人でなしの偏愛 (ククリ)
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第零話 人形大好き


久し振りに単行本を読んで衝動的に書きました。
しかし何故我ながらこんな主人公にしたのか。



□2043年7月15日

 

Infinite(インフィニット) Dendrogram(デンドログラム)〉。

 

オレがそのタイトルを目にしたのは、全世界同時中継のTVでの発表だった。

ダイブ型VRMMO(仮想現実大規模多人数オンライン)のゲームとして発表されたそれは、どう考えても『あり得ない』ことを謳っていた。

 

 一つ目は完全といって差し支えない現実(リアル)の再現。

 五感さえも現実準拠らしい(ただし痛覚はONOFFが可能なので安心してプレイ可能)。

 

 二つ目に、単一サーバーにて運営。

 億人単位のプレイヤーが入って来ようと、同じ世界で遊べるとか。どんなサーバ使ってんだ。

 

 三つ、親切にも個別選択可能な三種類のグラフィックス。

 現実視、3DCG、2Dアニメーションの中からどうやって世界を見るかを選択できる。好みもあるだろうし、グロ画もアニメなら軽減できたり、逆に現実風に見たいという奇特なお人もいるだろう。オレが言うのもなんだが。

 

 四つ、現実時間とゲーム時間の乖離。

 ゲーム内では現実の三倍の速度で時が進む。つまり三時間プレイすればゲーム内では九時間が過ぎ、リアルで八時間寝ていればゲーム内では一日過ぎてしまうということ。

 

これらの売り文句を見てオレは思った。

超胡散臭え。予算幾らあっても足りねーぞと。

異世界をそのまま引っ張って来ましたと言われた方が同じ荒唐無稽でも一周回って信じられるのだが。

 

それにダイブ型VRMMOというのは、これまでにも発売されたが幾度となく失敗している。

例えば一番最初のダイブ型VRMMO<NEXT WORLD>。あれは酷かったらしい。

現実再現はお粗末、どう見ても旧世代と変わらぬCGグラフィック、果ては健康被害を起こした結果、世間の失笑を買ったという。

 

そういった前例のためか、ダイブ型VRMMOゲームというジャンルに対して世間の評判を見るならば、誰もが期待する一方で、誰もがどこか諦めている。

<NEXT WORLD>と発売元こそ違えどVRMMOというジャンルである以上、売り文句の真偽はどうあれ<Infinite Dendrogram>もその煽りを多かれ少なかれ受けるだろう。

というか、実際受けてた。

ネットを見る限り殆どが否定派、プレイする前から誇大広告と詰る声多数。これはひどい。

たまーに『俺は信じる!』などのコメントも散見できるが、瞬く間に否定派のコメントに呑まれて消えた。

 

オレとしては、まあ……どっちでもよかった。

客観的に見て否定はしたが、本当かもしれないと思う気持ちはある。しかしどちらであろうと、オレはあまり興味はない。

オレ自身ゲームをそこまでやるわけでもなし。

それにフィギュア原型師の仕事が偶に入るし、そちらの方が楽しい。

よって特に興味を持たず、テレビを消した。

 

 

□2043年7月16日

 

翌日。

あの売り文句、どうやらマジだったらしい。大騒ぎである。メーカーからの新しい発表もあった。ルイス・キャロルを名乗る開発責任者はテレビやネットワーク越しにオレ達に向けて伝えた。

 

「昨日は主要素の説明で終わってしまいましたので、本日はゲームシステムを説明させていただきます」

 

「既にプレイを始められた方はお気づきと思われますが、<Infinite Dendrogram>にはある特徴があります」

 

「それは真の意味で無限の可能性とオンリーワンを提供するというものです」

 

「数千を超えるジョブの組み合わせ、スキル構成、そしてそれらよりもなお明確なオンリーワン」

 

「<Infinite Dendrogram>では、プレイヤーの皆様それぞれに<エンブリオ>がプレゼントされます」

 

「<エンブリオ>は皆様の行動パターンや得られた経験値、バイオリズム、人格に応じ、無限のパターンに進化いたします」

 

「色違いでもパーツ違いでもなく、固有スキルも含めて真の意味で無限のパターンに」

 

「それこそが――<Infinite Dendrogram>です」

 

「そう、<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性(オンリーワン)を提供いたします」

 

……不覚にもちょっと面白そうだなと思ってしまった。仕事が手につかなくなりそうなのでテレビを消すかとリモコンを取った時、滅多に鳴らない携帯電話がけたたましく着信を知らせる。発信元は……椋鳥修一、野郎このタイミングで掛けて来やがるか。

 

「はいもしもし?何の用だムック」

『今さっきのデンドロの放送見たか?迷ってそうだなーと思って電話したんだ。ガチャ◯ン』

「誰がガ◯ャピンだ」

 

そっちのムックじゃねえよ。てかネタ古いよ。今2043年だよ?

あと人の内心をぴったり当てるな、なんか怖いだろうが。

 

「あのゲームやるのかよお前。今大騒ぎだけど」

『面白ければ飯とトイレと風呂と睡眠と身体作り以外の時間やろうと思ってるぞ』

「オノレ不労所得」

『僻み乙』

 

うるせえこのッ……宝くじ当選者!

……罵倒でも何でもねーな。ムックは宝くじ以前に資産額ハンパなさそうだし。

オレも貯蓄はあるが遊んで暮らせるほどではない。やるにしてもムックのようなガチ廃人プレイはできないだろう。

 

「いやまあ楽しそうだけどよ?人形作ってる方が楽しいっていうかね?」

『お前の人形好きも大概だなー』

「人形はいいぞ。昔の創作のキャラも言ってたけどな、人形というものはひたすら愛しても文句を言わない、不満をこぼさない、変わらない。恋をするなら人間でもイケるが愛を注ぐなら人形に限るな。オレの独善的な愛に抵抗しないとか素晴らしい」

『お、おう……独善の自覚はあるんだな……』

 

やかましい。

 

『ゲームの中でも人形作れたりするかもしれないぞ?未だ見ぬ人形もあるだろうしな』

 

それは確かに。石膏像からスケールモデル、果ては根付まで可能性はある。異世界の人形。

……。

………。

…………。

 

「……やる」

『よしきた』

 

そうしてオレは<Infinite Dendrogram>へと足を踏み入れた。

 

 

「よくきたねー。<Infinite Dendrogram>へようこそー」

 

ログインして瞬きすれば、安楽椅子に座る猫がいた。

辺りを見回すと人形だらけの自室と打って変わって、西洋の……シャーロック・ホームズとかが使っていそうな(偏見)書斎だった。ここでコーヒーを飲んだらとても美味そうだ。

 

「僕は<Infinite Dendrogram>の管理AI13号のチェシャだよー。宜しくねー」

「あー、よろしくお願いします?」

 

宜しくと言われたのでよろしくと返したが。めちゃリアルな猫が喋っているという驚き。

 

「ここが<Infinite Dendrogram>の中なのか?」

 

リアル過ぎる。現実準拠というか……なあ?

手の平に注視しても、肌のキメといい、質感といい……異世界引っ張って来ました説に拍車がかかる(錯乱)。

困惑するオレを前に、チェシャは妙にのっぺりと語尾を伸ばした日本語で答える。

 

「厳密にはまだここは<Infinite Dendrogram>の外側だよー。ここで色んな設定、所謂キャラメイクを行うんだー。<Infinite Dendrogram>に正式にログインするのはこのあとねー」

「ああ、姿とか性別とか武器とかジョブとか、そういうのな」

「そうそうそれそれー。ジョブはまた別なんだけどねー」

 

姿は現実ベースで色を弄る程度でいいんだがなー。性別も……うん、変えなくていいし。違和感ありそう。ネカマネナベプレイも楽しそうではあるが、目的はそれではないのだ。

そこでようやく目的を思い出して、チェシャに尋ねてみることにした。

 

「なあチェシャ。<Infinite Dendrogram>には、石膏とか含めて……人形はあるのか?」

「あるよー」

「……たくさん?」

「たくさんー」

「芸術品として期待できるか?」

「その辺の匙加減は君次第だろうけど……多分できると思うよー?」

 

マジでか。

『究極の造形を求めて来る日も来る日も腕を磨きあうフィギュア職人たち……いい笑顔(グッドスマイル)!』的な画が見られるというのかッ!

オラワクワクすっぞ。

 

「それにー」

 

チェシャは言う。

 

「なければ満足するまで作ればいいんだよー。<Infinite Dendrogram>では、何かするのも何もしないのも君の自由。そして君が持つのは無限の可能性なんだから」

 

その通りである。

管理AIがそう言うということは、成る程間違いなくフィギュア制作も可能。ということはその手の生産職もあるのだろうし、うん。

 

ーー楽しみだ。

オレなりにこの世界を遊び尽くさせて貰おう。

 

その後はプレイヤーネームを『ヒトガタ』にし、髪を黒髪に、瞳を金色に変えた以外、特にこれといって特筆すべき事もなく、淡々とチュートリアルを進めていった。強いていうなら武器を木刀にした程度だ。ある程度のリーチがあるし、振った事もある。使い方の分からない武器で斬りかかるより木刀で撲殺した方がオレ的には楽である。戦闘する気もあまりないのだが。

 

そしてーー〈エンブリオ〉を手の甲に移植された。

〈エンブリオ〉とは即ち、プレイヤーである〈マスター〉一人一人の持つ可能性の具現であり、〈マスター〉のみが持つ固有のシステム。

〈マスター〉の行動パターンや得られた経験値・バイオリズム・人格などのパーソナルに応じて無限のパターンに進化し、様々な特性を示す。

プレイヤーにとってまさに、自らを映す鏡のような存在と言えるだろう。

そして移植されたこの卵のような第0形態から孵化すると、様々な種類に分かれるのだとか。

どんな風に生まれるのか知らないが、半身として大切にしようと思った。

 

所属する国は……どうしたものか。石膏とかで期待できそうなのは中世ファンタジー風のアルター王国、物流に期待するなら商業都市群カルディナ、技術に期待するなら機械の国っぽいドライフ皇国か。……オレの第六感センサーが反応しているが、同族に期待するならエルフとか妖精とかいる妖精郷レジェンダリアかナー?

ムックとも特に打ち合わせしてないし、別に考慮する必要もあるまい。オレはドライフ皇国に所属を決定した。

 

「オッケー。簡単なアンケートだけど、どうしてドライフに?」

「現代のフィギュアを作るのに一番技術的に期待できるから、だな」

「了解ー。ーーこれから始まるのは無限の可能性だよ。君の手にある、<エンブリオ>と同じくね」

 

チェシャはまた口調を変えて語り出した。どうやら、いよいよ始まるらしい。

 

「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 

そして空中に放り出された。

ちょっと待てスカイダイビングとか聞いてないんですけどウォォォオァァァァアア!!

 



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第一話 人形大好き、大地に立つ


前話のタイトルを変えています。この第一話は正確には第二話です、ご注意下さい。



□皇都ヴァンデルヘイム正門前 ヒトガタ

 

「うごおぉぉぉぉ……!胃が、胃の中が撹拌されてる……」

 

オレは四つん這いでグロッキーになっていた。

……死ぬかと思ったんですが。

高所から投げ出されて地面にぶつかるかと思ったらストンと着地した。何を言っているのか分からないかもしれないがオレも分からん。そういう仕様なのだろう。

でも一瞬本気で潰れたトマトになるのを覚悟しました。落ちる感覚がーー肌を撫ぜる風やら空気の冷たさやらーー何から何まで現実味があり過ぎて本気で走馬灯走りました。

高いところ、コワイ。

 

立ち上がって周囲を確認すると、すぐ目の前に巨きく開いた門があった。色んな人が入っていく側には門兵らしき人がいて、壁が遠くへ続いている。と言うことは、ここは先程の所属する国を選んだ時に見た、ドライフ皇国の首都……その入り口前だろうか。

マップはメインメニューから見ることができる。そのまま表示に従い、ふらりふらり門へと入っていくが、特に門兵から呼び止められたりはしない。関所とかないのか?

 

首都の中、目新しいモノに視線を向けながら思案する。

チェシャはジョブはキャラメイクとは別に就く必要があると言っていた。とりあえずはフィギュア含め、人形を作るためのジョブを探したい。

オレはその辺にいる、プレイヤー(〈マスター〉)に順繰りに話しかけようと歩いて行った。背景設定については公式サイトで確認済みだ。数時間掛かったがな!

……のだが、会話した殆どがNPC(〈ティアン〉)だった。さっぱり見分けがつかないんだけどこれ。なんかもう人間そのものだったんだが、彼ら。

 

 

 

□皇都ヴァンデルヘイム彫刻家ギルド前

 

オレは今、確実にこの世界での第一歩を踏み出したッ!

ギルドから出て大きく伸びをする。

ジョブに就くのは割とすんなり済んだ。

彫刻家(スカルプター)】というジョブだ。【絵師(ペインター)】と迷ったが、【絵師】の方はそのうちサブで取ることにした。【彫刻家】ギルドのギルマスは【芸術家(アーティスト)】なる上級職らしく、【絵師】系統のサブ他を鍛えることで成れるんだとか。それを聞いて一先ずの方向性は決まった。

何とは無しに左手の甲を見てみたが……淡く光る〈エンブリオ〉は未だ目覚める兆候はない。まあ、まだ何もしてないしな。これからオレがどうするかも〈エンブリオ〉がどうなるかの一因となるだろう。

よって、これからどうするかだが、生産職に就いておいて木刀でモンスターをボコりに行くというのもなんか違う気がする。そういう生産職も偶にいるらしいが、そんな戦うコックさんみたいな領域を目指しているわけではない。

オレはただ、石膏像の艶かしい白さに舌を這わせたくなる程興奮したり、フィギュアを作っては舐め回すように全方向から見てウットリしたいだけなのだ。グヘヘヘヘヘへ……!おっと想像しただけで涎が。

と、なるとやはり彫刻家ギルドで人形を彫刻するのが最善手か。ギルドの依頼で受けられるものがあれば経験値も貰えるようだし、そうした方がいいだろう。

 

「これが出戻りか……フッ」

 

テンションが上がっていたせいか、オレは我ながらアホなことを言いつつギルドに戻った。先程までの痴態を見ていた〈ティアン〉達が物凄く不審者を見る目だったのは、まあ仕方のないことだろう。自重します、ハイ。

 

 

「……ふむ」

 

どうしたもんかな。

オレの前には、手のひらサイズの木材、というか角材と小ぶりなナイフ。

依頼を受けに行ったらギルマスに渡された。

 

【木像彫刻試験 彫刻家ギルドマスターアルヴィン・ブラウン 難易度:一】

 

ギルマスのアルヴィンさんによれば。彫刻家ギルドでは【彫刻家】達への仕事の斡旋や、若手の教育を行なっているそうだ。しかし彫刻家ギルドに来る人間にも玉石混交、廻す依頼や教育も個人のレベルに合わせなければならないために、最初に受けさせるこの依頼でその人間の腕を図るらしい。題材は自由。

それと、別段この試験を受けるのは多少レベルが上がって、ジョブのスキルの補助を受けられるようになってからでも構わないそうだが……どうせやることないし。

……木彫りかぁ。そこまでやったことないんだよなオレ。

フィギュアなら金剛力士像を作ることも不可能ではないが、木彫りとなると勝手が違って来る。それにオレの家に置いてある木彫りは少ない。土産の木彫りの熊各種、仏像様数体。いや、オレは別に仏教徒ではなく。仏像様は煩悩にどっか行って欲しい時に彫っていただけだ。

 

熊を彫るか?なんとなくだが、ムックの顔が思い浮かんだし。熊に襲われてデスペナするようなタマではないだろうが、なんだか今猛烈にあいつが困ってる気がする。熊というか、獣絡みで。……よし熊決定。

流石に土産の木彫りの熊ほど上手くは彫れないだろうが、まあそこそこの依頼を貰える程度に上手く彫る自信はある。

 

 

『ヤバいクマ……着ぐるみ買ったら所持金が残り二十リルとか……これからどうやって生きていけと……?おにぎり二つしか買えねークマ』

 

アルター王国首都にて、昼間から公園で黄昏る無職のおじさんのようなクマがいたとかいなかったとか。

 

 

□皇都ヴァンデルヘイム彫刻家ギルド・フリースペース

 

意識をどっぷりと沈めていく。イメージは、海。沈めば沈むほどに雑音は消え、ちらつく光も見えなくなるように集中する。

手のひらの上にあるのは、真新しい木材。削りやすいよう材質は柔らかめのもののようだが、そのぶん注意しなければあっさり()()()()()()()()

しかしオレは躊躇なく木材にナイフを差し込んだ。

本来ならば角材の側面に正面図、側面図などを描いてから彫り出すものだが、そもそも鉛筆は渡されてないし、あれば嬉しいが別にないならないで構わない。フィギュア作成で鍛えられたオレの空間把握能力は高い。脳内補完でどうとでもできる。

