ある転生者と勇者たちの記録 (大公ボウ)
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番外編
バレンタイン狂想曲


初の番外編です。

時系列、設定、その他諸々のいろんなものと齟齬が発生する場合があります。

頭をゆるーくして、力を抜いて気楽に読んで下さいませ(懇願)

あと、テーマがテーマなんで、ゴーヤでも齧りながらが良いかも(適当)

ではでは、始まり始まり~


勇者部は最後の戦いに打ち勝ち、世界は天の神の軛から解き放たれた。

 

世間はそれについて喧々諤々の大騒ぎが未だに続いているが、それはあくまで大人たちの世界での話である。

 

思春期真っ盛りの少年少女にとっては、そんな話よりも遥かに大事と言えるようなイベントが、刻一刻と近づいて来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という事で、この際バレンタインを利用して○○君に近づく雌猫を排除しようと思うんだよ~」

 

バレンタインを一週間後に控えた勇者部の部室。

 

いきなり過激な事を言いだした園子に、他の5人はそれぞれの言葉で同意した。

 

……あんな言葉に同意している面子に、去年まで小学生だった13歳の少女までいるというのがこの部の少女達の末恐ろしさを物語っている。

 

「園ちゃん、いい考えだねー! うん、やろうやろう!」

 

「なるほど……外国の祝祭ではあるけど、そういう感じに利用できるなら幸いね。流石だわ、そのっち」

 

「ほほう……○○から私たち以外の女を遠ざけるのね。うん、是非ともやりましょう!」

 

「先輩には、私たち以外の人は必要ないもんね、お姉ちゃん♪」

 

「へえ、いいじゃない。どのみち○○にはあげるつもりだったし、他の女も遠ざけられて一石二鳥ね」

 

想い人は同じで、自分たちは固い絆で結ばれている。

 

だからみんなで○○を幸せにして、私達も幸せになるんだと結論付け、その為なら何でもすると決意していた。

 

でも他の女はダメだ。

 

私達の世界には必要ない。

 

いまさら彼の良さに気付いたって、もう遅い。

 

むしろ、彼の良さは私達だけが知っていればいいんだ。

 

そうすれば、他の虫も寄って来ないし丁度いい。

 

そんな思考のもと6人は結束して、○○に自分たちを好いてもらうべく日夜努力を重ねていた。

 

なので、何処の馬の骨とも分からない女が彼に近づく可能性は、根絶しておくに限る。

 

そんな考えのもと、小説執筆が趣味の園子がシチュエーションを考案し、それぞれに提示していく。

 

渡された用紙に目を通していた少女たちの顔が、見る見る赤く染まっていく。

 

想像するだけで悶えてしまいそうなシチュエーションに、友奈は思わず園子へ抗弁してしまう。

 

「こ、これ……恥ずかしいよぉ~……。そ、園ちゃん……もうちょっと何とかならない?」

 

「う~ん……マイルドな案もあるにはあるけど……でもそうすると、彼に虫が寄り付いちゃうかもなぁ~」

 

自分と同年代の少女達を虫呼ばわりする園子だが、○○にそういう目的で近づく自分たち以外の女は須らく敵なので、全く意に介さない。

 

他の面子も全然それに言及しないどころか表情も変わらないので、虫という言葉について異論はないのだろう。

 

それよりも、○○に寄り付くという言葉に反応していた。

 

「覚悟を決めましょう、友奈ちゃん。女は愛嬌というけど、ここは度胸を胸に行動あるのみだわ」

 

「東郷さん……そうだね、勇気を出して行動あるのみ! 成せば大抵何とかなる!」

 

「その意気よ、友奈。それじゃあ、当日渡すチョコなんかも選定しないとね。聞くまでも無いと思うけど、みんな手作りを渡すんでしょ?」

 

「そりゃあねぇ……それしかあり得ないんじゃない? まあ、東郷と風にはかなりお世話になりそうだけど……」

 

「あはは……でも、みんなでわいわいやりながら作るのって、楽しそうじゃないですか?」

 

「うんうん、○○君が喜んでくれる、スペシャルでワンダホーなチョコを作らないとね~!」

 

そう言って、ワイワイと今後の予定を練っていく少女たち。

 

下校時刻ギリギリまで続いた話し合いを基に6人は準備を開始し、それからの一週間はあっという間に過ぎてくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁ~~、さっむ……!」

 

二月という一番冷え込むこの時期、○○は玄関から出たとたんに襲い掛かる冷気に首を縮めて震え、白い息を吐きながら玄関の鍵をかけた。

 

その後に取り出した手袋をして階段を下り、そのまま普段通り学校を目指して出発した。

 

道行く学生などは、男女問わず浮ついているように見え、何かあったかなと首を傾げつつ進んで行く。

 

そうして校門に差し掛かった時、見知った顔を見つけたのでいつもの様に挨拶をした。

 

「お早う、三好さ……夏凜。こんな所にいるなんて、誰か待ってるの?」

 

夏凜を名字で呼びそうになり、彼女に睨まれた為に慌てて名前で呼び直した○○。

 

勇者部の全員から、名前で呼ぶように妙に圧力のある笑顔で凄まれた日の事を彼は忘れていない。

 

園子の事はそれ以前から呼んでいた訳だが、何故自分たちは名前で呼んでくれないのかとみんな不満を持っていたらしかった。

 

それはさておき、○○の質問に対し夏凜は答えず、自分のカバンから綺麗な包装紙に包まれた箱を取り出した。

 

「はい、これ。あんたにあげる」

 

「…………? あ、今日ってバレンタインだっけ」

 

「気付いてなかったの? まったくあんたらしいというか何というか……ともかく、受け取って」

 

「あ、ありがとう」

 

周囲の視線を気にしつつ、夏凛からチョコの箱を受け取る○○。

 

ここは校門なので隠れる場所も無く、当然登校中の生徒たちの視線にさらされている。

 

中にはこちらを見つつヒソヒソと話している生徒もおり、一刻も早く立ち去りたい○○。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

そう言って○○の数歩先を歩く夏凜だったが、思い出したかのように彼の方を向くと、少し顔を赤くしつつ照れたような表情でこう言った。

 

「それ、義理じゃないから」

 

そう言ってまた歩き出す夏凜。

 

そんなに大きな声ではなかったが、それでもチョコを渡すシーンで注目を集めた矢先のセリフである。

 

再び一瞬にして周囲の視線を集めた夏凜は、何食わぬ顔で下駄箱を目指し歩いて行く。

 

○○も、何時か美森が言っていたように、周りはカボチャ、周りはカボチャと心の中で唱えつつ、意図的に視線を無視してその後に続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁ~~~~~~……」

 

教室に着いた○○は、先程の視線から解放されて脱力したように溜め息を吐いた。

 

その視線の原因を作った夏凜は、何食わぬ顔で自分の席に着き、カバンから取り出した今日の授業の教科書を机の中に入れている。

 

それを恨めしそうな表情で見ていた○○だが、しかし人生で初めて家族親戚以外から貰ったチョコを内心嬉しく思っていた。

 

いままで縁のなかったそれを大事にカバンに納め、夏凜と同じように教科書類を机の中に入れ始めた。

 

そして、朝のショートホームルームまであと10分を切った時、友奈と美森がやって来た。

 

こんなギリギリに二人が来るなんて珍しいと思いつつ、傍にやって来た二人に挨拶をする○○。

 

「お早う、二人とも。こんな遅いなんて珍しいけど、何かあった?」

 

「お早う、○○君。ううん、なんにも無いよ。心配してくれてありがと」

 

「友奈ちゃんの言う通り、何もないわ。……それじゃ友奈ちゃん、頑張って」

 

何も問題ないと二人は請け負うが、美森が友奈に小声で何事かを呟き、友奈もそれを受けて美森に向けて頷いている。

 

やっぱり何かあったんじゃないかと首を傾げていた○○は、友奈の次の言葉でその思考を強制的に終了させられた。

 

「あのっ、○○君! これ受け取って!」

 

そう言って、カバンから取り出したラッピングされた箱を○○に差し出す友奈。

 

本日二度目となる出来事だが、まさかクラスメイトの大半が居る教室でこんなことをするとは予想もしていなかった○○は、呆気に取られて友奈の顔をまじまじと見た。

 

友奈はサクランボの様に頬を赤く染め、しかし真剣な表情で見つめてくる。

 

思わず目線だけで周りを窺うと、ついさっきまでざわついていた教室が水を打ったようにシンと静まり返り、全員が固唾を呑んで友奈と○○を見ている。

 

「き、キミの為に作った手作りだから……だから!」

 

しかし友奈は、そんな周りの様子など眼中に無いといった感じでさらに箱を○○へと突き出す。

 

「あ、ありがとう……」

 

「えへへ……こちらこそ、受け取ってくれてありがとう!」

 

そんな彼女の様子に押されて○○が受け取ると、静まり返っていた教室にクラスの女子の黄色い悲鳴が響き渡り、途端に騒がしくなる。

 

一気にお祭り騒ぎの様な有り様になる教室だったが、幸いというべきかショートホームルーム開始を知らせる鐘と共に先生が入って来て、騒ぎを静める。

 

それを受けて生徒たちは大人しく席に座るが、それでも先程の光景が目に焼き付いているのか、どことなく浮ついた空気はなかなか晴れないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の二件の出来事で集めたくも無い注目を集めた○○は、昼休み開始と共に机に突っ伏して息を吐いていた。

 

夏凜のほうはまだいい。

 

注目をされた事はされたが、遠巻きにされていたのでまだマシだろう。

 

問題は友奈の、クラスメイトの目の前でやった告白紛いの手渡しである。

 

クラスの人気者の友奈がそんな事をすれば、今日がバレンタインと言っても暫らく噂になる事は間違いない。

 

それを考えて憂鬱になった○○だが、受け取った時の彼女の笑顔を考えたら、それもどうでもよくなってきて、まあなる様になるさと考えていた。

 

「○○君、ちょっといいかしら」

 

「ん……? 東郷さ……美森……何か用事?」

 

そんな事を考えつつ机に突っ伏していた○○だったが、美森に声をかけられて顔を上げて尋ねた。

 

そして、差し出された物を視界に入れた途端、口の端がひくひくと引き攣った。

 

「これ、受け取って欲しいのだけど……良いかしら?」

 

「ああ、うん……ありがとう」

 

美森の様な中学生離れした美人から、バレンタインにチョコを貰えば思春期男子なら多少なりとも舞い上がろうというものだが、朝の出来事で少なからず疲弊し、なおかつ二回目の人生の○○は少し嬉しそうにするだけで、そのまま手を伸ばして箱を受け取ろうとした。

 

「あれ? ……えぇ、どうしたの?」

 

「ふふふ……それはね、こういう事」

 

箱を受け取ろうとした○○は、いきなり手を引っ込めた美森の行動に首を傾げるが、それに対し彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、箱を開けると中のチョコを取り出した。

 

「はい、あーん」

 

たいして大きくも無いその言葉が教室に響き渡ると、朝と同じようにまたもや室内が静まり返った。

 

そんな様子をまるで気にせず、美森は優し気な笑みを浮かべてその指でチョコを摘まみ、○○の口元に差し出してくる。

 

○○の背筋に冷や汗が流れる。

 

友奈も大概だったが、美森はその比ではない。

 

しかも、友奈と違って照れている様子すら無く、全く平然としている。

 

かつて彼女が言ったように、周りはカボチャとでも思っているのだろうか。その精神力が何とも羨ましくなった○○である。

 

覚悟を決めて、差し出されたチョコを口で直接受け取る。

 

その際、美森のほっそりとした指が自分の唇に当たってしまい、一瞬で顔が真っ赤になってしまうような感覚に襲われる○○。

 

彼女の顔がまるで見れないまま、差し出されるままにチョコを頬張り続けた○○は、前世で酒を飲んで酔った時はこんな感じだったなぁと、ぼーっとしながら考えていた。

 

「味はどうだったかしら?」

 

「ああ、うん……最高に甘くて美味しかった……と、思う」

 

正直、後半は味なんて殆んど分からなかったが、馬鹿正直に申告するものでは無い事くらい○○も弁えていた。

 

「うん、それなら良かったわ。食べてくれてありがとう♪」

 

そう言って美森は満面の笑みを浮かべると、しずしずとした足取りで教室を出ていった。

 

最初から最後までまるで平然としていたので、その精神力を少し分けて欲しいと、疲弊した頭で考える○○。

 

結局、教室にはとても居られないと判断した○○は外に出たのだが、自分が出た途端に騒がしくなった教室に思い切り溜め息を吐き、適当に歩き出したのだった。

 

本来なら昼食を取るべきだが、さっきの出来事で胸もお腹も一杯になってしまった○○は、どこでもいいから静かな所に行きたかった。

 

と、そこでスマホの会話アプリに連絡が入り、思わず立ち止まる○○。

 

内容を確認すると連絡してきたのは風で、至急私の教室に来るように、となっていた。

 

今日これまでの経過から、何となく用事を察した○○は思わず天を仰いだが、無視するわけにもいかない。

 

仕方ないと覚悟を決め、むしろこちらから攻め込んでやると逆に開き直った。

 

そう思うと気分も軽くなり、元気が出て来るから不思議である。

 

「おっ、早かったわねー○○。感心感心」

 

自分の教室のすぐ前の廊下で待っていた風は、○○を見るなり駆け寄って来て、後ろ手に隠していた箱を彼の前に差し出した。

 

「今日の為にあたしが丹精込めて作った、特製チョコ! しっかり味わって食べなさいよー?」

 

年上らしい、少し余裕を含んだ言い方で○○に箱を渡してくる風。

 

「うわ、すごい! ありがとうございます、風さん!」

 

段々と視線に対し耐性が着いてきた○○は、少々オーバーに感激して見せた。

 

「えっ? ……ああ、うん。喜んでもらえてあたしも嬉しいかな」

 

○○がこんなにオーバーに喜ぶとは思っていなかったのだろう、少し戸惑いながら言葉を返す風。

 

その隙に、何か言われる前に○○は箱を開けてチョコを頬張ると、今度はいつも風の料理を食べる時のリアクションで褒める。

 

「うん、いつも食べてるヤツと一緒で美味いですね。風さん、食べ物なら大概上手ですし、要らない心配でしたかね」

 

「あ、ありがとう……」

 

○○がいつも食べてると言ったところで周りがざわついたが、美森の精神力を見習った○○はもう気にするのを止めていた。

 

逆に風が周りの事を気にし出す有り様に、奇襲成功とばかりに愉快な気持ちになっていた○○であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みも終わって午後の授業に入り、あと一限で今日は終わりかー、と○○が一息ついていた小休止中。

 

唐突に教室の扉が開かれ何事かと皆が注目する中、その張本人である樹は普段は控えめなその声を精一杯張って、真剣な顔で呼びかけた。

 

「あのっ、○○先輩に渡したいものがあって来ました! 今、良いですか?」

 

友奈と美森、そして夏凜の視線が○○の方を向いている。

 

行ってきなさいというサインだろう、そう受け取った○○は樹のほうへ手を振りながら、彼女の待つ廊下へと出ていった。

 

「あの、急にごめんなさい。でも……でも放課後まで待っていられなくて……出来るだけ早く渡したくって……」

 

樹の言葉が教室まで聞こえていたのだろう、今日何回目か忘れたが、また教室が騒がしくなる。

 

○○は差し出された箱を受け取り、今ここで食べていいかと聞いてみる。

 

「は、はい、勿論です! どうぞ……!」

 

そう言われた事が予想外だったのか、ガチガチに緊張している樹。

 

自分の手作りチョコを食べる○○を、固唾を呑んで見守る彼女。

 

「うん、美味しい。という事で……はい、あーん」

 

「えっ……ええええええぇっ!?」

 

余りにも唐突に食べさせようとしてきた○○に、樹の心は混乱の渦に叩き込まれた。

 

○○としては、風の時と同じようにやられっぱなしは悔しいという感情から出た行動だったが、微妙に自爆しているとも言える。

 

どうしようどうしようと彼方此方に視線を彷徨わせていると、友奈と美森、夏凜と目が合い、握りこぶしでいけいけと自分を煽っているのが見えた。

 

それを見て覚悟を決めた樹は、○○が差し出したチョコを直接口で受け取った。

 

ただ、勢いよく行き過ぎたせいか彼の指先まで口の中に入ってしまい、爆発するんじゃないかと言う位に顔が熱くなってしまう樹。

 

美味しいかと○○に訊かれた樹は、熱でぼんやりした思考回路で何とか答えた。

 

「お……おいひいれふぅ……」

 

実際、頭が痺れてフワフワするくらいの衝撃を受けたのは確かだった。

 

尤も、それは自作のチョコへの感想ではないのであるが。……また舐めたいと思ってしまった樹は、必死で自分に自制を促す。

 

まだ口の中に指先の感触があるような感覚に捕らわれてしまい、暫く茹だった頭のままになってしまう樹であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、今日の経過から何かあるに違いないと予想していた○○は、園子から連絡が来た時に、うわー俺って予言の才能あるかもーあはははは……はぁ~、と乾いた笑いを浮かべた。

 

既に諦めの境地にいた○○は、園子から指定された、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下へと足を運んだ。

 

「おお~来てくれたんだね。ふふ、嬉しいなぁ~」

 

「よく言うよ、園子。来ないなんてカケラも思ってなかったんだろうに」

 

「まあそれはほら、乙女の様式美ってことで~……ね?」

 

そう言って片目をつぶって悪戯っぽい笑みを浮かべる園子。

 

そんな芝居がかった仕草も様になっており、やっぱ美男美女ってのは得だよなと○○は思って苦笑した。

 

そんな事を○○が考えていると、例によって例のごとく、園子は○○へ綺麗に包装された箱を差し出す。

 

「ハッピーバレンタイン! ――――あなたの事を想って作りました、受け取って下さい」

 

笑顔から一転、切なさを含んだ真剣な表情でそう言ってくる園子に、思わず息を呑む○○。

 

その雰囲気に呑まれ、言われるまま受け取った○○に対して、園子は間髪入れずに抱き着いた。

 

余りに唐突な出来事に、○○は全く反応できずに思考が停止し、身体の動きも固まる。

 

園子が抱き着いていたのは十秒足らずだったが、時間の感覚が麻痺した○○はそれこそ永遠の様に感じていた。

 

それからそっと○○の身体を離した園子は、うっすらと頬を染めながら幸せに満ちた笑顔で彼へと呼びかけた。

 

「それじゃあ、また部室でね。……受け取ってくれて、とっても嬉しかったよ」

 

その言葉に我に返った○○は、貰った包みと、去っていく園子の背中を交互に見比べ、爆発しそうなほどの鼓動を刻む心臓を何とか落ち着けようと胸を擦る。

 

だが、そうしていると今日一日の出来事がフラッシュバックしてしまい、余計にドツボに嵌ってしまって頭を抱える○○であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいま~、ミッションコンプリート! いやー、緊張したなぁ~」

 

「園ちゃん、おかえりー! それで、上手くいった?」

 

「ふっふっふー、愚問だぜぃゆーゆ、そこは抜かり無いよ~。……ちゃんと見せつける事も出来たしね~?」

 

「その辺りは私も確認しているわ、そのっち。尻尾を巻いて逃げ出したのをこの目で見たもの」

 

「よーしよし! これで今回の作戦は達成されたわね。みんな、お疲れー!」

 

「うん、ちゃんと上手くできてよかったなぁ……えへ、えへへへへ……」

 

「樹ぃ……あんた、いい加減思い出してにやけるの止めなさいっての……嬉しかったのは分かるけどさ」

 

それぞれの言葉で作戦終了を祝う勇者部の少女達。

 

事前に、○○へ好意を抱いている生徒の情報を掴んでいた園子は、仲間たちにその事を報告し、それを排除するべく今回の見せつけるような渡し方を計画した。

 

どうせ自分たちが○○に渡すことは確定していたし、それならそれを更に有効に使おうという、乙女心と女の強かさが強力にミックスされた、中学生が行なうとは思えないような計画。

 

偶然を装いつつも、○○へ好意を抱いているらしい生徒を自分たちが彼へチョコを渡す現場へと誘導し、目撃させる。

 

それにより、穏便に○○を諦めさせつつ、私達の囲みを突破しないと○○には近づけませんよと強烈に牽制する。

 

その試みは成功し、○○へチョコを渡そうとしていたらしい生徒は自信を喪失して逃げ出した。

 

めでたしめでたしである。

 

「どーも、□□ ○○、ただいま勇者部へと帰還しましたー」

 

そうこうしている内に、○○も部室へとやって来て、いつもの楽しい部活の時間が始まる。

 

○○へと笑いかける少女たちは、想い人への愛しさと、掛け替えの無い友達と過ごす幸せな時間の大切さを噛み締めつつ、決意を新たにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この幸せな時間を壊すことは、例え誰だとしても許さない、と――――――

 




口の中あっま! あっま!!

……しかし、バレンタインってこういうモノでしたっけ?(震え声)

おーこわ、とづまりしとこ(MMR姉貴が証明したように、勇者に対しては無意味です)




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平穏に見えなくも無い西暦の日常【のわゆif】

今回の話は、頂いたリクエストを読む中で感じたものをテーマにしています。

何というか……皆さん、ギスギスした話が読みたいんですかね?

という訳で、そんな感じの話を書きました。

初めてのわゆ時代の話を書きましたが、気に入って頂ければ幸いです!

ではでは、始まり始まり~


バーテックスに蹂躙された世界において、未だに人が人らしく生きていることが出来る四国。

 

その四国にて人類を守る要となっている、勇者と呼ばれる少年少女が暮らしている丸亀城。

 

男女別に分かれている寮――といっても、男子は一人しかいないのだが――その男子寮の一室にて、○○は目覚まし時計の音で目を覚ました。

 

うるさく耳を刺激するベルの音を止めて布団から抜け出し、顔を洗うと身形を整えていく。

 

今日は若葉と、そしてほぼいつも彼女と一緒にいるひなたに早朝の鍛錬に誘われている。

 

約束の時間までそう無いため、急いで運動着を着て部屋を飛び出し、約束の場所まで走っていく。

 

指定の場所の丸亀城の庭には既に若葉とひなたがいるのが見えたので、○○は急いでいた足を更に速めた。

 

「ごめん、待たせたみたいで」

 

「いや、約束の時間まであと十分ある。私達が早く来過ぎただけだから、気にしないでくれ」

 

「そうですよ、○○君。遅刻ではありませんから、お気になさらず」

 

そう言って、走ってきた○○を迎える若葉とひなた。

 

「ふふ、それにしても、さっきの若葉ちゃんのセリフ……」

 

「何だ、ひなた。別に普通の台詞で、おかしな事は何もないだろう?」

 

くすくすと面白そうに微笑むひなたを、訝しそうな表情で見やる若葉。

 

「いえ、聞きようによっては、デートの待ち合わせの台詞みたいだな~、と思いまして」

 

「なっ……ななな何を言っているんだひなた! そ、そんな、で、デートなどと……!」

 

「あら、若葉ちゃんは○○君とのデートは嫌ですか?」

 

からかう様なひなたの台詞に真っ赤になり、わたわたと日頃の凛々しさを何処かに置き忘れたように慌てる若葉。

 

「い、嫌なはずは無いが、い、いきなりそんな事を言われても○○が困るだろう!? それに今は鍛錬の時間で、そんな浮ついた事を考えるべき時ではない!」

 

言っている事は大変立派だが、顔を赤くして照れるようにチラチラと○○を見ながら言っても、説得力はまるで無い。

 

○○もひなたもそんな若葉を微笑ましそうに見ていたが、若葉は空気を切り替えるように咳ばらいをしたため、これ以上からかうのはひなたも止めて、大人しく二人の鍛錬を見守る事にした。

 

「ゴホン! ……では○○、今日もよろしくな」

 

「了解、若葉。こちらこそ宜しく」

 

そうして始まった鍛錬は丸亀城の周囲を走るところから始まり、互いの獲物を用いての戦闘術の確認、どの様な連携をすれば最も効率的かの話し合いなど、実に有意義に進んだ。

 

それらがつつがなく終わった後は、ひなたが作ってきた軽い朝食を三人で頂く。

 

おにぎりを各人数個ずつ、そしてランチボックスで保温されていた味噌汁を食べながら、鍛錬の疲れを癒す。

 

「やっぱり凄いな、若葉の居合は。これで十四歳だっていうんだから、最終的にどこまで行くのやら」

 

「私など、まだまだだ。それより○○の補助や防御の能力の方が、戦闘全体を見た時に有意義だろう。みんなを守り、生かす……○○らしい、優しい力だ」

 

「そうですよ、○○君。若葉ちゃんの言う通りです、もっと自信を持って下さい」

 

「あはは、二人ともありがとう」

 

そうやって三人で笑い合いながらくつろいでいると、○○の視界の端に千景がこちらに近づいて来るのが映った。

 

「ん……? あれ、ちーちゃん。どうしたの、こんな所に来て」

 

「……やっぱりここに居た、○○。約束、覚えてるかしら……?」

 

「うん、もちろん。あと二十分後だったよね?」

 

「覚えてるならいいけど……でも、ちょうどいいし、もう行きましょう?」

 

いきなりやって来て、自分たちに分からない話を○○とする千景に、若葉とひなたは困惑した。

 

「ええと、千景さん。どういう事か伺ってもいいですか……?」

 

「そうだぞ、千景。いきなりやって来て、どういう事なんだ?」

 

あえて視界の外に置いていた二人が訊いてきたので、仕方なさそうに千景は答えた。

 

「簡単な話よ。○○と私は、これから一緒に遊ぶ約束をしているの。そして、もうすぐ時間だから迎えに来た……という訳」

 

「……そうなのか、○○?」

 

「うん、そうだよ若葉。もうすぐちーちゃんとの約束の時間だったから、そろそろ行こうと思ってたんだ。ごめんね、ちーちゃん。手間かけさせて」

 

「別にいい……一人でゲームするよりも、○○と一緒にやった方が面白いもの」

 

「ちーちゃん桁外れに上手いからなぁ……ちゃんと着いて行けてるか心配だよ」

 

○○が苦笑して言うと、千景は滅多に見せないような笑顔で○○に笑いかけた。

 

「謙遜しないでいい……○○も十分な腕前をしてるから。だから、今日も私を助けてほしいな……?」

 

「りょーかいです、ちーちゃん。それじゃあ、そろそろ行こうかな」

 

話に着いて行けずに口を挟めない若葉とひなたは、ベンチから立ち上がった○○を引き留める手立てがない。

 

残念な気持ちになりながら二人がそれを見ていると、若葉とひなたの方をチラリと見た千景が、○○には分からない角度でクスッと笑った……いや、嗤った。

 

○○は読書とゲームを趣味としているが、○○は千景の突っ込んだゲームの話題にも難なく着いて来られるほどで、いわば彼の趣味の相方としての立場を千景は確立している。

 

そういう立場から、話に着いて来れない若葉とひなたを憐れんだ……いや、煽っているとしか思えないような笑顔で自分たちを見た千景に、若葉とひなたの表情が歪みそうになる。

 

が、急に冷えてきた空気を察した○○が、すかさず口を挟んで若葉とひなたをフォローした。

 

「若葉、鍛錬楽しかったよ。またやろうね。ひなたは朝ごはん、ご馳走様でした。おにぎりも味噌汁も、凄く美味しかった」

 

「ん、ああ。それなら良かった。また一緒にやろう――絶対な」

 

「そういってもらえて嬉しいです、○○君。次やる時も絶対に作ってきますね」

 

無表情気味になっていた若葉とひなたに笑顔が戻ったことにホッとした○○だが、そうすると今度は千景が面白くない。

 

○○の手を取ると、引っ張ってこの場を離れようとする。

 

「行きましょう、○○。もう準備は整ってるから……」

 

「あ、ちょっ、そんな引っ張らないでって、ちーちゃん! 若葉、ひなた、ゴメンけどまたね!」

 

その言葉を最後に、○○は千景に引っ張られてこの場から去って行ってしまった。

 

後に残されたのは、訓練用の木刀をあらん限りの力で握り締める若葉と、そんな若葉を宥めつつも、もう片方の手を軋みかねない強さで握り締めるひなたの二人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ここでやろうか」

 

○○と千景は休憩スペースに携帯ゲーム機とそのソフト数本、そして充電器まで持ち出して来ていた。長時間プレイ前提の用意である。

 

「まあ、ココでもいいけど……私の部屋か、○○の部屋で良かったんじゃないの?」

 

「それは駄目。俺たちに疚しい事なんて何もないけど、そういうのが外に漏れたら騒ぎ立てる馬鹿はどこにでもいるから。面白おかしく言い立てて、挙句全員に飛び火して中傷されるなんて事になったら、もうどうしようも無いからね。……という事で、疑われるような行動は慎もう。ここでやれば、友達同士遊んでるようにしか見えないし」

 

「色々考えてるのね……それじゃ、『仲の良い友達』から少しでもステップアップ出来るように、これからも頑張ろうかしら」

 

「ステップアップ……? 『以心伝心の相棒』とか?」

 

首を傾げて尋ねる○○の様子を見て、千景はこういう所は鈍いんだからと苦笑した。

 

でもそんな所も愛おしいと、あばたも笑窪な思考回路で考えた千景は静かに微笑んで今日の要件を進めた。

 

「相棒とは別のものになりたいけど……それは兎も角、早速始めましょう。隠しクエストが、クリア出来ないんだったかしら……?」

 

「そうそう……難しずぎて一人じゃ無理。前半は何とかなるんだけど、後半戦で敵が強化されてからがね……神様仏様千景様、お助け下さい!」

 

「千景様は止めて……。それじゃあ、クエストを受けてきて。『Cシャドウ』の力を見せてあげる」

 

「あはは、ごめんごめん。……よし、クエスト受注OK。それじゃ、出発!」

 

そうして千景に援軍を頼み、高難度のクエストに繰り出した○○は彼女の凄まじい技量のおかげでいい勝負と言えるくらいまで善戦し、連敗中だったそのクエストをクリアすることが出来た。

 

それだけでなく、クリア報酬として入手率1パーセント程度の希少素材を手に入れられるなど嬉しいハプニングもあり、それのテンションの上がった○○が千景を幸運の女神だのと大袈裟に褒めたので、平静を装いつつも口元は緩みっぱなしの千景であった。

 

そうして○○にとっては充実した、千景にとっては心が温かくなる時間を過ごしていたのだが、ふと時計を見た千景が昼食の時間が近づいている事に気付いた。

 

「もうすぐお昼ね……○○は、昼ご飯はどうするの?」

 

「ああ、昼ご飯は――――」

 

「おーい、こんなトコに居たのか○○。さあさあ、昼飯を食べに行こう!」

 

○○が説明しようとした矢先、球子がやってきて○○の背後から抱き着いた。

 

椅子に座っていた○○の背後から覆いかぶさる様にして○○に抱き着く球子に、○○も苦笑しながら言った。

 

「分かった分かった。今から準備するから少し待ってて、タマっち。……という訳で、今日の昼ご飯はタマっちと食べに行くことになってるんだ。少し前から約束しててさ」

 

「…………そう」

 

残念そうに言う千景に、普段はカラッとした裏表のない笑みしか見せない球子が、別のナニカを含んだ笑顔で千景に言う。

 

「そうそう、タマと○○はよく行く店があるんだよなー? 今まで何回も行ったし、○○も気に入ってくれた最高の場所でさ! そういう所を○○と一緒に見つけるのがまた楽しいんだよ!」

 

別になんてことは無い、今までの○○との思い出を語っているだけのように聞こえる球子の台詞。

 

しかし千景には、○○と過ごす時に余り出かけないことが多いから、こんな思い出は無いだろうと煽っている様に聞こえたし、実際球子もそのつもりで言っていた。

 

ただでさえ釣り目気味の千景の目つきが、更に釣り上がりそうになる……が、○○の手前、何とか自制心を発揮して無表情になるだけで堪えた。

 

球子は余裕の表情で千景を見やっているが、何か言われれば即座に反撃するだろう。

 

鍛錬中に感じた寒気と同等のナニカを感じた○○は、内心冷や汗を流しつつも穏便に収めようと、しかしそれに気付かれないように何気ない感じで切り出した。

 

「あ、そういえばさ! 今度、このゲームのイベントが近場であるらしいんだよね。ちーちゃんが良ければだけど、それに行かない?」

 

「……それは、二人でって事?」

 

「え、あーまあそういう事になるのかな……?」

 

「……分かったわ、楽しみにしてる」

 

無表情から一転、うっすらと微笑みながら嬉しそうにしている千景。

 

千景の機嫌が直ったと感じた○○は内心ホッと息を吐いたが、やはりと言うべきか球子は二人のやり取りが面白くない。

 

片づけを終えた○○の手を掴むと、急かす様に引っ張り始める。

 

「ほらほら、急がないと○○! もうすぐ昼時だから、早く行かないと並ぶことになるぞ!」

 

「分かったから引っ張るなってば! それと、部屋に戻ってゲーム片づけて財布も取って来ないと。――――それじゃちーちゃん、行ってきます」

 

「……ええ、行ってらっしゃい」

 

球子に引き摺られるようにして遠ざかる、○○の背中を見つめる千景。

 

感情の窺えない昏い瞳で、二人の姿が見えなくなるまでじっとそれを見つめる千景であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市街地に繰り出した○○と球子は、彼女に勧められて行って以来、すっかり行きつけになっている骨付鳥の飲食店に来ていた。

 

休日で、しかも昼食の時間帯だったが、早めに出かけたお陰ですぐに店に入ることが出来た。

 

「ん~、やっぱ骨付鳥はうまいなっ! いくらでも食べられそうだ!」

 

「本当にな、すごい美味い。鳥飯も美味いし、まだまだ食えそうかな」

 

「だろ~? ……ていうか、○○は本当によく食べるなぁ。さすがのタマも、そこまでは食べられそうにないぞ」

 

「成長期ですから! ……なんてな。でも、タマっちも女子にしてはよく食べる方じゃないのか?」

 

「いやいや、そんな事ないだろ? ……ないよな? ……べ、別に食い意地が張ってるとかそういう訳じゃないからな! ご飯がおいしいのが悪いんだ!」

 

唐突に言い訳めいたことを言い出す球子。

 

彼女らしくも無くあたふたとしているが、○○に食い意地が張っているとか、意地汚いとか思われたくなくて必死に言い募る。

 

「分かってるって。俺も沢山食べる方だから、そんな事思わないよ。それに、タマっちは本当に美味しそうに食べるからさ。そういうタマっち、俺は好きだよ?」

 

「はっ? ……す、好きって、タマの事が!? え、い、いや、いきなりそんな事言われても……」

 

「うん、一杯食べる君が好きってヤツ。見ていて気持ちよくなるしさ」

 

「あ、あーそういう……ま、まあタマはちゃんと分かってたし? 勘違いなんてしてないからな!」

 

「勘違い……? え、何の話?」

 

「いいから、もう気にしないでくれタマえ! それより食べるぞ!」

 

そう言って、顔を赤くしながら先程以上の速さで骨付鳥にかぶり付く球子。

 

さっき一瞬しおらしくなったのは一体何だったのかと首を傾げつつ、○○も骨付鳥を食べていくのだった。

 

それから昼食を終えた○○と球子の二人は、そこで解散せずに特に目的地も無く市街地をブラブラしていた。

 

といっても、好奇心旺盛な球子が何か気になるものを見つけては近づき、○○が苦笑しつつもそれに付き合うと言うのが典型になっているのだが。

 

しばらくそうして楽しい時間を過ごしていた球子だったが、○○が時計を気にし出している事に気付いた。

 

「どうした、○○。何回も時計を気にしてるみたいだけど、なんかあるのか?」

 

「ああ……悪いんだけどさ、もうすぐ杏と約束があるから行かないといけないんだ」

 

「杏と……?」

 

訝し気な表情になる球子。

 

昨日彼女が杏と話した時、一人で図書館に行く予定だと語っていたのである。

 

それが○○からの情報によれば、これから一緒に行動する予定になっているという。

 

「ふーん……なあ、タマも着いて行っていいか?」

 

「タマっちも一緒に? まあ、いいと思うけど……多分、退屈すると思うよ?」

 

「いいからいいから! ……杏がそういう事を考えるなら、タマも遠慮はしない」

 

「……? 何か言った?」

 

そう聞いてきた○○に球子はいつもの笑顔で何も言ってないと答え、二人して杏との待ち合わせ場所に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ち合わせ場所には既に杏がいて、彼女は○○の姿を確認すると満面の笑みで手を振ってきた。

 

「あっ、○○さん! 今日は付き合ってもらってありがとうござい……ま……す……」

 

「やっほー杏。……昨日は図書館に行くとか言ってたとタマは記憶してるんだけどなぁー?」

 

○○の背後に隠れていた球子が姿を見せると、杏の笑顔が一瞬固まり、しかし次の瞬間にはいつも通りの柔らかい表情を見せた。

 

「タマっち先輩も一緒だったんだ……○○さん?」

 

――――どういう事ですか?

 

言葉にはしないものの、目は口ほどにものを言うということわざも存在する。

 

今の杏の眼差しは正にそれだったので、○○は彼女の視線に気圧されつつも説明をした。

 

「昼飯をタマっちと一緒に食べてさ。それから適当にブラブラして、時間になったから解散してここに来ようとしたんだけど、タマっちも一緒に来たいって言うから。一応、退屈するよとは言ったんだけど……」

 

「なるほど……そうだったんですか。――――タマっち先輩、○○さんも言ったみたいだけど、本当に退屈だと思うけどそれでも良い?」

 

「そんなに言われると、なおさら興味出て来るなぁ。……ドコに行くんだ?」

 

「それはね――――」

 

それから十数分ほど後、杏の目的の場所に移動した三人は、その場所をみてそれぞれの反応を示していた。

 

杏は瞳を輝かせ、○○は感心したような声をあげ、球子は――――――引き攣った様な、うんざりした様な声をあげた。

 

「へえー、よくこんな所見つけたね。さすが活字中毒の杏さん、ってところかな?」

 

「中毒は酷いですよ、もう! でも、本当に来れてよかったです! 本州から無事な本がここに持ち込まれたって聞いて、どうしても来たかったんです!」

 

「目当ての場所って、古本屋だったのかぁ……うう、頭が痛くなりそうだ……」

 

辟易とした様子の球子だが、自分が来たいと言ったのだから渋い顔をしつつも他の二人と共に古書店へ入って行く。

 

「あっ、○○さん、これ見て下さい!」

 

「どれどれ? おっ、これはまた凄いなぁ」

 

場所を考慮しつつ小声で話す杏だが、それでもその興奮具合は隠せていない。

 

そんな彼女の微笑ましい姿を見てほっこりしつつ、○○も色々な本を見ていく。

 

そうすると、球子は自発的にほとんど話に加わることが出来ず、内容について話を振られても実のある事は殆んど言えない。

 

球子も頭が悪いわけではないのだが、自分の興味のあるアウトドア分野などでしか学習意欲を発揮できていなかったのがここでは祟っていた。

 

対して、本をよく読む二人はまず活字が苦にならない。

 

そして雑学的に色々なことを知るのが好きだった○○は、自室が本で埋め尽くされている杏の話にも何とか着いて行ける位には色々と知っていた。

 

杏については、言わずもがなである。

 

やはり退屈になってしまった球子を見やり、それまで本に夢中だった杏が彼女に声をかけた。

 

「退屈でも仕方ないよ、タマっち先輩はあんまり本を読まないから。……先に帰っててもいいよ?」

 

その言葉を聞いた球子は詰まらなさそうな表情を引っ込め、満面の笑みを浮かべて杏を見た。

 

ただし、どう考えても友好的な笑顔ではなく、威嚇一歩手前といった風情のものであったが。

 

杏も杏で、○○と二人きりになりたいから帰ってくれと言わんばかり……というか、そうとしか聞こえない台詞を球子に向かって吐いている。

 

本日三度目となる冷えた空気を感じた○○は内心で滝の様な冷や汗を流しつつ、どうしてこうなるのかと、ほとほと参っていた。

 

あの仲の良かった二人がどうしてこんな剣呑な雰囲気になるのかと悩みつつも、この空気をどうにかすべくあえて何も分かっていない風を装って口を挟んだ。

 

「まあまあ、二人とも。タマっちはさ、今度俺が読みやすくて面白い本を選んで持っていくから、一緒に読もうよ」

 

「……二人きりでなら、良いけど」

 

「え? ……まあ、タマっちがそれを望むんならそうするけど」

 

「ホントにホントだな? ふっふー、楽しみにしてるぞ、○○! 本はあんまり得意じゃないけど……○○と一緒なら、何だって楽しいしな!」

 

剣呑な笑顔が消え去り、喜色満面で喜びを露わにする球子。

 

いつもの彼女にもどってくれてホッとする○○だが、当然これで終わりではない。

 

今度は微妙にふくれっ面をして拗ねている杏に話しかけ、フォローをする。

 

「若葉から、杏って陣形とかそういう戦術的なものに詳しいって聞いてさ。俺も杏と同じく後衛だし、その手の知識を修めておきたいって思うんだけど。良かったら今度教えて欲しいんだけど、いいかな?」

 

「もちろん、二人きりで……ですよね?」

 

「え? でも、これは他のみんなも知ってた方が良いことなんじゃ……」

 

「……○○さんは、私と二人で勉強するのが嫌なんですか?」

 

「はぁ……!? いや、違う違う! 絶対そんな事ないから!」

 

「なら、二人でやっても良いですよね?」

 

「…………分かった、二人でやろうか」

 

「はい、そうしましょう♪」

 

○○が杏の提案を了解すると、蕾が花開く様な可愛らしい笑みを見せた。

 

こうして球子と杏の間の冷えた空気を解消した○○だったが、さらにこの後数回に渡って同じような事があり、帰る時間になった時には精神的に疲れ切っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあー…………」

 

丸亀城へと帰ってきた○○は、庭のベンチに腰を下ろして深く息を吐いていた。

 

最近、勇者のみんなと接しているとおかしな空気になる事が結構な頻度であり、その度に○○は精神を擦り減らしていた。

 

このままでは駄目なのは確実だが、かといってどうすればいいのか等、皆目見当がつかない。

 

今は何かあるたびにすぐさまフォローをしているが、これもいつまで通用するか……。

 

そんな事を考えて憂鬱になっていた○○だったが、いきなり頬に冷たい缶をくっつけられて声をあげて驚いた。

 

「うおっ!? ……なんだ、友奈か。びっくりしたなぁ」

 

「あはは、いきなりごめんね? はい、これどうぞ」

 

そう言って、二つ持っていた缶ジュースの一つを手渡してくる友奈。

 

少し迷ったが、せっかくの厚意を無下にするのも躊躇われたので、ありがたく受け取ることにした。

 

友奈も○○の隣に腰かけ、暫くの間無言でジュースを飲む二人。

 

とはいえ、嫌な沈黙ではなく○○としては心安らぐ静寂だった。

 

「それで、どうしたの? 何だか疲れてるみたいだけど……」

 

「うん? ああ……いや、ちょっとね」

 

あからさまに誤魔化しにかかった○○だが、友奈には心配をかけたくなかった。

 

彼女は、他のみんながああいう態度をとる様になった後もそれまでと変わらなかったので、○○としても巻き込むのは躊躇われたのだ。

 

「そう? ○○君がそう言うならいいけど……話したくなったらいつでも言ってね? 絶対に力になるから」

 

「……ありがとう、友奈」

 

優し気な友奈の笑顔に癒された○○は、緊張から解放された反動からか眠気を感じ始めていた。

 

「ふあぁ~~~……ごめん、話してる途中で」

 

「気にしないでいいよ。……夕食までまだ時間あるし、少しだけ眠る?」

 

そう言って、自分の膝をポンポンと叩く友奈。

 

「いや、流石にそれは…………ふあぁ~~~……本当にごめん……」

 

「……やっぱり疲れてるんじゃないかな、○○君。私、心配だな……少しくらい、甘えてもいいんだよ?」

 

心配そうな表情で言う友奈に抗えなくなり、さらに眠気にも逆らえなくなった○○は、悪いと思いつつも友奈に甘える事にした。

 

ベンチに横になり、頭を友奈の膝に預ける○○。

 

目の前には下を向いた友奈の笑顔が見えて、○○は彼女に礼を言って目を閉じた。

 

「ありがとう、友奈……」

 

「お休みなさい、○○君……」

 

頭を撫でられながら、急速に眠りに落ちていく○○。

 

僅か数分で規則正しい寝息を立てるようになった○○を愛おし気に見つつ、友奈は小声で呟き始める。

 

「みんな、○○君の事が大好きなのは分かるけど、ちょっとぐいぐい行き過ぎだよね……。○○君、こんなに疲れちゃってるし……」

 

そう言って、心配そうな溜め息を吐く友奈。

 

「でも、私といる時の○○君はリラックスできてるみたいで良かった。……これからも、みんなには頑張ってほしいなぁ……」

 

○○の頭を優しくなでつつ、自分の想いを零す友奈。

 

「みんながぐいぐい迫るほど、○○君は心が疲れて私に癒しを求める。今はまだ単なる逃げ場に過ぎないかもしれないけど……いつか、私が○○君の帰る場所になるんだ」

 

その日を夢見て……思い浮かべて、友奈は笑う。とても幸せそうに。

 

だから彼女はみんなを止めないし、これまで通りの関係を維持している。

 

あくまで○○の事は良い友達で、仲間だというスタンスを崩さない。……表向きは。

 

「間違いが無いように注意は必要だけど……もっとみんなを応援してあげようかな? ……そしたら、○○君もますます私に心を許してくれるよね? あは、ふふふ……」

 

応援という名の焚き付けを計画しつつ、それによって心が疲れた○○を癒し、○○を自分無しではいられなくする。

 

自分の隣だけが、心安らげる場所なのだと思わせる。

 

「○○君……大好きだよ」

 

眠っている○○の頬を撫で、いつかは面と向かって言えたらいいと思っている言葉を紡ぐ友奈。

 

彼女の瞳にも、他の五人と同じように狂おしいほどの愛情が秘められているのだった。




さて……ギスギスってこんな感じで良いんでしょうか?

うーむ、勇者同士がギスギスした話って初めて書いたからなぁ……どうなんだろう?

それは兎も角、リクエストして下さった方々、本当に感謝です!

お陰で、アイデアの幅が広がったように感じられます。

ありがとうございましたー!!

あ、そうだ(唐突)
ちーちゃん呼びの理由は、番外編じゃないのわゆの話までお待ち下さい
……いつ投稿されるかは不明です(無責任)


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名前を呼んで【ゆゆゆい】

今回のお話は、リクエストしてもらったアイデアが元になっています。

内容は……まあ、タイトルが全てですね(笑)

ではでは、始まり始まり~


造反神によって叛乱がおきた為、神樹は様々な時代の勇者たちを己の内部世界に召喚して鎮めさせている、そんな世界。

 

大目的は割と殺伐としているが、勇者の力を効果的に発揮するには精神面が非常に重要という事は神樹も理解しているのか、戦い以外の日々は割と……というか、平穏その物の日常を送れるようになっている。

 

そんななかで、西暦の四国の勇者たちが合流した、少し後のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○は自宅から讃州中学まで向かっていたが、その途中の街並みや道行く人たちを眺め、改めて感心した。

 

「どこにも違和感なんて感じないもんなぁ……元の世界と変わらないよ、ホントに」

 

そういって、現実世界と変わらない神樹のなかの世界を歩いて行く。

 

そうして歩いていると、途中で友奈が合流してきた。

 

「おはよう、○○君!」

 

「ああ。おはよう、結城さん」

 

「……っ。う、うん!」

 

少しチクリとした痛みを心に感じた友奈だったが、それはおくびにも出さずにいつも通りの笑顔を浮かべた。

 

それから二人で他愛無い話をしながら、いつも通りの通学路を歩いて行く。

 

そして、西暦の勇者たちの暮らしている寄宿舎に近づいてきたとき、その建物から出てきた女の子が二人を見て駆け寄ってきた。

 

「おはよー、結城ちゃん、○○君!」

 

「おはよう、高嶋ちゃん!」

 

「うん。おはよう、高嶋さん」

 

「……っ。きょ、今日もいい天気でよかったねー!」

 

高嶋友奈も、もう一人の友奈と同じく少し心に痛みを感じたが、やはりそれを少しも感じさせない笑顔を浮かべて元気よく話をする。

 

(みんなと会えたのはとっても嬉しいけど……こんな事になっちゃうなんて、思わなかったなぁ……)

 

(はぁ……でも、理屈で考えれば○○君が正しいし、しょうがないよね……)

 

二人とも、それぞれの時代では呼び捨ての名前呼びだったのだが、この世界に来て西暦の四国勇者が合流してからは、○○に名字呼びに改められてしまっていた。

 

戦いなどの時に、どちらを呼んだのか咄嗟に分からないと危険だという○○の意見は至極真っ当だったため、残念ではあったがそれを二人は受け入れた。

 

(でも……こんなに寂しく思っちゃうなんて、予想外だったな……)

 

(普段から徹底して気を付けるのも、正しいって分かるけど……寂しいよ……)

 

とても大切なものを失くした様な喪失感を味わっている二人。

 

しかし、そんな内心などは自分個人の感傷でしかないし、わがままを言って○○を困らせる事もしたくなくて、二人の友奈は自分の想いを心の奥に仕舞っていた。

 

しかし、いくら勇者だといったところでまだ中学生の少女でしかない二人の心は、ゆっくりと、しかし確実に軋みをあげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日、結城友奈はいつも食べさせてもらってばかりでは悪いと思い、美森のぼた餅作りを○○と一緒に手伝う事になった。

 

○○の自宅のキッチンに集合して作ることになり、二人は美森に色々と教わりながらも楽しくぼた餅を作っていた。

 

「東郷さん、餡子はこのくらいの量で大丈夫かな?」

 

「ええと……もう少し多い方がいいと思うわ、友奈ちゃん。その量だと、お餅を余裕を持って包めないと思うから」

 

「あ~、やっぱりそうなんだ。分かった、もう少し増やしてみるね」

 

「ええ、そうしてみてくれる?」

 

大体一人で行なっていたぼた餅作りを気の置けない友達とやることが出来て、美森は御満悦だった。

 

実際、鼻歌でも歌いだしそうなほど機嫌がいい。

 

「美森ー、きな粉の方は準備できたよ。ちょっと味見お願いしてもいいかな?」

 

「ええ、分かったわ。――うん、隠し味の塩もこの分量なら問題ないし、上出来ね」

 

「よし、美森のお墨付きなら大丈夫だな」

 

「ふふっ、煽てても何も出ないわよ、○○君?」

 

お互いに笑顔で、楽しそうにぼた餅作りを進める美森と○○。

 

「きな粉ぼた餅かー、そっちも美味しそうだよね」

 

「色味が真逆だから、目でも楽しめるようになるしね。きっと美味しくできるよ。結城さんの方はどう?」

 

「……っ。わ、私の方も良い調子だよ。もうちょっとで包み終わると思うから」

 

親友は名前で呼ばれているのに対し、自分は○○から名字で呼ばれている。

 

もう何度かあった出来事で、慣れなければいけないと思っている友奈だが、一向に慣れない。

 

むしろ、心の痛みは増してきている気すらしていた。

 

「……? 結城さん、もしかしてどこか調子悪い?」

 

「○○君もそう思う? 友奈ちゃん、少し様子がおかしいみたいだけど、具合でも悪いの?」

 

「だ、大丈夫だよ! どこも悪くないから! 結城友奈は、今日も元気です!」

 

そう言って、いつも通りの笑顔で二人の疑問を否定する友奈。

 

ふと心の中を過ぎった事を○○と美森に気付かれたくなくて、出来る限りの平静を装って言葉を紡ぐ友奈。

 

「そう……? 具合が悪くなったら、いつでも言ってね?」

 

「そうそう。遠慮はしないでいいからね?」

 

「……ありがとう、二人とも。でも、本当に大丈夫!」

 

その後は恙無くぼた餅作りも終わり、後日の勇者部の活動までのお楽しみという事で、解散する運びとなった。

 

そしてその日の夜、自宅の自室にいた友奈は今日のぼた餅作りの時の自分について思い出し、自己嫌悪に陥っていた。

 

「私……東郷さんに嫉妬してた……。何で東郷さんだけ名前で呼ぶのって思って……」

 

ベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋めながら消え入りそうな声で呟く友奈。

 

「一番の友達の東郷さんにそんなこと思うなんて……私、嫌な娘だなぁ……」

 

なんて自分勝手で醜いんだと、自分を責める友奈。

 

「寂しいよ……友奈って呼んで欲しいよ、○○君……」

 

顔を埋めていた枕を抱きかかえ、瞳を涙で滲ませて切なげに呟く友奈。

 

しかしどうすることも出来ず、寂しさばかりを募らせながら夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとは別の日。

 

一方の高嶋友奈は、普段ゲームをあまりやらないライトユーザーでも楽しめるパーティーゲームをやろうと、千景と○○の二人に誘われて寄宿舎の千景の部屋に集まっていた。

 

千景と○○は本当に簡単で、初心者でも楽しめるソフトを用意してくれていたので、友奈も二人に気兼ねせずに楽しめていた。

 

「高嶋さん、そっちに行ったわ……!」

 

「おっととと、逃がさないよー! 確保だー!」

 

「そうはいかない! 捕まえるのは俺だー!」

 

三人は今、指定されたターゲットを追跡し、先に多くを捕まえた方が勝ちというステージをプレイしていた。

 

千景と友奈のチーム対○○とNPCのチームで対戦していたのだが、今のところ千景と友奈のチームが優勢である。

 

簡単とはいっても、やはりゲームそのものに対する経験値が不足している友奈は二人よりも技量は低いのだが、それを反射神経や観察力で補っていた。

 

そして千景も友奈のフォローを所々行なっていたので、○○としても隙が殆んど見えない。

 

「むう……ここまで高嶋さんが上手いとは……油断したか。でも、まだ勝負は分からないよ」

 

「ふふっ……高嶋さんがいるなら……私は無敵、もう何も怖くない……!」

 

「おおーい、ちーちゃん!? フラグ立てるの止めなって!」

 

「……っ。――――――あっ!?」

 

○○が千景の事を愛称で呼んだその時、友奈の操作キャラの動きが突然狂い、てんで違う方向へと逸れてしまった。

 

それによって千景とタイマンで激突していた○○は自チームのNPCへ指示を出してターゲットを確保させ、その勝負は○○のチームに軍配が上がった。

 

対戦後、一息ついた千景と○○の二人は、友奈の様子に違和感を抱いて彼女を気遣った。

 

「高嶋さん……何だか顔色悪いけど、具合悪い?」

 

「○○の言う通りだわ……高嶋さん、いつもと様子が違うみたいだけど、大丈夫……?」

 

「――えっ? う、ううん、何でもないよ? 私はいつも通りだし、何の問題も無いよ?」

 

こちらの友奈も、もう一方の友奈と同じくすぐさま二人の疑問を否定した。

 

実際、いつも通りの笑顔を浮かべる友奈の様子には、何の問題も見られない。

 

「うーん……高嶋さんがそう言うならいいけど……何かあったらすぐ言いなよ?」

 

「そうね……高嶋さん、無理はしないで……?」

 

「大丈夫だいじょうぶ! 私は元気だよ?」

 

千景と○○の二人は友奈を心配しつつも、友奈自身がそう言うならと引き下がり、三人でゲームの続きを再開した。

 

そして、○○がそろそろ家に帰らないといけないという時間になったので、今日は解散という流れになり、友奈も千景の部屋から自分の部屋へと戻った。

 

「ぐんちゃん……○○君にあだ名で呼ばれて嬉しそうだったな……私は苗字で呼ばれてるのに……」

 

そこまでを無意識に呟いた友奈は、我に返ると自分の言った事、思った事が信じられなくて愕然とした。

 

「え……い、嫌だ……私、ぐんちゃんに嫉妬してる……こんなの違う……ダメだよ……ぐんちゃんは大切な友達で、だから嫉妬なんて……そんなこと……」

 

首を横に振りながら自分を戒める友奈だったが、千景の愛称を呼ぶ○○と、それに笑顔で答える千景の姿が思い出され、胸がじくじくと疼く。

 

「○○君……寂しいよ……名前で呼んでほしいよ……っ」

 

名前で呼ばれていた時の事を思い出して、余計に切なくなってしまう友奈。

 

結局、胸の痛みはその日眠りにつくまで消えなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の友奈がそんな事を思った数日後。

 

○○は部活終了後、二人の友奈に呼び出されて空き教室に来ていた。

 

「結城さん、高嶋さん。何か話があるって事だけど、どうしたの?」

 

○○が二人の事を名字で呼ぶと、もう何度目になるか分からないが、またしても彼女たちの心がじくじくと痛みだした。

 

今日ここに○○を呼び出して話をするという事で、二人は事前に話し合いを持っていたが、二人の望みは一致していた。

 

そんなものは決まっている。

 

いくら味わっても慣れない心の痛みを堪えながら、二人は○○に自分の想いをぶつけた。

 

「○○君……私、もう他人行儀に名字で呼ばれるのは嫌だよ……」

 

「戦いの中で、どっちを呼んでるのか咄嗟に分からなくなるから名字で呼ぶって言うのは、本当に正論で、反論しようもないけど……」

 

「普段から名字で呼んで、咄嗟の呼び間違いを無くそうっていうのも分かるよ? でも……」

 

そこまで言った二人だが、そこで言葉に詰まってしまった。

 

自分達には理論的な正しさなんて無い事は最初から分かっているし、理詰めで反論されればどうしようもない事も理解していた。

 

それでも、もうどうしても我慢できなかった。

 

これ以上は耐えられない……心が悲鳴を上げて、もうどうしようもない。

 

だから、感情の命じるまま、自分の想いを吐き出した。

 

「「寂しいよ……」」

 

二人の言葉が重なった。

 

たった一言、だが二人の気持ちを何よりも雄弁に語る一言。

 

「私達だけ名字で呼ばれて……でも、他のみんなは今まで通り名前で呼ばれてて……いけないって分かってるのに、みんなに嫉妬して……っ」

 

「ダメだって思っても、どうしても止められないんだ……そんな自分が嫌で嫌で……もうどうにかなりそうだよ……っ」

 

涙声で想いの丈を語る二人の友奈を前にして、○○は一言も無く黙って聞いていた。

 

自分がただ理詰めで決めた事が、こんなに二人の心を傷つけていたとは思わなかった○○。

 

「二人がそんなに思いつめてたなんて……この頃、様子がおかしかったのはそれでか……。ごめんね、どうも無神経な提案だったみたいで……」

 

「ううん……私達がワガママをいってるんだもん。○○君が私達の身の安全を考えてくれたのは分かってるから」

 

「ただ、普段は名前で呼んでほしいなって……お願い……」

 

切なそうに○○を見る二人の視線を受け、彼はそういう事ならばと思いついた案を言ってみる事にした。

 

「そうだな……要するに、どっちを呼んでるか分かればいい訳だから……別々の愛称で呼ぶとか?」

 

それを聞いて、二人の友奈の身体がぴくりと震える。

 

「うーん……でも、さすがに馴れ馴れしいか。もっと別の案を――――」

 

「「その案で! あだ名で呼んで!!」」

 

「えっ? あの、でもそれは…………分かった、考えてみるよ」

 

○○が戸惑いつつも受け入れると、二人の友奈は顔を見合わせて満足そうに頷いた。

 

今泣いた鴉がもう笑う、ということわざがあるが、二人のいまの様子はまさしくこれである。

 

悲壮な想いで○○に頼みに来て、ならあだ名で呼ぼうかという話になってしまえば、二人の気持ちを考えれば無理も無いかもしれないが。

 

○○も頭を捻って良い愛称を考えるが、結局碌なモノが思いつかなかったので、園子が二人を呼ぶときの愛称を借りる事にした。

 

「じゃあ、園子が二人を呼ぶときのあだ名を借りて……えっと……」

 

期待に目を輝かせる二人に気圧されながら、それぞれの愛称を呼ぶ○○。

 

「……ゆーゆ?」

 

「う、うん……」

 

「……たかしー?」

 

「え、えっと……」

 

愛称で呼ばれ、それが想像以上に幸せで思わず顔を赤らめてもじもじとしてしまう二人。

 

「も、もう一回呼んで!」

 

「そ、そうだね結城ちゃん! ○○君、ワンモアプリーズ!」

 

二人からのリクエストに、○○もそれで満足してくれるならと軽い気持ちで請け負った。

 

「分かった。――――ゆーゆ、たかしー」

 

再度二人の愛称を呼んだ瞬間、彼女たちの表情の種類が変わった。

 

呼ばれる前までは、ただ照れているような表情だったのだが、瞳を潤ませて頬を上気させるという……明らかに別なものに変わった。

 

「……あの、ゆーゆ、たかしー? 二人ともどうしたの?」

 

○○も二人の様子がおかしい事に気付いて呼びかけるが、二人はそれに答えずに無言で○○に近づき、それぞれに○○の左右の腕を取って抱き着いた。

 

「はあっ!? え、何? 本当に二人ともどうしたの!?」

 

両サイドから二人の友奈にいきなり抱き着かれるという、想像を絶する事態に混乱した○○はとにかく二人に呼びかけるが、○○の方を見上げた二人の表情を見て息を呑んだ。

 

普段の快活で元気な表情はそこになく、ただひたすらに艶やかと言うしかないその表情は、普通に考えて中学生が浮かべるようなものではない。

 

(やばいやばいやばい! どうしてこうなった!? 二人とも何でそんな事に!?)

 

大いに混乱した○○は何とか打開策を考えようとするが、そんないい考えなどすぐに出で来るようなものではない。

 

「あの……ゆーゆ、たかしー? 離れてくれたら嬉しいなーって思うんだけど……」

 

「「○○君……」」

 

シンクロしたように同時に○○の名前を呼ぶ二人。

 

ただし、まるでうわ言の様にして口に出しており、心ここにあらずと誰が聞いても思うだろうという類の声音だったが。

 

(駄目だこれは……二人が正気になるまで辛抱強く待つしかない……)

 

既に諦めの境地に居た○○だったが、両脇から二人の少女に抱き着かれる経験など今までにあるはずも無い。

 

なので、理性をゴリゴリと削られながらも二人が正気に戻るまで待ち続け、彼女たちが自分のしている事に気付いて我に返った時には、思い切り疲弊していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、勇者部の部室にやって来た時、室内には全員が揃っていた。

 

「あ、○○君! やっと来たんだね」

 

「うん、ゆーゆ。ちょっと掃除が長引いてさ」

 

『!?』

 

○○が神世紀の友奈を愛称で呼んだ時、ほぼ全員の視線が二人に集中する。

 

しかし○○はまだそれに気付かず、次に挨拶してきた西暦の友奈にも同じように返事をした。

 

「たかしーたちは早かったんだね。今日は部室に直行?」

 

「うん、今日は何もなかったしね」

 

『!!?』

 

西暦の友奈まで愛称で呼ばれた事に驚愕し、より強くなった視線が○○に集中する。

 

「さて、今日は――――――うっ……!?」

 

そこで、中学生組ほぼ全員から注目されている事に気付いた○○は、思わず怯んだような声をあげて後ずさってしまった。

 

「○○……友奈と高嶋をそれぞれあだ名で呼んでるけど、いきなりどうしたの?」

 

代表して○○に尋ねた風だったが、○○はその表情……というか目を見て更に怯んだ。

 

「ふ、風さん……? 何か、目が笑ってないんですけど……?」

 

「んー、聞こえなかったかしら? ……どうして?」

 

「答えます! 答えますからその目付き止めて下さい!!」

 

大慌てで答えようとする○○。

 

一応二人の友奈にも視線で了解を取るが、二人から了承を得るとすぐさま昨日の経緯を話しても問題の無い部分だけ説明した。

 

経緯を話し終えた○○は、納得してもらえたかと息を吐くが……当然と言うべきか、理屈の面での納得は得られたが、感情面での納得は得られなかった。

 

話を聞き終えた風が、多数決をとる様にして全員に提案する。

 

「それじゃあ、私達も○○にあだ名で呼んでもらいたいと思うんだけど、賛成の人は挙手ー!」

 

「え、あの――」

 

○○は戸惑いの声をあげるが、その声は次々に上がる手と声にかき消された。

 

「賛成します、風先輩。私も……友奈ちゃんみたいなあだ名で呼ばれたいです」

 

「私もお姉ちゃんに賛成! 先輩には……もっと近い感じで呼んでほしいなぁ」

 

「いい考えじゃない、風。○○には是非そうしてもらいましょう」

 

「うん、そうだね~。私も、もう一歩踏み込んだ感じで呼んで欲しいな~」

 

神世紀の勇者たちが賛成の声をあげ、それに続くように西暦の四国勇者たちも手を上げる。

 

「ふむ、あだ名か……いいな、賛成だ。今までは、千景と球子だけ○○からあだ名で呼ばれていたからな。この機会に、もっと仲良くなれることを願おう」

 

「そうですね、若葉ちゃん。○○君からあだ名をつけて貰って、もっともっと仲良くなっちゃいましょう♪」

 

「まあ、私はもうちーちゃんって呼ばれてるし……○○が良いのなら、それでいいんじゃないかしら」

 

「タマはもうあだ名呼びだしなー。○○もこれだけの人数のあだ名考えるの大変だろーけど……杏も良いあだ名で呼んでもらえたらいいな!」

 

「タマっち先輩……うん、私頑張るよ!」

 

それぞれの言葉で風の意見に賛同し、もう愛称で呼んでもらうのが決まったかのような感じでワクワクしている勇者と巫女の面々。

 

「さーて、それじゃあ○○……お願いしてもいいかしら?」

 

「……………………ハイ、精一杯考えます」

 

少女達から期待の眼差しを受けた○○に断る術は無く、引き攣った笑顔でそれを受け入れるしかないのであった。

 

「ひゃ~、これが修羅場ってヤツなのか、須美?」

 

「修羅場とはちょっと違うと思うけど……○○さんも大変ね……」

 

「ふおおおぉー……現実にこんなお話みたいな場面が見られるなんて……やっぱり○○先輩はそういう星のもとに生まれたんだね~!」

 

小学生ズはそれぞれの感想でもって先輩たちに迫られる○○の姿を見ていたが……今は他人事として、その様子を見ているだけだった。

 

…………この先は、どうなるか分からないが。

 

ともあれ、それぞれにあだ名で呼ばれるようになった二人の友奈は笑顔を取り戻し、今まで以上の笑顔を○○に見せる様になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――○○君、大好きだよ!

 

みんなの愛称を必死で考える○○の姿を見つつ、友奈たちは互いに笑顔を浮かべて今ここにある小さな幸せを噛みしめるのだった。

 




シリアスのち、ダダ甘のち、ドタバタ。

そんな感じの話になりましたかね。

ただ……友奈を二人同時に出して、それを文章で表現するのって激ムズですね(白目)

名前は漢字まで同じ、口調も変わらない……どうすんだこれ(真顔)

ゆゆゆいみたいに絵があればと何度思った事か……

まあ、何とか完成させられて良かったです。

話は変わりますが、リクエストを頂けて本当に感謝しています! 

ありがとうございました~!!


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いつまでも、どこまでも

今回の話は、バレンタインの話の後日談的な話です。

ただ、見てなくてもほぼ問題無いと思います。

そして……やはりというべきか、糖分過多です。

ブラックコーヒーをお供に読んだらいいかも(適当)

ではでは、始まり始まり~。


三月に入ったばかりの、とある日。

 

「うーん……どうしようか」

 

○○は自室で腕を組みながら、考え事をしていた。

 

今月の十四日にあるホワイトデーのお返しについて、そろそろ決めた方が良いのではないかと。

 

何しろ、今年は勇者部の六人からそれぞれチョコを貰うという、前世今生含めてあり得なかった様な事が起きている。

 

おまけに先日、六人全員からまとめて告白されるという前代未聞の衝撃的な事を経験したばかりだった。

 

それを考えると、あの時に貰ったチョコは自惚れでも何でもなく本命だと考えるしかないという事になる。

 

まあ、先月のバレンタインに体験した所業を考えると、それも納得だと○○は考えていたが。

 

ともあれ、そういう心の籠もった物を貰ったのだから、こちらとしても適当なものを返すのは駄目だろうと○○は思っていた。

 

なので、今まで一緒に過ごしてきた時間を思い起こしたり、日記を遡って見てみたりして、何を贈るべきかという事について頭を悩ませていた。

 

PCでホワイトデーの特集をやっている記事を読んでみたり、女性に向けての贈り物の特集をやっているようなページを総ざらいしたりと、兎に角何か糸口は無いかと探していく○○。

 

「ふーむ……色々あるもんだなぁ」

 

色々なページを見ながら、少しずつ贈るものの絞り込みを行なっていく○○。

 

結局、その日は一日がかりで何とか絞り込みを終え、その次の日から贈り物の現物を手に入れるべく、あちこちを駆けずり回る事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、来たる三月十四日。

 

風は既に卒業しているのだが、本人が言っていた通り勇者部に入り浸っており、○○は部室に行く途中で彼女に出会って一緒に行くことになった。

 

「うーん、やっぱり校舎がどこかガラーンとしちゃってるわね。妙に静かっていうか」

 

「それはまあ、仕様がないですね。先月までいた三年生が、今はもうほぼ居ませんから。風さんみたいな例外を除いて」

 

「ま、三分の一が一時的に居なくなってるんだものね。ちょっと寂しい感じだけど……○○も、あたしが居なくなって寂しい?」

 

風がからかう様な態度でそう言ったが、この手の言葉にはもはや耐性が出来てきた○○は、平然として言葉を返した。

 

「それは寂しいですよ……もう風さんは樹ちゃんと一緒に登校していない訳ですけど、樹ちゃんを朝に見かけた時とか、思わずあれ、風さんは? とか思ってしまって、ああ、もう卒業したんだよなぁって気付いて、ちょっと寂しくなりますから」

 

「え……あぁ、そ、そうなんだ……ふ、ふーん……」

 

からかうつもりで言った事に真面目に返されて、しかも自分が居なくて寂しいと言われて思わず口ごもって顔を赤くする風。

 

思わず表情がにやけそうになるが、必死に自制した風は誤魔化す様に部室へ急ごうと言い立てて○○を促した。

 

そうして部室に着いた○○と風は全員に挨拶を済ませ、ひと段落着いた後に今日がホワイトデーだという事を告げてそれぞれに渡すものがある事を言うと、何故か酷く恐縮した様な態度をとられた。

 

「何でそんな申し訳なさそうな感じに? バレンタインに貰ったんだから、お返しするのは当然なんじゃ?」

 

そう○○は言ったのだが、全員が恐縮した態度のままだ。

 

「だって……ねえ、東郷さん?」

 

「ええ……公平感が無いというか……」

 

「公平感って……どういう事?」

 

首を傾げた○○が疑問を呈すると、彼女たちが説明を始めた。

 

「○○先輩……私達はあのチョコレートを、みんなで集まって一緒に作りました」

 

「まあ、手を変え品を変えで見た目とかそういうのが被らないようにしたけど、元になるチョコは殆んど同じ奴だったのよね……」

 

「それもあるし、私達は六人で○○君一人に渡したから、費用もそんなにかからずに済んだけど~……」

 

樹と夏凛、そして園子が説明したのに続き、風がそれを締めくくった。

 

「○○は一人で私達に贈る事になるから、私達の大体六倍はかかるわけじゃない? だからさ……何か、申し訳ないなって。お返しは気にしなくていいよって、もっと早くにいっておくべきだったなぁって……そう思っちゃってさ」

 

「あー、成程。そういう事でしたか」

 

彼女たちの言い分に納得がいった○○だったが、そこまで恐縮されるようなものでもないので、むしろ自分の方が困ると思ってしまった。

 

「そんな大したものじゃないから、遠慮せずに受け取って? その方が俺も嬉しいし」

 

笑顔で軽い感じで○○が言うと、彼女たちも気を取り直したのか、何がもらえるのかとワクワクしてきたらしい。

 

期待に目を輝かせて○○の事を見つめている。

 

「ということで……先ずは友奈と夏凛の二人へ。はい、これをどうぞ」

 

「ありがとう、○○君! 何だろうなー?」

 

「ありがとう、○○。……開けてみてもいい?」

 

「うん、もちろん。友奈も夏凛も、開けて確かめてみてよ」

 

○○にそう言われて包みを開けた友奈と夏凛は、あまり見かけないものが出てきたことに驚いた様子を示した。

 

「これは……和風の紐? 飾り紐ってヤツかしら。 ……あ、これは」

 

「凄いよ、夏凛ちゃん! このアクリルの飾りの部分! 私のには桜の花びらの押し花が入ってる!」

 

「私のには、サツキの花びらの押し花が入ってるわね。……綺麗」

 

「二人に似合うんじゃないかって思ってさ。髪留めに使えるやつを見つけられて良かったよ」

 

その言葉を聞きながら、友奈と夏凛は自分の手にある押し花細工の飾り紐をうっとりと見つめていた。

 

ひとしきり眺め終えた二人は顔を見合わせると、○○にこんな事を言いだした。

 

「すっごく嬉しいよ、○○君! それで……できれば、○○君にこの紐で髪を結んで欲しいなって……」

 

「俺が、今ここで? 二人の髪を結ぶって事?」

 

「そういう事。別に問題ないでしょ?」

 

「いやいや、女の子がやたら男に自分の髪を触らせるっていうのは……」

 

「私は、自分の好きな人に触って貰えたら幸せだよ? ……○○君は、触りたくない?」

 

友奈がそんな事を言い出し、それに抗弁しようとした○○だったが、彼女の不安げな表情を見て抵抗を諦めたのか、分かったと返事をするとまず友奈の方の髪から結び始めた。

 

スマホで結び方を確認しながら結んでいくのだが、そこで○○の精神やら理性を削る出来事が起きた。

 

「……ん。……んぅ」

 

友奈の口からくすぐったそうな、しかしどこか熱っぽいような声が漏れ出る。

 

「……あ。……あぅ」

 

○○の、友奈の髪を結ぶ手が狂いそうになり、止む無く手を止めた彼は鼓動が速くなっている心臓を落ち着けると、友奈に注意をした。

 

「あの、友奈? ……あんまりそういう声出すのは……ちょっと勘弁してほしいというか。 手元が狂いそうになるからさ」

 

「ご、ごめん! 何かくすぐったくて、思わず出ちゃったというか……わ、わざとじゃないからね!?」

 

友奈の言葉を聞いた○○は髪を結ぶのを再開したが、今度は声は出さないものの、何かに耐えるようにブルブル震える事がある様になってしまい、これはダメだと諦めつつ無心で結ぶことにした。

 

「はい、出来たよ」

 

「うん、ありがとう。わあ……!」

 

鏡で色んな方向から飾り紐で結ばれた自分の髪を確認した友奈は、満面の笑みで○○に礼を言った。

 

「ずっとずっと……ずぅっと大切にするね、○○君!」

 

その言葉に笑顔で頷いた○○は、今度は夏凛の髪を結ぼうと準備に入った。

 

そして、いざ結ぼうと夏凛の髪に触れた時、うなじの部分にほんのわずかに触ってしまったのだが、それが夏凛の思わぬ反応を引き出した。

 

「ひゃうっ!? ……ちょ、変なとこ触らないでよ!」

 

「いや、服の袖がうなじを掠っただけなんだけど……」

 

「え……そ、そうなの? ふ、ふーん……それじゃあ、まあ、つ、続けてくれる?」

 

やけに緊張した様子で○○に告げる夏凛。

 

○○も夏凛は友奈以上にくすぐったがりなのだと判断し、余計な所を触らないように気を付けて髪を結んでいたのだが、それでも完全にそうするのは難しかったのだろう。

 

少しでも触れるたびに、背筋に水滴が当たったかのようにびくりと震える夏凛に、○○も緊張を強いられることになったのだった。

 

「ひうっ!? ……くっ」

 

そんな、聞いていて何とも変な気分になりかねないような声を不意に出す夏凛に、○○は心を無にして髪を結ぶ事だけに集中していた。

 

ようやく夏凛の髪を結び終えた○○は、削れた精神力を回復させるようにホッと息を吐くと、もういいよと夏凛に告げた。

 

「はい、もういいよ」

 

「分かった。……うん、いい感じね。大事にするわ」

 

自分の髪を結ぶ飾り紐を指で触りながら、どこか照れたような、でも嬉しそうな表情で夏凛は○○に礼を言った。

 

「さてと……それじゃあ、次は風さんと樹ちゃんへ。はい、どうぞ。開けて確かめてもいいですよ」

 

「ありがとうございます、○○先輩!じゃあ、遠慮なく……これは、飾り紐ですか?」

 

「そうみたいね、樹。……でも、友奈と夏凛の二人の物と比べると、少し紐の感じが違うような……?」

 

包みを開けて中身を確かめた風と樹は、友奈と夏凛の二人の物と少し感じが違う飾り紐に首を傾げる。

 

「やっぱり気付きましたか。それ、俺が店で指導を受けながら自分で編んでみた飾り紐なんです」

 

「ええっ!? ほ、本当なんですか? うわぁ……すっごく嬉しいです」

 

「これをわざわざ、あんたがあたし達の為に……ああもう……ヤバいくらい嬉しい……ありがとう」

 

他の四人も手作りの飾り紐をしげしげと眺めて感心していたが、そんな中でやはりと言うべきか、風が○○にねだり始めた。

 

「それじゃあさ、あたしと樹もこれで○○に髪を結んでもらいたいんだけど……どう?」

 

「えへへ……先輩、どうでしょう?」

 

「……それってさ、選択の余地ないよね?」

 

友奈と夏凛に対して髪を結んであげた以上、ここで断る事など出来るはずも無い。

 

ニコニコしながら待っている二人に○○が承諾の返事をすると、まずは風の方から結ぶ事となった。

 

「どう、○○? この長さだからお手入れ大変だけど、結構なもんでしょ?」

 

「まあ大変だろうなという予想はついてましたけど……でも、本当にサラサラですね。素直にすごいと思いますよ」

 

○○が風の髪について褒めると、風も得意げな表情になって満足そうにしていた。

 

「はい、終わりましたよ」

 

結び終えた○○が作業の終了を告げると、笑顔で振り返った風が○○の耳元に素早く寄っていき、そっと囁いた。

 

「ありがと。――――また今度、結んでね♪」

 

「――――っ。き、機会があれば」

 

不意打ち気味に耳元で囁かれた為に、また強く鼓動が鳴り始め、それを誤魔化す様に樹の髪を結ぼうと彼女の傍によった○○だったが、そこで思わぬ提案をされた。

 

「○○先輩。私の髪は前からの方が結びやすいと思うので、正面からやってくれませんか?」

 

「えっ? いや、確かにそうかもしれないけど……でも、それは……」

 

「ダメ、ですか……?」

 

「ぐっ……分かった、分かったよ。樹ちゃんの言う通りにするから、そんな泣きそうな顔は止めて」

 

泣きそうだった表情が一瞬で満面の笑みに変わった樹を見て、○○は女は天性の役者っていうのは本当だなと、そんな事を思いながら樹の髪を束ね、結び始めた。

 

正面からやっている都合上、お互いに表情が見えている訳で、じっと樹に見つめられながら作業をしている○○は彼女の髪に集中することで何とか平静を保っていた。

 

「○○先輩って、綺麗な目をしてますね」

 

「…………っ」

 

思わぬことを言われた○○は急に恥ずかしくなり、顔ごとそっぽを向いて視線を逸らそうとしたが、樹の小さな手で、そんなに力が強くないにも関わらず、再び彼女の方を向かされた。

 

「ダメですよ、先輩。ちゃーんと私の事をしっかり見ながらやって下さい♪」

 

最高に機嫌が良さそうに言う樹とは対照的に、○○は今までに無く積極的な樹に困惑しつつも顔を赤くしながら、何とか髪を結び終えたのだった。

 

姉妹の髪を結び終えた○○は、うるさくリズムを刻んでいた心臓を何とか落ち着けると、次の相手へのお返しを取り出した。

 

「それじゃあ次は……はい、園子。これをどうぞ」

 

「ありがと~○○君。それじゃあ見てみるね~……わー綺麗、これはマジェステだね~」

 

目を輝かせて喜ぶ園子を微笑ましそうに見ていた少女達だったが、今聞いた単語に馴染みが無かった美森が園子に質問をした。

 

「マジェステ……って、何なのかしら、そのっち? 髪に着ける装身具というのは分かるけど……」

 

「うん、そうだよわっしー。マジェステっていうのはねー、現代風にアレンジされた簪みたいな感じかな~。これは蓮の花をあしらってあるみたいで綺麗だよね~。……という訳で、私もいいかな~?」

 

「だと思ったよ。了解いたしました、園子」

 

冗談めかして園子の頼みを受け入れた○○は、スマホでマジェステの留め方を紹介したページを開き、解かれた園子の髪を再び留め直そうと作業を始めた。

 

「……あ、あれ? くっ、難しいな、これ……」

 

「ゆっくりでいいよ~? 焦らず正確に、のんびりのんびり~」

 

まるで子どもをあやす様な園子の台詞に気恥ずかしさを覚えつつ、悪戦苦闘しながら何とかマジェステで髪を留め終えた○○は作業の終わりを告げたが、振り返って自分の方を見ながら言った園子の台詞に不意打ちを喰らう事になった。

 

「ふふっ、ありがとう○○君……もっと触ってても良かったんだよ~?」

 

「…………っ。そう言ってもらえるのは光栄だけど……また、いつかね」

 

イタズラっぽい表情で言う園子と視線が合わせられずに逸らしたが、その視線の先に先回りされて微笑まれ、ますます顔が赤くなってしまった○○だった。

 

気のせいではなく、お返しを渡すたびに心臓が暴れていると自覚した○○は、今度こそ平穏に終わればいいなと、毛筋ほどしかない望みを抱きながら美森へのお返しの品を取り出した。

 

「それじゃあ最後に美森だけど……はい、どうぞ」

 

「ありがとう、○○君。……これは、櫛?」

 

「うん、ツゲっていう木で作られた解き櫛。静電気が起きにくくて、髪も艶が出やすくなるんだってさ」

 

「なるほど。……ところで○○君、未婚の女性に櫛を贈るという事の意味を知っているかしら?」

 

「え? いや、知らないけど……」

 

未婚の女性という言葉が出た時点で嫌な予感はしたが、実際に知らないのだからそう答えるしかない○○。

 

「結婚してください、という意味を持っているの。○○君が知らなかったのは残念だけど……でも、その意味でも私は良かったのよ?」

 

結婚という言葉が美森の口から出た途端、他の五人の視線が○○に集中する。

 

これまでに無い程の、物理的な力さえ含んでいそうなその強さに○○は冷や汗を流しつつ、これからどうするか考えるための時間を稼ぐために美森に尋ねる。

 

「な、なるほど、結婚かぁ……。でも、どうして櫛でそんな意味に?」

 

そう○○が尋ねると、美森は部室の黒板に、『櫛→苦死』と書き込んだ。

 

いきなり不穏な漢字を当てた美森に驚いた表情をした部員たちだったが、その後に続いた彼女の説明に、むしろ納得した様な表情をした。

 

「江戸時代の事みたいだけど、男性が女性に櫛を贈って求婚する事で、結婚は幸せも多いけど苦しい事も沢山あるだろう、それでも死ぬまで自分と一緒に居て欲しいという意味を込めていたらしいわ」

 

「はあー、なるほどねぇ……。今とは違う感じのプロポーズだけど……でも、これはこれで素敵な感じね」

 

「私もそう思うよ、お姉ちゃん。……いつか、私も言われてみたいなぁ」

 

「うんうん、その気持ち分かるよー、樹ちゃん! 女の子の夢だよね、好きな人にそういう風に言ってもらうのって」

 

「まあ、気持ちは分かるわ。……いつか、言ってもらいたいものよねぇ」

 

「だよね~。キミの事が好きだ、結婚してくれ! なんて言われたいよね~」

 

女子全員で盛り上がりつつも、チラチラと視線を○○に向けて話しているので、そのプレッシャーが尋常ではない。

 

話を切り上げようとした○○だったが、それを察したらしい美森の次の言葉で退路を完全に塞がれた。

 

「ねえ、○○君。改めて訊くけど……私のこと、好き?」

 

「はっ!? え、ええと……こ、この前、それについての返事はしたよね?」

 

「ええ、覚えてるわ。でも、もう一回聞きたいの。……ダメかしら?」

 

本当に悲しそうな声で言う美森に○○は怯み、ここで断るのは男として最低だと自覚した。

 

気持ちを落ち着けるように深呼吸をした○○は意を決し、美森の目をまっすぐ見つめながら、真剣に告げた。

 

「東郷美森さん。――――俺は、人を深く思いやれる君の事が好きです」

 

「――――はい。私も○○君の事が好きです」

 

互いに見つめ合いながら、好きだと言い合う二人。

 

美森は、どんな表現さえも陳腐になるような、そんな笑顔を浮かべながら○○の事を一心に見つめる。

 

時間が止まった様な錯覚に○○が陥っていると、背後からトントンと肩を叩かれて我に返った○○が振り返った。

 

そこには美森以外の全員が居て、私にもやってと言わんばかりに瞳をキラキラさせながら○○を見つめていた。

 

「結城友奈さん。――――俺は、いつも元気をくれる君の事が好きです」

 

「――――うん! 私も、○○君の事、大好きだよ!」

 

結局、それぞれに再度告白をすることになった○○。

 

「犬吠埼風さん。――――俺は、優しくて思いやりのあるあなたの事が好きです」

 

「――――うん。あたしも優しい○○の事、好きだよ」

 

以前も○○は思ったが、もう後には引けないだろう。

 

「犬吠埼樹さん。――――俺は、みんなの和を何より大切にする君の事が好きです」

 

「――――は、はい! 私も○○先輩の事が、す、す、好きです!」

 

勇者としての彼女たちと出会い、そして守りたいと、放って置けないと○○は思った。

 

「三好夏凛さん。――――俺は、友だちを大切に想っている君の事が好きです」

 

「――――え、ええ。私も、○○の事……ホントに、好き……だから」

 

……こういう風になるとは、当時は予想も出来なかったわけだが。

 

「乃木園子さん。――――二年前、俺の支えになってくれてありがとう。大好きだよ」

 

「――――ふふ、それはお互い様だね~。私も○○君の事、大好きだよ」

 

運命というものがあるとするなら、あの日勇者部と出会った事や、園子が手紙を拾った事を言うのだろうかと○○は思う。

 

少女達の照れくさそうな、しかしそれ以上に幸せそうな表情を見やりつつそんな事を考えていた○○だったが、今それを考えるのは無粋だと思い直した。

 

あらかじめ決まっている事なんて、存在しない。

 

それを証明してきた六人の少女達と一緒なら、どこまでも歩いていけそうだと○○は心から思い、薄く笑った。

 

「どうしたの、○○君? 何か楽しそうだけど」

 

「ん? いや、まあその……死ぬまでみんなと一緒に居られたらいいなぁって思って。……あっ!」

 

友奈が尋ねてきたので思わずポロリと言ってしまい、その途端また騒がしくなる部室。

 

自分が原因の騒ぎを何とか鎮めようと悪戦苦闘しつつも、その騒がしさにも幸福を感じている○○であった。

 




……糖死しそうです(誤字にあらず)

何だこれ……過去最高に甘くなった気がします

ハチミツに水飴とガムシロップを加えてじっくり煮込み、練乳と生クリームをトッピングした様な……

ホワイトデーだからってやり過ぎだよ!(自分で書いておきながらry

ふう……あ、そうだ(唐突)

新年度へ向けての仕事が忙しくなりそうで、更新速度が落ちそうです……

新年度に入っても忙しいままかもしれないので、申し訳ないですがご了承ください。

済みません!


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たくさんの小さな思い出

今回の話は、小話的なものを幾つか集めたものです。

そして、最近シリアス気味な話ばかり書いていたので、思い切り反動が出ています(笑)

それでは、始まり始まり~。


【見れば分かるから仕方ない】

 

今日は四月一日、エイプリルフールである。

 

とはいえ、他の何らかのイベントのように騒いだり祝ったりするようなものでも無いので、○○は特に意識せずに――ハッキリ言えばそう言う日なのだという事も忘れて、いつも通り勇者部へと顔を出そうとしていた。

 

今や二十人程があの部室に一同に会することがよくあるので、一人しか居ない男としては微妙に肩身が狭かったりするのだが、全員が全員良い娘ばかりなのでそこは非常に助かっている。

 

そんな事を考えながら部室へと向かっていた○○は、その途中で高嶋友奈と出くわした。

 

「あっ、○○君、おはよー。今から部室に行くんだけど、一緒に行っても良いかな?」

 

「うん、勿論。じゃあ行こうか、友奈」

 

そうして連れだって部室へと歩き出した二人。

 

「そう言えば今日ってエイプリルフールだけど、○○君は何かしようとか思ってたりするの?」

 

「いや、俺は特にそういうのは考えてないかな。大人しくみんなが考えてくる色んな事を楽しんだり、見抜いたりしようかなー、と。風先輩とか園子とか、あとタマっちもそういうの好きそうだし」

 

「あはは、確かに風さんとか園ちゃん、タマちゃんは張り切ってやりそうだもんね」

 

「そうそう。多分、何かビックリするような嘘……というか、ドッキリに近いものを仕掛けて来るんじゃないかと思ってるんだけどさ」

 

「あー、確かに。園ちゃんが脚本、風先輩が監督、タマちゃんが実行。そんな感じかな?」

 

「園子は全部兼任してもおかしくはないと思うけどね」

 

「うーん……目に浮かんじゃうなぁ、ふふっ」

 

そんな話をしつつ歩いていると、○○が友奈に対して世間話でもする様に切り出してきた。

 

「で、友奈。部室に着いたらネタバラシをする算段を立ててるの?」

 

「――え? な、何の事かな?」

 

いきなり訳の分からないことを言われ、困惑しているといった様子の友奈。

 

そんな友奈に対し、○○はいたずらっ子を微笑ましく見守る様な笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「あれ、しらばっくれちゃうのかー。それじゃあ、もう少しはっきり訊こうか。たかしー……いや、ゆーゆ。若葉たちと同じ制服まで着てるけど、それは俺に対してドッキリを仕掛けようとしてるって事でいいのかな?」

 

「や、やだなー、私は結城ちゃんじゃなくて高嶋友奈だよ? ホントだよ? ほら、この目をよく見て?」

 

内心で冷や汗をかきながら、何とかリカバリーをしようと必死に頑張る友奈。

 

もう殆んど失敗しているも同然だが、嘘が苦手な彼女なりに何とか取り繕おうと、涙ぐましい演技を続ける。

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

立ち止まり、無言でお互いの瞳を見つめ合う○○と友奈。

 

○○はいつも通りの態度で平静に見つめているのとは逆に、友奈は心臓の鼓動が聞こえやしないかと緊張しながら彼を見つめ返す。

 

しかし、根が正直で嘘を吐くのに致命的に向いていない友奈は、僅か数分で目を逸らしてしまった。

 

「うう……○○君の言う通り、私はゆーゆです……結城友奈です……」

 

「はは……まあ、ゆーゆにしては結構頑張ったんじゃないかな? だって、ゆーゆ、根本的に嘘を吐くの苦手でしょ? 例え相手を傷つけない類の、笑える嘘だとしても」

 

「はうっ!? うう……その通りかも……」

 

ガックリ肩を落としてうな垂れる友奈。

 

ただ、どうしても気になった事があったので○○へと訊いてみる事にした。

 

「でも○○君、私が高嶋ちゃんじゃないってよく分かったね。 制服だけじゃなくて髪留めとかも交換したし、人の呼び方とかも気を付けてたのに」

 

二人一緒に居る時ならともかく、単独で、しかも服装を入れ替え、人を呼ぶときの呼称まで気を付けていたのだ。

 

何かボロを出してしまったとも思えず、どうしてばれたのかどう考えても分からなかった友奈だったが、○○があっけらかんと言った事に言葉を失った。

 

「んー、どうしてって言われてもなぁ……見れば分かるとしか」

 

「え……? あ、あの、じゃあ最初の一言目からバレてたってこと……?」

 

「うん、そうだけど」

 

「ええー……?」

 

さすがに信じられなくて聞き直した友奈だったが、やはりあっさりと肯定されてしまい、つい小さな呻きが出てしまう。

 

「まあ、俺にも意地がありますので。自分の事を好きだと言ってくれた女の子の事が分からないっていうのは……何というか、格好悪いと思うから……」

 

照れ臭そうに眼を逸らしながらそんな事を言った○○に、友奈は嬉しさを少しも隠さずに○○の手を取って満面の笑みを浮かべた。

 

「えへ、えへへ……何て言うか、上手く言えないんだけど……でも、ホントに嬉しいよ、○○君! すっごく幸せな気分……」

 

そう言って○○と手を繋いだ友奈は、彼を引っ張る様にして歩き出した。

 

○○も、顔を赤くしつつも苦笑しながらされるがままで手を握り返し、それを受けた友奈もより幸せそうな笑顔を彼へと向けるのだった。

 

因みに、二人は恋人繋ぎで部室へと入った為に一悶着あったのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そんな関係になりたい】

 

○○は部活終了後、もう何回誘われたかも分からない程の夕食に犬吠埼姉妹に誘われ、途中の買い物に付き合った後に彼女たちの家へと歩いていた。

 

「いやー悪いわね、○○。荷物なんて持ってもらっちゃって」

 

「途中で買い物した時はいつもですから……本当にありがとうございます、先輩」

 

「まあ、こちらも美味しい食事をいつも頂いていますし……全くお返しには足りませんけど、この位はさせて下さい」

 

「そんな事、別に気にしなくていいのに。ねぇ、樹?」

 

「うん、お姉ちゃん。私達も楽しいから、お返しなんて気にしなくてもいいんですよ?」

 

「まあ、その辺は後片付けなんかをさせて貰ってるのと同じかな……貰いっぱなしというのは、流石にちょっと居心地が悪いですし……」

 

そんな話をしながら姉妹の自宅へと歩いて行き、そんなに時間もかからずに部屋の前へと到着した。

 

扉の鍵を開けて部屋の中に入って行く姉妹に続いて、○○も最後に室内へと入る。

 

「ただいまー……って、まあ誰も居ないんだけどね」

 

「まあ、帰って来た時の挨拶みたいなものだし、いいんじゃないかな?」

 

そんな会話をしながら靴を脱いでリビングを目指す姉妹に続いて扉をくぐった○○は、自分も靴を脱ぎながら完全に無意識に言葉を紡いでいた。

 

「ただいまー」

 

「「……えっ?」」

 

それを聞いて、風と樹がポカンとした表情で振り返って○○の事を見つめた。

 

呆気にとられた様子で口を半開きにして○○を見ていた彼女たちだったが、靴を脱いで自分達に近づいてきた彼に、ハッとして我に返ると確認する様に尋ねた。

 

「ええっと……○○、さっき何て言って入って来た?」

 

「……? え、何か変な事言いましたっけ?」

 

「いえ、別におかしなことを言った訳じゃ無いんですけど……覚えてないんですか、先輩?」

 

「うーん、殆んど無意識だったからなぁ……いつも通りの挨拶で入った、と思うんだけど……」

 

しきりに首を傾げる○○に、風と樹は彼が完全に無意識に『ただいま』と言ったのだと確信した。

 

そう思うと、二人の心に温かいものが溢れ、次いで表情がどうしようもなく緩んで仕方なくなってしまった。

 

「風先輩、樹ちゃん、二人ともどうしたの? 急に何か笑顔になっちゃってるけど……?」

 

訝し気に問いかけてくる○○に、二人は慌てて見れる位までに笑顔を収めると、早急に誤魔化しにかかった。

 

「いや、別に何でも無いのよ? ちょーっと良い事があっただけだからさ。それじゃ、あたしは料理の支度にかかるから、樹は○○のお相手をお願いできるかしら?」

 

「うん、任せてお姉ちゃん。それじゃあ先輩、私の部屋に行きましょう!」

 

「え、でも下ごしらえの手伝いとかしようと思ってたんですけど」

 

「うん、その心遣いはとっても嬉しいんだけど……今日はあたしだけで作った物を○○に食べて欲しいなぁって。だから、今日はあたしに任せて?」

 

そう言って、パチリと片目を閉じておどける風。

 

「はあ……それじゃあ、お言葉に甘させてもらいます。行こうか、樹ちゃん」

 

「はい、先輩!」

 

そう言って○○は風に背を向けた為、姉妹同士でアイコンタクトをして笑い合っている風と樹には気が付かなかったのだった。

 

そして、楽しい夕食の時間も終わり、そろそろ時間だという事で○○が自宅へと帰ることになった時。

 

いつも通り、自分の家へと帰る○○を見送るために風と樹は玄関まで来ていた。

 

「今日の夕食も美味しかったです。それじゃあ、お邪魔しました」

 

いつも通りにそんな挨拶をした○○だったが、風と樹が言った言葉に思わず振り返って不思議そうな表情を浮かべた。

 

「ええ、行ってらっしゃい、○○」

 

「行ってらっしゃい、先輩」

 

「ええー……急にどうしたんですか、二人とも?」

 

「まあまあ、いいじゃない。それで、行ってらっしゃいに対する返事は何かね、○○?」

 

まるでテンプレの教師の様な口調で冗談めかして○○に訊く風に、彼も苦笑すると冗談めかした口調で返事をした。

 

「行ってきます、風さん、樹ちゃん」

 

そう言って手をヒラヒラと振りながら扉を開けた○○は、外に出るともう一度手を振ってから扉を閉めた。

 

閉じられた玄関扉を姉妹はじっと見つめていたが、やがて風が一息吐くと、樹も同じような仕草をしてからポツリと言った。

 

「先輩、ただいまって言ってたね……」

 

「そして、行ってきますって言って出て行った……ま、こっちの方はあたし達が言わせたようなもんだけど。でも、ただいまの方は無意識に出てきたって感じだったわね」

 

「ここを、自分の家みたいに思ってくれてるって事……だよね?」

 

「そうだと嬉しいし、あたしとしては望むところだけどね。いつか……毎日ただいまとか、行ってらっしゃいとか言い合える……そんな関係になれたらいいなぁ……」

 

「違うよ、お姉ちゃん。なれたらいいなぁじゃなくて、なるんだよ、絶対に!」

 

「樹……」

 

いつもと違い、強気に言い切る妹の姿に驚いた風だったが、確かに自分は弱気だったと思い直した彼女はニカッと笑うと樹の言葉に同意した。

 

「あんたの言うとおりね、樹。友奈達とも協力し合って、そういう関係目指して頑張っていきましょうか!」

 

「うん!」

 

そう言って、笑い合いながらリビングへと戻っていく風と樹。

 

姉妹が夢見た光景が実現するのかどうかは……正直、時間の問題だと思われる。

 

まあ、未成年の間は拙いと、○○が全員を必死で押し止める事も簡単に予想できるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ずっとずっと、いつまでも】

 

「いい天気だな~。こんな日は絶好のお昼寝日和ではあるんだけど……まずは部室に行かないとね~」

 

麗らかな日差しが差し込む廊下をのんびりと歩きながら、園子は機嫌良さそうにそんな事を呟いた。

 

そして、いつもの様に勇者部の部室へとやって来たわけだが、そこで普段は殆んど目にしないと言っていい、珍しいものが彼女の目に飛び込んできた。

 

「あれ~、○○君……?」

 

「…………」

 

園子が不思議そうな表情で○○に問いかけても、彼は一切反応を示さない。

 

椅子の背もたれに身体をあずけて、俯いて微動だにしない。

 

「んん~……? あれ、もしかして……」

 

「…………」

 

「寝てる……のかな~?」

 

○○に近づいて彼の様子を窺っていた園子は、彼から規則正しい静かな呼吸音が聞こえてきたことから、居眠りをしているのだと判断した。

 

「珍しいね~……というか、初めて見たかも~」

 

そう言って、彼の寝顔をしげしげと観察する園子。

 

○○を起こさないように静かにだが、彼の周囲を歩き回って色んな方向からその様子を見て回る。

 

「可愛い寝顔~。……でも、男の子だから可愛いって言われるのは微妙な気分になっちゃうかな~?」

 

微笑ましい気分になりながらそんな事を言った園子は、つい好奇心を抑え切れなくなって彼の頬をつんつんと突っついた。

 

「…………ん……ぅ……」

 

「わっとっと……危ない危ない~」

 

むずがる様な反応を見せた○○に、園子は突っついていた手をすぐさま引っ込めて、彼の反応を窺った。

 

「…………」

 

「ほっ……うんうん、グッスリ眠るといいよ~」

 

再び静かな寝息を立て始めた○○の様子に、園子は安心したように感想を述べるが、彼の口から漏れ出た寝言に鼓動が早まる事となった。

 

「ん…………その、こ……」

 

「え……?」

 

全く予想もしなかった場面で自分の名前を呼ばれた園子はまじまじと○○の寝顔を見つめたが、彼は先程と変わらず一定のリズムで寝息を立てるのみである。

 

とはいえ、想い人から全く予想しないタイミングで、しかも当人が寝ている時に自分の名前を呼ぶという出来事に、園子の平常心は完全に乱れてしまった。

 

「も~……寝てる時にまで私をドキドキさせてくるなんて、本当にズルいな~……ふふっ」

 

そう言いながら、○○の寝顔を覗き込むように見つめる園子。

 

相変わらずきっちりした寝息を立てる○○の様子を微笑みながら見ていた園子だったが、彼の頭を優しく、起きないように撫でると、愛おしさが溢れる様な声音でゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「私の運命の人……これからもずっと、いつまでも傍に居てね……?」

 

彼女がそう言った直後、偶然であろうが○○の首がカクンと縦に揺れ、まるで同意したようになった。

 

「おお~。やっぱり私達ってそうなる運命なんだね~?」

 

偶然から始まった二人の関係だったが……ここまで来ると、最早必然という気さえしてくる。

 

ただ、園子はそれに甘える気はサラサラ無く、ゆっくりと、しかし確実に○○と深い関係になれる様に努力を続ける事を、しっかりと心に刻むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【永久フリーパス】

 

本日は日曜日で、勇者部の活動も休養日という事で無いという、そんな日。

 

朝の九時ごろ、自室の机の上に置かれていた○○のスマホが、賑やかな着信音を奏でた。

 

バイブレーションも同時に機能していたので、それなりの音を発しているのだが、彼が起きる気配は一切ない。

 

変わらずに安らかな寝息を立てている彼を尻目に、着信音はそのまま一分ほど鳴り続けたのだが、やがて切れてしまった。

 

そして、未だに眠り続ける○○。

 

そのまま一時間ほどが過ぎた午前十時ごろ、再びスマホから着信音が流れた。

 

が、しかし……一時間前の光景の焼き直しの如く、○○は起きずにそのまま寝続けてしまい、着信も切れてしまった。

 

相当に眠りが深いのか、午前十時を過ぎ、しかも結構な音量の着信が鳴ったにも関わらず、○○は何の反応も示さなかった。

 

「んん…………ふあぁ~~……」

 

そして更に一時間後の午前十一時過ぎ、ようやく目を覚ました○○は寝床から抜け出すと、そのままトイレを済ませて顔を洗い、そして自室から出て来る時に持ってきたスマホを確認した。

 

「ん……? げっ!?」

 

思わずそんな声をあげてしまった○○は、すぐさま洗面台で身なりを整え、自室に戻って服を着替えると、スマホだけを持って玄関から飛び出し、急いで隣の部屋の呼び鈴を鳴らした。

 

「はーい」

 

「ごめん、夏凜! 何回も連絡してくれたのに、寝てて見過ごしてた!」

 

いきなりやって来て頭を下げる○○に呆気に取られていた夏凜だったが、状況を理解すると表情を緩めて彼に声をかけた。

 

「取り敢えず、頭あげなさいって。……ま、寝てたって言うなら仕方ないわね。特に約束してたって訳でもないし、私からあんたの事は責められないわ」

 

「本当にごめん……。いつもなら休みでも大体八時くらいには起きてるんだけど……どうも寝過ごしたらしくて……」

 

「でしょうね。九時半くらいに呼び鈴鳴らしてみたんだけど、何の反応も無かったし」

 

それを聞いた○○は、申し訳なさそうな表情を驚き顔へと変えて言った。

 

「えっ! ってことは、直接ウチの戸の前まで来たって事?」

 

「驚き過ぎでしょ……隣に住んでるんだし、別に何てこと無いわよ」

 

苦笑気味にそう言った夏凜だったが、少しだけ寂し気な表情をしていたため、一から十まで全く気にしていない訳ではないと、○○は察した。

 

ともあれ、その日は午後から○○にも用事が有ったためにこれで別れる事になったのだが、今回みたいな事は無いようにしようと彼は反省し、夏凜へのお詫びはどうしようかとあれこれ考えを巡らせるのだった。

 

それから数日後、二人一緒に学校から帰って来た○○と夏凜は、挨拶をして自宅に入ろうとした彼女を○○が呼び止めて、ある物を渡そうとしていた。

 

「どうしたの、○○。何か用事?」

 

「うん。夏凜にこれを渡しておこうと思って」

 

そう言った○○は、鞄から取り出した物を夏凜へと手渡した。

 

「これは……鍵みたいだけど、一体どこの?」

 

「ここ」

 

短くそう言って、自分の家の扉を指さす○○と手渡された鍵を交互に見やっていた夏凜だったが、どういう事なのか頭が飲み込むと、泡を食ったように慌てて○○へと問いかけた。

 

「へー、あんたの家の鍵。……って、あんたの家の鍵ぃ!? ちょっ、何てもの渡してんの! というか、どうしていきなり私に鍵を渡そうなんて事になるのよ!」

 

「いや、この前夏凜がせっかく連絡してくれたのに、音沙汰無しで申し訳なかったからさ。だから、そういう事があったらそれを使って遠慮なく入って来て起こしてくれていいから」

 

「いや、気にしなくて良いって言ったでしょ? というか、赤の他人に自宅の合鍵なんておいそれと渡しちゃダメでしょうが!」

 

そう言って○○へ鍵を返そうとした夏凜だったが、○○も首を横に振って受け取ろうとしない。

 

「赤の他人って……家族とか親戚筋とか以外を赤の他人って言うなら、夏凜はそりゃあ赤の他人だろうけど……でも、そんなの問題にならない位、俺は夏凜を信じてるから大丈夫」

 

「なっ……ええと……その……」

 

きっぱりと言い切った○○の言葉に流石の夏凜も言葉を無くし、手に持っている鍵と○○の二つを視線がうろうろと行き来してしまう。

 

そうして夏凜が狼狽えている間に、○○は地面に置いていた鞄を背負い直すと、ひらひらと手を振りながら自宅の扉を開けた。

 

それに気付いた夏凜が慌てて呼び止めようとしたが、彼は屈託のない笑顔を彼女に向けてそのまま自宅へと入って行ってしまった。

 

「ちょっ、○○、まだ話は――」

 

「という訳で、その鍵は夏凜に預けます。自由に使って良いからねー」

 

バタンと音を立てて閉じられた扉を暫らく見つめていた夏凜だったが、一つ溜め息を吐くと自分も自宅へと入って行くのだった。

 

閉じられた玄関扉に背をあずけ、そのままズルズルと座り込んでしまう夏凜。

 

「あいつの家の合鍵……どうしてこんなにアッサリ渡しちゃうかなぁ……ああー、もう! 煩悩退散煩悩退散! 信じてるって言ったあいつを裏切る気なの三好夏凜!? 落ち着いて……平常心、平常心を保つのよ……!」

 

目をきつく閉じて、次々と頭に浮かんで来るあれやこれやといった想像を振り払う夏凜。

 

結局その日は著しく眼が冴えてしまい、翌日寝不足になって勇者部の皆から心配をされてしまうのだった。

 

そして更に後日、夏凜が部室で鞄から合鍵を取り落としてしまい、○○の部屋の合鍵を持っているのがバレて一悶着あったのも別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【肩寄せ合って】

 

「えーと、ここはこうなるから……答えはこれか」

 

「ええ、正解。ちゃんと理解できている様で何よりだわ」

 

学校の図書室にて、二人並んで勉強を行なっている○○と美森。

 

お互いにしか聞こえない様なごく小さな声で話しつつ、美森が行なう解説に彼が相槌を打つ。

 

「でも助かったよ。ここ、特に重要だって聞いてたからどうしようかと思ってたんだ」

 

「仕方ないわ。だって風邪をひいてしまったのだし。こうして私の取っていたノートで挽回できるのなら、特に問題は無いでしょう?」

 

美森が言う通り、○○は数日前に風邪をひいてしまい、その日は学校を休んでいた。

 

そして、テスト期間がもう間近まで迫ってきているという事もあり、彼は美森へとその日にあった授業のノートを貸してくれるようにと頼んだ。

 

美森は彼の頼みを聞き入れたのだが、どうせなら自分が解説した方がより深く理解してもらえるだろうと思ったので、こうして二人して図書室で勉強することになったのであった。

 

そうして順調に理解を深めていく○○だったが、次のページに行こうとノートをめくった瞬間、そのページの端の方に小さく書かれていたものが目に飛び込んできて、思わず目を瞠った。

 

三角形の天辺部分から二分する様に垂直に線が伸び、その線の左右に○○の名前と美森の名前が書かれている。

 

一言でいうと、相合傘のアレである。

 

まず、真面目な美森のノートにそんな落書きめいたものが書かれているのに驚いたし、そしてそれが色恋沙汰に関するものだというのにも○○は驚いた。

 

不意打ち気味にいきなり見てしまったために、驚いてその相合傘の落書きを凝視する○○。

 

いきなり固まってしまった彼の様子に美森は首を傾げたが、その視線の先に書かれているものに気付いて一瞬で真っ赤になって大声をあげそうになったが、何とか自制した。

 

「どうかしたの、○○君? ――――――っ!? こ、これはっ、その……っ!」

 

林檎のように真っ赤になりながらも、何とか小声で言い訳をしようとする美森。

 

しかし、千々に乱れた精神では彼女の明晰な頭脳も本領を発揮できず、てんで纏まりの無い事をぐだぐだと並べ立てるハメになってしまっていた。

 

「これは、そう!……私の心に湧き出た事がつい手を勝手に動かしたというか、無意識と言うか……授業中に目に入ったあなたの後姿を見ていたら、自然と書いてしまったというか……あ、あら?わ、 私ったら、い、一体何を言っているのかしら……?」

 

「……ともかく、一旦落ち着いて」

 

目でも回しそうなくらい混乱している美森の様子に、○○も考えるのを止めて落ち着くようにと促す。

 

「え、ええ……分かったわ……。でも、あれを見られるなんて……ああ、恥ずかしい……このまま消えてしまいたい……」

 

両手で顔を覆って縮こまっている美森が、弱弱しい声でそんな事を呟く。

 

そんなこんなで彼女は平常心を失ってしまい、もうこれ以上は解説も出来ないと自分で判断した美森は、申し訳なさそうにしながらも勉強会のお開きを申し出た。

 

済まなさそうにする美森に○○は苦笑しながら了解し、下校する事となったのだった。

 

しかし、二人して昇降口まで来た時、美森は窓の外を見て少しうんざりした様な声をあげた。

 

「ええ……今日って雨が降ると天気予報で言っていたかしら……?」

 

「ああー……何か所によりとか、この時間帯がそうだとか、そういう事は言ってた気がする」

 

「なるほど……。私、今日傘を持って来るの忘れてしまったのよね……。走って帰るか、止むまで待つか……どちらが良いかしら……?」

 

眉をハの字にして、しとしとと雨を降らす空を見上げる美森。

 

その隣で鞄をごそごそと扱っていた○○は、取り出したあるものを美森に見せて問いかけた。

 

「俺は一応、折り畳み傘を持って来てたんだけど……一緒に入って帰る?」

 

「えっ……? い、いえ、そんな! 厚意は嬉しいけど、流石に悪いわ!」

 

そう言って首を横に振って固辞した美森だったが、○○は冷静に彼女を説得していく。

 

「まあまあ、落ち着いて、美森? まず一つ、にわか雨とは言うけど、実際にいつ止むかなんて分からないよ?」

 

「うっ……」

 

「二つ目、走って帰ると言っていたけど、この時期の雨はまだ冷たいから風邪をひく可能性はかなり高いと思う」

 

「ううっ……」

 

「そして三つ目だけど……俺の心情として、自分だけ傘をさして帰った挙句、美森を放っておくのはあり得ないというか……ハッキリ言って男としてダメでしょう、それは。気分の問題ではあるけど、だからこそ大事にしたいというか……」

 

「うううっ……」

 

理詰めで説得されていく美森だったが、そんな彼女を忍びないと思った○○は一つの手段を思いついたので提案することにした。

 

「あ、そう言えば相合傘でなくてもいい方法が一つあったっけ」

 

「え、今言った以外にそんな方法が……?」

 

「うん。この傘を美森に貸して、俺は全力で走って家まで――」

 

「却下。――○○君、私を傘に入れて家まで送って下さい、お願いします」

 

○○の提案をすぐさま却下した美森は、畏まった様子で彼に頭を下げて傘に入れて貰えるようお願いした。

 

会心のアイデアだと思っていた方法をすげなく却下された○○はほんの少し落ち込んだが、美森のお願いを聞き入れて相合傘で下校する事となった。

 

○○が傘を持ち、肩を並べて雨の降る中を歩いて行く。

 

普通なら会話の一つもあるというものなのだが、勉強中の事と今現在の状況が偶然にも重なり、それが二人の頭にあるのでどこかお互いに相手を窺う様な空気である。

 

そんな微妙な雰囲気の中で美森の家へと向かっていたのだが、途中で美森があることに気付いた。

 

「……あっ! ○○君、あなた反対側の肩が濡れているじゃない!」

 

「ああ……ま、折り畳み傘で小さいから仕方ないかな」

 

○○はそう言ったが、美森はそれが半分は嘘だとすぐに分かった。

 

折り畳み傘が小さいのは事実だが、彼は美森が雨で濡れない様に傘を彼女の方へと寄せてさしていたのだ。

 

それに気付いた美森は、自分の側の○○の腕を取ると、ピタリとくっ付く様に抱き寄せた。

 

「え、あの……美森、さん?」

 

思わずさん付けになってしまう位に慌てた○○だったが、美森の言い分は理屈では正しいものだったので、口を噤まざるを得なかった。

 

「こ、こうすれば、私もあなたも濡れずに済むから。……それとも、それ以外の意図があると思ってる?」

 

「い、いや……俺もキミの言い分は正しいと思います。それ以外の意図は……俺からは、何とも……」

 

「ふふ、照れ屋さん♪」

 

茶目っ気を出した美森の台詞に○○の頬が赤く染まり、思わずそっぽを向いてしまう。

 

そんな彼の様子に気を良くした美森は更に身を寄せ、○○を大いに照れさせる。

 

しとしとと雨が降りしきる中を一つの傘で歩いて行く二人は、偶に目が合うと、恥ずかしさと嬉しさが混じり合った、何とも表現しがたい、しかし幸せであることだけは間違いない表情で笑い合うのだった。




甘い甘いあまーい!

