Fallout4 Gunslinger of the Commonwealth (Ciels)
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War Never Changes
第一話 2077年から、ハーディ


この度新たにfallout4の小説を投稿させていただきます。
まだNVも完結していませんが、亀更新で頑張っていきますのでよろしくお願いします。


ーーWar......War never changes(人は……人は過ちを繰り返す).

 

1945年。太平洋戦争の終わりかけの頃、日本の兵隊だった俺の爺さんのそのまた爺さんは、いつになったら妻とまだ会ったことのない息子の元へと帰れるのかと思いを募らせていたそうだ。

無理もない。いつ攻め込まれるかわからない本土に残してきた家族の心配をするのはヌカコーラに放射性物質が入っていることと同じくらい当たり前のことだろうから。

 

同じ年に、爺さんの願いは叶った。

広島と長崎に原爆が投下され、日本は降伏。敗戦したものの、爺さんは運良く生き残り、家族の元へと帰ったらしい。

 

人々は世界の終末を待つ身となっていた。

 

だが驚くべき事が起きた。人々は原子力を武器としてではなく、無限に近いエネルギーの源として利用し始めたのだ。

 

できの悪いSF程度にしか考えられていなかったテクノロジーが、生活を一変させた。

家事を担うロボット、原子力で動く車、携帯できるコンピューター。

 

だが、21世紀になり、アメリカン・ドリームは終わりを告げた。

長年の消費によって主要な資源が枯渇し、世界は崩壊しつつある。

 

平和は、遠い昔の記憶となった。

人々は、自らのツケを払うときがきたのだ。

 

2077年現在、総力戦は避けられないどころか目の前に迫りつつある。

俺がいる場所がその証拠だろう。

 

不安が募る。自分自身、妻、そして幼い息子のことを想うと……

 

軍にいて俺が学んだ教訓はただ一つ。

 

 

War never changes......(戦争は変わらない)それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2077年初頭。アラスカのアンカレッジ。

俺はアメリカ海軍の特殊部隊員として、今世界で一番寒くて、そして熱い場所において戦いに身を投じていた。

 

中国軍が、アラスカで見つかった資源を巡って侵攻してきたのが原因で起きたこの戦いは、もう10年以上も続いている。

しかしそれも、もうすぐ終わりを迎えそうだった。

 

そのとき俺は、集結地点に張られたテント内で、空になったマガジンに弾を込めていた所だった。

カチリ、カチリと、グローブ越しの手に、銃弾がマガジンのスプリングを押し込んでいく感覚が伝わってくる。

30発詰め終えると、膝に付けられたニーパッドにマガジンの後部を軽く叩きつけ、装填された銃弾を整えた。

それを今度はプレートキャリアのポーチに突っ込んで、コーデュラーナイロン製の蓋を閉じる。

 

空のマガジンは無くなった。

あるのは身体に仕込んだ満タンになったマガジンのみ。いつでも戦える準備はできていた。

 

「あと数時間で敵陣に乗り込むらしい」

 

ふと、隣で同じように弾を込める陸軍の兵士が呟いた。

 

「奴らを万里の長城まで追い返してやる」

 

同じように、他の陸軍兵士が言う。

皆、やつれた顔をしているが、目の輝きは失ってはいなかった。

俺は机に立てかけられたカービンライフル(MK18 MOD1)を手にすると、居心地が悪くなったようにテントから出る。

俺は海軍だから陸軍の奴らとはあまり話が合わないし、何よりもそいつらの雰囲気がどこか死にそうなもんだから、あんまり一緒にいたくなかった。

 

テントから出ると先に補給を終えたチームメイトがタバコを吸って待っていた。

 

「悪い、待たせた」

 

俺はそう言うと、ポケットからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出し、その中から口で一本タバコを咥える。

 

「待っちゃいないさ」

 

チームメイトが言いつつ、ライターを取り出して点火し、俺の口元へと持ってくる。ありがたく俺はタバコに火をつけて、肺をニコチンとタール混じりの煙で満たす。

 

「帰るまでにタバコ辞めねぇとな」

 

ニコチンを身体に染み込ませながら、我ながら説得力のないことを言う。

それに付随する形でチームメイトが口を開く。

 

「赤ん坊、産まれたんだってな」

 

「ああ。ショーンって名前付けた。アメリカ人らしいだろ?」

 

薄く笑いながら伝え、残してきた妻とまだ見ぬ息子を想う。

 

「あんた名前も顔も日本人だもんな」

 

そう言われ、また薄く笑った。

 

ハーディ・カハラ。

それが俺の名前だ。階級は大尉。

父は日本人で母はアメリカ人、俺はハーフだった。

中国と揉め切る前に移住してきたもんだから、一応国籍はアメリカで、グリーンカードもある。ていうか、そうでなけりゃ海軍に入れてない。

差別もされたが、それは実力やコミュニケーションで乗り越えてみせた。

 

「1時間後にパルスフィールドを切りに行くってさ」

 

チームメイトが言う。

俺は頷くと煙を吐き出す。

 

「T-51も完璧じゃあないか」

 

言いながら、頭にはアメリカ軍の奥の手であるパワーアーマーを思い浮かべた。

 

パワーアーマーとは、簡単に言えば人間戦車だ。漫画で見るような現代版鋼鉄の鎧で、25000ジュール以上の衝撃を吸収し、人工筋肉で補正されたフレームはミニガンをもたやすく振り回せる。

乗り込む人間は、ちょっと大きな着ぐるみを着せられているくらいにしか感じないのに、その効果は絶大だった。

一つあれば町を制圧できるともいわれたし、事実パワーアーマー部隊に遭遇した中国軍の部隊は降伏してしまったらしい。

だが、どんな物にも弱点はある。

それが今、俺たちの数キロ先に展開されているバリアだ。

テスラフィールドとかパルスフィールドとか呼ばれている、一種のエネルギーフィールドだった。

テクノロジーの塊であるパワーアーマーはEMP(電磁パルス)攻撃に弱い点がある。

 

「いつの時代もそんなもんさ。結局最後に頼りになるのは人間その身だ」

 

その言葉に俺は頷く。

 

俺たちは、1時間後にそのパルスフィールドを切りに行く。

事前の偵察では、発生装置近辺には敵の大部隊と未知の戦車が配備されているようだ。生きて帰れるかわかったもんじゃない。

 

「嫌な仕事だよ」

 

「まったく」

 

チームメイトは同意すると、短くなったタバコを投げ捨てた。

 

「家族のためにもさっさと終わらせちまおう、大尉」

 

乾いた笑顔でそう言ったチームメイトからは、これから死にに行く雰囲気が感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーWar never changes(戦争は繰り返す).

 

 

ふと、自宅の洗面所の鏡で髭を剃り終えた自分を見て、そう呟いた。

もう30を過ぎている筈なのに、どっからどう見ても10代にしか見えないその顔は、でもやはり色々経験しすぎてそれなりに陰りがあった。

 

「今夜の在郷軍人会館、きっとうまく行くよ」

 

ふと、洗面所にやってきた妻のアルマが隣にやってきて鏡を覗き込んだ。

 

「そうかな?」

 

「そうだよ。ほら、鏡の前に居座りすぎだって。他の準備もして?私もお化粧しなくちゃ」

 

「あーい」

 

適当に返事をして鏡から離れる。

アルマの後ろのタオル掛けにかかっている白いタオルを手にとって、顔を拭く。

さっぱりした、これで人前に出ても恥ずかしくはない。

 

不意に、アルマを覗き見る。

彼女は自分と同い年で、元海軍の狙撃手だ。実は結婚前に彼女から狙撃の教育を受け、そこで意気投合。二重の意味でしごかれながら結婚し、今に至る。

やることがなくなった退役後、彼女は弁護士を目指し、今では学位と免許も持っているのだ。

 

それにしても。

 

「……」

 

彼女の容姿は素晴らしい。

結婚した今でも思う。

髪は金髪で肩よりすこし下まで伸ばし、顔もティーンにしか見えないほど若々しいし(人のことは言えない)、美人だ、可愛い系の。

二重の瞳はやや眠たそうな印象を受けるも、綺麗な青色をしている。

胸もそこそこあって、腰はくびれてて尻は……目の前で化粧品を取るたびにふりふりしている。

 

「あんた何してんの?」

 

ふと、上を見上げるとアルマが上半身だけを振り返らせてこちらを見降ろしていた。もちろん怪訝な顔で。

いつの間にか尻に誘惑されてしゃがみこんでいた俺は、咳払いを一つして立ち上がると、背中を向ける。

 

「ちょっと大量破壊兵器の視察を……」

 

「あんたほんとスケベね」

 

ケラケラと笑うアルマ。

だが、笑いが止まると同時に背中に柔らかくて暖かい感触が。

 

「じゃあ今日の夜、楽しみにしてていいのかな?ん?」

 

「お〜ほっほっほ、任せといて」

 

我ながら気持ち悪い笑い声をあげる。

歳をとっても性欲だけは一丁前だ。

 

 

 

 

 

 

結果的に言えば、アンカレッジの戦いはアメリカの勝利で幕を閉じた。パルスフィールドを破壊した俺たちはそのまま敵の将軍を討ち取り、今こうしてとんでもなく長い休暇を貰って家にいる。

ちなみに軍を辞めたかったが特殊部隊は簡単には辞めさせてもらえない。

 

犠牲が大きかった事は言うまでもない……あのチームメイトも含めて。

 

 

妻より先にリビングへ行くと、家政婦ロボが忙しなく動き、朝食を準備していた。

Mr.ハンディと呼ばれるそのロボットは、丸い球体にタコ足が生えたような姿をしている。

その球体下部にある低出力ジェットを噴射して浮かぶその姿は、SF映画に出てきそうなものだが、もうこうして現実に存在している。

 

「ああ旦那様、もうすぐ朝食が出来上がります。朝刊が届いておりますので、コーヒーと一緒にお楽しみいただいてしばしお待ちくださいませ」

 

「ああ、そうするよコズワース」

 

コズワース。

それが『彼』に付けられた名前だ。

Mr.ハンディタイプのロボットは主に家政婦任務を目的としており、家のあらゆる事をこなしてくれる。

妻が妊娠した時、俺は絶賛任務中だったために面倒を見られなかった。

そのために、安くない金を払って購入したのがコズワースだ。

 

とりあえず俺はソファーに座り、テレビをつけて新聞を広げる。

ニュースの天気予報を聴きながら、コーヒー片手に新聞を読む。お、レッドソックスが優勝間近か。

 

一通り目についた記事を読み終えると、テレビ欄を見た後に窓から外を見渡す。

 

そこには美しい自然と調和された町が映されており、住人達が通りを歩いていた。

 

ここ、ボストンにあるサンクチュアリヒルズは、それなりの場所である。

一般的に高級住宅街と呼ばれるこの土地は、伸び伸びと過ごすには快適だった。

 

そりゃあ買い物で下の街に出るのに車がいるが、そういった事を含めたとしてもここは快適だ。

見栄はって家を建てて良かったと思う。

それにここの住人は俺たちみたいな新参者に対しても暖かく接してくれるし。

ほんと、恵まれてると思う。

 

「コズワースが居てくれて助かったわ。誰かさんはアラスカに行っちゃうし」

 

化粧を終えたアルマが、俺の隣に座り、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。

 

「アルマ頼むよ、任務だったんだからさ。俺だって早く帰りたかったよ」

 

「んふ〜、冗談だよハーディ。もう、すぐ本気にしちゃうんだからさ」

 

「も〜やめてよそうやって〜」

 

しばし夫婦の会話を楽しむ。

すると、コズワースが朝食を作り終えてテーブルに並べ始めた。

会話を切り上げ二人で食卓につくと、コズワースが哺乳瓶を持って息子が眠る部屋へと向かう。

 

「ショーン坊っちゃまにミルクを与えてきます」

 

そう言うコズワースは実に働き者だ。

 

 

朝食を食べ終えると、俺はソファーに座ってテレビを見ながらボーッとする。

アルマは食卓の椅子に座ってグロックナック・ザ・バーバリアンという漫画に夢中になっているため、暇だ。

そういや今日は在郷軍人会館でスピーチしなきゃならなかったなぁ、なんて思っていると、インターホンが鳴った。

俺はアルマの顔を見る。彼女も俺を見ている。

 

「……分かったよ」

 

「よろしい」

 

妻の圧力に負けた俺は、渋々立ち上がり玄関のドアを開けた。

 

「お忙しいところすみません、Vault-tec社です!」

 

玄関の前に立っていたのは、いかにもなセールスマンの男だった。

黄色が強いスーツとハットを着飾った彼は営業スマイルを振りまき、挨拶をする。

 

「Vault-tec?地下シェルター作ってる会社の?」

 

Vault-tecという会社については色々聞いている。なんでも来るべき日のために核シェルターを国家ぐるみで製作している会社であり、そのシェアはトップだとか。

ただ、まだまだ完成している数も足りなくて国のトップ連中もイラついてるんだとか。

 

「ご存知で何よりです旦那様。我が社は核の脅威に怯えず贅沢な暮らしができる居住空間を提供いたします」

 

「そうっすか」

 

俺の素っ気ない態度にもセールスマンは笑みを崩さない。

 

「実は緊急の要件でして、お国に貢献なさっている旦那様とそのご家族には、近所のVault111への優先入居権があることをお伝えするためです」

 

「ああ、裏山でなんか工事してましたね」

 

あれはVaultの工事だったのか。

どうりで州軍と陸軍の奴らが警備を固めていたわけだ。

 

「お時間はとらせません。ちょっとした書類を書いていただければ良いのです」

 

「はぁ。まぁそれだけなら」

 

書類……仕事的にあんまり深い事は書けないが、それでもいいなら書いてやるか。もしもの時のために、家族が安心できるのが一番だ。

 

「素晴らしい!それでは……」

 

セールスマンから渡された書類に目を通し、記入していく。

何やら個人的な事が多かったが、軍の機密に触れていない範囲なので全部答える事ができた。

セールスマンに書類を渡すと、何やら小さい機械に通す。そして一枚の紙が出て来る。

 

「素晴らしい!これでVaultへの入居手続きは完了です。未来への備えも完璧です。本日はありがとうございました。こちら、Vaultの証明書でございます」

 

その紙を受け取ると、俺は愛想笑いしてさっさと追い出す。

 

「はいどうもー、ありがとうございます」

 

扉を閉め、再びソファーに戻ってくつろぐ。ふと、先程貰った紙を見てみる。

どうやらさっき答えた質問から得た情報をもとに、俺の簡単なステータスを導き出したようだった。

 

「へ〜。こんなんあんのか」

 

 

9 Strength(筋力)    

9 Perception(洞察力、五感)

10 Endurance(耐久力、持久力)

8 Charisma(カリスマ性)

7 Intelligence(頭脳、知性)

9 Agility(俊敏性)

1 Luck(運)

 

 

紙にはそう書かれている。

やたら運が低いが、まぁ今まで経験してきた事から推察するに妥当だ。

そもそもこれ10段階評価だよな?

 

とにかくそれを終えてまたソファーに腰掛ける。うーん、昼間は暇だから、昼食を摂ったら近所の公園にでも散歩しに行くのもありだなぁ。

 

そんなことを考えていると、寝室の方からロボット執事の声と赤ん坊の泣き声がが響いてきた。

 

「奥様、旦那様!ショーン坊っちゃまの状態がよろしくありません。どうにも落ち着きませんので……親の愛情を求めているようです」

 

困ったような声色でコズワースが助けを求める。

まぁ、いくらロボットでもできないことの一つや二つはあるだろう。我が息子はつくづくロボット泣かせのようだ。

 

「あら、ショーンはパパが恋しいのかしら?」

 

「ママじゃなくてか?」

 

「仕事で全然あいてにしてあげてないからじゃない?」

 

「わかった、僕が悪かったよーっと」

 

立ち上がり、ショーンの部屋へと小走りで急ぐ。

こんな会話をしているが、何も息子の世話が面倒なわけではない。単純に、仕事のせいで会えない期間が長すぎた息子に、どう接していいか分からない時があるのだ。

アルマもそれを見越して俺を積極的にショーンと遊ばせている。

 

あらゆる銃火器を扱い、陸や海、それだけでなく空からの任務をこなす俺が、息子の扱いに手こずるというのはなんということだろうか。

 

「あぁ旦那様、ショーン坊っちゃまに父親の愛情を与えてやってください。旦那様の得意分野です」

 

「皮肉かそれ?」

 

コズワースの本気か冗談か分からない言葉は放っておいて、俺はショーンのベビーベッドの真横に来て息子を上から覗き込む。

ショーンは相変わらず元気一杯に泣いていた。

 

俺は片手をショーンの前に出してその小さな手と遊んでやる。

 

「ほーらショーン、泣きやまないとBUD /Sに連れてくぞ〜」

 

「あんたは鬼か」

 

「いや冗談だって」

 

いつの間にかアルマが扉の所で壁に寄りかかってこちらを怪訝な目で見ていた。

ショーンはそんな二人のやり取りを見て安心したのか、今度はきゃっきゃと笑い出す。なんともまぁコロコロと機嫌の変わる赤ちゃんだこと。

 

「ほら、せっかくメリーをつけてあげたんだから動かしてみれば?」

 

アルマが顎で指す部分は、ショーンのベッドに取り付けられた赤ちゃんをあやす小さなメリーだ。

帰ってきてすぐにレキシントンのベビー用品店で買ってきたそれは、今ではショーンのお気に入りだった。

 

電源を入れ、軽く手で回す。

するとおもちゃのロケットがくるくると回り出し、同時にオルゴールのような音楽が流れ出す。

ロケットに手を伸ばすショーンの機嫌は、ますます良くなったようだった。

 

不意に俺までもオルゴールのメロディに聴き入ってしまう。どうもこのメロディには聞き覚えがある気がする。子供の頃、親父もこんな風に俺をあやしていたのだろうか。

 

アルマがベッドのそばに寄り、肘をベビーベッドにかけてショーンを眺める。

 

「ふふ、よしよし。ちゃんとしてればパパそっくりだね」

 

「ちゃんとしてなくてもそっくりだっての」

 

「あら、そうだったわね」

 

「ハハァ」

 

乾いた笑いをこぼす。

本当にこの子ったら失礼しちゃうけど、そういうとこ含めて好きなもんだ。

 

「なぁ、朝食も食べたことだし、ちょっと公園にでも行かないかな?天気も良さそうだし、さ」

 

さっき考えていたことを提案する。

アルマは何やらいたずらっ子な表情になり、

 

「ふーん?それで?本当は何がしたいのかな、この旦那さんは?」

 

にひ、と小悪魔な笑みを浮かべるアルマ。

参ったな、たまには二人で昔みたいに公園デートしたいとか言ったらまたなんか言われそうだ。

俺がちょっとばかし言い淀んでいると、またもやコズワースが、今度はリビングから声を発した。

 

「旦那様!奥様!こちらにいらしてください!」

 

何やらまた問題があるようだった。

話の腰を折られた俺は少し不機嫌そうに、

 

「なんだどうした?皿でも割ったか?」

 

と、冗談めいて言ってみるが、

 

「早くいらしてください!」

 

というコズワースの嘆願にも似た言葉に少しざわつきを覚える。

アルマと目を合わせる。お互い何かを感じ取った事で、足は必然的にリビングへと運び、アルマもショーンを抱きかかえた。

 

リビングへ入る所で、テレビを食いつくように見ているコズワースが目に入る。

耳を澄ましてニュースを聞く。

 

『続いて……えぇ……閃光があったとの報告が』

 

狼狽えるニュースキャスター。

家族一丸でテレビに食いつく。

 

『目も眩む閃光との事……大爆発の音……確認を……確認を取っている所です』

 

全身の毛が逆立った。

 

言葉が出なかった。

 

脳はすぐさま起きた出来事を理解したが、それを拒否したくて身体が動かなかった。

 

「なに?なんて言ってるの……?」

 

退役したとはいえ、アルマも元軍人だ。

その言葉の意味は、本当は理解しているはずだった。

だがキャスターは無慈悲にも、現実を突き付ける。

 

『どうやら現地支局との連絡が、完全に取れなくなった模様です……い、今、確認の報告が……ニューヨークとペンシルバニアで、核爆発を確認したとの報告です……』

 

終わったと、思った。

何もかも、すべてが終わったと思った。

複数の大都市への核攻撃。

それが意味するのは、一つ。

 

世界の終焉、それだけだった。

 

『神よ……』

 

キャスターが言い終えると同時に、テレビが電波を受信しなくなる。

 

「え、うそ」

 

「Vaultへ急げ!早く!!!!!!」

 

軍や戦場以外であげたことの無い大音量で叫ぶ。

一瞬アルマは身を震わせたが、頷いてショーンを抱えたまま玄関へと向かう。

 

俺はテレビの台の引棚を探る。

焦りながら、中から一つの鉄の塊と、IDカードを取り出した。

 

拳銃(グロック)と家族全員の身分証である。

 

急いで扉の空いた玄関を抜ける。

抜けて、立ち止まる。

そして振り返る。

 

家の中には、相変わらず家族の一員であるコズワースがいた。

 

「っ……」

 

彼は連れていけない。

Vaultにロボットを置いておけるスペースがあるとは限らないし、この混乱だ。きっとVault111には近隣の住民が殺到しているだろう。機械であるコズワースよりも、人間を優先するのは当たり前だった。

 

でも、こいつだってもう家族の一員なのだ。

 

「旦那様」

 

躊躇う俺にコズワースは、落ち着いた声色で言う。

 

「お気をつけて」

 

「……ごめん、コズ」

 

それだけ告げると俺は足を進め、パニックに陥っている人々が逃げ惑うストリートを走る。

 

 

「ああ、核攻撃なんて本当なの!?」

 

「わからない……!」

 

向かいのローザ家が混乱している。

空では軍用のティルトローター機であるベルチバードが飛び回り、周辺の地域に避難勧告をしていた。

 

通りを抜け、Vault111に通じる林道へと来る。

パニクる人はもちろん、大きなスーツケースに物を詰め込みすぎたばっかりに、容量を超えて溢れてしまっている人もいた。しかも詰め直そうとしている。そんなもの、今は重要じゃ無いだろうに。

 

しばらく上り坂を走ると、列ができていた。

その列の前にはVault111のフェンスがあり、更にパワーアーマーを着た軍人たちが列をなす彼らを止めている。

その中に、アルマとショーンの姿があった。

 

「アルマッ!」

 

列に割り込み無理やりアルマの隣へと向かう。

 

「ハーディ!こっち!」

 

彼女の手を取って無理やり隣へやって来ると、前方の状況を確認する。

その先頭では、先程家に来たVault-tecのセールスマンがいて、何やら兵士と言い争っている。

 

「そんなバカな!私はVault-tecの社員なんだぞ!?」

 

「リストにはありません」

 

どうやら彼は社員なのにリストに載っていなかったようだった。

気の毒だが、気にしていられない。

俺はアルマの手を取り、人々を掻き分けながら先頭へと向かう。

 

先頭に着いた時、痺れをきらしたパワーアーマー兵が手にしたミニガンの砲塔を回転させ始めた。

これには流石にセールスマンも驚いて撤退せざるを得なかった。

 

「上に報告するからな!」

 

捨て台詞を吐いて元来た道を下っていくセールスマン。

すれ違いざまに目があったが、睨まれようが今はどうでもよかった。

 

「米海軍特殊作戦コマンドのハーディ・カハラ大尉だッ!リストに載ってる、入れてくれ!」

 

使えるものはなんでも使った。

卑怯と言われようが、家族を生かすためならなんでもする。

 

パワーアーマーの隣にいた兵士はクリップボードのリストを確認する。

 

「乳児……成人女性、成人男性……よし、進んで」

 

ようやく道が拓けた。

アルマを半ば抱きかかえるようにしてフェンスをくぐり坂を登る。

と、道が拓けたことで足止めされていた後ろの人たちも雪崩れるようにフェンスを通過しようとしたが、パワーアーマーがそれを許さない。

俺は、つい先日までご近所付き合いしていたその人達を振り返ることなく見捨てた。

 

 

坂を登りきり、ベルチバードの横を通り過ぎる。

すると、崖のそばで立ち止まっている人たちが見えた。

 

「早くゲートに乗って!」

 

近くの兵士が俺たちを誘導する。

乗れってことは、エレベーター式なのだろうか。

 

その人たちのところへ行くと、足元が土では無いことに気がついた。

鋼鉄の、大きな歯車に、俺たちは乗っていたのだ。

これがゲートなのだろう。

どうでもいいから早く入れてくれ。

 

「もういい!ゲートを下げろ!」

 

兵士の一人が叫ぶ。

すると辺り一面に警告音が鳴り響いた。

ようやく降りられるようだった。

 

「二人とも大丈夫か?」

 

抱きしめながら早口でアルマに確認する。

彼女は不安そうな顔で頷いた。

 

「大丈夫だよ、この子は無事だよ」

 

「お前は?大丈夫か?」

 

「うん、うん、大丈夫」

 

そんなはずなかった。

これから核が落ちると言うのに、大丈夫なやつなんているはずがない。

俺とアルマは、お互い心を安心させたいがためにそれを言っていたのだ。

 

その時、ようやくエレベーターが下り始めた。

なんとも呑気なその速さは、苛立ちと焦りを募らせるばかりだった。

 

「クソ、遅ぇ!」

 

言葉が荒くなる。

今はまだ胸くらいまでしか下っていない。

 

「!伏せろ!」

 

ふと、何かを感じた俺はアルマを伏せさせた。

 

 

 

刹那、俺の視界を眩い光が覆う。

 

瞬間的に目を閉じ、次に開けた時には絶望。

 

遥か彼方の空に、大きなキノコ雲が立ち昇っていたのだから。

 

「衝撃に備えろッ!!!!!!」

 

すぐにその言葉が出たのは、軍人として人々を守る使命感があったからかもしれない。

伏せたアルマに覆いかぶさった次の瞬間には、俺たち避難民の頭上を爆風が通り過ぎ去った。

 

とんでもない威力だった。

外にいた人々は死んだ。断言できた。

それくらい凄まじかった。

 

泣きそうだった。

アンカレッジで戦友が次々に死んでいっても泣かなかった俺が、今は泣きたくて仕方なかった。

 

あいつらが死んでも守った国が、消えてしまうその光景に耐えられなかった。

 

「……、ハーディ」

 

腕の中のアルマが名前を呼ぶ。

目と目が合うと、彼女はおでこをコツンと、俺の額にぶつけた。

 

「私はいなくならないから。ショーンもだよ」

 

言葉が出なかった。

周りの人々が怯えて声をあげる中、特殊部隊として活躍したこの男はただ妻の母性に甘えているだけだった。

 

 

 



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第二話 Vault111から、ポッド

これからはおよそ3000文字前後になります。


長い長い、地獄へと通じるようなエレベーターリフトを降りて行く。

その間ずっと俺の頭の中では、先ほどの閃光がフラッシュバックしていた。

 

唐突に訪れる終末。

今までしてきたことが、一瞬にして光に呑まれて消えて行く。

育ってきた土地、歴史、秩序、その全てが、無かった事になってしまった。

唯一残されたのは、妻と息子のみ。

深い絶望の中で、俺は縋るように地上を、上を見上げた。

 

真っ暗闇。

安全のために閉まったであろう出入り口は、今や鋼鉄の扉しか見えない。

 

それでもと、周りを見渡す。

数人の、逃げ延びた人がいるだけだった。

サンクチュアリには何百人か人が住んでいたはずなのに、十人ちょっとの人しか見えない。

車好きのローザはもちろん、お隣さんすらそこにはおらず、あの光と爆風に呑まれてしまったのだ。

 

しばらくして、下から灯りが見えた。

ようやくVault111のフロアに着いたようだった。全身の力が抜けながらも、アルマの腕から自力で立ち上がり、深呼吸をする。

そうだ、俺がこんなんじゃダメなのだ。

俺はカハラ家の主人で、アルマの夫であり、ショーンの父親だ。

まだ二人がいる。俺にはまだ……希望がある。

 

エレベーターリフトが完全に降り切ると、フェンスが開いた。

正面玄関には既に避難していた人々や、Vaultのスタッフや警備員が俺たちを出迎えていた。

セキュリティが整列して並ぶようにと指示を出す中、スタッフの一人が待ってましたと言わんばかりに営業スマイルを向け言った。

 

「皆さん、安心してください!Vault111は地下における素晴らしい未来です!」

 

とてもじゃないが肯定はできなかった。

一緒に降りてきた住民の中にはそれを聞いて安心した者もいたが、俺たち夫婦はこの薄暗い地下シェルターに対して不安しか無いのは明らかだった。

 

セキュリティが階段を登るように促す。

先頭が行くと、俺たち夫婦もその後ろを歩む。

 

「信じられない……あと数秒遅かったら全員が……」

 

「そんなことを考える必要はありませんよ!今は安全なのですから」

 

恐怖に怯える住人の一人をスタッフが宥める。

俺はどうもその態度に疑問が尽きなかった。

今まさに核攻撃が起きて、アメリカが消滅した可能性があるのにこいつらはなんでこうも淡々と仕事ができるのだ?

ミサイルによる攻撃が済んだ後に起こることは直接侵略以外あり得ないのに、こうも他人事のように接せられるのだろうか。

仕事と言われればそれまでだが、どうも彼らにはそれ以上に、他の何かを感じてしまうのは杞憂なんだろうか。今まで散々国内外のテロ組織や中国軍相手に戦ってきたから、そう感じてしまっているだけなのだろうか。

 

「これが……新しい家?嘘でしょ……?」

 

アルマが鼻で笑う。

無理もなかった。照明は薄暗いし、工事がまだ完全に終わっているわけではなかったのか配管がむき出しになっているところがある。

とてもじゃないが家とは呼べる代物ではない。

 

言われるがままに階段を登り、配管が伸びたままの正面ゲートを通る。

アナウンスが流れているが、耳に入らなかった。

ゲートのすぐ横にあるコントロールパネル付近では、青くてぴっちりした変態スーツに身を包んだ職員がチェックリストに何かを記入している。

 

ゲートから10メートルほど行くと、先に行った数人が簡易受付のような場所で何かを受け取っていた。さっきの青いスーツだ。

受付の前に来て、女性のスタッフに話しかける。彼女もまた、青いスーツに身を包んでいる。

 

「あの」

 

「あぁ、Vaultスーツを一人一つ受領してホールまでお進みください」

 

言われた通りにそれを受け取る。

アルマはショーンを抱いているため、代わりに俺が受領した。さすがにショーン(乳幼児)の分までは無い。

 

「ドクターの指示に従ってホールまでお進みください」

 

女性の横にいる、白衣を着た中年男性の後ろを歩く。

 

「ここが新しい家だよショーン」

 

アルマが、腕に抱いたショーンに語りかけた。あれだけのことがあったのに、ショーンは興味津々といった様子でキョロキョロと周りを見ている。

 

「きっとここが気に入られますよ!ここは我が社の中でも最高の設備が揃っていますから!……他のが悪いわけじゃありませんがね?」

 

そう言うドクターは自信満々に、しかしそれは自分自身に言い聞かせているようにも感じられた。

ふと、廊下に膝をついて嘆いている夫婦がいた。

 

「家が……財産が消えてしまった……」

 

その言葉に、俺も同情してしまう。

同じ境遇の人しかここにはいないのだ。

 

「ママとパパはD.C.(キャピタル)にいるのよ……逃げきれてなかったらどうしよう……!」

 

そんな声も聞こえてくる。

俺はアルマの顔を見る。俺の両親はもう居ないが、彼女の両親はマイアミで元気に暮らして居た。きっと心配しているはずだ。

 

「ハーディ、私は大丈夫」

 

そう言う彼女の笑顔は、とても脆い。

俺は頷くことしかできなかった。

気を紛らわせるためにドクターに質問する。

 

「どのくらいの期間ここにいることになるんです?」

 

するとドクターはバツが悪いように、

 

「あぁ、オリエンテーションですべてお話しします。まずは医学的な話を片付けてしまいましょう」

 

と答える。

特に何も異論は言えないので、大人しく従うことにした。

 

ホールに到着すると、奇妙なものがまず目に入った。

それは、人1人を完全に収納できるような形をしているポッド。

それが複数並んで居て、まるでSF映画でよくある小型の脱出用宇宙船のようだった。

 

「どうだい?ぴったりだろう?似合ってると思わないか?」

 

先に到着してVaultスーツに着替えた1人がそう言った。

それに対してスタッフが、スーツはファッショナブルかつ利便性に優れてるだのと言っている。なんともまあお気楽だと思ったが、もしかしたら空元気なのかもしれないのでそっとしておく。

 

「さあここです!着替えてポッドの中へ!除染やらを済ませてしまいましょう!あぁ、奥さんは赤ちゃんと一緒にね」

 

ドクターが止まり、二つのポッドを指差す。

ポッドは対になっていて、入ればアルマの顔とショーンは見えるようだった。

 

「着替えてって、更衣室は?」

 

俺が尋ねる。

こんな人目の多いところで妻の生着替えを見せられるかこの野郎。

 

「申し訳ありませんが、ポッドの陰でお願いします。今はまだ更衣室も利用できませんので」

 

「ああそうかい!ならあっち行ってろ!彼女の着替えを一眼でも見たら殺すぞ!」

 

募っていた憤りが、こんな所で破裂した。ドクターが悪いわけでも無いのに。

周りのスタッフや住民もこちらを見るが、俺と目を合わせた瞬間にはもう別の方向を向いていた。

 

「ねぇ、落ち着いて。私は大丈夫だから。なんならハーディが壁になってよ。そうすればポッドの陰なら見られずに済むからさ」

 

「……まぁ、そうだな」

 

彼女の提案に乗る。

もし見られたらそいつの目を潰してやる。

 

 

 

なんとか着替えが終わり、俺もピッチリスーツを着る。しかしまぁ、スイムスーツみたいな圧迫感があるが、案外着心地はいい。蒸れないし。素材はなんだろうか。

拳銃はなんとか、見えないように隠した。ポケットピストルだから小さくて助かる。

とにかくスーツを着たら、あとはポッドに乗って除染するだけ。

 

その時だった。

ショーンが急に泣き出したのだ。

 

「ほらほら、パパはあそこにいるよ〜」

 

アルマが宥めてもなかなか泣き止まない。

俺は困ったように笑い、アルマのもとへと歩く。

 

「ほーら、いるだろ?ちょっと我慢しててな」

 

ショーンの小さな手を握る。

息子はまだ泣きそうな顔をしてはいたものの、なんとか静まった。

息子が元気なら何よりだ。

 

そうしてとうとうポッドに搭乗する。

少しひんやりするが、耐えられないものじゃ無い。

ただ、寒さのせいか、はたまた家族が一時的に離れているせいか、少しばかり寂しく感じられた。

 

ハッチが閉められ、窓ガラス越しに反対側にいるアルマとショーンを見た。

2人はこちらに笑顔で手を振っていた。

もちろんショーンはまだ幼くて手を振る動作なんてできないから、アルマが彼の手を握ってゆっくり振っている。

 

そんな光景を見て、寂しさが和らぐ。

我ながら気の利く素晴らしい妻だと思う。

 

『バイタル正常、実行します』

 

アナウンスが除染の開始を告げる。

しかし、除染とはどの程度のレベルまでするのだろうか。まさかRADアウェイでポッドが満たされるとかではあるまい。

俺は深呼吸して、落ち着く。

肺に冷たい空気が入り込む。

 

そうしてアナウンスのカウントダウンが始まる。

ポッドのどこかからか、冷たい空気がより一層入り込んだ。

 

『3、2、1』

 

カウントダウンが終わる。

一気に寒さが増す。

何かがおかしい。

まるでアラスカにいる気分だ。

 

窓ガラスが凍りつく。

既にポッド内の気温はマイナスを超えていた。

指先の感覚が消える。凍傷寸前のような気分だった。

 

寒さで薄れそうな意識を起こしてアルマを見る。彼女もまた、その異常な寒さに何かを訴えていた。

が、それも彼女の瞳が閉じられたことで終わりを告げる。

ショーンを必死に抱きかかえたまま。

 

凍る。

頭が鈍くなる。

視界が暗くなる。

 

これは、冷凍、除染、じゃ、な

 

 

 

 

 

そして、長い眠りが始まる。

長い長い、世界が変わり果ててしまうくらいの長い眠りが。

 



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第三話 ポッドから、ハゲ頭と除染スーツ

評価や感想頂けると幸いです


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ていた。

 

 

その夢も何とも突拍子もないもので、俺がVaultスーツを着て、荒廃した世界を、何かを求めて彷徨っているものだ。

緑色の巨人と戦ったり、そいつらを束ねている気味の悪い元人間と戦ったり、挙げ句の果てに目的を達成したら故郷であるVaultを追い出されたり。

なんだってこんな夢見心地の悪いもんを見ているんだろう。

そもそも俺はVaultが故郷じゃない。

でもやたらとリアルだった。

 

また夢を巡る。

今度はVault生まれではなく、どこかの村の生まれで、何か緑豊かにする機械を探している。

そこでも俺は戦っていて、軍人の俺でさえ見たこともないパワーアーマーを相手に苦戦していた。そりゃ相手がパワーアーマーなら苦戦もするさ。

 

それで終わりではない。

今度は最初のようにVaultの出身らしく、割と大人になるまで薄暗いシェルターで、それなりに仕事をこなしながら生活していた。

でも急に、父親がいなくなったらしく、その父親のせいで大混乱しているVaultから逃げ出している。いや待て、俺の父親はあんなナリをしていない。

核でボロボロになったワシントンを巡り、父親を探す。

見つけたはいいが、父親は浄水施設のようなところで倒れてしまう。

 

大きな巨人がいた。

やたらと共産主義に対する罵声を吐いて、パワーアーマーを殲滅していくロボットだった。あれは知っている。ペンタゴンで計画していたリバティ・プライムだ。

だが相手にしているのは中国軍に見えない。

俺はパワーアーマーを着た女性と一緒に戦っていた。数え切れないくらい、敵のパワーアーマーを破壊しまくった。

 

 

いったいこの夢は何なんだろう。

一つ共通しているのは、街が崩壊しているということだ。それだけでなく、漫画から出てきたようなモンスターもいる。

まるで核戦争が起きた後の世界を夢見ているようだった。

 

 

ふと、また何か聞こえる。

最初はまた夢かとも思った。思ったが、どうにもリアルだった。

今まで感じなかった、明確な寒さと痛さが襲ってきたのだ。

冷え切った指先を、凍傷寸前にも似た痛みが襲い、体の筋肉が温めようと震えだす。息を吸おうにも冷たすぎて肺が痛い。

 

『低温睡眠解除』

 

いつか聞いたアナウンスが、耳に響く。

同時に、暗かった視界が鮮明になったいく。

 

「はぁー……!はぁー!」

 

ようやく温度が上がってきて、大きく息を吸う。ここはどこだ?俺は今まで……そんなありきたりな問答を行い、自分に起きたことを理解した。

Vaultだ。ポッドに入った瞬間、急に寒くなって意識が途切れたのだ。

 

「……、アルマっ、ショーンっ」

 

ハッとしたように、俺は曇った窓ガラスを手で拭い、向かい側のポッドを確認する。

アルマも今目覚めたようで、息を切らしながらこちらを見つめて何か言っていた。どうやら周りの住民も目覚めたようだったが、今はどうでもいい。

俺は軍で使っているハンドサインで、2人の容体を確認する。

するとアルマは片方の手の親指を上に向けた。

どうやら無事なようだった。

 

安心して後ろの座席にもたれかかる。

そして、どうにか出られないものかとポッド内を見渡すが、これといってボタンがない。

クソ、なんか怪しいとは思ったが、まさか除染じゃなくて氷漬けにされるとは。

とにかく出ようと窓を、そしてハッチを叩く。しかし鉄製の扉はビクともしない。

 

「クソったれ……」

 

悪態をつく。

動きがあったのはまさにその直後だった。

通路に誰かが歩いているではないか。

1人は真っ白の除染スーツのようなものを着た……体格からして女。全身スーツだから分からないが、多分女だ。

もう1人は正反対に、あり合わせの服やアーマーと、腰にリボルバーをぶら下げたハゲ頭の中年。

 

一見すると除染スーツの方が奇妙に見えるが、長年の勘が警告する。

このハゲ頭はヤバイ、と。

 

殺しのにおいというのは体に染み付いているものだ。

俺もそうだし、昔のアルマもそうだった。(結婚して普通の生活に慣れるごとに消えていった)

 

このハゲ頭からは、殺しのにおいがプンプンする。一体何人殺してきたのだろう。頼むからそのまま通り過ぎてくれと願う。

 

だが、二人はアルマの前のポッドで止まる。ヤバイと思って隠していた拳銃(グロック)を取り出し、初弾を装填するためにスライドを引こうとした。だが冷凍されていたためか、凍ってしまっていて全く引けない。

銃をハッチに打ち付けてスライドに付いた氷を落とそうとしても、なかなか落ちない。

焦り、銃のグリップ底部で窓ガラスを叩く。

せめて奴らの気を引かなければ。

 

だが、二人は無視してアルマのポッドへと向いた。

 

「こいつね」

 

除染スーツが声を発する。やはり女だ。ポッドから出られれば簡単に殺せる。

 

「開けてくれ」

 

続けざまにハゲ頭がそう言うと、ポッドの横にあるコントロールスイッチと思わしき者を、除染スーツの女がいじる。

するとポッドのハッチが開き、アルマとショーンの全身がはっきりと映った。

 

「ゲホッ、ゲホッ、あぁ、何なのよ……除染なんて大嘘じゃない」

 

アルマが二人を睨みつける。

彼女は二人をVaultの者だと思っているようだった。

 

「あと少しだ。これでうまくいくだろう」

 

ハゲ頭がそんなことを言う。

すると除染スーツの女がショーンに向かって手を伸ばす。

 

「大丈夫、こっちに渡して」

 

まるでものを扱うようなその仕草に、アルマは否定の意を示した。除染スーツの女の手を振りほどこうとする。

 

「やめなさいよ!離せ!私の子供だよッ!離せこの野郎!」

 

語気を強め、女の腹を蹴り上げるアルマ。除染スーツの女はくの字に折れ曲り、後ろへ倒れた。

その間にも俺は窓ガラスを叩いてどうにか出ようとする。

 

その時だった。

 

「一度しか言わないぞ。赤ん坊をこっちによこせ」

 

腰に下げていたリボルバーをアルマに向ける。

 

「よせッ!やめろハゲ野郎ッ!!!!!!」

 

俺は叫ぶも彼らは無視する。

除染スーツの女が復帰し、より一層ショーンを強く奪おうとする。

冷凍から醒めたばかりのアルマは、必死に抵抗するも十分な力が出ないようだった。

 

「渡しなさい!」

 

「渡すかクソアマ!ぶっ殺すぞ!このハゲ野郎銃を向けるな!」

 

「うるさい女だ」

 

激怒するアルマに銃を突きつける。

目的はショーンのようだった。暴れるアルマを撃つには、直接押し付けるように撃たなければ息子に当たってしまう可能性があるのだろう。

そんな考えをしてる中でも俺とアルマは罵声を浴びせる。

 

「ハゲ野郎!くたばれ!」

 

「ツルピカ!かっこいいとでも思ってんの!?」

 

「……」

 

男は黙り、彼の腕がピクッと動いた。

撃つ瞬間の、筋肉の動きだった。

 

「アルマッ!」

 

「ッ!!!!!!」

 

刹那、アルマはショーンを抱えている左腕ではなく、フリーの右手でリボルバーの銃身を掴んで捻った。

ぐいっと彼女の頭から銃口が逸れる。

次の瞬間、

 

バンッ!

 

.44口径だと思われる銃声が鳴り響いて、アルマの左肩から血飛沫が飛んだ。

 

「アルマァッ!!!!!!」

 

俺の絶叫がポッドに響く。

何度も何度もガラスを殴る。拳から血が出ようとも、ポリマー製のフレームが変形しようとも殴り続けることをやめなかった。

 

後ろの座席へ倒れこむアルマ。

ぐったりとして動かなくなった彼女から、除染スーツの女はショーンを取り上げた。

 

「クソ、なんて女だ。赤ん坊をここから連れ出せ」

 

ハゲ頭がそう言うと、除染スーツの女はショーンを連れて姿を消す。

俺は怒りが止まらなかった。

考えうる限りの罵詈雑言を吐いて、窓を殴りハゲ頭を睨む。

 

ハゲ頭がこちらに近寄り、顔を近づける。

俺も同じように額を窓ガラスにぶつけて男を睨みつけた。

 

「Goddammit son of a bitch!!!!!! I’ll fucking kill you asshole......!!!!!!(このクソ畜生がッ!!!!!!ぜってぇぶっ殺してやるッ!!!!!!)」

 

そう言うとハゲ頭は鼻で笑い、

 

「少なくともバックアップはまだある」

 

とだけ言って立ち去る。

俺はそんな奴に、ただ罵声を浴びせることしかできなかった。

そして忌々しいアナウンスが無情にも流れる。

 

『低温システム、再起動』

 

流れる警告音。

 

「ふざけるな!アルマ、アルマ!ショーン!あぁクソ、寒い、がぁああ、あああああああああああッ!!!!!!」

 

絶叫が響く。

 

来たるべき日は、まだ遠かった。

 

俺は、また時を旅した。



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第四話 Vaultから、夫婦で

雪山で過ごしたりして遅くなりました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴホッ、ゲホッ、あぁクソ、なんだ!?」

 

目が覚めて、また身体を凍えるような冷気が襲う。そんな中で悪態を吐くのも仕方のないことだったと思う。

一体何が起きたのか?確かアルマがあのハゲ野郎に撃たれて、それでショーンが連れてかれて……また冷却された。

相変わらず凍傷になりそうなくらい手足が冷たくて痛い。むき出しになっている顔ならなおさらだった。

 

またここで氷漬けか、と一人苛ついていると、変化が起きた。

 

『冷却アレイに致命的な故障、Vault居住者は退避せよ』

 

忌々しいアナウンスが装置の故障を告げ、なんとハッチが開いたではないか。

俺はすぐさまポッドから飛び降り、凍えるような寒さから解放される。手足や顔の皮膚が温まって行くのが分かった。

体の震えはまだ続いているが、アラスカに比べれば天国にも思える室温だ。

 

「、アルマ!」

 

思い出したように妻の名前を叫び、目の前で未だに閉じたままのポッドへと駆け寄る。

名前を呼びながらポッドを叩くが開く気配がない。どうすれば。

 

「クソ、この、あぁこれか」

 

すぐ横にある操作パネルに目がついた。

いくら特殊部隊出身で数々の戦場へ赴いていても、妻が撃たれて息子が拐われたとなれば落ち着いていられるはずがなかった。

無我夢中で操作パネルを弄り、OPENの文字をタッチする。正確には叩いていた。そのせいか、上手く反応してくれない。

 

「開けコラッ!」

 

口調を荒げて今度は感覚が戻った指先で連打する。昔はそこそこゲーマーだったためか、一秒間で16連打できそうな勢いだった。

三秒目でようやく反応してくれたのか、アナウンスがハッチの解放を告げる。

俺は即座にハッチ正面に回り込み、アルマが出るのを待った。

 

「アルマ、アルマ!」

 

一人慌てていると、ハッチがようやく開く。ちょうどハッチの可動スペースにいたためか、鉄とガラスの塊が俺を弾き飛ばした。

 

「痛ぇ畜生!ふざけんな!」

 

無駄口を叩きながらも後方回転してすぐに立ち上がる。

すると、ぐったりとしたアルマがこちらへ倒れこんできた。急いでダッシュしてアルマが地面に叩きつけられないように支える。

まるで事切れてしまったように動かないアルマの身体を地面に寝かせ、彼女の名前を呼びかけながら銃創とバイタルをチェックする。

 

「アルマ!おいアルマ、頼むから!」

 

冷凍されていたせいか左肩の傷口は真新しい。

意識はないし呼吸は弱いが、脈拍はちゃんとあった。

 

生きている。

だが、大口径の銃に撃たれた事もあって重症だ。幸いにして銃弾は彼女の身体を貫通していたから、摘出等の心配はいらないが、それでも肩に大穴を開けている事実は変わらない。

 

「スティムパックがいる……」

 

呟いて、俺は彼女を背中に担ぐ。

よく救急隊員が緊急患者を運ぶ方法で、だ。

ふと辺りを見回して他の冷却ポッドを確認する。そこにはついさっきまで一緒にVaultへ降りてきた住民たちが、同じように眠らされていた。

だが、彼らを目覚めさせるのは後だ。

 

機能している扉を経由しポッドのフロアを出て、廊下を歩く。

最近妊娠の影響で体重が増えたことに悩んでいたアルマはダイエットしていたおかげで担いでいてもなんともない。

背中には相変わらず柔らかい感触があるが、今は気にしている余裕はなかった。

 

不意に、廊下の窓ガラスを何かが横切る。

驚いて身をかがめ、その正体を見て俺は驚愕した。

 

ローチだ。

あの、不快で見ただけで逃げたくなる虫が、窓ガラスの向こうにへばりついている。

しかも、尋常じゃなくデカかった。犬と同じくらいのサイズだ。

 

「うっわ!」

 

気持ち悪さに身が震えた。

幸いなことにローチはこちらに気付かずに何処かへ行ってしまったので、安心だ。いや、あんな化け物がいるんだから安心ではない。

 

「マジかよ……クソ」

 

すっかり口癖になった汚らしい言葉を吐き捨てながら、俺は廊下を進む。

するとスタッフの作業室であろうへやへとたどり着いた。

一度彼女を降ろし、手頃な椅子へ座らせる。意識はやはり無い。

とにかく衣料品がないか、机や棚を探る。まるで泥棒のように棚を開けっ放しにしてめちゃくちゃにしていると、それはあった。

 

スティムパックだった。

 

「よし!よし……」

 

目的のものを見つけ、希望が湧いてくる。

まだ未使用なようで、その注射器型の医療器具は真空パックされている。

 

スティムパックというのは、割と身近な医療用注射器である。形は金属の注射器に空気入れのようなメーターが付いていて、対象に刺してボタンを押すと中身の薬とナノマシンが身体に流れ込む。

このナノマシンはもちろん医療用で、最新の科学が詰め込まれており、数秒で大抵の傷は跡も残らずに完治させる。

さすがに死人や取れた手足は元には戻らないが、指くらいなら時間をかけて再生可能らしい。俺も軍用のやつ(スーパースティムパック)にお世話になった。

 

封を切って、注射器本体を取り出して針を覆うチューブを外す。

メーターを確認して中の注入圧力が問題ないことを確認すると、スーツの上からアルマの左腕に突き刺した。

 

「あ、ぐ、うぅ」

 

一瞬アルマの顔が苦痛に歪むが、それもすぐに収まった。

そして、温まった事によって血を流していた傷口が塞がり、跡もなくなる。

これで良し。良しなのだが、問題もあった。

 

スティムパックは、身体のエネルギーや血液を燃料にして傷を治す。

すると、体内のエネルギーや血液が急速に奪われ、貧血などを起こすのだ。

だからスティムパックには輸血パックが欠かせない。

まだアルマは目を覚ましていないが、むしろ都合が良かった。経験上、撃たれたりして意識を失った後に起きると、そのショックのせいかパニックを招く。俺もなったことがあるし、なってるやつもたくさん見てきた。

大の男でこうなるのだから、いくら女性がストレスに強いからと行って戦場から離れて一主婦になったアルマもおそらくそうなるだろう。

 

「……アルマ、ちょっと待っててな」

 

目を瞑る彼女にそう言い残すと、俺は半分壊れた拳銃(グロック)を手に部屋を離れる。

化け物が徘徊している以上、下手に連れて歩けない。

 

部屋を出て、拳銃(グロック)のスライドを引く。弾丸を発射する主要な部分は壊れていないようで、弾薬はすんなりと薬室(チェンバー)に装填された。

この拳銃はコンシールドキャリー(隠し持つタイプ)用で小型なので、その分装弾数と弾薬の威力は9mm弾や10mm弾に比べて劣る。

それでも人体に対しては猛威を振るうが、あんな気色の悪い化け物に通じるかは分からなかった。

 

また廊下を進むと、あの化け物はいた。

当然のように廊下を闊歩し、黒塗りのボディが怪しく光る。

十メートルもない距離なのにこちらに気づいている様子はなかった。

大型化したことで、一部の感覚やらが退化しているのかもしれない。

 

俺は慎重に化け物を狙う。

備え付けのサイトに、その体が重なると、人差し指をトリガーガード内に入れて引き金を絞った。

 

パンッ!という軽快な音と共に、.380ACP弾がローチの頭にぶち当たる。

弾け飛ぶ頭。だが、ローチはそれだけでは死なず、もがいて金切り声をあげていた。

発射音で痛む耳を無視してすぐに次弾を叩き込もうとするが、拳銃(グロック)のスライドが完全に閉じていない事に気がついた。閉鎖不良だった。

 

「クソ……」

 

スライドの後ろを叩き、完全閉鎖させる。銃というのは殆どが、こうして完全閉鎖しないと撃てない仕組みになっている。もし閉鎖しきらないで弾薬のパウダーが弾ければ、発射ガスなどが薬室(チェンバー)から射手の顔に飛んで来て危険だからだ。

 

今度こそ撃てるようになった拳銃(グロック)の引き金をまた引く。

今度こそ軽快な音を乗せて飛び立った弾丸は、化け物を仕留めた。

それでも気を抜かずに、銃を構えたまま近寄る。

 

「……死んだか?」

 

試しにそばにあったドライバーで突いてみる。

完全に動かない。とうとう銃を降ろした。

 

「なんなんだよ……」

 

いやマジで、と付け加える。

誰がこんな悪趣味な事を考えるのだ?

虫は大嫌いだ。

とにかく、倒したそれを置いて先へ進む。

 

次に入った部屋は発電室だった。

巨大なリアクターは故障しているのか、バチバチと放電している。

そこでもあの化け物が、今度は数匹いた。

 

「勘弁してくれ……」

 

何度も言うが虫は嫌いだ。

だが、ここで倒さなければアルマを連れ出せない。

腹をくくりつつ、拳銃の状態を確認する。

 

先程ガラスを何度も叩いたせいか、フレームは少し歪んでいた。恐らくこれが先ほどの閉鎖不良の原因だろう。

マガジンキャッチを押して弾倉を取り出そうとする。

固い。スムーズに取り出せなかった。

弾倉底部には傷がある。

弾倉は金属製のインサートをポリマーが覆う構造で、簡単には壊れないが、それでも歪んでしまっている可能性もあった。

先程の閉鎖不良は、フレームが歪んだせいでスライドとの噛み合わせが悪くなった事に起因するものだ。それに加えて、装弾不良(Failure To Feed)もあり得ると言う事だ。

最悪だった。

 

「1911を持ってくるべきだったな……」

 

家にある、仕事でも使っていたフル金属の拳銃に想いを馳せる。

無い物ねだりしても仕方ない。行くとするか。

 

 

 

 

 

 

 

「……う、ううん」

 

ひどくふらつく頭を押さえながら、目を醒ます。

まるで二日酔いのような気分の目覚めは、言うまでもなく最悪だ。

私は今、椅子に座っている。

記憶だと、確かあの除染ポッドに見せかけた何かにいた筈だ。それで、あのハゲ頭に撃たれて……

 

「そうだ、ショーン!」

 

そう。奴らにショーンを奪われた。

旦那は今にも泣きそうな顔でこちらを見ていて、一緒になって罵倒して……

それで撃たれたのだ。

瞬間的に判断して即死を免れたのは、やはり経験が役に立ったのだろう。

これでも昔は若くしてスナイパーをしていたし、それ以外の任務にも付いていた。

ハッとして、左肩の傷を確認する。

しかしそこには、.44口径の傷はない。

服はぽっかりと穴が開いているが、それでも傷は綺麗さっぱり残っていなかった。

 

 

「ハーディ……どこ?」

 

旦那の名前を呼ぶが答えは返ってこない。

何かないか辺りを見回す。机や棚は荒れていて、何かを探していたことが見て取れる。

そして、足元にスティムパックとその外袋が散乱していた。

 

ハーディだ。

彼が私をここに連れ出して治療してくれたのだ。そう確信した。

だが、それならなぜ今ここにいないのだろうか。

はっきり言って彼は過保護で、こんな場所に妻一人残すような人間ではない。

前だって、町に買い物に出た時に後ろからこっそり付いてきて、ナンパしてきた男を裏で締めていた。ちなみにナンパは簡単にいなしてみせた。

 

「血が……足りてないんだね。それとカロリーも」

 

立ち上がり、ふらつく自分を分析する。

というか、スティムパックを使ったんだから当然か。

深呼吸してリラックスして、顔を叩いて気合を入れる。

よし、動ける。

 

決心して、何か武器になるものはないかと辺りを見回す。

あった、工具箱。

鍵がかかっているが、関係ない。

髪に差していたヘアピンを取り、鍵穴に突っ込む。そしてスティムパックの針も一緒に突っ込んでガチャガチャと探った。

カチ。

心地よい音と共に、ロックは簡単に開いた。良い子は真似しちゃダメだぞっ。

 

「ドライバーにモンキーレンチ、それとラチェットスパナ。うん、無いよりマシだね」

 

拾い上げて、ドライバーとラチェットスパナを腰のベルトに挟む。

もしかしたら、さっき自分を撃ったハゲ頭やその仲間がいるかもしれない。

ハーディはグロックを持っていたけど、守れられてばかりの女じゃないことは彼が一番わかっている筈だ。

 

行かなきゃ。

昔の感覚が少し蘇り、心なしか心拍数が下がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもうキメェ!」

 

俺は俺で、大変だった。

一匹目はリアクターの放電で勝手に死んで、二匹目は射殺。

だが、三匹目からこちらを完全に捉えて攻撃してきたのだ。

避けて反撃に移るも、あの野郎壁を這ったりちょこっと飛んだりしてすぐに距離を取る。

こちらも無駄に弾薬を消費してしまって、慎重になりすぎていた。

こいつら早いから照準が付け辛い。

 

そうしている間にも、またローチは飛びかかってくる。

 

「うおうおうお!?」

 

サッと避け、距離を取る。

残弾は残り2発。ギリギリ倒せるかどうかだった。

 

振り向きざまに拳銃(グロック)を構え、ローチを狙う。

奴も再度こちらに向かってきていた。

 

「クソッ!」

 

射撃する。

弾薬は足に当たって奴の動きを止めた。

 

「危ねぇ……」

 

足がもがれて金切り声をあげるローチ。

トドメを刺そうと化け物を狙う。

が、引き金を引いても弾が出てこない。

薬莢はしっかりと排出できていて、スライドもしっかり閉まってる。おそらく装弾不良だ。

 

「ッ!」

 

身体が反射的に弾倉の底部を叩きスライドを引いた。

そしてまた狙う。

 

その時にはもうローチはこちらに飛びかかろうとしていた。

外せない弾のせいで慎重になりすぎる。

飛びかかるローチ、身体が強張る。

 

 

「ふんらぁッ!!!!!!」

 

 

刹那、横から何かが飛んできてローチの頭に直撃した。

落下するローチに、また何かが飛んできてぶち当たる。……ドライバーかこれ?

 

頭にドライバーが突き刺さり、金切り声をあげるローチ。

 

「フンッ!」

 

と、横から急に見知った金髪美女が現れてローチの頭を踏み潰した。

 

「相手が悪かったね、ゴキちゃん」

 

「……アルマ、起きたのか」

 

それは、紛れもなく妻のアルマだった。

動かなくなったローチから足を離すと、地面にかかとを擦り付けて嫌そうな顔をする。

 

「さすがにこれだけデカイと気持ち悪いわね」

 

そう言い捨てる嫁。

かっこいい〜、しびれるぅ〜と賞賛せざるを得ない。

 

「情けないねハーディ、虫ごとき素手で挑まないと」

 

「虫嫌いなの知ってるでしょ。……大丈夫なのか?」

 

真面目に彼女の状態を気にする。

 

「まぁ、少しふらつくけど、訓練はもっときつかったし、大丈夫。……ゴメンね、ハーディ」

 

不意に、クールな笑顔を崩して謝るアルマ。

理由はなんとなく分かった。

 

「ショーン、取られちゃった」

 

涙ぐむ妻の肩を抱く。

そして優しく頭を撫でた。

 

「お互い生きてる。ショーンも、死んだわけじゃない。だから大丈夫さ」

 

「うん……ゴメン」

 

そうだ、まだ二人とも生きてる。

ショーンは取り返せばいい。そして、こんな事をしたハゲ頭に報いを受けさせればいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、本当にここはただの避難シェルターじゃなかったんだね……」

 

 

監督室に辿り着き、休憩をしている最中にアルマが言った。

監督室のターミナル(コンピューター)はパスワードがかけられておらず、簡単に侵入して情報を読むことができた。

このVaultは、大雑把に言うと住民を冷凍してどうなるか観察する施設だったらしい。しかも政府も絡んでるときた。

長年この国に尽くしてきたが、こんな形で裏切られるとは。

そして最悪なのは、自分たち以外の住民は、冷却ポッドの故障のせいで窒息死してしまっていることだ。

 

俺たちは、唯一の生き残りだ。

 

「前々から政府の怪しい噂はあった。俺も知らないけどな」

 

監督室の机に置いてあったN99ピストルを軽く整備しながら言う。

最初に使っていた拳銃(グロック)はゴミ箱行きだ。

 

「酷いね……控えめに言ってもクソだよ」

 

「コラ、口が悪いぞ」

 

Vaultの実験に嫌悪感を示すアルマを注意する。口が悪いのはお互い様だけども。

新しい拳銃を組み立て、動作に問題がないことを確認する。よし、これならローチが来ても対処できる。

 

N99は10mm弾(正確に呼称するならば.40S&W弾)を使用するアメリカ軍正式採用の汎用拳銃だ。

ユニークなスライドを備えるこの拳銃は、数年前の資源不足のせいで生まれた。重要な資源であるポリマーなどは使用せず、金属とウッドで構成されたこの拳銃は、なかなかタフで実用的だった。

しかしフルメタルの大型拳銃特有の重さはデメリットで、携帯していると疲れるから俺はあまり使わない。

それに、アラスカなんかだと寒さのせいで金属と皮膚が張り付く。

だから俺はフレームがポリマー製の拳銃(グロック)を使っていた。もっとも、拳銃(サイドアーム)が使われるケースは少ないのだが。

このモデルは民生品で、4.3インチの銃身を備えている。レーザーモジュールやトリチウム入りのサイトも無ければ、グリップも簡素なものだ。おそらくVault-tecの支給品だったんだろう。一番安いモデルだが、アフターパーツがそれなりに豊富で色々な用途に使用できる。だから汎用なのだ。

確か頑丈だけどクッソ重いドットサイトもあったな。

構造をシンプルにしたためにシングルアクション、しかも民生品だから弾倉はシングルカラム対応で装弾数は薬室(チェンバー)含めて9発だ。

 

「ハーディ、めちゃくちゃ説明したそうな顔してる」

 

「……そうか?」

 

ふと、アルマに心を察せられた。

ガンマニアでもある俺は、銃を見ると心の中で解説してしまう癖がある。

口を開けばオタク(ナード)特有の早口で説明するもんだから、チームメイトから皮肉でプロフェッサーなんて呼ばれる事もあったなぁ。

 

さて、銃のチェックが終わった俺は他に弾薬がないか棚を調べる。

調べようとして、足元に転がる骸骨に目がいった。

 

恐らく、ここの監督官の骸だ。

複雑な感情が巡る。

こんな実験をしやがってとか、こんなに白骨化してると言うことは、何年経ったのだろうか、とか。

きっとアルマも同じだろう。

 

Who knows(知ったこっちゃないよな)……」

 

自嘲気味に笑いながら、棚を漁ると弾薬とスティムパックを見つける。

残念ながら、アルマの分の拳銃は無い。

その分俺が守らなければならない。

 

「さて、そろそろ墓荒らしもやめてここを出ない?スティムパックの副作用でお腹空いちゃった」

 

アルマが提案する。

確かに、彼女の事を考えると食料を調達しなければならない。あのローチどもは何がなんでも食わせたく無いし。

 

「扉をあけてくれ。先に見て来る」

 

ロックされている扉の前でそう言うと、アルマはターミナルを弄る。

数秒後、扉は開いた。ちらりと廊下を見ると、奥にはそれなりに多い数のローチが。

 

「中国人よりも厄介だな」

 

「ふふ。気をつけてね」

 

「十分気をつけてるさ」

 

お互い言葉を交わすと、俺は廊下に侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関ホールに着いた頃には、すっかりローチにも慣れていた。

淡々とローチの頭を撃ち抜き、障害を排除する。.40口径の弾丸ならば弱点を撃ち抜けばローチを一撃で葬れる。

今、俺たちはちょうどVaultスーツを受領した場所にいる。このフェンスさえどうにかすればエレベーターを動かして外へ出られる。

 

「そっちはどうだ?」

 

エレベーターの操作パネルを弄るアルマに問いかける。

 

「ダメ。腹立つ」

 

問題が発生していた。

肝心のフェンスが動かせないし、エレベーターも同じだ。

 

「アクセスは出来そうか?」

 

「それもダメ。普通のパスワード式じゃなさそうだね」

 

それを聞いて考える。

通常のロックされたターミナルなどのコンピューターは、パスワードさえ入れれば突破出来る。パスワードが分からなくても、頭を使えば何とか突破出来るのだが、それができないから困っているのだ。

 

「なんかプラグが刺せそうな穴があるんだよね……きっとそれが鍵なんだよ」

 

「ふむ……」

 

と、すればそれを見つける必要があるな。

 

「……あー、あー!これだ!」

 

急にアルマが叫び、転がっている骸骨に駆け寄る。

どうしたのかと俺も駆け寄れば、アルマは骸骨の手から何かをぶんどっていた。

 

「おい、あんまり死体を無碍に扱うなよ」

 

「言ってる場合?それよりも、ほらコレ!この端末!」

 

アルマが手にしているそれは、Vaultのスタッフが付けていたコンピューターだった。

 

「あー、Pip-boy?」

 

見覚えのある機械だった。

確かロブコ社製のウェアラブルコンピュータだったか。一度うちの部隊で試験運用していたからしっている。と言っても、俺が使ったのはこれの試作型でもっと大きくて、改善の余地ありと評価したが。

 

「ここ、プラグになってる」

 

アルマがPip-boyの側面から白いプラグを伸ばす。

確かに形状がパネルの穴と一致していた。

 

「試して見るね」

 

「いや、危ないから俺が」

 

Shut up, Hardy.(お黙りハーディ)

 

マイペースな嫁に制される夫。

アルマが左腕にPip-boyを装着する。

止め金具をパチリと締めるが、動かない。

 

「電源はっと……」

 

そうやって電源らしいボタンを探しているアルマ。前に俺が付けた時は……もう電源ついてたな。

 

「痛っ!」

 

「おい!」

 

突然アルマが左腕を庇うように痛がる。

慌てて駆け寄るが、彼女はもう痛くないようで首を傾げていた。

 

「なんだろ、チクっとした。注射みたいな……」

 

と、その時。

Pip-boyのディスプレイに変化があった。

プログラムなのだろうか、訳の分からない文字列が下から上へと流れていく。

数秒すると、何やらVaultスーツを着た男のアニメーションが表示され、テクテク歩いている。

あ、これマスコットのVault-boyだ。

 

「ロード中なのかな」

 

「さぁ。俺が使ったのはもっとシンプルだったよ。試験用だし」

 

しばらく歩く様を見ていると、Vault-boyがサムズアップする。しっかしいつ見ても腹たつ顔してるなこのキャラ。

 

「あ、画面変わった!」

 

はしゃぐアルマ。

意外とこういうのに目が無い一面もある。コズワースも彼女が欲しいと言って買ったし。

 

画面には、先ほどのマスコットが歩いているのに加え、各種の健康状態などが事細かに表示されていた。

前に使用した時は残弾管理と、もっと大雑把なバイタルチェックしかなかったな……もしや、さっきの腕の痛みは神経接続か?だとしたら、この情報量にも納得できる。

 

「おーすごい、色々載ってるね」

 

「技術はすごいなぁ。このINVENTORYってのは?」

 

俺も興味津々になって彼女の腕の画面にかじりつく。

気になった表示を指差して、彼女に選択させる。すると画面が切り替わり、工具の名前が表示されていた。

 

「あ、これ私が今持ってるものだよ!」

 

確かに彼女が言っている通りだった。

だとすれば、持ち物を把握してくれるってことか。

 

「あれ、セキュリティバトンって書いてあるけど持ってたっけ?」

 

ふと、持っていない筈のものがWEAPONのリストにある。

 

「なんだろ、ちょっと選択してみよっか」

 

アルマがボタンを操作し、セキュリティバトンを選択する。

 

刹那、

 

ポンッ!

 

目の前に、警備員などが持っている伸縮式の警棒が現れた。

驚いて後ずさる。空中にいきなり出てきたのだから驚きだ。

 

「うお!なんだ!?」

 

「え、もしかしてこれ……四次元ポケット!?」

 

二人して驚く。

漫画オタク(ナード)のアルマが昔の漫画の道具を連想するが、確かにそれに似ている。

 

「そういやテスラサイエンスに載ってたな。四次元空間に物をしまっておけるものを開発中だとか……」

 

結構そういうオカルトや夢の科学が好きだから、よく覚えている。

チームメイトにも、四次元ポケットがあれば重いバックパックを背負わなくて済むなんて言った記憶があるし。

 

「しかしすごいなこれは。……俺のもあるかな」

 

人が持っている物は欲しくなるのが人間の性。俺はそこらに横たわる骸骨の腕に注目する。

あった、Pip-boyだ。

 

しばらく新しいオモチャに熱中する夫婦。しかし、不意にショーンにも取っておこうと俺が言ったのをキッカケに、本来の目的を思い出してフェンスとエレベーターを起動させることにした。

 

 

そして、ついに。

 

耳が痛くなるくらいの警告音が響き、フェンスが開いて通路が伸びる。

そこを二人で通り、エレベーターに乗ると、上を見上げた。

 

「……サンクチュアリは、無事かな」

 

アルマが呟く。

 

「分からない。それを見にいくんだ」

 

彼女の手を握る。

反対側の手には銃を。

 

エレベーターが上がり、アナウンスが地上への歓迎とまたの利用を促すが、もう二度とここへ来ることはないだろう。

 

先に待つのは地獄か。あるいは。

 

ハッチが開き、光が漏れる。

 

眩い光の中で、俺は新たな生(New Game)を感じたような気がした。

 



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資料 ハーディ・カハラ、主人公

設定の書き方は某Falloutの二次創作を参考にさせていただきました。この場にてお礼申し上げます。


〈警告!このファイルは最重要機密に分類されます!閲覧の際はSBR部門に確認の上、管理者の付き添いのもと行うようにしてください!〉

 

 

 

 

 

 

〉ハーディ・カハラ Hardy Kahara

男性

年齢 31歳

出身 日本国、関東地方

国籍 アメリカ合衆国

身長 175cm

体重 76kg

髪の色 茶髪

瞳の色 黒

人種 黄色人種

風貌 鋭い目に左頬に浅い傷、若い見た目

 

経歴

ハーディ・カハラは2046年に日本国の関東地方にて生を受けた。父親は日本人のエンジニアで、母親はアイルランド系アメリカ人。

幼い頃に(恐らくジュニアスクールの2年生)アメリカに移住、ボストン近郊の学校に通いながら父親から機械工学を学ぶ。高校卒業を待たずして、友達との賭け事に負けたために海軍士官学校へ入隊。成績は中の中だった。

卒業後、すぐに海軍特殊部隊の試験に受かり、数ヶ月の訓練を経てNavy SEALs Team3に尉官としては珍しいポイントマンとして配置。射撃の腕が良かったことから狙撃手としての専門的な訓練を積み、そこで現在の妻と出会う。当時、妻はスナイパースクールの助教だった。

24歳で結婚し、中東やアラスカで対中国の作戦を経て数個の勲章を授与(パープルハート含む)。26歳で海軍特殊作戦コマンドにスカウトされ、試験に合格。その際に中尉に昇進。極めて異例。(この部隊はNavy SEALsに最低5年は在籍しなければならないが、他にも前例あり)

以降数年、極めて機密性の高い特殊作戦に従事(記録は政府により抹消済み。28歳で大尉に昇進)

アラスカにおけるアンカレッジ作戦に参加、ジンウェイ将軍を殺害か。

通算の公式戦果は殺害148人、破壊車両25両。非公式なものは除く。

一説では、米軍のアンカレッジ作戦のシュミレーターは彼をモチーフにしているとの噂も。(陸軍主導のため、信憑性は薄い)

2076年の休暇を利用してサンクチュアリヒルズに格安で一軒家を購入。また、翌年には息子が誕生。

 

特技

特殊作戦技能多数。射撃、格闘術、偵察技術、日本語に精通。また、高高度降下低高度開傘(HALO降下)や潜水技術、パワーアーマー操作技術も保有。

機械工学を学んでいたこともあり、ターミナル等のハッキングやロボットへの簡単な細工もできると思われる。

彼の自宅からは複数の銃火器が発見されており、そのどれもが自宅の地下にある作業場で加工を受けている。

 

性格

作戦行動時は冷静かつ判断力に優れるとされるが、過保護気味な気質あり。特に家族が絡んだ事象では、良くも悪くも暗躍している模様。士官学校の同期曰く、「善人を纏ったキチガイ」である。

 

銃火器

過去に使用していたと思われる銃火器。

・M4A1

過去にアメリカ軍が採用していたカービン銃。石油価格の高騰や資源不足などの理由で30年代半ばに撤廃も、特殊部隊などでは頻繁に使用された。海軍であるため、Mk18タイプ(さらに短い銃身)であると思われる。

・M1911

1911年に米軍に採用された旧型の拳銃。ガンコレクターである彼は、SFA社の民生品を購入し、独自に改良して作戦に使用していたと思われる。また、彼の地下室兼作業場では異常とも言えるほどの1911タイプのパーツや資料が発見されている。(ガンマニアと呼ばれる人種)

・グロック

非公式の記念写真より、様々な種類のグロックピストルを使用していたとされる。ポリマーフレームの銃は資源不足等により当時高級品であったが、彼の所属する部隊ではそれらの装備が潤沢に揃えられた。確認されているだけでも、グロック17、グロック19、グロック22、グロック23があり、私物にもグロック42が報告にある。

・P226

私物と思われるP226の所有を確認。高価だが高性能で知られるこのメーカーのP226は、50年以上もの間海軍の特殊部隊に使用されてきた実績のある銃だ。際立ったメカニズムなどはなく、ひたすらに堅牢な作りになっていて、その手の人間には人気だったようだ。

 

Vault-tecによる診断結果

 

9 Strength(筋力)    

9 Perception(洞察力、五感)

10 Endurance(耐久力、持久力)

8 Charisma(カリスマ性)

7 Intelligence(頭脳、知性)

9 Agility(俊敏性)

1 Luck(運)

 

コメント

相当運が無いらしく、彼のいた部隊は様々な厳しい任務に当てられていて、損耗率は79%。それなのに生き残って任務を遂行している。おい、なんでこいつら夫婦をコーサーのモデルにしなかったんだ?

