インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- (クラッチペダル)
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一学期編
01 The beginning


こうして、クラッチペダルは新たな連載をやり始めるのだった……

と言うわけで、今やってる連載小説のネタそっちのけで思いついたネタで新連載。
更新はやっぱり半クラッチ並みの速度です。


--深淵。

 

どこまでも深く、どこまでも暗い闇。

その中にまばらにある白き光も、闇の全てを照らすにはまだ足りない。

どこまでも吸い込まれそうな、飲み込まれそうな無限の闇が、そこには広がっていた。

 

--閃光。

 

そんな闇の中で、一瞬だけ光が走る。

しかしその光はすぐさま消え、深淵には闇が戻る……

 

いや、以前の深淵には戻れなかった。

なぜならその深淵に異物が現れたからだ。

周囲の星々が放つ、僅かな光を鈍く照り返すそれは、人の形。

朽ち果て、くたびれた鉄で作られた、巨大な人の形だった。

 

人の形は、ゆっくりと深淵の中を漂っていく。

どこに向かうでもなく、ゆっくりと……

 

 

※ ※ ※

 

 

「……思えば、ずいぶんなところまで来ちまったなぁ……お前もそう思わないか? アル」

 

どことも知れぬ空間で、男の声が響く。

男が声をかけているのは、横たわった自らの身体の上で自身に縋り付くように抱きついている一人の幼い少女。

銀糸のような輝きを放つ長い髪を少し揺らしながら、アルと呼ばれた少女は男の顔を見上げる。

 

「うむ、そうだな……遠くに、最早出発地が見えぬほど遠くに来たものだ」

「ほんとにな。出会いは最悪だったなぁ。俺が街歩いてて、急に上からヒップドロップくらってさ。そしたらそいつはかの魔道書、ネクロノミコンのオリジナル、アル・アジフだってんだから、世の中何が起こるか分かったもんじゃない」

 

男の言葉に、アルはそう呟くように言うと、男の胸に己の頬を当てる。

そして、猫がじゃれるかのようにその胸に頬をこすりつける。

それを受け入れながら、男はしみじみと呟くように語る。

それは、正しく懐かしい思い出を回顧しているかのようだ。

 

「しかし、いきなりなんだよアル。ずいぶん甘えん坊じゃないか?」

「これぐらい良いではないか。男ならいちいち文句を言うでない、このうつけが」

「へいへい。分かりましたよお姫様」

 

アルと呼ばれている少女、アル・アジフの言葉に男は苦笑しながらも、九郎は彼女を抱く腕の力を若干強め、より自身の身体に密着させる。

 

「あ、く、九郎……?」

「……なんか、ここで放したらお前がどっかに行っちまいそうで……あの時みたいに」

 

男……大十字九郎が思い出すのはもっとも辛き記憶。

目の前にいるこの少女が自らの手をすり抜け、消えてしまった際の記憶だ。

その記憶は、大十字九郎の心の傷とも呼べる記憶。

ゆえに、九郎はアルを求める。

戦友にして伴侶たる、この少女を。

 

「……うつけが。妾が二度も同じ過ちを繰り返すと思うたか。安心せい、妾は九郎の傍から離れぬよ……否、離れられぬよ」

「だと……いいんだけどよ」

 

呟き、九郎はアルを見つめる。

アルも、九郎をじっと見つめていた。

互いの瞳に、互いが映る。

そして、瞳に映る姿が徐々に大きくなり、二人の距離は零になった。

 

それは求めるような、貪るような口付け。

 

「離れないでくれ、アル」

「離れるものか、九郎、我が君よ」

 

呼吸をすることも忘れ互いを求めたせいで苦しくなったのか、二人の距離が再び開く。

その合間を縫うように、彼らは言葉を交わす。

多くを飾らない、そんな言葉。

だが、それで十分なのだ。

否、これまでの戦いの中で心を通わせ、身体さえも交えた二人には、むしろこの言葉でさえ多すぎる。

 

そして、再び二人の距離が零になろうとしたまさにそのときだった。

−−世界を、光が灼いた。

 

 

※ ※ ※

 

 

その世界は、ある一つの物で、これまでとは大きく変わった。

インフィニット・ストラトス。

縮めて『IS』と呼ばれる、元来宇宙開発用のパワード・スーツとして作り出されたそれは、比喩無しに世界をがらりと変えてしまったのだ。

これがただのパワード・スーツであればそれほど世界は変わらなかっただろう。

しかし、ISが関わるある事件と、ISのある欠点が合わさり、世界は変わった。

 

−−白騎士事件

 

簡単に言えば、日本へ向けて数千発のミサイルが飛んできたというとんでもない事件である。

全世界の軍事施設がハッキングを受け、ハッキングをした下手人が日本へミサイルを照準しぶっ放したことにより起こったこの事件は、しかし被害者ほぼ零と言う結果に終わる。この奇跡を成し遂げたのが、何者かが纏ったIS、白騎士である。

 

日本へ向かい来るミサイルを千切っては投げ千切っては投げ、ついでに白騎士を鹵獲しようとした各国の軍さえも千切っては投げ、ISは全世界から注目を集める事となった。

……あまりにも優秀な兵器として。

そしてそれに女性しか起動できないという欠点が組み合わさった結果、世界は酷い女尊男卑へと変わってしまったのだ。

 

これは、そんな世界での出来事である。

 

 

※ ※ ※

 

 

それほど広くない部屋を、一人の女性が落ち着かぬ様子でうろつく。

右へ行っては左へ行き、左へ行っては右へ行き、と何度もそれを繰り返している。

そんな女性の様子を、盛大なため息を一つつきながら見つめる女性が一人。

 

「……織斑さん、そんなに落ち着かなくて大丈夫なんですか?」

「む、それは……だが今回の試合は今までとは違うのだ、今回は……」

「はいはい、弟さんが見てるんですよね? 今回のモンド・グロッソは。今まで何度も聞いてます。耳タコです」

「むぅ……」

 

 

織斑と呼ばれた女性は、彼女の様子を見ていた女性の言葉に俯く。彼女は今、モンド・グロッソという大会に出場しているのだ。

モンド・グロッソ。

ISを用いた武闘大会である。

そして何を隠そう、このあまりに落ち着きのない織斑と呼ばれた女性。

彼女こそ初代モンド・グロッソ王者、ブリュンヒルデの織斑千冬なのだ。

 

しかし、そんな世界最強であるはずの千冬の現状をを見て、女性は表情に出さずに思う。

 

(誰が思うんでしょうね……かの世界最強、ブリュンヒルデである織斑千冬が、その実かなりのブラコンだったなんて)

 

実際、目の前でこうしてみている自分でも信じられないくらいなのだ。

 

「ほら、そろそろ第二回戦、始まりますよ。ピットに行った行った」

「……分かった……な、なぁ! 一夏はちゃんと見ててくれるだろうか!? 私の勇姿を!」

「良いからさっさと行ってくださいって!! もー……」

 

女性が千冬の姿にあきれ果てたその時、扉がノックされる。

次いで部屋に入ってきたのはどう見ても一般人とは呼べない雰囲気を放つ数人。

その誰もが、服にとある紋章をつけている。

それは、ドイツ軍の軍人であることの証左であった。

 

「失礼、フラウ・オリムラはいらっしゃるかな?」

「えっと、何の御用でしょうか? これから彼女は試合なのですが……」

 

入ってきた軍人に、女性が対応する。

彼女は織斑千冬付きのマネージャーのような役割を持っている。

ゆえに、このように来客などがいた場合はまず彼女が取り次ぐこととなっている。

今回のように、試合を直前に控えているのなら、選手の精神に負担をかけないよう、なおさらである。

 

「フラウ・オリムラの弟君の件で少々お話が」

「織斑さんの弟の……? それはいったい……」

 

その直後に軍人から聞いた言葉に、彼女はまず己の耳を疑い、そしてちらりと千冬の方を見る。

 

自分が見られているという事も気づかず、彼女は相変わらずガチガチに緊張していた。

そんな千冬の状態を見て、内心彼女は舌打ちをする。

 

(織斑さんの弟が誘拐されたですって!? 警備は何してたのよ!!)

 

だが起こってしまった事は仕方ない。

ならばこの事態をどうするべきか。

 

(織斑さんに言うべき? いえ、彼女は試合直前、下手な事を言えばどうなるか……しかしここで伝えないで後に発覚したらそれこそどうなるか……)

 

あぁ胃が痛い。

 

伝えるにしても伝えないにしても後々ロクなことにならない。

その事に思い至るほどには聡明だった彼女は腹を押さえる。

胃がキリキリと捻られているようだった。

 

そんな混沌とした状況の中、ふと場違いなほど軽快な音楽が流れ出す。

誰もが急に流れ出した音楽に首を傾げるが、ただ一人、その音楽に超反応を示した人物が居た。

 

「これはっ! 一夏からの電話か!!」

 

さっきまでの緊張何のその。

固まっていたであろう身体は即座に柔軟性を取り戻し、身体全体をばねの様に跳ねさせ、ロッカーへと噛り付くように向かう。

そしてロッカーの扉を開け、中にあったカバンから携帯を取り出す。

 

この間ざっと1秒とちょっと。

目にも留まらぬ早業だった。

 

「もしもし一夏か!? どうした? 何か問題でも!?」

 

千冬の言葉にマネージャーと軍人は唖然とする。

 

--誘拐された織斑一夏からの電話!?

 

そんな彼らの驚愕をよそに、姉弟の電話は続く。

 

『ちーっす、千冬姉。いや何、別に問題ってわけじゃないんだが……いや、これは問題か?』

「なんだ? はっきりしたらどうなんだ」

『いや、なんつーか、俺誘拐されたっぽいわ』

「……はい?」

 

電話越しの弟の言葉に、千冬は思わず思考回路を停止させた。

ゆうかい、融解、誘拐……誘拐!?

思わず慌てだす千冬の様子を電話越しに察したのか、電話からあわてたような声が届く。

 

『ああ! つってももう誘拐犯はぶっ飛ばしといたから、これから徒歩でそっちに戻るつもり』

「だ、大丈夫なのか?」

『大丈夫大丈夫。ざっと……一時間ぐらいで会場戻る』

「いっそ私が迎えに行ったほうが……」

『あんたこれから試合だろうが! 良いからさっさと試合へGO!』

「だが……!」

 

一夏の言葉にそれでも渋る千冬。

彼女は多少を越えたブラコンの気質があるが、それを抜きにしても彼女のこの態度は正しいものである。

誘拐された家族を心配するなと言うほうがおかしいのだ。

しかし、一夏はそんな姉への最終兵器を繰り出した。

 

『俺、千冬姉が決勝戦で優勝するところ見たいなー』

「……む」

『ざっと一時間くらいで帰れるから……帰ったときぴったり千冬姉の決勝戦だったら劇的に感動的だろうなー。それで優勝したら自慢できるなー』

「分かった、一時間だな? 気をつけて帰ってこいよ?」

 

このやり取りを最後に、電話は切れた。

しばし切れた電話を見つめていた千冬だったが、やがて携帯をカバンにしまうとそのままピットへと向かう。

 

「あ、あの、織斑さん!?」

「なんだ? これから私には一時間以内に決勝戦まで行くという使命があるんだ。時間が惜しい、行かせてくれないか?」

「いや、その対応はおかしい! 弟さん誘拐されたんですよね!? なんでそんな落ち着いているんですか!?」

「落ち着いていない。非常にやる気に燃えている」

「そういう問題じゃあない!!」

 

結局、マネージャーの言葉を無視して千冬はピットへと向かっていった。

ちなみに、終始軍人は展開についていけていなかったりしている。

 

「あぁもう! ちょっとどういうことなのか説明してくださぁぁぁぁい!!」

 

マネージャーの叫びは、多分届かない。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……これでよしっと。さてと、それじゃ帰りますかね」

 

先ほどまで姉へかけていた電話を切り、ポケットへねじ込む。

そしてねじ込むと同時に自身が椅子代わりにしていた男の背中から飛び降りた。

 

「ば……ばけもの……」

「いや、まぁさすがに俺もやりすぎたかなぁとか思ってるけどさぁ、先に手を出してきたのはそっちだし、まぁ俺は悪くない」

 

一夏はそう呟くと、手に持っていた黒に赤い装飾が施されている大型拳銃を傍に落ちていた肩掛けカバン……これは自分の物だ。にしまい、ついでこれまた傍に落ちていた拳銃を一丁拾い上げる。

それはステンレス製の回転式拳銃だった。

その拳銃をじっと見つめ、一夏は呟く。

 

「これだったら『あれ』の練成に使えるか?」

 

呟き、その拳銃もカバンにしまった。

 

「さてと、さっさと会場に帰りますか」

 

最後に、腰にホルスターで固定してある一冊の書物を撫でると、一夏はそのカバンを肩にかけてその場……会場からやや離れた場所にある廃工場から飛び出した。

 

なお、彼は一時間を数分オーバーしたところで会場に戻り、姉が無事に決勝戦で元気一杯に戦っているところをしっかりと見学していた。

 




最初だからと言うのもあるが、ちとこれは話が分かりにくいのではないか……?

これからその分からない点を分かるようにしていけるようにがんばります!


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02 Resume&Reunion

再開、そして再会

今回はまだデモベ分が薄いです。
申しわけありません。


織斑一夏という少年の周囲の評価は大抵決まっている。

 

『なんかしらんが変わった奴』

『不思議な奴』

『変な奴』

『肉体派文科系』

etc... etc...

 

……いろいろ言われているが、総じて変人扱いである。

その理由の大半は、彼のオカルト分野への造詣の深さゆえだろう。

ならば彼は大多数のそういう趣味を持つ者のように嫌われているのか?

それは否である。

 

何故嫌われていないのか。

まずそんないかにもアングラな、悪く言ってしまえば根暗な趣味を持っていながら、彼は人付き合いが非常にうまい。

そんな趣味を持っていながらも卑屈にならず、その趣味を人に押し付けることもなく、普通の人と話す際はその相手の話にあわせた会話をきちんとこなす。

会話した相手は口を揃えて言う。

 

「まるで年上の相手と話していたようだ」と。

 

そんな理由もあり、彼は奇特な趣味を持つ割にはわりかし人に受け入れられていた。

実際、同好の士はもちろんの事、趣味とは関係ない友人も彼には多い。

もっとも、彼が受け入れられている本当の理由は……

 

「あの、織斑くん、手紙読んでくれた?」

「あぁ、読んだぜ」

「だったら、返事は……?」

「……ごめん、俺好きな奴がいるんだ」

 

……受け入れられている理由はただ単にイケメンだからという理由である。

 

 

※ ※ ※

 

 

「お、帰ってきたか一夏」

「弾。待たせて悪かったな」

 

とある中学校の校門前で一夏が一人の男子生徒と合流する。

男子生徒の名前は五反田弾。

一夏の友人の一人である。

 

「数馬は?」

「あぁ、あいつは先に帰った。なんか用事あるんだとよ」

 

会話を交わしながら、彼らは帰宅の路へつく。

その会話はテンポがよく、彼らの友人関係がそれなりに長いことが容易に分かる。

気心の知れた何とやらと言うわけだ。

 

「……で、お前はまた断ったのか? 告白」

「あぁ。ま、あの子にゃ悪いとは思ったんだけどな」

「贅沢だねぇ。あの子、結構男子のファン多い優良物件だぜ? よく断れるよなぁ。俺なら良く考えずに即OKだってのに。畜生、なんで俺と数馬はもてないんだよ……」

「けどなぁ、俺には……」

「はいはい、好きな奴、いるんだろ? また会えるかどうかも分からない、が頭につくけど」

 

弾の言葉を聞き、一夏の表情が変わる。

まるで何かを懐かしむような表情になり、そしてまるで遠くを見るような目になったのだ。

友人関係が長く、今まで何度かそんな一夏の表情を見てきた弾だが、一夏のこの表情を見るたびに思う。

 

--こいつはいったい何者なのだろうか。

 

弾自身も、馬鹿なことを考えているという自覚はある。

だが、それでも、この表情の一夏を見るたびに、まるで一夏が自分とは住む世界が違う存在のように感じられてしまう。

そしてそんな考えが浮かぶたび、自身を恥じるのだ。

 

--一夏は親友。それは変わらないだろ。

 

そして、最後はこうやって自分を納得させて終わるのだ。

だから、こんな思いを切り替えるためにあえておどけたように話題をそらす。

 

「ま、それはどうでもいいか。それより、もうすぐ受験だな。一夏はどこ行くんだっけ?」

「ん? あぁ、確か……藍越だったかな? そこそこ学費安くて、それなりに就職率高いとこ」

「お前の頭ならもっと上いけそうだけどなぁ」

「千冬姉の負担を少しでも減らそうと思ってさ。でも安くても卒業後の進路が不安なところはいやだってことで藍越にした」

 

現在、一夏の家は一夏の姉である織斑千冬の収入で成り立っている。

両親は一夏が物心つく前に蒸発。

故に姉弟が幼かった頃は馴染みがあった篠ノ之家の世話になっていた。

が、その篠ノ之家もある事情から一家離散となり、現在は先ほども言った様な状況になっているのだ。

 

故に、彼は姉の負担を少しでも減らそうと今の志望校へと向かうことを決めたのだ。

当然もっと上のランクの高校も狙えると教師にも説得されたが、一夏の決心は非常に固く、折れたのは教師の方だった。

 

「まぁ、理由は置いといて、お前が藍越行くならまた同じ学校だな。向こうでもよろしく頼むぜ? 一夏」

「当然だろ? こっちこそよろしくな? 弾」

 

そう言い合い、互いの握った拳を軽くぶつけ合う。

侵し難い、男の友情という物が、確かにそこにはあった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「あった……筈なんだけどなぁ」

 

--弾、どうやら俺はお前との約束は果たせないようだ。

 

一夏は周囲の存在と目を合わせないように周囲を見渡す。

周囲にいるのは女、女、女。

見事に女だらけ。

今いる教室にいるのも全員女、廊下から教室を覗いているのも女。

360度、自分以外は女しかいなかった。

 

(何でこうなったんだ? 俺は本当は藍越に入学して弾と数馬と一緒に高校デビューのはずだったのに、どうしてこうなったんだ!? 陰謀か? CIAあたりの陰謀か!?)

 

浮かんでは消える、夢の高校生活。

あぁ、さらばドリーム。

その言葉の如く、泡沫と消えよ……

 

「……り……ん、おり……ら……ん、おりむ……くん、織斑君、織斑君!」

「は、へ?」

「こら、先生を無視するのはあまりよくないなぁ」

 

あぁだこうだと自身がたどるはずだったifの世界に思いをはせていると、頭に軽い衝撃。

それと同時に耳に入る言葉。

その言葉に顔を上げると、そこには……

 

(うお! でけぇ!!)

 

大きな夢が詰まった物がそこにはあった。

が、じっとそれを見てるとさすがに失礼であり、なおかつ大変不名誉な称号を賜ることになってしまうため、視線を引っぺがし、さらに上へと動かす。

そこには苦笑と呆れと、ほんのちょびっとの怒りを混ぜたような表情をした、メガネをかけた一人の女性……と呼んでいいのだろうか?

少なくとも、身長はかなり小さく、その点だけ見れば高校生と同等、下手すれば中学生と捉えられてもおかしくない。

が、胸はでかい。

 

そんな彼女が腕を胸の下で組み、ぷりぷりと怒っているものだからもうなんといえばいいのだろうか。

やっぱり胸という物はロマンが詰まっているんだろう、恐らく。

 

が、そんな事をずっと考えているわけにもいかない。

なぜなら彼女自身が言ったように、彼女は教師であり、自分は生徒なのだから。

 

「はぁ、すんません」

「……一応状況が状況だけに、いた仕方ないですけど、これから気をつけましょうね? と言うわけで織斑君、次の自己紹介は貴方の番よ?」

「……あぁ!」

 

教師の言葉に思わず手のひらをぽんと叩く。

そういえば自己紹介をするとか何とか言う話を聞いていた気がする。

ならばと一夏は黒板の前へと歩を進め、振り返る。

視界には、見事に女だらけ。

やっぱり怯む。

が、ここで黙ってたところで話は進まない。

勇気を振り絞れ織斑一夏!

 

「あー、えーっと、ども、織斑一夏です。趣味はオカルト的な話で、特技……ってほどじゃないけど家事は一応一通り。これから三年間、この『IS学園』ですごすことになりました。今のところたった一人の男子ですが、まぁよろしくお願いします……?」

最後が疑問形になった。

この自己紹介でほんとに良いのか自信がなかったからだが、少なくとも生徒から白けたような雰囲気は感じられない。

掴みは可も無く不可も無くといったところな様だ。

もっとも、これは一夏にとって最良の結果である。

 

ただでさえ注目されているこの状況、これ以上注目されてなるものか。

 

一夏が自己紹介を終えると同時に、教室の扉が開く。

入ってきたのは黒のレディーススーツを着こなす目つきが鋭い女性。

その女性は教室を見回し、ついでメガネの女性の下へと向かった。

 

「山田先生、HRを押し付けてしまい申し訳ない」

「いえ、お気になさらずに。私は副担任ですから」

その後も山田先生と呼んだ女性とあれこれと話した女性は、ようやく生徒の方へ向き直り、言葉を発した。

 

「諸君、私がこの一年一組の担任の織斑千冬だ。これから諸君を一年間でヒヨっこから使えるヒヨっこに育て上げるのが私の役目だ。私の指示には『はい』か『YES』、または行動で答えろ、いいな? 異論は認めん!」

「ちなみに私は副担任の山田真耶です。織斑先生ともども、よろしくお願いします」

 

千冬が傍から聞けば傍若無人はなはだしい事を言ってのけ、それに続くように真耶が自己紹介をする。

彼女達の言葉、正確には千冬の言葉を聞き、生徒達は静まり返る。

そして……

 

爆発した。比喩的な意味で。

 

 

※ ※ ※

 

 

(あ、頭が痛ぇ……)

 

朝のHRが終わった教室。

一夏はげっそりとやつれた顔で机にへばりついていた。

理由は気疲れ。

女の園に放り込まれた事と先ほどの女子の大爆発、さらに今現在も教室のいたるところから、また廊下のいたるところから自身へ向けられる視線がその原因だ。

 

(これだったらまだ依頼で無理強い聞いてた方がまし……っと)

 

浮かんできた考えは、すぐに振り払った。

 

(思い出すな。思い出せば余計に求めちまう……)

 

一夏の今の考えは、果たして何を意味するのかは、今は分からない。

ほかでもない、一夏本人以外には。

 

そんな事を考えながらうなだれる一夏の元へ、一人の少女が歩み寄る。

そして一夏の傍に来ると深呼吸を数回した後、一夏へ声をかけた。

 

「少し、いいか?」

「んぁ? どちらさん? ……って」

 

かけられた声に、一夏はうなだれたまま、それでも顔だけは動かして声の主を見上げた。

声をかけてきたのは一人の少女。

長い髪をリボンでポニーテールにした、気の強そうな少女だ。

一夏は、彼女を知っている。

そして彼女も、当然一夏の事を知っていた。

 

「おお、久しぶりだな」

「そうだな、少し、いいか?」

 

そう言うと少女は一夏に背を向け、教室から出て行こうとする。

それの意味するところを察した一夏は、すぐさま少女の後を追いかけた。

 

途中、この様子を見ていた女子生徒がなにやら色めき立っていたが、一夏はそんなことは無かったと現実から逃げた。

 

……彼をヘタレと言わないで上げて欲しい。

 

少女は、迷う事無く階段を上へ上へと登っていく。

そしてたどり着いた先は、この学校の屋上。

朝のHRが終わったばかりと言う時間帯だということで、屋上には他の生徒の姿は無かった。

ここならば、ゆっくり会話できるだろう。

 

「改めて久しぶりだな……箒」

「あぁ、お前も久しぶりだな、一夏」

 

少女、箒は懐かしむように、一言一言をかみ締めつつそう言った。

 

「しかし一夏、何故お前がここにいる? 何があってISなんぞを動かした? いったい何が……」

「あータンマタンマ。一度に質問されても答えれねぇって」

「う……それは、まぁそうだな」

 

自身の言葉に若干気落ちする箒を見て、一夏は内心嘆息する。

昔から、熱くなると周りが見えなくなる少女だったが、どうやらその欠点は直っていないようだ。

 

もっとも、それを口にして言ったらかっとなった彼女にが何をするか分からないため口にはしない。

その代わりに、しっかりと彼女の質問に答えることにする。

 

「ま、その質問に答えるからしっかり聞いてくれや。まず話す前に、ニュースは見てるよな?」

「ああ、ニュースでお前の名前が出たときはたまげたぞ」

「俺もあんな事になってたまげた。っと、それは置いといて、だったら入試会場襲撃事件って知ってるか?」

 

入試会場襲撃事件。

一夏がIS学園に入学するきっかけになってしまった事件の事である。

概要を言うと、IS学園の試験会場に現在の女尊男卑に反対する組織の過激派がテロ行為を仕掛けたという物騒な事件だ。

女性しか扱えないはずのISを男である一夏が起動させたというニュースで多少霞んでしまったが、それでもかなり大きな事件として連日ニュースに取りざたされている。

 

当然、箒もニュースなどは毎日見ているため、この事件についても知っている。

 

「その事件があった試験会場、俺が本来受けるはずだった藍越学園の入試会場にめちゃくちゃ近くてさ、藍越の入試試験終わった瞬間に大爆発が起こって会場は混乱の坩堝、で、俺も当然避難してたんだが人の波に押されてあれよあれよと言う間にIS学園側の入試会場に押し出されいまったみたいでな。そこでISに触れちまってここにいるって訳」

 

つまり、かなり不幸な偶然が重なった結果、彼はここにいるということである。

 

「……何と言うか、運が悪いというか、間が悪いというか……なんというか馬鹿じゃないのか? と言いたくなる出来事だな」

「せめて歯に衣着せれ。俺の心がえぐられるから」

 

そんなやり取りをしているうちに、チャイムが鳴り始める。

予鈴だ。

 

「っと、予鈴か。わりぃな、せっかくこうして会えたのにろくに話せなくて」

「あ、あぁ、別に構わん。それより急ごうか」

 

二人は授業に遅れないように教室へ向かって早歩きで向かっていく。

その最中、一夏は思い出したように隣で同じく早歩きしている箒へ顔を向け口を開いた。

 

「そういや、お前剣道全国大会優勝したんだって? おめでとさん」

「……そ、そうか、ありがとう」

 

まっすぐに自身を向いて放たれた賞賛の言葉に、箒は顔を背けて答えた。

 




と言うわけでIS学園入学辺りの話です。
前書きで言ったとおり、まだデモベ分が薄いのが悩みです。

これから徐々にデモベ分を増やして生きたいと思います。


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03 Resolution

決心

この話から少しはデモベ分が増えていくと思います。


本鈴がなる前に教室に戻ることが出来た一夏と箒はそれぞれの席に着き、授業の準備をする。

その瞬間、本鈴が鳴り、教室に真耶が入ってくる。

 

「それでは、今から授業を始めます。入学して初めての授業ですから、まずはISについて本当に知っておくべき基礎知識についてです」

 

その言葉の後に語られたのは何故ISが生み出されたのかなどと言った、いわばISの歴史。

そしてIS学園の存在意義など、本当に知っておかねばならない基礎知識といった内容だった。

 

分からないところは入学前に渡されたタ○ンページ並の厚さを持った参考書を見ながら授業を受けていた一夏は、知れば知るほどISが常識はずれな代物であるという思いを強めていく。

 

(なにせ、出てきてからざっと十年経ったか経ってないかってのに、ISってのはこの世界を大きく変えちまったんだからなぁ)

 

ちょっと考えればあまりにも異常である。

物事が広まる速度という物は存外遅いものだ。

仮にネットと言う世界中の情報をすぐに手に入れることが出来る手段があったとしても、それが言葉通り『世界中のありとあらゆる存在』に広まるにはそれなりに長い年数がかかるはずなのだ。

しかし、ISと言う物は出てきてから数年でモンド・グロッソと言う世界大会が出来てしまうほどに急速と言う言葉ではくくれないほどの速度で世界中に普及した。

そしてISがでてきてから既に十年程経った今、ISは最早この世界が成り立つ上で外せない要素にまでなっている。

ISを知らないなどと答える存在は、恐らく生まれたての赤ん坊ぐらいしかいないだろう。

この不可解な現実の裏には、果たしてどのような存在が糸を引いているのか……

 

(……ま、あれこれ考えてもどうしようも無いか。どうにも『昔』のせいで物事の裏まで考え出しちまうんだから、困ったもんだ)

 

頭に浮かんだ詮無い考えを振り払う。

それに、普通では不可能な事もやってのけてしまう天才を一夏は知っていた。

恐らくその天才が何かしたんだろうと自身を納得させ、授業へと意識を戻す。

 

黒板を見ると、自身が板書していない箇所が増えていた。

ただでさえISという物につい最近触れたばかりで知識的には遅れているのに、これ以上自身の失態で遅れてなるものか。

一夏はそう思いながら参考書と黒板とのにらめっこを再開した。

 

 

※ ※ ※

 

 

「しんどい、とにもかくにもしんどい……」

 

放課後になると同時に、一夏は朝のHR終了直後のように机に突っ伏す。

とにかく授業は参考書と黒板の往復。

それをしながらノートへの板書。

そして黒板にかかれてはいないが教師の言葉で重要そうな言葉もピックアップしてメモ程度にノートへ書き込む……

なれない環境での勉学は脳を疲労させる。

今の一夏は脳の疲労がもはやピークに達していたのだ。

だらしないの一言に尽きる現状だが、どうか大目に見てやってほしい。

 

そんな一夏の元へ真耶が近づいてくる。

それに気づいた一夏は、せめて教師の前では上半身を上げるぐらいはしようと、机にへばりついた身体を起こす。

 

「織斑君、まだ教室に居たんですね。どうですか? この学校は」

「はぁ……何と言うか、上野のパンダってこんな気分だったのかとか思っちゃいましたよ、ははは……ぶっちゃけしんどいです」

「これからそういう視線も少しずつ減っていくとは思いますから、がんばってくださいね? あ、そうそう、織斑君に話があったんだった」

 

一夏を慰めていた真耶が、手のひらをぽんと叩く。

そしてそのままクリップボードに挟んでいた鍵を一夏に手渡したのだ。

鍵についているキーホルダーには、『1021』の数字。

 

「……これは?」

「えっと、織斑君の寮の部屋の鍵ですね。キーホルダーにかいてありますけど、1021号室に入ってもらいます」

「あれ、でも俺って自宅から通うってことになってたような……」

 

渡された鍵をしげしげと眺めながら一夏は首をかしげる。

事前の話だと、女子しかいないIS学園の寮に男を入れることはまずいということで、寮の部屋が準備できるまで一夏は自宅から通学するという手はずだったのだ。

 

「えっと、それがですね……こういうことを言っちゃうのは教師として駄目かもしれませんが言っちゃいますと、防衛上の観点からですね。IS学園にいてくれたほうが護衛とかもしやすいですし」

「あー、なるほど」

 

言われて納得する。

織斑一夏と言う存在は現在の世界では非常に大きなものだ。

女性しか扱えないISを現在唯一扱える男として、一夏をぜひ研究したいという白衣を着た方々や、彼をそういうマッドな方々へ売れば金になると考える黒い服を着た方々。

他にも、過激なまでに現在の女尊男卑の風潮を信奉している存在から、その風潮をぶち壊すかもしれない劇薬ということで狙われることもありえるだろうし、逆に現在の風潮をぶち壊そうとする存在が一夏を神輿として祭り上げようと誘拐を企てる可能性だってありえなくは無いのだ。

 

故に、IS学園と言う決まった敷地内にいてくれたなら侵入者の察知も容易で、護衛も簡単なのだ。

そういう理由ならば、一夏も断ることは出来ないし、そもそも断る気も無い。

鍵を制服のポケットにしまい、そこでふと気づく。

本来自分は自宅から通学するはずだった。

ならば、生活に必要な物は自宅に置きっぱなしなのだ。

 

「あ、あの、俺の生活用品とかはどうすれば……」

「安心しろ、それならば私が既にここに運ぶように手配した。既に寮に届いているだろう」

 

真耶に自身の生活用品について伺いを立てようとしたとき、教室に入ってきた千冬が一夏にそう告げる。

 

「千冬姉、ずいぶんと用意がよろしいことで」

「織斑先生と言え馬鹿者……と言いたいが、今は放課後だ、大目に見てやる。届けてもらうといっても、必要最低限の物だけだがな。携帯の充電器や数日分の着替え等だ。ほかに入用なものがあったら購買である程度は揃えれる。そこで買うといい」

「しかし、理由があるからっていいのかねぇ、女子と同室なんて」

「仕方が無いだろう。なにぶんお前の入学は急だったんだ」

 

まぁ、経緯が経緯なため、それも仕方が無いだろう。

そう自分を納得させた一夏は、机の脇にかけてあった肩掛けカバンを肩に掛け、教室を後にする。

 

「それじゃ千冬姉、俺は寮にいってくる。山田センセ、さよならー」

「はい、さようなら」

「問題を起こすなよ、愚弟」

 

真耶の返事を聞き、千冬のあまりにもあんまりな言葉を背中に受けながら、一夏は寮へと向かっていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「えっと、1021、1021……っと」

寮へたどり着いた一夏は寮の入り口近くで千冬が手配したであろう自身の荷物が入った大型のカバンを回収すると、1021号室を探しさ迷い歩いていた。

なるべく周囲にいる女子の姿を見ないようにしながら。

何故見ないようにしているのか、それは彼女たちの格好に問題がある。

 

「え、うそ!? 織斑君この寮に入るの!?」

「やっば! 私このカッコだらしない!?」

「さすがに男子の前でこの格好はやばいって私!!」

 

人々は女子しかいない空間に夢を見がちだが、男の目がないと言うことは異性の目を気にしなくて言いと言うことと同義。

すなわち同性しかいないんだから多少だらしなくてもいいよね? という状態になるのだ。

よって、彼女らの現在の格好はかなりラフである。

中にはラフを通り越し、それはさすがにだらしないだろと言う、同性しかいない空間でしかしてはいけないような格好をしている生徒もいる。

だが、異性の目があるなら話は別。

少しでも自身を良く見せたいと思うのが乙女心という物である。

そんな彼女らの名誉のために、一夏は努めて周囲の生徒の姿を見ないようにしている。

ちなみに部屋を探すためどうしても周囲を見回さなきゃ駄目なため、完全に見ないように、ということは不可能なため、視界に入ってしまった場合は脳内フィルターで無かったことにしている。

 

そして、若干の時間をかけ、一夏はようやく1021号室のいたどり着く。

 

やっとたどり着いたことに安堵のため息をつき、しかし油断せずにノックを一回、二回、三回。

ノックせずに入り、ラッキースケベイベントが起こったらたまった物ではない。

部屋の中から返事は……無し。

もう一度のノックを、一回、二回、三回、四回。

……やはり返事は無し。

とりあえずまだ中に誰もいないのかと思いドアを開けようとすると、案の定鍵がかかっていた。

鍵を取り出し、鍵を開ける。

そのまま部屋に入り込むと、扉に背中を預けるように床に座り込み、大きなため息をついた。

 

「うへぇ……こいつはかなりしんどいぞ。寮でまであの好奇の視線かよ……勘弁してくれ……」

 

そう呟き、しばらくうなだれていたが、入り口でずっとうなだれているわけにもいかず、部屋の奥へと進んでいく。

部屋はそこそこ、というかかなり広く、ベッドは間隔をあけ二つ設置されている。

とりあえずベッドにカバン類を放り投げ、部屋の間取りを確認すると、脱衣室とシャワールーム、そしてキッチンを発見。

 

「へぇ、さすが税金つぎ込んで作った学園。寮も至れり尽くせりだぜ」

 

間取りを確認し終えると、一夏はカバンを放り投げていたベッドにダイブ。

そして、だらけた。

 

「……まさか、こんな学園生活を送る羽目になるとは思いもしなかったなぁ……」

 

そういうと、一夏はだらけたまま肩掛けカバンを引き寄せ、中から一冊の本を取り出す。

かなりのページ数を誇り、装丁はしっかりとしている。

しかし、その本は見ているものに言いようの無い不安や不快さを感じさせる。

一夏はそんな本をためらいも無く広げ、中身を見る。

既に隅から隅まで頭の中に刻み込んでいるため、改めて読む必要性は無いのだが、これは一種の儀式のようなものである。

 

「こうでもしないとお前を忘れちまいそうだからなぁ……なぁ、アル」

 

織斑一夏には、誰にもいえない隠し事があった。

それは、今こうしてここにいる彼は、本当の織斑一夏ではないと言うことだ。

と言っても、赤ん坊の頃別の赤ん坊と取り違えられて、などと言ったありえ無そうで実は結構あるような事例というわけでもない。

少なくとも、この身体は間違いなく織斑千冬と血の繋がった弟、織斑一夏の物だ。

では先ほどの本当の一夏ではないとはどういうことか?

ようは外の問題ではなく、中の問題なのだ。

身体は確かに一夏の物だが、その身体を動かしているのは一夏ではない。

なら誰か?

彼は、かつては大十字九郎と呼ばれていた。

 

 

九郎が今のような状況になったのは一夏がまだ小学生になる前だ。

大十字九郎として、伴侶であり、唯一無二の相棒であるアルと共にある戦いの最終決戦に挑み、そして勝ち残ることが出来たところまではきちんと覚えている。

そしてその後、謎の光に包まれたということもおぼろげながら覚えている。

そして気が付けば、大十字九郎は織斑一夏の身体の中に入っていた。

 

「最初はかなり焦ったよな。なんせ、25、6のいい年した男が、次の瞬間小学手前の年齢になっちまってたんだから」

 

言葉の通り、最初九郎は大いに焦った。

しかし、現状を理解は出来ないが納得しようと冷静になったとき、ふと気づいたのだ。

 

--この身体の本来の持ち主はどうなったのだろうか?

 

結果だけを言うなら、消滅した。

確証はないが、なぜか九郎はそう感じていた。

何故そうなったか?

この疑問に対し、九郎はある一つの仮説を立てた。

 

身体を魂の入れ物と仮定すると、身体には一つの魂しか入らない。

そんな中、突然入ってきた九郎の魂。

まだ幼い少年である一夏の魂と、既に25歳と言うことでそれなりに人生を歩んできた九郎の魂。

魂に力という物があった場合、どちらが強いかは明白だ。

自分は織斑一夏を弾き飛ばし、このように収まっている。

つまり、大十字九郎はその意図がなかったとはいえ、織斑一夏を殺してしまったのだ。

 

その事に、九郎は大いに悩んだ。

こんな後味悪い事、夢であって欲しいと願った。

きっと、これは幼い一夏が、自分が大十字九郎であると夢想している、という現実であって欲しかった。

しかし、現実は非情であり、また不可逆である。

どんなに望まない現実もそれは現実であり、それを巻き戻し、やり直すことは不可能だ。

悩みに、悩み、悩みぬいて、九郎が決めた答えは……

 

「……だったら、俺が一夏として生きる」

 

罪滅ぼし、というわけではない。

ただ、この現実は彼にとって背負うべき物だ。

安易に投げ出すわけにはいかない。

罪の呵責に耐えかね、死を選ぶなど言語道断だ。

望んだわけじゃないが、自分は織斑一夏の身体を奪ってしまった。

なら、奪ってしまった責任はしっかりと取るべきだろう。

だから、生きる。

大十字九郎の記憶を持った織斑一夏として、自分は生きて、生きて、生き抜く。

そして病気や寿命などで死んだそのときには、本当の織斑一夏に全力で土下座だ。

九郎はそう決心した。

 

幸い、一夏の記憶は自分の記憶として扱える。

それを用いれば怪しまれることはないし、そもそも幼い一夏の態度が急に変わったところで子供の気まぐれで済まされる。

その頃の一夏はそれで済まされる年齢だった。

 

「そうして、なんやかんやで今に至る……と」

 

本を撫でながら、九郎……一夏はそう呟く。

 

「アル、これで良いのか? 俺のやってることは間違ってるか?」

 

本に向かい問いかける。

答えは……ない。

当然だ。これは本であり、彼が求めるあの傍若無人な相棒ではない。

 

「……どこにいるんだ、アル。お前がいないと……ちときついぜ」

 

そう呟き、一夏は本を閉じる。

本の表紙にはこう書かれていた。

 

『ネクロノミコン』と。

 

もっとも、これは彼が自身の記憶の中にある魔導書、ネクロミコンのオリジナル、アル・アジフ……九郎がアルと呼ぶ存在の記述を元に自身で書き上げた、いわば写本である。

九郎の世界では、力のある魔導書はやがて人の肉体を得る。

アルもそんな魔導書の一冊だった。

しかし、ある一件でアルは肉体を維持できず、書の姿へと戻ってしまい、九郎は戦う力を失う。

その際、九郎はアル・アジフの記述の隅々を自身の脳内にこれでもかと言うほど叩き込んだ。

たとえ無駄だとしても、せめて足掻く為に。

 

その記憶を元に、こっそりと家族である姉に隠れてかき続けてきたのだ。

ちなみに使った紙は羊皮紙で、それは通販で買い集めていたりする。

 

ここまでしてこの写本を書いたのは……こうすればアルに会えるような気がしたためだ。

もっとも、完成した今でも件のアルには会えずじまいだが。

 

ため息を一つつく。

それと同時に、部屋の扉がノックされた。

思考を切替え、一夏は返事をしながら部屋扉を開け放つ。

 

そこには、水色の髪を持つ、めがねを掛けた少女が居た。




と言うわけで、なんと九郎ちゃんは一夏君に憑依しちゃってましたというお話。

……まぁこの話の前から既に分かってた人は分かってたと思います。
実際一話でクトゥグア使ってましたし。
とまぁ、こんな感じでこれからもデモベキャラが憑依するという展開が何回かあります。

ちなみにルームメイトを彼女に決めた理由は、ほら、デモンベインって彼女の好みドンピシャだなぁと思って。


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04 Stage

舞台
彼が立つ舞台の準備は着々と進む。

と言うわけで四話目です。
今回、皆大好き彼が出ます。


寮でのルームメイトとの顔合わせの日が過ぎ、学園生活は二日目に入っていた。

相も変わらず授業はきついが、それでも二日目と言うこともあって一夏は昨日よりは手際よく授業に取り組んでいた。

 

もともと、一夏、いや、九郎はかのミスカトニック大学の陰秘学科で魔導書の閲覧を許されるまでの位階(クラス)に達していた魔術師である。

その位階に達するには、単に魔術の知識だけがあればいいというわけではない。

知識を持ち、なおかつその知識を系統立てて纏める力、物事を効率よく行う力、そして何より単純な学力も必要なのだ。

つまり何が言いたいのかと言うと、大十字九郎と言う男、実は結構頭はいいし、要領もいい。

こことは違う、どこか別の平行世界で自身を文科系と言っていたのはあながち間違いではなかったりするのだ。

もっとも、普段の行動からむしろ体育会系と見られてしまうのがたまに傷だが。

 

閑話休題

 

ともかく、そのかつて培った頭脳を駆使し、一夏は授業をこなしている。

故に、多少なりとも思考に余裕が出来ているのだ。

 

(そういや、簪って言ってたっけ……ずいぶん無愛想と言うかなんというか……)

 

少なくとも、こうしてルームメイトの事を考えるぐらいの余裕は出来ているのは確かだ。

 

更識簪と名乗ったルームメイトは、一夏のフレンドリーな対応にもそっけなく応じ、空いているベッドに腰掛けると仮想キーボードを用いて何かをプログラミングし始めたのだ。

これにはさすがに自称心の広い男、織斑一夏もカチンと来たものだが、肉体はともかく精神は大人だということで何とかクールダウン。

これがある教会にいる子供達相手であったら問答無用で爆発していただろう。

 

結局、その日は簪とはろくに話せてなかったりする。

 

(なんか俺、親の仇見るような目で見られてるんだよなぁ……)

 

もっとも、初対面の人間に嫌われるようなことをした覚えはないため、なんでルームメイトがあんな態度を取るのかは悩んだところで分からなかったが。

 

 

※ ※ ※

 

 

二日目と言うこともあって、一夏を見る周りの目も多少マシなものへとなっていった。

もっとも、それは一夏が所属しているクラス、一組の生徒に限っての事で、他のクラスの方々は相も変わらず廊下から彼を後期の視線で見ているのだが。

……あ、教師(もちろん女)もさりげなく見てる。

 

(良いのかよ。俺見てていいのかよ。早く教室行けよ教師だろ!? お前さん!!)

 

いくら内心でこう叫ぼうと人に聞こえるはずもなし。

二日目にして、この学園の先行きが不安になった一夏だった。

そんな一夏に近づく一つの影。

 

「失礼、少々宜しいでしょうか?」

「んぁ? なんか用か? えっと……」

「セシリア。セシリア・オルコットですわ、織斑一夏さん」

 

一夏に話しかけてきたのは一人の少女。

金色の髪に青い瞳という見事なまでに外国人と言わんばかりの少女だ。

が、日本語は実に達者で、実は日本生まれなんじゃね? と言う疑惑も浮かび上がってきそうだ。

 

「あ、あ~、そういや昨日の自己紹介の時にそんな名前聞いてたような聞いてないような……」

「まぁ、あの騒ぎの後の自己紹介でしたら印象が薄く見られてもしょうがないとは思いますが……不本意ながら」

 

あの騒ぎとは、千冬の自己紹介の後の女子の爆発の事である。

あれのせいで、まだ自己紹介をしていない生徒の自己紹介のハードルがあがったのは事実だろう。

 

「で、そのオルコットさんがいったい何の用?」

「いえ、世界初の男性操縦者に個人的な興味がありまして、まずはご挨拶を、と」

「なるほどね」

 

それから多少の世間話をし、予鈴が鳴った事もあり、二人は各々の席に着いた。

席に着いたセシリアは、周囲をそれとなく見回し、一夏と話していたと言うことで自身に向いていた注目が少なくなったことを確認すると、髪を直すふりをして耳元へと指を当てた。

 

「……どう思いますか?」

『正直微妙な線……と言ったところでしょうか? まだ確証はありませんね』

 

指を当てたことにより、髪で隠しているため外部からは見えなかった耳かけ式の小型通信機が作動。

その通信機に向かってセシリアは何かを問う。

通信機の向こうから聞こえるのは、女性の声。

その通信相手は、それに何やら煮え切らない様な返答を返した。

 

「相変わらず、計器は反応しているのよね?」

『それは間違いなく』

「そうですか……もう少し探る必要がありますわね」

 

会話から漂う何やら不穏な空気。

いったいこの会話は何を示しているのだろうか?

それは、恐らく当人達にしか分からない。

 

「しかし、いったい何故……?」

 

--何故織斑一夏から字祷子反応が出ているのだろうか?

 

 

※ ※ ※

 

 

「今日は私が授業を受け持つ。今日の内容はISの武装についてだ。武装についての正しい知識があれば扱う際に困らんし、その武装を持つ相手への対策も自ずと見えてくる物だ」

 

そこまで語り、いざ授業を始めようとしたそのとき、ふと千冬が何かを思い出したかのような様子を見せる。

 

「そういえば、授業の前にクラス代表を決めねばならなかったな。クラス代表とは文字通り、代表として他クラスとの試合や学園の集会などに出る者のことだ。自薦他薦問わない。誰かやる奴はいないか?」

(クラス代表、ねぇ)

 

自分には関係ないだろう。

一夏はそうたかをくくり、授業が始まらないということで参考書とにらめっこ。

既に授業でまだやっていない部分まで読み進めてしまっているが、予習をしても損は何もないので問題なし。

が、彼は自身がどんな存在なのかの自覚が未だに薄かった。

IS学園と言う女子の園の中にいる唯一の男が人の注意を集めないはずがないと言うのに。

 

「はいは~い! 私は織斑君がいいと思いま~す!」

「賛成! 私も同じく!」

「右に同じく!」

「前に同じく!」

「左に(ry」

 

以下、似たような言葉が教室中から上がっていく。

そこまでの騒ぎになれば、さすがの一夏も放って置くわけにも行かない。

何せ、他でもない自分が当事者なのだから。

 

「……は? え、何? 何なの? 一夏さんの知らん間にどういう展開になっちゃってるの? これ!?」

 

千冬が自薦『他薦』問わずといった時点で、現在学園中の視線を集める一夏が呼ばれないはずがないのだ。

 

「タンマタンマ! 何で俺がそんな責任重大な役職につかされそうになっているので!? こういうのはもっとふさわしい人物がいるのでは!?」

 

そんな一夏の額に、白いチョークが突き刺さった。

いや、実際に刺さったわけではないが、それが一夏の額に当たった瞬間、その部分がへこんだため、刺さったように見えたのだ。

 

「自薦他薦問わずと言っていただろう?」

「せめて拒否権ぐらいは!」

「あるはずがなかろう」

「横暴だ! 我々は人間としての権利の侵害に断固反対する!!」

「黙れ、このクラスでは私が法律だ」

「独裁にも程がある! 教育委員会に訴えてやるぅ!!」

 

が、現実って残酷。

彼の必死の拒否も突っぱねられることとなってしまった。

 

ちなみに関係のない話だが、IS学園の管轄はIS委員会のため、教育委員会に訴えても意味はなかったりする。

 

閑話休題

 

「で、このままでは織斑が代表になるが、他に誰かいないか?」

 

千冬が未だに喚いていた一夏を再びチョークをぶち当てることで沈黙させ、生徒達のそう言い放つ。

生徒達が周囲を見渡し、他に誰かいないかと考えていると。

 

一人の手が挙がった。

 

「このセシリア・オルコット、代表に立候補させていただきますわ。自薦も問題ないのですよね?」

「ああ、問題はない。が、二人候補がいるなら代表決定戦の結果で決めることになるぞ」

「構いません」

 

ここで織斑一夏に電流走る!

それはこの四面楚歌の状況を唯一打破しうる策。

一夏にとっての福音!

 

「……はっ! ここで俺が負ければこの現状を打破できる!」

「わざと負けてみろ? 死より恐ろしい未来が待っている」

「全力で挑ませていただきます! サー!」

 

が、それを口に出してしまったあたり、彼は生粋の策士ではなく、ただの迂闊な少年だった。

こうして、いやがおうにも一夏はセシリアとISで戦う羽目になってしまった。

 

授業終了後、一夏はどんよりとした空気をその肩に背負っていた。

 

「畜生、どうして俺はいつもこう巻き込まれ体質なんだ? アーカムでの一連の事も、始まりは巻き込まれただけだし……」

 

しかも脳天に少女のヒップドロップを食らった上でと言う、ご褒美なのか拷問なのか分からないおまけ付きである。

 

しかし、既に決まった事に異を唱えたところで一夏では千冬を説き伏せることは出来ないだろう。

いくら昔の誘拐事件のせいで普段はブラコンが入っているからと言って、学園にいる時はきちんと教師なのだ。

……教師にしては暴力的かつ横暴な気がしないでもないが。

 

「そう落ち込むな。これはお前にもいい経験になるだろう」

「出たな諸悪の根源」

 

--見るに耐えない映像が流れているため、しばらくお待ちください。

 

「ハイ、コンナキカイヲアタエテクダサッタチフユオネエサマ、バンザーイ」

「それでいい……話が逸れたではないか。お前には学園から専用機が与えられる。この書類をしっかり読んでおけ」

「専用機? 俺が?」

 

渡されたのは専用機を持つに当たっての規則などがかかれた書類だ。

参考書ほどではないが、分厚い。

今ある参考書でも手一杯気味だというのに、そこにプラスでこれである。

 

「……せんせー、俺泣いていい?」

「泣く暇があったら読め」

 

ごもっともな返しだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

日本、倉持技研。

日本でのIS製造で有名なところを上げろといえば、誰もがまず口にするであろう、日本におけるIS製造の要だ。

なにせ、IS学園で訓練機として採用されている「打鉄」。

何を隠そう、それはこの倉持技研の作である。

 

そんな倉持技研の敷地の奥の奥。

そこに、彼のラボはあった。

 

「あぁドリル。それは三文字に秘められた浪漫の体現。一秒間にどれだけ進めるか定かではないが、少なくとも一回転すればちょびっとだけ前に進めるのは確か。ドリル。それは男の証。ドリル。それは不屈の精神……そう、すなわちドリルとは、漢そのものであーる!」

 

彼は陶酔したようにそこまで語ると、エレキギターをかき鳴らす。

なぜ科学者がギターを持っているか?

それは誰にも分からない。

なぜなら、天才と何とかは紙一重であり、すなわちそんな□□□□の考えることなど常人に分かるはずがないのだ。

……もっとも、彼自身にも、実は分かってないのかもしれないが。

 

「故に、男が扱うならドリルをつけるべし。ドリルがなけりゃ男じゃねぇ! であるからにして……」

 

彼の言葉と共に、ギターの音も高まっていく。

そして最後の絶頂を迎えた彼は、ギターをしまい、傍にいる男に向かってポージングをしながら指を突きつけ。

 

「こいつに、ドリルなどいかが?」

「何馬鹿な事言ってるんですか西村主任。いいからさっさと完成させましょうよ。先方からの話だと、一週間後これ使うみたいですし」

「黙れ助手Tよ!我輩の事は親しみを込め、ドクタァァァァァァァァァ・ウェェェェェェェスト! と呼ぶがいい! ……ふん! こんなもの、我輩の手にかかればあと2日3日で出来上がるのである。いわばお茶の子さいさい。あぁ、この我輩の天才的頭脳を許せ、愚民共」

「……なぁんで俺ら、この人の下についちゃったかなぁ。あと俺の名前、野田明弘なんでTの要素どこにもないっす」

 

ちょっといかれた彼の名は西村。

しかし本名はドクター・ウェストである。

そう、彼である。

この場に一夏がいればすぐさま魔銃で眉間を撃ちぬくであろう、彼である。

何の因果か、彼もこの世界で西村と言う男に入り込んでしまったのだ。

ただ、彼にとって幸いだったのは、西村と言う男、ドクター・ウェストと大差ない変人だったのである。

 

まぁこの話は後々詳しく話すとして、現在彼らが作成しているのは今のところ世界で唯一これだけが名乗ることの出来る称号を持ちし物。

それは何か?

……男性操縦者のIS、である。

先日、全世界に知れ渡った織斑一夏。

彼の専用機を他でもない、倉持技研が作ることになったのである。

その背景には、日本政府の「彼は日本国籍を持つ日本人だから、だったらIS日本で用意するから!」と言う意地があったのだが、この際それはどうでもいい。

 

「我輩の下につけて幸運であろう? そういうがいい助手Bよ。所で、貴様は以前はどこに居たのだ?」

「Bの要素もないですって。はぁ? えっと、あれですあれ。日本の代表候補生のIS作るチームにいました。今はそのチーム解散しちゃいましたけど。知ってのとおり、こっちに全員移ってきたんで」

 

その言葉に、西村、否、ドクター・ウェストがピクリと反応する。

 

「貴様、今何と言った?」

「え? だからチーム全員こっちに移ったって……」

「件の候補生のISは?」

「製造中止ってことで、本人が引き取りましたけど……」

 

そこまで聞き、ウェストは野田の肩に手を乗せる。

そして……

 

「クララの馬鹿ぁ!!」

「ぶべらっぁ!?」

 

殴り飛ばした。

野田は思う。

クララって誰!?

こうしてしばし宙を舞い、そして地面に落下した野田を見下ろし、ウェストは言い放った。

 

「この愚か者め!! 貴様それでも科学者であるか!? 科学者たるもの、頼まれたものはしっかり仕上げる! それが科学者であろうこのスカタンが!!」

「で、でも上からはこっちを作り上げろってせっつかれて……」

「どっちも同時に扱って見せるがいい!」

「んなむちゃくちゃな!!」

 

確かに無茶だ。

だが、ウェストは確かに変人だったが、それでも義を弁えた変人だった。

そもそも彼がブラックロッジに居たのだって、かの魔人の人外のカリスマに気おされたという理由もあるが、他にも落ちぶれていた自分を認め、拾い上げてくれたという恩義を感じてであったし、敵である覇道財閥に助けられたら、その恩義ゆえにいろいろ手を尽くしたりもしていた。

その際、なんだかんだと理屈をこねたが、内心こんな感じである。

 

そんな彼が、頼まれたものを途中で放り投げるような奴を許せるか?

否、許せるはずがない。

変人には変人なりのプライドがあるのだ。

 

「こうなれば、行くぞ助手B!」

「いてて、行くってどこに?」

「決まっておろう?」

 

そういうとギターをギターケースにしまい、それを肩に担いで言った。

 

「謝罪である」

 

後に織斑一夏の頭が頭痛を訴えるまで、それほど時間はかからないであろう。




と言うわけで、はい、みんな大好きドクター・ウェストのご登場です。
今回は憑依枠で出ていただきました。
……まぁぶっちゃけた話、西村って男はドクター・ウェストと殆ど変わらない容姿と自分では設定してるため、憑依である意味はあまりなかったり。
しかしウェストの台詞回し、結構難しいです。

それとセシリアさんも怪しくしてみました。
セシリアさんのあの行動の意味は後々分かるので、それまでお待ちを。


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05 Darkness


ついに、闇が動き出す。

と言うわけで五話目です。
あいかわらずウェストの台詞回しって難しいです。
少しはらしくなっているとは思うんですが。


昼休み。

一夏は学園の食堂にいた。

 

一夏の向かいの席には箒の姿もある。

二人は食事をしながらも、一週間後に行われることになってしまったクラス代表決定戦について話していた。

 

「……で、勝ち目はあるのか? 一夏」

「んなもんない!」

 

一夏の両目にエビフライが突き刺さった。

 

「ふざけるな」

「目が! 目がぁぁぁぁぁ!!」

 

物理的にも目が痛いが何より油が目に入り痛い。

一夏は思わず痛みに悶え、床を転げ回る。

そして一夏をこんな目にあわせた下手人は投げたエビフライが床に落ちる前に回収し、悠々と食事を再開している。

 

「いつつ……けど箒さんや、よく考えてみてくれ。勝てると思う? あ、根性論は抜きでよろ」

「うぐっ、それは……」

 

次に一夏が後ろ向きな事を言い出したら、気合いが足りんなどと言おうとしていた箒は、しかしあらかじめ釘を刺されたため言葉に詰まる。

 

後に知った事だか、セシリアはイギリスの代表候補。

いわばエリートだ。

しかもこの世界がたどるはずだった本来の流れのセシリアと違い、男相手の侮りなど一切なし。

そんな相手に、果たして勝てるのだろうか?

 

「だ、だが! 気持ちで負けていては勝てるものも……!」

「今回の戦いがそもそも勝てる物か? ……いくら根性あっても、勝てない時はある。弱気だとかじゃなくて、こいつは現実さ」

 

一夏の脳裏によぎるのは、自身が大十字九郎だった頃、初めてかの魔人と相対した時のことだった。

あの夕暮れの教会で、自分はかの魔人と戦った。

……いや、恐らくあれは魔人にとってみれば戦いでもなんでもない、ただの享楽、遊戯であっただろう。

そんなことも分からず、怒りを、闘志を燃やし、果てはデモンベインと言う魔を断つ使命を帯びた剣まで呼び出し……

負けた。

あの時は、確かに気持ちは負けていなかったとは思う。

だが、実力があまりにも違いすぎたのだ。

 

故に、一夏は分かる。

気持ちがなければ勝てないが、気持ちだけでも勝てないのだ。

そして何より、今の自分には絶対的に足りていない要素がある。

 

(……アル)

 

そう、大十字九郎の絶対の伴侶。

唯一無二の相棒、アル・アジフの存在が足りない。

今、彼のそばにアルは居ないのだ。

比翼の鳥の片割れが居ない今、彼は飛べやしない片翼の鳥である。

 

「……ま、もちろん全力は尽くすさ。じゃないと千冬姉に何されるか分からないしな」

「そうか……」

 

箒は、それ以上なにも言えなかった。

一夏の寂しそうな、遠くを見ている目を見て、なんと声をかけていいか分からなかったのだ。

 

思えば、織斑一夏と言う少年は、度々このような目をする。

その度に、箒は何故か一夏が遠く感じるのだ。

 

(一夏……お前は一体何を見ている? その瞳で、何処を見ているのだ?)

 

昔から付き合いのある幼馴染みなのに、それが分からない事が、箒は悔しかった。

付き合いが長いと言う事実を、他でもない一夏自身に否定されたように思えるから。

しかし、それと同時に、この年齢では決して出せないような表情を出す、大人びた一夏に惹かれてもいる。

 

(いつか私にも分かる時が来るか? お前のその瞳を、その悲しげな表情の理由が分かる時が……)

 

ちなみに話は逸れるが、本来の世界でこの場面で声を掛けてくるはずだった上級生は、一夏の愁いを帯びた表情にノックダウンされたため、声を掛けてはこなかったという裏事情があったりなかったり。

 

 

※ ※ ※

 

1021号室。

今この空間はカオスに包まれていた。

そのカオスの中に響き渡る、場違いなエレキギター。

ひとしきりギターを演奏し終えた西村は、目の前の少女に向き直る。

 

「……と、言うわけで此方の失態を我輩のギター捌きに免じて水に流して欲しいのである」

「はぁ……」

 

いきなり部屋に突撃してきた男に目の前でギターを演奏され、そして投げかけられたこの言葉に、さすがの簪も唖然とするしかなかった。

というか思考が追いつかない。

なにこれ?

