鉄仮面の少女と穏やかな日常。 (古路 東)
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記憶の欠片。

好きな様に書きます。
余り早く投稿は出来ないかもです。


閃光が脳天を貫く。

刹那、割れる様な痛みが食道を引っ掻く。

その不快感に為す術も無く胃の中のそれをずるり、と吐き出す。

それはまるで、蛇の様な、蛙の様な。

その酷い惨状を静かに眺めていた。

ハリーの惨状に怯え、恐怖し潤んだ瞳が、この期に及んで良く見える。

心此処に非ず。

まるで白黒の無声劇を直接脳に流し込まれている様な。

 

あぁ。

眠い。

眠い。

眠い。

あぁ。

痛い。

 

 

 

________________________________________________________________________________________

 

揺れるベビーベッドに静かに静かに横たわる幼年の少女を抱き上げる。

 

赤ん坊とも言える年端のいかぬ幼女は静か静かに息を吐く。

 

その眼を数度瞬かせれば、隣にある人の気配に気付き、胸の上に綺麗に組んでいた手を解く。

 

ゆっくりと身体を起こせば、寝惚け眼の青とも赤とも取れぬ不思議な色合いの瞳を向けながら首を傾げ、薄い小さな唇を動かす。

 

まるで、時が止まったようだった。

 

涙が、頬を伝った。

 

____________________________________________________________________________________

 

何だったんだろうか。

疑問が頭を全て毒し終わった後、カーテンの隙間から差し込む朝の日差しに、私はすっかり目覚めさせられた。

少しも呆ける隙もなく、枕元に置いてある時計に目を遣る。 見れば、七時三十分を少しばかり回ったところだ。ベル機能を使わない私は常に自分の感覚で起床している。

今日は休日。

もう少し寝坊しても問題ないが、気分が良いうちに、と体を起こし、洗面所に向かう。

顔を洗い、歯を軽く磨き、ぼさぼさの銀髪を手櫛でさっと整える。鏡に映る寝惚けた自分の顔は何処かしょぼくれていて、顰めっ面だ。目の下に隈が有るし、何より白過ぎる肌は万人受けはしないだろう。

 

だけれど私は、何とはなしにこの顔が嫌いではなかった。

 

 

草臥れた何時もの着慣れた濃紺色の修道服に袖を通せば、窓から見える色彩しかない景色に顔を顰め、カーテンを閉めた。部屋の年季の入った黒光りするドアを開け、質素に作られた廊下の木材を軋ませながら中庭へと出る為の硝子戸へと向かう。

 

すれば、一人の見慣れた人影を視界が掠め。

 

「お早うございます、シスター」

「あら、レイラ。お早う、いい夢は見れたかしら?」

何気無い会話、朝の日課。

 

目を細め微笑み掛けてくる老女に微笑み返し、少しばかりの吐息を吐く。

 

「今日の主役は貴女なのよ?溜め息なんか吐かないで。」

 

あぁ、そう言えば。今日は私の11歳の誕生日だったか。

興味が無いから忘れていた。

 

「はい、解っています。すみません、変な夢を見た気がして。」

 

何時もの様に伊達に綺麗じゃないツラで外面を作れば、彼女は満足そうに皺を深くし慈愛と博愛を持って笑いかけてくれる。素敵なシスター、お慕い申し上げております。なんて。

失礼します。と首を緩く垂れ会釈して、踵を返し食堂へと足を向けては、颯爽と歩き去った。

 

その様子を澄んだ瞳でシスターが追い掛け、呟いた。

 

「しっかりしてもらわないと、明日からはもう、世話が焼けないんだから...」

 

その声は、床に転がり消えた。




2019/4/6
一部訂正と描写の追加


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全ての始め、始まり。

カツン、カツン、とブーツの踵を落としながら、大理石に変わった床をゆっくりと歩む。

ギギ、と蝶番を鳴らしながら、食堂へと入れば、ふわり、と甘い匂いが鼻腔を刺激し、私の食欲を刺激する。甘いものなんて滅多に出さないのに、どういう風の吹き回しかしら。

辺りを見渡せば、ワクワク顔で食事を見詰める少女や、小指にケーキのクリームを付け、少しずつ舐めている赤ん坊がちらほらと見え。

あのケーキはきっと、私の11の誕生日に買って下さったんだわ。…お金がもったいないのに。

シスター達の好意を人一倍受けて生きてきたからか、祝われるよりも他の子供への愛を逞しくしてほしいと願わずにはいられない。はぁ、と息を吐きながら、ギシ、と木椅子に腰掛ければ、手を年相応に膨らんだ胸の前へ持ってくる。

 

 

「父よ、貴方の慈しみに感謝してこの食事を頂きます。ここに用意された食物を祝福し、私達の心と身体を支える糧としてください。」

 

静か、静かに十字を切れば、私は瞳を長い睫毛で隠す。

 

「父と、子と、聖霊の御名によって、アーメン。」

 

そうして、ゆっくりと食事に手を伸ばそうとした…その時、数秒遅れて皆々から声が沸き立つ。

 

『レイラ、誕生日、おめでとう!』

 

惚けたようにフォークを置く私に駆け寄って頬を擦寄らせる少女達には顔に大きく「おめでとう」と書かれていて、情けない声を出してしまう。

 

「わ、わ、何、何。」

 

きゃいきゃいと嬉しそうに抱き付いてくる少女達を落ち着かせるようにそうっと撫でれば、シスター達へと視線を送り、「何を教え付けたんですか」と言わんばかりにじっとりと睨み付ける。

 

「レイラ、11歳の誕生日おめでとう。これは、私達からの誕生日プレゼントよ。」

 

「はぁ…」

 

刺すような視線を感じたのか、口を開きそう言うシスター。

彼女の手には、私の修道服と同色の塗装の成された木箱。訝しげに手にとってみれば、重量感はなく、かと言ってちんけなそこらのプレゼントよりはしっかりとした重みを持っていることがわかり、いよいよ眉根を寄せてしまう。