 

 



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資料 アルマ・カハラ、ヒロイン

〈警告!このファイルは最重要機密に分類されます!閲覧の際はSBR部門に確認の上、管理者の付き添いのもと行うようにしてください!〉

 

 

 

 

 

 

〉アルマ・カハラ Alma Kahara

女性

年齢 31歳

出身 アメリカ合衆国、ワシントンD.C.

国籍 アメリカ合衆国

身長 168cm

体重 50kg

髪の色 金髪

瞳の色 青

人種 白人

風貌 眠たそうな目にクール美人、若い見た目

 

経歴

・アルマ・カハラ(旧姓アルマ・マクドゥエル)は2046年にアメリカ合衆国のマイアミで、アイルランド系の両親の下に生まれる。幼い頃からコミックが大好きで、当初は漫画家を目指していたが、国際情勢の悪化に伴い高校卒業後に愛国心からアメリカ海軍に入隊。(実際は法律系の大学へ行くための学費免除が理由だと思われる)

後方勤務志望だったが、射撃で記録を塗り替えたために狙撃手として訓練を受ける。女性では稀。狙撃の国際大会で成果を出して21歳の若さで三等軍曹に昇進、助教としてハーディ・カハラを担当する。細かい経歴は不明だが、その後に結婚。26歳で退職し、法律関係の大学へ進む。

30歳で弁護士の資格を取る。

 

特技

射撃、格闘術、偵察技術。

特に射撃に関してはハーディ・カハラ曰く絶対に乗り越えられない壁。当時の法律に精通している。また、高校時代はコンピューターギークであったため、コンピューターにもある程度精通。

性格

マイペースで、常に落ち着いている。

しかし趣味や好みのものに対して熱くなるため、扱いが難しかったと記録がある。

 

銃火器

過去に使用していたと思われる銃火器。

・R91ライフル

米軍正式採用のライフル。

・DKS-501

米軍正式採用のセミオート狙撃銃。重量は重いが、素直な弾道と重さ故のリコイルコントロールのしやすさから人気がある。民生品も多数存在する。

・マクミラン Tac-50

.50口径弾を使用するボルトアクションライフル。

海軍のスナイパースクール時代に競技で使用が確認されている。

・M700

私物と思われるボルトアクションライフル。自宅に保管されているのを確認。特に目立った改造はない模様。

・H&K UMP

ハーディ・カハラの私物を使用しているのを確認。.45口径モデルで、他の弾種よりも装弾数は減るがストッピングパワーが高い。ポリマーフレームで軽量、比較的安価だったために戦前はかなり売れたようだ。

・グロック19

こちらもハーディ・カハラの私物。口径は9mmで、コンパクトモデルのため17よりもやや小さく女性も扱いやすい。第四世代モデルであることを確認。

 

 

Vault-tecによる診断結果

 

5 Strength(筋力)    

10 Perception(洞察力、五感)

7 Endurance(耐久力、持久力)

5 Charisma(カリスマ性)

9 Intelligence(頭脳、知性)

10 Agility(俊敏性)

7 Luck(運)

 

 

コメント

狙撃手に必要なスキルが揃っている。

だから言ったんだ、こいつら夫婦をモデルにコーサーを作ればいいって。



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資料 Perks

オリジナルPerks注意


〈警告!このファイルは最重要機密に分類されます!閲覧の際はSBR部門に確認の上、管理者の付き添いのもと行うようにしてください!〉

 

 

 

Perks

Vault-tecはPip-boyの所有者に対し、Perksと呼ばれる独自のシステムを用いて評価を下していたようだ。Perksには戦闘に関するものから運が作用する要素まで、多岐に渡るものがある。VaultにおいてはG.O.A.T(一般化された職業的適性検査)と呼ばれるテストにおいて職業を割り振るが、G.O.A.TのみならずPerksも重要視されていたようだ。

 

〉ハーディ・カハラ

STRENGTH

・IRON FIST 5

徒手格闘に優れ、様々な状況において柔軟に対応出来る実力。また、複数の敵との格闘術も習得している。殺傷のみにならず、無力化にも優れている。

 

・BIG REAGUES 3

格闘武器の使用に熟知し、効果的に相手を殺傷できる。相手の武器を無効化する技にも精通している。

 

・ARMORER 4

手先が器用なので服や装備に改造を加え、防御を増せる。またScience!と併用する事によりパワーアーマーの改造も可能。

 

・Black smith 3

過酷な戦場を生き残るためには工場製品だけでは無理。自ら最適な武器を精製しなければならない。格闘武器に様々な改造を施す事ができ、また自作も可能。

 

・Heavy Gunner

特殊部隊では様々な重火器を使用できなければならない。対戦車ミサイル、ミニガン、はたまたヌカランチャーまで、当たり前のように使用できる。

 

・Strong Back 5

様々な任務に挑むには、銃や食料、弾薬を持ち歩かなければならない。明らかに持てない量の荷物でも、根性で乗り切る。

 

・Steady Aim 3

サイトを狙い、撃つ。それじゃあ遅すぎる。時には狙わずに、かつ正確に相手を射殺しなければならない。サイトを使用せずに射撃しても、近距離であればかなり正確な射撃ができる。

 

・Busher 3

近距離ではナイフの方が早い……なんて事はない。時には銃で殴った方が素早く殺せる。戦場での経験をもとに、銃床や銃剣での効果的な殺し方を覚えている。

 

 

PERCEPTION

・Pickpocket 2

スリは犯罪者だけがする事ではない。必要とあらば、任務ですることもあるかもしれないのだ。スリ取る事を得意とし、また爆発物をプレゼントすることもできる。

 

・Rifleman 5

全ての海兵隊員はライフルマンたれー

海兵隊員でなくとも、ライフルは兵士にとって命と同義だ。セミオートにおけるライフルの運用に精通し、的確に運用できる。

 

・Awareness 2

敵の情報を瞬時に見抜く……戦場で必要な能力であり、非常に優れている。

 

・Locksmith 2

敵地に潜入する際に、鍵のかかったフェンスや扉は障害となり得る。ヘアピンさえあればある程度の簡単な鍵は開けられる。

 

・Demolition Expert 4

任務の性質上爆薬を扱う事に長けている必要があった。火炎瓶やグレネードはもちろん、地雷やプラスチック爆薬まで扱える。また、作成も可能。

 

・Sniper 2

いついかなる時でもあらゆる武器を扱わなければならない。スナイパースクールと特殊部隊での経験から、セミオートを含めた狙撃銃の扱いに長けている。

 

・Penetrator

撃たれれば隠れるのは当たり前。いかにして貫通させて倒すか。アラスカでの経験により、障害物に隠れていても薄いものであれば的確に貫通させられる。

 

ENDURANCE

・Toughness 3

SEALsの選抜試験は死者を出す程に過酷を極める。試験を耐え抜いた者は、ちょっとやそっとじゃへこたれない。

 

・Lead belly

特殊部隊向けの対放射能インプラントにより、飲食による内部被曝を軽減できる。

 

・Life giver 3

非常に特異な体質で、怪我の治りが早い。

 

・Aqua boy 2

BUD/S通過者。NAVY SEALsは伊達じゃない。水中における潜入によって敵に見つかりづらくなる。また、通常よりも呼吸が長く持つ。

 

・Rad resistant 2

特殊部隊向けのインプラントにより、被曝を軽減させる。

 

CHARISMA

・Cap collector

アフガニスタンでは、原住民を懐柔する役割も持っていた。商人との会話によって、購入価格が下がる。

 

・Lady killer

いわゆるショタコンに好かれやすい。

ストーカー被害経験あり。

 

・Lone wanderer 4

なぜだか、荒廃した世界を孤独に旅する事に慣れている。一人で旅した場所には、ぺんぺん草一本すら残らない可能性がある。

 

・Attack dog 2

過去の麻薬捜索犬部隊との共同作戦の経験から、ある程度犬を扱う事になれているが、本人は猫派。

 

・Local leader

輸送部隊の供給ラインを確保したりもしてきた経験から、安全なルートの開拓ができる。破壊したりもできる。

 

・Inspirational 3

分隊長としての経験から、チームメイトへの指示に長ける。また、チームメイトは全力で指揮官を守ろうとする。

 

INTELLIGENCE

・V.A.N.S 2

斥候では地図判読が必須。それらの経験をもとに、Pip-boyのマップを使って最適な道順を求められる。

 

・Medic

戦闘中に負傷なんて日常茶飯事。それらの経験から、簡易的な負傷であれば治療可能。

 

・Gun nut 4

銃器オタク。少なくともチームメイトから引かれるほどは銃に対しての情熱があり、道具さえあれば改造やパーツの開発が可能。自家製弾も作成できる。

 

・Hucker 3

親の影響で機械いじりは得意。特に最新のものはコンピューターの知識が必須。

 

・Scrapper

なんでも新品ばっかり買っていたら金が足りない。リサイクル精神に溢れるため、レアな素材を見つける可能性がある。

 

・Science! 2

機械や銃を弄る際に、科学的な知識無しでは太刀打ちできない。ある程度のものなら、文明あるものを作れる。

 

AGILITY

・Gunslinger 5

彼のためにあるようなPerks。様々な訓練を通じてピストルの扱いに精通し、的確に相手を止めることが出来る。

 

・Commando 3

基本的に、銃火器はセミオートで使用することが多かった。しかしながら軽機関銃等も扱っていたことから、フルオートの制御もお手の物。筋肉モリモリマッチョマンの変態ではない。

 

・Sneak 4

ドンパチだけが戦闘ではない。見つからず、敵地に忍び込み、目的を達成する事に長けている。また、敵の地雷や罠に対する発見率が上がる。

 

・Mister Sandman 3

寝ている相手の首を切り裂く以上に楽な殺し方を知らない。静かな殺し方に精通する。

 

・Action boy

指揮官兼戦闘員としてちょこちょこ動き回る事が多いため、皮肉も込めてAction boyである。

 

・Moving target

銃弾が飛び交ってるだけで動けなくなるようなら特殊部隊は務まらない。弾丸の制圧効果をある程度緩和する。

 

・Ninja

日本出身としては忍者の名に恥じぬような隠密を見せなければならない。隠密行動時、消音武器による殺傷力が向上する。

 

・Quick hands 3

リロードは素早く正確に。コンバットリロードを含めたリローディング速度が大幅に向上する。

 

・Blitz 2

狭い室内での格闘は、状況次第では銃を使うよりも効果的である。ヒューマンシールドなども利用して相手を牽制しつつ無力化する。

 

LUCK

・Fortune finder

古い家屋などから見つかるキャップが増えている気がするがどうなんだろう。

 

 

EXTRA

・Center axis relock system

近接戦闘ではいつもの構え方が正しいとは限らない。Car systemを使用することにより、近接戦闘における様々な場面に対応できる。

 

・Squad leader

2名以上のコンパニオンが指揮下に入る時、適切な指示によって戦闘力が大幅に上がる。

 

・DEVGRU

海軍の闇。対テロ、対ゲリラはもちろん、あらゆる局面に対応できる能力を持つ。

 

・Lost memory

奥底に眠る記憶が蘇る事がある。

 

 

 

 

 

 

〉アルマ・カハラ

 

STRENGTH

・Iron fist 3

軍人だったからか、徒手格闘にかなり精通している。また、趣味でクラヴマガという格闘術を学んでいたため、下手をすれば下級のコーサー程度には戦闘力はあるかもしれない。

 

・Big reagues 2

小さい頃にソフトボールをやっていたらしく、棒状の武器を手にすると人が変わるらしい。

 

・Armorer

服の改造の意味合いが違う。我々が思っているのは戦闘面での変化だが、彼女のはファッショナブルだ。

 

・Heavy gunner

元軍人らしく、それなりに大型の武器の取り扱いに長けている。ミサイルランチャー程度ならば問題ない模様。

 

PERCEPTION

・Pick pocket 3

ハーディ・カハラのチームメイトによれば、妻は手グセが悪くよくカハラにイタズラしていた。いつのまにかポケットに虫のおもちゃが入れられていたらしい。

 

・Rifleman 5

元スナイパースクールの助教は伊達ではない。スコープが付いていようがいまいが、確実に頭を撃ち抜くほどの技量がある。セミオートはもちろん、ボルトアクションでも容易に使い熟す。

 

・Awareness 2

スナイパーは単独行動が多い。そのため狙撃中でも油断は出来ず、常に周囲を配る必要がある。また、わずかな色の変化にも気付き対応する。ディテールだ。

 

・Locksmith 3

手先が非常に器用で、よほど特殊な鍵でなければ簡単に開けてしまう。

 

・Demolition expert 2

軍人として基礎的なグレネードはもちろん、プラスチック爆薬なども扱える。ただ専門的な知識はやや少ない模様。

 

・Night person 2

暗闇の中では色々な感覚が増す。また、彼女は夜目が非常に効くらしく、ライトを点けなくとも的確な行動が可能。

 

・Sniper 3

彼女を象徴するPerks。射撃大会で優勝したり、記録を塗り替えるほどの実力は実戦でも有効。最長記録は.50口径弾での3621m。

 

・Penetrater 2

遠距離から対象を狙撃する時、相手は室内にいる場合もある。ガラス越し、薄い板越し、様々な障害でも薄い部分を撃ち抜いて即死させる。

 

・Concentrated fire 3

同じ目標を撃つだけの場合、不確定要素が絡む初弾よりも次弾以降の方が当てやすい。

 

ENDURANCE

・Toughness

女性は強し。スナイパーであるなら尚更。物理的にはあまり強くないが、顔が見える相手を殺すスナイパーは精神が強い。

 

・Life giver

負傷しつつ冷凍され、その後回復したからか、通常の人間よりもやや体力が高い傾向にある。

 

・Aqua girl

海軍出身だけあって泳ぐのは得意。潜水も得意らしく、長く息を止めていられる。

 

CHARISMA

・Cap collector 3

愛嬌があり、その美貌のために値引きしてくれる店が多いらしい。また、相手の心理を突くのも上手く投資関連の話も進みやすい。

 

・Black widow 3

美人は得という言葉を体現している。同性愛者でも無い限り、彼女の頼みは聞いてしまいそうだ。

 

・Attack dog 3

動物好きらしく、幼い頃は犬の面倒をよく見ていたために扱いも上手だ。

 

・Animal friend 2

動物好きはウェイストランドの野獣相手にも通じるらしい。上手くいけば、ヤオグアイあたりは懐くかもしれない。

 

INTELLIGENCE

・V.A.N.S. 2

スナイパーは敵地の奥深くに潜入しなければならない。そのため地図判読は必須。スナイパーの助教であるならばなおさらだ。

 

・Medic 2

元々は後方勤務の衛生兵志望だったために、医療知識は多少ある。

 

・Gun nut

自分の武器を整備できるのは当たり前。軍人であったならば、整備はもちろん簡単な機材を組み込める。

 

・Hucker 3

大学時代にコンピュータの知識を詰め込んだ。裏バイトで教授のデータバンクに忍び込んでいたため、ハッキングは容易い。

 

・Science! 3

大学では法学部だったが科学の授業も取っていた。ギークでもあるため、科学的な分野に精通している。

 

・Robotics expert 2

ギークであるためにロボットにも詳しい。Pip-boyでロボットをハッキングし、操ることが可能。

 

AGILITY

・Gunslinger 3

スナイパーといえどもいざという時のための武器は必要だ。それが場合によってはピストルの場合もある。海軍での訓練に加え、夫と共に競技としても嗜んでいたのでピストルの扱いは上手い。

 

・Commando 2

主にセミオートの銃火器を使用してきたからか、フルオート火器の扱いは慣れていないように見える。しかしそれはあくまで夫と比較した際のもので、一般的な兵士かそれ以上には使いこなしている。

 

・Sneak 4

猫のような身のこなしは、隠密行動時にも役に立つ。意外かもしれないがスナイパーは斥候として働くことが多い。つまりは見つからず、敵を監視する必要があるのだ。

 

・Mister Sandman

隠密行動において、静かに敵を殺すのは効果的だ。スナイパースクール時代に受けたこの教育は決して無駄では無い。

 

・Action girl

Girlという歳でもないが、見た目がモノを言うこともあるのだ。機敏な動きは様々な状況で役立つ。

 

・Ninja

漫画の中でくらいしかニンジャというものを知らないが、暗闇に潜み音もなく敵を殺す姿は、まさにニンジャだ。

 

・Quick hands 2

素早い手の動きはリローディングはもちろんボルトのハンドル操作にも影響を及ぼす。

 

LUCK

・Fortune finder 3

運が良いのか、見つけるキャップの量がやたら多い。

 

・Scrounger

廃墟にはまだまだ戦前の弾薬が落ちていることがあり、彼女はそれをよく見つける。

 

・Bloody mess

スコープ越しだからか、敵を排除した際にやたら血が吹き飛ぶ事が多かったらしい。

 

・Mysterious stranger 3

過保護気味な夫曰く、手段を問わず長いこと探しているが見つからないストーカー野郎。昔から彼女につきまとっているらしいが、どこからともなく現れては彼女を助け、消えるらしい。

 

・Better critical

魂を込めた一撃は、敵に多大な傷を与える。急所に当たればなおさらだ。

 

・Critical banker

彼女曰く、運はためておける。貯めた運を攻撃に使うことにより、あっさりと敵を排除できる。

 

EXTRA

・Sniper's princess

スナイパーの女王。狙撃はもちろん、カウンタースナイプにも対処できる。また、分隊を排除し得るスナイパーに対して驚異的な発見力を誇る。

 

・One shot, one kill

一撃必殺を心得ている。狙撃時に、目標の急所に向けてピンポイントな狙撃が可能。

 

・Mist in the gillie

隠れ、忍び込み、排除する。特定の服装で行動する際、敵に見つかる可能性が無くなる。

 

 

 

〉コメント

一体何をどうやったらここまで戦闘に特化できるんだ?戦前の戦闘技術は失われてしまったものが多い。いい加減科学者やあのクソ傭兵だけで戦術や技術を編み出すのにも限界が来てる。おかしな偏見は捨てて、教官の経験がある彼らを顧問として雇うのも悪くないかもしれないぞ。落ちこぼれのX6-88あたりは大喜びだろうな。



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When Freedom Calls
第五話 サンクチュアリへ、コズワース


 

 

 

眩い光が目を覆う。

体感的にはついさっきまで陽の光は見ていたはずなのに、こんなにも久しぶりに思ってしまうのはなぜだろうか。

手で顔を隠すようにして、眩しさを紛らわせた。それは隣にいるアルマも同じ事だ。

 

エレベーターが上がりきると、ようやく目が光に慣れて周りの風景が脳に入るようになる。

今一度、俺が住んでいた街や風景を思い浮かべながら、大きな不安と少しの希望を持って、高台からそれらを眺めた。

 

「ーーなんてことだ(Holy crap)

 

勝ったのは大きな不安などでは無い。かと言って、少しの希望なんて心地良いものでもなかった。

絶望だった。それが、眼前に広がっている。俺とアルマは言葉を失くした。

数分も、俺たちはそれを見ているだけだった。

 

荒廃(Devastated)

それがぴったりと当てはまる景色が、広がっている。

あんなに茂っていた青々しい木々が、今ではほぼ枯れ果てている。

金属製のフェンスは錆びて、崩れてしまっているものもある。

おまけに、周囲には州軍の兵士が着用している戦闘服が散らばっている。よく観察すれば、それらの中に白骨が散りばめられていて、それが元々は人だったという事が嫌でも理解できた。

ならサンクチュアリは?

崖の下を見ると、ボロボロになった家屋がやはり散見された。酷いものは倒壊している。俺の家は、辛うじて無事なようだったが、もう人が住める状態では無い。

 

地獄(Hell)だった。

いきなりミサイルが落ちてきて避難してみれば冷凍され。妻を撃たれ息子を奪われ。挙げ句の果てには住んでた街がゴミと化している。

地獄以外に形容できる言葉を、俺は知らない。

まるで戦場じゃないか。

 

「こんな、こんなことって……」

 

ショックを受けた様子のアルマが呟く。

いや、絶望してくたびれるのはまだ早い。

まだ彼女がいるし、ショーンもどこかで待っているのだ。

俺がしっかりしないでどうする。俺はSEALsで、一家の長だぞ。

 

「移動しよう。ここは見晴らしが良すぎる、危険かもしれない」

 

頭を仕事モードに切り替え、アルマの手を引く。彼女はふらつきながらもしっかりと足を動かしてくれていた。

 

見晴らしが良すぎて危険、と言ったが、もちろんそれにはしっかりと理由がある。

誰でも少し考えれば分かる事だが、人に見つかりやすいのだ。

なぜこの状況で人に見つかるのが危ないか。

それは、俺たちがVaultという安全な(結果的にはクソみたいな実験施設だった)場所へ逃げ込んだためだ。もしそれに対し、避難できずに爆発に巻き込まれながらも生き延びていた人がいたらどう思うだろうか?

極限に陥った人間には、道徳なんてものはない。恨みがあれば、簡単に人を殺してしまう。

このスーツを着ている以上、あまり目立つことはできなかった。

 

それでもサンクチュアリへと行く必要はある。

世界がどうなっているかわからない以上、一度家へ行き、準備を整え、手近な米軍基地へと行くのだ。

そして、ひとまずアルマを安全なところへ避難させる。

それからーーそれから。

それでは原隊復帰になってショーンを探せないかもしれない。

クソッ、どうするか。

 

フェンスを越え、丘を下る。

その最中、白骨化した遺体が、やはり散乱していた。

あの時スーツケースに物を詰め込んでいた住民も、今ではケースに寄りかかる骸骨にすぎない。

米軍のT-60の残骸もあったが、再起動できる状態ではないし、武装もミニガンというとんでもなく重い武器であるために持って行くことはできないし、そもそも壊れている。

 

「……これ、お隣さんだ」

 

不意にアルマが、ボロボロになったワンピースを着た骸骨の前で止まる。

俺は長いこと留守にしていたためにあまり面識はなかったが、アルマは違う。

家を空けていた間、ショーンを育てながら近所付き合いもしていたんだろう。

俯いて静かに涙を流す彼女の背中を無言で抱きしめ、そのまま強引に歩みを進ませた。

 

 

 

濁った小川にかけられているボロボロの小さな橋を渡り、ようやくサンクチュアリ・ヒルズへと踏み入る。

そこには以前のような、高級住宅街の面影はない。

あるのは、壊れた車に崩れた家、割れたアスファルトに倒れた電柱だった。

人の気配は無い。

 

「……家に向かおう。緊急時の貯蓄が地下室にあるんだ」

 

自分に言い聞かせるように提案した。

アルマも頷いて、晴れない表情のまま後をついてくる。

ずっと片手は拳銃(N99)を握ったままだった。

そうでもしないと不安でたまらない。

俺にとって銃は、何かに立ち向かう勇気を増長させてくれるものでもある。

ずっと銃に助けられてきた。

 

なるべく道の端に寄り、自宅へと向かう。

すると、家の玄関に動きがあった。

なにかがエンジンのような音を立てて出てきたのだ。

 

「ッ!」

 

反射的に銃を構え、その物体に照準を合わせる。

が、次の瞬間には俺は銃を降ろしていた。

その物体が、見知ったものだったからだ。

 

「コズワース……!」

 

そう、それは紛うこと無き我が家の執事ロボット(Mr.ハンディ)だったのだ。

あんなにピカピカだった外装は錆びついて、中古品でもあんなにならないだろうと言えるくらい酷かったが、それでも心の底から嬉しかった。

 

「なんということでしょう……!本当に旦那様と奥様では無いですか!」

 

今まで聞いたことのないような、感極まった声でコズワースは言った。

俺とアルマは笑顔で駆け寄り、その無機質なボディを抱きしめる。

 

「コズ!コズ、生きてたんだね!」

 

「錆びだらけだぞコズ!ああクソ、よく生きてたな!」

 

二人して彼の生還を喜ぶ。

コズワースは家族だ。置いて行くことになってしまったが、それでも俺達はそう思っているのは間違いなかった。

 

コズワースはやや戸惑った笑い声を発しながらも、ジェット噴流を俺たちに向けないように調整して飛び続ける。

 

「ああ、私はてっきり……!心配していたのですよお二方!」

 

「お互い様だよ。……コズワース、今のこの世界の状況は把握しているか?」

 

再開もつかの間、俺は真っ先に把握しなければならないことを訪ねる。

 

「旦那様、一度家の中へ入ってからでもよろしいでしょうか?私としてもこの再会は嬉しいものでして……なにせ200年ぶりですから」

 

喜びに満ちていた心が一気に冷え切った。

いったい、コズワースは今なんて言った?聞き間違いでなければ200年?

そんなバカな。変な笑いがこみ上げてくる。

 

「に、にひゃ」

 

アルマもおかしな声を上げて信じられないという表情を浮かべている。

 

「……詳しい話は中で聞こうか」

 

そう言って、一人欠けた家族は、200年ぶりの帰宅を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ旦那様に奥様。豆の味は保証できませんが、水は自家製の天然水です」

 

ソファーに座る俺とアルマに、コズワースはコーヒーを差し出す。

買ったばかりの白いカップとソーサーは、くすんでしまっていて汚いがコズワースが洗っていたから大丈夫だろう、多分。

俺は改めて家の中をぐるっと眺める。

新築で綺麗だった家は見る影もなく、ボロボロで、屋根は穴が空いている。クソ、まだローンが何年も残ってるんだぞ。

家具類も損傷が激しい。高かったのに……核爆発に対して保険は下りるのだろうか?

 

「ほんとに200年経っちゃったのかな」

 

ボソッと、俺の隣でコーヒーを飲むアルマが言った。

俺はなにも答えられず、苦し紛れにコーヒーを飲む。やや酸っぱいが、飲めないほどではない。レーション(MRE)に入っていたものとどっこいどっこいだ。

 

「さて、お二方。お疲れでしょうがお話が必要のようですので。私としてもショーン坊ちゃんがいらっしゃらない事に疑問がありますし」

 

と、コズワースは壊れたテレビの前に移動して言った。

そうだ、今は現状を把握しなくてはならない。

 

「とりあえず……その、200年ってのは本当なのか?ゼネラル・アトミックス社のバグってことはないのか?」

 

「旦那様、いきなり失礼ですね……まぁいいでしょう。古いクロノメーターと地球の自転のせいで細かい数字までは割り出せませんが、現在日時は2287年の10月23日であることは間違いありません」

 

なんということだ。

じゃあなんだ、俺はシルバー・シュラウドのラジオ放送第83話のMr.アボミナブルみたいじゃないか。……いや、つまり長いこと冷凍されてたってことだ。

 

「世界はどうなってるの?」

 

アルマが尋ねる。

 

「お外のゼラニウムが今なおサンクチュアリ・ヒルズの羨望の的になっている事以外は、どこもかしこもどんよりしています」

 

確かに家の外に植えられた観葉植物は綺麗に整えられていた。それでも前のように花は無いし、半分枯れているが。

しかし彼の回答は求めていたものでは無い。もっと具体的に質問しなければならないか。

 

「コズワース、誰か生存者は見たか?」

 

「数週間ほど前にハロウィンのコスチュームを着て走り回っていたMrs.ローザの息子です!まったく、あなた様と違って躾がなっておりません」

 

一人憤慨するコズワース。

俺とアルマは顔を見合わせる。

ローザの息子が走り回っていたというのはおかしい。200年も経っているのだ、Vaultに入れなかったあの一家が生き残っている事は、通常有り得ない。

やはりコズワースは故障しているのだろうか。

 

「……わかった、なら銃を持ったハゲ頭と、ハザードスーツを着た女を見なかったか?」

 

「いえ、力になれず申し訳ありません。ところで、そろそろショーン坊ちゃんの事をお聞きしても?」

 

何も知らないコズワースが尋ねると、俺とアルマは表情を暗くする。

しかし言わないわけにも行くまい。

 

「そいつらに誘拐された」

 

「なんと……」

 

信じられないという声を上げるコズワース。俺もアルマも信じたくはないが、事実だ。

気晴らしにコーヒーを飲んだ。酸っぱい。

 

「とにかく、生存者はいるんだな?」

 

話題を変える。

ローザのバカ息子が誰にせよ、生きている人間がいるという事は分かった。

 

「ええ。Mrs.ローザの息子以外にも、時折ガラの悪い不審者がサンクチュアリに入り込もうとしますので、追い返しています」

 

「そう来たか」

 

ガラの悪い不審者。

コズワースが追い返すぐらいにガラが悪いという事は、略奪者(レイダー)の可能性が高い。

誰もいない町を狙って来たのだろう。

 

そうなれば、こっちも準備する必要がある。

俺は立ち上がり、ごちそうさまと告げると寝室へと向かう。

 

「ハーディ?」

 

「ちょっと準備してくる。コズワース、アルマはお腹が空いてるんだ。何か作ってやってくれ……ちゃんと食えるものをな」

 

そう言って俺はリビングを後にする。

残されたアルマとコズワース。アルマは不安そうな顔を浮かべたままで、コズワースは軽快な返事と共にキッチンへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

コトッ、とコズワースがテーブルに皿を置く。意外と綺麗な皿は、コズワースがいつか自分たちが戻ってきた時のために磨いていたのだろうか。

皿に乗った食べ物は、壊れた冷蔵庫にあったソールズベリーステーキだった。レトルトのハンバーグステーキであるそれは、最新の科学を用いているために賞味期限が無い。でも、200年経った今でも食べられるのかは分からない。

まぁ、コーヒーも飲めたんだし大丈夫だよね。

 

「どうぞ、召し上がれ奥様。放射能は検出されていませんから安全に喫食できます」

 

「うん、いただきます」

 

そう言うと、ナイフとフォークで加熱されたステーキを切り分ける。

そして、一切れを口に運んだ。

 

「うん、おいしい」

 

「ありがとうございます。と、言ってもレトルトで、私は加熱しただけですが」

 

恥ずかしがるように言うコズワース。

確かに火炎放射器で焼くって言うのは中々にファンキーな調理だったが、それでもおいしいものはおいしい。

スティムパックのせいで引き起こされた空腹は、たちまち満たされて行く。

もともと少食だから、これでも十分だった。

 

「ご馳走さま、美味しかったよ」

 

完食し、インスタントのコーンスープを飲む。

 

「それは何よりです奥様。……ところで、旦那さまはやはり地下室へ?」

 

どこかよそよそしい感じで尋ねるコズワース。私は困ったように笑った。

 

「うん、多分非常食とか色々用意してくれてるんだよ。あの人、心配性で過保護だから、一人で用意したいんだろうね」

 

我が旦那の悪いけれど愛おしい癖を思い返す。きっとあんな事の後だから、こうして食事でもしてリフレッシュさせてくれたに違いない。彼は優しいから。過保護なくらいに。

数々の思い出に浸りながら、左手の薬指にはめられたリングを撫でる。

シンプルなシルバーのリング。

趣味の銃コレクションを売ったりしてコツコツ貯めたお金で買ってくれた宝物。

世界はこんなだけど、やっぱり結婚してよかったな。初めて会った時は頼りなかったけどね。

 

「クソ、高かったのに……」

 

と、そんな所にハーディが戻ってきた。

背中には大きめのリュックサックが二つと、両肩にはライフルが吊り下げられ、腕には大きなダッフルバックが。

きっと、武器や食料だろう。それと少々の着替え。

 

「よっと」

 

大荷物を床に降ろす。

夫は腰が痛いと言わんばかりに背伸びした。

 

「クッソ〜、思ったよりも大荷物になっちまった」

 

「早かったね。これ全部緊急用の荷物と武器?」

 

「うん。地下室にあるもののいくつかはもう錆びたり劣化したりして使えなかったよ」

 

ちょっと悲しげに言う。

そりゃそうだろう、ヘソクリまでして買ったコレクションが壊れているとなれば、誰だってへこむ。

しかも、彼は超が付くほどのガンコレクターだ。それなりに部隊で有名だったらしい。

 

「飯はもう食った?」

 

「おかげさまで」

 

「そう。ならちょっと手伝ってくれ、バックパックに色々詰めたい」

 

言いながら、彼はダッフルバックを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

安全装置(セーフティ)良し、薬室(チェンバー)良し、ボルト閉鎖良し。うん、完璧だな」

 

満足気にそう言って、手にしたライフルをテーブルに置く。

家の地下シェルター兼作業場から持ってきたのは、武器と弾薬、装備、食料、それと着替えなどだった。

銃集めが趣味なこともあって、武器の備えは問題無し。弾薬や弾倉もそれに付随してある程度はある。

装備も部隊で使っていたものまでとはいかないが、一般兵が使っていた物よりは数十倍質がいい。食料はこういう時のために貯蓄していた保存食やレーションがある。……もちろん、アメリカ軍以外の、だ。MREはビーフジャーキー以外口に合わない。

 

「うん、こっちも大丈夫だね」

 

隣でアルマも強化プラスチックで構成されたサブマシンガンをいじっている。

ちなみに、服はVaultスーツの上から迷彩服を着ている。どうやらコズワースがスーツを調べた結果、多少の放射能耐性があるらしい。

各地に放射能の汚染があると思われる以上、これを利用しない手段はない。

それに、もう10月も終わりを迎えているから重ね着しても問題ない。流石に動けば汗はかくだろうが、このスーツは通気性や速乾性にも優れている。

……こういうところは良い仕事してるな。

 

「一応油は挿してあるから動くと思うよ」

 

捕捉するように言う。

アルマが持っているサブマシンガンは、H&K社のUMPというものだ。.45口径、装弾数は薬室を除いて25発。全米で流通している.45ACP弾を使用するからもし弾が少なくなっても見つかる可能性がある。

セルフディフェンスには過剰なくらいだ。

 

一方で、俺がテーブルに置いたライフルはAR-15。資源不足になるまで米軍が正式採用していたM16ライフルの、民間モデルだ。と言っても、民間へのフルオート規制法が撤廃されてからはこいつも連発できるようになり、あまり区別はない。使用弾薬も.223レミントンじゃなくてしっかりと5.56mm弾にコンバートしている。

今手元にあるものは、銃身長が14.5インチのモデルだ。大昔はライフルタイプの銃は16インチ以上の銃身長でなければ違法だったが、それも撤廃された。

 

「私、迷彩服着るの久しぶりだよ」

 

曇った姿見の前でアルマが言う。

まぁ、彼女は軍を辞めてからは趣味程度でしか銃を触ってなかったからなぁ。

二人とも、着ている迷彩服はマルチカムというパターンの森林用迷彩だ。ぶっちゃけイラクやアフガニスタンでも使える万能さがある。ちなみに私物だ。

 

「どんな服でも似合ってるよ」

 

「あら、お上手なことで」

 

褒め言葉に妻はクールな笑みを返す。

やっと本調子になってきた。

 

拳銃も変えた。

10mmピストルはあまり好きではなかったから、保管していたSIG SAUER社のP226を持ってきた。

9mm弾を使用するこの銃は、設計こそ古いものの、大昔から海軍の特殊部隊に使用されてきた由緒正しい信頼できる銃だ。ポリマーではなく鉄やステンレスを使用したこの拳銃は、タフで正確だ。

欠点らしい欠点も無く、任務では使ってはいなかったものの、コレクションとしては銃企業の魂が感じられて大好きだった。

装弾数は薬室を除いて15発。十分な弾数だ。

アルマのもちゃんと選んだ。

彼女に預けたのは、ポリマーフレームをフレームに使っているグロック社のコンパクトモデルハンドガンであるグロック19だ。9mm弾を使用し、装弾数はエクステンションバンパーのお陰で薬室含め17発。通常のものより2発も多い。第四世代(Gen4)と呼ばれるタイプで、グリップ部分の厚みが変えられる。

ポリマーフレームを使った銃はフルメタルの銃よりも軽い。彼女にはあまり負担をかけさせたくないので、これを選んだ。

やはり俺は過保護だろうか。

 

「さて、銃は良し。食料も良し。着替えも終わった。となれば、ちょっと試し撃ちしたいかな。しばらく撃ってなかったし」

 

ふと、アルマがそんな事を言い出す。

確かにショーンを妊娠したり、弁護士の資格を取ったりしてて、彼女は最近撃つ機会がなかった。

更なる気晴らしも兼ねて、何か撃つのも悪くないだろう。

 

「なら空き缶でも用意するか?」

 

そう俺が尋ねると、コズワースが口を挟む。

 

「旦那様、それならうってつけの的がございます」

 

「おお、なんだい?」

 

気が利くコズワースだ。

 

「最近大型の虫が近所に出没しておりまして。害虫駆除がてらそれらをハンティングなさるのはいかがでしょうか?少々危険ですが」

 

前言撤回。

コズワース、俺虫は大嫌いだ。

 

 

 

 



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第六話 サンクチュアリから、V.A.T.S

 

 

200年の月日は残酷なもので、人工物と自然の境界線を曖昧にする。

俺からしたら数時間前程度にしか感じないのだが、その頃には掃除が行き届いて綺麗だったはずの近隣の家は、既に崩壊が始まりつつありフローリングを突き破って草が生えてしまっている。別にネットスラングの意味ではない。

白かった壁はカビが生え、それ以上にツタなどの植物に覆われていて、手の施しようがない。

 

とにかく、時と自然は偉大だ、ということだ。

 

その自然の中にはもちろん虫も含まれている。

うちの執事ロボット曰く、放射能によって巨大化したであろう怪獣の出来損ないのようなハエとローチが、ローザの家を含めて住み着いてしまっていた。

虫嫌いの俺からすれば、この害虫駆除は非常に不快でやりたくない仕事のトップ10には入るだろう。

 

ライフルの上部レイルに取り付けられた光学照準器(ホロサイト)を覗く。

小型の核分裂バッテリーにより発光させられた赤い照準(レティクル)が、ふらふらと飛ぶハエに重なった。

引き金(トリガー)を引く。雷管(プライマー)を叩かれた弾薬が、火薬(ガンパウダー)を破裂させ弾頭を飛ばす。銃身内(バレル)を通過する弾頭が、螺旋を通って回転(ライフリング)し、銃口(マズル)を抜けて空中を飛ぶ。音速を超えた弾丸は衝撃波(ソニックブーム)を出しながら、ハエへと飛んでいき、綺麗な直線を描いてぶち当たる。

刹那、弾丸のタンブリング効果によってハエが内側から破裂し、地面へと落ちた。

数秒もがき苦しんだ後、ぱたりと動かなくなったのを見ると、完全に死んだようだった。

 

「嫌な光景だ」

 

Pip-boyのボタンを押しながら文句を言う。

今の一連の描写を、俺ははっきりと感じることができた。ハエがもがく以外は一秒にも満たない光景や感覚を、引き伸ばされたように感じることができるのは、このPip-boyの機能によるものだ。

 

Vault-tec Assisted Targetig System、略してV.A.T.S。

Pip-boyに搭載された戦闘支援システムの名称で、使用すると体内時間が引き伸ばされる上に、今自分がしようとしている攻撃の成功率や命中率が表示されるのだ。

映画やゲームなんかでよく見る超感覚の一種みたいだが、やってることは恐らく神経接続されたPip-boyが脳にアドレナリンなどを強制的に出すように促しているか、薬物を投与しているんだろう。

 

ともかくこのシステムは便利だった。

大嫌いな虫がゆっくりと解体されるシーンを見ることになるのと疲れることを除けば。

 

「でもすごいねこれ。元々は軍用で開発されてたんでしょ?」

 

呑気に、いや極めて一般的な感想をアルマが述べる。

 

「うちの部隊が試験運用した時はこんな便利なものなかったよ」

 

俺が使ってたのは単なるウェアラブルコンピュータだった。しかももっとデカイから使い物にならない。

 

「旦那様、奥様。もうあの忌々しい害虫どもの生体反応はありません」

 

シュゴーっと、控えめなジェット噴射の音と共にコズワースがやって来る。

数十分ほどかけて、俺たち2人と1機はサンクチュアリ・ヒルズの害虫駆除を終えたところだった。もういい加減、気持ち悪いだけで見ただけではもう何とも思わない。

 

「そりゃ良かった。どうも俺には人間相手の方が性に合ってる」

 

「またまた捻くれちゃって、この人は」

 

皮肉交じりに言って、アルマに茶化される。でも、心底そう思う。怪獣退治は向いてないのだ。やろうとも思わないし。

 

ともあれ、サンクチュアリに潜む望まれざる客(Persona non grata)は去った。

こうして俺たちは武力により、また平穏な居住地を手に入れたのだ……それが続くかは別として。

 

家へと戻り、アルマと再度銃や弾薬の確認をする。

プレートキャリアと呼ばれるベストの上から装着した弾帯のポーチに、弾を詰め終えた弾倉を突っ込む。計7個の弾倉を収納した後、入りきらないものはPip-boyの中へ。

なぜPip-boyの中に全部しまわないのかって?四次元空間で重さも感じないから邪魔なものは全部突っ込めばいいのにって?そりゃもちろん理由がある。

Pip-boyの収納スペースは、取り出すのに時間がかかるのだ。

大きさや重量にもよるようだが、最低でも2、3秒は出現に時間がかかる。

その上、目の前にポンっと出て来るため、落としやすい。

緊急時に3秒は致命的な事に陥りやすいし、隠れている最中に使用して目の前に物が落下したとなれば音で怪しまれる。

そんなリスクは避けたいし、絶対に犯すべきではない。

加えて、機械というものに故障は付き物だ。200年前の装置である以上、何かしらの不具合は想定してしかるべきだろう。

また、なにかの拍子に衝撃が加わって使えなくなったとなれば、物を取り出すこともできない。

だから小型のバックパックを持ってきた。

必要最低限の食料なんかを詰め込むために、だ。

 

「ねえハーディ、今は装備を外したら?見ていて暑苦しいんだけど」

 

補充を終えてソファでくつろぐアルマが言う。

 

「職業病だね。世界がこんなになってる以上、いつでも戦闘に対応できるようにしたいんだ。アルマもプレートキャリアだけでも着ててくれ」

 

思えば、中東やアラスカでもそうだった。

基地と言えども安全ではなく、常にスナイパーや砲弾が落ちて来る危険に晒されていたのだ。

砲弾はともかく、スナイパーは今でも十分ありえる脅威だろう。

 

「はいはい。現役の特殊部隊の大尉の言うことには従うよ」

 

せっかく脱いだプレートキャリアをまた装着するアルマ。

実のところ、プレートキャリアは重い。

内部に仕込む防弾用のセラミックプレートは1枚2kg以上で、それが前後で計2枚。

加えて、アルマの着ているプレートキャリアは表面に直接マガジンポーチをMOLLEと呼ばれるウェビング経由で装着できるものだ。マガジンの重量も加算される。

いくらサブマシンガンのマガジンとはいえ、6本もあればそれなりに重い。

 

「なんか、ごめんな。輸血もまだなのに色々と」

 

食事は摂らせたが、輸血はしていない。

もうほとんど回復しているとは言え、一連の出来事で消耗しているのは確かだった。

もう日も暮れる。それなら、コズワースと俺が見張りについて寝てもらうのもいいだろうか。

 

「……もう、冗談だって。そんな顔しないでよ。こっちこそごめんね。色々気を遣わせちゃって」

 

お互いに謝ってばかりいる気がする。

俺は首を横に振って、彼女のサラサラな髪を撫でた。

猫のように、スリスリと手に顔を擦り付けてくる。

癒しつつ、癒されつつ。

これが夫婦円満の秘訣なのかもしれない。

 

「明日、コンコードに行ってみようかと思うんだ」

 

ふと、この状況で告げてみる。

するとアルマは上目遣いで眉をハの字にして、

 

「どうして?」

 

「コズワースが、コンコードでライフサインを探知したらしい。もしかしたらまともな人間かもしれない」

 

このままずっと、ここで二人で暮らす訳にもいかない。ショーンの事もそうだし、食料や物資も無限ではない。

いつかはやらなくてはならない事なのだ。

 

「私もついてく」

 

予想していた言葉が返ってくる。

俺は困ったように笑いながらも、その要請を却下した。

 

「だーめ。もしかしたら危ないやつらかもしれないだろ?」

 

妻を危険な目に合わせたくないというのは、過保護な俺だけでなく夫として共通の感覚のはずだ。

だがアルマは納得している様子はない。

マイペースで、でも頑固者な奥さんは食い下がる。

 

「一人は嫌だよ」

 

「コズワースも残す」

 

「そうじゃないよ鈍感。……ねぇ、もう誰かと離れたくないんだよ。家族なら特に、さ。私ってそんな頼りないかな?」

 

「そうじゃないが……」

 

露呈した心の弱さに頭を悩ませる。

確かに気持ちは分かる。ショーンを失って、今度は俺も失ったら。きっと逆の立場だったら狂ってしまう。

俺がそうであるように、彼女もさみしがり屋さんなのだ。

 

渋々、俺は納得する事にした。

ちゅ、と彼女のおでこにキスして笑う。

 

「わかった。でも、約束してくれ。厄介事は全部俺に任せる。いいね?」

 

そうでなければ彼女を守れない。

危険な事は、危険な奴に任せればいい。

俺は適任だろう。

アルマは頷く。頷いて、俺の胸に頭を寄せた。コツン、と固いものに当たる。

 

「……痛い」

 

「プレート入ってるからな」

 

「……バカ」

 

「ふふっ」

 

笑い合う。

お互いの不安を打ち消すように。

夜は長い。少しは昔みたいに、純粋に楽しんでもバチは当たらないかもしれない……そう思って彼女の隣に座った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は放浪していた。

つい最近まで一緒だった飼い主も旅の途中で力尽き、その飼い主の友人達もどこかへ行ってしまった。

自慢の嗅覚を駆使して彼らの元へと行こうともしたが、その周囲には危ない人間が山ほどいるために、気乗りしない。

それに、もともと好きな奴らでもなかったし、従うに値しないとも思っていた。仮に行けたとしても彼は無視していた可能性も高かった。

 

なら、このまま野生の本能を剥き出しにして生きてみるのも悪くないかもしれない。

誰にも縛られず、獲物を狩り、遊び、たまに他の犬と喧嘩する。

そんなライフでもいいかもしれないと、本気で考えていたのだ。

 

建物で見つけたクマのぬいぐるみで遊ぶ。

今まで散々こき使われてきたのだ。

悪い気はしなかったが、休む権利を使ったって誰も責められはしない。

腹が減ったらデカイネズミでも狩ればいい。

ここは彼にとって、聖域(サンクチュアリ)だった。

 

だから、こんな朝早くから聖域(サンクチュアリ)に侵入してくる人間に牙を向けるのも当然だった。

自分は強いから生きてるし、ネズミどもを追い払ってこの建物を支配している。

近づくな、と、喉を鳴らして警告する。

 

「おお、シェパードか。お前一人か」

 

でも、思いがけない出会いもあるものだ。

心の底から仕えたいと思ったことのない彼は、侵入者を観察して悟った。

 

この人間は違う。

こいつにだけは逆らってはいけないと、本能が感じ取っていた。

彼には人間ほどの知性がないからよく考えられないが、目の前にいる人間を見て深く反省してしまった。

あぁ、自分なんてまだまだだったんだ。

世の中にはもっと強い生き物がいるんだ。

 

そして決める。

目の前の夫婦に対しては、賢い忠犬であろう。

そうすれば何も問題ない。

自分より強いものに従う。

それがウェイストランドと呼ばれる場所の、ルールだった。

 



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第七話 コンコードへ、犬

ところで将軍


 

 

 

サンクチュアリ・ヒルズは大きな街ではない。

高級住宅街として開発されてきたこの場所は、核が落ちる数年前にようやくできた場所であり、世界規模のインフレも重なって当初の予定よりも入居者が集まらなかった。

だから高級住宅街とは言いつつも、俺が土地を購入した時には価値は大分落ち着いていた。珍しく運が良かったんだろう。

 

とにかく、いくつか連なる家々を抜けるとサンクチュアリ・ヒルズの看板が姿を見せ、その先には崩れかかった木造のオールド・ノース・ブリッジがあり、コンコード川を跨いでいる。

さらに進むと、名物のミニットマン像が。

 

歴史に詳しい人なら分かると思うが、ミニットマンとはアメリカ独立戦争で活躍した民兵組織である。1分で駆けつけるとまで言われた彼らは、イギリス軍相手に猛威を振るった。後に功績を讃えられ、この場所に銅像が建てられたのだが、正直今となっては射撃の練習に使う的にしかならないのだろう。錆びた銅像のあちこちに、銃弾で空いたと思われる穴がちらほら見て取れた。

 

近くに敵影無し。前進(All clear. Forward.)

 

早朝。その橋とは少し離れた所で、俺とアルマが周囲を観察している。

200年経とうが、この場所は変わっていなかった。周囲を囲む森林。そしてミニットマンの銅像から見える、レッドロケット・トラックストップ。いわゆるガソスタだ。

休日になるとよくフュージョン・コアを補充しに来る車で溢れていたのを覚えている。

 

石油の枯渇問題の後、アメリカは原子力によるエネルギーに頼りきりになっていたのは知っていると思うが、車も同じで原子力で動いていた。

フュージョン・コアと呼ばれる小型の核燃料と、それを用いたエンジンで動く車は、意外にも音が静かで乗り心地が良い。

もちろん古き良きガソリン車を乗り回す金持ちもいたが、世間ではすっかり原子力で動く車が普及していた。

俺の家にも一台ある。廃車になってうんともすんとも言わなくなっちまったが。

クソ、一括で払ったのに……まだ2年しか乗ってないぞ。

 

話を戻そう。

現在の目的地はコンコード。

サンクチュアリ・ヒルズを出て、南東に進み、レッドロケット・トラックステーションを抜けると辿り着くその街は、老人が多かったイメージがある。

ほとんどの住民が白人のコンコードは、過疎ではないものの、年々人口が減っていた。それに伴い犯罪も減っていたが。

そもそもボストンの犯罪数は少ない方なのだが、人間がいる限り犯罪もなくならないもので、定期的に暴力事件が起こっていたのを覚えている。

 

コズワース曰く、複数の人間と思われる生体反応が確認されたコンコード。果たして友好的な人間か。その調査が任務……任務でいいか。任務である。

 

「あんまり変わらないね。橋が半分崩れてるくらいで」

 

サブマシンガン(UMP.45)を手に、後ろを歩くアルマが言う。

 

「この辺は建築物が少なかったからなぁ。それに、核弾頭が落ちたのはケンブリッジとかそっちの方だったよ」

 

Vault111のエレベーターを降りる際の光景を思い返す。

専門家ではないから詳しい事は分からないが、おそらくケンブリッジ方面に落ちたであろう核弾頭の破壊力は、そこまで大きくない。とは言っても、街を一つ破壊するには十分だし、衝撃波だってサンクチュアリに到達していたが。

 

しばらく割れたアスファルトを下っていく。

本来ならば道を歩きたくないが、Pip-boyには生体反応を感知するレーダーも備わっているらしく、今のところ100メートル圏内に人はいない。

狙撃されたらひとたまりもないが、今は速度を優先する。

 

数分して、レッドロケット・トラックステーションの看板が見える。

赤いロケットを模したそれは、数日前に見たばかりなのにすっかり朽ち果てていた。しかし核爆発の衝撃波を食らって200年経った今でもそびえ立つロケットは、むしろ誇らしい。

 

と、そんな時。

Pip-boyに生体反応を確認した。

数は一つ、アルマにしゃがむように言い、二人して道を外れる。

草むらの中に入り、双眼鏡でトラックステーションを確認する。生体反応はあそこからだ。

 

「……ありゃ犬だ」

 

双眼鏡のレンズに映ったのは、一匹の犬。首輪は無く、ボロボロのテディベアを用いて遊んでいる。

 

「野良犬には見えないね。毛並みも良い」

 

同じように観察するアルマが言った。

トラックステーション内に生体反応は無し、周囲にも人影はなく、また襲撃に向きそうな場所もない。

なら問題無いか。罠の可能性も無さそうだ。

 

「ねぇハーディ」

 

「ダメ」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「言いたい事はわかる」

 

興味津々のアルマを抑える。

アルマは動物好きで、よく近所の犬や猫と遊んでいたらしい。アラスカから帰ってきて、家の前に我が物顔で猫や犬がくつろいでいたから驚いたものだ。

 

でも、今の状況を鑑みて、犬と戯れるのは容認できない。

もし下手に優しくしてついてこられても困る。余剰分の食料はない。

 

「う〜ちょっとだけだから!ね?」

 

「声がでかい。……まぁ、ちょっとだけだぞ。連れていきはしないからね」

 

「わかってるよ」

 

妻にはことごとく甘い。

それも仕方ない事だと、一人納得させる。

息子は奪われ、世界は荒廃している。心をリフレッシュさせる何かが必要だとは思う。……こう言うところが過保護って言われるんだろうな。

 

 

 

 

はしゃぐアルマをよそに、周囲を警戒しながらトラックステーションへと到達する。先頭はもちろん俺だ。

早くわんちゃんと戯れたいのは分かるが、それで襲撃されようものならたまったもんじゃ無い。

 

周囲に危険がない事を確認し、犬へと近づく。

犬は最初こそ警戒していたが、すぐに懐いたように俺へと向かってきた。

 

そんな犬っころに、俺も思わず頬を緩めた。

 

「おおシェパードか。お前一人か?」

 

ライフルは握ったままで、しゃがんで犬を撫でる。鼻を鳴らして俺の手に頭を擦り付けてくるその様は、可愛いという以外に形容できない。

しかしここまで懐いているとなると、元は飼い犬だったのだろうか。

 

「むー、私にも!」

 

後ろでアルマが騒ぐ。

わかったわかったと言いつつ、俺は手を離してポジションをアルマと代わった。

犬はアルマにも懐いていて、ぺろぺろと彼女の手を舐めている。俺も舐めたい……じゃなくて、どんな病原菌を持ってるか分からないからやめさせなくては。

 

「アルマ、あんまり舐められると病気になるぞ」

 

「大丈夫だよ、Pip-boyで確認してるから」

 

そう言いながら、アルマは左腕を見せてくる。確かにディスプレイには安全(Safe)という文字が。うーむ、しかしなぁ。

こうまで懐いていると手放す時に困ることになる。

まぁ、今は遊ばせてやろう。

 

「ちょっと中見てくる。遊んでても良いけど、気は抜くなよ」

 

「はーい」

 

生返事な妻に呆れた笑みを見せながら、俺はトラックステーションの中を物色しに行く。

 

 

 

 

 

 

中には十分もいなかった。

医療品はすでに誰かに取られた後だったし、弾薬もあるはずない。あったのは使い切ったフュージョン・コアと、車をいじる時に用いるワークベンチのみ。車好きのローザの家にもあったやつだ。

収穫は無いに等しい。

 

ふと、外で犬と戯れる妻を眺める。

彼女は楽しそうにテディベアを介して犬と遊んでいる。

……もし核が落ちなければ、ここにショーンも加わって遊んでいたのだろうか。

家族で、公園で。

休みの日にはこうして遊んで。

昼にはアルマが作ったサンドイッチを食べて。

普通の家族みたいに……

 

「……」

 

少し感傷に浸りすぎた。

俺は見えないようにトラックステーションの中へと入り、タバコを出す。

 

結局、やめられそうにない。

くしゃくしゃの箱から一本取り出し、咥えてから火をつける。

 

すぅーっと煙を肺に取り込む。

200年ぶりだからだろうか、ニコチンが一気に回って頭がくらっと(ヤニクラ)する。

煙を吐き出すと、もくもくと立ち昇る煙が窓の外へ流れていった。

 

 

「うわ!なにこいつら!」

 

 

アルマの大きな声が聞こえたのもこの時だった。

瞬時にタバコを置いてあった灰皿に捨て、ライフルを両手で保持する。

槓桿(チャージングハンドル)を引いてセレクターを安全装置(Safety)へ入れると、足早にアルマのいる方へと向かった。

 

外へ出ると、数匹の馬鹿でかいネズミがアルマと対峙していた。

毛が無いネズミは、牙をアルマと犬に向けている。

犬も臨戦態勢に入っているらしく、低いうなり声を上げてネズミを睨む。

 

「ネズミか!?」

 

ライフル(AR-15)をネズミに向けながらアルマの方へと向かうが、一匹がこちらを寄せないように向き直った。

 

「アルマ、排除しろ!こいつらは危ない!」

 

安全装置(Safety)を外しながら言う。

アルマもサブマシンガン(UMP.45)を構え、ネズミへと向けた。

 

引き金を引くのとネズミが襲いかかってくるのは同時だった。

ライフルの銃口(マズル)から放たれた弾丸が、ネズミの頭にぶち当たる。

5.56mm(M855A1)口径の弾丸は、ネズミには十分すぎる威力だったらしく、容易に脳みそをぶちまけた。

 

目の前で動かなくなるネズミ。

銃声で痛む耳をよそに、アルマを見る。

 

「こっちくるな!」

 

飛びかかってくるネズミを避け、着地したところに銃弾を叩き込む。

瞬間的に3発の弾丸がネズミの腹にめり込むと、ネズミは物言わぬ塊へと変わった。

安堵するのもつかの間、アルマの横からもう一匹のネズミが飛びかかってくる。

 

「クソッ!」

 

そいつを狙うが、間に合うか分からない。

その時だった。

 

「バゥッ!!!!!!」

 

先ほどまでアルマと遊んでいた犬が、ネズミに飛びかかったのだ。

空中で取っ組み合いになり、2匹はアルマの目の前に落ちる。

もがくネズミを押さえつける犬は、その鋭い牙で喉元に食らいついた。

ブチブチっと、肉が引きちぎれる音と共に、ネズミの喉から血が溢れる。

 

「うっわエグ!」

 

アルマが感想を漏らす。

同意見だった。先ほどまであんなにかわいげのあった犬は、今ではハンターのように、獰猛にネズミの喉を引き裂いているのだから。

 

ネズミが事切れると、犬は何事もなかったかのようにその場を離れてアルマの元へと駆け寄る。

流石に血だらけの口をアルマにつけようとはしなかった。中々に賢い犬だ。

もしかしたら、訓練を受けているのかも。

 

何はともあれ、ネズミの集団を始末した俺たちは、銃声によって何者かの気を引いてしまった可能性がある。

いち早くこの場を離れることが優先事項だった。

 

「久しぶりに撃ったからびっくりしちゃった」

 

興奮が冷め切らないのか、アルマが息を切らして言う。

仕方ないだろう。最近はスポーツシューティングくらいでしか銃を撃っていなかったのだから。

 

「耳は大丈夫か?」

 

「うん。耳鳴りも治ったよ」

 

周辺を警戒しながら言う。

銃声というのは、思っているよりも大きい。耳栓無しでは耳を痛めかねない。

現に、俺は痛い。まぁすぐ治るだろうが。クソ、急だったから耳栓するの忘れてた。

 

「ここを離れよう。面倒に巻き込まれるのはゴメンだ」

 

「うん、そうだね」

 

了承を得て、俺とアルマはコンコードへの道を再び歩き出す。

 

が、足音が一つ多い。

嫌な予感がして後ろを見ると、犬が付いてきていた。

 

「……」

 

「アルマ、ダメだぞ」

 

物欲しそうな目で犬を見るアルマに釘を刺す。こうなるから反対したのだ。

犬も犬で、上目遣いで俺とアルマを交互に見ている……

 

「……ダメ?」

 

今度はアルマまで上目遣いでこちらを見る。可愛らしい二人の上目遣いが俺を攻める。

流石に焦った。

もしかしたら、アルマはこうなることを予期していたのかもしれない。向こうの作戦勝ちだった。

 

こうなれば俺に拒否権は無い。

ため息をつくと、俺は渋々言った。

 

「ちゃんと面倒見るんだぞ」

 

アルマの笑顔が弾ける。

 

「やった!ハーディ大好き!」

 

「はいはい」

 

大好きと言いつつも、犬へと駆け寄るアルマ。

やはり俺は過保護なようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、状況は緊迫していた。

手製のレーザー兵器を手にするアフリカ系の男は、バルコニーを開けて外の様子を見ようとする。

刹那、バルコニーの窓枠に銃弾がめり込んだ。同時に銃声が響く。

すぐに隠れて外を見下ろすと、いかにもなレイダー達がこちらに銃を向けているのが見えた。

 

そして、その足元には倒れて血溜まりを作る同胞の姿も見て取れた。

 

「クソ……」

 

バルコニーの扉を閉め、手にした銃に付いているクランクを回す。

 

「プレストン、外は?」

 

オーバーオールを着た、メカニック風の男が訪ねてくる。

プレストンと呼ばれた男は首を横に振った。

 

「ダメだ」

 

「そうか」

 

えらく淡白な受け答えだった。

それはこの数日で、こんな状況が当たり前になってしまったことを意味していた。

ついさっき、仲間が死んでしまったのに、もうあまり心が痛まない。

そのことに、プレストンは自分自身に嫌悪感を示す。

 

部屋を見回すと、怯えるように縮こまる男とそれを慰める女、そしてえらく落ち着いているお婆さんと、メカニック風の男だけがいる。

どう見ても、戦えるのはプレストンしかいなかった。つまり、自分が死んでしまえば、彼らを守れるものはいない。

 

そんな時、メカニック風の男は話を変える。

 

「屋上を見てきたんだが、使えそうなものがあった」

 

「なんだ?」

 

自らの感情を押し殺しつつ、その話題が良いニュースである事を祈り尋ねる。

するとメカニック風の男は不敵な笑顔で言った。

 

「戦前のパワーアーマーが一機だけ放置されてる」

 

「俺はパワーアーマーなんて使ったことないぞ」

 

だが、期待に反してプレストンは首を横に振った。

 

「わかってる。でも物は試しだ」

 

男に説得され、プレストンは渋々頷く。

確かにパワーアーマーは強力だ。あれがあれば、レイダーを蹴散らすのも容易だろう。

 

「まぁ、動力のフュージョン・コアがないんだけど」

 

「試す前に終わってるじゃないか」

 

パワーアーマーを起動させるには、フュージョン・コアが必要だ。

あれが無ければ、パワーアーマーは置物と変わらない。

結局の所、彼らはレイダー相手に籠城戦しかできない。しかも、圧倒的にあいてが有利だ。

 

プレストンは椅子へ座る。

もう自分にできることはないのかもしれないと思いもするが、それでも諦めたくなかった。

 

外で扉を破る音が聞こえる。

レイダー達が、自分たちが籠城する建物に押し入ってきた音だ。簡易的なバリケードはあるが、自分たちがいる階に来るのも時間の問題だろう。

 

覚悟を決める。

ここで死んだら、仲間達に申し訳が立たない。だから自分を奮い立たせる。

もう一度武器のクランクを回してエネルギーをチャージする。

そして自分たちが入ってきた扉へ飛び出そうとした、その時。

 

「なんだあいつら!」

 

「止めろ!止め、うガァ!」

 

外から悲鳴が聞こえてきた。

味方はもういないはずだ。外にいるのは、レイダーしかいない。

 

何事かと、プレストンはそっとバルコニーの扉を開けて外の様子を覗く。

すると、外のレイダー達が次々と倒れていくではないか。

 

何事かと思い、メインストリートの奥を見下ろす。

 

Moving(移動する)!!!!!!」

 

Covering(援護する)!!!!!!」

 

「ワンッ!ワンッ!」

 

道路の奥から、男女と犬が突撃してきている。

銃弾をかわしながら、次々とレイダーを殺していくその姿は、一見奇怪だった。

それでも、プレストンからすれば予期せぬ幸運が舞い降りたと言わざるを得なかった。

 

考えるよりも早く、バルコニーを開け、謎の侵入者に対応しているせいで背を向けるレイダーに銃撃をお見舞いする。

ライフルから放たれたレーザーは、向かいの建物の屋上にいたスナイパーを貫いた。

 

すぐにクランクを回してエネルギーを充填する。

そして、今度は地上の敵を狙って引き金を引いた。

 

「おいミニットメンが撃ってきてるぞ!うぐぅ」

 

プレストンに気を取られたレイダーが、侵入者の銃撃で沈む。

無駄がない射撃だった。

胴体と頭に1発ずつ。見ただけでわかる、あの男は高度な訓練を受けている。

 

見とれているのもつかの間、いつのまにかあれだけいたレイダー達は死体にすり替わっていた。

それでも侵入者の二人はこちらに銃を向けて警戒している。

 

「待て!撃つな!」

 

プレストンは銃を上げ、敵意がないことを示す。男は相変わらずこちらに銃を向けていたが、親指でレバーを動かして安全装置を入れていた。

どうやらレイダーや、自分たちを追ってきたガンナーではないようだった。

 

「アメリカ海軍のカハラ大尉だ!そちらの所属を言え!」

 

旧世界の国の軍隊であるという男は、プレストンに尋ねる。

 

「コモンウェルス・ミニットメンのプレストン・ガービーだ!」

 

「ファービー!?」

 

「ガービーだッ!!!!!!おい、あんたの腕を見込んで手を借りたい!レイダー達が押し寄せてきてる!中へ入って掃討してくれ!」

 

男はひとまず銃を降ろし、後ろからやって来た女と顔を見合わせる。

よく見れば、彼らが連れている犬は、自分たちの仲間が育てていたシェパードだった。もっとも、だいぶ前にその仲間は死んでしまったが。

 

数秒して、ようやく決心したのか男は叫ぶ。

 

「良いだろう!ちょっと待ってろ!」

 

それだけ言うと、男が先頭になって建物へと入っていく。

 

誰だか知らないが、チャンスを逃すわけにはいかなかった。

 

ようやく希望が見えてきたプレストン。

後にこの出会いが、連邦と呼ばれるこの土地の未来を大きく変えることになる。

 

 




将軍、ちょっと変わった話がある


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第八話 コンコードから、レイダー

 

 

 

 

急な事だった。

コンコードへ着いた途端、自由博物館の方から銃声が響いてきた。

それも一つじゃない。少なくとも10程度の銃声が、ひっきりなしに空を舞っていた。

銃声というのは思っている以上に響くもので、障害物が無ければ数キロは軽く届く。

 

おそらく銃撃が始まったのはついさっき、コンコードへ到着してからなのだろう。

音からして、多分小口径の拳銃弾。

それに加え、時折エナジーウェポンの音が混ざっている。

Pip-boyを見てみても、複数の生命体がいる事は間違いなかった。

 

「離れるな」

 

完全にスイッチが入った俺は、姿勢をなるべく低くして先頭を歩く。

下手にアルマを待機させているよりは連れていた方が守りやすい。まぁ、彼女もそんなヤワじゃないんだが。

犬はまるで人語を理解しているように、俺のそばで黙っていた。

 

道路の端を進み、メインストリートが見えてくる。

すると、人影も確認できた。

近くに破棄されていた車の陰に身を潜め、双眼鏡で確認する。

 

およそ100メートル先のT字路にいるその人間は男で、何やら粗悪な銃を手にして自由博物館方面に発砲している。

 

「なんだあいつは……」

 

思わず声を漏らす。

身なりは汚い。髪や髭は伸びっぱなし、服はボロボロでアーマーのようなものは廃材か何かから寄せ集めた物だろう。

品性のかけらもないし、友好的にも見えなかった。

 

一先ず双眼鏡をしまい、ライフルの槓桿を(チャージングハンドル)半分引いて薬室(チェンバー)を覗く。

メッキが施された弾薬(Full Metal Jacket)が、ギラリと鈍い光を放って存在を誇示していた。

銃は撃てる状態にはある。あるのだが、どう考えても相手の方が数は多いし、やり合う必要性は無かった。

 

危ないやつらが居るってわかっただけでも良しとしよう。一度サンクチュアリ・ヒルズに戻って、対応を考えるのも悪く無い。

 

だが、

 

「ハーディContact rear(後方から接触)

 

すぐ後ろで後方を警戒していたアルマが何かを見つけたと知らせてくる。

振り向き、後方の、俺たちが来た道とは違うアスファルト上を眺める。

 

はっきりと確認するために双眼鏡を使うと、いた。

およそ二個分隊規模の人影が、400メートル後方を、かなり遅いスピードでこちらに向けて進軍していた。

発見されるのを恐れ、2人と1匹ですぐ傍の小道へと入る。

 

「クソ、退路が断たれたな」

 

完璧に誤算だった。

まさかそっちからやって来るとは思ってもみなかった。

見たのは一瞬だけで遠目だったが、武装していたのは分かった。

早くても10分はかかりそうだが、このままではいずれ接触はするだろう。

 

「あいつら友好的には見えなかったね」

 

俺よりも優れた視力のアルマが言う。

もしかしたら、最初に見つけた奴の増援か何かかもしれない。

どうするか、やり過ごすか?いや、あの規模の武装した集団だ、もしサンクチュアリに来られたら困る。排除してしまいたい。だが俺一人ならともかくアルマがいるし……

 

待てよ。

そもそも、奴らは一体何に向けて銃を撃っていたんだろうか。

的当てにしてはヤル気満々だったし、銃撃戦にしては隠れなさすぎだった。

 

一番最初に見つけた奴もそうだ。

なにかを一方的に銃撃していた。

 

「……」

 

もしかしたら、まだコンコードには普通の人間もいるんじゃないか?

さっきのやつらは略奪者で、今まさに略奪して市民を殺そうとしているのではないだろうか?