ナイフで木目に合わせて無理のないように大まかな形を削り出し終える。額から汗が伝うのを知覚した。集中し切れていない。邪魔だ。

この後、リアルならばミニルータとか使って細かく削っていくのだが、生憎と手元にはナイフ一本。仕方ないので微調整の段階に入るまではある程度大胆に削って行く。木屑が胡座をかいた膝下に大量に散っているが、即座に拾った情報を捨てる。集中し始めると作業以外どうでもよくなってくる。テスト勉強中なんかもよくある事だ。

もうかれこれ一時間近く削っている気がする。左手の卵が少しだけ強く光った気がした、が、その情報さえも今は必要ない。というか邪魔だ。

視線は手元にのみ注がれている。意識は手元にのみ注がれている。情は手元にのみ注がれている。他にくれてやるものなど何一つとしてない。

細かい削り出しや微調整が必要なところまで作業が進むと、大まかな熊の形が見えて来た。初心者としては上出来だろう。だが、まだ足りない。この熊は、此れは()()()()()()。オレは満足できない。

人の薄皮を剥ぐように優しく丁寧に、一枚一枚、熊を覆う()の殻をむいていく。

感覚は最大限研ぎ澄まされている。あと少し。

オレの内腑からは溢れんばかりに熱が滲んでいる。あと少し。

最後だ。

さあ。さあ。さあ。

 

ーー生まれて来いーー

 

 

オレは満ち足りた。

 

 

「ーーーーーッハァ!」

 

意識が深海から一気に浮上した。

大きく深呼吸して、作品とナイフを卓に置いて顔を上げると、周囲からえらく視線が集まっていた。

……よくよく考えたらここ休憩スペースであって作業場じゃなかったな。そりゃ気にもなるだろう。

他の利用者にやや申し訳なく思いながら、木屑を集めゴミ箱に放り込む。

 

そして自分が生み出した作品を、改めて目にした。

 

「……うん。悪くない」

 

特段、精緻な技法が使われているわけでも、特殊な行程を経たわけでもない、ただの熊だ。アマチュアが彫ったためにやや荒削りなところだってある。ゲーム的観点で言うなら、器用度(DEX)だって低かったし。

それでもーー伝わるものがある。熱意ではないし、まろやかな愛情とかでもない。執念的な、はっきり言っちゃうと自分ながら引くくらいのこだわりというか粘ついた妄執を感じる一品である。

だがしかし。

オレは満足できた。個人的にはこの熊は持って帰りたいくらいには気に入った。まあリアルに持ち込みとか無理だけどナ!

あと、この『仁王立ちして牙を剥き、両手を構えた威嚇のポーズ』にロマンを感じる。二時間くらい前のオレ、ナイスチョイス。

一息ついてメインメニューを開き、オレはさっきとは別種の汗を流した。

 

「……やっべ。時間めちゃくちゃ使ってんじゃん」

 

二時間程度と思ってたら五時間近く経ってた。そんなに集中してたか。してたな。

あと左手の甲の〈エンブリオ〉が、オレが一息つくや否や激しい自己主張とばかりにピッカピカ光り出しております。

そっかー、途中で一回光ってたけど邪魔とか言っちゃったもんなー……本当スマヌ。

左手を天井に翳し、語りかける。

 

「悪かったな、もう出て来ていいぜ」

 

途端、視界に光が弾けた。咄嗟に腕で目を庇う。

次に目を開けた時には、見知らぬ少女がそこに居た。

 

さらりとした、透き通る水面を連想する水色の長髪。目元は青黒いバイザーに覆われて伺えない。年頃は十四、五だろうか。身につけている上衣は黒地の浴衣のようなそれだが、腰から下の衣服は灰色の丈の短いスカート。しかも浴衣の上には防具の胸当てを、手足には籠手や具足を着用し、腰には細剣を()いていた。

色々とアンバランスなその少女は、オレの前で騎士のように、作法を感じさせる様で流麗に跪く。

 

「〈エンブリオ〉、TYPE:メイデンwithテリトリー。名を【ピグマリオン】、御身の下に。以後お見知りおきをーーマスター」

 

メイデン……?

オレはチェシャからは聞いていなかったタイプの〈エンブリオ〉にやや戸惑いつつ。

うちの〈エンブリオ〉がアニメキャラのような、浴衣と騎士装備の和洋折衷……とさえ言い切れない珍妙な格好になってしまったのはオレのパーソナルのせいかと、遠い目をしつつ、爛れた私生活を見直すことにした。

尚、改める気はさらさらない模様。

……。

というかそれよりも気になることがある。

オレは徐ろに席を立つと、ピグマリオンの前まで進んで屈み込み、そのかんばせをそっと上向かせる。

 

「マ、マスター?」

「うん。動くな」

 

左手をピグマリオンの顔に添えたまま、右手でバイザーを押し上げると。

 

「あ……」

 

オレと同じ、濃い金色の瞳と目が合った。なるほど綺麗だ。全体的にも美少女だし、題材としては申し分ない。なんならこのまま人形にしてしまいたいくらいに。

そこまで考えたところで。

 

「……ぅ」

「う?」

「ぅぁぁぁぁ……」

「えぇ……?」

 

口から小さな悲鳴を零しながら、ピグマリオンは顔を手で覆ってその場に蹲った。見下ろせる素肌ーー耳やうなじは、真っ赤に染まっている。

 

「申し訳ありませんマスター……!私は、直接目を合わせると会話を成立させられないのですっ……!せめてバイザー越しでないとまともに目も合わせられず……この無様をお許し下さい……ううっ」

 

照れながらシクシク泣き出すという無駄な高等技術を使うピグマリオン。衣服のみならず、中身もキャラ濃いなこいつ。

オレのパーソナルのせい(ry。

兎にも角にも、ピグマリオンには早急に立って貰わないといけない。今オレとピグマリオンの様子を側から見たら、二十歳超えた人間が少女を土下座させた上で泣かせているようにしか見えないだろう。世間的にまずい。

 

「まあ立てよ、ピグマリオン。話は座ってしよう。人が出来ないことなんて人それぞれだし、お前なりに出来ることを頑張ってくれ。な?スタンダップハリー」

「……はいっ!」

 

先程まで作業していた椅子に座らせ、他所のテーブルからオレが座るようの椅子を持ってくる。ピグマリオンは申し訳なく思ったようで自分がやろうとしたが、オレはそれを制した。……第1印象は、ポンコツ騎士だろうか?

 

「ぐふっ!」

 

ピグマリオンが力強く殴られたかの如く胸を押さえてテーブルにダウンした。

 

「……どうした?ピグマリオン」

「い、いえお気になさらず……我が身の至らなさに思うところがありまして……」

 

血を吐くような雰囲気を出しながら笑顔を作ってる。

色々心配になるんですがそれは。……あ。

そう言えば公式サイト曰く、〈エンブリオ〉はモノによっては〈マスター〉の内心を読み取れるんだったか?

そりゃ悪いことしたな。出会って早々面と向かって酷評されたら辛かろう、ごめんよ。

 

「いや、正直すまん」

「何を仰いますか。マスターが謝られることなどありません!人と対面して内心を読まれることなど通常ありませんし!」

 

わたわたと手を振るピグマリオン。何この子、めっちゃ常識人でいい子じゃん。……格好は兎も角。

 

この世界で最初にフィギュアを作ることになったらピグマリオンのを作ろうと、オレは心の中のメモ帳に書き込むのだった。

 





主人公はクマニーサンのような万能の天才とは程遠いですが、フィギュア作りなど、持ち前の空間把握能力や手先が活かされる場合、『あっ、なるほど、こいつクマニーサンの友達だな』っていう程度の技術を見せてくれます。



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第二話 人形大好き、半身を知る


とあるデンドロ二次の先達から評価と感想を頂いてテンションが上がったまま書き上げてしまいました……ふぅ(鎮静)。応援していただけるととても励みになります。



□皇都ヴァンデルヘイム彫刻家ギルド・フリースペース

 

 

 ピグマリオン

 TYPE:メイデンwithテリトリー

 到達形態:Ⅰ

 

 ステータス補正

 HP補正:G

 MP補正:E

 SP補正:G

 STR補正:F

 END補正:G

 DEX補正:E

 AGI補正:G

 LUC補正:F

 

『保有スキル』

此れよりは王が国土(プライヴェート・キングダム)》Lv1:

スキル使用時、使用者である〈マスター〉又は〈エンブリオ〉を中心とする一定範囲内において作製したアイテム及びオブジェクトに破壊無効の特性を付与する。

Lv1では最大展開可能範囲半径3メテル。

※発動時は自動で分間1ポイントのMP消費が生じる

※消費可能MPがない場合、《此れよりは王が国土》は解除される

※範囲は任意で調節可能

アクティブスキル

 

 

「……」

 

なにこれしゅごい。

オレの〈エンブリオ〉として発現した、【造物専愛 ピグマリオン】。

メインメニューからその性能を確認していたオレは、頭が沸騰しそうな程に興奮していた。

ステータス補正とかはよく分からん、基準も知らないので『こんなもんなのかな』としか。

肝要なのはスキルである。

 

《此れよりは王が国土》。

 

これはやばい。

ピグマリオンが保有するこのスキルは、一部の生産職にとっては喉から千手が出るほど欲しい、ある意味最強のスキルだ。特に作ったものを自ら使用する生産職からしてみれば血涙不可避待った無し。自らの作品が傷つかなくなる、壊れなくなるというのは、それだけ利用価値が高い。

 

例えばオレならこうだ。

この世界には発泡スチロールやプチプチなどの緩衝材が(今現在)見当たりません!これでは折角苦労して作った壊れ易いガラス人形やフィギュア、陶器人形を運ぶ際にうっかり壊してしまうかも……!

でも安心して下さい!《此れよりは王が国土》にお任せ!このスキルを使用していれば、何ということでしょうか!万が一石畳に落としてしまったとしても、自分が生み出した作品は絶対に壊れません!実用性十分な素晴らしいスキルですね!

うっ!……ふぅ。

 

「ピグマリオン」

「は、はい!」

 

オレがメインメニューを注視している間、面接に来た就職活動中の大学生のように反応を待ってそわそわしていたピグマリオンに声をかけると、彼女はびくりと肩を跳ねさせた。

オレは間違いなく今年に入ってから最高の笑顔を彼女に向ける。

 

「ーー生まれて来てくれて、ありがとう」

「〜〜〜〜〜っ!!!感謝の極み!」

 

一瞬にして頬がリンゴのように赤く染まったピグマリオンの口元は、抑えきれない歓喜からか物凄くニヤけていた。

本人は必死に抑えようとしているのかしきりにヒクついているが、生憎とんと成果は出ていない。

どうしたことか、オレは彼女にはついているはずのない三角の犬耳と、千切れそうな程振られるふさふさの尻尾を幻視した。

そう言えば、他にも聞きたいことがある。

 

「なあピグマリオン。もう一つ聞きたいことがあるんだけどさ」

「はい!何なりとお聞き下さい!」

 

聞いて貰えるのが嬉しくてたまらないとばかりに、グイグイと身を乗り出すようにして迫ってくるピグマリオンに対して、オレは一目見た時から気になっていたことを単刀直入に聞いた。

 

「その腰の細剣って使えるのか?」

「うえっ⁉︎そ、それですか」

 

あれ、なんか一瞬にしてショボくれた。なんだなんだ、それほどの地雷か?戦えそうにないのに細剣持ってるから気になってたんだけど。

ゆっくりと椅子に座り直して答えにくそうに、且つ困った風に目を逸らしている。よほど言いにくいのか、話そうとして何度も口を開くも、その度に閉じてしまうということを繰り返していた。

急かすつもりもないために黙って答えを待っていると、彼女はやがて細剣に触れながら、ポツポツと零すように語り出した。

 

「これは、その……なんといいますか、この細剣は使えなくはないのですが、私が着込んでいるこの鎧含め、どちらかというと象徴としての意味合いが強いもの……なのです」

「象徴?」

「私の名はピグマリオン。マスターの記憶知識を拝見致しましたが、本来のピグマリオンとはご存知、ギリシャ神話におけるキュプロスの王です」

 

それがどうかしたのだろうか。

キュプロスの王であるピグマリオン。彼は自ら彫り上げた象牙の人形を溺愛し、その人形の命を女神アフロディーテから貰ったという逸話がある。

ただ、目の前の彼女は両手を広げてこう言った。

 

「しかしマスター、私は王に見えますか?」

「……いいや、全く」

 

改めてピグマリオンの装いを見れば、浴衣はとにかく彼女は騎士鎧を纏っている。纏う雰囲気も所作も、王というよりは礼節ある騎士のようだ。

オレの思考を読んだか、彼女は大きく頷いた。

 

「ご想像の通り私は王ではありません。あくまで王をお守りする騎士です」

 

「単純な戦闘能力こそみそっかすのようですが、〈エンブリオ〉である騎士()の能力は、(マスター)の、他者が踏み込むこと能わぬ領土(テリトリー)を守ること」

 

「そして〈エンブリオ〉とは〈マスター〉の写し身。つまり私の名は私だけのものではなく……あなたを示したものなのです。ーー私の王様(マスター)

「……へぇ?」

 

要するに何だ。

彼女にとって真に『ピグマリオン』なのはオレであり、彼女はオレの写し身、分身としての『ピグマリオン』だと。彼女は、そうーー料理人でいう厨房や研究者の研究成果のような、"触れられたくない聖域"を守る騎士なのだと。

彼女が言いたいのはそういうことか。

なるほどそれは。

 

「ーー面白いな」

 

ニィィ、と己の口腔が細く裂けるのが分かる。オレは今子供にはとても見せられない悪人面をしている。だが、この高揚を抑えられる気はしない……!

 

「いい。いいじゃないかピグマリオン。ならばオレも、お前の働きに負けないように好きなだけ人形を作らせて貰おうじゃないか。ああ、改めて礼を言うぜピグマリオン。生まれて来てくれてありがとう、お前はオレの我欲に貢献した!!」

「お褒めの言葉、有り難く。しかしながら返上致します。私はまだ、何一つ成し得ておりません。その褒賞は、私が成果を出した時に頂きたく存じます」

「ヒャハッ!なるほど、()()()な」

 

畏まって跪き、深く深く、頭を下げるピグマリオン。

幾らでも褒めてやるよ。オレはお前に期待する。

さらなる貢献を、飛躍を、可能性を!

ああこれからが楽しみだ!ムックにも礼を言わなければならない。

この世界は素晴らしい!!

 

 

 

 

「で、結局細剣はほぼ虚仮威しってことか」

「はい……申し訳ありません、私ではマスターを正面切ってお守りできないのです。それをお伝えするのは必要と分かっていても少々、心苦しくて」

「まあそれは仕方ないだろ。適材適所、オレからしたらお前は最高峰の〈エンブリオ〉だと思うけどな」

「……うーっ」

 

照れているピグマリオンから『甘やかさないでください!』とでも言うような抗議の視線を感じる。ぷくーと頬を膨らませて……可愛いなコイツ。早くフィギュア化したい。

ピグマリオンの頭をうりうりと撫でながら、先ほど生み出した木彫りの熊を指で摘んで持ち上げる。この後はとりあえず、ギルマスにこれを提示して。

今日のところは折角のログイン初日なんだし、食べ歩きでもしながら皇都をあちこち見て回るのもいいかもしれない。

 

「行くか、ピグマリオン」

「はい!」

 

椅子から立ち上がり、オレたちは歩き出した。

 

 

 

□皇都ヴァンデルヘイム メインストリート ヒトガタ

 

19世紀の欧州のような街並み。シャーロック・ホームズが住んでいそうだ。あれも時代設定は19世紀辺りのはずだし。……なんかホームズっぽいのに多く遭遇してるな。

そんな和気藹々とした街中で、通りに面したパン屋で飯を買ったオレとピグマリオンはベンチに座っていた。

フランスパン(らしきもの)にレタス()とクズ肉()を挟んだ簡単なサンドだ。お値段一つ20リル。硬いパンとシャキシャキのレタス、若干の肉汁を楽しみながら、オレはギルマスから貰った鍵を太陽に翳す。

 

「むぐむぐっ、それにしても意外だったな。あぐっ、まさかいきなり個室の作業場用意して貰えるなんて、まぐっ」

「はむっ、もぐもぐ……ごくん、マスターならばそれほど不思議なことではないかと。製作が終わった時、周囲に人が集まっていました。皆が皆、彫刻するマスターに興味を示していたようでしたし」

「ああアレ、迷惑だから見られてた訳じゃないんだ」

 

てっきり『こんな所で作業しやがって、テメェ邪魔なんだよペッ!』的な感じで睨まれてるのかと。

 

「マスターは厄介者扱いというより、むしろギルドに利益を齎す賓客扱いされているのではないでしょうか?提出した熊も明らかにレベル1の【彫刻家】の作品ではないですし。ギルドのショーケースに飾られていましたよ?」

「ああ、それオレが頼んだ。『飾って飾って飾って飾って〜っ!』てギルマスに駄々こねたらOK貰えたぞ」

「何してるんですか⁉︎いや何してるんですか⁉︎」

 

主人のその情けない様子を想像したのか、彼女はサンドを放り出……さずに傍に置いてオレの肩を揺さぶる。

 

「いや、考えてみろよピグマリオン。これから〈マスター〉は増えていくんだぞ?彫刻家ギルドに来る人間も増えるかもしれない。そしてショーケースに『総合レベル1の【彫刻家】の傑作』って書かれた熊が置いてあったら誰だって思うぜ。『俺でもやれる!』ってな」

「……!な、なるほど!そうやって彫刻家ギルドの〈マスター〉人口を増やすおつもりなんですね!やり方はともかく、やり方はともかく!」

「まあそれは副目的で、主目的は自慢したかっただけだけどな」

「マスター⁉︎」

 

あっはっは、うちの〈エンブリオ〉はノリがいいなあ。

 

「マスターは良くも悪くも子供っぽいというか欲望に忠実というか……私が家計簿の管理とかしたほうがいいんでしょうか」

「やめてェ!〈エンブリオ〉にお小遣い制度を導入される〈マスター〉とか色々おかしいぞ!」

 

人形造りに支障が出ます!材料費とかその他!

