齢数千歳の幼女趣味魔導師が不老不死幼女のストーカーをする話 (宮下)
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X679-01
これは最も古くから生きる罪人が、最も救われていた約一〇〇年間の物語。
――X679年。天狼島。
私、メイビス・ヴァーミリオンはいつものようにマスターの命令を受けて、魔導士ギルド【赤い蜥蜴】の前の道を箒で掃いていた。
せっかく貰った靴を取り上げられ捨てられてしまい、思わず涙を流しそうになる。
死んでしまったお父さん、お母さんには泣けば妖精に会えなくなると言われていたから、私は笑った。
そうすれば、いつか妖精に会えると信じて。
掃除が終わり、ギルドに戻ろうとした時だった。
「あうっ!?」
振り返った瞬間、誰かとぶつかってしまい、箒を落として後ろに倒れそうになる。
けれど、私のおしりは地面にぶつからず、何かに支えられているのが分かった。
「怪我はないかな? 配慮が足りなくてすまなかったね」
顔を上げると、髭が豊かで優しそうなお爺さんが私を抱きかかえているのが分かった。
お爺さんはゆっくりと私を立たせ、ポケットから飴玉を取り出して私に握らせる。
「これはお詫びだよ。それでは」
お爺さんは私の頭を撫で、ギルドの中へと入っていった。
私はお爺さんに撫でられた頭を空いている方の手で触る。
お父さん達が死んでから、初めて誰かに頭を撫でてもらった。私はそのことがとても嬉しくて、もっと道を綺麗にするため、箒を拾って気合を入れ直した。
「ギルドマスターは何処かね?」
【赤い蜥蜴】を訪れた老年の旅人はギルドマスターを探す。
「なんだこのジジイ?」
「さぁ、ボケて迷い込んだんじゃねぇのか?」
酒の入った魔導士たちが声を上げて笑い出す。活気があって良いと旅人はニコニコしていたが、奥にいたジーセルフは青い顔をしていた。
「お前ら、ちょっと静かにしてろ!」
ギルドマスター、ジーセルフは笑っている者たちを怒鳴りつけると、旅人の前に恐る恐るといった様子で歩み寄っていった。
「お、お久しぶりです。お変わりないようで……。へへっ」
「前に会ったのは先代が現役だった頃だったかね。悪ガキだった君が立派になったものだ」
「ハハハ……。お陰様で娘も生まれまして、今年で六つになりやす」
「そうか、一目会って置きたいものだ。……それで本題だが、先代から言い伝えられているかね?」
「そりゃ勿論です、あの秘宝には人を近づけないように。見張りも交代で」
旅人は満足げに頷き、ジーセルフの肩を叩く。
「お勤めご苦労。機会があれば仕事ぶりを国王に伝えておこう、【赤い蜥蜴】は良くやっているとね」
「あ、ありがとうございやす!」
ペコペコと頭を下げるジーセルフを見て、ギルドの魔導士たちは顔を見合わせた。
荒くれ魔導士をまとめ上げるジーセルフはギルド最強の男だ。そんな男が頭を下げているところなど、誰も目にしたことがない。
「そうだ、血の気の多い今の若人がどれ程の実力が見てみたいのだが良いかね?」
「えっ……。それは、その……」
「良いかね?」
「は、はい! もちろんでさ! ……おい、お前ら! 全員表に出ろ!」
ジーセルフに怒鳴りつけられ、訳の分からないままに表に出ていく魔導士たち。旅人は子供のように笑いながら、それに続いて外に出た。
ギルドから大勢の人が出てきて、私は箒を止めて道の端へと非難する。
一体何があったのだろう。私がギルドで働き始めてから初めて見る光景だった。
ギルドの人に続いて、さっきのお爺さんが出てくる。
「さて、まずは街に被害が出ないようにせねばな」
お爺さんがそう呟くと、半透明の壁がお爺さんとギルドの人たちを包み込んだ。
「さぁ、何処からでもかかってきなさい。先手は君たちに譲ろう」
ギルドの人たちがざわつき、誰が、どうするかと押し付け合いになる。