 

だとすれば。

アメリカはどうなったかは分からないが、俺は今でも軍人のつもりだ。

軍人の使命は、善良な国民の安全を守る事。

 

まだそうと決まったわけではないが、可能性は十分にあった。

もしかしたらあの品のない奴らこそ守るべき対象なのかもしれない。

ならその時はその時で、話してみるのも手だろう。

 

何にせよ、接触する必要性が出て来てしまった。

 

「……アルマ」

 

「大丈夫。一応予備役だから。あんた、考えてる事だだ分かりだよ」

 

呆れるように笑うアルマ。

やはりこの奥様は頼りになる。

 

俺は決心したように頷く。

 

「これより正体不明の集団と接触する。俺が先頭、アルマと犬は物陰から援護しろ」

 

端的に指示を出すと、アルマは親指を立てて了解した。

 

 

 

 

建物の陰から通りを覗く。

先ほどの連中は、自由博物館にかなり近いところまで来ていた。

全員が博物館に銃を向けている。

俺が思い描いていた善良な市民なんてどこにも見当たらない。

 

そっと、物陰から通りへ出て向かいに放置されている車の後ろに隠れた。

興奮状態の中でいきなり接触するのはまずいかもしれない。少し様子を見たかったのだ。

 

「おい、扉を破れ!」

 

「クソ、見てないで手伝え!」

 

数人が自由博物館の扉をこじ開けようとしていた。

どうやら何かがあそこにいるらしい。

 

と、ようやく扉が開いたのか、奴らが数人入っていく。

同時に、博物館の玄関真上、最上階にあるバルコニーのドアが開いた。

黒人の男が下の様子を伺っていた。

 

「いたぞ!殺せ!」

 

誰かが叫んだ瞬間に、外にいた人間たちが一斉にバルコニーめがけて発砲する。

黒人の男はすぐに扉を閉め、消えてしまった。

よく見れば、博物館近くの建物にスナイパーもいる……かなり組織化されてはいるが、やってることはかなり幼稚だった。

 

「クソ、あいつらを皆殺しにしろ!ババアだけは生け捕りで、後は好きにしていい!」

 

一人が叫ぶ。

どうやら中にはお婆さんがいるらしい。

しかし、それ以上に奴らの言葉に引っかかる。

やっぱり奴ら、略奪者(レイダー)のようだった。

しかしこちらとしても、先手必勝が如く撃ち込むことは躊躇われる。

喧嘩を先に仕掛けてしまっては、後でどういった問題が起こるか分からないからだ。

 

口実が欲しい。その時。

 

「おい!後ろになんかいるぞ!」

 

奴らの一人がこちらに気がついた。

しまったと思った。しかし同時に、なぜ見つかったのかと。

 

「くぅ〜ん」

 

「……」

 

なぜかすぐ横に犬がいる。

おかしいぞ、アルマと一緒にいたはずなのに。

アルマの方を見てみると、犬に向かって必死に戻れとジェスチャーしていた。

こんの犬っころめ。

 

「あの犬ミニットメンと一緒にいたやつだ!殺せ!」

 

誰かが叫んだのを発端に、銃口がこちらへ集まる。

俺はバレた様子はないが、こうなったらバレるのは時間の問題だった。

 

「おい、こっちへこい!」

 

犬を引っ張って車の陰へ隠れさせる。

 

「おい手だ!車の後ろに誰かいる!」

 

「殺せ!」

 

刹那、発砲音と共に銃弾が車に突き刺さった。

犬を抱え、すぐに車から離れ、なぜか積まれている土嚢に隠れる。

 

車の装甲は薄っぺらい。

拳銃弾程度でも貫通できるほどだ。

 

「クソ!アルマ!」

 

撃たれないように横になり、耳栓をはめて妻の名を呼ぶ。

するとアルマは半身だけ物陰から出て、サブマシンガン(UMP.45)を奴らに向けて撃つ。

 

乾いた.45口径の、連続した発砲音。

それに驚いたのか、奴らの銃撃の手が一瞬止まる。

 

ここぞと言わんばかりに俺は上半身を起こし、ライフル(AR-15)を向けて安全装置を(Safety)切る。そしてアルマを狙っていた男の胸に、赤いドットを重ねた。

 

引き金を二回引く。

今度は耳は痛くならない。

 

胸と、その直後に頭に5.56mm弾を受けた男は地面に崩れ落ちる。

すぐにまた土嚢に隠れるように寝そべると、うつ伏せになって頭を博物館の方へ向けた。

匍匐して対面している状態だった。

 

「なんだあいつら!?」

 

「知るもんか!殺せ!」

 

奴らの間で怒号が飛び交い、土嚢に弾丸がめり込む。

いつまでもここに居たくないので、俺はミノムシのように横へ転がって場所を変えることにした。

上手いこと土嚢に隠れつつ、建物の陰に隠れる。

犬もその身の低さを利用してこっちにやって来た。

 

立ち上がり、ライフル(AR-15)を構えたままで上半身の右半分だけ晒す。

そして未だに土嚢に向けて銃を撃っている男を狙うと、引き金を二回引いた。

 

パンパン、と甲高い音が響き、男が地面に沈む。ヒットした部位は先程と同じ。

200年経ってもやる事は変わらない。

 

「いつのまに!」

 

慌ててこちらを狙って来る奴らだが、今度はアルマがそれを妨害した。

二方向からの射撃は、彼らを混乱させるのには十分だった。

 

Moving(移動する)!!!!!!」

 

Covering(援護する)!!!!!!」

 

俺の掛け声にアルマが応え、彼女の射撃がより激しくなる。

こちらへの射撃が弱くなると、俺は一気に建物の陰から飛び出し、前進した。

 

アルマが奴らを抑えていてくれているおかげで(何人かアルマに殺されているのもある)、かなり近くまで前進できた。

また土嚢があるので、そこへ身を隠す。

今度は俺の番だった。

 

隠れた位置より半歩横へ移動し、頭とライフル(AR-15)を奴らに見せる。

頭を出すときに射撃するときには色々とコツがある。

近距離ならば、普通に構えるよりもこうして銃を水平に倒して構えた方が、前方投影面積が減る。つまり、撃たれづらくなるのだ。一般的にSBUプローンとかとも言う。

 

操作レバー(Selector)を連射に入れ、最小限姿を見せてライフルを撃つ。

一気に撃ちまくるのではなく、指切りで3発程度に抑えながら奴らを牽制、あるいは射殺した。

 

Cover(援護して)!!!!!!」

 

Okey(了解)!!!!!!」

 

アルマが全力ダッシュで前進する。

彼女は持ち前の足の速さで、俺の近くの大きなゴミ箱へとたどり着いた。

鉄製のゴミ箱ならば、多少の弾丸は止めてくれる。道のど真ん中にあるという事は、バリケードとして使われていたんだろう。

 

Changing mag(弾倉交換)!!!!!!」

 

Affirmative(わかった)!!!!!!」

 

アルマの弾倉交換を援護する。

すると、バルコニーのドアが開いて、さっきの黒人が奴らに銃を向けた。

エナジーウェポン特有の音が響き、建物の屋上にいたスナイパーの背中をレーザーが貫く。

さらには地上の敵も一人討ち取っていた。

 

どうやら援護してくれているようだった。

 

「ワンワンッ!」

 

同じくして、銃撃がほとんど止んだ頃に犬が後ろから突撃して来る。

あまりにも素早いその動きは、略奪者(レイダー)如きの練度では捉えきれない。

 

犬は飛びかかって押し倒すと、真っ先に男の首へと噛みつき、食いちぎる。

 

「この犬!」

 

最後に残った略奪者(レイダー)が、仲間を殺した犬を狙った。

だが、俺がいることを忘れている。

 

親指で単発に切り替え、男の上半身を狙わずに射抜く。

1発目は胸、2発目は口。

2発目は、口を通って脳幹を破壊したようだった。

 

力を失った身体は、地面へと吸い込まれるようにして倒れた。

 

「アルマ、Cover(援護しろ)!」

 

弾倉交換を終えたアルマに指示を出すと、土嚢から飛び出て自由博物館の真ん前まで行く。

その間も、ライフル(AR-15)はあの助けてくれた黒人を狙ったままだった。

 

敵か味方か分からない以上、すぐに対応できなければならない。

 

「待て!撃つな!」

 

そんな俺に、黒人は叫んだ。

エナジーウェポンを上に向け、敵意が無いことを示していた。

 

丁度いい、ここで正体を確かめさせてもらおう。

 

「アメリカ海軍のカハラ大尉だ!そちらの所属を言え!」

 

はっきりと聞こえるように声を上げ、男に尋ねる。

 

「コモンウェルス・ミニットメンのプレストン・ガービーだ!」

 

連邦(Commonwealth)?ミニットメンだって?

やばいぞ、歴史でしか知らない組織が出てきた。

だが、それよりも男の名前がよく聞き取れなかった。

 

「ファービー!?」

 

「ガービーだッ!!!!!!おい、あんたの腕を見込んで手を借りたい!レイダー達が押し寄せてきてる!中へ入って掃討してくれ!」

 

名前を間違われて若干キレ気味の男は、初対面の俺にそう頼んで来る。

レイダー(略奪者)か。なるほど、と思う。

服装や話し方だけでも、この男は奴らとは違ったものがあった。

 

「ハーディ、周辺敵影無し(All clear)

 

後ろに回ってきたアルマが耳打ちする。

同時に銃を下げ、彼女と目を合わせた。

どうやら、彼女は乗り気らしい。俺もだが。

 

「良いだろう!ちょっと待ってろ!」

 

男に言い放つ。

何にせよ、情報が欲しい。

彼らが何者であるにせよ、助けて損は無いだろう。

 

俺は弾倉を交換して扉の横へと張り付く。

 

「絶対に離れるな。近接戦(CQB)だから、警戒は常に怠るなよ」

 

「了解」

 

アルマの準備が整うと、俺は扉をゆっくりと開けて中の様子を伺う。

少なくとも玄関ホールには誰もいない。

 

俺が先頭で中へと入る。

続いてアルマ、犬が侵入した。



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第九話 コンコードから、屋内戦

 

 

玄関ホールに侵入する。

慎重に、持てる技術を出し惜しみせず、安全を確認した。

ホールの一階部分には誰もいなかった。

だが、吹き抜けになっている中央の階段部分はそうではない。

 

レイダーが、自分たち以外のものに銃口を向けて奮闘していたのだ。

 

「クソ、とっとと負けを認めろ!」

 

ガラの悪い女レイダーが、二階の踊り場から三階の部屋めがけて銃を撃つ。

こちらには気がついていないようだ。

 

俺はハンドサインだけでアルマに指示を送る。回避、潜入。

すると犬もこの意味を理解しているのか、アルマと共に右の小部屋前へと移動した。

この犬、こうまで賢いのになぜさっきはあんなヘマを犯したのだろうか。わざとか?

 

踊り場の敵を警戒しつつ俺も小部屋への入り口へ向かうと、今度もまた俺が先頭で中へ侵入する。

小部屋かと思ったそこは、通路だった。

核が落ちる一年ほど前に越してきたばかりな上に、任務が忙しかったから自由博物館なんて行ったことなかった。

間取りが分からない。

 

それは育児と勉強に没頭していたアルマにも言えたことで、二人してこの迷路を進んでいく。

 

俺、犬、アルマの順で慎重に進んでいくと、人影が見えた。それもたくさん。

 

身体の筋肉が強張るが、それも一瞬のこと。人影は、自由博物館に飾られている、兵隊のマネキンだったのだ。

 

だが気は抜けない。

この状況で敵がマネキンに紛れていることは無いとは思うが、一つずつ見回してマネキンであることを確認する。

 

過去に、中東での作戦に従事していた時のことだ。

中国軍による民間人の虐殺現場の死体に紛れ、人民解放軍の特殊部隊(クリムゾン・ドラグーン)が紛れていたことがあった。

殲滅することはできたが、突然の奇襲によってチームメイトが二人死んだ。

だから、こういった場所ではより慎重になってしまう。

 

「まったくひでぇ有様だぜ」

 

不意に、進行方向の部屋から声が聞こえた。アルマと犬を待機させ、一人慎重に確認しにいく。

すると部屋には、何やら死体を漁っているレイダーらしき人物が、背を向けていた。

俺は腰に仕込んであったナイフを取り出す。

そしてゆっくりと、音を発てずに近づいた。

 

「しょべえもんしか持ってねぇのかミニットメンの奴らは。薬の一つもありゃしねぇ」

 

言い終えてから、男のクビに力の入った右手を回し拘束する。そして暴れ出す前に左手のナイフで頚動脈を切断した。

ドバッと、男のクビから血が吹き出る。

そのまま肋骨を避けてナイフを心臓に突き刺す。

刃はあまり長いものでは無いが、心臓なんて少し破いてしまえば人間は死ぬ。

 

数秒男はもがいていたが、喋る事も出来ずにそのまま死んだ。

死体をゆっくりと寝かせると、ナイフに着いた血を男の衣服で拭って鞘に戻す。

 

「えっぐ」

 

後ろではアルマがこちらを覗いていた。

 

「普通だよ。行こう」

 

そう、普通だ。

戦場なんて行ったらもっと酷い死に方もする。バラバラになったり、ミンチになったり。

敵も味方も同じように死んでいくのを見てきた。

 

まぁいい。とにかく先へ急ぐ。

部屋を抜けると、そこは中央ホールの階段踊り場だった。

上を見上げると先ほどの女レイダーがまだ撃っている。

 

上へ上がるためにはこいつを回避するのは無理だし、そもそもレイダーの排除を頼まれている。

 

よく見れば、三階にはもう一人レイダーがいた。

同時に排除してしまった方が安全だった。ここは犬に役立ってもらおう。

 

犬を見据えてハンドサインを送る。

ーー女のレイダーを排除しろ。

 

犬は了解したのか、鼻息を荒くすると女レイダーに突っ込んだ。

女レイダーが驚いたのもつかの間、犬はそいつを押し倒して喉元に食らいつく。

 

「ぐぎゃぁああ!!!!!!」

 

女の悲鳴で上にいた男が異変に気がついた。が、その時にはもう俺のライフル(AR-15)が男を捉えていた。

 

外で撃った時よりも大きな銃声がライフルから発せられるのと、男が撃たれて手すりを崩して落下していくのは同時だった。

 

鈍い落下音が響き、一階のホールに男の死体が転がる。

犬を見てみれば、もう決着がついておすわりしていた。まるで俺が上の敵を倒す事が分かっていたようだった。

 

Clear(よし)、前進しよう」

 

その一言で今の光景を片付けると、階段を上る。

 

 

階段を上り、三階に続く経路を探す。

老朽化のせいで床が崩れており、階段までたどり着けないのだ。

よじ登ってもいいのだが、その最中に隠れている敵に撃たれたく無いし、そもそも敵の排除が目的だから部屋は隅々まで確認する。

 

次の接敵は、細い通路を進んだ先の部屋だった。ここでもやはりというか、兵士姿のマネキンが展示されており、二人のレイダーはそんな中で何やら不満を漏らしていた。

 

「クソ、あんな奴ら放っておきゃあいいのに」

 

「まったくだぜ。グリッスルの命令じゃなきゃこんなとこまで来ちゃいないさ。ジャレドの奴、なんだってあんなババアを連れてこいだなんて言ったんだ?」

 

どうやら彼らは誰かに派遣されてきたようだった。ジャレドにグリッスルね……なるほど、覚えた。

そして彼らが何を欲しているのかも分かったところで、こいつらには消えてもらおう。

 

俺はPip-boyの収納機能を開いて、火炎瓶を亜空間から取り出す。

先程レイダーの死体から拝借したのだ。

もう彼には必要ないだろうからな。

 

ついでにポケットからライターを取り出し、火炎瓶に詰められている布に火を付ける。滑らかに燃える布。

俺は火炎瓶を、壁一枚向こうにいるレイダー二人めがけて放り投げた。

 

「なんだ!?」

 

気づいた時にはもう遅い。

パリンと瓶が割れて、中のガソリンがレイダー達の足元に撒き散らされる。

加えて布についていた火が、ガソリンに引火した。

 

「うわ!うわあああぁああ!!!!!!ぎゃああああああああ」

 

二人して熱さのあまり叫び喚き、転がり回る。

いくら消そうとしても、ガソリンが燃えていては簡単には消せなかった。

 

俺は壁から身を出し、急ぎもせずにライフル(AR-15)で二人の身体を射抜く。

彼らの命を奪った弾丸が、結果的に熱さから彼らを救ったというのは皮肉だろう。

 

「うっ……」

 

ふと、アルマが死体を見て鼻を手で覆う。まぁ、今回ばかりは普通じゃない光景だった。

あまりにも当然のように、効率的に殺そうとしてしまう癖がある。今だって、火炎瓶を使えば楽に殺せるからと、酷いことをした。

 

「すまん、流石にキツイか」

 

「うん……しばらくステーキは食べられそうにないね」

 

ははは、と自嘲気味に笑うアルマ。

ああクソ、俺だってこんな光景を見せて気を遣わせたい訳じゃないんだ。

でも、ここは戦場だ。だから仕方ない。

俺は自分にそう言い聞かせて先へ進む。

 

 

 

 

 

 

「開けやがれこの!開けろってんだ!」

 

レイダーの一人が、ミニットメン達が籠城する部屋の扉を蹴り破ろうとしている。

しかし思いの外扉が開かず、鍵もしめられてるからビクともしない。彼の経験上、きっと扉の裏に何か重いものを置いている。

 

そんな乱暴な相方に、後ろでその光景を見ていた二人目のレイダーは呆れる。

 

「おい、もうよそうぜ。こんなことする価値があのババアにあるとは思えねえ」

 

「うるせぇ、すっこんでろ!俺は今頭にきてんだ!」

 

キレて真っ赤になったレイダーは耳を貸さない。それどころか、今度は持ってきたバットでどんどんと叩き始めた。

 

貧乏くじだなぁ、なんて呆れたレイダーは思う。そもそも今回の略奪は、戦果らしい戦果がない。

ミニットメンはろくなものを持っていないし、そもそも残り少ないミニットメンとクインシーだかどこかの町の居住者どもを襲うにしては、こちらの人数が多すぎたのだ。

 

結果的に、赤字という言葉が実に的確に響いていた。

 

「ったく、好きにしろ。俺はタバコ吸ってくるからよ」

 

そう言いながらレイダーは相方を残しその場を去る。そういやさっき、何かが割れる音がしたなぁ、なんて思いつつも、きっと誰かが勝手に酒でも飲んでガス抜きしてるのだろうと思った。

 

なんたって、不満を抱いているのは彼だけではない。かなりの人数が、この命令を、そしてそれを命じたジャレドというボスに対して不信感を抱いているのだから。

 

事の発端は、ガンナーと呼ばれる傭兵集団との接触だった。

本拠地があるレキシントンのみならず、もっと南にも勢力を広げたいと思っていたボスのジャレドは、(キャップ)と領土を求めて彼らの手助けをした。

クインシーの虐殺と呼ばれるこの事件は、直接的に町の住民を殺しまくったガンナーはもちろんのこと、それに手を貸したジャレド一派の名をも轟かせる結果となったのだ。

 

だが、それくらいからどんどんジャレドがおかしくなっていった。

なんでもそのクインシーから逃げてきたミニットメンと一緒にいる老婆を知っているらしく、そいつを捕らえろと言うのだ。

 

重度のヤク中であるジャレドだったが、今までの略奪や命令はもっと合理的だった。

だが、今回の一件以来、成果を上げても赤字続きのレイダー達には不満が募っていったのだ。試合に勝って勝負には……勝っているのか負けているのか。とにかくレイダー達はそれが気に入らない。

 

「グリッスルがいなきゃとっくに辞めてるっての」

 

そう呟き、レイダーは壊れかけたタンスに寄りかかってタバコを吸う。

 

副リーダーのグリッスルという男がいる。彼はジャレドの副官で、非常に頭が切れてレイダー達からの信頼も厚かった。

彼が襲撃部隊のレイダー達をまとめていなかったら、今頃離反していたかもしれない。

 

「ったくよぉ」

 

そうしてタバコの半分程が灰と化した頃だった。

ポトリ、と手にしたタバコを落としてしまった。

 

いかんいかん、とタバコを拾おうとするが身体が動かない。

それどころか、口から何かが溢れてくる。

レイダーの理解を超えた何かが起きていた。そしてとうとうそれを理解する前に、男の意識はこの世から消えてしまう。

 

 

 

 

背後からナイフを男のクビに突き立てる。クビに刺すというよりは、頚椎を潰す、という方が正しい。

脊髄を破壊すれば動物は身体の自由を奪われる。それが頭に近い部位ならば即死レベルの重症だった。

 

レイダーの身体から力が抜ける。

俺はナイフを突き刺したまま、レイダーの脇に腕を通し後ろへ引きずった。

そしてナイフを引き抜いてから物陰に死体を隠す。

おそらく、こいつを除いてレイダーはラスト一人だ。

 

最後のレイダーは怒り狂ったように扉に打撃を加えていた。

何が彼をここまで追い込んでいるのかはわからないが、背を向けている以上殺すのは簡単だった。

 

だから今度も、背後からレイダーを抹殺しようとしたのだが。

 

「待って」

 

アルマがそれを制した。

 

「私がやる。殺しの感覚を思い出さなきゃね」

 

ギラついた光を宿した瞳で、そう言った。

俺は内心複雑だったが、彼女がそう言うのならやらせてやろうと思った。

これからこういう事が、幾度となく起こる気がしたからだ。

 

アルマが先導する。

俺と犬も少し後ろからいつでも援護出来るように構える。

 

アルマはそっと男の背後に近寄る。

すると、男の肩とクビを思い切り掴んで横の壁に叩きつけた。

 

「うべらっ!」

 

顔面を強打したことによってレイダーがおかしな声を上げる。

だがこれで終わる我が妻ではない。

すぐに、今度は反対側の柵に男を叩きつける。

 

フラついていた男は体勢を崩し、柵に顔面をまたしても強打した。

おそらくこの時点で、あのレイダーは失神しているに違いなかった。

 

だが、アルマは男の後頭部に回し蹴りを決める。見事な蹴りだった。

伊達にクラヴマガを習っていたんじゃない。

 

柵に男の頭が減り込む。

続けざまにアルマの腕が男のクビを絞める。

そして、

 

ボキッ。

 

鈍い音と共に、ようやく男は死ぬ事ができた。

 

「わーおなんと」

 

思わずその華麗な格闘術に感嘆の息が漏れる。

アルマはやりきったというような顔でこちらを見た。良い殺し屋の顔だった。

まるで始めて会ったときのような……恋にまた落ちそうだ。

 

「どう?習い事も無駄じゃなかったでしょ?」

 

自信満々に言うアルマに、俺は笑みを向ける。

 

「だな。そんな君を久しぶりに見たよ。懐かしい」

 

「やだ、年寄りみたいだよ?」

 

「こうしてまたドキドキできるならそれもいいかもな」

 

「ふふ、上手いわね」

 

隣で犬があくびする。

と、そんな甘い空気の中、先程レイダーが怒りを向けていた扉が開いた。

そっと、中から恐る恐るといった表情でプレストンが顔を見せる。

 

「おお、これは……早かったじゃないか。こっちへ来てくれ二人とも」

 

そう言って、プレストンは俺たちに部屋の中へ入るように促した。

二人の時間を邪魔された俺とアルマは少しばかり無口になった。

 



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第十話 コンコードから、ママ・マーフィ

 

 

 

部屋の中に入ると、プレストンが疲れた笑顔で出迎えてくれた。

周りを見渡すと、彼の仲間だと思わしき人達が、それぞれの事をやっている。ターミナルをいじるメカニック風の男、何やら座り込んでこの世の終わりといった表情を浮かべる男、その男に付き添う妻らしき女。極めつけは、こんな状況にあってもまるで何事もないような老婆だった。

なるほど、プレストンが疲れるのも理解できる。誰一人として戦闘には向いていなさそうだ。

 

「完璧なタイミングだったよ。支援に感謝する」

 

プレストンからの感謝を受け取ると、俺は質問に出る。

 

「それで、あんたらは一体何なんだ?」

 

コモンウェルス・ミニットメン。

独立戦争時代の民兵集団を自称するプレストンは答える。

 

「さっきも言った通り、ミニットメンのプレストン・ガービーだ。その様子じゃ、ここいらの人間じゃないらしいな」

 

何も事情を知らない俺に、彼は余所者という感情を抱いたらしい。信用できるか分からないし、下手なことは言えないので、とりあえずは頷いて肯定してみせた。

 

「居住地の住民から要請があれば駆けつけ、問題を解決する。まぁ、ざっくり言えば平和の使者さ。……もうバラバラになってしまったが」

 

やや自嘲気味にプレストンは笑った。

その笑みと目が、どうにも俺の経験と重なる。この目は追い詰められすぎて死にたいと思っている奴の目だ。

質問を変える。彼らが自称民衆のための軍事組織であることは何となく分かったから、今現在の目的が聞きたかった。

 

「それで、あんたらはなんでここに?」

 

「あぁ、少し前にクインシーで虐殺があってな。それから逃れて来た。一ヶ月前は20人いて、昨日は8人。今じゃ5人だけ。俺、そっちのスタージェス、ロング夫妻と老人のママ・マーフィだけだ」

 

「じゃあ、ここにはたまたま流れ着いて来たの?」

 

今度はアルマが尋ねる。

 

「ああ。少し前まではレキシントンにいたんだが……グールの連中に追い出されてしまってな。その際にレイダーに見つかって、この有様だ」

 

「グール?」

 

また聞きなれない単語が出て来た。

 

「あぁ。あんたらの所にもいなかったか?放射能で汚染され、見た目が酷くなった人間だ。見た目だけだから基本は人間と変わらない。長生きな点を除けばな。だが、俺たちを襲ったのは違う。放射能で脳みそをやられて獣と化してしまっている。生きてる人間を見つけた途端に襲ってきて、バラバラにされるぞ」

 

つまりゾンビか。

確かに放射線には様々な副作用や後遺症がある。中東でも、ヌカランチャーの使用によって被爆した隊員がその後のケアを怠って重度の放射線被害に遭っていたはずだ。

 

「だいたいの状況は分かった、プレストン。だが奴らの増援がもうこの街に入ってきているぞ。どうするつもりだ?」

 

状況は理解できたので、新たに質問する。もう先程発見したレイダー達は町の入り口か、もしかすると死体を確認できる位置まで来ているかもしれない。するとプレストンは力強く頷いて答えた。

 

「あぁ、考えはある。スタージェス、説明してくれ」

 

プレストンは話題をメカニック風の男に振る。スタージェスと呼ばれた男はターミナルから離れると、机に腰掛けて得意げに口を開く。

 

「どうもお二人さん。じゃあさっそく説明させてもらうよ」

 

なんだなんだ、オタクっぽい感じがする。

 

「屋上にベルチバードが泊まってる。昔ながらの奴さ、見たことはあるだろう?」

 

「ああ、何度も乗ってる」

 

「そりゃ珍しい。なら話は早いな。ベルチバードは戦前の輸送任務だか何かで、パワーアーマーを運んでいたのさ」

 

パワーアーマー。俺も使用したことがあるアメリカ製のパワードスーツで、よほどの事がない限り負けはしない。

なるほど、彼らの考えが読めて来たぞ。

 

「タイプは?T-60か?」

 

この辺りには工場やミサイルサイトがやたらあるせいか、最新型のT-60が多く納入されていた。

 

「残念、T-45の方だ。だが45でもレイダー相手なら問題はない。奴らには個人携行型のロケットなんてものは無いからな」

 

確かに、小銃で武装した歩兵程度ならたわいもないだろう。パワーアーマーはその強さから歩く戦車と呼ばれ、一機あれば街を制圧できるとさえ言われた。

問題は200年経った今でも稼働するか。

 

「動きそうか?」

 

「テストはしてある。多少錆びてはいるが、機能テストは問題なし。ただ、その、燃料がないんだ」

 

「おいおい、一番大切じゃないか」

 

まさかの問題を前にしてケチをつける。

メインの動力源が無ければパワーアーマーは棺桶と一緒だ。売りのパワーアシストが働かないと言う事は、あの鉄の塊を自分の力だけで動かすに等しい。

それなら普通に撃ち合っていたほうがマシ。

 

「フュージョン・コアの場所は分かってる。この建物の地下一階だ」

 

「それでも取り行かないってことは、あれでしょ?またなんかあるんでしょ?」

 

ジト目でアルマが言う。

あぁその目良いね、なんて思うが口にはしない。

 

「その通り。フュージョン・コアがある部屋は錠がかけられている。それもターミナル制御の、だ」

 

なるほど、それなら彼らがつまずくのも仕方ないだろう。ターミナルは勉強していないとあんなのハッキングしようがないし、鍵に関しては当てずっぽうにやって開くものでは無い。

 

「あら、じゃあ私がやるわ」

 

と、ここでイタズラとターミナルが好きなアルマが名乗り出た。確かにこの手の作業で彼女の右に出るものはいない。

勝手にターミナルを盗み見たり、鍵付きロッカーの中に虫のおもちゃを仕込んだりするくらいだから余裕だろう。

 

「お願いできるか?」

 

「ええ。じゃあ、ちょっと待っててね。それまで働き過ぎの旦那様は休憩」

 

あくまでマイペースを崩さない彼女は、いつものように飄々としながら元来た道へ向かう。

 

「あんたの奥さんか?随分とタフだな」

 

「まぁな。……さて、俺はパワーアーマーを確認させてもらうか」

 

アルマの配慮に甘えていられない。

そういえば、犬がさっきから大人しい。どうしたのだろうか。

俺は犬を呼ぼうとして、老婆の前でリラックスする彼を見つけた。

 

「なんだ、もう懐いたのか」

 

呆れたように言う。この犬、俺とアルマにも初対面であれだけ懐いていたからなぁ。

 

「それは違うわ坊や。ドッグミートは元々私たちと一緒にいた犬なのよ」

 

唐突に、まるで心を読んでいるかのような発言をする老婆、ママ・マーフィ。

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。飼い主は死んでしまったけどね。どうやらドッグミートは新しい飼い主を見つけたようね」

 

犬を撫でる老婆。ていうかドッグミートって……すげぇ名前だな。

 

「随分個性的な名前なんですね」

 

そう言うと、ママ・マーフィはその発言がおかしいといったように笑った。

 

「確かにね、坊や。でも、あなたには言われたく無いかもねぇ、ふふふ」

 

「どう言う意味です?」

 

なにか意味深なその言葉を、どうしても聞き流せない。

 

「だって、これで4回目よ」

 

「え?」

 

俺は固まる。記憶の何かに触れられたように。

 

「いいえ坊や、分からないなら良いわ、今はね。それに、やらなきゃいけない事もあるでしょう?」

 

一体何を言っているのか分からなかった。でも頭のおかしな老婆の狂言で片付けてしまう事は、何故だかできない。

何かを忘れているような気がしてならないのだ。俺自身の、古い古い、奥底にある何かを……

 

そういえば、レイダー達老婆を狙っているとか言っていた。きっと、ママ・マーフィのことに違いない。

 

「坊や、そんな顔しちゃダメよ。とにかく今は……そうね、ジェットをくれないかしら」

 

「ジェット?飛行機か?」

 

「ああ違うわ、ジェットは、あれよ。使うとハイになって、スッキリして……薬よ薬」

 

「えぇ……」

 

ドン引きする。

散々神秘的な何かを醸し出していたのに、発言からして彼女はヤク中だ。

となると、今までの発言も薬によって見た幻覚なのだろうか?

 

「お願い坊や。サイトを使うにはジェットが必要なの」

 

「なぁおばあちゃん、薬は体に悪いよ」

 

ヨボヨボのおばあちゃんが薬漬けになっているという事に、俺は良心が痛んだ。

だが、彼女は首を横に振る。

 

「サイトは単なる幻覚じゃ無いわ。未来や過去を見通せるの」

 

「ばあちゃん、病院あるかわからないけど、行った方がいいぜ」

 

「信じて無いねぇ。じゃあ、あなたの赤ん坊の事とかはどうかしら?」

 

俺は一歩下がった。ショーンの事は話していない。なのに、彼女にはショーンの件が分かっているようだった。

 

「なんでそれを」

 

「だから、サイトよ。他にも分かるわよ。あなた達2人が、長い間氷の機械に閉じ込められていた事もね」

 

言葉を失った。アラスカのシャーマン(預言者)とか、超能力者の話はよくテレビで見ていた。だがあれは、単なるオカルト話で現実では無い。

だが、目の前にいる老婆は、少なくとも本物だった。

 

「息子がどこにいるのか分かるのか?なぁママ・マーフィ、頼む教えてくれ!」

 

思わぬ手掛かりに俺は彼女に迫った。

 

「あの坊や、悪いけど、サイトを使うと疲れるの。それに、これ以上はジェットが無いとできないのよ。課金システムなの」

 

「え、なにそれは」

 

唐突なワードにまたもや困惑する。

そして、突然俺の肩にかけられた手にも驚いた。

振り向いてみれば、心底見下したジト目でこちらを睨むアルマが。

 

「なに?人が探し物してる最中に浮気?しかも相手はおばあさん?」

 

「馬鹿な事言うんじゃ無いよ!ちょっと世間話だよ……」

 

頭がこんがらがる。何が起きているんだろう。ショーンの事も、俺自身の事も……一体、俺は何を忘れている?

 

 



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第十一話 コンコード、デスクロー

 

 

忘れているものがなんであるにせよ、パワーアーマーを動かすのに必要な物は揃った。老婆に懐いている犬を残し、俺とアルマは屋上へ向かい、おもちゃの具合を確かめに行く。

 

「状態も確認しないでお婆さんと話し込んでたわけ?」

 

アルマは相変わらず先ほどの事で機嫌を損ねていた。悪かったよ、と始めながら、

 

「でも休んでていいって言ったろ?」

 

「あら、SEALsでは休めって言われたらその言葉通り休んじゃうの?」

 

「勘弁してくれよ……」

 

ああ言えばこう言う、とはまさにこの事だろう。一家の主人はすっかり彼女のペースに乗せられていた。しかし、あまりの俺のたじろぎ具合に少し心配したのか、彼女は困ったように笑う。

 

「ちょっとちょっと、冗談だからね?もう、すぐ本気にしちゃうんだから」

 

「あぁ、うん」

 

昔から冗談が通じないとは言われてた。

そのせいでよくからかわれていたのはいい思い出だ。……いや、あんまり良くないのも混ざってるな。憲兵沙汰になりそうだったりしたし。

と、そんな俺を見て流石に不憫に思ったのか、アルマは少し申し訳なさそうな顔をして言った。

 

「……ごめんね。なんかちょっと思い詰めてたみたいだから」

 

あぁ、やっぱりこの子は天使だ。

さっきのママ・マーフィとの会話のせいでどうにも考え込んでしまっていた。彼女はそんな俺を励まそうとしたのだろう。

グローブを外して彼女の頭を撫でる。サラサラとした、艶のある質感が手に伝わった。

 

「ありがと」

 

それだけ言って、俺は扉を開けた。

 

 

 

 

屋上に着くと、目的のものはあった。

錆だらけのパワーアーマーと、同じく朽ち果てたベルチバードだ。きっともうベルチバードは回収しても使えないだろう。これは整備に苦労していたらしいし、このモデルは内陸の輸送用でEMP(電磁パルス)対策が不十分だと聞いた事がある。核爆発の副次効果であるEMP(電磁パルス)にやられている事は想像に難くない。

だが、パワーアーマーは違う。骨格兼マッスルスーツとなっている、いわば核であるフレームは相当にタフで、壊れている所をあまり見たことがない。装甲は錆びてはいるものの、目立った傷は無いから問題なさそうだった。

 

「アルマ、フュージョン・コアを」

 

アルマから燃料であるフュージョン・コアを受け取ると、それをパワーアーマーの背中にあるリアクターに差し込み、捻って固定する。すると、すぐさまリアクターの起動音が鳴る。

 

「エネルギーは問題ないみたいだな」

 

「みたいだね。それで、どうする?ハーディが乗るんでしょ?」

 

「ああ。機甲部隊じゃなかったが、扱った経験はある。アルマは屋上から狙撃で援護してくれ」

 

了解、と答えるアルマ。サブマシンガン(UMP.45)で狙撃は中々難しいかもしれないが、彼女なら問題ないだろう。

俺は邪魔な物をPip-boyに格納し、リアクター兼ハッチハンドルに手を触れる。ええと確か……これも捻るんだよな。

ぐいっとハンドルを捻ると、ゆっくりとパワーアーマーの後部全体が開く。ここから搭乗するのだ。

 

「アーマーあるとキツイな……」

 

プレートキャリアがフレームに干渉するが、大柄の人間でも着られるフレームだ。比較的小柄な俺ならプレートキャリア有りでもなんとかなる。クッソ狭いけど。

搭乗すると、自動で背中のハッチが閉まる。どうやらPip-boyと連動しているようで、ヘッドアップディスプレイにその事が表示され、Vault boyがテクテク歩いていた。

接続が完了し、燃料計や各部パーツの状態が表示された。どうやら問題無いらしい。

 

「これより行動に移る」

 

アルマにそう言い伝え、足を動かす。

何やら錆びていて動きが遅いが、それも最初だけだった。ドシン、ドシンと力強くて鈍い足音がコンクリートの足場に響く。

 

「わぁ、やっぱり凄いね。ロボットみたいだよ」

 

「強ち間違っちゃいないよ。さて」

 

ベルチバードに向かう。具体的には、それに備え付けられているミニガンに。

俺は吹き抜けになったハッチからベルチバードに乗り込み、反対側にあるミニガンを掴む。実際には直接掴んでいるわけではない。パワーアーマーの腕部分内部において、手を動かすと、その動きをフレームが模倣するのだ。

ミニガンは固定されていたが、マウントがボロくなっていた事もありすぐに取り外せた。もちろん、強引に。

 

「状態は悪くないな」

 

言葉の通り、意外にもミニガンはまだ稼働できるようだった。200年経っても動くとは恐れ入る。専用の5mm弾もフルで装填されている。これならレイダーの一個分隊くらい一瞬で片付けられる。

このミニガンは元々パワーアーマー用に開発されたものではない。ヘリのガンナー用に開発されたものだ。しかしながら、パワーアーマーが開発された後は、単体での運用も視野に入れ、持ち運び用の取っ手とグリップ兼射撃スイッチが備え付けられたのだ。

 

「回転正常」

 

ミニガンの砲身を回転させる。

ウィーン、という小気味良い音がパワーアーマー越しに伝わる。準備は良し。これで奴らを狩れる。

俺はとうとうベルチバードから飛び降りようとする。パワーアーマーには非常に優秀な衝撃吸収装置があり、低高度からのヘリボーンなら余裕でこなせる。

 

「おいボス!屋上に誰かいる!」

 

ふと、向かいの建物の屋上にレイダーが見えた。彼もこちらを視認して、ボスと名乗る誰かに存在を知らせている。

手始めに、奴から排除する。

ミニガンの砲身を回転させ、奴に向ける。

 

「死ね!この野郎!」

 

罵声を吐いてこちらに銃弾を浴びせるレイダー。しかしパワーアーマーの装甲はたかが銃弾ごときならば容易に弾いてみせた。弾いた音が耳に響くのを除けば、とんでもなく優秀なパワーアーマー。それが手にしたミニガンから、銃弾が放たれる。

 

「うわ」

 

それがレイダーの最後の言葉になった。

絶え間なく放たれる銃弾は、まるでレーザービームが如く。1秒にも満たない射撃で、レイダーの身体は四散した。

 

「パ、パワーアーマーだ!」

 

路上にいたレイダーがこちらを見上げる。同時に俺はベルチバードから飛び降り、道路へと着地した。問題ない、さすがアメリカ製。

上を見上げると、プレストンがあの部屋から援護してくれていた。ただ、彼が持つエナジーウェポンはあまり精度が良くないらしく、ことごとく外している。

 

「クソ!撃ちまくれ!火炎瓶も投げろ!」

 

ボス格らしいレイダーが指示を飛ばしている。ターゲティングHUDを使用し、そのレイダーをロックした。これなら逃げてもバイタルを追跡できる。

 

「投げるぞ!」

 

レイダーが火炎瓶を投げようと火をつける。しかしその行動はアルマの狙撃によって阻まれた。腕を撃たれたレイダーは火炎瓶を足元に落とし、自分を燃やす。悲痛な叫び声が響くが、この場にいる全員がそれどころではなかった。

 

Beautiful(美しい)

 

狙撃を称賛しつつ、レイダー達を狙う。

だが、さすがにやられてばかりではいられなかったのか、土嚢の後ろや建物の中へと隠れてしまう。

だが、秒間3000発を撃ち出すミニガンの前では無意味だった。

再びミニガンが火を噴く。威力に関しては5.56mm弾に劣る5mm弾ではあるものの、それが絶え間なく続けば話は変わる。

土嚢を破り、それでも叩き込まれる弾丸はとうとう裏にいたレイダーをミンチにした。

 

「クソ!化け物か!」

 

建物に隠れているレイダーが悪態を吐く。銃声でかき消されそうな声も、パワーアーマーの集音能力ならば聞き取れる事ができた。銃声はしっかりとフィルターで消えている。

今度は建物にミニガンを向ける。建物は木造で、貫通させるのは容易だ。

 

「やばい、逃げ」

 

レイダーの声がミニガンの銃声にかき消される。5秒ほどミニガンの銃声が響いたのち、沈黙が訪れた。奴らがどうなったかは……言わずもがな。これで残りのレイダーはボス格の1人のみ。

 

 

 

 

 

騒がしかった。

騒がしいのは今に始まったことではないのだが、それにしても今、地上はとてつもなくうるさい。ひっきりなしに銃声が聞こえ、ただでさえ能力の高い耳に響く。

今の感情を表すならば、怒りだろう。

彼は人間ではないからそれを言葉にすることはできない。しかし、別の表現ならば怒りをとても明確に表すことができた。

たとえば、こっちへ向かってくる甲殻類のバカ。この下水道の主人が誰とも知らずに、まるで自分が強いと思い込んで挑んでくる。

 

「キシャー!」

 

甲高い唸り声をあげて手のハサミを振るってくるが、彼はそれごと、自慢の爪で甲殻類の化け物を切り裂く。

 

「……」

 

彼は無言で、一瞬にして死体と化した甲殻類のバカを殺してしまった。

しかし、それでも怒りは収まらない。ならばこの溜まった鬱憤はどうしてくれようか。彼は考え、決める。

 

地上にいるうるさい奴らを殺して鎮めよう。単純明快な結論だった。

 

 

 

 

 

 

「ああちくしょう!こっちに来るな!」

 

レイダーのボス格が、逃げながらこちらに発砲する。

 

「止まれコラ!ぶっ殺すぞ!」

 

口調を荒げ、レイダーを追う。

どっちがレイダーか分からないが、少なくとも俺は正義だ。

意外にレイダーの足は早く、鈍足なT-45では追いつけない。あのレイダーからは情報を聞き出したいので、できれば捕まえたい。

 

レイダーがT字路に差し掛かった時だった。突然、レイダーの目の前の道路……正確には下水道工事のために被せられていた鉄板が、下から突き上げられて吹っ飛んだ。

 

「な、なんだ!?」

 

驚いたのはレイダーだけではなく俺もだった。突然起こった事態に緊張が走る。水道管の破裂ならば、水が吹き出る。でも、水なんて一向に出てこない。

 

その時。咆哮が響いた。

銃声なんて生ぬるい、心の底から震えるような大声が町中に響き渡る。

まるで怪獣映画のようなその咆哮の主は、俺の想像を遥かに超えていた。

 

下水道から姿を表したのは、3メートルはゆうにある怪獣。一体何がどう変異したらこんな怪物になるのだろうか。

悪魔のようなツノに凶悪な顔面。異常な筋肉に、鋭い爪……とても現実味がない。

 

「で、デスクロー!?」

 

驚くレイダーが名前を呼ぶ。デスクロー……確かにぴったりの名前だった。

 

「グゥアアアアアアアア!」

 

デスクローが叫び、目の前にいたレイダーを引き裂く。まるで紙を破くように、レイダーの身体は真っ二つに引き裂かれた。

 

「マジかよ!」

 

感想を漏らし、ミニガンを向ける。

 

「気をつけろ!デスクローだ!足を狙え!」

 

バルコニーからプレストンが叫ぶ。

俺はそのアドバイス通り、足を狙ってトリガースイッチを押した。砲身が回転し、弾丸が放たれようとした、刹那。

 

デスクローが、とんでもない速度で横へ飛び、銃線から逸れる。少し遅れて弾丸がデスクローのいた場所を通り過ぎていった。

 

目で追いつけなかった。

誰だ、恐竜は鈍足だったなんて言った奴。奴はあんなにデカいのに、とんでもなく素早いぞ。

 

「うらぁ!」

 

気合を入れながらデスクローを再び狙う。今度は銃弾を放ちながら。

だが、デスクローは横へと走り、建物へと突き当たるとあろう事か壁を強引に走り出した。重力さえ無視したその走りは、こちらへと向かってきている。

 

「ああクソ!」

 

さっきのレイダーのように悪態を吐く。

必死に狙うがことごとく避けるデスクローの反射神経はとんでもない。

あっという間に距離を詰められ、奴の射程圏内に入ってしまった。

 

「グアアアアア!」

 

咆哮とともに恐ろしい爪が迫り来る。

反射的にミニガンを掲げてそれを防ごうとする。

 

「ぐわ!」

 

ミニガンが爪に吹き飛ばされた。

飛んでいったミニガンを見てみれば、銃身の根元からひしゃげてしまっている。もうあれは使えない。

 

「ッ!」

 

そうこうしているうちにもう1発が来ようとしていた。あんな攻撃を食らったらパワーアーマーもただでは済まないかもしれない。

そう判断し、咄嗟に前へ走る。

デスクローの胸に身体がぶつかり、爪が空振る。が、奴の腕は確実に俺の腕にぶち当たっていた。

 

「いでぇ!」

 

日本語で叫ぶ。

凄い衝撃だった。こいつから一撃を貰うのはヤバイ。

 

「だったら!」

 

今度はこちらから仕掛ける。

パワーアーマーの拳で、奴の腹に一撃をかましたのだ。いくら変異して化け物になろうが、パワーアーマー渾身の一撃は効いたらしい。少しよろめいてみせた。

 

「オラァ!」

 

続けざまに殴る。今度はストレートで、怯んだ顔に一撃をお見舞いした。

 

「グオオオオオオ!」

 

だが、それが良くなかったらしい。

怒ったデスクローは強引にこちらに組みついてきたのだ。つまり、身動きが取れないのだ。

 

「離せコラ!」

 

膝蹴りをするも、デスクローは耐えてこちらに頭突きしてくる。その度にHUDが歪んだ。その隙を狙い、デスクローは爪でこちらの腹部を引っ掻いてきた。

体勢的にあまり強くはなかったものの、今の引っ掻きはかなりのダメージだったらしく、胴体パーツの補助機能が死んでしまった。ということは、衝撃吸収機能が逝かれた事も意味するわけで。

次に爪を食らったら、衝撃がモロに来て、俺は死ぬ。

 

「ヤバイ!」

 

爪攻撃がまた迫る。今度は腰が入った一撃だった。冷や汗が止まらない。

 

「させないよ」

 

集音機能が、アルマの声を拾った。

次の瞬間、デスクローの片目が吹き飛ぶ。アルマが狙撃したのだ。

 

「ギャアアアアアアアアオオオオ!?」

 

目を押さえて怯むデスクロー。

このチャンスを逃すような俺ではなかった。

今度はこちらからデスクローに組み付く。まるでレスリングのような状態だ。

 

「パワーアーマーなんてな!アラスカじゃ使ってなかったんだよッ!」

 

そう言い捨て、俺は緊急離脱装置をオンにした。刹那、パワーアーマー背面のハッチがすべて開く。俺はすぐさまパワーアーマーから抜け出して、腰に差していたコンバットアックスを取り出し、空のパワーアーマーと取っ組み合うデスクローの背後に回った。

 

「グオオオオオオ!」

 

まだ俺が脱出したことには気づいていないらしい。だって、潰れた目の方向から背後に回ったのだから。

 

俺は少しの助走をつけてデスクローの背中に飛び乗る。そこでようやく俺が脱出していることに気がついたらしいが、もう遅い。

次の瞬間には、手にしたアックスでデスクローの頭をカチ割っていた。

 

「ギャオオオアアアアア!?」

 

叫び、暴れるデスクローだが、パワーアーマーのせいで腕が使えないらしい。

俺は突き刺さった斧に片手でしがみ付きながら、ホルスターから拳銃(P226)を抜いた。そして、これでもかとばかりにデスクローの脳天に撃ち込む。

 

「死ね!死ね!死ねッ!」

 

我ながら熱くなりすぎたと思うが、それでも人差し指は引き金を引き続けた。

そして弾が切れ、拳銃(P226)のスライドが後方で止まる。俺は斧を引き抜き

後ろへ飛び降りた。

 

「グゥオオオ……」

 

ようやく。

ようやく、力尽きたデスクローが地面に横たわる。それでも警戒は解けなかった。すぐに弾倉を交換し、拳銃をデスクローに向ける。

 

1分経った。

デスクローは動かない。

 

「……はぁ」

 

そこでようやく緊張の糸から解放され、俺は尻餅をついた。

 



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第十二話 サンクチュアリへ、移動

山で寒い思いをしながら夜通し歩いたりスキーで走ったりしていて遅れました


夕暮れ時。レイダーとデスクローという厄介な脅威を退けた俺たちは、歴史博物館内で束の間の休息を得ていた。

ちなみにパワーアーマーはデスクローとの取っ組み合いのせいでフレームごと破損しているため、もう使い物にならないだろう。修理もできそうにない。

 

「それでガービー、これからの行動は?何かあてはあるのか?」

 

歴史博物館のエントランスにて、俺はミニットメンと名乗るガービーに尋ねる。コンコードは住むには困らないかもしれないが、いつまたあのレイダーが襲撃しに来るとも分からない。それに、デスクローが下水道に住んでいたとなっては安眠できないだろう。

俺の質問にガービーは、かなり古い地図を広げて俺たちが良く知るポイントを指差す。

 

「ママ・マーフィーからの提案で、ここから北西にあるサンクチュアリと呼ばれる町に向かおうと思う」

 

なるほど、と思う。確かにコズワース以外誰もいないサンクチュアリは、身を潜めて拠点とするにはもってこいかもしれない。だが、あそこは俺たちの拠点でもある。問題を抱えた余所者はあまり歓迎したくはない。したくはないのだが……まぁ、助けた以上それなりに面倒を見てやってもいいとも思っていた。

アルマとも顔を見合わせ、それで良いか確認する。彼女は静かに頷く。

 

「なら俺たちが案内しよう。元々あそこから来たんだ」

 

そう言うと、ガービーは少し驚いたような顔をした。

 

「そうだったのか……それはいい。となると、サンクチュアリの安全は確保されているんだな?」

 

「数匹の虫が勝手に住み着いてるくらいだ」

 

「なるほど、レイダーに比べれば可愛もんだ」

 

俺は少し笑って彼に同意してみせた。

確かに、今となってはあの虫どもは驚異にはならない。最初こそ、あの生理的にきついフォルムに吐き気を催したが……

 

と、そんな時。懐いているドッグミートを撫でているママ・マーフィが口を開いた。

 

「言ったろうプレストン。サンクチュアリは存在するって。サイトがそう知らせているんだ」

 

またしても出てくるサイトと呼ばれる超能力。

 

「便利なもんだな、俺たちが来るのもお見通しだったみたいだし」

 

「そうとも坊や。あの暗くて寒い箱に閉じ込められていたのも……坊やの赤ちゃんのこともね」

 

まるでこちらを試しているかのような言い回しをするママ・マーフィ。だが、今はそんな鼻に付くことはどうでもよかった。今さっき言ったこと。それが、俺たち夫婦の興味を引いてみせたのだ。

 

「え、ショーンの事なにか知ってるの?え、どうして、あの子は今どこに!?」

 

アルマが取り乱す。彼女としては珍しい事態に、俺はそっと肩を抱いて制する。

確かにショーンの事は気になるが、こういう時こそ落ち着くべきなのだ。

……それを教えてくれたのは、昔のアルマである。

 

「ママ・マーフィ、どんな些細なことでもいいから教えてくれ。ショーンについて何を知っているんだ?」

 

アルマが落ち着いてから再び質問する。

すると、ママ・マーフィは先ほどからの笑みを消して真剣な眼差しになる。

 

「聞いて坊やたち、あなたたちには時間も余裕もない。でも向かう場所は見えたわ。連邦の緑の宝石(グレート・グリーン・ジュエル)……ダイアモンド・シティよ」

 

「ダイアモンド・シティ?そこにショーンはいるのか?」

 

そう質問すると、ママ・マーフィの息が荒くなる。

 

「はぁ、はぁ、もう1人見えるわ。長く生きた鬼が、一緒にいる。今にも死にたくて、それでも生きていて……はぁ、はぁ」

 

「わかった、もう十分だママ・マーフィ」

 

どうやらサイトというのは相当体力を使うらしい。この老体に無理をさせてしまっては今にも死んでしまいそうだった。確かにショーンの事は心配で居ても立っても居られないが、それで善良な(薬物中毒)他人を死なせるのは間違っている。

そこまで生き急いではいないし、そんなことをしてショーンに会うつもりもない。

……情報源は怪しいが、手がかりを掴んだだけでも良しとしよう。

 

「ママ・マーフィ、あまりサイトを使うといつか本当に死んでしまうぞ」

 

と、心配そうに見守っていたプレストンが口を挟んだ。

 

「いいえプレストン。人はいつか死ぬ。なら、その寿命を役立てたほうがいいに決まってるわ」

達観したように言うママ・マーフィに、プレストンは言葉を返せないでいた。彼はまだ若い。年齢的には近いかもしれないが、思想が若いのだ。だからこそ、ああやって人を気遣える。崩壊した世界で、彼みたいな存在は貴重なのではないだろうか。

しばらく沈黙が続く。いい加減にここを出発しないと、いつまたレイダーや危ない生物が襲ってくるとも分からない。そんな状況で声をあげたのは、技術屋のスタージェスだった。

 

「さて、話もまとまったようだし……そろそろ移動しようじゃないかプレストン」

 

ああ、と我に返ったように頷くプレストン。

 

「その通りだな。みんな聞いてくれ。これからママ・マーフィが言っていたサンクチュアリと呼ばれる場所に移動する。新しい友人によれば、あそこは安全らしい」

 

なんとも他力本願な情報だった。仕方のないことではあるが。しかしそれに噛み付く人間もいる。マーシー・ロングだ。

 

「はっ、またそれ?明確な情報もないのにママ・マーフィが言ってたからってふらついてまた襲われるの?もうごめんよ!だいたいなによママ・マーフィって!マが多すぎるのよ!」

 

後半から論点がズレ始めているが、まぁ彼女が言いたいことも何となくわかっていた。そりゃヤク中の婆さんの言うことに従って襲われ続けてたら嫌になる。

プレストンはなだめるように、しかし強く反論した。

 

「これ以上悪くなるなんてありえないさ、マーシー。そうだろう?」

 

だがそれで彼女の意見を止められるわけでもなく。2人の口論は続く。それを止めたのはまたしてもスタージェスだった。

 

「おいおい落ち着けって2人とも!それじゃあマーシー、代わりに何か案があるなら言ってくれ。ん?」

 

マーシーは不服そうにしていながらも黙る。

 

「決まりだな。よし、暗くなる前にここを出よう!……それでいいなプレストン?」

 

「ああ……助かるよ」

 

笑顔で答えるプレストン。だが、どうにも疲れて見える。俺も助けになるとしよう。乗りかかった船だしな。

 

「道中の警戒は任せろ。アルマ、俺が前衛に着くから後方を……アルマ?」

 

警戒を名乗り出たのはいいが、アルマがどこか上の空だ。名前を呼んでも反応が薄い。もう一度強く名前を呼ぶ。

 

「アルマ!大丈夫か?」

 

「え?あ、うん。大丈夫だよ。後方の警戒だよね?任せて、追ってきた奴ら全員ぶっ殺すから」

 

すぐに笑顔で物騒な事を言い出すが、やはりどこか様子がおかしい。理由はわかっていた。やはりショーンの事だろう。

母親としては、息子が気になるのは仕方のない事なのだ。

俺は彼女の頭を撫でる。元気がないときは、こうするのに限る。

 

「無理はするなよ、アルマ」

 

「うん。大丈夫だよ。そっちも無理はしないでね」

 

「はは、アラスカじゃあ無理しっぱなしだったからね。今更だ」

笑って、彼女を励ます。でも、多分一番勇気をもらっているのは俺なのだ。

ショーンはいないが、少なくとも彼女がいれば戦える。さて、そろそろ愛しの我が家に帰るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンクチュアリに着いたのは朝方だった。思ったよりもロング夫妻が疲弊していたため、前進の速度が遅れたのだ。

俺とアルマは軍での経験から長距離の移動には慣れているし、自称民兵のプレストンも、健康的な成人男性のスタージェスも歩くのには問題ない。一番ビビったのは、よぼよぼのママ・マーフィが特に疲弊もせず当たり前のように着いてきていることだった。昔は何かスポーツでもやっていたのだろうか?

 

何はともあれ、道中襲撃がなかったのは幸運だろう。コズワースには新しい友人たちを丁重にもてなすように言っておいた。

 

「食料まで分けてもらってすまないな」

 

そして昼過ぎ、一眠りした後にリビングで共にくつろぐプレストンが礼を言ってくる。ちなみにロング夫妻とスタージェス、そしてコズワースは今ローザの家にて別に休憩中だ。アルマは……先のデスクロー戦の結果から、サブマシンガンだけでは物足りないと言い出して、地下の部屋で自前のライフルを調整している。

 

「味は保証しないけどな」

 

「そうか?結構満足したんだが」

 

そういえば彼とは生きていた時代が違うんだった。きっと各戦争後の世界ではまともなものは食えなかったんだろう。どうにもレーションは不味いはずなんだが……

それを思うと、今のは失言かもしれない。

 

「さて。助けてもらったあんたには、なんで俺たちがここに来たのかを説明する義務があるな」

 

「クインシーから来たんだったか?虐殺があったとか」

 

プレストンは真剣な眼差しで頷く。

 

「ミニットマンの役目は前に言った通りだ。その時俺たちはたまたまクインシー近くにいてな、エズラ・ホリス大佐がミニットマンを率いていた。ガンナーと呼ばれる傭兵集団にクインシーが略奪されそうだと聞いて駆けつけたんだ」

 

「当時のミニットマンの規模は?」

 

「二個分隊ほどだ」

 

大佐が率いているわりには少なすぎる。

通常であれば大佐は大隊長や連隊長クラスを率いているはずだ。ミニットマンとやらは全体の規模が小さいのだろうか。

 

「通報の通り、ガンナーはクインシーを狙っていた。それもかなり大規模な部隊を率いてな。ホリス大佐は援護を要請したが……臆病風に吹かれた他のミニットメンは誰も来ることはなかったんだ」

 

俺は黙って彼の話を聞いていた。部隊が壊滅することに対する気持ちは痛いほど分かる。アラスカでも、中東でも……俺たちが駆けつける前に味方の部隊が皆殺しにされたことが何度かあった。

 

「それに裏切り者もいた。今思えば、あの通報も仕組まれていたのかもしれない」

 

「……それで、どうなった?」

 

それから沈黙が始まる。

よほどクインシーでの出来事はプレストンの心を抉っているらしい。

そして数分して、ようやく重い口を開いた。

 

「ホリス大佐は戦死。生存者は住民13名とミニットメンの生き残り7名だけだった。……それもコンコードに来るまでに半分になってたが」

 

守れなかった、という自責の念を感じた。彼のような、少し話しただけでも善人だと分かる人間には辛い現実だろう。

 

「とにかく、クインシーの虐殺は世間に知れ渡り、ミニットマンは信用を無くし、瓦解した。当たり前だよな、助けを呼んでも来ないんだから」

 

自嘲気味に笑うプレストンは見てて痛々しかった。彼はすっかり冷めてしまったコーヒーを口に含む。

 

「……俺も同じような経験があるからその気持ちは痛いほど分かる」

 

「……そうか、あんたもか」

 

同情し、安っぽい言葉をかける。

それ以外に言葉が見当たらない。あまりコミュニケーションが得意ではないし、そういうのは妻に任せっぱなしだった。

でも、目の前の男を放っては置けなかった。

 

「俺はな、プレストン。戦前の人間なんだ。爆弾が落ちる前は軍人をしていた」

 

「なに?」

 

驚くプレストン。

 

「爆弾が落ちた日に家族でVaultへ逃げ込んだんだ。んで、クソッタレな実験に巻き込まれて200年も冷凍されてた。目が覚めたのは一昨日だ」

 

事実を言う。何か悲しみを共有できれば彼の気を紛らわせるかもしれないと言う考えか、もしかしたら単に自分の不幸を自慢したいのかもしれない。

 

「なんてこった……古株のグールたちと同い年ってわけか」

 

見た目は良いけどな(スムーズスキン)。……まぁ、息子は奪われるし、帰る家はボロボロだしで最悪だけどな」

 

俺はプレストンにショーンの事を話す。ミニットマンとして、常に人々のために尽力して来た彼にとって、この話は聞き捨てならないものだったらしい。先程とは打って変わって、目が輝く。仕事を生きがいとしている人間の目だ。

 

「なるほどな……ハゲ頭の男か。すまないが、知らないな。だが、なるべく力になれるように努力しよう」

 

すっかり彼はミニットマンだった。

いつの間にか、ミニットマンが自分しかいないと言う事実を忘れるほどに聞き入っていたらしい。

さて、それでは今後のことを考えるとしよう。

 



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第十三話 サンクチュアリ、改築

勢いで二話投稿。なお中身はスカスカ


 

 

 

 

昼過ぎ。つい先日までマサチューセッツの中で一番静かだったサンクチュアリは、一変して賑やかに。理由は、人が増えたことによる改築作業である。

プレストン達が移住して来たのは良いものの、いかんせん200年という年月は残酷で、コズワースが整備していた自宅以外の家は中々に酷い有様だった。柱が折れていたり、屋根が飛ばされていたり……むしろよくそれだけで済んだなとは思うが、人が住むにはいささか心許ない。

 

「あー、そっちの家は取り壊すから放っておけ。スタージェス、タレットの基板修理は?そっちの壁にトンカチ打っててもしょうがねぇだろ!さっさと直せ!」

 

建築士になった覚えはないが、プレストンとの取り決めでサンクチュアリの長になった俺は、ローザの家に放置されていたワークショップを使って色々建設したり取り壊したりしていた。

ワークショップとは、戦前に開発されたマルチユースの建造機械であり、車の修理から、ある程度の建築まで、色々な事ができる便利な機械だ。過去には大工を殺すとまで言われた機械だが、工作精度があまり高くないという欠点があり、大工の需要は減らなかった。

 

「あー、そっちの柱にシールを貼ってくれ!おいママ・マーフィ!座るなら安全な場所に座っててくれ!」

 

ちなみにワークショップはロブコ社の製品であり、Pip-boyとは互換性がある。そのため、Pip-boyで色々と設定ができるので大変重宝している。

 

「よし!シールを貼り終わったな!みんな離れろ!」

 

ペタペタと、ローザの家にシールを貼っていたクインシーの男連中が離れていく。そしてPip-boyを操作すると……あら不思議。ワークショップが音を発てたかと思えば、瞬時にローザの家のあちこちがベニヤ板で補強されたではないか。

 

「おー!すごいねこれ!」

 

まるで魔法を見ているような光景にアルマがはしゃぐ。

ワークショップの凄い点。それは、Pip-boyと同じく物を量子化させ、瞬時に出現させられる点である。それだけなら Pip-boyと変わらないが、こいつはそれだけじゃない。予め専用のシールを貼って、Pip-boyなどで設定してやると、自動で素材を分解、組み立てて一瞬にして物を建造できるのだ。

 

「はっはっは!これならサンクチュアリの復興は近いな!」

 

プレストンが喜ぶ。

 

「少々作りが荒いが、まぁいいだろう。この調子でバンバン建物増やすぞ!おいドッグミート!そんなところでウンコするな!」

 

我が街の再建は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

サンクチュアリ復興計画は3日に渡り行われた。その間不眠不休で、俺とプレストン、ジュン・ロング、そしてスタージェスが取り憑かれたように建築する。

一軒二軒と作っていくうちに、次第にこだわり始めた俺たちは、足りなくなった木材や鉄を周辺から伐採、あるいは回収し、組み立てる。それでも足りなくなったのでどうしようかと思っていた矢先、カーラと名乗る女のジャンク屋がやって来た。このチャンスを逃すまいと、俺はいらない銃器を売り払い、素材を集めてまた建築。気がつけば、サンクチュアリは原型がないほど変化していた。

 

そして、3日目の朝。

 

「それでは皆さん、グラスを持って」

 

なぜか三階建てになった我が家の屋上にて、住民とカーラが集まり、一同が酒の入ったグラスを持つ。ちなみに男連中は俺を含めて皆、目の下に隈を作っているがテンションがおかしいので気にしない。

 

「サンクチュアリ・ヒルズ改めサンクチュアリ・シティの完成に、乾杯!」

 

「乾杯!」

 

普段なら絶対に言わないような事を言いつつ、テンションがおかしい俺たちはグラスに入った酒を一気飲みする。

喉を通った200年もののワインは、ローザの家から見つけたものだ。ありがとうローザ家。

 

「あーうまい!屋上で飲むワインは最高だなハーディ!」

 

「まったくだな!はっはははは」

 

プレストンと狂ったように笑う。アルマは若干引きつつ、適当にワインを飲んでいる。

 

サンクチュアリは生まれ変わった。今や、廃墟にまみれた寂しいサンクチュアリは存在しない。川を除いた街の周囲は、倒壊した家や周囲の木々を伐採して作った木製の壁に覆われ……街の中は、コレクションや近所の家の隠し棚から引っ張り出して来た珍しい銃器や質のいい装備を売って得た材料を使い、それなりに見栄えのいい家々が立ち並んでいる。

ちなみに愛しの我が家は、市長である俺が住むに当たってコンクリートをふんだんに使い強度のある家となった。

 

「ああ、200年守った家が別物に……」

 

なぜか悲しそうにコズワースがそんなことを言うが、仕方ないね。

 

「見ろ、農作物がこんなにある!これなら当分食い物には困らないぞ!」

 

スタージェスが、川岸にある作物プラントを指差す。30メートル四方に植えられたトウモロコシやよくわからないマットフルーツとかいう果物が、まるでこちらに手を振っているかのように風で揺れていた。ちなみに、放射能の影響からか、農作物は育つのが異常に早いらしい。まだ2日しか経っていないのに収穫寸前まで実っている。

 

「水の心配もいらないしね」

 

そう言うアルマが指差すのは、川に建てられた大型の浄水器。機械工学に明るい彼女がワークショップを使って建設したそれは、汚染された川の水をろ過して綺麗な水に変換してくれるのだ。

 

「レイダーたちもここには手を出せまいさ」

 

功労者であるカーラが言う。

街のいたるところには、機械いじりが得意なスタージェスが設計した防衛タレットが存在しており、外敵を排除してくれる。もちろん機械任せにはできないので、街の入り口付近には警備所を設置してある。

 

我ながら完璧な街だった。

俺、軍人よりも市長のがあってるかも。

また、名前もサンクチュアリ・ヒルズからサンクチュアリ・シティに改名。入り口にある看板にはペンキで上塗りしておいた。

 

 

 

 

数人による開設記念行事も終わり、仮眠を取った俺たちは、一度我が家の会議室に集まり話し合いをすることにした。

ちなみにカーラは他の場所での取引もあるらしいので旅立った。

 

「住人を増やそう。無線ビーコンで呼ぶんだ」

 

「で、でもレイダーがやってくるかもしれない。もっと防衛力を増やすべきじゃ」

 

「まて、まずは学校を作るべきだ。これだけ環境が整ってるんだ、教育の場を増やすべきだろう」

 

「いや、銃産業に力を入れるべきだ。幸い俺の地下作業場に銃に関する書籍が山ほどある。ワークショップでそれらを読み取ってーー」

 

男たちが意気揚々と話し合う。ちなみに上からプレストン、ジュン、スタージェス、俺。それを遠目で見ている女性陣は、半ば呆れながらも居心地のいい新居でティータイムと洒落込んでいた。

 

「まるで秘密基地を作ってるガキね」

 

マーシーが辛口な意見を飛ばす。

 

「ま、見てて楽しいけどね」

 

笑いながらアルマが紅茶を啜った。

ちなみに茶葉は、ローザの家から出てきた。さすがローザ家。

 



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The First Step
第十四話 レキシントン、はじめの一歩


将軍、居住地から連絡が入った


 

 

それから更に2日が過ぎた昼のことだった。

無線ビーコンでラジオ上に飛ばした居住者募集広告により、サンクチュアリ・シティに数名の新たなメンバーが加わったり、強迫性の精神疾患並みに警備の増強を主張するジュンが警備隊長になったり、スタージェスが小さな工業学校を作ったりしていた、この世界では平和な日。そろそろ本格的にショーンを探さなければと思い、自宅にてアルマと装備を整えていたところに、プレストンがやって来る。

 

「市長、ちょっといいか?」

 

と、なにやら話がしたい様子のプレストンをリビングに通し、淹れたてのコーヒーを出してやる。

 

「それで?今日はどうしたんだ?」

 

アルマと共に机を挟んで彼に対面し、話を聞く。プレストンは少し何かを躊躇っているようだったが、ブラックなコーヒーを一気飲みすると決心がついたようで、口を開いた。

 

「折り入って相談があるんだ」

真面目なプレストンの顔を見て、俺は2日前に彼と話した時を思い出す。今の彼の顔は、仕事モードの顔だ。

 

「ミニットメンを復興させたいと思うんだ」

 

ミニットメン。この時代における、市民のための自警団であり、民兵組織のことだ。話を聞いてからまだ日は経っていない。

正直なところ、何となくそんな事を言ってくるとは思っていた。今でこそ街の復興やらで盛り上がってはいたが、元々彼は善人で、困っている人を放っておけないタイプ。ならば、この街の復興がある程度進んだ今ならば、改めて自分の使命について考える事もあり得たのだ。

 

「そうかガービー。俺もその意見には賛成だ」

 

そしてそのミニットメンという存在については、俺も肯定的だった。いくら国が崩壊し、秩序が失われたとしても、人間がやっていく以上ある程度の治安維持組織は必要なのだ。だから、もしもガービーがミニットメンを建て直したいと言ってきた際には快く賛同し、協力するつもりだった。この街で経済が発達した後、彼らに経済的な援助をする……これ以上ない協力だろう。それはアルマと話していたことでもある。

 

だからこそ、次にガービーが言い出した言葉には心底度肝を抜かれた。

 

「それは良かった。なら、あんたたち2人にリーダーをやってもらいたいんだ」

 

「は?」

 

2人して、心の底から疑問の声が漏れた。そりゃそうだろう。急に武装組織のリーダーをやってもらいたいだなんて、誰が言われると思う?