 

「……はぁ、依頼は定期的に貰えるようになったから、資金源の確保は達成と見ていいとして、だ。人形造りも当然進めて行くけど、他人の作ったモノも見たいんだよな」

「話を逸らしましたね。……皇都や他の都市に美術館などあればいいのですが……あと家計簿は私がつけます」

「異議あり!オレは思うがままにこの世界で好きなだけ好きなように好きなことをやるんだ!」

「人形製作の必要経費は存分に認可しますが、無駄遣いは駄目です、よくないです。よって被告人の控訴は棄却します!」

「横暴だ!弁護士を呼んでくれ!法に則った判決を要求する!」

「駄目です。検察も居ませんから、ってぁぁ⁉︎」

 

チェリャァ!!

隙を見てバイザーを上げてやった。露わになった綺麗な金色の目を正面から覗き込んでやる。

 

「ーーッ!マスターせこい!せこいです!」

「ひゃーははは!勝てば良かろうなのだァ!」

 

顔を赤くしてぎゅっと目を瞑るピグマリオンのバイザーを左手で押さえたまま、右手で白いほっぺたをモチモチと触る。わー、やーらけー。どうやってこの質感を再現しようかなー。

 

「油断したなぁ!オレが口喧嘩のみの人間だと思ったか!」

「ふみゅっ、目的の為ならば女子供だろうが手を出す平等主義者()と思ってました!」

「その通りだよ正直で結構!その通りだけど人に言われると腹立つなコンチクショウ!あと大通りでそんなこと言わないで下さいお願いします!」

 

待ってそこの道行く奥さん!「念の為警備隊を……」とか呟かないで!

オレはピグマリオンを連れてその場から逃げ出した。

 

……石粉粘土とかも探さないと。資材に道具、集めるにしても作るにしても、一人だと活動範囲に限界があるだろう。だったらまあ、なんかそういう、目的を同じくする人間の集まり……同好会みたいなのを、作った方がいいのかもしれない。

 





紋章:"玉座に座る男と側に控える人形の女"
食癖:〈マスター〉と同じものしか食べない


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第三話 人形大好き、住処(家賃四千リル)を得る


主人公の私情を盛り過ぎたせいで人形と変態性が薄れてしまった……っ!
書かねば()。



彼は顧みなかった。

その精神性の命じるままに進んだ。

ただ思うがままに走った。

 

道を阻む障害(いしころ)があった。

彼は気付かず、一瞥もすることなく蹴り飛ばした。

 

彼が一人でいるのを見て、手を伸ばしてくれる者がいた。

彼は心底感謝してその手を取って、ボロクズになるまで気が付かずに引きずり回した。

 

彼に恋した女がいて、彼はそれを許容した。

気がついた時には消えていた。

 

そしてようやく、気がついた彼が通った道を振り向くと、無数の残骸がそこにあった。彼はそれを見て首を傾げる。

 

"はて、そんなにおかしいことをしただろうか?"

 

彼にとって、世界は彼を中心に回っていたが、振り回される世界には強靭さが不足していた。

彼はやっと独善を自覚する。

人でなしが人になってみたいと思っても、人でなしとして成熟した彼には不可能だ。

 

彼はそっと、残骸の一つを拾い上げて。

何も置かれていない棚に飾った。

 

それが初めて人の目に触れるのは、彼が数奇な人間と出会った、半年後の話だった。

 

◇◇◇

 

□2043年7月17日 日本某所

 

「日付変わってやがる」

 

ピグマリオンと歩き回って皇都の地理を大まかに把握したその後。ログアウトすると時刻は夜の十二時を回っていた。

夕方からゲームショップに並んで<Infinite Dendrogram>を購入し、家に帰って準備とトイレに風呂。

その後ようやく始められたのが九時頃だった。向こうでは九時間近く過ごしていたらしい。

今日の一日、デンドロ内での行動を思い返す。間違いなく続ける価値はある。何よりもまず、楽しかった。

それに彫刻家ギルドに展示されていた他者の作品も見させて貰ったが、垂涎物も少なからずあった。これからも存分に期待できるだろう。石膏像のあの腰のくびれ……たまらんかったっ!ハァハァ……!

他にもドライフにあるという戦車やパワードスーツを模した人形などもあって大変興味深かったな。なんだっけ、〈ガイスト〉と〈マーシャル〉?

いいよね、ああいう兵器は。恋でも愛でもないけど、浪漫ではある。

 

「まあ、浪漫もいいが」

 

時計を再度見ればやはり夜中。なんだか今夜は、目が覚めて余り眠れない。しかし寝ておかないと、<Infinite Dendrogram>のプレイ中に【睡眠不足】でログアウトする必要が出てきてしまう。

 

「ムックに礼のメールだけ送って寝るか」

 

尚、その返信はムックの悲惨な状況についてだったことをここに明記しておく。あいつの素顔バレは冗談にならんぞ、管理AI何してんだ?

 

 

 

□皇都ヴァンデルヘイム郊外 個人アトリエ

 

皇都郊外、彫刻家ギルド所有の建築に、オレとピグマリオンは足を運んでいた。

鍵をゴツい錠に差し込み回すと、ガシャッと鈍い音を立てて錠が開いた。扉を押し開くと蝶番が不機嫌そうに唸る。

 

「……ほーぉ?」

「わぁ……ケホッケホッ、掃除が必要ですね……」

 

オレに彫刻家ギルドから与えられた一室は、思ったよりも広かった。記憶にある高校の教室一つ半程度の広さだ。

窓から差し込む光が激しく舞い上がるホコリをハッキリ見せる。作業机を指でなぞるとそちらにもたっぷりホコリが付着した。どうやら何年も使われていなかったらしい。

多少カビくさいが、支給して貰ったものだし有り難く使わせてもらおう。

指先をフッと吹いて、無遠慮に室内に踏み入った。

 

「ふーん……お、暖炉とかあんのかよ。焼き芋できるな」

「ドライフにサツマイモってあるのでしょうか……?カーテンで仕切られただけですが座浴槽(ヒップバス)もありますね」

「マジでか。流石19世紀。……そういえばマスターってこっちで風呂入る必要あるのかね?」

 

その後調べると、ログアウト時にアバターは〈エンブリオ〉共々、綺麗に自動洗浄されることが分かった。便利だなオイ。

室内には座浴槽にカーテン、暖炉、ホコリまみれの大きなソファに、作業机etc。作りかけのまま放置された石膏像が数体。こちらは特に念入りにホコリを払っておこう。

家具もボロっちいが、それはまたお金が貯まったら買い換えるということで。それまでは質素な生活だ。ロンドンのジェントルマンっぽい。

 

「よし、大掃除するぞ!ピグの字!武器を取れい!」

「はっ!お館様!でもピグの字はやめて下さい!」

 

ノリのいい彼女もピグの字は嫌らしい。解せぬ。

頭に布巾、口元も布巾で覆い、エプロンを身に付ける。身長の高いオレは高所を、低いピグマリオンは床掃きを担当。窓のサッシとかは共同作業。

はたきやら箒を持ってきて、パタパタ、サッサという音をBGMがわりに、二人で掃除を進めて行く。

 

「ひゃぁぁぁ⁉︎マスタァァーー!!あ、悪魔が!悪魔が出現しました!」

「はい⁉︎こんな街中で⁉︎ちょっと待てオレたち戦闘能力皆無……何だ先住民のG君じゃないですか。すいませんね、今日付でオレたちがこの部屋使うんで出てってくださーい。ポイっとな」

「て、手づかみ……⁉︎そんな、あの体表から止めどなく絶毒(的な雰囲気)を垂れ流すバケモノを……!」

 

うちの〈エンブリオ〉がわなわなと震えながらバカなことを言い出したので、合わせてオレも遠い目でバカなことを呟く。

 

「ピグマリオン。リアルはなーー布団を敷きっぱなしにしているだけでキノコが生えてくる、過酷な環境なんだ」

「……リアルに行けないのが残念です。マスターの部屋の整理が出来ません……」

 

ヤメテ。エロ本とか見つかっちゃうだろ。

 

「ぶふっ!!」

 

その無惨な様を想像すると、ピグマリオンが噴き出した。

 

「あの、マスター。いきなり頭の中でエ……本とか言うのはやめて下さい……!反応に困るじゃないですか」

 

うん?内心読んだか。何だよ、ピグマリオン君ウブ?ウブなの?

エ何本だって?ほらお兄さんの前でもう一回言ってごらんよ!

 

「怒りますよ?」

「ごめんなさい」

 

プチおこられた。笑顔で。

ピグマリオンは「まったくもう……」とぶつくさ言いつつ、さっきより心なしか激しく箒を動かし始める。オレも作業を再開したーー

 

「……その、エ……本とかは流石のマスターも普通の本なんですね。てっきりこう、アレかと。フィギュアとか美術品の写真集とかかと思ってました」

「あー。それね」

 

ーーのだが。ピグマリオンはあたかも世間話のようにオレに聞いてきた。なんかもう、気になってるのを必死に隠そうとしてるのが凄いおませさんて感じなんだが。可愛いものである。

 

エロ本を普通の本と呼称するのかは置いておいて、オレだって生身の人間に欲情するし、恋だってしたこともある。しかし、しつこいようだがオレが愛するのは人形だ。

 

だが誤解されないように付け加えるのなら、厳密にはオレの人形愛に性欲は含まれていない。いつもハァハァ言ったり下ネタ挟んでるのは単純に興奮してるか、それか単純に興奮してるか……うん、単純に興奮してるからだな。あと微量のおふざけ。考えてもみろ、宗教関係者が教えの書かれた本に〇〇〇〇(自主規制)とかする訳ねーだろ。それと同じだ。信仰に近い感情向けてるものに欲情できるか。

 

つまりオレとしては、性欲と云うものは『恋』の内にカテゴライズされるものなのだ。恋は下心、愛は真心って言うだろう?まあオレの場合愛は独善なんだが。

これまでの()()で明らかになっちゃっているのだが、一般的な人間ではオレから注がれる愛情には……何と言うか、合わないのだ。受け入れきれない。器に徹しきれないだろう。

何せ独善(じぶんかって)で、独善(ひとりよがり)で、独善(ひとりぼっち)一方通行(あいじょう)だ。我欲ある人間では、受け身になり続けることは出来ない。故に、オレの独善に付き合えるのは人間ではなく人形なのだ。

 

どう考えても寂しい生き方だし、客観的に見てコレは良くないというのもある時から漫然と感じていたし、何とか折り合いを付けようと思ったこともある。だからこそこれまで何度も我慢しようと色々と方策を張って、その都度実行してきたが……残ったのは自分を制御するのは不可能、という結果のみ。

ムックでも矯正できなかった折り紙つきである。奴曰くオレは、『〈弱〉とか〈中〉ならともかく〈強〉にして回したら天井を突き破って空を飛ぶまで止まらない扇風機』らしい。

タケコプターみたいに言うなよとか、色々突っ込みたいことはあるが……そんな人でなしでも見捨てないのだから、あいつは本当に面白い人間だ。

と、まあ。僅かに脱線したものの。

そんなわけなので、やはりオレは人形が好きだ。

 

オレの独善に、人形は抵抗しないのだから。

 

まあ、万が一こんな人間の出来損ないを受け入れられる人間(バカ)がいるなら、是非ともお付き合いしてみたいものである。

 

「ぜってーいないだろうけどな」

「……」

 

オレは呵呵(かか)と笑ったが、ピグマリオンは何も言わなかった。

ただ、少しだけ哀しそうな顔をしていたことが、いやに印象に残っていた。

 

 

オチ。

バッチリ掃除は完了した……かのように思われたが、ソファに飛び乗ったら物凄い勢いでホコリが噴出され、掃除し直しになってピグマリオンに叱られた。

反省はしている、後悔はしていない。

なおその内心も読まれて説教時間が増えた。

 

「いや、だって掃除した後とか、終わったーって布団に飛び込むだろ?」

「ホコリにまみれた体でですか?」

「……オレはするの!誰がどれだけ否定しようと、オレだけはそれを肯定してやる!」

「こんなつまらない議論でそんな格好いいセリフ吐かないで下さいよマスター……」

 

何とも言えない曖昧な表情で、買って来た安物の茶葉で茶を淹れるピグマリオン。

しかたないよ、だってオレだもの。

 

 

これからどうしよう。

市場で何故か売っていた、子供用の粘土をこねこねして針金に肉付けし、ナウ〇カの巨〇兵(完全体)の胸像を大まかに形作りつつ考える。昨日から同じことばかり考えているが。

ピグマリオンは渡した粘土の半分で、鼻唄を歌いながら楽しげに猫っぽい何かを生み出そうとしていた。足が七本ある気がするがきっと気のせいだろう。纏まった両ほほのヒゲと尻尾に違いない。……あ、尻尾が増設された。

 

「ピグマリオン、なんだその生き物……」

「猫です」

「足多くない?」

「体重を支えきれないので増設しました」

 

猫バスか……。ピグマリオンにも針金買ってやれば良かったな……。フィギュアもそうだが、粘土で何かを造形する際は針金や捻ったティッシュを使って芯を入れることが多い。そうしておかないと、折角作った人形が自重に耐えきれずポロリ(腕が)したり、イナバウアー(180度)とか前屈()したりする。

小学生の頃オレもダックスフンドとか粘土で作ったが、胴体がグタッとだれて腹這いになったりしたものだ。

木製のヘラを使って体の輪郭を調整したり、口の中のプロトン砲をうっかり牙を付けた後に設置することになって苦労したりしていると、アトリエの扉がノックされた。

 

「どーぞー」

 

入って来たのはギルドから紹介された依頼人。

当分の間はこうやってギルドの依頼で、金稼ぎとレベル上げに勤しむことになりそうである。

……この一週間ほどのち、やって来たティアンに完成した巨〇兵と、並んだネコバス擬きを見られたせいで、「あそこのアトリエの主人は邪神像を、〈エンブリオ〉はその眷属を作ってた」とかいう噂が広がってしまい、うちのアトリエがなんか予想外の方向に知名度を得るのは、また別の話だ。



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第四話 人形大好き、家にお金を入れる

人形マシマシ回。
ローテーション的に考えてきっと次回は変態のはず。



□皇都郊外・個人アトリエ〈ヒトガタ人形工房〉 【彫刻家】ヒトガタ

 

<Infinite Dendrogram>開始から、デンドロ時間で二ヶ月、つまりリアルで三週間程度経った、昼過ぎのこと。

ソファでピグマリオンと並んで、いつもの如くやっすい茶を啜っていると、カランコロン、と一ヶ月ほど前にドアに設置したベルが鳴った。

カップから口を離し、ドアの向こうに声を掛ける。

 

「はいはい、どーぞ」

「失礼します、依頼の品を受け取りに参りました」

 

入って来たのは質のいい燕尾服を着た老執事さんのティアン。ナントカという貴族のお使いで来ていたはずだ。一先ずオレたちの座る対面のソファに座って頂き、ピグマリオンがお茶(うちでは最高級、上流階級だと中級)をお出しする。

 

「粗茶です」

「や、これはどうも。人間のような〈エンブリオ〉とは、初めて拝見致しますね」

「そうなのですか?皇国の戦力のマスターの中にも幾人か前例がいると聞いたのですが……」

 

老執事とピグマリオンは楽しげに談笑している。

その間にオレは《此れよりは王が国土》を使いつつ、保管していた木製人形シリーズII型のセットを持って来た。

老執事さんはかっ!と瞠目した。

 

「おおっ、これが……!」

「ええーーヒトガタ人形工房の〈夢の可動式マーシャル&ガイスト〉です」

「素晴らしい!」

「……」

 

〈夢の可動式〉の名に恥じぬ細部までの再現が為され、主砲やら関節、キャタピラやらが動く傑作品である。尚お値段ワンセットで一万リル。

 

これを作り上げるまでは苦労の連続だった……!

