雪ノ下雪乃がいて、一色いろはがいて。 (コウT)
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1話

 午後二時三十八分。

 

『今どこ? もう結衣さん行っちゃうよ!?』

『悪い。今、改札出たから、そのまま荷検前にいろって言っとけ』

『せっかくの見送りに遅刻とかそういうアニメ的な展開は求めてないよ? あ! 妹大好きな兄っていう設定はいいかもしれないけど。今の小町的にポイント高い!』

 

「いや高くねぇよ」

 

 文句を言葉と共にようやく到着。今から搭乗口へ向かおうと、既に荷物検査受付前は列が出来ている。

 その横で小集団を作っている女子、いや女性五人。

 

「遅刻した時点であなたに評価はマイナスになるのだけど?」

「うるせ。遅延した電車と社会が悪い。ついでに言うなら、千葉県民なのに成田じゃなくて羽田で行こうとするお前が悪い。何でアメリカ行くのに成田じゃねえんだよ」

「それはまあ……色々と」

 

 何かを誤魔化すかのように苦笑いをする由比ヶ浜。額からあふれ出ている汗が怪しさを増していく。

 

「グアムで遊んでから、行くからですもんね。いいなー」

「いろはちゃん! それ内緒!」

「ついでに言うと、グアムまでは向こうにいる友人と合流で、その後は留学メンバーでハワイに寄ってから、向こうへ行く予定なんですよね」

 

 後輩達に囲まれて、幸せそうだね。もちろん当の本人は「ううっ……」と悔しそうにしてる。いや別に遊び行こうが行かまいがそこはどうでもいいんだけど……。

 

「まあとにかく向こうで変な人についていっては駄目よ。日本の人みたいに優しくはないのだから」

「大丈夫だってばー! 私、コミュニケーション英語でSだったし!」

「……ちなみにテスト内容は?」

「事前に先生と議題を決めて、会話するだけ―」

 こめかみに手を当て、いつも通りのため息が吐かれる。お疲れ様です。

 と、話している間に荷物検査の列は消えており、そろそろ終わりの時間が近づいてきた。

 

「それじゃあ行って来るね」

「ええ、くれぐれも気を付けて」

「たまには帰って来てくださいねー!」

「小町もお金があれば、遊びに行きますからー……お金あれば」

 

 アルバイト大変そうだもんね、小町ちゃん。派遣も登録して、ちょくちょく行ってるらしいし。それに引き替え、以下省略。

 俺も由比ヶ浜と目線を合わせる。

 

「ま、頑張れ」

「うん! ヒッキーも連絡してよね?」

「あーまあ」

 

 曖昧な返事でも本人は満足の様で、背負っていたリュックサックのショルダーベルトの位置を左右両手で握り締める。

 

「それじゃあ行ってきます!」

 

 

 こうして由比ヶ浜結衣は一年の短期留学へ旅立った。

 

 

 × × ×

 

 

 高校卒業から二年経ち、三年目になろうとした大学生活。

 あんだけサボっても、最後の試験で帳尻合うようになってるのだから大学ってやっぱりしゅごい……まあ騒がしいチンパンの多さも凄い。

 もちろん成人したという事もあり、流石に友人の一人くらいは出来るだろうというマジレスがくると思われるが真のぼっちというのは存在が消えかけるのが特徴なので、「あ、比企谷君いたんだ」「比企谷って誰?」なんていうテンプレ的に名前が会話から出るどころか一言も話していない。いや本当に。

 そんな大学生活も二年が過ぎて、三年になるのだが、上がる際にこれまでの成績で必修科目の単位が取れていない場合は進級不可となる。どう考えても普通に受けていれば、問題ないはずなのだがどこの大学にも勉強の場と遊びの場をはき違える奴はいるもので、毎年何人かは上がれないらしい。

 と、名前も知らない進級出来ない君の話題はどうでもいいので、直面している問題に再び意識を戻す。

 

「んー、どこがいいか」

「この辺とかは? 駅から近いし、小町も通いやすいし!」

「いやお前と俺の大学かなり離れてるじゃん……あと家賃バリ高ぇ」

 

 これにはバリヤードもバーリバリバリ! と言っちゃうレベル。また息を吹き返したらしいし、久々にアプリを起動しようかな。ルビサファ世代だからまた一日帰らず、街中を歩くのもいいかもしれん。やだ、八幡君アクティブ過ぎ……。

 

「もうどこでもいいじゃん! お兄ちゃんなら公園のベンチでも暮らしていけるよ」

「ホームレス扱いにしないでくれる? そもそもお前が良くて、何で俺だけ一人暮らしに出されるのかが意味わかんねえ」

「そりゃあお父さんが小町とイチャイチャしたいからとか? 本当なら結構引くけど」

 

 真顔でケロっと肉親への暴言とかヤンキーかな、小町ちゃん。もちろん心の中で常にお父さん、お母さん、カマクラに感謝してることは知っている。何なら俺には妹ラブコメを体験させてくれるくらいの有能な妹である事を知っている。

 

「本当にどうすんの? もう来週からだよ」

「まあそれまでは……家に家賃を入れて、住まわせてもらうしかないだろう」

 

 いくら何でも家が決まっていないのだから、追い出す真似はしないはずだ。

 こうして話の区切りがつくと、小町のスマホがぶぶっと震えだした。見ると画面に『雪ノ下雪乃』と表示されている。

 

「雪乃さんからだ。はい、もしもーし」

 

 そのままリビングから自室へと戻って行く。別に会話内容に興味はないので、俺も自室へと戻る。とりあえずは春アニメの消化をして、のんびりと考えよう。

 このパターンは間違いなく考えないけれど、何もしないよりかはましってやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、小町ちゃん。その大量のダンボールはどういう事かな?」

「いいから、早くやって。あ、これ小町欲しいから、もらってく」

「おい待て。それ結構気に入ってる」

「あ、この漫画お兄ちゃん買ってたんだ。これも」

 

 翌日。

 静止を振り切って、『小町行き』と書かれたダンボールにどんどん積み込まれていく。兄の物は妹の物というジャイアン理論が働いているようだ。

 つか何これ。どうして朝っぱらから部屋に来たと思いきや、引っ越し準備みたいな事させられてんの?

 

「お前は味方だと思ったんだがな」

「何言ってるの? ようやくお兄ちゃんにぴったりのお家が見つかったから、手伝ってあげてんじゃん。あ、PS4はもらってくねーん」

 

 もう容赦ないですね、君。半ばあきらめながら、とりあえず同人誌やらラノベやらブルーレイBOXやらをダンボールに避難させていく。お前らだけは渡す訳にはいかないからな。

 そんな作業を時折休憩をはさみながら、続ける事二時間。

 全然持っていく物が少ないので、簡単に終わってしまった。意外と一人暮らしの男って少ないよね。服なんて最低限のものばっか。足りなくなれば、買いに行く方が却って安上がりになる。

 

「で、俺はどこの国に連行されるんだ?」

「ここだよ! 千葉からも近い都内某所!」

「某所どころか新木場だな、ここ」

「ネタバレは恨まれるよ、お兄ちゃん」

 

 いやお前が見せてきた地図の右下に思いっきり住所書いてあるし。

 

「そんな訳でまたしばらくは寂しくなるけど、頑張ってね。あ、小町に仕送りもね」

「最後のはともかく、まあ寂しければ会いにこい。飯くらいは作ってやる」

「それはポイント高いですが、個人的にはそれは私以外に振る舞ってほしいものですねぇ~」

「……確認するが、ここってどういう家なんだ」

「普通の家だよ?」

「そうか。じゃあ不動産会社に確認するから」

「そういう探り合いはよくないよ。ほら、さっさと行った、行った」

 

 もう自白してるも当然なんだよなぁ……今更こいつの考える事なんて疑う訳ではないが。

 まあ昨日雪ノ下と電話してたから、どうせ家の場所を教えたんだろう。それくらいなら別にいいか。雪ノ下が家に来るくらいは特に問題ないし。多分一色とかにも教えるだろうけど、それも大丈夫。

 何なら二人共前に一人暮らししてた時からちょくちょく遊びに来てた訳だからな。

 家を出た後は乗り慣れた京葉線でそのまま新木場駅へ。つか本当に大丈夫だろうか。こんなところ、どう考えたって家賃馬鹿にならないイメージがある。まあヤバければ、小町には悪いけれど勝手に変えさせてもらうか。

 

「えーと……ここ?」

 

 もう一度地図に視界を落とす。

 

「ここ……だな」

 

 そこはアパートとかマンションではなく、立派な一軒家。うん、お家。全国のお父さんが夢見る賃貸とかではないローンを組んで購入したかのような二階建てのお家。

 

「どうやら間違えたようだな」

 

 さっそく電話をして、小町に確認しようと思うとガチャっと家の扉が開き、

 

「遅いですよー、先輩」

 

 という聞き慣れた声1に、

 

「本当ね。色々やってほしい事があるというのに」

 

 聞き慣れた声2が被さるように聞こえてくる。

 はは、まさかな。いくらなんでもこの設定を現実にするのは無理があるのではないか。

 ラノベですらもうちょいテンポを考えてやるぞ。まあ現実とは無情なものであり、顔を上げれば、見覚えある女性が二名。

 

「とりあえず届いたダンボールを部屋に運んでください、先輩」

「その後は夕飯の買い物に付き合いなさい」

 

 三月三十一日。

 比企谷八幡と雪ノ下雪乃と一色いろはのシェアハウス生活一日目。

 

 



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2話

 ダンボールを自室に全て運び込んだ後はリビングのソファに腰を下ろす。天井にはシーリングファンが完備されており、我が家には見慣れない光景が広がっていた。

 さてそろそろ聞いてみますか。

 

「まずいつからここにいるんだ?」

「昨日からですよー。だから私達もまだ部屋の掃除が終わってないんです」

「そうね。でもあなたが来るって言うから、先に当面の生活用品だけはきちんと用意しておこうと思ったから」

「うん、まあそれはそうだね。確かに必要だね、うん」

 