 

「えっと、つまり、弐式についての謝罪……でいいんですよね? というか謝罪ですよね?」

「その通りである。我輩のギターを生で聞ける機会はそうそうないであるぞ? ガール」

 

いや、確かにギターはうまかったけど、と簪はぼんやりと考える。

そして脳の隅では同時にこう思った。

 

--誰かこの空気何とかして。

 

そんな簪をよそに、西村は話を続けていく。

 

「と、さすがにこれで水に流せというのは虫が良すぎる話であるな。だから此方に弐式を渡して欲しいのである。責任を持って、此方で完成させるである」

 

その言葉に、簪は思考が冷静になった。

そして、冷静になった思考を以って、その言葉を言い放つ。

 

「……お断りします」

「……ナヌ?」

 

さすがの西村も、この返答は予想外だったのか、信じられないと言うような目で簪を見る。

しかし、簪は冗談を言っているような表情をしていない。

 

「弐式は私が作ります……作らなきゃ駄目なんです」

「ふぅむ……」

 

その言葉から、西村は何かを感じ取ったようで、懐からメモ用紙を取り出すと何かを書き込み始める。

そして、そのメモ用紙を簪へと押し付けた。

手渡したではなく、押し付けたあたり、彼はやはりかの迷惑科学者、ドクター・ウェストである。

 

「? これは……」

「我輩の個人的な連絡先である」

「……ですから、弐式は私が」

「分かっているである。しかして! 人間の心は移ろうもの。昨日はカレーが食べたくとも、今日はカツカレーが食べたくなるかも! そんな貴方の心変わりにばっちり対処。アフターサービスも完璧である」

「……カレーとカツカレーはほぼ同じでは?」

 

が、そんなツッコミどころは彼にはどうでもいいらしい。

未だに土下座をしていた野田の首根っこを引っつかむと、そのまま部屋を立ち去ろうとする。

 

「したらば少女、これにてさらば。我輩は次なる発明のために旅に出る。あぁストレンジ・ジャーニー。孤独な旅を私は行く。え? 僕を置いていっちゃうの? 待って、行かないでよバァァァァァァァニィィィィィィィィ!!」

 

最後の事は、やはりカオスに満ちていた。

嵐が去った1021号室。

そこで、簪は今万感の思いを込めてこの言葉を言う。

 

「……なにあれ」

 

そんな事、かの千の無貌だって分からない。

 

 

※ ※ ※

 

 

主が留守の倉持ラボ。

そこの一角に鎮座する一機のISがあった。

その傍に、闇が生まれる。

それは暗く、昏い、底の知れぬ闇。

覗き込んだものの魂さえも引きずり込みそうな深淵。

 

やがてその闇は、一人の人間の姿をとる。

まるで不思議の国のアリスがそのまま飛び出したかのようなファンシーな服装。

そして頭には機械式のウサギの耳。

そんな不思議な格好をした女性が、闇から生まれた。

 

「あらあら、まだここまでしか行ってないんだ。おっそいなぁ」

 

女性はそういうと、懐から光る何かを取り出す。

 

「さてと、君はこれに入ってもらうよ。大丈夫大丈夫。これはあの子の元に行くのはもはや確定しているから」

 

その言葉に、その光る物体は光を強める。

 

「やだなぁ、よしてよ。私が君をそんな姿にしたわけじゃないんだよ? それに関して、私は無関係だよ」

 

そういうと、女性は光る物体を無造作にISに向かって放り投げる。

その物体は、ISにぶつかるとそのまま装甲に沈み込むように消えていった。

 

「これでよし。舞台の準備は着々と。それじゃ、まったねぇ!」

 

その言葉を残し、女性は消える。

現れたときの状況を巻き戻すかのように、姿が闇に飲まれ、その闇がやがて消える。

残ったのは、鎮座するISのみ。

 

闇の目撃者は、物言わぬ鉄の塊のみだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「いてて……本気でやらんでくれ箒さんや。体中あちこちが痛い」

「ふん! 貴様が軟弱なのが悪いんだ」

 

放課後。

一夏と箒は二人で寮へと向かっていた。

しかし、一夏はふらふらと足元がおぼつかない。

なぜなら、先ほどまで一夏は箒と一週間後に控えたクラス代表決定戦に備えて、と言う名目で剣道の組み手をしていたのだ。

そう、女子剣道全国大会優勝者の箒としていたのだ。当然、箒に勝てるはずもなく、結果一夏はぼこぼこにされてしまったのだ。

 

「軟弱って、そりゃ剣道やめて久しいから腕はなまってるに決まってるだろ?」

「そもそもそれだ! 一夏、お前は何故剣道をやめてしまったのだ! あれほど筋は良かったのに……」

 

かつて、まだ一夏と離れ離れになる前まで箒と一夏は同門の士であった。

故に分かる。

一夏は本来なら自身と互角、いや、それ以上の実力を持っているはずだと。

だというのに、一夏は剣道をやめてしまっている。

その理由が知りたかった。

 

「何でってお前……千冬姉に家事をまかせろと?」

「う……」

「俺が生きるためにはなぁ、うまい飯を食うためにはなぁ! 俺自身がやるしかなかったんだよぉ! 千冬姉は家事がてんで駄目だから、洗濯掃除料理って俺が全部やってたんだよ! そんな事やってて剣道やってる暇なんかあるかぁ!!」

「それはそうだが……」

「おかげで人並みちょい下だった俺の料理の腕前も、いつの間にか人並みより上だと自負できるほどに……嬉しいっちゃ嬉しいけど、素直に喜べねぇ!!」

 

そこには、男の涙があった。

底知れぬ悲しみがあった。

 

「あ、あぁ、すまない。私が悪かった。だからもう泣き止め、な?」

 

マジ泣きしてしまった一夏を、箒は慌てて慰める。しかし、それでも一夏には剣道を続けていて欲しかった。

なぜなら、一夏と離れ離れになった箒の心の支えが、他でもない剣道だったのだ。

剣道は一夏と共にやっていた事、ならば離れ離れになっていても剣道さえしていれば一夏の事を思い出せる。

そうやって思い出した、一夏と共に切磋琢磨していた思い出こそが、彼女の心の支えになっていたのだ。

もっとも、他にも剣道を続けていた理由はあるのだが、どちらかと言えば先ほど行った理由の方が大きい。

だというのに、当の一夏は剣道をとっくにやめてしまっていた。

それが、自分と一夏のつながりが断たれたかのように思えて嫌だったのだ。

 

「千冬姉、もうチョイ自身の身の回りぐらい綺麗に出来ないのかなぁ。せめてビールの空き缶はすぐ捨てるとかさぁ、やっぱいろいろあると思うんだよ方法は」

「だめだ、一夏がトラウマモードに入っている」

 

結局、箒と別れる直前まで一夏はトラウマモードのままだった。

 

なお、この時とある教員が職員室でくしゃみをしていたのだが、因果関係ははっきりしていない。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ふぃー、ただいまー」

「お帰り」

 

寮に帰ってきた際、なんとなく普段の癖で帰宅の挨拶をして部屋に入ったのだが、それに答える声があった。

その声を聞いて一夏は思わず周囲を見回す。

しかし、部屋にはルームメイトしかいない。

思わずそのルームメイトをじっと見つめる。

 

「……何?」

 

黙って自身を見つめてくる一夏を不審がったのか、簪はジト目で一夏にそう言い放つ。

その際の声は、先ほどの帰宅の挨拶への返事のとき聞こえた声と同じ。

 

「…………」

「だからほんとに何!?」

 

思わず滝のように涙を流してしまった。

それにはさすがの簪も大慌て。

 

「お父さん、お母さん、寮でルームメイトになって早二日、まったく会話しない一日目を乗り越え、ルームメイトが心を開いてくれました! 一夏感激!!」

「……えっと、なんか今までごめん」

 

思わず簪も謝ってしまうほどに感激していた。

一夏に対してそっけなかったのには理由があったのだが、さすがにやりすぎたか、と簪は反省する。

簪ちゃんは反省のできる子なのです。

どこかの誰かさんと違って。

 

なお、この時生徒会室である生徒がくしゃみをしていたのだが、やはり因果関係ははっきりしていない。

 

閑話休題

 

「いや、いいんだ! こうして心を開いてくれただけでお父さんうれしいから!」

「えっと、何で貴方が私のお父さん?」

 

西村が来たとき並のカオスが、そこにはあった。

 

それからしばらく、一夏は簪とそこそこに打ち解けていた。

そう、何で一夏に対してそっけない態度をとっていたかを説明してもらえるほどには。

 

「でも、本当は貴方を恨んだって仕方ないことだって分かってたし、そう思ってた矢先に倉持から謝罪? があったから」

「なるほどね。俺にも一端はあったなら、俺も謝罪せんと。実に申し訳ない」

「あ、いいよ。さっきも言ったとおり、きっかけは織斑君でも、倉持の方が放り出したのが悪いんだし」

 

それもそうか、一夏は納得し、下げていた頭を上げる。

しかし、と一夏は思う。

既に受けていた依頼をほっぽり出すような企業に自分のISは作られているらしい。

はたしてそのISは本当に大丈夫なのかが不安だった。

また別の興味があることが出てきたら自分のISまでほっぽり出されるのではないかと言う不安もあるし、そんな浮気性な技術者が作ったIS自体も問題ないのかが不安だ。

正直な話、断って他の企業に作ってもらったほうが良いのではと考えるほどである。

現時点で、一夏の倉持に対する評価はストップ安である。

 

「信用問題って言葉、知ってるのかね、倉持の方々は」

「……どうだろ」

 

二人の脳内ブラックリストに、倉持技研の名前が入った瞬間であった。

 

(しかし……)

 

一夏は簪から聞いた謝罪しにきた人物の特徴をもう一度思い浮かべる。

 

(緑の髪して、なんかアンテナみたいに立ってる髪があって、エレキギター……いや、まさかなぁ……)

 

なんだか、頭が痛くなってきた一夏だった。

 




なにやら重大な伏線っぽいものを放り投げてみました。
結構重要です。
テストには出ませんけど。

これからの展開を考え、簪ちゃんとは早々に和解してもらいました。

しかし、倉持ってほんと大丈夫なんでしょうかね?
企業が以前受けた依頼を放り出すって、一番やっちゃいけないことだと思うんですよ。
それがのっぴきならない事情ならいざ知らず、「男用のIS作るからあんたのIS製作中止な!」なら余計に。

まぁ、それ聞いてさっさと引き取っちゃう簪ちゃんにも問題ないわけじゃないですけど。


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06 Aeon

永劫
時の歯車、断罪の刃

本日二話目の投稿。
今回はほんのちょっと長めです。
書きたい場面を書いていたら長くなっちゃいました。


「なぁなぁモッピー」

「誰がモッピーか。で? 何が聞きたいかは大体分かるが、何だ?」

「そいつぁ良かった。俺とモッピーの絆の強さゆえだな。で、とりあえず聞くけど……俺のISは?」

「知らん」

 

現在、クラス代表決定戦直前。

というかあと数分で開始時刻。

だというのに、一夏のISは未だに届いていなかった。

試合をすることが決定してから一夏は知識面を詰め込み、肉体面は箒と剣道の組み手で鍛えていた。

ちなみにIS自体の訓練はしていない。

というか出来なかった。

何せ訓練をしようと思ったら訓練用のISが全部予約一杯だったからだ。

訓練機にも数に限りがあり、なおかつ訓練をしたいと望むのは一夏だけではないので当然の結果かもしれないが、一夏はIS訓練を一切せずにここまで来てしまったということである。

付け焼刃すら出来やしなかった。

 

「……あ~あ、それに俺のIS、どんなの来るんだろ」

「あぁ、お前が言うに前の依頼ほっぽいてお前のIS作ったんだったか? 倉持は」

 

倉持の件については箒にもばっちり伝達済みだ。

現在、箒の中でも倉持の評価は底値をついている。

そして、恐らくだが二人の倉持への評価はあと数秒もすれば底値を突き破り、最早回復不能になるであろう。

 

そんな未来など露知らず、一夏と箒はISを待ちわびる。

すると、誰かが駆けてくる足音が聞こえてくる。

そして、その足音は一夏達のいる部屋の前で止まり……

 

部屋の自動ドアが、手動で思い切りあけられた。

その際、自動ドアからなにやら鳴ってはいけない音が鳴った気がしたが、それは恐らく気のせいだ。

なんだかギィィィだのバキッだのと言う音がした気がするが、絶対に気のせいだ。

 

自動ドアを手動で開け放つという暴挙に出たのは、なんと真耶。

この瞬間、一夏と箒の中での真耶の評価が変わる。

 

--絶対この人は怒らせないようにしよう。

 

「織斑君! 来ましたよ! 織斑君のISが!!」

 

その言葉と同時に、千冬も部屋に入ってくる。

そして、一夏達がいる傍のシャッターの置くからなにやらコンベアが動くような音が響きだす。

やがて、コンベアの音が鳴り止み、シャッターが次第に開いていく……

 

……何故かエレキギターの演奏が響き渡った。

 

「ヘーイ、そこな若者。待ちわびたかい? 待ちくたびれたかい? 君と僕のセンチメンタルな出会いを待ち焦がれたかい? 宜しい、ならばこの出会いを祝して我輩の演奏を一曲奏でてたてまつるぅぅぅぅぅぅぅ!? な、何をするボーイ! 蹴ろうとしたね!? 今我輩の天才的頭脳に向かって蹴りを繰り出したね!?」

 

そしてシャッターが開ききるとどうじに 姿を見せた□□□□に、一夏はすぐさま駆け寄りそのままの勢いでジャンプ。

そして空中で西村の頭に向けて両足を揃えると、そのままドロップキックを敢行した。

しかし、それは西村が見ているものが吐き気を催すような、人間の身体の構造を無視した動きにより避けられてしまう。

ことギャグ空間においては無敵な男だった。

 

「テメェ、ドクター・ウェスト! 何でテメェがここに居やがる!?」

「なんと、我輩の真の名を知っているだと!? 若者貴様……何奴!?」

「あ、やっべ……!」

 

一夏の脳内で最も忌々しいものベスト1に輝く男まんまの容貌と行動をする男に、思わず叫んでしまったが、それが災いの元。

西村は完全に興味を一夏へと向けていた。

 

「ふぅむ……貴様、さては……」

 

西村が一夏をじろじろとねめつける。

そして何事かを言おうとしたときだった。

 

「すまないが時間がない。知り合いなのかは知らんが会話は後でにしてくれないか?」

 

千冬が二人の間に割って入ってきた。

一夏は思わぬ千冬の行動に賞賛を送る。

西村はと言うとまだ何かを言いたそうに一夏を見つめていたが、時間が押しているということも重々承知しているため、とりあえずこの場は諦めたようだ。

 

「ふん、まぁいいのである。では気を取り直して、我輩の作品をどうぞごらんあれ。感動しすぎて失禁するんじゃねぇであるぞ?」

 

その言葉と同時に、シャッターの置くに鎮座していたコンテナの側面が開く。

中から現れたのは……

 

「これは……」

「ふむ、こいつの名前は『白式』。なんともつまらん名前であるな。これが貴様のISであるぞ、ボーイよ」

「白式……ねぇ」

 

名前に白がついていながら、しかし目の前のISには白い要素がどこにもない。

せいぜい灰色である。

 

「まぁいい。織斑、さっさと装着しろ。時間がない」

「あいよ、千冬姉」

「織斑先生だ馬鹿者。まぁ今回は大目に見ておいてやる」

 

千冬に急かされ、一夏は白式に自らの身をあずける。

それと同時に彼を抱擁するように閉じる装甲。

そして一夏の脳内に流れ込むある情報。

 

「これは……」

 

それは、歓喜。

己が待ちわびた主をようやく迎え入れることが出来たという、白式の意思。

 

「そういや山田先生がコアには意思みたいなのがあるって言ってたか?」

 

ならば、恐らくこのなだれ込む情報もそれほどおかしくはないのだろう。

しかし、それでも一夏はその情報の奥に、また別の意思があるように思える。

もっとも、それは何なのかは分からなかったが。

 

「どうだ、織斑。いけるか?」

「……あぁ、いける。なんだか、こいつとならどこまでも行ける気がするぜ」

 

それは、まるであの剣を駆って戦っていたときのような、そんな感覚。

 

「そうか。残念だが調整している時間はない。試合をしながら調整しろ、良いな?」

「OK。あ、それと箒」

「な、なんだ!?」

 

まさかこのタイミングで自分に話しかけられるとは思っていなかった箒が慌てたように一夏に向き直る。

 

「……行って来る」

「……あぁ、行くなら勝って来い。いいな!?」

「あいよ。前はああいったけど、もしかしたら、こいつだったら勝てるかもな」

 

その言葉を残し、一夏はカタパルトによってアリーナへと運ばれていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

アリーナには、既にセシリアが居り、瞳を閉じて一夏がくるのを今か今かと待ちわびている。

 

彼女の脳内によぎるのは試合前のあるやり取りだ。

セシリアは、そのやり取りを思い返していた。

 

 

数分前。

セシリアはピットに備え付けられているベンチに座っていた。

その様子に気負った風はなく。

実に自然体だ。

 

「チェルシー、恐らく織斑一夏、彼は……」

『しかしお嬢様、もし予想とは違っていたら?』

「その可能性はかなり低いでしょうね……あの方は、一度知ったら忘れがたいインパクトがある方でしたし、行動の端々にそれが見て取れますわ」

『お嬢様の勘……ですか』

「ええ」

 

そんなセシリアは耳にかけた通信機越しに自身の従者と会話をしている。

その話の中心は、織斑一夏だ。

 

「ですが確証がないのもまた事実。ですから、今回の試合の最中にカマをかけてみます」

『カマをかける……いったいどのような方法で?』

「決まっていますわ」

 

セシリアは会話を続けながらカタパルトへと向かっていく。

時刻は既に試合開始数分前。

 

「もし彼が本当にあの方だったとしたら、この言葉に返す言葉は決まっておりますもの」

 

そういうと、通信を切り、アリーナへと飛び立っていった。

 

 

そして現在。

回想を終えたセシリアは、その目を開き、今まさにカタパルトから射出されてきた一夏を見据える。

 

「……さぁ、織斑一夏、早く来なさい。私が、貴方を見極める為に。」

 

 

※ ※ ※

 

 

「待たせたな、お嬢様」

「待ちくたびれましたわ、騎士様」

「はっ、俺が騎士ってたまかよ」

「それもそうですわね」

 

まるで待ち合わせた男女のような気軽なやり取り。

この二人を見て、誰が思うだろう。

これから、彼らは戦うのだと。

 

「……多くは語る必要はありませんわ。始めましょう」

「だな、こちとらこわーい姉のお仕置きがかかってるんだ。全力でやらせてもらうぜ!」

 

二人の間に、空間投影式のモニターが現れ、カウントダウンを開始する。

 

3から始まり、2、1と刻んでいき、そして……

 

0になった。

 

「行きますわよ! ブルー・ティアーズ!!」

「やるぞ! 白式ぃ!!」

 

二人はいっせいに動き出した。

 

 

「……あ、言い忘れていたのである」

「はい?」

 

なお、その瞬間、ピットに居たウェストがポツリと呟く。

 

「嫌なに、あの白式、実は想定していない武装やらプログラムがあったわけで、しかしながらそのプログラム等は一切使えないのである。それの事を伝えるのを忘れていたのだった。ちなみに納入が遅れた理由もそれ関係である。結局どうにもならなかったであるがな」

「はぁぁぁぁ!?」

 

思わず、傍でその言葉を聞いていた箒は唖然とする。

そんな箒を尻目に、ウェストは自身の思考の海へと沈んでいく。

 

(しかし、あれはどう見ても……)

 

本来、白式にはある一本のブレードのみが搭載されるはずであった。

しかし、現在白式はその本来の武装以外に、本来では存在し得ない武装群と、その制御のためのプログラムが存在している。

そして、追加されていた武装はロックがかかっており、現在の白式では使用不可能。

いや、正確に言うとプログラム等を構成している電子言語がISに使用されているそれとあまりにも違い、現在の白式ではそのプログラムを走らせることが出来ないのだ。

つまり、今の白式は完全丸腰である。

そのプログラムを消去し、新たに正規のプログラムを入れようとしても、それはIS自体が跳ね除けてしまっている。

 

しかし、それらのプログラム等を構成している電子言語を、西村、否、ウェストは見たことがある。

そして、恐らくそれを知っているのは世界において自身だけであろう。

かの天才、篠ノ之束でさえ、恐らく分からないもの。

それを彼は知っている。

 

「しかしあれは……仮に使えたとしても、パンピーには使いこなせない代物である」

 

使いこなせるであろう者は、彼が知る限りただ一人。

しかし、その存在はこの世界にはいないはず。

 

「……やはり貴様がいない世界は張り合いがないであるな……大十字九郎」

 

 

※ ※ ※

 

 

試合開始後、既にあらかたの戦いの流れは決まってしまっていた。

流れは、終始セシリアが握っている。

 

「どうしましたか織斑一夏! その程度では男が廃りますわよ!!」

「ちぃ! 好き勝手言ってくれちゃって!!」

 

まず試合開始直後にセシリアは手にしたレーザーライフル、スターライトmk-IIIを一夏に向けて撃ち放つ。

それは未だにIS操縦に慣れておらず、動かし方にすら苦戦している一夏のシールドエネルギーを容赦なく削っていった。

 

「動かし方は……だいたいデモンベインと一緒か!!」

 

逃げて逃げて逃げ続け、時折セシリアの攻撃にエネルギーを減らされながらも、一夏は何とかIS操縦のコツを掴む。

それはなんてことはない、デモンベインと似たような方法で動かせるのだ。

つまり、自身が動いたとおりに動き、たまに思考により操作、である。

コツを掴んだ一夏の動きは、試合開始時とはうって変わっていた。

しかし、いまだ調整も終わらぬISと既にセシリア用に調整が済んでいるIS。

どちらが動かしやすいかは考えずとも分かる。

いくら動きが変わったところで、それは被弾の回数がある程度減った程度の効果しか生み出さなかった。

 

「このままじゃやられっぱなしだ! 武装は……っ!?」

 

しかし、だからと言ってやられっぱなしでいるような男ではない。

すぐさま白式の武装を確認するが、そこで一夏は驚愕する。

何せあらゆるデータが文字化けしており、なおかつ武装を呼び出そうとしてもエラーを吐き出し、武装が呼べないのだ。

他にも武装は多々あるが、それもこれもエラーだらけ。

唯一呼び出せた武装が……

 

「か、刀一本……?」

 

何故、何故射撃型の相手に刀一本で挑まねばならないのか。

一夏は思わず自身の境遇を嘆く。

しかし、嘆いたところで現実は変わらない。

 

「ええいなにくそ! 男の子だったら刀一本で勝って見せろ織斑一夏!! 行くぜ! 暗剣殺! 疾ァァァァァァァァ!!」

「直撃コースですわね」

「ぶべらっ!?」

 

最早コントのようなやり取りである。

 

ちなみにこのようなISに不具合が起こっている場合、本来ならそれを管制室に報告し、試合を中止してもらうべきなのだが、ISをまともに動かすのが初めてでテンパっている一夏にはそんなことに思い至る余裕などなかった。

そしてセシリアはセシリアで、相手にエラーが起こっているなどと分かるはずもなし。

 

そして管制室では……

 

「何!? それは本当か篠ノ之!」

『はい! 西村博士がそう言っております』

「織斑先生、それってまずいんじゃ……」

 

千冬がピットからの連絡を受けて驚愕する。

伝えられた内容は箒が西村から聞いた内容そのまんま。

 

「謎のプログラム群が入っているだと……? そんな物、どのような影響があるか分かったものじゃない!! 山田先生! すぐに試合の中止の呼びかけを!!」

「はい!」

 

しばらく唖然とした千冬だが、しかしすぐさま気を取り直し、真耶に試合中止の指示を出すように呼びかける。

 

……しかし、『それ』はその展開をお気に召さない。

 

『いけないなぁ。ここでとめたら無粋でしょ?』

 

誰にも聞こえない、闇の声が響き渡る。

それと同時に、管制室のモニターが吐き出す異常事態。

 

「これは……通信システム、ダウンしました! 選手との通信が出来ません!!」

「なんだと!?」

 

モニターが通信システムの異常を知らせる。

慌ててモニターについていたIS学園情報科の3年生が復旧のためシステムスキャン。

しかし、そこに異常はない。

 

「何これ……異常がないのに異常がある!? どうなってるの!?」

 

このようにして、彼らの試合は中断されることなく進むことになった。

 

『そうだよ。いっくんには戦ってもらわなきゃ。そうじゃなきゃ目覚めないじゃない』

 

その声も、誰にも聞こえなかった。

否、誰も聞いたことにしたくなかった。

もしその声を認識してしまったら、自身が壊れるということが誰しも本能的に分かってしまったから。

故に、この声は誰も聞いていない。

聞こえては、いけないのだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

「はぁ……はぁ……くそっ! ぜんっぜん勝てねぇ」

「……期待はずれですわね」

 

一夏のシールドエネルギーは、最早風前の灯といわんばかりの量か残っていなかった。

それとは反対に、セシリアのエネルギーはある程度減ってはいるが、それでもまだまだ十分に戦える量だ。

そんな状況の中、セシリアが呟く。

 

「あ?」

「期待はずれ、と言ったのです。世界初の男性操縦者の実力はいかがなものかと思いこの試合を行っておりましたが、この程度ですか。ええ、ほんと期待はずれです」

「テメェ……」

 

あまりにも辛らつな言葉。

しかし、それに反論できる術を一夏は持たない。

現に、一夏はまともな一太刀すらセシリアに与えれていないのだ。

 

「ほんっと……『無様ですこと』」

「……!」

 

その言葉に、一夏が反応した。

その様子を見たセシリアは、それでも言葉を続ける。

 

「その通りでしょう? 銃を持つ相手に刀一本で挑み、ならばどのような妙技を見せてくださるのかと思えばそれもなし。無様といわずなんと言いますの?」

 

その言葉と同時に、セシリアはブルー・ティアーズのスカートパーツをパージ。

それらを自身の周囲に滞空させる。

 

「故に、ここで幕引きといたしましょう。貴方も、無様を晒し続けるのは苦痛でしょう?」

 

その言葉と同時に、パージしたスカートパーツ……本体であるISと同じ名前を冠した武装、ブルー・ティアーズの内二基がミサイルを吐き出す。

吐き出されたミサイルの行き先は……動きを見せぬ一夏。

 

「……か」

 

そして、何事かを呟いた一夏にミサイルが着弾。

呟いた言葉をその爆音で飲み込んだのだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

一夏が爆煙に飲まれる光景を見ながら、セシリアは待ちわびていた。

 

(ここで終わり? ならば本当に期待はずれですわね。ですが……そうじゃないでしょう?)

 

「……無様で良いじゃねぇか」

 

煙の中から、一夏の声が響く。

それは、それほど大きくもない声。

だが、アリーナ中にこれでもかと言うほど、澄み渡って響いた。

 

「無様でいいじゃねぇか」

 

やがて、煙は晴れる。

煙がはれた先にいるはずの一夏は……その姿を変えていた。

否、纏っていたISがその姿を変えたのだ。

 

「無様でも何でも、最後に勝てばいいんだよ! 無様も晒せねぇ奴が、一丁前に吠えてるんじゃねぇ!!」

 

そのISは、黒。

黒い鋼は全身を覆い、一夏の生身の部分は一切見えない。

そしてその両肩と腰の両側からは、刃金の翼がその威容を知らしめている。

それは、本来なら失われし神の模造品。

邪神に翻弄されし一人の男が、その命を以って動かした鬼械神。

それをさらに模造したIS。

一夏のために新たに生まれ変わったIS。

 

「『汝より逃れ得るものはなく 汝が触れしものは死すらも死せん』か……悪くないな、これも」

 

それはすなわち、永劫(アイオーン)

 

「ファーストシフトに伴い、ISの登録名称変更。新名称は……アイオーン」

(あぁ、やはり貴方は……なのですね)

 

目の前に現れた禍々しくも神々しいISの姿を見て、そして何より一夏の言葉を聞き、セリシアは確信する。

 

「……本番はここからですわね? ならば、見せてください! そして魅せてください! 貴方の力を!!」

「へっ、どうなっても知らないぜ? ……びびって夜寝れなくなるんじゃねぇぞ!!」

 

言葉と同時に、アイオーンの右手に炎が奔る。

そして炎が消えた後には、一本の剣が現れた。

 

それは、賢人バルザイがハテグ=クラの山頂で鍛え上げたとされる、剣にして魔法使いの杖であるもの。

アル・アジフの断片が一章。

すなわち!

 

「バルザイの偃月刀!!」

 

今、永劫が剣を得て羽撃いた。




デモンベインが出ると思った?
残念、アイオーンでした!!

……すいません、これには理由がきちんとあるんでまずは聞いてください。
デモンベインを今出さなかった理由はアルが隣にいないからです。
九郎がいて、アルがいて、それでデモンベインが居てこそだと筆者は考えてます。
アルと再会させることも考えましたが、序盤すぎっだろということで見送り。
ではどうするかなと考えて、思いついたのがアイオーンでした。

と言うわけで、デモンベインはまだ出ません。
でも必ず出すので、その時までお待ちください。

ちなみに、白式がアイオーンになっちゃった原因はちゃんと描写しているので、分からない方は読み返してみてください。


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07 Fly high

高く飛ぶ
空高く舞え、刃金の翼

疑惑のあの子の真実が明らかに。

それと活動報告に、私の感想返信についてのスタンスを書いた物を上げてます。
そこらへんどうでもいいと思ってる人はいいですが、まぁ興味があったら目を通してやってください。


その瞬間、自分は負けた、と一夏は思っていた。

無様だ何だと馬鹿にされたことは癪だが、しかしそういわれても反論できる何かをそのときの一夏は持っていなかったのもまた事実。

故に、迫り来るミサイルに対しても、一夏は何も行動を起こさなかった。

そして、自身が爆炎に呑まれ、意識さえも飲み込まれそうになった、まさにそのときだった。

 

《……っ! ……!!》

 

懐かしい声が聞こえた気がした。

それはほんの僅かな、爆音にかき消されてしまいそうなほど、小さな声。

しかし、それは一夏の耳に届いた。

その声が、一夏を引きとめた。

なぜなら、それは彼が望んでやまなかった少女の声に似ていたから。

 

「……あぁ、そうだな。このまま終わるってのも……後味が悪いよな」

 

どうせ終わるなら一矢報いて……いや、一矢どころか二矢も三矢も報いてやろう。

 

「だから……力貸せよ、白式ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

そして世界は白く灼き尽くされる。

その白い闇から……鋼が生まれた。

 

 

※ ※ ※

 

 

アリーナの空を、淡い粒子(フレア)が舞う。

日の光が照らす昼間においてなお、その粒子は宙に漂い、光を放っている。

そのフレアを生み出しているのは、一夏のIS、アイオーン。

アイオーンから生えている刃金の翼が、まるで鱗粉のように光を撒き散らしているのだ。

バルザイの偃月刀を手に、一夏は空を舞う。

それに対し、セシリアもその刃の範囲に捉えられまいとブルー・ティアーズの全力を持って空を翔る。

それは、まさに背徳的なまでに神秘的で、非現実的な光景。

今、アリーナでその試合を見ている全員が、その光景に魅了されていた。

 

しかしそれは傍から見た場合の感想だ。

当の本人達は、自分達がその様な神秘的な光景を生み出しているとは露知らず。

一夏から逃げる軌道を取りながらも、セシリアはスターライトを一夏に向け、数発射撃。

もっとも、それは掲げられた偃月刀により防がれてしまう。

強度もさることながら、幅広の刃を持つバルザイの偃月刀ならではの思い切った防御法。

 

「やっかいですわ……ね!!」

「そらそらどうしたぁ!! さっきまでの威勢がねぇぞ!!」

 

一夏はこうして相手に対して強がっているが、しかし状況が完全に良くなったかといえばそれは否である。

何せ、ファースト・シフトでISが自身にしっかりと合った物に変わったといっても、今まで消費したエネルギーが回復したわけでもない。

それにエネルギーはただISを動かしている間も徐々に消費されている。

いい加減に勝負をつけなければ、負けるのは一夏だ。

 

「ちぃ! ちょこまか逃げんな!! 偃月刀! 行け!!」

 

故に、一夏は勝負に出た。

なんと、手にしていた偃月刀をセシリアに向かってブン投げたのだ。

投げた偃月刀は、そのまま回転し、セシリアへと向かっていく。

その偃月刀を、セシリアは上昇することで回避する。

 

……自身に、二挺拳銃の銃口が向けられていることに、その時点で彼女は気が付いた。

 

「マカロニウェスタンはお好きかい?」

 

握られているのは無骨な回転式拳銃。

その銃口をしっかりとセシリアに向けた一夏は、そのまま狂ったようにトリガーを引き続ける。

そして吐き出される暴虐の塊を、セシリアは間一髪と言う様相で回避していく。

しかし、少しずつ、ほんの少しずつセシリアも被弾が増えてくる。

ISをまとっているのは人間。

人間の集中力と言うのはそれほど長く続くものではない。

 

しかしセシリアもただ逃げ回っていたわけではない。

銃弾の雨に晒されながらも、それでもある一瞬を待ちわびている。

そして、片側6発、計12発の弾丸を拳銃が吐き出しきったと同時に、セシリアは動く。

一夏の懐へ、まっすぐと。

 

「っ!? ちぃ!!」

 

スピードローダーを用いて弾丸を補充していた一夏は、それを見て舌打ちをする。

まさか根っからの射撃型という戦い方をしてきたセシリアが、自分の方へと突っ込んでくるのは予想外だったのだ。

その予想違いは、僅かな動揺を一夏に生み、生み出された動揺は一夏の手からスピードローダーを取り落とさせた。

 

「しまっ……!」

「インター・セプター!!」

 

手から零れ落ちたローダーに一瞬視線を奪われている間に、セシリアは一夏の懐へ接近。

自身のISに唯一搭載されている近接用武装を取り出した。

武装名を叫びながら呼び出すという、ISの初心者が武装を呼び出すために用いる方法を使って呼び出したにもかかわらず、それを恥じ入る事無く、むしろこの武装はこうやって呼び出すのが正しいのだと知らしめるが如く。

動揺していた一夏と動揺していないセシリア、どちらが先に動けるかは火を見るより明らかだ。

そして、インター・セプターは補助用の近接武装とはいえ、残り僅かであるアイオーンのエネルギーを削りきる事は十分に可能。

 

誰もが思う。

ここに、勝負は見えた。

 

「……へっ!」

 

しかし、鋼に覆われた一夏の表情は……笑み。

この危機的状況でなぜ彼は笑っていられるのだろうか?

既に打つ手はないと言うのに……

 

鋼の隙間から漏れ出た一夏の笑みの声に、セシリアは若干不審がりながらも、インター・セプターをアイオーンに突き立てようとし……

 

両者の僅かな隙間を割って入るように飛んできた物体に刃を遮られた。

それに動揺したのは、今度はセシリア。

割って入ってきたのは先ほど投げたバルザイの偃月刀。

それを右手でしっかりと握ると、一夏はそれを振りかぶり、振りぬいた。

それと同時に、セシリアが一夏へ突撃をかける際に隠れてパージしておいたブルー・ティアーズの一撃がアイオーンを貫く。

 

両者の動きが止まる。

そしてしばらく経った後に、慌てたようにアナウンサーが試合の結果を告げた。

 

『試合終了! 両者エネルギーエンプティにより、引き分けです!!』

 

 

※ ※ ※

 

 

アナウンサーの試合終了の合図を聞きながら、千冬は先ほどまで起こっていた事を思い返していた。

急に遮断された通信系。

異常が起こっているはずなのに、異常はないという結果を吐き出したプログラム。

そして、両者のエネルギーが0になり、試合が終了したと同時に復旧する通信。

 

「……なにが起きているんだ……?」

 

そこに人知の及ばぬ何かが潜んでいることには気が付かず、しかし何かが起こっていると認識した千冬が、誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。

 

「織斑先生」

「ん?」

 

そんな千冬に声をかけたのは真耶。

真耶はまっすぐに千冬を見つめると、口を開く。

 

「おかしなことはあったのは事実ですけど、まずは織斑君のところへ言って彼をねぎらってあげてください。代表候補生に引き分けなんて、善戦じゃないですか」

「……そうだな」

 

真耶の言葉にそれもそうかと納得すると、先ほどまで考えていた事を頭から振り払い、管制室を出て行った。

その背中を、真耶は見送る。

そして、千冬の姿が完全に見えなくなると同時に、既に一夏もセシリアも居なくなったアリーナを睨みつけた。

 

「…………」

 

そこに、まるで仇が居るといわんばかりに。

 

 

※ ※ ※

 

 

ピットに戻った一夏がアイオーンを待機状態に戻すと、すぐさま箒が駆け寄ってきた。

それに気づいた一夏は努めてへらへらとした笑みを浮かべる。

 

「わりぃ、勝てなかった」

「まったく、出る前にあれほどの事を言っておきながら情けない」

「せめて歯に衣着せれ。真実だけに言われると抉られる」

 

似たようなやり取りを入学直後にもしたような気がするが、この際それは置いておくことにした二人だった。

 

咳払いを一つし、箒は何かを言おうとして口ごもる。

 

「ん、あ~、その、なんだ。だが、代表候補に引き分けに持ち込めただけでも良いんじゃないか? うん、そうに違いない」

 

それは、彼女の不器用な慰め。

そうだと分かっているからこそ、一夏は余計なことは何も言わず、ただ一言答えた。

 

「……サンキュ」

「……ふん」

 

それからしばらく、二人の間に言葉はなかった。

二人の間に、なんとも言いがたい、もやもやした空気が流れ出す。

それを打破しようとするも、一夏は一夏で何を話せばいいのか分からず、箒もまた然りだった。

しばらく二人は黙り込んだあと、同タイミングで口を開こうとし……

 

「試合ご苦労だった、織斑……っと、なんだその視線は、織斑、篠ノ之」

 

千冬が部屋に入ってきたことによりうやむやになった。

思わずジト目で千冬を見ても誰も文句は言わない。

 

「いえ、別に」

「いいえ、別に」

「貴様ら……」

 

こんなときには変に息ぴったりな二人だった。

そんな二人の態度にため息をつきながらも、千冬はここに来た本来の目的を思い出す。

 

「そんな漫才をお前らとしに来たわけじゃない。織斑、初戦にしてはまぁまぁよくやった。だが無駄な動きが多すぎる。なんだ、あの二挺拳銃を扱う前のポーズは。カッコ付けか? 噂の中二病という奴か? あれは後に黒歴史になるという話しだから止めた方がいいぞ」

「……この姉は……」

 

最早何も言いますまい。

若干普段のモードが混じってきている姉に嘆息する一夏。

恐らく教師モードだった場合、もっと辛辣な評価をしてしまうと千冬も感じたのだろう。

 

「……すまん、少々話が逸れた。ここからはまじめな話だ。お前のISを少し此方で預からせてもらう」

「? アイオーンを?」

 

しかし、弟への労い? が終わったとたん、彼女は教師モードへと戻す。

真剣な表情になった彼女から飛び出た言葉は、アイオーンの調査についてだ。

 

「試合途中、エラーがなかったか?」

「あぁ、そういや最初は刀しか呼べなかった」

 

それがファーストシフトと同時にある程度使用可能となったのだ。

データに表示された武装が自身にひ非常に馴染みがあった武装だったため無意識のうちに呼び出し、扱っていたが、そもそも何で最初は使えなかったデータがあるのか、そのデータについて詳しく調査しなければならない。

開発者が入れた記憶のないプログラムであるがゆえ、今は異常がなくても、いつまたエラーを吐き出すか分からないからだ。

 

「そういう事ね。だったら断る理由はないな」

 

そういうと、いつの間にか一夏の首にかかっていたネックレス……一般人が見たらただの五芒星、しかし一夏から見たらこれまた馴染みのある物、旧神の紋章(エルダー・サイン)を象った物を千冬に手渡す。

 

「確かに預かった。調査は恐らく二日三日掛かるだろう」

「了解」

 

一夏からアイオーンを受け取った千冬はアイオーンを懐にしまう。

その動作と同時に、ピットの扉が再び開いた。

 

「失礼いたしますわ」

 

入ってきたのはセシリア。

セシリアは部屋に入り、何かを探すように部屋を見回し、探していた物を見つけるとまっすぐにそちらへ向かっていった。

向かった先に居るのは……一夏だ。

 

「ん? 何の用だ?」

「少々お話したいことがありまして。試合終了直後だというのに申しわけありませんが、宜しいでしょうか?」

「……まぁ良いけどさ」

 

セシリアの言葉にそう答えると、部屋を出ようとしているセシリアの後を追うように一夏も部屋を出ようとする。

 

「い、一夏、いったい……!」

「わりぃ、箒。なんか重要そうな話らしいから。また後でな」

 

その際、箒が一夏を留めようとするが、一夏は止まらず、そのまま部屋を出て行ってしまった。

その様子を、千冬はじっと見つめたまま一言。

 

「……流れについて行けん」

 

なんか残念な言葉だった。

 

 

※ ※ ※

 

 

どうやら、秘密の話というのは屋上でするとIS学園では相場が決まっているらしい。

一夏達の姿は屋上にあった。

他の生徒の姿は、やはり無い。

 

「風が気持ちいいですわね」

「そりゃ、さっきまで戦ってたんだし、いっそう気持ち良いだろうさ」

 

屋上を吹き抜ける風が、セシリアの髪を揺らす。

しばらく、二人の間に言葉は無かった。

しばらく無言の時間が続いた後、セシリアが口を開く。

 

「まずは試合の途中のあの言葉、謝罪させていただきますわ」

「言葉?」

「貴方を無様だと言った、あの言葉です」

「あぁ」

 

そういえば言われてたなぁ、とまるで他人事の様に思う一夏。

 

「貴方を見極めるためとはいえ、とんだご無礼を。お許しいただけますでしょうか?」

「いや、今は別に気にしてないから謝らなくてもいいんだけどよ。それよりも、見極めた結果俺と言う男はどうだったかの方が知りたいね」

「えぇ、素晴らしいと言うほかないですわ。決して逸れない、まっすぐなその瞳。窮地に陥っても諦めない心の強さ。男女関係なく、素晴らしい人間である、といえるでしょう。織斑一夏さん……いえ」

 

--大十字九郎さん?

 

瞬間、一夏はその場から飛び退り、セシリアから距離をとる。

 

「……何のことだ?」

「そうやって行動してからでは、私の言葉を肯定していると同義ですわ。まったく、相変わらず変なところで詰めがあまいお方ですこと」

「…………」

 

まるで大十字九郎を知っているかのような口ぶり。

それも、ただ知っているというわけではなく、かなり近しい存在であるということが先ほどの言葉から分かる。

 

「まぁ、アル・アジフ……あの古本娘も傍にいないようですし、あらかたそちらに気をとられていると言う点も大いにあるんでしょうけどね」

 

しかも彼女はアル・アジフの事も知っていると来た。

その言葉に、一夏はさらに警戒を強めて……ふと気づく。

大十字九郎を知っていて、それにアル・アジフを知っている。

さらにアルを古本娘と呼ぶ。

そんな要素を全て兼ね備えている少女の名前を、一夏は、否、九郎は一人だけ知っている。

 

「……まさか……姫さん?」

「あら、ようやくお気づきになられましたか? 大十字さん。はい、私の名前は覇道瑠璃。ですが今はセシリア・オルコット、と言う事になっているみたいですわ」

「……で……」

「で?」

 

「でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

一夏の叫びが、IS学園の敷地中に響いた。




まぁ、恐らく誰もが想像できてたでしょうが、セシリアさんは実はセシリア(in 瑠璃)さんだったというお話です。
というか、この小説のネタを考え付いたのも

セシリアと瑠璃さん似てね?

と言う謎思考が生まれたためです。

お嬢様だし、両親死んで若い身で家次ぐ羽目になったし、最初は主人公の事忌々しく思ってたし、なんだかんだで仲良くなったし……うん、似てる似てる。
唯一違う点を上げるとすれば、瑠璃さんはセシリアほどちょろくないってこと位かなぁと。
そこからどんどん妄想が膨れ上がったのがこのお話というわけなのです。


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08 Cecilia

セシリア
それは、少女が辿った人生の道筋。

この話でのセシリアさんは大体どんな感じのキャラなのかを軽く説明するのがメインの話です。
それと他のキャラの場面とかをちょろっと。


セシリア・オルコットと言う存在が、両親を列車事故で亡くし、幼くしてオルコット家頭首を次ぐことになり、誰もが思ったものだ。

 

--幼い少女に何が出来る。

 

実際、そう思った顔も知らぬ、あった事も無い『親戚共』が、まるでハイエナの如くオルコット家に擦り寄ってきた。

頭首は政治のせも、経営のけも知らぬ幼い少女。

しかし家の力は非常に大きい。

こちらの思うとおりに動かすことは実にたやすく、うまく行けば自らが甘い蜜を吸えるのは最早確定している。

そう、誰もが思っていたのだ。

 

しかし、メイド一人を引き連れ現れた当の本人は、寄ってきたハイエナ共をこう一喝したのだった。

 

「失せなさい」

 

本来であれば、そのようなことを言われれば誰もが怒り狂うような言葉。

しかし、その場の誰もが、怒りを持つことは無かった。

持つことさえ忘れてしまったのだ。

他でもない、セシリアの持つ空気、雰囲気、オーラにあてられて。

 

それはまさに威風堂々。

幼い、まだ何も知らぬはずの少女が持つはずの無い、絶対的な王者の風格を、彼女は持っていた。

それにあてられ、ハイエナ共は萎縮し、誰しもが思う。

 

--この女に逆らって、未来は無い。

 

それほどまでの圧倒的なカリスマだった。

 

そこからのオルコット家の躍進は、当時を知る人いわく『悪魔めいている手腕を以ってなされている』といわれるほどだった。

頭首となったセシリアは家の持つ財産の殆どを、その当時は弱小であったとある企業に投資。

投資家達の間で気が狂っているだの、やはり無知な者かとの声もあったが一切合財無視。

その結果、企業は一躍大躍進。

イギリスの、いや、欧州の中でも有数の力を持つ企業へと大成長を遂げた。

ここまで、頭首をついでからおおよそ3~4年。

悪魔めいた手腕といわれるのもおかしくは無いほどの、急激過ぎる発展。

そこから得た資金を元に、セシリアは自身の家の力を着実に伸ばし、ついにはオルコット財閥とでも呼べる物を作り出す。

 

幼いながらも、悪魔めいた手腕を持つ者。

そのような事もあり、彼女は異質な存在、畏れるべき存在であると、世界中に認識されていた。

 

そして彼女が擁するオルコット財閥には、二つ名と呼べる物が存在した。

 

まるで未来が見えるかのように、誰も邪魔できぬ絶対的な道を、覇道を行く者。

すなわち、『覇道財閥』。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……こうして、今では傘下企業をIS事業に参加させたりとまぁ忙しい日々を送っております」

「なるほどな。けど、何で姫さんが今みたいなことに?」

 

一夏が言っているのは、なぜセシリアが自分のようにセシリア・オルコットと言う少女に入り込んでいるのかと言うことだ。

それが分かれば、自身に何が起きているのかも分かるはず……しかし、セシリアは首を横に振る。

 

「それが分かったら苦労しませんわ。私としては、ヨグ=ソトースを通り行ってしまった大十字さんの帰りを待って、待って、待ち続け、結局老衰で死んでしまいましたもの」

「……ナヌ?」

 

老衰で死んだ?

その言葉に疑問を抱くと、他でもないセシリアがネタばらしをした。

 

「私、一応覇道瑠璃としては100歳近くまで生きましたのよ?」

「……マジデ?」

「マジ、ですわ」

 

一夏は思う。

そりゃ、数十年も世界中に影響力を持つ財閥のトップやってた人が入り込めば、誰も逆らえないカリスマ持ってたり、どこにどのような投資をすればどのような結果になるかをほぼ的確に予想するのは決して不可能じゃない。

ようは経営チートである。

 

「……ってことはあれか、今の姫さんは100越えのおb」

「お黙り、愚人(フール)

「何も言ってません! サー!」

「よろしい。今の私は15歳の可憐な乙女です。いいですね?」

「華のように美しいお方であらせられます!」

 

長年人の上に立って暮らしてきた彼女のカリスマに、根っからの小市民である一夏は屈した。

口は災いの元である。

 

そんな一夏の様子に、セシリアは呆れを交えた苦笑を浮かべる。

 

「まったく、変わりませんわね、貴方と言う人は」

「まぁな。人間、死んだ位じゃそうそう変わらない。姫さんだってそうだろ?」

「まぁ、確かに……ところで大十字さん。貴方の話もお聞かせくださいな。私の話だけを聞いて自身は語らぬというのはいささか不公平ですわ」

「それもそうだな」

 

それから一夏が語ったのは今まで自分が歩んできた道。

 

魔人との決戦。

その裏にあった邪神の罠。

それらを乗り越えた先に待っていた別れ。

この世界に来てからの事。

 

それら全てを、一夏は語った。

 

「そうですの……しかし、あの山羊の餌はどこをほっつき歩いているのやら」

「そうだなぁ……ま、アルの事だし、いつぞやのように空から降ってきたりしてな」

「ずいぶん気楽に構えてますわね……」

 

セシリアの言葉に、一夏は笑みを浮かべて答える。

 

「それが俺様だからな!」

「……要するに能天気な奴だといっているんです。胸張らないでくださいませ」

「……どいつもこいつも歯に衣着せるという技術は持たんのか」

 

こんなしまりの無いやり取りも、何もかもが二人には懐かしかった。

故に二人とも、同じことを思う。

 

--絶対的に、パズルのピースが足りていない。

 

『まったく、汝等はなにを阿呆なやり取りをしておるか』

 

二人の耳に、ある少女の声が聞こえたような気がした。

それは果たして幻聴だったのだろうか。

 

 

※ ※ ※

 

 

学園の廊下を一人の少女が歩く。

その少女はまっすぐ前を見ていながら、しかしその目は別のどこかを見ていた。

 

「……無様……か」

 

一夏がアリーナで声高らかに叫んだあの言葉は、この少女、更識簪の心に強く響いていた。

 

--羨ましい。

 

あそこまでまっすぐに自分の無様さを認め、それでもいいだろうと言い張れる彼の強さが。

自分の無様さ、弱さを認めながら、しかしそれでも前に進めるのは、すなわち心の強さだ。

それは、無様さを、弱さを隠す自分には持たざるもの。

だからこそ、彼の言葉は胸の深くで響き、今なおその響きは止むことは無い。

 

「……私も、あんな風に強くなりたいな」

 

力ではなく、心がそうありたい。

 

織斑一夏と更識簪の境遇は実に良く似ている。

優秀な、偉大な姉を持っているというコンプレックスを、二人は互いに持っているはずなのだ。

なのに、何故織斑一夏はああまで強くあれるのか。

簪は、それが知りたい。

 

「……今度、もうちょっと織斑君とお話してみようかな」

 

そうすれば、少しはあの強さの事が分かるかもしれないから。

 

「……ついでにあのISの見た目について詳しく聞こう」

 

更識簪。

IS学園1年4組在籍。

趣味……特撮、ロボットアニメ、ヒーローアニメ。

そんな彼女の琴線に、アイオーンの見た目はがっちり触れてしまったようだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

闇の中を、僅かな光が照らす。

その闇に潜むのは果たして我らの知る物であろうか、はたまた百鬼万魔の類であろうか?

 

そんな伏魔殿の主は、椅子の背もたれに優雅に寄りかかりながら、その光……モニターに映る映像を見つめる。

その映像を見るその目に去来するのは……何であろうか?

 

羨望? 嫉妬? 情愛?

 

少なくとも、一つの言葉でくくれる類の物ではないのだろう。

 

「うーん、まだ覚醒は中途半端ってところかなぁ」

 

闇の主は、自身の頭についていた機械式の兎耳をぴこぴこと可愛らしげに動かすと、映像を見て抱いた結果を呟く。

 

「相手が悪い? それともまだ舞台は整っていない? ……あぁ、他人から借りた舞台で演出をするというのはなんともまぁ、面倒くさいなぁ……」

 

声の主はそう呟くと、モニターの電源を切る。

これにより光は失われ、この狭い世界は完全な闇に包まれる。

……闇が、蠢いた。

 

「……まぁ、新鮮ではあるね。あの時は何からかにまで私が準備しなくちゃならなかったから、こうもうまい具合に準備がある程度されてると、楽でいい。怠けちゃいそう」

 

その闇の中に、炎が生まれる。

その炎は三つの瞳のようにも、別の何かのようにも見える。

 

「でも、私は脚本家。怠けてばかりじゃぁ居られない。開演まではしばしお待ちを。準備は整っているからとはいえ、まだまだ足りてはおりませぬ」

 

そう、足りていない。

何もかもが足りていない。

 

白き王はここにいる。

運命の切欠の女王もここにいる。

女王に拳を捧げた従者もいる。

時に忌まわしき、時に頼りになる道化もいる。

白き翼の天使もいる。

 

……だが、まだ足りぬ。

担い手を導く書が足りない。

高潔な騎士もたどり着いていない。

違えた血もいない。

白き王とついになる絶対的な敵、黒き王もいない。

 

そして何より……魔を断つ、無垢なる剣が足りない。

 

「どれか一つがかけても駄目なんだよ。それら全てそろって、初めて我らの宇宙を開放する条件となる。あの時は弾かれ、失敗したが、今回ははてさて、どうなるんだろうねぇ……」

 

--『僕』の演出するこの脚本は……ね。

 

闇が、嗤った。

 

 

※ ※ ※

 

「はい、と言うわけで、一組のクラス代表は織斑君に決まりました。一つながりで縁起が良いかもしれませんね」

「なんか試合結果は引き分けだったのに俺が代表にされている件」

「まぁ引き分けでしたので、その後は投票と言う形で選ぶことになりまして」

「俺の意思がどこにもないじゃねぇか!」

「投票は~?」

『ぜった~い!!』

「某掲示板の安価か!?」

 

クラス代表決定戦の翌日、教室へたどり着いた一夏を待ち構えていたのは一夏がクラス代表に決まったという現実だった。

ちなみにセシリアは副代表と言うことで代表である一夏の補佐を努めるようだ。

 

「つーか普通逆でしょそれ! 俺が補佐でセシリアが代表でしょ!? どーしてそう一夏さんに押し付けようとするかなぁ!?」

「仕方ありませんわ。クラスの総意ですもの」

「俺の意思が介在していない!」

「世界の存続のためには、一人の犠牲もやむなしですわ」

「そもそも犠牲を出さずにしようとする気はないのか!?」

「1を捨て9を救う……その選択を強いられるのが人生ですのよ?」

「喜んで俺を犠牲の1に放り込んだくせにぃ!!」

 

まぁここで一夏がどう騒ごうが、このように全力で拒否してくるだろうという未来を見越した千冬が既に上に書類を通してしまっているので、結局一夏は代表になる運命からは逃れられないのだが。

 

ともかく、周りの女子から激励の言葉やら何やらをいただいている一夏を、不機嫌そうな目で見ている少女が一人居た。

篠ノ之箒である。

 

(まったく、女子に囲まれて鼻の下をのばしおって……)

 

……あれが鼻の下を伸ばしているように見えているあたり、いかに彼女の感情があれているかが良くわかるだろう。

実際には女子にいじられてマジ泣きしているのだが、そのあたりは見えていないらしい。

 

「泣くぞ!? 一夏さんほんとに泣いちゃうぞ!?」

「って言うかもう泣いてる!?」

「男泣き!!」

 

一夏が女子の傍に居る、と言う事に対し不機嫌になっていることから分かるように、彼女一夏に恋心を抱いているのだ。

もっとも、今までその思いを打ち明けたことなど一度もなかったりするが。

 

……かなわぬ恋である、と指摘するのは酷であり、無粋であろう。

かなうに越したことはないが、かなわずとも恋をするということは決して無駄ではないのだから。

 

 

※ ※ ※

 

代表が決まろうが、何が起ころうが、よほどでない限り授業は始まる。

今回の授業はグラウンドでの実技指導であった。

 

「さて、今回も私が担当する事となった、きちんとついてこい……っと、その前に織斑、ISを返却しよう」

 

千冬がグラウンドで整列している生徒達にそういうと、一夏を呼び、預かっていたアイオーンを返す。

 

「あれ、二、三日かかるって言ってたんじゃ……」

「それがだな、何も分からなかった」

「はい?」

 

分からないとはどういうことなのだろうか。

IS学園とはあらゆるISが集う場所。

それに見合うように技術、設備などは企業のそれと引けをとらないほどだ。

だというのに、その技術や設備を駆使しても分からない?

 

「正確には調べようとするとロックがかかるんだ。件のプログラムの部分にだけな。あれこれ手を尽くしたが結局ロックを解除できなかった。このISはお前の自衛手段もかねているからな、出来ないならなるべく早く返すのが得策だと思ったのだ」

「ロック、ねぇ……」

 

受け取ったアイオーンを首につけながら呟く。

授業によるとISのコアには意思のようなものが存在するらしい。

もしかしたらその意思が見せるのを拒否したのだろうか? などと一夏は考えていた。

 

一夏がアイオーンを受け取ったことを確認すると、千冬は生徒達に向き直り、授業を再開した。

 

なお、この授業で一夏は別世界の彼のようにグラウンドに穴を開けるという失態は起こさなかったということを、ここに報告しておく。




いやぁ、束さんはいったいどうしちゃったんだー(棒)

と言うわけですでに出ている&これから出すであろうデモベキャラのヒントと言うか答えそのものを。
が、あくまで予定なんでもしかしたら増えるかもしれないし、逆に減るかもしれないです。

軽いプロットは決めても大体は行き当たりばったりで話を書くクラッチペダルであった。


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09 Raid

襲撃
平和な日常の影から、闇がついに襲い掛かる。

今回はどちらかと言えばデモベよりの話です。


「それじゃ、主役も到着したことだし……」

「織斑一夏、クラス代表就任記念パーティー! はっじまーるよー!!」

 

「わぁい!!」

「パーティー会場に乗り込めー^^」

「おっと貴様は三組の者だな!? ここから先は一組生徒にのみ許された楽園(アヴァロン)さ!」

「その入り口、殺してでも押し通る!」

 

「……なにこれ」

「ふふふ、モテモテ、と言う奴ですわね、色男」

「姫さ……セシリア、そうからかうなって」

「ふふ、これは失礼」

 

目の前で繰り広げられる光景に、一夏はもはや項垂れるしかない。

寮の食堂を貸しきって行われたのは、一夏がクラス代表になった事を祝うパーティーだった。

当然、それに入り込もうというほかのクラスの猛者も居たのだが、悲しきかな一夏はあくまで一組の代表。

参加資格は一年一組生徒であるという物だった。

上級生相手でもこの掟は絶対で、一組生徒が上級生特権を振りかざし入ろうとしてきた上級生をそのプレッシャーで退散させたことはもはや伝説であろう。

 

そんなこんなでパーティーを楽しもうとする者、不法参加者を取り締まる者、そんな門番を通り抜けようとする者など、かの千の無貌さえも匙をアザトースの庭に放り投げそうなほどの混沌が、そこにはあった。

 

……むしろあの邪神なら一緒にはやし立てる側だろうか?

 

そんな事を思いながら、一夏はセシリアとの会話のある一場面を思い出していた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「世界中のあらゆるところで字祷子反応が?」

「ええ。ここも人の世である以上、表には出ていなくとも裏の世界で魔術があるのかもしれない。そう考えた私達は持てる技術を総動員してそれに対抗する術を開発してきました。そんな中、世界の各地に字祷子反応が現れだしたのです」

 

つまりそれは、この世界にも魔術師が居る、と言う事だ。

 

「私が貴方に目を付けたのは、当然貴方からも字祷子反応があったからです。もしかしたら、かの逆十字(アンチクロス)のような世界を混沌に陥れる魔術師なのでは? と。まぁ見ているうちにうっすらと大十字さんなのでは? と思えるようになり、実際のその通りだったのですが」

 

セシリアの口から聞かされたその言葉に、一夏はばつが悪そうにする。

恐らく、自身の字祷子反応の原因は、かのネクロノミコンの写本であろう。

なにせ正真正銘のマスター・オブ・ネクロノミコンである一夏……九郎が、その脳に刻み込んだアル・アジフの記述をそっくりそのまま書き記したのが現在所有しているネクロノミコン。

すなわち、内容的には他の写本のように欠けている部分など無い、アル・アジフと同等の魔導書なのだ。

この本が数十年ほどの年月を経れば、精霊化するかもしれないほど、と言えばどれほどの力を秘めた写本なのかが良く分かるだろう。

が、あくまで写本は写本。

それほどの力があろうと、アル・アジフそのものよりは確かに劣っているのだ。

 

 

「……しかし、世界各地に字祷子反応が……碌な事にならなきゃいいけどな」

「常に最悪は想定しておくべきです。それも、とびっきりの最悪なら特に念入りに」

 

そういいつつ、セシリアは一夏の手をとる。

 

「……あの頃は、結局あなた方に背負わせてばかりでした……ですが、今は違います。邪神どもにどれほど対抗できるかは分かりませんが、それでも私はISと言う戦う力があります……今度は、貴方の背中ぐらいは、きっと守って見せます」

「……姫さん」

 

それは、セシリアの、否、覇道瑠璃の決意。

いつも彼女は彼の背中を見る立場に居た。

九郎が戦っているときはいつも覇道邸地下の司令室で彼を見ていたのだ。

安全な場所で、ただ見ていたのだ。

もちろん彼女にはそこですべき事があり、決して怯えてそこにこもっていたわけではない。

それでも、危険の真正面で戦っている九郎よりははるかに安全なのだ。

 

だと言うのに、殆ど全てを任せてしまっていたのに、九郎はそのことを責めようとはせず、むしろそれが当然だとばかりに笑い、そして瑠璃達の前に率先して飛び出て戦うのだ。

 

--後味が悪い。

 

ただこの一言で、彼は自らが傷つくことも厭わない。

そんな彼の様子が頼もしく、同時にそんな彼を見るのが痛々しく、そして、そう思いつつ彼の痛みを減らすことが出来る力が無い自分が、瑠璃は悔しかった。

 

「……ありがとな、姫さん。でもやっぱ俺は今までみたいにとにかく前に出るさ。気にくわねぇやつは自分でぶん殴りたい奴なんだ、俺は」

「わかってますわ。ですから、その時は勝手についていきますわね?」

「……そっか」

 

それっきり、二人の間に言葉はない。

それでも、それは決して気まずい沈黙などではなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

(魔術師か……ただでさえISで世界は混乱してるってのに、ここで魔術師まででしゃばって来られちゃ……)

 

恐らく、いや、確実にろくな事にならないだろう。

そして、そうなった時は……

 

(アル、どうやら俺は平穏無事に過ごすってのは遠い理想みたいだ)

 

だが、少なくとも今は。

このように宴に騒いでいる人がいる今だけは、せめて平穏であってほしい。

一夏は切にそう願う。

 

「……主役が隅に居てどうする、一夏」

「千冬姉……でいいよな、今は? 放課後だし」

「ああ。今はな」

 

そんな一夏の傍にコップを二つ持った千冬がやってくる。

放課後、それも宴の席と言うことでいつも以上に堅苦しさが抜けていた。

千冬は、二つ持っている内のひとつを一夏に手渡す。

中に入っているのは色からしてオレンジジュースのようだ。

 

二人は並びながら壁に寄りかかり、無言でコップの中の飲み物をあおる。

しばらく無言が続くかと思ったそのとき、千冬が口を開いた。

 

「平和だな」

「なんだよいきなり」

「……いや何、私が居て、お前が居て、私を慕うあの馬鹿共が居て……ほんとに平和だなと思っただけだ」

 

何の脈絡の無い言葉に、一夏は怪訝な顔をする。

それに対し、ふとでたこの言葉の理由を述べようと思い、やめた。

千冬の胸中によぎるのはクラス代表決定戦の時の、あの不可解な異常。

システムチェックでは正常であったはずなのに、実際には異常が発生していて、それがまるで一夏達の試合を見届けたかのように消えた。

もちろんその後に通信系統のみならずアリーナに関わる全システムをチェックしてもやはり異常は一つも見つからなかった。

その事に、千冬は何か良くない物の気配を感じているのだ。

もちろん、それが何かまでは分からない。

ただ自分のあずかり知らぬ領域で、何かが起こっている。

それだけは、千冬でも分かっていた。

 

それに対する不安を一夏に打ち明けようとし、しかし彼女はそれを止め、当たり障りの少ない言葉に変えた。

 

それは、このようなことで宴の主役にいらぬ不安を抱かせないようにと言う配慮と、それを一夏に言えば、一夏がどこか遠くへ行ってしまうと言う確信めいた予感があったからだ。

一夏も、その言葉にまだ何かを言いたそうにしていたが、そんな千冬の思いをを察したかのように口を閉ざす。

 

一夏達が並んでいる一角のみ、宴の最中とは到底思えぬ空気が流れていく。

そんな中、一人の少女が一夏達に近づいていた。

その少女の名は……篠ノ之箒。

箒は一夏達の傍へ来ると一夏の腕を掴み千冬に口を開く。

 

「すみません。パーティーの主役がいつまでたっても来ないので迎えに来ました」

「ちょっとま……いや、なんでもない。連れて行くといい」

 

箒のその言葉に彼女を止めようとした千冬だが、このまま一夏と居ても恐らく何も進展は無いだろうと思いなおすと、箒に一夏を連れて行くように言う。

千冬の言葉を聞いた箒はそのまま一夏をパーティー会場となっている食堂の中央へと引っ張っていった。

 

引っ張られたことによりやや体勢を崩しながらも、一夏は転ばぬように何とか箒と並び立つと、呟くように言った。

 

「……ありがとな、箒」

「……ふん」

 

その言葉に反応した箒の頬は、真っ赤に染まっていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

その後もパーティーは続き、新聞部が取材という事で鉄壁の門番の許しを得て一夏に取材しにきたり、その際一夏とセシリアのツーショット写真を撮ろうとしたり、その写真に一組生徒全員が入り込もうとしたり、それをセシリアが華麗なインターセプトで阻止し、見事ツーショット写真に仕立て上げたりとこまごまとしたことはあったが、おおむね平和にパーティーは終了した。

そして寮への帰り道。

一夏は一人で敷地内の森の中に居た。

まるで夜の森を散策しているかのようにゆったりとした足取りで森を歩き、やがてその足を止めた。

 

「……で? さっきから付いてきてる奴は何のようだ?」

 

そして振り返りざまに森の闇にそう言葉を投げかけた。

その声に返答したものはいない。

 

……否、木陰から影が一つ歩み出る。

その影は、森の闇よりなお昏い姿をしている。

まるで周囲の闇を服のようにまとっているかのようだ。

 

そして、その影が森の木々の隙間から差し込む月の光に照らされたことにより、一夏もようやくその影の正体を察することができた。

 

それは、おおよそ人と同じ大きさではあるものの、その身体はまるでゴムのような質感を感じさせる爛れた肌をしており、その顔は飢えた野犬のよう。

その身をつねに前かがみにして動くそのかげの正体は……

 

食屍鬼(グール)か。なるほど、道理で……昏い闇の臭いがするわけだ。鼻につく、やな臭いだぜ」

 

その言葉に反応したかのように、影……食屍鬼は常人が聞けば魂を削られそうな叫びを上げながら一夏に飛び掛った。

もし、一夏が本当に普通の人間であれば、この時点で彼の精神は粉々に砕け、魂は瘴気に侵され、その果てに発狂し、死を迎えるだろう。

しかし、あぁ、だがしかし、一夏は普通ではない。

確かに、その肉体はまごう事なき人間である。

しかし、それでありながら、彼は外道の知識を用い、外道を狩る者なのだ。

 

「……接続(<<アクセス>>)っ!!」

 

その言葉と同時に、不意に風が起こり、一夏が着ている制服の上着の裾がたなびく。

そのたびに見え隠れするのは、ホルダーを以って腰に固定されている一冊の書物。

その書物……ネクロノミコン写本から、僅かに光が漏れる。

もれでた光は、常人には理解できない文字列……術式の螺旋となって一夏の周囲を舞う。

その術式が、やがて一夏の突き出した右手で炎をとなる。

その炎を振り払うかのごとく腕を振るえば、その手には一振りの刃。

 

「ヴーアの無敵の印に於いて……力を与えよ!!」

 

それは、一夏がアイオーンを纏っていた際に使っていたバルザイの偃月刀だった。

しかし、あれは通常のISでは走らせることは出来ないプログラムで出来てはいたが、しかしISでも使えるように改変され、模造された物。

しかし、今一夏が握っているそれは違う。

それこそ、外道の識を以って外道の式を操り練成した、まさに書に記されしバルザイの偃月刀そのものなのだ。

 

バルザイの偃月刀は、刃であると同時に魔術師の杖でもある。

握るだけで、それは一夏の魔力を底上げしてくれていた。

 

迫り来る食屍鬼の鉤爪のような手に、底上げした魔力での身体能力強化の魔術をかけて反応し、刃でそれをそらす。

そしてがら空きとなった胴体に刃が吸い込まれた。

何の抵抗も無く刃は食屍鬼の身体を通り抜け、刃の通り道をなぞるように炎が上がる。

炎とは、古来より浄化の力があるとされる。

ならば、その炎はさながら外道の魂へのせめてもの慰めか。

 

燃え尽き、灰すら残らずに闇に溶けていった食屍鬼を見届け、一夏はただ立ち尽くす。

 

そんな一夏の背後に迫った影が……振り向いた一夏によって撃ち抜かれた。

 

いつの間にか偃月刀を左手に持ち替えていた一夏の右手に握られていたのは……黒と赤。

その口より吐き出すのは、暴虐の限りを尽くす50口径弾。

 

「バレバレなんだよ」

 

背後から迫っていた新手の食屍鬼に振り向きざまの一発をお見舞いしていた一夏は、そのまま地面で僅かに痙攣している食屍鬼に無慈悲に弾丸を食らわせた。

やはり、この食屍鬼もその遺体は闇へと溶け、塵すら残らなかった。

 

「しかし、なんでったって食屍鬼がこんなところに……」

 

完全に周囲の闇の気配が消え去ったことを確認すると、一夏はポツリと呟く。

セシリアの話により、この世界にも知られざる闇の世界が広がっていることを知った一夏だが、それでもその世界の住人がこうして実際に目の前に現れたという事は衝撃的なことである。

 

そして、コミュニケーションをとることさえ可能な彼らが言葉も無く襲い掛かってきたと言うことは、襲い掛かってきたのは食屍鬼二つの派閥のうちの一つ、自らの欲のために屍を作ることも厭わない、背教派と呼ぶにふさわしい派閥に所属する者たち。

そして、その派閥で崇めているのは……

 

「……まさか、てめぇが居るのか……? ナイアルラトホテップ」

 

そう、背教派が崇めているのは、かの邪神、千の無貌、ナイアルラトホテップである。

 

ここでようやく、一夏はこの世界に闇が近づいていることに気が付いた。

 




今回は一夏は食屍鬼に襲われました。
ここに来て、一夏はようやくナイアルラトホテップがこの世界に居るのでは?
と疑いだしています。

次回からはクラス対抗戦編になります。

ちなみに、一夏と鈴の関係も原作とは違ってますので、その点はご了承の程を。


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10 Doubt

疑念
未だに分からぬことは多い。
それは、闇が深すぎるが為。

今回から代表戦編が始まります。


パーティーから一夜明け、一夏は昨夜遭遇した食屍鬼の事をセシリアにも伝えるため一緒に登校していた。

本来ならばこの事は他人には広める気は無いのだが、セシリアは別である。

セシリアの魂は、こことは別の世界で共に戦った戦友であり、雇用主でもあった覇道瑠璃その人の物なのだから。

人物的に信頼できると言うこともさることながら、理不尽に立ち向かうための正しき怒りももっている。

彼女に伝えないと言う選択肢は、一夏には無かった。

 

「なるほど、食屍鬼が……その裏に居ると言うのですね? 邪神が」

「あぁ。食屍鬼には大まかに二つの派閥があるんだ。一つは伝統派って言って、そのとおり今までのように墓荒らしをして死体を手に入れ食らうって言う奴等だ。それはそれで迷惑だが、少なくとも理由無く人間を襲わねぇし、この派閥に属してる奴等は十分コミュニケーションも可能だ……精神が瘴気に耐えられれば、だけどな」

「今回襲ってきたのはもう一つの方ですの?」

「そ。背教派って呼ばれてて、欲のまま人を襲い死体を手に入れるまさに害悪。こいつらにコミュニケーションなんざ期待するだけ無駄って事」

「本当に迷惑極まりないですわね」

 

一夏の言葉にセシリアはため息をつく。

魔術の世界に触れ続け、それで居て100歳ほどまで生きて大往生した身としては、できれば平穏無事に過ごしたかったという思いもあったからだろう。

いくら準備をした所でそれが無駄になってくれたのならそれはそれでいいし、字祷子反応が出てもそれらが表世界で迷惑をかけるようなことをしなければそれもまたいいのだ。

 

が、こうして人ならざる者が人の世界へと踏み込んでしまった。

そして、それに気づいているのは今のところ一夏とセシリア、そしてセシリアの従者の極一握りである。

 

そりゃため息もつきたくなるだろう。

そんなセシリアの心情を十分理解できるのか、しばらく間を置いて一夏は言葉を続けた。

 

「で、伝統派が信仰しているのはモルディギアンって奴で……まぁこっちは今はどうでもいい。問題は背教派が何を信仰しているのかって事だ」

 

そこで一端言葉を区切り、一夏はセシリアを見やる。

セシリアも聞く覚悟は出来ているらしい。

その事を確認した一夏は、口を開いた。

 

「背教派が崇めているのは……ナイアルラトホテップだ」

「……かの世界の裏で糸を引いていた、あの邪神を……」

「あぁ。だから、今回の襲撃もナイアルラトホテップが絡んでるのは確実だ……気をつけてくれよ姫さん。あいつはまだ諦めてねぇ。混沌の生まれでる場所、外なる神々の宇宙、アザトースの庭の解放を」

「いよいよ以って、ため息をこれでもかとつきたくなる現状ですわねまったく」

 

セシリアの言葉を尻目に、一夏はしかし、と疑問に思う。

 

(でも、あれを開放するにはトラペゾヘドロンがいる……でも、それは今なくなってるはずなんだ)

 

そう、あの最終決戦で、二つに別たれていた神器は自分の元で一つになり、そしてデモンベインと一緒に失われたはず……

 

(いや、別にトラペゾヘドロン自体が失われたわけじゃないか……が、そう簡単に奴はあれに手出しできないのは確か。それに、二つの神器は一つになってる。トラペゾヘドロン同士をぶつけ合い、互いを破壊することで解放するなんてのは不可能……)

 

何か、言いようの無い何かが一夏の思考に引っかかる。

何か見落としていると警鐘を発する。

しかし、一夏にはそれが分からない。

いったい、自分は何を見落としているのだろうか……?