でも、書くのは凄く楽しかったです!(小並感)

今回はゆゆゆヒロインの話でしたけど、のわゆヒロインも同じような形式でいつか書けたらいいなぁ……(予定は未定)


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神世紀の章
プロローグにしてエピローグ


初投稿です。

サイト内の数々のゆゆゆ小説に影響され、思い切って書いてみました。

暇つぶしにでも楽しんでいただければ幸いです!



いきなりであるが、俺こと○○は平成の世から転生した。

 

何言ってんのコイツと思うかもしれないが、実際そうなのだからどうしようもない。

 

大学からの帰り道、一人暮らしのアパートへ急いでいたときにいきなり背後から刺され、出血多量で亡くなった……と、思われる。

 

刺された後の事は正直よく分らない。いきなり激痛がして、倒れたあとは急激に眠くなってしまい、起きたら赤ん坊になっていた。

 

そう、フィクションに良くあるアレである。

当時は混乱したものだし、酷く恐ろしかった覚えもあるのだが……俺は深く考えるのを止めた。

 

こんな超常現象、凡人の俺が考えたところでどうにか出来る訳もない。それこそ神様の所業だ。

 

現状を受け入れた俺はさっさと順応すべく努力をした……といっても、殆ど必要なかったが。生前の、つまり現代日本の水準の生活環境そのままだったのだから。

 

どうやらココは四国の香川であるらしい……およそ300年後の。神世紀、といわれている。転生と同時にワープとタイムスリップも体験するとは、波乱万丈の人生である。ちなみに、俺は四国に行ったこと等生前は一度もない。

 

1つ、生前とは違うものが生活に関わることになった。

 

『神樹様』――そう呼ばれる樹木が人々の信仰を集めている。教育機関へ入る前から、ごく当たり前の道徳のような感じでこれを敬うよう親などから教え込まれる。

 

生前は宗教観ごった煮の日本で暮らしていた俺は、そこまで熱心に信仰する気にはなれないでいたが、空気を読んで仲間外れにされない程度には拝んでいる。――くじ引きの時に神樹様にお願いする程度には。

 

まあそんな、300年経ったと言っても転生前とほとんど変わり映えの無い生活を送る俺の話である。

 

……ああ、そういや俺の歳を言ってなかったか。今は讃州中学2年生、14歳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――そして。

 

「やっと分かってくれたんだね! ○○君はずっとずっとずっとずっとずっとずぅーっと……一生、私達と一緒にいるんだもんね!」

 

 

「ええ、その通りよ友奈ちゃん。○○君はずっと……健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しきときも、その命ある限り、死が私達を分かつまで……永遠に愛し合うのだから」

 

 

「そうそう、東郷の言う通り! いやーモテるねぇ、この色男ッ! このこの! ……ちょーっと重いかもしれないけどさ。でも……アンタも悪いんだよ、○○。あたし達の心、鷲掴みにしてさ……あたしなんて、年上だっていうのに……情けないけど、もう絶対離れらんない。離したくない……だからさ、ずっと一緒にいてよ? お願いだから、居なくならないで……ずっと、一緒に……」

 

 

「○○先輩……私達のこと、す、好きですよね? そうですよね? ……占ったら、私達と先輩の相性は最高だって出たんです! だからきっと、きっと上手くいきます! わ、私なんかが保証しても不安かもしれませんけど……みんなで頑張れば、どんな事だって乗り越えていけます! だから……だから……私と、お姉ちゃんと、そして皆と、ずっと一緒に居ましょう……?」

 

 

「○○……アンタは私達とこれからずっと一緒に居るの。これはもう決定してるの、いい? ……何よ、訳わかんないって顔しちゃって。まったくこれだからアンタは……。放っておいたらその調子で、これからも色んな女子を落とすんでしょうが。……身に覚えがない? ふふっ、今世紀最大のジョークね。ここに居る全員がベタ惚れしてるのが何よりの証拠でしょうが。……そうよ、私もよ、悪い? でも仕方ないでしょ? 理屈じゃないの。言葉に尽くせないの。心がアンタを欲しがってるのよ! でも、アンタは一人しかいない。絶対に結ばれたいけど、みんなと争い合うのも絶対にイヤ。だから――」

 

 

「だから~、みんなで○○君を共有することにしたんだよね~。わーぱちぱちぱち~。あ、もしかして~世間様から後ろ指さされちゃう事を心配してる? な~んにも、心配ないよ~。私の家のこと、ちょっとは知ってるでしょ~? ふふふふふ~、乃木パワーが火を噴くんだよ~。何か言ってくる人がいたら~……ふふふ」

 

 

 

 

――俺は、六人の少女たちに詰め寄られていた。

 

どうしてこうなったのか……。

 

 

 

ある日、学校帰りに何だかよく分からない現実離れした場所に迷い込み、そこを彷徨っていると得体のしれない化け物に遭遇した。

 

わき目も振らずに逃げまくり、精魂尽き果ててもうダメだと観念したとき、妙な恰好をした同じ学年の結城さんがかけ声とともに飛び込んできて、化け物をぶん殴って消滅させた。

 

へたり込んでいた俺に気付いた結城さんは大層驚いた様子でワタワタしていたが、そうしている間にこれまた同じ学年の東郷さん、三好さん、そして勇者部という妙な部活の部長とその妹さんがやって来た。ちなみに全員が現実離れした格好をしていたので、現実逃避気味の俺の頭は勇者部ってコスプレ同好会も兼ねてるのか、なんてトンチンカンな事を考えていた。

 

訳が分からないままでいると、妙な場所はだんだんと姿を消していき、普通の、現実の光景に戻った。

 

余りの出来事に茫然としていると、勇者部の部長である犬吠埼先輩が俺に同情しつつ、しかし有無を言わさずに部室へと連行した。

 

そして、色々なことを説明された。勇者のこと。お役目のこと。敵のこと。――そして、俺の今後のこと。

 

今なら全て忘れて、自分達とは無関係な、普通の日常に戻れると。しばらくは監視されて不自由かもしれないが、この事を口外しないと約束してくれるなら、絶対に俺を日常に戻してみせると。――とても真摯な瞳で、俺に言ってくれた。

 

口封じでもされるのかと戦々恐々としていた俺は、犬吠埼先輩の言葉に意表を突かれた。思わず周囲の面子を見渡すと、みんな先輩に同意しているらしかった。

 

選択を迫られた俺は一日の猶予をもらい――――結局、みんなを手伝う事にした。

 

あんな化け物と、転生した俺の感覚では年下の女の子たちが世界の命運を賭けて戦っていると聞き、さすがに放っては置けなかった。

 

さらに、良い事か悪い事かは分からなかったが、俺にも勇者とやらの適性があったらしい。男に適性ある者が現れた事はこれまで皆無らしかったので、判明したときは大赦という所に連行され、それこそ身体の隅々まで調べ上げられた。俺としては、元々この世界の人間でなく転生者であることがバレやしないかとヒヤヒヤしていたのだが、流石にそんなことまでは分からなかったらしい。

 

判明した俺の勇者としての能力は――――――戦闘力は、前代未聞のゼロ。カケラも無し。当然、身体機能も上がらない。……聞いてて泣きそうになったのは内緒である。

 

しかし、神は俺を見捨てなかったらしい。俺の能力は、サポート特化であったのだ。

 

瞬間的・継続的に勇者たちの能力を向上させることなど序の口。敵の攻撃能力や防御力に干渉し、低下させる事も出来る。さらに、緊急時には勇者たちが受けたあらゆるダメージを肩代わりし、継戦能力を高める事も出来るという。

 

直接の戦闘が出来ないのは無念だったが、この力があれば彼女たちを支えられるはずだと信じ、力の限りやり抜いた。

 

あの訳の分からない世界――樹海での戦闘はもちろん、現実でのサポートも怠らなかった。勇者の役目は投げ出せないし、俺ももちろん理解している。だけどそれでも、この綺麗な、尊い心の持ち主の少女たちが精一杯日常を謳歌できるようにと、影に日向にと手助けした。

 

死にたくなるほどの目に合い、それでも希望を信じて戦い抜く彼女らを、俺は十分サポートできたかは分からない。勇者の能力で、こっそり怪我の肩代わりをやった時に、あっさりバレて死ぬほど怒られ、その後に死ぬほど泣かれたが。それからは俺も妥協(?)して半分だけ肩代わりをすることにした。彼女らはまだ渋っていたが、俺は直接戦えないからせめて負担だけでも半分は背負いたいと説得し、最終的には認めてくれた。……不承不承ではあっただろうが。

 

そんなこんなで色々とあり、お役目を終えた彼女たちは、再び日常に戻っていくことが出来た。

 

 

 

 

 

そして、勇者部の部室に呼び出され、いつもの様に顔を出すと詰め寄られたのである。

 

彼女たちの表情を見る。……言っている事は本当に滅茶苦茶で、ともすれば病んでいるとしか言いようが無い。

 

 

 

結城――いや、名前で呼ぶように言われてたんだった。友奈は、満面の笑みを浮かべてこちらを見つめている。人に元気を与える、彼女らしい笑顔。……一見そう見えるが、瞳の奥が揺れている。自分が滅茶苦茶を言っている自覚はあるらしい。それでも止められず、そして拒絶されたらどうしようと不安定になっている。それを笑顔で覆い隠しているようにしか見えない。

 

美森は、先ほどの結婚の宣誓の様なセリフの後にうっすらと笑みを浮かべてこちらを見ている。正直、女神の微笑と言われても信じられるレベルである。……微妙に身体が震えていなければ、完璧だったと思う。この中では一番普通に見えるが、やはり情緒不安定になっている様子である。

 

美森の言葉に同調しつつ、まくし立てるように言葉を続けた風さんは、本当に分かりやすく普段と違う。あんなに自信無さげに、弱弱しく、縋る様に言ってくるとは……。こんな様子では俺が拒絶した場合、どうなってしまうのか、ある程度想像できてしまう。失うという事を病的に恐れているのだろうか。

 

樹ちゃんは、普段の控えめな言動を維持しようとしているように見えるが……明らかに声が上擦っている。努めて平静でいようとしているのだろうが、瞬きはしっぱなし、息も荒い、極めつけに最後の最後にしゃくり上げるようにして言葉を締めた。去年まで小学生だったのだから、こんな愁嘆場で冷静になれるはずもないが。

 

夏凜は、淡々と、俺のこれからについてを述べていく。まるで教師が生徒に言い聞かせるように。だが、すぐに化けの皮が剥がれ、感情をむき出しにしてまくし立てていく。直截さでは友奈と同レベルのストレート加減である。その言葉の意味は、勘違いしようも無い。

 

園子は――ある意味、一番怖い。彼女もほとんどいつも通りに微笑んでいる。……その口から発せられる言葉は、常軌を逸していると言うしかないが。実家の権力を、たった一人の、俺という人間と結ばれるために使うと、そう言ったのだから。しかも自分だけではなく、勇者部の面々丸ごと一緒に。……スケールが違うと言う他ない。流石は大赦の名家ツートップの片割れと言うべきなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「ねえ―――」

 

友奈がいつも通りに見える、だがいつもと違う笑顔で言う。

 

「○○君――――」

 

美森さんが、不安を隠した女神の微笑みをうかべて言う。

 

「あたし達を―――」

 

風さんが、壊れそうな、弱弱しい表情で言う。

 

「受け入れて――――」

 

樹ちゃんが、今にも泣きだしそうな声をあげながら言う。

 

「くれるわよね?――――」

 

夏凜が、まっすぐな、だが揺れる瞳でこちらを見つめながら言う。

 

「―――――ふふっ」

 

園子だけが、何も言わない。――――――その瞳に、俺だけを映して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果的に、俺は彼女たちを拒めなかった。

 

あんな思いをしてきた女の子たちを拒絶するなんてことは、出来なかった。

 

拒めば、彼女たちは壊れる――――――あの時の姿は、そう確信するには十分すぎるほど衝撃的だった。

 

不道徳と言われようが、後ろ指を指されようが……彼女たちが平穏に、心安らかに過ごせるのなら、それでいい。

強がりではなく、本心からそう思う。

 

左右を見ると、彼女らが俺を真ん中にして両側に三人ずつ。全員が幸せそうに微笑んでいる。あの日の壊れそうな笑顔ではない、本物の笑顔。

 

彼女たちの笑顔を見るたび、こんな俺でも転生した意味はあったのかなと、思ったりする。

 

 

 

そんな風にして、俺はこれからも生きていくのだろう――彼女たちの笑顔を、守りながら。

 

 

 

 




あー、ホントに書くの難しい!
ちゃんとキャラクターを表現できてるかが一番心配です(震え声)

こんなの友奈ちゃんじゃない! とか、風先輩がこんなになるわけねえだろゴルァ! なんて思う人もいるでしょうけど、そんな人たちには伏してお詫び申し上げます(土下座)

あと、主人公が名無しなのは仕様です。あえて名付ける必要もないかなー、と(適当)




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ガマズミとアイビー

連載形式に変更しました。

と言っても、短編連作みたいな形になると思いますが……

今回は、前回の話の前日譚みたいな感じでしょうか

視点が結構変わるので読みにくいかもしれませんが、一応行間はかなりとっている……つもりです

では、お楽しみいただければ幸いです




いつも通りの朝がきて――――

いつも通りに詰まらない授業を受けて――――

放課後には勇者部の部室に集合し、いつも通り人助けの活動をする――――

そんな、普段通りの一日が始まると思っていた――――

 

…………のであるが。

その日の俺は、そこに爆弾が放り込まれるとは、思ってもみなかったのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふあぁ~~~……」

 

いつも通りに登校してきた俺は、あくびを噛み殺そうとして失敗しながら校門をくぐった。

 

そのまま下駄箱に向かい、いつも通り上履きを取り出そうとしたのだが……。

 

「ん……? 何だコレ?」

 

見慣れた上履きと共に、封筒が一通。シンプルながらも可愛らしいデザインで、大抵の女の子が好むような感じに見える。

宛名は……『□□ ○○君へ』となっている。同姓同名の人間はこの学校にはいないはずだから、これは間違いなく俺宛だろう。

 

書かれている文字も、女子が書いたと思われる丸っこい文字で、よほど手の込んだイタズラでなければ女子がこの封筒を入れたと思われる。

 

導き出される結論は――――

 

「ラブレター……? え、ホントに? ドッキリとかでなく?」

 

「――何がドッキリなの?」

 

「……っ!?」

 

いきなり背後から声をかけられた俺は飛び上がる様にして驚き、その勢いで封筒を取り落としてしまった。

 

「い、犬吠埼先輩? と、い、樹ちゃん? び、ビックリした……」

 

「おはようございます、○○先輩」

 

「あ、ああ、おはよう樹ちゃん。……先輩、どうかしたんですか?」

 

俺と樹ちゃんのやり取りを、先輩がむくれながら見つめている。……主に俺の方を見ながら。

 

「……名前」

 

「え?」

 

「樹のことは名前で呼ぶのに、あたしのことは名字で呼ぶんだー。そっかそっか、つまり○○はそういう人間だってことかぁ。残念だわー部長として無念だわー部員の心を開けてないなんて情けないわー。……女子力が足りないのかも(ボソッ)」

 

最後の一言は聞こえなかったが、俺がせんぱ……風さんの機嫌を損ねた事だけはハッキリしている。

 

樹ちゃんに目を向けると、苦笑しながら俺と風さんを交互に見やっている。

 

「ごめんなさい、風さん。もうしませんから、許してください」

 

俺がそう言うと風さんはふくれっ面が嘘のように霧散して、いつものさっぱりした笑顔を俺に向けてくれた。

 

「よし、それならオッケー! で、さっき落としたこれって何?」

 

「あっ……!?」

 

風さんが、さっき落とした封筒を拾い上げる。樹ちゃんも近くに来て、風さんと一緒に不思議そうに封筒を眺めていたが、二人とも見る見るうちに表情が引き攣ってきた。

 

「お、お姉ちゃん……これ、これって……」

 

「ラブレター……日本語で恋文、かしらねぇ……」

 

口元をひくひくと震わせながら風さんが言う。

樹ちゃんは何故か血の気が引いており、恐ろしいモノでも見たかのように身体が震えている。

 

「ふーん……いやー、○○って、も、モテるのね! あたしも部長として、は、鼻が高いわー!」

 

いつも以上のテンションでまくし立てる風さん。かなり大きな声だったので、周りに聞こえやしないかヒヤヒヤしたが、幸いにも周囲には俺たち三人しかいない。

 

「……そ、そうですよね。先輩は優しいし、かっこいいし、誰にでも親切だし……ら、ラブレターの一通くらい、も、貰っちゃいますよね!」

 

普段の樹ちゃんらしからぬ、上擦った声。無理やり浮かべたような笑顔で俺に賛辞を送ってくれているが、少し目が潤んでいる様に見える。血の気も引きっぱなしで、今すぐにでも倒れそうな感じだ。

 

しばらく無理やり気味なテンションで俺を祝福してくれていた二人の姉妹は、段々と、潮が引くように、花が萎んでいくかのように黙り込んでいく。陰鬱な雰囲気というのも言い過ぎじゃないほどの空気を纏ってしまった。

 

「あは……あはは……うん、じゃあ○○は頑張って……て言うのも変ね……とにかく、真摯に回答するように。……ゆ、勇者部の……ぶ、部長としての、お願いね?」

 

「そ、その子も……きっと勇気を出して、○○先輩に、手紙を出したんだと思います。……だから……だから……先輩も、真剣に返事を……」

 

「ふ、二人とも……?」

 

俺が何か言葉をかけようとすると、風さんが樹ちゃんの手を引いてあっという間に遠ざかって行ってしまった。

残された俺は、しばらく自分宛のラブレターを眺めていたが、一つ息を着くと、それをカバンに仕舞って自分の教室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

その日の昼休み――――

 

集まった勇者部の少女たちは、みんなで昼食をとっていた。しかし――

 

「風先輩、どうしたんです? さっきから、お箸で突いてばっかりですけど……」

 

「樹ちゃんも全然食が進んでいないし……二人とも、具合が悪いのでは?」

 

普段とは打って変わって食の進まない風を心配する友奈。

そして、姉と同じように溜め息ばかり着き、全然食べていない樹に声をかける美森。

 

「イッつんは兎も角として~、フーミン先輩まで全然食べないなんて、どうしたんだろうね~?」

 

「二人とも、明らかにおかしいわよ。……何かあったわけ?」

 

いつものゆるふわな表情を曇らせて二人を心配する園子と、ぶっきら棒ながらもやはり仲間は大切な夏凜が姉妹の様子を窺う。

 

問われた姉妹は顔を見合わせ……ため息をつくと、やがて風がぽつぽつと語り出した。

 

「今日の朝、○○と下駄箱で偶然会ったんだけど……そのとき、ちょっとした事があってさ……」

 

「本当にちょっとした事なら、風がそんな拒食症モドキになんてなるはずないでしょうが」

 

「わーお、相変わらず夏凜は厳しいわねぇ……。うん……でもその通りかも。結構……、いや、相当ショックを受けたことがあって、さ……」

 

「一体何があったんです?」

 

「○○君との間に、何かあったんですか?」

 

○○の事と聞いて、友奈と美森は身を乗り出すようにして風に問いかける。園子と夏凜も同じように興味深々だ。

 

その問いに答えたのは、顔を伏せていた樹だった。

 

「○○先輩……ラブレターを貰ったんです」

 

ラブレターという言葉が出たとたん、姉妹以外の4人は思わずぽかんとしてしまった。

 

え、ラブレターを貰った? 誰が? ○○君が? 何で? どうして? いったい誰から?

 

そんな仕様も無い考えが4人の頭の中をグルグルと回るが、ちっとも考えが纏まらない。

 

「あ、あはは……もー、樹ちゃんってば……エイプリルフールはとっくに終わってるよ?」

 

「ホントに今日がエイプリルフールなら良かったんだけどねー……。現実逃避してもむなしいだけよ、友奈……」

 

「て、手紙の宛先が間違っていたとか、そういう事は無いんですか?」

 

「東郷先輩……。封筒には間違いなく、□□ ○○君へと書いてありました……。女の子の丸文字で。□□ ○○という名前の人は、この学校には○○先輩一人しかいませんよね……?」

 

否定する要素が見当たらない。実際に手紙の文章を見た訳ではないから、イタズラの可能性も無くはないが、限りなくゼロに近いと……不本意ながら全員が納得している。

 

何の覚悟も知識も無く樹海に取り込まれ、もう少しで訳も分からないまま殺される所だったのだ。ごく一般的な精神をしている少年なら、全てを忘れて逃げて当然だし、むしろそれが普通だろう。

 

だが、○○は違った。自分達への手助けを志願し、戦場でも日常でも本当に精一杯尽くしてくれた。本人は直接の戦闘に関われないことが無念だといっていたが、少女たちにとってそんなものは些事でしかなかった。

 

世界の為に自分をすり減らして戦う少女たち。そんな少女たちを損得抜きで、公私に渡って誠心誠意支える同年代の異性が居たらどうなるか……その結果は火を見るより明らかだろう。

 

そんな、自分たちにとって何よりも大切な少年に、何も知らない他人が告白しようとしている。……少女たちの胸に黒いものが湧き上がってくる。

 

しばらくの間、全員が言葉も無く黙り込んでいたが……園子がスマホを取り出すと、どこかに連絡を始めた。

 

「園ちゃん、○○君にかけてるの……?」

 

「ううん、違うよ、ゆーゆ。……ちょ~っと、お仕事を頼みたいなって」

 

「仕事……? ちょっと乃木、あんた何するつもり? ○○に迷惑かけるようなことじゃないでしょうね?」

 

「風先輩の言う通りなら、そんな事したら駄目よそのっち。……○○君の事は、気になるけど」

 

「でも~わっしーもみんなも本当は気になるよね~? ……このまま放っておいて、本当にいいの? ○○君が私達から離れていっても」

 

「「「「「――――――――――――――」」」」」

 

ひっ、と……誰かが息を呑む音が聞こえた。一人だけかもしれない。又は全員が息を呑んだのか。

 

最悪の想像だった。

 

○○が自分たちから離れていく?

 

もう私達に関わってくれなくなる?

 

私達と思い出を共有できなくなる?

 

そして――――――あの笑顔を、自分たち以外の誰かに向ける?

 

「イヤ……」

 

ぽつりと、樹が絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「イヤだよぉ……お姉ちゃん。○○先輩が私達から……は、離れて……もう、笑いかけてくれなくなるかも、なんて……そんなのイヤ……!」

 

「ちょっ、樹!? まだそうなるって決まった訳じゃないし……そんな、泣かないでってば……! あ、あたしまで……泣きたくなって……くるでしょうが……!」

 

姉妹は実際にラブレターの現物を目撃したせいか、よりリアルに想像してしまったらしい。樹はしゃくり上げながら涙をこぼし、風も妹を慰めながら目には涙を滲ませている。

 

「どうしようどうしよう、東郷さん!? ○○君が……○○君がぁ!」

 

「落ち着いて、友奈ちゃん!? 予定は未定にして確定に在らずだから、何とか彼を引き留める方法を……考えて……どうやって……? どうやって○○君の心を繋ぎ止めるの……? あああぁぁぁぁ……!」

 

瞬時に地獄絵図の如き大騒ぎになる少女たち。冷静さを欠いている者を見ると逆に落ち着くというのは本当らしく、興奮しつつも最低限気持ちを落ち着けた夏凜が園子に問いかけた。

 

「園子……あんた、こうなるって分かってて焚き付けたわね……?」

 

「え~、ひどいよにぼっしー。こんなになるなんて私も思わないってば~」

 

「……まあ、そういう事にしておきましょうか」

 

夏凜はジト目で園子を見やったが、本人はいつもの態度を崩さなかったので、溜め息を着きつつ騒ぎが収まるのを待つことにした。

 

 

 

 

「じゃあ~、○○君のことを私達は見守る、という事でオッケー?」

 

園子がまとめる様にそう言う――――――誰からも、反対意見は出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラブレターには放課後に校舎裏に来てほしいとあったので、その通りの時間に俺は校舎裏に向かっていた。

 

何と返事をするかはすぐに決まったのだが、どういう感じで伝えようかと授業中も悩みっぱなしで気も漫ろだったため、先生に一度注意されてしまった。

 

昼食後の午後の授業に入る前に友奈と美森、それに夏凜と目が合ったのだが、不自然に目を逸らされた。

 

風さんと樹ちゃんは俺が例の手紙をもらった事を知っているので、そこから勇者部のみんなに伝わり、それがあのおかしな態度の原因になったのだろう。

 

三人とも、こちらが気になって仕方ない様子でしきりに俺の方を見てきたのだが、俺が彼女らの方に目線をやるとすぐさま顔を逸らしてしまう。

 

このくらいの歳の女の子にとって、恋愛は関心事のトップを占めるものなので、どう返事するのか聞きたいが、でも口出ししてもいいものなのか迷っていたのだろうと思う。

 

結局、午後は一言も言葉を交わさずにいてしまい、約束の時間に近くなったので、俺は急いで教室を後にした。

 

――――――物理的な力さえ込められていそうな視線には気付かずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、勇者部の少女たちはすぐさま部室に集合した。

 

スマホをいじっている園子以外の全員がそわそわしており、固唾をのんでその時を待っている。

 

「よ~し、これで準備完了だよ~」

 

その言葉と共に全員が立ち上がって園子のもとに集まって来て、目当ての物を見つめる。

 

「そのっち、本当にうまくいくの?」

 

「大丈夫だよ、わっしー。その辺は任せてね~。……はい、映ったよ~」

 

そう言った園子のスマホには、○○の姿が映し出されており、音もかなりハッキリと聞こえてくる。

 

「す、すごい。乃木先輩、これどうなってるんですか?」

 

「ドローンってすごいよね~。高性能なものはこんな事も出来ちゃうなんて~」

 

「やらせた張本人がそれを言う? 反対しなかったあたしには、何も言う資格はないけど……あたし、乃木だけは敵に回さないようにするわ……」

 

「賢明な判断ね、風。……実際、乃木家を敵に回したら四国じゃ生きていけないでしょうしね」

 

「……あっ! 女の子が来た!!」

 

思わず叫んだ友奈の言葉に全員がおしゃべりを止め、目を皿のようにしながらスマホに映る映像を食い入るように見つめる。

 

一気に静まり返った部室の空気は張りつめ、誰かの固唾を呑む音がやけに大きく聞こえる。

 

映像の中の○○の前には少女が立ち、「来てくれてありがとう」とお礼を言っている。○○は「気にしていませんから」と敬語で答えた。

 

「○○君、敬語使っていますね……。ということは3年生かしら」

 

「風先輩、心当たりあります?」

 

美森と友奈は風に尋ねたが、風は信じられないモノを見たような様子で、スマホから目を離さない。

 

「嘘でしょ……? マズいマズいマズい……!?」

 

「お姉ちゃん? 一体どうしたの?」

 

尋常でない様子の姉に只ならぬものを感じたのか、樹が風に尋ねると、焦りを滲ませた風が苦々しい口調で言った。

 

「多分、3年で一番人気のある子だと思う。……3年にあがってからもう何人も男子が告白してて、でも誰とも付き合ってないって話だったんだけど……」

 

「そのモテる先輩は○○にご執心だったって訳ね……。悔しいけど、女の私から見てもそこそこ綺麗だし……○○、もしかしたら転ぶかも……」

 

夏凜の最後の一言に、部室の空気が軋んで悲痛なものになっていく。

 

実際、少女たちの目から見ても手紙の送り主は綺麗に見えていた。内面までは流石に分からないが、○○が転ぶことは十分に考えられる可能性である。

 

「でも、何で急に告白する気になったのかしら? 今の今まで動かなかったのに……」

 

「多分、私たちが原因かな~」

 

疑問を呈した風に、園子がすぐさま答えた。

答えが返ってくると思っていなかった風は目を丸くしていたが、友奈が引き継いで園子に質問する。

 

「園ちゃん、それってどういう事なの?」

 

「その前にゆーゆに質問させてほしいんだけど、○○君って特に目立つことのない男の子だったんでしょ~?」

 

「え、うん、そうだけど……。何時も一人で本を読んでるような、大人しい感じの男の子だったかな……?」

 

「クラスの人気者だったり、女の子にモテているなんて事も無い、悪く言えばクラスに埋没しているような感じの~?」

 

「まあ、悪く言えばそんな感じかしら……。私達も、あの時偶然出会わなかったら単なるクラスメイトの一人で終わっていたと思うから……」

 

友奈の言葉を美森が補足していく。ふんふんと納得したように園子は頷いていたが、痺れを切らした夏凜が急かすように園子に問いかけた。

 

「で、それがどうして私達のせいってことになるのよ?」

 

「考えてみてよ、にぼっしー。自分の好きな人がある日突然、複数の女の子と仲良くなり始めて~。しかもそこには同級生だけじゃなくて、先輩と後輩まで含まれていました~」

 

まるで歌う様に詳らかにしていく園子の語り口に、全員が顔を引き攣らせる。何となく予想がついてきたからだ。

 

「時間が経てば経つほど、自分の好きな人とその女の子たちは仲良くなっている様に見えます~。対して、自分は全然その男の子と接点を持てていません~。このままでは不味いと考えたその女の子は~」

 

「告白を決意した……という事ですか?」

 

「イッつん大正解~! ……という事で、この事態は私達のせいでもあるのかな~って」

 

園子が開陳した答えに、全員が黙り込んでしまう。自業自得とは言わないまでも、原因の多くが自分達からの物だと判明したのだから。

 

かといって、このままあっさりと尻尾を巻けるはずもない。こんな事で止める位なら、最初からこの様な覗き行為など行っていない。

 

気を取り直した少女たちは、スマホに映る映像に集中した。どうやら告白はクライマックスらしく、手紙の送り主の少女は想いの丈を語っていた。

 

「違うもん……○○君の事が一番好きなのは私達だし……」

 

「ふふふ……笑止千万とはこの事。……○○君の何を知っているというのかしら」

 

「ふーん……。まあ気持ちは分かるけど、でも所詮上っ面しか見てないような好意よね?……ぜっっっっったいにあたし達の方が○○の事分かってるし!」

 

「そうじゃない……そうじゃないもの、○○先輩の良い所は……」

 

「あはっ……、全然ダメね。○○の事、まるで分かってないじゃない。的外れもいいところだわ」

 

「だよね~。恋に恋してるのが丸わかりだもの~」

 

勇者部の少女達の表情に、優越感を含んだ笑みが浮かぶ。

 

今、○○に告白している少女よりも、自分たちは彼の事を分かっている、理解している――――――そんな確信が、六人の胸の内を駆け巡っていた。

 

――――――が、そんな優越感も長くは続かない。

 

○○が、告白の返事をする段階に入ったからだ。

 

自分たちの方が彼を想っているのは確実だと、勇者部の少女たちは何の疑問も無く確信している。全く当然の事だからだ。そこに疑問の余地はない。

 

だが、かといって○○にそれを伝えた事は無い。彼の傍は居心地が良すぎて、いままでそのあたりをハッキリさせたことがなかったのだ。

 

世界の命運の為に戦ったとはいえ、未だ中学生の身である彼女たちには、種類の違うその類の決意が出来なかった。

 

そのツケを今、支払わされることになったというわけだ。自分たちの想い人は、誰とも知れない女の告白を受け入れてしまうのか……?

 

そんな絶望感に、胸が張り裂けそうになっていると――――――

 

○○は、告白をしてくれた事に感謝はしたが、その好意を受け入れる事はしなかった。

 

勇者部の少女達の胸に歓喜が迸った。今すぐ叫び出したいような、抑えきれない喜び。

 

そんな少女たちの感動を他所に、告白していた少女は○○に縋りついた。

 

その映像を見た勇者たちの表情から、先程までの歓喜がきれいさっぱり霧散し、一瞬にして無表情になり殺気すら漂い出す。

 

「――何してるんだろ、この人」

 

「見間違いでないなら、○○君に縋りついているわ、友奈ちゃん。……身の程を弁えるべきね」

 

「……ッ!(ギリッ)…………こっ、この……この……っ!!(ギリギリギリッ)」

 

「お姉ちゃん落ち着いて! 確かに絶対許せないけど!」

 

「ちょっと何やってんのよこの女! ○○に軽々しく触るんじゃないわよ!!」

 

「――――――――――――あはっ」

 

まるで氷結地獄が現出したかのような、何もかも凍り付きかねないほど冷え冷えとした雰囲気を醸し出す六人の少女。

 

今誰かが彼女らの姿を目撃したら、勇者というより魔王じゃないかな?と疑問に思う事だろう。

 

が、このまま飛び出していくほど彼女らの精神は弱くない。一つ息を着いて、とりあえずまた映像に集中することにした。

 

……地獄の様な空気はそのままだったが。

 

○○は告白した少女を引きはがし、今自分には支えたい人達が居るから付き合えないと、真摯に説得した。

 

告白した少女も、そんな気はしていたが、でも諦めきれなかったと涙ぐみながら言い募る。

 

それから暫らく○○と少女の話は続いたが、そこからの話は勇者の少女たちの頭の中には入ってこなかった。

 

今○○は何と言った? 支えたい人たちがいるから付き合えません? その支えたい人たちって誰?

 

 

 

 

―――――――――――わ た し た ち の こ と ?

 

 

 

 

一瞬にして、あらゆることが彼女たちの頭の中から抜け出ていく。――ただ一つ、あるものを除いて。

 

 

 

――すき、スキ、好き、大好き

――キミの事が好き、スキ、大好き、心から好き

――○○君、○○君好き、本当に大好き、何でもしてあげたいの

――キミが大好き、私たちを受け入れて、キミなしじゃもうダメなの、生きていけない

――愛してる、私達を見て、私たちはキミの為に存在してるの

――すきすきすきすき好き好き好き好き大好き大好き大好き大好き愛してる愛してる愛してる愛してる

 

 

 

好意が過ぎてショートした頭で、ただひたすらに○○の事を想う少女たち。

 

多幸感でいっぱいになり、立っていられなくなって全員が座り込んでしまった。

 

「あ……ぅ、○○……くん……」

 

「う……くぅ……はあっ、はあっ……○○君……」

 

「ほんと……もう……○○ってばぁ……どうしてくれるのよ……」

 

「せんぱい……○○先輩ぃ……」

 

「……ッ!…………うぅ……○○……」

 

「はーっ、はーっ、はーっ……! んぅ……あはぁ……」

 

肩で息をしながらも、その表情は至上の幸福を噛み締めていて、今にも天まで上りそうなほど夢心地なのだろう。

 

それもひと段落して息を整えた少女たちは、互いの顔を見合わせた。

 

「さて……じゃあ代表として部長のあたしが訊くけど……もう分かりきってるけどさ、みんな○○の事、大好きでしょ? ……離れるなんて、考えられない位には」

 

風の問いかけに、全員が頷く。ここに居る少女たちは、冗談でも何でもなく、○○が居なければ生きていけないだろう。

 

しかし、彼女たちは六人。○○は一人しかいない。五人があぶれる事になる。

 

となれば、誰が○○を射止めるかという話に普通はなるが、彼女たちの仲間意識は普通でないことを可能にさせるほどのものを秘めていた。

 

ではどうやってそれを可能とするのか?

 

「ふふふ~、こんな時こそ私の出番なんじゃないかな~?」

 

園子がいつもの笑みを浮かべて、全員を見回した。

 

「園子……あんた、まさか」

 

「おっ、鋭いね、にぼっしー。うん、大体当たりなんじゃないかな~」

 

「??? どういう事なのかな、園ちゃん?」

 

「つまり~、私の家は乃木さんちだって事だよ~」

 

「なるほどね……でも結構……いや、かなり無茶苦茶な言い分になるけど、通るものなの?」

 

「フーミン先輩、通る通らないじゃないの……絶対に通すんだよ~」

 

「まあ、それはそのっちを信じるとしても……○○君に何て言うの?」

 

先程までの明るい雰囲気が、一瞬にして陰る。普通の感性をしていれば、彼女らの提案は常軌を逸しているとしか思われないだろう。

 

「だ、大丈夫なんじゃないでしょうか……? ○○先輩は私達を支えたいと言っていましたし、可能性はあるんじゃ……」

 

自信無さげに言った樹の意見を、各々が吟味していく。そんな中――

 

椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった友奈が、全員を見渡して言った。

 

「そんな心配なんて、する必要無いと思います! 上手くいく保証が無いから○○君に想いを伝えないなんて、上手く言えないけどそんなの何か違うと思うんです!」

 

多大な熱量が込められた友奈の言葉に、全員が圧倒される。

 

「絶対上手くいく告白なんて、そんなものありません! だけど、私達は○○君の事が好きで好きで……これを伝えないなんて、もう無理でしょう? 私は絶対に伝えます! 正面からまっすぐ!」

 

もはや友奈の独壇場である。彼女の溢れんばかりの想いが、皆に伝播していく。

 

「断られたら……って考えたら、私も本当に怖いです。おかしくなっちゃうかもしれないけど……でも、一度断られたくらいじゃ、きっと諦められないと思うんです。そのくらい大好きだから……」

 

ふつふつと、全員の心に火が灯っていく。

 

「だから……だから、勇気をだして、想いを伝えましょう! 私達は、勇者部なんですから!」

 

完全に迷いを捨てた友奈の言葉が、全員の弱気を拭い去り、道を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから先は、以前俺が語った通りである。

 

彼女たちは、俺に想いの丈をぶつけてきた。小細工抜きで、まっすぐに。……いや、園子がちょっとした裏工作をしたみたいだが、告白そのものとは直接関係ないので今は置いておく。

 

前も言ったが、今考えてもやはり彼女らの行動は常軌を逸している。……一人の男に六人まとめて、実家の権力まで使って告白したのだから。

 

当然、こんなことはおかしい、間違っていると俺の理性は訴えた。だが、感情は何の問題があるんだ?と嘯いた。

 

そして結局は、彼女たちを受け入れた。……何の事は無い、俺も彼女たちに対して狂っていたのだろう。

 

世界の為に命を懸けて戦った、勇者と呼ばれる少女たち……彼女たちの、その輝きに。

 

さも俺の方が彼女たちを受け入れた、みたいに言っていたが……実際は逆かもしれない。

 

そのくらい俺は彼女たちに対して、首ったけなのだから。

 

……まあ、流石に6人全員に告白されるなんて、想像の埒外だったけども。

 

 

 




……何でこんなに長くなったんだろう?

あと、そもそもこれ、ヤンデレに見えます?(根本的な疑問)

そのまま突っ走った私が言う事じゃないでしょうけど……

さて、それではタイトルの植物についてですが、ちょっとこわい花言葉がついてます

ガマズミ・・・『無視したら私は死にます』
アイビー・・・『死んでも離れない』

彼女たちの心境にマッチしているかな、と思ったので使ってみたのですが……狙い過ぎでしょうか(苦笑)



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桜の章

今回はサブタイトルで、内容についてあっ(察し)となる人もいるかと思います。

後、今回の話は前話よりさらに前の時間なので、主人公が各キャラを呼ぶときの呼称が異なります。

些細なことかもしれませんが、一応お知らせします。

ではでは、お楽しみいただければ幸いです。



※ほんの一瞬ですが、日刊ランキングに載ることが出来ました!
 応援して下さった方々、本当にありがとうございます!!


綺麗な花も、何事もないのなら咲き誇る事は無い。

 

日差しを浴び、風を受け、水を、栄養を取り込んで育ってゆく。

 

同じように人の心も、何事も無ければ動くことはほとんど無い。

 

――――特に、恋心というものは。

 

桜の花は、どのような切っ掛けで咲き誇ったのだろうか――――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁー……」

 

勇者部の活動も終わった後の帰り道――。

 

今日は俺と結城さんと東郷さんの三人で帰っている。

 

「はぁー…………」

 

通学路が違うのでいつもは校門から出てしばらくして別れるのだが、今日は部の活動が長引いてしまい、もう大分暗いので二人を家まで送ることにした。

 

最初は遠慮していた二人だが、犬吠埼先輩も送ってもらいなさいと口添えしてくれたので、結城さんも東郷さんも恐縮しながら受け入れてくれた。

 

「はぁー………………」

 

「……?」

 

さっきから結城さんの様子がおかしい。いつもの溌剌とした感じはなりを潜め、溜め息ばかりついている。

 

その姿はまるで、疲れ切った社会人の様ですらある。

 

余りにも普段と違うその姿に、俺と東郷さんは顔を見合わせて首をひねる。

 

そして、見かねた東郷さんが心配そうな表情で結城さんに尋ねた。

 

「友奈ちゃん、一体どうしたの?」

 

「ぅえっ!? え、あ、と、東郷さんか……。ええと、な、何かな?」

 

「それを聞きたいのはこちらよ、友奈ちゃん。さっきから溜め息ばっかりついて。……何か、悩みでもあるんじゃないの?」

 

「うぅ……そ、それは……」

 

珍しく歯切れの悪い結城さんの様子に、俺と東郷さんはますます首をひねる事となった。

 

確かに彼女はあまり人を頼ることはしない方なのだろうが、かといってここまで言いにくそうにするだろうか。

 

俺が疑問に思っている最中にも、東郷さんが結城さんを説得する言葉を紡いでいく。

 

かなり、本当に言いにくそうにしていた結城さんも、東郷さんの熱意と誠意に心を動かされたのだろう。

 

ぽつぽつと、小声で話し始めた。

 

「……じ、実は……今日、部活に来る前に……その……」

 

そわそわと落ち着きがなくなってきた結城さんを前に、俺と東郷さんは急かすことなく、ゆっくりと頷いて続きを待つ。

 

すると、結城さんの口から意外な言葉が飛び出してきた。

 

「……わ、私の事、好きだって……こ、告白されて……」

 

予想外の言葉だったのだろう、東郷さんは両手を口元に持っていって目を見開いている。

 

俺も確かに驚いたが、告白されたという事自体は別に不思議ではなかった。

 

結城さんは明るいし、性格もかなり良いと思う。それに誰とでも分け隔てなく接し、何より笑顔が元気をくれる。

 

そんな彼女に惹かれてしまう男子がいたとしても、別に不思議でも何でもない。

 

「すぐ返事は出来ないだろうから、明日の放課後に返事を下さいって言われて……それでずっと悩んでて……」

 

「なるほど……それじゃ言いよどんでも仕方ないって。相当にデリケートな問題だしなぁ」

 

「○○君の言うとおりね……ごめんなさい、友奈ちゃん。問い詰めるようなことをしてしまって……」

 

「そんな! 謝らないで、東郷さん! 私の事を心配してくれたんでしょう? すっごく嬉しいもの……ありがとう」

 

曇っていた結城さんの表情にも、多少は余裕が出てきたように見える。

 

「それで、東郷さん……本当に、どうしたらいいんだろ……?」

 

「……難しい問題だけど、私の意見は――」

 

東郷さんが自分の考えを結城さんに披露していく。

 

結城さんは真剣な表情で東郷さんの言葉に耳を傾けており、一言も聞き逃すまいという意思がうかがえる。

 

うんうん唸りながらも光明が見えてきたからか、声のトーンがいつもの調子に戻ってきたように感じられる。

 

「うん、ありがとう、東郷さん! 何とかなりそうかも!」

 

「力になれたのならよかったわ、友奈ちゃん」

 

笑顔を見せながら東郷さんにお礼を言っている結城さん。もうほとんどいつもの調子だ。

 

そうこうしている内に、結城さんと東郷さんの家の前まで来てしまった。

 

名残惜しいが、ここでお別れだ。

 

「じゃあ、また明日、学校で」

 

「ええ、○○君。また明日、学校で会いましょう。送って貰って助かったわ」

 

「うん、送ってくれてありがとう、○○君。じゃあ、また明日ね!」

 

そう言って、東郷さんは家の中に入っていった。

 

結城さんも自宅に入って行こうとしたのだが、立ち止まってこちらを振り返り、言葉をかけてきた。

 

「あ、そうだ。……○○君は、どう思った?」

 

「どうって……結城さんが告白された事?」

 

「うん。今回の事について、○○君の意見も聞けたらなぁって思って」

 

ふーむ……と、俺は一瞬考え込んだ。……が、するりと考えは浮かんできた。

 

「そうだなぁ……。おめでとう、ってところかな」

 

「――――――え」

 

俺の返事に対して、気の抜けたような表情で声を漏らす結城さん。

 

おかしなことを言ってしまっただろうか? 別に問題は無かったと思うのだが……。

 

「わ、私が告白された事についての感想が、それ?」

 

「うん、やっぱり結城さんは人気者だなーって思ったし、仲のいい友達が人に好かれるって嬉しい事じゃん」

 

「……な、仲のいい……友達……」

 

ぼそりと何事かを呟いた結城さんは、顔を伏せてしまった。表情はうかがえないが、一体どうしたというのだろうか。

 

「結城さん……?」

 

「――――――○○君のバカッ!!」

 

ありったけの大声で突然叫んだ結城さんは、そのまま俺に背を向けると玄関の戸を開けてくぐり、それを荒々しい音をさせながら閉ざした。

 

ほとんど一瞬の出来事だったために、馬鹿みたいにぽかんとしながらそれを見送ってしまったが、冷静に考えて相当マズい事態だと思い至った。

 

何が結城さんの気に障ったかは分からないが、彼女があんな風に怒鳴るなどただ事ではない。

 

「……明日、誠心誠意謝るしかない、か」

 

現状、それしか手が無い。

 

こういう場合、直接会って真剣に話し合うしかないが、今すぐは絶対に不可能だ。

 

結城さんも頭に血が上っているし、そもそも俺が彼女を怒らせた原因に思い至っていない点がまず話にならない。

 

足りない頭を捻りながら、俺は家路に着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入浴を済ませた友奈は、髪をかわかすとベッドサイドに座って溜め息を着いた。

 

「あんな風に怒鳴るなんて……どうしてあんなことしちゃったんだろ……」

 

友奈は、自分がしでかしたあの時の事を心から後悔していた。

 

自分を心配してくれて、悩みまで親身になってきいてくれた友達にバカと言って怒鳴るなんて……絶対やったらいけないことだ。

 

だが○○から、告白されておめでとうと言われ、さらに自分のことを友達だと言われた時、何故かとてつもないショックを受け、心が軋むような痛みを感じた。

 

そして、それが収まるとカッとなって頭に血が上り、あの言葉が口をついて出てきてしまったという訳である。

 

「私と○○君は友達……それで正しいはずなのに……何であんなに……」

 

――――――悲しくなっちゃったんだろう

 

友奈は、あれからずっと自問自答していた。

 

自分と○○君は友達。勇者部所属の部員同士。一緒にお役目をこなす仲間。色々な関係が頭に浮かぶ。そのどれもが正しい。

 

「○○君はその中の一つを言っただけなのに……私は○○君を大切な友達だと思ってないの……?」

 

樹海の中に迷い込み、星屑に襲われそうになっているところを私が助けたクラスメイト。

 

遭遇した出来事を忘れて日常に帰る事も出来たのに、私達のことを放っておけない、手助けしたいと言って、勇者としての仲間になってくれた。

 

クラスメイトとしては殆んど関わる事も無かったから、最初は緊張することもあったけど、○○君の方から歩み寄ってくれた。

 

樹海でも、日常でも……いっぱい助けてもらったし、私が助ける事もあった。

 

お役目のときも、普段の生活の中でも助け合っている、大切な人。

 

友奈はそこまで考えて、おかしな事を考えている自分に気付いた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――大切な人?

 

 

 

 

 

 

「え……あ、あれ、何だろ、これ……」

 

○○の事が大切だと思った瞬間、胸の奥に締め付けられるような感覚が走った。

 

ただ、今日○○と別れた時に感じた、軋むようなものではない。

 

疼くようで、とても切ない……甘い痛み。

 

「○○君……○○くん……」

 

友奈は○○の名前を呼びながら、胸に手を当てる。

 

鼓動が速くなり、頬も上気してうっすらと色付く。

 

友奈の脳裏に、色んな○○の表情が思い浮かぶ。

 

初の実戦に緊張して、ガチガチになっていた時の表情。

 

一緒に宿題をした時の、真剣な表情。

 

体育の授業で勝負している時の、闘志をむき出しにした表情。

 

うどんをみんなで食べに行った時の、満足そうな表情。

 

私が怪我をしてしまった時の、心配そうな表情。

 

全部全部、大切で――――――愛おしい。

 

「○○君……好き……大好き……」

 

愛おし気に○○の名前を呟き……桜の少女は、想いの花を咲かせた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後、告白の返事を済ませた友奈は勇者部の部室へと向かっていた。

 

もちろん、告白は断った。

 

――――――自分には、好きな人がいると言って。その人以外は考えられないと、そう言って。

 

幸いにも、告白してきた少年は縋るようなみっともない事をする人間ではなかったので、話は早く済んだ。

 

昨日、返事の仕方にあれだけ悩んでいたのが嘘のように手早く終わってしまった事に拍子抜けしたが、早く終わるならその方が良いと友奈は思い直した。

 

――――――早く○○君に会いたいなぁ……今日はどんな事を話そうかな?

 

つい先ほど、告白という一大事に当事者として関わったとは思えない事を考えている友奈。

 

これでは友奈に告白した少年はまるで……というか道化そのものだが、自分の想いを自覚した友奈にとっては、その程度の出来事でしかなかった。

 

足取りも軽く部室を目指す友奈。

 

少し行くと、今まさに自分が考えていた想い人が曲がり角から姿を見せた。

 

「あっ、○○君ー!」

 

軽かった足取りがさらに軽くなり、まるで羽でも生えているかのようにウキウキしたものに変化する。

 

そのまま○○の目の前に行き、蕾が花開くような満面の笑みを浮かべて○○を誘う。

 

「部室まで行くんだよね? 一緒に行こうよ!」

 

あんな別れ方をしたというのに、異常なほど機嫌のいい友奈に困惑している○○は、恐る恐る尋ねた。

 

昨日の事を怒っていないのかと。

 

「うん? あぁ、あれはね……私が悪かったんだよ。○○君は全然悪くない……むしろ、私が謝らなくちゃいけないの。本当に本当に、ごめんなさい……」

 

そういって頭を下げた友奈に、○○は慌てて頭をあげるように言う。

 

結城さんが何の理由も無く怒鳴るなんて考えられないから、きっと自分にも落ち度はあったに違いないと、そう言って。

 

「○○君……。じゃあ半分こ、半分こにしようよ。私と○○君の、どっちにも理由があったってことで。良いよね?」

 

勿論だと頷く○○。それを受けて、友奈もにこりと笑って頷いた。

 

「うん、じゃあこの話はこれでお終い! ……優しいなぁ○○君、これ以上好きになっちゃったらどうしよう」

 

最後に何か聞こえた気がして○○は友奈に尋ねるが、彼女は何も言っていないといって笑顔を向けた。

 

「ううん、なーんにも言ってないよ? それじゃ、行こう?」

 

そうして連れだって歩き出す二人。しかし――

 

「――――――あっ!?」

 

友奈が突然よろめいて転びそうになる。何故かその場所だけ廊下が水で濡れていて、滑ったらしい。○○は驚きながらも咄嗟に友奈を受け止め、彼女は何とか体勢を立て直すことが出来た。

 

「あ、ありがとう○○君……」

 

友奈は前に倒れそうになったので、○○は咄嗟に彼女の前側に回って受け止めた。

 

なので、自分の胸で友奈を受け止める形となってしまった。

 

彼女は○○の胸にすっぽりと収まってしまっている。

 

思わぬアクシデントだったが、友奈にとっては思いがけない幸運だった。

 

(○○君……私おかしくなる、おかしくなっちゃう。……離れたくない、でも離れないと○○君に変な子だって思われちゃうし……)

 

葛藤しながらも○○の胸から離れた友奈は、名残惜しげな表情はカケラも見せず、いつもの様に快活に言った。

 

「もう大丈夫だよ、○○君。さ、気を取り直して行こう?」

 

 

 

 

 

 

――――ここで、最後の引き金が引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

○○は、躓いた足がもし痛むなら、自分につかまって歩くといいと友奈を気遣ったのだ。

 

以前の……想いを自覚する前の彼女なら、この気遣いに対し礼は言っても、最終的には断っただろう。

 

実際、友奈の足には何の問題も無いのだ。全力疾走してもお釣りがくる程度には。

 

「――――――――じゃあ、腕につかまらせてもらってもいいかな?」

 

――――彼女は、ごく自然に嘘をついた。

 

以前までの彼女なら、考えられない行動。

 

自分の想い人と触れ合いたいがために……心配してもらいたいがために。

 

(○○君、私の事心配そうに見てる……私の事が大切なの? そうだったら嬉しいなぁ……)

 

友奈が○○の腕をつかんで歩き出す。……つかむというよりも、もはや組んでいるといった方が正しいような格好になっているが。

 

(○○君の腕、固いなぁ。やっぱり男の子なんだね、私達とは全然違う。…………幸せだなぁ……この時間がずっと続けばいいのに……)

 

部室に到着するまでがタイムリミットだと、友奈も理解している。

 

だが、それでも、この瞬間が永遠に続くことを彼女は夢想してしまっていた。

 

○○は友奈を気遣いつつ、ゆっくりと歩いて行く。

 

そんな○○の気遣いに気付いた友奈の心は更に歓喜の渦に飲まれ、○○への好意一色になっていく。

 

想いの花を咲かせた少女は、想い人の腕を抱き寄せ、大事そうに抱える。

 

離れないように、離さないように。

 

 

 

 

 

 

――――――ぎゅっと。

 




……砂糖を吐きそうになりました。

ああ~、口の中が甘い事甘い事……

前書きでも書きましたが、応援してくれた方々、本当にありがとうございます!

こんな、勢いで突っ走ってる小説を評価してもらって感謝に耐えません。

本当に、感謝感激です!



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オキザリスの章

さて、お待たせしました!(待ってない)

何か知りませんが、過去最長となってしまいました……(1万字越え)

長すぎ訴訟と言われても何も言えませんが、お楽しみいただければ幸いです。

ではでは、どうぞ!


※時系列的に、まだ園子が居ない時の話です



部室で俺は、とあるノートを目の前に考え込んでいた。

 

自分の勇者としての能力を客観的に纏めた、分析ノートである。

 

残念ながら俺には攻撃能力が無い。自分ではバーテックスにかすり傷一つ負わせられない。

 

なので、戦うには皆以上に連携が必要となる。という訳で、自分の能力、そして皆の能力や戦い方を分析して、効果的な援護が出来る様にシミュレートしていたのだ。

 

そうしていると――

 

「あれ、○○、あんた一人? 他の皆は?」

 

「他の皆は掃除当番ですね、犬吠埼先輩。妹さんは分かりませんけど。俺は違ったので、一足先に来てました」

 

「あらら、ならしょうがないわね。……というか、名前で呼んでもいいって言ってるのに。樹と二人一緒にいる時とかは分かりにくいんだから」

 

犬吠埼先輩が一人でやって来た。

 

そして、名字で呼ぶ俺に対して苦情を申し立てるが、こちらも女子の名前を呼ぶなんて事は前世も含めて縁が無いので、追々としてもらっている。

 

「いや、女子の、それも先輩を名前で呼ぶなんて中々慣れなくて……追々という事で見逃して下さい」

 

「ふーん。まあ、それじゃあ仕方ないわねぇ……今後に期待するとしましょうか。で、一人で何してたの? 宿題?」

 

犬吠埼先輩は開かれたノートを覗き込む。別に隠すものでもないので、いい機会だし意見を聞いてみる事にした。

 

「これ、俺の勇者としての能力の自己分析と、それを用いた皆への援護方法のプランなんですけど、先輩はどう思いますか?」

 

「えっ、あんたそんな事考えてたの? はぁー、真面目ねえ。……ふむ、では部長として見て進ぜよう」

 

先輩はおどけながらもノートを真剣に見てくれて、それに対して意見を述べる。

 

「今のままでも十分助かってるけど、精度が増したらもっと良くなるのは確実だと思うわね。攻撃を受ける直前の、瞬間的な障壁展開とか出来ればいいんだけど……」

 

「やっぱりタイミングが課題ですね。そこの精度を上げられればそれだけ皆が楽になります」

 

「私達前衛組は、やっぱり敵の攻撃を受けやすいものね……相手に近づかなきゃならないから仕様がないっちゃないんだけど」

 

「ですよね……。はあ……やっぱり俺に少しの攻撃力も無いのが無念ですね……」

 

「うーん……でも○○の援護、相当助かってるけど?……そんなにあたしたちの武器が羨ましいわけ?」

 

犬吠埼先輩の問いかけに、俺は思わず立ち上がって勢いよく同意した。

 

「そりゃそうですよ! だってカッコイイじゃないですか!」

 

「えっ、ちょっと○○……?」

 

先輩が困惑したような表情でこちらを窺ってくる。が、構うことなく俺は続きを話し始めた。

 

「まず、先輩の大剣! 自分より大きい超重武器なんてロマンの塊ですよ! そしてそれを喰らうバーテックス! 相手は死ぬ!」

 

「ほ、褒めてくれてありがとう……って言えばいいのかしらねぇ?」

 

先輩が曖昧な表情で笑っているが、さらに俺は続けていく。

 

「犬吠埼さんのワイヤーで搦め捕るアレとかもう現実じゃ初めて見ましたよ! 時代劇の某必殺の人みたいでカッコイイですよね!」

 

そこからも次々と皆の武器をほめたたえ、羨ましがり、大げさに表現していく。

 

犬吠埼先輩も最初は困惑していたが、俺のテンションに感化されたのか、段々と乗って来てくれた。

 

「最後に結城さんのガントレット! ゼロ距離の鉄拳攻撃で相手を爆発四散させる!! あーもう、一回でいいから俺もやってみたいですよホントもう!」

 

「うんうん、こう、ズガーンって感じでね! 気分爽快でしょうね!」

 

十分に語って満足した俺は、しかし急に恥ずかしくなってきて顔を伏せた。

 

素面になると、本人を前にしていうことじゃないことは明らかだと一目瞭然、明々白々だと分かってしまい……失敗した。

 

「……済みません、先輩。何か訳わかんない事をベラベラと……」

 

「あっははは……! 気にしないで気にしないで。何か○○の意外な一面が見れてホッとしたわ。マジメ君なのかなーって思ってたからさ。これなら皆ともっと仲良くなれるでしょ?」

 

「ほんと済みません……」

 

先輩は愉快そうに俺を見て笑っている。だいぶ恥ずかしい思いをしてしまったが、そのお陰で先輩とさらに仲良くなれたなら、収穫として十分だろう。そう思おう。そう思わないと恥ずかしくてやってられないのが本音だが。

 

「あはは……いやー笑った笑った。……でもさ、そこまで真剣に考えて貰えて嬉しいよ。○○、あんたは巻き込まれて死にかけたのに、協力を決意してくれた。……改めて、ありがとう」

 

「やめて下さいって、犬吠埼先輩。決めたのは俺ですし、それに先輩は俺を日常に帰そうとしてくれたじゃないですか。ですから、気にしないで下さい」

 

真剣な表情で礼を言ってくる先輩に、俺は気負っていない感じでひらひらと手を振りつつ、あえて軽く言った。

 

俺が協力を先輩に伝えた時、彼女の表情に一瞬苦みみたいなモノが走ったのを覚えている。

 

直ぐ笑顔になって俺を歓迎してくれたため、見間違いだったかなとも思うのだが、それが引っかかっていたのだ。

 

「ご両親は何て言ってる? ……やっぱり、お役目に選ばれて喜んでた?」

 

「あー……それは気にしなくていいですよ。うち、親は二人ともいないので」

 

「え……」

 

何でもない感じで言った俺の言葉に、先輩は呆気にとられたような表情で声を漏らしたのみだったが、しばらくして我に返ったのか、重ねて尋ねてきた。

 

「い、いないって、別々に暮らしてるとか?」

 

「いいえ、両親は死んだんです。今から2年くらい前ですね」

 

「に、ねん……まえ……」

 

先輩の様子が何だかおかしい。

 

まあ、いきなり後輩が両親の死を告白して、一人暮らしをしていると言ったのだ。困惑するのも無理はないか。

 

「ど、どうしてご両親は亡くなったの? 何か原因不明の事故に巻き込まれたとか?」

 

「そんな陰謀じみたものじゃないですよ。原因はハッキリしています」

 

先輩が鬼気迫る表情で聞いてきたので、俺は詳細を教える事にした。

 

先輩がそんな事をするとは思えないが、あんまり吹聴しないでほしいとお願いし、先輩も力強く頷いてくれたので、俺は気負っていない感じで話し始めた。

 

「母は生まれつき身体が弱くてですね……実は俺を生むのも危険だと、止められたらしいんです。でも、こうしてここに俺がいる以上、母は結局俺を生んだわけですが……弱かった体は益々病弱になったそうです」

 

「うん」

 

先輩は俺の話を真剣の表情で、身じろぎもせず聞いている。こういう所はさすがだと感心する。

 

「母は命を削って俺を生んでくれたわけですけど、俺が負い目を負わずに済んだのは両親ともに俺を目一杯愛してくれたからです。二人とも、愛した相手との想いの結晶だって言ってくれて……子ども相手に惚気るなって話ですけど……でも、すごく嬉しかったです。愛されてるって実感できて」

 

「……素敵なご両親ね」

 

先輩がうっすらと微笑みながら、優しい声音で言う。俺もそれに同意して、話を続けた。

 

「それで、父は入院中だった母の所にほぼ毎日通っていたんです。それで、その日は仕事帰りに、いつもの様に母の入院する病院に行っていたんです」

 

ここからはかなり重苦しい話になる。俺はもう全て消化しているが、もし俺が転生者でなく、前世での経験が無かったら、引きこもってもおかしくはないくらいに。

 

「いつもの様に、いつもの道を通って母に会いに行こうとして……父は事故に会いました。原因は車の運転手の居眠り運転。……即死だったそうです」

 

先輩が息を呑む。心なしか顔色も悪くなってきている。人の死因を聞けばそうなっても仕方ないのだが。

 

しかし、まだ話は残っている。

 

「勿論、その話は母にも伝わりました。隠しておけるようなものでもないですからね。……本当に心から父を愛していた母は、その日から急激に病状が悪化しました。そして季節が変わるのを待たず、父を追うように逝ってしまったんです。……最後の最後まで、俺に謝っていました。まだ幼いあなたを残していく私達を許して……って」

 

話を聞き、沈痛な表情で沈黙する犬吠埼先輩。

 

彼女はまだ中学3年生で、こんな重苦しい出来事の経験値などそうそうあるものでなない。

 

俺はあえておどける様に言葉を続けた。

 

「先輩、父と母は比翼の鳥だったんですよ。だから、こうなるのも仕方無いのかなって……そう思うんです」

 

「それって確か、つがいが一体の鳥になって飛ぶっていう、伝説の生き物でしょ?……仲の良い夫婦を例える時に使う表現よね」

 

「そういう事です! で、そんな仲の良い両親から生まれた俺は、ちょっとした夢があるんですよね」

 

先輩が困惑した表情で俺を見つめてくる。

 

ついさっき両親の死因を語った俺が急にテンションを上げたように見え、何と言っていいか分からないのだろうか。

 

「両親は死んでしまいましたけど、俺を目一杯愛してくれました。ですから俺も、そんな幸せに溢れた家族をつくれたらいいなーって、そう思うんです。男の夢としては、ちょっと女々しいかもしれませんけど」

 

「そんな事ない!」

 

先輩が立ち上がり、唐突に声を張り上げた。

 

すると先輩がハッとしたような表情で気まずそうに眼を逸らした。いきなり大声を上げてしまった事に、自分でも困惑しているような感じだ。

 

「あ、ゴメン……。でも、いい夢だと思うよ、それ。女々しいなんて……そんなこと、絶対にない」

 

「――ありがとうございます、先輩。すごく嬉しいです」

 

ごく自然に笑顔が零れた。両親の事を褒めてくれたように感じて、光が差したような気持になったのだ。

 

「うん……あんたなら、絶対叶えられるよ。絶対ね」

 

そのまま何故か黙り込んでしまう俺と先輩。

 

とはいえ嫌な沈黙ではなく、照れくさいような気恥しいような……そんな感じの雰囲気だったが。

 

「さ、さーて! そろそろ皆も来るでしょうし、この話はこれでお終い! 活動の準備しておきましょ、準備!」

 

「そうですね、そうしましょうか!」

 

気恥ずかしさを打ち破る様に、唐突に話題転換を図る先輩。

 

俺もありがたくそれに乗り、皆が部室にやって来る頃には、それらの空気はすっかり無くなっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、○○は何故か風に自宅への招待を受けていた。

 

部活終了後に、今日はウチで夕食を食べていきなさいと殆んど強引に誘われたのである。

 

姉妹2人で暮らしている所に男だけで、それも夜に行くなんて駄目だと○○は固辞したのだが、何か変な事するわけ? と言われてそんな事しませんよと力いっぱい否定したのがまずかったのか……じゃあいいじゃないといい笑顔で詰め寄られ、樹も援護射撃をしてきたことで結局押し切られてしまったのである。

 

「どうよ○○、中々のもんでしょう?」

 

「うん、今日も美味しいよ、お姉ちゃん。先輩はどう思いますか?」

 

○○は素直に美味しいと褒めた。実際、そういうしか無いほどの出来栄えなのだから。……未だにこの状況には困惑しているのだが。

 

両親不在の女子の先輩の家に誘われ、夕食を共にしている。

 

……字面だけ見れば甘い出来事を想像しそうなものだが、この姉妹はおそらく……というか善意100%で自分を招待している。

 

自分が男だということを分かっているのだろうかと、○○は二人の事が心配になってしまった。

 

「あんた、この前両親不在で一人暮らしだって言ってたし、男の一人暮らしじゃあんまり良いもの食べてないんじゃないかって思ってさ。樹にも相談して、そしたら夕食会でもどうかってなったってわけよ」

 

「先輩、今日はたくさん食べていって下さいね」

 

こちらに笑いかけながら、楽しそうに話しかけてくる二人の姉妹。

 

気を使わせてしまった事に申し訳なさを感じつつ、これ以上遠慮するのも歓迎してくれる二人に対して悪いと思い食事に集中することにした○○。

 

どれもこれも、とても美味しい。日頃から女子力と口癖のように言っているのは伊達ではないという事か。

 

そんな、どこかずれた事を考えつつ、○○は風の手作り料理に舌鼓を打つのであった。

 

その楽しい食事の時間も終了し、○○は二人に頼んで食器や調理器具などの後片付けをやらせてもらう事になった。

 

二人とも○○にゆっくりしていていいと言ったのだが、タダ飯を喰らってリラックスした挙句にそのまま帰るなど、いくら何でも図々しすぎる。

 

親しき仲にも礼儀あり、という事で、何とか後片付け役は譲って貰ったという訳である。

 

風はでれーんとテーブルに突っ伏してリラックスしながら、時折チラチラと○○の方に目をやっている。

 

因みに樹はいま入浴中のため、ここにはいない。

 

キッチンで食器を洗っている○○の背中を眺めながら、風は常々感じていたことを彼に対して漏らした。

 

「ねえ、○○ってさぁ……ホントにあたしの一個年下なのよね?」

 

思わぬセリフに○○の肩が小さく跳ねる。

 

転生したのがばれたのかと思ったが、今の風の言葉からして違和感を感じているだけかと思い直した○○は、自分は正真正銘中学二年で先輩の一個年下ですよと答えた。

 

どうしてそんな事考えてるんですかと○○が尋ねると、風は首を捻りながら、言葉にし辛そうにしながらも話し出す。

 

「何て言うか……あんたってあたし達のことを女の子扱いはしてるけど、異性として見てないような気がするのよね」

 

それは矛盾してないかと○○は風に言葉を返す。

 

実際、先輩自身も女の子扱いされていると感じているのでは? と言ったが、風は更に首を捻って考え出してしまう。

 

「いや、あたしもおかしな事言ってるとは思うのよ? でもこの年頃の男子ってさ……女子と一緒にいて全く下心が働かないなんてありえないでしょ? けど、あんたからはそれが感じられないのよね……何というか、妹とかに接している様な感じっていうのかしら?」

 

○○の背筋を冷や汗が伝う。実際、二十歳過ぎで転生した○○にしてみれば、勇者部の面々は庇護すべき対象としか感じられないのは間違いない。

 

偶に物理的な距離が急接近した場合にはドキリとすることもあるが……その位は見逃してもらえるだろう……と、自分に言い訳をしている。

 

とはいえ、そんな事を馬鹿正直に言う訳にもいかない。

 

俺以外は全員女の子なんだから、そういう点で問題を起こさないように気を付けて振舞うのは当然じゃないですかと言うと、風もしぶしぶ納得したような表情をした。

 

「まあ、その通りではあるのよね。……その紳士的振舞いのお陰で、一番あんたに対して固かった東郷もすっかり絆されたんだから大したものだとは思うけど」

 

そう言われ、美森の以前の固さを思い出した○○はつい思い出し笑いをしてしまった。

 

「正直言うけど、顔を隠してたら○○ってあたしのクラスの男子よりも年上って言われても納得すると思うのよねぇ」

 

それは言い過ぎだと○○が苦笑しながら言うが、そういう余裕のある態度がさらに風の興味を引くらしく、この日は疑われっぱなしで、背中の冷や汗も流れっぱなしなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも、○○はたびたび犬吠埼姉妹に招待を受けて夕食をご馳走になる事があり、恐縮しつつもその食事の美味しさには逆らえずにお世話になっていた。

 

「あ、それはこっちに置いといてねー」

 

「了解です、先輩。あ、下ごしらえはもう済んでるのでいつでもどうぞ」

 

「おっと、ナイスタイミング! それじゃ、始めましょうか!」

 

何もせずにタダ飯をご馳走になるのは悪いと思い、最初に招かれた次の機会から、○○は手伝いを申し出ていた。

 

最初はほんの些細な手伝いから始まったが、回数を重ねるうちにより大きな役目が回ってくるようになり、今では風と○○の二人で料理をしているも同然となっていた。

 

さらに、食事が終われば一緒に後片付けを始める事になる。

 

姉と○○の息の合った作業風景を食卓に座って眺めていた樹は、つい頭に浮かんだことをポロリと零してしまった。

 

「何だか先輩とお姉ちゃんって、そうやってると新婚さんみたい」

 

「ぅえっ!?」

 

風の口から妙な声が漏れ出て、それと同時に水気を拭いていた皿が手から落ちてしまう。

 

「ちょっ、あっぶないですよ先輩!」

 

「あっ、ご、ゴメン○○……! ってそれよりも樹、あんまり変な事言わないでよー!」

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん……ちょっとタイミングが悪かったね」

 

「そうよ樹、これはその……そういうんじゃ、ないんだし? 部長として、侘しい食生活を送っているであろう部員に救いの手をーっていうか何と言うか……そういう感じのアレよ、アレ」

 

風は樹の言葉に否を唱えるが、普段と違ってどうも歯切れが悪い。

 

顔も赤くなっており、しどろもどろにボソボソと何事かを零している。

 

「そうだよ、犬吠埼さん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、先輩には俺なんかより、もっと素敵な人がいつか現れるって」

 

それを聞いた風は、何故か分からないが心がズンと重くなるのを感じた。

 

そして、普段なら絶対言わないような、心にも無い様なことを口走ってしまった。

 

「ふーん……まあ○○には可愛らしい同級生が三人も部にいるものね。友奈に東郷に、夏凜……タイプは違うけど、みんな可愛いしねー。そりゃあ私なんてお呼びじゃ―――――」

 

「お姉ちゃん!!」

 

樹の悲しそうな声に、風はハッと我に返った。

 

今、自分は何を言った? 大切な後輩たちを引き合いに出して○○をなじって――――

 

「ご、ゴメン……。あたし、どうかしてた……ほ、本当に……ごめんなさい……!」

 

自分が口走ったことの酷さに、風は顔面を蒼白にして○○に謝罪する。何故あんなひどい事を言ってしまったのか……後悔ばかりが募る。

 

「――気にしてませんから、顔を上げて下さい。先輩」

 

そう言われて、風は恐る恐る顔を上げて○○の顔を見る。……本当に何も気にしていないようにしか見えない。

 

「俺も悪かったんですよ。……あそこで照れたりしていれば面白おかしく終わらせられたんでしょうけど、つい強がってしまったからこんな事に」

 

「強がる……? それって……」

 

「嬉しかったって事です。……先輩とお似合いだって、妹の犬吠埼さんに言われたんですから」

 

○○からそう言われて、風の心がじんわりと温かくなっていく。さっきから自分の心が上手く制御出来ない。

 

○○に翻弄されっぱなしになってしまっているが、何故か風はそれに不快感を感じなかった。むしろ――――

 

「それじゃ、この話はもう終わりにして残った片づけを終わらせましょう。俺もそろそろ帰らないと補導されちゃいますし」

 

「う、うん……」

 

そう言われて片づけを再開した風と○○だったが……風は○○の事が気になって仕方なくなり作業が捗らず、結局残りの殆んどを○○が片づけてしまったのだった。

 

片づけが終わった後に○○は少し席を外したが、時間も無いので直ぐに帰る事になり、玄関で姉妹2人の見送りを受けていた。

 

「今日は本当にゴメン……。この埋め合わせは絶対にするから……」

 

「じゃあ、また美味しいもの食べさせてくれますか? 今日みたいに」

 

「そんな事でいいの? 全然問題ないけど……」

 

「風先輩の料理を食えるってだけで十分です。はい、ではこの話はこれで終了! ……っと、忘れるところだった」

 

○○は自分のカバンから一通の封筒を取りだし、それを風へと手渡した。

 

「これ、何ですか? 先輩」

 

樹が興味津々で○○に尋ねる。○○はそんな樹の様子を微笑ましく思いながら答えた。

 

「まあ……感謝状みたいな感じかな? 何度も美味しいもの食べさせてもらってありがとうございます、的な」

 

「そんなのわざわざ手紙にしないでも……メールとかでもよかったのに」

 

「いや、まあそうなんですけど……手書きの方が心が籠ってそうじゃないですか?」

 

疑問形で言ってくる○○に、思わず可笑しくなって笑いが漏れる風。わざと道化を演じてこちらを気遣ってくれている……そう感じた風は、自分もおどけたような……いつもの自分で応じた。

 

「ふふ、書いた本人が何で疑問形なのよ? ……それじゃ、まあ在り難く受け取るとしましょうか」

 

そんな、普段通りのやり取りが最後に出来た事を風は嬉しく思いながら、今日の夕食会はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

風は入浴後、自室に置いていた○○からの手紙を開封した。

 

内容は、何度も夕食に誘ってくれた事、楽しい一時を過ごさせてくれた事、簡単な料理を教えてくれた事に対する感謝などが綴られていた。

 

「ふふ、まったく○○は……こんな感じの気遣いまでするから年下には見えないっていうのに。こんなんじゃ、ますます年齢詐称疑惑が強まるわよ~」

 

楽しそうに○○からの手紙を読む風。言葉では○○に苦言を呈すような感じだが、その優し気な声色はまるで隠せていない。

 

「ホントに律儀よねぇ、○○は……。あれ、最後に走り書きで何か書いてある?」

 

きっちり整然と書いてあった文面とは正反対の、いかにも急いで書きましたというような走り書きが手紙の下部に記されていた。

 

一体なんだろうかと思って風は読み始めるが、その言葉を読んで、鼓動が早鐘を打ち始める。

 

『P.S 妹さんに言われた通り、先輩と結婚出来たら幸せでしょうね。父と母と同じような感じになれるかも、何て考えてしまいました。……ごめんなさい、なに書いてんだろう。忘れて下さい』

 

「は……えっ? 何これ、どういう事?」

 

その疑問に答えられる者は、ここには誰も居ない。この手紙を書いた○○も、とっくに帰ってしまっている。分かるのは、帰る直前に席を外した時、これを書いたのだろうという事だけだ。

 

「あれ? ……ええと、○○はご両親と同じような幸せな家庭を作るのが夢で、それをあたしに重ねてしまって……?」

 

思考のパズル片が彼方此方へと飛び回る。どうにも考えが纏まらないが、それでも何とか組み立てていく。

 

「……で、あたしがあんな事言っちゃったから慰めるつもりでこれを書いた。……うん、我ながら名推理だわ」

 

自分でも納得のいく結論に達し、一応満足する風。

 

しかし、一旦頭に過ぎった想像がなかなか離れてくれない。

 

「あたしが妻で、○○が夫……って何考えてんのあたし!? ○○はフォローのつもりで最後の文を書いただけだし、何舞い上がってんのよ!」

 

室内をウロウロと歩き回りながら、自分をたしなめる様に独り言を言っている風。

 

「そもそも、○○は後輩、年下でしょ? 恋愛対象になんて――」

 

――――――ならない? ……本当に?

 

「いやいや、確かに同じクラスの男子よりよっぽど大人に見えるけど! でも、私より小柄……じゃなくなってるわね、もう……」

 

出会った当初は風よりも背が低かった○○だが、今ではもう風と同じくらいの背になってしまっている。まだ中学二年生という事を考えれば、風の背などあっという間に追い越してしまうだろう。

 

「あれ……? あたし、年下はダメっぽいって自分でも感じて……」

 

そこまで考えてから、自分で気づいた。年下がダメなのではなく、子供っぽいのがダメなのだと。

 

今日、あんな醜態を晒した自分を○○は笑って許すばかりか、渡した手紙にフォローまで書いて寄越している。

 

これではむしろ、自分の方が子供っぽい振舞いをしてしまったと言える。

 

○○の方が自分よりも大人じゃないか――

 

それを自覚してしまった風は、自分が急速に落ちていくのを感じた。

 

「あ、やばい……これ、だめ……」

 

うわ言の様に呟いて、座り込む風。

 

いままで何とも思っていなかった後輩の事で、頭がいっぱいになってくる。

 

――――――それも、違うんじゃないの?

 

自問自答する。そもそも、何とも思っていない人からあんな事を言われても、曖昧に笑って流したはずだ。

 

でも、風はどうしても自制出来なかった。○○が、自分を異性として見ていない――。そう思ったら心に黒いものが沸きだし、感情のまま酷い事を言ってしまった。樹が止めてくれなければどうなっていたか……考えるのも恐ろしい。

 

「あは……なーんだ。あたし、とっくに○○の事好きになってたんだ……。やっと気付くなんて……普段から女子力女子力言っててこれじゃあ、部のみんなの事を笑えないなぁ……」

 

風は自分の鈍感ぶりに苦笑しつつも、やっと自覚した想いと共に、想い人の名前を呟く。

 

「会いたいなぁ……○○……」

 

――――――ぽつりと漏れ出た切ない呼び声は、溜め息と共に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、風は授業のために教室を移動している最中に、歩いている○○の背中を見つけた。

 

イタズラ心を出した風はこっそりと○○の背後に忍び寄り、肩を組むようにして抱き着いた。

 

抱き着かれてビックリした様子の○○は、風の事を認識すると脅かさないでくださいよと苦情を申し立てた。

 

「あはは、ごめんごめん! ○○の背中を見たら脅かしたくなっちゃってさ」

 

抱き着いたまま話している風に、○○は平静を装いつつも顔が赤くなってしまう。

 

思い切りくっ付かれているのだから無理もない話だが、それを確認した風は内心で喜びの声をあげた。

 

そして、手紙の最後に書いてあったことを、甘い声音で耳元に囁いた。

 

「手紙の最後に書いてあったこと……あたしがあんたのお嫁さんに立候補しちゃおうかなぁ……」

 

唇が触れかねない至近距離で、そんな事を耳元に囁かれた○○の顔は一瞬にして真っ赤となり、口も魚の様にパクパクとしてしまっている。

 

そんな○○の様子に満足した風は、さっと○○から離れ、いつものさっぱりとした笑みを浮かべる。

 

未だに茹蛸のように真っ赤になりつつ、しどろもどろになりつつもからかわないで下さいよと○○は言い、そのまま逃げる様に風の前から去って行った。

 

「ふふ、かーわいいんだー。……ああいう所は年相応に見えるのにねぇ?」

 

また一つ、想い人の一面を知った風は、更に好意が募っていく。

 

可愛い君も、大人な君も、子供みたいにはしゃぐ君も、頼りになる君も、落ち込んでいる君も、おどけている君も、照れている君も――――――全部全部、みんな好き。

 

「○○……あたしは冗談で男の子にキミのお嫁さんになりたい、なんて言わないからね?」

 

去っていく○○の背中を見つめる風。

 

その視線には、言葉には尽くせないだろう程の愛おしさと――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――風本人も自覚していないほど僅かな執着が、しかし確かに含まれていた。

 




風先輩好きです(語彙力散華)

いや、ホントに筆が乗って乗って……その結果、過去最長となってしまいました。

病みが弱い様な気もしますが……そのあたりの判断は、皆さまに委ねます。

うーむ……過程が長すぎるんでしょうか?



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蓮の章

園子様のターン!!

さてさて、今回もお楽しみいただければ幸いです!

時間が結構飛び飛びになりますが、どうかご勘弁を

ではでは、始まり始まり~



仏壇の前に座り、線香をあげ、鈴(りん)を鳴らして手を合わせる。

 

暫く瞑目した後、目をあけて仏壇に飾ってある両親の遺影を見つめる。

 

この世界で俺を生んでくれた、大切な人達。まだ40代にすらなっていないというのに、逝ってしまった。

 

父は交通事故に遭い、即死。苦しまずに済んだのは間違いないが、なにもそんな所に運を使う事は無いだろう。

 

……益体も無い事を考えているな、そもそも運が良ければ事故に何て遭っていない。

 

父が死んだ後、母も後を追うように逝ってしまった。季節が変わるのすら待たずに。

 

お陰で嬉しくも無い一人暮らしの開始である。

 

母は死の直前まで、俺の事を案じていた。

 

法的なことは細大漏らさずに手続きを行ってくれたようで、これからも暮らしに困る事はないのだと言っていた。

 

……俺としては、そんな事に気を回すより、一日でも長く生きて欲しかったというのが本音だったが。

 

そんなことを考えてしまうのは、親不孝だろうか。

 

いけない、暗い事ばかり考えてしまっている。

 

気分転換に点けたテレビのチャンネルを適当に回していくと、目に留まるものがあった。

 

風船に手紙を括りつけて飛ばし、遠くの人間とやり取りをするというアレだ。

 

実際に飛ばした手紙が人の手に渡る可能性などスズメの涙ほどの確率だろうし、人の手に渡ったとしても絶対に返信があるわけでもないが、何故か俺はそれに惹かれた。

 

何でもいいから普段は絶対しないような事をして、気を紛らわせたかったのだ。

 

翌日、俺は道具を一通りそろえ、手紙もしたため、近所の公園から空に向けて飛ばした。

 

ふわふわと舞い上がり、風に流されていく風船をじっと見ながら一つ息を吐くと、少しだけ気が晴れたような気分になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、乃木園子は自宅の庭を適当にブラブラしていた。

 

あと数日で新学期が始まり、六年生となる。

 

そして、勇者として選ばれたからには大変なこともあるだろうと考えている。

 

それはそれとして、今日の彼女はうららかな春の日差しの中をぽやーっとしながら歩いている。

 

すると、何か変なものを見つけた。

 

「んん~? これは……風船と、手紙かな?」

 

萎んでしまった風船と、地面に落ちて少々汚れている封筒。

 

興味を惹かれた彼女はワクワクしながら中身を取り出し、中の手紙を読み始めた。

 

中には、もしこの手紙を拾った人がいたら、文通をしませんかというお誘いの言葉。簡単な自己紹介。そして郵送先の情報がしたためられていた。

 

「こ、これ……!」

 

園子の瞳がキラキラと輝きだす。

 

小説の執筆が趣味の彼女は、フィクションにしか無いような出来事に心が沸き立つのを感じた。

 

「これは運命なんだよね、きっと! キャッホーイ!!」

 

日頃のおっとりした様子からは考えられないテンションではしゃぎ回る園子。

 

何の運命なのかはまるで分らないが、彼女にとっては些細な問題らしい。

 

すぐに自分の部屋に取って返すと、使用人に封筒と便箋、切手を用意させ、テキパキと手紙を書き綴る。

 

嬉しさが溢れた、明るい文章。

 

「う~ん……まだ書きたい事あるけど、最初の一回目だし……この位でいいかな~」

 

そして宛名を書こうとしたが、本名を書けば相手が大赦関係の人だった場合、引かれて返事をくれないかもしれないと思い至った。

 

「ペンネーム……ペンネーム……うむむむむぅ~……」

 

唸りつつ考え込む園子。

 

暫らく悩んでいたが、やがて決心がついたのか封筒にペンネームを書き込んだ。

 

そして便箋を封筒に入れ、確りと封をする園子。

 

「ふふふ……どんな返事をくれるかな~?」

 

今から返事が待ちきれないと言った風情で、にこにこと満面の笑みを浮かべる園子。

 

彼女が勇者としての最初のお役目を果たす、ほんの数週間前の出来事――――

 

 

 

 

 

 

 

 

学校から帰った俺は、朝取り忘れた郵便受けをあけ、中身を確かめていた。

 

どうせ今日もカラだろうと思っていたのだが、予想に反して封筒が一通入っており、ちょっと驚いた。

 

自室まで戻って、改めて封筒を確認する。

 

かなり凝ったデザインをしており、趣すら感じられる。パーティーの招待状なんかが入っていても不自然じゃないだろう。

 

「宛先は間違いなく俺だな……で、送り主は……ん? ……んんん?」

 

一瞬見間違いかと思い、思わず二度見してしまう。それくらい変な名前が書かれていた。

 

「のそのそ……? 何だコレ、ペンネームのつもりか……?」

 

手紙でペンネームはおかしくないが、これは無いだろうという感想しか出てこない。

 

思わず変な笑いが口から漏れ出る。

 

「ま、まあそれは置いといて、手紙の内容は……」

 

内容を確かめると、とにかく文通できて嬉しいという気持ちに溢れたモノだった。

 

書いた人間のテンションの高さがもろに伝わってくる。

 

「郵送先は、香川……やっぱり、あんな風船じゃ遠くには行かないよな」

 

近くに落ちた事は意外でも何でもない。あんなちゃちな風船で飛べる距離などたかが知れている。

 

「会おうと思えば会えるかもしれないけど……それじゃあ風情が無いしな」

 

無理をすれば、小学生でも会いに行けるくらいの距離だろう。

 

だが、せっかく文通が始まりそうなのだ。そこに水を差すことも無いだろう。

 

それに、顔も知らない相手との手紙のやり取り――正直言ってワクワクしている自分がいた。

 

「よし、じゃあ早速返事を書くか」

 

幸い、手紙を飛ばした時に買ってきた封筒と便箋がまだ余っている。

 

俺はそれを机から取り出しつつ、何と書こうかと頭を捻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~んふふ~んふ~ん♪」

 

上機嫌で手紙をしたためている園子。最近は、毎日が楽しくて仕方がない。

 

勇者のお役目は怪我をすることが当然の様にある大変な事だけど、仲間で友達の鷲尾須美と三ノ輪銀のふたりと一緒なら、全然辛くなんてない。

 

……やっぱり、訓練はちょっとだけきついと思ってしまった。

 

「よ~し、これで完成! ふふふ~、わっしーとミノさんとの事も書いたし、今回も楽しく書けたな~。……でも、ちょーっと書きすぎたかも」

 

園子は、自分を非日常に連れて行ってくれる文通が気に入っていた。

 

顔も知らない相手と、手紙だけで繋がってやり取りを行う。

 

何とも心躍るシチュエーションじゃないかと思う。

 

手紙の相手は県内に住んでおり、乃木の力をもってすれば特定など簡単だろうとは思う。

 

「でも、それじゃあ風情がないもんね~♪ サンチョもそう思うでしょ?」

 

お気に入りのマスコットに話しかけながら、奇しくも○○と同じ考えを口にする園子。

 

自分だけが相手の本名を知っているのは少しズルい気もしたが、そこは大目に見てもらいたい。そのくらい乃木の名前というのは大きかった。

 

これまでの数回のやり取りで、相手の事も少しは分かってきた。

 

自己紹介からは自分と同じ小学六年生であること、その後の手紙で本を読むのが好きな事、好物は魚料理である事、うどんは月見うどんが好きなことなど、取り留めも無い、しかし大切な情報が分かっている。

 

――――――これからはどんなことが書かれてくるのかな?

 

園子はそれを楽しみにしつつ、確りと封を行うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じのやり取りが、それから何回も何回も続いた。

 

○○は、両親の死によって沈んでいた心が手紙によって癒されていた。

 

届く手紙の文面からは、書く人間の優しさ、明るさが伝わって来て、それが○○の心にもいい影響を与えていたのだ。

 

園子はこれまで友達がいなかった反動か、勇者の仲間と同じくらい文通も大切にしていた。

 

こんな文通、普通はほぼ起こらないことだという事も、その感情を後押ししたのだろう。

 

しかし、好事魔多しとでも言うのか……

 

そんな幸せな手紙のやり取りは、夏休みを間近に控えたある夏の日から、暫く途切れてしまう事となる――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これ……」

 

園子は、自室の机の隅に置かれていた手紙に目をやった。

 

二通が置かれている――文通をしている、大切な友達からの手紙。

 

一通目は、あの遠足の日の前日――銀が自分の命を賭してバーテックスを撃退した日の前日に届いた。

 

遠足から帰ったら、その時にあった楽しかったことを書くつもりだった。

 

また楽しい気分で書けるものだと、欠片も疑っていなかった。

 

確かに、忘れられない一日にはなった―――――最悪の意味でだが。

 

返事を書く気力も暇も、両方が無くなってしまった。

 

あんな死に方するような……しなきゃいけないような娘じゃなかった。

 

須美と一緒に、何かに駆り立てられるように訓練に励んだ。

 

出来る限り普段通り振舞っていたつもりだが、それでも友達を失った悲しみがふとにじみ出る事があったと思う。

 

そんな中で、二通目の手紙が届いた。

 

内容は、返事が無い事への心配だった。何かあったのか、病気や事故にでも遭ったのか……

 

そんな、こちらを案じる内容だった。

 

嬉しかった。実際、読んだときに園子は少し泣いてしまった。親友の死に疲弊していた心が、ほんの少しだけ癒されたのだから。

 

返事を書かなきゃ、書かなきゃとは思いつつも、訓練の疲れ、そして何より精神の疲労により後回しにしてしまっていた。

 

「ふー……。いつまでも放っておいちゃ失礼だもんね。……よ~し!」

 

気合を入れなおした園子は、久しぶりに便箋に向けて文字を綴り始める。

 

返事が遅れた事の謝罪、大切な友達が死んでしまい、その事で慌ただしかった事、自分も心底落ち込んでいた事などに触れた。

 

返事か無い事を心配してくれて……こちらの状況の事まで考えて心配してくれて、本当に嬉しかったこと。

 

それらの事を、心を込めて書き綴った。

 

「ふ~……これでいいかな。○○君、怒ってないといいけど……」

 

こちらを気遣う手紙が来てから、もう十日以上経っている。

 

一通目から考えると、三週間以上も期間が経過してしまったことになる。不安ではあるが、そこはもう願うしかない。

 

「どうか許してくれますように~……」

 

間延びしつつも、真剣な口調で手を合わせて祈る園子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから後も、無事手紙のやり取りは続いた。

 

以前ほどの頻度では書けなくなってしまっていたが、それでも園子が文通することを――そしてその相手である○○を大切に思っている事は確かな事だ。

 

そんな思いがふつふつと沸いてきて抑えきれなくなった園子は、○○への手紙に、割と近くに住んでいるみたいだし、出来れば一度キミに会ってみたいと書いた。

 

手紙とは言え、心の支えになってくれた事に対して是非お礼がしたいと。

 

「よしよし、これでオッケーだねぇ。会えるかな……断られたら悲しいけど……」

 

うむむむむー、と目を閉じて唸り声を上げる園子。ややあって、カッと目を見開くと気合を入れる様に叫んだ。

 

「勇者は根性ー!! ……やる前からあきらめちゃダメだよね、ミノさん」

 

逝ってしまった、しかし今も自分の心の中に生きている親友へ向けて、決意の言葉を口にする園子。もう、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は十月十日――

 

運命の日が迫っているとは、園子は知る由も無かった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………はぁ~」

 

大赦のとある一室。

 

かろうじて病室に見えないことも無いかもしれないが、ここを見て病室だと即答する人間はいないだろう、そんな場所。

 

では、どう見えると聞かれたら、大体の人はこう答えるだろう――――ご神体を祀っている場所だと。

 

そんな、およそ人間がいるべき場所とは思えない所で、園子はベッドに寝たきりになっていた。

 

瀬戸大橋跡地の合戦――その戦いを制すために、満開と呼ばれる力の開放を二十回以上行なった代償。

 

園子はもう、左目と口以外は動かせなくなってしまった。

 

もはや体はピクリともしない――ぼーっとするのが趣味だったのが救いなのだろうか? ……今の状態だと、ブラックジョークみたいで趣味が悪いとか言われそうだが。

 

「わっしー……ミノさん……○○君……」

 

ポツリと零れ落ちる、大切な友達の名前。

 

銀は逝ってしまった……その命を燃やし尽くして……大切なものを守るために、命を懸けて戦って。

 

須美は満開の代償により両脚の機能、そして自分たちの記憶を失い、引き離されてしまった。

 

○○は、ごく普通の一般人のはずだ。その身に突然の不幸でも起こっていない限りは無事だろう。

 

「でも、もう……」

 

ベッドサイドに置かれたテーブルを、視線だけを動かして見やる。

 

そこには、あの日から音沙汰の無い自分を心配した○○からの手紙がまたもや届いていた。

 

ここには届かないので、両親が持ってきてくれたのだ。

 

返事を書かなくちゃいけない……しかし、もう……

 

「こんな、身体じゃ……もう自分で……書けない……っ」

 

満開の代償にとして、神樹様に捧げられた自分の身体の機能。

 

目と口以外が動かないこんな有様では、もうどうしようもない。

 

代筆を頼むことも考えはしたが、即座に却下した。

 

○○には、自分の手で書いた手紙を読んで欲しい……そんな思いが、どうしても捨てきれずに。

 

「もう……諦めるしか、ないのかな……」

 

思わず、弱気が自分の口を吐いて出る。

 

その瞬間、園子は恐怖で体が竦み上がった。

 

動かないはずの身体がガタガタと震えているような感覚。

 

息が浅く早いものに変わり、最後に左目から立て続けに涙が零れ落ちる。

 

「嫌だ……そんなの……何で、こんなっ……!」

 

自分は、友達と……大切な人たちと楽しく生きていきたかっただけ……大それた事など何も望んでいなかった。

 

しかし現実として、親友の一人は逝ってしまい、一人は記憶を失い自分とは引き離され、最後の一人との繋がりすら危うい。

 

暫くすすり泣いていた園子は、親友に褒められた事もあるその閃きでもって考えに考えた。

 

そこで、妙案が浮かんだ。

 

文字がダメなら、声を届ければいいのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋も深まり、そろそろ布団を厚手のものに変えようかと思っていたころ。

 

俺は、一通の封筒を手に自室の椅子に腰かけていた。

 

久しぶりに、のそのそからの返信が届いた。

 

また暫らく返事が途絶えていたので、心配していたのだ。再び何かしらの不幸でも起こったのだろうか?

 

そんな心配をしながら封を開けると、中から出てきたのは一つのUSBメモリ。

 

手紙や、それに類するものはどこにも入っていない。

 

メモリにはシールが張られていて、そこには『○○君へ』とあるのみだ。

 

訝しみつつも、そのメモリをPCへと接続して中身を確認する。そこには、一件の音声データが記録されていた。

 

何だろうかと思いつつもダブルクリックし、すぐさま音声を再生する。すると、少女の声が流れ出した。

 

『初めまして~……じゃないかな。久しぶりだね、○○君。返事が遅れてごめんね? またちょっとこっちはゴタゴタしちゃってて……それで今まで、返信できなかったの……』

 

優し気な、少女らしい響きの声。しかし、どこか沈んでいる様にも聞こえる。

 

『私も、ゴタゴタの中心にいたんだけど……その影響で、もう手紙が書けなくなっちゃって……だから代わりに、こういう形でメッセージを送ることにしたんだ。もし、これからもやり取りを、続けてくれるなら……』

 

そこで、不自然に言葉が途切れる。どうしたのかと不審に思っていると、やがてしゃくり上げるような声と共に言葉が再開する。

 

『……うっ、グスッ……ごめんなさい。……お願い、お願いだから……今まで通り、やり取りを……続けて……うぅっ……グスッ……』

 

そこでまた声が途切れ、女の子のすすり泣く声が暫らく続いた。

 

とてもじゃないが、尋常な様子ではない。

 

これまで届いた手紙から、彼女が明るくてちょっとユニークな、優しい女の子だという事は予想がついている。

 

それがこんな内容のボイスメッセージを送って来るとは……正直、困惑を隠せない。

 

『……いきなり泣いて、ゴメンね? とにかく、今まで通りにしようって事だから。……お返事、待っています』

 

その言葉を最後に、メッセージは終了した。後には、困惑で思考が纏まらない俺だけが残される。

 

ふーっ、と溜め息を吐いて全身の力を抜く。

 

何が何だか分からないが、彼女の生活を一変させるレベルの大問題が起こったと考えた方が良さそうだ。

 

その影響で手紙が書けなくなったので、こうしてボイスメッセージを送ってきた、と。

 

腕が不自由になってしまったのだろうか? ……そういう事態になったのならやり取り自体を諦めてもおかしくないのだが、彼女はまだ続けることを望んでいるのだろう。それも心から。

 

そうでなければ、あんな縋るような声で言ってはこないだろう。

 

そうと分かれば、こちらも準備をしないといけない。

 

結局、四苦八苦しながらもそれらは上手くいき、無事返事を出すことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

相変わらず寝たきりの状態でいる園子は、○○から帰ってきた封筒の内容物に困惑していた。

 

自分が彼に送ったUSBメモリ。これが返ってくるのは問題ない、彼の性格ならこうするだろうという事は予想が付く。

 

しかし、同封されていたのはメモ用紙が一枚で、それには『見てのお楽しみ!』としか書かれていない。

 

彼もボイスメッセージを送ってきたという事だろうか。しかしそれなら『見ての』ではなく『聞いての』にならないだろうか?

 

少々気になりつつも、園子はそばに着いていた大赦の人間にPCを操作させた。

 

「これ、動画データ……?」

 

表示されたのは音声データではなく、動画データ。

 

それを認識した瞬間、園子は自分の胸が高鳴るのを感じた。この身体の有り様では錯覚かも知れないが、そんなことには構っていられない。

 

大赦の人間には動画の再生の操作を指示し、それが終わったらすぐに退出するように命じた。

 

彼と自分のプライベートな内容のやり取りを他の人間に見せるなど、冗談ではない。

 

もし余計な事をしでかしたら、少々きつく脅しつけてやると、園子は本気でそう思っていた。

 

ドキドキしながら待っていると、動画が始まる。

 

『えーと……あ、もう始まってるか。こんにちは、のそのそさん。□□ ○○と言います。改めて、宜しくどうぞ』

 

自分と同じ年頃の少年が自己紹介をしているだけの、特に見所の無いシーン。

 

だが、園子の瞳はらんらんと輝き、表情には久々に心からの笑みが浮かぶ。

 

「わあぁ~……! この男の子が○○君か~!」

 

最近は、つらいでは利かないことばかりあって気が沈みがちになっていたが、それを一気に晴らすくらいにテンションが上がっていく園子。

 

『ボイスメッセージ、送ってくれてありがとう。想像していた通りの優しい声だったので、思わず聞きほれそうになったかも。俺もボイスメッセージで送ろうかなって思ったんだけど、ちょっと捻りを加えて動画にしてみました。気に入ってくれたならいいんだけど』

 

「いいよいいよ~! もう主演男優賞あげちゃってもいいくらい!」

 

テンションが振り切れて、おかしな言葉を口走っている園子。自分でも変だと思う位に気分が高揚してしまっている。

 

『それで……のそのそさんの周囲は大変な事になったんだと、俺は予想しています。俺からは大したことは出来ないけど……それでも、こんな風なやり取りで良ければ、遠慮しないで君が飽きるまで続けよう! それで君の気が晴れるのなら、俺も嬉しいし』

 

「○○君……」

 

先程のテンションはなりを潜め、しんみりした表情で動画を見つめる園子。

 

『頑張って、なんて無責任な事は言えないけど……それでも、俺は君の味方だから! ……それじゃあ、またね。お返事、楽しみに待ってます』

 

映像が途切れ、画面に動画プレイヤーのメニューが現れる。

 

しかし、園子の目にはそんなものは入らず、ぼうっとした頭の中で先程の動画の内容だけがリフレインしていた。

 

暫くして我に返った園子は、大赦の人間を呼びだし、動画のループ再生をする様に指示した。

 

それから寝るまでの間、何度も何度も、飽きるという言葉とは無縁のように、繰り返し○○からの動画を見続けた。

 

そのような事が連日続いたので、流石に気掛かりになった大赦の人間がそれとなく注意を促したのだが、園子はその人物に目線だけをやって静かに微笑むのみ。

 

そして、その者はすぐさま後悔した。

 

息をするのも辛くなる様な圧迫感と共に、全身から冷や汗が吹き出す感覚に襲われ、立っていられなくなり座り込んでしまった。

 

「ふふっ……神様って怖いんだよ~? あなた達なら、そんな事は理解してると思ってたんだけどなぁ~……?」

 

それだけ言って、圧力を弱める園子。

 

自分を御神体扱いするというのなら、それさえも有効に使ってやると開き直っていた。

 

土下座をして許しを請うその者を石ころのように見やり、行ってもいいよと言うと、転がる様に部屋から退出していった。

 

「さーて、続き続きっと~……ふふっ」

 

既に○○への返信は行なっている。彼からの返事が届くまでの間、コピーした過去の動画を四六時中、園子は見続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも、○○と園子のやり取りは続いた。

 

俗世から切り離されたような形になってしまっている園子にとって、○○とのやり取りは自分が元はただの女の子だったという事を思い出させてくれる縁(よすが)となっていた。

 

新たなビデオレターが届けば、繰り返し繰り返し、何度も見た。

 

飽きるという言葉とは無縁だった。

 

○○の言葉も、一言一句をスラスラと思い出せる程に。

 

それどころか、彼のふとした癖やしゃべり方といった仕草までも記憶していく。

 

元々頭は悪くないし、時間だけはそれこそ山の様にある。他にやる事も無い園子は、一日の大半をこのようにして過ごすようになっていた。

 

今は東郷美森と名乗っている親友の動向を追い、勇者部の活動も追っている最中、○○が勇者になったという事を知った園子は、ついに自分は身体だけではなく頭までおかしくなってしまったかと思ったものだ。

 

しかし、これは確かに現実で、本当にあった事で、現在進行形の出来事である。

 

有無を言わさず大赦の人間を呼び出し、それについての説明を求めたが、向こうは分からないの一点張り。

 

隠しているのか、本当に知らないのかは園子にも分からなかったが、これ以上詰問してもどうしようもないと悟った園子は、溜め息を吐いて、呼び出した人間を解放した。

 

そもそも、大赦は秘密主義の塊のような組織だ。自分も乃木家の人間である以上、それは分かっていたから。

 

だが、理解したからといって、○○の事が心配でなくなった訳では決してない。

 

むしろ、余計に彼の事が気にかかる様になってしまい、園子の心の中を大きく占める様になっていった。

 

それから、月日は流れに流れ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者部の活躍のお陰で身体機能が回復した園子は、自分が通う事になる讃州中学校の見学に訪れていた。

 

今日は休日で、校内には生徒は疎らにしかいない。たまに文化部の生徒とすれ違う時に、不思議そうな表情で私服の自分を見ていくが、まあ些細な事だろう。

 

まず、最初に行きたいところは決まっていた。勇者部の部室である。

 

今日は校外での活動もしておらず、完全に休養日だという事らしかったが、やはりどんな所か興味深々だったので楽しみだ。

 

「よーし、ここがそうだね~」

 

勇者部の部室に到着した園子は扉に手をかけようとしたが、その前に、自動ドアでもないというのにひとりでに扉が開いた。

 

「あれ……えーっと、勇者部に用事の人? ゴメン、今日は活動してなくてさ。俺は忘れ物取りに来ただけだから、悪いけどまた日を改めて――」

 

園子は、部室から姿を現した○○を前にして茫然としていた。彼が言う言葉も、殆ど頭に入っていない。こんな所で会うなんて思っていなかったから、心の準備など何もない状態だ。

 

「えっと……聞いてるかな?」

 

「えっ? ……あ、うん。勿論だよー。私、今度新しく編入することになった乃木園子っていうんだ。宜しくね~」

 

「俺は□□ ○○です。二年生で、勇者部の部員……って、乃木園子さんって言った? もしかして先代勇者の?」

 

「おお~、良く知ってるね。私も有名になったもんだぜぃ~」

 

「いや、大赦が隠してた事とかを結城さんたちに教えてくれたって聞いてたから……。でも、何か……」

 

何かかつっかえた様な表情で園子を見て考え込む○○。その様子をみて、彼女も首を傾げて疑問を呈する。

 

「どうかしたのかな?」

 

「何か……どこかで聞いたような……ああっ!?」

 

「うひゃっ……!」

 

突然声をあげた○○に、思わず肩をすくめて驚く園子。

 

○○はそれに構わずに、嬉しそうな表情で園子に話しかける。

 

「あのさ、間違っていたらゴメンね? ……乃木さんって、のそのそさんなんじゃない?」

 

「え――――――」

 

殆んど確信を抱いているような○○の声色に、思わずぽかんとした表情を向けてしまう園子。

 

どうして分かったのか……手掛かりは声しかないはずなのに。

 

「う、うん。私がペンネーム『のそのそ』だよ。でも、よく分かったね~? 顔も何もかも分からなかったはずなのに」

 

そんな園子の疑問に、○○はあっけらかんとして答えた。

 

「だってさ、君の声だよ? 今さら聞き間違える訳ないじゃん」

 

余りにも当たり前のようにして言われた答えに、園子の方は言葉を失ってしまった。

 

うれしい――――――言葉に尽くせないほどに。

 

「そ、そっかー。うん……私もキミの事、直ぐに分かったよ、○○君。何回も、キミの動画を見てたから……」

 

何度も何度も、繰り返し見た。

 

何とかして自分を楽しませようと、工夫を凝らした動画を送ってくれた。

 

有り触れた日常の話に終始してしまって、彼自身が微妙な話だったなぁとぼやいていた動画もあった。

 

でも、自分にとって動画の出来不出来なんて関係なかった。

 

自分を心配してくれた、大切な友達との大切な繋がり。

 

御神体として祀られ、半分人間を辞めていた自分を繋ぎ止めてくれた縁(よすが)。

 

そして、初めて訪れた学校で、その日にキミと出会った。

 

二年前、自宅の庭で彼からの手紙を拾った事を思い出す園子。

 

(あの時は、気分が高揚しちゃって運命だーなんて思ってたけど……本当にそうだったんだ)

 

目の前の○○を一心に見つめる園子。ろくに瞬きもせずに見つめてくる園子に対し、○○は困惑して曖昧に笑いつつ、首を少し傾げる。

 

(あ、ちょっと不思議がってる? 知ってるよ、その癖。 ……何回も動画で見た事あるからねー)

 

「えっと、乃木さんは学校見学に来たんだよね? もしよければ案内しようか?」

 

「わ~、助かるよ~! ……でも、ちょっといただけない事があるなぁー」

 

「え、何か気に障った?」

 

不安そうな表情でこちらを見やる○○に、園子はイタズラっぽい笑みを浮かべつつ言った。

 

「名前で呼んで欲しいなーって。だってさ、二年もやり取りしてたんだよ~? 今さら名字で呼ばれるのも、他人行儀な感じがしてヤダな~」

 

「あー……いや、でも――――――うぐっ」

 

園子に悲しそうな表情を向けられて怯む○○。

 

溜め息を吐いて髪をガシガシとかき回した彼は、意を決して声をかけた。

 

「――――――園子、これから宜しく」

 

「うんっ! こちらこそ宜しくね~!」

 

○○は照れくさそうな表情を、園子は満面の笑みを浮かべながら握手を交わす。

 

握手をしながら、園子は心の中で密かに決意を固めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えどんな事をしたとしても、彼とはずっと一緒にいるのだと――――――

 




園子のふざけた時と真面目な時のギャップが好きな私です(挨拶)

ということで、主人公と実際に会ったのは勇者部の中で最後だけど、関りを持ったのは一番最初だったんだよというお話でした。

この想いが、あの極端な言動に繋がるわけですなぁ。

……自分で書いといて何ですけど、怖い(白目)


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鳴子百合の章


今回は、勇者部の天使のお話になります。

優しいあの娘がどうなるのか……?

