒動しても驚かず呆れていることが多い。年の功ともう言うべきか。知識は豊富、しかしコウスケが色々知っているため余り役には立っていない。

 

 本人は魔法が得意、しかしユエと言う大きな壁が立ちはだかる。争う気はないものの、焦りを感じている。自分には何か強みが無いかと模索中、ハジメ曰く良い考えがあるらしいが…?花開くかどうかは誰にも分からない。

 

 当初で会った時の変態性は香織のおかげで完治した模様。振り返ればあの時はどうかしていたと思うモノのあれはあれで楽しかった様子。しかしそのせいでか影が薄くなったのではないかと危惧している。

 

 仲間たちを見る目は完全に若さをうらやむ大人。本人は若いはずなのにどうしてなのだろう?

 

 実はいつも着ている着物はユエに作ってもらった物。当初は何枚か着替えがあったが紛失してしまったので、困っていた所ユエが四苦八苦して作り上げたらしい。その間はシャツなどでごまかしていたとか何とか「ボインが強調されるんでやめて欲しいっす」おかげでユエの裁縫技術がまた上がってしまった。

 

 ところでなんで同行しているんじゃった?…まぁいい些細な事じゃろ

 

 

 

 

 

 白崎香織

 

 ハジメラブ。もはやそれは恋ではなく執念である!…悲願達成?

 

 奈落に落ちていったハジメを心配し猛特訓、無事合流できた時は本当に嬉しかったとか。そしてそのまま流れるように(友人の助けもあるが)告白。返事はまだ受け取ってないがハジメの傍にいるので幸せ

 

 コウスケの存在に度々疑問を覚えていた。合流する前は天之河光輝とは性格がまるで違う事、合流した後は何故か光輝の事をよく知っているようなそぶりで演技をしていた事。普通は知らない人を演じることができません。

 

 海底遺跡で話をしたことによりコウスケがげろったため、疑問は晴れる。しかし原作と呼ばれる世界の話を聞いて思う所が出てきた模様。コウスケに感謝している。が、感謝だけではなく……

 

 仲間内の女性陣のおしゃべりが楽しいのか良くユエやシアティオと会話に花を咲かせている。ノインも誘うが居づらそうにしているためおせっかいだったかとしょげる。クラスメイトの清水が性格が変わり以前とは違ってイキイキとしているのを良い事だと思っている。このままハジメとも仲良くなれたらいいなと考えている。

 

 体はノイントになっておらず、またコウスケもノインもその事について説明する気もない。香織自身はそのまま治癒術を極めるつもりである。

再生魔法との相性が抜群なのでもし何かあったら私が何とかしないと、と常日頃から魔法の修練に余念がない。よっぽどあの橋での出来事が堪えたようである。

 

 

 彼女は南雲ハジメの事が好きである。好きで好きで好きで大好きで……そして彼女は気付いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 清水幸利

 

 

 コウスケに助けられたイレギュラー。原作と同じように魔物のパンデミックを引き起こそうとしていたがハジメ達に阻止された。やけくそになったが魔人族により瀕死の重体へ。そのままハジメにとどめを刺されそうだが、コウスケの手により無事生還。助けられたことに感謝し彼の手助けになるように暗躍し無事合流。規格外メンバーにツッコミを入れつつも順調に馴染んでいる。

 

 性格はネクラで癇癪持ちだったが瀕死になった(実際死んだといってもいい)時にコウスケの必死の治療で助かりそのおかげで生まれ変わったかのように憑き物が落ちる。改心後はクールになっているが彼もまた年相応にはしゃぐ。

 

 彼の旅はコウスケの手伝いと自分の贖罪のためである。どんな理由があろうとも一つの町を滅ぼそうとしたのは間違いのない事実でありまた何人か冒険者が死んでいるのも事実。旅について行けば罪を償う事も出来るのではないかという考えもあったりする

 

 戦闘では闇魔法と魂魄魔法での状態異常の魔法を使う事を得意としている。又はデバッファー。しかしながらハジメとユエの銃撃と魔法には敵わないと考えており、役に立てるかどうか少し不安に思っている。洗脳魔法は懲りたので使う予定はない。

 

 自分がいないときどんな旅をしていたのか仲間たちに聞いている模様。そして少しづつ手帳に記録している。人の話を聞くというのもまた自分の経験になるようでハチャメチャさに驚きながらも知識を蓄えまた楽しんでいる。

 

 以前とは言葉遣いや全く違う性格にはとある理由があり…しかし分かっていて放置している。全ては自分自身(清水幸利)のためである

 

 

 何だかんだでこのファンタジー世界を楽しんでいる模様。

 

 

 

 

 

 ノイン

 

 イレギュラーその2。元神の使徒『ノイント』だったがコウスケから名前と魔力を与えられノインとなった銀髪と碧眼の少女。

 

 マスターであるコウスケの事を好ましく思っているが、本人に伝える気はない。調子に乗ってしまうと困る。

 

 コウスケから魔力を補充しているときに原作の事を知った模様。特に驚きはせず、逆に原作に対して歪んでねじ曲がった感情を持つコウスケの方に興味を惹かれる。そのため何かとコウスケが思っていることをわざわざ口に出して言う。歪んだ表情をするコウスケの顔は『人間』として魅力的であり中々の見物であるらしい

 

 銀の翼は生えておらず身長は香織より低い。元々ノイントだったときから失敗作だったらしい。詳細は不明。だが本人は特に気にしていない『あれ(エヒト)が作ったものですから不完全なものも出来るでしょう。それがノイントだっただけです』とは本人弁 

 

 戦闘は何でもこなせる。主な武器は短槍。ギミック入りの槍をハジメからもらったが、持て余しそうだと不満を呟いている。主と同じようにシンプルイズベストが良いみたいだ

 

 体は間違いなく女性であり少女としての完璧な肢体をしている。が胸は無い。ぺちゃぱいでありつるぺったんである。本人は気にしていないが。

 

 実は女性陣との付き合い方に困っている。体は少女であっても心の方は女性的ではないので女性陣との付き合いがやりにくくて仕方がない。香織から女子会に誘われて困惑しているのはそのため。無難に過ごすやり方を模索中。それともいっそ慣れてしまうか。性別は無性と言うのが正しい。

 

 原作を知っている身なれど深く介入する予定は無い。ある意味彼女こそが傍観者である

 

 

 

 

 

 

 リリアーナ

 

 コウスケにとっての思わぬイレギュラー。ハイリヒ王国の王女様。

 

 金髪碧眼の美少女であり意外と戦闘能力もある。が何かとハジメ達に助けられてばかり。仕方ないね。勇者が奈落に落ちたことによって原作とはずれた行動をした人間でハジメ達と最初に合流した場所はウルの町である。本人はいなくなった清水を探す手伝いだったらしいがコウスケにとってみれば予想外だった。フットワークが軽すぎるともいう。

 

 あれやこれやで命は助けられる・ウルの町を滅亡から防いでくれる・賊相手の薄い本案件からひき逃げアタックで助けられる・そのまま魔人族の侵攻から王都を救われる・そして望んでいない婚約を滅茶苦茶にして白紙にしてしまうなど色々な面でハジメ達に助けられている。

 

 本人はお礼がしたいのだがハジメ達は受け取らないしお金では稼いでいるハジメ達にとっては無用なものでそもそも物品ではハジメの方が高性能と何もできずにいて困っている。王族の面目はつぶれているが誰も気にしていない。

 

 コウスケに対して淡い恋心を持っている。本人はずっと無自覚だったが最近女性陣のせいで自覚しつつある模様。リリアーナ自体夢見る少女な面もあり、助けてくれたコウスケに惹かれるものがあった。相手は白馬に乗った王子様ではなく乗り物に乗るとヒャッハーする変人であったが…「あれはダメ男に恋をしてしまうタイプです。間違いない」

 

 現在は飛空艇で樹海に移動中。皇帝の契約が滞りなく終わったら国へ帰る予定。その事でちょっぴり寂しそうにしているが鈍感な阿保は気付かない。

 

 

 

 

 

 

 召喚された方々

 

 八重樫雫。畑山愛子・以下略

 

 ハジメのクラスメイト達。現在は復興を手伝う者、変わらず訓練を続けている者、ひきこもっている者、等々思い思いに王都で生活している。恵理の件はやはり大きな動揺があったが愛子と雫が支えているので大きな混乱には至っていない。コウスケは彼らについて思うところがある模様

 

 檜山大介

 

 香織に対して歪んだ恋心を持っていたが清水とメルドによってあっさり失敗に終わってしまった。牢屋の中で捕縛されていたがコウスケの魂魄魔法により心を無理矢理いじられる。結果常識と道徳心を増幅され、自分が行ったことについて懺悔する毎日を送るようになる。現在大人しく服役中。自分の贖罪について考える日々を送っている

 

 中村絵里

 

 天之河光輝に対して歪んだ恋心を持った少女。メンヘラとコウスケから呼ばれている。檜山と同じようにクーデターは失敗に終わりエヒト側からあっさり見捨てられた。しかしそんな事も気づかずコウスケの魂魄魔法により永い眠りについている。

 

 彼女の世話は谷口鈴が主にしている。騎士団から蛇蝎の如く恨まれているので彼女の部屋は遠く人気のないところに置かれている。と言っても彼女もある意味被害者のなので騎士団連中もどうする気もしないのが事実。

 

 本人は永い眠りについているがどんな夢を見ているかは誰にも分からない。実は今もなおコウスケの事情を知らないでいる。知ったところで信じるかどうかさえ怪しいものだが。

 

 

 

 王都の人たち

 

 メルド・ロギンス

 

 復興を頑張る騎士団団長。恵理のクーデターの時に清水と協力し鎮圧させる。その後魔人族によって被害が出た王都を騎士団を使って治安を回復するために働く日々を送っている。そのためこの頃お疲れ中、副長であるホセからは日頃から業務を押し付けた罰だとからかわれているが、まさしくその通りであり、ホセもまた目に隈を作って業務をしているので何も言えない。

 

 王国の軍事再編成のために人事移動を考えている。団員のトップを増やすべきか。候補はニート・コモルドかアラン・ゾミスか、引退を考える歳ではないが若い連中にも気張ってもらわなければと考えている、今を時めく中年おやじ。この頃白髪が増えてきた。

 

 最近の楽しみはまだ子供だと思っていたランデルがいっぱしの大人の顔を見せることが増えてきたこと。小さい頃から見てきた少年なので成長は嬉しいのだ。何かにかこつけて剣の訓練をせがみ王の在り方を聞いてくるランデルにホッコリしつつ今日も団長は苦手な事務作業を頑張る。

 

 

 

 ランデル

 

 平和に暮らしていたはずなのにいきなり父親が死亡し、国を魔人族によって攻められた王族の少年。

 

 コウスケとの会話により父親との別れを整理することができた。まだまだ寂しさはあるものの、泣いてばかりではいられないと奮闘する。まだ自分ができることは少ないと力量を知っているので、人との交流にて自分の見識を広げる毎日。今の所聞く相手は騎士団長メルドと新しく教皇の立場になった、シモン・リベラールと言う老人である。

 

 神が邪神でありすべての元凶であるという事は姉であるリリアーナから聞いてはいるものの実感がわかないので、シモンの話を聞き、神とは、リベラール家口伝の自由の意思とはどういう意味かを考え悩み相談する。

 

 偶に召喚された人たちの様子も見ている。心配もあるが異世界日本の知識も気になっている模様。神を特に信じていない国にカルチャーショックを受ける。時間が空いたら畑山愛子に歴史でも聞いてみようかと思案中。

 

 新しい世界へと着実に進む少年の未来は明るい。

 

 

 

 

 ハジメたちと交流のある人々

 

 

 ハウリア族

 

 族長カムが率いる兎人族たち。初めは気弱で温厚な種族であったがハジメ達により戦士としての覚悟を手に入れる。着実に研鑽を積み重ねる毎日にある日いきなり力が湧いて出てきた。困惑するも蒼い見たことのある光の色によりコウスケの力によるものだろうと納得し、力の使い方をモノしてしまった。

 

 帝国にいた亜人族たちを一人残らず救出する事に成功する。ついでに帝国の軍人たちを虐殺する。どうやら聞いてはいけない声を聴いてしまった結果らしい。どっちにしろ惨たらしく死ぬかあっさりと死ぬかの違いでは無いかと考えるも、最も嫌悪する帝国兵の様にならないよう心の研鑽中。

 

 実はフラストレーションが結構溜まっている。手に入れた力で亜人族を助けることはできたもののあくまで自分たちのためであり恩人であるハジメ達には何も恩を返せていないことが原因。

 戦う事を教わりながら何も恩を返せないのは人としてどうなのだろうかという考えがハウリア族の中で漂っている。兎は受けた恩を絶対に忘れないのだ。恩返しは倍返しだ!

 

 カムは久しぶりに出会ったシアについて思うところがある模様。娘の笑顔が増えたことについては好ましいが…うーむとうさ耳をピコピコさせている。

 

 

 

 ウィル・クデタ

 

 とある依頼で出会った冒険者になる事夢見て様々な出来事を経験したうえで夢をかなえた貴族の青年。

 先輩である冒険者達を目の前で亡くすという悲劇に見舞われるも、それでも挫けず幼少からの夢をかなえた。

 コウスケとは気さくに話ができる関係。恩人という関係もあるがウィルの人となりの方が強い。コウスケにとってウィルの穏やかな気質は非常に心地いい。

 

 冒険者を始めてからまだ月日は浅いものの依頼を根こそぎ受けて達成する手際の良さから瞬く間に緑ランク…下から5番目にまで達してしまった。本人はランクについてどうでも良い様子。そんな事より冒険だ!と日々を楽しく生きている。この調子だと黒まですぐである。

 

 実家の家族とは疎遠になってしまったが手紙を出している模様。マザコンではなくファミコン。家族思いの青年なのである。

 両親は冒険者になったウィルが心配で仕方がない。手紙を読んでは無事な事に安堵している。上2人の兄は長男は豪快に笑ってウィルの成長を喜んでおり、次男はそんな長男に神経質な顔をしながら手紙の頻度をもって多くしろと愚痴をぼやいている。要はツンデレ。

 いつまでたっても家族にとって末っ子は可愛くて可愛くて仕方がないのである。

 

 まだまだ彼の冒険は終わらない。

 

 

 

 

 

 ミュウ

 

 エリセンに住む海人族の少女。フューレンの人買いの連中にさらわれていたところをハジメ達に助けてもらいエリセンに届けられた。故郷に帰ってからは母親であるレミアと仲良く過ごしている。さまざまな出来事を経験したからか母親の手伝いを自主的にするようになったらしい。甘え癖もなくなった。

 

 よくハジメ達と一緒にいたころの話をレミアにしている。年上の人たちに囲まれた日々は楽しかったようでユエ達の様なレディになりたい、なってみせると豪語している。そんなミュウをレミアは慈しむ目で見ている。そんな美人母娘を町の自警団の連中は尊いものを見る目で見ている。

 日々の疲れは仲のいい母娘を見ることで癒されるらしく親子を助けてくれたハジメ達に何か恩を返さねばと街の自警団の連中は語っている。

 

 

 

 

 

 敵、又は障害

 

 フリード・バクアー

 

 魔人族の軍団長。とっても偉い立場なのに王都侵攻をするものの全く持って成果は得られなかった。無能 

 グリューエン火山でハジメに奇襲を仕掛けるも事前に知っていたコウスケに妨害されてしまう。そこから運の尽き。コウスケに無意識で掛けられた魂魄魔法のせいでじわじわと己の進行する神と魔王に疑問の目を向けてしまう。

 

 王都で再戦し、コウスケに懐柔されかけるも狂信者イシュタルの言葉によって結局敵対することになった。だがコウスケの魂魄魔法は凶悪で冷酷であり人の意識を一瞬で変えてしまう悪辣で無慈悲な物

 

 呪いは確かに届いている

 

 

 

 イシュタル・ランゴバルド

 

 エヒトを絶対とする狂信者。原作では2,3行で退場してしまった哀れなモブだったがこの物語では無事生還。やったねイシュタルちゃん!

 

 エヒトを絶対的なものとし、歯向かうものはすべて醜悪と断じる狂人者の鏡。神殿騎士やエヒトに信仰する敬虔な信徒をつれ姿を消していった。エヒトに敵対する限りまた姿を現すといかにもなセリフを吐いていた。ハジメ一行まさしくげんなりである。

 

 ある意味この物語で一番幸せな奴 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天之河光輝

 

 この物語で一番の被害者

 

 

 

 




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第6章
祭を眺めながら


遅くなっても申し訳ないです
それでは恐らく苦い6章の始まり始まり~




「……」

 

綺麗な月が上る、夜中にてコウスケはフェアベルゲンの広場が見渡せる見張り台でぼんやりと座っていた。

 この見張り台はフェアベルゲンを見渡せる一番上にあり、絶好の隠れ家スポットを見つけたコウスケは見張りの亜人族に無理を言って

使わせてもらっていたのだ。

 

 崖下の広場では亜人族たちが輪になって踊り、騒ぎ、奴隷から解放された亜人族を祝っていた。その数はまさしく国全体で祝っていると言っていいほどの数であり騒ぐ人たちの様子は皆喜びを露わにしていた。

 

 仲間達もまたその輪の中に入っており主にハウリア族を中心として歓待を受けていた。ハジメはカムと話しており、ユエはハウリア族たちからもみくちゃにされており、シアは久しぶりの家族に会えてご満悦。ティオは何やら森人族の令嬢?と会話をしており、香織は多種多様の亜人族たちからアイドルの如く熱狂的な騒ぎを引き起こされており苦笑している。

 

「あーそう言えばこの街治したの香織ちゃんだっけ」

 

 フェアベルゲンは魔人族の襲撃によって所々が燃え尽き崩壊していたのだ。その様子を見た香織は再生魔法で街を修復。ものの数分で元の美しい景観に変わったフェアベルゲンを見て亜人族たちは香織にありったけの感謝を告げたのだった。

 

 

 

 

「ここに居ましたか。マスター」

 

 そんな感じで陽気に踊る亜人族たちを眺めていたら上空から声が聞こえてきた。コウスケはそちらに視線を送ることもなく返事を返す。

 

「どうしたノイン?混ざって来ないのか?」

 

「それはこちらのセリフですよっと」

 

 とすっと音を立てコウスケの横に着地するノイン。特に追い返すつもりもないのでノインの好きなようにさせる。

 

「下では宴会騒ぎをしているのにマスターは混ざらないんですか?」

 

「あー 俺はちょっと遠慮しておくよ」

 

「ほぅ…理由を伺っても?」

 

 気のせいかノインの目がきらきらと輝いているような気がする。嘘を言ってもいいのだが、どうにもすぐに見破られそうだし、本音を話すことにした。

 

「…あの場にいても心の底から楽しめるとは思えないんだ」

 

「と、言うと?」

 

「何なんだろうな?解放されたあの人たちを見ていると、どうしてもムカついてくるんだ」

 

 帝国からの奴隷と言う立場から解放された亜人族たちを見ていると、コウスケの心に澱んだものが出てきたのだ。

 

「自分たちは何もしていないのに、いとも簡単に奴隷から解放されて当然の様に受け入れているってのがな。…気に入らねぇんだ」

 

「そのイラつきは、貴方の日本での立場によるものですか」

 

 少し驚き、ノインを見るが、その真っ直ぐな視線はどのような感情が含まれているのかは分からない。ただ何となく見透かされている気がした。

 

「…かもな。社会人は奴隷なんて言葉をよく聞いていたけど。あの頃を思い返せばまさしくだ」

 

 社会人としての義務。したくもない仕事に対する責任。上司からの期待。後輩の指導。常識に雁字搦めになる日常。現実逃避の様に拭ける趣味。何もかもが重圧と化していたコウスケにとってはまるで自分の人生そのものが社会の奴隷の様だった。

 

「…アイツ等には助けてくれる人がいて、俺にはいない。居る筈がない、社会の奴隷を助けてくれる人なんている筈がない。だから解放されてそれで終わりのアイツらが心底羨ましくって気に入らない」

 

「社会人として生きるためには、奴隷のように生きるしかない。しかしそれが当たり前であるのがマスターの生きる日本なんですね。…息が詰まるような世界ですね」

 

 膿の様にくすぶっていた物を吐き出すと、少しだけ気が楽になった。

 

「本当は奴隷から解放されてよかったねって言うべきなんだけどさ、やれやれいつになったらこのネガティブ思考はなくなるのやら」

 

「一生ものだと思いますよ?それより、彼等はこれからどうするのでしょうかね?」

 

「一生って…まぁいいや、それよりこれからって?」

 

 溜息を一つ。ノインの言葉を反復すれば、コウスケを見ていた視線を亜人族たちに移す。下の方の宴会騒ぎは終わりがなさそうだ。それもそうだろう。この日は彼らにとっての記念すべき日なのだから。

 

「解放された元奴隷たちです。人間たちにされたことを忘れず怨み続け何時の日か復讐を果たすのでしょうか。もしそうだとしたら未来永劫復讐の輪廻は断ち切れずに争いは続くのでしょうね」

 

 その声は嫌に明るくどこか他人事だ。一切の悲観さが込められていない辺り実にノインはイイ性格をしている。同じようなことを考えながらもコウスケも亜人族たちを見る。

 

「さてな、そこまでのアホな事ができる元気があるといいんだけど。って言ってもそんなアホな事どうせカムさんが止めるだろ」

 

「そうでしょうか?短気で浅慮なプライドだけが無駄に高い亜人族の長…最優六種族の長達に扇動されたらほいほいついて行くのが目に見えていますが」

 

「かもしれんが…やっぱりそれは無いな。だって見て見ろよ」

 

 コウスケにつられて下の広場を見ればハウリア族の周りに解放された亜人族たちが集まっている。その集まった亜人族たちは種族全てがバラバラで、皆恐る恐ると言った様子だがハウリア族たちに礼を言っているようだ。

 

「ただここでどうすることもできなかった連中より実際助けてもらった奴らの方にすり寄るのは当然だろう?だから後はハウリア族の人たちがどうにかしてくれるさ」

 

 恐る恐ると言った様子の亜人族たちをハウリア族の人たちは快く受け入れてる。そんな彼らを見ればまぁなんとなるのではないかとコウスケは考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでしばしノインとくだらないことを会話としていると下の方から声が聞こえてきた。

 

「はぁ…はぁ…やっとで見つけた。お前らこんな所にいたのかよ」

 

「お、清水。どったん?」

 

「お前を探していたんだってば!フェアベルゲンに付いたと思ったらどこかにふらふら行きやがって…南雲はそのうち帰ってくるって言ってたけどよ」

 

 荒い息を吐きながらやってきたのは清水だった。その両手には大きな袋をぶら下げており、コウスケの横にドサリと降ろしふぅと大きく息を吐き出した。

 

「なにこれ?」

 

「食いもん。お前を探しているってハウリア族の人たちに聞いて回った時に渡されてな」

 

 ゴソゴソと袋を漁る清水から渡された物は木の葉にくるまれた食べ物でほんのりと暖かい。清水に礼を言い渡してくれたハウリア族の方々に感謝をして一口。

 

「あ、ウメェ」

 

「だろ?いっぱいあるからここで食べようぜ。ちょうど隠れ家みたいないい場所だし」

 

「そうですね。宝物庫にもそれなりのものがあるので私たちは私達でいただきましょうか。…そういえばどうして清水様はここに?他の方々とは?」

 

 ノインの疑問に清水はガリガリと頭を掻く。そして恥ずかしそうにぽつりと一言。

 

「…あの場所だとオレの知らない人が多いから…」

 

「あー言われてみれば俺もハウリア族しか知っている人いないな」

 

「私もですね」

 

 3人共、亜人族たちとは関わり合いが無いのだ。何となく顔を見合わせどちらもともなく苦笑するとささやかな食事を始める。知り合いが少なくても気やすい間柄で食べる食事は美味いものだ。

 

 

 

 

 

 

「しっかし本当に亜人をこの目で見ることになるとはな」

「何か気になる亜人族でもいるのでしょうか清水様」

「んー特定のだれかって訳じゃないけど…やっぱ森人族は気になる」

「ああ、アルフレックっていう人の種族だな。耳が長くて肌が白くて顔が整っていて…なぁ清水」

「なんだ?」

「あれ森人族っていうけど、…本当はエルフっていうんじゃ」

「…………だよな」

 

 

 

 

「で、コウスケお前は?好きな亜人族でもいるのか」 

「マスターはうさ耳が触りたいと言ってましたね」

「へぇなら兎人族が好きなのか」

「……ごめん本当は狐人族の方が好きなんだ」

「マジですか。なら今からでも合いに行けば?」

「でもエキノコックスが怖くて…」

(…この世界だと感染症ってどうなるんだろう?)

 

 

 

 

 

「あと土人族…ドワーフも好き」

「え”!?あのひげもじゃが?」

「だって可愛いじゃん。手足が短くてずんぐりむっくりで転がしたくならない?」

「ねぇよ」

「ないですね」

「あれぇ?」

 

 

 

 

 

「でもやっぱ亜人族って可愛いな」

「獣耳ですか?そんなに良いのでしょうか?」

「ワカル。ピコピコ動くところなんてすごく良い」

「だよなぁー …所でずっと思ってたんだけどさ。獣耳ってレントゲン取ったらどうなるんだ?」

「ブフォッ!?いきなり何言いだすんだ!?」

「シアを見ているとなんかすごく気になってさ。ほら俺達の耳って中に鼓膜があってそのまた内側に三半規管があるだろ。

じゃあうさ耳とかはどうなるんだ?頭蓋骨と直結しているとなると脳に直接音が響いてんのか?」

「むむむ、確かに改めて言われれば気になるな…」

「尻尾は?どうやら性感帯だけど神経は動物とほぼ同じなのか?考えれば考えるほど知的好奇心が溢れてくる」

「……この変態共」

「「!?」」

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで3人で食事を済ませ亜人たちを見ながら好き勝手雑談をしているとふいにノインが視線を下に向けた。何だろうと?マークを浮かべる男2人に構わず何事かを呟くと清水の上着をがっちりと掴む。

 

「うぇっ!?いきなりなにすんの!?」

「清水様フリーフォールはお好きですか?好きですよね。今から体験させてあげましょう」

 

 清水の返事も待たずにいきなり体を広場の上空にぶん投げるノイン。哀れ清水。空を飛ぶ手段がないのでじたばたと手足を動かすがそのままでは広場に落ちてしまう。

 

「ではマスターごゆっくりと。『今夜はお楽しみですね』」

 

 コウスケに含みのある言葉を言うと清水に向かって空を跳躍していくノイン。あとに残されたのはいきなりのノインの珍行動に固まったままのコウスケだけだった。

 

「何やってんだアイツ…」

 

 呆れて声を出すが返事をするものはいない。視界には清水をキャッチして広場へと下降していくノインが見える。取りあえず頭を掻くと仕方がないのでその場に座る。どうしたものかと考えながらももう少しだけこの場に居たかった。その時下から声が聞こえてきた

 

「やっとで見つけました…ここにいたんですねコウスケさん」

 

「君は…リリアーナ?どうしてここに」

 

 ふぅと溜息をつきながらやってきたのはリリアーナだった。驚くコウスケをしり目にリリアーナはトサリとコウスケの横に腰を掛けた。

 

「ここは良い場所ですね。皆が見えて空に近くて…まるで隠れ家の様です」

 

「一応ここ見張り台なんだけど…まぁいいか」

 

 言葉はさりげないものだが、どうにも体がそわそわしているリリアーナ。その様子から自分と話がしたいのかと思い当たり障りのない話題を振ることにする 

 

「どうしてここに?」

 

「コウスケさんを探していたんです。ハジメさんに聞いたら『馬鹿は高いところに行きたがる』って」

 

「アイツ…はぁでもなんでまだフェアベルゲンに?ガハラド?ガラハド?…ガラハゲ皇帝は国へ返したんだろ?」

 

「ガルハド皇帝の契約の証明は無事に終わりましたので問題はありません、私は…どうしてもあなたに会いたくてここに残りました」

 

 ドキッとしたコウスケは思わずリリアーナの顔を見る。顔が赤い。とても赤い。照れを隠そうとしてもどうすることができないそんな彼女にコウスケも緊張をする

 

「えーっと何か用でございますかな」

 

「……四回目」

 

「んん?」

 

「助けてくれたのはこれで四回目です」

 

 婚約破棄の事だろうかと頭を巡らせるコウスケ。その考えで会っていたようでリリアーナはコクリと頷く。

 

「四回も助けられたんです。だから、だからあなたに恩返がしたいんです」

 

「えあ、や、気にしなくても…」

 

「どうすればあなたに恩を返せますか。私は…私は貴方にならどんな事をされても構いません」

 

 消えるような小さな声で、体を震えながら精一杯、絞り出す様に言うリリアーナ。何故と、思わずコウスケは答えてしまった。

 

「どうしてそこまで…どうして俺にそんな事を言うの」

 

「それは…」

 

 コウスケに問われたリリアーナは何度か深呼吸をする。さっきから煩くて仕方がない胸の鼓動を無理矢理落ち着かせる。そしてコウスケの目を見て震えてそれでもはっきりと声に出した。

 

 

 

「私は貴方の事が好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女は押しまくってこそ」

「あれは鈍感ですからねぇ~はっきりと言わなければ気付かないですぅ!」

「言葉は不要。いけ、そしてヤれ」

「香織…お主さっきから顔が怖いぞ」

 

 女性陣達からコウスケの恋心に気付かされたリリアーナは応援されながらもコウスケを探していた。本当は皇帝が国へ返されたときに

自分の国へ帰る予定だったのだがハジメに無理を言って残してもらったのだ。

 

 近衛騎士や侍女たちはすでにゲートを使い国へ返した。視線から応援されていることに気付いたリリアーナはハジメ達(主に女性陣)からアドバイスを受け?コウスケを探し、そしてついに見つけたのだった。

 

(落ち着け…落ち着くのよ、リリアーナ!)

 

 恋心を自覚してからコウスケを見るのはとても気恥しく、本来ならもっと雑談をして緊張が取れてから思いを告げる予定だった。

 

(はわわわ!私なんで言ってしまったの~!?)

 

 だが本番は思いのほか緊張してしまい、すぐに思いを告げてしまったのだ。もっとクッションを入れてから、もっと場を盛り上げてから、等々頭の中に思考が巡るが、やってしまったものは仕方ない。目を瞑り口を僅かに突き出す。

 

 元々コウスケに悪感情などは抱いていなかった。思えば清水を助ける時に流した涙を美しいと感じたのが始まりだったのかもしれない。

そこからコウスケの事が気になっていき…そして何度も助けられた。何度も救われた  

 

(言葉は嘘じゃない、私はこの人になら…)

 

 芽生えたものが恋と言うにはまだ人生経験が少なく、状況に焦っているのもまた事実。しかしこの胸の高鳴りとコウスケへの感謝と親愛だけは本物だった。

 

 暗闇の中来るべき唇の触感が来るのを待ちいったいどれほどの時間がたったのだろう。実際は数秒だったかもしれないがリリアーナにとってはまさしく数時間だった

 

 

 そして目の前の気配が近づいたのを感じ体が強張る。期待と不安の中リリアーナは…

 

 ぺちんっ

 

「あいたぁっ!?」

 

 額に軽い衝撃を受けたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 額をさすりながら目を開けるとそこにはケラケラと笑うコウスケの姿。その顔はいかにも小馬鹿にしているようだ。

 

「ばーか、お子様がませるんじゃないって」

 

「なっ!?」

 

 折角の決意が馬鹿にされたと思い憤慨するリリアーナ。怒りはすぐに沸き上がった。

 

「何ですかその返事はっ!こ、こっちは真剣に」

「はえーよ、はえーよ。そんな助けられてぐらいにで人に惚れんなってば。そんなんだからチョロインって呼ばれるんだぞ?」

「そんな簡単に惚れていません!それに何ですかチョロインって!?」

「男に優しくされたらすぐ惚れる女の子の事を言う。こんなダメ男に惚れているまさしく君の事だな」

「違います!私はチョロインなんかじゃありません!私は!本当に!あなたの事が!好きなんですっ!!」

 

 怒りに身を任せ、正面から自分の好意を告げるとやはりどこかおかしそうにクックと笑うコウスケ。その様子にリリアーナは頬が膨らんでしまう。自分でもなんて幼い事をしているんだと思いつつも怒りはいまだに収まらないのだ。

 

「ごめんごめん、でもせめて俺に告白をするんならあとはち…いや六年ぐらいは立ってからかなー。今のままじゃ俺は犯罪者確定だ」

 

 なでなでと頭を撫でられてそんな事を言うコウスケにリリアーナは子ども扱いされているのかと憤慨する。しかして撫でられているのは存外気持ち良く、ぐぬぬと声が出てしまった。

 

「んーでも無下に断るのは失礼だし、そうだな。まずはお互いの事を知ってからじゃないのか?」

「…お互いの事ですか」

「そういうこと、要するにまずはお友達からってことだ。俺も君もお互いの事を何も知らなさすぎるだろ」

 

 あやすように言われてしまえば、反論するには材料が足りず、往来の人の好さからもしかしていきなり踏み込み過ぎたかと考えるリリアーナ。

 

「…分かりました。ならまずあなたの事を」

「リリアーナから教えてくれ。いきなり告白してしまう君の事を俺は知ってみたい」

 

 コウスケがどんな人なのか知ろうとしたが、さえぎられてしまった。むぅっと思うもそこでリリアーナは気付いた。

 表情はいたって穏やかなのに耳が物凄く真っ赤に染まっている事に気付いたのだ。見ればコウスケ自身もどこかそわそわしているように見える。

 

(…手応えあり?)

 

 もしかしてなんとか顔に出さない様に堪えているのではないか。動揺を気付かれないように演技しているのではないか。そう考えると

ほんの少しだけ可笑しくなった。

 

「ふふっ分かりました。なら私から話しますね」

「おう」

「その前に一ついいですか?」

 

 首をかしげるコウスケに、リリアーナは最大の折檻案を出す。自分の好意と緊張を不意にされてしまったのだ。これぐらいは許されるだろうと考えて

 

「私の事をリリィって呼んでくれませんか」

 

 それはリリアーナの愛称。親しい人から呼ばれる自分の呼び名。親しい人だけにしか呼ばれたくない、気に入っている名前。それをどうしてもコウスケに呼んでほしかった。

 

 

「あー…分かったよ『リリィ』…これでいいのか?」

 

「はい!」

 

 月が見下ろす人気のないところで王女は花咲くような笑顔を想い人に見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




取りあえずはこんなものですかね?

ちなみにですが第6章はちょっとドロッとしたもの(人間関係)についての描写が多くなるかと思われます。
どうかご注意です


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ハルツィナ大迷宮

遅くなりました!
今回から迷宮でございます~

稚拙ですがよろしくです


 

 

 

「……はぁ」

 

 濃霧の中を歩く一行。その中ではコウスケは首に掛けられた白百合をモチーフにした精巧な形のペンダントをしげしげと見つめながら、深い溜息を吐いていた。

 

 現在ハジメ達はフェアベルゲンにある大迷宮、大樹までハウリア族と一緒に向かっていたのだ。濃霧は方向感覚を狂わせる力があるが

対して障害にはならず、魔物に至っては一度も目にしていない。

 

 そんな状態だったのでコウスケは朝のリリアーナとの出来事を思い返していた。

 

 あの晩、結局コウスケはリリアーナの話を聞いてたのだが、夜も深くなったころに疲労が出てきてしまったのかリリアーナがうとうとと目をこすり始めていたので、そのまま魔法で眠らせたのだ。リリアーナをお姫様抱っこで運び後の事は香織たちに任せ(この時女性陣達からは冷たい目線で見られた)自分はさっさと就寝。

 

 翌日の朝、気恥ずかしさからかお互いの顔をロクにみれない状態だったが、王国に帰るときになってリリアーナから白百合のペンダントを渡されたのだ。

 

 曰く

 

『このペンダントは、なぐ…希代の錬成師が作った長距離用の交信型アーティファクトです。私だと思って…と言うのは重いですよね。

 これと対になった物を持っていますので気軽に交信してください。私は貴方の力にはなれませんが話をすることはできますので、何かあったら…いえ何もなくても話をしてくれたら嬉しい…です』

 

 と、徐々に気はずしくなったのか後半から声が小さくなったリリアーナから渡されたものだった。

 

「…絶対、南雲が作った奴だろ」

 

 ペンダントをしげしげと眺めながらも溜息一つ。ゲートを渡り王国に帰ったはずのリリアーナからすぐに念のための通信が入り感度もまた良好だったことを考えるとどうしてもハジメが作ったものとしか考えられないのだ。

 

『あ!これ知っている!確かドラゴンクエスト1であった奴だったよね清水!』

『間違いなくあったぞ!確か名前は…王女の…何だったっけ?知ってるか南雲!』

『それがどうにも名前をど忘れしちゃって、王女の…確か二文字だったはず レトロゲーの事はあまりよく知らないんだよなぁ』

『オレもだ。ってわけで知ってるかコウスケ?』

 

「いやこれ絶対確信犯だろ!?」

 

 リリアーナから受け取った時のハジメと清水の妙に白々しいやり取りを思い返せばそうとしか思い返せない。

 そんなコウスケの受難を知ってか知らずか道案内をしている周りのハウリア族たちからは妙にほほえましい視線を受けたり、ニヤついているハジメと清水に落胆した表情の 女性陣、どうも自分とリリアーナとのやり取りを知っているとしか思えないコウスケだった。

 

 

 

 

「これが大樹…大迷宮の入り口か…」

 

 目の前の壁としか思えない枯れた大樹を見て唖然とする清水。話には聞いていたがやはり聞くのと実際に見るのでは余りにも違いすぎた。なにせ大樹の天辺さえ確認できず横幅も想像以上だ。そして中は大迷宮ときている。

 

「まるでデクの樹サマだな」

「あれよりかもデカいんじゃ?」

「???何の話?」

「「…知らねぇのかよ」」

「え?何その反応」

 

「…ん コウスケ 証を貸して」

 

 コウスケと清水のジト目にハジメが狼狽えるというやり取りに溜息をついたユエがコウスケに大迷宮の証を要求する。ハジメを弄るのは後回しと考えてコウスケはユエに証を渡すと、ユエはさっさと石板に証をはめていく。

 

「そう言えば懐かしいね。覚えている、以前君がここで失言を言ったこと」

 

「失言?何を言ったんだ?」

 

「『再生?なんだったかな』確かこんな風に言ったはずだよ」

 

「それのどこが…」

 

「あーなるほどそりゃ確かに失言だ」

 

「分かるのかSI☆MI☆ZU!」

 

「なんだそりゃ? ともかくその言葉って何が必要か知っている奴が思い出そうとしている言葉だろ。始めてこの場所に来る筈のコウスケがそんな言葉を言うのは不自然だ」

 

「あー言われてみればそんな事を言ったかもしれん」

 

「あの時から何か違和感があったんだ。思い返せばオルクスにいたころから予兆はあったけどね」

 

「若き日の俺は何とも杜撰だったとはなぁ…不覚」

 

 昔を懐かしむコウスケとハジメ。二人をほんの少しだけ寂しそうに見つめる清水であった。

 

 

 ユエが証をはめ、香織が再生魔法を使うと大樹に反応があった。光が大樹を包みだしたのだ。そのままハジメ達が見ている前で燦然と輝く大樹は、まるで根から水を汲み取るように光を隅々まで行き渡らせ徐々に瑞々しさを取り戻していく

 

 言葉に出来ない不可思議な感動を覚えながら見つめるハジメ達の眼前で、大樹は一気に生い茂り、鮮やかな緑を取り戻した。

 

 少し強めの風が大樹をざわめかせ、辺りに葉鳴りを響かせる。と、次の瞬間、突如、正面の幹が裂けるように左右に分かれ大樹に洞が出来上がった。数十人が優に入れる大きな洞だ。

 

「さて、出口ができたが…清水大丈夫か」

 

「お、おおおう、も、問題ないぞ」

 

 改めてできた入り口を見る清水は緊張しているようだ。無理もない清水にとっては初めての大迷宮だ。それに他のメンバーから大迷宮の悪辣さやいやらしさについて聞いているため緊張するなと言うのはとてもではないが無理な事だった。

 

「ふぅむ。良し!まぁ聞け清水。改めて俺達の頼れるイカれたメンバーを紹介しよう!」

 

「まぁた良く知りもしないネタを使って…」

 

 コウスケの無駄に元気な声に呆れたツッコミを出すハジメ。しかしコウスケはそんな言葉も聞かず謎のノリでメンバー指さしていく

 

「まずは吸血鬼のユエだ!こいつは魔法の天才だ。可愛い顔をしているからって侮るなよ?魔物を消し炭にするのは誰よりも上手い!」

「…否定はしない」

「続けてうさ耳の生えたシアだ!細い腕から繰り出される怪力に魅惑の太ももから出される瞬発力は誰よりもスゲェ!」

「…とても女の子の紹介をしていると思えないですぅ」

「お次は和風美女ティオだ!困ったら取りあえずこいつに聞け、いつでもその落ち着きと冷静さは誰よりも頼りになる!」

「…妾の力を説明するのではないのじゃな」

「そして香織ちゃん!怪我?そんなもん関係ねぇ!この子が居れば大怪我なんて言葉はどっか遠くに飛んでいくさ!」

「目標は重傷を一瞬で治すこと。まだまだ力不足だよ」

「まだまだいくぜ!一応俺の侍従ノイン!こいつの実力はわからねぇ!南雲と拮抗していたという噂があるが今はどんなもんか未知数だ!」

「器用貧乏です。そこそこって奴ですね」

「トリは我らが大将南雲ハジメ!チート?バグキャラ?違うねこいつを一言で表すならバランスブレイカーだ!」

「…確かに錬成が世界観崩壊させている自覚はあるけど…バランス?」

 

 ふぅと息を吐き清水の肩をガシッと掴み今度はノリが良い元気な声でなく真面目で真剣に清水を見つめながら声を出す。

 

「そして何よりも俺がいる。俺が必ずお前を守る。だから大丈夫だ。オーケー?」

 

「あ、ああ…ワリィちょっとテンパってた。もう大丈夫だ」

 

 今度こそ緊張が取れたのか肩の力が抜けた清水にポンポンと肩をたたくとずんずんと大樹の中に向かうコウスケ。その後ろ姿に呆れたわ江合や楽勝するなど様々な反応をしながら続いていくメンバーたち。

 

「ハジメ殿…頼みます」

 

「うん。ちゃんと見ておく」

 

 道案内を終えたハウリア族とカムの一言に頷くハジメ。とある約束をカムとしたハジメもまた皆の後についていくのだった。

 

 

 

 

 

「しっかしこの中に迷宮があるのか?」

 

「…ん、きっと魔法陣があるはず」

 

「そして別の場所に飛ばされるってのがいつものパターンだよね」

 

 大樹の中に入ったハジメ達。そこはドーム状になっており、大きな空間だけだった。溜息をつくハジメに仲間たちも頷く。

 

「まぁそうなるんだけど…しかしいいのか南雲。俺ならどんな試練か知ってるから教えて対策取れるぞ?」

 

「そうしてくれると結構楽なんだけど…そのせいで試練が合格したとみなされずに神代魔法が取れないってのが一番怖い」

 

「なるほど…」

 

 ハジメの言葉にふぅむと納得するコウスケ。確かに挑戦者の対応能力などを図るのが試練ならば教えて攻略してしまうのはルール違反かもしれない

 

(テストでカンニングしているようなもんか。…あれ?なら俺は?)

 

 そこでふと疑問に思った。だったら自分はどうなのかと。ある程度の試練の内容を知っており、なおかつ知りながら行動している自分は挑戦者とみなされているのかと疑問に思ったのだ。

 

『内容を知っていても実際に攻略できるかどうかかもしれませんよ』

 

『なるほどなるほど 確かにそうかもしれんな』

 

 ノインの念話で納得するコウスケ。その時足元の魔法陣が出現し強烈な光を発した。

 

「皆、移動したら周りを警戒すること。離れたら合流優先。良いね」

 

 全員がハジメの言葉にうなずく中。コウスケはノインの続く言葉には気付くことができなかったのだった

 

 

 

 

 

 

『もしかしたら貴方だけが特別なのかもしれませんよ?マスター』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び光を取り戻したハジメ達の視界に映ったのは、木々の生い茂る樹海だった。大樹の中の樹海……何とも奇妙な状況である。

 

「樹海からまた樹海か…」

 

 周りの景色を見て清水は一言。気を取り治し、周りのメンバーを確認すると全員が周囲を警戒しているようだ。

 

「取りあえず離れ離れってことはなさそうだな」

 

「……どうかな?」

 

 事前の話で離れ離れがデフォだと聞いていたので、皆がそばにいることにひとまず安心した清水だが声をかけたハジメはいささか不機嫌な表情で香織を見ていた。

 

「?白崎がどうかしたのか?」

 

「ん―― 足りない 何もかも足りないね」

 

 清水の返答をおざなりに返すとつかつかとハジメは香織に近づく。首をかしげる清水だったが、その後の光景に目を向くこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

「南雲君、どうやらほかに敵はいなさそうだよ」

 

 ホッとした表情でハジメ笑いかける香織。しかしハジメは香織に返事を返さず香織の目を見る。その表情は真剣そのもので難関であり悪辣な大迷宮であるこの場にはそぐわなかった。

 

「えっとなぐ」

 

 困ったように笑う香織。しかしその言葉は最後まで続くことができなかった。

 

 グシャッ!

 

 ハジメの鋭いハイキックが香織の顔に直撃したからだ。ハジメの余りにも急な行動に驚く仲間たちだがハジメはいたって冷静そのものだった。

 そのまま顔を陥没させられた香織は地面にドサリと音を出して倒れ込む。余りにも急なハジメの行動にはっとと仲間たちが我に返る。

 

「おい!南雲、お前いきなり何してんだ!」

 

 真っ先に反応したのは清水だった。いきなりのハジメの行動に我を忘れてしまったが、仲間を攻撃するなんてどうかしている。特に好意を持たれているはずの香織ならそれこそ。

 声を荒げるがハジメは倒れ込んだ香織を見ている。その視線が何よりも冷たいものだったため何か違和感を感じた。その違和感をぬぐうように倒れた香織の身体を見てうげっと苦い顔をしてしまう清水

 

「なんだこれ…」

 

「魔物が擬態していたんでしょ。よくもまぁつまらない真似をする」

 

 香織だったものの身体は赤銅色ののスライムだったようで一拍おいてドロリと溶け出すと、そのまま地面のシミとなった。

 

「うへぇ…でもまぁ偽物が見つかって良かったな。さっさと香織ちゃんを見つ」

 

「そうだな、さっさと」

 

 ザグッ!

 

 コウスケの言葉に大迷宮のいやらしさを痛感し、返事を返した清水だったがまたもや言葉を失ってしまった。何か重く切り分けるような音がしたのだ。音のした方を見て絶句した。

 声をかけてきたコウスケの胸から槍の刃先が生えていたからだ。ビビッて後ずさりをする清水は槍の刃先が同じように赤銅欲の粘着力のある液体がくっついているのに気付いた。

 

「理解しましたか清水様。これが悪趣味の解放者たちの試練という物ですよ」

 

 コウスケ(偽)に突き出した槍を切り上げ上半身を両断するノイン。そのまま倒れ込むスライムは解けて地面のシミとなってしまった。

 

「話には聞いていたけど、やっぱ想像以上だ…」

 

 清水のつぶやきにほかの女子三名も深く頷き苦い顔をするのだった。

  

 

 

 

 

 

 その後、はぐれてしまったコウスケと香織を探すために樹海の中を進むハジメ達。道中の魔物は前衛であるシアとノインが左右の警戒はユエとティオが撃ち漏らしや後方からの敵はハジメと清水が担当をすることとなった。

 

「でりゃぁっですぅ!」

 

 シアの振るうドリュッケンが超巨大蜂型魔物を薙ぎ払っていく。 黄色と黒の毒々しい色合いと、ギチギチと開閉される顎、緑色の液体を滴らせる針、わしゃわしゃと不気味に動く足、そして赤黒い複眼、不気味で嫌悪感溢れる姿だが、シアのドリュッケンの前では只の虫と何も変わらなかった。

 

「良し!ですぅ!」

 

 大量に襲ってきた魔物を薙ぎ払いひとまず殲滅が終わりガッツポーズをするシア。()()()()()()()()()()()は問題ないようであり、出だしは驚いたものの大迷宮の攻略は順調に感じられた。探している香織もコウスケも不覚をとる様な人物ではない。

 

「ノインさん!そっちも終わりましたか!」

 

「問題ありません。作業終了です」

 

 同じように前衛に出ているノインに声を掛ければ、たった今アリ型の魔物の脳天から槍を引き抜いているところだった。初めてノインとタッグを組んで前線を任されているが、シアはノインの実力に頼もしさを感じていた。

 

 彼女の戦い方はいたって堅実で相手の動きを魔法で阻害し、槍で急所を貫くという力で粉砕する自分とは全く違いながらも巧みな戦い方だったのだ。自分ではマネできなさそうなその動きは実に上手い。

 

「ここら辺の魔物では話にならないですぅ この調子ならコウスケさんたちもすぐに見つかるはずですね!」

 

「……そうですね」

 

 機嫌よく話すシアだがノインはどこかシアの顔…正確にはうさ耳を見たまま何事か考えている様だった。何だろうかと思い首をかしげて聞いてみる。

 

「どうかしたんですか?」

 

「シア様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「?どうぞ」

 

「そのうさ耳でマスターたちを探すことはできませんか?」

 

 うさ耳をじっと見たまま提案するノイン。対してシアとしては困ってしまった。確かに兎人族である自分ならうさ耳を使い周りの声を聞き分けることができるが今いるのは迷宮の樹海だ。様々な音と魔物の声が響き渡り2人の声はうさ耳に聞こえていないのだ。

 

「…そうでしたか」

 

 その事を伝えるとノインは、さして表情を変えず進んでいく。その背に期待に応えられなかったかなぁと考えるシアだった。 

 

 

 

 

 

 

「しかしまぁ始まる前から仕掛けてくるとは悪辣だな」

 

「そうかな?四つの迷宮を攻略すること前提の迷宮だと考えれば納得できることだと思うよ」

 

 こちらハジメと清水は歩きながらコウスケと香織の痕跡がないかを探りながら行動していた。2人とも無事なら何かしらの行動を起こすと考えての探索だった。

 

「それにしてもさっきはよく気付いたな」

 

「ん?」

 

「白崎の事、他のメンバーも気づいてなさそうなのをよく見分けられたなって。アレかやっぱ愛の力ってか」

 

 先ほどの偽物を気付いたことをからかい気味に聞く清水。自分はおろか付き合いが長いはずのユエ、シア、ティオまでもが気付いていなかったのだ。ハジメだけが気付いていたとなるとこれは愛の力かとからかう。しかしハジメは清水に苦笑を返す。

 

「愛の力って… まぁそうだったらよかったんだけど」

 

「そうだったらって?」

 

「ん…あの偽物には足りなかったんだよ」

 

「なにが?」

 

 口を開き、言いかけてハジメは口を閉じた。魔法陣で転移されたときに探られた感触があったので何かしらあるだろうなと予感はあった。実際見たときに気付いた。しかしそれよりも徹底的なのがあった。あの偽物が自分を見る視線、それが香織が自分を見るものと違って圧倒的に足りなかったのだ。

 

 しかしその足りなかったものを清水に言うべきか。いずれ分かることかもしれないが、どうしても自分の口からは言えなかった。もし言ってしまったら白崎香織と言う女の子を乏しめてしまいそうになったのだ。 

 

 

「あーちょっと言えない…かな?」

 

「…もしかして聞いたらダメな奴?」

 

「んんー そう…かもね。多分時間の問題だと思うけど」

 

「分かった。なら聞かないでおく」

 

 何かあると配慮してくれた清水に内心感謝するハジメ。何時か香織のあの感情が表に出てきてしまうかもしれないが今はまだ秘密にしたかった。

 

 

 

 そんな事を話していたからか、背後からカサリと音が聞こえた。自分の気配感知が反応しないその気配。そして覚えのある視線。向けられる感情。いささか感じるものが普段とは違う感じがしたが大本は変わらない。苦笑したハジメは背後に振り向き話しかける。

 

「白崎さん?そこにいるの?」

 

「うぇ?」

 

 ハジメの声に慌てて振り向く清水はそこに何かの小さな気配があり草むらの中をこそこそと動いているのを確認する。慌てて杖を構えるが気配は一向に出てこない。ハジメの言葉が本当なら居るのは香織のはずだが何故隠れているのだろうか。疑問に思う清水はチラリとハジメを見ると視線を受けたハジメは頷き一歩前に出た。

 

「大丈夫。僕は君を見間違えない。だから出てきてくれないかな」

 

 出来る限り優しく、いつもの調子で声を出すとおずおずと草むらから出てきたのは一匹のいわゆるゴブリンに酷似した生き物だった。暗緑色の肌に醜く歪んだ顔、身長百四十センチメートル程の小柄な体格でぼろ布を肩から巻きつけている。

 

「ゴブリン!?南雲、お前確か白崎って」

 

 杖をゴブリンに向けながら清水はハジメに反論しようとしたが、違和感を覚える。そもそもゴブリンとは一般的に弱い部類の魔物に当たる、なのにどうしてこの大迷宮にいるのか。何故目の前のゴブリンは敵意を見せないのか、そしてハジメが攻撃しないのか。様々なことを組み合わせると、どうにもハジメの言ってることは正しい様だ。

 

 

「ハジメさん!?香織さんが見つかったって…え?魔物?」

 

「…香織が魔物になった?」

 

「何かしら迷宮の魔法でも喰らってしまったのかのぅ」

 

 ユエやシア、ティオがやってきて目の前のゴブリンをしげしげと眺める。そこまでしてやっとで歩み寄ってきたゴブリンはハジメの前で一言

 

「ギュゥ…」

 

 と、鳴いた。その声は表情は分からないのにどうしてか悲しそうで、やはりただのゴブリンとは違う。微笑みながらハジメはゴブリンに歩みより、しゃがみ込んで視線を合わせる。

 

「ふぅむ。どうやら転移された後、姿を変えられたんだね」

「グギュッ!?」

「分かるの!?って?分かるよ。状況を見る限り判断しているわけだし、そもそも言ってることもなんとなくわかるよ?」

「ギュギュ?」

「はは、違うよ。魔物の言葉が分かるんじゃなくて白崎さんの言葉だから解るんだ」

「…ギュ」

「礼は良いよ。それより魔法とかは…無理そうだね。ティオ コレって階層を突破すれば元に戻るかな?」

 

 ゴブリン(香織)と問題なく話すハジメ。仲間たちはその会話能力にいささか引き気味である。

 

「む?あ、ああそうじゃな。きっと香織の姿が変わったのも試練の一つじゃろうから、…ここさえ突破すれば元に戻るじゃろ」

 

「そっか。それじゃ無事に白崎さんと合流したことだし、コウスケを探しに行こうか」

 

 そのまま香織に手を差し出すハジメ。その手を見て香織は嬉しそうに一声鳴き、飛びつくようにしてそれでもどこか遠慮しがちに手を取った。ほかの仲間たちは何とも微笑ましそうにハジメと香織のやり取りを見ている。

 

「良かったですね。香織さん。すぐに気づいてくれて」

「グギャグギャ」

「ん、これも愛?のなせる技」

「むぅここまで行くと末恐ろしいものが…まぁ良いか」

「ところでコウスケはどこなんだ?」

「そこらへんで道草でも食べているのでしょう」

 

「おーい皆、さっさと行こうよ」

 

 ハジメが呼びかけるので移動する仲間たち。結果として香織と合流できたものの最後の一人コウスケはいまだに行方知れず。痕跡を探して歩きまわるのだった。 

 

 

 

 

 

 

「これは、また…」

 

 腐臭と死臭 引きちぎられた肉片の数々。あちこちに散らばる元は生きていたであろう魔物の死骸。暴れたと思われる木々の折れ方。そして前方に見える紅い惨劇場の真ん中で木の枝を持つ小柄なゴブリン。 

 

「グギャッ!ギギギガ、カカカ!」

 

 壊れた笑い方をするゴブリンは執拗に傍にある死骸に向かって木の枝を振り続ける。何度も打ち下ろし続けたせいか枝が折れ、武器をなくしたゴブリンは次は自分の拳を死体に向かって振り落とす。何度何度も執拗に。壊れても、まだ狂喜が収まらないとでもいうのが如く

 

「…確認するんだけど、コウスケだよ…な?」

 

「間違いありません。魔力反応からしてマスターであることは事実です」

 

「…あんなに凶暴だったの?」

 

 魔物に代わってしまった友人兼恩人の余りの変わりように若干引き気味の清水。そんな清水の疑問はバッサリとノインが切って捨てた。

 

「そのケは元からあったようですが…南雲様の方が詳しいのでは?」

 

「僕?どうだろ…この頃戦う事が無かったからね。力を持て余しているからかな」

 

 死体を殴り終えたのか大きく肩で息をするコウスケ(仮)。新たなる獲物が居ないかキョロキョロと見回してこちらに気付き目を見開く。最もゴブリンの顔が醜悪なので傍から見たら殺意をみなぎらせている様しか見えないが

 

「グギョッ!?ギャギャ!グガッガガガ?」

「はい、私達ですマスター こちらは全員無事です。そちらは…随分とお盛んだったようですね」

「グッ!?ギッギギ…グゲゴ」

「魔物の数を減らしておきたかった?言い訳としては随分と稚拙ですね。遊んでいたの間違いでしょう?」

「グゲッ……ガギョグヒュルキュル」

「露骨に話を逸らしましたね、まぁいいでしょう。装備品はすぐにでも回収しに行きますのでさっさとマスターもこっちに来てください」

 

 気まずそうな気配を出しながら仲間達に近づくコウスケ。しかし先ほどまで魔物を肉弾戦で屠ってきたのだ。体中う魔物の体液と血が付着しており匂いもまたきつかった。溜息一つつくとノインは無詠唱でコウスケに水魔法をぶっかける

 

「グギャアアアア!??」

「何を叫んでいるのですか。ご自身がどういう状態か理解できないのですか」

「ギャッ!ガギグゲゴ!」

「冷たい?寒中水泳だ?文句は自分で魔法が使えるようになってから言ってください」

「ウゴゴ…」

 

「あのやり取り…間違いないなぁ」

「これで合流成功、ハプニングはあったけど、ここから迷宮攻略、始めて行こうか」

 

 ぷんすかと拳をあげて抗議するコウスケと相手にしないノイン。そのやり取りはいつもの姿で清水は呆れた声を出し、ハジメはやれやれと肩をすくめて迷宮を歩き出すのだった。

 

 

 

 

 




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気楽な道中と悪辣な罠

遅くなりました
ごゆっくりどうぞ―


 

「まぁ、動かないんだからこうなるよねー」

 

「グギャギャャヤ!!」

 

 先ほどまでは壮絶だった攻撃が、時間がたつにつれて弱弱しくなっていく眼前のトレントを見てハジメはそうつぶやいた。

 

 装備品を無事回収し、樹海の最奥にて明らかに周囲の木々とは異なる巨木を発見したハジメ達。その巨木がいきなり暴れ始めたのだ。

 ここでハジメとユエがさっさと終わらせようとしたところ清水とノインの任せてほしいと頼み出たので承諾。今清水とノイン以外の仲間は休憩を取っている

 

「流石に任せっぱなしは…な」

 

「少しでも経験は稼いでおきたいところです」

 

 鞭のようにしなる枝、刃物のように鋭い葉、砲弾の木の実、地面から咲く槍の根。その事如くを短槍一本で防ぎ受け流し、背後にいる術者の清水を守り抜くノイン。

 

「ふむ、中々頑丈ですね」

 

 集中砲火を受けるノインだったが実に涼しい顔で攻撃を枝を防ぐ。呟くのは目の前の敵に対してではなく今自分が振るっている獲物短槍に対してだ。南雲が錬成し作り上げたその槍は振り回し易く、頑丈さが想像以上だった。先ほどから魔物に対して振るっている物の未だに刃こぼれや強度が損なわる事は無かった

 

 ノインが攻撃を防いでいる間に清水は闇魔法を使い黒い靄を発生させる。動けずにいたトレントは黒い靄に包まれてしまった。

 

「『猛毒』!『脱力』!『腐蝕』!『錯乱』!まだまだ行くぜ!」

 

 清水の得意魔法、闇魔法は、相手の精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されている。

 しかし清水はこれに飽きたらず、身体異常…相手の身体に直接影響をおこなえる魔法なども組み込むことにしたのだ。

 

 その清水の魔法によってトレントは徐々に生命力を失っていく。瑞々しかった葉は枯れていき、枝は垂れ下がりいまにも折れてしまいそうだ。根は腐ってゆき、大木と言っても差し支えなかったその幹は内部から嫌な音を立ててひび割れていく。

 

「えぐいな…あの靄、普通の魔物だったら何とかして避けて被害を減らそうとするけど、根を張るから動くこともできやしない」

 

「…だから魔法を直に受ける。使い方を考えれば清水の魔法はとても脅威」

 

「うぅむ 確かにあの様な魔法は妾も苦手じゃ。何せ直接的な魔法しかできぬからのぅ」

 

「クゥゥ」

 

「そうだね。あれが清水が選んだ戦い方。僕達にはなくて、僕達では考え付かないやり方…うん、なんだやればできるじゃないか」

 

 ハジメの目にはノインに守られながらも魔法を連発する清水の姿がある。その姿はがむしゃらで、しかしウルの町の時とは全く違って

何とも輝いて見える。他のクラスメイトをねたんでいた割には清水もちゃんと強かったのだ。誰かが可能性を指摘していなかった、ただそれだけだった。

 

「グギャギャ!!アッキョウ!」

 

「分かっているってばちゃんと認めているよ。それよりも応援するのは良いけど邪魔しないようにね」

 

 生命力にあふれて居たトレントは今やもう見る影もなく腐っていた。ノインが防御の構えを解き投げ槍の姿勢に入った。どうやらこの階層はもう終わりの様だ。 

 

 新しく加わった、成長著しい清水とそつなく役割をこなすノインを眺めながら、ハジメはこれから先の試練について考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレントを問題なく倒し、入り口となった洞に入り魔法陣で転送されたハジメ達。莫大な光で視界を塗りつぶされハジメ達が転移した場所は最初と同じ樹海だった。

 

「ここは…って俺戻ってる!?」

 

「ティオさんの言った通りコウスケも白崎も戻ってるな」

 

「白崎さん大丈夫?」

 

 あたりを見回し次いで自分の手を見て叫ぶコウスケ。先ほどまで短く小さな緑色の肌だった手足はいつもの自分の姿に戻ってた。首と体をひねりながら確認しても問題はなくまた服も着たままだった。ホッと一息するコウスケの横ではハジメが同じように自分の身体をペタペタ触っている香織に気遣うように話しかける

 

「あ…ハジメ君、私戻っている?ゴブリンの姿になっていない?」

 

「ちゃんと戻っているよ。後遺症も…無さそうだね」

 

「良かったぁ~」

 

 ハジメがしっかりと顔を見て断言したことで安心したのか座り込む香織。ユエがニマニマと笑いながら香織の背中をポンポンと撫でさすりシアは苦笑している。

 

「あのままの姿で試練を受けさせることはないと考えたが、やはり問題なかったようじゃの」

 

「です。このまま足手まといを引き攣れて迷宮に挑めなんて性根が腐ってるにもほどがありますからね」

 

 ティオの考えに賛同するノイン。仲間全員が問題無いようで恐らく次の目的地になる樹海の奥を見る。空間の奥には先ほどと同じ大樹があり中には同じような魔法陣が仕組まれていそうだった。

 

「…あれ?」

 

「?どうかしたのコウスケ」

 

「いや…何でもない」

 

 訝しるような声をあげたコウスケに対してハジメは聞くが問題ないと首を振るとそうかと納得し警戒をしながら歩き始めた。

 

『なぁノイン』

『何でしょうか?』

『此処であってたか?…なんか違う気がするんだが』

『…覚えていないのですか?』

『南雲には偉そうに言ってたけど、原作を見たのはもう2,3年ぐらい前だしなぁ、おまけに後半斜め読みだったし』

 

 コウスケの記憶ではトレントが終わった後は何か違う試練があったような気がしたのだが、ノインは首をふるふると横に振った。

 

『覚えていないのならそれでいいではありませんか、南雲様達と同じように斬新な気持ちで迷宮攻略できますよ』

 

 そう言ってノインは歩きだしてしまった。何かなーと思いつつもハジメ達の後を続いて行ったのだった。

 

 

 鬱蒼と茂る樹海は周囲に虫の鳴き声一つ聞こえない静寂で満ちている。風すら吹いていないので葉擦れの音も聞こえない。ハジメ達が草木をかき分ける音がやけに大きく響いた。

 

(ここは何だったかな?うーん嫌な予感がひしひしと…)

 

 警戒しながらも『誘光』を使いながらハジメ達より前で歩くコウスケ。盾役である自分が前にいれば魔物の襲撃は防げるし何かあっても自分の能力なら頑強だという自負もあった。

 

(しかしこれを使うのも久々だなぁ…前に使ったのは、いつだったっけ?)

 

 自分の技能を思い返しながら苦笑してしまうコウスケ。なにせ戦闘があっても自分が活躍したことが少なくなって言ってるのだ。仲間が増えるたびに自分の役割が無くなっていく。今はもう『快活』は香織がいるため使いどころが無くなっている。

 

(仲間がいるから負担が減る…とでも思えばまだいいのかな)

 

 仲間が増えるたびに、強くなるたびに、自分の必要性を考えてしまうコウスケ。それは普段は考えないようにしている事だった。久々の迷宮で技能を使うという事からふと考えてしまったのだ。

 

 その思考が一瞬の判断を鈍らせた。

 

 ドバァザァァァァァァ!!!

 

「うおっ!?なんじゃこりゃ!?」

 

 ほぼ誰もが反応できない速さでコウスケの頭上から乳白色の液体が振ってきたのだ。バケツ一杯分とも言っていいほどの液体を頭上から浴びたコウスケは咄嗟に元の位置から距離をとる。そのコウスケの距離を取ったのとほぼ同時にハジメたちの頭上から何か水滴が降ってきた

 

「ユエ!」

 

「やってる!」

 

 あまりにも不確かな不意打ちで判断が遅れたがハジメの呼びかけにユエがすぐに『聖絶』で障壁を展開するのと同時にザァアアアアアッと土砂降りの雨がハジメ達を襲い、ユエの張った障壁に弾かれてその表面をドロリ・・・と滑り落ちていく。どう見ても唯の雨ではない。雨であるはずがない。ドロリとしたその粘性もそうだが、そもそもここは閉鎖空間であり空など存在しないのだ。

 

「ああもうべしゃぐしゃだ!」

 

 悪態を一言、顔に付いた乳白色の液体を乱暴にぬぐうとユエの障壁に合わせるようにコウスケは『守護』を使い仲間たちを覆い尽くす結界を張った。

 

「うぉおおっ!?地面からも出てきてんぞこの卑猥スライム!」

 

「なら私が分解します。くれぐれも触らない様に」

 

 足元から乳白色のスライムが出てきたことに驚く清水とは打って変わって冷静に『分解』を駆使し結界内の侵入者を駆除していくノイン。

 

 さらさらと細かな粒子となって崩れ去っていく乳白色スライム。スライムの典型的な攻撃といえば、その物理攻撃に強い特性を生かして接近し体内に取り込んで溶かしてしまうというものだが、どうやら溶かされる前に完全に排除できたようだ。

 

「うわわわっ!どうするんですかハジメさん!?このままじゃスライムの海に飲まれるですぅ!」

 

 悲鳴を上げるシアだったがそれもそのはず結界の外では今なおスライムが豪雨となって降り注いでいる。このままでは比喩表現無しで乳白所の海となってしまうの時間の問題だった

 

「あー…何とかできるはできるけど…」

 

「歯切れが悪いな、なんだ無理なのか!?」

 

「出来る。でもその代わり障壁をできる人は全員やってくれない?一応僕の方でも配慮はするけど」

 

 ハジメの言葉に疑問を浮かべるものがちらほらいたがすぐに結界を作れる香織、ティオ、ノインはすぐに自分ができる防御魔法をコウスケとユエの障壁に重ね掛けていく。

 

「なんだか嫌な予感がするですぅ」

 

「シアさん、オレもだ…」

 

 香織たちが魔法を使う間、特にすることが無いシアと清水はハジメの作業を眺めていたが、どこかに空間をつなげた円月輪?になにやら丸いものを宝物庫から取り出しては無造作にポイポイ放り投げているのだ。その姿は何故だがすごく悪寒が走り書きたくもない冷や汗が出てきてしまう。

 

「南雲…お前今何を入れているんだ?」

 

「うーん、色々だけど…要は在庫処分?かな」

 

 困った笑顔で話すそのハジメの姿は何でもないような顔をしているが明らかに爆発物や弾頭などを無理矢理押し入れているその姿は非常にマズい。

 

「さてっと 皆、特にコウスケ。これから派手にやるからしっかり頼んだよ」

 

「応!まかせんしゃい!」

 

「…それじゃ ポチっとな」

 

 ハジメが嫌に明るく行ったその言葉の後、仲間たち全員の視界が真っ白になり

 

 爆音とともに、世界が爆ぜた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お前一体何をぶちまけたんだ」

 

 音共に視界が白くなり目をつぶって両手で耳を防いでいた清水は障壁の外に広がる世界に只々呆然とした。

 

 先ほどまで木々が生い茂り鬱蒼としていた樹海は跡形もなく消え失せ残ったのは草が一遍も残らない荒廃した世界だった。

 あたりには何もない。見渡す限りが荒野が広がり辛うじて原型を残しているのは最奥にある樹の形をした燃え残りみたいな黒い物体だけであった。

 

「ん?取りあえず爆弾を諸々だけど」

 

「いやいやそうじゃねえだろ。一体他に何をぶち込んだんだ」

 

「もう必要性が限りなく薄くなった魚雷と機雷。それに合わせて本来ミフェルニルに搭載する目的だったミサイルをありったけ、後は対軍を想定した空爆用を各種、都市一つ更地にできる予定の迫撃砲の弾、等々etc」

 

「…お前只のテロリストっていうんだぞ、それ」

 

「備えあれば憂いなし!」

 

 やたらとドヤ顔で力説するハジメにげんなりとする清水。ハァと溜息をついて周りを見渡してもそれぞれ呆れた笑いやら平然としていたリなど仕方ないなぁ~という空気が蔓延している。

 

(…ぶっ飛びすぎだろ)

 

 嫌に慣れている仲間たちにいつか自分もこうなるのだろうかと少しばかり遠い目をする清水。ハジメはそんな清水を大して気にも留めず

焼け跡が残っている周りの地面を錬成で整地していく。

 

 仲間たちも同じように障壁を解いていく。が、コウスケ只一人だけ守護を解いた後ボーっと立ったままだった。

 

「…?どうかしたのコウスケさん」

 

 香織が訝しそうに俯いているコウスケの顔を見るとその顔は赤くなっていた。おまけに息も荒く目もどこか焦点が合っていないようだった。

 

「もしかして何か…キャッ!?」 

 

「うわっと!?え、白崎さん?」

 

 コウスケが何か異様な状態だったため魔法を掛けようと近づいた香織がいきなりコウスケに突き飛ばされたのだ。突き飛ばされた先は

錬成をしていたハジメが居たので怪我はない。危うくぶつかりそうになりながらも香織を抱きとめたハジメは何があったのかとコウスケを見た。

 

「…チッ しくじったな」

 

 そんなハジメに視線を返すことなくコウスケはドカリと胡坐で座り込む。そのままくしゃりと手で頭を掻くと長い長い息を吐いた。その目が妙に血走っており体から何か妙な圧を感じるハジメ。明らかに何か異常が発生した様だった。

 

「…もしかして、あの液体は…」

 

「ご名答だ南雲、さっきの液体はなんと媚薬だ」

 

「…マジ?って確認する必要もなさそうだね」  

 

 否定してほしかったのだが何よりもコウスケの目が時たま香織が自身に向ける視線と同じなのがハジメの背筋を震え上がらせる。ハジメの腕の中にいた香織が治癒魔法を掛けようとするがコウスケが手を向けて制する。

 

「やめろ…俺に向かって……魔法を掛けようとするな。悪いけどNTは趣味じゃないんだ」

 

 吐く息は荒く、目は情欲に満ちたものに変わっていくコウスケ。その言葉を聞き取ったのかユエとティオが背後に回ろうとするがそれも察知されてしまった。

 

「ハァ……ハァ……ユエ、ティオ無駄だ。お前らが…魔法を…かけるより俺の方が早くお前らを組み敷くことができる」

 

 目の前にいるコウスケがだんだん発情した獣へと変貌していく。そんな嫌な雰囲気だった。自分たちがいるから理性を保てなくなるのではないかと目線でシアはほかの女性陣と離れえるようアイコンタクトするが

 

「シア…背を向けるな。逃げる獲物に飛び掛かりたくなる」

 

「うへぇ」

 

 シアの背中が向けられたら間違いなく飛びかかる自信がある。そう話すコウスケは目がぎらついており実に怖い。

 

 このままでは埒が明かない。そう判断したハジメはできる限りコウスケを刺激しない様に対話をすることにした。

 

「どうする。神水使う?これさえあれば問題ないと思うけど」

 

「…やめとく。それに頼ると屈したみたいで恥ずかしい」

 

「そっか。それじゃ僕達は君がその快楽に耐えられるまで待機すればいいの?」

 

「そうしてくれ。どうにかして…持ちこたえるから………面倒を掛ける」

 

 そういうとコウスケは深く息を吐き目をつぶった。体の中をめぐる抗いたい快楽。それをどうにかしようと精神を集中させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?男である南雲とオレなら問題ないんじゃないのか?」

「黙れ清水。言いたかぁないが男にだって穴はあるんだぞ」

「!?」

「ケツを出せ。天国へ連れて行ってやる」

「ヒィッ!?」

(うへぇ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生きている以上、性欲とは切っても切れない関係だ。それはコウスケの持論だった。だが今その性欲にむしばまれるとは考えもしなかった

 

(うっぐぐぐ!クソ!クソ!さっきから抑え込んでいるのに止められねぇ!あああああああ今すぐ女とヤりたい!くんずほぐれつしたい!)

 

 表面上は冷静を保っていても内面は荒れ狂う性欲に翻弄されっぱなしだった。こぶしを握り歯を強く噛みしめ抗うがそれでもまだ収まらない

 

(ああああ!!!!俺はどうして気づかなかったんだこんな事があるのなら、いや駄目だ!どうせいった所で誰かが被害に遭ってたかもしれない。だから俺だけで済んだ。そう思うしかない!うぅうううそれにしてもつらい辛いんだよぉ)

 

 息を長く吐く。それだけでも体の中にある熱が逃げていくように感じる。どうにかして精神を落ち着かせなければ、そう考え明鏡止水を試してみる。

 

(…………無理)

 

 が、駄目だった。寧ろ余計なことを考えないようにと考えるだけで卑猥なことが頭に浮かぶ。思い出すのは女性陣達のあられもない姿。 

 初めて会った時の隠せなかったユエの上半身。ボロボロになり下着姿と言い換えてもいい服をまとったシア。乱れた着物で扇情的な姿のティオ。濡れて衣服が体に張り付いた香織。

 

(…綺麗だ。全員綺麗だった。どいつもこいつも顔が整っていて…目を奪われた。気が付かないようにしていたけど、皆、とても美人なんだ」

 

 仲間たち女性陣は誰もかれもが本当に綺麗だった。美しかった。目を奪われた。想像以上だった。だからコウスケは無理矢理にでもその顔に慣れようとした。ただの女だと無理矢理考えるように自分を騙し欺いた。

 

(……鏡を見ろよ。って何度も思った。俺の日常では見れない高瀬の花達。空想と妄想の具現化。触れれば崩れ去るような美の結晶。でも彼女たちは生きて動いて…俺を見てくれる。…だから駄目だ。どんなにきれいな物でも、触りたいものでも汚してはいけない 俺が触れてはいけないものなんだ」

 

 そう決意したところで体の方はいう事を聞かない。下半身に血が巡るのをいや応なしに自覚しながら開いた口をぐっと噛みしめる。拳をから血がにじみ出てもお構いなしに握りつぶす。どうせ怪我をしたところで怪我は治せるのだから。

 

(…女の事を考えると駄目だな。なら男…南雲と清水?………アカン。これ考えると俺┌(┌^o^)┐ になっちまう!)

 

 女性陣の事を考えると駄目なのならば男性陣ではと考えたがそれこそ悪手だった。先ほどより息が荒くなり血が巡るのが先ほどよりもさらに強くなってる気がした。

 今胡坐をかいて上半身を俯かせているので自分の下半身事情がばれないだろうというのが救いだった。

 

(ああああ!こんなん耐えられるわけねぇだろ!クッソ!どうすれば……あ、アレをするか?やってしまうかのか?)

 

 身もだえする中で一つの妙案が出てきた。考え付いたのは性欲が思考を掻き散らすのならそれ以上の事を考えればいいのだ。

 しかしそれはコウスケが考える中では諸刃の剣だった。なぜなら今からするのは臭いもののふたを開けるのと同義な事。自己嫌悪に苛まされるのが分かり切っていたからだった。

 

(だが…やるしかねぇ。女を襲うよりは…マシだ)

 

 この試練を仕掛けた解放者に溜息を吐きながらコウスケは心の底にあるドブの蓋を少しだけ開くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

(……え?)

 

「…ワリィ もう大丈夫だ」

 

 コウスケが胡坐をかいて性欲に耐えている間に先の魔法陣までの道のりを作っていたハジメは微かなつぶやきが聞こえたので頭をあげた。見れば拳の力を解き目を開けたコウスケはそう一言言って頭を下げていた。

 

「ううん、でも本当に大丈夫?念のため神水飲む?」

 

「あーいや、いらんな。ちゃんと性欲は吹っ飛んだみたいだ」

 

 やれやれと肩をすくめたコウスケは異常がなさそうだった。ホッと一息をして見事試練を乗り切ったコウスケに称賛を来る

 

「良かった。もしもの時は神水をぶっかけようかと思ってたよ」

 

「ははは またずぶ濡れにならなくて良かった。…ん?アレ?何で皆顔を背けているの?」

 

 ハジメは問題なかったが何やら他の仲間たちは微妙に赤い顔をしている。目で追うと視線から逃げるようにこそこそ動き回ってしまう。

 

「…実はコウスケが耐えているときになんだけどさ」

 

「うん」

 

「ちょっと本音が漏れていた」

 

「え”…マジ?」

 

「マジ」

 

 どうやら女性陣について考えていたことが口に出していたらしい。気恥ずかしさで顔が赤くなるが漏れてしまっていたのはどうしようもなかった。ちなみにノインはとても涼しい顔をしていた。手に槍を持っているところからしてもしもの時は力づくで止めようと考えていたらしい。清水は…尻を抑えていた

 

 それから数十分さら休憩を取って、心身ともに休ませた後ハジメ達は魔法陣に向かう事にした。ほんの少し仲間たちがギクシャクしているが無理矢理戦闘にでも入れば収まるだろうというハジメの判断だった。

 

 その後スライムに襲われることもなく順調に大樹の元までたどり着き洞の中の魔法陣へと足を進めた。

 

「どうした南雲。なんか考え事?」

 

「ううん。何でもないよ」

 

 仲間たちが魔法陣へと足を進める中ハジメはチラリとコウスケの顔を見た。その表情はいつもの物と変わりなかった。だからハジメは先ほど聞こえた呟きを聞かなかったことにした。憎悪と殺意が混じったような粘ついた声をハジメは聞かなかったことにするのだった

 

 

 

 

 

 

 

『なぁ…俺にも分けてくれよ…お前の女達をさ』

 

 

 

 

 




ちなみ試練の順番が違うのは仕様です


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黒いモノ

取り合えずできました!


 

 

 ハジメ達が転移した場所は、やはり洞の中だった。しかし、いつもと違うのは正面に光が見えること。外へと通じる出入り口が最初から開いているのだ。

 

 

 ハジメ達は互いに一つ頷き合うと光が差し込む出入り口に向かって歩みを進めた。

 

 

「森の中を進む…比喩表現無しってのはこういう事を言うんだろうな」

 

 

 洞の先はそのまま通路となっていたのだが、その通路と見紛うものは洞から続く巨大な枝だったのだ。コウスケが背後を振り返れば、端を捉えきれないほど巨大な木の幹が見える。つまり、ハジメ達がいたのは巨木の枝の根元にある幹に空いた洞だったというわけだ。

 

  木が大きすぎて幅五メートルはある枝がそのまま通路となり、同じく、巨木のあちこちから突き出している巨大な枝が空中で絡み合って、フェアベルゲンと同じように空中回廊となっているのである。

 

 広大な空間に空中回廊ここが次の試練の場だった。

 

 枝の上を歩く一行の中でシアのウサミミがピクピクと動き出した。その動きを見てコウスケの背中に冷や汗が出てくる。

 

(…なんだか嫌な予感が…)

 

 背筋を伝う汗が非常に不愉快で恐る恐る下の方をのぞき込んだ。通路となってる枝の下、つまり地下の空間は黒い何かがうごめいているのが分かった。分かってしまった。

 

「~~~ッッッ!??!?」

 

「え?なに?どうしたの?」

 

 ほぼ無意識でハジメの背中にへばりつきこれまた無意識で守護を展開し仲間たち全員を守る蒼く光る結界を作り上げた。今までで見たことのない迅速な対応と放たれるコウスケの守護の見事な青色。そして涙目になっているコウスケの表情から仲間達は一斉に警戒の体制に入った。

 

「おいおいいったい下に何が居るってんだよ」

 

「……ブリ」

 

「あ?」

 

「…ゴキブリだ。この下にはゴキブリの大軍が居る」

 

 コウスケの絞り出した声で下に何が居るのかを把握した仲間たち。各々全員がうへぇと嫌そうな顔をしている。得にシアは先ほどからゴキブリが這う音がうさ耳に届いているためうさ耳をぺたりと垂らして音を防いでいる

 

「あーそう言えばコウスケ虫形の魔物苦手だったね」

 

「今までいっぱいいたのに今更かよ!?」

 

「ひぇぇぇ」

 

 ハジメが青ざめた顔で苦笑し清水がツッコミを入れている中コウスケはぶるぶると震えている。

 

「はぁゴキブリ…ですか。新聞紙で叩けば死ぬような虫を怖がるのですか?」

 

「ノインちゃん、それ女の子が言う言葉じゃないから…」

 

「うぅゴキブリは嫌ですぅ」

 

「焼き払わなければ」

 

「ユエ、そうすると撃ち漏らしが飛んでくるぞ?」

 

「…うぇ」

 

 女性陣はノインは平然とし香織とシアがげんなりと顔を青ざめユエが決然と覚悟を決めるもティオによって心が折れる。

 

 ハジメ達一行はまだ見ぬゴキブリに早くも闘志を萎えさせるのだった

 

 

 

 

 

 そろりそろりと通路となってる枝を進みついに多いな足場までたどり着いたハジメ達。次の魔法陣はどこかと周囲を探る中遂に恐れていたことが起きた

 

 ウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!!

 

 羽ばたき音だ。それも大量の。

 

「っ!?」

 

 ハジメ達は表情を引き攣らせつつ慌てて眼下を確認する。そこには案の定、黒い津波の如きゴキブリの大群が羽ばたきながら猛烈な勢いで上昇してくる光景が広がっていた。

 

 

「うわぁぁっぁぁ!!」

「やぁあああああ!!」

「ひぃいいい!!」

「おお、中々迫力がありますね」

「ッ――――!!」

 

 約一名の呑気な声をスルーしながら誰もが総毛立ちなり、余りの嫌悪感に雄叫びを上げつつ咄嗟に放てる最大級の攻撃を繰り出した。

 

 しかし、それだけの攻撃を放っても、怖気を震う羽音を響かせた黒い津波はまるで衰えを感じさせずに迫ってくる。海そのものに攻撃しても無意味なのと同じだ。ゴキブリの津波は空間全体に広がりながら、まるで鳥が行う集団行動のように一糸乱れぬ動きで縦横無尽に飛び上がる。

 

「こっちくんなぁぁあぁあぁああ!!!」

 

 コウスケの守護が青みを増し障壁となった。しかしゴキブリたちは意にも返さずハジメ達に向かって体当たりを仕掛けてくる。幾千幾万となるゴキブリが質量を持って障壁にぶつかってくるのだ。体液が飛び散り四肢が砕かれそれでもなおゴキブリはやってくる。

 

 外の景色がゴキブリしか見えない状況の中に追いやられてしまったハジメ達。今辛うじてゴキブリの波にのまれないでいるのはコウスケの守護のおかげだった。

 

「……魔法陣を作っている?」

 

 コウスケが震えながら守護を維持しハジメが対策を考えている時、ノインがゴキブリの波の奥を見てポツリと呟いた。その言葉でコウスケの意識がこの試練の詳細を思い出させる。

 

「げ!?マズい!あの魔法陣を止めないと!」

 

 しかし言ったところで外の魔法陣は破れない。一部のゴキブリたちが守護から離れその魔法陣から出てきたものはゴキブリを巨大化させた体長三メートルはあるボスゴキブリだった。

 

「おいおい此処の解放者ってゴキブリに対して好き過ぎるだろう…」

 

 清水の漏らした言葉に一同頷く。だがいつまでも守りにはいる訳には行かない。反撃をしようとしたところで足元から魔力が流れ出されるのを感じた。

 

「しまった!こっちがメインだ!」

 

 慌ててこの試練のメインを言おうとするコウスケ。大量のゴキブリに驚き、試練に翻弄され続けたコウスケはせめて仲間たちにこの魔法陣の説明をしようと口を開く。しかしすべては無駄だった。言う直前になってハジメ達の通路の裏側にいたゴキブリたちの魔法陣は完成しており、魔法陣の効果はハジメたち全員に降りかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清水幸利にとって嫌悪と言う感情は常日頃から共にあった。学校にて自分の家にてずっと誰かを恨み嫌い憎んでいたのだ。

 

 学校ではイジメてくる人間こそはいなかったが、騒ぐ奴隣にいる奴、有体に言えば自分と関わらない人間でも心底ウザく憎んでいた。

 何も知らない顔で自分勝手な正義感を振りかざすイケメン、それについて回る何も考えようとはしない脳筋に同じく周囲の事を知ろうとしない天然女にそんな三人を自分がフォローしていると勘違いをし逆に増長させているお姉様(笑)。

 

 そしてそんな4人を苦笑いでやり過ごそうとするサブカルチャー趣味を隠そうとしないオタク野郎。そんなへらへら笑うオタク野郎を罵るDQN達に見て見ぬふりをするクラスメイトの大半。そしてやっぱりそのオタク野郎がイジメられていると気付こうとしない正義感の強いイケメン。担任はそんなクラスの連中を放置している。

 

 家に帰れば自分のオタク趣味を汚物を見るかのような目で見てくる兄弟。いったい自分の趣味のどこが悪いのか何の落ち度があるのか、どうして趣味を悪く言われねばならないのか。何も話さず家族の汚点と罵る兄弟たち。

 両親は心配してくれるがそのこと自体がさらに清水にとって心底苛立った。まるで自分が問題であるとでも言いたげな両親の目線。

 

 中学でいじめられてからずっと清水にとって人生とは嫌悪で塗りつぶされていたのだった。

 

(これは……感情の反転か)

 

 だが今この時ではその嫌悪と憎悪で塗りつぶされた人生の耐性が清水を冷静にさせた。コウスケがとっさに言おうとしたのと同時に眩いは光に包まれ光が収まったと同時に周りの仲間たちに明確な嫌悪感が出てきたのだ。

 

 いくら仲間達でもすぐに嫌うほど清水は屈折していない。むしろ自分を好意的に見てくれている仲間たちは清水にとっての一番光り輝き大切なものだった。その仲間たちに対してイラついている。なら何が原因か、答えは先ほど光った光すなわち何かしらの魔法。

 

(平常心を保つように…)

 

 すぐに魂魄魔法で己の感情を元に戻す。今までの人生と魂魄魔法が得意な清水だからこそすぐに対応できたのだ。

 

 自分が以上に掛かっているならほかの仲間たちも同じだと周囲を見渡す。

 

 結果は清水の考え通りだった。ユエとシアはお互いをきつく睨みつけ、今にも武器と魔法を打ち出しそうだった。ティオは険しい顔で仲間たちを見て、香織は…

 

(……見なかった事にしよう)

 

 香織はハジメを見ているがその顔は末恐ろしかった。目にハイライトがなく虚ろになっており、いつの間にか手には包丁を握りしめている。顔が整っているから迫力があり、口元が先ほどからブツブツと動いている。正直関わり合いになりたくなかった。寧ろ話しかけたくない。出てはいけないものが出てきそうだ。

 

(…ん?)

 

 一方静かなのはハジメとコウスケとノインだった。ハジメとコウスケは無表情で佇み、何故かノインはいつもの澄ました顔を崩してとても焦っておりしまったと顔で感情を表している。

 

 珍しいこともあるんだなと思いながらもコウスケに話しかけようとする清水。今仲間たちがにらみ合いで済んでいるのは単にコウスケの守護は展開されているからだ。もしこの守護が解除されてしまったらゴキブリの津波が襲い掛かってくる。それだけは勘弁だと、コウスケに振り掛かっている魔法を解こうと清水は無遠慮に近づいたのだ。

 

 コウスケがこの反転の魔法から解けれればなんとかなると、いつもの調子で踏み込んだその時コウスケが清水に振り向いた。その手にいつの間にか持っていた大ぶりの鉈を振りかぶりながら

 

「え?」

 

 口から出たのはそんな一言。コウスケが無表情で鉈を振り落とす。その振り方は一切の迷いがなく、僅かに見て取れた鉈を握り絞めた拳は血管が浮き出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 殺される。ただその事実が異様に遅くなった視界の中で頭の中を駆け巡る

 

 

 

 そして鉈は振り落とされた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ!?」

 

「清水様!失礼します!」

 

 

 だがその鉈は清水に当たらなかった。当たる直前にノインに襟首をつかまれ、枝からそのまま落下したのだ。

  

 仲間たちの姿が見えなくなると同時に体の浮遊感に上流れていく視界。ローブがバサバサと粗ぶっており顔には猛烈な風が下から吹き付けられる

 

「え?は!?お、落ちている!?」

 

「飛びます!体制を整えて!」

 

 すぐそばから聞こえる滅多に聞こえない焦りの声を聞き、落下する速度が収まり浮遊感が緩和する。未だ状況がつかめずに視線をあちこちに巡らせやっとで清水はノインに助けられたのだと理解した。そして今さっきコウスケに殺されそうだったのだと

 

「ちょ!?コウスケさっきオレを殺そうと!?」

 

「…ええ、そうです。マスターは清水様を躊躇なく殺めようとしていました」

 

「嘘だろ…」

 

 襟首をつか見ながら飛行し清水を運ぶノインからは苦々しげな声が出てきた。やはり殺されそうになっていたのかと背筋が震えあがる清水。

 そんな清水の様子を察したノインは辺りを見回す。ひとまずどこか止まれる枝を探しているのだ。。最も今はゴキブリたちが上空にいるとは言えいずれ襲い掛かってくるのかもしれないので時間は少ないかもしれないが。

 

「ひとまずどこかでいったん様子を見ましょう」

 

「…良いのか?アイツらを放っておくなんて…」

 

「駄目です。次は無いです。 …まさかマスターがあそこまで反転するとは…」

 

 焦りの感情を消そうとしないノインの表情に清水は只々黙ってしまうのだった…   

 

 

 

 




短いですかね?
次回ドロドロ予定


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愛憎入り混じる

遅くなりました

例によって見づらいかもです


 

 

 

――イラつくな

 

 光が収まった時ハジメが感じたのは隣にいるコウスケに対する嫌悪、いや憎悪と言っても差し支えない感情をハジメは抱いていた。

 

 これが敵の策略だろうと納得はしていても不快感は収まらない。コウスケに話掛けようとした清水がノインによって連れ去られたときハジメはさっとドンナ―をホルスターから抜いた。

 

「……ァ…ゥ」

 

 何事かを呟いているコウスケに向けて殺意を放つ。傍にいるだけで、声が聞こえるだけでどうしようもなく憎くなってくるのだ。

 

 余計なことはするな。そう警告と忠告を放つつもりだった。そのためにドンナ―をコウスケに向けた。

 

「え?」

 

 だが銃口を向けたはずのコウスケは視界から消えていた。ほんの一瞬でいなくなったのだ。何処かと探すその一瞬何かが懐まで近づいた気配がして

 

「ッ!ガハッ!」

 

 腹に鈍い鈍痛が響いた。そして同時に体が後方に重力を抗ってほぼ垂直に吹き飛ばされたのだ。

 もといた足場から遠く離れた太い木に激突しつかの間の空中浮遊は終わりを告げる。内臓にダメージが言ったのか口の端から血が流れ出てきた

 

(…クソ)

 

 木をへこませながら体を無理矢理起こすハジメ。先ほどの一瞬でコウスケを見失ったのはなんてことはない懐の潜り込まれて本気で殴られただけに過ぎなかったのだった。今なお腹には鈍痛が響き苦痛が声から洩れそうになるががそうも言ってられなかった。 

 

「まさかそれで終わりじゃないよな?」

 

 聞こえてきた声に反応しすぐさま背中にある樹を軸にして緊急回避をするハジメ。直後先ほどまで自分が体を預けていた木が紅蓮の炎に包まれた。後方から容赦なくかかる熱風にしばし目を向け炎を放った張本人に目を向ける

 

「…はは。そうだよな、当たるはずないもんな」

 

 ふらふらと空中に漂いながら自嘲気味に顔を歪ませるコウスケ。目が合うとその顔はまた歪んだ。

 

「は、ははは」

 

 力なく笑い手を振りかざす。それだけでハジメの周りの空気が凍てつき始める。瞬間的に飛び跳ねた直後空気が固まり巨大な氷柱が生える。そのまま氷柱は解けることなく歪に表面を尖らせ体積を増やしながらハジメを追尾して来る。

 

「チッ さっきからウザったい!」

 

 先ほどからの攻撃に思わず舌打ちをするハジメ。銃撃で反撃しようとするもコウスケは先ほどから無詠唱で魔法を放ってくるのだ。

 しかもその威力はユエに引けを取らない。先ほどの木は一瞬で灰になってしまった。先ほどから体積を増やし続ける氷は今度は近くにいたゴキブリたちに襲い掛かっている。

 

 反撃のためドンナ―をコウスケに向け銃撃するが

 

「…なにそれ ふざけてんの?」

 

 銃弾の事如くがコウスケの目の前で音もなく消えてしまった。レールガンであり視認できない速さの銃弾だというのにコウスケにとっては眼中にでもないとでも言いたげに無造作に振り払われるだけで消失していく。

 

(…魔法…か。おそらく空間魔法)

 

 守護を使ったわけでもない、回避をしているわけでもない。ただ届かないのだ。

 

 オルカンを使いロケット弾を放つ。ミサイルはどこかに消えた。オプションとして空に放った十字架はコウスケの周りを旋回しほどなくして地上に力なく落ちていった。メツェライのガトリング弾は屈折しゴキブリたちの方へ向かっていった。宝物庫から取り出したシュラーゲンは構えた瞬間コウスケが手を振りかざし銃身がぽっきりと折れた。

 

「はっはは 子供が武器を持つなよ。危ないだろ?」

 

 ハジメの錬成銃火器がコウスケには悉く無力化されていく。まるで大人が子供から刃物を取り上げるように無慈悲に無遠慮に軽くたしなめるような声で

 

「…何だよその顔」

 

 コウスケは笑っていた。親愛に満ち溢れた顔だった。愛情を向けていた。その顔はハジメの両親が自分に向ける顔と同じ親が子供に向ける無償の愛そのものだった。

 

 言葉はいつになく優しく、喜色に満ちている。しかし目だけは違った。その目は憎悪に満ちていた。殺意が渦巻いていた。不快感がへばりつき嘲笑い見下し怒りが爆発していた。

 

「なんだ、それでもう終わりか。ならこっちから…あ?」

 

 風伯を空に浮かべ回転させるコウスケ。その回転の速度は空気のうねりが聞こえてくる。いつになく魔法の使い方が巧みだった。しかしそんなコウスケに隙ありと見たのかゴキブリの大軍が襲ってく来たのだ 

 

「へぇ…良かったじゃん ゴキブリから愛されているみたいだよ」

 

 皮肉を込めてハジメが言葉を掛けると途端に侮蔑の表情を浮かべるコウスケ。先ほどとは打って変わってその顔はいかにも気狂いを見たかのような顔だった。

 

「あ?虫に好かれて何が嬉しいってんだ?頭でも湧いてんのかお前」

 

 舌打ち一つするとコウスケは回転する風伯をゴキブリの大軍へ放つ。独楽の様に回る風伯をゴキブリ派の大軍は意思を持つかのように回避する。がそれは無駄だった。

 風伯が風を纏い刃を軸にして暴風を引き起こしたのだ。荒れ狂う風と質量を持った刃は容赦なくゴキブリ達を吹き飛ばし切り刻み命を奪っていく

 

(…反転していない?)

 

 コウスケの攻撃がゴキブリへと移っている中徐々にハジメは今自分たちが置かれている現状を把握し始めた。先ほどの光あのせいで自分が仲間に抱いている感情が反転したのだと理解し始めたのだ。感情は反転しても記憶は無くならない。 

 だからコウスケに向ける嫌悪が本来は信頼だったものだと思い返すことができる。

 

 だがここで疑問に思う事があった。コウスケは虫が嫌いだった。ならば反転の魔法を食らったのならば愛情を示すのではないのか。愛でる筈なのではないだろうか

 しかし現実はゴキブリに対して攻撃し憎悪の感情を見せている。

 

(なら…今僕を攻撃しているのは?)

 

 記憶は残ったまま。ならどうして自分を攻撃してくるのだろうか、ハジメは考える。そして考えれば考えるほど頭が冷や水を浴びせられたように冷えていく。

 

(さっきのあの表情…)

 

 コウスケは笑顔を見せていた。それは紛れもない親愛の情だった。それが反転していたからだという事は… 背中に冷たい汗が流れコウスケに視線を向ける。もう先ほどまでの反転の衝動は無くなっていた

 

「ああああああ!!!!ウザったいんだよ!どいつもこいつも!」  

 

 ゴキブリの大半を刻んでそれでもまだ現れる虫の大軍に絶叫をあげるコウスケ。ブーメランのように戻ってきた風伯を右手で持つと空手になった左手を虫たちにかざした。

 

「ギジジジジジッッ!!???」

 

 ただそれだけだった。ただそれだけの軽い動作で虫たちの動きは鈍り止まり始め、力尽きたのかの様にバラバラと地面へと落ちていく。

 

「ぁぁああああ!!糞マズい魂だな!所詮虫は虫ってか!?」

 

「…喰ってるのか」

 

 地面へ落ちていく虫を見ると干からびたように萎えており、コウスケは何をしたのかを理解したハジメ。コウスケは詠唱も何もせずにゴキブリたちの魂を引き抜いたのだ。しかもついでに魔力と生命力も引き抜いているせいでか虫はミイラと化している。

 

 戦っている敵の魂を引きずり出す、最悪だが効率のいい戦法だった。それは魂魄魔法に最も適性がありなおかつコウスケでないとできない芸当だった。

 だがそれは今までコウスケがしなかった事であり出来なかった事でもある。憎悪で今までできなかったものができるようなったのかとハジメが驚きコウスケを見た時だった

 

「…あ?」

 

 目が合った。ただそれだけで殺意が膨れ上がりコウスケの顔が醜悪に歪んだ。親愛と憎悪が入り混じった顔だった。悪寒が走り身構える。震える手でドンナ―をコウスケに向けようとしたが…

 

(…駄目だ。これはコウスケに向けるものじゃない)

 

 先ほどまでとは違い思考が正常にもどった今銃を親友に向けるつもりはなかった。ドンナ―をホルスターに戻し改めてコウスケと対峙する

 

「……は、なんだよ武器は必要ねぇってのかよ。ウザったいなぁ…ああ…本当にっ!」

 

 コウスケの背後で魂が抜けた虫たちの亡骸がうごめく。四肢を砕きながら小さな小さな虫たちはまるで一つの塊の様に重なり合い潰し合いながら巨大な黒い球へと変わっていく。五メートルはあるだろうかと言うその虫の塊はコウスケが頭を掻きむしるたびに数を増やしていく。

 

「ムカつくんだよ!テメェはぁぁああああ!!!!」

 

 どこか泣くような声でコウスケが絶叫をあげると数百の虫の塊は轟音をたててハジメへと襲い掛かってくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、上ではまだ続いているようじゃのぅ」

 

 一方ユエ達は先ほどまでいた枝の通路でゴキブリたちと対峙していた。香織のそばにはティオが先頭ユエが立ち魔法を使ってゴキブリたちの数を減らしていく。シアは途中からハジメかに作ってもらった台座を足場としながら縦横無尽に虫つぶしを行っていた

 

「…そうだね」

 

 この布陣は空を飛べない香織を守るための判断だった。香織が防御の結界を作り残りの二人が攻撃を担当する。

 ゴキブリの数は数万に届く数であっても魔法のエキスパートである二人により数を着実に減らしていく。反転の魔法を食らってしまっても連携はしっかりと出来ていたのだ。

 

(…ハジメ君、コウスケさん)

 

 そんな中香織が考えていたのは今この場にいない2人の事だった。ノインと清水はきっと大丈夫だと確信があった。しかしあの二人に関して…特にコウスケに関して香織は思う事があったのだ。

 

(…ハジメ君の事が憎くてたまらないのは、おかしい事じゃないんだよ…ね)

 

 意中の人であるハジメの事を考えると親の仇の様なドロドロした憎悪の感情があふれ出してくる。この感情は先ほどティオが説明してくれた反転によるものだと教わった。だからなおハジメの事を考えれば考えるほどあふれ出してくる憤怒と憎しみの感情は間違いではないと

香織は納得することができた。たとえそれが溢れすぎて逆に愛情へ変わりつつあるとしても香織はまだ納得できた。

 

「じゃあ、コウスケさんは…」

 

 逆にもう一人の人物コウスケについてはというと…香織は心配するようなそんな感情が出てきてしまうのだ。それは親友である八重樫に対してのものと同じような、情愛に分するものだった

 

(…やっぱりそう思っているんだ私は)

 

 薄々思っていたことだった。自分自身気付かない様に、気付かれないようにふるまっていたが、この反転の魔法により香織はコウスケに対する気持ちを理解してしまった。

 

「私…コウスケさんの事…憎んでいるんだ」

 

 ゴキブリの大軍が襲ってくる中ポツリと香織はつぶやいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああああああ!!!!)

 

 絶叫が頭の中を支配する。喚き怒鳴り散らす声が脳内に聞こえながらコウスケは手当たり次第に魔法を放っていた。

 

(クソックソッ!!俺は!なんで!?どうしてこうなったんだ!?!なんでこんなイラつくんだ!?うるせぇそんなの分かり切った事だろうが!アイツのせいだ!)