 

「ちょ、ちょっと待てガービー。リーダー?俺たちが?」

 

「そうだ。市民のための組織、ミニットメン。そのリーダーにあんたたちは相応しい。ずっとミニットメンだった俺が保証する」

 

頭を抱えた。お前がリーダーじゃないのか……

 

「なんで自分でやらないのさ?」

 

急に不機嫌になったアルマが質問する。

 

「適材適所ってやつだ。俺には指揮官や補佐の能力はあっても、トップには向いてない。だがあんたたちは違う。この街を復興させたじゃないか!俺はその間ずっとあんたたちの指揮を見てきた。だから分かるのさ。2人ならミニットメンをまとめられる。俺はその補佐をする」

 

「俺たちは単なる夫婦だ。買いかぶりすぎだぞガービー、正義の味方には向いてない」

 

「あんたたちはコンコードで助けてくれたじゃないか!見返りなんてない、なのに俺たちを救ってくれた。そういう善意の心は長い間この辺りでは失われてきた。だからこそ言える。文句一つ言わないで人を助けられるあんたたちに是非ミニットメンをまとめてもらいたい」

 

やや興奮したようにプレストンは言う。一方で、俺たちは渋ったように唸った。

たしかに、彼らを助けたのは善意だ。だが、それは成り行きでそうなっただけである。もし俺たちがピンチであるなら、問答無用で彼らを見捨てていたに違いない。

 

「あんたも奴らを見ただろう!ああいう奴らが居住地を襲い、罪のない人々を殺していくんだ!あんたたちが愛したアメリカは違ったはずだ!こうして力のある人間には弱き者たちを助ける義務がある!」

 

それに、とプレストンは話を続ける。

 

「もし他の居住地を救えばサンクチュアリの評判も上がる!そうなればトレーダーたちもここを無視できなくなるさ!経済も潤う!」

 

「そりゃ金は必要だが、別に権力者になりたいわけじゃない」

 

現在進行形で市長を名乗っている奴が言うことじゃないが。だがプレストンは止まらない。

 

「顔が効けば情報も入りやすくなるし手助けも増える。息子さんの情報だってそうだ」

 

むむむ、と今度は違う種類の唸りを見せてしまった。それが良くなかったらしい。プレストンはチャンスと思ったのか、最後の決め手を繰り出した。

 

「アメリカ軍人だったんだろう?俺には戦前のことはよく分からないが、軍の仕事は国民を守ることだ。その任務を放棄するわけじゃあるまい?」

 

そこには弱かった。確かに、俺は今でもアメリカ軍人であるつもりだ。仕える国は無くなったが、除隊した覚えはないし、させられた覚えもない。

それに。

死んでいった奴らのことを考えてしまう。彼らは家族と国のために戦い、そして死んだ。なら、俺がここでミニットメンとして活動しなければ、それに背く事になるんじゃないのだろうか。

 

ーー|戦争が変わらないのであれば、人間が変わるしかない。《Courier’s Mile》

ふと、遠い記憶の、誰かの声が蘇る。

 

俺は黙った。

アルマは俺の様子を時折見守っている。どうやら、俺に事の成り行きを託すようだった。

 

「……本格的に軍事組織を再編するなら、生半可なことは許さないぞ」

 

「……!ああ、それでいい。あんたが決める事だからな」

 

遠回しの肯定はプレストンに伝わったようだ。彼は希望を掴んだといったような笑みを見せる。

 

「プレストン。期待はするなよ。俺だってこういうのは初めてだ」

 

「問題ない。そのために俺がいるんだ。だから安心していい……将軍」

 

将軍。プレストンが俺に向けて言い放った。俺は笑って、

 

「俺は大尉だ」

 

「歴代のミニットメンのリーダーは皆、将軍の称号と共に歩んできた。ふ、皮肉だな、ミニットメンが瓦解したせいで後継者争いが起こらなくて済むとは」

 

「違いないね。それで?私も将軍なの?」

 

ニヤニヤとアルマがプレストンに尋ねる。

 

「2人も指導者がいたことがなくてな……なら、嫁さんは大佐でいいか?ミニットメンでは大佐が次に偉いんだ」

 

「ふーん。ま、いいよ。面倒なことは全部ハーディに押し付けるから」

 

そして彼女は俺に意地悪そうな笑みを向けた。うーん、あくどい事に関しちゃ彼女は将軍なんだけどな。

何はともあれ、こうしてミニットメンは生まれ変わった。新たなリーダーを手にして。

この時はまさか、将軍自らが戦場に飛び込むとは思っていなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

レキシントンは歴史のある都市である。

開拓当初、バージニア州の植民地であったこの都市は、独立戦争においてレキシントン・コンコードの戦いで一躍有名になり、最終戦争が起きる直前でも工業都市としてアメリカ人の間でその名を知らない者はいなかった。コンコードとは違い、工業で発展していたこの都市は人口も多かった。しかし核が落ち、200年。今となっては都市一帯が廃墟と化している。

 

コンコードからさほど遠くないレキシントン。なぜこの街の説明をしているのかというと、俺たちが今いる場所だからだ。正確には、レキシントンの北西、約300メートルの位置にて、周囲の木々に紛れて観察している。

 

「あー、スローカムズジョーの周囲に地雷の埋設を発見」

 

双眼鏡でドーナツ店の廃墟周辺を観察しながら、隣でライフルのスコープを覗くアルマに言う。

 

「やけに埋設されてるね。警備がいるわけでもないのに」

 

「それに埋設のやり方が雑だ。埋めてすらいなければ隠してすらいない」

 

地雷とは本来、敵を通したくなかったり妨害したい場所に置く、防御装置である。だから埋設するときにはバレないように地面に埋めるし、アスファルトで舗装されている道に仕掛けるのであれば障害物等で隠すのが基本である。

しかしあれはどうだ。隠すどころか、ただ適当に置いてあるだけだ。あれを置いたのは相当な馬鹿だろう。

 

「確かあのドーナツ屋の下にDIAの支部があったはずだ。その防衛機能が働いたのかな?まあいい、あそこは無視だ」

 

DIA、Defense Intelligence Agency(国防情報局)。国防総省の隷下のこの組織は、はっきり言ってしまえばCIAみたいな事をしている。核が落ちる前は国内における対中作戦を展開していたのを記憶している……海軍の闇とも言われた部隊にいれば、嫌でもああいった奴らと関わらざるを得ないのだ。まぁ今となってはどうでもいいが。

 

「敵発見。正面、建物と建物を繋いでる看板の裏」

 

と、アルマが敵を見つける。言われた通りにそちらを見てみれば、いた。大きな穴だらけの看板、その裏にチラチラと誰かが見える……あれはパワーアーマーか?継ぎ接ぎだらけのパワーアーマーのライトが、闇夜を照らしている。

 

「レイダーだな。パワーアーマーで武装してるぞ」

 

「頭は剥き出しだから一撃でやれるよ」

 

「今はまだいいよ。はぁ、ようやく現場から離れられると思ったんだけどな」

 

思わず愚痴を漏らした。それもそうだろう、まさかミニットメン将軍のとしての初仕事がレキシントンにいるレイダーの排除なんだから。しかも実働メンバーはトップ2人。まぁ、まだメンバーが3人しかいないから仕方がない。

 

事の経緯は、プレストンが無線にて救難信号を拾ったことから始まる。サンクチュアリの東に半日ほど行った場所に、テンパインズの断崖と呼ばれる場所がある。そこを小さな農場にしている居住者から、レイダーに脅されているという報告があったのだ。使命に駆られたプレストンはさっそく3人で向かおうとしたのだが、俺たち3人はサンクチュアリの市長、副市長、そして秘書であり、さすがに長がいないのはヤバイとなった。そこで、実質的に街の財政やらなにやらを管理している副市長のプレストンが残る事に。

 

「プレストン落ち込んでたなぁ」

 

今日の朝のことを思い出す。

ようやく新たな一歩を踏み出そうとした矢先の待機だったので、プレストンは心底ガッカリしたのだろう。

 

「ま、仕方ない。さっさと片付けてしまいますか」

 

「そだね。2人で相手できるか不安だけど」

 

相手のレイダーは聞くところによれば数十人。通常ならとても2人で相手できるものではないが、もっと酷い状況も経験してきた。

やれないことはない。暗闇に紛れ、サイレンサー付きの銃とナイフで殺せば、手間はかかるが皆殺しなんて簡単にやってのけるさ。



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第十五話 レキシントン、コルベガ組立工場

 

 

深夜、レキシントンのはずれにあるコルベガ自動車組立工場。核戦争前は国産自動車の工場として、街の資金源を支えたこの場所も、今ではならず者たちの住処になっていた。それでもかつて使用されていた発電機や照明等は生きており、数マイル離れた先からでも光と稼働音でその存在をアピールしている。

 

工場はレイダー達の要塞と化していた。

外周には歩哨が巡回しており、工場自体や煙突に伸びる足場には、見張りが複数付いているのに加えてサーチライトもある。

時折、工場の資源によって一攫千金を狙ったスカベンジャーや、大物になりたいはぐれレイダー達が忍び込もうとするものの、ほとんどが彼ら警備に見つかって八つ裂きにされる運命にある。

だから、正面玄関を守備しているこのレイダーに至っては、まじめに守る気すら起きない。だって、敵は大体抜け穴を狙ってくるものだし、もし正面から来ようものならすぐ横に設置されている防衛タレットが火を噴く。そうなれば、相手は5.56mmの弾丸に引き裂かれて犬の餌と化す。だから、自分は突っ立っていればいい。

 

「ふぁ〜あ」

 

椅子に腰掛け、大欠伸をする。交代の時間まであと数時間もあることを考えると、どうにもやる気が起きないものだ。

いっそ誰か侵入者でも現れないものか。

呑気にそんなことを考えていると、土嚢の裏に置かれた無線機が音を起てた。ザザー、っというノイズののちに、警備隊長であるレイダーの声が響く。

 

『おい、街の奴らと連絡が取れなくなったぞ。だれか何か見えねぇか』

 

どうやら通信相手は自分だけではないらしく、無線機を持っている全員に話しかけているらしい。レイダーは椅子に座ったまま無線機のマイクを手にすると返信する。

 

「みえねぇ」

 

『他はどうだ?おい、誰か応答しろ、遊びじゃねぇんだぞ』

 

やや神経質な警備隊長はイラついた様子でほかの仲間に連絡を取ろうとするが、答えは帰ってこない。このレイダーは、どうせまたいつもの故障だろうと思い込む。200年も前に作られたのだ、もうそろそろ使い物にならなくなってきてもおかしくない。

 

『ああクソ、また故障か。ジャレドに報告しないと』

 

警備隊長がボヤく。ジャレドとは、彼らレキシントンに巣食うレイダー達を纏めるボスの事である。少々、というよりも神経質すぎるこのボスは、最近のおかしな言動と行動のせいで一部のレイダー達からは非難の声が上がり始めている。

彼ら不穏分子を抑えていたサブリーダーも死んだらしく、いつ下克上が起きてもおかしくなかった。

 

『おい、誰か確認しに行け!おい、誰もいないのか!クソ、どいつもこいつもサボりやがって、ただじゃうぐ』

 

と、唐突に無線機から流れていた声が途切れた。流石に不審がったのか、レイダーも椅子から立ち上がって無線機にかじりつく。そしてマイクを握って呼びかけた。

 

「おい、どうした?返事しろ」

 

だが返事はない。あるのはノイズのみ。レイダーは訝しむ。これはもしや、異常事態かもしれない。

 

と、バコンッ。

不意に、タレットが大きな音を上げた。驚いてタレットを見てみれば、銃身部がもぎ取られたように消えている。すぐ横を見てみれば、千切れた銃身が転がっている。レイダーはこの異様な光景に理解が追いつかない。

 

刹那。後ろから手が伸びて、レイダーの口を塞いだ。そして何かを考える前に、レイダーの喉にナイフが突き刺さる。血がピューピュー噴き出る。だが、それでは済まなかった。ナイフに力が篭ったかと思えば、一気に前へとナイフが突き進み、レイダーの首を掻き切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

レイダーの後ろから音を発てないよう忍び寄る。手には拳銃やライフルの代わりにナイフがあった。

正面玄関は警備が薄い……見ただけでそれがわかるほど、彼らの戦術はガバガバだ。だからこうして、裏から侵入することはせずに正面から堂々と入ろうとしている。

タレットは脅威である。センサー類の感度は低いが、見つかれば正確な射撃によって相手を蜂の巣にするからだ。だが、それに過信しすぎてもいけないわけだ。

だからこうして俺が来てしまうわけで。

 

『ハーディ、タレットは任せて』

 

イヤホンからアルマの声が鼓膜に響く。俺は物陰でバレないようにじっとその時を待つ。バコンッという音と共に、タレットの銃身は吹き飛んだ。あのタレットには攻撃手段がもう無い。その証拠に、タレットのランプが青く点灯している……あれはエラーと待機状態を意味していたはずだ。

今度こそ、俺はレイダーを仕留めにかかる。2メートルほどの距離を音もなく一瞬で詰め、後ろから手を回してレイダーの口を塞ぐ。そしてすかさずレイダーの喉元へとナイフを突き刺した。

 

「がふっ」

 

レイダーは痙攣しているが、そこで終わらせることはしない。前へとナイフを押し込み、レイダーの喉を掻き切った。丁度、レイダーの首は半分ほどぱっくり割れてしまっていた。

 

「目標排除、建物内に侵入する」

 

レイダーの死体をそっと寝かせて小型無線機で告げる。

 

『了解、気をつけてね。こっちはもう皆殺しにしちゃったからさ』

 

アルマとは今、別行動中である。先程見つけたレイダー達を片っ端から眠らせた後、今アルマは先程の看板のある建物の屋上に陣取っている。ちなみにパワーアーマー装備のレイダーだが、こっそり後ろからフュージョン・コアをアルマが抜き取ると動けなくなったので、剥き出しの頭にナイフを突き立てて終わらせた。

彼女が持っているライフルはサプレッサー付きの狙撃銃なので、ある程度距離が離れていれば工場の騒音に銃声はかき消される。

 

「何かあれば連絡する、アウト」

 

無線を切ってナイフをしまい、拳銃を取り出す。ちなみにライフルは背負っているのですぐには使えないが、それで構わない。そんな状況になる前に終わらせればいいのだ。

 

玄関に侵入すると、敵の姿は無かった。あるのは粗末なワイヤーと、それに連動した即席の爆弾。それを無視して進もうとすると、不意にPip-boyの生体センサーに反応があった。すぐ横の扉、その奥だ。

 

「ふい〜、最近小便が近いな」

 

レイダーが用をたし、こちらに向かってきているのだ。俺はすぐに扉の横に張り付いてレイダーが来るのを待つ。そして、扉が開くと酔っているのか、アルコール臭い男が玄関へとやって来た。俺はバレる前に、男の膝裏を蹴りつける。

 

「うおっ!」

 

死角からの蹴りに対応できない男は容易に膝をついた。俺は首に腕を巻きつけ、一気に捻る。

ゴキンッ。鈍い音と共に、男の首の骨は折れる。腕を解放すると、男はそのままゆっくりと倒れてピクリとも動かなかった。

 

「死体を隠す時間はないな」

 

1人呟く。敵は大勢いるのに加え、いつ外の異変に気がつくとも分からない。なら、このまま進んだ方がいいだろう。

 

玄関から先へ進むと、廊下になる。簡易的なバリケードが施された廊下は、いちいち脇の部屋へと迂回しなければ通り抜けできないようになっており、それも一本道だ。警備は杜撰だが、こういうところは厄介だ。

警戒し、壁沿いにゆっくりと歩いていく。この建物は防音素材をふんだんに使っているのか、あれほどうるさかった工場の騒音がほとんどしない。ということは、こちらはもちろん敵が発する音も聞こえにくいということになる。

 

「ああ、また負けた!イカサマしてんだろ!」

 

と、突然入ろうとしていた部屋から声が響いた。どうやらレイダー達がカードで遊んでいるらしい。

 

「お前は単調すぎるんだよマヌケ」

 

「なんだとコラァ!」

 

言い争うレイダー達。物凄くこの中にグレネードを投げ入れたいが、さすがに爆音はバレるに違いない。俺はこっそりと扉を少し開け、中の様子を探る。ゲームに興じているのは3人だ。……いけるな。

 

「それにしてもあいつ、便所から戻ってこないな」

 

「どうせ飲みすぎて吐いてるんだろ。ほら、カード混ぜるからよこしな」

 

どうやらそれなりに酔っているようだ。俺は拳銃のスライドを少し引いて薬室を確認する。すでに弾薬は装填されている。

 

「おい、お前は信用できない。俺が混ぜる」

 

「馬鹿言うな、混ぜ方知らないだろ」

 

拳銃を斜めに構える。そして言い争うレイダー達を無視して、俺は扉を押し開け一気に室内へ突入した。

驚いて固まるレイダー達。全員と目が合う。

俺は止まらず、一番近いレイダーの胸と頭に射撃する。サイレンサー付きの銃身から放たれた9mm口径の亜音速弾は、確実にレイダーの息の根を止めた。

 

「うわっ!」

 

反応し、テーブルの上の武器を取ろうとするレイダーの胴体に二発撃ち込む。するとレイダーは武器を取る前に崩れ落ちた。続けざまに最後のレイダーを狙う。

 

「ま、待て!」

 

何か言いかけたレイダーの顔面に弾丸が二発命中した。それだけでレイダーの命は散ってしまった。これでこの部屋は全滅だ。

 

「うう……」

 

いや、まだいる。二番目に撃ったやつだ。俺はまだ息の根があるレイダーのそばに寄ると、ナイフを取り出してレイダーの首を引っ掻く。頚動脈を切られたレイダーは今度こそ事切れた。腕は落ちてないようで安心だ。

 

「おーい、うるせえぞ」

 

反射的に、奥の扉から突如現れたレイダーを撃ち殺す。やはりここも二発撃ち込んでいた。胸と頭。今度のやつは胸に防具を仕込んでいたが、剥き出しの頭には穴が空いていた。つまり死んだのだ。

 

「……ふぅ」

 

危なかった。まさかすぐ近くにいたとは。いくらサプレッサーが付いているとはいえ、銃声を消すことはできない。戦前では科学の発展により、サプレッサーの消音効果は飛躍的に上がったが、それでも40から50デシベルの音は発生してしまうのだ。

もっと慎重に。確実に。

そうでなければ、凡ミスして死ぬことだってありえる。

 



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第十六話 コルベガ組立工場、ジャレド

 

 

Center axis relock system、通称CARシステムという射撃法がある。これは近接戦闘に特化したもので、約9ヤード以内で有効とされている。ざっくり言うと半身になって銃を斜めに構え、銃をコントロールしている側の目を隠し、片目のみで狙うというもの。慣れないうちは難しいかもしれないが、慣れるとかなり狙いやすく、構えやすいことに気がつく。それにこの構えは手を伸ばさないので、小回りも効けば体のサイズも小さくなるのだ。もし敵が銃を奪ってこようものなら腕を伸ばして銃口で殴ればいい。

 

この工場内でも前述の射撃法は有効である。狭いし迷路みたいなこの場所では、いつ敵と遭遇するかわかったもんじゃない。いくらPip-boyに生体センサーが備わっているとはいえ、そればかり気にしていてはミスに繋がる。最後は自分の感覚が頼りになるのだ。

 

ある程度工場内を探索した。地下の下水道、管理室、パーツの生成ライン……いたるところにレイダーやタレットが配置されていた。幸いなことに、夜間ということもあって警備は甘い。危ないのはタレットくらいなものだ。道中、全て排除した。また、近隣にお住いのフェラル・グールが侵入しようとしているらしく、定期的にその姿を見る。見た目はやはりゾンビで気持ち悪いが、落ち着いて対処すれば敵ではない。それに聴覚が悪いためにこちらに気がつかないことも多い。

 

さて、最後にやってきのは車の組み立てライン。階段を登り適当な遮蔽物に身を隠し、この工場で一番広いフロアを監視する。

 

「アルマ、ハーディ」

 

無線機でアルマと交信する。

 

『ハーディ、アルマ。送れ』

 

「現在組み立てライン。おそらくこのフロアで最後だ」

 

『了解。こちらは異常なし。早く終わらせちゃってね。終わり』

 

通信を終え、単眼鏡で再度確認する。

どうやらボスはここにいるらしい。警備システムがここだけ異常に固い。タレット2機、赤外線探知式のサーチライトが3機、歩哨が3人……そして奥に座しているのが1人。座ってるのがボスだろう。

レイダーの全排除が目的である以上、あのボスだけ狙撃すればいいというわけでもない。どう切り抜けようか。

 

「……いいもん見っけ」

 

と、すぐ近くの暗闇に、面白いものを見つけた。プロテクトロン……警備用の二足歩行ロボットだ。恐らく元々ここの警備用のものだろう。今はポッドの中で待機中になっているが、近くに操作ターミナルがあるのでそれで起動できるはずだ。

俺はこっそりターミナルへと近寄り、キーボードを叩く。遅れて起動した画面には、やはりプロテクトロン起動関連のプログラムが。どうやらまだ使えるようだ。

 

 

 

ジャレドは静かにその時を待っていた。眠ることもせず、ただ椅子に座って瞑想する。近くの机の上には空の劇薬の注射器が複数転がっている。

彼はビジョンを見た。ここからそう遠くないどこかの街に、目的とする老婆がいる。彼女が椅子に座って風景を眺める中、周りで街作りに没頭している男たちが慌ただしく作業している。

ジャレドは元々、クインシーの住人である。小さい頃にレイダーに誘拐され、自らもレイダーとなり成り上がる前の事だ。当時、同じくクインシーに住んでいた老婆、ママ・マーフィに予言されたことがあった。

ーーお前は怪物になる。

当時幼かったジャレドや街の者たちはママ・マーフィの言っている事は妄言だとして流していたが、今となってはそんな事はない。なぜなら、その予言通り、ジャレドは一つのレイダー組織の長まで上り詰め、怪物となったのだから。

だからこそ、ジャレドは思う。ママ・マーフィの言っていた事は確かな予言であったと。そして、その力は本物なのだと。ならば、自分もその力を欲すると。

クインシーの襲撃に参加したレイダーとは、彼の配下の者である。ガンナーに襲撃協力を依頼された時は、願っても無いチャンスだった。あの老婆を捕まえ、その力を解析し自分のものにできる……ミニットメンが奮闘したせいでコンコードまで逃げられ、挙げ句の果てに謎の協力者に部隊を壊滅させられたのは想定外だったが。しかしそこは、自分の能力がまだ未熟なのだと認めるほかない。

 

ジャレドは、サイトに目覚めつつあった。まだ思った通りのことは見えないが、薬物を用いることによって過去に起きた事を視ることができるようになったのだ。ただ、それもかなり限られるが。

 

「……サイトが告げている。あの男は危険だ」

 

一人、呟く。あの男。過去より来りし悪魔。いや、様々な場所と時に偏在する、救世主なのか。

 

「……奴のチカラも俺のものに……近くまで来ている」

 

「ジャレド!おいジャレド!大変だ!誰とも連絡が取れない!」

 

と、唐突に彼のいるライン管理室にレイダーがやって来る。ため息をつくジャレド。

 

「わかってる!今瞑想中だぞ!」

 

先程の口調とは打って変わり、同じように汚い言葉遣いへと変わる。

 

「わかってるだと!?ならなぜ指示を出さない!?俺は……」

 

そこまで言って、レイダーは口を止めた。瞑想を中断されたジャレドの機嫌があからさまに悪い。

 

「あ、ああ済まない。だが指示をくれなきゃこっちも動けないんだ」

 

取り繕うレイダーにジャレドはため息で返した。

 

「奴はもうここまで来てる。タレットの警戒レベルと警備に回ってる奴らをまとめろ!クソ」

 

そう言って立ち上がり、アサルトライフルを手にするジャレド。その時だった。

 

「サーチライトに何かかかった!だれかいるぞ!」

 

他のレイダーが叫んだ。

今度は意気揚々とし、通路へと出るジャレド。薬のせいか精神が不安定だ。

通路へと出ると、タレットはもちろんレイダー達が出入り口付近に銃を向けて警戒していた。奴だと、思った。あの悪魔が来たのだ。

ジャレドは身なりを軽く整え、咳払いする。そして元々現場監督用のマイクを手にすると、スピーカーのスイッチを入れた。

サーチライトが人型の何かを晒す。

 

「おほん!……お前がここに来る事はわかっていたぞ、過去より来りし悪魔よ。さあ、その姿を見せろ!そしてその力を俺によこせ!」

 

「何言ってんだ?さっぱり理解できないぞ?」

 

「お前は黙ってろ……!」

 

何も事情を知らないレイダーが問うが、ジャレドはマイクを遠ざけて静かに叱る。そして、その者が姿を現わす。

重苦しい足音、金属が擦れる音……

 

「侵入者ヨ、名ヲ名乗リナサイ」

 

プロテクトロンが、サーチライトに照らされる。ジャレドは唖然とした。悪魔でもなんでもない、ただのロボットがやって来たのだから。

 

 

 

 

 

『お前がここに来る事はわかっていたぞ、過去より来りし悪魔よ。さあ、その姿を見せろ!そしてその力を俺によこせ!』

 

組み立てライン内のスピーカーから声が響く。やたらセリフ口調だが、過去より来りし悪魔というのは俺のことだろうか?なぜその事を知っているのかは分からないが、プロテクトロンに気を取られている今がチャンスだ。物陰から物陰へと移動しながら、奴らの裏へと回る。

 

「おい、プロテクトロンだぞ!あれが悪魔か?」

 

「うるさい!とっとと黙らせろ!」

 

何やらレイダー達が言い争っているが、気にせず進む。迅速に、そして隠密に。そうやっているうちに、奴らの立つ通路の真下へと到達した。この位置ならタレットからは死角で狙えない。レイダーだけに専念できる。

 

「攻撃シマス」

 

丁度プロテクトロンも攻撃を開始したようだ。レーザーの発砲音と光線が、レイダー達に襲い掛かる。

 

「うお!撃ってきやがった!」

 

「ぶっ壊せ!」

 

応戦するレイダー達。これを利用しない手はない。

俺は手始めに、拳銃で一番離れているレイダーに狙いを定める。背負ったライフルは使わない。金網の足場が間にあったとしても、9mmの拳銃弾なら貫通できるし十分だ。

 

「いてぇ!食らった!」

 

真上にいるレイダーが腕にレーザーを受ける。

 

「しゃがんでろ!クソ、弾だって高いんだぞ!」

 

リーダー格の応射が激しくなる。もうプロテクトロンはもたないだろう。早めに片付けなければ。

一番遠くでコンバットショットガンを乱射するレイダーの胴体を狙う。アーマー類はつけていないから、数発撃ち込めば死ぬだろう。

引き金を絞る。ハンマーが下がり、弾薬の雷管を叩いた。同時に、発砲。こちらの音はサプレッサーで抑制されている上に、真上でライフルを撃ちまくっているためにかき消される。

 

「ウグゥあ!?」

 

胸を撃たれてよろめくレイダー。続けて二発、三発と撃ち込むと、そのまま倒れて動かなくなる。

 

「クソ、1人やられた!」

 

「プロテクトロンめ!」

 

どうやらまだこちらの存在に気がついていないようだ。プロテクトロンのせいにされている。なら続けて真上で負傷した奴を排除しよう……と、考えた時。

 

「あ」

 

負傷したレイダーと、金網の足場越しに目が合う。流石に焦った。そのまま引き金を引いてレイダーの目に二発ほど撃ち込んだ。

 

「うげっ」

 

顔面に弾を喰らい、失命するレイダー。その時にはもうプロテクトロンは鉄屑へと変わってしまっていた。つまり、発砲がボスにバレたのだ。

 

「そこにいたか!」

 

レイダーのボスが真下、足場を挟んだこちらに銃を向ける。俺は全力で物陰へと走り込んだ。

刹那、発砲音。今さっきまで俺が居た場所に、5.56mm弾の嵐が降りかかる。

 

「あぶね……」

 

ボソッと呟く。呟きつつも、俺は管理室の支柱を登る。こちらの姿をはっきりとは見られていない。位置を変えれば奴は俺がまだ下にいると勘違いしたままだ。

鉄骨を登り切り、管理室の屋根へと到達する。タレットは屋根に設置されているものの、俺とは反対方向を向いているために見つかる心配はない……が、潰しておくに限る。

こっそりとタレットの後ろから近づき、ナイフを取り出す。タレットは中距離での戦闘は滅法強いが、近距離、かつ背後からの工作に弱い。特にコンバット・インヒビター。敵味方識別装置などが組み込まれたこの装置を破壊してしまえば、あとは同士討ちを見守るだけだ。

 

こっそりと、ナイフでコンバット・インヒビターの配線を切り落とす。旧型のタレットで良かった、新型は配線が隠されているから。

ビーッという電子音とともに、タレットが壊れ、もう一台のタレットに銃口を向ける。そして発砲。撃たれたタレットも応戦し出す。

さすがに巻き込まれたくないので少し離れる。すると、正常な方のタレットは鉄屑へと変貌した。壊れたタレットも、被弾のせいでボロボロだ。

俺はまたボロボロタレットに近づき、ナイフを装甲の隙間に差し込んでかき混ぜた。これでタレットの内部はズタボロ、動力系の配線も断ち切ったから動かない。

 

「クソ!悪魔め!」

 

ボスが撃たれたタレットを見ている。その隙に、俺は屋根から少しだけ身を晒して拳銃を撃ち込んだ。

 

「いてぇ!」

 

だが、胴体に当たった一撃はアーマーによって阻まれた。一見すると革製のアーマーだったが、内側に鉄板でも着込んでいるのか?

考察はほどほどに、俺はその場を離れる。すぐにボスはアサルトライフル、R-91をこちらに撃ち込んできた。

屋根の上からフロアへと飛び降りる。5メートルほどあったが心配無い。これくらいパラシュート降下でよくやる。

着地と同時に前転して衝撃を殺す。背負ったライフルが中々痛いが、仕方ない。そういうものだ。

 

「クソ!逃げるな!」

 

相変わらずボスは屋根へと撃ち込んでいる。俺はコソコソとボスの裏側へと移動した。

 

「絶対その力を手にいれてやる!」

 

何やら意識が高いボスがそんなことを言って弾倉を変えている。今がチャンスだった。足場によじ登り、ボスの背後から強襲する。その際こちらに気がついたようだが、弾切れの銃では何もできない。

俺は左手で銃を払い、ボスの太ももに一発撃ち込む。

 

「グア!?」

 

怯むボス。だが、やはり腐ってもレイダーのボス。空いた左手で殴りかかってきた。それをいなすと、出血している足を蹴って払う。すぐに殺すのはやめた。こいつには聞きたいことがある。

 

仰向けに倒れこむボスの頭に、しゃがみこむように膝を乗せる。視界を塞がれると人間は行動がかなり制限されるものだ。そしてそのまま、無事な右足に一発撃ち込み、ライフルを手にした右腕を掴み、ライフルを奪いつつ肘の関節を逆に押し込む。嫌な音を発てて右腕は簡単に折れてしまう。

 

「ぐあぁああああ!!!!!!」

 

苦痛に悶えるボス。俺は身体の方向を変え、ボスの胴体へとのしかかった。そして顔に右手の拳銃と左手の奪ったライフルを銃を突きつける。

 

「質問に答えろ」

 

そう言うと、ボスは苦痛に苦しみながらも笑った。

 

「悪魔め……」

 

「お前は俺について何を知っている?」

 

一方的に質問する。

 

「どうかな……?過去からやって来たって事か?それとも……お前が永遠の中で何度も同じ事を繰り返すって事かな!!!!!!」

 

唐突に、まだ生きている左腕が俺目掛けて伸びてくる。すぐに右手でそれを左へいなし、ライフルを捨てて腕を掴む。そして拳銃で奴の左腕を撃ち抜いた。

 

「あがぁああ!!!!!!」

 

「無駄だ。勝敗は見えている」

 

だが、それでもボスは笑った。

 

「ああ、確かに視えてる……ようやく俺にもサイトが……」

 

「なに?」

 

サイト。ママ・マーフィの能力のことか?

 

「へっへへへ……視えたぞ、悪魔め。お前は……息子と……会って……苦しむ……残酷な……運命に、なぁ!」

 

ピン、と音がした。奴の右手を見てみれば、いつのまにか手榴弾が。しかも安全ピンとレバーが外れている。

 

「この……!」

 

咄嗟にボスから離れ、足場から飛び降りる。そして組み立て中の車へと身を隠した。

 

「ハァーッハッハッハ!!!!!!せいぜい過酷な運命に苦しめ!Vaultの悪魔よ!」

 

刹那、爆発。手榴弾の爆風と破片が隠れている車の表面に突き刺さった。

爆発が収まり、先ほどまでボスがいた足場を見る。やはり、もう足場は爆発で吹き飛び、ボスの身体も無残なことになっていた。そこら中に残骸が転がっている。

俺は無線機のスイッチを入れる。

数回の呼び出しの後、アルマが応答する。

 

「あー、目標達成。合流ポイントで落ち合おう」

 

了解、という応答の後、無線を切る。

どうにも心が晴れない。あの男が言っていた言葉……妄言だと思いたいが。

帰ったらママ・マーフィに聞いてみよう。

 




最後は駆け足になりました。


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第十六話 ドラムリン・ダイナー、トルーディ

 

「ジャレドを殺してあげたんだね、坊や」

 

椅子に座るママ・マーフィが言った。俺は頷きつつ、怪しい老婆のすぐそばにある机の上へと腰を下ろすと、まず自分が聞きたい事を真っ先に尋ねた。

 

「奴は俺の事を知っていた」

 

「サイト、なるほどね。あの子はやっぱり力に溺れたかい」

 

意味深な事を呟く老婆の言葉はあやふやで、それでも今の俺には少しばかり理解はできた。

コルベガ組立工場にいたボスレイダー、ジャレド。彼は何やら力を求めていたようだった。その疑問についても、彼が使用していたターミナルの日記を読み解けば自ずと答えは出てきたのだ。

ジャレドは元々クインシー出身で、ママ・マーフィと面識があったそうだ。まだレイダーに誘拐される前、この老婆に言われた一言、怪物になるという予言が、彼を狂わせた。正確には、彼の行く末を言い当てたサイトという力に、彼は取り憑かれたのだ。

 

「これを、ママ・マーフィ」

 

俺はコンバットパンツのポケットから吸入器を取り出す。ジェットと呼ばれる、劇薬の吸入器だった。組立工場にあったものを、彼女のために拝借した。

老婆はそれを受け取ると、吸入口に口を当てて中の薬物を吸う。しばし老婆は目を閉じ、脳を覚醒させたまま夢の世界を彷徨った。もう十分楽しんだのか、目を開けてこちらを力強い眼差しで見つめる。

 

「それで坊や。自分自身の秘密について知りたいのかい?」

 

「いや、ショーンのことについてだ。俺のことは今はいい」

 

なんとも魅惑的な誘惑だった。時折何かとんでもない事を忘れているような気がしてならない自分にとっては、本当の自分を知るという事に対して少しばかり興味があるのも事実。だが、それ以上に攫われた息子の方が断然重要だ。

 

「そうだね……ふむ。坊や、ダイヤモンド・シティのことは前にも言った通り。でもね、詳しいことまでは言ってない。だからね、渋い探偵を探すんだ。彼なら坊やの力になるよ」

 

「わかった。ありがとうママ」

 

礼だけ言ってママ・マーフィの部屋から出ようとする。だが、意外にも老婆は俺を呼び止めた。

 

「レキシントンとコンコードの間くらいにね、店があるの。そこに行ってみるといいよ」

 

「それは、ショーンについてのアドバイスか?」

 

「いんや。あんたに対してのアドバイス」

 

今度こそ、俺は部屋を出た。複雑な情報が混じり合う中、俺の心も少しばかり揺れているのは間違いなかった。

 

 

 

 

「よーしよし、いい子いい子」

 

嬉しそうに鼻を鳴らすドッグミートと戯れる。わしゃわしゃと撫でてやると、ウェイストランドでは珍しいきめ細かく若い肌を犬はベロベロと撫でた。そんな愛情表現に、私も頬を擦り付けてお返しする。

コルベガ組立工場の一件は、あの後目立ったトラブルに巻き込まれる事なく終わった。断崖の居住地にはしっかりと報告を終えたし、それを聞いたプレストンも大喜び。ここによく来るカーラという猫背の商人もそれを知ったらしく、ここに来た際にはやるじゃないかと褒めてくれたりもした。噂はもう広がっているらしく、プレストン曰く新たなミニットメンの志願者が来るかもしれないと意気込んでいる。

それから早2日だが。私はどうにも手放しで喜べないでいた。それは、夫ハーディの事である。

組立工場内を颯爽と殲滅し終えた彼は、いつになく何か考え込んでいて。こちらが聞いてもなんでもないと言って相手にしてくれない。確かに人殺しの仕事だからナイーブになる事はあるかもしれないが、今回のそれはまた違うようにも思えた。考えてみれば、彼がこうなる事はたまにあったような気がする。

 

「まったく何考えてんだか」

 

ため息をつく。ドッグミートはそんな私を怪訝な顔で見つめた……ような気がした。

今も隠れてママ・マーフィの部屋で何か話してるみたいだし。プレストンの目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せないよ。

そんな風に考えていた時だった。数日前に建てたコンクリート製の複合住宅から、我が夫が何やら考え詰めたような顔をして出て来たのだ。私とドッグミートはバレないように物陰に隠れる。そうだ、せっかくだからイタズラして憂さ晴らししてやろう。そう考えた私は、自宅兼市長舎に向かうハーディの後ろへと忍び寄った。そして、後ろから目隠ししてやろうと手を伸ばしーー

 

「だーれ」

 

だ、と言う前にハーディが振り返って私の手を掴み上げた。

 

「あだ!あだだ!痛いハーディ!」

 

「おお悪い……いや何やってんだ急に」

 

パッと手を離したハーディに冷静に突っ込まれる。

 

「むー、たまには付き合いたての頃みたいに目隠ししてあげようと思ったのに」

 

「あぁ、そうか、すまん」

 

「また何か考え事?ママ・マーフィよりも私に言ってほしいな」

 

どこか上の空な夫に尋ねる。彼は少しバツが悪いという表情で苦笑いした。

 

「ちょっとショーンの事でね。何かアドバイスがないか聞いてたんだ」

 

「あのサイトってやつ?」

 

「うん。ダイヤモンド・シティで探偵に会えって言われた」

 

そこでママについての会話は途切れる。まだ何か隠しているようにも見えるが、彼は意外にも頑固だから口が硬い。これ以上質問してもはぐらかされてしまうだろう。

 

「ちょっと、行きたいところがあるんだ」

 

私がしようとしていた、新しい話題を振ってきたのは彼の方だった。どこ?と尋ねると、店、とだけ彼は言う。どうやら彼の隠された悩みと関係しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

ドラムリン・ダイナーという商店がある。

コンコードを南下してレキシントン方面へ行くと道路上に唐突にあるその建物は、戦前のコンビニエンスストアを再利用しているだけだ。あまり核の被害が多くなかったこの場所は、今も看板のネオンが点き、旅人や商人にとっては、ある種の休憩地点と化している。

だが、集まって来るのはそれだけではない。時折略奪目当てのレイダーやスカベンジャーがここへちょっかいを出しに来る事もあった。だが、それらは大抵ウルフギャングと呼ばれる小規模な自称ワル達に妨害される。

ウルフギャングはショバ代をドラムリン・ダイナーから徴収する代わりに、ならず者が来ないように目を光らせていた。彼らは名前の割にはショボいギャング集団で、収入源もここのショバ代と薬物の売買のみというチンケなものだが、それでも一方的に略奪できないとあってはレイダーも手を出しづらいものがある。

そんなわけで、一見うまく言っているように見える両者。だが、今ばかりはそうでもなかった。

店の中ではそれなりの歳であろう女性が水平二連のショットガンをウルフギャングの二人に構えて威嚇しており。対するウルフギャングも各々の火器を構えて抵抗している。だが、幸いなことに撃ち合いはまだ発生していなかった。

 

「……お前な、そりゃ相手の母ちゃん怒るに決まってんだろ」

 

俺はウルフギャングの一人に呆れた。どうやらこいつもそれを分かっているようで、言い返せないでいる。

ママ・マーフィが言っていた店に来てみれば、何やら不穏な空気が流れていたのでウルフギャングをなだめて事情を聞いてみれば。彼らは店主の息子に薬を提供していたらしい。しかも、キャップと呼ばれる通貨が払えない事を見越して、そのまま薬漬けにしーーもう薬から離れられなくなった所に取り立てに来る。そんな、昔からあるようなセコイやり方に店主の女性が激怒するのも仕方ない。

 

「そうは言うけどな、これは商売だ。文句言うんだったらどっか行ってくれ」

 

ウルフギャングが煙に巻くように言った。俺とコズワースは顔を合わせた。正確には、アイセンサーにこちらも目を向けた。

 

「まったく酷い事をなさるのですね彼らは。旦那様、いかがなさいますか?」

 

コズワースが問う。ウェイストランド流ならば、ここいらで血が流れるのだろうが。あいにく今の俺はそんなに血に飢えていない。

 

「ちょっと待ってろ、あの婆さんと話してみる」

 

「ああそうか助かる、何かあったら加勢するぜ」

 

「いらねぇ」

 

こんな下らない事に巻き込まれた事にイラついているのか。いや、それ以上に息子のことや、自分の事で一杯なのだ。

 

 

 

「そこを動くんじゃないよ。あんたウルフギャングとなんか話してたでしょ」

 

ショットガンの銃口がこちらに向く。俺は両手を上げて敵意が無い事を表すと、目の前の女性に言った。

 

「落ち着け。単なる仲介だ」

 

「仲介?なら伝えて、金は払わない」

 

「おい落ち着けよ……ああクソ」

 

悪態が漏れる。なんだってこんな役割ばっかりなんだ。

 

「いいか、あのアホ共はクソみたいな詐欺師だが。あんたの息子さんは実際に薬を受け取って使っちまってるんだ。あんたは払う義務がある。多かれ少なかれ、な」

 

ムムム、と目の前の女性が悔しそうに唸る。頼むから穏便に済んでくれ。俺に銃を抜かせないでくれ。そう願いながら隣でうるさく宙に浮くコズワースを見つめた。

 

 

 

 

「さて、軽くなった財布の中身を埋めてくれると嬉しんだけど」

 

結果的に、騒ぎはすぐに終わりを迎えた。店主トルーディが半額分払う事でウルフギャングは渋々了承したのだ。最初こそ詐欺師連中はその申し出を拒否したが、俺が彼らのした事を非難すると、なんとか首を縦に振らせた。どうやらこちらの武装を見て、彼らは少しばかり怯えていたらしい。まぁ、自動小銃と防具、それにロボットを引き連れた奴なんて俺も相手にしたくない。

 

「それじゃ飲み物を」

 

「はいよ。ついでに食い物も買いなさいな」

 

「あいあい分かったよ」

 

やる気がなさそうに頷く。トルーディはここらでは珍しいサンセット・サルサパリラをカウンターの上に出した。一緒に袋に入ったソールズベリーステーキも添えて。

 

「それにしても、あんたこっちに来てたんだ」

 

ふと、サルサパリラを飲む俺にそんな事を言ってきた。まるで何の話か分からない俺は彼女に聞き返す。

 

「どっかで会ったか?」

 

つい最近目覚めたばかりだから会った人間は全員覚えている。覚えていないのは戦前のどうでもいい人間か、親しい者以外の死体だけだ。

 

「モハビで会ったじゃない。グッドスプリングスで。あの子とは会えたの?」

 

「モハビ?西海岸か?人違いだろ」

 

そうかしら、と言ってまた自分の作業に戻るトルーディ。厄介ごとに巻き込まれるわ間違われるわ、ロクでも無いな。おまけにママ・マーフィの言ってた事も外れてる。何も俺の事について分からないじゃ無いか。

 

しばらく一人、食事をして時間を潰す。アルマはサンクチュアリに残してきた。別に彼女が関わる事でも無いし、無駄に危険に晒したくは無い。一応護衛として連れてきたコズワースは、外でフラフラと動き回っては時折ウルフギャングの二人に説教している。コズワースも、Vaultから出てきた時はちょっとおかしかったが今じゃ元通りだ。まぁ、200年守ってきた家が魔改造されて落ち込んでた事もあったようだが。

 

「はぁ、こっちに来るんじゃなかったかしら」

 

不意に、トルーディが不満を口にした。誰にでもよくある、独り言のようだったが、多分俺にわざと聞こえるようにしてるんだろう。クソ、穏便に済ませてやったんだぞこっちは。

 

「そんなにモハビがいいならなんでこっちに来たんだ」

 

お返しにと、俺は悪意を混ぜてそう尋ねた。

 

「荒れたのよ、あっちも。あの子が色々動いてくれたけど、故郷のグッドスプリングスはもう元には戻らなかった。だからチャンスを求めてこっちに。まぁ、実際はNCRとリージョンの奴らから離れたかったからだけど。それとあのヘンテコロボット共」

 

「大変だったんだな」

 

あまり興味がないように俺は言った。西海岸がどうあろうと、こっちにその影響が来ることは今はもう無いだろう。アメリカは広い。文明がほぼ消え去った今となっては、移動に一苦労だ。だから、そのなんたらってのもこっちには来ないはずだ。

 

「あの子がいてくれたらこっちでも商売がうまくいっただろうに……嘆いても仕方ないけど」

 

「あの子って?」

 

「運び屋」

 

何か引っかかった。どうしてか、運び屋というどうでもいい言葉が頭に残る。俺は今までの態度を一変させて、しかしバレないように平静を保ちつつ尋ねる。

 

「どんな子だったんだよ」

 

「どんなって……いい子だったよ。可愛くて、礼儀正しくて。でも、とんでもなく腕っ節は強くてね。しばらく会わなかったらモハビの騒動のど真ん中にいたみたいで、あの子も苦労したんだって言ってたよ」

 

「それは、俺と間違えた奴なのか?」

 

「いや。だってその子、女の子だもん。あんたに似た奴は、その知り合いみたいだったよ。あの子も探してたし、そいつもあの子を探してた。でも、どうなったのかは分からない。しかしまぁ随分と熱心に聞くんだね」

 

「あぁ、いや別に。ちょっと気になっただけだ」

 

そう。気になっただけ、それだけだ。

聞いていても何も思い出せなかったし、なによりもVaultで寝ている間に起きた事なんて知るはずがないんだから。

きっと、気のせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がサンクチュアリに戻ったのは、次の日の朝のことだった。コズワースと戦前の事について下らない世間話に近いものを駄弁りながら戻ったのを見て、アルマは少しばかり機嫌を損ねていたらしい。そんな彼女に真っ先に謝罪をしたが、それでも彼女の機嫌はあまりよろしいものではなかった。

それからまた一日が経ち。新しい居住者達がサンクチュアリにやってきたと思った。だが、それはどうやら俺の勘違いのようで、彼らは新しいミニットメンに職探しをしにきたのだそうだ。

 

「ミニットメンは職業案内所じゃないんだがな」

 

心に正義を掲げる将軍補佐は口ではそう言ったが、内心は少しばかり喜んでいるようにも見えた。何にせよ、仕事が増える。

 

それから一週間、俺とガービー、そして新たなミニットメンはちょっとした大工の真似事をしていた。サンクチュアリの余っていたスペースに、ミニットメンの営舎と事務所を備えた建物を作ったのだ。当然、資源はあまりなかったからあのカーラに頼んで物資を売買してもらったが……それのせいで俺が目論んでいた武器工場で完成した試作の武器を半分以上手放さなければならなかったのは痛い。

とは言え、長いこと商人をやっているカーラからして言えば、武器の質はかなり良かったらしいので、一応商品になるという事が分かったのは嬉しい限り。

ちなみに、製造しているのは構造の簡易さと弾薬の供給量から、コンバットライフルと呼ばれる民間用の小銃と、10mmピストルだ。10mmピストルについてはもう語るところがないが。ホームディフェンス用の武器として売られていたコンバットライフルは、簡易な構造と安価な値段で幅広くこのマサチューセッツ州で販売されていた。古臭い鉄と木だけで作られてはいるが、それなりに信頼性は高く、オプションも豊富で、人気があったのを覚えている。使用弾薬もアメリカ人が大好きな.45口径で、近距離での威力は問題ない。個人的に、新しいミニットメンの武装はこの二つで決まりだった。

ガービー曰く、レーザーマスケットはミニットメンの誇りなのだそうだが、レーザー兵器の壊れやすさを知っている身としては、新生ミニットメンの武装を変えざるを得ない。それに組織のトップがそう言っているのだから、彼も渋々了承した。

さて、新生ミニットメンの諸君がここの建物を使うようになって早2日。今まではお客様だった彼らにも、早いとこミニットメンになって俺たちの負担を軽減してもらわなければならないと感じていたわけで。今日からは、俺とガービーが主導で訓練を始めることとなっていた。なお、警備部長のジュンも含める。

 

「じゃあまずは基礎的な体力トレーニングから」

 

ちょっと投げやりな物言いだが、体力が無いと民兵なんてやってられない。だが、俺の予想に反して連邦の民はそれなりに優秀だったようだ。皆トレーニングで死にかけてはいるものの、基準は合格している。

だが、そこからが問題だった。射撃はそれぞれ得手不得手があるものの、連邦で暮らしている以上それなりに腕はある。それはいい。だが、兵の運用やら分隊での行動の基礎など、部隊が行動するために必要なものが一切無い。

これには頭を抱えた。仕方のないことではある。だって、あの華やかな時代は200年も前に終わっていて、その時に教えられていた事などほぼ伝わっていないのだから。

 

初日にして問題にぶち当たった俺は、一人夜風に当たりながら、建物の裏手でタバコを吸っていた。肉体的にもそうだが、精神的にも疲れていたのだ。無理もない、あれからほぼ休まずずっと何かしていたのだから。

 

「やっぱり禁煙してなかった」

 

不意に建物の角からよく知っている声が聞こえて、ドキッと心臓が跳ね上がった。アルマが、目を細めてこちらをジッと見つめていたのだ。

 

「あぁ、アルマ」

 

どう言い訳しようか悩む。結婚してから表では禁煙していた事になっていたから、彼女は裏切られたと感じていてもおかしくはなかった。でも、やっぱり俺のかみさんだ、俺の困惑する顔を見て少しばかり笑うと、言った。

 

「冗談。前から知ってたよ、臭い消せてないし。しょうがないよね、ずっと戦場にいたんだもん、気を紛らわせるものがないと」

 

ああ、と自信なさげに頷く。そんな俺に何を思ったのか、彼女はそっと俺のそばに寄ってきて、コテン、と頭を俺の肩に乗せた。同時に、俺もタバコを急いで携帯灰皿に突っ込む。

 

「お疲れ様、あなた」

 

彼女がそう言うと、心の疲れがじわじわと癒されていく。そんな彼女の頭に、自分の頭を重ねる。問題は山積みなのに、なんとも幸せな気分だった。しばらく俺は妻に甘える。

ニコチンが回ったのか、アルマがいてくれるおかげか。その日の夜は、えらく機嫌が良かった。

 

「でもタバコはやめてね」

 

「あ、はい」

 

我が家の奥さんは計算高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、ダイヤモンド・シティ。連邦において最も栄えているこの街は、ボストンの激戦区であるボストンコモンから南西に数キロ歩いた場所にある宝石箱だ。

街を覆う緑の高い壁は、見るものが見ればかつてそこが野球場であった事を容易に想像できるだろう。今は連邦の民によって街として築き上げられているその場所は、誰もが羨む安全な街としても知られていた。

だが、そんな街にも悪人はいるものだ。この男もそのうちの一人で、改造されて防御力が高められた服は、一見で傭兵か何かであると分かる。腰には大口径のリボルバー、頭髪はハゲていて、顔には古傷。

サンクチュアリの夫婦が探している男が、そこにいた。

 

夜の街を彼は歩く。マーケットのイカれたロボットからヌードルを二つ買うと、彼は自宅へと足を進めたのだ。

紙の器に入ったそれは、熱々で、食欲をそそるが、今の彼には別にどうって事なかった。

自宅に着くと、彼はしっかりと扉に鍵をかける。そしてヌードルを散らかったテーブルの上に置くと、同居人が部屋にいない事に気がついた。

彼はため息をついて呆れた後、机の裏に隠されたボタンを押す。すると、本棚が設置された壁でしかなかった場所が、横にスライドする。隠し扉だ。

開き終わってから、彼はのっそりとした動きで開いた扉の奥を覗いた。小さな電球一つだけついた隠し部屋。そこに、探していた、小さな同居人がいた。彼は椅子に座り、熱心に、黙々と男の物である銃をいじくり回している。

 

「楽しいか、それ」

 

男が尋ねる。すると、小さな同居人は手をピタッと止めて振り返った。

やや金髪に近い茶髪は眉のあたりまで伸び、その顔は東洋人風。目の色も黒色で幼い。されど、その目には何か力強さを感じる。まるで、あのVaultで必死に男を罵倒した夫のような。

 

「やぁ、ミスター。少し借りてるよ」

 

声も外観に沿うように幼いが、どこか知性を感じさせる。男はヌードルを二つとも手にすると、同居人のそばの椅子に座った。

 

「飯、買ってきたぞ」

 

「ありがとう。ちょっと今手が離せなくてね、そこに置いておいてくれないかな」

 

口元だけ笑い、そう言う同居人。だが、目は手元の銃から離そうとはしない。そんな幼い銃職人を見て、男は言う通り作業台の上に一つだけヌードルを置き、片方を食す。

 

「シアーの解放が遅くてね」

 

ヌードルを半分まで食した所で、同居人が呟いた。男は職業柄、それが銃の部品の事を指しているのだと理解する。

 

「撃発までに時間がかかると、そういうことか」

 

「その通り。おまけに板バネも劣化してる。でももう修理したよ」

 

そう言って、同居人は慣れた手つきで銃を組み立てる。すると、数秒でその銃は元の形へと戻った。男が腰に下げるのと同じ、.44口径のリボルバー。彼が組み立てた銃だった。

 

「いい銃だ。でも、使い方が荒い。あまりグリップで相手を殴らないほうがいい」

 

「ご忠告どうも」

 

返事はしつつも、幼い同居人が言ったアドバイスに内心驚く。調子が悪いからと、男はいつも使用するこの銃を家に置いてきたのだが。この子どもは、それを勝手に修理するばかりか、どんな使い方をしているのかも当ててみせたのだ。おおよそ、「温室で育ってきた」とは思えない。

 

「仕事は終わったのかな?」

 

「ああ」

 

会話は終わる。でもそれでこの同居人は満足なようで、修理した銃をテーブルに置くと冷めたヌードルを食べ始めた。

 

「思うに、熱すぎるのは胃に良くない」

 

「そうか。温かい飯が食えるだけでありがたいと思うもんだが」

 

「それがウェイストランドという奴かな?」

 

「かもな」

 

どうでもいい事をベラベラとよく喋るとは思う。だが、男に不満はなかった。むしろ、自分にもまだこうして人と話せるだけの感情があるのだと気付かされる。

 

「ご馳走さま。やっぱり落ち着いて食べるのが一番だ」

 

「今日もまたあの新聞屋の娘と話していたのか?」

 

「うん。中々賢い子だよ、彼女は」

 

「あまり目立つことはするなと言ったはずだが」

 

「人は人と話して初めて自分を認識できるのさ」

 

男の言葉にもこの同居人は恐れない。そればかりか、軽口で返すあたり、男のことを知るものが見れば命知らずとも見て取れるが。この同居人は男の事を信頼していた。

 

「さて、ミスター。残念だが、もう時間があまり無いようだ。今日も彼がここに『飛んできた』」

 

修理してもらった愛用の銃を弄る手が止まる。しかしそれもほんのわずか。男は吊り下げていた銃を棚に置くと、修理した方のリボルバーを腰に下げた。

 

「そうか。近いうちに来るとは思っていたが」

 

「寂しいかい?」

 

「ふ、いや」

 

男は鼻で笑う。それを見て、同居人も子どもらしからぬ笑い方をしてみせた。

 

「ならいいんだ。あんたが悲しくなると、こっちも胸がしめつけられそうになるからね」

 

「冗談、お前はそんな感情豊かな奴じゃ無いだろう」

 

「どうかな?親に似て、実はパッションに溢れているかも。……冗談さ」

 

今度こそ、二人は笑う。しかし、それも静かなものだった。

 

親子でも、親戚でも無い二人。不気味な笑い声は、夜でも賑わうマーケットの騒音にかき消される。




まさかの知的化。彼は、私の調教に耐えることができるでしょうか。


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第十七話 USAF衛星基地オリビア、ミニットメン

 

 

兵士を実戦にて使い物にするには、最低でも半年はかかるものだ。体を鍛え、頭に知識を詰め込み、一人前の兵士にする。それがどれほど難しいことか。だから、今俺が主導でやってるミニットメンの訓練は、兵士を育てるという点に関してはまるで時間が足りない。

 

「見えた、あれがオリビアと呼ばれる戦前の基地だ」

 

早朝、草むらに潜むガービーが、真横の俺にそう知らせる。前方200メートル先には彼が今しがた言っていた基地、USAF(空軍)衛星基地オリビアが、今もなおそびえ立っていた。

俺は双眼鏡を取り出し、匍匐しながら状況を偵察する……奴らはいた。レイダーだ。歩哨が数名、塔の上に2名と犬が1匹。それなりに歯ごたえのあるであろう編成だった。

 

「ミニットメン、集合」

 

小声で言いながら、人差し指を上に上げて回す。すると、同じように匍匐しながら身を潜めていた新兵達が、周辺を警戒しながら俺の周りに集まった。

将軍、準備良し。そう、ファイアチーム(射撃班)を任せている新兵二人が言ってくる。一人はあのジュンだった。

 

「命令を下達する。ブルーチームと俺は前衛、合図で攻撃を開始したらレッドチームは横隊、この場にて周囲を警戒しながら援護しろ。攻撃は今から1分後、フレンドリーファイアなんてするなよ」

 

「り、了解」

 

そう言うと、彼ら新兵は配置に着く。俺も戦闘がいつでもできるように、持ってきたライフル(AR-15)の槓桿レバーを半分引いて弾薬が装填されていることを確認する。それに便乗するように、ガービーも手にしたライフル、 SA58の状態を確かめた。

 

「実戦で実弾を使うのは久しぶりだ」

 

今彼が手にしているのは、過去のミニットメンを象徴するエナジー武器、レーザーマスケットではない。強力な7.62mm弾を使用する、空挺部隊向けのバトルライフルだ。ミニットメン指揮官として、特別に俺の武器庫から与えたものだった。

 

「俺から言わせて貰えば、レーザー武器よりよっぽど信頼できるさ」

 

静かに笑いつつ、ちょっと緊張気味な副官を宥める。

彼が緊張するのも無理はない。何せ、今から行う戦闘は、新兵を含めた新生ミニットメンの初陣なのだから。この戦闘の結末が、俺たちの行く末を決めると言っても過言ではなかった。

そして、時間は迫る。時計の針が、予定していた時刻を指したのだ。

 

「ブルーチーム、隊形ライトヘビーウェッジ(右重視楔形隊形)。前へ」

 

「前へ」

 

静かに、しかしちゃんと届くように指示すると、俺の動きに合わせたように新兵達が動く。さあ、一狩行こうじゃないか。

 

 

 

 

 

アバナシーファームという場所がある。サンクチュアリから南に数キロ下った場所にあるアバナシーファームは、数人の家族が営んでいる農場である。

つい3日前、ミニットメンの無線にて、この農場から救援要請があった。ガービーと新兵を向かわせたところ、どうやら数週間前にレイダーの襲撃を受けたようで、農場の主であるブレイク・アバナシーの娘が死亡、農作物の一部と娘の遺品を奪われたのだとか。

憤慨したガービーはこのレイダー達の排除を引き受けた。新兵の訓練はまだ不十分だが、経験を積ませるにはもってこいの事案だと思った俺は、彼らを率いてレイダー鎮圧に乗り出たのだった。

 

 

 

 

 

「右へ回り込め!建物の陰を利用しろ!」

 

怒鳴りつけるように俺は指示を飛ばした。ブルーチームの少し後ろで木に身を隠しつつ、最低限ライフルと頭だけを出してレイダーを狙い、射撃する。横ではブルーチームが銃弾の中を掻い潜り、レイダーの左側面にある建物へと猛ダッシュで進軍していた。

 

「撃つのをやめるな!交互前進で常に制圧し続けろ!」

 

「うう、了解!」

 

あの弱気なジュンが必死にコンバットライフルを撃つ。さすがにレイダーも、自分たちよりも多い人数に襲われたせいか反撃が弱まっていた。つまり制圧できているのだ。

これを好機に、俺は一気に前進する。移動の際も、ライフルの銃口は常に敵方に向け、適度に撃ちながらブルーチームの隠れている建物裏へと移動した。

 

「ブルー3と4は俺に続け!塔を制圧するぞ!ジュン、お前と2、5は援護!」

 

「了解、わかった、わかったよ!」

 

己を奮い立たせるようにジュンは頷いた。

 

「頼むぞ警備隊長!……2、4、続け!」

 

真っ先に俺が飛び出し、その後ろをブルーチームの二人が追従した。

 

 

 

 

 

 

 

ものの数分で基地の地上兵力は沈黙した。奴らの番犬や、どこから来たのかわからない地雷付きのモールラットも含め全て殺したのだ。

なんてことはない、ただ訓練と同じように敵を狙い、殺せばいいのだから。俺という存在抜きにしても、ウェイストランドの荒っぽい日常に慣れている新兵達にとっては朝飯前だったようだ。

 

「やったな将軍。こうもあっさりと、被害も無しで地上を制圧できるとは」

 

合流したガービーが喜ぶ。

 

「まだだ。地下が残ってる。そっちが本隊だろう」

 

そう。元空軍の衛生監視基地だったこの場所は、地下にそのメイン施設がある。今の戦いは前哨戦に過ぎなかった。

アバナシーの報告によれば、ここのレイダーを率いているボス、アックアックは携行用ミニガンを手にしているらしく、苦戦は免れないだろう。

 

「ああ、だがこの調子なら行けるさ。皆の動きも想像以上だ、そうだろう将軍」

 

意外と楽観的な副官。確かに今の勢いを潰すのは良くないが、慢心も良くないだろう。油断して失敗した作戦なんて山ほど見てきた。

 

「気を引きしめろ。お前がそんなんでどうすんだプレストン。ミニットメン、集合しろ!」

 

俺は一切油断することなく、周辺を警戒するミニットメンを呼び寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

基地内部は、不気味と言っても過言ではなかった。薄暗く、本当に人がいるのかと疑いたくもなるほど静かだからだ。

だからこそ、気が抜けない。地上でのドンパチがどれだけ彼らの気を引いているのかわからないし、罠がないとも限らない。慎重に、ポイントマン(前衛)として前を進む水平二連ショットガンを持つ新兵の肩を握りながらゆっくりと階段を進んで行く。

 

今現在、地下へと進行しているのは俺とレッドチームの五人だ。プレストンとブルーチームは地上の警戒を任せている。

不意に、前を進むポイントマンの足が止まる。丁度、下の階段が終わったところだった。

 

「将軍、罠だ」

 

ショットガンを構えながら、片手で2メートル前を指差す。そこには確かに、うっすらと感知式レーザーワイヤートラップが設置されていた。上には電流を流すテスラコイル……なるほど、元からここにあるのを再利用したのか。

 

「解除する」

 

そっと、俺は前に出て赤外線レーザーを出している装置に手を掛ける。どうやらそこまで複雑なものではないらしく、スイッチ一つで起動しているようだ。スイッチをオフにしてやると、レーザーは消える。解除した後、俺は拳銃( P226)を構えながら、ゆっくりと曲がり角をクリアリングして安全を確かめる。

 

「クリア、前へ」

 

俺はその場で拳銃を構えたまま、指示を出してレッドチームを前進させた。小刻みに、ポイントマンの新兵が次の曲がり角をクリアリングしていく。カッティングパイという近接戦闘の技術だ。

全員が室内に侵入したのを見届け、俺もポイントマンの後ろへと配置についた。どうやら今俺たちがいるのは管理室のようだ。ターミナルが設置されており、テスラコイルと奥の扉に配線が伸びている。

 

「コンタクト」

 

そっと、ポイントマンが呟く。コンタクト、接敵という意味である。

ポイントマンの肩からそっと前方を覗く。通気用の窓枠から、施設の奥が見えた。確かに、レイダーが一人手すりに寄っかかってタバコを吸っている。

姿勢を低くするようにハンドサインで指示し、全員をしゃがませる。そしてまた前へと進んだ。

部屋は通路にそのまま繋がっており、通路は左右に伸びている。チームを二つに分裂させ、慎重に、クロスオーバーという技術で、通路の左右を確認させる。通路に敵はいない。

 

「クリア」

 

「クリアだ」

 

ミニットメン達がそう言うと、俺は頷いた。そして再集合させ、右手に見える階段ではなく、左手の通路へと進む。

最後尾に後方警戒させて進んで行くと、また曲がり角。しゃがんだポイントマンの真上に、やや覆いかぶさるような体勢で、合図とともに一気に角を覗く。

いた。レイダーだ。通路の奥で犬と戯れている。かなり厄介だった。

 

「下がれ」

 

こっそりそうポイントマンに告げ、後方の隊員達にも敵と遭遇したことをハンドサインで伝える。

犬は鼻が効く上に、素早い。撃てば簡単に死ぬが、そうなれば敵にこっちの存在がバレる。

 

「1と3、4は窓枠付近で待機。こちらの発砲と同時に手すりの奴をやれ。右の階段の警戒は1がしろ。発砲後はその場にて敵を見つけ次第撃ちまくれ」

 

レッドチーム1が頷き、窓枠付近へと戻る。それを見送り、俺は仕事を待つポイントマン……フリードと呼ばれるショットガンを持つ青年に指示を出す。

 

「レイダーは俺がやる。犬が走ってきたらそいつで穴だらけにしてやれ」

 

「へへ、了解」

 

訓練段階でかなりアグレッシブだという評価を下し、ポイントマンに任命した彼は笑って頷いた。俺は上半身だけ曲がり角から出し、拳銃を構える。腕はしっかりと壁に委託し、安定させた。

ゆっくりと、引き金を絞る。無意識のうちに完全に引かれた引き金は、シアーをリリースし、下がったハンマーは撃針を叩いた。

発砲音。弾頭は10メートル先のレイダーの首を貫き、ダウンさせた。

 

「ギャン!」

 

犬が驚き、次の瞬間にはこちらへと走りこんでくる。だが、フリードのショットガンはそれを許さない。

一際大きな発砲音と発砲炎が視覚と聴覚を刺激し、散弾が犬の顔面を蜂の巣にした。直後に背後から複数の発砲音。窓枠にいたレッドチームだ。

 

「なんだ!?」

 

「誰だ撃ちやがったのは!」

 

「仲間がやられた!上の階だ!」

 

騒がしくなる施設内。俺はフリードの肩を叩き、前進命令を下す。

 

Go hot(派手にやれ) !!!!!!」

 

そう叫ぶと、窓枠に待機させていたレッドチームの射撃が激しくなった。

足早に前進し、トイレへとつながる通路へと入り、クリアリング。トイレには敵影無し、今度は先ほど倒したレイダーへと向かう。

首を撃たれたレイダーはまだ息があったが、それも二発ほど頭に拳銃を撃ち込むことにより沈黙する。俺は背負ったライフルを取り出すと、通路からこっそり次のフロアを覗いた。

どうやらここは機械室らしく、電力供給用の原子力リアクターが稼働している。下の階と繋がっており、それなりに広い。うるさいと評判のリアクターの音は、レッドチームとレイダーの銃撃音でかき消されている。

 

「2、前へ」

 

「よしきた」

 

ショットガンのリロードを終えて待ってましたと言わんばかりにフリードは前進、先ほど手すりに寄りかかっていたレイダーの死体のあたりまで移動する。俺もその後ろを行った。

下ではこの部屋に飛び込んだらしいレイダーが蜂の巣にされていた。レッドチームは仕事を果たしているようだ。

 

「フリード、降りるぞ」

 

そう彼に告げ、手すりから下の階に飛び降りる。高さはそんなにないから、転がって受け身を取ることもない。

二人で下の階へとやってくると、レッドチームが誤射を恐れて発砲をやめる。俺は上の窓枠に向かって回り込めとハンドサインで指示を出すと、そっと隣の部屋を覗いた。そして、急いでまた身を隠す。

ミニガンを持ったレイダーとその取り巻きが複数。すでにいつでも撃てる状態だった。

 

「あぶねっ」

 

次の瞬間には、目の前の扉枠からミニガンの、雨のような弾丸が通り過ぎていく。拳銃弾より弱い小口径といえど、あれだけ撃ち込まれたら痛みを感じる間も無く死ぬだろう。

 

「ミニガンってことは、敵の親玉か」

 

俺の後ろを守るフリードが言う。

 

「ああ。お前、火炎瓶あるか?」

 

「ああ。用意するか?」

 

「頼む。回り込んできたレッド達に気を取られてる隙に投げ込め」

 

了解、と言うとフリードは背負ったバッグから火炎瓶とライターを取り出す。

 

「お前らタダで済むと思うなよ!」

 

女性の声が響く。おそらくアックアックの声だ。

 

「コンタクト!」

 

同時に、回り込んだであろうレッドチームの声が響いた。発砲音だけが聞こえる。

フリードは火炎瓶の口元に詰められた布にライターで火をつけると、それを扉枠の向こうへと投げ込む。

ミニガンの音で瓶が割れた音は聞こえなかったが、どうやら効果はあったらしい。ミニガンの音が止み、女の絶叫とライフルの発砲音が響いたのだ。俺は一気にアックアックがいるであろう室内へと突入する。

アックアックは火だるまにされた上にレッドチームに蜂の巣にされ。残るレイダーの取り巻きも、俺とレッドチームのライフルの前に沈んでいく。

 

「クリア!」

 

「クリア、誰もいない!」

 

排除と同時に室内を探索するレッドチーム。どうやら敵はいないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っただろ将軍、やれるって」

 

夕暮れ時、隊列を組み帰路に着く中で、ガービーはそう言った。結果だけ見れば、ミニットメンの圧勝だった。だが俺は満足していない。戦前の、俺がいた部隊であるならば、この程度の敵は10分とかからずに制圧できただろう。まだ無駄が多い。

 

「課題はある。帰ってからミーティングして、次に備えなきゃな」

 

「はは、手厳しいな」

 

笑うガービー。だが、成功は成功だ。犠牲もなく、怪我もない。これ以上望むのは欲張りなのかもしれない。

俺は懐から回収したロケットペンダントを取り出す。例の娘の遺品だ。

 

「……連邦は残酷だな」

 

一人呟いた言葉は、吹いてきた風にかき消された。

 



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第十八話 ケンブリッジ、パラディン

 

 

「助かったわダーリン。私たちだけじゃどうにもならなかったから」

 

Ms.ナニー型のロボットが、アイカメラをこちらに向けて言う。

 

「また何かあったら連絡ちょうだいね。ミニットメンが駆けつけるから」

 

アルマが手を振ってにひひ、と笑うと、Ms.ナニー型のロボット、管理者ホワイトはマニピュレータを手の代わりにして振替して来る。アルマはそんな彼女を背に、サンクチュアリへと向かう。

 

「随分と個性的なロボットだったな」

 

路上で警戒していた俺が合流したアルマに言う。

 

「ニュース見なかった?核が落ちる前にちょっと話題になったんだよ、あそこの農園」

 

「そうだっけか?」

 

たわいも無い会話をしながら、上り坂を歩く。

グレイガーデン。核戦争直前に作られた農園は、その管理の全てをロボット達が管理している。ロブコ社のエンジニアであるグレイ博士によって彼らは人格を作られたらしく、テレビ好きな博士はテレビ司会者をモデルに人格を形成したらしい。どうりでなんだか懐かしい気持ちになったわけだ。

完全にロボットで自律した農園だったが、近くの水処理場が汚染されたせいで水質の改善をミニットメンに依頼して来た。俺とアルマは農園の偵察も兼ねてここへ赴き、水処理場の動きを清浄にしたのだった。

 

「それにしても、あの巨人……」

 

水処理場で戦った奴らのことを思い出す。

緑色の肌に大きな身体……まさしくコミックの悪役のような奴らが、水処理場の外を占領していたのだ。そこそこ知能が高く、武器も当たり前のように使用していたため、狙撃でバレないように殺さなければ苦戦していたに違いない。

 

「.50口径持って来て良かったよ。きっと7.62mmじゃ脳天ぶち抜かなきゃ仕留められなかったね」

 

狙撃を行ったアルマが分析する。たしかに奴らの耐久力は凄まじい。当たったら真っ二つになる.50口径すら、胴体に当てられてもなかなか死ななかったのだから。

 

「単なる放射能変異にしては随分出来過ぎてるな。それにあのカニも手強かった」

 

カニ。いや、カニの化け物。水処理場の外を排除した俺たちを中で待ち受けていたのは、人間と同じくらいの大きさの甲殻類の化け物だった。5.56mmじゃ甲羅を破れず、弱点である顔を撃ち抜いてようやく倒せた。もしあのハサミの一撃を喰らおうものなら、手足を持っていかれるに違いない。

 

「私はあれを食べようとは思わないな〜」

 

「俺もだな。でも案外珍味だったりして」

 

「え〜、ゲテモノじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

グレイガーデンからサンクチュアリまでは約1日ほど。予定通り昼過ぎにレッドロケットに到着した俺たちを待っていたのは、ドッグミートだった。健気な犬は鼻を鳴らしてアルマに飛びつく。

 

「おっとと、元気だね〜。私今猛烈に眠い」

 

目にクマを作るアルマ。帰還を優先して歩いたから、もう3日は寝ていない。なんかごめん。

と、レッドロケットに建てられた監視塔からミニットメンの一人が顔を出す。

 

「将軍!おかえりなさい、1日ほど遅かったですね!ガービーが心配してましたよ!」

 

顔を出したのはこの前の衛星基地襲撃に参加したメンバーのうちの一人だった。俺は了解、と言って手を振る。心配性な副官だな。まぁ、自分が散々推薦しといて死なれたら後味は悪いだろうしな。

ドッグミートを引き連れレッドロケットを後にすると、アルマを先に休ませて俺はガービーの下へ。彼は街の財政とミニットメンの人事資料とにらめっこしながら、自分のオフィスで職務についていた。

 

「よう、戻ったぜ」

 

扉を開けて俺がそう言うと、ガービーの顔は晴れた。そして書類を放棄し、立ち上がって挨拶する。

 

「遅かったな将軍!心配したぞ」

 

「例の農園でトラブルに巻き込まれてな。収穫もある、農園の協力を取り付けた」

 

「あのロボットしかいない農園のか?そいつはいい、食料プラントはいくつあっても足りないからな」

 

嬉しそうに言うガービー。彼は食器棚からカップを二つ取り出すと、少しヌルそうなコーヒーを淹れて片方を差し出してきた。それを受け取り、一口。やっぱりヌルい。

 

「それで将軍、向こうで何が起きた?」

 

「ああ。農園の近くにある水処理場が不具合を起こしててな。いつものごとく御使いだよ。まさか、緑色の巨人とカニの化け物がいるとは思わなかったが」

 

なに?と、ガービーは顔を曇らせる。

 

「マイアラークはともかく、スーパーミュータントとやりあったのか?」

 

「ああ。噂には聞いてたが、随分としぶといんだな。.50口径を持って来といて良かったよ。おかげですぐに片付いた」

 

するとガービーは賞賛するような口笛を吹いた。

 

「何はともあれ、無事で良かった。今のところはミニットメンとしての仕事はないから安心してくれ」

 

「ああ、わかった」

 

ここでミニットメン将軍としての報告は終わる。そして次は、一人の父親として言わなきゃならない事があった。

俺はコーヒーを飲み干してデスクの上に置く。そしてそれを告げる相手に、少しだけ申し訳なさを覚えながら言った。

 

「ガービー。ダイアモンド・シティに行こうと思う」

 

そう告げると、しばらくガービーは窓の外を見つめて黙った。しばらくしてからこちらに向き直り、ため息を一つ。彼は心底残念そうに、だが理解していると言った具合で笑顔を見せる。

 

「そうした方がいい。あんたらと会ってからもう二ヶ月も経つんだ、こっちのワガママばっかり聞いて貰ってたからな」

 

意外にも彼はあっさりと俺たちの要求を聞き入れてみせた。いや、むしろこの義理堅さがプレストン・ガービーという人間なのかもしれない。俺は頷いて、そうだな、とだけ言った。

二ヶ月。俺とアルマがこの荒廃した世界に降り立ってから二ヶ月もの月日が流れていた。その間、やったことといえばサンクチュアリとミニットメンの復興だった。

今やサンクチュアリは、ボストン北西部で一番発展している街となっている。トレーダーの数も増えたと同時に、レイダーの小さな襲撃も増加していた。だが、それ以上にミニットメンの規模も大きくなっている。サンクチュアリ・シティではもはや増えるミニットメンを駐留させておけず、テンパインズの断崖、遠いところではオバーランド駅。様々なところにミニットメンの駐屯地と監視所を設けたのだ。また、無人であったコンコードは今やミニットメンの訓練施設兼大規模駐屯地になるように改装中。ちなみに現場責任者はロング夫妻。意外にも、マーシーは指揮官としての能力が高い……亡くなった息子さんの事を忘れようとしているだけかもしれないが。

現状、ミニットメンは俺たちの手を必要としていないのだ。まぁ、たまたまグレイガーデンの救助要請には手の空いていた俺たちが出向くことになったが。

 

「あんたのおかげでミニットメンはここまで持ち直している。それもこれも、あんたのおかげだ将軍」

 

「お前が管理しているからさ、プレストン」

 

副官として多忙ながらも職務を全うしている友に賞賛を送る。俺も窓付近へと足を運び、日が暮れかけるのに明るいサンクチュアリを見下ろした。

50人程度の人が暮らすサンクチュアリ・シティは、一部では第二のダイアモンド・シティとも言われるようになった。強固な武装、それなりの経済。最初の一ヶ月は住民ともそれなりに揉めたが、今ではなんとかやっている。仕事もあるし、向上心を持たせるための政策も実施中だ。タダ飯を食っているやつなんて一人もいないのだ。ママ・マーフィでさえ人生相談所を開いているんだ。

 

「行動は早くて明後日。アルマと向かうよ」

 

「ああ。もし救援が欲しかったら連絡してくれ。どこにでも駆けつけるさ」

 

「頼もしいな」

 

こうして、俺の将軍と市長としての職務は一旦幕を閉じる。俺は夕日に染まるサンクチュアリを眺め、タバコを咥えた。アルマにタバコ臭っ、と後々言われることを忘れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局俺とアルマがサンクチュアリを出発できたのはそれから三日後だった。生産工場で新たに出来上がった商品である簡易型のR91アサルトライフルとハンティングライフルのテストがあったからだ。結果は上々、量産の目処も立った。

そんなこんなで1日を射撃に費やした俺たちは、ダイアモンド・シティへと向かう。今はレキシントンを抜け、南下しようという最中だ。幸いにもレイダー達はあまりこの辺りを攻め入っては来ない。それもそのはず、周囲はミニットメンが巡回している上にグールがまだ大勢いるのだから。

 

「ここの制圧はまだ先だな」

 

組み立て工場を見上げて言う。ここを確保できれば生産拠点として有効活用できることは一目瞭然だ。スカベンジャーやレイダー達にくれてやるには惜しい。

 

「もう、すぐに仕事の話ばっかり。ハーディらしいけど」

 

呆れたように言うアルマ。彼女の手には.338口径のライフルが握られていた。

 

「そのライフルだって俺の趣味と仕事の成果だぜ」

 

そう、アルマが手にするライフルは昨日出来上がったばかりのハンティングライフルだ。試作品としてロールアウトしたライフルの口径は二種類で、一般的な.308口径のものと強力な.338ラプアマグナムを使用するものだ。

 

「そりゃどうも。私のご主人様はほんとスナイパーに優しいわね」

 

「おいおい、機嫌悪くしないでくれよ」

 

「知らなーい。行こう、ドッグ」

 

最近あまり構ってやれなかったせいか機嫌が悪い。この旅を利用してもっと接しなければ。どこの世界も夫は肩身が狭いもんだ。ちゃっかりドッグミートは着いてきてるし。あの犬っころめ、アルマにベタベタしやがって。

街を完全に抜けた頃には、もう夕暮れ時だった。もう12月も半ばで、最近は暖かいベッドに慣れていたこともあり、できれば野宿は避けたいところだ。気候の変動か、あまり寒くないのと雪が降らないのは幸いだが。それでも真夜中になれば氷点下近くまで下がる。着込んでいるしアラスカに比べれば暖かいから俺は別にいいが、アルマはそうもいかない。Pip-boyの地図を確認し、どこかに建物がないか探る。

 

「ここからだとケンブリッジが近いな」

 

ケンブリッジ。核が落ちる前は学園都市として栄えた街も、今は廃墟と化している。噂ではグールなんかが多いからあまり寝泊まりはしたくないが、寒さを凌ぐには丁度良いだろう。罠を仕掛ければ民家の一件くらい守れるだろうし、あそこならレイダーもいないって話だ。

 

「ハーディ、なんか信号拾ってる」

 

ふと、地図を確認している俺にアルマが言う。俺はすぐさまラジオ機能を開き、アルマが言う信号を受信する。それはなんとも懐かしい軍用のオープンチャンネルだった。

 

