閃の軌跡の果てに (キクイチ)
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トールズ士官学校 Chapter1
赤銅の髪をもった少年


つい、設定が浮かんでしまったので書いた。後悔は若干している。


 ――――酷い、夢を見させられている。

 

 瞼を開けくと、そこは―――地獄だった。

 

 視界は赤々と染め上げられ、炎がいたるところから吹き出している。

 土色だった地面は赤く焦げ、赤土と化している。うめき、いや、死骸と化す断末魔が割れんばかりに響き渡る。阿鼻叫喚のその後。

 なんでこうなったのかわからない。でも、多くの。多すぎる命が。貴い命が無残に。何の意味も無いとばかりに焼却された。―――ここが地獄でなくてなんと言うのか。

 

『はぁ……はぁ…! よかった、生きてる…!生きて、ああ―――そんな……!』

 

 そう、顔を歪めて俺の顔を見る少女がいた。

 黄金(こがね)色の髪を後ろで結い上げた見目麗しき少女がそこにいた。しかし、いつもの天真爛漫さは見当たらず、涙を流しているようだった。

 俺の体を見て―――助からないと、思ったのだろう。

 絶命必至。俺の体は真っ当なところが一つも無い―――ずたぼろの状態だったのだから。

 ―――死に近づいたせいか、痛みももう感じれないせいか。

 やたら心は揺れなかった。死が、意識が消失することに恐怖がなかったわけではないが……それでも、落ち着いていた。笑みすら浮かべる余裕があった。

 その時の心情は――今でも強く覚えている。

 

 ――――よかった。君が生きてて。

 

 そう思って笑っていた。どうか、気にしないでほしい。そう彼女笑いかけたつもりだったのだが――より辛い、悲痛さをにじませる顔になった。

 

『―――れ――は、わ――のせ――――』

 

 そんな言葉が聞こえたが――出血量が現界を迎えたのか、意識が薄れ始めた。

 

 でも、意識が落ちる最後。

 

 耳が拾った言葉だけは、憶えている。

 

『生きることを諦めないでください…!貴方は、何も悪くは無いのですから――!』

 

***

 

 

 がたん、と強い揺れが起き赤銅の髪の青年―――シロウ・ニルソンは目を覚ました。

 

 彼は周りを見渡す。

 

 席に座って歓談する男性と老女。あるいは、自分と同じくらいの年の女性や青年も歓談している姿。

 左手の窓から、景色がそれなりのスピードで流れ、振動が一定のリズムで伝わってくる。景色からは春の様子がほどよく伝わってきた。

 

 ―――ここは、列車の中。ああ、俺は列車に乗ったのだった。となると――彼女は…?

 

 シロウが、はっとして右を見れば―――すやすやと眠る金髪の少女、いつもは凜とした空気を纏っている少女があどけない顔で自分の隣で寝ているのが分かった。

 彼女の名は、アルトリア・ペンドラゴン。幼い頃からの縁がある―――所謂、幼馴染みというヤツである。

 歴史的には、このエレボニア帝国の皇帝――かのドライケルス大帝時代から仕えたと言われる名家ペンドラゴン――つまり、彼女は貴族である。まあ、爵位は辺境伯らしいが。

 どういうわけか幼少の頃から縁があり、それが今に続いている。――そう今も。

 しかし、じっと見れば見るほど美少女ぶりがわかる。

 透明感のある肌に、艶やかな黄金の髪。触れれば壊れてしまいそうな華奢さを持っていながら、その実自分より何倍も強い。

 

 シロウは気恥ずかしさを隠すように、頭をかく。そして、窓から見える景色をみて―――ここにいる記憶を振り返る。

 

 ――――トールズ士官学院。

 

 帝国中興の祖、かのドライケルス大帝によって創出された伝統ある士官学校。帝都からほど近いトリスタという街に在り、200以上続く学校である。

 そこに俺達は入学した。士官学校の生徒として。

 

 あ、そういえば。

 そう思ってシロウは赤い外装のついた導力器(オーブメント)を取り出した。

 

 それは、赤い制服と共に送りつけられたもの。説明書もなく、導力器らしいということしかわからない代物だ。ちまたでは流通してないもののようだが、教材かなにかだろうか?

 わからないのは導力器、だけではない。この制服もだ。

 獅子の紋章の刺繍があることから、トールズ士官学生として認められたのは確かだろうが、赤というのは聞いたことがない。

 というのも、トールズ士官学生といえば、貴族であることを示す白の学院服か平民であることを示す緑の学院服、そのどちらかなのだ。周りに乗っているのは緑の服の学生ばかりである。

 まあ、単に新しいクラス、と言われれば納得するしか無いのだがやはり聞いたことはない。

 

 そう、思考を広げていると―――ピンポーンとアナウンスがなり響いた。

 ぴくり、と隣の彼女も反応し薄く瞼を開いた。少し眠そうだが……そうも言ってはいられない。

 軽く揺すって起こす。

 

「シロウ……? ああ、もう着くのですね。ふぁ――」

 

 と小さなあくびを手で隠す。

 

『本日はケルディック経由、バリアハート行き旅客列車をご利用頂きありがとうございます。次は、トリスタ。トリスタ』

 

 そんな案内が流れる―――到着の時は近い。

 

 

 列車の長旅を終え、トリスタ駅に降りて――そのままトリスタの街に出た。

 

「これは……綺麗ですね、シロウ。たしかこの花は――」

「ライノの花って言うらしい。トリスタの名物って話だ」

 

 見渡せば、白をベースに薄く桃色に染まった花が咲き乱れている。優しげな風に揺られて花びらが軽く散っていくさまは、幻想的でもあった。

 

 中央にある広場――というより公園のようなところの真ん中から空を見上げれば、幻想的な風景はより魅力的に見える。

 

 と、夢中になるのはここまで。

 そう思ってシロウはアルトリアに振り返って―――――はたと気づく。

 

 そこにいたはずのアルトリアが何処かへ消えてしまったのだ。しかし、ここで慌てるシロウでは無い。伊達に、彼女の幼馴染みを十年もしていないのだ。

 

「さては――」

 

 彼女は―――腹ぺこ魔人。列車で長旅になると思い、それなりのお弁当を作ってきたのだが、乗った瞬間に蓋をあけ、完食していた。『今、食べたらおなかすくぞ』と念を押したのだが。

 とかく、恐らくだが彼女はお腹をすかせて何処かによろよろと歩いて行ったのだろう。ならさっきから良い匂いの漂ってくる手前に見える料理店(カフェ)だろう。

 普段は凜としているくせに食事が関わると途端にポンコツになるのが玉に瑕である。

 