 

 イラつきながらわずかに視界の端をかすめる憎悪の元凶に向かって詠唱もなく暴風をたたき込む。でたらめに放つ風は視界に映る木々をまとめてなぎ倒したがちょこまかと動く元凶には全く持って当たらない。それがまたコウスケのイラつきを加速させる

 

「ウザいんだよぉ…さっさとくたばってくれねぇかな!?主人公さんよぉ!」

 

 怒りは解く後に雷鳴となって周囲へと無差別に拡散する。放たれた稲妻はやはりハジメには当たらない。逆にコウスケの周りを旋回し隙を伺っていたゴキブリの大軍に当たり空は感電したゴキブリによって埋め尽くされていた。さらに八つ当たりとして風を使い細切れへと追い打ちをかける 

 

「……は…あはは あっははははは!!」

 

 焼き焦がされ無残に堕ちていく虫だったの大軍を見て、コウスケは気が付くと嘲笑を浮かべ笑っていた。反転により姿や想像するのが嫌で嫌いだったゴキブリが今は愛おしかった。そしてその愛おしいゴキブリが自分の手によってあっけなく死んでいく。それがたまらなく楽しいのだ

 

「はぁー虫を潰すってのがこんなに楽しいなんて思いもしなかったな…あ?」

 

 愛したものを玩具の様に散らしていく。自分の手で好きなように誰にもとがめられず良心に苛まれることもなく滅茶苦茶に童心に帰ったように遊ぶ。

 そんな欲しかった境遇に先ほどのイラつきを忘れ浸っているとぎちぎちと音を鳴らしてコウスケに接近してくる虫があった。

 

 それは全長三メートルのゴキブリだった。いつの間にか魔法陣によって生み出されたそれは仲間の仇と言わんばかりに怒りの声をあげコウスケに鋭い刃のついた節足をコウスケを挟み込む。対してコウスケは防御反応を見せずにされるがままだった。そのまま一人と一匹はもろとも木々にぶつかり合った

 

「ふぅん…俺にかまって欲しかったのか?」

 

 目の前で両断しようと節足を使い刃を食いこませようとするゴキブリに対してコウスケにわがままな子供に確認するように声をかける。

返事の代わりに体に食い込む刃がさらに力強くなったがコウスケに気にも返さなかった。

 

 そもそも先ほどからコウスケにはダメージと言うダメージ通っていないのだ。今まさに食い込まれている刃も服を傷つけてはいるが皮膚からは出血一つすらない。

 だから今コウスケにとって目の前にいるゴキブリはじゃれついてきた大型犬と同様にさえ感じられたのだ

 

「よしよし そんなに構ってほしいのなら…少し遊ぼうか?」

 

 微笑みかけ目の前の愛しい存在に魔法をかける。その魔力の流れを感じ取ったのかゴキブリは退避しようとコウスケに食い込ませた節足の力を緩めたがすべては遅かった。

 

 まず手足がちぎれた、鋭く磨かれた刃は根元から抜けた。

 次に羽が燃えた、黒く光っていた羽は灰すら残らなかった。

 内臓が凍った。凍った内臓が腹から飛び出て氷柱の様に体積を増やしていった。

 目と触覚が切り刻まれた。緩やかな風は無数の刃の嵐で丁寧に丁寧に傷をつけて細かなパーツへと変えていった。

 

 そして、核となっていた魔石が内部から破裂した。その衝撃はゴキブリを内側食い破る衝撃であり、絶叫をあげることもなくゴキブリは無残にただの肉塊へと変わっていってしまった。

 

「…きったねぇな」

 

 砕け散ったゴキブリをまるで標本にでもするかのように空間に固定しゴミを見る様な視線を向けるコウスケ。先ほどまで可愛く感じていたものが急に汚いものに見える。

 

 不安定な感情の揺れ幅だった。先ほどまで大切だったものが価値のないものに見えて、愛おしかったものが気味悪く見える。逆に殺意を向けるものがまるでかけがえのない物に見え今度はグチャグチャに壊したくなる。

 

「…なんなんだろうなぁ」

 

 自分の感情が制御できない。辺りを見回せば何もかもがすべてつまらないものに見えてくる。ここまでこの世界は無意味なものだったのか。

 ここまで面白くない世界だったのか。守る意味も助ける意味も存在しないのか。

 

「…どうせ…夢幻(ゆめまぼろし)のくせに…ッ!」

 

 呟いたその時だった。突如体が背中の木に張り付けにされる。もがくようにして首を下に向ければ体はネットによって身動きを封じられていた。ぎちぎちと行動を封じ込めるネットに歯ぎしりながら前方に視線を向けたとき目を見開いた

 

『ごめんコウスケ!悪いけどしばらくそのままでいて!』

 

「…南雲…ハジメ」

 

 遠くで大砲の様な筒を構えていた南雲ハジメが見えたとき、内側からどす黒い物がじわじわと思考を埋め尽くしてきた。

 

『今君は反転の魔法を食らっているんだ!だからまずは落ち着いて僕の話を聞いてくれ!』

 

「…せに」

 

 何か念話で話掛けてくるがコウスケには聞こえない。聞こうともしない。それほどまでに内側から広がるどす黒い感情『憎悪』が内面を満たしていく

 

「…せに…のくせに」

 

『取りあえず今からそっちに行くから、もうしばらく』

 

「黙れ!このご都合主義の固まりが!何でもかんでも都合のいい展開に疑問を抱かねぇ愚図が!!俺に指図をするんじゃねぇ!!」

 

 金切り声が聞こえたのかハジメの顔が強張ったのが見えた。それでもコウスケは止まらない。

 

「何なんだよ!何なんだよテメェは!どうしてそんなにテメェのやることなすこと全て肯定されるんだ!?力があるからだって!?ふざけんなよ!気色悪いんだよテメェが全肯定されるこの世界が!頭花畑のクソッたれの女共も!信者と図に乗る野郎も!何もかもが!」 

 

 自分はいったい何に対して怒鳴ってイラついているのだろうか。僅かに抱く疑問が渦巻く憎悪によって塗りつぶされる。

 

「わからねぇ…わからねぇんだ。どうして暴力を使うテメェが肯定されるんだ?意思って奴があれば何をしても許されるのか?好き勝手生きるテメェが称賛されるのは何故なんだ?」

 

 背後にある木が音を立てて萎びていく。周りの木々やゴキブリ、動植物の命を無意識のうちに吸い上げていくもまだ感情が収まらない。

 

『…悪いけど知らない人間の話を僕にされても困る』

 

「テメェにとってすべてが都合のいい世界それがこのトータスだ。断じてエヒトのための世界じゃない、アレはただの舞台装置。主人公が好き勝手出来る。称賛され賛同され全肯定される。それがこの世界の真実だ」

 

 自分の身体を拘束していたネットがずるずると腐り落ちていく。遮るものがすべてなくなりふらふらと空に漂う。どこかふわふわする思考の中

まるで白昼夢みたいだと自嘲する自分がいた。  

 

「気楽だよなぁ、自分に反論を言う人間はヘイトを集められるためだけの存在でさぁ 嬉しいよなぁ、次から次へとかわいい女の子がすり寄ってきてさぁ これからの人生は薔薇色だよなぁ、錬成があれば現代社会なんて楽勝みたいなもんだろ」

 

『…僕と原作の誰かを重ねて見ているっていうのか。 …そうは為らないよ、だって僕には君が』

 

「なるんだよ。どんなに否定をしてもお前は『南雲ハジメ』。アレになるんだ、なっちまうんだ…ふふふ、気色悪いな、おぞましいな。俺が忌み嫌う()()()()()()()()になっちまうんだよなぁお前は!」

 

 自然と笑っていた。もしかしたら泣いているのかもしれない。言わなければいいことを言っている。その自覚があるのにどこか他人事だった。

歯を食いしばる誰かの姿がぼやけた視界の中に映る。ゆらゆらと空を漂う中、ふと気づけば胸に何か注射針が刺さっていた。中の薬品が何だったか思い出せない。

 最もそんなことすべてどうでもよくなってしまったが

 

「…5歳児(天之河光輝)よりも自称神(エヒト)よりもメンヘラ(中村絵里)よりも都合のいい存在となったヒロイン達よりも、好き勝手生きて全てが肯定される『南雲ハジメ』が…俺は怖い。お前もそうなるんだろう?だったら…」

 

 言葉と同時にコウスケの周りの空間にひびが入った。その罅は歪みながらも徐々に大きく音を立てて広がっていき、ナニかが振動する音が樹海に響き渡る

 

「だったら…?どうするってんだ?俺は何がしたいんだ?何のためにここにいるんだ?…もうどうでも良いか。どうせ何をやっても俺の人生に何かが起こるわけでもないしな」

 

 疲れた笑みを浮かべるコウスケ。その姿は駄々をこねて泣きつかれた子供の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて清水様。貴方はマスターにとって他のみなさんとは違い、いささか特殊な存在に当たります。どうしてか理解できますか?」

 

 時間は少しさかのぼりノインと清水はゴキブリを掻い潜り最初にいた場所よりも距離を取った場所にいた。比較的虫の数は少なく息を整えるノイン。その顔はいつもの様な無表情だったが少しばかり汗をかいていた

 

「…特殊って」

 

「言葉通りです。言い換えますとマスターにとっての思うところが無い。又は嫌うところがとても少ないとなります」

 

 嫌う。ノインの言葉が正しければコウスケは清水には悪感情を抱いていないと言い換えることができる。それはつまり…

 

「ああ、それでオレに対して躊躇が無かったんだな。そしてオレ以外の奴らには嫌うところがあるってか」

 

「その通りです。最も皆さんではなく『原作』における登場人物ですが…まぁいいでしょう。だから他の人達には反転している今の状態ではたとえ攻撃しても手心を加えてしまう」

 

「嫌っているのなら今は反転して愛情に代わっているからか。…?でもそれなら何で南雲に対して攻撃を?」

 

 ノインにつれられる清水の見た最後の視界ではコウスケはハジメに対して攻撃していた。疑問に出せばすぐにノインが答えてくれる

 

「友情や信頼は嫌悪と不快感と同居するという話です。仲のいい友人で会っても不快に思う所少なからずあると言えばよろしいでしょうか」

 

「…そういうものか」

 

 反対する二つの感情は同時に存在する。ノインの言葉通りだったらコウスケが仲間を傷つけても殺そうとはしないだろう。しかしそれも時間の問題だ。

 いつ何が起きるかわからない。

 

「ならさっさとアイツを説得しないと」

 

「駄目です。先ほども言いましたが貴方は近づくだけで標的になってしまう。悪感情が無いんです。つまり今は不快感の塊になっています。声をかけるだけで無意識に殺そうと思うほどの」

 

 ぐっと声が詰まった。どうにかしてコウスケを止めなければいけない。しかしその行動は無謀だとノインに暗に言われてしまっている。事実先ほどはノインがいなければ自分は両断されてしまっていただろう。だからと言ってそうやすやすとあきらめる訳にもいかない

 

 ぐぐぐと歯噛みする清水に対してノインはいつもの通り淡々としかしどこか優しい視線を向ける

 

「…だから、貴方に対して悪感情が無いんですよね」

 

「?何か言ったか」

 

「途中退場者だから、ヘイトを貯めないんだろうなと考察していました」

 

「…それ、なんだかすごく複雑に聞こえるんだが」

 

 苦い顔をする清水にノインはふっと息を吐くと頭を切り替えるように槍を取り出し戦闘態勢に入る。そろそろコウスケがしびれを起こし何かとんでもないことをしでかしてしまうかもしれない。

 

「さて、十分休めたところで、そろそろこの茶番劇を終わらせましょう清水様」

 

「わかった。で、どうするんだ」

 

「簡単です。さっさとボスをぶちのめす。これが一番早いです」

 

 ノインの視線の先ではボスゴキブリが魔法陣で次から次へと小ゴキブリを量産させていた。あのままでは億を通り越して兆のゴキブリが生み出されるだろう。自分は部下を生み出して高みの見物をきめる。清水の視界ではなぜかボスゴキブリが笑っているようなそんな感じがが見て取れた

 

「はっボスは高みの見物ってか。イラつく野郎だ。いっちょ闇龍の餌にしてやる!」

 

「それもありですが、小さいほうの虫の壁に阻まれませんか?」

 

 ノインの言葉にふむと考える清水。確かに切り札の闇龍は威力があり腐食のブレスなどが使えるが今の自分では一回限りである大技だし何より虫の大軍に阻まれてしまう可能性も確かにある。

 

「なら……あったぞいいのが」

 

「それは一体?」

 

「魂魄魔法と闇魔法の重ね合わせた魔法だ。名付けて『終ワル世界』」

 

「なんだかロマンチックな名前ですね」

 

「言わないでくれ…それよりもこれを使ってもまだ生きていた場合なんだが」

 

「任せてください。とっておきの技と言うのがこちらにもあります」

 

 くるりと短槍を振り回すノイン。その姿は余裕を感じられ清水は不敵な笑みを浮かべる。材料はそろった。なら今こそあの高みの見物をしている虫に思い知らしめよう。 

 

「そうかい。そいれじゃ新参者の底力見せてやろうじゃねぇか!」

 

「途中退場者ともいえますけどねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスゴキブリにとってなんてことはなかった。自分の配下の虫が作り出した魔法によっていとも簡単に仲間割れを起こした挑戦者たち。

 

 無様だった。滑稽だった。2人は谷底に落ちていき、2人は殺し合いを始めた。後に残るは4人。中々厄介だがこちらには無尽蔵の配下が控えている。いくら魔法や力が優れていても疲れが出る時が必ずある。その時に全力で数の力で押しつぶせばいい。

 

 数は力だった。物量こそが最適解だった。尽きぬ戦力でただひたすら攻める。虫の知能はそこまでよくは無くてもどうすればいいかは考えることができる。その知能で編み出したのが幾千幾万の大群で押しつぶす単純であるがゆえに理にかなった戦法をとったのだ。

 

「ギチチチチ」

 

 感情は無くても勝利を確信する知能があった。そろそろもっと強大な配下を生み出そうかと魔法陣の作成を配下に命じたときに異変が起こった。

 

 小さな配下達があろうことかボスゴキブリに向かって襲い掛かってきたのだ。困惑しながらも 六枚の衝撃波と真空刃を生み出す羽を羽ばたかせた。

 ボトボトと命を散らし落ちていく配下達。何か攻撃があったのかと周囲を感知すれば視界の端に先ほど谷底に落ちていった2人がこちらを見ていたのだ。

 

 うち一人が何やら魔法を唱えていた。直感的に奴だと確信したボスゴキブリは配下に襲わせるように命じた。しかしどのゴキブリも命令を聞かない。

 

 それどころか先ほどと小名以上にまた襲い掛かってきたのだ。今度は先ほどの数の倍…それ以上の数だった。

 

「ギィィイイイ!!!」

 

 腐食の黒煙をだし、まとめて襲い掛かってくる配下だったゴキブリたちに攻撃するボスゴキブリ。しかし裏切ったゴキブリたちは意にも返さず

ボスゴキブリの肉に噛みついてきた。

 

 体が溶解するのも構わず、足に触覚に腹に羽に群がる虫たち。どれだけ羽ばたいても振り落とされてもしつこく付きまとう。皮肉にも自慢の大群が今度は自分への脅威へと変わっていた

 

「ギチチチチチッッ!?」

 

 このままではマズい。そう判断したボスゴキブリは術者の所へ猛スピードで突進する。自分の巨体で押しつぶせばひとたまりもない。混乱する中での行動だった

 視界の真正面では何やら銀の少女が短い棒を上に放り投げている。

 

 勝った、そう判断した。それが最後の思考だった。

 

 銀の少女が落ちてきた棒の後ろを『こしをおとしてまっすぐついた』のが最後に見え、自分の身体の中を何かが突き抜けていく感触と

核である魔石が砕け散ったのを認識した後ボスゴキブリの生涯はそこで幕を閉じるのであったのだった

 

 

 

 

 




アニメが始まる前に終わらせなければ…

次回はもう少し早く投稿します

感想あったらお願いします


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望んだもの

出来ました

少し一人称と三人称が混じっているかもしれません



 

 

「…きて」

 

 ふわふわと微睡むような温かさだった。周りからはガヤガヤとした騒ぎ声が聞こえるが、いつもの事だ。あと少しだけこの微睡みの中に居たい。そう思い意識を無理矢理闇の中へ沈み込ませようとする

 

「もう…どーして、ふて寝を決め込むのかな?」

 

 ゆさゆさと体を揺さぶっていた人物は聞こえるような溜息を吐いてきた。恐らく呆れた顔で言っているのだろう。だが、こっちだってこのまどろみは得難いものなのだ。呆れているお前だって知っているだろうと返事をするように寝息を立てる

 

「…zzz」

 

「まーた分かりやすい事を言って…はぁこのまま起きなかったら」

 

 このまま起きなかったらなんだというのか。徹底抗戦を決め込む自分に向かって最終通告を放った

 

「今後もう宿題を見せないよ」

 

「はい今起きました!」

 

 宿題を見せて貰えないのはマズい!飛び上がるように机から顔をあげるとそこには…

 

「おはようコウスケ」

 

「……はよ、南雲」

 

 呆れた顔で、でもちょっぴり笑っている親友の姿があったのだった。

 

 

 

 

 

 

『……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんで朝のHRまで寝ようと思うかなぁ」

「んなこと言ったって徹夜でゲームをしていたに決まってるじゃん」

 

 口を尖らせながら親友の非難めいた視線を受け流す。眠い物は眠いのだ。大きく欠伸をすれば呆れて肩をすくめるハジメ。軽く伸びをしながら周囲を見渡せば、そこはいつもの教室でいつものクラスメイト達だった。

 

 欠伸をする、読書をする、机に突っ伏す者もいれば、友達と昨日のテレビで盛り上がる者もいる。いたって何でもない日常の一コマだった。

 

「ふわぁ~そういう南雲は今日は遅刻寸前じゃなかったな。どったの?」

 

「どったのって…君に言われて治す様に心がけているんだよ。『遅刻ギリギリは推薦に響く』て言ったのはコウスケじゃないか」

 

 そう言えばそんな事を言ってたのをを思い出すコウスケ。あんまりにも遅刻寸前を繰り返すので今後に影響が出ると苦言を言ったのだ。

 その力説が通じたのか今では遅刻ギリギリをすることは少なくなった。そんな雑談をしていると男子生徒が一人扉を開けて教室に入ってきた 

 

「おっ?お前らもういたのか」

 

「ウィーっス清水」

 

「おはよう清水君」

 

 入ってきたのは自分達と同じオタクである清水幸利だった。寝癖をロクに治さないまま同じように眠そうにコウスケ達へ近づいてくる清水。コウスケとハジメと清水は近くの席でいつも誰かの周りに集まってはくだらない雑談をしているのだ。

 

「なんだその眠そうな顔は、目開いてんのか?」

 

「そりゃブーメランだ。そんな事より昨日のアニメ見たか?」

 

「見た見た。あの戦闘シーン良かったよね」

 

「それよりもヒロインの赤面シーンが良かった。やっぱ女の子は恥じらいがあってこそだな」

 

 雑談の内容は主にゲームはアニメなどのサブカルチャーだ。いつもアニメの感想や議論を交わしゲームの考察や攻略を言い合う。それがコウスケ達の会話だった。 

 

 そんなコウスケ達に非難や奇異の視線を送るクラスメイトはいない。()()()()()

 

「そう言えばコウスケと清水君は宿題ちゃんとやった?」

 

「問題なし。ゲームは面倒なものを片付けてからだ」

 

「マジかよ…っと 俺の方は…」

 

 鞄を漁り昨日先生から言い渡された宿題のプリントを漁る。ガサゴソ、ガサゴソ。中々目当てのものは見つからない。

 

「あれ?おかしいな……」

 

 宿題はいつもすぐに終わらせていた。忘れるのが怖いわけではない、減点されるのが嫌なわけではない。授業中に指摘されクラスの皆の中で恥をかくのが嫌だったのだ。

 

 一度そんな記憶がある。宿題を忘れ先生に軽く叱責を食らった。それだけだったのにクラス全員から笑われたのだ。

 きっとなんでもない事だったのだろう。たまたま隣の人間が笑っていたからつられて笑った人間がいたのだろう。そんな事は理解できるのに…それが酷く辛かった

 

「…ねぇ大丈夫?」

 

「…え?」

 

「目…涙が出てる」

 

 ハジメの驚いた顔で慌てて目元をぬぐったら確かに涙を一滴流していたようだった。清水もこれには驚いたようで心配そうに声をかけてくる

 

「おいおい大丈夫か?」

 

「あ、ああそんな深刻そうな顔をすんなよ。ただ欠伸をしたから涙が出ただけだってば」

 

 慌てて手を振り深刻そうな二人に対して欠伸を一つ。ワザとらしかったがそれで一応納得はしてくれた様だった。

 

 その後難なく宿題は見つかり朝のHRも終わって午前の授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

『……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。午前の授業が終わった3人は昼食を校舎の屋上で食べることにした。

 

 空は晴れ渡るような青空でぽつぽつとまばらにある白い雲が空の青さを引き立てている。日差しは強くなく時折流れる穏やかな風が涼しくさわやかな場所だった。

 

「ったく、つまんね―授業だった。寝てりゃよかったな」

 

「はいはい、そろそろテスト期間が近いんだからちゃんと授業は受けようねー」

 

 清水は怠そうに午前の授業を愚痴りながら弁当を食べている。家族仲が上手く行ってない聞いて居たが、それはどうやら兄弟関係の様だった。コウスケとしてはわだかまりをうまく解消してほしいところだが…人の家族内に口を出す勇気はなかった。

 

 ハジメの方は相変わらずコンビニで買ったおにぎりを食べている。なんでもない事だがなぜかほっとしている自分がいた。どうしてかエネルギーチャージ食品で昼食を済ませようとするハジメの姿が幻視したのだ。アレではお腹が空いてしまう。

 

「…お?こんな時間でも馬鹿騒ぎしている。ああいう奴らは体力が有り余っているのかねぇ~」

 

 清水が呆れたように運動場を見て見れば、そこには複数人の男子生徒がふざけ合って遊んでいた。ボールを持っている所からサッカーでもするのだろうか。

 

「あはは、僕達ではちょっと難しいね…たまには運動でもしてみる?」

 

「パスだ。そんなことしているよりゲームでもしていた方が有意義だ」

 

「やれやれ清水君は本当に変わらないね」

 

 そんな2人の談笑を聞きながらふざけ合う男子生徒達を見る。いかにもチャラそうな容姿だったが、その顔は年相応に無邪気に笑っていた。仲間と何のためらいもなくはしゃぎ笑いあう。きっと彼らはこの後何かしらやらかして先生に注意されるのだろう。

 

 でもそれは青春の一ページで…それが酷く胸を騒がせる。 

 

「…ねぇ本当にどうしたのコウスケ。さっきから何か変だよ」

 

「…え、あ 何でもないさ、ちょっと羨ましいって…」

 

 後半の言葉は口の中で留まりごにょごにょと呟いてしまった。あまり心配を掛けさせるのもどうかと思い、弁当を掻き込む。ふわふわの甘い卵焼き。マヨネーズが付いたブロッコリー。少し萎びてしまったが好みのウィンナー。そして白いご飯。

 

(……美味いな。いつもと比べて凄く美味い。…こんなに美味かったっけ?()()()()()()()()()()()()()()()…)

 

 いつもとは違う食べ物に首をかしげていると周りを確認した清水が声を潜めるように話してきた

 

「ところで、南雲、コウスケ。お前ら前言ったこと覚えているか?」

 

「ああ、例のアレ?僕は大丈夫。ちゃんっと親から許可はもらったよ。コウスケは?」

 

「アレ?…何だったっけ?」

 

「…お前なぁ。本当に大丈夫か?今日はいつにも増して変だぞ」

 

 心配されてしまった。申し訳ないと思い声を出そうとしたらハジメが清水の話を補足してくれた。

 

「ほら、一緒にコミケに行こうって話だよ。いつか入ってみたいってコウスケが言ってたんだよ?」

 

「だから3人で行くためいろいろ調べていたんだ。思い出したか?」

 

「…ああ、そう言えばそうだったな、すまん忘れていた」

 

 いつか2人の前で話したことがあるのだ。オタクの戦場であり宝物庫であるコミックマーケットに行ってみたいとつい話してしまったのだ。

 無論それは夢物語でかなえられない夢物語だったのだが当の2人がなら一緒に行こうと計画を立て始めたのだ。それがどんなに嬉しく泣きそうになった事か… 

 

「最初にするのは知ってるかコウスケ?」

「全く持って知らん!」

「はぁ…まずは好きなサークルが参加しているかどうかに、どこでやってるかをちゃんと確認する事」

「ぶらぶらするのはたぶん無理だと思うからね。事前のチェックは必要不可欠だよ」

「ううむ。となると買いたい奴は絞るべきか…交通関係はどうするの?そこら辺さっぱりだけど」

「そこは清水君がやってくれるって。任せよう」

「任せろ。ただし、金を多少使う事を覚悟しておけよ」

「頼む、後は荷物だけど…夏だからな、やっぱ水は多めに持っていた方が良いのか?

「勿論だ。つーか無いと死ぬ。ほかは…南雲の父さんが知ってたんじゃないのか」

「そう言えばおじさん、昔コミケに行ってたんだっけ?」

「あー…うん。そこら辺はまた詳しく聞いておくよ」

 

 ここまで話し終えたら昼休みの終了のチャイムが鳴ってしまった。嫌そうに溜息をつく清水に苦笑しながら後片付けをし、屋上から出ていく。自分が最後尾になる中ふと振り返りさっきまで自分たちがいた屋上を眺める

 

 空は蒼く、太陽は輝いている。その光景にいつになく眩しさを感じながら自分を呼ぶハジメの声に返事をするのだった。

 

 

 

 

『………いつも俯いて生きていたからな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の授業は眠気との戦いだった。お腹が膨れたのでしきりに出る欠伸を噛み殺し、これまた睡眠を促せる先生の声を右から左と聞き流しながら黒板に書かれていた物をノートに書き写す。周りをこっそり確認すればハジメはうつらうつらと舟をこぎ清水に至っては白目をむいていた。

 

 友人たちの間抜け面に苦笑しながら自分も欠伸を噛み殺す。

 

(眠いもんな… 俺も()()()()()よく眠かった)

 

 周りのクラスメイト達に苦笑しながら、ふとそんな事を考えたコウスケ。自分が考えていた内容に心臓がドキリと音を立て一瞬視界が揺れる。

 

『……もう気付いているんだろ』

 

 頭の奥から響く声にかぶりを振る。どうにかして意識をはっきりさせようと深呼吸を数回。目をきつく瞑り頭の中のノイズをかき消す。

 

『……わかった』

 

 声と共に脳内のノイズが消え、後に残ったのは冷や汗をかく自分といつもの教室内だった。

 

 

 

 

 

『あともう少しだけ…か』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、3人でくだらない雑談をしながら帰路につく。登校するときは大体ハジメと一緒だが下校は清水も一緒なのだ。

 

「俺としてはお前らと一緒に部活に入りたかったんだが…」

 

「ゲームの時間が減るのはやだ」

 

「僕バイトがあるから…」

 

「知ってるよ。無理にとは言わないさ」

 

 部活もまたいいものだ。それが運動部でも文化部でもどっちでも構わない。ただ友人たちと一緒に居られればそれでいい。そんな気持ちが胸の中をある。最も恥ずかしくて誰にも言えないが…

 

 夕暮れの中をのんびりダラダラと歩く。会話の内容は取り留めのない物。近々あるテストに対する愚痴。新作ゲームの予想や考察。深夜アニメの感想。時がたてば忘れる事であっても、中身のない内容であってもそれがいかに掛け替えのないとても大切なものなのかは()()()()()()()()コウスケ自身とてもよく知っている。

 

 だがそんな蜜月の時間は終わりを告げる。

 

「それじゃ、またな」

 

 交差点に差し掛かり清水が軽く手をあげた。コウスケとハジメの家は近いが清水は少しばかり距離がある。ここで別れるのが普通でいつもの事だった

 

「おいおい、またかよお前は」

 

 苦笑する清水。何故かと首をひねれば、目元を指をさされた。指先に濡れるものがあった。また涙が溢れて零れ落ちていた。

 

「あ、あれ、なんでっ?」

 

「はぁ…南雲、後の事は頼んだぞ」

 

「任せて」

 

「さっさと泣き止めよ。それと今度は一緒にゲーセンでも行こうなコウスケ」

 

 肩をパンパンと叩きそう言ってにこやかに去っていく清水。コウスケは別れの挨拶を言おうとするもうまく言葉にできなかった。それから涙が収まるまで数十分時間がかかるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ本当に大丈夫?」

 

「お、おう」

 

 清水と別れ、涙を見られた気恥しさからどうしてもハジメと会話ができないでいたコウスケ。何とか返事を返すもののどうにも声が上ずってしまう

 

「う~ん 今日は僕の家で泊まる約束だったけど、もし無理なら」

 

「え?今日俺お前の家に泊まる約束だったのか?」

 

 確認するような聞けば返事は溜息だった。今日は溜息やら心配やらされてばかりである

 

「明日が土曜日で学校休みでしょ?だから今夜は徹夜だっ!ゲームをしながら朝日を迎えるぞっ!って言ってたんだけど」

 

「そうだったのか。…うん問題ないよ。お邪魔させてもらってもいいか?」

 

 コウスケがそう頼むとハジメは嬉しそうにうなずいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう…いいのか?』

 

「…ああ、あともうちょっとだけ余韻に浸かってからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南雲家の夕食は豪華だった。事前に行くことを伝えてあったのか、ハジメの母親が手料理によりをかけてコウスケの好物を作ってくれたのだ。

 

「うむ。このハンバーグめちゃ美味っ!」

 

「どんどん食べてねコウスケ君。ほらハジメも」

 

「はいはい。あ、父さんそこのケチャップとってよ」

 

「うん?どうぞ」

 

 南雲家の団欒を心行くまで楽しむコウスケ。その顔には涙の後は見られない。温かい食事の後ハジメは先に風呂へと向かった。コウスケは食器の後片付けを手伝おうとしたがやんわりと断られてしまう。仕方なしにハジメの部屋に向かおうとするコウスケにハジメの母親から声がかけられてきた 

 

「いつもありがとね、コウスケ君」

 

「?なにがですか」

 

「あの子と仲良くしてくれている事」

 

 礼を言われるようなことなのかと首をひねると、ほんの少し顔を陰らせてしまう。

 

「あの子…小さい時から友達が上手くできなくてね。コウスケ君と出会ってから笑顔が増えるようになって…だからありがとうコウスケ君あの子と一緒にいてくれて」

 

「…そうだったらいいんですけど」

 

「いいや、コウスケ君がいてくれたからだ。面倒を掛けるかもしれないけど今後ともうちの息子をよろしく頼むよ」

 

 ハジメの両親からの言葉にコウスケは曖昧な笑顔を浮かべる事しかできなかった。

 

 

 

 

 ハジメの部屋に付いたコウスケ。見回すとゲーム機や漫画がぎっしりと詰まっている正真正銘のオタク部屋だった。

 

「さってと…まずは」

 

 ハジメの部屋に入るなりすぐに机の上にあったパソコンを起動させる。出てきたデスクトップ画面に思わず吹いてしまう。

 

「んっん~セキュリティがガバガバだぞハジメちゃん☆」

 

 手慣れた動作でファイルを漁っていく。すぐにお目当てのものは見つかった。

 

「ほうほう中々のエロ画像の充実っぷり…男の子ですねぇ」

 

 隠してあったハジメ秘蔵のエロ画像を確認したコウスケはすべてをゴミ箱に送り消去してしまう。続いて行うのはインターネットからコウスケがハジメに日頃の感謝を込めて贈るものを探す事だった

 

「えっと、ストレート黒髪美少女モノっと…あったあった。ん~純愛モノをメインとして…」

 

 日頃の感謝を込めてコウスケはハジメに黒髪ストレートで天然美少女のエロ画像をダウンロードしていく。ハジメのパソコンはかなりの高性能で

瞬く間にダウンロードが完了していく

 

「へぇなかなかいいものを持ちで。ならジャンルを手広く増やすか。シチュエーションは悲恋やNTRモノは無しにして…逆レを基本としてにお薬モンに亀甲モンにヤンデレや一日ぶっ通しに時止め…場所は教室は当然として保健室、体育館倉庫に図書室。屋上は…あった。後は…野外とかラブホか?うーん自室にしておこう」

 

 むふふな画像を遠慮なくハジメの秘蔵フォルダにダウンロードをしていく。もしこれが見つかった時ハジメはどうするのだろうか。怒るのだろうか苦笑するのだろうか。どっちで構わないコウスケだった  

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメが風呂から上がったので自分も風呂に入り上がったらあとはハジメの部屋で思う存分ゲームをするだけだった。

 

「うわっベルセルクだ!」

 

「そいつは俺が引き受ける!ドーンハンマーを探せ南雲!」

 

「あったよドーンハンマーが!」

 

「でかしたっ!」

 

 お気に入りのゲームをハジメと2人で遊ぶ。協力プレイで白熱するのは非常に楽しい。ゲーム画面で操作する筋肉ムキムキマッチョの漢達が遂に敵を打ちのめす。

 

「「いよっしゃクリアー!」」

 

 手をパチンと合わせステージをクリアしたコウスケとハジメ。時間を見るともう深夜の2時だった。フーっと息を吐いて伸びをする。流石に熱中しすぎたのか体からポキポキと小気味の良い音が鳴る。

 

「どうする?このまま続ける?」

 

「うーん。俺はちょっと疲れたからこの先は南雲一人で進んでくれ」

 

「りょうかーい」

 

 ベットに腰かけながらハジメが操作するゲームを眺めているコウスケ。画面ではムキムキマッチョがチェーンソーで敵をバラバラにしてた。その様子を見て次にゲーム画面を見るハジメを見てコウスケはそっと目をつぶった。

 

 楽しい時間だった。美しい時間だった。何よりも大切で…望んでいた世界だった。だがそれももう終わりだ。

 

「…チェーンソーのこうげき。かみはばらばらになった」

 

「なにそれ」

 

「いやいや自称神の糞エヒトもバラバラになるのかなって」

 

「エヒト?なにそ」

 

「…ありがとなリューティリス」

 

 名前を呼ぶと苦笑していたハジメがぴたりと動きを止めた。驚くように目を見開きコウスケを見る。その姿をほんの少し愉快に思いながらコウスケは続けた。幸せな夢、理想の世界を自分から否定する様に

 

「ずっと望んでいた世界だった。くだらないことでふざけ合う友人がいて、一人じゃない世界がほしかった。でも夢物語はもう終わりだ。さっさとここから出てアイツらに合わないと」

 

「…それは駄目だ。あの世界は苦悩と痛みに満ちている。君はここにいるべきだ」

 

「そうだな。アイツらと顔を見合わせたらまたずっと思い悩んでしまうかもな」

 

「だったら!」

 

「でも戻らなきゃ」

 

 追いすがる様なハジメ…を擬態した偽物の頭を撫でる。驚く偽物に精一杯の感謝を込めて笑いかけるコウスケ。

 

「アイツらには俺はもう必要無いのかもしれない。傍にいれば足を引っ張るかもしれない。邪魔なのかもしれない。でも最後まで一緒に居たい。…駄目かな?」

 

 困ったように笑えば、偽物は泣きそうな目で首を横に振った。

 

「…ここは理想の世界です。貴方は独りぼっちではありません。私がそばにいます…私は…貴方が不満を抱くこともない、ずっと一緒に笑っていられる…友達になれます」

 

「そりゃもう俺の都合のいい人形じゃんか。そんなもんはいらないよ …興味が無いかっていえばウソじゃ無いけど」

 

 本音を出しながら肩をすくめれば偽物…リューティリスは力なく俯いてしまった。辺りを見回せば部屋が白く霞んできている。理想世界の終わりが近い。どうすればこの世界から脱出できるものかと考えるとハジメの顔をしたリューティリスが力なく呟いた

 

「…やっぱり駄目ね。幸せな世界を作ってみたけど…受け入れてくれないのね」

 

「望めば望むほど俺の過去とは違いが出てきて辛くなるからな。一種の拷問って奴だな」

 

「はぁ…余計なおせっかいだったわ」

 

「俺が俺である以上、辛い過去を変えることはできないって奴だ。本当は逃げたかったんだけどなぁ…それよりもアイツらと会ったときどんな顔すればいいんだ。特に南雲」

 

 世界が漂白されながらも仲間たちの事で頭を悩ますコウスケにリューティリスは苦笑する 

 

「大丈夫でしょう。貴方が選んだ人たちだもの。きっと何とかなるわよ」

 

「雑!?」

 

 

 あんまりにも勝手な発言にあんぐりしながらコウスケは意識を手放していくのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい…貴方を巻き込んでしまって」

 

 

 

 

 

 




感想待ってます~


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目覚めた後は

早めに投稿します。

なんだか足踏みをしているような気分です




 

 

 

 

「何よりも優しい幸せな世界だった。ずっとあの場所に居たかった。でも…居ればいるほど胸が締め付けられた」

 

 微睡むコウスケに聞こえてきたのは少女の声だった。無機質なのにどこか優しさと強い呆れをその声から感じた。

 

「友人たちと一緒にいればいるほど、楽しければ楽しいほど、記憶の中にある自分の過去との差が出てくる」

 

 そうだその通りだと微睡みながらコウスケは強く肯定した。あの世界は自身の過去とはあまりにも違った。優しすぎのた。違和感をすぐに感じてしまうほどに。

 

「だから否定せざるを得なかった。ここは違うのだと夢から起きなければいけなかった。そうしなければ…」

 

 そうしなければ起きれなかったのではない。夢におぼれていたのではない。起きなければ…

 

「自身の過去を思い出さずにはいられないから」

 

 そうだ、だからこそ起きなければいけなかった。だから手放さなければいけなかった。

 

「一人で俯いていた学生時代。何のために生きていたのか意義を見出せない惨めな過去。だから無意識のうちに順応し演技をすることにした。友達と遊び青春を送る、自分自身が夢想していた学生時代を。でも…その矛盾があの世界での覚醒するきっかけだった」

 

 最初から違和感があった。話しかけてくる人間なんて誰もいなかったのにあの世界では…望む過去であればあるほど息ができなくなっていく。傷ついていく。どうせなにをしたって自身の過去は変わらない。それなのに…

 

「…リューティリスは阿保ですね。幸せな世界を夢見させるのならこれからの未来を見せればいいのに、よりによって過去を作り出すんですから。まぁ理想の未来を作り出したところでどうせあなたは受け入れられないでしょうですけどね、『こんな俺が幸せになるはずがない』って」

 

 呆れた様に言い終わる少女の声。同時に微睡みが強くなってきた。意識がまた少しづつ闇の中に落ちていく。

 

「…聞こえていますか」

 

 聞こえている。そう返事を返そうとするのだが眠くて返事が出ない。だが相手にはちゃんと伝わったようだ。

 

「…そんなに生きているのが苦痛なら……………私と一緒にどこかへ逃げませんか?」

 

 無機質な声のはず。それなのに震えていると感じるのは何故だろうか。

 

「……貴方がいなくても皆さんは大丈夫です。だから、どこか知らない所へ、誰もがあなたを知らない…気にしないそんな所へ。…すべてを捨てて私と一緒に」

 

 魅力的な提案だった。きっとそれは気楽な旅路なのだろう。苦悩から解放されて自由への旅路はなんと蠱惑的なのだろうか。

 

 しかしそれだけは…

 

「…できない。俺はアイツを……誓ったから」

 

 できないのだ。日本へ帰らせると自分は誓ったのだ。だから出来ない。アイツを…自分自身を裏切れない。その意思は伝わったのか、深いため息が聞こえてきたのと同時に頬に冷たいものが触れてきた。それが酷く心地よい。

 

「でしょうね。全く…本当に貴方って人は…」

 

 微睡みの中へ沈んでいっても冷たいものが離れないのが嬉しい。そう感じながら今度こそ意識が消えていくのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背中と後頭部に当たる冷たく硬い感触と乾いた空気。それを感じて、僅かに微睡んでいたコウスケの意識は急速に浮上した。

 

 体を起こし頭を振りながら今までの事を思い出すコウスケ。

 

(…確か、ゴキブリの樹海に入って…魔法陣で感情が反転して…)

 

 そんなコウスケに聞きなれた少女の声がすぐそばで聞こえてきた。

 

「おはようございますマスター。現実(悪夢)に帰ってきた気分はどうですか」

 

「…もう少し寝ていたい気分だ」

 

 その声の主ノインは、コウスケが寝ていた柩の様な物体へ腰かけじっとコウスケを見ている。自分の頬に手を触れ何となくノインの手を見ながら

起き上がるとそこは異常な空間だった。

 

 巨樹の洞と同じような、されど二回りは大きい空間でコウスケと同じような人一人がすっぽり入れるような柩が規則正しく円状に並べられていたのだ。柩の数は全部で八つであり透明感のある琥珀の様な黄褐色をしていた。うち一つは琥珀色が無くなっている

 

「コールドスリープ…でしたか?ほかの皆さんも同じように眠っておられますよ」

 

 ノインの言う通り調べてみればほかの仲間たちも同じように琥珀色の中に入っており目を閉じている。  

 

「怪我は…無さそうだな」

 

「ええ、皆さん五体満足で生きておられます。最も今は試練の真っ最中ですが」

 

 深く溜息を吐き独り言を言えば律儀にノインは答えてくれる。地面に座り柩に背中を預ける。誰も見ていない今は楽な姿勢でいたかった。

 そうしてしばらくして今までの行動を思い返そうとするコウスケ。そんな雰囲気が伝わったのかノインが口を開く。

 

「……あの時何があったか説明しますか」

 

「…頼む」

 

 反転した後からの行動を覚えてはいるものの誰かの説明がほしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノインの説明は酷くさっぱりしていた。コウスケとハジメが殺し合いをしている間にボスゴキブリをあっさりと倒したのだ。

 

「決め手は私の槍ですが…MVPは清水様なのでそこは勘違いなさらない様に」

 

 清水が闇魔法と魂魄魔法の複合魔法『終わる世界』で共食いを発生させ、ノインがボスゴキブリの魔石をやり投げで打ち砕いたのだ

 

「ゲイ・ボルグでしたか?アレの拳バージョンです。せいけんづきとも言います」

 

 ユエ達はずっと雑魚の相手をしていたらしい。怪我もなく全員大丈夫だったのだがノイン曰く香織の様子がおかしかったようだが…

 

「…まぁアレに関しては仕方がありません。誰が悪いわけではないと無関係の私は思うのです」

 

 との事だった。そして肝心のコウスケ自身だが、ハジメが用意していたものが役に立ったらしい

 

「…麻酔銃?」

 

「何でも南雲様曰く『地上最強生物にはネットとうでっこきのハンターとシロナガスクジラも眠らせる麻酔があればいい』とのことです。四本ほど打たれていましたが覚えていますか」

 

「…確かに何かの薬品を撃ち込まれていた気がする」

 

 しかしいくらなんでも四本はやり過ぎではないのかとは思うモノの暴れている自分自身を制圧するにはもっともな方法だと知っているので何とも言えない表情をするコウスケ。その後コウスケを眠らせた後は全員で出現した魔法陣に入ったとの事だった。そして今に至る 

 

「はぁ…それにしてもひどいこと言っちまったな」

 

 琥珀の中で眠っているハジメを見ながら後悔するコウスケ。いくら反転していても言ってはいけないことだってあるのだ。特に南雲は『原作主人公』とは違う筈なのに

 

「…仕方ないでしょう。どう割り切ろうとしても南雲様は『南雲ハジメ』であることは間違いないのですから。ずっと不満を持っていたマスターが八つ当たりをするのもしょうがない話です」

 

「だからと言ってなぁ」

 

「それに、南雲様自身にも不満があったのでしょう」

 

 ズバリと言われてしまった本心に沈黙するコウスケ。そんなコウスケを特に気にすることなく琥珀の中に入っている香織を見ながら話を続けるノイン

 

「盾役をやっているマスターが何も思わないと?それこそ愚問です。マスターはただの一般人ですよ。それが凶暴な魔物たちの前に立つなんて…しかも仲間たちは安全圏。マスターが痛みも恐怖も感じないと?善意でやっていると?」

 

「ノイン、それは」

 

「…申し訳ありません、少し踏み込みすぎましたね。それは『私』が言うべきことではありませんでした。 …そろそろ白崎様が目覚めます」

 

 僅かに目を伏せたノインは謝罪をするとコウスケに距離を取るように目線を向ける。ノインに言われた本心に顔を曇らせるコウスケだったがすぐに

頭を振り雑念を振り払うと言われたとおりに距離をとる。なぜだかは分からないがどうやら香織には近づかない方が良いらしい。

 

 

「……ん、ここは」

 

 香織を覆っていた琥珀が溶け始め、中にいた香織がゆっくりと体を起こす。表情はまだぼんやりとしており眠気が取れていないようだった。

 

 そのまま香織は何かを確かめるように自分の手を見た。その手で何かを挟み込むような形をして…コウスケはゾクリと背筋を震わせた。

 

「…ふふ、やっぱり夢だったんだぁ」

 

(っ!?)

 

 香織は何もしていない、自分の両手を見て何事か呟いただけだ。ただそれだけの事なのに酷く恐ろしいとコウスケは感じてしまったのだ。

 

 何か見てはいけないものを見ている、女の仄暗いドロリとした()()を見ていると直感的に感づくコウスケとは打って変わってノインはしゃがみ込むと香織と視線を合わせる

 

「白崎様、調子はどうですか」

 

「…ノインちゃん?」

 

「はい私です。…試練を突破できたようですね」

 

「…試練……か。やっぱり私は」

 

 ノインの言葉に香織は俯くと手をゆったりと動かす。その動きは丁度両手で挟まりそうな何かをつかんでいるようにコウスケは感じられた。しばらくすると香織は顔をあげノインをはっきりと見た。その顔には先ほどの圧はなくいつもコウスケが見ている香織だった。

 

「うん。もう大丈夫。ほかの皆は…あ」

 

 香織が周囲を見回すと丁度コウスケと目が合った。その目はひどく狼狽えており、目線があちこちにせわしなく動く。まるで仲間入りした時の様だと少しばかり懐かしむコウスケ。

 

「あー…その迷惑を掛けてごめんね 香織ちゃん」

 

「う、うん。 私はその…取りあえず謝るのはハジメ君にした方が良いよ。私は…蚊帳の外だったから」

 

 少々ぎこちないながらもコウスケの謝罪を受けた香織は立ち上がるとハジメの琥珀に近づきを愛おしそうに撫でる。最後に呟いた言葉に薄ら寒いものを感じるコウスケ。

 

(一体理想世界で何を見たんだ?そもそも反転して居たとき何があったんだ?…何だろう。俺が聞くとなんか凄くマズい気がする)

 

 そんな事を考えていた時だった。周りから光が漏れ琥珀が輝きだした。輝きだした琥珀はユエ、シア、ティオ、清水の四人だった。

 

「チックショー――!!人の家族で弄びやがってですぅ!!」

 

 シアは目覚めるとぴょんと跳ね起き虚空に向かって見えない何かに向かってジャブを繰り返している。その拳のふりは重く鋭く、ドリュッケンを振るうより早くないかとコウスケに思わせるほどだ。

 

「…叔父様?」

 

 ユエは目覚めると一言呟き、なにやら考え込んでしまった。その顔は本当に不思議そうな表情だった。

 

「むぅ、皆無事の様じゃな…妾は、まだまだ子供じゃったか」

 

 起き上がったティオは仲間たちを見回してほっと息を吐くと自嘲する笑みを浮かべた。その笑みはどこか寂しそうだった。

 

「…たく。変な夢見させやがって。まーだ()()()は『オレ』を受け入れられねのかねぇ」

 

 清水は苦笑し何やら自分の頭をこつこつと小突いている。最後の言葉は聞き取れなかったがどうやら思う事があるようだ。

 

 全員が無事であることを確認し、集まる仲間たち。

 

「ハジメ君…」

 

 仲間たちが目を覚ました中、理想の世界で未だ起きずにいるのは南雲ハジメ只一人。香織が名前を呼び琥珀の表面を撫でる

 

「後は南雲だけか、意外だな。オレはさっさと起きるかと思ったけど」

「自分自身が望む世界じゃ、抗うのは中々骨が折れる。最もハジメなら問題はないと思うのじゃが」

「確かにあれは中々きつい。…よく目が覚めたな俺」

「……マスターそれ、本気で言ってます?」

「ユエさん大丈夫ですか?眉間にしわが寄ってますよ」

「ん、ちょっと思うところがあった。後で話す」

 

 集まりながらも勝手に話し合う仲間たちは多少ハジメの心配はするものの起きると信じて寛いでいる。そんな仲間たちに少し責める様な視線を向ける香織。

 

「皆ハジメ君の心配しないの?」

 

「大丈夫さ。だって南雲だろ?さっさと起きてくるさ」

 

(……そうやって、自分が一番知ってるんだって顔をして)

 

 コウスケの言葉に香織以外の全員が頷く。呆れた香織だったがその言葉は何よりもハジメに対する信頼の裏返しで、コウスケに対しイラつきながらも渋々と納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…流石に遅くないですか?」

 

 だが体感で二時間ぐらいだろうかいくら待ってもハジメは起きてこない。そろそろマズいのではないかとシアが声に出し、ほかのメンバーもハジメの周りに集まる。

 

「もし起きなかったらどうするんだ」

 

 清水の言葉はもしもを考えての事だった。もちろんハジメは試練を突破すると考えてそれでもほかの皆が言えないことを先に清水は言ったのだ。

 

「その時は…ノイン。分解で琥珀を消去することは?」

 

「無論可能です」

 

「それでも起きなかった場合はどうするんですぅ?」

 

「…ん。その時はお姫様のチッス」

 

「え!?」

 

 ユエの言葉に香織が一番大きな反応をした。どういう意味の言葉かとユエに目を向けると、ユエ曰く古今東西、目を覚まさなかった者には愛する人の接吻で目が覚めるのだという。 

 

「それ、白雪姫じゃん」

「寝ている奴と起こす奴の性別が逆だけどな。ならオレ達は、さしずめ七人の小人か?」

「賑やかし役っていうんですね。バッチこいですぅ」

「…ん、さぁ香織覚悟を決めて」

「女は度胸じゃぞ」

 

 いつの間にかハジメをキスで目覚める方針になっていることに香織は顔を赤くする。さっきまでのハジメに対する信頼はどうしたのだとか、この状況を楽しんでいないかと頭の片隅では考えつつもいざとなった時の事を考えてしまい、顔が増々赤くなっていく香織。そんな香織にポンと肩に手を置くノイン

 

「恥ずかしいのならこれを使えば良いんですよ」

 

 そう言って差し出されたのは小瓶だった。中にはどろりとした白濁色の液体が入っている

 

「これは…?」

 

「先ほどの試練に使われていた媚薬スライムです。これを使って後は…ムッツリな香織様には分かりますよね」

 

「うわぁ」

 

 手渡された物を見てつい受け取ってしまう香織。効果はコウスケを見ていたのでしっかりと理解してしまう。媚薬を見てハジメを見て、それを何回も繰り返す香織。明らかに誘惑に負けそうになっていた。

 

「起きろ南雲、じゃないとお前の初体験は逆レものだぞ」

 

「ニヤついた笑顔で変なこと言ってないでノインを止めて来いよコウスケ」

 

 アホな事を言ってるコウスケに今にも口から砂糖を吐きそうな清水。そんな二人の心配は杞憂だった。あーだこーだしているうちにハジメの琥珀が光り始めたのだ。

 

「…ここは」

 

 いささか残念そうな香織に見守られながらハジメは体を起こし頭を振る。その顔は苦々しい。

 

「…はっ ほんっと理想世界ってのは面倒だ。あんなの…卑怯だよ」

 

 忌々し気に呟くその言葉から察するに抜け出すのはかなり苦労した様だった。そんなハジメをいたわろうと香織が顔を近づ目があった時予想もしない反応が返ってきた。

 

「ハジメ君 大丈夫?」

 

「へ?あ、白崎さ…!?わ!?わっわわわ!?!?」

 

 思いっきり驚いたハジメは一瞬で顔を赤らめた後思いっきり壁まで後退したのだ。好きな男の子とは言え流石にその反応は困惑してしまう香織。そんな香織には目もくれずハジメは一瞬でコウスケの背後に隠れてしまった。そのハジメの様子に香織がぴしりと止まる

 

「うわっ!?ちょっ 南雲お前何やってんの!?」

 

「ごめん!ちょっとそのままでいて!」

 

 香織に対する盾のような役目になってしまっているコウスケ。本当ならハジメが起きたのならすぐにでも謝りたかったのだがこれでは何もできない。と言うより謝る機会を完全に逃してしまった。

 

「…コウスケさんどいて ハジメ君が見えないの」

 

「ひぃ!?おい南雲さっさと離れろ!なんか今日の香織ちゃんスッごい怖いんだけど!」

 

「そんな事いったって アレを見た後で顔を見合わせるのは難しいんだよ!」

 

 目からハイライトをなくしてコウスケに詰め寄ろうとする香織。ハジメを引きはがそうとするコウスケに抵抗するハジメ。三者三様の中他の仲間たちは微笑ましく見ている。

 

 シアは察したようにピンとうさ耳を立てユエはハジメがどんな夢を見たのか推測ジト目を向けしティオに至っては「若いのぅ」と観戦していた。

 

「はいはいやめやめ!白崎、そう詰め寄るな。南雲、いいから落ち着け」

 

 そんないつまでもやってそうな雰囲気を手をた叩き止めたのは清水だった。疲れたように溜息を吐いて指示を出すと香織は頬を膨らませながらもハジメから距離とる。その香織の様子にやっとで落ち着いたハジメも疲れたように腰を下ろす。

 

「あーどんな夢を見たのかは想像できるけど…平気か?」

 

「はぁーーーー本当に疲れた…今日は最悪だよ。コウスケに八つ当たりを食らわせられるは、夢の中では白崎さんとイチャイチャしているし…まだ早いっての」

 

「…前者に関して本当に申し訳ないけど後者は俺のせいじゃないぞ」

 

「知ってるってば。はぁ、僕の秘蔵フォルダは全部白崎さんのエロ画像に代わってるし、本人からは白昼堂々と襲われるし…僕の理想世界って…」

 

 大きなため息を吐くハジメ。八つ当たり云々は確かに自分のせいだが理想世界での出来事はハジメ自身の問題ではないかとコウスケは思うものの取りあえず黙っておく。

 

「…いつもいつもそうやって…」

 

「白崎様、顔に出てますよ?そんな事より夢の中では南雲様を襲っていたみたいですよ。やりましたね」

 

「それは夢の私で会って、私自身じゃない。ノインちゃん、それは()()()()()()()()

 

「…さいですか」

 

 香織は香織でノインに拘束されながらも憎々し気に顔を歪めると俯いてしまった。

 

「あーもう、お前らってこう見ると面倒くさいんだな」

 

「若者の特権じゃぞ清水」

 

「だから面倒なだけだって。ほら魔法陣が出てきたぞ」

 

 清水の心底面倒そうな溜息と共に魔法陣が地面を広がっていく。いそいそと準備を進める中、光が魔法陣からあふれ出すのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




香織についてはオリジナル要素をどっぷりと詰め込む予定です。おかげで三角関係?です

感想気が向いたらお願いします


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試練の終わりと休息

おまたせでっす!

いつの間にか評価者が100人になってました。有難うございます!

交流編、始まります


 

 

光が収まり、転移された場所は庭園だった。

 

「ひとまず夢の話は置いといて、ここを探索しましょう」

 

 ノインの言葉で渋々頷く香織とほっと息を吐くハジメ。そのまま全員で庭園を調べ回る。 空気はとても澄んでいて、学校の体育館程度の大きさのその場所にはチョロチョロと流れるいくつもの可愛らしい水路と芝生のような地面、あちこちから突き出すように伸びている比較的小さな樹々、小さな白亜の建物があった。

 そして一番奥には円形の水路で囲まれた小さな島と、その中央に一際大きな樹、その樹の枝が絡みついている石版があった。

 

「うわー高っけえ…落ちたら死ぬなこりゃ」

 

 コウスケが庭園の端を除くとそこには広大な雲海と見紛う濃霧の海が広がっていた。

 

「…僕達はフェルニルで樹海の上を飛んできたはずだけど…こんなでっかい樹なんてなかった。見逃した覚えなんて無いはずだけど」

 

「闇魔法で隠蔽するのならある。それと合わせて魂魄魔法や空間魔法を使えばこれくらいはできるだろ。…流石にオレでは無理だなこの規模の魔法は」

 

「ふぅむ、流石は解放者。性格がねじ曲がった奴ばっかりだけど実力は途方もないな」

 

 男三人雲海を眺めながら好き勝手感想話す。なにせここがゴールなのだ。気が少々抜けているのもある。

 

「しっかしここまで高いと…なんだか飛び降りたくなる。…ならない?」

「ならねぇよ」

「パラシュートなら簡単に作れるけど?」

「作ろうとすんな」

「なら変身したティオの背中に乗って降りてみたい」

「……迷惑だろ。やめとけよ」

「今の間は何?」

「…何でもねぇよ」

「実はちょっと試してみたかったり?」

「何でもねぇって言ってんだろ」

 

「おーい。そろそろ行きましょう―」

 

 シアに促され雑談を中断するハジメ達。水路で囲まれた円状の小さな島に、ハジメ達が可愛らしいアーチを渡って降り立つ。途端、石版が輝き出し、水路に若草色の魔力が流れ込んだ。水路そのものが魔法陣となっているのだ。ホタルのような燐光がゆらゆらと立ち昇る。

 

(……何だ?)

 

 初めて神代魔法を習得した清水が顔をしかめている中コウスケは首をかしげていた。いつもと同じように魔法陣が光り神代魔法を習得したはずだが今回はなぜか違ったのだ。

 

「…鎖が一本解けた?」

 

 習得したのは間違いないはずなのだが温かいものが溢れるわけでもない。言葉にするのなら何かの枷が解けそうになったとでもいうべきか。

 あとでノインと相談しようとコウスケが考えたところで目の前の石板に絡みついた樹がうねり始めた。

 

 立ち昇る燐光に照らされた樹はぐねぐねと形を変えていき、やがて、その幹の真ん中に人の顔を作り始めた。ググッとせり出てきて、肩から上だけの女性とわかる容姿が出来上がっていく。

 

 そうして完全に人型が出来上がると、その女性は閉じていた目を開ける。そして、そっと口を開いた。

 

 

「まずは、おめでとうと言わせてもらうわ。よく、数々の大迷宮とわたくしの、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。あなた達に最大限の敬意を表し、ひどく辛い試練を仕掛けたことを深くお詫び致します」

 

「そのおかげでこちらは危うく全滅だったんですが、理解できています?」

 

 どうやら樹を媒体にした記録のようだ。オスカーのような映像の代わりということだろう。どこかリリアーナのような王族に通じる気品と威厳があるように感じる。樹の幹から出来ているのではっきりとは分からないが、ストレートの髪を中分けにした美人に見える。

 そんなリューティリスにノインが毒を吐く。記録映像とは言えどうやら不満をぶつけているようだ。コウスケもそばによる

 

「しかし、これもまた必要なこと。他の大迷宮を乗り越えて来たあなた方ならば、神々と我々の関係、過去の悲劇、そして今、起きている何か……全て把握しているはずね? それ故に、揺るがぬ絆と、揺らぎ得る心というものを知って欲しかったのよ。きっと、ここまでたどり着いたあなた達なら、心の強さというものも、逆に、弱さというものも理解したと思う。それが、この先の未来で、あなた達の力になることを切に願っているわ」

 

「今更、確認するのはおかしいと思いますが?やっていることは仲間割れを誘発させるものばかり。自称神とやってる事変わりませんよ?」

 

「反転と理想世界は分からんでもないけど、ゴキブリと媚薬スライムはお前の趣味じゃね?趣味悪っ」

 

 ノインと一緒になってリューティリスの前でこれまでの鬱憤を晴らすようにツッコミを入れるコウスケ。周りの仲間たちは思う事があるのか止めようとはしなかった。

 

「わたくしの与えた神代の魔法“昇華”は、全ての“力”を最低でも一段進化させる。与えた知識の通りに。けれど、この魔法の真価は、もっと別のところにあるわ」

 

「しょうかしょうか…え?」

 

「クソつまらない冗談を入れるのはやめましょうマスター」

 

 コウスケのわき腹にチョップを入れるノイン。そんな呑気な事をしている主従に僅かに視線を移したリューティリスはすぐに視線を元に戻し説明を続ける。 

 

 

「昇華魔法は、文字通り全ての“力”を昇華させる。それは神代魔法も例外じゃない。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法……これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法――“概念魔法”に」

 

 誰かがゴクリと生唾を飲み込んだ音がやけに大きく響いた。

 

 ハジメも大きく目を見開いて驚きをあらわにしている。その脳裏には、かつて【ライセン大迷宮】でミレディ・ライセンに言われたことが過ぎっていた。確か彼女は、望みを叶えたいのなら全ての神代魔法を手に入れろと言っていた。それは、このことを言っていたのだろう。

 

「概念魔法――そのままの意味よ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。ただし、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得することは出来ないわ。なぜなら、概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出されるものだから」

 

 それが魔法陣による知識転写が出来なかった理由。

 

「極減の意思…何かわかりにくい説明だな。もうちょっとわかりやすく説明できないの?」

 

「無理ですよ。なにせ話している当人もよく分かっていませんから」

 

「ソウダッタノカー。なら…あんまり賢そうに言うなよリューティリス …馬鹿に見えるぞ?」

 

「多分、この概念云々はどこかの誰かさんも説明できないものなんでしょうね。平たく言えば南雲様の錬成に説得を入れるためだけの…」

 

 煽る。とにかく鬱憤を晴らす様に煽るノインとコウスケ。気のせいかリューティリスの顔に血管が浮いたような皺が出てくる。

 

 ペチンッゴチンッ!

 

「!」

 

「あいたっ!?」

 

「人が話しているときに邪魔しちゃ駄目って教わらなかった?」

 

 だがついにハジメの手によって制裁される。ノインには軽くコウスケには割と本気で拳骨を見舞ったのでコウスケは頭を抑え転げ回っている。

 

「わたくし達、解放者のメンバーでも七人掛りでも、たった三つの概念魔法しか生み出すことが出来なかったわ。もっとも、わたくし達にはそれで十分ではあったのだけれど……。その内の一つをあなた達に」

 

 何処か表情を緩めたリューティリスがそう言った直後、石版の中央がスライドし奥から懐中時計のようなものが出てきた。それを手に取るハジメ。表には半透明の蓋の中に同じ長さの針が一本中央に固定されており、裏側にはリューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた。どうやら攻略の証も兼ねているようだ。ハジメが、手中のそれをしげしげと見つめているとリューティリスが説明を再開した。

 

「名を“導越の羅針盤”――込められた概念は“望んだ場所を指し示す”よ」

 

「望んだ場所?…つまり」

 

「どこでも、何にでも、望めばその場所へと導いてくれるわ。それが隠されたものでもあっても、あるいは――別の世界であっても」

 

 別の世界。その言葉にハジメが喉を鳴らす。元々この旅はハジメが故郷に帰ることが大きな目的であり、そのために大迷宮を攻略しているのだ。

 リューティリスはエヒトがいる世界への道筋としてこの羅針盤を用意したのだろうがハジメにとっては故郷…日本へ帰る為の一手にしか過ぎなかった。

 

「全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなた達はどこにでも行ける。自由な意志のもと、あなた達の進む未来に…………」

 

「…?」

 

 最後の言葉を終わらそうとしていたリューティリスだったがここで言葉を中途半端に切ってしまった。その視線は何処でもないどこかを見ているようなそんな雰囲気を漂わせていた。

 

「壊れたのか?」

 

「待つのじゃ。何かを話そうとしておる」

 

 清水が手の平をリューティリスの前でヒラヒラ動かすが何かを察したティオが止める。そしてティオの言う通りリューティリスは虚空に向けていた視線を未だハジメの拳骨で呻いているコウスケに向けた。

 

「……わたくしは…私達は罪を犯した」

 

「罪?」

 

「……私達は罪人だ、間違いを犯した、たとえ何をしても、決して許されない」

 

「何を言ってるんだ」 

 

 清水の言葉に誰もが返事を返せない。苦渋の顔になったリューティリスの顔に目を奪われてしまったからだ。ここでコウスケがようやく

起き上がる。

 

「痛たた、うん?皆どうし」

 

「…全ての原因はわたくしのせい。神を憎みながら、わたくしは神と何も変わらない」

 

「うん?」

 

「解放者と名乗りながら、この世界に…縛るとは、一体何のために」

 

「…何か知らないけど多分君のせいじゃないと思うよ」

 

「………やっぱりそう言うのね」

 

 状況をよく知らずリューティリスが何かを呟いていたので頭を掻きながら取りあえず慰めるコウスケ。その言葉にフッと微笑んだリューティリスは樹の中へと戻っていってしまった。

 

 今起きた出来事を咀嚼しているかのような沈黙が場を満たす。そよそよと吹く風が起こす葉擦れの音だけが辺りに響いていた。

 

「さてこれでこの迷宮は用無しですね。さっさと戻りましょう。皆さんお疲れの様ですし」

 

 場を締めくくる様にしてノインがショートカットの魔法陣へ動き出す。

 

 何はともあれ、こうして七大迷宮の一つ【ハルツィナ樹海】の攻略は終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうだった」

 

「やっぱり無理だってさ。まぁ仕方無いよね」

 

「お?意外とあっさりしているんだな」

 

「最後の迷宮が残っている以上ここでハイ日本へ帰れますって事にはならないと思ってたんだ」

 

 ハジメの部屋でコウスケとハジメは雑談していた。試練が終わった後フェルニルを拠点として休息をとっているのだ。ちなみにフェルニルを停めてある場所はカムが亜人族の長老たちと交渉で手に入れた領地内だ。

 

「あっははは。まぁ冒険の途中で終わるってそんな簡単な話は無いからな」

 

「やれやれって奴だよ」

 

 話している内容は昇華魔法を使い空間魔法で日本へ帰れないかと言う話題だった。ユエに聞いたところ無理と即答されてしまったのだ。

 

「それにしてもユエ、俺を見る視線がなんかこう…」

 

「あーそれはコウスケのせいだから仕方ないよ」

 

「俺一体何をしたの!?」

 

 迷宮が終わった後から何か妙にユエから冷たい扱いを受けているコウスケだった。溜息をつきながらも椅子に座り直しコーヒーモドキをちびちびと飲む。

 

(まぁそれはそれで後で話を聞くとして…)

 

 コーヒーを部屋に設置されている机に置くと、コウスケは内心深く息をした。ハジメの部屋に来たのは雑談するのがメインではなかった。

 

「…南雲」

 

「うん?」

 

「すまんかった!」

 

 言葉と同時に体を床へと投げ出し頭を叩きつける。床に多少のひびが入ったがこの際無視だった。コウスケはずっとハジメに対して謝りたかったのだ。

 

「すまん!あの時俺は、お前に対して」

 

「あーそれなんだけど、どういう割合なの?」

 

 ハジメが何を言いたいのかすぐに理解するコウスケ。ハジメは何に対して謝っているのかを聞いているのだ。とても言いにくいが言葉を濁さず絞り出すように話す。

 

「…お前を殺そうとしたことに対しての謝罪が6割で」

 

「ふむ」

 

「お前を、『原作』のキャラと重ねてみたことに対してが10割だ」

 

「10割超えているじゃん」

 

 反転の試練にてコウスケはハジメに対して暴言を吐き殺そうとしたのだ。原作の『南雲ハジメ』に対する怒りをあろうことかハジメに対してぶつけてしまったのだ。

 本来なら言っていけない言葉と行動でありコウスケ自身の落ち度だった。

 

 正直な話コウスケは嫌われるどころか何をされても仕方がないと考えていた。だがハジメの反応はコウスケにとって予想外だった

 

「…まぁ本音を言うと知らない誰かと同じようにみられていたのはショックだよ」

 

「うっ」

 

「でもまぁ…お互い生きてたんだしそれでいいじゃないか。だからもう謝らなくていいんだよコウスケ」

 

 甘いと思う判断だったがハジメ自身も思う事がある。コウスケが悩みを酷く溜めやすい性格なのだ。笑っている裏では何かを思い悩む。今回はそれが爆発したもの、付き合いが一番長いハジメだからこそわかったのだ。

 

 それにもしハジメ自身がコウスケと同じ立場になったらと考えもした。

 

 自分が小説と同じ世界に行ったとして果たして分けて見ることができるのだろうか。答えは否だ。きっと自分もコウスケと同じように重ねて見てしまうのだろう。

 だからハジメはコウスケに言うのだ『終わったことだからそれでいいのだ』と

 

「……すまん」

 

 神妙に謝るコウスケにハジメは手をヒラヒラさせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもまぁやっぱり同じだとみられていたのはショックな訳でさぁ 分かる?このどうしようもない気持ち」

 

「…オレに言うなよな」

 

 時は進み場所も変わってハジメは清水の部屋に遊びに来ていた。正確に言うならば愚痴を言いに来たともいうのだが

 

「だってー あの時のコウスケ本気で殺意こもっていたからさー …何か泣けてくるよ」

 

「あー でもお前はそんな、なろう主人公とは違うんだろ。自分勝手に生きて好き勝手ハーレム作るやつとは」

 

「……まぁそうだけどさ。でもコウスケに言われた中に一つだけクリティカルヒットしたものがあって」

 

「あ?」

 

「錬成があれば楽だって話」

 

 憎悪を溢れさせ絶叫をあげるコウスケの話の中に錬成の話があったのだ。ほかの事はまだ自分とは違う別人の話だとは思う事は出来てもその部分だけがハジメにとって耳に痛かった。

 

「この頃錬成の調子が良くってさ。生成魔法と組み合わせれば並大抵の物は作れるんだ」

 

「この飛空艇がそうだしな」

 

 清水が部屋の中を見回す。この異世界の文明レベルを大きく逸脱した乗り物、むしろ日本…それどころか地球の文明を超えてしまう物。普通に考えて乗れるものではない。あくまで異世界であるトータスだからこそ作り出せるもので地球では生み出してはいけないものだった。

 

「だから日本に帰ってもこの錬成があれば楽な生活が送れるだろうなって考えてた」

 

「…マジか?お前はマジで日本に帰っても()()()()()で物事を考えていたのか」

 

「うん……コウスケの言う通り本当に図に乗っていた部分がある。だから反論ができなくて…」

 

 日本に帰っても錬成があればとハジメは考えていた。なにせ思いつくものはたいてい作れるのだ。それは現代日本でどんなに楽な生活を送れるか。どんなに思い通りの生活を送れるか。そんな事を無意識とは言え考えていた時にコウスケの言葉だ。浮かれていたところに冷水を浴びせられたそんな気分だった

 

「…はっ ならもう大丈夫だな」

 

「?」

 

「自覚したのならもうそんなアホな考えをお前はしないってことだ」

 

「そうかな…自分で自分の事がイマイチ信用できなくなりそうだよ」

 

「自分を信じてみろって。それにもし万が一があったらオレがお前を殺してやるからそれでよしだろ」

 

 こともなげに物騒なことを言う清水。一瞬面食らうもほんの少し口角をあげるとハジメはよろしくお願いするよと小さな声だ呟くのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしまぁ聞けばハーレムで自分勝手で暴力万歳で祭り上げられる教組みたいに何があったらそんな風になるんだかねぇ」

 

 机に向き合い何かの式を紙に書きながら特に気にした風もなく話す清水。ハジメは備え付けられている清水のベットに勝手に寝っ転がりながら大きなため息をした

 

「…あの奈落で、もし僕一人だけだったら」

 

「あん?」

 

「もし僕一人だったら…そうなっていたのかなって」

 

 ポツリとつぶやく声は答えを求めている物ではない。天井を見ながら遠くを見るハジメに清水は何も言わず机に向かいあった。

 

「清水は、さ」

 

「…」

 

「いや、なんでもない。話は変わるけど清水の理想世界は何だったの」

 

 何かを言いかけたが口を閉じて理想世界の事を聞き出すハジメ。唐突な話題の変換だったが、素直に話す清水。一応部屋の外には誰もいないかを確認する。

 

「何してんの?」

 

「女性陣に聞かれるとマズいんだよ。…さてオレの理想世界だったな。 ハーレムだ」

 

「は?」

 

 ハーレム。それは一般的に一人の男性が複数の女性と交際していることを指す。数度瞬きをして頭の中で言葉の意味を理解してこちらに視線もくれず何事か呟きながら机に向かう清水に指を指す

 

「…誰と?」

 

「考えればわかるだろ。オレ達の仲間の女性陣プラスαだ。そいつらが幸利様ぁ~幸利様ぁ~って黄色い声を出すんだ」

 

「…α?」

 

「八重樫に先生、何故かリリアーナ姫、他にも園部や谷口もいたな。 …お前が知ってる顔のいい女全員だと思ってくれ。それであってる」

 

 こともなげに言う清水に口をあんぐりさせるハジメ。流石にそれは予想外だったのだ。

 

「そうか?オレ達オタクなら夢見るもんだろ。美女や美少女にモテてモテてモテまくる夢って奴を」

 

「それは…そうだけど。なんか意外だ」

 

「意外じゃないさ。俺がそんな妄想を未だに持っていた。その妄想を否定した。ただそれだけの話だ」

 

(…?何だろう何かニュアンスが…)

 

 清水の言い方に何か引っかかりを感じるハジメ。強い自嘲を感じるのだが、どこか他人事のように話す清水にどうにも違和感を感じる

  

(…白崎さんのようにわかりやすかったらいいんだけど)

 

 まだ何か話していないことがあるのでは無いかと探るような目をしてしまったからだろうか。顔をあげた清水と目が合ってしまう

 

「…何だ」

 

「え、っと 清水さっきから何してんの」

 

「昇華魔法の使い方を考えていた。闇魔法とどう組み合わせるべきか取りあえず思いつくのを書いてたんだ」

 

 清水にとっては初めての神代魔法なのだ。どういう使い方をすればいいのか考えるのは分かるような気がするハジメ。魔法が使えないハジメはそれを少しだけ羨ましそうに見ている。

 

 暫く静かな時間が流れていた時だった。ふと清水が顔をあげハジメに聞いてきたのだ。

 

「お前は」

 

「ん?」

 

「お前はどんな世界だったんだ」

 

「僕は…普通の世界だったよ」

 

 ハジメは思い出す。あの優しく満ち足りていた世界を。

 

「夢の中ではコウスケと清水と一緒にいてさ。何でもない事で盛り上がってくだらないことで笑いあってて…何でもない日常だった」

 

 その夢の中ではハジメを嫌う人間はいなかった。妬んで無視を決め込むクラスメイトや粘着質に絡んでくる人間もいない。自分の正義感を振りかざす奴は影も形もいなかった。

 

「それで、昼は屋上で皆とご飯を食べてて…ああ、ユエやシア、ティオもいたっけ。皆他のクラスや先生って割り振りだったけど」

 

「都合がいいな」

 

「そうだね。本当に都合のいい世界だった。…学校が終わったら誰かの家で遊んで、家に帰ったら家族と些細な話をして…」

 

 ごく一般的な男子高校生が送る日常生活。自業自得な面があったとはいえクラスから除け者にされていたハジメにとってはまさしく理想の夢だった。 

 

「へぇ…良く起きて来れたな。話振りを見る限りじゃとてもじゃないが無理そうだぞ」

 

「…そうだね。多分僕一人じゃ無理だったかも」

 

「?」

 

「何時だったかな。ふとした時コウスケが泣いたんだ。本当に急だったんだ。話の脈絡もなしでさ」

 

 夢の中で突然コウスケが涙を一滴流していたのを思い出す。笑っているのに涙を流す親友。それが切っ掛けだった。

 

「その涙を見た瞬間、ここから出ないとって思って。それでなんとか夢から覚めたんだ。酷い夢だったよ」

 

 大きな溜息を一つ。この頃溜息が増えてきたなと苦笑するハジメ。もしあの涙を見せなかったら。そう思うとまさしく苦笑しか出ないハジメだった

 

「ふぅん。 ん?白崎はどうしたんだ。ほかの奴はいるのに何で白崎がいなんだ」

 

「……あー」

 

「話してみろよ。オレの口は堅いぞ」

 

 揶揄するよにニヤリと笑う清水に溜息一つつくと夢の世界での香織とどういう関係だったかを話すことにした。恥ずかしさもあったが誰かに聞いてほしかったというのもあったのだ

 

「…恋人関係でした」

 

「だろうな」

 

 今の自分では想像できないぐらいイチャイチャしていたのだ。それはバカップルと言っても過言では無いほどで…夢の中での香織とのやり取りを思い出しなんとも言えない微妙な表情を出すハジメ

 

「手をつないで登校は当たり前で、あーんも当然の様に。コウスケ達がいる時は絡んでこなかったけど、いなくなったらグイグイと押しかけてきてさ」

 

(……これ惚気られてる?)

 

 顔を仄かに赤くしながらも話すハジメはどこからどう見ても始めて出来た彼女との惚気話を話すリア充そのもので自分から聞いておきながらげんなりしだす清水。

 

「休日は映画館に行ってデートしたり、買い物に行って来たり、それで僕の部屋に帰ってきたら…」

 

 ぴしりと固まるハジメの様子に清水は内心砂糖を吐き出しそうになっていた。恋人同士がデートから帰ってきて自室ですることなぞ一つだろう(多分)

 どうにも人の情事事情をのぞき見した気がしてさらにげんなりしだす清水。いっそ部屋からつまみ出そうかと考えるほどだ。

 

「誤解だよ!?僕自身その気があったわけじゃなくて!」

 

「ハイハイソウデスネーシンジマスヨー」

 

「嘘だその顔!確かに興味が無いかっていえば嘘じゃないけどそこまでは…」

 

 清水の冷たい視線に焦るハジメ。あたふたするハジメにさっさと香織とくっつけばいのにと思いつつその様子を見てふと清水は思い出した。

 

「…これはノインが言ってたんだが、あの理想の夢世界は眠っていた仲間たちの記憶や情報を引き抜いて作ったらしいんだ」

 

「そうなの?」

 

「あくまでノイン曰くだ。で、ここから本題なんだが、同じような夢を見ていたやつは他の人の夢の内容が影響される」

 

「つまり?」

 

「お前が考え付かないことでもほかの奴が望んだことならお前の夢の中にも影響が出てくるわけで」

 

「…それって」

 

「夢の中での出来事はオレが考えるに似たような現代生活を見ていた白崎やコウスケが望んで居たものが影響してるってことに…」

 

「!?!?」

 

 ハッと顔をあげるハジメ。言われてみれば該当するところが確かにあった。あくまでも香織とはプラトニックな関係でいたいはずなのに自室に帰ってからの誰にも言えないようなあの濃密な時間。何故か秘蔵のフォルダがすべて香織に書き換わっている事。思うところがたくさんあった

 

「~~~~!!??」

 

「…さっさと年貢を納めればいいのに」

 

 ゆでだこの様に初心い反応を見せるハジメにものすごく大きな溜息をつく清水だった。

 

 

 

 





アニメまであと3ヶ月。間に合うのかなぁ…

感想あったらお願いします。


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お悩み相談

出来た!ので投稿します。
見づらいかもです

ちょい前半がグダグダです


 

 

 

 

 

「さて、……これでも飲むがよい」

 

 部屋の中には甘い匂いが漂っている中ティオは訪問してきた香織にココアモドキを差し出した。ここはティオの部屋。急に訪問してきた香織をティオは快く向かい入れたのだ。

 

「…ありがとうティオ」

 

 香織はココアモドキを受け取ると、大事そうに持ったままで口をつけようとはしなかった。その事に何かを言う事もなくティオは椅子に座り香織に向き合う。

 

 元々香織の近くにいたからだろうか、反転の試練から香織の様子がおかしく感じていたのだ。具体的に言えばハジメに対するものは以前からだったとしてもコウスケに対する視線が以前の物とは違って複雑になっている。

 

「昇華魔法の方はどうかの?うまく使えているか」

 

「うん大丈夫。この魔法と再生魔法を組み合わせることができたら…並大抵の傷を治すことができるよ」

 

「うむ。香織がいれば何があっても安心じゃな」

 

 試練で得た昇華魔法の扱いにはどうやら上手く行っているらしい。頷き思ったままの言葉を言うが香織は困ったように顔に影を差してしまった。

 

「ねぇ…ティオ」

 

「ん?」

 

「ティオはどんな世界だったの」

 

 理想世界。どうやらその事で香織は悩んでいるのだろう。だから聞いてきたと察したティオはほんの少し躊躇しながら自分の理想世界について話し始めた  

 

「…故郷で父と母と一緒にいる夢じゃった。妾はまだ子供でな…優しい夢じゃったよ」

 

「お父さんとお母さん?」

 

「うむ。もう5百年も前に亡くなったというのにまだ妾は整理できておらぬかったという事じゃな」

 

 両親が亡くなってから年月がたったというのにまだ心のどこかでは寂しさを感じてしまったのだろう。だから理想世界で両親が出てきてしまった。大人だと思っていた自分はまだまだ子供の様でティオは自分を恥じたのだった。

 

「…どうやって夢から覚めたの?」

 

「父と母はもういない。その事を体が思い出しての。…両親から振り切って変身して飛び出したのじゃよ」

 

 まだまだ甘えたい。一緒に居たい。その気持ちを自覚しながらティオは飛び出したのだ。まだまだ精神修行が足りないなと一人思うティオに香織はふっと小さく微笑んだ。

 

「そっか…ごめんね変なこと聞いて」

 

「構わんよ。それで、直球に聞くぞ。香織お主どんな夢を…いいや、夢の中で一体何をした」

 

 できれば優しく聞くつもりだったがどうにも今の香織は危ういものを感じきつめの口調になってしまった。しかい夢の中で何かがあったのもまた事実で、そこが香織の曇る顔の原因だと感じ取った。

 

「私の夢は…ハジメ君と一緒だった」

 

 ほんの少し笑う香織。しかし何か不穏な気配が漂う。ほんの少し身構えてしまうティオ

 

「夢の中でハジメ君と一緒に学校に登校して、隣の席で勉強して屋上で私が作ったお弁当を一緒に食べて、授業を受けて、一緒に下校して…召喚される前の生活にハジメ君が加わるようになったと言えばいいのかな」

 

 ティオは学校というものを知らない。話を聞く限りでは香織たちの故郷日本にある施設である程度の年齢までは教育を受け勉学に励む場所だという。

その日常の中にハジメが居てまるで恋人の様に付き合っているならそれは幸せな日常と言うのだろう。

 

「平日はいつもそんな感じで…休日は映画館に行ったりショッピングを楽しんだり…うん、私が何よりも夢見た世界だったな」

 

 どことなく幸せそうに話す香織。だが次に口を開いたときはどこか澱んだ眼をしていた。

 

「…だけど…気付いちゃったの」

 

「何をじゃ?」

 

「私に向けるハジメ君の目がコウスケさんに向けられたものと同じだって…気付いちゃったんだ」

 

 背筋に汗が出てくるのを感じるティオ。何か香織から妙な圧を感じるのだ。粘っこくてドロドロとしたティオが今まで一度も見たことが無い、それ。それは女の『嫉妬』だった。

 

「気付いてからが本当に滑稽だった。だってあんな絶対的な信頼した目は一度も私に向けられたことが無いんだよ。それを私相手に…そこから私の世界は」

 

 ティオとしては同じように香織にも信頼や情を抱いた眼をハジメは向けていると思うのだが…今は何も聞いてくれ無さそうだった。

 

「私の世界はハジメ君と私だけだった。ほかには誰もいなかった。皆はいなかった。お父さんもお母さんも雫ちゃんさえいなかった。そして…コウスケさんも…それでホッとしたんだ。()()()()()()()()()()()()()って」

 

 ココアを除いている香織の目はいまだ澱んだまま。水面に映る自分の顔でも見ているのだろうか。

 

「私を邪魔する者はいない、遮るものは何もない。それが嬉しかったんだけど…ハジメ君の言葉一つ一つがコウスケさんに向けられているように感じて、凄くイラッとして聞いてみたの」 

 

「何を?」

 

「『コウスケさんがいないけどハジメ君はそれでいいの?』って、いなくなって嬉しかったけど、その目は私に向けるものじゃない。コウスケさんに向けるものだ。でもハジメ君は『君が居ればそれで良い』って。だから私……絞めたの」

 

 絞めた。明らかに嫌な予感どころではない。ティオが口を開こうとするが香織の重圧の前に言葉が出てこない。

 

「コウスケさんが居なくても平然としてて私にとってとても都合のいい…ハジメ君の()()()()()()

 

 香織の手は細く白い美しい手だ。その手でハジメの首を絞めたのだというのだ。ハッとして香織を見るが香織は薄く微笑むだけだ。

 

「勿論、偽物だってちゃんと気付いているよ。コウスケさんが居なくて疑問もなにも抱かないんだもん。首を絞められてても、抵抗もろくにしないし…本物だったらどうにかするのにね。…それで折れた感触がして目が覚めたの」

 

 ふぅと息を吐きココアを一気に飲んだ香織はもう先ほどまでの異様な雰囲気は無かった。

 

「酷いよね、コウスケさんに嫉妬して、いなくなったら今度は本当に心の底から安心して、その次は自分の理想通りのハジメ君を違うと思って殺して…私…変、だよね」

 

「…そうかの。妾は、むしろ普通じゃと思うぞ」

 

「え?」

 

 自嘲する香織にティオは努めて労わるように声を出す。先ほどまでは声が届か無いと感じたが今は普通に話を聞いてくれそうだった。

 

「無論、やりすぎだとは思わないでもないのじゃが…惚れた男が自分を見てほしいと思うのはなにもおかしい事ではないのじゃ。だから香織は」

 

「大人だね。ティオは私よりもずっとずっと大人なんだね」

 

 言葉の途中で小さいがはっきりと聞こえた香織の声。その声にティオは黙ってしまう。声の中に嫉妬染みたものを感じたからだ。

 

「ありがとう、話を聞いてくれて」

 

 飲み終わったカップを机の置くと香織はすっと立ち上がる。目には澱むものが無い。それがまた末恐ろしい

 

「う、うむ…妾では話を聞く事しかできぬがそれでもよいのなら」

 

「うん。その時はまたお邪魔するね」

 

 部屋から立ち去っていく香織。その背を見ながらすっかり冷めきってしまったココア飲むティオ。

 

「…恋する女子と言うのは末恐ろしいのぅ」

 

 ティオ・クラルス563歳。今まで恋と言う物をしたことがない彼女ははるか年下の恋する少女に末恐ろしいものを感じるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…聞きたいことがあるの」

 

「ふむ。何やら訳ありですね。何の用ですか」

 

「…ノインちゃんが知っている…コウスケさんから聞いた原作の『私』の事を知りたい」

 

「へぇ まぁ構いませんが、面倒なことを引き起こさないでくださいよ」

 

「…うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、一体どんな夢を?』

 

『私を裏切ったはずの叔父と一緒にいた夢だった』

 

『えーっとユエさんから王位を奪ってあろう事か封印をまでもした人ですよね』

 

『そう。…私にとっては裏切者。そのはずなのに』

 

『何故か一緒にいた夢ですかぁ…うーん。月並みな意見ですが言っても?』

 

『ん』

 

『どこかでまだユエさん自身信じているかもしれないから、又は何かユエさんを裏切ればならない理由があってその事を薄々感づいたユエさんが理想としてみたのでは?』

 

『………』

 

『ユエさんの再生能力は魔力があればこそですよね?私は魔法には詳しくありませんがユエさんを殺す方法はいくらでもあったはずではありませんか。

それこそ魔力を封じる枷とか』

 

『…確かに』

 

『何か作為的なものを感じるんですよね。あまりにも突然の裏切り。そしてユエさんの封印。…最も私の推測でしかありませんが。ごめんなさいユエさんいきなり踏み込んだことを言ってしまって』

 

『ん。問題ない、シアだから話した』

 

『そうですか…ありがとうございますユエさん!』

 

『礼を言うのはこっちの方。ありがとうシア』

 

 

「んーーーーーー」

 

 ユエは自室のベットで先ほどのシアとの会話を思い返していた。自分の見た夢。叔父と一緒に暮らしており、仲間たちも傍にいて…何故そんな夢を見たのかシアと一緒に考えたが結局保留という事にした 

 

(それよりも優先しないといけないのは…)

 

 ベッドの上をゴロゴロと動き回り思考するユエ。今誰も見ていないので少々はしたない格好になっているがどうでもよかった。

 

 そんな事よりユエが考えなければいけないこと。それは

 

(コウスケが魔法を使えるようになった!)

 

 コウスケがユエの使う魔法をいとも簡単に真似し使いこなせるようになってしまったのだ。元々才能は無かったはずなのだが、先の一線でコツをつかんでしまったのか見る見るうちにコウスケは魔法を使いこなし上達していくのだ。今ではもうユエの『蒼天』を難なく発動するまでに至ってる

 

(きっと昇華魔法の……むぅ!)

 

 昇華魔法の力があるからなのかそれとも本人が制限を掛けていたのか、それはもうユエにとってはどうでも良い。重要なのはコウスケも魔法が使えるようになり増々自分の立場がなくなったことだ

 

「ぬぅぅ…」

 

 実際はそんな事はなく、ユエが焦っているだけなのだが、ユエからしてみればいきなりライバルが増えたようなものだ。焦りとなってしまうのは仕方のない事だった。

 

 ゴチンッ!

 

「…うごっ!?」

 

 余りにもゴロゴロ動いていたのでベッドから落ち頭を床に思いっきりぶつけるユエ。涙目になって頭をさする。ここでゴロゴロしていても状況は変わるわけではないと言うのは知ってはいるもののどうしてもグダグダしてしまうユエだった。

 

 グゥゥウウーーー!!

 

「うっ」

 

 おまけにお腹まで空いてきた。盛大な腹の虫の音を部屋中に響かせながらノロノロと身だしなみを整えるユエ。自分だけのナニカを探し魔法の研究を行っているユエだったが未だにナニカを掴めていないのであった。

 

 

 

 とぼとぼと擬音が鳴りそうな音でフェルニルの中を歩くユエ。偶々なのか船内には誰もいなかったのでボーっとする。食事はコウスケの血があればいいのだが、だからと言ってコブ付き?の男の血を吸いたいとは思わないユエ。ふと窓の外を眺めると外は晴れ晴れとしていた。

 

「…ん」

 

 外の日差しに誘われるようにふらふらとフェルニルの外へ出るユエ。外は柔らかい日差しが降り注いでおり爽やかな風が吹いていた

 

「んーーーー!!」

 

 ググッと伸びをすればポキポキとコ気味の良い音が体中から響き渡る。そのまま森の中を散歩することに決めたユエはてくてくと森の中を進むのであった

 

 

 

 

 

 森の中は何かの動物が鳴く声や木々が風に吹かれ奏でる音に満ちていた。その中を大地を踏みしめ軽やかな歩みで散歩するユエ。フェアベルゲンを覆う霧はこの森にはない。カム曰く『我らもはや霧に身を潜む意味もなし』となにやらハジメと話をして霧を取っ払ったとかどうとか小耳にはさんだがやっぱりユエにはどうでもよかった

 

「~~♪」

 

 ユエは非常に機嫌が良かった。考えてみれば今まで気軽に散歩に出たことは無かった。封印される前はもちろんの事された後ハジメ達について来た中でも自由とは迄は行かなかった。大抵ユエの容姿を狙うものが出てきたり視線を感じていたのだ。

 

 足の裏から伝わる植物の力強さ。頬を撫でる風の涼しさ。零れ落ちる日差しの暖かさ。いずれも封印されたときにずっと触れたかったものだった。

その機会をくれた…封印を解き放った2人にユエは本当に感謝をしていた。だから何か力になれればと考えていたのだが…

 

 緩んでいた頬が少し悲し気になったところでユエの鼻に何やら良い匂いが漂ってきた。

 

「!?」

 

 その匂いは酷くユエのお腹を刺激して誘われるようにその匂いのもとへ歩き始めるユエ。倒れている木々をヒョイっと飛び越え木々や背丈二ほどの草を乗り越えた先にあったのは

 

「あらユエちゃん?」

 

「ユエさん?どうしたんですか」

 

 そこにいたのはハウリア族だった。フェアベルゲンから離れ集落として活動しているハウリア族の拠点へとユエはふらふらと近寄ったのだ。

 

 ユエに気が付いたのは中年の女のハウリア族と若い女のハウリア族だった。昼食を作っているのか鍋に火をかけ何やら野菜などの具材をかき混ぜている。見渡すと男のハウリア族は姿が見受けられない。

 

「ユエちゃんそんな所に突っ立っていないで、こっちへいらっしゃい」

 

「今お昼ご飯を作っているんです。ユエさんもどうですか?」

 

 中年のハウリアが手を招いてユエは誘われるようにふらふらと歩み寄り鍋の傍まで着てしまった。

 

「はいどうぞ。熱いから気を付けて食べるんだよ」

 

 断る暇なくお椀を渡される。中に入っているのは野菜がたっぷりと入っているスープだった。先ほどの匂いはこれだったのかと確信するユエ。

 

 一口パクリと野菜を食べ、ユエは目をカッと見開いた。

 

「…美味しい」

 

「ふふ 口にあってよかったわ」

 

 それはシアがいつも作っている料理よりもさらに上をいくものだった。考えればここはシアの故郷だ。シアの料理の原点ともいえる場所なら

当たり前の事だった。

 

 ユエはそんな事を考えながらおかわりを要求してしまうのだった

 

 

 

 

 

 

 

 ユエは軽度のコミュ障である。ハジメ達さえ良ければいい、それ以外は興味なく気にも留めない。それがユエのスタンスだった。無論こうなったのは300年も封印されている間に人間と言う物に対して疑問や猜疑の目を向けてしまうというのものあるのだが…ユエ自身の性格でもあった。

 

 そんなユエだから人とのコミュニケーションは難しいものがあった。ユエ自身の性格や美貌がありまともな相手では見惚れてしまうかユエ自身が嫌になって避けるかのどちらかしかなかった。

 

「さ、女王(クィーン)、どうですか俺の筋肉は?」

 

「ふっ そんな貧弱な物を見せつけるなイオ。せめて俺ぐらいにならないとな!」

 

「イオの兄貴、リキのアニィお願いだからポージングしないで下せぇよ…ユエの姉御が固まっちまってるじゃないですか」

 

 ユエの目の前ではハウリアの男2人が上半身裸になってポージングを決めている。イオの筋肉は細身ながらも引き締まっており鍛えられているのがよくわかる。一方リキの方は傷だらけの誇大化した筋肉がまるで全身を覆うようになっておりそれは漢の身体だった。傍にいるパルはそんな変態行動をする兄貴分二人に頭を抱えていた

 

「全く男ったらやぁねぇユエ姉様」

 

「ネア、なんか近くない?」

 

「私とユエ姉様の仲に焼かないでよラナ姉」

 

 ユエにピッタリとくっついているのはネアと言う少女でありパルと同年代だ。しかし時折髪をかき上げる仕草は妙な色気がありとても十歳とは思えなかった。そんなネアを軽くたしなめているのは先ほどの若い女ラナ。しっかり者のお姉さんと言う印象だが腹はバッキバキに割れているのをユエは知っている。

 

 昼食が終わった後見回りや訓練が終わったハウリア族たちが戻ってきたのだ。そしてなぜだかユエの周りにわちゃわちゃと集まりだしたのだ。

 

 ハウリア族は物凄くユエに近づいてきた。ユエがコミュ障とか反応が薄いとかまるで考えず遠慮なしにぐいグイグイと距離を詰めてきたのだ。思えば以前ハウリア族と別れる時まとわりついてきたの思い出すユエ。あの時から感じてはいたのだが今はっきりとわかった。

 

 ハウリア族にとってユエはもう家族なのだ。だから当然の様に距離を詰めてくるのだ。それがユエにはなんだか心地よかった

 

「…嵐帝」

 

 それはそれとして裸を見せ着ける男2人は空へかっ飛ばした。ユエだって女の子だ。流石にそんな物を見せつけられたら怒りもする。

 

「お?ひっさしぶりのユエさんの風ッ!」

 

「イクぜ…鳥のようになッ!」

 

 空に吹き飛ばされる変態二名。何故かやたらと良い顔をしている。溜息を吐くユエにラナが苦笑している。

 

「ごめんねユエさん。あの2人ユエさんが元気ないって思ったみたいで」

 

「だからって普通裸を見せつけるのはおかしいでしょ?全く子供なんだから」

 

 ラナの苦笑にネアはハッキリと言い切る。ユエとしてはそんな元気づけはやめてほしいのだが…そこでふと気づいた

 

「何で…分かったの」

 

「ユエお姉様の心音がいつもと違ったかきゃんっ」

 

「こらネア。変なこと言わないの。ユエさんそりゃ見ればわかるよー」

 

 ポカリとネアを叩くラナ曰く顔が晴れていないのが丸わかりだというのだ。そんなに表情に出てたのかと自分の頬をムニムニと触るユエ。

 

「何か悩みがあるのなら聞くわよユエ姉様」

 

「俺等にできるかどうかは分かりませんが力になりてぇんですよ」

 

 ネアが上目使いでユエを見てパルが落ちてくる2人に溜息を吐きながらネアの言葉に同意する。ラナも同じように

力になりたいと目で語っている。それがユエには嬉しかった。そんなユエに空から声が聞こえてくる

 

「勿論ッ!」

 

「俺達もだッ!!」

 

 膝を立てスーパーヒーロー着地をするイオ。フロント・ダブル・バイセップスを決めながら派手に着地するリキ。どちらも無駄に決まってかっこいいのが妙にイラッとするユエだった。

 

 

 

 




香織ちゃんは情緒不安定(嘘です)

もうちょっと交流編は続きます



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天啓とハウリアの希望

出来ました。どうぞ―

ちと誤字脱字があるかもしれません。申し訳ないっす


 

 

 

 

「…自分の立場が危ういですか」

 

「うーん。見る限りではそんなことないと思うんだけど」

 

 うーんと、頭を捻るは若きハウリア族。ユエからの相談を受けたネアとラナ、パルはうんうんと頭を捻る。

 ユエの悩みは自分の立場の危機感と魔法についての悩みだった。

 

「そもそも俺達は魔法の事はからっきしですし…」

 

「パル、そんな事言ってないでユエ姉様の為に普段使わない頭を使いなさい」

 

「むぅ」

 

 パルとネアが悩むがいい案は無い。ユエも悩んでいるのだから手詰まりだった。

 

「オラッ!へばってないで体を動かせっ!」

 

「どうした?その程度なのか?そんな様子では俺達の様にはなれんなぁ!」

 

 そんなユエ達から離れたところではイオとリキが他の種族の亜人族達に声をあげている。2人とも協力する気満々だったのだがネアに追い張られてしまったのだ。仕方がないので他の種族の連中…彼らは奴隷から解放された亜人族たちである…に訓練をつけているのだ。マッスルポーズ付きで 

 

「そうね…私たちの力が何か参考になるってことはないかしら」

 

「ラナ姉?」

 

「ほら、曲がりにも何も私達コウスケさんから不思議な力を分けられているみたいだから」

 

 そういうとラナは淡く光る青い闘気を体に纏う。ほのかに漂うそれは意見するとただの発行した光だがユエからは妙な生命力を感じるものだった。帝国でその光をカムがぶっ放し壁もろともをいとも簡単に破壊したのをユエは目撃している

 

「それは…」

 

「コウスケさんからの贈り物ですよ。同じような色だからって本当にコウスケさんかどうかは分かりませんけど…族長が断言していましたしまぁそうなんだろうなと」  

 

「おかげで皆色々なものに目覚めちゃって」

 

 苦笑するラナと溜息を吐きながらも口角がはっきりと吊り上がっているネア。色々な物。妙にその言葉がユエの気を引く。その様子に気付いたパルが説明をしてくれた。

 

「この力…俺達は闘気って呼んでいるんですが、人によって得意不得意があるんでさぁ。俺は闘気をこうやって…放つのが得意なんです」

 

 パルが光を球体の様に手のひらに集める。その集まった光はふわふわと浮かび一見頼りなさそうだ。が、パルが訓練を指導していたリキに向かって手をかざすと光は弾丸の様に放たれた。

 

「む!マッスルパゥワァッ!」

 

 放たれた光の弾丸をポージングしたリキが筋肉を膨張させることによっていとも簡単に防ぐ。見るからに殺傷力がある弾丸を只の筋肉で防ぐリキ。ユエはちょっと引いた。

 

「変わってリキのアニィやイオの兄貴は体を変化させるのが得意でして、本人たちが言うには体の全身をめぐる気を纏うとか何とか」

 

 良くは分からないがその気を全身に巡らせることで体を変質させているのだろう。もっとも本人たちのたゆまぬ努力があってからこその筋肉量であるのだろうが

 

「…魔力と似てる?」

 

「うーん。そうなんでしょうか?俺達には魔力と言う物が理解できませんが…」

 

「用途がよく分からない力って点では似ているわね」

 

 パルが頭を捻らせるがネアが言った通りよく分からないが力と言う点では似たようなものだろう。そう結論づけることにした。

 

「…ん。誰がこの力をうまく扱えるの?聞いてみたい」

 

「なら長ですね。長が一番…一番?」

 

「アレを一番っていうの?…長と比べると私たち只の蟻んこさんじゃない」

 

「長はねー何なんだろうねー規格外っていうのかな…多分ボスたちと並べれるぐらいの」

 

 何故か物凄ーく、遠い目をするラナとネア。パルに至っては眉間のしわを解きほぐす様にぐりぐりとしている。

 

「ともかく、長はいま大事な用があるんで近づくのはやめた方が良いです」

 

 そういう事になった。ユエとしてはちょっとした参考程度のつもりだったのだがどうしても今は会わせたくないらしい

 

「どうしたそこの子猫ちゃんッ!お前の筋肉はまだまだ頑張れるって泣いているぞ!」

 

「んん~もう終わりかなぁ。今ここで諦めちまうのかなぁ~~ほれほれこういう時は何の為に鍛えているのか自分の原点を振り変えるんだぞっ☆」

 

 リキとイオが虎の亜人族の男性に対して檄?を入れている。どうやら筋トレにへばって力尽きてしまったらしい。 

 

「……俺はっ!」

 

「んん?声がちっさいなぁ~」

 

「俺はアイツらに復讐したいっ!もう二度と奴隷なんかぶべっ!?」

 

 声を上げ立ち上がった虎の亜人族の男は何故かリキに拘束されてしまった。ムチムチのリキの筋肉を直に押し付けられている男の顔は青くなってる

 

「駄目だぞ。そんな事の為に俺達はお前らを鍛えているんじゃない」

 

「ううーん。どうやら意識の改革が必要かな?そこの少年。君はどうだい。何のために強くなりたいんだ?」

 

 イオがほんの少し失望したかのように息を吐くと今にも力尽きそうになっている犬耳をはやした少年に質問をした。少年は息が荒く、それでも目に力が宿っていた。

 

「僕は…お母さんを守りたい!」

 

「ほぅ?」

 

「お母さんを守る男になるんだっ!」

 

「そうだ、その通りだ!俺達は誰かを傷つけるためにお前たちを鍛えているんじゃない!誰かを、大切な人を守れるようになるために鍛えているんだっ!」

 

 イオの言葉と同時に青の闘気が周りを広がっていく。その光はヘトヘトになった亜人族たちを覆っていき、イオの気に当てられたのか亜人族たちはふらふらと立ち上がらせていく

 

「忘れるな。力とはただ手に入れればいいものではない。誰かを守るという意思が無ければそれはお前たちをあの帝国と同じになってしまう」

 

「そんな事はさせたくねぇ。だから今一度自分を見つめなおせ。へばったら大切な誰かの事を思い浮かべろ。その意思に筋肉は答えてくれる」

 

 ポージングを決めるリキは至極真面目に言い放つ。その言葉に思う事があったようだった虎の男も頷く。

 

「お前たちがこの力を得られるかはわからない、もしかしたら誰もこの可能性へとたどり着けないかもしれない。だが諦めるな。決して悲観をするな。俺達亜人族は誰よりも頑丈で強健な肉体を持つ。だろう?」

 

「まずは基本へ戻れ。俺達が誰よりも誇るこの肉体を育て慈しみ、愛しろ」

 

「そして自分のスタンスを忘れるな。誰よりもしなやかで美しい筋肉を持つ我らこそ、誰かを守る勇者となるのだ」

 

 イオとリキの説得?によりへばっていた元奴隷だった亜人族たちは立ち上がっていく。その目はとても力強かった

 

「「さぁ皆、俺達に続け!『マッスル・ィズ・パゥワァ』!!」」

 

「「「「マッスルイズパワー!!!!」」」 

 

 どたどたと走りながらそのまま去っていく筋肉2人と亜人族たち。その姿をげんなりと見送る3人

 

「なんか…新しい宗教ができてしまった気がするわね」

 

「何でよりによってイオの兄貴とリキのアニィに教官役をさせたんですか長っ!」

 

「…まぁいいんじゃない?楽しければそれでオッケーよ」

 

 兄貴分が妙な主教を作り出そうとしている様でカムにツッコミを入れるパルに元気に走り出した同族たちをラナは苦笑している。ネアに至っては呆れと投げ槍が半分づつだった。そんな中ユエだけは走り去った人たちの方をまだ見ていた 

 

「……た」

 

「ユエお姉様?」

 

「天啓が来た!」  

 

「「「え?」」」

 

 ユエはガバリと立ち上がった。今のイオとリキの言葉で何か閃いたのだ。その様子は目がキラキラと輝いており普段とはうって変わって高揚しているのがよくわかった。分かったからこそ三人はドン引きしてしまった。

 

「ありがとうっ!私は原初に戻る!」

 

「い、いってらっしゃい?」

 

 鼻息荒く飛空艇へ戻っていくユエを見送りながら三人はポカーンとしてしまったのだった。

 

「…えーっと問題解決?」

 

「えぇ…これでいいの?そりゃユエお姉様がそれで良いのなら良いんだけど」

 

「あああ…あの馬鹿兄貴達のせいでユエさんが壊れたぁ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、私たちの旅はそんな感じですかね~」

 

「ほう。中々愉快な所を旅してきたようだな」

 

 シアは背中を向け前を歩く父にこれまでの旅の事を話していた。何か話があるとの事で父の背中をついて歩くシアはとても表情が綻んでいる。久しぶりの里帰りとなっているのだ。父と会うのはやはり嬉しさがあった。

 

「所で、父様?いったいどこへ向かっているんですか?」

 

「何…すぐにつくさ」

 

 森をかき分けながら歩くカムの顔はシアからは見えない。穏やかな声からしていつも通りのように見えるが…シアは気付いていた。カムが何かを決意したように見えることを。その事に薄々気づきながらもシアはカムについて行ったのだ。

 

「あ、父様。そう言えばお土産があるんですよ。エリセンと言う港町で仕入れた」

 

「シア着いたぞ」

 

 話の途中で着いた場所は大きな円を思わせる広場だった。霧が漂う森の中では実に珍しいどこか訓練所とシアに思わせる場所だった 

 

「父様?」

 

 カムは広場の中央まで歩むと立ち止まる。その背中から何かを感じ取ったシア。声をかけると振り向いたカムのその顔は

 

「シア…ハジメ殿達について行くのはやめなさい」

 

 その顔はシアがこれまで見てきたどの顔よりもとても優しく穏やかな顔だった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!いきなり何を言うんですか父様!」

 

 ハジメ達について行くのはやめろ、すなわち旅をやめろとカムは言うのだ。父親の突然の言葉に憤慨するシアだったが対照的にカムは穏やかな顔をしている

 

「言葉通りだ。お前はもう旅をやめなさい。これ以上彼らについて行っては彼等の迷惑になる」

 

「なっ!?」

 

 お前はハジメ達の足手まといだと父親からはっきりと断言させられたシア。驚きに目を見開き怒りで手が震える。携帯宝物庫からドリュッケンを取り出しカムに向けて構える。しかしそれでもカムの穏やかな顔は変わらない

 

「父様…冗談もほどほどにしてください。あんまり口が過ぎるようなら…痛い目を見てもらいますよ」

 

「ふむ?私はただ本当のことを言ってるだけに過ぎないのだが」

 

 ゴゥンッ!!

 

 カムの言葉を聞いた瞬間シアは瞬時に距離を詰めドリュッケンを振りぬいた。殺すつもりはない、ただあまりにも笑えない言葉を言ったので多少痛い目に遭わせるだけだった。だが自分の手に何も手ごたえを感じられない。

 

「それがお前の全力か」

 

「っ!?」

 

 カムの言葉が真横から聞こえる。振りぬいたドリュッケンにカムは当たらずあろう事かシアの真横にぬるりと歩み寄ったのだ。

 すぐにその場から飛び跳ねそのついでにドリュッケンを振るう。暴風を纏った戦槌はしかしてカムに当たらない。ギリギリの距離を見切られ回避されてしまうのだ。

 

「……来なさいシア。私の言葉が冗談ではないという事をお前は身をもって知る必要がある」

 

「ぐぅうう!望むところですぅ!!」

 

 自分の攻撃が当たらない。驚愕を無理矢理飲み込んだシアは気迫を纏い敬愛している父に向かうのだった。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「振りが甘い。腰に力が入っていない。そもそも当てる気はあるのか」

 

「うるせぇですぅぅ!!!」

 

 一体どれぐらい時間がたったのか。躱される、何をどうしても躱されるのだ。未だにかすりも当たらないシアの攻撃にカムは只々溜息をつくばかり。

 その姿に怒りが宿るが現実は変わらない。シアは依然としてカムに何一つ充てることができなかったのだ

 

「そろそろ反撃をさせてもらうぞ」

 

 カムが動く。そう認識した瞬間だった。

 

「がふっ!?」

 

 腹部に強烈な衝撃と痛みがシアを襲った。吹き飛ばされて木々を数本巻き込み体を地面にしたたかに打ち付けられようやくシアは認識した。腹部に拳を放たれたのだ。ただの一発、それがシアに内臓に甚大なダメージを及ぼした。 

 

「か…ひゅっ…」

 

 息ができない。呼吸をしようにも酸素が上手く吸えない。これほどのダメージを受けたのはいつぐらいだろうか。記憶を探るが痛みにより思考が定まらない。再生魔法を使い体の修復を図ろうとするが

 

「一発でそれか。いやはや、なんとも情けない」

 

 近くまで悠然と歩んできたカムがシアを持ち上げ先ほどの広場までシアを放り投げたのだ。空に放り投げられながらも内部の修復を終えたシア。体を反転させるが

 

「遅い。敵はいつまでも待ってはくれんぞ」

 

 空中にいたシアのさらに上にいたカムに掴み投げられ地面にたたきつけられる。大きな振動と共に地面をバウンドするシアにカムは真っ直ぐ垂直に急降下の蹴りを突き出す。

 

「あぐっ!」

 

 シアの身体にもろに入ったその蹴りは地面に大きなクレータを作り出す。地面に打ち付けられさらに追撃を食らったシアは衝撃と激痛により立ち上がれないでいた。その倒れ伏した体にもう一撃拳を放つ。それで決着だった

 

 

 

 

 たった数度の攻撃、それだけでカムはシアを圧倒した。それが短い親子喧嘩の結末だった。

 

「お前は私よりも強い。だが地に伏しているのはお前だ。何故かわかるか?」

 

 カムは地面に這いつくばっているシアの横に着地すると先ほどの言葉と同じ優しく語り掛ける

 

「強い慢心だ。シア、帝国から抜け出した時に私はお前から強い慢心を感じ取ったのだ」

 

 思い出すのはハジメ達から救出されたあの時、久しぶりにあった娘は以前よりも強くなっていた。強くなっていたはずなのにカムは慢心を感じ取ったのだ。

 

「おまけに洞察力も無くなっている。我ら兎人族は弱小種族。戦力差と言う物を誰よりも知る必要がある。そうしなければ生き残れなかったからな。だがお前は私たちと再会しても私たちの強さに気付けなかった」

 

 コウスケの力によるものが大きいとは言えカムたちは強くなった。だがシアは再会したときその強さに気付け無かったのだ。あの時少しながらシアに失望をカムは感じてしまった。

 シアはハウリア族の希望でありハジメ達について行ける自慢の娘だと思っていたのに

 

「…帝国にいる怨念とかした亜人族たちの嘆きもお前は聞こえなかった。我ら皆あの嘆きを聞いていたというのに」

 

 帝国に潜入した時からカムたちハウリア族はそのうさ耳で死者の声を聴いたのだ。『無念を晴らしてほしい』『あの者たちに復讐を』その声を聴いたから沈めるものとして帝国の要人たちは虐殺して回ったのだ。

 

「お前のうさ耳は一体何なんだ。只の飾りか?愛玩用のうさ耳なのか?…目はどうした?その先を見る目は一体どうしたのだ。曇ったままなのか」

 

 シアには兎人族として力がある。カムたちと同じような音を聞き分ける優秀なうさ耳をシアは持っているのだ。シアは誰にもない力がある。シアの目には先を見る予知の目があるのだ。

 

「今までの旅の話を聞いた。お前の口から、ハジメ殿の口から。…シアお前は今まで苦戦したことがないそうだな。増長するものだ」

 

 奴隷化解放の宴の時カムはハジメから旅の話を聞いた。そこでシアがどういう戦いをし、誰と戦ったのを聞いたのだ。

 

「気付かないのかシア。お前は……ずっと守られてきた。コウスケ殿に守られ、ハジメ殿が敵を撃ちのめしてきた。ずっとずっとお前は対等に戦っているつもりだったかもしれない。だが違ったのだ。お前はずっと仲間と言うものに頼り切って守られていたのだ」

 

 倒れ伏し動かなかったシアがピクリと動いた。手が何かをつかむ様に指先に力を入れようとしている。

 

「…あの戦槌か。アレはハジメ殿から贈られた物らしいな。…玩具を貰って嬉しかったかシア。対等になれたと考えていたのか。その武器こそがお前の強さを損なわせているのにな」

 

 先ほどまで爽やかな晴れ模様だった空が曇り空になってきた。一雨振りそうな気配の中カムは優しくシアに語り掛ける。

 

「もう終わろう。お前は十分戦った。弱くても必死に食らいついた。だがここから先は彼等の足手まといになる」

 

 今のままでは足手まといになってしまうかもしれない。今まではよかった、だからと言って次も上手く行くとは限らない。娘が危険な目に遭ってほしくない。それがカムの父親としての偽りのない気持ちだった。

 

 だがそれとは打って変わって族長としてカムはシアには立ち上がり強くなってハジメ達と一緒について行ってもらいたかった。一族の中で

一番の戦闘能力がある自慢の娘。恩人たちに少しでも力になって欲しいというハウリア族としての願いがあった。

 

 矛盾した考えを持つカムに呼応するように雨がポツポツと振って来た。雨はそのまま強くなっていく

 

「……さぁ帰ろうシア。寒くなってきた。このままでは風邪をひいてしまう。ハジメ殿達には私から伝えておく。…なにたとえ離れていてもお前と彼等の…ユエ殿との絆は消えんよ」

 

 雨足は強くなりどこかで雷鳴が響いているようだ。雨で体を濡らしたカムは空を見上げていた視線を下ろし…フッと笑った。

 

「……ですぅ」

 

 シアが傷だらけの身体に鞭を打ち立ち上がろうとしているのだ。カムの拳は内面に大きなダメージを与える。その痛みを堪えながらもシアは立ち上がる  

 

「私は……まだ…ユエさん達と…」

 

 シアは今にも消えそうな意識を必死でつなぎ留めながら拳を構えていた。カムに言われた言葉はおおむね正しかった。

 どこかで慢心があったのだろう、どこかで甘えがあったのだろう。それでもシアはハジメ達と別れたくは無かった。シアの脳内にあるのは

独りぼっちだと悲しんでいた最高の親友(吸血姫)の姿だった

 

「行く必要はない。お前の弱さが彼らを殺す」

 

「それ…でも……友達を……ユエさんを…私は!」

 

「…そうか。なら言葉は不要だ。我らハウリアの希望よ。その拳で掛かって来い」

 

 雨に撃たれ立ち向かうは親子のハウリア族。稲妻で全てが白く光る中両者の影は交差するのだった。

 

 

 

 

 





補足 シアの方がカムより基礎ステータスが高いです。がカムの方が目に見えないものが高いです(RPGで言うところのクリティカルやら命中率、回避率です)

 戦闘描写が難しいのでちょっとした言い訳ですね



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交流と雑談

遅くなりましたっ!

ではではどうぞですぅ




 

 

 ひとしきり雨が降り終わり、曇天の中歩く影が一つ。その影はゆっくりと一歩一歩を踏みしめるように歩いていた。

 

「随分と派手にやっていたみたいだね」

 

 その影に穏やかに話すものが一人。その声は少しばかりのイラつきを含んでいた。 

 

「ハジメ殿…」

 

「カムさん。流石に娘に対しての暴力はどうかなって僕は思うよ」

 

 歩いていた影はカムだった。その背には眠っているシアが、背負われていた。あの一瞬の交差で最後までたっていたのはカムだったのだ。 

 シアを背負いなおすとカムは苦笑した。娘の性根を叩きなおすなどの理由が山ほどあるにせよハジメの言った通り我が子に暴力を振るったのは事実だ。

 

「そうですね。でもこうでもしないとシアはずっと気付けなかった。自分が甘やかされていることに気付かないまま貴方達と過ごしていた」

 

「…甘やかせていたつもりなんてないんだけど」

 

「ええ知っています。でもどこかで誰かが教えてあげないと…それが父である私だった。それだけです」

 

 カムの言葉に憮然としてしまうハジメ。確かにシアはどこか調子に乗ってしまうところがあったかもしれない。でも親から暴力を受けてまで知る事ではないのだろうか、と考えてしまう。

 しかしどこか一方でさて仲間である自分が面と向かって言えるかと言うと…これまた難しかった。

 

「…はぁ。あんまり人の家族関係に口を出す気はないけど、フォローはちゃんとしておいた方が良いよ」

 

「ははは、娘に嫌われてしまうのは父親の宿命ですよ」

 

 カラカラと笑うカム。その歩みはとてもゆっくりだった。カムの心臓付近に大きな打撃痕を見る限りシアとの喧嘩?は壮絶だったのだろうな予測するハジメ。ハジメもゆったりとしたカムの速度に合わせて歩く。

 

 雨上がりの森は曇天からこぼれる光と合わさってまた乙なものだった

 

「…ありがとう」

 

「?どうしました」

 

「さっきの話。きっと僕では何も言えずにいた」

 

 これからの旅はどうなるのかハジメにはわからない。コウスケに辺りにでも聞けば教えてくれるかもしれないがそれは違うような気がした。今後のことが分からない以上、危険はどこでやってくるかはわかない。だから荒療治としてもシアを見てくれたカムに感謝をハジメはするのだ。

 

 そんなハジメをカムは少し驚いた眼で見て、ふっと笑う。この少年も別れたあの日からいろんな経験を積んでここに帰ってきたのだと思うと口角が緩むのだ。

 

 シアをまた背負いなおすカム。ふと娘をこうやって背負ったのはいつだったか思い返す。あれははまだシアが小さい時だった。カムの妻でありシアの母が亡くなった時ふとしたことでシアは寂しさでよく泣いていた物だった。そんな時は泣いているシアを抱き上げてよくあやしたものだった。

 

 背中の重みが娘が成長したことを物語る。次はいつこうやって背負えるのだろうか。その機会はもう無いのかもしれない。

 背中の最も愛しい存在の体温を感じながらカムはハジメに感謝を述べる。娘の笑顔が増えたのは間違いなくハジメ達と共に旅してきたその結果なのだから

 

「私からも、ありがとうございます。貴方達のおかげで娘の笑顔が増えた」

 

「…うん」

 

「娘の事、よろしくお願いします」

 

 カムの改まった言葉にハジメはしっかりと頷くのだった

 

 

 

 

 

「…嫁に出すというつもりではありませんからね」

 

「知ってるよっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜ハジメ達一行は晩御飯をハウリア族と一緒に食べることになった。ハウリア族の食材と元々ハジメ達が宝物庫にこれでもかと貯蔵した食料を合わせての豪勢な食事となった。

 

「ラナさーん。これエリセンという町で買ったお魚ですぅ!海でとれた新鮮な魚ですよ!」

 

「へぇー此処じゃ手に入らない貴重な物ね。使ってもいいの?」

 

「勿論ですぅ!大量に買いましたから。あ、さばき方を教わっているので私も一緒に手伝いますね」

 

 包帯を体中に巻いているシアは笑顔でラナと一緒に魚をさばいている。エリセンでコウスケと一緒になって買い占めた海の幸だ。

 どうしても故郷の家族たちに食べさせてあげたかったのだろう。それにレミアに教えてもらった料理方法も披露したいものがある。そんなこんなで見た目は痛々しいがシアは朗らかに笑っている。

 

「…何でシアさん。包帯してるんだ?」

 

「何でも自分への戒めだってさ。今後慢心しない様に痛み受け入れるとか何とか」

 

「いや、だから何で怪我してるんだってば」

 

 ハジメと清水は運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながらシアの怪我の話をしている。カムとシアの親子喧嘩の話を聞いて清水は若干引いているが…

 

ちなみに席の端っこではカムがとても所在なさげに座っている。理由があったとはいえ娘に怪我を負わせたのだから、いつもはピンと立っているうさ耳が力なくへたっている。ハジメと清水の同情めいた視線がさらにカムの背中を小さくさせる

 

「シアちゃん、長には…」

 

「馬鹿父様はこれを食らうですぅ!」

 

「シアそれは一体…うごぉ!」

 

 ラナがフォローを入れようとしたがそれよりも早くシアはカムの顔にめがけてある物を投げつけた。油断していたカムはそれをべちゃりと顔に受ける。

 ニュルニュルとした不快感と何かが顔にへばりつく違和感、そして溢れる磯臭さがカムの顔面を覆う。

 

「むごっ!?むごごっ!」

 

「それはエリセンで買ったデビルフィッシュですぅ!まるまる一匹存分に味わうがいいですぅ!」

 

「あれって蛸じゃ…」

 

「いや、どっちかと言うとフェイスハガー」

 

 死んでいるにも関わらずニュルニュルとうごめくそれ。日本で言うところの蛸であった。しかしハジメの言葉通り死んでから触手で相手に取り付くという蛸かどうか疑わしいそれはカムの顔面をすっぽりと覆うのであった。

 

 

 

 

「ユエ、何か機嫌が良いのぅ 何かあったのか」

 

「ん、やっとで私だけの魔法…やり方が閃いた」

 

「ふむ?教えては…」

 

「駄目。必殺の切り札にする」

 

「じゃろうなぁ」

 

 ティオとユエは魔法の事で話をしていた。何やら飛空艇に戻ってからのユエの機嫌がとてもいいのだ。今も普段は無表情の顔がニコニコと微笑んでいるだからどれほど機嫌が良いのかが丸わかりである。それとなくティオが聞こうとするが教えないとの一点張りだった。

 その姿が見た目相応の少女の様で微笑ましくなるティオ。いくら300年ほどの歳があったとしても見た目が幼いのでどうしても子供のように接してしまうときがティオにはあったのだ。

 

(そろそろ妾も…いやまだ早いか)

 

 ティオとしてもハジメからのアドバイスで自分だけの戦い方を見つけたがまだ実戦に投入するには時期尚早と見ているのだ。いつかユエ達に見せる時。そんなときが来ないでほしいような、でも見せたくなる様なそんな複雑な気分を抱えるティオだった  

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「そんなムスッとした顔をしていては折角の可愛らしい顔が台無しですよ」

 

 みんなが居るところから少しだけ離れた所にいるのはノインと香織だ。香織があまりにも百面相をするので離れようとノインが提案したのだ。現に今も香織は眉間にしわを寄せている。

 

「だって…」

 

「気持ちは分からないでもありません。嘘です。何一つ理解したくありません、私は途中退場者ですので」

 

 ノインと香織の秘密の話。その事で香織は思い悩んでいるようだがノインは助言をする気が無かった。どうでも良い事であるし、他人事でもある。そもそも自分には関係が無い。自分でどうにかしてくれ、それがノインの言わぬ言葉だった。

 

「ううう」

 

「唸った所でどうにでもなる訳では無いのに…いい加減自分がどういう『女』か理解してもいいのでは?」

 

 ノインのざっくりとした言葉に香織は項垂れてしまった。香織の悩みについては香織自身が処理することだ。他人がどうこう決める事ではない。あるとするのならば…

 

(南雲様がさっさと腹を決めれば問題は解決するのですが…まぁヘタレ童貞には無理ですか)

 

「ハジメ君の事を悪く言うのは止めて」

 

 恐ろしい地獄耳に溜息を一つ。いい加減面倒になって来たところで足音が聞こえてきた。その音はとても軽く複数。

 

「お姉ちゃん…?」

 

「君たちは」

 

 香織が顔を上げるとそこにいたのは亜人族の子供たちだった。その顔はいずれも見たことがある。奴隷から解放されたときに怪我をしていたので香織が丁寧に治療をしたのだ。それで香織に懐いた子供たちだった

 

「一緒にご飯食べよう?」

 

「え、でも私…」

 

「駄目なの…?」

 

 一瞬断り掛けるが子供の純粋な上目使いには勝てない。困って横にいるノインに助けを求めようとするがいつの間にかノインは消えてしまっていた。

 

「はぁ…うん。分かったよ。案内してくれるかな」

 

「一緒に来てくれるの!?やったぁ!」

 

 はじゃぐ子供たちに苦笑しながら手を引かれ移動する香織。ドロドロしたものが心の中にあるのはあるのだが今はひとまず楽しい団欒を堪能しようとする香織だった

 

 

 

「まったく。そうやってれば貴女は問題ないのに…まぁいいでしょう 次の試練で自身と話し合ってくださいね」

 

 香織たちのいた頭上の木の上で呟くノイン。彼女には次の試練がどういうものか知っているのだ。だから彼女は関わらない。何もかも『自分自身』が解決することだと彼女は判断した

 

「貴方もですよマスター」

 

 今ここにいない自身のマスターを想いながらそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと…」

 

 首にかけていたペンダントを取り出すコウスケ。場所はハルツィナ迷宮の入り口。その場所で石板に腰かけながら白百合のペンダントを持っていた。

 

(うーん。いきなり連絡しても大丈夫かな?)