恐る恐る、その箱を開けてみれば…ちゃぷん。

揺れる水面が透明なクリスタルに閉じ込められた、対になるイアリングとネックレス。

 

「…シスター、これは」

 

「貴女も年頃の娘になるんですもの、首飾りと耳飾りくらい持っていなさい」

 

「だとしても、私にこれ程の価値はありません。」

 

「…これはね、私達の私情になってしまうんだけど。」

 

「貴女は、この教会…いえ、孤児院の初めての子供なの。実の娘のように、愛しているのよ。11年間の間、私は貴女を贔屓していたこともあったでしょう?…それを考えれば少しの出費痛くないわ」

 

少し物悲しそうな彼女の表情は、娘が年頃になったからか、はたまた。

私も、シスターからのプレゼントを頭ごなしに拒否する訳にもいかないし…。

 

「…わかりました、これは…大切に、します」

 

少し、泣きそうになったの、バレてないかしら。

 

「ふふ、ありがとう。レイラ。…次は、これ。私達からでは、ないんだけど」

 

まだ何かあるの!?もう、もう!シスターったら!

少し怒ったのが伝わるように目つきの悪い目を更に悪くしながら、彼女の手ずから次と渡されたものをよく見る。

茶封筒に紫の蝋封のされた、一風変わった上品な手紙。紙の匂いがするそれに付けられた丁寧に丁寧に蝋封を開けて中身を見る。

どうせ、「お誕生日おめでとう!」だとか、「11になったね!」なんて言葉の羅列だろうと辺りを付けていた私は、目に飛び込んだ文字に言葉を失った。

 

 

HOGWARTS SCHOOL OF WITCHCRAFT AND WIZARDRY

 

Headmaster: Albus Dumbledore

(Order of Merlin, First Class, Grand Sore, Chf. Warlock,

Supreme Mugwump, International Confed. of Wizards)

(ホグワーツ魔法魔術学校

校長:アルバス・ダンブルドア

マーリン勲章勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、

最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員)

 

Dear, Mr.Potter,

We are pleased to inform you that you have a place at Hogwarts School of Witchcraft and Wizardry. Please find enclosed a list of all necessary books and equipment.

Term begins on 1 September. We await your own by no later than 31July.

(親愛なるポッター殿

この度ホグワーツ魔法魔術学校に入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

新学期は9月1日に始まります。7月31日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。)

 

Your sincerely,

Minerva McGonagall

Deputy Headmistress

(敬具

副校長ミネルバ・マクゴナガル)

 

 

 

 

丁寧な字で連なった文字を目で追えば、訳が解らない。と言いたげに不安で満ちた赤青の瞳を揺らす。

学校?私は、ここで修道女として、シスターとして生き、死ぬ筈。シスターに教養を与えられ、一生、ここで。

 

「貴女には、全て話さねばなりませんね。」

 

 

シスターは静かに、ゆっくりと口を開く。

 

 

「あれは、或る雨の日の事でした、_________」

 

 

 

 

 

紡がれたシスターの話を要約すると、こういう事らしい。

 

 

 

雨の日、空飛ぶオートバイに乗った巨体の男が私をここに預けに来た。

何でも、その預けられた赤ん坊は魔法使いだとか。

10年後に引き取りに行く、そう言い残して去ってしまった。

そして先日、この手紙が届いた。

 

 

 

全く持って意味が解らない。

自分が魔法使い?何を、ふざけてるんです。シスター?

貴女、夢物語は嫌いだったでしょう。魔女なんかは、特に。

そ、それに!そんな兆候なんて雀の涙程も有りやしなかった!

…でも、でももしその話が本当ならば。

私が人、成らざる者ならば。

 

込み上げる思いは不安と恐怖を巻き込んで言い得ぬ嗚咽感に変わり、喉に痞える。

 

「…」

 

まだ年もいくまい子供心には到底信じられぬ事。いや、普通の子供であったなら手放しで喜べただろうか。

渦巻く恐怖は涙腺を刺激する。

私は、教会で育った身。魔女や魔法使いは奇跡を起こせる者でもあるが、異端な者と知っている。

怖い、怖い。私が、異端であるなんて。けれど、シスターの優しい顔がそれ以上歪むのが怖い。バクバクとなる心臓を抑えつけ、表情筋を固く固くすれば、顔を上げて、シスターを見詰める。

 

「…シスター、お話頂きありがとうございました。今まで何も言わず、世話を焼いて下さり感謝の言葉しか有りません。こんな…異端な者の私の事をここまで育ててくれて、本当にありがとう。」

 

私は、ぽたぽたと手紙に落ちる涙を拭いもせず、只々、涙声でそういうので精一杯だった。

魔法なんて、クソくらえ。




2019/4/6
話筋の見直し及び添削


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一人より二人、でも一人。

「よし、荷物は全部纏めたな?」

 

眼中に収まりきらない程の巨体の男が、頭上から問うてきて、怖くて手が震えた。でも、隠さなきゃ。

 

「…はい、ハグリッドさん。」

 

ぽんぽん、とポケットを叩いたり、鞄の釦を止めたりとした後、耳と、胸元に手をやりほっと息を吐く。準備は整いました、と丁寧な口調でそう整然と告げれば、彼はにこやかな笑顔を見せた。いつ尻尾を出すのかしら。

 

「あぁ、ハグリッドでいい!それに、敬語なんてやめろやめろ。俺は敬語っちゅうもんが嫌いでなァ」

 

声に浮つきが有るように感じるが、まぁ言われた通りにしておこう。ここで魔法だかなんだかで命を取られて良しとする私ではない。

 

「分かったわ、ハグリッド。」

 

「…ニーナ、ヴェラ、アル、アリス、マシュー、ミカ、シスター。今まで御世話になりました。」

 

くるり、と身体を翻し、見送りに来てくれた少女達と老婆に、そう、裏の有る、物憂いに満ちた瞳を揺らしながら、語り掛ける。これは、私の意思だ。

 