「ふむ、いきなりで気が乗らないか。ではこうしよう」
お爺さんは懐から布袋を取り出し、地面へと放り投げた。紐が解け、中から大量の金貨が道端へ広がる。
「ワシに攻撃を当てた者にはそれを全てやろう。全員に、それと同額だ。どうだ、やる気がでたかね?」
ギルドの人たちの目が変わった。
さっきまで押し付けあっていたのが嘘のように、一斉にお爺さんにむけて魔法で攻撃を始める。
私は思わず目を瞑った。
爆発する音、叩きつける音、人の悲鳴。思わず耳を塞ぎたくなってしまうけれど、それが数秒もするとピタリと止んだ。
「はっはっは、まだまだひよっこ。これでは爺の遊び相手は務まらん」
お爺さんの楽しそうな笑い声に私は目を開けた。
「ぶふっ!?」
私は目の前のおかしな光景に思わず吹き出してしまった。
ギルドの人たちは奇妙な着ぐるみ姿に変えられていたり、巨大なケーキに蝋燭のように刺さっていたり、リボンで蝶々結びにされていたりと、面白おかしく一人残らず倒されていた。
お爺さんが手を何度か叩くと、着ぐるみやケーキは消えてギルドの人たちがその場に投げ出される。
「君はどうする?」
お爺さんが私の方に振り返り、そう聞いてくる。
半透明の壁は消えていた。
ギルドの人たちを倒したお爺さんだけど、私は全く怖いとは思わなかった。
私にはお父さんたちの借金をマスターに返す義務がある。
お爺さんの方にゆっくりと歩き、触れられる位置まで近寄る。
「……えいっ!」
お爺さんの足に、私は握り拳を突き付けた。お爺さんは不思議そうに首を傾げる。
「確か、攻撃を当てれば良いのですよね? 私はまだ魔法が使えないので、これが精一杯の攻撃です」
お爺さんは私の言葉を聞いて、呆気に取られたような顔をしたかと思うと私の頭を撫でる。
「通りで魔力の流れを感じなかった訳だ、一本取られたよ。これは君のものだ」
お爺さんはいつの間にか持っていた袋を、飴玉と同じように私に渡す。ずっしりとした重みが伝わってきた。
私はまた嬉しくなって、思わず裸足で駆け出した。
「マスター! これでお父さんとお母さんの借金、大分返せますよね!」
ギルドの入り口に立っていたマスターはとても青い顔で震えていた。一体どうしてだろう?
メイビス「振り返った瞬間、誰かとぶつかってしまい」
爺「周囲に不注意な幼女の傍に丁度良い感じに近づき、偶然を装って抱き留める高等テクニック」
メイビス「お爺さんの方にゆっくりと歩き、触れられる位置まで近寄る」
爺「幼女から近づいてくるのは合法。歩みを止めてはならない」
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X679-02
この日、私の環境は劇的に変わった。
マスターは布袋から金貨を半分だけ取り出すと、残りを私に返して、
「これでお前の両親の借金はチャラだ、ギルドに残るのも出ていくのも好きにしろ」
お爺さんと出会った次の日、私は初めてギルドの仕事をしなかった。
急な話で、夢でも見ているようだ。
けれど、私の手にある布袋が昨日のことが夢ではないことを教えてくれる。
「お嬢さん、その額の金貨を持って一人でいるのはギルドの近くでも危ない」
「お爺さん!」
いつ現れたのか、昨日のお爺さんが私の横に座っていた。
「ジーセルフに君のことを聞いた。全く、親の残した借金くらい目を瞑るのが大人の対応だろうに」
「いえ、マスターは良い人です。私に住む場所も、食べるものも用意してくれました。お父さんとお母さんがいなくなった私にも居場所をくれたんですから」
お爺さんは目を丸くする。少し涙ぐんでいるようにも見えたけれど、それよりも私はお爺さんの手に現れた見たこともない食べものに目を奪われた。
「なんですかそれ? もしかして魔法ですか!」
「ワシが半年ほど前に城下町で食べたケーキを再現した。頑張ってきた君にご褒美だ」
「ありがとうございます!」
私はお爺さんから貰ったケーキを食べる前に観察する。