 

 このペンダントは対となるもう一つのペンダントと会話ができるように作ってある。それでもう一つを持っているリリアーナと話をしようとしていたのだ。

 

 しかしていきなり連絡をしていいものだろうかと悩むコウスケ。今までの人生で女性に連絡をすることなど皆無だったのだ。あれこれ悩むこと数十分。意を決してコウスケはペンダントに着いているスイッチを押した。

 

 

 

 場所は変わって王宮の自室でリリアーナはペンダントを根が目ながらベットで横になっていた。

 

「今日も無し、ですか…」

 

 白百合をモチーフにしてあるペンダントを手のひらで転がしながら寂しそうに呟く。王宮に帰ってからずっと肌身離さず持っており連絡を来るのかを今か今かと待っていたのだ。

 

 心配と言う思いある。今何をしているのかと言う想いもある。だが本当は何でもいいから声が聞きたかったのだ。その為一日中空いた時間があればペンダントを見つめ、そのたびに専属侍女のヘリ―ナに生暖かい視線をもらったものだ

 

「…寝ましょう」

 

 今夜は連絡は来ないだろうと考えいそいそとベットの中に潜り込もうとしたとき突然、振動と共にペンダントが淡く光り始めたのだ。

 

「え、ええ!?」

 

 慌てて手に取りあたふたとして、狼狽えたままペンダントのスイッチを押す。それと同時に声が聞こえてきた

 

『…あーもしもしリリィ?今大丈夫』

 

「ふぁ、ふぁい!だいひょうぶれす!」

 

 明らかに口が回っていない。何せ今夜は連絡が来ないと思っていたところに突然来たのだ。心構えなどできているはずもなく、口が回らない。

 

『いやいや、本当に大丈夫?もしかして急すぎたかな』

 

「だ、大丈夫です!ちょっと焦っちゃっただけで!」

 

『そ、そうか、なら…うん。改めて話をしてもいいかなリリィ』

 

「ええ、勿論ですよコウスケさん」

 

 高まる心臓を無理矢理押さえつけながら夜の秘密のお喋りが始まるのだった  

 

 

 

 

『話をしていた迷宮だけど、色々手間取ったけど何とか終わらせたよ』

 

「迷宮の試練を終わらせた…ですか。おめでとうございます!」

 

 解放者たちが残した迷宮をコウスケは無事に終わらせたようだ。その事にリリアーナはホッとする。いくら強さが桁違いとは言え迷宮と言う以上は何があるかはわからない。誰も怪我をしていないので尚更安心しただ。

 

『…うん、有難う』

 

「?何かあったんですか」

 

『あー 後で話すよ。それよりちょっと聞いてみたいことがあったんだけど』

 

 だが浮かれるリリアーナとは打って変わって何やらコウスケの声は重い。何かあったのだろうかと思い聞き返すが言葉を濁されてしまった。

 多少残念に思うが後で話してくれるという事なのでコウスケの話を待つ。

 

「…故郷の場所が分からない…ですか?」

 

『そんな感じかな。この羅針盤があればわかるかと思ったんだけど…』

 

 コウスケが言うのは試練を攻略したものに対する贈り物として羅針盤を送られたのだ。この羅針盤は望む場所を指し示すというアーティファクトなのだという。それでコウスケの故郷である日本の場所を探ったのだが全くわからなかったと言うのだ。

 

「それって古くなって壊れているとかじゃ…ないんですよね」

 

「残念ながら全く持って壊れていない。最初に使った南雲が説明は難しいけどちゃんと場所が分かったって言ってたし…その後魔力切れでぶっ倒れていたけどな」

 

 カラカラと笑うコウスケ。しかし話を聞く限りではとてもマズいのではないか。自分の故郷の場所が分からないという一大事が起きているのだ。

 なぜそんなにも気楽なのだろうか。今一コウスケの心情が推し量れない、その事にもやっとするもののとりあえず話を聞くことにする。

 

『南雲や清水にはまだ話してはいないんだけどさ、何でだろうなーって思ってリリィに相談することにしたんだ』

 

「私に話してくれるのは嬉しいんですけど、力になれるかどうかは…」

 

『別に構わないんだ、他の人からの視点も聞いてみたいんだ』

 

 そう言われては断れない。そもそも頼られるのは嬉しい事だった。少しばかり悩むリリアーナ。

 

「そうですね…魔力量が足りないとかはどうですか」

 

『それも考えたんだけど…だったら俺ぶっ倒れる筈なのにぴんぴんしているし、一応ユエよりも魔力量多いらしいよ?俺」

 

「その線ではない、とすると…」

 

 コウスケの故郷である日本と言う国そのものが無いとか。そんなこと一瞬思ったが、流石にそれはあまりにも失礼が過ぎた。もっと別の観点から考えるリリアーナ。

 

「なにかコウスケさん自身に事情があるのだとか」

 

『俺自身か…流石にそれは考えたことが無かったな。うむむちゃんと俺の部屋とか家とか思い返せるはずなんだけどなー』

 

 通話越しにうむむと考え始めるコウスケ。その間本当に何となくだが故郷の場所が分からない理由を思いついてしまうリリアーナ。

 

(望んだ場所…つまりコウスケさんは日本に帰りたくない?)

 

 だがその言葉はしまう事にした。そんな事をしている間、コウスケはやはり思いつかないようで大きなため息が返ってきた。

 

『ごめん、やっぱ分かんねぇわ』

 

「すいません。お力になれず」

 

『謝らないで、俺が勝手に話したことだから』

 

 それで何となく気まずいまま会話が終わってしまった。本来真面目な気質なので異性との甘い会話と言うのが上手くできないリリアーナ。

何か話題は無いかと脳内をせわしなく動かす。

 

(えーっと何か話ができそうな事…迷宮の試練!)

 

 ハルツィナ迷宮が終わったことは聞いたが中の内容までは聞いてはいない。これで多少の話題になるだろうか多少の不安を抱えながらコウスケに聞く事にする。

 

「コウスケさん、試練の内容はどうだったんですか」

 

『ん?内容?』

 

「はい、解放者たちがどんな試練を用意したのか興味があって」

 

 嘘だ。しかしコウスケは気が付いた様子もなく少しばかり困惑しながら試練の内容を話すのだった。

 

 

 

 

『んーまず入っていきなり分散された』

 

「いきなりですか」

 

『うん、それで俺は何故かゴブリンの姿になっていた』

 

「えぇー どうしてそのような」

 

『仲間割れを誘発させるために、だ。結局すぐに合流することができて元に戻ったけどな』

 

「…なんて言うか、えぐい事をしてきますね」

 

『性格悪いんだよアイツら』

 

 

 

 

 

 

『次は媚薬スライムの雨だった。先頭にいた俺が大量に浴びることになって…おかげでとんでもない羽目になった』

 

「び、媚薬!?とんでもない事って…まさか!ユエさん達と!?」

 

『何もしていないよっ!?そりゃ女の子たちに欲情したから可愛く見えて仕方なかったけど』

 

「……本当ですか?ユエさん達、女の私から見ても綺麗ですから」

 

『しーてーまーせーん。そもそも手を出してたらノインに串刺しにされるっての』

 

(ノイン……お父様を惑わした人。今はコウスケさんの従者らしいですが…)

 

『リリィ?』

 

「は、はい。そういう事でしたのなら…シンジマスヨー」

 

『わーい何か凄い棒読みー』

 

 

 

 

『で、次なんだけど…夢を見せられた』

 

「夢?」

 

『見ている奴が一番望む世界を見せて、自力で脱出できるかどうかっていう奴だ』

 

「…その迷宮を作った解放者は精神的に追い詰めるのが好きなんでしょうか」

 

『どーだろ。兎も角間違いなく俺が望んだ世界だった。アレは抜け出すのが本当に辛かった』

 

「そうだったんですか。…お疲れ様です」

 

『いえいえ』

 

「で、どんな夢の内容だったんですか」

 

『食いつきますねぇ』

 

「私の好きな人が望む世界ですから、興味が無いと言えば嘘になります」

 

『…ストレートにそう言うの止めて下さい、なんか照れます』

 

「(…脈あり?)それで?」

 

『あー内容なんだけど、俺と南雲と清水の高校生活だった。男三人でさ、何でもない日常を馬鹿やって過ごして…本当に楽しかった』

 

「南雲様と清水様しかいなかったのですか?…私は?ほかの女性たちは?」

 

『影も形もありませんでした』

 

「…他の女性が居なかっただけマシだと思えばいいんでしょうか」

 

『分かりませんでっす』

 

 

 

 

 

 

 

「試練はそれで終わりですか?」

 

『まだ最後の奴があって。ゴキブリと反転だ』

 

「ゴキブリ…増々解放者とは分かり合えなくなってきました。それより反転とは」

 

『相手に抱いている感情を逆にさせるんだ。親愛は憎悪へ逆に嫌悪は友愛って感じで』

 

「となると…ああ、だから試練の内容を言いづらかったのですね。貴方は皆さんと…特に南雲様とは仲がいいから」

 

『察しが良いね!?…お陰で滅茶苦茶に暴れたよ。南雲に八つ当たりのように喚いてさ、今ほど自分が情けないと感じたことは無かったよ』

 

「…そんなことないですよ。人間生きていればどのような人にも好意と嫌悪を感じるんです。貴方の場合は偶々それが強く出てきてしまっただけ。それだけです」

 

『…そうかな?たまに思うんだ、俺は…考えないようにしていたけど本当は皆の事を』

 

「皆さんの事は嫌いですか?」

 

『好きだよ。…好きなんだ』

 

「それがあなたの本音です。忘れないでください」

 

『…うん』

 

 

 

 

 

 

『あー俺の方からじゃ無くてそっちはどうなんだ?何か無い?』

 

「そうですね…最近ランデルが見違えるようになってきたことでしょうか」

 

『ランデル君が?』

 

「ええ、前はまだまだ子供だったのに、今では善い王とは何なのか考えて行動するようになって」

 

『へぇ~なんか心境の変化でもあったのかな?』

 

「…本人は『コウスケのおかげだ』って言ってたのですが」

 

『俺!?別に大したことした覚えはないんだけど?あれかな、メルドさん辺りがなんか吹き込んだんじゃないかな』

 

「自覚がないんですね。兎も角ランデルがまた貴方と会いたいって言ってたので会いに行ってくださいね」

 

『了解ですー』

 

 

 

 

 

 気が付けば時間は深夜になっていた。話の内容は主に試練に対するコウスケの愚痴だったがリリアーナとしてはそれでもよかった。

 

『有難う、色々話を聞いてくれて。おかげで楽になったよ』

 

「ふふ、力になれたのなら嬉しいです」

 

 コウスケは完全無欠な人間ではない。その事は知っているつもりだったが、今回はそれが特に出てきた。また一つコウスケの人柄を知ることができてリリアーナはクスリと微笑んだ 

 

『?どったの。何か嬉しそうだね」

 

「いえ、コウスケさんってやっぱり面倒な人なんですよね」

 

『おおう、自覚しているけど言われると中々来るものがあるなそれ』

 

 明らかに困ったような声を出すコウスケ。しかし声には先ほどの重さが無かった。少しでも力になれたのかと思いリリアーナは枕に頭を預けながらポツリとつぶやいた

 

「でも、そんな貴方の事を知ることができて私は嬉しいです。ちょっと人に嫉妬するところや自分の事に自信が無い所が…なんだか可愛くて」

 

『……それ本気で言ってるの?』

 

「本気ですよ。何度だって言いますが…私は貴方の事が好きです」

 

 前までは恥ずかしくて言いづらかったが話をして緊張がほぐれたのだろう。今度は澱みなく言えた。顔は依然として赤かったが。

 

「人は良いところがあれば駄目なところだってある。私は、貴方が優しい人だって知ってる。明るい人だって分かってる。勿論、貴方の変な所も嫌な所も。そんなところすべて含めて好きですよ」

 

『なんだかグイグイ来るなぁ』

 

「話をして思いました。貴方に好意を伝えるには自分から行くしかないと」

 

 実際コウスケからの方は期待できそうにないとリリアーナは話をしている時点で気が付いた。理想世界で自身が居なかったのだ。彼の理想に自分が居ない。それなら自分から攻め込むまで。それがリリアーナが今夜気づいたことだった。

 

『…俺、できれば君の前ではカッコよく居たかったんだけどな』

 

「もう手遅れです。私を本気にさせた責任は重いですからね」

 

 半分冗談めかして言えば通信越しに大きなため息が聞こえてきた。そして真剣な声が聞こえてきた。その声はリリアーナが聞いたことが無いような強い覚悟が籠った声だった

 

 

『…忠告しておく。()()()()()()()()()()()()()()

 

「構いません。寧ろ想いを伝えずにいる方が辛いのです」

 

 

 コウスケの言葉に即答をもって返すリリアーナ。惚れた弱みではあるがもうどうしようもなかった。その言葉に幾分か時が過ぎる。そして聞こえてきたのは苦笑だった

 

『はぁー ダメ男が好きなとんでもない女の子に惚れられたもんだ』

 

「惚れさせた貴方が悪いんですっ! それよりもダメ男なんて私の好きな人の事を悪く言うのは止めて下さいね、勇者様?」

 

『事実なんだけどなー 了解ですよ王女様』

 

 その後、少しばかりの雑談を交え夜の秘密の内緒話は終わった。枕に顔をうずめたリリアーナの顔は緩んでいた。最初はぎこちなかったが楽しかった。会話に内容も甘いものではなかったが…それでもよかった。好きな人との会話だった

 

「ふふふ…また話したいって、ふふふ、良かった話せて」

 

 別れ際にコウスケから『また時間があったら話をしたい』と言われたのだ。ベッドに体を深く預け顔をニマニマさせ次はどんな話をしようかと考えながら  リリアーナは眠りについて行くのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…知らねぇぞ?どうなってもさ」

 

 通信していたペンダントを手のひらで転がしながら呟くコウスケ。しばし色々考えて…大きな溜息を吐き、頭を切り替える。

 

(…シリアス終了!って事で初めての女の子との携帯会話?がこれほど楽しかったとなぁ)

 

 思い返すのはリリアーナとの会話。様々と自分の情けないところを話したような気がして少し不安だったが概ね相手は楽しんでくれたようだった。

 

 口角をあげ先ほどの会話を思い返していた時だった。前方に気配を感じとった

 

「…こんな所で何をしているのですかマスター」

 

「うぉ!…ノイン?」

 

 すたすたと歩み寄ってくるのはノインだった。就寝前だったのかいつもの戦闘衣装ではなくゆったりとした寝間着を着ていた。

 

「あーっと…実は魂魄魔法の神髄って奴を見つけてさ!」

 

「ほう?」

 

 ジト目で見てくるノインをごまかす様に一応本当の事を話すコウスケ。流石に夜中女の子と会話をしていたというのはなんだか気恥しかった。

 

「で、一体どんな魔法を?」

 

「お、おう 見てろよ~幽体離脱!」

 

 言葉と同時に魂魄魔法と昇華魔法を組み合わせた魔法を使い自身の魂を肉体の頭上に漂わせる。最もこんな魔法はただのネタ魔法でしかなく一発芸の為の魔法なのだが…

 

「……阿保ですか貴方は」

 

『うごっ!』

 

 案の定ノインからは盛大に哀れみの目線を送られてしまった。ふよふよと体の頭上に浮かぶ幽体を肉体に戻すコウスケ。一発芸のつもりが滑ってしまったのでちょっぴり悲しかった。

 

「はぁ…ともかく今夜もいただきますね」

 

「うぇーい」

 

 しょんぼりしたコウスケに構わずノインは心臓に手を置き魔力を吸っていく。ノインが加入してからいつも行われている事であり日課だった。

 

 自分の魔力がノインに問題なくいきわたっているのを見ながらふと、疑問に思ったことを話すコウスケ。

 

「そう言えばさ」

 

「はい?」

 

「俺が寝ていた時…理想世界から帰ってきた時なんだけど、俺に何かしなかったか?」

 

 理想世界から起きる前…正確に言えば意識が覚醒する前にに誰かに頬を触られていたような気がしたコウスケ。最も考えたところで気のせいだったかもしれないので只の確認だった

 

「いいえ 触っていませんよ」

 

「そっか」

 

 そういうことならそうなんだろうとうんうん頷く。気のせいか魔力がより強く吸われているような気がした。

 夜中、森の中で美少女に心臓を触れさせているという変な状況の中、手持無沙汰だったのでノインに雑談しようとするコウスケ

 

「ノインの理想世界って何だったの」

 

「いきなりですね。教えてほしいですか」

 

 妙に悪戯っぽく聞いてくるノイン。教えてくれないのならそれで良いが、今一つ思考が読めないこの従者?がどんな理想を抱いていたのか気になったのだ。

 

「貴方と一緒に知らない世界を旅する。そんな世界でした」

 

「え?」

 

「さて、今夜はこのぐらいでいいでしょう。そろそろ寝ましょうマスター」

 

 ぱっとコウスケから離れるノイン。その表情はやはりコウスケには何を考えているのかわからない。そんなコウスケを気にすることなく歩き出すノイン。

 先ほどの言葉の意味をしばし考え…溜息を一つ吐くとその背を追いかけて歩き出すコウスケ。

 

 この夜が終わり次第、最後の迷宮へ行くことになる。何が待ち受けているのか知りながらもコウスケは最後の試練に思いを馳せるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分自身との対話。楽しみですねマスター」

 

「…ああ、楽しみだ」

 

 




お次はいよいよ最後の迷宮でございます。

序盤はパッとできるとして、問題は後半でございますな。


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氷雪洞窟 

パパッと出来ました。
当たり前ですが原作を見ていなければ分からないところが多いかもです
そして会話が多めです


「という事で、皆の防寒用アーティファクトを作って来ました。配るからおいで~」

 

 飛空艇フェルニルの中、呑気な声を出しブリッジに入りながら全員に集合を掛けたのはハジメだった。最後の迷宮『氷雪洞窟』はその名の通り極寒の大地の中にある。

 火山での失態を経験した今、体温調整に抜かりが無いよう防寒用アーティファクトを作ったのだ。

 

「お、何だ何だ?」

「やっとで出来たのか」

「あ、コウスケさん逃げたですぅ。ついでに清水さんも」

「じゃあ2人とも鼻からスパゲティってことで」

「ふっ弱者は逃げるのが上手い」

「ユエ?なんだか小物みたいなセリフじゃぞ?」

「アホなことを言ってないで皆さん行きましょうよ」

 

 ハジメの号令にトランプで遊んでいた仲間たちがぞろぞろと集まりだす。氷雪洞窟につくまでの間に少しばかり遊んでいたのだ。ちなみゲームはババ抜きでコウスケと清水が最下位争いをしていた。

 

「何で作るのが遅れたんだ?」

 

「本当は皆同じ形の物を作る予定だったんだけど、それじゃ味気ないと思ってね」

 

 袋をゴソゴソしながら皆に順番に並ぶよう呼びかけるハジメ。何だ何だと期待と好奇心をのぞかせながら仲間たちは並んでいく。そんな仲間たちにハジメは苦笑しながら力作であるペンダント型の防寒アーティファクトを渡していく。

 

「という訳で。ユエにはこれ」

「ん、三日月?…綺麗」

「シアはこれー」

「わっ!真っ白いウサギさんですぅ!」

「ティオにはこれー」

「ほぅ小竜をモチーフにしておるのか」

「ノインは…これでいいかな」

「眉毛がぶっとい雪だるま、ですか?…ス・ノーマン・パー?」

「どこかで見た雪だるまだよ。清水はっと」

「おい、何で門松なんだ?正月はまだだぞ」

「まぁまぁ んで、コウスケは」

「鏡餅?…何か野郎にだけ妙に変なもん作ってないか」

「目出度いから良いでしょ」

 

 それぞれに力作であるアーティファクトを渡していく。帰ってくる反応はなかなか好評の様でハジメとしても苦労して作ったものが喜ばれて頬が緩む。

 

 そんなハジメの袖をそっと引っ張る者が1人 

 

「ハジメ君?…私の分は?」

 

「あっと…はい、どうぞ」

 

 照れで頬が赤くなるのを気合で抑え込み最後に残ったアクセサリーを香織に渡す。香織に渡すのはどんなデザインが良いのか悩んだが結局

ハジメは雪の結晶型の物を作ったのだ。実際、細かなところまで意匠を凝らしており、水色がかった半透明の石の内部が光を吸い込むように煌くので非常に美しい作りになっていた。

 

「どう…かな。出来る限り拘ったんだけど」

 

「…凄く、綺麗」

 

 雪の結晶を渡された香織は目を瞬かせながらじっくりと見ており、ハジメの方も気に入られたので少しばかり得意げだった。

 

「滅茶苦茶拘ってないか?」

「力の入れ方が違いすぎる」

「香織さん嬉しそうですぅ」

「んふふ~善きかな善きかな」

「ハジメよ中々やるのぅ」

「あのヘタレもっと普段からそうしてればいいのに…」

 

「ありがとうハジメ君。大事にするよ」

 

「いえいえどういたしまして」

 

 仲間たちの冷やかすような生暖かい様な声が聞こえるがアーティファクトに夢中の香織とそんな香織に照れているハジメには全く聞こえなかったのだった。

 

 

 

 

 

 そうこうして居る内に氷雪洞窟に到着した一行は真っ白な雪を見てはしゃぐ者とげんなりする者と別れながらクレバスまで進み

 

「わぁ、これが雪ですかぁ。シャクシャクしますぅ! ふわっふわですぅ!」

「んーーーーー!!」

「うわぁ 雪だぁ …全部消えて無くなればいいのに。いっそここら辺焦土に変えようか?」

「シアさん。そんなにはしゃぐと危ないぞ。ユエさんも。それよりなんて面してんだコウスケ」

「はっ いいか清水お前も車を運転する様になればこの雪がどんなに忌々しいものか分かるようになる」

「???」

「凍った地面にハンドルが取られるのは日常茶飯事、何故か自転車で雪道を行く馬鹿共、危うく轢きそうになるのなんて当たり前でいっそ轢いてやろうかと何度思ったか」

「あー…何かすまん」

「渋滞にはまって何度も職場に遅刻した事か、お陰で夜明け前には出発だ。そして眠気を我慢して凍った地面で運転する危険物()に神経をすり減らして」

「ちょ!悪かったって!」

「積もった雪は歩くのに体力を使い雪かきなんざ重労働もびっくりだ。おまけに家の屋根には雪が降り積もって家がミシミシ煩いし」

「そろそろ止めとけって、シアさんがなんか申し訳なさそうにしている」

「私、浮かれたのは間違いなんでしょうか?」

「そんな事ない、コウスケ、めっ!」

「あー雪を楽しんでいたあの頃に戻りたーい」

「こりゃ駄目だ。重傷だ」

 

 

 

 崖下にあるであろう入口へ飛び降り

 

「ふふ、何度飛び降りようとした人生か。きっと飛び降りたら楽になるんだろうなぁ」

「さっきから薄ら寒い笑顔を見せんなっての!怖いわ!」

「ぃようし!気分を変えて紐なしバンジー決めて見せっか!行くぞ清水!俺達の人生はここから始まるんだ!」

「服をつかむな!気持ち悪い笑顔を見せんな!おいまてっまだ心の準備…アッーーーーーー!!!」

「哀れ清水。コウスケに近づいたのが運の尽きじゃ」

「南無」

「…なんで仏教用語を知ってるんですかユエ様?」

「それじゃ僕達も行こうか」

(スルーしたですぅ!?)

「えっとハジメ君 手を…握ってもいい?」

「良いよ」

(このバカップル大概にしやがれですぅ!)

 

 

 暴風吹き抜ける中羅針盤が指し示す道を進み、

 

 

「暴風が来たらすることってなーんだ?」

「何だろう?」

「香織ちゃん正解はね。風をさえぎる物を作るんだよ。ってわけで南雲頼んだ!」

「え?ユエとティオ、後ノインに風を分散させてもらった方が楽じゃない?」

「…あ」

「妾達が魔法が使えるって事を完全に忘れていたみたいじゃな」

「ふっふふ。その失礼な態度、私は許す」

「ユエ様?ドヤ顔したって威厳は出てきませんよ?」

「清水さーん。大丈夫ですかぁ?」

「ちょっと足がプルプルしてる」

 

 ガヤガヤと騒ぎながら歩く事、数十分。ついにそれらしき入り口が見えてきた。が視認したと同時に奥から複数の気配がこちらに向かってきたのだ。

最も全員身構えることもなかった。

 

「来るのが分かってるのなら、することは一つだよね」

「悲しいかな。こっちは遠距離手段が嫌に豊富だ」

 

 雑談しながらハジメがドンナーを数発撃つと気配はすぐに消え去った。進んだ先にあったのは心臓部分を撃ち抜かれて絶命している。白い体毛に覆われたゴリラだった

 

「イエティ?」

「又はビグフット?」

「流石異世界。オレ達の世界のUMAがいるなんて」

「魔物が居る時点でUMAって意味がないと思うよ清水君」

「さんざん色んな生物見てきたからなー今更か」

「後は宇宙人でもいたら面白かったんだけどね」

「居て堪るか!」

 

「一体何の話でしょうか?」

「んー?地球とトータスの生物比べ?」

「地球では魔物が居ないと言う話じゃからのぅ。故郷の事でも考えたんじゃろう」

「似ているところもあれば全く違う所もある。それだけの話ですよ」

 

 地球組が何とも言えない表情で魔物の事を思い返し、トータス組は不思議そうに地球組を見ている。

 

 そんなこんなでいよいよ洞窟内へ入っていくハジメ達。

 

 その洞窟内はまるでミラーハウスの様だった。大迷宮らしく中の通路はかなりの広さがあり、横に十人並んでもまだ余裕がありそうなほどだ。

 

 しかし、全ての壁がクリスタルのように透明度の高い氷で出来ており、そこに反射する人影によって実際の人数より多くの人がいるように錯覚してしまう。結果、その広さに反して、どうにも手狭に感じてしまうという不思議な内部構造だった。

 

 おまけにこの洞窟内では常に雪が降ってるのだ。空から降ってくるわけでもないその雪は洞窟の奥から吹雪いてくる。さらにこの雪ただの雪ではなく、ドライアイスの様に極めて低い温度で作られているのだ。迂闊に触ってしまったら凍傷は間違いなしである

 

「最も俺の結界を破らなければまるで意味無しなんだがなぁ!」

「コウスケの『守護』様々だね」

「よせやい、照れんだろうが」

「出番があってよかったですねマスター」

「そんな事言わないでー」

 

 おまけに内部の気温が著しく低いせいか、作り出した水はすべて氷となってしまうのだ。水が凍ってしまうので飲み水は作れないそんな状況だった

 

「その辺の氷を削って溶かせば水自体は確保できるが、どうもこの空間では炎系の魔法行使が阻害されるようじゃし……飲み水のために一々上級レベルの魔法を消費するのは痛いのぅ」

「あ、俺普通に炎の魔法使えるんだけど」

「なぬ?」

「ほらほら見て見てー」

「火球が、沢山壁に向かっているですぅ」

「結界の範囲外でも消えない炎か」

「……ふっふふふ そ、そんな事では私は怯まない」

「ユエ様?目が泳いでいますよ?」

「そう言えばコウスケってライセンでも普通に魔法が使えていたよね」

「ライセン?そこって確か魔法が使えない処刑場だったはずじゃ」

「そう言えばそうだったな。忘れていたぜ!」

「相変わらず可笑しいよねコウスケさんって」

「香織ちゃん辛辣ぅ!」

「わわわ、わたしのほうがままま、まほうはうえなのだー」

「ユエ様?口調がおかしくなってますよ?」

 

  ティオの言う通り、この氷雪洞窟は炎系魔法の効果を著しく弱めてしまうようで、初級魔法でも上級レベルの消費を余儀なくされてしまうのだ。

 しかしコウスケだけは何故か普通に炎系の魔法が使えているのだ。最近できるようになった魔法で炎を操り遊ぶコウスケに仲間たちは好き勝手話し合う。最もコウスケが炎魔法を使えるが使えまいが、ハジメ達には宝物庫があり防寒用のアーティファクトのおかげで体から一定範囲の気温を常に快適温度に保つので、何も問題は無いのだ

 

 

「あ、死体がある」

 

 そんな中ハジメが呟いた視線の先、其処には眠るよう目を閉じたまま氷の壁の中に埋まっている男の姿があった。まるで、疲れて壁に背を預けながら座り込み、そのまま凍てついてしまったかのようだ。外傷一つ見受けられないので、寒さのせいで意識が飛び、そのまま……ということだろう。

 

「外傷無しの死体か。大方寒さで力尽きたときに凍ったって所か」

「ふーん。害がないのなら放置した方が良いかな?」

「念のためぶっ壊しておいた方が良いだろ」

「死人に鞭打つってか」

「死んでんだから別にいいんじゃね?」

「どうだろ?生憎死んだ後はどうなるか僕らは分からないからねー」

「何にせよ撃っとけよ南雲。オレはその方が良いと思う」

「分かったよー」

 

 何やら嫌な予感がした清水が念のためと死体を撃ってほしいと南雲に頼む。コウスケが茶化すが結局は撃つことになった。死体に大穴が2つ出来るが、特に反応はなく先へ進むハジメ達だった。

 

 




進んでいませんねー。でもサクサク行く予定です

お楽しみはもうちょっと後ですね


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氷雪洞窟 その2

さっくり進む第2弾です

気が付いたらこれで100話目です!
日頃の皆さんのお陰です。有難うございます。もうちょっとだけ続くこの物語をどうか今後ともよろしくお願いします


 

 

「うぉぉおおおお!!」

 

「あんまり叫ぶと持たないよ清水」

 

「んなの知ってるっつうのおおお!!」

 

 ドタバタ走りながら叫ぶ清水を苦笑しながら窘めるハジメ。最も清水が叫ぶのは無理もなかった。今現在ハジメ達はゾンビの集団と追いかけっこをしている最中だった。

 

 事の始まりは進んでいる最中に不気味さと不快さを混ぜ合わせた唸り声が聞こえたのだ。全員が警戒に入る中現れたのは人だった。

 ただしソレは全身に霜をびっしりと貼り付けだらりと両腕を下げ揺らし大きく口を開けながら近づいてきたのだ。明らかに死者だとわかるソレにハジメはドンナ―を遠慮なく撃った。が、散らばった肉片が集まりだし再生してしまったのだ。

 次々に現れるゾンビたちを見ながらこの時点でハジメは仕掛けがあると考え羅針盤を使いその仕掛けを解くために迷宮内を走り回っていたのだった。

 

「それしたって、大量のゾンビに追われるとは思わなかったぞ!しかも再生するなんておまけ付き!」

「映画やゲームの感覚を味わえると思えば問題ないんじゃない?」

「捕まったらモグモグされるけどね~」

「尚更嫌に決まってんだろ!おい白崎!お前なんでそんなにしれっとしてんだよっ!」

「え?メルジーネ海底遺跡でさんざん人の殺戮現場を見てきたからどうってことないよ?」

「真顔で言うなよ!怖えんだよっ!」

 

 ハジメとコウスケの平然とした様子に突っ込む清水。ついで同じ地球組ならわかってくれるかと香織に意識を向ければあまり普段と様子が変わらない。なんでだと聞けばしれっと恐ろしい事を平然と返す。余りにも意識が違いすぎることにもしや常識人は自分だけかと少しばかり思う清水。

 

 

 そんなこんなで割と余裕を保ちながらハジメ達は対に大きな空間に出た。その広場はドーム状になっており、東京ドームと同じくらいと言えば、その大きさが分かるだろう

 

 すぐさま仕掛けの大本である魔石を発見するハジメ。ドンナーで破壊を試みるが何とぬるりと躱されてしまう。そうこうして居る内に新手である氷でできた大鷲、フロストイーグルが大量に現れ、周囲の氷壁からは氷の狼が現れたのだ。

 

「氷でできている分数は無限ってか?」

 

 周囲を徐々に包囲されながらコウスケのどこか期待を含むその声と同時に次に現れたのは魔石を散り込みながら氷から生み出された大きな亀だった。しかしそのカメは全長二十メートルを優に超し、背中の甲羅には剣山のごとき氷柱が付き立っていた。

 

 前方にはボスである大亀。上空には三桁を超す大鷲、周りは無数の狼。そして後方には追いついてきたゾンビの大群。

 

「…ふふっ」

 

 普通なら絶望的な状況、ハジメ達ならば面倒な状況。その中でコウスケはただ独り目を爛々と輝かせるのだった。

 

 

 

 

 

「…なんて言うか」

「圧倒的?」

「もしくは」

「桁違い?」

「かもしれない」

 

 目の前の光景を清水はハジメと香織と一緒になって見ていた。本来なら大量の魔物に囲まれた状況。負ける気は微塵もなく、勝つ自信は勿論あった。事実、たとえ氷でできた魔物と言えども()()()であるならば清水の闇魔法と魂魄魔法によって完勝することができるという自負があった。

 

 だが、清水は魔法を使わなかった。もしくは使えなかった

 

「さてさて 地面に縫い付けられるって気分はどうだ?」

 

 コウスケがたった一人で周囲の魔物を戦闘不能にしてしまったからだ。

 

 最初に鳴り響いたのが何かが砕け散る音だった。その音の原因はすぐに判明した。

 上空を飛んでいた大鷲が全て地面に墜落していったのだ。飛ぶことも上昇することも体制を立て直すこともなく次々と頭から地面に真っ直ぐ落ちていく大鷲達。鳴き声を上げ翼をバタつかせるがすべて無駄だった。侵入者の頭上を取ったというその戦法が全て仇となったのだ。今は砕け散ってただの氷片となっている。

 

 次は周りの狼だった。氷がある限り数が増える厄介な魔物。その筈だったのに今は全て溶けてただの液体になっている。こうなった原因は炎の塊に炙られ解けたのだ。ただそれだけだった。最もその無数の炎の塊が上空を浮遊し氷から生み出される狼を執拗に狙っているのを納得できればとても分かりやすかった。

 

 哀れみを誘うのは後方にいるゾンビたちだった。元魔人族の軍人や冒険者達。それぞれが何かしらの思惑があって此処に挑み果てたその遺体は、全部が四肢と首だけに解体されオマケに丁重に氷のつららによって地面に文字通り縫い付けられている。うめき声をあげるもののそもそも動かないのだから脅威にはまるでなり得なかった。

 

 一番悲惨なのが大ボスである大亀だった。もはやソレはただの解体ショーだった。コウスケが指先を振るうだけでスパスパと切り払われ、両断されていく。途中からは飽きたのか手の平で握れば見る見るうちに氷が圧縮され逆に手のひらを放てば砕け散っていった。そうして何もできないまま魔石が露出されるとあっけなく崩れてしまった。

 

「意外と歯ごたえ無いなー」

 

 以上、全てコウスケがたった一人で終わらせてしまった最初の試練の結果だった

 

「うー!」

 

「おいおいユエさんや、どうかしたのかい? ん?」

 

 はっはっはと快活に笑うコウスケをユエがポカポカと叩いている。気にせず笑うコウスケに次第にムカついてきたのかユエが足を使ってコウスケのすねを蹴り始める。だが誰も止めなかった。全員(一部除いて)呆れとドン引きをしているからだった

 

「精神が絶好調だと凄いですねマスター。最も逆だったらポンコツ以下ですけど」

 

「それしたって、なんだかコウスケさん強くなっていませんか?戦力的なものではなくこう、生物的に」

 

「人間、だよね?人の形をしたナニカじゃないよね?」

 

「…コウスケはそういう生き物じゃ。それで納得するしかあるまい」 

 

 ティオの諦めと悟りの混じったような声に頷くハジメ達だった。

 

 その後再び、大きな氷壁で囲まれた通路を行く。 三十分ほど歩いて、ようやく通路の先に光が見えた。長い通路から出たハジメ達を待ち受けていたのは……眼下に広がる、冗談のように広大な迷路だった。

 

 

 

 

 

 

 

「羅針盤があれば迷う事が無いって楽だよね」

 

「その代わりアイテム入手の機会が無くなる。…あるかどうかは分からんが」

 

「行き止まりにこそお宝がってのはゲーム内の話だがこれは現実だからな」

 

 羅針盤に導かれながら迷宮の中を進むハジメ達。一見迷いそうなものだがハジメ達には導きの羅針盤がある為問題は何一つなかった。今では雑談を交えながら迷宮を歩く始末だった。最も全員一定の緊張は保って入るのだが

 

「羅針盤ねぇこれがあればライセン迷宮は簡単だったかな」

「うう、ミレディさんの迷宮を思い出して来たらげんなりするですぅ」

「ん、同感。アレは面倒だった」

「そうか?アスレチックみたいで面白かったけど?」

「それはコウスケさんだけですぅ!」

「ふむ、そんなに厄介な場所じゃったのか?」

「マスターの記憶では嫌がらせに特化した迷宮らしいですが」

「ハジメ君たちが経験した迷宮…ちょっと気になるかな」

 

 ライセン迷宮を経験したことがある三人は好き勝手話だし、経験したことのない香織とティオ、ノインは興味を示し出す。

 

 そんな後方の会話を聞きながら羅針盤を持つハジメが先行をしていると傍に清水がやってきた

 

「なぁ、南雲、ミレディって言ってたけどよ」

 

「神代から生きている解放者の一人だよ。…最も清水が聞きたいのはそこじゃないよね」

 

 隣で眉根を寄せる清水にどこかに追わせる言葉を言えば素直にうなずく清水。苦笑し話をつづけるハジメ。この通路内ではどうやら魔物はいないようだったので雑談でもして暇をつぶすのもいいかもしれないと考えたのだ。

 

「そのミレディって女はコウスケの事を知ってるのか」

 

「ズバリと聞くね。その根拠は」

 

「ハルツィナの様子を見れば何となく察するだろ。…やっぱコウスケと関係があるのか」

 

「多分ね。僕とユエやシアが居なくなった後で何やら話をしていたみたいだけど、まぁそうみるのが普通だよね」

 

 コウスケから聞いた話ではトイレのように自分たちが流された後ミレディはコウスケに他の解放者全員と会えと話した様だった。

 

「僕にも言ってたのと同じ言葉だけど意味合いが違う。僕には迷宮を攻略しろ、コウスケには解放者と会え。同じ意味でも違うとなると中々興味をそそられるよね」

 

「全ての解放者ねぇ……南雲お前ならその意味分かるのか?」

 

「一応、ある程度の推測はできているよ。色々考えて多分これしかないって思った奴が」

 

「言うつもりは」

 

「無い。別にホームズって訳じゃないけど確信が無いと間違った恥ずかしいからね」

 

「そうかよ。…考えても仕方ねぇか」

 

 清水は額にさらに皺を寄せ数分考えるが、結局頭を振り払った、今は迷宮の攻略が先と判断したのだろう。

 

「何か関係がある。それだけでもわかったのならそれでよしとするか」

 

「それでいいと思うよ。それにこの迷宮が終わってからまたミレディの所に行けばいいんだから」 

 

 ハジメの言葉に頷く清水。コウスケの事でいろいろ考察することもできるが取りあえずはこの迷宮を終わらせてからの話にするのだった

 

 

 

 

 

 

 その後迷宮を問題なく通り抜け

 

「羅針盤、マジチート」

「本当に楽だねぇ」

「都合が良すぎるともいう」

 

 襲い掛かってくる魔物を難なく退け

 

「話にならないですぅ」

「ん、問題なし」

「楽勝過ぎたの」

 

 トラップを潜り抜け

 

「そもそもの話、どの迷宮が一番手ごわいんだろう?」

「さて、人によるとしか」

「そっかー」

「普通の人間なら無理なんですけどね」

 

 遂に、一行は通路の先に大きな両開きの扉がある突き当たりに出くわした。羅針盤は、その扉の先を示している。

 

「これはまた壮観な扉じゃのぉ」

 

「ん、綺麗」

 

 近くまでより見上げた巨大な扉は、氷だけで作られているとは思えないほど荘厳で美麗だった。茨と薔薇のような花の意匠が細やかに彫られており、四つほど大きな円形の穴が空いている。

 

「なるほど、セオリーなら四つの玉を集めて来いって奴だね」

 

「ここにきてなんて普通な仕掛けなんだっ!」

 

「楽でいいじゃん。それよりどうする?ちょっと休憩する?」

 

 仲間たちを見回しコウスケが提案する。一応迷路を歩いて十五時間は経過しているのだ。まだまだ余裕はあるのだが念のためと聞いてみれば全員首を横に振る。

 

「それも考えたんだけど…ノリが良いときに終わらせた方が良いかもしれないと思うんだ」

 

「ふぅむ。香織ちゃんや清水は…」

 

「問題なしだよコウスケさん」

 

「同じくだ。こんなところでへばってられねぇさ」

 

「か、じゃあ班分けはどうする?流石に一つの玉っころに全員がぞろぞろと進むのはどうかなと思うんだが」

 

「それなら此処にいるのはちょうど八人だから二人組で行こう」

 

「それでいいのか?油断しすぎじゃないのか?」

 

「なら清水は自分達は高々そこら辺の魔物にやられるようなやわな奴だって言いたいの?」

 

「いいや、そんなつもりは微塵もない」

 

「なら問題なしだ。っていう事で」

 

「「二人組を作ってー」」

 

「おい、そこのポンコツ主従。なに人のトラウマ抉ってんだ?つか、コウスケ言いながら暗い顔してんじゃねぇよ!どМかお前は!」

 

 清水のツッコミがさえわたる中、四つの玉を集めに行くメンバーを決める。色々話し合いの結果くじ引きとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「醜く腐って!」

「消えちまいなぁ!」

 

「「瘴気の風!!」」

 

 腐ったような紫色の風と煙が魔物たちを覆う。覆われた魔物たちは宣言通りボロボロと崩れていく。

 

「ふぅーいやぁ上手く行くもんだな合体魔法!」

 

「適当に合わせているだけなんだけどなぁー」

 

 ハイタッチをして出来た魔法に喜び合うのはコウスケと清水だった。厳選なるくじ引きの結果こうなったのだった。

 

「そんな事言ってないでガンガン進もうぜ清水!」

 

「はいはい」

 

 異様にはしゃぐコウスケを適当に相手しながら清水も迷宮を歩く。どんな魔物でも油断する気はないがこの組み合わせは清水にとっても気楽だった。

なにせ後はハジメを除けば女性陣ばかりなのだ。無様な所は見せたくないし、何より女性陣と二人きりとなるのは少々気まずかったのだ。

 

 コウスケの方としても清水の前では気兼ねなく行動できるので楽だった。おまけに男の浪漫もわかってくれるので拙いながらも合体技などを編み出していた。

 

「また魔物だ!合わせろ清水!」

「へいへい」

 

「焦げて燃え尽きて!」

「灰になれ!」

 

「「煉獄!」」

 

 黒い炎が魔物を飲み込む。後に残るは灰だけだった。ガッツポーズをするコウスケに溜息をつきながらも清水は満更でもない顔をするのだった。

 

 

 

 

「こたつって実は初めてだったんだよなー」

「そうなんだ。僕の家ではよく冬の間は出していたんだよ」

「いいなぁ 俺はずっと電気ストーブだった」

「オレはファンヒーター 灯油を入れるのが面倒だった」

「私は、床暖房と暖房を使ってたよー」

「各家々によって違いますなぁ」

 

 それぞれ扉を開けるための玉を回収した後休憩を挟み、さっさと扉を開けて移動するハジメ達。話題は先ほどまでハジメが取り出したこたつの事だった。地球組が冬の暖房の事で盛り上がっている中トータス組は微笑ましそうに地球組を見守っている

 

「うむうむ。地球の冬の過ごし方か。なんだか興味をそそられるのじゃ」

「へーティオさん意外な所に興味を持つんですね」

「ああやって楽しそうに話しているのを見ているとつい、の。最も寒いのは苦手ではないがの」

「んー こたつはぬくぬくで気持ち良かった」

「良いですよねこたつ。でもこたつで寝ていると体が冷えて風邪をひくらしいんですよ?知ってましたか?」

 

 雑談を交えながら進むその先は本格的なミラーハウスだった。氷というより完全に鏡だ。光を向ければ何処までも乱反射し、両サイドの壁には、まるで合わせ鏡のように無数のハジメ達自身が映っている。 

 上空を覆う雪煙以外は、まさに無限回廊といった様子だ。透明度が高い等というレベルではないので唯の氷壁ではないのだろう。冷気を発していなければ、そもそも氷だと気がつかないかもしれない。

 

「こういうアトラクション遊園地になかったか?」

「あったな。入ったことはないけど」

「私結構好きなんだけど」

「へぇ白崎さんこういうの好きなんだ」

「うん。 …ハジメ君日本へ帰れたら、…その」

「そうだね、時間があったら一緒に遊びに行こっか」

「うん!」

(…香織さん後ろ手で親指立てているですぅ)

 

 ミラーハウスは先へ進むハジメたちの姿を瓜二つに映す。歩く速度体の動かし方、表情まですべてを文字通りそっくりに映し出す。

 

「…こうやって見るとさ」

 

「ん?」

 

「天之河って結構イケメンだよな」

 

 鏡に映る自分の姿を見てポツリとコウスケは呟いた。目鼻がくっきりとして整った顔立ちの見方によっては爽やかな好青年。中身はあれだが外見はイケメンでありハンサムだった。

 

「俺がこの世界を救う!皆を守って見せる! …なーんてな」

 

 少なくともコウスケはそう考えておどけていたのだが

 

「「あ?」」

 

「!?」 

 

「チッあんまり馬鹿な真似すんなよ。天之河のどこがイケメンだ?寝言言ってんじゃねぇよ」 

 

「コウスケ、言っていい冗談と悪い冗談ってのがあるからね。あんまり変なこと言うと撃つよ?」

 

 男二名からは悉く不評だった。寧ろイラつきながら言っているのを見るにかなり怒っている。若干ビビりながら謝るコウスケ

 

「ご、ごめん」

 

「はぁ 別に君の顔が嫌いとかそういう訳じゃないんだけど、天之河の真似をするのが嫌って事だからね」

 

「そういう事だ。お前が嫌いなんじゃない。天之河が心底ウザったいだけだ。勘違いすんなよ」

 

 慰めるにはいささか殺気が抜けきれない声を出す二人。付き合いは短いだろうに心底嫌われている天之河光輝と言う少年に憐れみを覚えるコウスケだった。

 

 そんなやり取りをしながらミラーハウスを進む中、声が聞こえてきた。

 

『………』

 

(…来たか)

 

 低い男の声だった。ぼそぼそと呟くような声、注意しないと聞き逃すような、不快感のあるその声。その声の正体を知っているコウスケは溜息をし

周りを見た。そこには案の定コウスケと同じように急に聞こえた声に警戒を強める仲間たちが居た

 

「今の声は…」

 

「ん、ハジメも聞こえた?」

 

「ってことはユエさんも?」

 

「どうやら皆、聞こえたようじゃな」

 

「どこかで聞いたような…知っている声だったよ」

 

「いったい誰の」

 

「それは、自分の声ですよ」

 

 確認し合っているハジメ達にサクッと正体を答えたのはノインだった。いきなりネタバラシをしてしまったノインにコウスケがギョッとするがノインは指して気にした様子もなかった。

 

「ノイン。それは一体」

 

「簡単な事ですユエ様。自分自身の汚く醜い心の声が聞こえるようにこの迷宮は作られているんです。南雲様と清水様ならこの意味が分かりますよね」

 

「成程、そいつは…厄介な試練だね」

 

「なんとも都合のいい…まさしくオレのための試練っぽいな」

 

 ノインの説明でこの試練の本格的なコンセプトが理解したのかハジメは忌々しそうに顔を歪めた。対照的に清水はどこか皮肉気ながら笑っていた。

 

「自分自身…ね。ならこの先」

 

「これ以上の説明はやめておきますか。大体皆さま理解したようですし」

 

 そういうとノインはすまし顔で黙ってしまった。後は自分で解決してくださいと言わんばかりの顔。コウスケが何かを言おうとする物の結局口を閉じてしまった。どうせこの先進めばぶち当たるのだ。今言うか後で体験するかその違いでしかなかったのだ

 

 その後順調にミラーハウスを切り抜け

 

「ぶっちゃけ声を無視さえすればいい訳だし」

「上手くできるかどうかは人によるかな」

「なら私とマスターは無傷ですね」

 

 閃光が駆け巡りレーザートラップと化した部屋を潜り抜け

 

「サイコロステーキにはなりたくはないな!」

「思い出すはバラバラになってしまった隊長。ゾンビになるのとどっちがマシだったか」

「アホな事言ってないで走るぞ!」

 

 それぞれが氷塊の巨人との一騎打ちを全員突破し

 

「清水は分かるよ。何だかんだで出来るやつだってのは知ってるからさ」

「洗脳、自壊で終了っと」

「でもさ、香織ちゃんよく突破できたね!?ちょっとびっくりなんだけど!」

「香織は私が育てた」

「私が鍛え上げたですぅ」

「そして妾が調整した」

「そして?どうなったんだ?」

「「「……」」」

「何で目を逸らすんだこの三馬鹿娘っ!」

「乙女にはいろいろ秘密があるんだよコウスケさん」

(…香織様は治癒魔法が得意で再生魔法が一番適性が高くて…成程正気じゃないですね)

「白崎さん一体何をしたんだろう?」

「LOVEパワーですね」

「!?!!?」

 

 

 

「んで、この光の幕の向こうが最後の試練って奴だ」

 

 全員がそろって休憩をしっかりとった後、コウスケは扉の向こう側にある試練について説明をする。言うべきか言わないべきか悩んだが言った所で試練を突破できるのは本人次第なのである。そう考えて詳細を説明することにしたのだ

 

「試練の内容は、自分自身との戦いだ。中には自分の虚像が待ち構えている。戦法はそれぞれと全く同じのはずだ」

 

「ぶちのめせってことだね」

 

「そうだ。テンプレかもしれないが自分に打ち勝てってな。最も相手は己の認めたくないことをネチネチと突いてくるからな。おまけに相手の言う事を否定すれば否定するほど相手は強くなっていく」

 

「逆に認めれば認めるほど弱くなっていく」

 

「うむ。負の感情を乗り越えれば弱体化していく。本っ当にテンプレ的なもんだがな」

 

 一通りの説明を終え仲間たちを見渡すコウスケ。それぞれ思い思いの表情を見せている。ハジメは心底嫌そうに、清水は不敵に笑っている。香織は何かを堪えるかのように拳を握りしめており、ユエは思案に耽っている。シアは目を閉じ深呼吸をしティオは何かを決意したように顔を引き締めている。ノインに至ってはあまりにも普段通りだった

 

 

「それじゃ皆あっちでまた会おう」

 

 

 最後の確認をした後ハジメ達は光の門へと飛び込んだのだった

 

 

 

 

 

 

 




さっくり終了!

次からが本番だ!です!

一応ネタバレ 全員分は無理なので4人だけに絞る予定です


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ペルソナ

出来ました。

前半部分が分かりにくいかもしれません。申し訳ないです


 

 

 

 

 

 違和感はあった。

 

 記憶はある。過去も思い出せる。間違いなく自分は自分だ。

 

 それなのに違和感はあった。

 

 この性格、口調、以前とはまるで違う人格。

 

 生き返ったからか?変わろうと思ったからか?

 

 それは違う。そんなに簡単に自分は変われない。

 

 答えは、彼に出会ったことで分かった。

 

 

 

 

 

 自分は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清水は一人で通路を歩いていた。光の門を潜り抜けた先で仲間たちと分断されてしまったのだ。最も予想はしていたので特に気にすることはなく

細い通路を歩く。

 

『…せよ』

 

 分かれ道のない通路を歩き清水は巨大な氷柱のある大きな部屋へとたどり着いた。鏡の様な氷壁と同じく氷柱もそっくりに清水の姿を反射している。

 

 

「…ふん。何度見ても湿気た面をしているなオレは」

 

 鏡をまじまじと見ながら鼻で笑うように吐き捨てる清水。その背後で氷壁から影がにじみ出てきた。影は狼の姿を形作ると清水に向かって飛びかかってきた

 

「自分の事を棚に上げて只々ガキの様に喚き散らす、救いようのない腑抜けた面」

 

 背後から奇襲をかける影をさらりと躱し手に持った杖で影を叩きのめす。清水の遠慮のない打撃を食らった影は音もなく霧散して消えていった。 

 

『…返せよ』

 

 先ほどまで頭に響いていた声が現実となって聞こえてくる。声が引き金となって氷壁から影が無数に這いずるように出てくるがそんな状況にもかかわらず清水は余裕の表情を崩さない。

 

 そんな清水に正面の氷柱に映った清水が顔を怒りで歪ませながら叫び出した

 

『俺の身体を返せよぉ!』

 

「よう、清水幸利(オリジナル)。相変わらず馬鹿面をしてるんだなお前は」

 

 氷柱の中で喚く清水を見て皮肉気に清水は口を吊り上げるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違和感はウルの町でコウスケに助けられた後、王都で恵理たちに取り入っているときだった。力におぼれた小物のふりをしながら疑問に思ったのだ。

 

 自分の性格はこんな誰かを助けようとする善性を持ったモノだったのだろうかと

 

 恵理や檜山を見て侮蔑と憐れみを感じながら王都の人たちや騎士団を恵理たちの裏切りから助ける為にちょこまかと動き、メルド達を助ける時になってときに増々清水は思った

 

 何故、どうでも良い他人を助けようとしているのだろうか、と

 

 コウスケに助けられた。だからその恩を返すために行動する。そこまでは納得できた、しかし他の人間まで助けようとするだろうか。

 

(清水幸利とは思えない行動に思考。助けられたから変わった?生き返ったから根本的に変貌した?確かにその通りだ。でも本当は!) 

 

 思考しながら次々と現れる影をハジメに作ってもらった錬成杖で打ちのめしていく。数は膨大だったが何も問題は無い。

 

「やっとでの初陣だ!何もかも喰い散らかせ!『闇龍』!」

 

「グギュギュウゥォォオオンン!!!」

 

 清水の言葉に応えるように召喚した闇龍は咆哮を部屋中に響かせる。その響きで次々と形作られていく影が何をすることもなく崩れ落ち吹き飛ばされ消滅していく。 

 

『クソッ!クソクソクソクソッ!』

 

「ほらほらどうした!そんなチンケな影じゃオレを殺すことができねぇぞ!」

 

『うぜぇよ!てめぇなんかさっさと死んじまえ!』

 

 清水の煽りに憤慨する虚像の清水。何事かを呟くと氷壁から音を立てて先ほど戦った氷塊の巨人が現れた。その巨人を皮切りに先ほどの迷宮に出てきた氷の狼、大鷲、大鬼が次々と現れる。広い空間に無数の魔物。その数を呼び出した虚像の清水は口元を吊り上げる

 

「お?」

 

『はは!いくらテメェが強くてもこの数は』

 

「追加が来たぞ!喜べ闇龍!お前の出番が増えるぞ!」

 

「ギュォォオオオオ!!!」 

 

 清水の喜ぶ声に闇龍が応えるように唸り声をあげると現れた魔物たちに向かって紫色のブレスの様な煙を吐く。

 

 その煙の効果は絶大だった。触れた魔物たちの体表面がボロボロと崩れ落ちていくのだ。氷でできているからこそ崩れるのであってもしこれが生きた魔物だったら尚更ひどい絵図になっていくだろう。

 

『なんなんだよ…何だよコレ…俺の身体をを奪って好き勝手しやがって!お前一体何なんだよ!!』

 

 瞬く間に自分の手下である影を失って呆然とした虚像の清水は我に返ると目の前の清水に対して叫び出した。その言葉に清水は自虐な笑みを浮かべる

 

「オレか?そうだな、改めてご挨拶としよう。オレはお前が捨てた全て。誰かが望んだ清水であり、あり得た未来の(IF)清水幸利。ま、分かりやすく言えばお前のペルソナって奴だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何を言って…』

 

「言葉通りさ。オレはお前、清水幸利だ。 …ちっと別なもんが入ってはいるがな」

 

 自虐し困ったように笑えば目の前のもう一人の清水は絶句する。無理もないと清水は思った。何せ彼からしてみればいきなり体の主導権を奪われたに等しい事態に陥っているのだから

 

「それとも我は汝、汝は我って言えばもっと分かりやすいか?」

 

『ふざけんなよっ!俺はお前なんかじゃねぇ!』

 

「悲しいこと言うなよな。オレは本当にお前だぞ?お前の記憶を引き継いで、コウスケが望んだ在り得た未来の(IF)清水幸利をしているんだからな」

 

 自分の正体。それはコウスケが望んだ清水幸利そのものだった。あの日ウルの町で瀕死になってコウスケに問いかけられたその時に自分は生まれたのだ。

 

「あの日あの時にお前(清水幸利)の本心を言いながら生まれたオレは、自分が清水幸利だと思っていた。だが正確に言えば違った。オレはお前の記憶を引き継いで生まれた架空の人格、清水幸利に+αを付け加えたってところか」

 

『…そうだ。あの目を見たとき、あの時から俺の身体はお前に奪われた。あの時アイツに言った言葉は間違いなく俺の本音だった、それでもお前は俺じゃ無い』

 

「…どんなに否定してもオレはお前さ。お前のあり得た未来としてオレは生きてきたんだから」

 

 コウスケの規格外の魔力と願いによって生まれた人格。だから以前の自分とは違う行動に言動、性格をしていたのだ。

 

『うるせぇ、体を返せよ、その体を使って今度こそ』

 

「今度こそなんだよ。またハーレムがどうたら、勇者がどうしたって喚くのか」

 

 氷柱にいるオリジナルの清水は不貞腐れたように座り込み憎々し気に清水を見ている。周りの陰の魔物はあらかた闇龍が片づけてしまったのだ。もう自分ではどうしようもないと悟ってしまったのだろう。 

 

「なぁ、もういい加減オレを受け入れて楽になっちまえよ。何も怖い事なんてないさ。ネイル(オレ)ピッコロ()に同化するみたいなもんだ。叶わない夢を見て現実逃避したって、何にもならねぇぞ」

 

『……うるせぇ』

 

「女に夢を見るのはやめとけ、もう分かってんだろ。どんな事をして根暗でコミュ障のキモオタに女がよりついてくるはずがないって」

 

『……黙れよ』

 

「何で否定するんだ。その理由を言わなきゃ明け渡そうにも明け渡すことができねぇぞ」

 

『…好き勝手俺の身体を使って生きてきた奴を受け入れろって?そんなもん無理な話だ』

 

「そうか?ダチを得たならお前もこんな風になるって。ダチは良いぞ。気が楽だし話も合う。馬鹿な事をやってゲラゲラ阿保みたいに笑う。ハーレムだとかチートとかそんな糞みたいなもんよりダチが居るってのがよっぽど…」

 

 清水の言葉は最後まで出なかった。氷柱にいた清水はいつの間にか消え居なくなっていたのだ。溜息をつき周りを見渡しても影も形もない。変化があるならば部屋の壁の一部が溶けだしその奥に通路が現れた事ぐらいか

 

「はぁ、いつになったら俺はオレを受け入れるんだろうかねぇ?」

 

 傍まで寄ってきた闇龍に愚痴るように言うが闇龍は首をかしげると霧散して消えてしまった。増々溜息が深くなりつつも通路の奥へ進む清水。いずれ自分の事を受け入れてくれることを思いながら歩き出すのだった

 

 

 

 

 

 

 体を奪った。その負い目がある。

 

 自分は本物ではない。ただの模造品である

 

 だが、自分は自分だ。この意思は偽物では無い

 

  

 いつか、体を明け渡す日が来るだろう

 

 その日まで自分は清水幸利を演じるのだ

 

 彼の望む清水幸利を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、皆無事でいると良いのじゃが」

 

 虚像を倒し、ティオは開けられた通路を進んでいた。体は多少の疲労があるものの、足取りは迷いが無い。そうして歩く事数十分、前方に行き止まりを見つけた。

 

「ふむ?行き止まり…ではなさそうじゃな」

 

 終点らしき場所に付きさてどうしたものかと思案しているティオの前で解けるように氷壁が消えていった。その先は広場になっており自分が居た部屋と大差はない。

 

「ふむ、通路の先はこうなっているのか、ならばこの先には…む?」

 

 迷宮の仕組みに少々思考しながら部屋に入るとそこは滅茶苦茶になっていた。壁が砕け中心にあるはずの氷柱はものの見事に真っ二つに折れてしまっている。その部屋の中央で座り込んでいる影があった  

 

「この惨状は…シアお主じゃったか」

 

「あ、ティオさん。どうやらみんな近くにいるみたいですね」

 

 部屋に入り氷柱の傍で座り込んでいる影とうさ耳に気付くティオ。その言葉通りそこで座り込んでいたのはシアだった。 

 

「随分と暴れたようじゃの」

 

「えへへ、小難しい事ばっかり言うんで本気で暴れちゃいました」

 

 にへらと笑うシア。その様子に大きな怪我はなさそうだと判断するティオ。実際シアの服装は多少汚れてはいた物の怪我の具合は少なさそうだった。

 

 戦いの疲れが取れたのかシアがぴょんっと立ち上がると背を大きく伸ばす。ペキポキと小気味の良い音が流れるとシアは気合十分と腕を回す。

 

「さて、ティオさん。私はこの通りピンピンしていますので問題ありません。あの通路の先にに行きましょう!」

 

「うむ。と言いたいのじゃが…アレを回収しなくてよいのかシア」

 

「?…あ!」

 

 訝しるシアはティオの視線の先にある物を思い出し声を出した。そこにはシアの獲物であるドリュッケンが壁に突き刺さっていたのだ。

 慌てて駆け寄りドリュッケンを壁から引っこ抜き回収するシア。照れ臭そうにしながらも今度こそ次の通路に行こうと提案しティオも続くのだった

 

 

 

 

 

 

「で、ティオさんの方はどうでした」

 

 シアと一緒にあるく事数分。シアがおもむろに試練の内容を聞いてきた。隣を歩くシアにみればうさ耳がせわしなく動いている

 

「あ、勿論言いにくいのなら言わなくてもいいですよ。ちょっとどんな感じで言われたのかが気になって…」

 

 あたふたと慌てながらもティオの様子を気にするシアに苦笑するティオ。部屋の荒れ方からして虚像に相当心を疲弊させてしまったのだろうと察したのだ。

 

「そうじゃのぅ妾の方は…ハジメとコウスケのあの2人を竜人族の復讐に利用していると言われた位かの」

 

「復讐に利用している、ですか?」

 

「うむ、かつて竜人族は加護していた者達から裏切られたことがあっての。話すと地と長くなるのじゃが、一族の大半を殺されたのじゃ」

 

 シアに竜人族としての歴史を語るティオ。それは歴史から姿を消し去った種族の物語。歩きながらその誇り高く何よりも偉大な種族の話を聞き終えたシアはふむふむと頷く

 

「それで復讐ですか」

 

「うむ。それで利用しているとはっきり言われての。『あの二人の力は憎き神に届きうる物になっている。だから復讐の為に利用し神を殺せ』等、好き勝手言われての」

 

「ティオさんはどう返事したんですか」

 

「無論その通りじゃと」

 

 虚像にコウスケとハジメを神と戦わせる、利用し竜人族の復讐を果たすと言われたとき、ティオは微塵も迷うことなくその通りだと答えたのだ。

 

「そもそも何がどうあっても、あ奴らは必ず神と戦う。妾の女の感がそう告げておるのじゃ。ならあ奴らが有利になるように妾が手を貸す。それが妾があの者たちにの旅について行く理由じゃったのじゃ。妾としたことが最初の動機を忘れてしまうとは、年は取りたくないのぅ」

 

 カラカラと笑うティオ。その言葉にあんぐりと口を開けてしまうシア。他者を利用するというその発言は普段のティオからは思えない発言だった。

 

「竜人族の誇りも義務も勿論ある、しかしそれはそれこれはこれじゃ…軽蔑したかの?」

 

「いいえ全く、微塵もないですぅ」

 

「ほぅ、理由を聞いても?」

 

「何せティオさんがあの二人を神と戦わせると思っていてもハジメさんたちが故郷に帰りたいって言ったらティオさんはそっちの方を優先するから、ですぅ」

 

「ふふ、見抜かれておったか」

 

 仮に神と相対する前にハジメ達が故郷への帰る手段を見つけたのならそれはそれでよしと思うティオ。どんなに力があっても彼等は無理やり連れてこられた被害者なのだ。

 彼らが帰ったのなら、その時はこちらの世界の都合はこちらの世界の者達で決着をつけなければいけないのだ

 

(最もコウスケの話を推測するなら、妾達は必ずどこかで神と戦う事になると思うのじゃがな)

 

 これから先の予感に似た確信を抱きながら次はシアの番だとティオは告げる。話を振られたシアは視線をあちこちに彷徨わせて非常に言いにくそうに話し始めた

 

「私は…コレについて言われたですぅ」

 

「む? ふむドリュッケンか」

 

 シアが気まずそうに背中に担いでいるドリュッケンを指さす。それはシアの武器であり相棒で何より大切なものだとティオは聞いていたのだ。

 

「グチグチとウザったい事を言われまして…頭に来たんでぶっ飛ばしたんですぅ」

 

 鼻息荒くするシア。うさ耳もシアの怒りに合わせてピンと立っている。そのまま怒りでシャドーボクシングでもしそうな勢いだった。

 その様子に苦笑しながらティオはそこから先の事を踏み込むことはやめた。部屋に着いたときなぜドリュッケンが壁に突き刺さっていたのか、なぜドリュッケンが無くても勝てたのか、そもそもの話、シアの身体は…そこまで考えティオはかぶりを振った

 

(…これは妾が干渉する事ではないのじゃ、シアにはシアのやり方がある。…願わくば良いように転がればいいのじゃが)

 

 そんな風に考えていたら次もまた行き止まりに付いた。シアが氷壁をドリュッケンで吹き飛ばそうとするのを止めながら氷壁に近づき壁が解けだしたのを確認して部屋に入るティオ。

 

「ユエさ…ん?」

 

「ユエ?」

 

 その部屋にいたのはユエだった。しかし何やら様子がおかしい。大きな空間の中央に円形状の氷柱があるのはティオとシアの部屋と同じだった。

 だがその傍で佇みこちらに背を向けているユエの姿が妙にボロボロだった。体に傷はないが衣服が焦げて破れ凍り付いている。そんな自身の姿にまるで気付いていないように虚空を見つめている

 

「ユエさん!」

 

「ッ!…シア?」

 

 ユエの異様な雰囲気に堪らずシアが叫ぶとユアが一瞬肩を跳ね上がらせ驚くように振り返った。その時シアとティオは見てしまった。ユエの耳と頬がほんのりと赤く熱を持っていることに

 

「シア…部屋が繋がっていた?」

 

「そうみたいです。試練の場所はどうやら隣り合っているようで、お陰でティオさんとも合流しました」

 

「そう…良かった」

 

 ふっと目元を緩ませるユエ。そんなユエにズイっとティオが近づく。その近づき様に身をのけぞらせるユエ。

 

「ユエ、お主何を言われた」

 

「ティオさん、流石にドストレートすぎですぅ!」

 

「まぁまぁ 見たところ問題はなさそうじゃが、お主が攻撃を受けるなんて珍しいぞ」

 

「うっ」

 

 ティオの言葉にユエは目をキョロキョロと泳がせ何故か頬をうっすらと赤く染める。実にいつものユエらしくない反応だった。 ティオとシアの目が細くなって居るのに気づいたユエはしどろもどろになりながら言い訳めいたことを話し始めた

 

「きょ、虚像に」

「虚像に?」

「叔父の事を言われた」

「ほぅ」

「へぇ」

「それで動揺して攻撃を受けてしまった」

「…どう思うシア」

「んー本当が三割、他の事で七割って所ですかね」

「ふむ。 のうユエ、お主が何を言われたのかは知らぬ、じゃが妾達はお主が心配で堪らないんじゃ、少しだけでもお主の力になれぬかのぅ」

(うわぁ…目を伏せて情に訴えるなんて、ティオさん流石年の功ですぅ!)

「うっ!」

 

 ティの追及に目を泳がせたユエは、気恥ずかしそうに髪の先をいじいじと触り始め小さくポツポツと呟いた 

 

「…心の奥底に厳重にしまっていたことを暴露された」

 

「心の?」

 

「奥底?」

 

「もうこれ以上は言わない!」

 

 顔を赤くしそう声を荒げるとドスドスと音を立てるようにして部屋から出て行ってしまうユエ。その姿にティオとシアは顔を見合わせクスリと笑った。

 

「案外問題なかったようじゃな」

 

「ですぅ。ユエさん叔父さんの事を悩んでいるようでしたから心配だったんですぅ」

 

「シアに話したことで気持ちの整理がついていたのかもしれぬな」

 

「だったら嬉しいです。まぁ他に何を言われたのか個人的には非常に興味をそそられるのですが」

 

 二人してユエの事で会話の花を咲かし通路を進んでいると前方でユエがたっているのを見つけた。何やら呆然と部屋を見ているようでティオとシアも何事かと同じように並んでユエと同じように口をあんぐりと開けてしまった。

 

 

 

「私は貴女が憎い、憎くて殺したい、妥協し腑抜けになった私自身を」

 

 その部屋にいたのは自身の虚像の首をギリギリと片手で握りしめている香織の姿があったのだ

 

 

  





今明かされる衝撃の真実ぅ!は、どうでも良いとして出来る限り次の話を早めに投稿したいです



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女の衝動

一応注意です。白崎香織がとても暴れています。ドロドロとしています。
香織はこんな女の子じゃないという人はプラウザバックを推奨します



いざ、香織ちゃん劇場



 

 

 

『ユエが嫌い、シアが嫌い、ティオをが嫌い。ふふ、心をどんなに押さえつけても貴女の感情は手に取るように分かるよ』

 

 光の鎖で縛りあげられている香織を嘲笑いながら虚像の香織は薄く笑っていた。時間はユエ達が香織の部屋に来る前までさかのぼる。

 

『皆、綺麗で最初見たとき驚いたよね。なんて綺麗な人たちなんだろうって、そしてその女たちが当然の様にハジメ君の傍にいたときあなたどう思ったか知ってる?』 

 

 虚像の香織の嘲るような声に香織は俯いたままピクリとも反応しない。その事に虚像は笑みを深める。 

 

『ハジメ君の傍に近寄らないで! 笑っちゃうよね、好きな男の子が生きていたことに喜びながらも目ざとくほかの女に牽制するなんて何もできなかったくせにあなた一体何様のつもりだったの』

 

 縛り上げた光の鎖をさらに締め付ける虚像の香織、ミチミチと香織の身体から肉の軋む音が聞こえるが、香織は動かない

 

『勝手に嫉妬して勝手に恨んで、醜いにもほどがあるよね私は。それにコウスケ、あの男』

 

 コウスケ。その言葉にようやく香織がピクリと反応した

 

『いつもいつもハジメ君の傍にいる気持ち悪い男。応援しているとか何とか口に出しているくせべたべたと気持ち悪い顔でハジメ君にくっついて』

 

 コウスケの話題になってから少しづつ香織の手に力が集まってくる。その事に気付かない虚像の香織は縛られた香織を模造した杖で殴り飛ばす。

 

『…これだけ攻撃しているのに反論の一つも言えないの?本当に呆れた女。学校では好きな男の子に不用意に近づいていじめを誘発させ、召喚されてからは舞い上がって好きな男の子が奈落に落ちる原因を無意識に作りだす。生きてるだけで貴女ハジメ君の害になってるじゃない』

 

 虚像の香織は呆れながら殴り飛ばされ地面にうつ伏せになっている香織のもとへ近づきその頭を足で踏みつける。そして徐々にその力を込めていく

 

『治癒術師として加わったもののハジメ君たちが大怪我するなんてこともなく、只々足手まといとしてついて行って、これ以上ハジメ君の重荷になるのならさっさと諦めて私にその体を譲り』

 

 その言葉は突如体に感じた浮遊間によって最後まで言えなかった。香織を踏んでいない片方の足をすくい取られてしまったのだ。咄嗟に受け身を取ろうとするが、いつの間にか立ち上がった香織の足が虚像を蹴り飛ばす

 

『グッ!?』

 

 うめき声をあげながらなんとか受け身を取り体勢を立て直す虚像はそこで初めて香織の目を見た。見てしまった。

 

「なんだ、試練っていうから私の隅々まで調べているのかなと思ったけど、理解しているのはほんのちょっとだけなんだね」

 

 その目はハジメに対する愛に溢れていた。仲間への嫉妬に満ちていた。ハジメに対する独占欲が溢れていた。自分自身への憎悪で濁っていた。香織の内包する感情がドロドロに渦巻き黒々と仄暗く輝く混沌とした目だった。

 

『っ!?』

 

「そうだよその通りだよ。私は皆の事が嫌い。でもそれはちょっと違うな」

 

『…違う?そんな事は無い、貴女が皆に抱いているその感情はっ!?』

 

 虚像が話終わるのを待たず香織は懐から出した黒い球状の物体をパスをするように軽く放り投げる。余りにも急な行動に思わずと言った様子で虚像が受け取った瞬間、光と衝撃が爆ぜた。

 

『なっ!?』

 

「ッ!」

 

 ほぼ至近距離からの衝撃、香織が投げたのはハジメが作った手榴弾だった。あくまで自衛の物として受け取ったその爆弾を近距離で爆発された虚像はいざ知らず、香織自身も炎と衝撃と浴びることになる。

 

 ボロボロになりながら虚像が見た先にあったのは炎でやけどを負った香織の姿だった。長くサラサラとした髪は焦げ付き衣服は燃えて焼け焦げており玉のように白い肌は赤い火傷の跡が痛々しく残っている

 

『いったい何を考えているの!?そんな自分も巻き込んで』

 

「再生魔法は治癒魔法と違って怪我を治すためにある物じゃなかった。何度も治癒魔法と再生魔法を使い続けて分かったの。これは時に干渉する魔法。だからこれは私にとって傷や怪我にすら入らない」

 

 その言葉が終わると同じように先ほどの衝撃で焼けた肌の部位が見る見るうちに以前の様に治って…再現されていき衣服もまた言葉通り元通りになった   

  

『だからと言って自分もろともなんて狂ってる!』

 

「そう?さっき貴女も言ってたけど私は傷を治すことしか取り柄が無いんだよ、だったらこういう戦い方になるなんて当たり前じゃない」

 

 今度は両手に持った爆発物をボールを投げるように香織放り投げる、炸裂したのは焼夷手榴弾と破片手榴弾。炎と金属片が飛び散り試練の部屋を惨劇と化す。

 

『あぐっ!?』

 

「…それで話を戻すけど、さっき違うって言ったよね。皆…もっと分かり易く言えばユエとシア、ティオに対してはずっと嫉妬していて物凄く憎んでいたんだ」

 

 先ほどよりも重度の火傷と金属片が突き刺さった肌を先ほどと同じように戻しながら、倒れ伏し驚くような目でこちらを見る自分と同じ顔をした女を無機質に見下す香織。その顔は仲間たちにいつも見せていた顔ではなかった。 

 

「だってあんなに綺麗なんだよ?ユエはちっちゃいお人形さんの様に愛らしくてサラサラとした髪にぷにぷにした頬っぺたで笑った所なんてすごく可愛くて偶に甘えるようなあの性格は本当に愛らしくて…何度当然の様にハジメ君の傍にいることにイラついたことか」

 

 ユエ。香織が今まで出会った女性でも特に美しく愛らしい女。ビスクドールが如きその女が吸血鬼でありハジメの血を吸っていたと知った時握りしめた拳から血が出てしまった。今なお仲良くできているのは自分に遠慮して彼女がハジメの血を吸わなくなったからに過ぎない

 

「シアは可愛いよね。人好きする性格で明るくていつも笑顔で。綺麗なあの青い目はいつも世界は楽しいってそんな感情を載せていて。オマケにスタイルもよくって…馴れ馴れしくハジメ君に笑いかけていくあの笑顔にムカついていた」

 

 シア。天真爛漫を具体化したような明るい女。誰よりも人懐こい性格の彼女は香織が埋めたかったハジメとの距離をたやすく縮め笑いあう。その無邪気で無遠慮さがとても香織に気に障った

 

「ティオは本当に大人。何があっても冷静で皆の事をよく見ていて、佇まいも一つ一つの行動も気品さがあって流石竜人族のお姫様だよね、胸も大きいし。でも、そんな私は大人なんですって態度が私には凄く鼻についた」

 

 ティオ。年齢を重ねているせいか落ち着きがあり気品さを感じる女。その佇まいは酷く女性としての香織の劣等感を煽りとてもウザかった。正直な話何故お姫様なのにこんな所にいるのか理解しがたいところがある。

 

「コウスケさんはおおむね貴女の言った通り。応援していると言いながら実際ハジメ君は私よりコウスケさんの方に気を許しているよね。同性だから?うん知ってる。ハジメ君からしてみれば誰よりも気を許せる友達だからね…でもやっぱり私からしてみれば何一つ面白くない」

 

 コウスケ。ハジメの親友であり異世界に召喚されてからずっとハジメの傍にいた誰よりもハジメの事を気遣う男。そのハジメにとって大切な存在に自分がなりたかったと香織は内心思い続けていた

 

 香織からの仲間たちに聞かせることはできない負の内面を聞いた虚像はよろよろと立ち上がる。

 

『そこまで憎んでいるのになんで貴女は皆と一緒にいるの… なんでそんな醜い自分の事を理解して居るのに平気な顔をしているの?人間は、己の醜く、汚い部分を直視できない生き物。容赦なく晒されれば、それだけで目を閉じ、耳を塞ぎ、蹲って動けなくなるような、それでも無理に直面させれば壊れてしまうような、そんな生き物なのに、どうして?』

 

 唖然とした顔で香織を見る虚像には戦う力はもう残されていなかった。この試練は己を乗り越える試練、自らが抱える負の感情を乗り越えるたびに負の虚像である自分が弱くなっていく。だから戦う力が無い分疑問を投げかける事しかできない。

 

 今この目の前にいる女は仲間を憎んでいるとはっきりと明言したのだ。そして言葉通りその負の寛恕を認めているから自分は弱くなっている。だから尚更理解できないかった。嫌っている相手なのにそれでも一緒にいる理由が虚像には理解できなかったのである。

 

「うん?そんなの決まってるよ。だって皆の事が好きだから」

 

『好きって…憎んでいるって言ってたじゃない!』

 

()()()()()()()()()()。それだけの単純な話なんだけど…もしかして迷宮の試練である貴女には人間がどういうものか理解できなかった?」

 

 首を傾げ溜息を吐く香織。どうやら目の前の虚像はある程度の挑戦者の内面は知ることはできても全てを知ることはできずまた理解できないところもあるらしい。大迷宮の試練を名乗りながら随分と杜撰だと落胆しながら虚像に歩み寄る香織。どうしても解せない部分があったのだ 

 

「所で貴女さっきから私の姿をして私の真似をしているけど、ハジメ君の事は好き?」

 

『何を言って』

 

「即答できないんだね。貴女、本当に私?」

 

 ふらふらとしている虚像の首を片手で握り上に持ち上げる。虚像の顔が苦悶の表情を浮かべるが香織は微動だにしない。寧ろハジメの事を口にしているのに反抗することも反論することもできない虚像に対してイラつくように力を籠め始める

 

「私はハジメ君の事が好き。あのお祭りの日、見知らぬおばあさんと男の子を助ける為に精一杯頑張ったハジメ君、あの時から私は彼に惹かれていた。

学校で出会ってから運命だと思ってとにかく気を引きたくて…そしてこの世界に来てハジメ君が奈落に落ちてから自分の気持ちに気が付いて、再会できて本当に嬉しくて、ねぇ私、ちゃんと私の気持ちを理解しているの?私はハジメ君が好き…大好き、すごく好き!殺したくなるぐらい好きなの!…言葉には言い表せないくらい…好き」

 

 熱く蕩けるような声を出しハジメへの好意を口に出す香織。それはずっと香織の内面を燻っていた物だった。今言ってる最中でさえも好意と言う名の欲情は、燃え上がりビリビリと電流の様に香織の脳内を刺激してくる

 

「それなのに…貴女は私のはずなのに、何も言えないなんて可笑しいよ。それにずっとずっと思ってたんだけど何で貴女都合のいいハーレムの女に成り下がっているの?」

 

 頭をよぎるはコウスケから聞いた原作という並行世界の話。ノインから聞いた『白崎香織』と言う女の行動。そのどれもが香織にとっては不快だった

 

「私と同一人物ならハジメ君の事は好きだったんだよね?どうして一番になろうとしなかったの?どうして諦めたの?どうして血反吐を吐く様な努力をしなかったの?どうして妥協してしまったの?…どうして雫ちゃんの事さえも受け入れてしまったの?そんなの普通に考えたらあり得ないよ。ねぇ答えてよ。貴女は私なんでしょ?」

 

 首を握る力を籠めるが、虚像は何も答えない。自分と同じ顔の女は何も答えない。その事に増々香織のイラつきが増える

 

「貴女は一体何をしているの?特別なんて言うあやふやなものにどうして諦めたの?『私』が死にかけたときにハジメ君から心配されなかったの?心配されたのならどうしてそのチャンスをみすみす見逃すの?何でそのチャンスが雫ちゃんのフラグになってるの?踏み台?アプローチはちゃんとしたの?

私だけの魅力は使ったの?ティオと同じ扱いで満足していたの?ねぇ本当にハジメ君の事が好きだったの?豹変したっていう誰かに無理矢理好かれるように貴女は自分を見失ったの?私が好きなのはハジメ君であって檜山君の様に人を虐げる人は嫌いなんだよ。そんな事すら都合よく忘れて只のハーレム要因に成り下がったの?」

 

 香織の怒涛の言葉に虚像はもう答えられなかった。しかし香織はそれすらも気にしなかった。

 

「私は貴女が嫌い、ただ妥協しているだけの貴女が」

 

 只のハーレム要因にされ誰よりもハジメの事が好きだという感情は報われる事無く都合のいい女になってしまったのはあまりに哀れだった。

 

 自分と同じ名前で顔を持ち同じ感情を持っているはずなのに、凄まじいまでの不甲斐なさは強い怒りを覚えることになった

 

 

「私は絶対にあなたの様にはならない!都合のいい女になんて絶っ対に!」

 

 叫ぶと同時に首をへし折り、折れ曲がりあり得ない方向に傾いた自分と同じの顔を全力で殴りつける。グチャりと肉の潰れるような音を立てて虚像は恐怖に歪んだ顔を残しながら淡く光のように溶けていったのだった

 

 

 

 

 

「はぁ……頭が痛いなぁ」

 

 虚像を倒し、一息つけながら片手で頭を抑える香織。その目には先ほどの濁った澱みは無くなっていた。左手で宝物庫の中にある予備の神水を探りながら右手で魂魄魔法を使い無理矢理茹だった頭を冷却させる。自分と相対した時から頭痛が酷く今もなお激痛が走っているのだ

 

「…ちょっと張り切りすぎたかな」 

 

 神水をちびりちびりと味わうように飲み込みながら先ほどの自分が自分へ語った内容を思い出し、苦い表情を浮かべる。

 

 

 香織が思い出すのはハルツィナ迷宮が終わりティオと相談し終わった後ノインのもとへと向かった時の事だった。

 

 原作世界での自分自身の行動を聞き終わった香織に対してノインが言ったのだ

 

『と、原作でのあなたの行動はこんな所ですが、正直な話、白崎様は原作の白崎香織より恵まれていますね』

 

『……やっぱりそうなんだ』

 

『そうなんですよ。何せユエ様やシア様、ティオ様は誰一人として南雲様に恋愛感情を抱いて無く、畑山様や八重樫様は例外。

リリアーナ様は何をとち狂ったのかマスターに好意を抱いています。ライバルは一人もなく、南雲様はどうにも白崎様に対して言わないだけで惚れておられるご様子。そしてマスターは何よりもあなたの事を祝福しています。…どこからどう見ても恵まれています』

 

「それでもやっぱり不安なんだよノインちゃん」

 

 自分のハジメに対する異様な独占欲にほかの女性陣やコウスケに対する強い嫉妬心。どう考えても自身の悪感情に振り回されているとしか考えられず

それでもまだ湧き上がるハジメに対する強い愛欲。

 

 この異様な感情を持つ自身がもし拒絶されたら、もし嫌われてしまったら。そんな悪い事ばかりが頭をよぎり、頭痛が酷くなる。

 

「…駄目だ、これ以上考えると頭がパンクする」

 

 神水でも一向に治らない頭痛を無理矢理我慢すると、香織は氷壁へと声をかけた。正確に言えば姿を隠そうと努力している三人に

 

「もう終わったから入ってもいいよ。ユエ、シア、ティオ」

 

 呼びかければ、案の定、物凄く気まずそうなユエに涙目でプルプルしているシア。どう声をを掛ければいいか迷っているティオが入ってきた。

 

「あーそのなんじゃ、香織。妾達は」

 

「良いよ無理して言わなくて。一応聞くけど全部を聞いたわけじゃないんだよね」

 

「そ、そうじゃな。『私は貴女が嫌い』のとこら辺からは聞いてしまったのじゃが…すまぬ」

 

「ご、ごめんなさいですぅ」

 

「……ごめん」

 

「あはは、怖らせちゃってこっちこそごめんね」

 

 神妙に謝るティオに合わせるようにこくこくと小動物の様に頷くユエとシアに香織はふっと笑ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




なーんかまだ足りない気がします

ちなみに補足ですが香織は一番嫌いな自分が目の前にいるのでかなりイラついています。
仲間に対しては優しい普通の女の子です。どうかお間違い無い様。


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少年の本音

急遽できました。なので粗が酷いかと思われます

申し訳ないです。


 ハジメのドンナ―から撃ちだされた弾丸は同じように放たれた弾丸によって空中にぶつかりひしゃげて地面に落ちた。すかさず足を踏み込み間合いを詰め、蹴り放った回し蹴りは全く同じように相手の蹴りによって相殺される。

 

『はっ こんなもんか、南雲ハジメ。随分と弱いな』

 

「…チッ」

 

 ハジメが試練で相対するのは氷柱から現れたハジメの虚像だった。しかし鏡写しであるはずの虚像と言うにはあまりにも違いすぎた。

 

 その男は眼帯をしていた。その左腕は義手だった。その風貌は鋭く不敵に嗤う凶暴な顔つきだった。奇しくもそれはコウスケから聞いた『原作』世界での自分自身の姿だった

 

『最もいつまでもアイツの背中に隠れている腑抜けじゃ仕方ねぇかもしれねぇけどな』

 

 その言葉に少しばかり引っかかりハジメの攻撃にわずかな澱みが出てしまう。その隙を逃さず虚像はドンナ―とクロスビットを使った波状攻撃を仕掛ける。

 

『最初は助け合ってたかもしれない、だが次第にお前はアイツに甘えるようになっていった。敵はアイツが引き付けお前は安全な所から引き金を引く。連携?チームプレイ?笑わせる。怪我は全部アイツが引き受けお前は安全な所にいただけだろ』

 

 ぬるりと間合いを詰めてきた虚像からの肘鉄をガードするが直後、肘から炸裂スラッグ弾を放たれ盛大に吹き飛ばされる。

 

『そしてお前の無意識な縋りのせいで怪我はアイツが全部引き受けてしまった。魔物の毒や致死量に至る怪我も、本来ならお前が負う筈だった怪我だってな。お陰でお前は右目はつぶれず左手も健在だ』

 

「…よくもまぁペラペラとお喋りな」

 

『事実だろ?』

 

 体制を整えるハジメに見下すような視線を向ける虚像のハジメ。眼帯に死角はなく義手は仕込み義手となっている。

 

 似ているようで細部が違う。ほんの少しハジメにとってやりづらい敵だった。

 

『しっかし本当にヘボだな。俺の別物がどんなもんかと思ったらトンだ雑魚ってのは、呆れて笑いも浮かべれん。そもそもお前本当に日本に帰る気はあんのか?』

 

「…あるよ。僕は日本へ帰る。そう誓ったんだ」

 

『嘘つけよ、錬成で好きなことができるこの世界から離れたくねぇって思ってんだろ。何をしても自分の好きなようにどんな事をしてもいいこの世界から日本へ帰りたくない。そんな面してんぞお前』

 

「っ!」

 

 呆れた虚像からの言葉にハジメの顔が強張った。その事に虚像がニヤリと笑みを浮かべる。

 

『アイツ言われてもどこかで反発心があった。錬成は自分の力だ、自分自身の唯一誇れる力その物だ。それなのに何で日本に帰って何で抑えなきゃいけないんだ。自分の能力を何で封じないといけないんだってな』

 

 それは確かにハジメが心のどこかで考えていた事だった。錬成とは自分自身の力そのもの。又は才能だと言ってもいい。それを使えないとなるのは面白くなかった。

 

『だからお前は日本へ帰ると口にしながら本当は故郷へ帰る事への根幹を薄れさせていった。アイツの言葉には反発したくない、しかしだからと言ってこの能力を抑えるなんてできない、だから錬成を使えない日本よりも好きに使えるこの世界の方がいつの間にか居心地が良くなっていった。後この世界でひどい目に遭ったから好きにしてもいいなんてこともあるかもな』

 

 虚像が空間から取り出したオルカンを全弾ハジメに向け撃ち放つ。ハジメもそれを防ぐようにオルカンを宝物庫から取り出し相殺していく。だが数発相殺できずに掻い潜ってきた弾がハジメの近くで爆発する

 

『おいおい心に波ができているぞ。そんなに本心を暴かれるのが嫌なのか。ククッ ならそうだな香織についてだ』

 

「…白崎さん?」

 

 爆発をしのぎ切ったが負傷したハジメは壁に寄りかかり虚像を睨みつける。その姿を見てやはり虚像はふてぶてしく笑う

 

『お前の事が好きだって言いやがったあの女。返事を返していないが本当は嫌ってるんだろ。お前の順風満帆な高校生活を邪魔したかと思えば好きだって?面の皮が厚いにもほどがあるよなぁ』

   

「それは」

 

『あの女さえいなければ何事もない高校生活になるはずだった。だがあの女に付き纏われたおかげで檜山からいじめられクラスの奴らからは嫉妬のせいでハブられ邪魔者扱い。結果クラスでのお前の居場所は無くなった』

 

「……そう、だね。君の言う通り、確かにクラスでの僕の居場所は無いよ」 

 

 まさしくハジメの本心を突き付けられ、大きく溜息を吐く。そして顔を上げたその瞬間ハジメの全身から紅い燐光が解き放たれる。  限界突破をハジメは使ったのだ、その紅い魔力光は清々しいほどに澄んでおりハジメの意思の強さが魔力光となって輝き始める。

 

 突然のハジメの限界突破に虚像が一歩後ずさる。ハジメが自身の弱さを無理矢理認めたため虚像の力が徐々に抜けていくのに気付いたのだ

 

『…テメェ自分の弱さを認めて』

 

「その前に一ついいかな?」

 

『あ?』

 

「君、本当に僕の負の部分?何かほかの影響受けていない? …ま、別にいいんだけど」

 

 ほんの少し肩をすくめ、身構えた虚像に向けてハジメは宝物庫から魔力駆動四輪車を派出させる。四輪車はそのまま誰かが乗っているわけでもないのに虚像に向けて備え付けてあるマシンガンを撃ちながら動き回りひき殺そうとして来る。

 

 迷宮内と言う空間でしかもそれほど広さのない部屋でいきなり四輪車を取り出し道具として使うハジメの想定外の行動に虚像が呆気に取られてしまう

 

『はぁ!?さっきの限界突破は何だってんだ!?つーかてめぇ正気か!?』

 

「ん?よく考えたらさ、別に僕が真正面から戦う必要なんてないよね。この試練って僕が自分の嫌な所を認めればいいんだからさ」

 

 四輪駆動車を遠隔操作で動かしながら虚像を狙うようにして宝物庫からクロスビットの追加を取り出す。おまけとしてオルカンとシュラーゲンの予備もまた次々と取り出し空中に浮かべながら照準を合わせていく。

 

「所でさっきの話なんだけど、君の言う通りだ。僕が白崎さんに返事を出さないのは日本にいたときの彼女に対する当てつけってのがある。いくら天然だからって人の機微やクラスの空気が分からないってのは流石に僕も頭に来るものがある。だから僕はその恨みが晴れるまで彼女に返事を返さない。

彼女のせいでクラスでハブられたんだから。…最も僕のせいでもあるってちゃんとわかってるよ?授業はずっと寝てばっかだし自分さえ良ければそれでいいなんて意固地を張って生活態度を改めようなんて露ほど考えなかったし」

 

 堰を切ったかのように話し続けながらも取り出す兵器の数々の照準を合わせ発砲していくハジメ。衝撃音に合わせて火薬が炸裂する音と四輪車が動き回る音が部屋中に響き渡る、視界には魔力駆動二輪車が壁を走り回りついには空中を横回転しながら飛び回っていた。

 

「おまけに日本へ帰りたくないって?ああそうだよ!!その通りだよ!この世界なら僕は無能なんかじゃない!この世界なら僕は唯一無二の力を持っている男なんだ!そう言って僕を見下してきた奴に声を上げて言いたかったんだ!」

 

 錬成こそが南雲ハジメの才能だと言うのならこの世界にいる自分は正しく、誰よりも有能で希少な存在だった。

 

 この世界にいる間なら自分は無能でもなく、誰かに見下されることもない、誰かの顔色を窺う必要もない。それはハジメがずっと心の奥底でくすぶっていた澱みだった

 

「だけどコウスケの前で僕は誓ったんだ、故郷へ…日本に帰るって。だから僕は日本へ帰ることを目指す、君の言う通り当初ほどの気概は無いよ、本心からっての多分嘘。それでも約束は守らないと…」

 

 わずかに眉尻を下げてしまうハジメ。日本へ帰ったとしても居場所は出来るのか、自由な異世界を知ったからこそ不自由となる日本で生活できるのか、不安の種が尽きないのは事実だった。

 

 気持ちを切り替える為に自身の頬を軽く叩き、気合を入れなおす。ついでに先ほどから部屋中に入り乱れる銃撃から逃げ回る虚像に回転する二輪車を腹いせの様に当てる。二輪車に轢かれた虚像を今度は集中砲火で攻める。

 

『ガハッ!?』

 

「あ、それさっき白崎さんの悪口を言った分。言っておくけど彼女の事嫌いじゃないからね。僕の内面を知ってるのならどんな事を考えているか…まぁいいや、取りあえずそろそろ終わりにしよう。さっきから僕の事ならいざ知らず親友とあの娘の事を僕の顔で悪く言うのは流石に本気でキレそうだ」

 

『…いや、お前キレてんだろ』 

 

 満身創痍となった虚像が呟き壁に寄りかかりながら見た光景。それは空間を歪ませながら飛空艇フェルニルの砲門が向けられている光景だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウスケに頼っている部分はある。いっそ依存しているかもしれない。そんな事ずっと分かってたんだ」

 

『だろうな、何せ初めての友達で、おまけに危機を救うなんて普通はできねえことをやってのけるんだからな』

 

「ずっと一緒だった。辛いときは当たり前のように傍にいてくれた。いつも僕を見てくれていた、クラスの連中は誰一人として気遣ってくれなかった僕をコウスケは見て、話して、接してくれたんだ」

 

『まさしくお前にとっての勇者だ』

 

「そうだね、だから僕はそれに甘えてしまっていた。…助けてくれるのが当たり前だなんてどこかで自惚れていたのかもね」

 

『…さっきから聞いてればまるでヒロインみたいなことを言うんだな。このホモ野郎』

 

「じゃあそっちはイキって人を見下す只のチンピラだ。ハーレム築き上げながら性格悪いなんてただの糞野郎って自覚ある?まぁ、ないよね。だって君ただの道化だもん」

 

『ブーメラン、だな』

 

 首だけとなった虚像を見下ろしながら悪態をつくハジメ。部屋中が硝煙と火薬のにおいに包まれており、いくらか防御壁を張ったハジメでさえもボロボロになっていた。 

 

「…やっぱり君、『原作も魔王』って訳じゃないみたいだね」

 

『…そうだ、お前の負の部分とアイツの知ってる知識の中にある『南雲ハジメ』を混ぜ合わせたもんだ、お陰で何とも中途半端な存在になっちまった』

 

「何でそんな事に」

 

『それこそもう分かってるんだろ』

 

 ニヤリと笑う首だけとなった虚像にハジメは大きな溜息を吐く。何となく可能性の一つとして考えていたことが当たってる様だった

 

(…コウスケの仲間だと認識されているから、だよね)

 

『さて、そろそろ俺はお暇するとしよう。精々気張ってくれよ主人公?』

 

 最後まで不敵な笑みを消さずにいた虚像はそう言うと陽炎の様にゆらゆらと揺らいで消えてしまった。

 

「はぁ…疲れたなぁ」

 

 荒れ果てた部屋の中で地面に倒れ込みながら大きく息を吸うハジメ。限界突破で無理やり宝物庫にある武器の殆どを操作したのだ、そのおかげで魔力の消費量が半端ではなかった。

 

「どうせこれで試練は最後だし…ちょっと寝ようかな」

 

 瞼が急激に重くなるのを感じながら大きく欠伸をするとそのままウトウト舟をこぎ出すハジメ。魔力を大量に消費した分と精神的な疲労がハジメを眠りへといざなう。

 

 その時ふと部屋の外から誰かが走ってくるのが分かった。

 

『……君ッ!…!……?』

 

 それはハジメの知ってる女の子の足音と声だった、意識が闇の中に入る前に一言だけハジメは頼みごとをするのだった

 

「後は…よろ…しく……しら…さ…さん」

 

 女の子特有の甘い匂いが鼻腔の奥に感じるのを最後にハジメに意識は闇の中へと落ちていくのだった

 

 

 

 




本当なら魔王様によく似た感じの敵を出すつもりだったんですが、無理でした。

次回ようやく、描写が楽な奴になります。長かった~


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愚者の面談

お待たせしました、出来ました。

お楽しみいただければ幸いです


 

 

『アイツらが羨ましい…』

 

「…んん?」

 

『…ずっとずっと羨ましかったんだ』

 

「…そうなのか?俺はてっきり妬んでいる物だとばっかり思ってたよ」

 

 頭に響く声に答えながらコウスケは通路を歩いていた。響く声は聞きなれない筈だがどこか懐かしさを感じるもの。妙な高揚感を得ながらコウスケは氷柱がある部屋に入っていく。

 

「さて、いよいよご対面っと」

 

 鏡の様に磨かれた氷柱に近づくとそこに人影が写っていた。鏡に映っていた物。それは、いつも朝起きて目にする整った顔立ちの少年の顔ではなく…

 

『…よう、待ってたぞ』

 

 輪郭が丸く頭髪が薄くなって、脂肪と肉によって細い目をさらに細めてニチャリと笑う、生まれてから二十数年間付き合ってきた醜い自分の顔だった。

 

 

 

 

 多大に募るストレスを食べることによって発散したその体はブクブクと膨れ上がっており、特に腹の贅肉は酷い物だった。

 先ほどから何が可笑しいのか笑っているのだが、笑うたびに体が揺れ腹の贅肉がゆさゆさ揺れる。身長は小さく、頭髪も年の割には少なくなっておりもう少しでバーコード頭になるのは目に見えていた。

 

 特に醜いのは顔だった。肉が付いたことによってただでさえ細い目。その肉の奥に開けられたその目は生気が感じられずドロドロと澱み濁っりきっていた。見るものが見れば不快さと悍ましさを感じるその本来の自分自身の姿。

 

 あまりにも久しぶりの顔とと嫌な懐かしさを感じてジロジロと見て見れば虚像は氷柱からもたもたと鏡の世界から足を踏み出す。そのあまりにも緩慢な動きは戦えるような人間の動きではない。寧ろ今まで運動と言う運動をしてこなかった動きだった。

 

 身構えるコウスケを特に気にすることもなく、どこからかいつの間にか出てきた氷のベンチに腰掛ける虚像

 

『どうした?ほら、お前もこっちに来てさっさと座れ』

 

 座っている自身の隣をバンバンと叩き座れと促す虚像。流石にここまでくると困惑が強くなってきたコウスケ。ここの試練は自分自身の負の部分に打ち勝つための試練だったはず。戦おうともせず、我が物顔で座っているその顔からは戦意も悪意も敵意さえ感じ取れなかった

 

「座れって…んなこと言っても試練はどうするんだ?戦わないのか?」

 

『あ?我ながら阿保だな。試練も何も、もうお前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…それは」

 

『自分の汚い所、腐って醜い所、何もかも自覚しているお前に突きつけて戦ってどうするんだ?お前を乗っ取れってか?冗談じゃねぇそこまで解放者たちに好きにさせて堪るか。そんなどうでも良い事より答え合わせだ』

 

「答え合わせ?」

 

『仲間に対しての羨望と嫉妬。この世界に対しての憧れと軽蔑。そしてリリアーナに対する感情。お前が抱えているものすべてを吐き出して再認識しろ、自分がどんな人間なのか』

 

 不快な声と顔だがその言葉は存外に労わるかの様に優しかった。その考えが顔に出てたのか隣からはゆさゆさと肉が上下する気配を感じた。どうやら笑っているらしい

 

『何で自分に対して優しいのかって?(お前)は誰よりも()()()()()()()()()()()

 

「…お前、本当に俺なんだな」

 

『そう言うこった。さぁ聞かせてくれよ。お前の醜い感情を。ここには俺しかいないしほかの誰かが入ってくることはない。此処だけ特別性だ』

 

 ぐふふと気色悪い笑顔の自分自身はやはりどこまでも甘い男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…本当はさ、『原作のキャラクター』達が羨ましかったんだ」

 

 宝物庫からコーヒーを取り出しちびりちびりと飲みながら話し始めるコウスケ。隣にいる虚像も同じようにコウスケから受け取ったお茶を飲んでいる。

 

『なんせ頭が蛆湧いてるぐらい馬鹿ばっかりだからな。魔王様なんて極まっている。自分自身の言葉は何より正しく強い意思(笑)をもつ人間こそが偉いっていう考え方。調子こいてイキって美少女を手に入れて絶対な暴力を手に入れた主人公様、憧れないなんて嘘だ』

 

「そこまで考えて…いや、確かに本心はそう考えていたかもな」

 

 隣の本心が言う言葉は間違いが無かった。大きく溜息を吐き今までの旅路で溜まりに溜まりきった自身のよどみを吐き出す。

 

「醜悪で気色悪いと考えながらも憧れはあった。だって何もしなくても女が惚れこんで股を広げようとするんだ。そこまで惚れるのか?何で好きになるんだ?そう考えながらも女が寄ってくるのは羨ましかった。暴力的な所なんて痺れた、後先を考えないで行動して、相手を叩きのめす。たとえそれが非難されようとも間違っていないと言い、女たちが賛同してくれる。最高だね。やっぱ俺ツエーはこうでなくっちゃ」

 

『まぁそんなこんな言いつつそうやって好き勝手やってる魔王様を見下して批判して()()()()()()()()()()()()()()()ってのがあるけどな』

 

「まぁな。…ともかく羨ましかった。それだけは間違いなくて…それは南雲達にも言える事だった」

 

『ほぅそれはまた、なんでだい?』

 

 『原作』に思いを馳せつつ、思い浮かぶのは仲間たち。この世界に来て実際に触れ合い交流し、今を生きる彼等。

 

「あいつらは…俺と違って未来があるから、誰もが社会人ではないから、社会の現実を知らないから」

 

『社会の歯車だった俺とは違いこれからがある南雲達。異世界人であるから日本人の苦労を知ることのない異世界組。なるほど確かに羨ましいな。何も知らないから』

 

 彼らと交流し燻っていたのは、羨望だった。コウスケは社会人であり、ストレスを溜め続ける日々に翻弄されていた。だが彼らにはそれが無かったのだ

 

「学生である南雲達は俺と違って選べる事ができる。まだ選択の余地があり、何より()()がある。年を取っても能力が無いだけで年数を重ねただけの俺とは違うんだ。…ああ、そうかだから南雲のクラスメイト達を見ていると腹が立ったんだ。若いうちにこんな事件に巻き込まれた被害者だから羨ましくって。PTSDなんて社会で同情される要素を持つことができる彼らが羨ましかったんだ」 

 

『その通り。だからこれ以上さらに社会で楽になってほしくなくて普通に生活してほしいと願った。誘拐事件の被害者で戦争に巻き込まれただなんて社会に適応できない言い分が立つからな。ふん、我ながら糞みたいな考え方だ。まぁいい話がそれたな。そして異世界組はそもそも立場が特殊な人間ばかり。亡国王女に族長の娘、一族の姫様。ノインは…まぁいいや。兎も角あいつらは労働とは無縁だ。…立場があるだけ苦労や責任感があるかもしれないが』

 

「どっちにしろ俺と違って気楽なもんだ。…考えれば考えるほど嫉妬や怨みも出てくる。俺が盾をする価値があるのかとか肉壁もいい加減疲れたとか…駄目だなこんなこと考えれば顔を見合わせづらくなってしまう。 …ああー俺も魔王様の様に未来の事なんて考えない男になりたい」

 

『そして女とヤリたいってか?この際だから聞かせろよ。どうだった、美少女たちは?手を出そうとは思わなかったのか』

 

 隣から聞こえる堕落への誘い。横を見れば嫌らしく笑っている自分が居た。呆れるような溜息を吐き、本当の事を話す。何せここには自分しかいないのだ

 

「そりゃ当然思ったさ。()()()()()()って。あわよくばとも考えていたなぁ」

 

『はっははは。だよなぁ。原作でさんざん頭がチョロイとこを強調されていたんだ。だったら俺が貰ってやってもいいだろ?ってな。何せ南雲はハーレムを作ろうだなんて考えない良い奴だしな。どうせだったら少しちょろまかしてもいいだろうって』

 

「でも、彼女たちは生きている人間だ。小説とは違ってチョロインじゃなかった。話をして触れ合って笑いあって、ヤリたいとは思えなくなっていった」

 

『…南雲がハーレムを作り出してたら、どうしてたんだ』

 

「その時は…そうだなお別れだな。保護下の少年が美少女に複数から惚れられていたら、嫉妬に狂って何もかも滅茶苦茶にしてただろうな」

 

 もし、ハジメがハーレムを作っていたら。もしもの話だがその時は何もかも滅茶苦茶にしていただろう。それこそすべてを壊すほどの嫉妬に駆られて。

 

『ふぅん。まぁお前なら()()()()()()()()()()()。って保護下?お前、南雲をどういう目で見てたんだ』

 

「…助けないとって思ってた。年下の友達で、いずれ最強になる主人公で…頼られるのが嬉しくて、こんな俺でも誰かの助けに…って恥ずいな。後は察しろバーカ」

 

 不貞腐れたように言えば隣からくぐもった笑い声が聞こえてきたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、それでは世界の話をしよう。この世界トータスについてだ』 

 

「ぶっちゃけここに住みたい」

 

『早いなオイ!理由は…あー何となく察した』

 

 苦虫を潰した様な顔で頭をガリガリと掻く虚像。対するコウスケは頭を抱えていた。

 

「…日本はめんどくさい。治安は良いし飯も美味いけどさ、生きるのに窮屈なんだよな。やれ保険がどうたら、やれ人間関係がどうたら、人を見る目は社会に適応できてるかどうかだし、サブカルチャーに対する目はまだまだ厳しい、このまま先の人生がどうなるかいつも不安で…なんで独身で童貞に対して厳しいんだ?」

 

 グチグチと出てくる先の人生に対する不安を吐露すれば虚像もうんうん頷く。

 

『その点この世界は魔物と戦ってればほぼ楽に金が手に入る。辛い思いをして心をすり減らしながら日本で生きる俺にとってはこの世界は楽だ』

 

「住人なんて何故か頭がパーな連中を除けばいたって普通?だし、戦争なんて言ってもぶっちゃけフレーバーなんだし」

 

『魔人族だろうが、人間族だろうが好きにやってくれって話だし、つーか戦争中なのにどうして帝国は…まぁいいや。馬鹿だが住みやすい世界だ。…エヒトのゴミさえいなければな』

 

「エヒトかーくっそどうでも良いんだがなーああ面倒くせぇ。俺嫌だよあのゴミと対峙すんの」

 

『そこは南雲がどうにかしてくれるんじゃね』

 

「他人任せー」

 

『ブーメランだぞ』

 

 お互いの顔を見合わせ息を吐く。住みやすいと考えてもどうせ一時の気の迷いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『んで、最後だ。リリアーナの事どう考えてる』

 

「……言わないと駄目、だよなぁ」

 

 正直な話、この手の話題は言いたくないというのがコウスケの本心だった、だが隣の虚像は嫌らしく笑ってる。

 

『おいおいそりゃないぜ。なんせ人生で初めてお前の事を好きだった言った女の子だ。色々考えていたんだろ』

 

「…正直に言えば。滅茶苦茶犯したい」

 

『ヒュー♪』

 

 隣で下手くそな口笛が聞こえてきた。心底イラッとしたので手に持っていたコーヒーを前方の空間にぶちまける。例え嫌な対応をされようとも自分自身に傷をつけたくは無かった。 

  

「だってどうしてか知らないけど俺の事を好きだって言ったんだぞ!?だったら良いじゃねぇか!原作でも好きだったしこの世界のリリィって滅茶苦茶可愛いし!あの身体に心に思う存分自分の欲望ぶつけたくなるじゃねぇかよ!」

 

『そうだそうだー金髪碧眼少女を汚してみたい― …ま、絶対に手を出さないけどな!なにせ()()()()()()()()()()!』

 

 虚像の言葉でピタリと止まるコウスケ。先ほどまでの激昂はすぐに収まった。

 

「……本当にお見通しなんだな」

 

『自分、お前ですから』

 

「…そうだ。なんで俺の事が好きになったか分からないんだ。俺に好かれる要素があったのか?一体なんで何だ?理解できない、想像できない。意味が無い。だから気持ち悪い。…とても怖い」

 

『容姿を知らないから好きだって言ったんじゃないのか?答えても幻滅されるんじゃないのか?俺を理想的な男だと本気で思っているのか?実はカッコつけているだけだって理解していないんじゃないのか。…好きだと言えば言うほど信じられなくなってくる』

 

「…チラつくのは原作だ。どうしても比べてしまう。偶々俺が南雲のポジションに入ったから俺じゃ無くて本当は南雲が良いじゃないのか。どうして俺を選んだんだ。俺を選んだとしてもその意味は本当に分かってんのか。一時の感情に振り回されているんじゃないのか…信じられない…本当は俺を馬鹿にして揶揄ってんのじゃないのか」

 

 リリアーナの告白は本当に精一杯の気持ちを込めて言ったのだろうとコウスケは思っている。しかしその行為こそがコウスケには理解できなかった。コウスケの自己評価の低さがリリアーナに対しての疑心暗鬼となっていったのだ

 

「考えれば考えるほど分からない。だから俺は」『ただでさえ自分や仲間の事で手一杯なのにこれ以上苦悩させるのなら』「彼女が俺を惑わせるなら」

 

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』」

 

 

 同じ言葉を放ち顔を見合わせる。そこには悪戯っぽく笑う同じ表情をした男が居た。

 

「あーなんでこんな糞めんどくさい野郎に惚れたのかねぇ。絶対後悔すんのに」

『知らんがな。そもそも恋愛経験ゼロだからなー女心の一つでも俺が理解してやれば良かったんだが…無理だな』

「そもそも俺にヒロインってのが無理なんすよ。同性と馬鹿騒ぎすらまともに遅れなかった男が年下美少女の気持ちに答えることができるとでも!?」

『ええやんけ、年下の嫁さん。俺の思いのままやで?10年経っても俺30超えても相手二十代やで?ラッキーやん!』

「欲望只漏れで鬼畜過ぎてドン引きですわ」

『…だからそれブーメラン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『っと、ここらへんかねぇ』

 

 自分自身との対談。思いのほか盛り上がったそれは、隣の醜悪な自分の姿が薄れてきていることで終わりを告げた。

 

「お前…消えるのか?」

 

『こんな時でも変なこと言うのかよ。まぁいいや、最後に聞くけどよ』

 

「なんだ?」

 

『別にアイツらと一緒じゃなくてもいいんだぞ?ぶっちゃけお前ならどうにでもなるんだ。最後までアイツらと一緒にいることはない。肉壁だってしなくてもいいんだ。…お前が居なくてもアイツらは平気だ』

 

 それは出会ってからの一番の優しさが含まれた声だった。もう大丈夫だと、傷つく必要はないのだと、そう本心は言ってるのだ。

 その誰よりも自分を案じる声にコウスケは、寂しそうに首を振った。

 

「それはできない。俺はアイツらと最後まで一緒にいるよ」

 

『なんでだ?もう分かってんだろ。自分は不要だって。戦力としても立場としても離れていてもお前とアイツらの友情は消える事なんてないんだ』

 

「そうかもな。…でも行くんだ。最後まで、一緒に」

 

『アイツらの…南雲のためにか?』 

 

 本心からの問いにきっぱりと首を振るコウスケ。戦力として要らなくても、支えが必要なくなったとしても、コウスケにはハジメ達について行く理由があったのだ

 

「南雲の為じゃない。この世界の為じゃない。俺は俺の為に最後までアイツらとに一緒に行くんだ」

 

『…俺の為に?』

 

「そうだ。だってこんな面白い旅を途中で放り投げるなんて勿体ないだろ?最後まで()()()()()()()に行くんだ」

 

 コウスケのあっけらかんとした言葉に虚像は口元を吊り上げ体を揺さぶりながら笑いあげる。

 

『…は、ははは、はっはははは!!そうだな、どうせなら楽しまなきゃな!つーか途中で放り投げるのは無理だわ俺!やるのなら最後まできっちりと終わらせないとな!』

 

「そういう事だ。エタ―せず完結まで頑張りますってな」

 

 ゲラゲラと笑い転げる虚像は体が薄く消えていく。試練の合格の証であり自分自身の本心との別れでもある。

 

「じゃあな。お前の会話は心底楽しくてすっきりした」

 

『そいつは重畳。あーそうだひとつ言い忘れてた』

 

「あんだよ」

 

 下半身が消え去り上半身が消えていく。それなのに虚像はにやにやと笑う。コウスケにとっては懐かしさと不愉快さが両立するその顔で虚像は最後の言葉を言う

 

『俺が言わなかった、お前のその状況についてだ。色々考えを巡らせているが、違うんだ』

 

「あ?状況…って」

 

 虚像が指さすのはコウスケ自身。それはコウスケの状況、天之河光輝の身体とコウスケの魂というこの世界に来た時から今の今までわからなかった事だった

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「???そりゃそうだ。俺があのサンドバックな訳ないだろ?」

 

『クッククその通りだ。ま、どうせ直に解る。じゃ精々悩んで考えて頑張ってみろよ。俺は何時だってお前の味方だ』

 

 心底愉快そうに笑いながら消えていった虚像。後に残されたのは部屋でポツンと一人佇むコウスケだけだった。

 

 

「…? やべぇ俺の言葉のはずなのに意味が解らん。まぁいいや。それよりも皆は大丈夫かな」

 

 頭を捻っても分からないので取りあえず部屋を後にするコウスケだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




前話を消したい衝動に駆られる今日この頃、アニメまで残り一か月。終わらせるのは難しいっす

次の話で6章は最後です。

全体で後三十話以内には終わりそう…です


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最後の神代魔法と…

これにて第六章終了です!お疲れ様です!