「見つけた――!」

 

 視線を向け、軽く探れば―――開いているかな、と店内をのぞき込む黄金の髪が。

 

「まだ、開いていない、だと……!」

「ごめんなお嬢ちゃん。今日の開店は昼からなんだ」

 

 と、入店を断られている始末。

 

「シロウ!お腹が減りました!」

「……だから、言っただろう? お腹減るからよしとけって」

「ぐぬぬ……! ですが、このままでは…!」

 

 このまま放っておけば、入学式の最中に彼女のお腹が鳴るのは必至というものである。

 さすがに、それはかわいそうだ。

 

「はぁ……、ほら――」

 

 箱形のバケットを取り出し、蓋を開けば―――こんなこともあろうかと、昼食ようにと詰め込まれたサンドイッチをアルトリアに見せる。

 

「ほら味わって喰えよ―――」

「――ごちそうさまでした」

「早い!予想の三倍早かった!」

 

 サンドイッチを掴めば最後、彼女の口に秒単位で滑り込むのだ。――さよなら、俺の昼食。

 

「まあ、それぐらい食べれば――お腹がなることはないだろうし。じゃあ、行こうか士官学院に――」

「まあ、少し心配ですが……」

 

 ここでちらりとアルトリアは上目遣いで見てくる―――。

 俺は知っている。この動作は、他の食料はないかとねだる目だ。

 

「――そんな目をしても、ないものは出せないぞ」

「………」

 

 じぃー、となお見つめてくるが此処で折れてはだめだ。長い戦いをいていると彼女は諦めた。ただし、負けセリフを吐いて。

 

「けち」

「なんでさ」

 

 今日も、アルトリアは平常運転だ。

 

 

 

 

「――それでも、大帝が遺した“ある言葉”は今でも学院の理念として息づいておる」

 

 壇上に上がった老人と呼ぶには若々しい筋肉隆々の人は驚くことに学院長らしい。何十の席にいる生徒全員が彼の老人に視点を合わせている。緊張感がほどよくあり、眠気が起きない。まあ、少し視線をずらせば――うとうとと出来ている娘もいるようだが。

 

「『若者よ―――世の礎たれ』“世”という言葉をどう捉えるのか。何をもって“礎”たる資格を持つのか。これからの二年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい」

 

 そう言って、ヴァンダイク学院長は話を締めた。

 

 若者よ―――世の礎たれ、か。これは、自分にとっての大きな命題になるだろう。世と礎。その二つに答えを探してほしい。それがどんな答えであれ、君たちの大きな力になるだろう。そう言うエールなのだと俺は受け取った。

 

「以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること―――」

 

 解散と言われ、周りにいた生徒達は次々に立ち上がり何処かへ歩いて行く。

 

 すると、いつの間にかアルトリアが近くに来ていた。

 

「……入学案内書? 送られてきた案内書にそんなこと書かれていましたか?」

「いや、記憶に無い」

 

 周りを確認すれば――自分達と似たような格好、赤い学院服を着た者達だけが遺されていた。

 

「送られてきた入学案内書にそんなの書いてあったっけ?」

「いや、なかったはずだ」

 

 黒髪の青年と橙色の髪をもった青年がそう話しているのが聞こえてきた。どうやら他の人も書いていなかったようだ。

 

「はいはーい。赤い制服の子達は注目~!」

 

 突然、明るい女性の声が響き渡った。

 そちらに視線をむければ。

 

 明るい紫の髪をもった女性教官が立っていた。もしや、この人が――?

 

「どうやらクラスが分からなくなって戸惑ってるみたいね。実は、ちょっと事情があってね」

 

 なるほど。自分達は何かしらの意図をもって集められたらしい。

 

「―――君たちにはこれから『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」

 

 特別オリエンテーリング?

 

「なんでしょうか、その特別オリエンテーリング?というのは」

「まあ、すぐに分かるわ」

 

 アルトリアが疑問を教官風の女性に問いかけるが、返ってきたのは曖昧な言葉だった。

 

 教官風の女性は、ついてこいと言って、そのままスタスタと歩いて行った。しかし―――歩行が綺麗だな。士官学校の教員とあらば――戦闘技能は持ってるだろうし。だが、相当な技能をもっているとみた。

 

「取り敢えず行くしかなさそうだ」

 

 と誰かが言って、そのまま流れるように移動した。

 

 

 

 やたら年季の入った建物へ誘導された。かなり古い建物のようだ。ガラス窓を()()()()()、下に向って厚くなっていることがわかる。年代までは流石に分からないが100年は前の建物だろう。

 

 女性教官は鼻歌を歌いながら厚く重たそうな扉を開く。

 

「こんな場所で何を……?」

「くっ……ワケが分からないぞ……?」

「まあ、考えても仕方在るまい」

「私達も行きましょうか、シロウ」

「あ、ああ。―――っ」

 

 不意に視線を感じ、振り返ってしまう。

 何というか、ねちっこくこちらを観察しているような―――アレは、人か?

 誰かが、高台からこちらを見下ろしていた。

 ――ただ、こちらを見に来ただけのようだ。悪意も殺気も感じない。

 

「どうしましたか?」

「いや、何でもない。いこうか」

 

 その古い建物に入るのは、俺達で最後だった。

 

 

 

 

「―――ほっほう、あれが俺達の後輩ってわけだな?」

「まあ、名目こそ違うが似たようなものだろうね」

 

 バンダナの青年と黒いツナギの娘が彼らを見て話していた。

 

「しかし、アンゼリカ。あの赤銅頭の後輩。完全にこっちに気づいてたぜ」

「将来有望そうでいいじゃないか。しかし、アリサ君といい、可愛い子ばかりで嬉しいな」

 

 ジョークや挑発をこめた会話であり、青年と少女の仲の良さを物語っていた。

 そこに新たな少女の声。

 

「も~、二人とも喧嘩しちゃダメじゃない」

 

 近づく背の低い少女と隣には太った青年。彼らも又、気を置かない関係なのだろう。背の低い少女は会長職をしているらしく、新しく入学した面々に対しての意気込みを新たにする。

 

「―――それで、そちらの準備も一通り終わったみたいだね?」

「ああ、教官の指示通りにね」

 

 黒いツナギの娘は少し同情的な目をした。

 

「しかし、何というか……彼らには同情を禁じ得ないな」

「ま、それは同感だぜ。本年度から発足する“訳アリ”の特別クラス……せいぜいお手並みを拝見するとしようかね」

 

 

 

 

 古い建物の中はやはりというか、暗かった。

 