その何かに手を伸ばし、何とか触れようとするが、それに触れることは出来なかった。

 

「……あぁくそっ! なんかすっきりしねぇなぁ!」

「そうですわね……っと、教室に着きましたわよ、一夏さん」

「……ん、おぉ、さんきゅ、姫さん」

「……今の私は覇道瑠璃ではないので、出来れば昔の呼び方はやめてくださいませんか?」

「わりぃわりぃ、なんつーか、昔の癖でさ」

 

先ほどまでとは違い、軽口を叩きあいながら教室に入る。

そしてふと気づく。

何やら教室の中が妙に騒がしいような気がする。

 

「……なんだ?」

「さぁ……?」

 

とりあえず入り口で首を傾げていても何も分からないため、手っ取り早く情報収集。

まっすぐ箒の席に向かうと、箒も一夏に気づき挨拶をする。

 

「おっす箒」

「む、おはよう一夏」

「さっそくだけど、何の騒ぎ?」

「何でも、二組に転入生が来たそうだ。中国の代表候補だとか」

 

それを聞いて、一夏は納得する。

 

代表候補生とは読んで字の如く、各国のISの代表の候補。

つまり、エリートである。

故に、IS学園の生徒達には半ば尊敬の目で見られるのだ。

いわば一種のアイドルのようなものである。

 

「ふむ、でしたら、『この私の実力を危ぶんでの急な転校でしょうか、おほほほほー』とでもいったほうが宜しいでしょうか? 世間一般の貴族キャラ的に」

「妙な軋轢産むだけだからやめれ」

「……む」

 

二人の横合いから、いつの間にか教室で別れていたセシリアが半ば棒読みの台詞を携えてやってくる。

それに対し、一夏は冷や汗を流しながら反応し、箒は急に間に入ってきたセシリアに若干の敵意を向ける。

そしてセシリアは……

 

(……まるで炎のような方ですわね、篠ノ之さんは)

 

そうとばれないように箒の事を見ながらそう評価していた。

 

若さ故という物もあるだろうが、それを抜きにしても自身の感情に素直で、強い意思の光を放っている。

しかし、炎はどれほど注意を払い扱っても、少しの不注意で燃え上がり、周囲を焼き尽くすように、彼女も少しの事で感情の制御が狂い、周囲に甚大な被害を与える可能性が非常に高いとセシリアは見ている。

それに、何もなくとも彼女自身が元来感情の制御もやや苦手なようだ。

現に、恐らく普通の人でも分かりやすい位に表情が変わっている。

 

これはセシリア……否、瑠璃が自身が生きている間に培った観察眼から導き出された評価。

自分で言うこともおかしいかもしれないが、彼女自身もその観察眼を信頼している。

 

(……何事も起こらなければいいのですがね)

 

そう思いながら、セシリアは人知れずため息をつく。

そんな望み、神はかなえてくれやしないと分かりきっていながらも。

 

そしてふと彼女が気が付くと、一夏が女子生徒に囲まれていた。

 

「転校生のことも気になるけど、それよりも差し迫ったクラス代表戦だよ!」

「絶対勝ってよ? なにせデザート半年フリーパスがかかってるんだからね!」

「二組の代表は専用機持ってないんだし、織斑君なら楽勝だよ!」

 

女子の言葉を聞いて、今度は呆れのため息をセシリアはつく。

 

どうにも、専用機=無条件に強いと勘違いしている人の多いこと多いこと。

世の中には専用機持ちを量産機で倒すような存在も居ると言うのに……

 

例えば、自分の財閥で保護した少女みたいに。

 

そんな事を思っていると、急に教室の扉が開く。

開いた先に居たのは、一人の少女。

 

「その情報、古いよ」

 

少女はそういうと、すたすたと教室の中に入ってくる。

まっすぐ目指すは……一夏。

彼女と一夏の間に居た生徒達は、少女の放つ気迫に押され、まるでモーゼに割かれた海のように脇に退き、道を作る。

そして、少女は一夏の目の前までやってきた。

 

「二組の代表、ついさっき専用機持ちの私になったから」

「……久しぶりだな、鈴」

「えぇ、お久しぶり」

 

それっきり、二人の間に言葉は無い。

二人はそのまま見つめあい……いや、一夏の方が若干目をそらしている。

その顔に浮かんでいるのは……申し訳なさ?

やがて、鈴と呼ばれた少女がため息をつくと、さっと後ろへと向き直り、いう。

 

「ま、今回は挨拶よ。他クラス代表へのね。と言うわけで、それじゃ」

 

言いたいことだけ言うと、彼女は教室を後にした。

一夏はそんな彼女の背中を見ようとはしなかった。

 

「い、一夏! 今の女は誰だ!? やけにお前と親しそうだったが、いったいどんな関係……っ!」

「わりぃ、箒。それに関しては今度にしてくれ」

 

二人のやり取りを見ていた箒が一夏を問い詰めるが、一夏はそれだけいうと、箒の問いに答える気はないとばかりに自身の席へと戻っていった。

 

「……別方向から厄介ごとが次々に飛んできますわね」

 

そろそろ胃薬とか頭痛薬とか、用意したほうがいいかなーなどと思うセシリアだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

昼休みとなり、一夏は箒とセシリアを引き連れ食堂へと向かっていた。

……いや、どちらかと言うと食堂へ向かう一夏に箒が少女との関係を問う為に張り付き、セシリアはそんな彼女のストッパーとなるべく付いてきているだけである。

しかし、何度問われても一夏は答えることは無い。

問われるたびになんだかんだとはぐらかしている。

 

そそんなやり取りは、食堂に入ってからも続き、食券を買って列に並んでからも続いた。

そして、それぞれが料理を受け取り、席を探していた矢先だった。

 

「あ、やっほー。こっちこっち」

 

元凶が優雅に大盛りラーメンをすすっていた。

声をかけられた当初はそれでも別の席を探していた一夏だが、周囲を見渡して席が少女の周りしか空いていないことに気づくと、ため息を一つついて席に着く。

当然、箒は一夏の隣に座り、セシリアはこれ以上箒を刺激しない為に少女の隣に座った。

 

「改めてお久~。相変わらずしけた面してるわねぇ、一夏」

「……るっせ」

 

少女の言葉に、一夏はそっけなくそう答える。

その様子に苦笑しながら、少女は箒たちの方を向く。

 

「そういえばあんた達は始めましてさんね。中国代表候補の凰鈴音よ。よろしく」

「イギリス代表候補のセシリア・オルコットですわ。こちらこそよろしくお願いいたします」

「へぇ。あのオルコット財閥の党首にしては、なんていうか普通ね」

「そりゃぁ、今の私はセシリア・オルコットと言う一生徒ですから」

「なるほどね、で、そっちは? こっちは自己紹介したんだから、そっちもするのが礼儀だと思うけど」

「……篠ノ之箒だ」

 

少女……鈴音が二人のそう自己紹介し、セシリアは自分から、箒は鈴音に促されて自己紹介をする。

なお、その際に箒から飛んでくる敵意に、鈴音も苦笑している。

 

「……一つ聞きたい。お前と一夏はいったいどのような関係なのだ? 問いただしても一夏は答えん」

「んー? そうねぇ……簡単に言えば、私が告白して、一夏はそれを振ったっていう関係かしら?」

「な、なにぃ!?」

 

鈴音の言葉に、箒は思わず身を乗り出す。

それは、一夏が告白を受けていたと言うことはもちろんだが、一夏がそれを断ったと言うことにも驚いているからだ。

一方、一夏の方は顔中、いや、体中脂汗まみれになっている。

 

「なんでも、『昔離れ離れになって、今はどこにいるか分からない、また会えるかもわからない、だけど好きな人』が居るんだってさ」

「な、な、ななな、ななななな……?」

 

そして続く鈴音の言葉に箒はわなわなと震える。

一夏に好きな相手が居るなどと、彼女は初耳だったのだ。

それも離れ離れになってもなお想うほどの人物がいるなどと、予想できるはずも無い。

 

「あぁ、でしたら貴方と対面してから彼の調子が悪かったのは……」

「あぁ、それ多分罪悪感みたいな感じ。私の事振っちゃったことに対するね。と言うか、あれから数年経ってもまだ気にしてたんだ。私もう気にしてないのに」

「……う、うっせぇ! ていうかそんな事食堂で暴露するんじゃありません!」

「え~、振られた腹いせ?」

「気にしてないんじゃねぇのかよ!?」

「それとこれとは話が別~」

「別~じゃねぇよ! 何? この急遽暴露!? まるで俺が女々しい男扱い!?」

「いや、数年も引きずってる時点で、もう女々しいの確定だし」

「う、うわ~ん! おかぁちゃ~ん! 鈴がいぢめる~!!」

「あーはいはい、大変ですわねぇ」

「マジ泣きするなっ!? あんたもノリよく混ざるな!?」

 

箒が衝撃の事実に固まっている間に、話は進む。

と言っても、鈴音が一夏をからかい、その果てに一夏がマジ泣き、そしてそれをセシリアが棒読みで慰めていたというだけだが。

 

が、急に鈴音は真剣な表情になり、一夏に問う。

 

「……で、その人は見つかったの?」

「……いや、まだ」

「ふぅん。ま、どうでもいいけどね」

 

そういうと、鈴音は器に残っていたスープを飲み干すと、食器を持って立ち上がる。

 

「それじゃ、私はこれで。あ、そうだ。どうせなら放課後模擬戦やってみない? イギリスの代表候補と引き分けたって噂だし、あんたの強さが気になってね」

「ういうい」

 

そう言い残し、鈴音は立ち去っていった。

残ったのは、未だに固まったままの箒と一夏とセシリア。

 

「……で、どうするよ、箒さん」

「熱湯かければ戻りませんかしらね」

「即席めんじゃないんだからそれは無い」

 

そしてしばらくの後、同時にため息を付くと、一夏とセシリアは食事を再開した。

昼休みの終了が迫っていたからである。




と言うわけで、この話では鈴ちゃん、振られてます。
し、仕方がないんや! ロリババアな正妻が強すぎるんや!

もっとも、最初の頃は引きずってましたが、今ではあんまり気にしてません。
むしろ振られたからこそ、気負って接する必要がない分親しさはあるのではないかと。


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11 Saber Dance

剣舞
それは、誰が為の舞いなのか。




昼食後の箒の様子は、言ってしまえば炭酸の抜けたコーラのような物だといえば分かりやすいだろう。

 

つまり、授業どころかありとあらゆる物に力が入っていない。

それに自身で気づき、何とか集中しようとするも、数分後にはその集中もまるで穴の開いた浮き輪から抜ける空気のようにどこぞへと消え去ってしまう。

 

当然、そんな彼女を見かねた千冬が何度もその出席簿をかの偃月刀もかくやと言わんばかりの勢いで叩きつけているのだが、彼女にはさしてダメージを与えることは出来なかったようだ。

 

この時点で、ようやくクラス全員(教師含む)の思いは一つになる。

 

--アカン、重症や。

 

 

※ ※ ※

 

 

様子がおかしい人という物はそっとしておくに限るが、それが知り合いであり、なおかつ昼から放課後までずっとおかしなままであったら、やはり気にかけてやるのが人情という物だろう。

 

「……と思ったんだが、ろくな反応しないんだよなぁ、今の箒」

「昼のあの話題が相当ショックだったのでしょうね」

 

現在、一夏達はアリーナへと向かっている。

迫るクラス対抗戦の練習のためだ。

もっとも、一夏は昼の約束を律儀に果たそうという意図もあったのだが。

セシリアはクラスの副代表と言うことで付いてきている。

 

なお、先ほど一夏が言ったように、箒は未だに気の抜けた炭酸状態だが、誰が何も言わずとも、一夏についていくあたり、げに恐るべきは人の執念と言えばいいのだろうか。

 

「……で、一夏さん、篠ノ之さんがこんな状況だからあえて聞きますが、どうなさるおつもりですか?」

「…………」

 

セシリアの質問。

それは箒の思いを受け入れるか、断るかと言うことだ。

一夏は鈍感ではない。

箒が自身にどのような感情を抱いているかなど、当の昔に分かりきっていた。

そして、その抱いている感情は、決して自分は受け入れることが出来ない物だと言うことも重々承知している。

 

「貴方は凰さんの思いはきっぱりと断りました。篠ノ之さんにだけ曖昧、と言う態度は許されるものではありません」

「……そうだな。分かってる、分かってはいるんだが……」

 

そこで一端言葉を区切り、やがて一夏は答える。

 

「……でも、断ったら断ったでどうなるか分からないんだよな……そこら辺はセシリアも分かるだろ?」

「……まぁ、十中八九感情が暴走しますわね、篠ノ之さんなら」

 

なぜそれでありながら一夏は箒にきっぱりと言わないのか。

それは、彼女の気性が大きな理由である。

彼女は昔から荒い気性を持っており、そしてその気性の制御をふとしたことで手放してしまうことが多々あるのだ。

そんな相手からの好意を断ったとしたら……何が起こるか分からない。

 

自分に対して手や足が飛んでくる分にはまだいい。

彼女の行為を受け入れられなかった自分への罰だということでそれは甘んじて受け入れよう。

が、もしそれが自分だけではなく、周囲に向けられてしまったら?

そう思うとどうにも言い出せないのだ。

とどのつまり……

 

「要するに一夏さんヘタレ乙ということですわね」

「ほんと歯に衣着せてください、俺の心がもうボロボロです」

 

そう言う事である。

 

 

※ ※ ※

 

 

「待ちくたびれたわよ一夏!」

 

アリーナにたどり着くと、既にそこにはISを纏った鈴音が居た。

彼女が纏っているISはワインレッドと黒い装甲で構成されている。

そして一番目を引くのは、両肩から少し離れた場所に浮遊している二基の非固定浮遊部位だ。

 

「わりぃ、待たせた」

「さ、早くIS出しなさいよ。こちとら話聞いてからあんたと戦うの楽しみにしてたんだし!」

「代表になったってなんならわざわざ今やらなくてもいいだろうに」

「観客多いと変にやりづらいこと、無い?」

「確かに、それは言えてるな」

 

そういうと同時に首にかかっている旧神の紋章を象ったネックレスを握り締める。

そして展開されるのは、一夏の全身を露出させることなく覆う鋼の体躯。

 

「……へぇ、それがあんたのISって訳。全身装甲だなんて珍しいじゃない」

「俺としちゃ、こういう類の方が親しみやすいけどな」

 

鈴音は一夏のISを見て感想を言うと、両手にもった柄の短い青龍刀、双天牙月の内、右手に持ったそれを一夏へ向ける。

それを見て、一夏も状況に最も適した武装を呼び出す。

 

呼び出されたのは二振りの小剣。

それを両手でそれぞれ逆手に持ち、構える。

 

「……行くわよ」

「来いよ、鈴」

 

そう言いつつ、二人は動かない。

動きの無い二人の間を、生ぬるい風が吹き抜ける。

そして、その風が不意に止んだ。

 

瞬間、金属がぶつかり合う甲高い音が響き渡った。

 

見ると、いつの間にか二人は混ざり合おうとしているかの如く近づき、互いの得物を相手へと叩きつけていた。

もっとも、その攻撃は互いにもう一方の手に持っている得物に遮られ、ダメージを与えるには至らない。

 

「っ! やるじゃない、今のに反応するなんて!」

「はっ! これぐらいはなぁ!!」

 

そこから始まるのは、激しい剣舞。

 

刃を振るう際に生み出される風切り音をBGMに、刃がぶつかり合う際に発生した火花をライトアップの照明に。

舞い手は二人。

鋼を纏う少女と鋼を纏った少年。

 

二人はまるで示し合わせたかのように刃を振るい、刃を遮り、一時たりとも同じ場所で打ち合わぬよう立ち居地を常に変えながら舞い続ける。

 

「激しい、けど、綺麗……」

 

その言葉を呟いたのは、観客席に居る箒か、セシリアか、はたまた二人が舞う場面を偶然見ることが出来た名も知らぬ生徒か。

 

「破ァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「死ァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

そんな声など知ったことかと、刃はぶつかり合う。

今、この世界にいるの居は二人だけ。

そして、その世界には何人たりとも入る事はまかり通らない。

 

そこはまさに聖域。

ならば二人の剣舞は、聖域の神に捧げた舞なのか?

 

否、否である。

二人はこの舞を神などに捧げる気は毛頭ない。

捧げるならば、今打ち合っている相手に。

この舞は、互いが互いに捧げる剣舞だ。

 

刃の速度は徐々に上昇していく。

そこまで来て、ようやく二人の動きに差が生まれ始めた。

鈴音が、次第に一夏の動きについていけなくなっているのだ。

その事に気づき、やや顔を苦々しいものにする鈴音。

しかしだからと言って事態が好転するはずもなし。

 

故に、鈴音は一夏の腹部を蹴り、その反動で一夏から距離をとる。

剣を振るうことに集中していた一夏に、それを避けるなどという思考を生む余裕などあるはずも無く、一夏は蹴られた衝撃で鈴音からはなれる事となった。

 

それを見た鈴音は、手にした双天牙月の柄を連結させ、一つの両剣とする。

そしてそれを一夏に向かって投げた。

 

それを見た一夏も、手にした少剣を連結させ、変形させ、一つの刃とする。

それは、忌むべき双子の名を冠する刃。

二つそれぞれが独立した存在とも、二つは一つに繋がっているとも伝えられている伝承からか、それも二つに分けた状態と一つにつなげた状態で扱える。

その刃の名は……

 

「ロイガー!! ツァール!!」

 

その刃の名を叫ぶと同時に、一夏もロイガー・ツァールを投げる。

そして、二つの刃はぶつかり合い、その衝撃で勢いが無くなったのか、そのまま地面へと落下していく。

それを見届ける事無く、鈴音は一夏へ向かって空を翔る。

その手には、先ほど地面へと落下していったはずの双天月牙。

一つの武装が、たった一つしか搭載されていないなら、その武装を紛失すれば戦う手段は減っていく。

故に、予備の武装を搭載しておくことは最早当たり前の事であろう。

鈴音が今持っている双天牙月も、何らかの理由で紛失した場合でも戦闘を続行できるように搭載されている予備の物だ。

 

当然、一夏も鈴音を黙って懐に迎え入れる気などさらさらない。

その右手にはバルザイの偃月刀。

そして、今度は双天牙月とバルザイの偃月刀がぶつかり合う。

 

しかし、今度は一夏が劣勢となる。

 

当然だ。

相手と自分、どちらが手数が多いかなど火を見るより明らかなのだから。

それでも、鈴音からの攻撃を受け、受け流し、時に大きく体を動かしてかわして損害を最小限にしている一夏。

そして、鈴音の両方の刃と、バルザイの偃月刀がぶつかり合い、鍔迫り合いの状態となった。

 

「やるじゃない一夏! ここまで付いてこれるなんてね!」

「へっ! ずいぶん余裕じゃねぇか!」

「そうね、このまま押し切れば私の勝ちだもの!」

「そいつぁ無理だな!」

「そう思う?」

「あぁ思うね! だってよ……」

 

--もう布石は打っておいたんだしよ。

 

瞬間、鈴音は背中からの衝撃で大きく体勢を崩す。

それを見た一夏は、バルザイの偃月刀を持つ腕に込めている力をより強め、鈴音を押し切る。

そして、そのまま偃月刀を鈴音へ向かって振り下ろした。

 

「っ!? くぅっ!!」

 

しかし、その一撃は彼女のIS、甲龍の肩部の非固定浮遊部位が間に入ってきたことにより鈴音自体に当たることは無かった。

 

その隙に鈴音は体勢を整えると、いったい何が自分の背中にぶつかってきたのか確かめようとする。

ハイパー・センサーによる360度の視界を見渡し、そして見つけた。

 

アリーナの空を、光を鈍く照り返す何かが翔けている。

それはしばらく空を翔けたかと思うと、急激に方向転換。

空いている一夏の左手に収まった。

 

「それは!?」

「わりぃ、こいつ、動かせるんだよ」

 

一夏の左手にしっかりと握られたそれは、先ほど双天牙月とぶつかったはずのロイガー・ツァールだった。

一夏を視界内に納めながら先ほど地面に落下した双天牙月を見やる。

その傍には、一緒に地面に転がってい無ければならないはずのロイガー・ツァールが無い。

 

「やってくれるじゃない。遠隔操作できるなんて……それ、BT兵器かしら?」

「さぁな」

 

右手にバルザイの偃月刀、左手にロイガー・ツァールを持った一夏は、そのままその二刀を構える。

 

「で? まだ続けるか?」

 

一夏の言葉に悩んだ鈴音は、やがて手にした双天牙月を格納領域に収納する。

 

「あ~やめやめ。今回は私の負けだわ。非固定浮遊部位も壊れちゃったし、修理しなきゃ」

「あ~、わりぃ、やりすぎちまったか?」

「ん、無問題。結構こういう無茶な使い方してたから予備のユニットはちゃんと用意してるわ。せいぜい接続と調整で終わりよ」

 

そういうと、二人は地面に降り立ち向かい合う。

 

「しっかし、強いじゃないの。こりゃクラス対抗戦が楽しみね」

「そんな事言っていいのか? 今俺に負けたくせに」

「あら、あれが甲龍の全てだと思った? 持ち札は極力隠すものよ。切り札なら余計にね」

「それは同感だ。こっちもまだまだ札は隠してるしな」

 

そう言って笑いあうと、二人は互いの握りこぶしを軽くぶつけ合う。

 

「……楽しみにしてるわ」

「おう、楽しみにしてろ」

 

その言葉に満足したのか、鈴音は一足先にピットへと戻っていく。

それを見届けた一夏も、ピットへと戻っていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

ピットへ戻ると、そこには観客席にいたはずの箒とセシリアが居た。

 

「お疲れ様です、一夏さん」

「サンキュ、セシリア」

「中国の代表候補にあそこまで戦えるのか、開いた口がふさがらんぞ、一夏」

 

二人は一夏が帰ってくると各々ねぎらいの言葉をかける。

なお、箒はどうやら復帰した模様だ。

 

「でも、鈴もかなり強かった。こりゃ気を抜いたら次は俺が負けるかも知れねぇな」

「そうですわね。あの素早い動き、甘く見ていると高くつきますわね」

「……む」

 

一夏が相対した鈴音について、体感したことを口に出し、それに対しセシリアが自身のIS戦闘の知識を用いてアドバイスをしていく。

なんだかんだと言って、どうやらうまく代表と副代表としてやっているようだ。

 

しかし、それが面白くないと感じる人物が居る。

 

「……む」

 

まぁ予想通り、篠ノ之箒である。

 

一夏は代表であり、セシリアは副代表である。

そして、模擬戦などの訓練のできなどについて二人が話し合うのは当たり前の事だ。

そうと分かっていても、箒は面白くない。

一夏が自分以外と話しているのが気に食わないのだ。

 

 

「一夏、私は先に帰っているぞ」

 

ここにいては機嫌は悪くなる一方。

そう自分でも思った箒は、ピットからすたすたと出て行く。

その様子を見ていた二人は互いに見つめあい、そして深くため息をついた。

 

「……難儀ですわね、彼女」

「まぁ、それが箒なんだけどさ……」

 

彼らの悩みは、どうやら尽きないらしい。

 

乾いた笑いが、ピットの中で物悲しげにこだました。

 

 

※ ※ ※

 

 

「…………」

 

1021号室の中。

その部屋の中の自分のベッドの上で、簪は悩んでいた。

自身の視線の先には、一つの紙切れ。

それに書かれているのはある人物への連絡先だ。

 

「……う~ん」

 

それを見て、簪は悩む。

連絡をとるべきか、とらざるべきか。

 

悩みに悩み、悩みぬいたところで、一回頷くと、簪は傍においてあった携帯を操作する。

打ち込むのは、紙に書かれた連絡先。

 

電話のコール音が、しばらくなり続ける。

5秒、10秒、15秒、20秒……一向に出ない。

時間が悪かったのかと電源ボタンをし、通話を切ろうとしたそのときだった、

 

『ぬお!? ぬぅおおおおおおおおお! 待った待った、ちょっとタンマである!! 失礼した少女よ、今我輩は一世一代の大発明に着手しておったゆえ、応対が遅れたことを許せ』

「は、はぁ……えっと、はい」

 

一度折れたフラグが、再び立った音が聞こえた。




\ピコーン/

あ…ありのまま 深夜 起こった事を話すぜ!
「俺は深夜のテンションで話を書いていたら一度折れた弐式ドラム缶フラグが再び立っていた」
な… 何を言ってるのか わからねーと思うが(以下略

とまぁ、眠気と戦いながら書いてたら、いつの間にか簪さんがやらかしました。

に、弐式だけは!弐式だけは守らなきゃいけない!!


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12 Duel

決闘
それは、少年と少女、二人の決闘か
はたまたありえぬ存在との決闘か


皆が寝静まった深夜。

月明かりのみが照らす森に、一夏は居た。

 

そして、周囲を見渡し、制服の上着に隠すように腰に付けられているホルダーに固定しておいたネクロノミコン写本を取り出す。

 

本はそのまま一夏の手から浮き上がると、独りでにページがめくれていく。

やがて、あるページを開いたところでページは止まり、そこから流れ出すように現れる光の帯。

それはよく見ると何重にも重なった人知の及ばぬ文字……術式だと言うことが分かる。

もっとも、一般人が見たところでその意味を知ることは出来ず、もし一般人が知ってしまった場合、その精神が今までのようにあれるのかという保障は一切無いが。

 

術式はやがて歪な人の形に集まって行く。

そして、術式の光が消えた。

すると、先ほどまで術式が集まっていた場所に現れたのは、黒。

全身が闇で出来ているかのような黒一色の人型。

しかし、その背中にはこれまた黒一色の翼があり、それがただの人ではないと言うことをあらわしている。

 

「なつかしいな、こうしてお前さんと相対するのも……じゃ、いっちょ頼むぜ? ナイトゴーント先生?」

 

そう、その人型の正体は旧神の一人であるノーデンスに奉仕している夜鬼。

そして、かつて一夏……九郎が魔術師になりたての頃に大変お世話になった、いわば師とも呼べる存在、ナイトゴーントである。

 

何故一夏はこれを呼び出したのか?

それは以前食屍鬼に襲われたと言うことが理由だ。

 

この世界に来て、一夏は長い間魔術とは離れていた。

いや、この言い方は正確ではない。

なにせ、ネクロノミコンのオリジナルにもっとも近い写本を常に持ち歩いているのだから。

正確に言うなら、魔術での戦いから離れていた、という物だ。

今までは平和に暮らしていたため、第二回モンド・グロッソでの誘拐事件のとき以外は魔術は使わなかったのだが、食屍鬼に襲われたとなれば、いやがおうにも魔術での戦いをする必要がある。

これからずっと襲ってくるのが食屍鬼だったのならばそれほど焦る必要も無いが、生憎これからもそれで済むとは一夏は思っていない。

これからより強大な怪異が襲い掛かってくるやも知れないのだ。

そんな時、戦い方がさび付いていたら……目も当てられない。

よって、基礎からもう一度学びなおそうと、こうしてナイトゴーントにご足労願ったと言うわけだ。

ちなみに、既に誰もが寝静まっている深夜とはいえ、誰に見られるか分かったものではないので結界はきちんと構築済みだ。

 

一夏が拳を構えると、ナイトゴーントもそれに習い拳を構える。

そして、二つの影が月明かりの下で交差した。

 

 

※ ※ ※

 

 

数日後。

一夏の姿はアリーナのピットにあった。

模擬戦があるわけではない。

とうとう本日がクラス対抗戦の日なのだ。

 

「一夏、なにやら体がぼろぼろだが、大丈夫なのか?」

「ん? あー……大丈夫大丈夫……多分」

「最後の一言が無ければ頼もしかったのですけどね」

 

箒の言葉に、一夏が答え、その答えに対しセシリアが嘆息する。

箒の言うとおり、一夏の体は傷だらけだ。

切り傷もあれば擦り傷もあり、打撲痕もある。

なぜこんな傷を負っているかと言えば、まぁ、予想以上に鈍っていた、というところだろうか。

 

(いつつ……さすがナイトゴーント先生だぜ。容赦ねぇ)

 

とりあえず、基礎の基礎と言うことで魔術での肉体強化のみを自身に施し、徒手空拳で挑んだのだが……相手が普通の格闘技選手ならそれでも問題なかったのだろうが、相手は怪異の一種。

 

負けた。

 

が、それでも何発かは相手にもダメージは与えれたはずだ。

去り際に、なにやら満足そうに頷いていたナイトゴーントを見たから、恐らく間違いではない。

故に、かつてペーペー魔術師だった頃の自分よりはがんばれたと思う。

が、それでもぼこぼこにされたことには変わりなく。

しかもナイトゴーントとの訓練をクラス対抗戦があるのを忘れて連日行っていたため、一夏はこのようなぼろぼろの状態で挑むこととなってしまったのだ。

 

……あえて言おう、馬鹿の所業である。

 

「っと、向こうはお待ちかねってところだな。行って来るぜ」

 

備え付けのモニターで、反対側のカタパルトから鈴音がでてきたことを見ると、一夏はアイオーンを展開し、カタパルトに乗る。

そして、自分を見つめる二人にサムズアップをしてからアリーナへと飛び立っていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「来たわね」

「おう、来てやったぜ」

 

試合前だというのに、交わされた言葉はあまりにも軽い調子の物だった。

まるで、これからちょっと散歩に行こうなどと話しているかのように。

が、鈴音の、そしてアイオーンの装甲に隠れた一夏の表情を見たのならば、誰もが先ほどの考えは自身の間違いであったと認めるであろう。

 

心は熱く、思考は冷静に。

燃え滾る力を、冷静な思考にて練り上げ、形となす。

魔術の基本であるそれは、魔術だけの基本ではない。

 

「滾ってるな、鈴」

「当然。そういう一夏こそ」

「違いねぇな」

 

今の自分を滾っていると言わずして、いったいどのような状態の自分を滾っていると言うのだろうか。

 

その滾る闘志をあらわすかのように、互いが互いの得物を呼び出す。

鈴音の両手には光の粒子が集い、双天牙月が現れる。

一夏の右手には炎が集まり、バルザイの偃月刀が現れる。

そして二人の間にはカウントダウン表示が現れる。

数字は3から2、1と徐々に減っていき、そして0になると同時に、表示が消え、二人は折から放たれた猛牛のようにまっすぐに直進。

そして……ぶつかり合った。

 

「さぁ……熱く戦いましょうか!!」

「はっ! セラエノの果てまでぶっ飛ぶくらいに戦ってやらぁ!!」

 

再び、刃は交わされた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ISの出力的に言うなら、一夏さんの方が有利ですが、しかし出力が大きい分長期戦に不利。凰さんがつけこむならそこ一点……という感じですわね」

「…………」

 

観客席に座ったセシリアが一夏達の試合の様子をまずそのように評価した。

その隣で、箒はそわそわと落ち着かない様子で一夏達の様子を見ている。

だが、ただ一夏達の様子を見ているだけではないようで、そわそわと右見て、左見て、そしてある一点をみて、それから再び一夏を見てを繰り返している。

本人は誰にも気づかれないようにやっているつもりで、実際他の観客は気づいていないが、隣に居て、なおかつ少しの事に気づかなければ即蹴落とされるような世界をそれこそ長年わたってきたセシリアにはバレバレであった。

やがて、箒が何かを決心したかのような表情をし、立ち上がる……

 

「お止めなさい、篠ノ之さん」

 

かと思われたところでセシリアに止められた。

とめられたことに箒が不機嫌顔になり、セシリアを見る。

その事に気づきながらも、セシリアは一夏達の試合の様子から目を離さずに続ける。

 

「何をなさろうとしていらっしゃるので?」

「……場所を移ろうとしただけだ。ここからでは試合が良く見えない」

「そうですか……移る場所は、例えば管制室とかですか? 確かにあそこは試合が良く見えますわね。なにせ試合中のあらゆる出来事に逐次対応できるようになっておりますから」

「っ!?」

 

セシリアの言葉に、箒が動揺を見せる。

その時点になってようやくセシリアは箒の方を見やる。

 

「その様子ですと私の予想は当たっておりますわね? ならばもう一度言います。お止めなさい」

 

まっすぐに、セシリアの瞳が箒を射抜く。

その瞳を見て、箒は本能的に恐怖を覚えてしまった。

その瞳は、あまりにまっすぐで、鋭く、まるで自分を射抜いているように思えたからだ。

箒は、生唾を飲み込む。

 

--何かを言わなければ

--何を?

--とにかく何かを……

 

言葉を出そうとするとかすれたような声しか出せなかったが、しかし何とか声を絞り出す。

 

「……何の事だ?」

 

搾り出せた言葉は、たったこれだけ。

その言葉を聞いたセシリアは、呆れたようにため息をつくと再び試合へと視線を戻してしまった。

 

「管制室はIS学園の機密が詰まっている場所でもあります。なにせあらゆるISのデータが一旦そこに集約されるのですから。そのようなところに、入れるとお思いですか? いえ、入っていいと思っておいでですか?」

 

それは正論だ。

様々な店で事務室等に客が入ってはいけないように。

いくらIS学園生徒とはいえ、重要性の高い区画、機密度の高い物を扱う区画に足を踏み入れていいはずが無い。

セシリアの言葉に箒がだんまりを決め込んでいると、セシリアが言い聞かせるように言い放つ。

 

「……篠ノ之さん、恐らく貴方はなにか企むとか抜きに、ただ一夏さんの試合を良く見たいと言う思いで、ふと思いついた場所へ向かおうとしていたのでしょう? ですが、もう少し自身の行動等がどのような影響を及ぼすのかをよくお考えになってから実行にうつしたほうがよろしいですわよ?」

 

--どうにも、貴方は感情的になりやすく、思慮が浅くなりやすいのですから。

 

最後の言葉は、あえて口にはしなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「疾っ! 破ぁ!!」

 

鈴音の声と同時に、舞うように双天牙月が振るわれる。

それに対し、何故か一夏は二刀で扱えるロイガー・ツァールではなくバルザイの偃月刀を用いて相手していた。

それは何故か?

単純に慣れてないからである。

 

あの無限螺旋の戦いの中、九郎がロイガー・ツァールをまともに使った回数を覚えている方は居るだろうか。

ならば思い出してほしい。

 

……そう、ロクに使われたためしがないのだ。

 

模擬戦の際は、相手も二刀流だと言うことで呼び出し、使ったのだが……あの戦いでぎりぎり勝てたのは奇跡だと他でもない一夏自身が思っている。

 

そもそも、二刀流とは剣の扱いに長けた者がやらなければただの格好つけに過ぎないのだ。

両手でしっかり握った剣と片手で持った剣。

果たしてどっちが高い威力を出せるかを考えていただければ分かるだろう。

それに、一度に二本の剣を使うと言うことで、状況判断能力も普段以上に必要になる。

 

さて、そのように考えれば、現状の一夏ではロイガー・ツァールの利点である二刀流による手数の多さを活かせないと言うのが良く分かるだろう。

そして、ここで死んでしまった二刀流と言う点を抜いて、バルザイの偃月刀とロイガー・ツァールを比べてみよう。

 

--普通に剣として使える。

--投げれば飛ぶ。そして戻ってくる。

 

……見事に重なってしまっているのだ、特性が。

そして、それに輪をかけ偃月刀の場合。

 

--広げれば結構なサイズの盾として使える。

--持っているだけで魔力ある程度増強。

 

これが要素として追加される。

……哀れ、ロイガー・ツァール。

 

ちなみに、以前から今の戦闘スタイルのための訓練をしていた鈴音にぎりぎりとはいえ勝てたのは、一重に鈴音が一夏の武装の事を知らなかったため、不意を突かれただけという理由だったりする。

 

閑話休題

 

一夏はバルザイの偃月刀一本で、しかし鈴音となんとか互角に渡り合っていた。

それでもやはり手数の多さはいかんともしがたく、徐々にではあるがエネルギーは削られている。

……もっとも、削られていると言っても全身が装甲に覆われているためその分シールドに割くエネルギーは少なく、被害は普通に比べれば少ないのだが。

硬い金属とやわらかい生身、どちらが守るためにより力を使うかと言うことである。

 

「っ! 埒あかないなぁ! もう!」

「だったら! 降参するか!?」

「誰が……するかっての!」

 

鈴音の言葉に、一夏が装甲の中で苦笑いする。

昔から勝気だった彼女らしい言葉だ、と。

そして鈴音を振り払おうとし……

 

次の瞬間、背筋に電流が走りぬけるような感覚が一夏を襲う。

その感覚に従うように一夏が今居る場所から無理やりな体勢を取ってでも退く。

装甲表面を、何かがかすった。

 

「なんだ!?」

「うっそ、今のを避けたっての……?」

 

一夏は自身に襲い掛かった何かに唖然とし、鈴音は別の理由で唖然としている。

 

(何だ……なんだったんだ『今の』は!?)

 

かつて背徳の獣を産み落としし魔人に言われていわく、未来予知めいた戦闘での勘が一夏を動かした。

目には見えなかったが、一夏は確かに、自身を狙った何かが通り抜けていったことを察した。

 

「……っ! まさか初見で見切った? いえ、きっとまぐれ……でも、本当に?」

 

鈴音はどうやら今しがたの『何か』が避けられたことに衝撃を受けていたようだ。

今なら、鈴音の不意をつける。

が、相手も代表候補と呼ばれる存在。

すぐさま気づいて反撃に転ずるだろう。

 

果たして、自身はあの不可視の攻撃を避けつつ接近し、一撃を叩き込めるか?

……恐らく、否。

 

ならばすべきことは決まっている。

右手に持ったバルザイの偃月刀を格納し、両手を広げる。

広がった両手にそれぞれ光がまとわり付き、形作るは無骨な鉄の塊。

それは、名も無き二挺拳銃。

 

一夏が選んだのは遠距離戦闘。

近づけないなら、近づかずに戦えばいい。

単純、故に効果的な方法。

 

そして一夏は銃口を鈴音へと向ける。

しばらく何かを考えていた鈴音だったが、自身に銃口が向けられていることに気づくと表情を変える。

 

「考え事ばかりしてると寂しくて泣いちまうぜ?」

「っ! しまっ! 考えすぎた!?」

 

一夏がそう言い放つと同時に、引き金を引く。

放たれた二つの弾丸は高速で、まっすぐに鈴音へと向かい……

 

『さぁて、ここでスパイス投下~っと』

 

アリーナのバリアを突き破った光弾によってかき消された。

 

「「っ!!」」

 

突然の自体に驚愕する二人を尻目に、最初の光弾で穴の開いたバリアから何者かが入り込み、その何者かが一夏達に向かって攻撃を開始。

その攻撃を脳が認識する前に、二人は本能に体を突き動かされ、アリーナの空を飛び回る。

そして、侵入した何者かがアリーナの地面に着地……いや、もはやその勢いは落下と呼べるほどの速度だった。

故に、着地点にはもうもうと土煙が立ち込めている。

 

そして、その土煙を掻き分けるように、一体の黒い人型が現れた。




ロイガー・ツァールの扱いの酷さは異常(挨拶)
姫リアさんの安定感も異常(再び挨拶)

と言うわけで12話目です。
箒さんへの扱い……これってもしかしてアンチとかヘイトになっちゃうレベルですかね?
個人的にはそれほどでもないと思うんですが……

さて、と言うわけでIS原作だとゴーレム乱入のところまで来ましたが、この小説では何が乱入してきたのやら……
少なくとも、ただのゴーレムではないです。


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13 Ghatanothoa

ガタノトーア
それは旧き世界の支配者。
それは、外なる神である。


「……何ですの、あれは……」

 

セシリアがそれを見たとき、まず呟いたのはこの言葉だった。

 

並のISの武装にも耐えうる強固なアリーナのバリアが、たったの一撃で破壊されてしまった。

その事に驚愕し、そしてはっと周囲を見渡す。

 

……大勢の一般生徒が、唖然としたまま誰も動こうとしない。

 

アリーナと観客席を隔離するバリアは再び展開されている。

が、もとより一撃でそれを破壊できるのなら、バリアなぞ気休めにすらなりはしないのだ。

 

それにセシリアが気づき、周囲の生徒達に避難を呼びかけようとしたときだった。

 

アリーナの中央から、銃声が響く。

銃声の主は……一夏。

 

一夏は銃を空に向かって銃を撃ち放つと、ISの拡声機能を用いて叫んだ。

 

『全員! 今すぐアリーナから逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

一瞬の間。

 

そして、観客席の各所から悲鳴が上がり、生徒達が逃げ惑い始めた。

 

「よし、これで皆さんが動き出した。ならば……」

 

ならば、自分は少しでも無事に逃げれる観客を増やす為に動くべきだろう。

代表候補生が専用機をもらうのは、何も試合などで勝つためではない。

 

代表候補とは、その通り、国を背負う者になる資質のある存在だ。

では、国を背負うとは?

ただ看板を背負って試合に勝つこと?

 

否、否である。

 

国を背負うとは、試合の勝ち負けだけではない。

有事の際には先頭に立ち、人々を導くと言う事でもあるのだ。

そして、その際の自身の行いの助けの一つとすべく、専用機という物は与えられている。

さらに自国の国民から選ばれた代表が、自国の技術の粋を集めて作ったISで自国を背負う。

その姿で以って、人々に希望を与える為に代表は存在する。

 

ただ試合に勝つためなら他国の優秀なISの技術を用いてISを作ればいい。

だと言うのに、わざわざ自国の技術の粋を集めて専用機を作る意義はそこにある。

 

いわば、国家の威信の体現なのだ。

 

アリーナの強固なバリアを破る攻撃手段を持つ相手だが、いざと言うときはわが身を盾にしてでも観客は無事に逃がして見せよう。

そう決意したセシリアはふと気づく。

 

--篠ノ之さんはどこへ……!?

 

 

※ ※ ※

 

 

「通信システム、ダウン!」

「シャッター開放系も駄目です!!」

「くっ! またか!!」

 

アリーナ管制室。

そこで千冬たちは再び襲ってきた異常事態に対処せんとしていた。

思い出すのは、クラス代表決定戦の際の異常。

そのような異常など二度と起こさないと決意し、学園職員ならびに情報科生徒は新たなシステムの構築などを進めてきた。

 

しかし、異常はそんな努力を鼻で笑うかのように目の前に存在する。

そして、被害を食い止めるどころか以前よりも被害は拡大している。

以前と同様に通信系のダウン、それに加えて今回はシャッター開放系もダウンしてしまった。

これでは、アリーナの中に居る一夏達をアリーナから出してやることも出来やしないし、通信系がダウンしている現状ではそのことを伝えることさえ出来やしない。

 

(何だ、何なんだ、これは!?)

 

千冬は今すぐにでも叫びだしたくなるような思いに駆り立てられていた。

まるで、心臓をつめたい手で握りこまれているような……うまく名状することは出来ないが、とにかく『良くない感覚』が千冬を襲う。

 

この異常の裏に、何か、そう、想像もつかない『なにか』が潜んでいるような……

 

『おっと、ちーちゃんはそれ以上はだめー』

『そういうこと。「私」も「僕」も、君の事はなかなかに気に入ってるんだ』

『『ここで壊れてもらっちゃ困るよ?』』

 

「……何を馬鹿なことを」

 

そんなことよりも目の前の異常に対処しなければ。

 

 

……極まれに存在するのだ。

世界の裏を読み解く力が、技術が無くとも、異様に勘の鋭い人間が世界の裏を知覚してしまうということが。

少なくとも、先ほどまでの千冬は、取っ掛かりながらも世界の裏側に気づきかけたのだ。

しかし、それを闇がとめる。

 

人が知覚出来ない声がどこからとも無く千冬に投げかけられる。

すると、先ほどまで指先に触れていた『なにか』が千冬の傍から消え去っていた。

果たしてそれは幸運だったのか、不運だったのか。

 

何せ、力も技術も無い存在が世界の裏を認識してしまった場合、待っているのは死より恐ろしい末路なのだから。

 

……音の狂ったフルートの調べが千冬の耳に届いた……気がした。

 

 

※ ※ ※

 

 

「さてと、これでしばらくすりゃ全員が逃げ出せるか……」

 

一夏はそう呟くと、視線の先に居る黒い人型をみやる。

少々いびつではあるが、それは確かに人型をしていた。

 

体の各部に開いた穴は、なんらかを放出する手段だろうか?

放出するのは、熱か、はたまた弾丸か。

そしてその顔面。

そこにも穴は開いている。

しかし、その穴から顔の中は見えない。

見えるのはぽっかりと口をあけている暗闇だけだ。

 

「で、何なのよあれ」

「俺に聞くなよ」

 

いつの間にか傍に来ていた鈴音が一夏に問いかけるが、一夏も分かるはずが無い。

何事かを管制室に問おうとしても帰ってくるのは無音。

ノイズすら帰ってこないのだ。

つまり、ジャミングが掛けられているというわけではないらしい。

 

(それに、嫌な予感がしやがる……)

 

そして、一夏がそう言葉にする事無く思う。

目の前のあの人型からは、どうにも昏い闇の臭いがするのだ。

それも、食屍鬼など目でもないくらいの、キツい臭いが。

 

もし、もしあれが予想通りの物だとすれば……

 

ちらりと鈴音をみやる。

 

(鈴を無事で居させれるか自信がねぇな……)

 

そもそも、ISという物が果たして『ソレ』に通用する物なのかどうか……

 

(……いけねぇな。どうにも考えが後ろ向きだ)

 

こんな自分、かの相棒が見ればどんな反応をしたのだろうか。

……恐らく、魔力を込めた拳でぶん殴ってくるのだろう。

『情けないぞ、この大うつけが!』と言う言葉と共に。

あぁ、そのことを考えたら以前殴られた痛みも思い出してきた。

 

(こいつぁ、現在進行形で俺に呆れてるな……アル)

 

その痛みが、まるでどこからか自分を見ている相棒からの叱咤激励の声に感じれる。

ならば、たとえそれが幻覚だとしても、それに応えてやるのが相棒と言う物ではなかろうか?

 

その思いと共に、一夏は両手の拳銃を人型に向け、引鉄を連続で引いた。

 

腹を揺さぶる重低音が響き、放たれた弾丸は人型へと殺到していく。

しかし、その弾丸はふと上げられた人型の左腕で全て弾かれてしまう。

装甲が分厚いのだ。

 

「ちぃっ! 黒い大根みたいな腕しやがって!」

「ちょっと一夏! 何不用意に手出してるのよ!?」

 

傍に居た鈴音が、一夏の行動に文句を言う。

しかし、果たして戦場で、敵が目の前に居ると言うのに余所見をしていて良いのだろうか?

 

人型が、両腕を上げる。

手首辺りに見えるそれは……予想にたがわなければ、恐らく光学兵器ないしそれに順ずる兵器の銃口。

その銃口が向いているのは……自分と傍にいる鈴音。

 

「っ! あぶねぇ!!」

 

鈴音の言葉に答えず、一夏は鈴音を抱きかかえるようにし、その場から飛びずさる。

瞬間、先ほどまで彼らが居た地点に向かって高出力のビームが放たれていた。

人型の腕からまっすぐに伸びるそれは、まさに光の柱の様でもある。

ビームはそのまま一夏達が先ほどまでいた場所を通り過ぎ、再びアリーナのバリアに衝突。

バリアはビームに一瞬耐えたものの、やはり甲高い音を立てて割れるように破られてしまった。

 

「すごい威力……あんなの当たったらISもひとたまりも無いわ! 一夏、ここは逃げて時間を……一夏?」

 

鈴音の言葉に、一夏は答えない。

その事を不審に思い、一夏を見やるが、しかし装甲に覆われた一夏の表情はうかがい知ることは出来なかった。

そして、件の一夏は……

 

「…………」

 

その装甲の下に隠れている顔は、驚愕の表情を浮かべていた。

そして、ついで浮かび上がったのは焦燥。

 

(ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ……コイツは……今の俺じゃヤバイっ!!)

 

先ほどのビーム……否、高密度の字祷子の奔流を見て分かってしまった。

あれは……一般人の手に負えるものではない。

むしろ、今の今まで鈴音が平然と『アレ』を見ていられたことがもはや奇跡に等しいのだ。

 

もし『アレ』が予想通りなら、本来なら一般人はその姿を見ただけで石と化してしまうだろう。

 

(……慌てるな、慌てるな織斑一夏。仮にあれが予想通りのものだったとして、けどこうして鈴が無事だったんなら、まだ完全ってわけじゃないはず……だったら、滅ぼすなら……今!!)

 

決意は固まった。

 

「……鈴」

「何よ……?」

「とにかく、逃げ回れ、そして『絶対にアイツを見るな』。いいな?」

「ハァ!? 一夏あんた、何言って……っ!?」

「いいな!? 絶対近づくな! 姿を見るな! でなきゃ……」

 

--でなきゃ、死ぬぞ!?

 

そうとだけ言い残し、一夏は人型へと向かっていく。

その手にはバルザイの偃月刀。

 

(はたしてどこまで通用する? この模造品で)

 

出来ることなら、今すぐネクロノミコン写本を取り出して戦いたい。

しかし、まだこちら側を知らない存在が見ている中でそんなことは出来はしない。

あれは外道へ対する剣になると同時に、それもまた外道そのものなのだ。

不用意に出していい物ではないのだ。

 

ならば、今使える手札で戦うしかない。

アイオーンの武装はアトラック=ナチャ、バルザイの偃月刀、ニトクリスの鏡、ロイガー・ツァール、二挺拳銃、そして対霊狙撃砲と名づけられている武装。

が、アトラック=ナチャ、ニトクリス、対霊狙撃砲は現在ロックがかかっており使用できない状態だ。

ちなみにクトゥグアとイタクァはもともと無いのだが、それは恐らくあれらが何かしらの武器を形作る物ではなく、旧支配者そのものを呼び出す物だからだろう。

あの魔銃は、ただ単にクトゥグアとイタクァの力を込め、制御するための物というだけであり、クトゥグア達そのものではないのだ。

 

しかし対霊狙撃砲……ISで霊と戦うなど普通はありえないことであろうし、恐らくファーストシフトの際に一夏の思考、記憶その他もろもろを読み取った際、勝手に名づけた武装名だろう。

 

閑話休題

 

ともかく、実質使えるのは偃月刀、ロイガー・ツァール、二挺拳銃と言う事になる。

あまりにも心もとない。

だが、それでも退く訳には行かない。

 

ここで退くのは、後味が悪すぎる。

 

一夏は人型の懐にもぐりこみ、偃月刀を振るう。

その刃は、振るわれた人型の豪腕とぶつかり合う。

その質量差からか、ぶつかり合った際に一夏はたたらを踏むが、それも何とか踏みとどまり再び偃月刀を振るう。

やはり豪腕とぶつかり合い、一夏はたたらを踏む。

そして、三度ぶつかり合う……

 

「そこ動かないでよ! 一夏!!」

 

横合いから放たれたその声と共に、振るわれるはずだった豪腕の動きが止まる。

その隙を逃すまいと、一夏は腕を振り上げた状態でバランスを崩した人型の胴体に一撃を叩き込む。

 

その後も、横合いから人型に対して次々と不可視の何かが撃ち続けられる。

 

「鈴!? 逃げてろって言っただろうが!?」

「うっさい! こちとら代表候補よ!? 真っ先に逃げてどうすんのよ! 国の恥よ恥!」

「馬鹿野郎! んなこと気にしてんじゃねぇ!!」

「んなことぉ!? ぜんっぜん『んなこと』じゃ無いわよスカタン! 第一、二人でやったほうがはや……」

 

その時、鈴音は見た。

……見てしまったのだ。

 

一夏が切りつけた部位。

そこは装甲が切り取られ、中身が見えている。

その装甲の切れ間から……

 

「……あ」

 

瞬間、体が固まる。

動こうと思っても、体は動かない。

いや、そもそも体自体が、自分は動く存在だと言うことを忘れてしまったかのよう。

だと言うのに、自分の意識は体を動かそうとして……

 

少しずつ、体の末端から冷えていく感覚が鈴音を襲った。

 

そしてその感覚は、ついに体全体に……

 

「っ! 第四の結印はエルダーサイン! 脅威と敵意を祓うもの也!!」

 

ふと響いた声。

それと同時に、体が熱を取り戻していく。

 

「……あ」

 

口が動き、喉が動き、声がでた。

それだけなのに、何故こんなに涙が出るのだろうか……

 

心に去来したその疑問の答えを得ないまま、鈴音の意識は沈んだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……っぶねー……危うく鈴が石になっちまうところだった」

 

意識を失い、地面に倒れた鈴音。

纏っていたISは操縦者が意識を失ったことによりセーフティが働き、待機状態へと戻ってしまっている。

そして、そんな鈴音を包み込むような光。

日差しがさす現在では見難いが、目を凝らせば鈴音を包む柔らかな光が見えるだろう。

 

旧神の紋章。

 

旧き神の力を以って、瘴気を打ち払う紋章だ。

五芒星を象ったその紋章は、鈴音が倒れこんでいる部分の地面で光り、鈴音を今現在も瘴気から守っている。

 

「しかし、さっきの鈴の様子……やっぱり予想通りだったか、なぁ! ガタノトーア!!」

 

目の前に存在する人型の正体。

それはルルイエの主、クトゥルーとイダ=ヤーとの間に生まれた三柱の神の一柱にして長兄。

ユゴス星の先住民族からの崇拝を受け、彼らと共に地球へ降り立ち、古代ムー大陸に君臨していた旧支配者、ガタノトーアだったのだ。

 

本来なら無定形であるはずの彼がこのように人型をしているのは、恐らく人型はガタノトーアの入れ物だから。

故に、入れ物である表面を見ても鈴音に異常は無かった。

そして、象った物を見るだけでも体に異常をきたすというガタノトーアの影響を受けなかったのは、この人型がガタノトーアを象った物ではなかったからであろう。

しかし、一夏の一撃でその入れ物に穴が開き、鈴音は運悪くその穴から見てしまったのだ。

ガタノトーアそのものを。

 

「なんでわざわざ入れ物に入れてよこしてきたかはわからねぇが……誰がよこしてきたかは確定だな……わざわざクトゥルーの息子よこしてくるなんざ、皮肉が利いてるじゃねぇか、ナイアルラトホテップよぉ!!」

 

一夏の思考が熱くなる。

しかし、ある一定まで達すると同時に、その熱は冷める。

否、冷めると言うのは正しくは無い。

彼は未だに熱く燃えている。

しかし、彼はその燃え滾る意思を冷静な思考で制御しているのだ。

そして、その思考でつむぎだすは二挺拳銃。

その銃口を、バルザイの偃月刀でつけた穴へと向ける。

 

「……っ!」

 

銃声(クライ)

銃声(クライ)

銃声(クライ)

 

咆哮のごとき銃声と共に放たれた弾丸は、ガタノトーア表面の装甲に出来た穴に見事に入り込み、中にいるガタノトーアそのものを蹂躙する。

 

「-------------------ッッッ!?!?!」

 

今まで何をされても揺るがなかったガタノトーアが痛みにもだえ苦しむかのように声にならない声、音にならない音で泣き叫び、装甲の切れ目からは汚泥のような血が流れ出す。

 

--効果あり!

 

その様子を見た一夏は確信する。

少なくとも今の状態のこいつはISでも十分屠れる、と。

 

そして、その事に希望を見出したまさにそのときだった。

 

『何をしている一夏!! 男なら……そのような苦難乗り越えてみせろ!!』

「なっ!? 箒、アイツ何やってるんだ!?」

 

アリーナの放送室から、箒の声がアリーナに響き渡った。




ガタノトーア「きちゃった」

と言うわけで乱入してきたのはなんと密閉瓶に入った旧支配者でした。
……急展開でしょう?
クラッチペダルもそう思う。

そして、やっぱりやらかす箒さん。
前の話でちゃんと姫リアさんに自分の行動が及ぼす影響考えろ言われたのに……

そろそろタグにアンチを追加する必要性がでてきました。
この小説考えた当初はこんなはずじゃなかったのに……
九郎ちゃんが入った一夏が起こすドタバタ劇だったはずなのに……

どうしてこうなった


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14 Fool

馬鹿者
真面目な奴ほど馬鹿をみる。
馬鹿な奴ほど馬鹿を見る。
同じ馬鹿なら、どっちを見たい?


気が付けば、自分の体はある場所を目指して駆け出していた。

 

その際にはある一つの事しか頭に浮かんでこない。

 

--……一夏!!