それではごゆっくりどうぞ~


 

 

「天之河光輝じゃない…天之河?うーんそりゃ変人になった覚えはないけど…何なんでしょうかねー」

 

 一人ウンウン悩みながら通路を歩くコウスケ。先ほど自分から言われた言葉を反復しているがやはり分からない。どういう意味なのか、直にとは解るとは。

 

「まぁいいや。それよりこの先は…」

 

 通路の最奥には氷壁があり、この先は仲間のうちの誰かがいる部屋につながっているのをコウスケは知っている。

 

「…自分との対決なのになんで他人が侵入できるように作られてんすかねぇシューさんよぉ。他人が虚像を倒しちまったら試練の意味なくね?

何でそこら辺ガバってるの?それともあれか?都合のいい展開のために作ってあるだけで…やめよう愚痴ってもしょうがない」

 

 自分自身との対決であるはずなのに他人が介入できてしまうという妙に手抜き感を感じられる試練に愚痴りながら部屋に入る。

 その部屋では銀の少女…ノインががいた。無傷で壁の一角を見つめており、その視線の先には銀の美女が下半身を亡くしながら短槍で壁にはりつけにされていた

 

「残念ながら私は貴女はではありません。マスターに救われたあの瞬間から私は貴女とは別の生き物になった」

 

 涼やかに淡々と話すノインに何かを言おうとしているのか銀の美女が口を動かす。しかしその口から音は出なかった。

 

「そして付け足すのなら私がマスターに同行しているのはマスターの感情がとても面白いからです。この世界の人間では出せない本当の『人間』だけが見せることのできる色とりどりの感情。妬みと羨望、愛情と憎悪。見ていてとても飽きません。だから私はマスターの傍にいるのです。…人を愉悦の玩具の様に感じている。その辺は癪ですが私とエヒトは似ているかもしれませんね」

 

 珍しく心底嫌そうに顔をゆがめたノインはそのまま銀の美女を貼り付けにしていた短槍を抜き取ると軽く振り回し、何でもないかのように美女の首を切断した。

 

 美女は最後まで何も言えず、宙に溶け込む様にして消えていった。後に残されたのはノインだけだった

 

「さて、のぞき見とは趣味が悪いですよマスター」

 

「あーすまんかった」

 

「いいえ別にいいです。他人が入ってくれるように作った誰かが悪いのですから」

 

 すました顔で開いた通路に歩いていくノイン。部屋の中を見渡し何もない事が分かったコウスケも後に続く。

 

「…自分との会話はどうでしたか」

 

「結構楽しかった。言いたいことを言える相手がやっとで見つかったとでも言うべきか。やっぱ人間溜めこんでばかりじゃダメだな」

 

「それはよかったです。マスターの愚痴なんて他の人には、特に誰よりもカッコつけたい南雲様の前ではとても聞かせられないような内容ばかりですから」

 

「バレテーラ」

 

 ぽつぽつと雑談をしながら歩いていく2人。これで試練は終わりなのだ。そのためコウスケは幾分か気が楽だった

 

「あーそっちは…」

 

「貴方の想像通りです。それだけですよ。それより出口が見えてきました」

 

 視界の先には行き止まりの氷壁があり八角形の頂点に一つを除いた各大迷宮の紋章が刻まれており、近づくと淡く輝き始め、壁全体が光の幕で覆われていく。

 

「……あれ?」

 

「どうかしましたか」

 

「なんでアレ間違えているんだろう」

 

 コウスケの目線は魔法陣に注がれていた。八角形の魔法陣。角の頂点にはそれぞれの迷宮の紋章があるのに一つだけ刻まれていない。

 そもそも本当なら迷宮と解放者の数に合わせた七角形ではなかったのでは無いか。不思議そうに眺めるコウスケだったがノインは指して気にした風でもなかった

 

「さて?気にするだけ無駄でしょう」

 

「そうかなー。なーんか引っかかるだけどなー」

 

 そんな事を言いながらも仲間たちとの合流に急ぐので光の膜へ飛び込むコウスケとノインだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、みんな―」

 

「や、君たちが一番最後だったね」

 

 転移された光の先の広い空間ではハジメ達が休息をして居るところだった。見たところ全員無事なようだったのでひとまず安心するコウスケ。改めて周囲を見回すと中々の光景だった。

 幾本もの太い円柱形の氷柱に支えられた綺麗な四角形の空間で、やはり氷で出来ている。今までの氷壁のように鏡かと見紛うような反射率の高い氷ではなく、どこまでも透き通った純氷で出来ているかのような氷壁だ。

 

 そして、何より目を引くのが地面だ。ここに来るまで、ついぞ見なかった水で溢れていたのである。どうやら、この空間はそれほど低温ではないらしい。大量の湧水が流れ込んでいるようで、広い湖面のあちこちに小さな噴水が出来ている。おそらく、どこかに流れ出ていく穴もあるのだろう。

 

 そして、そんな湖面には氷で出来た飛び石状の床が浮いており、それが向かう先には、巨大な氷の神殿があった。

 

「あっちにある神殿。あそこがが解放者の住居になってるんだと思う。皆後もうちょっとだけ頑張ろう」

「へーい」

 

 ハジメを先頭に、氷の足場を使って神殿へと進む。特に何事もなく対岸へと渡ることが出来た。対岸の淵には、魔法陣が描かれている。踏んだところで何も起こらなかったので、位置的なことを考えれば、ショートカット用の魔法陣なのかもしれない。

 

 神殿の入口は両開きの大きな扉になっており、そこには雪の結晶を模した紋章が描かれていた。解放者“ヴァンドゥル・シュネー”の紋章だ。特に封印などがされている気配はなく、ハジメが力を込めて押せば、すんなりと開いた。

 

「神殿が住居か…こんな豪邸に住みたいもんだ」

 

「オレはやだな。広すぎて落ち着かない」

 

「僕も住むのならオスカーの所のような場所が良いかな」

  

 扉を開いた先には、教会のようなステンドグラスや祭壇など一切なく、代わりに氷で出来たシャンデリアが吊るされた邸宅のエントランスがあった。奥へ続く廊下と、両サイドから二階へと上がる階段がある。

 

 ハジメは、羅針盤を使って魔法陣の場所を探った。それによると、一階の正面通路の奥のようだ。ハジメの先導に従って奥へと進む。途中、いくつか部屋があったので扉を開けてみると、普通に家具が置いてあった。氷壁も、触ってみると氷なのにひんやりしているだけで冷たいという程ではない。ハジメの防寒用アーティファクトのように、何らかの防寒措置が施されているのだろう。

 

 

 そうして、屋敷の中を感心しながら進んでいると、遂に重厚な扉に行きあたった

 

「ここだね」

 

  ハジメはそう呟き、躊躇いなく扉を開ける。そこには、確かにお目当ての魔法陣があった。

 

 早速、その魔法陣に入るメンバー。いつもの如く、脳内を精査されて、攻略が認められた者の頭に、直接、神代の魔法が刻まれる。

 

(……あ…れ?)

 

 最後の神代魔法『変成魔法』が手に入る。そのはずだった。少なくともコウスケはそれを知っていた。そしてそのあとに全部の迷宮を攻略したものとして神代魔法を超える魔法の知識を刻まれるのだろうと言う事も知っていた。それが多少ばかり苦痛を負う事も知っていた。

 

 …その筈だった

 

(なんで…意識が?)

 

 目の前ではハジメとユエが苦痛に頭を抱え膝から崩れ落ちるのが視界に入った。なのに自分だけが落ちていくような眠気が来たのだ。何とか起きようともがこうとするが強い眠気には抗えない。

 

(ああ…駄目だ…)

 

 誰かに異常を伝えることも何をすることもできずコウスケはその睡魔に意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

『おい、起きろ』

 

 低い男の声だった。聞いたことはないが懐かしい声。乱雑ながらもこちらをいたわる優しさがにじみ出てしまう声。その声に反応し瞼を上げるコウスケ。

 

『どうだ体の具合は。何かおかしい事は無いか』

 

 こちらをいたわるその声の主は魔人族の男だった。顔は冷ややかなものだが伺うような目は彼の内面の性格をよく表している。

 

(えーっと大丈夫ですけど貴方は?)

 

 問いに答えるように声を出そうとするが、何故か口が動かない。驚くコウスケを尻目に言葉が出てきた

 

『大丈夫だ。問題ない』

 

『そうか。なら上手く行ったようだな』

 

『…だよなぁ。やっぱこのネタわかんないよなー』

 

『???』

 

(あれ?あれれ?)

 

 思ったような声が出ず、代わりに出たのは魔人族の男に対して随分と気さくな声が出た。訳が分からず幾度か声を出そうとするがやっぱり出ない。なんだこりゃと喉に手を当てようとするが手も動かなかった。

 

(…これ誰かの映像?)

 

 声も出ず、体も上手く動かせない。ならばと混乱する頭を使い出た答えは、誰かの目線で見た映像ではないかと考えだした。そう考え出来るだけ平静を保ちながら限られた視界の中から部屋を観察する

 

(清潔な部屋…研究所?違うな、もっと最近見たような…もしかして解放者ヴァンドゥル・シュネーの居城?)

 

 チラリと見た壁の内装が先ほどまでいた氷の城とよく似ている。移動した訳では無い事にホッとしたながら今の現状を考えると混乱するばかりのコウスケ。そんなコウスケを構わずこの体の持ち主は先ほどから何やら魔人族の男と会話を続けている

 

『…すまん。結局私たちはお前を巻き込んで』

 

『それ以上何も言うな。これはお前たちがやった事じゃない、俺が勝手に考え行動しお前達に強引に納得させ無理矢理手伝わせただけだ。だから…それ以上気に病まないでくれ』

 

『…ああ、わかった』

 

(うーん?なんだか深刻そう)

 

 声の主からは真摯な感情が読み取れ、目の前の男は罪悪感に詰まってる。思ったよりも深刻そうな男たちの会話に他人事ながら何だか悲しくなってくるコウスケ。そんな意思が伝わったのか、はたまた偶然か体の持ち主は空気を変えるようにおどけてみた

 

『さて、この体になって一度やってみたかった事があるんだ。聞いてくれる?』

 

『?ああ、いいとも』

 

『では…コホンッ 俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!……どうだ。カッコよかった?』

 

(ん?どこかで聞いたことがある様な…ッッ!?それ()()()()()()()()()!)

 

 体の持ち主が言った言葉、それは原作で天之河光輝が戦争に参加することを決意した場面で言ったセリフだった。コウスケが読者だった時、なんて頭のまわらない奴だとドン引きした覚えがあった為、記憶に残っていたのだ。

 

 驚くコウスケにをよそに会話は進んでいく。

 

『率直に言って殺したくなった』

 

『ひどっ!?殺意高すぎません!?』

 

『なんとなくだが何も考えずに言ったような気がしてな。許せ、お前が悪いのではない()()()()()が悪いのだ』

 

『皆天之河君には殺意高いっすねぇ。ま、そのためにだけに生まれた男だもんな。哀れだ。所で鏡はどこー』

 

 魔人族の男から手鏡を渡され、コウスケは目を見張った。

 

『サンキュ。お、中々イケメン君!これは殺意が湧くのも仕方ありませんな』

 

(天之河の顔が写ってる…)

 

 渡された手鏡にはコウスケが朝、毎日鏡で見る整った顔の少年、()()()()()()()()()()()()()()()。そして続く会話で今度こそコウスケは絶句した

 

『しかしそれでよかったのか。顔と体格、声など外見は近づけさせたが内面は変えられんぞ』

 

『それについては何とかなるだろ。細かいところは魂魄魔法を使えば誤魔化せるしさ。つーか、一緒に召喚されたはずの天之河光輝がまさか()()()()()()だって気づかないだろ』

 

『それは、そうかもしれんが…』

 

『人間、外見で判断するから案外気づかないもんさ。せいぜい八重樫かメンヘラちゃんが性格変わった?と思うぐらいだろ。クックク、まさか召喚されたはずの勇者が俺だって誰にも自称神(エヒト)にさえわかりゃしないさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、誰にもわかりはしない』

 

 




ふぃーようやくここまで来ました。後で活動報告も更新しておきます。

残るは最終章です。やりたかったことを存分にできる章です。



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最終章 ありふれた勇者の物語
交流しよう。訓練はまた後日


ちょいとできたので投稿します。




 

 

 

 

「南雲…俺、実は天之河の身体に憑依したんじゃなくて整形だったんだ」

 

「うん知ってた」

 

「はぁ!?」

 

 場所は氷の城の移住ベースにある一角。そこでコウスケは自分が見た物、聞いた会話をハジメと清水に話していたのだ。他の女子組は家宅を捜索して自分たちの拠点に使えるように物色…お掃除中である。

 

 オタクであるハジメと清水なら色々分かってくれるかもしれない。そう考えてのコウスケの告白と説明はは冒頭のハジメの一言で絶賛混乱状態となってしまった

 

「お前…知ってた!?え、何でどうして」

 

「まぁまぁ落ち着けコウスケ。話をいったん整理しないとオレだってわからねえ。それから南雲も、何で知ってたのか言ってくれ」

 

「知ってたというより想像して気付いた、と言うのが正しいんだけど」

 

 未だに驚きで口をパクパクしているコウスケをなだめさせながらと苦笑しているハジメに確認をとる。

 

 場を整え清水が進行する形で男子会議を再開するのだった。

 

 

「まず、コウスケあの場で何が起こったのかをもう一度言ってくれ。オレ達からしてみれば南雲とユエさんが頭を抱えている時お前はぶっ倒れていたんだ」

 

「お、おう、そうだったのか。えっと、男が二人会話をしていたんだ。一人は魔人族の男だった。その男が俺に容体を尋ねてきて、そこで俺の身体が一人でに喋ってたんだ。で、会話の内容が何やら顔の整形とかの話で…手鏡を渡されてみた顔が天之河光輝だった。…んで、次に天之河になった男がまさか整形したなんて気付かないだろうって…ああなんだろう話していて頭が混乱してきた。俺の説明合ってるか?自分で話していて分かんなくなってきた」

 

「落ち着け、それでその話していた男…天之河になった男はコウスケお前なのか」

 

「…多分俺だ。あんな場面記憶にないけど間違いなくあの言い方話し方は俺だ。…親しい人にしか出せない言い方だった」

 

 はぁと大きな溜息をついて力なくソファーに体を沈み込ませるコウスケ。その様子はどこか憔悴しているようで迷宮に入ってくるまでの覇気が無くなってしまっている。無理もないだろうと清水は考える。自分の身体が天之河に憑依したと考えていたのが整形だったと言われてしまったのだ。これまでいろいろ考えていたのが急に分かっての疲労によるものだろうか、随分としぼんだ気配がする。

 

「じゃあ…次、南雲は全く持って動揺していないが、気付いていたのか?」

 

「なんとなくだけどね」

 

 そう前置きを付けたハジメは宝物庫から拳大の鉱石を取り出す。その鉱石をお手玉の様に手で遊びながら気付いたその理由を話し始めた

 

「コウスケが実は天之河の身体じゃないと思い始めたのは…大体ウルのとかホルアドか町について錬成をしていた時だったかな、ふと思ったんだ。魔法で体を変えれるのかなって」

 

「魔法で?」

 

 鉱石を錬成の力でナイフへと変質させる。その鋭い刃を指でなぞりながらハジメは淡々と話す

 

「この僕だけが持ってた錬成、そして生成魔法。これを使い続けているうちに考えが出てきたんだ。鉱石の様な無機物を変えることができるのなら有機物…つまり人の身体や動物、もっと範囲を拡大させて生きている物なら同じようなことができるんじゃないかなって思ったんだ」

 

 錬成と生成魔法を頻繁に使うハジメだからこそ思いついた考え。ハジメは錬成と生成魔法を合わせて無機物を変える力だという結論に至った。ならば、その反対のことだって出来るのではないか、その考えに至った時、もしかしてとコウスケの身体を疑う様になっていった

 

「治癒魔法とかが体を治す魔法なら、体を変質させる魔法だってあるはずだ。おまけに僕は無機物を変質させることができる。ならその逆だってきっとある。そう考えていた」

 

 ナイフを今度は拳銃に作り替える。そして次はのっぺらぼうのマネキンの首へ。自由自在に作る錬成がハジメの考察の自信のあり方を物語っていた

 

「ふむ。確かに魔法と言う何でもありのものがあるこの世界ならその考えに至ってもおかしくはないな。ならコウスケを天之河へと整形させた魔人族の男は」

 

「恐らく…いや、その男こそが解放者ヴァンドゥル・シュネーその人だと思う。…変成魔法の使い手じゃないとここまでそっくりに天之河へ整形させることなんて無理だと思うよ」

 

 疲れて頭がパンクしたのかソファーで目をつぶり話を黙って聞いているコウスケに複雑な視線を送るハジメ。

 

「なら、何でそのシュネーはコウスケを天之河に?何でシュネーが天之河の顔を知ってる?そもそも解放者ってのははるか昔の奴らだろ。どうしてそこにコウスケが居たんだ?何故この時代にいるんだ」

 

「うーんそこまでは…なんとなく考えがあるけど、聞く?」

 

「いいや、やめとく。多分だけどそれは南雲が話すことじゃない。俺が自分からミレディに聞かないと…」

 

 完全に疲れたのかとうとうソファーから立ち上がるコウスケ。そのままふらふらと扉に向かう。どこへ行くのかとハジメが聞けば寝室で寝るとの返答が返ってきた。

 

 ばたりと扉が閉まり、後に残されたのはハジメと清水のみ。

 

「…だいぶ参ってんな」

 

「そりゃそうだよ。続けざまに真実が頭の中に入ってくるんだから。しかも絶対だと思っていた憑依ものとは違ってまさかの整形ってオチ。オマケに解放者たちとのやり取り。なぜ、どうして、どうやって、誰が、どのように。考えることが一杯だらけで頭がパンクしちゃったんだよ」

 

「解放者ねぇ…どういう関係だったのか」

 

「昔の知り合い。もしくは仲間。…多分僕達との関係と酷似している」

 

「だったら何故コウスケは解放者たちの事を忘れた」

 

 清水の問いにハジメはこれまでのコウスケとの会話を思い出しながら答える。何となくな答えかもしれないが真実の一欠けらではあるだろう。

 

「多分、何もできずに仲間を失ったから。その思い出したくない記憶を自分で封じた。だからきっと…流石に虫のいい話かな?」

 

「どーかな。真実は意外と簡単かもしれないし、複雑かも。まぁ俺たちが手助けをすればそれでいい」

 

 清水の労わるような言葉にハジメも深く頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異世界三点セット

 

「憑依か。オレもそうだと思ってたんだがまんまと違ったな」

 

「まぁ清水もコウスケもそう思ってたよね。ラノベ好きこそ引っかかるって奴。特にコウスケは二次創作が大好きだったみたいだからさ」

 

「はー。転移されて憑依ではなく、只の転移主人公だったとは」

 

「一応憑依主人公でもある。勘違いだったけどね。後転生があれば異世界でのありふれたラノベ主人公が勢ぞろいだね」

 

「じゃあオレはその最後の転生主人公って奴だな」

 

「?」

 

「詳細は後で話す」

 

 

 

 

 

 

 

 無理

 

「コウスケの身体に疑問を持ったのは実はもう一つあるんだ」

 

「疑問?」

 

「そもそも清水もっとよく考えて、コウスケの身体は天之河だった。もしそれが本当だったならコウスケの誰かを守る力は天之河の身体によってできたの?」

 

「それは…ねぇな天之河がもし異世界に召喚されて勇者としても力を経たとしても誰かを守る力ができるってのは無理だ」

 

「そういう事。天之河が誰かを守る?救う?はっ無理に決まってる。 …あの力はコウスケ自身の力。誰かを助けたいって思いで出来た力なんだよ」

 

(…それ、本人に言ってやれよ)

 

「恥ずかしいからヤダ!」

 

「はぁー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法のあれこれ

 

 

「で、結局南雲とユエさんが倒れた理由は?」

 

 一同が全員で夕食を食べた後のリビングルームでの事だった。清水が言った言葉はハジメとユエが倒れた理由について。あの後数時間眠ったら目を覚ましたので、後で説明すると言われそのままになっていたのだ。

 

「んー概念魔法の詳細と前提準備。それの負荷が強かった」

 

「前提準備?なんですかそれ?」

 

「要約すると神代魔法の完全な理解。それが無ければ概念魔法は取得できない」

 

 ハジメとユエの話を纏め上げると、すべての神代魔法を手に入れるレベルでないと概念魔法を使うには心身が負荷に耐えられないという話だった

 

「…めんどくさ!」

 

「仕方ないよ、概念魔法って要は何でもありなんだから。それよりも神代魔法のそれぞれの本質を教えるね。まずは僕が最もお世話になった生成魔法」

 

 

 

 生成魔法。これは“魔法を鉱物に付与する魔法”ではなく、より正確に表現するなら“無機的な物質に干渉する魔法”という変成魔法と対になるような魔法だったのだ。なので、理屈上は、鉱物だけでなく水や食塩といったものにも干渉できるはずなのである。

 

「さっき南雲が話していたやつだな」

 

「その通り。多分何でもできる。…そう思ってしまいそうな魔法だ。オスカーはよく制御できたものだ」

 

 

 

 重力魔法。“星のエネルギーに干渉する魔法”と表現すべきもので、重力だけでなく、理屈上は地脈や地熱、岩盤やマグマなどにも干渉でき、意図して地震を発生させることも、噴火させることも不可能ではない。

 

「イマイチ分かりづらいですぅ」

 

「ん、要はこの星に働きを与える魔法。星との調和。自然との融合。世界と同化する」

 

「…ユエ。お主適当に言ってはおらぬか?」

 

 

 

 空間魔法。“境界に干渉する魔法”といったところ。種族的・生物的な隔たりの排除や、新たな境界の策定により異界を創造したりということも可能であると考えられる。

 

「八雲紫ですね」

 

「おっとノイン。多分あってるけどそこまでだ」

 

「???何の話ですかコウスケさん」

 

「あー何でもありその2って事」

 

 

 

 再生魔法。“時に干渉する魔法”だ。再生魔法の行使が、治癒というより復元というべきものだったのは、この片鱗である。本来なら、時間そのものに干渉できるだろうし、過去を垣間見たり、いくつにも分岐した時の進んだ世界を垣間見ることもできる。シアの固有魔法“未来視”は、おそらくこの魔法に由来するものだろうと思われた。

 

「やっぱり時を巻き戻しているんだ」

 

「白崎さん知ってたの?」

 

「ハジメ君と同じように何度も使ってるとね。大体こんな感じかなって理解して馴染んでくるの」

 

「そっか。一緒だね」

 

「う、うん!」

 

((((…甘ーい))))

 

 

 

 魂魄魔法。“生物の持つ非物質に干渉する魔法”と定義するのが最も本質を表している。これは、具体的に言うなら、体内の魔力や熱、電気といったエネルギーや、意識、思考、記憶、思念といったものにも干渉できる魔法だ。“魂魄”と銘打っているものの、コウスケ達が行使できたのは、正確には意識体への干渉である。そして、この魔法を十全に扱えたなら、術者自ら意識等を作り出し、あるいは設定することができる。言い換えれば、魔法による人工知能の創作が可能ということだ。

 

「この魔法はコウスケが一番得意みたいだけど…」

 

「…ラウスさん。貴方の残した力を俺は…どう使えって言うんだ」

 

「コウスケ?」

 

「…あ、すまん。大体理解しているつもりだ。多分何だってできる筈だ。そう何でも…」

 

(…大丈夫かなぁ)

 

 

 

 昇華魔法。“存在するものの情報に干渉する魔法”というのが、より正確な定義だった。能力が一段進化するというのは、例えばレベル1という身体情報に干渉して、レベル2に引き上げるというもの。根本に至れば、あらゆる既存の物体に対し、その情報の閲覧と干渉が可能になる。

 

「???訳分からん。翻訳頼む南雲」

 

「清水…折角迷宮を頑張って手に入れた魔法なんだからもっとこう…まぁいいや。要はデータ化だね」

 

「ん?でーた?ハジメそれで合ってるの?」

 

「え?ユエは違ったの?」

 

「んー物体把握能力だと…でーたと同じ?」

 

「誰でもいいから解りやすくお願いします。by清水」

 

 

 

「とまぁこんな感じ」

 

 ハジメとユエの考察と理解を聞いた仲間たち(コウスケ、ノインを除く)は、それぞれ魔法について色々考え思案顔になった。

 

「それで、南雲。オレ達の日本に帰る為の概念魔法はできそうなのか?」

 

「それだけど…出来る。と言いたい」

 

「随分、ふわっとしてんな」

 

「色々と時間がかかるんだよ。それに僕自身の思いを整理しないと」

 

 ハジメの説明ではユエの魔法に対する制御能力とハジメの錬成……息を合わせて世界を越える為の概念を付与したアーティファクトを作ると言うのだ。

 その為には色々準備と落ち着ける空間を作りたいのだという。

 

「では南雲様が帰還の概念を作り安定するまで、その間は休憩と行きましょう。多少はこの居住区で時間を使ってもいいでしょう。魔法を手に入れた今だからこそ慌てる必要はないのですから」

 

 ノインがそう言ってその場を締めくくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 居住区から離れた一室。そこでハジメはユエと向かい合っていた。今から始めるのは世界を渡るためのアーティファクト作りであり概念魔法を使うための準備だった。

 

 向かい合うハジメは胡坐をかき、ユエはぺたんと体育座りをしている。その光景はオルクス迷宮でシュラーゲンを作った時と同じ光景だった。だがその場にはオルクスの時とは違ってコウスケが居なかった。

 

「やっぱり無理だってさ。仕方ないよね」

 

「ん。今のコウスケに無茶をさせるのは良くない」

 

 本来ならコウスケも交えて作る予定だったが、コウスケ自身の体調と精神が不安定なこともありこの場には居なかったのだ。

 もしいたら格段に安定するのにとは思いつつ、コウスケに無理をさせないために二人で作り出すことにしたのだ。少しばかり思案顔で鉱石などを取り出していくハジメ。

 

「…本当はさ」

 

「ん」

 

「僕自身の気持ちは帰ろうって思ってるのか心配なんだ」

 

 ハジメの懸念事項。それは日本へ帰るという原初の気持ちが薄らいでいる為だったのだ。その少しばかりの不安げな様子のハジメをユエは近づき微笑みながら頭を撫でる

 

「…話して。貴方が思う不安と思いのすべて」

 

「…この世界は怖くて理不尽な世界だ。あの日そう思ってどんな事をしてでも帰ってやるってそう決意したんだ。でも、色々な所を旅してきて、いろんな人たちと出会って…少し考え方が変わったんだ」

 

「…どんな?」

 

「この世界は理不尽だけど良い人たちもいる。皆と出会えて笑いあって…まだまだ旅をしていきたいなって思うようになってきたんだ」

 

 仲間たちとの交流に迷宮の冒険。それはハジメがもし異世界行けたのなら味わってみたかった理想で、望みだった。

 

「ん。最初であったときと比べて随分とハジメは丸くなった…ううん。香織の言葉を借りて言えば本来の貴方に戻っていった」

 

「そうだね。皆と出会えて僕は少しずつささくれだった心が癒されて行って…我ながら調子の良い事だ」

 

 苦笑するハジメの顔は年頃の少年の顔そのもの。異世界に夢を見て平和な日常を謳歌していた高校二年生の少年の物だった。

 

「だから、皆と離れたくなくて。その思いがあるからちゃんと概念魔法で作れるのかが心配になったんだ」

 

「んふふ大丈夫。出会いがあれば別れもある。それが身近に迫ってきて不安に思うのは普通な事。何も心配いらない」

 

 先ほどから優しく微笑みかけるユエの顔は年下の少年の悩みを解きほぐす年上のお姉さんの様でハジメはふっと笑い出してしまった。

 

「なにハジメ?」

 

「なんだかそうしているとユエってお姉さんの様だ」

 

「む。こう見えても私はハジメより年上。ちゃんと敬いなさい」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 ほんの少しむっとした顔のユエはどう見ても見た目相応の少女の様でそこがまた可笑しく笑い出すハジメ。つられてユエもくすくす笑い出す。

 

「ん。緊張はほぐれた?」

 

「うん。お陰様で」

 

 お互い膝立ちになり手を取り合う。ハジメの紅い魔力とユエの金色の魔力が重なり合うように混ざり合っていく。

 

 

 

 

「ユエ」

 

「ん」 

 

「一緒に来てくれて有難う。感謝してる」

 

「まだ気が早い。それを言うのはもうちょっと先」

 

「だね」

 

 

 静かにしかし溢れんばかりの魔力の光が部屋を覆い尽くしていくのだった。

 

 

 

 

 

 




何だか何度も同じ説明をしている部分があるような気が…

まだまだ交流編は続きます

感想あったら嬉しいですが…難しいですね


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秘密の作戦と訓練そして絶不調


フラグ立ての回です。

ではではどうぞー


 

 

 

 深夜、人の気配のないリビングルームで一人ハジメは出来上がった世界を超える鍵『クリスタルキー』を手にぼんやりと虚空を眺めていた。

 

 “望んだ場所への扉を開く”

 

 その概念が付与された世界でたった一つの鍵。日本へ帰る為の鍵。ユエと共に魔力の殆どを注ぎ込み作り上げたそれはぼんやりと淡く光っている。

 

「……こんな夜更けにどうしたのかな」  

 

 ソファーに座るハジメは後ろに近づいてくる人物に声をかける。音のない歩みだったが気配までを隠そうとはしていなかった。仲間内でそんな事をする人物はハジメの知る中で一人だけだった。

「貴方に話があります。南雲様」

 

 暗闇から現れたのは以前殺し合いをした銀の少女。ノインだった。

 

 

 

「君が僕のもとへやってくるのは珍しいね」

 

 ハジメとノインは、仲間ではあるが親しい関係ではない。あくまでも隣に立って共に戦ってる、プライベートでは付き合いのない仕事仲間と言う関係。ハジメにとっては親友の傍にいる少女。ノインにとっては主の親友。それが2人が意識している付き合い方だった。

 

 そんな関係だからこそノインが自分のもとにやってくるのは珍しいとハジメは内心驚いていた。

 

「色々ありましてね。まずは、すべての解放者の迷宮の攻略の成功。お疲れさまでした。この世界で貴方だけが成し遂げた偉業。真におめでとう御座います」

 

「僕だけじゃなくてコウスケやユエもいるんだけど…なんだか強い皮肉に聞こえる」

 

「そして、故郷へ帰る為の鍵の創造の成功おめでとうございます。貴方の悲願であり、異世界から日本へ帰る作り上げたのは貴方の今までの努力の賜物です」

 

 ハジメの対面に座り淡々と話すノイン。一見聞いてみれば称賛しているように言っているがハジメには言外にまだ終わっていないと言っているように聞こえたのだ。

 

「…それで、君がここに来た理由は」

 

「質問に質問で返すのは恐縮ですが、南雲様。ついに日本へ帰るための手段を手に入れた貴方は今後どうするんですか。」

 

 今後どうするか。ふむとハジメは考えて、予定を話し出す。

 

「取りあえずは…そうだね。クラスの皆を日本に帰らせるかな」

 

「おや?てっきり貴方が最優先で日本に帰るのかと思いましたよ」

 

「そういう訳には行かないよ。…そりゃ、クラスの皆が大切だとは言わないけど…みんな一応被害者なんだからさ。先に帰らせてあげようって」

 

 クラスメイト達の事は思う事はあれどハジメは帰らせることを優先しようと思ったのだ。日本にいたときは嫉妬混じりの視線を浴びせられ、無視されて、異世界に来てからも無能と思われようとも、もうハジメにとっては過去の事なのだ。今更どうこう思う理由も意味もハジメにはなかった。

 

「成長されたんですね。もしくは余裕が出てきたのか」

 

「さてね、ま、そんな訳で皆を無事に帰らせることができたらその後はミレデイの所へ行こうと思ってる」

 

「現状全ての真相を知ってる彼女に会いにですか」

 

 ミレディ・ライセン。ハジメにとってはウザい女と言う印象が強い彼女だったが、現時点で考えれば考えるほど複雑な物へと変わっていく。そして何より

 

「そう、ミレディはコウスケが何故あの姿なのか何故この世界にいるのか知ってるはずなんだ。だからコウスケを連れて聞きに行く。全ての真相と真実を」

 

 コウスケの事情のすべて。それの解明と真相を知るまでハジメは日本へと帰る気は無かった。

 

「では、南雲様はそれが滞りなく行けると思っていますか。これからクラスの人たちを無事に返してマスターの真実を聞けると思いますか?」

 

「その口ぶり、やっぱり妨害があるみたいだね」

 

「ええ、その事で私は貴方に会いに来たのですよ」

 

 ハジメにそう告げるノインは無表情ながらもほんの少し口角が上がったような気がした。

 

 

 

「……なるほどねぇ」

 

 ノインから語られたこの後に起きる出来事。その詳細を聞き溜息とも呆れとも取れない複雑ともいえる声を出すハジメ 

 

「何となくは思っていたんだけど、簡単に帰らせてはくれないんだね」

 

「ご心中お察します」

 

「はいはい。それで、君が言いたいことはそれだけじゃないんだろ」

 

 対策はそれなりに思いつく、しかしそれだけを説明するためにノインが自分の所にやってきたとは考えにくかった。案の定ノインは肯定し、介入をするのだという。

 

「勿論です。流されるだけと言うのは面白くありません。…とは言え、展開に手を入れ過ぎると余計な犠牲が出てしまう。それはマスターが望みません。ですので南雲様達はあくまでも台本通りと行きましょう」

 

「ふぅん。つまり…見ているだけにしておけと?」

 

「端的に言えばそうして欲しいのです。…マスターと言う『原作』の流れを知ってるイレギュラーがいてなおかつマスターの性格を考えると…そうするのがベターかと。という訳なので作っていただきたいものがあります」

 

 ノインの要求した物。その説明を受け、しばし思考し溜息と共に承諾するハジメ。作るのは多少時間がかかるがさほど難しくはない。ほかにやり方があるのではと考えたが、それが一番と言う結論に至ったのだ。

 

「他にももっと良いやり方があるのかもしれないけど…まぁしょうがないよね」

 

「ご迷惑をお掛けします」

 

「いいさ、じゃんけんで負けるのは癪だけど、後出しで勝てばいい。要はそういう問題さ」

 

「チョキでグ―に勝つんですね。地上最強生物ががそうしたように、私たちもチョキでグーを刻み切ればいい」

 

「あそこまで理不尽にするつもりはないけどね」

 

 ノインの例えにぷっと吹き出し笑うハジメ。今からすることは要はそういう事だ。あっさりと負けてその後に勝てばいい。その為に色々用意しなければいけない。深夜、誰もが寝静まる夜にてハジメとノインの秘密の作戦会議は練られていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「んん?そうなると…ほかの皆は大丈夫かな。フォローに回った方が」

 

「大丈夫ですよ。皆様は南雲様と共に歩んできた人たちです。…特に女は恐ろしい生き物なんですよ」

 

「うへぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でりゃ!そりゃああ!でっっっすぅ!」

 

 神殿の外、湖の中でひときわ大きな氷の足場の上でシアはドリュッケンを振り回していた。唸りをあげ轟音と共に放たれる鉄塊の一撃はまさしく必殺の威力。しかしその力を振るいながらどこかシアの顔は苦々しい。

 

「はぁっ…はぁっ」

 

 荒い息を吐き少しばかり息を整えるシア。数時間ドリュッケンを振り回し続けたが、まだまだシアは納得のいく訓練を終えていない。ぺたりと座り込み。手元のドリュッケンを見て、思案に耽る。

 

「シア」

 

「ユエさん?」

 

 そんなシアの傍にユエがふわりと歩み寄ってきた。手にはバスケットを持っている。何だろうと首をひねるとユエは微笑みバスケットの中を開く。そこにはパンやサンドイッチがぎっしりと詰め込まれていた。

 

「お昼。まだでしょ?」

 

 グゥゥゥウウウ~~~~!

 

 その言葉を聞くと同時にシアとお腹から大きな音が鳴り始める。ずっと早朝からドリュッケンを振り回していたのだ。お腹が空くのも無理は無かった。

 

「あ、ありがとうですぅ」

 

 顔お真っ赤に染めながら礼を言うシアとそんなシアを愛しそうに微笑むユエだった。

 

 

 

 

 

「最近悩んでいる?」

 

 昼食を摂り、他愛のない雑談をしていた時だった。ユエの気遣う言葉にウッと声を詰まらせる。ユエの言う通り悩みがあるからそれを振り払うように訓練をしていたのだ。すぐにばれてしまったことに目が泳ぐが観念して話すことにした

 

「実は、虚像に言われたことで…」

 

「ドリュッケンの事?」

 

「あはは、流石ユエさん。隠し事はできませんね」

 

「ん。親友の事はバッチリ把握している」

 

 むふーと胸を張るユエ。そんな親友を苦笑しながらシアは手元にあるドリュッケンに視線を下ろす。

 

「…着いてこれないんです」

 

「ん?」

 

「私に着いてこれない。只の重しだと虚像に言われました。そしてそれは…事実でした」

 

 戦友であり相棒のドリュッケンを愛おしそうに撫でながら、シアは虚像と戦った時を思い出す。虚像は対戦相手のコピーをしてくるのが本来の戦い方だった。シアの虚像は確かに同じドリュッケンを持っていたが早々に投擲武器として使ったのだ。

 

 そしてうんざりしたように一言

 

『なんで私に()()()()()()()()()を使い続けないといけないんですか?』

 

「そう言われて…私はカチンと来て激昂して…そこから先はあんまり覚えていません。分かるのは手元にドリュッケンが無かった事と何も持っていない手がとても身軽だと感じた心だけでした」

 

 そしてティオと出会った。そう語るシアは深く落ち込んでいてユエはその背中を慰めるかのように擦る。その優しさと温かさに甘えるように目元を細める。

 

「…本当はハジメさんに言わないといけないんですけどね。でも、私のために作ってくれたこの子をどうしても手放したくなくて…」

 

「ん。ちゃんと折り合いが取れたときに言えばいい。ハジメも解ってくれる」

 

「はい、いつか必ず。…それでユエさんの方の虚像は…っと何でもないですぅ」

 

 話題の転換にと切り出したが背中を摩る手が妙に力強くなったのを感じて口を噤むシア。誰にでも触れたくない部分がある。その意味を知った瞬間であった。

 

「ん。それじゃ、私はもう行く。魔法の練習をしないと」

 

「ごちそうさまでしたですぅ。ユエさんも頑張ってくださいね」

 

 ユエが頑張るなら自分も頑張らないとそう言ったつもりのシアだったが、ユエはあまり晴れた顔をしていなかった。

 

「どうかしたんですか?」

 

「…ん。後もう一歩で完成するのに、その一歩がなかなか難しい」

 

 ユエ曰く、原初に立ち返り自分のスタイルを思い出し、初心をもって魔法の集束を繰り返しているのだが、起爆剤となる決定的な何かが足りないのだと言うのだ。

 

「むむむ、すみません魔法は専門外ですぅ。体の動かし方ならいくらでも力になれるのに」

 

「ありがとうシア。でも大丈夫。自分で何とかして見せる」

 

 そう言われてしまえば信じるしかあるまい。親友のその姿に触発されたようにシアもまた訓練を繰り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………だるい)

 

 深夜。自室となった部屋のベッドでコウスケは動かず只々ぼんやりとしていた。動こうにも気力と言う気力が全く出てこないのだ。体は妙に重く、頭の中は考えがまとまらない。心の方はもっとひどく無気力で只々疲労感だけが蓄積されていった。まるで月曜日の朝に地獄(会社)へと歩むような気分だった

 

「俺は……俺の身体は天之河じゃなくて…俺の身体で、でも顔も体格も別人で…」

 

 言葉にすればそれだけだったが、漂う頭の霧は晴れない。

 

 ずっと悩み考えていた事だった。どうして自分は天之河光輝となっていたのか。そんな疑問を持ちながらも安易に憑依という結論を出したのは自分だった。

 

(だってよ!実際、いきなり異世界にいて原作キャラの身体になっていればそう考えるのが普通だろ!?だから俺はそう納得して…理解できない天之河の演技をして…でもそれは違ってどうやら自分から天之河になっていて…そもそもなんで俺は解放者と一緒にいたんだ?はるか昔だぞ解放者が居たのは!?…何で俺は天之河に整形する様に頼んだんだ?何の意味があって…アレは俺なのか…俺だ。間違いなく。でも俺にそんな記憶はない。どうして)

 

 支離滅裂となった思考に湧き出てくる疑問。それに解する答えは分からないの一点張りだった。無駄な時間を過ごしながら気力とやる気が著しく減っていく。

 

(薬…薬はどこだったけ。…ああそうかここは日本じゃない)

 

 虚ろな表情で枕もとを漁るがふと正気に戻る。その事を何回か繰り返す。今までの疑問と謎を納得も理解もせず目を背け放置し、只々目の前の出来事に気を取られていたふりをする毎日だった。分からない問題を後回しにする。コウスケの悪癖が今になってコウスケ自身を苦しめていたのだ。

 

(……リリィと話がしたいな…ははっ結局女に逃げるなんてサイテーだな)

 

 誰でもいいから話がしたかった。だが、仲間には打ち明けたくはない。心配されたくない。その思いでリリアーナと更新しようとするコウスケ。

 その姿こそが心配される原因だと気付かないまま、白百合のペンダントに魔力を流す。が、そこでもたついてしまう

 

「…あれ?魔力って…どうやって流すんだっけ?」

 

 今まで当たり前のようにできていたことが上手くできない。魔力と言う不確定な物がイメージできなくなっている。

 

(そうだ、俺、天之河の身体だからできると思っていたから…)

 

 自分の身体ではなく他人の身体だからできると思っていた。ただの日本人で凡人で平均以下の人間ではできないことでも原作キャラの体ならできる。そんな思いを今まで無意識に考えていたことにいまさら気づいてしまったコウスケ。

 

 四苦八苦しどうにかして白百合のペンダントに魔力を流し込むが…

 

「リリィ?」

 

「ザッーーザッッーーザザザッッーーー」

 

 強いノイズの音が聞こえるだけで、リリアーナの声は全く持って聞こえなかった。しばしペンダントを見つめ涙が一滴目から零れ落ちる。

 

「は…ははっ」

 

 ペンダントを取りこぼしたその手で宝物庫を探り、取り出した麻酔薬を無理矢理飲み下す。徐々にくる睡魔に身を任せベットに沈み込むコウスケ。

 

(疲れた…もう疲れたんだ)

 

 最低最悪の気分のままあらゆることから逃げるように闇の中へ沈んでいくコウスケだった

 

 

 

 

 




これでフラグ立ては終了です。

次回から本編を進めます


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魔王城

ちょいと時間がかかりました。カットが多めです
ではではどうぞ~


 

「へぇ氷竜のショートカットなんて気が利いているじゃないか」

 

「やっぱ竜はカッコいいよな」

 

 準備を整え氷雪洞窟から脱出をするハジメ達の前に現れたのは、氷でできた竜だった。ショートカット用の魔法陣に乗った所泉が凍り付き半透明の光沢を持った竜が出現した。どうやらこの氷竜がこの氷雪洞窟のショートカットらしい。

 

「忘れ物は…ないね」

 

 仲間たちを見渡し、全員のチェックをするハジメ。皆がそれぞれ頷く中、一人だけ反応が芳しくないものが居た。澱んだ目に生気のない顔。普段の明快さが無くなってしまっているコウスケだった。氷雪洞窟の攻略の証、中にヴァンドル・シュネーの紋章が彫られた垂れるような水滴を模したペンダントをぼんやりと見つめている。

 

『どう?大丈夫そうかな』

 

『全然だめです。一度落ち込むとここまでおかしくなるとは流石マスターですね』

 

 ノインに確認をとるが全然駄目だという。話しかければ答えるので、調子が悪いだけだと見えるかもしれないが、付き合いの長いハジメだからこそあんまり芳しくないことがよく分かる。他の仲間たちも気づいてはいる物の触れないでいるのはノインが時間が立ったら治ると事前に話をしていたからだ。

 

 すっかり爆発物のような扱いになってしまったコウスケをつれ、氷竜の背に乗りつかの間の遊覧飛行を楽しむ。

 

 そして、雪原の境界まで運んでくれた氷竜に礼を言い、視界を閉ざす吹雪の向こう側へと出て、周囲を敵に囲まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「やはりここに出て来たか。私のときと同じだな。……それで、全員攻略したのか?」

 

  二回りは大きくなった白竜とその上に騎乗するフリード、灰竜を主とした数多の魔物、白い法衣を靡かせ見下ろすイシュタル、そして、数百体はいるであろう、おびただしい数の、銀翼を生やした同じ顔の女“真の神の使徒”ノインを成長させたような女たちが待ち構えていた。

 

「見て分からないの?随分と節穴だね。いっそ目玉をくりぬいて変えてみたら?」

 

 フリードの確認するような物言いに不遜な言葉と態度を表すハジメ。フリードの眉がピクリと上がるのを視界に移しながら、周囲に殺気を振りまく。

 

 視界を覆うほどの魔物と神の使徒の数だったが、負ける気は微塵もない。仲間たちに一瞬の目配せを行い先手必勝を仕掛けようとしたが、イシュタルの声によって気勢をそがされてしまった。

 

「ほほぅ。流石ですな錬成師殿。まぁそう逸らないでいただきたい。実は貴方方を魔王城に招待するために待っていたのですよ。我らが神の眷属神魔王アルブ様があなた方に興味を抱きましてな」

 

「へぇ 無能とはぐれ物で構成されている僕達を誘いにねぇ?オマケに魔王城だって?なに?魔王様が直々に持て成してくれるのかな。案外暇人なんだね」

 

 肩をすくめ呆れと見下すような発言をすれば周囲が殺気に満ち溢れる。ピりつく様な空気の中、敵側がどんな思惑なのかそれとなく確認するハジメ。

 

(魔物はどうでも良いとして、同じ顔ばっかのモブは色めき立ってるね。馬鹿だなー。それよりもイシュタルは…読めないコイツさっきから笑ってばっかりだ。フリードは、んん?()()()()()()()?)

 

 無表情のフリードだけが妙に変なことに眉を顰めるハジメ。それを否定の意思と受け取ったのか、イシュタルが憐れむ様な声を出す。

 

「ふぅむ。着ていただけませんか。なら少々彼らに手荒なことをしなければいけませんな」

 

 言葉と同時にイシュタルの横に鏡の様なものが発生して割り込んだ。訝しむハジメ達の前で、それは一瞬ノイズを走らせると、グニャリと歪んで何処かの風景を映し出した。

 

 空間魔法の一つ。“仙鏡”――遠く離れた場所の光景を空間に投影する魔法だ。 

 

 仙鏡に映し出されたのは、荘厳な柱が幾本も立ち、床にはレッドカーペットの敷かれた大きな広間だった。そこからカメラが視点を変えるように映像が動き出す。

 見え始めたのは、玉座が置かれている祭壇のような場所。やはり映っている場所は王城――それもおそらく魔王城の謁見の間なのだろう。高い天井に細部まで作り込まれた美麗な意匠や調度品の数々が魔王の威容を映像越しにも伝えてくる。映像は更に動き、その視点は玉座の脇へと移っていった。

 

 そうして見え始めたのは、鈍色の金属と輝く赤黒い魔力光で包まれた巨大な檻。当然、中には何かを捕えているわけで……

 

「みんな!?先生!」

「おいおい、何やってんだアイツら…」

 

 香織が叫び、清水が苦虫を噛み潰したした顔になる。それはユエ達も同じだった。映像の中にとらえられているのはハイリヒ王国の居る筈のクラスメイト達と愛子だったのだ。

 

 愛子は、大抵の生徒が膝を抱えて不安に表情を歪めている中で、力なく横たわっている生徒の幾人かを必死に介抱しているようだった。よく見れば、その倒れている生徒は永山のパーティーメンバーのようだ。他にも、玉井淳等愛ちゃん護衛隊のメンバーも永山達ほどではないが、苦痛に歪んだ表情で蹲っていた。

 

「…本物、か」

 

「無論、本物でございます。多少抵抗されましたので少しばかり傷をつけさせていただきましたが、命に別条はありません、どうです?大人しく我らについていただきませんか」 

 

 羅針盤にて、クラスメイト達の所在を確認したハジメが苦い顔をすればイシュタルは鷹揚にうなずく。

 

「そうは言っても、どうせノコノコついて行ったら全員纏めて殺されるのがオチって奴でしょ。なんせ自称神様って奴は僕が惨たらしく死んでいくのをご所望みたいだし…ねぇ?」

 

 イシュタルの余裕のその表情にハジメは不遜な態度と敵意で迎えた。相手側の人質を取っているという優位性にドンナ―をちらつかせ、あくまで

お前らを皆殺しにして助けに行ってもいいと言外に通じるようにプレッシャーを解き放っていく。ハジメの圧倒的な威圧の前に、神の使徒の集団が殺気を放ちフリードに冷や汗が浮かび、イシュタルの笑みが強張る。

 

「威勢がいいのは結構ですな錬成師殿。しかしてそれは狂人の発想。貴方はそれでよくても勇者殿はどうですかな?勇者殿、貴方はこの者達を見捨てられますかな?」

 

(あ、まずっ)

 

 優位性は失われていないと笑みを深くしコウスケに話しかけるイシュタルのその表情にハジメは嫌な予感がした。今のコウスケは様子がおかしく端的に言ってかなりやさぐれている、又は落ち込んでいるのだ。不調で機嫌が悪いその時に変に刺激を与えないでおく。その筈だったのによりによってイシュタルが刺激を与えてしまったのだ。

 

 仙鏡に映った映像が別の視点を映し出した。愛子たちが捕らわれている檻の横、そこにもう一つ小さな檻があったのだ。その檻は、傷だらけになりながらも歯を食いしばり辺りを警戒する金髪の少年ランデルと――――

 

 

 腐臭がした。蛆の沸いた様な腐った臭い。今にも吐き出すその腐臭はカビの様に肺を侵食してきている。

 

 怖気がした。全身の肌が泡付く恐怖。粘着性のある液体に皮膚を舐められているような不快感は一向に止まらない。

 

 酷い虚しさを感じた。今まで築き上げた物を自分で壊すかのような虚無感。すべては無駄だったと諦めるかのような絶望。

 

 

 その場にいたすべての生命体が絶望を感じ取った。決して埋められない越えられない、只々人が生み出す怖気が敵味方誰彼構わずに一帯を覆ったのだ。

 

「……俺のを……取るの?」

 

 首をかしげながら絶望を無差別にまき散らしながら声を出したのはコウスケだった。その視線の先は檻の中にいたもう一人の人物…リリアーナをぼんやりと見つめている。

 

「…っぐ…彼女は」

 

「……うるさいなぁ」

 

 ハジメが絞り上げるように声を出そうとするが、コウスケは聞こうとしない。寧ろさらに周囲にプレッシャーを振りまいていく。フリードの配下の魔物たちは力なく倒れ込みその命を散らしていき、神の使徒達は苦しそうに顔をゆがめている。それはフリードもイシュタルも例外ではなく、ユエ達は近くにいたので尚更だった。

 

「俺だけが…していいいのに…俺がやろうと思ったのに…どいつもこいつも」

 

「ストップですマスター」

 

 声の怒気を強めながら無意識に足元にある地面を黒く染め上げている時だった。コウスケの頬にそっと手を触れたノインがわがままな子供をあやす様に優しく声を掛ける。

 

「ちゃんとよく見てください。リリアーナ様は怪我をしていませんよ?それに誰も触った形跡がありません。誤解するのは少々気が早すぎます」

 

 汗を流しながら、苦笑するかのような声を掛けられたコウスケは虚ろな目を鏡へと向けた。その先では確かにリリアーナは怪我をしてなかった。ランデルを介抱し警戒しながらも瞳は以前のままだった。何もされていない。その事を認識すると辺り一帯を覆っていた怖気が徐々に収束していく。

 

「…リリィは…無事?」

 

「そうです。だから今はまだ何もしないでおきましょう。…余計なことをすると悲惨なことになるかもしれない。マスターがずっと考えていた事ですよね」

 

 虚ろな目線を足元に落とすコウスケ。その動作と同時に周囲に纏わりついていた腐臭と怖気は完全に無くなった。その場にいたほぼ全員がほっと息を吐く。それはハジメも例外ではなかった。

 

 交渉とはお互いが同じ立ち位置によってはじめて成立するもの。その為には舐められるわけにはいかずましてや黙って言う事を聞くつもりはないと考えていたのだ。その考えがまさかコウスケの逆鱗に触れてしまうとは思いつかなかった。

 

(…僕が上手く宥めることができたらいいんだけど)

 

 今までなら気安く話しかけれた。しかしそれはあくまでもコウスケがハジメに接する態度がそうさせていたため拒絶するようにされてしまっては、

ハジメもどうすればいいのかは分からない。

 漫画やゲームだったらお互い深く話し合えばいいのかもしれない、ハジメもそう思っていた。しかし現実の友人との接し方はまだまだ未熟なのだ。嫌われたくない、嫌いたくない、そんな風に接してしまっているため今のコウスケにはどうしても遠慮ができてしまう。

 結局今も本能的恐怖に負けてしまいノインに任せてしまった。

 

(何だかんだで親友に嫌われるのは怖い、か。ままならないなぁ)

 

 わずかの間にそんな事を考えたハジメは、すぐに意識を切り替え魔王城の招待を受けることにした。どうなるにせよクラスメイト達は助けなければいけない。この後に起きる出来事の段取りを考えながら内心重い溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 開けられたゲートを潜り抜け出てきた場所は巨大なテラスだった。疲労困憊という体の灰竜たちはどこかへ飛び去り使徒達もまたどこかに行ってしまった。残り十数名の使徒と、イシュタルが周りを囲んで待機していた。

 

 フリードが先導し魔王城の中を進んでいく。そうして、石造りの長い廊下を進み、幾度かの曲がり角と渡し廊下を通って辿り着いた場所には魔王城の謁見の間へ繋がる入口というに相応しい威容を湛えた巨大な扉があった。権威を示しているのか太陽に見立てたと思われる球体と、そこから光の柱が幾筋も降り注いでいる意匠が施されている。

 

 扉の前にいる魔人族に、フリードが視線で合図を送る。すると、その魔人族が扉の一部にスっと手をかざし、その直後、重厚そうな音を響かせて扉が左右に開いていった。

 

 扉の奥は、フリードが“仙鏡”で見せた光景が広がっており、レッドカーペットの先には祭壇のような場所と豪奢な玉座が見える。映像通りなら、玉座の脇、巨柱の後ろ側に檻が設置されているはずだ。

 

 空の玉座の傍へと近づいていく。そうして見えた映像通りの光景。

 

 向こうからもハジメ達の姿が見えたのだろう。クラスメイト達が大きく目を見開き、ハジメ達に気がついた愛子と隣の檻にいるランデルとリリアーナも驚いたように大きく息を呑んだ。

 

「やぁ先生に皆。もうちょっとだけ大人しくしていてくれるかい。すぐに出してあげるからさ」

 

「南雲君…」

 

 優しげな笑みを浮かべ、クラスメイト達と愛子に声を掛ければ、信じられないという顔でハジメを見つめる数多の目。クラスメイトの顔ぶれを懐かしいなと感じながらさりげなく周囲の状況をチェックした時玉座の背後から声が聞こえた。

 

「良い言葉だね。不安になってる者たちを安心させようとするその言動は自信と確信に満ちている。自分は失敗しない、負けないという自負を強く感じるよ」

 

 玉座の後ろの壁がスライドして開く。そこから出て来たのは金髪に紅眼の美丈夫だった。年の頃は初老といったところ。漆黒に金の刺繍があしらわれた質のいい衣服とマントを着ており、髪型はオールバックにしている。何筋か前に垂れた金髪や僅かに開いた胸元が妙に色気を漂わせていた。

 

 もっとも漂わせているのは色気だけではない。若々しい力強さと老練した重みも感じさせる。見る者を惹きつけて止まないカリスマがあった。十中八九、彼が魔王だろう。そして、神を名乗る“アルヴ様”とやらだ。

 

 穏やかに微笑みながら現れた魔王に、ハジメはスっと目を細める。魔王と呼ばれている男に皮肉をぶつようとして傍らにいる少女に

遮れてしまった。

 

「…おじ…さま?」

 

「やぁ、アレーティア……。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい」

 

 その男はユエを裏切り奈落の底に封印した張本人だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして…生きて」

 

「驚いているようだね。無理もない。だが、そんな姿も懐かしく愛らしい。三百年前から変わっていないね」

 

 微笑む魔王。そしてその顔のままおもむろにその手をフリード達にかざした。 次の瞬間、ユエに似た金色の魔力光が閃光手榴弾の如く爆ぜ、一瞬、光で全てを塗り潰した。その光が、逆再生でもしているかのようにディンリードの手に吸い込まれて消えた後には、まるで電源が切れた機械のように崩れ落ちている使徒達やフリード、イシュタルの姿があった。

 

 突然の出来事に唖然とするユエ達の前で魔王は如何にも緊張の瞬間を乗り切ったと言わんばかりに「ふぅ」と息を吐き、次いで、突き出していた手を頭上に掲げるとパチンッと指を鳴らしてなんらかの術を発動させた。

 

 ハジメの魔眼に映るのはドーム状に広がる金色の障壁。但し、その用途は通常の障壁とは些か趣を異にしているようだ。

 

「盗聴と監視を誤魔化すための結界だよ。私が用意した別の声と光景を見せるというものだ。これで、外にいる使徒達は、ここで起きていることには気がつかないだろう」

 

「……なんのつもりかな」

 

 まるで使徒と敵対している者であるような言動に、ハジメがスっと目を細めながら問い質した。

 

「南雲ハジメ君、といったね。君の警戒心はもっともだ。だから、回りくどいのは無しにして、単刀直入に言おう。私、ガーランド魔王国の現魔王にして、元吸血鬼の国アヴァタール王国の宰相――ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは……神に反逆する者だ」

 

 そこから語るディンリードの言葉は聞くものを驚愕させる言葉だった。

 

 ユエの堰を切るような疑問に対してディンリード曰く

 

Q・なぜ三百年もの間生きているのか

A・変成魔法を習得していたため寿命を延ばすことが出来た 

 

Q・アルブという名と、魔王をやってるのは何故だ

A・エヒト神の眷属アルブは反逆の機会をうかがっていた、が、器となる肉体が無いので探していたところディンリードを見つけた。

そのまま同志となり一つの身体に二つの魂となった。

 

Q・祖国を裏切り私を封印したのは何故

A・ユエの強さは目立ち過ぎた、だから神に目をつけられた。神から目を隠すため…守るために殺すという名目で封印した。

 

 応答を終えたディンリードはふぅと息を吐くと穏やかな笑みで姪を見つめる。その表情はユエを大いに困惑させた。その表情は何時もユエが見ていた叔父の顔そのもので、どうしようもなく胸をかきむしられるものだった。

 

「アレーティア。どうか信じて欲しい。私は、今も昔も、君を愛している。再び見まみえるこの日をどれだけ待ち侘びたか。この三百年、君を忘れた日はなかったよ」

 

「……叔父様」

 

「そうだ。君のディン叔父様だよ。私の可愛いアレーティア。時は来た。どうか、君の力を貸しておくれ。全てを終わらせるために」

 

「……力を?」

 

「共に神を打倒しよう。かつて外敵と背中合わせで戦ったように。エヒト神は既に、この時代を終わらせようとしている。本当に戦わねばならないときまで君を隠しているつもりだったが……僥倖だ。君は昔より遥かに強くなり、そしてこれだけの神代魔法の使い手も揃っている。きっとエヒト神にも届くはずだ」

 

「……私は……」

 

 ディンリードの言葉に動揺するユエ。そんなユエを包み込もうとでもいうのか、そっと両腕を広げるディンリード。

 

 長年すれ違い離れ離れになっていた姪と叔父との感動の再会。そんな光景が目の前で繰り広げられようとする。だが突然の叔父との再会に揺れるユエの前に立ちはだかる者がいた。

 

「…聞いてもいいですか」

 

「君は?」

 

「ユエさんの『()()』、シア・ハウリアです」

 

 立ちはだかった者それはシアだった。鋭い目付きは敵対者に出会った時の物で、全身から警戒と闘志があふれ出ていた。その事が説明の最中檻から解き放たれた人たちや仲間たちを驚愕させる。

 

「そうか、アレーティアにも友達ができたんだな。昔から政務に取り掛かりっぱなしで同年代の子とは上手く馴染めなかったんだ。君のような子がアレーティアの友達になれて私は嬉し」

 

「そんな事はどうでも良いんです。…いえ、ユエさんの過去は物凄く気になるんですけどね」

 

 ディンリードの語りを遮り、多少の本音を漏らしながらもシアの目は殺意までもが溢れだしてきたのだ。親友の行動に驚きユエがシアを伺うように顔を覗き込むが、シアは一向にディンリードから目線を外さない。

 

「さっきから気になってたんですよ」

 

「ふむ?なにがだねシア君、アレーティアの疑問には全て答えていたのだが…」

 

「馴れ馴れしく私とユエさんを呼ぶんじゃねーんですよ。私が聞きたいことはただ一つ。どうして姪を見るその視線が()()()()()の視線なんですか」

 

 その言葉が響いたとき、仲間たち…特に香織が大慌てでシアの口を閉じようとし男である清水はユエとディンリードを交互に凝視した。

   

「シア!?一体何言ってるの!?相手はユエの叔父さんだよっ!?」

 

「は?欲情って…はあ!?近親…うっそだろ!?」

 

 慌てている仲間たちを一瞥することもなくシアはこれまでのディンリードとユエとのやり取りを思い出していた。

 

 シアはディンリードがユエの叔父と言った時から先の会話内容をほとんど覚えていない。それは後で誰かから聞けばいいと考えていた。それよりも違和感があったのだ。

 姪と叔父。親と子の関係ではなくてもそこには家族間の溢れんばかりの愛情があるはずだった。だがシアの目からしてみればディンリードはどれほど叔父として親愛の言葉を言ってたとしても目だけがユエを女として…町の男達からいたるところで見られていた欲情した視線と同一の視線を感じ取っていたのだ。

 

 姿形がユエの叔父だというのは間違いないだろう。だがその思惑だけは叔父としての物ではない。それはシアだけが気付いた女の直感でありカムと言う優しさと厳しさと溢れんばかりの父親の愛情を受けて着たシアだけしか気づけない物だった。  

 

 そしてその指摘はニチャリと笑う男の表情を見て間違いが無かったのだとシアは確信したのだった。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 気怠さと鬱屈さは朝からずっと心にこびりついていた。どれほどその濁りを消そうとしても考えれば考えるほど、深みにはまっていく。

 

 もやもやとした気分のままぼんやりと動いていた。誰かが喋っていたとしてもコウスケにとっては聞く耳を持てなかった。

 

(…じかん…じかんがたてば、おれは…)

 

 無意識のままふらふらと動いていた。辛い時、嫌な時、事あるごとにコウスケはそうやって意識を外に向けないように過ごしてきた。

 

 それは日本にいたときからの悪癖であり処世術だった。つらい現実から目を背けるため、好きな漫画やゲームを見て遊ぶ時だけは意識を覚醒させ存分に楽しみ、日常に戻るときは意識を閉じ無意識で行動してやり過ごす。

 

 そうしなければ心が保てなかった。安易な考えに走りそうだった。自分が考えるよりも自分の心はとて脆く弱かったのだ。

 

(じかんがたてばもどるから…それまでそっとしててくれ)

 

 体が自分の物だった時のショックは存外大きく、どうしてと言う疑問も晴れず、動揺が収まるまで誰も何もしてほしくなかった。 

 

 だが実際に現実はままならないもので仲間に連れ出されふらふらと氷竜の背に乗り、敵に囲まれてしまった。

 

(…うるさいなぁ)

 

 敵なんてどうでも良かった。ただ真実が知りたかった。その思いは誰にも言えずふさぎ込むも、周りはガヤガヤと騒音を立てる。

 

 仙鏡にリリアーナが写った時、心がかき乱されるもすぐにどうでも良くなった。只自分の手から離れてしまったと考えてしまったとき悲しみが大きく心を占めた。

 

(そうやっておれからとりあげるんだ…なんだよそれ、ひどいよおれのものなのに)

 

 泣きたくなった。大きな声で喚き散らしたかった。だがそれもノインによって出来ずに終わった。鬱屈したものは再び心の奥底に閉じ込められることになった。

 

 魔王城に連れられても只々無関心にやり過ごして、魔王が会話しているときも蚊帳の外を決め込んで…

 

 

 

 

 

 

 そうして時間がたってようやくコウスケは意識を覚醒させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ?)

 

 まず理解したのは仲間たちが戦っている状況だった。何時の間にやらノインとよく似た集団が周りを囲んでいてその相手をノインとティオがしていた。シアは金髪の男へ飛びかかり香織はクラスメイト達の前へ、清水はイシュタルの魔法の迎撃をし、ハジメはおびただしい数の傀儡兵と魔物、そして使徒に囲まれながらもフリードに向かってドンナ―を向けていた。

 

 次に理解したのは見ている光景の時間がとても遅いという事だった。知覚できるすべての状況がスロー再生の様に穏やかに進んでいた。

 

(戦ってる…俺も参戦しなきゃ)

 

 しかしその思いとは裏腹に体は妙にゆっくりだった。意識だけが冴えているのかそれとも時間を操れるようになったのか。酷くどうでも良い事を考えながら、体を無理矢理動かす。

 

 ようやく足が動き始めたとき体の横を誰かが吹き飛ばされていった。視界の端にちらりと見えた銀の髪。そして後ろから響く轟音

 

(ノイン?()()()?)

 

 まさか量産型に負けたのか、口にこそ出さないが、ノインは強いのだという過信があったのかもしれない。それともコウスケの予想以上に量産型が強かったのか。驚く事も放り捨て咄嗟に攻撃のすべてを自分に向けるように力を使おうとした。

 

 その時だった。

 

 周囲にはいなかったユエが光の柱によって拘束され様としているのをコウスケはハッキリと認識したのだ。

 

(マズい!)

 

 あの光が何かをコウスケは知っている。知っているのだからこそ自分自身が動かなければいけなかった。先ほどまで無益な時間を浪費した自分を怨みながらもユエに向かって走る。

 

 精神がようやく体に作用してきたのか、周囲がゆっくりとした動きの中ユエの傍までノンストップで走る。体に触れた使徒や魔物を文字通り吹き飛ばしながら一直線に駆けつけ、そして

 

(間に合った!)

 

 ユエが光の柱によって捕らわれる刹那の瞬間をユエに体当たりをすることによって阻止するコウスケ。思いっきり吹き飛ばされてしまったユエを申し訳なく想いながらもほっと息を吐き…そして今度は自分光の柱によって捕らわれてしまった。

 

「あっら~ってふざけている場合じゃないな!」

 

 手に触れた光柱の感触は硬質そのもので感覚的にちょっとやそっとでは壊れそうにない。外の時間がようやく元通りになる中、何とか脱出しようと空間魔法を駆使するもコウスケが()()()()()()()抜け出せずまた壊れない。そうこうして居る内に降り注いでいく光は荘厳さと不気味を増していく。

 

「くそっこのままじゃ!」

 

 何度も拳を光の壁に叩きつけるが罅が入るだけで打ち破れない。そんな焦燥感と徐々に頭の中を何かが入り込んでくる不気味さを感じているとき声が聞こえた。酷く耳障りな声だった。  

 

『…ようやくだ』

 

「ああ!?うるせぇんだよこのハゲ!今忙しんだからあっち逝けこのゴミ!」

 

『ようやく手に入れたぞ!高次元の…()()の身体を!』

 

「だからホモ臭いこと…言って……んじゃ…ねぇ」

 

 体の中にずるりと変な物が入ってくる感触を受け、自分自身という不確かであやふやで何より大切なものが体から排出されるのを感じながら、眼前まで満身創痍になりながら駆け寄ってきた親友にコウスケは謝罪の言葉を残すのだった

 

 

「ごめ……迷惑…か、けて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お次はもう少し早く投稿できるようにします


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降臨と絶望

遅くなりました!

ちょっと説明不足かもしれません。申し訳ないです


 

 

全ては一瞬の出来事だった。ディンリード改め魔王アルブが襲い掛かってきたのもフリードやイシュタル、神の使徒が襲いかかてきたのを迎撃したのも、そしてユエが光の柱に閉じ込められそうになっていたのも一瞬だった。

 

 仲間たちがそれぞれ迎撃する中、ユエを助けようともがくハジメより風の様に先に動いたのはコウスケだった。ユエを突き飛ばしたのまではよかったのだが代わりに光に閉じ込まれてしまったコウスケは、先ほどまで苦悶に満ちた顔をあげ、どこか晴れ晴れとした顔をしていた。

 

「コウスケ!」

 

「……ククッ…クハハハ…アッハハハハハハッ!!!!」

 

 髪をかき上げ、何が面白いのか清々しいほどまでに笑うコウスケ。その愉快そうな姿は以前のコウスケとは打って変わって豹変したかのように見えた。少なくともハジメ以外の全員はそう見えたのだ。だがハジメの目にはその顔が醜悪で歪んだもののように映った。

 

「…お前は、誰だ」

 

「ククク、まさか見失ったものが見つかるとは…いやはや何とも因果はまわるというべきか。うん?私か?分からぬのか?…下賤なお前達に名乗ってもよいが …図が高いぞイレギュラー?」

 

「グッ!?」

 

 突如としてそれは起こった。手の平をかざした、それだけでハジメ達が全員吹っ飛ばされたのだ。辛うじて足のスパイクを発動させたハジメは何とか食いしばるが、敵と交戦中だった仲間たちは後方へ大きく吹き飛ばされる。ニヤニヤと笑いながらその様子を見届けると次は高慢に笑いながら言葉を告げる

 

「私の名は、創世神『エヒト』だ、その矮小な脳に刻んでおくが良い。…では、エヒトの名において命ずる――“動くな“」

 

「ッ!?」

 

 その言葉を告げられた瞬間、その命令に従うように体が標本のように固定されてしまったのだ。コウスケの姿をした、言葉通りなら“創世神エヒト”は歯を食いしばり何とか動こうと必死な形相をするハジメと虫の様に這いつくばるユエ達を見てさらに笑みを深くする。

 

「ふふふ、礼を言うぞイレギュラー。お前は我が探し求め諦めかけた勇者を自ら届けに来てくれたのだからな」

 

「…勇者?探し求めた?どう言う…事だ」

 

「お前たちの言うところの解放者と言ったか。奴らの希望であり、人類を救うために現れたこの男の事だよ。忌々しいが我を超える力とパワーを持った出鱈目と言う言葉を体現した男…簡単に死ぬとは思わずどこかに隠れ生き延びていると思ったが…まさか貴様が見つけ出すとはな、この男はとはどこで会った。うん?」

 

 笑みを深くし、教鞭を取るかのように話し始めるとハジメにゆっくりと近づいていく。距離を取ろうと体を動かそうとするが体は言う事を聞かない。

 

「まぁどうでも良いか。重要なのは我がこの勇者の体を手に入れた。それが事実でありそしてお前たちの敗北である。それだけだ」

 

「ガハッ…ぐぅうう!」

 

 気安げにハジメの肩に手を載せていたエヒトは突如ハジメの腹に貫手を行う。背中まで貫通した手は握りこぶしを作ると脂汗を浮かび上がらせ苦悶の表情を作るハジメを一切気にせず腕を引き戻す、途端ハジメの腹部からブシュッと盛大に血が噴き出し、エヒトの顔を真っ赤に染め上げる。

 

「ククク、哀れだな。何も知らず何もわからず、道化のように振舞いそして何もできずに死ぬ。まさに貴様は我を楽しませるためだけに生まれた存在だな」

 

「それ…は…お前…だ」

 

「そうかそうか、負け犬の遠吠えとは何とも無様よなぁ」

 

 血に濡れた髪をかき上げるとエヒトはいまだ動けず居るハジメの顔を片手でつかみ上げ地面に叩き落す。広間に響く轟音と共に床にハジメの顔が叩きつけられ大きな罅が床に広がった。普通の人間なら即死、だがハジメは額から血を流しながらも耐えたのだ。

 

「ガハッ!?……コウ…スケ…起きるんだ…君は、そんな奴に言いなりになる男じゃ」

 

 歯を食いしばりエヒトの足をつかむ。致命傷を負いながらも声を絞り出すその姿は執念と言う言葉がふさわしかった。だがエヒトにとってはその言葉はあまりにも意味のない事だったのだ。

 

「ほう、哀れにもこの男に頼るのか?無駄だこの男の意思は無い。この体は我が完全に掌握した。そんな事もわからんとは…な!」

 

 言い切ると同時に縋りついたハジメを踵落としの要領で今度こそ床に打ち付けた。その衝撃音は凄まじく攻撃が入ったハジメは完全に動きを止めてしまった。

 

「どうした?それで終わりか。もっと気骨のある奴かと思ったがどうやらただの腑抜けの様だな。たかが少し小突いた程度で呆気なく倒れるとは」

 

「ハジメ君!」

「ハジメさん!」

 

 目の前で起こる光景に香織とシアが叫ぶが、こちらもハジメと同様に地面に這いつくばったまま動けないでいた。エヒトの放つプレッシャーとコウスケの重力魔法の組み合わせによりシアたちもまた床に押しつぶされようとしているのだ。

 

 悲痛な声の居所を見たエヒトは、そこで倒れながら目の前の光景を呆然として見ているユエの姿を見つける。新しい獲物を見つけた悪童の様にニチャリとハジメの血によって濡れた顔を醜悪に歪めた。

 

「ククク、ああユエと言ったか、貴様には感謝しているぞ」

 

「…え?」

 

「ユエ!そやつの言葉を聞いてはならん!」

 

 呆然としていたユエに嫌な予感を感じ取ったティオが叫ぶが遅かった。エヒトの声は粘つく液体の様にユエの聴覚を侵食してきたのだ。

 

「貴様のお陰でこの男の身体を乗っ取ることができたのだ。叔父とやらの言葉に動揺し隙を見せたお前を、囮にすることでこの男はまんまと釣られてきたのだ」

 

「あ…」

 

「当初の予定ではお前を我が現界するための器とする予定だった。だが、この男が現れた今、お前は多少の魔法の才があった所で微塵の価値も無いただの小娘だ。この男の魔力に比べれば器とするにはあまりにも貧弱で無価値。だがそんな無価値の存在でも餌としては役に立った。我が降臨するための道具としてな」

 

「…私の…せい?…そんな」

 

 見下し、ユエを嘲笑うエヒト。その言葉を聞いてしまったユエはカクンと顔を俯かせてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「クハハ…ハハハハハ!!!それで終わりか!なんとも無様で矮小な者達だ。これでは存分に力を振るう事も出来ぬではないか」

 

 この場における唯一の戦力全員が現界したエヒトただ独りによって壊滅した。地に伏したハジメ達を見てエヒトはただ独り笑い声を上げる。

 

「お見事でございます。我が主、新しき体を経たという事は即ちこれから我が主の時代が始まるのでございますな」

 

 笑うエヒトの前に跪き恭しく声を掛けるのはエヒトの眷属神アルブヘイトだ。イシュタル、フリードも合わせるように恭しく頭を垂れている。

 

「ククク…それだけでは足りぬぞアルブヘイト。このアーティファクトを作ったこ奴らの世界、『日本』とやらを侵略し遊ぶのも面白そうではないか」

 

 これまで世界を玩具の様に遊びつくしてきたエヒトは今度は異世界『日本』を侵略しようと言うのだ。戦闘の範囲外で比較的無事だった、クラスメイト達が目を剥くがエヒトは微動だにはしなかった。それどころか指をパチンと慣らし、ハジメが作り出したアーティファクトの数々を空間転移させたのだ。

 

「ド……リュッ…ケン」

 

 ハジメが手掛けた宝物庫やドンナ―、武器の数々がエヒトの周囲に浮かびクルクルと周りだす。その中にはシアの相棒ドリュッケンもあった。

 

「駄目…その子は…私の…」

 

 満身創痍で体中に怪我を負ったシアが懸命に手を伸ばすが、その健闘も虚しくアーティファクトはエヒトが手を握りしめたと同時に光の残滓を纏うような砂状の残骸へと姿を変えてしまったのだ。その光景を見たシアはぱたりと手を力なく降ろしてしまった。

 

 

 

「では…手始めにこ奴らを消し去るか」

 

 エヒトが宣言し手を翳す。その動きに合わせるように空間が歪んでいく。それはコウスケが激情に駆られたときに起こす超常現象。それをエヒトは自分の力で行おうとしていくのだ。

 

「おお…この力、流石は我らの神!」

 

 放たれる魔力の奔流にイシュタルが感極まった声を出す。対してフリードは頭を下げたまま何も動かなかった。

 

 空間の歪みが大きくなり、ひび割れだし、圧縮された魔力の塊がハジメ達に放たれようとしエヒトの口角が上がった時それは起こった。

 

「…グッ!?」

 

「エヒト様!?」

 

 突如エヒトの鼻から血が噴き出したのだ。夥しい量の血を噴出したエヒトは咄嗟に腕で鼻血を拭く。が、今度は耳から血が垂れてきたのだ。

 

「一体どうなされたのですか!?」

 

「グフッ…忌々しい…我が力を持ってしてもこの男の体を我が物とする事は出来ぬというのか!?」

 

 吐血しながら吐き捨てるエヒト。自身の力を持ってしても高次元の勇者を自身のものにすることができない。その事実を認めない様に体の修繕を図るが今度は目から血があふれ出てきた。

 

「グゥ!?…アルヴヘイト我は一度、【神域】へ戻る。この体が馴染まぬ今、万全とはいかなかったようだ。認めたくはないが我をもってしてもこの男の力は強大だ。調整に五日ほど、時間が掛かる。使徒を残して置く、この場は貴様に任せたぞアルヴヘイト」

 

「はっ我が身命をもって」

 

「フリード、イシュタル。我に着いて来い。貴様らには護衛を頼もうではないか」

 

「はっ」

 

「仰せのままに我が神よ」

 

 アルブ達に指示を出すとエヒトは頭上に手を掲げ光の粒子を作り出す。すると光の粒子が謁見の間の天井の一部を円状に消し去って、直接外へと続く吹き抜けを作り出した。

 

 光の粒子はそのまま天へと登って行き、魔王城の上空で波紋を作りながら巨大な円形のゲートを作り出した。天地を繋ぐ光の粒子で出来た強大な門――まさに神話のような光景だ。おそらく、エヒトの言う【神域】という場所へ行くための門なのだろう。

 

 エヒトは、掲げた腕を下ろすとふわりと浮き上がり、天井付近からハジメ達を睥睨した。

 

「イレギュラー諸君。我は、ここで失礼させてもらおう。この肉体を完全に我が物にするのに時間がかかるのでね。それと、五日後にはこの世界に花を咲かせようと思う。人で作る真っ赤な花で世界を埋め尽くす。最後の遊戯だ。その後は、是非、異世界で遊んでみようと思っている。もっとも、この場で死ぬお前達には関係のないことだがね」

 

 どうやらエヒトは、本気でこの世界を終わらせて、新天地として地球を選ぶ気のようだ。そして、そのタイムリミットが五日。それが人類に残された時間だった。

 

 倒れ伏すハジメ達を一瞥し、鼻で嗤うとそのまま点に輝くゲートへと昇って行った。恍惚な表情を浮かべたイシュタル、ハジメ達を一瞥したフリードも後に続く。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エヒトに後を任されたアルヴヘイトはニンマリと口を上げた。後は残党の処理をするだけの簡単な仕事だった。エヒトの眷属として言い渡された使命は必ず遂行するつもりである。

 

 だが同時にディンリードの記憶にある美しい姪の存在をアルヴヘイトは自分の思いのままに汚したかったのである。アルヴヘイトが今まで見てきたエヒトを除く唯一の目を奪われる存在。それを意のままにする。無理だと思いつつもエヒトに願い出てみればエヒトは許可を出したのだ。

 

(流石は我が主。何と寛大でお心の広いお方か!)

 

 感極まった気持ちでエヒトに楯突く下賤な連中の顔を見る。するとそこで不思議な光景が目の前に広がっていた。

 

「ハ……ジメ…君」

 

 倒れ伏していた者の中で一人だけエヒトの神言を打ち破り動いている女が居たのだ。黒髪の髪の長い女はしかし、怪我を治すこともできずにいるのか 這いつくばりながらずるずると動いている。

 

「?なにをしている。さっさとあの女を…」

 

 周りの使徒に向かって命令するつもりだった。エヒトの使徒とはいえアルヴヘイト自身も神なのだ。言う事には従う筈が、誰も動こうとはしなかった。百体を超える神々の使徒が寧ろ手を出すことを恐れている。そんな雰囲気が使徒たちの顔に蔓延していたのだ。

 

 

 

 そうこうして居る内に女…香織はついにハジメの元へたどり着いたのだ。

 

「待ってて…今怪我を…」

 

 自身も動けぬはずの怪我をしているのに必死に死に体のハジメを治そうとするその光景は感動を呼ぶものだった。

 

「ふん、無様な…この期に及んでまだ生き恥をさらそうとするのかこの下賤な連中は」

 

 だがアルヴヘイトからしてみれば生き汚い虫みたいな物であり、不快を催す物だった。魔法を使うまでもないとつかつかと歩み寄る。

 

「哀れだなイレギュラー。女に助けてもらわなければ生きることもできないのか」

 

 反応は無い。それどころか、香織の方もアルヴヘイト一瞥することもなかった。それどころか香織の両の手の平が儚くも淡く輝いていた。

 

 見れば手の甲を傷つける様に魔法陣が刻まれていたのだ。不器用ながらもそれは治癒術の魔法陣であり、手の怪我の深さから床の破片で自分で傷つけて作ったものに違いなかった。

 

「ハジメ君…今度は私が貴方を助けるから…だから」

 

「うるさいこの愚図が!」

 

 自分を無視して勝手に動く香織に蹴りを放つアルヴヘイト。側頭部に当たり倒れ伏す香織。しかし起き上がるとハジメを抱き寄せ怪我の治療を始めようとする

 

「今まで、あぎっ!…頼り切りっ…だった、から」

 

「まだ動くのか!?コイツ!」

 

「あぐっ!…私が…貴方を…守らなきゃ」

 

 何度蹴りを放ち髪を掴み放り投げるも這いつくばって香織はハジメのもとへ近寄ろうとする。その執念を超えるナニカにアルヴヘイトに一筋の冷や汗が流れ落ちた。

 

「ふ、ふふそんなに一緒に死にたいのなら纏めて死ぬが良い」

 

「ハジメ君…死なせない。何があっても貴方だけは」

 

 二度と離さないという意思表示の様にハジメの頭部を抱きしめる香織。その美しく儚いその光景をアルヴヘイトは打ち砕くように魔法を放つのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パキンと何かが砕ける音がして、ブチリと肉の裂ける音がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続きはもうちょっと早く投稿できるようにします


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武闘と魔法

ずっと温めて腐ったんじゃないかと思ったものををようやく投稿することができます

要はフラグ回収の巻


 肉の裂ける音が聞こえる

 

 

シアにとってドリュッケンとはただの武器で無かった。戦友であり子供の様であり…大切な物であり、何よりハジメ達の旅について行く上での最も重要な物だった。

 

 自分と同じ異端の力を持った三人との出会い。まるで運命の様なその出会いでシアはハジメ達について行きたいと思った。家族への罪悪感、友人になりたいなどと色々な下心があったものの必死で食らいつき旅に同行を認められるようになった。

 

 そして町について…ハジメはシアの相棒となるドリュッケンを作ってくれたのだ。その時の受け取った感動をシアは決して忘れない。ハジメにとっては只の武器のつもりだったかもしれないがシアにとっては全く別の感動があったのだ。

 

 それは戦力として認められた。仲間として一緒に行こうと誘われた確かな証拠だったのだ。

 

 シアの剛腕に合わさるようにドリュッケンは手に馴染んでいった。戦い方をコウスケと合わせるように何度も訓練をして、その度に魔物の血で汚れてしまったドリュッケンの手入れをし…多くの戦いを乗り越えていった。

 

 ブチブチと肉の裂ける音は大きくなっていく。

 

 初めての大迷宮ではミレディ・ライセンのとどめを刺す大きな要因となった。ウルの町を覆い尽くす様な魔物の集団を蹴散らすために獅子奮迅の活躍をした。火山の大迷宮で炎を纏う魔物を難なく退けた。海底遺跡では場に合わせてハジメに改良をしてもらい亡霊の軍隊を薙ぎ払った。

 

 シアが振るうドリュッケンは確かにシアの力となった。だが王都の防衛線辺りから違和感が出て来た。握る質感が妙に頼りなく、重さが軽くなっていく感じがしたのだ。樹海の迷宮で虫型の魔物を叩き潰した。当たり所が悪い気がした。氷雪洞窟で氷の魔物を粉砕した。何度手から離れそうになったことか。

 

 そして、自身の虚像に相対した時、シアは無意識に自身がドリュッケンに対してどんな事を考えていたのかを知った

 

『自身の成長について行けない只の重り。善意で渡された私を束縛する鎖。もう必要のない物』

 

 虚像が言った言葉は、確かにその通りだった。どれだけハジメが改良をしてもドリュッケン…武器自体がシアの成長についてこれず肉体が受け付けなくなっていったのだ。

 

 だが、たとえシア自身どこかで自覚していてもその言葉を素直に受け止めるにはあまりにもドリュッケンとの思い出が多すぎた。大切な戦友で相棒で、ハジメ達との思い出の品を必要ないと言われるのはどうしても我慢できなかったのだ。しかし実際は虚像を倒した時は素手であり、ドリュッケンは手元にはなかった。それがシアの本能であり自身にあった戦い方だった。

 

 

 肉の裂ける音は、自身の身体から鳴っている。

 

 そして、今シアのドリュッケンはエヒトの手により光の粒子となってこの世から消え去ってしまった。もうどこにもシアの大切な思い出は存在しなかった。 

 

(……)

 

 体から音がする。肉の裂ける音、それと同時に痛みが走る。シアは本能でそれが何なのか理解した。

 

 それは肉体の()()の音。鎖が解け自身が全力で戦える筋肉の成長の音。収束と断裂を繰り返し高密度の肉体へと変わっていくシア自身の肉体の変化。

 

 全く持って不得意だった重力、再生、変成、それぞれの神代魔法が意識せずとも筋肉の成長をスムーズに行う。それはまるでシアの呪縛が解き放たれたことを祝福する様に、今この場にいる敵を殲滅しろと歌うように。

 

 

 香織がハジメを守ろうとしているのをうさ耳が捉えた。隣でパキンと魔力の音が鳴ったのをうさ耳は捉えた。

 

(…ユエさん。貴女もなんですね)

 

 親友の魔力の質が変わったことをシアの肉体は感じ取った。なら自分がすべきことは、やり遂げなければいけないことは。

 

(私が守る!今度こそ私の手で!)

 

 守るにはどうするのか、シアの出た答えは簡単な事だった。やることは単純に敵を潰す、それだけでありそれ以外は仲間に任せる事をシアは選択した。

 

 一瞬の間をおいてシアは跳躍した。向かう先は魔王…ではなく周りの使徒達。どうしようもない愚か者の粛清は最も因縁のある親友に任せることにした。

 

 

 新たな肉体へと変わったシアの拳の最初の一撃は使徒の上半身を盛大に吹き飛ばした。肉片が飛び散り壁へと向かっていくのシアは次の標的へと跳躍しながら視界の端に捉えていた。

 

(なんて…無様!)

 

 思う感想はあまりにも不甲斐ない自身の力の使い方だった。もっと鋭利に迅速に一撃を与える筈だった攻撃は力任せの腕力だけを頼りにした一撃だった。

 自身の身体の全てを出し切れていない。今もなお成長し続ける肉体の力を持て余す自身の戦い方に強い怒りを感じる。

 

 シアの感情の露出が闘気となってシア自身を包み込む。だがシアは気付かない。目も前の敵を一秒よりも屠ることに集中と戦意を向ける。その呼応に増々闘気が増大と収束を繰り返す。

 

 使徒が自分の動きについて行っていない。自覚したのは五体目の使徒の首を足で蹴り飛ばした時だった。

 

(私が速い?…駄目!もっと、もっともっともっと速く力強く正確に!まだまだ足りねぇんですぅ!!!)

 

 使徒より速くなっている。自覚したそのイラつきが増々シアの肉体の速度を上げる。跳躍するための太ももの筋肉が肥大化し瞬時に元の細さへと収束していく。だがまだシア自身が望む速さへとたどり着いてはいなかった

 

『使徒よりも早くなっているのならなぜまだ敵を殲滅することができないでいるのか』

 

 肉体をうまく使えずにいる事で疑問が大きくなる。まだまだ敵は多い。それなのになんという体たらく。不甲斐なさが大きなってもどかしさが出てくる。

 

(そっか…ドリュッケンに甘えてきていたから) 

 

 十体目を粉砕した時に何故ここまで体を動かすという事がぎこちなくて不甲斐ないのか理解した。シアは何時だってドリュッケンに頼り切っていたのだ。その思いに大切な相棒は答えていてくれた。シアが肉体の制御を疎かにしていてもドリュッケンが補っていてくれたのだ。

 

(ありがとうドリュッケン…今まで私を助けてくれて)

 

 ドリュッケンへの惜しみない感謝の気持ち。その感謝がシアの肉体を変える。動きはスムーズになり無駄な動作が省かれていく。十五体目を手刀で両断した時、使途が動き出す。両手に大剣を持ち構える者、シアに魔法を放とうと、口を開く者。顔の表情は変わらないが焦りを感じた。

 

(チッ!まだうじゃうじゃ居やがるですか!)

 

 口を開いて悪態をつかないのはその呼吸一つ分でも惜しいからだ。使徒を殲滅し窮地を脱するにはまだ何かが足りない。自身が完成する何かが。

 

 壁を床のように見立て跳躍の反発力を速度に変える。使徒のガードする大剣もろとも正拳突きの一撃で貫き吹き飛ばす。片足を床に叩きつけ軸にし、回し蹴りの要領で使途を引き裂く。自身の五体を使う戦闘流法。しかしあくまでも我流だった。シア自身が自分の肉体に頼った動きだった。

 

(素手で戦う人なんていなかったですからねっ!ほとんどが我流…え?…父様?)

 

 せめて誰か一人でも模範となる人間が居たら、そんな思いが突如としてある人物を想起させた。

 

 その者の名はカム・ハウリア。兎人族たちの長でありシアの大切な愛する父親だった。

 

 再会したカムはハジメが作った武器を持っていなかった。無手でありながらも力強さを感じていた。それはカム自身が体そのものを武器としていたから。

 

(あ、ああ…父様はこの事を知っていて…私に助言を)

 

 帝国で奴隷を解放した後、カムはシアに戦いをやめろと伝えてきた。その事に反発し喧嘩と言うの名の戦いに発展して…結果シアは負けた。今にして思えばカムはシアの状態を把握していたのだろう。父親だからこそ分かる娘の気持ち。戦闘部族となった長としての随一の身体能力を持つはずの希望の違和感に。

 

 カムは言っていた。うさ耳はどうしたのだと。兎人族が頼りにし、誇りを持つうさ耳をシアは使っているのかと。

 

 カムは言っていた。その目はどうしたのだと。未来を見通すシアだけの能力を本当に使いこなしているのかと。

 

 カムは言っていた。ドリュッケンではなく拳で向かって来いと。その言葉はシアがどういう戦い方をすればいいのか暗に教えていたのだ。

 

(父様…皆。私は貴方達の希望となる。だから不甲斐ない私に力を貸してください!)

 

 父親への感謝。家族への感謝。その思いがシアの身体にさらなる革命を施す。

 

 うさ耳が使徒の呼吸音をとらえた。その音は魔法を使うための前段階の動作。物理的なものが無い筈の空気を駆り最速の動きで魔法を唱えようとする使途の口に拳を放つ。その結末を見届ける事なく今度は返す拳で向かってきた使徒に手刀で切り裂く。

 

 シアの蒼穹の目が未来を見る。映し出された映像には使途が五人がかりの連携で襲い掛かってくるもの。即座に反応し後方から来た使徒を後ろ回し蹴りで撃墜し、前方から襲い掛かる使徒をサマーソルトで蹴り上げ上空から来た使徒にぶつけさせる。左右からの使徒は飛び上がりそれぞれ片方の手で顔面を掴むと一気に握りつぶした。

 

 拳打と蹴撃が研ぎ澄まされていき、うさ耳と未来視が先を読む。だが決してシアは誇らない。それは出来て当然の事だった。仲間内で最も身体能力が優れた自分ができて当たり前でするべき事だった。

 

(ハジメさん…コウスケさん。必ず私が道を切り開きます。だから待ってて)

 

 コウスケはいなくなった。ハジメの容体も分からない。それでもシアの動作は鈍らない。遅咲きであるこの完成された自身の肉体を使い最善の未来を切り開くのだ

 

 兎人族の少女は跳躍する。仲間のため、自身の守るべきもののため。その跳躍を阻止するものは誰にもできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが砕ける音がする

 

 エヒトが嘲笑いながら言った自身の油断は腹が立つが確かにその通りだった。叔父が生きていたと驚き、話に耳を傾けていたのは紛れもない事実だった。その為に初動が遅れ結果光の柱に囲まれてしまった。自身の失態だった。

 

 だがそれで納得できるほどユエは殊勝ではなかった。寧ろお前らのせいだと強く思った。

 

 叔父が出てきた時は本当に驚いた。どこかで生きて居るのでは無いかと考えていたし、頭の片隅に置きとどめていた事だった。実際にあった時は想像以上にショックだったのは間違いはない。話す言葉が真実かどうかを探り考えていたのも本当だった。

 

 だが攻撃してきたのは敵の方で、策を弄する矮小さを棚に勝ち誇るのは随分と自称神にしては失笑物だった。

 

(でも…その神に負けた私が思う事ではない)

 

 コウスケに庇われその意味を理解する間もなく状況に流され、無様に這いつくばる自身はなんとみっともないのだろうか。誰よりも魔法に関しては一家言があると自負していたくせにどうして高々コウスケよりはるかに劣る障壁を壊せずにいたのか。仕組みを瞬時に解析し大切な恩人を解放することができなかったのか。

 

(私は…私が腹立たしい!)

 

 自分達より劣る敵。皆と力を合わせればなんて事のない強大でも勝機はあるという信頼。そのユエ絶対な信頼を壊したのはユエ自身だった。

 

 叔父が生きていたと思った。だがそれは過去の人間。今を生きるユエにとっては関係のない人物。

 

(私が目を向けないといけなかったのは皆!決して過去の私にかかわる人間じゃない!)

 

 

 パキンパキンと自身の透明な殻が破れる音がする

 

 

 香織の声が聞こえた。顔を上げればハジメを抱きかかえ魔王アルヴヘイトから攻撃されようとしていた。

 美しい光景だった。全力で何があっても好いた者を守ろうとするその姿勢に揺るぎない意思。綺麗だった。香織は仲間内でも戦闘に長けた方ではない。それでも必死に守ろうとするその姿は見惚れるものだった。

 

(香織…今、助ける!)

 

 パキンと大きな音が鳴った。それは自身の内から放たれた音だった。

 

 右手を上げ魔力弾を打ち出す。咄嗟に放った属性のない只の魔力の塊は吸い込まれる様にアルヴヘイトに当たる。

 

「グハッ!?」

 

 攻撃されるとは思いもよらなかったのか、無様に当たったアルヴヘイトは大きく吹っ飛ばされる。とりあえずは香織とハジメから距離を話すことに成功する。

 

(使徒は…シア?)

 

 アルブヘイトを離すことができたが、だからと言って戦局が有利になった訳では無い。周りの使徒を迎撃しなければ、そう思い見渡せばそこにいたのは親友に良いように翻弄されていく使徒の連中だった。

 

「シア…私と一緒」

 

 シアはただ独りで使徒たちを圧倒させている。その手にドリュッケンは無い。だがそれを問題ないと…寧ろ上回る動きで使徒の首を刎ね胴体を陥没させ蹴り殺していく。その様子はすべての迷いが取れたような動きだった。

 

(使徒はシアがどうにかしてくれる。ならハジメのクラスメイト達は…ティオ?)

 

 ハジメと一緒に召喚された人たち。ユエは交流が無い。他人と言えばそれまでだがハジメにとっては故郷の知り合いである。見捨てるわけにはいか無いと視線を向ければそこにはいつの間にかティオが守るように障壁を張っていた。コウスケに比べれば劣る。しかしティオは一流の魔法の使い手だ、簡単に壊れるまでの物ではなく、一時的に守るのであれば十分な代物だった。

 

 ティオの顔は真っ直ぐこちらを見ている。その目は雄弁に語っていた『任せろ』『行け』と。ティオの傍らで転がっていた清水は親指だけを上げていた。

 

 2人の声なき声に応え、踵を返しハジメ達のもとへ向かう。ハジメを抱きしめている香織は怪我だらけだ。魔法を補助するアーティファクトも無くなり魔力操作のない香織にはきつい状況だ。すぐに治癒魔法を唱えようとしたが香織に視線で止められた。

 

「……」

 

「香織…」

 

 その表情をユエは忘れない。惚れた男を絶対に助けるという女の決意。本気で敵わないと理解した。今この瞬間香織は自分自身を上回った。そう強く感じ、同時に晴れ晴れとした。もうこの子は大丈夫だと。そして虚像に揶揄られた自分の淡い心もそっとしまう事も忘れなかった

 

 ハジメの怪我は深刻で香織も満身創痍。だがその怪我は問題ないと伝えるように香織の掌が淡く白く仄かに輝いているのだ。それは香織もまた自分やシアと同じように扉を超えたものの光。新たなる力に目覚めた決意の証。ハジメを香織に任せたユエは前に進む。 

 

 

「グゥ…この狼藉者どもが!我を誰だと」

 

「知らない。さっさとくたばれ、寄生虫」

 

 アルヴヘイトから放たれる威圧を流す。正体が割れた今、叔父の顔をしている男はあまりにも醜悪の一言に尽きた。キレて血管が浮き出ている。言葉遣いがどんどん荒くなっていく。

 

「き、寄生虫だとっ!?ふ、ふふ哀れな小娘、しかとその脳髄に刻むが良い!アルヴヘイトの名において命ずる――“ひれ伏せ”」

 

「はっ」

 

 眷属神としての神の技能『神言』を使うアルブヘイト。だがユエにとっては只の戯言にふさわしかった。何せエヒトと比べて取るに足らない抑制力でしかなくそもそもユエからしてみればなぜ従い跪かなければいけないのか心底理解できないものだった

 

「効かぬだとっ!?貴様一体何をした!」

 

「知らない。お前の練達不足に過ぎない」

 

「おのれぇぇえええ!!!!」

 

 ユエの鼻で笑う嘲りに激昂するアルヴヘイト。怒り喚けば喚くほど神としての威厳も魔王としての存在感も無くなっていることにアルヴヘイトは気付かない。口から唾を飛ばし眉尻を上げるその顔は叔父としての顔とは似ても似つかないものになってくる。

 

 ユエは恥じた。この取る取らない小物に良いようにされてしまったことを。

 

 ユエは怒った。この現状を作り出したのは自分の過失であることを。

 

 ユエはイラついた。この汚い汚物がまだ存在しているという事実を。

 

「ふ、ふざけるなっ。神に楯突く愚か者が! 貴様等の命など塵芥に等しいのだ!!」

 

 激昂し神代魔法と遜色のない魔法を放つアルヴヘイトを左腕で放つ魔力の衝撃波で相殺しながらユエは右手で金色に輝く魔力の塊を練っていた。

 

(…こいつらは私のコウスケを奪った。私のハジメを傷つけた)

 

 ユエにとって大切な恩人である二人。だが一方は攫われ一方は瀕死にされた。その怒りと言う名の激情を金色の魔力弾へ捻じ込んでいく。

 

(私の親友を傷つけた。私の仲間を…身内を弄んだ)

 

 シア達もまた無傷ではない。心を許す大切な親友と一緒に冒険してきた仲間たちを思う気持ちを金色の魔力弾に入れ補強していく

 

(そしてディン叔父様を……ん?)

 

 叔父の仇を取ろうとしてふと思い込むユエ。そもそもこうなってしまったのは叔父の記憶を利用されてしまったからではないのか?

 

 アルヴヘイトが訳知り顔でのたまった言葉の数々。なるほど考えてみればアルヴヘイトは知らなくてもディンリードの記憶を探れば色々自分との記憶があるだろう。そしてディンリードが抱いていた思いも知ることができたのだろう。

 

 魂魄魔法と言う代物がある以上おおよその事の説明はつく。そして嘘をつくときは本物にそっと紛れ込ませるというのをユエはよく知っている。だから先ほどの言葉の何割かは叔父の記憶にあった考えなのだろう。

 

(………イラッ)

 

 叔父の考えていたことが何となく察したユエは、非常に不本意で認めたくは無かったが額の血管が浮き上がるほどイラついた。仲間を傷つけられた時と同じように癪に触ったと言ってもよい。

 

(さっきの言葉がある程度本当なら…ディン叔父様は私を侮っていた?)

 

 エヒトが敵だと知っていたのならどうして教えてくれなかったのか?エヒトが敵わない強いと知っているのならどうして相談してくれなかったのか?

 子ども扱いするのなら女王として報告するのが宰相としての義務なのでは?戦力として誰よりも強いはずなのに今更子ども扱いは何なのだ?十二歳で戦場を渡り歩いたのに今更自分を失うのが怖かった?

 

 抑えられていた叔父への怒りが膨れ上がっていた。三百年。言葉にすると僅かな単語だが、一切の光のない暗闇の中で死ぬことも生きることもできず自分と言う存在があやふやなままでいたユエにとっては永い永い時の牢獄だった。

 

 ギリッ!!

 

 怒りの余り歯が擦り減っている感触を感じた。ユエの怒りは止まらなかった。

 

 仲が良かったのにいきなり手のひらを返されて自分がどれだけ寂しかったのを知ってるのか?何か自分が粗相をしてしまったのだろうと思い込み改善しようとあれこれしたのを知ってるのか?自分の幸せを切り捨て国へ尽くし友達一人もできなかった自分にいまさら人間扱いとは善人ぶりが過ぎるのでは?

 

 バキンッ!!

 

 食いしばっていた歯が欠けた。同時に魔力の渦が溢れだし魔力弾が増大し誇大化した。その大きさはついに天井に届きそうなまでに達していた

 

「な…貴様…そこま」

 

 ()()が何やらうわごとを言ってるのがさらにユエを殺意を膨れ上げさせた。善人を装い惑わせ仲間を傷つけた愚かなる自分の過去の汚点。

 

 叔父が本当は自分の事を想って行動したのかもしれない。ユエの残る微かな記憶では何かに苦悩をしている父親の様な顔で、頬をそっと優し気に触る家族の手の感触だった。クーデターも裏切りも、自分を傷付け封印したことも。何もかもが姪の事を考えてのものかもしれない。

 

 だが、もし本当にそうだとするのなら家族に対して何も言わず相談せず()()()()()()()()()()()()()だったという事になる。

 

(私は…何一つ叔父に信頼されていなかった!!!)

 

 パラパラと自身の魔力の枷が砕け消滅したのを感じた。

 

「や、やめろ!神の命令だぞ! 言うことを聞けぇっ。いや、待て、わかった! ならば、お前の、いや、貴方様の下僕になります! ですからっ。止めっ、止めてくれぇ!」

 

 気が付けば光り輝く金色の鎖によってアルブヘイトは全身を拘束されていた。左腕からは金色の光がとめどなく溢れ防御壁の様に膜を作っている。

 そして右腕で魔力を激情で練り込んでいた魔力弾は小さなピンポン玉のように圧縮されていた。忌々しい自身の過去の汚点を消し去りたいという概念が混ざった黄金に輝くそれをユエはアルブヘイトに向けて渾身の力で放つ。

 

「その面を二度と私の前に出すな」

 

「やめ、とめっ」 

 

 金色の魔力はユエの手から離れた瞬間大きく誇大化し…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王城の上層部全てが吹き飛んだ

 

 

 

 




前半に比べ後半の描写が足りないとのは力不足です。もっといろいろ詰め込みたかった…


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殲滅の果て

出来ました!ではではお楽しみくだされ~


 

 

 

 

 

 ハジメが倒れた。腹部を貫通され、頭部を何度も何度も踏みつけられた。

 

 それが倒れ伏した香織の目に映る光景だった。使徒との戦いで体は怪我だらけ、それでも香織は這いつくばってでもハジメの傍に向かった。それこそが自分の役目だと無意識で思っていた。

 

(ハジ…メ…君)

 

 治癒術師である自分こそが何とかしなければ、その気持ちで向かった訳では無い。再生魔法に最も適性があるから向かったわけでもない。

 

 ただ助けたい。それだけしか頭になかった。

 

 邪魔をするアルヴヘイトを歯牙にもかけず倒れ伏したハジメを抱きしめ治癒魔法を使う。今まで自身の魔法をサポートしていた、錬成道具は無い。それでも手の甲に刻んだ魔法陣を使いハジメの傷を治そうとする。

 

(傷が深い…でも諦めない)

 

 自身の怪我を顧みず、少しづつハジメの怪我を治療していく。じれったくなる気持ちを無理矢理抑え、再生魔法が上手く使えない自身の現状に歯噛みし、もしものためと神水を隠し持っていなかった自分に憎悪が湧く。

 

 何よりも惚れた男の子を支えることが一つもできない、今までずっと守ってきたハジメを助けることのできない自身の力の無さが何よりも香織にとって腹立たしかった。

 

 その香織の怒りが限界点を突破し再生と治癒を複合した別の魔法へと変わっていくがそれすら香織にとっては些細なことでしかなかった。

 

(私が…私がやらなくちゃ!)

 

 周りの有象無象はほかの仲間たちがどうにかしてくれている。だから、自分のすべきことはハジメを治すことただそれだけだった。苛ただしい怒りを押さえつけ無心で傷を治していく。重傷だった腹部の穴はふさぐことができた、次は頭部の治療、頑丈だったおかげか見た目の割には怪我は少なかった。ほっと息を吐くと、次第に涙があふれ出してきた。  

 

(死なないで…ハジメ君)

 

 守られてばかりだった。橋の上でも迷宮の底でも、仲間になってからも何かと気遣われていた。好きだという無責任な言葉も嫌がる様子は無かった。

女の子として丁重に扱われていた。その境遇に甘えていた。他の女の子に嫉妬していても自分に嫌悪していてもハジメにだけは甘えていた。

 

 ハジメの顔は依然として眠ったかのように瞼が閉じられていた。

 

 鼓動の音を確かめるようにハジメの心臓を触るかのように破れた服を引き裂き胸板に直に手を置く。魔力を流し込む様にすれば先ほどまで少ししか動かなかった心臓がドクンとはねたような気がした。確かめるかのように胸板を触り心臓がまた刎ねたことを察して無心で魔力を注ぎ込む。

 

 そうして周りの雑音も轟音も過ぎ去り何もかも忘れハジメの治療に没頭していた時、ふいに肩を叩かれた

 

「もうそのへんにしておけ白崎」

 

「清水君…?どうして南雲君はまだ」

 

 まだ目を覚ましていない。そう告げようとしたが清水は苦笑していた。その顔は手遅れだとか無駄だとか悲観的なことを言ってる訳では無かった。

首をかしげる香織に清水はハジメの顔を指さした。

 

「そいつ、もう起きてるぞ」

 

「え?」

 

 清水に促されるままハジメの顔を見ると…そこには頬を赤くして瞼を閉じているハジメの顔があった。瞼がぴくぴくと動き唇は開かない様にキッと真一文字で占められていた。そして先ほどから直に胸板を触っている香織の手からは

 

 ドクンッドクンッドクン!!!

 

 物凄い鼓動が刻まれていた。怪訝な顔になり胸板をさわさわと撫でる。見た目は少年の風貌なのに体つきははしっかりしており 香織の想像より大きかった。ハジメの顔がピクンと動いた。指先でなぞるようにもっと触る。

 

 ドドドドドドドッッ!!