 でも一番に聞きたいのはそこではない。

 

「簡潔に言うと、どうしてお前らいるんだ?」

「雪乃先輩が前のマンションから引っ越すって言うから、一緒に住みましょうーって提案して、最初は断られるかもだったんですけど、先輩も一緒にって言ったら、OKでした」

「判断はええな、おい」

「まあ家に一匹くらい用心棒いてもいいと思うし」

「なら番犬扱いじゃなくて人間扱いしてくれ……」

 

 ある意味目つきだけなら番犬以上かもしれんが、戦闘力は5以下のゴミだぞ。ナメック星人にすら勝てない。でもよくよく考えてみたら、雪ノ下の方がフリーザ軍より強そうだもんなぁ。名前的にもなんかこっちの方がインパクトあるし。

 

「何か?」

「いやなんでも」

 

 閑話休題。

 

「で、後はご想像の通りってか?」

「ええ、一色さんが小町さんにシェアハウスの情報を教え、そこからあなたが来る事になり、今に至るという訳よ」

「そうか。じゃあ短い間だったが世話になった。俺はこれで」

 

 そう言い残して、立ち上がる。

 当たり前だ。恋人関係でもない女子大生二人と同棲なんていうラブコメ展開は俺のSAN値が持たない。そもそもプライベート空間が全く無くなりそうだし。

 

「ここ出てくのはいいですけど、小町ちゃんから『お母さんが引っ越し費用全部出したから、あとは全部自腹で』と伝言を預かってますよ」

「……大学の寮を今から申請で」

「あなたの大学の寮って今まで通っていたキャンパスの方にあるのでしょう? 新しいキャンパスからは遠いと聞いてるわ。ここからなら電車で三十分もかからないけど」

 

 雪ノ下の言葉に足が止まる。

 そもそも何で一人暮らしが始まったというと、元々一年から二年の間も大学近くのアパートに住んでいたのだが、三年からはキャンパスが変更という面倒な仕組みになっているので、無事に進級できた頭いい子達は新しい校舎へと移動になる。

 当然それにより、今までの家から引っ越す必要が出てくる。

 いや本当は実家に戻るという選択肢がいいのだが、もう大学生という事もあり、うちの両親は一人立ちを強制……進めてきた。

 そんな立ち尽くしてると、くるっと一色が後ろから肩に手を乗せる。

 

「まあまあ。今日はのんびりしましょうよ。とりあえず一か月くらいここに住んで、その後に決めればいいじゃないですか? 私達も男手が欲しいのは本当ですし」

「……嫌じゃないのか?」

「そんなの今更聞きます?」

 

 くすっと笑みを浮かべたのは一色だけでなく、ソファに座っている雪ノ下もだ。こちらを見ながら、微笑む姿から一緒に暮らす事に何も疑問を感じていないと受け取れる。

 両手を上に挙げ、軽く息を吐く。

 

「……降参」

「えへへ。それじゃあさっそく夕食の準備手伝ってください」

「はいはい……って何、作るんだ?」

 

 キッチンに行くと、先程買ってきたであろう食材の数々が並べられている。

 

「今日は簡単なものでいいかなと思い、とりあえずカレーにしようかなと」

「なるほど。んじゃ俺、下ごしらえとかやるから、お前らは自分の部屋の荷ほどきとかしてこいよ。まだ終わってないんだろ」

「あなたに料理を任せるのは少々の不安を感じるのだけど」

「いいから、いいから」

「……無理矢理行かせようとするところがまた」

 

 さっきの微笑む姿は俺を信用しているという事じゃなかったのだろうか。

 結局は渋々納得したようで、二人は二階の自室へとそれぞれ戻って行った。本当この家どういう仕組みなんだか。明日にでもきちんと家の間取りを把握しないと。

 とりあえず早速料理しますか。

 

「まずは……って何だ、これ」

 

 俺が見た先にあるのはあさりだった。ボウル一杯に水で浸しており、どうやら砂抜きしている様子。

 カレーにあさり……いやまあやってみるか。

 適当に調理レシピを料理アプリから検索し、クッキングスタート。

 まずは砂抜きしたあさりを茹でる。弱火でもいいが中火でも構わない。沸騰した後は茹で汁を空いたボウルに移して、あさりも別の皿に移す。

 ここからは普通のカレーと同じ作り方。玉ねぎ、にんじん等の野菜を先にバターで炒める。先程使ったあさりの茹で汁もここで使うのだが、全部は使わない。

 次にルーの作成だ。鍋に水と干しエビ、先程の茹で汁を混ぜ、沸騰した後に干しエビは回収。カレールーを入れ、完全に沸騰するまで待つ。

 あさりは殻をむき、炒めた野菜も一緒に投入。熱を通し過ぎると固くなるのであまり長時間火を通し過ぎるのはよくないので、少し時間が経過したら、終了。

 もちろんじゃがいもとか入れる場合なら火を通す時間をかけた方がいいが、その場合はあさりを入れるタイミングに注意。

 と、かれこれ熱中していたせいで気付けば、そこそこの時間は経過していた。お米がたけるまではあと数分。

 

「雪ノ下―、一色―。出来たぞー」

 

 ……返事がない。ただの屍のようだ。

 しかしここで下手に動くのは得ではない。何せ女の子の部屋に勝手に入るというのは流石にまずいものがある。下手すれば、明日には両手に冷たい鉄の錠が……。

 

「おーい。ご飯出来たんだけど……」

 

 もちろん反応はない。

 仕方ないので、適当にあった野菜で簡単なサラダを作り、そこから更に数分。

 

「せんぱーい。ご飯出来ました?」

「さっきから呼んでたんだけど……」

「あれ? おっかしいなー、全然聞こえなかったんですけど」

 

 でしょうね。だって俺の目が正しければ、首にヘッドホンぶらさげてるもん、君。寝ぼけてるのか、こいつ。しかもよくよく見たら、最新のブルートゥースヘッドホンってのがまたムカつく。

 

「全く……こんなに時間がかかるなんて」

「……お前はどーせ本に夢中になってたんだろ?」

「何の事かしら。私は部屋の整理を」

「ダンボールから偶然出てきた小説を読み返していて、俺の声も耳に入らなかったと」

 

 我ながら、ここまでわかる自分が怖い。

 しかし俺含めて、お腹空いているようですぐにお皿にご飯とルーを盛り、ダイニングテーブルに着く……うん、着いた。

 

「……質問いいか?」

「何かしら?」

「何ですか?」

「どうして俺の真横なんだ? いや別に文句があるようでないとか……何言ってんだ」

 

 どう考えても、俺の横に座るのは一人だけ。もう一人は真正面かお誕生日席配置になるはずだ。で、雪ノ下が俺の隣の席に自分の皿を置いた後、一色が椅子を移動させてきた、と。

 いややっぱりこれ夢なんじゃないだろうか。こういうハーレム系ラブコメは二次元だけだからなぁ。三次元にハーレム系イベントなんてありえるはずがない……多分。

 

「まあ……いいか」

 

 別に諦めたわけじゃないんだからねっ!

 

 

 × × ×

 

「うし。こんなもんか」

 

 ほぼ俺の部屋は本棚で埋め尽くされる形で机にはノートパソコンが置いてあるのみと何だか寂しい風景に見えるが、こんなもんだ。近々家からテレビも移動させるつもりだからゲームは出来るようになるし、しばらくは狩猟生活だな。

 と、一息ついたところでコンコンとノックが鳴る。

 

「入っていいぞ」

「失礼します……あ。もう片付いたんですね、お手伝いしようと思ったんですけど」

 

 お風呂上りなのかフード付きの薄いピンク色をしたルームシェアの恰好の一色だった。

 顔をがほんのり赤く染まっている。

 

「まあ基本的にスマホ一つで何とか暇つぶし出来るからな。あんまり部屋に物は置かないようにしてるし」

「ほうほう、先輩の事だから探せば、面白そうなもの見つかるかなーって思ったんですけど」

「……ないな」

 

 いや本当に無い。

 だって、前の一人暮らしの時もこいつら勝手に人の部屋を荒らして、同人誌だのエロゲだのを見つけては文句を言ってくるし。雪ノ下と由比ヶ浜が少し興味津々だったのは今でも思い出せる。

 

「今日から先輩と一緒のお家ですね」

「雪ノ下もいるけどな」

「それじゃあ夫婦じゃなくて、家族ですかね。そうなるとどういう配置ですかね。私が妹でお姉ちゃんが雪乃先輩、お兄ちゃんが先輩……どうですか? お兄ちゃん」

「妹、間に合ってるんで結構です」

「むぅ……」

 

 そんな頬を膨らませてもねぇ……。

 

「まあそれは置いといて。実は先輩に話しとかないといけない事があるんです」

「話?」

 

 そう疑問符が声に出た時、再び部屋の扉が開く。

 入ってきたのは同じく風呂上りの雪ノ下。こちらは薄い水色でモコモコした感じが如何にも女の子の寝間着を漂わせる、

 

「あら? もう一色さんがこっちに来てたのね」

「お先です、雪乃先輩。ちょうど本題に入ろうとしてたところです」

 

 二人が俺の前に並んで、じっと目線を合わせてくる。

 な、何……空気が一変したんだけど。

 

「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。この家で暮らしていくにあたって、どうしても守ってほしい事があるんで、それを約束してほしいんです」

「約束?」

「ええ」

 

 多分それがこれから起こるであろう一連の事件のきっかけの発言。

 雪ノ下雪乃と一色いろはという二人の定義を逆転させ、そして俺自身もまた自分のあり方に今一度問いただす。

 言ってみれば、これはリメイクだ。やり直し、つまりはリセット。

 

 

 

 

 

「今後この家にいる限りは絶対に恋愛禁止」

 