 

『あれ』がアリーナのバリアを突き破り、侵入してきたときに箒がまず思った事は、一夏が無事であるかどうかと言うことだ。

まぁ、直後に他でもない一夏自身が荒々しい避難勧告という形で無事だと言うことは確認できたのだが。

 

そして、避難し始める人の波に流されながら、戦いだした一夏を見て、自身にも何かできることはないかと箒は考え出す。

その際に視界に入ったのは、既にもぬけの殻となった放送室。

 

--自分は戦えない。

--だが、激励することぐらいは出来る。

 

そこまで考えがいたれば、後はどうでもいい。

そうと言わんばかりに、彼女は人の波に逆らい駆け出した。

この時彼女は純粋に自身に出来ることをしようとしていただけなのだ。

 

……セシリアに言われた言葉など、既に彼女は忘れ去ってしまっていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

放送室からの大音量の激励。

普段であればそれほどの力を込められた激励、応えぬ訳にはいかぬと心が奮うだろう。

しかし、今この状況において、箒のその行動は最悪の一手と言っても過言ではなかった。

ガタノトーアは箒の声に反応し、その貌を箒へと向けていた。

そして、箒の居る放送室に向け、その腕を突き出した。

 

「ちぃ! させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

すぐさま一夏はガタノトーアに二挺拳銃を連射。

しかし、ガタノトーアの動きは止まらない。

 

弾丸は確かにガタノトーアに当たっている。

そのどれもが、ガタノトーアを止めるにはあまりにも弱すぎたのだ。

それでも、一夏はガタノトーアに向かって引き金を引くことを止めず、それでも止まらないと見るやすぐさまバルザイの偃月刀を取り出し、偃月刀を大きく広げる。

そのままガタノトーアと箒の間に割り入り……

 

瞬間、ガタノトーアの腕からの光の奔流が一夏を襲った。

 

一夏は自身の盾にするようにバルザイの偃月刀を構え、さらにその前にエルダーサインを展開する。

最早なりふりは構っていられない。

ここで魔術がばれようとも、防ぎきってみせる。

 

エルダーサインは光の奔流をせきとめようと、その輝きを強める。

しかし、徐々に、徐々にだがその光の障壁には亀裂が入っていく。

 

そして……割れた。

 

「ぐ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ついで奔流はバルザイの偃月刀へと当たる。

だが、それでも防ぎきれない。

バルザイの偃月刀も徐々にひび割れていく。

ならばと体を広げ、己が身を盾とした。

そこで、ようやく光の奔流はその姿を消した。

 

エルダーサインが殆どの威力を殺していたのだろう。

光の奔流が背後の放送室に届くことは無かった。

 

光が消えたその後には、まさに満身創痍と言った体のアイオーンの姿。

装甲にはひびが入り、それどころか一部欠け落ち、一夏の生身が見えている部分もある。

鋼の翼も折れ砕け、むしろ今こうして空に浮かんで入れることが奇跡といえよう。

 

「……く……そ……がぁ……!」

 

そして、一夏も生きている。

その目は、ガタノトーアをまっすぐに射抜いている。

しかし、体はボロボロ、ISもボロボロだ。

 

一夏は、自身の体たらくに歯噛みする。

討つべき外道が、邪神が目の前にいるというのに、体は動こうとしない。

その事が、一夏は情けなく思えた。

 

もはやビームを撃つまでも無いと判断したのか、ガタノトーアはその巨体を浮かせ、一夏の元へと飛んでくる。

そして、一夏の顔に、自身の顔を近づけた。

……装甲に覆われ表情など無いその顔。

しかし一夏には嘲笑が浮かんでいるように見えた。

 

その巨腕が振り上げられ、そして一夏に振り下ろされる。

 

「がっ!?」

 

なす術もない一夏はそのままアリーナの地面に叩きつけられる、

その際、腹部に熱が生まれた感覚。

かつて不死の魔術師の肋骨を突き刺されたときのような、痛みを越えた熱。

叩き付けられた際に、恐らく砕けたアイオーンの装甲が突き刺さったのだろう。

 

痛みにもだえつつも立ち上がろうと足掻き……頭上から落下してきた……降りてきたのではなく、まさに落下してきたガタノトーアに再び地面に叩きつけられる。

 

「ぐふぁっ!? ……て、めぇ……好き勝手……やりやが……」

 

地面でもがく一夏の首持って、一夏を持ち上げる。

そのまま、徐々に首を掴む力を強めていった。

 

「が……はっ……あ、あぁぁぁぁぁぁ……っ」

 

喉を締め付けられているため、かすれた声しかでない。

そんな一夏の様子を楽しむように、ガタノトーアはあくまでゆっくりと力を込める。

それはまさに、真綿で首を絞めるかのような所業。

 

そして、ついにガタノトーアが一夏の首を手折ろうとしたまさにその時。

 

ガタノトーアの腕を、一筋の光が貫いた。

それは、傍から見ればそれほど威力があるようには見えない一撃。

だが、不意をうって放たれたそれはガタノトーアの腕の力を一瞬でもゆるめることには成功した。

 

その一瞬があれば、その男は動けるのだ。

 

自らの首にかかっていた力が緩んだと見るや、一夏はすぐさま左手に一丁だけ拳銃を呼び出す。

既に彼自身の意思ではなく戦闘本能によって突き動かされた体は、銃口を自身が先ほどつけた装甲の切れ目に突きつける。

 

そして、引鉄が六回引かれた。

 

自身の本体を撃ちぬかれたことによりガタノトーアは痛みにもだえ、暴れまわり、それにより一夏が放り投げられる形となる。

空中で弧を描く一夏は、そのまま高所からアリーナの地面に……

 

「やっぱり、貴方はいつでもこう無茶をして!!」

 

あわや衝突と言うそのタイミングで横から飛んできたセシリアに受け止められた。

先ほどガタノトーアの腕への一撃を加えたのは、アリーナ内部へと何とか進入できたセシリアだったのだ。

 

セシリアに礼を言おうとするが、しかし口は意味のある言葉を発することが出来ず、ただ無意味に開き、閉じを繰り返すだけとなる。

 

「無理はしないでください。ひどい怪我なのですから」

 

一夏にそういうと、セシリアは一夏をアリーナの壁に寄りかからせるように、ゆっくりと地面に下ろす。

その隣には、一夏を助けに入る前に運んでおいた鈴音もいる。

そしてセシリアは、ガタノトーアを睨みつけた。

 

瞬間、魂を氷の手で握り締められたかのような感覚がセシリアを襲う。

その冷たさは、徐々に彼女を侵し、犯し……

 

「……それが、何だといいますの?」

 

しかし、侵しきることが出来なかった。

無論、未だに彼女は己の根幹に冷たさを感じる。

 

だが、それがどうした?

 

このような世界で、織斑一夏……大十字九郎は戦ってきていたのだ。

魔術師だからと言って、瘴気を完全に防ぎきれるかと言うとそれは違う。

瘴気に侵されながら、恐怖に足をすくわれながらも、それでも心を奮わせ、外道の法にて外道と戦っていたのだ。

 

ならば、真にこの場で戦う為に必要な要素とは何か?

 

「……それは、正しき怒り」

 

理不尽に奪われまいと、奪われてなるものかという、守るための正しき怒り。

今、セシリアの心は正しき怒りに満ちている。

そして、彼女に手にはISというちっぽけな、だけども戦うための力がある。

 

今ここに、人間でありながらも魔と戦う権利を得た人間が誕生した。

 

さぁ祝おう。

新たな怪異狩人(ホラーハンター)の誕生を。

 

セシリアがスターライトを呼び出し、それをしっかりと握る。

そのまま宙に浮かび上がると、宙を舞いながらガタノトーアへと一撃一撃確実に射撃を当てていく。

もちろんガタノトーアも黙ってみているわけも無く、まとわり付く小蝿を払うかのように

その腕を振るう。

しかし、巨体ゆえの動きの重鈍さのせいで、セシリアには攻撃が当たらない。

 

しかし、セシリアの一撃もまた相手を揺らがせることは出来なかった。

ならばとセシリアはブルー・ティーアーズを一基分離させ、手数を増やす。

未だに全部のティアーズ移動しながら一度に操作は出来ずとも、一基二基なら移動しながらの操作は出来る。

 

しかし、ブルー・ティアーズ一基増やしてもまだ足りない。

ならば二基めと増やすが、しかし足りない。

 

「……ええい! 厄介ですわね!!」

 

もとより、ブルー・ティアーズというISはBT兵器の評価試験用のISと言う側面が強い。

故に、ブルー・ティアーズの強みは、武装の多さでもなく、武装の威力の高さでもなく、ブルー・ティアーズという武装が使えることのみなのである。

そしてブルー・ティアーズという武装自体も、それほど高威力を持っているわけではない。

 

つまり、彼女は重装甲、高火力のガタノトーアとは、相性が非常に悪かったのだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

目の前でちらつく光のせいで、視界が制限されている。

体は、まるでさび付いた鉄で出来ているかのように軋み、ロクに動こうとしない。

まるで穴の開いた浮き輪のように、すった空気はどこかへと抜け出ていくようにも感じる。

腹部の熱は既に無く、感じるのはそこから何かが少しずつ流れ出ていく感覚と、そこから襲ってくる冷たさ。

 

それでも、そんな状態の体でも、一夏は鞭を打ってどうにか顔を挙げ、その目を見開いた。

 

視界に映るのは、宙を舞い、黒い巨体と戦っている青い光。

しかし、青い光の攻撃でも巨体は揺るがない。

 

--……足りない。

 

一夏の脳裏に、その言葉が去来する。

 

--足りない。足り無すぎる。

--あのクソ神をぶっ殺すにはあまりにも弱すぎる。

 

--ならば、どうすればいい?

 

「……決まってんだろ……」

 

果たして、果たして自分は女にだけ戦わせて後ろで休んでるような奴だったか織斑一夏、否、大十字九郎!

 

お前は、お前はもっと馬鹿だったはずだ!

実力も無いのに、後味が悪いなんて理由で前に出て戦うような、大馬鹿者だったはずだ!

だというのに、今の自分は何だ?

 

あぁ、確かに、この状態じゃまともに戦えないだろう。

そして、そんな状態で無茶をすれば、下手をすれば命が無いだろう。

ならば、こうして黙っているのは実に正しい判断だ。

 

……しかし、その判断はあまりにも『賢すぎる』判断ではないだろうか?

こんなの、明らかに自分ではない。

だったら、今自分はどうすればいい?

どうすれば自分らしくなれる?

 

「それも……決まってんだろうがぁぁぁっ!!」

 

軋む体を無理やり起こし、立ち上がる。

そして立ち上がると同時に、咆哮。

そう、それはまさに獣の咆哮。

手負いの獣の最後の一吠え。

 

だが、その咆哮に、セシリアも、ガタノトーアも動きを止め、一夏へと視線を向けていた。

 

手負いと侮る事無かれ。

獣とは、手負いが一番危険なのだ。

 

今の一夏は、まさに獣だった。

 

一頻り吠えた一夏は、ゆっくりと大地を踏みしめ、前へと進む。

その体はふらつき、歩みもおぼつかない。

その様はまるで幽鬼のよう。

 

それでも確実に前へ、ガタノトーアの元へと進んでいく。

 

セシリアが何かを叫んでいる。

聞こえない。

 

ガタノトーアがその顔面に開いた穴に光を宿し、ビームをばら撒く。

それに当たり、地面に倒れこむ。

しかし、起き上がり再び歩く。

 

やはりセシリアが何かを叫んでいる。

だが聞こえない。

 

ガタノトーアは相変わらずビームをばら撒く。

やはりそれに当たり、地面に倒れこむ。

腕に熱。

どうやら先ほどの攻撃で砕けた装甲が腕に刺さったようだ。

気にしない。

ただ前へ進む。

 

一夏の脳内に浮かぶのは唯一つ。

 

--このクソ神をぶっ殺すっ!

 

その思いで体を動かし、前へと進む。

 

ビームでは埒が明かないと判断したのか、ガタノトーアは近づいてきていた一夏に自ら近づき、その巨腕を振るう。

どうやら、小口径ビーム砲では威力が足りない、されど腕部のビームを使うまでも無い。

そう判断したのだろう。

今の一夏には耐え切れるはずもない、巨大な質量を以っての一撃が、一夏に襲い掛かる。

 

「っ! 大十字さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

セシリアの悲痛な叫びが響く。

巨腕が徐々に近づく。

 

「てめぇは……ぜってぇここで……ぶっ飛ばす!!」

 

『……やれやれ、なんと言う体たらくだ』

 

ふと、声が聞こえる。

それは常頃一夏が求めて止まない少女の声。

自分の唯一無二の伴侶の……

 

『汝は妾の主だぞ!? あまり情けない様を見せるな! たかがこやつ如きに負ける汝ではないだろう!?』

 

『……だから、耐えろよ、九郎!!』

 

--操縦者とISのシンクロ係数 90%オーバー

--単一仕様『アルハザードのランプ』使用可能

--武装ロック、コアからの要請にて一時的に解除

--使用可能武装、『対霊狙撃砲』

 

--アルハザードのランプ 燃焼




九郎ちゃんが何かに圧倒的に有利に勝つって、ウェスト相手以外じゃ思いつかない。
傷つき、血反吐はいて、それでも立ち上がって勝利を得るというのが自分の中の九郎ちゃん。

と言うわけで血反吐はいてもらいました。
ええ、ぼろぼろです。
でも覚醒しました。
なんか覚醒しちゃいけない単一仕様も覚醒しちゃいましたけど。
ついでに姫リアさん覚醒。
何年も怪異相手にしてたんなら、戦う権利ぐらいあってもいいよねとおもったので。


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15 Burn

燃やす
燃やすのは己が闘志か
はたまた己が魂か


--燃える。

 

自分の体が、自分の魂が。

自身を構成している『何か』が燃える。

そしてその熱はありえざる法則を作り上げるためのエネルギーとなり、放出されていく。

 

無論、実際に彼の体が燃えているわけではない。

だが、魂とはすなわち、人を作る物、人そのものである。

それが燃えれば、自身が燃えているように錯覚していてもおかしくは無い。

 

自身の魂を燃やす熱の奥に、一夏は自身が見知った闇を見る。

何故それが、などとは問わない。

もとより、白式だったISがこのような形になった時点で、そして武装の数々を見た時点で薄々感づいてはいたのだ。

そして、先ほどの声により、もはや確信する。

 

これは、このISは……

 

--本来ありえなかった存在である。

 

まるでデモンベインのような存在。

魔術と科学の融合。

もっとも、デモンベインよりさらに科学よりなため、魔術的な要素はほぼ無いといって構わない。

だが、たしかのそのコアには魔術理論が存在するのだ。

 

いわば半鬼械神。

鬼械神の模倣のさらに模倣。

 

ならば、今感じているような感覚が生じるとしてもなんらおかしくは無いのだ。

なぜなら。魔術は理不尽と非常識の権化ゆえに。

 

そして、その感覚に魔術が関わっているのなら、一夏にそれが乗りこなせないはずがない。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

燃やす、燃やす、燃やす!

 

自身がいくら削れようと構わない。

今ここで出し惜しみをしてはきっと後悔する。

ならば全力を出せ。

 

後の事は考えるな。

後の事を考えれるほど、お前は賢くは無いだろう!? 大十字九郎!!

 

痛い、熱い、それがどうした。

 

この痛みも、この熱も、勝利のためだとするならば恐れるに足らず!

 

 

徐々に装甲が修復されている腕を突き出す。

その腕に集まるように光が集い、やがて解放された武装が顕現する。

 

その武装がロックされていた理由。

それは普通の武装ではないため。

科学と魔術の混血児となったアイオーンの中で、それは色濃く魔術的要素を残していたため。

 

つまり、人相手に使うような武装ではないのだ。

 

それは、いうなれば魔法使いの杖。

引鉄を備え、金属質な光を放つ、杖。

一夏はしっかりとそれを握る。

 

杖の頭部が展開し、その姿を変える。

変わった姿は……一丁の巨大な砲。

 

対霊狙撃砲。

 

質量保存の法則も、ユークリッド幾何学も一切無視し、新たな姿を得た杖、否、砲の銃口はまっすぐガタノトーアへと向けられている。

砲口に、暴虐の光が宿る。

その光に、ガタノトーアが畏れたように後ずさる。

 

ガタノトーアは本能で察した。

あれを受けてはまずいと。

だが、ガタノトーアは逃げられなかった。

 

それは、果たして神が感じた恐怖ゆえか。

 

「----ッ!!」

 

一夏が、声にならない声で咆哮。

それと同時に、引鉄は引かれた。

 

--閃光(ホワイトアウト)

 

 

※ ※ ※

 

 

その部屋には、重苦しい空気が流れていた。

その部屋にいるのは三人。

 

一人は織斑千冬。

一人はセシリア・オルコット。

そして最後の一人は……

 

「篠ノ之、私が何を言いたいか分かっているな?」

「……はい」

「そうか……ならば、改めて言う必要もあるまい。故に手早く済ませよう……歯を食いしばれ!!」

 

千冬の言葉に、箒は俯きながら答える。

箒の答えを聞いた千冬はそういうと、俯いている箒の襟元を掴み、彼女を持ち上げ、彼女を殴り飛ばした。

 

「避難指示が出ていたにもかかわらずそれに従わなかった件、関係者以外立ち入り禁止だった放送室への立ち入り、ならび機材の無断使用。あとで反省文も待っている。覚悟しておけ」

「……申し訳、ありませんでした」

 

箒は殴られた状態で掻き消えてしまいそうな声で謝罪すると、立ち上がり、とぼとぼと部屋を出て行った。

その様子を見送った千冬は、深いため息をつき傍にあった椅子に乱暴に腰掛ける。

 

彼女が椅子に座った際の衝撃でゆれた椅子の足が床に叩きつけられた音が響き渡る。

 

「……弟が傷ついた原因を作った罪、も言うべきだったのでは?」

「からかうなオルコット。私はからかわれるのが嫌いだ」

「それは失礼致しました」

 

頭が痛い。

セシリアの言葉に頭痛を感じ、頭を抑えながら千冬は口を開く。

 

「言えるわけが無いだろう。今の私はあくまでIS学園の一教師、織斑千冬だ。私情を挟んで良い訳じゃない。私人としてでは無く、あくまで教師としてでなければならない」

「なるほど、そう言う事でしたか」

 

それからしばらく、二人は無言になる。

そして再び口を開いたのは……千冬。

 

「あれは、何だったのだ?」

「あれ、とは?」

「あれは普通のISではない。それぐらい分かる。だが何なのかがわからん……お前は、知ってるな? セシリア」

「……何故、そう思っておいでで?」

「勘だ」

 

--まったく、こういう勘の鋭い手合いは厄介だこと

 

セシリアは口に出さずそう思うと、千冬に向き直る。

 

「ええ、お察しの通り、私は、そして一夏さんはあれが何なのか知っています」

「……一夏も?」

「ええ」

 

千冬はセシリアの言葉に驚愕する。

自身の弟が、あのわけの分からない物について知っているというのだ。

 

言葉にせず、視線でセシリアに説明を要求する。

だが、セシリアには半ば殺気を込めたその視線も効きはしない。

 

何せ、セシリアの中身が中身ゆえに。

 

「残念ですが、織斑先生、貴方は知るべきではない。私はそう判断しますわ」

「ふざけるな」

「ふざけているとお思いですか?」

 

セシリアの瞳が、まっすぐ千冬を射抜く。

その瞳に、何故か千冬はひるむ。

相手は、たかが15~6しか生きていない少女だというのに。

世界最強とまで言われた自分が恐怖している……?

 

「貴方には足りなさすぎる。力も、覚悟も、何もかも。これに関しては、ただ知りたいから知るというわけにはいかないのです。世界最強(ブリュンヒルデ)? 弟のため? ぜんぜん足りませんわ。その称号も、人の領域でのものであるが故に。その感情も、人のものであるが故に」

「それは……どういう……?」

「言葉の通りですわ、織斑先生。それと、学園の命令だとしても、従えませんわ。自分のためと言うより、貴方のためにも」

 

「それでは……」と、セシリアは一頻り語ると部屋から出て行く。

 

その背中を、千冬はただ見送ることしか出来なかった。

 

「……あれが、幼くして財閥の頂点に立つ者ということか……?」

 

いや、それだけではない何かが、彼女にはある。

ただただ、カリスマという言葉では片付けられない何かが、セシリア・オルコットにはある。

 

--ああいう手合いは厄介だな。

 

奇しくも、先ほどセシリアが千冬相手に思ったことを似たような事を、千冬はセシリアに感じていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

部屋から出た箒は、どこへ行くでもなく校舎内をさまよっていた。

そしてたどり着いたのは、校舎の屋上。

 

「……どうして、どうして私はいつもこうなのだ……」

 

昔からそうだった。

一度頭に血が上ったりすると、一つの事しか考えれず、周りの事などが一切考えられなくなる。

そうなるたびに、後に後悔し、今度こそそれを克服しようとするも、結局繰り返す。

以前、彼女が剣道を続ける理由には二つあるといっていたが、その二つの理由のうち一つがそのような自分を克服するためと言う物がある。

 

だが克服は叶わず、今回も箒は一夏の事で頭が一杯になり、その結果飛び出し……

 

--一夏が傷つく原因となった。

 

もしかしたら、箒があのような事をしなくても一夏は怪我をおったかもしれない。

だとしても、そのようなifは意味が無い。

自分が激励をし、その結果一夏が大怪我をした。

重要なのは、その『結果』なのだ。

 

情けなくて、涙が出る。

 

「一夏……すまない……すまない……」

 

屋上に誰もいないことをいいことに、箒は泣いた。

 

自分の情けなさに。

自分のせいで傷ついてしまった一夏に。

 

そして、あのような傷を負ってまで自分を助けてくれたということに、不謹慎にも嬉しくなってしまったという自分の卑しさに。

 

 

※ ※ ※

 

 

目が覚めると、一夏はいつぞやのように全身包帯だらけでベッドに横たわっていた。

 

「…………」

 

周囲を見渡すが、ベッドの周りがカーテンで仕切られているため誰かいるのかさえもそもそも分からない。

 

とりあえず上体だけでも起こそうとベッドに右腕をつく……

 

「~~~~っ!? いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!? な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

ベッドに腕を付いた瞬間、右腕から走った痛みに思わずベッドに再び倒れこみ、悶え転げまわる。

見ると右腕も包帯でぐるぐる巻きになっており、その包帯はおびただしいほどの血液で赤く染まっていた。

 

「……ナニコレ」

「な、何事!? って、あ、気が付いたんですね?」

 

自身の体の惨状に思わず唖然としていると、先ほどの声に反応したのか、やけに慌てた様子で誰かがカーテンを開けて入ってきた。

入ってきたのは……真耶だった。

 

「や、山田センセ? これ何……?」

「織斑君、覚えてないんですか?」

「覚えて……?」

 

はてさていったい何のことを言っているのかと一夏は首をかしげ、そして思い出す。

 

(そっか、俺、確かガタノトーアと……)

 

そこでふと気づく。

 

「や、山田センセ! ガタ……じゃなくてあの侵入してきた奴は!?」

「そこは本当に覚えてないんですね? ……大丈夫ですよ。織斑君がやっつけましたから。その直後に織斑君は気絶しちゃったんですよ」

「そっか……」

 

自分は、邪神に勝てたのだ。

デモンベインなくとも。

 

「よかった……」

 

気が緩んだ瞬間、まぶたが重くなってきた。

それに気づいた真耶が、一夏の体に掛け布団をかける。

 

「大変なことがありましたからね、もうちょっと休んでてください。恐らく織斑先生が来るまでまだ時間があるでしょうし」

 

確かに今の自分に必要なのは休息だ。

それも、死んだように深い眠りを伴った、それそはそれはすさまじいまでの休息が。

 

真耶の言葉に甘え、一夏はその目を閉じる。

眠りは、あっさりと訪れた。

 

 

※ ※ ※

 

 

目が覚めて、まず確認したことは自身の体がキチンと動くかだ。

右腕、左腕、右足、左足。

……全部、ちゃんと自分の思うように動く。

 

「……よかった……よかったよぅ……」

 

涙を流しながら、鈴音は自身の体が動くことに涙した。

 

「動く……ちゃんと動く……」

 

彼女がガタノトーアから受けた瘴気は、その実ほんの微々たる物だ。

そしてそれも、すぐさま一夏が旧神の紋章で浄化したため今はもはや彼女の体を蝕むことは無い。

 

だが、心は?

 

体が受けた瘴気がほんの微々たる物と言っても、それでも一般人にとっては危険な毒なのだ。

そのうえ、彼女にとっては最早常識はずれと言う言葉ではくくれない程の恐怖が襲い掛かっていた。

そう、生きたまま石になるという、想像を絶するような恐怖が。

そんな恐怖に晒された心が、普段どおりであるはずが無かった。

 

体がちゃんと動くことを確かめると、鈴音は周囲を見渡す。

 

「……誰かいないの……?」

 

その声に答える存在は……いない。

 

「やだ……だれか、だれかぁ!!」

 

その事に、普段では感じない恐怖を感じ、鈴音は涙を流しながら誰かを求める。

しかし、先ほどまでいた真耶も一夏が眠ったことを確認するといったん席をはずしてしまった。

 

誰も自分に返事をしてくれない。

誰も自分を見てくれない。

 

恐怖ゆえに、鈴音は泣き叫びながらベッドを飛び出す。

 

「やだ! やだやだやだ!! だれか、ねぇだれか! ねぇ!?」

 

ベッドを飛び出し、カーテンを掻き分ける。

保健室には……誰もいない。

窓の戸を見ても、見えるグラウンドには誰もいない。

入り口の扉についている窓から見える廊下にも、誰もいない。

 

鈴音の心に、普段なら鼻で笑い飛ばしてしまうような思いが去来する。

 

--もしかして、この世界には自分ひとりしかいないのでは……?

 

「いや……そんなのいやぁ……!」

 

最早限界だった。

その場でへたり込み、鈴音はついに大声で泣き出した。

不安で、孤独で、まるで捨てられてしまった子供のように……

 

「ん……」

「っ!?」

 

そんな彼女に、その声は福音のように届いた。

明らかに、自分の物ではない声。

涙があふれる目こすり、何とか視界を確保して周囲を見渡すと、自身が眠っていたベッドの隣のベッドがカーテンで仕切られている。

つまり、誰かがそこで寝ているということ。

 

「あ……あぁ……」

 

涙を流しながら、鈴音はそのカーテンに近づき、そしてあける。

ベッドで寝ていたのは……

 

「いちか……いちかがいた……っ!」

 

織斑一夏だ。

その事に、鈴音は安堵する。

 

一人じゃない……私は一人じゃない……!

 

「よかった……いた……私だけじゃない……」

 

ふらふらと、眠る一夏に近づく鈴音。

一夏の寝顔に触る。

ちゃんと感触と、体温の暖かさが感じられる。

掛け布団がかかった胸も、ちゃんと上下している。

幻影なんかじゃない、ここに確かに一夏はいる。

 

「いちか……いちかぁ……」

 

縋り付くように、一夏に抱きつく。

一夏の暖かさが、鈴音を癒す。

 

「……で、さすがの一夏さんもここまでされると起きちゃうんですが、鈴さんはなにをしているんでせう?」

「……はぇ?」

 

ふと頭上から投げかけられる声。

声がしたほうを見ると、一夏がしっかりと目を開いて鈴音を見つめていた。

 

普段の彼女であれば、ここで顔を真っ赤にし、下手すれば手が出ていただろう。

しかし、今の彼女の精神状態はいろんな意味で普通ではない。

 

「…………」

「でぇぇぇぇぇ!? 泣いちゃう!? 何で泣いちゃうの!?」

 

鈴音は泣いた。

ちゃんと一夏が自分を見ている。

ちゃんと自分を認識している。

 

先ほどまで孤独の恐怖に怯えていた鈴音は、誰かが自分をしっかりと認識してくれていることが嬉しかったのだ。

そう、涙を流すほどに。

 

「いちか……いちかぁ!!」

「うぶぉあ!? いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?! り、鈴さん! 俺けが人!! しかも結構な大怪我だから!!」

「こわかった! こわかったよぉ!!」

「……え?」

 

感極まった鈴音は、一夏へと飛びつくように抱きつく。

当然、全身傷だらけの男にその行動はもはや攻撃だった。

痛みに悶え講義するが、鈴音の言葉に抗議の言葉が途切れる。

 

「だんだんうごけなくなって! おきたらうごけたけど誰もいなくて! わたししかいないんじゃないかって……こわかった……いちかがいてよかったよぅ……」

「…………」

 

普通ではない鈴音の様子で、一夏は察する。

恐らく、まだ鈴音は邪神から与えられた気が狂いそうな恐怖の一片を振り切れていないのだ、と。

 

「……あぁくそ、めんどくせぇなぁ……」

 

そういいつつ、一夏は抱きつく鈴音を抱きしめ返す。

 

「ほ~ら、一夏さんはここにいますよ~っと」

「うん、うん! いちかはここにいるよね? きえないよね!?」

「大丈夫大丈夫。鈴もちゃんとここにいるから」

「うん、うんうん!!」

 

一夏の言葉が、鈴音を癒していく。

それに伴い、少しずつ落ち着きを取り戻していく鈴音。

 

「……第四の結印は旧神の紋章(エルダーサイン)、脅威と敵意を祓うもの也」

 

そして呟くようになされる詠唱。

それにより、鈴音たちをエルダーサインが包む。

 

それは、暖かな、浄化の光。

 

「……あったかい……」

 

その暖かさに包まれ、鈴音はそのまぶたを閉じ、穏やかな寝息を立てる。

 

「……これで何とかなるといいんだがな」

 

眠った鈴音を自身が眠っていたベッドに横たえながら、一夏はそう呟いた。




おかし、鈴音のヒロイン力がぎゅんぎゅん上昇してるじゃねぇか。
これは正妻のポジが危ない。

とまぁ、駆け足気味かもしれませんが、クラス対抗戦の話はこれで終了。

……こ、これならアンチとかヘイトじゃないはず!
きっと!!


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16 Daily

日常
何があろうと、人は日々を過ごす。
その日々に多少のイベントがあるのは……それはきっとご愛嬌。


まだ殆どの生徒が寮で寝ているであろう早朝。

IS学園の校門前に一台の黒塗りのリムジンがやってきた。

そのリムジンが校門前で停止すると、車の扉が開き、中から現れたのは……

 

「ふぅ……お嬢様に直接会うのは久しぶりですね。入学直前以来でしょうか」

 

……メイドだった。

どこからどう見てもメイドであった。

目の前にあるのは学び舎。

だというのに、彼女の格好はあまりにこの場では浮いていた。

しかし、そんなことなど気にしてはいないのか、彼女は実に堂々とした様子でそこにいる。

 

車から降りたメイドは、IS学園の校門を、そしてその先にある学園の校舎を目を細めて見つめる。

 

「……さて、行きましょう---」

 

そしてしばらくそのまま校舎を見つめていたメイドは、背後に振り向き声をかける。

振り向いた先には、丁度車から大きなカバンをもって降りてきた一人の少女がいた。

そして、その少女もまたメイドだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ねぇねぇ知ってる? なんかまた転校生くるらしいよ」

「うっそ、マジで? ついこの間二組に凰さん来たばっかだって言うのに」

 

このような会話が意図せず耳に入るたびに一夏はふと疑問に思う。

 

--いったいそんな情報を女子はどこから仕入れているのだろうか。

 

古今東西、女と言うのは何故か噂話などには非常に敏感なのだ、何故か。

 

「しかも今度はこの一組に、しかも二人来るんだって!」

 

しかもその噂話、多少の脚色がされている場合もあるが、大抵真実に近いものなのだ。

三流だったとはいえ、元探偵だった一夏としては、その情報の入手方法が若干気になったりならなかったり。

 

「……アホくさ、んなもんどうでもいいことじゃねぇか」

 

が、自分が下らないことに対し全力で悩んでいるということに気づいた一夏は、頭を振ってその思考を放り出す。

むしろ、考えるべき点はそこではないのだ。

そう、今考慮すべきなのは……

 

「しかし……また増えるのか、女が」

 

その一点だ。

ただでさえこの学園には男が居ないって言うのに、また女子が増える。

しかも転校生は一組に来るという話ではないか。

トドメに転校生は二人。

この学園に入学してくるということはどちらも女なのだろう。

自分のような超弩級の例外で無い限り、男が入ってくるというのはありえないのだ。

 

肩身が余計狭くなるなぁ、と一夏は嘆息した。

まぁ、誰が転校してこようと自分には関係ない。

今までどおりに生活していけば……

 

「さらにさらに、そのうち一人は……男の子なんだって!!」

「その話! 詳しく聞かせていただきましょう!!」

 

思わず、一夏はその話題に飛びついた。

女子の最後の言葉を聞いてから行動までの間、僅か0.05秒。

某宇宙刑事の蒸着並みの速度だった。

 

 

※ ※ ※

 

 

HRの開始を告げるチャイムが鳴ると同時に、千冬と真耶が教室に入ってくる。

その二人の目に真っ先についたのが、なぜやらにやにやしている一夏だった。

 

「……織斑、どうした?」

「織斑先生? 別に僕はどうもしてないですよ?」

「でも、なんだかその……きも……様子がおかしいですよ?」

 

明らかに不審な一夏の様子に千冬が言及するが、当の一夏はそれに対し平然と返答する。

が、明らかに……言葉は悪いが、今の一夏は不気味だった。

その事を真耶が寸でのところでオブラートに何重にも包んで言うのだが、一夏はどこ吹く風。

 

「さぁ! 待っている人々がいるでしょう? 早く紹介してあげてください」

((あ、そういう事))

 

一夏の言葉で、ようやく一夏が不気味だった理由に思い当たる二人。

恐らく彼は転校生のうち一人が男子であると女子の噂か何かで聞いたのだろうとあたりをつける。

そしてそれは事実であり、また転校生のうち一人が男子だということもまた事実であった。

 

やはり、女子の集団の中に男が自分一人と言う状況には辛いものがあったのだろう。

明らかに男子がふえて浮かれている。

 

「……まぁ、織斑だけでなく他の生徒も転校生については気になっているだろう。さっさと紹介することにする……入れ!」

 

自身の弟の恥ずかしい姿にため息をつくと、千冬は教室の外へと声を投げかける。

それに答えたかのように、教室の扉が開く。

 

まず入ってきたのは、一人の少年。

ブロンドの髪後ろで一房に結っている、少年と言うにはあまりにも線が細く、他者の保護欲を誘う、そんな少年だった。

少年は教卓の隣までたどり着くと、そこで生徒達の方へと向き直る。

 

「シャルル・デュノアです。本日よりこのIS学園に通うことになりました。どうぞよろしくお願いします」

 

人懐っこい笑みを浮かべながらそう自己紹介するとシャルルは頭をぺこりと下げる。

 

--ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

 

クラスのそこかしこから何かが撃ち抜かれた音が聞こえた……気がした。

 

「い……」

「『い』?」

 

その時、一人の女子生徒が立ち上がる。

その顔は俯いており、表情は伺えない。

そんな少女が、何事かを呟いた。

シャルルは呟かれた単語を小首をかしげながら問い返す。

 

そしてその少女は……

 

「イナフ!!」

 

満面の笑みにきらりとした輝きを付け加え、サムズアップをしながらそう叫んだ。

 

「い、いなふ……?」

 

さすがのこれにはシャルルもどう反応していいのかが分からない。

当たり前だ、むしろ分かるほうがおかしい。

 

「OK、子犬系男子だ。これから存分に愛でてやろう」

「Welcome、このくそったれに愉快なクラスへ」

「我々は君を歓迎しよう、シャルル・デュノア」

「盛大にな~!」

 

そこから連鎖爆発の如く起こる謎の寸劇。

思わずシャルルも、それどころか千冬も真耶も唖然としてしまうほどの惨状。

唯一の救いが、誰も彼もがシャルルを歓迎しているということだが……

 

「シャラップ」

 

そんな中、ある生徒の声が教室に響き渡る。

大声で発されたわけではない、しかしその声は騒がしい教室の中にあって非常はっきりと聞こえた。

声を発したのは……

 

「転校生が困惑してるぜ? 落ち着きな。……さぁ、続けてください、織斑先生」

 

一夏だった。

一夏は騒がしい生徒をたったの一言で静めると、千冬に先を促す。

あまりにも急激な事態の変化に半ば付いていけなくなっていた千冬だったが、一夏の言葉で気を取り直すと、シャルルにあらかじめ決めていた座席へ向かうように言う。

 

なおその際、周囲の女子からの熱い視線に囲まれ、怯える子犬のように縮こまるシャルルの姿があったが、それはどうでもいいことだった。

 

「……さ、さて、噂でもう広まっているかとも思うが、もう一人転校生がいる。入って来い」

 

そして千冬は再び教室の外へと声を投げかける。

やはりその声に答えるように扉が開き、入ってきたのは……

 

腰辺りまで伸びた長い銀髪を結わえる事無く流したままにしており、なんらかの病かなにかが原因か、左目を眼帯で覆っている、ともすれば中学生かそれ以下かと思えるような伸張をした……

 

「……メイド?」

 

そう、メイドだった。

さらに言うならそのメイド、この話の冒頭で車から二番目に出てきたメイドその人だった。

誰しもが思う。

 

制服は? というかなぜメイド?

 

そんな生徒達の困惑などなんのその。

メイドの少女は長い髪をなびかせ、悠々と教室を歩く。

そして教卓の傍までたどり着くと、生徒達の方へと向き直る。

 

「…………」

 

無言で生徒達を見やる。

そして、その口が開かれた。

 

「……ラウラ・ブランケットだ」

 

そして言葉を一旦途切れさせ、しばらく間をおいた後に言葉を付け足した。

 

「そして、このクラスにおられるオルコット財閥頭首、セシリア・オルコット様のメイドだ。以後、よろしく頼む」

 

そこまで言って、頭を下げた。

 

『……ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?』

 

一組の教室に、驚愕の叫びが響き渡った。

 

 

※ ※ ※

 

 

「驚きましたわラウラ。まさか貴女が入学してくるなんて」

「申しわけありませんお嬢様。お嬢様を驚かそうと皆に秘密にしていただくように頼んでいたのです」

 

HRが終わり、休憩時間になると、セシリアはラウラと名乗ったメイドの下へと駆け寄る。

ラウラはセシリアの姿を認めると頭を垂れる。

それに対し、頭を上げるように言ったセシリアが先ほどの言葉を発したのだ。

ラウラは恥ずかしそうな表情でセシリアに返答する。

 

「んで、セシリア、この子はお前さんのメイドだって言ってたが……?」

「ええ、この子は私付きのメイドの一人ですわ。ラウラ、この方が織斑一夏さんです」

「貴方がお嬢様の仰っていた……ラウラ・ブランケットだ。よろしく頼む」

「こりゃ後丁寧にどうも。ご紹介に預かった織斑一夏だ。よろしくな」

 

互いに自己紹介をし合い、握手をする二人。

しかし、ふとラウラの表情が曇る。

 

「……? 俺なんかしたか?」

「いや、別にそういうわけではないんだが……お嬢様から聞いていた情報から推察した人物像と違うような気がしてな……」

「……参考までに、セシリアからなんて言われてたんだ?」

 

一夏の言葉に、しばし口にするのをためらうようにしていたラウラは、やがて口を開いた。

 

「『やるときにはやる、偉大な背中を持った男だ』と。だが……その、予想していたより普通……というか、ヘタレ? のような感じがしてな」

「うごふ……っ!」

 

織斑一夏に900の精神的ダメージ。

 

「まぁ、普段はへたれのへっぽこですからね、彼」

「ぶげらっ!?」

 

セシリア・オルコットの援護攻撃。

織斑一夏に2000の精神的ダメージ。

織斑一夏は精神的に打ちのめされた。

 

「……? お嬢様、彼はいったいどうしたので?」

「あまりお気になさらずに。……しかし、悪意無き残酷な言葉と言うのはげに恐ろしいですわね」

「他人事のようにいってるけど、セシリアの言葉も相当堪えるからな……?」

「あら、私の場合は悪意ある残酷な言葉ですから、当たり前ですわ」

「なお性質悪いわっ!!」

「?」

 

二人のやり取りに小首をかしげるラウラ。

よくも悪くも、彼女は純粋だった。

 

そんな中、一人の生徒が一夏に近づく。

 

「えっと、織斑一夏君……だよね? どうしたの?」

「ん、あぁ、なんでもない。なんでもないったらなんでもないんだ……って、お前さんは確か……シャルル・デュノアだっけ?」

「うん、そうだよ。織斑先生に分からないことがあれば織斑君に聞けって言われたから来たんだけど……」

 

そういわれてあぁ、と納得する。

同じ男なのだ。

女所帯の中で暮らしてきた先輩として彼の世話をしろと言うことか。

 

「そいつぁ悪かった。で、どうしたんだ?」

「えっと、なんか皆慌しいけど、次の授業は移動教室か何かなのかなって」

「次の授業……あ」

 

シャルルの言葉に次の授業はなんだったかと思い出そうとする一夏。

そして、何の授業だったかを思い出すと同時に顔を真っ青にし、時計に目をやる。

授業開始まであと5分。

 

「デュノア君や、とりあえず急ぐぞ。次の授業はグラウンドで実技だ。担当は千冬姉だから、遅刻すると恐ろしい結末が待っている」

「えぇ!? だったら急いで着替えないと!!」

「だから急いで付いてきてくれ!」

 

シャルルにそういうと、一夏は自分の席から体操着袋を持ってくる。

体操着袋と言っているが、中に入っているのはISスーツである。

 

「ほら、急いで急いで!」

「へ? あ、え?」

 

一夏の様子を呆然と見つめていたシャルルを見て、一夏は軽く嘆息すると彼の手を引いて教室を出る。

何の言葉も無く手を引かれたため、多少バランスを崩したシャルルだったが、なんとかバランスを立て直して一夏に並ぶ。

 

「ねぇ、着替えなきゃ駄目なんじゃないの?」

「だからこうして着替え場所に急いでるんだよ」

「教室じゃ駄目だったの?」

「……お前さん、女子だらけの教室で男子着替えたらアカンでしょう?」

「へ……? あ! そ、そうだね!!」

 

教室を出た一夏に対し疑問を投げかけたシャルルは、一夏の言葉に顔を真っ赤に染めながら同意する。

その様子を見て一夏は思う。

 

--この子は放っておいたらアカン。

 

もし自分がこの少年を放っておいたらこの少年が何をしでかすか分かったものではない。

今、一夏の心には使命感と言う名の炎が燃えていた。

 

「俺ら男子はアリーナ脇の更衣室で着替えるんだ。教室からちと遠いから急がないとやばいんだ……他にもやばい理由はあるけどな」

「へ? 最後になんか不穏な言葉が聞こえたような……」

 

なお、シャルルは一夏のこの呟きの理由をこの直後に知る事となる。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……何とか間に合ったね」

「まったくだ。ったく、あいつら日に日に連携が強化されてやがる」

 

二人は授業開始のチャイムがなる前に何とかグラウンドにたどり着いていた。

しかし、そんな二人は汗まみれ。

それは授業に遅刻しないように全速力で更衣室へ向かっていたというのも理由だが、もう一つの理由は……

 

「あはははは……げ、元気なのはいいことだと思うよ? うん」

「はた迷惑だと思ってたら無理に隠さんでいいんだぞ? デュノアさんや」

 

更衣室へ向かう途中、女子の大群に追い掛け回され、それから逃げるために全力を出したという理由もある。

というか理由の大部分がそっちだったりするのだが。

 

「……なんだか、幸先がすごく不安だよ……」

 

シャルルは誰にも聞こえないように、自身の不安を吐露した。

 

 

なお、汗まみれの状態でISスーツを着ている二人を見て不埒な妄想をしている女子がいたが、それはこの際どうでも良かったりする。




と言うわけで寝る前に一話投稿しました。

今回登場したのはそう、ラウラちゃんです。
以前何人か『この話のラウラどうなってるんだ?』といわれていました。
その答えがこれです。

メイドです。
バイトで衣装を着たんじゃなく、ガチのメイドです。
セシリアのメイドさんなのです。
苗字がボーデヴィッヒじゃ無いのも理由があります。
まぁ、その理由は次かその次あたりにでも。


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17 Laura

ラウラ

世界に、運命に翻弄された少女。
彼女は今、ようやく安息の地を得ている。


ある一人の少女、名はラウラ。

 

現在はラウラ・ブランケットと名乗り、こことは限りなく近く、また限りなく遠い、もしかしたら辿ったかもしれない世界ではラウラ・ボーデヴィッヒと名乗っていた少女。

 

おそらく、彼女はこの世界でもとりわけ変わってしまった世界に翻弄されていた少女といって過言ではないだろう。

 

なぜ彼女が辿ったかも知れない世界とは大きく異なる人生を歩んでいるのか。

 

今回は彼女がこの世界で歩んできた人生をかたろうと思う。

 

 

※ ※ ※

 

 

まず彼女がどのようにして生まれたかについて語ろうと思ったのだが……実は彼女の生まれ、そして生まれてからしばらくの人生は、辿るかもしれなかった世界となんら相違はない。

 

辿るかもしれなかった世界と同じように、ドイツ軍で常人を超えた人間、生まれながらに戦うための人間を作り出すという名目で研究されてきた遺伝子強化人間。

その試験体の一人として、彼女は生まれてきた。

そして、辿るかもしれなかった世界と同様に兵士として戦うためのありとあらゆる知識……銃火器を含むあらゆる兵器の使用法、操作法を叩き込まれ、あらゆる敵、あらゆる状況に対処するための戦略を叩き込まれ、それらと生まれながらに戦うために最適化された遺伝子を用いて数多くの功績を積み上げた。

 

そう、この頃の彼女は間違いなくドイツ軍のエースであり、多くの兵士の憧れであり、遺伝子強化人間を研究している研究者にとって最高の成果を残した成功体だったのだ。

もちろん、彼女に対して反感を覚える兵士、将校もいたにはいた。

だが、彼女が打ち立ててきた功績が、それらから彼女を守っていたのだ。

 

彼女の人生は、軍人として順風満帆だったといえるだろう。

 

……彼女の辿るかも知れなかった人生がまず狂いだしたのは、ISという物が世界に広まったときだった。

 

女性しか扱えないという欠点はあるが、それを補って余りある、現存兵器をはるかに凌駕する性能。

ISを軍備として採用するのはもはや誰もがわかりきっているだろう。

当然ドイツ軍もISを軍の戦力として採用し、ドイツ軍で優秀な成績を収めていたラウラにも、その頃は量産機とはいえISは与えられた。

 

それでもまだ、まだ彼女の人生は狂いきってはいなかった。

ISという未知の兵器。

しかし、自身はあらゆる兵器を扱うために生み出された存在。

彼女は、ISを用いても功績を残していった。

 

……まだ、ドイツ軍に彼女の居場所はあったのだ。

この頃には、まだ。

 

彼女の人生が本格的に狂いだしたのは、それからしばらくのことだった。

 

ISという既存兵器を超えた存在。

しかしこれも技術である以上、いつか必ず進歩に頭打ちが来る瞬間が訪れる。

そしてその瞬間が来た際、自国が他国より優位に立つためにはいったいどうすればいいのだろうか?

 

ドイツ軍の天才たちは、すでにまだそうそうこないであろう、だがいずれ必ず訪れる未来を予見していた。

当然のことだ。

常に国という物は他国より少しでも優位を保ちたいと常日頃から思っている。

他国より優位に立てば、それだけ自国の意見を他国に通すことができるからだ。

ほんの小さな物でもいい。

アドバンテージとはその大きさを問わず、持つこと自体が強みなのだから。

連日の会議の上、ドイツ軍の天才たちの見解はこのような形にまとまった。

 

--いずれISに頭打ちが来るなら、それを扱う人間の方を改良すればいい。

 

遺伝子強化人間という、ほぼ人道的に見れば間違っているであろう物の研究を平然としてきた物達の同類であるドイツ軍の科学者たちが、そのような考えにいたるのにあまり時間は必要なかったし、そしてその案件についての研究許可が彼らに下りるのもそれほど時間はかからなかった。

 

そして始まる研究、生まれたのが『ヴォーダン・オージェ』と呼ばれる物だ。

ヴォーダン・オージェというのは、肉眼への特殊なナノマシンを投与することによりさまざまな恩恵を投与者に与えるという技術だ。

その恩恵とは脳への信号伝達速度の高速化、高速戦闘下での動体視力の向上など、戦闘の際に重要になるであろう要素である。

大掛かりな手術は必要なく、ナノマシン投与のみによってもたらされるそれらの恩恵は、なるほど研究者の当初の目的どおり、人間を、しかも簡単に改良する術だったのであろう。

そして臨床実験では、不適合者は一切なし。

 

瞬く間に、ヴォーダン・オージェはドイツ軍の中で広がりを見せていた。

そして、ラウラもこのヴォーダン・オージェの為にナノマシンを投与したのだった。

他の操縦者が投与している中、彼女だけが投与しないという理由がなかったのだ。

 

……ここで、ついに彼女の人生は狂った。

 

彼女に投与されたナノマシンが彼女の瞳の中で変質、暴走。

それにより彼女はヴォーダン・オージェが制御できなくなったのだ。

 

暴走したヴォーダン・オージェは、彼女に過剰なまでの動体視力の向上、脳信号伝達の高速化を与える。

それは、到底人間が耐え切れる物ではなかった。

あまりに向上させられたそれらは、日常生活さえもまともにできなくなるほどだった。

日常生活ができなければ、当然軍の任務になど従事できるはずもない。

 

彼女の功績が、徐々に翳っていく。

そして、彼女がなんとか日常生活を送れるまでにヴォーダン・オージュの力になれた頃には、もはや彼女は不必要な存在となってしまっていた。

 

軍ではありとあらゆる兵士が彼女を蔑む。

彼女に反感を抱いていた兵士や将校達もさぞ愉快であったことだろう。

何せ自分を見下していた相手が、もはや自分の下にいるも同然なのだから。

彼女を守ってくれる功績は、今はもうない。

 

--よう、失敗作さん

--おんやぁ? かの誉あるドイツ軍人である少佐殿はこれに適合できなかったのですか?

--身の程を知らずにいた罰ではないのかね?

 

それでも、彼女は耐えた。

 

--確かに屈辱だ。

--これ以上無いほどの屈辱だ。

--だが、自分は誇り高きドイツ軍人だ。

--……この屈辱、はらさでおくべきか!!

 

耐えて、耐えて耐えて、彼女はどん底に落とされながらもその幼子のような腕で再び這い上がろうとしたのだ。

しかし神は、彼女のそんな努力さえもあざ笑う。

 

--君には失望したよ。

 

自身を作り出した研究者達、いわば親であった人々からの罵倒。

ラウラのヴォーダン・オージェ暴走により、遺伝子強化人間という技術そのものに対する疑問が浮かび上がってきたのだ。

 

--この技術には不備があったのでは?

--そもそもヴォーダン・オージェさえ移植すれば、一般兵士も期待以上の成果を上げる。

--……遺伝子強化人間は、果たして必要か?

 

たった一つの失敗を理由としたには、あまりにも暴論。

だが、一つ失敗が信用問題へと発展するのは当たり前のことだ。

それにより、今まで遺伝子強化人間の研究をしていた研究者への風当たりが強くなっていったのだ。

そして、軍上層部から下されたのは、研究のための予算のカット。

それは実質、もうお前らなど必要ないと言う、軍から研究者達への最終通告だった。

 

--お前が適合できなかったから。

--育ててやった恩を仇で返しやがって。

 

彼女に責の無い事で、彼女は責められる。

そして、その一言がついに言い放たれた。

 

--この失敗作が!!

 

その言葉に、彼女の心はついに折れた。

彼女はドイツ軍人としての誇りも持っていた。

しかし、それよりも強く、大きく、遺伝子強化人間の成功体という、いわゆる選ばれし者という事にもプライドを持っていた。

そして、そのどちらも、この一言でとうとうぽっきりと折れてしまったのだ。

 

それからの彼女の人生は、まさに抜け殻のような人生と言っても過言ではないだろう。

どこに居ようと、『誰もが適合できるヴォーダン・オージェに適合できなかった存在』と言うレッテルを貼られ、さらに暴走したヴォーダン・オージェに慣れたと言ってもそれはあくまで日常生活を送れる程度には、と言う話。

任務につくこともできず、それによりさらに周りからの視線は鋭く、残酷なものとなる。

 

……この時点でも、しかし彼女にはまだ這い上がるチャンスはあったのだ。

しかし、そこで彼女の人生が狂った最後の要因がそのチャンスの芽を摘んでしまった。

 

--織斑千冬。

 

彼女は辿るかもしれなかった世界では、およそ一年間、ドイツ軍でISの教官をしていた。

なぜなら第二回モンド・グロッソの際に誘拐された彼女の弟、織斑一夏の情報をドイツ軍が彼女にもたらし、そのおかげで彼女は一夏を救出。

その恩に報いるためにドイツ軍へと出向したと言う経緯があったからだ。

 

では、この世界ではどうだろうか?

確かにドイツ軍は一夏誘拐の情報を握っており、そしてそれを千冬に伝えようとした。

が、彼らが千冬に一夏誘拐の情報を伝えない内に、まさかの事態が発生した。

誘拐された当の本人からの電話である。

 

それにより、第二回モンド・グロッソでも快進撃を続け優勝。

織斑一夏も電話で千冬に言ったとおり、きちんと千冬の決勝戦をその目で見届けている。

 

……彼女がドイツ軍へ出向する理由がまったく無いのだ。

 

よって、千冬がドイツ軍でISの教官をすることも無く、ドイツ軍で教官となった千冬にラウラが教えを受けたということも無く、その教えを元にラウラがどん底から這い上がるということも無かった。

 

ここまで来て、彼女の人生はとうとう修正できないほど狂ってしまったのだった。

 

 

そして、まだ神は彼女に対して手ひどい仕打ちを与える。

 

それは、彼女が失意の中、ふらつく足でどこに向かうでもなく軍基地内を歩いていたときだった。

 

「……で、いつ廃棄するんだ?」

 

ふと進行方向にある角の向こうから聞こえてきた言葉。

誰の声も耳に届かないほどに呆然としていたラウラに、その言葉は何故かはっきりと聞こえた。

 

「あぁ、あの試験体……ラウラだったか。確か……今日だったな」

 

その言葉を聞いて、ラウラは自身の足元が崩れ去ったようだった。

当然だろう。

自分が今日廃棄……つまり殺されると聞いて、誰も平然としていられるわけが無い。

 

「……ったく、研究者共が高い金をかけて作ったってのに、まさかここに来て失敗作になるなんてな。笑える皮肉だぜ」

「今もあいつ、任務につけないらしいな。瞳の暴走で。軍もお荷物をずっと抱える理由も無いわけだ」

「でも、廃棄ねぇ……確か遺伝子いじくった、非人道的な存在だからとかなんとか」

「あぁ、人の遺伝子を弄ったなんて事がばれたらドイツ軍はバッシングは免れないからな、バレない内に無かったものとするって寸法さ」

「んな事気にするなら最初っからあんなん作るなよ。研究者どもは天才だが馬鹿だな」

「俺に言うな。だが、あいつらはイカれた狂人どもだからな……そんな常識も知ったことではないのだろう」

 

その言葉を聞かず、彼女は走り出した。

どこへ?

そんな事、彼女自身も分からなかった。

ただ、彼女の脳内にはある一つの思いが警鐘を鳴らしながらよぎっていた。

 

--ここにいては殺される……今すぐ逃げなければ!!

 

彼女はその思いに従い、基地から抜け出しどこへいくでもなく、とにかく逃げ出した。

死にたくない。

これまでドイツ軍のために己を捧げんが如く尽力してきた。

だというのに、その軍は自分を殺そうとしてくる。

私は死にたくない。

とにかく逃げる。

ひたすらに、遠くへ。

 

……さて、ここで彼女の壮絶な人生の回想をごらんの諸兄らに質問しよう。

これから処刑しようと言う人物を、果たして野放しにする馬鹿は存在するだろうか?

 

彼女の動向は常に監視されていた。

故に、彼女が基地を無断で脱走したということは、軍上層部に筒抜けだったのだ。

ここで、ドイツ軍はこれ以上無いほどの、ラウラ処刑の大義名分を手に入れてしまった。

 

脱走兵の処刑という、大義名分を。

 

脱走兵とされてしまったラウラに追っ手がかかるのはそれほど時間は必要なかった。

そしてその追っ手の中には、IS操縦者も数多くいる。

無論、逃げながらも彼女は必死に抵抗した。

しかし、瞳の暴走でろくに戦えない彼女に勝ち目などあるはずも無かった。

 

与えられていた専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲はそこかしこがぼろぼろとはがれ、最早原型を一切残していない。

十分も経たずに、既にラウラは戦えなかった。

そして、最後の一撃が放たれる。

 

超長距離からの狙撃を額に受けたラウラは、ISの絶対防御に守られ命を落とすことは無かったが、しかしその一撃により意識を失い、重力の手に引かれて地面へと落下していく。

その様子を見た追っ手は、彼女を確保しようと、彼女が落下した地点へと向かおうとする。

が、彼女が落下した場所の座標を見て顔を青褪めさせた。

 

「……こ、ここは……オルコット財閥の……」

 

オルコット財閥。

前オルコット家頭首が事故により他界し、跡をを継いだ娘の悪魔的な手腕により、既に欧州全域に強い発言権を持つにいたった財閥だ。

そう、ラウラが落下して行ったのは、オルコット財閥傘下企業の工場敷地だったのだ。

 

いかな軍といえど、オルコット財閥関係には容易に手出しが出来ない。

いかな理由があろうと、令状の手続きをきちんとせずに敷地内へ侵入、しかもISを纏った状態で、などとやらかしたら相手方を刺激するのは確実。

オルコット財閥を敵に回して生き残ってきた存在など、今まで世界中どこを探しても存在しないのだ。

 

「……くっ! 今は退くしかないか……!」

 

当然、軍もオルコット財閥を敵に回す恐ろしさは知っている。

ここで独断で突入などして問題が発生すれば……物理的に自身の首が飛んでもまだ足りない。

一族郎党、七代先まで責任を追及されてもおかしくないのだから。

 

軍から受けた脱走兵の処刑の命を達成できなかったことに歯がみしながらも、追っ手たちは基地へと帰還していった。

 

 

※ ※ ※

 

 

(……そこで私はオルコット財閥に保護され、そして今に至る……と。本当に、お嬢様たちには頭が上がらないな……)

 

目の前で整備されているブルー・ティアーズを見ながら、ラウラは過去を回想を終了する。

彼女が回想から意識を現実へ戻すと、そこにはブルー・ティアーズを整備する整備員の姿が。

彼らの働きを見渡し、そして叫んだ。

 

「いいか貴様ら! お嬢様のISだ! ピカピカに磨き上げろ!! ルーデル閣下も思わず頬擦りしてしまうほどにな!!」

 

彼女の言葉に、整備員が威勢の良い声で返事をする。

その返事に満足そうに頷くと、ブルー・ティアーズの隣にある黒いISを見やる。

 

「……そして、シュヴァルツェア・レーゲン、お前のおかげで私はこうして生き残れた。姿は変わってしまったし、やむなくコアも初期化しなければならなかったが……それでも、これからも私と共にあってくれるか?」

 

黒い装甲が、整備室の照明の光を反射する。

まるで、ラウラの言葉に答えたかのようだった。




と言うわけで、ラウラさんがセシリアのメイドになるに至った過程を。
ちなみに保護されたあとにもなんやかんやあって、それでメイドになるという流れなんですが、そのなんやかんやの部分はまた今度と言うことで。

さて、今回は結構独自設定多いかもしれません。
ラウラがヴォーダン・オージェ暴走させた後の話とか、ほぼ捏造でしょ、これ。といわれても文句言えないです。

ですが、うちの小説ではこういうことになってますということで、納得していただければ。


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18 Uneasiness

不安

あまりにも異質
故に人は不安を覚える


授業開始のチャイムがなる直前に千冬はグラウンドにやってきた。

 

「全員いるな? クラスメイトで遅刻している奴がいれば報告しろ。そいつにはしかるべき報いが待っているからな」

 

グラウンドで整列している全員が、周囲を見渡し、見知った顔が全員いるかを確認する。

 

……全員がいっせいに安堵のため息をつく。

どうやら誰一人かけている人はいないらしい。

 

その様子に満足げに頷くと、千冬は再び口を開いた。

 

「さて、今日は以前から言っていた通り一組と二組の合同授業だ。他クラスの友人などと一緒で嬉しいかもしれんが、授業は真面目に受けろ」

 

千冬の言ったとおり、グラウンドには明らかに一クラスでは納まらない人数の生徒が整列している。

一夏は千冬の言葉を聞き、そのような事を思い、ふと考える。

 

(……そういや、鈴の奴大丈夫かねぇ?)

 

そう、二組にいる幼馴染の一人の事が頭をよぎった。

 

邪神の瘴気をほんの僅かではあるが真正面から浴びてしまい、錯乱していたあの少女は、果たして無事なのだろうか……。

 

視線を巡らせると、大体自分の右斜め後ろのあたりで鈴音を見つける。

鈴音も一夏に気が付いたのか、はっとしたような表情で一夏を見つけ……

 

「…………」

 

顔をそらされた。

 

もっとも、彼女としては何か悪意などがあったわけではなく、ただ単に錯乱している最中に一夏が自身に行った行動に照れ、そしてそれを素直に受け入れていた自分を恥ずかしがっているだけなのだが。

そう、今思い返すと自分も自分がやった行動が恥ずかしくて、寮の部屋で簪に不審がられながらも恥ずかしさに悶え転げていたのだ。

恥も外聞もなく、子供のように泣き喚いたところを見られてしまった鈴音の恥ずかしさは恐らくそれ以上だろう。

 

が、そうとは分かってはいても、やはり顔をすばやくそらされて若干泣きたくなった一夏だった。

 

そして、視線を前へ戻す途中で、箒とも目が合った。

 

「……っ」

 

やはり顔をそらされた。

 

彼女の場合、顔を背けた理由は一夏への後ろめたさである。

ちなみに、彼女はあのガタノトーアの一件以来、まともに一夏と顔を合わせていなかったりする。

そして下手に外部から今の箒へ干渉したとしても、恐らく反発を招くか、余計意固地になるだけであるという事を一夏は理解している。

なぜなら、それは本人の心の問題ゆえに。

 

そのため、何とかしたいと思いつつ、結局時間に任せることしか出来ていないのだ。

 

千冬の授業開始の声を聞きながら、一夏は誰にも気づかれぬようにため息をついた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「さて、今日は先ほども言ったとおり一組と二組の合同授業だ。さすがの私でも二クラスをいっぺんに面倒を見るのは骨が折れる。そこで今日は私と山田先生の二人体制で授業を進めて行こうと思う。なお二組の担任、副担任は別件で授業は見れない。いないからと言って手を抜くことは無いように」

 

千冬の言葉を聞き、生徒達が互いに顔を見合わせる。

真耶が実技を担当するということに驚きを隠せていないのだ。

 

なぜなら、今まで真耶は副担任として、座学を担当し、実技は千冬が担当と言った役割分担になっていた。

つまり、真耶に実技が務まるのかと言う疑問があるのだ。

なお、二組の生徒も同じように、あの真耶が実技を指導している場面が想像できなかったため、一組の生徒と同じような反応をしている。

そんな生徒達の反応は予想済みだといわんばかりに、千冬が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふっ、だからお前らはひよっこのガキなんだ。ここは『IS学園』だ。この学園の教師で実技を担当できない教師はいないぞ? 情報科の教師でさえ、基礎的なことから基礎から一歩踏み出した領域までなら実技を指導できる。ましてや……」

 

その言葉を遮るように、千冬と生徒達の間を何かが通り過ぎ、通り過ぎた際に風が吹く。

 

「……彼女なら基礎から応用、遠距離近距離何でもござれだ」

 

千冬が視線を動かしながらそう言い放つ。

生徒が千冬の視線を追いかけると、そこにいたのはISを纏った真耶。

真耶は空中で方向転換すると、ふわりと千冬の隣に降り立つ。

 

「褒めすぎですよ、織斑先生。私はそんなに立派じゃありませんよ」

「何を言う。モンド・グロッソ射撃部門に出ればヴァルキリーになれるとまで言われていたくせに」

「結局代表候補止まりでしたよ。他の人が優秀すぎましたし」

「はっ、どうだかな」

 

果たして、今の彼女を見て誰が普段の真耶を想像出来るだろうか?

 

普段は柔和な笑みを浮かべるその顔は目つきも鋭い戦士の顔をなっている。

その所作も普段とはうって変わりきびきびとしており、無駄が一切無い。

 

生徒達は誰しもが思う。

 

--あの人、本当に山田真耶先生?