 

 心臓が面白い様に動き出した。このままでは破裂するのではないかと呆然と考えていた時にようやくハジメの瞼が上がった。

 

 

「…あー、おはよう、白崎さん」

 

 

 そのハジメの様子は怪我が回復したとかではなくどう見ても恥ずかしさに耐えきれなくなって起きたと言った方が正しかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だに呆然としている香織をあやす様に頭を撫でながらハジメは周囲を確認していた。その視界に映し出された光景は綺麗な青空だった。

 

(うわぁ…天井が綺麗に無くなっている)

 

 魔王城としての威厳と壮言さを兼ね備えた天井や壁は物の見事に消えてなくなっており、自分たちが寒空の中に放置されていることを知る。空のかなた先では黄金の渦が見えた。ところどころ戦闘跡らしきものが残っているあたりある程度は想定内だった

 

 自分自身の周りではユエが何やら眉間にしわを寄せ怒りを抑え込んでいた。その横にはシアが自然体で黄金の渦を見ていた。服装が何故か胸覆いと短パンという普段なら絶対しないであろう姿をしながら常時うさ耳がピコピコ動いているあたり警戒を解いていないのだろう。目が合うとほんの少し驚きユエに何事かを話しかける。

 

「どうやら無事じゃったようじゃの」

 

 多少服装が乱れたティオが歩み寄ってくる。ティオの後ろではクラスメイト達が呆然とした様子で空を見上げていた。比較的冷静なのは傍にいるランデルと愛子ぐらいか。リリアーナは先ほどから泣きそうな顔で黄金の渦を見つめている。

 

「白崎さんのお陰でね。それより…状況を説明してほしいかな」

 

 頭を軽く振り思考を整える。仲間たちが皆揃って先ほどとは打って変わって強くなってるのを肌で感じているのだ。何からするべきかと考えるハジメだったがハジメが起きたのを確認したのか仲間たちが群がってきた

 

「ハ、ハジメ君無事なの!?怪我はない!?頭は!?」

「ハジメ!あの神モドキを倒す!アレは生かしては置けない!」

「南雲さん!コウスケさんが…コウスケさんが!」

「ハジメよコウスケが攫われてエヒトが復活したのじゃ、これからどうするのじゃ?」

「無事か?つーかラスボス降臨したぞおい。やばくね?詰んでね?」

   

 わちゃわちゃと一斉に話しかける仲間たち。香織は我に返って(無意識にかハジメに顔を近づけて)ユエは怒りで額に青筋を立ててリリアーナは泣きながらコウスケが居なくなったと訴えて、ティオと清水は今後の動向を相談してくる。さてどう説明するべきかと苦笑すると冷ややかな声が聞こえた

 

「ハジメさん…コウスケさんが攫われたのにどうして心臓はそんなに落ち着いているんですか。…どうしてコウスケさんが居なくなったのに普段通りなんですか」

 

 冷ややかな声の主はシアだった。その目はいつもの天真爛漫さが抜けており強い怜悧な印象を受けた。コウスケが攫われたことにハジメが驚かない事に対して責めている訳でも非難している訳でもない、だが強い圧を放っていた。

 

 少しばかりピリリとした雰囲気に皆が押し黙る中ハジメは口を開く

 

「まぁ…色々とね。どうしてわかったの?」

 

「心音。香織さんに触られていた時とは違ってやけに静かじゃないですか」

 

「あはは、ついに人の鼓動の音も聞こえるようになったんだ」

 

「お陰様で。で、もしかして…どうなるか知ってたんですか」

 

 シアの詰問と遜色ない質問はハジメは苦笑することで答えた。その笑みにシアは一定の納得を経たのか半歩下がって息を吐いた。同時にその場に蔓延した圧が解かれていく。

 

 

「さて、とりあえずは皆集まって…話をしよう」

 

 そのハジメの号令で取りあえずその場にいた全員が集まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ、エヒトはコウスケの身体を乗っ取って神域に戻り五日後には世界を滅ぼして地球侵略、か。随分舐めたことをする馬鹿だねっと」

 

 説明役である清水の話を聞いて頷くハジメ。場所は先ほどまでの玉座の間。青空教室となってしまったが簡易的な結界を作り寒さや外の気候に影響の内容に場を整えた。本来なら魔人族やら使徒が居る筈だが、魔人族はエヒトについて行ったり使徒はシアが殲滅したので概ね安全だった。

 またシア曰くこの城にはほぼ生命体の音が聞こえないのでここに居座っても問題ないというお墨付きももらえた。

 

 簡易的なテーブルセットを二つ片手間で作りだし、ハジメ達首相メンバーとたちとその他のクラスメイトで分け合う。ほぼクラスメイト達の扱いが雑ではあるが今は我慢してほしいと目で訴えれば大人しく従ってくれた。どうやらハジメ達の重症ぶりでも割と平然としている様子から意見を言うものが居なくなってしまったようだ。

 

「で、皆に最初に聞いてほしい事なんだけど。僕はこの場所で何が起こるかを知っていたんだ」

 

 ハジメはまず、自分が皆を欺いて腹芸をしていた事を正直に話すことにした。ハジメの予想通りと言うべきか仲間の何人かが不貞腐れたように顔を顰めた。

 

「知ってて…お前なんでオレ達に言わなかったんだ!?」

 

「ん。予想できるのなら対策もできたはず」

 

「確かに事前に言えば皆でエヒト達を倒せたかもしれない。でもそのせいで犠牲が出るかもしれなかったんだ」

 

 ため息混じりにクラスメイトを見る。無論彼らが悪い訳では無かった、無理やり連れられて来たのだ。反抗や抵抗もしたはずだがそれも虚しくと言った様子だったのだろう。

 

 無能扱いし未だに思うところはある物のハジメとて死人が出てほしいわけではない。ので、物事がちゃんと進む様に黙っていたのだ。

 

「む…でもハジメは死にかけた」

「そうです。ハジメさん貴方は自分がやられるのも作戦の内だったんですか」

 

 隣で座る香織が腕をきつく握りしめてくるのを感じながらシアとユエの質問にハジメは頷いた。ちなみに香織が近い距離で座っているのは離れることを香織が拒否したためだ。心配させた責任があるのでハジメは好きなようにさせている。

 

「そうだね。エヒトにやられるのを覚悟していた、だから余計な反撃をせずさっさと倒れたんだ」

 

「どうしてそんな事を…とは言えんの。お主こそが最も警戒すべき相手じゃからこそハジメを倒したエヒトは油断をしたわけじゃからな」

 

 自身が一番強いという事をエヒトはイシュタルやフリードから聞かされているだろう。なら早々に負けてしまえば、油断する。『エヒトルジェ』と言う自称神の性格を考えての判断であり賭けだった。その結果上手く行くことが出来た。

 

「…私は納得できないよ」

 

「白崎さん…」

 

「どうしてハジメ君が痛い目に遭わないといけないの?…死ぬかもしれ無かったんだよ。予想だとか作戦だとか、そんなに上手くいくなんて誰が保証するの?ハジメ君が怪我して皆や私が何も想わないとでも思ってるの?」

 

 香織の言葉にハジメは口を噤んだ。確かに香織の言う通りではあった。上手く行くとは思っていたが保証はどこにもなかった。もしコウスケの身体に早々エヒトが馴染んでしまったら?イシュタルやフリードが助言をしてしまったら?あやふやで破綻する可能性もあるにはあったのだ

 

「でもそうしなければいけなかった。僕が、怪我をしなきゃ皆を助けれない」

 

「そうやって…っ!」

 

 香織に引っ張られ正面から向き合う事になったハジメ。そこで香織の目からぽろぽろと涙がこぼれていることにやっとでハジメは気が付いたのだ。

 

「何で自分を大切にすることができないの!?私はずっと怖かったの!ハジメ君が死んじゃうって!怖くて怖くて死なせたくないっと思って!心配していたの!あの時みたいに手遅れになっちゃうんじゃないかって!…また置いて行かれると思ったの」

 

 自分の思いを叫び涙を流す香織がハジメの心に刺さる。胸ぐらを掴む手が力なく落ちていき香織は崩れ落ちてしまった。

 

「自分の命を粗末にしないで…貴方の命はかけがえのない物なの。たった一つだけの大切な物…失くさないで」

 

 そのまま顔を覆い泣いてしまった。どうにもバツが悪くなりハジメもまた顔を上に向ける。どれだけ危険でもそれが皆の安全を考えるうえで良かったとは思うし念のために神水を隠し持っていたのもある。しかしこうまで泣かせてしまうとハジメとしても苦い物を感じた。

 

「白崎さん、ごめん」

「……」

「本当なら君だけでも話すべきだったかも知れない。でも反対されると思ったんだ」

「…反対するよ。そんな危険な事」

「そうだね。だからこれからもうしない様に約束させてくれないかな」

「約束…?」

 

「約束。もう君を不安にさせるようなことをしない…ううん君を一人にしない」

 

「それって…」

 

 香織が顔を上げるとそこには照れたように顔を仄かに赤くしながらも真っ直ぐ見つめるハジメの姿があった。

 

「ずっと前の告白の返事。今、君に返す。()()()()()()()()()。僕の事を考えて怒って嫉妬して…好きでいてくれる君が僕は好きです」

 

「ハジメ君…」

 

「不甲斐ない僕だ。今後も君に迷惑を掛ける、でもそれでも良ければ…僕と付き合ってくれませんか」

 

 偽りなしの正真正銘の本気の告白だった。場所がどうだかとか雰囲気考えろよとか仲間たちが見てるだとか一瞬思考をよぎるがハジメは愚直なまでに人生で初めてで本気の告白をしたのだ。

 

 この女の子を泣かせたくない、大切にしたい。自分のものにしたい。かねてより考えていた気持ちが混ざり合ったその結果涙を流し自分を心配する香織の姿を見て爆発したのだ。

 

 人生で初めての緊張をハジメは味わっていた。打算的な考えがあるかもしれない、下心なんて無尽蔵だ。どんな強敵でも味わえなかった緊張をしたハジメの目には呆然とした香織の姿だった。

 

 香織も香織で驚いていたのだ。場所も周りの人も忘れてしまうほど。

 

「本当…なの、ハジメ君」

「うん。好きだよ白崎さん」

「私でいいの?」

「君が良いんだ、違う、君じゃなきゃダメなんだ」

「だって私、すぐ嫉妬するし我儘だし、怒りっぽいし」

「知ってる。そんな所も含めて、だよ」

「…独占欲なんてハジメ君が思う以上なんだよ?」

 

 香織の言葉にハジメは苦笑し、意を決して言った。自惚れ以上の大馬鹿野郎と思う言葉を。

 

「それについてなんだけど。僕は一回しか言いたくないし言わないからね。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 僕だけが君を見たい、反対に君だけが僕を見ていてほしい。ずっとそんな事を考えていたんだ。…我ながら重い事を言うけどさ」

 

 恥ずかしさで穴が入りたいほどの自惚れた男の言葉だった。そして心からの言葉だった。ハジメの言葉を聞いた香織は脳が理解するのに時間がかかったのか最初は呆然として次に涙を目の端に溜めて、そして顔をくしゃくしゃにしてハジメの胸に飛び込んだ。

 

「私も”あなだの事が、好きです!ずっとずっと前からっ!」 

「うん」

「でも、可愛い女の子がいっぱいっ居て」

「うん」

「ハジメ君が取られちゃうかと怖くてっ恨んで憎んっでいないと耐えられなくって」

「うん」

「取られたくない、離れてほしくない、誰にも、誰にも渡したくなんてない!」

「何処にも行かない。ずっと、傍にいるよ」

 

 香織を抱きしめ胸元で泣きじゃくるのを頭を撫でてあやす。フルフルと震える香織の頭を撫でるたびに心がじんわりと温かくなるのをハジメは感じていた。嗚咽と涙で胸が暖かくなるのをハジメは気にせず、ずっと香織の撫でているのだった。

 

 

 

 

 

 

「あーすまぬ。邪魔をしたくはないのじゃが…話を進めてもよいかの」

 

 いきなり始まった青春をとても気まずそうに中断の声を掛けるのはティオだった。今にでも砂糖を吐きそうな顔は非常に居心地が悪そうだった。

 

「ごめんごめん、それじゃ話を続けるよ」

 

 特に悪びれもなく苦笑するハジメは胸にしっかりと香織を抱いたまま何事もなかったかのように向き直る。ちなみに香織は顔をハジメの胸板に沈めているので表情は見えなかったが耳がとても真っ赤だった。

 

「ねぇねぇユエさん。どうしてハジメさんはまだ香織さんを抱きしめているんですか。クラスメイトの人たちとても居づらそうですよ」

「フッあれは香織が自分のものだと証明するために見せびらかしている」

「あーなるほど、この子は自分のものだと。だから今後口を挟むなと…ケツが青いですねぇ」

「まだまだハジメは青二才の童貞ボーイ。致し方ない事」

 

 ユエとシアが何やら言っているがハジメはスルーすることにした。たとえその大半の事が合っていたとしてもスルーすることにしたのだ。

 

「さて、話を戻すけどとにかくここで起きることは知っていたんだ。魔王がユエの叔父さんの体を乗り移っていることやエヒトがユエの体を欲しがっていたことも」

 

「あ?ユエさんの体を欲しがっていた?だけど実際は」

 

「そうエヒトの本当の狙いはコウスケだった。これについては僕の予想外の事だったから意外だったんだけど、どっちにしろコウスケだったら例え自分が狙われていると知ってもユエを庇うんだ。コウスケはそういう奴だ」

 

 だからこれはあくまでも想定の範囲内と断言するハジメ。ここまでは想定内ならその後についてはそう声が上がったところでリリアーナが声をだした。

 

「でもコウスケさんは、連れ去られてしまいました。エヒトもこの男の意識は無いって」

 

 リリアーナは確かに聞いたのだ。コウスケの身体を乗っ取ったエヒトが高らかに体を奪い掌握したのだと。リり―ナからの目からしてみてもコウスケの意思が残っている様子は無かった

 

「確かにコウスケの意思はない。だからエヒトは誤解したんだ。完全に自分が取り込んだんだと油断をしたんだ」

 

 ニヤリと不敵に笑うハジメ。その顔でリリアーナはあることを思い出した。絶対的なアドバンテージを持っていたエヒトが何故撤退したのかを。

 

「もしかして…あの時コウスケさんが反抗してエヒトに攻撃を」

 

「それは違いますよリリアーナ様」

 

 その声は上空から聞こえてきた。何事かと全員が上を見上げるなかひらりと着地してきたのは…

 

「「「「「使徒!?」」」」」

 

「「「「「ノイン!?(ちゃん)」」」」」

 

 それは使途をもっと幼くした体のハジメ達の仲間でありコウスケの従者であるノインだった。事情を知らないクラスメイト達が警戒する中ノインはいたっていつもの自然体だった。

 

「お主、今までどこに…む?その左腕は」

 

 ティオが問いかけるのは無理もなかった。魔王アルヴが本性を現して戦闘に入った折最初に吹き飛ばされてその後行方が知れなかったのだ。仲間内は大丈夫だろうと思っていたためハジメの説明が先になってしまったが…

 

 だが今はそれよりノインの左腕が異様だった。禍々しさを感じる強大な籠手を装着していたのだ。大きさはノインの左腕をすっぽり覆う異形さで見ようによっては左腕が肥大化しているように見える。

 手の甲付近には大きな宝石のような水晶玉が蒼く輝いており心臓の鼓動の様に時折強く発光している。その水晶玉から何かしらの巨大な魔力を感じ取りゴクリと誰かがつばを飲み込んだ。

 

「エヒトが撤退したのはあくまでもマスターの身体が異質で強大な力を持っていた為。マスターが反抗したからではありません。そもそもあの身体にマスターはいません」

 

「居ない?なら、コウスケさんは一体どこに…っ!?」

 

 震えるリリアーナが直感で何かに気付いたのか水晶玉をじっと見つめる。そんなリリアーナにノインはほんの少しだけ口角を上げるとハジメに向き直る

 

「どう?上手く行った?」

 

「想像以上に完璧ですね。流石は南雲様。やはりあなたに頼んだのは正解だった」

 

 そう言いながら左腕の籠手を撫でているノイン。妙に機嫌が良さそうなノインだったので清水が恐る恐る聞き出した。

 

「なぁ、ノインそれ何なんだ」

 

「これですか?これは『鬼の篭手』私がハジメ様に依頼して作った特注品です。…少々機能を万全にするために大型化してしまいましたが」

 

「鬼の…おいおいそれじゃまさか!」

 

 名前を聞いた清水が喜色の声を上げた。事情を知らないほかのメンバーは何事かと思ったがだんだんその蒼の色が見慣れている物だと気付き始めた。

 

「僕とノインは計画を立てた。どうやったらうまく物事が進むのか。きっとコウスケは僕たちの想像通りの動きをするなら、その後のフォローをすればいい」

 

 ノインが発光した水晶玉を撫でるとひときわ大きな光が辺りを覆った。そして人の影がボフンと飛び出してきた

 

「うわっ!?いって~って、んん?ここ何処?え?なに?ナニガオコタ!?」

 

「体を乗っ取られるなら、奪われる瞬間に魂をこちらが取り返せばいい。あの身体には元々コウスケはいなかったんだ。エヒトは気付かなかったみたいだけどね」

 

 淡く光りながら周囲をきょろきょろと見渡すコウスケに苦笑しながらハジメはノインと立てた計画が上手く行ったことを実感するのだった。

 

 

 

 

 

 

 




さっさと次を投稿しなければ…


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作戦会議

お待たせです

それではごゆっくりどうぞー


 覚えているのは、光により阻まれ脱出できなかった事。不快な声、そして、体から排出される自分。眠っていたところを無理矢理叩き起されたような

感触を受け周りを見渡せば驚く顔が一杯だった。周囲の状況に混乱しているとなぜか香織を抱きしめたままハジメが苦笑して声を掛けてきた

 

「魂だけになっちゃった気分はどうかな、コウスケ」

 

「魂魄しています…て何なんだこりゃ!?」

 

 自身の姿を確認し改めて絶叫するコウスケ。何せ自身の身体が妙に透けているのだ。オマケに淡く光りまるで魂だけの様だった

 

(デモンズソウルのソウル体になった気分…いやいやいや、マジであの時何が起こったんだ!?)

 

 知らぬ間に起きたことに頭を抱えるコウスケ。だが、ハジメから念話で『状況と今からの説明で何となく察して』と伝えられてしまい、渋々大人しくする。

 

「取りあえず混乱している馬鹿は置いておくとして、コウスケの身体が乗っ取られる瞬間、魂はノインが確保する手筈だったんだ」

 

「ですが堂々と『吸魂』しては妨害される。なので早々に戦線を離脱させてもらい、後は機を窺うだけの簡単なお仕事をさせてもらいました」

 

「それなら確かにハジメさんが落ち着いているのも納得ですぅ。…あの、エヒトが撤退するのも計算の内でしたか」

 

「無論です。『エヒトルジェ』如きではマスターの身体を完全に使いこなすことは無理です。そもそもマスター自身が使いこなせていないのに他人が乗っ取った所で無理です。せいぜいできて六十%ぐらいでしょうか」

 

「いやいや、俺の身体どんだけなんだよ…」

 

 自身の身体の話題になったので思わず突っ込むコウスケ。話の内容から今の身体が魂魄になっていることは察したがそれにしたって奇想天外だった。

 

「ん。ならアレが逃げだした後の事は?具体的に言うとアルヴ(かませ犬)

 

「それなら皆がどうにかしてくれると思っていた。勿論ある程度の備えはあったよ。でもユエとシアがずっと訓練をしていたのを僕は知っていたから、

だから頼ることにしたんだ。他人任せとも言うけどね」

  

 ハジメは知っている。ユエとシアが訓練をしていた事を。殻を破ろうと模索し必死だったことをちゃんと知っているのだ。勿論もう一人の事も。

 

「とまぁここまでが僕とノインの計画であり作戦だった。本当ならすぐにでも帰れるけどエヒトの馬鹿が居る以上地球に帰っても安心はできない。だからここでケリをつける。その為の作戦の第一歩ってところかな」

 

 ふぅと息を吐いたハジメは仲間たちも見渡す。納得した者、不服そうでも取りあえずはと了承した者、全く持って理解できていないもの。様々だったが今度はこれからの話をしなければいけない。話を切り替える為にパンパンと手を打つ

 

「それじゃ情報を整理しよう。まずエヒトは五日間時間がかかると言った。その間は恐らく何も起きないと思う」

 

「あの馬鹿がいきなり攻めてくるとは。もしくはイシュタルとかが」

 

「無いね。あのプライドの高さなら自分の言葉を破ってでも襲い掛かってくるなんてありえないよ。破った瞬間自身のおつむの無さを自分で露呈させることになるんだから」

 

「次ですね。エヒトの神域に向かうにはあの黄金のゲートを通る必要があります。ですがアレを乗り越えるのは」

 

「クリスタルキー?でも確かクリスタルキーはハジメが」

 

「……そういう事。だから無理矢理突破するのは無理だろうね」

 

 嘘だ。本当はノインに渡しているのだ。この中で唯一宝物庫が無事だったノインの物にはそれなりのものが保管されている。あと、シュネーの居城にも色々と重要な物は残してあるのだ。

 

 聞きなれない単語であるクリスタルキーと言う言葉に愛子たちが首をかしげているのをハジメは仲間たちに説明しない様に念話で忠告した。今ここで故郷に帰れるための鍵があったという事、ハジメとユエならば作れるという事を彼らが知ったら面倒なことになると思ったのだ。故郷に返す気はあるがそれはすべてが終わってからでいい。ハジメはそう考えていた。

 

「だから、進行してくるその時を狙って神門を通り神域へ踏み込む。あとはまぁエヒトを直接叩くだけのシンプルで簡単な話だよ」

 

「すまぬが、少し待ってくれぬか南雲ハジメ」

 

 要点を抑えたハジメの説明に待ったの声を出した人物がいた。それはハイリヒ王となる予定のランデルだった。いつの間にか負っていた怪我は治っており、妙に覇気がある一方で冷静に物事を判断するかのように目は涼やかだった。

 

「どうしたのかな、ランデル君」

 

「恥を忍んで頼みがある。お前たちがエヒトを倒すまでの間、民たちを守るための結界を作って欲しいのだ」

 

 言葉と同時に頭を下げるランデル。先ほどまでの会話内容を聞き頭の中で戦力などを考えていた時、どうしてもハイリヒ王国の 兵や騎士団、それ以上に全国の人を集めても敵わないという結論に達してしまったのだ。

 

 本来なら自分たちでどうにかする。何時までも頼るつもりはない。そう啖呵をきりたかったのだが連れ去られたときの絶対的な力の差、助けようと

足掻いて何もできなかったハイリヒ王国最高戦力であるメルドの負傷を考えるにどうしても敵わないと理解させられてしまった苦い思いがあったのだ。

 

「本来ならお主たちとは全く縁のない戦争だった。それが今となっては全てお前たちの力頼みだ。全てを守れるようなものを作ってくれとは言わん。

だが、戦えない者達を守るための物でも作っては」

 

「勿論作るよ。っていうか、そのための話もしようと思ってたんだ」

 

「なにっ!?それは本当か!?」

 

 ハジメからの言葉に驚くランデルと、その顔を見てニヤリと笑うハジメ。傍で静観していたコウスケはどうしてかハジメから『その言葉が聞きたかった!』と言う幻聴が聞こえてきそうだった

 

「全部を僕に頼り切るつもりだったのなら、まぁ適当な物でも作る予定だったけど、ちゃんと出来ることできないことが分かってあくまでも自分たちでどうにかしようってのは只の他人任せの人達よりも好感が持てるからね」

 

 ほんのチラリとクラスメイト達を見るハジメ。その視線に気付いた者は数名だったが何を言いたいのかわかってしまい俯いてしまった。

 

「だから、問題はないとだけ伝えておくよ。後で細かいところを決めるからその時はいろいろ手伝ってもらうからお願いね」

 

「うむ!余ができる事ならなんだってやるぞ!」

 

「ガタッ」

「座りましょうマスター」

 

 ランデルが力強い返事を返した後、ハジメはクラスメイト達を改めて見直した。ボロボロだった傷は治っており比較的問題はなさそうに見える。しかし誰もが心折れているのが丸わかりだった。項垂れるもの顔を伏せるもの。声は聞こえているだろうが話を聞いているのは愛子と雫、それに鈴ぐらいだろうか。

 

「さて、皆はどうする?」

 

「どうするって…」

 

「このまま日本、故郷が攻められるかもしれない状況で何もしないつもりでいる気なのかなって」

 

 ハジメの言葉には出さない辛辣な言い方がクラスメイト達の心に突き刺さる。動揺が広がったその姿を見ているとコウスケから念話が飛んできた

 

『やめとこう南雲、可哀想だけどこの子達エヒト達のせいで心がぽっきり折れてるからさ、話すだけ時間の無駄だよ。無駄無駄』

 

『そうかもね、でも、何かできることはあるはずだよ』

 

『うーん やる気のない奴が居ても物凄く邪魔なんだけどなぁ 知ってっか?人数が足りてても何もしない奴がいるのいないのとでは作業効率や士気が全然違うんだぞ?』

 

『随分と為になる忠告ありがとう。でも何だかんだで僕のクラスメイトなんだ。立ち上がれるさ』

 

 コウスケの念話を切り上げ、改めてクラスメイト達…自身と同じように召喚されてしまった人たちを見る。 そして目を深く瞑り口を開く。もしこれでも駄目なのなら今後一切関わる気はないのだろうなと頭の片隅で考えながら

 

「…ねぇ皆覚えている?僕が授業中良く寝ていて、学校生活にまったくやる気を出さなかった事」

 

 ハジメの静かな喋りはクラスメイト達の関心を引き寄せた。その声、口調に責めるような響きは無い、どこか淡々とした物言いだった。何名かハジメの授業態度が悪かったのを思い出したのか顔を上げた。

 

「あの時の僕は『趣味の合間に人生』って座右の銘を決め込んで直す気なんてこれっポッチもなかったんだ。…馬鹿だよね、この世界でいろいろ経験して、ようやく気付いたんだ。そもそも高校生活を送れているのは父さんと母さんがお金を出していてくれているから学校に行けているってことにやっとで気付けたんだ」

 

 高校生活は義務教育ではない。両親がお金を出しているから高校生になれていることにハジメは気が付いていなかった。怠慢な自身を恥じながらも両親の顔を思い出す。ハジメの原初の気持ち、日本に帰りたいという願いを思い返しながら。

 

「日本に帰ったら、父さんと母さんに謝りたい。今までずっと当然だと勘違いしながら学生として何もしていなかった事を謝りたいんだ」

 

 両親。その言葉自分たちの家族を思い出したのか全員の顔が上がりハジメを見る。だんだんと意思が備わってきたその視線を感じながらハジメは言葉を続ける。何かしら伝わってほしいと考えながら。

 

「そして今度こそごく普通の高校生活を送るんだ。勉強して、遊んで、部活に入って見るのもいいかな、これでも両親の手伝い、プロのゲームクリエイターと漫画家の手伝いをしていたんだよ。漫画部とかに入ればもしかたら一線級の活躍ができるかも?…何だろう日本でやりたいことが一杯出てきちゃった」

 

 ハジメの日本を懐かしむ様な温かさの宿る声、それは日本にいたときと変わらない様で少し変わった苦笑が良く似合う少年の笑みだった。空気が解れたのかクラスメイト達から「漫画家…?」「アイツの親そんな職業だったのか?」などちょっとしたざわめきが聞こえ始める。

 

「でも、そんな生活を、家族を。アイツは壊そうとしている」

 

 優しげな声から一転、冷ややかながら怒りに満ちた声が場を一瞬で引き締める。それはハジメの怒りだった。

 

「許せない、僕の日常、趣味を壊そうだなんて。許せない、僕の家族を壊そうだなんて。アイツがやろうとしていることは僕の日常への宣戦布告であり最も大切で尊いものを壊そうとする侵略行為だ」

 

 怒りとは激情だけではない、沸点を超えると逆に冷静となるというのをクラスメイト達はハジメの言動で理解することとなった。圧力がにじみ出ており敵ではないというのにその怒りは背筋に冷や汗をかかせるものだった。それほどまでにハジメの怒りは深い。

 

「力がある。仲間がいる。だから僕は戦う。僕は僕ができることをする。君たちはどうする?何もしない、したくないというのなら目を閉じて耳を塞いで口を噤んでいてそのまま蹲って終わるのを待ってろ。後は僕がどうにかする」

 

 気遣いと侮蔑のまじりあう視線がクラスメイト達を貫く。言外に邪魔をするのなら何もせずどけと言うのだ。そして今後一切自分とは関わるなと言う無言の言葉でもある。だがもしそうでないのなら…

 

「私は…私は自分のできる事をするよ。南雲君」

 

 しばしの静寂の中最初に声を出したのは八重樫雫だった。ハジメの視線がすっと向けられ多少は怯みながらも決意のこもった言葉をハジメに向けた

 

「あなた達の様に戦えはしないかもしれない。でもそんな私にだってできる事はあるはず。だから手伝う。私も家族を守るために」

 

「また苦労を背負い込むかもしれないよ?」

 

「へっちゃらよ。慣れているもの。それに、親友がやっとで想いを成し遂げることができたんだから見守ってあげないとね」

 

 苦笑しながらまだハジメにくっついている香織に柔らかな視線を送る雫。その姿に感化されたのか次々とクラスメイト達が声をあげ戦意を表明していく。

 

(どっかで見たことがある様な…ああ、そうだ天之河光輝と一緒だ)

 

 妙な既視感を感じたコウスケ。それは天之河光輝としての最初の仕事である戦争参加の決意表明と一緒だった。あの時は天之河光輝に流されて声を上げたものが今度は南雲ハジメに感化され声を上げる。皮肉で失笑が出てきそうだった。違いは今度はちゃんと考えての行動だろうか。

 

(まぁどうでも良いか。別にこいつらが……やめよう嫉妬はよくない)

 

 頭を振り滲み出たものに蓋をする。クラスメイト達に対する諸々は後で手を加えればいい。今は目の前の事だった。

 

「それじゃ色々皆に割り振っていくよ。さっきの話の通りランデル君には」

「騎士団や兵たちの動員だな。ふむ、余が直接出向いて他の町への呼びかけなどもできるが、ちと時間が足りぬな」

「そこら辺は問題ないよ。ゲートキーがあれば町から町への時間は大幅に短縮できる」

「移動は問題ないな。しかし余の言葉だけで果たして世界が終わると信じ神の敵となってくれるかどうかは…余の説得力が物を言うな」

「なら、再生魔法を使おう。エヒトの言葉アルブの言動等々を再生魔法とアーティファクトを使って録画したものを見れば信じるしかない。後、僕が出会った有力者たちに言えば疑う事はもっと少なくなるはずだ」

「手際が良いな南雲ハジメ」

「そっちこそ話が速くて助かるよランデル陛下」

 

 

「愛子先生、先生にも頼んでいいですか」

「も、勿論です南雲君!でも何をすれば」

「集めた人々の扇動…じゃなくて旗頭になってください」

「何か不穏な発言が、ともかく私が旗頭ですか。大丈夫でしょうか」

「豊穣の女神の発言力は高いぞ畑山先生。余が保証する」

「あ、ありがとうございます?ランデル陛下」

 

 

「リリアーナ姫は集まった人たちの調整と避難民の誘導とかもろもろを頼もうかな」

「………」

「姉上?」

「あ、はい!分かりました。ランデルや愛子さんと話し合って決めていきますね」

(……あんまり元気ないな。どうしたんだろ?)

『あーコウスケさんそれ素で言ってるのなら結構マズいですよ?』

『漏れてた?』

『うさ耳で聞きました。リリアーナさんコウスケさんが居なくなったと思って心が折れてましたから。そしてすぐに帰ってくるんだから心の処理が追いついていないんですよ』

『…そりゃ悪いことしたな』

『コウスケ、後でアフターケアをしておく。これは命令』

『了解。…ほんと面倒な男に惚れたもんだ』

 

 

「あー後、野村君」

「お、おれ!?」

「確か君土術師だったよね。王都の錬成師職人たちと一緒に平原に要塞を作って」

「要塞ってそんな簡単に作れんのか?」

「職人たちにこう言えばいい、師からの頼み事『錬成師としての全てが試される時が来た』と言えば命を懸けてやってくれるさ」

(いったいどんなやりとりが…)

 

 

 

「次、まずはシア」

「はいですぅ!」

「樹海に行ってフェアベルゲンの連中とカムさんたちを王都まで連れてきてくれ。アルフレッドには借りを返せと伝えれば文句を封殺してくるだろう」

「了解ですぅ。ようやく父様たちの悲願が果たせそうですね」

「悲願?」

「ハジメさんとコウスケさんに対する恩返しです。きっと嬉しがってくれますよ」

「そこまでの事をした覚えはないんだけど」

 

 

「ティオは」

「里帰りじゃな。里の皆を連れてくるのに異論はない。と言うよりここで動かなければいったい何のための守護者か」

「時間がかかりそうならアーティファクトを作るけど」

「問題ない。寧ろ『()()()()』を試せる絶好の機会じゃ。すぐに帰ってくる」

「頼んだよ」

 

 

「清水は、帝国に向かってもらおうかな」

「あの皇帝さんか」

「そうガラ…なんだったっけ。まぁいいや説得と言う名の交渉力ともしものための戦闘能力は君が居た方が一番早い」

「怨みがある連中がいるかもしれないからな。そん時は手足の一本は腐らせてもらうさ」

「手間と迷惑を掛けるよ」

「良いって事さ」

 

 

「私はどうする?」

「ユエは…」

「ちょい待った。ユエはオルクス迷宮に向かってくれ」

「コウスケ?」

「あーユエの叔父さんの残した物があってな。ユエが封印されたところにあるんだ。シュネーの証が無いと取れないっていうギミック付きで」

「何かメタ臭いねそれ」

「叔父様の…残した物」

「ユエが見ないといけないものだから、回収をお願いします」

「………ん。わかった」

(何か機嫌が悪い?)

『色々叔父さんに対して思う事があるみたいですぅ』

 

 

「後回しになっちゃたけど白崎さんはオルクス迷宮で待機をお願いしていいかな」

「うん分かったけど、どうすればいいの?」

「僕の錬成をしている間の身の回りの世話をお願いしたい、後は諸々」

「分かった。任せてハジメ君」

『あのーずっと気になってたんだけど、何で香織ちゃん南雲にぴったりくっついているの?』

『香織はハジメと恋人関係になった。ただ今絶賛彼氏に甘えている最中』

『なんとっ!?マジか。一体何があったんだ?』

『後で諸々を教えるから今はじゃべらぬ方が良いぞコウスケ』

『……ハジメ君の胸板気持ち良い』

 

 

 

「まぁこんな所かな」

 

 細かいところなどを話し合って決めて、全員に視線を巡らせるハジメ。一泊の間を取ってからゆっくり口を開く

 

「僕達がすることは…別にこの世界を救うためって訳じゃない。今からする事はそれぞれの為だ。それは自分のためかもしれないし人のためかもしれない。家族のため、国のため故郷のため、何だっていい」

 

「皆で乗り越えて、家に帰ろう。自分たちのありふれた日常に帰る為に…勝とう」

 

 ハジメの一言に全員が大きな頷きを返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?俺とノインは?後南雲は?」

 

「当初の目的をお忘れですかマスター」

  

「???」

 

「君の真実を聞きに行くんだ。僕とノインと一緒に」

 

「…そうだ、ミレディに会いに行かなくちゃ」

 

「そう、君のすべてを知る最後の解放者のいる住居『ライセン迷宮』へ行くんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿なの?元々知ってはいたけどさ。え、何?体を取られたって本当に馬鹿なんじゃないの、ごめん馬鹿だったそれも重度の」

 

「辛辣ぅ!」

 

「仕方ないと思う」

 

 ミレディに会うなり罵倒が響き渡る。場所はミレディのいるライセン迷宮最奥だった。攻略の証が無事に起動し最初の部屋が乱回転しながら最奥まで届けてくれたのである。ちなみにこの場にノインはいない。

 

 曰く

 

『流石に使徒とそっくりの私が現れたらいらぬ誤解と手間が生じるでしょう。少し遊んできますのでどうぞごゆっくり』

 

 と言って正規ルートに入ってしまったのである。ノインと別れてふわふわとした魂のコウスケを連れ入って向かい出てきてコウスケの状態に驚くミレディに説明するなりミレディの罵倒が始まった。

 

「何で魔王城で油断なんかするの?一応敵地だって理解はしていたでしょ?何でエヒトを弾かないの?君なら大抵のことができるんだよ?ねぇ聞いてる?」

 

「あい、真にすみませんでした」

 

「そうやっていつも正座して土下座して謝るけど繰り返していたら何の意味もないんだよ?巻き添え喰らっていたオーくんなんかいつもげっそりしていたんだよ?」

 

「へへぇ」

 

 呆れを多分に含んだ口調で怒るミレディに土下座をして平伏するコウスケ。ハジメには何故だがその光景がとても自然なものに見えた。うざキャラをしているミレディがコウスケ相手では常識人にならざるを得ない。ハジメの中でミレディの評価が上がった。

 

「まぁまぁ其処までにしておいて」

 

「む、まだ言い足りないことが一杯あるんだけど…しょうが無いか」

 

 やっとのことで解放されるコウスケ。魂だけの状態とは言え感覚的に肉体があった時とさほど違いはないのだ。ちなみにノインが装着していた鬼の籠手は宝物庫の中で保管されることとなった。一度限りの一品扱いらしい。

 

「あーここに来た目的なんだけど」

 

「まって皆には会いに行った?」

 

「勿論」

 

 今まで大迷宮で集めてきた攻略の証を取り出す。ずらりと並べられたそれを見てミレディが大きな息を吐く。その姿はコウスケの胸を強く掻き立てる。

 

「そう…皆と会えたんだね」

 

「解放者たちと会ってきたんだ。それぞれ只の映像かもしれないけど皆、どこか懐かしくて俺を見ると悲しそうな表情を浮かべていたんだ。君の様に」

 

 ニコちゃん仮面の奥の表情は見えないが、コウスケは同じ魂の状態になってるからかミレディが鳴いているような気配を感じ取ったのだ。

 

「教えてくれ。俺は一体誰で、この気持ちは何なんだ」

 

 コウスケの問いにミレディは大きな息を吸って、吐き出し、コウスケのずっと抱えていた疑問に答えるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は私達と同じ解放者、正確に言えば『()()()()()()()』。そして…私達七人がこの世界を救うために召喚してしまった『()()』それが貴方の正体なの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次は説明会です。大体の疑問が解けるかも?

残り二週間。無理っぽいけど頑張ります

この頃感想が欲しくなってきました。気が向いたらで良いので感想待ってます~


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全ての真相

説明不足かもしれません。
あとがきで補足をしておきます
キャラの口調が可笑しいかもです。


 

 

『うわぁ~やっとで出来たねオーくん!皆!』

 

『上手く行ったね。経緯が結構アレだけど…これがあればきっと』

 

「懐かしいなぁ…すべてはこの剣を作った時に始まったの」

 

 ミレディは部屋の奥から取り出してきた短剣を感激深そうに眺めている。その短剣は布に包まれた刃渡り二十センチメートル程の短剣だった。シンプルな両刃作りで鍔がなく、いわゆる匕首と呼ばれる類の短剣に酷似していた。

 

「随分と力を感じるね。…エヒトを殺すための?」

 

「そう、私たち解放者全員が力を凝縮させて作った“神越の短剣”。皆で何か切り札ができないかって顔を見合わせて相談したんだけど、なかなか出来なくて、全員でやけ酒をしてエヒトの罵詈雑言を吐き出しまくって…そうして出来上がった物なんだ」

 

「そんな簡単にできるの?」

 

「出来たよ。建前とか理性とか使命も何もかもを捨てて、“エヒト死ねクソ野郎”って気持ちだけで作ったから、…あの時は本当に楽しかった」

 

『……でも誰が使うの?』

 

『やっぱり剣に一番使い慣れている人が…ラウス?』

 

『エヒトに接近し刺せと?流石に難しくはないか?』

 

『そうねぇ、そんな隙見せてくれるとは思えないし…』

 

 仲間である解放者達との遠い過去を懐かしむミレディの声は瞬間一気に後悔を滲んだものへと変わっていく。

 

「そして作った時、事故は起きた…いいえ、私が引き起こしてしまった」

 

「なにを?」

 

「この短剣を振るいエヒトを倒す人が居たらなって考えて言葉に出してしまった。酒に酔って普段考えないようなことを考えてしまった。願ってしまった。皆が私の言葉を聞いて想像し始めてしまった。窮地を助けてくれるそんな架空で都合のいい勇者を…」

 

『勇者が居ればいいのにね。私たちを助けてくれるそんな人』

 

『勇者?ふふっそうね。都合がいいと思うけどそんな人が居てもいいわよね』

 

 にじみ出る声は後悔。解放者という存在でありながら夢を見てしまった自分への後悔。

 

「どうしてそうなったのかは分からない。只の気まぐれで引き起こした現象は私達では止めることもできなくて…魔力の渦が収まり光が消えたときに貴方は私達に召喚されてしまった…してしまった」

 

『…え?ええ?なにこれ?ここ何処?コスプレ?』

 

「……」

 

「召喚され酷く狼狽する貴方を見て私達は事の重大さにようやく気付いた。貴方に状況を説明しながらもどうしてこうなったのか必死で話し合った。リューは自分の昇華魔法が原因ではってひどく焦っていた」

 

『私のせいだ…私のせいでっ!?』

 

『待って落ち着いて!取りあえず状況を整理しようよ!?』

 

 ハジメの脳内でその状況を想像する。只々エヒトを殺すだけの武器を作り終え開放感と達成感から戯言を言った直後に起こった事故。何も知らない一般人と故意ではなくても呼び寄せてしまった解放者たち。自分達が呼ばれた時と比べると如何なのだろうか。まだよかったのだろうか?それとも…当事者であるコウスケはずっとミレディの話を聞いたまま黙っている。

 

「リューティリスはハルツィナ迷宮で言ってた。全ての原因は自分のせいだと。そういう事だったんだね」  

 

「リューは後悔していたけど結局は私のせい。…私が余計な事を言わなければ… 話を戻すよ。結局私たちは原因の判明と元の世界に返す方法を探し当てるまでの間で貴方をこの世界で暮らす様に話を進めた。私たちにとって幸運だったのは貴方は素直に私たちの話を聞いてくれ何とか理解しようとする善人だった事。…いきなり呼び出された貴方はどう思っていたのかわからなかったけど」

  

「それで、その『勇者』のその後は?」

 

 持っていた短剣を布に包み、机の上に戻すと今度は写真立てを持ってきた。手渡されたコウスケとハジメが見て見るとそこには七人の男女が写っていた。種族はバラバラで年も違う、しかし共通していたのは全員が笑って気を許した顔になっていた事だった。写真は何枚もあり、誰かの寝顔や食事している物、笑いあっている物が多く、どこにでもある日常の風景だった。

 

「とにかく生活に慣れてもらうまでの間は大変だった。故郷である日本とトータスの文明度は全然違うらしくて…だけど貴方はいつも笑っていた。この世界は楽しいって、いつもにこやかで私たちを気遣って…同性だからかな、オーくんやナっちゃん達とはすぐに打ち解けた。代わりに私達女性陣には目を合わせてくれなかったけど」

 

「…鏡を見ろよ、お前ら美人と目を合わせるってのは俺には難易度が高すぎる。それよりも野郎と話をした方が楽に決まってる」

 

 褒め言葉を言ってるのにどこか投げ槍感があるコウスケ。その顔には何を考えているのかハジメには少しだけ分かった。

 

(寂しがってる…のかな)

 

 写真を確認するハジメ。その中では七人の男女だけが写っており日本人の男は確認できなかった。写されている男女の比率は比較的男の方が多く、どれもがカメラマンに向かって笑顔であった。気を許した友人だけに見せる表情と姿がそこにあったのだ。 

 

「…送還の方法を探しているうちに私たちは仲良くなっていった。小さな魔法を喜んで、オーくんの作る錬成道具に目を輝かせて、魔物に驚いて何度か

腰を抜かして、そうして、貴方は『勇者』と言う立場から私達の仲間『八人目の解放者』として生きるようになっていった」

 

 元々は勇者として呼ばれた者が自分たちの仲間となる。そこには被害者や加害者などの垣根を超えた絆があったのだろう。そう思わせるほどにミレディの口調は優しかった。

 

「なら、最期は…俺は一体何を企んでたんだ」

 

「…私たちの最期、知ってるよね」

 

「確か守るべき人々に迫害されたんだっけ。…ん?なら『八人目』は…」

 

「人々に追われ解散の時、最期まで送還できなかった私たちに貴方はこう告げた『未来でエヒトを倒すことのできる奴、そいつのサポートする』…それが自分の役目だって」

 

「未来…南雲の事か。そうか…それで俺は天之河に」

 

「神代魔法の組み合わせを自由にできた貴方は未来を覗きそこで召喚されるはずの『勇者』の変わりとして紛れ込むことを考えた。私達は反対したんだけどそれが役割だって折れなくて…結局自分の顔や体を変成魔法で弄り、呼ばれるはずだった『勇者』の代わりに未来へ飛んで行って…そこまでが私が知ってる事」

 

 長い過去の話を言い終わりミレディは大きく息を吐いた。疲れたのか用意されてあった椅子に座ると頭を抱えるように両手を仮面の傍に置いた。

 

「貴方はこの世界とは無関係の人間だった。それなのに私たちの都合で勝手に呼び出して置いて、あまつさえ解放者として向かい入れて…ふっふふ笑えるよね。人々を神から解放するための解放者なのに無関係の人間を勝手に呼び出して戦力の一人にして結果全部を任せるなんて…私たちは罪人だ」

 

「でも事故だったんだろ。そこまで言う必要はないんじゃないの?」

 

「どんな事があっても無関係の人間を巻き込んだ事実は消せない!それなのに私たちはずっと罪の意識を抱えておきながら甘えてきた!いつも笑って気遣ってくれる事に罪悪感を薄れさせながら!今だってそう、私ではエヒトを倒せない、だからあなたが来るのをずっと待っていて…」

 

 ミレディの自身を恨む言葉を聞きながらコウスケは今まで出会ってきた解放者たちを思い返してきた。誰もがどこか辛そうな笑みを浮かべていた、それは解放者達の罪悪感だったのだ。心の中の疑問が一つ晴れたコウスケはいまだに蹲るように地面に視線を落とすミレディに近づく。

 

「なぁミレディ」

 

「…私たちはエヒトと変わらない。何も知らない人を巻き込んで…いつの間にか頼ってしまって…この迷宮も誰かのためじゃなくて貴方に残した物で…」

 

「もういいんだ。そんなに苦しそうな声を出さないでくれ」

 

 そっと背中をさする。今のコウスケは魂だけの状態なのでミレディの偽りの肉体である人型ゴーレムを超えてミレディ自身を触ることができるのだ。体を亡くしてから味わえなかった人の温かさを感じたミレディが顔を上げる。

 

 そこには苦笑するコウスケ(仲間)の顔があった。

 

「ミレディ達と一緒にいた俺がどんな奴だったかはわからない。でもきっとこう思ってるはずだ『呼んでくれてありがとう』って。無論今の俺も」

 

「でも、私たちは、無関係の貴方を」

 

「良いんだ。この世界で色々得たものがある、だからそんなに責任を感じないでくれ」

 

 チラリとハジメを見てにっかりと笑うコウスケ。確かに解放者に召喚されたことは驚きでありこの世界でも不幸は確かにあった。だが出会いがあり楽しかったことも有るのもまた事実だ。その思いが伝わるようにミレディの頭を撫でる。

 

「ミレディ俺をこの世界に呼んでくれて有難う。…それでいいじゃないか、な?」

 

「…わ、たしは……」

 

 永い間、ずっと罪悪感を持ち続けた少女をあやす様にコウスケはずっと撫で続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶障害の原因?

 

 

「さて、僕はそろそろ席を外すよ。二人で話したいことがあるだろうし」

 

 そう言うとハジメはさっさと部屋から出てしまった。後に残されたのは先ほど泣き崩れたのを恥ずかしがってるのか妙に無言なミレディとこちらも変に意識してしまったコウスケだけが部屋に残されてしまった。

 

「あーミレディ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「う、うん!なにかなっ!?」

 

 上ずった声で調子を戻そうとしているのが丸わかりな為どうにもコウスケとしても聞きにくい。今コウスケの目にはニコちゃん仮面をかぶった人型ゴーレムではなく金髪で小柄の美少女が耳を赤くしているのが視えるのだ。

 

 自身の魂魄体が妙にレベルアップしているのに何とも言えない気持ちを抱きながら疑問だったことの説明を聞く

 

「そもそもの話、俺、解放者時代の時のこと覚えていないんだけど、どうしてなん?」

 

「未来に飛ぶ時に言ってたよ。何かしらの代償を支払わないといけないかもって、…まさか記憶だとは思いつかなかったけど」

 

「代償ねぇ…ホント八人目は何を考えていたのか、まぁいいか。しかし記憶が消えながらも未来に飛ぶってのはってのは自分の話なのに驚きだ」

 

「私もびっくりだよ、だからあの時何も覚えていないってわかって本当に驚いたんだから」

 

 初対面だと思っていた対峙した時の事だろう。思えばあの時から色々ミレディの様子が原作とは違っていた

 

「あーすまん思い返せば結構失礼なことを言ってたよな。本当にごめん」

 

「別にいいよ~君が変態なことを言うのは今に始まった事じゃないし」

 

(…過去の俺どんだけ解放者たちに懐いていたんだ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の自分の行動

 

「一応確認するけど俺勇者として召喚されたんだよな?」

 

「多分そうだと思う。実際君は私たちの誰よりも凄い魔力量を持っていたし」

 

(なら何で俺は解放者たちに味方してやれなかったんだろう?)

 

「でもいくら魔力量が多くても一般人だったからね。戦闘の才能はてんで駄目だったよ。…それに人を殺すのは嫌がってたみたいだからね」

 

「そっか…」

 

(それだけかな?…付け加えるとするなら原作を壊したくなかったとか……あり得そう)

 

 

 

 

 

 

 本当の名前

 

「記憶の話なんだけどさ、俺自分の本当の名前も忘れたんだけど」

 

「ああ、だからコウスケって呼ばれていたんだ。何か訳ありだとは思っていたけど」

 

「南雲に名付けられたんだ。あーそれで俺の本名なんだけど」

 

「それなら教えてあげる、貴方の名前は」

 

「ちょい待った。それは言わないでくれ」

 

「どうして?」 

 

「今は、アイツがくれた名前でいたいって言うか…『コウスケ』で有りたいんだ」

 

「そう、あの子のヒーローで有りたいんだね君は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ではなく

 

「勇者…俺が勇者か。ガラでも無いな」

 

「確かに同じこと言ってたよ。勇者ってガラでも無いからそんな風に言わないでくれって」

 

「そもそも勇者じゃ恥ずかしすぎるんだよな。堂々と名乗れないっていうか…小学校低学年でもあるまいし」

 

「勇者じゃなくて別の言い方ならいいって言ってたよ」

 

「なんて?」

 

「勇者と書いて『()()()()』だってさ」

 

「……それなら有りだな!」

 

 

 

 

 

 

 

 帰る為の条件

 

「結局召喚された理由は分かってもどうやって帰れるかはわからずじまいか」

 

「それなんだけど…一つ仮説がある」

 

「あるの?」

 

「召喚された理由はエヒトを倒す人を呼び出したことが理由だから、逆に考えれば」

 

「…エヒトを倒したら召喚された理由がなくなる。つまり魔王を倒せば勇者は必要なくなる、送還されるって事か」

 

「あくまでも只の仮説だけど、多分一番筋が通ってるんじゃないかなって思う」

 

(…だったら俺がこの世界に居れる残り時間は…やめよう考えると色々支障をきたしそうだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 野郎との仲の良さ

 

「オスカー・ナイズ・ラウス・シュネ―、か。男連中と俺はどんな風なことをしていたんだ?」

 

「馬鹿な事しかしてなかった。私でもあれはどうかなって思う」

 

「…何をしたん?」

 

「オーくんの生成魔法を教わってオーくんの眼鏡を服が透けて見える眼鏡にしようとしてた。結果服を透けて体の内臓までみえるようになってオーくんが泡を吹いて駄目になった」

 

「…マジか」

 

「ナッちゃんの空間魔法覚えて男連中と一緒に女湯に転移しようとしてた。結果、オーくん力作の結界をすり抜けて突破したものは良い物のモロにみちゃって君は鼻血を噴出して死にかけた。ほかの男連中は思いっきり叩きのめした」

 

「…うわぁ」

 

「ラーくんの魂魄魔法で女の子が惚れるように暗示をかけてた。暗示にかかったふりをして女子三人でしな垂れかかったら顔真っ赤にして直ぐに謝った。それを見て揶揄った野郎どもとハーレムが云々って騒いでいた」

 

「なんかすんません」

 

「シューくんの変成魔法で……オーくん達の性別を変えようとしていた。流石にアレは酷かった」

 

「TSかよっ!?」

 

「以外に皆美人だったのがショックだった」

 

「やりやがったのかよ俺!?……ちなみに誰が一番美人だった?」

 

「…オーくん。皆の満場一致だった」

 

(哀れオスカー)

 

 

 

 

 

 

 そう言えばアイツは?

 

「勇者の代わりってことは…アイツは?」

 

「アイツ?」

 

「本来南雲達と呼ばれるはずだった人間。音沙汰内無しなんだけど」

 

「割り込む形で成り代わったんだから呼ばれていないんじゃないの?」

 

(…って事は天之河だけハブられて日本にいるって事か。…アイツ本当に哀れだな)

 

 

 

 

 

 

「と、こんなもんかな」

 

 ある程度疑問に思ったことを話し終えたコウスケ。流石にそろそろお暇しなければいけない時間がやってきた。

 

「それじゃこれを持って行って」

 

 そう言われて渡されたのは先ほどの短剣と灰色のビー玉のような球だった

 

「これは…」

 

「エヒトの『神言』に対抗するための物。これがあれば神言は効かない」

 

 手渡されたビー玉をしっかり握り込むコウスケ。これからエヒトに対抗するために必要なものだそう思ったがミレディは違ったようだ

 

「正直な話、君はこれが無くても問題ないんだけどね」

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ。言ってなかったけど君は本当に規格外の存在なんだよ。『何でもできるけど何もできない』ずっと君はそう言い続けていたんだけど私はやっとでその意味が分かった」

 

「?」

 

「君が思う全ての事は何でもできる。でも出来ないって思ったことは何も出来ない。そう言う能力なんだ」

 

 ()()()()()()()()()()()()。それは詰まる所自分の意思がはっきりしていれば並大抵のことができるという事なのか。確認する様に聞けばミレディはしっかりと頷く。

 

「私は色々準備があるからここから出れないけど、私は何時だって力になる。だから」

 

「任せておけ、エヒトの糞野郎は俺とアイツらが何とかする」

 

 連絡用のアーティファクトを渡し、ミレディと向かい合う。最後の解放者としばしの別れではあるがお互い顔つきはさっぱり晴れ晴れだ。

 

「それじゃ、またな」

 

「うん、そっちこそ」

 

 ハジメを回収するために試練の間にへと足を進めるコウスケ。その背に向けるミレディの視線はとても穏やかだった

 

 

 

 

「…いってらっしゃい――――さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フハハハハッッ!!さぁどうしたノイン!僕を倒さないと試練は突破できないぞ!」

 

「ハイハイソウデスネー …ボッチになって寂しいのならマスターに構ってもらえればいいのに」

 

「そ、そんな事は無いぞ!ほ、ほらミレディは今忙しいし守護者不在ってのもあれだから、えーっとともかく試練をクリアーしたいのなら掛かって来い!」

 

「…何してんお前ら?」

 

「あ」

 

「マスター 南雲様が寂しいですって」

 

「そうなの?」

 

「違うよ?友人が自分の知らない顔なじみと話をしてて気まずいなー寂しいなーって思ってないよ?」」

 

「「……」」

 

「…本当だよ?」

 

 

 

 

 




時間軸の補足です

解放者s『短剣出来た!これ使える人間が居たらなぁ~』

勇者(コウスケ)召喚される

解放者s『ファッ!?ど、どないしよ!?』

勇者、いきなりの状況に困惑、解放者も困惑。仕方ないので帰る方法が見つかるまで解放者達と一緒に居る事になる

色々あって勇者、解放者たちと仲良くなり『八人目の解放者』となる

エヒトの策略に負け、解放者、解散を余儀なくされる

八人目『未来(原作時代)に行って自分が勇者(天之河光輝)となってエヒトを倒す奴(南雲ハジメ)のサポートする!』

八人目、整形を駆使し天之河光輝となる。そして未来へ。しかし代償として記憶を失い…物語の始まりへと続く

大体こんな感じです。説明不足ですかね?ちょっと怖いです


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自称神様対策

フラグ回です。

どーでもいい話

説明していませんがコウスケの魂魄体の容姿は以前と変わらず天之河光輝のままです


 

 オルクス迷宮の最奥。オスカーの邸宅にあるリビングルームにてハジメ、コウスケ、清水の三人が顔を見合わせていた。

 

「はぁー召喚された勇者でありながら解放者の一人で記憶喪失ってなんか盛りすぎだな」

 

「自分でもそう思っているんだ。でも本当の事なんだから否定できないんだよなぁ」

 

 ミレディとの会話で知り得たコウスケの真相を清水に話をしていたのだ。清水の方は順調だったようで帝国やほかの町や国に滞りなく連絡が行き渡ったとの事だった。

 

「ランデル陛下アレは大物だぞ。オレより七つも年下なのに皇帝相手に対等に話していたぞ。普通の奴だったら気後れすんのにな」

 

 ほとんど清水は脇役でランデルが取り仕切っていたようだった。お陰で清水の仕事はすぐになくなってしまったらしい。

 

「ユエと香織ちゃんはどったの?」

 

「あーそれなんだが、どうにもユエさんの機嫌が悪くてな。オルクス迷宮の方に行っちまった。今は白崎が見てるけど、刺激しない方が良いってさ」

 

 先にオルクス迷宮に来ていたユエはどうやらディンリードの残したアーティファクトを回収したが想うところが合ったらしい。オルクス迷宮の方に行ってしまい憂さ晴らしをしているという状況だった。香織が付いているから問題はないとの事だったが…

 

「…こればっかりは俺たちが安々と触れて良い事じゃないしな まぁユエの事だ自分の中でうまく消化するだろうよ」

 

 コウスケはディンリードが残した物の内容を知っているからこそあえてユエの好きなようにさせる事にした。家族関係に不用意に触れていいのは信頼している人間だけ、ユエがもし相談しに来るのなら話を聞いておこうとコウスケは考えていた。

 

「んで、南雲。オレとコウスケを呼び出したのは何でだ?」

 

「あーそれなんだけどさ。実は相談があって」

 

 ハジメはガシガシと頭を掻くと声を潜めるようにして囁いた。自身の悩みでありほかの仲間には言えず男衆三人でしか話せ無い事を

 

 

「皆の前でさんざんエヒトに勝てるって言ったけどあれ()()なんだ」

 

「はぁ!?」

 

「いやいや、マジで無理。一目相対したけどあれ本当無理。()()()()

 

 笑って手を横に振るハジメに清水が素っ頓狂な声を出してしまう。笑顔だが言ってることは無茶苦茶だ。クラスメイトや仲間たちの前であれほど

の啖呵をきったというのにハジメはエヒトを倒せないのだという

 

「お、お前…あれほどみんなの前で堂々と勝てるって」

 

「そうでも言わないと皆の士気が下がっちゃうからね。嘘でもそう言わないといけないことだってあるんだよ」

 

 嘘をつき皆を騙したことに罪悪感はあるのだが、だからと言って楽天的に見るほどの余裕はハジメにはなかった。それほどまでに戦力の差がありすぎるのだ。挑んでみたが勝てませんでした。という訳にはいかない。だからコウスケと清水に相談をしたのだ。

 

「そういう訳で僕が二人に相談したかったのはエヒトを確実に倒す方法を一緒に考えてほしかったからなんだ。君たち二人ならきっと何か見つかると思って」

 

「信頼してくれるのは嬉しんだがなぁ…倒す方法か」

 

「…そこまでエヒトとの戦力差は激しいのか?」

 

 清水は考え込むと同時にコウスケが疑問を口にする。ハジメなら上手く行くのではないか、そう言う意味合いを込めていったがハジメは首を横に振る。

 

「駄目だ。神の使徒達なら幾らでも対策は出来る、イシュタルやフリードも同じ。でもエヒトだけはどうすればいいのか思いつかない。コウスケの身体を奪ったアイツだけは」

 

「銃火器を使っての制圧は?お前の得意分野だろ?」

 

「無理。エヒトの糞がコウスケの守護を使って来たら打ち破れるとは思えない。そもそもの話、僕一度だってコウスケの守護を壊せたことないんだよ?」

 

「そうだったっけ?」

 

「そうだったよ?」

 

「お前ら…記憶がボロボロじゃねぇか」

 

 呆れた清水の声に肩をすくめる2人。壊れたか壊れていないかはさておき、ハジメにとってはエヒトを倒すというのが難しいというのは変わりなかった。身体能力が高く魔力は底なし、ついでに防御も備えているコウスケの体を持ったエヒトは実に厄介だった。

 

「コウスケお前はどうなんだ。その体でもなんとか出来ないのか?」

 

「あー何だろう。コンプレックスが無くなったからかな。どうにも力加減が難しいんだ。例えるなら…扇風機を使おうとして竜巻を出してしまうような?」

 

「災害レベルかよ…」

 

「そもそもの話、どうにかしてコウスケの身体を取り返さないといけないんだし…そこから考えないといけないんだよね」

 

「うーん コウスケ原作ってのはどうなっていた?」

 

「記憶にございません!」

 

「駄目だこりゃ」

 

 そこからは夜になっても話は続いた。コウスケと清水が案を出し、ハジメができるかどうかを模索し結果没になる。この繰り返しだった。

 

「うーん、ううむ…言いたくは無かったんだけど一応、俺の身体からエヒトを出すってのなら案はある事にはあるんだが」

 

「取りあえず言ってみてよ。出来るかどうかはちゃんと考えるからさ」

 

「でもこれ、南雲の負担が多すぎるんだよなぁ…失敗したら廃人どころか体が崩壊しかねないし、そもそも必要があるのかどうか」

 

「何その滅茶苦茶な奴!?」

 

「あんまり聞きたくはないんだけど…どんな案?」

 

 非常に言い辛そうに話すコウスケの案。それは浪漫であり面白そうだと清水は思いハジメはなるほどと納得はした。ハジメはしばし考え込む。そして顔を上げた。とても微妙な表情だった。

 

「うーん発想は悪くないと思うけど…」

 

「でも浪漫はあるな」

 

「だよねぇ。…その案を後々煮詰めて見ようか。上手く行けば僕の負担も減るかもだし?…しかしコウスケのその体じゃないとできなかった奴かぁ」

 

「何とかなるとは思うんだけど何せ人生初めての事だしなぁ、お手数をお掛けします。んで、その後どうするんだ?」

 

「後って言うと…体を取り戻した後か。どうなると思う南雲」

 

 清水に問われたハジメは眉間にしわが出てきてしまった。作戦が上手く行きエヒトからコウスケの身体を取り返した後、その後が非常に問題だった。

なにせコウスケの考えた作戦だと自身とコウスケ双方非常に弱っている状況になってしまうのだ。

 

「多分僕とコウスケ双方ボロボロになってるよね。そこで体を失ったエヒトが何をするのかが問題だけど」

 

「セオリーに言えば暴走ってのが頭に浮かぶよな。又は激怒して滅茶苦茶をしでかすか」

 

「体を亡くし魂だけになった阿保のエヒト君。まぁ世界を巻き込んで自爆やら世界滅亡やらするんじゃない?」

 

「うわぁはた迷惑な奴」

 

 体を取り戻した後、どうしても体力の消耗が激しいとなると考えると、その時点で詰まってしまう。神水や回復のアーティファクトを使っても果たして間に合うかどうか。そこからさらに話し合いが進む。

 

「駄目だ。思いつかん、もっと真面目に漫画やゲームをしておけばよかった」

 

「そこは普通勉強して置けばっていう話じゃないの清水?」

 

「あ~もうめんどくさっ!ゲームしてぇ、ラーメン喰いてぇ。…パソコンしてぇ」

 

「何だかんだで現代日本の文明は僕たちにとって必要不可欠なんだよねぇ」

 

 出る案を出しつくし、どんどん愚痴や雑談に花を咲かすようになってきた。時間を無駄に消費しているという自覚があるが段々面倒になってきたのだ。

 

「そもそも、なんで僕がエヒトを倒すことに前提何だろう。余計なこと言わなければよかった。こっちには武器を作るっていう仕事があるのにー」

 

「あ~確か騎士団や兵士たちの武器とだっけ?」

 

「もっと単純に言えば全世界の戦える人達の武器づくり。ほんっと出来るにはできるけどさー僕に頼りすぎなんだよーもー」

 

「主人公のチート無双はっじまるよ~…銃火器大量生産っていう世界観の崩壊だけどなぁ!」

 

「はいはい、無能な錬成師は武器を作ってそのまま人任せにしたいですー」

 

 お菓子をポリポリとかじりながらついにだらけ切ってしまったハジメ。と言っても清水もコウスケも似たようなものだが。そんな折にリビングルームに誰かが入ってきた。

 

「マスター、魔力補給の時間です」

 

「お、ノイン。もうそんな時間なのか」

 

 ソファーでだらけ切ったコウスケのもとにノインがやってきたのだ。流石に部屋がゴミで散らばってるところに女の子が来るのはどうかと考えたのかハジメと清水がいそいそと部屋を掃除する。

 

「ノイン今悪いけど掃除中で」

 

「構いませんよ。私の席はここにありますので」

 

 そう言うとソファーで座っていたコウスケにヒョイっと飛び込んで来たのだ。慌てて抱きとめるコウスケに気にした風でもなくコウスケの心臓に耳を当てる様にしてそのまま眠るように落ち着いてしまった。

 

(なんか子猫みたい…じゃなくて)

 

「ノインさんや、何をしておるのかね?」

 

「気にしないでください。私の事は空気だと思っていてくれればいいです」

 

 離れるつもりが微塵もないのか微動だにしない。そのまま呼吸をするようにコウスケの魔力を吸い上げていく。淡く光るコウスケの身体が少しづつノインに吸収されていくのが傍から見ていてもわかるほどだった。それでも問題なさそうな顔をするコウスケの魔力量はどんだけ果てしないのか。横目でチラリと伺うハジメと清水だった。

 

(…後で白崎さんに…やめとこう)

 

(…事案だ)

 

 それはそれとしてとハジメと清水の生暖かい視線を受けるコウスケ。一応仕方のない事だと目線で反撃するがあまりにも説得力ゼロだった。

 

「あーーーで、どうするのよ?」

 

 胸の中に幼い美少女を抱きながらエヒト対策の続きを話す魂魄体のコウスケ。場所が場所ならお化け屋敷か又は警察に御用となる場面だが取りあえずハジメも清水も気にしないで置くことにした。

 

「…何の話でしょうか?」

 

「ん?エヒトから俺の身体を奪え返した後、どう対処しようかなって。多分だけどその頃には俺も南雲も結構マズくなってると思うんだ」

 

「……そうですか」

 

 魔力を吸い上げたのか今にも眠りそうな声をだし目をうつらうつらと舟をこぎだすノイン。いよいよもって小動物染みてきたノインに何とも言えない溜息を吐くコウスケ。懐かれているのではないかと考えてはいたがまるで親に甘える子供の様だと感じてしまうのだ。

 

「…どうしようね。そもそもエヒトを倒すって言っても僕、アレとそんなに因縁が無いからさ、どうしてもぞんざいになるていうか…」

 

「…道端の石ころですか?」

 

「そうだね。日本に帰るのを邪魔する只の石。それだけの価値しかないと思うんだエヒトって」

 

「お前寄ってたかってラスボスを石ころ扱いかよ」

 

「そうは言ってもさ清水。主人公と因縁の薄いボスってしゃしゃり出てきても『何コイツ』で終わらない?」

 

「あーー確かに、FF9やドラクエ5を思い出す」

 

 ()()()()()。なるほど確かにハジメとエヒトではあまりにも関係性が無いのだ。異世界に呼び出した元凶ではある。だがしかしあくまで元凶ではあってもそれだけでしかないのだ。地球を侵略すると言われても平和な現代人にとってはピンと来ない。

 

 それほどまでにエヒトと南雲ハジメとの接点は薄すぎたのだ。たとえ倒さなければいけない敵だと分かってはいても敵愾心をあおるには希薄すぎたのだ。 

 

「むしろ帰ってからのテストとかが僕にとっては心配かな」

 

「…思い出させないでくれよ南雲。どうしようオレ、テストの成績滅茶苦茶悪いだってよ」

 

 ついに日本へ帰ってからのことまで心配しだす現役高校生達。なんだかなーと思いつつもコウスケとっても咎める事は難しい。コウスケ自身もまた解放者たちの仇であり、異世界に連れてこられた元凶であり、物語の敵と言っても過言では無いのだが、滅茶苦茶憎いかと言われればそうでもなく、むしろ()()()と言う感情が強かった。    

 

(どーしたもんかね?やる気っていうか…対抗するための感情が薄いな)

 

 敵ではあるが、宿敵ではない。それがエヒトに対するハジメ達の認識であり現状だった。だから対策が浮かんでこない。改めて現状のまずさを思い知るのだが妙案が浮かんでこない。そこへ胸元で穏やかな寝息を立てていたノインがのそりと起き上がった。

 

「ん…だったら別方面で考えればいいんですよ」

 

「ノイン?」

 

「あんまり口出しをするは好きではありませんが、仕方ありません。ふわぁ…南雲様、貴方はどうしてエヒトを倒そうとするのですか?」

 

「それは、僕が何とかしないと」

 

()()()()()()()? それとマスター、貴方の得意なことは何ですか?」

 

「俺の得意な事?…誰かを守る事!肉壁ですな!」

 

「それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして清水様、確か貴方はマスターたちのこれまでの旅路を聞いてきたんですよね」

 

「ああ、白崎やティオさん。ユエさんにシアさんにも聞いてきた。後はこいつ等だけ」

 

「なら、この二人の話を聞いて下さい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこまで言い切ると名残惜しそうにコウスケの体から離れるノイン。目をこするとふらふらと出口まで歩く。部屋を出る前に振り向き最後の言葉を言った。

 

「皆さん()()()()()()()()()()()()()。ゲームや漫画のやり過ぎです。もっと頭を柔らかくして考えてください。もっと別の方面から考えてください。マスター、貴方は物語の最後までやってきました。するべき事をし、やるべき事をしました。後はもう何をやっても咎められることは無いんですよ?」

 

 そう言い放つとコウスケに向かって先に寝るとだけ言いリビングルームから出てしまった。後に残されたのは男三人。眉根を寄せて考えるがノインが何を言いたいのかわからなかった。

 

「…柔らかくして?別の方面?ノインは一体何を言って」

 

「うーん。取りあえず、僕達の旅路を想い返しながら整理して行こう。そこにきっとノインが言いたいことがあるはず。清水、確か皆から話は聞いたんだよね」

 

「ああ勿論だ。後はお前らから話を聞こうとは思っていた。…何でばれたんだろうな?」

 

 そうして始まるハジメ達の旅路。奈落から始まったそれは一つ一つ苦労と苦難と驚きと喜びと楽しさが詰め合わさった、一つの物語だった。

 

 

 

 

 

 

 そうして…深夜の時間を超え明け方に近くなりそうなとき、三人はある一つの妙案を思いついた。ついてしまった。

 

「…言い出しっぺがこういうのもなんだけどさ、できんのコレ?」

 

 最初に思いついた清水が不安そうに眉根を寄せる。ハジメ達の旅路を客観的に聞いたので思いついてしまったのだ。だがその計画と作戦はあまりにもふわふわとしていた。不安で思わず呟けばハジメができると答えた。

 

「なるほど頭を柔らかくするってこういう事だったんだね。出来るよ。最もこの作戦の肝はコウスケに掛かってるけど」

 

 改めて自分たちが生み出した事の滅茶苦茶さにハジメは出来ると踏んだ。想い返せばつくづくハジメが薄っすらと思っていたことや今からしなければいけない作業と似たようなことを実行するだけだった。

 最も出来るかどうかはすべてコウスケに掛かってはいるのだが、ハジメは出来ると確信した、何故なら隣にいるコウスケは調子のいいときは何時だってやり遂げてしまう男だというのをハジメは知ってるからだ。

 

「…勇者って奴がこんな事をしても許されるんかねぇ?神罰が下りそうだ」

 

「その神に『心罰』を下すんだろ。異論は誰も出さないさ。寧ろ皆賛同するんじゃない?」

 

「フッ言えてる。そうだな俺が出来ると思わなきゃな。正義は我らにありだ」

 

「その言葉、その顔で言われると結構腹が立つ」

 

「全くだ!」

 

 明朗に笑うコウスケはこの作戦で自身が最も肝になる事を分かっていた。正直な話不安はありどうなるか予想はつかない。しかしながらこの作戦を面白いと考えてしまう事をやめる事は出来なかったのだ。

 

「そろそろ夜も明ける。ひと眠りしたら準備を始めるか!」

 

「僕達の旅のフィナーレを飾る大切な準備って奴だね」

 

「もう一度確認するぞ、南雲はこれから武器の製造と諸々のアーティファクトの準備、そしてオレとコウスケは…」

 

()()()()()()。全ての町、全ての迷宮。ありとあらゆる場所へ!」

 

 

 三人顔を見回し手を出す。上手く行くかどうかなんてやって見なくては分からない。しかし出来ると踏んでノリに乗れば案外何とかなるのだ。

 

 

 

「それじゃあの自称神様に自分が何をしてきたのか思い知らせてやろうじゃないか!」

 

 

 

 組み合わせた手をあげ三人はとっておきの秘密の作戦を開始するのだった。

 

 

 




最終決戦に向けてのフラグの回でしたっと。

準備編はもうちょっと続きます。おかげでアニメまでは間に合いませんね!


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父と娘

全く持って進んでいません。でも反省しません。どうしてもこの話は入れたかったのです
準備編は思ったよりも長くなりそうです。
いろいろ詰め込みたいというのもあるからですが…


 

 

 それを壊さなかったのは偏にその場所が思い出の場所だからだった。

 

 コウスケに言われて自身が封印されていた場所にたどり着いたユエは、ディンリードが残した映像記録用のアーティファクトを見つけたのだ。

 

 シュネーのペンダントが無ければ手に入らない様に隠されていたピンボールのような形をした鉱石。手に取ってコウスケが言っていたことが本当だと理解したユエは見る訳でもなく只々ぼんやりと立ち尽くしていた

 

「ユエ?見つかったの?」

 

 どれぐらいの時間そうしていたのか、後ろから声を掛けたのはハジメが作るアーティファクトの材料を探しに行った香織だった。難なく鉱石を確保した香織は帰りにユエと合流しに来たのだ。

 

「…ん」

 

「それがユエの叔父さんが残した物なんだね。見ないの?」

 

「………ん」

 

 香織に言われ、少し迷ったが、結局見る事にしたユエ。何だかんだで叔父がどう思っていたのか知りたかったのは事実なのだ。

 

 

 そして、映像が流れ…ユエは思わずその形見を壊しそうになった。

 

 

「香織、これを持っていて」

 

 隣で叔父の遺言を聞いていた香織にアーティファクトを無理矢理押し付ける。戸惑ったような香織にも構わずユエは部屋を飛び出した。背後で何やら香織が言ってるが構わず駆け出し…迷宮にいる魔物たちに八つ当たりを開始した。

 

 

 壊さなかったのはそこで大切な恩人たちに出会ったからだ。外の世界に連れ出し色んな所へ巡りユエの世界を広げてくれ、何より大切な親友と出会わせてくれた恩人たちとの出会いの場所だっただからだ。…少なくともユエはそう思い込むことにした

 

 

 

 

 

 散々暴れ回ったせいで魔力が切れてしまい、着いてきた香織に運ばれ自室に寝かされたユエは深い眠りに落ちた。

 

『アレーティア…すまない』

 

 誰かの声が聞こえる。とても懐かしく温かい声だった。だがユエは目を覚まさそうとしない。

 

『すまなかった。私は…お前の事を守りたかったのだ』

 

 だったらどうして?ユエの中で疑問が膨れ上がる。そして同時に途方もない怒りもまた起き上がる。イライラが収まらない。

 

『……愛しているよ』

 

 その声に一切の欺瞞のないのがまたユエの怒りを増幅させた。

 

 

 

 

 

 

 

「…ユエさん。起きてください」

 

 肩をゆすられてユエは目が覚めた。もやがかかったような頭で起き上がり方をゆすっていた人物に目向ける。そこにいたのはシアだった。未だ眠気の残る顔をシアの蒼の目に優し気に見つめられていてほんの少しユエは気恥ずかしくなった。 

 

「…朝?」

 

「です。さぁ顔を洗ってください。朝食はもうできていますよ」

 

 ニコニコとした笑顔で促されユエは寝床からもぞもぞと這い出てくるのであった。

 

 

 身支度を整え朝食を食べ終え、とりあえず一息つけるユエ。その間もシアはずっとユエの傍にいて微笑んでいた。しかし他の皆の姿はなく首をかしげるユエ。いつもなら眠たげなコウスケとかが居る筈なのに誰も居ないのが妙に寂しかった。

 

「ハジメ達は?」

 

「ハジメさんは香織さんと一緒にアーティファクト作り、コウスケさんと清水さんは一緒にどこかへ行きました。ノインさんはほかの場所に用があるのか同じく出かけました。ティオさんはしばらくしたら帰るだろうとの事です」

 

「ん」

 

 他の仲間たちはエヒト対策の為に色々作業をしているようだ。そんな中自分だけが何もしていないのが申し訳なってくる。だが、今は何かをする気分でもなく出来る気分でもなかった。

 

「…シア」

「はい」

「相談したいことがある」

「私でよければ喜んで」

 

 だから今ユエは目の前の親友に今の自分の素直な心情を話すことにした。どうしても叔父に対して怒りが収まらないのだと。イラつきが止まらないのだと。

 

 話を聞いたシアはほんの少し眉尻を下げた。香織からディンリードの宝玉を手渡された時にある程度の事のいきさつは聞いてはいたのだ。だからユエが悩み怒っているのが少し悲しかった。自分では慰めの言葉しか掛けられないことをシアはよく理解している。故に一つの提案をすることにした

 

「…なるほど、大体話は分かりました」

 

「私には叔父様が何を考えていたのかわからない…どうして私を…」

 

「確かに私にもわかりません。なら…そうですね。父親の気持ちと言う物を聞いてみませんか?」

 

「?」

 

「私の父であり一族の長。カム・ハウリアにですぅ」

 

 シアが提案したことは、自分の父親であるカムにディンリードがどう考えていたのかを確認することだった。

 

 

 

 

 

 

「ほぅ…ユエ殿の叔父上の気持ちですか」

 

 ゲートキーを使いすぐにハウリア族の居場所についたユエとシア。ハウリア族はフェアベルゲン中の最高戦力となっているため他の部族たちに檄を入れるや戦争の準備など様々な事をしている最中だった。

 

 カムはユエとシアの訪問を快く受け入れ、人払いをした後、改めて三人で顔を見合わせているのだった。

 

 ディンリードの残した遺言や状況。そしてユエの渦巻く心中を聞きふむと一言。そしておもむろに口を開けた。

 

「ユエ殿にとっては不服かもしれませんが私はディンリード殿の行動は分からなくもありませんな」

 

「…どうして?」

 

「実の娘の様に思っている姪の事を考えれば、よからぬ輩に奪われたくない、傷つけられたくないと思うからですよ」

 

「それは、ユエさんの気持ちを踏みにじってでも行う事なんでしょうか?」

 

 氷雪洞窟を突破し尚且つオルクス迷宮五十層に行くまでの力を持つ者なければユエを助けることが出来ず、さらにどんな人物が来るのかさえ分からないある種の掛け。そして何よりユエの叔父の信じる心を滅茶苦茶にしてでも行う事なのだろうか。シアの疑問はもっともでもありユエも気になっていたところだ。

 

「…恨まれ憎まれるのをすべて覚悟の上で苦渋の判断したのでしょうなディンリード殿は。もし私も同じような立場になったとしても同じ事をします」

 

「…父様。本気で言ってるんですか?」

 

「本気だとも。私の全てである可愛い愛娘をふざけた輩に断じて渡すものか」

 

 父親の巌とした発言に言われて愛されて嬉しい思うべきか侮るなと怒るべきか困ってしまうシア。そんなシアに少しだけ微笑むと改めてカムはユエに顔を向けた。

 

「エヒトは恐ろしい敵です、どんなにユエ殿やディンリード殿が強くても絶対に敵わない。それを知ったからこそ苦悩したのでしょう。真実をユエ殿に告げ敵わなくても対策をとるか、それとも自身が罪を背負い苦肉の策で娘を守るか」

 

「私は…それでも話してほしかった」

 

「ええ、勿論そうしたかったのでしょう。しかし時間が無く誰が敵かもわからない状況で追い詰められ直ぐにでも判断を下さなければいけない状況だった時に彼が考えたことはまずユエ殿の命を守り通す。父親としての愛情が何よりも優先されたのです。…貴方の意思に反してでも」

 

 カムはそう告げると目を閉じた。ディンリードという人物がどんな人間かは想像でしかない。しかし本当にユエを愛していたのだろうと推測する。

目の前で悩み遠い記憶の底にある叔父との思い出を探ろうとするユエの姿を見るとそう思うのだ。

 

 もしこれが本当に憎んであるのなら過去の人間としてさっさと忘れて、忘却の彼方にしてしまったはずだ。死んだ人間を想い何を考え行動したのか探ろうとするユエは本当は…

 

「さて、私はこれで失礼いたします。アルフレッドの奴と共に人間族との共闘は嫌だと駄々をこねる畜生共に教育をしなければいけませんのでな」

 

 ニヒルな笑みを向け爽やかに去っていくカム。発音が若干不穏だがしなければいけないことは多数あるのだろう。

 

 残されたユエとシア。周りは人払いがしてあるので静かなだった。そんな中ユエが決心した様に顔を上げる。

 

「シア」

「はい」

「一緒に、叔父様の遺言を聞いてくれる?」

「ええ、勿論ですぅ」

 

 

 

 

 

 

 人が来ない再生された大樹の根元にて少女たちは身を寄せ合い、アーティファクトに残された一人の父親の顔をした男の映像を見ていた。

 それは、深い深い愛と、慈しみ、そして途轍もない覚悟と懺悔に満ちたもの。そして、聞く者の魂をどうしようもなく震えさせるほど、温かく優しい、切なる願いだった。

 

『アレーティア。君に真実を話すべきか否か、あの日の直前まで迷っていた』

「話してほしかった、たとえそれがどんなに無謀な事でも伝えてほしかった」

『だが、奴等を確実に欺く為にも話すべきではないと判断した。私を憎めば、それが生きる活力にもなるのではとも思ったのだ』

「…恨みはすぐに消えた、私には疑問しか残らなかった。どうして、と」

 

 叔父の残した言葉に合わせるように一つ一つ言葉を紡ぐユエ。左手はぎゅっとシアの右手を握っていた。シアもまた握り返す隣の親友が最後まで言葉を告げれる様に。

 

『それでも、君を傷つけたことに変わりはない。今更、許してくれなどとは言わない。ただ、どうかこれだけは信じて欲しい。知っておいて欲しい』

「私を想ってそこまで考えてくれていた貴方と同じように私は…」

 

 

『愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない。――娘のように思っていたんだ』

「――――父親の様に思っていました。貴方の事を…お父様と想っていたのです」

 

 

 ユエの双眸から雫が頬を伝い流れ落ちていく。それを拭う事もなく目の前の親愛の家族に手を伸ばす。

 

 

『守ってやれなくて済まなかった。未来の誰かに託すことしか出来なくて済まなかった。情けない父親役で済まなかった』

「気付けなくてごめんなさい。頼りになれなくてごめんなさい。察しの悪い娘で…ごめんなさい」

 

 涙で叔父の顔がぼやける。それでも必死でユエは最愛の家族の顔をみる。同じように映像のはずのディンリードの目尻にも光るものが溢れる。だが、彼は決して、それを流そうとはしなかった。グッと堪えながら、愛娘へ一心に言葉を紡ぐ。

 

『そろそろ、時間だ。もっと色々、話したいことも、伝えたいこともあるのだが……私の生成魔法では、これくらいのアーティファクトしか作れない』

「もっともっと貴方と話をしたかった。我儘を言いたかった。お父様と呼びたかった、でももう、それもできない」

 

 記録できる限界が迫っているようで苦笑いするディンリードに、ユエが泣きながら苦笑いをした。その表情はとてもそっくりで本当の親子の様だった

 

『もう、私は君の傍にいられないが、たとえこの命が尽きようとも祈り続けよう。アレーティア。最愛の娘よ。君の頭上に、無限の幸福が降り注がんことを。陽の光よりも温かく、月の光よりも優しい、そんな道を歩めますように』

「もう、伝えることができないけど、祈り続けます。ディンリード叔父様。最愛の叔父様。貴方が安らかな眠りに付けるように、静謐と安寧の休息が訪れますように」

 

 伝えるべきことを伝えたと満足そうに微笑んだディンリードの姿が虚空に溶けていく。それはまるで、彼の魂が召されていくかのようで……

 

『……さようなら、アレーティア。君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように』

「――さようなら叔父様。未来は私が守ります。だからどうか安らかに眠っていてください」

 

  

 深い森の中に一つの嗚咽が木霊する。背中をさすりながら涙を流す親友をシアは慈愛の眼差しで見つめていた。

 

「シアっ…私…ずっと叔父様の事気づいて上げれなかったっ!ずっと誤解していた!」

「はい」

「でもどうして伝えてくれなかったの!叔父様となら一緒に戦う気だったっ!たとえそれがどんなに絶望的だったとしても!…私は一緒に居たかった」

「ええ、だって家族ですもんね」

「だから…怒った。私の力を信じてくれていなかったんだって。子供だと思われていたって。でも、それは」

「ユエさんの身を案じてくれていたんですね。この世界で誰よりも」

「…うん」

 

 嗚咽をこぼし涙を流し続けたユエはそっと顔を上げた。その顔は決意に満ちていた。 

  

「シア、私は叔父様の願いを守りたい」

「それは、仇を取りたいという事ですか」

「それもある。けど叔父様が私の未来を願ったのなら私は私の世界を守る」

「そうですね。エヒトが居たのならユエさんの未来は危ぶまれていますからね。守りましょう世界を」

 

 世界を守ると宣言した少女達の笑みは満開の花が咲いたかのように綺麗に咲きほこっていたのだった。

 

 

 

 

 

 




取りあえずこれで1人目終了。色々ツッコミを入れたかったのは内緒。
後残るは…3,4人ぐらいですか。
多っ!?書きたい事と書ける事が隔離しているって辛いですね…


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決戦準備

以前消してしまった話に追加をしました


 

 

 

「おーい南雲~お客さんだってよー」

 

「んー?」

 

 それはハジメが工場で作業をしていた時だった。香織の再生魔法によって時間の流れがゆっくりになる空間を作ってもらいアーティファクトの大量生産のめどがある程度つき始めたときに清水がハジメに客が来ていることを伝えに来たのだ。

 

「誰ー?」

 

「聞いて驚け!何と来たのはな!」

 

 妙にテンションが高いのは清水とコウスケの担当している仕事が順調だからか、そんな事を考えたのもつかの間清水の後ろから現れた人物にハジメは久方ぶりに驚くのだった

 

「貴方は…」

 

「久しぶりだな。坊主」

 

 ハジメに会いにわざわざやってきたのはハイリヒ王国騎士団団長メルド・ロギンスだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 取りあえず作業を人型ゴーレムに完全委託し客間にメルドを招き入れる事にしたハジメ。周囲を見回していたメルドだったが大人しく差し出された椅子に座る。

 

 

「すまんな、忙しい所に急に押しかけてしまって」

 

「大丈夫ですよ。こっちもある程度のメドはついたので」

 

 元々ゴーレムに全ての作業を任せる気だったのだ。後ハジメのするべき事は時たま作業のチェックをするぐらいだった。ティーポットに入れたお茶をメルドに渡し自分の分もまた用意する。何となくだがメルドの思いつめた気配と覚悟を感じ取るハジメ

 

「凄いなここは…ダンジョンの最深奥にある住居とは。しかも利便性が良い。解放者と言う者たちはどえらい奴らだったんだな」

 

「おかげで僕達の拠点となっています。それで、要件とは?」

 

「それなんだが…」 

 

 ハジメの言葉を聞いた瞬間すぐさまメルドは地面に頭を打ち付けながら土下座をしたのだ。そしてはっきりとこの場所に来た目的とハジメにしかできない要件を告げた

 

「恥を忍んで頼みがある!俺達騎士団に専用のアーティファクトを作ってくれないだろうか!」

 

 騎士団にアーティファクトを作ってほしい、それが団長自らがハジメに会いに来た理由だったのだ。眉を顰めるハジメだったが取りあえずメルドに椅子に座ってもらうように話すがメルドはその姿勢から動かなかった。

 

「う~ん。ちゃんと戦う人たちのアーティファクトは作りますし、別にこれ以上の物はいらないんじゃ無いですか?」

 

 ハジメとしては手を抜く気など微塵も考えておらず、大量に作った量産品でどうにかしてもらうつもりだった。だがメルドは首を横に振る。

 

「確かに、他の奴らはそれでいいかもしれん。だが俺たちは…ハイリヒ騎士団だけはそういう訳にはいかんのだ。だから頼む!他の奴らとは違う専用の物を作ってはくれないだろうか!?」

 

「…どうしてそこまで拘るんですか?理由を話さなければ僕としても作れませんよ」

 

 頑なまでに理由を離そうとしないメルドに呆れが混ざった詰問の声が出てくる。そこまでしてようやくメルドは顔を上げた。その顔は強い苦渋と後悔の色が出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……何も出来ていないんだ」

 

 椅子に座り直し、握り込んだ自身の手を見ながらメルドは強い疲労と後悔の声を出す。それはまるで腹に溜まった澱みを吐き出すかのようだった。

 

「お前たちが召喚されてから騎士団は全く持って戦果を挙げていない。…何も出来ていないんだ」

 

 メルドのその少ない言葉でハジメは大まかに理解してしまった。

 

(あー 最初は実地訓練失敗して戦死者二名?出すし、次はオルクスで魔人族と魔物に良い様にやられるて、王都防衛線では清水が居なければ全滅。ついでに僕達が助けに行かなかったら王都は壊滅していただろうし…そして)

 

「ランデル殿下とリリアーナ王女が誘拐された時俺は近くにいた。それなのにあの使徒に一太刀すら浴びせることもできず…まるで虫のような扱いだった」 

 

 守るべき人が攫われるのに力及ばず怪我負ったメルド。復興に向けて順調に進んできた時に出てきてしまった規格外の敵と自身の無力感。

 

「散々お前たちに助けてもらったのだ。これ以上は頼らず自分たちの力で成し遂げる。そう思ったのに…何もできなかったんだ」

 

「だから、力が欲しい…ですか」

 

「ああそうだ。これは俺達騎士団の総意だ。今までお前らに頼ってしまった、そして今もまた頼ろうとしている。…それでも力が必要なんだ。誰かを守るにはどうしてもお前の協力が必要不可欠なんだ!頼む!何でもいい!何だっていい!俺たちがあの使徒と真っ向から戦えるような物を作ってほしいんだ!」

 

(……無力感に苛まされ力を求める、か)

 

 メルドの慟哭のような叫びは昔ハジメが味わったものを思い起こさせるには十分なものだった。眉間の皺を解きほぐしながら深く息を吐く。

 

 改めてメルドと目線を合わせ、そしてニヤリと不敵に笑う。

 

「コウスケがアレをやってる以上、僕の担当は()()()()()だからね。分かりましたメルドさん。貴方のご希望の物、僕の全能力を使って作ることを約束します」

 

「本当か!?言った俺が言うのもなんだが、他の作業は」

 

「そっちの方は大丈夫です。ゴーレムに作らせるようにしますので。…しかしご要望とかあります?」

 

「それについてはお前に一任する。作る量は…」

 

「ふんふん成程です。ならメルドさんは特注品で、他の人達は量産品として…ふふ」

 

 作る量や誰が使うかなどをハジメと相談していくメルド。しかしメルドは何やら嫌な予感がした。ハジメの目が爛々と輝いていくのだ。

 それは子供が一番好きな玩具をもらった時と同じようで、又何か踏んではいけない地雷を踏みぬいたような、致命的に言葉の選び方を間違えたような

予感がしたのだ。

 

「ふふふふ…何でもかぁ、そっかそっか何でもねぇ。それじゃ騎士団は僕好みの改造をしようっと。ヒャアッ!インスピレーションが湧いてきたぞう!今なら何でもできそう!」

 

(ホセ…皆、すまん。俺はどうやら間違えたみたいだ…)

 

 誰かを守るには力が必要だ。その言葉に偽りは無かった。しかしこの日、メルドは自分の言葉の選び方を全力で後悔することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なー清水」

 

「あ?」

 

「なんか南雲が目がイってたんだけど知ってる?」

 

 黄昏模様の人の気配のない王宮の敷地内にある墓所の隅でコウスケは、清水にそんな事を聞いていた。休息のため一度オスカーの邸宅に帰ったのだが

その時ハイリヒ王国団長メルド・ロギンスが居たのだ。

 懐かしさと驚きで声を掛けようとしたのだが、其処でコウスケは見てしまったのだ。頭を抱え明らかに困惑しているメルドの傍で何やらニタニタと笑うハジメを見てしまったのだ。

 

「ありゃ絶対何かよからぬことを考えてますわー。怖くてメルドさんを置いてきちゃいましたわー」

 

「知らねぇけど、浪漫だって言ってたぞ?人型がどうたら、自分色に染め上げるとか」

 

「浪漫?アイツ何かしら自分の琴線触れると見境が無くなるからなー。後で俺も一枚かませてもらおうかな」

 

 呑気な会話をしながら、今後の方針と順番を話し合う。何だかんだで計画の三分の二までは終わっているのだ。

 

「今度は帝国方面か、その後は樹海へ…うーむ、結局俺達の旅路をぐるっと一回りしているようなもんか」

 

「それが一番わかりやすいからな。ともかく今日はここまでにしよう。結構精神的に疲れるからな」

 

「そうか?特に何とも思わなくなってきたんだけど」

 

「…そりゃヤベェって」

 

 コウスケの本当に気にした風でもない様子に少々げんなりする清水。肉体的にはともかく精神的にすり減りそうな作業だというのに問題なさそうなコウスケ。溜息と共にゲートキーを使って戻ろうとしたところで…手を止めた。

 

「コウスケ、お前に話したいことがあるんだ」

 

「???」

 

 コウスケが怪訝そうな顔をしたのに苦笑しながら清水は今ここで自分の秘密を話すことにしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペルソナ?シャドウ?…いやいやそれよりも俺が作ったてそれマジか?」

 

「マジだ。もっと正確に言うとオレはお前によって望まれた清水幸利ってのが正しいけどな」

 

 清水の話によるとウルの町で死にかけた時、あの時コウスケの魔力が入り込み人格が形成されたのだというのだ。確かにコウスケは清水の本心が知りたくて魔法を使った覚えがある。 

 

(あの時は洗脳だとか考えていたけど、元々持っていた魂魄魔法ならあり得るのか)

 

 自身が使う魂魄魔法ならあり得る事だった。今現在魂魄体と言う状況であり色々魂魄魔法でやらかしていることも納得できるものではある。

 

 

「出来た過程はどうだっていい。重要なのはオレもまた『清水幸利』だって事。オリジナルである『清水幸利』の可能性の一つでもあるんだ」

 

「…つまり俺が望んで作ったけどそれもまた清水ってことか。ならオリジナルは?一体どうしてるんだ?」

 

 コウスケの問いに清水は胸をトントンと叩きほんの少し悲しそうに笑いながら教えてくれた。

 

「今もまだオレの中で燻って眠っている。リアルな夢を見ているとでも言うのかもな。…まぁアイツはオレだ。その内嫌でも出てこざるをえないことになるさ」

 

 肩をすくめやれやれと笑う清水。相談するのでもなく知ってほしかったのだという彼は、先に戻っていると言ってゲートキーを使い帰ってしまった。

 

「望んだ…か。 そうだな、確かに俺は望んだよ清水。自身の罪を受け入れ贖罪の為に抗う清水幸利って奴を」

 

 清水幸利の人生はコウスケの過去ととてもよく似ていた。だから、コウスケは自身の過去が上手く行くように願ってしまったのだ。一皮むけ、人として大きく成長したという自分ではできなかったことを成し遂げてほしいと考えてしまったのだ。

 

「…俺の様になって(辛い人生を送って)ほしくないって考えてしまったのは失敗だったのかな?」

 

 ひとり呟き、コウスケはそのままゲートキーを使わず王城の方に歩いていく。あたりはすっかり暗くなり空に照らされた月が静かに輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王城のテラスにてリリアーナは侍女を付けず一人月を眺めていた。雲一つない綺麗な夜空はいつかの祭りの日の夜を想い返す物だった。視線を下せば城下の町がみえ、今は少なくなった明かりがまだ人がいる事を知らせてくれる。

 

(あと少しでこの光景は壊れていくのですね。私たちが信仰していた神エヒトによって)

 

 攫われ、魔王城で見たコウスケの身体を乗っ取り現れた邪神エヒト。そこには神としての神々しさは微塵もなく只々玩具を壊そうとして嘲笑する気狂いがそこにいたのだ。

 

「人の身体を奪い現れ、人々の安寧を壊していく。…あれで神を名乗るとは」

 

 邪神エヒトの侵攻はもうすぐやってくる。その対策として事は急速に進んでいる。目の前の平原には王都の錬成師たちが総力を挙げ作り出した要塞ができており戦闘員たちはそこで対策と南雲ハジメから次々と送られるアーティファクトの使い方を学んでいる。

 

 各国々の重鎮達は集まってきており、物資の配送や分配、戦力の確認などを昼夜問わず行っている。決戦がもうすぐ始まる。その中で今一リリアーナは身が入らなかった。

 

(弟に任せてしまうとは、姉失格ですね)

 

 思わずため息が出てしまった。まだ十歳のはずのランデルは城内を走り回りできる事を探して必死だというのにその姉である自分はどうにも気合が入らなかったのだ。

 

 勿論原因は分かっていた 

 

(コウスケさん…ですよね)

 

 魔王城で見かけたときは何やら思い悩んでいたようだったが嬉しかったのと同時に何か嫌な予感がして危険だと伝えようとしたのだ。だが伝えることもできず状況は次々と変わっていき、エヒトが現れてしまったのだ。そしてエヒトがハジメの腹をぶち抜いて、エヒトが調子に乗ったと思えば体中の穴から血を噴出し、撤退していきそして何やかんやあって神の使徒と魔王が殲滅されコウスケは無事に戻ってきたのだった

 

「はぁ…せめて話をしたかったな」

 

「んー誰と?」

 

「コウスケさんですよ。現れたかと思えばエヒトに体を取られて死んでしまったのではと思ったらひょっこり現れて、酷く心配したのになんだか拍子抜けてしまって。何だかあの時の私って忘れられてるんじゃないのかなぁって」

 

「あ~ごめん。色々立て込んでいてな。話す時間も余裕もなかったのは俺の落ち度だったな。本当にごめん」

 

「別にそこまで謝らなくても……コウスケさん?」

 

「や、やっほー」

 

 横からの返事に答えていて、ふと懐かしさを感じ横を見ればそこにはうっすら透き通った魂だけのコウスケがそこにいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「居たのなら返事ぐらいしてもいいじゃないですか!?」

 

「ご、ごめんて!何か思い悩んでいたそうだし迂闊にビックリさせるのはどうかなって思ったんだよっ!?」

 

 突然のコウスケの訪問に驚くリリアーナ。どうしてコウスケと話すときは驚く事が多いような気がするのを感じながら大きく息を吐く。改めてコウスケを見るとその体は以前とは違って魂だけと形容すべき透明さと発光をしていたのだ。

 

「その体…大丈夫なのですか?」

 

 肉体が無くなり魂だけの状態。リリアーナの想像を超えるその体の容体を聞いたがコウスケはケロッとしていた。

 

「ん?大丈夫だよ。寧ろ軽くなった感じかな。ほらほら」

 

 笑いながら空中をふわふわ漂うコウスケ。その表情は肉体が取られたことに対する悲惨さが見受けられなかった

 

「大丈夫って…体を取られたんですよ!?」

 

「そんな大声出さなくても…本当に問題ないんだ。寧ろ体を亡くしたから滅茶苦茶なことが出来るっていうか…為るべくして為ったとでもいうべきか」

 

 ほんの少し暗く笑った顔がリリアーナの背筋をゾクリと振るわせる。何をしているのかは分からないが魂魄体と言う現状をコウスケは気に入ってるようだった。それがほんの少しだけ寂しさを感じさせた。まるで知っている人間が変わってしまったようで。

 

「…コウスケさん?」

 

「うぉ!?」

 

 恐る恐るコウスケの魂魄体に触れるリリアーナ。一瞬酷く寒気を感じたが驚いたコウスケが振り向いた瞬間その魂はひんやりとした温かいものになった。

 

「…意外と大胆ですね」

 

「心配させるようなことを言うからですよ! もぅ………」

 

「あのリリィさん?いつまで触っているのですか?」

 

「何と言うかコウスケさんの魂ってひんやりと仄かに暖かいんですね」

 

「なんだそりゃ?」

 

 何が気に入ったのか夢中でコウスケの魂魄体を触ってくるリリアーナ。とりあえずされるがままのコウスケだった。

 

 しばらくして満足したのか手を引っ込めるとマジマジと自身の手を見つめるリリアーナ。そこでようやく何故触っていたのかコウスケは理解することが出来たのだ。リリアーナの目の端にうっすらと光るものが溢れていた

 

「ちゃんと生きているんですね…魂だけになってしまったけど生きているんですねコウスケさんは…」

 

「…うん。ちょっと可笑しな状態だけど、俺は生きているんだ」

 

「…良かったぁ…本当にあの時死んでしまったと思ったんですよ…生きていて本当によかった…」

 

 涙をにじませながらクシャリと顔を歪ませたリリアーナにコウスケは非常にバツが悪そうな顔をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 夜であり外という事なのでリリアーナに上着を渡し、月を眺めるコウスケ。世界はあともう少しで滅びるかもしれないと言うのに月はどこまでも淡く輝いていた。そんなコウスケの横にリリアーナがそっと近寄る。そして月を指さした。

 

「…見てくださいコウスケさん」

 

「ん?月か。綺麗だな。こんな時でも「ええ、死んでもいいわ」

 

 コウスケの言葉に被せる様にリリアーナが言葉を放ったのだ。途中で話を遮るというらしくない言い方と言った言葉の意味。両方に驚いてリリアーナを見れば悪戯が成功したような笑顔をしていた。

 

「リリィそれって」

 

「ウルの町で貴方が言ってたことです。あの時は意味が解らなかったのですが、香織に聞いて分かりました。貴方の故郷で想いを告げる言葉なのだと」

 

「香織ちゃん…余計な事を教えてくれちゃって」

 

 くすくす笑うリリアーナに顔を赤くしながらも今は親友と一緒に居る筈の香織にぼそりと不満を言うコウスケ。あの時は只の冗談で自分が居た言葉なのだが、リリアーナの方から意味を知って言ったとなると話が変わってくるのだ。

 

「コウスケさん、貴方の事が好きですよ」

 

 その言葉は愚かなほどに真っ直ぐだった。正真正銘のリリアーナの本音だった。魂だけとなり人の機微が何となく感じ取れる様になった今のコウスケにとってその言葉は何よりも心に突き刺さった。今すぐにでもこの娘を壊したいと思うほどの。

 

 だがその衝動を無理矢理抑え込む。それは決して汚してはいけない白百合の花。汚れた自分が触っていいものではなく、また理解できないものでもある。

 

「…前から疑問だったんだけど、いったい何時から俺の事が好きになったんだ?」

 

 何処が良いのかは前聞いたが何時から好意を持ったのかは聞いてはいなかった。出来る限りざわつく心を感じ取らせないように聞けばリリアーナは少しばかり考えて答えを出した。まだコウスケの動揺は伝わっていない

 

「そうですね。清水さんを助けようとしたあの時ですね」

 

「ウルの町で清水が瀕死になった時か。そうだったっけ」

 

「ええ、だってあの時コウスケさん泣いていたでしょう?」

 

「そう…だったかな。覚えていないや」

 

「泣いていましたよ。蒼く光る魔力を清水さんに注ぎながら、笑って悲しんで…泣いていました。あの姿に、誰かを想って泣くその涙を綺麗で美しいと感じて、そこからあなたの事を想うようになっていったのです。思えばもうあの時からあなたの虜になっていったんですね」

 

 恥ずかしそうに微笑みながら話すリリアーナを見ながらコウスケは思い返す。清水を助けようとしたときの事。

 

(あれは…あの時は俺は清水を助けようと考えていたけど、本当は俺の過去を変えようとして…どうなんだろ。どっちが本当なんだろ。助けようとしたのは俺か?それとも清水か。またはどちらもか?)

 

 先ほどの清水との会話。自身の過去とダブった清水を助ける自分は一体誰を助けようとしたかったのか。答えが出ない疑問をコウスケは無理矢理頭の奥に沈める事にした。どうせ考えても答えは出ない問題なのだ。

 

「…恥ずかしいところを見せたとしか思えないけどなぁ」

 

「私にとっては衝撃的でしたので、良いものを見させてもらいました」

 

「はぁ…本当に君って奴は。そろそろ寝ないと明日に響くぞ。ランデル君なんてもう寝てるだろ」

 

 話を終わらせようとするコウスケ。その意図が伝わったのかほんの少し頬を膨らせながらリリアーナも渋々納得する。

 

「ランデルは張り切っていますからね。またすぐ跳ね起きて城内を朝の早くから走り回りますね」

 

「そっか頑張ってんだな。ありゃ良い王様になるぞ」

 

「ええ、…本当にランデルは頑張っています。あの姿をお父様に見せたかったですね」

 

 寂しそうに笑うリリアーナにコウスケは頬を掻き遠くを見つめる。その目は此処ではないどこかを見ているようにリリアーナは感じた。

 

「知ってるよ。ハイリヒ国王は自分の息子が頑張っていることを知ってるさ」

 

「そう…ですね。お父様あれで結構心配性な所がありますから、たまに様子を見に来ているかもしれませんね」

 

「だろうね。そしてもちろん君の事も心配しているだろうさ。最愛の愛娘が倒れていないかって、自分の最後の言葉で傷ついていないかってずっと気にしていると思うよ」

 

 何故だか神妙に頷くコウスケ。その姿になにか違和感を感じたが恐らくコウスケなりの励ましなのだろうと思う事にした。  

 

「あの時のお父様はエヒトのせいでおかしくなっていたのです。ちゃんと私は分かっています。整理はついています。…最後に何を考えていたのまでかは知りませんが」

 

「そりゃ愛してるって」

 

「愛してっ!?…ああ、お父様でしたか」

 

 コウスケの行き成りの発言に多少は驚くも話の前後からして父親の事だなと察したリリアーナ。コウスケ自身は一向に目をつぶってうんうん頷いている。

 

「父親である以上愛娘の事は誰よりも気に掛けるのさ。だから死んだとき後悔して嘆いて、君達子供の事を愛してるって幸せになってほしいって願いながら……っとすまん。また踏み込み過ぎたな」

 

「いえ、大丈夫です。嘘でも慰めでも話してくれて有難うございますコウスケさん」

 

「嘘じゃ…まぁいいか。今日は話せてよかったよリリィ。それじゃお休み」

 

「はい、おやすみなさい。今日は楽しかったです。またこうやって話をしましょうね」 

 

 

 リリアーナの言葉にコウスケは手を振るとそのまま消えていった。話しに聞く空間魔法を使ったのだろう。

 

 エヒト降臨の日は近くで決戦はもうすぐ。それでもリリアーナは上機嫌に自身の部屋に帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 コウスケは話さなかった。自身がもうすぐこの世界から居られなくなることを自身に恋心を持つリリアーナに話さなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター面白いものがありましたよ」

 

 そう言って対エヒト用の訓練を終えてハジメとコウスケが休息していたリビングルームにやってきたのは何やら私用があるとの事で数日間出かけていたノインだった。

 

「面白い物?ってかノイン何処に行ってたんだ?」

 

 コウスケの対面のソファーに座り返事をせずにある物をコウスケに手渡す。手渡された物は長めの紙であり誰かに向けた物であろうと推測された。

 

「マスター貴方宛てです。撒いた種がついに開花しましたね」

 

「種?それに手紙って…」

 

 手渡された手紙を開け中にある文章を少し読み、驚きと困惑で顔を上げるコウスケ。隣にいたハジメが首をかしげて内容を聞き出した。

 

「誰からの手紙?」

 

「フリードからだ」

 

「はぁ!?」

 

 フリード・バグアー 魔人族の最高司令官であり魔王亡き今は魔人族の頂点にいるであろう男。そのフリードからコウスケ宛の手紙をノインは見つけて来たというのだ。コウスケが読んでいる手紙をハジメが横から覗き込んだ内容は以下の通りだった。

 

『勇者へ 

 

 貴様がこれを読んでいるとき私は、エヒトの傍にいるのだろう。もしくは死んだ時か。まぁどっちだっていい。重要なのは貴様に頼みがあるという事だ』 

 

 書かれていたことは、フリードが少数の魔人族を匿っているので、助けてほしいという事だった。匿われている魔人族たちは人間たちとの戦争に否定する者や穏健派など敵意を持ち合わせていない者に子供や老人、女性たちなど戦闘能力が低い者達ばかりなのだという

 

『アイツ等には事の次第を説明してある。信仰していた神が我らを玩具の様に弄んでいるとな。……私自身いまだに信じられないというのが本音でもありどこか納得もしているというのが現状だ。だがこのままでは我ら魔人族が全滅の危機に陥るかもしれない。だからお前達の力で保護を頼みたい。…厚かましいが私を正気にさせてしまったのだ、出来んとは言わせんぞ』

 

「…偉そうな奴」

 

「元々そんな感じの奴だったじゃないか。それよりさっさとその人達をどうにかしないと」

 

「その穏健派?の人たちの保護は私がやっておきましたので問題ありませんよ」

 

「仕事早っ!?」

 

 ノイン曰く手紙を見つけた時点でさっさと魔人族たちを捜索して魔人領のはずれにある集落へと送ったらしい。一応ノインの背格好や顔つきは神の使徒達と似通っているので誘導や説得などは簡単だったらしい。

 

「あの場所なら当分の間は人間族と交流することもないでしょうし、魔人族は細々と生き続ける事になりますね。ティオ様達竜人族の方々と同じように絶滅したとでも噂されるんじゃないでしょうか」

 

「ふーん ん?って事はノインお前魔王城に行ってたのか。どうして行ってたんだ?俺にも一言いえばよかったのに」

 

「…マスターはいろいろ忙しいでしょうし。私事なので…手を煩わせるわけにはいきませんよ」

 

 どうにも歯切れが悪そうなノイン。普段とは違いいつもの感情を感じさせない声音もどこか乱れているように感じ取れた。今は触れないでおくことにしたコウスケは手紙の続きを読むことにした。

 

『…本来ならお前たちの手を借りるつもりは無かった。私自身の手で同胞たちを守りたかった。だが無理だ。魔王アルヴ、神の使徒、そして狂信者イシュタル。奴らを欺く事は出来ない精々尤もらしい詭弁を言い弱き者達を非難させるのが私にできる限界だ。私の部下達や…友は、もう助けられない」

 

 悔やんでいるのだろうか字面が乱れている。それでも筆は続いている。

 

『私はエヒトに従う事にした。…狂い改造されてしまった部下たちを見捨てることが私には出来ないのだ…たとえそれが意味のない事だとしても私はアイツらと共に行くことにする、最期まで肩を並べる事にしたのだ。…正直な話お前の話を聞くべきでは無かった。何も理解できず分からず考えず神を謙虚に信仰する哀れな木偶になりたかった。…私は…』

 

 そこで文章が途切れてしまった。他にも字が書かれていることもない。何とも言えない空気になる中ハジメが口を開く

 

「で、コイツどうすんの?」

 

「どうするって…」

 

「正直な話僕はフリードが死のうが生きようがどうだっていいんだ。君はどうするんだいコウスケ」

 

「…俺は」

 

「その話、妾に詳しく聞かせてはくれぬか?」

 

 悩むコウスケに声を掛けられる、その声の主はティオだった。故郷への里帰りは済ませたらしく、ティオが言うにはいつでも里の人たちはこちらに来れるのだというのだ。

 

「長達は前日にやってくる予定じゃ、それでその手紙は魔人族のあ奴からの手紙か、妾にも読ませてくれるかの」

 

「いいけど、見たところで面白くはないよ」

 

 手紙を受け取り内容を改めるティオ。読むにつれ何かを思案し始めるように眉根が寄せられる。そして手紙をコウスケに渡して一言。

 

「フリード・バクアーと言ったな。あ奴は妾に任せてほしいのじゃ」

 

「ティオが?別にいいけど…どったの?」

 

「ちと顔を合わせて見たくなっての」

 

 何やら思うところがあったのかティオはフリードとの相手をするのだという。コウスケとしてもエヒトとの戦いと計画があるので余計なことに思考を割らずに住むので了承することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳でフリードはティオが担当することになりました」

 

「そうでしたか。よかったですね。面倒なことをせずに済んで」

 

 自室へと戻ったノインへと連絡するコウスケ。実は先ほど話をしている途中から居なくなってしまったのだ。気になるところがあったためノインの自室へ入ったコウスケ。

 

 返答を返してはいるが話を聞いているわけではなさそうなその表情にコウスケは先ほど聞いてみたかった事を聞く事にした

 

「ノイン、何で魔王城へ行ったんだ?何か手伝えるのなら」

 

「…はぁ マスターにはあまり関係のない事だとは思うのですが『私が何者か』を探していたのですよ」

 

 魔王城には神の眷属アルヴが居たので神の使徒について何かしらの資料があると踏んでの捜索だったのだ。だが見つかったのは手紙だけで神の使徒に対する資料は無かったのだ。

 

「以前マスターや南雲様に私は神の使徒の失敗作だと伝えました。ですがあれから時間がたって思うようになったのです。『本当に私は神の使徒の失敗作だったのだろうか』と。魔王城でほかの使徒達に出会っても私の事を知ってる様子はありませんでした。それはアルヴヘイトやエヒトルジェも同様です」

 

 ノインの真っ直ぐな視線がコウスケに向けられる。その目には感情が込められているようで何も期待していないのが伝わってくる

 

「『ノイント』だった時の事はどうだっていいんです。ですが今ここにいる私がどうやってこの世界に生を受けたのかが知りたかったんです。…結局わかりませんでしたが」

 

「……そうだな確かに俺も気にはなっていたんだ。果たして神の使徒とやらに失敗作なんてものがあるのかって、たった一人だけ変わった奴が出てくるのかって。でもさ」

 

 確かにコウスケにもなぜノイントだけがほかの使徒とは違うのか理由は分からない。何かしらおかしなことがあったりするのかも知れにないがこれだけはどうしても伝えたかった。

 

「お前はノインだ。俺の従者で可愛い顔して皮肉を吐きまくるクールな女の子。それでいいじゃないか」

 

「駄目です、根本的な解決になっていませんねそれ。オマケに最もなことを言ってますがテンプレ過ぎる言い方です。それで納得できるはずありませんよ」

 

「うぐっ」

 

 バッサリとコウスケの言い方を切り捨てるノインだが、その口元は少しだけ口角が上がっていた。結局のところはそういう事なのだ。ただ自身の過去が不可解なだけで今が変わる事では無かったのだ。

 

「うぅぅ、テンプレって言われた…カッコつけたらバッサリ言われてしまった…」

 

「…まぁそれで良しとしますか。()()()()()()

 

 がっくりと肩を落とすコウスケを見ながらノインは少しだけ微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウスケ何をしているの?」

 

「んーーちょいとな」

 

 決戦の重要な場所となる要塞の周りをうろつくのは魂魄体となったコウスケとその傍で歩くユエだった。要塞は赤レンガを基調としたデザインとなっており堅牢さと強固さを目的とされた作りとなっていた。土術師の天職、野村健太郎と王都の錬成師たちが死に物狂い健闘した結果なのだろう。

 

 その要塞を中心として八つの角となる場所へ小さな魔法陣を刻み込み、さらに要塞の周囲を回りながら見えない魔法の線を引いていく。丁度円の中心と八角形の中心が要塞の中央で屋上付近に集まるように。ユエがその魔力を見て何かに気付いたようだった。

 

「…再生魔法?それに重力魔法も…?」

 

「お、当たり。あの要塞に香織ちゃんが残る手はずになっててさ。それで一仕事お願いしようかと思ってるんだ」

 

 香織はエヒト戦へと連れて行けないことはハジメとは相談して決めたことだった。戦闘能力や役割など連れて行けない理由はあったが彼女にはやってほしい事があったのだ。

 

「…香織は納得したの?」

 

「現在南雲が説得中~ 納得してくれるかどうかは彼氏であるアイツが上手くやってくれるでしょう」

 

 ほのぼのと会話しながらも作業に手を抜く事なく進めていく。実行者は香織だがもろもろの準備はコウスケが担当しなければならない。皮肉にも今は魂だけの状態であると認識しているからかどんなに魔力を使っても問題なくむしろ好調だった

 

「…恋人になれて香織嬉しそうだった」

 

「長年?の恋が実ったからなー もっとイチャつけば良いと思うよ!ただし俺の居る前でヤルのは止めて欲しいけどなぁ!」

 

「コウスケは?リリィとイチャイチャしないの?」

 

「んーおっさんだからちょっと勇気がいるかなぁ。俺も高校生ぐらいだったらそりゃもう、ウヘヘヘな事をしたいんだけどなぁ」

 

 コウスケの笑い顔にユエはジッと視線を向ける。明らかに何かを隠している。又は誤魔化し自身に嘘をついているそんな悲しい顔だった。

 

「…コウスケ」

 

「ん?」

 

「恋する乙女を舐めないで」

 

「??? 了解?」

 

 何かを決心したようなユエに首を傾げなら頷くコウスケだった。

  

 

 

 

 

 

 

 清水の特訓があるというユエに別れを告げ一人コウスケは上空から要塞と平原、そして集まっている無数の人だかりを見る。騎士たちが集まり何かを話している。帝国の鎧を着た集団がうろついている。様々な格好の冒険者たちが独自のグループを作っている。そこに亜人族や竜人族も加わっていくのだろう。

 

 その光景を眺めながらこれから自分のする事、仕出かすことの重大さを再確認するコウスケ。

 

(…俺は悪くないって言うのは簡単だけど、実際これでいいのかねぇ?)