「えぇ…行ってらっしゃい、レイラ。いつかまた会いに来て、帰って来てちょうだいね。」

 

「…はい」

 

そう言えば、俯きながらに踵を返し、停めてあったオートバイに乗り込んでいたハグリッドの後ろに飛び乗る。

 

 

 

もう戻っては来ない。

私が、そう言った。

異端の者である私が、帰ってきていいはずがないと。

でも、大丈夫。

きっと上手くやれる。

大丈夫。

大丈夫。

一人の方が気が楽だ。

そう、思うしかないんだ。

ずず、と鼻を啜って、一言。

 

「行きたくないよ。」

 

その微かな弱音は、家族に届く事はなく、只々虚しくオートバイの発進音に掻き消された。

 

「すぐ戻ってこれるさ、心配無い。」

 

何が心配無いの。

私の気持ちも知らないで。

もう、戻れないのよ。

シスターやニーナ達とも話せない。

私の平穏な日々を、返してよ。

 

 

 

「えぇ、そうね。」

 

嗚呼、心の寂しさが満ち潮の様ににゆっくりと押し寄せてくる。

辛い。

辛い。

辛い。

もう何度も後悔した言葉を反芻しながら、手癖にポケットを漁る。

すれば、カサリ、と何かの包み紙が指先を掠め。

 

「な、に、これ」

 

不意に出た声は、彼には届かなかったのか、果たして。

手探りで取り出した麻茶色の紙袋には、拙い字で紡がれた一通の手紙と、五粒程の飴。

ゆっくりとその手紙を開け、字を目で追う。

 

 

『これをみてるっていうことは、きっと、もうレイラはさようならしちゃったんだね。でも、大丈夫だよ!レイラは強いもん、きっと、きっと上手くやっていけるよ!だから、安心して、がんばってね!』

 

オートバイのバババッと鳴る音が空いた心を擦り抜けていく。

 

「ッ、は…ぁあ゛ …ッ!あ゛ッ、ぁあ゛」

 

手紙をぎゅぅぅ、と握り締め、ぼろぼろと涙を溢れさせる。

あぁ、寂しい。

悲しい。

声にならない叫びが、涙になって目から零れた。

 

 

「ごめん、ごめんなさい…!貴女達に、会えるようになるまで、私は…ニンゲンに、なれたなら、貴女達に…」

 

 

空に空虚な懺悔と決意が響いた。




2019/4/6
色々変更


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備えあれば憂いなし、いつも憂いだけど。

それからハグリッドから色々訊いた。

私には一人、兄が居て、その兄は何が何やら分からなかったが、兎に角色々凄いらしい。

まぁ、私にはそう関係のない事だろう。

数年も離れていて、はい私が貴女の兄です。なんて、反吐が出る。

取り敢えず頷きつつ、これから行く場所の事なんかを訊いた。

何でも、入学する為に色々と準備せねば成らないらしい。

 

面倒ね。

 

________________________________________________________________________

 

オートバイから降りてからはスムーズだった。

漏れ鍋とか言う雑多なパブを抜け、隅っこの扉をゴンゴンと開けるだけ。

其の手順を踏めば、ほら簡単。

ダイアゴン横丁に到着だ。

「ここが、ダイアゴン横丁?随分と…不思議なところ」

 

「あぁ、そうさ、凄いだろう?マグルの世界にはこんな所ないだろう」

 

声の明るさが上がった。

あぁ、でも、そのせいで何だか冷めてしまったわ。

 

「ごめんなさいね。生憎、私は教会から出た事なんてほんの数回しかなくて。」

 

悪態を吐く様にそう言えば、彼は戸惑ったように目を開く。

 

「私、さっき教えて貰ったから一人で行けるわ、ハグリッドは私に説明していない所に行ってきてくれるかしら?私、一人で回りたいの。」

 

冷たいトーンで言い放ち、小首を傾げ、問う。ニンゲンだった頃によく来てくれたお爺様にこうすれば、忽ちいい笑顔になったから。

 

「あ、あぁ、良いだろう。んじゃあー、これ。」

 

何よ、そんなに狼狽えて。レディに向かって…。渡されたのは金貨がずっしりと入れられた皮袋。一応基礎教養としてシスターに教えられてはいるから、お買い物も出来る。

 

「ありがとう、行ってくるわね。全部買い終わったら漏れ鍋の扉の前に居るわ。」

 

表情一つ変えずに、そう言えば、さっさと歩いて人混みに紛れて消えてやる。異端の者になんか手を貸させてやるものか。

 

「本当に、大丈夫か…?」

 

 

________________________________________________________________________

 

「えっ、と…」

アレから少しの間、人の波に押されていたのだが、ようやく抜け出せた。

煉瓦の壁に背を持たれつつ、ぺらり、とメモ用紙を捲る。

【衣類】

普段着のローブ三着(黒)

普段着の三角帽(黒)一個 昼用

安全手袋(ドラゴンの革またはそれに類するもの)一組

冬用マント一着(黒、銀ボタン)

衣類には名前をつけておくこと

 

【書物】

「変身術入門」、「魔法薬調合法」、「闇の力ーーー護身術入門」

「魔法史」、「薬草ときのこ千種」、「基本呪文集・1学年用」

「魔法論」、「幻の動物とその生息地」

 

【道具】

「真鍮製秤」「真鍮製の望遠鏡」

「ガラス製の薬瓶」or「クリスタルの薬瓶」薬瓶(何れかひとつ、)

 

 

「スズ製の大鍋」「銅の大鍋」「真ちゅうの大鍋」(スズ製標準2型1つ)

 

 

【杖】

「自分の手に馴染む杖」

【ペット】

「梟」「猫」「蟾蜍」(何れかひとつ、)

 

 

飛び込んできた文字を指でなぞり、把握すれば、跳ねる様に立ち上がり、しゃんと背を伸ばし歩き始める。窮屈な修道服ではない服は久しぶり過ぎて、なんだか逆に戸惑ってしまう。

目に映る景色は異色で、穢れある物も何もかもがごった返している、まるで異国の様な、目眩を覚える程の情報量を含んだ液体の様に、脳内を侵食していく。目が回る。楽しいと思ってしまう。

 

あぁ、全く、嫌になる!