 壇上に教官らしき女性が立ってこう言った。

 

「―――サラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ」

 

 よろしくお願いするわね、と微笑んで挨拶をした。

 しかし、《Ⅶ組》とは初めて聞くクラス名だ。

 

 周囲にも動揺が走っている。

 

「あの…サラ教官? この学院の一学年のクラス数は五つだったと記憶していますが」

 

 と眼鏡をかけた女子が言った。

 

 各自の身分や、出自に応じたクラス分けになっている。そのせいか、最近のトールズ士官学院では平民と貴族による対立が起こっていると聞く。

 

 サラ教官が言うには、それは去年までの事らしい。

 

「今年からもう一つのクラスが新たに立ち上げられたのよね~。すなわち君たち―――身分に関係なく選ばれた特科クラス《Ⅶ組》が」

 

 さらっととんでもない事を言った。

 この帝国では貴族と平民の対立が意外に深刻化している。二つの勢力が国内で対立したからなのだが―――。

 

「特科クラス《Ⅶ組》……」

「み、身分に関係ないって……本当ですか?」

「―――じょ、冗談じゃない!」

 

 このように、対立がある以上この状況に反発する者が出るのも無理はない。水と油のようなものだ。

 まじめそうな―――眼鏡をかけた少年が苛立ちを込めて反発した。

 

「身分に関係ない!? そんな話は聞いてませんよ!?」

「えっと、たしか君は……」

「マキアス・レーグニッツです!」

 

 ほう。レーグニッツといえば確か――。

 

「それよりもサラ教官!自分は納得しかねます! まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けって言うんですか!?」

「うーん、そう言われてもねぇ。同じ若者同士なんだからすぐに仲良くなれるんじゃない?」

「そ、そんな分けないでしょう!」

 

 サラ教官はまともに取り合う気は無いらしい。

 

「フン……」

 

 すると、マキアスの横合いから鼻で笑って返す、金髪の男子。

 一気に緊張感が増した。

 

「……君。何か文句でもあるのか?」

「別に。“平民風情”が騒がしいと思っただけだ」

「これはこれは……どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度……さぞ名のある家柄と見受けるが?」

 

 そんなマキアスの挑発に動揺する様子も無く、自信ありげに答えた。

 

「ユーシス・アルバレア。“貴族風情”の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」

「!!!」

 

 ――アルバレア公爵家。帝国内の四大名門と言われる大きな影響力を持つ貴族だ。貴族の中の貴族。文字通りのトップの家柄出身か。

 しかし、なお吠え立てるマキアス。家族でも殺されたとばかりの剣幕だ。

 

「だ、だからどうした!その大層な家名に誰しもがひるむと思ったら大間違いだぞ!いいか、僕は絶対に――」

「はいはい、そこまで」

 

 と軽く拍手して注意を自分に向ける。

 

「色々あるとは思うけど文句は後で聞かせてもらうわ」

 

 ―――結局、オリエンテーリングとは一体何なのか。やっと教えてくれるらしい。

 

「もしかして、門の所で預けたもと関係が?」

「あら、いいカンしているわね」

 

 そう言えば。

 言われて思い出す。

 アルトリアは剣を、俺は弓と双剣を預けた。小柄だったが、たぶん先輩だろう。

 

 サラ教官少しずつ後ろに下がって――。

 

「じゃあ、早速始めましょうか!」

 

 そう言うとサラ教官は何かのスイッチを押した。

 何をしようと――うおっ。

 

 床が振動し、大きくぐらつく。

 

 これ、は――――。

 

 まるで、床下が落ち込もうとしているような――――。

 

「―――くっ」

 

 体を床に押しつけるようにして滑り落ちる。

 

 一体なにが始まろうとしてるんだ―――!?

 

 

 




ニームソンは、名前が無い、と言う意味だったり。

シロウとは言ったが、Fateの彼ほど壊れてはおらず、別人です。しかし、壊れかけてはいるので■■の■■になろうとするかもしれないのですが、さて。


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特別オリエンテーリング

ここのシロウくんはどんな末路...道を歩くのか。


 

 いきなり傾いた床を滑り落ちていくと――――軽く広い空間が見えてくる。

 

「おっと」

 

 こけないよう軽く跳んで着地する。

 円状の床に沿った広い空間。薄暗さはそのままに、石造りの空間は冷ややかさを伝えてくる。

 アルトリアも無事のようで、壁をぺたぺた触っている。

 

「ふう、危なかった。しかしここは……?」

 

 どうやら地下のようだが、これがオリエンテーリングとどんな関係があるのか。自分と同じく落ちてきた生徒達は全員ここに落ちてきたようだ。

 人数を確認すべく周りの人間を見ていくと―――。

 

 黒髪の青年に金髪の女子が覆い被さっていた。なんでさ。

 女子の胸が青年の顔面に押しつけられている。

 

 何というダイナミックセクハラ!

 まあ、彼は彼女を守ろうとした結果そうなったのだろう。というか、見ていたし。しかし、どうしてそんな体勢になったのか。

 

「ううん……何なのよ、まったく……」

 

 おおう、彼女は気を取り戻したらしく、目を開く。まあ、当然自分が押し倒している青年と目が合ってしまうのだが。

 

「その……なんといったらいいか」

 

 こうなっては仕方ない。動機がいくら善性に起因するものだったとしても結果が伴わなければ――唯のセクハラと化す。割に合わないかもしれないが平手打ち一つ受けた方がいいかもしれない。

 

 ゆっくりと金髪の女子は立ち上がり、黙して距離をとる。頬は恥ずかしさで紅潮しておりわき起こる何かを堪えているようだった。

 しかし、青年はそうした仕草に気づくこと無く近づき。

 

「えっと……取り敢えず申し訳ない。でも、良かった。無事で何よりだった―――」

 

 無事じゃないと思います、メンタルが。

 

 恥ずかしさやら怒りやらで、いっぱいになった平手が黒髪男子にとんでいき―――べしん、とかなりいい音が鳴るのだった。

 

 

 

「あはは……その災難だったね」

 

 橙髪の男子は、頬に赤い紅葉ができた青年に同情していた。

 

「ああ……厄日だ」

 

 ――――ピピピピッ、無機質な音が鳴り響いた。

 自分のところだけではなく、周りの学生達からも同時に響いてくる。

 

 懐を探り、なっている原因を取り出すと――それは、入学案内書と一緒に送られてきた導力器だった。

 

『――それは特注の《戦術オーブメント》よ』

 

 導力器から聞こえてくる女性の声。サラ教官の声だ。

 この導力器は通信機能を内蔵しているらしい。

 