 

「まぁ、いきなり言われても誰も納得はしないだろう? そうだな……オルコット、凰、お前らで山田先生と戦ってもらう」

「わ、私!?」

「ですが織斑先生、一人ずつやっていては授業の時間が……」

「誰が個別にやれといった。お前ら対山田先生だ」

「……ほう」

 

千冬の言葉に、セシリアが何かを考え込むようなしぐさをとる。

 

「でも千冬さ……織斑先生。代表候補二人相手ですよ? 教員とはいえ」

「そうだな。今のお前らでは組んだところでまけるだろうな」

 

鈴音も千冬に反論するが、千冬はどこ吹く風といわんばかりに、むしろ鈴音たちを挑発するような言葉を言い放つ。

 

--ぷっつーん

 

何かが切れるような音がした。

 

「ふ、ふふふ……そこまで言われちゃ……私にも代表候補としてのプライドがあるのよ!! ただでさえ恥ずかしいこと最近しでかしちゃったばっかだし、鬱憤晴らししてやるぅ!!」

「……とまぁ、こんな風に鳳さんも乗り気なようですので。それに私にもプライドがありますわ」

「と言う事だ、山田先生。任せました」

「はい。ところで、どのくらいOKですか?」

「ふむ……二十分までなら」

「ならその半分くらいで結構です」

 

真耶の言葉に、鈴音はさらにヒートアップし、そんな彼女の様子に嘆息しながらもセシリアも空へと上がる。

そして最後に真耶が空へあがり、準備は整った。

 

「準備はいいな? それでは……始め!!」

 

千冬の声を合図に、二人と一人がぶつかり合った。

 

 

※ ※ ※

 

 

空では三人がそれぞれ絡み合い、解け合いながら戦っている。

その様子に、生徒達は見入っていた。

 

美しい戦い方だった。

 

人が空を飛ぶ手段を得て。それを用いて戦っているのではなく、まるで鳥が、飛ぶのは当たり前だといわんばかりの自然さで飛んでいるように、真耶の戦い方はあまりに自然で、美しかった。

 

「……さて、デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてもらおう」

「へ? あ、はい。山田先生が現在使っているのはラファール・リヴァイヴ。『リヴァイヴ(再誕)』の名前の通り、ラファールの利点を残しつつ当時の技術を用いて再設計された第二世代ISです。製造しているのは……フランスのIS製造企業、デュノア社です」

 

そこまで言うと、シャルルは空で鈴音とセシリアを手だまにとっている真耶をみやり、言葉を続けた。

 

「ですが、あれは教員用だからかカスタムされてます。外見から見ればスラスターの大型化と各部への補助用バーニアを配置。それにより速度と運動性が強化されている……これでいいですか?」

「ああ、これ以上無い解説だ。っと、そろそろ十分か」

 

その言葉と同時に、空中から爆発音が聞こえてくる。

見上げると、空中でいつの間にか一箇所に集められていた鈴音とセシリアが爆発に飲み込まれていた。

その爆発に何とか耐えた二人だったが、爆炎を目くらましに真耶が二人に接近する。

その両手には、ショートブレードが握られていた。

 

そして、その刃が十字に交差する軌跡を描いて振るわれた。

 

「……あれは」

 

その真耶の姿に、一夏はある天使の姿を垣間見た。

 

十字断罪(スラッシュ・クロス)!!』

 

穢れなく白い、どこまでも優しい正義の味方だった、あの天使を。

 

一夏の感傷ににた思考など知るわけも無い鈴音達がふらふらと地面に降りてくる。

 

「うぅ……なんか最近私いいとこなしな気がするわ……」

「甘く見ていたつもりは無かったのですが……まだまだ上には上がいる、ということでしょうか。まさかあそこまでぐうの音が出ないほどに負かされるとは……」

 

二人とも大なり小なり負けたことにショックを受けているようだ。

そして、真耶が静かに千冬の隣へと降り立つ。

 

「9分34秒だ。宣言どおりだな」

「もう少し早く終わらせられると思ってたんですが、やはり代表候補生だということでしたね」

「君が言うと皮肉にしか聞こえないな」

 

負けてしまった二人のプライドを考慮してか、千冬と真耶は二人に聞こえないように言葉を交わす。

しばら千冬と真耶が言葉を交わし、やがて千冬が生徒の方へと向き直る。

 

「さて、諸君らも見たとおり、これが学園の教員の実力だ。これからはきちんと敬うように。では授業を始めるぞ!!」

 

 

※ ※ ※

 

 

授業内容は専用機持ちを中心に生徒達がグループを作り、準備された訓練機を使って歩行訓練などを行うといった物だった。

当然、グループ分けの際に一夏とシャルルに生徒が殺到したのだが、まぁそこは織斑千冬。

一喝で生徒全員をきちんと出生番号順に振り分けることに成功した。

だが、指導を開始する前に一夏は千冬に聴かなければならない事があった。

 

「所で先生。預けてたアイオーンは?」

「ん、あぁ。ここにある。お前に返しておこう」

 

そう、クラス対抗戦で大破し、修復作業のために預けていたアイオーンについて聞かなければならない。

状況次第では、この授業での指導のやり方を変えなければならない。

 

一夏の言葉に今思い出したとと言うような様子を見せた千冬は、懐から五芒星をあしらったネックレスを取り出す。

それはまごう事無くアイオーンだった。

 

それを受け取り、首にかけつつ一夏は呟く。

 

「まぁ、帰ってきたことはいいんですが、やけに修理早かったんですね。もうちょっとかかる物とばかり」

「……そうだな、本来だったらその筈だった」

 

千冬の言葉に、一夏が疑問を覚える。

その筈だったとはいったいどういうことなのだろうか。

 

「いや、正直話しても与太話としか思われんだろうが……我々が手を出すまでも無くそいつは自己修復していた。完璧にな。ISには多少自己修復機能があるとはいえ、ここまでの修復機能はありえん。故に、今まで預かっていたのは修理と言うよりむしろ調査だな。結局今までどおり何も分からなかったのだがな」

「……へぇ。ま、直ったんならそれでいいですよ」

 

千冬の言葉をさして気に留めた風も無く、一夏は自身が受け持ったグループへと向かう。

これにそこまでの自己修復機能があるというのは最早分かっていたことだ。

なにせ、あの声を聞いてしまったら確信せざるを得ないだろう。

故に、一夏は特に驚いたりはしない。

 

「一夏!」

「?」

 

しかし、そんな一夏を千冬はとめる。

振り向いた一夏が見たものは……不安そうな千冬の表情。

 

「……私はお前にそれ以上ソレを使って欲しくはない。あまりにもソレは異質だ。普通のISじゃない……お前に何かあったら、私は……」

「千冬姉……」

 

いつに無く弱気な千冬に、一夏は苦笑する。

普段は教師と生徒という立場で向き合っているため分かりにくいが、千冬は一夏を大事な弟と思っている。

故に、時たまこのように心配がるときがあるのだ。

 

「……大丈夫だよ、千冬姉」

 

だから、自分はそんな時、千冬を安心させるのが役目だ。

首にかけたアイオーンをちらつかせながら、一夏は口を開く。

 

「そんなに心配するようなもんじゃないさ、こいつは。だからいつもみたいにふんぞり返ってればいいんだよ、千冬姉はさ」

「……いつ私がふんぞり返っていたって?」

「おおっとこいつぁ薮蛇だ。じゃ、授業に戻ります、織斑センセ」

 

一夏の言葉に反応した千冬に怯えるように。一夏はグループの元へと帰っていく。

そんな一夏の背中を見送り、千冬は嘆息した。

 

「……やれやれ、教師は敬えと先ほど言ったばかりなのだがな」

 

誰にもばれないように自身の両頬を叩き気合を入れなおすと、そこにいるのはいつもの一年一組担任の織斑千冬。

 

「まぁ、弟に心配されているようでは姉失格だな」

 

そう自嘲しながらも、彼女の心は軽くなっていた。




と言うわけで、今回はちょっと弱気な千冬さんを。

ぶっちゃけ、最近ありえないことばかり連続してるなかで弟も怪我したとなれば、いくら世界最強でも弱気になるのではないか、と。

それと、今回ある人の影がちらほらり。

そして皆さんに言っておく。
読者の中に預言者多すぎじゃないですか?
それとも分かりやすすぎなんですかね。


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19 Genius or Lunatic ?

天才? それともただの狂人?

どっちにしろ、厄介なことには変わりは無いね。


二組との合同授業も終わり、その後の授業もこなし、恐らく学校中の生徒が待ちわびる昼休みになった。

そんな中、一夏の姿は屋上にあった。

そしてそんな彼の周りには箒、セシリア、鈴音といったいつもの面々+シャルルとラウラと言う面子構成。

ちなみに、ここまで時間を置いてもまだ鈴音と箒は一夏と顔をあわせようとしなかった。

 

そんな二人の様子を見て、セシリアはため息をつきつつ一言。

 

「重症ですわね」

「? どこに病人が?」

「……ラウラ、貴女はすこし純粋すぎやしません?」

 

セシリアの一言にラウラが周囲を見渡す。

そんな様子を見て、もう少しこの子、言葉の裏に隠された意味とかを読み取って欲しいな~などと思うセシリアだった。

が、それを口には出さない。

だって可愛いから。

そして出来ることならラウラにはこのまま純粋に育ってほしいなぁと思うから。

 

そう、世界に名だたる大財閥のトップだといっても女の子(魂の年齢は考慮しない)。

可愛いが正義なのだ。

その可愛さは、もはや一歩間違えば無知とも捉えられそうなラインぎりぎりにある純粋さにより加速する。

 

--くぅっ、この場に人の目が無ければ今すぐラウラを愛でたいのに!

 

……前世含めて何十年にものぼる大財閥トップに君臨すると言う重圧は、どうやら彼女の何かをゆがめてしまったようだ。

具体的にはキャラとかそんな感じの何かを。

 

一夏達なにやら重苦しいやらなんだかよく分からない空気をかもし出すグループと、セシリアとラウラのなにやらほんわかとした空気に挟まれたシャルルは一夏達をみて、セシリア達をみて、そして盛大に汗をかきながら口を開く。

 

「……ほ、ほら皆! 早くご飯食べようよ! お昼休み、終わっちゃうよ?」

「っと、それもそうだな」

 

シャルルの言葉に、救いを見た! といわんばかりの表情で一夏が乗っかる。

どうやらあの箒や鈴音との間に出来た微妙な空気に耐え切れなかったようだ。

その言葉を皮切りに、各々がそれぞれ昼食を取り出す。

 

一夏が少し大きめで二段重ねの弁当箱を取り出し、シャルルは小さめの一段の弁当箱。

ラウラがどこぞから取り出した大きな重箱。

そのサイズはいったいどこから出したのかと問いただしたくなるほどだ。

ちなみに大きいは大きいのだが、どうやらセシリアと二人で食べる故にそのサイズなようだ。

そして箒と鈴音は……シャルルのように一段の弁当箱と、何故か小さいタッパー。

タッパーの存在に目ざとく気が付いた一夏が、箒と鈴音と会話するいいきっかけになるのでは? とばかりにタッパーを話題に上げた。

 

「ん? なぁ箒、鈴、そのタッパーはなんだ?」

「「っ!?」」

 

一夏の言葉に箒と鈴音はまるでギャグ漫画の驚いた猫のように毛髪を逆立てる。

そしてしばらくあ~だのう~だの唸った後、二人はそのタッパーをおずおずと一夏へと差し出してきた。

 

「……はい?」

「いや、その……一夏は私のせいであのような大怪我をした訳だ、それで、その……詫びと言うわけではないのだが……あぁもう! とにかく受け取れ!」

「え、あ、はい」

「わ、私は、その、助けてもらったしお礼と、その……『アレ』の口止めよ!」

「さいでっか」

 

二人の言葉を聞いて、とりあえず二人からタッパーを受け取る一夏。

そして自身の手におさまったタッパーを見下ろして一言。

 

「……まじで俺が食っていいの?」

「そのために作ったといっているだろう!」

「いいから食いなさいよ!!」

 

二人に気おされるようにタッパーを開くと、箒から渡されたタッパーには出汁巻き卵やフキの煮物と言った和食系の食べ物が詰め込まれており、鈴音から渡されたものには酢豚が詰められていた。

どちらも非常においしそうなできばえである。

 

「おぉ、どっちも旨そうだな。んじゃ、最初に味が濃い酢豚食っちまうと和食系は味がわかんなくなるから、先に箒のから食う……でいいよな?」

「別にいいわよ、それで」

 

早速出汁巻き卵をぱくり。

口に含み、しばらく咀嚼する。

なお、箒はその様子を固唾を呑んで見守っている。

 

「……うん、やっぱり旨い。俺的には出汁は強めの方が好きだしな」

「そ、そうか」

 

一夏の言葉に、誰もがわかるほどの安堵を見せる箒。

実際世辞でなく、箒の出汁巻き卵は美味といえるものであった。

ふんわりとした卵の中に混ぜられた刻みねぎが食感のアクセントとなり、それらを出汁がまとめ上げている。

ならば他の物もさぞおいしいのだろうと思い箸を進め……その期待は裏切られることは無かった。

一夏は自身の弁当箱の下段に詰められている白米と交互に食べ進めながら箒の料理を完食した。

 

「ふぃ~、旨かったよ箒。サンキューな?」

「いや、あれは詫びだからな、感謝などしなくとも……」

 

そうは言いつつ、一夏の言葉に喜んでいると言う事はのはその場にいる誰もが分かる事だった。

 

「んじゃ、次は鈴の酢豚をいただきますっと」

 

飲み物として水筒に入れて持ってきていた緑茶を一口飲むと、今度は鈴音から渡された酢豚に箸をつける。

こちらもこちらで、鈴音が酢豚を食べる一夏の様子を固唾を呑んで見守っている。

 

鈴音の酢豚も世辞抜きでおいしいものだった。

酸味は強すぎず、むしろ若干弱めで甘さが多少強調されているという一夏好みの味であり、思わず白米を進ませる。

そしてこれは箒の料理にもいえるが、作られてから時間が経って冷めていながらも、それが決しておいしさをマイナスする要素にはなっていない。

 

こちらも、あっという間に完食してしまった。

 

「鈴の酢豚も旨かったよ。箒のも当然だが、思わず白米が進んじまった」

「ま、まぁ、喜んでもらえたなら何よりなんだけどね……」

「……ところで、一夏は自分のお弁当のおかずは食べないの?」

 

ふとシャルルが一夏の弁当にもおかずがあるということに気が付く。

まぁ、二段弁当箱なのだからそれは当たり前なのだが、ごくごく自然に、いきなり渡されたにもかかわらずあらかじめ渡されると教えられていたかのように自然に二人からの料理を受け取っていたので気が付かなかったのだ。

 

まさかいくら少ないとはいえ二人からの料理をもらっておいてまだ食べるなんて……などとシャルルは思っていたのだが。

 

「ん? 食うに決まってるだろ? 作った飯を残すのはもったいないからな」

 

……さて、ここでかつての一夏、いや、九郎の食生活を思い出してみよう。

三流探偵として生活していた九郎は、基本まともな食事を出来ていた期間は短い。

たまに探偵事務所近くにある教会のシスターに飯をたかりに行ったり、覇道財閥お抱えの探偵となってからは定期収入により多少食生活は改善したりなどと言う事はあったが、そうなる前の彼の食事は基本貧相な物。へたをすれば水と塩だけだったりなどと言うこともある。

故に、彼の食に対する思いはただ一つ。

 

--食えるものを食わないなどもったいない!!

 

そんな考えゆえに、どうせ食べるなら旨い物がいいという考えはあるのだが、だからと言って食を選り好みはしない。

旨ければもちろん喜んで食う。まずくても食う。

そして食えるときにはとにかく食う。絶対に残すなどと言う事はしてやらない。

……まぁ、単純に育ち盛りの今の彼の体は、あの程度の量では満足しないと言うのもあるのだが。

 

一夏の言葉に思わず唖然とするシャルルをよそに、一夏は自身の弁当箱に詰めたおかずをパクつく。

その表情に無理をしているという風は無い。

 

「……男の子って、すごいや。僕もあれくらい食べたほうがいいのかなぁ……うん、無理だ」

 

自身が作ったおかずで半分残していた白米をかきこんでいる一夏をみて、シャルルは誰にも聞こえないようにそう呟いた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……ただいまぁ」

「お? お帰り簪。最近帰ってくるの遅いな」

「うん、弐式が完成のめどが立ったから、がんばらないと駄目だし……」

 

放課後、一夏が寮の自室でくつろいでいると、やけにくたびれたような簪が帰ってくる。

そんな簪に対し一夏はきわめて親しげに話しかけ、そんな一夏に答える簪の態度も同室になった当初と比べると驚くほどに軟化している。

それは一夏の謝罪の効果もあったが、なによりアイオーンの外見について熱く語り合ったと言う出来事や、それに付随して行われた特撮談義の効果もあるのだろう。

 

一夏は簪のために茶でも入れるかと部屋に備え付けのキッチンへ向かうと湯を沸かし始める。

 

「まぁ、専用機が出来るめどが立ってよかったな。そろそろできるのか?」

「うん、そろそろできる……何事も無ければ、ええ何事も無ければ」

「なんかやけに含みある言い方だな。また問題でも?」

「ううん、弐式自体には問題はもうないの。問題は……」

 

そこまで言って、簪は口を閉ざす。

そう、弐式に問題はないのだ、今のところ。

だが、問題ない弐式に問題をくっつけようとする存在がいるのだ。

そう、そいつは……

 

『ふむ、やはりロマンが足りない。ドリルをつけるべきである』

『いや、西村博士? 私そんなのいらない……』

『ぬぁんと!? 貴様ドリルがいらない子だと!? 馬鹿にしたね!? 男のロマンをけちょんけちょんにしたね!?』

『え? は、え!?』

『まぁいらぬという物を無理につける必要もあるまい。ならば我輩の発明品、男のロマンパート2、「古鉄ばんかー☆」などいかが?』

『……見た目は普通のパイルバンカー……じゃない!? これ普通じゃないよ!!?』

『威力は第三世代など一撃で葬りさるほどあるのだが、あまりに重過ぎてISの重心が狂うばかりかまともにISが空を飛べなくなるのである。おまけに改良に改良を重ねた結果、威力が高すぎて、おそらく一発つかうと右腕が粉砕骨折間違い無し! もれなくISの右マニピュレーターもずったずたであるぞ? ちなみにこれをISで扱えるようにする追加スラスターも完備。Gきつすぎて体中の骨が砕け散るであるがな!!』

『そんなのいらないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

こんな奴である。

そう、かの西村博士である。

 

腕は確かに優秀……などという陳腐な言葉でくくれないほどだ。

機械工学、プログラミングなど、とにかく科学に関するあらゆる分野に精通しているのだ。

だが、いかんせん……変人だ。

すこし真面目にやったかと思うと、先ほどの簪の回想のときのように瞬く間に暴走を始める。

そしてそれをとめるのは一緒に弐式を作っている簪なのだ。

 

一瞬たりとも気が抜けない。

抜いたらたちどころに弐式が魔改造されてしまう。

下手すれば、弐式が足とドリルと砲台の生えたドラム缶にされてしまう。

最初に西村が持ってきた、ドラム缶型の弐式の設計図を見たときには思わず卒倒してしまったものだ。

 

「……でも、そんな人に協力要請しちゃったの私だし……」

 

簪も、まさかあそこまで□□□□なお方だったとは想像も付かなかっただろう。

ある意味、彼女は悪魔より恐ろしい人物と契約してしまったようなものだ。

 

だが、彼に協力を要請した事自体は簪は後悔はしていない。

確かに□□□□な彼だが、彼のおかげで普通ではありえない速度で一機のISが完成しようとしているのだ。

なお、彼曰く

 

『ふん! 我輩にとってISを作り上げるなど昨日の昨日の昨日のそのまたさらに昨日の……晩飯前である』

『……?』

『要するにお茶の子さいさい、サイは茶葉食って寝ろ! と言うわけである』

『はぁ……(その言葉って確かお茶についてくる簡単に食べれる茶菓子が語源だったんじゃ……?)』

 

らしい。

 

「……うん、がんばらなきゃ」

 

一夏が淹れてくれたお茶を一口のみ、簪は気合を入れなおした。

 

その瞬間、ふいに扉がノックされる。

 

「? 誰だろ?」

「あ、簪疲れてるだろうから俺が出る。はいはいどちら様?」

 

簪がノックの音に反応するが、それよりも先に一夏が応対のために立ち上がる。

そして、しばらく一夏と誰かの会話が聞こえ、やがて一夏が帰ってくる。

彼の後ろからは、真耶とシャルルが。

 

「山田先生、それにたしか一組にきた転校生の……」

「はい、更識さん、お休みのところ申しわけありません……そして重ね重ね申しわけありませんが、更識さんには部屋を移っていただきたいのです」

「へ?」

 

まさに寝耳に水であった。

唖然とする簪の様子に気づいた真耶が、説明を続ける。

 

「そのですね、今までの織斑君の部屋割りは、この学園に彼一人しか男子がおらず、なおかつ一人部屋もなかなか用意できない為にかなり無理やり決めた急場しのぎの部屋割りなんです。ですがこうしてデュノア君というもう一人の男子が来たのなら、倫理的な面でも一緒にしたほうがいいと学園は判断しました。ですので、本当に急なんですが……」

「はぁ、そういうことでしたら……」

 

真耶の説明は正しい。

男と女が一緒の部屋にいるよりも、男二人が一緒の部屋の方がいろいろな点で正しいだろう。

それに彼女にはそこまで一夏との同室をのぞむ理由もない。

しいて言うなら気軽に趣味について話せる相手と離れるというのは痛手と言えば痛手だが、それもどうとでもなる……はず。

 

「分かりました、今すぐなんですよね? でしたらその、おこがましいかもしれませんが、荷物を纏めるのを手伝っていただければと」

「あ、はい! もちろんです。こちらの急な決定でこんなことになってしまいましたし、お手伝いくらいならむしろこちらからやらせてくださいと言おうと思ってたんですよ」

 

とにかく断る理由は特に無い。

だったら荷物まとめを協力してもらって早く部屋を移ろう。

簪はそう考えて、ふと自身の先ほどの発言に唖然とした。

 

(……今、私自然に誰かに頼った……よね?)

 

昔だったら、恐らく打鉄弐式以外のことでも意地になって誰かの協力の手を振り払ってしまっていただろう。

しかし、今自分はむしろ自身から助力を他者へ願った。

 

一人で何でもできれば、それはきっと素晴らしいということなのだろう。

だが……

 

「……ふふっ」

 

無様でも、誰かに助けられ、誰かを助けるほうが、一人で何でも出来てしまう存在より、より人間っぽいと言えるのではないのだろうか。

 

真耶だけでなく一夏やシャルルに手伝ってもらいながら、簪はそんな事を思い、はにかんだ。




簪ちゃん、生きろ……

と言うわけで今回は久々に登場、簪ちゃんです。
でも部屋変わっちゃったんだ……

だ、大丈夫、しばらくしたら出番出てくるから! きっと!!

ちなみに現状、簪ちゃんの出番が増えたら西博士の出番も増えるという謎の法則が適用されております。
どうしてこうなった。


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20 Dangerous Objects

危険物

取扱には要注意。
精神崩壊しても知りませんよ?




一夏のルームメイトが簪からシャルルに代わった翌日の放課後。

 

一夏達の姿はアリーナにあった。

現在、アリーナのバトルフィールドにはアイオーンを展開した一夏と自身の専用機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを展開したシャルルがおり、観客席では箒、セシリア、鈴音、ラウラが二人を見ていた。

 

「一度戦ってみたかったんだ。世界で一人目の男性IS操縦者と」

「こっちも男と戦うのは新鮮だな」

 

現在、二人はシャルルの提案で模擬戦を行おうとしているところだった。

もちろん一夏は彼の提案を快諾。

模擬戦開始の合図を今か今かと待ちわびている。

 

「それじゃ……準備はいい?」

「応よ! いつでも来な!!」

 

二人は言葉を交わすと同時に、自身の手に各々の得物を呼び出す。

一夏は二挺拳銃を、シャルルはアサルトライフルを。

 

呼び出した武装を握ると同時に、二人は弾かれたようにその場から移動。

まるで戦闘機のドッグファイトの様相で二人は回りながらも相手に自身の銃弾を叩き込もうとする。

しかし二挺拳銃とアサルトライフルでは作り出せる弾幕の密度に明らかに差がある。

そしてそれだけではなく、シャルルは高速で動き回る一夏を自身も高速で動きながらもしっかりと銃弾で捉える続ける腕がある。

自身の銃弾は相手に当たらず、相手の銃弾がジリジリと自身のエネルギーを削っていることに、一夏は装甲の中で汗をかく。

 

「おいおい……銃の腕は向こうが上手ですってか!?」

 

自身とて他人に威張れるほどではないが、それでもそこそこの腕と自負していただけに、この様な展開に焦りを感じずにはいられない。

 

「だったら、懐に飛び込む!」

 

ならばと二挺拳銃をしまい、バルザイの偃月刀を呼び出す。

現れたそれをしっかりと握り、一夏はシャルルへ向かって加速していく。

 

「っ!? 速い!!」

 

全ての銃弾を回避しようなどとは考えない。

最低限の銃弾を偃月刀を盾として使いながらまっすぐにシャルルの下へと向かっていく。

回避を一切捨てたその加速は、まさに空を切り裂き進む一筋の光の矢。

そして、一夏はシャルルの懐に潜り込むことに成功した。

相手は未だにアサルトライフルを握っており、この距離では銃口を向けるという事は不可能だろう。

そして、勢いのままに偃月刀が振るわれた。

 

飛び散る火花。

響き渡ったのは、鋼と鋼がこすれあった際に発生した悲鳴のような音。

 

「……嘘だろ?」

「ふぅ、今のはちょっと驚いたかな? まさか回避を捨てて突貫してくるなんて……」

 

振るわれた偃月刀は、シャルルがいつの間にか取り出したショートブレード、ブレッド・スライサーにより防がれていた。

先ほど鳴り響いた音は、偃月刀とブレッド・スライサーがぶつかり、こすれあった音である。

 

「ちぃ!!」

 

一夏は舌打ち一つをし、しかし離れることはせずそのままシャルルに向かって何度も偃月刀を振るう。

遠距離戦では明らかに自分が不利。

 

--ならばこのまま近距離戦で押し切る!!

 

ブレッド・スライサーの方が偃月刀より振りは早いだろうが、与えれるダメージならば偃月刀が上。

ならばダメージ覚悟で偃月刀を振られたら相手はそれを防ぐためにブレッド・スライサーを扱わざるを得ない。

そして、一撃一撃が重い攻撃を果たして何回シャルルは受けれるのだろうか。

 

打ち合いを始めた頃はなんとか一夏の斬撃に対応していたシャルルだが、次第に刃を振るう速度が落ちていく。

そして……

 

「だりゃあ!!」

「あ……っ!?」

 

ついに、偃月刀とぶつかり合ったブレッド・スライサーがシャルルの手から離れ遥か彼方に飛んでいく。

ならば後は押し切るのみ。

一夏がそう思った矢先だった。

 

「油断大敵」

「……は?」

 

自身に突きつけられる二つの銃口。

それはシャルルの両手にそれぞれ一丁ずつ保持されている銃の物なのだが……問題はその銃口自体で。

その二つの銃口は、いくらIS用の銃火器の物だとしても……大きすぎた。

少なくとも、普通の銃弾が吐き出されるようなサイズではない。

 

一夏も思わず冷や汗が流れる。

 

「シャルルさんや……それは?」

「え? フリューっていう名前の銃火器だよ?」

「そ、それにしては、ちょっと銃口大きすぎやしません?」

「そりゃそうだよ、だってこれ……『限界まで銃身切り詰めて片手で運用できる散弾銃』だから」

 

シャルルのその言葉と同時に、それぞれの銃口から鉛球が吐き出され広がり、一夏に叩きつけられる。

その衝撃は大きく、一夏も僅かながら後ろに吹き飛ばされるほどだった。

「のわぁぁぁぁぁぁぁ!? んなもん容赦なく撃つか普通!?」

「容赦なくあんな大きな剣を振ってたのはどこの誰だったかな?」

「怒ってる!? もしかしなくても怒ってる!?」

「怒ってないよー? ただ装甲のせいで表情が見えない人に無言で一心不乱に剣を振り回されたのが怖くて、それが嫌だった訳じゃないよー?」

「怒ってるじゃねぇか!! あぁ!? それ撃たないで! 笑顔で撃つのやめて怖いから! すっごい怖いの!! だからやめてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

恐怖を感じさせる笑顔を浮かべつつ散弾銃を撃ちまくるシャルルに、一夏も思わず逃げ出した。

そしてそんな一夏を散弾銃を撃ちつつ追いかけるシャルル。

 

はっきりいってシュールだった。

恐らく、今誰かがアリーナに来てこの様をみたとして、それをコントだと評価したとしても、きっと誰も文句は言えないだろう。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……なにをやっているのかしら、あの二人は……」

 

セシリアは急に始まったコントに思わず頭を抱える。

あれ、おかしいな? 自分は模擬戦を見に来たはずなのに、どうして今このようなコントを見ているのだろうか?

もしかし、来る場所間違えた?

 

思わず現実逃避するセシリア。

だが、彼女は悪くない。

なぜなら、彼らの模擬戦を見ていた箒と鈴音も、大なり小なり同じことを思ってるから。

 

 

「ふむ、あれはソードオフショットガンか……にしてもあそこまで切り詰めるとは。すぐにバラけるから射程はそれほど長く無く、銃身も小さいから装弾数も少ないが……銃身の短さ故に近接戦闘では有効な兵器だな……うちでも作れないだろうか?」

 

まともに見てるのはラウラぐらいなものである。

 

「……まぁ、あの二人はもうそういうものだとほっときましょう、ええ」

 

そう、こんな下らないことを考えるよりもっと建設的な、自分のいためになるようなことを考えよう。

そう、例えば自分が彼と戦うならどうするかとか。

あのすばやい武装の切替はなんなのかとか。

 

もっとも、武装の切替についてはおおよそ見当は付いている。

あれは恐らく……

 

「そういえば、シャルルだっけ? なんかやけに武器の出し入れ早くない?」

「凰もそう思うか。私もそれは気になっていた」

「あれは恐らく高速切替(ラピッド・スイッチ)ですわね。刻一刻と変わる戦況を分析し、即座にその状況に適した武装を呼び出す。そして武装を呼び出す速度もコンマ一秒かかるかどうか……言えば簡単そうですが、戦闘に戦況分析に武装の呼び出しに、と思考をとにかく分割させますのでなれない人では知恵熱を起こすのでは?」

「へぇ」

 

セシリアの言葉に、鈴音が声を出して頷き、箒は声を出さずとも頷いている。

……本当に分かっているのだろうか?

セシリアは思わず不安になる。

 

戦況分析と呼び出しを『ほぼ同時』に完了させるなどと言うことのすごさをいったい彼女らは把握しているのだろうか。

 

思わずため息が出るセシリアだった。

 

「……お嬢様、織斑様が落ちました」

 

ラウラの言葉に顔を上げると、そこには地面にまっさかさまに落下していく一夏の姿が。

この模擬戦は、どうやら一夏の負けのようだ。

 

セシリアは再びため息をついた。

それも超特大の。

 

 

※ ※ ※

 

 

「一夏、そろそろシャワー浴びたいんだけど、先に一夏が浴びる?」

「ん? いや、俺はデータ纏めるのにまだかかるし、先に浴びてていいぜ?」

 

太陽も沈み、闇が広がる夜。

放課後の模擬戦、後の反省会(と言う名のシャルルの愚痴吐き式)を終えた一夏達は各々の部屋へと帰っていた。

そして現在一夏が行っているのはアイオーンの戦闘データをまとめ、倉持技研へと送るという作業だ。

これは専用機を持つ者は必ずと言っていいほど行っていることであり、一夏は端末のキーボードをよどみなく扱いデータを纏め上げていく。

そんな中、シャルルの言葉に顔をあげ、ついで時計を見る。

時計は既に八時を指しており、ずいぶん長い間纏め作業に没頭していたのだと気づかせる。

 

「そう? だったらお言葉に甘えちゃおっかな」

 

一夏の言葉を聞いたシャルルはそういうとシャワーの準備をし始める。

それを横目で見ながらも一夏はデータ作成を続けていく。

そしてシャルルがシャワールームに消え、シャワーが流れる音が響きだしてしばらくの後、ふと気づく。

 

「……そういやボディソープ切れてたな」

 

さすがにシャワー浴びて体を洗わないというのは気持ちがいい物ではないだろう。

自分が九郎だったころ、水道を止められシャワーを浴びれなかった時の不快感を思い出し、一夏はデータ作成の手を一旦止めてボディソープの詰め替えを取り出す。

そしてその口をはさみで切ってから脱衣室へと向かう。

 

「おーいシャルルさんや」

「っ!? い、一夏!? ななななな、何?」

 

……なんでそんなに慌ててるんだ?

 

一夏はそう思いながらも言葉を続ける。

 

「何って、たぶんボディソープ切れてるだろうから詰め替え持ってきておいたんだよ。口は切ってあるからあと詰め替えるのはよろしくな」

 

そういうと、洗面台に詰め替えを置き、脱衣室から出た。

こことは別の世界の一夏とは違い、彼はシャワールームにまで突撃をかけたりはしない。

だっていくら同性とは言えそこらへんの配慮はするべきだと思ってるから。

特に、今日の授業の着替えの際、着替えを見られることを恥ずかしがったシャルル相手では、より一層の配慮をすべきだろう。

 

伝えたいことを伝えた一夏はさっさと脱衣室から出て、データ作成に戻る。

そして数分後……

 

「……これでよしっと……だぁぁぁ! ようやっと終わったぁぁぁ!」

 

端末とにらめっこを続けていた一夏は最後の一文を打ち込み終えるとそう背筋を伸ばしつつそう言った。

 

「……っと、ここで止まったらまずいな。さっさと倉持に送っとかないとな」

 

しかし、すぐさま端末に向き直ると、再び端末を操作。

先ほど完成したデータを倉持にメール添付で送り、ようやく端末の電源を落とした。

 

「っだ~……目が疲れた、眠い。超眠い」

 

疲れ一夏に、ベッドが無言の誘惑。

まだシャワーを浴びていないと何とかその誘惑を振り切ろうとするが、しかし意思とは裏腹に体はベッドへと向かっていく。

そして……

 

「…………」

 

ベッドに倒れこむと、そのまま寝息を立て始めてしまった。

テーブルの上に端末を置きっぱなしにし、そのそばにある物を置きっぱなしにしながら。

 

そして一夏が夢の中へと旅立った数分後。

 

「はぁ~、コルセット部屋に忘れるなんて、ドジだなぁ、僕」

 

シャワーを浴び終えたシャルルが部屋へと戻ってくる。

濡れた髪をタオルで拭きながら戻ってきた彼は、ベッドの上で自分の方に顔を向けながら寝ている一夏を見て思わずぎょっとする。

 

「い、一夏!? ……って、寝てるのか……はぁ、良かったぁ……」

 

そう言って胸をなでおろすシャルル。

その胸は、男ではありえないほどのふくらみを持っていた。

 

「……やっぱり、やだなぁ、みんなを騙すのって」

 

彼は、実は『彼』では無く『彼女』だったのだ。

いったいどのような事情があり彼……否、彼女が自身の性別を偽ってここにいるのかは定かではない。

だが、彼女の様子を見るに、好き好んで性別を偽っていたというわけではないだろう。

 

シャルルはぶつぶつと寝ている一夏を起こさないように呟くと、自身のベッドの上に忘れていた、胸を押さえつけるためのコルセットを手に取り、それをつけようとして……

 

「……いいよね、一夏、寝てるもん」

 

それをつけずに、上着を着る。

そしてそのままベッドに横たわり、部屋の天井を見上げる。

 

「……どうして、こんなことになっちゃったのかな? 僕はただ、母さんと普通に、ほんとに普通に暮らせればそれでよかったのに……」

 

だというのに、自分の母は病に倒れ、帰らぬ人となり、そのせいで今まで顔を見たことも無い『父親』に利用されるようになって……

彼女がIS学園に入学したのは、その父親に言われての事だ。

もちろん、ただ入学して来いといわれてきたわけではない。

 

「……ほんと、やだなぁ……こういうのって」

 

誰に聞かせるでもなく、彼女は苦々しげに呟く。

今のような境遇になって、何度も何度も、毎日の如く呟いていることだ。

だが、呟いたところで現状が変わるわけでもない。

結局は、今ある自分の居場所を保つために、自分はあの忌々しい父親のいう事を聞かなければならないのだ。

 

「一夏は寝てるよね? ……ごめんね、一夏」

 

彼女が父親から言われていたこと、それは織斑一夏のISのデータを入手してくる事。

 

織斑一夏のISは、現状では第三世代に分類されると世界では認識されている、

シャルルの父親がほしいのは、その第三世代ISの情報。

ましてや世界で一人しかいない男性操縦者のISだ。

その情報の価値は、まさに計り知れないほどの物となるのだ。

 

シャルルは部屋のテーブルに置かれている一夏の端末を見やる。

そしてそれに近づき……ふと足を止めた。

 

「……なに、この感じ……」

 

それは、背骨に直接氷を当てられたかのような寒気。

そして何者かに見られているかのような感覚。

その感覚に大量の冷や汗をかきながら、周囲を見渡す。

しかし、当然周囲に誰かがいるはずも無い。

次第に、それは明確な視線として、もはや突き刺すほどに感じられるようになっていった。

 

視線が送られてくる場所をみると、そこにあったのは一冊の大きな書。

一夏が端末ともども片付け忘れた物だ。

 

「……一夏がいつも持ってた本……?」

 

片付け忘れていた物、それは彼の持っているネクロノミコン写本だ。

 

シャルルはその本を見たことがある。

先日、簪と部屋を交換した後に、その書を見ている場面を見ていたからだ。

まるで懐かしいものを見ているかのように、まるで最愛の伴侶を見るような目で、彼はその書の頁をめくって見ていた。

その際に、自分も内容を見てみたいといったのだが……

 

「やめときな、下手したら食われちまうぜ?」

 

などといわれてついぞ中身を見る事はできなかった。

 

そんな書から、今彼女に向けてありえざる視線が向けられている。

 

その視線を受け続けているうちに、足元がふらつく。

自身が立っているのか、座っているのか、歩いているのか、走っているのか、飛んでいるのか、それとも倒れこんでいるのか、それさえもあやふやになっていく。

そもそも、自分が今、どこに居るのかさえも次第にあやふやになっていき……

 

「……接続(アクセス)。織斑一夏、そして大十字九郎の名をその魂に刻め。我は汝の主なり、我は汝の伴侶なり、我は汝の王なり、我が命において、その全ての威、我が命無くして振るう事無かれ」

 

凛と響く声にあらゆる感覚が現実へと回帰する。

声がした方向をむくと、そこには眠たげに上体を起こしている一夏の姿。

 

「……いやさ、片付け忘れた俺にも非はあるんだがよ、『そいつ』は少なくとも、俺に害がある、ないし俺に不利になることしようとしないとそこまで過敏に反応しないはずなんだが、いったいお前さんは何をしようとしたんだ? シャルルさんよ?」

 

一夏の瞳は、眠たげに細められているが、まっすぐシャルルを見つめていた。




一家に一冊、魔導書セキュリティ。
方法は簡単、守りたい物のそばに魔導書をぽんとおくだけ。
あなたの大事な資産を守ります。

……正直、この話は最後の魔導書によるセキュリティの部分が書きたかっただけだったり。

ちなみに、ここで一夏が気づくのが遅かったらシャルさん発狂END一直線でした。
ごめんねシャルちゃん!

それと最後に。
クラッチペダルはシャルちゃんが嫌いと言うわけではない!
ただセカン党なだけさ!
だが、この話のヒロインは古本娘だ。


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21 Charlotte

シャルロット

誰がその人に救いの手を差し伸べるのか?


一夏とシャルルの視線がぶつかり合い数分、その間に交わされた言葉は一夏の最初の問いかけ以来ゼロ。

二人は無言でただ視線をぶつけ合っていた。

 

「……とりあえずそこ座れ。んでいろいろ聞かせてもらうぜ? だんまりは無しな?」

 

そういうと一夏はベッドから降り、部屋の電気をつける。

暗かった室内が照明で明るくなった為に目を細め、そしてシャルルの方へ振り向き……

 

「……は?」

 

そこでようやく一夏はそれに気づいた。

一夏の視線は、まっすぐにシャルルの胸部へ向かっている。

 

--あれ? 膨らんだ胸?

 

自分の方へ視線を向けたまま黙りこくった一夏の様子を不思議に思ったのか、シャルルが小首をかしげる。

その僅かな動きでもそれはふよんとゆれた。

 

「……シャルルさんや、一つ聞かせてくれ」

「……何?」

 

シャルルはここで自身が責められることを覚悟していた。

当然だ、重要なデータが入っている端末を操作し、情報を抜き出そうとしていたのだから。

が、ネクロノミコン写本が妙に瘴気を発し始めた瞬間に起きた一夏はシャルルが何かをしようとしていたという事は分かるが、何をしようとしていたのかは分からない。

故に、彼は今目の前に横たわっている一番大きな疑問について、シャルルに問いかけた。

 

「……性転換手術?」

「…………」

「うぼふぁ!?」

 

とりあえず、無言で一夏の頬を殴りつけたシャルルだった。

これはさすがに殴られても一夏は文句は言えないだろう。

 

 

※ ※ ※

 

 

「さっきのは絶対一夏が悪いと思うよ」

「おう、言ってからさすがにあれは無いと自分で反省した、すまねぇ」

 

すったもんだの後に落ち着いた二人は、現在テーブルを挟んで向かい合って座っている。

とりあえず殴られながらの対話により、シャルルは男ではなく生まれながらの女だという事は理解した一夏だった。

 

手に持ったコーヒーを一口のみ、小さくため息をついてから一夏は口を開く。

 

「……で、結局お前さんは何をしようとしてたんだ? 俺の端末で何かしようとしてたんだろうが……見ても面白いものは何も無いぜ?」

「そうだね……面白いものは何も無いんだと思う。けど、必要なものなら絶対ある」

「……なるほど、アイオーンのデータか?」

 

一夏の言葉に、シャルルは小さく頷く。

あっさりと認めたシャルルに対し先ほどよりも大きなため息をつき、一夏は部屋の天井を見上げた。

 

「……大体理由は想像付くが、とりあえず聞く。なんでだ? 俺が男性操縦者だから? だからと言って、方法は他にもあっただろうに、なんでまた身分詐称なんてリスクが高い方法で?」

「もちろん、一夏が現在、世界で唯一の男性操縦者だって言うのも理由の一つ。でも他に、もっと切羽詰った理由があるんだ。だからリスキーでも、手っ取り早く情報が欲しかった」

「へぇ」

 

シャルルの言葉に相槌をうつと、一夏はまたコーヒーを一口飲む。

そのまま顎で話の続きを促した。

 

「……イグニッション・プランって、知ってる? もしかしたら授業で習ってるかもしれないから」

「イグニッション……あぁ、確か欧州の統合防衛計画だったか?」

「うん。でもね、フランスはそれに乗り遅れちゃったんだ。何でか分かる?」

「何でって……」

 

いきなりのシャルルの質問に、一夏は首を捻る。

 

先ほども言ったとおり、イグニッション・プランとは欧州連合が一体となって行っている、統合防衛計画だ。

各国が己が国の技術の粋を尽くして作り出したISをトライアルに提出し、そこでもっとも評価が高かったISが欧州連合の次期主力ISとして登録される。

 

たかがそれしき、と吐いて捨てるには、次期主力ISという称号はあまりにも大きい。

なにせ、それが次回のコンペまでの防衛の主力として採用されると言う、純粋な利益だけではなく、そのISを作り出した企業を有する国は連合に所属している他の国よりも高い技術を持っているという、いわば優位性のアピールになるからだ。

 

そして、シャルル曰くフランスはそれに乗り遅れたという。

一夏は以前授業で習ったイグニッション・プランについての知識を引っ張り出し、そこでふと気づく。

 

「……プランに提出されてるのはイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタII型……どいつも第三世代ISか」

「そう、そしてフランス企業が製造してるISで現状最新なのはデュノア社のラファール・リヴァイヴ。さて、ラファールは第何世代のISでしょう?」

「……もしや、フランスは第三世代ISを製造できていない?」

「正解。もちろんなんとか第三世代ISを作ろうと躍起になってはいるよ? でも、その取っ掛かりすらまともにつかめていない。そんな企業が第三世代を作るまで、政府は気長に待ってくれるはずも無し……ここからはオフレコでね? ただでさえ、今のデュノア社って経営難に陥ってて政府からの資金援助で成り立ってる会社なんだ。政府がデュノア社に第三世代を製造することが不可能だと判断されたら……」

「だからって何でお前さんが……って、お前さんは『デュノア』だったな。そのデュノア社の身内って訳か」

「……ただの身内だったらよかったんだけどね」

 

シャルルの言葉に、一夏がため息をつきつつそう言い放つ。

それに対し、シャルルは自嘲気味に笑いながら小さく呟いた。

 

「確かに僕はデュノア社の社長の娘だよ……社長と愛人の間に生まれた子だけどね」

「……っ!」

 

シャルルの言葉に、一夏は目を見開く。

驚愕している一夏をよそに、シャルルは言葉を続けた。

 

「これが普通に正妻との間の子だったら良かったんだろうけどね。でも僕は愛人の娘。何かあったら僕を切り捨てればそれで終了だから、リスクが高いこともやらせられる。つまりそういうことだよ」

「ちょっと待てよ、おい……んだよ、それは……っ!」

「最初は驚いたよ。母さん、父さんの事聞いても何にも教えてくれなくて、なのに母さんが死んだ後、いきなりデュノア社の社長に呼び出されて、それで会社に言ったら見たことも無い女の人にいきなり頬をはたかれて、『この泥棒猫の娘が!』って言われちゃってさ……その後社長にあったらいきなり僕は自分の娘だとか言われて……母さんも、言ってくれればよかったのにね」

「…………」

 

一夏は、そこまで一息に言ってのけるシャルルに対して何も言わなかった。

否、言おうと思っても言えないのだ。

言えるわけが無い。

仮にこの場面で何かを言うとして、ならばなんと言えばいいと言うのか?

 

『大変だったな』?

『辛かったな』?

 

どれもあまりにも安っぽく、薄っぺらい言葉ではないだろうか?

なにせ、自分は彼女の苦労を、苦悩を、今しがた聞いた彼女の言葉でしか知らない。

実際に彼女が説明したそれらの場面を見たわけでもない。

そんな自分が、果たして彼女に掛けれる言葉などあるのだろうか?

 

悲しいはずなのに、辛いはずなのに、涙さえ流さず、自身の過去をまるで他人事のように話す彼女に、果たしてなんと声をかければ届くというのだろうか。

 

「……でも、最後にこうやって全部をぶちまけちゃえたのは、まぁ良かったかな?」

「……最後?」

 

けれど、それでも一夏はその言葉だけは聞き流すわけにはいかなかった。

今、彼女は何と言った?

『最後』?

 

「うん。ほら僕っていろいろ偽ってここに入学しちゃったわけでしょ? 国の代表候補が、性別とかを偽って入学なんて、国のスキャンダルだよ。だから、ばれなければそれでよし、ばれたら他の国に拡散しないうちに内々で処理、それで終了。結果、僕元々は存在しませんでした。そういう事」

「っ! んなのありかよ!? お前さんは好き好んでこんなことやったわけじゃないのに、失敗しましたじゃあさようならって、そんなの! 第一、俺が黙っておけば……!」

「多分、ここで見逃してもらってもいずれ他の誰かが気づくよ。それに、僕自身も疲れたんだ。皆をだますのが」

 

シャルルの声は、震えも無く、感情も見えない、平坦な物だった。

つまり、自分の境遇に対して何も思うところが無い、もしくは既に諦観してしまっている。

そんな声だった。

 

--許されるのか?

 

一夏の心に去来するのはその言葉。

 

--こんなことが許されていいのか?

--一人の少女が、普通に笑顔で暮らせたはずの少女にこんな表情をさせているという事は、果たして許されるのか?

 

「……シャルル、お前はそれでいいのかよ」

「いいも何も……仕方ないんだよ……」

「そりゃそうかも知れねぇ !でも、もう駄目だって諦めて、俯いてたら誰かが差し伸べてくれた手も見えねぇじゃねぇか!」

「……誰も僕を助けようなんて思わないよ。利点が無いじゃないか」

「俺が助ける!」

「っ!?」

 

一夏の言葉に、シャルルが息を呑む。

 

「助ける利点? んなもん知るか! 助けたいから助ける! それで十分だろ!!」

「な、なんでそこまで……? 一夏は関係ないんだよ!? むしろ一夏のISのデータを盗もうとしてたんだよ、僕は!? それなのに、一夏は僕を助けるの!?」

「助ける!!」

「何で!?」

「ダチが困ってるってのに見捨てたら後味わりぃだろ!?」

 

彼が必死になる理由は、たったそれだけのシンプルな物。

 

『後味悪い』

 

たったその一言で、彼は戦い続けてきた。

彼にとって、何かに必死になるために特別な理由は要らないのだ。

 

「……必死に手を伸ばせば届くかもしれないのに、あぁだこうだ考えて伸ばさないで、結局酷いことになるほうが嫌だからな。もう後悔しないようにしようって俺は決めてんだ」

 

そう言い放ち、一夏は胸を張る。

 

ドヤ顔だ。

むかつくくらいにドヤ顔だ。

 

「……だったら、どうやって僕を助けてくれるの?」

「うぇ!? あ、いや、それは……」

 

が、シャルルの言葉でドヤ顔も消え去ることとなる。

……正直、まったくそこら辺は考えていない。

さっきまでは勢いでいろいろ言っていたが……

 

「……い、今から考える!」

 

勢いが落ち着けばこんな感じである。

 

「……ぷっ」

「ぬあ!? 笑ったな!? 俺は結構真面目だというのに!」

「だ、だって……あははははは! 無理! 我慢できないよ! あははははははは!!」

「うぐぐ……」

 

内心歯噛みしながら、まぁこれはこれでいいかと一夏は思う。

なにせ、さっきまであんな生気の薄い表情をしていたシャルルが、今はこんなに笑っているのだから。

 

「はぁ~なんだか久しぶりに大笑いした気分だよ……」

「へんっ、どうせ俺は考えなしですよー。その内きっと肉体派文科系とか言われちまうんですよーだ」

「そんな子供みたいな拗ね方はどうかと思うんだけど……?」

 

とはいえ、やっぱり悔しいものは悔しいと思う一夏であった。

 

 

※ ※ ※

 

 

翌日の早朝、まだ殆どの生徒が寮の部屋で本日の授業の準備をしていたり、ゆったりとしていたりする時間、一夏はシャルルを伴ってセシリアの下へと向かっていた。

必死に頭を捻った結果、セシリアなら何とかしてくれるのではないかと言う結論に至ったのだ。

 

もちろん、安易にセシリアを頼るべきではないと言うことは重々承知している。

いくら彼女が欧州、否、世界でも有数の力を持った財閥のトップだとしても、今このIS学園においては彼女はあくまでイギリスの代表候補生。

他国の事情にあまり肩入れすべきではないのだ。

それでも、一夏はもしかしたらという一縷の望みに賭け、セシリアの下へと向かっている。

 

「昨日あれだけ言っておいて、すまねぇ。結局他人の力頼みだ」

「ううん、気にしないで一夏。一夏がこうして考えてくれてるから、もしかしたらどうにかなるかもしれないって可能性が見えてきたんだから」

 

そして、以前セシリアに教えられていた番号の部屋の前へとやってくる。

 

「……うっし、たのもー!」

 

部屋の前で深呼吸を数回すると、一夏は覚悟を決めて扉をノック……

 

「お待ちしておりました、織斑様、デュノア様」

 

……しようとしてその前に中から扉を開けられた。

思わずつんのめる一夏。

そんな一夏の様子を、扉を開けた張本人、ラウラが小首をかしげて見つめていた。

 

「ラウラ、一夏さん達ですか?」

「ええ。さすがお嬢様。予想通りのタイミングでいらっしゃいました」

 

部屋の奥から聞こえるセシリアの声に返事をすると、ラウラは一夏達を部屋の奥へと案内し始めた。

一夏とシャルルは互いに顔を見合わせる。

 

「「……予想通りのタイミング?」」

 

先ほどのラウラの返答を聞くと、どうやらセシリアは一夏達が来ることをあらかじめ予想していたという。

何故予想できたのだろうかと首をかしげながらも、部屋へと入ると、そこにはテーブルに山と詰まれた書類と格闘しているセシリアがいた。

 

「……また魔王(書類)に魅入られたんすか?」

「えぇ、まったく忌々しいことこの上ないですわ。もっとも、今回ばかりは殆ど自業自得ですが……それより」

 

セシリアはそう呟くと書類作業を一旦止め、シャルルを見やる。

 

「おはようございます、シャルル・デュノアさん。いえ、シャルロット・デュノアさん、と呼んだほうが宜しいでしょうか?」

 

セシリアの瞳が、まっすぐにシャルル……否、シャルロットを射抜いた。




と言うわけで、次はシャルさんがこの話ではどうなるかという場面になります。
このままフェードアウトという事は絶対にないです。


あと、そろそろ打鉄弐式がどうなったかとかの話も書きたいです。


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22 I love you

あなたを愛しています

子を愛さない親などいるだろうか?
少なくとも、彼等はその子を愛していたよ。

たとえ、片方は血が繋がって無くてもね。


「シャルロット・デュノア?」

「あら、デュノアさん、まだ一夏さんに説明なさっていないのですか?」

「えっと、はい」

 

セシリアの言葉に一夏が驚くと、セシリアはそんな一夏に対して驚きをあらわにし、シャルロットに向き直る。

 

「何か、説明しない理由でもおありで?」

「えっと、ただタイミングを外しちゃっただけだから、特に理由は」

「では、手っ取り早く話を進めるために私から説明させていただきますわ。一夏さん、彼、否、彼女ですわね。彼女のシャルルと言う名前は偽名で、本名はシャルロット・デュノアと言うのです。シャルロットの男性形がシャルル、捻りも何もありませんわね」

 

セシリアの言葉に感心したように頷く一夏。

どうやら彼は本気で気づいていなかったようだ。

 

「……ミスカトニック大学陰秘学科の優秀な生徒だったはずなんですがね、あなたは。まぁそれはいいでしょう。様子からして、彼女が何故入学してきたかの説明は受けたようですし」

「あー、その事なんだがセシリア、シャルル……じゃない、シャルロットか、の事なんだが、何とかできないか? このまま国に見捨てられるなんて、後味悪いにも程がある」

「はっきり言いますわ、どうしようもありません」

 

きっぱりと切り捨てられてしまった。

あまりの即答に、一夏もしばらく唖然とし、眉間をもんでから口を開く。

 

「……やっぱセシリアが代表候補だからか?」

「よくお分かりで。『IS学園一年一組在籍のセシリア・オルコット』は、あくまでイギリスの代表候補。他国の代表候補に肩入れすることは出来ませんし、しようと思いもしませんわ」

「そっか……」

 

分かっていた。

分かってはいたのだが、しかしこうしてきっぱりと無理といわれるとさすがに凹む。

そんな一夏を尻目にセシリアは再び書類作業に取り掛かる。

 

瞬く間に判を押され、サインをかかれ山となっていく書類。

さすが元覇道財閥の総帥、現オルコット財閥総帥と言ったところか。

 

「ところでその膨大な書類はいったいなんだ? 別に問題起こしたわけでもないだろうに」

「あなたと一緒にしないで下さいませ一夏さん。これは『オルコット財閥総帥』としての仕事ですわ」

「へぇ……ん?」

 

セシリアのつっけんどんな返答にまたもや凹みながらも、一夏はふと今のセシリアの言葉に疑問を持つ。

 

なぜ、今彼女はこれ見よがしにオルコット財閥総帥という言葉を強調していたのだろうか?

それに疑問を持つと、そういえば先ほどのIS学園一年一組在籍のセシリア・オルコットという言葉や、他国の代表候補と言う言葉もやけに強調して話していたような気がする。

 

しばらく悩み、そしてふと気づく。

 

「……なぁセシリア」

「何ですか一夏さん。あ、ラウラ、まだあるはずなので持ってきてください」

「分かりました」

 

ラウラから追加の書類の山を受け取ったセシリアを見やりつつ、一夏は口を開いた。

 

「確かにイギリス代表候補としては無理でも、オルコット財閥総帥としてなら、シャルロットを何とかできるか?」

「……さすがに露骨過ぎましたか」

 

一夏の言葉にセシリアは作業の手を止めると、席を立ち、一夏の目の前へと歩み寄る。

 

「ええ、可能です。天下のオルコット財閥を舐めないで下さい。それを可能にする力も、金も十分持ち合わせていますわ……ですが、当然いろいろな方面から反発があるでしょう。それらを黙らせてまでやるメリットはありませんわね。それでも、私に、オルコット財閥総帥セシリア・オルコットに何とかしてほしいと?」

「ああ、俺の頭じゃそんぐらいしか解決方法が思いつかねぇからな……無理か?」

「無理ですわ……といいたいところですが、そうですわね……そこまで何とかしてほしいなら誠意を見せていただけます?」

「誠意?」

「例えば……そうですわね、土下座とかが分かりやすく……って!?」

 

セシリアの言葉を聞いた一夏は、彼女が最後まで言い切る前にそれはそれは見事な土下座を行った。

瞬きする間もないくらいの早業だった。

 

「……一夏さん? えっと、さっきのは冗談だったんですが……」

「頼む! 俺が土下座して何とかなるんなら何度だってやってやる! だから、シャルロットを何とかしてやってくれ!!」

「あの、一夏さん? 一夏さーん?」

 

慌てたセシリアがすぐさま一夏に土下座をやめるように言おうとするのだが、一夏はまったく聞いていない。

何度も何度も、それこそ頭を地面に叩きつけるように土下座をする。

 

「……あぁもう! これじゃ私が悪者みたいではないですか! ラウラ! 一夏さんを起こしてください。まともに会話できませんわこれじゃ!」

「起こせといわれても……とりあえず」

 

セシリアの命を受けたラウラは、まず一夏を普通に持ち上げようとする。

……体格差と一夏が抵抗しているという事もあり、当然持ち上がらない。

次は何を思ったかわきの下などをくすぐりだす。

多少震えたが、それでも一夏は土下座をやめない。

どうしても起きない一夏に、ラウラはしばし考えた後、スカートを少したくし上げ、レッグバンドに固定されている軍用ナイフを取り出し……

 

「プスリとな」

 

刺した。

ラウラがナイフから手を離す。

一夏の頭の頭頂部に刺さったナイフは倒れない。

しっかりと刺さっている証拠だ。

 

「……ラ、ラウラ、な、なにを……?」

「いえ、痛みで起きるかと思いまして」

 

さすがのセシリアも、自分の従者の暴挙に震えだす。

そして見ると、一夏も先ほどくすぐられた時より震えだしている。

そして……

 

「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!? 何これ?! 刺さってる!? 俺の頭になんか刺さってるぅぅぅぅぅぅぅ!?」

 

起き上がった。

ちなみに頭には未だにナイフは刺さっており、そこから噴水のように血が吹き出ている。

ぴゅーという効果音がどこからか聞こえてきそうだ。

 

「ちなみに完全に刺さってるので、恐らく相当痛いかと、織斑様」

「何他人事のようにのたまってやがりますかねこのロリっ子メイドは?! おいセシリア! 従者の教育どうなってんの!?」

「教えることはただ一つ、私に忠実であれ、ですわ(震え声)」

「声震わせるな! それにもっと他に常識とかそういうところも教えれ!! このままこの非常識メイドを世に出すのはあまりにも危険すぎる!!」

「私、ラウラ手放す気ありませんから」

「お嬢様以外に仕える気は無いので」

「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「……とりあえず一夏、頭のそれ、とれば?」

 

あれ? 僕何のためにここに来たんだっけ?

 

シャルロットがそう思ったかは定かではない。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……と、まぁいろいろあった気がしますが、それは置いといて」

「オイコラ、置いといていいレベル超えてるぞあれは」

 

一夏の言葉をスルーし、セシリアは言葉を続ける。

 

「とにかく、先ほどの土下座云々はちょっとしたジョークですわ。イッツ・アーカムジョーク。で、シャルロットさんの件ですが、実は既にこちらで動いておりますわ」

「笑えねぇジョークだなおい。って、もう動いてる?」

「と言っても、元からシャルロットさんの為に動いていたわけではありませんが、結果的にはシャルロットさんをどうにかできる、と言ったところでしょうか。ラウラ、あの書類を一夏さん達に」

「かしこまりました」

 

セシリアはラウラに指示を出すと、ラウラはある書類を持ってきて、それを一夏に手渡す。

一夏とシャルロットは手渡された書類の内容を見て、目を見開いた。

 

「……『デュノア社との技術提携について』……って、こいつは!?」

「まぁこうなることは目に見えてましたわ。とうとうデュノア社、政府からの支援打ち切りが秒読み段階になったそうです」

 

当然、先日のシャルロットの説明の通り、経営難に陥っているデュノア社はこのままでは倒産してしまう。

そこに目を付けたのがセシリアだ。

 

いくら第三世代を開発できないとしても、ラファール・リヴァイヴという非常に完成度の高いISを製造できる力がある企業だ。

このまま消え去っていくのを黙ってみているだけではもったいない。

 

「と言うわけで、こちらから第三世代の技術をある程度融通し、向こうからは信頼できる既存の技術をより高めるための技術を得る、と言ったところでしょうか。あぁ、もちろんBT兵器関連の技術は渡しませんわよ? あくまで第三世代ISの基礎の基礎、どの第三世代ISに共通して使われている部分のみの情報を開示します。デュノア社、そこにすらたどり着いていませんでしたし。それだけあればデュノア社も第三世代ISを開発するまでにこぎつけるでしょう」

「いや、簡単に言うけどさセシリア。そのデュノア社、フランスの企業なんだろ? いいのか?」

「どうでしょうね? ですが、既にフランスは別の企業に目を付けていますし、そもそも私は別にフランスからデュノア社を奪おうとしているのではありません。あくまで技術提携をしようとしているだけですわ」

 

それに、とセシリアは言葉を付け加える。

 

「市場には競争が無ければならない。競争なくして技術の革新は成し得ず、ただ停滞するだけです。デュノア社が第三世代ISを開発したならば、それは恐らく市場に今までに無い競争を生むでしょう。あのラファールを作った企業の第三世代、誰も見向きもしない、などという事はありえませんからね。そして競争は革新的な技術のみでなく、需要をも生みだします」

「そういや、オルコット財閥にはIS関連のパーツ製造を請け負ってる企業もあったな」

「デュノア社と我が財閥の利益、双方を考えた結果の決定です。いわばこれはビジネス。何も問題はありません」

 

物は言いようと言ったところである。

だが、ここまで聞いても分からないのは、それらの事柄がシャルロットの問題解決に関係しているのかと言うところだ。

話を聞くと、確かにデュノア社の問題は解決しているが、シャルロット個人が抱えている問題は解決しているようには思えない。

彼女の抱えている問題は、デュノア社の問題が解決すればそれにつられて解決する類の物ではないのだ。

 

「それがどうデュノアさんに関係しているのか? と言いたげですわね。もちろんそれについても説明いたしますわ。デュノア社側は技術提携の際、オルコット財閥に技術のほかにも提供するといった物があります」

「それは……?」

 

「……シャルロット・デュノアの身柄です」

 

「っ!?」

「おいそれって、デュノア社はシャルロットを捨てたって事かよ!?」

 

セシリアの言葉に一夏が激昂し、シャルロットはその肩を大きく震わせた。

そんな二人を、セシリアは何の感情も悟らせない瞳で見つめる。

 

「…………」

「なんか言ってくれよ! 本当にシャルロットの父親はシャルロットを捨てたのかよ!? なぁ!?」

「……やっぱり私には無理でしたわね、黙っておくなんて」

「……へ?」

 

しかし、その瞳に感情が宿り始める。

そして深くため息をついたセシリアはシャルロットを見やる。

 

「シャルロットさん、信じられないでしょうが……これはデュノア社社長夫妻があなたを助けるためにやむなくとった方法なんです」

「……父と……社長婦人が……?」

 

セシリアの言葉に、シャルロットは呆けたように呟く。

それも当然だろう、自分のことなどどうでもいいと思っているはずの父、そして自分を忌み嫌っているはずの社長婦人が、自分を助けるためにやむなく……?

二人には悪いが、それはシャルロットにとって到底信じられない内容だった。

 

「あなたはこのままでは、いずれフランス政府により裁かれてしまいます。故に、社長夫妻はそれを防ぐため、あなたのフランス国籍を消し、自由国籍を取得させて。フランス政府に裁かれる前に、罪を犯したシャルロット・デュノアと言う存在を消しました。ですが、そのままではあなたが寄る辺の無い存在となってしまう。その寄る辺になって欲しい……それが、社長夫妻の願いでした」

「そんな……嘘……だって……!」

「……『愛人の子でも、私が愛した人の子だ。私が愛さない理由はない』。社長はそう仰っていました。そして社長婦人もあなたへとある言葉を」

「……婦人は、なんて?」

「『あなたにしたことは許されるとは思っていない。けれども、許されるなら、あなたの母の代わりなれれば』……婦人本人から話は聞きました。確かに彼女はあなたに酷い仕打ちを行った。ですがそれはあなたを守るため。社長の正妻である彼女があなたを受け入れた場合、あなたを快く思わない存在が必ず何らかの行動を起こすかもしれない。現在後継者のいない次期社長の座を狙うものが、あなたにその座を取られるのではないかなどと考えて。だからこそ、あなたを遠ざけたのです」

 

セシリアの言葉に、シャルロットは何も言えない。

彼女の瞳には涙。

その涙は、果たして何に由来する涙なのか。

 

「……この書類にあなたが署名すれば、あなたのフランス国籍は剥奪され、正式に自由国籍権を得ます……当然、現在保有しているフランス代表候補という肩書きも消滅します」

「……他に、方法は無いんですね?」

「申しわけありません……ですが、ほとぼりが冷めれば再びフランスに帰属することも可能です、もちろん、他の国の国籍を得ることも」

「…………」

 

シャルロットは、涙を拭うと、セシリアから書類を受け取る。

 

「……ペンを、貸してください」

「こちらを」

 

ラウラからペンを受け取ったシャルロットは、そのまま書類に署名をする。

署名がなされた書類を受け取ったセシリアは、不備が無いか確認すると、その書類をラウラに渡す。

ラウラがその書類をどこかへ持っていく背中を見やりながら、セシリアはシャルロットに言った。

 

「社長夫婦は、いつでもあなたを待っていると言っておりました。いずれ、しっかりと話し合ってはいかがでしょうか?」

 

 

その言葉に、シャルロットは無言で頷いた。




……さぁ! 突っ込みなどを受け付けようか!!

いえ、本来はセシリアが財閥パゥワァで『その時不思議なことが起こった!』をしようかと思ったんですが、さすがにそれはあんまりだろうといろいろ考えたらこうなりました。
自分でもどうしてこうなったのか。
自分で書いてて突っ込みどころ満載です。
勢いで書くとこうなっちゃうから恐ろしい。でも自重しない。

いろんな小説では小悪党だったりかなりの悪だったりするデュノア夫婦、この作品ではそうでもないです。
いずれ、親子でしっかり話し合う場面も書きたいなぁ。

……書きたい場面がどんどん増えていく……だと……!?


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23 Friend



支えあわなきゃ、生きていけないでしょ?
ちょっとしたことでもさ


活動報告にもあったとおり、就職したためPCに触る機会があまり無く、今まで以上に執筆速度が落ちてます。
これからも更新にかなり間が空くと思いますが、そのあたりはご了承ください。


今、IS学園一年二組に所属している凰鈴音は悩んでいた。

 

何に悩んでいるのか?

 

日ごろの生活について?

学業について?

それともISについて?

 

確かに、この三つの項目に悩んでもいる。

と言うか三つ目はともかく、一つ目と二つ目について悩みが無い学生など果たしているのだろうか?

 

ともかく、彼女が悩んでいるのはこれらの事だけではない。

 

(……『あれ』は、何だったの?)