2019/4/6
色々変更


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買物客は鉄仮面。

ふわふわとした足取りで、人々の合間合間を縫う様に歩く。見たことのない景色、不思議だわ。柄にもないが、私はそれだけ心の悲しみから抜け出せていないのだろう。初めての街並みに中々の上機嫌で街を散策する。ここは何かしら、?へぇ、箒店ね…。

そんな風に立ち止まっていれば、肩から背中に掛けてに軽い衝撃を受けた。

吃驚し、身体を揺らした後、何事かと振り向けば、明るい髪色の少女が目をぱちくりとさせながらあわあわとたじろいでいる。

 

「ご、ごめんなたき!あっあ、噛んじゃった、えっとえっと、ごめんなさい!」

 

「…いえ、別に。」

 

「あっ、えっと、その、貴女もホグワーツに通うの?」

 

困った様に眉を下げる少女。問うてくる相手に少し、ほんの少しだが顔が緩む。同年代なのだろうが、少し幼げで可愛らしい。

 

「…えぇ、貴女も?」

 

少女の咽喉が小さく震え、薄い唇が動く。

 

「私も今年から入学するのよ!貴女の名前は?私の名前はジネブラ・モリー・ウィーズリーよ」

 

明るい声色は、孤児院の少女達を彷彿とさせる。

 

「私はレイラ…ポッターよ。」

 

長めの髪を緩く揺らしながら、凍てつく視線を寄越しながら一言。

先程教えられた自身の苗字を嫌々に名乗れば、相手の顔に疑問符が浮かぶ。

 

「ポッター?ポッターって、あのポッター?え、でもハリーには妹なんて居ないはずでしょ?」

 

「あぁ、ええと…その事に関してはちょっと理由があって…」

 

「うん、何があったの?」

 

「…ここで説明するのも面倒くさいわ。もし今度逢った時になら、教えてあげる。じゃあ、私は先を急ぐから。」

 

「えっ、あっ、待って!」

 

その言葉は耳に届いたが、振り返ることはなかった。

 

 

 

________________________________________________________________________________

 

 

 

「大体揃ったわね…」

 

服の仕立てに本の入手。薬屋に行って色々買い込んだりした。ずっしりとした皮袋は結構軽くなった。

まぁ、代わりに持ち物が増えて肩がとっても痛いけれど。

それ等が終わり、取り敢えず次に行こう、と足を前へと動かす。

すれば、一軒の店。

メモに有った通りの館住まい。

 

「次は、ここね」

怖がることなんかない。シスターに育てられた娘が怖がってなるものか。

ギギ、と蝶番を軋ませ扉を開ければ、飛び込んできたのは箱の山。

異色な光景に圧倒され、息を飲めば、ひとりの人影が語り掛けてきた。

 

「おやおや。いらっしゃいませ。お逢い出来て光栄です。レイラ・ポッターさん。あぁ、失敬失敬。ここの店の店主、オリバンダーです。堅くならずオリバンダーとでも呼んでください。」

 

つらつらと紡がれた言葉が此方へと向けば、何故私の名前をと頭に疑問を浮かべるが、ここでペースを握られるのは癪だと表情一つ変えずに、それでも薄らと頬に笑みを湛え、会釈する。ちゃんと外面は作れているだろうか。

 

「こんにちは、オリバンダーさん。失礼ですが、何故私の名前を?私は貴方とお逢いした記憶なぞございませんが。教会に立ち寄ったりなど?」

 

「はっは、そんなに構えないで下さい。貴女の目を見れば解ります。貴女の目は、貴女の兄、ハリー・ポッターに瓜二つですよ。その髪色と肌の色は貴女の家族の誰にも全く似てはいませんがね。」

 

「…そう、ですか。」

 

ここでも、兄。本当は兄なんかいない、私の母はヘーゼルの目とシグナルレッドの髪の女性だと叫びたくなる。でも、私は聞き分けのない子供ではない。髪と肌の色が全く違うと聞けば少しの心の安寧が出てきた。はぁ、と息を吐けば、老人に目を向ける。

 

「オリバンダーさん、オリバンダーさん。私に杖を売ってはいただけませんか」

 

「あぁ、失礼。つい年甲斐もなくはしゃいでしまいましたね。えぇ、お売りしますよ。少々お待ちをば。」

 

「はぁ」

 

そうとだけ言えば、椅子から降り、奥の棚の合間に隠れてしまう。それを目で見送るでもなく、わくわくして待つでもなく、ただ静かな時間を過ごす。自分の溜息だけが大きく聞こえるのは懺悔室を思い出す。

 

「ありました、ありましたっと…ハンノキ。心臓の琴線を芯に使った10cmの杖です。お持ちになって見て下さい。」

 

表情を変えないままにそれを持てば、不快感に思わず顔を顰めてしまう。これは、あぁ!

灼ける!痛い、喉が、手が、指が、脳が、臓器が!

 

「……ッ、すみません、私には…これは」

 

その杖には、何か熱い物が渦巻いていて、私には到底扱い切れない。そう心から感じ、数秒持って見ただけで叩きつけるように杖を置いてしまった。

 

「あぁ、残念です…暫しお持ちを。」

 

またどこかへと歩いて行ってしまったオリバンダーを、視線で追えばじんじんと痛む錯覚のする手を摩る。杖ってこんなに怖いものなの…?