 

 

 

 

 

 だけれども、感情はリセット不可。

 つまりまとめると、これからの出来事は彼女達と俺の―――続きの物語。

 

 



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3話

「……誰もいないか」

 

 四月中旬。

 起きてから、リビングに行くと、既に白いご飯とお味噌汁、焼き魚に漬物なんていう古典的な朝食が用意されている事はなく、音もない静かな空間だけが広がっていた。

 同棲生活が始まってから既に一週間近く経過はしていた。思っていた以上にストレスも感じる事はなく、上手くやれている方だと思っている。いや思っているっていうのは俺からの感想っていうだけで、彼女達からはどうかはしらない。

 

「……朝飯、どうすっかな」

 

 このまま大学へ向かう途中で牛丼屋にでも入るか。いや朝抜きにして、お昼は大学近くの煮干し系のつけ麺という選択肢もあり……まあどっちでもいいや。

 新しいキャンパスは都内、池袋駅の近くにあるので今日の帰りはそのまま散策でもしようかね。今までは行く機会は全くなかったがこれから卒業まではほぼ毎日通ることになる道だ。いやまあ単純に買い物しやすくなったから、今後通販ではなく、店頭で買う事で店舗特典も手に入るというメリットがある。

 さてと。それじゃあ行くか、と玄関のドアノブに手を伸ばした時、後ろから声がかかる。

 

「ん……比企谷君……?」

「俺以外にこの家に男性いたら、おかしいだろ。おはよう、雪ノ下」

「ん、おはよう……これから大学?」

「ああ」

 

 まだちょっとは寝ぼけているせいだろうか、小さく開けた目を擦りながら、聞いてくる。髪もちょっとばかり乱れているし。こういう姿を見れるというのもシェアハウスの特権とも言うべきか。まあ一般男性ならこんな美少女の寝起き姿を見れるってだけでも憧れるかもしれないがそこは付き合い長いせいなので、物珍しさを感じない。

 

「朝ご飯は?」

「ないから、行く途中にでも」

「そう……何食べるの?」

「ん? 多分牛丼とかだけど」

「牛丼……」

「……その、来るか?」

 

 不意にそんな事を口にしていた。

 最もこれだって不思議じゃない。高校卒業してからは雪ノ下も由比ヶ浜も一色もそして俺も普通にご飯や遊びに誘うようにはなっていた。まあほとんどはあいつからだけど。

 ましてや同じ家に住んでいる者同士だ。

 雪ノ下は言葉には表さないものの、こくりと縦に首を振り、そのまま駆け足で洗面所へ向かって行った。準備に時間がかかるのは女の子にとっては仕方のない事。

 準備できたら教えてくれと言い残して、俺も部屋に戻ろうとする。

 

「あ、そうだ。一色もついでに誘うか」

 

 一人だけ仲間外れよくないからね。

 二階の女子部屋へと向かい、一色の部屋の前に立つとノックを二回鳴らす。

 ……返事がない。ただの屍のようだ。

 ……また返事がない。もしや応答できる状況じゃない!?

 ……うん、返って来ない。もしかして圧倒的無視されているとか?

 

「一色さんならサークルのビラ配りがあるからと朝早く出ると昨日言ってたから、いないわよ」

「ん? ああそうなのか」

 

 なら部屋に戻るかと、階段へ向かおうとすると、自室に戻ろうとする雪ノ下とバッチリ目が合う。

 普通、家の中じゃ化粧する女の子はいない。誰だって楽したいだろうし。つまりはスッピンという訳です、はい。

 それは雪ノ下も例外ではないのだが、元々そこまで化粧をする方ではなく、ナチュラルメイクで済ます事がほとんだ。だから大して変化はないと言えば、そうなんだけど、改めて見るとどうしてか心臓の辺りの鼓動が早くなる。まあ平たく言えば、緊張した。さっきまでしないとか言っておいて、こういう不意打ちに弱いのは未だに直ってない。

 

「あ、その……あんまり見られると恥ずかしいのだけど……」

「わ、悪い」

 

 すぐに目を逸らして、逃げるように階段を降りていく。そのまま自室へと戻って、ベッドへとダイブ。あーこの歳でこんなラブコメはちょっと受け止められる程ピュアじゃないっていうか……何、この初恋男子の典型的なイベントみたいなもの。もう正直言えば、素直に恥ずかしい。普通に顔を赤らめて、しかも寝間着姿って……あー反則。ひどい。人生不条理! それはまあ昔から言ってるけど。

 しかしまあ……成人しても、可愛いって事ですね。

 

 

 × × ×

 

 

 私服姿の雪ノ下と歩くこと数分。駅近くの牛丼屋に入った。店内にはこれから出勤するであろうサラリーマンが今にも死にそうな顔でどんよりしてる。お疲れ様です……!

 一方で現役女子大生お嬢様は券売機の前で、現在戸惑いのご様子。

 

「どした?」

「えと……どうすればいいのかしら?」

「どうすればもボタンを押すだけなんだが」

「……どれがいいのかしら?」

 

 おっともしかして牛丼屋デビューでしたか。なら朝食メニューが豊富な駅の反対側の方に行くべきだったか。その方が雪ノ下も選びやすいだろうに。

 結局、無難な焼き魚定食を選び、並びながらカウンター席座る。

 

「成人したというのに牛丼屋に来たことないとは……」

「し、仕方ないじゃない! 別に知らなかった訳じゃなくて……興味はあったのよ」

「行く勇気がなかったと?」

「……はい」

 

 顔を俯き、白状する雪ノ下。こいつもここ数年でかなり丸くなったというか素直っていうか……早い話が随分彼女との距離も短く、いやなくなったと言ってもいいくらいの近さだ。

 

「ちなみについでに聞いていいか?」

「何?」

「今日の予定は?」

「……そうね。ゼミの研究室にでも行こうと思っていたけれど」

「なるほど。じゃあ夕飯は遅くなるか」

「そんなには遅くならないわよ……また作ってくれるのかしら?」

「気が向いたらな」

 

 タイミングいいのか、ちょうど定食がやってきた。

 話の逃げ口としてはちょうどいい。そのまま箸を手に取る。

 どうしてか食事中は雪ノ下が機嫌良さそうなのはまた謎なものだ。

 

 

× × ×

 

 

「えーと」

「どうかしたのかしら?」

「お前の大学、こっち方面じゃないだろ」

「今日はフィールドワークよ」

「環境系の学科でもないだろ、お前」

 

 言い訳が苦しいにも程がある。

 牛丼屋から家に帰らず、そのまま電車へ乗り込むまでは特に気にしてなかったが、流石に最寄りまで来られるのは……。

 

「そういえばあなたの大学って川崎さんがいたわよね?」

「あー……ああ、うん。いたね、そういや」

「……忘れてたでしょう?」

「忘れてたというか会わな過ぎるというか」

 

 学科が違うんだから、それも当然だ。向こうは向こうでキャンパスライフを満喫しているようだし(小町情報曰く)。そもそも入学してから、一回くらいしかろくに話していないか。

 それにしてもこいつ大学までついてくるつもりか? 俺の隣の並び、チラチラとこちらに視線を伺いつつ、目が合うと、微笑む。当然その様子は周囲の皆さんにも見られている訳であり、ひそひそ話が沸き出してしまう始末。

 

「えーと、もう大学ついたんだけど」

「そうね。では行きましょうか。授業はガイダンスで終わりよね?」

 

 このままだと煮干しつけ麺も池袋散策の予定も無くなってしまう。ここは上手く言い訳するべきか……。

 

「あれー? 比企谷じゃん」

 

 と、考え込んでいると聞き慣れた声が聞こえる。

 忘れてた……この大学にはよくよく考えたら、とんでもない巡り合わせが起きている事に。

 

「……雪ノ下?」

 

 そして更に聞こえてくるまた聞き慣れた声。

 もう顔を見る必要はない。

 

「確か折本さんに……川崎さん?」

「よく折本の事、覚えてたな」

 

 そんなツッコミを入れつつ、ギャルゲ主人公のような修羅場が起きてしまいましたとさ。

 



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4話

 

 

 

 どうしてか。どうしてこんな陰湿な空気が漂っているのだろうか。

 

「……」

「……」

「先輩―、お疲れ様でーす」

 

 ここはジョーク交じりの会話を切り出すべきだろうか。いや無理。他二人さんが雪ノ下をめっちゃ睨んでるし。

 

「お久しぶりね、二人共」

「久しぶり……てっきり海外の大学に行っちゃったと思ってた」

「流石に買い被り過ぎよ」

「ふーん……ところで何でうちの大学に?」

 

 腕を組んでいるのもあるせいか、益々威圧感が増しているように見える。隣の折本は先程挨拶した先輩とまだ話しているご様子。コミュ力大事だよなぁ、本当。

 立ち話も何だからと、食堂へ移動した俺達。着いた時間が時間なだけに少々混み具合が激しい。やっぱり適当に離れて、ぼっちポジ探さないとなぁ。

 

「いえ。ただ比企谷君の大学がどういうものか興味があったから」

「だとしても、何で今頃? 来ようと思えば、いつでも来れたじゃん」

「それは……まあ色々事情があるのよ」

 

 そう言いながら、こちらに目線を向けてくる雪ノ下。あのー……川崎さん? 標準をこちらにロックオンしないでくれる?