ではでは、どうぞ~



……とある古龍にボコボコにされ、心が折れそうな作者がお送りいたします(小声)



繁華街に出かけてきた俺は、目当ての小説を買おうと本屋へと向かっていた。

 

今日は土曜日だったので、勇者部の活動も午前中で終わり、帰宅した俺は昼食を済ませると繁華街に繰り出した。

 

目的は前述の通りだが、帰りに何かお菓子でも買って行って、それを食べながら読むか。

 

そんな事を考えながら本屋へと入ろうとしたのだが、急に出てきた誰かとぶつかってしまった。

 

「あっとと……済みません……あれ?」

 

「いたた……こちらこそごめんなさ……先輩?」

 

俺がぶつかってしまったのは、何と犬吠埼さんだった。

 

まさかここで会うとは思わなかったので互いに驚いていたのだが、俺とぶつかったせいで犬吠埼さんが買ったと思われる本が散らばってしまっている。

 

「ごめんごめん、これ君が買ってきた本でしょう? はい、どうぞ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

ちらほら見えたタイトルには、発声、声楽といったワードが散らばっていた。

 

となると、何を目的として買ったのかある程度の予想はつくのだが、それをズバリと言っても良いものだろうか……?

 

目の前の後輩は、自分が買った本を胸に抱きかかえたまま顔を俯け、チラチラと俺の方を窺っている。

 

何ともおかしな雰囲気が漂っているが、このままさよならした場合、この空気を後日に引き摺ってしまう可能性が高い。

 

そんなのは御免なので、俺は犬吠埼さんに提案した。

 

「えーっと……俺も本を買いに来たんだけど、すぐ終わるからさ。そしたらそこら辺の店で、何か飲み物でも飲まない? 俺が奢るから」

 

「え、でも……そんなの悪いですよ」

 

「いいからいいから。俺に格好つけさせてよ、ね?」

 

「えっと……それじゃあ、ご馳走になります」

 

「よし! じゃあ、ちょっと待っててくれる?」

 

そう言って俺はすぐさま小説を買ってくると、犬吠埼さんを伴って近くのファストフード店に移動した。

 

席に座って待っていた犬吠埼さんにソフトドリンクを渡し、俺もテーブルを挟んで向かい側の席へと座る。

 

暫くは、お互いに自分の飲み物に口をつけるだけで無言だったが、こういう場合急かすのはダメだと分かっている。

 

犬吠埼さんみたいな、引っ込み思案な娘なら尚更だろう。

 

なので、のんびりとリラックスした感じで待っていたのだが、そんな空気に犬吠埼さんも感化されたのだろうか。

 

思っていたよりも早くに、ぽつぽつと話し始めてくれた。

 

「この前、歌のテストがあったじゃないですか。その時、やっぱり私は歌うのが好きだなぁって、改めて自覚して……。だから……」

 

そこで恥ずかしそうに言葉を切ると、こちらを窺いながらもしっかりと語ってくる犬吠埼さん。

 

「歌手になりたいなって、夢を持ったんです。だからそのために、声楽の正しい知識とか、正しい発声の仕方とか、そういうのが載ってる本を買おうと思って……」

 

そこで言葉を切ると、犬吠埼さんは俺の方を真剣に見つめてお願いしてきた。

 

「○○先輩……今日の事は全部内緒にして下さい、お願いします!」

 

「え? ……という事は、歌手になる夢って犬吠埼先輩も知らないの?」

 

「はい……誰も知りません。お姉ちゃんにも、何も……」

 

「どうして秘密に……? 先輩の事だから、反対なんてせずに全力で応援してくれると思うけど」

 

「私もそう思います……お姉ちゃんは応援してくれるだろうなって。でも……」

 

そこでいったん言葉を切ると、彼女はいままで見たことが無いような力強い眼差しでこちらを見た。

 

「自分の夢の事まで助けて貰ったら、私はずっとお姉ちゃんの隣を歩くことが出来ません。もちろん、ずっと隠しておくことが出来ないのも分かっています……。だからせめて、それまでは一人で頑張りたいなって……そう思うんです」

 

犬吠埼さんの思わぬ決意を、俺は息を呑んで聞いていた。

 

引っ込み思案であまり自分を主張しない娘だと思っていたのだが、それだけじゃなかったみたいだ。

 

先輩から大切にされている事をありがたく思いつつも、それに甘えるだけじゃダメなんだとずっと思い続けていたのだ。

 

自分に自信が無かったためかそれを表に出すことが出来ずにいたが、今回の事を通して自分の夢を見出したことで、とてもいい方向に彼女は変われたのだろう。

 

「うん、分かった。そういう事なら、絶対に誰にも言わないよ。……何時か、叶えられるといいね」

 

「えへへ……はい、ありがとうございます!」

 

俺の励ましに対して、控えめながらも目を輝かせての答える犬吠埼さん。

 

今現在、特に将来の夢などを持ち合わせていない俺には、その姿がとても眩しいものに見えて……何か力になりたいと、そう思ってしまった。

 

しかし、彼女は今自分の力で立って進み始めたばかりで、それに水を差すべきではない。

 

彼女が疲れた時、助けを求めた時にそれを察せる様に気を配る位がちょうどいいだろう。

 

勇者部五箇条にも、『悩んだら相談!』とあるのだし。

 

……ただ、勇者部のメンバーは揃いも揃って抱え込みがちな気質をしているみたいなので、何かおかしいと思ったらこちらから踏み込むくらいで丁度いいのかもしれないが。

 

ともかく、話を終えた俺と犬吠埼さんは店から出て、彼女を家まで送っていったところでその日は別れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もまた、○○は犬吠埼姉妹の家で夕食を御馳走になっていた。

 

また、という言葉が出て来るくらい常連になってしまった事を悪いと思いつつも、それを拒むことは出来ない○○。

 

すっかり胃袋を掴まれてしまったような感覚を覚えながらも、風の料理の魔力には逆らえずに結構な頻度でご馳走になってしまう。

 

あの感謝状を贈った後からは、○○の好物を事前に訊いてからメニューを作ってくれることがたびたびある様になり、嬉しいけれど申し訳ないような二律背反の気分である。

 

因みに今日は○○が好きだと言ったアジの塩焼きで、鱗取りや腸出しといった下処理まで、全部風が自分で行なったという。

 

それを聞いた○○は感心するとともに、世の料理の出来ない奥様方は風を見習えとつくづく思ったものだった。

 

それは兎も角、そんな楽しい夕食会も終わり、姉妹の住むマンションから出ようとした○○だったが、出入り口に差し掛かったところで樹が後を追いかけてきた。

 

「あのっ、先輩……! 少し、いいですか……?」

 

はて、何か忘れ物でもしていただろうか。それとも、伝え忘れた事でもあったのだろうか。

 

そんな事を考えながらいいよと了承した○○に、樹はUSBメモリを手渡してきた。

 

取りあえず受け取った○○だが、一体どういう事なんだろうかと首を傾げる。

 

その様子を見て樹もいきなり過ぎた事を察したのだろう、つっかえながらも説明を開始した。

 

「あの、えっと……今、私のあの事を知っているのは先輩だけじゃないですか。秘密にして欲しいって言っておいて虫が良いとは思うんですけど……私の歌を聴いてもらって、感想が聞ければなって……」

 

そう言って、樹は恥ずかしそうに視線を逸らした。

 

そこまで言われて断るほど、○○も薄情ではない。

 

自分でいいのかとも思ったが、樹の言う通り、彼女の夢の事を知っているのは今のところ自分だけの様だし、歌を聴いて感想を言う位なら手助けの内には入らないだろう。

 

彼女もそう思ったからこそ、自分に感想を求めたのだろう。

 

そう考えた○○は快く了解すると、そういえばという感じで思った事を口に出してしまった。

 

女の子と秘密を共有するなんて、(前世も含めて)生まれて初めてだと。

 

それを聞いた樹は一瞬ぽかんとした後、見る見る内に顔を赤く染めてワタワタと慌て始めた。

 

「えっ……? ええっ……!? そ、そんな深い意味は、な、無いですから! ただ単に、ちょっと意見が聞ければなぁっていうだけで……うぅ……」

 

頬を真っ赤に染めながら俯いてしまった樹を微笑ましく思いながらも、ちょっとやり過ぎたかと○○は考え、冗談だよと軽く笑いながら撤回した。

 

「うぅ……ひどいですよ、先輩。 それに冗談って……そっちもそっちで何か納得いきません……」

 

まるで子供扱いだと感じて樹は口を尖らせるが、弱った顔をしながら謝罪してきた○○の顔を見ると、なんだかどうでもよくなってしまって、樹も一緒に笑ってしまった。

 

「それじゃあ先輩、お休みなさい。……感想、楽しみにしてますね?」

 

それからいつも通りに別れた二人は、お互いの家に戻った。

 

戻る途中の樹の足取りは、楽しみな事を待ちかねる子どものように軽やかだったが、彼女自身は全く無自覚で、意識もしていないのであった。

 

一方、帰宅した○○は入浴を済ませると、早速預かったメモリから樹の歌を再生して聞いていた。

 

スローテンポのしっとりした感じの曲で、しかし明日への希望や日常への感謝などを謳っている明るい歌詞。

 

それを歌い上げる樹も、ついこの間夢を抱いたとは思えないほどの歌唱力を見せており、思わず聞き惚れてしまう○○。

 

聴き終わった後、暫くの間ぼうっと余韻に浸っていた彼は、感想を伝えなければと思い立って樹へとメールを送った。

 

自分の語彙力では上手く伝えられないけど、何というか……心が震えるような感じがして、とても良かったと。

 

感動した事を正確に伝えられない己の表現力の貧困さを恨めしく思いながらも、○○は樹に自分の感想を伝えた。

 

自室で発声についての本を読んでいた樹も○○からのメールを読んで、頬を綻ばせた。

 

自分の力で夢に近づき、何時か姉の隣を胸を張って歩きたいと思っているのは確かな事だが、それでも誰かが自分の頑張りを認めてくれると心が満たされる。

 

温かい気持ちになりながら樹はベッドに横になり、眠気でぼんやりしてきた頭で先輩ってお兄ちゃんみたいな人だなと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから半月も経たない7月7日、勇者部は今まで撃破したものを除く7体全てのバーテックスを迎え撃ち、これを撃破することに成功した。

 

とはいえ簡単にはいかず、満身創痍になってしまった結果か、夏凜を除く全員が検査入院をした病院で何らかの身体の不調を訴える事となった。

 

友奈は味覚、美森は左耳の聴覚、風は左目の視覚、○○は左腕の自由、そして樹は声を失った。

 

検査自体はすぐに終わり、既に家に帰って動かない左腕に四苦八苦しつつも何とか夕食をとっていた○○は、もう戦いも終わりかと改めて息を吐いていた。

 

ただ、現状を再確認すると、もろ手を挙げて万歳とはいかないと○○は考えていた。

 

自分の事は置いておくとしても、他の少女4人は割と……いや、かなり深刻なのではないかと思わずにはいられない。

 

友奈は勇者部の皆で食事をしている時、前と同じような自然な笑みを見せていない気がする。

 

作り笑いとまではいかないが、あれは能動的に、笑おうとして笑っているのであって思わず零れた自然な表情とは違う。

 

食事に楽しみを見いだせなくなりはしないかと、結構心配ではある。

 

美森は左耳が聞こえなくなっているので、人とコミュニケーションをとる時にこれから不便になってしまうだろう。

 

すでに両脚が不自由というハンデを負っている彼女が、更に上乗せでハンデを背負うことになるとは……溜め息しか出ないとはこういう事かと○○は思う。

 

風は左目の視力を喪失した……本人は眼帯をしておどけた調子で振舞っていたが、女の子が自分の顔の部位に不調が出て、傷つかないはずがない。

 

本人はすぐ直ると言われたみたいだし、○○もそれを信じていたが、どうにも無理している感が拭えずにいた。

 

樹は……本人の夢を知っている○○としては、掛ける言葉を失ってしまったと言う他ない。

 

夢を抱いた矢先にこんな出来事が起こる――しかも、世界の為に戦った結果としてこんな事が起こるなんて、絶対に間違っている。

 

その様な感情が胸の内に渦巻いていて、ここ数日の間○○はモヤモヤを抱えながら過ごしていた。

 

片腕で何とか食器の後片付けを行なった○○は、ここ数日増えてしまった溜め息を吐きながら考えを巡らす。

 

今の樹は、治ると言われてはいるが、自分の夢が絶たれるかそうでないかの瀬戸際にいる。

 

本人の態度自体はいたって平静であったが、心のバランスなど本当にちょっとしたことで崩れるものだ。

 

彼女の夢を聞いた人間として、そのあたりの心配りをしておくべきだろうと○○は考える。

 

普段の様子は家族として風が見ていてくれるだろうから、それ以外の観点から自分は見ておくべきだと。

 

それ以外にも、何か出来る事は無いだろうかと○○は考える。

 

あの姉妹には夕食の事を始め、色々と気を使ってもらっている。こういう時にこそ骨を折るものだと、自然と頭に浮かんだのである。

 

そして、ひとまず考え付いたことを行うべく、PCで調べ物をしていく○○。

 

役に立つかどうかは分からないし、無駄になる可能性もある。

 

だが、そうじゃない可能性ももちろんあるのだ。

 

そうやって自分の心の弱気を追い出し、作業に邁進するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから夏休みに入り、合宿などの楽しいイベントもあった後の、新学期を一週間後に控えた夏のある日。

 

○○は夏風邪により、自室のベッドで寝込んでいた。

 

夏風邪はバカしかひかないらしいから俺ってバカだったんだなーと、熱に浮かされた頭で益体も無い事をつらつらと考えている○○。

 

食欲が無くて昨日の夜から何も食べていないが、未だに何か食べる気力も無い。

 

辛うじてスポーツドリンクの類を飲んでいるので、脱水症状にはなっていないのが不幸中の幸いではある。

 

昼はとっくの昔に過ぎており、部屋の窓からは西日が差し込んで来ていて少し眩しい。

 

その差し込んできた光で目を覚ました○○は、霞がかかった様な思考を無理やり働かせ、スポーツドリンクの補充と、ついでにトイレも済ませておくことにした。

 

未だに怠い体を壁で支えながら歩き、トイレで用を足すとキッチンに向かって飲み物を補充する。

 

一息吐いて、また自室に帰ろうとしたときにインターホンが鳴った。

 

誰だろうと思って玄関カメラを確認すると、何やら荷物を携えた樹が玄関の前に立っていた。

 

思わぬ来客に驚いた○○だったが、まだ暑い中わざわざ来てくれたのだ。すぐに気分を切り替えると、玄関まで出向いて扉を開けた。

 

『こんにちは、先輩。まだきついんですよね?』

 

相変わらず声が出ず、スケッチブックの筆談で会話をする樹。

 

それでも表情は気遣わし気に曇っており、○○を心配している事は十分に伝わってくる。

 

また何かしらをサラサラとスケッチブックに書くと、それを○○に見せてくる。

 

『今日はお姉ちゃんが作ったおかゆとスープを持って、お見舞いにきました』

 

どうやら持ってきた物は、おかゆとスープが入ったランチボックスだったらしい。

 

とりあえず玄関で話し続けるのも何なので、樹を家に上げて自室まで招く○○。

 

何故か樹は少し緊張した面持ちだったが、多分同年代の男の部屋に入ったことが無いからだろうと○○は考えた。

 

まだ頭がぼんやりしているが、それでもお見舞いに来てくれたことは素直に嬉しかった。

 

そのまま樹とやり取りをしていると、昨日の夜から何も食べていない身体が腹を鳴らして不平不満を訴えた。

 

かなり大きく響いたその音に、呆気にとられたような表情をしている樹。

 

○○もバツが悪くなり、自分の腹を撫でながら樹から目を逸らした。

 

『おなか減ってるなら、今食べますか?』

 

さっきまで食欲が無かったというのに、風が作ったおかゆとスープがあると分かっただけでそれを復活させる自分には呆れた○○だったが、逆らう事など出来はしない。

 

樹が書いた言葉への返事は、照れつつも頷く以外には無いのだった。

 

ランチボックスから容器を取り出した樹は、蓋を開けておかゆとコンソメスープを開帳する。

 

その良い匂いを嗅いでまた腹が鳴ったが、これについては既に諦めていた○○は努めて無表情を保った。

 

……樹が、仕方ないなぁという表情で微笑ましく彼を見ていたのも、何も気づかないふりをしていた。

 

ともかく、ありがたくそれらを頂こうとしていた○○は、未だに容器もスプーンも樹の手に握られているので手を差し出したのだが、樹は首を横に振った。

 

困惑した○○は首を傾げたが、樹はそれには構わずに一口分のおかゆをスプーンで掬い取り、ふーふーと息を吹きかけて冷ましはじめた。

 

その行動で察した○○の顔が強張り、静止の言葉を樹にかけるのだが、彼女は再び首を横に振り、行動を止めない。

 

そして、樹自身も頬を染めながら、冷ましたおかゆが乗ったスプーンを口元に差し出してきた。

 

最後の抵抗を示したかった○○だったが、ここで彼女の厚意を無下にすることは、見舞ってもらっている身としては躊躇われた。

 

何より、樹も顔を赤くしているという事は、からかう様な意図など微塵も無いということだ。

 

観念した○○は、餌を貰う小鳥のように口を開け、口元まで運ばれていたおかゆを大人しく受け入れた。

 

流石は風が作ったものというべきか、味も口当たりも優しいもので、これなら病人である自分でもするりと食べられるだろうと○○は思った。

 

続いてスープも飲ませて貰った。……やはり、樹にスプーンで運んでもらってであるが。

 

自分が食べるたびに嬉しそうな顔をする樹を無下にすることなどできず、結局完食するまで一連の介助は続いたのだった。

 

食事が終わると、樹は○○の家のキッチンを借りて、おかゆとスープの容器を洗っていた。

 

その間、○○は携帯に入れていた樹の歌を聴いていた。

 

以前貰ったものをスマホに移し、パソコンでなくとも聞けるようにしたものである。

 

彼女の歌声を聴いていると、心が落ち着く――そういう風に○○は感じていた。

 

そのまま暫らくボーっとしていた○○だったが、容器を洗い終えた樹が部屋に戻ってきたので歌の再生を止めて彼女を迎えた。

 

そこで、樹の様子が何処となくおかしい事に彼は気付いた。

 

何かを堪えるような表情でこちらを……正確にはイヤホンが刺さったままのスマホを見つめている。

 

自分が戻って来るまでの間、○○が何をしていたのか見当がついたのだろう。

 

どうかしたのかと○○が問いかけると、樹はハッとしたような表情でスケッチブックに言葉を書いていく。

 

『いいえ、何でもないですよ?』

 

言葉の意味だけ受け取れば、書かれてある通りだが……その書かれた文字の形がそれを裏切っている。

 

ここに来たばかりの時に書いた文字と比べ、明らかに形が崩れているそれは、彼女の内心を如実に表している。

 

笑ったまま泣いているような、今にも崩れそうな表情も見ていられない。

 

そう思った○○は、下手な芝居を始めて、しかし真摯に言葉を紡いでいく。

 

今日の自分は風邪でボーっとしていて、頭も霞がかかったみたいにはっきりしない。

 

だから、何を聞いたとしても明日になったら忘れてるだろうなぁ……と。

 

それを聞いた樹は無理をした笑顔のまま一瞬固まり、その数瞬後には今にも泣きだしそうな表情へと変わってしまった。

 

持っていたスケッチブックに、震える手で、ゆっくりと自分の気持ちを書いていく樹。

 

やがて○○が見せられたそこには、悲しみに歪んだ文字で、彼女の隠していた心の一部が綴られていた。

 

『歌いたいです……でも、それ以上に』

 

手の震えで必要以上に大きく書いてしまったため、1ページに収まらず、崩れた表情のままページをめくって続きを書く樹。

 

『みんなとお話しできなくて……悲しいです』

 

心優しい彼女は、自分の夢が事実上絶たれている事よりも皆と言葉を交わせないことこそが悲しいと言う。

 

どうしてこんなに健気なのだろうか……普通ならこの状況に苛立って当たり散らしてもおかしくない年頃なのに、彼女はそんな姿を欠片も見せていない。

 

放っておけなくなった○○はふらつきながらも立ち上がり、樹の所まで行くとその頭をあやすように撫で始めた。

 

一瞬吃驚したような表情をした樹だったが、またすぐに表情が崩れた。

 

そして大粒の涙を零しながら、○○の胸に縋りついて泣き始めた。

 

泣いているというのに声は全く出ず、しゃくり上げる息遣いの音、悲痛に歪んだ表情と涙のみが流れ落ちる、一種異常な光景。

 

普通なら大声を上げて泣いていてもおかしくない状態で、しかし声を失った樹には悲しみを言葉に乗せて吐き出すこともできない。

 

その代わりと言うように樹の瞳から零れ落ちる大粒の涙が、その悲しみの大きさをこれでもかと○○に伝えてくる。

 

しかし、○○に出来る事は自分の胸に縋って泣いている優しい少女を、あやす様に頭を撫でる事くらいしか無い。

 

他に何もできないのなら、せめて彼女の悲しみくらい受け止めようと、○○は何も言わずに樹を宥め続けるのだった。

 

そして、一頻り大泣きして幾分か落ち着いた樹は恐縮しきりで謝っていた。

 

『ごめんなさいごめんなさい、お見舞いに来てこんな……』

 

それだけスケッチブックに書いて、ひたすらペコペコと○○に頭を下げ続ける樹。

 

お見舞いに来た人間が病人の前で大泣きして慰められるなど、前代未聞の珍事ではあるから、樹がこうなるのも無理はない。

 

○○は気にしなくていいと笑いながら軽く言ったのだが、樹は到底納得できないような様子で自分を見てくる。

 

苦笑した○○は、それなら自分が眠ってしまうまで傍にいて欲しいと彼女にお願いした。

 

そんな事でいいのかと樹は首を傾げたが、このまま押し問答をしていても不毛なだけなので、そこは○○が押し切った。

 

そして、布団に入って目をつぶった○○を静かに見守っていた樹だったが、十分もすると規則正しい寝息が聞こえてきたので、その寝顔を確認する。

 

口元が半開きになり、いかにもリラックスしているといった寝顔の彼を見た樹は、静かに微笑んでそのまま帰ろうとした。

 

しかしそこで、一冊のノートが本棚から零れ落ち、静かな部屋に響いた唐突な物音に思わずびくりとしてしまう。

 

いきなりの事に少々驚きながらも落ちたノートを拾おうとした樹だったが、落ちた拍子に開かれたページに書かれていた事に視線が釘付けになってしまった。

 

喉に負担をかけない呼吸法、喉に良い飲食物、簡単にできる肺活量増加の訓練法、声楽について書かれた本の紹介――――他にも様々な事が手書きで記載されていた。

 

困惑しながらページをめくっていくと、やはり声や喉、発声といったワードが目に付く。

 

○○に悪いと思いながらもページを繰る手を止められず、今更ながら最初のページにも目を通す。

 

そこに一言書かれた言葉は、今の樹をどんな言葉よりも揺さぶった。

 

【犬吠埼さんが声を取り戻す日を願って】

 

書かれていること自体は樹も知っているような知識が大半で、これはと思うようなものはあまり無かった。

 

ただ、その量はかなりのもので、素人が一から調べたのならかなりの時間が掛かったはずだと樹にも分かった。

 

(治るかどうかも分からない、私の為に……?)

 

そう認識した樹の瞳が潤み、再び涙が零れ落ちてきた。

 

つい先ほど散々泣いたというのに、またもあふれ出てきた涙に自分のことながら困惑してしまう樹。

 

先程まで流していた悲しみの涙とは違う、感極まった心が流させた、温かい涙。

 

両手を口元に当てて、止め処なく涙を流しながら、安らかな寝息を立てている○○を見やる樹。

 

涙で潤んだその瞳は、兄の様だと思っていた少年を一心に見つめている。

 

でも違ったんだと、今更分かった。分かってしまった。

 

(先輩はお兄ちゃんじゃなくて……私の大切な人で、初恋の人……)

 

初めて好きになった男の人がこの人で良かった――樹は心からそう思った。

 

今すぐにでも、彼に自分の想いを伝えたい。

 

しかし――――――自分は声を失ってしまった。いつ戻るのか……見当もつかない。

 

(声を失った人魚姫も、こんな気持ちだったのかな……)

 

今の自分の境遇が、童話の主人公のそれと重なる。

 

その結末が頭を過ぎり、やるせなさと切なさで心が挫けそうになるが、自分には姉も、勇者部の皆も、そして○○もついていると思い直す樹。

 

みんなが――○○が信じていてくれるなら、自分も絶対に諦めない。

 

初恋の人の寝顔を見つめながら、そう心に誓った樹であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月日は流れ、勇者部の文化祭の出し物も大成功に終わった後のこと。

 

勇者部の部員たちは失っていた身体機能を取り戻し、そして掛け替えの無い日常も取り戻していた。

 

そんな、いつもと変わらない風景の1ページである犬吠埼姉妹の夕食後の風景。

 

風は樹に訊きたかった事があったのだが、決心がつかずに先送りしていた事があった。

 

しかし、いつまでも後回しには出来ない。

 

そう思った風は、深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、リビングで声楽の本を読んでる樹に声をかけた。

 

「ねえ樹。今からちょーっとデリケートな事を聞くけど、答えてくれない?」

 

「どうしたの、お姉ちゃん? ……そんなに改まって」

 

怪訝な表情で風に問いかける樹に、風は出来るだけいつもの様な軽い態度で問いを重ねた。

 

「樹ってさ……○○の事、好き……なのよね?」

 

「えっ!? えっと……うん、好きだよ。本当に大好き」

 

驚きながらもきっぱりと肯定した樹に、風はああやっぱりかと、最近の○○に対する妹の態度を思い出しながら考える。

 

色々と思い出せることはあるが、以前と一番違うのは、時折樹が見せる、○○を見つめる眼差しだった。

 

熱の籠った、ひた向きな視線――俗な言い方をするなら、恋する乙女の眼差しというものを、樹は勇者部唯一の男子に向けるようになっていた。

 

「そっかー……うん、○○なら私も心配ないかな。お姉ちゃんも応援するからね!」

 

自分の恋心に完全に蓋をして、妹の恋を応援すると風は言い切った。

 

いつもの様に言えた自信があった風は、その後に続いた樹の言葉に一瞬固まる事になる。

 

「ありがとう。……でも、お姉ちゃんも先輩の事、好きだよね?」

 

「――――っ。そ、そんな訳ないじゃないのー、もう。樹の気のせいよ、気のせい! 大体○○は年下じゃないの。好きになるなんて無い無い!」

 

真実と真逆の事を口に出している風の内心は悲鳴を上げていたが、それよりも妹の恋を成就させたいと願った風はそれを無理やり封じ込めた。

 

知らなかったとはいえ、自分は樹の夢を断つ引き金を引いてしまった。

 

今は失った声を取り戻せているが、その事実は消えない。

 

そんな自分が妹の恋の障害となるなど、たちの悪い冗談でしかない。

 

「なら訊くけど……私が先輩に告白して、先輩がそれを受け入れたとして……。目の前で恋人として振る舞う私達を見ても、全く平気でいられる? 100%祝福できるの?」

 

「――――――――――――」

 

何か言わなければならない……しかし、口がパクパクと無意味に開閉するだけて、掠れた声すらも出てこなかった。

 

考えなかった訳ではない。しかし、妹から直に指摘された事で改めてその事を突き付けられた風は、自分の覚悟がいかに甘かったか思い知らされた。

 

俯いて何も言えなくなってしまった風に、先程とは一転して明るい口調になった樹が話しかける。

 

「だから、みんなで幸せになりたいなって私は思ってるんだ。そのために、お姉ちゃんも頑張ろうよ!」

 

「い、樹……? あんた、何を…………って、まさか!?」

 

唖然とした表情で樹を顔を見つめる風。

 

相変わらず樹は優し気な笑みを浮かべていて、いつも通りにしか見えないが、だからこそ先程の言動のおかしさか際立つ。

 

「ちょっと樹……あんた正気なの?」

 

「私はどこもおかしくないよ、お姉ちゃん。……他の人だったら絶対イヤだけど、お姉ちゃんや勇者部の先輩方となら、○○先輩を共有できると思ってるの」

 

澄んだ、誠実な瞳で風を見つめ返す樹。本当に、どこにもおかしな態度は見られない。……その言動以外は。

 

「だから先輩には、私達と一緒にいる事が当たり前になって貰って、私達といる事に幸せを感じて貰って、そして努力して絶対に私達を好きになってもらうんだ!」

 

キラキラと輝いた表情で、自分の思い描く未来図を語る樹。その輝き具合は、歌についての夢を語っている時と遜色ないほどのものになっている。

 

「でも、無理やりは絶対にダメだから。○○先輩には自然に私達を好きになって貰わないと……。その為には、私一人じゃ無理だけど、お姉ちゃんや皆とならやれると思うの」

 

「ちょっと待って、皆って……もう同意した部員がいるって言うの?」

 

信じられない情報に風は驚愕するが、樹の態度はそのまま……いつも通りである。

 

「うん、友奈さんと夏凜さんは私に賛成してくれたんだ! 東郷先輩はまだわからないけど……だからお姉ちゃんも一緒にやろう?」

 

天使の微笑みを浮かべながら、世の道理から外れた事への誘いをかける樹。

 

風の理性は妹を止めろと、全力で引き戻せと最大限の警鐘を鳴らしている。

 

こんな事はおかしい、間違っている、正しくない……しかし、風の口からは拒絶の言葉は一向に出てこなかった。

 

風は夢想してしまっていたのだ――――――樹が語る、その幸せな日常を。

 

○○を樹と、皆と共有し、いつまでも平穏な毎日を送る――――――そんな日常を。

 

「――――――いいんじゃないかしら?」

 

「――――――お姉ちゃんもそう思うでしょ?」

 

そう言って笑い合う姉妹は、普通から外れてしまった自分を自覚しつつも、決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――もう戻れない……戻るつもりもないけど、と。




やり切った! 樹ちゃんのお話は完!

すっごいやっちまった感もあるけど、やり切ったっていう満足感もある不思議な心境……!

最後は樹ちゃんフルスロットル状態になりましたが……皆さんが満足してくれることを祈るのみです(震え声)

では、また次回に……


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サツキの章

十日程前の出来事です。

私のもとに、注文していたのわゆの小説が届きました。

……下巻が単体で。上下巻どちらとも、同時に注文したというのにです。

困惑した私はメールボックスを確認すると、密林からメールが届いており、そこにはこうありました。

『ご注文いただいた商品を少しでも早くお届けするため、一部の商品を発送いたしました』

…………余計なお世話じゃこのボケェ! どうせなら上巻を先に送ってくれっての!!

マジでこう叫びました。気が利いて間が抜けているとはこの事だと、身をもって体験した出来事でした。

こうしてkonozamaからの焦らしプレイを強制体験させられた翌日、上巻も無事に届いたのですが……たぶん、今回の事は一生忘れないと思います。

おのれkonozama!

……まあ愚痴は程々にして、今回の話に入りましょう。

ではでは、始まり始まり~。


日曜日、俺はスーパーへ生活用品や食品などを買うために出かけてきていた。

 

一人暮らしなので、こうして偶に無くなりそうな物を買い足しておかなければ、いざという時に困る事になる。

 

始めの内は忘れてしまうこともあり、その度自分のうっかりに頭を抱えたものだが、二年も続けていれば嫌でも習慣になるものだ。

 

今日もそんな習慣付いた買い物を行なっており、最後に味噌汁の出汁を取るための煮干しを買おうと売り場に行ったところ、見知った顔に出くわした。

 

「あれ、三好さん?」

 

「ん……? ○○じゃない。あんたも煮干しを買いに来たわけ?」

 

そう言って、意外そうな目で俺を見る三好さん。

 

こちらとしては、煮干しが一杯になった買い物かごを女子中学生がぶら下げているその絵面に変な笑いが出そうになったのだが、何とか堪えた。

 

「三好さんみたいに直接食べる為じゃなくて、味噌汁の出汁を取るためのヤツだけどね」

 

「……まあ、それが一般的なのかしらね。最高に美味しいのに勿体ない……」

 

何やらブツブツ小声で言っている三好さん。

 

煮干しが好きなのは知っていたが、ここまでとは正直思わなかった。

 

『にぼっしー』と犬吠埼先輩が言っていたのも言い過ぎじゃないかもと思ってしまう。……言ったらヒドい目に遭いそうなので、絶対に言わないが。

 

それから何となくレジまで一緒に行って支払いを済ませた俺と三好さんは、店を出て途中までという事で帰り道を一緒に歩いていた。

 

俺からの提案に三好さんは変なものを見るような表情でこちらを見ていたが、断る理由も無かったのか、結局それを受け入れてくれた。

 

そうして肩を並べて家路に着いた訳だが……無言。お互いに無言。ひたすら無言。

 

チラリと三好さんを横目で窺うが、別に詰まらなさそうにはしていない。これが普段通りの彼女なのだろう。

 

自分から誘った手前、何かしら話そうと思って話題を提供してみるが、すぐに終了してしまう。

 

話を打ち切られたわけではないのだが、全然食いつかない。すました猫の様な風情だ。

 

そんな、ちょっとした緊張感に包まれた俺たち二人は帰り道を共にしていたのだが、もう結構歩いたはずなのに全然道が分かれない。

 

「三好さんもこっちの道?」

 

「そうだけど、あんたもこっち?」

 

「もうすぐ家に着くんだよね。……もしかしたら、俺たちって案外近くに住んでるのかも」

 

そんな話をしながらたどり着いたのは、何と同じ集合住宅で、たどり着いた俺と三好さんはお互いに顔を見合わせた。

 

「俺、ここに住んでるんだけど……」

 

「奇遇ね、私もここに住んでるわ……」

 

お互いに戸惑いつつ建物の中に入って行くと、何と住んでいる階まで同じで隣の部屋だったらしく、余りの偶然に俺は言葉も無かった。

 

「ええぇ……全然気付かなかったな……。三好さんって、ついこの間越して来たんだよね?」

 

「大赦が用意してくれた部屋がここだったのよ。私も今日まで、あんたがここに住んでるなんて全然知らなかったし」

 

「だよねぇ……」

 

何て偶然なんだと改めて考えつつ、気持ちを切り替えた俺は三好さんに向き直った。

 

「でもまあ、悪いことじゃないし。お隣同士、これから宜しくね?」

 

そう言って笑いかけると、三好さんもちょっと戸惑ったような表情をしつつも、返事をしてくれたのだった。

 

「……まあ、隣だしね。お互いに面倒はかけないようにしましょ」

 

少し固さを感じる言い方だったが、これからみんなで仲良くなっていけばいい。

 

勇者としての使命もいいけど、それでも十代半ばの少女なのだ。

 

三好さんも、他のみんなみたいに普通の中学生らしくなれたらいいなと思う俺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物中に○○と夏凛が出会った日から、ほんの少しだけ時間が経ったある日。

 

勇者部の面々と触れ合う中で、夏凜は勇者としての使命の為でしかなかった仮初の日常に、久しく感じなかった温かさを感じていた。

 

どれだけ尖った対応をしても、柳に風とばかりに受け流して自分を巻き込んでくる勇者部。

 

風の口車にのって入部してしまったが……正直、悪くないと思うようになっていた。

 

……口に出して認めるのは癪なので、絶対に言ってやろうとは思わなかったが。

 

そんな、少しだけ変化した心境を抱えた夏凜は、○○と一緒に帰り道を歩いていた。

 

この二人で帰り道を歩くというのも、結構定番になっている。

 

あの日から結構打ち解けた○○と夏凜の間には気まずい雰囲気も殆んど無くなり、○○も気負わずに彼女に話しかけた。

 

「三好さんは今日の夕飯なに食べる? 俺は野菜炒めにする予定なんだけど」

 

「夕飯? さっき買ったコンビニ弁当」

 

「ええぇ……確か、この前もそれじゃなかった?」

 

渋い表情で苦言を呈する○○に、夏凜はバツの悪そうな顔で目を逸らす。

 

「……別にいいじゃない。死ぬわけでもないし」

 

「でもさ……そればっかり食べてると絶対ロクなことにならないよ? 勇者が肥満とか糖尿病に罹ったら、それはそれはダサいと思うんだけど……」

 

「うぐっ……」

 

○○の苦言に対し、夏凜は思わず言葉に詰まった。

 

夏凜は頭が悪いわけでもないし、面倒臭がりでもない。

 

出来ないことがあれば努力でもってそれを克服してきたし、素の能力も優秀だ。

 

大赦から勇者に任じられたのも、何より本人の血の滲む努力あってのものであるし、それを誇りに思っている。

 

夏凜は自分と○○を比べた時、勇者としては間違いなく自分が優れていると自負していた。

 

しかし、一人暮らしを行なう人間としては○○に軍配が上がるとも分かっていた。

 

なにしろ自分は外食、出来合いの物が中心の食生活なのに対し、○○は簡単ながらも自炊している。

 

最近は風に教えられているという料理の腕は、男としては十分高水準だろう。

 

対して、夏凜は勇者としての基礎能力の向上などに、空いた時間を充てていた。

 

そういう時間の使い方の違いが今の状況を作り上げた訳だが、使命優先とはいえ、同い年の男子に食事作りの能力で負けているというのは……何だかモヤモヤしたものを感じてしまう夏凜であった。

 

「うーん……じゃあさ、少しの間食べずに待っててくれる? お裾分けに行くから」

 

「はあ? ……いやいや、別にいいから。あんたにも悪いし、手間でしょ」

 

「いいっていいって。それじゃ、すぐ作ってくるから」

 

「ちょっ―――――」

 

待って、と声をかけようとした夏凜だったが、自分の部屋の前に到着した○○はすぐさま部屋に引っ込んでしまい、伸ばした夏凜の手は空を切り、本人が溜め息を吐くだけで終わった。

 

観念した夏凜は自室へと戻って部屋着に着替え、律儀に○○が来るのを待っていた。

 

こういう場面で突き放せない所に夏凜の性格が出ていると思われるが、本人もそれには気付いていない。

 

三十分ほど経っただろうか、玄関チャイムが鳴ったので来訪者を確かめると、○○が約束通り、ラップがかけられた皿を持ってやって来ていた。

 

「はいこれ。犬吠埼先輩直伝、特製野菜炒め! ……まあ、男のお手軽料理だけど、味見したら結構美味くできたし、食べてくれたら嬉しいな」

 

「あ、ありがとう。……皿は洗って、明日持っていくから」

 

「うん。それじゃ、召し上がれ~」

 

それだけ言って、○○は自分の部屋に帰って行った。

 

夏凜も出来たての野菜炒めを抱えて食卓に戻り、コンビニ弁当と並べて置く。

 

おかずの内容だけを見れば、コンビニ弁当の方が数段豪華であるのは間違いない。

 

「あむ……。うん、まあまあ美味しいんじゃないかしら」

 

そう思いつつも、野菜炒めを頬張る夏凜の心には、久しく忘れていた人の手作り料理を食べた時の満足感が宿り、表情も微かに綻んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫らく時間が過ぎた七月七日。

 

勇者部の一同は力を合わせ、残り七体のバーテックスの撃破に成功し、ここに十二体全てが倒される事となった。

 

原因不明の不調という不安を抱えつつも、勇者部の面々はそれまでと同じごく普通の生活に戻る事となった。

 

○○も左腕が不自由になり、簡単な料理も出来なくなってしまったので、出来合いの物中心の食生活への変更を余儀なくされていた。

 

もっと他に大変な事があるだろうと思われるかもしれないが、○○はこれを少々深刻に受け取っており、実際食事での満足度は自炊時と比べて減っていた。

 

片腕では仕様がないと納得してはいるものの、風が色々教えてくれていただけに、それを生かせなくなってしまったのは残念だと考えていた。

 

今日も弁当屋によって夕食を買ってから帰ったのだが、部屋の前には不敵な表情をした夏凜がスーパーのビニール袋をぶら下げて待ち構えていた。

 

「どうしたの、三好さん。俺に何か用事?」

 

「待ってたわよ、○○。今日はいままでの借りを返しに来たわ」

 

「借り? ……何かあったっけ?」

 

本当に心当たりのない○○は、困惑した表情で首を傾げた。

 

「今まであんたの夕食のおかずを分けて貰う事が結構あったでしょ? で、その時の借りを今こそ返そうってわけ」

 

「いや、殆んど俺が押し付けて食べて貰ったようなもんだし、気にしなくても――」

 

「という訳で、私の部屋に招待するわ。着替えたらちゃんと来るように」

 

「ちょ―――――」

 

待って、と声をかけようとした○○をスルーして、夏凜は自室へと引っ込んでいってしまった。

 

のばされた右手は空を切り、そのまま暫らく停止していた彼は、大きく息を吐いてうな垂れると気分を切り替え、自室に戻って荷物を置いた。

 

このまま自室で過ごすなら着替えるところだが、夏凜の部屋へ呼ばれてしまっている。

 

学校の制服のままでいいだろうと考え、特に何も準備をせずに彼女の部屋へ向かった。

 

全然気負いが無いのは、転生した故の鈍感が発揮されて彼女を庇護対象とみているが故であったが。

 

とにもかくにも夏凜の部屋を訪れた○○は、彼女からリビングで待っているように言われ、ソファに座り、キッチンで料理している彼女を窺った。

 

チラリと見えた材料から察するに、夏凜は焼きそばをチョイスしたらしい。

 

やたら高度なメニューを選んでいたらどうしようかと不安に思っていた○○は、これなら結構なものが食べられそうだと期待しながら待つことにした。

 

まな板で材料を切る、軽快な音が聞こえる。順調らしい。

 

完全に気を抜き、ソファに身体をあずけて寛いでスマホをいじっていた○○だったが、暫くすると変な声が聞こえてきた。

 

「あの、三好さん? ……何かあった?」

 

「えっ!? あー……いや、べっつにぃ? 気にしないで待ってて。……こっち来たらダメだからね」

 

「あ、うん……」

 

さっきから材料を炒める音が聞こえていたので、そこで火が強すぎてちょっとした失敗なんかをしたのだろう。

 

焦げ臭い臭いもしていたが、夏凜が慌てて換気扇を回したらしく、それもすぐに消え去った。

 

少しだけ不安が頭を過ぎったが、○○は夏凛を信じて待つことにした。

 

そのまま暫らく待っていた○○だったが、ふと様子を窺うとキッチンから何も物音がしなくなっている事に気付いた。

 

何かしら作業をしているなら、多少の物音はしているはずなのだが、本当に何も聞こえない。

 

不審に思った○○は、近づくなと言っていた夏凜に心の中で謝罪しつつ、そのキッチンへと入って行った。

 

そこには、今まで料理に使っていたであろうガスコンロの上に置かれたフライパンを前にしてうな垂れている夏凜。

 

それと、明らかに焦げ付いている焼きそばが存在していた。

 

「あ、○○……。あはは、見なさいよ、この無様な出来栄えを……あんな大口叩いといてこのザマだもの、笑うしかないわね……」

 

引きつった様な、笑えている様で笑えていない表情で、自嘲の言葉を口にする夏凛。

 

「レシピは完璧に覚えていた……つもりだったんだけど、つもりでしかなかったみたい。正直、甘く見てたわ……」

 

明らかに落ち込みつつも、それを出来るだけ見せようとしない夏凜。

 

見ていられなくなった○○は、近くに置きっぱなしにされていた料理箸を手に取ると、フライパンの中の黒焦げ焼きそばを啜った。

 

「あっ、○○!? 何やってんの、明らかに失敗作よ!?」

 

○○が食べたのを見て、落ち込んでいた夏凜が慌てて止めに入るが、彼はそれを制止して黙々と焼きそばを食べ続けた。

 

食べ続ける○○の姿に夏凜も何も言えなくなったのか、心配そうな表情をしつつも彼を見守る事にしたらしい。

 

結局、○○は黒焦げの焼きそばを完食した。

 

「大成功とは言えないけど、全然食べられないほどの大失敗じゃないと思うよ。……これからの精進次第じゃないかな」

 

「お世辞はいいわよ……」

 

失敗作を食べさせてしまった気まずさから、目を逸らしてぼそりと口にする夏凜。

 

「違う。お世辞じゃないよ、三好さん」

 

夏凜の正面に立ち、逸らされた彼女の目を覗き込んでそう口にする○○。

 

その眼差しを受け止める事になった夏凜は、お世辞でも誤魔化しでもない本心からの言葉を○○が言っていると感じざるをえなかった。

 

何だか急に恥ずかしくなってきた夏凜は身体ごと○○の反対方向を向くと、場の空気を一新するように声を張り上げて言った。

 

「ゴホンッ! ……今日はこんな感じで終わったけど、いつかほっぺが落ちるほど美味しい焼きそばをあんたに食べさせてあげるから! それまで待ってなさいよ!」

 

「あっはは、やっぱり三好さんはそうでないとね」

 

「~~~~~~~っ!! あんた今日はもう帰んなさいよ!」

 

強がりをあっさりと見抜かれた夏凜は、恥ずかしさから○○の背中を押して強制的にお帰り願おうとした。

 

顔を真っ赤に染めながら○○の背中を押す夏凜だったが、先程の真剣な表情の○○を思い出してますます恥ずかしくなってくる。

 

勇者としての使命感だけで動いていた少女はそこにはなく、思春期の等身大の少女の姿があったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期に入ってしばらく経ったある日。

 

不安を抱えつつも、何とか表面上の平穏を保っていた日常は、満開の真実、そして世界の本当の姿に絶望した東郷さんの行動によって終わりを告げた。

 

外の世界とこちら側を隔てる『壁』を破壊し、少数の犠牲の下で成り立っているこの世界を終わらせる――そうしなければ、私達は生き地獄を延々と、死ぬまで彷徨う事になると、そう言って。

 

大切な人たちが緩慢に、だが確実に人としての尊厳を失っていくのに耐えられなくなった東郷さんは、その苦しみを一人で抱えたまま暴走してしまった。

 

それに気付けなかったと自分を責める結城さんだったが、三好さんは、友達に失格も降格も無い、あんたがどうしたいかが大事なんじゃないかと諭した。

 

東郷さんを止めたいと望んだ結城さんだったが、俺から見ても今の彼女の精神状態はかなり落ち込んでいる。

 

今は――今はどうにもならないかもしれない……でも、やれることはある。

 

勇者部は、なるべく諦めない、成せば大抵何とかなるのだから。

 

二人で飛び出していく俺と三好さんの背後から、結城さんの声が聞こえる。

 

大丈夫、結城さんはきっと立ち上がる。

 

だが、その前にそれを妨害するお邪魔虫が立ちはだかっている。

 

「さて、まずはあいつらを殲滅して、それから東郷を探さなきゃだけど……○○、行けそう?」

 

「もちろん。……三好さんはアイツらに集中して。今まで通りに援護するから」

 

「オッケー。……それじゃ、また後で」

 

そう言って、弾ける様に飛び出し、バーテックスに突っ込んでいく三好さん。両手の刀を素早く薙ぎ払って、圧倒的なスピードで敵を打ち倒していく。

 

「よし、俺も始めよう。照魔鏡……準備だ。――――――満開!」

 

三好さんとほぼ同時に満開した俺の周囲に、いくつもの真円をした鏡が浮かび、背後には一際大きな姿見が出現する。

 

俺の精霊の照魔鏡――伝説では妖怪や悪魔の正体を暴くと言われている鏡。

 

しかし、その力は伝説とは違い暴くものではなく、対象の状態を映し出し、俺の援護を補助するというものだ。

 

しかし、皆にも隠していた本当の能力というものが一つある。

 

満開の真実を知った今、もう使う事に躊躇いはない。

 

あとで大泣きされるかもしれないが……使わずにいたら絶対に後悔する。それだけは確実なのだから。

 

俺が念じると、背後の大鏡に三好さんの姿が映し出される。

 

満開した三好さんは圧倒的なパワーとスピード、攻撃範囲で次々バーテックスを屠っていく。

 

だが、やはり一回の満開で全てのバーテックスを倒すのは無理だったのか、度々満開が解除されてしまう。

 

その度に大鏡が妖しい光を放ち、それが俺にまとわりつく。

 

今のところ、俺の身体にも三好さんの身体にも異常は窺えない。良い調子だが……必ず揺り戻しは来る。

 

これは、そういう能力なのだから。

 

結果として、都合四回の満開を行なった三好さんは、迫って来ていた五体のバーテックスを殲滅することに成功した。

 

一先ずの戦いを終えて、俺のそばに降り立つ三好さん。俺と、そして近くにいるであろう結城さんの様子を見に来たのだろう。

 

俺の背後の大鏡からの光は、両目、両耳、右腕と右脚を覆っている。

 

「取り敢えずお疲れ様、三好さん。……調子はどうかな?」

 

三好さんは無言で俺の事を見つめている。その表情からは、困惑している事がありありと窺える。

 

「……あんたの補助能力って、満開の代償も帳消しにできるようなそんな凄まじいものだったの? ……いくら何でも都合が良すぎるでしょ。代償は神樹様に捧げられるはずのもので、それを私たち人間が何とかするなんて……」

 

やはり、三好さんは頭がいい。

 

このまま気付かないでいて欲しかったけど……どうせ時間の問題だったのだし、仕方がない。

 

「帳尻ってさ……やっぱり、どこかで合わせなきゃダメみたいだね。でもよかった……もうあんなになった皆は見たくなかったし」

 

「○○、あんた何言って――」

 

三好さんがそう言った時、俺の背後の大鏡に映っているのが、三好さんから俺に変化する。

 

そして大鏡に亀裂が次々と走っていき、映っていた俺の姿にもヒビが入る。

 

次の瞬間、甲高い音を響かせながら大鏡は粉々に砕け散り――――――

 

同時に満開が解除された俺は、右腕と右脚の力を失い、光も音も無い世界へと放り出された。

 

「――――――――――!!」

 

最後に、聞こえるはずもない三好さんの叫び声が聞こえた気がした――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「○○!? ちょっと、しっかりしなさいよ!!」

 

背後の鏡が砕け散り、満開が解除された○○は、糸の切れた操り人形のように力なく倒れ伏した。

 

変身も解除され、うつ伏せに倒れてしまった○○を抱き起した夏凜は、その様子に愕然とした。

 

眼は開けているが、どこにも焦点が合っておらずに虚ろそのもの。

 

それに、こんなに近くで叫んでいるのに音に対して全く無反応。

 

以前満開の代償で失った左腕はともかく、右腕にも、そして右脚にもまるで力が入っておらずに完全に脱力している。

 

「そんな……これって……あんた、まさか……」

 

夏凜は、自分が戦っている時の事が頭を過ぎった。

 

今までの事を考えれば、満開が解除されるごとに代償を支払わなばならないはずだ。

 

それなのに、戦闘中は一向にその兆候が見られなかったため、○○の能力で代償の支払いを戦闘後に先送りしているのかと思っていた。

 

そして、自分が満開を行なった回数は四回。

 

○○が新たに不自由になった箇所も、両目、両耳、右腕、右脚の四カ所で、数が一致する。

 

考えられることは――――――

 

「あんた……代償を、肩代わりしたって言うの……!?」

 

絶望的な結論に至った夏凜は、悲痛な声をあげながら○○を揺する。

 

だが、それなりに大きな声であったその言葉も、音を感じられない○○には届かない。

 

揺すられた○○は焦点の合わない瞳を瞬かせ、ふっと笑った後に、独り言のように言葉を続けた。

 

「上手くいって良かった……三好さん、何ともないのかな?」

 

「このっ……ホントに今世紀最大の大馬鹿よ、あんたは! 私を助けられても……あんたがこんなになったら意味ないでしょうが!!」

 

目を涙で滲ませながら叫ぶ夏凜。

 

自分の痛みは耐えられても、自分のせいでこんなになってしまった仲間を前にして感じる痛みはそれらの比ではない。

 

「勝手に決めてゴメン……でも、いろんなものを失っていく皆を見たくなかった。そんな感じの我がままだからさ……気にしないでくれると嬉しいかな……って、そんなことが出来る三好さんじゃないか……」

 

「よく分かってるじゃない……こんなことされて、平気でいられるわけないでしょ……っ」

 

夏凜の滲んだ瞳から、ついに涙が零れ落ちた。

 

左脚以外全く動けなくなった○○は、それでも言葉を紡いでいく。

 

「そういうみんなをさ……東郷さんも、見たくなかったんだと思う。戦って戦って戦って……その結末が、人間性を喪失した姿だなんて……そりゃあ絶望もするってもんだよ」

 

ハッとして○○の顔を見る夏凜。

 

表情を引き締めた○○は、夏凜に決然と告げた。

 

「結城さんと一緒に、東郷さんの所に行って。そして、みんながいる事を……一人で抱え込まないでって教えてあげて。勇者部5カ条の一つ――」

 

「悩んだら相談……でしょ?」

 

夏凜のその言葉は聞こえないはずだが、まるで聞こえているかのように微笑んだ○○を見て、夏凛も涙を拭って笑みを浮かべた。

 

「ここで大人しくしてなさいよ? ……勝手に動いたら焦げ焼きそばの刑だから」

 

微妙に微笑ましい罰則を口にして、物陰に○○を寝かせた夏凜は彼の頭を一撫でした後、友奈のもとへと向かって行った。

 

だが、夏凜は失念していた。

 

○○の上着のポケットに入れられたスマホの勇者システムは、まだ十分機能を果たす状態にあるという事を――――――

 

その後の経過を伝えよう。

 

友奈は無事に心を奮い立たせ、頑なだった美森の心を解きほぐし、目を覚まさせることに成功した。

 

夏凜はその邪魔をしようと飛来してくるバーテックスを相手に大立ち回り、見事に役目を果たした。

 

そして、最後の全力攻勢をかけてくるバーテックスを、○○以外の五人が一丸となって食い止めていたが、最後の一手が足りずに膠着状態に陥ってしまう。

 

しかし、○○の意思に応えた勇者システムが満開を発動。

 

彼のアシストを得た友奈は最後の力を振り絞り、突撃してきたバーテックスを撃破することに成功したのだった。

 

それを見届けた○○の背後では、再び大鏡が砕け散っていった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日から、しばらく経った。

 

友奈と○○は、そろって以前検査入院した病院に入院している。

 

友奈は意識が戻らず、人形のような状態になってしまった。

 

余りにも痛ましいその姿に、勇者部の一同は悲しみを隠せず、しかしどうすることも出来ない。

 

一方の○○は、意識ははっきりしている。

 

最後に友奈の満開の代償を肩代わりしたせいか、最初は首から下が全く動かない寝たきり状態になってしまったが、それも回復傾向にあり、自力でベッドサイドに腰かける事は出来るし、スプーンでならば自分で食事もとれる。

 

視力と聴力は全く問題ないレベルまで持ち直し、日常生活への復帰に充分希望が持てると医者は請け負っている。

 

そんな○○の見舞いに来た夏凜の表情は、沈んでいる。

 

しかし、見舞いに来た自分がそんな表情を見せる訳にはいかないと、病室の前で気持ちを切り替え、一つ息を吐くと中に入った。

 

「あれ、三好さん。また来てくれたんだ。何回も何回もゴメンね?」

 

「いいのよ、私がやりたくてやってるんだから」

 

やって来た夏凜を歓迎する○○。全く普通通りで、問題は見られないが――

 

「でも本当にいいの? 転校してきたばっかりなのに、良く知らないクラスメイトの世話なんて……。あ、もうあれから何ヶ月か経ってるんだっけ」

 

「…………っ。いいの、本当に……気にしないで」

 

○○は、自分が勇者になってからの記憶を失っていた。

 

最後のバーテックスの攻勢。あの時に行なった満開の代償だろうと思われるが――真実は分からない。

 

意識を失っている友奈を除き、その事実を知った勇者部の少女達は悲嘆に暮れた。

 

美森は自分の短慮な行いのせいだと己を責め、樹は泣きじゃくり、風も妹を慰めつつもすすり泣いていた。

 

夏凜は……自分だけは泣くまいと、己を律していた。

 

自分があれだけの代償を押し付けなければ、○○は記憶を失わずに済んだかもしれないのだ。

 

そんな自分に、泣く資格は無いと……そう思い定めて。

 

○○はこうして生きているし、身体機能も回復傾向。このままの調子で療養すれば、何時か絶対日常に帰れる。

 

私達のことを……すべて忘れて。

 

でも、それも仕方ないのではないのかと、夏凜はそう思っていた。

 

○○は友奈なんかとも違う、大赦にあらかじめ調査されていた訳でもない、本当に普通の少年だったのだ。

 

それが何の因果か、こうして私達に関わったばかりにこんな酷い目に遭う事となった。

 

○○が私達との思い出を忘れてしまったのは、きっと私達への罰なんだと……そう夏凜は考えていた。

 

だから、自分は涙を流さない。――そんな暇があるなら、○○が一刻も早く日常に帰れるように尽くすんだ。

 

心が軋みを上げる――無視する。

 

辛くて辛くて、泣いてしまいたい――無視する。

 

余計な事は考えるんじゃないと、夏凜は自分を律する。

 

笑え、笑うんだ、彼の前では最高の笑顔を見せろ、心配かけるなんて持っての他なんだから。

 

そうやって自分を頑なに固めて、夏凜は○○の世話を甲斐甲斐しく続けるのだった。

 

自宅に戻った夏凜は、夕食の準備を始めた。

 

こんな精神状態でありながら常と変わらない日常を送れるのは、長年自分を律して努力を続けてきた成果なのだろうか。

 

そんな取り留めも無い事を考えつつ、夏凜は冷蔵庫を覗き込んだ。

 

適当に材料を取り出しつつ、手際よく下ごしらえを開始する。

 

あっという間に終わったそれらを、フライパンに順番に入れていき、良く火が通るまで加熱していく。

 

ソースで程よく味付けしたそれを皿に盛りつけ、かつてはコンビニ弁当しか乗る事のなかった食卓へと運んだ。

 

「頂きます」

 

手を合わせて、手作りの焼きそばを啜っていく夏凜。

 

最初に作った時と比べれば、天と地、月とすっぽんといっても言い過ぎではない位に出来が違う。

 

もっとも、本当に食べさせたい人は自分たちとの思い出を忘れているのだが。

 

そんな事を不意に思った夏凜は泣きそうになってしまうが、グッとそれを堪える。

 

寸での所で涙を流さずに済んだが、いい加減心が限界に近いと、夏凜の冷静な部分は悟っていた。

 

(私は泣かない……その資格は無いから……)

 

しかし、心の頑なな部分はそれがどうしたと言わんばかりに己を律していく。

 

自分を責め続ける少女の部屋には、思い出の料理を啜る音だけが響いているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな日々が続いたある日。

 

今日も今日とて、夏凜は○○の見舞いに訪れていたが、今日はいつもと違うものを持ってきていた。

 

あの日、いつか○○を唸らせてやると宣言した焼きそば。病院の許可を取って、それを持ち込んでいた。

 

もはや自分しか覚えていない約束だが、それでもこれを持ち込んだのは、自分の気持ちに整理をつけたかったからだった。

 

そう思い定めて○○の病室に赴いた夏凜は、いつもの様に挨拶をするとあらかじめ温めてきていた焼きそばの入った容器を取り出し、それを食べて欲しいと○○に頼んだ。

 

「ええと、この焼きそばは差し入れ? もしかして、三好さんの手作りなの?」

 

「そうよ。病院食は体には良いでしょうけど、流石に物足りないんじゃないかと思って。病院の許可はとってあるから、安心していいわよ」

 

「うわぁ、ありがとう! 実は三好さんの言う通り、少し飽きが来てたんだよね。それじゃ、いただきまーす」

 

記憶を失う前と変わらない笑顔で礼を言ってくる○○に胸が詰まる夏凜だったが、何とか自制して、焼きそばを食べる○○を見守る。

 

「うん、すっごい美味しい! 三好さん、料理上手なんだね」

 

「あ――――――」

 

ありがとう、と言おうとした夏凜だったが、それは言葉にならずにくぐもった音だけが喉から漏れ出た。

 

「――――――っ。――――――っく。――――――ひぐっ」

 

駄目だ、ちゃんとお礼を言わないと。笑って……笑って、ありが……とう……って。

 

美味しいと言わせてみせると、あの日に○○に宣言し、その通りになった。

 

それは叶ったんだから、それ以上何を望む?

 

気持ちの整理をつけるのが目的のはずで、どういう感想を言われようとそこでお終い、約束は果たされた事になるんだ。

 

そう考えて、夏凜は自分を納得させようとした。

 

「最初はさ……全然上手くできなくて……黒焦げになったの」

 

しかし、心は理性の制御を振り切ってしまい、勝手に押し込んだ想いをこぼし始めた。

 

「我ながら落ち込んだけど……でも、○○は……あんたは文句ひとつ言わずに食べてくれて……口では色々言ったけど……本当に……本当に嬉しくって……」

 

涙声になりながら、途切れ途切れに話し始めた夏凜は、もう止まれないと自覚した。

 

全て忘れている○○に、こんな話をしても無意味だと、困らせるだけだと分かっている。

 

それでも……もう想いを封じておくことは出来なかった。

 

目の前にいる○○は、私達のことを忘れているだけで、その本質は少しも変わっていない。それが分かってしまったから。

 

「あんたに励まされてから……コツコツ練習してさ……最初は納得のいくもの作れなくて、へこんだけど……でも、あんたに啖呵切っちゃったしね……絶対美味しいって言わせてやるって……そう思って……」

 

くしゃくしゃに歪んだ表情をした夏凜の瞳から、涙が零れ落ちる。

 

それを拭った夏凛は、顔を上げて泣き顔を押し殺し、無理やりな笑みを浮かべて言った。

 

「だからさ……あんたに美味しいって言ってもらえて、すごく嬉しい。……○○は覚えてないだろうけど、約束を……果たしたんだなって……そう思えたから」

 

それだけを何とか言葉にした夏凜は、背を向けて病室から出ようとした。

 

「――――――にぼっしー」

 

背後から聞こえてきたその呼び名に、部屋から出ようとしていた夏凜の動きは完全に停止した。

 

振り返ると、美味しそうな表情で焼きそばを啜っている○○の姿があり、夏凜はそれを呆然とした表情で見つめるしかなかった。

 

口に入れた焼きそばを飲み込んだ○○は、先程よりも親しみが込められた笑顔で明るく話しかけた。

 

「うん、すっごい美味しい。……あの時に食べた、黒焦げのやつとは大違いだね」

 

すこしからかう様な、悪戯っぽい口調。

 

「――――――あ、当たり前でしょ? 努力は……と、得意なのよ」

 

震える声で、不敵に言い放った夏凜だったが、強がれたのはそこまでだった。

 

恥も外聞も無く○○に抱き着くと、その胸に顔をうずめて大泣きをしてしまった。

 

「~~~~~~っ! ○○、あんたは……もうホントに……あんな、こと、して……っ! バカッ……大バカよっ……」

 

言いたい事は山ほどあったはずなのに、そんな子供の駄々のような言葉しか出てこない。

 

「でも……よかった……ホントに……よかった……っ」

 

言葉になったのはそこまでで、○○の胸の中でひたすらむせび泣く夏凜。

 

そんな夏凜を○○は優しい目で見守りながら、柔らかく頭を撫で続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院からの帰り道、夏凛は久々に軽い足取りで自宅へと向かっていた。

 

良い事というのは続くのか、なんとあの後友奈も意識を回復し、勇者部の一同はお祭りでも始めかねない程に盛り上がっていた。

 

流石に自重はしたものの、高揚した気分もそのままに、名残惜しみながら病院に残る友奈と○○とお別れをした。

 

そんな帰り道、幾分か落ち着いた夏凜は自分の気持ちを整理していた。

 

友奈の事は大切な友達で……親友だと、人の温かさを教えてくれた恩人だと思っている。

 

……失うなんて、耐えられない。

 

○○は……大事な、大切な人で……飾らず言えば、好きなんだと自覚した。

 

……こちらも、失うなんて絶対に耐えられない。

 

もう、こんな思いは御免だと決意を新たにした夏凜は、親友も大切な人も、両方を、そして勇者部の皆がいる日常を守っていくのだと……そう決意した。

 

「私は勇者部の勇者として戦うって……そう決めたんだしね」

 

ごく小さな、すぐにかき消えてしまう様な声でひとり話す夏凜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その言葉には、なにものをも凌駕するほどの狂おしさが込められていた――――――

 




生真面目、使命一筋だった夏凜ちゃんが友奈たちに解きほぐされていく様子には、心が和んだものです。

そんな彼女の様子が、少しでも表現できてればいいなぁ……と、思いながら書きました。

……まあ、最後にヤンデレ成分を加えたんですけどね!(畜生の鏡)

いよいよ次で最後の一人ですが、お付き合いいただければ幸いです。


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朝顔とカランコエの章(前編)

いよいよ最後の一人、東郷さんの話です!

……が、あまりにも長くなりすぎたので、切りの良い所で分割しました。

申し訳ないっす!

それと、今回は割と独自設定、独自展開が多くて、んん? と首を傾げる事もあるでしう。

それを承知の上で、読んでもらえればと思います。

ではでは、どうぞ!


文化祭で行なった演劇も好評に終わり一安心となり、再び平穏な日々を過ごしている俺たち勇者部。

 

秋もすっかり深まり、夜になれば少し寒さを感じるまでになってきた、そういう時期。

 

俺は薄手のジャンパーを着こんで、完全に日も落ちた町へと買い物へ出かけていた。

 

帰ってから気付いたのだが、トイレットペーパーが現在セットされている分しかなく、その量も本当に心もとなくなっていた。

 

帰りに買ってくるのを忘れた自分の不注意を嘆いたが、放っておいて困るのは自分なのだ。

 

補導されても面倒なので私服に着替えてジャンパーを着こんでから出かけ、無事目当ての物を買うことが出来た俺は、まっすぐ帰路に着いていたのだが……

 

「今日は本当についてないな……まさか、家の鍵を落とすなんて……」

 

買ってきた荷物を片手にぶら下げつつ、今まで通ってきた道を注意深く確認していく。

 

もう完全に日も落ちているため、スマホの明かりを頼りに目を凝らして鍵を探す。

 

すると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「お困りの様ですね?」

 

「えっ……て、君は」

 

「!? ……わ、私の名前は国防仮面、憂国の戦士です!」

 

軍人然とした衣装を身に纏った人物が、キリリとした表情――仮面をしてるから断言できないが――で、声をかけてきた。

 

そして何故か、俺を見て一瞬動揺したような様子を見せる……国防仮面? さん。

 

(……って、国防仮面? 何かどっかで聞いたような……?)

 

その名前に引っ掛かりを覚えていた俺だが、彼女――胸の膨らみから明らかに女の子だと分かる――は、咳ばらいをすると凛々しい声音で俺に話しかけてきた。

 

「ゴホンッ……何やらお困りのご様子。宜しければ私が手をお貸ししますよ」

 

「ああ……家の鍵を落としてしまって。それで今まで来た道を探してたんですけど」

 

「成程、そういう事でしたか。分かりました、お手伝いしましょう」

 

「えっ、良いんですか?」

 

「勿論です。こういう事は人手がある方が良いに決まっているのですから。では、私は道の左側を見ていくので、○○……コホン、貴方は右側を見ていって下さい」

 

そういう事になり、道の両サイドを二人で確認していく俺たち。

 

チラリと彼女を窺うと、本当に真剣に探してくれていて、悪ふざけでこんな事をやっているわけではないと分かった。

 

そしてすぐに、どこで国防仮面という言葉を見たのか思い出した。

 

以前、園子とやっていた文通でそんな名称が出てきたのだ。

 

彼女たちが作ったオリジナルのキャラクターだと手紙にはあったが、まさかこんな本格的な衣装まで存在していたとは想像もしていなかった。

 

そして、この少女の声は明らかに園子ではない。

 

となると、考えられる事は――。

 

暫らくすると、国防仮面さんが無事鍵を発見してくれて一安心となった。

 

「はい、どうぞ。これからは失くさない様に気を付けて下さいね?」

 

「どうも、手伝ってくれてありがとうございます、国防仮面さん」

 

「いえいえ、私は困っている人のもとに、出来るだけ現れるのが信条なので。礼には及びません」

 

「あはは、そうなんですか。……ところで、訊きたいことがあるんですけど、良いでしょうか」

 

「はて、何でしょう?」

 

「……どうしてそんな衣装でこんなことやってるの、東郷さん?」

 

そう言うと、国防仮面さんの肩がぴくりと震えた。

 

そして、にこやかな笑みを浮かべていると分かるような声音で俺に言ってくる。

 

「東郷……? はて、その方は私にそんなに似ているのですか? 兎も角、私は憂国の戦士、国防仮面です。東郷という名前には心あたりが無いですね」

 

いけしゃあしゃあとそんな事をのたまう、国防仮面……の格好をした東郷さん。

 

憂国の戦士がバレバレの嘘を吐いていいのかよと思わずジト目になるが、それを一瞬で消して平静に言葉を続けた。

 

「成るほど、そうなんですか……。いや、ごめんなさい、俺の勘違いだったみたいです。あんまり声が似ていたからつい」

 

「ふふふ、分かって頂けたようで何よりです」

 

俺の言葉に安心したのか、国防仮面……もう東郷さんでいいか。東郷さんは安心したように肩の力を抜いた。

 

「いやー済みません。ついでと言っては何ですけど、一つ相談したい事がありまして……聞いて貰えませんか?」

 

「ふむ……ここで会ったのも何かの縁です。伺いましょう」

 

ここで俺は、ハッタリをかます事にした。

 

これを聞けば、たとえ嘘でも東郷さんは黙っていられまい……効き過ぎないか心配ではあるが。

 

「じつは、部活仲間の結城さんという女の子から告白されまして――」

 

「何ですってぇ?!」

 

これまでの偽装は何だったのかという態度で俺に迫ってくる東郷さん。

 

顔の上半分が仮面で隠れているにも関わらず、目じりがつり上がり明らかに険しい顔になっている事が窺える。

 

勢いよく詰め寄ってきた東郷さんは俺の肩をがしっと掴み、がくがくと揺さぶってきた。

 

「どういうことなの○○君! 本当に友奈ちゃんが貴方に告白を!? 確かに友奈ちゃんが貴方をそういう目で見ている事は知っていたけど! でも、一体いつ!? 二人きりになる機会でもあったの!? まだ友奈ちゃんには早いわ! ああ、何て事なの……!」

 

俺の肩を掴んだままブルブルと震え、がっくりと肩を落としてしまう東郷さん。

 

先程までの、凛々しい正義の味方然とした姿を完全にかなぐり捨て、すっかりいつもの東郷さんと分かる様子になってしまっている。

 

やっぱり効き過ぎたと反省した俺は、すぐさま種明かしをすることにした。

 

「あー……今の冗談だからね、東郷さん?」

 

「え……冗談? 友奈ちゃんが貴方に告白したのが?」

 

もう東郷さんとこちらが言っても否定もしない。そんなに衝撃を受けたか。

 

……やばいな、この手の冗談は今回限りにしておこう。

 

そんな事を思いつつ、東郷さんの言葉を肯定すると、彼女はあからさまにホッとしたように息を吐いた。

 

「はあ……よかった。……いえ、○○君に不満は無いのよ? 現状なら貴方が一番友奈ちゃんに相応しいとは思うけど……でもやっぱりまだ早いと思うの!」

 

(子離れ出来ない母親か!)

 

彼女のコメントにそんな感想を抱きつつ、吐きそうになった溜め息を無理やり呑み込んで話を進める事にした。

 

「さて……もうこれ以上しらばっくれないよね、結城さんの事が大好きな東郷さん?」

 

「うぅ……はい……」

 

ついに観念した彼女は帽子と仮面を取り、素顔を晒した。

 

「それで、なんだってそんな格好でこんな事をやってるの?」

 

俺が質問をすると、東郷さんは視線を伏せつつポツポツと話し出した。

 

「体が元気になったら、居ても立ってもいられなくて……」

 

俺が無言で頷いて見せると、東郷さんも話しやすくなったのか、こちらの目を見て話始めた。

 

「私は一時の感情で壁を壊し、世界を危機に晒して……それって、とても許されないことで……」

 

そこで彼女は言葉を切ると、また俯いて言葉を続ける。

 

「どうやって償えばいいのか……悩んで悩んで……それで、こんな事を……」

 

「成るほど……それでヒーローみたいに匿名で善行を積んで、罪を雪ごうとした、と」

 

「ええ……簡単に許される事じゃ無いけど……でも、何もせずに安穏となんてしていられなくて……」

 

そこで言葉を切ると、東郷さんは俺の方を悲しそうな視線で見つめてきた。

 

「○○君も……今はいいけど、首から下が動かなくなって、記憶まで失って……以前のそのっちみたいになったらどうしようって……本当にごめんなさい……」

 

「いや、まあその……気にするなって言っても無駄かもしれないけど、でも俺は何とも思ってないから。……で、まだ国防仮面での人助けを続けるの?」

 

「ええ、出来る限り続けたいと思っているわ。……それが今の私にできる、唯一の事だと思うから」

 

揺れる眼差しでそう言う東郷さん。

 

……大分思いつめているみたいで、正直放っておけない。

 

『悩んだら相談!』を実行している部員っているのかと思わざるを得ないが、そんな彼女たちだからこそ俺も支えたいと思っているので、もとから相性は悪くなかったのかな。

 

そんな事を考えつつ、俺は東郷さんに申し出た。

 

「よし、なら俺はその手伝いをしようかな。二人なら、一人よりたくさんの事が出来るだろうし」

 

俺の言葉にきょとんとした様子を見せていた東郷さんだったが、内容を頭が理解したのだろう、目を見開いて反対してきた。

 

「なっ……駄目よ○○君! 貴方に迷惑は掛けられないし、私が原因なんだから償いは一人でやらないと……!」

 

「でもさ……俺、東郷さんの事、正直これ以上放って置けない」

 

「え……?」

 

「あんなに苦しんでたのに一人で抱え込んで、そしてあんな事になるまで誰にも相談しなくて……真面目で、考え過ぎで、でもみんなの事を一生懸命想って……そして今もまた、自分がしたことに苦しんでる」

 

そこまで真面目な調子で言っていた俺はそこで言葉を切ると、あえて軽い感じで続けた。

 

「だから、俺は東郷さんの……いや、国防仮面さんの手伝いをすることに決めた! ほら、ヒーローの手助けをする一般人って、何かいいじゃん?」

 

そう言ってにこりと笑うと、ぽかんとしていた東郷さんはクスクスと笑いながら自分の目を拭った。

 

「ふふふふっ……全く、道化の真似が上手いんだから。……でも、そんな○○君だから、友奈ちゃんも貴方の事が好きになったのかしらね」

 

「んん、最後に何か言ったの、東郷さん?」

 

「何でもないわ、○○君。……それじゃあ、お手伝いを頼んでもいいかしら?」

 

「オーケー、任せて!」

 

「頼りにしてるわよ、自称一般人の助っ人さん?」

 

「自称ってひっどいなぁ!?」

 

さっきからクスクス笑いっぱなしの東郷さん。

 

……やっぱり、思いつめている表情よりも笑顔の方が断然いい。

 

そんな事を思いながら、もう暗いからと俺は彼女を家まで送っていき、その日は別れたのだった。

 

それからは、東郷さんと俺の二人でちょっとした人助けから、結構大きな人助けまで色んな事をやった。

 

俺と同じような落し物探しから始まり、重いものを持っている人の手助け、泣いている迷子の子どもの保護者を探したり。

 

一番正義のヒーローっぽいものだと、ひったくり犯を捕まえて盗られた物を取り返した事だったか。

 

ちなみに、あくまで表に立っていたのは東郷さんで俺は裏方でのサポートに徹していた。

 

手助けするとは言ったが、余り俺が出しゃばったら東郷さんの償いたいという想いを踏みにじる事になる。

 

それよりも、彼女が一人になって思いつめない様にガス抜きをしてあげるのが俺の主な役割だと自覚していた。

 

……思春期の女の子には重すぎる命題を背負っていたからだろうけど、この娘たちはため込むのが癖になっているような気がする。

 

鈍感だったり諦観していたりするならそれでも良かったんだろうけど、勇者部の面子はそういう割り切り方が出来るほど器用でもない。

 

ともかく、俺と東郷さんは二人三脚で国防仮面の活動を続けていたのだが……やはりと言うべきか、暫く経ったある日、勇者部の皆にバレた。

 

まあ、あんな特徴的な衣装を着て人助けをやっていたのだから、それも無理の無い事なのだが……。

 

ただ、犬吠埼先輩に見つかって部室に連れていかれた時、結城さんが最後の最後まで国防仮面の正体に気付いていなかったのには微笑ましい思いをさせられたが。

 

そんなこんなで国防仮面の活動は終わりを迎えたのだが……それからしばらく後。

 

――――東郷さんは世界から痕跡を残さず消え去り、俺たちも全くそれに気付かなかった。

 

そこからの展開は早かった。

 

結城さんと園子が真っ先に気付き、部の他の面子に話をして、どうしてこんな事になったのか話し合いつつ、重要な手がかりを握っていると思われる大赦には園子がかけ合う。

 

その結果として、どうやら東郷さんは『壁』の外にいる可能性が高いと予想をつけた。

 

園子が大赦から『話をつけて』持ってきたという勇者アプリの入ったスマホを手に、全員が外の世界との境界線を目指して進み、外の世界へと出たところでマップに反応を示す東郷さんを見つけた。

 

外は相変わらず終末世界だが、そのなかでも一際異様なナニカが存在して、そこに東郷さんが居たらしい。

 

その道中は久しぶりに死ぬかと思ったし、ブラックホールモドキの内部へ突入した結城さんを待っている間も何度も死にかねない目にあったが、結城さんは無事に東郷さんを救出して戻り、俺たちも何とか無事に脱出する事に成功した。

 

助け出してしばらくは東郷さんも意識を失っていたが、そんなに間を置かずに意識を取り戻し、勇者部は偽りの日常から抜け出し、本当に大切なものを取り戻したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――最近、似たような夢をよく見る。

 

『勇者としてのお役目……しっかりと果たすんだぞ?』

 

『うん、もちろん! ちゃんとやるからそんな心配しないでってば~』

 

『ふふ、余りはしゃいでは駄目よ? しっかり真面目にね?』

 

壮年の男性と女性の間で、中学生くらいと思われる女の子が明るい笑顔を見せている。

 

何処にでもある、ごく普通の幸せな家族の肖像。

 

――――年端もいかない少女達と、その少女達と繋がりが深い人々の夢を見る。

 

『うああああああぁっ……! 何で、どうしてあの娘が……! ううっ、ああぁ……っ』

 

『あの娘は……立派に戦い、仲間を守り……神樹様のもとに旅立ったんだ……私達が見送ってあげなければ、あの娘は安心して逝けないだろう……?』

 

泣き崩れる女性を励ます男性の目にも涙が浮かび、今にも零れ落ちそうになっている。

 

場面は次々に切り替わっていく。

 

『怖い……けど、もとの世界で暮らしてるみんなが傷つくのは……死ぬのは、もっと嫌だ』

 

『私達があいつらを追い返せば、全部がハッピーエンドで終わるもんね』

 

『じゃあ、いっちょ行きますか!』

 

恐怖を押し殺し、自分の大切なものを守る為にバーテックスに立ち向かっていく少女たち。

 

『また勇者様が亡くなられた……これで何人目だ?』

 

『さて、両手両足の指で足りないのは確実だよ。……くそっ!』

 

『頭を冷やせ……彼女たちの犠牲を無駄にしないためにも、我々は勇者システムの改良を少しでも進めなければ。散っていった方々に報いる方法は、それしか無いのだから……』

 

『ああ、そうだな……カッとなってすまん』

 

『気にするな、人として当然の反応だ』

 

どこかの奥深く……神樹様に極めて近いと思われる場所で話し合う、技術者、そして神官と思われる人々。

 

『……あの娘、いつ帰ってくるんだろうね』

 

『……もう帰って来ないよ、二度と』

 

『面白くない冗談言わないでよ。……いつか、きっと――』

 

『いい加減に受け入れなよ! あの娘は死んだんだ! この世界を……私達の幸せを守りたいって、そう言って! もう二度と……帰って……来ないんだよ……っ!』

 

『…………っ。分かってるよ……私達が、幸せに生きる事……それがあの娘の願いだって。

でも……でもさ……その幸せの中には……あの娘も含まれてたんだって……気付いて……欲しかったなぁ……う、グスッ……うあああああぁっ……」

 

散っていった少女たちの通っていた学校……そこに通う、親友だった子どもたち。

 

『出来る事なら、代わってあげたかった……! こんな重い役目を、どうしてこんな子どもが……!』

 

『それが出来たら、とっくにそうしている……。我々大人は神々の……神樹様の恩恵は受けられても、その御力に触れる事は許されないのだから……』

 

少女たちの屍の上に成り立つ世界は、しかしその悲しすぎる事実は隠蔽されている。

 

声をあげる人々もいたが、世界を守るため、何より今まで犠牲にしてきた少女たちの想いに報いるためという大義の前には、沈黙せざるを得なかった。

 

『何で……どうして姉ちゃんが死ななきゃいけなかったんだよぉ……っ!』

 

告別式と思われる会場で、小学生にもならないと思われる男の子が泣きながら叫んでいる。

 

『神様だっていうなら……どうして……何で姉ちゃんを守ってくれなかったんだ……!』

 

まだ叫ぼうとした少年だったが、周囲の大人たちに強引に会場の外へ連れ出されていった。

 

大人たちも一様に痛ましい表情をしており、男の子の先程の叫びに思う所があるのだろう。

 

そんな男の子を悲痛な表情で見ていた、壇上に立っている二人の少女。

 

記憶にある顔つきと比べて幼いが……あれは――――

 

そこで、俺は目が覚めた。

 

まだまだ外も真っ暗で、時計を見ると三時ほどだ。

 

しばらく布団に入ったままぼーっと天井を眺めていたが、喉がカラカラになっている事に気付いて起きだし、キッチンで水を少し飲むと息を吐いた。

 

俺がどうしてこの世界に生まれたのか――――夢のおかげで、少し分かった気がした。

 

詳しい経緯までは分からないが、俺には何故か確信があったから。

 

その後、再び寝床に入った俺は、また誰だか分からない娘たちが出て来る夢を見た。

 

海を臨み、複数人の少女達が強い眼差しで決意をしている光景。

 

いつか、きっと、必ず――――そんな言葉と共に。

 

そんな、色々な人々の想いがのせられた夢を見た翌日……今日は日曜日だが、午後から勇者部の活動があるから、二度寝をするとひどい目に遭う。

 

よって早々に起きて、テレビを見つつゆっくりしていた時、誰かが来訪した。

 

こんな時間から誰だろうと思って玄関カメラを確認すると、思いがけない来訪者に息を呑んだ。

 

すぐに玄関まで行って扉を開ける。

 

「お早うございます。……それで、大赦の方が俺みたいな小僧にそんな畏まってどうしたんです?」

 

少し皮肉っぽい口調になってしまったが、仮面で顔の隠された大赦の人は九十度近く下げていた頭をあげると、冷静な口調で俺に告げた。

 

「神樹様の神託が下ったのです。――二つに一つ、貴方に選べと」

 

「……詳しく聞く必要がありそうですね。中へどうぞ」

 

家の中へ大赦の人を通した俺はリビングへと案内し、飲み物を用意してから話を聞き始めた。

 

まず、この世界の現状を改めて説明され、そしてこの先の未来予想図を聞かされた。

 

眉間にしわが寄るのは避けられないような内容の未来だったが、俺が黙って聞いていると、次にそれを避けるために神樹様から下ったという二つの神託の内容を説明してきた。

 

一つ目の内容を聞かされたが……思わず怒鳴りそうになったのを何とか自制しなければならなかった。

 

ギリギリ無言で大人しく聞けていたが、表情が険しくなるのは避けられなかったと思う。

 

そんな結末は勇者部のみんなも、そして彼女たちも望んでいないと俺は確信していたから。

 

…………――――――?

 

(今、俺はだれのことを思っていた……?)

 

自分の考えに疑問を抱いたが、大赦の人は続けて二つ目の内容の説明を始めた。

 

荒唐無稽さという意味では一つ目と大差ないが、それを言えば転生し、挙句勇者となって天の神の差し向けた化け物と戦っている時点で今さらである。

 

「分かりました、二つ目の神託を受け入れます」

 

迷う様なそぶりも見せずに受け入れたからだろうか、大赦の人から微かに驚いているような雰囲気が伝わってくる。

 

「宜しいのですか? 時間ならば、まだ少し猶予が御座いますが」

 

「一つ目はあり得ません。それならこちらを選ぶ……いや、こちらしか提案が無くても即決しました」

 

「成程……神樹様が何故あなたを選ばれたのか、お信じになったのか……少しだけ分かった気がします」

 

俺は少しだけ笑みを浮かべると、礼を言うように頭を下げた。

 

その後、大赦の人はまた明日伺いますと言って、俺の家を後にした。

 

その後は昼からいつもの様に勇者部の活動に参加したのだが……どことなく結城さんの様子がぎこちない。

 

何かに戸惑っているような、違和感を抱いているような、そんな様子だ。

 

そして、そんな結城さんの様子に東郷さんも首を傾げているような感じである。

 

大赦の人が言っていた通りなら、一刻の猶予も無いのは確実で、すぐさま行動しなければならない。

 

ただ、そんな深刻な事を考えているようなそぶりは欠片も見せず、俺は部の活動に邁進したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺は大赦の人々に伴われ、神域――つまり神樹様の祀ってある場所へと出向き、巫女様から直接神託を受けた。

 

内容は昨日聞いた事とほぼ同じだが、神樹様に直接仕える人が直に俺に伝える事に意味があるのだという。

 

大赦がこの事を重要視しているのは間違いないだろうが……その辺りは今考える必要はない。

 

儀式が終わると、また移動を開始する。

 

車に乗り、神域から遠くへ、遠くへ――――。

 

やがて、普通の人には見えないモノがかすかに見えてくる距離になってきた。

 

外と内を隔てる、神樹様の『壁』。

 

俺はそれを、静かに見つめていた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、勇者部の日常は何事も無く平穏に、小さな幸せを伴いながら過ぎていった。

 

誰かが怪我をするという事も無く、樹の出場するクリスマス合同合唱祭を見に行き、その夜には彼女の入賞を祝って姉妹の家でお祝いを行なった。

 

○○がお祝いにと持ち込んだノンアルコールシャンパンを飲んだのだが、姉妹は雰囲気に酔ったのか普段とまるで違う性格に変貌してしまい、ベタベタと○○に甘えて彼を困惑させ、他の部員は苦笑いをしつつそれを見守っていた。

 

なお、最近勇者部の記録を写真や動画にして熱心に残している美森に後日、その時の動画や写真を見せられ、姉妹揃って茹ダコの様になってしまっていた。

 

その後も元旦にみんなで集まり、冬休みが終わって三学期に入っても変わらない日常を過ごしていく。

 

勇者部の活動で、子猫探しや地域のボランティア活動への参加などを行い、取り分け急ぎの要件が無い日の放課後なんかは、カラオケなどで寄り道する。

 

そんな、何処にでもある小さな幸せを満喫する……当たり前の日常。

 

十二月の上旬はおかしな様子を見せていた友奈もすっかりいつもの調子に戻り、それの事を気にしていた美森もほっと息を吐いたのだった。

 

そして美森はある夜、今まで取ってきた写真や動画データの整理を自室で行なっていた。

 

「うーん……やっぱり十二月の頭くらいの友奈ちゃんは物憂げな表情をしている事が多いけど……でも半ば過ぎからはすっかり元通りね。何か悩みでもあったのかしら?」

 

首を傾げる美森だが、今現在の友奈はいつもの晴れ晴れとした表情を浮かべており、特に問題は見られない。

 

悩みが解決しないままなら表情も曇ったままだろうと結論付けた美森は、一先ずそれを棚上げして、データの整理を続ける事にした。

 

勇者部の活動、そして放課後に寄り道をした時などに撮った日常の風景に微かな笑みを浮かべながら作業を続けていた彼女だったが、おかしな事に気付いて困惑の表情を浮かべた。

 

「○○君が写っている写真……一枚も無い……?」

 

そんな馬鹿なと思い、もう一度全ての写真を確認する美森。

 

だが、見間違いなどではなく○○が写っている写真はどこにも存在しなかった。

 

不吉なものを感じた美森は、今度は動画データを確認するが……そこには、さらにおかしなものが記録されていた。

 

動画なのだから、みんなの色々な会話が映像として記録されている……が、時折何もない空間に喋りかけたり、誰も話しかけていないはずなのに宙に向かって返事をしているという、異常極まる光景が記録されていたのである。

 

ゾッとした美森は、自身が奉火祭で天の神に捧げられた後にも同じような出来事があったと聞いていたので、居ても立ってもいられず○○に電話をかけた。

 

しかし、数コールの後にあっさりと電話は繋がり、いつも聞いている○○の声が聞こえてきた。

 

『はい、○○です。どうしたの、東郷さん? 何か用事?』

 

「え、ええと……」

 

悪い予感から衝動的に電話をかけた美森は、繋がった後の事など全く考えていなかったので、盛大に口ごもってしまった。

 

とはいえ、このまま無言でいる訳にも、ましてや電話を切るわけにもいかない。

 

やけくそになった美森は、聞きようによっては明らかにまずい事を口走ってしまった。

 

「よ、用事が無いと電話したら駄目なのかしら?」

 

『…………えっ?』

 

○○の困惑した声が耳に届いた時、美森も自分の言った事がいかに危ういモノかに気付いた。

 

(わ、私ったらなんて事を……! こんな……こ、恋人同士で言う様な台詞を……!)

 

「い、いえ、ごめんなさい○○君。……そう、用事は……あ、貴方の声を聞きたくなって……」

 

『……………………はぁ?』

 

訝しんでいるとしか表現しようの無い○○の声。

 

更に言い訳の仕様も無い台詞を口走ってしまった美森は、直前の心配事など頭から吹き飛んでしまい、必死に言い訳を開始した。

 

「ご、ごめんなさい、○○君。ええと、あの……何だか突然あなたの安否が心配になって……おかしな事を言ってしまったけど、他意は無いのよ? そこは勘違いしないでね!?」

 

『……ともかく落ち着いて、東郷さん。それで、俺の安否だっけ? 無事も無事、今は自分の部屋でゲームやってる所でーす』

 

「そ、そう……」

 

完全にリラックスしたような声音で話す○○の声を聞いて、美森も気持ちが静まってきた。

 

「ごめんなさい、突然おかしな電話をしてしまって……」

 

『あはは、別に気にしてないからさ。それじゃ、また明日ね』

 

「ええ、お休みなさい」

 

そういって電話を切った美森は、気分を落ち着ける様に椅子の背もたれに身体を預け、大きく息を吐いた。

 

それから、また写真や動画を確認したのだが……やはり○○が映っているものは一つも無い。

 

「こうなったら、直接その場で確かめるしかないわね……」

 

美森は、険しい表情を浮かべて不自然な空白のある写真を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後、勇者部がいつも通り集まり、いつも通りに活動する中、いつも通りに記録をビデオで撮っていく美森だったが……。

 

「――――――――――――っ」

 

やはり○○は、映らなかった。

 

画像にも、動画にも……。

 

ある程度覚悟していたとはいえ、今確かに目の前にいる○○の姿が映らないという事態に、美森は絶句して固まってしまった。

 

「……? 東郷さんどうしたの、カメラ覗いたまま固まっちゃって? …………え、何、これ……」

 

美森の尋常でない様子に気付いた友奈が同じようにカメラのモニターを覗くが、美森と同じように困惑してしまう。

 

「んん? なーに二人して固まってんのよ? どれどれ、私にも見せ……て……え、これ……どういう事……?」

 

「どうしたの、お姉ちゃん? …………ひっ。○○、先輩……何で……?」

 

「何よ、三人とも。おかしなものでも映ったっていうの? ……え、○○は……? どうして……?」

 

「どうしたのみんな、オバケでも見たような顔だよ~? …………えっ?」

 

友奈に釣られてぞろぞろとモニターを確認に来た勇者部の面々も、何も映さないモニターを食い入るように見つめ、絶句した。

 

○○の周囲の物は確かに正常に映っているのに、○○だけが映っていない。

 

固い表情をした美森は、同じく固い声で○○へと問いかけた。

 

「○○君……いえ……あなたは一体誰なんですか?」

 

「誰って……○○だけど、それ以外の何かに見える?」

 

美森の質問に困惑した表情で答える○○だったが、美森は無言で手元のモニターを○○の方へと回転させ、いま映っている映像が彼に見えるようにした。

 

そのモニターを見て暫らく呆然としていた○○だったが、やってしまったという表情をして溜め息を吐いた。

 

「はあ……ばれたか。でも、一ヶ月半くらいならまあ……いや、もっといけると思ったけど、ビデオは盲点だった……油断したなぁ」

 

一人で納得している○○に、美森はいきり立ったようにして再度問いかけた。

 

「答えて! あなたは誰で、○○君はどこにいるの!?」

 

他の勇者部の面々も険しい表情で○○を見つめ、美森の言葉に同意する。

 

しかし、○○はそれには答えずに残念そうな表情をすると、彼女たちに謝罪した。

 

「ゴメン、みんな。……照魔鏡も、もう帰っておいで」

 

その言葉と共に○○の姿がぼやけ、彼の精霊である照魔鏡の姿が現れる。

 

しかし、その照魔鏡も彼女たちにぺこりと謝罪するように体を傾けると、霞の様に消え失せてしまった。

 

突然の事態に呆気にとられる彼女たちだが、いち早く気を取り直した風が全員に呼びかけた。

 

「と、とにかく、○○を探さないと! 何か、手掛かりは!?」

 

「電話は……ダメです、通じません! どうしよう、東郷さん!?」

 

「落ち着いて、友奈ちゃん。私の時と同じように考えましょう」

 

「東郷の時……? あっ、マップがあるじゃない!」

 

「そ、そうですよ夏凛さん、急いで確認しないと!」

 

「……みんな、悪い知らせみたいだよ」

 

いち早く勇者アプリのマップを見ていた園子が、他の面々にそれを見せた。

 

しかし……その何処にも、○○の名前は表示されていない。

 

「ウソ……じゃあ○○は、壁の外にいるっていうの?」

 

信じられないような口調で呟く風に、園子も険しい表情で頷く。

 

「なら、また私たちも壁の外に……!」

 

「待ってゆーゆ。こんな事を○○君が自分だけの意思で行なうなんて考えられない。だとすると……」

 

「まーた大赦が絡んでるって訳ね……」

 

夏凜が納得したように頷くと、風と樹が憤りを抑えきれないような表情で呟く。

 

「私達に隠れて、大赦は○○に何かさせてるって事……? それも、壁の外で……!」

 

「どうして……何で○○先輩が……?」

 

何とか気持ちを落ち着けた美森も、この状況を打開すべく提案する。

 

「○○君が何を考えているのか分からないけど……それを知るためにも、ここは彼の家と、この事を知っていたと思われる大赦を調べるべきです」

 

「そうね……東郷の言う通りだわ。行き当たりばったりで行動しても、どうにもならないでしょうし」

 

「なら、私が大赦に行ってくるから、みんなは○○君の家に行くという事で、手分けしよう」

 

大赦へ一番顔が利く園子が志願し、他のメンバーは○○の家を調べる。

 

そう決まった勇者部はすぐさま走り出し、目的の場所へと急ぐ。

 

○○の家へと向かう途中、花屋の前を横切った美森たちだったが、何故か美森だけがある花に視線を引き寄せられて足を止めてしまった。

 

「東郷さーん、早くー!」

 

「東郷ー、行くわよー!」

 

「あ、済みません、今行きまーす!」

 

立ち止まった美森は友奈と風の呼びかけに我に返り、再び走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が見ていた花の名前は、カランコエ。

 

○○の勇者刻印になっている花。

 

その花言葉は四つ。

 

一つ目は『おおらかな心』

 

二つ目は『幸福を告げる』

 

三つ目は『たくさんの小さな思い出』

 

そして、最後の一つは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――『あなたを守る』

 




うん、言いたい事は色々あると思います。

平穏無事に過ごしてる友奈の事とか、怪我をしない風とか、○○はどこ行ったのとか。

その答えは後編にありますので……どうかお待ちください!

……期待通りかは分かりませんけど(乾いた笑い)

……また独自設定が増えるなぁ、タグ追加しとかないと(溜め息)



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朝顔とカランコエの章(後編)

つ、疲れた……ホントに……

そして、前回以上に独自設定の山です(震え声)

さらに、時間の流れが分かりにくいかもしれない(白目)

それを承知の上で、読んでもらえれば幸いです。

それでは、始まり始まり~!(ヤケクソ)


十二月の上旬。大赦の人に神託についての説明を受けた翌日。

 

崩落した大橋までやって来た俺は、そこで勇者アプリを起動して変身すると、壁に向けて歩を進めていた。

 

周囲を見回すと、いかにものどかな風景が広がっている。

 

その遠くに見える港では船が出入りしていて、多くの人々が昨日と同じ今日、今日と同じ明日といった風な、平和な日常を送っているのだろう。

 

……俺はそんな人たちがいる事を知りながら、一人の為に世界を滅ぼしかねない選択をした。

 

何の問題も無く事が済んでしまう可能性も、無くはない。

 

だが、そうなる可能性はかなり甘く見積もっても半分に届かないだろう。

 

命を賭けて、たとえ死んだとしてもやり遂げる覚悟はあるが、どうなるかは未知数。

 

そんな、余りにも不確実で傲慢な選択。

 

三百年前、天の神は驕り高ぶる人類に見切りをつけ、根絶やしにすべく粛清を開始した。

 

その結果は、いまの世界の現状が物語っている。

 

四国という方舟の中で神樹様に守られ、いつかきっとと云う反攻の意思をひた隠しにしつつも牙を磨いてきた。

 

三百年に渡り、その身を捧げてきた勇者と巫女の切なる願い。

 

遺された人々の悲哀、嘆き。

 

夢で感じたそれらを思い、押しつぶされそうな重圧を感じるが、俺の願いとも合致しているので是非も無い。

 

勇者部のみんなを、大切な人達を守りたいから――そんな、単純な理由。

 

そんな事を考えながら進んでいると、壁の境界面に到達した。

 

ここを越えていけば、その先は天の神の領域。

 

あらゆる命が死に絶えた、炎の世界が存在するのみ。

 

深呼吸をして振り返ると、ここまで見送りにきた大赦の人々が一斉に頭を下げた。

 

人によっては良い気分になるかも知れない光景だが、俺にとっては背筋がむずむずする光景でしかない。

 

勇者だ何だといっても、結局心根は庶民のままだしそれでいいと思う。

 

「それじゃあ、俺は行きます。彼女たちの事、宜しくお願いします」

 

「畏まりました。――――勇者様……いえ、○○様、御武運を」

 

代表して返事をした巫女様が、また頭を下げ、それに倣ったのかまた全員で頭を下げた。

 

苦笑いしつつ彼らに背を向けた俺は、神樹様の結界を越えて外の世界へと踏み出した。

 

神樹様の守りから外れた、人類を粛清した炎の世界。

 

遥か天空に見える天の神と思しきものを見据えていると、あっという間に星屑が群がってきたので鏡の結界で防御し、弾き返す。

 

弾かれた星屑には、やはりダメージは無い。

 

俺の能力だけでは、やはり星屑にもダメージは与えられない――――俺の能力だけでは。

 

「――――――――――――――」

 

鏡で星屑の攻撃をいなしつつ、大赦の神官の方々、そして巫女様から教わった祝詞をとなえる。

 

すると、徐々に力が流れ込んでくるのが分かる。

 

いままで感じた事のない程の、圧倒的な力の奔流。

 

気を抜けば意識を失いかねないそれに何とか耐えつつ祝詞を紡ぐ。

 

やがて祝詞が終わると、弾けるような光が迸り、俺の周囲に群がっていた星屑を一掃した。

 

満開以上の力を得た俺は、一時的に開けた空間で再び空に座す天の神の威容を見据える。

 

巨大な銅鏡の様な姿をしたそれを見つめ、静かに呟いた。

 

「行きましょう――――――神樹様」

 

俺の周囲に展開されていた鏡が、それに応えて光を放ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○の家へと向かった園子以外の五人は、緊急事態という事で精霊による裏技を用いて玄関の扉を開け、中に入っていた。

 

流石に全員がこんな入り方をしたことに罪悪感を抱いているみたいであったが、背に腹は代えられないと自分に言い訳をして、心の中で○○に謝罪していた。

 

一先ず一直線に○○の部屋へと向かったが、手掛かりらしきものは割とあっさり見つかった。

 

机の上に置きっぱなしになっていた日記に、大赦が説明に来たときからの事が色々記されていたのだ。

 

「それじゃ、読むわよ。覚悟はいい?」

 

風の問いかけに真剣な表情で頷く四人。

 

『大赦から、神樹様の神託を携えた人が説明にやって来た。神樹様はもう寿命が間近で、これを何とかするには二つの方法しかないという』

 

いきなり衝撃的な情報が記載されており、読んでいた全員が目を疑った。

 

「神樹様が寿命って……そうすると、この世界は……」

 

「神樹様の加護を失ったこの世界は外の炎に飲まれ、人類は絶滅……という感じかしらね」

 

絶句した風の言葉に、夏凛も苦み走った表情で推測を呟く。

 

「で、でも何とかする方法はあるみたいだし。先を読んでみようよ」

 

「そうね、友奈ちゃん。……風先輩、お願いします」

 

「うん、お願い、お姉ちゃん」

 

その言葉を受けて、先を読んでいく風。

 

『一つ目は神婚。御姿と呼ばれる清らかな乙女が神樹様と結婚し、人類はみな神の眷属となり常しえに神樹様に管理してもらうという方法。人が全て神樹様の眷属になるので、天の神の粛清からも逃れられる、という寸法らしい』

 

「神樹様の眷属……? 何か、想像つかないっていうか……微妙に嫌な予感するんだけど」

 

「お姉ちゃんも? 私も何だか……ぞわぞわってする……」

 

更に続きを読んでゆく。

 

『ただ、説明の中では美辞麗句が並べ立てられていたが、俺は拒絶した。絶対に極楽浄土に行けるから集団自決をしましょうと言っている様にしか聞こえなかったし、そもそも結城さんをそのための人柱として扱うなど論外だ。話にならない』

 

「友奈ちゃんを人柱にする……!? 大赦……!!」

 

「落ち着いて東郷さん!? この通り私は無事だし、○○君は拒絶してくれたんだから!」

 

「にしても、絶対天国に行ける集団自決って……ほんとロクでも無い事考えるわね、大赦は」

 

いきり立つ美森を友奈が慌てて宥め、風の言葉に樹と夏凜も全くだという様な表情で頷いて同意する。

 

『二つ目は……天の神の打倒。詳しい理由までは分からないが、俺は神樹様に見込まれたらしい。そこで、神樹様の力を与えられた俺が壁の外へと出向き、天の神を斃す』

 

読んでいた五人は、一言も無く黙った。

 

神を斃す? そのために壁の外へと向かった?

 

頭が真っ白になりそうだったが、何とか気を取り直して続きを読んでいく。

 

『結城さんを人柱にした神婚と、天の神を斃せれば無事に終われる二つ目の方法。

しかし、当然だが後者は失敗すれば人類は滅亡する。神樹様の護りも、俺に力を与えた事で間もなく尽きてしまうだろうから。

それでも、極めて利己的だが俺は二つ目の方法を取った。人で無くなるかもしれない方法は御免だし、大切な人を犠牲にしてまで保つ世界なんていらない。

もし失敗すれば、俺は人類の滅亡を早めただけの世紀の大罪人。正直、重圧がすごい。

だけど、これ以上みんなに負債を抱えさせる事こそ御免だ。勇者だ何だということで十分に苦しんだのだから、これからはそんな事を気にせず普通に生きて貰いたい』

 

読み終わった五人は、絶句して顔色を失くした。

 

特に友奈は酷い有り様で、暖房の効いた室内にいるというのにガタガタと震えている。

 

「わ、私の……私のせい……? ○○君が居なくなったのは……?」

 

「気をしっかり持って、友奈ちゃん! 私もとても衝撃だったけど……ここで立ち止まっている訳にはいかないでしょう?」

 

「東郷さん……そうだね。○○君を探さないと……そして、謝らなきゃ。気付かなくてゴメンって……」

 

美森の励ましで何とか気を取り直す友奈。

 

その泣き笑いの様な表情を、他のみんなは痛ましい顔で見つめる。

 

友奈の心根を考えれば、自分の為に人が傷つくなどとても耐えられないだろう。

 

そうしていると、そこで園子から連絡が入った。

 

話を聞ける段取りが出来たから、英霊の碑に来てほしいと。

 

何故その場所なのかと首を傾げる五人だが、大赦は○○の事を話すならそこが相応しいと指定したらしい。

 

理由は分からなかったが、○○の事が聞けるならと五人も○○の家を後にし、指定されたその場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は遡り、○○が壁の外へ出て与えられた神樹の力をその身に宿したその時。

 

星座級バーテックスの一団が、○○目がけて進撃を開始した。

 

○○は背後に展開されていた鏡から、神樹の力、そして強化された自らの能力で実体として具現化された過去の勇者の武器が出現する。

 

清潔な真白を基調として、要所要所に金の意匠が施された太刀。

 

そんな、具現化した太刀を握った○○は、奇妙な既視感を覚えていた。

 

(太刀なんて初めて握ったのに……でも、この太刀は見た事があるような……?)

 

それだけではない。扱い方も、何故か知らないが理解している。

 

神樹が補助をしているのかと○○は思ったが、それだけではなく彼女の力を感じたからだと一瞬頭に過ぎった。

 

(…………誰だ、彼女って?)