「マジか、まだこのチャンネル使う奴がいるのか」

 

しかし障害物が多いせいで信号を拾いづらいのか、音声に雑音がかなり入る。しっかりと耳を澄ましていると、部分的に聞き取ることに成功した。

 

『我々……現在ケンブリッジ……襲撃を……警察署……』

 

どうやら、この信号の送り主は何者かによる襲撃を受けているらしい。

 

「どうするのかな?将軍」

 

嫌味ったらしく笑うアルマ。クッソー、こんな信号受け取ったら向かわずにはいられないだろうに。

 

「ハ、ハ、ハ」

 

ドッグミートもやる気満々といった様子だった。俺は自分の役職とちっぽけな正義感に嫌気がさしながらも、渋々信号の発信源へと向かうことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦前、悪くなる情勢や高まる反政府意識、そして上がり続ける物価のせいで暴動がしょっちゅう起きていたのを覚えている。特に警察署や市庁舎などは市民の怒りの矛先が真っ先に向かう場所として認知されていたらしく、意識の高い学生達が何に影響されたのか、頻繁に押し寄せて警官隊と衝突していた。

ここケンブリッジも例外に漏れず、迫り来る意識高い系学歴男子達が火炎瓶や石ころ、時には銃を手にして警察署を襲っていたらしい。そのせいか、ここケンブリッジ警察署はある種の防御拠点として利用するのには十分だった。

しかしそれは、ある程度良識のある人間相手に、という意味であるが。

 

「キーンがやられた!」

 

パワーアーマーを身につけ、レーザーライフルを撃ちまくるパラディン・ダンスに、彼の部下であるドーズが叫んで伝える。ダンスがキーンのいた場所を見てみれば、彼の身体は数体のグールの下敷きになり、身体を痙攣させて血を吹き出していた。焦りと怒りがダンスを支配する中で、彼は冷静に仲間を侮辱するグールをレーザーを持って消し炭にする。

 

「ああくそ!近づくな!ちくしょうやめろ!ああ!」

 

不意に、後ろの玄関口で仲間の声がした。振り返れば、部下のリースが防御網を突破してきたグールの一体と取っ組み合いになっている。

 

「リース!」

 

ヘイレンという、まだ若い女性隊員がグールを押し飛ばす。すかさずダンスは倒れたグールを撃ち抜く。だが、襲われたリースは無事ではなかった。倒れた彼は腕から出血している。どうやら噛み付かれたようだった。

 

「ああくそ!血が出てる!止血してくれヘイレン!」

 

「動かないで!スティムが打てないでしょ!」

 

リースを治療するヘイレン。ダンスはすかさず生存者に指示を出した。

 

「ドーズ、二人を守れ!」

 

「了解!」

 

威勢良くドーズは持ち場を離れ、二人の前へと移動し壁となる。ダンスはドーズの穴を埋めるべく、中間へと移動して迫るグールへとより一層攻撃を強めた。

 

「キリがない!なんだってこいつらはこんな多いんだ!?」

 

防御壁の上でレーザーピストルを撃ちまくるワーウィックが吠える。彼のプライマリであるレーザーライフルは、度重なる射撃によって射撃に重要な部品であるプリズムが破損していた。

 

「無駄口を叩くな!とにかく排除するしかない!」

 

ダンスが叫び、迫るグールを撃つ。

だが、

 

「ああやめろ!助けてくれ!ダンス、あああああ!」

 

気が付けば、ワーウィックは防御壁の下に溜まっていたグールに足を引っ張られ道路上へと落下していた。防御壁の向こう側へと落ちた彼を今更助けられるわけでもなく、ダンスはその断末魔を聞くことしかできなかった。

 

「クソッ……!」

 

悪態を吐くダンス。それでも彼の目には闘志が宿っている。

 

「ダンス、横!」

 

「なに!」

 

ドーズの警告に耳を傾け横を見てみれば、グールが二、三体防御を突破してダンスのパワーアーマーへと飛びかかっていた。それを力任せに殴り、排除する。パワーアーマーの怪力によって飛びかかったグール達の身体はちぎれ飛んだ。

 

「やばい!クソ、この!」

 

だが、ダンスが射撃を止めたことにより穴ができ、グールが防御網を突破してくる。ドーズは慌てて抜けてきたグールを撃つが、多勢に無勢だった。では先ほどまで防御網で戦っていた他の仲間はどうしたのかといえば、声すら出せずにグールに押し潰されていたのだ。

 

「ドーズ!ドーズ!」

 

ヘイレンがドーズに取り付くグールにレーザーピストルを向けるが、恐怖のあまり撃てずにいる。リースも出血によるショック状態で意識が無い。

 

「あああ腕が!痛い、助けてくれ!あああああ!」

 

腕をもがれて複数のグールに押し潰されるドーズ。手遅れだった。ダンスがそのグール達を排除した頃には、ドーズの身体はズタズタに引き裂かれていたのだから。

 

「ヘイレン!しっかりしろ!撃つんだ!」

 

泣きじゃくるヘイレンに喝を入れるダンス。地獄絵図とは正にこのことだろう。ようやくヘイレンが敵に撃ち始めたのを確認して、ダンスは戦闘に復帰する。

 

「うおっ!?」

 

だが、もう仲間は憔悴しきっているヘイレンと瀕死のリースのみ。至る所からグールが迫り、ダンスのパワーアーマーに後ろから取り付いてきた。

 

「この!離れろアボミネーションども!」

 

振り払おうとするダンスだが、理性が壊れ異常な筋力を見せるグールの集団を振りほどけない。

ここまでなのか。ダンスの感情に、諦観が溢れる。

 

爆発が起きた。ダンスの数十メートル手前、防御壁の入口だった。突如として起きた爆発は、破片をもたらしてダンスへと襲いかかる。だが、幸いにもダンスはパワーアーマーを着ていたし、そのアーマーにもグールがしがみついていたせいでダメージはグールのみ。後ろのヘイレンとリースもダンスが盾になっていたために被害はない。

取り付いていたグールが半分ほど死んでくれたために、ダンスは勢い良くグール達を引き剥がして地面に叩きつけた。そして踏み抜き、撃ちまくる。

 

「Dog, go!!!!!!」

 

防御壁の奥から声が聞こえた。同時に、毛並みの揃った犬が防御壁内に飛び込み、迫るグールの一人に食らいついた。

ダンスの頭の理解が追いつかない。次に見えたのは、こちらに向かって走ってくる金髪の女性。ダンス達にも引けを取らないくらいの武装をした女性は武器をこちらに向けず、フレンドリー、と叫んで彼の斜め前でグール達を相手にし出したのだ。

 

「Set!!!!!!」

 

女性が叫ぶと、若い男が土嚢を飛び越えてこちらにダッシュしてくる。

 

「I'm out!!!!!!」

 

「Covering!!!!!!」

 

男が同じように斜め前に立ち、弾倉を交換する。そこでようやく、彼等がダンス達を救援しに来たのだと理解ができた。

弾倉を替えてグール達を的確に排除する男性。唖然とするヘイレンに女性が怒鳴った。

 

「さっさと治療しなさいよっ!」

 

我に返ったヘイレンがリースの動脈にスティムパックを打ち込む。ダンスもようやくレーザーライフルを構えた。

 

「Flag out!!!!!!」

 

男が叫ぶと同時に手榴弾を投げる。どうやら先ほどの爆発はあれのようだ。

手榴弾は放物線を描き、防御壁の奥へと落ちる。刹那、爆発。防御壁がこちらからでも分かるほどへこんだが、同時に奥にいたグール達の千切れた身体も宙に舞った。

 

「Dog, defend!」

 

男が叫ぶと、犬が彼等を囲もうとするグール達に飛びかかる。それをアシストするように男は犬を攻撃しようとするグールを排除した。



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Call to Arms
第十九話 ケンブリッジ、BoS


足を潰されてもがいているグールの頭を拳銃で撃ち抜く。それから辺りを見回せば、あの残酷で哀れな核による被害者達は一人残らず物言わぬ死体と化していた。俺はアルマとドッグミートのコンディションをチェックして異常が無いことを確かめると、改めてこちらを警戒しつつも銃は向けてこないパワーアーマーの紳士に挨拶をした。

 

「危なかったな」

 

そう言うと、紳士は訝しむ表情は変えずに答えた。

 

「支援には感謝する。だが一体何者だ?」

 

感謝はされたが、かなり警戒されているのが言葉からも読み取れた。俺はアルマと一度顔を見合わせ、お互いの認識共有を図る。長年夫婦でいると、こう言う時にアイコンタクトだけで通じるものだ。

 

「Vault111から来た。あんたらは?」

 

「Vault111だと?聞いたことがない。それに、あの犬と分隊員を呼び込む動作や号令……素人とは到底思えん」

 

どうやら、彼は一方的に話すのが得意な人物のようだ。こういう奴は上官によくいた。自分の必要な情報だけ聞いて、こっちの問いには答えてくれない。

だが、今はもう古き良きアメリカは存在しない。だから、俺も単に受け身でいれば良いってもんじゃないのだ。

 

「こちらの質問には答えないのか?」

 

意地悪そうにそう尋ねれば、紳士はあぁ、と言って自分の非を謝る。

 

「すまない、こちらも少々立て込んでいてな。私はパラディン・ダンス。Brotherhood of Steel……と言っても分からないだろうが」

 

どうやら彼自身は悪人ではないらしい。自分の非を素直に認められるあたり、人間ができているのだろう。

しかし困ったな。知らない組織が出て来たぞ。俺はアルマに確認を取るも、彼女も知らないようだ。当たり前か、きっと核戦争後に発足した組織なんだろう。

 

「すまないな、俺たちもつい最近Vaultを出たばかりなんだ。ここは一つ、助けた借りにそっちの事を教えてくれないか?」

 

「ふぅむ……それを言われれば弱いな」

 

「T-60やエナジーウェポンを装備した組織なんて、戦前のアメリカ軍くらいだ。少しは興味がある」

 

パラディン・ダンスは俺の言葉に驚いたらしい。しばし驚嘆の表情で固まると、彼は言った。

 

「ほう。少しは知識があるように見える。こちらとしても、そちらの素性に興味はある。ならば、一先ず警察署の中へと入ろうではないか。話はそれからだ」

 

彼はそう言うと、後ろに控える負傷兵と女性の兵士に声かける。どうやら負傷していた兵士の状態は良くなりつつあるようだが、まだ回復には程遠い。そりゃそうだ、スティムパック打っただけじゃ傷は治るが体力は回復しない。

そう考えると、アルマは頑丈だと思う。本人に言ったら怒られそうだが。

 

「今、なんか失礼な事考えたでしょ」

 

「ウゥ〜」

 

ジト目で攻めてくるアルマとドッグ。クソ、この犬め、お前までアルマの味方するなよな。さて、俺たちも署内に入ろう。

 

 

 

 

 

 

 

署内は戦後からあまり手をつけられていないのか、散らかり放題だった。ただ電力はまだ供給されているから明かりには困らない。彼らは玄関のベンチ等を利用して休憩所を設置し、休息を取っているようだ。

数分して、色々落ち着いたらしいパラディン・ダンス達。今はヘイレンと呼ばれている女性兵士が、痛がりながらも軽口を飛ばすリース隊員に包帯を巻いている。

 

「警察署に前哨基地を構えるのは悪くない。防御もそれなりに硬いし、見たところ弾薬もあるようだしな」

 

足元に転がる弾薬箱を足のつま先で小突いて言う。

 

「ああ。加えて屋根に通信用のアンテナも備えてある。これは思わぬ恩恵だった」

 

「それで?パラディン様はどうして援軍も呼ばずにこんなところに?それに、あんたたち一体何者なの?」

 

アルマが壁に寄りかかって外を警戒しながら訪ねた。パラディン・ダンスはパワーアーマー用の中衣に備え付けられているフードを外すと、答えた。

 

「こちらの素性を話す約束だったな。だが、こちらとしても時間が惜しい。いつまたあの忌々しいグール共が攻め込んでくるかも分からないのだ」

 

「と、言うと?」

 

「うむ。屋上にあるアンテナを用いて本部と連絡を取りたいのだが、故障している。修理しようにも部品が足らんのだ」

 

すると、アルマは外の警戒をやめて話に本格的に加わってきた。どうやら技術に明るい彼女はパラディンの話に興味があるようだった。俺としても、通信機材は専門じゃないから彼女に任せるとしよう。

 

「電波が飛ばせないの?それとも電源が入らない?」

 

「いや、電源も入れば電波も飛ばせる。ただ、広域に飛ばせないのだ。それに送信出力も安定しない」

 

アルマは一瞬考えた後、一つの回答を出した。

 

「ディープレンジ送信機が壊れてるね。だからアンテナ本体は無事でも出力が足らないから広域に飛ばせないんだ」

 

そう言うと、ヘイレンがリースの治療をしながら言った。

 

「そうね。でも困ったことに、核が落ちた時の電磁パルスで使い物にならなくなってる。代えの物がどこにあるかも分からないわ」

 

急に俺とドッグだけ蚊帳の外だ。俺はドッグを手招きして暇をつぶすように首元を撫でた。もふもふしてて気持ちがいい。ジャーキーでも食うか?うまいか〜。

半ば不貞腐れるように犬と遊ぶ夫を他所に、妻は話を進めた。

 

「ならアークジェット・システムにあるはずだよ。あそこはロケットの開発全般を担当してたから、送信機くらいあるはず」

 

アルマが次々と解答を出す。俺は犬と遊ぶ。すると、どういうわけか兵士達の空気が悪くなった。彼らは顔を見合わせると、言う。

 

「それが事実なら不味いな。あそこはつい先日にシンスの部隊が展開していたぞ」

 

ダンスが聞きなれない単語を口にする。

 

「なんだシンスって」

 

バカみたいな顔で俺が尋ねると、彼は答えた。

 

「知らないのか?インスティチュートが生み出した悪魔の兵器、人造人間だ。奴らは生きている人間を見つけると、執拗なまでに殺しにかかってくるぞ。我々も幾度となく交戦した」

 

「ロボット?プロテクトロンみたいな?」

 

「機械であるということは共通しているが、質が違う。部隊を組み、的確に、目的を持って行動しているようだ」

 

俺は手を挙げた。

 

「インスティチュートってのは?大学か?」

 

「分からん。奴らがそう名乗っていることしか情報が無いが、かなりのテクノロジーを保有している組織であることは間違いない。目的も分からん」

 

ガービーよ、連邦の平和はまだ遠いようだ。次から次へと問題が転がり込んでくる。

俺は手を止めて立ち上がると、背負っていたライフルを前へと手繰り寄せる。

 

「あんたらが助けを呼ぶにはその危ないアークジェットの工場に殴り込まなくちゃならないって事か。ふぅん」

 

「あまり乗り気じゃなさそうだな」

 

当たり前だ。仕事でもないのに戦いたくはない。それに、こいつらのことだってまだ信用しているわけじゃないのだ。俺はアルマと顔を合わせる。どうやら、彼女は個人的な興味を含めて彼らに同行したいらしかった。

俺はため息をつきながら、しかしパラディンの古き良きアメリカ軍人らしさに免じて渋々頷いた。

 

「分かった。話に乗ろうじゃないか。あんたらの事は道中にでも聞く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケンブリッジ市街を抜け、パワーアーマーを着用したダンスを先頭にアスファルトを歩く。本当ならこんな見つかりやすい道路上は歩きたくないのだが、いかんせんパワーアーマーの駆動音はデカイ。シンスっていうのは軍用に近い音響センサーを備え付けているらしいから、いくら道を外れて進んでも音でバレてしまうだろう。ならば、新型のパワーアーマーを盾にして進んだ方がよっぽどいい……それが、俺達夫婦とダンスで出した結論だった。ちなみにドッグミートはお留守番。

 

「つまりなんだ、あんたらBoSは戦前のテクノロジーを収集して保存するのが使命だと?」

 

彼の後ろで周辺を警戒する俺が尋ねる。

 

「そうだ。行き過ぎたテクノロジーは正しく使わなければならない。誤った使い方をすれば、また先の大戦のような事が起きてしまうだろう」

 

「まるでそっちが正しいみたいな言い方だね」

 

アルマが少しばかり辛辣に言った。

 

「その通りだ。我々の目的は、無碍の民を保護し、そのテクノロジーで発展させることにある。これが正しいと言わずになんと言おうか」

 

「へぇ。そりゃすごいね」

 

アルマという人間は、自分が正しいと思い込んでいる人間が嫌いである。単に彼女の我が強いというのもあるだろうが、とにかく彼女はBoSという組織に対して良い印象はないようだ。

でも、俺としては共感できる部分もあった。

 

「我々の行動が気に入らないという人間もいるのは分かる。だが誤解はしないでほしい、我々はレイダーやスカベンジャーではない」

 

大義の名の下に行動を起こす。きっと、彼もその危うさについては認識しているはずだ。それでも、自らの使命を全うしようとする精神は、かつてのアメリカに似ていると言って良いだろう。だからだろうか、彼に共感しているのは。

しばらく進むと、ようやくアークジェットの工場が見えてきた。

 

「あれがアークジェットだ。あそこからはここ数日、高度な技術によってのみ発射可能な電波とエネルギーが検知されている。断定はできんが、おそらくインスティチュートが絡んでいると見て間違いないだろう」

 

ダンスが言う。ちなみに、今の彼はヘルメットをしっかりと被っていて、防御は完璧だ。俺とアルマは彼の後ろに密着し、正面からの狙撃に警戒する。ここまで密着すれば生身の俺たちは狙えないし、撃たれても彼が盾になる。

 

「本当によく訓練されているなお前達は。いったいどこでその技術を?」

 

「アメリカ軍だ」

 

「なに?エンクレイブか!?」

 

「なんだそりゃ。違う、俺たちはつい最近までVaultで冷凍保存されてたんだ。あんたからすれば、俺たちはタイムスリップしてきたに等しい。いいから、正面をしっかり警戒しろ。あんたのヘッドセンサーが頼りなんだ」

 

仕事モードに入った俺がそう注意すると、ダンスも渋々了承して無言になる。

 



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第二十話 アークジェット、シンス

アークジェットに突入すると、真っ先に目に入ったものは壊れたプロテクトロンの残骸だった。それも経年劣化等で自然に壊れたわけではない。明らかに、人為的に破壊されている。

ロビーを抜け、プロテクトロンのメンテナンスルームに入る。そこでもやはり、何者かに破壊されたプロテクトロンの群れ。俺たちは警戒しつつも部屋を調べる。今のところPip-boyのセンサーに生物反応はない。

 

「プロテクトロンの残骸には焼けた弾痕、だが薬莢は無し。エナジーウェポンだな」

 

俺の推測をダンスに聞こえるように呟いた。

 

「なんと言うことだ。想定していた中でも最悪の事態だぞ」

 

「と言うと、やっぱりインスティチュートってのが絡んでるの?」

 

後方を警戒するアルマが尋ねると、ダンスは真剣な面持ちで頷いてみせた。

 

「間違いない。連邦の人間の多くは実弾兵器を好む傾向にある。だが、その中でエナジーウェポンにこだわるとなると……やはり、シンスだろうな」

 

どうやら俺たちはまたしても貧乏くじを引いてしまったようだ。ガービーといい、どうもまともな人間はそういったことに巻き込む傾向にある。困ったもんだよ。

とにかく、ここの部屋に目的のものは存在しない。俺たちは次の部屋へと進む……が、どうにも扉に鍵がかかっている。それも、電子ロックのタイプだ。

 

「すまないが、パワーアーマーではターミナルを操作できない。そこに生きているのがあるようだから、操作してくれないだろうか」

 

大きなパワーアーマーを着込んだダンスが申し訳なさそうに言った。確かに、あのマニピュレーターではキーボードの操作は無理だ。

これによし来た、と嬉しそうに答えたのがアルマだった。元々ギークである彼女はターミナルとかコンピュータが好きなのだ。俺も昔はよく機械いじりなんかもしてたけど、彼女ほどじゃない。

 

「待て、動体反応がある。恐らく機械だ、注意しろ」

 

Pip-boyのセンサーが何かを捉えた。反応形式は機械寄りのアンノウン、となっているが、恐らく敵だろう。多少の殺気を感じる。

ダンスも何かを感じ取ったらしく、未だ開かない扉にレーザーライフルを向けていた。

 

「まだ開かないのか?」

 

「待ってね、待ってね……よし来た!開いたよ!」

 

ダンスの催促から数秒、閉まっていた自動ドアが開いた。それと同時に、何やら見慣れないものがいくつか扉の奥から姿を現わす。

それは、一見すると人にも見えた。だが、それは一瞬だけ。肌は白く、所々機械的な配線やパイプが見て取れる。顔はあるが、それだって人間の骨格に近付けて作られているに過ぎないと、簡単に判断できた。

あれが、シンス。手には見たことのない割とデザイン性が良いレーザー兵器。それを、こちらに向けていた。

 

「コンタクトッ!」

 

気がつけば体が動いていた。こちらに銃を向けるものは何であれ排除するように、そしてそれから生き延びるように訓練されていたからだろう。200年の時を経てもそれは変わらない。

アルマを抱きかかえて机の裏に隠れると、すぐに前衛で戦っているダンスを援護する。

隠れながらアルマと耳栓をし、ライフルを構え、ダンスに向かってレーザーピストルを撃っているシンスに向けて発砲した。

2発のヘッドショット。5.56mmの弾丸は、確かにシンスの頭部に命中した……が、倒すまでには至っていない。だが確実に効いているようで、フラついている。

 

「硬いッ!」

 

思わず感想が漏れた。だが、手は止めない。もう1発、今度はシンスの胸に命中する。ようやくシンスは後ろへ倒れた。火花を散らしているということは、やったのだろう。

 

「アド・ヴィクトリアム!」

 

ダンスがラテン語を叫ぶ。彼はその屈強なパワーアーマーの拳でもって、一番近くのシンスを殴りつけた。それだけで、シンスの頭部は粉砕し、機能を停止させた。やはり、200年経ってもパワーアーマーは強い。

 

「メカニストでもあんなもん作らないだろうね!」

 

アルマが愚痴を言いながらも射撃する。彼女が持っている武器は今のところ、ボルトアクションライフルと拳銃のみ。さすがに近接戦は厳しいか。ただ、やはりスナイパーの意地なのだろうか、的確に頭へと弾丸を撃ち込んでいる。

俺とアルマが二体、ダンスが三体倒すと、シンスの一団は全滅した。たった七体倒すだけなのに俺は1つ弾倉を撃ち切ってしまった。いくら戦闘に慣れているからと言って、初めて見た相手とは戦いづらい。しかも機械で硬いと来た。

 

「見れば見るほどおぞましいな、こいつらは」

 

ダンスがシンスの頭部を踏みつけて言った。

 

「確かにこいつらが敵だとやり辛いな。耐久性も人間より高い」

 

「そこが厄介なのだ。奴らは数で攻めてくる。そうなれば、小さな集落は武装していても負けてしまうだろう。さぁ、戯言は後だ。先へ進もう」

 

 

 

次のフロアも激戦だった。大きめのフロアに入った瞬間、周囲から奴らが現れて大規模な銃撃戦へと移ったのだ。

 

「BoSのために!」

 

そう叫びながら突撃するダンスに奴らのヘイトが集中する。これはありがたい、俺が真似して出て行ったら消し炭にされてしまう。

 

「バルコニーの上だ!」

 

「クリア!右!右にもいる!真上!」

 

夫婦で死角を潰しながら、背中合わせで交戦する。いつのまにかアルマの手には、奴らから奪ったであろうレーザーライフルが握られていた。それなりに奴らの装甲に対しては効果的なようだ。

 

「大人しくしなさい、抵抗は無意味だ」

 

先程から、無機質な声があちらこちらからする。どうやらシンスの声らしいが、やる気のないあの声はどうにかならんのか。

 

「おや、我々の武器が鹵獲されたようだ」

 

「なるほど、興味深い。もう一人は頑なに実弾兵器を使っている。時代に取り残されているようだ」

 

「今やインスティチュート製のレーザーライフルが一番だというのに」

 

大きなお世話だこの野郎。しかもちゃっかり自分達の武器を宣伝しやがって。割と実弾武器を馬鹿にされて怒る俺は、いつもよりも多めに弾を消費している。エナジーウェポンはヒョロガリ向けの武器だって、それ一番言われてるから(全米ライフル協会)

怒りに任せてフロアを制圧する。ここでようやく分かったが、奴らはそれほど射撃が上手いわけでもないし早いわけでもない。基本動作を一個一個着実にやろうとするせいで無駄が多い。いかにそれを早く、無駄なくできるかで近接戦闘の勝敗が決まる。場合によってはルールを無視しなければならないくらいだ。

「これ、案外良いね。反動無いし」

 

アルマが手にしたインスティチュート製レーザーライフルを褒める。

 

「ダメです。俺が許しません」

 

実弾武器主義者兼全米ライフル協会会員の俺はそんな武器許しません。あんな信頼性のない武器を使ってどうするんだ。プリズムはすぐ割れるしメンテナンスはそれなりに機械工学に精通した人間じゃないとできないし……

まぁ、なんだ。今度アルマにもっと汎用性のある武器をプレゼントしよう。エナジーウェポンは除く。

さて、それからというものの、シンスとやらは出てこなかった。俺たちは警戒に警戒を重ねながら施設内を進んでいく。

 

「やけに静かだ。気をつけろ、こういう時は大体待ち伏せしている」

 

ダンスが不吉なことを言うが、俺としても同意見だった。アンカレッジでは不気味なほどに静かな室内で中国軍の特殊部隊に襲われた。幸いにも、真っ先に敵のステルスフィールドに気づけたからなんとかなったが。

 

「奴らはステルス機能を所持しているのか?」

 

俺がそう質問すると、ダンスは振り向かずに言った。

 

「いや、今までで確認していない。数で押してくるのが奴らの戦法である以上、ステルスによるゲリラ的な強襲には興味がないのだろう」

 

確かにそうかもしれない。ステルスボーイと呼ばれる、個人携行できるステルスフィールド発生装置がある。起動すると、数秒の間だけ周囲の光を屈折させて透明になれるのだが……あれはいかんせんコストがかかるし、使用していた隊員からは健康被害が上に上げられていた。まぁ人造人間に健康も何もないだろうが。

しばらく進むと、ロケットエンジンの点火実験施設に辿り着く。上下に広いフロアの中心には、ロケットエンジンが吊り下げられていた。

 

「わぁ、すごいねこれ」

 

アルマが少し興奮気味に言うが、俺からしたらこれはミサイルの部品にしか見えない。どうやらダンスも俺と共通した意見らしく、

 

「地球がデカイ棺桶だとして、その蓋に最後の釘を打ち込んだのは企業の連中さ。奴らは私利私欲のために科学を悪用し、世界を放射能であふれさせたんだ」

 

そう語る彼の声色からは責任を感じる。きっとそれは、BoSという組織の役目から来ているのだろう。なるほど、技術を保存し悪用させない、か。少しばかりは共感できる。

階段で最下層まで辿り着くと、ダンスが実験フロアで警戒すると言うので、俺たちはメンテナンスルームでディープレンジ送信機を探す事にした。

 

「なにこれ、すごいのあるんだけど」

 

アルマが机の上に放置されているデカイ機械をいじる。どうやら廃品やらを装填してスチームで撃ち出す機械らしいが、なんだってこんなもん開発したんだろう。

 

「ほらアルマ、真面目に探して」

 

知っているが、この子は時々不真面目だ。不真面目というか、任務や興味のある事以外に集中力をさくのが苦手なのだ。子供みたいだが、そういうとこも好き。

 

「はぁーい」

 

気の抜けた返事をして、ターミナルを弄り出す。よく見ればゲームしている……仕方ない、送信機は俺が探そう。甘やかしすぎなんだろうか。

数分探して、送信機はどうやらここからエレベーターで上へと上がったところにあるということをアルマがログから見つけた。ゲームに飽きた彼女は、社員の日誌を読んでいたらしい。最初から読めよ。

メンテナンスルームと実験施設の窓越しに、ダンスに呼びかける。

 

「上にあるらしい!今からそっちに向かう!」

 

大声でそう叫ぶと、ダンスはなんだか呆れた様子で頷く。あぁ、サボってたのバレてたのかな。

だが、次の瞬間には彼は脱いでいたヘルメットを被りなおし、周囲を警戒し出した。何事かと思えば、上から降って来たシンスが彼を包囲したのだ。

 

「アド・ヴィクトリアム!」

 

彼はそう叫ぶと、シンスの軍団と撃ち合い、殴り合い始める。クソ、今更来やがったか。

 

「ハーディ!パワーアーマーってジェット噴流に耐えられるかな!?」

 

突然アルマがそんなことを言い出した。俺は頭の中にある知識と記憶を引っ張り出し、答える。

 

「前にT-51が戦闘機の後ろにいて焼かれてたが……確か、ピンピンしてたぞ!」

 

そんなこともあった。あれは笑えなかったが、今となってはいい思い出だ。俺しか覚えている奴がいないが。

 

「よっしゃ!いっちょファイヤーしますか!」

 

アルマが元気一杯にそう言うと、ターミナルのキーボードをいじくりまわす。そして、エンターキーを目一杯に押した。

ターン、という音が響くや否や、実験施設に吊り下げられているロケットが不穏な音を立てる。

 

「アルマ、何したんだ?」

 

「うーんとね、出力最低にしてロケット点火したの」

 

「だ、ダンス!今すぐパワーアーマーの冷却装置を入れろ!」

 

焦ってダンスに指示を飛ばす。ヘルメットの集音機能で声が聞こえていたのか、彼は戦いながらも頷いて、パワーアーマーのコンソールをいじる。

 

「なんだか嫌な予感がしますが」

 

「それはフラグというやつでしょう」

 

シンスが何か言うのもつかの間、ロケットからジェット噴流が真下に吹き出す。つまり、ダンスたちを地獄の業火が襲った。

 

「うおおおお!?」

 

あまりの衝撃に膝をつくダンス。俺は主犯のアルマを振り返った。彼女はてへぺろして誤魔化している。可愛いけど有罪。

 

「シャット、ダウン」

 

シンスが次々と倒れていく。その中でも、ダンスはまだ耐え続けていた。

しばらくして、ジェット噴流がおさまり、俺はターミナルのキーボードを叩いて冷却水を施設に放出させる。ドバーッと、雨のように降り注ぐ水。それがすぐに霧へと変わっているのを見るに、相当な温度だろう。

 

「ダンス!おい大丈夫か!?」

 

冷却が完了し、俺とアルマはダンスへと走る。彼は四つん這いになりながらも、なんとかヘルメットを外して大丈夫だ、とその健在っぷりをアピールした。汗が滝のように流れているが、どうやら無事なようだ。

 

「君は……随分と過激な事をするな」

 

皮肉にも取れる賞賛を受け、アルマを振り返る。彼女はそっぽ向いて口笛を吹いていた。

数分し、ダンスはようやく立ち上がる。どうやらパワーアーマーは無事なようだ。さすが新型のT-60だ。

 

「さぁ、時間を取りすぎた。急いで上へと向かおう」

 

出会った時よりも何倍か疲れている彼を先頭に、エレベーターへと乗り込む。哀れダンス。

 

 

 

ディープレンジ送信機を手に入れる。エレベーターがたどり着いた先で待ち伏せしていたシンスのボスが所持していたのを奪ったのだ。ちなみに、この施設に存在していたシンスはもう殲滅したようだった。

日が昇る頃、アークジェットから出て、パワーアーマー越しからも疲れ果てた様子が見て取れるダンスを先頭に、俺たちは帰路につく。

 

「まぁ、何はともあれ目的は達成できたな。計画とはだいぶ違ったが」

 

アルマが顔をそらす。大丈夫、そんな君も好きだからね。擁護はしないけども。

 

「まぁ、作戦行動なんてそんなもんだ。常に流動的に物事が動く」

 

「そういう事を言ってるんじゃないんだが……まぁいい。君たちがいてくれたから片付いたようなものだ。礼と言っては何だが、これを受け取ってほしい」

 

ダンスは背中のウェポンラックから、レーザーライフル……AER-9を取り出す。個人的にはエナジーウェポンは大嫌いだが、お礼としてもらうのだから文句は言わない。

 

「これ、いいのか?」

 

「ああ。無理言って着いて来てもらったのはこっちだしな。それで、なんだが……私個人としては、君たちからは軍人としての素質を感じるのだ」

 

そりゃつい最近までアラスカで散々戦ってたしなぁ。アルマだって、時折とんでもないことするけど元々はスナイパースクールの助教だし。

 

「是非とも、BoSに加わる気はないか?」

 

俺とアルマは顔を合わせる。個人的には、すごく魅力的な提案だった。彼からは軍の規律といった、懐かしいものを感じる。それは、あの時代を軍人として生きていた俺からすればとても心地が良いもので……でも、ひとりの夫として、そして父として、首を縦には振れない事情もあった。

 

「考えさせてくれ」

 

「……そうか、残念だ。だが、私は諦めたわけじゃないぞ、同志よ」

 

ダンスはそう言うと、笑顔で握手を求めた。パワーアーマー越しで。

 

「あぁ、すまん。これでは握りつぶしてしまうな。じゃあ、あれだ。君が正式に加わる時まで、握手は取っておこう」

 

スッと、彼は拳を引っ込める。俺は頷いた。

 

「俺たちはこのままダイヤモンド・シティまで南下するつもりだ」

 

そうか、とダンスは頷く。

 

「君たちの健闘を祈ろう。お互い、まだ死んでいい時ではないからな」

 

「ああ。パラディン・ダンス、元気でな」

 

久しぶりに、俺は敬礼した。彼は胸に手を当てると、ケンブリッジまでのアスファルトの上を歩いていく。俺たちはしばらくそれを眺めた後、カッコつけたのはいいけど寝床はどうしようと悩み、アークジェット外の警備施設で休むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、今戻ったよ」

 

小さな男の子が、清潔感にあふれた真っ白な部屋に入ってくる。声をかけられた人物……先進的な椅子に座り、新品同然のターミナルを操作する白衣で白髪の老人は、手を止めてその少年を見た。

少年は、この先進的な施設に反して昔ながらの、「外の」古着を着ていた。白いフード付きの長袖にジーンズ……戦争が起きる前でもあまり見なかったであろうファッションだが、少年曰くそれがお気に入りらしい。

 

「戻ったか。聞いたぞ、X6-88を随分と困らせたそうじゃないか」

 

老人がそう言うと、少年はクスリと微笑んで言う。

 

「彼はいじりがいのある奴だからね。ついつい」

 

「彼を困らせるのは構わんが、あのクソハゲ傭兵の所にいたいと駄々をこねたのは感心しないな」

 

「別に、駄々をこねたわけじゃない。要望したんだ」

 

「子供がそれをするのを、駄々をこねると言うんだ」

 

呆れたように、老人は首を横に振る。だが少年は、それすらも面白がっているように見えた。

 

「誰に似たんだか」

 

「子は父に似るものさ。それがどんな存在であれ、ね」

 

老人はため息をつく。自分が同じくらいの歳の時、こんなに生意気だっただろうか、と。うーん、生意気だったかもしれない。そうなれば何にも言う権利ないなぁ、なんて老人は呑気に思う。

 

「それはまぁいい。どうだった、外の世界は」

 

無理にでも話を変える。でなければ、一方的にこの子供のペースに巻き込まれるのだから。そう思えば、自分のこの性格やいじられやすさは老人の父親似なのかもしれない。とは言っても、老人にとっては会ったこともない父親なのだが。

少年は近くのソファーに腰掛けると、服の中から何かを取り出した。拳銃だった。

 

「人間というものは、良くも悪くも変わらないさ」

 

「それが君が得た教訓か?」

 

「もちろんそれだけじゃない。あそこには、ここには無い生きる喜びがある」

 

「ここにだってそれはある」

 

「いや、ないね。あったとしてもそれは仮初めのものだ。それに興味は無い。父さんも、本当はそうなんじゃないかな?」

 

「大人をからかうのはやめなさい」

 

老人は、少しばかりこの少年の思想に危機を感じつつあった。彼は外の世界に憧れを抱きすぎている。どれだけこの中が安全かも、十分に知らないのに。

 

「はぁ……もういい。S9-23、リコールコード、シーラス」

 

この会話に意味はない。老人はそう判断し、少年に眠ってもらう事にした。したのだが。少年は一向に眠らない。むしろ、笑みすら見せている。それも、先程とは違った、邪悪な笑みにすら見えた。

老人は悟った。悟って、全身の筋肉に、鞭を打った。

 

「無駄さ、父さん」

 

少年は立ち上がる。右手には拳銃を、左手にはナイフを。まるで、今から老人と戦う、といった様で、彼は対峙した。

 

「リコールコードを、破ったのか」

 

少年は声に出して笑った。老人は、自分の心の奥底にあった、自分たちの誤りを、ここでようやく理解した。

少年の腕が動く。拳銃をこちらに向けようとしたのだ。

 

「ッ」

 

老人は少年に向けて駆け出す。距離にして5メートル。だが、拳銃を1発撃つのには充分な距離。それでも、老人はこれを対処してみせる。

老人は自身の頭に向けられた射線から逃れつつも少年に迫った。そして、発砲。耳が壊れそうになるが、動きは止まらない。

少年は驚きつつもまるで楽しんでいるかのような笑みを崩さない。再度老人に照準を合わせようとするが、

 

「せいッ」

 

老人は銃のスライドを左手で横から掴み、押し込んだ。惹かれるスライドと排莢される弾薬。気がつけば、弾倉も抜かれている。

老人は右手で少年の手首を打ち、左手で弾の抜けた銃をもぎ取って後ろへ放り投げた。だが少年はまだ諦めず、逆手に持った左手のナイフを振るう。

だが、老人は右手でそれをいなすと少年の腕をひねってナイフを奪った。極めつけは、少年の足を払って転ばせる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

仰向けに転がる少年を見下ろす。少年は心底楽しそうだった。

 

「凄いじゃないか。まるでMr.ケロッグみたいだったよ」

 

「……歳なんだ、あんまり、過激な運動を、させるんじゃない」

 

老人はナイフを放り投げる。

カランと転がるナイフ。老人は、この少年の、いや彼らの危うさを再認識した。

 



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Story of the Century
第二十一話 ダイアモンド・シティ、パイパー


 

 

それはアークジェットでの出来事から数日後。連邦最大と言われる都市、ダイアモンド・シティの外壁において。

元は野球場であったこの場所は、周りにビルやアパートメントが立ち並んでいたせいか核の被害も比較的少なく、200年経った今もなお、経年劣化以外で変わることなく存在している。唯一変わった事といえば、スポーツを楽しむ場所であるのが居住地と化した事くらいだろうか。今では外壁の外を、野球のプロテクターとバットや銃で武装したセキュリティが防御し、中では活気付いた市場が営業中。

しかし、今回ピックアップするのはそれら町の人々の営みではない。その中でも一際異端視されている、赤いコートに身を包んだ女性記者についてだ。

 

「開けろこの!ダニー!私だ、パイパーだ!」

 

自らをパイパーと名乗った女性は、外壁入り口に取り付けられたインターホンに怒鳴り、時折蹴りを緑色の壁に打ち込む。一見すれば不審者以外の何者でもないが、彼女はれっきとしたダイアモンド・シティの住人であり、入る権利はあるらしい。それに加えて彼女は地元の人間から、その仕事と性格によって遠ざけられており、外で見張りをするセキュリティも関与しようとしない。

 

「だぁああああ!お前分かってるだろうな!セキュリティが市民を中に入れないのは大問題だぞ!」

 

『すまないパイパー、市長から君を中に入れるなと言われてるんだ……だから、その』

 

気の弱そうな男の声がインターホンから聞こえる。どう聞いても彼の声はパイパーにビビっているようにしか聞こえない。そんな向こう側の彼に、パイパーは更なるイラつきをぶつけた。

 

「開けろッ!ダニーッ!マクドナウの言いなりになる必要はない!早く!開けろぉ!」

 

必死に食い下がるパイパー。だが、彼女自身もこのままでは中へと入れてもらえないことは理解していた。まるでモングレルのように唸るパイパー。せっかくいいネタを仕入れたのに、このままでは新聞の発行どころか記事も書けない。

と、その時だった。ふと、背後に伸びる道から、見知らぬ姿の男女二人組と小綺麗な犬が歩いてくる。思わずパイパーはその姿に見とれた。

一見するとただの傭兵に見えるが、その二人の武装はそんじょそこらの傭兵とは一線を画している。それは、長いこと修羅場を経験してきたパイパーだからわかることだった。

服は迷彩服。一見すると戦前の軍隊が使用していたものに似ているが、細部の色合いや備え付けられた膝パッドなどが違うし、何より彼らが着ているアーマーなんて見たことがない。

そして銃。女性が手にするのは恐らく大口径の狙撃銃。連邦において多くが使用している猟銃ベースであることは分かるが、ストックが木製ではない。恐らく、強化ファイバーだろう。それに、腰のホルスターには拳銃が差してある。

男の方もそれはそれは重武装。迷彩色に塗られているライフルには、様々な器具が取り付けられている。スコープのようなものは、近年普及してきているドットサイトだろうか。ハンドガードには謎の機材……銃口にはサイレンサー。

だが、それ以上に気になるのは、彼らの立ち振る舞い。訓練された歩き方なのは言うまでもないが、それでも他の傭兵にはない気品のようなものがある。いくらバックパックを背負っていたとしても、あそこまで背筋を伸ばしているのは、Vaultで育った人間くらいだ。

 

「ネタ発見」

 

先程までの不機嫌が一転し、彼女の仕事スイッチに火が灯る。

 

 

 

 

 

 

俺たちがダイアモンド・シティに着いたのは、ダンスと別れてから5日後の事だった。途中道ですれ違ったキャラバンに道を聞いたり取引しながら、時折襲い来るレイダーや変異した生物を撃退し、橋に追突して動かない橋を渡り、これでもかというくらい戦い抜いてようやくたどり着いた。

連邦最大の街というのに、周りは随分と物騒な事だ。まぁ当たり前か、隙あらばここを襲って来るんだろう、奴らレイダーやスーパーミュータントは。

ドームを見た俺たちは、その変わり様に足を止めないまでも唖然とした。

 

「あぁあぁなんだよこれ、もうやきゅうできねぇじゃん」

 

ガービーから古い野球場跡にあるとは聞いていたが、やっぱりここだったか。クソ、たまに同僚と見に行く野球が密かな楽しみだったのに。俺野球よく知らねぇけど。

 

「すごいねこれ。ほんと世紀末」

 

半笑いでアルマがそんなことを言う。確かに世紀末って言葉がお似合いの光景だ。しかし、これを当時の熱狂的な野球ファン……いや、ソックスファンが見たら発狂するだろうなぁ。

まぁ、それはいいか。それよりも、ママ・マーフィー曰くここにショーンの手掛かりがあるのだそうだ。問題は、この壁で覆われた敷地にどう入るかだが。見たところ、交通制限されているようだ。

 

「ねぇ、ちょっと。そこのお二人さん」

 

ふと、ゲートの付近で先程まで怒鳴っていた女性が怪しい笑みを浮かべてこちらに手招きしていた。俺とアルマは顔を合わせ、家長である俺が対応する。ドッグ、唸るな。

 

「なんだあんたは」

 

「ねぇ、あんたたち中に入りたいんだよね?」

 

こちらの質問を無視してそう問うてくる。あぁ、まぁ、と曖昧に答えると、赤いコートを着た、よく見れば美人な女性はインターホンを押す。

 

「ダニー!聞こえる!?トレーダーが入りたいんだとさ!これじゃあ開けるしかないよねぇ!?それとも開けずにあの狂ったマーナがあんたんところに押しかけて来るのを待つ?」

 

そう言うと、インターホンから気弱な声がする。

 

『ああクソ、分かったよ!開ける!』

 

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、女性はガッツポーズをしてみせた。うーむ、いかにも気が強そうな女だが、こういう活発さもいいよね。もううちのかみさんで足りてるけど。黒髪も中々……

 

「ハーディ」

 

「ハイ」

 

なにかを察したアルマが名を呼ぶ。やっぱりうちのかみさんが1番や。

と、いつものくだりをやっているとゲートが開く。大きな音を発てて開くゲート……あぁ、なんだか懐かしい。

ゲートが完全に開くと、女性が笑顔を向けて言った。

 

「さ、いきましょ」

 

小さくウィンクする女性は、中々に魅力的だ。続けて俺はアルマに振り返ると、彼女も小悪魔的な仕草でウィンクしてくれる。

 

「ホテルとかってあるかな、ここ」

 

「あるんじゃない?あんたって単純だよね」

 

うるさいんじゃい。男は単純でなんぼのもんよ。なぁドッグ?

 

 

 

 

 

 

 

「パイパー!この嘘つきの新聞屋め!誰だこいつを入れたのは!」

 

ゲートを潜るや否や、そんな罵倒が俺たちに向けられる。いや、隣で急に不機嫌そうな顔を見せる女性に対し、だ。

それを言ったのは恰幅の良い、いかにも政治家な身なりをした男だ。こんな御時世だというのに、スーツなんて着てやがる。

 

「おおこれはこれはマクドナウ市長!自らお出迎えとはご苦労様!」

 

そんな市長とやらを煽るように、パイパーと呼ばれた女性は叫んだ。ああ、着いて早々トラブルに巻き込まれそうだ。

二人はお互い気が合わないらしく、あーでもないこーでもないと言い争っている。勘弁してくれよ……

そんな二人を無視してもいいが、俺としてはこの場を利用したい。今現在、ショーンの手掛かりはダイアモンド・シティに何かがあるというだけだ。ならば、市長をその気にさせれば有用な情報を引き出せるかもしれない。

 

「あーちょっと失礼、市長」

 

俺は二人の口喧嘩に横槍を入れる。すると市長は我に返ったように愛想笑いを作り、堂々と答えた。

 

「あぁ失礼、新しい友よ。ダイアモンド・シティはいつでも君らのような隣人を心待ちにしているよ」

 

「そいつはどうも。こっちもこんなに発展した街に尽力している市長と会えて光栄だ」

 

あくまで営業トークだ。だが、そんな俺たちの会話が気に入らないのか、パイパーが噛み付いて来る。

 

「騙されちゃダメだよ!そいつはこの街で一番の大悪党さ!」

 

「でたらめを言うなパイパー!君も騙されるな!この記者はマスメディアという力を振りかざしいつも我々上流階級を蹴落とそうとしているんだ!」

 

話が進まねぇ。ちょっとパイパー黙ってろ!

 

「マスコミは時と場合によっては世論の味方にも敵にもなるだろうさ。判定をするのは当事者じゃない」

 

そう言うと、マクドナウ市長は難しい顔をして黙った。今のは噛み砕いて言えば、どっちでもいいという事だ。

市長は咳払いをし、

 

「まぁいいだろう。では、私はこれにて失礼するよ。これでも忙しくてね」

 

そう言ってそそくさと去ってしまう。クソ、聞き出す機会を失ったな。まぁいい、このパイパーってのに聞けば何かしら情報は得られるだろう。記者だし。

俺はため息をつくと、こちらを見ているセキュリティ達と目が合った。その目が言ってくる、お前らどっからどう見てもトレーダーじゃねぇだろ、と。おいハゲ野郎、何ニヤついてやがる。

 

「ふん、マクドナウの奴め」

苛立ちながらそう言うパイパーを、アルマはまぁまぁ、となだめた。こっちとしてはあんたにも問題があると言わざるを得ない。

 

「まぁいいや。それよりもさ、あんたたち!」

 

コロッと表情を変え、俺に迫るパイパー。目と鼻の先に彼女の顔が迫る。おう、久しぶりにアルマ以外の女の人の顔が目の前にあるぞ。待てアルマ、これは浮気じゃない。

 

「良かったらうちの新聞社に来ない?是非とも取材させて欲しいんだけど!ただとは言わないよ、お茶でも出すから!」

 

「え、あ、おい!」

 

楽しげなパイパーは、それだけ言うと球場内へと走り出す。

 

「じゃあ待ってるから!」

 

それだけ言うと、彼女は光の先へと消えていく。なんともまぁ、マイペースで騒がしい奴だ。嫌いにはなれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドーム内は、これまたすごい光景が広がっていた。中は色々な簡易的な小屋が乱立し、人々が住み着いている。もはや野球をするスペースは無いが、それでもこれだけの人が生活している空間というのは良いものだ。サンクチュアリ以外で久しぶりに見たもんだから、少し感動する。

まぁ戦前の価値観からすればスラムみたいな感じだが、それでも治安は良さそうだった。市場では色々な人が物を売り、買っている。

 

「へぇ、中々良いじゃん」

 

横で椅子に腰掛けるアルマが口にする。

 

「人は案外強いってことを再認識させられるな……さて、ちょっくら腹減ったな。飯でも食うか?」

 

「賛成」

 

市場中央に位置する屋台から、良い匂いがする。店主はコックの帽子を被ったプロテクトロンで、どうやらラーメンを売っているようだ。おお、久しぶりにラーメンが食えるのか。アメリカじゃ、ラーメンはあまり食えなかったからな。

 

『ナニニシマスカ?』

 

カウンター席に腰掛けると、プロテクトロンが言った。しかも、懐かしい日本語で。すげぇな、どうやら日本のラーメンチェーン店が元になっているようだ。

答えようとして、となりの席から声がかけられる。

 

「ごめんね、タカハシはそれしか言えないの。ただはいって言ってあげて」

 

どうやらここの常連の女性のようだ。俺は彼女に感謝しつつ、

 

「醤油ラーメン二つね。あ、一つネギ抜きで、いいでしょ?」

 

忠告を無視して日本語で言った。しかも、思わずアルマにもそれで尋ねた。

 

「あー、醤油ラーメン……ネギ抜きって言ったんだよね?日本語難しいから聞き取るの難しいや」

 

一応、アルマも日本語を聞き取るくらいはできるのだ。伊達に大学行ってないね。

 

『ナニニシマ……醤油ラーメン二つ、かしこまり』

 

流暢な日本語でタカハシが返答する。なんだ、喋れるじゃん。

 

「ちょっと!?タカハシになにしたの!?」

 

驚く女性。いや、何したって……日本語使っただけだよ。

 

 

 

 

 

 

久しぶりのラーメンで腹を満たし、武器店に寄る。渋い男性が店主なようで、カウンターから呼び込みをしていた。

ショーケースには様々な銃が並んでいる……うーむ、男心をくすぐるな。

 

「よう、あんた新入りだろ」

 

ふと、店主が話しかけてきた。俺は頷き、

 

「あぁ。よく分かったな。客全員記憶してんのかい?」

 

店主は笑う。

 

「HK416にP226を持ってる客には会ったことなくてね」

 

おお、どうやら相当銃に対しての知識が豊富なようだ。こいつは面白い。

 

「詳しいな。さすがは銃砲店の店主だ」

 

褒めると、店主は力強く頷いた。

 

「昔は銃を求めて旅した事があってな。知識はそこで。それで?立ち話しに来たわけじゃ無いんだろう?」

 

「何かオススメは?」

 

そう尋ねれば、店主はニヤリと口を歪め、ケースの中にある銃の数々を指差した。

 

「こいつらだね。今日入荷したばかりの武器だ……どれも一級品、かなりの高品質だが値段はリーズナブル」

 

そう言われて、並べられている銃火器を眺める。あれ、よく見ればこれ、サンクチュアリで作った奴だぞ。もうこっちまで行き渡ってたのか。

.308口径の狙撃銃に.45口径のライフル、それに10ミリ口径の拳銃……見れば、どれも一手間加えられている。出荷時には無かったスコープやコンペンセイター、マズルブレーキなど、店主が付けたであろうものが装着されていた。

 

「へぇ、こいつはいい」

 

これには俺も思わずにっこり。そんな男の世界に夢中な俺を、後ろからアルマとドッグがつまらなそうに眺めていた。

 



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第二十二話 パブリック・オカレンシズ、パイパー

 アルトゥーロの店で弾薬のみを購入し、先程の新聞記者であるヤバめの美人、パイパーがいるパブリック・オカレンシズへと向かう。いやぁ、ラーメンは食えるし弾は買えるしうちの商品が並んでるわで、良いことばっかりだ。

 店先では少女が台に登り、道行く人々にフリーペーパーを配っている。あの押し売り具合を見るからに、パイパーの血縁者だろう。

 

「最新号のパブリック・オカレンシズはもう読んだ!?シンスに関する記事が載ってるよ!」

 

 少女が半ば叫びのように宣伝しているので、俺も一部貰うことにする。

 

「一部貰おうかな、嬢ちゃん」

 

 そう声をかけると、少女は手にする新聞を渡してきた。その際台から落ちそうになるが、なんとかバランスを保つ……中々可愛い子だ。ロリコンではありません。

 その場でアルマと一緒に新聞を眺める。これは中々、記者を名乗るだけはある。しっかりと文章は練られているし、昔と比べても遜色がないくらいの出来だ。紙は少し荒いが。

 タイトルはシンスの真実。どうやらダイアモンド・シティで昔シンス絡みの事件があったらしい。なるほど、こうしてシンスは連邦において敵視されるようになったと。

 

「パイパーはいるかい?彼女に呼ばれて来たんだが」

 

 ざっと見て、少女にそう尋ねる。

 

「中にいるよミスター」

 

 彼女に礼を告げ、俺とアルマは中へと入る。ドッグはステイ、店先に待たせた。流石に人の家に入るときくらいは中に待たせる。渋った様子だが、アルマが言い聞かせるとしっかり待つもんなこの野郎。

 中に入ると、外装から想像できた内装が広がっていた。トタンや何かの外壁を繋げて作った家は、狭いが住むのには適している。そもそもこのご時世だ、贅沢は言ってられない。むしろ、サンクチュアリが出来すぎている。

 

「パイパー」

 

 コーヒーを飲みながら何かの本を読んでいるパイパーに声をかけると、よほど読書に集中していたのか彼女は驚いた様子で立ち上がった。そして強気な表情から生み出される笑みを持って、俺たちを迎え入れる。

 

「ああブルー達!よく来たね、ささ、座って!」

 

 そう言って彼女はボロボロのソファーを指差す。俺とアルマは顔を見合わせ、コーヒーを用意しているパイパーに質問した。

 

「ブルーってなんだ?」

 

「だって、そうでしょ?Vault出身って言ったら、あの青い服着てるじゃないか」

 

 俺たちは少しだけ驚きながら、

 

「どうして俺たちがVault出身だってわかったんだ?」

 

「だって、歩き方が違うもの。背筋はピンと立ってるし、歩き方もとてもウェイストランド人とは思えない。ほら、座ってよ」

 

 合ってるっちゃ合ってる。でもなパイパー、俺たちの姿勢が良いのは長い軍生活から来るものだし、歩き方だってそれに付随して得たものだ。正直Vaultは関係無い。ていうか、体感的に1日もいなかったしな、あそこには。

 何はともあれ、座ってと言われたんだから座る。二人で並んでソファーに腰掛けると、パイパーがカップに入ったコーヒーをこちらに差し出した。それを受け取る。パイパーは向かい側に座り、

 

「さて、早速取材させてもらっても良いかな?Vault出身者なんて早々取材できるものじゃ無いし」

 

 そう言うと、彼女は懐から手帳とペンを取り出す。こだわりがあるのか、ペンは中々質の良さそうな万年筆だ。

 俺はアルマと顔を見合わせる。お互い確認を取る、いつもの行動だ。

 

「いいぞ。そのために来たようなもんだしな」

 

 パイパーはにんまりと笑う。よっぽど取材できるのが楽しいのか。ちょっとした狂気だ。

 

「んじゃあまず旦那さんから。あ、夫婦だよね?」

 

「ああ」

 

「それじゃ。おほん、じゃあまずお名前は?」

 

 第1問目から、俺とアルマは若干困った。だって、俺たちはサンクチュアリ・シティの重鎮だし、ミニットメンを率いる幹部でもある。むやみやたらに名前を広められては困ってしまう。いや、なら最初から取材なんて受けるなと言われればそれまでだが。

 

「あんたには名前を教えるが、記事にはしないでくれ。あんまり名前を広められない立場でね」

 

 時代が変わっても同じか。仕事や役職のせいで表には出られない。まぁ、特殊部隊時代はもっと雁字搦めだったが。恐らく、アルマが元軍人で俺が教え子でなかったら、彼女に自分の仕事すら教えられなかっただろう。それほどまでに、JSOCや海軍特殊戦コマンドというのは闇が深い。

 パイパーは少し口をへの字にして考えた後、渋々了承した。

 

「俺はハーディ・カハラで妻がアルマ」

 

「どうも〜」

 

 アルマ特有の笑みで挨拶する。俺と違って彼女は人当たりが良いし、印象も違う。俺?コミュ障。

 パイパーはメモすると、

 

「それじゃあカハラ夫妻。Vaultではどんな生活を?」

 

 ああやっぱりそう来るか。そうは言っても俺たち氷漬けにされてただけだしなぁ。

 

「あー、パイパー。ごめんね、私たちVaultから来たのは間違ってないんだけど、色々あってほとんどあそこじゃ生活してないんだよね」

 

「え?そうなの?できればそこも詳しく聞きたいんだけど」

 

 でしょうね、仕方ない。ここは話しても別に良いだろう。あのVaultはもう存在しないと言っても過言ではないんだから。

 

「冷凍されてたんだ。核が落ちる直前にVaultに避難して、つい最近まで冷凍保存されてた。了承無しにな」

 

 あの時のことを思い出す。人を実験材料としか思っていない、あの胸糞悪い研究者共。そして、国。あれだけ国のために戦ったのに……まぁ、結果として生き残れたが。

 

「ってことは、実質200歳は超えてるってこと?すごいね、そうは見えないよ」

 

 突拍子も無い話にも、パイパーは真剣にメモを取る。 なるほど、ウェイストランドに暮らす人々は柔軟な思考をしているようだ。

 

「戦争が起きる前は何を?仕事とか、色々」

 

 戦争っていうのは、あの核が落ちた時の事を言っているのだろう。戦争自体はアラスカやら中東でしょっちゅうやってたしな。

 

「私は主婦しながら法律系の資格を取ってて、弁護士にでもなろうかなって思ってた所だったよ。ハーディは……うーん」

 

 アルマが言って良いか悩んでいる。核が落ちる前なら言っちゃいけなかっただろうけど……まぁ、もうアメリカ政府があるとは思えないし、別に良いだろう。

 アルマを手で制すると、答えた。

 

「軍人をやってた」

 

「へぇ、アメリカ軍ってやつ?空軍とか海軍とか、色々あったんでしょ?本で読んだよ」

 

 なるほど、彼女は勉強家のようだ。中々知識があるようで説明するのが楽だよ。俺は頷いて、

 

「海軍だったよ」

 

「階級は?」

 

「大尉。あと数年すれば少佐だっただろうね」

 

 さすがに少佐にでもなれば前線行かなくて住むと思ってた時代が僕にもありました。あの部隊では階級は関係ない。むしろ、責任は増えるし。実際、他の小隊で40台手前の少佐が前線に出て戦死してたってのを聞いた。

 

「へぇ、エリートだ!やっぱり、船とかに乗ってたの?」

 

「場合によっては。でも、地上戦が多かったよ。時期が時期だし、中国軍が中東やアラスカを攻撃してたから」

 

「海軍なのに陸にいるの?ふーん」

 

 何やら腑に落ちないといった様子で彼女は手帳に書き込む。まぁ、軍事に疎い人は海軍と言われれば船というイメージがあるんだろう。Sea, Air, Landの略であるSEALsにいれば、空から降下する場合もあるが。むしろ、アンカレッジではそっちの方が多かった。

 

「じゃあズバリ、ここに来た目的は?」

 

 パイパーが核心を突いてくる。

 

「「息子を探すため」」

 

 俺とアルマの声が重なる。打ち合わせなんてしていない、これが俺たちの目的だからこうなることは当たり前だ。その異様さに、パイパーはちょっとだけ引いた。

 

「えっと、息子さんがいないの?」

 

「ああ。誘拐されたんだ、クソ。まだ生まれたばかりだ」

 

 あの時の光景が蘇る。あのハゲ頭の男、そして撃たれるアルマ。何もできない自分。感情までもがフラッシュバックし、拳が痛くなるほど握りしめた。

 そっと、アルマが俺の拳に手を重ねた。暖かい、血が通った掌が、俺の心を温める。

 

「ひどい……ねぇブルー。あなたはその誘拐に、インスティチュートが絡んでいると思う?」

 

 俺は首を横に振った。

 

「分からん。情報が少なすぎる。ダイアモンド・シティに寄ったのはその情報を得るためだ」

 

 そう言うと、パイパーは何か心当たりがあるのか頷いた。

 

「なるほどね……よし、じゃあ最後の質問ね。あなた方夫妻は、今の連邦を見てどう感じますか?」

 

 今の連邦。昔の面影を残しつつも、ウェイストランドとまで呼ばれるようになってしまった、変わり果ててしまった愛する国。人々は日々生き残るために努力し、それを奪おうとする者もいる。その中で、弱き者を助けようと足掻く者もいる。

 俺は、今もサンクチュアリで指揮をとる友人の顔と言葉を思い浮かべる。

 

ーーところで将軍。将軍、厄介なことが……また居住地から……

 

 あれ?俺やたらとこき使われてね?いや、ダメだ、今はそのことを忘れろ。

 

「何もかもめちゃくちゃだが、それでもなんとか生き延びようと人間は必死になって生きている。それを見ると、少しは希望が湧くよ」

 

「そうだね。失ったものはもう戻らない。でもね、そういうものなの。だから、一からやっていくしかない……私たちみたいにね」

 

 それを聞いて、パイパーは笑顔を取り戻しながらメモをする。これが何かの役に立てば良いが。

 書き終えたパイパーは立ち上がり、腰を伸ばすと言う。

 

「さて!取材はこれでお終い!ありがとね、時間を割いてここまでしてもらって」

 

「いや、こっちこそコーヒーありがとう。それじゃ、元気でな」

 

 コーヒーを飲み干し、俺とアルマは家から出ようとする……が、なぜかパイパーもリュックサックを背負って付いてこようとしている。見送るならそのままの格好でも良いと思うんだが……

 

「なんだ、どっか行くのか?」

 

「うん。だって、情報が欲しいんでしょ?なら私が適任かなって」

 

「ん?」

 

「ん?」

 

 3人とも首を傾げる。

 

「まぁいいや、付いて来てよ。丁度こういうのに詳しい知り合いがいるんだ」

 

 そう言って俺たちを差し置いて家を飛び出すパイパー。何が何だかよく分からないが、手を貸してくれるらしい。

 俺とアルマは少しだけ困惑しながら、勝気でマイペースな赤い美人について行く。一体なんだってんだ。

 



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Unlucky Valentine
第二十三話 グッドネイバー、デイジー


 

 

 

 結果だけ言えばお目当ての探偵はいなかった。パイパーに連れられ探偵事務所に行ったは良いが、そこにいたのは助手であるエリーという女性だけ。聞けば一ヶ月ほど前に転がり込んできた依頼で出動して以来、バレンタインという探偵は帰ってきていないらしい。

 

 アルマと落胆し事務所を出て、広場のベンチに座り込む。正直、この広い連邦を闇雲に探して見つけられるほど甘いものではないことは理解していた。だからこそ、この手の事件に精通しているバレンタインに力を借りたかったのだ。

 俺自身、海軍にいた頃は内偵やスパイ活動なんかもした事がある。だがそれはバックアップや入念な下調べがあってこそのもの。何も情報が無いまま、ただあの老婆の言葉に従っているだけでは調査もクソもないのだ。

 ドッグミートも心配して足元をうろちょろしているが、相手にする気力が無い。

 

「ほら、ヌカコーラ。二人とも元気出してよ」

 

 パイパーがタカハシのところから買ってきたコーラを手渡す。俺たちは俯きながらも栓を抜き、それを一気飲みした。ガイガーカウンターが反応してカリカリ(RAD)といった音を出すも気にしようが無い。それほどまでに俺たちの落胆具合は酷かった。うまくやってこれたとは思うが、運もここで尽きたか。

 

「ほら、ブルー達!しっかりしなさいよ!」

 

 そんな俺たちを見て若干の苛立ちを抱えつつも、パイパーは励ます。実際、人ごとだからそんな風に言えるのだ。家族が、息子が誘拐されたのだ。それも今どうなっているのかすら分からない。なのにしっかりできる奴なんていない。

 戦場では、己の技術を持ってして道を切り拓く。死んだ奴はその技術が足りなかったのだと思っている。運なんてものはあてにならない。多少は気にしても良いが。だがこの問題は。そうではない。どうしようもないのだ。俺たちがもがこうとも、ショーンに関する手がかりは見つからない。どうすればいいのだ。

 

 そっと、隣で俺以上に虚ろになっているアルマの肩を抱き寄せる。彼女も俺と同じ気持ちであるはずだ。今まできっと見つかると思っていた手掛かりのために必死に体裁を保ってこれた。だがこれだ。いくら強い彼女でもこれでは……

 

「おい!お前ら!いい加減にしろ!」

 

 パイパーが叫ぶ。突然の怒号に俺たちはおろか広場の全員が彼女を注視した。それでも関わろうとしてこないのは彼女がトラブルメーカーだからか。

 パイパーはその美貌を怒りに満ちさせると言う。

 

「息子さんの事で落ち込むのは分かる。でも今はただ手がかりがなかっただけだ。死んだわけでも無い、そうだろう?なら親のあんたらがやれるのは一つだ!」

 

「なんだ?」

 

 にぃっと笑うパイパー。

 

「もっとがむしゃらに探すのさ。それが新聞記者のやり方だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グッドネイバー。連邦で最高の街はどこかと聞かれれば皆が口を揃えてダイヤモンドシティと言うが、グッドネイバーと言われれば一様に掌を返して最低の街と言うだろう。

 

 ボストンコモン近くの建物を利用して存在するこの街は、いわばスラム街だ。人口にして数百人の小さな街は、位置的にもレイダーやギャングが流れやすく、治安も悪いせいで血が絶えない。それでもこの街が街としての体裁と経済を維持できているのは市長とそれが抱える自警団の存在が大きい。流れ者達を容認し、薬を売り、路地裏の暴力だけで済むくらいなのだ。きっと市長の手腕は相当なのだろう。

 

「二人とも注意して。ここじゃ気を抜けば明日には死体になっちゃうから。トラブルに巻き込まれないように……私が言える立場でも無いけど」

 

 グッドネイバーの門を潜る際にパイパーが忠告する。俺とアルマは頷いて、いつでも銃撃戦が起きてもいいように武器のコンディションを最高にする。あくまで俺たちは情報収集しにきたのであっていざこざを呼びにきたのでは無い。

 事務所での一件から数日後、俺たちは徒歩で市街地を抜け、悪名高きグッドネイバーへとやってきていた。理由はもちろん、ショーン。パイパー曰く、ここなら例の探偵が通っていてもおかしくないとのこと。俺たちはその情報に望みを見出し、連邦で最も危険であると言われるボストンコモンへと足を踏み入れたのだ。道中ガンナーとかいう傭兵集団やスーパーミュータント、そしてレイダーに妨害を食らいながら、ようやくたどり着いた。

 本来ならパイパーはついてこなくても良かったのだが。彼女のおかしな正義感に火がついたようで。結局は乗りかけた船ということで俺たちに同行することになった。聞けば取材のために家を数日空けることはよくある事らしいから気にしないでと。代わりと言ってはなんだがドッグミートを番犬代りに置いてきたのだ。今頃退屈しているだろう。

 

 ゲートを潜ると広がっていたのは寂れた狭い広場。それもダイヤモンドシティと比べると、だが。警戒しながら広場に進めば、ガラの悪い男が俺たちの前に立ちはだかる。

 

「待ちな。お前らポケットの中身全部置いてけ。さもなけりゃ事故が起こるぞ。保険料は払っておかないとな」

 

 いきなり最悪の状況へと転がった。これは所謂恐喝だ。男の手には拳銃が握られており、わざとそれを見せつけるようにしている。パイパーが前に出ると男と交渉し出す。

 

「あら?グッドネイバーには何度も来てるけど、そんな話は初耳だな」

 

「そりゃ嬢ちゃんの運が良いだけだ。さぁ、さっさと出しな。それか……そうだな」

 

 ジロリと男の目がパイパーとアルマの身体を舐め回す。俺はゆっくりと腰からナイフを抜くと見えないように握る。

 

「嬢ちゃん達二人が相手してくれるなら話しは」

 

 パイパーを押し退け男にナイフを突き刺す。いきなりの事で対応しきれなかった男は心臓を突き刺され目を見開いていた。

 

「うわちょっと!」

 

 驚くパイパー。反してアルマはやっぱり、と言った表情でその事態を傍観していた。

 

 ストレスが溜まっていた。それもとてつもないほどに。息子の情報はなく、藁にもすがる思いで来たこの街で、妻に対してのこの発言。自分を解放してしまった。だが、後悔はない。状況によってはこの街を制圧する気もある。情報は、それから抜けばいい。

 

「う、嘘だろ……」

 

 倒れる男。それを見て回りの群衆がざわつく。自警団らしきスーツ姿の男達が面倒な表情でこっちへやってくるのを見る限り、どうやらこういった殺しはよくあることらしかった。俺はやってくるグールと人間の自警団相手に悟られぬよう臨戦態勢を取るが、それもどこからかかけられた声で止まった。

 

「おいおい!こいつは。久しぶりにキレのある殺しを見ちまったぜ!」

 

 嬉々とした声をあげて路地からやってくるのは、グールの男だった。だが格好が他の奴らと違ってイカしてる。まるで独立戦争の時代からやってきたような古い衣装に身を包み、大きめの帽子を着こなす姿は、グールであろうともカリスマを感じた。

 

「保険料がいるって話でな。そんなもん必要ねぇから殺しちまった。すまんな」

 

 悪びれもせずに答える。するとグールはそれに答えず地に伏せた男を見る。

 

「フィン……バカな事を。悲しませやがって」

 

 一瞬だけ、このグールは悲しむような表情をみせた。それなりに付き合いが長かったのだろうか。だがそれも一瞬、また先ほどのようにサイコパスのような笑顔を見せると言った。

 

「その技、気に入った。殺しを生業にしてる奴の動きだった」

 

「そりゃどうも。あんたは?」

 

「俺か?俺は市長だ。ハンコック市長。グッドネイバーの長さ。初めて門を通った奴は客だと言っておいたんだが……迷惑かけたな」

 

 笑みを崩さないハンコックと称した男。俺には分かる。こいつは危ない。

 

「ハーディ。ハーディ・カハラだ。こっちこそ迷惑をかけた」

 

「それがわかってもらえてるなら良い。ここは人民の、人民による人民のための街だ。分かるか?誰でも歓迎するさ」

 

 なるほど。こいつはさしずめ自由のための英雄か。ジョン・ハンコックと。

 

居場所のない者達(アウターヘブン)のための街だと?」

 

「そうだ。お前にもいずれ分かるさ。ここで友人を作りジェットを嗜めば、自ずとここを故郷と言うようになる」

 

 笑顔で言ったハンコックはその表情を途端に尖らせる。

 

「誰に責任があるかを覚えている限りな」

 

 なるほど。ここは責任の所在を自分以外に押し付けられないらしい。

 

「覚えておく。忠告どうも、市長」

 

 ハンコックはまた笑顔に戻ると、

 

「そりゃ良かった。じゃあ観光を楽しんでくれ。パイパー、あんまり騒ぎを起こすんじゃないぞ」

 

「私が起こしてるんじゃないっつーの!」

 

 笑いながらこの場を立ち去るハンコック。同時に周囲の自警団が警戒を解いた。また広場に、先ほどのような活気と共になんとも言えない静寂が戻る。ふと、アルマが怒り気味のパイパーに尋ねた。

 

「知り合い?」

 

「色々あんのよ、新聞記者にも。さ、情報収集といきましょうか」

 

 俺達はパイパーの後ろについていく。どうやらそこまで警戒せずとも、火種を蒔かなければいざこざになる事は少なそうだ。あの市長もいる事だし。

 

 まずは物資の調達を兼ねて広場の武器屋に寄った。どうもそこの武器屋は変わっていて、店主が人間やグールではなくアサルトロンという軍用の高性能ロボットである。

 KL-E-O(以下、クレオ)と自称するアサルトロンは女性怪しい口調でもって俺たちを歓迎したが、元の声の低さもあってカマ野郎みたいにも聞こえた。恐らくそれは指摘しないほうがいいんだろう、あの頭部レーザーを食らいたくない。

 

「いらっしゃい旅人さん。ここで売ってるものが生と死を分けるかもしれないよ」

 

 謳い文句なのかそう告げると、カウンターの後ろに飾られたガンラックを指差した。実際にはマニピュレータだが。そこに飾られているのはダイヤモンドシティで見たような民生品だけではなく、軍用の銃火器もある。R91に水冷式のクッソ重い軽機関銃、そしてM4まで。ラインナップは充実していた。

 

「いい品揃えだ。弾はあるか?」

 

 そう尋ねるとクレオはカウンターの下から弾薬箱を取り出し、卓上に乗っけてみせた。

 

「.223用じゃなくてちゃんと5.56mm弾だよ。そのCQBRにもちゃんと使える。もちろんM855さ」

 

 こいつは驚いた。俺のライフルを見ただけでしっかりと弾種を把握してきた。5.56mm弾といっても、民間でよく出回っている弾薬と軍用のものでは微妙な差異がある。俺のライフルはしっかりと軍用の規格だから両方使用できるが、民生品の.223口径バリアントだと使用は控えたほうがいいのだ。故障の原因になる。

 いくら頑丈な銃といえど、専用の弾薬を使わなければ寿命が減るのだ。

 

「.338口径はあるか?」

 

「ラプアマグナム?」

 

「ああ」

 

 クレオは再びカウンターの下を漁ると、しばらくしてから紙製の箱を二つほど取り出した。

 

「あったあった。連邦じゃあんまり使ってる奴がいないからもう売れないんじゃ無いかと思ってたよ」

 

 さすがグッドネイバー。アルトゥーロの店では売っていなかったから助かる。ひとまず弾薬を買うと、道中拾ったり奪ったりした銃器を売る。本題はここからだ。パイパーがタイミングを見て身を乗り出した。