心が折れそう。

 

「よし、これならば、如何でしょうか。ブドウの木の杖。24cm、一角獣の鬣が芯。真実、直感、女性的なイメージを持つ杖です。如何ですか?」

 

顔を顰つつそれを手に持つも何かが食い違う様な違和感を感じて、ぱちりと瞬く。

瞼の裏に浮かぶ利己的な女性。こちらを睨んであっかんべ。

 

「これも、何だか違うような気がします。」

 

やんわりと杖を置けば、これにはオリバンダーの店主も困り顔。

 

「そうですか…いえいえ、しかしですね、この仕事はやり遂げてみせますよ!」

 

息衝いた様に力強く言えば、奥へと消えていく。忙しない。

 

「…矢っ張り、私は魔法使いなんかじゃ無いんだわ…」

 

ぐ、と唇を噛み、憂鬱だ、と空を仰ぎ見る。どうせなら、この状況に合わせてやろうかと思っていたのに。…どうして、私は、こんな事をしているんだろうか。あぁ、鬱だ死のう。

天井をぼうっと眺めていれば、ふと目に留まった箱に視界を全て奪われる。その箱と自分の体だけが白い空間に浮かぶ。そんな錯覚がした。

何やら歯車と時計と十字架の装飾のされた、一風変わった箱に収められた杖。あれ、かも。

 

その杖に、何やら運命感を感じ、軸から外れた歯車が、仲違いしていた時計の針が、正反対になっていた十字架が、全て直ったような、不思議な浮遊感、合致感に生唾を飲み込む。

 

「あ…あの、すみません、オリバンダーさん。あの杖、見せていただけませんか」

 

思わず、張り付いたままだった口が開く。声が震える。手が、戦慄く。

こちら側へと出て来たオリバンダーは、頷きながらに脚立に登り、器用にその箱を抜き取り、降りてくる。

 

「えぇと柳の木の杖、神秘、変化の意味を持つ杖です。5cm、太くて短過ぎる。これは…うちでは本来扱わない、その…処女のヴィーラの、陰毛を芯に。一番位の高いヴィーラのものですから、かなり力を持っているはずですが…」

 

その言葉に、背筋がぞくぞくと跳ねる。

 

神秘?変化?そして、処女?あぁ、私に相応しいじゃない。

きっと、神が私にお与えになられたのだ。

 

「失礼しますね、杖さん。」

 

その杖を持った刹那。

眩い光が放たれ、杖が二つに割れ、縦にすらりと伸びて二つの杖となり、ミザリーの手に舞い下りる。

 

「こ、これは…素晴らしい、この杖にこんな力が有ったなんて。いやはや、不思議ですな。少し失礼…完全に分離している。ただ、強い力で引き合っている…何かの拍子に戻るかもしれない。…柳の木の杖、5cmもとい38cm!いやはや大物。しかしながら軽い、タクトのように軽い。これなら、女性の貴女にもきっと扱える。ヴィーラの体毛は合わない方が殆どなのですが、よく馴染んでいる。…この杖は、色んな人に試して貰ったのですが、全然買い手がつかない、所謂残り物でしてね。きっと、杖が貴女を選んだのでしょう。さて、この杖に決めますか?」

 

 

「…ふふ、勿論。」

 

杖が、震えた様な気がした。




2019/4/7
杖の描写及び設定変更
台詞変更


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指差し確認。

「遅くなってごめんなさいな。」

 

悪びれた様子も無く飄々としながら漏れ鍋内のバーの椅子に腰かけているハグリッドに話しかける。

 

「んぁ?あぁ、お帰りさん。如何だった、?初めての魔法界は。ほれ、こっち」

 

彼はマスターと何かを話していたようだが、すぐにこちらに目を向いて隣に座るように促してくる。

どうやらカクカクと子鹿のように揺れる私の足を気の毒に思ったらしい。正直、体力はある方だと思っていたんだけど…(孤児院では一番年上だったし、シスターはもう老体だったし…)なんだ自分の世界を壊されたみたいで腹が立つ。

大人しく大人用の高い椅子に登り隣にかけては彼の目を窺った。

 

 

「あぁ…ありがとう。えっと、確か…ジネブラ・モリー・ウィーズリーとか言う女の子に逢ったわ。…とても、可愛らしい子だった。あとは、杖も。少し特別らしいわ、箱も一緒に貰ったの」

 

彼の言葉に、絞る様に脳髄の中から記憶を引き摺り出し彼女の印象を伝える。多少の脚色は必要かとも思ったが、素直に美人だと思ったのでその旨を伝える。

あとは、杖のことも。あれから何度か振ったあと急激に疲れて、と思ったらあの杖が手のひら大の元の大きさになって箱に自分で戻った。正直感動した。

 

「ほぉ、ウィーズリーの子か。ポッター家に縁でもあるのか…はたまた。杖もいいのが見つかったようで何よりだなぁ」

 

成る程成る程、と言った様に数度頷いて見せれば、満足げにモジャモジャな髭を掻くハグリッド。何がそんなに面白いの?

 

「ま、兎も角もう夜も耽ってきた。も一回協会に戻るのは時間が掛かるしな、ここの宿を取っておいたから今日はそこに泊まれ」

 

「…分かったわ、お気遣いありがとう。」

 

「いいぞいいぞ、ゆっくり休みな。…あぁ、忘れてた忘れてた、ほれ。お前さんのペットだ。俺からの、まぁ、プレゼントっちゅう奴だな。」

 

渡されたのは銀の鳥籠に入れられた自身と同じ銀に光る梟。目はゴールドに輝き、高飛車な態度で私を睨み付ける。

 

「…有難く頂戴するわ。」

 

それを受け取れば、籠の中を覗く様に掲げ、その様子を眺める。梟はくぎゃあ、くぎゃあと鳴き声を漏らして、私に猜疑心や敵意を向けてくる。

孤児院にも、こんな子がいた。プラチナゴールドの瞳を爛々と輝かせて、私と似ている薄い金の残払頭によく葉っぱをつけていた。

彼女は終ぞ私に懐いてはくれなかったが…それでも、愛い妹だった。少し涙腺がズキズキと痛む。

 

「名前は何にするんだ?」

 

「…そうね…考えておく」

 

苦笑してそんな他愛ない会話をしながら、パブを出て上の宿へ向かう。

あぁ、今日は何時に無く刺激的な一日だったわ。

今日は泥の様に眠れそうね。

楽しみだわ。

 