「……ケイタイのようなものでしょうか」

 

 そうアルトリアが呟いたが上手く聞き取れなかったからかよくわからなかった。

 

「ま、まさかこれって……!」

『ええ、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代の戦術オーブメントの一つ――第五世代戦術オーブメント《ARCUS》よ』

 

 魔法(アーツ)が使えると言うと特別な導力器――それが戦術オーブメントと呼ばれるものだ。

 

『そう、結晶回路(クォーツ)をセットすることで魔法が使えるようになるわ。と言う訳で――各自受け取りなさい』

 

 サラ教官がそう言うと、部屋の中が少し明るくなった。

 

 部屋の各場所に、小さな箱と何かしらのものが入った大きめの鞄がある。

 そのいくつかには見覚えがあり―――近くの机には、自分の武器が入った鞄――門で預けたものが置いてあった。

 

『君たちから預かっていた武器と特別なクォーツを用意したわ。それぞれ確認した上で、クォーツをARCUSにセットしなさい』

 

 いろいろ、分からないことはあるが、まあ、従うとしよう。

 事情が飲み込めないまま、他の学生達も移動し始めた。

 

 自分の得物とクォーツが入っていると思われる小箱の置かれている机の前に立つ。

 

 まずは、クォーツを見てみるか。

 

 そう思って箱を開くと、赤い大きめのクォーツがそこにあった。

 

『それはマスタークォーツよ。ARCUSの中心にはめればアーツが仕えるようになるわ』

 

 なるほど。取り敢えずカバーを開けて、マスタークォーツを中心にはめ込んだ。マスタークォーツの名前は―――ヴァーミリオンと紙に表記いてあった。

 はめ込むと、胸の辺りが暖かくなり、同時にマスタークォーツが発光した。

 

『君たち自身とARCUSが共鳴・同調した証拠よ。これでめでたくアーツが使用可能になったわ。他にも面白い機能が隠されているんだけど……ま、それはおいおいってことで―――じゃ始めましょうか』

 

 

 ガコンと奥にあった扉らしきものが開き、奥へ進めるようになった。

 サラ教官が言うに曰くダンジョン――迷宮らしく、割と広めで入り組んでいるらしい。

 

 どうやら、そこを通って終点までたどり着け、ということのようだ。

 

『ま、ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるんだけどね。――――それではこれより、士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する』

 

 ダンジョン区画を抜けて一階へたどり着く―――それがオリエンテーリングの内容。

 

 入り口前に面々が集まる。未だ状況を飲み込めぬもの、これからを思案するもの。理不尽な状況に苛立ちを隠せぬものもいる。

 

「え、えっと……」

「……どうやら冗談というワケでもなさそうね」

「フン……」

 

 金髪の男子――ユーシスはつるむ気はないとばかりに、迷宮に向おうとする。それをマキアスが見とがめた。

 

「ま、待ちたまえ!いきなりどこへ……一人で勝手に行くつもりか?」

「なれ合うつもりはない。それとも“貴族風情”と連れたって歩きたいのか?」

「ぐっ………」

「まあ――――魔獣が怖いのであれば同行を認めたくもないのだがな。武を尊ぶ帝国貴族としてそれなりに剣は使えるつもりだ。貴族の義務(ノブリス=オブリージュ)として力なき民草を保護してやろう」

「だ、誰が貴族如きの助けを借りるものか!」

「もういい!だったら先に行くまでだ!」

 

 そういって二人――ユーシスとマキアスは迷宮の中に歩いて行った。

 残された学生は困惑していたものの、各々で動くようだ。

 

「――シロウ。私達も行きませんか?」

「あ、ああ。じゃあ、俺達は先に行くよ」

 

 まとまって言った方がいいのではないか、とも思ったのだが。まあ、士官学校に合格したメンバーがそろっている時点で心配することもないだろう。

 

 アルトリアと共に迷宮の中に入った。

 

 

 

 

 よっと、弓を構えて――獲物を狙う。

 

「―――フ」

 

 息を呑み照準をあわせ、ぎり、と引かれた弦を放す。

 

 ぎゅん、と番えられていた矢が空を裂くように小さく螺旋をえがきながら魔獣を貫く。

 

「――見事です、シロウ。貴方の弓の精確さには感嘆するばかりです」

「やっぱ、剣の方がいいかもな。これが練習という名のオリエンテーリングなら、弓より剣を使ったほうが良さそうだ。弓じゃ練習にならない」

「しかし、シロウの剣の腕はポンコツですよ?」

「ぐっ……だ、だから練習するんだろっ」

 

 かちゃり、と剣を構える。刃渡りは四十程度の軽めの剣を二つ出す。アルトリアがコレが似合うだとかいって誕生日にくれた双剣である。

 なお特注らしい。

 

「それより……、アルトリア。君は、あの剣は持ってこなかったんだな」

 

 アルトリアが持っているのは白銀の長剣である。()()()()()黄金の剣ではない。それでも十分強く、魔獣を一手で倒していた。

 

「ええ。あれは、少し強力過ぎるので―――それに…」

 

 私に握る資格は無い。彼女はそういって、あの日以来あの剣を握ることはなかった。

 

「ま、今はこの迷宮を出ることを考えよう。―――ん?」

 

 背後の通路から会話と足音が響いてくる。誰か来たらしい。

 

 黒髪の男子に橙髪の男子、ブラウンの髪の背の高い男子に、金髪の―――ユーシスがいた。

 

「……黒髪の――ダイナミックセクハラの人ですね」

「うっ……できればその覚え方はやめて貰えると助かる。俺の名はリィン・シュバルツァー」

「あはは……えっと僕は、エリオット・グレイグ。よろしく」

「ガイウス・ウォーゼルだ。よろしく頼む」

「――私はアルトリア・ペンドラゴン。そしてこの人が」

「シロウ・ニームソン。よろしくな。そして、そっちはユーシス・アルバレア……であってたか?」

「合っている。ユーシス・アルバレアだ。改めて名乗っておこう」

 

 そろそろ出口が近そうだ、と言うことで一緒に進む事になった。

 

 少し歩くと少し広い場所に出た。

 どうやら終点らしい。

 

 軽く歓談していると―――突然、ミチミチと鳴り響く音がなった。まるで、岩が静かに圧壊するような。

 

「――――っ、気をつけて!」

 

 途端。

 アルトリアが叫ぶ。

 瞬時に構え、何がくるかと周りを観察する。

 

 右手の柱。あるいは台座。

 その上に、異様な石像があった。それが突如、色を放ち動き出したのだ。それこそまるで、命を与えられたかのように。

 