 

「ちょっと聞きたいんだけど。ニック……バレンタインって探偵知ってるでしょ?」

 

「もちろん。あの渋くて良い男を忘れるはずないもの」

 

「ああそう……ここ数日、彼を見なかった?」

 

 質問すれば、クレオはうーんと言って考える。

 

「見てないね。随分前に来たっきりだよ。その辺ならデイジーのほうが知ってるんじゃない?」

 

「そう、分かった。ありがとね」

 

 

 

 

 次はクレオの店の真横にある商店。デイジーと呼ばれたカツラを被った女性のグールが経営するこの店は、雑貨店のようだ。飯を調達するのもいいだろう。賞味期限はあってないようなものだから、味さえ我慢すれば食える。

 俺たちが店に入ると、しゃがれた声でデイジーは迎える。

 

「いらっしゃい。何か用?」

 

 いかにも年配の女性という感じがする。なんだか懐かしい感じだ、昔はこういう人がよくいたもんだ。一通り買い物を済ますと、アルマが質問する。

 

「ねぇデイジー、ちょっと質問なんだけれど。もしかして、戦前を経験してない?雰囲気だけど、そんな感じがするんだ」

 

「あらやだ。こう見えてもあたしは220歳だよ」

 

「ドラマ【放射能まみれの恋愛】に出てた俳優の名前は?」

 

「ジョン・アッシュフォード。あら……」

 

 アルマの誘導尋問に引っかかるデイジー。ちなみに放射能まみれの恋愛とは戦前やっていた恋愛ドラマだ。見てなかったが、名前からしてドロドロしてそうだ。

 

「はぁ、分かった分かった。もしかすると270歳かもね。それで?どうしてそんなことを?」

 

「俺たちも戦前を経験してるんだ」

 

 親近感が湧いてそう告げる。思えばコズワースとアルマ以外で戦前を経験した奴なんて周りにいなかった。するとデイジーはからかわれていると思ったのか、意地の悪そうな表情で言った。

 

「へぇ?それじゃああんたらは最も保存状態が良いグールってワケ。戦前のことを覚えてるの?」

 

「ああ。色々大変だったけど、それなりに幸せだったよ。家に帰れば家族がいて、休日になるとお隣さんと軽い挨拶して……芝生はまだ緑だったし、柵も真っ白で綺麗だった。中国との戦争は悪化してたけど、生活を守るために戦ってこれたんだ」

 

 最後の言葉に、デイジーは何かを読み取ったらしい。急に取り乱しカウンターから身を乗り出して俺の肩を掴んだ。

 

「ちょ、ちょっと、あんたまさか軍人だったの?陸軍?」

 

「いや、海軍だが……どうしたんだ?」

 

 驚きながらも答えれば、デイジーは深呼吸して言った。

 

「デルタって言葉に聞き覚えある?」

 

「ああ。デルタフォースに知り合いはいたよ」

 

 実際、戦争中盤から海軍や陸軍の垣根を超えて俺たち特殊部隊は共同作戦を展開していた。中東でもアンカレッジでもそうだった。彼らから部隊章を交換したりもしたし。

 

「アルバート、アルバート・アダムス曹長を知ってるかしら?」

 

 言われて記憶を呼び起こす。確かいた気がする……単にアダムスと呼ばれてた下士官がいたような。俺は頷いた。

 

「あの人の、あの人の最期を教えて欲しいの。いいでしょう?もうアメリカは無いんだから、ねぇ、教えて。お願い……あの人はアンカレッジで死んだの……」

 

 今にも泣きそうな表情で縋ってくるデイジーに、俺は何とも言えない感情を抱いた。こういうことはよくあった。同僚が死んだ際、葬式で家族に聞かれたことも少なくない。だが当時は俺も軍人で、機密が高い作戦に従事してたもんだから伝えられなかった。だが今は。

 俺はアルマと顔を合わせた。彼女は真剣な面持ちで頷く。

 

「アダムス曹長の分隊は……アンカレッジ中期の侵攻作戦で、敵の機甲部隊と戦闘になったらしい。まだ制空権も確保できてなかったから、包囲されて……全滅したんだ」

 

 一気にデイジーが膝をついて啜り泣いた。散々見てきた出来事とは言え、心に来るものがある。それも、あの出来事はもう二百年以上前。それだけの時を経て、ようやくデイジーはアダムスのことを知れたのだ。

 

 

 

 

「取り乱しちゃってごめんなさいね」

 

 数分して泣き止んだデイジーは枯れた声でそう言ってみせた。女性は強い。きっと彼女も夫の死を乗り越えられるはずだろう。

 

「それで、俺たちからもちょっと聞きたいんだが」

 

「ええ、なんでも言ってちょうだい」

 

「バレンタインって探偵を見てないか?1ヶ月くらい前から行方不明なんだ」

 

 だが、デイジーは唸る。それは出し渋っているのではなく、わからないという意思表示でもあった。

 

「ごめんなさい。でも、待ってね。サードレールの連中なら何か知ってるかも。ハンコックお抱えのマスターもいるし」

 

「サードレール?」

 

 俺とアルマの疑問をパイパーが答える。

 

「酒場だよ。わかったデイジー、行ってみる」

 

 デイジーは手を振って俺たちを見送る。どうやら酒場に情報通がいるらしい。ただ、それがどうも市長と深い繋がりがあると知れば一癖も二癖もありそうで。俺は新たに起こるであろう波乱を予期する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傭兵という職業はウェイストランドでは珍しくない。キャラバンを護衛するガードから、暗殺を請け負うアサシンだって、広義で言えば傭兵なのだから。彼らは金になればなんでもやる。それこそ集落を襲って皆殺しにもすれば、それをやったやつらを根絶やしにしたりもする。

 それもこれも、金次第だが。金によって従順な兵士になる事もあればあっさりと寝返って裏切り者になったりもする。そこに信頼は無い。あるのはただ、生か死か。通常の傭兵ならばある程度の信頼関係は重要な話で、信頼がなければ仕事など回ってこない。

 だが。ことウェイストランドにおいてはそんなことはないのだ。だって、皆が日々を生きるのに必死なのだ。明日無事に日の出を拝めるとも限らない。だから、傭兵も金を貰って生きられれば良い。そんな信念も忠義もない存在。

 マクレディという青年も傭兵である。ここ最近をこのサードレールで呑んだくれて過ごす彼も、金次第で殺しを請け負う傭兵なのだ。

 ソファーの隣には愛用する使い込まれたボルトアクションのスナイパーライフルを立て掛け、ウィスキーの瓶を手に仕事を待つ。だが、それも意味を成さない。

 

「ようマクレディ」

 

 いかつい装備を着た男二人が、酔った彼の前に現れる。

 

「また来やがったかクソ共」

 

 マクレディは嘲笑しながらそう言うが、二人は気にかけずに言った。

 

「お前ほんと分かってんだろうな。俺たちガンナーを裏切るってことはこの世界じゃ死に等しいぞ」

 

 脅すように言うリーダー格の男、ウィンロック。対してマクレディは余裕そうに、

 

「へぇ、なら今ここでやってみろよ。ガンナーはおっかないんだろ?」

 

 挑発してみせる。さすがに自分たちを恐れないマクレディを見て苛立ちがあるのか、後ろで傍観していたバーンズという傭兵が食ってかかろうとした。それをウィンロックが制止する。

 

「いいかマクレディ、いつまでもここにいられると思うなよ。お前なんてちっぽけなザコスナイパーに興味は無いが、裏切りは裏切りだ」

 

「裏切り?ただやめただけだ。お前らと手を切ったんだ。それがどうして裏切りだって?」

 

「同じ事だ。まぁいいさ、せいぜいそこで呑んだくれてろボケ。そのうち自分が仕出かした事のツケを払うことになるだろうさ」

 

 そう言って、ウィンロックとバーンズは笑いながら立ち去る。その背中に中指を突き立て、マクレディは呪いの言葉を吐いた。ガンナーなんてクソ喰らえ。マクレディは思う。



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第二十四話 サードレール、マクレディ

いよいよマクレディ雇用


 

 

 夢の中であの男は笑う。ガラス越しに息子を連れ去り、妻を傷つけていく姿をただ見ていることしかできない俺を嘲笑うかのように。心の奥底には戦争の時にはなかったものが芽生えてしまっている。まるで乾燥した大地に放たれた炎のように。ゆっくりと、めらめらと、燃え広がるように俺の心を支配していく。

 だが俺はまだ気付いていない。30年かけて培ってきた理性が、それを抑えようとしている。それは壁となり、防波堤となり、押し寄せる報復心を留まらせる。

 

 でも。逃げ場を知らない報復心はいつか、理性という名の防波堤をも飲み込んでいく。そうなった時、俺の中の薄暗い炎も、飲み込んでくれるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 サードレールと呼ばれる酒場は地下鉄の駅を再利用した場所にある。ゲートを潜り、階段を降りれば賑やかな風景が広がっている。バーテンダー役のハンディタイプ、酔っ払って騒ぐ客、美声を響かせる歌姫。

 いつだったか、部隊の同僚と来た酒場に似ていてなんだか懐かしかった。思ってもみなかったが、あの古き良きアメリカの空気がこんな所で味わえるとは。

 

 長い時間を移動に費やしてきた事もあり、パイパーの提案で一先ずは飲もうという話になる。俺たちはカウンターに座り、目の前のハンディに話しかける。

 

「おすすめは?」

 

 そう尋ねると、表情の無いハンディから思いもよらぬ回答が。

 

「あったかい搾りたてのミルクでもあると思うか?」

 

「ビール三つで」

 

 あまりの口の悪さに返答すらもままならず注文する。どうやら古き良きアメリカというものはここには無かったようだ。いくらなんでもこんなバーテンを見たことがない。

 だが仕事はしっかりするようで、まだ1分も経っていないのにそれぞれにビールがくる辺り、このバーテンは意外にも出来たロボットのようだ。三人分のキャップをカウンターの上に置くと、グラスを持つ。

 

「乾杯」

 

 パイパーの合図で俺たちは飲み物を口にする。クソマズい。直球な感想だが、何かに例える気にならないほどにマズい。それでも身体は正直で、久しぶりの酒に喜んだのかあっという間に飲み干してしまった。よく見れば、棚には色々と他の種類の酒がある。俺はおかわりと言わんばかりにウィスキーのロックを頼む。

 

「それでパイパー?新聞屋さんとしては、どうやってここで情報収集すればいいのかな?」

 

 マズいビールを半分ほど残し、アルマが尋ねる。

 

「お!ここに来てようやっと私の本領発揮だね!」

 

 そう言うとパイパーはおもむろに立ち上がり、新聞記者の命とも言えるメモ帳とペンを取り出した。

 

「マスター!ちょっとよろしいでしょうか?」

 

 珍しく敬語なパイパーを、グラスを片手に眺める。

 

「おかわりか嬢ちゃん」

 

「いえ、ちょっとお尋ねしたい事がありまして」

 

「こっちはねぇな」

 

「そう言わずに。ここ最近でニック・バレンタインという探偵を見かけませんでしたか?」

 

「だから情報屋じゃねぇって言ってんだろ。飲まねぇなら帰りな」

 

 バーテンロボの言う事はもっともだった。基本的にこのウェイストランドでは利益にならない事は引き受けないものだ。それはここグッドネイバーでは更に色濃く出ているようで。

 つっけんどんに言い返されるとパイパーは気まずそうな顔をして座る。

 

「これが記者のやり方?当たって砕けろじゃん」

 

 少しばかり酒が回ってきたのかアルマがおちょくるように言った。その物言いに火がついたのか、パイパーは再度立ち上がると、

 

「ケッ!いいもんね、他の呑んだくれに聞いてくるから!」

 

 べっー、と子供染みた真似をすると彼女は他の席で飲んでいる奴らに向かって突撃していく。そんなパイパーを、アルマは楽しそうに眺めて笑う。二人が気を取られている隙に、俺は再度小声でバーテンに話しかけた。バー特有の騒音が、多少の会話であればかき消してくれる。

 

「聞きたい事がある」

 

「おい、だから俺は」

 

「仕事の話がしたい」

 

 バーテンがなにかを言う前に続けて言う。するとバーテンはなにかを感心したように、三つあるアイカメラで俺を観察してきた。

 

「お前、ただの傭兵じゃないな」

 

「どうかな。少なくともあいつらとは違うぜ」

 

 そう言って、奥の部屋から出てくる武装した二人組を顎で指す。それをどう受け取ったのかは知らないが、バーテンは笑って浮遊するボディを上下に揺らした。

 

「面白いな。良いだろう、こっちも困り事があるんだ」

 

 そう言うと、ハンディのボディがわずかにこちらへ寄ってその装甲の一部が開いた。どうやら指向性スピーカーを展開してようだった。

 

「最近うちのシマの建物にネズミが住み着いてな。それならまだ良いんだが、何かコソコソやってんだ。あんた掃除は得意か?」

 

「大好きだ」

 

「なら良い。300キャップで手を打とう、どうだ?」

 

 バーテンがマニピュレータを作動させ、キャップが入った袋を目の前に差し出す。前払いとは気前が良い。

 

「金は良い。あの新聞記者の取材に答えてやればな」

 

 そう言うとバーテンは鼻で笑う。続いて、マニピュレータが袋をしまいメモの切れ端を差し出してきた。受け取って確認してみれば、そこには建物の名前が書いてある。どうやらネズミは複数の建物に住み着いてしまったらしい。

 会話が終われば俺たちは客と店主。先ほどまでと変わらぬように酒を煽り、注いでいくのだ。

 

「アルマ、ちょっとトイレ行ってくる」

 

 笑う彼女の耳元で告げると、いってらっしゃいと手を振ってくれた。そんな彼女の頭を撫でると、俺は席を立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意味も無く飲んだくれる。今はこれしかやる事がない。

 邪魔者のウィンロックとバーンズは去った。散々あーでもないこーでもないと喚き散らしていたので反論してやったらあっさりだ。奴らは泣く子も黙る傭兵集団ガンナーズだが、わざわざ俺みたいな一匹狼が勝手にやめたぐらいで暗殺部隊を出すほど暇じゃないだろう。あの二人にしたって、何かここに用件があったから寄ったに違いない。

 俺はただウィスキーの瓶を片手に酔っ払う。顔は真っ赤でとても眠たいが、今すぐ誰かを狙撃しろと言われれば見事にやってみせるくらいの腕はある。問題は、今この町ではその腕を必要とする奴がいない事だった。

 

「おい」

 

 だから、いきなりやってきたこの男には驚いた。いつの間にかこのVIPルームの入り口に男が立っている。気配が無かったせいで心底驚いた俺はベルトに乱雑に刺さった拳銃を抜くか迷ったが、相手の佇まいを見て敵意が無いことを悟り止める。

 

 東洋人だった。茶髪で、身長は小さめで、それでも装備の下には鍛えられた肉体があるのだろうと想像するには難くない、傭兵のような男。

 えらく高そうなスリングにこれまた高級そうで無骨なライフルを付け、身体の前に垂らしている。その垂らし方も、すぐに構えられるように無駄がない。

 腰回りのパッドには弾倉や手榴弾が入ったポーチやダンプポーチ。右手側には拳銃用のホルスター。

 着ているベストは他の傭兵とは違って簡素なものではなく、戦前のものと思われるプレートキャリア。そして背中には、少し大きめのバックパック。

 

「誰だ?」

 

 その豪華な装備を身につけた若造に対し、俺は威圧するように問いかけた。

 

「あんた傭兵か」

 

「そうだ。もっとも、開店休業中だがな」

 

 そう言って俺は酒を飲む。

 

「さっきの男達のせいか?」

 

 いきなり理由を当てられて酒瓶をあげる手が止まる。俺は酒瓶を置く。

 

「聞いてたのか」

 

「いや。ただあの二人の表情を見てそう思っただけだ」

 

 なるほど、と頷いて、

 

「そんなところさ。ガンナーズって言えば分かるか?」

 

「あの軍人気取った雑魚レイダー共か」

 

 男のガンナーズへの評価に俺は噴き出した。なるほど、それはいい。確かにあいつらは自分達を何か崇高な存在だと勘違いしているレイダーだ。

 

「ガンナーズを抜けたことが気に入らないらしくてな。今もこうして嫌がらせ受けて客が来ない」

 

「ならやっと客が来たな」

 

 えっ、と。俺は思わず声が出た。同時にそんな馬鹿げたことを言ってくる男に笑いがこみ上げる。

 

「冗談だろ?あんたガンナーズが怖くないのか?」

 

 そう言うと、男は左腕に取り付けたPip-boyからなにかを取り出して机の上に投げた。それは血のついた認識票。ガンナーズが携行するものだ。

 

「道中絡まれたから全員殺したぞ」

 

 さも当然のように言う男を前に、流石の俺も黙った。黙って、男の仕出かした事の大きさに笑う。

 

「ハハハ!こいつは面白い!あんたガンナーズに喧嘩を売ったな!傑作だ!」

 

 笑い転げる俺に男は告げる。

 

「それで、どうする?このままここでアホどもに嫌がらせを続けられるか、俺とアホどもを黙らせるか」

 

 そんなものは決まってる。ちょうどここで飲み続けるのには退屈していたところなんだ。

 俺は立ち上がり、傍らに立て掛けてあったライフルを手にすると男に詰め寄る。

 

「良いだろう。だが俺も傭兵だ、キャップは持ってるんだろうな」

 

「いくら欲しい?」

 

 そう言われ、俺は悩む。せっかくだからふっかけてやりたい気もするが、久しぶりの客だ。なら少しくらいまけてやってもいいだろう。

 

「250。飯付きで」

 

「いや、前金で200、飯付きで。あんたの腕前を見てこっちが納得すれば追加で300出そう」

 

 驚いた。分割はされるが、まさかこっちが提示してきた額を越えるとは。

 ウェイストランドでは通常、こういう分割方式は好まれない。ここは地獄、約束なんて破る奴が多数だ。それに働きぶりなんて曖昧なもんはいくらでもいちゃもんつけられるから、結局払われないなんて事もある。

 だが不思議と、この男には説得力があった。なぜだろうか。この感じ、前にもどこかで……

 

「良いね、乗った。俺はマクレディだ。見ての通り、スナイパーが専門」

 

 考えても仕方ないので答える。

 

「俺はハーディ。ポジションなら色々やってた。さ、マクレディ。せっかく雇ったんだ、こっちに来て飲み直そうぜ」

 

 ハーディとかいう男の雰囲気が急に変わる。まるで仕事から解放されたかのように。

 正直酒には飽きていたが、奢ってもらえるならなんだって良い。俺は素直にハーディとその妻、そしてテンションの高い新聞記者の下へと向かった。

 

 



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第二十五話 グッドネイバー、トリガーマン

 

 夜、レクスフォードホテル。戦前ではそれなりに栄えていたであろう煌びやかなホテル。今となっては核の炎に焼かれたせいでその面影はないが、内装はかなり無事であり、連邦の中でもトップクラスのグレードを誇るホテルだろう。

 そもそも、ホテルなんてもんがもうこの時代存在するのかすら分からないが。

 

 四人で散々呑んだくれた後、女の子二人をマクレディと背負って俺たちはこのホテルへとやってくる。受付でお婆さんから部屋を3つ借りると、カハラ夫妻、マクレディ、パイパーに別れて休むことにした。

 どれだけ呑んだのか覚えていないが泥酔しているアルマを背負って扉を開ける。あの婆さん、気を利かせてダブルベットにしてくれたみたいだ。重い足取りでベッドまで辿り着き、彼女をそっと下ろす。

 

「うーんハーディ〜」

 

 意識がおぼろげなのだろう、薄目で俺の名を呼ぶアルマ。そんな彼女の横に座り、俺は頭を撫でる。

 

「おやすみ、お姫様」

 

「一緒に寝よ〜よ〜」

 

 そう言って彼女は俺の腕を掴む。女性とはいえそれなりに鍛えていた彼女の筋力は強い。なぜかあっという間に俺の腕を押さえ込むと関節技を決めてくる。

 

「いててて!あ、アルマ!決まってる!痛いって!」

 

 あまりの痛さに彼女の腕をタップする。このままだとへし折られる。すると彼女は俺に抱きついてそのまま一緒にベッドへと倒れ込んだ。参ったな、このまま彼女が寝ている間に仕事を終わらせるつもりだったのに。

 だが女性の誘い、それも妻からとあっては答えなければならないのが夫だ。寝転がりながら彼女のプレートキャリアを脱がす。すると、アルマはいたずらっぽい笑みを見せた。

 

「ふふ……久しぶりにしたくなっちゃった」

 

 コンバットシャツの胸元のチャックを開ければ、彼女の大きめの果実達が自己主張してくる。俺は生唾を飲みながら、余裕を醸し出す。

 

「困った子だな。でも俺もたまには火遊びがしたいんだ」

 

 俺も何だかんだ酔っていたんだろう。気がつけば自分の装備を外して彼女に抱きついていた。そうこうしているうちに気がつけばお互い一糸まとわぬ姿となり、まぐわう。もうお互い三十路だというのにその身体は若いまま。

 

「あんハーディしゅきしゅき♡」

 

「あ゛あ゛あ゛あああああああ」

 

 結局その夜は何度も果ててしまう。ショーンよ、もしかしたらお前を取り戻した時には弟か妹ができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アァァァァァァ……隣の部屋からヤオグアイもびっくりな獣のような声が響いてくる。それも二人分。マクレディはベッドの上に横になりながらも、その声とどったんばったん煩い騒音のせいで眠れずにいた。だが不機嫌ではない。むしろ機嫌は良かった。

 

「どんだけ溜まってたんだよ、はは」

 

 軽く笑いながら呟く。正直に言えば、スナイパーとして各地を転々としていた彼ならばこのくらいの騒音は無視して眠る事ができる。

 スナイパーとは孤独である。スコープを覗き敵を撃つ際、スナイパーはその死に様をはっきりと見ることになる。表情、倒れ方、相手の身体の損壊具合など……それは決して、他職種の兵士とは共有できないものだ。それ故に、スナイパーは他人と一線を引く。人は頼れない、それもマクレディのような一人で動く傭兵ならば尚更。

 だから、自然とどんな状況でも眠る術を身につける。警戒のために片目を開けながら眠る事もあれば、立ちながら寝る事だってできるのだ。

 

 だが、今は別に眠くなんてない。確かにアルコールのせいで身体はおかしな多幸感に包まれているが、それを制御できないマクレディではない。スナイパーとはそういう人種だ。それに、あの雇い主が言うには夜中に何か行動を移すらしい。それも、連れの女二人に黙って。

 マクレディは下着姿のまま立ち上がると、立て掛けてあったライフルを手に化粧台として使われていたであろう机へと向かう。椅子に腰掛けると、バッグからメンテナンスキットを取り出してライフルを簡易的に分解する。

 これはマクレディの、傭兵として欠かせない日課でもある。

 銃とは頑丈に見えて繊細だ。いくらメーカーが努力しようとも、メンテいらずの銃など存在しない。いくら技術が向上しようとも、メンテをしてやらなければ動作不良が起きる。そして戦闘中の動作不良はそのまま自身の生死に関わる。

 

「そろそろ替え時かな」

 

 そう呟きながら、マクレディはボルトアッセンブリーを取り外したライフルを構えて銃身の中を覗く。大分ライフリングがすり減っている。無理もない、連邦で手に入る弾薬は粗悪な物が多い。中には通常の鉛ではなく、鉄芯を用いたものもある。スチールコアなんて呼ばれているが、あれを使うとライフリングが削れて銃身寿命が減るのだ。

 最近使う機会がないせいで綺麗な銃身内にクリーニングロッドを突っ込んで洗浄する。スナイパーは特に狙撃銃のコンディションに気を遣うものだ。

 

 ライフルのボルトアッセンブリーに適量のオイルを塗り、組み込んでいくとまた元通りの狙撃銃が生まれる。次に拳銃をいじる。

 彼の持つ拳銃は、東海岸でよく使われているN99ピストルだ。戦いは遠距離から制するマクレディにとってこのピストルはあまり使う頻度は高くはないが、敵に気付かれて詰め寄られた時や近接戦闘では頼らなくてはならない。

 ピストルは得意ではないけれども、彼はそれも丹念にクリーニングする。頑丈なスライドを外し、洗浄液を吹きかけ汚れを除いたらオイルを塗って動作性を向上させ。銃身内をまた磨き。フレーム内のメカ部分に損耗はないか調べる。無い。

 彼のピストルは通常のセミオートピストルではない。いつだったかガンスミスに依頼してカスタムしてもらった、フルオートオンリーのものだ。ディスコネクターと呼ばれる部分が加工されており、トリガーを引けばその分弾が出る。使う機会は少ないが、近接火力に劣るスナイパーが持ち歩くには十分だと思える武器だ。それも彼の雇い主が見ればあーだこーだ改善点を挙げてくるだろうが。

 

 銃のメンテナンスが終わり、再びマクレディはベッドに寝転ぶ。思えばベッドの上で眠るのは久しぶりだ。最近はソファーの上で飲みながら寝ていた。

 何も彼は金があるからサードレールのVIPルームで酒を呑みながら寝泊まりできていたわけではない。あの凄腕市長、ハンコックとのコネがあり、彼がガンナーから匿っていたのだ。

 いくら無法者のガンナーと言えどもこの街で禁忌を犯すほど馬鹿では無い。

 

 マクレディはハンガーにかけていた上着のポケットから何かを取り出す。ボロボロで、塗装が剥がれかけているそれはおもちゃの兵隊。彼はそれをしばらく眺めると、握りしめた手を胸に置いた。

 ようやくそれで、彼は眠る。良い夢は見たいと思って見れるものではない。その日もまた、いつもと同じように悪夢に魘されるだろうと思いながら。

 でも、今日は何か違う。悪夢なのは間違いないが、いつも見ていたものではない。それはかつて、キャピタル・ウェイストランドにいた頃の記憶。彼は本当に久しぶりに、その頃を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーまるで尻みたいな顔だな。

 

 ムンゴである男が自分を形容する。それが自分の笑いのツボに入ったのだろう。珍しく、彼は自分達子供と同じような感性を持っている男だった。だから入れてやる。だがその間自分はお前を見ているぞ。何かしでかそうものならその頭をライフルで弾いてやるぞ。

 

ーー俺たちはもう友達だ。そんな事しないさ。

 

 男はそう言うと、友達になった証に指切りげんまんという誓いを教えてくれた。初めて見た誓いの儀式だったが、嘘ついたら針を千本飲ますというおぞましい報復方法が気に入った。しばらくは自分がいた場所で流行ったのを覚えている。もちろん誰もそんな報復はしないだろうが、それでもこの口約束に効力があったのは間違いなかった。

 あの場所では今でもこの誓いをしているのだろうか。暗くジメジメした、子供しかいないあの洞窟で。

 

 

 

 

「マクレディ、起きろ」

 

 唐突に寝ていたマクレディに声が投げかけられる。彼は飛び起きると、隠し持っていた拳銃を声の主に向けようとしてーー

 逆に奪われた。見事な防衛術だった。あっという間に自分の手から拳銃をもぎ取られ。それを奪った男、ハーディはその拳銃を観察しだす。

 弾倉を外してスライドを引けば装填されている弾薬が飛び出て宙を舞う。それをハーディがキャッチすると、その一発を外した弾倉に込め直し、安全な方向へ銃を向けながら空撃ち。そしてトリガーを引きながらまたスライドを引いた。スライドが戻ると同時に撃鉄がまた降りる。

 

「フルオートに加工してあるのか」

 

 銃が好きなんだろう。ちょっと操作しただけで銃の特性を当ててくる。

 

「必要だろう?スナイパーは近寄られたら弱いからな」

 

「あまりこの手の改造は勧めないぞ。元々単発用に作られたものは無理にフルオート運用すると大幅に寿命を削ることになる」

 

 これは話が長くなりそうだ。マクレディは適当に肯定するとハンガーにかけてあった軍用作業服に袖を通す。

 

「お楽しみだったじゃないか」

 

 おちょくるようにそう言うと、ハーディは拳銃を扱う手を止めた。

 

「全く休めなかった。満足はしたけど」

 

 そう言う男の姿はどこか疲れている。マクレディは苦笑し、

 

「あんたが来たってことは仕事だろう?大丈夫なのか、それで」

 

 装備を着込み、最後にダスターを羽織る。

 

「問題ない。もっとヤバい時もあったからな」

 

 ニヤッと彼は笑うと、銃口側を掴んで拳銃をマクレディに差し出す。それを受け取ると、マクレディはスライドを左手で掴みながら銃を前後させるように装填した。それを見たハーディがやや驚いた顔で尋ねてきた。

 

「その技術はどこで教わった?」

 

 突拍子もなくそんな事を聞いてくる。

 

「ガキの頃に会った奴に。あんたみたいな東洋人だ」

 

「ふむ。久しぶりにその装填方法を見たぞ」

 

「そんなに珍しいのか?確かに俺以外にやってるやつは見ないが」

 

 ああ、と言ってハーディはまた薀蓄を語り出す。

 

「そいつはイスラエルとか、中東の方でやってる装填方法だ。厳密にはちょっと違うんだが……多分、それを教わった時に言われなかったか?それをやるんなら拳銃は抜くときに装填しろって」

 

 マクレディは思い返す。

 

「言ってたな。俺はこっちの方が力が込めやすくてやってるが」

 

 ふむ、とハーディは納得する。それを見てマクレディは安全装置をかけて腰ベルトに拳銃を突っ込んだ。

 

「今度ホルスターを買ってやる」

 

「そいつはどうも。さ、話してても時間は過ぎてくんだ。さっさと仕事に取り掛かろう。女どもが起きる前にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリガーマンというギャング集団がいる。彼らは戦前のボストンマフィアを前身に持ち、200年経った現在でもその姿は大して変わらない。

 ギャング特有の黄色いスーツにハット、手にはトンプソンやショットガンでタバコか葉巻を咥えている。唯一戦前と変わったのはその勢力と、メンバーにグールがいる事だろう。

 かつては市民に恐れられ、警察に厄介者として扱われた威厳ある彼等も、それ以上の脅威がポンポン現れる今の連邦ではただのチンピラ程度にしか思われていない。悲しいが、そういう現状だ。

 グッドネイバーは彼等からしてみれば良い隠れ蓑だ。なぜなら無法者が多い。その中にいれば自分達は身を隠しやすい。そう思っている。

 現実は。あのハンコックに監視され、何かしでかす前に鎮圧される。生き残った者は潜伏し、またなにかをしでかそうとして鎮圧される。その繰り返しだ。それでも根絶やしにされないのは、その方が都合が良いのだろう。

 

 道中そんな説明をマクレディから受ける。戦争は変わらない、人は過ちを繰り返す……それは俺が戦争から学んだ事だが、こんなしょうもない奴らも同じみたいだ。いや、しょうもないから過ちを繰り返すのだろうか。

 

「あの建物だ」

 

 横のマクレディが顎で煉瓦造りの建物を指す。なるほど、裏路地に近い建物だ。隠れ家としては良いのかもしれない。俺なら絶対そんな所にしないが。

 入り口を確かめる。全部で2箇所。表通りに面するメインエントランスと、裏路地にある非常口。搬入口がないのは元々事務系のオフィスだからだろう。

 

「メインエントランスは避けよう。裏路地から侵入する」

 

 そう告げると、建物から50メートルほど手前の道から裏路地へと入る。入って、そこで銃を構え出す。表通りで目立った動きは避けたかった。

 

「雇い主はあんただ。俺は指示に従うぜ」

 

 マクレディが後ろでそう言う。彼はライフルを背負ってピストルを構えていた。俺は頷いて、2メートル間隔で追従するようにハンドサインを出す。だが、マクレディは頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 

「2メートル間隔で追従」

 

「ああ、了解」

 

 これは一から色々教える必要があるな。傭兵だから仕方ないが、もっと基礎的な軍事知識を授けなくては。

 俺としては、マクレディを連れまわす気でいる。このままアルマと一緒に旅をする気はない。それは夫として当然の気持ちだった。ただでさえ危険な連邦で、妻を戦場に立たせたい奴がどこにいる?

 

 裏路地へと侵入し、角をクリアリングしながら曲がろうとする。と、例の建物の裏手に黄色いスーツの二人組が。手には懐かしのM1928が。ドラムマガジンに木製のハンドガードグリップ……まるでギャングスタだ。

 俺はしゃがんで奴らにライフルを向けながらマクレディに指示する。

 

「右の奴を狙え」

 

 言えばマクレディはすぐに俺の真上で立ちながらライフルを取り出し、射撃姿勢を保つ。ハイローという、CQBにおけるテクニックの一つだ。

 

「あんたの号令で撃つ」

 

「いや、お前の射撃に合わせる」

 

 一応、こんなんでも元々特殊部隊のチームリーダーだった。隠密作戦なんてものを数え切れないくらい経験したせいで、こうやって仲間と同時に敵を射撃する事も多い。その上指揮官である事も手伝って、入れ替わりの激しい部下の練度を十分に把握できないまま戦線に投入される事なんてザラだから、こうやって誰かの射撃に合わせて撃つ事も覚えたのだ。

 マクレディは了解とだけ言って、壁にライフルの側面を委託させ、安定した状態で狙う。距離は近いから外さないだろう。彼がしっかりとした腕を持っていれば、だが。

 俺も同時に左側の男を狙う。ドットサイトの赤い光点が男の顔を捉えていた。

 

 大きめの銃声が響く。それと同時に引き金を引けば、くぐもった音の破裂音がしてギャング達は倒れた。

 

「すげぇなあんた、一発かよ」

 

 マクレディが賞賛する。当たり前だ、気づかれていない相手で一発でやれなかったら意味がない。

 しかしマクレディの銃にサプレッサーが無いのは痛いな。幸いここは激戦区であるボストンコモン、さっきから町の外では銃声が引っ切り無しに鳴り響いているから大して警戒されないだろうが……夜は昼間よりも聴覚が過敏になるからな。見たところ、拳銃用のサプレッサーも無いようだし。

 

「移動するぞ」

 

 とにかく前進する。建物の窓にも注意しながら先ほど撃ち殺した二人の所へと向かう。仕事内容は敵の全滅だ、いくら下っ端の見張りといえども殺さなくてはならない。

 マクレディに警戒させながら倒れた二人を調べる。俺が撃った男は頭に穴を開けて血を垂れ流し、マクレディが撃ち抜いた男は脳味噌をぶちまけている。念入りに二発ずつ男達の胴体に撃ち込む。

 

「何やってんだ?死んでるだろ」

 

「確認だ。実は生きてて撃たれましたなんてゴメンだからな」

 

 実際、当時の任務中ではよくやっていた。頭を撃てばほぼ死ぬが、稀にヘルメットや頭蓋骨で死を逃れている奴がいるのだ。そう言う奴を逃さないために撃ち込む。HVT殺害時は特に念入りに。

 

 壁に隠れながら裏口をそっと開ける。夜の闇に紛れながら、静かに俺たちは進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めて、まだ冷めない高揚感が身体を支配する中で愛する人を探す。でもすぐそばにいたはずのあの人はいない。私は思い瞼をこじ開けながら、ベッドの周りを見回す。

 やっぱり、あの人はいないのだ。銃や装備も無い。長距離移動用のバックパックだけ残し、彼はどこかへ行ってしまったようだ。

 どこへ行ったかは分からないが、何をしに行ったかは分かる。きっと、あのバーテンとこそこそ話していた事だろう。

 これでも元軍人だ。いくら酔っていても、何やら隣で夫が不穏な事を話していれば気がつかない訳がない。それを態度や言葉に出さなかったのは、こうなると分かっていたからだ。

 

 身体に掛けていたシーツを脱ぎ、自分のバックパックから新しい下着とコンバットウェアを取り出すと、それを着た。出来るだけ着ろと過保護な夫がうるさいから、プレートキャリアも装着する。そして風呂場に設置されていた、この時代では珍しい稼働する洗濯機を回すと汚れた服を全て突っ込んだ。

 音を発てる洗濯機を他所に、私は窓の近くに置かれた椅子に腰掛けた。その側にある改造されたライフルを手にすると、膝の上に置く。

 

「……そうやって、また置いてくんだね」

 

 仕方のない事だとは分かっている。あの人は秘密の多い人だ。DEVGRUなんて海軍の闇みたいな部隊に所属してたから、行き先も告げずに派兵されるなんてことは付き合ってた頃から何度もある。

 その度に私はあの人の帰りを待っている。安全な内地から、あの人が安心して帰ってこれるように。覚悟はしていたし、私は妻としてしっかりとその役割を全うしてきたと思う。古い考え方かもしれないが、私とあの人の間ではこれでいいのだ。

 

 でも今は。文明が崩壊し、そんな中息子が誘拐され、私は再びスナイパーとして、戦士として舞い戻ってきた。なのにあの人はそんな私を傷付けるのが怖くて置いていこうとする。

 大切にされているのは痛いほど分かってる。それがあの人の優しさ。そんなところに惚れた自分がいる。

 

 でもね、ハーディ。それだけじゃダメなんだよ。きっと今のままショーンを取り戻せば、貴方はきっとあの子を束縛する。箱入りにはしたくない。そうなっては、あの子に自由がない。貴方が戦争で戦ってたのは皆の自由のためでしょう?それを自分から否定しちゃダメさ。

 

 私は立ち上がると、バックパック以外の装備を全て装着して部屋から出ようとする。ふと、化粧台の上にメモが置かれていた。

 

ーーちょっと出かけてくる。朝には戻るよ。 夫。

 

 知ってるっての。私は不器用な夫を笑い、ライフルを手に今度こそ部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一軒目は難なく終わった。俺の後方に警戒させていたとはいえマクレディは一発も撃つ事がなく、建物内にいた10名程度のギャングは死体と化している。使った弾薬は20発ほど、つまり一人あたり2発で済ましている事になる。

 胸と頭に正確に撃ち込まれた死体を見てマクレディは上機嫌になっていた。やるだろうなとは思っていたが、まさかこれほどとは思わなかったといった表情だ。マクレディは死体から金目のものを剥ぎ取ってはバックに詰めると言う盗賊まがいの事をしている。

 

「おい、何してんだ。行くぞ」

 

 呆れたようにそう声をかけるとマクレディは急いで手に入れた品物をバックに突っ込む。

 

「金は大事だぜボス」

 

「俺らの仕事じゃない」

 

「いいや。これも仕事さ」

 

 どうやらこいつはとんでもない守銭奴のようだ。確かに金は大事だが、今はそんな事をしている余裕はない。はやく帰らなければアルマが起きてしまう。

 俺は仕方なく夢中になっているマクレディを置いて建物を出る。そんな背中をマクレディは追いかけてきた。

 

「おい待てよ!待てって!」

 

 怒り気味にそういうマクレディに向き直る。

 

「時間がねぇって言わなかったか?」

 

「そんなに奥さんに銃を握らせたくないか?ならなんで連れてきたんだ」

 

 あ?とマクレディの質問に腹を立て威圧する。だがマクレディはそれに臆する事もなく刃向かった。

 

「おいボス、あんたは俺の雇い主だが、なんでも言う事を聞く犬だと思ってたら大間違いだぜ」

 

 意見を主張するマクレディ。

 

「金は大事だって言っただろ。ここはウェイストランドだ、銃がなけりゃ命が無い。飯が無けりゃ腹が減る。じゃあそいつらをどうやって調達する?その辺の商人を襲って奪うのか?いいやあんたはそんな事出来ない人種だね。ならどうすんだ、レイダーやガンナーズに目をつけられながら商業でもしてみるか?農業だっていいさ」

 

 説得という感じではなかった。きっとこれがマクレディという人物なのだろう。傭兵の割には意見がはっきりとしている。

 

「でもあんたには向いてないね。あんたは兵士だ。戦場でしか生きられない」

 

「知ったような事を」

 

「いいや知ってる。俺がそうだ。戦いってのが大嫌いで大好きな最低の人種だぜ。だからそれで飯を食ってる」

 

 だがな、とマクレディは前置きに。

 

「それだけで生きてはいけねぇ。そんな甘い世界じゃないんだ。いくら強かろうがキャップがなけりゃ水も飲めやしない、そんな世界さ。今は良くても、使えばキャップは減っていく。なら蓄えるのが常識ってもんだろう?Vault出身者には分からないか?」

 

 ピクッと俺の腕が動く。

 

「佇まいを見てりゃ分かる。俺も散々見てきたからな。そんでこの世界じゃVault出身者は舐められる。ならよ、そうさせないためにも金は持っとかないとダメさ」

 

 少しだが、俺はマクレディに対する考えが変わった。こいつは刹那的な傭兵の考え方とは違う。戦場に取り憑かれているのは変わらないが、それでもこいつには未来を描こうとする意思が感じられたのだ。それがどうも気になる。

 俺はため息を一つついて手を差し出した。

 

「そのバック、重いだろ。Pip-boyに入れとくから貸せ」

 

 そう言うとマクレディは驚いていたがすぐにニヤッと笑みを見せ、バックを差し出してきた。

 

「そうこなくちゃな」

 

 それでもアルマは。できれば戦いから離しておきたいのだ。それが夫として、愛する人としての義務だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二軒目も終わり、残すはあと一軒。だがよりにもよって最後の一軒で問題が起きた。どうやら他の隠れ家が壊滅した事を知ったようで、かなり警戒している。先程から引っ切り無しにギャングどもが建物の中や周囲を巡回している。

 それをメインストリートを挟んで向かいの無人の建物から監視していた。もうすぐ日が昇る。俺は急いでいた。

 

「どうするボス?見つからないで全員倒すのは厳しいぞ」

 

 分かっている。それに数も今までよりも多い、きっと本陣なのだろう。

 

「ここから出来る限り援護しろ」

 

「あんた一人で乗り込むのか?正気かよ」

 

 建物から出て行く俺にマクレディがおい!と叫ぶ。それらを無視して俺はこっそりとストリートを渡り出した。

 

「どうなっても知らないからな!」

 

 言いながらマクレディはライフルに弾薬を装填してスコープを覗く。彼は仕事を全うしようと尽力した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりの激戦だった。正面玄関ではなく裏路地から侵入しようとしたが、そこにもギャングが数名防御を固めていたのだ。

 一対多数は経験が無い訳じゃ無いが、いくら俺でも分が悪い。だがやらなければならないことでもある。それにここからではマクレディの支援は受けられそうに無い。元から期待はしていなかったが。

 

「撃て撃て!」

 

「死ねぃ!」

 

 ゴミ箱に隠れた俺に数名が射撃してくる。M1928が使う弾薬は.45ACP、つまり拳銃弾。無駄に重いスチール製のゴミ箱である上に中に土砂が溜まっていて良かった、貫通はしないだろう。

 だが身動きが取れない。一瞬だけ顔を出して相手を確認し、少しズレた場所から上半身の半分だけ出して射撃するが、ちゃんと狙う前に撃たれるもんだから当たらない。建物内でなければ破片がどこに行くかわからないからグレネードは使えない。最悪だった。

 

「いけいけ!」

 

 ギャングの一人がこっちへ詰め寄ってくる。俺は寝転びながらそれを待ち構え、姿が見えた瞬間に胸と頭を撃ち抜いた。

 

「クソ、やられた!」

 

「グレネードだぜ!喰らえ!」

 

 ギャングの一人がグレネードを投げてくる。コロコロと金属の球が俺の目の前に転がってきたのを見てすぐに投げ返した。

 とんでもない炸裂音が響く。どうやら空中で爆発したらしい。

 

「ぐぉおあああ!」

 

 叫び声が聞こえて銃撃が軽くなる。どうやら破片に当たったようだ。これを機に俺はまた身を乗り出して射撃する。今度は射撃が弱いせいかしっかりと狙えた。

 

 路地裏の敵を排除すると、建物へと侵入することになる。ここでも俺は苦戦することになる。相手が通路で待ち伏せていたからだ。

 すぐにフラッシュバンを取り出して室内へ投げ込む。グレネードだ、という注意喚起がしたと思いきや炸裂音。同時に叫び声が響いた。

 フラッシュバン、閃光手榴弾は非殺傷武器だ。だがそこから発せられる音と光は尋常では無い。直視したりもろに聞いてしまえば視界は真っ白、耳は当分使い物にならなくなる。

 俺が突入すると、案の定ぶっ倒れているギャングが数名いた。それらを丁寧に素早く屠って行く。中へ入れば騒音と被害は気にしなくていいだろう。

 

「入ってきた!」

 

「数は!?」

 

「一人だ!」

 

 一階を制圧し終わると二階から数名の声が響く。慎重に二階へと上がろうとして、変化があった。

 

「ぐわっ!」

 

「狙撃だ!窓の外だ!」

 

 どうやらマクレディが仕事をしているらしい。窓際の敵を処理してくれている。

 俺は階段下からグレネードを投げ入れると、爆発から一拍置いてから突入する。階段上にいた奴は死んだらしい。投げ返されたり逃げられないようにタイミングは図っていたから上手くいった。

 

「奴を止めろ!」

 

 と、ドアの奥から声が響く。俺は殺気と危険を察知してすぐにドアの直線上から飛び退いた。刹那、ドアを銃弾が引き裂いた。中からドア越しに撃たれたのだ。

 すぐに起き上がり、ドアの横にしゃがんで張り付く。そしてグレネードを取り出そうとして……無い。使い切ったらしい。

 

「クソ……」

 

 悪態をつく。室内ではやったか?なんて会話が流れている。さて、どうするか。

 

 

 ギャングは数名で部屋に立て籠もっていた。外には狙撃手がいるから窓から身を晒すのは危険だ。

 映画のように長机を盾にし、謎の襲撃者に向け備える。その時だった。

 

 ちらっ。仲間が一人、力無くドアのそばに姿を表したのだ。反射的にギャングの一人が発砲すると、釣られたように撃ちまくる。それを慌ててリーダー格の男が止めた。

 

「馬鹿野郎、味方だ!撃つな!」

 

 言われて、全員が銃撃をやめると。穴だらけになった味方は倒れる。全員がそれに注視した。それが作戦だとも知らずに。

 いきなり男がドアから上半身のわずかだけ身を乗り出し、ギャング達を正確に撃ち抜いた。リーダー格の男も左手を撃ち抜かれる。

 

「うおっ!」

 

 倒れる男は愕然とする。なぜならあの一瞬で一緒に隠れていた仲間が全員撃ち殺されていたからだ。こうなっては奥の手を使うしか無い。男は決意し、窓の外からも見えるように立ち上がってテーブルから身を出した。

 

 

 

 

 室内にいた見える奴らに弾を叩き込んだ。一人は腕に当たったようだが、その周りで撃っていた奴は頭に食らっていたのが見えたから死んだはずだ。

 俺は弾倉を交換すると、少しずつクリアリングして室内へ入って行く。と、角から待ち伏せていたギャングがナイフを手に襲ってきた。俺は冷静に攻撃を回避すると、ライフルで関節技をきめて床に倒す。そして胸と頭に1発ずつ。

 

「見事だな!だがそれで勝ったつもりか!?」

 

 すぐさま声がした方向へと銃を向けると、先ほど殺し損ねた男が立っていた。まるで狙撃も気にしないというような佇まい……殺そうとして、手に持っていた何かを見て躊躇った。

 爆弾だ、爆弾のスイッチだ。よく見れば、男の腹回りにプラスチック爆薬が大量に巻かれている。

 

「バカな真似はよせ」

 

「それはどうかな?概ねハンコックの野郎が寄越したんだろうが、いつでも計画通りに行くと思うなよ!」

 

 マズい状況になった。胴体に当たれば爆発、即死させなくてもスイッチを押されて爆発、即死させても倒れた拍子にスイッチが押されて爆発。狙撃支援がないということは、マクレディもその事に気がついているんだろう。迂闊に手が出せない。

 

「仲間を殺しやがって。ここで俺もろとも死にやがれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 マクレディも緊迫していた。最後に残ったギャングが持っているのはどう見ても爆弾の起爆装置。どうやら雇い主もそのせいで銃撃できないようだ。

 よく映画やドラマでこういうシーンは見られるが、ただ頭を撃てば終わりでは無い。運動機能に連携しない脳を破壊しても、運動命令が手に来るかもしれないし、もし外せばその時点で起爆。

 おそらくライフル弾ならば見えている後頭部に直撃させれば絶命できるだろう。それも頭を破裂させて。

 だが問題もあった。それは窓。あの窓のせいで弾丸の威力が削がれたら?軌道がわずかにズレてしまったら?

 マクレディはスナイパースクールなんてものは出ていない。窓ガラスがどれだけ弾道に影響するなんて知らない。そもそもこんな刑事ドラマじみた状況は経験が無い。

 撃てなかった。目標との距離は150メートルほど、難しい距離では無い。だが、わずかに外れれば終わり。あの雇用主は死ぬ。べつに昨日会ったばかりの奴が死のうが関係ないが、何故だかあの男を死なせる気はマクレディにはなかった。それに面子もある。狙撃に失敗したスナイパーなんて誰も欲しがらない。

 

 汗が滴り落ちる。どうする、マクレディ。落ち着け、と何度も復唱する。

 

 

 が。

 

 

 

 

 

 

 突然、スイッチを持つ男の頭が破裂した。同時にわずかな発砲音。マクレディか?

 脳幹をごっそりとそぎ落とされたギャングは膝をつく。同時に俺は走り出した。全力で倒れかけるギャングの手を掴み、スイッチを押そうとしていた指を反対へと折る。次いでスイッチを取り上げた。

 

「クソ、クソ……」

 

 起爆スイッチのバッテリーを取り出し、使い物にならなくする。危なかった、きっと脳幹を破壊された時点で押されることは無かったろうが、倒れた衝撃で……っということはあり得る。ゆっくり倒れてくれたのは計算してのことか。マクレディめ、やるな。

 

 ふと、俺は男の頭の弾痕を確かめる。どうやら衝撃で脳は破壊されているようだ。頭蓋骨も粉砕している。

 そこで気がついてしまった。これはマクレディではない。マクレディのライフルは、.308口径……つまりよく軍でも使われる7.62mm弾だ。これはそれよりももっと強いライフルで撃たれた跡。

 

 男を放置し窓の外を見渡す。マクレディは窓から身を乗り出し、何かを確かめるように自身がいた建物のより上の階を確かめようとしている。

 俺は単眼鏡を取り出し、マクレディが見ようとしているものを見つけた。

 

 

 アルマだ。アルマが.338口径のライフルを手に、こちらに投げキッスしている。肝が冷えた。

 彼女が何かを言っている。大きく口を開け、口の動きで分かるように。

 

 お し お き す る か ら。

 

 たしかにそう言っていた。俺は真顔で単眼鏡をしまう。どうやら彼女は勝手に出て行ってしまった事が気に入らないらしい。

 俺は放心して笑う。笑って、現実逃避しようとしたが。

 

「殺されるなぁ」

 

 無理だ。どうやってもやられる。

 



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第二十五話 レクスフォードホテル、教官

 

 

 早朝、レクスフォードホテル。任務を達成した俺はあの激戦からの生還を喜ぶことなく彼女に謝罪をするために駆け回る。

 

「待ってくれ!俺が悪かった!アルマ!頼む聞いてくれ!」

 

 ようやく追い付いたアルマの背中に悲痛な声をかける。だが彼女は無視して借りてる部屋へと足早に去ってしまう。だが亭主として、彼女の夫として諦めるわけにもいかない。俺は部屋の扉に手をかけているアルマの腕を取る。

 

「頼む話を聞いてくれ!」

 

 周りの部屋からうるさいと怒号が響くが構うもんか。とにかく話を聞いてもらわなければ進展しないのだ。

 

 アルマは動きを止めて俺と顔を合わせる。その表情は、昔教官と教え子として出会った時のような冷酷な無表情。いつもの優しいおっとりスナイパー系奥さんは引っ込んでいた。

 ゴクリと息を呑む。一度大ゲンカした時もこの顔をされたからある意味トラウマだ。

 

「それじゃあボス、ごゆっくり」

 

 俺に追従してきたマクレディが楽しげに手を振って自室に戻っていく。クソ、他人事だと思いやがってあの傭兵め。

 そんなマクレディは御構い無しに、アルマは口を開いた。

 

「部屋で話しましょう、大尉」

 

 彼女の階級呼びは基本怒っている時に使うものだ。俺は肯定し、まるで将軍の御付きの人のようにドアを開け、彼女が入るのを見送ってから自分も入る。

 中では泥酔していたパイパーが下着姿で寝ていた。こんな状況じゃなきゃ鼻の下を伸ばしていたのかもしれないが、今はそんな事どうでも良かった。頼む、空気読んで早くどっか言ってくれ。

 

「ほら、大尉殿の大好きな下着の美女だよ。襲えば?」

 

「アルマ……」

 

 困ったように俺は返す。その間にも彼女は装備を脱いで新しくなった野戦服だけになると、ライフルを壁に掛けて椅子に座った。俺は彼女から2メートルほど手前に気をつけの姿勢で立つ。しばし沈黙(パイパーのいびきを除く)が流れる。苦痛でしかない。

 

 不意にじっとこちらを見つめていたアルマが口を開いた。

 

「傭兵を、しかもスナイパーを雇ったのは私の代わりってわけ」

 

 予想はしていた。彼女は置いていかれた不満と自分に取って代わるようにして現れたマクレディに嫉妬している。もちろんマクレディ本人には何も言わないし言うつもりもないはずだ。彼女はその辺を割り切っている。

 だが、俺に対しては違う。俺の前では彼女も女の子になるし、嫉妬もする。それが可愛いところでもあるのだが、今は心底怖い。

 

「いや、違うよ。なぁ聞いてくれ……」

 

「よくもまぁあんな我流の下手くそ私の代わりにしようと思ったね。DEVGRU出身だから自信あるんだ」

 

 ダメだ、聞いてくれない。こりゃもう本当に怒りに怒ってる時の対応だ。こうやって軍人目線で指摘してくるからタチが悪いんだ彼女は。

 俺は必死に弁解の言葉を探す。

 

「君を汚い仕事に巻き込みたくなかったし、危険な目にも合わせたくなかったんだ」

 

「あんた今それ言う?汚いかはともかくとしてVaultで目覚めてから危険じゃなかった事なんてないよね?バカじゃないの?」

 

「はいすみません」

 

 理由が弱い。あまりにも陳腐な言い訳で彼女は納得するはずがないのだ。ここは彼女に吐き出させるだけ吐き出させて落ち着いてもらうしかないだろう。

 

「だいたいさ、あんた何?私と結婚して夫なんだよね?だったらなんで相談とかしないわけ?昨日は酔ってたからあの下手くその事は何も言わなかったけどさぁ。そう言うの含めてなんかないの?相談するとかそういうのさ」

 

「その通りです」

 

 ソファーにどっかり座りながらはぁ〜っと大きなため息を吐くアルマ。

 

「なに、そんなに私頼りない?」

 

「いや違う、だが君は大切な妻なんだ!危険な目に合わせたくないって思うのが夫だろう?」

 

「じゃあ私はそう思わないって?旦那が危険な橋渡ってるの黙って見てろって?アンカレッジの時もそうだけどさ、私も心配で仕方なかったんだよ。それでもあんたは軍人で私は身籠ってたし、待ってたよ。でもさぁ、これは違くない?違うよね?こっちの気も知らないで勝手にあれこれ決めて黙ってればいい気になって、挙げ句の果てには置いてかれて。私来なかったらあんた死んでたよ?無理だもんあいつじゃ、脳幹破壊して運動機能止めるなんて知らないよきっと?」

 

 何も言えない。危険な目に合わせたくないとはいえ、相談はすべきだった。待たせておけないなら、後方のバックアップとして配置すれば良かっただけだ。

 完全に自惚れていた。自分が特殊部隊の一員だからって、敵を舐めていた。だからああいう目にあったのだ。彼女を批判する権利はどこにもない。

 

 俺はしょんぼりして頷く。反論できるような立場ではないことは自分が一番わかっている。今の光景を当時の部下達が見たら驚くだろうなぁ。

 

「まぁまぁお嬢さん、その辺にしておきなよ」

 

 不意に、後ろのベッドから仲裁の声がかかる。振り返れば、実家のように寛いで寝転がっているパイパーが苦笑いしていたのだ。起こしてしまったようだ。

 アルマはそれに答えず、ため息を吐く。

 

「旦那さんだって悪気があってやったんじゃないんだし。それに、家族を大切に思ってたからこうなったんじゃないの?」

 

「それは……分かるけど」

 

「私が言えた義理じゃないけどさ。守りたい人がいると、どうしてもそうなっちゃうんだよ。ね、旦那さん?」

 

 俺は慌てて頷く。それを見たアルマは不服そうにしていたが、

 

「もう、分かったよ。私も怒りすぎたかも。でもねハーディ」

 

 アルマの姿が一瞬消える。気がつけば、ファイティングポーズを取った彼女が目の前にいて。俺の脇腹にフックを決めようとしていた。

 反射的に回避しかけるが、俺は理性でそれを止める。されるがままに、彼女に殴られた。

 

「うごぉっ!?」

 

 あまりの衝撃に俺の身体が横にくの字に曲がる。ミシミシと骨が軋む音が体内を通じて響く……骨が折れたかもしれない。きっとV.A.T.Sを起動したんだろう、でなければあの動きは無理だ。

 膝をついて苦しむ俺をアルマは見下ろす。そしてしゃがみこみ、咳き込む俺の顔を無理矢理そちらへ向かせた。

 

「次やったら許さないから」

 

 涙を目に浮かべた女の子が、そこにいた。彼女は俺にたっぷり口づけすると、Pip-boyからスティムパックを取り出し俺の首筋に打ち込む。

 

「ちょ、待」

 

 直後、急激に脇腹が痛む。スティムパックは急速に外傷を治す代わりに、激痛が走る事で有名だ。俺はその痛みに悶えてしまった。後ろではパイパーが引いているらしいが、それすらも耳に入らない。

 

 アルマはそんな情けない夫を放って立ち上がると、背伸びして背筋を伸ばす。

 

「うーん!お酒も飲んだしたっぷり寝たし、夫に制裁できたしでいい一日になりそうだね!」

 

「ハハ、そうだね」

 

 引きつった笑いを見せるパイパー。こうしてカハラ家の一悶着は解決した。だが問題はそれで終わらない。今度はマクレディに対しての文句をぶつけに行くらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マクレディは使用したライフルを分解すると、整備する。それは長い放浪生活と傭兵の仕事で得た経験からもたらされた良い行いである。

 基本、道具と暇があれば銃は整備するものだ。それも使用した後なら必ずと言っていいほど整備しなければならない。使用前に完璧な状態を保っていても、使用した後はどこか破損しているかもしれないし、何より物は磨耗するものだ。気を遣っていても、いつもより装薬量がわずかに多いだけで耐久というものは下がる。

 

「問題ないな」

 

 綺麗な布を巻きつけたクリーニングロッドを銃口側から銃身に突っ込み、汚れを確認する。カーボンのカスやホコリがあっても狙撃銃というのは弾道に影響を及ぼしやすい。正確に言えば銃全般がそうなのだが、精密射撃を主とする狙撃銃となればさらに気を遣うものだ。

 

 ある程度のクリーニングが終われば、組み立てる。さて、あの依頼人は無事奥さんからお許しを貰えただろうか。

 バカな人間だ。ああやって自分に負担をかけるように人を守る事なんて損でしか無いのに、いい人ぶってるから。腕は悪く無いどころか一流なのに、弱みがあればそれが綻びとなり一気に崩れる。マクレディは知っていた。そして大切なモノを守れなかった時の苦しみも。

 

 テーブルの上に置いたおもちゃの人形を眺める。そこにいつもの皮肉屋のスナイパーはいない。ただ物憂げに、一人の人間として複雑な想いを抱くマクレディがいるだけだ。

 

 しばらくそうしていると、制御できなさそうな感情が湧いてくる。やめだ、こういうのは表に出さないに限る。

 おもちゃの人形を懐にしまうと、マクレディは寝ようかどうか迷って背後から聞こえたデカイ音に驚いた。

 

「邪魔するよ」

 

 振り返れば、あの雇い主の妻がズカズカと部屋に踏み入ってきた。しかも彼女の使っていたカスタムライフルを携えて。

 

「なんだ、旦那さんと仲直りはできたのか?」

 

「うるさい黙れ殺すぞ」

 

 ずいぶん機嫌が悪い。よく見てみれば、部屋の外では雇い主がそっと部屋を覗いていた。どうやら彼の家庭では妻の力が強いらしい。

 

「ハーディ入ってきな」

 

「はい」

 

 まるでギャングの親玉みたいに支持すると、雇い主が低姿勢で入ってくる。それを愉快に思って笑っていたマクレディだが、彼女が次に言った言葉のせいで真顔にならざるを得なくなった。

 

「おい下手くそ、お前のライフルを見せてみな」

 

 カチンと来た。たしかに自分は我流だが、それでもキャピタルでは上位を争うほどの腕だと自負していたし、それは連邦に来てからも変わらない。彼女が最後に見せたワンショットキルは見事だが、それでもそんな風に言われる事は彼のプライドに賭けて許されないものなのだ。

 

「おい、誰が下手くそだって?」

 

「お前だよクソガキ。早くライフルを見せろ」

 

 昨日会った時はこんなにヤクザ染みていなかったはずだ。マクレディは雇い主を睨む。しかし雇い主はジェスチャーと口パクで早く見せろと表現していた。仕方なく雇い主からの命令だからライフルを彼女に渡す。

 自分を無碍に扱う彼女は、ボルトを開くと使い込まれたライフルをまじまじと観察した。チャンバーの中、銃口内、ストックの歪み、銃身の取り付け具合、引き金の引き具合、スコープの位置、そして取り付け具合に至るまで、すべてだ。

 

 そうして納得したのか、彼女はライフルをマクレディに返す。

 

「窓の外を狙ってみな。本気で撃つ時と同じようにね。引き金も引け。椅子でもなんでも使っていいからやれ」

 

 なんだこのアマと思いながらも渋々従う。窓を開け、椅子に座りながら窓枠にライフルを委託して狙う。

 外にある適当な目標に照準を合わせ、息を吐き出し、止める。そして絶妙のタイミングで引き金を引いた。カチンと、撃針が落ちてから撃ちする。

 

 マクレディの射撃を見ていたアルマは真顔で精査する。

 

「どうだ?見惚れただろ」

 

 軽口を叩くマクレディ。だがアルマは言ってみせた。

 

 

 

「あんたスナイパー向いてないよ」

 

 

 

 は?と、マクレディは口に出した。そして一気に怒りが湧いてくる。その間、慌てたように雇い主は挙動不審だった。

 

「なんだと!?一体何が……」

 

「挙げればきりが無いけど、まずその姿勢。ライフルに力が入りすぎ。フリーフローティングじゃないタイプのライフルにそんなに圧かけたら銃身がわずかに歪むっての」

 

 それに、と。

 

「引き金を引く時に真っ直ぐ正確に指が動くのは筋が良い。でもね、それだけ。不必要な力まで入れるから長距離を狙う時にわずかにガク引きが起きる。あんた700メートルくらいから先のターゲットの頭を狙うのは苦手だろ」

 

 うっ、とマクレディは図星。確かにそんなに離れた所のターゲットの頭を狙う事は避けていた。昔に行った事もあったが、どうしてか僅かにずれて致命傷にならないのだ。当たっても、それはラッキーだと思っていた。

 

「今までのお前はセンスだけでやってたんだよ。でもそれに甘んじて成長がない。事実でしょ、きっと狙撃手になった時から上達してないはずだよ。上手くなったと思っててもそれは経験だけ。だから下手くそだって言ってんだよマヌケ」

 

 更に図星。マクレディは昔から腕が良かった。放浪し、傭兵になってからはそれに経験が加わったから外す事はめっきり減ったが。確かに、純粋に射撃の技術だけ見れば数年前と変わらないのかもしれない。

 

「あとそのライフル。引きつけが強過ぎるからストックがどんどん歪んでってる。それにしっかりと整備ができてないから水を吸ったり乾いたりして劣化もしてる。あんたそれずっと使ってるでしょ。ボルト周りも同じ、装薬量には気をつけてるみたいだけど、それ何回かホットロードで撃ってるでしょ。使うのは良いけど、違う弾を使ったんならいつも以上に整備しなきゃダメ。それと銃身、あんた銃口側からロッド刺してるよね?チャンバー側から突っ込まないとわずかな汚れがチャンバーに付着してマルファンクションの原因になるんだよ」

 

 スナイパーとしてのプライドが折れそうだった。間違いない、この女は自分よりも腕が遥かに上だろう。少し見ただけでこれだけ指摘を食らうんだ、この女はヤバイ。そりゃあの雇い主がビビるはずだ。

 落ち込むマクレディ。雇い主は懐かしむように遠くを見つめている。きっと彼も言われた経験があるに違いない。

 

「受け取りな」

 

 不意に奥さんが袋詰めのキャップをマクレディに投げ渡す。慌ててそれを受け取ると、マクレディは頭にはてなを浮かべた。

 

「これは?」

 

「金はやる。私は出来の悪いスナイパーを雇うつもりは無いわ」

 

 手切れ金。マクレディはそう考えた。それも仕方ないが、それならなぜ雇い主は自分を雇ったんだろうか。それなら多少危険でも妻にバックアップさせればいいのに。

 

「だから私があんたを育てる」

 

「な、なに!?」

 

「金は受け取ったんだ、なら従いな。私がみっちり仕込んで最高のスナイパーにしてやるの。嬉しいでしょ」

 

 冗談じゃないとも思ったが、同時に自分の技術を磨けるという戦士としての向上心も芽生えた。マクレディは迷う。普段なら絶対にこんな面倒な誘いは受けない。だが、金は受け取ってしまった。返すのも惜しい。そんな言い訳を自分の中で考え、

 

「そうかい。なら頼もうかな、お嬢さ」

 

「教官だろボケェ!」

 

 呼び名に激怒したアルマのミドルキックがマクレディの腹に突き刺さった。ハーディは目を閉じている。

 倒れこむマクレディにアルマは出かける支度を命じると、さっさと退出する。その背中を追従する雇い主。

 

 残されたマクレディは痛みにうなされながらもその二人の姿を目に焼き付ける。そして恨み言を吐いて、渋々支度をし出した。



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第二十六話 パーク・ストリート駅、トリガーマン

 

 

 ボストンコモン。かつてはボストンの経済を担い、忙しい人々でごった返していたこのビル街も、核戦争後の夜となっては聞こえてくるのは精々銃声くらいだ。

 俺はしょっちゅう派兵されていたからここに来ることは少なかったが、それでもここまでめちゃくちゃではなかったはずだ。そこらでビルは崩れて瓦礫が散乱し、コンクリートはヒビ割れて200年という時の重さをヒシヒシと感じさせる。

 かつては街の明るさで見えなかった星々も、今では空を見上げればそれぞれがお互いの輝きを主張し合っている。なんとも皮肉な話だ。

 

 俺はナイトビジョン越しにその星空を見上げていた。こんなに綺麗な星空なのに、世界は残酷な程に荒れ果てている。これもまた皮肉って奴なんだろうか。だとしたら、カルマってのは随分と捻くれているもんだ。

 

 グッドネイバーでの初仕事が終わり、俺たち三人は店主から得た情報を元に再びボストンコモンの激戦区へとやって来ていた。どうやら探偵は近くの公園にあるパーク・ストリート駅という地下鉄に向かったというのだ。

 アルマによるマクレディのためのスナイパースクールの初授業が、その地下鉄入口の偵察だ。そのため俺は近接する低いビルの5階付近にて待機中。必要があれば援護する予定だ。ちなみにパイパーはホテルでお留守番。

 

 双眼鏡でアルマ達を探せば、彼女達はいた。マクレディが先行し、アルマはその後ろを追従している。俺も昔通った道だが、彼女のスカウト能力はそんじょそこらのスナイパーとは比べられない。一度隠れて仕舞えばまず見つけられないし、気付いた時には離脱しているのだ。そんな彼女に教わったとなれば必然的に偵察能力も上がるものだ。俺も戦場で散々助けられた。

 

 彼女らの偵察が終わり合流すると、マクレディはやや疲れた様子で座り込みながら水筒の水を飲んでいた。対してアルマはいつも通り元気いっぱい。

 

「池には近づかないほうがいいね」

 

 観光用の地図を開き、公園中心にある池を指差すアルマ。

 

「何かいたのか?」

 

「でっかい何かがスワンボート被って就寝中」

 

 どうやら正体は分からないが、概ねミュータントの類いだろう。ならば近づかない方がいい。俺はバックパックを背負って前進の準備を整えると、ゆっくりとした動作で立ち上がるマクレディに言った。

 

「うちの嫁さんは怖いだろ?俺も同じ事されたんだ」

 

「異常じゃないかあいつ」

 

 何を言う。それが可愛いところだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下鉄にはすぐに侵入できた。入口に敵はおらず、トラップの類いも無い。しかし電気は通っているようだから地下鉄内に何が潜んでいるのか分からないので慎重に、ゆっくりと進んでいく。

 

「噂じゃこの地下鉄にはVaultがあるって話だぜ」

 

 マクレディが呟けば、アルマが軽く彼の足を蹴ってシッー!と黙れと言うジェスチャーを繰り出す。マクレディの情報は有難いが、こういう建物内では声が響きやすい。もうちょい早く言ってくれれば蹴られずに済んだのにな。

 

 階段を降りると、当たり前だが改札にたどり着いた。そこで人の気配を感じて俺たちは暗闇に身を潜める。やはりと言うべきか、電気が通っている時点で予想はしていた。トンプソン短機関銃で武装した二人組が、改札の奥から姿を表した。あれはトリガーマンだ。

 

「しかしマローンはいい場所を見つけたよな。あいつはやっぱり頼り甲斐があるぜ」

 

「そうか?俺からしてみればあいつはただの臆病もんさ」

 

 俺たちには気がついていないらしい。壁にもたれかかって話し込んでいる……タバコを吸っているが、やっぱり人が吸っているのを見ると吸いたくなるな。

 その間にも俺たちはポジションを変える。駅構内の狭さから考えてやり過ごすのは得策では無いから、始末するべきだ。彼らの真横にあるゴミ箱へとそっと移動する。試しにPip-boyの生体センサーを使用してみれば、どうやら隣の駅員室にも一人いるようだ。アルマとマクレディに駅員室の掃討を命じると、俺はライフルを静かに背負ってナイフとコンバットアックスを両手に持った。

 

「なんだってそんな事言うんだ?」

 

「ハッ、あの探偵さ。さっさと殺しゃいいのにマローンと来たらずっと閉じ込めてるだけだ」

 

 どうやら探し物はここらしい。有益な情報を手に入れた俺は、ゴミ箱から飛び出して手前のトリガーマンの喉元目掛けて左手のコンバットアックスをぶっ刺した。

 

「うわっ!」

 

 もう一人のトリガーマンが驚く。俺はそのまま右手のナイフを奴の首へと投げる。

 

「うぐっ!」

 

 苦しそうに首元を押さえて倒れこむトリガーマン。俺はコンバットアックスを死体から抜き取ると、ナイフが首に突き刺さったトリガーマンの頭をアックスでカチ割った。駅員室を見てみれば、アルマもトリガーマンを排除したらしい、彼女の手には血に濡れたナイフが握られていた。

 

「どうやらバレンタインはここの連中に囚われているらしい」

 

「トリガーマンが?へ、そいつはいい。前からあいつらの態度は気に入らなかったんだ」

 

 軽口を叩くマクレディ。アルマはナイフに付着した血を死体の服で拭うと、鞘に収めた。

 

「どんぱち賑やかにならなきゃいいけど」

 

「なるべくならそうしたいが、必要とあれば躊躇う必要はない。行くぞ二人とも」

 

 そう言って俺たちは進んでいく。こういう場合に備えてマクレディにもサイレンサー付きの銃を持たせた方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バレンタインは暇していた。駅の奥底に造られたVaultに閉じ込められてもう一ヶ月は経つだろうか。幸いにも自分は食事を必要としないので餓死することはないが、それでも感情がある以上退屈を誤魔化すことはできない。今自分がいる監督室にある本も読み終えてしまったし、ターミナルはネットワークに接続されていないスタンドアローン。もっとも、このご時世ネットワークなんてものは壊滅してしまっているのだが。

 バレンタインはタバコに火をつけて椅子で寛ぐ。最悪タバコを吸っていれば暇は潰せるからこうしている。

 

「ようニック。元気か?」

 

 と、部屋の外に取り付けられているインターホンを経由して声が聞こえてくる。やれやれまたかと辟易しながらも、皮肉屋でお人好しな彼は古びたフェドーラ帽を被りなおすと答えた。

 

「お前が来なけりゃ最高だったよ」

 

「そう言うなって。何か必要なものはないか?」

 

 物好きなトリガーマンもいたものだと嘲笑しながらも、バレンタインはタバコの箱が軽くなったことを思い出す。

 

「タバコが底をつきそうだ」

 

「わかった、持ってこよう」

 

「どうも」

 

 立ち去るトリガーマン。バレンタインはため息を吐くとまたやってくる暇を満喫する。少なくとも、さっきのやつにつまらない話を延々とされるよりはマシだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅のホームでは激しい銃撃戦が展開されていた。複数の短機関銃がけたたましい音を発てながら、廃車と化した電車を挟んだ反対側のホームに弾丸をばら撒く。

 

「スモークッ!」

 

 コンクリートでできたベンチに身を隠しながら、俺はスモークグレネードを投げる。もくもくと上がる煙は視界だけでもホームを分断する。その隙に、射撃によって釘付けにされていたアルマがこっちに走りこんでくる。

 

「ああもう!ほんと最悪!」

 

 アルマは狙撃銃の弾倉を変えると、その美貌を苛立ちに塗れさせた。それについては同意見だ。まさかこんなに早く見つかるとは思いもしなかった。

 発端はマクレディだ。ホームへと侵入した俺たちは、手始めに近場にいたトリガーマンの殺害をマクレディに命じたのだが……殺害こそ成功したが、奴が死体を隠す瞬間を見られたのだ。当然トリガーマンはその名の通り発砲、混戦状態となった。

 

 俺はポーチからグレネードを取り出すと、安全ピンを抜いて向こう側へと投げる。爆発音が聞こえ、少しだけ射撃が止んだ。

 