再現したと言っていたけれど、どうやってだろう? スポンジには薄い紙のようなものが張り付いている、手が汚れないようにだろうか。
宝石のように色鮮やかなケーキは、記憶の中の誕生日ケーキと同じくらい美味しそうに見えた。
崩れた様子もなく、持ち運んでいたようには見えない。
こちらをジッと見ているお爺さんと目が合う。
「お爺さんはもしかして、妖精さんですか?」
「妖精? うーむ、生きた年月は純粋な妖精に勝るとも劣らないが……。ワシは自分を人間だと思っているよ」
「そうですか、ちょっと残念です」
少しもったいない気がしたけれど、私はケーキを一口食べてみる。
それがとても甘くて、幸せで。
「……あれ?」
自分のほっぺたを触ると、何かで濡れていた。
指で水跡を追って、ようやくそれが涙だと気づいた。
「おかしいです。とても美味しいのに、嬉しいのに……。な、泣いたら妖精さんに会えなくなってしまいます。止めないとっ……」
「妖精が好きなのかね?」
「グスっ。まだ、会ったことはないんですけど。お話の中で見て、それで……」
「ワシはこう見えて友好関係が広くてね。妖精の友もいる。君が清く正しく生きるのなら、またこの島に訪れる際に連れてこよう」
「えっ、本当ですか!」
「早ければ三年……。遅くとも八年以内に。ただワシは時間の流れに疎くてね、これを持っていなさい」
お爺さんは綺麗な指輪を私の左手の小指に嵌める。
「これをしていれば約束の時間は必ず守られる。君の居場所も分かるから、もし島を出ていても、約束は守ろう」
「わぁ……!」
私は右手を空に翳しながら指輪を見る。知らない文字のようなものが彫られた、銀色の指輪だ。中心には小さな魔水晶が埋め込まれていた。
「ふふっ、楽しみです。……あの! 妖精さんがどのような方か聞いても良いですか?」
「ああ、お安い御用だ」
お爺さんの話はどれも面白くて、私の知らないことばかりだった。
話が止まると、素敵な魔法を見せてくれた。ギルドでは見たことのない、温かくて優しい魔法。
あっというまに時間は過ぎていく。このままずっと話し続けたい、そう思った私の前にひとりの女の子が現れる。
名前はゼーラ。マスターの子供で、私と同い年の女の子。
「メイビス、こんなところで何サボってるのよ。パパに見つかったらどうなるか分かってるの?」
「私、今日はお仕事がお休みなの。マスターからも許可は貰っていて――」
「何それ、聞いてないんだけど! ……ん?」
ゼーラが私の左手を見る。
「指輪……? アンタ、いつの間にそんなものしてるのよ」
ゼーラは私の左手を掴み、お爺さんに貰った指輪を抜き取ろうと手を伸ばす。
駄目! 私がそう叫ぼうとしたところで、ゼーラと私の間に大きな手が差し込まれた。
「コラ、喧嘩は良くない。君がジーセルフの子かね?」
「なによじじい。アンタに用はないんだけど」
「その指輪はワシがこの子にあげたものだ。それを取ろうとするなら、ワシは止めなければならない」
「じゃあもっとスゴい指輪を私にもちょうだい!」
私はお爺さんの方を見た。
ゼーラは私にないものを全部持っている。家族も、綺麗な服も、学校の友達も。
お爺さんも、ゼーラに綺麗な指輪をあげるのだろうか。
何故だろう。私にはそれがとても嫌なことのように思えて、急いでその考えを頭の中から追い出した。
お爺さんは困った様に髭を撫で、ハッと思いついたように何処からかネックレスを取り出した。
「指輪はそれひとつしかなくてね。このネックレスで許してもらえないか」
私でも一目見て高価なものだと分かるものだった。
ゼーラは口を尖らせながらも嬉しそうにネックレスを首にかけ、ギルドの中へと走っていった。
お爺さんは私が見ていることに気づくと、息を大きく吐いてから笑った。
「いやまいった。ワシは滅多に装飾品を作らなくてね、その指輪以外持っていなかったんだ。拾い物があって助かった」