 

オレとピグマリオンはこれまで一ヶ月半の苦難にうっすらと涙を浮かべつつ、これまでの成り行きを振り返った。

 

始まりはそう、一月半前。特に非日常もないままピグマリオンが()()()()に進化。ほぼ同時にオレの()()()()()()人形製作ペースにお財布様がついていけなくなり、逆さに振ってもその日の飯代しか出なくなったのが原因だった。

その時点で今後のお小遣い制度の施行が怒髪天の最高裁ピグマリオンによって決定されてしまった。そして判決として『趣味を一時的に完全凍結、全霊での金策としての人形造り』を言い渡される。

 

そこからはもう思い出したくない。

 

ドライフ皇国の主力戦闘兵器<魔法と歯車(マジック・アンド・ギア)>、通称〈マジンギア〉。戦車型(タンク)の<ガイスト>と機械式甲冑(パワードスーツ)の<マーシャル>。その二種類の再現のため、あれらの兵器の一般販売品を見なければと、とある商会まで全力疾走。見られるだけ見せて貰い細部まで記憶すると速攻アトリエまでとんぼ返りしてイラストに書き起こすという作業を、十回以上繰り返した。……あれはリアルタイムアタックと言っていいのだろうか?お陰様でそこの商会長からは、粘土やら針金やらを買いつつも、浪漫に手の届かないばかりに現物を眺め続けるいたいけな若者みたいに見られている。

 

そこからただの木製人形として〈マーシャル〉と〈ガイスト〉をオーダーメイドで生産。新しく資材として(ヘソクリで)買ったヤスリとかニスっぽい物とか彫刻刀、それに加えて絵筆や絵の具の類、それに着色剤も手に入り、【彫刻家】のレベルが趣味のおかげでカンストしていたので、新たに【絵師(ペインター)】のジョブも取ってきて、わりかし本気で製作した(欲を言えばプライマーとかが欲しかったのだが、流石にまだない。やはり技術者の〈マスター〉と知り合いになる必要がある)。

それが木製人形シリーズI型〈マーシャル&ガイスト〉。

そこそこいい木材を使用し、お値段は一つ二千リル(尚何割かは仲介料としてギルドへ納入)だが、それでも軍事施設の人間が買いに来てベタ褒めしてくれるくらいの、かなりのクオリティだったので中々売れた。子供へのプレゼントから乗り手の趣味まで、色々な方面からの需要を得た……のだが。

 

事件は起こった。

 

それは流出を限界まで抑えられたオレの資産額が十五万を超え、『もういいかな?いいよな?』と縋るような気持ちでピグマリオンに許しを乞うた時だった。

 

「いいですよ……ただしこれからは使った金額を纏めて資料にして提出して下さい」

「」

 

オレの脳裏に『もう面倒だしピグマリオンの言うことは放っておいて好き勝手しようかな、したいな』という考えが反復横跳びを始めた瞬間ーー

 

「たいへんです閣下!」

「!?」

 

ピグマリオンが驚いてカップを落としそうになる。ドアを蹴飛ばすように開けて現れたのは、10歳くらいのティアンのガキンチョだった。

 

「マスターのお知り合いですか?」

「んー……あー……?あぁ、お前か。紅蓮のアルシェリオン」

「はっ!閣下に置かれましては本日もご機嫌麗しゅう!」

「紅蓮のアルシェリオンて何⁉︎」

 

綺麗な敬礼をする赤毛の女の子に対して、ピグマリオンのツッコミが冴え渡る。

この子は十日くらい前に遊んでやった近所のお子さんだ。〈マスター〉ゴッコやってたから混じって大人気なく全力で演技したんだった。以来子供達に妙に懐かれ、時々一緒に遊んでいる。

ちなみにこの子の本名はアルシェちゃん、10歳だ。

遊んだ後にこの子含め、何人かが厨二病に目覚めたようだったが、オレは知らない。何も知らない。

……でも何で閣下?

 

「閣下、一大事です!閣下の製作された〈マーシャル&ガイスト〉が……他所のアトリエにてパクられております!」

「なっ!真似をしていると⁉︎」

「……ほぉ」

 

売れるものは真似される。ぶっちゃけ予想出来ていた事態に、オレは薄く笑みを浮かべる。

ピグマリオンはいきり立っているが、オレとしては……

 

「ま、別にいいぜ」

「「いいんですか⁉︎」」

 

何でそんなにビックリしてんだこいつら。

オレはへらりと笑って手を振った。

 

「何言ってんだよ、それだけウチの作品が人気なんだぜ?ちゃんとオレの作品にはギルドに登録してる工房の(サイン)も入れてるし、そっちまで堂々とパクってるなら敢え無くお縄だ。ただ同系統の作品作ってるだけならそれこそ大歓迎。更に色んな人形が見られるだろ?」

 

同じキャラのフィギュアでも人によって全く違う。バリエーションが増えるなら万々歳だ。楽しみで仕方ない。想像しただけでドキがムネムネだな。

だがピグマリオンは兎も角、アルシェちゃんは納得しなかったらしい。

 

「で、でも……!」

「無駄ですよアルシェちゃ……紅蓮のアルシェリオン。そうでした、マスターはこういう人でした……最近は真面目に働いてたから忘れてましたけど……」

 

本名で呼ぼうとして睨まれ、顔を引きつらせて言い直すピグマリオン。あとね、人を駄目亭主みたいに言わないで欲しいんだけど。

 

「安心して下さい、マスターは亭主で言うなら駄目亭主ではなくゴミ亭主です」

「そこまで言う⁉︎自覚はあるけど!」

 

真顔で言い切りやがった!

そして何一つ安心できねえ!

まあ思い当たる節は無数にあるのでバツが悪い。オレは頭をがしがしと掻いて立ち上がった。

 

「んじゃまあ、ピグマリオン。買い物行ってくるわ。木材買いに」

「〈マーシャル&ガイスト〉の増産ですか?」

「いや、違う違う」

 

ドアを開けて振り返り、ニィ、と嗤う。

 

「人形が増えるの自体はいいが、売り上げであろうと技術だろうと、易々とオレを踏み台にして上に立とうという根性が気に食わん。ーーちょっと、踏まれないように()()()()()、やる」

「!!……大人気ないですね!」

 

ほっとけ。

慄くピグマリオンはしかし、一つ溜息を吐くと力強く笑った。

 

「……まあ、分かりました。私も気に食わないのでお金は解禁します。存分にやっちゃって下さいマスター」

「任せろ」

 

オレはサムズアップして応えた。

 

ここから〈夢の可動式マーシャル&ガイスト〉の製作が始まったのだ。

 

……今思うとバカとしか言いようがないが。

 

いや、考えて見て欲しい。簡単に言えば木材でプラモ作ろうとするのと同じだぞ?嵌め込み型の関節とかを石粉粘土ならいざ知らず、木材で一から作るのめちゃくちゃ大変だったし、主砲を工夫するのに三日かかった。一度方法を確立して仕舞えばとても楽だったけれども。

……意地張らずに粘土使えば良かったと何度思ったことか。

 

 

こんなこともあった。

深夜遅く、街は当然暗くなる。オレはランプを点けて作業していた。

 

「くっ!駄目だ駄目だ、これでは駄目だ!」

「マスター……」

 

一心不乱に製作するオレの側に、夜食のパンとスープをピグマリオンが持ってきてくれる。その顔は憂いに満ちており、とても心配していることが伺えた。

 

「マスター、もう十時間以上作業しています。一度休憩を取って下さい。倒れては元も子もないですよ……!」

 

悲痛な声で訴えるピグマリオン。オレは夜更かしでしょぼしょぼする目を擦って出来る限り元気な風を装う。

 

「ありがとうピグマリオン……でも駄目なんだよ。これじゃあ、この機構じゃあ思い切り差を付けてドヤ顔して相手の心をへし折って再起不能にする事は出来ても、対抗心を燃えさせることができないっ!『まだ俺でも出来る』範囲に収めなければ!」

「なんで手加減に苦労してるんですか⁉︎迷走してますよマスター!」

 

そんなこんなで試行錯誤を繰り返し。

 

「か、完成した……!これが木製人形シリーズII型〈夢の可動式マーシャル&ガイスト〉ッッッ!!!」

「……すぐ隣で既にIII型があるせいで台無しですよ」

「何言ってんだよ、アレはⅣ型だぞ。他の連中がII型をコンプしたらIII型出すから、その間にⅤ型作るぞ」

「まだ手加減する気ですか!もうやめたげて下さいよ、敵に裏事情知れたらプライドバッキバキですよ!」

「『やっちゃえ、マスター!』って言ったのはお前だしぃ?」

「うぐっ……でも人の台詞を雪の少女風に改定しないで下さい」

 

そんなこんなで。

 

「苦労したなぁ(手加減に)」

「苦労しましたね(ツッコミに)」

 

完成したのがーーこの〈夢の可動式マーシャル&ガイスト〉なのだ。お値段ワンセットで一万リル(二度目)。

I型と素材こそ同じだが、手間と労力と思い入れが強いので少々お高い。お貴族様の贈り物や流行り物として、安いI型程ではないが売れていた。寧ろ総収入で言えばII型の方が多い。

 

 

「お疲れ様です、マスター」

「ん。サンキュー」

 

ピグマリオンが淹れてくれたお茶を受け取って、所持金額の確認を終える。

結局のところ、四十五万リルとちょっとまで貯まった。外で亜竜クラスのボスモンスターブッ殺せば貯まる額ではあるが、継続収入という点で考えれば、まだまだ収入は増えるだろう。

 

「……それにしてもアレだな。ピグマリオンお前、第二形態に進化したけど見た目はあんまり成長してないのな」

「しししししてますし!この間市場の八百屋さんのお婆さんに『あらピグちゃん身長伸びた?』って聞かれましたし!」

「疑問形じゃねーか。でもまあステータス補正はMPとDEXが伸びてるし……」

 

必死に否定するピグマリオンから視線を切り、開いたままのメインメニューに落とす。

 

『保有スキル』

此れよりは王が国土(プライヴェート・キングダム)》Lv2:

スキル使用時、使用者である〈マスター〉又は〈エンブリオ〉を中心とする一定範囲内において作製したアイテム及びオブジェクトに破壊無効の特性を付与する。

Lv2では最大展開可能範囲半径3()0()メテル。

※発動時は自動で分間1ポイントのMP消費が生じる

※消費可能MPがない場合、《此れよりは王が国土》は解除される

※範囲は任意で調節可能

アクティブスキル

 

 

「……ま、これはこれでなかなか面白いことになりそうだな」

 

そしてIII型が世に出る頃、ピグマリオンは第三形態に至り新たなスキルを得る。

また、オレは上級職への転職を果たした。

そして……

 

 

■皇都・某所 【■■■】■■.■■■■■■

 

「……へぇ?」

 

彼はその人形を手に取った。最近ティアン向けに販売されているという、ドライフの主力兵器を模したものだ。

形状も配色も本物と寸分違わず、精巧に造り込まれている上に可動機能まで組み込まれた、こちらではあまり見ない造り。

 

「これは〈マスター〉の作品だねぇ、間違いなく。作るには【彫刻家】と【絵師】両方のセンススキルがいるだろうけれど……ここまで原品に忠実なモノも珍しい。上級職かな?しかしそれにしては速すぎる……リアルスキルとか言わないだろうねぇ」

 

細かい見解を得るために、持って帰って解体したいくらいだ。

しかしこの人形は残念ながら他人様の物。彼は作成元の印を確認してから、それをそっと元の位置に戻した。

この人形の造り主が有能なのは間違いない。であれば、勧誘次第で今はまだ机上の計画を、一つ進められるかもしれない。

 

「〈ヒトガタ人形工房〉……見に行く価値はあるかもしれないねぇ?」

 

彼は人形の造り主と良く似た、如何にも「私企んでます」と他人に思われるだろう笑顔を浮かべていたーー

 





一体何ンクリンなんだ……!

III型ーー小型化。値段も安く子供が遊べる大衆向け。根付にもできる。
Ⅳ型ーー木製の弾を撃ち出したり、人形を搭乗させられる。〈ガイスト〉は小物入れとして使用可能。
Ⅴ型ーー金属を使用。上記の機能に加え、チョ□Qのように走り出す。

尚III型のせいで仕事量が増大した模様。


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第五話 人形大好きと〈叡智の三角〉①


時間が飛びます。
原作キャラとのコミュ回そのいちです。



■【教授】Mr.フランクリン

 

〈ヒトガタ人形工房〉の主、ヒトガタ。

彫刻家ギルドで彼宛てに『私と会うこと』を依頼して、そこそこの額を依頼金に積んだ。その高い造形技術と塗装技術を買って、クランの一員として勧誘しようと考えていた。

しかし、同調とでも言うべきなのか。

彼の工房に訪れ、彼の〈エンブリオ〉に出迎えられて中に入り、目が合った瞬間、私は把握した。彼はーー

 

基本的に勝つ側の存在だ。

振り回す側の存在だ。

自由に生きて、自由に作って、自由に世界を楽しむ存在だ。

誰にも彼を縛れない。

彼の生き方を遮った人間は、尽く蹂躙されただろう。

 

……だが、余りにも孤独だった。

 

私の最終目的地点とは異なるけれど、紛れもなく彼は独善(じゆう)だった。

 

◆◆◆

 

□皇都郊外・個人アトリエ〈ヒトガタ人形工房〉 【芸術家】ヒトガタ

 

いつぞやの貧窮騒動よりデンドロ時間で八ヶ月が経過。

ピグマリオンは第四形態に進化し、オレのレベルも順調に上がっていた。

ご存知の通りうちのアトリエは好調である。来賓用にお出しするお茶も最近ではちゃんと上流階級用のものを仕入れられるくらいには、好調。ドライフで一番儲けてるアトリエはうちかも知れぬ。

オレは新調した黒革のソファの上で優雅に足を組みながら暖炉に当たり、中身の入ったマグカップを傾ける。

 

「見ろよピグマリオン。ホットチョコレートだぞ。……金持ちっぽくね?」

「この世界だとこの時代でもチョコは割と普通に流通してますけど……マスターが楽しいならいいです。バカっぽいですけど私は何も言いません。何も。ええ、何も」

「分かったオレが悪かった。悪かったからそのネチネチした小言感やめて」

 

もう何年も会ってない母親と会った気分になるから。

そう言うとピグマリオンはくすくすと笑った。出会った頃に比べると本当に砕けたなぁ。こっちの方が接しやすくて嬉しい。

偶に直接目を合わせるけど、今では一分くらいは我慢できるようになったし。……でもあの紅白両性愛者に口説かれながらバイザー上げられた時は反射でアッパー決めてたな。うん、あれは笑った。

……。

せっせと箒を動かすその背中を眺める。

第四形態に進化したピグマリオンは、外見が一、二年ぶんくらい成長した。これで前の外見にも戻れるとかなら言うことは無かったんだが、残念ながらそういう訳ではないらしい。残念。ピグロリオンのフィギュアは作れぬ。

 

「誰がピグロリオンですか!」

「お前」

「ぐぬっ……い、今はもう違いますし」

 

そうなんだよ。まあオレはロリコンじゃないのでフィギュア云々を抜きにすれば問題ないんだけど。

それはそうと第三形態……即ち最後のピグロリオンの時に新しいスキルが発現した。それに加え、《此れよりは王が国土》もどんどん効果範囲が広くなっている。

鬼畜眼鏡には絶対に破壊できない人形を操れるという利点から、【傀儡師】系統のジョブをとってはどうかと言われたが、オレはあくまでも生産職。新しい下級職は結局【大工】にしていた。……いや、待て。言いたいことは分かる。それでも案外役に立つんだぞ?祭り用に飾るデカイ木組み人形の依頼が来た時とか。……でもそれアトリエで受ける仕事じゃないよねとは言うな。オレだってそう思ったさ。けど良い経験値になったぞ、技術的にも発想的にも。

 

あっ、鬼畜眼鏡と言えばそう。その鬼畜眼鏡の作ったクランに入りました。ピグマリオンが第三形態に至った頃だ。入ったと言っても正式にではなく、観賞や売り込みのために旅して度々ドライフから出る予定なので食客扱いだけど。

オレの人となりを知るための面談を、向こうが金払ってまで(今思うと奴さんのキャラ的にあの面談は依頼というカタチで受けないという逃げ道を無くしていたように思える)申し込んで来たので大人しく受けたのだが……

 

「アレは酷かったですね……色んな意味で」

「……そうだな」

「本題に入るまで三時間くらいお互いに顔を逸らし続けるというあの意味不明な状況で私がどれだけ困ったと思ってるんです?」

「気まずかったんだよ……同族嫌悪ならぬ同族成りかけ憐憫だったんだよ」

「既にその文言が意味分かんないです」

 

仕方ないだろ、片や自由を求める者、片や独善(じゆう)を謳歌する者。ただしオレは向こうからすれば亜種到達点みたいなものだし。

分かりやすく例えるならそう……あの紅白のボールでポケットに入りそうなモンスターを捕まえるゲームで、アゲハントに成りたいケムッソがドクケイルに出会ったような感じ。……え?分かんない?