「あれは……!」

「な、なにあれっ!?」

 

 それは、ぶおっと台座から一息に跳んで、ずんと重量感ある音をだしながら俺達の目の前に着陸した。四つ足。厳つい角。大きく広げられた羽。――まるで悪魔のよう。

 

「……帝国というのはこの化け物が普通にいるのか?」

「いるわけないだろっ!」

「―――アレは、もうこっちを獲物として見ています」

「撤退は、不可能そうだし」

「―――いずれにせよ、コイツを何とかしない限り地上には戻れない……! みんな、何とか撃破しよう!」

「了解だ……!」

「め、女神様……!」

 

 ……俺の剣の腕でどうにかできる相手じゃない。弓に持ち替えようにも―――あれは今にも襲いかかってきそうだ。

 

「シロウ、やるしかありません!大丈夫です。私がカバーします」

「……わるい!」

 

 グオオオオオオ――、と化け物は吠え立て襲いかかってきた。

 

「はぁ―――!」

 

 がきん、と金属質の音が鳴った

 アルトリアは一息に踏み込み、斬りつける。しかし、化け物に応えた様子は無い。アルトリアの一撃はかなり威力をもっているというのに……これは苦戦しそうだ。

 

「行くぞ―――たぁ!」

 

 アルトリアに化け物の注意が向いた隙に――リィンが踏み込んで斬りつけた。―――リィンの武器は太刀らしく、中々の業物のようだ。担い手であるリィンもその年齢以上に使いこなしている印象を受ける。

 

 エリオットは、バトルスコープというアイテム―――敵の情報が分かるアイテムを使った。

 

「――分かった。外皮は凄まじく硬いみたい――気をつけて!」

「なるほど――ならARCUS起動――!」

 

 ユーシスはARCUSを起動し、アーツを使おうとする。

 アーツを使用するには、それなりの時間がかかりその間無防備になる。もし、集中を乱されれば――使え無い。

 

 ガァァァ、と化け物は吠え立てながら無防備なユーシス目がけて走しり、その鋭い爪で切り刻もうと振るってくる。

 

「させるか―――!」

 

 ユーシスをかばい、打ち下ろされようとした腕ごと止める。

 

「ふ……よくやったぞ、平民!『エアストライク』」

 

 風の魔力が込められた一撃が――魔獣に直撃し、のけぞらせる。

 

「ここ―――!」

 

 素速く、化け物の足下にアルトリアは横合いから滑り込み、剣を撃ち込む。

 四つ足で立っていた体は大きく揺れ、体勢が崩れた。―――これを逃すわけにはいかない。

 

「今――そいや!」

「そこ――!」

 

 化け物の目の前に立っていた俺が思いっきり剣戟を浴びせる。防りの薄い腹にたたき込む。同時にガイウスも走り込んで槍を

 これはそれなりに聞いたらく、苦悶の声をあげた。

 

「『アクアブリード』!」

 

 そんな連撃を俺たちが喰らわしている間にエリオットがアーツを放った。

 より大きく、のけぞった化け物に―――リィンが戦技(クラフト)紅葉切りでもって攻撃。――続いて、アルトリアも風を編み込んだ一撃で――大きく吹き飛ばした。

 化け物はきりもみしながら跳んでいき――壁にぶつかり土煙があがる。

 

「はぁ……や、やったか!?」

 

 手応えを感じたのかそう言うリィンだったが―――。

 

 土煙の中から―――翼をはためかせ、色まで変わって怪物は復活した。

 しぶとさのあまり舌打ちしてしまう。

 

「ち、まだ倒れないか…!」

「でも、ダメージは通っているはずです。油断せず攻撃していきましょう!」

 

 

 

「これで―――!ゲイルスティング!」

 

 ガイウスのクラフトが怪物に直撃し――怪物は、ずずんと体を座り込むように倒した。

 

「くっ、やったか……!」

「いや、まだだ……!」

「くそっ、何回復活する気だ!」

 

 もうおわってほしい、そう思うように呟いたが…。

 ぐぐぐ、と怪物は体を起こした。

 

「力を取り戻したのか……!?」

「これ以上は…まずい!」

 

 明らかに全員の体力は現界だ。このままでは―――。

 全滅する未来が頭によぎる。

 

「――下がりなさい……!」

 

 そんな声が後ろから聞こえてきて――俺達の間を縫うように魔道矢が飛んでいき、化け物に当たる。

 

 かなりの腕だ。

 

 そして、俺の隣をよぎり一瞬で怪物まで踏み込み一撃を当てる女子が出てきた。

 

 魔道杖をもった女子もでてきて、攻撃する。

 

 ―――どうやら追いついたらしい。

 

「ふう、どうやら無事みたいね」

「す、すみません!遅くなりました……!」

「いや、助かった……!」

 

 青髪の女子は大きな両手剣を構え、怪物と向き合う。

 

石の守護者(ガーゴイル)……暗黒時代の魔道の産物か」

「堅い上に再生持ち、厄介なことこのうえない……!」

「でも、この人数がいれば…!」

「仕方ないか」

 

 不意に後ろから聞き覚えの無い少女の声が聞こえてきた。

 ふりむけば、ちっこい白い髪の少女と緑髪の――マキアスがいた。

 

「大丈夫か……!」

 

 マキアスの銃弾が放たれ、怪物の顔面にヒットさせる。そうして、ひるんだ隙に小さい少女は素速く、跳んで空中からくるりと背後に立ち斬りつけた。

 

 怪物は大きくうめき―――どうやら再生能力は限界のようだ。

 

 ―――勝機!