 

「にしても、雪ノ下さん? よく私の事、覚えてたねー」

「ええ。印象に残ってるから」

「やっぱり?」

 

 自覚あったんですね……。まあ高校時代に比べれば、色々と落ち着いた折本だし、むしろそのせいかかなりモテるようになってしまった。

 

「でも比企谷と二人って事はー……そういう事?」

「そういう事とはどういう事かしら?」

「んー、まあそういう事でいいのかな?」

 

 まるで雪ノ下がからかうかのようにいたずらな笑みを浮かべる中で、折本も「ふーん」と謎の笑みで対抗する。その禍々しさに川崎も加えると、外からはエデンの園かもしれないが、中は互いに謎のマウント取りが始まってるかのような……いや川崎と折本にマウントを取る意味ないから違うか。何なら雪ノ下も違うよな。

 

「さて。そろそろ私も自分の大学へ行くわ」

 

 と、立ち上がり、鞄を肩にかけて、後にした。

「そうそう。今日の夕飯は私が作るから、早めに帰ってきなさい」

 

 爆弾を投げてから。

 

「比企谷? どういう事? 夕飯ってもしかして雪ノ下とど、どどど同棲してる……の?」

「へえー、意外とやる事はやってんだね、比企谷」

 

 ラノベ主人公っぽいハーレム展開なんだが、実際に体験すると決して幸せでもない。

 やっぱ三次元ってクソ……。

 

「俺がそんな勇気ある行動すると思うか? 相手は雪ノ下だぞ、雪ノ下」

「それはそうだけど……かなり仲いいじゃん、二人」

「うんうん、昔から仲よさそうだよねー。バレンタインの時とかあたしの発言気にしてたし」

 

 お前も同調するな。つかバレンタインとか懐かしいな。

 

「そもそも何でお前がそこまで気にするんだ?」

「……別に何も気にしてないけど。ただ聞きたかっただけ」

「それを気にしてるっていうんだよなぁ」

 

 川崎は顔を俯き、ぷるぷると震えている。耳まで真っ赤になっているところが見える辺り、顔を隠しているのだろう。

 一方で折本はふふーんと頬杖をしながら、楽しそうに眺めてる。

 

「にしても、比企谷と会うのもなんだかんだ久々だよねー? 毎週何曜にここ来てるのー?」

「一応火曜と木曜と金曜」

「おっけー、じゃあまたご飯食べようよ。何なら三人で飲み行こ、どーせ川崎さんも暇でしょ?」

「ま、まあ木曜と金曜なら私も来てるけど」

「じゃあ決まりー!」

 

 人の意見を聞くことなく、折本と川崎は携帯を取り出す。二人共じっと俺の顔見てくるので、黙って携帯を取り出し、SNSアプリを表示する。

 こういうのは得意なのか、折本はすぐに『H.S.K』という名前のグループを作った。

 

「ちなみにグループ名の由来は?」

「それぞれの名前の頭文字取って」

 

 単純過ぎだなと思ったが変に名前をつけられても嫌だし、こんなところか。

 と、ちょうどよくチャイムが鳴る。

 

「そんじゃ俺、ゼミなんで」

「おーまたねー」

「……また」

 

 それぞれ後にして、ゼミがあるゼミ棟へと向かおうとすると、ぶるぶるとポケットからの振動を感じる。SNSの通知だ。

 

『ねえ、明日って暇?』

『ねー、明日の夜とか空いてない? サシで飲みいこ! 飲み!』

 

「これはモテ期なのか?」

 

 疑問が残ったままだが、この後の返信が面倒だなぁと思った。

 てか煮干しつけ麺と池袋散策の予定、いつの間にか潰されてるし……。

 

 

 × × ×

 

 

 ゼミ終了後は真っ直ぐ帰ろうとしたが、問題が発生した。

 うちのゼミは研究熱心や出席重視等色々と厳しい面がある中で、毎回飲み会が開催されるというオールラウンドサークル並みの陽ゼミである。

 

「比企谷君は? 今日はどうするの?」

「あーすいません。パスで」

「またー? 前も断ってたじゃん」

 

 無駄金を使いたくないからな。

 うちの大学は二年からゼミに所属する事が出来るので上級生との関係も自然と出来ていく。その中でも飲み会は親睦を深める為に重要なイベントだ。アルコールの前では人は自然と本音がこぼれるので腹を割って、話せる。

 

「たまには行こうよー。いいじゃん」

「いやーあのすいません。用事あるんで」

 

 半ば強引に誘ってくる先輩人を退け、研究室を後にする。

 このまま家へ帰宅なのは間違いないが、その前に川崎と折本の返信をどうするかだよなぁ。

 とりあえず明日は無理だと言っておくか。いや予定はないけど、予定ない事が予定みたいなもんだし。

 まずは川崎から。

 

『悪い、明日は無理』16:45

『何かあるの?』16:45

 

 一分も経ってないんだけど。何なの、ずっとSNSの画面を表示してるの、あいつ。

 

『ちょっと用事がな』16:46

『雪ノ下?』16:46

『やっぱ付き合ってるの?』16:46

 

 やっぱ気になるんじゃねえか。まあ俺も雪ノ下に彼氏できたら、流石に気になるだろうからそれと似たようなもんだよな。もっとも高校どころか大学入ってからも男の噂の一つもたたないんだよなぁ、あいつ。

 その話題を出すと、何故か不機嫌になるし。その場にいる由比ヶ浜も一色も。女心わからない、八幡。

 

『付き合ってねえよ』16:48

『じゃあ何で夕食作るから早めに帰ってこいとか言ってたの?

 てか、やっぱり一緒に住んでるよね? 何で嘘ついたの? いつから一緒に住んでんの? 付き合ってんの? この事由比ヶ浜も知ってるの? そもそもさあ、付き合ったならきちんと言うべきだと思うんだけど? 何で黙ってたのかな、ねぇ?』16:48

 

「……」

 

 身震いしたのはいつぶりだろうか。周囲をきょろきょろと見渡し、敵がいない事を確認した俺はすぐに駅のホームへと向かい、電車へ飛び込んだ。

 しばらくは気を付けないと……。

 結局、川崎の返事は保留して、そのまま家へと帰宅。既に雪ノ下がエプロン姿でキッチンに立っており、料理を開始している。

 

「おかえりなさい。まだ時間かかるから、適当にくつろいでて」

「ん、悪いな」

「いえ……ふふ」

「何がおかしいんだ?」

「いえ。何だか……新婚みたいな会話みたいで」

 

 楽しそうに頬を染める女子大生、雪ノ下雪乃。

 というか結婚できるから、若妻でも通ろうと思えば通りそう。こいつスパルタ教育とかしそうだよなぁ。んで、娘には間違いなく自分の同じパンさんの着ぐるみパジャマを着させるに違いない。

 ……流石にこの歳では着てないよな?

 

「着てますよ。こないだ夜中にお手洗い行った時に雪乃先輩の部屋の扉がちょっと空いてたので、何してるかなーって覗いたら、着ぐるみパジャマ着ながら、パンさんの映画見てましたし」

「……見てみたい気もするな。あと心読むな、心」

「てなわけでただいまです、先輩」

 

 隣でびしっと敬礼のポーズを取る後輩も揃い、これで全員集合でござる。

 しかし肝心の料理はまだ時間かかりそうで、一色は自室へ。俺も戻ろうと思ったが、何もしないのは少々面目ない。

 

「手伝う」

「あ、別に」

「早く食いたいから。どこから手つければいい?」

「……しょうがないわね」

 

 ため息を吐きながらも顔は笑っている。どうやらお許しをもらえたようだ。

 そんな訳で今日の八幡クッキングスタート。

 まず鍋に水と昆布を入れて、だしを取っていく。火は中火で。また火をかける前に水と昆布は一時間程漬け置きした方が味が染みる。沸騰直前で昆布は取り出し、火を止める。

 その次に唐辛子を一本と、

 

「雪ノ下、それ」

「はい」

 

 雪ノ下が作ったある調味料を一緒に入れる。材料は酒、ポン酢、鶏がらスープの素、コチュジャン等。続いて、もつをボウルに入れ、水洗いをする。

 すでに野菜の準備は雪ノ下が出来ているようなので、もつの水洗いが終わったら、白菜、もやし、ニラ、もつ、最後にスライスしたにんにくと赤唐辛子を乗せて、具材が煮込むだけ。

 待っている間、俺達はリビングのソファへそれぞれ腰を下ろす。

 

「にしても、鍋なんて珍しいな」

「ちょっとした事情でモツが手に入ってね……そういえばどうだった?」

「そういえば?」

「川崎さんよ」

 

 そっと目を逸らすが、雪ノ下の口は止まらない。

 

「大方、色々聞かれたんじゃないかしら」

「一応聞くが、爆弾投下したのお前だからな」

「そうね……でも仕方ないじゃない」

「は?」

 

 再度彼女の方へ顔を向けると、そこには優しくこちらを見つめた人差し指を口元に当てながら、微笑んだ雪ノ下が。

 うん、めっちゃ笑顔。

 

「誰かに自慢したくなるんだもの」

「……楽しそうで何よりです」

「また会いに行こうかしら」

「勘弁してくれ……」

 

 ちなみにもつ鍋の〆は麺系でもご飯でもいいです。

 やっぱ鍋って季節関係なく美味しいよね!