 

一瞬自分の頭に過ぎった思考に困惑する○○。

 

しかし、のんびり考えられていたのはそこまでで、バーテックスからの攻撃が開始された事でその思考は中断された。

 

乙女座が遠距離攻撃を仕掛けてくるが、すぐさま太刀を抜いてそれらを切り伏せた。

 

迎撃した物体が爆散する前に移動を開始し、太刀と共に具現化していた武者の精霊の力で風の様な速さを得た○○は、瞬時に乙女座に接近。

 

重力などの軛から解き放たれたような埒外の速度で乙女座に迫ると、鞘に納められていた太刀で居合一閃。

 

抜き放った音すらも置き去りにする高速の銀閃が乙女座の身体を奔り抜け、一拍遅れて御魂もろとも両断されてそのまま消滅した。

 

しかし、一体撃破されたくらいではバーテックスは止まらない。

 

乙女座の背後に迫っていた蠍座が○○に迫り、その鋭い矛先の長大な尾で串刺しにしようとそれを振りかぶる。

 

○○は慌てることなく太刀を仕舞い、新たな武装を展開した。

 

円形の楯の周囲六方向に刃が突出し、それを持って相手を攻撃することも、楯で身を守ることも出来る攻防一体の武器である旋刃盤。

 

左腕に装備したそれで、尾針を突き刺そうと勢いよく迫る蠍座の尾を、何度も弾く。

 

○○と蠍座では大きさは比べるのも馬鹿らしくなるほどの歴然とした差があるにも拘らず、尾針が旋刃盤にぶつかってもビクともしない。

 

十数回に渡って繰り返された旋刃盤と尾針の衝突は、その動きを見切った○○が尾針を明後日の方向へと跳ね飛ばしたことで転機を迎えた。

 

旋刃盤で跳ね飛ばされ、明後日の方向へ流されてたわむ蠍座の尾。

 

その隙を逃さずに、空いていた右手に新しい武器を展開する○○。

 

遠距離の敵を穿つ、連装式のクロスボウ。

 

たわんだ尾にそのクロスボウを照準し、すぐさま連射。

 

風切り音を残しながら矢は放たれ、たわんでいた尾に半ばまで突き立つと、そこでクロスボウに宿る精霊の力が発動した。

 

突き立った矢から冷気が迸り、そこを起点にして蠍座の身体を氷が侵食し始めた。

 

戸惑ったような動きで蠍座はもがくが、氷の侵食はあっという間に進んでいき、見る見るうちにその全身を凍り付かせていく。

 

そのまま全てを凍てつかせた氷の呪いにより、蠍座は身じろぎ一つ行えない氷の彫像へと変貌した。

 

それを見届けた○○は、今度は旋刃盤を振りかぶり、ワイヤーで繋がれたそれを凍り付いた蠍座へと投擲した。

 

高速で回転しながら、その刃で蠍座を切り裂くべく迫る旋刃盤だったが、ダメ押しとばかりに宿った精霊の力が発動。

 

一回り大きくなり、更に炎を纏いながら凍り付いた蠍座に衝突した。

 

纏った炎は旋刃盤の回転で炎の竜巻の様になり、熱せられた刃が蠍座の凍り付いた身体を切り裂き、切り裂かれた身体は炎に焼かれて消えていく。

 

手元に繋がったワイヤーで旋刃盤を横方向に振り子の様に動かして蠍座の御魂も切り刻んだ○○は、それを確認すると旋刃盤を引き寄せ、手元に戻した。

 

動きが止まった○○を認識して好機だと思ったのだろうか、蟹座と射手座が彼を挟み込むようにして位置取り、射手座が雨霰と射撃の雨を降らせてきた。

 

旋刃盤と鏡の結界でそれを弾いた○○は、一旦射撃が止んだところで今度は大鎌を展開。

 

そして宿っていた精霊の力で実体のある七人に分身し、さらに鏡の力でその七人の虚像を作り出して百を軽く超える○○の姿を作り出した。

 

いきなり○○の姿が百以上に増えた事に射手座は混乱したのか、射撃の精度が低下するが、それでも蟹座の反射板との連携で○○の分身を狙っていく。

 

さすがと言うべきか、半数以上の虚像が穿たれて消えたが所詮は分身、消えた端から再び現れ、補充されていく。

 

そんな鼬ごっこを繰り返すうちに○○は射手座の至近にたどり着き、実体のある七の分身で同時に斬り付けた。

 

大鎌が自在にくるくると回転し、その度に切り刻まれる射手座。そして、それが七カ所で同時に行われている。

 

射手座はたちまち全身をなます切りにされ、御霊も微塵に刻まれて消え失せた。

 

それを見届けた○○は、合い方を消滅させられて一瞬動きが止まった蟹座に間髪入れず突撃を開始した。

 

猛スピードで蟹座に突撃し、その途中で具現化した籠手で蟹座に真正面から正拳突きをぶちかました。

 

その余りの衝撃に、○○に向けて動いていた蟹座の動きが停止し、その重装甲に凹みが出来る。

 

その隙を逃さず籠手の精霊の力を開放した○○は、暴風を纏った拳を嵐のような激しさで連続で叩き込んだ。

 

余りの速さにあっという間に百を超えた拳の連撃は、蟹座の重装甲にたちまち亀裂を走らせる。

 

好機と見た○○がその亀裂に今まで以上の苛烈な拳撃を浴びせかけると、やがて耐えられなくなったのか、蟹座の身体がボロボロと崩れるようにして分解していく。

 

やがて、御魂までもが衝撃に耐えられなくなり、砕け散る様にして姿を消した。

 

消えていく蟹座を確認した○○は、ある程度距離を置いて様子を窺っているらしかった他のバーテックスに目をやった。

 

すると、残りのバーテックスの中心に陣取っていた獅子座から激しい光が放たれ、次の瞬間には残っていたバーテックスは獅子座を中心に合体したものへと変貌した。

 

圧倒的な威圧感を示しながら○○を睥睨する、合体した獅子座。

 

○○がじっとそれを観察していると、獅子座の周囲にぽつぽつと小さな明かりが灯る様に輪を形作っていき、それが終わるとその中央から獅子座の全長に匹敵する大きさの火炎球が出現した。

 

その眩しさに顔をしかめる○○だが、視線は獅子座から少しも逸らさない。

 

やがて、その極大の火炎球を○○に向けて撃ち出してくる獅子座。

 

まるで地上に太陽が出現し、それが迫ってくるような絶望を感じさせる光景だが、○○は自身の能力の鏡を出現させ、その鏡に神樹の力を一点集中する。

 

そして、丁度準備万端となったところで鏡に火炎球が激突した。

 

人の身に余る、太陽もかくやと言う様な火の球が鏡を押し込むと思われた……が、少しも揺らがない。

 

そのまま少しの間、火炎球を鏡で受け止めた○○は、結界の力を反転させ、自分にぶつかって来た時以上の速度でそれを反射させた。

 

跳ね返されるとは思わなかったのか、獅子座は凄まじい速度で迫る自身の火炎球を回避する術を持たず、そのまま真正面からたたき返される事となった。

 

火炎球が炸裂し、その威容を維持できずに徐々に傾いでいく合体した獅子座。

 

○○は再び太刀を手に取り、もう一体の精霊である天狗の力で空を飛びながら居合の構えを取り、更にその刀身に天狗の劫火の力を凝縮していく。

 

そして間合いまで接近した後、まるで太陽の様に赤熱する刃を全力の居合で抜き放った。

 

灼熱の刃による高速の一閃は赤い光の筋を残しながら獅子座の身体を分断、獅子座は御魂だけでも逃がそうとしたが、居合の後の追い討ちの袈裟懸けを御魂にまともに受け、その身体を四散させた。

 

十二体全てのバーテックスを十分ほどで屠った○○は、ふうと息を吐いて抜いていた太刀を鞘に収めた。

 

そして天の神がいる終末世界の上空を見据えるのだが、そこで星屑が今までにない勢いで星座級の身体を形成していくのが目に入った。

 

とんでもない速さで、以前美森の件があった時に目にした速度とは比べ物にならない。

 

あっという間に十二体全てが再形成され、再び○○に向かってきている。

 

それを見て覚悟を決めた○○は、何度でも倒して天の神を引きずり出してやると決意して、再び星座級の撃破に向かった。

 

まだ戦いは、始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は再び現在に戻る。

 

○○の家から出発した五人は、園子から連絡があった通り、英霊の碑に到着して彼女と合流した。

 

園子が合流して六人となった勇者部へと、ここへ来ていた大赦神官が頭を下げる。

 

それを見て微妙に嫌そうな顔をした少女達だったが、気を取り直した美森が直截に告げた。

 

「前置きは一切いりません。○○君のことを……今回の事を、全て話してください」

 

「あなた達は……大赦は、一体何を○○にさせている訳? 答えによっては……!」

 

スマホを握り締めて、神官に厳しい視線を送る風。

 

他のメンバーもスマホこそ握っていないものの、険しい表情をしているのは彼女と同様である。

 

仮面で表情の窺えない神官は、美森と風の言葉に了承の返事をすると、説明を開始した。

 

「まず始めに。○○様は元々この世界の人間ではありません。別の世界を生きていた人間の魂が、この世界で死ぬはずだった人間の魂と融合した、稀有な……いえ、奇跡と言っていい存在です」

 

唐突に告げられた○○の真実に、全員の目が点になり、ぽかんとした表情になる。

 

理解が追い付かず、何かを言おうと思っても言葉が咄嗟に出てこない。

 

「別世界の魂と、この世界の死する直前の魂が融合した。……つまり二つの魂を抱えている訳ですが、この世界の魂は別世界から呼び寄せられた魂に守られ、穢れも何も知らない無垢そのもの。なので、少年の身でありながら勇者としての力を発現できたのです」

 

何とか思考を復活させた勇者部の面々は、もうどうでもいいと思っていた○○が勇者の力を発現させた理由に納得の表情を浮かべた。

 

とはいえ、大事な事はそれではないので、険しい表情のままで話の先を促した。

 

「○○様の魂をこの世界に呼び出したもの。最近調べがついたのですが、それは過去三百年に渡って蓄積された、勇者を見送ってきた者たちの無念や悲嘆であると結論付けられました」

 

思わず周囲を見回す六人。

 

これまで散っていった歴代の勇者や巫女たちを慰める慰霊の碑。

 

軽く百を超える数が立っているが、遺された人々はその数倍では利かないだろう。

 

そんな人々の無念を背負って、○○が生きてきたのだとしたら……?

 

「誤解しないでいただきたいのですが、無念と言っても○○様に取りついている訳ではありません。別世界の、自分たちの無念を理解してくれる魂を引き寄せた結果、○○様がこの世界に生まれたのです。彼の心に何か悪い影響を及ぼしたという事実はありません」

 

「なら……○○君がやけに自己犠牲をいとわなかったりするのは?」

 

「あの方自身の性格なのでしょう。……そして、そんな彼に神樹様は興味を持たれたようです」

 

美森が疑問を呈するが、神官はあっさりと答えて話の続きを始める。

 

○○の性格と言われては勇者部の面々も納得するしかなかったのか、多少渋い表情をしつつも続きに耳を傾けた。

 

「○○様の、その魂の在り方に関心を持たれた神樹様は、彼にとある力を授けられました。……散華の肩代わりをする能力です」

 

それを聞いた勇者部一同のもともと険しかった表情が、更に険しくなる。

 

冷え冷えとした雰囲気が漂い、いわゆる一触即発そのもの。

 

そして、黙って話を聞いていた夏凜が我慢できないとばかりに吠え立てた。

 

「あいつにそんな能力渡したら、躊躇わずに使うのが分かんなかったの!? 現にあの時、私の代償全部と、友奈の代償の一部を肩代わりして、首から下は動かなくなって、記憶まで……!」

 

「そうです! これじゃあ体の良い身代わりと同じです!」

 

夏凜の言い分に同調して、樹も憤りをぶつける。

 

いつも穏やかな彼女にしては珍しいが、それだけ今の話が腹に据えかねたのだろう。

 

神官は二人の言い分を聞いて少し顔を俯かせたが、仮面に隠された表情からは何を考えているのか窺えない。

 

「神樹様は試したのでしょう……この世界を守るためにその身を捧げてきた勇者や巫女の方々。そして、遺された人々の想いからこの世界に呼びよせられた、○○様を。結果として、○○様は神樹様を、その抱いた期待以上に満足させたと言えるでしょう……わが身を厭わず、大切な少女たちを無私の心で救おうと力を尽くし、比喩ではなく身体を捧げたのですから」

 

「……その話は分かりました。じゃあ、○○君が今壁の外で天の神と戦っているのは何故ですか?」

 

友奈が普段とは余りにも違う、固い声で問いかける。

 

「この世界の現状はご存知でしょうか?」

 

「ええ……○○の家に行って、手掛かりを見たから知ってる。神樹様の寿命が近いって……」

 

風の返事に神官は頷くと、また話を続ける。

 

「それなら話は早い。神樹様はそれに対する二つの方策を神託で告げられました。一つ目は神婚。そこにいらっしゃる友奈様に神樹様と結婚していただき、この世の全ての人が神の眷属となり、苦しみから解き放たれた世界に生きる方法」

 

「○○は、絶対に天国に行ける集団自決って書いてたけどねぇ……」

 

風が皮肉全開の態度で神官に告げると、神官も薄く笑ったような声を漏らした。

 

今までで一番人間味のある反応に、皮肉を言った風も、他の勇者部のメンバーも面食らう。

 

「ふふっ……彼がそんな事を。そんな人だったからでしょうか、神樹様は彼をお認めになり、この世界の命運を預けても良いという神託を下されました。今、○○様は天の神と戦っておられます――――神樹様に授けられた力と共に」

 

○○の家で日記に書いてあったために知っていた事だが、大赦の関係者に改めて聞いた事で間違いのない現実なんだと実感した六人は、立ち竦んで沈黙した。

 

「大赦でも、当然二つの神託のどちらを選択するかについて意見は真っ二つでしたが……これまで勇者様や巫女様を輩出してきた家柄の方々が中心となり、天の神打倒の方向で意見を一致させました。今まで犠牲を積み上げてきたのは、いつか人が天の神の軛から解き放たれると信じたからであると。そして、神樹様から認められた勇者が決断した以上、その意に沿うのが大赦としての在り方だろうと」

 

続けられた神官の話に、六人の少女達はやはり何も言えなかった。

 

大赦は過去の犠牲を忘れた訳でも、この世界の在り方に憤りを抱いていない訳でもなかったと、今の話を信じるならそういう事になる。

 

嘘を言っている可能性もあるが、目の前の神官の女性からはそういう気配は微塵も感じられず、ただ事実だけを真摯に語っていると、そう思えた。

 

「それじゃあ……○○君は、私を犠牲にする方法を拒絶したから、天の神と戦う事になったという事ですか……?」

 

友奈が声を震わせながら訪ねる。

 

「そういう事になります。……友奈様一人の命と、この世界全ての命を秤にかけ、あなたの命を取ったとも言える選択をした○○様ですが……個人的な感想ですが、少しも愚かとは思いませんでした。……数多の犠牲を積み上げてきた我々大赦からすれば、眩しい方ではありますが」

 

そう言って自嘲する神官。

 

友奈の頭の中を、今まで聞いた情報がぐるぐると回る。

 

今からでも一つ目の方法を受け入れる? でも、もう不可能に近い、いや事実不可能だろう。

 

○○が傷つく、いや今も傷ついている……私が負うべき役目を代わりに背負って。

 

そう感じてしまった友奈は、胸が押しつぶされそうな苦しさを覚えた。

 

神官は更に話を続ける。

 

「今現在、○○様は順調に戦っている様です。○○様に全ての意識を天の神は振り向けており、地上に何の影響も出ていないのがその証拠です」

 

その言葉にハッとした友奈は、勢い込んで神官に尋ねた。

 

「あのっ……それじゃあ私の……烙印が消えてしまったのって……!」

 

「○○様の戦いの成果です。天の神は、友奈様を呪う余力なども全て彼を排除するために振り向けているのでしょう」

 

その言葉を聞いて、友奈は足元がぐらつく様な感覚を覚え、そのまま崩れ落ちる様に泣き出した。

 

「ゆ、友奈ちゃん、大丈夫!?」

 

寸前で美森が支えたが、友奈は顔を俯けたまま滝の様に涙を流し、激しい嗚咽を漏らしている。

 

「友奈の言った烙印ってなに……どういう事?」

 

全員を代表して尋ねた風に、神官が答える。

 

「友奈様は天の神の祟りを受けていたのです……あなた方が美森様を救出した、その時に」

 

「…………っ!?」

 

全員が驚いたが、救出された美森の驚愕はより深刻だった。

 

自分を助けた代償として、大切な親友がそんな事になっていたなんて、気付きもしなかったのだから。

 

「そのまま祟りが進行したならば、友奈様は春になる頃には落命されていたでしょう。……それほど強力な、死の呪いです」

 

あの出来事の裏でそんな事が起きていたと気付かなかった面々は、一様に面目なさそうな表情を浮かべた。

 

「しかし、気付かなくとも無理はありません。十二月の始め、戦いに赴かれた○○様の成果か、祟りの力は急速に弱体化し、ついには影響を及ぼさなくなりました。それを受けて、我々もこの事について友奈様に説明するのを取り止めました。徒に不安を煽るだけと考えましたので」

 

その言葉を聞きながら、友奈はしゃくり上げながらも言葉を紡いだ。

 

「わ、私……苦しかった烙印が消えて、最初はおかしいなって思ってたけど……でも、みんなと一緒の日常が楽しくて……運がよかったとか、そんな風に……気楽に考えて……」

 

「友奈ちゃん……」

 

嗚咽を漏らしながら、懺悔するように言葉を紡ぐ友奈を、美森も他の少女達も痛ましそうに見つめる。

 

「だけど……だけど、○○君が……私を助ける為に……こんな、こんな事に……!」

 

そこから先は言葉にならず、再び嗚咽を漏らすだけになってしまう友奈。

 

「○○様は、外に赴かれる直前まで、あなた方の事を心配していました。見送った私共に最後に言った言葉は、彼女たちの事を宜しくお願いします、でしたからね。替え玉として残して行かれた彼の精霊も、その一環です。あなた方に気付かれないようにという意味もあったでしょうが、日常を壊したくなかったのでしょう……」

 

平坦な声を心掛けていた神官の声に、少しだけ痛ましいものが混じったところで、話は終わりを告げた。

 

静寂に包まれる英霊の碑。ただ、静かに嗚咽を漏らす友奈の声が響くだけ。

 

気付かなかったことを友奈は悔やんでいたが、それは全員がそうだ。

 

生贄になっていた美森を助け出し、それで終わったと思い日常を謳歌していた。

 

そのような後悔の念に捕らわれていたとき、唐突にスマホから樹海化警報が流れた。

 

危機感を煽る、しかし聞きなれたその音に勇者部一同の表情が強張るが、その音も唐突に途切れ、立つのもやっとになる様な揺れが起きる。

 

「……っ!? 何これ、地震!?」

 

「お、お姉ちゃん、あれ……!」

 

「樹……? ……な、何あれ……?」

 

今まで普通だった空に、乾いた血の様に黒ずんだ赤が染みのように浮かび上がり、侵食している。

 

それはあっという間に広がり、そして外の世界にしか存在しないはずの、煉獄の炎を纏っているとしか思えない『壁』のようなものが、段々と迫ってきているのが見える。

 

「現実の世界に……あんな奴が……」

 

「…………っ」

 

夏凜が呆然としたように呟き、園子も言葉も無く息を呑む。

 

「……○○様と神樹様が抑え込んでいた天の神の力が、こちらの世界を侵食し始めたのでしょう。このまま彼が敗れれば、世界は終わりです」

 

それを聞いた友奈は涙を拭って立ち上がり、決意を込めて空を見上げた。

 

「みんな……○○君を助けに行こう! 今度は私達が、○○君を助けるんだ!」

 

「友奈ちゃん……ええ、そうね。彼を助けに行きましょう!」

 

「あたし達をほったらかした事、こんな隠し事をしてた事……色々言いたい事ばっかりだしね。……助けるわよ、○○を」

 

「うん……絶対に○○先輩を助けよう!」

 

「ったく……私達が言える事じゃ無いけど、心配かけ過ぎなのよ。帰ってきたら文句言ってやる!」

 

「私達を大切に想ってくれるのは嬉しいけど……ちょっといただけないからね~」

 

あえて気楽そうに言うものの、簡単に済むとは全員が思っていない。

 

むしろ、自分の命が危険に晒されるという確信は六人とも持っていたが……このまま待っているだけなんて御免だという考えも、全員共通で抱いていた。

 

そんな事を思いつつ全員が変身し、崩れた大橋から迫りくる炎の壁を見据える。

 

○○を助けて、きっとみんなで帰ってくる――そう思って。

 

そしていると、神樹も天の神の炎の結界を抑え込むべく樹海を展開していき、勇者部の少女達はそれに相乗りする形で○○のもとへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はああああああああっ!!」

 

裂帛の気合と共に、籠手のもう一つの精霊である鬼を宿し、獅子座に拳の連撃を叩き込む○○。

 

獅子座はその怒涛の攻勢に耐えきれず、攻撃を受けた箇所から身体をバラバラに崩しながら、砂のように崩れて消えていった。

 

「はあーっ……はあーっ……ケホッ、ゲホッ……ぺっ」

 

もうどれだけ戦い続けたか、覚えていない○○。

 

精霊の力には反動があるらしく、口内に溢れた血を煩わしそうに吐き出して口元を拭う。

 

神樹の力で身体の損傷などはすぐさま回復し、いつまでも万全の状態で戦い続けることが出来る。

 

しかし、神の力を授けられたとはいえ、少し特別なだけの人間に過ぎない○○。

 

精神的なものはだいぶ消耗してしまい、それでも邪魔をしてくるバーテックスを退けつつ天の神の本体に攻撃を加えていた。

 

星座級バーテックスが何度も再生したせいで決定的なダメージを未だに与えられていないが、諦めるということは絶対にない。

 

現に、ついに星座級の出現する兆候が収まったらしく、再生の兆しは見えない。

 

好機と見た○○は太刀の精霊である天狗の力で翼を形成し、空を高速で飛び、その銅鏡の様な、天空を覆い尽くす神の本体へと接近していく。

 

流石に見過ごせなかったのだろう、いままで何もしていなかった天の神がバーテックスを軽く上回る力、そして桁外れの勢いの攻撃を開始した。

 

射手座の射撃と瓜二つでありながら、比べるのも烏滸がましいほどの威力と精度でもって○○を撃ち落とそうとしてくる。

 

勿論、蟹座の反射板での多角攻撃も同様に行なってくるため、全方向に気が抜けない。

 

空を高速で飛び回りつつ大鎌の力で分身を作り出し、それを鏡で更に虚像を増やし、狙いをつけ難くなるように撹乱しながら近づく。

 

射撃が雨霰と降り注ぎ、分身たちは次々と消えていく。

 

分身は次から次へと補充されていくが、消し飛ばされる数に補充される数が追い付かず、このままではジリ貧になると○○は予想した。

 

そうなる前に、多少の損害は覚悟の上で分身と共に最短距離で近づいていく○○。

 

ひと塊になっていた集団を、天の神が攻撃する直前に多方向に分離させることで一瞬の戸惑いを発生させ、その隙に自分の攻撃の間合いに侵入することに成功した。

 

分身は全て失ってしまったが、自分自身がたどり着けば全く問題ない。

 

間合いに入った○○は、鞘に収められた太刀を飛んでいる勢いものせた高速の居合で抜き放ち、その本体に攻撃を加える。

 

白刃の一閃は天の神の本体の一部を切り裂き、その鏡の一部を欠けさせた。

 

驚いた様に銅鏡が明滅するが、それもすぐ収まって鏡の表面に紫電が迸る。

 

見た事のない攻撃だったが、直観的に危機を感じた○○は避けようとした。

 

しかし、流石に光の速さで撃ち出された稲妻は避けることが出来ず、太刀を持っていた右手を撃たれて吹き飛ばされた。

 

全身に途轍もない衝撃が走り抜け、思考も明滅して判然としないが何とか自分に喝をいれて意識をハッキリさせる。

 

直ぐに撃たれた右手を確かめたが、常人なら使い物にならない状態だろう。

 

神樹の力を与えられた○○だからこそ無事なのであって、常人なら稲妻に撃たれた瞬間に即死している。

 

黒焦げになっている腕は神樹の力で直ちに回復され元通りになったが、その代償にだいぶ精神力を削られた。

 

いかに神の力を与えられたといえど、その器は勇者適正があるだけの人間に過ぎない。

 

険しい表情を浮かべた○○だったが、勇者部の六人の事を思い浮かべて心を奮い立たせ、また行動を再開したのだった。

 

――――――諦めるなんて事こそ、あり得ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天の神の炎の結界による浸食を抑え込むべく、樹海を形成した神樹。

 

その形成された樹海を通って、勇者部は○○のもとへと急いでいた。

 

しかし易々と向かえるはずも無く、増援が現れたと認識した天の神が少女たちを殲滅しようと攻撃を加えてくる。

 

何とか攻撃を避けた六人だったが、このまま固まっていても埒が明かないと考えて夏凜が別行動を提案した。

 

「私と樹にはまだ満開があるし、ここは私達が天の神の注意を惹くから他のみんなは先に行って!」

 

「うん、私達はここで囮になるから、お姉ちゃんたちは先に!」

 

「それじゃあ、私も残るよ。防御は得意だからね、囮になるには必要でしょ~?」

 

加えて園子も志願し、風は一瞬樹を見てその力強い眼差しに笑みを浮かべるとあえて軽い調子で託した。

 

「それじゃ三人とも、頼んだわね!……行くわよ、友奈、東郷!」

 

「はい!……みんな、絶対○○君を助けて来るから!」

 

「了解です!……三人とも、行ってきます!」

 

お互いの健闘を祈り、三人ずつに分かれる少女たち。

 

背後に途轍もない勢いの攻撃が加えられたのを背中で感じた友奈、美森、風の三人だったが、あの三人ならやり遂げてくれると信じ、振り返らずにひたすら進み続けた。

 

しかし、それからかなりの距離を進み続けた為か、囮の効果も弱まってきて、○○の方に向かう三人にも再び攻撃が加えられ始めた。

 

未だ当たってはいないが、このままでは嬲られるように追い込まれてジリ貧になってしまう。

 

そう考えた風は、自分も囮になると言って友奈と美森を先に進ませようとした。

 

「友奈、東郷。二人は○○の所に行きなさい! 私はここで囮になるから!」

 

「でも、風先輩……!」

 

「そうです、先輩! 一人で囮になるなんて無茶です!」

 

友奈と美森は反対したが、風は首を大きく横に振った。

 

「このままじゃみんなやられる! それに、今の○○は二人の為に戦ってるようなもんでしょう! あんた達が助けに行かないでどうすんの!?」

 

天の神の攻撃を避け、捌きながら二人に向かって叫ぶ風。

 

その言葉に苦し気な表情を浮かべた友奈と美森だったが、顔を見合わせると頷いて走り出した。

 

「そう、それでいいの……! ○○の事、頼んだわよー!!」

 

背後から聞こえる風の激励を耳にしながら、友奈と美森は全力で○○のもとに急ぐ。

 

そして遂に○○のもとへとたどり着いた二人だったが、余りにも激しい戦いに息を呑む事となった。

 

○○は目にもとまらぬ速さで天の神の周囲を飛び、その攻撃を避けつつ隙を見つけてはクロスボウを撃ち込み、避けきれない攻撃は鏡の結界と旋刃盤で防ぐ。

 

その余波だけで周囲に嵐が吹き荒れるような衝撃が起こり、目を開けるのも苦労する有り様だ。

 

「うううううううっ……これじゃ近づけないよ……! 東郷さん、大丈夫?」

 

「私は平気よ……でも、これじゃあ私達なんて、足手まといにしか……!」

 

衝撃波や暴風、更には爆発などが其処彼処で起こる地獄の様な戦いの光景。

 

吹き飛ばされない様にするのが精いっぱいとなってしまった二人だったが、そんな二人でも天の神は見逃さなかった。

 

弱い方から倒そうとでも言うのだろうか、友奈と美森の二人に照準を合わせた天の神は、バーテックスなど比べ物にならない規模の炎を撃ち出した。

 

それは炎というよりも、もはや光の柱と言ってしまっても良いくらいの威容。

 

直前まで続いていた衝撃波によりまともに避けられない二人は、それを正面から受けてこの世から消え去る……事は無かった。

 

「―――――――――――――っ!!!!!」

 

攻撃が放たれる以前に友奈と美森の気付いていた○○が、二人と天の神の間に割って入ったのだ。

 

今までは強力な攻撃は回避に徹していた○○だったが、反射的に動いた身体は無理な体制で二人を庇い、それでも致命傷を避けるべく結界を発動した。

 

だが、全てを焼き尽くす劫火の一撃を受けきる事は出来ず、二人を無傷で済ませた代償に○○は途方もない重傷を負う事となった。

 

空を飛べなくなり、脱力したまま墜落していく○○。

 

その様子の一部始終を見せられる羽目になった二人は顔色を青ざめさせ、弾かれるように○○の墜落地点に向かって行った。

 

友奈と美森が○○の堕ちた所に着いたとき、余りにも酷い彼の様子に言葉も無かった。

 

全身が焼け焦げ、腕や足はあらぬ方向に曲がり、そして全身血まみれで無事な箇所を探す方が難しい有り様。

 

「○○君、しっかりして!」

 

「○○君! ○○君!!」

 

倒れ伏す○○に駆け寄って声をかける二人だったが、その時○○の全身が光に包まれ、死の一歩手前といった様子だった状態から、まるで逆再生のように身体が回復していく。

 

そして、何事も無かったかのように立ち上がり、再び戦いに行こうとした。

 

「はあーっ……はあーっ……ゴホッ。……二人とも、どうしてここに居るか知らないけど、早く逃げ――――っ!?」

 

しかし、立ち上がった○○は荒い息を吐いて膝をついてしまった。

 

先程の攻撃をまともに受けた事で、すでに精神力だけで動いていた体に限界が来てしまったのだ。

 

膝をついた○○を支えようとした友奈と美森だったが、ふと空を見上げると天の神が自分たちにとどめを刺そうとしている攻撃の兆候が目に入った。

 

お互い顔を見合わせた二人は頷き合うと、もう倒れない様にするのが精一杯という状態の○○を庇うように立ちはだかり、天の神の苛烈な攻撃から守った。

 

お互いの精霊バリアを重ね合わせ、一人ではたちまち蹂躙されてしまう様な凄まじい勢いの攻撃から何とか守り続ける。

 

未だに荒い息をしている○○は、そんな二人にあえぐような声で逃げるように言った。

 

「二人とも……早く、逃げて……! ここから、早く……俺なんか放って……!」

 

「嫌だっ……うっ、ぐう……絶対に助ける……っ!!」

 

「私も……うああっ……絶対に逃げない……っ!!」

 

天の神の攻撃を精霊バリアを二重にして何とか防いでいるが、それでも完全には防ぎきれないので二人の身体は余波で少しずつ傷ついていく。

 

満開ゲージが減り続ける中、友奈と美森はさらに言葉を紡いだ。

 

「○○君は、私達を守ってくれてた……命だけじゃない、私達の心を……!」

 

「友奈ちゃんと、みんなと過ごす平穏な日常を……壊さないために、一人で全部抱えて……!」

 

「だから、今度は私達がキミを守る……! 一緒に帰るんだ! 勇者部のみんなで!!」

 

二人の背中を見ていた○○は、その想いの籠もった言葉に何も言えずに黙り込むしかなかった。

 

しかし、最後の時は刻一刻と近づき、ついに二人の満開ゲージが底を着いてしまった。

 

もう精霊バリアは発動せず、護りを失った三人は天の神にとって吹けば飛ぶような塵芥同然の存在でしかない。

 

美森は膝を着き、友奈は辛うじて立っているものの、その脚はがくがくと震え、いつ倒れてもおかしくない有り様。

 

膝を着いた美森は、それでも心だけは屈しないとばかりに天空に座す天の神の威容を涙を流しながら睨みつける。

 

確かに○○は、世界全ての人間の命と友奈一人の命を秤にかけ、友奈の命を取ったと言われても仕方ないような選択をした。

 

西暦の時代、天の神が人類を滅ぼす決意をした理由に、人間の傲慢があるという。

 

そんな、傲慢な人間そのものな、愚かな選択をしたのかもしれない。

 

しかし――――――世界の命運よりも、一つの命を想う事。

 

それが……それが、そんなに愚かな事だというのだろうか?

 

大切な人の、小さな幸せを守ろうとした――――――その結末がこれでは、余りにも報われないと。

 

立ち上がれない○○と美森の二人を、友奈は庇うように抱きしめ、その小さな体で守ろうとする。

 

結局、自分は世界も、そして大切な人も守れないまま終わるのかと絶望に沈みそうになる○○。

 

天の神は、そんな三人にとどめを刺そうと光の柱と見紛うような炎で焼き払おうとする。

 

視界が白く塗り潰され、三人がそれに飲まれる直前。

 

迫りくる炎は三人を焼き払わず、直前の障壁に阻まれて消えた。

 

「牛鬼……? 何で……満開ゲージは、もう無いはずなのに……」

 

自分たちを守る様に浮かんでいる牛鬼を、呆然と見つめる友奈。

 

天の神は気にせず、さらに苛烈に攻撃を仕掛けてくる。

 

先程以上の勢いで攻撃が迫るが、またもやそれは阻まれた。

 

三人の背後から現れた、紅の光の人影が、両手をかざして三人を守っている。

 

「――――」

 

知っている……良く知っている、大切な友達の姿をしたそれに、美森は驚きの表情を浮かべつつも、涙を零す。

 

天の神は戸惑ったように連続で攻撃を仕掛けてくるが、次々と増え続ける光の人影は三人を守る様に立ちはだかり、その攻撃を一切寄せ付けない。

 

勇者たちの、巫女たちの積み重ねられた想いが、人の積み重ねられた想いが神の力を跳ね除け、三人を守り続ける。

 

その光景を、息を呑んで見つめていた三人だったが、近づいてきた牛鬼は友奈を中心にして穏やかな、しかし神々しい光に包まれる。

 

「これは……」

 

「一体何を……」

 

「大丈夫だよ、二人とも……あったかい……」

 

牛鬼を通して、○○に授けられていた力、そして神樹の全ての力が友奈に集まり、満開を越える花が咲く。

 

人の心を信じた神樹の力を完全に受け止めた友奈は、神々しい姿で天の神を見据える。

 

「私は、私達は、人として戦う!――――これからも大切な人達と、生きていきたいから!!」

 

友奈が天の神へと突撃していく。

 

美森も友奈に向けて、声も枯れよとばかりに叫ぶ。

 

ここにはいないはずの、勇者部のみんなの声も聞こえる。

 

「――――――友奈あああああぁっ!!」

 

出会ってから初めて、友奈の名前を呼んだ○○。

 

『勇者部、ファイトーーーーッ!!!』

 

『おおおおおおおおおおぉっ!!!!』

 

その声に応える様に、友奈の背後に大輪の花が咲き、天の神と鍔競り合っていた彼女を押し上げていく。

 

サツキ、蓮、鳴子百合、オキザリス、朝顔、カランコエ、そして桜。

 

勇者たちの力の結晶が、友奈の力を押し上げていく。

 

しかし、それを見越していたかのように天の神は攻撃に勢いを強め、友奈を押し返していく。

 

友奈は苦し気な表情で歯を食いしばるが、それでも少しも怯まずに天の神を見据えて叫ぶ。

 

「勇者は――――――根性おおおおおおぉーーーーっ!!!」

 

そして、友奈の背後に最後の、八つ目の花が咲く。深紅の、牡丹の花。

 

今まで押されていた友奈は勢いを取り戻し、猛烈な速さで天の神へと迫っていく。

 

「勇者ぁ――――パァァァァーンチ!!!!」

 

犠牲になった勇者や巫女、そして勇者部の想いの全てを乗せた渾身の一撃が天の神を捉え、激突する。

 

そして、数瞬の抵抗の後にその場所が砕け散り、友奈の身体が通り抜けるほどの大穴を開けて貫通した。

 

それとほぼ同時に、空に罅が入るような音が響き渡り、そして全体が砕けた。

 

世界が光に包まれ、天の神の炎が消えていく。

 

そんな様子を目にしながら、○○の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ここは……?」

 

意識を失った○○は、不思議な場所にいた。

 

何処とも知れない、真白な空間。

 

死後の世界かとも思い、辺りを見回して本当に何もなくて、手掛かりすらも見つからない。

 

そして、ふと背後を振り返ると、六人の少女が居る事に気付いた。

 

園子に似ているが、彼女よりも凛々しい顔立ちをしている少女。

 

その隣に寄り添う、お淑やかそうな少女。

 

寡黙そうな、黒髪で長髪の少女。

 

ニコニコと笑っている、活発そうな少女。

 

穏やかな雰囲気を纏う、たれ目気味の少女。

 

そして、友奈に瓜二つの、双子と見紛わんばかりの少女。

 

その全員が、それぞれの笑顔で○○へと笑いかけ、口々に何かを言っている。

 

しかし、音が全く聞こえずに困惑した○○は、彼女たちに近づいてよく聞き取ろうとしのだが、園子に似た少女に首を横に振って止められた。

 

思わず立ち止まった○○にさよならをする様に手を振った少女たちは、彼に背を向けて反対方向に歩いて行く。

 

どうしていいか分からずに、それを見送っていた○○。

 

しかし、少女たちは少し行ったところで振り返り、園子に似た少女が今度は聞こえる声でこう言った。

 

『最後にまた会えて、本当に良かった。――――幸せにな』

 

その言葉を最後に姿を消した、六人の少女達。

 

「――――――忘れててゴメン。そして……みんなを助けてくれて、本当に、ありがとう……」

 

一人、静かに涙を流す○○。

 

そして、そんな○○を慰めるように柔らかな光に包まれ、夢は覚めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うう……ここは……」

 

目を覚ました○○は、周囲の状況を確認した。

 

自分はどこかの病室のベッドに寝かされているらしく、部屋の窓からは柔らかな日差しが差し込んでいる。

 

まだ眠かった○○だが、それを堪えて上体を起こして胡坐をかいたところで、個室のドアが開いて誰かが入ってきた。

 

「結城さん、東郷さん……ここって何処かな?」

 

扉を開けたままの体勢で、○○を見て固まる友奈と美森の二人。

 

そんな二人に頓珍漢な質問をした○○は、次の瞬間飛びつくようにして抱き着いてきた二人に困惑した。

 

「えっ……あの、二人ともどうしたの?」

 

「どうしたのじゃないよ……! あれから一人だけ目を覚まさなくて……まだ一日しか経ってないけど、すごく心配したんだよ!?」

 

「そうよ、○○君……! 本当に、事が終わっても心配をかけるなんて……あなたって人は……本当にもう……!」

 

そこから先は言葉にならず、静かに嗚咽を漏らす友奈と美森。

 

まだ状況がよく分からない○○だったが、二人を泣かせてしまったという事は理解していたので、暫くはされるがままになっていたのだった。

 

暫らくしてようやく落ち着いた二人は涙を拭うと、満面の笑みで、しかし有無を言わせない雰囲気を漂させながら○○に迫った。

 

「○○君……もう絶対、無茶はしたらダメだからね?」

 

「そして、黙って何処にも行かないでね?」

 

「いや、無茶したり黙ってどこかに行ったのは二人の方が先…………はい、ごめんなさい黙ります」

 

二人のこれまでの行状から思わず言ってしまった○○だったが、さらにイイ笑顔になった二人を前にして口を噤んだ。

 

「それじゃあ、指切りしようよ、指切り!」

 

「いい考えね、友奈ちゃん。○○君も、構わないわよね?」

 

○○には是非も無い。

 

この状況で断るほど強心臓ではないし、二人の悲しげな顔もイイ笑顔もこれ以上見たくはなかった。

 

『ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます、ゆーび切った!』

 

○○は両手の小指を友奈と美森の二人とそれぞれ引っ掛け合い、三人でおまじないの言葉を唱える。

 

いつもの明るい笑顔を浮かべながら誓いの言葉を謳うように言う二人を眺めながら、日常に帰ってきたことを○○は強く実感したのだった。

 

その後、○○はまだ残っていた疲れから早々に熟睡してしまい、今は無防備な寝顔を二人の前で見せている。

 

そんな○○の寝顔を見ながら、友奈と美森はお互いの顔を見合わせて、静かに笑みを浮かべた。

 

「東郷さん――――私、これからはとっても幸せになれそうな気がするんだ!」

 

「友奈ちゃんもそう思う? 私もそう思うわ。友奈ちゃんがいて、みんながいて、そして○○君がいる。―――――それだけで、私はとっても幸せだもの」

 

「そうだね――――私達は、変わらない日常の大切さを知ってるから。だから大丈夫!」

 

そう言って満面の笑みを浮かべ、眠っている○○の手を二人で包み込む友奈と美森。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう二度と、絶対に離さないように。

 

――――――ぎゅっと。

 




やり切った……東郷さんは攻略、完!!

なんか大赦がまともっぽい感じになってしまった……本当に君ら大赦か!?(自分で書いておきながらry

そして途中の戦闘は中二病を久々に復活させながら書いた! ……まあ、あんまり自信無いんすけども(小声)

前回から微かにのわゆ要素を入れてたので、彼女たちの武器で戦うというのをやれてかなり満足しました。

特にサソリ君をタマっち先輩と杏ちゃんの武器で倒す所を書いてた時は、気分がスッとしました(小並感)
……サソリ君はホント許すまじ!!(マジギレ)

……のわゆの伏線も広げてしまったけど、回収できるかは未定です(無責任)

今はただ、ゆゆゆヒロイン全ての話を書けたことにホッとしています……。我ながらよくやったなぁ……(自画自賛)

というか、今さらですけどこれって東郷さんの話って言えるのかな?(根本的なry

まるで連載小説の最終話の様な感じで、東郷さん個人というよりも友奈と東郷さんの二人にスポットが当たった感じですし……

そして、最後の場面を書くための前フリが壮大過ぎる気がするけど……東郷さんはこれ位しなきゃ病んだりしないと、個人的に結論付けました。

その結果がこの長さだよ! しかも前後編だよ!! 最後の場面に説得力を持たせるためとはいえ!!!

タイトル詐欺と言われるかも……ほぼ友奈と東郷さんの話になったし(震え声)

……と、雑談はこれ位にして、ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます!

これからの執筆予定は未定ですが、また何か書けたらその時にお会いしましょう!

ではでは、さよーならー!




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小さな彼女の大きな一歩

のわゆ編でキツい展開が続いたのでこれを書きました。

……はい、言い訳です済みません<m(__)m>

仕方ないんですよ! 私という人間は、どうも発作的に甘いのが書きたくなるんです!!

……という訳で、お話を始めましょう(強引)

では、どうぞ~。


冬が終わりを告げて春になり、年度も明けて勇者部の面々もそれぞれが進級した。

 

お花見などのイベントがありつつも穏やかな日々を過ごしていたが、四月が明けて五月になり、ゴールデンウィークも最終日と言う事になると、学生である以上逃れられない行事が刻一刻と迫ってくることになる。

 

五月の中旬に予定されている、一学期中間テストである。

 

楽しいゴールデンウィークから半月もせずに行われる、恐怖のテスト週間である。

 

と言っても、勇者部の面々は基本的に学業に関して優秀なものが多い。

 

美森は苦手な教科など無いどころか、全教科に渡り高得点をコンスタントに叩き出すマルチプレイヤーであるし、夏凜は普段からコツコツとした努力を欠かさない勤勉な努力家。

 

風は、高校進学前は勉強の成績的にヤバい状態が続いていたが、受験勉強での積み重ねが功を奏したのか、勇者として役目を果たす以前の成績を取り戻しつつある。

 

園子については、先輩である風にすら指導できる程に冴えた頭脳を誇っており、冗談抜きに讃州中学で一番成績の良い生徒と言ってもいいかもしれない。

 

黒一点の○○は、これまでの定期テストでは平均を少しばかり上回る結果をコンスタントに出しているので、今回も調子を崩さずにやっていきたいと思っていた。

 

そして、友奈と樹の二人は……成績は悪くはないのだが、胸を張って大丈夫だと請け負える程には自信を持っていなかった。

 

という事で、高校の都合で来られなかった風を除いた全員で、部室で勉強会を行う事になった。

 

主に不安を抱えている友奈と樹の指導がメインだったが、成績優良組も小さな疑問点や苦手を潰していける、意義のある集まりになったと言える。

 

そうして勉強会が終わり解散になったが、疲れでヘロヘロになってしまった樹を心配した○○は、彼女を家まで送って行く事になった。

 

姉妹の家に着いた○○はそのまま帰ろうとしたが、せっかく来たのだから少し上がって行きませんかと樹に誘われたので、お邪魔させてもらう事になったのだった。

 

風はまだ帰ってきていなかったので珍しく二人きりだったが、勉強疲れもあるはずの樹がどうしてか張り切っていたので、○○もそれに付き合って彼女の部屋で勉強をしていた。

 

「ど、どうですか……?」

 

「もうちょっとで終わるから、少し待ってね。……正解、バツ、正解、正解――――」

 

問題集の巻末に付いていたテスト形式のものを樹が解き、○○が答え合わせをしていく。

 

少し不安そうにしている樹だったが、○○の表情を見るに悪くは無さそうである。

 

採点が終わった○○は答案を樹の目の前に置き、笑みを浮かべながら所見を述べた。

 

「ジャスト80点! ――という事で、この教科は特に致命的な問題は無さそうかな。もうちょっと頑張れば5、6点くらい伸ばす事も出来ると思うし」

 

「ホントですか! よかったぁ……」

 

安堵の表情を浮かべる樹と、それを微笑まし気に見詰める○○。

 

「他の教科も軒並み80点を越えてるし、これなら余程の事が無い限り平均点は越えられると思うよ」

 

彼がそう太鼓判を押すと樹は明るい表情で喜んだが、何故か少し俯いて考え込むような仕草を見せた。

 

どうしたのだろうかと○○が不思議に思っていると、樹は俯けていた顔を上げて真剣な表情で話し始めた。

 

「あの、先輩……お願いがあるんですけど、聞いて貰えませんか?」

 

「お願い? まあ内容によるけど……どういう事をしてほしいのかな?」

 

「もし、今度の中間テストで平均点が90点を越えていたら……ご褒美がほしいんです」

 

「平均90を越えていたらのご褒美かぁ……うん、良いよ。90点を越えるっていうのは結構……というか、かなり厳しいと思うけど、大丈夫?」

 

○○は結構な難関だと思い、彼女を気遣うような表情を見せたのだが、樹は○○がご褒美を請け負った事で満面の笑みを浮かべ、胸の前で両手をグッと握って張り切っている様子を見せた。

 

「ご褒美、くれるんですね! やったぁ! 犬吠埼樹、全力で頑張ります!!」

 

余りの浮かれっぷりに○○は苦笑して樹を見やっていたが、一体何が欲しいのか気になったので彼女へと問いかけた。

 

「ご褒美をあげるとは言ったけど、俺に用意できる物なの? あんまり無茶なものを言われても困るんだけど……」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。お金も何も要りませんから。ただ先輩が居てくれればいつでも貰えるものなんです!」

 

「へえ……?」

 

稀に見る機嫌の良さでそう言った樹を、○○は更に不思議そうに見つめた。

 

お金が要らないということは、金銭的な意味で欲しいものがあるという事ではないのだろう。

 

となると、より正確にはしてほしい事がある、という事だろうか?

 

そんな予想を○○は頭の中で巡らしたが、よりやる気を出して勉強を再開した樹を見て、自分も頑張らないといけないなと気分を切り替えて、自習を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は飛んで、テスト期間明け。

 

テスト明けの開放感を味わいつつも、結果発表という一種の審判の日を勇者部は迎えた。

 

――――と、大袈裟な表現をしたが、赤点は全員回避したし、平均点すらも大きく上回る結果を叩き出していた。

 

そして肝心の樹であるが、結果発表の日という事で○○を自分の部屋に招いて、その成果を伝えようとしていた。

 

「それで、今回のテストの結果なんですけど……えへへ」

 

「うん、まあ何というか……結果は達成したみたいで何よりだね」

 

「えっ!? ど、どうして分かったんですか?」

 

「それはまあ……ここまで帰ってくる時からかなり機嫌よかったし、もうニッコニコだし……バレバレです」

 

「え、そ、そうでしたか?」

 

そう言って、自分の顔面をペタペタ触る樹。

 

そして自分を微笑ましく見ている○○の視線が恥ずかしくなったのか、誤魔化すように咳ばらいをするとテストの結果が記された用紙を取り出して彼に見せた。

 

「平均点は……91点!? うわっ、すっごいなぁ! 本当に平均が90点台に乗るなんて……俺もこの位あればなぁ」

 

「先輩はどのくらいだったんですか?」

 

「俺は平均86点。一応、過去最高ではあったんだけど……平均で5点も負けたかぁ。樹ちゃん、凄く頑張ったんだね。おめでとう」

 

「えへへ、ありがとうございます! でも、先輩たちが勉強を見てくれたからこんなにいい点が取れたと思うんです。ですから、私からもお礼を言わせて下さい。ありがとうございました!」

 

そうして暫らくお互いの健闘を称え合っていた二人だったが、それも一段落すると樹が約束していたご褒美の件を切り出した。

 

「それで、先輩。ご褒美の事なんですけど」

 

「うん、約束通り平均90以上だったしね。それで、樹ちゃんのお望みは?」

 

「は、はい! えっと、あの……っ」

 

気楽な調子で返事をした○○に対し、樹の方はどうにも歯切れが悪い。

 

顔を赤くして落ち着きがなくなり、あからさまにソワソワした様子である。

 

そんな彼女の様子に○○も首を傾げたが、樹は一つ深呼吸をすると、姿勢を正して彼の目を見詰め、自分が欲しいものを○○に告げた。

 

「――――先輩。私と、き、キスを……キスをして下さい!」

 

「……………………え?」

 

少々声を震わせながらも、はっきりと自分の望みを言った樹。

 

それに対し○○は、気の抜けたような反応しか返せなかった。

 

内容が内容なだけに、自分の自意識過剰なのではないかという、一種の自己防衛めいた思考が働いていたのだ。

 

「えっと……俺の聞き間違いじゃないなら、あの……キスしたいって言った? 俺と?」

 

「そうです。……ご褒美に、先輩とキスがしたいって……そう言ったんです」

 

「…………」

 

間違いではないと証明されはしたが、何と言っていいか分からなくなった○○は無言で樹の顔をじっと見つめる事しかできなかった。混乱してしまい、それしか出来なかったというのがより正確な所であるが。

 

黙りこくってしまった○○に不安を感じたのか、樹は今回の事を言い出した経緯について話し始めた。

 

「みんなで先輩に想いを伝えて、先輩はそれを受け入れてくれてすっごく嬉しかったです。これからずっと楽しい日々が続くんだって思って。でも、私は年下で、それにこんな……ちんちくりんな体形だから、自分だけ置いていかれないか不安で……」

 

そこで一旦言葉を切った樹は、胸の前で合わせていた両手をぎゅっと握った。

 

そんな不安を誤魔化す様な仕草を見た○○は、黙って真剣に彼女の話に耳を傾けていく。

 

「だから、今回のテスト結果でのご褒美に託けて、先輩との関係を一歩進められたらなって……そう思ったんです」

 

不安そうにしながらも真剣に言葉を紡ぐ樹を、○○も静かに見つめていた。

 

そして、話し終えた樹に対して彼も自分の考えを述べ始めた。

 

「樹ちゃんの想いは分かった。で、俺の事なんだけど……そういう事は今までした事なくて……上手に出来るか分からないけど、それでも良いなら、その……お相手を……務めさせてもらえればっていうのが、俺の意見……です」

 

緊張して敬語で締めてしまった○○だったが、樹は特に気にしておらず、むしろ別の部分を気にしていた。

 

「え……先輩って、もう誰かとキスを済ませているのかと思っていました……」

 

「いや、普通に無いからね? ていうか、誰とやるって言うのさ?」

 

「お姉ちゃん、友奈さん、東郷先輩、夏凜さん、園子さん……誰かとやった事があるものとばかり思っていたんですけど……」

 

「…………」

 

樹の言い分が余りにも正当過ぎて、○○は閉口せざるを得なかった。

 

確かにあの告白を受け入れた時点で、そう言う行為を受け入れる土壌は整っていたと思われても仕方がない。

 

ただ、幸いと言うべきか何というべきか……今まではそういう事も無く、至って平和に日常を謳歌していた。

 

それ以前が極めて非日常過ぎたので、本当に普通に過ごすだけで彼女たちを満足させていたのだろうかと○○は考えた。

 

そんな事をつらつらと考えていた○○だったが、樹の言葉に思考を引き戻された。

 

「それじゃあ、私達は初めて同士で……えっと、その……本当に……本当に嬉しいです。初めて同士を交換できるなんて……幸せです」

 

樹の言い方に、本当に恥ずかしくなった○○は彼方此方に視線を彷徨わせ、見るからに落ち着きのない様子になってしまった。

 

たまに樹と目が合うと、慌てて下を向いて赤くなった顔を誤魔化していたか、それは樹も同様で、ある意味似た者同士な二人なのであった。

 

そんな中で決心を固めたのは樹の方で、やっぱり彼女は精神的に成長したよな何ていう少しずれた感想を○○は抱いたのだった。

 

「じゃあ先輩……私はいつでも良いので、お願いします」

 

「……分かった」

 

そう言って樹の傍に寄った○○だったが、すぐ傍まで近づいた事で彼女の身体が微妙に震えている事に気付いた。

 

何時でも良いと言いつつも、緊張していたのだなと分かってしまう彼女の反応に彼も僅かながら緊張が解れた。

 

そうして少し余裕が出てきた○○は、そっと正面から樹を抱きしめ、その背中をあやす様に優しく叩いた。

 

「ぁ……先輩……」

 

○○は言葉は何もかけなかったが、目に見えて身体のこわばりが解れた樹の様子を確認すると、抱きしめるのを止めて、正面から彼女を見詰めた。

 

「……」

 

「……」

 

お互いに何も言わず、無言で正面から見詰めあう。

 

そして、期待と緊張で顔が紅潮し、瞳も潤んでいる樹の肩へと彼は手を置いた。

 

ぴくりと樹の肩が震えたが、それも一瞬の事ですぐに収まる。

 

そして、瞳を閉じて心持ち顎を持ち上げている樹の唇に、彼は自分のそれを、ゆっくりと合わせた。

 

お互いの唇に柔らかな感触が奔り、次いでその温かさを感じ、頭の中がそれらの事だけで一杯になっていく。

 

ただ唇をくっ付け合っているだけのキスだというのに、今まで感じた事の無い様な幸福感に包まれた樹は、この時間がいつまでも、永遠に続けばいいのにと願っていた。

 

そうして、時間にして十数秒ほどの口付けは、○○が唇を樹のものから離した事で終わりを告げた。

 

「――――はあっ……はい、それじゃあこれでお終いです」

 

「――――んぅっ……もう終わっちゃったんだ……」

 

心の底から名残惜し気に樹は呟いたが、ふと○○の表情を見た途端、そんな感傷的な気分は吹き飛んでしまった。

 

彼は、もうどうやってもこれ以上は赤くならないのではないかと言う程に紅潮した表情をしており、二人で合わせ合った唇をそっと撫でながら俯いてしまっている。

 

そんな○○の様子を目の当たりにした樹は、心の奥底から溢れ出てくる彼への愛おしさが止められなくなってしまっていた。

 

「ねえ先輩……もう一回しませんか? さっきは先輩から私にしてくれましたから、次は私から先輩にしてあげますよ?」

 

「えっ……いや、それは……」

 

これ以上やったら心臓が持たないと、そう言いたかった○○だったが……樹の不安げな表情に折れて、結局は彼女の提案を受け入れてしまった。

 

「えへへ……それじゃあ失礼します」

 

「えっ、ちょ、待って樹ちゃん!?」

 

○○から許可を得た樹は早速○○とくっ付くと、彼の首に自分の腕を回して抱き着く姿勢を取った。

 

急に互いの吐息がかかる近さまで距離を詰められた○○は大いに戸惑ったが、そんな彼の様子を他所に、樹は自分の唇と彼のそれとを重ね合わせた。

 

眼を閉じる暇も無かった○○は、比喩ではなく目を白黒させていた。

 

「んぅ……ふぅ……っ」

 

そんな彼に対し、樹はその唇の感触をより感じたくて、自分の唇を擦りつけていた。

 

その度に、彼女の頭の中が多幸感で一杯になっていく。

 

そのまま自分の身体を彼に擦りつけるようにしてきた樹だったが、○○はこれ以上続ければ歯止めがかけられないと心の底から危機感を覚え、何とか樹に怪我をさせない様に注意を払いながら自分の身体から引き剥がした。

 

「むぅ……やっぱり先輩は、私が相手じゃ不満なんですか……?」

 

「違う……違うよ、樹ちゃん。今から俺の言う事をよく聞いて欲しい」

 

熱に浮かされてドロリとした瞳をしている樹は、心の底から不満そうにしていたが、○○はそんな彼女に対して懸命に言い聞かせた。

 

「俺たちはまだ中学生で子どもなんだから、勢いだけで突っ走って責任の取れない様な行動は出来ない」

 

如何にもな正論を述べる○○に、樹はそれが正しいのだと認めつつも、唇を尖らせて不満そうにするのを抑えられなかった。

 

しかし、次に彼の口から出てきた説得の言葉に、樹の不満は瞬く間に鎮火していくことになった。

 

「それに、これが一番大事だけど……樹ちゃんは、まだ身体が出来上がっていないから、そういう事をしたら身体に重大な影響が残ってしまう可能性がほんっとうに高いんだ。俺とそういう事をしたいって思ってくれたのは正直言って光栄だけど、まだそういう事は出来ない。……分かってくれる?」

 

「先輩……ごめんなさい、私が自分勝手でした……」

 

真剣に、そして真摯に自分を想ってくれている○○の態度に反省した樹は、少しだけ残念そうにしながらも、○○の言葉を全面的に受け入れた。

 

「はあ……良かった、分かってくれて。風さんに顔向け出来なくなる所だった……」

 

反省した樹の態度に○○はホッと息を吐いたが、樹は樹で今まで以上に彼への想いを募らせてしまっていた。

 

(責任の取れない内はそういう事はしないって先輩は言ったけど……じゃあ、責任が取れるようになれば問題は無いっていう事だよね?)

 

人によってはお堅いと煩わしく思うかもしれないが、そんな○○の真面目さが樹には魅力的に映っていた。

 

そして何より、自分の身体を心配してくれた事が樹は嬉しかった。

 

(あのまま流されても全然おかしくなかったのに……私の身体の事を心配して、理性で必死に自分を押し止めて私を言い聞かせてくれたんだ……先輩……好き……大好き……)

 

息を吐いている○○を見詰めつつ、彼への想いを募らせていく樹。

 

そして樹は、先輩と一緒に居れば絶対に幸せになれると確信していた。

 

それと同時に、絶対に先輩を幸せにしたいとも強く思った。

 

未だに紅潮している顔を、ノートを団扇代わりにして扇いでいる彼に愛おし気な視線を送りつつ、樹はそんな事を思うのだった。

 

「……? どうしたの、樹ちゃん。何か、じっと俺の方を見てたみたいだけど?」

 

「ううん、何でもありませんよ、先輩♪」

 

「そう……?」

 

樹の返事に○○は微妙に納得がいかない様な表情で首を傾げたが、そんな考えも次の樹の言葉で吹き飛ぶ事となった。

 

樹は○○の手を取って、こう言ったのだった。

 

「先輩、これから先もずっと……一生一緒に居ましょうね?」

 

「え、あ……う、うん。俺で良ければ……」

 

「えへへ、ありがとうございます♪」

 

樹の逆プロポーズ其の物な言葉にも気の利いた言葉が○○は出て来ず、極めて平凡な返ししかできなかったが、そんな彼の反応さえも好ましく思った樹は、幸せそうに――――

 

――――本当に幸せそうに、笑っていたのであった。




……………………っ(砂糖ダバー)

……さて、遂にやっちゃいましたね(震え声)

何というか、甘い話は書く度に糖度が上がっている気がします……

そして、この手のキスを交えた話も、あと五人分作らないといけないのかなぁ(遠い目)


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歯止めがかけられないモノ

書きたいものを書きたいように書けるって幸せですね!(挨拶)

甘いものって全然飽きが来ないんですよね……不思議だなぁ(すっとぼけ)

という訳で、今回は角砂糖のち練乳、所によりハチミツが降るでしょう(???)

……いかん、テンションがおかしい。

と、ともかく!

ではでは、今回もどうぞ~。


学期末テストも終わり、夏休みまで残すところあと僅かとなった七月上旬。

 

テストを無事に乗り切った勇者部一同は、テスト期間中停止していた部活の依頼を精力的にこなしていた。

 

「でも、偶然とはいえ連続して幼稚園とか保育園から依頼があるなんてね。子どもたちの元気の良い事と言ったら……正直めちゃくちゃ疲れた……」

 

そう言ってこわった身体をほぐす様に腕をぐるぐると回している○○に、一緒に歩いていた友奈は苦笑しながら言った。

 

「○○君は男の子たちに大人気だったもんね。私達じゃ付き合えないようなちょっと荒っぽい遊びにも引っ張りだこだったし」

 

「一緒に遊ぶだけだったらまあいいんだけど、怪我とかさせない様に注意しないといけないしね。向こうの先生たちも協力してくれたおかげで、かなり助かったけど」

 

友奈と○○の言う通り、テストが終わってからの数日、勇者部は幼稚園等からの依頼を連続してこなしていた。

 

連日子どもたちに付き合い、振り回されていたお陰で勇者部の全員が少々疲れ気味であった為、今日は依頼も無いという事で休養日にする事を樹が決定した。

 

そんな経緯で今日は解散、という事になったのだが――

 

「でも悪いね。わざわざ俺の家まで来てマッサージしてくれるなんて事になっちゃってさ」

 

「ううん、気にしないで。体力的に一番大変だったのは絶対○○君だし。前に皆にマッサージをした時はキミは居なかったから、私のマッサージを味わってもらうチャンスだから」

 

そう言って、胸の前で両拳をグッと握ってニコリと笑う友奈。

 

実際、○○は他の部員が友奈のマッサージを体験した日、都合が悪くてその場に居合わせる事は無かった。

 

後日にどうだったのかと皆に尋ねた○○だったが、何故か全員顔を引き攣らせて言葉を濁し、ハッキリとした事は何も言わなかった。

 

ならばとマッサージをした友奈に訊いてみたのだが、○○が彼女に尋ねた瞬間に他の皆が電光石火もかくやという機敏さで友奈を連れ出し、なにやら口止めを行なったらしかった。

 

そういう訳で、○○は友奈のマッサージについてほぼ何も知らないという状態である。

 

唯一、今回マッサージを受けるにあたって友奈以外の皆から、凄いから覚悟していた方が良いという、忠告と言うか警告というか、そのようなものを受け取っていた。

 

ただ、○○としては首を傾げるしかない言葉だったので、皆の真剣さはいまいち伝わっていなかったのだが。

 

ともあれ、○○は友奈を伴って自宅へと帰り着いた。

 

「それじゃ、俺の部屋で待っててくれるかな。飲み物を用意したら俺も行くから」

 

「うん、分かった。――ねえ、○○君」

 

「ん? どうかした?」

 

○○はグラスにジュースを注ぎながら、横目で友奈の事を見やった。

 

「初めてだね、○○君の家で二人きりになるの」

 

「ああ……そう言えばそうか。今までは大体二人以上でウチに来てたしね」

 

何気ない調子で言った○○だったが、友奈の方を改めて見ると多少の緊張が見て取れたので、出来るだけ呑気に言葉を続けた。

 

「それじゃ、今日は改めてよろしくね。――はい、ごろーん」

 

結局友奈と一緒に自室に入った○○はテーブルに飲み物を置くと、おどけた口調でベッドへとうつ伏せに寝転がった。

 

「あはは、そんなに急がなくても私は逃げないよ。でも期待してくれて嬉しいし、早速始めるね?」

 

自分の分のジュースを一口飲んで緊張を解した友奈は、早速○○の腰の部分に手をかけて、ゆっくりと擦る様に動かし始めた。

 

「あ~……何かポカポカしてきたかも……」

 

「まずはマッサージする部分を擦って血行を良くして、解しやすくするんだよ。どうかな?」

 

「すごい気持ちいいよ……実際、これだけでも相当リラックスできそう……」

 

既に声が少し緩んでいる○○だったが、まだ先があるらしいので内心では楽しみにしていた。

 

それから数分、友奈は腰の部分を丁寧に擦って準備を整えていき、遂にその時が訪れた。

 

「うん、もう十分かな。それじゃあ、これからしっかりと解していくけど、もし痛かったらすぐに言ってね?」

 

「りょーかいでーす……」

 

そんな間延びした返事が出て来るほど、○○は擦るだけのマッサージでリラックスしきっていた。

 

そして友奈が本格的なマッサージを開始した時――

 

「――――んっく!?」

 

そんな、今まで○○と接してきた中で友奈が聞いた事も無い様な声が彼の口から漏れ出たため、彼女は驚いて解していたその手を止めてしまった。

 

「ご、こめん! 痛かったかな?」

 

友奈は申し訳なさそうな表情で○○に尋ねたが、その声に応えてのろのろと首だけ彼女の方へと振り返った彼は違うと答えた。

 

「いや、痛くは無かったよ。まぁ……今まで以上に気持ちよくて、変な声が出たけどさ……。痛いときは痛いって言うから、友奈は俺の変な声なんて気にせずに続けてね……?」

 

そう言った○○の表情は本当に気持ちよさそうで、嘘を言っている様には全く見えない。

 

ただし、完全にリラックスしきったその表情は友奈も見た事が無いもので、彼女をドキリとさせるものだったのだが。

 

「う、うん、それなら良かった。それじゃあ、続きをしていくね?」

 

「お願いしまーす…………うっあ……んんっ……はぁ~……」

 

友奈が一つ揉む毎に、○○の口から快感を示す呻き声が漏れ出て来る。

 

それだけならまだ良かったのだろうが、先程見た○○の完全にリラックスしきった表情と合わさって、友奈の心臓が早鐘のように打ち始めた。

 

「あぁ~……ゆうな……すごい、きもちいい……うあぁっ……」

 

「あ、あはは……うん、それなら良かった」

 

さっき言った事と全く同じ言葉を、繰り返し言っている友奈。

 

普段の友奈ならもう少し嬉し気な声音でお礼を言っていただろうが、今の友奈にそんな心の余裕は消え失せていた。

 

先程も言ったが、友奈が一回揉む毎に○○も呻き声などで反応を返すのだが、それはもう一年以上の付き合いになる友奈も聞いた事が無い、完全に気の抜けた、緩んでいる声だった。

 

もう少し言えば、完全に無防備な、100%油断している姿である。

 

友奈のマッサージで完全に伸びている○○は、無自覚にトロンとした声を上げ、友奈の事を褒めていた。

 

友奈はその事を嬉しく思いつつも――――内心では、理性が少しずつ削られているのを自覚していた。

 

「うぅ……はっぐ……んんっく……は~っ……あぁ~……」

 

(平常心平常心……落ち着いて、落ち着いて、私……!)

 

間延びした、気の抜けまくった声を漏らしながら友奈のマッサージを満喫する○○。

 

そんな彼の様子を嬉しく思いつつも、一方では理性がガリガリと削られていく友奈。

 

そんな、彼にとっては至福、友奈にとっては天国と地獄の双方を同時に味わう事になったこのイベントも、段々と終わりが近づいてきた。

 

「それじゃあ、肩もみをするから後ろに回るね?」

 

「はーい……」

 

相変わらずぼうっとした声で返事をした○○は、うつ伏せになっていた身体を起き上がらせてベッドサイドに腰かけ、友奈はそんな彼の背後に回る。

 

そうして最後の行程である肩もみを行なっていたのだが、やはり○○の気持ちよさげな呻きは無くならず、友奈の理性を削っていた。

 

「う~ん、お客さん凝ってますねー」

 

「あはは、友奈それ本職さんのマネ? ……うあぁ……っくぅ~……あ~、すっごい良いよ~……」

 

(○○君、可愛いなぁ……って、何考えてるの私!? 平常心平常心……!)

 

もう止めておかないと、本格的に拙いことになる……そう思いつつも、友奈は○○へのマッサージを止める事が出来ずにいた。

 

彼女も自覚していなかったが、今まで見た事が無かった想い人の姿をもっと見たいと、そう言う考えが無意識に働いたのだろう。

 

そういう無意識の思いが、友奈に予定外の行動をとらせた。

 

「それじゃあ、正面から肩を揉んで終わりにするね」

 

「うん、分かった……」

 

正面から肩を揉む事はあり得ない事ではないが、珍しい事とは言って良い。

 

○○も普段であれば疑問を呈しただろうが、この時の彼はマッサージのお陰でぼうっとしており、碌に頭が回っていなかった。

 

対して、友奈も自分が言った事ながら困惑していた。

 

(あ、あれ……? こんな事する予定は無かった……よね……?)

 

自分で自分の言った事を訝しんでいる友奈。

 

しかし、○○の正面に回って彼の表情を見た時、そんな細かい疑問は消し飛んでしまった。

 

マッサージ中は見られなかった○○の気持ちよさげな表情が、真正面から友奈の瞳を直撃する。

 

男の、気持ちよさで緩んだ顔など見ていて面白いものでは無いはずだが、そこは想いを寄せている相手への補正が成せるワザだろうか。

 

(か、可愛い……っ! ○○君、すっごく可愛い……っ!!)

 

そんな感想が、ひたすら友奈の頭の中を駆け巡り――そして、遂に。

 

 

 

 

 

――――――――――プチッ

 

 

 

 

 

そんな彼の表情を見てしまった友奈は、ここまでで削られていた理性がプツンと切れるのを自覚した。

 

「……ん? どうしたの、友奈?」

 

正面から肩を揉んでいた友奈の手が唐突に止まった事を不思議に思った○○が、気の抜けた声で尋ねる。

 

だが、友奈はそれには答えず、○○の肩に手を乗せたまま俯き、身体をブルブルと小さく震わせている。

 

「……? あの、ゆ――」

 

友奈、と言おうとした○○だったが、最後まで言う事は出来なかった。

 

○○の肩に乗せられていた友奈の手が、軽く前に、つまり○○の方へと押し出されたからである。

 

「へ……?」

 

そんな気の抜けた声と共に、重力に従って仰向けにベッドへと倒れ込む○○。

 

普段ならこんな風に軽く押された位で倒れる事など無かったのだが、今はマッサージのせいで完全に脱力している状態。

 

故に、本当に無抵抗で倒れてしまった。

 

「友奈……?」

 

仰向けに倒れ込んだ○○は再び友奈に対して疑問の声を上げるが、友奈はそれにも答えず、覆いかぶさる様に○○の上から身体を寄せてきた。

 

近づいて来る、友奈の顔。

 

そして、友奈の顔が近づくにつれて、影になっていて良く見えなかった彼女の表情がはっきりとしてくる。

 

そして、○○には今現在友奈がしている表情に心当たりがあった。

 

あの日、樹と初めてキスをした時の彼女と瓜二つな目をしている――と。

 

そんな事が○○の脳裏を過ぎったが、友奈の行動は今さら止まらないし、当の本人にも止める意思は無かった。

 

「○○君……」

 

友奈は熱の籠ったドロリとした瞳で、同じく熱の籠った声音で想い人の名前を呼ぶ。

 

彼女は仰向けの○○の首に抱き着くように腕を回し、そのまま圧し掛かる様にして自分の顔を○○へと近づけていく。

 

そして――――自分の唇と、彼のそれとを重ねた。

 

「んぅ……っ」

 

「…………!?」

 

押し倒されてから僅か数十秒という早さで行なわれた事であった為、○○の鈍った思考回路では着いて行けていない。

 

友奈は口付けをしつつも甘い吐息を漏らしているが、○○はと言えば疑問符が頭の中に乱舞している。

 

ともかく、いきなり氷水をぶっかけられるレベルの衝撃を受けた○○だったが、押し倒されているという状態では、出来る事など最早何もなかった。

 

友奈を突き飛ばすなど論外であるし、今まで生きてきた中で最高に驚いたと言えるが、それだけとも言える。

 

(樹ちゃんとの事が無かったら、心臓が止るくらい驚いたかもな……)

 

○○本人がこう考える通り、樹とのキスの経験が多少の冷静さをもたらしたのは確かだった。

 

実際あの日以来、彼は樹にねだられて度々彼女とキスをする様になっていたのだから。

 

それは兎も角。

 

○○は自分の理性が飛んでしまわないように心を強く持ちながら、友奈が冷静になるのを待っていた。

 

友奈は○○を抱き寄せながら、彼の唇を自分のそれで甘噛みする様にして吸い付いている。

 

「んぅ……ちぅ……ん、ふぅ……ぁむ……」

 

断続的なリップ音が、何度も何度も部屋に響いているのだから、どれだけ彼女が夢中なのかは推して知るべしである。

 

「ちぅ……ぷはっ……はあっ、はあっ、はあっ……」

 

そうして五分ほど夢中で○○とキスをした友奈は、遂に息が上がってしまったのか、彼の唇から自分のそれを離すと、呼吸を整える様に何度も息継ぎを行なった。

 

「はあっ、はあっ…………え、あ……あれ……?」

 

そうして息を整えていると、自分が何をしてしまったのか正確に理解が及んできて、固まってしまった。

 

目の前には仰向けに倒れた○○がいて、自分はそれに上から圧し掛かっている。

 

仰向けのまま、ぼうっとした表情で自分を見つめる○○の口元は涎でべとべとになっていおり、そして自分も同様に口元はべとべと。

 

何より、先程彼から顔を離した時に、自分の口元からつうっと一筋の銀糸が伸びて、プツリと切れたのを目にしたばかりである。

 

「え、え……あれ、そ、そんな……ウソ……っ」

 

友奈は自分が何をしてしまったのかを察し、上気して火照っていた顔は殆んど一瞬で青ざめた。

 

そして、飛び上がる様にして○○の上から身体を退けると、○○の部屋の床で土下座を敢行した。

 

「う、ううん……よっこいしょ、と……あれ?」

 

そう言いながら身体を起こした○○の目に飛び込んできたのは、小さく震えながら土下座をしている姿であった。

 

いきなり押し倒されてキスをされたかと思ったら、今度は自分に向けて土下座をされている。

 

控えめに言って訳が分からないと思った○○は、どうしてそんな事をしているのかと現在進行形で土下座中の友奈に尋ねた。

 

「えっと……どうして土下座なんてしてるのかな?」

 

「だって、私は……○○君に無理やりキスなんてして……そんなの絶対ダメな事なのに……ごめんなさい……本当に、本当にごめんなさい……っ」

 

今にも死ぬのではないかと思うような蒼白な顔色で、非常に深刻な声音で彼に謝罪している友奈。

 

その様子を見ていた○○は、無理やりなキスで俺の事を傷つけたのだと思っているんだろうなと考えを巡らせた。

 

○○の目の前の友奈は、可哀想なほど小さくなって震えている。

 

嫌われるかもしれないという、彼女にとって最悪の結末が頭を過ぎって離れないのだろう。

 

(こうなったら、いくら言葉を並べ立てても効き目は薄いだろうな……)

 

そう考えた○○は、覚悟を決めて一つの行動を取ることにした。

 

百の言葉よりも一つの行動――彼の父が、生前によく言っていた言葉である。

 

「ねえ、友奈。そんな土下座なんてしてないでさ、頭を上げて欲しいな。そうじゃないと話も出来ないし……ね?」

 

「……うん」

 

彼のその言葉に、友奈が恐る恐る、おずおずとその頭を上げた時――

 

「えっ――――んぅっ!?」

 

○○は友奈を抱き寄せ、今度は自分から彼女にキスをした。

 

「んっ……ふぁ……ちぅ……っ」

 

急にキスをされて心底驚いた友奈だったが、数秒後にはその瞳はトロンとして潤み、おそるおそる自分の腕を彼の背中に回した。

 

そうしても拒絶されなかった事に友奈はポロリと涙を零し、彼の優しさに心から感謝した。

 

そうして優しいキスが終わると、顔を離した○○が友奈に視線をしっかりと合わせて、こう言った。

 

「俺は気にしてないから。その……恋人とキスをしたいと思うのはごく自然な事なんだし……俺もその、嬉しかったから」

 

そう彼女に告げて、自分の胸に抱き寄せた。

 

○○に抱き寄せられた友奈は、彼の温かさを感じながら今この瞬間の幸せを噛みしめていた。

 

「こんなに○○君が優しいから、私達は離れられなくなっちゃうんだよ?」

 

溢れる様な幸福感を覚えながら○○に向けて言った友奈の言葉に、彼も間を置かずに返した。

 

「ずっとみんなの……友奈の傍に居るんだから、問題ないよ」

 

「うん……うん……っ」

 

使い古された様な、陳腐な言葉だが……そんな事は、友奈には関係が無かった。

 

○○の胸の中で夢見心地になりながら、友奈はぼんやりと考える。

 

今はほとんど貰いっぱなしだけど、そう遠くない未来に私たちの全てで○○君を幸せにしたいなぁ、と。

 

その日を夢見て、友奈は微笑む。

 

愛する人と過ごす、幸せな日々を噛みしめながら。




これを読んだ人はどの位糖分を摂取するんでしょうかね?(唐突)

因みに私は何を食べても甘く感じます(病気)

……とまあ、冗談はさておき!

何か樹の時より描写が過激になってるような……?

あと四人……大丈夫でしょうかねぇ……?(予定は未定)


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大人なキミ、子供なキミ

ヤバかった、マジでヤバかった……!

もう今月は投稿できないかと思いました……。

皆さんも、夏バテからくる体調不良には十分注意して下さい!(時期的に既に遅い)

ではでは、始まりです!


「冷蔵庫に残っているのを考えると、これと……あっ、あれも要るかな?」

 

夏休みが始まってからしばらく経ったある日、風は夕食の買い物を行なっていた。

 

夏バテ対策にとスタミナの付く献立を頭の中で思い浮かべつつ、手早く買い物を済ませていく。

 

「さーて、買い物はこれでお終い。今日は○○も来てるし、張り切らないと!」

 

そう言って、目に見えて機嫌の良い風は、鼻歌でも歌いそうな弾んだ足取りで帰路についた。

 

先程風が考えた通り、今日は姉妹の家に○○がお邪魔して、樹と二人で夏休みの宿題に勤しんでいる。

 

買い物に出るまでは風も一緒に勉強していたのだが、○○が家に来たからには自分の料理をどうしても食べて貰いたいという、乙女心によって一時抜け出して来ていた。

 

「ただいまー」

 

買い物から帰った風はそのままリビングまで行くと、食卓に夕食の材料を置いて一つ息を吐いた。

 

「さーて、マイシスターと○○はどうしているのやら……?」

 

そんな事はふと頭に浮かんだ風は、樹の部屋で勉強をしている二人の様子を見に行ってみる事にした。

 

「あれ、ちょっとだけ開いてる?」

 

風の言葉通り、樹の部屋の扉は完全に閉まっておらず、外から中を覗いても簡単にはばれないと思われる程度に開いていた。

 

閉まっていたなら風もそのまま普通に入ったのだろうが、中途半端に覗ける程度に開いているという事が、彼女の悪戯心を動かした。

 

「ふっふっふ……二人はちゃんと勉強しておりますかねぇ~?」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべながら、扉の隙間から中を窺う風。

 

様子を見るに、○○は樹の解いた問題の答え合わせをしているらしく、赤ペンを持って樹の答えと模範解答を見比べている所だった。

 

「ど、どうですか、○○先輩……?」

 

「んー……よし、終わり。しっかし本当に凄いね、樹ちゃん。また満点だよ」

 

「やったあ!」

 

「これで何連続かな? 十回越えてから、数えてないんだけど……」

 

(十回以上連続で満点!? 樹ったら凄いじゃない!)

 

部屋の中の様子を窺いつつ二人の会話を聞いていた風は、妹の成績がこのところ急上昇していたのは知っていたが、ここまでとは流石に知らなかった。

 

そんな風の考えを他所に、二人の会話は続いていく。

 

「それじゃあ先輩、満点取ったから約束のご褒美下さい!」

 

「分かった分かった、分かったからそんなに引っ張らないでって。……にしても、そんなに嬉しいもの?」

 

「すっごく嬉しいですよ! ……先輩はそうじゃないんですか?」

 

不安そうな表情で言う樹に慌てたのか、○○は早口で否定の言葉を紡ぐ。

 

「いや、そうじゃないけど! でも、ご褒美と言いつつ俺の方も得をしているような感じだし……」

 

「なら良いじゃないですか! 私はご褒美貰って嬉しいし、先輩もちゃんと得をしていると感じてる……何か問題ありますか?」

 

「そう言われると……何も問題ない、のかな?」

 

「そうです! はい、この話はこれで終わり! ご褒美の時間ですよ!」

 

「分かりましたよ、お姫様。それじゃ、隣に座るよ」

 

(ご褒美……? ○○の方も得をしていると思ってる……? どういう事かしら?)

 

テンションがかなり高い樹に苦笑していた○○は、テーブルの対面に座っていた彼女の隣へと移動する。

 

樹の隣で胡坐をかいた○○の隣に樹もくっ付く様に座り直し、彼の方を見上げる。

 

そんな樹を○○は抱き寄せると、彼女は心持ち顎を上げ、目を閉じて何かを待つようにじっと動きを止める。

 

(え……? あれ、これって……? …………え、まさか)

 

今や悪戯心から覗いていた事も忘れ、固唾を呑んで二人の様子を見守る風。

 

そんな風が覗いている事など知る由も無い○○は、樹の唇に自分のそれを重ねた。

 

(――――――っ!? えっ、ちょっ、…………………………えぇ!?)

 

二人の行為によって、混乱の極みに陥る風。

 

そんな彼女の様子など露知らず、樹と○○は唇を重ねたまま身じろぎもしない。

 

正確には樹の方は少し肩をぴくりと震わせているが、心で処理できない幸福感が身体を震わせているのだろう。

 

そして、永遠とも取れる様な長い一分間が終わり、何方ともなく唇を離した二人だったが、樹の方は熱に浮かされてそのつぶらな瞳が潤んでいる。

 

それを察したらしい○○は自分の胸に樹を軽く抱きとめて、落ち着かせるようにその背中を撫でさすった。

 

(な、なんか○○も樹もすっごい慣れてるような……? ていうか、さっき十回連続とか言ってたし……え、こんな事を十回以上もしてるってこと!?)

 

ほぼ真実にたどり着いてしまった風の頭は、それはもう面白い位に混乱した。

 

取りあえず、落ち着くためにすぐさま覗くのを止めてキッチンに急ぎ足で戻る風。

 

喉がカラカラになっているのにやっと気付いた彼女は、蛇口からコップに水を注いで一気に飲み干し、多少は落ちついた頭で先程の事について考えを巡らす。

 

(樹と○○は……えーと、その……き、キスをしていたって事で……いい、のよね?)

 

そこまで考えて、風は思わず自分の考えに苦笑した。アレがキス以外の何だと言うのだろうかと。

 

(で……見た限り、樹がせがんでいて○○はそれに応えていた感じだったわよね? ……というか、ご褒美って言ってたし、樹が要求した可能性の方が高いだろうし……)

 

○○の方がご褒美の内容を提示した可能性も無い事は無いが、風が知る限り彼はそんな事をするとは思えなかった。

 

(でも○○も、満更じゃないみたいだったし……ま、まあ樹とキスできるなら、そりゃあ嬉しいでしょうけど?)

 

可愛い妹の艶姿を思い出して一人納得する風だったが、そこではたと気付いた。

 

(キスを何度もしている妹に対して、碌に手も繋げていない姉……。どこでこんなに差が付いたのかしらねぇ……フフフ……)

 

食卓に手を突いて、がっくりと肩を落とす風。

 

乾いた笑いが零れ出て少々不気味だが、そんな事を気にする余裕は今の彼女には皆無であった。

 

そんな感じで自分の考えに没頭していた風だったが、彼女が帰ってきた事に気付いた樹と○○の二人が部屋から出てきた事を察して、慌てて取り繕って二人を迎えた。

 

「あっ、えっと……た、ただいま。い、今から夕飯を作るから、もう少し待っててね?」

 

だが、上擦った声を上げてしまい、それを不思議に思った二人は顔を見合わせて首を傾げた。

 

「お姉ちゃん、何か変だけど具合でも悪いの?」

 

「樹ちゃんの言う通り、何時もと様子が違いますけど……何かあったんですか?」

 

「う、ううん、何でも無いわよ? あたしは至って普通だし! 具合も悪くないし!」

 

明らかに通常とは違うテンションを見せながら言っても説得力は皆無だったが、樹と○○はお互いに顔を見合わせながらもこれ以上の追及はしない事にした。

 

風さんの事、気にかけておいた方がいいかもという意図のアイコンタクトを○○が樹に送ると、彼女も分かりましたとばかりに軽く頷く。

 

そんな、目と目だけで通じ合ってしまっている様に見える二人を目にした風は、二人の仲の深まりをひしひしと感じて、少しだけ胸が痛んでしまい、そんな事を思ってしまう自分が少し嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、風の心の平穏が若干乱れる事があった日から一週間ほど経ったある日。

 

「お姉ちゃん、本当に大丈夫……? やっぱり私、行くの止めた方が良いんじゃないかな……」

 

「あー、良いから良いから。……樹、あんたはみんなとの約束通り、お祭りを楽しんできなさい」

 

ベッドで横になった風は樹にそう言って、送り出そうとしていた。

 

今日は夏祭りが行なわれる予定であり、勇者部のメンバー全員で行こうと計画していたのだが、当日になって風は風邪をひいて熱を出してしまい、参加できなくなってしまった。

 

前日に少し寒気を感じたので用心していたのだが、それも空しく、朝起きたら熱が出ていたという顛末である。

 

こんな有様ではとてもお祭りに行く事なんて出来ないと落胆した風だったが、それを表には出さず、樹にはみんなと楽しんでくるようにと言い含めて見送ろうとしていたのだった。

 

結局樹も最終的に折れたが、もし本当に風を一人きりにしてしまうのなら断固として出かける事は無かっただろう。

 

「それじゃあ先輩……お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」

 

「うん、分かった。今回の事は残念だけど、また機会はあるんだし。次はきっと全員で行こうって、みんなにも伝えてね」

 

「はい。それじゃあ行ってきます」

 

「楽しんできてね。その方が、風さんも絶対に喜ぶし」

 

お互いに気遣い合った樹と○○はそう言って彼女を送り出すと、彼は風の部屋へと引き返した。

 

「風さん、気分はどうですか?」

 

「今は特に問題ないかな。……ごめんね、○○」

 

普段と違う気弱そうな表情を浮かべながら、風は中腰になって自分を心配そうに覗き込む少年にぼそりと言った。

 

「俺が祭りに行けなかった事について謝ってるんですか? そんなの気にしないで下さいよ。樹ちゃんにも言いましたけど、また機会はあるんですから」

 

「ごめ……ううん、ありがとう」

 

「はい、こちらこそ。それじゃあもういい時間ですし、夕食の準備をしてきますね」

 

風の言葉を聞いた○○は優しく微笑むと、言葉通り夕食の準備に取り掛かるべくキッチンへと向かった。

 

ここ一年ほど風や美森の料理の手伝いをしてきた○○は、簡単な料理なら一人でも問題なく作れるレベルに達していた。

 

中学三年生という事を考えれば、十分と言えるだろう。

 

そして、本日の夕食は煮込みうどんである。

 

これなら、麺を柔らかく煮込めば風邪をひいている風にも食べやすい。

 

という訳で、早速料理に取り掛かる○○。

 

たまに料理の手を止めて風の様子を見に行くが、○○が持ってきたスポーツドリンクを飲む以外は大人しくしている。

 

暫らくして煮込みうどんを完成させた○○は、小さな土鍋にそれを入れて風の部屋へと向かった。

 

部屋のテーブルに土鍋の乗ったお盆を置いた○○は、風を助け起こして食べやすい体勢にしてあげた。

 

そして、小さな器に麺と具、そして出汁を移してから風の傍に行き、手ずから食べさせようとする。

 

「それじゃあ口を開けて下さい。はい、あーん」

 

「え、ええっと……あ、あたしは自分で食べられるから、そういうのは遠慮しようかな~……」

 

顔を赤くしながら断ろうとした風だったが、この場では○○の方が一枚上手だったらしい。

 

「風さん……自分が弱っている時くらい、他人に頼ってもばちは当たらないですよ? ……それとも、俺は風さんが頼れないと思うほどダメな男ですか?」

 

「うぅっ……わ、分かったからそんなしょんぼりしないでって。あ、あたしは……○○の事、とっても頼りにしてるんだから……」

 

「あはは、ありがとうございます。ではどうぞ、あーん」

 

「くうぅ……あ、あ、あーん……」

 

してやったりという表情をしている○○を、恨めしそうに見やりながら彼にうどんを食べさせてもらっている風。

 

想い人とはいえ、年下の少年に甘えているという状況に年上としての意地が少々疼いたが、それ以上に女心が擽られていた。

 

○○は普段から六人全員に対してきっちり平等に接していて、誰かを特別に贔屓したり、逆にないがしろにしたりすることは絶対に無い。

 

そんな○○が、今だけは自分だけを見て、甘やかしてくれている。

 

多少引いたとはいえ熱に浮かされた頭に、そんな○○の態度は優しく染み渡っていた。

 

普段よりも格好良く見えてしまう○○の姿にぼうっとしながら食べさせてもらっていた風だったが、食事の時間はいつまでも続くものでは無い。

 

終わってしまった食事の時間を残念に思いながら再び横になった風だったが、食器を片付けて戻ってきた○○はこんな事を言ってきたので歯止めが外れそうになってしまいそうだった。

 

「何かしてほしい事とかありますか? 何でもいいですよ」

 

「何でも……?」

 

彼の言葉を聞いた風の脳裏に、この間見た○○と樹が行なっていた行為の光景が過ぎる。

 

自然と風は○○の唇に視線が吸い寄せられてしまうが、ぼうっとした様に何も言わない彼女を不思議に思ったのか、○○が彼女の目の前で軽く手を振って声をかける。

 

「風さん? 風さーん?」

 

「え……あっ。ご、ごめん、ちょっとぼーっとしちゃって……えっと、手を……」

 

ハッと我に返った風は、取り繕う様に言い訳をすると、視線を伏せて恥ずかしそうにお願いをした。

 

「手……握って欲しいなぁ……」

 

「分かりました。はい」

 

「あっ……」

 

ぎゅっと自分の手を包み込むように握ってくる○○に、風の心臓が高鳴っていく。

 

○○に聞こえやしないかと思うほどに暴れる心臓に風は緊張してしまったが、彼は薄く微笑んでいるだけで普段と変わりない。

 

自分の気持ちに気付いたあの日と同じく、自分よりもよっぽど余裕のある、別の言い方をするなら大人な態度でいる○○。

 

そんな○○の雰囲気を感じ取ってしまった風は、急に恥ずかしくなってチラチラとしか彼の顔を見られなくなってしまうのであった。

 

暫らくそうしていた二人だったが、外が完全に暗くなったころに風を促して、リビングに移動してきていた。

 

食卓から持ってきた椅子をリビングの窓の前に持って来て、二人で並んで陣取る。

 

「急にどうしたの?」

 

「まあ、見てて下さいよ。俺の予想通りなら、ここから良いものが見られる筈なんです」

 

「良いもの……?」

 

風は疑問符を浮かべて○○を見詰めたが、彼は悪戯っぽく笑うだけでそれ以上は何も言わない。

 

何があるのかと思っていた風だったが、○○の言う通り暫らくすると、遠くで何かが空に向けて打ち上がった。

 

それはある一定の高さまで上がるとパッと光の花を咲かせ、余韻を寄越しつつも消え去っていった。

 

思わず風が○○の方を見ると、ホッとした様な表情を浮かべつつも子供のように笑っていた。

 

「○○、これって……」

 

「はい、みんなが言っている祭りで打ち上げられている花火です。この場所と祭りのあっている場所を考えて、もしかしたら見えるんじゃないかなって思ったんです」

 

続いて打ち上がっている花火に目をやりつつ、○○が説明していく。

 

「でも良かったですよ、ほんとに。風さんをここに連れてきて、実際は見えません、音しか聞こえませんでしたー……なんて事になったら、カッコ悪すぎますからね……ああ、良かった」

 

「……ありがとう、○○」

 

「ふふっ、喜んでもらえたなら良かったです」

 

○○の心遣いに胸が詰まりそうになった風だったが、何とかそれだけは言う事が出来た。

 

そして、○○の表情を見た時に、また改めて自分の気持ちに気付いた。

 

――自分は、○○の大人っぽい所が好きなんだと思っていた。実際に彼のそういう頼りになる所は本心から好きだし、そこに嘘は無い。

 

――でも、そんな彼が子供っぽい笑顔を見せてくれるところ。一番好きなのは、そういう無防備な表情なんだと。

 

打ち上げ花火を見ながら、子供のように、歳相応の笑顔を見せる○○の表情を横目で見ながら、風は自分の心の一つの側面に気付いた。

 

風が自分の方を見ている事に気付いた○○はどうしたのかと問うが、風は軽くはぐらかした。

 

「どうしたんですか、風さん?」

 

「ううん、何でも無い。ちょっと気付いた事があっただけだから」

 

「そうですか……? なら良いんですけど」

 

窓の外に打ち上がる花火を、二人で並んで見ている風と○○。

 

肩が触れ合うような二人の距離は、近づいた二人の心の距離そのものの様で、風は確かな幸せを感じていた。

 

そんな、風にとって夢心地の様な時間も過ぎ去り、樹がお祭りから帰ってきた後。

 

そろそろいい時間だという事で、○○も帰宅することになった。

 

「泊まっていってもらっても、全然いいのに……」

 

「こーら、樹。あんまり○○を困らせちゃダメよ?」

 

「はぁーい」

 

唇を尖らせてすねたような表情で○○を引き留めようとする樹と、そんな彼女を宥める風。

 

二人の姿を微笑ましく見ていた○○だったが、今日はもうお終いである。

 

「それじゃあ、今日は――」

 

「あ、ちょっと待って、○○」

 

玄関まで見送りに来ていた二人に別れを告げようとした○○だったが、風に言葉を遮られた。

 

「どうかしたんですか、風さん?」

 

「うん。今日のお礼にあげたいものがあるんだけど、受け取って欲しいなって」

 

「お礼ですか? そんな、気にしなくていいのに」

 

「ダーメ。受け取り拒否は不可! 絶対に受け取ってもらうからねー♪」

 

冗談めかして言う風に、○○も観念したという表情で頷く。

 

「分かりました。では、ありがたく」

 

「うん、よろしい。じゃあ、目を瞑ってくれる?」

 

風の言葉に従って、彼女の方を向いてから目を瞑る○○。

 

何だろうかと思っている○○を他所に、風は短く呼吸を整えてから彼の首元に腕を回して抱き着いた。

 

何事かと○○は思い、姉の突然の行動を目の前で見ていた樹はこの後の行動が予想できてしまい、思わず両手を口元にやってしまう。

 

そして風は○○に抱き着いたまま、自分の唇を○○のそれに重ねた。

 

「んっ……」

 

そんな音が風の口元から漏れ出るが、いきなりの事に○○はそれ所ではない。

 

思わず目を開けてしまった○○の目前には、瞳を閉じつつもうっとりとしている事が分かる風の顔。

 

一方、風の後ろに居た樹は姉の突然の行動に思い切り動揺して両手で自分の顔を隠していたが、指の隙間からしっかりと二人の口付けを見ていたのだった。

 

僅か十秒ほどのキスであったが、三人ともそれ以上に長く感じていた。

 

「――――はぁ……。ふふっ」

 

名残惜し気に唇を離した風は意味深に微笑むと、今度は○○の耳元に唇を近づける。

 

「あたしのファーストキス、大事にしてね♪」

 

「…………は、はい」

 

熱の籠った声音で囁かれた風の言葉に、○○は混乱しながらも何とか頷き、ギクシャクとした動作で犬吠埼家を後にしたのであった。

 

○○を見送った風は後ろに居る樹の方を向いたのだが、彼女の愛する妹は○○と同様に顔を赤く染めて恥ずかし気にしていた。

 

「……お姉ちゃん、すっごく大胆だったね」

 

何とかそれだけ言葉を絞り出した樹だったが、次に風の口から出てきた言葉に唖然とする羽目になる。

 

「ま、あたしも○○とのキスを見せたし、これでお相子ね」

 

「え……?」

 

樹の頭にいくつもの疑問符が浮かぶが、姉のその言葉を吟味すると、出て来る結論は一つしかない。

 

それに思い当たった樹は先程以上に顔を真っ赤にするが、済んでしまった事なのでもうどう仕様も無い。

 

「わ、私と先輩がキスしてた時、お姉ちゃん見てたの!?」

 

「部屋のドアはちゃんと閉めた方が良いわよ~?」

 

「~~~~~~~~~~っ!! も~~~~~~~っ!!」

 

「あっはっは! ごめ、ちょっ、ごめんってば! あたしも見せたんだから許してって!」

 

風に詰め寄ってきた樹が、駄々っ子の様な仕草で彼女の胸元をポカポカと叩く。

 

そんな樹を宥めつつ、風は心の中で願う。

 

 

 

 

 

こんな幸せな時間が、いつまでも続きますように。十年後も、二十年後も、その先もずっと――




前回と比べると、大分甘さ控えめ……?

何か感覚が麻痺している様な……どの程度か判断つかない……(重症)

ダダ甘なのか、それとも甘酸っぱいのか……分かりません!(断言)

こちらの話は、書く毎にその辺が曖昧になっていくですハイ……

残り三人……ヤベー奴が二人も残ってるんだよなぁ……どうしよ?(困惑)


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私の全てはあなたのもの

このシリーズ、前回の投稿は一年以上前かぁ……

……………………(汗)

うん、気にしない気にしない! 私は未来に生きるのだ!(強弁)


「ううぅ……さむっ」

 

外出の準備を整えて家を出た○○は、日中にも関わらず冷え込んだ空気に思わず顔を顰めてぶるりと震えた。

 

指先を口元に持って行って温めつつ、約束をした場所へと足早に向かう。

 

季節は進んで、十二月下旬の冬の日。

 

讃州中学も冬休みに入っており、○○達勇者部の面子も当然ながら、その休みを満喫していた。

 

……もっとも、現勇者部は名誉部員である風と部長の樹を除き、全員が中学三年生であり、受験生である。

 

今日の様に、冬休みに入ったからと言って遊び回っているような暇など無いと言ってもいいのだが……そこは、秋から始まったこの日を見据えた勉強会という名のシゴキが幾度となく行われ、月頭の模試で全員がA判定を取るという結果を叩き出し、それぞれの保護者を安心させていた。

 

……約一名、シゴキの度に嘆きの声を上げていた天真爛漫な少女がいたが、A判定を取れなければ、今日という特別な日を勝ち取るための話し合いにすら参加できなくなると知っていた為、死に物狂いで励んでいた。

 

そんなこんなで今日という日を迎え、○○は約束していた場所へとたどり着いた。

 

駅の一角にある、待ち合わせ場所としてよく使われているシンボル。

 

そこに着いた○○は壁に背を預けると、スマホ等を弄る事もせず、そわそわしていると見られない程度に周囲に目を配り始めた。

 

とは言っても、約束の時間まではまだ結構な時間があるので、無駄になるのだろうな……と、○○がそんな事を考えていた――――のであるが。

 

「お~またせ~!」

 

「うえっ、ちょっ!?」

 

きょろきょろと周囲に気を配っていた○○の隙を突き、彼が聞きなれたのんびりした声が聞こえ、それと同時に片腕へと抱き着かれた。

 

完全な不意打ちに、思わず戸惑いの声を上げる○○。

 

抱き着かれた方へと彼が顔を向けると、亜麻色に近い、よく手入れされた艶めいた髪が目に入り、続いて視線を下に向けると寒さのせいか、少し赤らんだ頬をした少女――乃木園子が、柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「早かったね、園子。まだ三十分以上あるのに」

 

抱き着かれた照れを隠しながら○○がそう言うと、園子はその笑みをニヤリとしたものに変えつつ、からかう様な口調で言った。

 

「え~、○○君がそれ言っちゃうの~? 私よりも早く来てたキミが~? ――ふふ、そんなに楽しみだったの?」

 

そう言って上目遣いで○○を見上げた園子は、こう言えば彼が顔を赤くしてあたふたするだろうと思っていた。

 

自分が抱き着いてもさして慌てず、努めて平静に返されてしまった為、ほんのちょっとした仕返しのつもりだったのだ。

 

実際、○○は口ごもってしばらく視線を彷徨わせた――が、そこからの彼の反応は、園子の予想からは少し外れたものだった。

 

「……うん……凄く、楽しみだった」

 

「……え?」

 

予想と違う反応に、思わずポカンとした表情で声を漏らす園子。

 

「一緒に過ごそうって誘われて、園子に楽しんで貰えるかなとかちょっとした不安もあったけどさ……俺は俺に出来る精一杯で、園子に喜んでもらえる様に色々考えてきたから! って、何か出だしから空回ってる感があるけど……」

 

いきなり捲し立てたのを反省する様に苦笑すると、○○はそのままの表情で園子を見詰めた。

 

「ええと、つまり……俺は園子と一緒に、今日という日を一生の思い出に残る一日にしたいな……って、思ってる」

 

「……っ!」

 

裏なんて何も感じられない、こちらへの想いが真っ直ぐに込められたその言葉に、園子は先程までの○○の様に口ごもって視線を彷徨わせると、彼の胸元へと真っ赤になった自分の顔を押し付けた。

 

「あ、あれ、園子? えっと……何か、気に障ったかな?」

 

「ううん……○○君は、何も悪くないよ~? でも、ちょっと……色んなものが溢れそうで……」

 

「??? ……大丈夫?」

 

心配そうに自分を覗き込む○○を上目遣いに見遣った園子は、自分はもう二度と彼から離れられない事を改めて自覚した。

 

「○○君……好き……」

 

「えっ……!?」

 

俯けていた顔を上げた時に、そんな言葉が自然と口から零れ落ちる程に。

 

しかしここは二人きりの空間では無く、駅の真ん前という極めて人の往来が激しい場所である。

 

いきなりドラマ顔負けのラブシーンを演じ始めた中学生の少年少女が、注目を集めずにいられる訳も無く、通りがかる人や、二人と同じく待ち合わせでこの場にいた人たちの視線を一気に集める羽目になっていた。

 

このままでは晒し者になってしまうと判断した○○は、未だに潤んだ瞳で自分を見つめて来る園子の手を引いて、速やかにこの場を離れるのだった。

 

離れていく自分と園子に向けてかは知らないが、何故か景気の良い口笛が吹かれたり、拍手が沸き起こったりしたが、きっと自分達に向けてなどではないはずだ……と、○○は自分自身に言い聞かせる。

 

取りあえず、早めの昼食でも摂って仕切り直そう、と考えた○○の少し前を、サンタクロースの格好をした何処かの店の店員が宣伝をしつつ通り過ぎていく。

 

今日は十二月二十四日――クリスマス・イヴである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開始早々のハプニングはあったものの、あれから小洒落た雰囲気の喫茶店で軽めの昼食を取り、再び繁華街に繰り出した頃には園子の脳内にかかっていた桃色なあれこれは何とか払しょくできた様だった。

 

「――っていう訳だから、あんまり人前でああいう事はしない様に」

 

「うん、分かったよ~」

 

「いや全然分かって無いでしょ!?」

 

「えへ♪」

 

二人で並んで歩く……いや、園子が○○にべったりとくっ付くようにして腕を組み、あまつさえ頬すら擦りつけている有り様に思わず○○が突っ込むが、余りにもキラキラ輝いている彼女の笑顔に、早々に何とかしようという考えも失せてしまった。

 

「だって、私と○○君は恋人同士でしょ~? 腕を組んで歩く事くらい、別に当たり前だよ~」

 

「……そういうもの……なのかな?」

 

「そうそう♪」

 

そうして結局は園子の言葉に押し切られ、特に何かない限りは○○の片腕に彼女が抱き着いているのが自然みたいな感じになり、結果的に一日中それが続く事になったのだった。

 

「まあ、それはさて置き。それでは今日一日、楽しんで貰えるようにエスコートさせて頂きます、お姫様」

 

「うむ、苦しゅうないぞよ~」

 

堅苦しい言葉遣いで格好を付けて見たものの、互いの顔を見合わせて数秒後、プッと吹き出して途端に空気が弛緩する。

 

「あっはは、やっぱり俺にはこんな言葉は似合わないなぁ。それじゃあ改めまして……行こうか、園子?」

 

「うん! レッツ・エンジョ~イ・聖夜ラ~イフ!!」

 

「何か、テンションおかしくないかな……?」

 

普段のぽけぽけした空気での発言と似通った、何とも言い難いおかしなテンションで園子が歩き出すと、それに微かに首を傾げつつも○○は彼女へと付いて行くのだった。

 

それからは、順調にクリスマスデートが行なわれていった。

 

○○が事前にリサーチしていた園子が興味を持ちそうな店に行ったり、小腹が空いてきた時には人気の菓子店に出向いてお菓子を頬張ったり。

 

園子はその全てで喜んでくれて、○○も彼女が笑顔を見せてくれる度に心が浮き立つ様な、何とも幸せな気持ちになっていた。

 

いつまでもそんな気分を味わっていたいと、その想いは二人とも抱いていたが、彼らは中学生でもあるので、余り夜遅くまで出歩くわけにはいかない。

 

こんな楽しい日の最後の最後で補導されるなんて事態になれば、全てがぶち壊しである。

 

だから、二人は本当に名残惜しみつつも日が落ちる前には電車に乗り、自宅最寄りの駅へと帰っていた。

 

なお、電車に乗っている時も二人は変わらず腕を組んでいたが、既に○○も一日の中で慣れきってしまっていて、周囲から好奇の視線で見られても平然としたものだった。

 

その後、電車を降りて、園子を一人暮らしをしているマンションへと送って行く最中、彼女が腕組みでは無く他の事をしたいと言い出した。

 

「手を繋ぎたいの?」

 

「うん……ダメ、かな~?」

 

○○の方を窺う様な、どこか不安げな眼差し。

 

「いいや。はい」

 

「あ……うん!」

 

差し出された○○の手に自分のそれを重ね、きゅっと握り合う。

 

不安な表情は何処へ行ったのか、たちまちご機嫌になる園子に苦笑しつつ、○○は彼女の思惑に乗ってその指を搦め合った。

 

「恋人繋ぎだ~、えへへぇ~♪」

 

下手をすれば、街中で遊んでいた時よりもご機嫌になる園子。

 

笑っているというよりも、笑み崩れていると言った方が的確であるような、そんな表情。

 

「ご機嫌だねー、園子」

 

「うん、そうだよ~。今日一日、ず~っと私のことを気にかけてくれた、私の大切な人と一緒だったから~」

 

そんな冗談めかした言葉とは裏腹の、ひた向きな想いの込められた視線。

 

実際、その視線を真正面から受け止めた○○は顔を赤くして目線を彷徨わせたが、完全に照れて俯くと、それでも園子の想いに応えようと今までより強く、繋がれた手を握った。

 

園子もそんな彼の反応に一層笑みを零し、しかしそれ以上言葉にはせずに二人してふわふわした雰囲気を纏ったまま、園子の部屋に着くまで、たまに視線を交しつつも一言も話さずにいたのだった。

 

「それじゃあ、今日はここでお別れだね。また――」

 

「ねえ、○○君」

 

別れを告げようとした○○の言葉を遮る様に、園子が言葉を紡ぐ。

 

「せっかくここまで来たんだし、ちょっとだけ上がっていってよ~」

 

何時ものぽやぽやした口調……だというのに、いつもとはどこか違う様に聞こえるその声に、○○は思わず頷いてしまっていた。

 

園子の部屋へとお邪魔した○○は、そのまま彼女に連れられてリビングのソファに並んで腰を下ろした。

 

何度か上がった事がある園子の部屋であったが、今日は一日デートをしていた所為もあるのか、何処となく落ち着かない気分にさせられている○○。

 

何とかこの微妙な空気を打開しようと、○○は今日の事で気になっていた事を彼女へと尋ねる事にした。

 

「あのさ、園子。今日の事で少し気になっていた事があるんだけど……訊いてもいいかな」

 

「うん、いいよ~。何でも訊いて~?」

 

「ええと……今日はクリスマス・イヴで、俺も君に何かプレゼントしようかと思ってたんだけど、出先で色々勧めても、全部要らないって断ったよね? 俺としては、今からでも何かプレゼントしたいなって思ってるんだけど……?」

 

「ああ、その事~? ふふ、気にしてくれてありがとう~。でも大丈夫だよ、欲しいものはもう決まってるから~」

 

「え、そうなの? それなら遠慮なく言ってくれれば良かったのに」

 

拍子抜けした様に○○が言うと、園子はくすっと……いつもとは少し違う笑みを見せた。

 

「うん、そうなんだ~。でもね、それはお金では買えないもので……○○君の協力が絶対に必要なんだよ~」

 

「ふんふん……それで、園子が欲しいものっていうのは?」

 

○○が園子に促すと、彼女はにこりと笑みを零し、短く、端的に言った。

 

「赤ちゃん」

 

「…………え?」

 

「○○君の、赤ちゃんが欲しい」

 

園子の言葉を聞いて、完全に固まってしまった○○を誰が責められるだろうか。

 

そんな○○の様子をどう思ったのか、彼の隣に座っていた園子は彼の膝の上に乗ろうとし、そこで○○も我に返って彼女を止めようとする。

 

「待て待て待て待て園子! え、ちょっと何……色々こんがらがってるんだけど……!」

 

膝の上に乗ろうとした園子を何とか押し止め、混乱しきった表情で頭を抱える○○。

 

困り果てた様子の○○を見て、流石に園子も悪いと思ったのか、種明かしをする事にした。

 

「あの~……ごめん! 赤ちゃんが欲しいっていうのは冗談だよ~?」

 

「え、あ…………ああ! うん、まあそうだよね! 冗談に決まってるよねー!」

 

「うん、そう、冗談だよ~。キミの赤ちゃんが欲しいのは本当だけど、まだまだ先の話だし~」

 

「ははははは……あ~、冗談ね、冗談かぁ……」

 

「あはは~、うん、そうなんだ~。少なくとも当分は~」

 

「はは……」

 

不自然に笑いを途切れさせた○○を、誰が責められるだろうか、いや責められない(反語)。

 

余りにも際どい会話の内容に冷や汗が止まらなかった○○だったが、そんな彼に園子は本命の事柄を持ち出した。

 

「それで、本当に○○君にしてほしい事だけど~」

 

「あぁ……そう言えばそんな話をしてたね……。うん、本当は?」

 

若干遠い目をした○○だったが、気持ちを切り替えると園子に問い直す。

 

それを聞いた園子は、隣に座っている○○の方を見上げる様に向くと、心持ち口元を彼へと近づけ、自らの瞳を閉じた。

 

目の前の少女のその姿は、勘違いで無ければ自分たちの関係の進展を望んでいて、尚且つ出遅れている事への不安の裏返しだろうか。

 

○○はこれまで勇者部の中の三人と口付けたが、やはりその後の彼女たちの雰囲気は変わったのだ。

 

言葉だけではなく、実際の行いで気持ちを証明されたからだろう――明らかに魅力的になり、二人きりの時は○○が息を呑むような表情をする事が増えた。

 

そういう事をしたと彼女たちが他の面子に吹聴したとは思わないが、女子はこの手の雰囲気には概して敏感である。

 

それが日頃から仲良くしている人間同士なら、尚更だろう。

 

兎も角、園子はそれらの事情を直接は聞かずとも察した。

 

そして、置いていかれたくないと思い、今回の事にかこつけて行動を起こした、という訳である。

 

改めて○○が園子を見ると、注意深く見なければ分からないが、その肩が微妙に震えていた。

 

思えば、かなり待たせてしまったのかもしれないと○○は思い至り、自分の情けなさを痛感した。

 

これ以上待たせるのは男ではないと感じた○○は、その手をスッと園子の肩へと掛けた。

 

それによって肩の震えが止まる中、彼は園子の唇に自分のそれを重ねた。

 

重ね合わされた事で、まるで自分たちが一つに溶け合っていくような感覚に、園子は打ち震えた。

 

言いようの無い幸福感に包まれた園子は、○○がゆっくりと唇を離すと同時に瞳を開き、そしてこれ以上は離さないとばかりに彼を引き留めた。

 

「園子?」

 

少し困った様な声で○○が声をかけて来るが、想いの歯止めが外れてしまった園子は、ぽつぽつと言葉を零していく。

 

「ずっと……ずっと前から、こうなりたかった……」

 

ぽろりと、○○だけを移している瞳から涙が零れ落ちる。

 

「ミノさんが死んじゃって、わっしーも記憶を失って、私は祀られちゃって……あのままだったら、いつか心が死んじゃってたかも知れない……」

 

一度零れた涙は止まらず、後から後から零れ落ちていく。

 

「でも……あの時、キミがくれた色んなものがあったから、私は今も……ちゃんと笑えてて……だから……っ」

 

感極まり、しゃくり上げる様になりながらも、過去から紡いできた想いを吐露していく。

 

「ずっと……ずっとキミの事を想ってた……あの日、学校で初めて会う前から……ずっと、ずっと……」

 

そんな、園子の独白にも似た何かを、○○は静かに受け止める。

 

「実際に会ってからは、自分でも驚いちゃう位に想いが募っていっちゃって……ますますキミの事が好きに……ううん、そんな言葉じゃ言い表せない位になっちゃって……っ」

 

止め処なく零れ落ちる涙を○○が拭うと、園子は泣き顔で、しかし幸せそうにくしゃりと微笑んだ。

 

「もう……そういう所、本当に大好き……本当に、愛してる……っ」

 

そう言い終えるや否や、今度は園子から○○に向けて口付ける。

 

唇で彼のそれを甘噛みし、舌で擽るように撫でる。

 

次に離れた時には、銀の糸がつぅっと二人の間に掛かり、やがて途切れた。

 

未だに園子の熱は冷める様子を見せないが、○○の方も覚悟を決めていた。

 

彼女の想いの丈を全て受け止め、これからも一緒に歩んでゆくために。

 

結局、○○はこの日、自宅へと帰る事は無かった。

 

一晩かけて、溜まりに溜まった園子の想いを○○は受け止め――

 

園子は、箍が外れた様にして想いを零してしまった自分の事が恥ずかしくてならなかったが、それを○○が完全に受け止めてしまった事で、感極まってまた泣いてしまった。

 

一頻り○○の胸の中で泣いた園子は、泣き顔では無い晴れやかな笑顔で○○に軽く口付けると、謳うような軽やかさで、しかし海よりも深い愛情を込めて、彼に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の全部はキミのものだよ~。――だからこれからもずっと、例え生まれ変わっても、ずっとキミを、キミだけを愛し続けます」

 

他の誰でもない、自分よりも大切な人に誓って――。




終盤が予定よりもクッソ重くなって草も生えない。

何だコレ、どうしてこうなった!?(自業自得)

おっかしいなぁ……予定では一から十までダダ甘になるはずだったのに……

まあ、うん……ヤベー奴を一人、達成したから喜ぼう!


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西暦の章
託されたもの


のわゆ編の開始です!