 

彼女が胸中で言う『あれ』とは、以前のクラス対抗戦に乱入してきた、あの謎の侵入者……彼女は名前を知らないが、ガタノトーアの事である。

一応、学園から生徒に伝えられた情報では、あれはどこかの組織が作り出したであろう無人ISだとのことだ。

なお、この情報を学園外に漏らすことは禁止されており、破った場合は罰則が科せられるらしい。

本来はそれの存在自体を無かったことに出来れば最善だったのだが、クラス対抗戦を観戦していた多くの生徒がガタノトーアの存在を認識してしまっている。

幸か不幸か、ガタノトーアの瘴気を間近で中てられたのは鈴音しか居なかったため、ガタノトーアの本当の危険性までは知られていないが、ともかく存在そのものを隠すことは既に不可能であろう。

ならば、ある程度までは情報を公開し、その情報を学園外に拡散させない策を講じると言う手法が現状最も妥当な選択だ。

 

と、まぁそれはともかく、学園に所属している多くの生徒が、その学園から公開された情報を信じている。

信じざるを得ないのだ。

なにせ、その多くの生徒はただガタノトーアを遠くから見ただけなのだから、それは違う、と言い切れるほどの情報を持っていない。

しかし、実際に『あれ』と相対した鈴音は学園のその情報を信じていない。

 

--あれは、ISなどでは決して無い。あれはもっと良くない物だ。

 

あの時、あの魂をわし掴みされたような感覚を感じてしまった彼女は、確証は無くともそう考えている。

否、その感覚こそが、アレが異質で、自分と……否、人間と相容れない存在であるという確証か。

 

そして時間がたち、あの時の恐怖が薄れていくにつれ、彼女の胸に去来する思いがあった。

 

--……気に食わない。

 

あんなわけの分からない物が自分を恐怖させることが気に食わない。

あんなものに恐怖してしまった自分が気に食わない。

それが気に食わないなら、自分はどうすればいい?

 

……あんなものに恐怖しないように、自分が強くなればいい。

 

それは、傍から聞けば単純な考えだと笑われるかもしれない。

だが、世の中単純だから間違い、複雑だから正解などと断じる事は出来ない。

時には単純ゆえに正解であることもあるのだ。

 

そしてこのとき鈴音が出した答えは、完全な正解と言うわけではないが、それでも正解に限りなく近い回答だった。

 

つまり何が言いたいのかと言うと、ああいう冒涜的で背徳的な奴等に負けないためには、才能のほかにもこのような反骨精神とも呼べるものが大事であるという事だ。

いや、あの恐怖を知ってなお、それを振り払おうと反骨精神を奮い立たせれる事自体が才能といえるか。

 

故に、彼女の足は一路アリーナへと向かっている。

強くなるためには修練あるのみ。

 

そう意気込む鈴音がアリーナの入り口を視界におさめたとき、ついでにある人物を見つけた。

 

「……何やってるのよ、箒?」

「うぉ!? ……り、鈴音か」

 

その人物とは篠ノ之箒。

恐らく彼女もアリーナを利用するためにここにいるのだろうが、何故か周囲を異様なほど気にしていた。

鈴音に声をかけられた際も、異様な驚きようである。

しばらくあたふたと慌て、しばらくの後にようやく問いついたのか、咳払いを一つすると、鈴音へ向き直る。

 

「あまり驚かさないで欲しいものだ、うん」

「いや、あんた勝手に驚いただけじゃない」

「う……」

 

が、まだ混乱しているのか、返した言葉もあっさり正論で返された。

その事にたじろぎながらも、箒は口を開く。

 

「そ、それで、何故お前はここに来たんだ?」

(あ、話そらした)

 

露骨な話題そらしだった。

もっとも、ここで箒のおかしさを問い詰めても得は無いと判断した鈴音は箒の言葉に右手をひらひらと揺らしながら答えた。

 

「何ってISの訓練よ。まさかアリーナに来て勉強するわけじゃあるまいし」

「そうか、私も訓練をしようと思ってきたんだ」

「だったら別に周囲を気にしなくてもいいじゃない? さっきまでのあんた、まるっきり不審者よ?」

「それは……その、訓練しようと思ったのだが、その、なんというか」

「???」

 

--なんでこんな歯切れが悪いのだろうか?

 

鈴音が内心首をかしげていると、箒は言葉を続ける。

 

「……いや、な? 以前のクラス対抗戦のとき、私は何も出来なくて、むしろ一夏達に迷惑をかけてしまっただろう? だから、少しでも強くなれば、少なくともできる事が増えるのではないかと思ってやったのだが……」

「……それ駄目なの? 立派な理由じゃない」

「立派……か。以前迷惑をかけた私がそんな事をするなんて、おこがましいのではないかと思ってな」

「……あー、そういう」

 

その言葉を聞いて、鈴音は思う。

 

--この人、かなり面倒くさい性質の人だ。

 

具体的に言うなら、自分一人で悩みに悩んで、その結果出した答えにはまり込んでしまうタイプの人間だ。

たとえ、その結果出した答えが間違っていたとしても、それに気づかず彼女は「こうなのではないか、ああなのではないか」とどんどん深みにはまっていってしまう。

なまじ自分で「こうだ」という答えを出してしまっているから厄介なことこの上ない。

 

鈴音はため息を一つつくと、箒の手を引っつかみ、アリーナへ入る。

 

「な、なにを!?」

「あのさ、私も特訓しに来たんだけど、一人で出来る特訓って限界あるのよねー。かと言って一緒に特訓しようって誘ってる人も居ないできちゃったし、今から戻って探すのも面倒なのよねー。あーあ、誰か手伝ってくれないかしらねー。例えば同じく特訓しようと思ってて、なおかつ一人で居る人とかが手伝ってくれないかしらねー」

 

箒の抵抗の声に、鈴音はわざとらしくそういうと、箒をちらりと見やる。

そんな彼女の様子に箒は唖然とするが、やがて顔に微笑を浮かべると、鈴音の隣に並ぶ。

 

「……そうだな……私も丁度手伝ってくれる人が居ないか探していたところだ……いや、運がいいな、互いに手伝ってくれる相手が『たまたま』見つかるとは」

「ほんと、『たまたま』見つかるなんて運がいいわね、私達」

 

こういう手合いには、そっと背中を押すのではなく、いっそ強引に引っ張っていくぐらいが丁度いいものだ。

 

「……ありがとう、鈴音」

「鈴でいいわよ。親しい人は皆私をそう呼ぶわ」

「……あぁ、分かった、鈴」

 

そのまま、二人はアリーナの中へと入っていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

現在、アリーナには鈴音と箒の二人しか居ない。

もっとも、二人とも放課後になってすぐアリーナに来たためにまだ人が居ないだけで、もうしばらくすれば多くの生徒がやってくることだろう。

 

「で? やっぱり模擬戦形式でいく?」

「ああ、頼む」

 

打鉄を纏った箒が鈴音の言葉にそう返す。

その言葉に、鈴音は双天牙月を取り出し、箒はIS用の近接ブレードを取り出した。

二人はしばらくそれぞれの得物を素振りし、感覚を確かめる。

その間、二人の間に会話は無く、ただただ刃が空を裂く音のみが何度も鳴る。

 

「……なぁ、一つ聞きたいのだが」

「何?」

「……この間言っていた、一夏が、その……ずっと好きだったというその相手の事は……何か知らんか?」

「さぁね? 私はその相手って言うのが誰か分からないわ。むしろ、私より昔に一緒に居た箒の方がそういうの知ってそうだけど?」

 

鈴音の返答に、箒は動きを止める。

彼女は顔を俯かせ、呟いた。

 

「……分からないんだ。確かに私は昔一緒に居た。だが、そんな相手が居たことなど……知らなかった。それらしい相手も思いつかない」

「一夏が嘘を言った……訳でもないと思うしね。あの時の一夏、すごく真剣だったし、すごく申し分けなさそうだった。あれで嘘ついてるとしたら、一夏はたいした役者ね。でも……」

「あぁ、一夏がそこまで器用な真似が出来るとは思えない……一夏だし」

 

しばらく、二人の間を無言の空気が流れる。

それを振り払うように二人はそれぞれの得物を振るうが、それでもその空気は、粘つくように彼女らにまとわり付いていた。

 

「……あぁもう! やめやめ! この話やめ!! 今はそれよりも訓練しましょ! アリーナ借りれる時間は限られてるんだし」

「あ、あぁ、そうだな……それもそうだ。気にはなるが、今優先すべきはこちら、か」

 

鈴音が吠えるようにそう叫ぶと、箒もそれにならい、二人は向かい合った。

そして、二つの刃が互いに向けられる。

 

「ところで、どのくらいで行って欲しい?」

「好きなように」

 

その言葉と同時に、二人は互いに急接近する。

そして、一合。

金属と金属が互いにぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。

 

「っ!? へぇ……さすがは剣道全国大会優勝者ってわけ?」

「余裕だな……だが、その余裕もすぐに引き剥がしてやる!」

「そっちこそ舐めないでよね、代表候補って奴を!!」

 

鍔迫り合いの状態で、二人はそれぞれ相手にそう言い放つ。

それと同時に、鈴音が箒の腹部を蹴り飛ばすように後方へ跳び、距離をとった。

それに反応できなかった箒はそのまま後へと蹴飛ばされ、着地と同時に箒へと突撃していた鈴音が、箒の懐へと滑り込む。

 

「そーれっと!!」

「ぐぅ!?」

 

掬い上げるような連結状態の双天牙月の一撃。

箒は体勢を崩したままながらも、それに反応し、ブレードを双天牙月の軌道に割り込ませる。

 

だが、そこまでだった。

 

「あ……っ!?」

 

とっさの行動ゆえに、握りが甘かったのだろう。

双天牙月とぶつかり合ったブレードはそのままマニピュレーターからはじき出され、弧を描きながら宙を舞い、そしてアリーナの地面に突き刺さった。

その様子を唖然と見ていた箒の眼前に、双天牙月の刃が突きつけられる。

 

「はいお終い」

「……あぁ、そのようだ」

 

箒にはもはや手持ちの武器は無く、眼前には刃。

それを払いのける術を持たない時点で、彼女は詰みだった。

 

「もう少し食いつけるかと思ってたんだが……こうもあっさりと……情けないな」

「情けなくないわよ。っていうか、こう見えても私代表候補になるために血を吐くくらいの努力してきたんだし、それがあっさりと超えられたらちょっと困るわ」

 

そう呟くと、鈴音は箒へと手を伸ばす。

その手を掴み、箒は立ち上がった。

 

「……次は、もっと食いついてやろう」

「楽しみにしてるわ、箒」

 

二人は微笑みながらそう言い合い……

 

「ほう、これが俗に言う『美しき友情哉』と言ったところか」

「「!?」」

 

いつの間にか脇にいたラウラに驚愕した。

 

「あ、あんた、ラウラァ?!」

「何故ここに!?」

「おかしなことを。ここは学園の生徒、教師ならば使える。そして私は生徒だ」

 

そういいながら、無い胸をはる。

そんな彼女を見て、二人は思う。

 

--生徒だというのなら、服装規定守って、メイド服ではなく制服を着るべきではないのだろうか?

 

二人の視線もなんのその。

ラウラは言葉を続けた。

 

「そういうわけで、つい先ほど調整が終わった私のISの慣らしをしようと思ったわけだが、見れば先客が居るではないか。と言うわけで、こっそりと見学していた」

「ぜんぜん気づかなかったわよ、居たのに」

「無駄に気配を消して観戦していたからな」

「本当に無駄だな!?」

 

そもそも何故気配を消す必要があるのか?

それを聞こうとした二人だが、口に出す前に考え直す。

 

--なんか、またずれた返答が返ってきそうだなぁ

 

と言うわけで、二人は話題をかえることにした。

 

「ところで、さっきISの調整が終わったから慣らしにきたっていってたけど、あんたのISってどんなISなのよ?」

「それは私も少し気になるな」

「ふむ、私のISか。まぁ見れば分かる」

 

そういうとラウラの体が光に包まれ、その光が消え去った時、彼女は黒い装甲に包まれていた。

 

両肩の傍に非固定浮遊部位を持ち、一般的なISと比べても大きいといえるであろう腕部と脚部の装甲。

 

「へぇ、なんか大きいわね、腕と脚」

「このISの要だからな。これでも出来る限りの小型化は図っているのだが」

 

そういうと、ラウラは空中へ飛び上がり、そのまましばらく飛行を開始する。

時には曲芸飛行のような軌道も描きながら空を飛び、やがて納得したかのように地上へと降りてきた。

 

「空中の挙動は問題ないな。あとは……済まない二人とも、戦闘中の挙動を確かめたいのだが、模擬戦に付き合ってくれないか?」

 

そして一人ぶつぶつと呟いた後、傍にいた鈴音と箒にそう頼んだのだった。

 

「はぁ……」

「私は別にいいわよ。そのISも気になるしね」

 

箒がいきなりの頼みごとに気の抜けた返事をすると、鈴音が一歩前にでる。

先ほど待機状態にした甲龍を再び展開している時点で、やる気の程がうかがえる。

 

「そうか、なら凰、頼んでも?」

「おっけー」

 

ラウラは鈴音にそういうと、鈴音から距離をとる。

 

「箒、下がったほうがいいわよ?」

「あ、あぁ、そうだな。ならば観客席で見学させてもらうとしよう」

 

鈴音の言葉に、箒はそういうと、観客席へと向かう。

それを見届けた二人は、互いを睨み付け合う。

 

「武装、出さなくていいの?」

「いや、既にあるからな。わざわざ出す必要が無い」

 

鈴音がラウラのISをざっと見渡す。

 

……どこに武装があるというのだろうか。

 

「……ま、あろうが無かろうがどうでもいい、か。行くわよ! ラウラ!」

「あぁ、行かせてもらおう……行くぞ、『シュヴァルツェア・シルト』!」

 

ラウラがその言葉と同時に拳を構えると、それを合図にしたかのように二人は互いへと飛翔し、ぶつかり合った。




シュヴァルツェア・レーゲン「俺が居ない……だと!?」

と言うわけで、この話ではレーゲンさんはお亡くなりになりました。
合掌。

と言うわけでこの話でのラウラの専用機はシュヴァルツェア・シルト。
黒い盾の名の通り、『セシリアを守る盾とならん』と言うラウラの思いが込められた名前です。

シュヴァルツェア・シルトの詳細についてはまた後ほどという事で。


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24 Schild



この拳、この技、この身
全ては主のために



鈴音の双天牙月の刃が、固い物体とぶつかり合う。

さてはようやく見せた武装か、と鈴音は思ったのだが、自身が持つ刃とぶつかり合っているそれを見て、仰天した。

 

「な、ちょ……うぇぇぇ!?」

「? 何をそんなに驚いているのやら」

 

鈴音の様子を、ラウラは首をかしげて見やる。

だが、恐らくこの光景を見たあらゆる存在は目を見開いて驚くだろう。

なにせ、ラウラが双天牙月にぶつけたのは他でもない……自身のISの拳だったのだから。

 

「だ、だって、あんた、それ、殴りぃ!?」

「む……あらかじめ言っただろうに。『武装は既にある』と」

 

その言葉を聞いて、拳が武器だと推測できる存在が果たしてどれほど居るのだろうか。

それを聞いて思うことは、暗器でも隠しているか、それともハッタリか、ぐらいなものだろう。

まさか正真正銘、拳と言う武器があるから問題ないと言う意味であるとは。

 

いや、それにしても、模擬戦開始と同時に拳を構えたという予兆はあったわけだが、ISで肉弾戦はまず無いだろうと言う先入観が真相への道をふさいでいたのだ。

 

「我が姉直伝のこの拳……並では無いぞ?」

 

ラウラはそう呟くと、空いている左拳で双天牙月の刃の側面を殴り、双天牙月を弾く。

そしてガラ空きとなった鈴音の胴体へ向けて右拳を振りかぶった。

 

その際、右肘付近に備え付けられている何らかの機構が作動し、振られた拳が加速。

それに虚を突かれた鈴音はラウラの拳をまともに受けてしまい、そのまま後方へと吹き飛ばされていった。

 

「……と言っても、私はまだ未熟でな、こうしてISの機能に頼らないといけないがな」

「っつ~……! やってくれるじゃないの、ラウラ!!」

 

吹き飛ばされた鈴音はしばらく腹部を押さえうずくまっていたが、しばらくの後に復帰。

ラウラをまっすぐに睨みつけた。

 

「って言うか、それ何? 甲龍のパクリ?」

「技術の大本は同じだ。故に似たようなもの、とだけ言っておこう」

 

そう言い放ちながら鈴音へ突きつけられた右腕の装甲が若干開き、そこから熱が放出される。

あらかた熱を放出しきると、装甲は再び閉まった。

 

「……続きだ」

「はっ、上等!!」

 

そのと言葉と共に空中に飛び上がった鈴音が、ラウラへ向けて急降下していった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「俺、主人公な筈なのにずいぶん久しぶりな出番な気がするんだが?」

「一夏、何言ってるのさ?」

 

一夏の呟きに、隣に居たシャルル……否、シャルロットがそう返した。

現在、二人はアリーナへと向かっている真っ最中だ。

 

何故アリーナへ行くのか?

 

部活に所属していない二人にとって、放課後にすることと言えば、授業の復習、予習、そしてISの訓練ぐらいしかないからである。

 

「……今更だけど、やっぱ部活入ったほうがいいかねぇ? シャルロットさんや」

「そうだね、別に悪い事してるわけじゃないんだけど、放課後が味気ないよね。あと、僕のその名前知ってるの今はセシリアとラウラと一夏だけだから、とりあえず今までどおりシャルルって呼んでくれた方がいいかな?」

「それもそうだな、了解」

 

一夏の返事を聞き、満足そうに頷くシャルロット。

しかしその直後、歩みの速度を多少ゆるめ、誰にも、もちろん一夏にも聞こえないほどの小さな声で、

 

「……でも、二人きりなら、別にいい……かな?」

 

などと呟いた。

 

「ん? なんか言ったか? シャルルさん」

「う、ううん、なんでもないよ!!」

 

振り向きつつ声をかけてきた一夏に、シャルロットは慌ててそう返答すると、一夏は首を捻りつつもある程度納得したのか、すぐさま前に向き直る。

その様子を見たシャルロットは胸をなでおろすと駆け足で一夏の隣へと並んだ。

 

そして、二人がアリーナに足を踏み入れると……

 

「餓ァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

「死ァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

なんか名状しがたい形相で二人の少女が刃と拳をぶつけ合っていた。

 

「……やだ、なにこれ」

 

思わずそう呟く一夏さん。

でも無理も無い。

 

最早思春期の少女としていろいろ捨ててはいけない何かを捨てて、踏みつけて、ガソリンをぶちまけて、火をつけ燃やし尽くして、トドメに燃え残った灰を海に投げ捨てたかのような表情で戦っているのだ。

 

鬼気迫る、と言えば聞こえはいいのだろうが……さすがにこれは。

 

「い、一夏、なんか怖い!」

「お、俺もさすがにこれは怖いぞ!?」

 

思わず抱き合う二人。

無理も無い。

それほど怖いのだ。

多分、千冬が見たとしても一瞬動きを止めてしまうであろうほどの形相である。

そんな二人の存在に鈴音達を見ていた箒も気づき、近づいてくる。

 

「あぁ、一夏達か」

「お、おう。所で箒さんや、これはいったい……?」

「あぁ、最初は普通に模擬戦だったんだが、二人とも熱が入っていったのか、ごらんの有様だ。正直、私もどうすればいいかわからん」

 

箒と言葉を交わしつつ、ちらりと鈴音とラウラの戦いを見やる。

相変わらず激しくぶつかり合っている。

 

「だが、さすがに長時間使いすぎているし、何よりアレでは空きスペースも安全じゃない。いい加減とめたいのだが、あの間に入る勇気は私には無いのでな」

「……とりあえず、千冬姉よんでくるか」

 

結局、二人の戦いの決着は一夏からの通報により乱入した織斑千冬による両者K.Oによる引き分けと言う結果に終わった。

 

 

※ ※ ※

 

 

アリーナでの一件から数十分後、一夏達は職員室の前にいた。

一夏達が職員室の扉を見つめていると、扉が開き、中から疲れきった鈴音と傍から見れば平然としているラウラが出てきた。

 

「あ゛~~~~~、づがれ゛だ~~~~~~。模擬戦の後にお説教はきついわ~~~~」

「あれがブリュンヒルデ……気迫が段違いだ」

 

鈴音は模擬戦の疲れと説教による精神的疲労により既にふらついており、ラウラはこれまた若干ずれた感想を呟いていた。

 

「まったく、熱くなるのは構いませんが、他の方への迷惑なども考えてくださいな、お二人とも」

 

職員室から出てきた二人にセシリアがため息をつきつつそう言い放つ。

なぜ彼女がいるかと言えば、まぁラウラの主だから。

従者の責任は主の責任という事でもあるのだ。

 

「申しわけありません、お嬢様」

「今回はまったくもってその通りだわ」

 

セシリアの言葉に、ラウラが頭を下げ、鈴音はまるで借りてきた猫のように縮こまっている。

二人の様子に再び嘆息しつつ、しかし表情を改めセシリアはラウラに問いかけた。

 

「……で、どうですか、調子は? 出来る限りの事はしたつもりですが」

「ええ、少なくとも目立った問題は今のところ。しかし、『アレ』はまだ使ってないのでどうなのかはまだ……」

「まぁ、『アレ』はシュヴァルツェア・シルトの切り札ですし、そうそひけらかす必要も無いでしょうね。とはいえ、何とかしてデータは欲しいところですわね……」

「なぁ、さっきから言ってる『アレ』って何だよ?」

 

セシリアとラウラの会話にに何度かでてきている『アレ』と呼ばれる物が気になり、一夏がそれについて質問をする。

 

……え、何? 今それについて聞いちゃうの? みたいな表情をしたセシリアとラウラに見つめられて、思わず萎縮した。

 

「一夏さん……切り札だといったではありませんか。切り札をそう簡単にひけらかす方がいると思います?」

「今それを聞くというのはさすがに……これが俗に言うKYと言う奴でしょうか、お嬢様」

「ヘタレでKY、いったいどこに救いがあるのでしょうか……」

「なんか軽い気持ちで聞いただけでえらいく重い反撃を食らったんだが!?」

 

一夏は泣いた。

男泣きだった。

涙が滝になりそうなほどの男泣きだった。

そしてそれは、頭に『情けない』が付く物だった。

 

一夏が思わぬ重い一撃に涙を流しつつくずおれていると、職員室の扉が開き、千冬が廊下へと出てきた。

その手には数枚のプリントが。

 

「む、まだ職員室前にいたのか。だが、好都合だな。さっきの騒動でお前達にこのプリントを渡し忘れていた」

 

そう言ってその場に居た全員に千冬が渡したのは『学年別タッグトーナメントの実施について』という表題が記されているプリント。

 

「……タッグトーナメント?」

「ああ、一週間後に行われるトーナメント戦についてだ。プリントの下に誰とタッグを組むか記入し、提出してくれ」

 

そういえばHRでちらりとトーナメントが行われると聞いたような聞いていないような。

 

「けどタッグ、ねぇ」

「ああ、個人トーナメントにしてしまうと結局専用機持ちが有利だからな。それに、一年にとってはチームワークの重要さを教えるという効果もある」

「でも千冬ね……織斑先生、それだったら結局専用機持ちが組めば意味ないんじゃ……?」

「と思うだろう? ところがそうでもないぞ? 何せ、タッグ戦で最も重要なのは、個々の技術はもちろんだが、それ以上にいかにパートナーと息を合わせ、戦えるかだ。学園から貸与されたISを用いて専用機持ちのチームを倒す……難しいが、決して非現実的と言うわけではない」

「へぇ……」

 

千冬の言葉に全員が納得したように頷く。

確かに、個々が強かろうが、互いが足を引っ張ってしまえばその力もまともに発揮できないだろう。

 

「覚えておけ、チーム戦で最も恐ろしいのは獅子身中の虫(足手まといの仲間)だという事をな」

 

いくら真実だからといい、まぁなんとも身も蓋もない言い方だった。

 

プリントを受け取り、その場を立ち去った一夏達を見やり、そして千冬はいまだその場に居るセシリアに視線を向けた。

 

「オルコット、お前はパートナーを決めないのか?」

「先生、私のパートナーは既にきまっていますわ。恐らく、向こうも私と組むと決めているはずです」

「あぁ……ブランケットか」

 

セシリアの言葉に、千冬は脳裏に一人の少女を思い浮かべる。

そんな千冬をセシリアはしばらく見つめ、そして口を再び開く。

 

「しかし、ピリピリしていますわね、学園も」

「……何の事だ?」

「何かあったとしても、今回のような形式をとれば現場では四人で対応できますもの。少なくとも一人二人よりは安全でしょう」

「……ふん」

 

その言葉に、千冬は顔を顰める。

 

--やはり、この少女は気づいていたか。

 

今回のトーナメント、本来なら個人トーナメントとなる予定だったものを、急遽タッグトーナメントに変更したのだ。

理由は、先ほど千冬が話したものももちろんだが、どちらかと言えば緊急事態が発生した際の対策のためだ。

過去二回、連続、何らかの行事中にトラブルが発生している。

うち一回は生徒……と言うか一夏だが、が重傷を負うという結果が残っている。

 

『二度あることは三度ある』

 

もしものために念を入れることは、果たして間違いであろうか?

 

「教師として、生徒の安全確保には努めねばならんからな」

「でも、一番安全で居て欲しいのは、一夏さん、でしょう?」

「……私は教師だ、と以前も言ったはずだが?」

「まぁ、それはそうですが」

 

そこで話を切り上げると、セシリアは立ち去る。

が、途中で振り向き、一言。

 

「ですが、教師としての業務が終わったなら、たまには私人になるのも悪くは無いのでは?」

 

そういい残すと、今度こそセシリアは立ち去っていった。

その背中を見つつ、千冬はため息をつく。

 

「簡単に言ってくれる」

 

--やはりあの少女は苦手だ。

 

が、それと同時に思う。

 

--たまには姉に戻るのも、悪くは無いのかもな、と。

 

 

※ ※ ※

 

 

「しかし、タッグかぁ」

 

一夏が先ほど渡されたプリントをひらひらと揺らしながら呟く。

 

「やっぱり誰と組むか悩んでる感じ?」

「ん~、そりゃ、まぁな。下手に組んで息が合わなかったら最悪だしな」

 

隣を歩いているシャルロットの言葉にそう返すと、一夏は再びプリントとにらめっこをし始める。

が、歩きながら見ているので時折床に躓きそうになったり壁にぶつかりそうになったりしている。

 

そんな一夏を横目に見て、シャルロットは深呼吸を数回すると、右見て、左見て、後見て、前を見て、そして一夏にこう言い放った。

 

「あのさ、悩んでるんだったら、その、僕と組むっていうのは……どう?」

「……シャルルと?」

「う、うん……」

 

その言葉に、一夏がシャルルを見ると……やけに期待のまなざしを向けてきていた。

断ればその期待から来る瞳の輝きが涙から来る瞳の輝きになりそうな感じ。

 

「む、むぅ……」

 

が、ここで安易に判断してはならない。

行事だとは言え、トーナメント。

どうせなら上を目指したい。

そこで考える。

シャルロットと自分が組んだ場合、どこまで行けるかを。

自分の戦闘スタイルと実力、そして以前の模擬戦の時のシャルロットの戦闘スタイルと実力を鑑みて……

 

……下手したら優勝狙えるのでは?

 

それに、現在シャルロットと一夏は同室。

という事はタッグトーナメント時の作戦などについて話し合える時間が容易に作れるというわけだ。

作戦を練れるという要素は非常に大きい。

考えれば考えるほど、断る理由は無かった。

 

「……そうだな、つか断る理由が無い」

「! うん! だったら組もう組もう! そして狙うなら優勝だよ!!」

「おう、目指すなら上を目指そうぜ!」

 

こうしてタッグを組むことに決めた二人は、帰り道の途中でもトーナメント時にどう戦うか、トーナメントまでどのような訓練をするかについて話し合っていた。

 

なお、予想されていたことだが、男子である一夏と表向き男子であるシャルロットのパートナーの座を狙って突撃してきた生徒が何人かいたが、その全員がしょんぼり肩を落としながら撤退していったという出来事がこの後起こるのだが、まぁ話の本筋にそれほど関わりはないため割愛させていただく。




就職してから明らかに執筆速度が落ちましたが、なんとか合間合間で話を考えて投稿できました。

シュヴァルツェア・シルトさんは力を貯めている。
まだその力を解放する時ではないんだ。
いつ解放するかはお楽しみに。

ちなみに、この話のサブタイトルはドイツ語だったり。


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25 Several

それぞれの

これは日々を暮らす少年達のほんの一幕。
しかし、それだけじゃないんだよ……?


今回は他の話より若干短いです。



IS学園第二整備室。

校舎内にある数あるIS整備室のうちの一つで、それは鎮座していた。

 

「お~、出来たね~、かんちゃん」

「うん、やっと出来たよ……本当に、やっと……」

 

鎮座しているそれを見つめ、本音が感嘆の言葉を述べ、それを聞いた簪が今までの苦労を回想する。

 

基礎フレームの設計から各種パーツの配列、さらには鎮座している『それ』を動かすためのプログラムの作成。

さらにさらに、時たま……と言うか殆ど暴走する天才と何とかは紙一重を体現する存在の暴走を止めたり、その存在が魔改造した部分を戻したり、その存在が時たまかき鳴らすギターがうるさかったためその存在にシャイニングウィザードをきめたり、その存在が勝手に組み込んだプログラムをアンインストールしたり……

 

……あれ、思えば苦労の殆どは本来無くてもよかった物ではなかろうか?

 

そんな考えが頭をよぎるが、しかしあの□□□□が居なければここまでこれなかったこともまた事実。

なお、その□□□□は未だに完成したそれに噛り付き、何かをしている。

 

「で、にっし~博士、何してるの?」

「ん? 我輩の作品に不備などあっては面目丸つぶれの上廃棄場にポイッ、なわけであって、最終確認の真っ最中である。まぁ、我輩の作品は常に完・璧! なわけであるが? 凡人共はやはりそのあたり、不安であろう?」

「何だろう、すごく腹が立つ……」

 

西村の言葉に、簪が拳を握り締める。

やっぱこいつに感謝するのやめたほうがいいのでは?

と思わず考え直してしまった。

 

そんな簪の様子に気が付かない西村は、やがてそれから離れると、満足げに胸をそらした。

 

「ふむ、問題なし! やはり我輩は完璧である、あぁ、非凡なる我が頭脳を許せ、凡人眼鏡よ」

 

ぷつり、と何かが簪の頭の中で切れた。

 

「博士、凡人眼鏡って私のことですか? もしかしなくても私のことですか!?」

「おおっと気を悪くしたのならば大変アイムソーリーであるが、しかし我輩の頭脳と比べては世間一般の天才も凡人であると言うわけであって、別に貴様をけなしているわけではないのだぞ少女よ。むしろ貴様は凡人と言っても出来る凡人であるからして、胸を張るといいである」

「褒められた気がしない、ぜんっぜん褒められた気がしない!」

「ぬぁんと!? 我輩の最大級の賛辞を無碍にしたね!? さすがの我輩の白竜湖のように広い心でも見過ごせぬぞ!?」

「それ日本一小さい湖じゃないですか!! 全然心広くなーーーーーい!!」

 

「あぁ、かんちゃんがこんなに元気に……」

 

簪と西村のやり取りを見て、本音はそんなズレた感想を、感動しながら呟いていた。

別にふざけているとか、おちょくっているとかではなく、本心から感動しているあたり、本音は実は強敵なのかもしれない、いろんな意味で。

 

 

※ ※ ※

 

 

IS学園アリーナにて、一夏は一人ISの訓練にいそしんでいる。

現在行っているのは二挺拳銃をひたすら虚空のあらゆる場所に向けるという行為。

傍から見ればただ銃をあちこちに向けているだけだが、一夏のハイパーセンサー越しの視界にはあちこちに現れては消える光る球体状のターゲットが見えている。

一夏はそれに向け銃口を向けているのだ。

ハイパーセンサーによる360度の視界の中、どこに現れるかも分からないターゲットを見逃さないために一夏は集中力を高め、次々と銃口を向けていく。

 

(まだだ、まだ足りねぇ……っ!)

 

一夏が銃口を向けていくスピードは徐々に上昇していく。

しかし、一夏はそれでもまだ足りないと歯噛みする。

 

(もっとだ、もっと早く体を動かせ、もっと鋭く感覚を研ぎ済ませ!)

 

以前現れた外なる神、ガタノトーア。

今後、それに続いて外なる神々が現れないとは限らない。

ならば、そのときが来たとき、自分がもっと戦えるように。

 

一夏はその思いを胸にひたすらに体を動かす。

そして目の前に一つだけ現れたターゲットに右手の銃を向けると同時に、左手に持った銃をアリーナ入り口へと向け、引き金を引いた。

放たれた弾丸はまっすぐに、一夏を手にしたアサルトライフルで狙っていた影の足元へと向かっていく。

 

「うわ!?」

「……シャルロットさんや、いったい何の真似だ?」

「あはは、何度もプライベートチャンネルで声かけたのに返事が無かったから、つい」

「プライベート……あ」

 

その影、シャルロットの言葉に視界の隅の通信ログを見ると、確かに何度かシャルロットからの通信がきていたことを示すログがあった。

 

「まぁ、あれだ。気づかなかったのは俺が悪いが、何も銃で狙ってくるこたぁなかろうに」

「容赦なく撃って来た一夏には言われたくないなぁ……」

 

シャルロットの言葉に「ワリィ、ワリィ」と答えつつ、一夏は二挺拳銃でガンスピンを披露しながら、それを格納領域にしまう。

それを見たシャルロットは感嘆の声を上げる。

 

「一夏、それできるんだ、こう、銃をくるくるって」

「ん? あぁ、まぁな。でも、こんなの何の役にも立たないさ。ただのかっこつけって奴」

「へぇ」

 

一夏はシャルロットにそう答えながら、バルザイの偃月刀を呼び出す。

 

「……で、ここでIS纏ってるんだ。まさかこのまま帰るなんていわないよな?」

「当然」

 

不敵な笑みと共にそう答えると、シャルロットは両手にアサルトカノン、『ガルム』を呼び出し、構えた。

 

「せっかくだし、模擬戦、しよっか?」

「おう。ただし、鈴とラウラみたいにならんようにしようぜ」

「あはは……そうだね」

 

それはもちろん戦いの後の顛末も含めて、と言う意味である。

 

しばらく、二人は無言になる。

そして……

 

「……っ!」

 

シャルロットが引き金を引くと同時に、一夏はアイオーンの翼から緑のフレアを放出し、シャルロットへと向かっていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「…………」

 

一夏がシャルロットと模擬戦を始めた丁度同じ時間。

ラウラは人気の無い、学園敷地内の森の中に居た。

ただ自然体で森の中に立ち、その目は閉じられている。

一見すればただ意味もなく棒立ちしているように見える状態。

しかし、今の彼女には近寄りがたい何かがあった。

 

……ふいに風が吹き、木々が揺れる。

木々が揺れたことにより、木の葉が枝から落ちてくる。

それを音で感じ取ったラウラは……

 

「……ふっ!」

 

閉じていた目を見開き、自然体の状態から拳を振るう。

 

--無為の構え。

 

一件無防備な状態に見えるそれは、自身の次の行動を相手に読ませないための技術。

 

ラウラはひたすらに拳を振るう。

彼女が拳を振るうたびに、拳に触れた木の葉は二つに切り裂かれる。

彼女の動きは最早肉眼では捉えられないほどの速度となり、ともすれば残像までもが見えてきそうなほどである。

 

そして、しばらくの後、ラウラの動きが止まる。

 

「……10枚、逃したか。これでは義姉さんにしかられるな」

 

ラウラはそう呟くと、地面に目を向ける。

真っ二つに拳で切り裂かれた木の葉の中、切り裂かれていない木の葉が見えた。

彼女の師である義姉ならば、一枚たりとて逃しはしなかっただろう。

 

そしてそのような木の葉があるのは……

ラウラはそっと自身の左目を隠す眼帯に触れる。

 

「やはり視界が制限されているからか……しかし、今の私では……」

 

ラウラは自身の持つ『左側への反応の遅さ』に歯噛みし、そしてその原因となった眼帯に隠れている左目を忌々しく思う。

 

「……いや、だがこれが無ければお嬢様には出会えなかった……決して悪い事だけと言うことでもないか」

 

自身の考え、頭を横に振るうことで追い出し、そう呟く。

それでも、彼女は眼帯に触れることを止めようとはしなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

IS学園ではない場所、それどころか日本ですらない、某国にて。

 

「が……は……っ」

 

男が、ゆっくりと地面に膝をつく。

その体は満身創痍であり、男が来ている上等であっただろうスーツも見る影も無い。

 

「き、貴様は……貴様は、何なのだぁ!?」

 

男は痛みのはてに消えそうになる意識を何とかつなぎとめ、『ソレ』に向かって叫ぶ。

男の声を聞いた『ソレ』は、男へ歩み寄っていた足を止め、そして口を開いた。

 

「ゴMeんなサイねぇ……? IまノわタシじゃEriごNoみシテられナイの」

 

その口から放たれた声は、かすれた声。

だがしかし、それで居てなお脳髄の奥にガツンと響くような、蟲惑的な少女の声。

 

その声が男の耳から入り込み、脳で言葉の意味を把握したと同時に……

 

ずぶり、と胸から感じる衝撃。

そして今まで以上に急速に沈んでいく意識。

体は冷え切っており、まるで凍り付いてしまったかのように動きはしない。

 

「いタダKiまァす……」

 

男が最後に聞いたのは、そんな言葉だった。

 

 

倒れ付した男を見下ろし、『ソレ』は再び口を開いた。

 

「……たしカにスコしはマトもだけど……ヤッパりダメ」

 

『ソレ』はやがて、おぼろげな人型から、はっきりとした人型へと変わっていく。

血液で出来たその体は、白く透き通り、その身にまとう真紅の衣が唯一先ほどの姿の名残のよう……

 

否、それだけではない。

流れる血液を織ったかのような長い髪も、血液を凝固させ作り上げた紅玉のような瞳もまた、先ほどの姿の名残とでも言うべきだろうか。

 

血の怪異から変じた少女は、そのほっそりとした指に挟んでいた一枚の羊皮紙をひらひらと揺らめかせると、既に用はないといわんばかりに放り投げた。

放り投げられた羊皮紙は、風に吹かれ宙を舞い、そして地面へと落ちる。

見ると、ここ一帯に同じように地面に打ち捨てられた羊皮紙が散乱していた。

そして、そのどれもが何もかかれてはいない。

 

「だめ……コレジャあぜんっぜんダメ。マりょくをオギなっても、アクマでわたしがソンザイできるじかんガすこシのびるだけ……」

 

--欲しいのは、『私』と言う確固たる存在。

--今みたいな不確かで、ともすれば消えてしまいそうな、不安定な自分ではない。

--決して揺るがず、そこに在れる『私』……

 

「……ユめのままジャ、イたクナいもの……」

 

紅の少女は、そうかすれた声で言い残すと、その場を立ち去った。

残されたのは、無地の羊皮紙と、二度と起き上がることが無い男のみ。

 

……血生臭い、瘴気を孕んだ風が吹いていた。




紅の少女、イッタイナニモノナンダー(棒)

と言うわけで、今回は簪組、一夏&シャルロット、ラウラたちのほんの一場面を書いてみました。
書いてて思った。
あれ、ラウラさん、IS使わないほうが……?

そして敵サイドもほんの少し動き出してきました。


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26 Instinct

本能

とっさの場面で役に立つのは、結局むき出しの本能さ


IS学園アリーナ。

今、この場所は人々の熱気に包まれていた。

 

観客席にひしめく人々。

彼ら、ないし彼女らの服装はIS学園の制服姿であったり、白衣姿であったり、スーツ姿であったりとさまざまだ。

しかし、服装に統一性は無くとも、彼らが熱気に包まれている理由は同じだった。

 

そんな彼ら彼女らを、アリーナのピットに備え付けられているモニター越しに見た一夏は、思わずため息を漏らす。

 

「あ~あ、ここまで熱狂されちまうとやりにくそうだぜ」

「うん、プレッシャー大きいよねぇ」

 

一夏の言葉にシャルロットも同意する。

 

観客席の熱気の訳。

それはもうすぐ始まるIS学園のタッグトーナメントを待ちわびているからである。

各国はそれぞれ自国が開発したISがどこまで戦えるのか、また、他国のISはどの程度の物なのかを見ることが出来るという事でその熱気もひとしおだ。

だが、それ以上に観客席にいる誰もが見たいと思っているもの、それが……

 

「ま、何とかやってくしかないよな。確かこういうときは……手のひらに人って書いて飲み込めばいいんだっけか?」

「何それ?」

「緊張したときにやればいいとか言うおまじないだったはず」

 

とまぁ、こんな風に暢気に話している一夏が戦う姿、そして彼のISである。

なにせ、世界初のIS男性操縦者とそんな彼のISなのだ、見たくないと思っている存在の方が珍しいだろう。

 

「……あ、そろそと試合の組み合わせ発表だって」

「お、初戦は誰が相手でしょうね……っと」

 

シャルロットの言葉に一夏がモニターに目を凝らす。

先ほどまで観客席を映していたモニターには、今はトーナメント表が表示されている。

その表の最下段に次々と選手の名前が表示されていく。

そして、一夏とシャルロットの名前が……表示された。

 

「相手は……簪とのほほんさんか」

「簪さんって確か日本の代表候補の……それに布仏さんもどのくらいの実力なのか分からないし、いきなり気を緩められない相手だね」

「あぁ」

 

彼らが戦う相手は、簪・本音ペアだった。

部屋の引越し以来、簪はIS開発の方に力を入れていたため交流が途絶えていたが、どうやらこのトーナメントに出ているという事は件の打鉄弐式は完成したようだ。

 

「……うっし、行くか!」

「うん!」

 

しばし目を閉じ、己の中の闘志を昂ぶらせ、研ぎ澄ましていく。

そして、一夏はシャルロットと共にカタパルトへと向かった。

 

 

※ ※ ※

 

 

この子をまとってこうして空を飛ぶことを夢見て、はたしてどれくらいがたったのだろう。

実際にはそれほど時間は経っていないはずであったが、しかし、今の自分は何年も、何年もこの瞬間()を待ちわびたような感覚もある。

 

「かんちゃん、嬉しそうだね」

「本音……うん、すごく嬉しい。だって、こうしてこの子で空を飛べるんだから」

 

打鉄をまとって、自身の隣でそういった本音の言葉に、自らの体を包む鋼を見下ろしながら、簪は感慨深げに答える。

このまま、試合など忘れてもっと自由に空を飛んでいたいなどと言う考えも頭をよぎる。

 

「かんちゃ~ん、別に考えてもいいけどさ~、実際にやらないでね? おりむー達来たから」

 

本音の言葉に簪が空に向けていた視線を下ろすと、そこには鋼を身に纏った二人が居た。

 

「よう、久しぶりだな、簪」

「うん、久しぶり、一夏」

「……出来たんだな、打鉄弐式」

「いろんな人の力を借りてね」

「いいじゃねぇか。誰かの力借りたって」

「うん、私も今だったらそう思うよ」

 

それ以降、二人の間に会話は無かった。

ただただ、無言で得物を取り出す。

 

一夏はおなじみバルザイの偃月刀。

そして簪は……あれは薙刀だろうか?

 

「いくよ、一夏」

「来いよ、簪」

 

「……なんだか二人の世界できちゃってるね」

「そうだねぇ」

 

そんな二人を、シャルロットと本音は傍で見つめていた。

シャルロットは若干呆れたように。

本音はいつもどおり微笑みながら。

 

「でも、そろそろ試合だね。おりむーもしゃるるんも友達だけど、勝ちはそう簡単に譲れないからね?」

「それでいいよ、僕たちもそう簡単に負けないから」

 

二人の会話が終わると同時に、試合開始のカウントダウンが始まる。

一つ、また一つとカウントダウンが進むたび、各々に去来する思いは、果たして何であろうか……

 

そして、ついにカウントダウンが終わる。

 

開幕早々、一夏はバルザイの偃月刀を簪に投げつける。

不意を打った一撃。

しかし、簪はその一撃にも冷静だった。

 

「それは何回も見てるもの!」

 

手にした薙刀、『夢現』でバルザイの偃月刀をなぎ払うと、そのまま一夏へ向かって突撃する。

対する一夏は……

 

「だろうな!!」

 

ロイガーとツァールを呼び出し、自身に振り下ろされた夢現にぶつける。

金属と金属がぶつかり、こすれあう甲高い音が響き、火花が両者の間で散る。

 

そのまましばらく二人は鍔迫り合いの状態となり、仕舞いには二人の顔の間の距離はほぼゼロになった。

 

「やるじゃねぇか、簪」

「前に言ってなかったっけ? 私これでも日本の代表候補だから」

「あぁ、聞いたことねぇな!」

 

両者が同じタイミングで相手を弾く。

互いに体勢を崩したまま距離が離れるが、二人が体勢を立て直したときには既に各々の手には先ほどまでとは異なる武装が握られていた。

 

一夏の両手には無骨な二挺拳銃が、簪の手には一丁のアサルトライフルが。

 

銃声(クライ)銃声(クライ)銃声(クライ)

 

アリーナの空を銃声が彩る。

簪はアサルトライフルの連射力を活かし、一夏を撃ち落とさんと引鉄を引き続け、一夏はアイオーンの機動力を活かし、銃弾をかわしながら自身も銃弾を撃ち込んで行く。

 

互いが目まぐるしく位置を変え、一時たりとも同じ場所に居るという事が無い。

それはさながら戦闘機のドッグファイト。

 

しかし、連射力の差は大きく、次第に一夏は簪に押され始める。

少しずつ、ほんの少しずつだが、アイオーンの装甲が削れて行く。

しかし、それでも一夏はこの状況をやばいとはまだ思っていない。

ただただ、銃弾を避けながらある一瞬を待っていた。

 

……そして、下から簪を狙って上昇してくるバルザイの偃月刀が見えた。

 

バルザイの偃月刀はそのまま簪へと向かい……

 

「さっきも言ったはず。何度も見ていると」

 

しかし簪は偃月刀をかわし、その横っ腹にアサルトライフルの銃弾を叩き込む。

偃月刀は力をなくしたように回転を止め、そのまま地面へと落下していく。

そして、再び一夏へと意識を戻したときだった。

 

一夏が、黒い何かを二つ、簪へ向かって投げつけた。

 

(っ!? 手榴弾!?)

 

すぐさま防御体勢をとり、そこで傍と気づく。

 

……アイオーンは手榴弾を持っていただろうか?

 

後付武装(イコライザ)として搭載したと言われたらそれまでの話だが、しかし今まで見てきた中で、一夏が手榴弾を使った場面がまったくと言っていいほど無かった。

不意を付くために今まで使わなかっただけか、それとも……

 

ハイパーセンサーの望遠機能で自身に投げられるそれを見る。

投げられたものの正体は……手榴弾などではなく、二挺拳銃のスピードローダーだった。

それに気づいたときには、既に一夏は自分が投げたそれに接近しながらシリンダーをスイングアウト、空薬莢を排出しつつ宙を舞うスピードローダーに空になったシリンダーを叩きつける。

そして、右の拳銃で左スピードローダーの固定具を叩き、左の拳銃に装填、ついで左の拳銃で右スピードローダーの固定具を叩き、右の拳銃にも装填。

そして手首のスナップでシリンダーを銃身へと戻した。

 

簪へ接近しながら行われたそれが終わったときには、既に一夏は簪の目の前に居た。

 

「これで……!!」

 

そして、12発の弾丸を簪へと叩き込もうとしたそのときだった。

 

「おっとそれは見過ごせないかな?」

「っ!? うおぁ!?」

 

横合いからの何者かの突撃によりそれはかなわなかった。

 

「っ!? のほほんさんか!」

「そゆこと。いやぁ、しゃるるんを撒いてくるのには骨が折れちゃった」

『ごめん一夏! 布仏さんに抜かれちゃった!』

 

本音の戦闘中とは思えない相変わらずなのんびりボイスと共に、シャルロットからの通信が入る。

 

「つかシャルルのあの弾幕を撒いてきた!?」

「あれぐらいなら頑張れば何とか。でもすごくおなかすくから後でお菓子の補給が欠かせないのだ、えっへん。と言うわけで……かんちゃん、ゴー!」

「ちぃっ! シャルル! 簪は任せた!!」

「分かった!!」

 

一夏の指示に、シャルロットはすぐに動き出す。

非固定部位を展開していた簪に、シャルロットはすぐさま狙いをつけ牽制の射撃。

その射撃により、簪は非固定部位の起動を諦め、シャルロットに向けてアサルトライフルを撃つ。

そのまま簪は自身に食いついてくるシャルロットの相手をし始めた。

 

一方、一夏は本音に組み付かれていたが、何とか本音を引き剥がし、蹴り飛ばす。

蹴られた本音は弧を描いて吹き飛んでいく……かと思えば途中で体勢を立て直した。

 

「……今、自分から後に飛んだだろ? のほほんさん」

「え~? そんな事無いよ?」

 

一夏の中で、本音の実力が上方修正される。

 

そもそも、高速切替による膨大な武器を、そして弾薬を用いた弾幕をそう簡単に抜けれるわけが無いのだ。

それを抜けてきたという事は、つまり本音の実力は……

 

「ちっ、とんだ穴馬が居たもんだぜ……」

 

両手に握った二挺拳銃を握りなおし、一夏は本音を睨むようにみやる。

それに対し本音は……いつもどおりだ。

しかし、一夏にとってこのような場面でもいつもどおりと言うことが、最早不気味だとさえ感じられた。

 

ならば、どうする……?

 

「……ま、決まってらぁな」

 

自分はごたごたと考えるのは苦手だ。

故に……

 

「真正面から突っ込む!」

「おおぅ!?」

 

鋼の翼から緑の燐光(フレア)を吐き出しながら、一夏は本音に向かって、比喩無しに真正面から突っ込んだ。

あまりにも思考を放棄したその行動に、そして思考を放棄し、ただ愚直に突っ込むことのみを考えたが故にとんでもない速度を誇るその突進に、本音も面食らう。

 

「真正面がお留守だぜ!? 本音さんよぉ!!」

「これは……っ! さすがに驚いたかな!?」

 

その勢いのまま、本音に二挺拳銃を文字通り叩きつける。

元来、拳銃を何かにたたきつけたとなれば拳銃は破損するだろうが、しかし拳銃としては明らかに無骨で頑丈なつくりをしている二挺拳銃は、それ自体を打撃武器にしても自身が破損するという事は無かった。

 

殴り飛ばされたことにより吹き飛んだ本音を、一夏は追撃するために追いかける。

そしてそれを見た本音は、右手にIS用のハンドガンを呼び出し、それを吹き飛んだ体勢のまま一夏に向けて発砲。

一夏はそれを必要最低限だけ避ける。

クリーンヒット弾は避け、掠り弾はそのまま掠らせる。

さながらそれは肉を切らせて骨を断つかの如く戦法。

いや、もはや戦法とも呼べるほどの物でもないだろう。

 

だが、それがどうした?

 

目指すべき結果は単純明快、ただ勝つこと。

ただそれのみだ。

 

(止まら……ない!)

 

自身の牽制が牽制にすらなっていないことに内心歯噛みし、本音はならばと拡張領域から一つの物体を取り出す。

手のひら大の大きさのそれは……IS用グレネードだ。

原始的で、普通に投げただけではそうそう当たらないそれは、しかし食らえばISも一撃で戦闘不能にしうる威力を持っている。

 

自分は懐まで入り込まれるだろう。

ならば、その一瞬を使って自爆覚悟で相打つ……!

 

--かんちゃんなら、しゃるるんにも勝てるかもしれないしね

 

そして、一夏が懐に入り込み、その拳銃を構えたまさにその瞬間。

本音はグレネードのピンを引き抜き、自分と一夏の間に放り投げた。

 

絶妙なタイミングで投げられたそれに、一夏は驚いたように動きを止め……

 

ありえない急降下を見せ、爆風から逃れた。

結果、爆風に呑まれたのは本音のみ。

 

(嘘……避けられた……?)

 

あれは……あれは何だ?

今の急降下はいったいどのような手品を使ったというのか。

 

もはや戦うだけのエネルギーも残っておらず、ゆっくりと地面へと降下する本音は、急降下していった一夏をみやる。

急降下していた一夏は、しばらく降下した後、飛行ユニットから激しく燐光を噴出し、再び空へとのぼっていった。

 

「……まさか、PICを切ったの? おりむー」

 

PICにより、重力から解き放たれた機動を見せるISにしては、あまりにも重いその動作に、本音はそう呟く。

 

先ほどの手品の種は単純明快、使って当たり前のPICを一夏が切り、飛行ユニットを下方向に加速するようにふかし下方向へ回避、後にPICを再起動し、上方向へ加速していったのだ。

言葉にすれば、酷く簡単な行為だ。

 

だが、だれが考えつくのだろうか。

戦っている最中に、自身が使っているISの機動の要となるPICを切るなどと言う行為を。

よしんば考え付いたとして、誰が実行するだろうか?

失敗すればそのまま地面へと激突するかもしれないその行為を。

 

「なんていうか、本能ってかんじだよね、ここまで来ると」

 

恐らく、一夏はこれをあらかじめ考えていてやったわけではないだろう。

考えてやっていたとしたら、あのとっさの場面で出来るはずがない。

故に、あれは本能。

意識が思考し、行動する前に、無意識が体を動かす。

ゆえに思考から行動へのタイムラグなどあるはずも無く、即座の行動となる。

これを本能といわず、なんといえばいいのだろうか。

 

「あ~ぁ、でも墜ちちゃったなぁ。ごめんねかんちゃん……」

 

今頃、空で2対1の戦いを強いられている簪に、本音は聞きえていないだろうが謝罪の言葉を述べた。




と言うわけで、この話からタッグトーナメントに入りました。

初戦の相手は簪&本音ペアで、まさかの本音が実力者説。
一応暗部の家系に仕えてるなら、強くたっていいじゃない!
と言う筆者の妄想が炸裂した結果です。
これに対しての異論は大いに受け付けます。


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27 Grow up

成長

さぁ、成長したのは誰だ?


本音が撃墜されて後、簪は一夏とシャルロット相手に善戦した。

しかし、数の利をひっくり返すことは並大抵ではなく、簪には終ぞそれをひっくり返すことが出来なかった。

 

「……悔しいな、絶対勝とうって思ったのに……」

「いや、正直言っていつ負けるかって俺がひやひやしたからな? つか2対1なのにあそこまで粘られるとはな」

「……次は勝つよ、一夏」

「おう、その意気だぜ、簪」

 

なお、戦いの後に上記のようなやり取りがあったかは定かではない。

 

だが、試合の後、簪と一夏がマニピュレーター越しではあるが握手をしていたことは確かだった。

 

そして、一夏達がピットに戻ると同時に、第二試合が始まる。

第二試合は……セシリア&ラウラペアvs箒&鈴音ペア。

 

 

※ ※ ※

 

 

「で、率直に聞くわ。勝てると思う?」

「思わん」

「やっぱり?」

 

試合開始直前。

鈴音は隣でベンチに座っている箒に問いかけた。

それに対し箒は即答。

しかも後ろ向きな。

その表情は最早絶望に染まっているといっても過言ではない。

 

現に「もう駄目だ、もうお終いだぁ……」などと呟いている。

 

「何そんな暗い顔してるのよ箒、ほらほら、スマーイル」

「お前とラウラの戦いに巻き込まれるこちらの身にもなってくれ!?」

 

箒の脳裏に浮かぶのは鈴音とラウラの模擬戦。

鬼気迫る表情に二人の拳と刃の応酬。

 

……うん、巻き込まれたら死ねる。

 

この試合の組み合わせが決まった瞬間、箒は今どこにいるか分からない両親に宛てて遺書を書き留めなければなどと思っていたりした。

 

「もう、決まっちゃったからには諦めなさいよ。それに、いくらなんでも味方巻き込むことは無いわよ……多分」

「多分言った!? 今凄く小さい声でだけど確かに多分って言った!?」

「気のせい気のせい(棒)」

「ならばその棒読みを止めてくれ!」

 

試合前だというのに、なんとも騒がしい限りである。

 

「ほら箒、そろそろ試合よ。覚悟決めなさい」

「う……そ、そうだな、もう腹をくくって行くしかないよな……」

 

控え室のモニターに、もうすぐ試合が始まる旨のメッセージが表示される。

それをみた鈴音の言葉に、箒も覚悟を決めた。

二人は各々の思いを抱きながらカタパルトへ向かう。

 

そしてしばらくの後。

 

「やっぱり嫌だぁ!! まだ死にたくないーーーー!!」

「この期に及んでまだ抵抗するか!」

 

などと言うやり取りとともに逃げ出そうとする箒の首根っこを捕まえる鈴音の姿が見えた……と言うことがあったかもしれない。

 

 

※ ※ ※

 

 

同時刻、セシリアとラウラの控え室では、二人がシュヴァルツェア・シルトのシステムチェックをしていた。

二人とも、専属のエンジニアと言うわけではないため、多くの事は出来ないが、それでも簡単なシステムチャックなどは出来るくらいの知識はある。

 

「……脚部シールド『ヘルモクラテス』異常なし……まぁ、この時点で異常があったら問題ですが、お嬢様の足を引っ張るなどと言う愚行はないかと」

「そうですか。そんなことよりも、例のあれは取り外せましたか?」

「残念ながら……どうやらコアの重要な部分にかなり食い込む形で接続されているようですので、無理に取り外そうとすれば最悪、シルトが起動しなくなる可能性がある、と技術班の報告が」

「そうですか……できれば、あんな物騒なもの、取り外しておきたかったのですが……」

「大丈夫です、お嬢様。ようは使わなければいいだけですので」

 

セシリアの言葉に、ラウラは何も心配することは無いといわんばかりに答える。

それに対し、セシリアは何かを言おうとして……やめた。

 

どの道この場で外すことは不可能なものなのだ。

ならば、今この場でとやかく言おうがどうしようもない。

それに、仮に外せたとしても、時間が無い。

備え付けのモニターに移る試合開始直前を伝えるモニターをみて、セシリアは嘆息する。

 

「……そうですわね。それにそろそろ試合ですし……では、行きましょう、ラウラ」

「お嬢様の御心のままに」

 

二人が言う「物騒なもの」がどのような物なのかはわからないが、ろくなものではないのは確かだろう。

しかし、そんないわば爆弾を抱えているというのに、二人の歩みに怯えなどと言った感情は感じられなかった。

 

二人は、迷い無くカタパルトへと向かっていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「もう駄目だぁ、もうお終いだぁ……私は殺されるんだぁ……」

「……彼女は一体どうしたんですの?」

「あー、なんていうか、トラウマが出てきたというか、なんと言うか?」

 

目の前の光景に、思わずセシリアは突っ込む。

 

--なんと言うか、うん、なんでしょう?

 

絶望しきった箒と、平然としている鈴音。

両者の状態が余りにも両極端すぎて、箒の崩壊具合が良く分かる。

 

まぁ、でも分からなくは無い、とセシリアは思う。

なにせ、四人の中で唯一専用機を持っていないのだ。

きっとそのあたりが原因だろう、と。

 

しかし、彼女は気づいていなかった。

箒がキャラ崩壊を起こした原因が自分の右斜め後ろ、そして箒の左隣に控えているという事に。

世界のオルコット財閥総帥、痛恨のミスである。

 

「……あの時の決着、つけましょう? ラウラ!」

「そうだな。あの時は不完全燃焼だったわけだしな……!」

 

そして件の原因その一その二は、そんな事知ったことかと以前付けれなかった決着をつけようと闘志を昂ぶらせる。

 

……カウントダウンが始まった。

 

一つ、また一つと数字が減るに従い、鈴音とラウラは互いを睨み、セシリアは自然体のまま呼吸を整え、箒は絶望を深め……

 

数字がゼロになり、ラウラが拳を振りかぶりつつ、鈴音が双天牙月を振りかぶりつつぶつかり合い、セシリアは特に目立つことをする訳でもなく、スターライトMk-IIを取り出し……

 

「……ええい! 混乱しすぎて一回転して逆に冷静になった! いくぞセシリア!!」

 

箒がついに開き直った。

 

「どういう開き直り方ですの、それ」

 

箒の言葉を聞いて、セシリアはそう突っ込んだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

拳と刃がぶつかり合う。

ぶつかり合いによって生じた火花が二人を照らす。

蒼天の下でなお、火花は二人の顔を一瞬とは言え明るく照らし出した。

 

「疾ッ!」

 

柄を連結させ、両剣状態にしている双天牙月を、まるで舞うかのように操る鈴音。

それに対し、ラウラは……

 

「…………」

 

それをひたすら拳で弾く。

自ら攻めようという姿勢はまったく見えない。

とにかく弾く、弾く! 弾く!!

 

攻められてもいないが、攻め切れてもいない……

その様な現状にヤヤ焦りが生じたのだろう。

傍から見れば誰もわからないほどのごく一瞬、その攻撃は僅かながら崩れた体勢で放たれた。

そして次の瞬間……

 

--ラウラの拳が鈴音の腕を捕らえた。

 

「っ!? あっぶな!!」

「ちぃっ! 見極めが甘かったか!!」

 

腕を強打され、体勢を崩した鈴音は、しかし安堵する。

 

……まともに食らったら危険だった、と。

 

そして、攻撃を当てた筈のラウラは歯噛みする。

 

……胴体を狙ったはずなのに。避けられた、と。

 

「今のでだいぶエネルギー減らされたわね……たいしたカウンターですこと」

「……義姉は言っていた、『刹那の瞬間を見極める動体視力と速度、この二つを以って神速のクロスカウンターを可能とする……それが出来るのがボクシング。人が作り上げ、芸術までに高めた物である』と……もっとも、避けられたがな」

 

先ほど、ラウラの拳が鈴音に向かって放たれようとした瞬間、鈴音は第六感とでもうべきだろうか? ともかく、言葉では言い表せない『予感』めいたものを感じ、無理やり体をねじったのだ。

そして、その予感に彼女は救われた。

決して小さくは無いダメージをもらった。

無理やり体を捻ったことでわき腹あたりもずきずきと痛む。

それでも、まともに食らって追撃を受けるよりははるかに被害は小さかったといえるだろう。

 

「…………」

 

鈴音は思考する。

このまま攻めるか?

 

そう考えて、しかし躊躇する。

今回は避けられたが。次もまた避けられるとは考えにくい。

と言うか無理だ。

また同じように体を捻れなどと言われたら言ったそいつに双天牙月を投げつけてやる。

 

かと言って遠距離戦をするか?

相手は今のところ遠距離武装は無いようだし。

自分には一応遠距離武装である『龍砲』と言う物がある。

 

が、これも却下。

龍砲の威力を考えてみても余りに現実味が無い。

 

こう言っては何だが、龍砲は決して決定打として扱うようなものではない。

威力が不足しているのだ。

確かにチャージすればそれなりの威力は出るだろう。

しかし、戦いの最中、誰の援護もなしにあからさまにチャージしたところで撃てるわけが無い。

隙を自ら晒すようなものだ。

 

……箒さん?

今セシリアと戦ってるよ?

必死の形相で。

あれじゃ援護は期待できそうに無い。

 

閑話休題

 

とどのつまり、よほどの好条件が整わない限り、龍砲の使い道と言えば、『不可視の砲身、不可視の砲弾での牽制』が普通なのだ。

 

そこまで考え、鈴音は自嘲する。

 

--なんだ、選択肢、元から無いじゃん。

 

しかし、ならばと鈴音は双天牙月の連結を解除する。

 

「……だったら、私には『これ』(接近戦)しかないじゃない」

 

なんとまぁ、脳筋だこと。

でも、なんとまぁ自分らしい。

 

うだうだ考えるのは性に合わない。

 

--自分は自分らしく、ってね。

 

両手に持った双天牙月を素振りし、そして刃を離れた場所にいるラウラに向ける。

 

「脳内議論の結果、このまま接近戦することになったから、そこんとこよろしく」

「?? よく分からんが、とりあえず試合続行という事で問題ないか?」

「なしなし」

「ならいい」

 

……ラウラも大抵脳筋だったようだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

一方、セシリアと箒はと言うと。

 

「くそっ! 当たらん!!」

「太刀筋がまっすぐすぎですから、避けるのは簡単ですよ」

 

だいたいこんな感じ。

箒がセシリアを攻めるが、セシリアはそれをひたすらかわす。

 

箒も、セシリアたち専用機持ちと比べると弱くはあるが、そこまで弱いわけではない。

剣道の全国大会で女子一位になった実力は彼女の太刀筋に如実に現れており、少なくとも他の生徒相手であれば勝てるであろう。

 

……しかし、太刀筋が如実に現れるという事は、つまり今の箒の剣はあくまで『剣道』の範囲から出ていないという事でもある。

剣道とは『剣の道』を修めていく物。

つまり剣そのものと言うよりも、剣を扱う自分の心を鍛える、いわば礼儀作法を会得するほうにやや重きを置いている。

 

戦う術を学ぶなら、剣道ではなく剣術を、である。

 

そしてそれゆえに、箒の太刀筋はどこまで行ってもお手本どおりの太刀筋でしかないのだ。

 

では、なぜセシリアはお手本どおりとはいえ、並以上の実力を持つ箒の太刀筋を見極めれているかと言うと……

 

--あんな世界に生きていて、護身などの術を学んでないはずが無い。

 

かつて生きた世界で覇道財閥などと言う、世界に影響を及ぼすことも不可能ではない財閥の党首として生きてきたのだ。

そんな彼女の命を狙う刺客も当然出てくるわけで、いくら頼りになる従者がいても自分もいくらか戦う術ぐらいは学んでいるのが当然だろう。

ただでさえ、何度も危機に陥り、その都度自分では何も出来ず、誰かが運よく助けてくれると言うことがあったために、なおさら。

 

……もっとも、そうやって護身の術を学び始めたのは大十字九郎とそのパートナーがヨグ・ソトースに飛び込んで終ぞ帰ってこなかったことに涙した後のことであって、それまでは文字通り守られてばかりのお姫様だったのだが。

 

そして、いろんな意味で人外渦巻くあの世界の住人に鍛えられて、並でいれるわけも無し。

 

その結果がこれである。

 

「戦いはいかに相手の裏をかくか……ですよ!」

「っ!? ライフルを打撃に使った?!」

 

セシリアはそういいつつ、手にしたスターライトで箒を殴りつける。

もちろん銃口側を持って、銃床側で殴りつけている。

普通こんな事をしては殴るために使った銃も壊れるはずだが……こんな用途も見越して改良していたスターライトは動作に支障をきたすことは無かった。

 

その証拠に、まさかの方法で反撃された驚愕で隙だらけの箒に対しての射撃も問題なく放たれた。

 

(くそ……っ! 近づけない!)