 

 

 

 

________________________________________________________________________________

 

「おーーーい!朝だぞー!」

 

「ん、ぅ……」

 

「………………すぅ」

 

「寝ぼけてんのかー?おーーーい!」

 

五月蝿いわね。

 

こっちは低血圧なのよ……お医者様にも、運動した次の日の朝は安静にって…もにょ。

でも、そんなことを言っても聞かないような人だとはなんとなくわかったから、むくりと上体を起こしてベッドからのろのろと出る。

 

「今開けるから、静かにしてちょうだい。」

 

掠れ声で呟く様に然う言えば、喉を摩りながら扉を開ける。

 

「おっ、やぁっと出たか!ほら、汽車に遅刻するぞー!」

 

元気溌剌ね、貴方。

頭痛がする頭を撫でながら、そう言えば、と手を止め、数度焦り瞬いた後、一言。

 

「…ぅ、んん。直ぐ行くわ、待ってて…お願い、静かに仕度したいの」

 

とだけ言えば、ばたん、と扉を閉める。

急いで髪を結わないと。いつもは結わないけれど、でも矢っ張り乙女だものね。

少し浮かれているなんて、悟られないようにしなきゃ。

鎖骨まで長く伸びた前髪を左右に分けてくるんと指先で巻き、長ーい髪の毛をくるくると内巻きに巻いて、足元まで伸びた髪を丁寧に、且つ迅速に梳く。これだけでも一苦労。小さい頃シスターに伸ばすように言われたままに伸ばしてきたが…少し切るのも手かもしれない。その長い長い髪をせっせと編んで一つの三つ編みにすれば、するんと離して手をぱっぱと払う。

昨日普段着用に、と仕立ててもらった短めのトレンチコートに紺のフレアスカート、バルーン袖の薄手のブラウスと中々に洒落っ気のある服に袖を通し、ローブは仕舞って息を吐く。ちょっと疲れちゃった。

身の回りのチェックをした後、ガラガラと革製の少し重たいキャリーバックを荒々しく引いて扉前に行く。

 

「ん、よし。荷物は、えっと、これで良いのよね…じゃあ、準備完了。」

 

指差し確認の後、扉を開け、新しい一日の第一歩を踏み出した。




2019/4/7
話筋の変更と台詞、描写の追加
タイトル変更


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特急列車と少女。

キャラぶれぶれなんだよなぁ…たまげたなぁ


「いっそげ急げー!遅れちまうぞーう!」

 

急ぎ早やに足を動かす民衆の合間合間を縫って歩く。

キングスクロス駅は人と喧騒が沸き立っている。

 

「解ってるわよ…!」

 

相手の言葉に苛立ちカツカツとヒステリックにブーツを鳴らして歩く。籠の中の梟にはカルロッタと名付けた。

昨日アレから考えたのだが、別の可愛らしい名前や、マリアなんて付けてもいいだろうかなんてネグリジェを纏いながら考えた。だが…どうにもやっぱりあの子の影がチラつく。仕方なく、ではあるが、その子から名を拝借して、カルロッタ。母…否、シスターがつけた名前、私は好き。

ふと、こんな騒がしい駅なんてきたことがなかったななんて、薄ぼんやり考えてしまう。

ここは大勢の人が行き交っていて、一秒たりとも風景がじっとしていることがない。

まるで全ての無機物までもが生きているように見える。

人間の身体で例えれば、この駅は心臓だ。

あちこちに延びた道路や線路は血管で、道行く人たちは差し詰め血液ね。

心臓は今日も大量の血液を街の隅々にまで送り出す。

 

あぁ、詩的に考えている暇は無いんだった。

一瞬だが伏せていた目を上げれば、あの巨体の、逸れるはずもないハグリッドが居なくなっていた。

 

「っ…?」

 

いや、焦るな。

周りの人に声をかけてみるべきか。否。そんな無粋な真似はしたくない!そう私のプライドが言っている!致し方無い。取り敢えず頑張って探してみよう。

急ぎ足にブーツを鳴らし、長い髪を揺らして走る。刹那、見覚えのある赤髪の少女が視界の端を掠めた。

其の事に驚いたのか、ブーツのヒールが食い違い、足首を軽く挫いてしまう。

 

「っ!つ、ぅ…」

 

さして痛くは無いが、衝撃でその場に踞る。長い髪が地面について、情けない気持ちで目の前が滲む。

こんなに自分が打たれ弱いとは知らなんだ。屈辱的なまでの自分の身体能力に涙が出そうになる。神よ、私を救いたまえ。出来れば翼を授けて。

だが、来たのは髪でも天使でもなく、私の様子に気付いた赤髪のふくよかな婦人と赤髪の少女。駆け足でこちらに寄ってくる。羞恥が顔を覆う。

 

「あらあらまぁまぁ大丈夫?立てる?」

 

「ぅ、あっ、だ、大丈夫です…」

 

「あっ!貴女、あの時の!」

 

遠目に見ていた少女が視線に気付いて、驚いた表情を浮かべて問うてくる。あぁ、赤毛の子。今だけは見ないで、恥ずかしいから。

 

「取り敢えず、貴女、ホグワーツの新入生でしょう?特急列車に乗り遅れちゃう!急いで行きましょう。」

 

矢継ぎ早に連なる言葉にたじろぐが、頷き、立ち上がればコートの汚れを確認し、脹脛まである髪もパタパタと叩いてなんとか土を払う。

 

「うちのジニーも今年新入生なのよ。えっとね、3/4線は、あの柱に向かって走って行けば行けるのよ。ほら、ジニー!御手本見せてあげなさい、!」

 

そう婦人が言えば、少女は頷く。

 

「う、うん、解ったよ、ママ。」

 

ぎゅっ、とカートの手摺を握りなおし、恐る恐る、だが勢い良く、柱に飛び込んでいく。

「、ひ、っ、」なんて情けない声が出て、その行為の痛々しさに思わず肩を竦める。

だが、私の心配とは真逆に、ジニーは柱に吸い込まれて、跡形も無く消えてしまう。

 

「え、あ、っ?」

 

「さ!次は貴女の番よ!乗り遅れちゃうわ!早く!」

 

??