その後本題に入った後でさえ鬼畜眼鏡(オーナー)もオレも、らしくないくらいにしおらしく、粛々と勧誘と手続きを終えた。

真面目な話、オレとしてもいい加減フィギュア制作用のアイテムが欲しかったので、技術系ギルドとの繋ぎは渡りに舟だったのだ。一も二もなく飛びついてーークラン〈叡智の三角〉にありがたく参加させて貰った。

クランメンバーとも仲良くやれてるし、別にオーナーとも仲が悪い訳じゃない。ただ気まずいだけなんですハイ。その気まずいも、いつの間にか蒸発した元カノと遭遇するのと比べたら特段問題ではない。

 

「それは気まずいとか以前にただただ辛いだけでは……」

「いや、辛くはないよ?割り切ってるし。こう……アレな気分になるだけで」

「アレってなんですか、アレって」

 

不思議そうに聞き返すピグマリオンに、オレはニチャア、と音が立ちそうなくらい嫌らしく嗤う。

 

「聞 き た い ?」

「やっぱりいいです!」

 

その悍ましさからかピグマリオンは総身の毛を逆立てて絶叫していた。冗談なんだからそこまで嫌がらなくてもいいのにー。

ぐいとホットチョコレートを飲み干すと、大きく伸びをしながらソファから立ち上がる。

 

「そんじゃ、クラン行くか。ぶーらんたんさんに注文された試作人型兵器の人形も持ってくからなー」

「了解です、マスター」

 

取り敢えずAR・I・CA(アリカ)と二次創作部に出くわさないことを祈ろう。前者はピグマリオンが困るし後者はオレがオーナーとの掛け算に代入されかねん。何がヒト×フラじゃい。

 

 

□皇都郊外・<叡智の三角>・本拠地 【芸術家】ヒトガタ

 

「おっ♪ピグちゃんにヒトくんじゃーん!おっはよー!」

「……!」

「うげぇ……出やがったな紅白色ボケ女」

 

ご近所さん故にすぐに到着した〈叡智の三角〉の本拠地で、近現代的な通路の向こうから、るんたっるんたっと楽しそうにスキップしながら近づいてくる女が一人。噂をすれば何とやらだ。

危険を感知したピグマリオンはささっとオレの後ろへ隠れた。顔を半分だけ覗かせて、ジト目で『こっち来んなオーラ』を噴出させ始めるが、紅白女は止まらない。

 

「あー隠れちゃったー。そんなに怖がらなくても痛くしないのに」

「発言が犯罪なんですよAR・I・CA(アリカ)さん。あと近付かないで貰えますか」

 

ピグマリオンがここまで刺々しく威嚇するのも珍しい。

彼女の名前はAR・I・CA(アリカ)。〈叡智の三角〉に所属する〈マスター〉だ。オレよりも古株で、オーナーとは親友と呼べる間柄らしい。

紅髪に銀のメッシュ、ホットパンツにビキニインナーの上からジャケットを羽織っており、スタイルもいいがまず目が行くのは赤と銀のオッドアイだろう。

業務上そこまで関わらないので詳しくは知らないが、操縦士系統のジョブを取っていたはず。〈エンブリオ〉は知らん。

今にもふしゃーっと言い出しそうなピグマリオンに、AR・I・CA(アリカ)は困った風情で人差し指で頬を掻く。

 

「うーん、ピグちゃんには警戒されちゃったかなぁ」

「そりゃまあ初対面でべったべたボディタッチして、隠してる(もの)まで勝手に見られたらそうもなるだろうよ」

「……マスターが言いますか」

 

ボソッと聞こえたピグマリオンの呟きはスルーする。

AR・I・CA(アリカ)はデンドロ・リアル共に女性らしいのだが、美女美男美少女美少年に目が無いというコメントに困る性癖を持っている。お茶だけなのか最後までヤるのかは相手によるようだが、一夜を過ごすために百万払うなんてこともザラのようだ。……いや、百万リルって現実に換算したら一千万円だからね?

初対面の時ピグマリオンに目を付けたAR・I・CA(アリカ)は秒でナンパした。目を見て口説くために接触禁忌たるバイザーを押し上げたため、ピグマリオンアッパーを食らい軽く空中を飛びながら、それでも満足げに親指を立てて見せたという謎な伝説()を作っている。

 

「綺麗だったよ、ピグちゃんの瞳。まるで琥珀みたいに透き通っててさ」

「……その評価はとうの昔にマスターに貰ったので」

「ありゃ。ヒトくんに先を越されたか。やるね!」

 

やるね!じゃねえよ。口にしたことはあったかもしれないけどオレは別に口説いてねえぞ。と、そこまで考えてふと気になった。AR・I・CA(アリカ)がいるということは、今開発中の新型に進展があったのだろうか。

 

「今日は何しに来たんだ?試作人型兵器の試運転か?」

「いいや。今日は二次創作部の腐った女の子達を口説きに来たのさ!薔薇好きから百合好きに転向する子が増えるかもね」

「ああ……そう」

 

だからコメントに困るんだよ!

にっこり笑うAR・I・CA(アリカ)だが、その内容はとても安心できるものではない。

……AR・I・CA(アリカ)と二次創作部とか洗剤二種類以上に混ぜたら危険な組み合わせな気がするんだけど。

 

「じゃあまあ頑張れよ。行くぞピグマリオン」

「はいマスター。AR・I・CA(アリカ)さん、それでは」

 

ここにいるのは危険だと判断したオレはピグマリオンと素早くアイコンタクトを交わし、競歩レベルの早歩きでAR・I・CA(アリカ)の横を通り抜けーー

 

「まあ待ちたまえよ君たち」

 

ガシィ!と腕を掴まれる!おい待て、こいつ力強っ!非戦闘職の操縦士系統ならSTRとか低いはずだろ⁉︎生産職のオレと同等のはずだろ!駄目だビクともしねえ!くっ、このままでは共倒れか!

ピグマリオンに伸びていたAR・I・CA(アリカ)の手を叩き落とし、オレは叫ぶ。

 

「ピグマリオン、お前は先に逃げろ!出来ればオーナーを呼んで来てくれ!オレが食われる(意味深)前に!」

「すみませんマスター!あとはお任せを!ぶーらんたんさんにもしっかり渡しておきますからー!」

「たーのーんーだーぞー!!」

 

どびゅーんという擬音が付きそうな勢いで走って行くピグマリオンは、瞬く間に通路から消えた。

AR・I・CA(アリカ)がポツリと呟く。

 

「……ヒトくん、なんかアタシが強姦魔みたいな扱い受けてるけど、無理矢理はしない主義だからね?」

「知ってた」

「オーケー分かったよ、じゃあオーナーが来るまで二次創作部にデートに行こっか!アタシも彼女たちもヒトくんは守備範囲だからね!」

「たーすーけーてー!(人間の尊厳的に)おーかーさーれーるー!!」

 

ずるずると引き摺られていったオレがピグマリオンとフランクリンの暴徒制圧用モンスターに救出されるまで、およそ五分。

結論。彼女(AR・I・CA)とは業務上余り関わらないが、おふざけが出来て、尚且つ偶に飲みに行くくらいには()()()()()仲が良い。

 




AR・I・CA(アリカ)
〈叡智の三角〉オーナーであるMr.フランクリンの親友。フランクリンのリアルの性別も知っており、のちの【撃墜王】にして〈超級〉。現在は〈叡智の三角〉に所属中。キャラは知っての通り。
作者のお気に入りキャラ(というかドライフに関連する面々は大体みんな好き)


尚、〈叡智の三角〉に人形を置いていないせいで変態性が浮上しない主人公は、一部のクランメンバーに常識人枠だと勘違いされつつある。

あとベルドルベルさん好きだから出したいけど、この時期に在籍してるか分からない……少なくとも〈マーシャルII〉が形になってグランマーシャルが始まった頃には所属していたはずだが……


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第六話 人形大好きと〈叡智の三角〉②


コミュ回そのに。
前回の続きです。



□皇都郊外・<叡智の三角>本拠地 【芸術家】ヒトガタ

 

「あ、ヒトガタさん」

「よ、ぶーらんたんさん。ピグマリオンから注文の品は受け取ったか?」

 

AR・I・CAがオーナーの改造モンスターに取り押さえられてわっしょいわっしょいと運ばれて行き、ピグマリオンに助けられたオレは元々の目的だったぶーらんたんさんへの人形の配達に来ていた。

試作人型兵器のパーツを【高位技師(ハイ・エンジニア)】のぶーらんたんさんがせっせと組み立てており、彼はオレたちを見つけると目の下に隈のついた顔で笑った。

 

「助かりましたよ。【設計士】に渡された構図通りに作られてますから、完成時の予想にも役立ちますし」

「そうか。まあ素材そのものを使ったのとは違うから、その人形は実際の兵器の重量配分の参考にはならないから気をつけてな。いざホンモノ作った時にバランス悪くて立てなかったりしたら笑えねえぞ」

「それはこちらの腕の見せ所、ですね」

 

工具箱を弄る手を止め、ボディービルダーのようにぐっと力こぶを作ってニカリと歯を見せるぶーらんたんさん。……どう見てもテンションがおかしい。

ピグマリオンも同じことを思ったのか、恐る恐るぶーらんたんさんに問いかけた。

 

「あの、ぶーらんたんさん。……何日目ですか?」

「え?あはははは大丈夫ですよ。もう(まだ)四日目ですから」

 

充血した目を見開きながらカラカラと笑うぶーらんたんさん。睡眠不足のアナウンスもシカトしたのか、徹夜ハイになっているらしい。まあ、トイレと食事はやってるだろうけど。

 

「ビタミンC摂れよ……あ、そうだ。ほれ」

「っと。え⁉︎いいんですか?」

「いーよ一個くらい。あんたにはエアブラシとかルータとか作って貰ったしな」

 

オレはアイテムボックスから買っておいたレムの実を一つ取り出してぶーらんたんさんに渡した。今朝アルター王国から仕入れたとお婆さんも言っていたから、鮮度は安心だろう。何かとぶーらんたんさんにはお世話になっているのだ。どうして果実の一つや二つ惜しめようか。

レムの実はアルター王国の高級特産品だ。アルター王国での市場価格は一つ50リル。しかもドライフでは輸入品故に倍近いお値段ときた。一つ1000円くらいする果実とかリアルでは早々食べる機会はない。

とはいえ、オレは今お金持ちである。温かい懐からして痛くもなんともない。いやあ素晴らしいねお金持ちって。流通してるのが紙幣なら札束ビンタするところだ(する相手がいるとは言ってない)。

その証明のようにレムの実をあと二つ出し、一つをピグマリオンに渡した。残り一つは自分で齧る。……うむ、イチゴ味のリンゴだ。逆にリンゴ味のイチゴもあるのだろうか、この世界には。

 

「じゃ、また。ぶっ倒れないようになー」

「お疲れ様です」

「二人ともありがとう。お疲れ様でーす」

 

その挨拶を最後に、オレとピグマリオンはぶーらんたんさんの下を立ち去った。

 

本拠地内に用意された休憩所で、はむはむ、しゃくしゃくとレムの実を齧るピグマリオンの頭を撫でながら暇つぶしにステータスを確認したり、所持金を数えたりする。

〈叡智の三角〉での用事自体は済んだわけだが、この後どうしよう。

 

「一応オーナーの所に顔出しとくか」

「ですね。今日は他に仕事は入っていませんし……」

「お前のフィギュアの二体目作ってもいいんだが……」

「駄目です」

「いやまた成長するかもしれないし今のうちに」

「駄目です。一体目はマスターの変態性を甘く見ていた私の過失ですけど二体目は駄目です絶対に」

 

余程嫌なのか、早口でまくし立てるピグマリオン。その耳元は何かを思い出したのか薄く染まっている。

弁解させて頂くならばオレは何一つとしておかしなことをしていない。『いつも通りベストな作品を作る為に』必要なことをやっただけだ。

 

「ちっ」

「い、今舌打ちしましたね⁉︎マスターのバカ!へんたい!へんたーーむぐっ!」

「おいやめろよ、一部ではこのクランで数少ない常識人と思われてるオレのイメージが崩壊するだろ。いやそれ自体は構わないけど、変な先入観持たれたくない」

 

顔を真っ赤にして罵ってくるその口を素早く塞いだ。周囲を確認したが休憩所内に人は居ない。幸い廊下にも誰も見当たらなかった。危ねえ、AR・I・CAに聞かれたりしたら間違いなくネタにされる……!

 

「寧ろ率先して崩壊させますよそんなイメージ!マスターが普通にモテてるとか側で見てる私が耐えられません!『その人あなたが思ってるような人じゃないんですよ』って教えてあげたくなります、信じてもらえない可能性の方が高いですけど」

「分かる分かる。それ、教えた相手から『あなたに何が分かるんですか!』か『あら、嫉妬?』って言われるやつな」

「嫉妬なんか……しませんし」

 

オレがうんうんと頷いていると、ピグマリオンは口の中で聞こえないくらい小さく、何かをもごもごと呟いた。気になったので聞き返す。

 

「なんて?」

「……何でもないです。とにかく私のフィギュアは駄目です。オーナーのフィギュアでも作っててください」

「やめろピグマリオン。これ以上二次創作部に肥やしを与えるつもりか。これ以上腐海が拡大してみろ、人類の生存領域は大幅に狭くなるぞ」

 

それに、観察した限りオーナーはリアルだと……いや、まあそれはどうでもいいか。デンドロ(こっち)じゃ関係ねえし。

 

「……はぁ。ま、取り敢えずオーナーのとこ行こうか。どうせそろそろ遠出しようと目論んでたんだ。挨拶くらいしといた方がいいだろ」

「それはそうですね。いつ出るんですか?」

「一週間後。あと、それまでに一回外に出る。戦えないけど()()()くらいは身に付けておきたいしな」

 

PKに襲われたとしても易々と殺されてやるつもりもねえし。新しいスキルで最低限の防御は行えるんだ。その練習もしておきたい。

あと、殺されて経験値にされるのもムカつくので自害用に《クリムゾン・スフィア》の【ジェム】とか買っとこう。敵を道連れに出来ればなお良し。

 

 

敷地内の中心部にオーナーの私室はある。というかここにいるのかも分からないのに来てしまった。まあいいか。

最低限のマナーとしてドアをノックし、重ねて確認のため声を掛ける。

 

「オーナー、いるか?」

「ーー入っていいよぉ」

 

扉を押し開くと、中で座っていたオーナーが椅子を回転させてこちらを向いた。白髪の長髪に鬼畜眼鏡フェイスの男性。〈叡智の三角〉オーナーにして、研究者系統上級職【教授(プロフェッサー)】ーーMr.フランクリン。

いつもと変わらぬ不敵な表情でのお出迎えだった。

 

「相変わらず悪の組織の親玉みたいな部屋だな」

 

取り付けられた複数のモニターが実にそれっぽい。これで部屋が薄暗くて、点いてる明かりがモニターのそれだけだったらオーナーのマッドサイエンティストな格好も相まって完璧に悪の組織の秘密基地だ。

今日は機嫌がいいのか、オレと出会った時のような気まずさも感じていないようだ。空気が軽い。オレも気にしなくていいので大変助かる。

オレの軽口にフランクリンは愉しげに笑った。

 

「入ってくるなりご挨拶だねぇ、ヒトガタ」

「褒めてんだよ。そんな悪役ロールしといて良く言うぜ」

 

Mr.フランクリンのキャラクターは敵に対しては徹底的に容赦のないマッドサイエンティストの振る舞いだ。悪辣な手段だろうと選り好みせず……いや、()()()()()()()()使()()

まあ身内には手厚いのだが。おかげでクランメンバーからは信頼されている。オレ個人としてもオーナーの人柄は嫌いではない。

 

「それはそうなんだけどねぇ……まあいいさ。座るといいよ、お茶でも出そう。それで何の用事かな?新しい器具の注文なら格安で受け付けるけど」

「お、サンキュ。けどま、用件は別だぜ。茶請けは丁度いいのがあるからオレから提供しよう」

 