 

一方、箒はと言えば手も足もでない現状に歯噛みするしかない。

 

分かっていた。

分かっていたのだ。

こんな結果になるなどと。

 

いくら自分がIS開発者の妹であろうと、なんだかんだでIS学園に入るまでISには触れたことが無かったのだから、そんな初心者が代表候補に勝てるわけが無かった。

 

それがわからないほど、箒も馬鹿ではない。

そして、どう足掻いても自分が勝てる見込みは万に一つも無い。

 

--あぁ、分かっていたとも。

 

シールドエネルギーはどんどん削られていく。

減っていく数字を見ながら、箒は思う。

 

--負けること自体は分かりきっていたからいい。

--ただ、もっとも嫌なのは……

 

何も出来ずに負けること!

 

--『……次は、もっと食いついてやろう』

--『楽しみにしてるわ、箒』

 

友人となった鈴音と、以前の模擬戦の後にそう約束した。

だと言うのにここで何もできずに負けて、自分はその約束に一歩でも近づけるか?

 

否! 断じて否!

 

試合開始直後、冷静になってから箒は唯一つ目標を設けていた。

 

--一太刀、せめて一太刀浴びせる!!

 

しかし、この現状ではそれも望むべくも無し。

どうすれば、一体どうすれば……

 

そこでふと、脳裏によぎる光景。

自らが思いを寄せる相手、一夏が手にした剣を相手に投げていると言う光景。

そこから思いつく一手。

 

そしてそこで悩む。

この一手は、剣道をたしなんだ者としては、それは余りにも礼儀知らずな一手だろう。

 

箒のなかでためらいが生まれる。

そしてそのためらいが思いついた一手を脳内からはじき出そうとしたとき。

 

−−『戦いはいかに相手の裏をかくか……ですよ!』

 

他でもない、先ほどセシリアが、敵が言った言葉が脳裏をよぎる。

 

セシリアにとっては皮肉なのかそうでないのか、他でもないその言葉で、箒の覚悟は決まった。

敵に言われたままでいてたまるものか。

ならば、お望み通り裏をかいてやろうではないか!!

 

……まぁ、こういう風に表現するとかっこよく感じはするのだが、要するにセシリアに対する対抗心だったりする。

 

だが、理由はどうあれ、覚悟を決めたと言う結果になんら変わりは無く、箒は手にしたブレードを振りかぶると、セシリアに向かって投げつけた。

 

「あらあら、そんな動作を伴っては、対処してくださいと言っているようなものですよ……っ!?」

 

しかし、投げられたブレードをセシリアはかわす。

自らの武装を投げ捨てると言う行為を行った箒に対し、さすがのセシリアも驚きを隠せない。

なにせ、同じように剣を投げる一夏の偃月刀と違い、箒が投げたブレードは戻ってきたりなどという事は絶対に無いのだ。

つまり、箒は自ら唯一の武装を投げ捨てたのだ。

 

果たして、セシリアの知る彼女はそのような事をするか?

……否である。

 

そしてセシリアが驚愕しているうちに、箒がまるで考えなしに突っ込んできたのだ。

既に唯一の得物を自ら投げ捨てた後だと言うのに。

まっすぐに、ひたすらまっすぐに。

そして……

 

「ふんっ!!」

 

殴った。

シュヴァルツェア・シルトのように殴打用の武装が付いているわけでもない打鉄のマニピュレーターで、セシリアを。

もっとも、その一撃も防がれてしまったが。

 

「……はぁ、結局届かない、か」

 

箒はそう呟きつつ、セシリアのインターセプターに切り裂かれた。

それにより、箒の打鉄のエネルギーが枯渇した。

 

悔しげに俯く箒に、しかしセシリアは賞賛の声を向ける。

無論、心の中で。

今の現状で口に出して言っても、嫌味にしかならないからだ。

 

そして、その内容はと言うと……

 

(戦いの中で、自分の『殻』を破りましたか……彼女にとっては大きな一歩、ですわね)

 

剣道をやっていたから、それを用いて戦わねばと言う固定観念。

箒はそれを自ら破ったのだ。

 

自らの殻を破ること、それを人は成長と言う。

 

そして同時に自分を叱咤する。

 

(まさかあそこで一撃もらいかけるとは……戦いの中で彼女が成長したことを見抜けないなんて、人の上に立つものとして まだまだですわね……)

 

……彼女がまだまだなら、世界に存在する殆どの『人の上に立つ者』が未熟者という事になるのだが、そんな事彼女が知るわけも無かった。

 

さて、考え事も程ほどに、ラウラの方へ向かおうかとセシリアが振り向いた瞬間。

 

『試合終了! 勝者、オルコット&ブランケットチーム!!』

 

試合終了の放送が流れた。

 




前話から一ヶ月とちょっとの更新停滞
大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!

と言うわけで27話がようやく出来ました。
いやぁ、難産でした。
そしてあいも変わらずキャラ崩壊だの超展開だのです。申し訳ありません。

さて、次はいよいよ一夏&シャルロットvsセシリア&ラウラの戦いとなります。

シルト「ついに俺の力を解き放つときか!」


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28 Encounter

衝突

ぶつかり合う二人。
ぶつけ合うのは武か、魂か


彼等は、ただ互いに見つめあっていた。

 

アリーナ観客席の喧騒もなんのその。

彼等が見ているのは、聞いているのは、ただ互いの姿、互いの声のみ。

 

 

「一度、貴方と戦ってみたかった。お嬢様が全幅の信頼を置いている人物の一人である貴方と」

「俺が信頼? どっちかって言うとお前さんの方がされてそうなんだが?」

 

一夏はラウラの言葉にそう返す。

それに対し、ラウラは一瞬言葉を詰まらせた。

 

「……あぁ、確かにお嬢様は私を、義姉を信頼してくださっている。それは間違いないと胸を張って確信できる。しかし……貴方へ向けている信頼は、きっと我々へ向けている信頼とはまた違う。そう思えてならないのだ」

 

ラウラは自分でもはっきりしないその感覚をもてあましつつそうもらすように呟く。

同じ信頼のはずなのに、なぜ自分達と彼とでは違うように感じるのか?

 

いくら悩んでも分からない。

 

 

「……だから、貴方と拳を交えれば、何かしらが見えるかも知れないと思ってな。いやしかし、ここまで勝ち進んでもらえてよかった。途中で負けたらこの計画も意味が無いからな」

「はっ、戦って互いを理解なんざ、ずいぶん脳筋な考えだな、おい」

「少年漫画らしい展開だろう? 燃えてこないか? 少年」

「……まぁな」

 

もっとも、一夏の中身は少年とは言いがたい年齢なのだが……まぁ、以前の彼の普段の行動は少年と評されても違和感は無かったし、少年で問題ないだろう。

あの教会の子供達と同レベルだし。

そしてラウラはラウラで興奮のためか、口調も変わってきている。

 

「……あぁ、そうだな。本当に、そういうのも悪くねぇな」

 

ポツリと呟く一夏。

ゼロへと近づいていくカウント。

そして……

 

「ヴーアの無敵の印に於いて!!」

 

一夏がバルザイの偃月刀を呼び出し、ラウラへ向けて飛翔する。

それをみていたラウラは、それに対処するでもなく、その場で何故か右拳を大きく後に引き絞り……

 

「……(エコー)!」

 

空気が何かに叩き付けられたような音が響き、気づけばラウラの姿は一夏の懐にいた。

いくら一夏がラウラに向けて突撃を敢行しているとはいえ、一夏とラウラの距離はまだ広かったはずなのに、そのあった筈の距離はいきなりゼロになっていた。

 

「ーーーっ!?」

 

それに一拍遅れ気づき、対処しようとしたが、既にラウラはその引き絞った拳を一夏の胴体に叩きつけていた。

防御する暇も無く、その拳の一撃は一夏を吹き飛ばした。

 

「ぐ……っ、がぁぁぁぁ!!」

 

が、一夏もただでやられるわけには行かないと言わんばかりに空いている左手に一丁の拳銃を呼び出し、それをラウラに向けて三連射。

それらをラウラは余裕を持って回避する。

が、それでも一夏が体勢を立て直す程度の時間は稼げたようで、一夏はなんとか体勢を立て直し、ラウラを見据える。

 

「……だぁぁぁっ! どっかで見たことあるような技使いやがって!!」

「所詮義姉の猿真似程度だ。そしてISの力を借りねばその猿真似すらまともに出来ない程度だよ、私は」

「けっ、猿真似だろうがやられたほうはたまったもんじゃねぇよ! くそっ!」

 

口で悪態をつきながらも一夏は悩む。

さて、どう攻めようか。

相手はガチガチのインファイター。

そこに接近戦を仕掛ければ返り討ちは自明の理だが……

かと言って二挺拳銃じゃ明らかに威力不足だ。

 

「……はぁ、選択肢、ねぇなぁ……俺」

 

奇しくも、その言葉と似たような事を前の試合で鈴音が呟いていたのだが、そんなこと一夏が知るよしもなし。

 

右手の偃月刀を握りなおす。

そして……

 

「……しゃっ! いくぜ! ラウラァッ!!」

「来い! 織斑一夏!!」

 

拳と刃の応酬が始まった。

 

大気さえも切り裂く偃月刀を、大気を振り切る速度で放たれる拳が迎え撃ち、大気を突き抜ける拳を大気を切り分ける偃月刀が迎え撃つ。

 

刃に、拳に切り裂かれ、打ち砕かれた大気が荒れ狂い、周囲に暴風域めいた空間を作り出す。

まるで、二人の戦いを邪魔するものを阻むかのように。

 

大気の檻の中で、二人は戦い続ける。

 

「破ァッ!!」

 

ラウラの拳が一夏の頭部を狙う。

その一撃をそらし、装甲ぎりぎりをかすらせるように回避……

わざとかすらせたのではなく、精一杯かわしてもなおかすってしまった。

 

「死ァッ!!」

 

一夏も負けじとラウラの首筋目掛けて偃月刀を振りぬく。

首を後にそらし、偃月刀の軌道上に腕部を差し入れ、腕部装甲でその一撃を受ける。

首をそらしてかわそうとしたが、それではかわしきれないための苦肉の策。

 

互いのシールドエネルギーが見る見る減っていく。

が、それがどうしたと言うのだろうか?

『そんな数字』などこの期に及んで気にしている場合ではない。

数字にかまけていられるほど、目の前の相手はたやすい相手ではない。

一夏とラウラは互いに互いをそう評価している。

 

アイオーンとシュヴァルツェア・シルトの装甲が瞬く間に傷だらけになっていく。

しかし、あぁしかし、これほどの激戦を繰り広げても……いくら刃を、拳を交えようと……

 

いまだ二人が望んだような一撃を相手に入れられていないのだ。

ラウラはまだ開幕直後に一撃入れているが、それ以降は掠り当たりのみである。

そして一夏も言わずもがな、掠り当たりのみ。

 

その一撃の分、二人のエネルギーに差はあるが、言い換えればそこしか差が無いのだ。

あれほど打ち合ったというのにだ。

 

観客の誰もが言葉をなくし、二人の戦いの行く末を見つめていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

時間は一夏が谺の一撃を食らった瞬間までさかのぼる。

 

一夏がラウラの一撃をまともに食らったのを見て、シャルロットは思わず一夏の方へ援護に向かおうと体を向けた。

 

……それを彼女が許すはずもなし。

 

シャルロットにあたるすれすれをスターライトで撃ちぬいたセシリアは、自身に振り向いたシャルロットに向かい、言い放つ。

 

「私のダンスパートナーは貴方でしょう? 役目を放棄されては困りますわ」

「……一夏の援護に行きたきゃ私を倒せ……ってこと?」

「まぁ、そういうことです。今回、めったにわがままを言わないラウラがぜひ一夏さんと一騎打ちがしたいと望まれましたので……援護には行かせませんよ?」

「それはそっちの勝手な事情でしょ? 僕はさっさと一夏の援護に行きたい……考えが真っ向からぶつかったね」

「ええ、綺麗にぶつかりましたね」

「だったらさ……」

 

そこまで言うと、両腕にISサイズにスケールアップされたガトリング砲『ミストラル』を呼び出し、ためらい無く引き金を引いた。

銃身がゆっくりと回転し始め、徐々に回転速度は加速していく。

そして、速度が一定まで上昇した瞬間に、銃口から弾丸が吐き出された。

 

「悪いけど、噛み砕かせてもらうよ! 僕のパートナーはセシリアじゃなくて一夏だからね!!」

「せめてその台詞を言い終わってから引鉄を引きなさいな!」

「銃身のスピンアップの時間を考えれば妥当だよ!」

 

セシリアは悪態をつきながらもミストラルから吐き出され続ける弾丸を空を舞うように飛び、回避し続ける。

しかし、200発×2と言う呆れるほどの装弾数を誇る武装を使っているシャルロットは、引鉄をひいたまま銃口でセシリアを追いかけると言う方法でセシリアを攻め続ける。

セシリアはとにかく避ける。

そして、その目は何かを狙っていた。

 

やがて、シャルロットの弾幕が急に途切れる。

 

「っ!? オーバーヒート!」

 

それはミストラルの銃身の温度が一定値以上まで上昇したため、銃が破損しないように安全装置が働いたためだった。

つまり、冷却が完了しない限りミストラルは使えない。

 

「貴方の頭も、少々お熱くなっていらっしゃるようですわね!」

 

そしてそれを待っていたセシリアはスターライトをシャルロットへ連射しながら、接近。

その後スターライトを格納し、インターセプターを取り出した。

それに気づいたシャルロットはミストラルを格納する暇も惜しみ、ミストラルを放り投げ、ブレッドスライサーを取り出す。

 

「ふっ!」

「えぇい!」

 

二つの刃がぶつかり合う。

が、もとより接近戦を続ける気が無いセシリアはすぐさま後退。

後退と同時に射出したブルー・ティアーズでシャルロットの追撃を妨害した。

 

「くぅ……厄介だって予想はしてたけど、予想以上に厄介だね、BT兵器って言うのは!」

「相手に勝つには相手を自分の土俵に引きずりこむ。戦いの鉄則ですわ!」

 

セシリアが指揮者のように指を動かす。

その指揮に従い、次々に射出されたブルー・ティアーズがセシリアの周囲を舞い、その銃口を一斉にシャルロットへ向けた。

 

「さぁ、お行きなさい!」

 

ブルー・ティアーズから放たれる火線が次々にシャルロットを襲う。

しかしシャルロットもただではやられない。

 

左腕に備え付けられたシールドで致命的なダメージに繋がる射撃のみを見極めて防ぎ、そうでないものは回避するか、いっそ回避を捨てて食らう。

 

そして、ブレッド・スライサーを収納し、開いた右手に取り出したのは以前一夏との模擬戦で使った短銃身ショットガン、フリュー。

 

ブルー・ティアーズからの射撃を避けながらも、シャルロットはフリューの銃口をブルー・ティアーズに向け、引き金を引く。

 

短銃身ゆえに、発射後すぐに広範囲に拡散したペレットがブルー・ティアーズの装甲を叩く。

もっとも、早々に拡散してしまっているため、ブルー・ティアーズに当たったペレットの数はそう多くなく、ただブルー・ティアーズを揺らし、銃口を短時間そらす程度の効果しか与えられなかったが。

それでも、それがシャルロットの狙いだった。

 

「止まった! そこ!!」

 

左腕のシールドに隠れていた左手が動きが止まったブルー・ティアーズに向けられる。

その手の中には、ISサイズのリボルバー。

シャルロットはためらい無く引鉄を二回引く。

 

腹に響く重低音が二回響き、ブルー・ティアーズに二つの穴が開く。

そして、ブルー・ティアーズは爆散。

 

「……よくまぁ、そんな『骨董品』を使いますわね」

「古いけど、威力はあるからね。それに整備も簡単だから、いい物だよ、これは」

 

そう言ってシャルロットは手にしたリボルバー『ルーガルー』をセシリアに向けた。

 

その銃声の大きさが人狼の雄叫びに聞こえると言うことからそう名づけられたこの拳銃は、まだ第二世代ISがでてきたか否かといった時期に作られた銃であり、セシリアの言う『骨董品』という評価も間違ってはいないのだ。

 

が、この銃、元がリボルバーであり、さらには特殊な機構がないと言うその古さゆえに構造が単純であり、その分頑丈なのだ。

それこそ、ルーガルーの銃身で相手を殴りつけても銃身などが曲がるなどという事が無いくらいに。

そしてその頑丈さに目を付けたシャルロットは、この銃で強装弾を撃ち出すという方法をとっている。

普通のIS用拳銃であれば何発か撃てば銃本体がお釈迦になるぐらいの弾を、だ。

 

(それに……これなら一夏とおそろいだし、ね)

 

……一夏がこれを聞いたら、「そんな物騒な乙女心なんていらない」と言いたくなるような理由が使っている理由の大部分な様だが。

 

「……で、これで一基壊したわけだけど、どうする? もっと壊されたい?」

「まさか。これ以上壊せるとお思いですか?」

 

二人の少女の、やけに鋭い視線が交錯した。

 

 

※ ※ ※

 

 

一夏とラウラの距離が離れる。

互いに、同じタイミングで彼等は距離をとることを選択した。

 

(……強い)

 

ラウラは一夏をそう評価する。

拳と刃を打ち合っている中、何度か会心の一撃は放たれた。

だが、その事如くが弾かれ、かわされ、下手をすれば振りぬく前に潰された。

まるでこちらの動きを予知しているかのごとく、相対する男はその点で言えばまさに強敵だった。

 

(お嬢様が評価なさるのも頷ける……彼は、織斑一夏は……強い!)

 

無意識のうちに、乾いた唇を舌がなぞる。

 

だが、それがどうした?

相手が強大……いいではないか。

強大であればあるほど、乗り越えがいがあるという物ではないか!

 

「……ならば、乗り越えて見せよう!」

 

そう宣言し、ラウラは開幕早々に一回起動させた機構を起動させた。

 

やはり、空気が何かに叩き付けられたような音が響き、ラウラの姿が一瞬で一夏の視界から消え去る。

 

そして、ラウラの姿は一夏の右に……

 

「Welcome」

「……っ!?」

 

そこには、既に銃口が向けられていた。

 

「見切ってんだよ!」

 

銃声が鳴り響き、放たれた弾丸がラウラの胴体にぶち当たる。

 

「ぐが……っ!?」

 

ISの絶対防御により、弾丸がラウラの胴体を貫通するどころか、ラウラに体に食い込むという事すらなかった。

だが、だからこそ、着弾時の衝撃がそのままラウラを襲う。

 

胃から、すっぱい何かがこみ上げてくるのを何とか押さえ込む。

それには何とか成功したものの、視界がぼやける。

 

霞む視界を何とか保とうとラウラは奮闘し……

 

しかし、何かに足をつかまれ、引きずり落とされるかのように意識を失った。




シルト「まだだ、まだチャージは終わっちゃいない!」

と言うわけで28話です。
今回は殆どの場面を戦闘描写にしてみましたが……いかがだったでしょうか?
しかし、苦手な戦闘描写の克服のためとはいえ、ほぼ戦闘描写にするのには骨が折れました。

さて、次は……ラウラさんが気絶した後に起こるイベントはあれしかあるまい。
が、うちのラウラ、原作のラウラと一味も二味も違うんだ。
つまり原作どおりには絶対ならないです。


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29 Determined

迷いはない

既に迷う余地などないほど、私はあの方に全てを捧げているのだから


ふと目を覚ます。

視界に広がるのは真っ暗闇。

 

果てなど見えぬ、ともすれば自分の体さえも見えなくなるくらいの、深い、深い闇。

しかしそんな中で、自分の体はやけにはっきり見える。

光っているわけじゃないのに、なぜかはっきりと。

 

そんな現状を確認し、ラウラは思う。

 

「……どこだ、ここは」

 

自分は先ほどまでIS学園のアリーナで織斑一夏と戦っていたはずだ。

 

が、ここにはその織斑一夏はいない。

それどころか、そもそもIS学園のアリーナですらなかった。

 

「いかんな、早く戻らなくては。お嬢様の元へ」

 

けど……どうやって?

 

何とか戻る方法を思いつこうと頭を捻っているまさにそのときだった。

 

--力を望むか?

 

「……む?」

 

聞き間違いかと思った。

何せ、何の脈絡もなしに、いきなり投げかけられた言葉だからだ。

 

周囲を見回しても、その声を発したと思われる存在が見えなかったことも、聞き間違いと判断した理由としては大きい。

 

--お前は、力を望むか?

 

が、どうやら聞き間違いではないようだ。

再び、どこからとも無く聞こえる声。

ラウラは周囲を見回し、言う。

 

「四の五の言う前にまずは姿を見せてみればいいのではないか? 礼儀がなっていないぞ?」

 

その言葉を聞いてか、目の前に光が生まれる。

青白いその光は、よく見ると発光している0と1が集まって出来ているものだ。

そして、その光が収まると、目の前には先ほどより光は弱まっているが、それでも発光している人型。

あえて人型と称した理由は、目の前にあらわれたそれが人型をしているだけだったからだ。

 

目も、口も、鼻も、顔にあるべきパーツはことごとく無い。

光で見えないのかと思えば、どうやらそうではないらしい。

これでは、人型と呼称されてもおかしくは無いだろう。

 

「一応こちらの言葉は理解しているようだな……力を望むか……か。それを聞いてどうするつもりだ?」

 

--お前が望むなら、力をくれてやろう。比類することなき、文字通り『世界最強』の力をな

 

「ほう……」

 

世界最強、なんとも魅力にあふれる言葉だろうか。

そんな力があれば、お嬢様を守ることもたやすいだろうな。

 

ラウラはそう判断し、そして答えた。

 

「いらん」

 

そう言い放とうとした。

しかし、それを予想していたのか否か、ラウラの言葉を遮る形で人型は投げかけた。

 

--力があれば、もう捨てられないぞ?

 

「……っ!」

 

ズキリ、と胸が、そして左目が痛んだ。

 

--力が無かったから、お前は捨てられたのだろう? 祖国に、仲間であったはずの者たちに。

 

 

「ちがう……」

 

--力があればお前を捨てるようなことは無かっただろう。力を与えるはずのその左目に、お前は力を奪われた。

 

「やめろ、それ以上言うな……」

 

--力があれば……『失敗作』などと言われなかっただろうにな。

 

「ーーーーっ!!」

 

思わず耳をふさぐ、目をきつく瞑る。

しかし、声はラウラの頭に直接響き、人型の姿はまぶた越しだというのにはっきり見えた。

その人型の表情は……嗤っている様にも見えた。

 

--もしここで負けたら、あの女はお前をどうするだろうな?

--その弱さに失望するかな?

--『いらない』と言われるかもな?

 

「い、いやだ……そんなのは……お嬢様に捨てられるなんて……」

 

それは、今のラウラにとって唯一無二の居場所がなくなると同義だった。

一度捨てられた絶望から掬い上げて(救い上げて)もらったラウラに、果たしてそれが耐えれるだろうか?

ラウラの瞳から、光が消える。

虚ろな瞳は、何を映しているのかさえ曖昧だ。

 

人は、ぬくもりを失うことを恐れる。

一度それを失ったことがあるなら、なおの事。

今のラウラが、まさにその状態である。

 

優しい主、優しくも厳しい義姉、そして財閥の人々。

どれも、とてもまぶしく、暖かい、ラウラにとっての『光』。

ラウラは、それを失うことが怖かった。

 

--ならば願え、望め、欲せ。力を。何者にも負けぬ力を、心の底から、魂の底から!

 

「力を……欲す……」

 

居場所を失う恐怖から、ラウラは人型へと手を伸ばしていく。

少しずつ、ゆっくりと、ためらいながらも、しかし、確実に。

 

人型が端から見ても明らかなほど、嗤う。

そして、ラウラが人型に触れようとした、その瞬間だった。

 

--『……それでも、私はあなたが。「ラウラ」と言う一人の少女が欲しいのです』

 

ふと、ラウラの脳裏によぎったその言葉に、ラウラはその腕を止めた。

 

「……あ」

 

そしてそれを皮切りにあふれ出していく、セシリアとの記憶。

それらを見て、ラウラの瞳に光が戻る。

 

「……い」

 

--何?

 

「いらない……力なんていらない……お前に与えられる力など……必要ない!!」

 

ラウラの拳が握りこまれ、のばした腕はそのまま人型に向かってのばされた。

 

……ただし、それは求めたゆえではなく、目の前の存在を殴り飛ばすために、だが。

 

「ああ、私はなんとも不出来な従者だろうか。お嬢様に向けていただいた思いを、未遂とはいえ否定してしまうところだったのだから」

 

殴り飛ばされた人型を見やり、ラウラは芝居がかった動作で言う。

 

「お嬢様は、今の今までお嬢様は私に『力』を求めていた無かった。お嬢様は、いつも『私』と言う存在を求めていた。それゆえに、私が弱かったからと言って、お嬢様が私を捨てるなど、万が一にもありえないだろう?」

 

 

それは、今のラウラが始まりとなったときの記憶。

自分は惨めな失敗作であり、誰にも必要とされない弱者であると自嘲したときだった。

 

『……知りませんわ』

『私はあなたが強いから欲しいわけではありませんし、何かが出来るから欲しいわけではありません。弱くても良い、何が出来ずとも良い。これから強くなればいいのです。これから出来るようになればそれでいいのです』

 

『だから、惨めでも、弱くても、何も出来なくとも……それでも、私はあなたが。「ラウラ」と言う一人の少女が欲しいのです』

 

 

「お嬢様は言った。私が欲しいと。弱くてもいいと、何も出来ずともいいと、惨めな私を受け入れてくれた。だから、私はお嬢様に報い続けよう。我が全てを賭けて」

 

 

そういいつつ、ラウラは自身の左目を覆い隠す眼帯に手をかける。

 

「だから、そんな私の忠義に横槍を刺そうと言うのならば……」

 

--私の前から……疾く去ね!!

 

眼帯が投げ捨てられ、右の赤い瞳とは違う光……金色の光を放つ瞳が人型を射抜く。

 

--ーーーーっ!?

 

その瞳に萎縮し、人型はラウラに背をむけ、逃げ……出そうとした。

が、人型は既に詰んでいる。

 

「秘技……即興拳舞(トッカータ)!!」

 

いつの間にか、人型の周囲を"三人"のラウラが取り囲んでいた。

そしてそのどれもが、人型に向かってその拳を振り下ろして……

 

 

※ ※ ※

 

 

目を開ける。

そこにはIS学園のアリーナが広がっている。

 

「……申し訳ない。待たせてしまった」

「なぁに、いいって事よ……目つき、変わったな、お前さん」

 

視線の先にいる一夏に、ラウラは謝罪する。

ふと、ハイパーセンサーによる周囲の視界の中に、自分を心配そうに見つめるセシリアが見える。

 

そちらの方に振り向かず、しかし微笑む。

 

--大丈夫です、お嬢様。私はもう迷いません。

 

「続き……いや、そもそも始まってすらいなかった。ここから開幕だ」

 

ラウラは一夏に向かってそう言い放つと、左目を覆う眼帯に指をかける。

 

『ラウラ!』

 

その光景を見たセシリアが、ラウラを止めようとプライベートチャンネルで通信を入れる。

しかし、ラウラは短く返答する。

 

『ご心配なく』

 

そして、ためらい無く眼帯を投げ捨てた。

金色に光る瞳が晒される。

 

「そいつは……」

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)。私の全てを狂わせた呪いであり、私とお嬢様を得合わせた祝福でもある……こいつは暴走していてな。動体視力などの視覚能力を向上させると言う機能の制御が利かない。今では多少まともになったが、昔は大層苦労したよ。そして、多少マシになったとはいえ、未だに不自由がある」

「そんな代物を無意味には出さないだろ?」

「あぁ、言っただろう? 視覚能力の向上の制御が利かないと。つまり、こいつは際限なく能力を向上させるんだよ。つまり……」

 

--どんな高速になろうと、見えるだろう?

 

シュヴァルツェア・シルトの脚部シールドが展開し、展開したことで生まれた装甲の隙間から陽炎のような揺らめきが見え始める。

……否、よく見ればそれは空間の歪み。

限定された空間のみ、空間がどんどん圧縮されていく。

本来ならばありえざる現象が、空間をゆがめていく。

そして……

 

「……脚部シールド『ヘルモクラテス』……起動!!」

 

瞬間、今までとは比べ物にならないほどの大きな炸裂音が響く。

それと同時に、ラウラの姿は消えていた。

 

「っ! そこかぁ!!」

 

一夏はしかし、すぐさま反応し、振り向きざまに銃口を向ける。

そこにはラウラが……いなかった。

 

「っ!?」

 

一夏が銃口を向けたその時、既にラウラはふたたび響く炸裂音のみを残して姿を消していた。

すぐさま一夏は周囲を見回す。

 

しかし、ラウラの姿は見えず、ただただ炸裂音が連続で響くのみ。

そして、ラウラの姿が一夏の目の前に唐突に現れた。

 

それに一夏は驚愕しつつも、銃でラウラを殴打しようと振りかぶり……

 

「『偽式・アトランティス・ストライク』!!」

 

響いた炸裂音と同時に吹き飛ばされた。

 

見ると、ラウラはその右足を振り抜いた状態で宙に浮いている。

……一夏を蹴り飛ばしたのだ。

 

蹴り飛ばされた一夏は、そのままアリーナの壁に叩きつけられる。

たたきつけられたことで壁が損壊し、それにより発生した砂埃が一夏の姿を覆い隠す。

 

しかし、ラウラは油断しない。

一瞬も隙は見せぬと砂埃を睨みつけ……

 

「舞え! 偃月刀! ロイガー! ツァール!」

 

砂埃の向こうから投げつけられた二つの飛翔体に拳を振りかぶる。

そして拳がバルザイの偃月刀とロイガー・ツァールに触れた次の瞬間……

 

ガラスが割れるような音が響き、偃月刀とロイガー・ツァールが割れた。

 

「なにぃっ!?」

 

二つの意味で予想外の展開にラウラが動きを止める。

まず目の前で一夏の武装がガラスのように割れてしまったこと。

そしてもう一つが……確かに触れたはずなのに、『触れた感覚がまったくしなかった』こと。

 

そんな彼女の動揺をよそに、二つの刃が割れて出来たガラスの破片は、しばらく宙に舞うと光の粒子となって消えた。

そして、その光の粒子の向こうから現れたのは、ひび割れた、しかし確かにそこに顕在している鋼。

その手にはもはや愛剣と言っても過言ではない、バルザイの偃月刀。

 

そして、動揺から立ち直りきれていないラウラの胴体を横一閃。

 

「……私の負け、か」

「あぁ、俺の勝ちだ」

 

それにより、先ほどのヘルモクラテス連続起動により減少していたシールドエネルギーがゼロとなる。

 

一夏vsラウラの戦いは、紙一重の差で、一夏の勝利だった。

 

「もっとも、こいつが土壇場で使えるようにならなきゃ、負けてたのは俺だけどな」

 

そう言い放つ一夏のハイパーセンサーの視界の片隅には、あるメッセージが。

 

--コアよりロックされていた武装の使用許可がおりました。

--許可された武装:ニトクリスの鏡

 

「はぁ……小出しにすんじゃねぇよ……これ、ぜってぇ出待ちだろ……」

 

一夏のその呟きは、誰に聞かれることも無く宙に溶けた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ラウラが負けましたか……」

「みたいだね、どうする?」

 

ラウラが落ちた場面を見て、セシリアはそう呟く。

シャルロットは彼女の呟きを聞いてそう言い放つが……

 

「いえ、この状況で勝てと言うのはさすがに無理ゲーでしょう? 貴方のその物量に負けはせずとも勝てない中、一夏さんとも戦えと? 無理無理。ぜぇ~ったい無理ですわ」

 

真面目なのか不真面目なのか、セシリアはそう返答すると、スターライトをしまう。

 

「と言うわけで……降参いたしますわ。誠に不本意ながら」

 

そして、降参宣言をした。

 

「……え~っと、つまり、僕たちが勝ちでいいの?」

「ラウラは文句なしに負け、私も降参した。つまりはそういうことですわ」

 

『え、え~っと、ラウラ・ブランケットエネルギーゼロ、セシリア・オルコット棄権により、勝者、織斑一夏&シャルル・デュノアペア!!』

 

放送席にいた司会役の生徒も、思わず声をどもらせる結末となった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「申し訳ありません、お嬢様。ヘルモクラテスも使っておきながら……」

「そこまで気に病む必要もありませんわ。むしろ一夏さんをあそこまで追い詰めたことを誇っていいと思いますわ」

 

試合終了後、控え室でラウラがセシリアに謝罪する。

その謝罪に対し、セシリアがそう返答すると、控え室の扉が開き、一夏とシャルロットがひってきた。

 

「お疲れさん、二人とも」

「ええ、一夏さんもお疲れ様です。今回は負けてしまいましたわね」

「何言ってやがんだ。こっちもぎりぎりだったっつーの」

 

一夏の言うとおり、ラウラを落とした時点で一夏のエネルギー残量は僅か二桁だったりする。

 

「しっかし驚いた。まさかラウラのISに『アレ』がのっかってるなんて……つーかのっけていいのか? あれ」

「えぇ、構いませんわ。別にヘルモクラテスにはあれ(魔術理論)は使っていませんもの」

 

一夏のいっていた『アレ』とは、かつて一夏が……否、九郎が操った魔を断つ剣に搭載されている断鎖術式の事である。

しかし、一夏の言う『アレ』が何なのかを理解しているセシリア自らそれを否定している。

 

「あれはいってしまえば飛ばない衝撃砲ですわ。対象の近くの空間を圧縮し、圧縮した空間を炸裂させた際の反発力で物体を飛ばす……ラウラのシルトに搭載されている物はそういう物ですわ」

 

つまり、シュヴァルツェア・シルトのヘルモクラテスは魔術などと言うアングラなものを利用したものではなく、表の世界できちんと存在している技術を用いて作られているという事だ。

 

断鎖術式とヘルモクラテス。

どちらも結果、物体が飛ぶと言う点では似ているが、まったく違うものだ。

 

そしてラウラが放った偽式・アトランティス・ストライク。

あれはいってしまえば尋常ではない加速をさせたただの蹴りだったりする。

 

閑話休題

 

「むしろ私たちは最後のあれに驚きましたわよ……あれ、確か割れた後刺さりませんでしたっけ?」

「ん? あぁ。その事なんだけどな……まぁそっちのヘルモクラテス? とかいう奴と事情は似たり寄ったり。あれを再現したって言う武装だから、そのものじゃなくて、ただ単にハイパーセンサーに偽の映像と音声流すしかできないんだわ、開示されたデータによると」

「……逆にそれ、凄い気がしますが……気のせいでしょうか?」

 

セシリアが思わず首を捻る。

ハイパーセンサーに偽の映像と音声を流すという事は、僅かな時間とはいえ、相手のISをハッキングしたことと同義なのだから。

 

しばらく首を捻り、そしてセシリアは……

 

「……まぁ、いいでしょう」

 

脇に置いといた。

所謂「もうどうにでもな~れ」状態である。

 

そんなセシリアをよそに、ラウラは一夏の元へと歩み寄る。

そして、右手を差し出す。

 

「お?」

「次は勝つ。お嬢様と義姉にかけて」

「……ははっ、また返り討ちにしてやんよ」

 

ラウラの言葉に苦笑し、一夏はその右手を握る。

そして、握手。

 

男女間では成立し得ないと言われている友情、それに似た何かが、そにはあった。

 

「ラウラったら、口調が昔に戻っていますわよ」

 

そんな光景を、セシリアは微笑み混じりで見やり……

 

「むぅ……なんか僕が空気みたいだよ」

 

シャルロットが拗ねた様子で見ていた。




クラッチが書きたかったシーンの一つ。
『ラウラがトラウマ振り切ってヴォーダン・オージェご開帳』

いやぁ、ようやく書けました。
……しかし、書いてて思った。
この話の主人公、ラウラだったっけ?

ちなみにこの話でのニトクリスの鏡の設定をちょろっと。

・ニトクリスの鏡
だましに使って良し、防御にも使って良し、攻撃に使っても良しという半ばチートなんじゃないか本気で筆者が思っている魔術兵装……の模倣。
対象のハイパーセンサーをハッキングし、偽の映像と音声を流す。
いってしまえばそれだけなので、デモベ原作みたいに割れたガラス片が敵に突き刺さったりなどはしない。
ちなみにハイパーセンサーをハッキングして偽の映像を流しているため、傍から見れば何が起こってるかさっぱり。
今回の件で言うとなんでラウラ虚空を殴ってるの? になる。

……さぁ、異論等を受けつけようか!!


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30 Relief

救い

何が救いなのか。
それを決めるのは救われた当人である。


一夏の体のすぐ横に、一滴のしずくが落ち、小さな波紋を生む。

そんな光景を見て、一夏はしみじみと、心の底から呟いた。

 

「はぁ……広い風呂、最っ高……!」

 

呟きながら、一夏は広い、自分しか入っていない湯船で体を伸ばす。

 

さて、いきなり一夏の入浴シーンとなったため、一体全体どういった経緯でこのようなことになったのか、ご覧の父兄の方々はまったくわからないと思われる。

と、言うわけで、このような状況に至った経緯を説明させていただくとしよう。

 

全ては、今からおおよそ10分前、IS学園一年一組副担任、山田真耶の一言から始まった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「あ、ここにいらしたんですね、織斑君、デュノア君」

 

学年別タッグトーナメントを終え、後は寮に帰って寝るだけ、と言った状態になった一夏とシャルロットの元に、真耶が小走りで駆け寄ってくる。

それに気づいた二人は、何事かと真耶の方へ振り向いた。

 

……ちなみに、タッグトーナメントの結果は、まぁ予想していた方々も多いだろうが、一夏&シャルロットペアが優勝と相成った。

まぁ、それも当然の結果だろう。

何せ各国代表候補と、元代表候補。そしてその候補と互角の戦いが出来る男。

そんな面子の戦いを勝ち抜いてきたペアなのだから。

それでいて連携ミスなどもないとくれば、むしろ勝てと言うほうが難しいだろう。

 

なおこの結果を見て、千冬は頭を抱えながら、しかしながら嬉しそうな表情をしていたそうだ。

恐らく、頭を抱えた理由は、結局専用機持ちが勝ってしまい、専用機を持っていない他の生徒のやる気に影響が少なからず出るのではと危惧しているといったところで、嬉しそうな表情の理由は一夏の成長ぶりが純粋に喜ばしかったといったところだろう。

 

なんだかんだで、弟の事を見ている千冬であった。

 

閑話休題

 

駆け寄ってきた真耶はしばらく息を整えた後に、口を開いた。

 

「急に呼び止めてごめんなさい。実はお二人に朗報をお伝えしようかと思いまして」

「朗報?」

 

シャルロットが真耶の言葉に小首をかしげる。

はて、今の自分達にとって朗報とは一体なんだろうか?

 

トーナメント優勝の景品であるデザート半年無料パス(個人用)は既にもらっているし、他に何が……?

 

一夏も朗報について心当たりがまったく無いのか、しきりに首をかしげている。

 

そんな二人の様子を見て、真耶は口を開いた。

 

「実はついさっき、ようやく時間の調整が済んだので、お二人に開放されますよ! ……大浴場が!」

「「……ああ!」」

 

真耶の言葉を聞いて、二人は手のひらを叩く。

そういえば、自分達は大浴場が使えなかったなぁと。

 

「もう浴場は使えますからね? あまり時間が経つと女子が使う時間になってしまうので、早めに入ってきたほうがいいですよー」

 

そういいながら、真耶は歩いて立ち去っていった。

 

「風呂、ねぇ……」

 

一夏は呟きながら思う。

そういや、最近は部屋に備え付けのシャワーで汗を流すくらいしかしておらず、湯船に浸かると言う行為はかなり久しぶり……それこそ、IS学園入学前以来だ。

そう思うと、すこし心が浮つきだす。

風呂に入れると聞いて心が躍るのは、やはり彼が日本人だからか。

 

「…………」

「……シャルさん? どうしたんだ?」

 

と、そこで隣にいるシャルロットが百面相をしていることに気づき、声をかける。

それに対し、しばらく黙った後、シャルロットは口を開いた。

 

「……ねぇ一夏。僕は……どうすればいいと思う?」

「どうって……あ゛」

 

シャルロットの言葉に一瞬疑問を覚えるが、すぐさま思い出す。

そういえば、本来女なシャルロットは、現在IS学園では男と言うことになっている。

なにせ、入学書類に男としっかりと記入して提出しているからだ。

……それが、シャルロットが望んだことでないにしろ。

 

つまり、ここで書類上の性別での『同性』である一夏と入るとしよう。

……一夏に自分の裸体を見せる事となってしまう。

これは問題だ。主にシャルロットの羞恥心的に

かと言って、じゃあ本来の性別での『同性』である女子と入るとなるとどうか?

……入ろうとすれば、もれなく変態のレッテルを貼られてしまうだろう。

これも問題だ。主に倫理面とか、これからの学園生活的に。

 

「ま、まて、慌てるな、これはきっと混沌の罠だ。ここで安易に答えを出してはいけないんだ」

「一夏、多分一番落ち着かなきゃいけないのは一夏だと思うんだ」

 

そして何故か当人よりテンパる一夏。

 

「というか、普通に時間ずらして入ればいいよね? さすがに入れる時間、そんなに短いとは思えないし」

「……そ、それもそうだな」

 

とりあえず、男子が使用可能な時間はどのくらいなのかを確認しにいくことから始めようかという事で、二人は大浴場へと向かっていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

その後、男子が使える時間を確認した後、まず一夏が先に入り、一夏があがったらシャルロットが入ると言う取り決めをして、現状に至ったわけだ。

 

そんなこんなで人一人が入るには余りにも大きな浴槽に浸かり、体を伸ばしている一夏は……非常にたるんでいた。

広い浴槽は自分一人が独占中。

街中の銭湯などではありえない、贅沢なシチュエーション。

たるむなと言うほうが無理だろう。

 

……だから、たるんでしまっていた一夏は気づかなかった。

脱衣所と浴室を隔てる扉が開く音が聞こえ、ついで閉じる音が聞こえたことに。

 

湯煙の中、一つの人影が、ゆっくりと湯船でだらける一夏の元へと近づく。

そして……

 

「えっと、失礼します」

「おー、別にいいぜー」

 

そう一夏に声をかけると、湯船に浸かった。

しばし、互いに無言。

 

「「……あれ?」」

 

そして二人とも首をかしげる。

一夏は今しがた自分に声をかけ、自分が返答した相手は誰なのだろうか? という疑問から。

入ってきた人影は、あまりにも一夏が堂々と自分を迎え入れたことに対しての疑問から。

 

そして、二人が互いの顔を見やる。

 

「……お、おおおおおおおおお!?!? しゃ、シャルロットさんっっっっっ!?」

「よ、良かった、あまりにも平然と迎え入れられたからもしかして未だに男だと思われてたのかとか思ったけど、反応あってよかった。いや、良くはないかもしれないけど」

 

ここまで来て、ようやく一夏は人影……シャルロットの存在に気が付いた。

思わずシャルロットから距離をとる。

 

「な、なんばしちょるかね!?」

「……一応、男子ってことになってるからね。入ってもおかしくないでしょ?」

「な、何のための取り決めだったのか……」

 

思わず項垂れる。

さっきはあんなに恥ずかしい云々と言っていたはずなのに……シャルさん、恐ろしい子!

 

項垂れる一夏に、シャルロットが近づく。

 

「えっと、迷惑だった……かな?」

「いや、迷惑ではない。無いんだが……なんつーか、うん、いろいろあんだよ。いろいろとな……」

 

とりあえず、仰け反らせていた体勢を元に戻し、しかしながらなるべくシャルロットの方を見ないように、微妙に顔を逸らす。

なにせ、今のシャルロットの格好は、一糸纏わぬ体の前面をタオルで隠しているだけなのだから。

 

再び、無言。

 

「……ありがとね、一夏」

「あん?」

「助けてくれたこと」

 

恐らく、彼女が言っているのはデュノア社関連の事柄だろう。

 

「助けたって……俺は何もしてないぜ? 結局、解決したのはセシリアさ。俺はなーんも出来てないって」

「そんな事ないよ!」

 

一夏としては事実を言ったまでなのだが、しかしシャルロットはそれを大きな声で否定した。

確かにシャルロットの問題を解決に導いたのはセシリア、というよりオルコット財閥なのだろう。

そして、あの取り決めがあったという事は、一夏が行動しなくても、セシリアがシャルロットにいずれ話をしただろう。

しかし、しかしだ。

 

--真っ先に、自分の心を救ってくれたのは誰だった?

 

「一夏なんだよ? 最初に僕を助けるなんていってくれたのは、一夏だったんだよ? 確かに、父さんも義母さんも、僕を助けようとしてたのかもしれない。でも、そんな考え、事情があったとはいえ、一言も言ってくれなかった。一夏なんだよ? 『助ける』って、はっきり言ってくれたのは……」

 

きっと、以前の自分の心境だったら、いきなりセシリアに「貴方の両親は貴方を助けようとした」と言われても、絶対に信じれなかっただろう。

しかし、一夏がそんなシャルロットの心を変えた。

 

俯く彼女に、それでも救いの手を差し伸べようとした彼がいたからこそ、シャルロットは世界に(救い)を見出したのだ。

 

そして、世界に光はあると分かったからこそ、両親の思いも受け入れることが出来たのだ。

 

だから、一夏がいなければ、自分が本当の意味で救われるという事は無かっただろう。

なにせ、自分の事は解決しても、両親との確執が無くなりはしなかっただろうから……

 

「一夏がいたから、僕は世界に希望を持てた。だから、僕を救ってくれたのは……一夏なんだ」

 

シャルロットが、服などは脱ぎつつも、それだけは外していなかった、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの待機状態であるネックレスを握りつつ、話す。

それに対し、一夏は何も言わない。

言えない、ではない。

 

ただ、彼女の胸のうちありのままを、全て受け入れるために、一夏は口を閉ざす。

 

「だから、僕は一夏にお礼が言いたいんだ。誰でもない、織斑一夏っていう人に……僕を助けてくれて、ありがとう、一夏」

「……おう」

 

湯船に浸かる二人の間にしずくが落ち、小さな波紋を作った。

 

 

※ ※ ※

 

 

朝。

 

新しい朝、希望の朝とこの世界で最初に歌ったのは一体どこの誰だっただろうか。

しかしながら、一夏は嫌な予感がしてならない。

なにか、とてつもなく大きなことが起きそうな気がしてならないのだ。

 

所謂、第六感、虫の知らせと言う奴である。

 

そんなもやもやした思いを抱きながらも、一夏は教室に足を踏み入れる。

 

「おいすー」

「おはようございますですわね、一夏さん」

「おはようございます、織斑様」

「おはよーさん、セシリア。そしてラウラは……なんつーか試合のときとずいぶん変わるよなぁ」

「あれは……その、未だに興奮したりすると、以前の口調などが出てくるだけであって」

 

あやふたと言いつくろおうとするラウラに、一夏は苦笑しつつ、彼女の頭に手をのせる。

 

「?」

「いいんだよそれでも。それがお前さんなんだろ? だったら、無理に直そうとしなくてもいいさ。それってつまり、お前さんを押し隠すってことになるからな」

「…………」

 

やがて、ラウラの頭から手を離すと、一夏は自分の席に向かっていった。

 

「……むぅ」

「あらあら」

 

ラウラは、しばらく一夏に撫でられた頭を自分でも撫で続けている。

そして、そんな彼女をセシリアは苦笑交じりに見つめていた。

 

ラウラたちと別れた後、ふと一夏はある席を見やる。

その席の主は……いまだ教室に来ていないようだ。

 

「……起きたら既にいなかったからもう来てると思ったんだが……どこいったんだ? シャルロットの奴」

 

その席の主、シャルロット・デュノアは、朝からその姿を消していた。

果たしてどこへ行ったというのか。

 

まさか、昨日あれだけ大胆なことをしておきながら、IS学園から立ち去ったとか、そんなことはないだろし……

 

「……~~~っ!!」

 

昨日の事を思い出し、思わず顔から火が出そうになる。

タオルで隠していたとはいえ、それでも隠し切れないあの肢体は、男には少々目の毒過ぎる。

 

(……アルにあんな場面見られたら殺されちまうな……俺)

 

そんな事を思った瞬間、ふと待機形態のアイオーンが揺れた気がした。

 

……一夏は知る由もないだろうが、恐らくもう手遅れかもしれない。

 

そんな事を考えているうちに、千冬が教室に入ってくる。

何故か疲れ果てたような表情の真耶をつれて。

そして、そんな彼女を引き連れている形になっている千冬も、なにやら微妙な表情だった。

 

「あー、諸君、HRを始めるぞ。まずは……転校生? を紹介しようと思う」

「えー、転校生と言えばそうかもしれませんが、皆さんも良く知ってる方なので、クラスになじめるか否かの不安はないと思いますよ、はい」

 

そんな二人の様子に、生徒達は首をかしげる。

そんな彼女たちの疑問をよそに、千冬が教室の外へと声をかけた。

 

教室の扉が開けられる。

一人の少女が、悠然と教室を歩む。

教室のいたるところから飛んでくる視線を受けながらも、ひるみもせずに。

そして、その少女はブロンドの髪を翻しながら、生徒達の方をむき、口を開いた。

 

「皆さん、おはようございます。シャルル・デュノア改め、シャルロット・デュノアです。まぁ、いろいろありまして、今まで性別を男と偽っていましたが……見ての通り、正真正銘の女です。先ほどあったいろいろ関係で、代表候補ではなくなったりという事はありますが、これからもよろしくお願いします」

 

その言葉と同時にその顔に浮かべられる、天使の笑顔。

それがまぎれも無く自分に向けられているのを見て、一夏は大きなため息をついた。

 

(あぁ、朝の嫌な予感って……こいつの事だったのか……)

 

クラス中からあがる驚愕の声や、「一×シャル本の夢がぁ、夏の祭典がぁぁぁ……あ、でも妄想あれば問題ないよね!」などと言う声を聞きながら、一夏はがっくりと項垂れた。

 

織斑一夏、もしくは大十字九郎。

彼がどこに行こうと、平穏は彼の元からさっさとトンズラしていってしまうらしい。




祝30話到達。
そして、いまだ影程度しか出てきてない本妻ェ……

展開の予定としては次が買い物の話で、その次辺りが林海学校の話の予定です。

さて、これから始まるシャルさんの攻勢を一夏はしのげるのか!?(何
まぁ、意地でもしのがせるんですけどね、筆者特権で。


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31 Shopping

買い物

それは平穏な日常。
正しく青春してる少年少女の姿。


「ねぇ一夏! 買い物行こう!!」

「……はぁ?」

 

織斑一夏のその一日は、ある少女の一言から始まった。

 

 

※ ※ ※

 

 

夏も近づく……と言うよりもはやこの気温は夏そのものと言わんばかりの日。

お天道様は今日も今日とて大きな笑顔で地を這うばかりの人々に熱と殺人光線を振りまいている。

笑顔を遮る(邪魔者)は無し。

太陽の独壇場だ。

そんな中、一夏は噴水の縁に座りながら呟く。

 

「……あっちぃ」

 

手にしたサイダーの缶も熱さ故か汗まみれ。

いつもクールなこいつもこの熱さは耐えかねるようだ。

 

汗で失われていく水分を補うように、缶をあおる。

……微妙にぬるい。

もっとぬるければまだ諦めもつくという物だが、まだわずかに冷たさが未練たらしく残っているあたりに、なんとも言いがたい感覚を覚える。

 

「しっかし、遅いなぁ……シャルロット」

 

そう呟きながら、一夏は今朝の事を思い出していた。

 

 

※ ※ ※

 

 

シャルロットが女子として改めて入学して来たため、一人部屋となった一夏の部屋。

その部屋の主はと言えば、未だに惰眠をむさぼっている。

現時刻、7時50分。

本来なら、こんな時間にまだ寝ているようでは学校に遅刻すると言う時間なのだが、しかし一夏は起きる気配がない。

なぜなら、今日はおきる必要が無いからだ。

ちなみに、今日の曜日……土曜日。

つまり休日である。

 

IS学園とて学校は学校。

きちんと土日は休日になっているし、祝日もちゃんと休みなのだ。

 

と言うわけで、現在一夏は休日を惰眠に費やしている真っ最中。

そんな中、ガチャリと扉が開け放たれる音が響く。

そして、開けられた扉から部屋に侵入してきたのは、一人の少女。

 

「……いちかー、起きてるー?」

 

……シャルロット・デュノアである。

シャルロットは足音を立てないように一夏が寝ているベッドに近寄ると、一夏を見下ろす。

 

「……なんか、一夏の寝顔、可愛いかも」

 

本人が聞いていたら「男が可愛いって……」などと落ち込みそうな評価を下すシャルロット。

しばらくそうやって一夏を見下ろしていたが、やがて本来の目的を思い出したのか、はっとした表情になると、一夏を揺らし始めた。

 

「おーい、一夏ー。おきてー」

「……ん」

 

が、一夏は起きない。

諦めまいと少し強めに一夏を揺らす。

……が、やはり起きない。

 

しばし考え込んだシャルロットは、一夏が寝ているベッドから少しはなれ、そして……駆け出した。

そのままベッドにぶつかるかと言うところで跳躍。

無駄に空中で某鳥人族の遺伝子を持ったバウンティハンターばりの回転をみせると、そのま

ま一夏の腹部にダイブ。

 

「うぐぉあ!?」

 

見事着地。

一夏はヒキガエルが踏み潰されたときに発する泣き声のような悲鳴を上げ、ベッド上で悶え苦しむ。

やがて腹部から来る痛みが落ち着いてきたところで、自身にこのようなことをした下手人を睨みつける。

そして、一夏が文句を言おうと口を開いた瞬間、それを遮るようにシャルロットが口を開いた。

 

「ねぇ一夏! 買い物行こう!!」

「……はぁ?」

 

 

※ ※ ※

 

 

以上が一夏が炎天下の中シャルロットを待っている理由である。

 

何故買い物なのか?

それはもうすぐ行われる臨海学校で着用する水着を買うので、付いてきて欲しいとのこと。

IS学園の臨海学校は言ってしまえばIS新装備のテストの場のようなものだが、遊び盛りの高校生に海まで言って海はお預けと言うのはさすがに酷だろうという事できちんと海で遊ぶ時間も確保されている。

水着はその際に着用するものだ。

別に学校指定の水着でもいいのだが、このときばかりは別に学校指定の物でなければ駄目という決まりは無いため、こうして水着を買いに出かける女子もいる……と言うかそんな女子しかいない。

 

……ちなみに、今回の臨海学校は一年生限定のため、他学年の生徒が悲運を嘆いたとかなんとか。

 

閑話休題

 

ともかく、そんな理由で水着を買いに出かけるシャルロットに付き合って欲しいと言われた一夏は、まぁ断ったところで一日中惰眠をむさぼるという不健康な予定しかなかったため承諾。

で、待ち合わせ場所に合流予定時間の十分前にきていたのだが……

 

「肝心の待ち人は来ないときたもんだ……迷ってんのか?」

 

そうぼやきながらサイダーの缶をあおり、残ったぬるい炭酸を一気に喉に流し込む。

そして中身が空になった缶をゴミ箱に向かってシュート。

空き缶は弧を描いて見事ゴミ箱に着地。

その事に小さくガッツポーズをしていると、ふとある一角が騒がしいことに気が付く。

騒がしい方向に目を向けると、そこには待ち人であるシャルロットとそれに絡んでいる二人組みの男が。

 

「……ま、シャルロットの容姿考えればこうなるよなぁ……」

 

一夏はそう呟きため息をつくと、シャルロットの元へと向かっていった。

 

そして、男二人の間をわざと割り行ってシャルロットの隣にたどり着くと、そのまま無言でシャルロットを引っ張っていく。

男達が追いかけてくる様子は……ない。

 

「い、一夏!?」

「わりぃな、助けるのが遅れちまって」

「いや、それはいいんだけど、あの人たちほっといていいの?」

「いいんじゃね? 追っかけてこないし。じゃ、とっとと行こうぜ?」

 

一夏の言葉に、でも……と思うシャルロットだが、一夏に急かされるように引っ張られたため、まぁいいかと思いそのまま一夏についていった。

 

なお、シャルロットは振り返らなかったため見ていなかったが、先ほどまでシャルロットが居た場所には、『ほとほと困り果てているシャルロット』が居た。

 

そして、一夏達が噴水広場から立ち去ったと同時にガラスが割れたような音が響いた。

 

 

※ ※ ※

 

 

--ちとやりすぎたかも知れないな。

 

一夏は先ほどの自分の行ったことを振り返り、そう反省した。

 

先ほどとはシャルロットを助けたときの事である。

あの時、一夏は何をしたのか?

 

まぁ、察しのいい諸兄らならば分かるだろうが、ニトクリスの鏡を使ったのである。

普通、一般人相手にそんなものを一夏は使わない。

が、あの男二人組みのせいで自分があの炎天下の中待たされたのかと思うと怒りがふつふつとわいてきたわけで……

熱さでやや判断能力が落ちた状態でその怒りをぶつけてしまったと言うところだ。

つまり、八つ当たりである。

 

ちなみに、後日の新聞で、なにやら「いあ……いあ……」と虚ろげにつぶやく男二人組が保護されたという記事があったようだが、この一件との関連性は不明である。

 

閑話休題

 

とにかくナンパ男からシャルロットを助け出した一夏はそのままシャルロットを引っ張り、タイミングよくやってきたバスに乗り、目的地のショッピングモール『レゾナンス』へとやってきた。

 

このレゾナンス、つい最近になってオープンしたばかりのショッピングモールらしく、それゆえか人でごった返している。

 

「うわぁ……」

「いや、人まみれなのは予想はしてたが、まさかここまでとはな……」

 

思わず先に進むことをためらってしまいそうなほどの人の波。

下手に踏み込めば恐らく一夏達ははぐれ、並大抵で合流は出来ないだろう。

 

(……あれ、これってある意味チャンス?)

 

ふと、シャルロットは思う。

この状況、この人ごみではぐれるのを防ぐとかそういう理由をつけて手をつないだり、あわよくば腕を組んだりなど出来やしないか? と。

 

でも、一夏は嫌がらないだろうか?

嫌がっているところを無理やりやるのも……

でも、これはまさに千載一遇のチャンスだろうし……

などとシャルロットが百面相をしつつ悩む。

 

「……おい、何百面相してんだ? さっさと行くぜ?」

「ふぇ?」

 

あーでもないこーでもないといろいろ悩んでいるシャルロットの内心を知ってか知らずか、一夏はシャルロットの手を握り、引っ張るように先へと進む。

 

「い、一夏!?」

「昼前でここまでの人ごみだ。ここでぼけっとして昼とかになったらもっと人でごった返しちまうぜ? さっさと行ったほうが身のためだぜ」

「……そ、そうだね! うん」

 

--僕だってさすがに悩んでたのに、一夏は……

 

とは言わなかった。

結果はどうあれ、とりあえず手をつなぐと言う行為自体は出来たのだから。

 

 

※ ※ ※

 

 

人の波を掻き分け、目的の場所……水着売り場に到着した一夏達は、早速水着の物色を始めた。

と言っても、一夏はそれほど悩まずに黒地に緑のラインが一本入っていると言うデザインのトランクスタイプの水着を購入。

もともと新しい水着を買わなくてもいいと思っていたが、せっかくきたのだからという考えからぱっと目に付いた物を買っただけであり、なんとも適当なチョイスである。

が、男の水着選びなどこのぐらい手軽なものだ。

もっとも、一緒に来たシャルロットの場合はそんなに手軽に済むわけも無く、今もどの水着がいいかを悩みに悩んでいる。

つまり何が言いたいのかと言うと……

 

「……暇だ」

 

現在、一夏は待ちぼうけを食らっているという事である。

ちなみに、シャルロットに何度か一緒に選んで欲しいなどと言われたのだが、さすがに女性物の水着売り場に立ち入る勇気が無かったため、丁重にお断りした。

……そんな彼をヘタレといわないであげて欲しい。

 

柱に寄りかかり、ぼーっと前を見つめつつ、何ゆえ女の買い物という物はここまで時間がかかるのかと言う人類の永遠の謎について思いをはせていると、目の前を一人の女性が通りかかる。

その女性は一夏の前で立ち止まると、手に持った物……恐らく近くの売り場の商品を差し出し、口を開いた。

 

「ちょっと、そこの男。これ戻しと……」

「ねぇ一夏ー、一緒に選ぶの駄目ならせめてこっちとこっちどっちがいいかぐらいは決めてよー」

 

が、女性が何かを言い切る前に、シャルロットが二着の水着を持って駆け寄ってくる。

二着とも同じパレオ付きのビキニと言うデザインだったが、色がそれぞれ白とオレンジと違っていた。

「こらこらシャルさんや、未会計商品をここまで持ってきたらあかんだろうに」

「だって、一夏律儀にこのラインからこっちに入ろうとしないじゃん」

「バーロー。女の聖域に入れるほど俺は傍若無人じゃねぇ」

「そんなことはいいからさ、どっちがいいと思う?」

「んー……オレンジじゃね? ほら、シャルロットのラファールもオレンジだし、なんとなく俺の中ではシャルさんはオレンジがイメージカラーなんだが」

「んー……じゃあオレンジにする。ありがとね、一夏」

「おうよ」

 

そんなやり取りの後、シャルロットは売り場へ戻っていく。

そして白い水着を戻すとオレンジの水着を手に会計へと向かった。

 

「……で、何かご用で?」

「り、リア充のバッキャロォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 

「私なんか出会いすらないのにぃぃぃぃぃ!!」と叫びながら、女性はいずこかへと去っていった。

涙を盛大に流しつつ。

 

「……だったら男相手に偉そうにしなけりゃいいんじゃね?」

 

一夏の言葉は酷く正論だった。

思わず周囲で事の次第を見ていた一般客の方々が頷いてしまうほどに。

 

「ん? 一夏か?」

「ありゃ、千冬姉?」

 

しばらく女性が走り去っていった方向を見ていた一夏の耳に、聞きなれた声が飛び込んでくる。

声がしたほうを見ると、そこには千冬と真耶が居た。

 

「千冬姉たちも水着選び?」

「まぁそんなところだ。生徒ほどではないが教員にも自由時間はあるからな」

「織斑君は一人でここに?」

「いえ、シャルロットと一緒に来て、今シャルロットは会計中です」

 

と、そこで会計を終えたシャルロットがやってくる。

 

「一夏お待たせー……って、織斑先生と山田先生?」

「ほう、うちの愚弟と逢引の真っ最中だったか」

「あ、あいびっ!?」

「清い交際ならいいですけど、不純異性交遊は止めてくださいね?」

「山田先生まで!?」

「教師が生徒イジるって、ある意味イジメじゃね?」

 

それを見つけた教師陣がこれ見よがしにシャルロットをからかい始める。

一夏の呟くようなツッコミもどうやら聞こえていないようだ。

 

「あらあら、からかうのは結構ですが、限度は見極めてくださいませ?」

 

そこに、追加でセシリアがやってくるという展開。

まさに千客万来と言ったところか。

ちなみに、セシリアが来たと分かった瞬間、千冬が若干顔を顰めたのはご愛嬌である。

 

「まぁ、わざわざ聞くまでもないだろうけど、セシリアも水着選びか?」

「ええ。せっかく海に行くのですから、新調するのも悪くはないと思いまして」

 

そこまで言うと、セシリアはシャルロットが大事そうに抱えている袋を見て、一言。

 

「一夏さんに選んでいただいたので?」

「え? あ、うん、そうだけど」

「……なるほど……だったら、一夏さん、私にはどのような水着が似合うと思いますか?」

「……何? 何でここで俺にその話題が飛んでくるの?」

「いえ、せっかくここに異性がいるので、異性の意見を聞いてみようかと」

「なんだかよく分からんが……セシリアは青系のがいいんじゃないか?」

「ふむ、だったら私はどうだ、一夏」

「千冬姉? 断然黒」

「だったら私のも……」

「山田先生は白系がいいかと……と言うかなんで俺が皆の水着選んでるんだ?」

 

しっかりと全員からの問いかけに答えたところでようやく一夏はその事に気づいた。

が、気づいたからどうなるわけでもなく、一夏はなにか釈然としない思いを抱きつつ。

 

「……まぁいいか」

 

深く追求することはやめておいた。

 

 

※ ※ ※

 

 

帰り道、やや落ちかけた夕日が二人の女性を照らし、後に長い影を作る。

 

「しかし、凄い偶然でしたね、たまたま行った先で織斑君に会うなんて」

「まぁ、あそこは最近出来たばかりだからな。大方シャルロットに誘われて行った、と言ったところだろうよ」

 

二人の女性……千冬と真耶は他愛もない会話を交わしながら帰路についていた。

 

「でも、そのおかげかずいぶん機嫌よさそうですね、先輩」

 

真耶は今のようにIS学園一年一組の担任、副担任と言う関係になる以前に使っていた千冬の呼び方でそういう。

それに対し、千冬は。

 

「当然だろう。一夏が私の水着を選んだんだ。しかも自分でも黒がいいかもしれないと思っていたところで一夏が同じ意見だったのだからな……ふふふ、やはり私と一夏は姉弟だな」

「……一組の担任になってからめっきり減ってたので、久々に見ましたよ、今みたいな先輩」

「そうだな……はぁ、学園では教師と生徒と言う関係だからなぁ……あぁ、最近一夏の手料理も食べてない……」

「今度作ってもらえばいいじゃないですか。それぐらいならいいでしょうに……」

「だが、一夏に迷惑じゃないだろうか? ……迷惑だと言われたら立ち直れない自信はあるな」

「そんな自信いらないですよ……」

 

織斑千冬。

彼女がかぶった『教師』と言う仮面がIS学園内ではがれるのも時間の問題かも知れない……

 




と言うわけで、次から臨海学校に入りたいと思います。

……本妻もそろそろ目覚めさせないと(使命感)

そして以前感想でちらりと言われていた、ブラコンな千冬がもっと見たいという意見を取り入れて、最後にブラコン気味な千冬さんを。
林海学校が終わった後の夏休み編だったらもうちょっとブラコン千冬さんが出せるかもしれません。

セシリアが水着買いにきてるなら、ラウラはどうなのか?
もちろんラウラは離れたところでしっかり護衛中です。
水着……? デモベの執事&メイドが水着を着るとお思いか?