 

 一気に攻撃を全員でたたみかける!体がすこし軽くなったのか、いつもより剣ののりが良いように感じた。

 

「――任せるが良い!はああああっ!!」

 

 青髪の女子は、大きく跳躍し大きな剣にを振りかぶって――――ずぱん、と怪物の首を取って見せた。

 

 首をとられた怪物は、流石に復活するちからは無いらしく―――体を紫に発光させて消えていった。

 

「あ……」

「やったっ!」

「――――終わったか」

 

 やっと息が着ける。攻防時間は全部で二十分以上だ。きわどい戦いだった。

 もし、彼らが駆けつけてくれなかったらまずかったかもしれない。

 

「それにしても……最後のあれ何だったんだろう?」

「そういえば……何かに包まれたような」

「ああ、俺も含めた全員が淡い光に包まれていたぞ」

 

 そういえば――体が、自然と軽かったような。

 

「ふむ、気のせいか……皆の動きが手に取るように“視えた”気がしたが……」

「……たぶん、気のせいじゃないと思う」

「ああ、もしかしたらさっきのような力が―――」

 

「―――そう。ARCUSの真価ってワケね」

 

 ぱちぱちと拍手が部屋奥側の階段の上から聞こえてきた。

 振り返って視てみるとサラ教官が立っていた。―――高見の見物というわけか。

 階段から降りてきて、俺達の前に立った。

 

「これにて入学式の特別オリエンテーリングは全て終了なんだけど……」

 

 俺達の様子をみて。

 

「なによ君たち。もっと喜んでもいいんじゃない?」

「よ、喜べるわけないでしょう!」

「正直、疑問と不信感しか沸いてこないんですが……」

 

 まったくである。少しは説明責任を果たして欲しい。

 

「―――短刀直入に問おう。特科クラス《Ⅶ組》……一体何を目的としているんだ?」

「身分や出身に関係ないというのは確かに分かりましたけど……」

「なぜ我らが選ばれたのか結局のところ疑問ではあるな」

 

 ――それだ。それが一番の疑問。

 

「君たちが《Ⅶ組》に選ばれたのは色々な理由があるんだけど……一番判りやすい理由はその《ARCUS》にあるわ」

「この、戦術オーブメントに……」

 

 最新の戦術オーブメントであり、通信機能まであり―――そして何より、戦術リンクが使用できる。さっきのお互いの状況がわかり、かつ能力のアップ。効率的に運用すれば理想的な精鋭となるだろう。

 俺達は――ARCUSに高い敵性を示したため、身分関係なく選ばれた――ということらしい。―――本当かどうかは怪しいが。

 

「――――トールズ士官学院はこのARCUSの適合者として君たち11名を見出した。でも、やる気のない者や気の進まない者に参加させるほど予算的な余裕があるわけじゃないわ。それと、本来所属するクラスよりもハードなカリキュラムになるはずよ。

 《Ⅶ組》に参加するかどうか―――改めて聞かせて貰いましょうか?」

 

 ―――自分はどうだろうか。

 ほんの少し迷っている。俺は、どうしてここに来たのか。何をしに来たのか。

 改めて振り返る。

 

 ―――あの地獄を生き残った俺は、一体何をするべきなのか。

 

 

「リィン・シュバルツァー。参加させて貰います」

 

 最初に前に出て参加を表明したのは黒髪の男――リィンだった。

 

「………我儘を言って行かせてもらった学院です。自分を高められるならばどんなクラスでも構いません」

「ふむ、なるほど」

 

 彼に続くように参加表明が続いていった。どうやらアルトリアも参加することに決めたらしい。

 

 

 

 あの災害から生き残った俺は、何をするべきなのか。

 生きているからこそ。何か成さねばならない。

 

 

 ―――路傍の花より早く、何のかいも無く。無造作に散っていく命を視た。

 

 

 俺は―――。

 

 

「シロウ・ニームソン。《Ⅶ組》に参加させて貰います」

 

 

 ――――Ⅶ組に参加することを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 ――――たった一つの解答を。

 

 

 

 いつか話した子供の喧噪。露店の賑やかな声。顔を優しくほころばせる大人達。

 

 ―――多くの尊い命が生きていた。

 

 

 

 小さな死骸。炭化したナニか。大きな焦げたものが溶けかけた眼鏡をかけている。

 

 ――――多すぎる命が死んだ。

 

 

 

 この地獄に、何の意味があったのか。

 

 

 



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4月 自由行動日

ほのぼの日常回。


 

 

 ――4.17

 

「よしっ……」

 

 鏡を見て身なりが整っていることを確認する。

 

 今日の教科は……と。うん、ちゃんと準備しているな。

 

 忘れ物が無いよう、前日に用意して、当日も確認する。

 

 ガチャンと、扉を開けて部屋を出る。

 下の階まで、歩いて行けば―――アルトリアも今出るところだったらしく、扉の前に立っていた。

 

「やあ、おはよう。アルトリア。今出るところか?」

「はい。シロウも?」

「ああ」

 

 二人一緒にドアを開けて出る。

 自然と歩む速度は同じになり、横に並ぶ。

 

 最近はどうか、と頭に疑問提起を行えば。近日の様子が思い出される。

 

 ―――なんか、少しぎすぎすした空気が部屋の中に漂っている。平民と貴族の対立構造がクラス内にも生まれつつあるというか。

 アルトリアは至って、隔てなく接してはいるが、マキアスには苦戦しているようだ。

 ただの貴族嫌いではなさそうなのだが。やはりなれ合わないというか喧嘩腰だ。

 俺は平民だからか、マキアスともよく話すが、そこまで悪いヤツというわけではなかった。何気なく聞き出そうとは試みたが、躱されてしまうし。今は、彼らの関係の改善は無理そうだ。

 

 次点で気になるのは、リィンとアリサ―――ダイナミックセクハラの被害者の関係か。入学から数日と立っているのに、未だに関係の改善ができていないようだ。リィンが振り向けば、アリサは顔を背けるという感じで、マキアスとユーシスの関係レベルの溝はできていない。

 以上が最近のクラスの様子である。

 

 朝早くのせいか、少し肌寒く感じる。しかし、ライノの花は花弁が開いており活動期のようだ。もうすぐすれば、暖かくなるからだろう。

 

「鍛錬の調子はどうですか? 朝早く起きては軽くランニングしているでしょう?」

「――気づいてたのか。まあ、ぼちぼちかな。スタミナはそれなりについてきた…とは思うんだけどさ、やっぱ……」

「剣の腕、ですか」

 

 どういうわけか、昔から弓は無駄に出来るのに、剣の才能はゴミカスといっても過言では無い。そこらにいる子供の方が剣ができる………そう考えると落ち込んできた。

 

「そういえば、アルトリア。君は、クラブとか決めたのか?別に入らなくてもいいらしんだがー――」

 

 クラスに着くまで、そんな他愛もない話を繰り返した。

 

 

 

 

 授業は滞りなく終り帰路に着こうと席を立つ。後ろを見れば、三人の男子が話しあっている。

 

「よ。何話してるんだ? 俺も混ぜてくれよ」

「ああ、今エリオットがクラブに入ったって話をしてたんだ」

「へぇ~、何処の入ったんだエリオット?」

「吹奏楽部だよ。といっても担当するのはバイオリンになりそうだけど」

「てことは、バイオリン弾けるのか?」

「えへへ、まあね」

 

 そうはにかんで笑うエリオット。なるほど、趣味を活かしたクラブ活動ってわけだ。

 