「……あ。この指輪、お爺さんが作ったのですか?」
「ワシ手製の魔法の指輪だ。ある魔法が込められている。ネックレスは旅の途中で拾ったものを売り損ねていたという訳だ」
それを聞いた途端、私は胸のつかえがスっと取れたような気がした。
「そうだ、まだ直接君の名前を聞いていなかった。教えて貰っても良いかな?」
私は左手を胸に当て、右手を重ねてから大きな声で言う。
「メイビス・ヴァーミリオン! それが私の名前です! お爺さんの名前はなんですか!」
「アンブローズ。今では誰も覚えていないが、それがワシの名前だ」
私は首を傾げる。マスターとも知り合いみたいなのに、名前を誰も知らないとはどういうことだろう。
私が質問する前に、お爺さんはニコリと笑って私の疑問に答えた。
「知り合いには爺だの、大賢者だのと呼ばれていてね。いつの間にか名前を知っている者がいなくなってしまった」
「なるほど……、お爺さんはとっても長生きなんですね。でも大丈夫ですよ。私、物覚えは良いのでお爺さんの名前は忘れません!」
「そうか。それはありがたい」
お爺さんはまた私の頭を撫でる。私にお爺さんがいたら、いつでもこうしてもらえたのだろうか。
ふと、お爺さんは手を止めて立ち上がった。
「さて、名残惜しいがそろそろ次の目的地へと行かなければならない」
「えっ……?」
「大賢者、なんて呼ばれるだけあってワシが目をかけなければいけない場所は多い。この国だけでなく、他国まで行かなければならない時もある」
お爺さんは最後に、大きな瓶に詰められた飴玉を私に差し出してきた。
「メイビス、君との出会いに感謝を。これは細やかなお礼だ。またいつか会うのを楽しみにしている」
「お爺さん……。はいっ! 妖精さんを連れてきてくれるのを楽しみにしていますね!」
お爺さんは優しく笑って、港へと歩いて行った。
私は姿が見えなくなるまで手を振り続けて、見えなくなったところでペタリと座り込む。
私の隣にはお爺さんがくれた、頭より大きな瓶があった。一日一個食べてもいつ食べ終わるのかわからない。
これが無くなるころに、またお爺さんはこの島に来てくれるのだろうか。
私は瓶を抱えて、寝床まで走り出した。
お爺さんが旅立って数日後のことだった。
「メイビス、これを学校まで行ってゼーラに届けてきてくれ」
マスターに二人分のお弁当を渡される。
今の私は継ぎ接ぎだらけの服ではなく、地味ながらも小奇麗な服に変わっていた。
あのお金は全てマスターに渡して、ギルドのお仕事を続けている。ギルドの外に出ても何処に行けばいいのか分からなかったし、お爺さんがこの島に来るならここで待っていた方が良いと思ったからだ。
お金を受け取った時のマスターは珍しく目を白黒させ、翌日には新しい服を私にくれた。
食事も前より良くなって、仕事も少なくなり、空き時間に本を読んでいても怒られなくなった。きっとお爺さんのお陰だと思った。
ゼーラは相変わらずちょっと冷たいけれど、マスターに言いつけることが減っていた。
「学校ですか! 分かりました、行ってきます!」
「弁当の片方はお前の分だ。適当に済ませておけ」
「……はいっ!」
学校、私は一度も行ったことがない。勉強をする場所ということは知っているから、少しでもその光景を見てみたいと急いで駆けだした。
普段は入らない森に入り、何度かこけてしまいながらも学校までたどり着く。
まだ授業の時間だったらしく、教室の中では私より少し年上の人たちが勉強している最中だった。
とても楽しそうで、思わず見入っていると見回りをしていた学校の先生に呼び止められる。
その時にゼーラが図書館にいることを教えてもらい、私はお弁当を届けに来たことを思い出して走った。
図書館に入ると、ゼーラがあのネックレスを他の子たちに見せている所だった。
「いいなー、すごい綺麗」
「お父さんの知り合いに貰ったんでしょ。ギルドマスターってお金持ちとも知り合いなの?」