ですので、のわゆ本編のネタバレとかがガンガン出てきます。

今回はまだプロローグっぽい話なのでそれ程でもないですが、これから先は本当に出てきまくるでしょう。

よって、その辺りを踏まえた上で、のわゆ編はお読みください。

ではでは、始まり始まり~。


俺は朝焼けに照らされる都市部を、注意深く警戒しながら歩いていた。

 

背中には大きめのリュックを背負い、見回りがてら店から持ち出してきた食料品を皆の所に持って帰る。

 

と言っても、事が起きてからもう三年以上経っているため、缶詰を始めとする保存食以外は当てにならないのが現状なのだが。

 

その保存食も、生き残った人々が消費してしまっている事が多いため、結構注意深く探さないと見つからないのだが。

 

……食料品のあった形跡を見つけた場合、もれなく争った形跡や、被災者だった人々の形跡まで見つかる事があるのはかなり憂鬱にさせられるが。

 

衣食足りて礼節を知るというが、足りなければこうもあっさり禁忌を踏み越えてしまうのが人間かと思うと更に暗い気持ちになるが、首を振って気を取り直した。

 

今日はデパートだったと思しき建物を見つけられたため、久しぶりに中々良い朝食がとれそうだ。

 

そんな事を思いながらみんなが待っている隠れ場所に戻ると、俺を見つけた子供たちが傍に寄って来た。

 

「おかえり、兄ちゃん! 何かあった?」

 

「あっちってデパートだったとこでしょ? ちょっと位……あったよね?」

 

笑顔で俺を迎えながら、期待と不安の両方を宿した目で俺を見る子どもたち。

 

俺も十四歳なので十分子どもではあるが、この子たちは全員二ケタの歳にも達していない。

 

「よしよし。ほら、これが今日の戦果だな」

 

「すっげー、シーチキンじゃん! この頃乾いたモノばっかりだったからすげーうれしい!」

 

「こっちはサバ缶だ! あーあ、ご飯があれば最高なのになぁ……」

 

ワイワイと子供たちが俺の持ってきた食べ物を前に騒いでいると、大人の一人が代表して寄って来て、軽く注意をした。

 

「こーら、騒いでないで早く食べなさい。それでなくても○○君は食べ物をとって来て疲れてるんだから」

 

「はーい」

 

注意を受けた子供たちは素直にそれを聞き入れると、早速食事に取り掛かった。

 

何の楽しみも無い逃避行ではあるが、食事の時間に限っては多少の笑顔が生まれる。

 

常に緊張を強いられている状況だが、みんなに気持ちの余裕が生まれるのは良い事だ。

 

子どもたちの様子を見つつ、俺も食事をとりながら大人たちを今日の予定を話すことにした。

 

「さてと、今日の予定ですけど。まあ、ここまで来れば今さら特別言う事も無いですね。俺の能力で全員を欺瞞しつつ、あいつ等から見つかりにくい所を歩いて移動。陽が落ちるまでに隠れられる場所を探す。そこで夜を明かして……という、いつも通りの行程です」

 

「うん、昨日ようやく倉敷市に入れたし、もう目的地は目の前だ。……○○君がいてくれてよかった。そうでなければ私達は……」

 

その言葉に大人たちがしんみりしてしまったので、俺は違うというように首を横に振った。

 

「いや、それは違いますよ。ここまで来れたのは、みんなで力を合わせてきたからです。大橋までもうすぐですけど、だからこそ油断しないようにしましょう。……俺たちを逃がしてくれた、歌野と水都のためにも」

 

俺の言葉に、大人たちは力強く頷いた。

 

食事が終わった俺は、もう一度周囲の安全を確認するために隠れ場所の外に出た。

 

外部で朝日に照らされているのは、人類の英知と繁栄の結晶たる建物が立ち並ぶ都市部。

 

――――――その成れの果て。

 

圧倒的な力で破壊され、蹂躙され、もはや原型を留めていない建物が崩れ落ちている。

 

先程、俺が食料を探し求めたデパート跡など、まだ良い方だ。

 

道も道でアスファルトがめくれ上がっていたり崩落していたりで、かつて人々の営みを支えた大動脈としての面影など殆んど残っていない。

 

「相変わらず、結界の外は酷いもんだよ……歌野、水都」

 

かつて諏訪を共に守っていた友達二人の名前をポツリと呟く。

 

「でも、もうすぐ四国に着きそうだ。二人が……二人が足止めをしてくれたから、俺たちはアイツらの追撃をまるで受けなかった。それから二か月も逃避行を続けたけど……もうすぐ、それも終わりそうだ」

 

朝日が昇ってくる東――諏訪のあるだろう方角を見ながら独り言を零す俺。

 

「絶対に、みんなを四国まで守るから。それが俺の……託された人間の責任だから」

 

そう呟いて、みんなが待っている場所まで戻ろうと足を進める。

 

今は西暦二〇一八年十一月の末。

 

世界は一部の地域を除き、バーテックスに蹂躙されつくしている――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺こと○○は、通り魔か強盗か……とにかくその様な何かに刺殺され、前世を終えたのだと思う。

 

しかし、気が付くと今生で両親と思われる二人に抱かれていた。

 

それからすぐに自分が二〇〇四年生まれだと知って、また混乱した。

 

自分は平成になってすぐの生まれだったはずなのに、今生では二十一世紀生まれとなったのだから。

 

とは言え、異世界に生まれた訳でも何でもない、再び現代日本に生まれたのだから順応するのは簡単だった。

 

ただ、今生の両親は転勤族というものになってしまったらしく、俺が幼稚園に通いだす位の歳になったら色々な場所に転勤になった。

 

ほぼ一年毎に引っ越しをして、色々な人に出会った。

 

まさしく東奔西走と云った感じで、北は北海道から南は沖縄まで、両親に連れられて様々な場所で生活することになった。

 

そんな生活を続け、長野県の諏訪市に転勤した二〇一五年。その七月三十日、あの日がやって来た。

 

後にバーテックスと呼ばれることになる、正体不明の化物による世界各地の襲撃。

 

襲われた人々は根こそぎ殺され、人類の文明も何の斟酌も無く蹂躙され、破壊される。

 

俺はその日、運よく諏訪大社内の結界に逃げ込むことに成功し――――そして、そこで『勇者』と呼ばれることになる不思議な力に目覚めた。

 

母から昔に渡された、先祖代々伝わっているという古ぼけた櫛。それが結界内の神聖な気に当てられたことで覚醒したのだろうというのは、後で水都から聞いた解説である。

 

ともかく、そういう経緯で勇者としての力に覚醒したその日、それから三年の間、力を合わせて戦っていくことになる白鳥歌野と藤森水都の二人と出会う事になった。

 

結界の近場で逃げてくる人の誘導を行なっていた俺は、転がる様に駆け寄ってきた水都に歌野を助けてほしいと懇願されたのだ。

 

「あっちの方で、私達と同じくらいの歳の娘が化け物と戦ってるの! 助けたいけど、でも私に君みたいな力は無いから……お願い、助けてあげて!」

 

俺は頷くと詳しい場所を水都から聞き、急いで歌野のもとに向かった。

 

彼女は鞭の様なものを振るい、逃げ惑う人たちを誘導しながらバーテックスを退けていた。

 

だが、俺もそうだがこの時の彼女は十一歳の小学五年生の女の子で、命がけの戦いを経験した事などあるはずも無い。

 

多勢に無勢でバーテックスに包囲されようとしていた時、その群れに突っ込んだ俺が結界を展開しながら敵を弾き飛ばした。

 

「えっ……あ、あの、キミは?」

 

「そんな事は後でいいから! とにかく、周りの人を避難させながら俺たちもすぐに逃げるよ! いつまでも結界の外に居たら多勢に無勢でいつか殺される!」

 

「わ、分かった! 皆さん、私に着いて来て下さい!」

 

「後ろは俺が引き受けるから、君は前だけに集中して!」

 

「オッケー、頼りにしてるよ!」

 

未だに避難する人たちで溢れかえる現場から急いで移動し、途中で現れるバーテックスから守りつつ、そして反撃して道を切り開きながら結界を目指して進む。

 

もっとも、俺には攻撃能力が欠片も無く、敵の撃破は全て歌野に任せ切りになってしまったのには溜め息を吐くしかなかったのだが。

 

そうして何とか結界内までたどり着いた俺たちだったが、戦闘で高ぶっていた気持ちが落ち着くと、腰が抜けるように座り込んでしまった。

 

お互いにぜーはーと荒い息を吐いていたのだが、ふと顔を見合わせると何故かおかしくなって二人して笑ってしまった。

 

「あはははっ、いやーもうホントに助かったよ! キミが来てくれなかったらどうなってたか……本当にありがとう! 私は白鳥歌野っていうの。 キミの名前は?」

 

「俺は□□ ○○。よろしく、白鳥さん」

 

「ノンノン、固いよ○○君! 歌野でいいって」

 

「いきなりお互い名前呼び!? ちょっと難易度高くないかなぁ……?」

 

「でも、もう私たち戦友でしょ? 名前呼びくらい当然だって!」

 

「うーん……そんなもんかなぁ? まあ、君がそう言うなら良いけど……よろしく、歌野」

 

「うん、こちらこそ!」

 

これが、その後三年に渡って諏訪を支え続けた勇者である白鳥歌野と、巫女として献身的に歌野と俺をサポートしてくれた藤森水都との出会いの日。

 

とはいえ、最初から上手くいっていた訳ではない。

 

何しろ俺たち三人は小学生の子供で、それがいきなり土地神様から力を与えられたから信用してくれと言われても無理というものだろう。

 

俺もそんな反応は当然だと、冷静に受け止めていた。正直、子どもの戯言にしか聞こえなかっただろう。

 

バーテックス何て存在が突然現れ、これからの事を思って絶望していたのだから当然ではある。

 

しかし、歌野は諦めなかった。

 

率先して先頭に立ち、畑を一人でも耕すなどしてその小さな背中でみんなに希望を与え続けた。

 

もちろん俺と水都も手伝ったが、歌野のその笑顔や姿勢に感銘を受けた人は多かったはずだ。

 

バーテックスから諏訪を守り、畑を耕して少しずつ広げていき……そんな暮らしが一年ほど続いた頃には、多くの人が希望を取り戻し自分に出来る事をやっていこうと前向きになっていた。

 

どんなにつらい目に遭っても、人は必ず立ち上がる――――

 

諏訪の人たちは、歌野がその背中で示した事を胸に刻んで先の見えない日々を生きてきた。

 

歌野と水都、そして俺の三人もここでの暮らし、そしてそこで生きる人を守ろうと不断の努力を続けてきた。

 

そうして、俺たち三人が出会ってから三年が過ぎた二〇一八年九月――――

 

バーテックスの大規模な侵攻を辛くも退けた俺は、歌野と水都に呼ばれて諏訪大社・上社本宮の参集殿に来ていた。

 

中に入ると、歌野はいつも通りに見える――しかし、少し違和感を抱くような笑顔で俺を迎えた。

 

水都は明らかに沈んだ表情をしていて、これまた分かりやすく何かがあるんだと思わされる。

 

「こんな所で話をする前に、歌野は病院に行った方がいいんじゃないのか? かなりきつい戦いだったし、何かあったらと思うと……」

 

「ふふ、ありがとう○○君。キミの言う通り、かなり大変だったけど怪我はホントにかすり傷だけだから。キミが守ってくれたお陰だね、いつもありがとう」

 

「今さらそんな改まって言う事でもないと思うけど。大切な友達なんだから、そして戦友なんだから守るのは当たり前だし」

 

「うーん、お友達かぁ……それはちょっと残念だけど……でも、今となってはそれでよかったのかもね。……みーちゃん、お願い」

 

「分かったよ、うたのん……」

 

彼女らしくない、少し悲しそうな表情で笑う歌野。その彼女から促された水都が、俺の方を見て言葉を紡いだ。

 

「○○君……さっき神託が下されて、次のバーテックスの侵攻はこれまで以上の規模になるという事が分かったんだ。そして……私達にそれを跳ね返すだけの力は、もう残されていない……」

 

「……そっか」

 

水都が告げてきたことは、もうすぐ諏訪は終わってしまうという受け入れ難いもののはずだったが、比較的冷静に聞くことが出来ていた。

 

ここ最近の侵攻では何度も死ぬかと思う場面があったし、敵もそろそろ本気になったという事なのだろう。

 

それを薄っすらと感じていたため、思ったほどショックは受けなかった。

 

これで終わりかと思うと、内心悔しくてたまらないが、無様に取り乱す事だけはしたくなかった。

 

そんな事を思っていたのだが、続けて水都の口から出た言葉に俺は呆然とした。

 

「だから……○○君には君の力で連れていける人を連れて、諏訪を脱出して、四国に退避してもらおうと思ってるんだ」

 

「…………は? え、何、どういう事?」

 

困惑した俺が歌野と水都の顔を交互に見ると、二人は補足するように説明を続けた。

 

「○○君。キミの能力にさ、人の姿を欺瞞して敵の目から隠すっていうのがあるじゃない? 私達がステルスって呼んでるアレ。……それを使って、諏訪から四国まで連れていけるだけの人を逃がしてほしいの」

 

「君の能力の限界の十五人は、もう私達が選抜してるから。……みんな、自分が助かりたいはずなのに若い家族の人たちを優先してくれて……四家族、十五人の人たちも、○○君になら命を預けられるって……」

 

二人は説明を続けるが、肝心な事が聞けていない。

 

「……二人は? 歌野と水都も一緒に行くんだよね?」

 

そう聞くと、二人は切なそうに笑いながら首を横に振った。

 

「うーん……悪いけど無理かな。足止めをする人が必要でしょ? その為にも私は残って、バーテックスがキミたちの方に行かないようにしないと」

 

「私も……うたのんが残るなら、ずっとここに居るって決めたから」

 

その言葉を聞いて反射的に声をあげそうになったが、二人の目を見て口を噤まざるを得なくなってしまった。

 

完全に覚悟を決めてしまっていて、俺がどういう事を言ったとしてもその決意を覆せるようには見えない。

 

何しろ三年間一緒に戦ってきたのだ。その位の事は分かる様になっていた。

 

無力感に苛まれながらも、二人から脱出の計画を聞いていく。

 

この諏訪から四国の瀬戸大橋まで、まともな道を通った場合だいたい550~570㎞程の道のりであるらしい。

 

とはいえ、子どももいる道程で、更に外にはバーテックスがどれだけいるのかも不明である。

 

食料等も出来るだけ持っていくが、かかる期間が不明なので持ち出せる食料だけでは確実に不足する。

 

現地調達をしながらの移動になる事も告げられ、二人からは申し訳なさそうな顔をされたが、俺には気にするなという事しか言えない。

 

本格的な冬が到来する前に四国にたどり着けなければ、勇者としての力を持つ俺以外は凍死することも考えられる

 

厳しい何て言葉では済まされないような道のりだが、選ばれた十五人は既に覚悟の上だと二人は語った。

 

そこまで話が進んでいるのなら、もはや是非も無い。俺に出来る事は歌野と水都の言葉を受け入れ、選ばれた全員を欠けることなく四国に連れていくことだけだ。

 

……本当は二人に、逃げろと言いたい。しかし、それは不可能だと自分の冷静な部分が告げていた。

 

「それじゃあ、決行は明後日だから。……急にこんな事話してゴメンね。でも、○○君が受け入れてくれて本当に良かったって思ってる」

 

「気にしないでって言っても無理かもしれないけど……私達の事は引き摺らないでほしいな」

 

「……っ。分かったよ、二人とも。俺は……絶対に約束を果たすから。二人も心配しないで」

 

既に最期の覚悟を決めてしまっている二人の言葉に、俺は涙が出そうになったが、何とか堪えて言葉を絞り出す。

 

それから暫らく話をした後、俺は自分の部屋へと帰った。

 

…………今日は眠れそうにないなと、そう思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みーちゃん、良かったの? ○○君に伝えなくて」

 

「良いんだよ、うたのん。……この状況で伝えたら、○○君を縛ることになる。そんなのは絶対嫌だから」

 

「みーちゃんもそう思うよね……。あはは、結局二人とも伝えられず終いかぁ。何だか妙な感じでお揃いになっちゃったね」

 

「私とうたのんは親友だからね……って、理由になってないか。でも、きっと○○君は忘れないでくれるよ。……私達との、この三年を」

 

「そうね……人が本当に死ぬのは、誰からも忘れられた時だっていうし……○○君がずっと忘れないでくれるなら、私は満足かな!」

 

「そうだね……きっと、いつまでも覚えていてくれるよ」

 

三年間、共に諏訪を守って来た少年の事を想う二人の少女の声は、神域の静謐な空気の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、決行の日。

 

俺は両親と子ども二人の四人家族を三組、両親と子ども一人の三人家族を一組の、計十五人を伴って諏訪を脱出した。

 

諏訪大社を脱出し、中央自動車道付近まで逃れた所で諏訪大社の方角を振り返ったら、無数の――本当に比喩ではなく雲霞のごとく、群がっているバーテックスの姿が、勇者としての力で強化された目で捉えることが出来た。

 

ああ、もう歌野にも水都にも二度と会えないんだなと認識してしまうには十分すぎる光景だった。

 

だが、このまま感傷に浸っている訳にはいかない。

 

すぐに皆を促し、自分の能力でこれまで以上に欺瞞を施すと足早に道路沿いに進んだ。

 

子どもも居る道のりな上に、万が一にもバーテックスに見つかる訳にはいかない。

 

常に緊張を強いられる、決死の逃避行が始まったが……それでも、この時だけは涙を止める事が出来なかった。

 

歌野が足止めをしてくれているおかげか、バーテックスは星屑すらもこちらには現れず、何とか安全に距離を稼ぐことが出来た。

 

そして最初の夜。都合よく雨風をしのげる場所を見つけられた俺たちは、みんなで静かに泣いていた。

 

自分たちを逃がしてくれた勇者と巫女、そして連れてくることが出来ず、残さざるを得なかった諏訪の人々を想って。

 

俺も涙を流しながら、それでもここに居る人たちだけは必ず四国に連れて行ってみせると決意を新たにした。

 

それが、歌野や水都の遺志に、何よりも報いる事になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九月下旬に諏訪を脱出して、もう二か月以上が経った。

 

暦はすでに十二月に入り冬が到来しているが、みんなの表情は明るい。

 

遂に、瀬戸大橋を目視できる距離にまで来ることが出来たからだ。

 

岡山の倉敷市に入ってからはみんなも最後の力を振り絞ってきたため、予想以上に早く進むことが出来た。

 

ここまで二か月以上もバーテックスの勢力圏と思われる場所を、精神を擦り減らしながら進んできたのだから嬉しくないはずも無い。

 

「やっと瀬戸大橋が……! やったな、○○君、もう少しだ!」

 

「……はい、そうですね。……もうちょっとで、大橋に……」

 

「……? どうしたんだい、様子が変だが?」

 

「いや……何でもないですよ」

 

俺の様子がおかしいと思った人が心配そうに声をかけてきたが、俺は何でもないような風を装ってそれを退けた。

 

(ああ、やばいなぁ……今朝から熱が引かない……)

 

実際、頭がぼうっとする程度には熱が出ており、普段通りに振る舞うのも辛いような状態だったが、ここまで来て一旦休憩も無いだろうと思い、無理を押して進んでいた。

 

ただ、無理をした甲斐はあったのか、その日の内に大橋までたどり着くことが出来、後は渡るのみとなっていた。

 

瀬戸内海を間に挟んだ先に、四国の香川が見えている。その香川の丸亀城に勇者たちが集まり、日夜勉学や訓練に励んでいるらしい。

 

そんな事を熱でぼうっとした頭で考えていたのだが、勇者の力で鋭くなった聴覚が不審な物音を捉え、そちらに目をやったのだが、自分の油断を悔いる事となった。

 

バーテックスの集団が、こちらを完全に捉えている。普段なら全く問題なく隠蔽できているはずだが、熱で注意力や能力の使い方が不十分になっていたのだろう。

 

奇妙な鳴き声を上げながらこちらに向かってくる星屑たちを見据えながら、背後の皆へと叫んだ。

 

「はやく渡って下さい! 俺はここであいつ等を足止めします!」

 

「しかし、それでは君は……!」

 

「隠れられない橋の上で襲われたら、俺もみんなを守り切れません! ここであいつ等の気を惹いて、皆さんが十分橋を渡り切ったと判断したら後を追いますから!」

 

「……分かった、私達がここに居ても邪魔になるだけだな。行くぞ、みんな!」

 

その言葉を合図に走り出した一団が、瀬戸大橋を渡っていく。

 

とは言え、瀬戸大橋は12000mを優に超えるだけの長さがあるので、人の足で渡ろうと思ったら短く見積もっても二時間はかかると思われる。

 

それまでの間、バーテックスをこちらに引き付けて時間を稼がないといけない。

 

「――――行かせない!」

 

渡り始めた人たちを追いかけようとしたバーテックスを結界で防ぎ、弾き飛ばす。

 

何度か俺を無視して橋の方に向かおうとしたが、その度に俺が妨害したためにみんなとはだいぶ距離が空いてしまった。

 

そうして、ようやく俺に狙いを定めたらしいバーテックス達が、俺に向かってその不気味な口を威嚇するようにガチガチと鳴らした。

 

「ようやくその気になったか……それじゃあ、しばらく相手してもらおうかな」

 

あえて不敵な物言いをしたが、これは自分を鼓舞するためでもあった。

 

熱は朝からずっとひかない上、頭がぼうっとするのも酷くなっているような気がする。

 

バーテックスとの戦いは常に命がけだが、こんな状態ではいつまで戦い続けられるか分かったものではない。

 

しかし、弱音は吐けない――――歌野と、水都と約束したのだ。

 

「この逃避行も、もうすぐ終わるんだ……こんな所でやられてたまるか……!」

 

向かってくる星屑を結界でいなし、別の星屑にぶつけて体勢を崩させる。

 

その隙に背後から襲って来た奴を紙一重で躱すと、同じように結界で弾き飛ばして崩落しそうな建物にぶつけ、建物を崩して一時的に生き埋めにして動きを止める。

 

熱で朦朧とする意識を叱咤し、迫ってくる星屑たちを次々と防ぎ、往なし続ける。

 

「絶対……諦めない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○がバーテックス達と戦い始めてから一時間は優に経過した。

 

「くっ……はぁ……はぁ……」

 

あれから更にエスカレートしてきた熱に悩まされながら、それでも○○は星屑たちをこの場に釘付けにしていた。

 

もう殆んど根性だけで動いているような有り様だったが、それでも戦い続けられたのは、歌野と水都に命を賭けて託されたものを守るという、大切な約束があったからだった。

 

それを支えにし、ほぼ精神力だけでバーテックスの攻撃を完封していた。

 

しかし――やはりそんな状態で、いつまでも戦い続けられるものではない。

 

(――――――っ。まず……っ!)

 

遂に集中力に限界が訪れた○○の結界が弱まり、そこに突っ込んできた一体の星屑による痛烈な突進を受けた彼は、その勢いをまともに喰らって吹き飛ばされ、建物の壁に強かに打ち付けられた。

 

「ぐっ……! げほっ、ごほっ! はあっ、はあっ……!」

 

意識が朦朧としている所にこの攻撃を受けた○○の身体は遂に限界を迎え、か細い声を漏らしながら敵を見据えるのがやっとになってしまった。

 

自分の方へジリジリと迫ってくるバーテックス達を睨みつけながら、○○は悔し気に呟いた。

 

「く、そ……ここで、終わりか……みんなは無事に……着いたかな? まあ……これだけ、時間を稼げば……大丈夫、だよな……?」

 

近付いてきた星屑の一体がその不気味な口の様な器官を開き、○○へと喰い付こうとしてくる。

 

「ごめん、歌野、水都……俺もそっちに……行きそうだよ……命を賭けて逃がしてくれたのに……本当に、ごめん……」

 

二人の友達への謝罪を口にしながら、それでも迫りくるバーテックスを睨みつける視線はそらさない。

 

そして、バーテックスが○○の頭に喰い付こうとしたとき――――

 

風切り音と共に飛来した矢が、突如としてバーテックスに突き立った。

 

その矢の勢いに、○○に喰い付こうとしていたバーテックスは吹き飛び、そのまま奇妙な声を上げながら消滅した。

 

「…………は? 一体、何が……」

 

○○が困惑していると、今度はワイヤーで繋がれた、周囲に刃の付いた円盤状の何かが飛来し、矢で吹き飛んだバーテックスに代わって○○に喰い付こうとしていた奴らを薙ぎ払った。

 

数体がまとめて消し飛び、○○の前方に一時的に空白地帯が出来上がる。

 

その空いた空間に、三人の少女達が飛び込んできた。

 

それぞれが太刀、大鎌、籠手で武装し、明らかに一般人とは異なる装いをしている。

 

歌野と同系統の、似たような衣装を身に纏ったその姿は――――――

 

「勇、者……」

 

ポツリと呟いた○○の声に反応したのか、太刀を持っていた少女がチラリと○○の方を見て安心させるように笑った。

 

「もう大丈夫だ、安心してくれ。橋を渡っている途中の人たちを大社が発見してな。急いで私達が保護に向かったところ、ここで君が囮として戦っていると聞いたんだ」

 

そこまでその凛々しい少女が言ったところで、○○の背後から近付いてきた二人の少女が後を引き継ぐように言った。

 

「んで、タマたちが助けに来たって訳だ。だからもう心配ご無用! すべてタマたちに任せタマえ!」

 

「そういう事ですね。……って、すごい熱じゃないですか! 若葉さん、千景さん、友奈さん、早く切り上げないと危ないです!」

 

「了解……すぐに倒す……!」

 

「分かったよ、アンちゃん! 超特急で倒しちゃおう!」

 

「よし、球子は○○の護衛を。杏は周囲を警戒しつつ、余裕があれば私達の援護を。私たち三人が前衛で、こいつ等を片付ける!」

 

その言葉と共に、星屑の群れに飛び込んでいく三人の少女達。

 

攻撃能力を持たない○○では倒せなかった星屑は、バタバタと草でも薙ぐような速さでその名の通りに儚く消えていく。

 

○○のそばには一応の用心として二人が残っているが、殆んど無用になっているし、たまに前衛の三人が撃ち漏らした星屑も、杏と呼ばれた少女がクロスボウから放つ矢で駆逐される。

 

その光景を朦朧とした頭で認識した○○は、張りつめていた緊張の糸が完全に切れてしまい、そのまま気絶してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周辺のバーテックスを一掃した若葉、千景、友奈の三人は、球子と杏が護衛をしていた少年である○○に近づいて来て、早速移動をしようとしていた。

 

「確かに酷い熱だ……諏訪からここまで、一般人を守りながら歩いてきたと言うだけで驚愕ものだが、その疲れが祟ったのだろうな……」

 

○○の額に手を当てた若葉が、痛ましい表情をしながら言う。

 

「はい……今すぐに病院に連れて行ったほうが良いです」

 

「伊予島さんの言うとおりね……熱の他にもどんな不調を患っているか分からないし、一度診てもらうべきだわ……」

 

「そうだね……それに、たぶんロクなものを食べてないと思うし……」

 

「だよなぁ……バーテックスがドコにいるか分からない世界だし……そんなトコをあの人たちを守りながらここまで来たんだもんな……」

 

若葉の台詞に、他の四人もそれぞれの言葉で応じる。

 

「では、戻るとしようか」

 

そう言って、ごく自然に○○を抱きかかえた若葉だったが、それに千景が待ったをかけた。

 

「ちょっと待って、乃木さん……。あなた、○○の事を知ってるの? さっきも自然に名前を呼んでいたけど……」

 

「ん? そうだが……もしかして、千景も知り合いなのか?」

 

「知り合いというか、友達というか……いえ、大切な友達ね……」

 

その言葉に驚いた表情をした球子が何か言おうとしたが、それを察した杏が球子の口を手で押さえて物理的に塞いだ。

 

球子は目を白黒させながら杏の方を見て抗議したが、逆に杏に首を横に振られて言ったらだめだと無言で注意された。

 

実際、球子は千景に仲のいい友達が友奈以外に居た事に驚きの声を上げようとしたのだから、止めて正解だっただろう。

 

「若葉ちゃんとぐんちゃんの友達なの?」

 

友奈が若葉と千景に問いかけ、二人はそれぞれにこくりと頷いた。

 

「小学生の頃に、まあ色々あってな……一年だけだったが、ひなたと一緒に居たんだ」

 

「私も、小学生の頃に……」

 

懐かしそうな、切なそうな表情で言う若葉と千景だったが、すぐに表情を切り替えると若葉がみんなに告げた。

 

「その話はまたいつかな。今は○○を病院に連れて行かなければ」

 

全員が同意すると、○○を抱きかかえた若葉に続いて大橋を渡っていく。

 

気絶してしまった○○は未だに目を覚まさないが、その表情は緊張から解放された安堵感からか、非常に安らかなものとなっていたのだった。

 




以上、導入部でした。

……歌野と水都が好きな人には、本当に申し訳ないです(土下座)

別の世界で幸せになるだろうから許して下さい!

そして、いきなりトンでもな展開になりましたが……まあ、ご都合主義タグつけてるから大丈夫ですよね?

………………ですよね?(震え声)


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彼岸花の章

のわゆ編、第二回です!

今回も、それぞれの勇者を象徴する花が副題になっています。

さて、それでは始まり始まり~。


本州側の大橋前での戦いで勇者たちに救出され、そのまま気絶してしまった俺は、次に目を覚ました時にはとある病院の個室に寝かされていた。

 

まだ少し痛む身体に顔を顰めながらナースコールを押して人を呼び、担当の人たちから話を聞いたところ、あれから二日経っているらしかった。

 

熱は眠り続けている間に点滴を打たれていたお陰か、すっかり引いていたのだが、そのまま入院することを余儀なくされていた。

 

大社によると、バーテックスの支配領域を二か月以上に渡って移動してきたことによる影響が表れていないか検査等をしっかりと行なっておきたいらしい。

 

そういう事ならば是非も無い。

 

という事で、俺は至って問題の無い体調ながら、未だに病院生活を続けているという訳である。

 

その日の昼食を食べた俺はベッドをリクライニングさせ、そこにもたれ掛かってぼうっとしながら時間を貪っていた。

 

ほんの一週間前までは四六時中バーテックスを警戒し、ロクに気の休まる暇が無かったのだ。

 

何の心配も無く、完全に無防備な姿を晒して休めるという事がどれほどありがたい事か、身をもって知ってしまった。

 

おまけに、ただ待っていれば毎日決まった時間に温かい食事が出て来る。

 

確かに病院生活は少し退屈だが、この二か月を考えれば天と地、月とスッポン、比べるのも馬鹿らしいほどの違いである。

 

なので、贅沢など言わずに大社から渡されたラップトップPCを操作して暇を潰しているのが俺の現状である。

 

そうしていると、個室の扉が控えめにノックされたので、また病院の人が来たのかと思い返事をした。

 

「はい、どうぞ」

 

「……お邪魔します」

 

そう言って扉を開けて入ってきたのは、俺と同年代の、あの時に俺を助けてくれた勇者の内の一人である少女だった。

 

制服の上からワインレッドのカーディガンを着て、カバンを肩から下げている。

 

「ああ、あの時の勇者の。今日はまた、どうして?」

 

「いえ……その、お見舞いに……」

 

どことなくそわそわしている様にしながら、要件を述べる少女。

 

ただ、俺は何故かは分からないがその少女に既視感を覚えていた。

 

どこかで会った事がある様な、そんな感覚が先程から拭えない。

 

「もう大社から教えられてるかもしれないけど、一応言っておくね。俺は□□ ○○です。君の名前は?」

 

「私は……郡、千景」

 

何故か沈んだように言う少女に首を傾げたが、俺はその名前を聞いて驚きの声を漏らして尋ねた。

 

「郡千景さん……? あの、間違ってたら申し訳ないんだけど……もしかして、俺が高知に住んでた時に友達だった、ちーちゃん……?」

 

俺がそう言うと、それまで何処となく暗かった彼女の表情が明るくなり、嬉しそうな笑顔を浮かべながら頷いた。

 

「忘れられたのかと思ったけど……覚えててくれたんだ。本当に……すごく、嬉しい」

 

「まあ、一年間ほとんどずっと一緒に居たからね。すぐ思い出せなかったのは、本当に面目ないけど……いや、忘れてたわけじゃなくてね?」

 

「分かっているわ。もう七年も昔の事なのだし……それ位で薄情だなんて思わない」

 

俺がすぐに思い出せなかったことについて言い訳がましく述べると、ちーちゃんは気にしなくていいとばかりに首を横に振った。

 

「それにしても、ちーちゃんが勇者になってたなんてなぁ……。四国には五人の勇者がいるとは知っていたけど、詳細は知らなかったからさ。かなり驚いてるよ」

 

「それを言うなら、私もそう。○○が勇者になって、しかも諏訪から民間人を連れて脱出してくるなんて想像もできなかったもの……」

 

俺が苦笑しながら現状についての感想を述べると、ちーちゃんも病室に備えられた椅子に腰かけながら控えめに笑った。

 

「にしても……ちーちゃん、勇者になった以上バーテックスと戦ってるわけだけど……怖くなかった?」

 

「まあ、最初怖かったのは否定しないけど……でも、勇者の力を手にした以上、是非も無い事だと思っていたし……それに……」

 

「それに?」

 

そこで一旦言葉を切ったちーちゃんは影のある表情をすると、地を這う様なおどろおどろしい声で続けて言った。

 

「バーテックスが……○○を殺したと思い込んでいたから憎くて憎くて……バーテックスは全部殺してやるって……そう決心していたから……」

 

そこまで言ったちーちゃんはいつの間にか握り締めていた拳を緩め、影のある表情を優し気な笑顔にあっという間に切り替えて、俺に向かって笑いかけた。

 

「でも、○○が生きていてくれて……また会えて本当に嬉しい……昔みたいに一緒に居られると良いわね」

 

「あ、ああ……うん、そうだね」

 

影のある表情と地を這う様な声に気圧された俺は少しつっかえつつも、ちーちゃんの言葉に同意した。

 

それからもちーちゃんとの話は続いたが、俺は話しつつも彼女と出会い、過ごした七年前の事をポツポツと思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から七年前の二〇一一年。

 

俺は転勤族である両親の仕事の都合で、四国の高知県へと引っ越した。

 

その年の三月末には会社が紹介したらしい賃貸物件へと入居し、生活環境を整える事に注力した。

 

俺はと言えば、中身はともかくこの身体はついこの間幼稚園を卒園したばかりの正真正銘の子どもでしかなかったので、精々邪魔にならないように大人しくしているくらいしか出来る事は無かったのだが。

 

これまでそういう風にして来たためか、両親はどうも俺の事を聞き分けの良すぎる子だと思っている節がある。

 

自分たちの仕事の都合であちこちへ転勤するようになってしまった影響だと考えている様で、たまの休日に一緒に居ると、とにかく構いたがる。

 

せめてもの罪滅ぼしの様な物なのだろうが……正直、精神的には恥ずかしい。

 

まあ、大体されるがままにしているのだが。

 

そんな日常を送りつつ、高知で一年間過ごす予定の小学校への入学も無事終わり、そのまま平穏無事な、変わり映えの無い一年を過ごすのだと俺は思っていた。

 

……まあ、結果としてそうはならなかったのだが。

 

入学して半月ほど経ったある日、俺は休み時間に図書室へ行こうと廊下を歩いていた。

 

この小学校は図書室が二階にあるので、そのまま突き当りを曲がって階段へと差し掛かろうとしたとき、今思い出しても信じられないことが起きた。

 

突き当りを曲がり、階段の上部に目をやった俺の上から――――――

 

女の子が、突き落とされる様に落ちてきたのだから。

 

余りの光景に一瞬思考が停止したが、反射的に身体が動いて女の子を何とか受け止めようと身体が動いた。

 

とはいっても、小学一年生の身体能力では何事も無く受け止める事など出来るはずも無い。

 

女の子を受け止めた俺だったが、勢いを殺しきれずにそのまま転がる様に階段から落ち、全身の痛みに悶える事となった。

 

仰向けに倒れ、痛さに対してうめき声を上げていると、階段の上から女の子を突き飛ばしたらしい生徒たちは一目散に逃げていった。

 

恐らく、突然現れた俺が今回の事に巻き込まれたのが予想外で、混乱して逃げたのだろう。

 

逃げていった犯人たちに心の中で悪態を吐きつつ、自分の身体の無事を確認した俺は、落ちてきた女の子へと声をかけた。

 

「いっつつ……あー痛い……。えっと……怪我してない?」

 

「……別に」

 

女の子は顔を顰め、痛みに耐えるような表情だったが、それでも涙一つ零していなかった。

 

名札の色を見た所、どうやら二年生であるらしいが、そんな歳の女の子が階段から突き落とされて泣き言一つ漏らさない様子に、俺は首を傾げた。

 

困惑している俺を尻目にその女の子は服に着いた埃を掃うと、二年生の教室の方へと戻ろうとして歩き出した。

 

「待って待って。そのまま戻るの?」

 

「……何かあるの?」

 

「歩き方がおかしいよ。本当はどこか痛いんじゃない?」

 

煩わしそうに俺に対応した女の子だったが、左足の方の動きが若干おかしい。

 

「保健室に行って、湿布でも貼ってもらおうよ。そのままにしてたらダメだって」

 

「別にいい……どうせ、ちゃんと診て貰えないから……」

 

「え……?」

 

女の子は暗い表情をしながら、ポツリと呟くように言った。

 

そういえば、こうなった原因は階段から突き落とされた事が原因だと思い直した俺は、その呟きを聞いて非常に嫌な予感が頭を過ぎった。

 

反吐が出るような予想だが、ここでその予想を聞いてしまうほど空気が読めない訳じゃないし、そもそもそんな場合ではない。

 

「分かった。じゃあ俺が代わりに湿布を貰ってくるから、ここで待っててくれないかな」

 

「え……?」

 

女の子は俺の言葉が理解できないような表情をしたが、とにかく急いでいた俺は保健室に向けて急行した。

 

そこで口八丁で保険の先生から湿布を受け取ると、また急いでさっきの場所まで戻った。

 

居なくなっているかもしれないと不安だったが、女の子は何とか待っていてくれた。

 

「湿布もらってきたよ。それじゃ、痛い所に貼ろうと思うけど、どこが痛いの?」

 

「……ここ」

 

女の子は左足首周辺を指さしたので、俺は余計な刺激を与えないように慎重に患部に湿布を貼った。

 

「これでよし、と。もしずっと痛いようなら、病院で診てもらった方がいいかも」

 

「……うん」

 

「それじゃあ、俺はもう行くね。ええと……」

 

「郡……私は、郡千景……」

 

「郡さんかぁ。うん、それじゃあ、またね」

 

「……さよなら」

 

こうして、俺とその女の子――郡千景のファーストコンタクトは幕を閉じた。

 

階段から突き落とされた彼女に俺がぶつかるという、中々体験できない事に遭遇したある意味忘れられない出来事である。

 

友だちとじゃれていて階段から落ちた可能性も無くはないが、それなら一目散に全員が逃げていくのはいくら何でもおかしい。

 

この時点で、俺は彼女がいじめられているのではないかという強い疑いを持ったが、この時はまだ疑いに過ぎなかった。

 

それから一週間ほど経ったある日、下校途中の俺は彼女に遭遇したのだが、その時に着ていたのは私服ではなく、体操服だった。

 

「こんにちは、郡さん。……あの、服はどうしたの?」

 

「……燃やされた」

 

「……は?」

 

「……焼却炉で燃やされた」

 

聞き間違いではないかと思い、思わず間抜けな声を漏らした俺に彼女はより具体的に起きた事を述べた。

 

思わず絶句して固まった俺の横を通ってそのまま行こうとした彼女だったが、俺は我に返ると彼女の肩を掴んで制止した。

 

「ちょっと、ちょっと待って郡さん! 何でそんな平然としてるの!? こんな大ごと、誰か大人に相談しないと! もっと酷くなったら大変な事になるよ!?」

 

その俺の台詞に彼女は振り返ったが、その時に見た表情に俺は息を呑んだ。

 

全てを諦めきった、諦観の表情。

 

正直、小学生の女の子が浮かべて良い類の表情ではない。

 

「意味ないよ……どうせ誰も、助けてくれない……私の話、キミも聞いたんでしょう……?」

 

「まあ、聞いたけど……でも!」

 

彼女の両親にまつわる醜聞は俺も耳にしていた。

 

ここは結構な田舎だからか、そういう話が大人を通して子どもにまで広まり、その結果として彼女は酷いという言葉では済まないいじめを受けている。

 

ただ、その意味を子どもが理解しているとは思えないが。

 

大人たちが彼女を排斥しているので、それを感じ取った子どもたちまでがそういう行動をとってしまっているのだろう。

 

もうここまで来ると、学校全体が彼女にとって恐ろしい敵の様なものだろう。

 

ともかく、彼女のその諦めきった表情を何とかしたいと思った俺は、ノートを一ページ破るとそれにあるものを書き込んで彼女に渡した。

 

「……何、これ?」

 

「俺の携帯電話の番号。もし何かあったら、これにかけてくれればいい。きっと、行くから」

 

俺の両親はとにかく忙しいわけだが、そんな中でも俺に確実に連絡が取れるようにと一年生の息子に携帯電話を持たせていた。

 

持たされた時は過保護過ぎじゃないかと俺の方が呆れたが、今になってみると非常に都合がいいと思った。

 

破られたノートに書いてある番号と俺の顔を見比べ、疑わしそうにしていた郡さんだったが、一応納得してくれたのか、それを折りたたんで鞄へと仕舞った。

 

「ありがとう、受け取ってくれて」

 

「……さよなら」

 

別れ道に差し掛かり、俺に背を向けて歩いて行く郡さん。

 

その悲し気な背中へと、俺は力強く声をかけた。

 

「郡さーん! 絶対行くから! 何時でもいいからねー!」

 

その俺の声を聞いて立ち止まる郡さんだったが、振り返る事も無く、再び歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一ヶ月ほどは、何事も無く……いや、郡さんは相変わらずいじめを受けていた。

 

堂々と止めに行けば彼女が今以上に酷い目に遭う可能性があったため、そういう方法は採れなかった。

 

しかし、偶然を装って彼女の傍をうろうろするようにしていたため、俺が傍にいる間だけはいじめは無くなっていた。

 

こんな回りくどい方法しか取れなくて情けなかったが、これ以上となるとそれこそ大人たちに対処してもらうしかない。

 

だが、この学校というかこの地域の大人は揃いも揃ってどうしようもない連中らしく、まともな対応など到底望めない。

 

俺が騒ぎ立てても、子どもの戯言として黙殺されるだろう。

 

そんな感じで憂鬱な気分でいた日の、ある夜のこと。

 

一人で夕食を食べ終わった俺は片づけを済ませると、ゲームをしながら寛いでいた。

 

両親は泊まり込みの仕事があるらしく、今日は戻らないと携帯に連絡があった。

 

本当に済まなそうな声音で何回も二人ともが謝っていたが、まあ確かに小学一年生の子どもを夜一人にするのは不安だろう。

 

これまでは両親のどちらか一人は夜も居たのだが、今日はどうしても二人とも都合が着かなかったらしい。

 

明日の夕方には帰ってくると言っていたし、幸い明日は日曜で休みだ。

 

適当にインスタント食品で朝食をとり、悠々と過ごすよと軽く言って電話を切った。

 

そうして夕食を取り、暫らくした時に携帯に連絡があった。

 

表示された番号を確認すると固定電話からのものだったので、はてと首を傾げながら通話ボタンを押した。

 

「はい、もしもし」

 

『あ……あの、○○君……?』

 

「はい、そうですけど……もしかして、郡さん?」

 

『……ええ、そう』

 

「こんな時間にどうしたの? もしかして、何かあった?」

 

普通に考えて家にいる時間帯なので、いじめによって何か起きたとは考えにくい。

 

そんな事を考えていた俺の耳に、郡さんの心細そうな声が届いた。

 

『熱が、出て……きついの……』

 

「熱が? あの、お父さんとお母さんはどうしたの?」

 

常識的な質問をしたつもりだったが、帰って来た答えに俺はバカな事を訊いたと心底後悔した。

 

『お母さんは、出ていった……お父さんは……今日は帰らないって、さっき電話が……』

 

「はあ……!?」

 

彼女の家がひどい状態だと噂から予想はついていたが、どうも予想以上だったらしい。

 

話を聞くと、郡さんは昼間から熱を出して寝込んでいたらしいのだが、彼女の父は最低限の看病をすると、行先も告げずにどこかへ行ってしまったらしい。

 

心細くなった彼女が連絡を取ったらしいのだが、結果は先程の通り。

 

追い詰められた彼女は、俺から携帯の番号を渡されていた事を思い出して連絡をして来たらしい。

 

この辺の連中はロクなもんじゃないなと改めて思いながら、俺は郡さんとの約束を果たすべく行動を開始した。

 

「すぐ行くから、大人しくして待っててね?」

 

『……うん……助けて……』

 

その言葉を最後に電話が切れ、家から必要と思われるものを集めてリュックに放り込むと、自転車で彼女の家へと向かった。

 

一度だけ郡さんを家へと送ったのだが、こんな形で再び行くことになるとは思わなかった。

 

そして今はもう夜なので、小学一年生が一人で出歩いていれば当然だが補導されるだろう。

 

コソコソしながら急ぐという、割と神経を使う命題を何とかこなしつつ、最短で郡さんの家へと到着した。

 

飛ばしてきたために上がった息を鎮めつつ玄関チャイムを鳴らしてしばらく待っていると、寝間着をきた郡さんがきつそうな表情をして現れた。

 

「あ……あ……」

 

俺の事を認識した郡さんは一瞬目を見開くと、意味をなさない何事かを口から漏らし、そして緊張の糸が切れたかのようにして泣き出した。

 

「ううううぅぅぅぅっ……あああああぁぁぁぁぁっ……ひぐっ……ぐすっ……」

 

「大丈夫、もう大丈夫だよ。……とりあえず家の中に入ろう、ね?」

 

泣きながらもコクリと郡さんは頷き、家の中に案内された俺は彼女が寝ていたらしい布団に取りあえず寝かせ、看病の準備を始めた。

 

「取り敢えず、これを飲んでてくれる? ちょっと台所を借りたいんだけど」

 

「いやっ……!」

 

スポーツドリンクを渡し、そう言って郡さんから離れようとしたのだが、彼女は心細そうな声を上げると俺の服の袖をキュッとつかんで引き留めてきた。

 

目に涙を浮かべて俺を見つめる彼女に、俺は出来る限り安心させられるような笑顔を浮かべてゆっくりと言った。

 

「大丈夫、どこにも行かないから。すぐに戻ってくるから……ね?」

 

「……分かった」

 

納得したらしい彼女が袖を離してくれたので、家から持ってきたリンゴをこの家の下ろし金で擦り下ろしていく。

 

約束通りすぐに戻ると、スポーツドリンクを少しずつ飲んでいた郡さんに声をかけ、擦り下ろしリンゴをスプーンで掬って彼女の口へと運んだ。

 

「はい、あーんして?」

 

「……あーん」

 

小さな口を開けて待っている郡さんへ、下ろしリンゴをそうやって無くなるまで食べさせた。

 

どうやら食欲自体はそこまで減退していないらしく、俺はホッと息を吐いた。

 

お腹が膨れて眠気が襲って来たらしい郡さんを寝かせ、その傍に居る俺。

 

「大丈夫だよ、ずっと傍にいるから。……よしよし」

 

俺が安心させるように彼女の頭を撫でると、顔を赤くしつつも嫌がることなく受け入れていた。

 

「もう大丈夫かな、郡さん?」

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「名前で……呼んでも、良い……?」

 

「俺を名前で?」

 

布団から顔を覗かせて、そんな事を頼んでくる郡さん。

 

こんな形の出来事で心を開かれるのはあれだが、それはともかくとして嫌な訳は無い。

 

「うん、もちろん」

 

「ぁ……ありがとう……○、○」

 

照れながらも俺の目を見て礼を言う郡さん。

 

そういう事ならば、俺の方も彼女の事を名前で呼んだ方が良いだろうか?

 

そう思った俺だったが、どうせならという事で一捻り加えてみる事にした。

 

「じゃあ俺は……郡さんの事、ちーちゃんって呼んでもいいかな?」

 

「ちーちゃん……?」

 

不思議そうな表情で自分のあだ名を口にした彼女だったが、やがて控えめな笑顔を浮かべると、小さくコクリと頷いた。

 

「うん……ちーちゃんって、呼んでもいいよ」

 

「良かったぁ。イヤだって言われたらガックリ来ただろうし。――じゃあ改めて、これから宜しくね、ちーちゃん」

 

「こちらこそ……よろしく、○○」

 

そう言って笑い合った俺たちは、結局次の日の朝まで一緒に居たのだった。

 

……結局、俺が帰るまでにちーちゃんの父親は帰宅しなかった。

 

心中で罵詈雑言を並べ立てて心底軽蔑しつつ、この一年は出来る限り彼女の傍に居ようと決めた俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの日々は、大体においてちーちゃんと一緒に過ごす事になっていった。

 

彼女と一緒に遊ぶ俺もいじめの標的になってしまったが、俺に向いた悪意には容赦なく反撃した。

 

そもそも集団で一人の女の子をいじめるという、どうしようもない性根をした連中である。

 

多少やり過ぎたとしても、良心の呵責を感じる事も無かった。

 

そう言う意味では、むしろやりやすいと言えるのかも知れなかった。

 

やり過ぎた俺に対して教師が注意する事もあったので、表面上は畏まった対応をしつつも心の中では舌を出して軽蔑していた。

 

お前らが教師だなんて世も末だな馬鹿め――――そんな風に、悪態を吐きつつ。

 

多勢に無勢で俺が逆にやられる事もあったが、その度にちーちゃんに心配をかけた事だけは反省すべきだろう。

 

やられた俺を見て彼女は泣いていたので、その度に宥める事になったのだが流石にこちらには悪戦苦闘した。

 

もちろん、楽しかったことも沢山あった。

 

ちーちゃんはゲームが好きだというのでそれに付き合って遊んだ時、小学生離れしたその腕に驚いたりもした。

 

動画サイトに投稿されているスーパープレイに匹敵する上手さで、彼女と対戦した時はその余りの腕に全く歯が立たなかった程である。

 

「ふふ……私の勝ちね……」

 

得意げな表情でそう言って勝利宣言をする彼女に、俺は最初は穏やかな気持ちで応対できていたのだが、余りにもサンドバックにされ過ぎたために悔しくなり、後日こっそり練習し、攻略サイトまで探って大人気なくリベンジしたのであった。

 

「……っ!? ……もう一回、もう一回やりましょう! 今度は私が勝つもの……!」

 

ちーちゃんもちーちゃんで、年下と思っている俺に――まあ、実際一個年下だが――あっさりとリベンジを決められた事でムキになってしまったらしい。

 

悔しさをむき出しにして俺に再戦をせがんでくる彼女に苦笑しつつも、ドヤ顔でそれを受けたりと、楽しい時間を過ごしていた。

 

後で大人げない事をしたと反省したが、怪我の功名というべきか、よりちーちゃんと仲良くなれたのは幸いだったのだろう。

 

そうして春から夏になり、秋が来て、冬になって新年を迎えた翌月の二月三日。

 

節分の日でもあるが、ちーちゃんの誕生日でもある日。

 

事前にちーちゃんに誕生日を訊いていた俺だったが、その時ぽろっと彼女が零した事にまた絶句する羽目になった。

 

「誕生日……? それって、お祝いするものなの?」

 

ちーちゃんは、誕生日がお祝いをするものだという事を知らないという驚愕の事実が判明した。

 

仮にも二十一世紀生まれの人間が……まだ二年生の子どもが誕生日のお祝いをされた事が無いという事実に、俺の方が悲しくなってしまった。

 

実際、本当に涙が出そうになったが、何とか堪えてちーちゃんに一緒にお祝いをしようと誘った。

 

「え、ええ……よく分からないけど、○○がお祝いしてくれるなら……」

 

戸惑ったように言う彼女を見てより一層の決意を固めると、出来る限りの事をして祝おうと考えを巡らせ始めた。

 

しかし……俺は小学一年生で、そんな俺には大したプレゼントなんかを準備することは出来なかった。

 

小学一年生の小遣いで準備できたのは、三百五十円のショートケーキ一切れに、二百円のヘアピンという本当にささやかなものだった。

 

「もっと盛大にやれれば良かったんだけど……俺の小遣いだと、これしか無理だった……ごめんね」

 

誕生日当日の放課後に俺の家にちーちゃんを呼んで面目なさげに言った俺だったが、それでも彼女は凄く喜んでくれた。

 

「そんな……謝らないで。私、誕生日のお祝いは初めてだけど……とっても嬉しいもの……本当にありがとう」

 

そう言って微笑むちーちゃんだったが、気になる事があったらしく俺に訊いてきた。

 

「それで、ケーキが一つしか無いみたいだけど……これは、私だけしか食べないって……そういうことなの?」

 

「あぁ……まあ、そうだけど……俺の事は気にしないで良いからさ。ちーちゃんが遠慮なく食べてよ」

 

今日が誕生日なんだからと続けて言うと、ちーちゃんは考え込むような表情になってしまった。

 

それから何かを思いついたような表情になると、持っていたフォークでショートケーキを半分に分割してから笑顔で言った。

 

「誕生日は、みんなでケーキを食べるものだって○○は言っていたじゃない。……だから、半分こして一緒に食べましょう?」

 

「ちーちゃん……うん、分かった。一緒に食べようか」

 

俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んでコクリと頷いた。

 

ただでさえ一人前しか無かったショートケーキを更に半分に分割したために、ほんの数口で食べ終えてしまう様な量しかなかったが、それでもニコニコしながらケーキを頬張るちーちゃんを見て、俺も幸せな気持ちになった。

 

そして、プレゼントとして渡したヘアピンを着けたちーちゃんは今まで見せた中で最高の笑顔を見せると、弾んだ声で俺に礼を言った。

 

「ありがとう、○○。――――○○がお祝いしてくれた事、ずっと忘れないから」

 

こうして、二人だけのささやかな誕生日は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景の誕生日から一週間ほどたったある日。

 

そろそろあの事を伝えなければならないと考えた○○は、ひとしきり彼女と遊んだ後の時間に、その話を切り出した。

 

「あのさ、ちーちゃん。言わなきゃならない事があるんだけど……」

 

「どうしたの、○○。 何だが辛そうな顔してるわよ……?」

 

○○の態度に首を傾げていた千景だったが、すぐ後に彼の口から出た言葉に、絶句する羽目になった。

 

「俺さ……来月でここから引っ越すんだ。だから、それまでしか一緒に居られない……」

 

「…………え」

 

ポカンとした表情でそれだけが口から漏れ出た千景だったが、言葉の意味を理解すると不安に表情を歪めて言い募った。

 

「嘘……よね? え、エイプリルフールはまだ先よ……?」

 

何とか冗談めかして言った千景だったが、○○の表情は少しも変わらずに辛そうなままだった。

 

それを見て、○○の言った事が冗談でも何でもない事実だと理解した千景は、○○に縋って泣き叫んだ。

 

「い、嫌……離れたくない……! ○○が居なくなったら、私また一人になる……! 嫌ぁ……ずっと……ずっと一緒に居てよ……!」

 

そう言って○○に縋り泣き叫ぶ千景の頭を、○○も辛そうな表情で撫でるが、その場しのぎの適当な慰めの言葉をかける事も出来ずに黙ったまま。

 

そのまま千景のすすり泣く声だけが○○の部屋の中に木霊したが、しばらくして何とか泣き止んだ千景が泣き笑いの様な表情で○○に言った。

 

「ねえ、○○……引っ越していった後も、携帯にかけてもいいかしら……?」

 

「それは勿論いいよ。俺は引っ越しちゃうけど……これでちーちゃんとの関係が途切れるわけじゃないんだからさ」

 

「うん……そうね。私達は離れても、ずっと……ずうっと……いつまでも友達だもの」

 

これ以上○○を困らせたくなかった千景は、唇を噛み締めて泣くのを堪えつつも、口にした言葉と同様の決意を内心でもしていた。

 

――――私達は、いつまでも友達。これから離ればなれになっても……絶対に再会するんだから……

 

そして、それからの一ヶ月はあっという間に過ぎていった。

 

千景と○○の二人は、取り立てて特別な事を行なった訳でもなく、これまで通りの日常を過ごしていた。

 

○○は何か思い出に残る様な事をしようかと千景に相談したのだが、彼女はこれまで通りの日常を望んだ。

 

○○に出会うまで虐げられ、普通とは程遠い毎日を送っていた千景だからこそ、そんな代わり映えしない日常がどれだけ幸せなのか、無意識に理解していた。

 

二人でいるだけで幸せなのに、これ以上何を望むのか?

 

心底本気で、千景はこのような事を考えていた。

 

そして別れの日も、二人は一緒に居た。

 

引っ越しの荷物が積まれていくのを二人して遠目に見つつ、二人で並んで道を散歩しているだけ。

 

最後まで、本当に最後までいつも通りに過ごした。

 

ぼうっとしながら歩き、偶に目が合うとふふっと笑い合う、そんな光景。

 

しかし、そんな時間も○○の両親から携帯に電話がかかってきた事で終わりを告げた。

 

電話に対して受け答えをしていた○○は電話を切ると、まっすぐに千景を見てから言った。

 

「それじゃあ、俺は行かないと。……またね」

 

「ええ……またね」

 

いつも通りの言葉で、別れの挨拶をする○○と千景。

 

千景に背を向けて、両親のもとへと歩き出す○○。

 

遠ざかっていく○○の後姿を見送る千景は、零れそうな涙を堪えてしっかりとその姿を目に焼き付けようとした。

 

そうして千景が○○の事を見送っていると、両親のもとに着く直前の○○が一度だけ振り返り、あらん限りの声で千景に向けて叫んだ。

 

「またねーーーーーーーーーーっ!!」

 

それを聞いた千景は、いよいよ涙が堪えきれなくなり、同じく精一杯の声で○○に返事を贈った。

 

「またねーーーーーーーーーーっ!!」

 

○○は車に乗り込み、段々と遠ざかって行く。

 

それでも千景は、信じていた。

 

自分と○○の二人で紡いだ絆は、そう簡単に切れはしないのだと。

 

いつか必ず、また再会するのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう七年も前か……お互い、色々あったみたいだね」

 

「そうね……もっと話したいけど、今日はもうお終いみたい」

 

そう言って千景は時計を見上げ、つられて○○も見た所、もうすぐ面会が終わる時間になってしまっていた。

 

「うわ、もうこんな時間かぁ……あーあ、残念だな」

 

「私も同感だけど……でも、これからは何時でも会えるのだし。また来るわ」

 

「そうだね……うん、またね、ちーちゃん」

 

「またね、○○」

 

そう言って、あの日と同じ別れの挨拶を交わした千景は、病院を出ると帰路に着いた。

 

「ふふっ……」

 

丸亀城へと帰っている途中でも、気を抜けば○○と再会した喜びで笑みがこぼれ出て来る。

 

それ位の歓喜が、今の千景の胸中には溢れ出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者たちの戦装束は、それぞれ花を思わせる意匠がなされている。

 

千景の戦装束のモチーフは、彼岸花。

 

実に多くの花言葉を持つが、その中の一つが『再会』である。

 

今の千景と○○の状況に、完全に合致しているだろう。

 

しかし、それとは別に千景の心情に完全に当て嵌まる花言葉が、もう一つ存在する。

 

――――――『想うはあなた一人』

 

会えなかった七年の間に積もり積もった少女の想いは、再会と共に完全に開花した。

 

その想いは、もはや千景自身でも止められないだろう。

 

それこそ、彼岸へと旅立つことになるその日まで。

 

ずっと――――ずうっと――――。

 




ぐんちゃんこと千景のお話でした~。

千景がいつ頃いじめられ始めたのかとかは分からなかったので、その辺は想像で補っています。……済まぬ!

そして、階段から突き落とされたとか服を燃やされた等のいじめの内容ですが……これは公式です。

公 式 で す !(突然の大声)

……実行者はバーテックスに喰われりゃ良いのにと思ったのは、私だけではないと考えていますが……どうでしょう?



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その命は何の為に

今回はヒロインに焦点を絞った話ではないので、砂糖まみれにはならないでしょう。

ただ、主人公について多少大事な部分を込めたつもりです。

まあ、前置きはこれくらいにして……始まり始まり~。



夕方の市街地を歩きつつ、○○は丸亀城のすぐ傍に設けられているという勇者たちの寄宿舎へと向かっていた。

 

もう中学生なので流石に同じ建物で暮らすのはまずいだろうという事で、寄宿舎の程近くにある無人の平屋を大社が借り上げたらしい。

 

そこに向かいつつ、○○は大社で行なわれた調査や検査についての事を色々と思い出していた。

 

千景が○○の元を訪れたおよそ一週間後、無事に彼は退院したのだが、その足で大社まで丁重に連れられて行き、今度は○○の勇者としての力そのものを調査されるという事になってしまった。

 

初めて確認された男の勇者について様々な事を調査したかったらしく、モルモットでもここまではやるまいと○○が感じるほどには多種多様な検査や調査が行われた。

 

ただし、科学的な手法で行われた調査・測定で判明した事はほぼ無かった。

 

代わりにというべきか、いわゆる霊的な方法で行われた調査では、今や○○の両親の形見とも言うべき古ぼけた櫛が強く影響を及ぼしている事が判明した。

 

「しかし、結局核心的な事は分からずじまいか。一体どうなっているのやら」

 

首から紐で通された櫛を見やりつつ、呟くように言う○○。

 

判明した事実によってまた不明な物事が増えた事に色々考えつつも歩みを進めていくと、これから○○が暮らす事になる小さな平屋が見えてきた。と言っても、一人暮らしには十分すぎると言うか、持て余し気味になりかねない位の大きさはあるが。

 

○○が近づくにつれて、夕方の暗がりで見えなかった人影が見えてきて、それに気付いた○○が手を振ると、それに気付いた二つの人影も手を振り返してきた。

 

「若葉にひなた。どうしてこんな所に?」

 

「どうしてとは、また心外だな。昔馴染みにして、これから肩を並べて戦っていく仲間を出迎えようと思うのは当然だろう?」

 

「若葉ちゃんの言う通りですよ、○○君。という訳で、これから宜しくお願いします。昔みたいに仲良くやっていきましょうね」

 

「なるほど、ありがとう。こちらこそ、また宜しくね」

 

「では、これから住居の説明をさせてもらいますので、私達に着いて来て下さい」

 

そう言って先導するひなたと若葉に続いて、○○も家の中に入って行く。

 

「基本的に家の中にあるものは丁寧に扱ってもらえれば自由にしていただいて結構です。それと食事ですが、私達が利用している食堂でとって貰う事になりました」

 

「あそこの食事は美味いからな。○○も楽しみにしておくと良い」

 

そのようにして住居の説明を続ける二人について回る○○。

 

説明が一通り終わった後、玄関から外に出た二人は締めくくりとして最後に○○へと質問をした。

 

「さて、これで一通り説明は終わった訳だが……○○、他に何か聞いておきたい事はあるか?」

 

「この家の事だけではなく、何か別の事でもいいですよ?」

 

若葉とひなたにそう言われた○○は少し考え込んだが、これからここで勇者としてやっていく上で重要と思われることを訊くことにした。

 

「それじゃあ、今現在の全員の戦い方というか、そういう戦力的な事が知りたいんだけど。俺は自分の攻撃能力が皆無だから、連携が他の皆よりも重要になってくるし」

 

「ふむ、成程。……そういう事なら、杏に聞いてみるのが良いと思う。先日、私も杏とその手の話し合いをしたんだが、非常に為になった。きっと○○の期待に応えられるだろう」

 

「確かに、杏さんは知識も豊富ですし、戦闘の時も後衛にいて皆さんの戦いを俯瞰的に見られる位置に居ます。そういう相談なら適任でしょうね」

 

「そっか、伊予島さんが。……仲介をお願いしてもいいかな?」

 

「ああ、勿論だ。私から伝えておこう。杏に用事が無ければ明日の放課後になるだろうから、時間は作っておいてくれ」

 

「助かるよ、若葉」

 

「ただ、私もわかばちゃんも明日は用事がありますから、○○君一人で行ってもらう事になりますけど……」

 

「それは……まあ、仕様がないね。二人は俺の保護者でも何でもないんだし、自分で何とかするよ」

 

大橋での救援時と入院中のちょっとしたお見舞いで少し顔を合わせただけの女子と一対一というのは少し緊張するが、これからは肩を並べて戦うのだ。

 

むしろ良い機会だと思い直した○○は二人に改めて杏への仲介をお願いし、その日はお開きとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引っ越しの翌日。

 

昨日の内に杏の了解が取れたと言ってスマホに若葉からの連絡を受けた○○は、丸亀城の休憩スペースにて杏の到着を待っていた。

 

今日まで病院と大社に留め置かれた為に、合流して授業を受ける事になるのは本日が初日だった。

 

転校生の様な感じで紹介を受けて今日一日授業を共にしたわけだが、○○は特に緊張せずに居られた。

 

男が自分一人しか居ないというのは正直不安だった○○だが、昔の知り合いが三人居る事と、友奈が持ち前のフレンドリーさを発揮して潤滑剤になってくれたことが大きかった。

 

そんな感じで放課後までの事をつらつらと考えていた○○だったが、休憩スペースに現れた二人の少女を目にして手を小さく振って歓迎した。

 

「ゴメンね伊予島さん、時間とって貰って」

 

「いえ、若葉さんとひなたさんから話は聞いていますから。それで、私達の能力や戦い方を知りたいとの事でしたけど、もう少し詳しく聞かせて貰っていいですか?」

 

「うん、勿論。と、その前に……土居さんはどうしてここに? 君も伊予島さんの話を聞きに来たとか?」

 

○○が尋ねると、球子はどうしてか視線を彼方此方に彷徨わせながらも肯定した。

 

「ん……まあそんな感じだな! いや、タマも少しは戦術理解度? 的なナニかを深められたらいいなーっていうか……うん、とにかくそんな感じだ!」

 

「なるほど……」

 

そう言って相槌を打った○○だったが、球子は未だに落ち着きなく視線を彷徨わせているし杏は苦笑気味に彼女を見やっているしで、これが本当の理由ではないとすぐに察した。

 

今日一日過ごした中でも球子と杏の仲の良さを○○も分かっていたし、いかにも女の子らしくて大人しい杏を男子と二人きりにすることに対し、球子が心配したとしてもおかしくは無い。

 

そう考えた○○はまあ当然だなとむしろ納得したし、杏とは別の視点からの意見も聞けるだろうと思ったので、球子の言い分については特に何も言わずにおいた。

 

それに、杏と同じく球子とも今後は肩を並べて戦っていくのだから、話をしてお互いの理解を深めるのは悪くない……いや、必要な事だ。

 

そうとも思った○○は二人を促し、話し合いを始めた。

 

「それでは、始めましょうか。まず、最前線で戦っている若葉さんについてですが――」

 

そう言って解説を開始した杏だったが、その内容は○○が期待していた以上だった。

 

要点を押えつつも長くなり過ぎずに簡潔で、何より理解しやすい。

 

若葉とひなたが太鼓判を押していたが、それも頷けると思って○○は感心していた。

 

「――という訳で、友奈さんは前衛として戦う中ではリーチの短さから一番敵の攻撃を受けやすいので、そのフォローをどう行うかを考えた方が良いと思うんです」

 

「なるほど。そうなると前衛の誰かと背中合わせに戦うとか、もしくは伊予島さんが後方から不意を突こうとしたバーテックスを狙撃する。後は俺が高嶋さんに能力強化をかけて単騎でも危なげなく戦えるようにする、とかが考えられるかな?」

 

「はい、私も大体その三つを主に考えていました。そうするとですね――」

 

当初は男子ということで○○に対して少し緊張していた杏だったが、○○が予想以上に戦闘や戦術の話題に着いて来られている事で、普段と変わらない位に口が滑らかに動いていた。

 

「――ってな訳で、若葉はこう物凄い速さでズバーッて感じの居合を繰り出すのが得意、というか必殺技だな。千景は大鎌で攻撃範囲も広いから、星屑を相手にするなら前衛中一番安全に仕留められると思うぞ。タマもリーチは杏に続いて二番目なんだけど……一旦旋刃盤を投げると敵が近づいてきたときに逃げるしかなくてさぁ……ま、それがタマの弱点かな」

 

球子も球子で、時々擬音が混じる事はあるが概ね問題ない説明をこなしていた。

 

決して口には出さないが、○○は球子がもっと擬音まみれの形容しがたい説明を行うと思っていたので、良い意味で予想外だった。

 

そして、思ったより打ち解けながら話が出来たお陰か、話が逸れた杏と○○は古の戦術論についての会話を行なっていた。

 

「ここはこういう解釈も有りだと思うんですけど――」

 

「ふんふん、成程。そう言われれば確かに。俺の意見としては――」

 

それを横で聞いていた球子だったが、途中からは二人が訳の分からない呪文でも唱えているような気分になってしまい、ついに我慢できなくなって口を開いた。

 

「ふーたーりーとーもー……タマの事を忘れてやしませんかねぇ~? あんまり放っておくとどうなるか分かんないぞ~……?」

 

その言葉を聞いた○○と杏の二人はハッとして球子の方を見て、次いでバツの悪そうな表情をして彼女に謝罪した。

 

「ご、ごめんなさいタマっち先輩! ついのめり込み過ぎちゃって……」

 

「ホントにごめん、土居さん! 夢中になり過ぎたね……」

 

「まぁやる気が無いよりは良いと思うけどさ……けど○○、どうしてそんなに熱心に皆の戦い方とか知りたいと思ったんだ? かなり細かいとこまで杏に訊いてたけど」

 

球子の質問に対し○○は少しためらったが、杏も興味深そうな表情をしていたし、何よりそんなに隠すものでも無いので、緩々と言葉を紡いだ。

 

「若葉とかから聞いているかもしれないけどさ、俺の能力って補助と防御に全振りしてるから攻撃力が皆無なんだよね。当然一人じゃ戦えないから、皆との連携が最重要課題になる」

 

「若葉さんとひなたさんから聞いてはいましたけど、やっぱり本当なんですね」

 

「攻撃力ゼロかぁ……で、みんなのアシストに全振りなら、そりゃそうなるな」

 

納得したように頷いた球子と杏の二人に対して○○も頷き、言葉を続けた。

 

「戦いでは何が起きるか分からないから、やれる事は全部やっておきたいんだ。……もう二度と、仲間を失いたくないしね」

 

その言葉を聞いて、球子と杏は○○が諏訪で一緒に戦っていた仲間を置いて逃げ出さざるを得なかったことを思い出し、悲痛な表情になってしまった。

 

こういう時には持ち前の元気さで空気を切り替える球子も、咄嗟に言葉が出て来ずにまごついてしまったし、杏も口を引き結んで黙り込んでしまった。

 

暫らくの間、しんみりした空気が休憩スペースを満たしていたが、唐突に○○の腹が空腹を訴えて大きく鳴り響き、先程とは別の意味での静寂が三人の間に漂った。

 

呆気にとられた表情で腹の音を聞いていた球子と杏だったが、やがて球子が大笑いを始めると、それに釣られるように杏まで笑いだしてしまった。

 

「あっはははははは、ちょっ、○○、おまっ……ひいひい……あのタイミングでっ、お腹が鳴るなんてっ……ゴホゴホっ、シリアスがぶち壊しっ……ゲホゴホッ、あっはははは……!」

 

「ちょっとタマっち先輩、ふふふふふっ……笑い、ふふっ、過ぎだよっ……」

 

うずくまりながら腹を押さえ、息をするのも苦しそうな勢いで大笑いする球子を窘める杏だったが、彼女にしても必死で笑いを堪えているのが丸分かりなくらいに肩がブルブルと震えている。

 

「二人とも笑い過ぎだってば……ったく、俺の身体はしんみりした空気が苦手なんですかねぇ」

 

苦笑しながらそう言った○○だったが、実際は沈んだ空気が明後日の方向へと飛んでいったことにホッとしていた。

 

そうして二人が持ち直すのを○○は待っていると、未だに肩で息をしている球子がニカリと笑うと景気よく声を上げた。

 

「よっし、今日はもういい時間だし、タマが○○に夕食のうどんを奢ってやろう! 二人とも、さあ急げー!」

 

そうして駆け出そうとした球子だったが、首を傾げて言った杏の言葉に走り出そうとした体勢のまま凍り付いた。

 

「でもタマっち先輩、この間新しいアウトドア用品買ったから、大分お小遣い厳しいって言ってなかった?」

 

「うぐっ……!?」

 

奇妙な声を上げて固まった球子。それを見かねた○○はやんわりと申し出を断ろうとしたが、球子は泣き笑いの様な表情で首を横に振った。

 

「あの、土居さん? 財布の中身が厳しいのなら、無理しなくてもいいよ? 何ならまた今度でも……」

 

「い、いや、タマに二言は無い! 全て任せタマえ、○○は何も心配しなくていいからな!」

 

そう言って○○と杏の前に立ち、先導する様に歩いて行く球子。

 

○○はそれに続いて歩きながら隣を歩いている杏の方を見たが、彼女も苦笑するだけで首を横に振っていた。

 

そんな杏の表情を見た○○は、先程の半分泣いている様な球子の表情を思い出し、注文するのは素うどんにしておこうと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何とか少女達と打ち解けられた○○だったが、穏やかな日常はすぐに破られた。

 

○○が合流してから一ヶ月半ほど。二月の上旬に、神託により予期されていた、かつてない規模のバーテックスの侵攻が遂に起きたのである。

 

後の世に、『丸亀城の戦い』と呼ばれる事になる熾烈な戦いである。

 

事前に杏が考案した作戦は、丸亀城を迎撃の中心としてその正面・東・西に勇者を配置して押し寄せるバーテックスを倒していき、そこから通過してしまったものは杏が自身の攻撃で打ち倒すというものである。

 

この作戦だと二人が余る事になるが、そのうちの一人は疲労が見えてきたメンバーと交代するための人員として待機する。

 

そして、さらにもう一人の余りである○○は――

 

「○○さんは、戦況に応じて前線の人たちの援護をお願いします。それと、予想外の事態が起きた場合に素早く対応するための戦力予備の役割も」

 

「成程。俺が予想外の敵を抑え込んでいる間に体勢を立て直し、不利な状況を挽回するっていう算段かな」

 

「その通りです。ですので、前線への援護も全力では無くて余力を残しながら、という事になりますけど……」

 

「うん、了解。……ま、俺が隠し玉のまま終わる事を祈りたいものだけど……戦いは水物で、あり得ないなんて事はあり得ない、だからね。用心は当然だよ」

 

杏が行なった自分の役割説明を聞いた○○は、緊急事態なんて起こらずに終わればいいと思わずにはいられなかったが……相手はバーテックスである。

 

何が起きても不思議ではないし、そんな相手と○○は三年も戦ってきたのだ。

 

そういう覚悟については、とっくの昔に済ませていた。

 

事前の説明を思い返していた○○は、杏と共に亀丸城の城郭に立って前線で戦いを繰り広げる若葉、友奈、球子の三人の様子を見ていた。

 

全力の援護は緊急事態の為の余力を残すために出来なかったが、それでも前衛で戦っているメンバーの補助には十分だった。

 

そうこうしている内に若葉と千景が交代し、千景は若葉と入れ替わりで前線へと向かっていく。

 

それを見送りつつ、戻って来た若葉に対して○○も言葉をかける。

 

「お疲れ様、若葉。負傷した所は……無いみたいだね、良かった」

 

「おかげ様でな、○○。的確な援護、感謝するぞ」

 

「まあ予備として引っ込んでいるし、これ位はしないと」

 

「いや、背中を守ってくれる仲間の存在は心身に大きな余裕を与えてくれる。それを改めて実感している所だ。杏も○○も、ありがとう」

 

「若葉さん……」

 

杏が嬉しそうに微笑んで、若葉を見返す。

 

そんなくすぐったい様な場面がありつつも、戦場である以上事態は刻一刻と進んでいく。

 

友奈の方に杏の援護が集中していたために火力支援が受けられなかった球子は孤軍奮闘していたが、それも休憩して持ち直した若葉と交代することで防衛線に一切の隙を見せない。

 

意思があるのかいまいち分からない化け物であるバーテックスが相手とはいえ、これ程までに嵌まる作戦を考えた杏に○○は舌を巻いた。

 

そのようにして優勢を保ちながら戦っていた勇者たちだったが、バーテックスも本気を出したのか遂に進化体を形成し始め、蛇の様な不気味な姿となって若葉に襲い掛かった。

 

若葉は冷静に対応して蛇型の進化体を切り捨てたが、その切り口からプラナリアのように再生して二体に分裂してしまう。

 

それを城郭から見ていた球子は、分裂の暇を与えないためには自身の切り札を使って一気に全身を損傷させるべく立ち上がった。

 

準備を始めようとした球子だったが、そこに○○が声を掛けた。

 

「それなら土居さん、これを髪に刺して行って」

 

「これは……○○の櫛? まあ、そう言うなら着けてみるけど」

 

不思議そうな表情で○○から受け取った櫛を見ていた球子だったが、彼の言葉に従い後頭部の括ってある髪の部分に櫛を刺した。

 

「……ん? お、おおっ! ち、力が溢れてくる! これ凄いぞ、さっき戦ってた時の援護とは比べ物にならない位に!」

 

「それが俺の切り札、『櫛名田比売』の能力だよ。一日に一回、櫛を髪に刺した対象に呪術的な加護を与える」

 

櫛名田比売は素戔嗚の八岐大蛇退治の逸話において、その身を櫛に変じて素戔嗚の髪に収まり、退治に同行したという。

 

その伝説の中には、櫛に変じた自身を身に着けた素戔嗚に呪術的な加護を与え、八岐大蛇退治において助けとなったという説もある。

 

この力はその逸話の再現と○○は考えており、諏訪に居た頃からしばしば使っていた。

 

「って、切り札!? ダメですよそんな気軽に使っちゃったら! どんな影響があるか……!」

 

「いや、確かに使った後はちょっと疲れるけど……そんな大げさに騒ぐものでも無いよ。三年前からずっと使ってるんだし」

 

「え……そ、そうなんですか? どういう事だろう、○○さんが特別なのかな……?」

 

深刻な表情で○○に警告した杏だったが、彼から返って来た言葉に意表を突かれてポカンとした表情になってしまう。

 

杏自身の考えでは、そんなに頻繁に、しかも三年も使っていれば致命的な状態になるというものだったのだが……。

 

「よーし、絶好調! 今までの中で一番いい調子だ! 行っくぞー、うおおおおおおお~~~りゃああっ!!」

 

髪に○○の櫛を刺した球子は切り札の『輪入道』を降ろし、巨大化させて炎を纏わせた旋刃盤を蛇型の進化体に向けて勢いよく投擲した。

 

旋刃盤が投擲されたのを確認した若葉はギリギリまで蛇型を釘付けにし、高速で回転しながら燃え盛る旋刃盤を紙一重で、しかし分かっていたかのように躱す。

 

若葉に釘付けにされていた蛇型の進化体は旋刃盤を避けられず、分裂した全ての個体が一瞬で全身を損傷させてあえなく消え去った。

 

そして、ついでとばかりに周りに集まっていた星屑までもが一掃されていく。

 

そのまま全ての星屑を殲滅する――と、そういう訳には行かなかった。

 

残りの大半の星屑が集合を開始し、今までにない巨大な進化体を形成し始めたのである。

 

「何かヤバそうだぞ、若葉! これだけ大きいとタマの『輪入道』でも倒しきれないかもしれない!」

 

「分かっている! だが奴の身体はまだ未完成で、脆い部分がある! そこを一斉に攻撃すれば倒せるかもしれない!」

 

「脆い部分? でも、どうやって……!」

 

「このままじゃ、とても近づけないわよ……!」

 

若葉の言葉に友奈と千景が反応する。

 

進化体を形成中のバーテックスは多数の星屑が寄り集まっているので、そのまま突っ込んでも脆弱部にたどり着く前に勇者たちの方がやられてしまうだろう。

 

「よっし、それならもう一度タマに任せタマえ! 今日のタマは○○の櫛で絶好調だ、このまま行ける!」

 

「タマっち先輩、私も行くよ!」

 

「もちろん俺もね」

 

球子が傍まで戻した巨大旋刃盤に球子と杏、そして○○が飛び乗って進化体を形成中のバーテックスに近づいていく。

 

そして三人に続いて若葉と友奈、千景も合流して六人全員で形成中の巨大バーテックスに向かう。

 

その様子に危機感を覚えたのか、形成中のバーテックスが砲弾の様な物を飛ばして妨害しようとしてくるが、○○が結界を張って近づいてきたそれらを全て弾き返してしまった。

 

「土居さん、このまま最短で進んで! 出来る限り速く!」

 

「よっしゃあ、サイコーだよ○○! それじゃ、フルスピードでご案内ってなぁ!!」

 

○○の言葉を信じ、攻撃が飛んで来ようとも最短ルートを採った球子。

 

まとわりついて来る星屑は旋刃盤の刃が消し飛ばし、巨大バーテックスからの砲撃は○○の結界が弾き飛ばす。

 

二人の力で迅速に近づいていくが――それでもあと一歩足りない。

 

(もう時間が無いな……ここは『使う』しかない!)

 

心の中で決意した若葉は神樹の概念的記録にアクセス――そこから歴史上に語り継がれる武者の力を宿した。

 

源義経――源平合戦にて活躍し、様々な逸話を残した類稀な武人。

 

その力を宿した若葉は埒外の速度で旋刃盤から飛び立つと、今まさに彼女たちを取り囲もうとしていた星屑たちを音すら置き去りにする速さで殲滅していく。

 

空中すら自在に飛び回る若葉に星屑たちはまるで着いて行けず、ただ徒に数を減らしていく。

 

遂には脆弱部を隠せないまでに数を減少させてしまい、そしてそれを確認した若葉は他のメンバーに大声で合図した。

 

「今だ、やれーーーーっ!!」

 

その言葉と同時に、少女達は複数個所に跨る脆弱部を次々と攻撃していく。

 

それが数瞬続いた後、形成途中の巨大バーテックスは例の奇妙な声を上げながら消滅していった。

 

「――――樹海化が解ける」

 

そして、○○が呟いた通りに神樹が形成していた樹海が解けていき、四国は通常の姿を取り戻していく。

 

一足先に居なくなっていた若葉を見つけた皆が、ひなたと一緒に居る若葉の元に行こうと歩みを進める。

 

○○もそれに続こうとしたが、突然右目に霞みを感じて立ち止まった。

 

何だろうかと思い立ち止まって右目を擦るが、次の瞬間には目の霞みも消え失せていて、気のせいかなと首を傾げる。

 

「どうかしたんですか、○○さん?」

 

「いや、何でもないよ伊予島さん。それより、俺たちも行こう」

 

○○の横に居た杏が突然立ち止まった彼に不思議そうに訊いて来るが、○○も何でもないと答え、みんなの後を着いて行くのだった。

 

こうして『丸亀城の戦い』、そして○○の四国での初陣は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『丸亀城の戦い』から暫らく経った後。

 

若葉を筆頭にした勇者たちに巫女のひなたを加えた一行は、市郊外の調査遠征を行うべく大橋から本州に向けて出発した。

 

四国が神樹の結界で隔絶されておよそ三年半が経っている。

 

久しぶりに、そして初めて四国の外に出るというメンバーも居る中での調査任務の為か、出発前の皆の空気は明るいものだった。

 

しかし、○○だけは明るく話に参加する気にもなれず、静かに大橋の向こう側を眺めるだけだった。

 

そんな○○の様子が心配だったのだろうか、友奈と千景が彼に声を掛けてきた。

 

「○○君、どうかしたの?」

 

「何だか、顔色が優れないみたいだけど……?」

 

問われた○○は曖昧な表情で誤魔化そうかとも思ったが、やはり言った方がいいかと思い直した。

 

「うん……まあ、ほんの少しだけでも心構えをしておいた方が良いと思う」

 

「そんなに酷いの……?」

 

「百の言葉よりも一つの体験。……という訳で、俺から言える事はもう無いかな」

 

短く言って切り上げた○○に友奈はまだ物問いたげだったが、出発の時間に差し掛かった事でその疑問は流れる事になった。

 

しかし、それから数時間もしないうちに友奈は――いや、○○以外の全員が、外の世界の残酷な事実に直面していくことになる。

 

大橋を渡り切って岡山にたどり着いた一行は、主要都市の状況を確認しつつ、生存者の探索も行なった。

 

しかし、どの都市でも嘗ての人類の繁栄の跡である、バーテックスに蹂躙され、徹底的に破壊された瓦礫の山が広がるのみで、人などは気配すらも無い。

 

四国への逃避行中にある程度の事を知っていた○○は兎も角として、それ以外の面々が陰鬱な気分になるのは避けようが無かった。

 

そんな中、大阪の地下街で発見した避難民の少女が書いたと思われる日記には、バーテックスが襲来した当時の状況、そしてそれが齎した人間同士による最悪の結末が克明に記録されており、少女たちの心を深く抉った。

 

「どうしてこんな……ひどい……」

 

日記の内容の余りの酷さに目を逸らした千景が、呻くように言った。

 

全員が沈痛な面持ちでうな垂れているが、それでも足を止める事は許されない。

 

破壊された都市群。

 

生存者の発見が期待できない、絶望的な状況。

 

そして、バーテックスが生み出したと思われる巨大な卵に似たナニカの群生地。

 

目を背けてしまいたい状況が、どこまでも続いていた。

 

そうして絶望的な事実を積み上げていく調査活動は進んでいき……かつて○○が居た、諏訪にまでやって来た。

 

少女達全員が○○を気遣うように見やるが、○○は強い眼差しで、歯を食いしばりながら執拗に破壊されたと思われる諏訪大社・上社本宮を見つめていた。

 

「あの、○○君……きついのなら、ここでの調査は私達がやりますから貴方は休んでいても……」

 

険しい表情の○○にひなたが代表して声を掛けるが、○○はハッとした後にいつもの……平常通りの表情を浮かべると、首を横に振った。

 

「気遣ってくれて嬉しいけど……それだけは絶対出来ない。俺にはここであった事を確認する義務があるから」

 

「……分かった。○○がそう言うなら、私達から何か言う権利は無い。一緒に行こう」

 

若葉が○○の言葉に頷き、全員での諏訪の調査が開始された。

 

そして、彼方此方を確認して回る中で、畑から何かが突き出ているのが発見されたので、全員で掘り返してみる事になった。

 

掘り返されたそれは人間大の木箱で、中身は一本の鍬と一通の手紙。

 

「歌野が使っていた鍬だ……」

 

ポツリと、絞り出すように呟いた○○の言葉に全員の表情が悲痛に歪む。

 

同じく木箱に入れられていた手紙の内容は、若葉を始めとした四国の勇者たちに自分の遺志を託すという、そんな内容の文章。

 

それを読んでいた若葉は、はらりと便箋から落ちた紙切れに気付いて拾い上げたが、それを見て目を見開いた後に、○○へと差し出した。

 

「白鳥さんから、○○……お前に宛てられたものだ。私達に内容を教える必要はないから、読んでやってくれ」

 

無理やり笑ったような表情で言う若葉からその紙切れを受け取り、折り曲げてあったそれを開いて中身を確認する。

 

『どうか生きて。それだけが、私とみーちゃんがキミに望む事です』

 

たったそれだけで終わりの、短い言葉。

 

しかし、その中に込められた切なる願いを感じた○○は目頭が熱くなるが、何とか上を向いて堪えた。

 

今泣いてしまったら、自分は折れてしまうと、そう思ったから。

 

「俺は……大丈夫だから。調査を続けよう」

 

心配そうな表情で自分を見ている少女達に調査の続行を促すと、彼女たちも頷いて調査を再開した。

 

その中で見つけた種を、先程発見した歌野の鍬で耕した畑に蒔く。

 

○○以外みんな素人だったために時間はかかったが、それでも一人経験者が居た為、日付が変わる頃には終わらせることが出来た。

 

慣れない作業で疲れた少女達は明け方まで眠る事になったのだが……○○は一向に眠ることが出来ず、静かな寝息を立てているみんなを起こさないようにそっと抜け出し、上社本宮の跡へと足を運んだ。

 

「……………………」

 

瓦礫の山と化した上社本宮の目の前で、○○は立ち尽くしながらじっとそれを見つめていた。

 

「歌野……水都……」

 

無意識に、○○の口から今はもう居ないかつての仲間の名前が零れ出る。

 

三人での思い出が脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。

 

「どうして二人が死んで、俺が生きてるんだろうな……」

 

そう○○が言った途端、枯葉を踏みしめる音が背後から響き、振り返ると友奈が気まずそうに佇んでいた。

 

「あの、ゴメンね? 立ち聞きするつもりは無かったんだけど、○○君が抜け出すときにその音で目が覚めちゃって……。心配になったから、後を追って来たんだ」

 

「ああ、そういう事。こちらこそ、寝るの邪魔してゴメンね?」

 

「ううん、それは全然いいんだ。……でも、○○君……本当に大丈夫なの?」

 

「どういう事……?」

 

質問の意味が分からなかった○○は訝しそうに質問を返したが、友奈は心配そうな表情を崩さずに再び言葉を紡いだ。

 

「だって、○○君……泣いてるよ?」

 

「――――――え?」

 

○○はポカンとしながら自分の頬に手をやると、確かに濡れていた。

 

空には満天の星が輝き、雲などは全く存在しない。

 

となると、自分は確かに泣いていた事になるのだろうか?

 

そんな、自分の心すら分からない○○は自分が泣いていた事を自覚すると、それを切っ掛けに今まで堪えていたものが堰を切ったようにあふれ出した。

 

「ふ、ぐっ……ひぐっ……うあああああぁぁぁっ……!」

 

立っていられなくなり、地面に膝を着いた○○はボロボロと涙を零し、呻き声を上げながら泣いた。

 

そのまま地面に手を着いて拳を握り締めたまま泣いていたが、○○の傍に寄り添うように近づいてきた友奈が拳にそっと手を添えてくれると、彼女に懺悔する様に言葉を吐き出した。

 

「俺は……俺はっ、大切な仲間を見捨てて……自分だけ、諏訪から逃げたんだ……! 二人に頼まれたからなんて……言い訳にもっ……ならない……!」

 

「うん……うん……」

 

「どうしてっ……どうして二人が……二人が死ななきゃならなかった!? あの二人が居たから……だから俺は三年も戦えた……二人が居なかったら……俺はとっくに死んでいたのに……」

 

「…………」

 

友奈は静かに頷き、○○が零す言葉を受け止めていく。

 

「そして、死ぬ直前まで……俺を気遣って、生きろって……仲間を見捨てた俺の命に、意味なんて……」

 

「――有るよ」

 

「……え」

 

力強く断言した友奈の言葉に、○○は思わず顔を上げて彼女の顔を見上げる。

 

真剣な表情をした友奈は、○○を力づける様にして言葉を紡いでいく。

 

「私は白鳥さんの事は全然知らないけど……でも、きっと○○君の事を大切に想っていた事は分かる。そんな、大切な人に生きていて欲しいって思う事は当たり前のことじゃないかな?」

 

「高嶋さん……」

 

「○○君は、白鳥さんに命のバトンを渡された。だから、白鳥さんが生きるはずだった分まで精一杯生き抜くことが、白鳥さんの想いに応える事になると私は思うな」

 

友奈のその言葉を聞いて、○○の瞳に光が戻っていく。

 

絶望に曇っていた○○の心にも火が灯り、零していた涙を拭って立ち上がった。

 

「ありがとう、高嶋さん。それと……ごめん、突然大泣きしたりして」

 

「大丈夫だよ、ちっとも迷惑じゃないから! それじゃあ、戻ろう?」

 

「俺はもう少しここに居るから……高嶋さんは先に戻ってて」

 

「そう……?」

 

「あっはは……今言っても説得力が無いかもしれないけど、ちゃんと戻るからそんな心配しないで」

 

「……うん。それじゃあ先に戻ってるね」

 

「うん、お休み」

 

そうして戻っていく友奈の背を見送った○○は、再び崩れ落ちた上社本宮へと目を向けた。

 

しかし、先程と目には光が灯り、表情は決意に溢れている。

 

四国へとたどり着いてから再会した、又は新たに出会った少女達。

 

これからも戦いはきっと続いていくだろうが……彼女たちだけは守ってみせると。

 

そう自分の心と、自分を信じて送り出してくれた戦友へと誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その結果として、例え自分がどうなろうとも。

 




主人公の覚悟回……みたいな感じでまとめました。

不穏な最後は勇者であるシリーズのお家芸ですので満足です(イイ笑顔)

丸亀城の戦いと四国外調査遠征は巻きでやってしまったけど許して! 詳しい経過が見たい人は、のわゆの原作小説を買って読むと良いよ!(ダイマ)

そして推敲中に思ったのですが……今回の話、主人公がヒロインに攻略されてるような……気のせいかな? ……きっと気のせいだな、うん!


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姫百合と紫羅欄花の章

さて、原作ではここから目も当てられない程悲劇のオンパレードになるわけですが……。

果たしてこの話ではどうなるのか?

楽しんでいただければ幸いです。

では、始まり始まり~



※UAが十万を突破しました!
 掲載開始からおよそ三ヶ月……ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます!


四国外調査遠征から帰還して数日後の昼食時。

 

○○達は食堂でうどんを啜りながら、設置されたテレビから流されるニュースを聞いていた。

 

「ったく、嘘ばっか流してるよなぁ……」

 

「所々事実を混ぜ込んで発表してるから、全部が全部嘘っていう訳じゃ無いけど……でも……」

 

球子が不機嫌そうに言った言葉に杏が擁護するような台詞を口にするが、それにも力が無い。

 

「まあ、球子が言いたい事は分かる……。私達が○○の功績を横取りしてしまったみたいなものだからな、今回の発表では」

 

「大社は何を考えているのかしら……実際に命懸けで諏訪からの避難を先導してきたのは○○なのに……私達は最後の最後に少し助けただけじゃない」

 

「何だかよく分からない内にこんな事になってたもんね……」

 

若葉と千景、そして友奈も、不満と申し訳なさが同居した様な表情で球子の言葉に続く。

 

事実、世間一般には諏訪からの避難民は今回の遠征で偶然発見され、それを勇者たちが四国まで護衛してきたことになっていた。

 

○○がたった一人で諏訪から大橋まで避難民を護衛したという真実は隠され、そして功績は遠征に参加した七人で均等分けされてしまった事になる。

 

「まあ、仕方ない。ぽっと出の俺よりも、今まで四国を何回も守って来たみんなが助けた事にした方が大衆受けがいいのは事実だし。それにまあ……自分で言うのもなんだけど、俺が一人で守りながらここまで避難してきましたってよりも、現実味があるのは確かだよ」

 

「あなたはそれで良いの……?」

 

「まぁ、みんなは本当の事を知っていてくれてるし。なら、もうそれで良いかなって」

 

千景の言葉に対してあっけらかんと言った彼に、若葉たちは本人が納得しているなら何も言うまいと不満を引っ込めた。

 

「それにしても……○○さんって私達と同い年とは思えない様な雰囲気ですよね、さっきの隠蔽についての感想といい」

 

「そうかな?」

 

「はい、私達の倍以上生きていると言われても納得出来るくらいには」

 

「ははは……いや、それは言い過ぎじゃないかな?」

 

杏の、○○の真実を言い当てている言葉に思わず冷や汗を流しつつ、うどんの残りを片付ける○○であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○は大社関連の病院からの帰り道、書店に寄り道して雑誌を買おうとしていた。

 

目当ての雑誌をすぐさま手に取ると、他の本には特に目を留めずにそのままレジへと向かう。

 

すると、見覚えのある背中を見つけた。

 

「あれ、土居さんと伊予島さん?」

 

「ん? あれ、○○じゃん。お前も何か本を買いに来たのか?」

 

「え、○○さん?」

 

「うん、今日発売した雑誌をちょっとね」

 

「ふーん。ならせっかくだし、一緒に帰ろう!」

 

 

そう球子が提案し、もちろん他の二人も賛成したので一緒に宿舎へと帰る事になった。

 

「そういえば、二人はどんな本を買ったの?」

 

○○が尋ねると、球子と杏はそれぞれが買った本を袋から取り出して彼に見せた。

 

「タマはこれだっ、面白いから新刊が出るたびに買ってるんだ」

 

「ああ、この漫画は俺も知ってる。爽快なストーリーとド派手な描写が持ち味のヒーローものだよね」

 

「そうそう、もうコレがスッキリ爽快でさぁ! ホント良いんだよ!」

 

そう言って力説する球子の瞳は、キラキラと輝いて本当にこの漫画が好きなんだという事が窺える。

 

「私はこれを買いました。以前から気にはなっていたんですけど、やっと買えたんです」

 

「これは……五、六年くらい前に映画化したヤツの原作……だったっけ?」

 

「そう、当時話題になっていたラブストーリーの原作です。互いを想い合いながらもすれ違う主人公とヒロイン。でも徐々に二人は分かり合っていき遂に結ばれる……という感じの王道ものらしいんですけど、描写が素晴らしいと評判だったみたいです」

 

球子とは全く違う方向性の王道恋愛小説を手に、読むのが楽しみだという笑顔で内容を語る杏。

 

暫らくそれぞれの買った本について語りながら歩いていたが、ある事が気になった杏は彼へと尋ねた。

 

「そう言えば○○さん、今日は昼過ぎから何処に行っていたんですか? 何だか急いでいたみたいですけど」

 

「ああ……予約してたから急いでたんだよ、病院のね」

 

「病院に? 何だ、どっか悪いのか?」

 

球子が心配そうに彼へと問いかけるが、○○はいつも通りの調子で答えた。

 

「丸亀城での戦いの後から、右目が何だか霞むようになってさ。で、大社関連の病院に行って検査をしてもらってたんだ。でも、結果は全く問題無し。右目の違和感はまだ抜けないけど、医者がそう言うなら仕方ないからね」

 

○○はそう言ったが、球子と杏は思わず顔を見合わせてしまった。

 

二人の脳裏には、先日球子が違和感を覚えて病院に検査に行っていた時の事が浮かんでいた。

 

球子も○○と同じく検査結果は異状無しだったが、切り札の使用がどんな事を引き起こすのかは未だに不明なのだ。

 

球子は違和感という抽象的な感覚に止まっているが、彼は目の霞みという多少は具体的な症状が現れている。

 

やはり、精霊の力の行使は何らかの問題を使用者に齎すのではないかという疑問を強める杏。

 

そんな二人の心配そうな表情を見たからだろう、○○は少し笑みを浮かべるとあえて軽い口調で言った。

 

「まあ、何か問題が出る様ならすぐに皆に言うから、そんなに心配しないで」

 

「……分かった。何かあったらすぐに言ってくれよ?」

 

「問題が解決できるかは分かりませんけど……でも、絶対に力になりますから」

 

「うん、二人ともありがとう」

 

そう礼を言った○○に球子と杏の二人も納得し、三人で連れだって寄宿舎へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから後日、四国外遠征で様々な衝撃的事実を目の当たりにし、雰囲気が悪くなっている事を懸念した若葉は、とある事を提案した。

 

レクリエーションとして、バトルロイヤル形式の模擬戦を行おうというものである。

 

ここで戦闘訓練の延長を持ち出してくるあたり若葉らしいとも言えるが、以前までの若葉ならそもそもこんな提案自体しなかっただろう。

 

それに、優勝者には他のメンバーに対し、常識の範囲内で自由に命令する権利が与えられるという、余興めいた事まで彼女自らが発案したのだから、以前からすれば格段に柔軟に、取っ付きやすくなっていると言えるだろう。

 

それはともかく、このイベントは好意的に受け取られて全員が参加することになった。

 

……○○以外の全員が。

 

○○も残念がったのだが、彼は攻撃手段を持たない為、参加すれば千日手を相当の確率で発生させてしまうと申告し、参加を辞退した。

 

しかし、何も参加しないのは流石に面白くないとして、勝者が行なう事に対し協力することにはなった。

 

実質的には不戦敗であるが、このメンバーならそんなに無茶苦茶な事は言い出さないだろうと思い、彼も油断していた。

 

結果として、バトルロイヤルの勝者は杏となった。

 

経過を俯瞰的に見ていた○○からすれば、本当に中学生かと疑いたくなる様な作戦を立てたのであるが。

 

戦う前に勝利を決めろ、合戦とは勝ち負けを認めさせるための最後の詰めに過ぎない……そんな感じの言葉を地で行くような作戦に、思わず引き攣ったような笑いが出そうになってしまったものである。

 

ともかく、勝者となった杏はその権利を行使して、自分の望む事をやって貰って満足そうにしている。

 

何をやっているのかというと――

 

「私のものになれよ、球子……」

 

「わ、若葉君……そ、そんな事を言われても、タマには他に好きな人が……」

 

「待ちなよ、若葉君! 球子さんが嫌がっている!」

 

「あ、高嶋君……って、なんじゃこりゃあああああぁっ!!」

 

「カット、カットぉっ! ダメだよー、タマっち先輩! ちゃんと台詞通りに言ってくれないと!」

 

遂に我慢の限界を迎えた球子の暴発により、一気に騒がしくなる教室内。

 

杏は勝者の権利を行使して、自分のお気に入りの恋愛小説のワンシーンを、球子と若葉、そして友奈を使って再現していた。

 

教室で若葉が球子に詰め寄って壁ドンして甘い言葉を囁き、そこへ友奈が割って入っていくという、典型的な三角関係を表したシーン。

 

若葉は女子として背が高めであるし、普段からああいう言葉遣いなので男子役でもほぼ違和感が無い。

 

と言うか、その手のものが好きな女子からは大いにモテるだろう事が予想されるくらいには板に着いている。

 

友奈も友奈で、意外なくらいに違和感が少ない事に○○は驚いていた。

 

真面目な優等生的なキャラを演じていたのだが、それがマッチしていたのだろうか。

 

そして、ヒロインを演じていた球子だが……○○は最初、その役の格好をして来た球子が誰だか分からなかった。

 

どちら様ですかと素で訊いてしまい、ニッコリ笑った球子からボディーブローを喰らって蹲るまで分からないままだったりした。

 

これ以上機嫌を損ねたら不味いと直感した○○は、素直にゴメンと謝った後、今度出かけた時に何か美味しいモノでも買ってくるからと約束した。

 

そうして直ぐに機嫌を直してニコニコ顔になった球子に、ああやっぱりこの娘は土居さんだし、そういう笑顔の方が似合うなと○○は思うのだった。

 

そんな事をつらつらと思い出しながら杏の横で三人の演技を見ていた○○だったが、彼女の思わぬ言葉に我に帰る事となった。

 

「やはり再現度に少し不満がありますね……こうなったら○○さん、若葉さんの役をやって下さい!」

 

「……えっ!? そ、それって、俺が土居さんに壁ドンするって事……だよね?」

 

「勿論です! 唯一の男子として、タマっち先輩を本当にドキドキさせる位の迫真の演技を期待していますよ?」

 

「あ、杏……? またタマが壁ドンされなきゃならないのか……?」

 

「うん、タマっち先輩! 可愛ーい仕草をお願いね?」

 

「ハハハ……うん、タマに任せとけ!」

 

困惑した球子が嫌そうな表情で杏に問いかけたが、テンションが振り切れている彼女は何の躊躇も見せずに即答した。

 

その返事に思わず乾いた笑いを浮かべた球子だったが、こうなればヤケだとばかりに威勢よく返事をして準備完了していた○○へと向き直るのだった。

 

「よし来い○○、タマはいつでもいいぞ!」

 

「何か土居さんのテンションが変だけど……まあ、終わってから考えようかな」

 

「二人とも、行きますよー。…………三、二、一、ハイ!」

 

合図とともに教室が静まり返り、球子と○○以外の全員が静かに見守る。

 

そんな中、○○は記憶していた台詞を頭から引き出して演技を開始した。

 

「よう、球子。急に呼びだして悪かったな」

 

「ううん、別に用事も無かったし。それで○○君、何か話があるっていう事だったけど……?」

 

お互いに、普段とはまるで違う言葉遣いでやり取りする球子と○○。

 

いわゆる強気な感じの男子を演じている為、自身の口から出ているとはいえ違和感が凄まじい事になっている○○。

 

やるからには真剣に取り組むが、心の中では苦笑していた。

 

「ああ……まぁ何つーか、お前に言いたい事があるって言うか……」

 

「何かな……?」

 

口ごもる様な仕草をする○○に対し、球子も不思議そうな表情でコテンと首を傾げる。

 

普段の球子なら絶対やらないだろう仕草を正面から見せられた○○は、その可愛らしい仕草にギャップを感じて思わず顔が赤くなり明後日の方向を向いてしまいそうになるが、何とか根性で堪えて続きを行う。

 

「……ああもうまどろっこしい!」

 

「ひゃっ……!?」

 

台詞通りにそう言って球子に詰め寄って壁際に追い詰め、勢いよく右手で壁に手を突く。

 

バンと音が鳴り、その音に驚いたかのように球子が身体を竦める。

 

そして、彼女を至近距離から見据えて山場の台詞を言う。

 

「俺のものになれよ、球子……」

 

こんな台詞は前世今生含めて一回も言った事が無い○○は、つっかえずにこの言葉が言えたことに心底安堵していた。

 

心の中でホッとしながら球子の台詞を待つ○○。

 

しかし……何故か球子は何も言わない。

 

本当なら、先程若葉たちがやった時と同じように弱弱しい拒絶の台詞が出て来るはずなのだが、いつまでたっても彼女は何も言わない。

 

どうしたのかと思い彼が球子の様子を窺うと、顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。

 

これはおかしいと思った○○は、心配そうな声音で彼女に声を掛けた。

 

「あの、土居さん……大丈夫? 具合でも悪い?」

 

「ぅひえあぁうっ!? だっ、だだだ大丈夫だからな!? タマには問題もないから! お、おまっ、お前こそ何のも、問題も無いのか!?」

 

「まあ、俺は至って普通だけど……本当に大丈夫なの?」

 

「ぜんっぜん、全く、パーフェクトに問題ないぞ!…………ホントだからなっ!」

 

声を張り上げている球子だが、全部上目遣いで言っているので威勢の良さなど微塵も無い。

 

おまけに顔は赤いままだし、強がりも何もあったものではなく可愛らしさしか感じられない。

 

球子と同じように固まっていた他のメンバーも、彼女の素っ頓狂な声で我に返ったらしく、口々に○○の演技について言い合う。

 

「…………………」

 

「千景? おーい、千景? ……駄目だ、完全に心を奪われている。千景がこんな風になるとは……。アレは……演技とは言え危険すぎだろう。他所でやるとは思えないが、余興として行うのも駄目だな」

 

「全くその通りですね、若葉ちゃん。ただ……いつも大人しめの彼がああいう風に迫ってくるというのは、その、何というか……」

 

「うん。ちょっと……いや、かなりドキドキしちゃうかも……」

 

「ああっ、もう最高です! タマっち先輩のあんな乙女全開の仕草を引き出すなんて……!」

 

背後から聞こえる感想を意図的にシャットアウトした○○が、ようやく顔の赤みが引いてきたらしい球子に目を向けると、いつものイタズラ小僧の様な口調で彼女がささやかな苦情を申し立ててきた。

 

「○○もさぁ……そんな真剣にやんなくてよかったんだよ。タマみたいにガサツで男勝りなヤツ相手になんかさ」

 

「まあ、伊予島さんにイイ笑顔で真剣にやってくれって言われてたし……それに、俺の感性では普通というか……かなり可愛かったと思うけど。格好も、仕草も」

 

「んぐっ……!? な、おまっ……うううううっ……もう良いっ!!」

 

「ちょっ、土居さん!?」

 

○○の台詞に再び顔を真っ赤に染めた球子はそのまま教室を出て行ってしまい、彼女が十分ほど後に着替えて戻ってくるまで○○は変な感じに微笑ましく笑っている少女達の視線に晒され、ほとほと参ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お早うございまーす」

 

四月に入ってからの学校にて。

 

○○はすっかり慣れた様子で教室へと足を踏み入れたが、そこへテンション最高潮の球子が声をかけた。

 

「おはよー○○! なあなあ、○○も花見したいだろ? いや、したいに違いない! という訳で参加で良いよな?」

 

「花見? まあ出来ればやりたいなとは思ってたけど……急にどうしたの?」

 

「もう、タマっち先輩ってば……えっとですね、昨日の夜に二人で話してた事なんですけど――」

 

いきなりの誘いに○○が戸惑っていると、杏が補足する様に説明してくれた。

 

要するに、せっかく亀山公園という桜の名所が目の前にあるのだから、次回バーテックスを撃退したら祝勝会兼お花見をやろうという提案らしかった。

 

既に全員の賛成を取り付けていたらしく、残りは○○一人であったらしい。

 

「成程、そういう事か。もちろん、参加するよ」

 

「よっし、じゃあその日は全員で盛り上がろうな! 次に来るバーテックスもチームワークで一網打尽だっ!」

 

更にテンションが上がったらしい球子を微笑ましい表情で見ていた○○がふと横を向くと、教室の窓から桜の花を眺めている杏の姿が目に入った。

 

「早くお花見、できたらいいなぁ……」

 

「きっと出来る。守るものがある人間は強いんだ、バーテックスに負けはしない」

 

「○○さん……そうですね。みんなで生きて帰って、楽しくお花見しましょう」

 

弾んだ声で言った杏はあれこれと花見の事を楽しげに話す球子達の会話に加わり、○○も数瞬の間外の桜を眺めた後、彼女の後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に花見の事を話していた、正にその日の夕方。

 

事前に神託で言われていた、バーテックスの侵攻が起こった。

 

ただし、今回の神託では『今までにない事態が生じる』という、不吉としか呼べない解釈が添えられており、ひなたは勇者全員に普段以上の警戒を促していた。

 

(とは言っても、バーテックスと戦うのなら不測の事態なんていつでも起こり得るものではあるんだけど……)

 

○○は内心そう思っていたが、わざわざ当たり前の事が神託として下されたという事実は重いと分析し、警戒を厳にしていた。

 

そして、戦闘開始前に杏から促された注意も気にかかっていた。

 

「今回は切り札を使う事は無しにしましょう」

 

そう言って、不明瞭ながらも精霊を宿す危険性を説いた彼女の言葉に最終的には全員が納得し、緊急事態以外は使わないことで了解を得た。

 

そうして戦闘が開始されたが、不吉な神託とは裏腹に極めて順調に戦いは進んでいた。

 

前衛である若葉と千景、友奈の三人は最早慣れたものとばかりに、しかし欠片も油断せずに通常体を屠っていく。

 

球子と杏は二人一組で行動し、旋刃盤で広範囲の敵を一気に倒しつつ、隙が大きい彼女の弱点を杏の狙撃が補強する形で、やはり危なげなく戦いを進める。

 

○○はそんな五人の中央に陣取り、全員の様子に注意を払いながら支援を行なっていく。

 

攻撃力が足りずにいる箇所には攻撃強化、引きながら戦っている時には速度強化など、適時最も効果があると思われるものを選んで補助を行う。

 

暫らく順調な戦いが続いていたが、杏以外が射程に捉えられない距離で通常体が寄り集まって進化体を形成し始めた。

 

杏はすぐさまそれを発見してクロスボウによる狙撃を行なったが、数体仕留めたくらいではすぐに埋め合わせが現れて焼け石に水であり、殆んど効果が無かった。

 

「くっそー……仕方ないなっ、切り札を――」

 

「待って、タマっち先輩! ここは私がやるから!」

 

まだ具体的な症状は出ていないとはいえ、明らかに違和感を感じている球子がこれ以上切り札を使えばどうなるか分からない。

 

そんな不安を抱えていた杏は球子を制止し、自分が精霊を宿すべく神樹との霊的繋がりを辿り、その力を自らの身に宿した。

 

全てを凍て付かせる氷と雪の化身にして、真白な死の象徴――雪女郎。

 

「皆さん、その場から動かないでください! 今いる敵は私が一掃します!」

 

そう言って杏がクロスボウを掲げると、そこを起点にして周囲に猛吹雪が吹き荒れ始めた。

 

無論、杏が味方を巻き込むはずも無いが、冷たい空気ばかりはどうしようもない。

 

「さ、寒い……っ!」

 

思わずそう零した○○は周囲に力場を張って冷たい風から身を守るが、それでも吐く息が一瞬で凍り付いてキラキラと輝く程の寒さである。

 

そんな、普通の人間ならば十秒と持たずに絶命するだろうと言えるほどの吹雪が晴れた時、ほぼすべてのバーテックスが氷漬けになっていた。

 

そしてそのまま地面に落下していき、氷ごと粉々に砕け散る。

 

「おお……すっごいな、杏……」

 

「やったね、アンちゃん! もうあと少ししか敵は残ってないよ!」

 

球子は杏の殲滅力に驚き、友奈も嬉々とした声で杏を褒めつつ残った敵を打ち倒していく。

 

若葉と千景も残敵を掃討していくなか、若葉が精霊による不調は無いかと杏に声をかけ、球子もそれに続いて心配そうに言うが、杏は宥める様に言葉を紡いだ。

 

「でも杏、お前が危険だって言ってたのに自分で使って……大丈夫なのか?」

 

「ええっと……私はみんなと違って今回が初使用だし。他の人が使うよりは安全……だと思うから」

 

根拠なんてまるで無い、その場限りの言い訳に近い理屈だったが、それでも彼女はこれまで何度も精霊を宿している他の皆には使わせたくなかった。

 

「ま、説教は後だな! それじゃ戦いの続きを――」

 

そう言った球子が瀬戸内海側を向いたとき、目を引くものが現れたのを発見した。

 

バーテックスの大群であるが、それ自体は良い。殲滅までの時間は伸びるだろうが、油断しなければそれ程の脅威ではない。

 

問題は、その一団の中央に陣取り、周囲の通常体を率いる様に進んでくる一際巨大な個体である。

 

「……ヤバいぞ、あいつ……」

 

普段から楽天的な球子でさえ、思わずそう零して顔色を悪くする位に今まで相手にして来た個体とは格の違いを感じる。

 

丸亀城の戦いの時に、未完成のまま屠った個体と同規模の大きさなのだから、それは凄まじい大きさである。

 

「何て言うか……巨大なエビ……かな?」

 

「むしろ、サソリに近いと思うわ……高嶋さん……」

 

千景が言う通り、その個体は長大な尾に鋭い針を持ち、腹部には正体不明の液体を貯めこんでおり、サソリに見えなくも無い姿をしている。

 

「私が行きます! 今は一番攻撃力は高いはずです!」

 

そう言った杏は跳躍してサソリ型バーテックスを射程に捉えると、先程は拡散して使った冷気と吹雪の力を凝縮させ、一点に集中して放った。

 

確かにこれならば、今まで相手にして来たどんなバーテックスも一たまりも無かっただろう。

 

――――今まで相手にして来たバーテックスならば。

 

「そんな……っ!」

 

驚愕の声をあげた杏の見たものは、体表に霜が着いた程度で全く効いていないと思われる様子のバーテックスだった。

 

そして、そんな杏にサソリ型バーテックスは鋭い尾針を突き出して串刺しにせんとする。

 

間一髪避けた杏だったが、自分の精霊の力が通用しない敵の出現に、めげずに攻撃を繰り返しながらも表情は険しくなっていった。

 

そうこうしている内に、新たに現れた通常体も進化体を形成していく。

 

若葉と千景、友奈の三人も杏がサソリ型に釘付けにされている以上、切り札を使わざるを得ないと判断し、結局は精霊を宿すことになってしまった。

 

「くそっ、不味いなこれは……!」

 

苦り切った表情を浮かべながら、○○も前衛の三人に矢継ぎ早に強化による援護を施していく。

 

サソリ型に集中攻撃を受けていた杏は、輪入道を宿した球子が巨大化した旋刃盤で相手の尾を弾き、その隙に杏を旋刃盤に乗せて救い出した。

 

一先ずピンチを凌いだ二人に息を吐く○○だったが、安心するにはまだ早かった。

 

恐らく杏が発案したのだろう、高熱と極低温の連携攻撃を受けてもサソリ型には全くダメージを与えられている様に見えなかったのだ。

 

(嘘だろ……土居さんの輪入道でもダメージを与えられないとなると、俺が強化を施しても効くかどうか……)

 

そうなると、有効な手段が今のところ存在しないという事になる。

 

そんな考えが○○の脳裏を過ぎった時、サソリ型の尾が球子と杏を強かに打ち据えた。

 

凄まじい勢いで吹き飛ばされた二人を目撃した若葉たち前衛と○○だったが、彼女たち三人は進化体の相手をせねばならず、助けには行けない。

 

「○○、行け! ここは私達だけで何とかする!」

 

「こいつらを倒したら、私達も加勢に行くから……!」

 

「行って、○○君! アンちゃんとタマちゃんをお願い!」

 

「……分かった! みんなが来るのを待ってるよ!」

 

若葉と千景、友奈の三人から激励を受けた○○は球子と杏の方へと跳躍し、彼女たちへと近づいていく。

 

そんな彼を一体の進化体バーテックスが追おうとしたが、義経を宿した若葉が疾風迅雷の速さで割り込み、その身体の一部を斬り飛ばした。

 

「どこへ行く? 私に背を向けるとは、舐められたものだ。そして、あいつの後は絶対に追わせん……!」

 

鋭い眼差しで進化体を見据える若葉は、千景と友奈と共に再度戦闘に突入した。

 

一方の○○は、気絶してしまった杏を背後に庇いながらひたすら攻撃を防いでいた球子の前に立ちはだかり、結界でサソリ型バーテックスの一撃を防いだ。

 

「土居さん、伊予島さんの様子は!? 目を覚ましそう!?」

 

「……○○……ダメだ、起きない……!」

 

球子の旋刃盤に代わってサソリ型の熾烈な攻撃を防いでいる○○は球子に尋ねるが、彼女からの答えは芳しくない。

 

「分かった、なら俺がコイツの攻撃を防いだ瞬間を見計らって、伊予島さんを担いで脱出して!」

 

「ああ、分かっ……ぐっ……!?」

 

突然苦しそうな声をあげた球子に、○○はサソリ型の針による刺突を捌きながら声をかける。

 

「大丈夫!? 何かあった!?」

 

「コイツの攻撃で……脚が、痺れて……ダメだ、杏を……抱えられない……!」

 

「何だって!? くそっ……!」

 

○○がたどり着くまで執拗な攻撃にさらされていた球子は、脚の骨に損傷を負っていた。

 

一人で移動する分には何とかなる程度のものだが、人ひとりを抱えての行動はとても無理な位のダメージ。

 

「ぐっ、ううう……!」

 

そうしている間にもサソリ型はしつこく攻撃を続け、その度に結界が火花を散らす。

 

球子の旋刃盤と違い、身に着けた楯での防御ではなくエネルギーの壁の様なものでの防御なので身体への負担こそないが、精神的な負荷が凄まじい勢いでかかっていく。

 

「……う……た、タマっち先輩……○○、さん……?」

 

「やった! ○○、杏が目を覚ましたぞ!」

 

「本当に!? よし、ならここからはコイツの隙を窺って…………っ!?」

 

球子からの朗報に○○の表情が希望に染まるが、何かに気付いた彼は一瞬でそれが焦燥に塗り替えられた心境になった。

 

(結界が……持たない……っ!!)