「ねぇねぇ、ガイウスはどの部に入るか決めたの?」

「ああ、オレは美術部という部に入ろうかと思っている」

「へぇ……意外だな」

「てっきり乗馬部とかに入るのかと思ったんだけど」

 

 ガイウスは、ノルド高原出身の留学生と言っていた。あそこは軍馬の生産地だし、部族出身とあらば馬に乗るのも達者。ならその能力を活かせる乗馬部とかに入ると当たりを付けていたのだが。

 

「ガイウス、絵とか描くんだ?」

「故郷にいた頃にたまに趣味で描いていた。ほぼ我流だから、きちんとした技術を習えるのはありがたいと思ってな」

「そっかぁ……」

 

 彼の故郷――ノルド高原は蒼穹の大地があるときく。さぞ雄大な景色が広がっているのだろう。

 

「ちょっと見てみたいな、ガイウスの絵」

「いいの描けたら教えてくれよ、ガイウス」

「ああ、約束しよう」

「シロウは? 部に入ったの?」

 

 エリオットがそう尋ねてきた。

 

「俺は、釣皇倶楽部に入った。昔から結構釣りしててさ。川釣り、海釣りよくやってたから」

「確か、シロウの出身地って――ラマール州の北の方出身だったけ?」

「ああ、ペンドラゴン辺境伯の治める……まあ、最西北だな。文字通り辺境出身だよ」

 

 まあ、俺の住んでいた都市は隣接していた()()()し、そこで幼年

時代は釣りをしていたのだろうと思う。

 

 なにか考える仕草をリィンはして。

 

「ひょっとして―――」

 

 そこから先の言葉は―――がちゃり、という音に止められた。

 

「おや……?」

 

 音がした方向にガイウスが振り向きそうこぼす。

 扉から入ってきたのはサラ教官だった。

 すたすたと足早に俺達がいる場所に歩いてきた。

 

「よかった、まだ残ってたわね」

「サラ教官」

「どうしたんですか?」

 

 そうエリオットが聞けば、サラ教官は頭をかいて話し出した。

 

「いや~、実は誰かに頼みたいことがあったのよ。この学院の《生徒会》で受け取ってはほしいものがあってね」

 

 それは何かと尋ねれば、学院生活に欠かせないものと返ってきた。

 この場で答える気はないらしい。

 

「―――だったら、俺が受け取ってきますよ」

 

 そう答えたのはリィンだった。

 

「いいのか…?」

「ああ、三人はこれからクラブのほうに行くんだろう? 俺はまだ決めてないし、見学がてら受け取ってくるさ」

「そっか……じゃあ、お願いしようかな」

「よろしく頼む」

 

 “それじゃあ、よろしくね”と意味深に言って去っていった。

 

「そういえば、生徒会室ってうちの部室もある学生会館だったような?」

「あ、そうなのか。じゃあ、一緒に行くか。」

 

 リィンと共に学生会館に向った。

 

 

 

 

 放課後、釣った魚を釣皇倶楽部の部長――ケネスに見せて、互いの成果や季節でとれる魚などを話し合った後に部活を終え、寮への帰路につく。

 釣皇倶楽部の部活内容はこんなふうに捕った魚を週一辺りで見せ合う活動だったりする。あとついでに、釣りの楽しさの布教。結構ふわふわな活動内容であるが、それをまじめにするのが釣皇倶楽部。まあ、楽しんで釣りをするのがモットーということなので、それでいいのかもしれない。

 

 ―――来週には実技テストなるものもあるし。

 

 どんなものかはわからないけど、無様はみせられない。

 かちゃりと揺れる鞄に入った得物を思い浮かべる―――彼女がプレゼントしてくれた得物。中華剣と彼女は言ったが、どこの意匠かはわからない。風の噂で特注だと聞いた。

 なぜそこまでしてくれたのかはわからないが、彼女は自分にプレゼントした時、『シロウには、やはりこれが似合う』と言ってくれた。

 なら―――使いこなせないと、なんて言うか、嫌じゃないか。せっかくもらったのに。

 

 絶対の自信のある弓を使う気が無いのは、そう言う理由もあってだ。貰った瞬間に、いつか持ったことがあるような、不思議な感覚があったのもある。なんというか、しっくりきたのだ。彼女の見識眼には、恐れ入るばかりだ。

 

 もう外は夜になってしまって、街灯が赤々と輝いている。

 

 寮に着き扉をあけて、自分の部屋に向う。

 

 すると―――。

 

「シロウ、今帰ったのか? ちょうどよかった。部屋にはいなかったから出直そうと思っていたところだったんだ」

「ん? ああ、リィンか。どうした? 何か用か?」

「ああ、ちょっと渡すものがあってさ」

 

 振り返ればリィンがいて、その手には何か赤いもの―――葉書サイズの物がある。

 それを手渡された。

 

「――これは?」

「学生手帳。トワ会長――生徒会長から渡すように頼まれてたんだ」

「そうなのか。ありがとう、リィン」

「シロウは、こんな時間まで部活か? たしか釣りクラブに入ってたって聞いたけど」

「あー、いや部活じたいはもうちょっと前に終わったんだけどな。農具がすこし痛んで困ってる人がいて、色んな所に掛け合ってたりしたらここまで遅くなっちまったんだ」

「まさか、こんな時間まで人助けを?」

「つい、な」

 

 学食によれば、導力不全おこして上手くつかえなくなったコンロとかあったし。片手間に修理したりしてたのも遅くなった理由かな。

 

 そんな話をした後、リィンと別れて自分の部屋に帰って―――。

 

 

 

 

 さて、今日は何をしようか。

 

 休日、というか自由日とよばれるこの日。

 部活に撃ち込むもよし、休息をとるもよし、鍛錬するもよし、という日である。

 まあ、部活しろよって話なのだが、釣皇倶楽部というのは釣りさえ楽しめば良いという部なので、週一回部室で話す日はあっても、代替の日は釣りしてようっていう活動なのだ。そっちが部長の本音かもしれないが。まあ、部室は開いているらしいが実質暇といっても過言では無かった。

 

 どうせだから、いろんなところを回るのもいいかもしれない。

 

 寮を出て、空をのぞめば綺麗な青。耳を澄ませば小鳥の声と何処かで楽器でも弾かれているのか音楽がかすかに聞こえてくる。

 寮から広場に続く“食品・雑貨”と描かれた看板が目に入った。

 

 そういえば、寮には一応自炊スペースがあったんだっけ。と思い至る。

 なら――。

 