???

飛び込め?

嘘でしょ?

頭の中の小宇宙に猫が浮かぶ。

スペースキャット。

 

 

「ほら!急いでっ!」

 

その、良く通る言葉に押されるままに私は足を動かしていた。

柱が、硬い柱が、あぁ、ぶつかる。

刹那、眩い光に目がチカチカした。

 

 

______________________________________________________________________________________

 

 

暗転。

 

 

_______________________________________________________________________________________

 

 

次に目に飛び込んで来たのは、沢山のローブを着た人々と、彼らが乗り込んで行っている列車。

ぽかん、と立ち竦んでいれば、先に汽車の側に来ていたジニーが走り寄ってくる。

 

「何をしてるの!急いで行きましょう!遅れちゃうわ!」

 

訳の解らぬまま、手を引かれて列車に飛び乗った。



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友人は金で買える、だが友情は一から作らねばならない。

功利主義って訳でもなく、冷淡って訳でもなく、仮面の下はただの少女なんです。感情表現が些か極端なだけで。そういうレイラちゃんです。


「……」

 

「……」

 

しん、と静まり返ったコンパートメントには、二人の少女が対になって座っている。

風と電車の揺れの微かな音さえ騒がしく聞こえるこの空気を、如何にかすると言う気はあるのだが…切り出し方がわからない。ここで口下手の弊害が出るとは。

相手が口を噤んだままなのを横目に見つつ、肌身離さず持っていた鞄を漁り、先日買い求めた教科書を軽く纏めた小さな手記を持ち上げる。

それを膝上に乗せれば、其の儘膝上でパラパラとページを捲って予習紛いな事を始める。だって、空気に耐えられない。

その間コンパートメントは、秒を刻む時間を感じさせないほどにしんとした。

私達だけが生きて活動している事を申しわけなく思う程に静止した雰囲気を醸し出している。

他人と居る個室はいつもこうだ。無言が喉を貫いて、粘度の高い唾液が舌に纏わりつく。腹がキュッと締め付けられて、胃が痛いって言うのかしら。とにかく、辛い。しんどい。

シャッ、ペラリ、紙の擦れる音がだけが心地良い。

あぁ、少し疲れてるからかな。

微睡みから抜け出せない。

眠たげに目を擦るも、とろん、と蕩けた瞳はぼんやりと文字の羅列を追い掛ける為に機能しなくなっていく。

目蓋が重い。薄く開けた眼から視覚情報がどろどろと入り込んできて、ふわぁ、と欠伸をひとつ。

 

「えっ、と…前に会った時、次会ったら教えてくれるって言ってた、よね?」

 

私の間の抜けた様子に顔をへにゃりと緩めながら先ほどとは違う同い年の子に向けるような眼差しを向けてくる。少しの畏敬も含まれたそれに、少しの居心地の悪さを感じて、もじもじと恥じらうような素振りを見せて、その赤毛をちらりと見た後重々しげに唇を開く。

 

「えぇ、その…ちゃんと話すわ、私口下手で…。さっきはありがとう。貴女のお母様にお礼を言わずに来ちゃったわ…助けてもらったのに。」

 

「いえ、いいのよ!ママったらお節介で…でも、貴女を助けてあげられたのはママのお陰だから、学校に着いて一段落したら一緒に梟便を出さない?」

 

パッと明るい表情ではにかむ少女は、ナチュラルにお友達になりましょう宣言をかます。可愛い。

彼女のペースで話されるのが苦痛ではないのは、やはり同年代だからか…理由は分からなかったが、初めての同性同年代の知り合いが出来たのは嬉しい誤算だった。

学校でも、独りぼっちだろうと思っていたし、何より私が魔法使いに拒否の姿勢を持っているから。

ふるりと顔を振って、ウィーズリーに微笑みかける。

 

「ふふ、優しいのね。是非一緒にお手紙を出させてちょうだい、無礼を詫びないと。」

 

彼女はにっこりと笑って私の膝の上の手を取ってぎゅっと握る。いきなりのスキンシップに細めていた目を見開いてテンパってしまう。えっと、あの、なんて漏れる声を気にかける様子もなく、彼女は溌剌無邪気に話を甘んじる。

 

「優しくなんかないわ!困っている人を助けるのは当然だもの、ね?…レイラって、随分お淑やかに喋るのね、もしかしてお嬢様?でも、ハリーの妹なんでしょ?」

 

「お淑やかなんてよして、これでも子供なのよ。…あぁ、そうだったわね。えぇ、と…私と、兄は多分、生き別れで。兄は血の繋がりの多少ある叔母の家へ、私はイングランドの辺境にある修道院へ送られた、らしい?」

 

「…なんだか聞いちゃって悪かったかしら…でも、辛くはなかったんでしょう?辛かったなら、えっと…私が全部聞いてあげる!辛いのは、嫌だもん」

 

私の拙い言葉に真剣に耳を傾けてくれるのはシスターや子供達以外に初めての体験で、申し訳ないというか、嬉しいというか。私が最後疑問形で締め括ったのにくすりと笑った彼女が、次の瞬間しょんぼりとした顔になる。なんだか、よく畑に訪れてはしょもしょもと萎れて人参を強請っていた兎を思い出す。キュンとなった心臓に疑問符を浮かべながらも、彼女の言葉に小さく笑んで、握られたままの両手をもぞりと動かす。

 

「大丈夫よ、平気。…良い人達だったわ、もう…会えないけれど、ね」

 

私の言葉にハッとして、いよいよ顔を蒼ざめてぎゅうぎゅうと手を握り締めてくる彼女の顔は涙ぐんだように赤くなっていて、ギョッとして「どうしたの」「具合悪いの?」「大人の人呼んできた方がいいかしら?」とかける私の言葉にふるふると首を振った後、小さく口を開いた。