オーナーが立ち上がったので、その間にベルトポーチ型アイテムボックスから買い込んだレムの実を取り出す。今日は大活躍だなレムの実。買っといて良かった。仕入れてくれた八百屋のお婆さんに礼を言っておこう。

と、オレの手に掴まれたレムの実の数に、ピグマリオンが目敏く反応した。

 

「?、マスター、何で()()ですか?」

「ん?そりゃあ……盗み聞きは良くないぞってことだよ、なあ?」

 

部屋の奥のベッドの上の掛け布団に向けて言葉を投げると、僅かにピクリと布団の不自然な膨らみが動く。

 

「……」

 

それに気が付いたピグマリオンはというと、白けた目で膨らみを一瞥して立ち上がり、布団とオレを挟む位置まで音を立てないように椅子を動かして座り直した。最早安定の反応、オレを盾にするなよと言う気も起きない。

紅茶を淹れるオーナーに、オレはレムの実を出された皿に並べながら謝意を口にする。

 

「悪いなオーナー。二人でなんか話してたんだろ。今更出て行く気もないが何だ、邪魔したな」

「いや、気にしなくていいよ。……もう出てきた方がいいと思うんだけどねぇ」

 

オーナーまでもが苦笑いして布団に視線を遣ると、膨らみはもぞもぞと蠢き出した。やがてぴょこりと紅と銀に彩られた頭が飛び出してくる。言うまでもなく、先ほどオーナーのモンスターに連行されたはずのAR・I・CAだった。……が、何故かドヤ顔だ。

 

「ふっ、流石はヒトくん。見破られちゃー仕方ない……でも何で分かったの?アタシは別に《殺気感知》や《危険察知》に引っかかるような真似はしてないよね?」

 

本気で分からないのか不思議そうにするAR・I・CA。頭上にハテナマークを浮かべながら布団から這い出してきた彼女に、オレはレムの実の乗った皿を差し出した。

 

「スキルは使ってないし持ってないぞ。ただ……」

「ただ?」

「さっき捕まえられてピグマリオンを逃がした時に分かったんだが……今日ほんの少し柑橘系の香水つけてるだろ。その香りがここでもしたから、あとはまだここにいるのかどうかを確認しようと思って、室内を軽く見回して見つけただけだ」

「……鼻がいいねヒトくん。ほんとに少ししかつけてないのに」

 

自分の匂いを嗅ぐつもりかスンスンと鼻を鳴らすAR・I・CA。ピグマリオンも同じようにしては首を傾げている。

 

「ぜんっぜん分かんないです。マスター凄いですね……」

「私も気が付かなかったねぇ。というか、もう部屋の中がレムの実の匂いしかしないねぇ。余計に分からない」

「まあ、割りと五感は鋭い方だからな」

 

視覚も嗅覚も聴覚も触覚も、場合によっては味覚でさえも、人形にする対象を観察してイメージに変換する作業にとても役立つ。こればっかりは産んでくれた両親に感謝だ。

AR・I・CAが隠れていた理由としては、大方オーナーと話している間にオレが訪ねてきたので、悪戯心でオーナーのベッドに忍び込んだのだろう。……AR・I・CAがベッドに忍び込んだという字面だけでそっちの話に聞こえるのはオレだけだろうか?

 

「安心してくださいマスター、私もです」

「だよな。なんかもうオレ達の間ではそういうイメージだよな」

「お、なになに?以心伝心してるの?アタシも混ぜてー!」

 

お茶を頂きながら頻りに頷いていると、レムの実を齧っていたAR・I・CAが自分の話とはつゆ知らず、ハグを待つように両手を広げた。オレとピグマリオンは一度顔を見合わせ、AR・I・CAに向けて声を揃える。

 

「嫌だ」「嫌です」

「うぐっ!こ、断るじゃなくて嫌だと来たよ……傷ついた!フーちゃーん、慰めてー♪」

「ちょっ、AR・I・CA⁉︎」

 

大袈裟にダメージを受けた風を装って、ひしいっ!とオーナーに抱き着くAR・I・CA。仲良きことは素晴らしきかなだが……いい加減話が進まないので勝手に喋らせて貰おうかな。なんかもう、オレたち空気的に邪魔だし。片方は男なのに百合の花が咲いてるし。この空間に居づらい。

わちゃわちゃと絡み付くAR・I・CAを引き剥がそうとしつつ、女言葉が漏れているオーナーを尻目に、オレは紅茶を飲み干した。

 

「用件を端的に言うぞー。オレとピグマリオンは一週間後にドライフを出てアルター王国に観光に行く。まあ何かあったら帰ってくるから連絡手段をくれ。あと外でモンスター相手に軽い戦闘と逃走の練習と、ピグマリオンの《紋章偽装》獲得を済ませるからクランメンバーから戦える人を誰か貸して欲しい」

「……はあ⁉︎」

「ヒトくんとピグちゃんが⁉︎外に出て戦闘⁉︎」

 

オレが口にした用件に、二人は愕然として揉み合いを止めた。

おいこら、人を引きこもりみたいに言うな。

そこまで驚かれると流石にオレも傷つくんだけど?

 

「仕方ないですよマスター。これまで一度もモンスターと戦ったことがないんですから、私たち」

 

……。

ぐうの音も出ないとはこのことか。

仕方ないだろ、生産職だもの。

 




【教授】Mr.フランクリン
のちのドライフ皇国クランランキング1位、〈叡智の三角〉のオーナー。加えて、のちの【大教授】にして〈超級(スペリオル)〉。アバターは白髪長髪、鬼畜眼鏡、白衣の男性。
リアルでは院生の巨乳美女。自由を求めて家を飛び出した過去を持つ。実は原作主人公と同じマンションの同じフロアに住んでいたりする。
マッド才媛ティスト。

【高位技師】ぶーらんたん
〈叡智の三角〉の中でも古株。詳細不明。徹夜したり余計なことを言って機動兵器の耐久試験をやらされたりしている。


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第七話 人形大好き、たたかう


人形成分の深刻な、不足が……バタッ(倒
それでもメインはコミュ回です。
……そのはずなんだ!(必死)



□皇都直近"初心者狩場" 【芸術家】ヒトガタ

 

「シッーー!」

 

緑色の肌をした醜悪な小人の顔面に、勢いよく突き込んだ木刀がめり込む。折れた歯が空中を飛び、小人はたまらず仰向けに倒れこんだ。

苦しまぬようせめて一撃で片付けてやろう……両足目掛けてドロップキック!相手の両足は死ぬ!

あと、這いずって逃げられることのないように、全体重をかけて腕にも飛び乗ってメキャリとへし折っておく。

めっちゃ苦しんでるとか一撃じゃないとかいう突っ込みは要らない。これでも初の血生臭い(というか泥臭い)戦闘で結構緊張しているのだ。変なテンションにもなる。

激しい運動を終えたオレはぜーはーと荒くなった息を整え、溢れる額の汗を手の甲で拭うと、振り返って半身の肩を交代と言わんばかりに叩いた。

 

「……よしピグマリオン。無力化に成功したぞ。その腰のレイピアが血を浴びる時が来たのだ!さあ殺れ!殺せ!ブッ血KILLれ!!」

「いやいやいや、なんか想像してた戦闘と違うんですけどぉ⁉︎」

 

喉の奥に木刀を突き込まれ手足は折られ、声も上げられず苦しげに呻いて身じろぎする【リトルゴブリン】に向かってピグマリオンの背中を押せば、彼女はぶんぶんと首を振って突っ張り棒のように踏みとどまろうとする。

しかしとどめを刺してくれないとお話にならない。

 

「大丈夫だ!ほら一思いに介錯を!このままではゴブ郎も苦しむだけだ!」

「どこから来たんですかゴブ郎⁉︎……うう、滅茶苦茶恨めしそうに見てくるんですけどゴブ郎……」

 

オレに叱咤激励されて、レイピアを抜いたピグマリオンはふらふらとゴブ郎に近づいて行った。

オレとピグマリオンは今、所謂初心者狩場にいる。

数日後にはアルター王国行きの商隊に混ぜてもらい、腕利きの〈マスター〉やティアンの護衛に守られて安穏と王国へ向かう予定なのだ。

とはいえ、〈マスター〉やティアンの護衛が腕利きだったからと言って、出くわすと考えられる脅威が彼らより弱い保証はない。

その脅威とは例えば〈マスター〉のPKであったり、ティアンの野盗であったり……考えにくいことではあるが〈UBM〉に遭遇する確率もなくはない。

 

UBM(ユニーク・ボス・モンスター)〉とは、読んで字の通り、世界にその一体しか存在しない、特別なボスモンスターだ。

どの個体も例外なく何かと厄介な能力を持っていたり、単純にステータスが()()()だったり、或いはその両方だったりして、なんにせよその理不尽なバランスブレイカーっぷりから『モンスター側の〈マスター〉』と呼ばれるような真性の怪物だ。

不意に遭遇した〈マスター〉があっさりおっ死ぬこともよくあるので、()()()()()()()()()()()()()()()な〈UBM〉の場合、できるだけ早く情報を集め、万全の準備を整えた討伐隊が組まれる。……たまーにそんな〈UBM〉でもタイマンで倒す変人もいるけど。オレの知る限りではムックとか、ムックとかムックとか。

まあ、そこまでやばくない〈UBM〉は基本放置しつつ狩れる時に狩り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()類のヤツはーー国がその〈UBM〉の住む土地への立ち入り自体を禁じている。

 

と、話が逸れたな。

まあそんな〈UBM〉なんつーバケモノは兎も角、PKや野盗が刃物を向けて来た時、びびって咄嗟に動けず無為に死ぬなんて情けない真似はしたくない。

ので、軽い練習を兼ねての戦闘なんだが……

 

「なんで同伴者がオーナーなんだよ……?畑が違うだろ畑が。今度からはもうちょっとこう、戦える人を寄越して欲しいんだけど?」

 

オレと【リトルゴブリン】の心臓におっかなびっくりレイピアを突き立てるピグマリオンの後ろには、見知った顔の鬼畜眼鏡。

我らがオーナー、Mr.フランクリンが立っていた。

どうすんだよこれ。戦えるサポーター頼んだのに、いざここにいるのは二人揃って非戦闘職だぞ。

オレがじっとりとした視線を向けると、オーナーは右手の甲のジュエルを見つめながらニヤリと笑い、飄々と嘯いた。

 

「そう言われてもうちのクランにそんなパワータイプはいないからねぇ。今日手すきの人間で、しかも戦えるとなるといるのは私くらいだよ。寧ろ感謝して欲しいなぁ」

「ああうん。それは素直にありがとうと言っておく。だけどほら、オーナー直々に人助けに出向くという事態が怪しさバクハツだからな。なんかこう、怪しげなスライムとか飲まされそうで」

 

素直にそう返すと、ビシリと石化するオーナー。

やべ、地雷踏んだ。今回は本当に善意だったらしい。

 

「ヒトガタ。今私は操縦者とは別に()()()()M()P()()()()で動く試作兵器のテスターに困ってるんだがねぇ?」

「よし分かった謝ろうオレが悪かった許せ」

「……まあいいさ。今度本当にスライム飲ませてあげようじゃないか」

 

嫌な予感しかしない文言だなオイ、なんだ外付けのMPタンクって。そしてスライムはやめて下さい気持ち悪いです。

まあ確かにフランクリン本人は弱いが、改造モンスターがいるし。"初心者狩場"での護衛としては問題ない……のだろう。多分。盗聴用みたいなイロモノじゃない、ちゃんとした戦闘用のモンスター持って来てくれてればーー

 

「ちなみに今日は新作モンスターの実験を兼ねているのさぁ!戦闘力に関しては期待しないでね(ボソッ」

「オーケー、ついてきてくれてありがとうオーナー。涙が出そうだぜ」

 

もちろん皮肉である。

なんだよ、"初心者狩場"で試す新作モンスターって。強いの?違うらしい。ついて来てくれたことには感謝しているが不安だ。凄く不安だ。

……ええい、ままよ。頼りにしよう(こき使ってやる)

そうこうしてるうちに飛びかかってきたウサギのような雑魚モンスターを木刀でべしりと叩き落とし、踏んづけて固定。その頭を二度三度四度五度と殴りつけていく。

 

「……うへあ。やり過ぎたか」

 

無心で殴るあまり『見せられないよ!』になってしまったモンスターは、間も無くドロップアイテムを残して光の塵と化した。いや、加減が分からなかったから取り敢えず思いっきりやったんだけど……ドロップをアイテムボックスに乱雑に放り込み、周囲に敵影がないことを確認して、木刀を触る。やはり傷一つ付いていない。

実はこの木刀、アトリエで加工した自作だ。そして今現在周囲には《此れよりは王が国土》を展開しているために、どれだけ荒く振り回しても壊れはしない。マジで便利なんだがこのスキル。糸とか作ったらこう、千切れない糸で敵を切断する系の戦いとか……駄目だSTRが足りねえ、オレのステータスHPMPSP以外はほぼDEX全振りだった。ちくせう、こういう時だけは戦闘職が羨ましいぜ。

己の手でロマンを実現できないことに悶々としていると、先ほどのフルボッコを見てか、オーナーの表情が僅かに引き攣っていた。

 

「……動物虐待シーンにしか見えなかったんだけど。リアルだったら動物愛護団体が黙ってないだろうねぇ」

「それを言うなら改造モンスターなんて怪しげなもの作ってる奴の方がよっぽど糾弾されそうだけどな……。ピグマリオン、終わった?」

「はい……マスター、次はマトモに戦わせて下さい。あの両手足潰されたゴブリンの死に際の『呪ってやるゾォ!』的な怨みの視線に耐えられません」

 

レイピアを振って血を払いつつ、とぼとぼと肩を落として帰ってきたピグマリオン。確かにスキル《紋章偽装》はメイデンの〈エンブリオ〉が人型のままある程度の戦闘経験を積まないと取得できないって掲示板にも書いてあったし、大変でも一対一で戦ってもらうしかない。

 

「んじゃま、次はあそこの【リトルゴブリン】かな?やばそうだったら急いで戻って来いよー」

「はいっ、行って来ます!」

 

こちらに背を向けて気がついていないモンスターへと、ピグマリオンは駆け出して行った。

初撃で腕を刺し、棍棒で殴りかかられるのを避けながらチクチクとレイピアを突き刺しているピグマリオンを見ながらオレは呟く。

 

「流石にウサギやゴブリンじゃあんまり怖くねえな」

「まあ、雑魚中の雑魚モンスターだからねぇ。なんならもうちょっと要求レベルの高そうな狩場に行ってみるかい?」

「……まあ、それもいいな。デスペナにならなさそうなところで頼むわ」

「了解。それなら移動用モンスターの新作が試せるねぇ」

 

その後何時間も何時間も、ピグマリオンは休憩を挟みつつも雑魚モンスターを延々と狩り続けーーいい加減眠くなって来た頃になってようやく、《紋章偽装》のスキルを取得することが出来たのだった。思わず拍手してしまった。

ただ、この《紋章偽装》というスキル。

TYPE:メイデンの固有スキルで、左手の紋章やステータス表示などを<マスター>のものに偽装できるという、自分が〈エンブリオ〉であることを隠すのに使うようなスキルなのだが……散々モンスターと戦ったピグマリオンにはとても言えない。

よくよく考えるとないのだ。

 

ーー使う、予定が。

 

……。

まあいいや(思考放棄)。いつか役に立つだろう。

尚、この思考を読んだピグマリオンに脇腹を思い切り抓られた。痛い痛い。オレのミスなのは自覚しているので振り払う訳にもいかず謝っていたら、ちょっぴりHPが減った。

 

 

用事の一つも済んだし太陽も中天を越したので、遅めだが用意していた昼飯を三人で食べることにした。

野っ原の只中で、木から削り出されたダイニングテーブルと、丸太を加工したような椅子を三つ、それにモンスターが近寄らないように、支えのついた高い壁を取り出して簡単な休憩スペースを作る。これら全てがオレの作品であり、《此れよりは王が国土》が適用されるので外から攻撃されても壊れることはない。安地造りにも最適、それがうちのピグマリオン。

ついでに言うならばこれらの持ち運びには第三形態で獲得したスキルを使用している。その概要は以下の通りだ。

 

 

民は我が国にて暮らす(ライフ・セキュリティ)》:

作製したアイテム及びオブジェクトを《此れよりは王が国土》に格納し、《此れよりは王が国土》展開領域内の任意の位置に配置することを可能とする。最大格納可能総数は《此れよりは王が国土》のレベルに依存する。

《此れよりは王が国土》Lv4では10個まで運搬可能。

※発動時、格納するアイテム及びオブジェクト一個につき、MP上限が100ポイント低下する

※現在値のMPがスキル使用(格納)によって低下するMP上限量より低い場合、《民は我が国にて暮らす》による格納は行えない

アクティブスキル

 

 

簡単に要約すれば作品の持ち運びを可能にするスキルだ。取り出せるのは《国土》使用中だけだが。

アイテムボックスには入れていない訳なので、運んでいる間も盗まれる心配はない。MPが上限ごと削られるのは少々驚いたが。現在もテーブル、椅子三つ、四方の壁と木刀、あと一つのせいでMP上限が1000も持っていかれている。

まあどうせ、日頃からMPなんてそこまで消費しないから問題ないけどな!