 店の名は《ブランドン商店》―――ブランドンさんが経営しているお店。基本的な食材や文房具やなぜかぬいぐるみ、小物まで売っている品揃えのいいお店だ。帝都にほど近いというのも品揃えのいい理由かもしれない。

 

 扉を開け、店の中に入れば――奥にブランドンさんがいるのが見える。腕を組んではいるものの優しい人だ。

 

「いよう、シロウ。なんか入り用か?」

「おはよう、ブランドンさん。今日は…えっと、とれたて卵と粗挽き塩、しゃっきり玉ねぎとにがトマトを二セットずつお願いします」

「おう、しめて……400ミラだな。なんだ、サンドイッチでもつくるのかい?」

「まあ、そんなとこ。ありがとう、またくるよ」

 

 食材を購入し、寮へと持ち帰る。

 寮の入り口から左の部屋に入ると、大テーブルがどーんとあって、その奥にキッチンがある。

 一応、と自分の部屋から料理器具を持ってきた。

 寮暮らしと聞いて、自炊用にと故郷からもってきたものだ。

 包丁をとりだして、部屋に買い置きしてあったパンをスライスして―――フライパンに油を引いてっと。そのうえに卵と砂糖、塩をひとつまみいれる。

 カチリ、とスイッチを入れればちゃんと導力コンロが起動させる。

 

 火力は中火。細いはしで軽くゆったりと――だいたいに火が通りだしたら一旦火を消してフライパンに蓋をする。余熱で火を通すのだ。これでふわふわとした食感になる。

 その間にちゃっちゃと玉ねぎとにがトマトをスライスする。

 ちょうど良く、火が通った卵を箸でとき崩して――軽く味見する。

 

 よし。いい出来だ。

 

 それをパンの上に全て挟んでいき閉じる。これで完成っと。

 

 五つ作ったサンドイッチのうちの一つを食べる。

 しゃきしゃきとした玉ねぎの食感とぴりりとした味。トマトから伝わる甘さと酸味。それをしっとりと甘い卵が抱擁する。

 

 ―――ちょっとした自信作だな。

 新鮮な食材あってこそだとは判っているが、他の人に食べさせて反応を見たいところだ。いつもなら呼んでもないのに、金のくせっ毛を暴走させながらくるアルトリアとかいるのだが、彼女は今乗馬部中である。

 

 そう思っていると、背後の扉が突然開いた。

 入ってきたのはエリオット――ていうか、お前寮にいたのか。そういえば、音楽少し聞こえていたような。

 

「良い匂いすると思ったら、料理してたんだ」

「おっ、いいところにきたなエリオット。ちょっと味見してくれないか?」

「いいけど……へぇ、サンドイッチかぁ」

 

 そう言ってサンドイッチを手にとって、はむっと食べた。同時に聞こえるしゃきしゃき音と共に頬をほころばせた。

 

「おいしい~~!すっごく、おいしいよコレ!」

「そうか、ならよかった」

「あら~、何の騒ぎ~?」

 

 と、登場したのはサラ教官なの…だが。

 

「く、くさい! うぅ、お酒の匂いだ……」

「ちょ、失礼ね! ちょっとお酒をはんだだけじゃない!」

「……昼間っから酒飲むのは流石にどうかと思うんですけど……ほどほどにしておいてくださいね」

「あ、それサンドイッチ? あたしも食べて良い? 朝からずっと飲み続けたせいかお腹が減ってるのよね~」

「いいですけど……聞いてませんね」

 

 了承をきいてからすぐに手を伸ばして食べるサラ教官。目の前に立たれてわかる何という酒臭さ。ビール六杯は飲んでるな。

 

「あら、美味しいわね。どっか料理店ででも働いてたの?」

「働いてませんけど……そんなに美味しかったですか」

「ええ、なかなか……で、ちょっとした相談なんだけど」

 

 相談? 教官の相談―――なんだろうか? 前、言っていた自習関係だろうか?

 

「ね……ちょっと辛くて香ばしい――つまみ作ってくれない?」

 

 やっぱりな! そんな気はしてたよ! だって今もジョッキ片手に持ってるし!

 

 正直、この人のため…というと、気が進まないが―――けっこう酔いが回っているようで、すこしだが、いつもの歩き方にくらべてふらついている。ほっとくと、そのまま飲み続けそうだし。

 

「いいですよ……部屋に持って行くので、先行っていてください」

「あら、いいの? 断ってもいいのに」

 

 なら頼むなよ、と思わんでもないが。

 

 “じゃ、お願いするわよ”と言って、ちょっとふらつきながらキッチンから出て行った。

 

「よかったの、シロウ?」

「ああ。どうせ暇だったし、すこし腹を膨らませないとあの人ずっと飲み続けそうだしな」

 

 あのままほっといて、自滅されても困る。

 ずっと飲み続けていたってことは――あの人は作業、おそらく書類なんかの作業がてらに飲んでいたのだろう。

 

 さて、どんなものをつくろうか。そう頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 サラ教官の介護がてら酔いつぶれるまで付き合った。なんとか作業自体は終わらせたようだが、今、太陽は中天から斜め下にずれている。

 あの人、作業終わったら終わったで“お腹減った~”の上に“くぁ~、やっぱ仕事後の一杯はいいわぁ~”と飲みだす始末。 おまけにさっき、見に行ったらぐで~と机に向かって倒れて眠っていた。正直いらっと来たが、下敷きにしていた書類をクリップでまとめて他のところにどけておく余裕はあった。あんなに酒を飲みながらも、まなざしは真剣にやっていたのだ。よだれだらけにして台無しにはしたくないだろう。

 しかしおかげで、いろんなところを回る時間がなくなってしまった。

 

 まあ、材料費も枕元に置いておいたのでそれで手打ちにして置いておこう。あの人もちゃんと教官していることがわかったし。

 

 あとかたずけをしていると、がちゃりと背後で扉が開く音がした。

 振り返ると、黒い髪——リィンが入ってきた。

 

「あっと、今いいか?」

「ちょっとまってくれ」

 

 なにか用事でもあるんだろうか。

 

 手の水気をタオルでふき取とった。

 

「で、なんか用かリィン」

「えっと、よければなんだが—————旧校舎に一緒に行かないか?」

 

 それは、探索の誘いだった。ちょっと疲れがないわけではないが。せっかくだし。それに旧校舎では、魔獣が出る。

 来週に控える戦闘訓練のいい練習になるかもしれない。

 

 当然、俺の答えは—————。

 

「いいぞ、行こうか。すぐに準備するからそこで待っていてくれ」

 

 

 




シロウ働きすぎでは...?
これが...善意の家畜...ッ!


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