 

 にしても、煮干しつけ麺と池袋探索……同人誌……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばさっき先輩の部屋覗いた時にベッドの下にあった薄い本に雪乃先輩似の女の子の絵が」

「おっけー。そこを動くな」

 

 

 



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5話

「……何だ、このバットエンド」

 

 あまりの結果に朝からドン引きしていた。

 大学も会社も休みな日曜日。いや休みじゃない社畜さんは本当にお疲れ様です。頭が上がらない。

 そんな社畜とは裏腹に僕は布団に包まりながら、ゲームしてました、はい。

 で、どうしてこんな台詞が出たかと言えば、積みゲー化していたゲームを土曜から消化作業中の為だ。そりゃあこの新居に引っ越してから、ゲームというゲームをロクにしていない。というより、出来る環境ではなかったので、この土日でそこそこ進めたかった。

 が、ストーリー中での選択肢をミスり、サブヒロインエンドが見られずにいるのが現状である。無論ネットでググれば、すぐに回答は出るだろう。

 しかしそれでいいのだろうか。いやいい訳ない。

 と、カッコつけてはいるがこのせいでストレスが順調に溜まっているのもまた事実である。

 

「せんぱーい。起きてますかー?」

「ノックしろ、ノック」

 

 部屋の扉からひょこっと顔だけ覗かせているのは同居中の一色である。

 間違っても同棲ではない、同居である。

 

「私達に隠れて、変なことしてたら面白いかなーって」

「具体的に」

「それを私の口から言わせたら、セクハラで訴えますよ?」

 

 想像でが出来ちゃうくらいこの子も大人になってたという事ね……何だか悲しいなぁ。

 一色ってもうこうピュアというか男の憧れの後輩みたいな、それでいてずる賢くて、生意気なとこあって……これ以上いくとどんどんマイナスイメージしか浮かばないのでここで止めておこう。

 と、一色はじーっと俺の持っているゲームに見ていた。

 

「ゲームしてるんですか?」

「ああ。放置になっていたままだからな」

「ふーん。どういうゲームなんですか、それ」

「えーと……」

 

 そりゃあ秋葉原が舞台で、世界線を飛び越えるゲームだよと言えば、大体のヲタクは理解してくれるだろう。しかし一般人は平気で聞いてくるのだ、どういうゲームなんだ、と。

 この説明ははっきし言って、面倒くさい。例えば好きなラノベのどの辺がオススメと言われても、

「オウフwwwいわゆるストレートな質問キタコレですねwww おっとっとwww拙者『キタコレ』などとついネット用語がwww まあ拙者の場合○○○はいわゆるラノベとしてではなく、メタSF作品として見ているちょっと変わり者ですのでw 私みたいに一歩引いた見方をするとですねwwwポストエヴァのメタファーと商業主義のキッチュさを引き継いだキャラとしてのですねwww フォカヌポウwww拙者これではまるでオタクみたいwww 拙者はオタクではござらんのでwwwコポォ」

 と、なる。いや大分これも省略してるぞ? 本気で語れば、あと二、三行は足らない。

 ちなみにもうすぐアニメ化されるからとか、全く関係ない。

 ポイントが溜まったから、酔った勢いで購入しちゃったとかそういうのも全然関係ない。

 

「まあ何ていうか、いわゆるアドベンチャーゲームってやつだ。物語を進めていく上で必要なギミックを回収していきながら、それぞれのマルチエンドへと向かって行く」

 

 その後も細かい内容を説明すると、「ほえー」と一色の口から言葉が漏れる。お前、そんな反応するのかよ。ゆるキャラみたいだな。

 

「面白そうですね。ちょっとやってみたいかも」

「今やっているやつより最初のやつやったほうがいいだろ」

 

 立ち上がって、引き出しから前作を探す。

 多分こっちに来る時に持ってきている筈なので、ないという事はない。

 

「ほれ。あとこれも」

「それじゃあお言葉に甘えて。あとで感想言いにきますねー」

「ん。あ、もし物語進まないならググれば攻略方法わかるからな」

「了解でーす」

 

 と、機嫌よく俺の部屋から出て行った。

 また布教に成功してしまったか。敗北を知りたい。

 さて。それじゃあ俺も戻るか。いい加減みんなが笑顔のハッピーエンドルートが見たいからな。

 

 

× × ×

 

 

「一色は?」

「それが呼んでも、降りてこないのよ。ご飯はどうするか聞いたら、あとで済ませるからいいって言うし」

 

 その日の夕食。

 この時はまだ特に疑いもしなかった。まあ買ってもらったばかりのゲームってすぐハマっちゃうからな。

 ところが次の日。

 

「一色はまだ帰って来ないのか?」

「それが駅でバッタリ会ったから、一緒に帰って来たのだけど、家に着くなり部屋に閉じこもってるのよ。様子を見に行くと、「何でまたこのルートに行くんですかー!」「あー! どうして何回も殺されなきゃいけないですか!」って」

 

 ああ、そりゃあそうだよな。初見は結構苛苛するけど、よく読んで、考えれば、なんて事ないぞ。

 あくまで俺個人の主観だけど。

 そしてまた次の日、翌日と数日後になっていき……。

 

 とうとうお母さんの逆鱗に触れました。

 

「一色さん。あなたご飯の時間どころか、ずっと部屋に引きこもっているようだけど、何をしているのかしら」

「あ、雪乃先輩。トウットゥルー♪」

 

 えぇ……。少しハマり過ぎなんじゃないですかね。

 

「な、何かしら。その挨拶は」

「いえいえちょっとした流行りの挨拶ですよ。あ、先輩もいるんですね。トウットゥルー」

「お、おう……つかいくらなんでもクリアするのに時間かかり過ぎじゃね?」

「あ、前作はクリアしましたよ。本当ハッピーエンドは泣けましたし、アニメも借りてきて、一話から全部見ました」

 

 どうやら俺は一色の中にあった何かを目覚めさせてしまったのかもしれない。

 人がヲタクへの足踏みするきっかけはほんの些細な事から始まるのだ。だから気づかない間にいつの間にか漫画、ゲーム、ラノベ。同人誌まで買い出したら、もう手遅れ。

 ある意味こいつも未知の世界へ飛び込み、完全に浸かってしまった状態だろう。

 

「ところで先輩。ゼロの方の攻略でわからないところあるんですけど」

「攻略wikiみれば、いいだろ」

「やだなー。自分の力で全部のルートに行くのがいいんじゃないですか。それくらい当たり前だろ常考」

 

 いやお前がそれ使うのは……今度秋葉原に聖地巡礼にでも、つれてってやろうかね。

 

「何章だ」

「この章なんですけど。あと他にも疑問に思った点あるので、ちょっと教えてくれません? てか立ち話もあれなので、部屋どうぞ」

「それじゃあ失礼して」

 

 自然に一色の部屋に招かれ、そのまま中へ入る。

 中は思った以上にさっぱりしており、部屋の端に姿見や箪笥。そして壁には小型のテレビといつ買ったのかわからないが何故かゲーム機の筐体が置いてある。更には人を駄目にするという噂のソファ。敷布団ではなく、ベッドもある。

 

「あ、あの話が全くついていけないのだけど」

「ああ、ここは俺に任せとけ。雪ノ下は下で紅茶で飲んで、のんびりしとけ」

「そうですよー、ご飯になったら、行きますから」

「は、はあ」

 

 困惑した表情のまま、雪ノ下はその場を後にする。何やらぶつぶつ言っていたが、もはや俺達の頭は攻略の事で一杯だ。

 

「この部分のこれって……」

「ああ、これはこうなっていて……」

 

 人間、好きな事の話になるとついつい夢中になってしまうのだから、怖いよね。

 だからオチも想像がつくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。ミイラ取りがミイラになった気分はどうかしら?」

「ま、まあ雪ノ下。落ち着け、お前もこのゲームハマるかもしれ」

「ここでの生活に支障を乱すようなものに興味はないわ」

 

 お、俺もタイムリープしなければ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も語尾にニャンとかつけたら、いいですかね?」

「頼むからそれは辞めとけ。な?」

 

 少なくともここにいるのはラボメンではない。

 



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6話

 シェアハウス生活を初めて二か月が過ぎようとしていた。

 生活は思った以上に不便はない。むしろ家事は三人でローテーションしているので一人暮らしの時より助かっている。まあ勝手に自室を見られる時があるのは困るが、これ以上見られて困る物はない。十八禁同人誌とかエロゲはカモフラージュしているから、バレてないし。

 閑話休題。

 ここ最近、とある事で悩んでいる。

 

「ねぇ比企谷。何か飲み物」

「あ、私も。ハイボールでいいや」

「さいですか」

 

 タッチパネルからハイボールと適当な飲み物を三つ注文し、ため息を吐く。

 H.S.K会。それがこの飲み会の名前である。ただタベるだけの飲み会だが、この二人は満足しているようなのでいいとしよう。

 いやよくねぇ。毎週やってるんだぞ、これ。俺のバイト代がどんどん減ってくんですけど、それは。

 

「なぁ、二人共」

「ん?」

「何―?」

「そろそろこの会議を月一くらいに」

「無理」

「嫌」

 

 ハモるねぇ、君達。

 メンバーである川崎沙希と折本かおりは上機嫌である。大人な女性になったピチピチの女子大生に。いや意味深はないよ? このままの意味だよ? 二人の恋愛事情は知らないので何も言えないけれど。

 更に言うと、それぞれからも誘われており、川崎は土曜に。折本は日曜とバラバラに誘ってくれるのでダブルブッキングという事にはならないが毎週のように誘ってくるのはその……勘弁してほしいというか。ちなみに一回はデートしたが、それ以降は理由を付けて、断っている。

 別に嫌とかいう訳ではない。ただどうしても女の子と二人きりデート、ドキッ!? な展開は色々と心の準備も必要になるし、そりゃあ慣れなくない訳じゃないが……結論話すと、こんな沢山の頻度で誘われるのは八幡、無理ぃ……ハーレム主人公になれないよぉ。

 

「あ、私お手洗い行ってくる」

 

 立ち上がり、折本が席を外す。

 川崎と二人っていうのも何かと不思議な光景だが、まあここは沈黙と、

 

「ねぇ」

 

 いきたかったなぁ……。

 

「何だ」

「どうして誘っても、毎回予定詰まってるの?」

「そりゃあ大学生だから」

「私も女子大生なんだけど。つかやっぱり雪ノ下と……」

 

 疑い深いなぁ。

 川崎の目はそれを表すかのように俺の顔をじっと見ている。ロックオンされてる気分だ。

 

「さすがに疑い過ぎだ」

「でも一緒に住んでるのは事実じゃん」

「それも小町が勝手に」

「嫌なら引越せばいいのに」

「それは……まあ引っ越し資金とか」

「足りないなら出す」

「いやだから」

 

 言葉に詰まり、髪をかきむしる。

 女心に鈍感なラノベ主人公でもここまでいじっぱりな態度ならわかるだろう。しかしそれを口にするのも野暮なものだし、何より今すぐ川崎の想いに答えようというのも失礼というもの。

 無論、本人も気付いてほしくて、こんな態度を取っているだろうがそもそもこんな男のどこがいいのだろうか。小町も「お兄ちゃんのどこがいいんだろうねぇ。邪魔なだけなのに」とか言ってたし。邪魔って表現ひどくない?