 

「……か、」

 

「か?」

 

「可哀想なレイラッ!!私が貴女のお友達になって、寂しい思いさせないからっ!!ね!お母さんとはもう会えなくても、私が貴女のお母さんにだってなってあげ「待ってウィーズリー、その発言はやや危ないわ」

 

彼女はどうやら、私の母、もといシスターが逝去したと勘違いしたらしい。でも、彼女がこんなになっているところに水を差すのも…今度、今度言えたら言いましょう。えぇ、そうしましょう。

二人っきりのコンパートメントに少女の泣きそうな声と宥めるような声が響いた。




2話、3話でシリアス染みて出て行ったけど一年生終わりに普通に帰れる事を知って拍子抜けしてぼろぼろ泣いちゃうレイラちゃん書きたいです。(明後日の方向を見ながら)


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来客。

「そう言えば、わたしのことウィーズリーって呼んでたけど…ジニーって呼んでほしいなぁ」

 

揺れる汽車につられるように髪が揺れる。その髪から覗いた耳の鼓膜を揺らした彼女の声にふと顔を上げては、少し身動ぎ視線を右往左往とさせる。

 

「きょ、今日会ったばかりなのにいいの…?私、友達って初めてで…その…」

 

「いいの!むしろウィーズリーなんて呼ばれた方が気不味いわ、それにレイラには私のここでの初めてのお友達になってほしいの!ね、いいでしょ?」

 

彼女の快活な様子にふにゃりと眦を蕩かせこくりと頷き、躊躇いがちに「ジニー、ありがとう」と呟き返す。咥内の下の上でジニー、ジニーと転がしては次に友達という新鮮な果実のような甘さの言葉に照れたようにはにかんだ。

ともすれば、突如としてガタンッ!と大きな音を立てて開け放たれた扉に二人揃って目を丸くしてそちらを見上げる。

 

「……アナタが、レイラ・ポッター?」

 

冷ややかな、嘲笑を含んだ声。その声の降ってきた上をジロリと見ては、頬に冷笑を湛えてこちらを小馬鹿にしたような表情を浮かべる少女がこちらを見ている事がわかる。

その少女の様子に黙りこくる。態度の大きい女は嫌いだ、だがそれ以上に…私の事を、ポッターと呼ぶヤツは碌じゃない。

 

「静かね、死んでるの?生っ白いおばけさん」

 

「…お生憎様、見えてるなら貴女も同類じゃなくて?」

 

「言うじゃない、混血風情が」

 

「ちょ、ちょっと」

 

ぽんぽんと出てくる軽口嫌味。私が何か言うたびに表情が明るくなるのは気のせいかしら。

まるで、言い合いが楽しい子供みたいに、彼女の笑い方が和らぐ。こちらは依然として表情筋を動かさずに目を見つめる。長く垂れた燻んだ金髪に気の強そうな表情。さしずめ悪役お嬢様ってところね。

ジニーが慌てた様子でこちらを見て、そのあと立っているその子を見上げる。その様子に少し笑って「何よ慌てて」なんて言いながらジニーの手を取る。

 

「貴女、そんなに怒ると青筋が立つわよ。折角綺麗な顔してるのに」

 

ジニーの手をきゅっと握りながらツンとして流し目をくれてやり、ともすれば彼女がわなわなと震えて目を丸くする。

指は私達の手を指し、視線は戸惑っているジニーと私に向けられる。何よその顔、と悪態を吐こうとして、だが彼女の言葉に遮られてしまう。

 

「な、な…!は、破廉恥!女の子同士でそんな事したらいけないのよ!?」

 

…は?何を言ってるんだコイツは。

じゃあ男女だったらいいのか、と食ってかかれば「ちがっ、私、あのね」と先の勢いをなくして俯いてしまう。

 

「ゆ、ゆっくりでいいわよ?ね、レイラ?」

 

「…まぁ、別に危害を加えようってんじゃないんでしょうしね」

 

苦笑してこちらに同意を求めてくるジニーから離れて、彼女を見上げる。一度聞きの体制に入った私を見ては、うーだかあーだか唸ってもじもじと指を突きあわせて、少し落ち着こうと深呼吸を一つした後口を開いた。

 

 

次の瞬間、ガッタンと大きな音を立てて車体が揺れ、ぐいーっと引っ張られる感覚がする。どうやらカーブに入ったらしく、他のコンパートメントからも女子の悲鳴が聞こえる。ここも例外ではなく、ジニーの驚いた声と…名も知らぬ少女が目を丸くして倒れかかって出た空気を飲む音が耳に届いた。

 

「……ッ!」

 

「レ、レイラ!」

 

瞬発的に床を蹴って扉の外へ出て、彼女の背を抱き地面とその綺麗な頭が打つかる約0.1㎜(感情的な描写込みで、ね)のすんでのところで抱き止める。

自分でもここまで早く動く事ができたのか、と驚いたが、それよりも腕の中で目を白黒とさせて顔を真っ赤にしている彼女についついふ、と笑ってしまった。

 

「…怪我は、ない?」

 

私の銀の髪がさらりと彼女の顔の横に落ちる。彼女は手をきゅっと握って石のように固まってしまって、その様子がさっきまでの高飛車なお嬢様のソレではなく、恋を自覚した乙女の顔であるのに何とは無しに吹き出してしまって、彼女がハッとして更に狼狽える。

 

「だ、大丈夫…だから…離してちょうだい…」

 

「まずはありがとう、じゃないのかしらね。」

 

ぽぽぽ、とあたりに花を散らすように顔を真っ赤にされればなんでこんなに狼狽えるんだと不思議でしょうがなくなるが、誰だって女に抱き止められたら恥ずかしいものかと一人納得してそのままぐいっと抱き上げ、腕をパッと離して軽く彼女の服を払ってコンパートメントを指差す。

 

「ほら、椅子に座って」




謎の少女の名前一回も書かなかった…一生の不覚、次書きます


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