 

 メンバーの中で最も治癒能力と再生魔法に長けた香織を巻き込んでの計画の一部。それをするには建前はどんなに正しくても本質がどうにもコウスケの心に引っ掛かりを感じてしまうのだ。

 

(ふーむ…ん?あそこにいるのは)

 

 悩みながら空を漂っていると数多くいる冒険者の中でとても懐かしい気配を感じたコウスケ。目を凝らし会いたかった人物を発見するとコウスケはゆっくりと近づいていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 邪神エヒトに対抗するためとして収集されたウィル・クデタは集まった冒険者の中で一人考え事をしていた。

 

(この世界を玩具にする神…ですか。なら私たちこの世界に生きるすべての命はずっと気まぐれで生かされていたという事ですか…)

 

 戦う敵の事を深く考えすぎていたためか、集団から離れてしまった。独りになってしまったが元々ソロで冒険者をしていたので特に不便は無かった。少しばかり寂しさを感じてはいるのだが

   

(私も、そろそろ誰かと組んで冒険をするべきですかね)

 

 ウィルにとって冒険とは詰まる所自身の好奇心や冒険心を満たすものだった。だから功績がほしいわけで無く実益がほしいわけでもない。

 それについて行ける人がいるのかがウィルとっての問題であり、断固として譲るわけにはいかないラインだった。現状そんな奇特な人が居ないのが今ウィルが1人でいる理由でもあるのだが

 

「おーい ウィルー」

 

 そんな考え事としていた時ふいに上空からとても懐かしい声を掛けられた。見上げればそこにいたのはコウスケだった、にこやかな笑顔であいさつするその顔は前であった時と変わっていなかった。ただし体は妙に透けており空に浮かんでいるという事実を無視すればだったが… 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事があったんですか…」

 

「ほんともう大変だったよー つっても体を取られたところで何も問題ないってのが皮肉なんだけどな!HAHAHA!!」

 

 事情を聴きケラケラと笑うコウスケを見るウィル。悲観さは見受けられないが異常な事態になっていると思うのだ。

 

「それでも大変なことに変わりはないでしょう?」

 

「…まぁね。それよりウィルも戦うのか?危ねぇぞ?他の奴らに任せてもいいんだぞ?」

 

 コウスケの見た限りではいくら才能があっても今のウィルでは使徒と戦うにはきついと感じたのだ。そしてそれはウィル自身が一番よく理解していた。確かに冒険者を始めてから異様な速度でランクを上げたがまだまだ新米冒険者であることに変わりなく経験不足なのは否めなかった。

 

 だがコウスケの心配をウィルは柔和な笑みで返した

 

「確かに危険です。でもだからと言って他の人に任せる訳にはいきませんよ」

 

「…どうして?死ぬかもしれないんだよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。邪神エヒトは私たちの世界を脅かそうとしている、なら私たちが戦わないといけません。生きて明日を行くために自らの手で運命を切り開けなければ…」

 

 自身が弱くてもそれでもできる事があるはずだとウィルは考えていた。それは自分のため家族のため色々理由はあるが何よりこの世界トータスで生きる人間だからこそ目の前の脅威に怯える訳にはいかないし他人任せにもできなかった。

 

 ウィルのその言葉で何か思う事があったのかコウスケは少しだけ神妙に考え黙った後、宝物庫からある物を取り出してきた。それは肉厚の片刃の剣でありいつの日かウィルが見たコウスケの武器だった。

 

「ウィル。俺の武器『風伯』これを受け取ってほしい」

 

「…どうしたんですか。それは貴方にとって大切な物なのでは」

 

「色々と考えててな。お前の言葉で吹っ切れた、だから俺がこれを振るう資格は無くなった」

 

 手元にある風伯の刃をなぞりしばし望郷の念を見せるコウスケ。今までの旅路で使っていた愛用品を手渡すという事は何より辛かった。だがこれもまた一つの終わりであり始まりだった。

 

「今までずっとコイツと一緒だった。手放したくなんてないってのが本音だが、お前になら託すことが出来る」

 

「託すって…まるでこれから先死ぬような言い方じゃないですか。縁起でもないから止めて下さい」

 

「ごめんごめん、何にせよ俺が振るう必要は無くなったんだ。後で南雲の手でウィルが使いやすいように調整を頼んで置くから…受け取ってくれないだろうか。俺の『風伯()』を」

 

 笑ってはいるがその目はいつになく真剣だった。決意と悲しさが混じり合った目を見てウィルはこれがコウスケとの最後の会話になると直感で感じ取った。

 

「分かりました。貴方の思い受け取らせていただきます」

 

 差し出された風伯を受け取り改めてその武器の異質さを感じつウィル。刃も持ち手も何もかもが普通の武器であるはずなのに妙に手に馴染んでいく。気のせいか涼やかな風が流れるのを体が感じ取った。

 

「うん、結構様になっているんじゃないか」

 

「まだまだですよ。でも、いつかこの風伯に釣り合った冒険者になって見せます」

 

「その時を楽しみにしている」

 

 差し出された手を握り固い握手をする。その手の干渉を感じながら異世界との友人と交流を生涯忘れない様にと固く誓うウィルだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




決戦前の準備終了です。
次回からようやく本編を進めることが出来ます


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咆哮と決意

 

 

 

ハジメが各それぞれの国や町の代表と話をしている中コウスケは要塞の屋上に取り付けられた壇上の整備を行っていた。此処がこの戦場にとっての大事な要となるので念入りにチェックを行っていたのだ。

 

「魔法範囲…良し、識別反応…良し、魔力収縮率…OK、懸念事項のバックアップ…これも問題なし!」

 

 自分が施した魔法陣のチェックを終えたコウスケ。目論見通りならこれで決戦の場が整ったのでうんと伸びをして体のコリをほぐす。最も魂魄体となっているので疲れとは無縁ではあるのだが何となくしておきたかったのだ。

 

 改めて自身が施した魔法陣を眺め口の端を吊り上げる。この魔法陣が何の意味をもたらすかはすぐに分かる事だがこの魔法陣の本当の意味を知る人間はいったいどれだけの数だろうかと考えるとどうしても嗤いたくなってしまうのだ。

 

「コウスケさん?こんな所にいたんだ」

 

「香織ちゃん?あれ南雲と一緒に居たはずじゃ」

 

 エヒトと遜色ない笑顔になっているコウスケに声をかけてきたのはこの現場での最重要人物である香織だった。確か先ほどまでハジメと一緒に居たはずだったのだがどうしてここに来たのだろうか。そんなコウスケの目線に気付いたのか少しだけ気恥しそうにする香織。

 

「皆と話しているハジメ君に見惚れそうになってきて…邪魔になると思ったからここに来たの」

 

「正式に恋人になったから堂々としていればいいのに」

 

「そういう訳にはいかないのっ」

 

 真剣な表情で話しているハジメの姿を想い返したのか頬を赤く染める香織に呆れと微笑ましさを混じらせた笑みを向けるコウスケ。決戦までもう少しだというのにハジメの事が優先されるのは果たして良い事なのだろうか。

 

「まぁいいや、それより最後の確認。悪いけど香織ちゃんはここに残って皆の無事を祈っててほしいんだ」

 

「それはハジメ君から聞いたけど…それだけでいいの?」

 

 香織がハジメから聞いたのは要塞の屋上にある祭壇でただひたすら祈り、治癒魔法を使い続けるだけだと言う物だった。

 治癒魔法、再生魔法に関しては確かに他の誰よりも負ける気はないという自負を持つ香織だったが果たしてそれだけでいいのかと言う疑問はあったのだ。

 

「それだけでいい、むしろ君にしかできない。もっと秘密にするつもりだったけど、説明するよ。この魔法陣と君の役割を」

 

 そしてコウスケは語った。計画の一部である香織がなすべき事とすべき事。それはとても単純な事だった。

 

「戦場にいる人たちの怪我を治す?…確かに大切なことだけど、どうしてここで?」

 

「この祭壇で治癒魔法…いいや再生魔法を使えば戦場全域に魔法が拡散することになってる。君の絶対的な治癒魔法がこの戦場全ての人間たちに降り注ぐんだ。無尽蔵で無遠慮で無慈悲なほどに、そうすれば戦死者ゼロになる」

 

 香織の治癒魔法は抜き出ているが一人一人を治癒していくのでは余りにも時間が無さ過ぎる。だったら広域に魔法を拡散すればいい、余りにも力づくのコウスケの考え方に一瞬呆気にとられた香織は疑問を口に出す

 

「えっと、その方法は分かったんだけど私そこまで魔力量豊富じゃないよ?すぐに力尽きるかも」

 

「それなら問題ない、魔力を豊富にため込んでおきながらいざって時に何もしない奴に働いてもらうし。おまけにちょうど良いのがあるから。つーか使う、使わせる。異論は絶対に認めない」

 

「奴…? 兎も角コウスケさんが手を抜くわけないから…大丈夫だよね」

 

「そうそう大丈夫さ ってもまぁ怪我を治すってのは建前なんだけどね。この祭壇と魔法陣は…はもっと別の意味と効果があるんだ」

 

「え?」

 

 香織の耳元で囁く。エヒトと戦う一連のこの戦いの本当の意味を香織に教えるのだ。それはハジメと清水と共謀した計画の本質。悪辣で非道でしかし世界で最も意義のある行動

 

「……そんな事」

 

「卑怯だって思う?それともエヒトと変わらないって思ってしまう?大丈夫きっとそれは正しい。でも決めたんだ、もう遠慮するのは止めようって。最期だから派手にやろうって。だからごめん、この計画に君も巻き込む事になった」

 

「…ううん、謝らないで。確かにどうかなって思うけどハジメ君や清水君、そしてコウスケさんが考えたことなら私も賛成するよ」

 

 勘の良い者には気付かれ悪評が出回るかもしれないが、香織にとってはもはやどうだっていい事だった。ハジメが居る。仲間がいる。だったらそれでいいのだ。それに結果的にエヒトに勝った後はこの世界とは別れる事になる。だから香織にとっては特に痛みは無いのだ。

 

「そっか。なら香織ちゃんこれをあげるよ」

 

 そう言ったコウスケの手のひらから蒼く仄かに光る拳大の光が浮かび上がってくる。その光の玉は差し出された香織の手の平に着地すると溶けるようにして香織の身体へと消えていった

 

「これ…技能?」

 

「俺が持ってた技能の一つ『誘光』。本来なら魔物をおびき寄せたり魔法を引き付けるためにあったんだけど、もっと別の使い方があるんだ」

 

「別の使い方?」

 

「『魔力を引き寄せる』これさえあればさっきの魔力の云々はほぼ解消される」

 

 コウスケが最初期に生み出した『誘光』この使い方を香織にレクチャーする。無くても問題は無かったがあった方がさらに効率が良く問題点が解消されるのだ。使い方を香織に教えるとすぐに香織はモノにしてしまった。やはり香織は誰かを治すことに一番長けている。苦笑いをするコウスケに香織が小さくつぶやく

 

「コウスケさん…ハジメ君の事よろしくお願いします」

 

「ああ、任せて。必ず無事に連れて帰ってくるよ」

 

 ハジメが会談をしている中、小さく二人は約束を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「竜人族が来たってのに挨拶無しってのはどうかと思うよ」

 

「今更新キャラが出てきてもな。物語が終わるって時に急に新キャラが出てきても困らないか?」

 

 広場にて竜人族の面々が出てきた中コウスケは姿を現さなかった。その事を咎めるもコウスケは耳を貸す気はない。ハジメが小さく溜息を吐くのは仕方が無かった。なにせ各国々の代表との顔合わせすらしなかったのだ。

 

「それは仕方ないかもしれないけどティオの故郷の人々だよ。挨拶の一つぐらい…それに他の人達にも」

 

「確かにティオには悪い事をしたかもな。後で謝っておこう。他の人達は…ランデルに宴の準備をしといてくれって頼めばよかったかな?」

 

「あ、それもう用意しているって。何処から聞いたのか知らないけど『勝利の美酒は上手い!』とか『同じ釜の飯を食えば溝は無くなる!』とか何とか」

 

「はっはは なんだそりゃ」

 

 戦いが終わった後の事を張り切っているだろうランデルを想像すると苦笑が漏れてしまった。どうやらランデルはこのトータス世界の命運をかけた戦いが勝利で終わると確信しているようだった。その信頼と自負はとても心地いい。

 

 しばらく二人して戦いの準備の確認をして、どちらともなく遠くを見つめていた。無言ではあったが気まずい空気ではなく 穏やかな雰囲気だった。

 

「…ついにここまで来たな」

 

 感傷を載せながらコウスケはポツリとつぶやいた。長かった旅は終わりへと向かい今最終局面へと移った。その声にまたハジメも答える。今までの旅、思い出を振り返りながら相槌を打った。

 

「うん、ようやく終わりが来た。このトータスでの最後のお仕事だね」

「正真正銘の大仕事だな。思えば短かったような、長かったような…どっちだろ?」  

「さて、どっちかな?どっちでもいいんじゃない?」

「言えてる」

 

 顔を見合わせケラケラと笑う。永い永い旅だった。奈落の底から始まった旅は終わりへと向かっていく。その証拠に宙が明るくなってきた。日の出が近づいてきたのだ。まもなくエヒトと人類との決戦が始まる。

 

「…南雲」

「なに?」

「ありがとう。お前が居てよかった」

「それなんかフラグ臭くない?」

「確かにそう思うけど言える時言っておこうと」

「はぁ それはこっちもだよ。ありがとうコウスケ。君のおかげでここまでこれた」

「…面と向かって真顔で言うなよ。照れる」

「なら変なこと言わないでよ」

 

 頬が赤いのは日の出のせいだ。両者そう思いながら真っ赤に燃える太陽を眺めた。もっと話がしたい、でもどうにも気恥ずかしい。そんな事を考えていたその瞬間、世界が赤黒く脈動した。

 

 

 

 決戦の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神山の上空に亀裂が走り空が割れ始める。破砕音と主に空に刻まれる罅が大きくなる中、いち早く我に返ったメルドが拡声型のアーティファクトを使い声を張り上げた。

 

「総員!戦闘態勢をとれ!」

 

 その声で我に返った兵士たちは役割をこなすべき動き出す。メルド率いる騎士団は事前に打ち合わせをしていたので直ぐにメルドを先頭として集合した。

 優秀で誰よりも信頼のおける部下であり戦友たちの顔を見渡すメルド。そして平原に響き渡るほどの大声を力のあらん限り腹の奥底から叫んだ

 

「お前ら!騎士としての誇りをもう一度思い出せ!」

「応!!」

「俺達は誰かを守るために騎士となった!だが今、何も成し遂げていない!それでいいのか!!!」

「否!!!」

「今までこの世界にまったく関係のない奴らに助けられてきた!それで良しとするのか!!」

「否!!否!!」

「だったら今ここで俺達の力を見せつけるぞ!!俺達こそが世界最強の騎士団だと!誇りある騎士だと!!」

「我らこそ本物の騎士なり!!」

 

 大地を震え揺るがすほどの咆哮を上げた騎士団は全員がハジメから手渡されたベルト型のアーティファクトに手を載せる。使い方は事前にメルドから行き渡っていた。

 

 ひときわ大きく装飾が施された剣をモチーフにしたバックルに手を翳し深く沈み込む様に息を整えるメルド。弱きものを守る、自分達こそが今度こそ守るのだと決意はっきりと、想いを強く強固に。祈りは決して無駄ではない 蓄えたその誇りを大きく叫び咆哮する!

 

「変……身!!!」

 

 バックルから風が吹き出し、光がメルドを包む。そして光が収まったときそこから出てきたのは白銀の全身甲冑の鎧を装着したメルド・ロギンスだった。背中から流れる群青のマントと鈍い輝きを放つ鎧が並大抵のアーティファクトでは無いことをうかがわせる。そしてその後ろではメルドの部下たちが声を揃え合わせ同じく魂を絞り出すかのように絶叫を上げた

 

「「「変身!!!」」」

 

 光を纏い現れたのは黒金の全身鎧に身を包み込んだ精鋭騎士団。ハジメが構想を練って作ったロマンあふれる煌く鎧のアーティファクト。その部下たちの声なき騎士の咆哮と願いを背中で感じ取ったメルドは虚空に手を伸ばす。

 

 そこから現れたのは大剣…を超えた漆黒の巨剣だった。大きさはメルドの身長を優に超えており剣の幅は肉厚を通り越して巨塊と化している。

 その見るものが圧倒してしまう巨剣をいとも簡単に軽く振り払いひび割れた空間に向ける。

 

「…構え」

 

 後ろの黒金の騎士団もメルドと同じようにそれぞれが最も得意とする武器を虚空から呼び出す。武器を手に取り無言で誰もがこれから現れる『敵』

に戦意を滾らせる。その熱気が感染していくのか周りで呆気に取られていた兵士たちもそれぞれが武器を構え目を血走らせ戦意を高めていく。

 

「行くぞ。今こそ我らの誇りを見せる時!」

 

 異様な姿の騎士たちは今度こそ世界を守るのだと敵を睨みつけた。

 

 

  

 

  

 

 

 

 

 

 

「ようやくだ…」

 

 静かな声だった。対して大きな声を出したわけでは無い。しかしその呟きは風に乗って亜人族全員の耳に届いた。

 

「不謹慎だが私はこの瞬間を誰よりも待っていた」

 

 静かに瞑目する男の名はカム・ハウリア。亜人族を纏め上げたその男はひび割れた空間を慈しむような目で見た。

 

「我ら亜人族が弱者ではないと見せつけるためではない。無論自身のためでは無い」

 

 打ち震えるような歓喜の声だった。激情を無理矢理にでも抑え込み今にも飛び出しそうな体を理性で押さえつけているその様子と声。異様な雰囲気のカムにしかし誰も声を掛けない。なぜなら亜人族たちはカムが何を言いたいの変わっていたからだ。

 

「ようやく我らの恩人に恩返しができる…これまで積み上げられてきた多大な恩をようやく返すことが出来るのだ」

 

 恩人であるハジメ達に恩を返す。それがカムやハウリア族の願いだった。しかしハジメ達は苦境に陥ることもなく困難に会う事もなく寧ろ自分達が何度も助けられたのだ。思い返せば出会いからして助けれ続けていたのだ。

 

「恩をを忘れのうのうと生きる事は我らにはできない。だから私は嬉しい。ハジメ殿たちの故郷を侵略しようとするやつらをぶちのめすことはすなわち彼らへの恩返しでもあるのだ」

 

 いっそ親愛の情すら見える視線で遠くのひび割れている空間を見て呟くカム。同じくハウリア族もそれぞれが思い思いに頷いた。皆思う事は一緒だった、

 そしてそれはほかの亜人族も同じ。奴隷から助けてくれ家族のもとへ貸してくれた多大な恩人であり、同じように連れ去られてしまった家族を引き合わせてくれた人でもある   

 

 

 目をつぶり深く呼吸をし、闘気を徐々に解放させていくカム。体中からあふれ出す力も戦うための揺るぎないない意思も彼らから授かった物。それを返す時が来たのだ。カムの呼吸と合わせ徐々に膨れ上がる闘気はほかの亜人族や人間たちにも視認できるほどに大きくなってきた。

 

「闘気…解放」

 

 その言葉と共に一気に膨れ上がった力はまるで天を衝くかの様に放たれ、戦場にいる人間たちの背筋をビリビリと痺れさせた。カム・ハウリアはここにいるのだと言わんばかりの闘気。それに合わせるように他のハウリア族も同じく一気に戦意を爆発させる。

 

「それでは諸君。行こうではないか」 

 

 静かに放たれた言葉とは裏腹にカム率いる亜人族たちは皆獰猛な笑みを浮かべていた。まるでこれから狩をおこうなのだと言わんばかりに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦意に吠える人類を一瞥するとハジメはすぐさま空間から次々と現れる使徒たちに先制攻撃を加えた。成層圏内からの爆撃に擬似太陽を模して造られたレーザー、そして太陽エネルギーを一纏にした超大型熱量爆弾。それらの先制攻撃で神山の地形が変わってしまったが気勢を制することは出来たのだ。

 

 いきなりの先制攻撃に絶叫に沸く兵士たちを尻目にハジメは香織と顔を合わせた。少しばかり手を貸したが後はこの世界の人間たちに任せるのだ。

後は自分たちがする役割をこなすだけ

 

「白崎さん。後の事はお願い」

 

「分かったよハジメ君、後は任せて。コウスケさんからちゃんと話は聞いたから」

 

 この戦場に残るのは香織とノインだけだった。後のメンバーはエヒトへの決戦に向かう事となっている。香織にすべき事を託したハジメは ほんの少しだけ名残惜しそうに目線を緩ませる。本当は離れるのが不安だとか危険はないのかと心配する部分もあるのだ。

 

 そんなハジメの気持ちを察したのか香織はふわりと笑うとグッとハジメの顔に近づいて――

 

「!?」

 

「ふふ、続きは帰ってからね」

 

 顔を赤くしながら香織は微笑みハジメは突然の唇を襲った湿った感触で一瞬だけ思考がストップしてしまった。ハジメと香織の周りでは仲間たちが

冷やかすような微笑ましい物を見るような視線を遠慮なくぶつけていた。ハッと我に返ったハジメは慌ててスカイボードを展開する。

 

「っ皆ほらさっさと行くよ!そんなニヤニヤしない!」

 

 顔を赤くして仲間たちに指示を出すハジメ。そんなハジメを微笑ましく想いながらコウスケはノインに目配せをする。ノインに残ってもらうように頼んだのはコウスケだ。どうしてもコウスケにとって心配な事があり頼みごとをしたのだ。

 

「ノイン」

「ええ、了解しました。…寵愛が過ぎるというのも考え物ですね」

「言ってろ。後それは誤解を招くから贔屓ってのが正しい」

 

 スカイボードに乗り全員が乗ったことを確認する。これから向かう場所は決戦の場であり旅の終着点でもある。しかし気負うことなくハジメとコウスケはただ一言

 

「それじゃ行ってくるよ」

「じゃ、また後で」

 

「いってらっしゃい」

「ご帰還お待ちしております」

 

 

 直後ハジメ達を載せたスカイボードは一気に神山上空の空間の裂け目へと飛んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞け皆の物! これは我らこの世界に生きる者のための戦いである! 敵は我らを弄び嘲る邪神である、何も臆することは無い!正義は我らにあるのだ!』

 

「へぇランデルが指揮官やってんのか。中々すごいなアイツ」

 

 無線から流れるランデルの演説を聞いて感心するコウスケ。現場にはメルドはガハルドなど戦いになれたものが士気を高揚させるものなのだが意外にもランデル自身憶する事なく叫んでいたのだ。 

 

「細かいところはリリアーナ王女がサポートするけど安全な所で縮こまっていられないってさ」

 

『我らこそがこの世界を守る守護者なり!我らの手で自分たちの手で明日を切り開くのだ!気勢を上げろ!我らを侮る邪神に吠え面を掻かせてやれ!貴様が相手をするのは只の狩られるだけの獲物では無いという事をその性根に刻み、我ら人の強さを証明してやれ!』

 

「カッコいいな」

 

「ん、よく頑張ってる」

 

「コウスケ、ユエさん感心しているのは構わないんだけどアレ見ろよ」

 

 ランデルの鼓舞をコウスケとユエが感心している中若干顔をひきつらせた清水が完全に砕け散った空間を指さす。空間から依然として銀の雨の如く使徒がわらわらと振り落ち向かってきているのだ。同じ顔の人形が向かってくる、それは確かに顔が引きつるのも仕方なかった。

 

「ん。対策はあるんでしょコウスケ」

「お、バレテーラ」

「じゃあさっさとやってくれませんかねぇ?あの群れの中に飛び込むんだろオレ達」

「うじゃうじゃ気持ち悪いですぅ」

「ううむ、ハルツィナ樹海を思い出すのぅ」

「あーそれだ。マンホールの中のゴキブリがわらわらと飛び出してきたって感じ」

 

 あーだこーだと雑談しながら油断はせずとも緊張感のまるでないやり取り。それが心底可笑しくまた面白いと感じたコウスケはすっと立ち上がりみんなの前に一歩進みでる。

 

「所で南雲、清水。RPGでエンカウントを減少させる魔法とか道具って知ってるか?」

「トヘロスとか聖水、かな」

「後は忍び足とか隠れるとか」

「うむうむ模範的な回答ありがとう。今から俺がするのはそれと同じだ。最も――」

 

 言い終わると同時に前方に手を伸ばしまずは向かってくる銀の分解砲撃を無力化させるための『守護』を展開する。久しぶりに使う守るための光の蒼き盾は使徒の分解に瞬く間に弾き受け止める。

 

「―ちっとばかっし凶悪だけどなぁ!」

 

 開いた手のひらをぐっと握り込めると同時に目の前に無数にいた使徒たちがまるでこと切れたかのようにボトボトと落ちていく。その様子はさながら急に力尽きてしまったかのようだ。

 

「うわっ何アレ蚊トンボのように落ちていく!」

「ん。いったい何をやったのコウスケ?」

「うっはっはは!なーに簡単な事よ。ただ退けるだけじゃあ味気ねぇからな!経験値とHPとMPをごっそり頂いているだけよ!」

 

 コウスケがやったのは単純で悪辣極まりない事だった。向かってくる使徒たちの魔力を根こそぎ奪っているのだ。それはいつかのハルツィナ迷宮でゴキブリたちにやった時と同じで使徒の核となる魔力を食い漁っているのだ。

 

「えげつねぇ」

「規格外じゃ」

「論外という奴ですぅ」

「ん。有効利用?」

「悪食だなぁ」

「むっふっふっふ。使えるもんは何でも使うんでねぇ。そら!もうちょっとで着くぞ!」

 

 無傷であり消耗どころかむしろ魔力を奪い取るという容赦のない行動で使徒達がまともに足止めすら出来ない内に、ハジメ達はついにヘドロのようなドス黒い瘴気を吹き出す空間の裂け目に到達した。

 

「やっぱり開いてないか」

「かまへんかまへん!お次に取り出したるは、この剣でございます!銘は『次元刀』次元を切り裂く刀でございます」

 

 開いている片方の手に光を集め作り出したのはごく普通の長剣だった。だが込められた魔力の大きさは半端ではなく、光の輝きが目の前の瘴気と互角であった。

 

「それって」

「俺の好きなキャラの武器。折角ファンタジーに来たからな。ちょっとぐらいはイイだろ」

 

 おどけながらも次元刀を軽く一閃。たったそれだけの動作で強固だったはずの瘴気はビキビキと音を立て砕け散ってしまった。そして同じように次元刀も光となり霧散してしまった。光となった次元刀を名残惜しそうに見つめると開かれた空間へと目を向ける。

 

 神域の道が、開いたのだ。終わりの時はもうすぐ

 

 

 未だ力尽き落ちていく使徒を尻目にハジメ達は神域へと突入をしたのだった 

  

 

 

 

 

 

 

 



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光と闇の終焉

お待たせしました。
矛盾が合ったら申し訳ないです

ではどうぞ


 

 

「なぁコウスケ」

「ん?」

「今更かもしれないけどさ、あの場でお前が使徒を食い続けたらよかったんじゃないの?」

 

 極彩色で彩られた世界をスカイボード進みながら清水は唐突にコウスケに尋ねたのだ。もしあの空間の前で居座っていたのなら雪崩堕ちてくる使徒や魔物を無尽蔵に喰い続けたのでは無いかと考えたのだ。

 

「それも考えたんだけどなー でもそうすると何でもかんでも俺だよりになるわけで」

 

「だよなぁ。すまん只の妄言だ」

 

 そんな雑談を交わしながら様々な色が入り乱れた空間を進むハジメ達。途中で使徒五十人ほどに襲われたがあっさりとコウスケが魔力を食ってしまったので依然として消耗は一つもなかった。ボトボトとなにもできずに落ちていく使徒を見て何と言えない表情をする仲間達。

 

「チート過ぎる」

「私たちの活躍が省略されていますぅ」

「手間がかからぬというのは喜ばしい事のはずなんじゃがなぁ」

「今更の話ー」

 

 そうして奥の極彩色の壁を通り抜け出てきた場所は、整備された道路に高層建築が乱立する地球の近代都市のような場所だった。ただし、もう人が住まなくなって何百年も、あるいは何千年も経ったかのように、どこもかしこも朽ち果てて荒廃しきっていたが。

 

 今にも崩れ落ちそうなビルもあれば、隣の建物に寄りかかって辛うじて立っているものもある。窓ガラスがはまっていたと思われる場所は全て破損し、その残骸が散らばっていた。地面は、アスファルトのようにざらついた硬質な物質が敷き詰められているのだが、無数に亀裂が入り、隆起している場所や逆に陥没してしまっている場所もある。

 

 建物壁や地面に散乱する看板などに薄らと残る文字が地球のものでないことや道路につきものの信号が一切見当たらないこと、更にビルの材質が鉄筋コンクリートでないことから、辛うじて地球の都市ではないことが分かる。

 

「こういうの何だったっけ?ロストアポカリプス?」

「ポストアポカリプスだよ。大方、昔潰した都市でも丸ごと持って来たんだろうね。潰した記念にとか、建築技術一つにも今のこの世界にはない魔法が使われていた形跡があるし、散々発展させてから、トランプタワーでも崩すみたいに滅ぼしたんだろう」

「…暇人。変態。老害」

「悪趣味じゃのう」

「嫌ですねぇこういう自分の戦果を見せびらかしたい人って」

 

  地球でも、文献も残らない古代の都市は現代技術よりも優れていた、などと言うロマン溢れた話がある。この世界でも、神代には、科学の代わりに魔法を使って現代の地球に近いレベルまで発展した国があったのかもしれない。

 そして、そんな人々が積み上げてきたものを、あのエヒトルジュエは、嗤いながら踏み躙ったに違いない。哄笑を上げるエヒトルジュエの姿が目に浮かんで、全員、凄まじく嫌そうな顔になった。

 

 やがて、羅針盤に従い幾つ目かの交差点を通過した頃、ビルの谷間からロンドンのビッグベンそっくりな時計塔が視界に入った。どうやら、その時計塔に次の空間へ行くための入口があるらしい。

 

 ハジメは、羅針盤を懐に仕舞いながら、巨大な交差点の中央で時計塔に向かって進路を取った。ミサイルでこちらの様子をうかがっている敵に砲撃を浴びせながら

 

「うーん、この」

「先手必勝。物事はさっさと早期に解決するのが上策だよ」

 

 守護を展開し被害がこちらに掛からないようにしながら呆れた顔のコウスケ。最もハジメからしてみれば交戦するつもりもなく面倒事を終わらせたいと考えがあったのだ。荒廃した都市を更地にするがの如く爆撃を繰り返したハジメ。

 

 廃ビルが瞬く間に崩れ落ちる中、不意にミサイルが着弾せずに爆発した。嫌、止められてしまったとでもいうべきか。警戒を露わにするハジメ達の前にそれは出できた。

 

「流石は我が神に歯向かう者達。いささか派手でありますがこの兵器は末恐ろしい物でございますな」

 

 純白のローブを身にまとい神官としては派手とも取れる装飾を施したイシュタルが空から現れたのだ。先ほどまで都市一つを更地にするかのような爆撃があったにもかかわらず服装には微塵にも汚れが無かった。その汚れのない服装に合わせるかのような余裕の表情を向けてくる。

 

「ですがここまでです。私が来たからにはここから先へ通すわけにはいきません。主の栄光を見ることもなくここで果てなさい」

 

「テンプレ発言ありがとう。でもさ、そう言った奴に決まって止められたことは古今東西一度もないんだよね」

 

 銃を構え面倒を隠さない表情のハジメ。すぐにケリを付け終わらせるつもりだったが前に出てきた清水によって先手を制することは出来なかった。

 

「…どういうつもりかな、清水」

 

「まぁ、なんだ。アイツはオレがやるからお前らは先に行っててくれないか」

 

 ほんの少しだけ困ったように笑った清水はそう言うとほぼ無詠唱で闇の弾丸をイシュタルに向かって放った。放たれた弾丸は光の防壁によって塞がれてしまうがその事を気にすることなく何度も打ち続け廃墟に突っ込ませながら清水は言葉をつづけた。

 

「人には役割って奴がある。南雲、コウスケ。お前たちがエヒトと戦うようにオレにも役割があるんだ。お前らは先に行ってエヒトの糞野郎をぶっ飛ばしてこい」

 

 皆で一斉にボコった方が早いんじゃないのか。その言葉はハジメの口から出てくることは無かった。どこか哀しげな清水のその表情が正論を言わせるのを遮ったのだ。

 コウスケに視線を向けると苦い表情をした後は仕方ないとでもいうように肩をすくめた。ほかの皆は口を出す気は無かった。全員が清水の意思を尊重しようとしていたのだ。それでハジメも説得するのをやめる事にした

 

「分かった。それじゃ僕達は先に行く」

「苦戦するようだったら逃げれば良いんじゃぞ?」

 

「おう、……あ、コレってあれじゃね?『ここは俺に任せて先に行け!』って奴じゃね?」

 

「それ、オタクなら何時かは言ってみたい台詞№2じゃねえか!?」

 

「……『別にアイツを倒してしまっても構わんのだろう?』」

 

「うぉ!?名台詞までもか!?ドヤってるのがさらに腹立たしい!」

 

 ニヤリと笑う清水に笑いながらバンバンと肩を叩くコウスケ、そして笑い終えると淡く光る()()()を気付かれない様にそっと清水の身体に押し付けた。問題なく青い球が入ったのを確認すると一言つげハジメ達と共に去っていった

 

「『またな』…ってか。やれやれ随分と人が良い勇者だ。ほんっとあんなエヒト以上の事をやってのけた奴と同一人物なのかねぇ?」

 

 頬を掻き苦笑する清水。何でもない事のように言ってたコウスケの言葉が随分と難しく感じていた。その証拠に闇の弾丸を何度も受けたはずなのに硝煙から出てきたイシュタルは怪我一つなかったのだ。無論顔に疲弊の表情さえ浮かべていない。どうやらエヒトによってかなりの強化を施されたようだった。

 

「よう、待たせちまって悪いな」

 

「いえいえ、それより仲間たちとの最期のお喋りは終わりましたかな?」

 

「まぁな。最も最後にするつもりはないんだけどな!」

 

 言い切ると同時に影でできた槍を射出する。その槍が放たれたのと同時にたった一人の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――本当は分かっていた

 

 

「そら!デモンズランスってな!」

 

 影で作られた槍を迫りくる傀儡兵に向けて乱雑に発射する。放ったうちの数本は外れてしまったが敵の数が膨大だったので殆どが体を吹き飛ばしながら散っていった。

 

「やったか!?…なんて言う訳ねぇだろ!ゴキブリ見たいにワラワラと!畜生め!」

 

 だが、廃墟からまた無数の兵がわらわらと湧きだしたために清水は逃げる事を選択するしかなかった。独り対多数。その戦況のマズさが身に染みてき始めてきた。

 

 清水がイシュタルと対峙した直後からわき出した人間の兵士。本来なら言葉を話すべきそれらは人形の様に武器を振り回し数に身を任せて清水に襲い掛かってきたのだ。

 

「彼らは皆、エヒト様の御力を授かったのですよ。信仰する神から力を得られるとは彼等も鼻が高いでしょうな」

 

 悦に浸る顔を隠そうとせず説明しだしたイシュタルの言葉を解釈すると元は神殿騎士だった者達。それが信仰する神によって人形になってしまうのでは何とも皮肉な話だった。最も清水からしてみればどうでも良い話ではあったのだが。

 

「随分と粘りますな。普通の者ならもう疲弊し倒れきっても可笑しくはないのですが」

 

「はっ!そう簡単にくたばるほど柔じゃないんでなぁ!」

 

 近づかず離れずという距離で空から偵察しているイシュタルに悪態を返す清水。現状イシュタルは攻撃して来なく傀儡兵に任せているのが今の状況だった。舐められているとは思えどそのおかげで現状を保っているのもまた事実でもあった。

 

「いやはや、何一つとして注目するところのなかった只のオマケがここまでだとは驚きの誤算ですな。どうでしょう?我が主のもとに来るというのはいかがでしょうか」

 

「あ?何ほざいてんだお前。信仰のし過ぎで可笑しくなったか?」

 

「これは私からの本心ですよ。その闇魔法の才、今ここで消すには余りにも惜しい。私からエヒト様に掛け合いましょう。そうすれば貴方はその才を存分に生かすことが出来ましょう」

 

 声に偽りを感じない。それが清水の率直な意見だった。前はもっと人を見下した感じのする嫌味な男だったがエヒトに直接触れたことで心に余裕ができたのか随分と寛大になっていた。まるで誰かさんと似ていると内心皮肉に思いながら煙幕を張る。広範囲に夜闇を落とす攻撃力のない魔法だった。

 

 傀儡兵が錯乱している隙にその場から走り出す清水。その耳にイシュタルの声が響いていた。

 

「よく考えなさい。貴方が故郷に戻っても今以上に必要とされることは無いのですよ」

 

 

 

 

 

 

 闇と影の魔法を使い距離を離したところで自身の存在を闇に潜ませる。偶然にも場所が廃墟なので身を隠す場所は無数にあったのだ。

 影に身を隠し一息つける清水。先ほどまで障害物の多い戦場を飛んで跳ねて魔法を使い独りで戦ってきたのだ。目を背けようにも着実に疲労は

溜まっていく。

 

「……分かっていたさ。オレの居場所はどこにもないってさ」

 

 重い息を吐き自身の影を見ながらポツリと吐き出した言葉。それが清水の偽らざる本音だった。

 

 死にかけていたところから救われ補正と名の自我を確立し、何か手助けをできればと考えた。コウスケ達にとって邪魔な存在になる裏切者である中村絵里と檜山大介の存在を排除した。それが生かされた清水幸利の役割であり存在意義だったと清水は考えたのだ。

 

「どんなに訓練したって、努力したって、お前らには追い付かない。…追いつけられ無い」 

 

 仲間としてついて行ったが本当は居なくても問題なかった。その考えがこびりつき拭うことが出来ない。だからイシュタルとの戦いを買って出たのだ。少しでも役に立てれば、少しでも自分がいたという証を残したかった。

 

「…それでイシュタルを倒したところで日本に『オレ』の居場所はどこにもないんだけどな」

 

 自嘲するようにつぶやき溜息を吐く。性格人格、行動何もかもが清水幸利とは違う自分は日本に居場所はない。正確に言うなら清水幸利の居場所を取る気はないとでもいうのだろうか。本人ではあるが本人ではない。

 

 そんな事を考えていてしまったからか周囲に漂う微かな気配に気が付き廃墟から飛び出した時には、四方八方を取り囲まれてしまった。僅かに舌打ちをし、覚悟を決める。そんな清水をからかうように上空からイシュタルが現れる

 

「さて、鬼ごっこは終わりですな。どうでしょう考えていただきましたか?」

 

「返答は断るだ。そもそも勧誘するんだったらこの世界に来た時点でやっておくんだったな。馬鹿な『俺』だったらほいほいついて行ったぞ」

 

「なるほど。では今後はそのようにすると致しましょうか」

 

 タクトを振るかのように降ろされた指の動きに合わせて周囲を囲んでいた傀儡兵が次々と飛びかかってくる。数は百を超えるだろうか、ただ無数に突き出される剣戟を躱すしか清水には行動が残されていなかった。

 

(まるで!まな板の上のっ!鯛って奴だな!違った鰯かっ!?)

 

 心の中でアホな事を考えながら突き出される槍に脳天をかすめる剣、身を焦がす炎をや、切り裂いてくる風を躱して行く。詠唱する時間も余裕もない。術師が本職である清水にはユエの様に無詠唱が出来ず、ティオの様に変身するという事すらできないのだ。

 

「ふむ。中々持ちこたえますな。ですが…」

 

 上空から感じる魔力の集まり。何をしようとしているのか一目瞭然だった。イシュタルは周りにいる傀儡兵ごと清水を魔法で攻撃しようとしているのだ。

 

(やべぇな…いや、今更か。どうせ何かを犠牲にしないと勝てない。だったら…掛けてみるか。()()()()に!)

 

「それではこれで終わりにしましょう。私にはほかにするべき事があるのでして」

 

 咄嗟に自分の影に目を向け魂魄魔法を使うのと放たれた言葉と共に純白の光が降り注いだのはほぼ同時だった。当たれば消滅する究極を超えるであろう光系統の魔法。レーザーとなって降り注ぐそれを間一髪清水は闇の障壁を生み出して防ぐ

 

「っっ!?」 

 

 交わるは白と黒の光。純白の光に当てられたものはこの世から強制的に退出され、黒の光によって防いでいる清水は何とか五体を保つ。最もそれも時間の問題だった。黒の障壁が徐々にひび割れていくのだ

 

「クハハッハハ!!やはりエヒト様から多大なる恩恵を受けた私にとって高次元の貴方は塵芥に過ぎなかったという事ですか!」

 

「うぉぉおおおお!!!!」

 

 声を張り上げ持ちこたえようとするが、どんどん押し負けていく。これがコウスケだったのなら問題なく防ぎ逆に押し切ってしまうのだろう。これがハジメだったのならそもそも最初から決着はついていた。友人と呼べるはずの男達を思い出しフっと苦笑いをしてしまう。友人の力になりたいと考えていたが果たして自分は本当に役に立てたのだろうか、対等に並べたのか。そんな考えが頭をよぎった。

 

(…オレは…ここまでか。全く本当に…)

 

 視界の中に映る黒い光が消えていき純白に染まっていく。結局最後まで共に行けなかった事。約束を破るようになってしまった事を内心で仲間たちに謝りながら最後の言葉を吐き出した

 

「……なぁ『俺』…お前は……オレだ……忘れるな…よ」

 

 

 

 

 

 そして『清水幸利』は光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。多少は手こずりましたが所詮はこんなものですか」

 

 顎髭を触りながら崩壊し砂塵を巻き上げている廃墟群を見て呟くイシュタル。傀儡兵の大半を失ってしまったが、痛手では無かった。どうせまたすぐに作り出せる消耗品だったのだ。それよりも希少な闇魔法の才能の持ち主を失ってしまったのが少しだけ残念だった。

 

「あれほどの男ならば、主の手を煩わせずに矮小なる者達を操ることが…まぁ消え去ってしまったのは仕方ありませんな」

 

 主であるエヒトの手を煩わせずに雑事を増やせる駒がほしかったのだが居なくなったものは仕方ない。そう考え踵を返そうとした時だった。小さな物音がしたのだ。

 

「おや?あの者の魔力反応は途絶えたはずですが…」

 

 魔力探知の技能には何も居ない事が分かっている。その筈だったのだ、しかし砂塵が消えた時イシュタルが自身がどこかで慢心していたのを知るのだった。

 

「…こ、ここは…『俺』は」

 

 そこにいたのは先ほどまで戦っていた清水幸利だった。だがどこか様子がおかしい、辺りをきょろきょろと見回し不安そうに顔を青ざめていたのだ。

先ほどまで戦っていた人間とは思えないほどに

 

「何なんだよコレ…何でこんな所に?…そうだ、思い出した。アイツが俺の身体を使って」

 

 錯乱しているのか自身の頭を抑え込み何やらブツブツと呟き始める清水。敵意もなければ先ほどまでの魔力の強さも感じられない只の少年。それがイシュタルから見た今の清水幸利だった。どうするべきかと考え取りあえず始末しようかと考え近づくとイシュタルに気付いた清水は先ほどとは考えられないほど情けない声を上げた 

 

「ひぃ!?お、お前は!?」

 

「…どうしたのです。そんな怯えて」

 

「や、やめろ!やめてくれ!死にたくない!俺はまだ死にたくないんだ!!」

 

 途端に悲鳴を上げ尻もちを着きながら後ずさる清水。涙があふれ鼻水をたらし見るものが哀れみを覚えるほどの表情を浮かべる目の前の少年。その真意を探ろうとスッと目を細めるイシュタルその姿に殺されると思ったのか清水は命乞いをし始めた。

 

「頼む!殺さないでくれ!アレは俺がやったんじゃないんだ!だ、だから頼む…そ、そうだ あんたに忠誠を誓う…何でもするから…殺さないでくれ…」

 

 先ほどとは別人のように喚き散らしみっともない無様な姿をさらす清水の言葉にイシュタルはそれが本音で語っていると判断した。本当ならここでさっさと始末するべきだと思ってはいたものの目を逸らさず暗く濁った眼でイシュタルの目を見るその姿は心折れた者の目だったのだ

 

 これは使えるかもしれない。どういう事情があるにせよ先ほどとは違うその人格に嘘は見受けれない。なら使える物は使い潰すそんな気持ちで声を掛ける事にしたのだ。

 

「なるほど、分かりました。なら我が主エヒトに忠誠を誓うというのならその命助けてあげましょう」

 

「本当か!?なら誓う!エヒトに忠誠を誓う!」

 

 自身の主に敬称を使わない清水にイラつきを感じるもののイシュタルは程良い快感に満ちていた。使える駒が手に入った事、労力をそれほど使わなかった事、色々な要因はある物の見下した人間が必死に命乞いするその姿がイシュタルの自尊心を満たして仕方が無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

(そうだ…これでいいんだ。これで俺は生き残れる)

 

 イシュタルの別人ではないかと言う見方は当たっていた。光のレーザーに直撃した時にコウスケによって作られた人格(補正)は消えてしまったのだ。体を覆うような感触で自分の代わりをしていた全く違う自分、その命が消えたときに清水本人が現世に現れたのだ。

 

 いきなりの現実に戸惑うものの白昼夢のような感触である程度の現状は理解できていた清水は、すぐに自身を一度殺したイシュタルに命乞いをした。先ほどまでの戦闘能力はすべて別人が生み出していた物で清水本来の力はウルの町で瀕死になったあの時と変わっていなかったのだ。

 

(あくまでも俺が戦えていたのはアイツが勝手にやっていたから、だから俺が敵う筈がないんだ!)

 

 弱者は強者にへりくだるのが定めだと言わんばかりに無様な命乞いをした清水。その事に気を良くしたイシュタルは愉快そうに顔をゆがめると踵を返した。今後どうなるかはわからないがひとまず命をつないだことでホッとする清水。

 

(こうやって大人しくしていれば、助かる。これは仕方ない事なんだ…生き残る為、だって俺は弱いんだから…生きたいって思う事は悪くない…だから俺は悪くない)

 

 そして始まったのは言い訳の連続だった。脳内で必死に自分の弁護をする、生きるためにやったことだ、自分は弱いから仕方ない、等思いつく限りの中で今の自分の行動の正当化を誰かに訴える様に思いつく限り述べた。

 

 そしてふとなぜ自分が言い訳をしているのか疑問に思い…そして気づいた。

 

(……アイツらに失望されたくない?)

 

 自分とは関わり合いのない男女。他人であるし話すこともなかったクラスメイトでもある。今までの会話なんて自分ではない誰かがやっていたのだ。それなのに彼らを裏切る様な真似をしてしまう事がどうしても清水には引っかかってしまうのだ。

 

(何でこんな時にアイツらの顔が浮かぶんだよ……俺には関係ないじゃないか)

 

 だが、清水のその思いに反して脳内によぎるのは今までの旅のなんでもない日常の風景だった。そこには清水が捻くれ不貞腐れる前にあった穏やかな日常があったのだ。誰もが清水を一人の人間として接していた。美少女である女の子たちは異性として自分を見る事はついぞなかったが、それでも憧れの女の子との会話であり程よい温かさを感じた。

 

 そして、同じ趣味を持ち誰よりも気安く気兼ねなく気楽に接することが出来た男が二人。清水が心の奥底で無意識に求めていた『友達』との会話

 

(……ッ! でも無理だ!無理なんだよ!俺はアイツじゃないんだ!コイツを…イシュタルを倒せるなん…て?)

    

 彼らとまた会いたいと思った。でもその資格も障害を打ちのめす力も今の清水には無い。いつの間にか彼らに肩を持つ思考になっている自分に困惑して、でも何もできない現状に歯噛みして唇をかみしめ俯きそこで自身の影を見た。

 

 その影は異様に黒くゆらゆら動いていた。イシュタルの持つ光の力に反するかのように、又は清水の意思を暗く推奨するかの様にゆらゆらと不定形な形を作っている。

 

『オレは お前だ』

 

 不意に誰かの言葉が聞こえたような気がした。その言葉は先ほどまで体を奪っていた者の言った言葉だった。

 

(俺は…アイツ。アイツは…俺。なら俺にも…出来るのか?)

 

 力は無い。行動力も意思も遥かに劣っている。でもその言葉が本当なら自分にだってできる事があるはずだ。暗く濁る己の本性に合わせるように影がより暗くなる。それは以前のような闇夜の静かな暗さではなく人間の醜さを表したかのような濁りを形どった黒い剥き出しの闇だった。

 

(…やってやる。やってやるんだ。アイツにできるのなら俺だって…やるんだ)

 

 イシュタルは何やら言葉を発しているが清水にはもう聞こえない。強者特有の弱者は何も出来まいという慢心と油断があふれ出ていた。だから清水は一歩近づく。この高慢な男に破滅を知らしめるかのように

 

「さぁ、まずは我が主の忠誠の為にあの者達の能力を教えなさい」 

 

「ああ…アイツらか 能力ねぇ…言ってもいいがそう言う問題じゃない。ククッ知ってるか?アイツは正真正銘、俺達とは次元が違う生き物なんだ。」

 

 ユラリともう一歩だけ近づく。射程内の距離に入った。清水の影が大きく形を変え龍の姿へと変わる。イシュタルはまだ気が付かない。今からすることのやり方は知ってる、制御なんてする必要はない。そもそも制御なんてできるほどの技量もない。

 

「次元が違う生き物…ですか?」

 

「ああ、そうだ。アイツにとって俺達は只の盤上で踊る駒なんだよ。どいつもこいつもただアイツを楽しませるためだけの…いいや、もしかしたら()()()()()()()()()()()()()

 

「道化?我らが盤上の駒だと?一体何を考えて…む、貴様その影はっ!?」

 

 イシュタルがほんの一瞬思考に嵌ったそのわずかな隙に清水は魔法を発動させた。詠唱は必要なく言葉はいらなかった。只々心の中で念じたのだ。

 

『全部腐らせろ』と

 

 

 清水の影は一瞬の間に東洋の龍の形を連想させるほどに大きく細長く伸びあがるとイシュタルと清水を見てニチャリと口を広げ…黒の吐息を放ったのだ。その吐息はティオのレーザーとは違い周囲に巻き広がる様に両者を襲い掛かる。

 

「グッ!?『光絶』!」

 

「無駄だ。俺もあんたもこれから逃げられない」

 

 生理的怖気を感じさせるその吐息に対してイシュタルは咄嗟に結界を作ったが…無駄だった。瞬く間に張られた結界を通過しイシュタルは吐息に包まれる。無論それは清水も同様だった。

 

 清水とイシュタルが同時に倒れ伏したのを見て満足したのか黒い龍は辺り一帯に正気をまき散らしその後溶けるようにして消えていった。後に残ったのは倒れ伏した清水とイシュタルだけだった。

 

「グゥっ!? ガハッ…な、何なのだこれはっ!」

 

「ひっ…ひひっ…ひははは!!」

 

 悶え苦しむイシュタルを見て嘲笑する清水。靄の様な闇が晴れたときそこに現れたのは体が徐々に腐敗していく両者の姿だったのだ。

 

 清水の身体はあちこちにイボのような出来物ができておりそれが膨れ上がると弾け飛び腐臭を辺りに待ち散らしているのだ。顔、手足、体、どこにも同じものができており徐々にその数は増えていく。最も数が多いのは顔だった、右顔面がイボで覆われ紫色に変色しており、右目が膨張しているのか今にも飛び出そうだった。

 

 そんな清水の目の先にはイシュタルもまた同じように体が変質しつつあった。だがそれは清水の比ではなくもっと深刻だった。

右足が溶け出し始めてドロドロとした赤黒い肉と白い骨が見え始めてきた。左足は膨張し始め空気でも詰めているのではないかと思わせるほどパンパンに膨れ上がってきた。右手は干からびていた、骨と皮だけのやせ細ったというより只の枯れ枝がくっついているという表現が正しい。左腕は捻じれていた、渦巻くその形はもはや腕としての機能することは出来ない

 

「何故だ!何故治らない!?神の御力を授かったこの私の魔法が何故通用しないのだ!?」

 

 辛うじて症状が少ない顔は焦燥に駆られながら必死に治癒の魔法を唱えているが、効果は一向に現れない。寧ろ徐々に体の腐敗が進んでいく。

 

「ひっひひ、無駄に決まってんだろ、アイツが仕掛けた取って置きだ、俺が使った魔法だ。そんな簡単に…ガっ!?グボッ!? オェェエエ…」 

 

 イシュタルを嘲る清水だが被害は決して軽度のものではない。嘲笑うその口から嘔吐をしたのだ。出てきたのは黄色い液体と赤黒い肉片。そして白くもぞもぞ動く小さな虫…蛆だった。びちゃびちゃと吐き出される清水の吐しゃ物から出てくる蛆の数は体中が虫の巣窟かと思わせるものだった

 

(……ひひ)

 

 発狂してもおかしくないこの状況の中どこかで清水は笑っていた。清水がやったことは詰まる所只の自爆だった。自分も相手も何もかもを巻き込んでの自爆であり、これしか清水ができる事は無かったのだ。自身の影に自分しかわからない力が込められていたのを知った時清水は決断をした。自分もろともコイツをここで倒すと。

 

「わ、たしは……エヒト…様。どうかお力を…」

 

「ゲホッ…ゲホッ……何やってんだよ…俺もお前も、本来…来るべきだった時が来ているだけだろ」 

 

 体からボトボトと内臓を取りこぼしながらここにはいないエヒトに救いを求めるイシュタルに苦い笑みを向ける清水。

 

 本来ならウルの町で自分は死ぬはずだった。胸に大穴を開けられ、誰も助けようとはせず、誰かの思い出になる事もなくただ惨めに無残に朽ち果てていくはずだった自分。それが奇妙な縁で生き残ったのだ。それはイシュタルも同じでありコウスケから聞いた話ではイシュタルもまた何も出来ず犬死をしていく運命だったのだ。

 

 小さな音を立て右目が破裂したのをどこか遠くで聞こえたように感じながら同じように死ぬべき時に死ねず()()()()()()()()()()()を見る。自身よりも腐敗の進行が早いイシュタルとの差は只闇魔法に耐性があるかどうかの違いでしかない。

 

「……ト……様…」

 

 空に手を伸ばし殉教者の様に祈ろうとするイシュタルの姿はいっそ神々しく見えた。だが体はもはやその命を終えようとしていた。

 右足は溶けて左足は破裂しており右手はぽっきりと取れ左腕は赤黒い肉塊へと変貌していた。体からは内臓が零れ落ちもはや残っているのは何もないのではないかと思わせた。顔は頭髪が抜け落ち顎が零れ落ちようとしている。

 

「……」

 

 最後に何かを言おうとしたのか、その声は音になる事はなく…狂信者イシュタル・ランゴバルトはそのまま肉塊へと変わり崩れ落ちていった。

 

 

 

(…はぁ)

 

 言葉を出す力は無い、腐食の進行を止めるすべも見当たらない。ただその時が来るのを待つのは不思議な気分だった。

 まだ生きたいと願っていたはずなのに、どこか悟ってしまっている自分が居る。出来物は七色に変色し数を増え、ドロドロと腐汁を出し始めている。唯一残った左目で自身の身体を見て見れば蛆が繁殖し始め元気いっぱいに体中を這っていた。

 

 死がもうすぐやってくる。その事実を受け止めるとようやく一滴の涙が出てきた。だがその一雫で最後だった。体を支え切れなくなり仰向けになる清水。頭髪はもう無い、手足は動かない、心臓も役目を終えようとしている。思考もだんだん鈍くなっていく。

 

『おーい、清水ー!』

 

『清水、何してんのさ』

 

 幻聴が聞こえる。それは両親ではなく、兄弟でもなく、おぼろげな記憶の中で自分を呼ぶ少年たちの声だった。返事をしたくても声は出せない。その資格があるのかすら分からない。それでもわずかに残っていた恐怖心がそれで無くなってしまった。

 

 

(……友達……欲しかった……な)

 

  

 出来る限りの力を使い手を空へと伸ばす。現実の空が灰色だったとしても記憶に残っている鮮やかな青空のような光へと手を伸ばし…ぱたりと腕が地面へと落下した 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして清水は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動かなくなった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次も時間がかかりそうです


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嘆きは遠くに

お待たせしました。
ちと読み辛いかもしれませんが楽しん頂けたら幸いです




「……ばーか」

 

「どうしたの?」

 

 大海原を疾走するスカイボードの上でコウスケがぼそりと何かを呟いたのをハジメは聞き洩らさなかった。何かあったのかと思い問いかけるが苦笑いをするだけで答えてはくれなかった。

 

「何でもない、それより後どれくらい進めばいいのかね?」

 

 どこか寂しそうなその表情からして何と無く察したハジメだが口にするのはやめておいた。聞いてほしくないと雰囲気で出しているからだ。話題を変える様に羅針盤を取り出しそろそろ終着点が近いことを報告する。

 

「あと、次か、その次ってところかな」

 

「そっか。…ああ、そうだ…そう言えば海だったな」

 

 どこか上の空で聞いていたコウスケは眼下に広がる海を見て何やら納得がいった顔を見せる。なんとなく気まずい雰囲気が広がりそうになるのをシアが元気よく喋り始めた。

 

「ならもうすぐですね! ここまで良い所を一つも見せれなかった私が大暴れをして見せますよ!」

「ん。腕が、違った。私の魔法が唸りを上げる」

「…うむ。そろそろ妾も活躍する所を見せねばのぅ」

 

 合わせるようにユエとティオも続く。現在ハジメ達には消耗と言った消耗がまるでみられなかった。向かってくる魔物や使徒はすべてコウスケが文字通り消し飛ばしてきたからだ。 

 

『…頼っておるつもりではないが、ちとマズいのぅ』

 

『同じく。…嫌な予感』

 

『予感どころかマズいってレベルじゃありませんね。正直圧が一層増しています』 

 

 念話を使いひそひそと話をする女性陣。内容はコウスケの魔物の排除だった。最初は頼もしく楽であった。次に感じたのはやり過ぎではないかと言う違和感だった。そして今は止めさせたいという思いだった。

 

 清水と離れたあたりから最初は手を使い遊ぶように魔物を刻んでいたが今となっては一瞥するだけだった。たったそれだけで命を散らしていく魔物たち。同情をするつもりはない。だがやり過ぎであり、無言で行っているあたり一層達が悪かった。

 八つ当たりや遊んでいるのなら止めることが出来たのだが今やほぼ作業の様になっており、清水を心配して可笑しくなっているのかもしれないというのが女性陣達の認識だった。

 

『大体魔物を殺すたびにこっちが感じるプレッシャーが大きくなっているんですよ!?辛いですぅ!』

『牙を研いでおるともいうのかもしれぬが…ちと怖いのぅ』

『どうしてハジメは止めないの?…むぅ、これだから男って…仕方ない私が一肌脱ぐべきか』

 

 今も目の前で全長三百メートルはあろうかというほどの海龍が出てきた途端三枚の開きになっているのだから笑うに笑えない。

 

「コウスケ。清水はきっと平気。心配しなくてもきっと駆けつけてくる」

 

「知ってるよ。…知ってるさ、アイツがどういう奴かぐらい」

 

 会話が妙にかみ合わない。心ここにあらず、そんな感触が伝わってきてユエは溜息を吐く。どうにも精神状態が不安定だ、浮き沈みが激しい、好調であれば不調でもある。苦言を漏らせばほんの少し目の色を取り戻した。

 

「なら、変な顔をしない。今のコウスケ様子が変」

 

「…そうか? そうかもな。すまん色々考える事があって」

 

「ならしゃんとする。油断も慢心も禁物」

 

「…うん」

 

 ようやく話を聞いたコウスケにやれやれと肩をすくめるユエ。これから相対するのは邪神エヒトなのだ。しっかりしないと足元をすくわれてしまう。そう忠告する様に視線で訴えればコウスケは自身の頬をパンパンとはたいた。

 

 

 そうこうして居る内に大海原の世界を超えいくつもの巨大な島が浮遊している天空の世界に飛び出した

 

 直径が数十メートル程度の島もあれば、数キロ規模の島もある。どういう原理か、浮遊島から途切れることのない川の水が流れ落ち続けている。高さ故に、途中で滝からただの霧に変わって、白い霧が周囲を漂っている光景は中々に幻想的だ。

 

 浮遊島の上は、どこも緑に溢れているようで、草原もあれば、森林もある。ただの岩の塊といった様子の浮島は一つもなかった。

 

 眼下の広がる雲海。目線の高さに棚引き、あるいは上空を漂う綿菓子のような雲。今にも甘い香りが漂ってきそうだ。太陽はないのに燦々と光が降り注ぎ、雲の隙間を縫って光の柱――俗に言う〝天使の梯子〟がいくつも出来ている。

 

 数多の浮遊島と溢れる白雲、そして降り注ぐ光芒。とても荘厳で神秘的。何も知らず、ここが天上の世界だと言われれば無条件に信じてしまいそうである。ハジメ達は、ほんの少しの間、その光景に目を奪われた後、頭を振って先へと進んだ。目的地は、数ある浮遊島の中でも一際大きな浮遊島。羅針盤はそこを指し示している。

 

「ラ○ュタは本当にあったんだ…」

「城じゃないけどね。でも一度浮遊する城なんてもの見たかったなぁ」

 

 スカイボードを飛ばしながら雑談をしていると強烈な気配をとらえた。全員が警戒に入る中、その人物は現れた。

 

「来たか。神に反逆する者達よ」

 

 魔人族――フリード・バグアーだった。

 

 

 

 

 

 

「ここから先は神の従僕であるこのフリード・バグアーが相手をしよう」

 

「ようフリード。こうやって話すのは王都以来か?まぁいいやお前そんなところで何やってんだ?そっちについていると破滅するぞ?」

 

「黙るがいい神に歯向かう者よ。それ以上は我が主の侮辱とみなす」

 

 向けられる視線は空虚なもので言葉は酷い棒読みだった。会話が跳ねのけられたにもかかわらずそんな事を考えてしまうのはフリードの浮かべる能面のような表情をどこかで見たことがあるからだろうか。どこか懐かしくなり考えるコウスケに変わってハジメが言葉を続ける。

 

「それで、その神の下僕になった男が門番を務めるの?別に構わないけど…死ぬよ?」

 

 別に相手をするのは構わないがその場合容赦をするつもりはない。一応ハジメもフリードの手紙を読んだのだ、敵になるわけではないのなら危害を加えるつもりは無かった

 

「…確かに私は門番だ。まぬかれない客は排除するが、通してよいと言われた者には何もしない。イレギュラーお前は通るが良い。エヒト様がお待ちだ」

 

 フリードは僅かに顔を歪ませたがすぐに表情を戻すとハジメに向かって指をさす。エヒトから指名が掛かっていることに対してハジメは薄く笑う。全てはやはりコウスケの読み通りだったのだ。

 

「ふぅん…そういう事なら、って皆はどうする?」

 

「なら私たちは力づくで突破する」

 

「頼もしい、という事で運んでくれるんだろフリード?エヒトの所に、南雲をさ」

 

 楽でいい。そのコウスケの問いに先ほどまで無表情だったフリードの顔に感情が現れだした。無表情だった端正なその顔は醜く歪んでいく。それはまるで今にも感情が爆発しそうで住んでのところで押さえつけられている、そう思わせるような顔だった。 

 

「貴様…私は……私は、命乞いをし無様に落ちぶれるところが見たいのだ」

 

「…?」

 

「みっともなく喚き散らし、自らの愚かさを理解しそれでもなお命乞いをし哀れで滑稽で…そうやって死ぬところを私は見たいのだ」

 

 コウスケに向けられたその言葉。怒りと憎悪を感じるその言葉を受け…コウスケはクスリと笑った。ようやくフリードの本音が聞こえたような気がしたのだ。

自分に向けられるその感情こそが魔人族の長だった男が抱いている願いだと。

 

「っは。悪いがお前は見らねぇさ。そんな無様な所なんて、とてもとても」

 

 あざ笑うかのようにしてみればそれでフリードは興味を失かったかのようにコウスケから視線を外した。その直後フリードの背後にゲートの空間が出てくる。その奥は真っ白な空間で先には何があるのか何も見えなかった。恐らくこの先にコウスケの身体を奪ったエヒトルジェが待ち構えているのだろう。

 

「それじゃ皆 行ってくるね」

 

 一度仲間たちの顔を見てハジメはきっぱりと宣言した。この場を任せたと女性陣に目で語れば頼れる三人はしっかりと頷き、ニヤニヤと笑っているコウスケを無視してハジメはゲートの奥へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートが音もなく閉じたと同時にフリードの背後に光が現れ其処から無数の魔物と神の使徒達が湧いて出てくる。視界を負うほどの魔物の数はざっと二千体といった所だろうか。

 どれもこれも、最低でも…奈落の最下層レベルの力を感じる。今まで見たことのある魔物もいるが、そのどれもが、見た目からして進化していた。

 

 が、その魔物より目立つのは空を覆うは灰竜の群れとその乗り手達だった。灰竜は、一体一体が、【グリューエン大火山】で相対したときの白竜と同等レベルの力を保有しているようだ。

 そしてその灰竜の乗り手はもとは魔人族だったであろう兵士たちが目を剥きがらこちらを睨んでいた。元は褐色だったその肌は全員が透けるような白を通り越して死人と同様なほどの青白さだった。髪の色は全員銀髪で目は銀色に輝いていた。その異様さは褐色肌のフリードが1人浮いて見えるほどだった。

 

「話し合う事は…出来ぬかの?」

 

 臨戦状態に入っているフリード以外の敵に対してあくまで話し合いができないかとティオは問いかけてみたがフリードは虚無的な目線を変えず寧ろほかの魔人族たちが唾を飛ばしながら激昂し始めた

 

「我ラガ神ニ歯向カウ愚カ者ガ!万死ニ値スル!」

「断罪ヲ受ケヨ! 愚者共!」

 

 その言葉と共に放たれる魔法の数々。放たれる魔法を回避しフリードの方に目を向ければそこには無数の魔物と魔人族そして神の使徒がフリードの号令を待たずして一斉に襲い掛かってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお~二輪車よりかは速さが足りませんがこれも良いですね~ あ、ティオさん右から炎が左から氷が時間差で来ます。ユエさんは上空から魔法の迎撃お願いします」

「分かった。 んー、ティオはおっきいから乗り心地抜群。…速さが足りないけど」

『お主ら…もうちょっとこう、緊張感と言う物ををじゃな』

 

 呑気な会話をするのはシアとユエ。そんな二人に呆れてモノが言えないながらも指示通りに時間差で襲いかかってきた魔法を回避するティオ。

 

 意図せずして始まった戦いは、ティオ達の逃亡と言う形で幕を開けたのだ。ティオが変身して黒龍となりその背にシアとユエが騎乗、シアは迫りくる魔法を未来視で観測し、ティオは指示通りに回避をしてユエは迎撃と言うスタンスで収まったのだ。

 

「失礼な!これでも緊張感Maxですよ?ただちょっとお喋りがしたいわけで」

「女子会はいつでもどこでもどんな状況でも。…ティオは嫌?」

『別にお主らと話すのが嫌な訳では無くて… はぁ勝手に消えるコウスケといいお主らといい、皆どうしてこう』

 

 本来ならエヒトにまぬかれて居ない筈のコウスケは共に戦う筈だった。だが

 

『んじゃ、後は頑張ってね~ あ、終わったら念のため清水を回収してトータスに戻ってね~エヒトの事は俺たちに任せてね~ …フリじゃないよ?本当に追っかけてこないでね?』

 

 と言うなり、姿を消してしまったのだ。おそらく空間魔法の一種だが魔力の波長を感じさせず一瞬で消えてしまったあたり異質さが際立っている。

 

「…あれコウスケさん。絶対に確信犯ですよね」

「ん。こうなる事を分かって言った」

『待ち伏せかの?確かに余裕そうじゃったのぅ』

「それもありますけど、この期の及んで『先に帰ってくれ』って幾らなんでも可笑しくありません?」

 

 シアの言葉にふむと考えるティオ。依然として周りからは攻撃が繰り出されているがユエが会話の片手間に迎撃をしているのでティオに掛かる負担は少なかったのだ。

 

『エヒトが危険じゃから下がっていて欲しい…は、違うの』

「ですぅ。もしそうなら私達を舐めすぎですぅ」

「ん。そこまでコウスケは馬鹿じゃない。もっと他に理由がある」

 

 エヒトが危険だから。その理由は満場一致で却下となった。そもそもそれで下がっていて欲しいというのならば今までの旅路は何だったのか信頼関係は何だったのかと言う話になる。

 

「そもそも危険なのはエヒトじゃなくてタガが外れてしまったコウスケさんなんですよねぇ」

「同感。私の目から見ても人の範疇を超えてしまった感がある」

『じゃのう。あのような力は妾達でも無理じゃな。…そう言えば要塞で何やら魔法陣を描いておったの。アレは一体何なのじゃろう』

 

 要塞で何やら魔法陣を描いていたがその効果は何なのかはティオですらわからなかった。おそらくユエでもわからないであろう魔法陣。ううむと考えれば襲ってくる魔法にあと少しで当たりそうになる。気が付けばかなりの数の魔物の接近を許してしまっていた。

 

「気になるんですけど、今は考えている時じゃないですね」

『さっきからそう言っておるのじゃが…』

「ん。それじゃ私とシアが雑魚を蹴散らす。ティオはアイツの相手をお願いしていい?」

 

 ユエが指し示すのは依然として無表情になっているフリードだった。元々ティオはフリードの相手をするつもりであったためその申し出は渡りに船だった。

 

『うむ、あ奴は妾が相手をしよう。…苦労を掛ける』

「全然苦じゃないですぅ。寧ろ全力で大暴れするので巻き込まれないでくださいね」

「ティオ、こっちの事は気にしないで。貴方がするべき事をして」

 

 ユエとシアが頷くとひらりとシアはユエを抱きかかえたままティオの背中から落ちていく。その事に魔物たちが一瞬の動揺をしたのは見逃さず包囲を突っ切ってフリードのもとへ飛翔するティオ。 

 

 

 

 

「行っちゃいましたね」

「ん」

「ティオさんの方は問題ないとして、私たちの相手はざっと…数えきれないですぅ」

 

 小柄のユエを抱いたままシアは辺りを見回し苦笑した。何せ見渡す限り敵しかいないのだ。そんな苦笑するシアにつられてユエも笑う。確かに敵の数は多いがさして問題など一つもないのだ。独りでは厳しくてもこの相方が居ればすべての問題は軽やかに吹っ飛んでいく。

 

「でも私達なら何も問題ない」

「ですね! さぁ思いっきり格の違いを見せつけてあげますよ!」

 

 返事を返したユエを離すとシアはぐっと足に力を籠める。ビキリと太ももが膨張しなにもない筈の空間にしっかりと力を込め蹴りつける。そして飛び上がった瞬間一気に敵の大軍に向かってシアは真っ直ぐ突っ込んだのだ。

 

「コウスケ達とはいっしょに行けない私たちの鬱憤。今此処で晴らす」

 

 重力に従って落ちていくのを重力魔法を使いその場で浮遊する。周囲に展開するのはそれぞれの属性の龍。とぐろを巻くように現れた竜たちを指揮する様にして

指先を魔物たちへと向ける。

 

 二千を超えていく魔物と使徒と魔人族の混合部隊。普通ならば敵わない相手にしたいしてシアとユエは笑みを浮かべながら相手するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリードの所へ向かったティオ。周りの敵はすべてユエ達が引き連れてくれたのかフリードの周りには何もいなかった。

 

「ようやく話ができるのぅ」

 

 黒龍状態を解き人型の状態で部分的に背中に龍の翼をはやすことで空中に浮遊するティオ。変成魔法の応用で体の一部を龍の状態にすることが出来たのだ。しかしフリードはそんなティオの姿にさえ虚無的な視線を送っているだけだった

 

「お主がコウスケに送った手紙を妾も見た。エヒトがどんな奴か理解したお主なら分かっておるじゃ妾達が戦う必要は何もないと」

 

「……竜人族か」

 

 事情を知ってるのならばこの戦いは無意味でありともに並ぶことは出来るのではないか。和解の意味を込めて言った言葉はフリードに届いた、がその顔はティオを確認すると奇妙に歪み始めた。その顔をティオはどこかで見たことがある。嫉妬と憎悪だった。

 

「ククク……賢しらにほざくか竜人族。あの者達の姿が見えないのか」

 

 フリードが示したのは今もなおシアとユエに挑んでいる魔人族たちだった。魔人族の兵士たちは目を向き欠陥を浮かび上がらせエヒトへの賛辞を叫びながら特攻し事もなく命を散らしていく。

 

「あいつらは…私の部下だった、戦友だった、同胞たちの明日のために戦う同志だった。それが今では…エヒトに改造されて

只の人形になってしまった」

 

 元々は故郷のために戦っていたその魔人族達は確かにメルジーネ海底遺跡で見たエヒトの狂信者と同じ顔をしていた。そのもとは仲間だった魔人族たちを悲しげに見ると慟哭するかのようにフリードは力の限り叫んだ。

 

「私がアルブやエヒトの真意に気づいた時にはもう何もかも手遅れだったんだ!私が知っている皆はとうに死んで私だけが無事だった!その虚しさが貴様に分かるのか!私が信じて疑わなかったものが同胞たちを玩具の様に弄んでいたという事が貴様に理解できるのか竜人族!」

 

 絶望。その感情でフリードの表情は彩られていた、それもそのはずだ。自身が信じていた物が玩具の様にしか自身たちを見ていなかったのだから。その慟哭にティオが口を開く。

 

「理解できる、とは言わぬ。だが、じゃからこそその過ちを繰り返さぬようにすることは出来る筈じゃ」

 

「生きる屍となった友たちを見捨ててお前たちに下れと?…ククッ出来る筈がない。アイツらは私が殺したも同然だ。私を信じ、慕ってくれた者達だ。…私もアイツらと共に…」

 

 フリードの手を伝って魔力がウラノスに流れていく。今この瞬間全てを投げ捨てて相棒にすべてを託すのだろう。ウラノスの目が開き咆哮がティオの全身に襲い掛かる 

 

「ええい‼話を聞かんか!今お主がしようとしていることはすべてが無駄な事なのじゃぞ!」

 

「そんな事!当に理解している!これは()()()()()()()()!あの化け物を取り入れた貴様に対してのみっともない八つ当たりだ!」

 

 自暴自棄とティオ達に対する嫉妬。その感情に捕らわれたフリードとティオの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの化け物に共にいる貴様はさぞ良い気分だろうな!虐げられた同族は偽りの汚名を挽回する場を設けられ、対して労力も払わず国を滅ぼしたエヒトを討てるのだからな!」

 

 ウラノスのレーザーと同時にフリードの憤怒の声が聞こえてくる。そのけにはティオに対しての明確な嫉妬が含まれていた。

 

「滅びたと思われた種族が世界の危機に立ち上がる!まるでおとぎ話、良く練られた陳腐な英雄譚だ!この茶番劇の後お前たち竜人族は称えられるのだろう!我ら道化の魔人族とは違って!はは羨ましい限りだ!」 

 

 フリードは知っている。竜人族がトータスに現れて今なお戦い続けていることに。その事が怒りに火を注ぐ。滅びた種族が世界に危機に駆け付けると言う誰かが作ったとしか思えない茶番劇に。

 

「それに比らべて我らは何だ!?はるかな祖先から続くこの茶番劇に対して何も疑うことなく愚物共を信仰し続けた結果が種の絶滅だと!?はははっ何だそれは!何なんだそれは!!本当に神が居るのだとしたらそいつはとんでもない悪党だ!我らを道化として嘲笑う正真正銘の外道だ!」

 

 フリードの激怒に合わせてウラノスの光弾は密度を上げてくる。拡散していた攻撃が徐々にティオの移動に合わせていくように。

 

「それはエヒトが長年にわたって仕組んだことじゃ!お主に罪は無い!」

 

「だからアイツらが人形になるのは仕方がないのだと!?ふざけるな!皆が今までなんのために戦ってきたと思ってる!魔人族の未来のためだ!それが結果的に破滅に繋がるなど…考えもしなかったのだ。愚直に盲信してその結果がこれなのだ!まるで盤上で踊る道化!つまらない理由で勝手に滅ぶ道化だな私たち魔人族は!!!」

 

 嘲笑をしながら放たれた閃光は遂にティオに当たる。その姿に、傷つく敵対者の姿にフリードは目の端に涙を浮かべながら壊れたような自虐の笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ティオはフリードを殺す気はない。エヒトによって傀儡にされてしまった被害者だと感じており、またその境遇をどこか助けたいと感じてしまったからだ。

 

 竜人族はエヒトと戦い敗れ身を隠す様にして細々と生きていた。魔人族は人と対立し結果破滅の道へ突き進んでいく。

 

 竜人族は世界に聞きに馳せ参じたことで今後世界から称賛と畏敬を受け昔の様に栄光を取り戻していくのだろう。それに比べ魔人族は邪神エヒトに着き従った愚かな種族として今後侮蔑と嘲笑の誹りは免れない物になってしまう。それは仕方のない事かもしれない、取り返しのつかないことになってしまうのは諦めるしかないのかもしれない。

 

(だが…それじゃ余りにも無念ではないか)

 

 同胞の事を考え行動した。今後生きる者たちのためを思って戦争をしていた。よりよい未来の事を考え信じた。それらが全て無駄だったというのはあまりにも哀れだった。現に今シアとユエによってエヒトによって改造されてしまった盲信するだけの魔人族たちは徐々に数を減らしていく 

 

 ティオもまたいつかは竜人族を率いる事になる。長となるときがいずれ来るのだろう。その時の事を考えるとどうしてもフリードの事を無関心だと跳ねのける事ができないのだ。

 

(…まったく誰の影響か…仕方ないのぅここで切り札を出すか)

 

 閃光でボロボロになった姿でほんの少し苦笑する。本当ならエヒトにぶち込みたかった切り札をここで使う事になってしまったことに後悔がない事に少々驚きながら。

 

()()()()()()()()()()とする今のお主には何を言っても聞かんじゃろう。だから少々手荒なことをする…死ぬなよ?」

 

 言葉と共に黒色の魔力光を全身に生き渡せる。それと同時にドグンッと空間に脈立つ音が聞こえた。

 

 脈動の音は徐々に大きく世界に響くように威圧が放たれる。その姿をどこか呆けた様にフリードはただ眺めた。攻撃するチャンスも退避するチャンスも何もかも捨ててただティオを中心にして逆巻く閃光をフリードは何もせずに眺めていたのだった。

 

 

「ふーむ こんなもんかのぅ」

 

 現れたのは黒く輝く巨体。全容がみえないその大きさはまさに圧巻の一言に尽きた。そしてそのプレッシャーはは常識を逸脱した重圧だった。その姿は蛇の様に唸らせる東洋の龍の姿だった。全長百メートル以上、巨体を通り越して只々大きかった。

 

「…はは…なんだそれは」

 

「む?只の変身じゃよ。ちとサイズが大きくなりすぎたがの」

 

 揚々とと話すのは念話によるものかはっきりとティオの声が聞こえる。声は明るくしかしてその姿は重圧そのもので見ただけで戦意を亡くしてしまうほどのものだった。現に先ほどまでは確かにあった魔物たちの姿はティオが変身した瞬間呆気なく消えてしまった。

 

「道理で勝てないわけだ…は…はは 勝てるわけがない道化の私など…」

 

「何を勘違いしておるかは知らぬがこれは只の通過点じゃぞ?」

 

「…何?」

 

 そして始まったのは空気が収縮していく音だった。引っ張られるような風を受け飛び出した光が逆再生するかのようにティオのもとへ集まっていく。長い胴身が光へと変わっていき蛇が脱皮をするかのように徐々に小さくなっていく

 

「本来ならあれでよかったかも知れぬが…」

 

 どんどん小型へと変わっていきながら独白するティオ。以前ハジメと会話をしていた時に自身の変身が役に立たないことを零したのだ。その時に告げられた言葉。

 

『大きくて弱いのなら小さくて強くなればいいんじゃない?』

 

 それがティオの変身の求めた答えだった。ハジメ曰く変身して大きいと負けるフラグだから小さくて強くなる宇宙の帝王プランで行こうと勝手に決められてしまったのだ。そうして試行錯誤して変成魔法と昇華魔法を組み合わせ自分の中ですり合わせを何度もした結果ついに自身の求めていた姿にたどり着いたのだ

 

「さて、これが妾の決戦用の姿。先ほどとはちと方向性が違うが…こんなもんじゃろ」

 

 現れたのはティオの身長を少しだけ伸ばした全長二メートルほどの小さな黒い龍の姿だった。先ほどの百メートルと比べて随分とスケールダウンしている。しかし

 

「…美しい」

 

 その姿は思わずため息が出るほど美しかった。普通の変身と比べ五メートルも縮んだが漆黒の鱗は煌きが淡く輝いており、手足のフォルムは全体的にシャープとなっている。背中の翼を優雅に羽ばたかせ手足の爪は獰猛さよりも力強さを感じる。

 

 先ほどの胴長の状態が神威と威厳を示すのならこの姿は静謐と神秘さを仄めかせるものだった。

 

「では…行くぞ!」

 

 顎門から放たれるティオの全身全霊の黒色の閃光。耐えて見せろと言わんばかりの一撃は真っ直ぐにフリードに向かって一直線に伸びていく。

 

 

 

「キュォォオオオオッッ!!!」

 

 ウラノスの全身全霊の純白の極光はティオの閃光を跳ね除けようと空中で衝突する。フリードも援護しようとウラノスに向かって魔力を注いでいく。

 

(…皆)

 

 魔力の使い過ぎなのか身体が萎びていく感じをどこかで理解しながらフリードはこの結末をどこかで受け入れていた。先ほどティオが放った仲間と共に命を落そうとしている言葉はまさしく正解だった。

 

 元々この戦争がここまで規模が大きくなったのはフリードが変成魔法を手に入れたことが原因だったのだ。 

 

 フリードが命からがらで手に入れた変成魔法。その効果によって魔人族は魔物を戦力として組み込むことが出来た。その結果戦線は魔人族が優位となり結果、一方的な事になるのをつまらなく感じたエヒトが戦争を拮抗させるためハジメ達を召還したのだ。

 

 そしてハジメ達が召喚されたことによって…魔人族の優位が劣勢となり、かくしてアルヴの策によってエヒトが降臨することとなり、結果魔人族の大半はエヒトによって破滅へと向かってしまった。

 

(全ては私が招いたことだ。何もかもすべて)

 

 もし変成魔法を手に入れなければハジメ達が召喚されることもなく、戦争は拮抗してしまうが魔人族たちはエヒトの玩具にならずに順当に生きて死ぬことになっただろう。それがフリードが魔人族の未来を想って死に物狂いで変成魔法を手に入れてしまったことが破滅の道へと進んでしまったのだ

 

 気の置けない友人が居た。慕ってくれる年下の部下が居た。期待を寄せてくれる年配の部下が居た。そのすべてを壊してしまったのは自分でしかない。 

 

 だからフリードはティオの言う通り死ぬ気だった。自暴自棄であり八つ当たりであり…何もできなかった自分への罰でもあった。

 

(私を殺してくれるのなら誰でも良かった)

 

 ウラノスは必死で閃光を放っているが押し負けてしまうだろう。自分の自暴自棄に付き合わせてしまうのはすまないと思ったがウラノスから勝ち目のない戦いへの了承は経ている。

 

(皆…もうすぐそばに行く。この愚かな私を…迎え入れてくれないだろうか)

 

 黒き極光が眼前へと襲ってくる。ウラノスに送り続ける魔力のせいでフリードの身体は死にかけの病人の様にやせ細っている。もう逃げられないのは敢然たる事実だった。来たる緩やかな死を前にしてフリード先に行ってしまった仲間達へと詫びを入れている時ふと浮遊感を感じた。

 

「…ウ、ラ…ノス?」

 

「―――――クルァ」

 

 浮遊感は自身が地面へと落下しているからだった。体を動かせないまま驚きで目を見開くとそこにフリードに視線を向けたウラノスが居た。直後ウラノスの姿は黒色の閃光に飲み込まれ消えていった。その姿をフリードは只々呆然と見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてアイツは私を助けたのだろう…」

 

 隣に佇むティオに上の空の様に尋ねた。ウラノスから振り落とされ地面に激突したがフリードは生きていた。竜化状態を解き隣へと降りてきたティオは大きな溜息をついた。

 

「そんなもんお主が大切じゃったからに決まっとろう。そんな事もわからなくなったか」

 

「…私には庇われる資格も意味もない。全てこの私が招いたことなのに…」

 

 ボロボロとなり痩身痩躯となったフリードは目の端に涙を貯めながら相棒であるウラノスの死に嘆いていた。頭が固いといっそ清々しい。そんな考えを持ってしまったティオは口を開く

 

「お主にはまだすべきことがあるじゃろうが。あの白竜は分かっておったのじゃろう残された魔人族たちを導くというお主にしか務まらん大役が」

 

「残された者達… 今更あいつらに会って何をしろと言うのだ。恥をさらせと言うのか」

 

「そうじゃよ。お主の無様な人生を語り継ぐのじゃ それが生き残った者の務めじゃ」

 

 ひっそりと魔人族の領内の片隅で暮らすこととなった生き残り。その者達を導けとティオは言うのだ。フリードにとってはそれは恥辱以上の何物でもなかった。愚物に良い様に操られてしまったものが今更どんな顔をして会いに行けと言うのだ、そう顔に出したがティオに鼻で笑われてしまった。

 

「無様で惨めで愚かなお主がずっと語り継ぐのじゃ、魔人族が辿ってしまった生き様を。そして教訓とするのじゃ、盲信が起こしてしまった悲劇が何を招くかを。変成魔法で寿命を延ばす事はお主ぐらいの才の者ならできるじゃろ。そうしてずっとずっと妾達竜人族の様に語り継ぐのじゃ」

 

「それが…それが私の罰となるのか?償いとなるのか?おめおめと仲間達を見捨てて生き残ってしまった私の罰となりうるのか」

 

「少なくともあの白竜はそう言うじゃろうな」

 

 ふと浮かぶウラノスの最後に見せたあの目。ずっと一緒だった相棒だからこそ分かる。あの目は確かにそんな目をしていたような気がした。居なくなってしまった相棒と戦友たちの姿を思い浮かべた瞬間力が抜けるのと同時に目頭が熱くなった

 

「ウラ、ノス…皆…すまない、すまない…私は、わたしは……」

 

 目の端に流れる涙をぬぐう事もせず空を眺めながら記憶の中にいる相棒や戦友たちに懺悔をするフリードの嗚咽が小さく漏れていくのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティオさんここに居ましたか」

 

 それから暫く立ってシアが空から降ってきた。その姿は怪我はない物のブラと短パンだけと言う露出が激しいものだった。

 

「あ、これですか?本気を出すと衣服がはじけ飛んでしまって」

 

 恥ずかしそうにしながら宝物庫からいそいそと着替えを取り出し身に着けていくシア。その隣にユエもまた同じように空から降ってくる。

 

「ティオ。…それ」

 

「こやつの事は心配するな。もう妾達の敵にはならぬよ」

 

 ユエの目線の先には座り込んだフリードの姿があった。ボロボロではあったが怪我とかが無いのはティオが再生魔法を使ったからだろう。ユエとシアを一瞥するとすぐに視線を戻した。どうやら慣れあう気は微塵もないらしい。

 

「事のあらましは…必要なさそうじゃの。それよりこれから先どうするかの」

 

 お互い怪我がないのを確認すると次はどうするのか顔を見合わせた。本来ならハジメとコウスケがエヒトと戦っている空間に行くべきなのだろうがどうにもコウスケに止められてことが気になって仕方ないのだ。

 

「ハジメ達の手伝いがしたいのが本音」

 

「でも、コウスケさんの言葉がどうにも引っかかるんですよねぇ」

 

「ふぅむ。エヒトを倒すために進むかそれともコウスケ達を信じて戻るか」

 

 女三人顔を見合わせ唸る。ハジメやコウスケが負けるとは微塵も考えていない、しかしてだからと言って任せてしまッて良い物か。結論が出ないその三人に意外な声が割り込んできた

 

「戻るべきだ」

 

「フリード?」

 

 声の主はフリードだった。視線は依然としてユエ達に向けなかったがその言葉ははっきりとユエ達に向かって投げられたものだった。

 

「今更奴のとこへ向かっても貴様らでは足手まといだろう。ここは戻るべきだ」

 

「足手まといって、お?喧嘩売ってんですかこのブ男は」

 

「まぁまぁ落ち着けシア、しかしフリードその根拠は?」

 

 鼻息荒くするシアを堂々と抑えながらティオが尋ねればフリードは今度こそユエ達に向かって顔を向けた。その顔には強い皮肉と恐れがあった

 

「言葉通りだ。貴様らが私をはるかに超える異常な身体能力に魔力、変身能力を持ってるのは知っている。それらがお前たちの才によるものなのだろう。だがそれだけではないはずだ。…力の一部にはアレの力も混ざっている」

 

「アレ?」

 

「あの化け物の力だ。アイツは勇者などではない。ただの災害だったのだ。…話がそれたな、つまり貴様らが振るっている力はアイツの一部でありそんな事もわからなかった貴様らが言った所でアイツの足手まといにしか…いや」

 

「?フリード」

 

「むしろ()()()()()()()()()。アレの力によって」  

 

 その顔には恐れがあった。畏怖ではなく只の純粋な生命が恐れる死を直面したかのような恐怖がフリードの顔に色濃く出ていたのだ。

 

「何を言ってるか分からんが、だからと言ってあ奴らを置いて行くにはっ!?」

 

 置いて行くわけにはいかないその言葉と同時だった。空間が鳴動を始めたのだ。何事かと周囲を警戒する中でフリードが呟く

 

「ふん 大方エヒトが動揺しているのだろう。あの愚物が追い詰められれば自然とここの空間も不安定となる」

 

「なら、さっさと脱出を」

 

 ユエのその言葉は最後まで出なかった。ユエ達の近くの空間が人一人分無理矢理こじ開けられたのだ。そこから聞こえるのは懐かしさと幾分かの苛立ち差を感じさせる声

 

「やほ~! みぃんな大好き、世界のアイドル、ミレディ・ライセンちゃんだよ☆」

 

「「ミレディ!?」」 

 

 人型ゴーレムである最後の解放者、ミレディ・ライセンだった。

 

 

 

 




フリード生存!
ようやく書きずらかった部分が終わりました。

次からは思いっきり書けます(安堵)
時間がかかると思いますけどね

感想待ってます…


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生者の足掻き

遅くなりました
最初にグロシーン注意です
ではではどうぞ~


 

 

「何なんだよこりゃ…」

 

 ガハルドにとって戦いとはすなわち自身の強さを示す物であり絶対の価値観であった。勝った者が全て手に入れ、勝ちうるだけの実力を手にした者が世界の理、そういう考えが根付いていた。だからガハルドの治める帝国は実力主義が絶対視される国であり、自身もまたその考えこそが当たり前だった。

 

 そして戦いの拡大版となる戦争もまた強者だけが勝つそういう考えだった。自身には勝利しかないという自負と共に。

 

 

 その考えは神の使徒が襲い掛かってきて三十分もしないうちに崩れさせてしまった。勝利と敗北とかそういう話ではなかったのだ。

 

 

「ヒヒっ!イィイヒッヒヒイヒァァアアアアア!!」

 

 目の前で空から引きずり落とした使徒に対して馬乗りになり自身の拳が砕けるのも構わず何度も殴っているのは自身の手の者だった。本来なら諜報活動をしている者なのだが強者である以上戦場に駆り出されていたのだ。表情を消し事務的に行動するのが必須のはずが今は涎を飛ばしながら半狂乱で使徒を殴り殺している。

 

「死ね死ね死ね死死死死死死死死死死死死―――――――アアアァァァアアアアアア!!!!」

 

 下半身を吹き飛ばされているのに這いずり回り落ちてきた使徒の肉を素手で引きちぎっているのは自身の秘書だった。無論ガハルドのお付である以上戦闘能力はある。早々に渡されたライフル銃を捨て使徒に殴り掛かり大剣で両断されても構わず攻撃をやめなかった。その顔は白目をむき理性は無かった。

 

 数人の帝国兵が1人の使徒を地面に引き倒し群がるようにして殴打を繰り返す。死んでいるのか使徒は何も反撃を出さない。

 

 使徒達の魔法と両大剣によって帝国兵達がばらばらと肉片に変わる。即死を免れた者は体の一部が吹き飛び焼き焦がされ凍り付かされようが構わず前進を続け飛びかかっていく。その口からは獣のような唸り声をあげていた

 

「悪夢でも見てんのかよ…」

 

 思わず出てきてしまった言葉に返答をする者はいない。周りにいる誰しもが使徒に向かって狂笑をあげ飛びかかっていく。誰もが体から魔力を迸らせる。それは『限界突破』強者になった者だけが手にするその技能を誰もが使い自らの獣性を解放させていく。

 

 

 そして奇妙なことが起き始める。死んでいた者たちがムクリと体を起こすのだ。ふらふらと歩み続けるその体に光が補填される様に集まっていく。左腕を失ったものは左腕に光が集まり光が消えるとそこには傷一つない左腕が出来上がる。顔がない物は顔に、肉片となった者は肉片に光が集まる。そこで時が戻されるかの様に体が再生され息を吹き返していくのだ。

 

 

「アイツか…あの小娘がやったのか?」

 

 思い浮かぶのは決戦が始まる前に見た要塞の屋上に待機をしていた、黒髪の少女。想い返せばあの少女が祈りを始めてからナニカがおかしくなっていった。

 

(違う…あの小娘は囮だ。その背後にいるあの勇者か!)

 

 帝国で会った平凡な印象を受けた勇者。その男が絡んでいる筈。そこまでガハルドは思いついた。思いついたのまではよかったが次第に頭の中で次々とある衝動が湧き出始めてくる。そんなガハルドに冷たい無機質な声が聞こえてきた

 

「貴方がこの狂人共の長ですか」

 

「あぁん?」

 

 目の前の使徒が空からガハルドを見下ろしているのだ。気のせいか無表情なのに恐れを抱いているように見えた。その姿を見た瞬間視界の端が白くなってきていることを感じた。体中からブチブチと肉の裂ける音も一緒に

 

「何度息の根を止めても肉片に変えても歯向かってくる。屍人兵かと思い両断をしても治っていく。いったい何なのですか貴方達は」

 

 声を聴くたびに衝動が強くなる。頭が茹で上がり今にも熱で倒れそうだった。そのせいかユラリと体が揺れた。

 

「イレギュラーは貴方達に何を」

 

「戦場に出て来てゴチャゴチャうるせぇんだよ!この人形が!」

 

 勝手に声が出て勝手に体が動いていた。驚くほどスムーズに動いた体は只の拳打で使徒の顔を吹き飛ばしてしまった。

 

(あ~~滅茶苦茶気持ちいイイ)

 

 自身を見下していた相手を素手で打ち砕く感触が非常に気持ち良かったのだ。快感と言ってすら良かった。肉を殴る感触、骨を砕く衝撃、脳髄が腕に付着する全てが快感としてガハルドの全身を襲ったのだ。

 

(な~ルほどアイツら、こンナに気持ち良イ事をしてイタノカ…ナラ…俺モ…) 

 

 仲間達がしていることは気持ちが良いものだった。使徒を殺し暴力を思うがままに振るう。そう考えると自然と力が無限に湧き出していく。倒れ伏した使徒の身体が溶けるようにして地面に染み込んでいくを気にすることもなく次の獲物を求めてガハルドは駆け出していく

 

 

 そうして皇帝と呼ばれていた男は、他の帝国兵と同じように獣の声をあげながら狂気に飲み込まれていったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉおお!!」

 

 冒険者の男が使徒とつばぜり合いをしていた。アーティファクトの武器や防具を身に着け無理矢理『限界突破』を施された体で使徒と切り合っていたのだ。しかし相手は神の使徒多少は善戦するものの中々うまくはいかない

 

「ちくしょうっ!さっさと死にやがれこのアバズレが!」

 

「死ぬのは貴方の方です」

 

 歯ぎしりしながら力を籠め悪態をつくが状況が変わるわけではない。徐々に推されていくが、ほんの少し風が吹いたかと思えば使徒の身体が斜めから崩れ落ちていく。そのままどしゃりと崩れ落ちた先から見知った青年が駆けつけてきた

 

「大丈夫ですかガリティマさん!」

 

 新人冒険者達の中でも一番の新鋭であるウィル・クデタだった。僅か数か月で黒のランクまで到達してしまった成長著しい若者だった。ウィルの手には大ぶりの片刃の刃物が握られており刃を中心にして空気が渦巻いている。

 

「ウィル!?すまん助かった!」

 

「ここは私が引き受けます。ガリティマさんは他の人達をサポートして下さい」

 

「む、だがあの量をお前ひとりで…分かったここは任せた」

 

 未だ黒になっても新人であるウィルの言葉に一瞬口籠るも真摯なその目にガリティマは大人しくいう事を聞くことにした。確かに言われてみればほかの冒険者たちも苦戦しているようだった。後を頼むと一言つげ、その場から去ることにする。

 

(…この戦争が終わったら、俺の隊に誘ってみるか)

 

 精悍な顔つきの貴族の青年に興味を示しながら。

 

 

 

 

 

「切り刻め! 風刃!」

 

 見えぬ風の刃が空を駆けり使徒達の身体を切り飛ばしていく。その後方から現れる数十体の使徒。その数に全くひるまずウィルは風伯の刃に手を添える。巻き起こる風が暴風となって使徒たちを纏めて吹き飛ばす。

 

「巻き起これ! 飄風!」

 

 飛ばされた使徒は数度もがくが風に絡まれて身動きが取れなくなりその隙にほかの冒険者たちによって首を刎ねられていく。

 

(数が多い…少しでも数を減らさなくては!)

 

 コウスケから渡された風伯は驚くほど手に馴染んでいく。刃物としては丈夫であり使徒の大剣と打ちあっても刃こぼれ一つしなかった。施されている風の魔法は遠距離攻撃として使い勝手もよく絡めても使える万能武器だった。

 

 託された風伯をもって開戦からひたすら使徒を屠ってきたウィル。それでも一向に使徒の数は減らない。無尽蔵とでもいえるべき数の暴力によって人類を侵略してくるのだ。

 神を名乗る者の戦力は想像以上に豊富であり脅威だった。

 

「でも、誰も死んでいない。誰も倒れていない」

 

 そんな戦いでもウィルはどこか人類が負ける事は無いと思ってしまう。後方を見渡せば依然として冒険者の数は減らず兵士達は健在だった。誰もが使徒の攻撃を受けてしまう、それでも武器を振るうのだ。受けてしまった傷が回復していくのを気にせず。ただひたすらに目の前の敵を滅ぼさんと思わんばかりの攻撃をし続ける

 

「士気は減らず誰もが負けていない…異常なほどに」

 

 減らない敵は普通の人間にとって畏怖その物だ、それなのにいまだ人類の士気は衰えず逆に戦意が溢れているのだ。たとえどんなにベテランの冒険者でも怪我をすれば怯んでしまう。なのに怪我は綺麗に失くなっていき、また戦線に復帰をする。誰もが限界を突破し身体能力をあげさせ使徒に喰らいつく。

 

「コウスケさん、貴方の仕業ですね」

 

 普通じゃない人類の異常な力。思い浮かぶは異世界の友人だった。

 

 魂魄体となった彼がこの戦場となる場所で何をしていたのか、考えればたやすい事だった。彼は戦わせようとしているのだ、この世界の人間が自らの手で勝利を掴めるように。

 

 死なない様に治癒の効力を持った魔法陣を描いたのだろう、戦意が挫けない様に人々の心に折れぬ意思を植え付けるように細工を施したのだろう。出来上がったものが狂戦士の集団だがそれをウィルは思う事はある物の否定する気にはなれない。

 

(結果的に誰もが死なない。それはまるでおとぎ話の様で…っ!?)

 

「その首、頂きます」

 

 ほんの少し思考に耽った隙を見て使徒の大剣が襲ってくるのウィルは間一髪体を逸らすことで回避をする。だがその体制が整うわずかな隙が致命的だった。いくら身体能力や武器が素晴らしくてもウィルはまだまだ新人であることには変わらない。片手を地面に着き起き上がるころには使徒の大剣が自分に振り下ろされる。

 

(まだ、まだ私は死ぬわけにはっ!?)

  

 明らかなチェックメイトは使徒の胸から飛び出してきた槍によって妨害された。槍を引き抜かれ崩れ落ち行く使徒は足蹴にされる。

 

「まだ死んでいませんか?この世界でただ独りマスターの寵愛を受けた冒険者さん?」

 

「貴方は…」

 

 その場にいたのは銀髪の少女だった。使徒と同じ顔つきだが幼いためか印象が違いその目は無機質なのにどこか笑っているように見えた。使徒の身体から引き抜いた短槍をくるりと一回転すると無造作に投げつける。放たれた槍は勝手に飛んでいき隙を伺っていた使徒を串刺しにしていく。

 

「マスターから貴方の護衛を頼まれました。立てますか?」

 

「マスター?…いえ、平気です。ご助成感謝します」

 

 礼を言い立ち上がり、武器を構え直し魔力を注いで風を纏う。深呼吸を一回、それだけで先ほどの動揺は収まった。だが一連の行動で使徒に警戒されてしまったのか続々と数を増やし集結してくる。

 

「…すみませんがもう少しだけ手を貸してもらえませんか?少々厄介なことになりました」

 

「平気です。寧ろ望むところです。貴方がマスターから託された風伯をどこまで使いこなせるのか期待しています」

 

 護衛、託された。その言葉でこの少女が誰でどういう人物なのかを把握したウィル。背中合わせになり即席の連携をとる。

 

(…なんで寵愛?)

 

 一瞬変なことを考えながらも飛ばされてきた銀の羽を暴風を起こして弾き飛ばし大剣を潜り抜け使徒を袈裟切りに両断する。出来た隙は少女が短槍を振るい文字通り使徒を薙ぎ払っていく。

 使徒の魔法を風の防壁で防いでいる間に少女の槍が酷く歪な挙動を描いて次々と使徒の身体に風穴を開けていく

 

 

 今まで一人で戦い冒険してきたウィルにとっては背中に誰かが居るというのが酷く斬新な事だった。負担が減り、動きが楽になる。相手が自分より劣るものではないのがさらにウィルの動きをスムーズにさせていく。風伯を握る力が増していき、まだまだと気力が充実していく。

 

  

「そう言えば聞いていませんでしたね」

「いったい何をです?」

「貴方のお名前を伺っていませんでした。私の名はウィル・クデタ。まだまだ新米の冒険者です」

「これはどうもご丁寧に、私の名はノイン、とある人の侍従をしています」

 

 戦場に置いての無益と思える雑談、それをしてしまうほどにウィルはこの少女に全幅の信頼を置いていた。隣合い使徒を倒しながら話を続ける。それほどまでに一時的とはいえ相方と言う存在が頼もしかったのだ。

 

「とある人、コウスケさんですね」

「おや、よく分かりましたね」  

「貴方ほどの腕前の人の主なんて限られますから」

「それはそれは、随分と買ってくれますね」

 

 謙遜しながらも褒められたのが嬉しかったのかどうかは判断できなかったが中級魔法『砲皇』『緋槍』『凍雨』がまるで初級魔法のように矢継ぎ早にノインから連続で放たれる。魔法を直に喰らいバラバラに弾けていく使徒達。同じ顔の少女が同じ顔の使徒を倒していくのが一瞬だけホラーに見えたウィル。

 

「流石はイレギュラーの仲間達、ですがこの数を相手にまだ戦えますか」

 

 だがそれでもまだ使徒の数は減らない。周囲にいた使徒を倒しても新たに無尽蔵に現れるのだ。ざっと目の前に現れた数は五十以上。

 

「雨が降った後のタケノコみたいにニョキニョキと現れますね」

 

 そんな使徒の数を見ても鼻で笑うノイン。だからどうしたと言わんばかりにをくるりと短槍を一回転させる。ウィルもまたノインに続く、負ける気が無いとはっきりと声高く響かせる。

 

「幾らでも来るが良い邪神の使徒よ!我らはどれだけの数が相手になっても戦う!我らが挫けぬ限りお前たちに勝利は無い!」

 

 すらりと出てきた言葉は意外にも良く響いたようで後方からウィルの声に同意する幾多の咆哮が響き渡った。その戦意にイラつき始めたのか使徒が大剣を振りかざしウィルに襲い掛かってくる。全身全霊のスピードで突撃してきた使徒は大剣を振りかざして

 

「いかんのぅ…隙だらけじゃ」

 

 突如現れたうさ耳の生えた老人によってあっさりと地面へと叩きつけられてしまった。まるで力の無い手の動きだけで使徒が生み出した推進力を地面へと流した老人。ウィルを見ると孫を見るかのように穏やかに笑った。

 

「若造、良い啖呵じゃった」

「あ、えっと ありがとうございます?」

 

 いきなりの老人に狼狽してしまうウィル。見るからにひ弱そうな老人だったのだ。穏やかな陽光を浴びながら孫を慈しむ。そんな感傷を感じさせる笑みと雰囲気を持った老人が使徒の息の根を止めてしまったのだ。

 

 そしてウィルの狼狽は続く

 

「ふんぬらばぁあああああああああっ」

「ぬぅりやぁあああああああああああああっ」

 

 野太い雄たけびが響いた時、使徒たちはぬるりとあらわれた巨漢の集団によってそれぞれが技を掛けられ絶命していったのだ。ある者はサバ折をある者はパイルドライバーを仕掛けられ悉くがぐちゃぐちゃに砕けていく。

 

「ん~駄目ねぇ、人形じゃ滾らないわぁ~」

「もっと感情を見せてくれないとねぇ~」

「そんなのより~あの股間を熱くさせる声を出した殿方はどこ~」

 

 支給品の装備に身を固めつつもどこかに可愛らしいワンポイントアクセサリーをつけた巨漢の軍団がわらわらと集まってくる。クネクネとした動きをする巨漢のオネェの集団で急にカオスになり始めた戦場でウィルは傍らにいたはずのノインが自身の陰に隠れていることに気付いた。

 

(意外と、ああいう人たちが苦手なんですね)

 

 そんな現実逃避にも似た感想を覚えた時だった。 

 

「あ、見・つ・け・た❤」

 

 ほとんど同時にぎょろりと視線を向けられたウィル。舌なめずりをしながら妙に熱っぽく、ねっとりとした視線を受け後退しようとする足を何とか踏みとどめるウィル。一応いきなりとはいえ助けてもらった立場なので逃げるわけにはいかなかったのだ。

 

「あら素敵なオジサマ発見。うふふ、今晩どうかしら」

「馬鹿モン、儂ぁは婆さん一筋じゃ。他を当たっとくれ」

「あらぁん振られちゃった~ん。でも、一途な男って、ス・テ・キ」

 

 隣で聞こえる会話を耳に入れながら取りあえず、取りあえず今は使徒と戦うべきだと自身の尻を熱っぽく見ているオネェの集団へ話をしようとしたところで場の空気を打ち破る救世主が空から降ってきた。 

 

「熱き咆哮を聞き『金剛』のリキ ここに推参ッ!」

「同じく『不壊』イオ 到着ッ!」

 

 現れたのはうさ耳を付けた筋肉だった。一人の兎人族の若者は大事なところは大きな葉っぱで隠し傷だらけの盛り上がった筋肉を誇示するかの様にポージングをしている。もう一人のうさ耳の青年はやたらとアクロバティックに踊る様に着地をしてきた。もちろん上半身は裸で鍛えられた細身の体が異様に眩しく光っていた。

 

「むっ!? イオどうやら俺たちは遅れて到着してきたみたいだな」

「いるのは見目麗しい美女達しかいないとは…見せ場無しか!?」

「ぬぅ!?この溢れんばかりのピリオドを発散できんとは、不覚ッ!」

 

 驚きながらもなぜかオネェの集団に向かってポージングをしでかす兎人族の若者二人。ゴクリとオネェの集団から生唾を飲み込む音が聞こえ、隣の老人がやれやれと首を振る。そうこうして居る内に甲高い声が響いてきた。

 

「リキのアニィ!イオの兄貴!お願いだから服を着て!兎人族の恥になってることに気付いて! ってうわぁ!何このマッチョの集団!?」

 

 うさ耳をはやした美少年が筋肉二人に駆け寄ってくるが哀れなまじ顔が良い物だから少年もまたオネェの集団の標的に加わってしまう。場の状況が一気に可笑しくなったところで、老人が若者二人に近づき軽くチョップを繰り出す。

 

「この戯け共、アホな事を言うとらんで、さっさと害虫駆除に出るぞ」

「フフ、筋肉が滾って仕方ないな!」

「そちらのステキなレディたち?どうかこのイオとリキと共に踊っていただけませんか」

 

「むふっ いやぁんステキなお誘い方。熱くなっちゃう~」

「あの筋肉頬ずりしたい…はっ駄目よ今は大事な時。でも…味見だけなら」

「あの美少年可愛いわね、どうやって唾つけようかしら?」

「私はそっちの女の子が良いんだけど~ あぁん!殺気が心地ぃん!」

「ウィル・クデタね、名前は覚えたわ。後はチャンスを伺う・だ・け」

 

 ぞろぞろと好き勝手な言葉を繰りかしながら戦場へと舞い踊っていく巨漢のオネェ達、いつの間にか数は多くなっていき気のせいか百人は居そうである。オネェと兎人族の者達は一つの集団となって使徒を攻撃していく。

 

「なんとも濃い人たちですね… ノインさん?」

 

 取りあえず標的にはならなくなった所でホッと一息つけばノインは絶妙に微妙な表情を筋肉の集団に向けて浮かべていた。ウィルが尋ねるとハッとした顔になり、短槍を構えなおす。

 

「いえ、何でもありません。ちょっと人見知りをしただけです。それよりも使徒達を倒していきましょう。倒せば倒すほどこちらが有利になります」

 

「?それは一体どういう…」

 

 ノインの言葉が分からず、首を傾げたウィル、気になり何気なく辺りを見回してようやく気が付いた。先ほどまで自分たちが倒していた使徒が何一つ残されていないのだ。両断された遺体や肉片すら一つも残されておらず血痕の一滴もない。まるで地面に染み渡るようにして消えていたのだ。

 

「コレは一体?…もしかして」

 

「マスターや彼女は恐ろしい。エヒトはあの悪意に気付かず人形達も気づけないでしょう。…ま、気付いたところで遅いんですけどね」

 

 薄く嘲笑を浮かべながらノインは無尽蔵に湧く神の使徒達を嘲笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇああああああ!!」

 

 気合の咆哮と共に巨剣を大きく薙ぎ払えば使徒は体を引きちぎりながらまとめて肉塊へと変わっていく。たった一人で三百から四百の使徒を叩き切ったが未だ使徒の数は健在だった。

 

(まだ、敵はいる。おれはまだ、戦える!)

 

 戦意をみなぎらせるのはハイリヒ王国騎士団団長メルド・ロギンスだった。白銀の甲冑を使徒の血で赤く汚しながら戦記の如く猛り突撃を繰り返す。

 

 メルドは早々にて指揮権をホセに頼んだのだ。自身の甲冑のアーティファクトはほかの騎士団たちのより高性能で足並みをそろえるのが難しかった。またメルドが使う巨剣は長さもあり誰かと一緒に戦うには余りにも不得意なものだった。

 

 ほぼ孤軍奮闘 それが現在のメルドの戦い方だった。だがそれもメルドの剣の技量とハジメ特性の鎧と剣によって難なく行動できている。

 

 

 オオオォォォオォオオオオオオ!!!!! 

 

 

 遠くから雄たけびが聞こえる。獣のような咆哮は帝国の人間たちが居たところだっただろうか。戦意と狂気によって出される声は戦場のものと分かっていても異質に感じる。明らかに何かからの影響を受けているのだ

 

「いやはや、人間と言う物は一皮めくれば獣になるのですな 団長殿?」

 

「…何が起きているのか知っての発言だとしたら強い皮肉だな 族長殿」

 

 素手で使徒の頭を砕きながら笑みを浮かべるのは、近ず離れずの距離で共闘している兎人族の長カム・ハウリアだった。メルドが1人になってからどうしてか、気付いたら近くで戦っているのだ。あるいは引き寄せられるかのように。

 

「何が起きているのか。無論、彼等は精神に影響を受けているのでしょう。目の前の敵を一人でも多く殺せと脳髄に叩き込まれているのでしょう。まるで誰かに操られているかのように」

 

 揶揄するような言い方に思わず小さな舌打ちをするメルド。その推測通りだったからだ。そんなメルドを気にせずカムは続ける。

 

「本来の目的なら、戦線離脱や士気が崩壊しない様に行われるはずだったのが…帝国の方々には刺激が強かったのでしょうな。彼等は己を律することが出来ずただがむしゃらに暴力を振るう畜生へとなり果ててしまっている」

 

 大当たり 小さな呟きは使徒を粉砕することで黙殺する。メルドはこの戦場で何が起きているのか知っているのだ

 

 メルドがハジメから聞かされたことは支給する騎士団のアーティファクトと自身が身に着ける甲冑の説明と戦場でコウスケが行う事だった。

 

 コウスケが戦場で施した魔法陣はハジメ曰く『士気が崩れない様に補強する』のと『怪我を治す』との事だったのだ。そしてその言葉通り兵士や冒険者、騎士団からは戦線逃亡をしたものは誰も居なく、弱音や泣き言をいうものは存在しなかった。

 

 誰かたった一人が弱音を吐いた瞬間それは周りの者に病気の様に伝染していくのだ。怖気づき恐慌に陥った者を止めるすべは難しく指揮官が有能でなければ戦線は崩壊する。その事をよく知っていたメルドはその申し出を了承した。何せ相手は邪神の使徒、一蹴されてしまった自分はその実力をよく把握しているし、何より数が無尽蔵なのだ。終わらない戦いに誰かが恐怖するのもあり得ない話ではない。

 

 そして怪我を治すというのもメルドからすれば有り難かった。人は多少の怪我でも手足を止めてしまう。負傷者が多くなり一々怪我を直す者が増えればそれだけ戦線が崩れてしまう。それにこの大きな戦いが終わった後のことも有るのだ。負傷者は少なければ少ないほどいいに決まってる。

 

 そうしてできたのが狂戦士が生み出される戦場だった。幸いにも騎士団からは狂気に飲まれた者は出てこず、兵士たちは雄たけびをあげながら戦っている程度だった。まだ、メルドの許容内だった。

 

「その点、帝国兵に比べ貴方方騎士団は優秀だ。実力は申し分なく何より誰かを守ろうとする気骨が良い」

 

「…アイツらと会ったのか?」

 

「うさ耳で会話を盗聴しています。各人するべき事がよく分かって守りが薄い所をカバーしています。長が優秀なのでしょうな」

 

 実際兜を通してメルドの騎士団は各自に散らばりそれぞれの場所をカバーしている。ほぼ誰にも聞かれない筈の会話を盗聴するうさ耳に戦慄しながらもどこか納得するメルド。彼等もまたハジメ達と同じように強いのだ。

 

「それより世辞はいらん。いったい何の目的が合って近づいてきた?」

 

「ふむ、分かっていることを聞くのはしっかりとした確証が欲しいからでしょうかな?まぁ かまいません。メルド・ロギンス 人間達の騎士団長よ、どうか我ら兎人族と盟を組んでくれますかな」

 

 チラリとカムを盗み見る。その目は嘘をついているわけでもなく、実に静かだった。頭の中で亜人族との盟を実行する事が何を意味するのかを整理する。

 友好的になるという事はつまり強力な戦力を確保できる、しかし亜人差別がいまだ根強い中同盟を組めば騎士団の立場がどうなるのか…一瞬で考え苦笑する。これは副長ホセが考えるべき事であり自分の分野ではない。

 

「戦場で政治を語る気はないんだがな」

 

「私もです。だからもっと簡単に考えてください。貴方方が気に入った、だから酒を酌み交わしたいのだと」

 

 そう言われてしまえばメルドは嫌とは言えない。腹の探り合いは何よりの苦手だし、何だかんだで隣で戦うこの兎人族の長を気に入ったというのもあるのだ。

 

「悪いが、俺は負け知らずでな。恥を掻いても知らんぞ?」

 

「ほほぅそれは楽しみです。我が部族が誇る秘蔵の一品を出しましょう」

 

 両者顔を見合わせニヤリと笑う、どうにも馬が合う者同士この戦いの後が楽しみになったのだ。

 

 そうして笑いあった瞬間、それはいきなり起こった。

 

「あ、ああ」

 

 それが誰の声なのか最初解らなかった。明らかな狼狽の声であり今まで聞いた中でそんな声を聞いたことが無かったのだ。両者で音がどこから聞こえるか確認して驚愕した。

 

「わ、私たちは間違えた、神は間違えた 呼ぶべきではなかった 戦うべきではなかった 間違えた失敗した触れるべきではなかった あの『人間』に」

 

 声の主は今まさに戦ってる使徒だったのだ。その表情は恐怖に満ちており、顔が真っ青に青ざめていた。明らかに怯え恐慌しているという事実は流石のメルドとカムでも驚くしかなかった。

 

 ガタガタと揺れ出し恐慌に陥った使徒たちは一目散に飛び出していく。逃亡を始めたのかと一瞬考えたもののそれは間違いだった。次元の裂け目と逃げるようにして集まった使徒達は揉みくちゃとなりながらも一斉に魔力を収束させていくのだ。

 

「あれは…決着をつける気か!?」

 

「どうやら誰かが使徒達を恐慌に陥らせたみたいですな」

 

 誰かと言う言葉を聞いて一瞬メルドは要塞の屋上へと目を向ける。しかし追及している暇はなさそうだった。一千を越えて万へと届くかと言う数の使徒が魔力をかき集めこちらへと閃光を放とうとしているのだ。

 

(遂に…この時が来たか!)