ちやほやされて満更でもない様子だったゼーラだが、メイビスの姿を見つけ嫌そうな顔をする。
「メイビス? なんでここにいるのよ」
「あ……、マスターに言われてお弁当を」
「遅い! お昼を食べ損ねたらどうするのよ!」
ゼーラはバスケットを強引に私から取り上げると、不思議そうに中を確認する。
「ちょっと、なんで二人分も入ってるの」
「えっと、私の分も入っているみたい」
「……っ! 要らない! なんでメイビスと一緒のものを食べないといけないの!」
ゼーラがバスケットを床に叩きつけ、中身が床に落ちてしまう。
周りの子たちがゼーラにそんなことをして良かったのかと聞くが、ゼーラは全く取り合わなかった。
「……ごめんなさい」
私はバスケットの中に残っていた分を綺麗にまとめてテーブルに乗せ、床にあったものを空いたバスケットに入れて図書館を出た。
森を歩き、海が見える丘まで着くと座り込む。
お弁当はぐちゃぐちゃになってしまったけれど、せっかくマスターに用意してもらったのだ。汚れを払ってからそれを食べた。
お弁当を食べ終わると、ポケットからお爺さんに貰った飴玉を取り出す。キラキラ光を反射する紙に包まれた飴玉は見ているだけで嫌なことを全部忘れられそうだ。
口に含むと、とても甘く、森を歩いた疲れも吹き飛ぶようだった。
天気も良かったせいか、私はそのまま眠ってしまう。
「――あれっ?」
目を覚ましたのは夕方になってからだった。今日はギルドで皿洗いの仕事がある、日の傾き加減からして急いで帰っても間に合うかどうか分からない。
慌てて立ち上がると、街の方から信号弾がいくつも上がった。
「……? どういう意味なんだろう」
嫌な予感がする。私はギルドに向かって走り出す。
道はさっき覚えたため、かなり短い時間で街にたどり着いた。けれど、
「これは、どうして……?」
街は炎に包まれていた。ギルドの人たちが見知らぬ集団と戦っている。その中に、マスターの姿も見えた。
私はどうしていいかわからず、マスターに声をかけようとするが、
「――――あ」
マスターは殺されてしまった。ギルドの人たちも、街の人たちも、次々と死んでいく。
逃げなければ。そう思った私だが、お爺さんに貰った瓶が厩に残っていることを思い出した。燃える街を誰にも見つからないように走る。
マスターの家にたどり着くと、家は倒壊していて見る影もなかった。
「ゼーラ!」
ゼーラが瓦礫に挟まれ、倒れているのを見つけた。
あちこちを怪我している。助けないと。
「メイ、ビス……?」
ゼーラが私に気づいた。
「ここにいたら殺さちゃう! 逃げよう!」
なんとか瓦礫の中からゼーラを助け出して、私は手を握り引っ張る。けれど、
「いや……、街から離れたくない」
ゼーラは立ち上がらない。
「パパがいるから、お洋服もまだ家の中にある。あのネックレスも、大切にしまったのに……」
見れば、ゼーラの首にはネックレスがなかった。私は小指から指輪を抜いて、ゼーラに握らせる。
「お爺さんが約束してくれたの。いい子にしていれば、妖精と会わせてくれるって。ゼーラも一緒に会おう? 生きてなくちゃ、楽しむことも、悲しむことも出来ないんだから。だから生きよう、ゼーラ!」
「アンタ、これ……!」
ゼーラは私の顔と指輪を交互に見て、目を丸くしていた。
「お爺さんが言ってたの。それは魔法の指輪だって。きっと助かるから、早く!」
ゼーラは立ち上がり、私はその手を引いて森へ走った。
私は一度だけ厩の方を見た。お爺さんにもらったものがなくなってしまう。けれど、もらったことはずっと覚えていられる。
「私、アンタにひどいことばっかしてきたのに……」
「確かに何度も泣きそうになったけど、今はもう気にしてないよ」
「ハハ……。ねぇ、メイビス?」
街の方から爆発音が聞こえる。
「こんな私でも、メイビスの友達になれるかな?」
友達……、私と……?