 

「たっだいま」

「おう」

「そういえば注文してなかったね。何飲もうかなー? 比企谷は?」

「まだ手元にビールあるんでパス」

 

 戻った折本はメニュー表とにらめっこ。その間に川崎がお手洗いへと向かって行った。

 今度は折本ターンですか。

 

「きーめた」

 

 タッチパネルの注文ボタンが押された。一瞬画面が見えて、追加のビールが頼まれていたのは気のせいだと思われる、うん。

 

「ねぇ比企谷」

「何だ」

「最近忙しいみたいだけど、いつ暇になるの?」

「大学生だからな」

「私も女子大生なんだけどなー」

 

 タイムリープでもしたのかと思わせるくらい同じような会話。というか君達って結構暇なのね……。

 

「忙しいなら来週の木曜は私の家で映画でも見ない? 木曜なら暇でしょ?」

「まあ木曜は空けろって言われてるからな」

「じゃあいいじゃん! けってーい」

 

 お前は俺の話を聞いてなかったのだろうか。

 月一にしてくれってさっき言っただろ。様子を見る限り、聞き入れてもらえなかったようだけど。

 

「ちなみに三人でか?」

「それ言っちゃうと想いを寄せている女的にはマイナスだよ?」

「そういう風に言っちゃうのもマイナスな気がするけどな」

「つれないなぁ」

 

 気付かせようとしている気もない。こちらが気付いていると判断した上でそう言っているのだから、川崎よりもタチ悪い。魔性の女に育ったってしまったなぁ、こいつ。

 

「そもそも私とのデートを断る理由がわからない」

「は? いや毎回誘ってくるのはさすがに金が」

「だって私の事好きだったじゃん」

 

 で、でた~w 昔の事を持ち出してくる奴~w そうやって傷をえぐってくる奴~w

 うん、八幡そういう人良くないと思う。駄目、絶対。

 もちろん二人きりの時じゃない限り、こんな事を言わないのはわかっている。

 

「何か楽しそうな話してるけど何の話?」

 

 間の悪い感じで川崎が戻ってきた。

 そろそろお会計、とタッチパネルに手を伸ばそうとしたが、川崎に止められる。

 

「何の話?」

 

 口元は笑ってるのに、目が笑ってないのは一致してないですよ……?

 

「さ、さすがにもうすぐ終電だろ? 続きはまた」

「あーそういえばそうだね。この辺に近い家とかあればなー」

「そうだね。この辺に近い家があるといいねー」

 

 二人共何でこっちを見てるのかな?

 え、えーと俺の家は確か千葉、そう千葉……間違ってもここから一駅の新木場に家はない。そう……ない。

 

 

 × × ×

 

 

「こんな夜中に女子大生を家に連れ込むなんて何を考えているのかしら。大体ここはあなただけの家ではないのだけれど」

「そうですよー。これから雪乃先輩と映画を見る予定だったのに」

 

 玄関先で俺を出迎えてくれたのは不満げな表情の雪ノ下と頬を膨らませた一色だった。

 ちなみに一色が手に持っているのは例のアニメのブルーレイだった。まだハマってるのかよ、お前。

 

「ごめんねー、一色ちゃんと雪ノ下さん。終電逃しちゃってさー」

「悪いね。比企谷が家じゃないと話さないっていうから」

「だからって本当に来ることはないと思うんだけどなぁ」

 

 どんよりとした表情の俺をよそに二人は家に入って行くのでそれに続く。俺の部屋を通り過ぎ、最初にリビングへと進んで行く。

 

「うわぁ。広―い。シェアハウスってこんな感じなんだね」

「ふーん、ちゃんとそれぞれ個室もあるんだ」

 

 女性二人のチェックが始まった。何か探偵が空き巣に入られた家を見るかのように浴槽、キッチンと回り、ソファー、テレビ等の家具も細かく見ている。犯罪者扱いされているようだ。

 するとキッチンを見ていた川崎が何かを発見したようで、口を開く。

 

「ふーん、比企谷は月、火、金が料理当番なんだ」

 

 ぽつりと呟いた言葉に本棚を見ていた折本が声の方に振り向き、雪ノ下、一色も見つめる。何か空気変わったんだけど……。

 

「そ、そうなんだーへえー。じゃあ来週の月曜とか食べにこようかなー」

「ま、まあ比企谷が遊びにきていいなら、一緒に御馳走になろうかなー」

 

 謎の笑みとわざとらしい口調。君達もうちょっと演技力磨いたほうがいいよ? そんな三流な誘い方で落ちる馬鹿はどこぞの童貞男子……あ、俺の事でしたね、さーせん。

 しかし先程も会話に出たようにここは俺の家ではない。同居人の方から文句の声が上がらない訳がない。

 

「悪いけれど、食材は限られてるの。ルームメイトでないあなた達に分けられないくらいにね」

「そうですよー、残念でしたね」

 

 小悪魔飛び越えて魔女のようにニヤっと挑発をかけてくる雪ノ下と一色。何故油に火を注ごうとするのか。言い方ってもんを考えろ。

 

「だったら私が食費をあげればいい話じゃん」

「つかそれって自分達以外に比企谷の手料理食べてほしくないからむきになってない?」

「意味がわからないわ。大体その男の手料理なんて食べて、体調を悪くしても責任取れないのだけど」

「とかいいつつ、雪乃先輩がいつも美味しいと喜んでいる件について」

「あなたどちらの味方なのかしら」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐ四人を放置し、自室へと戻る。

 入るなり、カレンダーが視界に入る。六月と大きく書かれたその文字。その横に小さく書かれている夏を始まりを表す文字。

 

「……コミケが始まるのか」

 

 まるで異世界大戦がはじまるかのように呟いた俺の声は誰にも届かない。しかしあそこは異世界のような場所であり、勝ち残った者だけが世にも珍しい報酬を……。

 と、脳内で語っているとスマホがぶるぶる震えだす。画面には『材木座』と表示。予想は出来ているので放置。

 ぶるぶる、放置。

 ぶるぶる、放置。

 ぶるぶる、放置。

 ぶるぶ……切れた。

 が、すぐにまたぶるぶると震えだす。ああ、しつこい!

 

『おかけになった電話番号は現在使われておりません。ピーっという発信音と共にコミケの原稿を諦めましょう』

『はちまああああああああああん! 頼む! イラストを描いてくれええええええ!』

 

 

 この事が後に大きな波乱を巻き起こす事を俺はまだ考えてもいなかった。

 なんてフラグを立てておくが何もない……何もないよな?

 

 

 



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7話

 一ページ、また一ページ。されど終わりは見えてこない作業が続く。

 

『……おい』

『何だ』

『あと何時間だ?』

『ふっ、慌てるな。まだ時間はある……ある……いやあったのだ……』

『つまり通常入稿は間に合わなかった、と』

 

 スピーカーから材木座の唸る音が聞こえてくる。もうため息吐くことすらめんどくさい。

 にしてもこれ……終わるんだろうか? そう思いながら、目の前にある液晶タブレットに視線を映す。そこにはまだラフ途中の書いているイラストだけがあり、ここからペン入れやら色塗りやらを考えると終わりそうにない。

 ペンを置いて、カレンダーを見る。七月二十一日。試験もほぼ終わり、夏休み突入のこの時期は一部の方々にとっては地獄のスケジュールだろう。

 

「失礼しまーす。早くご飯食べに来なさいって雪乃先輩が」

「だからノックしろ、ノック」

「おっとそれは失礼しまし……絵、描いてるんですか?」

「……まあな」

 

 絶賛アニヲタ進行中のこいつに見つかっても問題ないとは思うが……いや大いに問題有りだな。

 ただでさえ、胡散臭い外見やら死んだ目つき等の汚名が与えられた俺が如何にも消費豚が好きそうなロリっ子ツインテールイラストを描いているのだから。

 

「ほえー、先輩って絵描くの上手いんですね」

「イラストって言ってくれると助かる」

「まあ描いている絵が女子小学生っぽい事に関しては感想なしにしておきます」

「助かる」

「で、何で描いてるんですか?」

 

 やっぱりそこにいきつくよねぇ。

 というわけで説明しよう!