「マクレディ、アルマと援護しろ。ポジションは変えた方がいい」

 

「あんたはどうすんだ!」

 

「突っ込む」

 

 そう告げれば、俺はライフルとスタングレネードを手にバリケードを乗り越える。そして一気に煙の中へと走り、廃車の中へ乗り込んだ。

 

「クソ!煙が邪魔だ!」

 

「おい誰か突っ込めよ!」

 

「お前が行けこの!」

 

 こっそりと窓からトリガーマン達の状況を覗く。数は8人ほどで、全員がトンプソンで武装していた。俺はスタングレネードのピンを抜いて投げる。間髪入れずにそれが炸裂、轟音と閃光が薄暗いホームに広がった。

 

「なんだよ!」

 

「クソ、目が痛い!」

 

 怯んだ隙に俺は車内から近場にいるトリガーマン4人に弾丸を撃ち込む。このまま残りも倒そうとして、電車に撃ち込まれた事で中断した。すぐに車内に隠れてバレないように移動する。拳銃弾といえども電車の薄い鉄板くらいなら貫通するからだ。

 

「クソ!あそこだ!」

 

「殺せ!」

 

 先ほどまでいた空間が蜂の巣になる。俺は弾倉を交換すると、タイミングを伺った。刹那、後方から狙撃銃の発砲音。音的に、アルマのライフルだろう。彼女にはFLIRという赤外線スコープを持たせてあるから暗闇だろうが煙越しだろうが問題なく発砲できる。

 

「狙撃だ!クソ、煙越しだぞ!?」

 

 驚くトリガーマンに俺も発砲する。その時にはもう奴らの数は3人まで減っていた。加えて俺からの射撃。残りの素人どもを殺すには十分過ぎた。

 

 また駅のホームが静まり返り、アルマ達と合流する。

 

「マクレディ、気にするな。あれは見つかってもしょうがない」

 

 俺はマクレディを慰める。いくら薄暗いとはいえ、ひらけた場所の敵をバレずに殺害するのは難しい。そして終わりよければ全て良し、今のところ損害は出ていないから大勝利だ。

 

「いいや、全然ダメだね」

 

 俺が許してもアルマは許してくれないらしい。そしてマクレディはそれも予想していた。

 

「首搔き切るだけなのに時間かかり過ぎだし、引きずるのも遅い。あんた今度補習するから」

 

「マジかよ……」

 

 かわいそうにマクレディ。俺ではこの鬼教官を止めることはできない。

 



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第二十七話 Vault114、ニック

 

 

 地下鉄のレールの上を辿り、俺たちは難なくVaultの入口へと辿り着くことができた。どうやら噂は本当だったらしい。レールから少し外れれば、どデカイVaultの扉があるのだからたまげる。しかし、111と違って横にスライドするタイプか……懐かしい気もするが、気のせいだろう。

 扉の見張りも排除し、俺は扉のコントロールパネルを弄る。前と同じであれば、Pip-boyのプラグを差し込むことで自動にて開くはずだ。

 

「Pip-boyの本領発揮だな」

 

 相変わらず軽口ばかり叩くマクレディがコントロールパネルを操作する俺を見て、少しばかり不貞腐れたような表情で言う。原因は俺の嫁さんだ。

 

「軽口叩いてる暇あるなら弾当てなガキ」

 

 ほら早速言われた。スナイパースクールの助教時代はいつもこんな感じだったんだ。俺もデートに誘うのは苦労したんだぞ。あの頃のアルマはキレッキレのナイフみたいだった……そんな強気な女の子が大好きだったから惚れたんだが。

 思い出に浸っていると、警告音がけたたましく鳴り響く。どうやら開くようだ。俺は二人に隠れるように指示する。こんだけデカイ扉が開けば相手方も何かしら気付くだろう。

 

 

 

 

 トリガーマンはギャングだ。昔ながらの裏社会に生き、ダーティな仕事を生業としながらも渋さを忘れない紳士なのだ。シチリア譲りのスーツを着込み、コートの下にはトレンチガン。舐めた輩は蜂の巣に、徹底的に殺し回る。

 そんなThe 裏社会みたいなトリガーマンは、今現在グッドネイバーをほぼ追いやられてこんな地下に潜んでいる。それがひどく惨めで、彼らの間で不満が高まるのは仕方ない事だった。

 

 この日も搬入される生活資材を点検し、ボスのスキニーマローンに献上する作業をしていたのだが、不意に古参のグールであるトリガーマンが不満を漏らした。

 

「ケッ、何がトリガーマンだ。これじゃスーツ着てるだけで他のVaultの住民と変わらねえぞ」

 

 グールの寿命は長い。それ故に、過去には様々な修羅場を経験もしているものだ。そんな根っからのワルが、今ではコンビニの店員みたいな事をしているのだ。

 

「しっかしまぁなんだってこんな地下鉄にVaultを作ったんだろうな」

 

 若いトリガーマンが古参の話を流してそんな呑気な事を言うもんだから、思わず作業の手を止めて頭でも殴ってやろうかと思った。でもそれが何になる?結局は虚しい八つ当たり、それが分からない古参のトリガーマンではなかった。なので仕方なく質問に答えることにする。

 

「昔はよくあったのさ。公共事業だか何だかでよくわかんねぇもん作るってのはな」

 

「でもここはすげぇよな。時間感覚が分からなくなるけど、住むには困らない」

 

「あのな、俺らギャングだぞ。今も昔もそんな事言ってるギャングは見たことがねぇ。いいからさっさと仕事終わらせて……」

 

 不意に、彼らがいる通路の奥から物音がした。乾いたような、そう、炭酸が抜けるようなそんな音。グールのトリガーマンは手を止めて音のした方向を凝視する。

 

「さっさと終わらせるんじゃなかったのか?」

 

「おい黙れ、何か音が」

 

 突然、グールの頭が弾ける。若いトリガーマンは仲間の頭がスイカのように割れて脳味噌がぶちまけられる衝撃の瞬間をマジマジと見てしまった。それ故に、思考が停止して動きが完全に止まる。

 頭をやられたのが若いトリガーマンで、生き残った者がグールならばこうはならなかった。すぐさま臨戦態勢に入り、腰に下げた拳銃を撃ち込んでいたにちがいない。

 次の瞬間には、若いトリガーマンの頭にも穴が空いてしまった。そしてグールの死体にのしかかり、二人の血が混ざり合う。

 200年生きたグール。30年ほどしか生きていない人間。計230年ほどの歴史は、そこで潰えた。

 

 

 

 

 

 

 

 Vaultの内部は驚くほど簡単に進むことができた。どうやらVaultの防音性は凄まじいらしく、サイレンサーを付けたライフルの銃声程度ならば壁一枚で隔ててしまうらしい。侵入直後に接敵して暗殺、その後も何度もトリガーマンとかち合っているが、そのどれもが俺たちの存在に驚いていた。どうやら先ほどのプラットフォームでのどんぱちも気づいていないらしい。

 

「Vaultは居住地だからな、元から防音性が高いんだ」

 

 そう言うのは、自称Vaultの近く出身であるマクレディ。それにしたって音が響かなすぎだろう。好都合だが……

 

 そうして道中の敵すべてを排除して進んでいけば、広場に出た。3階まで吹き抜けになっているということは、元々集会所か何かだったんだろうが、今では人っ子一人いない。トリガーマンは出払っているようだ。

 そこで、階段を登るトリガーマンの存在に気がつく。彼は足早に、タバコのパックを持って駆け上がっていく。俺はハンドサインでマクレディに奴の排除を命じる。

 

「当てろよ」

 

「わかってるよ……」

 

 アルマが教え子にプレッシャーを与えている微笑ましい光景。マクレディは近くのテーブルにそっと銃を委託すると、慎重に狙いを定めた。

 

「ようニック!タバコを」

 

 トリガーマンが3階の部屋の扉の前で止まりなにかを言った、その時。

 バァン、と7.62mmの破裂音がして、トリガーマンの頭が弾け飛んだ。ヘッドショット、見事なキルだった。

 

「ナイスキル。行くぞ」

 

 得意げな顔をするマクレディにそれだけ言うと、俺たちは警戒して前進する。一階と二階には部屋らしいものはなかった。正確には一階に扉はあったが、あれは通路へと続く扉だ。なら3階を調べよう。

 俺たちは三階へと登ると、トリガーマンの死体を確認する。これは死体撃ちしなくてもいいくらい見事に死んでるな。

 

「どうだ、見事なもんだろう?」

 

「50ヤードで何言ってんだか」

 

 調子に乗るマクレディに杭を打つアルマ。そんな二人の会話を背にしながら、俺はふと横の窓へと銃を向けた。

 

 シンスがいる。なぜかトレンチコートにボロボロのフェドーラ帽を被ったシンスが、驚いた様子でこちらを見ていた。

 一瞬撃ちかけたが、シンスが両手を挙げて俺を制した。

 

「待て、待った!あんたらが何者か知らないが、そいつを殺してくれたんだろう?ならそこにあるターミナルを操作して俺を出してくれ、いい加減中年のオヤジが引きこもるのは社会的に辛い」

 

 面白い事を言うな、と思った。どうやら前に遭遇したシンスとは違い、こいつには人格があるようだった。それにトリガーマンとも違うらしい。現にこいつは部屋に閉じ込められてるようだし。

 俺はアルマにコンソールを弄るように指示すると、尋ねる。

 

「出してもいいが、変な気は起こすなよ」

 

「武装した怖い三人組に立ち向かう度胸があるように見えるか?ああそれとな、あんたの足元にある死体、それが持ってたタバコも持ってきてくれ。ニコチンが恋しい」

 

「お前シンスだろ?吸うのか?」

 

「なんだ、人造人間は吸っちゃいけない法律でもできたのか?そりゃいい、俺もそろそろ禁煙しなきゃならないと思ってたんだ。あんたのお陰で辛く長い禁煙ができそうだよ」

 

 物凄い皮肉だ。なんだかそれが気に入ってしまった。俺は死体が持っていたタバコのカートンを拾い上げると、ターミナルに夢中のアルマに隠れて一箱だけポケットに隠す。

 

「俺にもくれ」

 

 こそっとマクレディが耳打ちしたので、彼にも渡す。嫌煙のアルマの前で吸おうものならマクレディは間違いなく殺される。

 

「喫煙者どもめ」

 

 だがやっぱりそこは俺の嫁さん、俺たちがタバコをくすねたのを知っていたようだ。俺とマクレディは仕方なくカートンの袋にタバコを戻す。

 

「開いたよ、ヘビースモーカーども」

 

 機嫌が悪そうにアルマが言うと、部屋の扉が開く。どうやら監督室だったらしく、内装がやや豪華だ。

 俺が先導して室内を確認すれば、中には先ほどのシンスが一体だけ……クリアだった。

 

「とりあえずその物騒なもんを下げちゃくれないか。ついでにタバコをくれたら言う事はない」

 

 渋い声でシンスが言う。

 

「その前に、あんたは?ここで何してる?」

 

 銃は下げずに尋ねる。

 

「俺か?家出娘を探しにきてまんまと嵌められた哀れな探偵さ」

 

 俺とアルマは顔を見合わせた。

 

「名前は?」

 

「ニック。ニック・バレンタイン。どう呼ぼうが構わないが、シンスだけはやめてくれ」

 

 あまりの現実味のなさに俺とアルマは驚いた。まさか探していた人物がシンスだったなんて。こんなことならあの喧しいパイパーも連れてくるんだった。

 俺は銃を下げて、手にしたタバコを投げ渡す。バレンタインはそれをキャッチすると、ニヤッと笑った。

 

「これだ、これこそ生きがいなんだ」

 

 一箱取り出して封を開けると、一本咥えて火をつける。長年吸っているんだろう、動作を見ればわかる。アルマ、そんな睨むな。

 

「フゥ〜……2時間ぶりのニコチンがこんなに美味いとはな。さて、喫煙者を目の敵にする美女は置いといて……今度はこっちの質問だ。あんたらはなんだ?見たところ戦前の軍隊のコスプレ集団ってわけじゃなさそうだが」

 

 ある程度の知識はあるらしい。

 

「あんたを探してたんだ。依頼人さ」

 

「俺を?よく居場所がわかったな」

 

「サードレールでちょっとな。あんたが、本当に探偵のニック・バレンタインで間違い無いんだな?」

 

 タバコを美味そうにふかすシンスに尋ねれば、

 

「少なくとも俺はそう思っているがね。もしかしたらインスティチュートの手先かもしれんぞ」

 

「いや、その語彙力の高さはあいつらじゃ無理だ」

 

 そう言えばニックはたしかに、と言って笑う。彼は半分ほど残ったタバコを山盛りの灰皿に押し付ける。

 

「さて、依頼人が来たとあっちゃのんびりタバコを吸ってるわけにもいかないな。スキニーマローンが戻ってくる前にここを出よう」

 

「スキニーマローン?」

 

「太っちょのかませ犬さ。こいつらのボスの」

 

 言いながらニックは扉の側の死体から拳銃を取る。古き良き44マグナムを使ったリボルバーだった。なんだか似合うな。

 

 皆で一階まで降りると、道を知っているから先導していたニックが足を止めた。そして物陰に隠れるように言ってくる……なるほど、Pip-boyの生体センサーにも反応がある。トリガーマンが複数やってきたらしい。

 

「隠れてやり過ごすか派手にやるかは任せる」

 

 隠れながらニックが言ってくる。奴らがやってくるのは進行方向からだから……やるか。

 

「アルマとマクレディは俺の射撃に合わせて援護しろ」

 

「了解」

 

「はいよ」

 

 それぞれの返事を聞いて敵を待つ。ニックは派手に行くのか、と笑ったが気にしない。たまには待ち構えるのもいい。

 

 通路の扉が開いてトリガーマンがやってくる。五人ほどだ、すぐに片付くだろう。

 俺は物陰から先頭のトリガーマンを狙う。どうやら奴らはニックに用があるようで、俺たちの侵入には気がついていないようだった。手始めにダブルタップで引き金を引く。

 2発のサイレンサーのくぐもった発砲音がして、先頭のトリガーマンが倒れた。同時にアルマとマクレディが連れのトリガーマンに発砲していく。

 

「なんだ!?」

 

「敵だ!撃て!」

 

 残ったトリガーマン二人を排除しにかかる。一人は俺が、もう一人はニックが。リボルバーなんて難しいだろうに、彼は一発でトリガーマンを仕留めてみせた。やるじゃないか。

 

「これで奴らも俺たちの事を知っただろう。長居は無用だ、行こう」

 

 ニックの提案に頷き、俺たちは広場を後にする。

 



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第二十八話 Vault114、スキニーマローン

 

 

 近代戦はベトナム戦争から対中国に映るまで、非対称戦争の繰り返しだった。対ゲリラ戦もそうだし、その逆でゲリラ的活動もしょっ中あった。閉所での戦闘が盛んだったのもこの頃だ。当然戦闘の一番激しい部分を担う特殊部隊にとって、CQBという屋内戦闘は必須科目であったわけで。その特殊部隊の中でも最も闇を抱えたDEVGRUには馴染みの深いものでもある。

 アンカレッジでの戦いを振り返れば、あの厳しい雪原やだだっ広い草原での戦いと、市街地や施設での戦闘の比率は五分五分だった。広いところでは装甲車両と歩兵を時間をかけて相手にし、閉所ではスピーディに人員を相手にするのだ。

 だから今回のようなVaultでの戦いは慣れている。むしろ後半は拠点奪還に伴う暗殺が主眼だったために、こういうCQBはいつものことだった。

 

「Reloading!」

 

 遮蔽に隠れながら射撃し、アルマに叫ぶ。

 

「Okay!!!!!!」

 

 アルマの了承を得ると、俺は残り少ない弾倉を交換した。その間にも敵からの射撃が盛んに行われている。

 広場を脱出した俺たちを待ち構えていたのは、俺たちを逃がさないと意気込んだトリガーマンの群れだった。一人一人の練度はそれほど高くなく、単体での脅威はそれほど高くない……が。それが群れているとなれば話が変わる。

 遮蔽から銃と頭だけ出して狙い、アルマに引きつけられたトリガーマンをダブルタップで撃ち殺す。

 

「Forward!」

 

 俺の号令でアルマと前進する。アルマが今手にしているのは、トリガーマンから奪ったM1928、通称トンプソン。シカゴタイプライターと呼ばれるこのマシンガンは、大口径の拳銃弾を使用しているために反動は凄まじいが、火力に長けている。

 通路を制圧し、扉の横に張り付く。そして扉の開閉パネルを弄るが、ロックがかかっているのか開かない。

 

「待った、こういうのは俺の仕事だ」

 

 と、火力的に後衛に徹していたニックがその機械的な手と人間らしい仕草でパネルを弄る。そしてものの数秒で解錠してみせた。

 

「探偵をやってると日常茶飯事でね」

 

 冷静な軽口を聞き流しながら扉を開けると、俺はカッティングパイの要領で慎重に扉の奥を確認した。

 

「クリア」

 

 俺は安全を呟く……が、同じくトンプソンを手にしてぼけっとしているマクレディが動かない事に気付いた。ああ、こいつは軍事的な訓練を受けていないんだった。

 

「あんたが行くんだよッ!」

 

 アルマがマクレディの尻を蹴飛ばすと、渋々彼は雑に扉を超えていく。

 

「あんたの奥さん、随分とあの男に厳しくないか?」

 

「色々立て込んでてね」

 

 

 

 

 次のフロアにもやはりトリガーマンはいた。だが先ほどの連中と異なり、彼らは俺たちの事をちっとも警戒していないようだった。どうやら無線機等の通信手段を確保していないらしく、俺たちの襲撃を知らないようだ。

 これ幸いと、俺はライフルを背負い拳銃とナイフを抜いて室内へと真っ先に突入する。そして手近なトリガーマンの喉元をナイフで切り裂きつつも胸に刃を突き刺すと、驚いた残りのトリガーマンに向けて発砲した。

 胸と顔に一発ずつ、理想的なダブルタップだった。そうして室内を制圧すると三人を呼び寄せる。

 

「あんたは敵にしないほうがいいってことは理解できたよ」

 

 皮肉交じりにニックがそう言う。リボルバーだけでここまでやる奴がよく言うもんだ。俺は拳銃をホルスターに収めるとライフルを手に奥へ進む。だが通路の先から気配がした。トリガーマンだ。

 

「おい、今音がしなかったか?」

 

「気のせいだろ。でなきゃラッドローチさ」

 

 五人ほどトリガーマンが道を塞いでいる。俺はポーチからフラッシュバンを取り出すと、ピンを抜いて通路へと投げ込んだ。

 すぐさま轟音と閃光。トリガーマンたちの悲鳴が響く。一気に通路へと雪崩れ込み、まるで競技のように早撃ちしてどんどん殺していく。たかが五人殺すのに時間はかからなかった。弾倉の残弾を確認すると、俺たちは階段を登っていく。

 

「ここの設計者はフィットネスインストラクターか何かか?何だってこんな階段が多いんだ」

 

 ニックが文句を垂れるが、シンスも階段を登れば疲れるのだろうか。そんな疑問を抱きつつも、俺たちはようやくVaultの出入り口に繋がるであろう扉の前へとたどり着く。そしてPip-boyの生体センサーを起動してこの先に潜む反応を確認した。

 

「気をつけろ、太っちょの重い足音がする」

 

 ニックが言う通り、どうやら数人ほどこの先で待ち構えているようだ。グレネードとフラッシュバンの残りは無いため、このまま突入するしかない。俺は周辺を警戒するアルマを呼び、簡単に指示をする。

 

「ボタンフック、俺は右で」

 

「了解」

 

 俺とアルマで扉に張り付き、操作パネルを弄る。今回はすんなり開き、俺たちは一気に扉を超えて突入した。

 案の定、トリガーマンがいた。すぐに俺たちが撃たなかったのは、中心にいた太ったスーツ姿の男が彼らを制止したからだ。どうやら話があるようだ。

 

「待て、ちょっと話をつけよう」

 

 そう言ってニックが遅れてやってくると、太った男は口を開いた。

 

「ニッキー!何してやがる、不法侵入だぞ!しかも子分殺しまくりやがって、おかげで予定が狂っちまった!」

 

「誰かさんの浮気女のためじゃなきゃここには来なかったよマローン。彼女にもっと家に手紙を書くように躾けてやってくれ」

 

 呆れたように言うニック。ということは、あの太っちょがスキニーマローンか。皮肉が効いている。するとスキニーマローンの横にいる、派手なドレスを着た女が嫌味ったらしく言った。

 

「可哀想なバレンタイン、女に殴られて気絶して恥ずかしいって?……パパの待つ家に戻ればいいんでしょ」

 

「ほっとけば良かったのになぁニッキー。このVaultではな、俺が王様なんだ。おい聞いてんのかニッキー?」

 

 ん?ああ、と聞き流していたニックが反応する。

 

「ようやくうまくいくようになったのに、探偵ごときに終らせられてたまるか」

 

「さっさと殺せっていったのに、そしたら感傷に浸っちゃってさ!古き良きなんちゃらって」

 

「おいダーラ、そんなこと言うな!こいつは任せておけ!」

 

 何やら男女で言い争いを始めた。俺たちどころか後ろの部下までも早くどうにかしてくれといったうんざり顔で二人の会話を待つ。

 

「ああ、そ。ならその探偵の後ろの奴らは何よ!バレンタインが皆んなを殺すために連れてきたに違いないよ!」

 

 ダーラという家出娘が俺たちを指差す。

 

「あんたね、若いから冒険したい気持ちは分かるけど!そんな中年の肥満親父と付き合ってもいいことないからね!」

 

 すかさずアルマが口を開いた。どうやらそれがマローンの琴線に触れたらしい。

 

「ふっざけんな!誰が肥満体の親父だって!?」

 

「お前じゃい!」

 

 当人そっちのけで罵り合うアルマとスキニー。俺とニック、そしてマクレディが呆れたような顔で見合わせた。話が進まない。

 

「おいダーラ、死にたくなけりゃさっさと家に帰れ。マローン!俺たちの目的はニックだ、それ以外に興味はない!」

 

「めちゃくちゃやっといて今更何言ってやがる!そう言われてやすやす返すと思ってんのか!?」

 

「なら……どうすんだ!お前ら全員死ぬぞ」

 

 今度こそお互い睨み合う。そんな中、ニックがため息をついて物陰に隠れた。どうやら説得は諦めたようだ。やるしかない。

 

「お前らまとめて」

 

 スキニーマローンが何かを言う前に、俺はすぐさまライフルを構えて彼の胸と頭を撃ち抜いた。一秒もかかっていない。驚くトリガーマンが俺だけに銃を構え、アルマとマクレディがすかさず彼らを蜂の巣にする。

 結論だけ言えば、トリガーマンは完敗だった。ダーラは突然の殺戮に泣き喚いて逃げ出してしまったし、なんとも後味の悪い結果になる。

 

「ふん、穴が空いた分体重が軽くなったろ、マローン」

 

 皮肉交じりに、ちょっぴり悲しそうな物言いで死体に語りかけるニック。周辺の安全を確認した俺はニックに話しかけた。

 

「これからどうする?ダイアモンドシティに帰るのか?」

 

 ニックはタバコを取り出すと、それに火をつける。

 

「そのつもりだ。優秀な助手の給料も払わなくちゃならないんでね。一緒に行くか?あんたらがいりゃ道中トラブル続きで暇しなくて済みそうだしな」

 

 俺は一瞬言葉に困ったが、頷いて同行することにする。何だか突然色々起こってめちゃくちゃだが、目的は果たしたのでよしとしよう。今はショーンの事だけを考えよう。

 



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第二十九話 コンバットゾーン、乱戦

 

 

 

 

 通常ならばダイアモンドシティへの道のりはかなり険しい。当初俺たちはダイアモンドシティからグッドネイバーまでの道のりを最短経路で突っ切ってきたわけだが、その間にも沢山戦闘に巻き込まれたり目撃したりした。ニックを見つけてパイパーと合流し、弾薬の補充を済ませた俺とアルマは、帰りの経路に頭を悩ませる。できることなら早く、そして危険を回避できるルートが良かった。

 

「川沿いは見通しが良すぎるな……狙撃の的だぜ」

 

 地図を広げ、集まった全員でそれを囲って眺める。市街地に特化した狙撃手としてのマクレディの経験を俺は買っている。狙撃手の腕としてはアルマの方が何枚も上手ではあるが、彼女にはあまり市街地戦の経験はなかったりするのだ。それに、ここいらの厄介者達の情勢にも詳しいマクレディの知識は役に立つ。

 

「最近じゃ難破した船にレイダーが陣取ってるって話もあるくらいだ、賢い判断じゃないだろうな」

 

 いつもの赤いコートを着こなすパイパーが同意する。彼女が指差す難破船のポイントは川沿いの道路を見渡せる。聞けば大型の貨物船らしいから、高さもあるだろう。下手にビルに陣取るよりも狙撃がしやすいのは目に見えていた。

 ふむ、と俺とアルマは持てる知識を振り絞って経路を考える。ただでさえ市街地での隠密行動は難しい。人が増えたのであれば尚更だ。守りきれるとも限らない。

 

「川沿いよりも一本内側の道を行こう。ここなら狙撃の心配はない。道も入り組んでるからな」

 

「待ち伏せされたら?きっと崩落してる道もあるから、追い詰められたら厄介だよ」

 

 至極真っ当な意見を述べるアルマ。

 

「夜間に行動する。こっちには暗視装置もあるからいくらかアドバンテージもあるだろう。それに、土地勘のある三人もいる」

 

 多少危険でも優位点を確立しつつ行動すれば難しくはないだろう。いざ戦闘になっても、枝分かれした経路は逃走時に不利になることはなさそうだ。

 俺はペンを取り出して、行動する経路をなぞる。そして所々にチェックポイントを書き記した。

 

「もし戦闘になってはぐれた場合はチェックポイントで合流する。第一合流地点は州議事堂、第二はトリニティプラザ、第三は……ニック、ここって今はなんて呼ばれてるんだ?」

 

 俺が指差したポイントをニックが確認する。あぁ、と言ってから彼は鼻で笑って答えた。

 

「ハングマンズアリー。名前の通りなら碌な場所じゃない」

 

 参ったな、それは困る。俺の見立てではこのポイントは防御に容易そうなんだけども。うーんと俺は唸って、妥協点を探す。

 

「ならハングマンズアリーの西100メートルの場所にしよう。なお、1日経っても合流できない場合についてはダイアモンドシティへ移動しろ」

 

 全員が頷いたのを確認して俺は地図を仕舞う。同時にアルマとPip−boyのマップにマーカーを打ち込んだ。さて、いきなり銃撃戦になってはぐれなきゃいいけども。ここらはミュータントやレイダーで物騒だからな。早くサンクチュアリに帰りたい……ガービーの奴、ちゃんと仕事をしているだろうか。

 クレオの店の作業台を借りての作戦会議も終わり、なんだか彼女が邪魔くさそうな顔をしているのでいい加減立ち去ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やぁみんな、プレストン・ガービーだ。ミニットメンの副司令をしている。我々の活動は皆も知っていると思うが、改めて紹介しよう。

 我々ミニットメンは平和の使者だ。略奪者から弱き人々を救う事を目的として成り立ち、ここコモンウェルスではそれなりの知名度を誇っている。メンバーは志願制で、あくまで平和維持活動を目的としているために給与は少ない。だが、それ以上の名誉を我々は得ている。

 連邦は厳しく残酷だ。生きて明日を迎えられるかも怪しいこの世界の、唯一の希望。それが我々ミニットメンなのさ。最近では新しい将軍のおかげで治安維持だけではなく、商業や軍事アドバイザーの仕事も増えている。何にせよ、ミニットメンの将来は明るいのさ。

 

 さて、そんなミニットメンの副将軍であるこの俺だが。今現在不在である将軍から本拠地であるサンクチュアリシティの管理も任されている。こんな世の中になっても書類仕事はあるもので、元々一介の兵士だった俺には荷が重くもやりがいのあるものだ。

 ……目の前の紙の束が減らないどころか増えている事実に目を瞑れば、だが。

 

「副司令、先日の防衛戦に関する書類ができました。サインをお願いします」

 

「ああ、そこに置いておいてくれ」

 

「副町長、まぁた浄水器が一つ壊れましたわ。修理お願いします」

 

「技官の派遣をするから、書類の提出を頼む」

 

「ガ、ガービー、サンクチュアリの防衛強化の案を持ってきたよ」

 

「ああジュン、助かる。……おいちょっと待て、見積もりが30000キャップってどういうことだ?」

 

 来る日も来る日も書類に追われる。あれだけ安全な場所を求めて連邦を彷徨っていた日々が恋しくなってくる。少なくともあの時は、無人の建物があれば硬い地面であろうともぐっすり眠ることができた。今では夜遅くまで仕事をして、朝早くに起きてまた仕事。

 日々ミニットメンとサンクチュアリが発展拡大していくのは素晴らしい事だが、まさか俺自身こんなことになるとは思ってもいなかった。ああ将軍夫妻、頼むから早く息子を連れて帰ってきてくれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなデスクワークよりも現場が似合う将軍は、現在絶賛迷子中だった。

 迷子というのは誤りかもしれない。仲間とはぐれてしまったのだ。今隣にいるのは愛しい妻ではなく、赤いコートに記者キャップを着こなした麗しの新聞記者パイパー。ニックもマクレディも、妻と一緒にどこかへ行ってしまったのだ。

 真っ暗の中で暗視眼鏡を利用して周辺を確認する。敵はもういないようだった。

 

「クソ、みんなどこに行った……?」

 

 現在地はトリニティタワーの北100メートル。なんでこんな不甲斐ない状況になっているかといえば、そこはやはりレイダーやミュータントが絡んでいた。

 グッドネイバーを出発し、最初こそ順調に事が運んでいたのだが……俺たちの進行方向にレイダーの集団がたむろしていたのだ。回避しようとした時にはミュータントの連中が後方からなだれ込んでいて、仕方なく戦闘が始まり……三つ巴の乱戦が繰り広げられ、はぐれた。どうやらミュータントは俺たちではなく、前々からたむろしていたレイダー集団を狩ろうとしていたようで、俺たちは完全に巻き込まれた形となったのだ。

 

「ねぇブルー、もう数分で日が出てくるよ」

 

 後ろにいるパイパーが言ってきて、俺はPip-boyの時計を確認した。現在時0528。十一月ということもあり、まだ日は出ていないがあと十分もすれば明るくなる頃合いだった。

 俺はアルマ達を探しに行くべきか考え、しばらく考えに考えた。ダメだ、余計に合流できなくなるかもしれないし、助けに行かないとヤバイ状況かもしれない。

 

「とりあえずトリニティタワーが近いよ。そっちに行きましょ」

 

 妻のことになると周りが見えなくなる夫を、記者は冷静な判断でもって諭す。俺は渋々了承し、この街でも有数の高さを誇るトリニティタワーへと足を運ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンバットゾーンは、現在絶賛戦争状態だった。それはこの場所の本来の意味である、闘技場という事ではなく。

 スーパーミュータントと元からそこに居座っていたレイダー集団、全く無関係のレイダー集団と私たち。それらがごっちゃになって撃ち合いや殴り合いになっているのだ。

 

 元々シアターだった空間に、アクション映画以上の銃声と怒号が響き渡っている。ミュータントどもは少数ながらも血の気の多さに一切怯まず、気がつけばとんでもなく大きいサイズのミュータントも混じっている。なんであのデカブツはスワンボートを装着しているんだろう。

 

「怖いかニンゲン!ってなんだこのデカイの!こっちにクルナ!」

 

 デカイのは制御が効かないようで、敵味方を区別する事なく攻撃している。今もミュータントがその大きな拳によって文字通り粉砕され、その死体をレイダーに投げつけているところだ。

 

「マック!ちゃんと当てなさいっ!」

 

 レイダーから奪った10ミリのサブマシンガンで射撃をしながら弟子に檄を飛ばす。

 

「無茶言うなッ!狙撃って距離じゃないだろッ!」

 

「あんたら仲が良いのは分かったから口じゃなくて手を動かしてくれないか、人造人間の老人にこのシチュエーションは辛い」

 

 リボルバーに一発ずつ弾を込めながらニックが渋い声で言った。私が撃っているマシンガンの弾が切れるとそれを放り投げ、カウンターに隠れて背負っていたライフルを手繰り寄せる。

 まさか逃げた先がレイダーがいる劇場だとは誰が思うだろうか。それもこんな大乱闘が起こると、誰が予想するだろうか。泣きたくなるよりもイライラする。どうしてこうも波乱万丈の人生を歩みがちになるんだ私は。

 

「おい横!」

 

 不意に考え込んでいた私にマクレディが声を投げかけた。横を見てみれば、あの馬鹿でかいミュータントがカウンターの真横から頭を覗かせていたところだったのだ。あまりにもデカイ頭もそうだが、濁った瞳が私を捉える。下手なホラーよりもタチが悪い。

 

「見んな気持ち悪いッ!」

 

 散らばる割れた瓶をその目に突き刺す。ミュータントは悲鳴をあげて頭を引っ込めた。それからすぐに私はカウンターを乗り越えてナイフ片手にもがき苦しむデカブツに突っ込む。

 

「おいマジかよ!」

 

 勇敢な私の姿にマクレディが絶句した。そんな声も聞かずに私は両膝をついて顔面を抱えているデカブツの背中によじ昇る。勢いをつければ簡単に登れた。

 

「彼女を援護しろ!もう残りはベヒモスとレイダーだけだ!」

 

 ニックが支持すると、二人は遮蔽にしていた壁から身を乗り出してレイダーを攻撃する。当初私たちを追っていたミュータント達はもう全員死んでいたようだった。

 私はライフルをデカブツの後頭部にありったけ撃ち込むと、刃渡り20センチの大型ナイフで頚椎をぐちゃぐちゃにしようと後ろ首をガンガン斬りつける。

 

「死ねッ!死ねッ!」

 

 普段が冷静なせいで一度火がつくと止められないとは、夫の談。完全に頭に血が上っている私はひたすら刺したり切ったりしていく。どうやらめちゃくちゃ痛いらしく、時折背中に乗っている私を追い払おうとするが、その度に深くナイフを突き刺されるせいでこのデカブツに対処する余地は無かった。

 酷くデカイ断末魔が聞こえたかと思えば、デカブツが前のめりに倒れる。私はそれから飛び降り、まるでグロックナックの漫画のように片膝をついてヒーロー着地してみせた。

 

「私の勝ちね、デカイの!」

 

 ナイフの血を払って事切れたデカブツに決め台詞を投げかける。気がつけば、銃声はしていなかった。柵の方を見てみれば、倒れ臥すレイダー達の中で立ち尽くしながら呆けたようにこっちを見ているマクレディとニックがいた。私は鞘にナイフを納めて彼らの下へ歩く。

 

「どう?ざっとこんなもんよ」

 

「ああ、素晴らしいね。弟子として誇らしいよ」

 

「そうだな。俺にはベヒモスよりもよっぽどあんたの方が恐ろしい」

 

 賞賛と受け取り、私はスッキリした気分のまま柵の中へと視線をやる。そこにはキラキラと何かヒーローを目にしたような表情をした女の子と、株で有り金溶かしたような顔をしたグールがいたのだ。

 彼らに敵意はないことを理解した私は、拳銃に手をかけながら柵の中へ入る。念のためにマクレディとニックを外に残して。

 

「終わったか?レイダーよりタチが悪いなあんたら」

 

 スーツを着こなしなぜか髪がある(多分カツラだと思う)グールの男が悪態混じりに言った。

 

「へぇ、そうかな?最高のショーじゃない」

 

 対して赤毛の女の子は私の行いを褒めてくれたようだった。

 

「えっと、散々ぶち壊した後でなんだけど、ここって闘技場か何か?」

 

 そう質問すれば、グールの男は頷いた。

 

「ああそうさ。どっちみち廃業だろうがな」

 

 ちょっと悪いことをしたと思いつつも、彼らから事情を聞く。なんでもここは連邦最大のアリーナのようで、彼の隣にいる赤毛の女の子であるケイトはここの花形らしい。しかし最近は付近のレイダーが上り込んだせいで商売にもなっていなかったようだが。

 グール、名をトミーという。彼は最後に、あんたが顧客を皆殺しにする以前の話だ、と皮肉たっぷりに言い切った。

 

「あいつらがなんだってのよ。一休みすればまた客が寄り付くさ」

 

 楽観的に、ケイトは言ってみせた。

 

「薬とアドレナリンでハイにでもなってんのか?……いやいや、待てよ。これはある意味チャンスかもしれんぞ」

 

 キラリと野心を携えたトミーの瞳が光る。

 

「なぁあんた、ケイトと戦ってみないか?見たところあんたも相当な手練れみたいだからな……このリトルバードの才能を見てほしいんだ」

 

 え、と私は思わず聞き返した。

 

「ちょっと!その呼び名はやめなさいよ!」

 

「突っ込むとこ違くない?」

 

 それに、私の専門は狙撃だ。拳と拳でぶつかり合うのは趣味じゃない。

 

「なんでケイトと戦わなくちゃいけないのよ」

 

「ああ、そうだな。あんたが店をぶち壊してくれたせいで俺の資産だったケイトが負債になっちまったんだ。それは分かるだろう?俺がここを元に戻す間、あんたには契約を引き継いで、こいつを連れてってもらいたい。護衛にでもすればいい」

 

 はあ!?とケイトが楯突く。

 

「いいかケイト、お前の雇用主は俺だ。ここはしばらく休業になっちまうから、その間お前も暇になるだろ。それなら一旦誰かトラブルメーカーに預けてその戦いの才能を磨けばいい。いい刺激になるだろうさ」

 

 私はそこで質問を投げかけた。

 

「なんでそれが私と戦うことに結びつくのさ。まぁ、別に連れて行くのはいいけども」

 

「商品の売りどころを見せるのが商売だろう?」

 

 つまり、私にケイトが護衛をするに足る力があると分からせようとしているらしい。私は唐突な提案に不機嫌になりながらも、ここをめちゃくちゃにした後ろめたさから渋々頷いた。

 

「私あんまり格闘とか殴り合いは得意じゃないよ」

 

 外にいるマクレディがどの口が言うんだ、なんて言い出す。あったまきた。

 

「それじゃあ決まりだな。じゃあ支度をしな、銃や刃物はお互い無しだ。拳だけで戦う。ルールはそれだけだ」

 

 総合格闘技もびっくりなルール。最早ストリートファイトだ。

 むぅ、と私は唸りながら何故か喜ぶケイトを背に、楽屋らしき方へと向かう。もういいや、こうなったらケイトには憂さ晴らしのサンドバッグになってもらおう。

 

 




次回ケイト戦とトリニティタワー


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第三十話 コンバットゾーン、ケイト

 

 

 

 拳に巻かれた包帯を見て苦笑いする。まさか人を殴るためだけに包帯を巻く時が来るとは思わなかった。ぎゅっと拳を握りしめて、私は気合を入れるように呼吸を整える。

 私はスナイパーだ。それは孤独な職人であり、戦場において決定的な戦闘は極限まで避けなければならない。敵の位置を偵察し、任務に付与されているのであればアウトレンジから高価値目標を殺害する。そんな兵士なのだ。

 それが今ではどうだ。戦闘用のパンツにTシャツ、手には包帯。目の前には獰猛な赤毛の女の子が私を叩きのめそうと意気込んでいる。戦場から離れて大分経つけど、ここまで明確で近い敵意と対峙した経験はない。

 

「さぁ、やろうじゃないの!」

 

 両拳を叩きあわせて闘志を沸かせるケイト。私は肩の力を抜いてファイティングポーズを取る。ポーズといってもボクシングのようにわかりやすいものではない。ボクシングよりもちょっと手を下にして、手のひらを相手に向けるのだ。

 

「へぇ、それがあんたの構えってわけ?」

 

 獰猛に笑う乙女。私は何も言わずに時を待つ。するとトニーの声がスピーカー越しにケージの中に響く。

 

『嬢ちゃん方、準備はいいな?ルールは武器の不使用、それだけだ。どっちかがノックアウトするまで殴り合え。それだけだ』

 

 頷くと、ギャラリー席の方を見る。マクレディとニックが席に座ってタバコを咥えながら観戦していた。あのバカ弟子に至ってはバーボン片手に何やら煽り文句を投げかけている。ニックの方は年相応の落ち着きを見せてただ観戦していると言った方がいいだろう。

 ニックは当初勝負には反対だったが、マクレディのいうウェイストランド流のやり方とやらに言いくるめられて黙ったのだ。マクレディは私がやられる方に掛けているらしく、あとでキツく躾けないとならないだろう。

 

「準備はいい、ハニー?その綺麗な顔を痛めつけてあげるよ」

 

 冷静な私に対してケイトは薬でも決めてるんじゃないかと思うくらいには気分が高揚している。きっと決めてるんだろう、こんな世界だ。

 

『それじゃあゴングを鳴らすぞ。我らがリトルバード、ケイト!或いは我が商売を滅茶苦茶にしてくれた美女か!』

 

 リトルバードはやめなさいよ!とケイトが叫ぶとゴングが鳴った。

 同時にケイトが瞬時にこちらへ駆け寄ってくる。先制攻撃だ。

 

「せやぁッ!」

 

 キレッキレの右ストレート。思い切り振りかぶったそれは確実に私の顎を狙ってきていた。それを手で払うようにして上半身も躱すと、ケイトは追撃に左フックをボディめがけて繰り出す。とんでもなく洗礼されたコンビネーションだった。私はバックステップでギリギリそれを回避すると、前蹴りを低い姿勢の彼女の顎めがけて繰り出す。

 

「ははっ!」

 

 ケイトはそれを笑って避ける。上半身を仰け反らせ、不自然な姿勢のままギュイっと避けてみせたのだ。かなり柔軟性も高いようだった。

 彼女は私の蹴りあげた足を右手でそのまま掴むとぐいっと引き寄せつつ、左手で殴りつけてくる。こちらとしても大方そんなところだろうと思っていたので、それをパリィしつつもう片方の足を彼女の脇腹めがけて繰り出した。

 

「うっ!」

 

 さすがに突然飛んできたもう片方の蹴りには対処できなかったケイトはモロにそれを食らって前のめりになる。その隙に掴まれた足を空中で引き抜くと、背中から床に落ちる。受け身で衝撃を吸収しつつ、そのまま両足と腹筋を使って反動で起き上がりつつ、両足の先端をドロップキックのように彼女に叩きつけた。

 

「おおっ!」

 

「ほう。ありゃすごい」

 

 ギャラリー二人から賞賛が聞こえる。しかしケイトはしっかりと両腕をクロスして蹴りを防いでいた。私は空中で後方に回転しつつ、真っ逆さまの状態で両手を下に着くとバク転して距離を取る。

 

「なにそれ、最高っ!」

 

 どうやらドロップキックがケイトに火をつけたようだ。笑みが益々獰猛になっている。

 

「じゃあ私もぉっ!」

 

 そう言うと、彼女は全力でこちらにダッシュしてくる。その瞬発力が尋常じゃない。

 低い姿勢から拳が迫る。突き上げるような左アッパーだ。それを避けると今度はくるりと回って右裏拳。私は今度こそ回避できずに腕でブロックする。

 

「いっ……!」

 

 重い。重すぎる。この娘、拳に巻いたバンデージの下に何か仕込んでいるに違いない。

 

「ほらほらぁ!」

 

 振り向きざまに左フック。しゃがんでそれを避けると、彼女の膝が目の前にある事に気がついた。

 

 意識が飛びかける。気がつけば、私は空中に舞っていた。膝蹴りが見事に頭に突き刺さったのだ。

 ボールのようにバウンドしながら後ろに吹っ飛ぶと、こちらに走ってくるケイトがわずかに見えた。私は完全に脳震盪で、意識はこんなにも朦朧としているのになぜだろうか。

 火がついてしまった。

 

「オラオラー!」

 

 ケイトが私にマウントを取ると、拳を振り上げる。お腹の上に乗っていて、脱出は難しい。瞬間的に私は海老反りのように腰を浮かせて彼女のバランスを崩す。典型的なマウントエスケープだ。

 上半身に力が入りすぎていたケイトは簡単に、まるで揺れるつり橋を渡る人のようにグラつくと、私はそのまま両膝を彼女の背中に打ちあてる。

 

「うわ!」

 

 女の子らしい声をあげる彼女の両脇を両腕で抱えると、そのまま後方回転。するとどうだ、彼女は簡単に前のめりに倒れ、その上を私は回転してマウントを取り返したのだ。しかも対面していない、彼女はうつ伏せなのだ。絶対的に私が有利。

 

「ねぇね」

 

 すぐさま彼女の右腕を取って左腕で首を取りにかかる。利き手でない方では対処は難しい。

 ギリギリとケイトの頸動脈を締め付けながら私は言う。

 

「私久しぶりに火がついちゃった」

 

 顔の見えないケイトに囁くと、私の頭を思い切り彼女の後頭部に押し当てて万力のように締め付ける。

 たった10秒。それだけで、ケイトは失神した。ぶらんと彼女の右腕から力が抜ける。勝負はあっという間に決してしまった。

 

『勝負あり!おいストップ!ストップ!誰か彼女を止めろ!』

 

 完全にスイッチが入った私はギャラリーの二人に引き剥がされるまでずっと頸動脈を締め付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 災難続きとはまさにこの事だろうか。朝方、トリニティタワーへとたどり着いた俺とパイパーを待っていたのは救難信号とミュータントの大群だった。これを災難と言わずなんと言うか。

 タワー内のスピーカーからはひっきりなしにボスらしいミュータントの放送が流れていて、かといえば目の前ではこちらを殺す気満々な緑色の巨人達が迫っていて。

 

「援護しろ!多くは求めん!」

 

 的確に胸と頭を撃ちまくり、確実に一人ずつ殺していく。小口径のライフル弾じゃ急所以外では効果が薄い。しかし頭を狙うのは難しい。なら胸を撃って止まったところにヘッドショット。俺の理論は正しいようで、あっという間にミュータントどもは死んでいくのだ。

 

「援護って!簡単に言うけどさぁ!」

 

 柱に隠れつつも時折拳銃を撃ち込むパイパーが何か言っているが、俺の耳には入ってこない。

 フロアに巣食っていたミュータントをほとんど片付けると、逃げようとする緑色の腰抜けの足を弾丸でズタズタに引き裂いた。

 

「ウグゥ!く、狂ってル!」

 

 そんな彼の頭に2発ほど弾丸をくれてやると、こっちに対して辛辣な評価を下した彼は生き絶える。周辺の安全を確認すると、俺は弾倉を交換する。残りの弾が少ない……幸いこいつらが持っていた手製のライフルは.223口径だから流用できる。

 

「ねぇちょっとブルー!」

 

 パイパーが何か言っているが、俺は気にもとめずにミュータントの死体から弾薬を漁って空弾倉に詰めていく。質は悪いが使えるだろう。

 

「ブルーってば!」

 

「なんだ!暇なら使えそうな銃を拾え!」

 

「お前なに切れてるんだ!」

 

 思わずその言葉に手を止めた。

 

「俺が切れてるって?」

 

 鼻で笑いながらそう尋ねるとパイパーは言う。

 

「めちゃくちゃ切れてる。奥さんが心配なのは分かるけど!あんたらしくない!さっきだって、ミュータントがそこら中にいるのに突っ走って!こっちの身にもなれって!」

 

 彼女の言葉に、俺は深呼吸して天井を仰ぐ。確かにその通りだった。今、アルマがいないだけでフラストレーションがヤバイ。中東やアラスカではこんな状態になったことはなかった。それは大事な人が本土で平和にやっているからこそだろう。Vaultから出てからも、ずっと彼女は俺の横で、直接守れる場所にいた。だが今はどうだ。シンスの探偵とスナイパーの小僧がそばにいるだけ。どっちもまだ信用し切れていないのに。

 気持ちを整理すると、怒るパイパーに向き直る。

 

「その通りだ。ちょっと焦ってたみたいだ、すまない」

 

 けろっと、先程までの怒りを鎮めて冷静になる。そうだ、もっと妻を信頼しろ。彼女ならどんな状況でも生き残れる、大丈夫だ。

 

「え、ああ……随分気持ちの切り替えが早いんだな」

 

「兵士だからな。さぁ、上へ上がるルートを探そう。まだ救難信号の男が生きてるかもしれない」

 

 今は救難信号を出してきた男を優先しよう。確かレックスって言ったか。俺は夫でもあるが、弱き者を助くミニットメンでもあるのだから。

 

 階段は完全に崩れていて、エレベーターしか移動手段がなかった。二人でそれに乗り込み、軋む鉄の棺桶に揺られながら到着を待つ。もちろんいつ襲われてもいいように。

 

『なんだもうやられたのか。弱い人間にやられるような部下はいらん。むしろ貴様らが殺したお陰で俺たちは強くなれる!』

 

 エレベーターの中までもミュータントのボスはスピーカー越しに演説し出す。

 

「これこっちの声は聞こえないのかな」

 

「どうだろうな……あいつらは一方的に話すのが好きだから」

 

 なるほど、つまり聞く耳はないと。

 

『さぁ弱い人間、本当の戦士達が待ってるぞ!』

 

 彼がそう言うのと同時に、エレベーターの扉が開く。通路は無人のようだ。慎重にクリアリングしながら進めば、警戒態勢で出迎えるミュータントの集団が。

 まだこっちは見つかっていないことを利用して、俺は最後の手榴弾を取り出す。奴ら相手には効果が薄れるが、それでも致命傷にはなる。

 物陰に隠れながらピンを抜き、集団の真ん中に投げ入れる。

 

「ナンダ?」

 

「グレネードダァ!」

 

 時すでに遅し。炸裂した破片手榴弾はミュータントの集団を引き裂いた。それでも爆発と破片から逃れた数名が迎撃に移る。

 

「撃て!」

 

 号令で冷水機関銃を撃ちまくるパイパー。俺はミュータントどもが彼女に気を取られている隙に側面へと移動し、丸見えの頭をすべて撃ち抜いた。

 

「横ダ!アッ!」

 

 気がつけども遅い。俺たちを出迎えた戦士達は即座に片付いてしまった。やはり奇襲は強い。奴らもエレベーターを降りたところで襲撃すべきだったな。

 

『ほう!お前は強い人間だな!ならば上へ来い人間!このフィストが直々に相手をしてやろう!』

 

 自信過剰の放送が響く。どうでもいいが、大将が自分の位置をバラしていいことは何一つない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤毛の女の子の、意外にもぱっちりしたお目々が開かれる。仰向けに寝ている彼女の頭上から覗き込むように顔を出せば、言ってやった。

 

「やっほ。負けた気分はどう?リトルバード」

 

 まるで二日酔いのようにケイトは頭を押さえながら起き上がると、言ってみせた。

 

「それ、やめてよ」

 

 決闘が終わってから数分。私はケイトと二人きりで楽屋にて休憩していた。女の子のお部屋に土足で上がり込もうとしていたバカ達はしっかりと締め出してある。

 私は水の入ったボトルを彼女に渡す。ケイトは意外にもすんなりとそれを受け取り、飲んで見せる。後遺症は無さそうだ。

 

「はぁ……負けなしだったのに。あんたみたいな、お姫様にやられるなんて」

 

 どうやら負けた事を気に病んでいるようだったが、私からすればこんなんでもスナイパー兼元格闘指導官も実はやってたから、それに一撃でも食らわせた彼女はセンスがあると思うけども。

 

「人は見かけによらないのよ」

 

「ふん、身に染みたよ」

 

 不貞腐れたように目をそらすケイト。プライドは高かったようだから、まぁ仕方ないかもしれないけど。これから契約を引き継いで共に行動するにあたって、好感度は低そうだ。

 

「でもあの回転技は凄かった。しっかり頭に響いたよ」

 

「そう。仕留められなかったのはあんただけ」

 

 ありゃ、悪手だったか。

 

「さて、これから一緒に行動するけど。改めて自己紹介、私はアルマ」

 

 せっかくの女の子なんだから仲良くなりたくて、手を差し出す。彼女は訝しみながらも渋々手を取って、

 

「知ってると思うけど、ケイト」

 

「よろしくね、ケイト」

 

 精一杯笑顔でそう言えば、彼女はぎこちなく顔をそらした。

 



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第三十一話 トリニティタワー、フィスト

 

 ミニガン。ミニとは言うものの、名前の可愛らしさとは裏腹に現実ではかなりエグい銃火器だったりする。

 ミニガンの説明に移る前に……というか前提の知識として、ガトリングガンというものがある。古くは南北戦争などに用いられた、銃身が環状に並んだ機関銃のことである。環状に配置される事によるメリットは、やはり銃身の冷却が大きい。また当初は手動で銃身を回していたガトリングも、技術の発展により電動という素晴らしいものが開発されると、その発射速度も尋常ではなくなった。空軍が過去に保有していたA-10攻撃機に搭載されている30ミリガトリング砲は、毎分3000発以上もの発射速度を誇り、文字通り敵を粉砕する。

 さて、ここでミニガンの解説に戻ろう。ミニガンとは、それらの車両や航空機に搭載するガトリングガンを最大限縮小し、個人で携行できるようにしたものだ。携行と言っても、重さは並みの機関銃よりも重く、パワーアーマーによる筋力アシストを前提とした運用を想定している。なお小型化に伴い、弾薬も小口径高速弾を使用している。具体的には、5ミリ弾と呼ばれる……ライフル弾を更に縮小したものだ。砲身と給弾システムの駆動にはマイクロフュージョンセルを使用する。戦車や装甲車などのハードターゲットには効果が薄過ぎるが、対人に使用すれば毎分2000発の弾丸の雨が降り注ぎ、敵をミンチにする。アンカレッジでは味方のパワーアーマー部隊が運用し、助けられた。

 

 唐突な解説だが、己を知り、更に敵の情報を得る事は戦いにおいて重要だ。なぜなら今、俺はミニガンを持った怪力の化け物相手に追いかけられているのだから。

 

 

 

 

 特徴的なモーターの駆動音が鳴り響き、弾丸の雨が迫る。俺はひたすらに廃ビルの中を駆け巡って死の危険から逃げている。

 フィストとかいうミュータントのボス。俺とパイパーが対峙した彼は、俺の予想を遥かに上回っていた。まさか自身の怪力に身を任せてミニガンを扱うような奴が敵にいると、なぜ思うだろうか。

 

「パイパー隠れろ!俺が相手するッ!」

 

 全力疾走しながら角を曲がり、隣を根気よく並走するパイパーに指示を出す。バックパックを下の階に残置しておいてよかった、背負っていたら重さで走ってなどいられない。

 

「あんた一人でやるつもりッ!?」

 

「大丈夫だ!慣れてる!」

 

 パイパーの心配を軽口で返す。その通り、俺はこう言う状況に慣れている。中東では現地民が入り混じった中での三つ巴の戦闘はしょっちゅうだったし、アンカレッジではステルス迷彩を使う部隊ともやり合った。それどころか、キメラ戦車なんていう最新技術の塊とも戦ったのだ。挙げ句の果てには人間離れしたジンウェイ将軍。あれには驚かされたが、今は感傷に浸るよりもあのフィストをどうにかしなければならない。

 

「ハハハーッ!逃げろ人間!追い詰められた時がお前の最後だ!」

 

 律儀にコミックの悪役並みの台詞を交えながら銃撃してくるフィスト。部下は下がらせているらしく、変に騎士道っぽいところがリーダーたる所以なのかもしれない。

 そんな事はどうでもいい。俺達はエレベーターまでやってくると、古びた扉をこじ開けてパイパーを押し込む。

 

「下の階を見張っててくれ!」

 

「正気!?いくらお前でもあのミュータント相手じゃ……」

 

 パイパーが言い終える前にボタンを押してエレベーターを起動させる。むしろこう言う状況では、一対一の方がやりやすい。俺は辺りを見回し、何か使えそうな物が無いか探す。こう言う時こそ環境を存分に使わなければ生き残れない。それが特殊部隊の素質だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィストはここら一帯のミュータントのリーダーである。彼がミュータントとして生まれ落ち、彼らを束ねるまでに至った経緯は書き連ねるととんでもない量になるので割愛するが、それはそれでよろしくないので少し書き記すと。

 彼は、単に武力だけで荒くれ者のスーパーミュータントのボスになったのではない。知能、技術、武力。それらを兼ね備えてこそ王たる器があったと言えよう。

 そもそも彼はここ、コモンウェルスで生まれた……所謂連邦製ミュータントではない。遠く離れたキャピタル・ウェイストランド、そこで生まれ、育ち、逃げ延びてきたベテランである。当時のキャピタルで残虐非道の自由生活を送っていた彼は、とある集団に故郷を追い出されてここまでやってきたのだ。道中では危険な野生生物、即ちデスクローや真っ白なラッドスコルピオンと死闘を繰り広げた。しかしいくら彼ら野生生物が強かろうと、フィストは知っている。一番危険なのは、人間であることを。

 コモンウェルスのスーパーミュータントは人間を舐めている。それはそうだ、ここではキャピタルのようにガチガチに武装した集団はいないし、いてもせいぜいがアーマーを着込んで街を防衛する警備隊くらい。レイダーなんてちょっと襲えばすぐに逃げ出す。だから舐められる。

 しかしだ。そんな弱者たる人間だが、それならどうして彼らは絶滅しないでこの厳しい連邦を生きられるのだろうか。それはここのミュータント達が知り得ない、人間の底力によるものだとフィストは考える。

 

(あの人間の男、普通の餌どもとは違う。武器、装備、動き。狩に慣れている。俺たちと同じ、強者だ)

 

 だからこそフィストは部下を下がらせる。あの人間は……あの男は、腑抜けた部下達でどうにかできるものではない。唯一対抗できるのは、あの頭のイカれた人間に洗脳されて捕らえているストロングくらいだろう。人間の強さを知っている彼だからこそ、手を抜くことをしない。一対一で、持てる限りの力を使うのだ。こうして普段は使わないミニガンも用意した。そしてここは自分の縄張り。舞台も完璧だ。

 

「出てこい人間!このフィストがお前に引導を渡してやる!」

 

 勇ましくフィストは叫ぶ。すぐにミニガンを発射できるように砲身を回転させ、周囲を見回す。しかし彼が期待するような事は起きない。静まり返るフロア。彼はじっと待った。待って、痺れを切らして前へ進む。

 コーナーに行き着いた時だった。奥から物音が響いたのだ。フィストはハリウッドよろしく一気に身を出して角の奥を狙う。

 

「なにぃ!?」

 

 即座に驚愕した。すぐ目の前の腰くらいの位置に、爆薬がセットされていたのだ。瞬間、爆発。咄嗟にフィストはミニガンを守るように背中で爆風を受けた。焼けるような熱さと破片が彼の背中を傷つける……が、思っていたよりも爆発は大きくなく、ミュータントの彼を死に至らしめるようなものではない。しかし重要なのはそこではない。

 

(ミニガンを狙ってきた……!)

 

 ミニガンを運用する上で、細かい狙いなどはつけることはない。その圧倒的な火力を用いて相手を手当たり次第攻撃するのだから、腰だめで使用するのが常だ。そして先ほどの爆薬と破片。どれも丁度ミニガンの高さに設置されていた。この状況で冷静に対処しようとする相手の力量を感じる。

 

「ッ!」

 

 そしてもう一つ。フィストは今、ビルの外を眺めるように位置している。タワーは核爆発の衝撃と経年劣化によって、壁や床の一部は剥がれてしまっている。雨や風はフロアに入り込む形だ。

 その壁があった位置……つまり正確にはビルの外側に、奴がいた。上下逆さまで、上半身だけでこちらを見ていた。その手には銃が握られ……

 

 ドシュッというくぐもった銃声が響く。それを防いだ。防いでしまったのだ。彼の手にするミニガンで。

 

 ミニガンから火花が散る。たった一発の銃弾が、ミニガンの電子制御部にヒットして使い物にならなくしてしまったのだ。すぐさまミニガンを投げ捨てると、フィストはビルの外にいる男めがけて突進する。

 しかし男はそのまま下へと落下していった。ワイヤーで宙吊りになっていたのだ。フィストがワイヤーを掴み取って引きちぎる頃には、男はもう階下のフロアに着地していたのだ。

 

「ぐぬぬぬッ……!」

 

 してやられた。悔しかった。まんまと奴の術中にはまった自分が情け無い。仕方なくフィストは素手のまま、階段を伝って下の階へ降りる事にする。

 全力で走り、階段を降りようとした時だった。なにかを足で引っ掛けた。背筋が凍るとは、まさにこの事だろう。フィストはすぐに前方へ飛ぶ。高さなど御構い無しに階段を転げ落ちると、すぐ後ろで手榴弾が爆発した。そう、先ほど踏んだもの。それはワイヤートラップ。この短時間で、あの男はこちらの行動を先読みして罠を設置してみせたのだ。

 

「ぐ、ぐぅ」

 

 爆風の直撃は免れたが、衝撃波はしっかりとフィストの脳と内臓を揺さぶった。クラクラとする視界と意識を無理矢理叩き起こし、立ち上がる。

 

「ぬっ!」

 

 突如、横から気配がした。振り向きざまに拳を振るうと、それを屈んで避けるあの男がいた。男はライフルを背負い、拳銃とナイフでこちらに突っ込んできていたのだ。

 

「このォ!」

 

 すぐに前蹴りを入れるが、それをいなすように避けると男はフィストの軸足の膝を拳銃で撃ち抜いた。いかに耐久力があるフィストでも、関節をやられれば立てなくなる。ましてや片足で立っている状態だ。フィストが前向きに倒れると、男は足で彼の後ろ首を押さえて後頭部に拳銃を二発撃ち込む。

 

「グギィ!?」

 

 とてつもない衝撃と痛みがフィストを襲うが、まだ死んではいない。ジタバタともがくと、男はすぐに後ろへ離れてライフルを取り出した。

 

「認めよう、お前は強かったよ」

 

 男はそれだけ言うとライフルを頭目掛けて発砲する。フィストの脳みそが床にぶちまけられた。結局、フィストは今回ばかりは狩人にはなれなかった。今まで狩ってきた相手と同じ、餌側になってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焦った。即興とはいえ、張り巡らせた罠をあんなに防ぐとは思っていなかった。さすがはスーパーミュータントのボス、知識も経験もかなりのものだ。自分の身体の頑丈さを生かしてミニガンを守りに来るとは。まぁ俺の方が一枚上手だったが。

 

「ふぅ……」

 

 思わずタバコを取り出して吸ってしまう。パワーアーマー並みの力強さにあの軽快さは脅威だった。やはり最初にミニガンを潰したのは正解だろう。少量だが爆薬があってよかったし、何より破片に使える釘やブロックが大量にあったのも救いだ。

 一服し終えると、俺は最上階に向かう。捕らえられている人間を救助しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パイパーは急に静まり返ったタワー内を不気味がっていた。爆発音がしたのと同時くらいに、あのけたたましいミニガンの発砲音が止んだのだ。あの旧世界の男が勝ったのだろうか。それとも。

 その時だった。大勢の足音が外から聞こえてきたのだ。急いでカウンターの裏に身を隠し、こっそりと外を覗く。

 

「コッチだ!人間が、攻めてきた!」

 

 スーパーミュータントの群れが、大量にタワーへとやってきたのだ。恐らく援軍だろう。これはヤバイことになった。

 彼らの多くは崩れた階段から上へと向かったが、いくらかは見張りのために残されている。

 

(ちょっと〜!こんなの聞いてないっての!)

 

 パイパーはその美貌を歪めながら拳銃に装填された弾薬を確認した。あの男に頼まれたからには逃げるわけにはいかない。あの夫婦はネタを自ら引き寄せる運命を感じる。こんな仕事の種を見逃せるほど、パイパーは甘くないのだ。そしてそんな自分が、時折嫌になるもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急いでくれ!奴らが来てしまう!」

 

 檻に閉じ込められた男、レックスが急かす。俺は適当に返事をすると、檻の鍵を解錠しにかかる。中々強固なロックで、骨が折れそうだ。

 

「兄弟達は、人間がここを攻めてきたことに気づいている。戦いになる」

 

 胡散臭いスーツ姿の中年男性レックスの後ろでは、緑色の肌の巨人がさも当然のように呟いた。そう、閉じ込められていたのはレックス1人ではない。このスーパーミュータント、ストロングもまた囚われの身だったのだ。

 

 事の経緯はこうだ。小さな放送局にて朗読劇をしている自称クリエイターのレックスが、緑の哀れな巨人達に知性を与えるためにシェイクスピアのマクベスを聞かせに来た。(このご時世でそういう考えになる辺り、コモンウェルスにも世間知らずがいるのだろうか)もちろんミュータント達は相手にせず、彼をおもちゃにしていたらしいが……彼の処刑を止めた者がいたのだ。それが今、同じく牢にぶち込まれているストロング。どういうわけかマクベスの一文にある、The Milk of human kindnessを直訳しすぎて信じ込み、その優しさのミルクを飲めば強くなれると思っているらしい。おまけにレックスが保身のために、ここから出られればそれを探す手伝いをするなんて言っちゃったから……

 

「人間の優しさのミルク……それを飲めば、ストロングはもっと強くなれる」

 

 取り憑かれたように言うストロング。俺は呆れたように首を横に降ると、最後のロックを解除した。

 

「開いたぞ」

 

 扉を開ければ二人が牢屋から出てくる。慌てるレックスとは対照的に、ストロングは冷静に状況を掌握しにかかっている。

 

「さぁストロングについて行こう!彼は下に降りる一番の近道を知っている!」

 

 レックスが興奮気味にそう言うと、ストロングが外壁作業用のエレベーターを指差した。あれに乗れと言うことか。良い的だな。

 

「あれに乗るのが一番早い。行くぞ人間達」

 

 先導するストロングに並走する傍ら、耳を澄ませる。下の階から足音と声が響いてきている。一難去ってまた一難とはこの事だろう。

 




ストロング関連のイベントはかなり変わってきます


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第三十二話 トリニティタワー、ストロング

 

 

 

 作業用のエレベーターに乗り込む。元々外壁の作業用として運用されていたもので、最低限の手すりとフレームがあるくらいで、その手すりも腰部分くらいまでしか高さがない。高所恐怖症なわけではないが、連邦で最大級の高さを誇るトリニティタワーの頂上部分から吊り下げられる景色は、絶景を通り越して恐怖でしかなかった。おまけに足場は鉄網となっており、そこから透過して見える下の景色と金網の錆びが恐怖を煽っている。

 

「兄弟が来たぞ」

 

 俺が操作パネルをいじるとストロングが下の階を見下ろして言った。どうやらもうミュータントの増援が来たようだった。これはまずいぞ、隠れられる場所がほとんどない。相手からしてみればいい的だ。

 揺かごのようにちょっとした風に振られながら、エレベーターは地上を目指す。アトラクションとしては最高だろう。

 

「ああ神よ!このエレベーターで本当に地上にいけるのか!?」

 

 震えてしゃがみこんでいるレックスが喚く。気持ちは察するが、今は黙っていてほしいというのが本音だった。

 

「黙れ、気が散る」

 

 俺も思わず辛辣にそう言うと、レックスが何かに気付いてビルの内部を指差した。指差された外壁が剥がれた部分を見てみれば、そこにはミュータントの小規模な部隊が屋上を目指して階段を登っている。

 このまま気づかないでくれ……と祈るも、やはり俺の人生は上手くいかない。ミュータントの一人と目が合ってしまった。そいつが騒ぐ前に、俺はライフルで頭を撃ち抜く。

 

「ぎゃあああ!痛い〜!」

 

 驚異的な生命力を誇るミュータント相手では、頭への一撃も絶命には至らない。正確に言えば、弾丸はミュータントの眼球を破壊した程度に留まってしまった。きっと眼球が邪魔して頭蓋骨に沿う形で弾丸が抜けたのだろう。

 

「クソ、気づかれた!」

 

 悪態をつけば、やはりミュータント達は俺たちエレベーター組に気がつく。粗悪な銃火器を手にした彼らは外壁が無い部分から身を晒してこちらに発砲してきたのだ。

 俺はしゃがむと、エレベーターのフレームの間から銃口を出して迎撃する。どうやらミュータントが手にする武器は鉄パイプなどを改造して作られた銃らしく、使用する弾薬も拳銃などに用いられる.38口径らしい。ライフリングなどが彫られている訳でも無い粗製のライフルは近距離でも命中率が高いわけでもなく、ましてやミュータントの撃ち方は腰だめで撃つような素人丸出しのものだ。至近弾はあるが、直撃させられるわけでもないのが幸いだった。

 

「ストロング、銃がない」

 

 と、後ろで顔面をガードしているストロングが言った。小口径の弾丸は彼の皮膚を削る程度らしく、致命傷には至っていないが結構当てられている。今の今まで捕まっていた彼には武器がない。実質戦えるのは俺だけだった。

 

「身を屈めろッ!攻撃は俺がする!」

 

 そう叫び、見える敵を撃ちまくる。こいつらは揃いも揃って恐怖心がないのか、制圧射撃が通用しないから厄介だ。しかしその分身を丸出しにしているから当てやすい。

 

「これでも喰らえ人間ッ!」

 

 と、その時。一人のミュータントが火炎瓶を手にこちらへ投擲しようとしていた。俺が気付いた時には既に火炎瓶は空中。このままいけば俺たちはエレベーターごと丸焼きになってしまう。

 

「クソッ!」

 

 思わず、あまり使用していないV.A.T.Sを作動させる。脳内薬物の過剰供給により時間が止まっているんじゃないかと思うくらいスローに感じる。俺は急いで素早い意識で鈍い肉体をコントロールすると、空中の火炎瓶を撃ち抜いた。何もない空中で燃え尽きる火炎瓶の火の粉がエレベーター手前まで飛散する。

 俺は腰のポーチから手榴弾を取り出すと、ストロングに渡す。

 

「投げ込めッ!」

 

 ストロングは乱暴に手榴弾を掴み取ると、ピンを抜いて思いっきり振りかぶる。

 

「スマッシュッ!」

 

 まるでコミックの緑の巨人のように叫ぶと、手榴弾を投げる。どうやらストロングは投擲が得意らしい、綺麗な放物線を描いてミュータントの部隊の足元へ転がった。刹那、爆発。外壁の一部を吹き飛ばしながら爆風と破片が彼らを襲った。

 

「いいぞ!」

 

 思わず歓喜の声をあげる。アラスカでも、巨大な敵と対峙して倒した時はこうやって喜んだものだ。ミュータントの死体が空中に投げ出されたり、爆殺されるのを見て心が踊った。こんなんだから戦争ジャンキーなんてマスコミに言われるんだろう。

 

 ミュータントの攻撃はしばらく止んだ。道中皆殺しにしたが、きっとまだ来るはずだ。パイパーが心配だが……彼女は賢い、自分から手を出すような事はしないだろう。この隙に俺はバックパックから予備の弾倉を取り出してマガジンポーチに詰め替える。

 

「人間、お前強いな」

 

 と、ストロングが凶悪そうな純粋な笑みを俺に向けて言い放った。

 

「お前も良い投擲だったぞ、将来は外野手かピッチャーだな」

 

「それは、強いのか?」

 

「野球に必要な存在さ」

 

 会話とパッキングを終えると、再びバックパックを背負う。しかしどうしてか、いきなりエレベーターが止まってしまった。強い衝撃とともに動作を停止させると、俺は操作パネルを弄る。どうやら故障らしい。

 

「なんだ、何が起きたんだ!?」

 

「故障だ。まぁ古いしな……これで良し」

 

 配電盤も弄ってやると、エレベーターに動力が戻る。しかし再出発にはまだ時間がかかるようだ。そして予想通りというか、またミュータントの一団がやってきた。

 

「また来たぞ!」

 

「ストロング、戦うッ!」

 

 俺が身を屈めると、ストロングは手すりを跨ぎだす。止めようとした時にはもう遅い、彼は数メートル先の外壁が崩れた部分へと飛んだ。

 

「無茶だ!クソ、マジかよ!」

 

 ストロングのせいで揺れまくるエレベーターの中から援護する。彼は見事にビル内部へと着地をしてみせ、勇敢にもミュータントへと突撃していく。拾い上げたコンクリートブロックを武器に、彼らへと襲いかかった。

 

「ストロング負けないッ!」

 

「な、ナンダこのミュータント!?」

 

 驚く同胞の頭をカチ割ると、乱暴に殴り合うストロング。エレベーターへの射撃が一切止むくらいの猛攻をチャンスに、俺はストロングに当てないように慎重に狙撃していった。

 ストロングは他のミュータントよりもタフで、戦士だった。ひたすら殴り、撃たれても物ともせずに突っ込んでいく。野蛮人は嫌いだが、どういうわけか俺にはあのストロングの勇猛さに好意があった。なんだか懐かしい気さえもしたのだ。

 

 ようやく二人で敵を全滅させると、恋しかった地上へと辿り着いた。徒歩で降りてきたストロングと合流し、レックスと共に待たせるとパイパーを探しにいく。

 

「パイパー……!」

 

 ミュータントの死体が並ぶフロアに侵入し、小声でパイパーを呼ぶ。すると、ここよ、と気の抜けた声が奥から響いてきた。彼女は壊れかけのソファーに腰掛け、まるで魂が抜かれたように呆けてタバコをふかしていたのだ。怪我はしていないように見える。

 

「パイパー無事か?こいつら全部一人で倒したのか!」

 

 驚くように言うと、彼女は頷いてタバコを投げ捨てた。

 

「死ぬかと思ったわ。もう2度とやらない」

 

「無茶をする、逃げても良かったのに」

 

「スクープを逃すほど落ちぶれちゃいないのよ、あたしゃ」

 

 彼女の手を引っ張って立ち上がらせると、俺は珍しく記者キャップを外している彼女の頭を撫でた。ぎょっとしたような表情で彼女は俺を見る。

 

「ありがとう、頑張ったな」

 

「あんた、奥さんに殺されるわよ」

 

「見られてたらやらないよ」

 

「……ほんと、どっかおかしいんじゃない?」

 

 呆れたように笑うパイパー。それは否定しない。

 二人でトリニティタワーを出ると、レックス、そしてストロングと合流する。一瞬ストロングを見たパイパーが銃を向けたが俺が制した。

 

「ストロングは味方だ」

 

「へぇ?私には他のミュータントと変わらないように見えるけど?」

 

 皮肉交じりにそう言うパイパーを宥めると、俺はレックスに尋ねた。

 

「それで、あんたはどうするんだ?約束したんだろう、ストロングと」

 

 俺がそう尋ねると、彼は分が悪そうにしどろもどろして言う。

 

「それなんだがな、きっと私より君に預けた方が彼の為になるだろう」

 

「なに?」

 

 強めに尋ねる。

 

「そうとも。君ほど献身と強さに溢れた者もそういない、きっと君ならばストロングが求める優しさのミルクを探し当てることができるはずだ!」

 

 なんとも無責任な発言だった。パイパーが口を挟まないのは、事情を知らないからだろう。

 

「おいお前……」

 

「ストロング、思った」

 

 俺が言いかけた時、ストロングが口を開いた。

 

「お前、強い。それだけじゃない、フィストが持っていた知識もある。お前なら、ストロングに優しさのミルクを与えてくれる。だからストロング、お前に着いていきたい」

 

 緑色の巨人までこう言いだす始末。

 

「えーっと、ブルー?優しさのミルクって、その……卑猥なもの?」

 

 後ずさりするパイパーの言葉を否定する。そんな邪なものじゃないだろうが。仕方がない、ここで断ればきっとストロングは他のミュータントと合流し、人を殺すことになるだろうからな。面倒を見るくらいは……いいのか?