 

 ハジメから説明を受けた甲冑の秘密兵器を思い出すメルド。ほんの少し息を吐き部下たちにアレの対処をしてくると伝える。

 

『ホセ!今から俺は』

『了解しました。我ら一同武運を祈ってます』

『…もうちょっとだけ言わせてくれよ』

『お断りします。それよりも帰ったら今までに溜めに溜め切った書類が待ってますのでどうかご覚悟を』

 

 部下からの容赦のない言葉に苦笑する。後の事を考えるとどれだけの書類仕事をしなければいけなくなるのか、少しげんなりしつつも甲冑の姿を切り替える為に練習してきた言葉をひねり出す

 

「…仮面ライダートータス モード、メサイア!」

「?なんですかなその言葉は」

「アイツらの世界の架空のヒーローの名前らしい」

 

 怪訝な顔をするカムと話しながらも甲冑は背中に大きなブースターが付いた飛行形態へと姿を切り替えていく。一応制御の仕方などはハジメが教えてくれ訓練はしたので問題は無かった。巨剣を担ぎなおすと次元のはざまに集まる使徒たちに吶喊する。

  

 

   

「アレは駄目だ」「触れてはいけない」「間違えた」「人間だ」「逃げなければ」「何処へ」「殺される」「使徒である私たちは」「我らは餌だった」「我らは間違えた」「敵う訳が無かった」「アレは侵略者」「神へ助力の要請を」「神は気付けない」「我々は愚かだった」

 

 万のと言う数の様々な声が聞こえてくる中、収束された魔力光は今正に要塞に向けて放たれようとしていた。

 

 閃光が放たれたのとメルドが間に合ったのはほぼ同時だった 

 

「させるかぁぁあああ!!」

 

 絶叫と共に巨剣を閃光に向ける。瞬間巨剣は姿形を変えていく、漆黒の刃は分割されていきメルドの傍へ飛びあがり即席のオプションへと変わっていく。黒き刃が解かれ出てきたのは純白の剣だった。その剣に魔力が収束していき

 

「うぉぉおおおお!!!」

 

 メルドの絶叫と共に極大のビームが発射される オプションも合わせてメルドへと魔力を送っていく。これがハジメの考えた決戦兵器だった。普段は只の剣として、有事の際は巨大な砲撃兵器へと姿を変えていく。それがメルドに託された武器だったのだ。

 

 正面からぶつかり合った両者の閃光は轟音と共に世界を揺るがしていく

 

 彗星を受け止めでもしたかのような衝撃、押し潰さんとする圧力。こちらは一人であちらは数万、圧倒的な物量さがメルドを襲う。歯を食いしばりそれでもと魔力を打ち出していくメルド。

 

 幸いにも使徒達は考える余裕が無いのか回り込んで撃とうとはせず真正面から打ち破ろうとして要塞に向かって閃光を放ってくる。

 

(ぐっ! …まだだ!まだ俺は負けん!)

 

 少しずつ押されながらメルドは真っ向から立ち向かっていた。その心中にあるのは使命と罪悪感だった。人を守るという使命、騎士としての本懐。それと合わせて神によって召喚された者を何一つ考えず戦列に加えこもうとした浅はかな自分への罰。それらが混ざり合って魔力を出していた。

 

 甲冑の中でメルドの生命力が少しずつ削られていく。秘中の秘である生命力を魔力へと変換していく技能。それを使う反動でメルドは白髪へと変わっていく。それでもメルドは止めようとはしなかった。

 

(俺が…騎士としての俺がすべきことは何一つできなかった。ただ誰かに助けられてばかりだった。これは俺が今できる最後の)

  

 視界が薄暗くなっていく。それでもと力んだ時、ふと隣に誰かが居るのを感じた。

 

「責任感が強いというのは美徳ですが、この場合は悪癖ですな」

 

 蒼のスパークが隣から放たれて行き押されていたメルドが止まる。閃光が放たれる視界の中隣にいた人物を見てメルドは声を出した

 

「…カム・ハウリア」

「私も手を貸しましょう。これは我らの戦いです」

 

 両手を合わせて放った青の閃光はメルドの魔力光と混ざり合い少しずつ使徒を押していく。数秒数分に続く閃光の押し合いはメルドとカムの両者が打ち勝ったのだ。

 

「これで…」

 

「いいえ、まだです」

 

 終わりか、そう出した言葉は新たに表れた使徒たちによって閉じてしまった。現れた使徒もまた恐慌に陥っておりほぼ我武者羅に魔力をつなぎ合わせようとしている。そして又放たれようとする第二弾の要塞に向かっての極大の閃光。

 

「もう一度は流石キツイな」

「いえ、今度は楽になりますよ」

 

 どうして、と聞こうとした時だった。急にメルドの脳内に声が聞こえてきたのだ。

 

『メルドさん聞こえますか』

 

 それは念話によって出された声だった。どこかで聞いたことがある声と思い出して該当者を思い出す。ハジメ達と一緒に召喚された少女で神域に向かわなかった少女。

 

「香織か!?一体どうやって!?」

『詮索は後です。それよりも今から貴方達に力を送ります』

「力?」

『受け取ってください。()()()()()()

 

 言葉と同時にメルドの中で暖かなものが宿るを感じ取った。それはメルドの白髪をなおし、溢れんばかりの生命力と魔力を与えてくれたのだ。用途不明の無償の力。怪しむものであるが受け取るたびにまるで揺り加護に包まれているような安心感があった。

 

「これならいける。何度だって止めて見せる!」

「根競べという奴ですな。人の意地の強さと言うのを見せつけましょう」

 

 放たれる閃光に騎士と部族の長達は何度でも立ち向かうのだった。

 

 

 

 

 

 




本当なら香織が出てくるシーンがあるのですが次回に持ち越しになりました。
なので次回はちょっと短いかも。その分早く投稿できるように頑張ります

感想お待ちしております。


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被害者は謳う

お待たせしました




 

 

 時はさかのぼりメルドが使徒達の力を合わせた極大閃光をふさぐ前、香織は要塞の上で一人で戦場を見ていた。

 

 眼下に広がるは使徒と殺し合うトータス世界の人々達。そこにはさまざな人間が居た。ハイリヒ王国の兵士は勿論帝国やアンカジ公国の兵士、冒険者ギルドの数多の冒険者たち。そしてフェアベルゲンにいた森人、虎人、熊人、翼人、狐人、土人の亜人族の最優六種族の兵士たち。

   

 それぞれの地域に住むトータス世界の人間たちがエヒトの手駒である使徒と殺し合いをしていた。ある者は剣で使徒と打ちあい、ある者は魔法で、ハジメが作った銃火器で。それぞれが身命を掛けて戦っていた。侵略者に抗うように、大切な人たちを守るためにそれぞれがぞれぞれの意思で、どれだけの怪我を負おうとも自分の身を一切顧みず戦っていた。

 

「……ふふ」

 

 そんな戦場を香織は見つめていた。清楚とも呼べるような純白の衣装に身を包みまるで戦場に祈りをささげる巫女が如く、しかし口には薄っすらと嘲笑を浮かべて、ただ何をするわけでも無く見つめていた。

 

 

 

 

 

 奇跡と言う言葉がある。偶然と言う言葉がある。幸運と言う言葉がある。それぞれの意味は違えどその使徒はまさしくその言葉の加護を受けていた。

 

 決戦が始まって人間たちとの殺し合いのさなかその使徒は、運よく要塞にまで近づくことが出来た。様々な障害があった。王国を守る結界以上の強固さを誇った障壁、ハジメが作り上げた対空兵器、体から力を抜けさせる魔力、そして文字通り死に物狂いで襲い掛かってくる人間たち。

 様々な障害をすり抜け、その使徒―アハトはたった独り要塞にまで近づくことが出来たのだ。

 

「あれが、元凶」

 

 アハトはこの戦場に置いて敵の急所は何なのかを考えていたのだ。その結果導き出された答えは敵陣の後方に構える要塞の屋上でただ独り立っている少女こそがこの異様な戦場の元凶だと判断したのだ。

 

 何度も人を切った。振動をする大剣で切られた人間は一振りで終わるはずだった。だが結果に反して半身がちぎれようとも人間達の戦意は衰えなかった

 

 何度も魔法を放った。肉焦げ刻まれ吹き飛ばされる仲間たちを見ても恐怖と言う感情を人間たちは浮かべなかった。

 

 そして、何度も光が湧きだし、死ぬことは許されないとばかりに人間たちを癒して修復して再生させ、戦線に復帰した。

 

「――――狂ってる」

 

 思わず出てしまった言葉はアハトの言葉だけでなく使徒全ての共通の認識だった。普通はあり得ないその異常。誰かが糸を引いていると判断しそして一人要塞にまで近づくことが出来たのだ。まるで火に近づく虫の様に…近づいてしまったのだ。

 

「これで終わりにします」

 

 標的である少女は戦場に視線を下ろしたままアハトに気付いていなかった。死角からの一撃。これで終わりにするつもりだった、異様な人間達の首魁。その命を取る必殺の一撃である魔力弾は

 

 

 

「白崎!あぶねぇええええ!!」

 

「え?檜山、君?」

 

 

 

 たった一人の男が生み出した気まぐれによって巡り回って生かされた少年の罪悪感によって塞がれてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなりの衝撃で香織は突き飛ばされる、相手は何故かここに居ない筈のクラスメイト檜山大介だった。

 

 何故、どうして此処に?

 

 その言葉が出るまでもなく直後に檜山にめがけて飛んできた魔力弾は檜山のわき腹を容赦なく抉り、致命傷を与えた。突き飛ばされた香織は直ぐに体勢を整え、檜山に駆け寄る。上空にいる虫は眼中になかった。

 

 

「檜山君」

 

「しら、さき…」

 

 傍に駆け寄れば檜山の腹の半分が無くなっており、内臓が零れ落ちそうだった。明らかに致命傷、しかし即死しなかったのは皮肉にも訓練をしてステータスを高めたせいだろうか。檜山は死にかけながらもまだ息はあった。

 

「どうして?」

 

「すま…ねぇ……おれ」

 

 苦痛に歪み涙を流しながら香織を見る目は強い罪悪と謝罪の意味が込められた。呼吸にあえぎながらも檜山は必死に言葉を紡いだ。 

 

「おれ…おまえが…好きだったんだ。だからっゴホッ! おれが南雲に魔法を…」

 

 全ては自分の醜い嫉妬心だった。あの迷宮前夜、ハジメの部屋から出てきた香織を見かけたその時から醜い嫉妬心に心を捕らわれていたのだ。いつもはハジメをイジメて収まるその嫉妬心はあろう事かあの橋で爆発した。

 

『南雲を殺せば香織は手に入る』 

 

 その愚かな思考に歯止めを止めることが出来なかった。そして惨劇が起き…王都での騒動で牢屋にぶち込まれ知らない誰かによって正気に戻って(洗脳されて)からはずっと犯した過ちに対しての罪悪感を抱えたまま生きていた。

 

 これから人類の総決戦が起こると聞かされ牢屋から出され避難所にいた檜山はどうしても香織の力になりたいと考え愚っ直にも行動し、そして使徒によって不意打ちを食らいそうになってる香織を見て我武者羅で動いたのだ。

 

「…すまねぇ…全部、全部俺のせいなんだ…」

 

「檜山君…」

 

 横たわる檜山を香織が抱えると涙を何度も流し謝る檜山。その姿には学校で見たハジメをイジメている姿や嫉妬で狂った面影はなくただ自分の罪に後悔をして震えている普通の等身大の少年だった。

 

 

 

 

 

「狙いが外れましたか、まぁいいでしょうこの距離まで詰めればすべて同じこと」

 

 邪魔が入ったのは予想外だったが距離を詰めていけばこちらに分がある。そうアハトは判断し左右の手に大剣を取り出し悠然と歩を進める。相手は丸腰で武装をしていない。だから問題なしアハトは考えていた。そう考えていたのだが…

 

「…馬鹿だよ、檜山君」

 

 武装した敵が来ても香織は一向にこちらを向かず只々無関心だった。それがアハトの神経を逆なでる。人形として生み出された以上感傷を持っていない筈なのだがハジメ達と関わったせいか使徒に些細な、しかし大きな変化が起きたことをアハトは気付かない。 

 

「終わりですイレギュラーの仲間。神が呼び出した哀れな…っ」

 

 大剣を振り下ろす、それで終いとなるはずだった。だが実際にはできなかった。急に力が入らず大剣を取り落としてしまったのだ。

 

「な、にっ? 力が…」

 

「はぁ まだ気づいていなかったんだ。ほんと、お目出度い頭をしているね貴方達お人形さんは」

 

 力を入れようにも入れ方をまるで忘れてしまったがの如く、ついにアハトは膝から崩れ落ちてしまった。それでもと懸命に手足を使いもがくなか、アハトは大きな溜息を吐きながらこちらを見た香織の目を見てしまった。

 

「どうして死ぬと分かっていて近づいてくるのかな?飛んで火にいる夏の虫っていうけど所詮は虫にも劣る知能しか与えられなかったのかな」

 

 その目は暗く濁り澱んでいた。闇よりも深く深淵にも劣らない深く暗く濁った別の世界の(知らない)生き物の目だった。 

 

「な…にを、言って」

 

「ねぇ気付かないの?どうして戦っている人たちが皆怖がらず戦っているのか。思いつかないの?皆が傷ついても傷が治っていくのが何故なのか?」

 

 確かに疑問を感じていたが目の前の女が何かをしている位にしか考えなかった。そんな思考をアハトの表情で呼んだのか香織は可哀想な物を見る目で微笑んだ。その微笑がアハトの背筋を振るわせる。

 

「所でお仲間の死体はどこにあるのかな?ええっと、確か一杯いるんだよね貴方とそっくりのお人形さんは」 

 

「……あ」

 

 飛行しているときは仲間立が人間と戦っているのを目撃こそしたがどこにも倒れた使徒はいなかった。人間たちの異様さに目を奪われて倒れ伏した仲間たちの姿をアハトは目に入れなかったのだ。最も使徒は無尽蔵にいるので倒れていた仲間を見つけたところで助けようなどとは考えもしないアハトだったが香織のいやに優しい微笑みにどこか嫌な予感がしたのだ。

 

 そしてアハトは気付いた、無くなった使徒の体がどうして消えたのか、どうして人間たちは異様な再生能力と身体能力を得ているのか

 

「まさか…貴方は我らを!我々の肉体を!」

 

「気付いた?そう、利用させてもらったよ()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 花開いたような笑顔でそう宣った香織にアハトは驚愕と戦慄をする。出来る筈がないとどこかで頭が否定しても本能がやりかねないと警告してくる。知らずのうちに香織から距離を取ろうとアハトは這いつくばった体で後退しいていた。

 

「出来る筈が…そんな高等技術出来るはずがない。神でもない貴方なんかに」

 

「そうだよね普通は出来ないよね、でもほらこの世界ってファンタジーだから。それよりもお仲間に伝えなくていいの?逃げないと貴方達全員魔力にして分解しちゃうよ?」

 

 コテンと首を傾げ不思議そうにこちらを見る香織の顔にアハトのプライドが激しく傷つく。崇高なる神の使徒として負けるわけには行かないと八つ裂きにして勝つべきだと、しかし芽生え始めた感情が恐怖を募らせて来る。これに関わってはいけない、撤退して神と共にこの世界から逃げるべきだとそう主張してくる。

 

 アハトに伸し掛かって来るかのように相反する感情が決壊したのは香織のその言葉だった

 

「あ、でも貴方達って無尽蔵に出てくるんだっけ」

 

「ひっ!」

 

 ギョロリとむけられたその目は今までアハトが一度も目にしたことが無い目だった。地球と言う世界から現れた生き物(人間)の目が総意をもってアハトに向けられたように感じた。

 

「無尽蔵っていいよね、だって幾らでも付きない魔力が出てくるんだもん。どれだけの人が倒れても死んだ貴方達が直すんだからエコだよねエコ!ほらっ貴方達って魔物より高カロリーで栄養豊富でしょ?それを魔力にしているんだからみんな元気いっぱいに動いていてね。死なない様にって思ってはいたんだよ?それが貴方達のお陰で無問題!おまけに数は減らないからいくらでも使ってよし!リサイクルだね、環境に優しいよね!無限のエネルギー、良いよね地球にも欲しいな私貴方達が地球に来るのなら大歓迎しちゃうよ!それにしても流石は神の使徒、世界に優しい有効活用法を身をもって教えてくれるなんていい人だよねっ!」

 

 明るく矢継ぎ早に出た言葉はアハト、いやほかの使徒、そしてエヒトすらも歯牙に掛けていなかった。只々欲にまみれたその目が敵として見ずただの資源としてアハトを見ていたのだ

 

「だからほら、早く一杯連れてきてよ。無尽蔵の資源(人形)さん?」

 

「あ、ああ …あぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!!」

 

 わき目も降らずアハトは絶叫をあげ逃げ出した、何も考えられなかった、只々目の前の化け物から距離を取りたかった。だから動きの鈍い手足を使い要塞の屋上から身を投げ出しても思ったのは化け物の目から離れたことの安堵だけだった。

 

(神よ…我らは間違えました。アレは貴方が思っている以上に…)

 

 地面に激突する瞬間、アハトができたのはほかの使徒達に情報を流すのと自らの創造神であるエヒトに対する警告だけだった。

 

 そうして地面に顔から突っ込み果てたアハトは群がってきた兵士によって細かく切り刻まれ…そして彼等の傷を修復する栄養分へとなっていくのだった。

 

 

 

 

 

「どうして人に似せるのかな?機械の様に感情を載せなければいいのに」

 

 絶叫をあげながら無様に堕ちて行った使徒を見ながら香織は不思議そうに呟いた。昔見た映画の様に作業として襲ってくる機械兵士ならいざ知らず戦闘用の癖にしてどうして言葉を吐けるように作ったのか香織にはエヒトの考えが理解できなかった。

 

「……ヒュー…ゴフッ」

 

 そうこう無駄な事をしていたからだろうか抱きかかえていた檜山は風前の灯火だった。目から光が消えかけ呼吸が小さくか細くなってきている。死を迎える表情は涙の跡があるからか後悔と無念と惚れた人の胸で死ねる安堵の表情が混ざっていた。

 

「…ごめ……かあ…さ…おや…じ」

 

 最後の出てきた言葉は家族への謝罪だろうか。訳も分からぬ世界で死んでいくことへの詫びか、それとも罪を犯した息子としての謝罪か香織にはどうでも良かった。

 

「変なこと喋ってないでちょっと我慢してね」

 

「?……ギャァアア!?」

 

 怪訝な顔をする檜山に一言を告げると遠慮なく香織は傷ついたわき腹に向かって手を突っ込んだ。いきなりの衝撃と激痛に脂汗を浮かべながら悶絶する檜山を一切の無視をして香織は再生魔法を使う。

 

「『絶象』…変なネーミングセンス」

 

 一言呟きながら手を引っ込めると見る見るうちに時が巻き戻るかのように檜山のわき腹は復元されていく。自らの身体の変化に驚く檜山の顔も先ほどの青かった顔色が本来の血色のいい色付きになっていく。

 

「これは…助けてくれたのか」

 

「ハジメ君に余計なものを背負わせたくないからね。それよりも」

 

 檜山が無事に起き上がると座ったまま改めて檜山と向き合う香織。ここは戦場である以上そんな事をする暇はないのだがさっさと香織は事を終わらせたかったのだ。香織に真っ直ぐな視線を向けられた檜山は状況に狼狽しながらも背筋をピンと伸ばした。

 

「檜山君」

 

「お、おう!」

 

「さっきは助けてくれて有難う。貴方の勇気で私は助かりました。感謝を」

 

「あ、ああうん。…無事でよかった」

 

 ほんの少し照れくさそうに顔を背ける檜山はやはり以前までの香織の知る檜山とは根本的に違っていた。それが誰の手に依る物か香織は知っていて悲しく思う物のきっぱりと告げた。彼の言葉を借りるのなら物語の原点となった事への香織の思いを。

 

「そしてさっき檜山君が言ってたことなんだけど」

 

「…ああ」

 

「貴方の気持ちは嬉しいです。だけど私には大切な人…ハジメ君がいるの。だからあなたの気持ちには答えられません。ごめんなさい」

 

 香織は物語の原点となった檜山の自身への恋心にきっぱりと断りの言葉を言った。要はハッキリと振ったのだ。

 

「…だよなぁ ああ分かってたさ。学校にいた時からずっと白崎が誰が好きなのかを…ああ、なんだかすっきりした」

 

 そして振られた方の檜山はと言うと肩の力と安堵感にも似た悟りを得たような顔つきへとなっていった。元々香織が誰に恋をしているのか薄々感じながら学校でハジメをイジメていたのだ。今この場で香織がハッキリと言葉に出したことで心の呪縛が解かれていったような気持ちになったのだ。

 

「…俺は…もっと早く、いやもう済んでしまった話か。…すまんここにいても俺は邪魔になるよな」

 

「うん、ここは危険だよ。すぐに避難所に行った方が良い、えっとほかの皆は来ていないんだよね?」

 

「ああ、俺しか来なかった。…それじゃ白崎気を付けてな」

 

 僅かに名残惜しそうに香織を見た檜山はそう言うと今度こそ香織を見ることもなく屋上から去っていく。そうして要塞の上に残されたのは香織だけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて戦場へ目を向けると使徒が次元の裂け目で高密度の魔力を練っているのが遠目でも香織には見えた。そしてその放たれた魔力を騎士団長メルドが防いでいるのを香織はしっかりと把握した。

 

「あれは…メルドさん。なら私はっと」

 

 高密度の光線を防いだメルドに対して香織は星から吸い上げた魔力を流れさせる。目に見えて気力を取り戻したメルドが光線の打ち合いをしているのを遠目で観察しながら香織はこの線上にある仕掛けとそれを施したコウスケの事を想い返していた。

 

 

 この戦場の兵士たちの異様な戦意と回復能力はコウスケが描いた魔法陣によるものだった。そして魔法陣の本当の意味それは

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』…そうだったよねコウスケさん」

 

 それは、香織が最初この世界で召喚されたときに心の片隅で考えたことだった。訳も分からず説明を受けていたが要は人類が滅びそうなので代わりに戦って来い。そう言う話を受けた香織は『()()()()()()()()()()()()()()()』と言う疑問を持ったのだ。

 

 のちに訓練が始まった時でも騎士団の連中は戦いの素人である自分たちが戦場に出る事に疑問を抱いた様子もなく王都の人間たちもまた罪悪感に捕らわれている人はあまりも少なかった。

 

『神の使徒として戦え』

 

 未成年の素人に世界の命運を託す異世界の人間を香織は侮蔑した。その思いは表に現れる事は無かったがどこかで積りに積もっていたのだ

 

『どうして人任せにできるのか?どうして自分達で何とかしようとは思えないのか?あまりも情けなく不甲斐ない己に疑問を抱くことは出来ないのか』

 

 コウスケが話したことはおおむねそんな言葉だった。だから彼は計画したのだ、召喚された被害者に頼るのなら相応の事をしてやろうと。

 

「怪我をしても死なない、だから戦え 恐怖を感じさせない、だから戦え 自分の命が尽きるまで戦え、…私達に当てにするのなら私たちは貴方達を利用する。

…そうでしょうトータスに生きる人間さん」

 

 再生魔法で傷を負わせない、だから死ぬことなんてありえない。魂魄魔法で士気を揺るがせない、だから恐怖に怯える事は無い。そしてそれらを実行する魔力の大本は…異世界()()()()から吸い上げているのだ。

 

 重力魔法は星のエネルギーに干渉する魔法である。ならばこの星全域に広がっている魔力をこの戦場に集める事にしたのだ。本来はエヒトであっても出来ない事をコウスケは少しの魔法陣だけで成し遂げてしまった。星の命が終わらない限り魔力は順当に循環し兵士たちに命を注ぎ込む。

 

 さらに香織はコウスケから託された技能『誘光』を使い使徒から魔力を吸い上げる事にも成功した。おかげで魔力の効率は思った以上に良くなり星への負担も軽減された。エヒトの侵略が元凶とは言え結果として星の寿命を延ばすことに成功しているのだ。

 

「使い勝手が良い技能… コウスケさんって本当に規格外だよね。中身は普通の男の人なのに」

 

『誘光』によって使徒はこの戦場に釘付けとなる。ほかの都市や町を襲う、避難所を探し出し人質を取るといった戦略的勝利を考え付かない様にされる。火に自ら入っていく虫の様にふらふらと誘われ、そして命を吸われていく。吸われた命は兵士たちに分配され、そして戦闘は続く。使徒が尽きるまで行われるその行為は使徒の数が無尽蔵である以上終わる事を知らない。

 

「終わらない戦場を作り出すコウスケさんと長年の間人を玩具にして遊ぶエヒト。どっちが悪いのかな?」

 

 香織の独白に答えるものは居ない。そして香織自身も分からない。ただどちらも悪辣なのだろう。人間である以上冷酷に無慈悲に玩具の様に異世界を蹂躙するその姿はどちらの方がより邪悪なのか。香織にはどうでもいい。

 

「ま、これから日本へと帰る私にとってはどうでも良いかな。アフターフォローもばっちりだし」

 

 使徒達と人間の戦いに終わりはつかないがエヒトが死んだその時こそが終わりである。その時になったらこの魔法陣は解除され効力は効き目を失うだろう。後に残るのは怪我一つなく死傷者を一人も出さずに聖戦終わらせた人間たちの歓声だ。

 我を失いながら戦っていた人間は魂魄魔法によって無理矢理、精神状態を戦場前の状態へと戻させ、この戦場を見ていた者や記録していた者は皆が死力を尽くして戦ったとしか明記出来ない様に記憶を改善される。

 

 これがコウスケによる優しさによるものか、人を玩具のように使った罪悪感を薄れさせる言い訳なのかやっぱり香織には分からないしどうでも良かった。

 

 さらに言えば香織のクラスメイト達を戦場に出させなかったのはコウスケの意思によるものでそれが醜い嫉妬と羨望であるのを香織は見なかった事にした。

 

『許せねぇよ。未成年がたとえ人形でも人殺しなんてやっちゃいけないだろ?…それに社会不適格者になるための言い訳を作るなんて…俺が許さない』

 

 善意と悪意が見え隠れするそのコウスケの意思を香織は責める事はしない。クラスメイトが人形殺しをしなくて済むのは良い事であるし こんな戦場に出てしまったらいずれ可笑しくなってしまう。そんな人を日本に連れて帰るのは香織でも御免だった 

 

「はぁー ああ、頭が痛い。ハジメ君、私真っ黒に染められちゃったよぅ」

 

 ズキンと痛む頭を片手で抑えながらおどけたように苦笑する香織。痛むのは良心が悲鳴を上げているからだろう、トータスの世界の人々を玩具のように使うなんて許さないとでも声をあげているのだろうか。だがその心の声を本音で押しつぶす。悪いのはエヒトであり自分達を当てにしたこの世界であると。

 

 この世界に召喚されたときはまだそこまで負の感情を露出させなかったのだがいつの間にか随分と悪感情を出す様になってきたと香織は思う。それが誰のせいによるものか、ハジメ達の仲間である女性陣のせいなのかそれともハジメの心を()()()()()()()()()()()()()()()あの男のせいなのか。香織にはわからない。

 

 

「さっさと終わって帰ってきてねハジメ君 もちろんコウスケさんもだよ」

 

 今頃エヒトを散々いたぶっているであろう二人を考え苦笑する香織だった。 

 

 

 

 




よーするに何で異世界の人間って召喚された人をアテにするの?ならこっちも好き勝手やらせてもらうって話です。

次回エヒト戦。 多分ですが後5話か6話ぐらいで終わります…多分

あと、ちょっとした疑問ですが後書きってどこに書くのでしょうか?本文の乗せるは違うと思うから、活動報告ですかね?ものすっごく長くなると思いますので疑問に思いました


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エヒトルジュエ

お待たせしました。




 

 

 まっすぐ伸びる白い通路意外全てが黒に染まった世界でハジメは一人歩いていた。周囲は深淵の様な闇で覗き込めば吸い込まれそうなほど黒く、足元の白亜の通路が伸びる先は上へつながる階段となっていた。

 

(この先にエヒトが…罠はなさそうだし、ちょっと考えながら進もうかな)

 

 まさか、招待をして置きながら罠を使うとは考えられず、またコウスケから聞いたエヒトの性格や過去などから推測して少しばかり考え事をしながら歩き始めるハジメ。エヒトを相手にするにはどういうやり方が効果的か、大体の見当はついていた。

 

(さて、準備は色々としてきたけど、どこまで上手く行くのかな?)

 

 エヒトとの決戦という事でコウスケと清水とで考えた秘密作戦がどこまでエヒトに通じるのか終わった後はどうするのか実はコウスケに任せっきりになっており上手く行くかどうか未知数だったのだ。

 

 一応、コウスケ自身の身体を取り戻すまでは自分自身も頑張る予定だが、その後が妙に心配になってしまう。ぶっつけ本番の事が多すぎるのだ。

 

(まぁ、ここまで来たんだから問題は無い、かな)

 

 考えてもやるべきことはしたのだ。後はどうにでもなれと言う気持ちとさっさと面倒事を終わらせたい気持ちを半々に抱えながら階段に足を掛けるハジメ。

 

 

 

 『魂魄魔法――発動』 

 

 

 

 白の世界。

 

 階段を登り切った場所は上下左右、周囲見渡す限りの白い空間が広がる世界だった。地面の感触は確かにあるのだがともすれば上下の間隔を失ってしまいそうだった。

 

「ようこそ、我が領域、その最奥へ」

 

 よく聞きなれた声なのに言い方が実に気に入らない言葉は奥から聞こえてきた。ハジメが目を向けるとそこで玉座に座っていたエヒトの姿に絶句した

 

「どうかね、この肉体を掌握した我の姿は?あの男にはもったいないこの肉体、我が『うわ、だっさ!』…」

 

 エヒトが凄まじいドヤ顔で話している最中に思わず突っ込んでしまったハジメ。いきなり話を遮られてしまったことでかエヒトの眉がピクリと上がるがハジメ全く気にしなかった。

 

「フッ どうやら友の身体を奪った我「センス悪っ!え、それマジでかっこいいって思ってんの?本気で?うわぁ~」

  

 ハジメがドン引きしながら突っ込んだそのエヒトの姿は金色を意識して作られた鎧姿だった。キラキラと著しく主張する豪華絢爛さをモチーフにしたその姿は日本人である天之河光輝の顔であまりのも台無しだった。悪趣味の権化である金色の鎧と言う時点でカッコ悪いのだがそれはあくまでも鎧が悪い訳では無かった。着ている本人のセンスと顔が著しく駄目だった。

 

 天之河光輝はイケメンである。腹立つことだがそこはハジメも頷く事だった。日本にいたころはいつも学校で女子生徒達から黄色い歓声をあげさせまた、男の目から見ても嫌になるほど整った顔立ちだった。だがそれはあくまでも日本での制服での話であり、鎧姿…詰まる所、東洋人の顔形で西洋をモチーフにした鎧姿になるのは着られている感があまりも強いのだ。

 

 現にまたもやハジメに言葉を遮られて青筋を立てているエヒトは鎧に着られている感が強すぎた。折角のラスボス戦だというのにこれでは余りも興ざめ著しい。ハジメの大きなため息が白い世界に響き渡る。

 

「あのさぁ コスプレにしてももうちょっと弁えてくれない?正直恥ずかしくて仕方がないんだけど、誰か止めてくれる人いなかったの?あ、そうかボッチだったね」

 

「…減らず口を。エヒトルジュエが命ずる――〝平伏せ〟」

 

 青筋を無理矢理引っ込めると引き攣った笑顔を貼り付けスっと口を開いた。が

 

「正論言われて、キレるなんて沸点低いね。自称神様?」

 

 そこにはまるで聞こえていないとばかりにエヒト冷たい視線を送るハジメの姿があった。強い侮蔑と軽蔑の視線は容赦なくエヒトに注がれており、それがまたエヒトの神経を逆なでる。余裕を崩さぬように手を差し出しハジメがぶっきらぼうに持っているドンナ―に対して空間を歪ませるが…特に何も起こらなかった

 

「…貴様、対策をしてきたな」

「まぁね。それよりもさっさと降伏してくれない?」

「…なに?」

 

 エヒトが何をしようが心底どうでも良いと言わんばかりハジメの言葉にエヒトは眉をピクつかせる。よほどハジメから言われた降伏勧告が癪に障ったのだろうが構わずハジメは続けた。どうせ聞き入れないだろうなと大きな溜息を付けてもオマケにして

 

「今ならまだ間に合うからさ、使徒と一緒にこの世界から撤退してなにもせずに引き籠ってくれない?」

 

 その言葉が開戦の合図だった。エヒトは無表情で玉座から立ち上がり莫大なプレッシャーを放ち白濁色の魔力光が白い空間を染め上げていく。

 

「良かろう。そんなに殺されたいのなら、無残に捻りつぶしてやる」

 

「遊んであげるよ。掌で踊るこの茶番劇を、君と一緒にさ」

 

 ほんのりと紅い魔力光がハジメを覆ったのと同時に最終決戦が始まった。

 

 

 

『座標……確認』

 

 

 

 エヒトの背後にある、輪後光から降り注ぐ白銀の光。球体のもあれば刃状、回転するもの様々なレパートリーの光をハジメは難なくと回避していく。タップダンスでも踊るかのような足さばきはどの光もハジメに課することは無かった。

 

「ほぅ、躱すか」

「射手が下手くそなんでね。避けるのはたやすいよ。寧ろグレイスでもして得点稼ぎでもしようかな?」

 

 減らず口を叩きながら難なく避け続けるハジメ。中指を立てエヒトを挑発する余裕っぷりだった。

 

「貴様のその物言い 癪に障るな」

「だから沸点低いってば。もっと貫録を見せてほしいよ。あ、そう言えばボッチなんだったっけ?じゃあ無理だよねゴメンね、毎日人形遊びをしているエヒト君には無理な話だったよね」 

 

 隙あらば挑発をするハジメ。顔は不敵に笑い、疲れも見せない。その事がさらにエヒトを無意識に苛立てさせる。

 

「ならばその人形によって散るが良い」

 

 苛立ちを隠す様に腕を一振りさせると背後の輪後光が燦然と輝きを強め、その直後、ズズズと人型の光が現れた。光そのもので構成された人のシルエットは、その手に二振りの光で出来た大剣を携えていることもあって使徒を彷彿とさせる。

 

「能力は使徒と同程度だ。しかし、この後光が照らす攻勢の中、果たして自律行動で襲いかかる光の使徒まで、対応できるかな?」

 

そんなことを言っている間にも、光の使徒はおびただしい数が生み出されていく。既にエヒトルジュエを中心に、輪後光を背にして並ぶ光の使徒の数は軽く百を超えるだろう。だがその光景を見てハジメはやれやれと肩をすくめる

 

「出来るさ ってかボス戦で現れる雑魚って只の回復ポイントにしかならないんだよね。ゲームをやった事が無いのかな?」

 

 言葉と同時に現れた光の使徒を指でなぞる様にして指し示せば光の使徒は何もすることもなく徐々に溶けていき光の粒となっていく。その光景に驚愕するエヒトを尻目に光の粒はそのまま空間に消えていった。

 

「――――なに?貴様一体何をした」

「ちょっとは考えてみたら?」

 

 おどけたように肩をすくめドンナ―を二発打ち込む。エヒトの防御壁によって弾かれるはずのその弾丸は吸い込まれる様にして防御壁を突破し肩とわき腹に当たった。 

 

「―グゥッ!?」

 

「『銃は人にとって脅威』そんなこと知らないの?まぁいいや ちょっと手加減してあげるから軽い雑談に付き合ってよ」

 

 長年与えられなかった痛みに驚くエヒトをハジメはにこやかに笑うのだった。

 

 

 

 

『空間――把握』

 

 

 

 

「エヒト、君は異世界からこの世界にやってきたらしいね。理に至ったとか何とかよくわかんないけど都合よくこの世界にやってきた馬鹿集団のの一人なんだってね」

 

 光弾の群れを難なくと躱しそっと囁くようにエヒトに語り掛けるハジメ。不思議と声はエヒトにしっかりと届き、いやが応にもエヒトの耳に入ってくる。

 

「何も知らない無知な人々にいろいろ教え込んで神様気取りをしている馬鹿達の中で最後まで生き残った究極の馬鹿。ほんっと馬鹿な奴ら、自分より下を見て自分が上だと思いたがる思春期の子供なのかな?」

 

「―――貴様ッッ!!」

 

 エヒトから放たれた雷の槍はハジメに当たることなく地面に吸い込まれる様にバラバラに拡散していく。苛立ちながら声を出すがそれでも当たらない事実は変われなかった。

 

「教えてあげるよ、世界は広い。お前が見ているのは只の箱庭だ。自分より上なんて一杯いるのにどうしてそれが分からないのかな。不思議だね、全知全能がキャッチコピーのエヒト様なのにやってることは自分より小さな虫を丁寧に潰しているだけ、なんて情けない」

 

 ハジメに襲い掛かる光星と爆発はステップの一つであっさりと躱されてしまう。ほぼノータイムで動くハジメの動きをエヒトは捉えるのがやっとだった。知らずのうちにエヒトは歯噛みをしていた。嫌に響く声を遮るはずの攻撃なのに捉えることが出来ず状況では有利なのに心情では追い詰められている。

 

「他所からやってきて我が物顔で人の庭を荒らし続け、そして庭に住んでいる小さな虫を潰していくことに悦楽を感じているって…神様を謳っているのにそれはどうなの?やってて恥ずかしくないの?自分を客観視できないの?」

 

 距離を取り大げさに肩をすくめ溜息を吐く。普段なら一蹴するはずのその挑発が何故か酷く癇に障るのだ。器の候補であった吸血鬼がなした五体の天竜を作り出す。ユエが作り出した最上級の魔法はエヒトの手によって魔物化が施されとぐろを巻くようにエヒトの周りをまわっていた。

 

 ギロリと赤黒い双眸をハジメに向けた五体の天竜は、直後ハジメのドンナ―で瞬く間に頭を吹き飛ばされた。 

 

「―――は?」

 

「あのさぁ、魔物化するんならちゃんと魔石を隠してよ。弱点モロバレだっての」

 

「貴様…貴様一体その力は何なのだ!?」

 

 渾身の魔法と言う訳では無かった。だが常人が破る事の出来ないものでもある、先ほどからの攻撃をしても掠るか躱されるかのどっちかしなかった。最初は遊んでいたのは事実だが、ここまで何も傷を負わせることが出来ないというのは屈辱だった。そんなエヒトに対してやはりハジメはどうでも良さそうだった。

 

「八人目」

 

「八人目、だと?」

 

「八人目の解放者に授けられた魔法…正確には技能かな。習得条件は異世界トータスを冒険すること、名前は…」

 

 ほんの少し言うのをためらったハジメ。その自覚は一切ないからこそ実は体の方が悲鳴を上げているのだが、これも仕方のない事と割り切った。

 

「技能名は『()()()()()』 効果は八人目が認めた相手に有利なことが次々と起こる事 ま、どうあってもラスボスである君は僕を倒す事が出来ないって話だよ」

 

 主人公補正 詰まる所ラスボスであるエヒトは何があっても主人公であるハジメを殺せないし起こる様々な出来事がハジメに有利な状況を作らせてくれるのだ。だから、エヒトの光弾はハジメに当たらず、ハジメの銃弾は五天龍を一発で倒すことが出来た。

 

(最も、全部が全部優遇されることってもわけじゃないんだけど…)

 

 しかしながらデメリットもある。ハジメ自身が自分の事を主人公ではないと思っているから使えば使うほど体に負担がかかるのだ。現に表情には出さないが体のあちこちで無理な動きをしてしまったせいで軋みの様な悲鳴を肉体が上げている。 

 

「は、はは 何だそれは、よくもまぁそんな妄言を吐けるものだなイレギュラー!」

 

「そうかな?さっきから僕にとって都合が良い事が起きているんだけど、自覚は無いか…」

 

 ぽかんと口を開けたエヒトが揶揄するように口角をあげて批判する中、エヒト自身がその主人公補正によって大きく思考を歪められていることに気付いていないことにハジメは溜息をついた。対峙した時点でエヒトが術中に嵌っているのに本人が気づいていないのだ。時間稼ぎをさせられているという簡単なことにエヒトは全く持って気づいていない。

 

「あっさりと罠にかかるラスボス、他人任せの主人公。茶番劇に振り回されているのは果たして誰なのか。多分全員かな? …もう別に行けどさ」

 

『ルート開通。お疲れ様、後は俺がする』

 

 体内から響いた声をを聞きエヒトの相手をすること止める事にしたハジメ。銃を下ろし腰のホルダーに収める。長かった相棒(ドンナ―)の戦いもこれで終わりだった。ギチギチと身体の肉がきしむ音を聞こえるのを無視してエヒトに最終宣告をする

 

「さて、長々と話をしたけど要はこういう事。分岐点はここだ、さっさと負けを認めろ」

 

「……クククッ 調子に乗るなイレギュラー!!」

 

 激怒の表情をしたエヒトがプレッシャーを放つ。散々コケにされたことで堪忍袋の緒が切れたらしい。それ自体もハジメにとっては煩わらしい。自分の出番は終わったのだ。後は当人たちが納得のいく方法でやってくれるだろう。出来れば穏便に事を運んでほしいが…。

 

「そっか じゃ後は頼んだよ」  

 

「消え去れ!イレギュラァアアーーーー!!」

 

 輪後光が凄まじい光を放ち、直後極太の閃光が放たれる。それは地上世界で使徒たちが放ったものの比ではなく世界が放火うするのではないかと言う光の

爆発だった。視界が白く染まりハジメのいた場所がすべて白く塗りつぶされる。

 

 

「ハハハハ!!どうだイレギュラー!大言壮語を吐く割には呆気なかったでは無いか!口ほどにもない!」

 

 起こる筈もない無い砂煙を見て高らかに勝利を確信したエヒト。忌々しいと感じていた相手が居なくなったのだ、その表情には愉悦と同時にわずかな安堵があった。

 

 だがその顔は砂煙が無くなったと同時にピシリと固まった。

 

「いやぁ~流石はエヒト様。中々すんごいレーザーを発射する様で。でもまぁ俺の守護の方が一枚上手でしたけどねー」

 

 青い光の結界が張られていた、光の防壁には罅一つなく完全に光線を塞がれてしまったのが嫌にはっきりと理解できてしまった。

 

 佇んでいたのはハジメだった。だが表情が違った。先ほどまでは無関心が前面に対して今目の前にいる男は明朗に笑っていた。エヒトを見るその目には憐れみと怒りが備わっていた。

 

「き、さまは…もしや」

 

「対面するのはこれが初めてか?まぁいいや始めまして、かな?エヒトルジュエさん。どーも勇者をやらせてもらっているコウスケでっす」

 

 そこにいたのはハジメの身体でニヤニヤと笑うコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてだ!どうして我の『神剣』が効かぬ!?」

 

「俺が真剣で『真剣』にやってるからじゃないっすかねぇ~」

 

 エヒトが巧みに振り回す神剣をハジメが作った錬成剣で簡単に防いでしまうコウスケ。神剣とは伸縮自在、空間跳躍攻撃可能な魔法剣。透過の能力を持つ最強の剣だったのだ。それをコウスケはハジメがあり合わせで作った只の剣でつばぜり合いを引き起こしてしまった。

 

 剣戟は甲高い音を立て両者に間に火花が散る。しかしてエヒトは焦燥に駆られコウスケは余りにも余裕の表情だった。

 

「にしても、確かに手慰みに剣術を覚えたんだって?残念でした~悪いが棒捌きは俺の方が熟練だったようですな!伊達に右手が恋人だったわけじゃねんだぞこら!」

 

「ぐぬぅ!?」

 

 つばぜり合いを弾き袈裟切りにエヒトを切り付けるコウスケ。右肩から左わき腹に掛けてエヒトに裂傷が入る。そのまま内臓が出てくるかと思えば瞬時に傷は再生された。傷の修復はお手の物だったらしい。最もエヒトの精神(プライド)は確実に切り裂かれているわけだが

 

「つっまんねぇ奴だなエヒト。どうしたそれで終わりか?」

 

「舐めるなぁ!」

 

 輪郷港から放たれる光弾はコウスケの守護によって完全に塞がれており、接近戦は先ほどの様に片手間にあしらわれる。詰みは確実に近づいてきた。さらなる攻撃をとエヒトが手を翳す。

 

「なんつーか お前、ラスボスなのに全く厚みがねぇな」

 

「ガハァッ!?」

 

 が、翳した手が振るわれることはなく接近して来たコウスケによって鳩尾を思いっきり殴られてしまう。吹っ飛ばされたエヒトは体制を整える事も出来ず追いかけてきたコウスケの手によって背負い投げの要領で地面に叩きつけられる。

 

「しからば追撃ィ!」

 

「ぎっ!?」

 

 地面に叩きつけられたエヒトを今度は急速降下で踵落としを頭部に食らわせる。流石は頑丈な自身の身体ともいうべきか頭部は破裂することもなく地面にめり込んだだけだった。

 

「んっん~余裕をこいていた奴が地面にへばりつくのは心が洗われるようですなぁ~ そうは思いません事、南雲君~」

 

 エヒトを煽るようにして、実際調子に乗って体内にいるハジメの魂に語り掛ければ苦言が返ってきた。

 

『やり過ぎ。それは君の身体なんだよ?』

 

「俺の身体だからだよ。ったくいい年こいて神様ごっこをしている奴なんぞに主導権を握られるなんて恥ずかしくて仕方ねぇ」

 

 侮蔑を向けるのは自身の身体に向けて。先ほどの怒りの感情は簡単にエヒトに体を取られてしまった自分への八つ当たりだった。…そして今エヒトを相手に鬱憤を晴らしている自身にも侮蔑を込めて。 

 

「わ、れは…神ぞ。万物がひれ伏す…絶対の」

 

「あ、そう言うのもういいから」

 

 よろよろと立ち上がったエヒトに向けて強烈な蹴りを放つコウスケ。一切の容赦のない蹴りは吸い込まれる様にしてエヒトの股間に直撃した。

 

『うわっ!』

 

「~~~~~~ッッッッ!?!!??!?!!」

 

 体にいるハジメの声がドン引き、エヒトは声にならない声をあげ地面にのたうち回る。足の感触には何か柔らかい物を砕き潰した確かな感触が残っている。その感触に思わずコウスケの口角が上がった

 

『ちょ!何やってんの!流石にそれは駄目でしょ!』

 

「いいのいいの どうせ使うあても無いし …ちょいと親が悲しむぐらいかな。孫を作れなくてゴメンね~」

 

 地面をネズミ花火の様に転げまわるエヒトを何の感慨もなく見つめるコウスケ。たとえそれが天之河の顔だったとしても中身がエヒトだったとしても自身の身体を壊していく感触に暗い感情が湧き上がる。端的に言って楽しいのだ。自分の手で自分を壊していくという自傷行為が楽しく感じ始めてきたのだ。

 

 だが、その感情が表面化する前にストップの声が掛かる。

 

『コウスケ、作戦はもういつだって始められる。だから…これ以上そんな事をする君の姿は見たくないよ』

 

 その声は親友の声だった。自分の身体を壊し弄びそして罪悪感を募らせる自分へ案じているのが魂と言う状態だからかダイレクトに伝わった。

 

「…ムカつくんだ。力を手に入れて調子に乗ってイキっている自分が。この後の事に正当な言い訳を作ろうとしている自分が腹立つんだ。だから俺は、俺を許すことが」

 

『それでも暴力は良くない。…僕が言えた義理でもないけれど』

 

 弱い者いじめをしている自分が嫌になってきて、そのイラつきをよりによって自分の身体を使っているエヒトに向ける。それはまるで自分が嫌いな人間の様で…さらにムカつき暴力を振るい悪循環を繰り返す。今まさにコウスケがしている事だった。

 

『終わらせようコウスケ。僕達にはその義務がある』

 

「それは、主人公だからか?」

 

()()()()()()()()()()』 

 

 その言葉を聞いて大きな息を吐くコウスケ。先ほどまでの悪感情が晴れていくのが分かる。もやもやだった思考がクリアになっていく。確かにその通りだった。あの時奈落で始まった物語を自身のイラつきで不意にするのは確かに失笑ものだった。

 

(現金だよなぁ…一言で気分が晴れるんだもん)

 

 大きな息を吐き…そして穏やかな気持ちで立ち上がろうとしているエヒトを見た。何千年も神として生きてきたプライドがあるのか、はたまた自分が負けるという事が我慢できないのかその顔は折れていなかった。

 

「まだだ…まだ我は負けておらぬ!貴様らなんぞにこの我が!」

 

「そうだな。でもそろそろおしまいの時間だ。始まった以上ちゃんと終わらせないと、な?」

 

 ゆっくりとした歩調でコウスケはエヒトに歩み寄っていく。その声には強い憐憫の感情が含まれていた。ラスボスとなったエヒト、その実態は只の成長をしなかった子供で、主人公に倒されるためだけの踏み台でしかない哀れな舞台装置。この()()()()()()()()を思いそっとエヒトの身体に手を触れるコウスケ。

 

「その体は、俺の物だ。どうしようもなく惨めで愚かで救いようがない奴だけど…(自分)が面倒を見なくちゃいけないんだ」

 

 放たれるのは魔力の奔流。ハジメの身体を通し自身の身体に巣くっているエヒトを無理矢理引きはがす荒療治。今からされることに気付いたのかエヒトが必死の抵抗を始める。

 

「ぐぅぅぅう!!させるか!この体は!」

 

「そうは言ってもそろそろ三十過ぎそうなのにいまだにネットに依存しているブ男だぞ?そんなに蔑まれたいの?」

 

「…は?」

 

 そっと囁いた言葉が嫌に真実味が込められたからだろうか、直後エヒトの魂はコウスケの身体から大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 倒れ掛かる自分の身体を抱きしめ、魂魄魔法で魂をハジメの身体から本来の自身の体へ移っていく。

 

「いよっし これで元通りっっ!?!?」

 

「……ふぅ、ちゃんと戻ってる。 って何やってんの」

 

 元の身体に戻った瞬間体に激痛が走り先ほどのエヒト同様地面をのたうち回るコウスケ。同じように体の主導権を取り戻したハジメはそんなコウスケを座り込み呆れながら眺めていた。

 

「あががっがっが!! い、痛い!体中がとても痛い!特に股間が!俺の息子が!」

 

「そりゃそうでしょ… と言ってもこっちも体中ボロボロなんだけどね」

 

 コウスケの方は先ほどまで執拗に攻撃して居たので自業自得だとしてハジメの方も体は結構な疲労感と痛みで動けない状況だった。何せ身体能力が異常に上がっていたエヒトの相手をしていたのだ。元々の身体能力があったとはいえさらにコウスケの力で身体能力をブーストをしていたのだ。そして極めつけに先ほどまでコウスケがエヒトをいたぶるためにさらに体を酷使していたのだ。

 

「もうちょっと優しく扱って欲しかったんですけどー体中痛いんですけどー」   

「良いじゃん若いんだから、どうせすぐに治る。ってか香織ちゃん介護してもらえよこのリア充」

「…そっかそうすればいいんだ。サンキューコウスケ お礼に君の前でリア充っぷりを見せつけてやる」

「クッソ自分で言い出しといてなんかムカつく!俺も甲斐甲斐しく世話されたい!」

「誰に?」

「……ノーコメント」

 

 そんな両者とも動けない体で他愛もない雑談をしていた時だった。

 

 

『我はっ、我は神だぞ!! イレギュラァアアアッ!!!』

 

「うわっ!」

「のわっ!」

 

 その絶叫と共に衝撃波が放たれたのだ。防御する間もなく吹き飛ばされる二人。ゴロゴロと転がり何とか体を起こし見ればそこには光そのもので出来た人型が浮遊していた。

 

「わーお。ご本人様が降臨なされた」

「うーん。最終形態にしては迫力が無いなぁ」

 

 体は動かずそれでも軽愚痴を叩きあう二人。そんな二人にエヒトルジュエは極大の閃光を放つ。

 

「これが最後の仕事だ。持ってくれよ?」

 

 対するコウスケは今まで自分が最も頼りにしていた技能『守護』を展開し青い光の障壁をもって迎え撃つ。エヒトの光の奔流は青い光によって遮られていた。

 

『殺す!殺す!殺す!ここは『神域』!魂魄だけの身となれど、疲弊した貴様等を圧倒するくらいわけのないことだっ!貴様らを消し飛ばしその体を今度こそ奪ってやろう!』

 

「モテモテだねコウスケ」

「何かケツの穴がキュッと締まるんですけど…」

 

 ビキッ、パキッとコウスケの障壁に罅が入る中それでも余裕の態度は崩さない二人。

 

「そんな事よりも聞きたいことがあるんだけど」

「全知全能のエヒト様。どうか哀れな俺達に冥土の土産と言うのをお授け下さいまし」

 

 罅は広がりハジメ達が吹き飛ばされのは時間の問題だった。その事に気を良くしたエヒトは嘲笑混じりの声を上げた

 

『今更命乞いか! 効かぬなぁ!この我をてこずらせた貴様らは』

 

 

 

「「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」」

 

 

 その声は不思議と綺麗にその空間に響き渡った。純粋な質問でありハジメ達の疑問をエヒトは鼻で笑った。神である自身がわざわざ数えているわけがないと、

高らかに宣言してしまった

 

 

『そんなもん知らんなぁ!この世界のどこに我より劣る塵芥を数える馬鹿がいる!』

 

 

 その声を出した瞬間だった。膝に衝撃が走った。チクリとした痛みだった。歯牙にもかけない筈の痛みだったが敵は目の前にしかいなかったはずだ。エヒトはそう考え自身の膝を見て…

 

 

 

 

 そこには小さな子供がいた。青白く頬がこけ目玉が無い空虚なその視線でエヒトをしっかりと見て、無邪気に笑っていた

 

 

「――な、に?」

 

 見ればわさわさと自身の足にうごめく黒い人型の靄が纏わりついていた。 

 

 

 そしてエヒトは気付いた。白いはずの世界が、自分しかいない『神域』の空がひび割れそこから数えきれないほどの無尽蔵の黒い人型が溢れだしてくるのを認識してしまった。

 

 

 

 

 

「知らない、か  お前が今まで間接、直接問わず殺してきた人たち連れてきちゃったけど … 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの塵芥(被害者)が居るのか俺も分からないなぁ」

 

 

 




次回エヒトの終わりと温めて腐った伏線の回収?


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自業自得

詰めすぎた…

視にくいかもしれません。注意です。



 

 ある男が居た。その男はある時亜人族の娘と恋に落ちた。恋仲となった両者は周りにばれてしまい禁を破ったとして男は処刑された。男は死ぬ前に問うた。『何故』と。帰ってきた答えは『神の教えに反したから』と言われた。恋人を略奪され無残に死んだ男の無念はずっと晴れる事は無かった。

 

 ある親子が居た。仲睦まじく暮らしていた親子は、ある日、生贄に選ばれた。戦争で進退窮まった教会の人間が神への助力を得ようとして贄として親子に火を掛けた。自身の身体が燃えるのも構わず親は子供を助けようとしたが無駄に終わった。なぜこうなったのかと言う親の無念と子供の疑問は誰も教えてくれなかった。

 

 ある亜人族が居た。家族ごと帝国につかまり、人間族の玩具となって執拗に辱めと拷問を受けた。逃げる手立てがあるはずだとお互い励まし合い必死に生き残ろうとした。だがその意思は無残にも踏みつぶされ家族は次々と死んでいった。亜人族は何故と聞いた。お前たちは弱い生き物だ、神から見放された悪しき種族だと。悲鳴をあげる同胞たちの声を聞きながら死んだ亜人族は思った。この世界は間違っていると。

 

 

 ある老人が居た。息子が戦争から帰ってくるようにと神に祈りを捧げていた。寄付をすれば信仰心が高まり神が息子を助けてくれると教会から教えられた老人は

家財を売り払い貧困に喘ぎながらも息子の無事を祈り続けた。帰ってきたのは息子の戦死の報だけだった。病気になり死を迎える瞬間誰かの嘲笑う声が聞こえた。

 

 ある兵士が居た。自分の故郷である小さな村を守るために怖くても武器をとることを決意した。戦って戦って死に物狂いで戦った兵士の耳に届いたのは自身の故郷が焼き払われていたという事だった。何故故郷が滅んだのか調べる内にそれが同じ人間族によるものだと判明した。敵である魔人族を根絶やしをするための自作自演だった。証拠隠滅の為に教会に殺された兵士は復讐を誓った。

 

 

 ある国王が居た。敵である魔人族との和平に尽力しそのたゆまぬ努力の結果、掛け替えのない魔人族の友を得ることが出来た。だが、和平条約を結んだ瞬間神の使徒によって脳を弄られ、神の操り人形と化した。意識がある中自身の身体が勝手に喋り…和平のために集まった、これからも手を共に取り合えるはずの友たちを次々と殺してしまった。国王は死ぬ最後の時まで操り人形と化し次々と殺戮を命じて行った。国王は自らを恨み死んでいく友たちを見ながら誓った必ずこの怨みを忘れぬと。

 

 

 

 

 男が居た女が居た子供がいた親が居た老人が居た青年が居た人間族が居た亜人族が居た魔人族が居た竜人族、吸血鬼……様々な人種がいた。様々な人間たちが居た。神の勝手な理由で次々と死んでいった。怨みは蓄積されていった、だが手段が無かった。憎悪が膨れ上がっていた。だが晴らす手立てが無かった。

 

 怨霊の数は増え、憎悪は日増しに強くなっていく。だが晴れる事は無く冷たい水底の中で数だけを増やしていった。神によって死んだ亡霊の数はどんどん増えていく。そして又晴れない怨みも蓄積されていく。

 

 そんな怨霊たちにある日声が聞こえた

 

『その恨みや憎悪。晴らしたくはないか?元凶にぶつけたくはないか?』

 

 怨霊たちは答えた。憤怒と憎悪とありとあらゆる負の感情をむき出しにして叫んだ。

 

『当たり前だ』

 

 声はその言葉を待っていたようでカラカラと笑うとぞっとするほど澄み切った声で契約を持ちかけた

 

『お前たちが死んだその元凶を教えてやろう。復讐の機会を授けてやろう。だから…俺の言いなりになれ』

 

 

 

 

 

『神域』の空は完全にひび割れ黒の亡霊が空を覆う 滲み出てきた怨霊たちは我先にとエヒトに飛びかかっていく。

 

『図に乗るな!貴様ら如き虫けらが我を殺そうなどと甘く見るな!』

 

 纏わりついていた子供亡霊を蹴散らし魂となったエヒトが光弾を放つ。当たった亡霊たちは霧散し消えていくが、又次から次へと湧きだしてきた。その数は

瞬く間に増えていく。空を覆う亡霊の数はもはや数万数十万を軽く超えてきた。

 

「お前がやらかしたその時から今現在までの死人を集めてきたんだ。俺がここで見ていてやるからさ、神様らしく成仏させてやれよ」

 

 愉快そうに笑う軽口が嫌にエヒトの耳に届く。魔力は常人を超し文字通りこの世界で最強であるはずのエヒトはしかして死者を弔うやり方を一つも知らなかった。成仏させる方法なんて知らず、ただ怨霊の群れに光弾や光を放つだけが精一杯だった。

 

 だがその光の力も徐々に弱まっていきついにはエヒトによって減っていく亡霊の数より纏わりつこうとする怨霊の方が数を上回っていた。

 

「クッ!? 何故だ!?何故我の力が弱まっているのだ!? この世界の絶対である我が! どうして!?」

 

「お前、人々の信仰心で強くなったんだろ、その信仰ってのが今この場で糞の役に立つとでも思っているのかよ。目出度い奴だな」

 

 エヒトは人々から得られる信仰心を己の力としていた。神として崇められ数千年もの間蓄積された信仰は エヒトの強さを底上げし、異世界から人を召還できるほどにまで極まった。だが、エヒトの所業を全世界の人間が知り、その信仰は瞬く間に消えていった。

 

『見つけた』『殺してやる』『我らを苦しませる元凶』『絶対に殺してやる』『今までの恨み晴らしてやる』『許さない』『許さない』『必ず殺してやる』『俺が先だ』『いいえ私が先よ』『僕もヤリタイ』『早い者勝ちだ』『…皆でやればいい』『そうだ、我らの恨みを一つ残らず』

 

 そしてこの亡霊たちの恨みと憎悪がエヒトの蓄積されてあった信仰の強さを削いでいった。エヒトが人々を騙し自ら得ていた信仰の力をエヒトの手によって殺された者たちが剥ぎ取り奪っていく。それは正に自業自得だった。

 

「来るな!この我を誰だとっ」

 

 喚き散らし抵抗を試みるがとうとう亡霊たちに接近されてしまう。火傷で顔が爛れた女がやってくる。顔がつぶれた男が、手足を失った子供が、枯れ木の様な老人が、体が捻じれている亜人族が、体の半分がちぎれた魔人族が。我先にとエヒトの元へとやってくる

 

「ひっ」

 

 情けなく声を上げてしまったエヒト。それはやってくる亡霊全てが笑顔だったからだ。顔を亡くしている物も壊れている物も種別なく区別なく全員が喜びの感情を爆発させていた。それは恐ろしいまでの純粋な歓喜であり長年の願いだった。

 

『ようやく、コイツをいたぶる事が出来る』

 

 その歓喜の意思を咆哮させると一斉に亡霊はエヒトに纏わりついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やめろっぉぉおぉぉおおおお!!!!!」

 

 白き光が黒い怨霊に飲み込まれるのをハジメとコウスケは守護の結界の中でしっかりと見ていた。

 

「うーむ。強大な力を持った馬鹿が無力な人間によっていたぶられる。随分とメシウマな光景ですな」

 

 そう朗らかに笑うのはコウスケだった。先ほどからずっとエヒトを見て笑っていた。だがその目が一つも笑っていないのはハジメはちゃんと知っていた。寧ろその目に浮かぶものは憐憫と悲しみだった。

 

「…………」

 

 対してハジメはずっとエヒトと亡霊たちの戦いを黙って見ていた。目を逸らすこともなく、自分は無関係だという事もなくずっと見ていた。

 

 自分達を守るように張り巡らされた守護は淡い光となって結界となっていた。周りは亡霊の数が増えつつづけたせいでもはや神域は黒い世界と化している。

 

「ん?ああ、この結界から出るなよ南雲。いくらエヒトに矛先が向かっているとはいえ生者を羨ましがってお前に危害を加えないとも限らないし」

 

 コウスケが守護を使ったのは怨霊たちがハジメを襲わないための保険だった。いくらエヒトへの恨みが強くても、生きている人間に対して欲を掻かないとは言いかえれ無かったのだ。

 

「…これだけの数、良く集めたね」

 

「清水と一緒に世界を巡ったからな。中々大量だったぞ、特に凄かったのは帝国とメルジーネ海底遺跡」

 

 エヒトを倒すための作戦としてエヒトに殺された亡霊達を集めるというのはノインの言葉から発想を得たのだ。清水が今までのハジメ達の旅を聞いた話として纏めていた先に、戦力として使えるのではないかという発想が出てきたのだ。都合が良い事にコウスケは魂魄魔法の使い手であり、規格外の力を持っていた。

 

 そこで世界を巡り、亡霊たちを集め回ったのだ。合図があれば一気にエヒトが居る神域に来れる様に説得して回った。特に数が多かったのは解放者の試練であるメルジーネ海底遺跡と帝国だった。

 

 海底遺跡はエヒトの所業を知るためとして亡霊たちが途方もないほどにいたのだ。故にコウスケは海底遺跡で狂気に飲み込まれた亡霊たちを無理矢理

正気に戻らせ今ある苦しみが全てエヒトのせいだと教え込んだのだ。

 

「意外とあっさり説得が終わったのは拍子抜けだった。なんでだろうな」

 

「…この世界の人間って深く物事を判断できないようにできているからね。乾いたスポンジに水を染み込ませるようなものだよ」

 

 トータス世界の人間は物事を深く考えず目先で行動することが旅の途中多々あった。だからコウスケの話をすぐに理解しエヒトを倒す武器となったのだ。

 

「帝国は…よくもまぁ亜人族だとは言えあれだけ好き勝手同じ人の形をしたものを壊せるよ」

 

「人間だからできるんじゃない?」

 

 帝国にいた亡霊はやはりと言うべきか亜人族の数が尋常ではなかった。長い歴史の中いかに人間族が亜人族を捕まえ奴隷とし玩具として壊してきたのかが分かってしまった。最もだからこそ、その怨霊と化した同胞の声を聞いてしまったハウリア族はあそこまで残虐に人を殺したのかもしれないが…兎も角、今エヒトをいたぶっている亜人族を見ると帝国と言う国がいかに人の怨みを貯め込む魔都かを理解したコウスケだった。

 

「そのうちあの国滅びるな、自分たちが殺した人の手によって」

「何か言った?」

「何でもない」

 

「ふーん ともかく主人公が絶対にラスボスを倒さないといけない。その考え自体が間違いだったんだ。別に誰でもいいんだ」

 

 主人公であるハジメがエヒトを倒す。コウスケは小説を読んでいたためその考えから抜け出せなかったのだ。ハジメとしても自分が強いから、だからエヒトと戦わなければいけないと考えていた時にこの亡霊と言うアイディアは目から鱗だった。

 

「僕は確かに主人公かもしれない。でもそれはコウスケが知っている小説での話で僕がしなければいけない事じゃない」

 

 どうして自分が。その考えは根本的な所にあった。どうして自分がやたらと面倒に巻き込まれるのか、何故?と。だからエヒトによって殺された亡霊が因縁の相手に手を下すこの戦いをハジメは間違いではないと考えていた。

 

 だが隣にいる実行犯のコウスケは笑顔をやめてしまった。どうやら話しているうちにいろいろ考えてしまったらしい。

 

 どうしたの?と視線で促せば大きなため息が聞こえてきた。渋々と言った言葉がその重い口から出てくる。

 

「…ちょっと後悔している。本当なら成仏させてやるべきだったんじゃ無いのかなって」

 

 今もなお絶えないエヒトの悲鳴を聞きながらコウスケは溜息を吐いた。実際に魂魄魔法を極めてしまったコウスケなら今ここにいる亡霊たち全てを成仏させることが出来るのだ。だが、作戦としてエヒトに対抗するための策としてコウスケは亡霊たちを武器にすることにしたのだ。

 

「やっぱ亡霊って言っても人であることには違いないんだからさ、安らかに眠らせてあげるべきって考えちまうんだ。勿論あの人たちがエヒトに怨みを抱いていてその恨みを晴らすことが最善って事なのは分かるんだけど…」

 

 恨みを晴らすため、元凶を倒すため。色々言い訳ができるが本質としてコウスケは死んでしまった人たちを武器として使ってしまっているのだ。死者は安らかに眠る、それを捨て去り自分たちが楽をするために使ってしまったのがコウスケには引っかかってしまうのだ。

 

「……それについては本人たちに聞くのが一番じゃないのかな」

 

 考え込むコウスケにハジメは視線をコウスケの後方に目を向ける。つられてコウスケが見たのは…

 

「勇者殿。貴方のやってることは間違いではないのです」

 

「その通り。寧ろ私達の娘たちの未来のために戦えるのは貴方のお陰なのです」

 

 そこにいたのは、二人の壮年の男だった。一人は威厳がある髭を生やした王冠をかぶった男だった。もう一人はオールバックの金髪に何処かユエに似た雰囲気を持つ男だった。

 

「エリヒドさん…ディンリードさん。俺は本当に間違っていないのでしょうか?」

 

 男たちはリリアーナの父親であるエリヒド国王とユエの叔父であるディンリードだったのだ。コウスケが亡霊を集めているときに王都の墓所と魔人族領で見つけ出会ったのだ。ディンリードは悩むコウスケにフッと微笑んだ。その表情はどこかコウスケに年上ぶるユエと似ていた 

 

「君としては悩むものかもしれない。死者を戦力とし行動するのは間違いかと思うかもしれない、でも当事者である私たちはようやく娘たちを守れるチャンスを貴方から得られることが出来たのだよ。だから君が気にすることは一つもないんだ」

 

「……自身は何もせずただ貴方達に丸投げすることが間違っていない事だと、そう言うんですか」

 

「それは違うぞ勇者殿。本来なら我々が解決しなければいけない事だったのだ。戦争もあの邪神の事も。それを何も考えず何一つこの世界とは関係が無い被害者である貴方達に任せようとした私が愚かだったのだ」

 

 強大な力を持つ自分が事を終わらせるべきだったのでは無いかと問えば二人して違うのだという。自分が全力を出しエヒトを片づけて死者を眠らせれば…。悩むコウスケにはそんな考えが頭から離れない。そんな悪循環に嵌ってしまったコウスケにディンリードは頭をぐしゃぐしゃと掻きまわしてきた。

 

「わ!?」

 

「ふふっ アレーティアが気になってしまうのも仕方ない。貴方はどうしても自分を思いつめてしまうのですな。…そんなに私たちが頼りないですか?」

 

「そんなつもりは…」

 

「貴方方はよくやってくれた。 …もういいでしょう。後は私たちに任せてください。…アレーティアを助けてくれたこと、あの子に可愛い友達を引き合わせてくれたこと。感謝しています」

 

 そう言うとディンリードは光となってドンナ―に装填されてある弾丸へと姿を消していってしまった。難しい顔になってしまったコウスケにエリヒト国王は愉快そうに目を細める。

 

「自身とは全く無関係の、それも死者を想う貴方は優しいお方なのでしょうな。…娘には愛していると伝えてくれましたかな?」

 

「リリアーナに?あーうん。ボカシながらだけど…伝えたよ」

 

「ではもう一つ伝言を頼みます。ランデルにはいつまでも見守っていると。リリアーナにはお前の幸せを誰よりも願っていると、そうお伝えくださいコウスケ殿」

 

 そう告げるとコウスケの返事を待たずしてディンリードと同じように弾丸の中へと消えていくエリヒト国王。指導者であっても最後は親の顔となって消えていった男たちに励まされたコウスケは心が軽くなったのを感じた。

 

「間違っていない…か」

 

「決めるのは当事者達であって他の人が決める事じゃない。そういう事だよ」

 

 ドンナ―を抜き出し、最後の調整をするハジメ。レールガン機能は取り外され、只のリボルバー拳銃へと姿を変えていくドンナ―。たった一発を打てるだけの最後の改造を施すその手つきはとても優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめっ やめよイシュタルゥゥウウウウウ!!?!?」

 

「エヒ…トさま…おいし……ちから……御力を…」

 

 エヒトの絶叫が響き何事かと見て見ればそこにはイシュタルの面影をわずかに残した亡霊がエヒトに対して噛みついているところだった。何度も何度も執拗に噛みつき美味そうにエヒトをむさぼるその亡霊は酷く醜かった。

 

 その光景を眺めていたハジメはドンナ―の調整を終えたのかポツリとコウスケに尋ねてきた。

 

「…聞きたいことがあるんだコウスケ」

 

「どうしたんだ」

 

 ハジメの視線の先には無数の亡霊たちによって身を縮こまらせ逃げるように手足をばたつかせるエヒトの姿があった。

 

――か、み……われ、は…かみ…なる、ぞ……なの、に…なぜ……

――まち…がって、な……ど、われ、こそ……

 

「あれは、君と出会わなかった並行世界の僕なんだろ」

 

 ハジメの目に映るのは強大な力を使い自分が間違ってないと断言し、結果増長し自分勝手に暴れ回る自身の姿をエヒトを見て垣間見たのだ。

 

 もし、コウスケと出会わず奈落にいたのだとしたら。もしたった独りでユエと出会ったのなら。自分を道を間違えてしまうのではないかと考えたことがあった。

エヒトと実際に出会ってその思いは強まった。自分を崇め間違っていないと言う者ばかりが周囲にいたのなら、身内以外敵だと思うようにねじ曲がってしまったのなら

 

「アレは僕自身だ。止める者もいない、対等に接する者もいない、自分が最強と言うの名の妄想に取り付かれてしまった僕自身の末路だ」

 

 断言するように強い口調の中には自分もまたそうなる可能性があるのだというハジメの確信があった。親友の自身を戒めるその口調に、コウスケは何度か口を閉口させ、大きく頷いた。

 

「…そうだ。その通りだ、どっかの誰かは否定したけど俺はハッキリ言わせてもらう。アレはお前だ。『ありふれた職業で世界最強』の主人公南雲ハジメと同じだ」

 

 ふぅと息を吐き、はっきりと断言した。あやふやな物言いはすることが出来なかったし、またコウスケ自身もそう思っていたのだ。

 

「…酷いね。僕あんなふうになっちゃうんだ」

 

「ああ、とても酷い。自分が間違っていないとか他の人に態度悪いとか…まぁそういう奴だ」

 

「耳に痛いなぁ。ホント辛い。…だから僕が終わらせないと」

 

 自虐の笑みを浮かべたハジメはよろけながらも立ち上がろうとする。

 

「やめとけ南雲。今のお前まだ体が回復しきっていないぞ」

 

「それでも…僕が終わらせなくちゃ。自分の事は自分で終わらせないと…駄目だよ」

 

 ふらふらとしながらも改造したドンナ―を手にするハジメをコウスケは頭をクシャリと撫でて座らせる。そしてそっと手を差し出した。

 

「ケリは俺が付ける。だからお前は何もしなくていいんだ」

 

「でも僕が…アレは僕だから」

 

「なんだ、それでもやろうってのなら俺と一緒に石破ラァッブラブ天驚拳、をかますことになるぞ?」

 

 冗談めかして笑えばハジメはポカンと呆けた後、くすくす笑った。そしてひとしきり笑った後ドンナ―をコウスケに手渡した。

 

「それは、御免だね。白崎さんと一緒ならできるけどコウスケとは出来ないや」

 

「はっ出来ると言ったらドン引きだったぞ」

 

 ニヤリと笑い差し出されたドンナ―の弾を確認する。そこには一発だけ銃弾が装填されていた。問題がない事を確認するとコウスケは自身が生み出し()()()()()()()()()()『守護』をハジメに渡した。

 

「それがある限りお前に周りの亡霊は危害を加えることが出来ない。だから大人しく待ってろよ。」

 

「わかったよ。 …ありがとうコウスケ」

 

「良いって事よ」

 

 親友の感謝の言葉効きコウスケは守護の結界内から抜け出し、エヒトの元へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エヒトを終わらせる…エヒトを殺す役割をハジメから奪ったのはいくつか理由があった。

 

 一つはハジメに人殺しをさせない事。例えエヒトが人に分類されないものでものどうしても人殺しの業を背負ってほしく無かったのだ。自分はもう手遅れなので始末をつける事に躊躇は無かった。

 

 二つ目は亡霊がエヒトに怨みを抱いている者ばかりではない事。無論エヒトに怨みを抱いている物が主である。だがそこには自身が殺した帝国兵やエヒトの信奉者も交じっているのだ。全部が全部ディンリードたちの様に理性を保っているとは言い難かった。

 

 そして最後は、先ほどのエヒトについての話は自分も該当するところがあったのだ。結局の所、エヒトはコウスケ自身の未来図でもあった。強大な力に自分を信じてくれるがいたとしても自分もまた人間である以上どこかで過ちを犯してしまう。現に今もまた過ちを行っているのではないかと思うほどだ。

 

 

「……重いな」

 

 小説を見ていた時からずっと触ってみたかったドンナ―今この手にある。それはずっしりと重かった。改めて銃が人を殺すものだと教えてくれるその重さはコウスケにとって酷く心地よかった。ミレディから手渡されたナイフを弾丸にした概念魔法が強く埋め込まれている重みもまたしっかりと腕に馴染んできた。

 

 

――死に、たく……ないっ、死にた、く…な……い

――いや、だ……しに、たく…な、いっ

 

 エヒトはボロボロになっても死んではいなかった。強力な力を持つその異常さが皮肉にも怨霊たちが殺すほどには至らなかったのだ。今もまだエヒトに群がっている数えるのも馬鹿らしい亡霊の群れを心ひとつ念じてエヒトから遠ざける

 

 

――たすけ…………たす…

 

「助けを求めんなよ。これはお前が今までやってきたことが返ってきただけなんだから」

 

 口では突き放しながらも酷く哀れなエヒトのその姿に心に来るものがあった。強大な力を持った者は好き勝手暴れて誰かの迷惑になり続け、そして匿名の誰か達によってボロボロになる。酷く皮肉が効いていて凄く悲しかった。

 

――………

 

 もはや言葉も話すことも出来ずに衰弱したエヒトに照準を合わせるコウスケ。その時銃の重みが酷く腕に伸し掛かてってきた、今から人を殺すのだという感傷がのし掛かって来る。

 

「今更…今更の話だよな」

 

 人を殺さずに済めばよかった。そんな言葉を飲み込んで引き金に手を掛ける。腕の震えは悲しい事に全くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら、エヒトルジュエ」

 

 

 乾いた炸裂音はとても軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い世界が晴れていき初めてここに来た時と同じように白い世界がやってくる。それは亡霊たちが成仏したこと同義であり元凶がこの世界から消えたことを意味したのだった。

 

「…やったんだね」

 

 ハジメが呟いた言葉と共にコウスケがやってくる。その表情は…何とも言えない複雑な表情だった。

 

「…すまん南雲。ドンナ―壊れちまった」

 

「いいんだ。ドンナ―はちゃんと役目を果たしてくれたから」

 

 一発の弾丸を放ったドンナーはその衝撃に耐えきれず壊れてしまった。ずっと自分を支えてくれた相棒を受け取り懐に入れるとハジメは気分を変える様にコウスケに話しかける。

 

「それで、コウスケ、この後どうなるの?」

 

「この後? …あ」

 

 呟いた瞬間白い空間が鳴動を始めた。創造主が居なくなったので空間が荒れだし崩壊を始めようとするのだ。

 

「やっべ逃げなきゃ!」

 

「ちょっ!ノープラン!?ええっとスカイボード…あ、宝物庫壊れている」

 

「うっそぉっんん!?!?なしてそんなに脆いもん作るの!?」

 

「君が!派手に動き過ぎるからだ!!!」

 

 ハジメが用意していた宝物庫は先ほどの戦いの衝撃で壊れてしまっていたのだ。確認していなかった事に罪を擦り付けながらも二人してあたふたとしてしまう。

 

「空間魔法で脱出は!?」

 

「魔力が空っけつですぅ。つーかさっきの守護であらかた使っちゃった」

 

「馬鹿ぁ!」

 

 テヘペロをリアルでしてくる親友に怒るハジメ。しかし怒ったところで問題が解決するわけではない。そんな万事休すな所に救いの手はあっさりとやってきた

 

『ちょあーーー! 絶妙なタイミングで現れるぅ、美少女戦士、ミレディ・ライセンたん☆ ここに参上! 私を呼んだのは君達かなっ? かなっ?』

 

「ピンチにやってくるミレディたんマジ天使」

 

「……来るの知ってたなコウスケ」

 

「何の事やら」

 

 とぼける親友に思いっきり溜息を吐くハジメ。そんないつものやり取りをしている二人に乱入してきたミレディは少し微笑んだ後周囲の崩壊を食い止めある物を取り出した。

 

『そんな馬鹿な事やってないで、ほい、これ【劣化版界越の矢】、最後の一本ね。こんな不安定な空間でないと碌に使えない不良品だけど脱出には十分なはずだから。後、サービスで回復薬だ! 矢の能力を発動させるくらいには回復するはずだよん!』

 

 差し出されたのは空間を超える魔法の矢。受け取ったハジメは何かを考えミレディを見た。

 

『どうしたのかなぁ~ お!もしかしてお姉さんに見惚れちゃった!? もぅミレディったんたらマジ美少女』

 

「見惚れる云々は置いといて、ミレディ、君残るつもりだろ」

 

 ハジメの一言でクネクネした挙動をしていたミレディはピタリと動きを止め頷いた。

 

『んもぉー勘が鋭いね! うん、残るよぉ~。こんなデタラメな空間を放置したら地上も巻き込んで連鎖崩壊しちゃいそうだからね。私が片付けるよ』

 

 口調は軽いがその言葉には真剣さがあった。そしてコウスケが悲しそうにミレディを見ていたのを見てハジメは察した。ミレディは自身の全力を使ってこの崩壊を止めるのだろうと。

 

「……そっか。ありがとうミレディ」

 

『お礼を言う事じゃないさぁ~ さぁ貴方の帰りを待つ人達への元へ』

 

 ミレディに促されハジメはコウスケにの方を見て先に帰る事を決めた。今この場で自分が居るのは場違いだろうと想ったのだ。

 

「先に行ってるよコウスケ」

「おう、後ですぐに追いつく」

「何だかフラグみたい。 それじゃあさよなら世界の守護者」

 

 そう言ってハジメは崩壊した空間へと飛び降りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ君も早くしないと』

 

「ミレディ。俺が本気を出せばこの空間は修復できる。だから俺に任せてくれないか」

 

 ミレディの言葉に被せる様にコウスケは言い放った。実際全力を出してしまえば神域の崩壊を食い止めることが出来るのだ、ミレディの命を使わずとも。

 

 だがコウスケの提案をミレディは首を振って拒否した

 

『駄目だよ~。だってそれを使ったら貴方もう帰ってこれなくなるよ?』

 

「っ!? …気付いていたのか?」

 

 鋭い指摘に驚愕するコウスケ。対してミレディはどこまでも優しげだった。

 

『地上のあの魔法陣。死者の浄化。そして()()()()()()()()()()()。色々使いすぎてしまったから、それ以上使うとなるとあなたは貴方ではない何かになっちゃう。ミレディちゃんはお見通しなのだよっ』

 

 ミレディの指摘通り、コウスケは自身の力を十全に使った。地上で誰もが死ぬことの無い様に魔法陣を書き亡霊をちゃんと成仏出来る様に施した事、そして清水の保険。コウスケは思い通りに魔力を使った、使いすぎてしまったのだ。

 

『魔力が枯渇するんじゃない。逆に溢れすぎてしまって人間の域を超えてしまう。それは駄目だよ、貴方は普通の人にならないと…本当の意味で神になっちゃう』

 

「そんな気はサラサラないんだが…って言えないのが俺なんだよなぁ」

 

『だから!ここは私に任せて、あの子たちの元へ。…ここから先は私の仕事だから』

 

 ミレディ・ゴーレムに重なるようにして十四、五歳くらいの金髪美少女が現れコウスケに微笑む。その決意はどうしても折れないもので、コウスケが何を言っても聞かない意思の強さを感じた

 

「すまん。心底嫌だけど…甘えさせてもらっていいかなミレディ」

 

『お!?オーくんが聞いたらびっくりするようなことを言うなんて、長生きはするもんだなぁ~』

 

 いつもの調子を崩さないミレディに苦笑するコウスケ。ここで一つでも解放者達との記憶を思い出せたらロマンチックなのだろうが……どうしても思い出せなかった。

 

 だからコウスケは一つだけ悪戯を仕掛けた。そして空間から身を投げる寸前振り返り思いっきり叫んだ

 

「じゃあなミレディちゃん!ずっっっっと思ってたけどお前のその口調滅茶苦茶好みだったわ!」

 

『知ってるよーあなたが私にメロメロだったことぐらい! じゃあね!さようなら私たちの勇者様!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてコウスケは空間から消え、残されたのはミレディ一人となった。崩壊を始める空間の中一人ぶつくさと文句を言うミレディ。

 

『んも~最後に言う事がそれとか、ほんっと女心が分かっていないというか…』

 

 文句は言いつつも顔は幸せそうだった。本当ならもっと話したいことがあったが彼は自分たちの知る人とは少し変わってしまったのだ。昔の人間がでしゃばるよりも今の仲間たちに囲まれていた方が良い。さびしくてもそう納得するミレディ。

 

『でも、甘えてくるなんて珍しいねぇ~いつもは』

 

「いつもは男のメンツを気にして君に頼らなかったからね」

 

『そうそう、でもそういうのすぐに分かるから結局……え?」

 

 返事にあまりにも自然に返したが可笑しいと気付いて振り向替えったミレディ。そこにいたのは黒い黒衣を纏った温和そうな青年がいた。黒ぶちの眼鏡をかけ、長い黒髪を後ろで一括りにしている苦笑が良く似合う青年がそこで立っていたのだ。

 

 

『嘘……オー…くん?』

 

「何を呆けているんだいミレディ。さぁ早くさっさとこの崩壊を止めないと、彼らが頑張ってきた意味が無くなってしまう」

 

 その呆れたような態度は昔と寸分変わらずで逆に戸惑ってしまう。そんなミレディを苦笑すると青年は手を差し伸べてきた。

 

「皆も待ってる。…待たせちゃ駄目じゃないか」

 

『…あっはは そっか、そうだよね、迎えに来てくれたのに待たせちゃ駄目だよね!!待ってよオーくん!』

 

 いったい誰が奇跡を起こしたのかなんて答えが分かっている事を口に出すことはしない。青年がさし伸ばした手をしっかりと握りミレディは天真爛漫な声で大きく明朗に叫んだ。 

 

 

 

 

 

『みんなぁ、たっだいまぁーー!!』

 

 

「おかえり、ミレディ」

 

 

 

 

 




エヒトはあっさりと退場!おっつかれでした!

残り三話の予定です…多分


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ある男の結末

詰め込み過ぎて長くなりました…
適度に休憩を挟みながら見るのをおススメします


 

 

 歴史に残るであろう邪神と人類との戦いは人類の勝利で終わった。

 

 消えていく使徒を目にした人々は誰ともなく勝利の雄たけびをあげ自分たちが勝ったことを実感したのだった。

 

 勝利の勝鬨は大きく世界を揺るがすのではないかと思わせるものだった。何せ、それぞれ重傷などの負傷者がいるにもかかわらず人類に死傷者は一人も出なかったからだった。疲労感こそ山ほどある物の見知った顔や戦友たちが皆同じ朝日を拝めるという事実を知った人たちに喜びようはとても大きかった。それほど使徒との決戦は凄まじかったのだ。

 

 

 

 勝利の余韻に打ちひしがれそれぞれが希望を分かち合っているときに幼いながらも威厳を纏った声が戦場跡地に響き渡った。

 

 声の主はランデル=S=B=ハイリヒで、この戦いの総指揮官でもあった。何事かと顔を見合わせる人々に対してランデルは宣言した。

 

『今夜はハイリヒ王国が全力を挙げて勝利の宴をする。人類の新しい明日を祝うため種族や身分を問わず参加してほしい』

 

 と言う旨の宴の宣言だった。これにはまたもや歓声が響き渡った。皆誰かと勝利を祝い喜びを分かち合いたかったのだ。歓喜は音となって爆発し、誰もが肩を組み手を取り合って大いに笑い喜び、勝利を祝おうとするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴は城と城下町、平原を大勢の人が埋め尽くして皆大いに騒いだ。城には国家の重鎮や各町の代表等の主要なメンバーが集まり、街には民が盛大に歌い騒ぎ、平原では平和のために戦った戦士たちが種族を問わずして大騒ぎをしていた。

 

 ハジメ達もまた勝利に多大な貢献をした者達として城へのパーティーに誘われた。何故、戦争が終わった後にこんな大騒ぎができるのかとか、何時の間に用意をしたのだとかの疑問は招いたランデルが説明をした。

 

 料理や酒、宴を盛り上げるものはすべて神への脅威を各町へ説明をしている間に準備を進めていたと言うのだ。負けたときどうするのかと問われれば

 

『何を言っておる?そなた達が負けるはずないであろう?』

 

 と、不思議そうに言われてしまいこれにはハジメたち全員が苦笑してしまった。そのまま、疲れた体を引きずりながらもパーティに参加することとなった。準備が整うまでの間、時間がかかると聞いたハジメ達はティオの言葉で次の行き先が決まった

 

 

「寄るべき場所がある。皆着いてきて来れぬか」

 

 そうティオに言われ王城の一室に案内された。部屋は薄暗く、ランタンの光がほのかに部屋を照らしている中、ベットで寝かされている人物が居た。

 

 その人物は包帯で全身を巻かれ寝かされていた。体中に走る傷跡は包帯で隠せておらず痛々しい姿だった。胸が上下して居なければ死んでいるのではないかと疑う物であった。

 

「清水…」

 

 その顔に見覚えがあったハジメは思わずつぶやいた、寝かされていたのは清水幸利だったのだ。左目を包帯で覆われているが顔に死相は浮かんではいない。ただ今は静かに寝ているようだった。

 

「あの時、空間がひび割れてきた時にミレディがやってきての、その時に清水を連れていて…」

 

 何があったのかを説明するティオ。フリードとの戦いが終わった後空間が鳴動した時にミレディがやってきたのだ。脱出のゲートを開いてくれたミレディ、その背には負傷した清水が背負われていたのだ。

 

「エヒトを探している内に呼び寄せられるように清水を見つけたと言っておった。周りには腐乱した肉塊が転がっていて…そこで清水だけが傷を再生されながら生きておったのを見つけたのだと」

 

「清水さんの負傷は酷い物でした。体中が腐っていて…ユエさんとティオさんがミレディさんに聞いた話を纏めたらイシュタルもろとも清水さんは自爆をしたという事だったのです」

 

「でも清水は生きている。イシュタルを巻き込んでおきながら自分だけ助かる方法を選ぶ余裕はない筈。…コウスケ、清水が生きているのは貴方が手を貸した?」

 

 ティオに続けてシア、ユエが補足する。清水は決死の覚悟でイシュタルを倒したのだと。そしてその負傷はなぜか徐々に回復の兆しを見せているのだと。

 

 ユエに話を振られたコウスケは、ふっと笑った。確かにユエの言う通りコウスケは保険を作ったのだ。

 

「俺の技能『快活』体力や気力、傷の回復を早める技能。これを清水と別れる前に清水に渡した。気付かれ無い様にだけど」

 

 コウスケは清水と別れる瞬間、技能『快活』を清水に埋め込んだのだ。もしもの事を考えての事だった。使わなければそれでいいと考えていた。結果コウスケの渡した『快活』は清水を助ける事となったのだ。

 

「…やっぱりあの時皆でイシュタルをボコればよかったのでは?」

 

「それが確かに一番正解で、正しいんだけど…男の子には意地ってモンがあるんだ。それを考えると、な」

 

 ユエが後悔を滲ませながら極めて正論を言えばコウスケは難しい顔をする。選択は確かにできた。だが清水に任せたのは誰でもない自分たちで…ハジメが苦い顔をしながらもコウスケの言葉にうなずいた。

 

「分かる気がするよ。どうしても男ってのはカッコつけて意地を張りたくなる時があるからね…清水はあの時がそうだったんだよ」

 

「…私にはわからないよ」

 

 対して香織は本当に分からないのだと小さくつぶやいた。清水が無事でよかったがここまで怪我をしなくても済んだのではないか、と言う考えが皆牡頭をよぎってしまうのだ。

 

 そんなときパンパンと手を叩く音が聞こえた。誰かと思えばノインだった。

 

「ここで暗い事を考えるのはそこまでです。結果として清水様は無事だった。負傷はしましたがマスターの『快活』は呪いの様に清水様を快復させるでしょう」

 

「呪いの様にって、ひでぇ」

 

「事実です。貴方が清水様を見殺しにするはずなんてできる筈がありませんから。それよりそろそろ勝利の祝杯の時間が迫ってます。清水様はここでこのまま安静にさせるとして私達も移動しませんと」

 

 ノインはそう締めくくると移動を進めてきた。確かにこのまま負傷者の前で益のない話をしても意味が無かった。香織が清水の怪我の回復のため再生魔法を唱えようとするがノインに止められてしまう。

 

「今治しているのに下手に手を出すのはよくありません。何事も時間が必要な時があるのです。…何事にもね」

 

 と言われ、香織は渋々ながらも再生魔法を使うの止めた。代わりとしてティオが念のため清水の傍にいる事にした。

 

「傍に誰もいないと言うのは寂しいからのぅ。妾はここにいるから他の皆は行ってくると良い」

 

 後ろ髪が引かれる思いでもあるが居たところで何かが変わるわけでもない。ハジメ達はそう考え清水の部屋を後にするのだった。

 

「…お主を心配する者がいる。それは何よりの幸せな事かもしれんの」

 

 ハジメ達が去ったあとティオは眠る清水に優しく語り掛ける。

 

「今は少し休むがよい。お主は本当によく頑張った。だから少しだけ眠るが良い。…妾がそばに居るからな」

 

 眠る清水の頬をそっと撫でるティオ。その笑みと視線は慈愛に満ちたものだった。だからティオは清水の指がピクリと動くのを気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、パーティーは順調に行われた。主催のランデルは壇上に立つと改めて勝利の祝杯と戦った者達を労った。各町の代表や支援をしてくれたもの。種族の垣根を超え共闘してくれた亜人族たちや竜人族に感謝の言葉を送り今度こそ平和が続くようにと宣言をした。

 

 パーティーにはハジメのクラスメイト達もいた。場違いではなかろうかと不安そうにしている物もいたが会場にいる者達はさほど気にせず皆参加を快く祝福してくれた。

 

「…ランデルが気を回してくれたのかな?」

 

 とはハジメの推測だった。戦いは終わり戦争は無くなった。ならばせめてトータスと言う世界が恐ろしい世界では無かったという被害者に対する詫びの様なものだったかもしれないというのがハジメの考えだった。詳細は分からないがランデルが気安く畑山愛子と会話をしているところを見るとそうなのかもしれなかった。

 

 

 コウスケは一人、パーティ会場の中をうろついていた。そばには誰も居なく、それぞれ仲間達は思い思いの場所へと散っていった。

 

 ハジメと香織はクラスメイト達に囲まれていた。どうやらエヒトとの戦いの武勇伝をせがまれているらしかった。坂上龍太郎が筆頭にしてハジメに対して話しかけている。

 

「南雲、あ~その、なんだ」

「坂上君?」

「ちっと遅くなったが、あん時、しんがりをやってくれて、あんがとよ」

「……」

「お前のお陰で俺達は助かった。その事に気が付いて礼を言うのが遅れたが…まぁその、要はみんなお前に感謝しているって話だ!」

 

 そうしてハジメの背中を照れ臭そうにバンバンと叩く龍太郎にハジメも同じように照れ臭そうにされるがままになっていた。龍太郎の行動に触発されたのかクラスの男子生徒達が次々とハジメに対して話しかけている。

 

「あんとき助けてくれて本当にありがとな!」

「なぁ!南雲の錬成って何でも作れんのか!?」

「何で銃なんて作れるんだ!?おかしくない?」

「飛空艇を作るって…浪漫溢れすぎだろ…」

 

 わちゃわちゃとハジメに群がり話しかけている男子生徒達。それを、コウスケは静かに見つめていた

 

(…手の平大回転? いや僻みは止めとこう…良かったな南雲)

 

 それは一種の掌返しかもしれ無かったが、みんな笑顔でそこには下心が無い様にコウスケは感じた。少なくても召喚された最初のハジメへの無関心さや敵愾心は無かった。だからこれでよかったのだと、コウスケは納得した。…それが羨ましいという事にコウスケは気が付かないふりをした

 

 

「香織、貴方南雲君とどこまで進んでいるの?」

「雫ちゃん!? え、えっと…手をつないだくらい?」

「白崎さん、思わせぶりは凄いけど案外初心なんだね それじゃ駄目だよ?」

「園部さん?どうして貴女まで?」

「あんなカッコいい奴さっさと手籠めにしないと、他の女の子にとられちゃうかもって話!」

「確かにハジメ君素敵だし魅力的だからね。…う~んもうちょっと段階を踏みたかったけどさっさと襲っちゃおうかな?」

「……完全に藪蛇を踏んだ気がするのだけど八重樫さん?」

「香織、貴方此処まで大人になったのね…」

 

 香織の方は女子生徒達とお喋りをしているようだった。内容はハジメとどこまで進んだかと言う年頃の女の子の会話だった。照れ臭そうにしながらもどこか肉食獣の目をする香織にほかの女子たちは呆れながらも応援しているようだった。

 

(香織ちゃん… まぁいいか若いからな。事故にだけは気を付けてっと)

 

 何となくげっそりしたハジメの姿が目に浮かびながらハジメと香織に今後に笑っているとそこである人をコウスケは発見した。

 

(畑山先生さんか、 今後の為にちょっとお願いしようかな)

 

 トータスの重鎮達との会話が終わったのか、一息ついている状況だった。好都合にも周りには誰もいなく、秘密の会話をするのに絶好のチャンスだった。

 

「先生さん、ちょいとよろしいですか」

「あ、コウスケさん?…でしたよね」

「あっははは 合ってますよ。それよりもお願いしたいことがありまして」

 

 

 

 

「それは…難しい話です」

 

 愛子にある相談とお願いをしたコウスケ。その内容に複雑な顔を愛子はするのだった。

 

「勿論あなたができないとかそういうのではなくて、あの子たちの為になるんでしょうか?」

 

 内容は生徒たちにある事をしようと言う事だった。コウスケのやる事に渋い顔をするのは愛子が生徒の事を何よりも思っての事だ。それがたまらなくコウスケにとってうれしい事でまた嫉妬が湧きだしてしまう。

 

「わかりません。でも、思うんです、果たして誰が一番の被害者なのかなって。そう考えたら」

 

「それがあの子たちですか」

 

 ガヤガヤと楽しそうに騒ぐ生徒を見る愛子とコウスケ。コウスケがすることは良い事なのか悪い事なのか判別は誰にもわからない。だがコウスケの懸念と心配が心底にあるからこその話だった。

 

「主要な人以外の『記憶の改竄』 それがあの子たちに施そうとする事…」

 

「この異世界トータスにいた記憶を薄れさせます。過程を薄れさせ結果だけが残る。彼等にはトータスと言う世界にいた記憶があってもそこでどんな事をしたのかはよく覚えていないようにします」

 

 異世界トータスで起こった出来事を薄れさせる。魂魄魔法を自由自在に使えるコウスケだからこそできる事でコウスケにしか出来ない事だった。

 

「どうしてそこまであの子たちに関わろうとするのですか?」

 

「…あいつらの今後が心配だから。っていうのは建前で、都合のいい異世界っていうのは厄介です。これから先に生きて行かなければいけない辛い現実と遭遇した時に異世界での出来事を思い出すのは、どうなんだろうって思って」

 

 記憶の改竄と共に能力をも封じ込める。記憶にない事は出来なくてこの世界で培った能力も体が忘れるようにしてしまう。後に残るのは只の普通の少年少女達だ。能力の封印には愛子は賛成だが記憶まではどうにも賛成できないでいた。

 

「……現に俺もこの世界での出来事が辛い日本よりもいいと思ってさえいるんです。力さえあればある程度好きなようにできるこの世界が居心地がいいと思ってしまうんです」

 

「コウスケさん…貴方、日本では」

 

「だからまぁ、あいつらは日本で生きていくのならここでの記憶は不要じゃないのかなって…すいませんこれは完全な俺のエゴですね」

 

 俯いてしまうのは愛子の顔が見れないからだ。やろうとしていることはどんなに言い訳を重ねても自分のエゴを押し付けようとしているのだ。これから生きていく若者に対しての嫉妬が余分に含まれてしまうのだ。挫折や苦悩があっても異世界にいた時が良かったという逃げ道を作ってしまうのが嫌なだけなのだ。

 

「はぁ……不都合な部分だけ消すことは出来ますか?死にかけたこと、命の危険にさらされたこと、あの子たちにとっての辛い出来事を消すことは出来ますか」

 

「出来ます。都合のいい能力を持っていますので」

 

「なら、お願いします。 でもあの子たちの笑顔を奪う様な事だけはしないでください」

 

「約束します、必ずあいつらの笑顔を奪わないと」

 

 コウスケの顔に何かを感じ取ったのか愛子は承諾した。だからコウスケは必ずと頷いたのだった。

 

 

 

 

「貴方は、コウスケさん」

 

「谷口さん、君に会いたかったんだ」

 

 開口一番に気障ったらしい言葉を吐くがその顔は嫌に真剣だった。ついに時が来たのだと鈴は身構えた。

 

「君の返答を聞きに来た。あの娘、中村絵里をどうするのか。君の知ってる偽りの優しい女の子にするか、それともありのままのメンヘラにするか。答えを聞かせてほしんだ」

 

 以前コウスケは鈴に中村恵理の処遇について話をしたことがある。その時は待ってほしいと言われたので時間を置いたのだ。だがその時間もう随分と立った。だから処遇を聞きに来たのだ。ほかの誰でもなく中村絵里の親友だった谷口鈴に。

 

「鈴は―――――恵理とこのまま付き合っていく。だからあなたの魔法は使わなくていい」

 

「そうか、それが君の考えか」

 

 話された内容について頷くコウスケ。なんとなくこうなるだろうなと思っていた。臭い物に蓋をするのが普通と考えていたがやはり谷口鈴は苦難の道を選んだようだ。

 

「正直に言えば、目を覚ました恵理に何を言われるのか考えると怖い。でも友達だったのは間違いないから、だから『私』は、恵理から逃げずに向き合うよ」

 

「…そうだな。それがいい」

 

 多くを語るにはコウスケ自身人生経験が未熟だ。別に付き合わなくてもいいのではないか、友達は恵理以外にもいるのだろう。そう言いたくなったがコウスケは鈴の道を尊重することにした。

 

(さっきと違って今度は相手の意思を尊重する、か。随分と意思がぶれていくな俺)

 

 自虐する様に笑うが溜息が出てきそうだった。コウスケには鈴のような辛い道を選ぶような度胸が無い。ただ場の状況に流されるのみだった。

 

「頑張れよ谷口さん。相談するのなら畑山先生さんに言えよ。君が全部背負わなきゃ行けない道理はないんだから」

 

「うん。…ふふっ変な所で心配するんだね」

 

「色々友達って事に思うところがあるからねー」

 

 不思議そうな顔をする鈴に手をひらつかせ何でもないと言うとコウスケはその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

「ははっ!かかってこいやカムゥ!酒はまだまだいくらでも飲めらぁ!」

 

「吐いたなメルドォ!漢カム・ハウリア!樽ごと飲み干してくれるわ!」

 

 パーティーではいつの間にかメルドとカムの酒飲み合戦が始まっていた。主要な人物として騎士団は勿論の事ハウリア族も招待されたのだ。仲良く談笑をしていた二人は部下達に煽られて酒飲み合戦を開始しているようだった

 

「族長!負けたらあの漢女達に紹介しますよ!」

「長っ!さっきから筋肉モリモリの漢女が熱い視線を送ってやすぜ!」

 

「団長っ!負けたら今までの醜態を全世界に公表しますよ!」

「メルド団長!無様な真似を晒したらそのお酒の負担額!全額貴方の給料から差っ引きしますよ!」

 

 周りでは熱い飲み合いをしているそれぞれの長を応援している騎士たちやハウリア族が居る。歓声が聞こえる中どうしてか嫌にはっきりと聞こえたその応援は両者の顔を青ざめさせた。

 

「ただ今の所倍率はメルド・ロギンスが優勢だ! ほかに掛けるやつはいるか!?」

「では、カム・ハウリアに全額賭けます」

「おーっと!なんとフューレンギルド支部長イルワ・チャングが勝負に出てきた!こいつは面白くなってきたぜ!」

 

 何故か二人の前では帝国皇帝ガハルドが賭けの司会進行をしていた。その周りでは様々な町の代表者たちが掛けに白熱していた。知っている顔が複数名存在することに絶妙に微妙な表情をするコウスケ。

 

「んふっ いいわぁ~熱い戦いを繰り広げる男達ってどうしてこう股間に響くのかしらぁ~ちょいと味見を」

「駄目よぉマリアちゃん。今はまだ手を出しちゃだーめ。酔いつぶれたときがチャンスよぉ~」

「なるほどお姉様ったら天才!酔いつぶれて介抱するところを…」

「パクリとイクのよ。ふふっその時が楽しみだわぁ あんないい男達とくんずほぐれつ絡み合うなんて…ゴクリ」

 

 さらにその場を眺めている巨漢の漢女たちに何とも言えない気分になるコウスケ。凄く会話に混ざりたいのだが邪魔をするのはいささか気が引けたのだ。取りあえずクリスの横顔をガン見する。依然と変わらず下劣さを感じられない綺麗な化粧だった。滅多にお目に掛かれない顔をひとしきり堪能するとコウスケは目当ての人物へと会いに行った。

 

 

 

 

「んふっ!」

「どうしたのお姉様?」

「今何かイイ男から視姦されちゃった!」

「ああんっ お姉様だけずっる~い!」

 

 

 

 

 

 

 

 目当ての人物ランデルは意外とすぐに見つかった。メルドとカムの戦いを観戦しているのかしきりに笑っていた。

 

「む?そこにいるのはコウスケか。どうしたそんなところで突っ立って。こっちに来るがよい」

 

 言葉に甘えランデルの傍に歩み寄るコウスケ。それとなく護衛がいたが談笑の邪魔をしない様にか距離を取ってくれた。内心で感謝するコウスケどうしても人に聞かせれる話ではなかったのだ。

 

「楽しそうですね陛下」

 

「うむ。あ奴らの戦いは面白い。やはり偏見で見るのは良くないな、何事も」

 

 その言葉に何が含まれているのか、なんとなくコウスケは感じ取った。ランデルを見ればニヤリと笑った。

 

「そなたの考える通りだ。亜人だからと言って忌諱するのは良くないと思ってな。…騒動が落ちついたら亜人族たちへの対応を変えていくつもりだ」

 

 それは意識の改革の一歩だった。亜人の差別意識を変えていくという困難な道をランデルはしっかりと発言したのだ。

 

「ま、難しい事ではあるがな、人はそう簡単に変わらぬ。それでもやるのだ。幸いにも先の決戦では亜人族は勇敢に戦ったのを目にしたものが大勢いるからな」

 

 はにかむランデルはやはり以前と比べて精神的に大きく成長していた。だからコウスケは自分が先の決戦で行ったことを話すことにした。自分が仕出かした罪を、許されない所業を一切嘘偽りなく話すことにしたのだ。

 

 

 

 

「ふむ。…兵士たちの心と身体を改造し不死の戦士に仕立て上げ、死んでいった者達を使いエヒトを倒した、か」

 

「この世界の問題はこの世界の人間がするべきだと考え、計画を立て暗躍しました。それが俺の先の戦争でしたことです」

 

 コウスケの自白を聞いてランデルはふむと顎に手をやるとしばらく考え込んだ。その目線はコウスケには向けられずなお騒いで好き勝手暴れているメルド達に注がれていた。

 

「確かに、余に一言の相談なく兵士たちを酷使させたのは余もどうかと思う。それに我らの祖を武器のように振舞い己が力のように使役したのも安易に頷けるものではない」

 

 はっきりとした口調だった。コウスケの行為は褒められるものではないとランデルは言ったのだ。

 

「そう、ですよね。俺は勝手に貴方達を」

 

「だが、あの光景を見よ」

 

 ランデルに指さされた光景を見るコウスケ。そこには酒を飲み過ぎて顔を真っ赤にしたメルドが我慢できなくなったのか舌なめずりをしながら襲い掛かってくるクリスタベルから逃げる光景だった。隣のカムはガハルドと共にマリアベルに抱きしめられて熱いべーゼを堪能されている。

 それを見た周りの者は大いに笑っていた。

 

「お前が施した結果があれだ。ちゃんと決戦の記憶は改竄されて、あれは人類の生死をかけた戦いだとそう記憶が残っていれば余は何も言うまい」

 

 目を細めながらランデルはそれでいいとコウスケに伝えたのだ。実際に帝国の兵士たちは自身らが狂戦士のように振舞っていた事を覚えておらずガハルドも獣の様になり果てていたことを忘れていた。残った記憶には死力を尽くして戦ったとしか記憶されていなかったのだ。

 

「………」

 

「そう難しい顔するなコウスケよ。我らの祖を使役したことはどうかとは思うが…父上は納得したのだろう。出なければお前に伝言など残さない。…しかしいつまでも見守っているときたか、なら無様な事は出来んな」

 

 ランデルはそう言って笑った。父親の伝言を伝えたときも、少し悲しい顔をするだけでそれで終わってしまったのだ。

 

「…人が良い人ばっかりなんですね貴方の国の人たちは」

 

「それをお前が言うのか? ともかくこの話は終いだ。ほかの誰にも話すなよ。話をしたところで信じる者がいるとは思えまいがな」

 

 ケラケラ笑うランデルの視線の先では何故かイオとリキの二人の兎人族のマッスルポーズを披露していた。対抗心を燃やされたのか騎士たちもそれぞれが服を脱ぎだし肉体美を見せつけてくる。男くさい会場なのになぜか歓声が上がる。

 

「それよりもだ、姉上への伝言はちゃんと伝えたのか」

 

「あーまだです。…すみませんが貴方から伝えてくれませんか?」

 

「む?いきなりヘタレおって、それはお前が」

 

 ランデルがコウスケの顔を見上げて、そして口を何度か閉口させた。その横顔を見たランデルは何も言えなかったのだ。

 

「そうか。……寂しくなるものだ。てっきりお前の事を義兄と呼ぶことになると腹をくくっていたのだが」

 

「面倒をお掛けします」

 

「よい。国の前に家族を支えるのもまた家長の役目だ。…此度の事まことよくやってくれた。褒めて遣わすぞ勇者よ」

 

「有り難き幸せです。ハイリヒ国王様」

 

 遊ぶような言葉で笑う二人。しかしその笑みはどこか悲しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場内を気ままに歩くコウスケ。いつの間にか男たちにむさい肉体美祭りは何故か女性の歌声披露場へと変わっていた。中心にいるのはこれまたなぜか酔っているのか頬を赤くしたユエであり、そばに居るシアは機嫌良さそうに踊っておりバックダンサーとして兎人族の女性陣もまた躍っている。

 

 周囲に転がる酒臭い男たちの骸に心の中で合掌し、会場を見渡すコウスケ。その中で気になる組み合わせを見つけたので邪魔をしないように音と気配を消して近づくことにした。片方にはばれてしまうがそれはそれでよかった。

 

 

「…そうでしたか、それがあの戦場の」

 

「他人任せの作戦は結果として上手く貴方達を動かした。まさしく盤上で踊る駒ですね」

 

 壁を背にして話しているのは金髪の青年ウィル・クデタとコウスケの従者ノインだった。組み合わせが意外だったが元々ノインにはあの戦いでウィルを守る様に頼み込んでいたのだ。

 

(…珍しいな。ノインがあそこまで他人と話すのは)

 

 ノインは身内としか喋らない印象があるコウスケにはいささか意外な光景だった。そんなコウスケが見ているのも気づかずウィルの話題は変わっていく

 

「所でノインさん。聞きたいことがあるのですが」

 

「何でしょうか?」

 

「コウスケさんの今までの冒険を教えてもらっていいでしょうか」

 

(…ええ)

 

 なにやら真剣な様子でコウスケにとっては恥ずかしい事を聞いてくるウィル。今までの冒険と言っても恥ずかしい出来事も確かにあるのだ。決してウィルが求めるような冒険譚ではない。

 

「良いですよ。元も話せるのはマスターの主観が多分に含まれたものですが」

 

「構いません。あの人がどんな事をしたのかどんな事を体験したのか。私は知りたいのです」

 

 憧れの人を見るような目で話すウィルの顔はとてもコウスケには見れた物では無かった。背中がむずがゆくなりそそくさとその場を離れるコウスケ。ノインが笑った気がしたが気にしないでおくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場内は盛り上がり騒ぎはいつまでも楽しそうに響いていた。それは城外でも同じだった。街は明かりが消えず歓声が聞こえ平原では大きな笑い声が絶えまなく響く。

 

 皆勝利を祝い神から解放された新しい時代が来るのを楽しんでいるのだ。

 

「………」

 

 コウスケはその様子をテラスで眺めていた。やるべきことやり会場から一人離れ、外の景色がよく見えるこの場所からずっと眺めていた。 

 

 

 

 そろそろ夜が明けるかのように薄明るい青色に変わってきた。夜明けが迫ってきたのだ。昼夜を問わず響いた歓声は流石に疲れたのか今では静かなものだった。

 

 

「ここにいたんだ」

 

 静かなその声は背後から聞こえてきた。声の主は誰かなど考えるまでもなかった。ただその人がそばまでやってくるのをコウスケは複雑な気持ちで待った。本当は来ないでほしかったのに着てくれてとても嬉しいと言う気持ちが混ざり合ったからだ。

 

「良い眺めだな」

 

「そうだね…徹夜明けを思い出させるよ」

 

 隣の声は穏やかなものだった。だからコウスケは相手が何を考えているのかがわからなかった。話し方はいつも通りで、声の口調も何もかもいつも通りに接してきてくれたのだ。

 

「自分達の手で世界を平和にした気分はどうだいコウスケ?」

 

「実感が無い。これに尽きるな、お前はどうだ南雲。物語の主人公さんはどんな気分だい」

 

「徹夜明けの程よい気分かな。少しだけ高揚しているのかも」

 

「若いなぁ。俺もそんな年だったらなー」

 

「なんだかおっさん臭いよ。もっと気持ちを若返えらせて、ほら」

 

 そう言ってハジメは微笑み、コウスケもまた笑う。穏やかな時間だった。いつも通りの時間だった。

 

 

 

 

「…それで、あとどれくらいこの世界に残っていられるの」

 

 でも時間はあんまり残されていなかった。ハジメの言葉は確信に満ちていて、穏やかな笑みなのに目は真剣だった。

 

「朝日が昇ったら、だな」

 

 だからまた、コウスケもちゃんと話すことにした。決して茶化さず、ありのままに後自分がどれくらいの時間トータスに居れるのかを話たのだ。

 

 コウスケの言葉にハジメは驚かなかった。小さく「そう」と呟くと空を見た。あとどれくらいコウスケが居れるのかを計算しているのかもしれないし又は、別の事を考えているのかコウスケにはわからない。

 

「驚かないんだな」

「なんとなくそうなるだろうなって思っていたから」

「ライトノベルの読みすぎだな。もっと驚いてくれないと隠していた意味が無い」

「ライトノベルをもっと読んでよ。これこそ良くある話じゃないか。…自分が経験するとは思わなかったけど」

 

 話は雑談の様に、いつもの様に。そうでもしなければコウスケ自身何も言葉が出てきそうにない。胸に来る痛みを抑え会話を続ける

 

「しかしまぁなんだな。実際俺がこういう立場になると、カッコいい台詞が浮かばないもんだな」

「……しょうがないんじゃない、まさかアニメやゲームのをパクろうとしないでよね?」

「マジか!?クッソ~エミヤのカッコいい台詞言おうと思っていたのに!」

「リスペクトが足りないんだよリスペクトが。やるのなら止めないけどもっとカッコよくなってから言って」

「くそぅ!あのカッコよさに到達できるかっての!中々辛辣だなぁ!」

 

 くすくすと笑いあう、でも顔を見合わせない。コウスケは外を眺めるように向いていてハジメは手すりに体を預け空に顔を向いている。傍に相手がいるのは分かっているのにどうしても顔を向き合う事がコウスケにはできなかった。

 

「あ、やべ」

「どうしたの?」

「体から光が出てきた!」

 

 自身の身体を見れば少しずつだが光が溢れだしてき始めた。白い光の粒が一つまた一つとコウスケの身体からあふれ空へと昇っていく。

 

「うーんこのベッタベッタ感。テンプレって奴だな」

「……そう、だね」

 

 ハジメの返事が少し鈍い。ハジメの方へ目を向けようとしたが突如バタバタと言う複数の足音と大声が飛んできた

 

「あ!こんな所に居やがったですぅ!ってええええ!!コウスケさんその体!」

「ん、やっとで見つけっっ!?」

「コウスケさん!?その体は…」

 

 声の主はシアとユエと香織だった。コウスケの身体を見て驚いて声を上げているシアと珍しく目を見開かんばかりに驚くユエ。そして口元を手で覆う香織だった。

 

「いったい何が!?どうなって!?!?何があったんですか!」

 

「落ち着けよシア。別れの時がやってきたんだ」

 

 落ち着くように自身に何が起きているのかを説明するコウスケ。エヒトを倒したことで役目を果たした事、トータスから消える事、残された時間はあとわずかだという事、すべてを包み隠さず話した。

 

「そ、そんな事って…急に消えるってそんなのあんまりじゃないですか!」

 

「仕方ないんだよ。やるべきことはやった。役割を果たした後は、退去するだけ。それだけの話だ」

 

「…どうしようもできないの?」

 

「出来ない。…やろうとも思わないんだ」

 

 コウスケのきっぱりとした言葉に歯噛みするシアと、眉根に皺を寄せるユエ。明らかに不満を持っているのは明白だったがコウスケ自身もどうする気もない事だった。

 

「やろうとも思わないって何?どういうつもりなのコウスケさん」

 

 ユエとシアに対して香織は明らかに怒りを顔に出していた。言葉は冷たく怒気が存分に込められている。

 

「…言葉通りだ。全力を出したら、俺はエヒトの様になっちまう。そうはなりたくない。なろうと思わない。だからこれでいいんだ。…このまま消えるのが一番いいんだ」

 

 もし全力を出してこの自身の消滅に抗ったのなら、もしかしたら上手く行くのかもしれない。この世界に残れてハジメ達の日本へ行けるかもしれない、だがそれをやった後に残るのは人間を超え人の形をした正真正銘の化け物だ。倫理観や道徳観を自分本位に解釈しあらゆる物事を意のままに操ろうとする醜い化け物になってしまうのだ。

 

「だから俺は「待ってください。マスター」   

 

 その説明をした時だった。次に現れた乱入者達にコウスケは言葉を詰まらせた。会いたくなかった人だった、会えずに済めばと考えていた。だから会場では意図的に歩き回ったのだ、見つからない様に魔法を使ってまで。

 

 だが連れてきた自身の従者はその『逃げ』を許さず中々手厳しかった。ある程度の事象を把握しているであろうノインが連れてきたのは情けない自分を好いてくれた女の子だった。

 

「消える…って何なんですか?コウスケさんの身体はどうなってるんですか?どうして…コウスケさんはそんな顔をしているんですか?」

 

 現れたのはリリアーナだった。今目の前で起きている現象とコウスケが消えるという事実に混乱しているようだった。もしくは理解したとしても心が拒否を起こしたのか…コウスケにはわからない。ただ泣きそうな顔なのは分かってしまった。

 

「ごめんねリリィ。俺もうすぐこの世界から消えるんだ。…だからさよならだ」

 

「…どうして、どうしてなの?」

 

 出来る限り優しい言葉で伝えたがそれは逆効果だった。泣き笑う様な顔のリリアーナの顔がコウスケには辛い。どう言葉を掛ければいいのか分からず、どう慰めればいのか分からず、目を瞑り心の中で大きな息を吐いた。

 

 そしてコウスケはリリアーナを言葉のナイフで切る事にした

 

「与えられた役割を果たし勇者は御用になった。それだけの話だ、それ以上に何かあるのかリリアーナ王女」

 

「…っ!」

 

「前にも言っただろう。俺に惚れると後悔するって。こういう事だったんだよ。ったくどうせ消える奴に何血迷ったことを言ってるんだか」

 

 言い方をきつく拒絶する様に、自身の事を忘れる様に、それでも消えない傷として深く心に残る様に。自分の善性と悪性を織り交ぜ合わせ本心も入れて。

 

「そう言えば、君に告白の返事を返すのが遅れたな。答えは『ノー』だ。確かに君のような女の子に好かれるのは嬉しいさ。でもな、こびりついた様に離れないんだ」

 

「何を…ですか」

 

「君が好いたのは『俺が原作で南雲と同じことをしていたからなのか』ってな。オマケに何度も俺の事が好きって言ってくれたよな。アレ、正直重い」

 

「っ!」

 

 わざとらしく溜息を吐き、肩をすくめる。リリアーナの息が詰まったような呼吸音と同時に周りの女性陣の怒気が膨れ上がった。それでも爆発しないであろうとするのはコウスケ自身手のひらを血が食い込むほど握りしめていることに気付いたからか、リリアーナを正面から見据えるコウスケにはわからない。

 

「自分の事で精一杯なのに好き勝手言いやがって。俺がどんな気持ちで聞いていたか分かるか?人の人生まで背負えないんだよ俺は。だから、俺の事はさっさと忘れてとっとと」

 

「出来ません!貴方の事を忘れる事なんて私には出来ません!諦めることも!」

 

 コウスケの言葉に重なる様にリリアーナの声が響く。決意を秘めたようなその目がコウスケの心を揺さぶる。

 

「好き勝手言ったのは謝ります。貴方の気持ちを考えずに言ったのは許されない事かもしれません。それでも…貴方の事を愛しているんです」

 

 耳をふさぎたくなるような言葉だった。リリアーナの決意がコウスケの心を痛みつける。言えば言うほどコウスケの中でリリアーナへの嫌悪感と執着心と愛情が溢れてくる。

 

「傍に居させてください…貴方の負担にならない様にします。支えれるように頑張ります。だから…」

 

(……はぁ)

 

 縋りつくような声が痛い。リリアーナの泣きじゃくる声が痛い。誰よりも痛みになれていたはずなのにたった一人の女の子の声がとても痛かった。

 

「……なら君は、全てを捨てて俺と来れるのか?」

 

「…え?」

 

「世界を、国を…家族さえも捨てて俺の所へ来れるのか?何もかもを捨てて、あるゆる責務から逃げて、一個人として辛い俺の世界へ逃げて来れるのか?」

 

 泣きはらした顔を見せるリリアーナへ手を差し伸べる。それは精一杯のコウスケの言葉だった。ありとあらゆるものを捨てありとあらゆる責務から逃げてそれでも自分と一緒に添い遂げることが出来るのかと言う妥協案だった。

 

「言っておくが、俺はこの世界に残る気はない。こんな都合のいい世界に居たらそれこそ俺自身が俺を見捨てちまう。だから俺は日本へ帰る。それについてくる勇気はお前にあるのかリリィ?」

 

 コウスケが言った言葉を反復しているのか何度もコウスケの顔と手を泣きはらした顔で交互に見つめるリリアーナ。そして歯を食いしばるようにして…コウスケの手を握ろうとして

 

 ギュッ!