私は思わず足を止めた。ゼーラの言葉があまりにも嬉しくて、こんな時なのに思わず笑ってしまう。
「うん……! 私と、友達に――」
振り返ると、ゼーラが倒れていた。
「ゼーラ……? ゼーラ!」
私は倒れたゼーラの身体をゆすって起こそうとする。
ゼーラは返事をしてくれない。繋いでいない方の手から、魔法の指輪が転がり落ちていた。
私はそれを拾い上げてきつく握る。
どうか、誰でもいいからゼーラを助けてください。そのためなら、妖精さんと会えなくなっても構いません。そう、願った。
「えっ……」
手を開くと、指輪が砕けていた。強く握り過ぎた……? どうしたら、どうして。私の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまう。
ポンっと、何かに触れられ、ぐちゃぐちゃだった頭の中がスッと晴れた。
「やぁメイビス、急なことだったからこんな姿で失礼するよ」
顔を上げると、知らない男性が私の頭に手を置いていた。けれど、私はこの手を知っている。
「もう大丈夫だ。君たちは助かる。ワシはこんな形でも大賢者だからね」
「お爺さん……?」
「はっはっは。人と会うときはそれらしい姿でいるようにしているんだがね。名前も本当の姿も、知っているのは君だけだ」
お爺さん。アンブローズがゼーラに触れると、瞬く間に怪我が消えて、苦しそうだった表情も安らいでいく。
「お爺さん、ゼーラは?」
「危ない所だったが今は眠っているだけだ」
お爺さんは立ち上がり、街のある方角を見る。
一見分からないが、少しだけ険しい表情をしていた。それも少しのことで、お爺さんは会った時の姿に変わると優しく笑った。
「約束を破ってしまった。次に会うときは妖精を連れてくる約束だったのに」
「……っ!」
ちゃんと約束を守ろうとしていてくれたのが嬉しくて、私はお爺さんに抱き着く。
「大丈夫です。お爺さんも、私にとっては妖精さんです」
街の人たちは私とゼーラ以外、全員死んでしまった。
目が覚めたゼーラはお爺さんの姿にびっくりして、けれどすぐに落ち込んで悲しそうな顔になる。
お爺さんはそんなゼーラを見て、色とりどりのお菓子を出して元気づけようとしていた。
果てはぬいぐるみや洋服まで出し始めて、ゼーラが慌てて止めに入る。
島には子供が二人だけ。お爺さんは私たちが独り立ち出来るまで島に留まってくれることになった。
お爺さんの魔法で、私もゼーラも笑顔になる。
生きることを諦めなくて良かった。私とゼーラはそう言って笑いあった。
メイビス「スポンジには薄い紙のようなものが張り付いている、手が汚れないようにだろうか」
爺「幼女が口をつける可能性があり、回収してもおかしくないものを用意する高等テクニック」
爺「早ければ三年(アンダー10)……。遅くとも八年(14歳)以内に」
メイビス「お爺さんは綺麗な指輪を私の左手の小指に嵌める」
爺「発信機であり、身体情報を送ってくれる魔法がかけられた力作」
メイビス「ゼーラは口を尖らせながらも嬉しそうにネックレスを首にかけ」
爺「幼女には等しく施しをしなければならない」
爺「人と会うときはそれらしい姿(スキンシップがあっても警戒されない年齢)」
メイビス「私たちが独り立ち出来るまで島に」
爺「大人と言える姿になってしまうまで」
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