 

「いいだろう、面倒見てやる。だがなストロング、人間の優しさのミルクを得るということは難しいぞ。時にお前の気持ちを無視することもしなきゃならない。それでも俺と来るか?」

 

 最後に、この緑の巨人の意思を確かめる。だが彼の決意は固いものだった。

 

「ストロング、覚悟は曲げない。それがスーパーミュータントとして間違っていても、後悔しない」

 

 まるで純粋無垢な子供のようだった。もしかすれば、彼のミュータントとしての意識を改革できるかもしれない。それこそレックスがしようとしたように。

 

「ならば来い。おいあんた、あんたは自力で帰れるのか?」

 

「ああ、大丈夫だ。私は偉大な俳優だからな。ああそうだ、今度ぜひうちの放送局に来てくれ、歓迎しよう!」

 

 それだけ言うと、彼は逃げるように走り去る。あの野郎、問題ばっかり押し付けやがって。

 

「ちょっと、本気?」

 

「少なくとも今はな……行くぞ、ダイヤモンドシティでアルマと合流しなければ」

 

 きっとあの街はストロングを歓迎しないだろうから、どこかで待機させなければ……ああ、どうしてこうもおかしな出来事に巻き込まれやすいんだ俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球なんて目ではない、広大に広がる宇宙。漆黒の闇の中に煌めく星は、夜空よりもハッキリと輝きその美しさを示している。きっとどんなに金を払ってもこの景色は手に入れられない。

 そんな、誰もが一度は夢見る宇宙にとある「船」がある。船……というのは正確には正しくないのかもしれないが、地球ではそう呼んでいるのだから仕方がない。正しくは母船から切り離された部分なのだが、今でも正しく機能している。

 

 この船は、人間のものではない。遥か古来より地球の征服を目論む宇宙人が派遣したものである。人類の技術を遥かに上回ったその船は、多数の武器を保有し、簡単には破られないシールドによって保護されている。

 もっとも、今となっては元の持ち主達はとある人間達によってすべからく虐殺され、主導権も取られているのだが。

 

「星が輝いているわ」

 

 その船のブリッジに、とある少女がいる。ウェイストランドではもう見ることが無いような、まるで古風の貴族やお姫様のような真っ赤なゴシックロリータ調のドレスに身を包んだ金髪の白人少女。艦長席に座り、地球を眺める彼女は言った。

 

「へぇ、俺にはいつも通りに見えるぜ」

 

 操作席に腰掛け、愛用する古いリボルバーをくるくると回す、これまた古風なカウボーイ。もし俺がそのガンプレイを見たのであれば即座にやめろと言うだろう。暴発が怖い。

 

「トシローとエリオットは?」

 

「地上の探索に出てる。もうすぐ帰ってくるだろうな」

 

「ふぅん。今度は何を見つけてくるのかしら」

 

 どこで見つけたのか、綺麗なティーカップで紅茶を啜る少女。その姿を見てカウボーイは訝しんだ目で質問した。訝しむと言うよりも、呆れたと言う方がしっくりくるかもしれない。

 

「今度は何にハマったんだ?」

 

 そう問われ、少女の手がぎくりと止まる。

 

「バレちゃった?なんかね、宇宙人達のコレクションの中に可愛いお人形さんが戦うコミックがあったの」

 

「はっ、ほどほどにな」

 

 少女のミーハーっぷりは凄まじい。それを知らないカウボーイではなかった。つい最近まで違うコミックに影響されておかしな格好をしていたと言うのに。

 ふと、カウボーイはあることを思い出した。スピンするリボルバーを止め、その事を口にする。

 

「そういやあの堅物巨人が来てるぜ」

 

「フォークスが?なんで言わないのよ!」

 

 立ち上がって抗議する少女の非難を悪かったよ、と受け流す。それと同時だった。ブリッジのドアが開き、巨体な影が一つ、やって来た。

 緑の肌に、ボロボロのVaultスーツ。背中には87の数字を携え、手にはその手に似合わぬ小さなタブレット。俺たちで言う、スーパーミュータントだった。

 

「邪魔するよ」

 

 にこやかな顔でそう言う巨人。およそウェイストランドでは想像できないような紳士的な態度でやって来た彼を、少女は祝った。

 

「フォークス!久しぶりね!」

 

 抱きつく少女の頭を撫で、フォークスと呼ばれたミュータントは答える。

 

「ああ、サリー。今度はゴスロリか、飽きないな君は」

 

 野太い声はまさしくミュータントのそれだが、声色はどんなものよりも優しい。サリーと呼ばれた少女の歓迎もそこそこに、フォークスは腰のポーチから本の束を取り出す。それは戦前のコミック。

 

「ほら、また見つけたぞ。私も楽しませてもらった」

 

 そう言って本の束を手渡されると、少女は笑みを輝かせた。

 

「ありがとう!えーっと……ジョジョって言うのね、このコミック」

 

 日本語で書かれたコミックを受け取る少女。宇宙で暇を持て余していた少女にとって、言語は壁ではなかった。

 コミックに歓喜している少女を他所に、カウボーイの元へと歩くフォークス。

 

「お前にも土産だ、カウボーイ」

 

 またもやポーチから紙袋を取り出し、それをカウボーイへ投げ渡す。彼はそれを受けとると、中身を見て口笛を吹いた。

 

「いいね、リボルバーか」

 

 中に入っていたのは、コルト社の傑作と言われる程に人気があるリボルバー、コルトパイソン。経年劣化によって表面は少しばかり荒いが、復活させられるほどには状態が良い。

 

「どこで見つけた?」

 

「キャピタルの博物館の金庫だ。道中苦労したぞ」

 

 どっしりとフォークスは椅子に腰掛ける。椅子が軋むが、それを無視してフォークスは目の前に広がる宇宙を眺めた。

 

「それで、本筋は?」

 

「成果なし、だ」

 

ため息を零してそう項垂れるフォークス。対してカウボーイはふぅん、とだけ言ってパイソンをいじる。

 

「もう10年近くになる。痕跡は一切無い、彼が歩けば嫌でも戦いになるというのに、その痕跡すらもない」

 

「西海岸にも行ったんだろう?そこで収穫はあったって話じゃ無いか」

 

「ああ。だが、時系列が合わない。もう100年も前だったりもする。彼のわけがない」

 

 彼。それはフォークスの戦友であり、カウボーイやサリー達と宇宙人からの侵略による攻撃から地球を救い、船を制圧した英雄。とある時期以降姿を消した彼を、フォークスは追っていた。

 フォークスはヌカコーラを取り出すと、栓を開けて中身を飲み干す。

 

「ウェストバージニアにも痕跡は無かった。あとは噂に聞く連邦くらいだろう」

 

「へぇ」

 

 会話は終わる。二人はしばし、自分の時間を過ごすことにした。一人は新しいおもちゃに真剣になり、もう一人の心優しき巨人は地球の青さに想いを馳せる。

 

 2287年の、年末の事だ。

 

 




サリーのドレスはローゼンメイデンの真紅を想像してください。


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第三十三話 バレンタイン探偵事務所、調査

 

 

 ダイアモンドシティにたどり着く頃には日が暮れかけていた。Pip-boyで時刻を確認すれば、もう夜の7時であり納得もできる。しかし平和だった頃よりも随分と日が長い気がするが……200年という年月は太陽の長さまで変えるということか。

 俺とパイパー、そして……新たに加わったストロングは、一度セキュリティに全力で止められながらもなんとか街に入ることができた。きっとパイパーが上手いことセキュリティを言いくるめなければ無理だっただろう。ゲートを通り越すと、あの気弱なサリバンがストロングを見て呆れたように笑っていた。

 

「ドウモ」

 

 人の街では紳士的に振る舞え。そうすれば、ミルクに近づける。俺がストロングに言いつけた言葉。彼は素直にそれを実行し、どこで覚えたのか軽い会釈をサリバンにしてみせた。彼は大分怯えた様子で軽く手を振っていただけだが。

 

「ニンゲン、奴は怯えているぞ」

 

「スーパーミュータントが珍しいだけだ。あと、ハーディと呼べって言ったろ。人間じゃ紛らわしい」

 

 チグハグな会話をしながらニックの事務所に向かう。もしかすれば、先にアルマ達が到着しているかもしれないという希望を抱いて。きっと道中ずっとそわそわしていたんだろう、パイパーが気持ち悪いからやめてくれとせがんできた事もあった。

 ストロングを見て固まるアルトゥーロに挨拶し、裏路地に入る。しかしスーパーミュータントを引き連れた人間ってのはこうも注目を浴びるものなのか。人々の驚愕の視線が痛い。その度にストロングが挨拶するものだから尚更おかしな気分になる。シュールなのだ。今度紳士ハットを被らせるのも面白いかもしれない。

 

 ニックの探偵事務所の扉を開ける。ストロングには室内が狭いから外でお留守番させて……パイパーは妹の所に向かった。結構なシスコンぶりだ、感心する。

 

「エリー、戻ったよ」

 

 扉を潜ってそう言うと、エリーの姿は無かった。代わりに椅子にどかっと座りながら、草臥れたフェドーラ帽とハードボイルドなコート、そして無機質なボディに身を包み、煙草を咥えて新聞を広げるニックがそこにはいたのだ。俺は心の底から喜んだ。

 

「よう、一日ぶりくらいだな」

 

「アルマは?」

 

「二階の控え室さ。スナイパーの兄ちゃんは飲みに行ってる。あんたも二階で休むといい。なぁに、多少の騒音は守秘義務でしっかりと守るさ」

 

 渋い笑顔で歓迎するニックに礼を告げると、俺は足早に二階へ続く階段を登る。いても立ってもいられなかった。早く彼女に会って満たされたいという気持ちで一杯だった。

 バタンと勢い良く扉を開け、彼女の名前を口にする。

 

「アルマっ!」

 

 笑みを抱く俺の目に飛び込んできたのは、愛しの奥様……だけではなく、赤毛の、いかにも不良娘みたいな女の子もセットだった。彼女達は今の今まで着替えをしていたらしく、下着でキュートな姿だった。二人とも……ていうか俺も、目を点にしてしばらく時間が止まった。

 ようやく口を開いたのは、アルマでも俺でもなく、赤毛の女の子だった。

 

「出て行けこの変態ッ!」

 

 アイルランド訛りの英語でまくし立てると、白い肌を赤くさせて手当たり次第に物を投げてくる。俺は急いで扉を締めると謝った。

 

「す、すみません!まさか他に人がいるとは……」

 

「ちょっとケイト!あれ私の旦那よ!」

 

「あんな世間知らずそうな若造が!?」

 

 悪かったな世間知らずで。確かに戦場の事は人一倍知っているが、一般的に見れば軍人の大半は世間知らずだ。今となってはその世間すらも形を大きく変えて野蛮になっているが……

 

 

 数分して、アルマのお許しが出て室内に入室する。そこにはウェイストランドでは割と小綺麗な服に身を包んだアイリッシュの女の子と、新品の戦闘服に着替えたアルマがいた。そろそろアルマに普通の服をプレゼントしなければ……確か服屋がここにはあったはずだ。手先は器用だから自分で作っても……

 と、二人に見とれているとアルマが言った。

 

「ちょっと、そんなに見つめちゃってどうしたの?一日会えなかっただけで恋しくなっちゃった?」

 

 いたずらっ子のように笑うアルマの言葉に、俺は頷く。

 

「めっちゃ会いたかった。無事でよかったよ……ハグしていい?」

 

「んふ、いいよ。ほら、おいで?」

 

 まるでそういうプレイのように俺はアルマに抱きつく。ああ、すごくいい匂いだ。落ち着いて、それでいて興奮する。俺の性癖は普通だが(俺はそう思っているが、特殊部隊にいた時はお前はやばいと言われていた)、奥さんにこうする事くらい許してほしい。誰も損しないだろう?

 だが真横のケイトとかいう子はそんな俺をゴミを見るような目で見ていた。羨ましいか?ここは俺の場所だ。

 

「あー……あたし、下にいるから。あとはお好きにどうぞ」

 

 気を利かせて……いや辟易して部屋から出て行くケイト。俺は存分に彼女の匂いと感触を確かめると、再びしっかりと向き直る。

 

「心配したんだよ。でも本当……無事でよかったよ」

 

「こっちも同じ。お疲れ様、ハーディ。ね、誰もいないからさ。キス、して?」

 

 多分この時の俺は心底気持ち悪い顔をしていたに違いない。満面の、スーパーミュータントにも劣らない破壊力の笑みで彼女の口を貪った。碌に歯も磨けていないからきっと臭いが、それでも彼女は嫌味の一つも言わない。でもなんでだろう、彼女の口はいつでもミントのようないい匂いがする。

 

「ぷはっ……もう、甘えん坊だね」

 

「なぁアルマ、いいだろ?しよ?ね、しよ?」

 

 きっと部隊の奴らに見られたら今後の付き合いについて考えられるくらい気持ち悪いが、カハラ家では普通の光景だ。醜い欲求にもアルマは肯定してくれる。それどころか、私もしたいと言ってくれて……

 きっと、本当に醜い獣はミュータントでも放射能でもない。人間なんだろう。この日、俺は一晩中探偵事務所の建物を軋ませた。ニックは笑い、ケイトは騒音のせいで寝れず、俺たちは満足して勝手に寝付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だぁから!この中にボスがいるんだって!」

 

「ドウモ」

 

 早朝、バレンタイン事務所前。流石のダイアモンドシティも朝だけは静かだが、今日ばかりは男の怒るような声が響いている。マクレディだ。

 バーで飲んで朝帰りした彼が事務所に戻ると、扉の前には門番のようにミュータントが立ちはだかっていたのだ。夜に妹とヌードルを食べるパイパーを見たから自分のボスが帰還したのだと分かっていたし、彼女からヤバイのが仲間になったと聞いてはいた。だがまさかミュータントだとは。おまけにさっきからドウモしか言わない。一体自分のボスはこのデカブツに何を仕込んだんだ。

 

「そもそも!お前なんでドウモしか言わないんだ!」

 

「ドウモ」

 

「ヌードル出すタカハシの方がよっぽど使えるぞ!」

 

「ドウモ」

 

「あああああああ!ぶっ殺すぞ!」

 

「やってみろ、ニンゲン」

 

「喋れんのかよ」

 

 と、そんな朝からエネルギーを使うマクレディの前にパイパーが姿を現わす。彼女はあくびをしながら二人のやり取りを呆れた目で見ると、言った。

 

「ストロングおはよう。あんたもね、呑んだくれ」

 

「そんなに呑んでない。それよりも、こいつをどうにかしてくれ。今にも頭を吹き飛ばしてやりたい」

 

 そう言うと、パイパーが仲裁に入る。と言うよりも、頼んだ。

 

「ストロング、ブルーは中?あんたはお留守番なのかな?」

 

「ニンゲン……ハーディは中だ。オレは狭くて入ると邪魔になるらしい」

 

「そ。じゃあ入れて。この口の悪いスナイパーさんもね。ブルーのお友達だから」

 

 そう言うと、ストロングは横に逸れて扉を開けた。まるでボディガードだ。マクレディは心底疲れた様子でパイパーに続いて中へと入る。と、真横を通り抜ける時にストロングが言った。

 

「おい、スナイパー」

 

「ああ?」

 

 先ほどまでとは違う。ストロングの目つきが戦士の物になっていた。彼は見下ろすようにマクレディを睨む。

 

「見覚えがある。キャピタルにいただろう」

 

「……へぇ。お前もあそこにいたのか」

 

「ストロング、一度見た敵を忘れない。お前、ストロングの兄弟を撃ったな」

 

 いつでも腰のピストルにアクセスできるように身構えるマクレディ。彼は獰猛に笑った。

 

「さぁな。ミュータントなんて殺しすぎて忘れちまったよ」

 

 しばしの沈黙。ストロングは鼻で笑うと言った。

 

「良い腕だった。いつか狙撃を教えろ」

 

 思わぬ回答にマクレディは腰の力が抜ける。まさかミュータントに賞賛されるとは。マクレディは力を抜き、

 

「生憎、オレも教えて貰ってる最中さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、バレンタイン探偵事務所。ストロングを除いた俺のパーティが全員集まって、ニックを中心に会議のようなものを開いていた。実際には、ニックの聴取なのだが。

 エリーがニックの隣で事務仕事をこなし、長であるニック本人はパブリック・オカレンシズの朝刊を読む。しかもコーヒー片手に。刑事みたいだなぁなんて考えながら、俺は痛む腰(察して)を他所に会話を始めた。

 

「ニック、早速で悪いが……」

 

 そう尋ねると、ニックは理解したように頷いた。きっと事情はアルマが話していたのだろう、手間が省ける。

 

「要件は奥さんから聞いてる。息子さんに起こった悲劇に関して気持ちは察するよ。お代はいらん、助けて貰った礼さ」

 

 俺は感謝の言葉を述べる。金にガメツイウェイストランダーとは違い、機械の身体の探偵には情があるようだ。

 

「さて、まずは情報を整理しよう。あんたらの見聞きした事すべてを、順序を立てて話してくれ」

 

 そうして、俺はあの忌々しいVaultで起きた体験を語る。もちろんアルマと共に……できれば思い出したくない嫌な経験だが、情報を整理する上で必要だった。

 ニックはエリーにメモを取らせながら、内容を整理した。パイパー以外、俺たち夫婦が200年前の遺物であることを驚いたが。隠しても仕方ないからな。どうせパイパーの記事でバレるだろう。

 

「ふむ、襲撃者の姿は覚えているか?」

 

 忘れるはずがなかった。ハザードスーツにハゲヅラの男。

 

「対放射能用の除染スーツを身につけた人間が複数。それの用心棒かは知らないが、利便性の高い傭兵服に身を包んだハゲ頭の……顔に傷がある男がいた。武器はスミス&ウェッソンのモデル629のパフォーマンスセンタータイプ。6連発、 .44口径で6インチバレル。木製グリップでレイルは無かったが、よく手入れされてた」

 

 それを聞いて、ニックとエリーが顔を見合わせる。最初は銃に関して喋りすぎたとも思ったが、どうやら違うらしい。

 

「あんた達はこの件にインスティチュートが関わってると思うか?」

 

 随分と率直な内容だった。俺たち夫婦は目覚めて日が浅い。もう年越しが近いが……まだ知らない事ばかりだ。

 

「分からないが、技術力は高いだろう。あのハザードスーツはどう考えても真新しいし統制が取れていた」

 

 ニックはエリーになにかの照合を取らせる。エリーはしばらく何かの書類を眺め、頷いた。なんだと言うのだろうか。

 

「なぁ、ケロッグって傭兵に心当たりはあるか?」

 

 なんだそのシリアルみたいな名前の奴は。俺はアルマと顔を見合わせる。どうやら彼女も知らないようだ。続いて仲間達にも確認を取ったが、マクレディだけは名前は聞いたことがあるようだった。

 

「確か、腕利きの傭兵だって風の噂で聞いたぜ。だが、奴は噂の類に過ぎないんじゃなかったのか?この噂だって随分古いもんらしいし」

 

 ニックは頷いた。

 

「その通りだ。エリー、詳細を」

 

「はい。ケロッグはここダイアモンドシティに家を借りているとの情報があるの。たまにしか姿を現さないらしいけど……でも、そこに住んでいるのは彼だけじゃない。10歳程度の男の子も一緒よ。顔が似ていないから親子ではないらしいけど」

 

 ショーンだ!俺とアルマの声が重なった。そんな夫婦をニックが宥める。いつのまにか鬼の形相になっていたらしい。

 

「まあ待て、仮にそうだとしても年齢が合わない。誘拐されたのは赤ん坊だ」

 

「私たちはコールドスリープされてたんだよ、もしかすればズレがあるかも」

 

 アルマの言葉には信憑性があった。そうだとすれば、奴は俺たち家族から10年の思い出を奪い取ったと言う事だ。許せなかった。妻を撃って息子を奪っただけでは飽き足らず、年月までも奪うとは。

 

「とにかく、調査が必要だ。エリー、奴の家の場所は?」

 

「ダイアモンドシティの外れにあります」

 

 俺とアルマは立ち上がると、部屋を出ようとする。ニックがそんな俺たちを止めた。振り返れば、タバコをポケットに突っ込んでリボルバーをホルスターに収めている。同行するようだった。

 

「まぁ待て。余所者が単体で部屋を物色したとあっちゃあ事だ。俺も行けば怪しまれる事は……あんまりないだろう」

 

「すまない」

 

 いいんだ、とだけ言ってニックが先導する。俺はマクレディとケイト、そしてパイパーにここで待てとだけ言う。だがパイパーだけはじっとしていられないようで、勝手について来るようだ。

 

「記者として見過ごせないだろう?」

 

 そう安心させるように笑い、彼女はウィンクする。本心では違うはずだ。彼女は口こそ悪いが、善人だ。きっと俺たちを放って置けないんだろう。

 俺たちはケロッグの家へと急ぐ。手段を選んでいられるほど、今の俺たちは冷静では無かった。必要ならば無断で立ち入るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハーディ、出かけるのか?」

 

 外へ出れば、ずっと立ちっぱなしで待っていたストロングが急ぐ俺たちに話しかけて来た。アルマとニックはうわっと驚いていたが、事前に彼の事について話していたので事なきを得る。下手すればうちの奥さんが撃ちかねないだろう。

 俺は頷き、立ち去ろうとしたがそれを意に介さず続けて彼は言った。

 

「本当に優しさのミルクを……オマエは見つけられるのか?」

 

 と。俺は立ち止まり、振り返って真剣な眼差しで言った。

 

「それはお前次第だ。簡単に手に入るものじゃないのは分かってるんだろう?」

 

 ストロングは何も言わない。また元どおり、立ち尽くすだけだ。

 予想だが。ストロングはもう分かっているのだと思う。人間の優しさのミルクなんてものは無いのだと。そんな魔法のような物はハナっから存在しないのだと。それでも俺について来たのは……なんだろうか。

 あいつはスーパーミュータントだ。だがなぜだろう、ストロングには知性が感じられる。他のミュータントには見られないような何かを、俺は感じるのだ。

 

「まぁた変な奴に目をつけられたね」

 

 呆れたようにアルマが言う。

 

「いつも通りさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケロッグの家は遠くない。そもそも野球場程度の規模しかないダイアモンドシティには遠い場所はないというのが感想だが。歩いて5分もかからない、少しだけ高台の場所にそこはあった。

 行き止まりにあるから人気も無い。ここに用がなければわざわざ来ないような場所は、隠れ家には向いているのだろう。外と異なってレイダーもいないし。

 

「鍵は……掛かってるな。それもキツめの奴が」

 

 早速扉を開けようとするニックが鍵を調べる。彼は得意のピッキングを試しているが……どうやらかなり強固なロックらしい。Vaultで見せたようなキレッキレの解錠はできないでいた。

 やはりと言うべきか、ここで痺れを切らしたのはアルマ。手先が器用な彼女は自前のピッキングツールを取り出すと、細かい作業に苦戦する老兵を制した。

 

「私に任せなさい」

 

 こういう時、彼女ほど心強い人間はいないと思っている。ニックと一緒に周辺を警戒しながら彼女が鍵を開けるのを待つ。しばらくして……というか1分も経たずに、彼女は喜んだように俺たちを呼んだ。

 

「開いたよ。ヘアピンとドライバーだけがピッキングじゃないってこと」

 

「なら今度教えてもらおうか」

 

 自信満々に言うアルマにニックは大人の対応をする。うちの嫁さんは意外に子供なところがあるから。

 ともあれ、鍵を開けてしまえばこっちのもの。念のためにアルマとニックに扉から離れてもらう。奴は傭兵だ。なら、何かしらトラップがあっても不思議ではない。

 慎重に、少しずつ扉を開けていく。赤外線タイプのトラップなら無理だが、ワイヤートラップ程度ならばこうすれば気が付ける。ゆっくりと、扉の重さを確かめるように。

 だが、俺の考えとは裏腹に扉に罠らしいものはなかった。念のためにサーマルスコープを取り出して室内を見てみるが、それらしいワイヤーや赤外線は見えない。本当に何もないのか……?

 

「クリア。中に入ろう」

 

 俺を先頭に、一団は中へと侵入する。銃を構え、いつ何時襲撃されてもいいように。しかし本当に何も無かった。まるでこれじゃあただの家だ。隠れ家らしくない。

 

「ふむ。しばらく誰も使っていないようだな。汚れ好きの割には整頓されている」

 

 埃の蓄積具合を調べるニックが言う。確かに彼の言う通りで、埃は溜まっているが部屋の中の物品は綺麗に整頓されていた。もっとこう、汚いのをイメージしたんだが。

 

「さて、ケロッグについての痕跡が無いか確かめよう。奴が容易に足を残すとは思えないが」

 

 彼の指示通りに俺たちは室内を隈なく調べる。本当に、あんな汚い誘拐犯とは思えないような部屋だった。

 基本的な内装や本はすべて男性向けだ。だが、本はすべて戦前の学術書や軍事本であり、中には俺の家にもある銃の解説本まである。奴にはかなりの知識があると見ていいだろう。

 

「銃と弾丸……懐かしい、2069年のか」

 

 痕跡を探しつつも思わず本を探ってしまう。こりゃいかんととりあえずは本をPip-boyにしまう。押収だ。

 

「ハーディ!なんかあるよ!」

 

 と、その時だった。アルマが机付近で何か見つけたらしい。俺とニックがそこへ行くと、確かに机の下にデカデカとスイッチがある……見るからに怪しいが。

 

「自爆スイッチじゃないよな?」

 

 皮肉交じりにニックが言う。俺もちょっとそうじゃないかと疑っている……赤くて丸いボタンだ。むしろ自爆以外になんかあるのか。

 

「情けない男どもね」

 

 だがそこは我が家のカミさん。臆せずボタンを押す。するとどうだろう、先ほどまで俺が探っていた本棚が自動でスライドするではないか!

 俺とニックは思わず感嘆の声をあげた。ちょっとばかり男心をくすぐるものだったからだ。俺の工房もあんな感じにしたいな。

 

「感心してないで調べるよ」

 

 呆れるアルマに促されて俺たちは部屋に向かう。隠し部屋はシンプルな、武器庫兼工房を兼ねたものだった。壁には少量のライフルが飾られており、よく手入れされているのが一目で分かる。エナジーウェポンは使わない主義らしいことも。

 

「これは……」

 

 そんな中で俺は、あるものに目が行く。それはデスクの上に置かれている葉巻だった。それを拾い上げると、俺は匂いを嗅いで巻かれた銘柄も確認した。間違いない。

 

「サンフランシスコサンライツ……西海岸の葉巻だ」

 

 この銘柄はよく知っている。同僚がたまに吸っていた。生憎俺はタバコ派だったから吸う機会は無かったが。

 しかし、こいつは結構高級な部類の葉巻だ。核戦争で工場も稼働していないだろうに。奴は拘りを重んじる男らしい。

 

「葉巻か……ふむ」

 

 何か思い当たるのか、ニックは考え込む。

 

「どうしたの?」

 

「ああ、いや。もしかすれば、この葉巻は奴を追いかけられるかもしれん」

 

 なに?と俺はニックに尋ねる。

 

「訓練された軍用犬なんかは臭いに敏感だ。それを頼りに長い距離を追跡することもできる」

 

 なるほど、と俺は頷いた。確かに軍や警察なんかでも森林内での捜索にはK9と呼ばれる軍用犬を利用する。下手にテクノロジーを使うよりもよっぽど信頼できる昔ながらの方法だった。

 

「問題は犬をどうするか、だ。そこらの犬じゃ腹を空かせて襲ってくるだろう」

 

 それには心当たりがあった。アルマと顔を見合わせて、シンクロする。

 

「「ドッグミート!」」

 

 しばらくパイパーの家に預けていた愛犬の名前を、俺たちは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケロッグの家を調べ終え、皆と合流してからパブリックオカレンシズの建物……つまるところ、パイパーの家へと向かう。そこではいつも通り、彼女の妹であるナットが新聞の販売を告知している。そしてその横には、なんだか懐かしいドッグミートが不貞腐れたような顔でこちらを見ていた。

 よく戻ってこれたな、というような顔で俺を見つめるドッグだが、アルマが彼を撫でると嬉しそうに鳴いた。どうやらアルマだけは許すようだ……この変態犬め。

 

「へぇ、シェパードか!こいつは可愛いな!」

 

 マクレディがドッグミートを見て喜び、彼を撫でようとするが……

 

「ギャンギャン!」

 

「うわ!なんだこの犬!」

 

 噛みつきはしないものの、体当たりをマクレディにかます。おまけにそれを見て笑っていたケイトにも吠えている……野蛮人は好きじゃないのかな?それ俺も当てはまるって事じゃねぇか。

 

「あらミスター、久しぶりね。新聞はいかが?」

 

「ああ、ナット。また今度な。すまないがドッグを借りるぞ……ていうか返してもらうぞ」

 

「いいわよ。ほら、ドッグミート。飼い主のところへお戻り」

 

 台から降りたナットはドッグミートを優しく撫でると、名残惜しそうにしている彼の尻を軽く叩いた。どうやら完璧に躾けていたようだ。

 彼女からドッグミートを返却してもらうと、アルマが葉巻を俺から取り上げてドッグミートに嗅がせる。なんだか納得がいかないが……まぁいい。

 

「ほらドッグ、私たちを導いて」

 

 ドッグミートはしばらく葉巻の匂いを堪能していたが、急に吠えると出口のゲートに向けて歩き出す。どうやら行き先を見つけたようだった。

 

「無駄足にならなきゃいいが」

 

「なぁにあんた、体当たりされた事根に持ってるの?」

 

「うるせぇ、お前だって吠えられてただろ!」

 

 後ろで喧嘩を始める二人を無視し、俺たちはドッグについていく……その前に。

 俺はニックに向き直り、この件についての感謝を述べることにした。彼とは一先ずここまでだろうと判断したからだ。

 

「ニック、感謝する」

 

「いいのさ。それより、ついていかなくていいのか?まぁ年寄りアンドロイドがいても戦力にはならんだろうが」

 

「そんなことないさ。ただ、あんたにも仕事はあるだろう?ここまでで十分だ、行き詰まったらまた来るよ」

 

 話していると、アルマとドッグミートに呼ばれる。いつのまにか俺が列の一番後ろになってしまっていた。

 ニックはウィンクすると、俺を促す。頷いて、もう一度だけ礼を言って俺は走り出した。きっと彼とはこの先でも世話になるに違いない。

 

 まずは、ケロッグを見つけるのが先決だ。

 



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第三十四話 追跡、エイダ

 

 ここで一つ、俺の職業について改めて紹介させてもらおう。前にも言ったし散々戦闘しているせいで分かっているかとは思うが、俺は軍人である。もっと言えば、アメリカ海軍に所属する尉官である。

 士官学校を何とか卒業し、特殊部隊として有名なSEALsの試験を死に物狂いで通過、その後戦場を渡り歩いてからもっと高度な部隊への配置転換を行った。そう考えれば、最後にいたあの部隊は厳密にはSOCOM隷下だったから海軍じゃないんだが。そもそも、海の上よりも陸の上で戦っていた時間の方が遥かに長い。

 分隊長や小隊長を経験し、作戦では大体襲撃や防衛が主だったせいで忘れがちだが、俺はもともと斥候だったりする。

 斥候をする上で敵に見つからない技術だったり、逆に追跡する技術は必要不可欠だ。そうじゃなけりゃ斥候なんてやってられない。

 事実、アンカレッジでは少数で敵陣地の監視や偵察、小規模な威力偵察も行っていた。

 

「サンフランシスコ・サンライツ……間違いない、奴だな」

 

 俺は高架下に放棄されていた休憩所で拾った葉巻を手に、一人呟いた。

 ニックと別れてから数時間、ドッグミートの嗅覚は確実にケロッグの痕跡を追跡している。葉巻をドッグミートに嗅がせると、彼は再び歩き出す。どうやら次の目的地を見つけ出したようだ。

 

「集合しろ、前進する。警戒方向は先程と同じ」

 

 背後で控える仲間達に言うと、再び前進を開始した。歩きながら、アルマが寄ってきて小声で尋ねてきた。

 

「ねぇハーディ。重要な事聞いていい?」

 

「なんだ?」

 

 真剣な声色でアルマが言う。

 

「私とあなた、どっちが奴を殺す?」

 

 冷酷なスナイパーに戻ったアルマの言葉に、鳥肌が立った。

 

「同時に殺そう。俺も殺す気だからな」

 

「へぇ。じゃあ、うっかり私が先に殺しても文句言わないでね」

 

 それだけ言えばアルマは離れてまた後方へと位置する。彼女の怒りは最もだろう。撃たれた挙句、抱いていた息子を攫われたのだ。だが、こればっかりは俺も譲れなかった。できればこの手で奴の手足を捥いで命乞いを聞いてから野晒しにしてデスクローにでも喰われればいいのだが。

 

「あんたら夫婦相当イっちゃってるね。同情するけどさ」

 

 と、右を警戒していたケイトが言う。ダブルバレルのショットガンを手に、殴り合っても動きを妨げないようなコルセットと服装で身を包んだ女。アルマから事の経緯は聞いている。

 

「薬物中毒者に言われたくはない」

 

「っ、気づいてたの?」

 

 バツが悪いという表情でケイトが俺を睨んだ。当たり前だ、コソコソ何かすればバレるってのはありがちな事じゃないか。

 

「皆気づいてるさ。スナイパーはディテールの差異を見逃さないものだ、手が震え出してどこかに行ったかと思えば、帰って来れば気分爽快になってるんだ……気付くなって方が難しい」

 

 アルマ曰く鈍いマクレディさえもその事に気づいている。先程休憩した際に忠告されたのだ。悪いが、今のこの部隊に素人はいない。ケイトには行軍や戦術の教養は無いが、殴り合いに関してはプロだろう?皆、何かに秀でている。ストロングは……わからない。さっきから無言で左翼を警戒している。

 

「君が何をしようが自由だ。だが俺の妻に迷惑はかけるなよ」

 

「わかってる……!うるさい……!」 

 

 この反応からして、彼女も好きで薬を嗜んでいる訳では無いようだ。まぁ今は置いておこう。まずはケロッグだ。あいつを炙り出し、息子の居場所を吐いて死んでもらわなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサルトロンを調べる。正確には、頭だけになったアサルトロンだが。どうやらつい最近に激しい戦闘を行っていたようで、俺たちの経路上には死体や破壊された跡が其処彼処に残っていた。

 アルマが簡易的にアサルトロンの頭部を修理すると、アサルトロンは発声しだす。

 

「エラー。深刻なダメージ、任務失敗」

 

「見れば分かるぜ。おいカマ野郎、お前が最期に戦った相手について話すことはあるか?」

 

 マクレディが口を挟んだ。すぐさまアルマが睨んで周辺の警戒に戻らせる。アルマ的には、事が済んだら彼をサンクチュアリのミニットメン養成スクールにぶち込んでスナイパーとして育成するらしい。考えただけで恐ろしい。

 だがマクレディの言葉を聞いていたのか、アサルトロンが喋り出す。

 

「ケロッグ。外見、戦闘データ共に一致……抹殺を……」

 

 まるで遺言のように情報を開示すると、頭部だけのアサルトロンは壊れてしまった。だがこれで俺たちの進むべき道はよりはっきりしたし、間違っていない事が証明されたのだ。そしてなによりも。

 

「ワンっ!」

 

 ドッグミートが何かを咥えて運んできた。どうやら葉巻らしい……どこかに転がっていたのか。

 彼を撫でて葉巻を回収する。まだ灰が新しい。朽ちていないということは、つい最近吸ったに違いない。奴が近い証拠だ。

 

「夕方には着くだろうね」

 

「ああ……行こう」

 

 俺たちは先を急ぐ。気持ちばかりが先走りしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連邦という土地は……何というか、キャピタルには無い特性を持っている。キャピタル・ウェイストランドという土地は、あの最終戦争で徹底的に破壊し尽くされた場所だ。そのせいでワシントンと言えども中心街以外にまともな建物が残っていない。運良く原型が残っていても、ならず者やミュータント化した動物によって支配されているものだ。

 それも、BoSの働きで大分改善されたが。

 対して連邦は不思議だ。色々な建物が残っているのにも関わらず、協力しないで様々な拠点を街に作り変え、お互いが干渉しない。レイダーやミュータントは相変わらずだが、雰囲気が違うように思える。そう考えれば、西海岸もNCRなんかの大組織のせいでガラリと東海岸とは景色が変わっているものだ。

 

「さて……ミュータントすらも受け入れてくれる街があればいいが」

 

 野太い声で、そして緑色の大きな指先が地図を広げる。姿を消した同志を探すために。ミュータントでありながらそこらの人間よりも高い知性と良心を持った存在。どこかのギャングチームのマークが描かれた専用の革ジャンに身を包み、左肩には空飛ぶ円盤のパッチ。右肩には87と描かれたパッチを携え。

 心優しき、それでいて勇猛なフォークスが連邦に降り立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心の底から後悔した。後悔というよりも、憎しみというべきか。もどかしい気持ちに苛まれながら俺は顔を歪める。

 夕暮れの連邦。俺たちはケロッグの痕跡を辿り、ようやくそれらしい場所までたどり着いた。たどり着いたのだ。

 問題は、その場所だった。

 

「クソ……セントリーボットにアサルトロンが複数……それに実弾系タレット……」

 

 へーゲン砦。戦前は陸軍の管轄で、近くのレーダーアレイと連動していた要所の一つ。そこがケロッグがいると思われる場所だった。それはいい。隠れ家として信憑性があるし、何よりあの砦には行った事があるから土地勘もある。

 問題は、その防御の硬さだ。あそこは最終戦争前に防御の再構築を行なっていた記憶がある。そしてそれは完成したのだろう。でなければ、あんなに多くの無人兵器を揃えられるわけがない。ケロッグはどうしてかあそこのコントロールを掌握し、自身の防御に転用したのだ。

 

「ハーディ、狙長距離撃なら一匹ずつ倒せるかもしれないよ」

 

「ダメだ、コントロールネットワークで繋がっている以上一体に攻撃すれば連動して対処してくる。それに、奴らを掌握しているケロッグにも気づかれて逃げられるぞ……!」

 

 俺たちは現状、街の外れから監視している事しかできなかった。完全に想定外だった。文明崩壊後の傭兵だからどうにかなると思っていたのだろうか。それとも、今まで何とかなっていたから過信したのだろうか。どちらにせよ、これは俺の失態だった。このまま攻撃すれば全滅するのは目に見えている。だがもう目と鼻の先にいる奴を見逃すべきでもないとも思う。

 双眼鏡に込める力が強くなる。皆の命を預かっている以上、無茶はできない。それはアルマも同じだった。

 

 

「ハーディ」

 

 

 突然。無言だったストロングが口を開いた。思わず全員が彼に目を向ける。

 

「お前から、憎しみと焦りを感じる。ストロング、ハムレットで知った。恐怖、憎しみ……それで動けば、人間がどうなるのか。ストロングはスーパーミュータントだ。人間じゃない。でもお前は違う。今お前が無茶な事をすれば、ストロングがミルクを飲めなくなる。それは望まない」

 

 冷静になって撤退しろ。そう言っているのだろうか。

 俺はアルマと顔を見合わせた。彼女も気持ちを取るか現実を取るかで悩んでいた……なぁ俺よ、焦りに焦った兵士がどうなるかなんて、俺が一番よく知っているじゃないか。

 

「サンクチュアリに、戻ろう。そこで戦力を増強し、再度侵攻する」

 

 一児の親としてではなく、部隊の長として決断した。悔しいが、今行ってもショーンはおろかケロッグにも会えない。

 俺の決断をアルマも受け入れたようだった。マクレディも何か言いたげだが、仕方なしと言わんばかりに頷く……息子の話をしてからマクレディの様子が少しおかしい気がする。

 

「サンクチュアリ?なんか最近栄えてるって言うじゃない。あそこから来たのね」

 

 事情を知らないケイトが口を出す。そういえば、マクレディにもまだ言っていなかった。向こうに着いたら話すべきだろう、どうせいつかはバレるのだから。

 俺たちはへーゲン砦を後にする。悔しさを胸に、しかし必ず殺しにくると誓い。今はその時ではない。ショーンは必ず返してもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーザーと爆発が飛び交い、それに当たってしまった不運な物体が転がる。ウェイストランドでは珍しくもない光景だが、今ばかりは規模が違った。

 それは突然の事だった。いつものようにキャラバンを率いて連邦を旅していただけ。なのに、奴らはそこらのミュータントを無視して自分たちを襲ってきたのだ。

 

「ゾーイ救難信号は!?」

 

 レーザーライフルを撃ちながら後ろの女性に声をかける。ゾーイと呼ばれた女性は震えながらもジャンクから作り上げた無線機を作動させ、メッセージを送信していた。

 

「流してるわよ!ああ神様……」

 

 ひどい錯乱状態なのは見てわかるが、それに構っていられるほど余裕はなかった。なにせ、相手は生き物ではない。人を殺すことに特化したロボット達なのだから。黄色に塗装されたロボット達は、レーザーや火炎放射器で武装している。装甲は分厚く、手にするレーザーライフルでは傷もつかないだろう。良くて貧弱なアイボットを壊せるくらいだが、空中を浮遊する上に的が小さいせいで弾が当たらない。

 

「ジャクソン、後退を。私が殿を務めます」

 

 傷ついた青いアサルトロンヘッドのロボットが言う。だが無理だ、この集中砲火の中、逃げる事はできっこない。

 

「エイダ……エイダ!増援が来る!どうにか」

 

 不意に口を開いていたジャクソンの言葉が途切れる。エイダ……ロボットが振り返れば、彼は身体中にレーザーを受けて灰と化していた。その光景が、彼女の心理モジュールにどう影響したのかは分からない。

 

「ああジャクソン!いや!来ないで!」

 

 ロボットが我に帰るとはおかしな話だが、一瞬だけ仲間の死に気を取られていた時だった。もう一人の仲間である女性にアサルトロンが接近していたのだ。

 エイダは手のレーザーピストルを撃ち込むが、戦闘用にさらなる改造を施されたアサルトロンには効果が無い。

 

「あああああああご、おおお……」

 

 アサルトロンが女性に馬乗りになり、ドリルクローを彼女の腹部に何度も突き刺す。助からないとわかってしまった。エイダはそれでも突進して彼女を救助を試みたが。

 あっさり返り討ちにあって今度は自分が馬乗りにされてしまった。抵抗するも、相手は近接戦のために重量を上げ、装甲も硬い。どうにもならない。

 ロボットが死を直感する事があるのだろうか。だが、今エイダが感じ取ったものは明らかに死というものだろう。

 アイセンサーはしっかりと、アサルトロンのドリルクローが自分の顔面に迫るのを見逃さなかった。

 

 カンッ。

 

 だが、クローがエイダの顔面に触れる直前にアサルトロンの動きが止まった。何かが頭にぶつかったようだった。それっきり、アサルトロンは動かない。エイダはガラクタとなったアサルトロンを退かすと、周辺を観察した。

 あれほどまでに自分たちを攻撃していたロボット達が、慌てるように手を止めている。そのうち、セントリーボットが爆発した。その瞬間、エイダは確かに見たのだ。

 ロボット達の背後、数百メートルの発砲炎を。

 

 結果的に言えば、ロボット達はあっさりと片付けられた。アイボットは数度の射撃で、セントリーボットは背中のフュージョンコアを、アサルトロンは頭部を。的確に撃ち抜かれた。全て実弾。

 残骸と化したロボットの背後から誰かが向かってくる……数人の、訓練を受けているであろう人間と、犬、そしてミュータント。おかしなパーティだった。

 

「生き残りは?」

 

 先頭にいた東洋人が話しかけてきた。

 

「いえ。ジャクソン達は、あなた方の救助まで生き延びられませんでした」

 

 そう言って、エイダは隣の灰の山と女性の死体を見る。

 ロボットの感情は所詮プログラムだと笑う者もいる。だが、この時彼女は確かに感じた。

 悲しみ。困惑。そして何より、憎しみ。暗い闇を得た無機物が目の前の男達に希望を見出したのもこの時だろう。

 

 復讐という甘くて苦い、人生のスパイスをロボットが得た。奇しくも同じ感情を抱く者たちと出会って。

 



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第三十五話 サンクチュアリ、ジャクソンキャラバン

駆け足気味ですが


 

 

 

 

 

 最後まで苦しみ、八つ裂きにされたであろう女。これでもかというくらいに口を開き、吐いた血は固まっている。きっととても痛かったのだろう。生きたまま腹をドリルクローで切り裂かれれば苦しまないはずはない。

 山積みになった灰を見る。こっちは逆に、一瞬で死ねたんだろう。頭部、胴体、右腕部が連続的なレーザーによる高熱に耐えられずに灰と化したのだから。尋常ではない熱さはあっただろうが、それよりも先に死ねたに違いない。

 

「ジャクソン達は……友人達は皆様の援護まで持ちこたえられませんでした」

 

 その亡骸達を見下ろす青い混合型のロボットが、身体に似合わない淑やかな声で発声する。その声から、やはりコズワースのように高度なAIから齎される感情が伝わってくる。俺とアルマは黙って彼女の紡ぐ言葉を聞いていた。

 

「私もここまでかと思いました。あなた方の救援に感謝します」

 

 後ろで破壊したロボットの廃品を漁るケイトとマクレディを無視し、俺は思わず尋ねた。

 

「その、大丈夫か?」

 

 初対面のロボット相手にここまで心配りをする自分の心理に少しばかり驚いたが、なんて事はない。彼女もまた、大切な誰かを奪われた被害者の一人なのだ。そこにロボットとか、人間とかと言った種族は関係無い。コズワースだって200年も家族である俺たちを待ってくれていたのだから。

 ロボットはしばし狼狽えるように口を吃らせた。言葉を選んでいるようにも見えた。

 

「物質的なダメージはわずかですが、友人を殺された事に対する怒りと悲しみを感じます」

 

「そうか。そうだな」

 

 俺は共感するように頷いた。彼女は骸になった友人達を眺めながら、さらに紡ぐ。論理的で理性的なロボットとは思えないほどに、今の彼女が感情的である証拠なのだろうか。

 

「彼らは……家族でした。ロボットの発言としては奇妙かもしれませんが」

 

「それは……いや、ニックもいるし」

 

 パイパーが否定する。ロボットは、どこか自分の発言に疑念を抱いているのだろうか。だが、分かるよ。家族を失う事は何よりも辛い。自分が死ぬよりも。ストロングも何か思う所があるのか、家族と呼ばれた亡骸を強い眼差しで眺めた。

 

「改めて、あなた方の尽力に感謝します。友人達も、感謝しているはずです」

 

 そう言われて、物言わぬゴミとなってしまった彼女の家族達を見た。感謝しているのならこんな顔で死ぬはずがない。きっと到着が遅れた事に対して怨んでいるだろう。ミニットメンのリーダーとして、いや人を生きる者として申し訳ない気持ちで一杯だった。

 そんな時、廃品を粗方バックパックに詰め終わったマクレディが耳打ちしてきた。目から兵士特有の冷酷な感情が読み取れる。

 

「ボス、戦闘を嗅ぎつけてレイダーやミュータントが来る可能性が高い。離れよう」

 

 彼の言う通りだ。立地的にこの場所はレイダーはもちろん野生の動物にすら狙われる可能性は否めない。俺は会話を一時中止し、ハンドサインで全員を集合させると命令を下達する。

 

「全身順序先ほどと同じ。前方警戒ストロングとドッグ。右方警戒マクレディ、左方警戒ケイト、後方警戒パイパーとアルマ」

 

 そう指示すれば全員が頷く。あの頭が悪い事で有名なミュータントですら、優しさのミルクを追い求めるために命令に従順だ。ちなみにストロングとドッグミートは相性が良いらしい。二人とも無言で警戒に着いてくれる。

 俺はロボットに再び向き直り、質問した。

 

「復讐したいか?」

 

 その質問に、ロボットは少し戸惑ったようだった。だがAIの出す結論は人間のそれよりも遥かに早い。ものの数秒で彼女は答える。

 

「彼らのためにも、それを望みます」

 

 女性的で穏やかなロボットの声色は、その時ばかりは感情がこもっているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃地点からサンクチュアリ・シティまでの道のりは遠くない。徒歩で移動しても二日はかからない程度だ。軍で鍛えた俺とアルマはもちろん、ウェイストランドという過酷な土地で生き延びてきた他の皆にとっても苦ではなかった。

 道中の戦闘はできるだけ回避した。レイダーはミニットメンを警戒しているのか姿をあまり見せず、ヤオグアイという攻撃的な熊のミュータントを除けば野生動物も刺激しなければ脅威にならない。そもそも、こんな屈強な集団に攻撃しようとする奴がいない。本能で感じ取っているはずだ。

 青いロボット……エイダは、道中彼女達キャラバンの事や、攻撃された理由を推理ながら語ってくれた。ジャクソンという技術者が率いていたキャラバンは、戦前の遺品を回収し、修復していたスカベンジャーらしく、それを生業として商売していたそうだ。連邦に来た理由も、手付かずの技術が野放しになっていたからだそうで。攻撃の危険がありながらも留まってしまった理由もまた同じ。

 エイダ曰く、メカニストと名乗る正体不明の輩がこの襲撃をもたらしているらしい。彼らはロボットを襲い、それらをサルベージし、自らの軍勢に加えるのだ。道中、人間を皆殺しにして。出てきたのは最近らしく、そのせいか俺たちはメカニストの存在を知らなかった。唯一マクレディがキャピタル・ウェイストランドに同名の変態が居たと言っていたが、彼自身同一人物じゃないだろうと語っていた。

 

 コンコードを過ぎ、レッドロケットに向けて坂を登る。

 

「連邦からの撤退を強制すべきでした。彼らにアップグレードしてもらったのにも関わらず、私は襲撃まで攻撃に気がつけませんでした」

 

 淡々とした口調で、しかし明確な後悔を感じさせながらエイダは言う。

 

「あんたが悪いわけじゃないよ、あまり自分を責めると心を壊すよ」

 

 アルマが彼女を慰めるように言った。だがエイダはそうとわかっても自分を責めずにはいられないだろう。俺も、アルマもそうだからだ。

 ジャクソンは技術者として秀でていたらしく、エイダをガラクタのアサルトロンからここまで改修していたらしい。そして彼女によれば、ロボット作業台の設計図があるから材料と設計図さえあれば俺たちにもそれができるとのこと。彼女の気持ちを考えれば申し訳ないが、その事を聞いてから俺の中では分隊の攻撃力の強化案が湧いて出てきてしまっていた。

 

「まぁもっと詳しい事や決断はサンクチュアリに着いてからでも遅くない。そこでじっくり話し合って決めよう……と。ストロング、俺の後ろに」

 

 前方を警戒するストロングに支持する。もうすぐレッドロケットが近い。ミュータントが来たとなれば、彼らも慌ててしまうだろう。ストロングは素直に後方へと移動した。

 

「おいおい、ありゃ要塞じゃないか。ボス、あんた一体何者だ?」

 

「ああ、あんたら知らなかったね……でもほんと、ブルー。こりゃ想定してたよりも凄いね」

 

 見えてきたレッドロケットを見てマクレディとパイパーが驚く。無理もないだろう、今のレッドロケットはドッグと会った時とは別物だ。ガービーめ、ジュンのやりたい放題やったな……武装が異常に増えてる。前はあんなにタレットが無かった。

 

 レッドロケット・トラックステーション。かつてはただの給油所だったその場所は、今ではミニットメンの旗が聳え立つ基地と化していた。

 コンクリート製のフェンス、ゲートは自動で開き、その両脇には警戒用のタワー。フェンスの所々にはサーチライトと小型の実弾タレットが侵入者を待ち構えており、防御面に不備はない。夜だと言うのにこちらを照らすライトで眩しい。

 

「合言葉、アンカレッジっ!」

 

 不意にゲートの歩哨が銃を構えて叫ぶ。

 

「空挺降下及び陸路潜入!ガービーに将軍が戻ったと伝えろ!」

 

 そう言うと歩哨は俺とアルマの姿をようやく確認したようで、慌てたようにゲートを開けて電話機で通信し出す。それを見て呆れたようにケイトが言った。

 

「なにこれ?軍隊ごっこ?」

 

「いや……ミニットメンだ。再編されたって聞いたが、まさかボス……あんたがリーダーか?」

 

 情報通のマクレディが訝しむような目で俺を見た。アウトローすれすれのマクレディとしてはミニットメンという存在は好まないんだろう。

 

「そう言う事。そしてあんたはこれからスナイパースクールにブチ込まれてあたしにみっちり扱かれるんだよッ!」

 

「ああくそ!そう言うことかよ!」

 

 アルマの怒号に絶望したような表情で絶叫するマクレディ。哀れだな、彼女の教育は死ぬほど辛いぞ。

 その横でストロングは何かに感心したようにほくそ笑んだ。

 

「ストロング、間違ってなかった」

 

「何がだ?」

 

「お前なら、ミルクを見つけられる」

 

 こいつはそればっかりだな本当。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 増えたパーティを引き連れて、俺は市長兼将軍の家へと帰宅する。俺とアルマは荷物を適当に置くと、疲れたようにソファへとどっかり座った。いや本当に疲れた。まさかの遠征になってしまったな。

 未だに困惑しているマクレディとケイトに荷物を降ろして適当に座るように言う。

 

「その辺に荷物置いて、お前達も休んで」

 

「ああ……ボスが言うなら」

 

 ストロングがソファに座っている姿は予想以上にシュールだった。しばらくすると、家族がやってくる。コズワースだ。

 

「旦那様、奥様!それにわんちゃんも!よくぞご無事で!すぐに暖かいコーヒーを淹れます!おや、お客様にもお淹れいたしますね!」

 

「頼むコズ」

 

 自宅のソファは格別だ。パイパーは記者キャップと赤いコートを脱いで勝手にハンガーにかけると、ソファの感触を確かめた。

 

「すっご。こりゃマクドナゥの私物よりも高価そうだね」

 

「コズワースが設計してくれたんだ。あのハンディさ」

 

 ちなみにコズワースが作る家具はこだわりと情熱のせいでコストがかさむ。そのおかげで俺たちは良い思いをしているのだが。

 そんなこんなで、コズワースが淹れてくれたコーヒーを楽しみながら俺たちはしばしの休息を取った。しかしいつも思うんだが、戦場から帰ってきた後のコーヒーは最高だ。できればタバコも吸いたいが……家で吸うとアルマが怒る。あとでマクレディとパイパーを誘って吸いに行こう。

 

「将軍!遅かったじゃないか!」

 

 と、そんな時。なんだか懐かしい友人が玄関の扉を開けてやってきた。将軍補佐兼副市長ことプレストン・ガービーだ。彼は記憶通りの格好で、いかした帽子を被りながら笑顔で俺とアルマと握手する。

 

「よう、留守番悪かったな。調子はどうだ?」

 

「見ての通り順調だ。カーラがダイアモンドシティと仲介してくれてな、経済も大分回ってる。もちろんミニットメンとしても手を抜いていない。近隣の住民と協力して一帯の防衛網も構築中だ。ああ、養成所も今敷地を広げてる」

 

 どうやら俺抜きでも彼は上手くやってくれていたようだ。これ、別に俺が将軍をやらなくてもいいんじゃないか?

 

「だが将軍、あんたが居なかったのが少し響いてな、レイダーやミュータントの襲撃対処で自信をつけたのか、一部のミニットメンがたるみ出した。そろそろあんたが現場に戻って活を入れる番だよ」

 

「ああ、世の中そう上手くはいかないか」

 

 どうやら現役引退はまだまだらしい。この調子だと次から次へとガービーは俺に仕事を振るだろうな。

 

「まぁ、あんた達も疲れてるだろう。色々話したい事はあるが今は……おい、こいつらはなんだ?」

 

 と、ようやく興奮していたガービーが新たな仲間達に気がついた。特にソファに我が物顔で座るストロングに引いている。

 

「ああ、新しいメンバーだ。本業とは別口のな」

 

「それはつまり、私有部隊と?」

 

 俺は頷いた。まぁマクレディに関してはアルマによって強制入隊させられるんだろうが。この際だ、ケイトも入れさせるか?……いや、荒れそうだな。

 

「この、ミュータントも?」

 

「ああ……まぁそうだ」

 

「ドウモ」

 

 ストロングがお辞儀する。シュールな光景だ。ガービーは咳払いした後、

 

「まぁ、いい。不利益を被らない限りは、だが。とにかく将軍、休んだら俺のところに来てくれ。話したいことがある」

 

 分かったと了承すると、彼は笑顔で家から出て行った。とにかく今は休もう。エイダの件もそれからだ。



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第三十六話 サンクチュアリ、ロボット作業台

 

 

 

 

 朝の陽気な日差しを浴び、俺達市長夫婦が不在の間に多少発展したサンクチュアリシティを、自宅の三階から見下ろす。発展といっても、俺たちが当初手がけたような街の大規模な改革ではなく、主に防衛力や商業、そして工業面においての発展だ……いやまぁ大規模っちゃ大規模だが、それでも当初の大工事から比べれば見劣りする。

 まずは防衛面。これは防衛部長であるジュンの提案で、シティの周辺を防御するタレットの数が増えた。更に警備員であるミニットメンと民兵両方に配備される武器装具の質が大幅に向上したのだ。

 

 これは直接的に、工業力の向上も意味していた。

 スタージェスが技術部長を務めるサンクチュアリ工業(仮名)。どうやら数日前にミニットメン主導でレキシントンに対する大規模な残党狩りが行われたらしく、もはやコルベガに陣取る強力なボスが居ないレイダー達は最初の数回の戦闘で散り散りとなり、あの場所に秩序が戻ったそうな。

 人員が足りなかったために完全制圧とまではいかなかったが、その過程で無人のコルベガ組立工場を制圧、現在では余剰のミニットメン人員が警備に着き、スタージェス監督の下流れて来た者達が工場を稼働させて工業製品や武器弾薬を作成しているらしい……あそこ車の工場だったよな?

 

 その恩恵もあり、カーラやその周辺のトレーダーと連携してサンクチュアリ製の製品をダイアモンドシティに売り出そうとしているのだとか。うまくいけば、サンクチュアリはあっという間にダイアモンドシティを抜くだろう……立地はまぁ、多少悪いが。そうなれば道の整備や警備の強化もしなければならない。問題も一緒について来やがった。

 ちなみにサンクチュアリ内にある工場は今や武器職人達が住み着き、日夜新型の武器を研究作成するための……なんだろう。ミニットメンの軍事研究所?と、なっている。俺も後々顔を出すつもりだ。

 

 もちろんミニットメン関連についても進歩があった。

 南はサンシャインタンディングスと呼ばれる元農場を制圧、技術者を送り居住地化。しかしあの辺りは野生動物やガンナーの拠点も近いため、現状ではミニットメンの前哨基地も兼ねようと計画中。北と西は山岳地帯なので何も無し、東はスロッグと呼ばれるグールが経営しているタールベリー畑とコンタクトが取れているらしく、もうすぐ派兵して彼らの問題解決に当たるらしい。ミニットメンの総員も100名まで増えた。

 ガービーは俺がいなくとも、順調にミニットメンの信頼回復と領土拡大、そして民兵の充足を行なっていて安心だ。さすが副官。

 装備面でも、新型のライフルや機関銃、そして装備の供給が確立されればすぐに支給して生存率と攻撃力を上げる所存だ。やっと軍隊らしくなってきたな。

 

 そして今現在、俺はその副官を自室で待っている状況だ。昨日はてんやわんやしてて碌に話を聞ける状況ではなかったからだ。他の私兵メンバーについてはサンクチュアリ内だったら好きにしていいと言って休暇を出した。マクレディは……案の定アルマにミニットメンへと強制入隊させられた。かなり抵抗したが、キャップをチラつかせたら渋々頷く辺りマクレディだ。

 

「将軍、入るぞ」

 

 ドアのノックと共にガービーが入ってくる。俺は笑顔で彼を迎えると、ソファにかけるように言って出来立てのコーヒーを彼に差し出す。コズワースが淹れるコーヒーよりも味は劣るが、連邦の中では最高級だろう。

 彼も笑顔でコーヒーを啜る……なんだか慣れた様子でそれを飲む彼を見て、ここに来た当初コーヒーを飲んでいた彼を思い出した。おかしいな、こいつ前まではあんなにコーヒーを苦いと言っていたのに……たった数日で慣れている辺り、かなり飲んでたな。いや、業務に追われていてカフェイン入りのコーヒーを飲まざるを得なかったか。

 

「さてガービー、話とは?」

 

 俺が話題を振る。すると彼は頷いて、いつものように真剣な顔で懐から何かを取り出した。連邦の地図だ……ボロボロだが、戦前の物だろう、丁寧にラミネート加工されている。旧ミニットメン時代の物だろうか。

 

「グリッドがUTM座標ってことは、元々軍事用の物か」

 

「それが何かは分からないが、古い軍事施設で昔手に入れた物だ。将軍、ここを見てくれ」

 

 そうして彼が指差したのは、インディペンデンス砦と呼ばれる由緒正しいアメリカの要塞だった。ここは古くアメリカの軍事を担った場所だと聞いている……一体この場所に何があるのだろう。

 

「ここはかつて、キャッスルと呼ばれていた。古くはミニットメンの本拠地があった所だ」

 

「へぇ、歴史は巡るわけだ」

 

 俺が感心したように相槌を打つ。正確には古い戦争の要所だっただけだが。

 

「それで、プレストン。何が言いたいのかは分かるが続けてくれ」

 

 もう半分以上この話の要点が理解できてしまったが、プレストンの話を聞く。彼は助かる、とだけ言って口を開く。

 

「ミニットメンの人員が増えてきた事は話しただろう。あんたがいなかったこの数日で3倍以上に『膨れてしまった』んだ」

 

「居住スペースが足りないって事か」

 

 彼は頷いた。

 

「それだけじゃない。ミニットメンは民衆の味方であると同時に軍隊だ。あんたがそうした。一箇所に要点を固めるのは得策じゃないだろう……それに、連邦の秩序を守るためにはサンクチュアリでは融通が効かないんだ。ここは連邦の最北端と言っても過言ではないだろう?」

 

 確かにそれはダイアモンドシティへ行く際に感じた。道中無補給であそこへ行くのは骨が折れる。こんな感じで、仮に南へ進軍するとしても、どこか途中に拠点があれば心強いだろう。

 

「それに今のミニットメンはまだ寄せ集めの武装集団の域を出ていない。もっと勢力を拡大する必要がある……残念ながら、連邦にはまだまだ悲劇が蔓延ってるからな」

 

 そう言うと、プレストンは一瞬表情を強張らせた。悲しみとも怒りとも取れるような、正義感が無ければできない顔だ。もう俺には無理だろう。

 

「キャッスルという見栄えも良い拠点を取れればミニットメンはもっと強くなれる。理由は十分だろう?……将軍、これはミニットメン副官からの進言だ。キャッスルの奪還を提案する」

 

 力強い声色でそう言った。ふむ、と俺は少しだけ考えて難色を示す。そして質問した。

 

「奪還と言ったな。なんでミニットメンはキャッスルを奪われた?」

 

 そう尋ねると、彼はああ、と忘れていたように言う。若いな、話しているうちに熱くなったに違いない。

 

「キャッスルがミニットメンの手を離れたのは随分と昔だ。なんでも、海から化け物が現れて撤退を余儀なくされたらしい」

 

「バケモノ!?レイダーとかじゃねぇのかよ!」

 

 てっきり軍事的な衝突で追い出されたのかと……そうなりゃ口径の小さい銃火器はあまり期待できないか。バケモノ、つまりミュータント動物の耐久力は異常だからな。

 

「詳しい話は俺も分からない。だが悪い話じゃないだろう?聞いたところによれば、キャッスルには強力な武器が眠っているらしいし……ほら、武器と聞いてあんたの目つきも変わった」

 

 ニヤリと笑うガービーを見て俺はハッとする。しまった、強力な武器と聞いて思わず銃オタクの血が騒いでしまったぞ。

 

「うーん、キャッスルなぁ〜」

 

 俺は悩んだ。そもそもインディペンデンス砦までのルートも開拓しなけりゃならないし、かなりの人員を割かなけりゃならないだろう。そうなれば街や周辺の居住地の防御力も減る。キャッスルを奪還したとしても、そこを運用する兵力も必要で……悩ましいな。

 俺は悩んで、何か良い案は無いかと街を一望した。そこには平和そのものと言って良いほどの光景が広がっている。

 ジュンが各警備所を回ってコズワースと共にタレットを点検しているのだ……あっ。

 

「そうだよな。何も人間だけじゃなくてもいいんだよな」

 

「将軍?」

 

 名案がある。いやまだ確定はしていないが、良い案であることは間違いない。

 

「条件がある。それが達成されればキャッスルの奪還を認めよう、俺も参加していい」

 

「本当か!」

 

 俺はタバコを取り出し火をつけようとして……今は現役時代並みにおっかなくマクレディの教官として振舞っているカミさんを思い出す。やめておこう、臭いでバレちまう。

 そっとタバコをポケットに戻すと、頷いた。そして新しい友人の名を出す。

 

「エイダの件に付き合え。キャッスル奪還はそれからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、サンクチュアリの小規模な生産工場。小規模といってもそれはコルベガ組立工場と比較した場合の事であり、必要最低限の物は揃っている。主に兵器開発だが。

 ここでは日夜タレットの改良と、民兵が持つ小銃や装備の研究で忙しいらしい。コルベガから戻ってきているスタージェスが部下のミニットメン技術者たちと何やら話し合っていた。

 いた、という過去形から分かるように、今はその話し合いも終えて……というか俺の登場ととある依頼により中断され、またまた忙しなくワークベンチを用いてデカイ機械を製造中だ。

 

「ガービーに聞いたが、もうすぐ車両が生産できるんだって?」

 

 隣で部下達の仕事っぷりを眺めて時折指示をするスタージェスに話しかける。ガービー曰く、コルベガの施設を利用して、そこいらに転がっている状態の良い廃車を再利用する形で車を生産するようだ。どうやらそれは近いうちにできるとのことで、俺がいないたった数日でそんなにトントン拍子で事が運ぶのかとも疑問視してしまったが……まぁできるんでしょ、スタージェスもそう言ってるし。

 

「ああ、あとは生産した部品を取り付けて試験運用するだけ……なんだが、いかんせん車なんて乗ったことのあるやつがいなくてね。このままだとあんたがテストドライバーになりそうだ」

 

「いいね、どうせなら最初に乗ってみたい」

 

 運転は嫌いじゃない。軍じゃ一応指揮官だったから部下が運転してくれていたお陰で家に帰ってきた時くらいしか運転機会がなかった。そもそも向かった戦場がことごとく車両に向いていなくて、徒歩かスノーモービルばっかりだったし。

 と、そんな会話も束の間。優秀な技術者達はものの数分で機械を組み上げてしまったようで、責任者であるスタージェスにその事を知らせてきた。あとは本命が来るだけだが……

 

「将軍、連れてきたぞ……おいなんだこれは、随分デカイ機械だな!」

 

 工場にやってきたガービーが驚く。その背後には独特な駆動音を鳴らして青いボディのエイダが追従していた。

 彼女はカメラをこちらに向けて言う。

 

「旦那様、お待たせいたしました。ロボット作業台を作ってくださったのですね」

 

 そう、たった今作り終えたこの機械。それはエイダの情報により作成されたロボットを改造するための機械だった。

 ガービーのキャッスル奪還を飲むための条件。それはエイダが望んでいるメカニストとの対決だ。そのためにはまず、エイダを改造して火力を上げる必要があると感じた。彼女の武器は現状、非力なレーザーガンに作業用クローのみだからな。

 

「それでエイダ、俺はどうすれば?言われた通り資源は揃えた」

 

「私が作業台の中央に立ちますので、旦那様はコンソールから改造項目を選択してください。それだけで結構です。どう改造するかはお任せします」

 

 それはなんとまぁ、便利なものだ。俺が持つロボット関連の技術は軍に入隊するまでのものだから、最終戦争前の物はほとんど分からない。

 さて、早速エイダが作業台の中央に立ち、俺は技術者達の視線を背に受けながらコンソールをいじる。俺もそうだが、男ってのはいつまで経っても子供なのだ。メカなんかに関しては……

 

「何々……じゃあまずはレッグから改造しよう」

 

 コンソールのタッチパネルを操作し、彼女の脚部を改造する。そうだな、今はプロテクトロンの脚を流用しているせいでみっともないから、ここはアサルトロンの物を作ろう。

 項目をタッチすると、作業台のアームが動く。それらはエイダを掴み上げると、無駄なく彼女の脚を解体し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スムーズに歩く真っ赤なエイダを見て、俺は思わず子供心をくすぐられた。最終的に彼女の改造は全身にまで及んだ。まずは脚部を見ていこう。

 脚部は先ほども言った通り、アサルトロンの物を作って換装。機動性よりも耐久性を重視してスカートのような追加装甲も取り付けた。更に駆動部はスタージェスの提案で最新式のものを取り付けたので、実質通常のアサルトロンよりも機動性が高い。

 続いて腕部。これもツギハギのプロテクトロンのものだったのをアサルトロンの物に換装。左肩には展開式のシールドを取り付ける事によって小銃弾を防げる。左手は作業用のクローから、展開式のヒートブレード……ウェイストランド風に言えばシシケバブを装備。右手には俺の提案により武器庫から持ってきたガウスライフルを取り付けた。

 2mmカートリッジ弾という専用弾薬を使用するガウスライフルは本来狙撃用の大型ライフルだ。アンカレッジ戦後期に開発され、一部の部隊に配備されたガウスライフルは所謂レールガンであり、小さな針のような弾頭を火薬と電磁加速で撃ち出す。本来ならばマイクロフュージョンセルという電源が必要だが、それはエイダの内部電力で賄う事で弾薬のみが必要な優れものになった。

 ガンオタクなので長々と語るが、このライフルはヤバイ。何がヤバイって、その貫通力が異常だ。12.7mmの大口径なんて鼻で笑えるくらいの貫通力を持ち、超加速されたタングステンの弾頭は戦車の装甲を貫けるほどだ。もっとも、装甲にぶち当たった時点で弾頭がもたないが……

 ちなみに人間に撃つと冗談抜きで弾け飛ぶ。俺も中国軍の将校相手に狙撃利用して弾け飛ばしたなぁ。スポッターの仲間と一緒に思わずドン引きした。ロボットなんてこいつで一発だ。最大火力で撃つにはチャージはいるけどね。

 胴体は元々アサルトロンだったので、ガタが来ているパーツを取り替えて表面装甲をアップグレードしたのみだ。荷物運搬用のバックパックは物がもっと入るように交換させてもらった。

 最後に頭部。元々アサルトロンだった彼女にはある機能が無かった。それは高出力レーザーを撃ち出す機能。軍事用として作られたアサルトロンは、その頭部に相手を消し炭にするためのレーザーが備わっている。長いチャージが必要だが、その威力は多大だ。今回はそれを取り付けた。

 

「でも良かったのか?色まで変えちゃって」

 

 真紅のボディを誇る生まれ変わった彼女に問う。

 

「いいんです。これはメカニストと対決するための、決心の表明ですから」

 

「まぁその方が女の子らしいよ」

 

「……よくわかりません」

 

 困惑するエイダ。きっと表情があったらさぞかし可愛いんだろうなぁ。

 

「エイダ様、旦那様は少しばかり変わり者なのであまり気にしなくてもいいんです」

 

 と、いつのまにか隣にいたコズワースが俺をディスった。いや変わり者なのは自分でも理解しているけどさ……

 

「え、辛辣じゃない?」

 

「こうでもしないと奥様に嫉妬されますよ……!本当に怖いのは怒った奥様ですからね!」

 

 小声でそう忠告するコズワース。なるほど、さすが家族だ。うちのカミさんの事をよく分かってらっしゃる……確かにこうでもしないとあいつは何にでも浮気を疑って殺されかねない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラー!上げろー!」

 

 

 一方、サンクチュアリの外れにある訓練施設ではアルマの指導の下、スナイパーとしての素質があるミニットメン達が必死に腕立てをしていた。もう何回めかも分からない腕立て伏せの中、なんとあのケイトまでもが必死に腕立て伏せをしている。

 マクレディは瀕死と言っても過言ではないほど表情が死んでおり、他の隊員についてはもう地に伏せている。その彼らの前で、アルマはメガホンを口に当ててなんとか脱落しないでいる二人をどやす。

 

「お前スナイパーなめてんのか!女の子に負けちゃって、恥を知れ恥を!」

 

「ぜぁ、はぁ、ああ……」

 

 もう動かない腕に絶望しながらマクレディは思う。

 

「なんで、俺がぁ……こんな目にぃ……」

 

「うっせーボケっ!喋れるってことは余裕って事だなっ!次は腹筋じゃコラっ!」

 

「勘弁してくれ……」

 

 スナイパースクールなんだから狙撃の訓練させてやれよ。

 




レンジャー課程みたいですね……


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