 

「え?」

 

 コウスケはリリアーナの手を引き寄せ思いっきり抱きしめた。壊れ物を扱うような力加減でそれでもリリアーナの暖かい体温を忘れない様に。驚くリリアーナの耳元へそっと口を近づけさせ囁いた。

 

「ごめんね。そして…さようなら。君の事俺、凄く好きだったんだ」

 

 左腕でリリアーナを抱きしめ、右手で頭を撫でる。リリアーナの金糸の様な髪はとても滑らかで手触りが良くずっと触っていたくなるようなものだった。その触感を名残惜しむようして、魔法を掛けて行く。

 

「待って……まだ…私は…」 

 

「悪い男に騙されたもんだとでも思ってくれ。王女を誑かす悪い…意気地のない男に」

 

 ずるずるとリリアーナの身体から力が抜けていく。リリアーナの瞼が目を閉じようとする。必死に抗うがコウスケの魔法の威力はリリアーナの意思を抑え込んでいく。

 

「大体男に向かって何度も隙を見せすぎなんだよバーカ。…ほんと、そういうところ可愛くてしょうがなかった」

 

「コウ…ス……さん」

 

「さようならリリィ。どうか幸せに」

 

 そうしてリリアーナは完全に深い眠りへと落ちて行った。コウスケが消えていく場面を見れないような深い眠りへと落ちて行くのだった。

 

 

 

「どんな気分ですか。()()()()の女の子に今生の別れを告げるのは」

 

「最っ高の気分だよ。お陰で滅茶苦茶自分を殺したくなった」

 

 安らかな寝息を立てるリリアーナをコウスケから丁重に受け取ったノインは口角を上げた。嫌な所が似たもんだと思いつつ手の平に残るリリアーナの感触を握りしめ忘れようとするコウスケ。リリアーナとの最後の会話中周りの仲間達は何も口を出さなかったのが僅かな救いだった。

 

「貴方の世界へ連れて行けばよかったのに」

 

「出来るかよ。常識的に考えろよ。おっさんが戸籍のない美少女を連れているなんてどんな警察沙汰だっての」

 

「さて?案外うまくいくかもですよ?恋する乙女は常識を打ち破りますから」

 

「恋は現実の前に砕け散るのが相場と決まってるんだ。…あんまりイジメないでくれ。後悔しか残らないんだ」

 

 リリアーナに対する言葉全てが本当で本心で、コウスケ自身余りにも持て余す感情だった。本当は彼女が自分が空いてくれていることが何よりも嬉しいのに

現実を前にすると急にその好意がコウスケの重荷になってしまうのだ。だから自分の事を嫌いになってほしくて、でも自分の事を忘れないでほしいからワザと傷つけるような言葉を言って…人を愛したことが無いコウスケには余りにも持て余すほどのリリアーナに対する好意は強烈だったのだ。

 

 

 言葉通り後悔に歪むコウスケの顔を見るとノインは大きな溜息をついた。

 

「人間関係が未熟なマスターですね。この先ちゃんと生きて行けるのですか?」

 

「分からん。そう言うお前こそどうなんだ。俺が居なくなったら…かなりマズいんじゃ?」

 

 話をしてノインの現状に気付いたコウスケはハッとノインを見た。ノインはクスリと笑うと首を横に振った。

 

「マスター。私は貴方の魔力を元にして生きています。今までは貴方の魔力を直接頂いて稼働していきました。ですが今、人の枠を超えつつある貴方の魔力は私にも逆流して流れてくるのです」

 

「…つまり?」

 

「貴方が居なくても大丈夫な位魔力をいただいているのです。だからそれが尽きるまでは私は稼働し続けます」

 

 コウスケの使えば使うほどあふれる規格外の魔力がノインにも通っていったというのだ。その言葉通りならノインもまた規格外の力を得る。そう考えたコウスケだったがこれもまたノインに否定された。

 

「貴方という器だったから規格外になるのです。私の場合は少々強い小娘ぐらいにしかなりません」

 

「そっか…なら良かった。てっきり朽ち果てていくのだとばっかり」

 

「オブラートに包まない辺りがマスターですね。あんまり深く考えないでください、いつ死ぬのかなんて人間誰しも分からないのと一緒のようなものですから」

 

 クスリと笑うノイン。出会た時とは比べ物にならないぐらいに感傷を表に出すように感じるコウスケ。そんなコウスケにノインはリリアーナをお姫様抱っこしたまま丁寧なお辞儀をした。

 

「マスターこれでさよならです。貴方と出会えたこと何よりの幸福でした」

 

「俺もだノイン。俺の代わりに色々と吐き出してくれたこと、感謝している」

 

「ふふっそう言ってくれると嬉しい物です。…最後に一つだけいいですか?」

 

「なんだ?」

 

「自分を愛してください。貴方に足りない物は自分への愛だけです。それが貴方の欠点」

 

「…善処するよ。死なないと治りそうにないけどな」

 

「全くです」

 

 苦い顔をするコウスケにノインはうっすらとした、しかしとびっきりの笑顔を見せたのだった。

 

 

 

 

「コウスケさんの馬鹿っーーー!!」

 

「うおっととと」

 

 ノインとの会話が終わり続けてきたのはシアの鉄拳だった。恐らく全力で振るわれたであろう鉄拳はコウスケの掌に鈍い音を立てて収まる。

 

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!何なんですかリリアーナさんに対するアレは!女の子を舐めているんですか!」

 

「舐めていないよ。迷った結果があれだ。ほかにどうすればよかったの俺にはわからなかったんだ」

 

「そういうところが駄目だって言ってるんですよ!私達にも相談してくれればよかったじゃないですか!なんで自分一人で勝手に決めるんですか!何で何もかも悟ったような顔しているんですか!」

 

 シアの鉄拳は何どもコウスケに繰り出される。その重く鋭い鉄拳を難なくと防御しながらコウスケは笑った。

 

「何を笑っているんですか!?こっちは真剣なのにぃ!!」

 

「いやはや、出会った時と比べて随分と強く逞しくなったなぁーって思ってさ」

 

 出会った当初は逃げ腰でそれでも必死に食らいついてきた女の子は今では誰よりも凶悪な鉄拳を放つまでに成長した。それが嬉しく、何よりその真っ直ぐな性根がコウスケには心地よかった。

 

「話をはぐらかせばいいってもんじゃねぇんですよ!大体私かってまだまだ言いたいこと伝えたいこと一杯あるんですぅ!!」

 

「例えば?」

 

「家族を救ってくれたこと!家族を強くしてくれたこと!旅に同行させてくれたこと!いつもみんなを守ってくれたこと!そして何より!ユエさんとティオさんに引き合わせてくれたことですぅ!」

 

 腰の入った全力の回し蹴りがコウスケの顔に迫る。がこれもまた腕で塞がれてしまった。そんな事はお構いなくシアは言葉を続ける。

 

「一杯一杯感謝しているんです!受けた恩を返せないんじゃないかって思うぐらいに!それなのに…それなのに消えるってあんまりですぅ …酷いですよぅ」

 

 力なく降ろしていく足と一緒にシアの言葉は弱弱しくなっていく。俯くシアの顔から涙がポツリポツリと落ちてきた。鼻を啜る音が聞こえる、泣いているのが嫌になるほどよく分かった。

 

「父様たちと一緒に何をしようかって話をしていました。皆コウスケさんの事を家族のように思っていたから…だから皆で決めてって…それなのに」

 

「…ごめん」

 

「聞きたいのは謝罪の言葉じゃないですよぉ…もっと一緒に遊びたかった…もっと一緒にはしゃいで…う、うううぅぅう!」

 

「シア、君と一緒に居れたのは本当に楽しかった。今までありがとう。家族を大切に思う気持ち、絶対に忘れるなよ」

 

「うわぁぁああんんん!!!!」

 

 涙を流し泣き崩れてしまったシア。ユエが抱きしめると縋りつくようにユエの胸の中で泣きじゃくる。シアをあやしながらユエはコウスケに尋ねる。その目には寂しさと悲しさが多分に含まれていた。

 

「コウスケ、本当に消えてしまうの?」

 

「…ああ」

 

「それでいいの?貴方はそれで幸せになるの?」

 

 普段とは違って流暢なその声がユエの本心だった。透き通った紅い目がコウスケを映し通す。その目から逃げて顔をそむきたいのに逃れられない。腹をくくりコウスケは正直に答えるしかなかった。

 

「分からない。いいや、正直辛い。帰ったところで俺は…」

 

「私は貴方に幸せになってほしかった。誰よりも。…私が貴方達に助け出された時のこと覚えている?」

 

 封印の間でユエを助けようとしたあの時、原作の流れではあったもののコウスケは助けようとした。下心と善意を混ぜ合わせて。

 

「覚えているよ」

 

「あの時助けられた私は、貴方達のために戦うと決めた。暗い牢獄から連れ出したハジメとコウスケを…私は私の全力を掛けて力になると誓った」

 

 ユエの澄み切った目はハジメを見て、次に香織を見た。保護者のかのような慈愛に満ちた目だった。

 

「ハジメにはハジメを大切に思う人がいると聞いた。香織はハジメの事を幸せにしてくれる人だと私は思った。だからハジメは心配いらない。でもあなたは違う。…あなたを幸せにしてくれる人はいないの?」

 

「……」

 

「私は貴方達が笑ってくれるのならそれでよかった。それが私にとって何より優先することで…私の願いだった」

 

 初めて聞くユエの本音。それはどこまでもハジメとコウスケの事を想って言葉だった。

 

「貴方は私に様々な物をくれた。体験させてくれた。私はいっぱい貴方から大切な物をもらったのに、貴方は…」

 

「いいんだ。…俺も君からちゃんと貰った。思い出を作ってくれた。ありがとなユエ。君にはずっと助けられた」

 

「コウスケ…」

 

 目を涙で滲ませるユエの顔を見てコウスケはそう言った。それしか言えなかった。ほかにどんな事を言えばいいのか、どうすればいいのか分からない。

 

「……最っ低だよコウスケさん」

 

 低く怒りを滲ませた声を出したのは香織だった。発せられる怒気がどれほど香織が怒っているのかがコウスケにはよく分かった。

 

「そうだな女の子を泣かせるなんて最低だな」

 

「違うそういう事じゃない。…それもあるけど、何もかも分かったふりをして諦めて、逃げ出そうとしているのは最低って事だよコウスケさん」

 

 怒気が殺気に変わりコウスケの肌をピリピリと刺す。本当は掴みかかりたいのだろうが理性で我慢をしているのが香織の握り込むその拳が表している。

 

「残された人たちがどう思うのか、そんな事に気付けない貴方じゃないのに」 

 

「……まぁな。だから、君に後の事を頼んでもいいかな」

 

 香織からガリッとした歯軋りの音が聞こえる。イラつき、不快、怒りそのどれもが込められていて、目がつり上がっていく。

 

「やれることやった、やるべき事をやった。でもここから先は俺がすることじゃない、俺はここまでだから」

 

「だから皆の事…ううん、違うあなたが言いたいのはハジメ君の事を頼むって?」

 

「ああ、お願いだ。…日本に帰ってからは君がそばにいてくれ」

 

「貴方の代わりに?貴方の空いた隙間を埋めるようにしろって?」

 

 香織に詰問にコウスケは答えられなかった。事実であり、本心でもあったからだ。自分が居なくなった後でどうなるかはわからなくても香織になら後を託せると考えたのだ。

 

「……どうして男の子ってカッコつけて意地を張って馬鹿になるんだろう。本当に私には理解できない」

 

 睨んでいた香織はそう言うと大きな溜息をついた。同時に放たれていた怒気や殺気も収まり渋々と言った表情をコウスケに見せる。

 

「コウスケさんの事嫌いじゃないけど私そう言う無責任な所、大っ嫌い」

 

「はは、ありがとう。…どうか南雲と幸せに」

 

 香織とはっきりしたもの言いは幾分かコウスケの心を楽にさせる。香織の言ってることは当たっている、無責任に逃げようとしているのもまた本当の事なのだから。 

 

 自身の身体から出てくる光の量が増えてくる。夜明けも近い、そんな時開け放たれる扉の音がその場によく響いた。

 

 

「待てよ!待ってくれ!」

 

 少年の声だった。酷く懐かしさを感じるその声の主は包帯を体中に巻いていて一緒に来たティオに肩を支えてもらいながらあらん限りの声で叫んだ

 

「お前はそれでいいのかよ!折角異世界に来たっていうのに全部手放してENDってか!?ふざけんなよ!」

 

「清水…」

 

 やってきたのは清水だった。唯一包帯が巻かれていない左目は涙を流していた。一瞬でも気を抜いたら倒れそうになる体を食いしばって動かしながらも、コウスケの傍までやってくる。 

 

「世界を助けて!ラスボスぶった倒して!それでお前には何もないってのは駄目だろ!良いじゃねぇか最強になってチートを使いまくっても!良いじゃねぇか可愛い女の子を侍らせてもよ!だってお前それほどの事をやってきたんだから!」

 

 コウスケの胸元に掴みかかりゆさゆさと力の出ない腕でコウスケを揺さぶる。左目からは涙があふれたのか頬に流れていた。

 

「うーん。無理だな、やめとくよ」

 

「何で!」

 

「カッコ悪いじゃん」

 

 ふざけた様にしかし本気で答えれば一瞬清水はポカンとした顔を見せ、そして顔を項垂れせた。

 

「なんだよそれ…」

 

「なろう主人公の様にチーレムしろってか?勘弁してくれ、あれ、客観的に見れば屑にもほどがあるからな。そんなんなりたくねーし、なろうとも思わない」

 

 ケラケラと笑うように言えば泣きはらす清水が顔を上げた。震える口で言うその言葉は消え入りそうな声で…ひどくコウスケの胸に痛みが走る。

 

「嫌だ…それでもいいじゃん…居てくれよ…俺はお前のお陰で…楽しかったんだ」

 

 消え入りそうな声には寂しさが込められていた。縋りつくようなその手は震えていて、コウスケはふっと微笑んだ。泣き崩れて足元に座り込んでしまった清水の頭を撫でる。

 

「なぁ清水 お前に埋め込んだ俺の技能の名前を知ってるか?」

 

「……『快活』」

 

「意味は、明るく元気っていう意味だ。…そんな奴になりたかった俺の願望でもある」

 

 涙でぐしゃぐしゃとした顔を上げればそこにはコウスケの笑みがある。微笑んでいた、誰よりも清水の幸せを願うように。

 

「お前は俺の生き写しだ。俺もお前とよく似た過去、考え方だった。ちょっと蹴躓いたぐらいで僻んで恨んで、結局何も出来ず流されるように生きていくしかできなかったがな。…でもお前は違う、これからがある」

 

「…何だよそれ、説教かよ」

 

「そうだよ主人公特有のお説教だ。だから、太陽を見ろ、空を見ろ、外の光を浴びてちょっと深呼吸をしてみろ。世界は広くて厳しいが辛いかどうかを決めるのはお前自身だ」

 

 自身の過去を思い出しながらコウスケは清水に語る。清水はまだ手遅れではない、自身はやり直せないほどひねくれてしまったが清水は気付いていないだけで可能性が広がっているのだ。 

 

「俺…自身」

 

「アニメやゲームにはまるのは構わない、寧ろ遊べって俺は思う。だけど現実と空想の境界を間違えるなよ。ちゃんと折り合いをつけて…なんかブーメランをしているけどともかく、思いっきり伸びをして、自分を卑下させず甘やかさず…労われ」

 

 ぐしゃぐしゃと少々乱暴に頭を掻きまわし肩をバンバンと叩く。励ましたかったがどうにも言葉が思いつかないのは別れるのが寂しいからだ。コウスケもまた涙が出てきそうになるが気合で凌ぎきる。

 

「お前が生きていてくれて嬉しかった。元気でな…ダチ公」

 

「俺も…お前と…会えて」

 

 最後にくしゃりと頭を撫でると清水の傍に控えていたティオに向き合う。その顔は困った感じで笑っていた。

 

「これでお別れとは辛いもんじゃの、コウスケよ」

 

「仕方ないさ。…あー結局竜人族の里に行けなかったな」

 

「むぅ里の者達にお主を紹介したかったのじゃったがな…残念じゃ」

 

「…参考までにどういう風に紹介されるの俺?」 

 

「世界を救った大馬鹿者でどうしようもないほどお人好しの…妾の仲間じゃと」

 

 にこやかに苦笑していたティオは只住まいを治しスッと手を差し出してきた。威厳あるその姿はとても美しく一瞬コウスケは見惚れてしまった。

 

「お主と共に歩んだ道のりは真に痛快愉快じゃった。感謝するコウスケ、そしてさらばじゃ、どうか息災でな」

 

「…ああこっちもだ。色々助けてくれて有難う。本当に、ありがとう」

 

 差し出された手を握りしっかりと握手をする。強い感謝を込めて笑顔は崩れていないだろうか。凛としたティオの姿はやはり美しくカッコよかった。

 

 

「あー そろそろ時間か」

 

 漏れ出す光は溢れていて足元がみえなくなっていた。このままゆっくりと上半身までくるのだろうかと無理矢理ふざけたことを考えて…最後の1人に向き合った。

 

「つーわけで、最後に残った南雲君。言いたいことがあるのならどうぞ」

 

 向けられたハジメはそれまで仲間達とコウスケのやり取りから一歩引いた様子だった。気を使って影に徹してくれていたのだろう。コウスケに笑いかけられたハジメは…やはりいつも通り苦笑していた。

 

「やれやれ、と言われても…と言うかなんで僕最後なんだろう」

 

「そりゃ好感度が一番高いからな。最後のトリは主人公がバシッと決めてくれないと」

 

 親友であり相棒であり…かけがえのない友達。茶化して笑えばハジメはコウスケが気付か無いほどほんの一瞬だけクシャリと顔ゆがめるとうーんと悩んでいた。

 

「そもそもコウスケ、消えるのは分かるけどもう会えなくなるのかな?同じ日本に住んでいるんだし」

 

「無理だな、同じ日本でも俺とお前が住む世界は次元が違う。世界は一緒でも異なる世界なんだ」

 

「…そっか」

 

 溜息を一つ漏らすとハジメはコウスケに向き直る。その笑みはどこか悪戯っぽくどこか嫌な予感がした。

 

「さっき別れのセリフがどうこう言ってたじゃん」

 

「あ、ああ。色々考えていたんだけど結局思いつかなかったんだ。滅茶苦茶カッコよく決めるつもりだったんだけど」

 

「それで僕ゲームやアニメキャラの様にカッコよくはなれないって言ったよね」

 

「そうそうリスペクトが足りないって。確かに言われてみれば」

 

 うんうん頷くコウスケ、色々思いつくのだがどうにも自分らしくない。そんなつもりだったのだがハジメは違った。

 

 

 

 

「そりゃそうだよ。コウスケはそこら辺のキャラより最高に()()()()()から」

 

「…は?」

 

 呆気に取られてポカンとしてハジメを見つめればやはり笑っていた。

 

 

 

  

「ずっとずっと思ってたんだ。あの日あの時からずっと…君は最高にカッコよかったんだ」

 

 

 あの日あの時、ハジメが何時の事を言ってるのかコウスケにはわかった。奈落での神結晶の前でのことだ。そこからずっとだというのだ。

 

「僕とユエを守るために、盾になろうとして…どんな時でも君は僕の前にいた。ずっと笑顔だった。支えていてくれた、他の誰がどう言おうと最高にカッコよかったんだ」

 

 吐き出す意気は感激深いように、見つめる目は遠くを見つめるようでしっかりとコウスケを見ていた。

 

「いつも僕に向かって笑っていた、慣れないことをして悩んで苦しんでも君は何時だって僕と対等に接して少しだけ大人ぶって…ありがとうコウスケ。君のお陰だ、何もかも君と一緒にいたからこの世界は楽しかったんだ」

 

「え、…あ」

 

 真っ直ぐなハジメの言葉にふと気づけばコウスケは自分が涙を流していたことに気付いた。ぽろぽろと流れる涙は地面に着くことなく光となって消えていく。

 

「お前…もしかして俺を泣かせるためにっ」

 

「君が居てくれたから僕は驕るなんてことをせずに済んだ。何もかもに牙をむくことになんかならずに済んだ。君がそばにいてくれたから、…ずっと守っていてくれたから」

 

 微笑みながら感謝を述べてくるハジメを見てふと、今までの旅を思い出すコウスケ。今まですべてハジメと共にあった。

 

 悩んだことがあった。何時まで原作の事を隠さないといけないのかと。

 

 苦悩を抱えていた。原作の事を話したのはいいけれども今度は原作を思い出して嫉妬が混じって見てしまうと。

 

 辛いときがあった。ハジメ達は未来があるのに自分はまた辛い現実に戻らなければいけないのかと

 

 でもここまで来れたのだ。ほかならぬハジメのお陰で、ハジメは助けられたと言うがコウスケもまた救われていたのだ。

 

「クッソ…思い出して来たら泣けてきたじゃねえか…」

 

「そりゃ君を泣かせるためにそう言ったもん。皆を悲しませといて自分だけノーカンってのは駄目だよ」

 

 苦笑するハジメはやはり悪戯が成功した様に笑っていた。そのいつもの様なやり取りが…コウスケの涙腺を直撃した。

 

「テメェ…涙っが、止まっらっねぇじゃっねぇか」

 

 ぼたぼたと溢れる涙を無理矢理袖で拭っても一向に泊まる気配はない。下半身は何時しか消え、この世界から消えてしまうのも時間の問題だった。

 

 

「クッソっ イイ性格になっちまったなお前!…っ」

 

「君のお陰でね。何度だっていうよ。ありがとう。…悪いけど、それしか言えないや」

 

「ちく…しょう。 ああ、俺もだ!お前に感謝しているよ!」

 

 籍を切ったように吐き出す。時間が残されてはいない、でも言うと惨めになる。そんな感傷を振り切ってコウスケは叫ぶ

 

「お前と会えてよかった! 楽しかった!一緒に馬鹿をやってふざけ合うのがこんなに楽しいだなんてやっとで分かったんだ!ああもう!お前といるとマジで人生楽しくて仕方ねぇんだよ!」

 

 くだらない錬成品で遊んだ記憶がよみがえる。フャンタジーの世界について大いに盛り上がったことがある。日本のゲームで漫画で

くだらない雑談をした。

 

 よくある何でもない会話をした。それが何より楽しかったのだ。今まで生きてきた人生で一番楽しい時間だった。

 

「お前とくっだらねぇことしてるのマジ楽しかった!暴れ回った時も何もかも!お前と話していると俺は…普通の高校生になっているみたいで…嬉しかったんだ」

 

(ああ、未練が残っちまう…縋りつきたくなる)

 

 涙を流す目を腕で隠し嗚咽を漏らしながら思い出してしまうのはハルツィナ迷宮でみた理想の世界だった。 

 何でもない高校生活を過ごす自分はとても幸せで…羨ましかった。ハジメと清水と一緒に遊んでふざけ合って、コウスケが送りたかった青春そのものだった。

 

(…手に入らない物を欲しがった。だから俺は)

 

 現実は寂しい高校生活だった。だからコウスケはワザとふざけてその青春を塗り替える様に笑った。笑ってふざけて…そうしてトータスで過ごしてきた。

 

 だが、その時間も間もなく終わりを告げる。胸まで消えていく自分の身体、恐怖は無いのに未練は残る。

 

「コウスケさん!」

「コウスケ!」

「……っ」

 

 シアが泣き叫び、ユエが涙で濡らした目を向け香織が歯痒そうにコウスケを見る。

 

「…さらばじゃ」

「…あっばよ、ダチッ公!」

「おやすみなさいマスター」

「…ケ……さん」

 

 ティオが別れを告げ清水がしゃくり上げながらさよならを言い、ノインは恭しく一礼をした。ノインに抱き掛かられているリリアーナは意識が無いのに目から涙を流していた。

 

 

「…お別れ、だね」

 

 親友が別れの言葉を言う。ぼやけた視界を乱暴にぬぐい、無理矢理表情筋を動かす。笑顔になる様に、今生の別れが美しい物になるように願いを込めて皆の姿を心に刻み込む。これからどんな事があっても忘れない様に。

 

 

 

 

「さよならだ、皆 …ハジメ」

 

 

 

 

 流した涙は落ちる前に顔をのぞかせた太陽の光が反射してきらりと光り、そして消えていく。

 

 

 そうして偶然と奇跡のように現れた一人の男は淡く光り

  

 

 

 

 

 

 

 消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------------------------

 

 こうして俺の物語は終わった。皆と一緒にいたのは嬉しくて…楽しくて、かけがえのない物だった。

 

 本当はまだ一緒に居たかった、まだ触れ合っていたかった。

 

 ユエ シア ティオ 香織ちゃん 清水 ノイン リリィ 本当は君たちと一緒に居たかったんだ。

 

 そしてハジメ…最高の俺の親友。お前ともっと一緒に…

 

 

 ああ、…どうやら時間が来たようだ。思考が白く塗りつぶされる感触がする。

 

 

 楽しかった。…どうか皆の事を忘れない様に

 

 

 

 だけど もう何も     考えられなく     

 

 

 

 全ては    白い光の中へ…。

 

 

 

 

 

 

 




次はエピローグになります。

恐らく前編、後編になると思うのですが…できてから考えます。


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それぞれの道

後日談?エピローグ?ともかく前編です。



 

 

 

「ひゃっほうぅううーーーー!!速いですぅーーー!!」

 

「んんんーーーーー!!」

 

『…二人とも叫ぶのは良いが油断していると落ちるのじゃぞ?』

 

 遥か大空の中、少女たちの声が響き渡る。一人は満喫するかのように体中を伸ばして風を浴びている。もう一人は気持ちよさそうに目を閉じ微笑んでいた。そんな二人に呆れるのは少女たちを乗せる黒い二メートルほどの龍だった。

 

 

「いいじゃないですかぁ~ティオさん背中っての乗り心地良くて気持ちいんですから」

 

「ん。大きくて安定感抜群」

 

『はぁ… 褒められておるのにどうにも喜ぶことが出来んのぅ」

 

 黒い龍の正体はティオで背中に乗っているのはユエとシアだった。何も遮る事のない大空を飛んでいくのはティオの故郷竜人族の里へ行くためだった。

 

『もうよい。はしゃぐのは止めぬからせめて荷物だけは落とさぬようにな』

 

「んっふっふ~ もちろんですよぉ 宝物庫亡き今はこれが無いと死活問題ですからねぇ」

 

「むぅ 今更になって気づく空間収納の良さ。私もいつかは出来る様に…」

 

 能天気に笑うシアは自分の荷物をバンバンと叩き、対して大きめの鞄をひしっと抱きしめるユエは唸る様に口を歪ませる。ハジメの作った錬成品やアーティファクトは世界から完全に消失した。便利ではあったが決して世界に必要では無かったのだ。

  

 そんな二人に対してティオは飛行しながらもフっと微笑んでいた。ユエとシアがハジメ達との別れにちゃんと折り合いを付けれていたからだった

 

 

 コウスケとの別れから一週間後にクリスタルキーを錬成したハジメ達もまた日本へと帰って行った。

 

 ハジメや香織、清水とも別れる時もまたユエとシアは悲しそうにしていた。別れはいつか起こるものだと理解はしていてもやはり辛い物は辛いのだ。しっかりと別れの言葉を告げ泣きながらもハジメ達を見送った二人。泣き笑いだったもののコウスケの時とは違ってちゃんと別れたのだ。

 

 王都でやるべき事をやったので、一度ハウリア族の元へ身を寄せた三人。そこで数瞬間滞在していたのだが、竜人族の里へ行こうとティオが提案したのだ。実にコウスケとの別れから一か月後の話だった。

 

『気分転換って奴じゃな』

 

「?何か言いましたかティオさん」

 

『いや、なに。妾の里の温泉を思い出してな。アレは良い物じゃ、お主たちが気に入るだろうなと考えておったのじゃ」

 

「温泉… 楽しみ」

 

 楽しみを声から漏らすユエにティオも嬉しくなる。何だかんだと思いつつも故郷には一度連れて行きたかったのだ。本当ならハジメ達も一緒にとは考えていたがこればかりは仕方なかった。だからユエとシアが喜んでくれるのならティオにとっては喜ぶべき事であった。

 

 

「温泉ですか… ハジメさんたちと一緒に行きたかったですけどねぇ」

 

「混浴?シアって結構大胆」

 

「違いますよ!一緒に旅行がしたかったって話です!それにハジメさんと混浴なんかしてしまったら香織さんが大激怒してしまいますぅ!」

 

「一理…百理ある。きっと顔は何でもない風を装って嫉妬の炎ををバリバリと燃やすに違いない」

 

「ですよねー ほんっと香織さんはハジメさんの事が好きなんですよねぇ」

 

 ティオの背ではやたらとのんびりとした会話が続いている。その声には寂しさが含まれていたが悲しさは無かった。ティオが思っている以上に折り合いが取れている様子だった。

 

「…思い出して来たらリリアーナさんの事を思い出しました。上手く立ち直ればいいのですが…」

 

「リリィの事? ん、問題ない。私が何とかする」

 

『あの娘の事なら大丈夫じゃろ。何、妾も手を貸すからな』

 

「私も協力はしますけどね。…まったくあんな良い子を放っておくなんてコウスケさんってば本当に馬鹿なんですから」

 

 コウスケとの別れの時ひとしきり泣いたシアはそう言うとパシッと自分の拳を手のひらに打ち付ける。

 

「今度会ったらギッタンバッタンのコテンパンにしてやるですぅ!」

 

「私も協力する。情けない顔を晒すまで血を吸い続ける。遠慮はしない」

 

『…お主ら本当にまた会えると思うのか?』

 

 余りにもはっきりと再会を果たすような声で言うものだからついティオは聞いてしまった。世界が違うのだとそう聞いたが二人はそろって首を振った。

 

「会えますよ。いつかまた、どこかの未来で」

 

「会える。私たちが生きて旅をし続ける限り可能性はゼロじゃない」

 

 そう、可能性はゼロではないのだ。里での小旅行が終わったらユエ達三人は世界を旅することになっていた。誰が決めたことでもなかった。ただ、お互いそうしようと思ったのだ。

 

 旅が続けばいつかはめぐり合うかもしれない。どこかで再会するかもしれない。どれもこれももしもの話ではあったが不可能と言う話ではないのだ。

 

『そう…じゃな。この空がある限り、いつかまたどこかで出会うのじゃろうな』

 

「そういう事です!さぁティオさん思いっ切りスピードを上げてください!一気に空を駆け抜けていきましょう!」

 

「ティオ、あの空の向こうへ、世界の果てまで行こう!」

 

 見渡せば青い空が途方もなく広がる。竜人族の里まであとどれくらいか、はしゃぐ二人にティオもつられて叫ぶ。

 

『うむ!振り落とされぬように捕まっておれよ二人とも!妾の全力は一味違うからなぁ!』

 

「うっひゃあでっすぅぅううう!!!」

 

「んんんーーーー!!!!」

 

 空に響くは少女たちの笑い声。その楽しそうな声はどこまでも青空に響いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで、どうだウィル?悪い話ではないと思うんだが…」

 

 とある町のギルド酒場にてウィル・クデタは以前からの知り合いで会った先輩冒険者であるガリティマから誘いを受けていた。ガリティマの誘いとは、自身が抱える護衛団入らないかと言う勧誘だった。決戦で見かけたウィルをどうにかして誘えないかと以前から話を持ちかけていたのだ

 

「…ありがたい話ですが、すいません」

 

 その誘いをウィルは断った。理由として色々浮かぶがどうしても自分の目的とは合致しないのだ。先輩であるガリティマの誘いを断った罪悪感はあるウィルにも譲れない思いはある。そんなウィルを見てガリティマは一つだけ溜息をつくと苦笑した。

 

「そっか。悪かった。お前にはお前で冒険者をやり続ける理由があるもんだからな」

 

「すいません。どうしても、自分の好奇心を止められなくて」

 

「いいんだ。それじゃ振られちまった男はさっさと退散するとしますかね」

 

 気さくな笑みを浮かべウィルから離れていくガリティマ。その背を見送るとフッとウィルは息を吐いた。

 

 

 エヒトとの決戦でありコウスケとの別れから二か月。ウィルは未だにどこかの冒険者とパーティーを組むことなく1人で行動していたのだ。

 

(…組んだ方のメリットが多いのは理解しているんですが)

 

 一人酒場の机に突っ伏しながらも考えるウィル。それもこれもウィルにとっては冒険者となったのは名誉や金のためではないからだ。

 

 ウィルは自身の冒険心が満たせばそれでよく、そのために貧困になっても収益が赤字になっても仕方ないと割り切れるのだ。だが出会う冒険者たちにとってはやはりと言うか当然とでもいうべきか実益を求める人が多かった。 

 

(うーん 自分が異端だとは理解しているのですが…)

 

 幼かった時に憧れた夢は今かなえられている。その事に不満は無い、だがやはり誰かと組んだ方がまた新たな発見があるかもしれないと考えるとどうにも燻る物がある。

 

「お前が、ウィル・クデタか?」

 

 机に突っ伏し考えに耽るウィルにその時、声がかけられる。顔を上げればそこにいたのは酒場のマスターだった。ギルドの統括者でもある為顔を覚えていたのだが…訝しむウィルに対してマスターは淡々と話しを続ける。

 

「依頼が入ってきた。相手はお前をご指名の様だ」

 

「私を…ですか?」

 

 珍しい事もある物だと首を傾げるウィル。依頼は大体掲示板に張るものだがわざわざ人物を指定するのは珍しい事だからだ。

 

 受けるか受けないかは別として依頼内容を聞くと、なんとも奇妙なものだった。

 

「内容は依頼人の探し物の補助、拘束期間は恐らく長期になる。そして報酬は…心強いパートナーと満たされる冒険心?」

 

 何とも変な依頼だった。とてもではないが依頼してきた人物はギルドを活用したことが無いのだろう、そんな風に思いつつもウィルは結局依頼を受ける事にした。何だかんだで面白そうだと思ったのだ、報酬はあえて考えないで置くことにした。

 

 

 依頼人との待ち合わせ場所でのんびりと待つことにするウィル。その間に一応武器の手入れを行なって置く。

 

(…相変わらず頑丈と言うか、刃こぼれしませんね)

 

 異世界の友人から渡された『風伯』の手入れを行ないながらも改めて渡された業物に感激のため息をこぼす。刃こぼれはせず切れ味は鈍らず、使えば使うほど手に馴染んでいく錯覚さえ覚えさせもはや魔剣かと思わせる自分には過ぎた武器。この業物にふさわしくなるにはあとどれぐらいの年月が必要になるだろうか。

 

(まぁなって見せますけどね。…あの人の約束ですから)

 

 今はもう会えない異世界の友人の事を思い出していると足音が聞こえ顔を上げたウィル。その依頼人の姿を見て驚くのだった 

 

「お久しぶりですね。ウィル・クデタ様」

 

「あなたは…ノインさん」

 

 黒いローブを纏い涼やかな笑みを見せ現れたのは以前、使徒との戦いで共に戦ったコウスケの従者ノインだった…

 

 

 

「ここが目的地…ですか」

 

「ええ、ここが私の目的のものがある一番の可能性のある場所。という事で、依頼内容の詳細を説明させてもらいます」

 

 ウィルををつれ目的の場所へたどり着いたノイン。そこで改めて依頼の内容の詳細を説明する。連れてきたウィルは場所にただただ驚くばかりだった。

 

 それもその筈ノインが連れてきたのは神域にある無数の本棚が乱立する図書館のような場所だったからだ。

 

「探す物は、エヒトルジュエが書いたとされる資料で異世界からの召喚と使徒の創造に関するものです」

 

「ふむ。理由を聞いても?」

 

「ずっと違和感があるんです。私のマスターが呼ばれた事と私自身に関してどうしても疑問に思うのです」

 

 ノインにはミレディから事の真相を聞いた時から違和感があったのだ。ノインにはコウスケから直接知識を得た。だからこそ、解放者が本当にコウスケを呼び出したのかが気になってしまうのだ。

 

「本来ならマスターは別の世界と言っても次元が離れているんです。なのにこの世界で最も力がある解放者七人が()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なるほど…コウスケさんはハジメさんたちとは違いもっと違うところから来たという話でしたからね。エヒトルジュエが呼び出したのとは話が違うという事ですか」

 

 ノインの資料探しに協力しながら相槌を打つウィル。膨大な本の中から異世界召喚に関する資料探しを協力をしてくれるのはノインにとって大変有り難かった。また、話を第三者に話せば自身の情報の整理にもなるので事情を知っているウィルに話すのはためらいが無かった。

 

「では、もう一つのノインさんに関する事とは」

 

「…南雲様と戦う以前の記憶が完全に消失しているんです。まるで不要なものと言わんばかりに」

 

 自身の記憶を探っても始まりとして覚えているのがハジメと敵対していた時の記憶しかなかったのだ。それ以前の『ノイント』として行動していたはずの記憶が無くなっているのだ。

 

「使徒の中で私だけが異常でした。マスターといたときはさほど気にしなかったのですが今になって思うのです。もしかして私はエヒトルジュエに生み出されたのではなく()()()()()()()()()()()()()()()()のでは無いかと」

 

「つまり、元々はエヒトの使徒ではなく、コウスケさんたちが王都に現れたときに初めてノインさんが生まれてきたと?考えすぎでは…無さそうですね」

 

「盤上の駒ではあるつもりでしたが、ここまでくるとまさしく誰かの介入を感じてしまうのです」

 

 マスターであるコウスケには相談できなかった事だった。コウスケは本当に解放者が召喚し呼び出されたと信じていた。

 自分自身はエヒトルジュエが作り出した使徒の一体だと思っていた。

 

 だが本当は違うのではないか。根本的に間違えているのではないか。本当はもっと力のある別の存在にコウスケは呼ばれ自身は作り出されたのではないか。

 

「違っていたのならそれでいいんです。でも、もし仮に推測が当たっていたのなら…」

 

 だからノインはコウスケと別れたこの二か月間を神代魔法を習得するための迷宮攻略に時間を費やしたのだ。そして魔人族領や解放者の住居などを調べたのだが何も成果は得られなかったのだ。

 

(考えすぎかもしれませんが…どうにも引っかかります)

 

 ノインがしていることは終わった物語に粗を探すようなものだ。闇雲にあら探しをしかき乱す事ではない。それでもやはり気になってしまったのだ。

 

「ウィル様。貴方が依頼を受けてくれたこと真に感謝します。私一人では手が回りませんでした」

 

「別に構いませんよ。コウスケさんに関することなら私も協力いたします。…にしては報酬がどうかなとは思いますが」

 

 背中越しでウィルが苦笑しているであろう気配が伝わってきた。確かに報酬はどうすればいいのか判断できずノインが考えられる範囲でウィルが受けれるものをと考えたのだ。

 

「この調査に私が納得をしたら、貴方の冒険者活動に協力をしようと考えていたのです。 うん、流石に今考えてももっと別の事でお支払いをすればよかったんですが」

 

 ウィルに協力を持ちかけたのは事情を知っており尚且つコウスケがこのトータスで最も信頼した信用のある人間だったからだ。ユエ達に相談すれば力を貸してくれるかもしれないが、ノインには彼女たち協力を頼むのは憚れた。  

 

(彼女たちはは彼女たちの生き方がある。私の気の迷いに協力を頼むのは…出来ませんね)

 

 ユエ達の旅行と旅に誘ってくれたのはありがたいがノインはユエ達に干渉するつもりは無かった。それぞれにはそれぞれの生き方があり未来があるのだ。

 

「協力、ですか。つまり私と冒険者として組んでくれるのですか?」

 

「嫌でしたか?そろそろソロ活動から脱却をしたい頃なのかと思いましたが」

 

「うっ… その通りです。だから、本当にいいのですか」

 

「構いませんよ。貴方はマスターが選んだ人ですから」

 

 背中越しの会話だが雰囲気はいたって穏やかだった。後ろでワタワタとしている青年の気配がノインにはとても面白い。何となくコウスケが気に入った理由がわかる。この青年は真面目で穏やかな気質の持ち主だからこそコウスケは気に入ったのだろう。

 

「それなら…ノインさん。この依頼が終わった後ですが私と」

 

 バサリッ 背後から本が落ちた音がした。それだけならノインは特に気にしかなった。だが後ろにいたはずのウィルの気配が無くなったと勘づくと話は別だった。

 

「…ウィル様」 

 

 すぐさま短槍を構え背後を振り返る。ウィルの姿は無かった。ウィルが居たであろう場所には落した本が散らばっている。

 

 

「これは…どうやら当たりを引いてしまいましたか」

 

 周りには気配が無く、生きている物は自分しかいない。それなのに本能的に分かってしまう。どうやら自分は不用意に覗いてはいけないものを覗いてしまったのだと。そしてそれが自身をはるかに超える超常的存在であると理解した。

 

 

 

 

「ああ、…そういう事だったんですね」

 

 

 そう呟いたのが最後だった。

 

 

 

 

 

 

 そうしてその神域から  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も居なくなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コウスケは居なくなった。元の世界に帰ったのだと。

 

 目を覚ませばハジメ達からそう説明された。そこには確かにいつも笑っているはずのコウスケは姿はなかった

 

「ううっ…ぐすっ」

 

 事情を説明されリリアーナは泣いてしまった。別れを告げられたこと、好意が重いと言われてしまったこと、コウスケの手を握れなかった事、…本当は好きだと思われていた事。

 

 コウスケとの別れを思い出し涙があふれ、また今までの楽しかった会話を思い出し感情が不安定になる。起きてからずっとリリアーナは涙を止めることが出来なかった。

 

「リリィ…大丈夫」 

 

 そんなリリアーナの傍にいたのはユエだった。泣いて目を赤くするリリアーナに慈母のような笑みを見せ優しく頭を撫でる。

 

「ユエっさん。私は…私はあの人にっ」

 

「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて」

 

 子供の様に泣きじゃくるリリアーナにたいしてユエは背中を撫でる。それがまたリリアーナの感情を高ぶらせる。優しさが今は何よりも嬉しく辛かった。

 

 それから時間が暫く立ち背中を撫でられ子供のように泣きじゃくっていたリリアーナはようやく落ち着いて話をすることが出来た

 

「すみません…みっともないところを見せてしまって」

 

「平気。ちゃんと泣ければそれでいい」

 

 幼い外見ながらも微笑みを見せるユエは自分より年上だという事を強く認識させた。だからリリアーナは自分の心情を心置きなく話すことにした。今は話をしたかったのだ。

 

「私…知らなかったんです。コウスケさんから重いと思われていたなんて」

 

 ただ自分の思いを真っ直ぐ伝えていたのだ。まさかそれが逆効果になってしまうなどリリアーナにはわからなかったのだ。話を聞くユエは少しばかり考えて口を開いた。

 

「コウスケは多分この世界に来るまで女の子と触れ合う機会が無かった。寧ろ嫌われていると考えていたフシがある。だから素直に好きだと言っても疑ってしまった」

 

「そう、だったんですか。 …考えてみればコウスケさんは自分の過去を話しませんでした」

 

 ユエの言葉で少し納得したリリアーナ。想い返せばコウスケとの会話は何時もリリアーナの事や今までの冒険が話題の中心となっていたのだ。コウスケは過去についてあまり話したがらなかった。 

 

「好きだと言われて疑って。嬉しい反面どうして自分がと思ったはず。だからリリアーナの事を後回しにしていた。女の子の気持ちが理解できなかった」

 

「私はコウスケさんのその気持ちを理解できず距離を詰めすぎてしまったんですね……それにしてもユエさん、随分とコウスケさんの事を知っている風に話すんですね」

 

「妬いている?」

 

「…少し」

 

 くすくすと笑うユエ。そんな風に笑われるとリリアーナも何とも言えない顔になってしまう。そこへガチャリとドアを開く音が聞こえシアとティオの二人が部屋に入ってきた。

 

「リリアーナさん、大丈夫ですか?」

 

「はい大丈夫です、…心配をおかけしました」

 

「その顔を見ると何とか持ち直したようじゃな」

 

 リリアーナの顔を見るなりほっと息を吐く二人。そんなに酷い顔になっていたのかとリリアーナが疑問に思えばシアが頷いた。

 

「酷いってもんじゃないですよ!なんだか今にも消えてしまいそうで」

 

「絶望とはああいう顔をするんじゃのぅ…本当に平気か?」

 

 心配げに接してくれる二人に笑顔を見せようとして…リリアーナは止めた。どうせ取り繕った所で勘の良い友人たちにはばれてしまうのだ。ならば本当の事を話すことにした。嘘偽りなくあるがまま正直に。

 

「…辛いです。コウスケさんともう会えないことが本当に辛いのです。あれだけ忘れた方が良いなんて言われたのに、それでも私コウスケさんの事が忘れられないんです」

 

 ほんの少し涙が目の端に沸いてくる。それでもリリアーナはこの人のいい友人たちに話すことにした。 

 

「あの人の笑顔が忘れられません。あの人の優しさが、悔やむ顔が、悲しそうに笑顔を見せるところが忘れられなくて…また会いたいって思うんです」

 

 そこまで言ってまた涙がこぼれた。只会いたい、何を言えばいいのかどう接すればいいのか。分からなくてもリリアーナはコウスケにただ会いたかったのだ。そんな笑顔がくしゃくしゃになった恋する女の子にユエは近づき目線を合わせた。

 

「ん。良い顔になった。女の子は恋を知って現実を知ってちゃんと泣いて…それからまた立ち上がる物」

 

「…ユエさん?」

 

 リリアーナがポカンとした顔を見せる中ユエはニヤリと笑う。その様子にシアとティオがこそこそと内緒話をする

 

「…ユエさんなんかドヤ顔で語ってますが恋愛経験ありましたっけ?」

「いやまだ処女だったはずじゃ。…あれじゃろ年上ぶりたいのじゃろ妾にもあんな時期があったのぅ」

「大人の女を演じたいんですねぇ …見かけロリッ娘なのに無茶をしますぅ!?」

 

 後ろから聞こえた声に適当な魔法を撃ち改めてリリアーナに向き合うユエ

 

「リリィ答えて。コウスケの事を諦めきれない?また会いたいって思う?…どんなに拒絶をされても一目会いたい?」

 

「はい、会いたいです。諦めきれません」

 

 その言葉を聞いて世界最高峰の魔法を使える吸血姫は恋する少女に向かってニヤリと笑った。

 

 

 

「なら、恋する少女の可能性。それがどんなものか貴方に教えてあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん、んん?」

 

 零れ落ちるような日差しの温かさで意識が浮上していく。眠たげに目をこすり体を机から起こしそのまま少しだけぼんやりと周りを見渡す

 

「私、眠っていた?」

 

 机の上には書類が散らばっており自分が昨夜遅くまで政務をしていた事を思い出す。ワーカーホリックの自分に苦笑し体を起こし少しばかり体を伸ばす。ポキペキと小気味の良い音を立てる体を簡単にストレッチしながら小窓のカーテンを開けた。

 

「うん、いい天気」

 

 外から降り注ぐ日差しはとても気持ちが良く気分が現れるようなものだった。先ほど見た夢も相まってリリアーナは何となく今日が良い日になるのではないかと思ったほどだ。 

 

「それにしても随分と懐かしい夢を見ちゃった。 …あれからもう六年もたつのに」

 

 先ほど見た夢の内容を反復しながら一人呟くリリアーナ。コウスケと別れユエから誘われたあの日から実に六年も月日がたっていた。

 

 懐かしさを感じながらもテキパキと身だしなみを整えていく。そうしながら今日の政務の段取りを考えていく。それがいつもにリリアーナの日課だった。

 

 そうして準備を済ませた時だった。部屋のノックの音が鳴る。返事を返せば現れたのはランデルだった。

 

「おや?姉上今日は随分と機嫌が良さそうですね」

 

 そう言って不思議そうな顔をするランデルはあの時から随分と成長し十六歳となっていた。美少年と言う少年特有の可愛らしさは鳴りを潜め、男性として精悍な顔つきへと変わっていった。体つきもしっかりとし、身長は随分と前にリリアーナを越してしまった。

 

 そんな弟にリリアーナは先ほどの夢の事を懐かしみながら話した。

 

「さっき、夢を見たの。随分と懐かしい夢」

 

「懐かしい夢、ですか」

 

「コウスケさんが居たときの夢。…本当に懐かしい」

 

 懐かしむように言えばランデルの顔が一瞬だけ影を差す。そんな事にリリアーナは気付かずに話を続けていた。

 

「コウスケさんたちが召喚されて、色々あって、エヒトとの戦いがあって…そしてコウスケさんと別れるまでのそんな夢を見ていたの」

 

「…そうでしたか」

 

 リリアーナの言葉に思う事があるのか少しばかり考え込むランデル。そんな弟に話題を変える様にリリアーナは部屋に来た要件を聞くことにした。

 

「実は姉上に婚約したいという方々の便りが届きまして」

 

 ランデルが言うにはリリアーナに結婚を申し込みたいという人が大勢いるのだとか。リリアーナ自身そんな気はこれっぽちも持っておらず返事を先送りにしていたのだが、どうやら結構な数がたまってきたらしい

 

「もう、私はそんなことするつもりないのに」

 

「結婚適齢期が来ているって事ですよ姉上。全く自分がどれだけモテているか気づいていないんてやっぱり姉上は姉上ですね」

 

 十四歳だったあの時から六年もの月日が流れ今リリアーナは二十歳となっていた。背は少しばかり伸び少女特有の可憐さを備えたまま女性としての美しさも出てき始めたのだ。それは実の弟の目からしてもリリアーナは綺麗に成長していた。

 

「私の事はいいのっ それよりランデルこそ如何なの?ミュウちゃんとは上手く行ってる?」

 

「おっとこれは耳が痛い。勿論上手く行っていますよ。…内密にですが」

 

 苦笑するランデルはどうやらミュウと上手く行っているようだった。六年前の決戦時に知り合ったらしいが、詳細は恥ずかしいので教えてくれないという事だった。

 揶揄うような姉から逃げるようにしてランデルはフッと溜息をついた。

 

「私の方はそれこそ上手く行っているのでいいんです。それより姉上、結婚は成されないのですか」

 

「私は…ほかにやる事があるから、別にいいかなって」

 

「…行き遅れが身内にいると私の立場が悪くなるのですが」

 

「うっ」

 

 リリアーナは二十歳となり王族としてはもう嫁いでいてもおかしくは無かった。それでもことある事にのらりくらりと躱してきたのだ。

 

「ま、その言い訳も別にいいです。姉上今日は改めてお話に着ました」

 

「急に改まってどうしたの?」

 

 急に背筋を伸ばし真剣な顔つきになるランデル。その顔が父親と似ていると場違いな事を考えたリリアーナ。続くランデルの言葉に思考がストップした。

 

 

 

「いい加減、コウスケさんの所へ行ったらどうですか姉上」

 

「えっ…」

 

 動揺するリリアーナにランデルは呆れたように肩をすくめる。全てはお見通しだと言わんばかりに口角を吊り上げた。

 

「私が何も知らないだと思っていらっしゃるのでしたら大間違いです。長期の休暇を使って貴方が誰と出会っているのかちゃんと把握していますよ」

 

「ランデル貴方知ってっ!?」

 

 動揺する姉に対してやはりランデルは大きく溜息をついた。全ては調べがついていたのだ、ランデル抱える騎士団に新たに設立された諜報部隊によって。

 

「ユエさんシアさんティオさんと会ってコウスケさんの所へ行くための魔法の調練をしていた。全く姉上はいじらしい物です。堂々と王城ですればいいのに」

 

 弟の推測の正確さにリリアーナは何も言えなかった。リリアーナはあの日からずっとユエ達から魔法の手ほどきを受けていたのだ。全てはコウスケに会うために。

 

「…知ってて黙っていたの?」

 

「勿論です。大っぴらに応援することは出来ませんでしたが、姉上は姉上の好きなようにすればいいんですよ」

 

 ランデルは美しくなったリリアーナを見る。恋をして失恋し泣いてそれでも惚れた男の為に頑張るいじらしくも誰よりも大切な家族に父親からの伝言を伝える事にした。

 

「姉上、父上からの伝言です。『お前の幸せを誰よりも願っている』と。これは母上と私も同様です。貴方には誰よりも幸せになってほしいんですよ」

 

「…お父様、お母様、ランデル」

 

 驚くように息をのむリリアーナにランデルは微笑む。その笑みは優しかった父親と同じようなものだった。

 

「姉上、この国はもう大丈夫です。もう姉上の手に掛かる事はありません。だから今度は姉上の幸せの為に生きてください」

 

「…本当に何もかもお見通しなのね」

 

「弟ですから」

 

 ユエ達からの調練によってリリアーナは神代魔法を習得し空間を超え世界を超え次元を超えるまでの力を得た。それは教える者の腕が良く、リリアーナ自身諦めが悪く、何よりコウスケに会いたいという気持ちでやって来れたのだ。

 

『恋する乙女の可能性は無限大』

 

 そう言ってくふふと笑っていた師の言葉が頭をよぎる。それでもあと一歩踏み出せれなかったのはこの成長する国にもう少しだけ恩返しをと思っていたからだ。だがそれもランデルは構わないというのだ。

 

「…私は私の幸せを望んでいいのかな」

 

「構いません。寧ろさっさと行ってください。生涯独身を貫く姉なんて見たくありません」

 

「ふふっ 本当に生意気を言うようになったわね、ランデル」

 

 コウスケの座標を確認する様に肌身離さず持っていた白百合のペンダントをそっと手で包み込む。コウスケもまた同じような物をもって消えて行ったのだ。だからこのペンダントこそがコウスケのいる場所の座標となり道しるべとなっていた。

 

「それじゃあ後の事を頼んだわよランデル」

「任せてください。そちらこそもう二度と離さない様にしてください」

 

 

 いつもの様に、それでもどこか寂しそうに会話をする姉弟。そんな時に部屋をノックする音が聞こえた。

 

「リリアーナ様。申し訳ありません、こちらにランデル陛下はいらっしゃいませんか?」

 

 騎士団長アラン・ソミスの声だった。振り返りランデルは自分がいる事を告げる。

 

「私はここにいる。すぐにそちらへ向かう故少し待っててくれ!」

 

「はっ!失礼いたしました」

 

    

 そうして返事を返したランデルは室内へと振り向くと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

「行ったのですね姉上。 …どうかお幸せに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋には暖かな日差しが流れ爽やかな風が入ってくる。名残惜しそうに部屋を眺めながらランデルは姉の幸せを願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次が本当の最後となりますね…


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ありふれた勇者の物語

お待たせしました、これにて完結です!

それでは最後まで都合のいいお話の始まり始まり~

一応説明です。ハジメ達が召喚されたのは当小説では高校二年生の5月ぐらいを想定して書いています。一応ご注意を~


 

 

 

 

 

 キーンコーンカンコーン~キンコーンカンコーン

 

 チャイムが鳴り、生徒たちのざわめきが教室内を騒がせる。明日から学生待望の夏休みとなるのだ。学校が午前中で終わり気が早い者は友人たちと何処へ遊びに行こうかと言う話題で盛り上がっているという学生特有の活気が教室を包み込んでいる。

 

 その中で天之河光輝は今日こそ南雲ハジメと話をしようと席を立った。つかつかと歩み寄り清水幸利と何やら話をしているハジメに近寄る。

 

「南雲、ちょっといいだろうか」

 

「天之河君。 …何か用かな?」

 

 清水との会話を中断し真っ直ぐと光輝に振り向くハジメの雰囲気はやはり光輝が知ってる以前のハジメとは比べ物にならないほどに変わっていた。

 

 

 

 今から大体二か月ほど前、昼休みの教室をまばゆい光が埋め尽くしたのだ。何事かと腕で光を遮って光が収まるのを感じ目を開いた時…そこにあったのはいつもの教室だった。弁当やら教科書、水筒などが散乱している以外は光った時と全く変わらない状況だったのだ。

 

 いったい何があったのかと動揺している光輝の前でハジメと愛子先生、他数名だけは何やら落ち着いて掃除を始めていたのが光輝にはとても異質な光景に見えたのだった。

 

 そこから教室内の雰囲気は変わった。何が変わったのか光輝には全く持って理解できなかったが、南雲ハジメがほかのクラスメイトと普通に会話をし、談笑しているのをよく見かけるようになったのだ。特に仲がいいのはほとんど光輝の記憶にはない清水幸利とよく話す様になった。

 

 他にも愛子先生や谷口鈴と会話をしているのを度々見かけた。クラスの行事や授業を真面目に執り行っていた。不思議な光景だった、いつも遅刻ギリギリに登校し、授業にいつも寝て自分は何も興味ないから後は他の人がやってくれと言わんばかりの自分本位の行動が無くなったのだ。

 

 光輝はそれを喜ばしい事だと思った。何時もやる気が無いハジメが何が切っ掛けかは知らないが良い方向に変わったのだ。時折自分の顔を見て遠くを見るような目をするのが不思議だったがとにかくクラスメイトの学生態度が変わったのは喜ばしい事だと本気で思ったのだ。

 

 ただ一つ光輝は気に入らないことがあった。

 

「それで、話って何かな?」

 

 人気のない廊下でハジメと向き合う光輝。やはり対面して改めてハジメは変わったと感じた、以前の愛想笑いで場をやり過ごそうという態度は無く、自然体で光輝と向き合っていた。

 

 だから光輝は自分自身気付かないうちにイラついた口調でハジメを詰問した。

 

「南雲…君、香織と付き合っているんだって?」

 

 白崎香織は天之河光輝にとって幼馴染だ。優しく面倒見が良く人のいい香織が度々遅刻常習魔のハジメに話しかけ世話を焼いているのを見たことがあった。あのまばゆい光が教室を覆った日もそうやって面倒を見て弁当を分けようとした様に光輝は香織の優しさハジメが甘えているように見えたのだった。

 

 そのハジメが香織と付き合っているという噂が立っていたのだ。そんな事あり得ないと思った光輝。現に学校内ではハジメと香織が仲良く会話をしているところは見たことなかった。だが学校外ではよく合っているという話を耳にしたのだ。

 

 どうせまた、香織が世話を焼いているのだろう、香織に甘えているのだろう。そう考えた光輝は香織に頼るのをやめる様に今日直にハジメに言いに来たのだ。自分が気付いてさえいない醜い嫉妬心を露わにしながら。 

 

「どうせまた、香織に甘えているんだろう。そんな事では君の為にならないし香織にだって迷惑だ。だk」

 

「うん、付き合っているよ」

 

「……は?」

 

 あっけらかんと答えるハジメに光輝は口をあんぐりと開けてしまった。そんな光輝にハジメは特に気にした風でもなく淡々と、しかしどこか気恥ずかしそうに頬を仄かに赤くさせ光輝が無意識にだが最も聞きたくなかった事を話し始めた。

 

「僕が告白したんだ、付き合ってくださいって。そしたらOKをもらえたんだ。いやぁあの時は本当に恥ずかしかったよ」

 

 照れ臭そうにしかし嘘をついてるようには全く感じさせない声音でハジメは香織との交際関係を認めた。それがまた光輝には気に食わない。

 

「嘘を言うな!香織がそんな事を言う訳…どうせ南雲が」

 

「はい、ストップ」

 

 溢れる衝動のまま口汚く罵ろうとした時だった。ハジメが人差し指を口元にやりシーッと声を潜める様に光輝を促したのだ。余りの突然な行動で口を止めざるをえない光輝。そんな驚いているクラスメイトにハジメは小さな子供を諭す様に穏やかに笑いながら話し始めた。

 

「駄目だよ天之河君。悪口を言うと君の格が落ちちゃう。…君が否定するのも仕方ないかもしれないけど事実なんだ」

 

 穏やかな声話すその様子は本心で言ってるようだった。でもどうしてと光輝が口を開く前にハジメはどこか悲しそうな目をした。その目が余りにも深刻そうでうっと息を飲む光輝。 

 

「勿論、君が否定したくなるように僕と白崎さんが釣り合っている様には見えないだろうし色々迷惑を掛けていたのも事実だけど…これでもちゃんと白崎さんと

釣り合うように頑張っているんだ」

 

 確かにハジメはクラスの行事には積極的に参加しているし、授業態度も改善されている。だからと言って光輝が納得するのかは別問題だった。

 

「それでも俺は認めることが出来ない、香織が南雲と付き合っているなんて」

 

「そう、…その顔で言われるとなんだか悲しくなるね」

 

 小さな声で何事かを呟くとそのまま踵を返しハジメは光輝の前から立ち去ろうとする。興味を失くしたと言うよりこの場にいるのが嫌だと言わんばかりのハジメの背に光輝は手を伸ばす。

 

「待て南雲!話はまだ終わっていないぞ!」

 

 まだ話は終わっていないとハジメの肩を掴もうとするがその前にハジメが振り返った。少しだけ労わるかのような目だった。

 

「そう言えば、中村さんは大丈夫なの?白崎さんから聞いたけど…具合はどう?」

 

 唐突な話題の変化。話を逸らそうとしているが、同時に友人である中村絵里の事を思い出す光輝。あの奇妙な出来事の次の日から学校に登校しなくなったのだ。急な出来事だったため光輝は事情を把握することが出来ず、恵理はそのまま休学となった。

 

 今はカウンセリングを受けており、恵理の親友である谷口鈴と畑山愛子先生が頻繁に香織が偶に様子を見ているようだった。

 

「あ、ああ 恵理は…平気だ」

 

 嘘だ。恵理に声を掛けようとした時に見たあの肉植獣を思わせる肉欲の目と今の周囲を怖がるように怯える目線の動きは普通ではない。何故そんな目をするのか、何を怖がっているのか、光輝には理解できない。ただ分かるのは以前見た控えめで温和な女の子に戻るのはかなりの年月が必要だと感じたぐらいだ。

 

「君の事を慕う女の子だ。……()()()()()()()()()()()()ってのだけは止めときなよ」

 

 忠告と助言と無関心が混ざり合った声を出すと光輝に振りむくこともなくハジメはそのまま立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 教室に帰ったハジメを迎えたのはつまらなそうに頬杖をついている清水幸利只一人だけだった。ほかの皆は始まった夏休みを少しでも伸ばそうとするために帰ったのだろうか。頬杖をついていた清水はだるそうにハジメに向かって鞄を放り投げ自分もさっさと帰り支度をする。

 

「ん」

 

「ありがとう」

 

 難なく自分の鞄をキャッチしたハジメ。そのまま清水と連れ立って教室からでる。廊下には人影が見当たらない、明日から夏休みなのだ。皆思い思いに帰宅したり遊びに出かけたりと長い休日を満喫するのだろう

 

 

「で、天之河なんだって」

 

「特に何も。いつも通りの子供の嫉妬だよ」

 

 光輝との会話内容に端的に返せば清水は納得をしたようだった。面倒そうに顔を顰めると溜息をついた。そしてハジメに向かってニヤリと笑う。

 

「やっかみを食らって大変だな リア充さんよぉ」

 

「特にどうって事は無いよ。…天之河以外からの嫉妬は無くなったんだからそれでいい」

 

「そうだよなぁ、みんなちゃんと知ってるもんなー  …あれから二か月か」  

 

 小さな懐かしむ声はハジメの耳に届いていた。

 

 

 異世界トータスから帰還してハジメ達は二か月となる。クリスタルキーはいつの間にか出来てありコウスケが作ったものだとノインが言った。使えば時間と空間を越え、あの召喚された直前に戻って来れるというなんともご都合主義な代物だとノインは珍しく苦笑した顔で言っていたのが印象的だった。

 

 トータスでの出来事を明確に覚えている物はハジメと清水と香織。後は畑山愛子と谷口鈴、それから檜山大介だけだった。

 

「谷口鈴は中村絵里の事を考えて。畑山先生はもし万が一生徒たちが記憶をフラッシュバックさせたときの保険と事情を知る理解者となる為…じゃないか」

 

 と言うのが清水の推測だった。結果的に鈴と愛子に話を聞いてみたらコウスケから直々に頼まれていたらしい。つくづく心配性な彼らしいとハジメは苦笑した。

 

 

「異世界に行って結果的にクラスの雰囲気も変わったし、良い事…なのか?」

 

「さて、僕にはわからないよ 檜山も中村も居なくなったのが果たしてどうなのか」

 

 廊下を歩きながら清水と会話を続ける。話題はトータスに行ってからのこちらの世界の話だ。

 

 檜山大介は高校を自主退学した。コウスケに植え付けられ根付かせられた道徳心と常識は檜山の人格を歪ませ、良識人へと変貌した。そんな檜山は命を奪おうとしたハジメや迷惑を掛けたほかのクラスメイト達と一緒に高校生活をすることに耐えられないと愛子に相談したのだ。

 

 どういう話と相談があったのかはハジメは知らない。だが檜山はハジメの前から姿を消した。最後に一言

 

『すまなかった』

 

 とだけハッキリと言ったのだ。今後もう会う事は無いだろうし、会った所で仲良く会話をすることもないんだろうなとハジメは思った。

 

 

「檜山はともかく中村はどうするんだ?今更だけどアイツは筋金入りのアレだぞ?」

 

「そこは白崎さんが任せてだってさ」

 

「ふーん …ああ、監視か」

 

「多分ね。もしくは保護か。…どっちもが正解かな」

 

 中村絵里は休学中である。谷口鈴と畑山愛子がコウスケから事情を聴いたらしく、家庭内でのどうこうを言ってたような気がしたが香織からは探るのはそこまでにしてほしいと言われた。

 

『ゴメンねハジメ君。後は私がやっておくから、気にしないで欲しいの』

 

 どうやらハジメの負担になってほしくないという事らしい。後は自分がすると言った香織の思惑はクラスメイト達を危険にさらそうとした裏切り者を監視するためか、または友人としての情なのか。どっちでも良かったしどうでも良いと思った。中村絵里がどうなろうとハジメにとっては只のクラスが一緒になっただけの人だ。情も敵意ももう持たない。

 

「…まぁいいけどよ。それより新しく発売したゲーム買わないのか?」

 

「どうだろう。今の所なんかやる気が起きなくて」

 

 燃え尽き症候群という奴だろうか、新しくゲームが発売されても今一買おうとは思えなくなってしまったのだ。持っているゲームもまた一人で遊んでいると急に詰まらなくなってしまう。趣味の合間に人生と謳っていた自分が随分と変わり果てたものだと苦笑いをしてしまう。

 

「どうする?どっか寄っていくか?それとも俺んち寄るか?汚いけど」

 

 日本に帰ってから清水と遊ぶようになった。元々アニメやゲームが趣味の二人だったのだ。すぐに馬が合い話に花を咲かせる様になりお互いの家で遊ぶようになっていった。今では帰り道にゲームショップへ行ったり偶に飲食店に行ったりと気を遣わない気楽な相手となっていた。 

 

「今日は…やめとく。少しのんびりしようかな」

 

「そうか、ならそれでいい」

 

 何となく遊ぶ気分にはなれなかった。異世界の事を思い出してしまったからだろうか、それとも…天之河光輝の顔を直視してしまったからだろうか。

 

 

『あーイケメンになれてサイコーって思うことができたらなー』

 

 

「…っ」

 

 ズキリと心が痛む。消えない傷がまた広がる様な錯覚に陥りそうなのを振り払う。全ては終わったことで、納得したのだ。たとえそれが無理矢理にでも。その動揺が清水にも伝わったのか心配そうに顔を見られてしまった。

 

「…南雲、お前本当は」

 

「言わないで。…そこから先は言わないでくれ清水」

 

 湧いて出てくる感情を押さえつけ、清水に頼み込み口を閉じさせる。あってはいけない感情だった、だから振り払い元の表情へと戻る。そして清水に対して意地の悪い笑みを浮かべる。からかいを入れてふざける様に、動揺を隠す様に。

 

「そう言う君こそどうなんだ清水。気付いていたか分からないけどティオが寂しがっていたんだよ」

 

「ティオさんが?…いやそりゃねぇだろ」

 

 話題を向けられた清水は少し気恥しそうにだがきっぱりと否定の言葉を言った。面倒そうに顔を背けるもその頬は少し赤くなっていた。

 

「大体一般ピーポーの俺がティオさんについて行ってどうするんだっての、あの人にはあの人の未来があるんだ。そりゃ会えないのは寂しいけど、これもまた青春の一ページって奴だ」

 

 異世界の仲間を想い返しているのか、遠い目をする清水は穏やかな表情をする。色々あったが異世界の出来事は清水を大きく成長させたようだった。  

 

 

 ほどなくして玄関へ出た。上履きを吐き替え学校から出て…そこで気が付いた様に清水が口を開いた。

 

「っと。すまん南雲。俺ちょっと用事があるから」

 

「ん? わかったよ」

 

 帰宅する道は途中までは一緒である、だが今日は珍しく清水がここで別れるというのだ。何だろうとは思いつつもそう言う時もあるかとハジメは気にしなかった。

 

「それじゃあ 『()()()()』だな 南雲」

 

「またね 清水」

 

 奇妙なイントネーションをする清水に手を振り別れの挨拶をする。以前では出来なかったこの何でもないやり取りがハジメには心地よい物だった。だからハジメは気付かなかった、清水が少しだけ寂しそうに手を振っていることにハジメは気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ハジ…南雲君!」

 

「白崎さん」 

 

 清水と別れ、まっすぐ家に帰ろうかと考えたときにハジメは後ろから追いかけてきた香織とばったり出会った。急いでいたのか少しだけ汗ばんでいる香織。ハジメが立ち止まり待っていると気付いてからは嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「今日は生徒会じゃなかったの?」

 

「早めに切り上げてきたの、いつも私に頼ってばかりじゃ他の人が育たないからね」

 

 そう言うとハジメの横に並び一緒に歩き始める。ハジメの横に並べたのが嬉しいのか先ほどから随分と機嫌が良さそうだった。一応学校にいる間は名前呼びなどを隠してはいるのだが…機嫌が良さそうだったので仕方ないかと思うハジメだった。

 

 トータスから日本に帰ってきてハジメは香織と交際を開始した。と言っても清水や八重樫雫も交えて遊びに出かけたことがあるとか偶に二人で遊びに行くだとか一緒にご飯を食べるだとかで友人の延長線のようなものしかしていなかった。

 

 そんな女性交際経験ゼロのハジメの付き合い方でも香織は不満を言う事もなく嬉しそうに笑っていた。

 

 香織曰く

 

『ある人から言われたの。焦っちゃ駄目だって。だからハジメ君のペースで行くべきだと思う』

 

 との事だった。どこか遠くで聞いた懐かしい助言だった。言った本人が好いてくれる女の子に言うべきだった言葉だった。 

 

 そんなこんなでハジメと香織は交際をしている。ただし学校では只のクラスメイトでいようとハジメは香織と話し合った上で決めたのだ。

 どういう事情があれどハジメは不良生徒だ。遅刻ギリギリで授業中はいつも寝ているなんの為に高校に来ているのか理解できない不純物であるのだ。だからまずはその過去の自分がやらかした過ちを正す為にハジメは学校で頑張ろうとしたのだ。

 

 香織は少しばかり不満そうだったが周りからやっかみを受けるのは当然とハジメに断言されてしまったので大人しくすることとなり学校では話すことは少なくなった。

 そうしてハジメも模範的な行動をするようになって教師から授業態度が劣悪と言われていたのから意外と頑張っているに評価が変わり(愛子がこっそり教えてくれた)生徒間でもまぁ特に可もなく不可もなくといった評価まで上がる事になった。 

 

 

 南雲ハジメは白崎香織と付き合っている。

 

 

 その噂は結局出てきて瞬く間に拡散されたが直ぐに鎮火された。勿論ハジメにやっかみの視線や嫉妬、敵意があったのは紛れもない事実だった。だが、ハジメが香織と釣り合おうと行動していることは直ぐに広がり、男子生徒達からは依然として少数の嫉妬の視線を受けられることも有ったがその視線はだいぶ減り女子生徒からも仕方ないとみられるようになった。

 

(と言っても僕が行動したからと言うより、皆や白崎さんのお陰なんだよね)

 

 結局はクラスメイト達がそれとなくハジメが良い奴だと噂を流してくれたのと香織自身がポツリと言った言葉が直接的な原因だったかもしれない。

 

『私が誰かを好きになったら駄目なのかな…』

 

 こんな言葉を小さくはっきりと聞き耳を立てている人たちに言ったのが広まったのかもしれないとハジメは考えた。

 

 そうして何だかんだで学校で二大女神(香織はこの称号に憤慨している)の片割れと堂々と?付き合うことが出来るようになったのだ。最も学校では依然として隠すようにはしているが。

 

 学校が終わればクラスメイトから彼女彼氏の関係になる。最もハジメにとっては未だに何をすればいいのかどうすれば彼氏らしく振舞えるのか模索中でしかなく、トータスにいた時の様に接することしかできないのが現状なのだが。

 

「南雲君、明日から夏休みだねっ 予定はどうするの?」

 

「うん? えーっと…」

 

 にこやかな顔で夏休みの予定を聞かれてしまう。自分がハジメと一緒に居ることは当たり前だと言わんばかりの聞き方で少しばかり困ってしまう。取りあえずは無難なものを選択するハジメ。

 

「出来ればだけど海とか、夏祭りとか…行けたら良い、かな?」

 

「わぁ~夏って感じだねっ それじゃ準備をしないと」

 

 小さな声で「水着…奮発して 浴衣あったかな?」と呟きながら本当に楽しみと言った感じで機嫌が良さそうな香織。そんな恋人の様子にハジメは苦笑する。ありきたりな所を選んだだけなのだがそれでも香織は喜んでくれたようだった。 

 

「どうする?他の人も呼ぶの?」

 

「…うん?」

 

「海。皆で行くの?って話」

 

 てっきり二人で行くのかと思ていたのだがどうやら自分の考え過ごしだった。慌ててほかのメンバーも呼ぼうと言おうとしたところで、そっと香織がハジメの耳に口元を寄せてきた。

 

「それとも…二人っきりで行く?誰にも邪魔されずに隠れる様に…ホテルを取って、ね」

 

「っ!」

 

 蠱惑的な囁きだった。甘く脳が痺れるような…心臓がドキリと波打って驚いて香織を見ればくすくすと笑っていた。どうやらからかわれてしまったようだった。

 

「もうっ からかわないでよ白崎さん!」

 

「ふふっごめんね南雲君。ちょっとからかってみたかったの」

 

 心底楽しそうにころころと笑う香織に照れてしまう。早鐘を打つ鼓動を無視する様に皆で行くことを提案する事にした。そうでもしなければまたからかわれそうだ。

 

「清水は呼ぶとして、…御免。僕の知り合いじゃ他に呼ぶ人いない」

 

「そんなに悲しそうに言わないでっ 私の方から雫ちゃんと、鈴ちゃんも呼ぼうかな。後は…保護者として愛子先生?」

 

「先生。 見た目からしてどっちが保護者か分かんないだろうなー」

 

「他には、…うーんどうしよう」

 

 メンバーの事を考えるとどうしても同じクラスでトータスへ行ったメンバーとなってしまう。仕方のない事だし、その方が気楽でもあった。ただ、男連中が少ないのが少しばかり気がかりか。

 

(しょうがないよねー 僕には男友達って少ないしクラスの人を誘うのはまだちょっとだしさ。それに白崎さんの水着姿を他の男どもに見せたく……っ!)

 

『駄目だ…俺には無理だ!幾ら仲間内だってユエにシア、ティオの水着姿なんて見れねぇ!絶対下半身が暴走するぅ!つーか南雲!お前香織ちゃんの水着姿を見て何にも思わねぇのかよ!?』

 

 ズキリとまた心が痛む。他愛の会話が幻聴のようにハジメの脳内に再生される。懐かしき遠い過去がハジメの心を蝕む。

 

(あれは…ウルの町で、海で遊ぼうとして…■■■■は、照れてしまって…)

 

 陽炎のように親友が居たあの日を思い出す。只の日常の会話がハッキリと耳に残っている、心が忘れる事を拒否しているのだ。頭にかぶりを振り陽炎を消す。全ては終わった事なのだ。

 

「南雲君? 顔が青いよ」

 

「え、っと ちょっと暑かったからかな、大丈夫。すぐに治るよ」

 

 気遣うような香織の声で我に返る。心の痛みは止まって、幻聴は収まった。冷たい汗をかきながら大丈夫だと何でもない風を装う。そうでもしなければ心配をかけてしまう。

 

「…そう」

 

 そう言って香織は納得してくれたようだった。だからハジメは香織の目が鋭くなったことに気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

「風が気持ち良いね~」

 

「この頃日差しが強くなってきたからね」

 

 二人は現在高台にある公園にいた。二人でベンチに座り爽やかな風を浴び少し休憩していたのだ。この時間帯にしては珍しく人気が無い。まだ正午を回ったばかりだからだろうか。ともかく恋人連れのハジメにとっては都合が良かった。

 

「気分はどう?」

 

「大丈夫、本当にありがとう白崎さん」

 

 この公園に来たのは香織が体調が悪くなったように見えたハジメを気遣っての事だった。体調はもう大丈夫ではあるのだが折角の気遣いを断るのも申し訳なく心配してくれるのも嬉しかったので香織の言葉通りに公園にやってきたのだ。

 

「~~♪」

 

 どこか気分よく鼻歌を歌う香織。目を閉じハジメの左横に座っているが体の方は密着していると言ってもよいほど近かった。寧ろ頭をハジメの肩に預けてきた。香織の女の子特有の甘い匂いがハジメの鼻をくすぐる。照れてしまうが離れる気はないようなので好きにさせる事にした。

 

 初夏の日差しと流れる爽やかな風が気持ちが良い。このまま眠ってしまいそうなほどに。 

 

「海に行った後何処に行くの?」

「そうだね…山でキャンプってのもどう?これもだけど皆と一緒に」

「面白そう でも私の家族も予定しているみたい」

「ありゃ 行事がダブっちゃうのはマズいね」

「だから、南雲君も一緒に来る?」

「それは、白崎さんの家族にお邪魔じゃないかな?

「きっとお父さん南雲君の事に気に入ってくれるよ」

「…だったら嬉しいな」

 

 隣の少女との会話を楽しむ。本当に今日はとても機嫌が良い。甘えるようにぐりぐりと頭をこすりつけてくる。

 

「山に行った後は?」

「うーん夏祭りかな?気ままに散策して見るのもいいかも」

「なら浴衣を着ていくね。…ふふっ」

「どうしたの?」

「私が初めて南雲君を見た時を思い出したの」

「あー 恥ずかしいから忘れてほしいんだけど」

「ダーメ。おばあさんと小さい男の子を助けようとする南雲君、恰好良かったよ」

「土下座して一生懸命御免なさいって謝り続けるのはカッコいいのかなぁ」

 

 右手で少女の頭を撫でればふにゃりと微笑み、左腕に愛おしそうに抱き着いてきた。

 

「その後は?」

「流石にその頃になると疲れてくるから…ゲームかな?」

「と言う名の自宅デート?」

「…それを認めるにはちょっと恥ずかしい」

「えへへ、じゃあ一緒にやろう」

「それなら簡単な奴から始めようか」

「初めての私のリードをお願いします」

「うん……うん?」

「ふふふ」

 

 くすくすと笑う少女との会話はまるで蜜月の様。心に染み込むように甘く温かく何より穏やかだった。

 

「一杯遊ぼうね南雲君」

「うん。きっと来年は就職か進学かで大変だからね」

「三年生になるもんね。南雲君はどうするの?」

「僕は…就職の方に行こうかなって思う。白崎さんは?」

「私は大学に行こうかな。…寂しい?」

「寂しいけど、いつでも会えるから大丈夫かな」

「ふふっ もしかして同棲を進められてる?」

「そういう訳ではっ …もしかしてからかってる?」

「ふふふ」

 

 すぅっと左腕から暖かい体温が消えた。香織はハジメの顔を見ている。優しく美しい笑みだった。自分だけが見れる世界でただ一人のこの少女から好かれた男だけが見る事の出来る笑みだった。

 

「夏休み、本当に楽しみだね」

 

「うん。 …本当に楽しみだ」

 

 

  

 隣の少女と歩む未来は明るく希望に満ちている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはどこにでもいる少年のありふれた希望の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘、本当は足りないって思ってるくせに」

 

「……え?」

 

 だがそれは虚構の夢。悲しいくらいに嘘を積み重ねた、偽りの希望だった。

 

 

 隣から優しいくらいに残酷な言葉が聞こえて来る。ほんの一瞬で空気が変わった。取り巻くすべてが変わる。

 

「私と一緒に居るのが嬉しいのは本当。でも楽しみと言うのは嘘。自分に嘘をつくのは止めようよ()()()君」

 

 隣にいた少女はいつの間にか離れ、公園の広場で立っていた。踊る様にくるくると回りながらハジメへ刻むように言葉を続ける。

 

「そんな事…ないよ。僕は本当に」

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()?」

 

「ッ!」

 

 切り裂くように鋭い言葉はハジメの弱い所をついた。それほどまでに香織はハジメの心の内をえぐってきたのだ。

 

「ねぇハジメ君。無理をすることはないんだよ。意地を張る必要はないんだよ。私の前でかっこつけなくてもいいんだよ?」

 

 掛けられる声はどこまでもハジメを労わる声。しかしその実態はハジメが押さえつけようとした感情を溢れさせようとする物。

 

「っ! 知った風な口をするんだね…」

 

「ハジメ君が知っている以上に私はハジメ君の事を知っているから」

 

 イラついた声さえ流される。立ち上がり近づくと香織もハジメと向き合うように立ち止まった。澄んだ目だった、とても綺麗で恐ろしいほどのハジメへの愛情があふれていた。

 

「僕は平気だ、…平気なんだ」

 

「ううん 日本に帰ってから、いいえあの人と別れる瞬間からずっと無理をしていた」

 

「そんなことっ」

 

「あの人を泣かせることで無理やり自分の心を押しつぶした。寂しさを悟られないようにした。…心配を掛けない様にした。あの人がちゃんと帰れるように」

 

 香織に言葉があの日のあの瞬間の事を思い出させる。最後まで馬鹿をやった最高で最低な別れ方をしたハジメの親友。

 

「そんな事言ったって僕にどうしろっていうんだっ!ああするしかなかったんだ!じゃないと…」

 

「心配をかけるから?そうかもしれない、それでもちゃんと本当の事を言うべきだった。そうしなければいけなかった」

 

「何で…何でそんな事を言うの」

 

 そっと香織はハジメの頬を触った。慈しむ様に撫でる、すべらかな彼女の手がハジメの頬をなぞる。

 

「貴方がずっと悲しんだままになるから。自分は大丈夫だと偽って嘘をついて日常を過ごすことになってしまうから」 

 

「………」

 

「あの人の願いは貴方が幸せになる事、悪いのは貴方じゃない。それでも消えていくあの人に思いの丈をぶつけるべきだった。貴方が納得して別れることが出来るように」

 

 笑顔でしかし悲しそうに消えていく親友。その最後の瞬間が忘れられない。思い出した瞬間ハジメの目からぽとりと水滴が落ちた。

 

「あれ、僕…」

 

 涙だった。いつの間にかハジメは涙を流していた。拭うように袖でこするが一向に涙は止まらない。そんなハジメを香織は抱きしめる。背中に手を回し、あやす様にどこまでも優しく慈愛の言葉をハジメに届ける。

 

「ハジメ君、貴方の本心を聞かせて」

 

 

「僕……は」

 

 思い出すのは親友との掛け替えのない毎日。くだらなくとも輝いていたありふれた日常。

 

 

 

 

 

 

 

「…本当は、コウスケと別れたくなかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別れたくなかったんだ、いつも一緒だった、いつも毎日ふざけて馬鹿をやって…コウスケと一緒に居る毎日は楽しかったんだ」

 

 本音をこぼした瞬間、ハジメの目から涙があふれる。それは親友と別れる直前から我慢していた物だった。涙を見せない様にとずっと我慢して溜めていた物だった。

 

「嫌だった、離れ離れになるのが。辛かったんだ、別れの時が来るのが。でもそれは予想以上に早くて」

 

「うん」

 

 香織はハジメを抱きしめたまま動かない、時折相槌を打つだけだった。それがたまらなくうれしい。

 

「どうしようと思ってもコウスケは仕方ないって顔をして、だから…僕は我慢しないとって思って」

 

 コウスケは全てを納得するようだった。だから自分の本音は隠した、わがままになるから困らせたくなかった。本音を言って心配を掛けさせたくなかった。未練があっても誤魔化す様にした。その方が正しいと思ったから。

 

「今更僕が何を言っても仕方ないって。コウスケにはコウスケの未来がある。だから迷惑を掛けたくなくて…」

 

「うん」

 

「日本に帰ってからは極力トータスのこと考えない様にしていた。…トータスの思い出はコウスケとの思い出だから」

 

 日本に帰ってから学校の事に意識を集中させた、自分の立場を向上させる様に。でもそれはコウスケの事を考えないようにするためだった。トータスでの出来事はずっとコウスケと共にいた、だから思い出さない様にした。

 

「寂しいよ…ゲームをしていても、清水と遊んでいてもふと考えてしまうんだ。ここにコウスケが居たらって」

 

 コウスケが居たら。きっと馬鹿な事を言って自分を困らせるに違いない、清水と一緒になって馬鹿騒ぎを起こして巻き込んでくるかもしれない。そんな日常をふとした瞬間想ってしまうのだ。

 

 涙を流し自分の思いを吐露するハジメに香織は向き合う。涙で顔をくしゃくしゃにしながらも等身大の少年に戻ったハジメ。そんな少年にやはり愛しさしか感じない香織はそっと囁く。

 

「ハジメ君」

 

「…うん」

 

「聞かせてあなたの願い」

 

 ハジメの偽りのない抱え込んでいた本心。ずっと隠して無理をして、痛みをごまかし寂しさを振り払ったたった一つの願い。

 

 

 

「僕はコウスケに会いたい。…ただ会いたいんだ」

 

 

 それはただ、親友に会いたいと言う何処にでもある普通の願いだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつの日だったかな。コウスケ二つ名が付いたらどんなのが合うかなって話をしたことがあるんだ」

 

 ひとしきり香織に抱きしめられながら泣いたハジメは泣き止み落ち着くとベンチに香織と一緒に座りトータスでのコウスケとの何でもない事を話し始めた。

 

「ユエとシアは面白がってヘタレだとか奥手だとか好き勝手付けてて…そんな二つ名は嫌だってコウスケはげんなりしてて…面白かったなあの時は」

 

「ハジメ君はどんな二つ名をつけようとしたの?」

 

「僕は…『ヒーロー』って付けようとしていたんだ」

 

 照れ臭そうにしながらもハジメは告白した。それはハジメがコウスケに名称を付けるのならと思っていた事だった。

 

「ずっと僕を助けて守ってくれた僕のヒーロー。言ったら恥ずかしがるだろうし、僕も気恥ずかしくて言えなかったけど…うん、やっぱりコウスケの二つ名は『ヒーロー』だ」

 

 ずっとそばにいて守って、助けて、救ってくれた勇者。悩みや醜い感情を抱えながらもそれでも最後までハジメと共にあった、等身大の男。ハジメはコウスケの事をずっとヒーローだと思っていた。たとえそれがふさわしくない物だとしてもハジメにとってコウスケはヒーローだったのだ。

 

「と言ってもコウスケだって助けを求めていた時もあったんだけど…」

 

「そうなの?コウスケさんならハジメ君の前でカッコつけてそういう事言わないと思うけど」

 

「出会う前だったからだよ。本当に最初、召喚されてイシュタルに戦争の参加を言ったあの時。僕の方を見て言ってたんだ」

 

 懐かしむのは召喚された直後の時。イシュタルに戦争の参加を決意した天之河光輝の真似をしていたあの時コウスケはハジメの方を見て口を動かしていたのだ。

 

「今だから分かる。あの時コウスケは僕に『助けて』って言ってたんだ」

 

「ハジメ君に?…なんでだろう」

 

「僕が物語の主人公だったから、僕の性格を知っていたから…笑っちゃうよね。あの時の僕は何にもできなかったのに」

 

 コウスケがハジメに対して助けを求めるような目をしていたのは、たった一人で物語の世界に入ってしまったからだろう。

どうすればいいのかわからず、体が天之河光輝だったから言うはずセリフを何とか口に出して、それでも不安で主人公に助けを求めたのだろう。コウスケが読者だったから唯一話の分かりそうな主人公に。

 

「…思い返せば、助けられたけどコウスケを助けた回数は僕の方が少ないよね… はぁ本当に助けられてばっかりだ」

 

 苦笑しながらハジメはコウスケとの思い出を振り返る。楽しくて辛く、愉快で、笑いあったあの日々を。そんなハジメの思い出話を聞いていた香織はもう一度だけハジメに確認してきた。  

 

「そっか。ねぇハジメ君」

 

「ん?」

 

「会いたい?コウスケさんに」

 

「会いたいよ。たとえそれが無理でも。 …ほんと未練ばっかりで情けないけどね」

 

 悲し気ながらも仕方ないと笑う少年の本心を聞いた香織はほんの少し寂しげに笑うとポケットからある物を取り出した。

 

「それは……()()()()()()()?」

 

 ハジメにも見覚えのあるそれは日本へ帰った時に役目を使い果たした世界を渡る鍵だった。今はもう魔力を失いただの装飾が派手な鍵でしかなかった。今この瞬間目にするまでには

 

「世界を渡るたった一つの鍵。その役目はもう一度だけ」

 

 輝きを失ったはずのクリスタルキーは香織の手で淡く光っていたのだ。どうしてと香織を見れば悪戯っぽく笑っていた。

 

「何で魔力が…」

 

「ナイショ♪ 女の子には秘密が付きものなんだよ」

 

 日本に帰ってきてからハジメ達の異世界の力はきれいさっぱり無くなっていたのだ。クラスメイト達はコウスケが何かをしたと聞いたが自分たちもまた使えなくなっていた。世界が違うから、コウスケが細工をしたなど清水と話をした覚えがあるが結局日本には必要のない物で話が終わっていたのだ。

 

 そんな魔力なんてないはずの香織が悪戯っぽく光るクリスタルキーを持っている。世界と次元を渡れるたった一つの可能性を秘めた鍵を。

 

「コウスケさんが細工をしたものほど便利な機能はないけど、次元を超える事ならできる。…コウスケさんに会える」

 

「コウスケに…会える」

 

 親友との再会の可能性が目の前にあるのだ、どうしてだとか何故だとかそんな疑問が湧き出るよりも只嬉しさが勝った。でも、とその嬉しさは一瞬止まる。コウスケには会いたい、しかし香織の事はどうするのだ。

 

「…そうしたら白崎さんは?僕と一緒に」

 

「私はいかないよ。折角の再会に邪魔するなんて無粋な真似したくないし。だから安心して。私の方は、好き勝手夏休みを謳歌するよ。雫ちゃんでも巻き込んでさ」

 

 ハジメの後悔を香織は笑って投げ飛ばした。口調は軽やかに、さっぱりと、迷うハジメの背中を香織はドンと押す様に。 

 

「友達に会いに行くのに理由なんてないよ。私もいきなり雫ちゃんに会いに行く事なんてしょっちゅうだよ」

 

 行けと香織は言っている。親友に会いに行って馬鹿をやって来いと。

 

「……」

 

 それでも決心がつかないハジメ。いざ可能性が出てきたら残される香織の事が気にかかってしまう。そんなハジメの心配を香織は笑って唇をぺろりと舐めた。

 

「くすっ ハジメ君私の事が心配?」

 

「う、うん。放っておくようになっちゃうから…むぐっ」

 

 恋人置いて親友に会いに行くのは果たして良いのだろうか。が、その疑念はいきなり拭き取んだ。

 

 香織がハジメの唇を奪ったのだ。

 

「む!?むぅぅ!?!?」

 

 むしろそれでは飽き足らずハジメの口内を蹂躙するかのようにねっとりと生暖かいものがハジメの舌に絡みつく。一体それが何なのかハジメにはすぐに分かった。だから驚愕して引きはがすことも出来ずされるがままになってしまった。

 

「ぷはっ ふふっユエが言った通り好きな人とのキスって甘くてすっごく美味しいんだね」

 

 ハジメとの銀糸の橋を作り出した張本人は顔を真っ赤にしながらも肉欲に満ちた目をしていた。そんな顔をされたらハジメだって顔を真っ赤にしてしまう。

 

「し、白崎さん!?」

 

「これで夏休み期間中は大丈夫。だから私の事は心配しないで」

 

 そういう意味ではないと言いたいが突然の事だったため言葉が上手く出てこない。口をパクパクと動かすが…

 

「もっとしたい?中々積極的だねハジメ君。でもこの続きは…帰ってきてからね」

 

 さらに蠱惑的な表情を見せた香織によってもはや何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「コウスケさんへの思い出が道しるべになるから、後は自力で頑張ってね」

 

「雑ぅ!?」

 

 クリスタルキーで作り出した白いゲートの前で香織はかなり大雑把な説明をしていた。ツッコむハジメだったが香織は聞いていない。寧ろ聞く気が無いのか笑っている。  

 

「帰りは…どうにかなるでしょ。ハジメ君の帰る場所は私の隣だからね。座標が安定している以上問題ないよ」

 

「帰る場所…か」

 

 その言葉に胸が熱くなるハジメ。何だかんだで恋人を置いて親友のいる場所へ行くのにそれでも待っていてくれるというのだ。その心遣いが嬉しく、又そんな自分を見限らず帰る場所だと香織が言ってくれるのが嬉しかった。

 

 自分がいなくなっている間はどうするんだと香織に聞けば後は任せての一点張りだった。親への説明などは香織がするらしい。

 

「婚前旅行です!って言ってお義母さんとお義父さんを納得させるよ!」

 

「いや、気が早いからね!?それにその説明だと白崎さんも居なくならないとマズいよ!?」

 

「なら…私の部屋で同棲しています?」

 

「それもマズいよっ!?うちの親確かに放任主義な所あるけど一応常識人だからね!?」

 

 トンチンカンなやり取りをしているが準備は整った。後はゲートをくぐるだけでコウスケの所へ行けるというのだ。

 

 

 

 

 

「…はぁ それじゃあ行ってきます」

 

「いってらっしゃいハジメ君」

 

 最後に香織を見るハジメ。本当は離れたくないだろうに自分の背中を押してくれた最愛の少女。そんな彼女に見送られゲートをくぐる。

 

 瞬間ゲートは閉じられ白い世界にハジメは一人降り立つ

 

「どっちに行けば…うわっと!?」

 

 呟いた瞬間足元の地面が無くなり白い世界をハジメは落ちていく。それはトータスから日本へ帰った時とは全く違って…次元を超えると言う常識外れの規格外さを感じさせる。

 

 落ちながらも白い光の中目指す場所は決まっている。親友との思い出が目的への場所へ導いてくれる。

 

 

 

 

「コウスケ…会ったらまずは一発ぶん殴ってやる」

 

 少年は光の中を突き進む。不完全な別れ方をした愚者の元へ。

 

「それから、多分お返しに殴られて」

 

 少年は自らが望んだ場所へ進んでいく。異世界を共に渡り歩いた相棒の所へ。

 

「そして仲直りをして、事情を説明をして!」

 

 少年は希望の元へ向かっていく。寂しげに笑った勇者の元へ。

 

 

 

 

「馬鹿をやって、大いに笑おう!一緒にさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 少年は親友の元へ。白い光の中へ飛び込んだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥルルルル! トゥルルルル!

 

 携帯電話が鳴ったのは自室にいた時だった。椅子に腰かけ着信元が誰かを確認し、ニヤリと笑う。どうやら上手く行ったようだった

 

「よう上手くいt『うわぁぁああん!!!』…あ?」

 

 第一声からの泣き声で困惑してしまう。相手はどうやらかなり感傷が高ぶっているようだった。普段は耳触りの言い声なのに今は金切り声だ。思わず携帯を耳元から遠ざける。 

 

『分かっていたよ!私じゃ埋められないって!でもさ、でもさ!恋人が男に取られるってのはどうしてぇぇ!!』

 

「あードンマイ」

 

 一応答えてはみるが聞いているかは随分と怪しい。寧ろ聞いていないかもしれない。聞く側に回って沈静化するのを待った方が良さそうだった。

 

『普通そこはさ、恋人が優しく慰めて辛い事があったけどそれでも一緒に未来へ歩んでいこうっていう所じゃないの!?なにこれなにこれ!踏み台!?私不遇ヒロインで踏み台ポジションだったわけ!?』

 

 違うと思う、今回が特別だっただけ。そう言葉に出したかったが、聞かないだろうなと口を噤んだ。口を噤んでいる間にも相手の愚痴と絶叫は止まらない

 

『泣き収まったかと思えば今度は惚気だして! 分かってるよ?始まりからずっと一緒に居たんだもん。そりゃ思い出なんていっぱいあるわけだし何よりハジメ君にとっては初めて優しく親身にしてくれる同性だもん。しょうが無いなって思うよ?思うけど聞いていると惚気過ぎじゃないって思う訳!?なに!?ハジメ君そっちもいけるの!? 実は両刀だったの!?』

 

「それはない。優先順位が違ったんじゃないか」

 

『つまり私はコウスケさんに負けたって事!? お、女の子に負ける気はないけど男に負ける私って…』

 

 思わず出てしまった言葉が相手にとってはどうやらショックだったらしい。絶句したような音が聞こえわなわなと震える相手の姿が目に言うかぶ。  

 流石にフォローを入れるべきか、そう考えたが、次に聞こえた言葉で口を閉じてしまった。

 

『…帰って来たら今度こそ押し倒す! もう我慢しない!私は私にしかない物であの人を超える!! 必ずハジメ君をメロメロにしてやるんだからぁあああ!!!』

 

「…さいですか」

 

 未だに絶叫が聞こえる携帯をベットに投げ捨てる。椅子にドカリと座りはぁーと溜息を一つ。部屋の窓から見える青空を眺め清水幸利は友人である白崎香織に深く同情するのだった。

 

 

 

 トータスから帰還して清水幸利は南雲ハジメ達と交友を持つようになった。学校ではハジメと他愛のない雑談をし休日になったら一緒に遊ぶ。時たま香織も混ざって、普通の少年として清水は日々を過ごしてきた。

 

 恋人がいるハジメには多少の嫉妬もしたが香織の性格が結構したたかで嫉妬深いと分かってからは苦笑しながらハジメを冷やかし応援していた。そんなハジメ達との交流で以前とは比べ物にならないほど充実した毎日だった。

 

 だが清水は南雲ハジメが帰還してからずっと寂しそうだと気付いたのだ。何でもない日常で時たま出てきてしまうハジメの遠くを見る目。何を考えているのかなど直ぐに察した。

 

 ハジメは別れてしまったコウスケと会いたいのだろうと。

 

 別れはいつかやってくるものだ。それを知っていてもやはり親友と呼べるものとの別れは辛いものがある。トータスと言う摩訶不思議な時間をずっと共に過ごしてきた仲ならなおさらだ。と言っても清水にできる事など、友人として接することしかできない。さてどうしたものかと考えていたら香織から相談されたのだ。

 

『ハジメ君をコウスケさんと会わせる』と

 

 トータスから帰ってきてからは異世界で得た能力はすべて消えてしまった。それなのにどうしてか香織は魔力のこもったクリスタルキーを持っていたのだ。何故それを持っているのか聞いたがはぐらかされてしまった。結局今になっても教えてくれないが…。

 清水は香織が何らかの理由で再生魔法の力を獲得しクリスタルキーの魔力を戻したのではないかと考えている。そうでも考えなければ都合が良すぎると思ってしまうのだが…真相は聞けずじまいであった。

 

『うぅ~~コウスケさんの馬鹿! ハジメ君を悲しませておきながら私に尻拭いをしろって大人としてどうなのそれ!?ふんっ!いいもんいいもん!急にやってきたハジメ君に対して慌ててみっともない所を見せちゃえばいいの!ザマァ見ろ!』

 

「あーーー そろそろいいか白崎?」

 

 このままずっと愚痴を言い続けるのではないかと言う怒れる女帝にたいしてストップをする清水。流石に電話代やら気分的にやらで気が滅入ってくる。

 

『…あ。 うん大丈夫だよ清水君。私は何時だってオールOKだよっ』

 

「何その今気が付いたっていう反応…」

 

 自分で電話を掛けておきながら忘れるという対応にげんなりとしながらも清水は確認をした。ちゃんとハジメはコウスケの所へ行ったのかと。

 

『行ったよ。ハジメ君なら必ずコウスケさんの元へ行ける。何があっても』

 

 さっきとは打って変わってしっかりと確信に満ちた言葉。その自信はどこから来るのかと気にはなるがとりあえず納得する清水。

 

「…そうか、ならいいんだ。でもまぁ良く白崎は南雲を送り出せたな」

 

 香織の性格なら執着して手放さないのではないかと考えた清水だった。それこそ何をしてでもコウスケの事を諦めさせ自身に依存させる様にも出来たのではないか。そんな風に思いながら聞けばあっけらかんとした答えが返ってきた。

 

『正直に言えば誰にも渡したくないっていう思いはあるよ。依存させて私抜きでは生きていけないほどにしたいってはある。…けど、やっぱりハジメ君には笑っていてほしいから。だから私は送り出したの。ちゃんとハジメ君が心の底から笑えるようにね』

 

「…スゲェ女だな白崎は」

 

『ありがとう清水君。…と言っても何だかんだ理由を付けているけど、結局のところ』

 

「結局のところ?」

 

『ハジメ君は私から逃げられないって事。捕まえた蝶をわざわざ手放す蜘蛛が居ると思う?』

 

 背筋がゾクリとするほど冷えた声だった。同時に電話越しの香織が薄っすら笑う幻視すら見えてしまった。どうやら清水が思っている以上に香織はハジけてしまったらしい。いったい誰のせいか。考えるまでもなかった。

 

「……ははっ!ほんとっ南雲は面倒な女に惚れられちまったな!自分で自分の事を蜘蛛だっていう女初めて見た!」

 

『そんなに褒めたって何も出ないよ~ それより清水君はいいの?』

 

「俺は…」

 

 香織はハジメを送るついでにと清水にも持ちかけたのだ。コウスケの所へ行きたくないのかと。善意で提案されたその話を清水は…

 

「止めとく。俺にはちゃんと思い出がある。託された物がある。だから…いいんだ」

 

『……そう。分かったよ清水君』

 

 清水は行かない事を選択した。会いたいかと聞かれれば会いたいと清水は答える。それでも清水は友人の元へ行かないことを選択したのだ。

 

「これから白崎は如何するんだ」

 

『私は、そうだね。雫ちゃんを誘って自棄食いでもしようかな?お気に入りのケーキ屋さんがあるからそこを襲撃して…うん。ハジメ君の惚気を聞いたら私も雫ちゃんと一緒に馬鹿な事をしたくなってきちゃった』

 

「て、手加減しろよ…」

 

 何気に末恐ろしい事を言いながら暴走しようとする香織に一応のストップをかける清水。意外と健啖な香織の自棄食いなんて付き合わされるケーキ屋と雫が哀れで仕方がない。今度であった時丸くなっていないことを願うばかりである。

 

『勿論運動もするよ!?雫ちゃんの道場で運動して免許皆伝を取って雫ちゃんをお嫁さんにもらうからっ!』

 

「おーいお前もたいがいおかしなこと言ってるぞー」

 

 変な事へ突っ走ろうとする香織にどうしたものか。清水では止められない、さっさと香織を唯一止められるハジメが戻ってきてほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 香織との通話を終え、携帯を机の上に戻す清水。

 

「……行かないさ。俺にはやりたいことがあるんでね」

 

 自身の片づけられた部屋を見回しながら一言呟く。日本に帰ったから清水は自分の部屋を掃除した。壁の一面にあったガラス製のラックの中にあったお気に入りの美少女フィギュアは南雲に相談しネットオークションで売りはした金になった。薄い本にエロゲー、積みゲーも纏めて売れるものは売り捨てるものは捨て去った。時には親に相談して、時には自身が変わったことに対して困惑する兄弟を巻き込んで。

 

 異世界で様々な経験したことで成長した清水を両親は戸惑いながらも喜んだ。未だに口数は多く出来ないものの親とは面と向き合った会話をした。部屋をオタクグッズで汚くし、迷惑を掛けてしまった兄弟には謝った。

 

 心境の変化として掃除をし、綺麗になった部屋で清水はある事を決断していた。窓に近づき晴れ晴れとした初夏の青空を見て太陽の光を浴びる。その光を浴びると確かに自分の心が晴れていくのが分かる、気力が満ちるとでもいうのか。チラつくのは朗らかに笑う友人のあの表情。

 

「綺麗な空だ。 …この空、お前も眺めているのかなぁ」

 

 異世界で出会った友人の魔力光とよく似た青空を眺め清水は思い出す。自分とよく似た過去を生きてきたと言ったあの友達を。それから騒がしくも笑いあったあの友人との日々を。

 

「ま、固い事は言わないでくれよ?止めなかったお前らが悪いんだから」

 

 今からする事を友人たちが知ったらどう思うのか。きっと笑い出すに違いない。照れながらギャーギャーと騒ぎだすなんてわかりきったことだ。

 

 机へと戻り引き出しからある手記を取り出す。何冊にも分かれ使い込んだ形跡のある清水にとってとても大事な物。

 

「…有効に活用させてもらうぞ『オレ』」

 

 それは自身のもう一つの人格がハジメ達の旅路を書いた手記だった。仲間達全員に対して旅の事を詳細に聞き出し書き写した物。異世界トータスの日々を綴った希少で確かな証拠品。  

 

 

 パソコンを立ち上げインターネットを繋ぎながらも清水は準備を進める。一応初心者用の説明を見たのだがあくまで清水にとって初めての事だ。

 

「書いてやる。アイツらの旅路、出来事。全部俺が残してやる」

 

 清水がコウスケに会いに行かなかったのは、やりたかったこととは、()()()()()()()()()()()。ハジメ達の旅路を、清水自身の手で残し軌跡としたかったのだ。

 

 清水は残したかった、自身を救ってくれた友人の生き様を。

 

 忘れたくなんてなかった、あの仲間たちの楽しかった日々を。

 

 無かった事になんてしたくなかった、異世界召喚と言う心躍る物語を。

 

 

「えーっと、いきなり投稿なんて無理だから…メモに書けばいいのか?」

 

 試行錯誤でしかない。オタクと言えど清水は今まで読み専だったのだから。でも書こうと思った瞬間、どうにか勉強して初めての事をやろうと思ったのだ。

 幸いにも記憶はしっかり残っているし、もう一人の自分が残した事細かに書かれた手記がある。足りないところはそれとなく清水得意の空想で補えばいいだろう。

 

 

 

「…ん? げっ!一人称と三人称が混ざっちまった…」

 

 パソコンの前でパチパチとキーボードを打つ。慣れない作業ではあるが何故だがとても楽しい。最も今は楽しいだけでいずれ躓くかもしれないがそれもまた経験の一つだ。

 

「…誤字脱字多すぎない? 説明これでいいの? 意外と難しいな…」

 

 パソコンの前で表情をコロコロ変える姿は以前とは変わらないのかもしれない。

 

 それでもその顔はとても楽しそうであった。

 

 

 

 仲間達との旅を想い返すその少年の姿はとても快活に満ちていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、タイトルつけるの忘れた! えーっと…原作って奴をパクろう。

 

 

 

 

 

 

 確か『ありふれ』だったっけ?…うーん

 

 

 

 

 

 

 

 これでいいのか?違うなアイツはそんな御大層な感じじゃなくて…

 

 

 

 

 

 

 

 ぃよしっ決めた! タイトル名は!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありふれた勇者(ヒーロー)の物語       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて完了です。1年と9か月付き合ってくださり真に感謝です。

ここまで来れたのは読者の皆様、評価してくれた人、感想を書いてくれた人様々な人の応援によるものです。月並みな言葉ですが自分一人ではできませんでした。
全ては皆様のおかげです、本当にありがとうございました!

近日中に活動報告にて裏話多めの後書きをしようと思います。そちらもお付き合い下されば嬉しい限りです。
それでは皆様このありふれた勇者の物語を読んでいただき本当にありがとうございました。


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