 

そして肝心の昼飯は……

 

「うん、やっぱこれだな」

「はい。……マスター」

「何これ、こんな安っぽいのに意外と美味しい。……なんか悔しいねぇ」

 

いつぞやの、ピグマリオンと出会った日に食べたクズ肉サンドだ。ピグマリオンが物言いたげにこちらを見ていたので頭を撫でると、恥ずかしそうに頭を押し付けて来た。はは、こやつめ。かわゆいではないかー。

 

「そういや、オーナーは料理できるのか?」

「まぁリアルじゃ一人暮らしだからねぇ。そこそこ自信はあるよ」

 

へー。興味あるな。オレはリアルじゃチャーハンかパスタかうどんとおにぎりが主食で、野菜はまあ、炒めるか煮るか。肉も食うけどそこまで工夫してないし。

 

「マスターのこちらでのご飯は私が作ってますからね」

「いつもお世話になっております。……これからも頼むぞ」

「はいっ!」

「仲が良いねぇ」

 

この後はオーナーの言う『新作移動手段』でのお散歩もといサファリパーク見学の真似事タイムだ。適当にモンスターに襲われて帰るとしよう。

口の端についたパン屑をピグマリオンに布で拭き取られながら、ぼんやりと空を眺めていた。

 




【ジュエル】
モンス◯ーボーげふんげふん。原作に沿った言い方をするならば、生物用のアイテムボックスである。瀕死になったモンスターを戻して、死なないように内部を時間停止させる効果もある。
そのうち『キミに決めた!』とか言うマスターが出てくるかもしれない。なんたって決闘者(デュエリスト)もいるらしいんだぜ、この世界には()。


此れよりは王が国土(プライヴェート・キングダム)》Lv4:
スキル使用時、使用者である〈マスター〉又は〈エンブリオ〉を中心とする一定範囲内において作製したアイテム及びオブジェクトに破壊無効の特性を付与する。
Lv4では最大展開可能範囲半径3()0()0()0()メテル。
※発動時は自動で分間1ポイントのMP消費が生じる
※消費可能MPがない場合、《此れよりは王が国土》は解除される
※範囲は任意で調節可能
アクティブスキル


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第八話 人形大好き、揺られて進む


夢を見ました。
レジェンダリアで、人間範疇生物(〈マスター〉・ティアン)を次々とヤンデレにしていく〈エンブリオ〉が猛威を振るうという夢でした。
でも多分変態性が足りない。
それでは本編をどうぞ。



□バルバロス辺境伯領・街道 【芸術家】ヒトガタ

 

ガラガラ、ガラガラと。

竜車の車輪は転がっていく。

 

「フンフーフーン♪フフフンフーン♪フンフーフーン♪フンフンフーン♪」

「上機嫌だな、ピグマリオン」

「はいっ」

 

ピグマリオンは体を左右に揺らしながら鼻歌を歌って、木窓の外の流れ行く光景を眺めている。小学校の頃に歌った懐かしい曲に、オレも思わず人形鑑賞の手を止めた。

雲が所々浮かんだ青空を見ていると眠気が襲ってくる。ずっと同じ体勢でいたので体が固まっていることもあり、大きく伸びをして体をほぐした。どうにも心がゆったりしている。縁側でほっこりしつつ茶でも飲んでる気分だ。思わず考えたことが口から出てしまうくらいと言えばより分かりやすくなるだろうか。

 

「今のところ旅は順調、と」

 

オーナーも交えて皇都近辺を散策した日から数日経った。あの日は昼飯の後、オーナーの出した【OCR(オプチカル・カモフラージュ・レイ)】なる改造モンスターに乗ってちょっぴり遠出したんだが……まさか偶々空に試し撃ちした【ゴブリンアーチャー】に撃ち落とされかけるなんて展開、誰が読めただろうか。

墜落する前にオーナーがなんだかんだ言ってやっぱり持ち込んでた戦闘用の改造モンスターで地上の敵を一掃したので難を逃れたがーー

 

「……アイテムボックスも盗難防止用に変えて良かったな。最近はもう、ホント金持ちだし」

 

ーー敵の真っ只中に墜落するような事態になったら、金に飽かせた最終兵器【ジェム‐《クリムゾン・スフィア》】を()()()()()ところだ。結果として数百万が溶けるのを避けられたのは喜ぶ他ない。

それはそうと、オレが真顔でジェムを取り出した瞬間に『ちょっと待とうかぁ⁉︎』と慌てたオーナーは面白かったなあ。

思わず愉悦スマイルを浮かべそうになってしまった。そのうちもう一回あそこまで焦らせてやりたい。

 

「マスター、マスター!あれ見てください、純竜が飛んでますよ!」

「へえ……ホントだ。初めて見たぜ。〈境界山脈〉から来たのかもな。まず出てこないって聞いてたけど」

 

そして今現在。初めて皇都ヴァンデルヘイムから出たオレとピグマリオンは、アルター王国の王都アルテア行きの商隊にお金を払って混ぜて貰い、のんびりと旅を楽しんでいた。亜竜級よりも下位の地竜系モンスターとはいえ、竜種が曳いている質の良い竜車を一つ貸し切っているので、乗り心地も悪くない。流石に揺れはあるので人形作製は出来ないが、まあ鑑賞は可能だ。

 

出て行く時にオーナーのアンチクショウがわざとらしく『大丈夫。私の計算では道中〈UBM〉に遭遇する確率は1%未満さぁ!』とかいうフラグを立てやがったが、割りかし順調な旅路だ。オーナーよ、これで本当に〈UBM〉出たらオレのボディーブローが火を噴くと思え。

 

真面目な話をすると、実際問題大きな不安であった〈マスター〉の集団移動の危難もクリアしている。

ログアウトする(不定期に別の次元に飛ぶ)〈マスター〉はティアンとの長距離移動には向かない。ログアウトしている間にティアンが移動した際、ログアウト時と同じ地点にログインしたら置いてかれていたなんてことになりかねないからだ。

しかしオレの場合は夜に商隊が止まって野営する間にログアウトして、食事やトイレ、シャワーを済ませているため、置いていかれることはまずない。

それにここの商隊を率いる商会長は〈マーシャル&ガイスト〉の一件で知り合ったお人だ。顔見知りだし、最近は〈叡智の三角〉も良い取引相手のようなので多少の融通も利く。

ただ、問題とも言えない問題を挙げるとすれば。

 

「風が気持ちいいですね、マスター!」

「おう。……あんまり身を乗り出すなよ?落ちたら危ないからな?いやマジで」

「はいっ!」

 

しゅたっと挙手するピグマリオン。この通りえらく落ち着きがない。彼女にとっては初めての旅行だから仕方ないことではある。なんと言っても、生まれてこのかた彼女が見たことある景色は皇都のそれのみだ。はしゃぐのも子供の特権、咎めるつもりはさらさらないけどな。

 

「誰が子供ですか!」

「いや見た目も未成年だし……何より生後一年未満だろお前。大人を名乗るには経験が足りないって」

「ぐぅ……!」

 

オレは悔しがるピグマリオンの頭をぽすぽすと軽く撫でた。どうせ次の夜までまだまだ暇な時間は続く。他所の工房で作られた〈マーシャル〉の人形をじっくりと鑑賞していよう。

 

「マスター、狼のモンスターが二匹いて、片方が片方に覆い被さるようにして動いてるんですけど……遠くて良く見えませんね。何してるんでしょう?」

「交尾だろ」

 

カラカラ、ピシャン。

即答されたピグマリオンは一時的に木窓を閉じた。

 

 

夕方。

気温が下がってきたので閉めた木窓、その隙間から差し込む僅かな明かりの下で微睡んでいると、竜車が少し揺れて止まった。半分寝ていたオレに対して、ピグマリオンはオレの肩に頭を乗せてすやすやとおねむだ。全く、はしゃぎ過ぎて疲れたらしい。

目をシャッキリさせるために自分の口の中に強烈なハーブを放り込み、竜車を動かしている御者さんに声を掛ける。

 

「どうかしたのか?」

「いや、隊列の先で人が倒れているようなんでさぁ。竜車を止める野盗の常套手段でもあるんで、お客さんは降りねえでくだせえ。なあに、野盗なら護衛の方々が対処しますからね」

「……そうか。ありがとな」

 

返って来た答えに一気に内腑が冷え、意識が覚醒した。

それにしても、こちらに警戒を呼びかけつつ、それでも安心させるように語りかける辺り、この御者さんは中々人の好い御仁のようだ。見るからにベテランっぽかったし。

とりあえず万一に備えてピグマリオンを起こそう。

 

「ほらピグマリオン。起きろー」

「ふみゅ……」

 

小さな、形の良い鼻をつまむ。必然彼女は酸素を求めて目覚める……かと思いきや、かぱーと口を開けて睡眠を続行しやがった。こやつめ。余程容赦が要らぬと見えるわ!

起きぬなら、起こしてみせよう、ピグマリオン。

その口にオレが服用したのと同種のハーブを放り込む。

 

「ふぎゃっ⁉︎」

 

果たしてその爽快感は睡魔を撃退せしめたらしい。ピグマリオンは尻尾を掴まれた猫のような悲鳴を上げた。うむうむ、良い悲鳴である。

 

「おはようピグマリオン。気分はどうだ?」

「うぅ……おはようございます。すっきり爽やかですよ」

 

恨めしげに睨んでくるピグマリオンに簡単に事情を説明し、木刀と自作のパチンコを《此れよりは王が国土》から取り出した。《国土》に格納した品々は前回とは木刀以外総入れ替えしている。最終兵器二号もそのうちの一つだ。出来れば活躍させたくないけど。

 

「いいかピグマリオン。間違っても木窓を開けたり隙間から覗くんじゃないぞ。その瞬間飛んできた矢が目に突き刺さるまでがお約束だからな」

「そんな都合の悪い事態そうそう起きませんよ……あの、マスター。ひょっとして緊張してます?」

「そりゃまあ、してるよ」

 

ピグマリオンが心配そうに触れてきたことに、オレは真面目くさって返す。冗談めかしてはいたが内心は冷や冷やものだ。直接襲われたらひとたまりもないことだし。

加えて問題なのはティアンの同行者達だ。

襲撃者が通常のPKならまだいい。オレがデスペナになったとしてもティアンの人たちは助かる可能性は高いだろう。

が、襲撃者が皆殺し系のPKやティアンの野盗で、その上強者だったら目も当てられない。大して関わりのない他人とはいえ、言葉を交わした人間が死ぬのは少々痛ましい。

かといって、生産職のオレに出来るのは自爆特攻くらいだ。足手纏いとかいうレベルではない。最悪は敵諸共自爆するとしても今は大人しくしているべきなので、戦闘職の皆様にお任せしておく。

一応竜車の乗り口に気を向けていると、やがて金属と金属を打ち合わせる音がーー剣戟の音が周囲のあちらこちらから聞こえて来た。

 

 

……結論から言うと五分もせずに静かになった。御者さんが護衛はキッチリ働いてくれた、もう安全ですよと教えてくれる。護衛の被害が少なく、それでいて血の匂いが漂ってくることから察するに、襲って来たのはティアンの野盗のようだ。〈マスター〉なら死体は残らずに光の塵になって消えるからな。

……さて。

 

「見なくていいぞ、ピグマリオン」

「えっ?ちょ、マスター⁉︎」

 

ピグマリオンの視界を片手で覆い、木窓を開く。途端にむわ、と顔に触れる熱気や臭気。

倒れ伏している十数の死体。いずれも赤に塗れ、身体のどこかが欠けている。時折混じる桃色や白色。流れ出た血は河となり池を作っていた。夕日に照らされたその光景はある種の危険な神秘性を感じさせるが……全くもってそそられない。気分が悪いったらない。

つい舌打ちしてしまう。

 

「……人間の死に様なんてどっちの世界でも変わんねえな。グロいだけだ」

「……マスター?」

 

呼ばれて、ついと視線を向ける。ピグマリオンの両手が、彼女の顔に当てたオレの手に添えられていた。彼女自身も不安そうに、どこか寂しそうにオレを見ている。

 

「マスーー」

「大丈夫だ」

 

オレは木窓を閉めた。軽やかな音がやけに耳につく。

それから暫くして竜車は動き出し、旅は再開される。

ガラガラ、ガラガラと。

この辺は悪路なのか昼よりも揺れている。

ちらちらとこちらを見遣るピグマリオンをよそに、オレは上の空で纏まらない思考はそのまま、一つの結論を出した。

 

ーーこの世界は、やはり。

 

 

その日の夜。

商隊は野営に移った。

一時的にログアウトして、食事とシャワーとトイレを済ませてから再びログインすると、商隊の面々は見張りの不寝番を残して眠っていた。まあ準備に三十分くらいかかったので、こちらでは一時間半か。三倍っていうのは長いものだ。

 

ちなみにリアルで寝てもデンドロで寝ても脳が休まることに変わりはないが、時間が三倍に引き伸ばされたデンドロで寝るからといってリアルの三倍寝られる訳ではない。結局の睡眠時間はリアル準拠となるようだ。

詳しい例えを出せば、デンドロで三日間、一日六時間睡眠をとる場合、リアルでは一日の間に断続的に二時間寝るのを三回繰り返すことになってしまう。

……それよりはリアルで纏めて六時間寝たほうがよっぽど健全だなー。

まあ、今リアルで六時間寝てたら確実に商隊に置いていかれるので、アルター王国に着いたらログアウトして一日寝て取り返そう。それまでは眠くても我慢だ。

 

と、しかしここでそれ以上の問題が発生する。

 

「んしょっ……」

 

なん……だと……。

馬車の中で毛布にくるまって目を閉じ、睡魔に促されるまま寝ようとしていると、ピグマリオンが同じ毛布の中に潜り込んで来た。

一つ言っておくとオレはロリコンではない。いつもピグマリオンとは別々の布団で寝ている。繰り返す、オレはロリコンではない!

本気で困惑し、自分でもちょっとよく分からない言葉がぽろりと口から出た。

 

「……え?何。どうした?新手のプロポーズ?」

「は、はぁぁあ⁉︎お、起きっ……いやっ、違いますよ⁉︎ていうかなんでプロポーズ⁉︎せめてアプローチじゃないですかそれは!」

「おいバカ、声でけぇよ。寝てる人起きちゃうだろが。……で?実際どうしたんだよ」

 

大いに慌てふためくピグマリオンは、たしなめられて喉を詰まらせ……俯いてぼしょぼしょと呟いた。

 

「そ、その……寒いので」

「……………」

「な、なんですか」

「……まあいいけど」

 

甚だ不自然だが言及しないでおく。別に嫌がらせしに来たわけでもないだろうし。

毛布の中で二人ぶんの体温を感じながら、重くなって来た目蓋が閉じるのに任せ、意識を地の底まで押し込める。ピグマリオンもまた、整った寝息を立て始めた。

意識が闇に包まれる寸前に。

きゅ、と手を握られる。

 

「私の王様(マスター)。お願いします、私をーー」

 

置いていかないでください。

 

ーーオレは。

反射的に、それはねえよと言い残して。

小さな手を握り返すと。

夢の世界に転がり込んだ。

 

毛布の中は窮屈だったが、不思議と寝心地はよくーー

 

ぐっすりと眠れたことを、オレたちはこの旅最初の思い出にした。

 




作中の鼻歌が何の曲か分かる人はいるのだろうか……いや、いない(反語)!
ヒント。
『行きじゃなくて帰り道に歌えよ』

【バルバロス辺境伯領】
ドライフ皇国南東に位置する領地。
人間が交通可能な王国との国境はドライフに二つしかない。そのうちの一つである平野を挟み、アルター王国のカルチェラタン伯爵領と隣り合っている。
また、領内には決闘施設が存在している。近い将来閣下が無双()する予定。

OCR(オプチカル・カモフラージュ・レイ)
オリジナル改造モンスター。和訳すると【光学迷彩エイ】。空を飛び、腹側を不完全ながらも光学迷彩で隠せるので地上からの発見は困難になる。ゆっくり飛べば違和感はないが、素早く動くと輪郭がバレる。性格はその能力の関係上とても臆病。最大飛行速度15000メテル毎時。凄そうに聞こえるけどママチャリで軽く出せる速度。
主人公のことはいきなり自爆しようとしたヤベー奴だと思っている。

【ジェム-《クリムゾン・スフィア》】
紅蓮術師(パイロマンサー)の使う炎魔法の中でも最上位の《クリムゾン・スフィア》を【ジェム】に入れた、使い捨てマジックアイテム。お値段数十万リル。自作できれば数万リルの費用に収まるらしい。安く作ったジェムを投げまくるのが〈ジェム生成貯蔵連打理論〉だが、主人公はお金が有り余っているので買い込んで、最終兵器として扱っている。ある意味札束ビンタ。
ただこの《クリムゾン・スフィア》という魔法、原作では使った人は何らかの要因で100%死ぬのがお約束である。
因みに作者は原作をリスペクトしている。あとは……分かるな?