 まあ早い話が今書いているのは来月に迫ったとある大型イベントで出す予定の同人誌の原稿なのだが、そもそも俺は申込をした覚えがない。

 では何故描いているのか? 答えは材木座の同人小説の挿絵と表紙に使うものである。もちろんそれだけでは味気ないという事で俺もひそかにイラスト本なんかを作ったりしたら、結構ハマってしまい、今じゃただのお絵かき大好きさんに。最初は落書きと呼ぶのも恥ずかしいくらいのクオリティなのに二年経った今ではそこそこに。継続は力なり。

 しかしどんなに上手くなっても絵師なんていう高位ある存在とは思い込んではいけない。

 

「ちなみにこれは何のアニメのですか?」

「ああ、これは―――」

 

 一色に説明すると、思い出したのか「あ!」と叫ぶ。

 

「そういえば見たような、見てないような。ここのところ、レンタル屋で一気にDVD借りたり、ネットで一挙放送見てたので似たような奴だとわからないんですよね」

 

 そう発言した一色の方に顔を向ける。

 この子本格的に鍛えれば、いずれは俺達の同志になるのではないか? ほら、女ヲタっていわゆる腐女子と呼ばれるのだけではなく、俺達が好きなラノベキャラを描いたりと幅広い視野で見る人もいるっていうし。

 つまりはコミケで完全に浸透させれば、こいつは……。

 いつの間にか俺の口から笑い声がこぼれていた。

 

「ふふ、ふふふふふ」

「せ、先輩? 結構マジでキモいですよ?」

 

 ここは思いっきり叫びたいところだったが、自重しよう。

 今は目の前の足を踏み入れた新入りを二度と逃げ出せないようにしなければ。

 

「なあ、一色。もし暇ならその……来月イベントに行ってみるか?」

「え? いいんですか?」

「ああ。ちょうど売り子欲しかったし」

「それなら仕方ないですねっ! 先輩の為に後輩がひと肌脱いであげますか」

「おう、よろしく」

 

 一色が笑みを浮かべる。俺もニコニコ。

 さてと。それじゃあイラストの続きを―――。

 

「一体いつになったら、来るのかしら?」

「「ご、ごめんなさい」」

 

 ちなみに今日の風呂掃除、洗物、翌日のゴミ出しは俺になったという。

 

 

 × × ×

 

 

「先輩、先輩」

「何だ?」

「調べたら売り子の人って結構コスプレしてる人多いらしいんですけど、私もしなきゃ駄目ですかね?」

「別にしなくてもいいぞー」

 

 むしろ一色は素のままでいるだけで、問題ないっていうか。だって相手は所詮俺みたいなアニメ大好きで毎シーズン嫁が変わって、ブヒブヒ言ってるようなヲタクである。手玉に取ることはこいつにとっては朝飯前。

 しかし一色は唸った様子で口を開く。

 

「でもちょーっとは興味あるんですよね。ま、まあ別にそこまでっていうか」

「……別に今回描いているアニメのキャラじゃなくても、簡単に出来るコスプレとか調べればあるだろ」

 

 最近は一式売っていたりもするらしいがコスプレイヤーの皆さんはそう言った市販で販売されているものではなく、ディティール一つにこだわっているので自作が多いと聞く。

 実際コスプレ広場で見るレイヤーさん達の衣装はどうやって作っているのかといつも驚かされている。

 一色は俺の本棚がラノベをいくつも取り出して、表紙を見ながら、悩んでいる様子だった。コスプレイヤーいろはちゃんの誕生かなぁ、これ。

 

「あ、これならいけそうかもしれないです」

 

 そう言って、手に持っているラノベをこちらに見せてきた。

 それはちょうど今俺が描いているキャラの原作のメインヒロインのイラストだった。服装はシンプルな制服。ほー、まあこれなら市販の制服コスプレ買って、ちょっと弄れば、いけそうだな。

 

「まあいいんじゃないか」

「ほうほう。ちなみに先輩的にどうですか? 私に似合うと思いますか?」

 

 首を小さく傾げて、されど笑みはいたずらっぽくて。まーたこの子の悪い所が始まったよ。イベントの時もこんな感じで「えーお兄さんはこの恰好可愛いと思いますかね?」って言うんだろ? 知ってる、知ってる。

 

「ああ、可愛い。こんな可愛いいろはす見た事無いーすごーい」

「わー凄い棒読みー」

 

 一色はちょっとがっかりしたのか、がくんと肩を落とした。

 いやまぁ、マジトーンで俺が褒めたら、変な空気になるでしょ? シェアハウス中で恋愛沙汰禁止っていうルール忘れてないからね?

 紛らわすように液タブに集中すると、一色から質問が投げられた。

 

「そういえば夏休みって先輩ってイベント以外はどうするんですか?」

「ん? ああ。イベント終わったら、一応実家に帰るけど」

「ずっとですか?」

「いや少ししたら戻るけど?」

「じ、じゃあ! どこか旅行行きませんか? 三人で」

 

 食い気味に迫ってきた一色に戸惑う。いや近いから。さっきの空気感に戻りそうになるから、ストップ、ストップ。

 

「俺はいいけど、雪ノ下が了承するかどうか」

「あ、雪乃先輩ならもう了承もらいました。でもまだ試験が終わらないらしいのでそれ以降って事らしいです。あっでも! イベントが終わった時までには全部終わるらしいんで」

 

 やっぱり国立ともなると、試験期間が長いものなのだろうか。私立大学とは色々と違ったカリキュラムになるだろうし。

 

「よーし。それじゃあ私も衣装作り頑張りますかね」

 

 そう意気込みながら部屋を出て行く一色を見送ると、こちらも意気込んで、ペンを走らせる。

 

『……もう話してもよい?』

『あ、悪い』

 

 そういえば電話してたの忘れてたわ。

 

『一応こっちは誤字、脱字のチェックが終わったのだがそっちはどうだ?』

『こっちもほぼ終わり。挿絵と表紙の絵は今日中に送るわ。イラスト本も多分間に合いそうだから、いつも通り頼むわ』

『うむ、買い出しも我に任せたまえ! まあそれは置いといて』

 

 材木座はげふんげふんとわざとらしく咳をすると再び会話に戻った。

 

『えーと……彼女来るん?』

『一色の事か? まあ会話を聞いていたなら、ご察しの通りだ』

『あ、あの……我のスペースにだよね?』

『まあな』

『売り子って事は我と八幡と彼女さん……ふふふ、どうやら当日。我は他の戦友に援軍として派遣される事が』

『ああ。行って来い。というか暑さで汗臭くなるから、あまり来るな』

『我のスペースだよね?』

 

 

 そんな会話をしつつも、その日の夜には小説本もイラスト本も脱稿。

 そして数日経ち―――イベント前日。

 いや当日じゃなくて前日になったのはちょっとした問題が起きてしまったのだ。

 

『は? 明日こっちに来る?』

『うん! 夏休みだし、小町も三人の秘密のアジトにお邪魔したいのです』

 

 さーて無事に終わるかどうか。いやこれ終わらないフラグだよな……な?

 



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8話

すいませんでしたぁ!


コミ1やら夏コミ準備やらで更新かなり遅れましたぁ!


ちなみに今オリジナル企画も進めるので、更に遅れますぅ!


あとPixivでもこの作品見たいと声があれば、そちらでも公開するのでよろしくお願いしますうううう!





「こんにちはー! てな訳でさっそくお邪魔しまーす」

「どうぞ、どうぞー。というか小町ちゃん、ここに来るの初めてだよね?」

「そうですね、まあ今は忙しい時期ですから」

 

 

 イベント前日の正午。

 玄関から入ってきたのは最愛の後輩だった。

 先輩組は試験やら買い出しやらで、それぞれ用事があるらしく、今いるのは私だけ。まあバイトもないし、せっかく来てくれてる訳だし。

 

 

「で、どうですか? 進捗の具合は?」

「し、進捗? 先輩の原稿なら」

「そっちは知ってますよ。どーせ今回もギリギリだったんでしょ?」

 

 

 妹だから兄の趣味を知っていて当然と、呆れた表情でため息をしている。

 本当この兄妹で隠し事とかしないよねぇ。

 で、だ。

 

 

「進捗は……変わらないかな。というかここ、恋愛禁止っていうルール設けてるし」

「何ですか、それ?」

「ここに住むときに雪乃先輩と決めたの」

 

 

 最もこのルールに関しては実は例外がある。本当の本当に最後で最終ともいえる唯一の抜け穴が。というよりもはや若干グレーゾーンに入っているものだけれど、少なくともそれだけが先輩と私が先輩後輩という関係を終わらせる事が出来る。

 

 でも、正直に言うと、今はまだいいかなって。

 

 

「とりあえず紅茶淹れるから、適当に座って」

「はーい」

 

 せっせとキッチンで紅茶の準備を始める。少し前までは懐かしいと思えたこの味も今じゃ舌が慣れてしまった。

 小町ちゃんの元へ持っていくと、彼女も嬉しそうに口にする。

 

「うーん、しばらく飲んでないせいか、懐かしいですね」

「その感想、私も言ったなー」

 

 顔を見合わせて、二人で笑みをこぼす。本当、可愛い後輩だね。

 

 

「そういえば今日はここでパーティー開くんですか?」

 

 

 ふと、いきなりそんな話題が投げられた。

 へ? という間抜けな声と共に小町ちゃんの方に顔をやる。

 

 

「パーティー?」

「ええ、パーティー」

「何の?」

「何のって……いろはさん、冗談ですよね?」

「いや本当に分からないんだけど……」

 

 

 何でそんな驚いた表情をしてるんだろう。

 今日って何かあったっけ? 八月八日、イベント前日。明日から三日間に渡るイベントの準備くらいしか……ん? 去年のこの日って確か……

 

 

 

 ようやく私は気付いてしまい、大きく口を開く。

 

 

「あ、あ……ああああああっ! すっかり忘れてたぁ!」

「い、いろはさん……あぁ……」

 

 

 ここのところ、アニメみたいな展開が続くのは無意識だと思ってる。

 

 

 × × ×

 

 

「で、どうしようか?」

「いやーそこは小町が口挟むとこじゃないので」

「妹ならお兄ちゃんが喜びそうな物とかわからないの?」

「マッ缶とラノベと小町じゃないですかね……」

 

 

 それ、自分で言っちゃうの?