 

今まで執拗に攻撃されてきた結界が、遂に限界を迎えようとしていた。

 

既に彼方此方にヒビが奔り、いつ破られてもおかしくない状態になっている。

 

張り直せば補強は可能だが、それには一瞬ではあるが結界を消失させる必要があり、この状況でそれを行なえばどうなるかは自明の理である。

 

そして、ヒビが集中している部分へと向けてサソリ型がその鋭い尾針を突き出してきた。

 

その先に居るのは、地面に寝かされた杏と、彼女へ言葉をかけている球子の二人。

 

二人とも、サソリ型が勢いよく繰り出してくる尾針には気付いていない。

 

それを認識した○○は考えるよりも先に身体が動き、球子と杏をその場所から突き飛ばした。

 

突き飛ばされた二人のすぐ傍をサソリ型の尾が掠めたが、幸いにして二人とも無傷で済んだ。

 

「……あっぶなぁ……○○、ありが……と…………え……?」

 

「……はっ、はっ……た、助かりました……○○、さ……え、これ……」

 

助けてくれた礼を言おうとした球子と杏だったが、敵の攻撃の勢いで発生した風によって顔にかかった何かに手をやった時、それが何か瞬時には理解できなかった。

 

鉄の匂いを放ち、ぬめりを持つ真っ赤な液体。

 

手のひらに付着したそれが何かをようやく認識し、嘘だと願いながら○○の方を見た二人は、飛び込んできたその光景に絶句した。

 

「…………づ、ぐう……あ、ぐ……っ!」

 

奥歯が砕けかねない様な勢いで歯を食いしばり、新たに張り直した結界でもってサソリ型の攻撃を防ぐ○○。

 

しかし、つい先ほどまで前方へと翳されていた腕のうち片方――球子と杏を突き飛ばした方の右腕が消失し、そこからはおびただしい量の血が零れ落ちていた。

 

まるで赤熱した鉄の棒を突き込まれて掻き回されている様な、筆舌に尽くし難い激痛を放つ腕が千切れ飛んだ傷口に、能力で止血を施しながら気絶しそうな痛みに耐える○○。

 

そんな光景を目の当たりにした杏は、半狂乱になって叫んだ。

 

「い、いや……いやあああああああっ! ○○さん、○○さん! 腕が……腕がぁ……っ! いやあああああああああっ!!」

 

「あ、杏……っ! 落ち着いてくれ……っ! 頼む、頼むから!」

 

取り乱し続ける杏を球子は何とか落ち着かせようとしたが、自分自身も精神的なショックが大きく、不安定になっている事を自覚していた。

 

杏が居るから取り乱さずに済んでいるが、そうでなければ自分も叫んでいただろうと。

 

そんな二人を背後に庇い、片腕だけとなった○○はチカチカと明滅する視界を必死で働かせながら、何とかサソリ型の攻撃を防いでいた。

 

最早気力だけで立っているような状態の○○だが、このまま気絶してしまえば自分も、そして後ろの二人も無残な最期を迎えるのは分かり切っている。

 

だから自分が守るのだと、それだけを心に置いて熾烈な攻撃を防いでいた。

 

そんな○○の願いに呼応するかのように、サソリ型の背後から斬撃が加えられた。

 

「ちぃ……全然効かない!」

 

「なら、効くまで攻撃するだけの事……!

 

進化体を排除した若葉と千景が駆けつけ、サソリ型に左右から同時に攻撃を仕掛けるが、やはり効果は無い。

 

「若葉ちゃんとぐんちゃんが注意を引いてるから、すぐにここから離れるよ、三人とも!」

 

とは言え、○○と球子、杏へと向けられていたサソリ型の注意を引くには十分で、それに乗じて三人に近づいた友奈が杏と○○を両脇に抱え、辛うじて一人で動けた球子もその後へと続いた。

 

少し離れた場所へと三人を連れて行った友奈は、申し訳なさそうな表情で謝罪した。

 

「タマちゃん、アンちゃん、○○君……遅れてごめんね……」

 

「いや……友奈たちが最速で来てくれたのは分かってるからさ……それに、タマと杏は大したこと無かったけど……○○が……」

 

「うぅっ……ああ……ごめんなさい……○○さん……腕が、千切れて……」

 

「いや……はあ……はあ……俺は……っづ、ぐう……っ!」

 

座り込んで、千切れ飛んだ右腕の激痛に何とが耐えている○○。

 

「○○君……こんな……酷い……」

 

改めて○○の惨状を確かめた友奈は悲し気に表情を歪めたが……まだ戦いは終わっていない。

 

「私も行ってくるから、三人はここで休んでてね?」

 

安心させるような笑顔でそう言った友奈だったが、○○が彼女に声をかけた。

 

「高嶋、さん……これを……」

 

「これ、キミの櫛? ……ダメだよ、こんな状態で切り札を使うなんて尋常じゃないもの!」

 

「友奈の言う通りだぞ、○○! 何かあったらどうするんだ!」

 

「絶対に、絶対にダメです! もう、これ以上……無茶をしないで、下さい……!」

 

そう言って止めてくれる三人を嬉しく思いつつも、○○は首を振って友奈に櫛を押し付けた。

 

「ここで、勝てないと……俺たちは全員、死ぬ……少しでも、勝つ確率を……上げるためにも……それを……使って……」

 

「○○君……でも……でも……」

 

櫛と○○を交互に見つめながら迷い続ける友奈に、彼はじっと視線を向けて見つめ続ける。

 

そんな彼の表情を見て、友奈は櫛を両手で包み込むようにして胸元に抱くと、意を決して自分の髪にそれを刺した。

 

「それで、いい……高嶋さん……頑張って……!」

 

「うん……絶対に勝つよ」

 

球子と杏が口を挟む前に友奈は飛び出していき、サソリ型バーテックスに向けて駆け出しながら二つ目の精霊の力を宿していく。

 

三大妖怪の一にして、大江山の鬼達の総大将――酒呑童子の力を。

 

完全に酒呑童子の力を宿した友奈は、若葉と千景に釘付けにされ、全く自分に対して注意が向いていなかったサソリ型に向けて雷光の様な速さでその懐に飛び込むと、その巨大化した手甲を液体が貯蔵されている腹部へと叩き込んだ。

 

硝子が粉砕されるような音と共に、それまで有効なダメージが一切入らなかったサソリ型の腹部が吹き飛ぶ。

 

友奈の奇襲に驚いたように、その巨大な尾で彼女を攻撃しようとするが、友奈は冷静に振り下ろされた尾を打ち払うとたわんだ尾に向かって突撃し、その一番の武器を打ち砕いていく。

 

「うおおおおおっ!!」

 

気合の乗った声と同時に連続で拳が繰り出され、その度に球状の物体が繋がれている尾を破壊していく。

 

そして、サソリ型の一番の武器を奪った友奈は、不気味な顔の様な正面部分を拳の一撃で粉砕した。

 

このようにして、身体の主要な部分を尽く破壊されてしまったサソリ型は原型を保てずに通常体へと分散し、バラバラに成り果ててしまった。

 

通常体に分散してしまった以上、もはや勇者たちの敵ではなく、機を窺っていた若葉と千景によってたちどころに掃討されてゆく。

 

「は……はは……やった……」

 

それを見届けた○○は、保っていた気力が途切れて気を失ってしまった。

 

「おいっ、○○、○○!」

 

「いや、いやです、目を開けて下さい、○○さん!」

 

自分が血まみれになるのも厭わずに○○を抱きかかえ、彼に声をかけ続ける球子と杏。

 

そこに若葉と千景、友奈も駆けつけてすぐさま行動を開始する。

 

「私はひなたに連絡して、病院の受け入れ態勢を整えてもらう。千景は○○を抱えて病院まで運んでくれ。友奈は、球子と杏の二人を頼む……今の二人には、着いていてくれる人間が必要だろう」

 

「了解したわ、急ぎましょう……!」

 

「ああ、急ごう千景!」

 

そうして樹海化が解けた矢先、気絶した○○を抱えた千景と、ひなたに連絡をしている若葉はあっという間に遠ざかって行き、友奈と球子、杏の三人が残された。

 

暫らく無言でいた三人だったが、袖で涙を拭った杏が立ち上がると、球子もそれに続いて立ち上がった。

 

「面倒をかけてごめんなさい、二人とも……私は……取り合えずは大丈夫だから、病院に行きましょう」

 

「……分かった。杏が大丈夫って言うなら、タマも信じるぞ」

 

「アンちゃん、タマちゃん……うん、私達も行こう。○○君の所に」

 

友奈がそう言うと二人も頷き、三人で病院へと走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むう……やっぱり難しいな……簡単にはいかないか」

 

そう言って○○は溜め息を吐き、リクライニングされたベッドへと背中を預けた。

 

先日の、サソリ型バーテックスとの戦いから数日後。

 

○○は普通の人間の常識からは考えられない程の速さで回復し、千切れた腕の傷は完全に塞がっていた。

 

失った右腕がもはや永遠に戻らないことは確定しているが、この位で済んで良かったと彼は本気で考えていた。

 

自分はこの通りの惨状だが、誰も死なずに済んだのだから、と。

 

そんな事を考えつつ、配膳された昼食を悪戦苦闘しつつ口に運んでいると、球子と杏の二人が見舞いへとやって来た。

 

「よ、よう、○○。お見舞いに来たぞー」

 

「あ、あの……こんにちは、○○さん」

 

「ああ、いらっしゃい、二人とも。調子はどうかな?」

 

「何の問題も無いってさ……お前のおかげだよ」

 

「私は、あのバーテックスの毒で少し左腕が痺れていますけど……それももう少しすれば良くなる見込みです」

 

「そっか。二人が無事に済んだなら良かったよ」

 

そう言って笑顔を見せた○○に球子と杏は何か言いたそうだったが、○○が昼食の途中だと気付いてその言葉はひっこめた。

 

「何で箸なんて使ってるんだ? スプーンもあるんだから、そっちを使えばいいのに」

 

球子が疑問を呈したが、○○は何気ない調子で答えていく。

 

「これからは左腕だけの生活になるしね……練習も兼ねて、出来るだけ箸で食べる様にしてるんだけど……くっ、流石に数日じゃどうにもならないかぁ」

 

そう言って残念そうに頭を振ってスプーンを握ろうとしたが、掴む直前に杏に素早く取られてしまった。

 

「えっと……伊予島さん? スプーン、返してほしいなー……?」

 

「いいえ、返しません。……私達に、お手伝いさせて下さい」

 

「杏……そうだな……よし、タマもお前に食べさせてやるぞ!」

 

「いや、今回の事は別に二人のせいじゃないし、気にしなくても……」

 

そう言って○○は二人の申し出を断ろうとしたが、球子と杏は強硬に言い張り、ついに根負けした彼は雛鳥のように大人しく口を開くことになったのだった。

 

「それじゃ……あ、あーん」

 

「あーん……ん、ありがとう」

 

照れるのなら別にあーんとは言わなくてもいいと思う○○だったが、様式美と言うかお決まりというか……ともかく球子は照れつつも食事を○○の口に運んでいった。

 

「ふーっ、ふーっ……はい、どうぞ」

 

「あーん……ありがとう」

 

○○が礼を言うと、杏は柔らかく微笑んだ。

 

わざわざ冷ましてから口に運ぶ仕草に今度は○○が照れそうだったが、何とか顔に出ないように自制したのだった。

 

そうして二人で交代しながら○○に昼食を食べさせて膳が下げられた後、球子も杏も身の置き場が無いような態度で気まずそうに黙り込んでしまった。

 

○○もどうしようか困り果てたが、行こうと思っていた場所へと二人を誘う事にした。

 

「あのさ、ちょっと行こうと思ってた場所があるんだけど、もし良かったら着いて来ない?」

 

「行こうと思ってた所? オッケー、付き合うよ」

 

「私も行きます」

 

「よし、それじゃあ行こうか」

 

二人は短く答えると、○○が先導する方へと着いて行った。

 

何があるのだろうかと疑問符と浮かべながら歩いていた球子と杏だったが、最終的に病院の裏手に連れて来られ、その場所にあったものに目を奪われた。

 

「どう? なかなか凄いと思わない?」

 

「これは……凄いな」

 

「はい……とっても綺麗です」

 

球子と杏を感嘆させたものは、一本の桜の木だった。

 

もうすでに少し花びらが舞っているが、それが満開の尊さと花が散る儚さを両立させ、思わず息を呑むほどの美しさを醸し出している。

 

思わず見とれていた二人に、○○は楽しそうに言った。

 

「昨日散歩してたら、偶然これを見つけてさ。二人は花見を特に楽しみにしてたし、是非見せてあげたいなって思って。明日は雨らしいから今日までしか見られないだろうし、二人が来てくれて良かったよ」

 

そう言って微笑んだ○○に二人は一瞬呆然としたが、球子と杏は涙ぐみながら笑顔を浮かべて、つっかえつつも言葉を紡いだ。

 

「ほんっとに……バカだよ、お前は……もっと自分を大切にしろよな……でも、めちゃくちゃ嬉しい……ありがとう、○○……っ」

 

「タマっち先輩の言う通りです……あんな目に遭ったのに、私達を気遣って……もっと自分を労わって下さいよ……でも、本当に嬉しいです……とっても、とっても……っ」

 

そんな二人を見て連れてきて良かったと思った○○は、病室から持ってきた缶ジュースを球子と杏に渡すと、乾杯をしようと言った。

 

それを受けて涙を袖で拭った球子は、いつもと変わらない賑やかさで缶ジュースを掲げた。

 

「よーしっ! それじゃあ、行くぞ!バーテックスの撃退を祝って! 乾杯っ!!」

 

「「乾杯っ!!」」

 

球子に続いて杏と○○も缶ジュースを掲げて乾杯をする。

 

あの日に計画していた花見とは全然違う、ジュース一本だけのささやかな祝勝会兼お花見。

 

しかし、そんなものは球子と杏の二人にとっては些細な事でしか無かった。

 

そんな二人の少女の心に咲いた花は、この場の満開の桜のごとく、美しく咲き乱れる。

 

そんな幸せな気持ちを胸に、球子と杏はささやかなお祝いを心から楽しんだのだった。

 

そうして祝勝会兼お花見が終わった後、○○を病室まで送った二人は、病院からの帰り道を歩いていた。

 

夕暮れに染まる道を歩く中、何ともなしに球子が口を開いた。

 

「なあ、杏。タマってさ……ガサツだし、男勝りだし、喧嘩っ早いしで……フツーの女の子がするような事なんて、ほとんど縁が無いんだろうなってずっと思ってたんだ」

 

「うん……前にそういう事言ってたの、覚えてるよ」

 

相槌を打ちながら、ゆっくりと歩く杏。

 

「そう思ってたんだけどさ……さっきの花見で、もうダメだなって思った。タマは……○○から離れたくないって、離れられないって……心の底から感じてさ……もうホントにダメなんだ……さっきからアイツの事ばっかり考えててさ……タマは、○○の事が……好きだ」

 

サラリと重大な事をのたまう球子だが、杏は特に驚いた様子も見せずに彼女の方を向くと、やっぱりかと言うように苦笑した。

 

「タマっち先輩もかぁ……。私も、○○さんが好き……。あの時庇ってもらった罪悪感からの気持ちじゃなくて……あんな目に遭っても私達を気遣ってくれた、心配してくれた○○さんが本当に大好きなんだって……ついさっき分かったんだ」

 

そう言った杏に球子も苦笑すると、そのままの調子で言葉を紡ぐ。

 

「あっはは、タマたちはホントに仲良いと思ってたけど、好きになる人まで同じって筋金入りだな!」

 

「ふふっ、本当にね」

 

そう言って一しきり笑うと、すっかりいつもの調子に戻った球子が決意を述べるように言う。

 

「でもアイツって、何か目を離すととんでもない無茶をするって事が分かったからさ、二人でしっかり捕まえておかないとなっ!」

 

「うん、しっかり捕まえて、そしてずっと一緒に居られたら良いよね♪」

 

そう、冗談めかして言っている二人であったが内心は真剣そのもので――もし、本当に事が起こればどうなるのか。

 

仲良く並んで歩く二人の幸せそうな少女たち自身にも、それは分かっていないのであった。




今回の主人公……右腕を喪失。

本来の歴史から外れた代償は、やはりあるものです……

ま、誰も死ななかったから良いですよね!(白目)


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桔梗の章

今回の話は難産でした(挨拶)

後は、書くための纏まった時間が取れずにちびちび書くしかなかったのも理由です。

ゴールデンウィーク? そんなモノは無かった(白目)

……愚痴はここまでにして、楽しんでもらえれば幸いです。

ではでは、どうぞ~。


「あー……暇だなぁ……」

 

病室のベッドの上で胡坐をかいていた○○はそんな事を呟いて、晴れ渡った窓の外を横目で見やった。

 

数日前に降った雨によって満開だった桜はほぼ散ってしまい、所々に名残を残すだけとなっている。

 

「タマっちと杏の持って来てくれたこれが無かったら、退屈で退屈で死んでたな」

 

そう言って、机に置かれたタブレット端末を左手で操作して一覧を見ていると、部屋の扉がノックされた。

 

「はい、どうぞ」

 

端末の操作を中断して扉の方を向いて許可を出すと、若葉とひなたが見舞いにやって来た。

 

「失礼するぞ、○○。具合は……問題は無さそうだな」

 

「お邪魔します、○○君。顔色も良いですし……特に何か問題などは無いですか?」

 

「大丈夫。若葉の言う通り、具合はすこぶる良好です。……って訳で、早く退院できるように取り計らって貰いたいなーって思うんだけど……ダメ?」

 

拝む様な仕草で若葉とひなたに願い出てきた彼だったが、二人は困ったような表情で首を傾げた。

 

「ううむ……私からは何とも言いかねるが……ひなた、大社の判断はどうなっているんだ?」

 

「大社としては、やはりまだ様子を見たいそうです。何といっても身体の一部を欠損する程の重症ですし……そして、そこから回復するまでの期間も異常に早いですから。いくら勇者として身体機能が向上していると言っても、この早さはそれだけでは片付けられない何かがあると言うのが、大社の見解です」

 

そこまでをつらつらと述べると、ひなたは申し訳なさそうに結論を出した。

 

「ですので……申し訳ないですが、まだしばらくはここで大人しくしておいてくださいね?」

 

「……と、いうことらしい。済まないな、○○。退屈かもしれないが、もう暫らく我慢していてほしい」

 

「了解です、リーダー。まあ、みんなが色々差し入れしてくれたから何とかなるよ」

 

そう言ってタブレットを手に取り、それを若葉とひなたに見せる○○。

 

「そういえば、杏さんが貸したと言っていましたね。球子さんも連名だと言っていましたが……どういう事なんでしょうか?」

 

「杏はお気に入りの小説、タマっちはお気に入りの漫画の電子版をそれぞれ入れてから貸してくれたんだ。……まあ、杏の方は小説が軽く数十冊単位で入れられてて驚いたけど」

 

「まあ、杏はちょっと……いや、かなり活字中毒気味な所があるからな。……ところで、二人を名前で呼んでいるが仲良くなれたみたいだな」

 

若葉は友だち同士がより打ち解けた事が嬉しいのか、笑顔で祝うようにそう言った。

 

「ああ、二人が名前で呼んで欲しいってこの間言って来たからさ。まあ、タマっちは一足飛びにあだ名呼びになっちゃったけど、向こうが喜んでたから良いかなって」

 

「良い事ですね。お互いに肩を並べて戦うのですから、打ち解けられるに越したことはありません」

 

ひなたも笑顔で頷き、しばしの間和やかな雰囲気で話していたのだが、それがひと段落した頃に、若葉とひなたは急に真面目な表情になって○○へと言葉をかけた。

 

「改めて礼を言わせてくれ、○○。球子と杏を助けてくれて、本当に感謝している。もし二人が……口にするのも悍ましいが、戦死していたらどうなっていた事か……。考えるだけでも恐ろしい」

 

「私も若葉ちゃんに同意します。皆さんは勇者としてバーテックスと戦う事を課せられていますが……それ以前に、まだ成人もしていない子供なんです。なのに、亡くなるなんて事になったら……○○君がこんな事になったと聞いた時も、本当に血の気が引いたんですよ?」

 

いきなりそんな事を言って来た二人に、彼は呆気に取られてポカンとした表情をしていたが、すぐに表情を緩めると何でもないという風に笑いながら彼女たちに告げた。

 

「そんな気に病まないでよ。そもそも俺たちは仲間なんだから、危険な目に遭っている仲間を守るのは当然でしょう? そもそも、俺の能力って言うのはそういう事をするためにあるんだし」

 

本当に軽く自然体で言う○○の言葉に、下げていた頭を上げた若葉は彼の顔を見て、そして次に、そこに通すものが永遠に失われ、ただゆらゆらと揺れている彼の服の右袖を見た。

 

(私がもっと的確な判断や対応が出来ていれば……お前が右腕を失う事も無かったのだろうか……今更だが、後悔ばかりが募るな……)

 

沈んだ表情になる若葉だったが、それに気付いた○○は若葉が信条としている言葉を彼女に向けて呟いた。

 

「何事にも報いを――だったっけ? 若葉の信条は」

 

「あ、ああ……だが、それがどうかしたのか?」

 

戸惑ったような表情を浮かべる若葉に、彼は真面目な表情で言い聞かせる様に言った。

 

「まあ、俺は今回こういう事になっちゃって、気にするなって言うのは難しいかもしれないけど……でも、報いなら大社から十分受け取っているから、若葉が苦しむ必要は無いって」

 

「しかし、それでは……」

 

そこまで言って若葉は口を閉ざしたが、彼は彼女がその後に続いて『私が納得できない』と言いたかったのだろうなというのを察していた。

 

義理堅く真面目な性格だという事は知っていたが、会わなかった数年で更に磨きがかかっている事に内心で苦笑する○○。

 

そのままスパッと気分を切り替えてくれれば一番良かったのだが、どうも無理そうであるので、ならばと次善と思われる判断を下した。

 

「うーん……それじゃあ、何時でもいいから『報い』として何かお返ししてくれれば良いから。俺から言うのもおかしいけど、それでどうかな?」

 

「ふむ……それなら大丈夫だ。いや、偉そうな言い方になったが必ずお前に報いて見せる。何事にも報いを――それが乃木の、私の生き方だからな」

 

そう言って納得したように頷く若葉だったが、その隣で話を聞いていたひなたも苦笑しており、○○も彼女と目が合ったので同じ様に苦笑してしまった。

 

(相変わらず真面目で義理堅くて頑固と言うか……昔より磨きがかかってるけど、そこが若葉の良い所なのかな?)

 

(その通りです、○○君! でも最近は皆さんのお陰で少し角が取れてきて、そういう若葉ちゃんも良いんですけどね♪)

 

そんな具合にアイコンタクトを交わしつつ、微笑まし気に若葉を見やる二人なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……ああ暇……って、昨日も同じことを言っていたような……」

 

昨日と同じように病室のベッド上で胡坐をかき、読書を一段落させた○○は前日とほぼ同じことを呟いて、窓から雲一つない晴天を見やった。

 

「大社からの報酬がかなり有るし、何か新しい電子書籍でも買うかなぁ……?」

 

タブレット端末から電子書籍購入サイトへとアクセスし、現れた一覧から適当に興味が惹かれた箇所を選んで吟味していく。

 

少しの間そうしていたが、病室の扉をノックする音が響いたので彼が入室の許可を出すと、千景と友奈が見舞いにやって来たらしかった。

 

「失礼するわ、○○……乃木さんと上里さんから聞いてはいたけど、もう殆んど問題無さそうね」

 

「お邪魔しまーす、○○君。うん、ぐんちゃんの言う通り、元気そうで何よりだよ!」

 

「いらっしゃい、二人とも。もう退屈で退屈でさぁ……歓迎しますよーお嬢様方ー」

 

少し茶化す様な声音で言った彼に千景は呆れたような仕方がないなぁといった表情になり、友奈は戦闘による後遺症で入院した経験があるからか、完全に同意した表情でコクコクと何度も頷いていた。

 

そのまま二人が持ってきた見舞いの品を三人で頂きつつ和やかに話していたが、○○が現在の千景の事に触れると少しおかしな流れになりだした。

 

「いやー、でも安心したよ。ちーちゃんに心を許せる親友が出来てさ。感無量です、よよよ……」

 

「ちょ、ちょっと!? い、いきなり何を言い出すの!」

 

「え、私とぐんちゃんが仲良くしてて嬉しいって事じゃないの? うん、私もぐんちゃんと仲良くできてとっても嬉しいよ!」

 

「た、高嶋さん!?」

 

「でしょう? ちーちゃんはいい娘だけど、ちょっと誤解されやすい所があるからさ。高嶋さんみたいな人が友達になってくれたら、俺も安心だよ」

 

「…………っ!!」

 

「おお、ちーちゃんが真っ赤に。でも、これは照れてるだけで嫌がっている訳じゃないから問題ナッシングなのですよ、高嶋さん」

 

「なるほどなるほど~」

 

恥ずかしさの余り顔を真っ赤にしている千景を他所に、○○と友奈はお互いにあれこれと千景の事について話している。

 

そのまましばらくブルブルと震えていた千景だったが、少しばかり涙目で○○の方を見据えるとツカツカと彼に近寄り、上目遣いに睨みつけた。

 

そして、未だに顔を赤くしたまま彼の頭に手刀を振り下ろし始めた。

 

「あだっ……あの、ちーちゃん?」

 

「…………」

 

「ぐ、ぐんちゃん……?」

 

二人の問いかけに何も答えずに、手刀を振り下ろす千景。

 

「痛てて、あいたっ、ちょ、タイム、待ってちーちゃん!」

 

「…………」

 

「うおっ、ちょっと待っ、痛たた、あ痛って、ストップ、ゴメン、ゴメンってちーちゃん! ホントゴメンなさい!」

 

言葉は大袈裟だが、○○も笑いながら言っているので本気で痛がっている訳ではないのだろう。

 

千景も途中から笑いを堪えているような表情で手刀を振り下ろしていたが、彼が降参とばかりに首を横に振ると、ふふっと吹き出すように笑い始めた。

 

「二人は本当に仲が良いんだねー。七年ぶりに再会したなんて信じられないもん。ずうっと一緒に居たみたい」

 

そんな二人の様子を見た友奈も、そんな事を言って微笑ましそうにしていたのだった。

 

そんなじゃれ合いが終わった後、彼は友奈に『切り札』を使用した反動について訊いてみる事にした。

 

「そういえば高嶋さん、前回の戦いでかなり強力な『切り札』を降ろしていたみたいだけど、その後の体調は問題ない?」

 

「うん、特に問題は無いと思うよ。戦いが終わった後にちょっと気分が悪くなったけど一休みしたら良くなったし。後は……右手首に軽い捻挫が出来ちゃったくらいかな」

 

そう笑顔で答える友奈。確認の意味も含めて彼が千景の方を見ると、彼女もコクリと頷いた。

 

どうやらやせ我慢などではなく、真実言葉通りであるらしい。

 

その言葉に納得した表情で頷いた○○であったが、心の中ではしきりに首を捻っていた。

 

友奈の降ろした酒呑童子という妖怪は、伝説によれば平安時代の京都付近を暴れ回り、人々を恐怖のどん底に陥れたとされる、日本史上最大最強と言われる鬼である。

 

日本史上最強の妖怪とは何かという議論を行えば、ほぼ絶対に挙げられるだろうと言われるほどに強大な最強の鬼、それが酒呑童子である。

 

そんな存在をその身に降ろし、少し気分が悪くなって手首に軽い捻挫をする程度で済むものなのか?

 

友奈が無事でよかったと思いつつも、彼としては首を傾げざるを得ない結果である。

 

何というか、リスクとリターンがリターンに偏り過ぎている――そんな思いが拭えないのである。

 

皆から聞いた限り、自分が来る以前に友奈が降ろしたという一目連の負担の方が重いのではないかという印象すらある。

 

前回の戦いの友奈と、それ以前の友奈を比べて違う所が何かあるだろうか――?

 

そう言う視点で見てみると――割とあっさりと、違うものがあることに気付いた。

 

彼は心中で納得しつつ、別に負担やリスクが軽くなった訳でも、ましてや無くなったわけではないとも確信した。

 

ではそれは何処に行ったのか――それにも、確信は無いがほぼ間違いないと思える心当たりがあった。

 

それが間違いなければかなり重大な事であるが……今更だなと思い直すと静かに笑った。

 

そんな彼の様子に首を傾げた千景が、どうしたのかと尋ねた。

 

「急に笑うなんて、何か思い出した事でもあるの?」

 

「いや、何でもないよ、ちーちゃん。それより高嶋さん、捻挫した方の手首を見せて貰ってもいいかな?」

 

「え、うん、いいけど……」

 

表情に疑問符を浮かべながら右手首を差し出した友奈に、彼は首に下げられた櫛を意識しつつ自分も手をかざした。

 

そうすると、友奈の手首にじわりと温かいものに包まれるような感覚が生じ、それが暫らく続くと手首の違和感がだんだんと消失していくのが分かるようになった。

 

驚きの表情で友奈が彼を見ている間にもその行為は続き、やがて完全に痛みが抜けてしまい、全く問題なく動かせるまでに全快した。

 

「はい、もう良いよ」

 

「……すっごーい! 治るまであと十日くらいはかかるって言われてたのに、○○君ってこんな能力もあったんだね!」

 

「すごいじゃない、○○。戦うだけじゃなくて、癒すことも出来るなんて」

 

二人から賛辞を受けた○○は照れた表情を見せたが、これは限定的な能力なんだと改めて説明した。

 

「普通の人にも通用したら良かったんだけどね……この回復能力、勇者にしか効果が無いみたいでさ」

 

「そうなの?」

 

「そう。諏訪でも歌野にしか効果が無かったし。一応、水都とか他にも農作業中に怪我した人とか転んで擦り剥いた子どもとかにも試したんだけど、全然効かなかったから」

 

「……それでも、私たち勇者に使えるなら十分じゃないかしら。怪我をする可能性なんて、一般の人の何倍あるのか考えるのも馬鹿馬鹿しい位あるんだし」

 

「ん……ありがとう、ちーちゃん」

 

「……どういたしまして」

 

「やっぱり二人は仲良しだねー」

 

千景からの励ましに彼は礼を言い、それを受けた彼女が照れたようにそっぽを向きつつも口元が緩んでいるという、微笑ましい光景。

 

そんな二人の様子を眺めつつ、友奈は自分の心も温かくなるのを感じていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事がありつつ、暫らくの間平穏が続いて五月に入った頃。

 

大社からの連絡事項を携えた若葉とひなたが、○○の病室を訪れていた。

 

最早双方とも慣れた様子で病室に出入りし、彼もいつもの事だとばかりに入室の許可を出す。

 

病室に入った若葉とひなたは、彼がイヤホンで何かの音楽を聞いているのを目にし、気になったのかどんな物を聞いているのか聞かせて貰う事にした。

 

「これは……以前、球子と杏に聞かせて貰った事があるな」

 

「はい、私も二人に勧められて聞かせて貰いました」

 

「うん、実は二人が端末にダウンロードして持って来てくれてさ。あの二人は本当に俺に気を遣ってくれてて、有り難いことだよ」

 

「そ、そうなのか……」

 

しみじみとそう言った彼に、若葉は何故か要領を得ない返事しか出来なかった。

 

以前よりも急速に距離を縮め、更に仲良くなっているらしい○○と球子、杏の三人。

 

勇者のリーダーとして、そして何より三人は自分の大事な友達なのだから、その三人がより仲良くなるのは好ましい事のはずで、以前は本心からそう思えていたはずだ。

 

だというのに、何故か今の自分は引っ掛かりを感じている。

 

しっくりこない己の感情に戸惑っている若葉の様子を見て首を傾げた○○は、どうしたのかと彼女に尋ねた。

 

「どうかした、若葉? 何かスッキリしない様な感じだけど」

 

「い、いや、何でもない。それよりも、今日は大事な話があって来たんだ。ひなた、説明を頼む」

 

「はい、若葉ちゃん。今月に入ってすぐですが、大社から新たに任務が言い渡されました。詳しい内容についてですが――」

 

若葉に促されて説明を始めたひなたは、大社からの任務の内容の中身を具体的に述べ始めた。

 

その内容は、一言で言えば瀬戸内海上に形成されつつある進化体バーテックスを排除しろ、というものだった。

 

「いつも通り、皆さんには出撃してもらう事になるわけですが……○○君、貴方についてですが、出撃は許可できないという事でした」

 

「確かに怪我も治っているし、かといって病気という訳でもないから不本意かもしれないが……日常生活はともかく、戦闘行為についてはまだ不安があると言うのが病院と大社、双方の見解なんだ。という訳で、今回は私達の無事を祈っておいてほしい」

 

二人の言葉を聞いた○○は少し渋い表情をしたが、少し溜め息を吐いた後、残念そうではあったが納得を示した。

 

「まあ、そういう事なら仕様が無いか……。みんなを見送るだけっていうのは心苦しいけど、足手まといにはなりたくないし……分かった。無事を祈っているって、他の皆にも伝えておいて」

 

「ああ、必ず伝えよう」

 

真面目な表情でそう請け負った若葉に彼も頷くと、首から下げていた櫛を外して彼女に向けて差し出した。

 

「……これを持って行け、と? それは出来ない! お前の身体を慮って今回の出撃を見送って貰ったのに、もしこれを使ってしまったら意味がないだろう!」

 

「若葉ちゃんの言う通りです! 今、杏さんの働きかけで大社では『切り札』がもたらす反動について本格的な研究が進んでいるんですが、未解明の部分が大きいんです。まして貴方は病み上がり。どんな影響を受ける事になるか……!」

 

若葉とひなたは声を荒げて○○を説得しようとするが、彼は静かに首を横に振ってそれを退け、逆に二人を諭すようにして言った。

 

「二人も分かっているだろうけど、もう不測の事態は命の危機に直結するって事が確実になっていると思う。まして、今回の任務は四国内での防衛戦じゃなくて、結界外で敵を排除するっていう初の形式の任務だ。となると……やっぱり出来る限りの備えはしておくべきだと思う」

 

「それは……! ……だが、やはり……」

 

彼の言葉が理論的に正しいと認めつつも、やはり心情的に認めがたい部分が大きい若葉。

 

そんな彼女に、○○はあえて気楽な表情を作ると何でもない風な調子で軽く言った。

 

「そんな重たく考えないでって。別に絶対使わないといけない状況になるとも限らないんだし、あくまで保険だよ。転ばぬ先の杖とも言うかな?」

 

その様な趣旨で若葉とひなたを彼は辛抱強く説得し、不承不承といった様子ではあったが、何とか二人を納得させることに成功したのであった。

 

「分かった、これは有り難く預からせてもらう。……お前の言う通り、保険で済む事を願わずにはいられないがな」

 

「万が一の用心……時間が経って、心配し過ぎだったと笑い話になればいいですけど」

 

ほろ苦い表情で櫛を受け取った若葉とひなたは、言葉通りの結末になることを願って止まなかった。

 

そして連絡事項も伝え終わり、病院からの帰り道。

 

ひなたは若葉に対し、気になっていた事を尋ねた。

 

奥歯にものが挟まっているような、何とも言い難い表情をしていた事が心配だったのだ。

 

尋ねられた若葉は少し困ったような表情をしていたが、やがてゆっくり、ポツポツと話し始めた。

 

「○○と千景の仲が良い事は、昔馴染みという事を聞いていたから分かっていた。それに、友奈以外にも心を曝け出せる人間が居るというのは歓迎すべきことだ。仲間としても、友達としても」

 

「そうですね。最近の千景さんは、安らいだ表情をしている事が多いと思います」

 

相槌を打ちつつ、若葉の話を聞いていくひなた。

 

「同じように、球子や杏、友奈とも一気に仲良くなっていて、それは本当に良い事だと思っている」

 

そこまでは普段通りの表情で言った若葉だったが、そこで言葉を区切ると、何とも言い難い表情で続きを話し始めた。

 

「そう……間違いなく良い事なんだ。私も本心からそう思っている……はず、なんだが……何故か分からないが、心がざわつく……」

 

「それは……○○君が、楽しそうに皆さんの事を話した時にそう思った、という事ですか?」

 

「そうなんだ、ひなた。こんな感覚は今まで経験した事が無い……一体何なのか、心当たりはないか?」

 

心底困り果てた様子で若葉はひなたに訊いたが、彼女は苦笑気味な表情で若葉に答えを返した。

 

「そうですね……私が答えを言っても良いんですけど、こればかりは若葉ちゃん自身が答えを見つけないといけない事です。あの時と同じように」

 

そう言われ、若葉は復讐心から周りを見ていなかったかつての自分を思い出した。

 

あの時もひなたに少し突き放され、それが結果的に周りを見るという事に繋がり、仲間との絆を深める事にも繋がった。

 

「分かった。ひなたがそう言うなら、暫らくこの感情と向き合ってみよう」

 

「はい、焦らずじっくりと向き合うのが良いと思います。答えが出た時、若葉ちゃんを一つ成長させてくれると思いますから」

 

若葉の言葉にひなたもニコリと微笑み、若葉も少し気が楽になった様な表情で寄宿舎へと帰っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして任務当日、若葉たち勇者五人は変身を済ませ、瀬戸大橋の上に集合していた。

 

「今さらだけど、どうして結界に入って来てもいない敵を倒せって事になったんだろうな?」

 

「うん、私もそれは疑問に思ってたんだ。前回の戦いで、何か大社の方針に変更があったとか、色々予想は立てられるけど……」

 

「ここで議論していても仕方ないわ。私たちはいつも通り、バーテックスを殲滅する。他の事は後で考えればいい」

 

球子と杏が首を捻って疑問符を浮かべるが、千景はそれらをバッサリと断ち切って話を終わらせた。

 

「球子と杏の疑問も尤もだが、ここに至っては千景の言う通りだ。大社の事についてはひなたに探って貰うとして、私達は任務に集中しよう」

 

若葉がそう纏めると、他の四人も頭を切り替えたのか、雑念を振り払って結界の外へと足を踏み出した。

 

「――――――――――――っ!?」

 

そして、そこで目にしたものに全員が息を呑み、言葉を失った。

 

前回の戦いで○○の右腕を吹き飛ばしたサソリ型バーテックス以上の威容を備えた巨大バーテックスの姿がそこにはあった。

 

ただ、まだ完成はしていないようで、無数の通常体バーテックスが寄り集まり、融合を続けている状態ではあったが。

 

とはいえ、不完全な今の状態でもサソリ型を越える大きさを誇っているのである。

 

このバーテックスが完成を迎えたらどれほどの脅威になるのか……いや、そもそも自分達に倒せるものなのか?

 

そんな想像が全員の頭を過ぎってしまい、思わず背筋に怖気が奔った。

 

しかし、若葉は己の心に浮かんだ恐怖を振り払い、自分を叱咤する意味も含めて全員に声をかけた。

 

「――行くぞ、みんな! こいつが完成する前に倒す! 私に続け!」

 

そして迷うことなく『切り札』を使って精霊・義経を宿し、風の如き速さで巨大バーテックスへと向かっていく。

 

千景、友奈、球子、杏もそれぞれに精霊を宿してバーテックスへと殺到する。

 

杏はやはり『切り札』について心配そうな表情を崩さなかったが、前回の戦いの事もあり、力を出し惜しみして勝てる相手ではないと思ったのか、何も言う事は無かった。

 

若葉は加速からの強烈な一撃を浴びせ、千景は七人による波状攻撃を喰らわせる。

 

球子は巨大化した旋刃盤による体当たりを敢行し、杏は冷気を凝縮した凍て付く矢によって、球子の炎との温度差による攻撃を行う。

 

友奈は一目連の嵐の力を拳に宿して凄まじい連撃を叩き込み、巨大バーテックスに何とかダメージを与えようと試みる。

 

だが――

 

(駄目だ、全然効いていない……!)

 

若葉が思った通り、全ての攻撃が無駄に終わっていた。

 

掠り傷をつけるのがせいぜいで、効果的な攻撃など一つとして与えられていない。

 

若葉以外の四人もその事実には気付いているのだろうが、それでも他に良い方法など無く、繰り返し攻撃をし続けるしかない。

 

と、そんな事を数分ほど行なっていた時。

 

今まで攻撃を受けつつも微動だにしなかった巨大バーテックスが、その威容を静かに動かし始めた。

 

そしてそのまま狙いを定めると、若葉たちが丁度纏まっていた場所へ向けて巨大な火炎球を撃ち出した。

 

全員が球子の巨大化した旋刃盤に飛び乗って難を逃れたが、もう少し遅ければ影も残さず焼き尽くされていただろう。

 

五人が避けた火炎球は瀬戸内海を通過し、そのまま本州側の陸地に着弾、目も眩むような大爆発を生じさせた。

 

その威力に、再び息を呑んで言葉を失う一同。

 

「はあっ、はあっ……ぶっタマげた、まだ完成してないのにこの威力って……どうすんだ、若葉? タマたちの攻撃は効かない、でもアイツの攻撃は喰らったら多分一発で終わりだぞ?」

 

「そうだな……」

 

そう呟いて考え込む若葉だが、現状を打開できる可能性のある方法など、ここに至っては一つしか存在しない。

 

顔を顰めて悩む若葉だったが、やがて友奈が声をかけて決断を促してきた。

 

「若葉ちゃん……やっぱり、酒呑童子の力を使うしかないと思う。ここで何とかするにはそれしか無いよ」

 

そう口にした友奈だったが、やはり皆が口々に反対した。

 

「ダメですよ、友奈さん! 前回は大したリスクも無く使えたみたいですけど、今回もそうだとは限りません!」

 

「伊予島さんの言う通りだわ、高嶋さん。それに、本当に効果があるかどうかもはっきりしていないんだから、リスクが大きすぎると思う」

 

「だな……悔しいけど、こいつはここから動かないみたいだし出直すってのもアリだとタマは思う」

 

それらの仲間の意見を、若葉は身じろぎもせずに吟味していた。

 

確実性を取るのなら、千景、球子、杏の三人の意見を採るべきだろう。

 

切り札を無駄に使ってしまったというマイナスに目をつぶれば、今なら損害も無く撤退できる。

 

だが、このまま退いたとして打開策が見つかる可能性は果たしてあるのだろうか?

 

現状ではどちらとも言えないだろうが、その可能性を上げるために友奈の酒呑童子の力によって一当てしてもらうのも意味のある事だろう。

 

やがて、若葉は懐に仕舞っていた櫛を取り出すと、それを友奈に向けて差し出した。

 

それを見て、全員が目を丸くする。

 

「不測の事態が起きたら使って欲しいと、○○に預けられていたんだ。使わずに済めばと願っていたが……現状を打開するには、友奈の酒呑童子、そしてこの櫛の力を使うしかないだろう」

 

苦い表情で経緯を説明する若葉と同様に、他の四人も同様の表情で黙り込むか、呻き声を上げた。

 

櫛を渡された友奈は忸怩たる思いを抱えて彼の居る四国の方を向いたが、色々と浮かんだ感傷を振り切って皆の方に向き直った。

 

「○○君の想い……無駄にしちゃいけないと思う。それに、ここでこの敵を倒せば世界を取り戻す切っ掛けに出来るかもしれないし!」

 

「……分かった。みんなも言いたい事は山ほどあるかもしれないし、納得も出来ないかもしれない。だが、この場はどうか胸に収めて欲しい。頼む」

 

そう言って頭を下げた若葉に、反対していた三人も理解を示し、友奈の力で巨大バーテックスを攻撃する運びとなった。

 

髪に櫛を刺した友奈は深呼吸すると、キッと巨大バーテックスを見据え、酒呑童子の力を解放した。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

ビリビリと空気が震え、鬼の王の凄まじいまでの威圧感が周囲に伝播していく。

 

そんな友奈を危険視したのか、今まで融合に集中していてほぼ襲い掛かってくることが無かった通常型が、彼女目がけて殺到し始めた。

 

完全に力を引き出す前に潰してしまおうという魂胆なのだろう。

 

だが、友奈の他にも勇者は四人おり、そしてこの四人はすでに通常型などでは問題にならない位に場数を踏んでいる。

 

友奈に殺到しようとした通常型たちは四人によってあっという間に蹴散らされ、そして友奈は完全に力を解放して巨大バーテックスに突撃した。

 

弾丸のように飛び掛かっていく友奈を阻止しようと更に通常型が襲い掛かるが、若葉に一刀両断にされ、千景にはバラバラに切り刻まれる。

 

球子の巨大化した旋刃盤にぶつかったものははじけ飛ぶように霧散し、杏も次々と矢を放って友奈に近づこうとする個体を阻止していく。

 

それらを掻い潜って友奈に接近する個体も少数ながら存在したが、猛スピードで突っ込む友奈の勢いに弾き飛ばされる様にして消し飛んでいった。

 

「はあああああああああああああああっ!!」

 

猛スピードで巨大バーテックスに接近した友奈はその身体を射程に捉えると、限界まで引き絞られた矢を放つかの如く、渾身の力で拳を打ち込んだ。

 

まるで大砲でも撃ち込んだかのような轟音が周囲一帯に響き渡り、友奈に殺到しようとする通常型を排除していた若葉たちの耳を刺激する。

 

そして、その攻撃をまともに受けた巨大バーテックスはその箇所からヒビを奔らせ、バラバラと破片をまき散らしていく。

 

その崩壊が静まった時には、既に構成されていた身体の一割ほども失っていた。

 

「よし、効いている! このまま私達で友奈を護衛しつつ繰り返し攻撃すれば、倒せる可能性は十分にある!」

 

若葉のその言葉に、全員の瞳が希望を宿して輝く。

 

損害を被った巨大バーテックスは特に何の動きも見せず、沈黙を保っている。

 

相変わらず通常型が殺到してくるが、全員で連携を取りつつ戦えば全く問題は無い。

 

勝てる――――若葉の言葉通り、全員がそう思っていた。

 

そして友奈が地上に降り立ち、再び巨大バーテックスに飛び掛かろうと腰を落として力を蓄えていたその時。

 

巨大バーテックスを中心に、辺り一面を残さず覆い尽くすほどの閃光が迸った。

 

とてもではないが目を開けていられない程凄まじいその光の奔流に、五人全員が動きを停止させた。

 

まるで太陽を彷彿とさせる暴力的な光の奔流は数十秒に渡って続き――それが収まり、全員が再び巨大バーテックスを視界に入れた時、その姿に愕然とさせられる事になった。

 

「何、あれ……」

 

「太、陽……?」

 

千景と杏の呆然とした呟きが、空気に溶けて消える。

 

巨大バーテックスは、神々しいとさえ言えるほどの光と、全てを焼き尽くさんと言わんばかりの熱を放ちながら勇者たちを睥睨していた。

 

放たれる熱の影響か、その身体の周囲は空気が揺らめき、歪んで見える。

 

杏が零した通り、太陽が地上に降りてきたような印象を与えんばかりである。

 

そして、人が太陽に触れる事など不遜であると言わんばかりの威容。

 

実際、これだけの熱量を常に身体の周囲に纏っているとなれば、友奈は近づく前に燃え尽きてしまうだろう。

 

それを感じ取ったのだろう、杏は若葉に進言した。

 

「若葉さん……残念ですが、今回はここまでです。退却しましょう」

 

「やはり、これ以上は無理か……無念だが、退くしかない……」

 

「待って、若葉ちゃん! まだ私は、って……ぐんちゃん……?」

 

若葉の決定に異を唱えようとした友奈だったが、千景に肩を叩かれて彼女の方を見ると、無念そうに首を横に振っている彼女の姿が目に入り、意気消沈して俯いてしまった。

 

「仕方ないって、友奈……これ以上やったら、多分誰かがやられ……いや、殺される。幸いって言うか、コイツはここから動かないみたいだし、何か方法を考えてからまた挑むってことでいいだろ?」

 

球子は一旦は表現を濁したが、あえて虚飾を取り払った直接的な表現に言い直し、全員に現実を直視させた。

 

前回の戦いでは、少しボタンの掛け違えがあれば、球子と杏、そして○○は死んでいただろうと全員が考えていただけに、その言葉は非常に重かった。

 

「友奈……いつかこいつも倒さなければならないだろうが、それは今ではない。無念だが、捲土重来を期して今回は退こう」

 

友奈はうな垂れたままだったが、それでもコクリと頷いて若葉に同意した。

 

そして、全員で退却を開始した少女達は大橋を四国に向けてひた走る。

 

しかし、途中で後ろを振り返ってバーテックスを見つめる全員の瞳には、遣り切れなさと無念さが宿っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその日、病院に到着した若葉は○○の病室へと向かっていた。

 

他の四人も来たがったのだが、もう比較的遅い時間帯だったので、若葉が代表して今日の任務の経過を説明に来たのだった。

 

「失礼するぞ、○○。……ひなた、そんなに暗い顔をしてどうしたんだ?」

 

「若葉ちゃん……いえ、後で説明しますので、まずは若葉ちゃんからどうぞ」

 

若葉たちが任務に臨んでいる間、○○と共に居たひなたが非常に落ち込んでいる様子だったので問いかけた若葉だったが、力ない笑みを浮かべた彼女に自分の用を先に済ませるように言われてしまった。

 

「うん、後で俺からも説明するから、とりあえず任務の事を聞いても良いかな?」

 

対して、○○は何時もと変わらない様子で若葉に説明を促した。

 

「そうか……分かった。では、今回の任務であった事だが――――」

 

二人の態度の違いを訝しみつつも、若葉は任務の経過を説明し始めた。

 

とは言ってもそこまで長々と続くようなものでも無いので、十分もかからずに終わってしまったのだが。

 

そして、頷きながら説明を聞いていた○○だったが、自分にも若葉に伝える事があると言って話を切り出してきた。

 

「実は、俺も若葉に伝える事があって。この右目なんだけどさ……」

 

「右目? それがどうかしたのか?」

 

何の脈絡も無く話を始めた彼に若葉は疑問符を浮かべたが、続けられた言葉に一瞬聞き間違いではないのかと思わずにはいられなかった。

 

「実はさ、もう見えないみたい」

 

「……………………な、何だって?」

 

「○○君の右目は、失明しているんです、若葉ちゃん……」

 

訳が分からなかった若葉だが、その内容に理解が及んでくるにつれてある可能性が頭を過ぎり、それを言葉に出していた。

 

「……それは『切り札』の反動か? 私達が今回もお前の力を使ったからこうなったのか? しかし、お前は諏訪で何度も使ったが反動何て一度も来なかったと言っていただろう……?」

 

ショックの余り語尾が弱弱しくなっている若葉を他所に、○○が説明を始めた。

 

「『切り札』の反動というのは間違いじゃないよ。ただ、それはみんなが使っている『切り札』の反動を、俺が引き受けた事によるものである可能性が高い……というか、ほぼそれで間違いないと思う」

 

「では……諏訪で反動が無かったのは、白鳥さんが『切り札』を使わずに戦っていたから、という事か?」

 

「そうだと思う。無い無い尽くしで大変だった諏訪での戦いだけど、それがいい方向に働いていたって事かな」

 

「……皮肉ですね」

 

ひなたがポツリとつぶやいたが、若葉も全く同じ思いだった。

 

勇者の人数も多く、勇者アプリという優れたシステムもあり、そしてそれをバックアップする組織の規模も諏訪とは段違いに大きい四国だが、それ故に○○は今回の様な事態に直面したと言えるだろう。

 

これを皮肉と呼ばすに何と呼ぶのだろうか。

 

そんな二人の想いを他所に、彼は二人に向けて頼みごとをした。

 

「それで、二人にお願いがあるんだけど。失明した事は、どうあっても隠せないと思う。だからその理由――つまり、櫛を着けた人の『切り札』の反動を俺が肩代わりした結果こうなったっていうのは黙っていてほしい」

 

「な、何だって……? たちの悪い冗談は止めろ、○○。こんな事を周知せずにどうする!」

 

「そういう事ですか、○○君……。若葉ちゃん、今回は彼の言う通りにしましょう……」

 

「ひ、ひなたまで何を言っているんだ……!?」

 

訳が分からないといった表情で困惑する若葉に、○○がこんな事を言った理由を察したひなたが説明を始めた。

 

「球子さんも友奈さんも、心優しい方です。それが『切り札』の反動を押し付けていた何て事を知れば、どれほど衝撃を受ける事になるか……。特に友奈さんは、負担が極めて重いとされている酒呑童子の反動を二度も肩代わりしてもらっています。自分が○○君の右目を失明させる引き金を引いたと思いかねないんです。あの友奈さんがこの事実を知ったら……心が折れてしまったとしても、私は驚きません」

 

「く……っ!」

 

若葉は唇を悔し気に噛み締めたが、反論できる材料は見当たらなかった。

 

優しい友奈がこの事実を知れば、どれほど自分を責めるかなど検討もつかない。

 

この事実を隠せば、少なくとも○○が失明した責任は全員で等分されるだろう。

 

若葉は何とか自分を納得させようとしたが、続けられた○○の言葉に遂に激発してしまった。

 

「それで、これからの事だけど……櫛を使う事は、これから先も躊躇わないでほしい」

 

それを聞いた若葉は頭が言葉を認識するより先に○○に詰め寄り、その肩を掴んで思い切り揺さぶっていた。

 

「お前はっ……自分が何を言っているか分かっているのか! 一切の不幸を引き受ける人柱になると言っているのと同じなんだぞ!?」

 

「全部承知の上だよ。……俺はもう、仲間が死ぬのは耐えられない。それも、死を回避できる可能性があるのにやらなかったなんて事になれば、自分で自分を許せない」

 

彼は若葉の言葉に間髪入れずにそう返し、彼女を絶句させた。

 

若葉は咄嗟にひなたの方を見たが、彼女も悲痛な表情で首を横に振るだけだった。

 

恐らく、彼を説得しようとして失敗したのだろうと若葉は悟った。

 

この部屋に来た時、ひなたが非常に暗い表情をしていたのはそれが原因なのだろうと。

 

若葉は彼の肩を掴んでいた手を放し、高ぶった感情を落ち着けるように深呼吸をすると、彼を真っすぐ見据えて諭すように言った。

 

「もう二度とお前だけに無茶はさせない。私達は全員で戦っているんだ、一人で戦っている訳じゃない。だからお前も……それだけは、忘れないでくれ」

 

そう言い残して病室から退出していく若葉を、ひなたも慌てて追いかける。

 

彼も二人が退出していった扉を暫らく見つめていたが、失明した右目に手をやり、それから櫛をじっと見つめて、改めて覚悟を決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひなた、私は甘いんだろうな……」

 

「急にどうしたんです、若葉ちゃん?」

 

病院から寄宿舎への帰り道、若葉はひなたにそんな言葉を零していた。

 

「○○の力を使ったとして、あいつが死んだりするわけじゃないんだろう。効率よくバーテックスと戦うのなら、遠慮なくあいつの力を使うのが良いというのは私にも分かっている」

 

黙って若葉の言葉を聞いているひなたを他所に、若葉は独り言のように言葉を続けていく。

 

「だが、それだけはどうしても出来ない……いや、違うか。やりたくないんだ。全く余裕のないこんな状況で方法を選り好みするなんて、一般の人が聞いたらどう思うか……」

 

悄然としてそんな言葉を零す若葉だったが、そんな彼女をひなたは肯定した。

 

「私は、それでこそ若葉ちゃんだと思いますけど?」

 

「……何だって?」

 

顔を上げた若葉はひなたの方を見たが、彼女はいつも通りの穏やかな表情をしていた。

 

「私は若葉ちゃんに、仕方ない犠牲だなんて考えを持ってほしくありません。綺麗事だと周りに言われても、自分が納得できる道をとことんまで探って、その結果みなさんを幸せにする。そういう事が若葉ちゃんには出来ると、私は信じています」

 

まっすぐな瞳で若葉を見つめながらそう言うひなたに若葉は面食らったが、やがて呆れたような表情で苦笑した。

 

「言い過ぎだろう、ひなた。私はそこまで出来た人間じゃないぞ?」

 

「あら、それなら諦めますか?」

 

「それこそ冗談だな。――ありがとう、ひなた。どうも弱気になっていたみたいだ。私はどんな状況になろうと諦めない。自分も仲間も守って、いつかバーテックスから奪われた物を取り戻す、絶対にな」

 

「それでこそ若葉ちゃんです。でも、ちゃんと私にも、そしてみなさんにも頼って下さいね?」

 

「分かってるさ。もう一度、千景から平手打ちを喰らうのは御免だからな」

 

苦笑しながらそう言う若葉にひなたも苦笑いで返し、寄宿舎への帰り道を進んでいく二人。

 

若葉の心は曇りが晴れてすっきりしていたのだが、どうして○○が犠牲になることをどうしても許容できなかったのか。

 

その本当の理由には、自分ではまだ気づいていないのだった。




前半はまるで平和!

後半は不穏さ丸出し!

そして、若葉とひなたは主人公と秘密を共有しました! 実に王道で大変よろしい!(強弁)

……まあ実態は、胃がボドボドになりかねない劇物を抱えさせられたも同然ですが(白目)

そして、右目を失明しました……次はどこを失うのやら、ですね。


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桜花の章(前編)

待っている方が居るかは分かりませんが、大変お待たせしました<m(__)m>

何とか勇者の章BDが届く前に投稿したいと思っていましたが……暇が……休みが……(吐血)

まあ、何とか形になりましたので投稿したいと思います。

そして、久しぶりですが長くなりすぎたので前後編仕様です。

後編はもうちょっとお待ち下さい(懇願)

ではでは、どうぞ。


○○が『切り札』の影響によって右目を失明してから凡そ一週間が経った。

 

そんな中、杏は自室で今回の件の経緯を思い返していた。

 

「まさか、精神的な影響だけじゃなくて身体的な影響まで発生するなんて……多分、もう二度と光は戻らないんだよね……」

 

巨大バーテックスと戦った次の日、○○と会った時の衝撃を思い出す杏。

 

病室を訪ねた時、彼は医療用の眼帯をしており……そして、失明したと聞かされた。

 

バーテックスとの戦いが本格化してから大分心理的な衝撃には慣れたが、それでも相当な衝撃を受けた。

 

もっと大きく危険性を訴えていれば、そんな事にはならなかったのではないかと後悔ばかり募ったが、過去ばかり振り返っても仕方がないと気持ちを切り替えた。

 

そして今回の件を纏めた意見書、資料を大社へと提出するための作業を杏は行なっていた。

 

ただ、それらの作業を進めつつも、やはりある事が気にかかっていた。

 

「○○さんは、諏訪で何度も櫛を身につけさせる事での強化をやっていたって言ってた。そして、その影響は無かったとも。諏訪で戦い続けた期間は三年だから、軽く見積もっても数十回は行なっているはず。なのに、四国に来てからは三回で重大な影響を受けてしまった……」

 

そこが、どうしても納得できない杏。

 

四国に来たばかりの時の彼は、特に身体的にも精神的にも異常を感じさせるようなものは無く、健康にしか見えなかった。

 

だから、実は『切り札』の影響を受けていたなんていうお粗末な嘘を吐いていた可能性はゼロに等しいと考えて良い。

 

むしろ、使い慣れたものをいつも通り使うといった、何気ない口調だったことを杏は覚えていた。

 

そんな感じで杏があれこれと考え込んでいると、突然肩をポンと叩かれてビクッと飛び上がる様に驚いた。

 

「ひゃあっ!? た、タマっち先輩かぁ……脅かさないでよぉ……」

 

「それはまあ悪かったと思うけど、何度も呼び鈴鳴らしたし、ノックもしたんだぞ? でも何の反応も無いからさ……心配になって、悪いと思ったけど入らせてもらったんだ」

 

「そ、そうだったんだ……ゴメンね、ちょっと集中し過ぎてたみたい」

 

「いいっていいって、そんなの気にしなくて。んで、何にそんなに夢中になってたんだ?」

 

「ええっと、これなんだけど――」

 

そう言って杏はこれまで纏めた資料や自分の考えを、球子に述べた。

 

問題が問題だけに球子も真剣に聞いてくれたが、彼女は理論ではなく閃きを重視して行動しているため、身になる意見は出て来なかった。

 

「う~ん……タマも力になれれば良かったんだけどなぁ……ゴメンな、あんず」

 

「ううん、気にしないで。そろそろ休憩しようかと思ってたし、来てくれて嬉しいよ」

 

そう言って冷蔵庫から持ってきたジュースを球子に差し出し、自分も一口飲んでほうっと息を吐いた。

 

そうして暫らくジュースを飲みつつ二人で他愛無い雑談をしていたのだが、球子が何気なく放った一言が杏の意識を捉えた。

 

「にしても、○○がこんな事になったんなら、アイツの『切り札』はしばらく厳禁だな。タマたちの『切り札』との合わせ技は強かったけど……あんな事になる位ならなぁ……」

 

「そうだね……ん? 私達の『切り札』との同時使用……諏訪では何度使っても反動は出なかった……」

 

ブツブツと、独り言を呟くようにしながら関連する事柄を頭の中で組み立てていく杏。

 

「そう言えば、精霊を降ろす『切り札』は諏訪には無かったって○○さんが言ってたっけ……。そして、櫛を借りた時だけ不調が無かったタマっち先輩と、酒呑童子なんて言う大妖怪を降ろしたのに目立った不調が見えなかった友奈さん……」

 

そこまでを頭の中で吟味していくと、まるでパズルが完成したかのように一つの事実が浮かび上がって来た。

 

だが、その事実は余りにも残酷で認めがたく、しかしだからこそ受け止めなければならないものだった。

 

「あんず……どうしたんだ、顔が真っ青だぞ?」

 

黙りこくって顔を青白くし、心なしか身体が震えている様にすら見える杏を心配した球子は、俯いた彼女を覗き込むようにして優しく声をかけた。

 

声をかけられた杏はゆっくりと俯けていた顔を上げたが、その表情は泣いている様にも嗤っている様にも見えるという、どこか危ういものだった。

 

もっとも、その嗤いを向けているのは自分自身だったのだろうが。

 

「タマっち先輩……今から私の考えを言うね。あくまで予想だけど、そう考えると全部辻褄が合うの。とっても残酷で、タマっち先輩には物凄くきつい予想だと思う……でも、○○さんについての事だから、ちゃんと聞いて欲しいの」

 

「……そっか。分かった、あんずがそう言うなら、タマも覚悟を決めたぞ。逃げずにちゃんと受け止める」

 

「……分かった。それじゃあ――」

 

そう言って自身の予想を話し始めた杏と、それに真剣に耳を傾ける球子。

 

話が進むにつれて球子の表情が険しさを増し、顔色もどんどん悪くなっていく。

 

そして、話が終わった時には先程の杏と同じ様に紙のように白い、普段の快活な彼女の様子からは想像もつかない顔色となってしまった。

 

「は、ははっ……それがホントなら、タマはとんでもないバカだって事になるな……。でも……あんずの言う通りだとタマも思う」

 

「私も、ごく普通のっていうと何だけど……ただの『切り札』の反動であって欲しいとは思ってるよ? でも、確かめずに放置する事は……それだけは、絶対ダメだと思う」

 

「だな……よし、こういうのは早い方が良いに決まってる。明日、訓練場にアイツを呼び出して問い詰めよう!」

 

「そう、だね……それしか無いよね。ただ……心構えはしておかないと……」

 

「ああ……」

 

それっきり球子と杏は黙り込み、夜も遅くなってきたのでそれぞれの部屋で眠りにつくことになった。

 

予想が事実だった場合、自分たちの心は耐えられるのか……そんな不安を抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後。

 

○○を訓練場へと呼びだした球子と杏だったのだが……。

 

「なあ、あんず……どうやって聞き出すか、思いついたか……? 因みにタマは成果ゼロだ」

 

「……全然、何も思いつかなかったよ……というか、どういう風に問い質したとしても、○○さんが口を割る未来が見えないというか……」

 

弱り果てた様子で互いに顔を見合わせる二人だったが、これからその難攻不落の要塞を落とし、真実を聞きださなければならないのだ。

 

外れている可能性も勿論あるが、杏自身はこの推論にかなりの自信を持っていた。……全く嬉しくもない自信ではあったが。

 

暗い雰囲気を纏っている二人が大きく溜め息を吐いていると、丁度○○が訓練場へとやって来て二人のその姿に目を丸くした。

 

「お待たせ、二人とも……って、何か滅茶苦茶空気が澱んでるけど、本当にどうしたの?」

 

「あはは……いえ、こちらの事なので心配しないで下さい」

 

「そう……? まあ、いいけど……それで、話があるっていう事だったけど何かな?」

 

首を傾げていた○○だったが、そう言うのならと気分を切り替え、本題を促した。

 

球子と杏は互いに顔を見合わせたが、一つ頷くと真剣な表情で彼へと向き直り、真正面から尋ねた。

 

「○○さん……私達に、何か隠し事がありますよね? とっても大切な事が……」

 

杏にそう問われて内心驚いた○○だったが、表面上は何のことか分からないといった、戸惑った風を装った。

 

「隠し事……? うーん……何だろ、ゴメンけど心当たりが無いなぁ」

 

その様子は極めて自然で、本当に困惑している様にしか見えない。

 

「あんずから聞いてタマも納得した話なんだけどさ……タマも友奈も、『切り札』を使ったのに至って元気なのは何でだろうって話になってさ。……直球で訊くぞ、○○。お前の右目の失明……タマと友奈の『切り札』の反動を、肩代わりしたんじゃないか……?」

 

かなり深い所まで、相当な確信を持って投げかけられたその問いに、○○は内心舌を巻いていた。

 

杏は『切り札』がもたらす影響について大きな関心を持ち、自分なりに調べている事は知っていたが、それでもこんな短期間でここまで確信をもって問い詰めてくることは、彼にとって予想外だった。

 

「反動の肩代わりって言われても……どうやってそんな事やるの?」

 

「○○さんの櫛……名前は『櫛名田比売』と言っていましたよね? 素戔嗚の八岐大蛇退治において、その身を櫛に変じて素戔嗚の髪に収まり……そして、呪術的な加護を与える事で退治に助力した。そういう逸話がある女神です」

 

「……それで?」

 

「その逸話と同じように、この櫛を身に着けた者には何らかの加護が与えられるのではないかと、私は考えました。例えば……その身に受けるはずだった災いを、櫛の所有者に引き受けさせてしまう、とか」

 

確信を突いた杏の言葉にも○○は――ただただ、心の底から感心していた。

 

彼女の口ぶりからして、若葉やひなたを問い詰めて口を割らせたという、一番考えられそうな事はやっていないと分かる。

 

となると、彼女たちが知り得るごくごく断片的な、ヒントにもならない様な情報からここまで推理した事になるのだが……正直、中学生の洞察力ではないと○○は思った。

 

だが現状、杏の推理には証拠も何もない。

 

事実を言い当ててはいるが、それを証明する術は無いのだ。

 

「なるほど……面白い話ではあるけど、それが事実なら俺はもう少し荒れてないとおかしくない? みんなが負うはずだった代償を、一身に背負ってるって事になるんだからさ。俺はそこまでお人よしには……流石になれないかなぁ」

 

苦笑しながらそう言って、少し呆れたように首を横に振る○○。

 

しかし球子と杏の二人は、どの口でお人よしじゃないなんて言っているのかと、自分のやった事を少しは振り返って貰いたいものだと閉口した。

 

自分たちを庇って右腕を失い、その後に自分たちが気に病まない様にとフォローまで行う。

 

こんな事を、重傷を負った身でありながらやった人間がお人よしではないとしたら、この世にお人よしは一人も居ないだろう。

 

その後も杏は彼の口から何とか事実を話して貰おうと様々な角度から切り込んだが、元より決定的な証拠など何処にもないのだから、どうしても決め手に欠ける。

 

○○もそれが分かっているから、どっしりと構えてまるで慌てることなく追及を躱していく。

 

それでも、○○が本当に中学生であったなら何処かでボロが出たかもしれないが、彼は転生して人生二度目である。

 

おまけに、怪しまれて追及される可能性があるかもしれないと予想していたので、想定外の事態という訳でもないのだ。

 

こうして杏の追及は尽く躱され、万策尽きた彼女は○○を恨みがましく睨みつけるだけとなってしまった。

 

「……どうしても、認めてくれないんですか?」

 

「認めるも何も、そんな事実は無いとしか言えないし。それに、もう良い時間だからそろそろ帰ろうよ」

 

憎らしい程の自然体でそう言う○○に杏は諦めかけたが――そこで、今までの話を杏に任せていた球子が動いた。

 

視線を下げたままズンズンと○○に詰め寄り、彼のその手を取って下げていた視線を○○に向けた。

 

「○○……お前がタマたちに辛い事を背負わせない様にって……考えてくれるのは、すごく嬉しい。だけど……だけどさ……」

 

球子の声に震えが混じり、表情も悲しそうに歪み、瞳も涙で滲んでいく。

 

「タマたちを……恩知らずに、しないでくれよぉ……もっと……もっとさ……タマたちの事、信じてくれよぉ……なぁ……お願いだよ……」

 

そう言って、ポロポロと涙を零す球子に言葉もかけられずにいた○○だったが、つい先日、若葉に言われた事が頭を過ぎった。

 

『私達は一人で戦っている訳じゃない。だからお前も……それだけは、忘れないでくれ』

 

それを思い出した○○は、彼女たちを蚊帳の外に置いてそれで守った気になっていた自分を恥じた。

 

彼女たちが、ただ守られる事を良しとするような人間では無い事など、分かっていたつもりだったが……過保護になり過ぎていたようだと、彼は思い直した。

 

「分かった……ゴメンね、二人とも。予想はしてるだろうと思うけど、結構きつい話になるよ。それでも良いんだね?」

 

「当然です。私もタマっち先輩も、ただ守られるだけなんて御免ですから」

 

「あんずの言う通りだ。どんな事でも……ちゃんと受け止める」

 

真剣な面持ちでそう言う二人に、これ以上の忠告は無意味だと思った○○は、一つ息を吐くと真実を話し始めた。

 

ゆっくりと、しかし重大な事実が彼の口から語られるごとに、球子と杏の表情が強張っていく。

 

話の長さそれ自体は、短いとすら言っていいだろう。何せ、一言で言える程度なのだから。

 

球子と友奈の『切り札』の反動を肩代わりした結果、○○は右目を失明した。

 

これだけであるが――その言葉は、凄まじい切れ味で以って球子と杏の心を切り刻んだ。

 

そして、話を聞き終わった杏は悲痛に表情を歪めて嗚咽を漏らし、球子は崩れ落ちる様にして座り込み、○○に謝罪を……いや、懺悔をした。

 

「ヒック……ごめ、ごめん、なさい……タマのせい、で……おま、え、の……目が……ああああぁぁぁぁぁ……っ!」

 

「う、グスッ……うぅ、そんなの……そんなのって……うううぅぅぅぅぅ……っ!」

 

座り込んで悔恨の涙を流す二人に、○○は同じようにしゃがみ込んで目線を合わせて首を横に振った。

 

「誰が悪かったなんて話じゃない……二人の所為でも、ましてや高嶋さんの所為でもない。ああしないとあの場を切り抜けられなかった以上、仕方のない事だったんだ」

 

そう言って二人を何とか泣き止ませようとした○○だったが、二人は中々泣き止まずに彼は困り果てる事になるのだった。

 

そんな状況であったため、三人とも気付いていなかった。

 

死角で話を聞いていた……聞いてしまった人間が、気付かれる事なくその場から立ち去った事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ――」

 

走る――。

 

「はあっ、はあっ、はあっ――――」

 

走る、走る――――。

 

「はあっ、はあっ、うっ、けほっ――――――」

 

走る、走る――例え息が上がり、呼吸が乱れようとも――――――

 

「はあっ、はあっ、……けほっ、ごほっ……うっ、けほっ…………」

 

友奈は走り続け……寄宿舎の自室に入ると、全速力で走り疲弊した身体から力が抜けたかのように座り込んだ。

 

「○○君の、失明が……私の……せい……」

 

呆然とした表情で俯いて、ポツリと口に出す友奈。

 

訓練場に忘れ物をしてしまった友奈はそれを取りに向かった時、偶然○○と球子、そして杏の三人が話をしていた所に遭遇してしまった。

 

三人の死角になるところで何か話している事に気付いた友奈は声をかけようかとも思ったが、三人が――特に球子と杏の発する重苦しいい雰囲気に気後れしてしまい、そうするのを躊躇ってしまった。

 

そうしている内に失明の真実を問い詰める会話が聞こえてきて、声をかける機会を永遠に失ってしまった。

 

立ち聞きなどすべきではないと分かっていた為にすぐその場を離れようとしたが、『切り札』の反動を肩代わりしたんじゃないかと杏が問い詰める声が聞こえた時、その足が縫い留められたように停止した。

 

そうして息を呑んでいる間にも三人の話は進んでいき、友奈は結局全ての話を聞いてしまう事になった。

 

球子と杏が大泣きし、それを○○が宥めている間にその場を立ち去った友奈は、突き動かされるように走り出し、限界を越えてもひたすら走って寄宿舎の自室を目指し、転がり込むようにして帰り着いた。

 

正直、話を聞いてしまった直後からの記憶が友奈は曖昧になっていた。

 

いつの間にか走り出し、いつの間にか自室へと帰り着いていた――実感としてはそんな感じである。

 

そして、呼吸が落ち着いて来て多少冷静に物事が考えられるようになると、見る見るうちに顔面蒼白になっていった。

 

「私……酒呑童子を降ろした時に二回とも櫛を使ったから……その反動が、全部……○○君に……?」

 

恐ろしい事実を認識し、声が完全に震える。

 

「私が手首の軽い捻挫だけで済んだのは、○○君が反動を肩代わりしたから……二回も肩代わりしたせいで……右目が、見えなく……」

 

友奈は立ち上がり、今にも倒れそうな様子でふらふらと歩を進めると、ベッドへと倒れ込むように伏せ、枕へと顔を埋めた。

 

「私が……私が『切り札』を軽々しく使ったせいで……○○君が……失明したんだ……」

 

そうしてはっきりと口に出して認識すると、友奈はくしゃりと顔を歪めてポロポロと涙を零し始めた。

 

「うぅっ……ああああああぁっ……友だちを、傷つけて……私、最低だ……っ」

 

止め処なく流れる涙は収まる気配が無く、次々と零れ落ちていく。

 

うつ伏せになり、枕で顔を覆った友奈は口から悲痛な声を出しながら泣き続け――結局、その日は一晩中、悲しみに暮れる少女の泣き声が収まる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

球子と杏が○○から真実を聞き出し、友奈が偶然にもそれを聞いてしまった日の翌日。

 

千景は学校へ行くために寄宿舎の自室を出たが、隣の部屋の扉も開いたのを見たので、今日は友奈と一緒に登校できると思い、良い一日になるかもと気分が良くなった。

 

「高嶋さん、一緒に学校に――――え?」

 

「……あっ、ぐんちゃん。おはよう」

 

友奈に声をかけた千景だったが、彼女の顔色を見て続けて言おうとしていた言葉が途切れてしまった。

 

声色こそ何時もと変わらない様に聞こえるが、表情には普段の快活さなど微塵も無い。

 

顔色は青白く、目元は一晩中泣き腫らしたかのように赤くなっており、一目で尋常ではないと分かった。

 

「あの、高嶋さん……大丈夫なの? 顔色が、その……酷い状態だし、調子が悪いなら今日は休んだ方が良いんじゃないかしら……?」

 

心配そうに眉根を寄せて千景がそう言ったが、友奈はあえて呑気に見える様なあくびをして見せ、のんびりした口調で言葉を返した。

 

「あはは、心配してくれてありがとう、ぐんちゃん。でも、ちょっと夢見が悪くて寝不足なだけだから。だから大丈夫!」

 

そう言って何時もの笑顔を見せる友奈は、本当に何でもないかのように表面上は見えた。……顔色の悪さは相変わらずで、そこだけは心底心配だったが。

 

「……そう、分かったわ。でも、調子が悪くなったら何時でも言って?」

 

「うん、分かってる」

 

笑顔でそう言った友奈だったが、千景としては彼女が素直に体調不良を申し出る可能性はかなり低いと見ていた。

 

何せ、入院中であるにも関わらず病院を抜け出し、戦いの場に駆けつける程なのだから。

 

なので、本当に具合が悪くなってきたと思えたら、周りの協力を得てでも友奈を休ませようと千景は心に決めた。

 

そしてその日の昼休み。

 

友奈は机に突っ伏して、多少の物音では起きない程に熟睡していた。

 

「珍しいですね、友奈さんが昼間からこんなに熟睡してしまうなんて」

 

「確かにな。まあ、今日の友奈は顔色があまり良さそうには見えなかったのも事実だが……。千景は友奈と一緒に登校してきたが、朝はどうだったんだ?」

 

「正直、休んだ方が良いんじゃないかと思ったけど……高嶋さんが大丈夫だと言っていたから、心配だったけど様子を見る事にしたわ」

 

「ふんふん。ま、タマたちがその事を分かっておけば、いざという時にフォローは入れられるだろ」

 

「タマっち先輩の言う通り、今日は友奈さんの体調について気を配っていた方が良いでしょうね」

 

「それにしても、昨日はいつも通りだったのに急に体調を崩すなんて……放課後に何かあったのかな?」

 

他の六人も気掛かりな様子で熟睡している友奈を見ていたが、やはり原因までは推測できずに、とりあえず様子を見ようという事になったのだった。

 

そして話題になっていた友奈だが……夢を見ていた。

 

勇者の姿に変身しているが、周囲に仲間の姿は無く一人きりで、辺りも樹海ではなく霧が立ち込めたようなぼんやりとした空間。

 

『何だろ、ここ……みんなも居ないし……』

 

そうして戸惑っている友奈が辺りを見回していると、前方から地面を踏みしめる様な、だが到底人間が行なっているとは思えない様な地鳴りが響いてきた。

 

友奈は咄嗟に地響きのする方向を向いて身構えるが、やがてはっきりしてきたその者の姿に息を呑んだ。

 

『ぼ、ぼんやりしてて姿がはっきりしないけど……お、鬼……?』

 

彼女の言った通り、眼前には不可解な靄で全身を覆われ判然としないものの、全身のシルエットから鬼としか思えない様な異形が存在した。

 

余りに唐突な出来事に一瞬呆然とする友奈だったが、鬼が拳を振りかぶって振り下ろしてきたことでハッとして臨戦態勢に入った。

 

振り下ろされた拳は轟音と共に地面に叩きつけられ、爆発でもしたかのように瓦礫を四方に飛ばした。

 

寸での所でそれを回避した友奈は自身も拳を鬼の胴体に打ち込んだが……相手にまるで効いた様子は無く、逆に彼女が自分の拳を痺れさせる結果となった。

 

『ぜ、全然効かない……こうなったら『切り札』を使うしか――――』

 

そこまで口に出した友奈だったが、その瞬間右目の視力を喪失した○○の姿がフラッシュバックする様に脳裏に過ぎった。

 

彼が失明したのは自分のせいなのに、その自分が『切り札』を使う資格があるのか――?

 

そんな考えが友奈の頭の過ぎり、身体の動きが硬直して危険なほどの隙を晒した。

 

そして、そんな状態の友奈を見逃すほど鬼も優しくはなかった。

 

掬い上げる様な拳の一撃をまともに受けてしまった友奈は、十数メートルもの距離を吹き飛ばされ、まともな受け身も取れずに地面に叩き付けられた。

 

『う……あ……た、立たなく、ちゃ……』

 

何とか立ち上がろうとした友奈だったが、顔を上げて鬼の方を見るのが精一杯で、身体は全く言う事を聞いてくれない。

 

そして、動けない友奈に対し鬼がすぐさま距離を詰めてとどめの一撃を加えようとしたが――――

 

唐突に、今まで影も形も無かったはずの○○が現れてその結界で鬼の拳を弾いた。

 

『え……どうして○○君が……?』

 

その言葉に○○は答えずに、鬼の気を逸らしながらも場所をジリジリと移動し、友奈から少しずつ離れていく。

 

『あ……ま、待って……!』

 

まるで動けない自分を守るため、鬼を自分に引き付けているような動きを見せる○○に、友奈は弱々しく呼びかける。

 

だがその言葉は彼には届かず、鬼は○○を倒そうと拳を振り回し、彼はその拳を往なし、受け止め、何とか友奈から引き離そうと立ち回る。

 

しばらくそんな状態が続いたが、遂に状況に変化が現れた。

 

鬼が○○の結界の弱点を見破ったかのように渾身の一撃を見舞い、結界を完膚なきまでに破壊してしまったのだ。

 

結界を破壊した拳はそれだけでは止まらず、○○をも捉えてその体を友奈の時と同様に吹き飛ばした。

 

拳を受けた彼の身体は枯葉のように巻き上げられ、そのまま地面にぶつかった。

 

『嫌だ……嫌だよ……○○君、起きて……ねえ……!』

 

友奈は倒れ込んだ○○に必死に呼びかけたが、自分も先程のダメージが未だに抜けきらずに動くことも出来ない。

 

そして、そんな彼女の呼びかけを嘲笑うかのように、鬼は倒れ込んだ○○をむんずと片方の手で鷲掴みすると、その顔をしげしげと眺めた。

 

そして、もう片方の手で何かを摘まむような動作を見せ、それを彼の右目へと近づけていく。

 

『何を……嫌だ、止めて、お願いだから止めて……○○君、○○君!!』

 

最悪の想像が頭を過ぎり、必死になって叫ぶ友奈。

 

だが、そんな呼びかけなど鬼は意にも介さず――――その手で、彼の右目を抉った。

 

『――――――――――あ、あぁ……』

 

ぐったりとして動かない○○、彼の血でその手を濡らす鬼、そして倒れたまま何もできなかった友奈。

 

鬼は掴んでいた○○を離すと、もはや用は無いとばかりに一顧だにせず、友奈へと再び近づいてきた。

 

だが、鬼が一歩一歩近づくごとにその姿は変化していき……友奈の目前に来た時には、全く別の姿へと変わっていた。

 

酒呑童子を降ろした、友奈自身の姿に。

 

友奈の姿になった鬼は、その血に塗れた手を差し出し、友奈にしっかりと見せつけた。

 

抉りだされた、○○の瞳を。

 

『見ていたでしょう? という訳でさ……彼が右目の光を失ったのは、あなた(私)のせいだよ』

 

『あ、あぁ…………』

 

言葉を失い、もはや呻くことしかできない友奈。

 

そんな彼女に、友奈の姿になった鬼は追い討ちをかけるように言葉を紡ぐ。

 

『反動を二度も肩代わりしてもらって……そしてそれを、全く知らなかった。そんな人間が、果たして勇者なんて呼ばれる資格があるのかなぁ……? あなた(私)もそう思わない?』

 

まるで世間話でもしているかのような、極めて呑気な口調。

 

しかしその内容には致死量の毒が含まれており、事実それは友奈の心をズタズタに引き裂き、絶望の呻きを上げさせた。

 

最早言葉を発せなくなるまでに打ちのめされた友奈は俯いて涙を流すのみだが、友奈の姿になった鬼は、徹底的に友奈の心を打ちのめそうとする。

 

『いや、勇者とかそんな問題じゃないよねぇ……もうさぁ、彼の仲間でいる、ましてや友だちでいる資格なんて、あなた(私)には無いよ』

 

心底呆れたような表情でそう口にし、友奈に背を向ける鬼。

 

そして、最後にこう口にした。

 

『彼はこれから苦しみ続けるんだろうね……鬼の呪いで目を失ったんだもの。それもこれも全部、あなた(私)のお陰だねぇ♪』

 

背を向けて去っていく鬼だったが、もはや友奈には立ち上がる気力も、ましてや追いかける気力も残っていなかった。

 

『うっ、うぅっ…………あ、ああああああああぁぁ…………ごめん、なさい……○○君……私、私の、せいで……っ』

 

倒れ込んだままの友奈が、自身の絶望に呑まれて悲痛な声をあげて懺悔する。

 

誰の助けも来ない夢の中で、彼女は自身を責め、泣き続けるしかないのだった。




友奈への精神攻撃(ガチ)!

友奈の心はズタズタに引き裂かれた!

という訳で、不穏の極みである前編です。

ま、まあ、主人公が何とかするでしょう……いや、します(断言)

このままだと、友奈の心が死んでしまいますし……(震え声)


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桜花の章(後編)

勇者の章BD-BOXが来たお陰でテンションが上がり、こんなに早く後編が書けました!

いやもうホント……すごくすっごいです(語彙力散華)

まだ買ってない人は是非ともお買い求め下さい!(ダイマ)

ではでは、後編をどうぞ~


「――――――――――ぁ」

 

教室の、自分の机に突っ伏して眠っていた友奈の口から、そんなか細い声が漏れ出た。

 

友奈に気を配っていた千景が最初にそれに気付き、他のメンバーも彼女に釣られるようにして友奈に視線を向けた。

 

「――――――ぁ、ぁあ…………いやあああああああああああああああぁっ!!!?」

 

しかし、静かな目覚めとはならずに、現実にはその真逆の出来事が起こった。

 

友奈は苦し気なうめき声を上げると、そのまま絶叫と呼べるような悲鳴を上げ、椅子を蹴倒すかのような勢いで飛び起きた。

 

そして、そのまま力が抜けたかのように椅子から転がり落ち、床にへたり込んでしまった。

 

その余りに壮絶な悲鳴を目の当たりにした他の六人は一様にギョッとした表情を浮かべて凍り付いたが、すぐさま気を取り直すと床に座り込んで息を荒げている友奈のもとに駆け寄った。

 

「高嶋さん、大丈夫!?」

 

「ホントにどうしたの、高嶋さん!? 何か朝から調子が悪かったって聞いたけど……嫌な夢でも見たの?」

 

千景と○○が心底心配している様子で友奈に尋ねるが、彼女は息を荒げつつも力ない笑みを浮かべて首を横に振った。

 

「う、ううん、何でも無いよ? だから心配しないでほしいな」

 

「そんな絶叫をあげておいて、何もないなんて言葉は流石に無理があるんじゃないですか、友奈さん?」

 

ひなたは何かに脅えるように震えている友奈の様子を見逃さず、険しい表情をしながらも彼女を案じていた。

 

「ひなたの言う通りだぞ、友奈。だから、今日はもう帰宅した方が良い。みんな、友奈の帰り支度を――」

 

そこまで若葉が言った所で、各々のスマホから聞きなれた、だがいつまで経っても緊張感を強いる音色が流れ出した。

 

「マジか……このタイミングで樹海化とか……バーテックスめー、空気読めよなぁ……」

 

「今回は特に間が悪いよね……でも仕方ないよ、早速準備しないと」

 

球子の愚痴に杏も同意したが、それはそれとして全員に準備を促した。

 

因みに樹海化が始まった時点でひなたは現実世界へと一人隔離されたので、危険が及ぶ可能性は限りなく低い。

 

全員が次々と勇者へ変身していき、戦闘態勢を整えていく。

 

しかし――――

 

「あ、あれ……? 何で、ど、どうして……!?」

 

友奈は勇者アプリを起動させようとして出来ず、画面に表示されたエラー表示に困惑と焦りを露わにした。

 

何度アプリを起動させようとしても、耳障りな警告音と共にエラーメッセージが表示される。

 

こんな事は、初陣において恐怖で竦んでしまい、何とか自分を奮い立たせた杏以外陥った事が無い状態である。

 

友奈以外の全員が互いの顔を見合わせる中、リーダーの若葉は決断した。

 

「友奈……どうも今のお前は精神が乱れに乱れている可能性が極めて高い。先程絶叫をあげて飛び起きたのも、それに関連しているんだろう。……だから、今回はここで待機だ。そして、○○には友奈の護衛を頼む」

 

「待って、若葉ちゃん! お願い、もうちょっと、もうちょっとだけ待って……!」

 

友奈は焦りを滲ませながら何度もアプリを起動させようとするが、返ってくるのは来るのは無常なエラー音のみ。

 

そんな友奈を痛ましそうに全員が見るが、残念ながらバーテックスは待ってくれない。

 

「高嶋さん……今回は、私達に任せて? そしてまた後で、しっかりと原因に対処しましょう?」

 

「ぐんちゃん……」

 

「そうそう、千景の言う通り。ま、アイツらはタマ達がパパーッとやっつけて来るからそれからまた何とかしよう!」

 

「友奈さん、今回は私達を信じて待っていてくれませんか? 心配でしょうけど……でも、きっと無事に戻りますから」

 

「タマちゃん、アンちゃん……」

 

それぞれが友奈を気遣って言ってくれたが、それがまた友奈には辛かった。

 

辛そうな表情で俯いた友奈だったが、顔を上げると若葉を始め、皆へと頷いた。

 

「……分かったよ、今日はお留守番だね。みんな……気を付けてね?」

 

「ああ、勿論。全員で無事に帰ってくるさ。○○、友奈の事を頼んだぞ」

 

「了解。俺も、みんなの無事を祈ってる」

 

その言葉に○○と友奈以外の全員が頷くと、レーダーに表示されているバーテックスの出現地点に向けて飛び出していった。

 

そのまま○○はレーダーを注視し、若葉たちが接敵してバーテックスの移動が止まったのを確認すると、友奈の様子を窺った。

 

友奈は唇を噛み締め、悔しさと悲しさが混ざった様な複雑な表情をしていた。

 

「高嶋さん……今回の事は、あんまり気に病まない方が良いよ。心のバランスが崩れる事だって、あり得ないとは言えないんだからさ」

 

「○○君……」

 

心のバランスを崩したのは自分の行いが原因で、それを彼も知っているのに欠片も恨み言を言ったり態度に出したりしない。

 

そもそも、あの時言っていたように本心から気にしていないのだろう。

 

気を抜くと、彼の心の持ち方に甘えて寄りかかってしまいそうになると、友奈は感じていた。

 

泣いて許しを乞えば、彼は何でもない様に許す――いや、そもそも友奈の責任だとすら思わないだろうから。

 

だから友奈は、何でも無いと誤魔化すように笑った。……いつもと同じように見える、しかし間違いなく違う笑顔で。

 

「あはは、心配してくれてありがとう。……でも、本当に大丈夫だから」

 

「……分かった。なら、今は前線の様子を確かめる事に集中しようか」

 

納得しかねる表情の○○だったが、現在の状況を鑑み、若葉たち前線組の様子を注視する事と――友奈の護衛にも集中した。

 

バーテックスとの戦いは、予想外の出来事が当たり前に起こるのが常なのだから。

 

それから数分、レーダーに表示されているバーテックスは見る見るうちに殲滅されていき、もう半分も残っていないと思われる。

 

順調だと○○も友奈も気を緩めそうになったが、油断大敵とばかりに互いの顔を見合わせて頷いた。

 

――――その心の持ちようが、結果として二人を救う事になる。

 

「…………? 何か、今ちょっと揺れたような……?」

 

「高嶋さんもそう感じた? じゃあ俺の気のせいじゃない――――危ないっ!!」

 

え、と友奈が呟いたその時。その友奈に○○が飛びついて庇うようなしぐさと共に転がった時。

 

先程まで友奈がいた場所の地中から、進化体バーテックスと思われる個体が奇襲の様にして地面を突き破って現れた。

 

まるで海面から飛び出してきた魚を彷彿とさせる光景であるが、バーテックスはそんなに可愛げのある存在ではない。

 

あれだけの質量の物体にあんな速度で衝突されれば、勇者といえど命があるかどうか危ういと○○は息を呑む。

 

まして此処には勇者に変身できずにいる友奈も居るのだ。そういう状況であったので、○○は友奈の手を取るとすぐさま逃走に移った。

 

「高嶋さん、行くよ! このままここに居たらまず君から殺される事になる!」

 

「う、うん! 私はみんなに連絡して応援を呼ぶから!」

 

「頼んだよ!」

 

直ぐに逃走に入った○○と友奈だったが、現在の友奈は勇者に変身できていない。

 

つまり、神樹の力によるサポートも無くなっているので、中学二年生女子として相応の身体機能しか無いという事になる。

 

勇者たちは戦闘訓練を受けているため、普通の女子中学生よりはマシではあるが、この状況では気休めになるかならないかといったレベルでしかない。

 

「くそっ、追い付かれた! 高嶋さん、俺の後ろに隠れて!」

 

「で、でも――――わ、分かったよ……」

 

焦りの表情を浮かべて一切余裕のない様子の○○の姿に、友奈も黙って従うしかなかった。

 

自分を守って○○が傷つく姿など見たくないというのが本音だったが、それは自分の我が儘に過ぎないというのも分かっていた。

 

なので、一刻も早く若葉たちが来ることを望んでいたが、彼女たちの状況も芳しくないようであった。

 

「若葉ちゃん、こちらは進化体バーテックスの奇襲を受けて逃走中です! 救援を……早く○○君を助けて、お願い……!」

 

『何だって!? くっ……済まない、こちらも足止めを喰らっているんだ! 片付き次第二人の救援に向かうから、それまで何とか持ちこたえてくれ!』

 

『もしかしたら……私達が距離を取って二手に分かれたのを見て、数が少ない○○さんと友奈さんの方に奇襲をかけたのかもしれません。倒しやすい方から倒す……戦術の基本ではあります……!』

 

『マジか、あんず……バーテックスが、そんな人間みたいな事をしたってのか?』

 

『議論は後よ! 早くこいつ等を倒して、二人を助けに行かないと……!』

 

漏れ聞こえる声からも、向こうが大変な事になっているのは分かった。

 

友奈が話している内に○○は進化体バーテックスが突撃してきた隙を突いて結界をぶつけ、逃走を再開するだけの隙を生じさせる。

 

一瞬よろめいたバーテックスが体勢を立て直すより早く友奈の手を取ると、再び逃走に徹する。

 

反撃手段がない以上、立ち止まってはじり貧になるので、若葉たちが救援に現れるまでは逃げ続けるしかない。

 

そうして逃走開始からおよそ十分ほど経ったとき、二人に若葉たちから連絡が入った。

 

『こちらのバーテックスは全て片付けた! 今から二人のもとに向かう!』

 

簡潔なメッセージを力強く伝えてくる若葉。

 

友奈は○○に手を引かれて走り回っていたので息が上がり気味だが、若葉からの連絡で精神的に余裕が出てきたのか、○○を励ますように声をかけた。

 

「○○君、若葉ちゃんたちがもうすぐ来てくれるって! あとちょっとだけ頑張ろう!」

 

「よし、それならこっちからも若葉たちに近づこう! 若葉たちがバーテックスに追われていないなら、俺たちが敵を連れていても挟み撃ちされるような事態にはならないはずだ!」

 

○○はそう言って、若葉たちと合流すべく逃走経路を変更した。

 

樹海を走り回り、進化体バーテックスの攻撃を躱し、あるいは防ぎつつ合流を目指す。

 

そして、若葉たちの姿を肉眼でも確認できる距離まで接近したその時――――。

 

追撃してきていた進化体が、再び地中からの襲撃を敢行してきた。

 

○○も友奈も、慌てることなくその攻撃を躱したのだが……今回は、幸運の女神は二人に……正確には○○に微笑まなかった。

 

むしろ、不幸を運んでくる何かしらに好かれてしまったというべきだろうか。

 

確かにバーテックスの巨体は躱した○○と友奈だったが……地面が高速で砕かれた為に、その破片が○○目がけて飛んできたのである。

 

「いっ……!? ぐっ、くそ、何が起こった……!?」

 

顔に何かがぶつかって途轍もない痛みが生じたが、かといって逃げるのを止める訳にはいかない。

 

○○は気にせず友奈の手を引いて走り続けるが、○○の現在の状態は、ただでさえボロボロな友奈の精神状態を更に痛めつける事となった。

 

「あ……あぁ…………○○君……右目が、抉れて……血が……こんな、何で……酷い……!」

 

友奈の言う通り、先程飛んできた破片の影響によって、○○は右目を……もともと失明していたとはいえ、物理的に失った。

 

破片が当たった右目からは血が流れ落ち、怪我の深さを物語っている。

 

直前に夢で見た通りの状態になってしまった○○を見て、友奈は心がバラバラになりそうなほどの衝撃を受けていた。

 

(まただ……私が変身できなかったから……私のせいで……また私のせいで、○○君が怪我を……っ)

 

当然、友奈のせいなどではないが、タイミングが余りにも悪かった。

 

○○の失明の真相を知り、さらに悪夢を見て心が弱っている時に、追い討ちをかけるようにこんな事が起きてしまったのだから。

 

「高嶋さん、気をしっかり持って! あと少し、あと少しで皆と合流できるから!」

 

「え……あ……う、うん」

 

必死な表情で友奈を励ます○○に、彼女は気の抜けたような返事しかできなかった。

 

○○の顔面は、右半分が目の負傷により血塗れになっており、その有り様は右腕を失ったあの時の様子を彷彿とさせるものがある。

 

それでも二人は走り続け、途中で何度も危ない目に遭いつつも若葉たちと合流することに無事成功した。

 

当然ではあるが、合流した四人は右腕喪失以来となる○○の重傷に身体の芯が冷える様な恐怖を味わい、次いでそんな惨状をもたらした進化体バーテックスに激烈な怒りを向けた。

 

「――――斬り捨てる!」

 

「――――死になさい、今すぐに……!」

 

「――――バーテックス……お前らいい加減にしろぉ……ッ!」

 

「――――絶対に許さないっ!」

 

四人はそれ以上何かを言う事も無く、○○と友奈を追っていた進化体バーテックスに攻撃を開始する。

 

怒りを抱きつつも我を忘れず、的確に連携して相手を追い詰める様は流石と言うべきか。

 

この進化体は未だに完成度が低かったのか、それとも元々の耐久度が低かったのか不明だが、四人の連携攻撃に効果的な反撃が出来ず、十分も持たずに原型を失って通常体に戻り、それもあっという間に殲滅されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘が終わって樹海化が解けると、○○はすぐさま病院に担ぎ込まれて緊急手術を受ける事となった。

 

幸いと言うべきか、命に係わる様な怪我では無かったが、それでも重傷には間違いない。

 

手術は無事終わったが、流石に今の○○は手術が終わったばかりという事で麻酔が効いているので話す事は出来ないし、面会も謝絶である。

 

少女達は後ろ髪を引かれる様な思いをしつつもその日は解散し、寄宿舎の自室へと戻ったのだった。

 

翌日、○○が居ない教室で少女達は、大社から○○の容態の連絡を受けたひなたの説明を受けていた。

 

「○○君の眼球は……昨日の戦闘中、右目に衝突した破片によって完全に損傷したそうです……。元々、『切り札』の反動による視力喪失でしたので、その回復は絶望的を言われるほど低かったですが……これで回復の見込みは……完全に、無くなっただろう、と……」

 

ひなたの言葉を聞いた少女たちだったが、やはり感情がその理解を拒んでいた。

 

「それは事実なの、上里さん……? 医者や大社がおかしな希望を持たせない様に、悲観的な予想をしたという可能性もあるんじゃないかしら……?」

 

「そ、そうだな、千景の言う通りだ! た、タマ達が希望を持ち過ぎないようにしてるんだろ?」

 

千景と球子が信じられない……いや、信じたくないといった様子で、ひなたに懇願する様に問いかけた。

 

「いや……それは無いだろう、意味が無い」

 

若葉がポツリとそう零し、球子と千景は反射的に彼女の方を向いた。

 

特に千景の方はその眉根を寄せて表情を険しくし、まるで相手を貫かんばかりの鋭い眼差しをしている。

 

「どうしてそう言い切れるの、それは可能性は低いのかもしれないけど」

 

抗弁する様に千景が言ったが、若葉の意見を杏が補足する様に自分の意見を述べた。

 

「○○さんが治らないとなれば、当然私達の心は乱れるでしょう……戦闘にも支障をきたすかもしれません。そう考えると、私達を不安にさせる様な嘘を言うのは、若葉さんが言う様に意味がありません。ですから……真実の可能性の方が高い、と考えられるんです……」

 

暗い表情で自身の見解を披露した杏に、全員が一言も無く黙った。否定する材料が見当たらないといった所だろう。

 

そんな、悪い知らせから始まった一日だったが、それでも時間はいつも通り流れていく。

 

その次の日には○○が目を覚まし、怪我も回復に向かっているという知らせが入り、ホッとした空気が全員の中に流れた。

 

ただし、それは正確な表現では無かった。

 

友奈はホッとした様なフリをしていただけで、内心は罪悪感と自己嫌悪で一杯になっており、周囲の雰囲気に調子を合わせただけだった。

 

自室などで一人になると、独り言を呟いて自分を責めるという日が何日も続いていた。

 

「私のせい……私のせいで……取り返しのつかない事に……ごめんなさい……ごめん、なさい……」

 

そんな、自分を責める内容の言葉を静かに泣きながら繰り返す毎日。

 

そんな彼女は、さらに追い打ちをかけられるかの様に連日悪夢に襲われていた。

 

「ぅ……うぅ……う、あぁ…………うあっ! ………………はぁっ、はぁっ、はぁっ……うっ……」

 

悪夢の内容は様々だったが、共通しているのは自分の無力さが原因で○○が取り返しのつかない怪我を負う事だった。

 

その度に飛び起きる破目になっているので、疲れもなかなか取れず、よりネガティブな方向へと思考が向かってしまいがちになっていた。

 

遂に、眠る事が怖くなってしまう程には悪夢を恐れるようになっていた。

 

当たり前だが、そんな生活を続けていて何事も無く済むはずが無い。

 

その日、友奈は学校へ行く支度を整えたので、玄関へと向かっていた。

 

「さてと……そろそろ学校に行かないとね」

 

そう言って靴を履こうとした瞬間、ぐわんと友奈の視界が揺れた。

 

「あ、れ……え、何、が……」

 

そう言っている間にも視界の揺れは酷いものになっていき、それでも友奈は何とかバランスを取って立ち直ろうとする。

 

しかし、そんな彼女の努力を嘲笑うかのように身体から力が抜け、そのまま倒れ込んでしまった。

 

割と大きな音を出して倒れ込み、そのまま起き上がれなくなる。

 

「……うぅ…………あは、は……どうしよう……」

 

友奈らしくも無い、酷くどうでもよさそうな語調の言葉が口を吐いて出て来る。

 

このままずっとこうしているのも良いかも、などという彼女からは考えられない様な思考が頭の中をぐるぐる廻るが、そんな事を考えているとインターホンが鳴らされ、次いで恐る恐ると言った感じで玄関が開いた。

 

「あの、高嶋さん……? さっき、何だか大きな音がしたみたいだけど、大丈夫――――高嶋さん!?」

 

隣の部屋の千景が、先程友奈が倒れた時の音を聞きつけ様子を見に来たが、玄関に倒れている彼女を発見して血相を変えて抱き起した。

 

「高嶋さん、何が……って、酷い顔色……それに目の隈も酷い事に……今日はもうこのまま休んだ方が良いわ。これ以上無理をしても、良い事なんて何もない……ね、そうしましょう……?」

 

「ぐんちゃん……うん、分かった……今日はもう、休むよ……」

 

「連絡は私がしておくから、高嶋さんは何も心配しないでこのまま休んで?」

 

千景は労わる様な口調でそう言って、友奈にベッドの所まで肩を貸して行った。

 

そして寝間着への着替えを手伝い、友奈がベッドに入ったのを見届けると、今日はこのまま一緒に居ようかと友奈に問いかけた。

 

「あはは……さすがにそれは悪いから……ぐんちゃんにはちゃんと学校に行ってほしいな」

 

「でも…………分かったわ、何かあったら私でも他の誰かでもいいから、何時でも連絡してね」

 

「うん……行ってらっしゃい」

 

千景は終始心配そうな表情を崩さなかったが、最終的に友奈の言葉に背を押されるようにして部屋を後にした。

 

ベッドに横になって、ぼうっと天井を見上げる友奈。

 

千景の気遣いに触れたからだろうか、あれだけ眠るのが怖かったはずなのにうとうとと眠気が襲ってきて、ぼんやりしてくる友奈。

 

「ぐんちゃん……ありがとう……」

 