……というか人形書けなさすぎて辛い。
高評価が頂けるのは嬉しいしモチベ上がるけれど!評価有難うごさいます!赤色に踏み込みましたひゃっほう!
これからも応援よろしくお願いします!


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第九話 人形大好き、ここに眠る


アルター王国編開始。
いつになったら主人公は工房(しょくば)へ帰れるんだ!

※次話消滅については後書きに記しております。



□アルター王国・王都アルテア 【芸術家】ヒトガタ

 

「マスター!マスター!」

 

ピグマリオンがオレを揺さぶっている。

その声に応えようとした。

大丈夫だと伝えたかった。

だというのに。

オレの体は、まるで動いてくれないーー

 

「マスター!目を開けて下さいマスター!辿り着いたんですよ⁉︎あと少し、あと少しなんです!」

 

……そうか、あと少しなのか。

…………あれ?

オレは……

どこを目指していたんだっけ……?

 

「そんな……しっかりして下さい!」

 

意識が遠のき、泣きそうな半身の声すらも掠れていく。

最早聞こえるのは、オレの脳裏に響く一つの音のみ。

 

 

【アナウンス 睡眠不足】

 

 

「街中で寝ないで下さいマスターッ!セーブポイントに登録してからログアウトして寝て下さーーーい!!」

「Zzz……」

 

ピグマリオンの悲痛な声が、遠く遠くまで響いていた。

 

ーー眠い、眠すぎる。

 

 

フィギュアを作ってメシを食っている人間、それがオレである。会社に所属している訳でもないフリー。そんなオレはとてもとても自慢できないことに、規則正しいライフスタイルに基づいた生活を送れていない。食事と運動こそしっかりしているが惰眠は貪るのが常だ。

 

そんな人間が。一日六時間睡眠、しかも内訳は二時間ぶつ切りを三セット……なんて行軍に、数日も耐えられると思うか?

断じて否。否である。

寝るという行為はオレの生活に於いてかなり重要な位置を占めるのだ。オレに人形との関わりがなければ〈エンブリオ〉がオフトゥンだったまである。きっと近付く者全てを安眠を邪魔しないように状態異常【強制睡眠】に追い込むテリトリー系列とかだ。……大分イロモノだな。オレの〈エンブリオ〉がピグマリオンで良かった。

 

「むー……」

 

と、オレの納得を読んだピグマリオン。思考を読み取り易い様に直球に言ったのが分かっているのか、褒められて喜び半分、揶揄われていることに気付いて不満半分のご様子で睨んでくる。

いくら睨まれようとオレがピグマリオンを揶揄(からか)うのはやめないが。

 

「そう不服そうにするなって。これでもお前が支えてくれてることには感謝してるんだ。なあ?我が半身」

「ふあっ……⁉︎」

 

絶句するピグマリオン。オレが真面目な雰囲気で礼を言うことはほぼ無いゆえにだ。日頃口にする感謝はせいぜい「サンキュ」とか「ありがとなー」とかである。……いや、そもそもそんな真面目な雰囲気が必要な状況になること自体が余り無いというのが原因なのだが。別にオレが礼儀知らずというわけじゃないぞ。ないからな!

それでもまあ、実際ピグマリオンには感謝してるし『我が半身』という言葉にも本心しか含めて居ないのだ。それも分かっているだろう彼女は嬉し恥ずかしで、じわりじわりと耳や首筋まで真っ赤になり、ぷるぷると震え始めるがオレは構わず茶化しに掛かる。ヒューッと口笛を吹いて、その水色の頭をぽすんと撫でた。

 

「まったくぅ、可愛いなぁ我が半身は!」

「ぬわぁぁぁああ!!」

「なっ!何をするだァーッ!」

 

ーーなんという暴挙。

歓喜とか羞恥心とか揶揄われたりとかで冷静に対応できるキャパを超えてキレたピグマリオンは、置かれた手を払いのけオレの前に置かれたカルボナーラを奪い取って食べ始めた。抗議にも応じず、もぐもぐと口を動かしながらプイとそっぽを向く。……まあいいけどね。まだ手ぇつけてなかったし。後でピグマリオンが注文してた分が来るし。

やけ食いのようにパスタを貪るピグマリオン。

 

本当、可愛らしいものだ。オレの半身は。

 

苦笑したオレは店員さんが来るまでお冷やを飲み続けた。

ここは王都アルテア、とある飲食店。

デンドロ時間で実に三日ぶりに、オレはこの世界にログインしていた。

 

 

十五分足らずで皿の上の昼食は綺麗さっぱり無くなった。

 

「ご馳走様でした」

「ご馳走様」

 

カルボナーラは実に美味かった。あくまでモドキ(それらしきもの)ではあったが、本場モノを知らない人間からすれば美味しいことに変わりはない。

感想はさて置き、テーブルを挟んで向かい合ったピグマリオンに紙の束を差し出す。その片隅には、顔色が悪く死にかけのようにも見えるオレと、必死に呼び掛けるピグマリオンの写真が載せられていた。

 

「割と心配したら寝不足の人だった件」

 

読み上げたその要約にピグマリオンの表情が引き攣る。オレはひゃはー、と乾いた笑いを溢した。

 

「どうしようピグマリオン、オレたち新聞デビューしちゃったぜ」

「完っ全に悪目立ちしてるじゃないですか……道理で道中ずっと知らない人にチラチラ見られてるなぁと思ったんですよ。ああもう……」

 

店内に置いてあった三日前の新聞を読み終えると、ピグマリオンはごとんっとテーブルに撃沈した。その衝撃に跳ねた空の皿とフォークによって小さな音が立つ。

 

「マスターのバカ」

「バカって言う方がバカ」

「子供ですか」

 

ある意味ピグマリオンらしい、ささやかな暴言に反駁して、オレは表通りを眺める。行き交う人々、十人十色。活気もあって大変宜しい。流石は首都といったところか。

そんな王都に到着して早々起きた笑える出来事に、ついつい歪む口許を隠そうとコップに口を付ける。ピグマリオンに見つかったら確実に怒られるからな。ついでに無駄だろうけど話も逸らしておこう。

 

「それにしてもアルター王国は本当に中世ファンタジーの騎士の国って感じだな……アニメの世界にでも入った気分になる」

 

異世界転移的な。

それを聞いたピグマリオンはのろのろと顔を上げた。

 

「ドライフじゃならなかったんですか?」

「あっちはなんというか、海外旅行で昔の街並みで暮らす体験をしてる感覚だったな」

「なるほど……って違いますよ。なんですかこの新聞。なんでこんなことにぃ……」

 

ち、惜しい。乗せられたと思ったのに。

事の発端はオレたち二人が王都アルテアに到着した三日前に遡る。

いくら眠いと言っても御者さんにお礼を言って別れるところまでは礼儀としてキビキビと済ませ、彼が見えなくなった瞬間脱力して膝を折りそうになりながらもピグマリオンに支えられてどうにかセーブポイントを登録し。

ログアウトしてそのままベッドに倒れ込み、十八時間程ぐっすりと寝た。まさしくスヤァ、だ。寝過ぎだが、数日分の寝てない時間を考えると丁度いいくらいだろう。

 

オレは久方ぶりの惰眠を堪能して目覚めると、シャワーだけでなくどっぷりと熱い風呂に入り、ちゃんと調理した飯を食い、軽くネットを見たりテレビをつけたりしてリアルの情報を集めてからログインしたのだ。

 

だがよくよく考えてみよう。オレがフラフラして倒れかけ、ピグマリオンが慟哭していたのは人の集まるセーブポイントの直近だ。人のいるところネタあり。

そのせいか〈DIN〉のような大出版社ではないが、とある新聞社が発行した数日前の新聞、その中の『今日の〈マスター〉』的な小さなコラムで紹介されていた。

ティアン達からすれば三日前の話ゆえにそこまで注目されることはない。しかし〈マスター〉にとっては一日前の出来事だ。まだまだ覚えられているのか大分ヒソヒソされている。

こんなことなら〈ヒトガタ人形工房〉の(ノボリ)でも作っておけば良かった。背負って宣伝しながら歩けるのに。

 

「マスターそれはやめましょう。もう悪目立ちとかいう話じゃなくなりますから。悪ノリが過ぎますから!」

「桃太郎だって日本一の幟持ってるぞ」

「桃太郎と同列に目立つ時点でおかしいですよね⁉︎今度は〈DIN〉の目に止まったりしたらどうするんですか」

 

それは無い。……無いだろ。無いよな?あいつら情報すっぱ抜くの物凄く得意だから無いと断言できない。

 

「そう言えばピグマリオン。知ってるか?すっぱ抜くの『すっぱ』は忍者とか隠密とかそういうのらしいぜ」

「はぁ、そうなんですか?でも記者と忍者ってもう全然違いますね。情報を得る執念とかは別にしてもこう……平和になりましたねって感じです。……それと話を逸らそうとしてるの分かってますからね?」

 

……いや、記者が弱いとは限らない。スーパーなマンだって記者だし、スパイダーなマンだって記者だし。〈DIN〉の記者がNINJAやONMITSUでもおかしくないんじゃないか?。

 

「そこまで行ったらもうアメコミですよ。『アイエエエエ⁉︎』みたいな話になっちゃいます。あと話逸らさないで下さい怒りますよ」

「ハハッ、だよなー。……仕方ない。まぁ幟は辞めとくか」

「問題は幟だけじゃないですけどね。いいですか?そもそもマスターは夜更かしから改善すべきだと思います。夜型生活してるから生活リズムがめちゃくちゃで……」

 

確かにNINJAは妄想のし過ぎかと笑いながら、オレはお茶を頂いてまったりしつつ、ピグマリオンに日頃の生活についてお説教された。ピグマリオンまじピグマリオカン。

 

だがやはり考えてみると、不特定多数の変人が存在するのがこの世界だ。強い記者くらいは普通に居そうで怖い。頼むから惑星をぶん回したりしてくれるな。

 

 

□王都アルテア・中央通り噴水前 【芸術家】ヒトガタ

 

「……ぶっちゃけ王国に来たはいいけど予定は全く決まってないんだよな」

「え、何しに来たんですか私達」

「……高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に観光に来たんだよ」

「ああはい、行き当たりばったりなんですね」

 

噴水の淵に腰掛けながらポツリと呟くと、ピグマリオンが耳聡く反応した。しっかりしてくださいとゆさゆさ揺らされながら今後の予定を組み立てつつ、周囲に目を向ける。

噴水を挟んだ反対では熊の着ぐるみが子供達相手にお菓子を配っているし、先程から騎士と思しき人間達があちこちを必死の形相で走り回っている。「一体何処まで……」と目の前を通った時に聞こえたことからして、何かを探しているらしい。お偉方に献上するペットでも逃げ出したのだろうか。

中々王都も慌ただしいものだ。オレは関係ないけど。

そんな風景を横目に、旅行中に叶えたい望みを口に出す。

 

「【大芸術家(グレイト・アーティスト)】グランツィアン・バレノーの作品を絵でも良いから見てみたいというのはあるな」

「ああ、超級職(スペリオル・ジョブ)の……」

 

芸術系複合超級職、【大芸術家】。オレが就いている上級職【芸術家】と字面を比べてみても何となく分かる通り、ステータス的な面や保有するスキルでは【大芸術家】に圧倒的に軍配が上がる。

ならばオレも超級職【大芸術家】に就けばいいのかというと、それは話が違ってくるのである。なんたって超級職というのはどれもこれも()()()()。最初に就いた人間がその圧倒的な性能を独占できるというシステムだ。

ティアンの超級職であれば死後にその席は空くが、就いたのが〈マスター〉だと不死身のせいで下手したら永遠に席が空かない。バレノー氏はティアンなので死後は空席となるものの、彼がぽっくり逝くのを祈るのは余りにも不謹慎だ。まぁ彼自身、噂じゃ死にそうにない頑固な偏屈ジジイと聞くが。芸術家にはそういう連中が少なからずいる。堅物や変態なんてその辺からキノコよろしくポコポコ生えてくるからな。

 

「……あの、マスター。言いたくないですけど超絶ブーメランです」

「……」

「ま、まふたー⁉︎頬っぺた引っ張らないれくらはい!」

 

やかましい。このモチモチ肌め。

変態は兎も角、超級職(スペリオル・ジョブ)について大体どんなものか。現時点でオレの知る情報を纏めるとこんな感じだ。

 

一つ。さっきも言ったが先着一名。一つの超級職に複数人が就くことはない。

 

二つ。()()()()()()()()()()()()()。通常は〈マスター〉ティアン問わず、就けるのは上級職二つと下級職六つまで。総合レベルは500(上級職が最大レベル100×2、下級職が最大レベル50×6)が到達限界、即ちカンストだ。それを軽々と無視する超級職はそれだけで利点がある。……レベル上げ大変らしいけど。

 

三つ。ステータス上昇値や取得できるスキルが上級職の比じゃないくらい強力らしい。これについては詳しくない。手の内を公開してくれる人間は少ないことだし。

 

四つ。就職には『試練』を受けなければならないそうだ。これもさっぱり情報なし。『試練』というからには何かしらのテストのようなものがあるのだろう。実技試験的な奴かな。

 

と、まあこんなところだろうか。……あれ?碌な情報集まってなくないか?はっきりしてんの一番と二番だけじゃん。

と、とにかくだ。

つまり【大芸術家】の席が埋まっている以上、オレの【芸術家】としての未来は閉ざされているのである。ちょっと焦る。

しかしオレは下級職の枠も埋めきっていない。カンストまでまだまだ余裕はあるし、他の超級職も見つかるかもしれないのだ。試行錯誤を続けていくのが肝心。

それに超級職に就けなくとも、オレたち〈マスター〉には〈エンブリオ〉という唯一無二の可能性があるのだ。そちらを伸ばすことも優先事項である。

あと、アルター王国といえば。

 

「【大芸術家】にも会ってみたいが……取り敢えずムックに会うってのも手ではあるんだよな……」

「リアルの御友人でしたか?アルターにいらっしゃるんですね」

『呼んだクマー?』

「……んん?」

「はい?」

 

声を掛けられて振り返ると、そこには子供を相手にしていた、大きな熊の着ぐるみが立っていた。

なんだか聞き覚えのある声……というか、キャラメイクミスって顔隠してる知り合いにそっくりな声だ。

 

「お前か」

『俺だ。よう、こっちではヒトガタだったか?六割くらい別人だと思ってたから声掛け辛かったクマ』

 

着ぐるみ男はひょいと片手を上げる。

ムック……椋鳥修一。この世界ではシュウ・スターリングを名乗る男がそこに居た。

 

「えぇ……着ぐる……えぇ?」

「まあそうなるよな」

『クマー』

 

ピグマリオンはぽかんと放心していた。まさか熊の着ぐるみが友人とは思わなかったらしい。安心しろ、オレもびっくりだよ。せいぜい仮面かと思ってた。

 




【熊の着ぐるみ】
きっと特典武具。中身はお馴染みクマニーサン。キャラを掴まないと確実に(作者が)死ぬ。主人公は危うくニアミスしかけた。

【騎士達に追われる逃げ出した何か】
お馴染み天災児。既にその才能の片鱗を見せつつある。主人公、今の所接点皆無。

【大芸術家】グランツィアン・バレノー
性格は本文の通り。ティアンの超級職。将来絶世の美少年であるルークきゅんをモデルにして絵を描く。主人公としては作品への興味は有り余ってあるが、作者に対する興味はそれほどでもない。

【〈DIN〉】
正式名称<Dendrogram(デンドログラム)Information(インフォーメーション)Network(ネットワーク)
国境なき情報屋集団である。クランではなく出版社であるが、各国の様々な情報を網羅するその影響力は計り知れない。国に許可取らずにこっそり隠しカメラ仕掛けたりすることもげふんげふん。

今回ロクな解説が無かったな……
最近チョイチョイ日間ランキングに乗ることが増え、お気に入りしてくださる方、高評価くださる方が沢山いらっしゃいました。大変モチベが上昇致します。
これからも応援よろしくお願いします。

※投稿されていた次話についてですが、読み返したところ後半がまるで面白くない上、作者自身違和感を感じる文章でした。
原因は多々考えられますが、兎にも角にも一度原作を読み返し、その後追記、修正したモノを再度投稿させて頂きます。
読者の皆様を身勝手に付き合わせてしまい申し訳ありません。ご理解頂ければ幸いです。


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