 なんてツッコミを入れたいところだが、最優先事項はこの後である。

 

 

「そもそもこういう事は雪乃さんが既に準備してるとかないですか?」

「うーん、試験勉強続きだから、雪乃先輩も忘れていると思う。あの人って集中し過ぎると周りが見えなくなるタイプで」

 

 そんな先輩への暴言を口にしている途中で、後ろから冷めきった声音が耳に更新される。

 

 

「誰が周りが見えなくなるのか、もう一度言ってもらえるかしら?」

「あ、あぁぁぁ……あはははは」

「試験終わって、帰ってみたら、随分と勝手に口走られているものね。あ、小町さん、こんにちは」

「こんにちはー!」

 

 元気いい挨拶なんていいから、フォローしてくれ。念じた私の想いはもちろん最愛の後輩に届くことはなく、無情にも帰宅したばかりの女王様が隣に腰を下ろしてくる。

 無論、この件につきまして、後程然るべき注意を受けたのだが、ひとまず置いといて。

 

 

「ところで何の話をしていたのかしら? もしかして誕生日について?」

「さっすがー! 雪乃さんなら覚えてると思いましたよ」

「彼ほど覚えやすい誕生日がないだけよ」

 

 

 嘘つけ。

 部屋のカレンダーのところに大きく赤丸つけているのを私は見ている。もちろん禁句なのは理解しているのでお口チャック。

 

 

「で、何かやるのかしら?」

「それがですね……私、すっかり忘れてまして」

「そうなの? てっきり一色さんの事だから、影でこそこそと準備しているものだと思ってた。ああ、そういえば最近はイベント? で忙しかったものね」

「不甲斐ないです……」

 

 

 しかし肩を落としたところで解決してくれる展開はやってこない。

 

 

「という訳で、どうしましょうか?」

「そうね……一応考えている事があるのだけど」

 

 

 それから雪乃先輩の案を聞き、すぐに採用。いやまさかね。高校時代ツンツンバリバリの雪乃先輩がこんな事を言うなんて、もうなんか感無量というか、ねぇ?

 誰に問いかけているのかも置いといて。

 

 

 結局、この日は先輩の誕生日祝いはなく、女子会兼雪乃先輩試験お疲れ様という事で簡単な料理とおつまみ、それからアルコール入りの飲み物を用意。いやーはりきって色んなカクテルとか開けてなかったワインとかもみんなで飲んで、そりゃあもう……でへへ。

 

 そんにゃ訳で……まだまにゃ……ちゅぢゅく……ばたり。

 

 

 × × ×

 

 

 地獄絵図。

 その言葉の意味はむごたらしい状況、惨事、残酷。まさに言葉通りの意味。

 この世にいる間にその光景を目にする事は珍しいとされているが、ラブコメラノベの主人公だとよく目にする事が多い。つまりは二次元という意味で。

 

 では三次元だとどうだろう?

 

 

「にゃははははー! ゆきゅのしぇんぱい、いよはしぇんぱい。まだまだゃぁ!」

「本当何でですかね? どうして先輩は、先輩は、先輩は! いっそ私以外の女の子に振り向かないようにヤンデレ体質になりましょうかね。それなら雪乃先輩相手でも」

「は? あなた私に勝てると思ってるのかしら? 大体、あの男のどこがいいのやら。あんなの捻くれてて、手に負えなくて、取扱いが難しくて、でも一緒に買い物行くと、必ず歩道側に立ってくれたり、重たい荷物は持ってくれたり、あと暇な時は一緒にご飯作ってくれたり、あとあとっ! こないだ二人で映画館に」

「ざーんねんでした! 私なんか二日前に先輩のベッドで一緒に寝ましたもんね! 先に先輩が寝ちゃってるから、こっそり忍び寄りましたもんねぇ!」

「いいじぉー! もっとやれー!」

 

 

「何これ?」

 

 開口一番にこぼれた言葉である。

 今朝までは今日の試験に対して、徹夜で勉強してたであろう雪ノ下が眠たそうに大学へ行くところを見送り、同じく連日のイベント準備で眠たそうな一色に見送ってもらった。そう、つい数時間前までは。

 

 

「おい」

「あれぇ? 先輩、お帰りなさい。もう買い出し終わったんですか?」

「いやもう夜八時なんだけど。普通に大した買い物じゃないからな。で、勝手にベッドに侵入した件について、kwsk」

「いーやーでーす! いつも一緒に寝てくれない先輩が悪いんですもんね」

 

 

 この家のルールを大声で叫びたくなる、そんな感想だ。

 とろけきった顔だけではなく、乱れた服装からは目を逸らしたくなるような黒い布生地がチラチラとこちらにアピールしてくる。案外派手なのつけてるなぁ、こいつ。

 そんなはしたない淑女らしからぬ様子なのは他二名も同様。最も小町はただ騒いでいるだけのご様子なので、放置していれば、疲れ果てて寝てしまうだろう。

 

 あとはこちらのお嬢様か。

 

 

「んー、比企谷君。お帰り」

「ただいま。ワイン飲んだのか」

 

 

 返事の代わりにこくりと縦に首を振る。

 

 

「随分と飲んだな。お前ここまで飲めたっけ?」

「ううん。なんとなく、ね」

「なんとなくか」

「そ」

 

 

 こちらもふらふらしているので、近くに行き、身体を支えると、ぐにっと柔らかい手が腰に回る。このままスープレックスとかやられて、KOされてしまうのだろうか。もちろん防御の姿勢を取るも、続けて顔を胸に埋めていく。ああ、これで俺の胸に孔を開けるのか。

 とうとう俺も虚化の時が来たのかと、覚悟するもすりすりと柔らかい感触がSAN値を削っていく。

 

 

「……どうせこの件で後日怒られるんだろ?」

 

 

 問いかけるも無視される。いやいいんだけどね? この子達の酒癖の悪さは知っているし。

ただ、今日はいつにも増して、ウェーイ状態化してるなぁと。もしかしてスペシャルゲストで戸部でも来た?

 とりあえず引き離そうとするも、この酔っ払いな雪乃お嬢様は上目使いで抵抗。八幡はめのまえがまっくらになった。そんな訳でしばし待つこと一時間。ようやく解放。というより夢の世界へ旅立っていった。

 

 

「ふー、疲れた」

「お疲れ様」

「何だ、起きてたのか」

 

 

 気付けば、先程と打って変わり、落ち着いた小町がいた。

 せっかくなのでテーブルからソファへ移動し、久々の兄妹トークに花を咲かせることにする。

 

 

「どうだ、最近は?」

「黙秘します」

「弁護士は呼んでも来ないぞ。何なら俺が生涯の弁護人でもある」

「異議しかなさそうだから、嫌だ」

 

 

 いやいやいや。

 何ならステルスヒッキー発動して、完全犯罪まで起こせちゃう。これにはメガネのボウズもびっくり。まあ彼に会う=殺されるという方程式に当て嵌る確率の方が高そうだけど。

 

 

「で、実際のところはどうなんだ?」

「お父さんみたいな事言うの辞めてよ。それ結構聞き飽きてるし、うざい」

「最後の言葉は親父も聞き呆れてるだろうよ」

 

 

 その度に枕を濡らしているだろうよ。

 しばらくして、小町は口を開いた。

 

 

「別に。そこそこ上手くやってるよー。サークルも楽しいし」

「あーボランティアサークルだっけ? 好きだよなぁ、お前も」

「奉仕部の魂が生きてるからねー。まあぶっちゃけるなら、就活対策♪」

 

 

 楽しそうに話しているのに、何故内容を聞くと、頭が痛いのか。何故ここ数か月でインターンシップのガイダンスが多いのか。その答えはただ一つ。比企谷八幡! 君が就活を控えた学生だからだぁぁぁぁ! フハハハハハハァ!

 

 

「そういうお兄ちゃんはいろはさんとイベント参加のようで」

「まさかここまでアニメに嵌るとは思わなかったなぁ」

 

 

 ちなみに二人共、近くにある寝室で気持ちよさそうに睡眠中。本当はそれぞれの部屋へ送りたいところだが、二階にあるのと寝かしつけるまで面倒だったので、放り投げた。

 

 

「いろはさんがコスプレかぁ。私もしてみようかな」

「その場合、まず兄ちゃんに写真を送るんだ。きわどい衣装なんか着られて、変態カメコ共に目をつけられ、そこから同人誌のネタにされ」

「黙れ、変態」

 

 

 ドスの効いた声音が響くので、八幡、静止する。

 

 

「で、実際どうなの? 雪乃さん? いろはさん? もう高校からずるずる引っ張ってるんだから、いい加減はっきりさせなよ。それともこのまま誰とも付き合わないなんてくだらない事言うと、小町本気で怒るよ?」

「いやお前も聞いたかもしれないが、この家は恋愛禁止っていうルールがな」

「別にこの家だからでしょ?」

 

 

 あっけらかんと小町はそう言った。

 いや話を聞いてたよね。この家じゃ……ああ、そういう。

 

 

「今更引っ越しは面倒」

「そうも言ってられないでしょ。二人共早いとこ返事が欲しいんだよ」

「いや正式に告られた訳でもないのに、返事をするっておかしいだろ」

 

 

 自意識過剰もいいところだ。

 告白というのはあくまで形式上として必要な手順、つまり二人の関係性を変更する為に必要な手続きであり、これがある事でスムーズに行える。それを無視して、返事なんて一方的にもほどがあるし、俺の勘違いという事もある。

 そりゃあ、いくら仲がいいとはいえど、シェアハウスなんてテレビの企画でもない限りは異性と暮らすなんて中々出来る事ではない。よっぽどの信頼が無い限りは。

 もちろん最後の一点に関してはこちらも同じだ。大学の連中なんかよりも心の底から信用出来るし、何なら俺が死んだ後の小町の事を任せられる奴らだ。いや小町が結婚するまでは死ねない、あ、でも結婚相手を塵遁・原界剥離の術で分子レベルで塵にするから、一生無理だな。

 ともかく雪ノ下雪乃と一色いろはに対しては特別扱いしてるか、してないかと聞かれたら、肯定である。

 

 しかし、俺の中ではまだそれを好意と呼んでいいものかどうか、決めあぐねている。

 

 

「ふーん、ま、この件は次回までに変化がある事に期待って事で」

「善処はする」

「さーて、小町も寝ようかな。明日は雪乃さんとショッピングだし」

 

 

 立ち上がって、寝室へと向かう小町は扉の前でくるっとこちらに不利かった。

 

 

「あ、お兄ちゃん」

「ん?」

「……誕生日おめでと」

 

 

 二十歳を超えると、どうにも特別感がなくなるのは俺だけだろうか。

 

 

 

 

 

 

 



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