ポツリとそう呟き、友奈はこれまでの睡眠不足の影響もあって、夢すら見ない深い眠りへと落ちていった。

 

日が南に昇り、西に傾いていき、もう西日が強くなるという時間帯。そんな時間帯になっても友奈はぐっすりと眠り続けていた。

 

しかし、いくら身体の調子が悪くとも本能には抗えないというべきか……彼女のお腹が不平不満を訴えて、くぅーと可愛らしい音を鳴らした。

 

「ん……ぅん…………お腹、減ったなぁ……久しぶりかも、素直に何か食べたいと思うなんて……」

 

空腹で目が覚めた友奈は、ベッドの中で微睡んだ思考のままそんな事を考えていた。

 

実際、○○の反動の真実を聞いたあの日から食欲も減退していたので、その通りではあったのだが。

 

そんな事をつらつらと考えていた友奈だったが、インターホンが鳴ったので朝から大分良くなった身体を慎重に動かして玄関を開けた。

 

「高嶋さん、身体の調子はどうかしら……?」

 

「大分いい感じだよ、ぐんちゃん。お腹減っちゃったから、何か食べようかなって考えてた所なんだ」

 

そんな会話をしながら、千景を部屋の中に招き入れた友奈。

 

千景もそんな友奈の様子に薄い笑みを浮かべ、丁度良かったとばかりに持って来ていたある物を友奈に見せた。

 

「そう、なら良かった……。それなら、これも食べられそう?」

 

「これは……病人用のうどん、かな?」

 

「ええ、上里さんに教えてもらいながら作った卵うどん。うどんは消化にもいいし、身体も温まる。卵を入れれば栄養も摂れるし、体調の悪い人に最適だって言われて」

 

そう言って、持ってきたうどんを温め直して友奈に差し出す千景。

 

「私の為に……? ありがとう、ぐんちゃん……ひなちゃんにもお礼、言わないとね」

 

「私から伝えておくわ。今はこれを食べて、しっかり栄養をつけないと」

 

「うんっ、いただきまーす」

 

そう言って、ツルツルとうどんを啜っていく友奈。

 

空腹の身体が喜んでいるような感覚を覚えつつ、夢中で食べていく。

 

最近は食事が余り美味しいと感じられなかったが、今回は以前と同じようにぺろりと平らげられた。

 

「おいしかったー! こんなに美味しいうどん食べたの初めてかも!」

 

「ふふっ、言い過ぎよ、高嶋さん。でも良かった、食べられるくらいには元気になったみたいで」

 

「えへへ……心配かけてごめんね」

 

「気にしないで。……それじゃあ、余り長居すると休めないだろうから、今日はもうお暇するわ。それじゃあ、また」

 

「うん、じゃあねー」

 

食器の類を片付けた千景は友奈の部屋を辞し、自分の部屋へと戻っていった。

 

友奈は千景が居なくなった後もしばらくは起きていたが、やがてお腹がすっきりしてくると再び横になって眠り始めた。

 

しかし――――

 

「うっ……あ、う…………ぐ、ぅあ…………………………ぁああああっ!?」

 

他の部屋まで聞こえる様な大声こそあげなかったものの、友奈は再び悪夢にうなされて飛び起きると、ぜいぜいと荒い息を何度も吐いた。

 

「はあっ、はあっ、はあっ…………○○君が……し、死んでっ…………うっ!?」

 

今までの悪夢では現れなかった○○の凄惨な死に様が再び思い出され、その姿に胃の中身がせり上がってくるような感覚に友奈は襲われた。

 

未だ回復していない不調な身体を何とか動かし、口元を抑えながらフラフラとトイレに向かう友奈。

 

「うっ……おえっ……けほっ、ごほっ…………う、ええええぇぇ……はぁ、うっ、ごほっ……」

 

トイレにたどり着いた友奈は、そのまませり上がって来た胃の中身を吐き出し、えづき続けた。

 

苦しさの余り涙や鼻水まで出て来るが、そんなものを気にかける余裕など無い程の苦痛だった。

 

「うっ……ぅえ…………ぐんちゃ、ん……ひなちゃ、けほっ、ん…………せっかく、作って来て……くれた、のに…………うぐっ、ぅえ……ごめ、なさ…………うえ、ええええぇ……っ」

 

吐きながら泣いているのか、泣きながら吐いているのか、もはや友奈本人にも分からない程に吐き続けた。

 

胃が空になって吐き出すものが無くなってもえづき続け、それと連動する様に涙も止め処なく溢れ続ける。

 

結局、空が朝日で白み出す頃にやっと吐き気は収まったが、その時には友奈も体力を消耗しきってフラフラの状態となり、それでも汚れた口の周りを洗おうと洗面台へと向かった。

 

ふら付きつつも洗面台にたどり着いた友奈だったが、設置された鏡に映った自分の顔の余りの酷さに自嘲する様に笑うしかなかった。

 

「……ひどい顔だなぁ……幽霊みたい……あ、はは……私には丁度いいのかも……○○君は、もっと辛いんだもん……」

 

そう言って口を濯いだ友奈は、ふら付く身体を何とか支えながらベッドに戻り、床に就いた。

 

悪夢についての恐怖は未だにあったが……あれは自身に科せられた罰なんだと言い聞かせた……いや、思い込んだ。

 

今度は右目を物理的に失い、未だ入院している○○。

 

血に塗れた顔で激痛に苛まれただろうに、変身できず戦えない自分の手を引いて無事若葉たちと合流を果たした。

 

その彼に、代償を押し付けていた自分。

 

消えてしまいたいほどの自己嫌悪に苛まれ、友奈は枕に顔を埋めながら泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

友奈はあれからずっと学校を休んでいたが、千景は毎日友奈のもとを訪れて甲斐甲斐しく世話をしていた。

 

しかし、当の友奈は段々と弱っていくように見え、千景としては病院に行くことを何度も勧めていた。

 

その度に友奈は頑として拒否していたのだが、理由を聞くと彼女は口を閉ざした。

 

ここまで頑なになったのは何故だろうかと千景は首を捻ったが、すぐに聞き出す事については諦め、ゆっくり、少しずつ話をしていこうと思っていた。

 

そんな千景がいつも通り友奈の部屋のインターホンを鳴らしたが、数分待っても音沙汰がない。

 

もう一度鳴らしても返事が無かったので、寝ていて気付いていないのかと思い、ドアノブを引いてみた。

 

アッサリと開いた玄関の中を恐る恐る確認するが、見回すうちにおかしな事に気付いた。

 

「高嶋さんの、普段履き用の靴が無い……?」

 

不審に思った千景は、悪いと思いつつも友奈の部屋の中に入り本当に彼女が居ないのか確認した。

 

だが、やはりどこにも友奈の姿は無く、机の上にスマホと二つに折りたたまれた手紙らしきものが置いてあるだけだった。

 

「……高嶋さん、ごめんなさい」

 

少しでも手掛かりが欲しいと思った千景はその手紙を読んだが、短く簡潔なその内容を理解すると、寄宿舎に居る全員に連絡を取って友奈の部屋に来るように言った。

 

丁度良く全員が寄宿舎に居た為に数分で友奈の部屋に集合できたが、やはりいきなり呼び集められて全員が困惑していた。

 

「それで千景、どうしたんだ? 大至急、友奈の部屋に来いとは」

 

呼ばれた四人を代表して若葉が問いかけたが、千景は険しい表情のまま友奈が書いたと思われる手紙を全員から見えるように机の上に置いた。

 

「こちらの手紙は友奈さんが? ええと…………わ、若葉ちゃん……これは……!」

 

「なっ……どうして友奈が……!?」

 

「友奈も気付いてたんだな……最近、具合が悪そうだったのはコレのせいだろーな……」

 

「友奈さん……全て自分の責任だって思い込んでしまったんですね……」

 

手紙には自分が原因で○○が失明した事、それを謝罪……いや、懺悔する内容が繰り返し、何度も書かれていた。

 

所々文字が滲んでおり、泣きながら書いたのではないかと察するのは容易だった。

 

「私以外全員が、○○の身代わりを知っていたみたいなのは腹立たしいけど……まあ、いいわ。で、乃木さん、上里さん。この高嶋さんが書いた手紙の内容……真実なのよね?」

 

虚偽は絶対に許さないとばかりに鋭い視線を若葉とひなたに向ける千景。

 

「……ああ、間違いない。○○自身から聞いたし、ひなたは○○が失明する瞬間を目撃しているんだ。勘違いしようも無いだろうな」

 

目を伏せながら言った若葉に対して、千景は激情から掴みかかりそうになったが、何とか自制して大きく深呼吸をするだけで止めた。今はそれよりもやるべき大切な事があると考えて。

 

「……言いたい事は色々あるけど、今は置いておくわ。それよりも、高嶋さんを一刻も早く探さないと」

 

千景が焦りを滲ませながらそう言うと、他の四人も賛同した。

 

「友奈がスマホを持ってればレーダーですぐに分かったのだろうが……行きそうな場所を虱潰しに探すしかないか……?」

 

「そうするしか無いでしょうね。それに、出来るだけ早く友奈さんを見つけないと、大変な事になりかねません」

 

「大変な事ってなんだ、ひなた? そりゃ友奈の心が相当マズいってことはタマも分かるけど」

 

「タマっち先輩、友奈さんは今スマホを持っていないから……もしそんな状態で樹海化なんて起こったら命の危機だよ。勇者の適性がある人は樹海化が起きても現実に隔離されないから……」

 

杏のその言葉を聞き、全員が一刻も早く友奈を見つけなければと心に定めた。

 

五人でそれぞれ別方向を担当する様に区割りを決めると、それぞれの担当範囲に向けて駆け出した。

 

千景は周囲に目を配りながらもスマホを取り出し、○○へと電話をかけた。

 

数コールで○○は出て、どうしたのか千景に問いかける。

 

『はい、もしもし。ちーちゃん、どうかした?』

 

「ええ、緊急事態よ。実は、高嶋さんが――――」

 

それから千景は経緯を簡潔に説明し、○○に協力を求めた。

 

といっても、未だ入院している○○を捜索に駆り出すなんて真似は流石にやらない。

 

「もしかしたら、高嶋さんがあなたの所にいくかもしれないわ。可能性としては低いと思うけど……もし病院で見かけたら、すぐ私達に知らせて欲しいの」

 

『分かった。今からざっと病院内を見て回ってみる。何かあったら連絡するから』

 

「お願い、私も高嶋さんを見つけたらすぐ知らせるわ」

 

そう言って千景は通話を終え、友奈を探す事に専念するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高嶋さん……」

 

沈痛な表情でポツリと呟いた○○。

 

どうやって代償を引き受けていた事を知ったのか分からないが、彼女の心境は察するに余りあると○○は考えていた。

 

あれだけ周囲の人間を大切にしている彼女なのだから、言葉に尽くせない位の衝撃を受けただろうと。

 

そんな事を考えながら病室を出て、入り口のロビーまで降りてきた○○。

 

外来の患者が多くいるが、当然と言うべきか友奈の姿は見当たらない。

 

「って、こんな所に居る訳ないっての」

 

そう言って自嘲する様に鼻を鳴らした○○だったが、不意に周囲の音が消え失せた事に気付いた。

 

「……マジですか。タイミング悪すぎ……」

 

険しい表情で溜め息を吐いているとスマホから樹海化警報が鳴り響き、バーテックスとの戦いが起こる事を知らせてくる。

 

樹海化していく空間を走って病院から外に飛び出し、勇者への変身を済ませた○○はレーダーを見て他の面子が居ない方角へと走り出した。

 

単独行動は非常に危険だが、友奈の行方を不明なままにしておく方が論外である。

 

変身が出来ない状態では、一番弱い星屑にさえ抗えないのだから。

 

「高嶋さーん!!」

 

友奈の名前を大声で叫びながら辺りを見回す○○。

 

早く見つけなければと焦燥感に駆られながら走り回っていると、ある物を見つけた。

 

「これは……高嶋さんがいつも着けてたヘアピン……」

 

友奈がいつも身に着けていた、桜をあしらったヘアピンを○○は発見した。

 

この近くに居る可能性が高いと考えた○○は、周囲を見回し、そして聞こえてくる音にも耳を澄ました。

 

「――――――あっちから、何か聞こえる」

 

レーダーでその方向を確認したが、自分以外のメンバーは誰も居ないはずの場所になっている。

 

そうなると、誰が居るのか――――考えるまでも無いだろう。

 

そして、自分に一番近い位置にいた千景に、自分の周囲に友奈が居る可能性が高い事を伝えて一緒に探してもらおうと応援を要請した。

 

連絡を終えた○○は捜索に専念し――――数分後、多数の通常体バーテックスに追われている友奈を発見した。

 

今にも友奈に追いつきそうになっていた通常体を結界で阻み、弾き飛ばす。

 

弾き飛ばされた通常体が更に別の個体にぶつかって団子状態になってしまい、一時的に動きが止まる。

 

それを確認した○○は何が起きたか分からないといった様子の友奈の手を取ると、以前と同じように手を引いて逃走を開始した。

 

「どうして、○○君が……病院にいたんじゃ……?」

 

「それを高嶋さんが言う? 俺が来る前の戦いで、病院から抜け出して戦いに行って大目玉喰らったって聞いたんだけど?」

 

手を引きながらも茶化すようにそんな事を言う○○。

 

余りにも普段通りの彼の様子に友奈も普段通りに返しそうになったが、その○○の姿は四国に来たばかりの頃とは大きく違う。

 

まだ半年ほどしか経たないのに、右腕を失い、つい最近は右目まで喪失した。

 

そして自分は、○○が右目を失った元凶なのだ。それなのに彼から助けて貰う資格などあるはずも無いと、友奈はそう思い定めていた。

 

「○○君は知ってるんでしょう? 私は……キミの右目を奪った元凶なんだよ? そんな私が、キミに助けて貰う資格なんて……っ」

 

悲痛な、心が壊れそうな声でそう言い募る友奈に、○○は上手く通常体から逃げ回りながらも力強く答えた。

 

「高嶋さんは諏訪でのあの夜、俺が苦しんで泣いた時に励ましてくれた……俺の心を助けてくれた! 心が死んでしまいそうだった俺を救ってくれた!」

 

友奈の手を引き、彼女の方を振り返った○○は、彼女へと誓いの言葉を叫んだ。

 

「だから俺も、君が危ない目に遭ったなら絶対に助ける! 何度だって!」

 

「○、○、くん……」

 

力強い言霊に、友奈の頑なだった心が解れていく――暗く沈んでいた心に光が差していく。

 

自分の手を引く少年からは一切の偽りを感じず、ただ一つの事だけしか伝わってこない。

 

絶対に君を助ける――ただそれだけ。

 

友奈の瞳からポロポロと涙が零れるが、今までのように暗く冷たいものでは無く、優しく温かい感情から流れたものであった。

 

感情が高ぶってしまい何も言えなくなった友奈だったが、繋がれた手をぎゅっと握り返す事で返事とした。

 

そんな友奈の手を○○もしっかりと握り返し、もう一度振り返ると彼女に向けて笑いかけた。

 

期せずして友奈の心を解きほぐした○○だったが、未だ逃走中であることを忘れた訳ではない。

 

そして、適当に逃げ回っていた訳でもない。

 

「ちーちゃん、俺たちはこっちだ!」

 

「ええ、ちゃんと見えてるわ……!」

 

先程連絡した千景との合流に成功した○○は、千景が逃走中に合体したと思われる進化体を弾き飛ばしたのを確認すると、友奈の体力がほぼ限界に達していた事もあって結界を張ってから停止した。

 

「高嶋さん、体力は大丈夫?」

 

「大丈夫って言いたいけど……ちょっと、きついかも……」

 

友奈にしては珍しく弱音を吐いたが、無理も無い事だと○○は思った。

 

そもそも彼女だけ勇者に変身していないし、これまでずっとバーテックスに追われていたのだから。

 

そして、千景の方も戦況は芳しくない。

 

○○と友奈を追っていた通常体は追撃中に合体を繰り返したらしく、現在は進化体が五体も揃ってしまっている。

 

千景も『七人御先』を降ろして何とか応戦しようとするが、五体の進化体を前にしては流石に数の優位があろうとも苦戦は免れない。

 

いや、下手をすれば敗北の可能性も十分考えられる。

 

そして、バーテックスとの戦いにおける敗北とは、現在の状況を考えれば死以外に考えられない。

 

よって、決断した○○は千景に櫛を投げ渡した。

 

「ちーちゃん、これ!」

 

「えっ? って、こ、これは……!」

 

七人の内の一人に櫛を渡した○○は、千景に身に着けて進化体をすぐさま排除する様に叫んだ。

 

「早くそれを着けて、一刻も早くこいつらを倒すんだ!」

 

「止めて○○君! もうこれ以上それを使わないで!」

 

「高嶋さんの言う通りよ、○○! 乃木さんたちが駆けつけるのを待てば、こんな奴らは櫛を使わなくても……!」

 

七人で苦戦しつつも進化体を抑え込んでいる千景だが、先程から分け身がやられる頻度が上がっている事に○○は気付いていた。

 

このまま戦い続ければ、分け身が同時にやられてしまう可能性が高くなるとも。

 

そしてレーダーを見る限り、友奈の捜索の為に分散した事が仇となり、若葉たちはバーテックスの足止めを喰らい、すぐにこちらには来られない状況に陥ってしまっている。

 

若葉と球子、杏の三人は合流した様なので、やられる可能性が低いだろう事は幸いではあるが。

 

「若葉たちがこちらに合流するまで、どう短く見積もっても十五分はかかる。高嶋さんの事は俺が守るけど、それだって絶対とは言えない。そしてちーちゃんも、五体の進化体相手にこれ以上戦い続けたら危険だ! これ以上、戦いを長引かせるべきじゃない!」

 

「「………………っ」」

 

○○の意見は頷かざるを得ない正論で、千景も友奈も無言で唇を噛み締めざるを得なかった。

 

千景は大変な葛藤の中にいた。

 

勇者としての役目を果たすのなら、彼の言う通り櫛を身に着け、迅速にバーテックスを排除すべきである。

 

だがそうすれば、彼はまたどこかの身体の機能を失う可能性が非常に高い。

 

(勇者であることと、大切な人……私に、どちらかを選べ、と……?)

 

本来、秤にかけてはいけないものをかける羽目になり、千景の心が軋みを上げる。

 

千景は咄嗟に○○の方を向いたが、覚悟を決めた表情で自分に頷いた彼を見て……自分も覚悟を決めた。

 

しかし、勇者といえど未だ幼い少女である彼女には完全に心を役目に振り向けることは出来ず、その歪みが涙という形で現れた。

 

櫛を身に着けた千景は、圧倒的な強さの『七人御先』によって苦戦していた進化体を順調に圧倒し、撃破していく。

 

だが、今まで苦戦していた敵を圧倒しているにも関わらず、千景の心には達成感も高揚感も無く……ただひたすらに、目の前のバーテックスが憎かった。

 

「うああああああああああああああぁっ…………アンタ達さえっ……アンタ達さえ居なければ! 高嶋さんも、○○も……無事で……いられたのに! どうして……どうして……うああああああああああああああぁっ!!」

 

激情のまま、悲しみの涙を流しながら進化体を撃破していく千景。

 

やがて最後の一体も撃破され、ばらけた通常体も千景があっという間に排除してしまった。

 

戦闘が終わって静寂が広がる中、『七人御先』を解除した千景が何かを恐れるようにゆっくりと○○と友奈の二人に近づいていく。

 

涙の跡を拭いながら近づいてきた千景が、恐る恐る彼に問いかけた。

 

「○○……絶対に嘘は吐かないで。どうなったの……?」

 

問われた○○に逡巡が生じるが、もう嘘を吐く意味は完全に無くなってしまっている。

 

今誤魔化したとしても、後でそれがバレれば今回の友奈の様な最悪の事態を引き起こす可能性があるのだから。

 

不安げな表情の友奈と千景に目をやり、一つ息を吐くと正直に答えた。

 

「さっきからさ……右耳が聞こえない。今回はどうも、ここを持っていかれたみたい」

 

そう言って右耳をトントンと突くと、千景は力が抜けたように鎌を取り落とし、膝を着いて○○に縋って泣き出した。

 

同じ様に、友奈もしゃくり上げるように嗚咽を漏らし、○○へ謝っていた。

 

「ごめんなさい、ごめん、なさ、い……私が……私、が、もっと……もっと上手く……戦えていたら……もっと、強かったら……うああああああああああああああぁ……っ」

 

「うぅ、あああああぁ……ぐんちゃ、ひぐっ……ぐんちゃんのせいじゃ、ないよ……私が、一人で……抱え込んじゃったから……だから……こんな、ことに……っ」

 

何度も何度も、繰り返し謝る千景と友奈。

 

自分に縋りついて泣きながら謝る二人に、○○は慰めるように頭を撫でながら、言葉をかけた。

 

「二人とも、泣かないで? ……本当に、無事でよかった。それだけで、俺は嬉しいから」

 

その言葉を聞いた二人は更に激しく嗚咽を漏らし、彼に縋りつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いの後、こっそりと病院に戻った彼だったが、当然と言うべきか抜け出した事はバレており、医者と大社の関係者に有り難いお説教を頂く羽目になった。

 

もっとも、問題といえばそれだけで、数日後にはめでたく退院できることとなった。

 

右耳の聴力喪失については、病院と大社がやはり合同で調査するらしく、定期的に病院に通う事になる。

 

「あー……やっぱり病院暮らしは退屈だ。というか、もう一生分入院した様な気がするから当分こりごりだなぁ……」

 

そんな事をぼやきながら○○が病院を出ると、入り口で待っていたらしい友奈が声をかけてきた。

 

「○○君、退院おめでとう!」

 

「あれ、高嶋さん。もしかして、ずっと待ってたとか?」

 

「えへへ……早く会って、お礼が言いたくて。改めて言わせてね。……あの時、私を助けてくれてありがとう」

 

「いや、気にしないで。俺からも礼を言わせて。今日は待っててくれてありがとう」

 

お互いに礼を言い合った二人は笑い合い、○○の借家まで友奈が付き添って行くことになった。

 

二人とも口数は少ないながらも嫌な空気ではなく、終始穏やかな雰囲気の中歩いていた。

 

しかし、そんな穏やかな雰囲気もあっという間に過ぎ去り、○○の家まで着いてしまった。

 

「名残惜しいけど……○○君は退院したばっかりだし、今日はこれでお別れだね」

 

そう言って寄宿舎へ帰ろうとした友奈だったが、何事かを思い出した○○に呼び止められた。

 

「ああ、ちょっと待って。高嶋さんに渡さないといけないものがあるんだ」

 

「渡さないといけないもの? 私に?」

 

「うん。はい、これ」

 

「え、これ……」

 

彼が友奈に渡したものは、あの日樹海で見つけた彼女の桜をあしらったヘアピンだった。

 

見つかると思っていなかった物だけに友奈が驚いて受け取ると、彼はにっかりと笑いながら言った。

 

「お気に入りなんでしょう? もう失くしたらだめだよ?」

 

そう言って借家へ入ろうと背を向けた○○を、友奈は衝動的に呼び止めた。

 

「あ、あの! あ、ありがとう……とっても……すっごく嬉しい……。それで、その……お、お願いがあるんだけど……あの、聞いてくれたら嬉しいなって……」

 

「お願い? うん、別にいいけど何かな?」

 

特に気負った様子も無く了承した○○とは対照的に、心臓の鼓動を速めながらつっかえつつも言葉を紡ぐ友奈。

 

「このヘアピンをね……着けて欲しいの、私に。……あの……どう、かな?」

 

「そのヘアピンを? まあ別にいいけど……俺は左手しか使えないから、高嶋さんも手伝ってね?」

 

「うん、もちろん!」

 

そう言って○○にヘアピンを渡し、自分は着ける場所の髪をしっかり伸ばして着けやすくした友奈。

 

「はい、それじゃあ着けるよ?」

 

「う、うん」

 

気負った様子も無くヘアピンを友奈に着けた○○と、間近で彼の目を見てぼうっとしていた友奈。

 

そうして一瞬の共同作業が終わると、友奈は名残惜し気にしつつもそれを表に出さないように離れ、○○の方も背を向け、今度こそ貸家の玄関の方へと歩いて行った。

 

「また明日会おうね、○○君!」

 

「うん、じゃあね」

 

首だけ後ろを振り返って手をヒラヒラと振りつつ、○○は家の中へと入っていった。

 

それを見送った友奈は、先程彼に着けてもらったヘアピンを愛おし気に撫で、面と向かっては言えなかった事を、熱の籠った声音で言った。

 

「○○君……好き、……大好き」

 

潤んだ瞳で彼が消えた玄関を見つめ、続けて言葉を紡ぐ。

 

「キミが私を守ってくれるって言うなら、私もキミの事を絶対に守るから――――」

 

彼女は誓う。

 

自分の心を救ってくれた愛おしい人に、命を賭けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――私が死ぬまで、ずっとずっと、いつまでも」

 

そう言って――――。

 




友奈に辛い思いさせ過ぎ訴訟。

……正直やり過ぎかとも思いましたが、やるならとことんやるべきだと思い突っ走りました。

ゴメン、たかしー!m(__)m

そして今回、右目を物理的に喪失、更に右耳の聴力も喪失しました……

あー……きっつい(白目)


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ひだまりの章

勤務先が先の大雨で冠水し、自宅待機を命じられている作者です。

その影響で執筆時間が取れたので、何とか書き上げられました。

しかし、のわゆ編の最終更新日はもう一ヶ月以上前……

お待たせして申し訳ないっす<m(__)m>

では、どうぞ~。

P.S みーちゃん、誕生日おめでとう!


「はあ……あっついなぁ……」

 

顳顬から頬を伝って顎へと流れ落ちる汗を手の甲で拭った○○は、雲一つない快晴の空を見上げ、うんざりした様にそんな事を呟いた。

 

季節は既に夏真っ盛りである八月に入ったばかりで、それを考えれば当然の気候ではあるが、こうも暑くては愚痴も零れるというものだろう。

 

「ま、仕方ない……と言うか、絶対やらないといけない事だし」

 

そう言って気を取り直した彼は用意していた菊の花を抱え直し、墓地へと足を進めた。

 

時刻はもうすぐ正午という所で、そんな炎天下を歩いていた○○だったが、途中で意外な人物に出くわした。

 

「あれ、ひなた。こんな所で会うなんて偶然だね」

 

「それは私も同じですよ、○○君。……神託が出たので、お盆を待たずに早めにお墓参りに行こうという事ですか?」

 

夏らしい涼し気な服装に身を包んだひなたがそう訊ねると、○○も頷いて肯定した。

 

「うん、正解。まだ墓参りには早いけど……神託が出た以上、時間がある時にやっておかないとね。親不孝な息子なんて言われたくないし」

 

「まあ、ダメですよ? ご両親の事をそんな風に言っては」

 

最後に冗談めかした言葉を少し笑いながら言った○○に、ひなたも釣られて笑いながら彼を窘めた。

 

そして、直ぐに笑いを引っ込めたひなたは真面目な表情になると、彼に提案した。

 

「あの……もし良ければなんですけど、私もあなたのご両親のお墓参りに着いて行っても良いですか?」

 

「ひなたも一緒に? うん、君が来てくれたら父さんも母さんも喜ぶと思うし、こっちがお願いしたいくらいだけど……時間とかは大丈夫?」

 

「ええ、今日は大社へ行っていましたけど、諸々の用事は既に済ませました。後はもうフリーですね」

 

ひなたの返事を聞いた○○は同行を快諾し、二人は連れ立って彼の両親の墓がある墓地へと足を向けた。

 

とある寺の隣の敷地にある墓地に、○○の両親の墓は存在している。

 

墓に到着した○○とひなたの二人は、まず寺から借りた掃除道具を用いて周囲の掃除から始めた。

 

それらが一通り済むと、○○が用意してきた菊の花を墓前に供え、線香をあげてから二人並んで手を合わせた。

 

静けさが支配する墓地の中で、勇者と巫女の二人は故人の事を思い出しながら静かに黙祷する。

 

しばらくそうした後、何方ともなく目を開けた二人は後片付けを行なってからその場を後にした。

 

相変わらず厳しい日差しを浴びつつ二人して歩いていると、○○がひなたに向けて礼を述べた。

 

「それにしても助かったよ、ひなた。俺はこんな風になっちゃったから、一人で来てたらあそこまでテキパキと掃除も捗らなかっただろうし」

 

あるべきものが存在せず、風で揺れている右袖を示しながら○○が言うと、一瞬悲しそうな表情をしたひなただったが、すぐさまそれを消すといつも通りの声音で彼に言った。

 

「いいえ、気にしないで下さい。今日会ったのは偶然ですけど、○○君のご両親に挨拶する機会ですし。私も一緒に行けて良かったです」

 

微笑しながらそう言うひなたに○○も安心したのか、それ以上畏まるのは止めてまた歩き出した。

 

とは言え、両親の墓参りを手伝ってくれたひなたには何か形になる礼をしておきたいと○○が思っていると、丁度いい具合に喫茶店が目に飛び込んできた。

 

昼の盛りは過ぎてしまっているが、ちょっとした軽食をとる位なら十分だろう。

 

そう考えた○○は、ひなたに自分の奢りでここで何か食事をしていこうと誘った。

 

「いえいえ、そんな! 友達として当然の事をしただけですから、本当に気にしないで下さい!」

 

パタパタと手を振って固辞しようとしたひなただったが、彼が炎天下で暑いから暫らくここで涼みたいし、付き合って欲しいと言ったりするなど、手を変え品を変え誘った事で遂に折れて、店に入る事になった。

 

テーブル席に案内された二人はそれぞれコーヒーと軽食を注文し、最初に出された水を飲んで一息吐いた。

 

しばし無言になる二人だったが、やがてひなたは気になっていた事を○○へと切り出した。

 

「あの、答えられないのならそれでも良いんですけど……○○君のご両親の……その、最期はどの様なものだったんですか?」

 

決して興味本位で訊いている訳ではないと分かる、真剣な表情と声。

 

それを感じ取った○○も、彼女の疑問に答える事にした。自分の中で、もう整理は着いているのだから。

 

「あの日の夜、運よく諏訪大社に逃げ込めた俺に、暫らくして母さんから電話がかかって来てさ。もう聞いた事が無い位に切羽詰まった声で……俺の安否を心配してた。で、俺の事が無事だって分かるとあからさまにホッとした様な声音で息を吐いて……」

 

そこまで言って、○○は再び水を一口飲んだ。ひなたは唇を固く結び、真剣な表情を崩していない。

 

「そしてさ、父さんも一緒に居たみたいで母さんと色々代わる代わる話してたんだけど……いきなりとんでもない大きさの音が聞こえたと思ったら、父さんと母さん以外の人の悲鳴が聞こえてきたんだ」

 

○○がそこまで言うと、ひなたの顔色が明らかに青ざめた。この後の展開に想像がついてしまったからだろう。

 

「物凄い大きさの音の中で父さんと母さんが、愛してる、幸せになりなさい、って言って……それからすぐに電話が途切れて、そこで終わり。どうなったかは……あんまり想像したくないけどね」

 

話し終えた○○の表情は落ち着いていたが、それでもひなたは無神経な事を訊いてしまったと後悔した。

 

知らない、分からないという答えが返ってくるものと予想していたのだが、ここまで克明に両親の最期を聞いていたとは思わなかったのだ。

 

「ごめんなさい、○○君……軽々しく聞いていい話ではありませんでしたね……」

 

「いやいやいや、そんなに落ち込まないでって! 嫌だったら話さなくていいってひなたも言ってたんだから、それでも話したのなら俺の責任でしょう?」

 

そう言って、落ち込んでいるひなたを何とか宥めている内に軽食とコーヒーが出され、○○のフォローで少し気を取り直したひなたがある事を口にした。

 

「そういえば若葉ちゃんから、○○君のご両親と若葉ちゃんのご両親は昔から友達だったと聞いた事があるんですけど、本当ですか?」

 

「ああ、その話か。うん、事実だよ。確か、幼稚園くらいの時からもう友達だったんだってさ」

 

「そんなに昔からなんですか。…… という事は、幼いころから一緒に育った少年少女が成長し、お互いを意識し合い、そして結ばれ、やがて若葉ちゃんという娘を授かった……と言う事ですか!?」

 

瞳をキラキラさせながら自分の想像を語るひなたを苦笑気味に見やる○○だったが、先程までの沈んだ表情よりはよっぽど良いと思い、その続きを話す。

 

「実際、そんな感じだったらしいよ。……と言うか、若葉の両親をくっ付けようと色々やったのが俺の両親っぽいし」

 

「……ええっ、本当ですか!? そんな事があったなんて……それにしても、良く知ってるんですね」

 

不思議そうな表情でひなたは首を傾げたが、○○にしてみれば耳に胼胝ができる程に訊かされた話でもあった。

 

「母さんが良く話してくれた……て言うか、惚気てさ。あなたのお父さんは乃木の小父さんから相談を受けて、乃木の小母さんとの関係を取り持ったのよとかそんな話をしてさ。その時に、二人の為に頑張るお父さんを見てたらお母さんはお父さんの事が好きになっちゃったとかそう言う話を延々と……」

 

げんなりした表情で話す○○に、ひなたも同情的な視線を向けていた。

 

自分の両親が結ばれた経緯に興味が無いとは言わないが、それを我が子に嬉々として話す母というのは……正直、非常に微妙な感覚に成らざるを得ないだろう。

 

「え、ええっと……○○君のお母様も、悪気は無かったんだと思いますよ? それに良い事じゃないですか、そこまで夫婦仲が良かったというのは!」

 

自分でも結構苦しい事を言っているという自覚があったひなたは微妙なフォローしか出来ず、そんな彼女の言葉を聞いた○○も力なく笑うしかなかった。

 

「まあ、それはそうなんだけどさ……息子に惚気るのだけは勘弁して欲しかったというか……俺、間違った事言ってないよね?」

 

「の、ノーコメントで……」

 

言及を避けたひなただったが、避けたという事実だけで○○の事を肯定したも同じであった。

 

実際、ひなたがその立場だったとしたら、若葉に愚痴りまくっているだろうと言うのは容易に想像がついた。

 

曖昧な表情で笑うしかないひなたを流石に気の毒に思ったか、○○は話を先に進める事にした。

 

「そんな風にして大学在学中に結ばれた二組のカップルは、卒業後しばらくして結婚。そして、それぞれ女の子と男の子に恵まれました……っていう所かな」

 

「なるほど、そんな経緯があったんですね。……あら、という事は、○○君の両親が転勤族で無かったとしたら、若葉ちゃん、私、そしてあなたの三人で幼馴染をやっていた可能性もあったという事ですよね?」

 

「だろうね。実際、俺と若葉は赤ん坊の頃に顔を合わせた事があるらしいし。まあ当然だけど、お互いそんな事は覚えている筈も無いから、実質は小学四年の新学期開始前が初対面も同然だけど」

 

「そうですね……もう五年も前の話ですし、結構懐かしいですね」

 

軽食を食べながら、思い出すように話す○○。

 

ひなたも懐かしそうに目を細めているが、そこで○○はある事を思い出して意地悪そうにニヤリと笑った。

 

「そうだね、懐かしいよね。――特にひなたのあの見定める様な瞳は面白、じゃなくて忘れられないなぁ~って」

 

「面白くないですし、もう忘れて下さいよぉ! うぅっ、若気の至りとは言え、私の黒歴史なんですから……」

 

顔を真っ赤に染め、心底恥ずかしそうにして縮こまるひなた。

 

くっくっと笑いを堪えようとしている○○を上目遣いに睨んでいるひなただったが、少し目が潤んでいるので怖さは微塵も無い。

 

むしろ、普段の大人びた彼女とは正反対の子どもっぽい仕草に庇護欲がくすぐられそうになる。

 

それは兎も角、○○が言った通り、ひなたは彼との初対面からしばらくの間、心を許す事はなかった。

 

○○と初めて会った若葉は、ひなたを除けばほぼ友達が居なかった事もあり、自分の固い対応にも気にせず接してくる○○を少しずつ信頼していき、それが友情に変わるまで時間はかからなかった。

 

そして、○○と仲良くなった若葉は、一番の親友にして幼馴染であるひなたに、新しい友達を紹介した。

 

それが○○とひなたが出会った経緯であるが……当初の二人の関係は、悪くは無いものの微妙である、という評価が付く程度のものでしか無かった。

 

若葉の一番の親友を自認しているひなたとしては、若葉に新しい友達が出来るのを喜ばしく思いつつも、突然紹介された友達――それも男子――を、最初から全面的に信じる事はできなかったのだった。

 

そういう考えが、先程○○が言ったひなたの見定める視線に繋がったと言える。

 

とはいえ、ひなたの擬態は大したもので、子どもが相手なら気付かれる事は無かったと言える。

 

実際、若葉はひなたがそんな視線を○○に向けていた事など今も知らない。

 

だが、○○は人生二回目の、外見だけが子どもの人間である。

 

ひなたがおかしな視線を向けてきている事には気付いていたし、その原因が若葉を心配しての事だと言うのもしばらくしてから気付いた。

 

「ひなたがおかしな視線を俺に向けつつ、表面上は仲良く過ごしていた俺たち三人だったけど……あの出来事が起こってしまったんだよね。二人がトラウマを抱えなかったのは、本当に不幸中の幸いだったよ……」

 

顔を顰めながら苦い口調で話す○○に、ひなたは首を横に振りながら気遣わしそうに言った。

 

「そんなに苦しそうにしないで下さい……。あの日、私と若葉ちゃんが無事だったのは○○君のお陰なんですから。それに、あなたも無事で済んだとは到底言えない状態になってしまいましたし……」

 

「そう言って貰えると、少しは楽になるけどね……」

 

そう言ってふうと息を吐いた○○。

 

○○が苦い口調で話し、ひなたが○○を励ます様な形で話している過去の出来事。

 

その出来事――より正確に言えば事件のお陰で、彼と、若葉とひなたの二人との距離は劇的に縮まったと言える。

 

しかし、その内容はと言えば決して喜ばしいものでは無かった。

 

○○と二人が出会ってから一ヶ月ほどしたある日、未だに微妙な距離感を抱えていた彼とひなた、そして無自覚ながら間に入って潤滑剤の様な役割を果たしていた若葉の三人は、一緒に下校していた。

 

仲良くしつつも一線を引いている――そんな感じのひなたの考えを察していた○○だったが、さりとていい方法が思いつくでもなく、これから如何していこうかという悩みを抱えていた時、その事件が起きた。

 

――――ひなたが、近づいてきた不審車から降りてきた何者かに、誘拐されそうになったのだ。

 

これは事件後の警察の調べで判明するのだが、本当の標的は若葉であり、良家である彼女の家から身代金を脅し取ろうという営利誘拐を企てたのが真相だった。

 

だが、この犯人達の調査能力はお世辞にも高いものとは言えず、それどころか警察も鼻で嗤う程度のモノでしかなかったらしい。

 

そんな連中が犯行に踏み切った結果、不幸にも一緒に居たひなたが勘違いから標的になってしまい、誘拐されそうになったという訳である。

 

しかし、勘違いからの犯行とはいえ、現実にその対象になってしまったひなたからすれば怖い何ていうものでは済まない。

 

突然近づいてきた車から現れた男に、声をあげられない様にと口元を押さえつけられた上で車内に連れ込まれそうになったひなただったが、碌に抵抗も出来ずに恐怖で身体が凍り付いていた。

 

恐怖で頭の中が真っ白になり、何も考えられないひなただったが、いち早く反応した○○が姿勢を低くして、ひなたを車内に連れ込もうとした男に突進した。

 

屈んで体勢を低くした○○は男の膝の部分に激突し、痛みから男は抱えていたひなたから手を放してしまった。

 

解放されたひなたを抱きかかえて遠ざかろうとする○○を男は追い縋ろうとするが、若葉が自分のランドセルを男の顔面に向けて投げつけて怯ませ、無事ひなたを助け出す事に成功した。

 

そして、若葉が○○から渡されたひなたを庇うように抱きしめつつ、彼女のランドセルに下げられていた防犯ブザーを鳴らした事で犯人たちは明らかに怯んだ。

 

周囲に響き渡るけたたましい警報音を耳に入れつつ、こうなったからにはすぐに犯人たちは逃げ出すだろうと、○○は少し油断してしまった。

 

向こうからすれば、脅えて縮こまっている筈の小学生から思わぬ反撃を受け、挙句に企てを失敗させられたのだ。

 

防犯ブザーが鳴り響いている以上、もはや逃げるしかないのだが、それでは気が収まらなかったのだろう。

 

油断していた○○に近づいた男は○○を全力で蹴り付け、彼もそれをまともに受けてしまった。

 

身体が少し持ち上がるほどの勢いで蹴り飛ばされた○○は、油断していた事もあって受け身も取れずに脚を思い切りぶつけてしまい、骨折するという重傷を負う事となった。

 

○○を痛めつけた事で少しは溜飲が下がったらしい犯人達は、そのまま車で逃走し、その場には骨折の痛みに呻く彼と、泣きながら彼の名前を呼ぶ若葉とひなたが残された。

 

その後、防犯ブザーの音を聞きつけてやってきた人たちに若葉とひなたは助けを求め、呼んでもらった救急車で病院に担ぎ込まれた○○はそのまま入院。

 

そして、入院中にやって来た警察に事情を話すという事を行なう事になったのだった。

 

勿論、彼の両親は難色を示したし、警察の方も被害に遭った小学生を、病院にまで押しかけて事情聴取するというのは躊躇われたみたいだが、むしろ○○の方から警察に申し出て協力していた。

 

人として常識的な感覚のものでもあったが、それよりも二人を傷つけたあの連中は絶対許さんという個人的な思いの方が強かったのだが。

 

「お陰でさっさとあの連中が捕まって、事情聴取に協力した甲斐があったよ」

 

「まあ、それはそうですけど……でも、入院した翌日に警察を呼んで情報を話すなんて、聞いた時はほんっとうに驚いたんですからね? びっくりし過ぎて誘拐未遂のショックも忘れそうになりましたし……」

 

「あ~……まあ、ちょっと無茶したかなとは思うけど、色んな事を細かく覚えている内に警察に話したかったし。それにさ……二人を傷つけたのは、絶対に許せなかったから」

 

「そ、そうですか……」

 

コーヒーを飲みながらリラックスして話す○○とは対照的に、ひなたは彼が言った事を聞いて少し頬を赤く染めた。

 

自分の望む感情とは違うのだろうが、それでも想われていると実感出来て。

 

兎も角、○○は入院し、骨折の治療に目途がついてからはリハビリをしていって無事退院することになるのだが、その途中にも色々な事が起きた。

 

まず、乃木家、上里家、そして○○の両親と、それぞれの保護者が○○の病室に勢ぞろいして謝罪合戦をする事になってしまった。

 

大の大人が娘の事で、頭を床に擦りつける勢いで○○に謝ってくるものだから、彼も恐縮して居た堪れなくなってしまう程だった。

 

両親が居てくれたのは幸いだったと、心の底から○○は思ったものである。

 

特に乃木家は、犯人達の元々の狙いが自分達の娘だという事を警察から聞かされていたので、○○に感謝しきりであった。

 

余談だが、この事件後から若葉は○○との事を家でよく話すようになり、それを聞いた彼女の父は流石親友の息子だと感心する反面、娘を取られた様な複雑な気分も抱き、母親はそんな娘の様子を微笑ましそうに見守っていたという。

 

それは兎も角。

 

怪我の功名と言うべきか、この事件が切っ掛けとなり○○とひなたの間に有った微妙な壁は完全に払拭され、彼女は○○に対して年相応の表情を見せるようになった。

 

若葉も○○をますます信頼する様になり……というか、もはや懐いていると言った方が正しい様な感じですらあった。

 

○○が退院するまではほぼ毎日と言って良いほど見舞いに訪れたし、彼が無事に退院してからはそれまでの外出できなかった分も埋めるかのように色々な場所に出かけ、沢山の思い出を作っていった。

 

同年代の中でも大人びていた若葉とひなただったが、何故か○○の前では年相応に振る舞う事が出来た。

 

より正確に言えば、寄りかかる事が――甘える事ができたと言うべきか。

 

そんな、楽しくて幸せな時間を過ごしている内に、二人の心の中にある想いが生まれていた。

 

小さな小さな、想いの花――初恋。

 

若葉は今になってようやく気付きそうになっている、といった風情であるが――ひなたはその想いに、○○が引っ越してしまう一ヶ月ほど前に気付いた。

 

自分たちの前から彼が居なくなってしまう――そう気付いた時、胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなり、ポロポロと涙が零れた。

 

彼と離れたくないと、彼の事が好きだと、その時になってようやく気付いたのだ。

 

しかし、その時の若葉とひなたは普通の小学生でしか無く、親の仕事の都合で引っ越していく○○を引き留める力などあるはずも無かった。

 

二人に出来た事は、別れの日まで今までと変わらない日々を送る事だけ。

 

そして、二人の少女の気持ちなどお構いなしに時間は流れ去り、あっという間に○○の一家が香川を離れる時がやって来てしまった。

 

別れを惜しみ、移動開始の直前まで一緒に居た三人だったが……そのまま、別れの時を迎える事になった。

 

お互いに、また会おうねという言葉を、最後に言って。

 

その日、家に帰ったひなたはまた会おうねという言葉を嬉しく思いつつも、自分の中の冷静な部分が、初恋とは叶わないもの、自分の初恋はこれで終わったのだと受け止めていた。

 

こんなに異性を好きになる事は、もう二度と無いだろうなと、そんな想いと一緒に。

 

そういう経緯を辿り、ひなたは自分の初恋の記憶を捨てた。

 

――――捨てた……はずだった。

 

「でも、本当にビックリしました。○○君が一般の方を連れて、諏訪から四国までたどり着くなんて」

 

「俺も本当に奇跡的だったと思うよ……。一生分の幸運を使い果たしたと言われても、納得するレベルで幸運が重なった結果だと思うし」

 

「ふふふ、そうですね。――――もうあなたが私達の所に辿り着くのは運命だった、何て言われても納得するレベルです♪」

 

しみじみと言った○○に対して、ひなたは誰が聞いても分かるほど弾んだ声で言葉を返した。

 

その言葉通り、割とリアリストな部分もある彼女が、この点に関しては運命というものを心の底から感じてしまっていた。

 

勿論、彼はひなたに会いに四国まで来たわけではない。

 

それでも、勇者通信で生存を知ってはいたが、諏訪が陥落したと思い心が張り裂けそうなほど悲しんでいた中での出来事である。

 

捨て去ったはずの初恋の記憶が再び胸に燻り、あっという間に燃え上がるまで大して時間は掛からなかった。

 

再び時間を共にする中で、更に彼の事を好きになってしまっているという自覚も彼女には既にある。

 

ひなたの中に僅かにある利己的な部分は、四国内にしか人類の生存圏が無いこの状況すらも好都合とさえ思っていた。

 

この状況なら、○○が何処かに行ってしまうということはあり得ないのだから、と。

 

無論、そんな内心はおくびにも出さないが。

 

「それじゃあ○○君。いい時間ですし、そろそろ帰りましょうか」

 

「あ、本当だ、もうこんな時間か。それじゃあ、行こうか」

 

最初に宣言した通り、自分持ちで支払いを済ませた○○は、ひなたと連れ立って喫茶店を後にした。

 

そして帰宅する途中、横目でチラリと○○の方を窺ったひなたは、最近自分の胸に過ぎっている心配事を思い出してしまった。

 

(春先の、完成型バーテックスが現れた時から○○君の負担は重くなる一方……。それが無ければ全滅していた可能性も高いとはいえ、負担の大部分を彼が引き受けているのが実際の所です)

 

実際に現在の彼の状態は、右耳聴覚喪失、右目喪失、右腕喪失と、目を覆いたくなる様な有り様である。

 

(まるで、元から四国にいた皆さんの不幸を引き受けているかのように次々と……いえ、そんなはずはありません、ある筈がないんです。そんな、まるで――)

 

「どうしたの、ひなた? 何か難しい表情してるけど」

 

考えに没頭していたひなたは、○○からの声にハッとして我に返り、いつも通りの笑顔を彼に見せた。

 

「――いえ、何でもありませんよ。ちょっとした考え事ですから」

 

「そう……? 何かあったら、何時でも言ってね。俺じゃなくて、若葉とかに相談しても良いだろうし」

 

「はい、お気遣いありがとうございます」

 

そう言ったひなたの返事に、○○は少し首を傾げつつも引き下がる事にした。

 

ひなたは、彼が追及せずに引き下がってくれたことにホッとしていた。

 

そして、先程考え付いてしまった嫌な想像を振り切る様にして彼との会話を弾ませていく。

 

そう、あってはならないのだ。

 

まるで○○の事を、彼の事を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――人柱みたいだと、そう思ってしまったなんて。




何だろう、主人公がここ最近ずっと病院にいる気がする。

せっかく現実では退院したのに、過去の話で入院するとは……どういう事なの……

まあ、それはさておき今回はひなたの話でした。

初恋の花は枯れたと思っていたら、実は種子を散らしていて○○との再会で一気に成長して花開いた、といった感じでしょうか。

そして例の如く、不穏な最後。

でもさぁ……のわゆってそういうお話ですよね?(調教済み)


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その命はこの日の為に

みなさん、お久しぶりです!(4ヶ月半ぶり位)

……いや、ホントに。

そして、少し短めですが丁度区切りも良くなったので、この辺でまとめました。

では、どうぞ! ……マジでお待たせしました<m(__)m>


お盆は過ぎたものの、茹だる様な暑さが続く二〇一九年八月の香川。

 

そんな夏真っ盛りの猛烈な暑さの中、六人の勇者と一人の巫女はいつも通り、丸亀城の教室へと集合していた。

 

ただ、全員の表情は酷く真剣で、教卓の前に集まって何やら話をしている。

 

今までの戦いにおいて、友奈しか使用していなかった更なる強力な『切り札』――その事についての話を行なっているのだ。

 

「私の意見書とひなたさんの上申、そして何より、反動を肩代わりした○○さんの状態を鑑みた上で、全員にとって最も相性のいい、言い換えれば反動が少ない精霊を選抜しました。詳細は、さっき配った資料の通りです」

 

杏がそう言って他の面子を見渡すと、六人はそれぞれに渡された資料に目を通していく。

 

友奈の酒呑童子を皮切りに、いずれ劣らぬ有名な名前が列挙されている。

 

対して妖怪などに詳しくない者でも、この資料に挙げられた存在について言えば最低限、名前だけは知っているだろうと思われる位にはメジャーである。

 

だが、有名だからと言って戦力になるかどうかは別の問題だ。

 

「伊予島さん、質問いいかしら」

 

「もちろんです、何が訊きたいんですか?」

 

資料から目を離して杏の方を向いた千景が、彼女へと質問をした。

 

「確かにこれに書かれている存在は、どれも有名なのは間違いないでしょう。でも、戦力としては未知数なんじゃないかしら?」

 

「確かに……そういう不安はあるな。いざ実戦で、弱くて使い物にならない、何て事態は避けたい」

 

「だなぁ。もう強さが証明されてる友奈の酒呑童子は良いけど、タマたちのは一番いいやつを選びたいし」

 

千景の意見に若葉と球子も賛成し、その辺りはどうなのかという意図も含めて杏を見やる。

 

すると、答えは彼女の方からではなく、別な方からやって来た。

 

「それについては問題ありません。私が保証します」

 

「ええっと……どういう事なのかな、ヒナちゃん?」

 

自信有り気な表情で請け負うひなたに、どういう意味なのかと首を傾げる友奈。

 

友奈だけではなく、杏以外のメンバーも全員が全員、頭の上にハテナを浮かべてひなたを見ている。

 

省略し過ぎたと反省したひなたは、咳ばらいをすると気を取り直し、みんなに説明を始めた。

 

「コホン。……ええと、皆さんの新しい『切り札』の事ですが、実は神託を分析した結果、それぞれに最高の相性をもつ精霊が判明したんです。この結果は、私も含めた大社の巫女全員の総意です。自信を持って、皆さんにお伝えしています」

 

常日頃はあまり見せない、自信満々といった表情のひなた。

 

勇者の一番近くに居ながらも、戦いに関する事柄は勇者に任せるしか無く、内心忸怩たるものがあったのだろう。

 

次の戦いでは、勝利の一助となれる――そんな喜びが、その表情から溢れ出さんばかりである。

 

そんな彼女の表情を見た勇者たちは顔を見合わせると、何も言わずに頷き、それ以上疑問を口に出すのは止めにした。

 

「分かった、そういう事なら問題無いね。……で、俺からも質問があるんだけど」

 

「はい、何でしょうか?」

 

○○からも疑問が呈され、ひなたが穏やかな表情で彼から質問を受け付けようとする。

 

「この資料、俺の事が一切書かれていないみたいなんだけど……。他の皆は精霊の事だったり、戦いの事だったり、そういう注意すべき点とかがあるのに、俺については全然何も無い。どうして?」

 

何とも納得いかなさそうな表情をしている○○が、ひなたへと問いかける。

 

「ああ、そうでしたね。……○○君には、言っておかないといけない事があります」

 

「言っておかないといけない事……?」

 

首を傾げた○○だったが、次にひなたの口から紡がれた言葉に呆然とすることになってしまった。

 

「○○君……あなたは、今回の戦闘に出る事は禁じられました。以前にもあったように、私と共に待機してもらいます」

 

「……え? ……あの、何の冗談?」

 

気を取り直した○○が、質の悪い冗談を笑い飛ばす様に軽い口調で言うが、ひなたは真剣な態度で再度通告する。

 

「嘘でも冗談でもありません。あなたは今回の戦闘に、参加することは出来ません。これは大社としての決定です」

 

「そんな馬鹿な! 今回の戦いが、絶対に負けられないものだっていうのはひなた、君が言ってた事だろ!? その戦いに、全員で挑まないなんて馬鹿な話が――」

 

「……そう言って、次は何処を犠牲にするんですか?」

 

「……え?」

 

虚を突かれたような表情で戸惑う○○に、強張った表情のひなたが構わずに言葉を投げかける。

 

「片方だけ残った目、腕ですか? それとも聴力でしょうか? 脚が犠牲になる事も考えられますね。或いは、まだ一度も代償にとられていない内臓などかもしれませんよ?」

 

○○を見据えて厳しい口調で言っていたひなただが、言葉を続ける内に声が震えを帯びてくる。

 

これまでに○○が被った代償を目の当たりにした時の恐怖……それが脳裏を過ぎったのだろう。

 

言葉にしている内に激情に駆られそうになったひなただったが、一つ息を吐いて落ち着くと、○○以外の勇者たちを見回して言葉を続けた。

 

「済みません、少し取り乱しました。……どうでしょう、賛成してもらえますか?」

 

ひなたの問いかけに、五人の少女達はそれぞれの反応を示す。

 

「うん、賛成だよ。 私も似た様な事は考えてたから」

 

「私も上里さんに同意するわ。……あんな光景を見るなんて、二度と御免だもの」

 

「ちょっ、二人とも!?」

 

ひなたの意見に同意した友奈と千景に驚き、思わず声を上げる○○。

 

「だなぁ……ひなたの言う通り、○○はもう休んでもいいとタマは思うぞ?」

 

「うん……絶対に、また自分を度外視した無茶をすると思うし……ひなたさんの言う通りにしてもらいましょう」

 

「タマっちと杏まで!? ……若葉! リーダーとして何とか言ってやってってば!」

 

続けて同調した球子と杏の声に対し、何とかこの決定を覆そうとリーダーである若葉に水を向ける○○。

 

○○の方を一瞬見た若葉は、口元をぐっと引き結んで少しだけ俯いたが、再び顔を上げた時には勇者としての表情に戻っていた。

 

「○○……済まないが、みんなの言う通りにしてくれないか。勿論、私も同意見だ」

 

「――――――」

 

信じられないものを見たような表情で、若葉を見詰め返す○○。

 

何か言わねばならないと口を開くが、結局何も言葉が出て来ずに口を閉じる事しか出来ない。

 

先程の若葉と同様に口を引き結んでしまった○○に対し、ここで説得しなければならないと意気込んだひなたが言葉を重ねていく。

 

「○○君……大社では、次が最後の戦いになるだろうと見ています。実際、次の戦いを乗り切れば結界の強化が終わり、これ以上のバーテックスの侵攻を止められる公算が大です」

 

「……」

 

ひなたの説明を無言で聞いている○○。他の少女たちもひなたと○○を交互に見やり、時折頷いている。

 

「今までは○○さんにばかり大きな負担をかけていましたが、そのお陰……というのはおかしいですけど……でもだからこそ、私達5人はほぼ万全の状態のままここまで来る事が出来たんです。ですから……最後くらいは、私達に任せて貰えませんか?」

 

「だけど……最後の戦いっていうなら、それこそ使えるものは何でも使うべきなんじゃない? 俺はこんな有様だけど、それでもみんなの援護くらいは――」

 

ひなたの言葉を引き継いだ杏の説得にも納得できず、尚も抗弁しようとする○○だったが、ここで球子が口にした言葉に黙り込む事になった。

 

「まあまあ○○、心配しなくてもタマ達は勝つし、みんな絶対に生きて帰って来るって! だよな、みんな?」

 

「うん、タマちゃんの言う通り! 心配かもだけど、私達を信じて欲しいな」

 

「まあ、そういう事ね。あまり多くは言わないけど……最後くらいは頼って貰える……?」

 

「みんな……」

 

球子に続き、友奈と千景もそれぞれの想いを○○へと伝える。

 

二人の口調は表面上は平静そのものだが、内心は○○が納得してくれるのを切に願っていた。

 

「…………」

 

瞳を閉じて俯いた○○が、何かを堪えるようにして深い息を吐く。

 

それを見守る六人の少女たちも、自分たちの説得を受け入れてくれるように願いつつも、それが○○にとってどれだけ酷な願いかを理解していた。

 

彼は、諏訪において三年に渡り自分と共に戦い抜いてきた二人の少女を置いて、ほんの僅かな避難民と共に四国への決死行に出た。

 

悲鳴を上げる心に蓋をして、二人の少女の最後の願いを叶える為に。

 

本当なら、自分も最後まで戦い抜くか、もしくは少女たちをこそ彼は逃がしたかった。

 

だが、彼の力ではバーテックスの足止めには向かず、もし足止めに出たとしても、各個撃破の的になるしか無かった。

 

斯くして少年は、少女達の犠牲の果ての逃避行を無事完遂し、避難民を四国まで連れて行く事が出来た。

 

彼の心に、決して癒える事の無い、大きな傷を残して。

 

諏訪への遠征中に見た彼の表情は、ここにいる全員が覚えている。

 

何かを堪える様に引き結んだ口元や、逃避のように鍬を振るっていた姿など。

 

そしてただ一人、友奈は彼が泣き崩れる様子を間近で見ているのだ。

 

遠征以降も彼と色々接してきた友奈だったが、そんな中で彼が『弱さ』と言えるモノを曝け出したのはあの時だけだった。

 

どんな『代償』でさえも応えていない様に見える彼が、あの時だけは悲嘆に暮れ、このまま死んでしまうのではないかと思えるほどに弱々しく泣いていた。

 

そんな彼を偶然助けた友奈は、その後に抱えきれない程にたくさんのものを貰った。

 

だからこそ、彼がこれ以上の犠牲になる事は我慢ならない。

 

友奈だけではない、少女達全員の総意である。

 

「…………」

 

閉じていた瞳を開いて、自分を見つめる少女たちを見回す○○。

 

そして、少しため息を吐きながらも、彼女たちが望んでいただろう言葉を紡いだ。

 

「……分かった。俺はひなたと一緒に、皆の帰りを待ってるよ」

 

「そうか……! ありがとう、○○! お前の決断は絶対に無にしないからな!」

 

若葉が少し瞳を潤ませながら、それでも涙は零さない様にして○○に礼を述べた。

 

「みんなの想いは伝わったから……ね。俺としても、無駄にみんなの心に負担はかけたくないし」

 

「大丈夫ですよ、○○君。皆さんだって、貴方に守られてばかりでは女が廃りますから」

 

ですよね? と、ひなたが勇者の少女たちを見回しながら訊ねると、全員がそれぞれの仕草で賛意を示した。

 

僅かに、しかし確かに微笑む者。

 

ニカリと笑って胸を張る者。

 

フフンと鼻を鳴らし、自信ありげに笑う者。

 

その様な雰囲気で最後の話し合いを終えた七人は、最終決戦までの最後の日常を過ごしていく。

 

誰も欠けることなく、最後まで戦い抜いて見せる――その決意を胸に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして、遂にその日が来た。

 

「若葉ちゃん達、行っちゃいましたね……」

 

「ああ、そうだね……」

 

大社関連の病院の一室、そこに○○はひなたと二人で居た。

 

樹海に覆われるとはいえ、丸亀城周辺は戦いの真っただ中に置かれる事になるので、ひなたと○○はこちらに場所を移して待機することになっている。

 

樹海が侵食された場合の影響を考慮しての判断であった。

 

「それにしても、ひなたって結構凄かったんだね」

 

「急にどうしたんですか?」

 

○○の言葉に、小首を傾げて疑問を浮かべるひなたに、彼は小さく笑みを浮かべて言う。

 

「いや、何て言うかさ……帰りを待つっていう事が、こんなにキツイなんて知らなかったから」

 

「ああ、そういう事ですか。……ふふ、そうなんですよぉー、私は戦いの度にこんな思いをしていたんですからね?」

 

「うん、滅茶苦茶しんどい」

 

ひなたの冗談めかした口調に、○○も口元を歪めながら疲れと笑いが混じった様な語調で返す。

 

そうやってお互いに一頻り笑い合うと、ひなたが願う様に言葉を紡いだ。

 

「でも、そんな思いもこれでお終いです。みなさんが、命懸けの戦いに赴く事も……」

 

「うん……もう、これで終わりだ」

 

そうして暫らくの間、無言でいる○○とひなた。

 

互いの心にあるのは、決戦の場に赴いた少女たちの無事の帰還のみ。

 

ひなたは無意識に祈る様に手を合わせてしまい、自分でそれに気付いては恥ずかしそうに止めるという事を繰り返していた。

 

「若葉たちを信じているのは俺も同じだけど、不安になるのは仕方無いって。だから、俺の事は気にしないで好きにしなよ」

 

「……ですね。ありがとうございます、○○君」

 

「それじゃ、俺はちょっとお手洗いに行ってくるね」

 

ひなたの返事を背に聞きながら、病室を出た○○は廊下を歩いてトイレへと向かう。

 

そして、洗面台の前に立った彼はひたと自分が映っている鏡を見据えた。

 

迷いや逡巡は何処にもない、決意を固めた表情。

 

そして、一つ息を吐いた彼が握り締めていた拳を開くと、そこにある物が現れた。

 

もしこの場に勇者達やひなたが居れば、驚愕に目を見開いていただろう。

 

○○は今回の決戦に合わせ、勇者アプリの端末や、自身の武装の元となる櫛を没収されていた。

 

今まで相当な無茶をしていた為、万が一にも勝手な行動を取らないようにという理由である。

 

○○から回収された端末と櫛は、大社本庁に厳重に保管され、今現在も見張りが付いている。

 

その、厳重に保管されている筈の端末と櫛が、何故か今、○○の手元にある。

 

偽物を渡したわけでもない。そんな事をすれば、受け渡しに立ち会ったひなたが真っ先に気付いただろう。

 

では何故、ここにあるのか?

 

――○○と縁で結ばれた、櫛に宿る神の力である、としか言いようが無い。

 

「――覚悟はできています。私に、みんなを助ける力をお与え下さい」

 

櫛を手に、瞳を閉じて頭を下げる○○。

 

やがて、彼の頭の中に直接響くように声が伝わってくる。

 

『――――――――――――――――』

 

「承知の上です。それでみんなを救えるのなら」

 

『――――――――――――――――』

 

その○○の答えに対し、返ってきた言葉に○○は思わず苦笑した。

 

「そうですね……私は世界を救う勇者ではないですし、そういう性分でもありません。……でも、だからこそ」

 

そこで一旦言葉を切った○○だったが、次の瞬間には決然として続きの言葉を紡ぐ。

 

「――だからこそ、世界を、人を護るあの娘たちだけは護ってみせると……そう己に誓ったのです」

 

『――――――――――――――――』

 

「ありがとうございます。――――では、行きましょう」

 

○○がそう言った次の瞬間――――彼の姿は、この場から消え去った。

 

病室で待つひなたが異変に気付き、大社から端末と櫛が消えているのが確認される、三十分程前の出来事――。

 




最後に、勇者としての枠を明らかに超えた力の片鱗を見せた主人公でした。

最終決戦ですからね、無茶のしどころですよ!

ここを乗り越えれば、皆で生き残ってハッピーエンドだ!

(※大丈夫? このお話はのわゆの二次創作ですよ?)


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あなたを護る

お久しぶりです!(二回目)

そして、マジで長くなってしまったなぁ……と。

あと、今回は割と残酷な描写タグが仕事しているので、少し気を付けた方が良いかもです。

ではでは、どうぞ!


○○は病院から姿を消し、自分の意思を遂げるために行動を開始した。

 

そんな事があった、少し前。

 

○○とひなたに見送られた、彼以外の勇者を除く五人は樹海に覆われた四国の地で、遠くに見える壁を見据えていた。

 

そして、丸亀城本丸城郭に佇む彼女らの視線の先に、バーテックスの大群が現れ始めた。

 

数えるのも馬鹿馬鹿しくなってくるような、無数のバーテックスの群れが壁を越えて少女達に向けて――そして、その彼女たちの遥か後方にある神樹へと侵攻を開始する。

 

そして、それらの数多の星屑の群れの中に、一際巨大な存在が確認できた。

 

「例のサソリ型並みの巨大バーテックスは……十体か」

 

「結界の外で確認できた、あの超大型のバーテックスは居ないみたいですね……」

 

「ま、良い事なんじゃないか? あんなバケモノ、出来れば相手にしたくないしな」

 

「その通りね。強敵は少ないに限るわ」

 

「だね、ぐんちゃん。――――それじゃあ、若葉ちゃん」

 

「ああ、始めるとしよう」

 

既に勇者服を纏っていた少女たちだが、再度端末をその手に握り、意識を集中させていく。

 

「来い――――酒呑童子!!」

 

「降りよ――――大天狗!!」

 

その言葉と同時に膨大なエネルギーが発生し、友奈と若葉を急速に包み込んでいく。

 

友奈が宿すは暴虐の化身、大江山の鬼の総大将である『酒呑童子』。

 

若葉が宿すは魔縁の王、天上世界を灰燼に帰したとさえ言われる屈指の大妖怪、『大天狗』。

 

宿した大天狗の影響か、勇者装束が修験者を思わせるものに変化し、その背から漆黒の巨大な翼が現れる。

 

「来なさい――――玉藻前!!」

 

千景のその言葉と共に、彼女の姿がぶれ、はっきりと目で捉える事が難しくなっていく。

 

まるで、濃霧の中に消えてしまうかの様に見えた彼女の姿は、しかし一瞬の後に、力の奔流と共に全く別の姿となってその場に再び現れた。

 

平安貴族の女性を思わせる十二単に、手元の扇。そして、その背後には彼女の身の丈と同等以上の長さを誇る金毛の尻尾が九本。そして、頭部に狐を思わせる一対の耳。

 

元々の武器である大鎌は、まるで千景を外敵から守るかのように周囲に浮かんでいる。

 

平安時代、時の帝からその美貌と聡明さを愛され、天下一の美女とも、三国一の賢女とも謳われた女性。

 

しかし、その正体は人ではなく、友奈の酒呑童子に並ぶ大妖怪である『白面金毛九尾の狐』であるとされ、各国の王を破滅させたと言われている。

 

「私に力を――――風神!!」

 

「力を貸せ――――雷神!!」

 

同時に、ほぼ同じ意味の言葉で以って力を解放した球子と杏の周囲を、踏ん張っていなければ立つのも困難な程の強風が吹き荒れる。

 

そして、強風の只中に紫電が迸り、両者がまるで一体であるかのように溶け合っていく。

 

二人の勇者装束は、それぞれ輪入道と雪女郎を降ろした時とそれ程の違いは無いが、その背後には、杏がまるで風を捕らえるかのような羽衣を、球子は巴紋が描かれた小さな太鼓がぐるりと輪状に連なっており、双方とも膨大な力を蓄えているのが窺える。

 

風神、雷神――二つで一つの様に扱われる事が多いが、其々が天候すらも変え得る力を持つ、紛れも無い大妖怪である。

 

暴風雨と共に現れて地上に甚大な被害を齎す風神、そして雷――神鳴と言われる様に、神と同一視される事もあったと言われる雷神。

 

力の奔流に飲まれない様に心を強く保ちながら、球子と杏は閉じていた瞳を開いた。

 

そうして、新たな力を宿した少女たちは、世界に終焉を齎そうとする敵をしかと見据える。

 

「ではみんな――――往くぞ!」

 

「うん!」

 

「ええ!」

 

「おお!」

 

「はい!」

 

若葉の掛け声に、それぞれの言葉で返していく四人。

 

そうして戦い第一幕を迎えるが、杏と球子が飛び出していこうとした他の三人を引き留めた。

 

「如何したと言うんだ、二人とも?」

 

出鼻を挫かれた形になった若葉が、多少気が削がれた様な声音で二人に問い、球子は不敵な笑みで、杏は彼女にしては珍しく自信ありげな表情で答えた。

 

「まあ見ていて下さい、皆さん。――タマっち先輩、行くよ!」

 

「よーし、準備開始ってなぁ!」

 

杏は自身の武器であるクロスボウを展開。外見的変化はあまり無いが、込められた力は桁違いに増大しているのが見ているだけで分かる。

 

バーテックスに対して狙いをつける彼女の動作と共に、クロスボウの弦が引かれていく。

 

軋むような音がして矢玉の装填完了を知らせ、それに合わせて今度は球子が外部から装填された矢玉に自身の力を籠めていく。

 

傍から見ているだけでも分かる力の奔流に、様子を見守っていた他の三人が息を呑む。

 

「あんず、充電完了だ、いけーっ!!」

 

「了解、タマっち先輩! ――発射っ!!」

 

その杏の声と共に、縄が弾け飛ぶような音が響いて矢がバーテックスに向けて放たれた。

 

風切り音と共に、今にも爆発しそうなエネルギーが漏れ出ているような音が、ジジ……ジジ……と周囲に漏れる。

 

そして数秒の後、放たれた矢は侵攻して来ているバーテックスの一団の中に着弾。

 

瞬間、いきなり竜巻が発生したかのような暴風が発生し、星屑の群れは宙へと巻き上げられた。

 

更に、巻き上げられたバーテックス達を打ち据えるかの様に落雷が発生。

 

暴風に巻き上げられていたバーテックス達に成す術は無く、膨大なエネルギーに焼かれて消炭も残さずに消え失せる事となった。

 

「うわぁ……星屑がほとんど消えちゃった……」

 

「その群れの中心にいた大型を倒すついでみたいなものだったのでしょうけど……」

 

「凄まじいな……ん? 二人とも、大丈夫か?」

 

球子と杏を見やった若葉は、肩で息をしている二人を目にして心配そうに声をかけた。

 

「はぁー……やっぱ結構しんどいなぁ……」

 

「はぁ、ふぅ……そうだね、タマっち先輩。と、いう訳なので、はぁ、はぁ……今の二人でやった合わせ技は、はぁ、ふぅ……無理をしても、もう一回しか使えないと思います」

 

息を切らしながら告げた杏の言葉に、さもありなんと云った具合に若葉と友奈、千景が頷く。

 

「無理をしても、か。当然だが、無理をした後は――」

 

「ロクに戦えなくなってしまうから、実質はもう使えないと思った方がいいでしょうね……」

 

「でもでも、大型一体に星屑ほとんどをやっつけたんだから充分だよ!」

 

「友奈の言う通りだな。これで、かなり戦いやすくなった筈だ。球子と杏はこのまま休憩し、交代に備えてくれ」

 

「りょーかい、若葉」

 

「分かりました。お気をつけて」

 

「ああ、二人もな。では友奈、千景――往くぞ!」

 

「テイクⅡだね!」

 

「ふふっ……」

 

若葉の号令に友奈が天然気味なセリフを繋ぎ、千景は親友の言葉に思わず笑いが漏れてしまう。

 

最終決戦とは思えないような空気が漂うが、いつもの前衛三人の瞳は真剣そのもので、其々の心に秘めた強い意志を窺わせた。

 

先程の球子と杏の広範囲射撃によって星屑は粗方殲滅され、大型も一体が屠られている。

 

残りは九体だが、それでも三人は臆せずに距離を詰めていく。

 

近づいて来る三人目がけ、棘状の、矢の様なものを発生させる大型がそれを撃ち出して攻撃を開始する。

 

「散開だ!」

 

「了解!」

 

「分かったよ!」

 

一塊で走っていた三人は、若葉の言葉と共に走る道筋を変化させる。

 

若葉はそのまま真っ直ぐ、千景と友奈は若葉を中央にそれぞれ左右に別れ、大型バーテックスに向かっていく。

 

別れた三人に、棘を撃つバーテックスは一瞬迷ったのか射撃が止むが、数瞬で狙いを自分へと迫る若葉に修正し、射撃を再開する。

 

「やはり私を狙ってきたか。――思った通りだな」

 

狙いが当たった若葉は不敵な表情を浮かべ、背中の黒翼を羽ばたかせると一気に飛び上がった。

 

大型バーテックスは何とか若葉を撃墜しようとするが、彼女を捉えきれずに全て無駄撃ちに終わった。

 

「これで決める――はああああああっ!!」

 

大型バーテックスの真上まで接近した若葉は太刀を上段に構え、自由落下に羽ばたきの勢いを加えてパワーダイブ。

 

関節の継ぎ目らしき場所を狙われた棘を撃ち出す大型を二等分にし、落下の勢いで再び上昇する際に更にもう一撃を加える。

 

三分割された大型バーテックスはそのまま崩壊し、星屑に分裂するが、何度となく戦ってきた若葉にしてみれば、物の数ではない。

 

全ての星屑を殲滅するのには、数分とかからなかった。

 

一方、二人と別れた千景は複数の板の様なものを持つ大型バーテックスに接近していっていた。

 

千景の今の格好は十二一重で、戦闘には著しく向いていない格好だが、彼女は自身の足で走らずに、浮かんだ上で滑るかのように移動している。

 

なので、普通の人間ではまず不可能と思われるような動きも実現している。

 

猛スピードで走る千景を叩き潰さんと、大型バーテックスが板状の物を彼女目がけて振り下ろす――が、千景はスピードを落とさずに九十度直角に曲がる、というより折れた。

 

攻撃をかわした千景はスピードをそのままに再び大型に接近し、遂に自身の間合いに相手を捉えた。

 

「微塵に斬り刻んであげるわ!」

 

そうして、手にしていた扇を板状の物を持つ大型バーテックスに向けて振り下ろすと、宙に浮かんでいた大鎌が対象に向けて彼女の意思通りに向けられる。

 

大鎌は大型バーテックスの本体に到達してその身を刻まんとするが、堅牢な装甲に阻まれて有効打を与えられない。

 

その間も板状の物体による攻撃を避けていた千景だったが、これ以上は無駄だと判断して大鎌を自分の傍に戻した。

 

「ふぅん、大した防御ね。――なら、それを無にするまでよ」

 

そう言って扇を開くとそれを水平に構え、自身の力を集中させていく。

 

「――――――――っ」

 

開かれた扇の上に、目に見える形で力の塊が生成されていく。

 

千景の勇者服と同様の、彼岸花と同色の赤。

 

その尋常でない奔流は、まるでエネルギー自体が結晶となっているかの様にすら見えている。

 

「あなたはここで朽ち果てなさい――――『殺生石』!!」

 

千景がその名を紡いだその瞬間、樹海によって現実世界から切り離されていた世界が千景と、そして彼女と相対している大型バーテックスのみを取り込んで更に分断されたかの如き様子に変貌した。

 

心を持たないバーテックスであるので、それを不審とすら思わず攻撃を続行して板状の物体を振り回して千景を攻撃し、彼女は再度それを躱していくが……変化はジワジワと現れていた。

 

大型バーテックスが地面に板状の物体を叩き付けること数度、遂にその時は訪れた。

 

振り回されていたそれが、腐食したかのようにボロボロと崩れ、形を失っていく。

 

それでもなお、大型バーテックスは千景を攻撃しようとするが、遂には板状の物体だけでなく、本体にも影響が出始めた。

 

不安定な挙動を見せ始めたかと思うと、ゆらゆらと一際大きくぐら付き、そのまま臥せるかのように地上に墜ちてしまったのだ。

 

それに伴い、攻撃に使用されていた板状の物体も、糸が切れるかのように力を失い、墜落した。

 

まだ僅かに動いている大型バーテックスだったが、その姿は風化していく物体の映像が早回しにされているかの如く、ボロボロと崩れ落ちていく。

 

そして遂に、崩れた砂山の様にその巨体は崩壊し、そこから星屑が発生する兆しすら見せなくなった。

 

殺生石――――玉藻前が正体を見破られ逃亡し、那須の地で討たれた際、恨みを残したまま死した彼女が変じたとされる、近づけば命を奪うと呼ばれた巨大な毒石。

 

石に変じた直後、その周囲に居た数多の人間や鳥獣の命を奪い、その後の世においても調伏に訪れた高僧の命などを奪い続けた、玉藻前の恨みの深さを物語る伝承である。

 

千景が振るった力は、その具現化である。

 

「ふふっ……良い恰好ね?」

 

風化していく大型バーテックスの残骸に目を遣りながら、扇で口元を隠して艶然と微笑む千景。

 

現在の彼女の姿と相まってか、それとも宿した妖怪の影響か、人ならば誰もが目を奪われかねない美しさである。

 

「ひええ……若葉ちゃんもぐんちゃんもすっごいなぁ。よーし、私も……って、あれ? どうしたんだろう……?」

 

他の大型バーテックスからの攻撃をあしらいつつ、二人のフォローに努めていた友奈も、そろそろ本格的な攻勢に移ろうかと考えていたその時だった。

 

その他の倒された者を除く、残り七体の大型バーテックスが一斉に退く様子を見せ始めた。

 

未だに数では圧倒している筈のバーテックス達が引く理由に皆目見当が付かず、集まって意見を言い合う前衛三人。

 

「……どういう事なのかしら、アレは?」

 

「分からない……が、球子と杏も不審を感じている筈だ。二人の元に戻って、善後策を練ろう」

 

「それが良いよね。タマちゃんとアンちゃんなら、戦っていた私達には分からなかった事にも、何か気付いているかもしれないし」

 

話が纏まった三人は、急ぎ待機中の球子と杏の元に戻る。

 

樹海を跳んで戻ってきた若葉に千景、友奈の三人に労いの言葉をかけると、早速若葉が口火を切った。

 

バーテックスの動きに不審を感じたのは、球子も杏も同じらしかったので、特に説明は要らなかった。

 

「率直に訊くが杏……あの行動をどう思う?」

 

「そうですね……不利な戦況を一旦仕切り直す為、というのが一般的な見方なのでしょうけど……」

 

「でもさぁ、そうだとしたら、数がまだタマ達より多いのに引っ込むのは変なんじゃないか?」

 

「タマっち先輩の言う通りなんですよね……数の上では有利なんだから、力押しで攻めて来るのが今までのバーテックスの傾向なんですけど……」

 

それからも五人で意見を言い合ったが、決定的な意見は出て来ない。バーテックスの事については一年以上戦い続けている現状でも分からない事が多いのだが、その影響がもろに出た形である。

 

そして、話し合いも煮詰まって来てしまったその時、ある事が起きた。

 

「……ん? ――――――――――あ、あぁ……!」

 

「どうしたんだ、友奈? ――――――あ、アイツは……!」

 

思わずふいと、退がっていったバーテックスの一団に目を遣っていた友奈が気付き、思わずといった形で声を漏らした。

 

そんな友奈の異変に気付いた球子も同じ場所に視線を遣ったが、彼女も友奈と同じ様なうめき声を漏らすことになってしまった。

 

「あれは、壁の外に居た……!」

 

「超、巨大……バーテックス……!」

 

千景と杏の声音に恐怖が混じり、表情が引き攣る。

 

四国の結界の外に出て、瀬戸大橋付近で超大型バーテックスに挑んだ時の事は、強烈なものとして彼女たちの脳裏に刻まれていた。

 

その時の記憶が蘇り、思わずと云ったように身体に震えが走る。

 

「――――皆、落ち着け」

 

四人が強張った身体を何とか奮い立たせようとしていたその時、その感情を後押しする声が若葉の口から紡がれた。

 

「あの時は、その時じゃなかったが……今がその時らしい。アイツを倒して、この戦いに終止符を打つぞ!」

 

力強い若葉の声と表情に勇気付けられ、竦み上がっていた四人の身体が解れていく。

 

そうして再び五人がバーテックスの一団に目を向けた時、又もや変化が起き始めた。

 

一団の背後から、見覚えのある姿が再び現れてきたのだ。

 

「……乃木さん、あれ、ついさっき似たようなのを見た覚えがあるのだけど……」

 

「……奇遇だな、千景。私もついさっき同じ様なものを見た……」

 

表情を顰めた千景と若葉の言葉に、他の三人も同じように顔を顰める。

 

最初の球子と杏の合わせ技で吹き飛んだサソリ型、若葉に三分割された棘を撃つ大型、そして千景に風化させられた板状の物体を持つ大型。

 

それら三体が、再び出現したのだから。

 

「若葉さん……申し訳ないですけど、悪い予感がします」

 

「あいつらが再び現れた以上に、か?」

 

「……はい。あの再び現れた三体と、超大型が現れた後の他の大型の事なんですけど……中身が、空洞ではなくなっています」

 

「○○が腕を失った時に現れたサソリ型は、確か中身が空洞だったな……」

 

「強化された、という事かしら……?」

 

「そう考えて行動すべきです、千景さん」

 

悪い知らせにも慣れてきた勇者たちだったが、敵が強くなるなっている可能性が高いという知らせには、流石に閉口してしまう。

 

「さっきの三体、近づいて来るよ!」

 

友奈の言葉通り、先程までの戦闘で討ち取ったものが復活した三体が、再び押し寄せてきている。

 

「タマっち先輩、もう一度やろう!」

 

「……いいのか、あんず? 後の戦いに差し支えるんじゃないか?」

 

球子が疑問を呈するが、杏は静かに首を振った。

 

「まず、私達がこの距離から攻撃を仕掛けて、どの程度強化されているか見ておくべきだと思う。若葉さんたち前衛が至近距離からいきなり攻撃を仕掛けるより安全だし、これから攻める指針に出来ると思うから」

 

「なるほど、尤もな意見だな。だが、これから先は二人は無茶は厳禁だぞ」

 

「勿論です」

 

「だーいじょうぶだって、若葉。タマが絶対にあんずを守るからな!」

 

ニヤリと笑いながら言う球子に、若葉も苦笑しつつ言葉を重ねる。

 

「お前の事も言ってるんだぞ、球子。どうもお前は杏の事になると、無茶をしがちだからな」

 

「ふふ、言われちゃったね、タマちゃん?」

 

「ん、んーっとだなぁ……か、カンジョするって事で?」

 

「それを言うなら善処でしょう、土居さん……」

 

「あはは……」

 

全員が全員、最後の小休止と思っている時間に、軽口を叩き合う。

 

そして、球子と杏は再び合わせ技での射撃の準備を開始する。

 

暴風の力が込められた矢玉に、球子が雷撃の力を籠めていく。

 

他の三人が見守る中、静かに進んでいく行程。

 

やがて、再び溢れ返る寸前まで込められ、力が暴れ狂う矢玉の照準が、復活した三体の一団に合わせられた。

 

「いつでも良いぞ、あんず!」

 

「了解、タマっち先輩!――――発射しますっ!!」

 

そして、暴風と轟雷の力が込められた矢は解き放たれ、復活した三体に向けて風切り音と共に突き進んでいく。

 

だが、そこで三体の内の一体が行動を起こした。

 

自分達に向けられている矢の軌道に、自分を割り込ませ、他の二体に対して盾の様に立ち塞がったのだ。

 

今までにない動きに勇者たちに緊張が走った瞬間――放たれた矢は、立ち塞がった大型バーテックスに着弾。

 

戦闘開始時と同じく竜巻を思わせる暴風と、強烈な落雷を引き起こしてバーテックスを消し去らんとする。

 

それらは、容赦なくバーテックスを排除する――筈であった。

 

「嘘……」

 

「ぐっ……くっそぉ……っ!」

 

盾になった大型バーテックス――先程、千景が排除したものが復活した、板状の物体を持つバーテックスは、何の痛痒も見せる様子が無かった。

 

正真正銘の全力が、有効打を与えられずに終わってしまった。

 

それは、あの時の戦い――○○が右腕を失った、サソリ型バーテックスとの戦いを思い起こさせる状況。

 

更に、あの時とは違い、同様の強さと思われる敵があと八体、そしてそれより強大と思われる敵が一体と、絶望はあの時とは比べるべくも無い。

 

「球子、杏、よくやってくれた。……ここからは、私達の時間だ」

 

生太刀の鯉口を切り、何時でも抜刀出来るように体勢を整えつつ、若葉は膝を着いて息を荒げる球子と杏を労った。

 

「あの時のサソリ型もいるんだね……怖いけど、でも……私達は諦めないよ」

 

「私も、どうしようもなく怖い……けど、ここで逃げたら、○○に顔向けできないものね」

 

「ああ、その通りだ。――待っていてくれる○○と、ひなたの為にも……勝って帰るぞ!!」

 

その言葉と共に、三体のバーテックスへと駆け出す三人。

 

三体のバーテックスは、悠然とした速さで歩を進め、特に急ぐ様子も無い。

 

しかし、それすらも三人には威圧感を与える要素となっている。

 

だが、これまでの戦いの中で、少女たちは恐怖を飲み込み、己の糧としてきたのだから、そう簡単に気持ちが挫ける事は無い。

 

距離を詰めていく三人に、遂に大型バーテックスの一団が行動を起こした。

 

完全な姿となった、棘を矢の様に打ち出してくる大型――後の世で射手座と呼ばれる個体が、彼女ら目がけて攻撃を発射した。

 

これまでの様な単発の一撃ではない、矢の豪雨と言っていい様な、弾幕射撃。

 

「――――っ!! 何という攻撃を……っ!? 危ない、千景!」

 

「ぐんちゃんっ!」

 

「くっ……あっ!」

 

何とか間一髪で避ける事が出来た千景だったが、射手座の射撃は千景を若葉と友奈から分断してしまった。

 

未だに射手座の攻撃は続いており、止む気配が無い。

 

「くっ……しつこい、わねっ!」

 

滑る様な動きで、射手座の弾幕を避け続ける千景。

 

そのまま若葉と友奈に合流すべく進路を取り、若葉と友奈も散発的な射撃を避けながら射手座を攻撃して、これ以上の射撃を阻止しようとする。

 

そんな事を考えていた三人だったが……彼女たちの不幸は、本当の意味で完成したバーテックスの恐ろしさという物を、知らなかった事だ。

 

無論、どんなに調べても分からない事なので、彼女たちを責める事は出来ない。

 

だから、これは事故の様なもので、この事態を防げなかったのは誰の所為でもない。

 

懸命に、射手座の攻撃を避け続ける少女――千景は、そんな不幸の被害者となった。

 

「――千景ぇっ!!」

 

「――!? ぐんちゃん!!」

 

まず気付いたのは、自分も含めた三人全員に気を配っていた若葉。

 

彼女は、未だ行動を起こさない他の二体のバーテックスにも気を回していたが、その中でおかしな事に気付いた。

 

先程、球子と杏の攻撃をまともに受けて傷一つ無かった、板状の物体を持つ大型――後世で蟹座と呼ばれる個体の周囲に、例の板状の物体が無い事に気付いた。

 

走りつつ周囲に目を遣ると、その板がいつの間にか千景を死角に来るように配置されている事が分かり……ぞわりと、背筋に冷たいものが奔った。

 

これまで戦ってきた中で備わった勘が全力で鳴らした警鐘に従って、若葉は千景に向けて叫び、友奈も一拍遅れて気付いたのか、悲鳴のような声を千景に向ける。

 

「え――――っ」

 

一歩、遅かった――――結論としては、そう言うしかない。

 

千景の死角に回っていた板状の物体――反射板は、千景が紙一重で避け続けていた射撃を彼女に向けて反射させた。

 

千景が若葉と友奈の警告を聞いた時には、もう全てが手遅れとなっていた。

 

このまま貫かれると思われた千景――だったが、ここで運が彼女に味方した。

 

諦めない執念が彼女を限界以上に動かし、薄皮一枚と言っていい、真の意味での間一髪で避けさせることに成功した。

 

思わず息を吐く若葉と友奈、そして千景――が、奇跡もそこまでだった。

 

というより、射手座も蟹座も、最初からこれが本命の攻撃では無かったのだ。

 

彼らは、星屑の様に、無力な人間を一方的に殺戮する為の存在ではない。

 

神樹を、そしてそれらから力を与えられた存在を確実に抹殺するために、天の神が作り上げた超常の存在。

 

後の世において、星座級と呼ばれる事になる存在。

 

そんな存在が、勇者を……神樹の力を振るう人間を、確実に消し去る機会を逃がすはずが無かった。

 

間一髪避けたはずの反射射撃――それを、再び反射させ、その逃げ道は射手座が再度行なった射撃で塞ぐ。

 

さながら十字砲火を受けたような状態になった千景に、最早成す術は無かった。

 

「あ―――――がっ――――――っ!!??!?!?!?!」

 

何とか間一髪、攻撃を回避したと思ったら身体全体に激痛が奔っていた――千景は、そうとしか認識できなかった。

 

全身を針で滅多刺しにするような、気が狂う様な激痛に襲われたが、それは程なく消え失せた。

 

これ以上の痛みは精神が破壊されると認識した脳が、痛みをシャットアウトしたからである。

 

倒れ込む千景、広がっていく血溜まり――明確な、死を思わせる光景。

 

常人なら既に死んでいるだろうが、彼女は勇者で、今現在は強力な精霊まで降ろしているため、何とか命を繋いでいた――それが幸運か、それとも不運かは分からなかったが。

 

うつ伏せに倒れ伏し、首だけ横を向いた状態で、千景はひゅー、ひゅーと、風が鳴った様な音の息をしていた――虫の息、という奴である。

 

そんな状態の千景に、射手座は追撃を――しなかった。最早あの人間は、脅威に成り得ないと認識しているのだろうか。

 

「ぐんちゃん!!」

 

「千景!! 友奈、千景を――ぐっ!?」

 

千景の事を友奈に託そうとした若葉だったが、そうはさせまいと射手座がその攻撃の矛先を彼女に向けた。

 

雨霰と降り注ぐ射手座の射撃に、大天狗の飛行で何とか着いて行っている若葉だが、友奈に言葉を伝える余裕も無い。

 

しかし、若葉の意を汲んだのか、友奈は千景に向けて走り出した。

 

それを見てホッとした若葉だったが、次に視界に入ったものを見て顔を顰めた。

 

「ぐんちゃん、今助け――っ?!」

 

ぞっとした感覚のままに後ろに飛び退った友奈の眼前に、数珠を繋いだような尻尾の大型――後世で蠍座と呼ばれる個体の尻尾が叩き付けられた。

 

大地をすら大きく揺さぶる勢いで叩き付けられたそれは、例え勇者だとしても、まともに喰らえばただでは済まないと想起させるには充分すぎる。

 

あの時、友奈に敗れた蠍座が、完全な状態となって再び彼女の前に立ち塞がった。

 

「くっ……早くぐんちゃんを助けないといけないのに……っ」

 

今も彼女の視線の先には、血溜まりに倒れ伏し、浅い呼吸を繰り返している親友が映っている。

 

友奈は焦りを募らせ、拳を握り締めると――そのまま真っ直ぐに蠍座へと突っ込んでいった。

 

普通ならば絶対にしないはずの、フェイントも何もない愚直な突撃。早く千景を助けなければ――そんな焦りに捉われてしまったが故の、無謀な行動。

 

そんな絶好の、攻撃の的になるしかないと思われた友奈に対し、蠍座は無慈悲な一撃を――加えなかった。

 

それ所か、友奈の前に立ち塞がって進路を邪魔する以外は何もしない。

 

「勇者ぁっ……パ――――ンチッ!!」

 

そんな、友奈の全力を籠めた渾身の一撃は、蠍座を――――打ち砕かなかった。

 

それ所か、球子や杏の時と同様に、何の痛痒も与えたように見えない。

 

ただ、友奈が千景を助けに行く邪魔をするのみ。

 

「一回で無理なら、何回でも……効くまで繰り返すっ!」

 

その言葉通り、拳の連撃を蠍座に浴びせかける友奈。

 

何回も、何回も――眼前の敵を排除するまで、何度でも。

 

「はぁ、はあ……何で、どうして……っ?!」

 

酒呑童子の力を宿した友奈の攻撃が、全く効いていなかった。何度攻撃を加えても、少しの効果すら無い。

 

そして、更に焦りを募らせた友奈に対し、蠍座はついに動きを見せた。

 

焦りで隙を見せた彼女へと、その巨大な尾を振り下ろしたのである。

 

「あっ……いぎっ!? がっ……ぐぅ!!」

 

その巨大な手甲で何とか受け止めたが、尾の質量と勢いを同時に受けている訳で、長くはもたなかった。

 

「う、あっ……腕、が、ぁ……! ――――がっ……うあぁ……っ!?」

 

衝撃を何度も受けた腕は、ついには上げていられなくなり、防御できなくなった友奈は横薙ぎに薙ぎ払われた尾の一撃をまともに喰らい、盛大に吹き飛ばされた。

 

「う、あぐ……ぐん、ちゃ、ん……い、行か、ない、と……っ」

 

仰向けに倒れ、自身も激痛に苛まれながらも、それでも親友を助けるべく起き上がろうとする友奈。

 

鈍い動作で何とか起き上がろうとする彼女を睥睨していた蠍座は、自身の尾を、そしてその先端にある尾針の照準を彼女に向けた。

 

そして、尾を振り上げ、その先端にあった尾針は――――狙い過たず、起き上がろうとした友奈の腹部を貫いた。

 

「えっ……?」

 

ズドン、と……人を刺したとは思えない位の轟音が鳴り響く。

 

まるで他人事であるかのような声を漏らした友奈だったが、ようやく認識が追い付いてきたのか、その表情が苦痛に歪みだした。

 

「あ、あっ……うあああああぁ……っ!」

 

友奈を刺した蠍座は、彼女に尾針を刺したまま尾を持ち上げ、そのまま空中まで持って行く。

 

「……っ! …………ッ!?」

 

最早苦痛の余り声すら出せず、口をパクパクとさせるしか術のない友奈。

 

それでもその瞳は蠍座を睨みつけていたが、そんな彼女に斟酌する様子も無く、蠍座は高々と彼女を掲げた後、勢いよくその尾を振り切った――――まるで、友奈を投げ捨てるかのように。

 

凄まじい速度で空中に放り出された友奈は、そのまま地上へと激突、砂埃を上げながら何度も地面を跳ね跳び、ようやく止まった。

 

「ぅ…………ぁ…………っ」

 

力なく地に横たわる彼女からは、普段の快活さの一切が失われていた。

 

自身が助けようとした親友と同じ様に、か細い虫の息を零すのみ。

 

腹部に空いた大穴、そして地面に衝突した際の衝撃で、全身の骨という骨に異常を来たしている。

 

最早、自力でどうにかなる限度を完全に超えていた。

 

そして、若葉はというと――

 

「くっ、はあ、はあ……っ」

 

「ちっくしょうめぇ……!」

 

「お願い、効いてええぇー!」

 

友奈と千景の二人から引き離した射手座と蟹座相手に、散々な苦戦を強いられていた。

 

合流してきた球子と杏も加わり、かなりの勢いで攻勢をかけたのだが、未だに有効打はゼロである。

 

二体のやっている事は、単純の一言に尽きる。

 

ただ若葉たちを狙い撃ち、先回りして死角に反射板を配置し、避けられないと思われる方向から奇襲染みた反射射撃を行う。これだけだ。

 

ただし、それを行なっている存在の強大さにより、若葉と球子、杏の三人はまるで猫に弄られるネズミさながらである。

 

しかも、相手が強大過ぎて窮鼠になる事すら無意味ときている。

 

それでも何とか持ちこたえていたが……友奈が致命傷を受け、それに三人とも気付いた。

 

「友奈っ!? 若葉、友奈が……っ!」

 

「くそっ……友奈、千景……っ!」

 

「友奈さん、千景さん……っ!」

 

致命傷を負い、命の危機に瀕している仲間の存在が、三人から冷静な思考を少しずつ奪っていく。

 

そして、ついにその時が来てしまった。

 

「――――つぅっ!?」

 

今まで散々無理をして飛んできた若葉の身体に、ついにひずみが生じてしまった。

 

その痛みで空中で一瞬動きが停止し、そこに射手座の射撃が降り注ぐ。

 

「ぐっ、おおおおおおおおおおっ!!」

 

手にした生太刀を振り回し、射撃を斬りはらうという神業を見せる若葉だったが、そこで力尽きてしまった。

 

何とか身体の重要な部分は守り切ったが、機動力の要である翼は射撃で穿たれてズタズタになり、そして何より――

 

「若葉さん、腕が……!」

 

「ホントだ、血塗れになってるぞ!」

 

「ぐっ……本格的に、まずいな……」

 

若葉は、両腕共にズタズタにされ、もう太刀を握れるほどの握力が無かった。

 

手から零れ落ちた太刀を拾おうとしても、まるで力が入らずに再び落としてしまう始末である。

 

だが、そんな状態だからと言って敵が手加減してくれるはずも無く、むしろ熾烈な攻撃を仕掛けてくるようにすらなっている。

 

「うあああああああああっ!!」

 

「球子!?」

 

「タマっち先輩!?」

 

三人目がけて豪雨のように降り注ぐ射手座の射撃を、旋刃盤をかざして何とか弾いていく。

 

ただし、友奈と同様に腕への負担が半端ではなく、後が続かない方法でしかない。

 

それでも、もともと防御に使えるものなので、友奈より多少マシではあるが。

 

「へ、へへっ……何だよ、この程度かぁ……?」

 

不敵な笑みを浮かべ、射手座を見遣る球子。

 

それに対する返事の様に、無慈悲な射撃の嵐を加える射手座。

 

既に球子の脚はがくがくと震えており、いつくずおれてもおかしくない状態だが……それでも、彼女は立ち続けている。

 

大切な仲間を、友だちを守るために。

 

そんな想いを胸に、気力だけで立ち続ける……だが、それにも限界という物は必ず訪れる。

 

「球子!」

 

「タマっち先輩!」

 

ついに腕が上がらなくなり、膝まで着いてしまった球子を、若葉と杏が両側から支える。

 

「ごめ、ん……も、うで、上がんなくって……」

 

悲痛な表情で謝罪する球子に、二人も同様の表情で首を横に振る。

 

「ぐ、おおおおおおおおっ!!」

 

何とか仲間を守ろうと、若葉は限界を超えた力を振り絞って太刀を拾い上げるが、拾えただけでしか無く、何が出来る訳でもない。この状況を覆すなど、とてもではない。

 

「ふ……ぐぅ……っ」

 

極限まで追い込まれ、それでも心は折れずにいた杏の頬を涙が伝う。

 

引き結んだ口から悔しさに、無念さに溢れた声が零れ落ちるが、それを気にする余裕も無い。

 

ぽろぽろと涙を零しながら思う事は、残してきた友達と、想い人の事。

 

「ごめん、なさい、ひなたさん……私たち、勝てな……っ……ひ、ぐ……っ」

 

自分たちが勝てる様に、何より生きて帰れるように全力を尽くしてくれた。そんな彼女の思いに応えられなかった。

 

「○○、さん……偉そうに、あんな事、言って……待って、もらってたのに……っ」

 

涙で歪んだ視界に、幻の様に○○の姿が浮かんだ。

 

心も身体も打ちのめされ、弱り切った心が見せた、都合のいい幻影だろうか。

 

でも、たとえ幻だとしても、最期に好きな人に会えてよかったと、杏は心から思った。

 

それでも、あの時自分を助けてくれたヒーローを求める心は止められず――愚かしいと思いながらも、こんな言葉を口走ってしまった。

 

「みんなを、助けて……!」

 

眼前に迫る、射手座の射撃――ああ、これで終わっちゃうんだと、全て諦めて受け入れようとした杏。

 

「――――助けてってのは、冗談だったのかな?」

 

聞こえるはずの無い声が耳に飛び込んできて、思わず目を開けた。

 

自分よりも背の高い、しかし少年らしい線の細さを残した背中。

 

「――――――ぁ」

 

思わず漏れ出たか細い声は、彼が射手座の射撃を弾きとばした音に紛れて消えていく。

 

「なん、で……」

 

「どうして、ここに……」

 

球子と若葉も、信じられないようなものを見た表情で呆けている。

 

射手座の射撃を完封した○○は、少し困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「あー、うん……神様の御加護……?」

 

命懸けの戦場に相応しくないような語調だったが、そんな当たり前のような調子で紡がれた言葉に、若葉も球子も緊張の糸が切れ、涙を零しながら○○に縋った。

 

「ふ、ぐっ……○○っ……千景が、友奈がっ……私の、私の、せいで……うああぁ……っ!」

 

「ごめ、ごめん、○○……みんなの事、守れな……っ!」

 

「うん……うん……でも、ちーちゃんと友奈は大丈夫だから、安心して?」

 

思わず顔を上げる若葉と球子に対し、指で方向を示す。

 

すぐ近くに寝かされていた千景と友奈は、とても命に係わる様な重傷を負っている様には見えず、実際安らかな寝顔を見せている。

 

「かなり血を流したみたいだから、安静が必要なのは確かだけど……すぐに命の危機がどうこうって事は無いはずだから――――って!!」

 

千景と友奈の無事を説明していた○○諸共攻撃すべく、射手座が容赦なく攻撃を加えてくる。

 

結界を敷いて射撃を防いだが、話の邪魔をされて煩わしい事この上ないと云った表情である。

 

「ったく、喧しい奴だな。……ごめん、説明は帰った後にした方が良さそうだね」

 

「○○、だがお前は――」

 

攻撃手段が無い事について若葉が言及しようとしたが、○○は手を翳してそれを止めた。

 

「まあ、何とかするよ。――という訳で、皆のを貸してね?」

 

「え……一体、何を……?」

 

杏の疑問には答えず、少女たちの武装を借り受けると、テキパキと身に着けていく。よくよく見れば、千景の大鎌は背に負っているし、友奈の手甲も腰に吊るしている。

 

そして、一通りそれらを確かめた○○は、鋭い目つきで射手座と蟹座、蠍座を睨んだ。

 

「取り敢えず、ご挨拶に一発ぶち込みましょうかね」

 

そう言って蟹座の反射板にクロスボウを向けると、そのまま引き金を引いた。

 

無造作に放たれた矢は、だが的確に反射板を捉え――――的中すると同時に、それを粉砕した。

 

『――――――――――』

 

余りの光景に、若葉も球子も杏も言葉を失った。

 

自分たちがあれだけ攻撃を加えてもビクともしなかったあのバーテックス達に、一撃であれだけのダメージを与えるなんて、とても信じられないと。

 

しかし、現実は彼女たちに余りに都合が良い光景を映し出している。

 

その後も、反射板を釣る瓶打ちにして破壊した○○は、蟹座の本体にクロスボウを向けた。

 

が、蟹座本体はその重厚な装甲のお陰か、クロスボウでも穿てない。

 

「成程……流石に固いな」

 

射手座の射撃に晒されつつも、余裕を持ってそれを避けながら、○○は一人呟く。

 

そこでまた、信じ難い事が起きた。

 

何事かを念じる様に○○が呟いた瞬間、彼の右腕に半透明の腕の様なものが生じたのだから。

 

○○はその腕の具合を確かめると、生太刀の鯉口を切り、居合の体勢に入った。

 

「――――――――――ふっ」

 

そうして構えを取ると、一つ息を吐いた瞬間に一気に蟹座に近づいて刀を抜き放ち、そのままの流れで鞘へと納めた。

 

数瞬、蟹座は動きが停止していたが……やがて、幾つかの切断面からバラバラに崩れ、そのまま跡形も無く消滅した。

 

「ん……そうですか、婿殿は大切に扱っていたのですね。……自分の義理の息子なのだから、それ位は当然? ふふ、厳しいですね」

 

何やら彼がとんでもないことを話しているような気がしてきた杏だが、意図的に意識から外す事にした。真剣に考えると、とんでもない仮説を思いつきそうだからして。

 

その○○の不意を突いて、蠍座が彼の背後から串刺しにしようとしてきたが、背負っていた千景の大鎌が自動で迎撃してその尾針を弾きとばした。

 

間髪入れずに蠍座の懐に飛び込んだ○○は、装備した友奈の手甲をその尾に全力で叩き付けた。

 

握り込まれた拳が蠍座の表層を打ち砕き、粉々になった体組織が零れ落ちていく。

 

何とか尾を振り回して○○を排除しようとする蠍座だったが、彼はあっさりとそれらを躱すと隙だらけになったその尾に打撃を叩き込んでいく。

 

ついには完成する以前の様なスカスカの体内に逆戻りしてしまい、くずおれて消え失せる事になった。

 

「ふう……これで一段落か」

 

少女たちをあれだけ苦しめた三体を短時間で片づけた○○は、超大型を中心に遠くに展開している残りの大型バーテックスを見遣った。

 

そして、未だ動かないそれらの一団を前に、なにやら独り言を呟き始めた。

 

「ええと……はい……はい……分かりました。確かに伝えましょう」

 

そして今度は、不可解な言葉をバーテックスの一団に……いや、その奥に居る何者かに投げかけ始めた。

 

「なあ……お人形遊びがだ~い好きな根暗クソ姉貴よぉ? もういい加減にしねぇ?」

 

いきなりそんな事を言い始めた○○に、事態を見守っていた若葉たち三人は呆気にとられた。

 

普段の彼とは余りに違う口調に戸惑ったが、杏は先程の彼の独り言から、この言葉は○○が誰かの言葉を忠実に告げているのだと気づき、若葉と球子にもそう伝えた。

 

「あと姉貴の太鼓持ち共もな。何考えてんだろうなぁ……いや、何も考えてねぇか。何せ太鼓持ちだもんな、鉢で叩いたらいい音がするくらいには、頭空っぽなんだろうさ」

 

くっくっく、と心底可笑しそうに笑っている○○。演技が忠実すぎやしないだろうかと心配になってくる若葉たち三人。

 

「てなわけでまぁ? クソ姉貴には愛想が尽きたから、オレは嫁とか娘、あとついでに義理の息子のトコにお邪魔するんで。そこん所よろしく。……あ、もしオレの事が怖かったら、また穴蔵に引きこもってもいいからな? ま、趣味の悪~いお人形で、弱い人間をいたぶるしか能のない根暗姉貴はさぁ、引き籠りしながらかまってちゃんをやってんのが相応し、どわったぁ!!?」

 

誰かに対する聞くに堪えない罵詈雑言を並べ立てさせられていた○○だったが、それは強制的に中断させられた。

 

超大型バーテックスが一瞬光ったと思うと、巨大な高速の火球が○○目がけて放たれたのだ。

 

球子の旋刃盤で何とか軌道を逸らし、上空に向けて打ちあげたが、間一髪と云った風情だった○○は何者かに抗議していた。

 

「言うのは俺なんですからね!? 攻撃の的にされるのも俺なんですよ!? ……力の代償? ……今適当に思いついた事言ってますよね? ……無視ですかそうですか」

 

溜息をついた○○は視線を超大型へと移すが、再び何らかの動きを見せ始めたそれに、警戒感を露わにする。

 

険しい表情で超大型を観察していると、他の大型バーテックスを取り込み、力を増していく。

 

そして、他の全ての大型バーテックスを取り込んだ超大型――後世で獅子座と呼ばれるそれは、その威容を露わにした。

 

こうして離れていても威圧感を感じる程で、気を抜けば膝が砕けそうなほどにジリジリとした空気を感じる。

 

その合体した獅子座の周辺に、何やらポツポツとした明かりの様なものが灯り――――次の瞬間には、全てを飲み込み、焼き尽くすかのような極大の火球が○○へ向けて放たれた。

 

高速で○○へと接近するその火球を、避ける――――事は出来ない。

 

躱せば、そのまま遮るものも焼き尽くしながら神樹に向かってしまう事が分かっているのだから。

 

何とか劫火球を受け止めた○○は、自身の力による結界と、神の加護によって一時的に使いこなせるようになっている少女たちの武装の内、球子の旋刃盤を展開して被害が出ない方向へと逸らそうと試みる。

 

「ぐっ……おあああああああああああっ!!」

 

身体が焼ける様な熱を感じつつも、何とか間一髪で被害の出ない方向へと火球を逸らせたが、こんな曲芸染みた事を何度もやれるものでは無い。

 

「はあ、はあ……やっぱり、そうするしか無いですか……」

 

疲弊した様子を見せながらも、力強く頷いた○○。

 

決意の色を瞳に宿して、生太刀を抜き放ってそれのみを携える。

 

「何をするつもりだ、○○……?」

 

尋常でない様子の○○に、不安に思った若葉が問いかける。

 

「このままじゃ、ジリ貧だからさ。――――合体したあの超大型を倒すしかない」

 

「それは……その通りですけど、でも……!」

 

○○の危険を考えて言い募ろうとした杏だったが、手を翳した○○の仕草に、口を引き結んで言葉を飲み込んだ。

 

あの規格外と思われる合体バーテックスを放置する事は、絶対に出来ない。それをすれば、人類の終焉と同義である。

 

少女たちから視線を外した○○は、そのまま超大型へと視線を移してしかと見据える。

 

一瞬の静寂――――そしてそのまま、弾かれたように超大型へ向かって駆け出す。

 

背後に置いてきた少女たちが小さくなっていく中、○○の背中へと球子の声が掛けられた。

 

「絶対、ぜっっっったいに帰って来いよ――――ッ!!」

 

皆が待っていてくれるなら帰って来られる――その心の中で思った○○は、そのまま限界を超える速さで駆け続ける。

 

声も無く、ただ歯を食いしばって、ひたすらに目標を見据えて。

 

当然の如く、超大型から迎撃の火球が放たれるが、本来の持ち主の影響で全力を発揮している生太刀は、火球すら切り伏せる。――が、○○自体は至近での火球の爆発に、そう何度も耐えられるものでは無い。

 

切り伏せるものは最低限に絞らねば、超大型の元に辿り着く前に倒れ伏すことになる。

 

回避し続け、どうしようもないものだけ切り伏せる。

 

そうして駆けて駆けて、駆け抜けたその先――超大型を、ついに射程へと捉えた。

 

「はあああああああああっ!!」

 

裂帛の気合と共に跳躍し、その巨体へと生太刀を叩き込む。

 

「ぐっ……あ、づ…………っ!」

 

至近まで潜り込まれた獅子座は、体表から膨大な熱を放出して自身に纏わりつく、小さくも驚異的な人間を振り払おうとする。

 

「ぐうううううぅ…………っ!」

 

熱で身体が焼けるが、そんな事はどうだっていいとばかりに叩き込んだ生太刀を獅子座の体にめり込ませていく。

 

「俺の力が足りないのなら――――――持って行ったって良い! ……だから、力を! 俺にもっと力を!!」

 

その声に応えたのか、生太刀が眩い光を放ち、獅子座の体にさらにめり込んでゆき……○○の両脚の感覚が消失した。

 

ガクンとバランスを崩しそうになるが、何かしらの力が働いたのか、攻撃の体勢を崩すことはせずに済んだ。

 

「まだだ、まだ足りない……っ! もっと、もっと、もっとだ!」

 

生太刀が更に輝きを放ち、獅子座の体を断ち割らんばかりの罅を入れ――――○○の呼吸が止まった。

 

「――――――ッ。か、はっ――――――う、げほ……っ!」

 

数瞬、強制的に止められた呼吸は、何らかの力の影響か、正常に持ち直した。

 

「ぐおああああああっ! まだまだぁ…っ!」

 

獅子座の体に入った罅が、更に広がりを見せていく――――○○の心臓の鼓動が停止した。

 

「――――――ッ。ぐ、きぃ…………っ!? くはっ……ぜっ、はー……流石に死んだかと思った…………っ!」

 

鼓動も同様に、何らかの力を受け、正常に戻るが……それは呼吸共々、本来臓器が持つべき役割を他が代替しているに過ぎないものであった。

 

「ぐおおおおおおおお……っ! まだだ……何度でも、何回でも持って行けばいい! こいつを倒すまで!!」

 

その声と共に破砕音が響き、生太刀が更に獅子座の体内にめり込んでいく――――そして、○○は光を完全に喪失した。

 

「うっ……ぐ、あ……もう少し……あと、少し、で……こいつ、を……っ」

 

だが、ここに来て○○の身体に限界が訪れていた。

 

短時間で、複数回にわたって自身の身体を捧げた弊害か、それとも以前からの蓄積か、あるいはその両方か……。

 

生太刀を弾きとばそうとする獅子座の抵抗を抑え込んでいるその腕に、限界が迫っている。

 

「く……そぉ……俺は、結局……っ」

 

――また、護ると誓ったものを、護れないのか……?

 

そんな考えが頭を過ぎり、絶望に沈みそうになる。

 

獅子座からの抵抗を抑えこめず、生太刀を握っていられなくなると思われた……その直前。

 

 

 

 

 

○○の左手に、二つの何かが添えられた。

 

 

 

 

 

「これ、は……」

 

知っている……○○はこれを知っている、覚えている。

 

年頃の少女にしては硬くて、しかし多くの人の命をその手で守り、大地からの命を育んできた優しい手。

 

必至に自分の出来る事を探しつづけ、嫌いな自分を抱えながらも自分のやるべき事をやり抜いてきた手。

 

自分と共に、あの地で戦ってきた二人の手。

 

目が見えなくなった○○には見ることは出来ないが、すぐ隣に二人が居るのを感じる。

 

 

 

 

 

『ネバーキブアップ、○○君! 私たちが着いてるわ!』

 

『○○君は負けないよ! だって……私たちのヒーローだもん!』

 

 

 

 

 

懐かしい……もう会えないと思っていた二人の声が聞こえ、左手の震えが止まる。

 

限界を超えた力が湧き出て、生太刀を更に押し込んでいく。

 

「ははっ……神様、見てますか? ……確かに、人間は弱くて、どうしようもないほどに愚かなのかもしれません。でも――」

 

更に力強く生太刀を握り締め、力いっぱい押し込むと、獅子座の方から更にひび割れが奔り出す。

 

「でも、神様には無い力があるんですよ。……そして、これが――」

 

獅子座のひび割れから光が奔り出し、膨大な力の奔流が溢れ出してゆく。

 

「これが……! 人間の心の、魂の力だあああああああああああああ――――――っ!!」

 

渾身の力で押し込まれた生太刀の刀身が完全に埋まり、その身に宿した膨大な力を解放して、内側から爆発するような勢いで獅子座の体を崩壊させていく。

 

その力の奔流に、今度こそ吹き飛ばされた○○は、左手に感じていた二人の少女達と手を握り合う。

 

あの時言えなかった……最期の別れを、告げる為に。

 

「ありがとう……歌野、水都……」

 

万感の思いを込めて……

 

「さようなら……」

 

○○の瞼の裏に、かつて少女達と笑い合った光景が浮かんでは消えていく。

 

そんな何気ない、普通の日々こそが……いざという時の支えとなるのだろうと。

 

そんな事を思いながら、○○は二人の手をゆっくりと離した。

 

それと同時に、○○の意識も薄れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『――ずっとずっと、キミの事を想っています』』

 

最後にそんな言葉が聞こえたのが現実なのか、幻なのか……意識が飛んでいた彼には、もう分からなかったのだった。




千景の切り札・玉藻前は、のわゆ下巻後書きからそんな文があったので採用しました。……が、玉藻前について調べていると、千景の切り札として誂えたかのような意見を見つけて唸りました。
大体が傾国の美女、権力者を堕落させる悪女とあったのですが、ある意見の中に『愛情を求め、運命に翻弄された悲劇の女性である、とする説も存在する』という趣旨の記述があり、目ん玉かっ開きました。……まんま千景じゃんかよコレェ!(白目)

球子と杏の切り札、風神と雷神は他三人の妖怪に知名度で負けていないものを手当たり次第に探した結果、これが二人には一番嵌まるだろうなと思い選びました。風神と雷神は二つでワンセットみたいな風潮もあるので、尚更球子と杏にはいいかなぁ、と。

難易度の急上昇は予定通り。
西暦に神世紀のバーテックスが現れたらそりゃあ歯が立ちませんって(真顔) 犠牲マシマシの主人公以外は!
そして、スタクラがラスボス。FEをやっていたら、いきなりスパロボ並みのダメージを叩きだすユニットが登場したようなもの(白目)
……無理ゲーですな。

そして、主人公に多大な影響を与えた諏訪二人組の再登場(?)
以前から、というかのわゆ編をやろうと決めた時から、これは絶対にやろうと決めていたので満足しました(イイ笑顔)


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願い、一つ

何とか書き上がりましたので、投稿させていただきます!

やっぱり、最低でも月一位で投稿したいかなって。

……これからも、そう出来たらいいなぁ(願望)

では、もうちょっとだけ続くのわゆ編をお楽しみ下さい!


「…………」

 

すうすうと、安らかな寝息を立てつつ○○は眠っていた。

 

既に空は白み出しており、人々が起き出して活動を開始する時刻である。

 

と、そんな流れを受けたかのように、○○のベッドの脇に置いてある目覚まし時計がけたたましい音を響かせ始めた。

 

安らかだった○○の顔が顰められ、口からは意味を成さない声を出しつつも、左手で置いてある目覚ましのスイッチを探り出し、その頭に響く音を消し止めた。

 

「う~ん……ふぁ~~~~ぁ」

 

口を限界まで広げる様な大欠伸をしながら上半身を起こし、しかしうつらうつらと微睡んでいると、彼の部屋と繋がっている隣の部屋から二人の少女が入ってきた。

 

「お早う、○○……って、また寝ようとしていないか? 顔を拭いてやるから、しっかり目を覚まさないと」

 

「お早うございます、○○君。もうすぐ朝食の時間ですから、手早く身支度を整えましょうね」

 

「ああ……おはよ、若葉、ひなた」

 

そう言って二人の方に顔を向ける○○だったが……その瞳が二人を捉え、映すことはもう二度と無い。

 

今も、若葉とひなたの声と足音を頼りにその方向を向いただけで……もう、その瞳は光すら感じられない。

 

瞳だけではなく、他に様々なものを失った○○は、大赦系列の病院の、特別な患者を入院させる病室にあり、あれからの日々を過ごしていた。

 

あの決戦の日から、既に一ヶ月が経過した。

 

残暑も過ぎ去り、厳しい日差しも落ち着きを見せている中、若葉とひなたはいつも通り、○○の世話をするために病院に泊まり込んでいた。

 

というのも、○○は先の決戦で何か所も自身の身体を贄として捧げ、その結果、日常生活を送るのでさえ困難を来たす事となった。

 

以前の代償と合わせ、両眼の視力は完全に喪失。

 

脚は両方とも微動だにしなくなり、完全に不随。よって、車椅子での生活を余儀なくされた。

 

さらに、心臓と肺を筆頭に、いくつかの重要臓器が完全に機能を停止し、医学的・生物学的に見て、どうして生きているのか説明が付かないという状態になってしまっている。

 

ただ、意識は明瞭であるし、機能を停止している筈の心臓や肺だが、鼓動はあるし、呼吸とてしっかりと行われている。

 

何が何だか分からない状態だが……画像検査を行った時、一つ判明した事があった。

 

心臓、肺など……機能を失ったと思われる箇所は、どんな画像にも映らなかったのだ。

 

その箇所には、白い靄の様なものが映り込むか、ぽっかりと黒い空洞の様になっているかのどちらかであった。

 

それは兎も角、○○は以上の様な姿となってしまい、事実上一人暮らしは不可能となった。

 

戦闘後に病院に搬送されたのは、勇者全員が同じだったが、被害の九割方は○○に集中していた。

 

なお、致命傷を負った友奈と千景だったが、それも○○に治療された……のだが、流石に瀕死だった二人を治療するのに代償抜きとはいかなかったらしく、ここでも自身で贄を捧げている。

 

流石にそれを隠し通す事も出来ず、友奈と千景はその事実を知ったのだが……直後の二人は、酷いという言葉では済まない位に打ちのめされた。

 

生きながらにして死んでいる……まさに、そうとしか言い様が無い状態となった。

 

生気を失い、ただ機械的に物事をこなす、出来の良い人形の様な有り様……そんな、目を覆いたくなる様な姿。

 

このままでは心が壊死するまで秒読みだったが、そうなる前に、嫌がる二人を他の全員で引き摺って……本当に物理的に引き摺って○○の前に引き出し、無理やり対面させた。

 

友奈と千景の心に止めを刺しかねない荒療治だったが、○○の病室に二人が入ってからしばらく後、彼に対して幼子の様に泣いて縋る二人の姿が見られることになった。

 

車椅子に座った○○の膝には千景が縋り付き、差し出された左手には友奈が縋って肩を震わせる……そんな姿が。

 

斯くして……大分省略したが、何とか精神的に復帰した友奈と千景も加わり、○○の日常のお世話を交代でする事が決まった。

 

なお、友奈と千景は前にも増して○○を見詰めてボーっとする様になる……が、実害は出ていないし、幸か不幸か彼は何も見えないので、そもそも二人がそんな事をしているとは気付いてもいないのだが。

 

そんな経緯を辿り、○○を勇者と巫女の六人が嬉々として世話している、といった状態である。

 

「ほら、○○。次は味噌汁だぞ」

 

「分かった」

 

そう言って、若葉が大きめの匙で掬った味噌汁を○○の口元に運んでいく。息を吹きかけて熱くないように配慮しているが、本人は完全に無意識である。ただし、反対側で同じように彼を世話しているひなたは、本人的に至福の光景をガッツリ記憶していたのだが。

 

「はーい、では私の方からもどうぞ♪」

 

「うん、ありがとう」

 

ひなたもひなたで、箸で摘まんだ焼き鮭の解し身を○○の口元へと持って行く。

 

「……(モグモグ)」

 

朝の静かな朝食の時間らしく、穏やかに時が流れていく。

 

若葉もひなたも、満足気に、甲斐甲斐しく彼の世話を続けていた――が。

 

『おう、今日は刀の嬢ちゃんと巫女の嬢ちゃんの番かい。いやはや、順番があるとはいえ毎日毎日性が出んなぁ』

 

そんな言葉が誰も居ないはずの空間から響き、思わず三人とも声のした方向へと顔を向ける。

 

すると、若葉たちよりも少し年上と思われる、着流しを身に着けた少年がその空間からスウっと唐突に出現した。

 

宙に浮きながら椅子に座ったような体勢で腕を組み、ニヤリと人の悪い様な笑みを浮かべている少年。

 

『しかしまあ、流石だよボウズ』

 

うんうんとばかりに頷き、○○の方に視線をやって更に笑みを深くする、着流しの少年。

 

その言葉を受け、○○は苦笑するだけで済んだが、若葉とひなたには若干の緊張が見え隠れしている。

 

そんな彼女たちに対し、少年はほとんど一瞬で近づくと、○○には聞こえないような小声でぼそりと呟いた。

 

『まあ頑張んな? ボウズも大分絆されてきてるし、嬢ちゃんたちみたいな美人に甲斐甲斐しく世話されて嬉しく無い訳ないんだからな』

 

「「――っ」」

 

緊張感が一気に崩れ、その反動の様に頬が真っ赤に染まる若葉とひなた。

 

そんな二人の様子を満足げに見やっていた少年だったが、○○から言葉がかかった。

 

「お早うございます、神さま。何か言っていたみたいですけど、一体どうしたんですか?」

 

『ああ、まあ何つーか……嬢ちゃんたちに対する激励みたいな?』

 

「そうなの、若葉、ひなた?」

 

「あ、ああっ。そうだな、激励の言葉を頂いたんだ!」

 

「わ、若葉ちゃんの言う通りです。神樹様から代表して、お言葉を頂きまして!」

 

慌てたように、もしくは誤魔化す様に早口で言い立てる若葉とひなた。

 

それから暫らくして二人も落ち着き、朝のお世話も終わったので、病院を後にして丸亀城へと戻る事になった。

 

「では、私達は城に戻るが……何かあったらいつでも知らせてくれ、○○」

 

「今夜は、球子さんと杏さんが来る予定です。――では、○○さんを宜しくお願い致します」

 

そう言って頭を下げるひなたと、それに倣う若葉。

 

二人から頭を下げられた少年は、ひらひらと手を振って気負わない様子でその言葉を快諾する。

 

『ん、承った。――そんじゃまたな、嬢ちゃん方』

 

「またね、若葉、ひなた」

 

○○の言葉に二人はニコリと微笑むと、連れ立って病室を後にした。

 

病室に残された二人――では無く、一人と一柱は、また誰かが来るまでの間、この病室で静かに待っている事になる……。

 

――――何て事も無く。

 

『んでボウズ。今日こそ聞かせて貰うぜ……?』

 

「……またですか、神さま。 もういい加減、諦めません?」

 

真剣な表情で○○を見据える少年と、そんな雰囲気を察してもどこか気の抜けた態度で接する○○。

 

若干苦笑気味の○○を見遣り、如何にも真面目な口調の少年から発せられた言葉は――

 

 

 

 

 

『んで結局、六人の嬢ちゃんの誰が好きなん?』

 

 

 

 

 

――極めて俗な話題であった。

 

「ですから何度も言っている様に、そういう感情は彼女たちに対しては持っていません」

 

また、と言っていたように、○○もこの事を何度も聞かれていたので、慣れた様子で素気無く回答する。

 

『うっそだろオメー! あんだけ可愛い娘達に? あんなに甲斐甲斐しく世話されといて? 何とも思っていませんだぁ? ボウズオメーそれでも男かよ!』

 

「そんな事言われても……彼女たちの事は大切ですし、幸せになってくれればと思ってはいますけど……」

 

『んじゃさあ、もし嬢ちゃん方を好きな男が現れて、そいつが幸せにしてやったとしたらボウズはそれで満足なのか?』

 

「まあ、アリなんじゃないですか? 彼女たちが幸せなら、俺も幸せですし」

 

『ほーん……盗られたーとか思ってショックを受けたりとかは、全くしねーと?』

 

「そもそもみんなは、俺のモノ何かじゃないですし……当然ですよね?」

 

キョトンとした様子でそう言った○○に、少年は処置無しとばかりに首を振った。

 

『ボウズのモンになれるなら、嬢ちゃんたち全員が喜んでそうすんだろうになぁ……肝心のボウズがこれじゃ、どう仕様もねぇぞ……』

 

「何か言いましたか、神さま?」

 

『いんやべっつにぃ~? 嬢ちゃんたちが可哀想だなぁ~、とか? マジかよコイツ信じらんねぇ、とか? 思ったり思わなかったりしちゃってるわけですよハイ』

 

「何ですか、その取って付けたような丁寧語……」

 

『うっせーこの朴念仁の唐変木が!』

 

「ええええぇぇぇ……」

 

そう言ってぎゃあぎゃあ騒ぎ出す少年を宥めようと悪戦苦闘する○○。

 

まるで仲の良い先輩後輩の様な二人……ではなく、一人と一柱。

 

やたらと俗っぽい言葉遣いと態度であるが、○○と共に居るこの着流しの少年こそ、最後の決戦で○○に力を貸した神の一柱。

 

天の神と同じ陣営に在りながら、○○が携えた櫛に宿る神の、その縁によって彼に力を授けた神だった。

 

決戦後、○○が病院に担ぎ込まれてまだ意識が無かった時にいきなり現れたので、ひなたは勿論の事、勇者たちも、それから大社から見舞いに来ていた人員も合わせて大騒ぎになったのは記憶に新しい。

 

一応、ある程度の霊的能力のある人間以外見えないが、それでも大社の人員が居る時は威厳ある態度を崩さない。

 

……のだが、○○とその周囲にいる人間、つまりは六人の少女たちに対してはぞんざいな態度で接している。ちなみに勇者たちは神樹と繋がりがある関係で、問題なく神様の姿を認識できている。

 

そんな神様であるが、現在は人の世を満喫しつつ、○○の周囲に居る少女たちの気持ちを察し、遠回し(?)に色々と○○に言っている。

 

神様に敬意を持って接している○○だったが、その話題の時だけは苦笑気味になってやり過ごそうとするのは、自己評価が低いだけなのか、それとも自分の行く末を悟っているのか……

 

○○も神様も、その部分に関しては互いに相手を窺う所があり、しかし神様はそれに気付いても特に言及したりはしなかった。

 

仮にも人智が及ばない存在である。自身が力を貸した人間の事くらい、手に取る様に分かっていたから。

 

そんなこんなでじゃれ合いを続けていると、時間の流れは早いもので夕方になり、朝にひなたが言っていた通り球子と杏が連れ立って○○の病室にやって来た。

 

「おじゃまします、○○さん。元気にしていましたか?」

 

「よーっす、○○! 明日の朝までの世話は、タマとあんずに任せタマえ!」

 

「いらっしゃい、二人とも。今日もよろしくね」

 

『今日はおチビちゃんと後輩ちゃんか……とっかえひっかえ羨ましいこってすなぁ、色男さんよぉ?』

 

「いやいやそんなんじゃ無いですから。神様もあんまり悪ふざけは……って、タマっち、杏? 急に傍に来てどうしたの?」

 

「どうして? ……分かりませんか、○○さん?」

 

「なあ、あんず。やっぱ変化球は○○相手には無理だって。勘違いしようの無いストレートしか打ち返してくんないだろ」

 

神様の言葉を受けて少し照れ臭そうにしていた球子と杏だったが、○○の返答を聞いて少々据わった目付きで彼の傍に詰め寄る二人。

 

幸いというか何というか、○○は目が見えないのでそんな二人の少々危険な目付きには気付きようも無く、ごく変わらない態度で応じている。

 

「ストレート、かぁ……。う、うん……○○さん!」

 

「どうしたの、杏?」

 

『お、お、おっ? 何々、いっちゃう? 遂にいっちゃう感じ?』

 

「カミサマ、あんずの邪魔はダメっすよ?」

 

『分~かってるって、心配しなさんな、おチビちゃん』

 

「チビってゆーなぁ!」

 

背後で戯れる一人と一柱の騒ぐ声をBGMに、杏は意を決して自身の想いを○○に伝えようとする。

 

「○○さん……私は、貴方のことが……す、すっ……」

 

「?」

 

つっかえた杏の言葉に首を傾げるが、それでも問い返さずにそのまま待ち続ける○○。

 

「……っ。…………………………あ、貴方のことを、た、大切な人だと思っていますっ!」

 

「あ……うん。俺も杏の事を、大切に思ってるよ」

 

「そ、そうですか? えへへ……」

 

そう言われてゆるゆるに緩んだ表情で喜ぶ杏だったが、さっきまで騒いでいた一人と一柱は揃って彼女に白けた視線を向けていた。

 

『あらあらまあまあ、杏お嬢さんったら土壇場でヘタレましたわよ? どう思いまして、土居の奥様?』

 

「んまあ、何というブザマ! これでは百年経っても想いを伝えるなんて出来ませんですわねぇ?」

 

似非奥様言葉で、聞こえるようにヒソヒソ話をしている球子と神様のその態度に、緩んでいた杏の頬がヒクヒクと引き攣る。

 

「そ、そういうタマっち先輩はどうなのかなぁ? 後輩としては、是非ともお手本を見せて欲しいなぁって思うんだけど?」

 

微妙に怖い目で、ひたと球子を見据える杏。

 

「お手本? ……フッ、イイだろう。タマの勇姿をとくと見るがいいぞ、あんずよ」

 

「えっ? ……あ、うん」

 

慌てると思っていた球子が何故か自信満々で応じたため、少し困惑した様子を見せる杏。

 

「よし、じゃあ行くぞ。………………○○―! 大好きだぞー!!」

 

「おっとっと。俺もタマっちの事、大好きだよー」

 

「えええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

『ほっほー、割かし冗談めかしちゃいるが、今の時点だと上出来だな』

 

球子は叫んだと同時に○○に抱き着き、その頬をスリスリと○○の肩に擦りつけている。

 

○○も○○で、冗談めかしてはいるが球子の言葉に応えている。杏が驚くのも当然だろう。

 

最初は驚きの表情でそれを見ていた杏だったが、次第に涙目でその光景を見る羽目になってしまったのだ……が、ここで球子が杏を手招きした。

 

困惑しつつも、誘われた通りに○○に近づいていく杏。

 

そして、○○に抱き着いていた自分と杏を入れ替えるようにして交代した。

 

「ん? タマっち……じゃ、ないな。杏と入れ替わった?」

 

「は、はい……あの、嫌ですか……?」

 

「ううん、そんな事は無いけど。杏は良いの?」

 

「わ、私は全然、全く大丈夫ですから! 気にしないで下さいっ!!」

 

「そ、そっか……」

 

力いっぱい言い切った杏の台詞に、少し困惑しつつもされるがままになる○○。

 

杏の方はと言えば、暴れ狂う位に心臓が鼓動を刻み、顔色も完熟トマトの如く真っ赤になっていたが、それでも彼女は幸せそうであった。

 

そしてまた別の日。

 

その日は友奈と千景が○○の世話係として就いていたが、二人とも終始幸せそうにしていた。

 

「○○、何かして欲しい事はあるかしら?」

 

「私もぐんちゃんも、○○君の頼みなら何でもするよ?」

 

「ありがとう、二人とも。でも、その気持ちだけで俺は嬉しいから」

 

こんな感じで、互いに相手を尊重し合う、実に麗しい光景である。

 

…………友奈と千景、二人の瞳に込められた思慕の念に目を瞑れれば、の話ではあるが。

 

他の人が、○○を見詰める友奈と千景の目を見れば、即座に二人の内心に気付くであろう程には分かりやすいものだった。

 

二人とも、絶望の淵で○○に心を救われた経緯があるだけに、その好意はこの年頃の少女たちとは一線を画す程に強く、深いものだった。

 

『…………(いやー、この二人の嬢ちゃんを茶化すとかねーわー。てか好意の純度が高すぎんだよなぁ……マジでボウズの為なら、何もかも捨てられるレベルでイッちまってんだから。……女ってのは人間も神も、ホント恐っそろしいわぁ)』

 

この様に、神様でさえ二人に茶々を入れるのを思い止まる程度には。

 

そんな、不自由なりに穏やかな日々を送っていた○○だったが――――そんな時間にも、終わりが近づいて来ていた。

 

ある日の夕方。

 

○○が若葉たち勇者とひなたの六人を、大事な話があると言って呼び出した。

 

六人全員で彼の病室に来た時、○○は車椅子に座り、その横には神様がいつになく真剣な表情で佇んでいた。

 

「みんな、急な呼び出しに応じてくれてありがとう」

 

「いや、お前の頼みなら何てことは無いさ」

 

○○の言葉に、皆を代表して若葉が薄く笑いながら言葉を返す。

 

「それで、大事なお話っていうのは?」

 

「そうね……私達全員を集めて聞いてほしい話っていうのは、一体何なのかしら?」

 

友奈と千景の言葉に、○○もコクリと頷く。

 

「うん、話っていうのはね――――奉火祭のことだよ」

 

ひゅっと……誰かが息を呑む音が、病室に響き渡った。一人だけだったのか、或いは複数人だったのかは分からなかったが。

 

「ど、どうして……その事を、知っているんですか……?」

 

『おいおい、巫女の嬢ちゃん。ボウズの傍にはオレがいるんだぜ?』

 

ひなたがつっかえながら問うと、○○の横に控えていた神様が当然だとばかりに言った。

 

「そ、それが何か関係あるのかよ」

 

「……あ……まさか……っ」

 

『ほぉう、後輩ちゃんは気付いたか。さすが、勇者チームの知恵袋って所か』

 

感心したような表情で頷く神様の言葉を受けても、杏の顔色は冴えないままだ。

 

「どういう事なんだよ、あんず!」

 

「タマっち先輩……神様は今この場にいるけど、根本的に神樹様と繋がっているの。そして、奉火祭の事は大社の本庁で話されていたんだろうけど……その大社には、現実世界の神樹様である御神木があるでしょう? ……神樹様と繋がっている神様が、気付かない訳が無いよね?」

 

「杏さんの言う通り、ですね……馬鹿な事を訊いて済みません……」

 

「それで、奉火祭の事で話したい事というと……?」

 

ひなたが力なく謝罪し、若葉はそんな彼女を気遣いつつも話を先へと促した。

 

「奉火祭をとり行い、天の神に対して許しを乞い願い、これ以上の侵攻を赦してもらう。その為に必要な条件を探るっていうのが趣旨みたいだけど――その必要は無いよ」

 

『オレが姉貴の太鼓持ち共に、条件を聞いてきたからな』

 

そう言って頷く神様の方を、○○を除いた全員が見詰める。

 

「そういう事ですか……人が神にお伺いを立てるのには、どうしても贄が必要でしたから……それが回避されただけでも、喜ばしい事です」

 

「本当にね……」

 

ひなたがポツリと零した言葉に、千景が同意する。

 

『そんじゃあ……オレが聞いてきた向こうの言葉を、そのまま伝えるからな』

 

神様はそう言って一つ間を置くと、真一文字に結んでいた口を開いて言葉を告げた。

 

『人が神に成ろうとするなど不遜の極み。しかしながら、人が自らの過ちを正し、同胞を処し、これ以降この地から足を踏み出さぬというのであれば、我らは此れを赦そう』

 

固い言葉で告げられた内容に皆が沈黙するが……球子には難しかったらしく、疑問符を頭上に乱舞させていた。

 

「えーっと……結局どういう事なんだ?」

 

『ま、ゆるーく言うと……人が神様になろうなんざ調子乗り過ぎだっての! でもまあ? 人が自分のやった事を反省して? 仲間を処分して? これから先ずーっと引き籠ってるってんなら、ま、赦してやるよ! ……てことだな』

 

「屈辱的だが……もう、どう仕様も無いのだろうな……」

 

「そう、だね……私達は、結局最後の戦いであんまり役に立たなかったし……私とぐんちゃんに至っては、死にかけた……」

 

悲壮な声音で若葉が零し、友奈もそれに同意する。

 

そんな中、神様から告げられた内容に疑問を持ったのか、ひなたが○○に尋ねた。

 

「少し宜しいでしょうか……?」

 

「どうしたの、ひなた?」

 

「大体は理解できたのですが、少し分からない部分があって……”同胞を処する”というのは、私達の仲間の、それこそ人間を処罰しろと言っているのでしょうが、具体的には何をしろという事なんですか?」

 

ひなたの疑問に対し、○○と神様は顔を見合わせたが……○○が覚悟を決めた表情で頷くと、神様もまた頷き返した。

 

そして、○○はひなたからの疑問に答え始めた。

 

「天の神は、神に成りかけている人間の存在を認めず、その人間を、人間の手で消せと……つまり、命を奪えと言ってるんだ」

 

「神に成りかけている人間……? そんな人が、一体どこに居るの?」

 

当然の疑問を友奈が呈するが、○○は薄く笑うと左手の掌で自分の胸を軽く叩いた。

 

○○と神様以外の全員がポカンとしたが……その意味が理解できて来たのだろう。顔面蒼白になり、身体が震えだしてきた。

 

「○○が……神様の、成りかけ? このままほっとくと、神になるってことなのか……?」

 

「らしいよ……実感は全然無いんだけどね、タマっち」

 

「それが天の神は赦せないから……だから、私達の手で……○○さんを、殺せ、と……?」

 

「杏の言う通りだね……赦しを乞うなら、自分たちでそれを行なって、覚悟を見せろという事だろうけど」

 

「嘘……嘘、よね……? ○○の……命を、う、うば、え、なんて……」

 

「こんな嘘は、さすがに俺も言わないよ……ごめん、ちーちゃん……」

 

「何か……何か、他に方法はないの? イヤ、イヤだよ……○○君が、い、いなくなっちゃう……なんて……」

 

「友奈……向こうからすれば、赦してやるから言う通りにしろという感じなんだと思う。だとすると……天の神は妥協なんて絶対しないよ……そもそも、俺たちには妥協させられるだけの力も無いからね……」

 

足元が崩れ落ちそうな……いや、既に崩れ落ちてしまったかのような悲壮感を漂わせ、声を震わせながら言い募る少女たちだったが、○○はどうにもならないと首を振るのみ。

 

「それで……本当に申し訳ないんだけど、若葉に頼みがあるんだ」

 

「……私にお前を斬れと言う頼みなら、御免だぞ」

 

「流石に直接斬れとは言わないよ」

 

痛いだろうしね、と冗談めかして○○は言ったが、若葉は顔を顰めたままである。

 

「俺は最後の戦いで神様から力を授かったんだけど、その結果として魂が変質してきているらしいんだ。魂が神様と繋がって、その結果として神へと成りかけている――っていう状態らしい」

 

だから、と○○は一拍置いて続ける。

 

「その繋がりを若葉の生太刀で断ち切れば、神様の力が流れ込む事も無くなって全て解決するっていう訳」

 

努めて軽い口調で言う○○だったが、空気の重苦しさは全く晴れない。

 

「なるほど……良い方法ですね」

 

「ひなたもそう思う? 俺も直接斬られずに済むし、いい方法だと「ですが!」」

 

同意したように見えたひなたに対し、○○が笑顔で話していたが、それを彼女が途中で遮った。

 

「全く何事も無く行くんですか……? 行く訳ないですよね? ……全て、話していただけますよね?」

 

そう言ったひなたは神様へと水を向け、溜め息を吐いた神様は言葉を紡ぎ始めた。

 

『ま、巫女の嬢ちゃんの言う通りだな。――オレとの繋がりを断ち切れば、ボウズは死ぬ』

 

極めて簡潔に言い切られたその言葉に、少女たちが目を見開き、言葉を失った。

 

それに気付きつつも、より詳しく説明するために言葉を続けていく神様。

 

『ボウズの魂は、度重なる戦いでボロボロだ。少し前までは俺の妻が何とかしていたが、どうにもならなくなったってんで、オレが跡を引き継いだ』

 

そこで言葉を切り、少女たちを見渡す神様。

 

今にも泣き出しそうな表情をしているが、それでも僅かな希望を見出そうとしている様子が見て取れた。

 

そんな彼女たちに絶望を突き付けるのが、自分の――”神”である自らの役目だと、そう認識していた。

 

人に有り難がられるのも、恨まれるのも、等しく神の役目だと心得ていたから。

 

『ボウズの魂は、オレから力を送られて何とかその形を維持している。で、それを切断しようってんだから……ま、人工呼吸器を切られた病人みたいなもんで、死ぬしかないわな』

 

「他に方法は――方法はないの!? ○○が生き残る術は!」

 

『他の方法ってーか……このままの状態を維持すれば、ボウズは死なずに済むけどな』

 

「じゃあそうすれば――!」

 

『そうすると、今度は嬢ちゃんたちも含め、ボウズ以外の全ての人間が死ぬな』

 

千景が詰め寄ってきたが、神様はサラリと救いようのない未来予想図を提示した。

 

余りの言葉に絶句している千景を置き去りにして、説明を続けていく神様。

 

『このままの状態を維持すれば、一年経たずにボウズは神に……オレ達の同胞になるだろうさ。そうすれば、ボウズは死なずに済む。それは間違いないが……そうなったら、クソ姉貴は今度こそブチ切れて、残った人間を皆殺しにするぞ。冗談抜きで、一人残らずな。元人間の○○は……ま、なんとか地の神の連中だとか、あとオレと女房が守ってやるから何とでもなるが……』

 

そこで神様は言葉を切り、静かに言葉を聞いている○○を見遣る。

 

『ボウズの願い……知ってるか?』

 

唐突なその問いに、少女達は戸惑いの表情を浮かべ、互いに顔を見合わせて首を横に振る。

 

『嬢ちゃんたちに、幸せになって欲しい……ってよ』

 

その言葉で更に困惑が深くなった少女たちを見遣りつつ、言葉を続けていく神様。

 

『神の力を分け与えられ、その力で世界を守るべき勇者がな……世界よりも、一緒に戦う女の子の方を守りたいって……そんな願いを抱えてるんだぜ? いやあ……実に、実にオレ好みだったわ!』

 

その時の事を思い出したのか、楽しそうな笑みを浮かべる神様。

 

『で、ボウズのそんな願いを女房を通して聞いたオレは、力を貸すことに決めたって訳。……ま、オレの事はどうでもいいとして……ボウズは退かないぜ? ここでオレとボウズの繋がりを断ち切って天の神の連中に赦しを乞うか、それとも人類全員仲良く死ぬか……二つに一つだ』

 

「――そういう事だよ、みんな」

 

それから少女達の沈黙が続いたが、○○は神様に若葉の方を向けて貰い、その覚悟を示した。

 

「若葉……本当にごめん。でも、この役目は君にしか頼めない。やれと言うのなら、どんな事でもやる。だから――」

 

それから放たれた言葉を、若葉は――いや、ひなたも、千景も、友奈も、球子も、杏も……少女達全員が忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――俺を、人として死なせて欲しい」

 

水を打ったように静まり返る病室に響き渡った、○○の、彼の、その言葉を。




という訳で、のわゆ編はもうちょっと続きます。

……いやー、ホント……どうしてこんなに重苦しくなったんだろう?

結論:のわゆ編だから仕方ないね!(調教済み)

……全てヤンデレの為なんだ、これ位しないと病みに説得力が無いんだ、分かってクレメンス(激寒)


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自分よりも大切なもの

はい、皆さん一ヶ月ぶりです!

この位の間隔での投稿がデフォになりそうな作者です。

それと、今回で最終話のつもりでしたが……終わらなかったorz

という訳で……もうちょっと、あと少しだけお付き合いください(懇願)


「ふふ……懐かしいな」

 

○○の居る病室で、絶望的な未来予想図を聞かされてから数日が経ったその日。

 

その日、○○の世話役では無かった若葉は、自宅から持って来ていたり、ひなたから渡されたりしていたアルバムを引っ張り出し、過去の自分たちの姿の懐かしさに笑みを浮かべていた。

 

「そうですねぇ……今でも、昨日の事みたいに思い出せます」

 

その隣には何時もの如くひなたが座っており、一緒にアルバムを覗き込んでいる。

 

二人でパラパラとアルバムを捲りつつ、思い出話に華を咲かせていく。

 

そうなると、今の二人の、いや、彼女たち全員の心の状態を考えれば、話される事柄はある事に集中してしまう。

 

「これは……四年生の時、私達と○○の三人でうどんを作ってみた時の写真か」

 

「ああ、あの時の。楽しかった事は楽しかったですけど……うどんの出来は、正直微妙でしたよねぇ……よく覚えています」

 

「ああ、アレかぁ……まあ、何というか……うん、コメントに困る味だったな。不味くはなかったが、かといって美味い訳でもなく……こうして改めて考えると、本当に言葉に困るな……」

 

曖昧な表情で笑っているひなたと同様に、若葉もその時のことを思い出したのか、何とも表現しづらい微妙な表情で頷いた。

 

「それにしても……あの事件の後からだな。ひなたが○○と仲良くなったのは」

 

「えっ! ……え、ええっと、そうでしたっけ?」

 

不意に放たれた若葉の言葉にひなたが一瞬だけ上擦った声を上げるが、何とかそれだけで気持ちを静めてとぼけた様に若葉に問い直す。

 

「写真を見れば分かるさ。事件前は真ん中に私がいて両側がひなたと○○だったが、事件後は中央に○○がいて、両側を私たち二人で挟んでいる写真がほとんどだからな」

 

「ほ、本当ですね……気付きませんでした……」

 

思わぬところで自分の気持ちを見抜かれた様な気がして、何とも恥ずかしい気持ちになってしまうひなた。

 

その後も、自分たちの、そして○○の昔の思い出を話していく若葉とひなた。

 

楽し気に話し続ける二人だったが、不意に若葉の口が閉じられ、僅かにその顔が俯けられた。

 

「若葉ちゃん……?」

 

そんな彼女に対し、ひなたが心配そうな表情で様子を窺う。

 

「本当に……本当に、楽しかった……○○とひなた、そして私の三人で過ごした一年間。それに、五年生の七月のあの日の事があって、もう二度と会えないと思っていた○○と再び会う事が出来て、本当に嬉しかった……」

 

ぽつぽつと……静かな、しかし心の籠もった優しい声音で話す若葉。

 

「○○が勇者になっていると聞いた時は驚いたが……勇者の条件は人間が推測しただけのものだから、そういう事もあるのだろうと深くは考えなかった。むしろ、一緒に戦える喜びの方が強かったと思う」

 

「……」

 

ひなたは黙って若葉の独白を聞いていたが、そこで若葉の声に悲痛なものが混じり始めた。

 

「これは……私への罰、なんだろうか……」

 

「……若葉ちゃん?」

 

「○○が勇者になった事を喜ぶ心が私の中にあったから……今の状況を招いたのだろうか……」

 

若葉の声に震えが混じり、自嘲気味になっていく。

 

「次第に強くなっていくバーテックスに効果的な手段も打てず、ただ対処療法的に、攻めてきた奴らを倒していくだけ……無為もいい所だな」

 

「それは違います! 若葉ちゃんを始めとして、勇者の皆さんがその命を賭けてバーテックスと戦ったから今の四国が保たれているんです! そんな……今までの若葉ちゃん達の頑張りを否定するのは、例え若葉ちゃんだとしても言ってはいけません!」

 

「気休めは止してくれ、ひなた……!」

 

「気休めなんかじゃ――!」

 

「大切な人の一人すら守れなくて、何が勇者だッ!!」

 

「……ッ!?」

 

ほとんど怒鳴る様な勢いで声を荒げた若葉に、彼女を叱咤しようとしていたひなたの言葉が止められる。

 

悲壮感に顔を歪ませた若葉は、ひなたの悲し気な表情に気付き、ハッとした表情になるとそのまま更に顔を歪めた。

 

「す、済まない、ひなた……お前に当たるなんて、私という奴は本当にどう仕様も無いな……」

 

「そんな事は……」

 

ひなたの言葉にも、若葉は首を振るのみ。

 

「ここに来てからの○○は、本当に……物語の中に登場する『勇者』そのもので……そんなあいつの姿を見ていたら、昔の……ひなたを誘拐から守ってくれた、あの時の姿を思い出してな。それで、アルバムを見てみようって思ったんだ」

 

「そうだったんですか……急に私に、昔の写真を見せて欲しいと言ってきたから何事かと思ったんですが……そんな理由が」

 

いきなり話が変わったが、ひなたは若葉の話を遮ることなくその言葉を聞いていく。

 

「昔の事を思い出していたら、○○は昔から私達にとって勇者だったんだなぁと思ってな……ひなたは余計にそう思うだろう?」

 

「そうですね……あの誘拐未遂の恐怖は未だに覚えていますけど……それでも、○○君が身体を張って私を助けてくれたあの姿は、今でも忘れられない……いえ、忘れたくない事の一つですね」

 

ひなたが懐かしそうに語ると、若葉もこくりと頷く。

 

「そんな風に、○○の事ばかり考えていたからだろうな……今まで気付かなかった事に気付いて……自分の事ながら呆れたよ」

 

「……」

 

若葉の言葉の続きが何となく予想できたひなたは、やっぱりそうだったかと思うと同時に、こんな風に気付くなんて余りにも残酷だと、親友の心の内を慮って涙が出そうになった。

 

「私は、自分が○○に……あいつに、憧れてるんだとばかり思っていたんだが……どうも違ったらしい」

 

自嘲気味に嗤っている若葉は、そのまま言葉を紡いでいく。自身へ向けた、嘲りの言葉を。

 

「私は――あいつが好きだ。……いや、好きで好きで仕様が無くて、これから先もずっと○○の隣に立って歩んでいけたらどんなに幸せだろうかと、そんな風に思ってしまった……」

 

「若葉ちゃん……」

 

泣き笑いの様な表情の若葉に、ひなたも慰めの言葉を持たない。何を言っても若葉の心には届かない様な、そんな気がしたから。

 

「だが、そんな贅沢な悩みとはもう関係ないからな……。私は、あ、あいつを……この手で……ッ」

 

若葉の瞳に涙が浮かび、その声が詰まり、途切れ途切れになってゆく。

 

「○○を……あいつの、い、命を……ッ」

 

「若葉ちゃん、もういいんです!」

 

ひなたは止めようとしたが、若葉は激しく頭を振ってそれを退けた。

 

「あいつを、この手で――この手で、殺し! そうして四国を守り! 勇者としての責務を……責務、を……は、果たさな、けれ、ば…………う、ぐ……ぐぅ……ッ」

 

若葉の瞳に浮かんでいた涙が遂に零れ落ち、それが呼び水となって止め処なく流れていく。

 

「う、う……あああああああああぁぁっ!! なん、で……! どうし、て……! 好、き……○○……なのにっ……いや、だっ……!」

 

「若葉、ちゃん……」

 

自分の気持ちに気付いたその瞬間には、愛する人の死が望まれ、確定されている。それも世界が存続するための、人柱として。

 

その上、その愛おしい人に、直接の死を与えるのが自分自身なのだから。

 

嗚咽を漏らす若葉に対し、流石のひなたも咄嗟に言葉が出ない。

 

どんな慰めの言葉も、今の若葉にかけるものとしては相応しくないと、そう思えたから。

 

結局、ひなたには親友と同じ思いを共有し、一緒に泣く事ぐらいしか出来なかった。

 

「若葉ちゃん……これから、○○君に会いに行きませんか?」

 

「○○にか? だが、私は……」

 

二人でひとしきり泣いた後、ひなたがそんな事を言い、若葉は戸惑いながら顔を上げた。

 

「大丈夫ですよ。今回の事があるからと言って、○○君が若葉ちゃんの事を遠ざけたり、嫌いになったりすると思いますか?」

 

「それは……無い、のだろうか……?」

 

「あり得ませんね。むしろ若葉ちゃんが塞ぎ込んでいるなんて知ったら、罪悪感を抱くに決まっています! ですから、自信を持って下さい! ……それとも、若葉ちゃんは○○君に会いたくありませんか?」

 

「そんな事は無い! 何時だって、どんな時だって……○○に会いたいさ」

 

「それじゃあ問題ありませんね? では早速行きましょう。善は急げ、ですよ!」

 

「わ、分かった、分かったから押すな!」

 

困り顔の若葉の背中を急き立てる様にひなたが押し、彼女たちの部屋を後にする。

 

会う事による気まずさや困惑より、嬉しさや楽しさが優っている事に気付いた若葉は、自分はこんなに現金な人間だったのだなと呆れ交じりに思ったが、それでも心は偽れなかった。

 

――早く○○に会いたい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日も○○君は元気でしょうか?」

 

「いつ行っても、変わらない雰囲気だからな……弱音とか、零してくれてもいいんだが」

 

「そこまで踏み込んでも良いのか、難しい所ですね……。でも今は、難しい雰囲気は切り上げましょう。○○君が心配しちゃいますし」

 

「そうだな。この頃は、私達の雰囲気まで察する様になってきているし……」

 

「目が見えないから、第六感的な部分が鋭くなっているのでしょうか?」

 

そんな他愛も無い話をしつつ、病院の廊下を歩き、○○の特別病室へと近づく若葉とひなた。

 

そして彼の部屋に着く直前の曲がり角で、今日の世話役に付いている二人と鉢合わせた。

 

「あれ、若葉ちゃんにひなちゃん? どうしてここに?」

 

「……今日は私達が当番の筈だけど。何か○○に用事かしら?」

 

今日の○○の世話係の友奈と千景が、急にこの場に来た若葉とひなたに問い掛ける。

 

「ああ……まあ、その……○○に急に会いたくなってな」

 

「私はお供です」

 

「ふぅん……ま、今のあなたの立場なら、○○を遠ざけるか、何時もより会いたくなるかのどちらかでしょうけど」

 

「じゃあ、一緒に行こうよ。付き添いの泊りは二人までしかダメみたいだけど、面会時間終了まではお話もできるし」

 

そんな感じで合流した二組四人は、○○の部屋へと歩みを進める。

 

しかし、若葉と千景の間に微妙な空気が生じている事に、ひなたと友奈の二人は気付いていた。

 

○○が死んでしまう事について、六人の誰もがショックを受け、納得など到底できないでいるが、千景はその感情が一際大きい。

 

幼き日の事が根底にあるその感情によって、介錯同然の頼みをされた若葉に対し、冷たい感情を抱いてしまっている事を本人が苦悩している。

 

若葉と○○、憧れの対象と恋慕の対象の二人への感情を持て余し、消化出来ずに苦しんでいる。

 

そんな千景の苦悩に友奈は気付きつつも、一緒に居ること以外に出来る事を見つけられず、彼女もまた苦しんでいた。

 

しかし、千景がどんな決断をしようとも、自分は彼女の味方をしようと友奈は決めていた。

 

他愛ない会話の中で、千景は小さな頃に○○に救われたと聞いた。

 

同じく自分も○○に心を救われたのだから、と。

 

ひなたもひなたで、大切な親友と大切な人、その双方への感情に翻弄されている千景の事は、見ていられなかった。

 

何とか穏便に事を収められないかと考えを巡らすが、そんなに簡単に解決策が見つかれば苦労は無い。

 

とはいえ、諦めるつもりもひなたには無かったが。

 

それも含め、いい考えが浮かべばと思い○○と会って話すことを若葉に提案したという訳である。

 

そんな内心を互いに抱えているとは露知らず、四人は○○の病室の目前に迫り、扉を開けようとした。

 

「あれ、少しだけ開いてる?」

 

「……それに、○○の話し声?」

 

「神様の声も聞こえるな」

 

「何か話しているのでしょうか?」

 

病室の中で、○○と神様が話しているのが聞こえてきて、四人は立ち止まった。

 

「何の話を――」

 

しているんだろうな、と言いつつ扉を開けようとした若葉たちは、次に聞こえてきた○○の言葉に身体を硬直させた。

 

「神様……やっぱり、もう一つの方法を取りましょう」

 

「「「「――――――――っ!?」」」」

 

扉の取手に手をかけようとしていた若葉の手が止り、それと同時に他の三人の身体も硬直する。

 

他の方法……?

 

今のこの状況で他の方法という話になれば、若葉が迫られている選択とは別の、何かしらの手段があるという事だろうか?

 

そんな風に考えてしまった四人だったが、別に不自然な思考回路ではない。

 

早くなる鼓動を抑えるように深呼吸をした四人は、はしたないと思いつつも立ち聞きに徹することにした。

 

○○の事だから、自分達六人に何かしら害があれば、その手段を取らない可能性があるだろうと、そんな考えが浮かんだからだ。

 

そうこうしている内に、○○と神様の話は続いていく。

 

『またその話か……なあボウズ、お前、恐怖って感情がイカれてんじゃないだろうな?』

 

「別に壊れてなんかいませんよ。これが一番、誰も傷付かずに済む方法です」

 

『……お前が直接、クソ姉貴共の所に生け贄になりに行くのが、か?』

 

ドクン、と……四人の心臓が、嫌な感じに鼓動を刻んだ。

 

これ以上聞いたら、取り返しがつかなくなる……そんな予感が拭えない。

 

しかし、聞かなければ、どれだけ後悔してもし足りない位の事態を招く予感もある。

 

そんな感情の鬩ぎ合いで行動を起こせない四人を尻目に、一人と一柱の会話は続いていく。

 

「俺が一人で壁の外に向かい、天の神に赦しを乞えば、若葉が辛い思いをする必要も無くなります……若葉の手を借りようなんて、やっぱり虫の良い願いだったんです」

 

『……ボウズ、オレはお前の事を気に入ってるけど、そういうトコだけはキライだわ。自己犠牲って言葉すら生ぬるい、そういう行動はな』

 

「自己犠牲なんて、そんな……大袈裟ですよ。俺は皆に辛い思いをしてほしくないだけの臆病者ですから」

 

苦笑しながらそう言う○○に、神様の表情が歪む。

 

『ま、ボウズの言う通りではある……。お前がクソ姉貴のトコに赦しを乞いに行けば、あの嬢ちゃんたちは辛い思いをせずに済む……というか、ボウズに関する事の一切合切を背負わずに済むな』

 

「そうでしょう? 良い事尽くめです」

 

『ボウズ……お前、嬢ちゃんたちの記憶から自分が消えるのが、そんなに良い事だってのか?』

 

若葉、ひなた、友奈、千景――――四人全員の頭の中が、真っ白になった。

 

今、神様は何て言った?

 

頭が言葉を認識しても、感情が理解を拒む。

 

だが、そんな四人の感情を置き去りにして、無情にも話は続いていく。

 

『直接クソ姉貴のトコに行けば、ボウズの魂は囚われになり、筆舌に尽くし難い責め苦の挙句に消え去るんだぞ? 分かってんのか? 魂を! 直接焼かれて! 輪廻の輪に戻ることも出来ずに! 消えるんだぞ! 死ぬんじゃない、お前は最初から存在しなかった事になるって事だ! 元から存在しないんだから、嬢ちゃんたちの記憶にも最初から居なかった事になるんだぞ!』

 

「でも、俺のやって来たことは無駄にはならない……そうですよね?」

 

『……クソが。ああ、そうだよ。過去にボウズが起こした出来事は、辻褄が合う様に改変される。諏訪からお前が護衛してきた避難民は奇跡的に嬢ちゃんたちが助けた事になるだろうし、あの趣味の悪い人形共も嬢ちゃんたちが撃退した事になるだろうさ……』

 

「なら良いじゃないですか。みんなが心安らかに居られる……それ以上に大切な事なんて、俺にはありません」

 

『こんのッ……バカ野郎が……!』

 

「はは……褒め言葉として受け取っておきます」

 

『処置無しのバカが言ってろ……分かった、何とかしてやる。……ただし、嬢ちゃんたちには絶対に説明しろ。説得しろとは言わねぇ、だがお前には伝える義務がある。これだけは譲らねぇからな』

 

「……分かりました」

 

『そんな苦い顔すんなら止めときゃいいってのに……』

 

本当に処置無しなボウズだな、と……呆れと悲痛が混じった言葉が聞こえてきたのが、若葉のその日の最後の記憶となった。

 

気付いたら宿舎の自室へと戻っており、散々泣いたのか、涙で濡れた枕に顔を埋めていた。

 

無意識で戻って来たためか、ひなたや友奈、千景がどうしたのかは全く分からない。

 

そんな事を考えながらベッドから身を起こした若葉は、大事に立て掛けられていた生太刀を手に取ると、その鯉口を切った。

 

刀身の半ばまで鞘をずらすと、鏡の様に自身の顔を移すそれをじっと見詰める。

 

やがて静かに刀身を収めると、迷いを振り払い、決断した。

 

――私が、終わらせる。悲しみも何もかも、全て持って行く。

 

悲痛な……悲しみと痛みに満ちた、そんな決断を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「○○……そん、な……嘘……ダメ、そんなのダメ……っ」

 

暗い部屋の中、千景は蹲って震え続ける。

 

○○が言っていた言葉が、頭を離れない。

 

彼の事を忘れる? 最初から無かったことになる?

 

「ぅ、ぁ……あ……っ!!」

 

心が壊れそうな程の痛みに、悲鳴すら上げられずに悶え苦しむ。

 

だが何も解決策は浮かばず、無為に時間ばかりが流れていく様な、そんな感覚。

 

と、そんな時――――

 

彼女のスマホの勇者アプリが、独りでに起動した。

 

千景の姿は変わらない……が、唐突にその震えが止まる。

 

そして代わりに、ブツブツと独り言を漏らし始める

 

「あ、は……ふふ、あはは……そう、そうよね……彼が守った世界だもの……うん、私もそう思うわ」

 

蹲っていた千景は、ゆらりと顔を上げ……天啓を得たような、晴れ晴れとした表情で微笑む。

 

「この世界が滅んでも、私達が滅んでも……○○さえ生きていれば、それで良い。○○の命と世界なんて、○○の命の方が重いに決まっているんだから……♪」

 

全ての感情の鬩ぎ合いから解放された千景は、暗闇の中で笑い続ける。

 

その頭部には狐の耳、そして背後には九本の尾が幻影として浮かび、千景と同調して力を与え続ける。

 

千年近く前に生きた、悲劇の女性の魂が。

 

鏡写しの様な境遇の彼女に、想いを遂げよと言わんばかりに――――




はい、前書きの通り……終わりませんでした。いや、終わらせられなかったと言うべきか(白目)

○○が皆を大切にすればする程、若葉たちへの負担となっていく悪循環。
さて、若葉はこの負の連鎖を断ち切れるのか?
千景は……うん、○○が何とかするんじゃないっすかね?(適当)

最終決戦以降の話がこんなに続いてしまうとは……
キャラが爆走するとプロットは壊れるのですね分かりたく無かったです(悲鳴)

……次! 次が最終話になります!(多分)


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優しく君は微笑んでいた

ようやく書き上がったので投稿です!

最終決戦から大分続いたのわゆ編も、これにて幕です。

○○の結末は、果たしてどうなるか……。

読者の皆さんに、見届けて頂ければ幸いです。

それでは、どうぞ。


「――ふざっけんなあぁっ!」

 

腹の底から張り上げたと思われる怒声が、病室に響き渡る。

 

幸か不幸か、この病室――○○が入院している病室は、一般の病室からは離れた場所に存在しているため、周囲から不審がられる事は無かったのだが、そうでなければ周囲の空気は凍り付いていただろう。

 

もっとも、そんな怒声を放った張本人である球子には、それを気にする余裕など一切無い――正確にはたった今、無くなってしまったのだが。

 

「お、お前……○○……っ! そんな事されて、タマたちが安心するって本気で思ってるのか!?」

 

「○○さん……」

 

怒りと悲しみの為に肩で息をする球子の隣で、杏も悲痛な表情で○○を見つめている。

 

先日、○○が発案して神様に渋々認めて貰った計画だが、あの数日後の今日、○○はまず球子と杏の二人を呼んで説得を試みようとした。

 

……なのだが、結果はご覧の有様である。

 

ただ、本気の怒声を浴びせられた○○は、反対される事は予想できていたが、ここまでの拒否感を示されるとは考えておらず、正直なところ疑問に思っていた。

 

「二人とも……俺が居なくなるのを悲しんでくれるのは嬉しいけど、それを引き摺って欲しくないんだ。それにさ、これからは命懸けで戦う必要も無くなる。勇者って呼ばれて息苦しい思いはするだろうけど、居なくなる俺の事は忘れて平穏に生きた方が――」

 

――何かすごく悲しい事を○○が言っている。

 

――居なくなる自分の事なんて忘れてくれ?

 

――辛い事だから、忘れて幸せに生きてくれ?

 

必死になって説得しようとする○○の表情を見つめながら、球子と杏の二人は気遣いが明後日の方向に向かっている彼の言葉に本気で腹を立てていた。

 

――タマたちを大切に考えてくれてるって事は分かるけど……でもさぁ……

 

――そうじゃないんですよ……○○さん……だから……

 

――分かって貰わないと、ダメだよな(ダメですよね)

 

そうして二人は、この期に及んでの羞恥等といった、本心を伝えるに邪魔となる一切の感情を捨て去る決心をした。

 

「なあ、○○……お前はさ、居なくなる自分の事なんて忘れ去って……いや、最初から居なかった事にした方が幸せって言ったよな?」

 

「……ああ、そうだけど」

 

つい先ほどまで、怒気を露わにしていた球子が一転して静かに話しかけて来る状況に、○○は困惑していた。

 

「ふふ……○○さんは気遣いの出来る優しい人ですけど、女の子の気持ちというものを全然分かっていませんね?」

 

「……へ? 女の子の気持ち……って、え、いきなり何の話?」

 

杏がいきなり話題を転換した様に感じ、抱いていた困惑が更に深まっていく○○。

 

困惑し切っている○○の様子を察し、球子と杏の二人は顔を見合わせて苦笑した。

 

――お互いに、困ったひとを好きになっちゃったなぁ……

 

そんな想いを、視線に乗せて。

 

「○○……タマってさ、お前の事を忘れるくらいなら、お前が居なくなったことをずっと悲しんでた方がマシだって思ってんだけど……やっぱ重い?」

 

「…………はぁ?」

 

球子から、予想だにしない言葉を受けた○○は、そんな感じの間の抜けた応答をするのが精一杯であった。

 

「私もタマっち先輩と同じで、絶対に、何があっても……あなたの事を忘れたくありません。どんなに悲しくて、辛い事でも……○○さんの事は、ずっと覚えていたいんです」

 

「え、あの……それは……そう言ってくれるのは、嬉しいけど……あんまり建設的じゃないような……」

 

しどろもどろになりつつも、何とか二人を翻意させようと言葉を重ねる○○。

 

「損得の問題じゃないですし、合理的な判断とかそういうのは邪魔なので、全部忘れますね」

 

「あんずが言うとーり。難しい話とかそういうのは全部置いといて、タマたちは気持ちのままに突っ走る事にしたから、そこんとこヨロシクな!」

 

「……………………」

 

まるで何かのタガが外れた様な勢いで宣言する二人に、彼も驚きで呆然とするのみである。

 

それでも何とか気を取り直し、突然こんな事を言い出した訳を聞き出そうとする○○。

 

「ちょっと考えが纏まらないんだけど……とりあえず、気持ちのままっていうのはどういう意味なのかな……?」

 

その彼の言葉に、やはり彼女らは顔を見合わせて小さく溜め息を吐いた。

 

○○のこういう感情についての鈍感さは分かっていたつもりだったが、もうあまり時間が残されていない中では、微笑ましく思う事にも限界がある……というか、先程その限界に達した二人であった。

 

「今タマが思ってることはな――○○の事が好きだーってことだ」

 

「……え?」

 

「私も同じく、○○さんの事が好きです――もちろん、LIKEじゃなくてLOVEの方ですよ?」

 

「一応言っておくけど、タマもだからな!」

 

勘違いのしようも無い言葉で言い切った二人に対し、○○は再び呆然とさせられていた。

 

だが、今年中にはこの世から消える自分に対し、そんな事を思っていても傷つくだけだと考えた○○は、二人に考えを改めるよう促そうとするが、それを口にする前に球子も杏も想いの丈をぶつけて来る。

 

「勘違いでも気の迷いでも、ましてや恋に恋してるとかそういう事は絶対無いです。――私、○○さんが来る前から、勇者としてずっと頑張ってきました。怖かったけど、こんな私でも皆を守れたらって……世界を護るとか、そんな大それたことは考えていませんでしたけど、勇者になったから出会えた、タマっち先輩や皆さんは、絶対に失いたくなかったから……」

 

「タマもほとんど同じかなぁ……世界を護るって意識は、まぁあるんだけどさ……やっぱみんなの事が先に来るんだよな」

 

「そんな風に、何とかやって来ていた私達の前に、あなたは現れて……出会って間もなかったのに、本当に命懸けで私達を護ってくれました……」

 

「お前は、右腕をその時なくして……それなのに、タマたちに文句の一つも言わないで……見舞いに来た時も、励ましてくれたよな」

 

ぽつぽつと、静かに自分たちの想いを彼に伝えていく球子と杏。

 

これ以上、二人の話を聞いてはいけないと思いつつも、○○はそれを制止することが出来ずにいた。

 

二人の覚悟が彼の行動を押し止めたのか、それとも何か別の要因があったのかは定かでないが、この期に及んでそんな事を考えるのは無粋というものだろう。

 

二人の少女の純粋な想いが、○○の見当違いの配慮を正す切っ掛けとなった――そういう事になるのだろう。

 

「お前が今年いっぱいしか生きられないっていうのも分かってるし、正直メチャクチャ悲しいけど……だからって忘れたいなんて、本当に少しも思ってない。……てーか、忘れさせたら後を追うからな」

 

「ええ、タマっち先輩の言う通り……そんな事をしたら、あなたの後を追います」

 

続けられた彼女らの言葉に、○○は忘れているのにそれは矛盾してるんじゃと思いつつも、有無を言わせない二人の言葉の圧に、黙って首を縦に振る事しか出来ないのであった。

 

「さて、それじゃあこれからの事を――って、済みません、電話がかかってきたので少し失礼しますね」

 

そのまま何かの話を進めようとしたらしい杏だったが、タイミング悪く――良く?――スマホの着信音が鳴り、病室を一時退出した。

 

「…………」

 

「どした、○○?」

 

「いや……その、何て言うか……」

 

「あんまり突然で信じられない、って感じか?」

 

「まあ……うん……」

 

気の抜けたような風情で居た○○に球子が尋ね、彼女の問いかけに首肯した。

 

「いや、信じられないっていうのとは違って……そう、理解が追い付いていないって言うか……」

 

「なーるほど。つまり、タマの気持ちが本物だって証明すればいいんだな?」

 

そう言うや否や、球子は車椅子に腰掛けている○○へと近づいていってその距離をゼロにし、彼の残された左手を取って大切そうに包み込んだ。

 

球子のいきなりの行動に○○は困惑するが、彼女はお構いなしに、それでも幾分か緊張しつつ、自らの口元を彼の左耳に寄せる。

 

そこから漏れ出た微かな吐息に○○は身体を少々震わせるが、次の瞬間囁かれた言葉に、そんな些細な事は吹き飛んでしまった。

 

「○○――好き……大好き」

 

普段のガサツで男勝りな調子は何処へやったのか、短くも恋い慕う相手への想いが込められた一言。

 

そこから更に続けられた球子の行動に、○○は彼女の気持ちを本当に、心底から、誤解しようも無く理解した。

 

○○の耳元で囁いた球子はすぐさま彼の正面へと移動し、彼の唇に自分のそれを寄せて、そのままその距離を無くした。

 

「んぅっ――――――」

 

「――――――っ」

 

二人の動きが止まる――が、球子の唇は○○のそれを甘噛みし始め、ほんの僅かではあるが音を立てている。

 

その音だけが病室に響いており、完全に二人だけの世界と言っていい状態。

 

そのままお互いに、永遠とも感じられるような時間が続き――しかし、実際には一分足らずで終了したその行為は、○○の中に確かなものを刻み込んでいた。

 

「――って訳で……タマの気持ち、分かってくれたか? 言っとくけど、好きでもないヤツにこんなこと絶対にしないってのは分かるよな?」

 

「……あ、ああ、うん……これ以上無い程に、ね……」

 

「よっし、それならオッケーだな! ……でも、覚悟しといた方がいいかも……ってか、覚悟しておけよ?」

 

「……え、何、まだ何かあるの?」

 

球子が言った不穏な言葉に思わず反応する○○だが、彼女はあっけらかんと言い切った。

 

「まー気付いて無いだろうけど……○○の事が好きなのは、タマとあんずだけじゃないってことだ」

 

球子の口から飛び出たその言葉の意味を理解するのに、○○はたっぷり十秒ほど要してしまった。

 

「……………………………えっ……なっ、はあぁっ!?」

 

「だよなぁ~、気付いてないよなぁ~、気付いてたらお前があんなこと言う訳ないもんな~?」

 

軽く溜め息を吐きながらそう言う球子だが、○○としてはそれどころでは無い。

 

「え、えっ……二人の他にもって……」

 

○○の脳裏に他の四人が思い浮かび、頭の中を駆け巡る。

 

それと同時に、自分が彼女らに迫った選択を思い起こし、それが最低最悪の所業だったと思い当たって気分がどん底まで沈んだ。

 

「タマっち……」

 

「ん、どした?」

 

「本当にごめん……俺、みんなに最低な事をしようとしてたね……」

 

「……そう思ってくれるなら、若葉にひなた、友奈に千景ともちゃんと話し合ってくれよ?」

 

「うん、約束する」

 

繋がれたままだった球子の手をぎゅっと握り返し、○○はそう約束した。

 

と、次の瞬間、電話の為に病室から一時退出していた杏が戻ってきた。

 

目の見えない○○には分からなかったが、焦りが見え隠れする彼女の表情に、球子は怪訝な顔をした。

 

「電話は終わったのか、あんず?」

 

「……うん、タマっち先輩。それでね、大社から呼び出しがあって、○○さん以外の勇者は全員集まる様にって」

 

「今からか? ずいぶん急だな……」

 

一拍空けて球子の問いかけに答えた杏だったが、それまでに何とか内心の焦りを落ち着かせて、平静な声音で話すことが出来ていた。

 

「そっか……それじゃあまたね、二人とも。他の四人とも、絶対に話し合うから」

 

「はい、是非そうして下さいね。――じゃあ行こう、タマっち先輩」

 

「分かった、あんず。それじゃまたな、○○」

 

退室していく二人を――目は見えないが――見送り、○○は深い、本当に深い溜め息を吐いた。

 

その体勢のままうな垂れていた○○の傍に、球子と杏の話を聞いてしまわないように姿を消していた神様が現れる。

 

『よーボウズ。女ってのはな、男が思ってるほど弱くはねーんだぞ……ってのは、十分に理解したっぽいな』

 

「はい……正直、みんなのことを見縊っていたんでしょうね、俺は」

 

『ま、後悔はもう置いとけ。あの二人の嬢ちゃんたち以外の四人との話し合いが待ってるぜ♪』

 

「……何でそんなに弾んだ声音なんですか」

 

『いんやぁ~? これでボウズも女の怖さの一端を知ったんだなぁ~、とか? そう思うと備え物の酒がうめぇ! とか? そんな事は思ってねーけどぉ~?』

 

「……楽しそうですね」

 

『はっはっは! まーまー拗ねんなって! ほれ、オレも一緒に考えてやっから』

 

「はあ……ま、頼りにさせて頂きますよ」

 

そんな風にして、あれこれと考えだした○○。

 

一方、大社から呼び出された――という体を装って病院を後にした球子と杏だったが、球子は本当の要件を知らないので、改めて杏へと尋ねていた。

 

「なあ、あんず。どんな用事で大社から呼び出されたんだ?」

 

「タマっち先輩……落ち着いて、本当に落ち着いて聞いてね?」

 

「どうした、そんな改まって……」

 

不思議そうに首を傾げる球子へと、杏は電話で聞いた内容を話そうとした――が

 

「こんにちは――タマちゃん、アンちゃん」

 

唐突に声をかけられ、言葉が止められる杏。

 

「あれ、友奈。もしかして、お前も大社に呼び出しを受けたのか?」

 

「友奈さん……」

 

一見して落ち着いた、いつも通りの表情をしている友奈。

 

「丁度良かったです……友奈さん、訊きたい事があるんですけど」

 

「うん、何かな?」

 

固い表情で言葉を紡ぐ杏と、先程から変わらない、普段通りの友奈。

 

「千景さんは、今どこにいるか知っていますか?」

 

「ぐんちゃん? ぐんちゃんは、ね……」

 

「おい、あんず? 友奈も……二人とも、どうしたってんだ?」

 

只ならぬ雰囲気を発し始めた杏と友奈に困惑し、二人に問いかける球子だが……次に友奈が発した言葉は、予想だにしないものだった。

 

「――ぐんちゃんは、若葉ちゃんを倒しに行ったよ」

 

「「――――――――――」」

 

友奈の口から発せられた言葉が理解できず、ポカンと口を開ける事しか出来ない球子。

 

対して杏は唇を引き結び、悲しげな表情で友奈を見遣った。

 

「タマっち先輩……さっき大社からあった連絡だけど」

 

「いや、今はそんな事よりも――!」

 

今の状況に関係が無いと思われた杏の言葉を遮ろうとした球子だが、続いて飛び出た言葉に又しても言葉を無くした。

 

「要約すると、勇者・郡千景に不穏な動きあり。それとなく監視する様に――そういう事だった」

 

「…………へ?」

 

「……やっぱり、ばれちゃうよね。でも、関係ないよ……今のぐんちゃんは、私達勇者にしか止められない位に強いから」

 

「ゆう、な……? お前、何を言って……」

 

呆然とした球子が何とか言葉を紡ぐが、友奈は悲しそうな表情をして二人に言い切った。

 

「ぐんちゃんも私も……○○君の居ない世界なんて、耐えられない。だから、○○君には神様になってでも生きて貰う。私もぐんちゃんも、○○君に生きていて貰えさえすれば、自分が死んでしまってもいいから……っ」

 

「友奈さん……分かっているんですか? その選択はあなただけじゃない、○○さん以外の全ての人を犠牲にする方法だって」

 

悲しい表情をした杏に問いかけられ、友奈の表情が悲痛に歪む。

 

それも当然だろう……友奈の様な、誰とも知らない大勢の為に戦える少女が、人の命を秤にかけて比べ、その上で優劣を付ける行為をしたのだ。自分自身のアイデンティティを破壊するような行いだと言っていい。

 

「分かってる……分かってるよ、アンちゃん」

 

「それなら――!」

 

「でも無理だよ!!」

 

説得しようとした杏の声を遮り、溢れ出た自分の想いをぶちまける様にして叫ぶ友奈。

 

「無理だよ……○○君が居なくなるんだよ? もう二度と声を聞けないんだよ? 笑いかけてくれないんだよ? 隣にいてくれないんだよ? 私には……私には、絶対に耐えられない……っ!!」

 

涙を零しながらそう訴え、声を震わせる友奈。

 

「だから……ぐんちゃんが、そうならない為に若葉ちゃんの生太刀を奪って、破壊するって。あれが無くなれば、○○君と神様の繋がりは断ち切れなくなる。そうなったら、私達の望みは叶うから……」

 

「……だから、私達が若葉さんを助けに行けないように、足止めするのが友奈さんの役目という事ですか」

 

「うん、そういう事……出来れば二人とも、このまま大人しくしてて欲しいんだけど……」

 

零れた涙を拭いつつ、泣き笑いの表情で球子と杏に頼む友奈だったが――

 

「うん……それは無理だな」

 

友奈に強い視線を向けながら、球子はそう言い切った。

 

「友奈のいう事も、そりゃ分かる……アイツに生きていて欲しいなんて、タマだって何回も考えた……」

 

「だったら、どうして……? 自分の命が惜しいから、何て理由じゃないんでしょう、タマちゃん?」

 

「決まってる……アイツが、○○が、タマ達にこれから先も生きていて欲しいって、そう願ってくれたからだ!」

 

「…………っ!」

 

力強く言い切った球子の言葉に、友奈は怯んだ。

 

「それに、○○が神様になって生き残ったとしても……この世界が滅んで、タマたちも全員が死んだとしたら、アイツはその事をずっと背負っていく事になるんだぞ? 神様になってるから、多分死ぬこともないんだろーな……だから本当の意味で、ずっとだ……」

 

「…………っ」

 

「タマたちが耐えられないからって、○○に……アイツにこれから先、ずっとひとりぼっちを味わわせるのか? ……それは違うだろ、友奈!?」

 

「タマっち先輩の言う通りです、友奈さん! 私達も、辛いのは……悲しいのは同じです。確かに、千景さんと友奈さんの言う通りにすれば、私達はそれから解放されますけど……それだけは絶対にダメだって言い切れます!」

 

必死の表情で、友奈を説得しようと言葉を重ねる球子と杏。

 

そんな二人の様子に、友奈は泣き笑いの様に顔面をくしゃりと歪めた。

 

「強いね、二人とも……。でもやっぱり、私には無理、かなぁ……。だからさ、二人とも――」

 

笑顔と泣き顔が入り混じった悲痛な表情の友奈は、その瞳から一筋の涙を流すと、微かな、だが確かな願望を乗せた言の葉を零した。

 

「――私を……私とぐんちゃんを、止めて」

 

その言葉と時間が停止し、周辺の光景が変貌していく。

 

異常を感知した神樹が、これから始まる事態を予想して事前に対策を施しているのだろう。

 

千景に力を貸す一部の神によって半ば独立させられた勇者システムが、友奈の出で立ちを急速に変化させる。

 

思わす自身の身体を庇うような体勢を取った球子と杏の二人がそれを解いた時、友奈の姿は良く知っている、頼もしいもの――だが今の状況ではひたすら厄介なものに変わっていた。

 

大江の山の酒呑童子――その力をその身に宿した、全力の友奈に。

 

「私だって、分かってる……ぐんちゃんが間違ってて、タマちゃんとアンちゃんが正しいって。だから……私がバカな真似が出来ないように、力ずくで止めて……? そうしてくれないと、もう止まれないんだ……」

 

友奈の悲しい懇願に、球子も杏もこれ以上の言葉での説得は無意味だと悟った。

 

「……わかったよ、しゃーない。一緒に戦ってきた仲間の……親友の頼みだもんな。って訳でだ、あんず……これから友奈に、説得・物理をかますゾ!」

 

「せっかく格好良かったのに……説得・物理なんて言っちゃうから台無しだよ?」

 

「あったり前だろ、あんず! バーテックスと戦う訳でも無いのに、そんなシリアスにしてたまるかっての! これは模擬戦の延長みたいなもんで、命を賭けた戦いとかそんなもんじゃないんだ――それに、タマたちがそんな戦いをしたなんて知ったら、○○がガチ凹みするだろ?」

 

「えっと……まぁ、一理ある……のかなぁ?」

 

自分たちも雷神と風神をそれぞれ降ろしながら、球子と杏はそんな軽口を叩き合う。

 

一大決心的な願いにそんな対応をされた友奈であったが、本人としては腹が立つことも無く、むしろ有り難い心持ちで居た。

 

「それじゃ……行くよ。タマちゃん、アンちゃん――!」

 

「よぉし、来い友奈! いつも通り、タマとあんずのスーパーコンビネーションを見せてやるからさ!」

 

「勝負です、友奈さん!」

 

それぞれの意思を胸に、そうしてぶつかり合う一人と二人。

 

理性とは別に、止められたいと願いつつも、心が止められないと分かっている友奈。

 

悲しみを飲み込み、○○の最期の願いを聞き届けようとする球子と杏。

 

西暦の終わりに起きた、最後の戦い……その片割れの火蓋が、切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

球子と杏、そして友奈がぶつかり合う、その少し前。

 

あの日、○○の言葉を聞いてしまった若葉は決意を固め、自分の成すべき事から逃げない事を彼に示すべく、あの日と同じ様に彼の病室へと向かっていた。

 

病院への道すがら、思い出すのは○○の事ばかりで……それでも、彼の元へと向かう足は止めない。

 

そうして目的地へと歩みを進めていた若葉だったが、周囲が明らかにおかしな状態になっている事に気付いた。

 

「この辺りは……こんなに人通りの少ない場所だっただろうか……?」

 

不審気な表情で、周囲を見回す若葉。

 

今はまだ日が沈む前であり、こんな時間にこの場所から人っ子一人居なくなるというのは明らかにおかしい。

 

天の神がによる、何らかの企てだろうかと、若葉の頭にそんな事が過ぎったその時――

 

「乃木さん」

 

「っ! ……何だ、千景か。それより千景、今この周辺は明らかに異常だ。この時間帯にこの場所の人気が無くなるなんて、どう考えてもおかしい。だから――」

 

すぐにここを離れて、大社へ連絡に向かおう……そう言おうとした若葉だが、自分の言葉を遮って放たれた千景のそれにより、永遠にその機会を失った。

 

「大丈夫よ、乃木さん。おかしな事なんて、何もないわ。だって――」

 

千景の口元が弧を描き、続きの言葉が放たれる。

 

「――あなたをここに閉じ込めたのは、私だもの」

 

「な、に……? 千景、一体何を言っている……?」

 

若葉は混乱した頭で疑問を呈するが、千景はそれに取り合わず、朗々と口上を述べていく。

 

「ねえ、乃木さん……私、思ったの。○○が生贄にならないと保てないこの世界の行く末なんて、もうどうでもいいって。そんな世界なんて、雑草一房分の価値も無いって」

 

「千景……!?」

 

唐突に飛び出てきた千景の過激な口上に、若葉は目を見開く。

 

「何もしないくせに一端に救いだけは求めて来る雑多な民衆も、私たちみたいな子どもに世界の命運を賭して来る大社も、果たして守る価値なんてあるのかしらね? ――少なくとも私は、そんなモノよりも○○の方が大切よ。ま、本当は比べるまでも無い事だけど」

 

「千景……」

 

愕然とした表情で零す若葉。

 

「当然、私も死ぬだろうけど……○○が生きているなら、そんな事は躊躇う理由にならない。だから○○の為に、この世界には終わって貰うわ。だって、彼が護った世界ですもの。それ以外の人間は、ここまで生きられただけでも充分よね?」

 

清々しい程に綺麗な笑顔で、只一人の為だけに世界を終わらせると言い放つ千景。

 

「馬鹿な……千景、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

 

「何って……雑多な、その他大勢の人間と、○○のどちらが大事かという話でしょう? そんなの、○○が大切に決まっているじゃない。命の価値は平等なんて言うけど、大切な誰かの命とそれ以外の有象無象の命が等価だなんて、頭がお花畑な人間向けの戯言だわ」

 

当たり前の事を述べるかのように、平静な表情で千景は言い切った。

 

「だから乃木さん……あなたの『生太刀』は邪魔なの。○○と神様の繋がりを断ち切ってしまうそれが。そして……あなたは○○の意見を受け入れたんでしょう? ……いえ、答えなくていいわ。表情を見れば分かるもの」

 

「……そうだ。○○の……あいつの、最期の願いを叶えてやる。それが私に出来る、最後の餞だと思うから」

 

「だと思った。……乃木さん、私はあなたを仲間だと思っているから一度だけ言うわ。『生太刀』を渡しなさい。そして、世界の終わりまでみんなで穏やかに過ごしましょう?」

 

「……悪いが、断らせてもらう。○○が覚悟を持って口にした言葉から、私は一度逃れようとした。あいつの事が大切だから……好きだから、私はもう逃げない」

 

「そう……」

 

若葉の返事を聞いた千景は俯き、傍目には落ち込んでいる様に見える。実際、若葉の目にもそういう風に映っていた。

 

だが、千景の姿が幻でも見ているかのように段々とブレていくに従って、若葉も異常を察した。

 

それと同時に若葉のスマホから聞きなれたあの警報音が響き、周囲の様子が樹海へと変貌していく。

 

その間にも千景の姿形は見る見る変わっていった。

 

頭部には一対の狐の耳、煌びやかな十二単、そして見る者を圧倒する存在感を放つ、金毛の尾が九つ。

 

三大妖怪の一である、白面金毛九尾の狐――またの名を、玉藻前。

 

「それなら仕方ないわね。――あなたから『生太刀』を取り上げて、破壊するだけよ」

 

簡潔に目的を告げると、若葉に向けてその手を振った。

 

若葉も勇者へと変身し、義経を降ろしていたから何とかなったが、そうで無ければ危なかっただろう。

 

彼女の武器である大鎌が、空中を回転して何の躊躇なく、若葉の片腕を刈り取るかのように迫ってきたのだから。

 

義経の高速の動きで回避した若葉だったが、冷や汗を禁じえなかった。

 

その大鎌の一閃には、なんの躊躇いも無く、呵責も見えなかったのだから。

 

「本気、なんだな……千景」

 

「ええ、勿論。どうかしら、今ならまだ、『生太刀』を渡せば降参も受け入れるわよ?」

 

「それこそまさかだ。――千景、お前は言ったな。○○を生かす為なら、その他の人間の命の価値など考慮に値しないと」

 

「ええ、そうね」

 

「だが、そうして生き残った○○はどうなる。そんな屍の積み重なった末の命なんて、あいつが喜ぶと思うのか?」

 

「その感情も、生きていればこそだわ。死んでしまったら、そんな思いを持つことすらできなくなる。当然よね、死者は何も語らない。生き残った人間が、こういう事を思っていたんじゃないかと想像するだけ」

 

今まで平静な表情で居た千景が、少しばかり不愉快そうな表情で続ける。

 

「勇者である○○は、その身を犠牲にして天の神に赦しを乞い、斯くしてこの世界には平穏が訪れましたとさ、めでたしめでたし。――――本当にめでたくてめでたくて、反吐が出るわ」

 

「千景……それ以上言うのは、○○の意思を蔑ろにしている事になる。だからそれ以上、そんな事を言うのは止めるんだ」

 

「ふぅん……まるで、自分が一番○○の事を分かっているような言い草ね」

 

「流石に、その位は分かるつもりだ。そして千景、お前が○○を大切に思っている気持ちも――」

 

「分かるとでも言うつもり? ――乃木さん、あなたには分からない!!」

 

十二単という、とても動き易いとは言えない出で立ちであるにも関わらず、まるで滑る様な動きで若葉に接近した千景は、自らの操る大鎌を一閃。

 

その刃を生太刀のそれで滑らせるように受け流した若葉に、続けざまに攻撃を仕掛けながら千景は叫ぶ。

 

「○○に出会う前の私は、本当に酷い有り様で……村の人たちは誰も私のことを人間扱いしなかった。両親ですら、私のことを邪魔者扱いしたわ……!」

 

「千景……!」

 

九尾の膨大な妖力によって七つの実体を持つ幻影に別れた大鎌が、其々の軌跡を描いて若葉へと躍りかかる。

 

往なす、弾く、避ける――若葉も己の技術の粋を尽くして、千景の大鎌を防いでいく。

 

「そんな……価値なんてまるで認められていなかった私が○○に出会って、どれだけ救われたか……あなたには絶対に分からないっ!」

 

「ぐっ……! そうだな、私も、ぐうっ……お前の気持ちは、完全には分かってやれないし、それが当然だ……っ」

 

「あなたは家族からも愛されている……それはそうよね、あれだけ御婆様からの教えを大切にしているのだから。そして、誰からも一目置かれていて、頼りにされている……何より、あなたの事を心から気にかけてくれる理解者が、すぐ傍に居てくれる……!」

 

「そうだ……両親や祖母のおかげで今の私がある。友達はあまりいなかったが、それも疎外されているという訳では無かったし、何よりひなたが傍に居てくれたから、孤独を感じる事も無かった……」

 

「私は……私には、○○しか……彼しかいない……! ○○だけが、私のことを気にかけてくれた……私の価値を、認めてくれた……私のことを護ってくれた……ここに居ていいって……一人にしないって……抱きしめて、そう言ってくれた……!」

 

表情を歪め、口元を震わせ、涙を流しながら言い募る千景。

 

「そんな○○をっ……世界の都合の為に、生贄にするですって……!? ふざけるのも大概にしなさいっ!! 認めない、絶対に認めない……っ! そんな終わりを、救いのない最期を○○が迎えるなんて……あって良い筈が無いっ!!」

 

「私だって同感だ、千景! だがなっ……○○は、世界の為に犠牲になるなんて、高潔でお綺麗な、勇者みたいな考えでそう決めた訳じゃないんだぞ!?」

 

若葉の言葉が予想外だったのだろう。若葉を攻める千景の勢いに鈍りが生じる。

 

「何を……適当な事を言って、誤魔化そうっていう魂胆かしら……?」

 

「違うさ――そうだろう、○○」

 

「――――っ!?」

 

そう言って、若葉が視線を視線を向けた先を千景も見やると、この場には絶対に現れないと思っていた○○が、ひなたに車椅子を押されて現れた。

 

「ごめんね、ひなた。樹海の中は初めてなのに、車椅子まで押してもらって」

 

「いえ、それはいいんです。私もこの場に立ち会う事が出来て、良かったと思いますから。……まあ、いきなり神様に樹海化の時間停止を解かれた時は驚きましたけど」

 

『いやいや、悪かったな、巫女の嬢ちゃん。ある程度の力ある巫女じゃないと、勇者と同じ様に樹海を行動するのは無理なんでな。今回は俺の力技でちょっと無茶したし、嬢ちゃんじゃなきゃ適応できなかったんだよな』

 

そんな話をしつつ、若葉と千景の傍に近づいて来る二人と一柱。

 

そんな中、千景は先程の若葉の言葉の真意を問い質す。

 

「……驚いたけど、○○の意思は勇者としてのそれじゃないって、どういう事なの」

 

「その質問は……私よりも、○○に訊いたらいいんじゃないか?」

 

千景の問いかけに、若葉も視線を逸らす事無く答え、それを受けて千景が視線で○○へと問う。

 

目が見えない○○も、会話の流れから自分のすべき事を察し、千景の名前を呼ぶ。

 

「ちーちゃん……さっき若葉が言った通りだよ。俺は別に、世界を救うためだとかそんな理由で神様との繋がりを斬る事を提案したわけじゃない」

 

「じゃあ、どうして……? 勇者としての使命感以外なら、一体何が……?」

 

千景の当然の疑問に対し、○○は少しばかり間を空けて息を整えると、照れもせずに言い切った。

 

「みんなを死なせたくないから……重い使命を背負って頑張ってきた、君たち六人を、絶対に助けたかったから……それが理由だよ」

 

「え……」

 

○○が告げた、余りにも単純で、かつ個人的な理由に、千景は気の抜けたような声を上げた。

 

「あれから数日しか経っていないが、短いなりに私も考えてみたんだ。これまで○○が無茶をする時というのは、決まって私達に危機が迫った時、又は迫る予兆がある時だけで、終始一貫していた」

 

「だから若葉ちゃんは、○○君は世界の為でなく、私達の負担を減らすのが目的で戦ってきたんだと思った訳ですね」

 

「まあ、そうだな。……実は違っていた、何て事になったら、自意識過剰の勘違い女になる所だったからホッとしているが」

 

若葉はそう言って苦笑するが、千景は笑えない……とてもじゃないが、笑えるような余裕は無かった。

 

「ちーちゃん……ごめんね。俺さ、みんなの気持ちを全然考えてなかった。何日か前に俺が神様に相談してた所、偶然聞いてしまったって、ホントにさっき神様から聞かされてさ……」

 

心の底から後悔している様子でいる○○が、千景に謝罪する。

 

「そんな事だから、タマっちと杏にも滅茶苦茶怒られて……我ながら馬鹿な事を考えたもんだと、心底後悔したよ……」

 

「それじゃあ……それじゃあ、止めてくれる? 自分から犠牲になる様な事はしないって、そう言ってくれる?」

 

変身を解いた千景が期待を込めて○○に駆け寄り、勢い込んで問いかける。

 

「うん。自分から生贄になって、みんなの記憶から消える様な事は絶対にしない。……今年いっぱいは、みんなと一緒に居るから」

 

「今年、いっぱい……? その先は……?」

 

「……ごめん。その先は、みんなと一緒には居られない」

 

彼からのその答えに、少しばかり安心していたのも束の間……千景は信じられない、信じたくないとばかりに○○へと縋り付いて叫んだ。

 

「い、嫌……もう嫌なの……もう○○と、二度と離れたくない……!」

 

高ぶった感情が故の涙を幾筋も零しながら、千景は泣き叫ぶ。

 

「どうして……? 私は、あなたのことが……言葉では言い足りない位に……好き、なのに……!どうして……何で、あなたが……! う、うぅ……っ…………うぁああぁああああぁぁあああああ…………っ!!」

 

崩れ落ちた千景は、車椅子に座る○○に抱き留められ、積もり積もった悲しみを爆発させた。

 

幼かった自分の心を護ってくれた、自分だけのヒーロー。

 

成長したその男の子は、勇者となり、世界を護り……そして、自分たちの六人を守る為に、すでに覚悟を決めてしまった。

 

彼は、あの時と何も変わっていなかった――幼かった自分を、全身全霊で助けてくれたあの時と。

 

そんな彼に、何も報えない自分が何よりも不甲斐無かった。

 

そう――世界を犠牲にするなんて、何もできない自分から目を逸らす為の、盛大な八つ当たりでしかなかったのだ。

 

あの時から変わらず、何もできない自分。

 

○○から大切なものを受け取るだけで、何も返せていない自分。

 

そんな情けない自分から目を逸らしたくて、認めたくなくて……そして今、そんな行動も○○に止められている。

 

そんな感情に翻弄されている千景が泣いている最中、別の方面でも決着がついていたらしい。

 

友奈に球子、そして杏もここへ来て、全員がこの場に集まった。

 

○○に縋って泣いている千景の様子から、全てを察したらしく、気遣わしい表情を崩さない。

 

「ちーちゃん……いや、ちーちゃんだけじゃなくて、みんなに言いたい事があるんだ」

 

その言葉に、○○に縋って顔を伏せていた千景を始め、六人全員が彼の方を向く。

 

「みんなは何だか……俺から一方的に与えられるばかりだった、っていう風に思ってるみたいだけどさ……俺だって、みんなから沢山のものを貰ったよ?」

 

穏やかな、いつも通りの口調で話す○○。

 

「美味しいうどんがあるよって、みんなで食べに行ったり――」

 

有り触れた、小さな思い出。

 

「普通の学校でやる様な行事を、頑張って再現してみたり――」

 

例え勇者と呼ばれ、重い期待を背負っても、その時だけは年相応でいられた。

 

「面白い事があったら、その事についてみんなで話したり――」

 

その時は気付かなかった、宝石の様に煌く大切な記憶。

 

「他にも楽しい事、いっぱいあったよね」

 

そんな風にして、大切なものをたくさん受け取ったから――だから――

 

「どんな目に遭っても耐えられたし、ここまで頑張れたんだ」

 

そうして○○は、優しく微笑んで、こう言った。

 

「――――――ありがとう」

 

 

 

 

 

こうして西暦の最後、少女たちが最後にぶつかり合った出来事は終幕を迎えた。

 

少年と少女達の気持ちのすれ違いから、あわや大惨事を迎えかねなかった出来事ではあったが、お互いに話をして、分かり合う事が出来のだ。

 

その後の事は、詳しく語るのは無粋だろうか。

 

少年は、最期の時まで少女達と共に在り――そして、少女たちが見守る中、その生涯を終えた。

 

たった一つの想い――過酷な運命に翻弄される少女達を助けたいと願い、一度は為せず、しかし少女達の支えで再び立ち上がった少年は、遂にその想いを貫いたのだ。

 

少年の死に際し、遺された少女達は涙に暮れたが……しかしそれは、これから先も続いていく未来への枷には、絶対になる事は無い。

 

自分達は、少年が残してくれた大切なものを守っていくのだと……心から理解しているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――十年後

 

 

「ねえ、お母さん。あの本、どこにやったかな?」

 

「ああ、あの本は私の部屋の本棚に戻しておいたから。次はちゃんと片付けないと駄目だよ、実里(みのり)

 

「うん、気を付けまーす」

 

 

 

 

 

「まなちゃん、はやく行こーよー!」

 

「分かったから引っ張らないでーあっちゃん!」

 

「こらこら、明日香(あすか)は落ち着きタマえ! あーもう、愛菜香(まなか)の服が伸びるから、やめなさーい!」

 

 

 

 

 

「行ってきます、お母さん」

 

「ええ、今日も気を付けてね。……」

 

「どうかしたの、お母さん……?」

 

「ねえ、都子(みやこ)。……あなた、学校は楽しい?」

 

「うん、楽しいよ。 今日も友達と遊ぶんだ!」

 

「そう……それなら良いの。でも、あんまりはしゃぎ過ぎないようにね?」

 

「はぁーい」

 

 

 

 

 

「おっべんと、おっべんと、たっのしっいな♪」

 

「そうだねぇー……という訳で、おにぎりを作りましょー!」

 

「わーい、早く教えてーお母さーん!」

 

「ふふふー、お母さんに任せなさい、(さくら)。最初はね――」

 

 

 

 

 

「お帰りなさい、お母さん」

 

「ええ、ただ今、(あかね)。留守中、何もありませんでしたか?」

 

「うん、何も無かったよ」

 

「そう……いつもごめんなさいね、茜」

 

「ううん、いいの。お母さんが大赦の事で大変なのは、ちゃんと分かってるから」

 

「~~~~~~っ! 何ていい子なんでしょう! もうぎゅってしちゃいます!」

 

「うぷっ!? ちょっ、お母さん、や、止めてったら~!」

 

 

 

 

 

「…………」

 

「どうしたんだ、大輔(だいすけ)? そんなにうんうん唸って」

 

「あー、お母さん……ちょっと助けて欲しい……」

 

「助け?」

 

「アイツらの遊びの予定に付き合うのが……ぶっちゃけしんどい」

 

「ああ……ま、まあお前は人気者だからな!」

 

「妹たちにモテたって仕様が無いって! それに兄って言ったってほんの一週間位の違いしか無いじゃん! だって言うのにベタベタベタベタ……ブラコン過ぎてダメだろアイツら……」

 

「容姿は完全に私似なのに、不思議と中身は本当に○○に似たからな……うっとおしがりつつも、何だかんだ世話を焼いて助けてやってればそうもなるだろうさ」

 

「お母さん、何か言った~?」

 

「いいや、何も。それじゃあ、お母さんも一緒に考えるから頑張れ!」

 

「頑張るのは決定なんすかそうですか……はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の歩みは続いていく。

 

例え、もう立ち上がれなくなる様な痛みを受けたとしても。

 

それでも人は、歩み続ける。

 

自らの想いを、絆で結ばれた人に託して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それが、人が連綿と繋いできた、命のバトンなのだから。




のわゆ編、完!

いやー、長くかかりましたね……いや、途中でブランク作った私の所為ですけどね!(^^;

妖怪大決戦を期待して下さった方には申し訳ないですが、かなりアッサリ目にしてしまいました。戦闘は最終決戦で出し尽くした感がありまして……
人間同士なんだから、やっぱり心のぶつかり合いに焦点を当てたいな、と……
その描写にしても、ちょっと不安ですが……(汗)

まあ、何はともあれ!(強引)
こんな拙いお話を読んで下さった読者のみなさん!
感想やご意見を送って下さった方々も含めまして、本当にありがとうございます!
ゆゆゆに続き、のわゆを無事締め括れたのも、皆さんの温かいお声のおかげです!

本当に、本当にありがとうございました!!


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花結いの章
また会えたね○


ゆゆゆい編、はっじまっるよー!

ゆっくり気長にマイペースに進める所存です!(予防線)


「よし、部の備品の買い出しはこんなものでいいかな」

 

文房具店で買い物を済ませた○○はメモを確認しつつ小さく呟き、それをポケットへと仕舞った。

 

四国の――そして人の世界の命運を賭けた決戦から少し経ったその日。

 

そろそろ秋めいてきつつも、未だに夏の日差しが照り付けるそんな日の午後を、○○は讃州中学へと戻る道を歩いていた。

 

唯一の男手という事で、備品の買い出しに立候補した○○はのんびりと帰り道を進んでいく。

 

――と、そんな、どこにでもいる中学生男子のポケットに入っていたものから、よく聞いた……出来ればもう聞きたくなかった音が聞こえてきた。

 

「……え、何で? 端末ってもう返したんじゃ……?」

 

心の底から困惑した声でそう呟く○○。

 

ポケットから取り出したその機器――勇者アプリがインストールされているスマホを手に取りつつ、首を傾げる○○。

 

「……って、え? どういうことだこれ!?」

 

いきなりの事態に呆然としていた○○だったが、更に困惑する出来事が起きて思考が硬直する直前まで行ってしまった。

 

「樹海……ここって樹海だよな……え、本当に何事?」

 

様々な色で染め上げられた、植物に似た何かが其処ら中に存在する不思議な空間。

 

もう二度と目にする事など無いと思っていただけに、彼の戸惑いは相当なものだった。

 

「……えーと。色々考えたい事はあるけど、樹海に来たからにはまずレーダーを確認しないと……って、え、みんなも来てて、しかも交戦中!?」

 

冷静にレーダーを確認した○○の瞳が、ギョッと見開かれる。

 

乙女座と記された表示の周囲に自分と園子以外の勇者部の名前が表示され、戦闘中であることを示している。

 

「くそっ、もう戸惑っている暇なんてない。早くみんなと合流しないと……!」

 

幸いというべきか、勇者の身体能力ならこの場から戦闘エリアまでの距離はさほどでもない。三分以内に着くことが出来そうだ。

 

すぐさま久しぶりの変身を行なった○○は、最短距離を駆け抜けてみんなのもとへと到着し、その力を生かして他のメンバーの支援を行う。

 

「よーし、○○君の応援でパワー百倍! 勇者パーンチ!!」

 

「友奈ちゃんを援護します!」

 

「合わせるわ、東郷! 樹と夏凜も続きなさい!」

 

「うん、お姉ちゃん!」

 

「任せなさい! 久しぶりに、完成型勇者の力を見せてやるわ!」

 

あの時、合体した獅子座との戦いを制した○○たち勇者部は、今更乙女座の一体に苦戦する程に鈍ってはいない。

 

ましてや、久しぶりという事ではあっても、だからこそ油断など欠片も無いのだ。

 

最後まで気を抜くことなく戦いを終えると、過去にあったように周囲の風景がぼやけていき、はっきりしなくなっていく。

 

そして、まるで居眠りから覚めたかのようにハッとして周囲を見回すと、讃州中学の屋上――つまり、神樹が祀られた祠のすぐ傍に○○は居た。

 

「一体何だったんだ……って、みんなはどこに?」

 

○○がきょろきょろと周囲を見回しても、他の部員の姿は一人も無い。

 

また首を傾げる事になった○○だったが、学校に戻ってきた事だけは確かだったので、とりあえず勇者部の部室に戻る事にするのであった。

 

――樹海で聞こえた少女の声。その声の記憶が呼び覚まされていく。

 

――その声の主との再会を、楽しみにしつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○が帰って来る前の勇者部の部室では、最初の勇者達と共に在った巫女であり、現在でも大赦の巫女たちの頂点に立つ名家である上里家の初代――上里ひなたが、彼以外の勇者たちを前にして説明を行なっていた。

 

ただ、彼女も自分たちと一緒に戦った勇者の一人である高嶋友奈と瓜二つ……というか、同一人物としか思えない、結城友奈を前にして動揺していたようであったが、気を取り直して説明を続けようとしたのだが――。

 

「ただいま帰りましたー……一体全体なんだったんですかね、さっきまでの」

 

「あら、ようやく帰ってきたのね、○○。今から彼女が説明してくれるそうよ」

 

「彼女……?」

 

「はい、私は上さ、と……」

 

風に紹介されたひなたは○○に向き直って自己紹介しようとしたが、不自然に言葉を途切れさせ、薄く笑みを浮かべていた顔に、信じられないものを見たと言わんばかりの表情を張り付けた。

 

「どうしたの~、ひなタン? あ、もしかして、ゆーゆみたいに○○君とすごくよく似た友達でもいるのかな~?」

 

「○、○君ですか……。え、ええ、実はそうなんです。友奈さんといい、友だちと似た人が二人もいた事に、ちょっと驚いてしまって!」

 

自分の心中の複雑の感情を隠し、瞬時に笑顔を浮かべるひなた。

 

そう、あの日から一年経ったその時に自分は――上里ひなたは、ここに呼ばれた。

 

愛した人を失った、あの日。

 

同じ人を愛した仲間たちと一緒に見送ったのだ。

 

今、目の前にいる少年と同じ顔をした、最愛の人を。

 

気を抜けば、何もかも放り出して眼前の少年に縋り付きそうになってしまう程に、本当によく似ている。

 

しかし、それは自分達に後を託して逝った彼にも、目の前の少年にも不誠実な最悪の対応であることは自覚していた。

 

よって、ひなたは内心の動揺を押し隠し、いつもの笑顔で、最愛の人と瓜二つの少年に応対しようとした。

 

「では、改めまして。私は――」

 

「ひなた」

 

優しく、そう呼ばれたひなたの表情が強張る。

 

「……あはは、フレンドリーな方なんですね、○○さんって」

 

何とか絞り出せた言葉は、何とも皮肉っぽくなってしまっていて、自分の冷静な部分が駄目出しをしてくる。

 

「その指輪……俺は自分の目では見られなかったけど、大事にしてくれているみたいで嬉しいよ」

 

今度は誰から見ても分かる程に、ひなたの表情が驚愕に彩られる。

 

自分たちが彼に贈られた指輪の事を、何故この時代に生まれた少年が知っているのか?

 

よしんば適当に言っていたとしても、贈った彼がその目で指輪を見られなかったという事まで言い当てるのは、どう考えてもあり得ないはず。

 

 

 

 

 

まさか、まさか、まさかまさかまさか――――――!

 

 

 

 

 

努めて冷静に、しかし声の震えが抑えられないひなたは、それでも何とか声を絞り出して少年に尋ねた。

 

「○、○、君……なんですか? ……本当に?」

 

「……うん。結局、あれからは三か月しか一緒に居られなかった○○だよ」

 

少年の――彼の――○○の言葉を聞いたひなたの瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。

 

そのまま立て続けに零れ落ちる涙を拭う事もせず、ひなたは○○に走り寄ると、その胸へと抱き着き、彼も彼女の事をその両腕でしっかりと抱き留めた。

 

「~~~~~~~~~っ! ○○君、○○君、○○君!!」

 

「ひなた……」

 

「また、会える、なん、て……私、わたし……っ、う、うああああああぁぁぁ……っ!」

 

「うん……俺もまた会えて、嬉しい」

 

肩を震わせて、○○の胸の中で咽び泣くひなた。

 

そのひなたを抱きしめ、背中を擦って慰めている○○。

 

非常に絵になる光景であり、詳しく事情を知らないものが見ても心を揺さぶられるものがある。

 

……そして、完全に蚊帳の外に置かれている○○以外の勇者部員六名の心もまた、一般的な意味以外のあれこれで揺さぶられまくっていた。

 

色々と疑問はあるが、何故○○が三百年前の少女と心を通じ合わせているのか?

 

そして……○○は、彼女に指輪を贈ったと言った。

 

それはつまり……想像するのも恐ろしい事だが、二人は……男女の仲だったという事だろうか?

 

心が芯まで冷え込むような想像というか、予感に苛まれながら抱き合う二人を見ているしかない勇者部一同。

 

本心では一刻も早く二人を引き剥がしたかったが、ここでそんな事をすれば確実に空気読めない奴である。その位には二人は絵になっていた。

 

だが、実力行使は我慢できても、その気持ちが瞳に浮かぶのはどうしようもない。

 

虚ろな目になりながら、抱き合う二人を見守るしかない勇者部の六人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――取り乱してしまって、申し訳ありません。もう大丈夫ですよ、○○君」

 

「それなら良いんだけど……無理はしないようにね」

 

「はい、勿論です。――話は変わりますけど、これから皆さんに説明をした方が良いと思うので、席を外して貰えませんか?」

 

そう言ったひなたは、ちらりと自分達以外の六名の方に目線をやる。

 

このまま放っておけば禍根が残り、そう遠くない未来にやって来るだろう若葉たちにも迷惑がかかる可能性が高い……というか、確実にかかるだろう。

 

それを聞いた○○は何か言いたげだったが、一つ息を吐くと大人しく部室の外へと出て行った。

 

部室から遠ざかっていく彼の足音を聞きながら、ひなたを穴が開かんばかりに自分を見つめて来る六人の少女の方へと向き直った。

 

並の中学生なら怯むだろう視線を受けても、ひなたは泰然としたものだった。

 

勇者たちを導いた功績で大赦の中枢へと入り、存在感を増してくひなたを見る視線は、好意的なものばかりではなかった。

 

純粋な好意や敬意から関係を結ぶ人間の方が多かったのは事実だが、以前から大赦の中枢に居たお歴々からは、成り上がりの小娘と見られることも少なくなかった。

 

そんな悪意ある視線と比べれば、同年代の少女の視線などそよ風も同然であった。

 

「さてみなさん、色々と聞きたい事があると思うのですが……?」

 

そう言ってひなたが水を向けると、部を代表してか、まずは風が口火を切った。

 

「それじゃあ遠慮なく聞かせて貰うけど……どうしてあなたが○○の事を知って……というよりも、あんなに仲が良いのかしら?」

 

「生まれ変わりか、それとも別の何かなのかは分かりませんが……彼は間違いなく、この時代から三百年前、私達と共に戦った○○君です。仲が良いのは、それが理由ですね」

 

「普通なら信じられないけど……今までも、そしてついさっきも不思議な事を体験したんだものね。信じるわ」

 

風が一応の納得を示すと、友奈が待ちきれないとばかりに手を上げて身を乗り出した。

 

「あのっ! さっき○○君が指輪をひなちゃんに贈ったって言っていたけど……ふ、二人はっ……その、どういう……っ!」

 

「ちょっ、友奈、いきなり過ぎでしょ!?」

 

「でも……避けて通れない疑問だと思うわ、夏凜ちゃん」

 

「そうですよね、東郷先輩……正直、あんまり聞きたくないですけど……でも、聞かないと」

 

「……うん、イッつんの言う通りだね~。それがどんな答えでも……聞かないと、先にすすめないんよ~」

 

彼女たちも大方の予想は付いているのだろうが……それでも、ひなたから明確な答えを得るのには恐怖があるようで、その声音には躊躇いの色がある。

 

そんな気持ちを抱えながらも踏み出した少女達に、ひなたも一切の誤魔化し無しで、真実を告げた。

 

「彼とは……○○君とは、夫婦でした。事情があって、三ヶ月間だけでしたけどね」

 

ひなたがそう告げた途端、あらゆる音が消え去る様な感覚を勇者部一同は味わっていた。

 

ふーふ……ふうふ……夫婦……。

 

覚悟はしていたつもりだったが、それでも余りに衝撃が大きすぎたのか……園子の膝がカクンと折れて、前のめりに倒れそうになり、隣にいた美森が慌てて何とかそれを支えた。

 

「ちょっ、そのっち!?」

 

「わっしー……○○君、結婚してたんだって~……あは、あはは……」

 

「園ちゃん、しっかりしてー!」

 

阿鼻叫喚になる三人を他所に、何とか冷静さを保っていた犬吠埼姉妹と夏凜は気になる部分をひなたに確認していく。

 

「……まあ、園子の事は友奈と東郷に任せましょう。で、まだ聞きたい事があるんだけど」

 

「うん……事情っていうのは何なんですか? それに、三か月だけって……」

 

「まあ、そこを聞かないと何とも言えないわよね……」

 

三人の疑問に、ひなたも少しだけ辛そうな表情をした後、ぽつりぽつりと語っていく。

 

「分かりました、お話ししましょう。……私達の時代の○○君。その勇者としての結末を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……話し合いは終わったって事だけど……ひなたがみんなと仲良く出来てると良いな」

 

心配げな表情をした○○は、つい先ほどかかってきた連絡で部室に戻る所だった。

 

部室を出る直前に見た部員たちの表情……というか瞳だが、何というかあらゆる色が抜け落ちた様な感じだったのを覚えている。

 

思わず後ずさりそうになった○○だったが、その場は意地で踏み止まった。

 

驚いたのは確かだが、そんな反応をされれば彼女たちは傷つくだろうとの思いからだ。

 

つらつらとそんな事を考えながら部室に戻って扉を開ける○○。

 

それと同時に、すすり泣く少女たちの姿が目に入って思わずぎょっとしてしまった。

 

「み、みんな……!? え、何、一体どうした?」

 

そんな彼の疑問に答えたのは、間違いなく今回の話の語り部であるひなたであった。もっとも、彼女も思い出して少し涙ぐんでいたので、○○を狼狽えさせたのは変わらなかったが。

 

「彼女たちには、私達が経験したあの戦いの事を、あなたが来てからの事を中心に話しました。――もちろん、その最期の事もです」

 

「あー……」

 

ひなたの言葉を聞いた○○は少し表情を歪めたが、仕方がないと思ったのか、深く息を吐いただけで何も咎めなかった。

 

どうするにしろ、自分とひなたの関係を問われれば避けて通れない話ではあるのだから、仕方の無い事だと。

 

すすり泣く少女たちを何とか宥める○○だったが、ひなたはこれからの関係の為にも、彼女たちに発破をかけようと少しばかり煽る様に言った。

 

「さて、先程言ったように、過去に私は○○君と夫婦でした」

 

急に何を言い出すのかと、少し訝し気な視線をひなたに向ける○○。

 

「もう会えないと思っていた愛おしい人と再会できて、本当に嬉しいです。ここに居られる限り、彼と愛を深めるつもりなんですが……皆さんは違うんですか?」

 

「!?」

 

先程とは違う意味で、急に何を言い出すのかという視線をひなたに向ける○○。

 

よく聞いてみれば、すすり泣く声が聞こえなくなっていて、恐る恐る、視線だけを勇者部一同へと向けてみる○○だったが……びくつかなかったのを褒めてやりたい位だと、思わず自画自賛した。

 

友奈も、美森も、風も、樹も、夏凜も、園子も――みんな例外なく、普通の中学生がするような目をしていなかった。

 

所で、○○は西暦において目が見えなくなった後、六人の少女達の発する雰囲気を読み取ることが何となくできるようになり、彼女たちとのやり取りに大いに役立った。

 

その経験を踏まえて言えば、現勇者部の少女達は……西暦の少女達と最後に過ごした三か月の雰囲気と、非常に良く似ている。

 

ひなたの煽り文句によって危機感を煽られた少女達は、羽化してしまったのだろう。

 

そして、そんな少女たちにひなたは甘い言葉を向ける。

 

「でも、みなさんと仲良くしたいというのも本当なんです。――ですので、私が知る限りの○○君の事を、あなた達に教えましょう」

 

「!?!?!?」

 

いつの間にか、仲良くなるためのきっかけにされてしまっている事に○○は戦慄した。

 

自分が知るひなたも口は上手かったが、あれから更に磨きがかかっている。

 

目を輝かせた勇者部の少女たちが一斉にひなたを囲み、がやがやと○○の話で盛り上がっていく。

 

ひなたもひなたでこちらの時代での○○の様子を知る事が出来て、大変満足しているらしかった。

 

その様子を眺めながら、○○は西暦の時代、ひなたに丸め込まれたあの日の事を思い出していた。

 

余命が三か月しか無いという状況で、六人全員といわゆる『男女の仲』になるなど正気の沙汰ではない。

 

○○は断固として拒否した。実際、ひなた以外の五人が何を言おうと、それこそ泣き落としをされようと、絶対に頷かなかった。

 

しかし、ひなたが説得を開始してからは、理論武装も感情論も一枚一枚丁寧に、衣をはがされる様にして解除され、ついには彼女たち六人を受け入れる事になってしまった。

 

そして、ひなたはその手柄で○○の『ハジメテ』を頂いた、という訳である。

 

男として、思わず溜め息の出るような事実を思い返していると、未だに話をしていたひなたがこちらに視線を向けていた。

 

そして、あの時に自分に止めを刺した後に言った言葉を再び放った。

 

あの時には、西暦の勇者たちを連れて――今回は、神世紀の勇者たちを連れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「○○君。私たち全員で、幸せになりましょうね?」

 

「あはは……ああ、うん……」

 

歴史は繰り返すというが、当事者まで同じなのは違うだろうと、乾いた笑いを浮かべながら思う○○なのであった。




書き終わってみれば、スーパーひなたタイムになっていた件。


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