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32 Sea



海には余りいい思い出が無いね、彼は



「海だーーーーー!!」

「静かにしろ」

 

そう叫び、千冬がどこからか取り出した出席簿の投擲を受け気絶したのは一体誰だったか。

 

「あ、相川ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「メディック! メディィィィック!!」

「傷は深いわよ! 清香ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「くそっ! いったい誰がこんな事を……!」

「なんてことを……これが人間のやることなの!?」

「ほう? 文句があるようだな小娘共」

「「「「「あるわけ無いじゃないですかやだー!」」」」」

「そうかそうか、それは良かった……が、貴様等も騒いだからな、同罪だ」

「「「「「HEEEEYYYY! あァァァんまりだァァァァ!!」」」」」

……どうやら最初に叫んだのはクラスメイトの相川清香だったらしい。

そしてそんな清香をダシに騒いだクラスメイトも同じ末路を辿る。

……あ、今五回轟音が聞こえた。

 

そんなバスの中の騒ぎをよそに、一夏は窓から見える海を見やる。

 

「……綺麗だな」

 

視界一杯に広がるのは日差しを乱反射する海。

そこにはかげりなど一切無く、記憶の彼方にあるあの海のように気味の悪い離島も無い。

正真正銘、バカンスに最適な海だ。

 

その光景を見て、一夏は純粋に美しいと思う。

あの世界が嫌だったわけではない。

ただ、あの世界ではどこにも必ず魔術が、闇が裏側に潜んでいた。それゆえ、ぱっと見綺麗だとしてもその裏にある闇がどうしても美しさに陰りを作る。

 

しかし、ここにはそんなものなど無い。

それゆえ、純粋に美しいと感じたのだ。

 

この海には臨海学校……まぁ、早い話が校外でのIS装備の試験のためにきたのだが、それは翌日であり、今日は自由時間がある。

 

「……楽しまないとな」

 

きっと、この海ではそんなトラブルとかは起きないはずだから。

 

……が、彼自身忘れていた。

彼がいかに厄介事を引き寄せるのかという事を。

 

 

※ ※ ※

 

 

程なくしてバスが一行がたどり着いたのは海に程近い一軒の旅館。

外観から見ても相当な広さであり、普通に止まるとなると果たしていくら取られることだろうか。

バスから降りた生徒達は千冬先導の元旅館の入り口をくぐる。

 

「これはこれは、ようこそおいでくださいました、皆様」

 

入り口をくぐるとそこには着物を着た従業員がずらりと並んでおり、おくから一人の女性が歩み寄ってきて挨拶をする。

どうやら彼女がこの旅館の女将らしい。

千冬もそれに習って礼をする。

 

「こちらこそ、見ての通り騒がしい連中ですが、よろしくお願いします。それと今年は急に無理を言って申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらずに……そちらの方が、あの……?」

 

女将の視線が自分に向いていることに気が付いた一夏は、女将に対して頭を下げる。

 

「織斑一夏です。なにやら自分のせいで無理をさせてしまったようで申し訳ありません。短い間ですがよろしくお願いします」

「ええ、よろしくお願いします。礼儀正しい、いい子じゃありませんか」

「いえいえ、まだまだ至らぬところのある愚弟ですよ」

 

内心、千冬の物言いにひでぇと思いながらも、しかし千冬の表情が自慢げなのを見てまぁいいかと思い直す。

千冬としても、弟が褒められるのは嬉しいらしい。

 

その後も何度か女将とやり取りをかわした千冬は生徒達の方に振り返ると、口を開く。

 

「さて、それではしおりに書いてある部屋割りどおりに解散だ! 荷物を置いた後は……喜べ、お望みの自由時間だ、海へでて遊ぶもよし、部屋で休んでいるも良し、思い思いにすごせ! ただし、IS学園の生徒であるという自覚を忘れず、節度ある行動を心がけろ……では、解散!」

 

千冬の言葉で生徒達は旅館内の自分に割り振られた部屋へと向かう。

 

一夏も部屋へ向かう……訳でもなく、千冬の元へと向かう。

何故か?

それはしおりに一夏の部屋割りだけかかれていなかったからだ。

 

「織斑先生、俺の部屋割りですけど……」

「あぁ、お前の部屋は私と山田先生と同室だ」

「はぇ?」

 

何ゆえ生徒である一夏が教師である千冬と同室なのか。

いくら姉弟とはいえ……などと思っていると、千冬はため息をつきつつ言う。

 

「お前を普通の部屋に割り振った場合、明らかに女子どもに襲撃を食らうだろうよ。と言うわけで、私達と同室だ。こうすれば馬鹿をしでかす輩も出ないだろうしな」

「なるほど……」

 

確かに千冬の言うとおりだろう。

現に、一夏の部屋が教師と同室であるという事で明らかに肩を落としている生徒が多数。

彼女等はどうやら一夏の部屋への襲撃を画策していたようだ。

まぁ、その計画もこの場で潰えたわけだが。

 

そんな生徒達を横目に、一夏は旅館の奥へと進んでいく千冬の背中を追いかけた。

 

 

※ ※ ※

 

 

荷物を部屋に置き、旅館で引きこもるのもどうかという事で海に向かおうと廊下を歩いていた一夏は、旅館の中庭をじっと見つめている幼馴染を見つけた。

 

「箒? 何見てんだ?」

「あぁ、一夏か、あれだ」

 

箒が指差した先には旅館の中庭。

その一角に、異質なものが置いてある。

 

……機械仕掛けの兎耳だ。

どっからどう見ても兎の耳だった、鋼鉄製の。

 

「……あれって」

「しらん」

「いや、でも……」

「しらん」

 

あれを設置した下手人の関係者であろう箒に声をかけるが、彼女は関与を否定。

自分には関係ないことだといわんばかりにさっさとと立ち去ってしまった、

そんな彼女の背中と兎の耳を交互に見て、一夏は……

 

「……触らぬ神に祟り無し」

 

同じように立ち去った。

 

中庭に一陣の風が吹き、鋼鉄製の兎耳を揺らす。

やがて、耳の揺れが大きくなっていくと、地面が盛り上がり、現れたのは……

 

「ちぇー、せっかくドトン=ジツ使って潜ってたのにぃ」

 

一人の女性。

その成熟した体を不思議の国のアリスもかくやと言わんばかりの格好に包んだ、そんな一歩間違うと痛いとしかいえない女性。

 

「まぁ、ほーきちゃんは無視するって予想してたけど、いっくんまで無視するなんてなぁ……」

 

「「ほんとに……酷い(ひと)だよ、君は」」

 

誰にも気づかれずに、闇が嗤った。

 

※ ※ ※

 

 

海に出てきた一夏は、日差しの強さに目を細める。

天気は快晴。

屋内から出てきたばかりの一夏の目にはまぶしいくらいだ。

やがて目が慣れるとそこに広がるのは……

 

「……なんつーか、ここまで来ると目の毒だな、おい」

 

各々が思い思いの水着を着ている女子の姿。

何人かは一夏を見つけると手を振ってきて、また何人かは恥ずかしげに身をよじり、また何人かは見せ付けるように大胆なポーズをとる。

 

おい、ポーズ取ってる連中、己等は何をしとるか。

 

とりあえず海には来たがまだ泳ぐ気は無かった一夏は手近な木陰に非難。そのまま座り込む。

 

「さっそく日陰に飛び込んでますわね、この日陰者」

「るっせ、俺みたいな奴は日陰が丁度いいんだよ」

 

しばらく呆然と海を見ていると、セシリアが近づいてくる。

その身は以前買い物のときに買った青いビキニに包まれていた。

ただでさえ、同年代の少女よりも育っているその肢体がビキニに包まれていると言うのは、男の理性にかなりダメージが大きい。

思わず視線をそらそうとして、彼女の背後にいる存在が目に付いた。

 

「で、やっぱりそうなるのか? おたくの従者は」

「まぁ、メイドですから」

 

一夏の視線の先には、普段どおりにメイド服を着ているラウラの姿が。

この暑さから、少なくとも袖くらい短くなっているだろうと思った皆様。

甘い。甘すぎる。

本当に普段どおり、きっちり長袖ロングスカートのメイド服である。

 

「やっぱり思うが、この炎天下で従者にその格好を強いるのはおかしい。いじめか?」

「ですが、メイドですのよ? それといじめではありません」

「ええ、私はお嬢様のメイドですから。それといじめられていません」

「それでええんか、ラウラさんや……」

 

見上げた従者根性に、思わず涙が流れてくる一夏だった。

 

……せめてもう少し通気性のいい格好をさせてやって欲しい。

 

そんなやり取りをしている一夏達の足元に、ビーチバレーのボールが転がってくる。

 

「……?」

「ヘ~イ、そこな少年、そちらに転がっていったボールをこちらへプリ~ズ!!」

 

思わず拾い上げ、首をかしげていると、どこからか男の声が。

その方向を見ると、そこにはやはり一人の男の姿が……

その男の姿を見て、一夏の表情が思い切り引きつる。

ついでにセシリアの表情も引きつる。

 

「……い、一夏さん、あの男、まさか……」

「分からん、ただ見た目が似てるだけであって欲しいが……あって欲しいんだが……」

 

二人が見つめる先。

そこにいたのは……

 

いつぞやと同じように上下一体型のストライプ模様の水着を着た□□□□だった。

 

「む、むむむ!? 貴様は織斑一夏ではないか! ここであったが百年目! さぁ、そのボールを我輩によこすのである!」

「何でお前さんがいるんだよ、えーっと、西村だっけ?」

「ノォォォォォォウ!! ノォォォォォォォォォォォウ!! 我輩をそんじょそこらにいそうな名前で呼ぶでないのである!」

「謝れ! 今すぐ全国の西村さんに謝れ!!」

「我輩は宇宙が生み出した奇跡! 数千に一人の大・天・才! ドクタァァァァァァァァ・ウェエェェェェェェェェェェスト!! であ~る!」

「こいつ、絶対本人ですわね」

 

セシリア……否、瑠璃は目の前でどこからか取り出したギターをかき鳴らす男を見て確信する。

こいつは間違いなくあの世界のあの□□□□であると。

 

たぶん自分と同じような境遇にあるのでは無いだろうか?

 

……□□□□と同じ境遇の自分って……

 

思わずその場でくずおれる。

今、セシリアのアイデンティティが危ない。

 

「ふふふ、我輩のこのギター捌きも懐かしいものだろう? 織斑一夏……否、我が生涯のライバル、大十字九郎?」

「っ?!」

「ふんっ! 気づいていないと思っていたであるか? 生憎、初めて貴様に会ったあの日に既にあたりはつけていたのである。貴様は隠そうとしていたようであるが……あぁ、それでも気づいてしまった我輩の天才的な頭脳、なんと罪深いほどであろうか」

「そんなに罪深いならさっさと牢屋に入ってろ」

「ことわぁる! と言うか、大十字九郎よ……」

 

そんなセシリアをよそにあれこれやり取りを続ける一夏と西村。

しかし、ふと西村が手にしたギターをポイ捨てして一夏の肩をがっしりとつかむ。

 

「……んだよ?」

「……こうして貴様とまた相見えれたことは誠に僥倖である……あの時の決着、今度こそ付けてくれる! 楽しみにしているのである」

「……はっ、こっちこそ、何度でも返り討ちにしてやらぁ」

「うむ、それでこそ我がライバルである!」

 

互いに不敵に笑い、そう言い合う。

なんだかんだ言って短い間であったが共闘した間柄だ。

一夏……九郎も西村……ウェストの事は認めているし、ウェストも九郎の事を認めている。

だからきっと、二人のやり取りはこのような形がもっとも適しているのだろう。

 

「所で、なんでお前がここに?」

「おかしなことを。我輩の作品の一つである打鉄弐式の試験があるのだろう? 我輩が来ないはずが無かろう」

「あぁ、そういやお前さん簪と一緒に作ったんだっけ?」

 

だがあえて言わせてもらおう。

 

−−来るの一日はえぇよ。

 

 

※ ※ ※

 

 

周囲に誰もいない海岸。

そこで箒は一人海を見つめていた。

その胸中で思うのは、一夏の事。

「……どうすればいいんだろうな、私は」

 

初恋だった。

しかし、初恋の相手、一夏には既に好きな相手がいると言う。

 

--好きな人がいるとはいえ、今はいない。ならば私の方を見てくれる可能性が僅かでも……

 

そう考えたこともあった。

だが、それは甘い考えだった。

 

そばにいなくても、一夏はその人の事を愛している。

自分が入り込む余地など無いほどに。

それが……分かってしまった。

 

諦めたくない。けど、もとより勝ち目が無い……いや、勝ち目が無いどころか勝負にすらならない。

 

「なんで……一夏のそばにいないんだ、お前は」

 

一夏のそばにいたら、目の前にいてくれたら、恨みつらみをぶちまけれるのに。

そしたら、少なくとも諦めはつくのに……

 

その存在が今この場にいないからこそ、だからこそありもしない希望が見えてしまう。

もしかしたら、ひょっとしたらと言う考えがよぎってしまうのだ。

 

「……一夏、私は……」

 

箒の呟きが、波に飲み込まれていった。

 




さて、楽しみにしていた皆様には謝罪しなければなりません。

……破壊ロボ、出せずに申し訳ありませんでしたぁ!!

いえ、最初は出そうと思ったんですよ。
で、やっぱり錆びさせようとしたんですよ。
でも良く考えてみたら……

--IS世界で破壊ロボって……無理じゃね?

と言う考えに至ってしまったんです。
と言うわけで破壊ロボが出せませんでした。
でも、それに近いものはいつか出したいなぁと思っております。

さて、次回は……もう一つ皆様が楽しみにしているあのイベント書く予定です。
さぁ……今回も犠牲になるのだ、九郎、否、一夏!(ゲス顔)


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33 Drag

女装

それは、彼のトラu……

--皆、これを楽しみにしてたんだろう?
実は僕も楽しみにしてたんだよ


途中で□□□□と言う珍客と遭遇したというアクシデントもあったが、おおむね問題なく海を満喫した一夏は、今目の前に並ぶ食事に感涙していた。

 

「こんな豪勢な食事が出来るなんて……ありがたやありがたや……」

 

目の前のお膳に載っているのは新鮮な海の幸を用いて作られた料理の数々。

刺身に吸い物、煮物に焼物。

明らかに高校生の臨海学校ででてくるような食事ではないことは確かだ。

さすがIS学園である。

 

「一夏、そんなに感激しなくても言いと思うんだけど……」

 

隣に座ったシャルロットは一夏の涙にやや引き気味である。

いや、多分シャルロットでなくても引く。

唯一、引かなかったのは……

 

「と言うか、そんなに感激するくらいに貧窮してますの?」

 

シャルロットとは反対側の隣に座ったセシリアである。

まぁ、これは当たり前であろう。

何せ、セシリアの中身は一夏の中身……九郎がいかに貧しい生活をしていたのかを知っているあの覇道瑠璃だからである。

 

(……まぁ、なんであそこまで『人間やめてます』レベルで貧しかったのかは知っているんですがね……)

 

そんなセシリアは口には出さずにそう呟く。

 

セシリア……瑠璃としてもはなはだ疑問だったのだ。

自分達の依頼を受け、さらには非常勤とはいえ、覇道財閥お抱えの探偵となり、かなりの大金を手に入れているはずの九郎が何故多少生活水準が改善された……かな? 程度の生活をずっと続けていたのかを。

あの時の依頼……全ての始まりの依頼で九郎に渡した金額でさえかなりの額で、少なくとも九郎に人並み以上の生活水準を与えるのに十分な額だったのに、それ以降も九郎はいつまでも貧乏探偵のままだったのだ。

 

それで調べてみればなんてことは無い、ただ単に九郎は頭にバカが付くお人よしだったという事だ。

 

なんと九郎、受け取った報酬の殆どをある教会へと寄付していたのだ。

さらに調べてみると、瑠璃たちが依頼する前も、極僅かでも収入があれば教会への寄付をしていたのだ。

そして寄付の額は、自分の生活を度外視した割合で、手元に残るのは収入の一割あればいいほうだったりする。

 

この事実を知った瑠璃は、ほとほとあきれ返るとともに……彼らしい、と微笑んだものだ。

 

故に、一夏が感涙しようとなれたものだが、しかし千冬と言うきちんとした定期収入を入れる家族がいながらここまで感涙するという事は……やはり彼は今生でも貧しいのか? と疑問にも思うのだ。

 

セシリアの問いに対し、九郎は首を振ると、呟く。

 

「いや、別に金に困ってるわけじゃねぇよ。たださ……自分で料理作るようになってみると、こんな豪勢な料理作る人はどんな苦労の末に作ってるんだろうなとかいろいろ考えちまってな」

「……あぁ、そういう」

 

つまり一夏は料理を作る側の立場を知ったが故に感動しているらしい。

自分で料理は作らないセシリアからすればよく分からない感覚である。

そこではたと気づく。

 

一夏は男だが料理が出来る……それどころか、今までの話を聞くと家事全般は出来ると思われる。

対して自分はどうだ?

 

料理、料理人任せ。

洗濯、使用人任せ。

掃除、使用人任せ。

その他もろもろの家事、使用人任せ。

 

……あれ? 女として負けてない? これ。

 

セシリアは、不吉な考えを放り投げた!

 

「……ま、まぁ、そこで泣いていても箸は進みませんわよ」

「っと、それもそうか。んじゃ、いただきますっと」

 

セシリアの言葉に、一夏が箸を持ち、食事を開始する。

それを見たセシリアも箸を持ち食事を開始。

まず彼等が最初に箸をつけたのは……刺身である。

 

「……えぇ、やはり海が近いという事もあってか新鮮な物を使っていますわね」

「だな。スーパーで売ってる奴とは段違いだぜ」

 

舌鼓を打ちながらそう言う彼等を、シャルロットは驚愕の表情で見つめる。

 

「な、生の魚の切り身を食べる……? というか、食べれるの? おなか痛くならない?」

「あ? 刺身っつたらポピュラーな食い方じゃ……あぁ、そういやシャルロットはフランス生まれか」

「まぁ、日本以外で生の魚介類を食べると言うのはまずありえませんからねぇ」

「そういうセシリアはイギリス生まれなのに平然と食べてるよね、箸もうまく使えてるし……」

「まぁ、私ですし」

「理由になってないはずなのに凄い説得力だね……」

 

セシリアと会話しながらも箸の扱いに四苦八苦しているシャルロットは、仕舞いには箸で食べることを諦め、フォークで刺身を恐る恐る刺し、隣の一夏の食べ方を見て、醤油に刺身をつけ、これまた恐る恐る口に入れ……

 

「……あ、おいしい」

 

新鮮な刺身の旨さに緊張もほぐれた。

それは何かしらの加工が施された魚介類では決して味わえない味。

いわばシャルロットにとって未知の味だ。

 

「生の魚ってこんなにおいしいんだね、初めて知ったよ」

「ま、だからって何でも刺身で食っていいって訳じゃないからな?」

 

そういいつつ、今度は一夏は醤油にわさびを多少溶かし、わさび醤油に刺身をつけてぱくり。

そしてそれを見つめるシャルロット。

 

「……その緑色のペースト、何?」

「何って、わさび。この場合は醤油に溶かして使うんだ。あ、だからって大量に溶かすと「へぇ、こうかな?」……あ」

 

一夏の説明を中途半端に聞き、寄りにもよって添えられたわさびを醤油に全投入。

そのまま先ほどの一夏が溶かしていた様子を見よう見真似でわさびを溶かそうとする。

しかし、そんな大量のわさびが溶け切るはずも無く、それを見たシャルロットは唖然とする一夏の静止するように伸ばされた手に気づかずにわさびの溶け残りが浮かぶ醤油に刺身をつけ、ぱくり。

 

「……~~~~~~~っ!?!?」

 

結果、鼻を押さえる羽目になった。

 

「い、痛い!? 鼻が! 鼻の奥が凄く痛い!?」

「わさび特有の鼻に来る辛さ、と言うわけですわ。しかし、一夏さんも少量しか溶かしてなかったでしょうに……」

 

ちなみに、わさびの辛さは唐辛子などの辛さと違い、原因が揮発性の物質なため、鼻に抜けるような辛さを感じるのだそうで。

 

まぁどうでもいい話である。

 

 

※ ※ ※

 

夕食の時間も終わり、生徒、引率の教師が各々の部屋に入った後の事。

 

自身に割り振られた部屋……まぁ、教員用の部屋の前に立った一夏は、ふと嫌な予感を感じた。

それは、このふすまの向こうで何か地獄が待ってそうな……そんな感じ。

そしして一度その地獄に引きずりこまれたら最後。

きっと抜け出すことは不可能だろう。

 

そこまで考えた一夏はすぐさまその場で回れ右。

すぐさま退避せよ。

 

「にがしませんわよぉ……そこにいるのは分かっています……ラウラ!!」

「はっ!」

 

が、そんな一夏の目論見もふすまの向こうから聞こえた声によって見事に潰される。

 

その声が聞こえた直後、ふすまがすぐさま開け放たれ、そこから小柄な人影が飛びかかってくる。

そのまま人影は一夏の首根っこを掴むと、ふすまの向こう側へとぽいっとな。

 

「っでぇ!? な、なにしやがるラウ……ラ?」

 

放り投げられた際しりを強打した痛みから、一夏は自分を放り投げた下手人……ラウラに対して怒鳴ろうとしたが、それは部屋の惨状を見て途切れる。

 

あちこちに放り投げられているビールの空き缶。

部屋の片隅で一塊になり何かに脅える箒、鈴音、シャルロット。

そして……酔いに酔ってもはや理性のたがが外れた千冬とセシリア。

 

そんな光景を見て、一夏は全てを悟った。

思わず絶望の表情を浮かべる一夏をよそに、酔っ払い二人は一夏を見下ろす。

 

「……あらあら、やはりこの世界でも貴方の肌って、すべすべで、きめ細かくて……思わず嫉妬してしまいますわ」

「だろう? だろう? 何せ、私が蝶よ花よと育てた自慢の弟だからな……私もたまに女として嫉妬する位だ、クソ……ッ!」

 

やばい。

セシリアの言葉を聞き、一夏は危機感を覚える。

未だに二人は何かしら話し合っているが、そんなことに気を配っている余裕は一切無し。

以前……そう、以前の世界で似たような場面で、似たような台詞を目の前の暴君は言っていなかったか?

思い出せ、思い出せ織斑一夏! あの時、あの姫は何と言った!?

 

『「……では、一夏さん(九郎さん)をどこに出しても恥ずかしくない淑女にしてあげてくださいませ」』

 

そう、確かそんな台詞……え?

 

「え」

「……申し訳ありません、織斑様」

 

自分が脳裏で考えていた台詞そのままの言葉が、セシリアの口から飛び出してきた。

それに思わず動きを止めてしまう一夏。

……僅か一瞬の停滞。

その一瞬があれば、この従者には十分だった。

 

しゅるりと一瞬で一夏の体に巻きつけられるロープ。

それにより、身動きが取れなくなる一夏。

 

「ちょ、ま、えぇ!?」

 

思わず身をよじるが、既に簀巻き状態にされた一夏に最早逃げ場無し。

 

「なにぶん、お嬢様の命令ですので」

「面白そうな事を考えるなオルコット。私も混ぜろ」

 

そういうラウラの手には……なにやらスティック状の物体やらブラシやら。

顔を赤くした千冬がそれを見て、ラウラの手の中にある道具……メイク道具をいくつか借り受ける。

セシリアは……盛大に浴衣の胸元を肌蹴させながら、うっとりとした表情でそんな光景を見つめている。

もちろん、その顔は赤い。

 

千冬とセシリア。

二人の顔を見て、一夏は万感の思いを込めて叫ぶ。

 

「誰だ……!? 誰なんだ!? 教師と未成年に酒を飲ませたのはぁぁぁぁぁぁぁぁ!? って、あ、あぁ駄目、そこはだめぇぇぇぇ!!」

 

が、その叫びも千冬とラウラに着ていた浴衣を剥ぎ取られたことで別な叫びへと代わって言った。

 

ちなみに、そんな光景を部屋の隅で脅えていたはずの少女達が顔を千冬たちとは別な理由で赤くさせながら、それでもしっかり見つめていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……終わりました、お嬢様、しかし、これは……」

「さすがの私も酔いがさめるほどですわ。いえ、知ってました。知ってましたが……これは……」

「う、うむ……これはさすがに……なぁ?」

 

やることは全てやったのか、ラウラ達が一夏から離れる。

そして、現れた一夏の姿を見た三人は思わず目を見開く。

千冬とセシリアにいたっては酔いもすっかり吹き飛ぶほどだったらしい。

 

「お、おお……?」

「うわぁ……」

「マジ? それ……」

 

部屋の隅でじっと惨劇を見ていた箒たちも思わず声を漏らす。

さて、彼女たちにこんな表情をさせる一夏は、一体どんな状態になってしまったのか。

それは……

 

「お、ま、え、ら……! 人をおもちゃのように好き勝手弄くり回しやがって……」

 

ゆらりと立ち上がる一夏の姿を見て、その場にいる全員が叫ぶ。

 

「「「「「「か、完璧だ……!!」」」」」」

 

そこには、千冬がいた。

そう、一夏の見た目は千冬そのものになっていた。

いくら姉弟だからと言って、余りにも瓜二つである。その場の全員が思わず叫んでしまっても文句は言えない。

きっと、かの邪神だって文句は言えない。

 

「う、うむ、千冬さんの妹と言っても誰も違和感を覚えないぞ、一夏」

「そ、そうよ! 女の私から見ても完璧な女の子よ」

 

部屋の隅から飛んでくるフォロー……の皮を被ったトドメに、思わず一夏はくずおれた。

そして、その際に部屋に備え付けられている鏡台で自分の姿を確認する。

 

……自分で見ても、千冬だった。

 

が、こうやって女装させられる事も今回で二回目。

わずかばかりとはいえ、耐性は出来ている。

 

一夏は立ち上がり、そして周囲を見回すと。

 

……微笑んだ。

それも、千冬本人は絶対やら無いような、優しい、それはそれは優しい笑みで。

 

「「「「「「ガフッ!?」」」」」」

 

それを見た一夏以外の全員が、口から血の様な何かを吐き出した。

それを見た一夏は、今度はその場で後にくるりと向き直り……

 

少し伏し目がちな表情を浮かべながら首だけで振り向いた。

その瞳は涙で潤んでいる。

その姿は、まさに儚さをまとった見返り美人。

 

「「「「「「グハァ?!」」」」」」

 

全員が、思わず鼻を押さえ、天井を向く。

鈴音とシャルロットにいたっては、首筋の後をとんとんと叩いている。

 

「ふ、ふふふ……こうなりゃやけだ。千冬姉瓜二つのこの見た目で……絶対千冬姉がやらないようなことやって千冬姉を恥ずかしがらせてやらぁ!!」

 

一夏はヤケクソだった。

そしてそれをやられた側もたまった物ではない。

 

千冬にとっては、いくら自分がやっていないとはいえ、自分と同じ容姿をした存在が、自分が絶対にやらないであろう……いや、出来ないであろう表情を浮かべ、やらないであろう行動をとる。

千冬の精神に大ダメージ!

 

そして、普段の千冬を知っているほかの面々も、千冬と同じ見た目の一夏が繰り出すまさに『乙女』な仕草に、思わず何かがはじけた。

 

はじけたのは、多分萌えとかそんな感じの物。

 

「くそっ! なんと言う乙女力(おとめちから)! 義姉さん、あなたが言う『美しい』という物が、少し分かりました!!」

 

なお、口の端から血を流し、鼻から血を流しながらも、ラウラはどこからか取り出したカメラで一夏を撮影していた。

 

……一夏が乙女な仕草をするたびに血を噴出させながらも撮影するその姿は、まさに美の追求者の後継であった。

 




おまけ

「ぬぁにを騒いでいるであるかIS学園の教師生徒共よ! 実に健康的なマッドサイエンティストである我輩はそろそろおねむの時間であって、騒がしいと眠れな……」
「あ」

西村、ふすまを開けたとたん真正面から女装一夏の笑顔を直視。

「わ、我が生涯に一片の悔いなし……ゴフッ」
「吐血して気絶!?」


※ ※ ※


と言うわけで、皆お待ちかね、一夏君の女装だよ!!
見た目? まんま織斑マドカさんです、はい。
胸? ラウラ達が詰め物を詰め込んだため見た目胸あります(爆

さて、皆さん想像してください。
普段ツリ目な千冬さんが、その目をとろりと垂れさせ、微笑んだり、瞳を潤ませながらこちらを見てくる様子を……
思わずクる物があるでしょう?

つまり、それが今回一夏君がやったことです。
なんと言う乙女力。
そして千冬さんよりも乙女力が上と言う事実。

さて、今回はこのくらいの女装シーンでしたが、正直この話書いたクラッチ、この程度の描写じゃ満足できん!!
と言うわけで、そのうち外伝話でまた一夏を女装させるかも。


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34 Girls talk

女子のコイバナ

あれ、一人……いや、二人ほど女子とは呼べないよう……

あぁ! 窓に! 窓に!!


「……で? 何でもう夜とはいえ教師であるはずの千冬姉と、そもそも未成年であるセシリアが酒飲んだんだ? ん?」

 

一夏は、自分の目の前で畳敷きの床に正座する千冬とセシリアにそう問う……未だに女装させられたままで。

 

本人としては、すぐさま女装なんぞ止めたかったのだが……

 

「お待ちください! 織斑様のその美はもはや至宝……その至宝が失われるのをみすみす見逃せと申しされますか!? もとより! 貴方にそれほどまでの至宝を捨て去ると言う権利があるとお思いか!?」

 

ラウラの猛反発に合い、そんな彼女の主張を無視してきている服などを脱ぎ去ろうとしたら一瞬で拘束されたため、未だに脱げないでいる。

現在も、拘束はとかれたものの、デジカメのフラッシュを何度も光らせているラウラがついでに目を光らせている。

 

……そもそもお前さんに俺にこの格好を強要させていい権利あるのかよ、と思うのだが、この状態のラウラにはきっと正論をいくら並べても無駄だろう。

あの執事さんもそうだったし。

 

と言うわけで、未だに一夏は千冬そのものと言う状態だった。

 

閑話休題。

 

一夏に問われた二人は、あーだのえーだの歯切れの悪い返事しかしない。

特に、千冬の方がより歯切れが悪い。

 

そんな様子にため息を一つつくと、一夏は部屋の隅で固まっている三人に振り向く。

 

「で、どうしてああなった? 説明プリーズ」

「い、イエス、マム!」

 

一夏の問いかけに真っ先に箒が立ち上がり答え始める。

 

ちなみに、マムといわれたことで一夏にふたたび精神的ダメージが入ったが、その事実はこの際アザトースの庭に放り込んでおいても問題ない。

 

内心くずおれている一夏をよそに、箒は何が会ったのかを語り始めた。

 

 

※ ※ ※

 

 

千冬達に割り振られた部屋。

そこはやけに重苦しい空気に包まれていた。

 

……いや、重苦しい空気を放っているのはその部屋の中にいる二名のみで、他はいたって平然としている。

 

そんな二人をちらりと見やり、千冬は口を開いた。

 

「……まぁ、そう固くなるな。別にとって食いやしない。ただ聞きたいことがあっただけだ……篠ノ之、デュノア」

 

千冬の言葉に、箒とシャルロットが大きな反応を示す。

ビビり過ぎである。

 

「……ねぇ千冬さ……織斑先生、なんで私とかセシリアたちも呼ばれたわけ?」

「まぁ、お前達にも関係ある……かもしれん話だしな、ついでに呼んだ……と言うわけで、まずはこいつを飲め」

 

鈴音の言葉にそう返すと、千冬は全員の目の前に缶を置く。

部屋にいるのは千冬を抜かせば箒、セシリア、鈴音、ラウラ、シャルロットの五人。

そしておかれた缶も五個。

そして千冬の目の前にも一個の缶。

 

……一体どういった意図があるのだろうか。

 

誰もが疑問に思いつつ、しかし目の前の存在から放たれるプレッシャーに圧されて缶に手を伸ばす。

……訂正、二人ほどは特にプレッシャーも気にした風が無かった。

 

とにかく、五人は缶を手に取り、プルタブをあけ、そして中身をあおった。

それを見た千冬が、ニヤリと笑う。

 

「よし、飲んだな……これでお前等も共犯だ」

「はい?」

 

千冬はそういうと、自分の目の前に置かれた缶に手を伸ばし、プルタブをあけると、一気に煽る。

缶を良く見ると……ビールだった。

 

「……っておい! 教師!!?」

 

思わず鈴音が突っ込みを入れる。

余りにも堂々と飲んだため、一瞬反応が遅れてしまったが、さすがに見過ごすことは出来ない。

なにせ、自分達はただ旅行に来ているのではなく、あくまで学校の行事の一環としてこの場にいるのだから。

 

「素面では聞けん話だからな、余り気にするな」

「まさか自分がお酒飲みたいが為に僕達にジュースを……?」

 

と言うか、何でこの教師臨海学校に酒なんぞ持ち込んでいるのだろうか?

永遠の、そして絶対追求してはいけない謎である。

 

ビールを半分程度飲んだ千冬は。やや赤くなった顔で目の前の生徒達に向き直る。

 

「……さて、程よく酔いが回ったところでお前達に聞きたいことがある……うちの弟のどこに惹かれたんだ? ん?」

「は、はぁ……?」

 

千冬からの質問に思わず気の抜けた返事をする箒たち。

……え、何? その程度の質問するために酒の力って必要なの?

思わずそんな考えが頭をよぎる。

 

「……『そんな質問するために酒の力借りるなよ』と言いたそうな顔だな、お前等」

「気のせいですね、ええ、気のせいです」

 

ここで否定しなければ血を見る。

誰もがそう確信していた。

が、よく考えれば間違ってないのかもしれない。

 

なにせ、あの千冬が色恋沙汰関係の話をしているのだし。

 

「いやいや、確かに一夏は家事も出来る、気配りもそこそこできるほうだ。見てくれも悪くない……あれ? 自分で振っといてあれだが、惹かれない要素なくないか?」

 

織斑先生、頭に完全にお酒が回って……

 

とは誰も言わない。

言ったら明日の朝日は拝めないだろうし。

そもそも、普段の千冬だったら心で思っただけでもアウトだったりする。

じゃあ何で今セーフか?

皆が思ったとおり、頭にアルコール回っちゃってるから。

 

ちなみにこの千冬、酒は好きだがそれほど強いわけではなかったりする。

さすがに我を完全に忘れるほど弱いわけではないが……

 

「で、どうなんだ? ん? んん?」

 

最早完全に絡み酒である。

とにかく、ここで無言でいても状況は好転しないわけで、箒たちはぼそぼそと呟くように口を開き始めた。

 

「えっと、私は……昔、小学校の頃、助けてもらって……その時の一夏に、はい」

「……ふむ、普通にラブでコメるような展開だな、つまらん」

「そんな!?」

 

自分から語れといってきたくせに、いざ語ったらこの扱い。

あまりにあんまりな扱いにさすがの箒もショックは大きい。

部屋の隅でしくしくと体育すわりで泣き始める箒をよそに、千冬の視線が次に捕らえたのは……鈴音。

 

「で、凰はどうなんだ?」

「私ですか? まぁ、私も箒と似たり寄ったりですね……振られましたけどね」

「ほう? うちの一夏にまさか女を振る度胸があったとはな」

「えっと……また会えるかわからない、でも大好きな人がいるからって振られましたね。というか、一夏の奴告白されるたびにそうやって振ってますよ。ざっと10人は切り捨ててます」

「えぇ!?」

 

鈴音の続けた言葉に大きな反応を示したのは……シャルロット。

当然、千冬がこの不自然なタイミングで大きな反応を示したシャルロットを見逃すわけも無い。

 

「ふむ? なぜデュノアはそこまで大きな反応を示したんだ? さぁ、きりきり吐け。楽になれるぞ? ん?」

「う、うぅ……」

 

シャルロットは何とか黙秘を貫こうとするが、千冬の無言のまなざしに、あっという間に陥落。

 

「えっと、その、僕性別偽って入学してきたじゃないですか。その一件で一夏に助けられたと言うか、助けてもらえるきっかけを作ってもらったというか……それで、その……」

「ふむ、それで惚れたのはいいが、鈴音の一夏に好きな人がいる発言に絶望したと」

「ちょっ!? せっかくぼやかしてたのに!!」

 

思わず千冬相手だという事も忘れて突っ込むシャルロット。

が、叫んだ後しばらく考え込み、こういった。

 

「……でも、略奪愛って言うのも……アリ?」

「「ないない」」

 

鈴音とラウラが思わず手を横に振りつつシャルロットに言い放つ。

まさかこの穏やかそうな少女が略奪愛などと言う言葉を使うとは……

 

そして鈴音は部屋を見回す。

箒は部屋の隅で体育座り、シャルロットは腹黒化、千冬は酔っ払い普段の姿など見る影も無し。

ここに来て、ついにカオスが飽和した。

誰かこいつ等を止めろ! と言う声がどこから聞こえてきそうだ。

 

鈴音はため息をつくと、このカオスを何とかしようと口を開く……

 

「おだまりなさいな、あなたたち」

 

今まで無言を貫いていたセシリアが手にしていた空き缶を畳敷きの床に叩きつけるように置き、そう言い放った。

 

「さきほどからきいていればこいばななどとつまらぬはなしばかり……すこしは芸をしてたのしませようなどというひとはいないのですか!?」

 

が、なんかおかしい。

言葉がやけにふわついているというかなんと言うか。

よく見るとなんだか体も左右にゆらゆら揺れている……?

 

やがて、あっちへふらふらこっちへふらふらとゆれていた視線が固定される。

……箒たちがいる場所へと。

 

「……と、言うわけで……あなたたち、ここで芸をなさい」

「げ、芸?」

 

いきなり言われても……

 

箒たちは互いに目を合わせる。

 

--どうする?

--いや、どうするって聞かれてもね

--でもやらないとなんかまずそうだよ

 

「あぁ、それと、つまらなかったら……」

「つまらなかったら……?」

「……うふふふふふふ」

(((何されるか明言しない辺りが怖い!!)))

 

というか、いつも凛としたお嬢様な彼女がなぜこんなにおかしいのだろうか?

その原因は一体……

周囲をそれとなく見渡すと、原因はセシリアの手の中にあった。

 

セシリアの持っている缶。

それには飛沫を上げるオレンジが描かれており、一見普通のオレンジジュースが入っている用に見える。

が、その缶の隅に、それほど大きくなく、かと言って目立たないほど小さくもなく、こうかかれていた。

 

……お酒、と。

 

「……未成年飲酒ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

鈴音の突っ込みが響きわたった。

 

 

※ ※ ※

 

 

箒の話を聞いて、思わず一夏は天井を見上げ、眉間をもむ。

そしてしばらく眉間をもみ続け、顔を真正面に戻すと……

 

「千冬姉、向こう一ヶ月酒禁止な?」

「殺生な!?」

「ドやかましい! よりにもよって学校の行事に酒を持ち込むんじゃありません!! そしてセシリアもなんで酒を飲む!?」

「えっと、織斑先生がお酒を持ってくるとは思いませんでしたし、だとしてもまさかお酒を渡してくるなどとはさすがの私も予想外と言うか……」

「……まさか、学校の行事とはいえ……海に来たから、浮かれてたな?」

「うぐぅ!?」

 

一夏に図星を言い当てられ思わず言葉に詰まるセシリア。

 

「うぅ……し、仕方ないじゃありませんか! 海なんてそうそう赴ける機会なんてありませんでしたし! 今も昔も平時はやれ書類それ書類! 書類書類書類! サインサインサイン!! 私は書類処理機じゃありませんわ!!」

 

しかも覇道瑠璃だった頃もそうだし、今もそうなのだ。

そりゃ鬱憤もたまるし、いくら精神年齢が100越えてても海への遠出に浮かれたくもなる。

 

この言葉に、さすがの一夏も哀れみの視線を向ける。

 

「あぁ! やめてくださいませ! 今の姿の一夏さんからのそんな視線は普段より余計にきついですわ!!」

 

何度も言うが、未だに一夏の外見は『なんかやさしそうな千冬』である。

美人、美少女からのそういう視線はダメージが大きいと言う理屈がここで適用された。

 

やがて、一夏はため息をつく。

 

「……まぁ、もういいか。とりあえず千冬姉の一ヶ月酒断ちは決定事項として、酒持ち込んだり飲んだりしたことばれないようにな?」

 

そう正座をしている二人に言うと、一夏は部屋の置くにある自分の荷物から着替えと、女装させられる前に着ていた浴衣を持ち、部屋の外へと向かう。

 

「一夏、どこへ?」

「どこって温泉。せっかく来たんだから温泉ぐらい入りたいし」

 

それに、男湯と言う自分以外入ってこれない場所で女装解きたいし。

 

「くぅ! さすがに男湯に逃げだれたらどうしようもない……! 申し訳ありません義姉さん、私はこの世界から至上の美が一つ失われることを阻止できそうにありません……」

「……なにがラウラをそこまで駆り立てるんだよ」

 

思わず、先ほどよりも深いため息が出てきた一夏だった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ふいー、ようやく戻れた……ったく、あのメイド衆みたいに人をおもちゃにしやがってあいつらは……」

 

頭にかぶせられたかつらをとり、薄く施されていた化粧を落としてようやく人心地ついた一夏は露天風呂に浸かり、月を見上げていた。

 

「……しっかし、あの時もこんなふうに温泉に浸かってたっけな」

 

そしてしばらくの後にあの女が入ってきて、しばらく後に出て行って、それと入れ替わるように……

 

「……アル……」

 

何かに期待するように露天風呂の入り口をみやる。

当然、それをあける存在は……いない。

 

「…………」

 

ふと、一夏の脳裏に最も考えたくない考えがよぎる。

……この世界に、アルはいないのではないのか?

いままでアルでは無いかと感じていたあの感覚は、自分の錯覚なのでは無いか?

だから……自分は、もうアルに会えないのではないか……?

 

一夏はそんな考えを振り払うように湯船の湯を掬い、顔に叩きつけるようにして顔を洗う。

そして、再び無言で空を見上げた。

 

--空には、ただただ、月が怪しく輝いていた。




今回のあとがきは作者がブリュンヒルデと財閥総帥に始末されたため、お休みとさせていただきます。


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35 AkaTsubaki

紅椿

それは、恐らく彼女にはまだ大きすぎる力。

今回は一気に3話更新しちゃいます!
……のーみそふっとうしそうだお!


臨海学校二日目。

参加している生徒全員は旅館近くの海に集合していた。

 

しかし、彼女等は遊ぶために集合しているのではない。

なにせ、これから臨海学校に来た本来の目的を果たすときなのだから。

 

「……と言うわけで、専用機持ちは各々のパッケージ等をテストし、データを纏めろ。それ以外の生徒も持ち込んでいる機体で各社が開発したパッケージ等のテストだ」

 

千冬の号令のもと、生徒は自分が行くべき場所へと向かう。

そしてその場に残ったのは、一夏達専用機持ちと……箒だった。

 

「織斑せんせー、専用機持ちがこっちでデータ取りするなら、何で箒が? それとシャルロットも、聞いた話だと専用機返却したとか聞いたんですけど」

 

鈴音が早速千冬になぜ箒がこの場にいるのかを問う。

それは鈴音、いや、この場にいる誰にとっても当然の疑問であり、そもそも箒自身もなぜ自分が専用機持ちグループにいれられたのかが分かっていない。

先ほど、千冬にこのグループに入れと理由も教えてもらえず言われたためである。

そして話題に上がったもう一人、シャルロット。

彼女は現在自由国籍所有者であり、フランス国籍は持っていない。

つまりフランス代表候補の証である専用機は返却しており、現在は専用機を持っていないはずなのだが……

 

鈴陰の質問に、千冬は眉間を揉み解しながら言う。

 

「……私もこうなるとは予想外だったんだがな。理由は簡単だ。箒も専用機持ちに『なる』からだ。そしてデュノアは……」

 

千冬はちらりとセシリアを見やる。

セシリアはただただ微笑んでいるだけだ。

 

「? まぁそれはともかく、専用機持ちになるって……」

 

千冬の視線を追ってセシリアを見るが、何がなんだか分からない鈴音は、まぁいっかと割り切り、そして箒が専用機持ちになると言う発言に鈴音が首をかしげる。

すると……

 

「ちーーーーーーーーちゃーーーーーーーーーーーーーん!!」

 

なにやら遠くから、それでいて大きな声が聞こえてくる。

しかもその声はじょじょに近づいてきているではないか。

声がする方向を見やると……何かが崖を駆け下りている。

……おおよそ傾斜が垂直である崖を、だ。

 

「……はぁ!?」

 

その光景に思わず千冬、一夏、箒以外は口をあんぐり。

そして件の人影はと言うと、しばらく崖を駆け下りた後……

 

「とう!!」

 

跳んだ。

それはもう素晴らしいフォームで、空に人影が舞う。

そしてその人影はまっすぐ千冬に……

 

「ふんっ!」

「ふんぎゃっ!?」

 

突撃しようとしたところでその顔面をキャッチされ、そのままアイアンクローに移行された。

ぎりぎり……と人体から発されてはいけない音が次第に大きくなっていく。

 

「お、おうふ、ち、ちーちゃんちーちゃん、今、私の頭が危ない、物理的な意味で危ないよ」

「ああ、そうだな」

「他人事!? 原因なのに他人事!? あんまりだよちーちゃん! と言うわけで、そろそろ放してくれると束さんたすかっちゃうなーって?」

「ああ、そうか」

「放す気無し!? だったらいっそ開き直って手を伸ばせばすぐそこにあるその実際豊満な……あ、ごめんなさい冗談ですだから力強めないでメキョっていっちゃうーーーー!?」

「ああ、そうみたいだな、いっそそのままメキョれ」

 

それからしばらく、二人はあーでもない、こーでもないとやり取りを続ける。

……そして傍からその光景を見ている全員は見事に話に置いてけぼりを食らっていた。

 

「……なんぞこれ」

 

一夏の言葉に、全員が頷いた。

なんとか千冬の鉄腕から抜け出した人影は先ほどの言葉で一夏の存在を認めると、片手をシュタっとあげて挨拶をする。

 

「いっ君おっすおっす!」

「えっと、おひさしぶりっすね、束さん」

「うんうんおひさー。と言うわけでいっ君、白式みせて! 今どうなってるのか、私気になります!」

 

一夏の言葉に、今度は全員が驚く。

一夏は目の前のこの女性を『束さん』と言った。

もしかして、その束と言うのは……

一夏からふんだくった白式……アイオーンを端末につなげ、ほむほむ、ほへぇ~などと声をあげている女性を見て、全員がそんな考えを頭によぎらせる。

 

束に逃げられてから、また眉間を揉み解していた千冬はそんな疑問を察して口を開いた。

 

「……あぁ、お前等の考えは分かる。そして残念なことに、お前等の予想は当たっているよ。こいつは篠ノ之束……ISの生みの親だ」

「ドヤァ」

 

千冬の言葉を聞いて、人影……篠ノ之束は両手でそれぞれピースをし、その手を顔の両横に持ってくる。

ドヤ顔ダブルピースである。

 

……うぜぇ

 

今、この場にいる全員の心は一つとなった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「と言うわけで凡人共、私が大天才篠ノ之束ちゃんだよー! ……あー! ちーちゃんいたいいたい! 頭ぐわしって握らないででちゃいけない中身がでちゃうーーーー!!?」

「挨拶ぐらいまともな態度でやれ……はぁ、これでも一時期に比べてまともになったと言うのだから困る」

「これで……?」

 

千冬の言葉に思わずそう返すシャルロット。

確かに、この場面を見てどこがどうまともなのかは実に判断しにくい。

しかし、束という存在を昔から知っている人々にとっては彼女は本当にまともになったと評価するのにふさわしいのである。

 

「束さんはなぁ……昔は俺、千冬姉、箒以外は認識できない……と言うかしない、かな? って言う人だったんだよ。けど今束さん、まぁ態度はどうあれ自分から挨拶をした……そこらへんから察して欲しい」

「いっ君いっ君、人をさも社会不適合者みたいに言うの止めてくれないかなー?」

「えっ」

「えっ?」

「えっ!?」

 

一夏の言葉に束は反論するが、千冬、一夏、箒の順に「お前何言ってるの?」的な反応をされる。

特に箒の反応が大きかった。

束は泣いた。

マジ泣きだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ぐすん……と、とにかく私の事はいいんだよ! 今は箒ちゃんのこと!」

 

未だに流れ落ちる涙をなんとか拭うと、束は箒へ視線を向ける。

そして……

 

「さぁさぁご観覧の皆々様、はるか上空をごらんあれ!」

 

そう宣言しながら右腕を天に伸ばし、人差し指で天を示した。

それに釣られ、全員が空を見上げる。

そこには何も無い……否、なにかがあった。

 

それは初め、小さな黒点だったが、次第に大きくなってきていることから、じょじょに落ちてきているようだ。

やがて落下物の全容が見えてきた。

 

「……ラ○エル?」

 

思わず一夏がそう呟く。

落下してきているもの、それは青く輝く正八面体だった。

 

「あ、陽電子砲とか撃たないしそもそも攻撃手段無いから安心してね? あれただの輸送コンテナだし」

「なら正方形でいいじゃないっすか」

「つまらないじゃん? 普通の形」

 

やがて、束いわく『普通の輸送コンテナ』は、砂を盛大に巻き上げながら着地。

全員が顔を腕で覆う。

 

「では、中身をごらんあれ! きっと皆様の度肝を抜けることでしょう!」

 

束は芝居がかった口調で言い切る。

全員が顔を覆う腕をのけると、コンテナがじょじょに開いていく。

そして、中から現れたのは……紅。

 

「これは……IS?」

「そう! 私が箒ちゃんのために愛とか愛おしさとかその他もろもろをとにかく詰め込んだ箒ちゃん専用IS! その名も……『紅椿』!!」

「わ、私の専用機!?」

「だから篠ノ之さんも専用機持ちグループに入れられたのですね」

 

セシリアは得心したように頷く。

そして箒はと言うと、言葉通り『降って沸いた』専用機に、誘蛾灯に誘われたかのようにふらふらと近づく。

そして、その紅の装甲にそっと手を触れた。

 

「これが、私の……?」

「そう、箒ちゃんの、箒ちゃんだけの力。私が箒ちゃんの為に作り上げた、第四世代のISだよ」

「……第四世代?」

 

束の言葉に、シャルロットが疑問を持つ。

現状、一番新しい世代は第三世代だ。

そしてその第三世代も未だに実験機の域をでていない。

だが、このISは第四世代……?

 

「そう! 第四世代! なんとこの紅椿! 展開装甲って言う状況等に応じていろいろ変わる装甲とかを持ってて、パッケージ換装とか無くてもあらゆる状況に対応できちゃうのだ!」

「待て束! 未だに第三世代もまともに出来ていないこの現状で、よりによって第四世代だと!?」

「うん? 何かおかしいかな? 箒ちゃんの為に最高のISを作ってあげるのが」

「あぁ、そのあたりも若干引っかかる点が無いわけではない。だが私が言いたいのは……っ!」

「分かってるよちーちゃん。余りに先を行き過ぎた技術をつぎ込んだIS。そんな物を持ってる箒ちゃんが危ないんじゃないかってことだよね?」

「……あぁ」

 

束はうんうん頷くと、やがて口を開いた。

 

「でも、いっくんの白式……今はアイオーンだったっけ? も展開装甲使ってたしなぁ。いまさらだよいまさら。まぁいまじゃアイオーンには展開装甲の影も形もなくなっちゃってるけど! おかしいよね! どうしてなくしちゃったのかな? ファーストシフトのとき、いっ君と相性悪いからって消しちゃったのかな!? うほっ! 産みの親でも分からないこの展開、みなぎってきたーーーーーー!!」

「……はぁ」

 

千冬はここに来て悟る。

これは何を言っても無駄だ、と。

もとより、口で束に勝ったことが無い千冬。

どんな正論を述べようと、それを上回る屁理屈で返され、結局負けるのが常だった。

 

「……っと、いっ君のアイオーンはおいといて、さ、箒ちゃん。ちょちょっと調整済ませちゃおう!」

「えっと、は、はい……」

 

そんな千冬の頭痛をよそに、束は箒を紅椿に押し込むと、紅椿に端末を接続し、目にも留まらぬ速さで仮想キーボードをタイプする。

 

「ほい終了! はっやいねぇ、さすが私! さ、箒ちゃん、飛んでみて飛んでみて!」

「飛ぶ……」

 

時間にしておよそ20秒かかったか否か。

その極短時間で調整を終えると、束は箒に飛行するよう促す。

今まで専用機は持っていなかったが、授業の中で操作はしてきた。

そのときの感覚を思い出し、箒は宙を舞う。

 

そして、そんな光景を束は満足げに見つめていた。

 

「……?」

 

しかし、そんな彼女の横顔を見ていた一夏はあることに気づく。

 

(束さん……『嗤ってる』? それに……)

 

そう、笑っているのではなく、嗤っている。

まるで、思い通りにことが進んでいるとほくそ笑んでいるような、そんな……

 

「ん? どしたのいっ君?」

「へ? あ、いえ、別に」

「ふーん……まぁいいや」

 

が、そんなにじっと見つめていてはさすがに束も気が付く。

束は一夏の方へ顔を向けると小首をかしげる。

何と返事をしようか困り果てた一夏だったが、束の方が話を切り上げ、再び空を舞う箒を見上げる。

その顔には、先ほどの表情はなくなっていた。

 

「まさかな」

 

一夏は先ほど浮かんだ考えを頭から振り払う。

まさか、束からあの邪神に似た気配がした……などと言うのは、恐らく気のせいだろう、と。

 

……しかし、後に一夏はこのときの判断を後悔することになる。

今からそれほど近くない、しかし遠くも無い未来で。

 

テストは佳境に入ってきたようで、箒はいつの間にか束が取り出したミサイルポッドから放たれるミサイルを避けたり、両手に持った刀で切り払ったりしている。

その動きにはまだぎこちなさは残っているが、それでもルーキーの動きとしては破格の動きを見せている。

 

「……さすが天才・篠ノ之博士手ずからのIS。凄い性能」

 

今まで熱心な瞳で紅椿を見ていたため、言葉を発していなかった簪が、空を舞う箒、そして紅椿を見て感心したようにそう呟く。

それに同意するように頷いているのが鈴音とシャルロットだ。

しかし……

 

「なぁ、セシリア、あれどうみても……」

「振り回されてますわね、性能に」

「その性能のおかげで傍から見ればそうとは見えませんがね」

 

一夏、セシリア、ラウラはそう評価している。

千冬も口には出していないが、苦々しい表情を箒に向けているという事は、一夏達と同じ考えに至っているという事だろう。

 

現在の箒の現状を表すなら、振れば「とりあえず当たる」強力な剣を振り回しているという具合だ。

確かにそれでもそこそこ強く、並の相手ならば普通に勝てるだろう。

だが、それは決して剣を使いこなしているという事にはならず、同格、あるいは格上と戦えばボロがでて敗北するだろう。

 

強い武器を使うものが強いのではなく、武器を使いこなすものこそが強いのだ。

一夏……否、九郎はそれを知っている。

でなければ、鬼械神(神の模造品)の模造品であり、基本性能では明らかに純正の鬼械神に劣るあの機体でそれこそ神さえ殺すに至ることは無かっただろう。

 

あれはまさしく三位一体……人と書と神とが正しく一つとなり、その力を十全に使いこなしたがゆえの勝利だろう。

 

そんな事を思っていると、ふと真耶がこちらに近づいてくる。

確か真耶は一般生徒のテストを見ていたはずだが……

 

「織斑先生! 緊急事態です!」

「どうした? 山田先生?」

 

普段の真耶からは考えられないような様子に、千冬もその表情を引き締める。

しばらく、真耶は間を空け、そして口を開いた。

 

「……アメリカ、イスラエルが共同で開発していた軍用IS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が暴走、現在、この場所へ向かってきているとのことです!」




と言うわけで今回は束さん本格出現の巻。
次から福音との戦闘になります。


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36 Gospel

福音

その福音は、誰が為の福音か

3話連続更新2話目でございます!
……あれ? 思った以上に進んでない?


IS学園一年生が臨海学校の宿泊場所としてとっている旅館。

その中にある一室は、さながら普通の旅館ではありえないよう様相を見せていた。

 

テーブルには素人には何がなにやら分からない機材が並び、それに教師が噛り付くようにしている。

彼女等が見ている機材のモニターには、膨大な文字が瞬く間に流れており、多くの情報を短時間で処理していると言うことが見て取れる。

 

ここは最早、旅館ではなく、まさしく司令室。

現在起こっている事案に対処するための司令室だった。

 

「織斑先生、全生徒の旅館への退避、ならびに旅館外への外出の禁止の伝達が完了しました」

「ご苦労、山田先生」

 

そんなやり取りをする二人の表情は固い。

つまりそれほどの事が今起きているという事だ。

 

「織斑先生、いい加減何が起きたのかを教えてくださると嬉しいのですが。なにも知らされず、『専用機持ちはついて来い』といわれても、何をしていいのやら……」

 

セシリアが千冬に対して口を開く。

それに対し、千冬は表情を変えぬままに答えた。

 

「すまない、処理せねばならぬ事柄などが多くてな、今から説明する……今から数時間ほど前、アメリカ、イスラエルが共同で開発していた軍用IS、銀の福音が暴走を起こし、こちらに向かっているとのことだ。それに対し、開発両国がIS委員会を通して学園に福音の機能停止を依頼。お前達にはその任務にあたってもらう」

 

千冬の言葉に、その場にいる全員が大なり小なり驚愕をあらわにする。

 

「軍用IS!? ISの軍事転用は……って、国防でIS使ってる現状で最早形だけ……は置いといて、なんで学生の私たちが? それこそアメリカとかの軍がとめればいいことじゃ……」

「……既に行ったそうだが、失敗したらしい。福音は追跡してきた両国のISを撃墜、そのままこちらへ向かっている。そして福音の進路上であるここに存在し、なおかつ下手な軍よりも戦力を保有しているIS学園に依頼が回ってきた……ぶっちゃければ軍人の尻拭いだ」

 

鈴音の言葉に、眉間を揉み解しながら言い放つ千冬。

彼女にとっても、なかなか頭が痛い話らしい。

 

「ぶっちゃけてって……ずいぶんな表現ですね、織斑先生」

「だが、そういいたくもなるだろう? デュノア。誰が好き好んで生徒にそんな危険な尻拭いをさせたがる? 本当なら突っぱねてやりたいところだが……生憎、こちとら上からお達しがくればやらせざるを得ない。それに専用機を含めた学園の保有ISの数を考えれば、下手な国よりも戦力を保有しているという事は事実なのだからな」

 

忌々しそうにシャルロットの言葉に答える千冬は、すでに怒りを隠そうともしていない。

既に、拒否すればどうこうという段階には無いようだ。

ならば、覚悟を決めねばなるまい。

専用機を持つという事は、これからもこういった事と無関係でいられないという事なのだから……

 

「先生、福音のスペックデータの開示を要求いたします。これから戦う相手の情報無しに戦えと言うのはさすがに無茶すぎますわ」

「ああ、そのつもりだ。だが、この場で聞いた情報は口外するな? なにせ、二つの国が威信をかけて作り上げたISのデータだ。下手に口外すれば、どんな罰則があたえられるか分からんからな」

 

そういうと、千冬は自身の前に出現させた仮想キーボードを操作し、空間モニターに一つの情報を呼び出す。

それは銀の福音のスペックデータ。

今回の依頼にあたり、絶対に関係者以外に口外しないで欲しいという念押しつきでアメリカ・イスラエルが渡してきたデータだ。

恐らく、彼等も学生に尻拭いをさせることに僅かながらも罪悪感や羞恥心を感じているのだろう。

 

せめて、できる範囲での協力を。

 

そんな思い故のデータ提供だった。

 

「……速いね」

 

シャルロットの言葉に、全員が頷く。

開示されたデータの中で特に目を引くのが、その速度。

加速力、最高速度ともに並ではない数値をたたき出している。

恐らく、量産機である打鉄やラファール・リヴァイヴはもちろんのこと、この場にいる専用機持ちの専用機でも追いつくことはそうそう出来ないだろう。

それに、武装も厄介だ。

武装自体はたった一つ、銀の鐘(シルバー・ベル)と呼ばれる大型スラスター兼射撃武装であるこれだけだ。

が、この武装、ただの射撃武装ではなく、砲口を36も持つ広域射撃武装であり、下手に近づこうとすれば近づく前に面で制圧されるだろうことは最早火を見るより明らかだ。

速度を持って戦場を翔け、持ち前の面制圧力で戦場を支配する。

味方ならば心強いのだが……現状、福音はただの敵である。

 

「このデータから考えるに、一度逃がせば恐らく再び補足するのはほぼ不可能だろう。故に、今回の作戦は単純明快。こちらも相応の速度で迎え撃ち、落とす。そして、この面子の中で速度と武装の威力を兼ね備えているとなると……」

「俺のアイオーン、か」

「ああ」

 

セシリアのブルー・ティアーズでには強襲用高機動パッケージであるストライクガンナーという物がある。

しかしそれは6基のブルー・ティアーズ全ての射撃能力を封印、純粋なスラスターとしてのみ運用すると言う形になる。

これでは、速度は確保できても一撃の威力が不足している。

それに、ただでさえ素のブルー・ティアーズでも一撃に優れているわけではないので、除外。

 

鈴音の甲龍にも高機動型パッケージがあるのだが、それもやはり速度を重視し、一撃の威力が不足してしまうため、除外。

 

シャルロットのリヴァイヴ・カスタムはどうだろうか?

確かに、多くの武装を搭載できるため、武装の威力に関しては気にしなくていいだろう。

が、忘れてはいけないが、カスタム機とはいえ、元は第二世代のラファール・リヴァイヴ。

基本スペックが足りていない。

元がラファールなため、通常のラファール用の豊富なパッケージの中から高機動型パッケージを使うと言う選択肢もあるが、そうなると今度はやはり武装をある程度犠牲にしなければならないためやはり除外。

 

ラウラのシュヴァルツェア・シルトはどうだろうか?

そもそもシルトは限定的な高機動のみ可能であり、素の速度はその重装甲ゆえに並より遅く、今回は高軌道型のパッケージを持ち合わせていないため、除外。

 

簪の打鉄弐式は?

確かに従来の打鉄に比べ、機動戦に特化しているが、それでも福音の速度に追いつけるほどではない。

搭載しているある武装の関係上、高機動型パッケージをつけるわけにも行かないという事で、やはり除外。

 

こうして消去法で考えると、翼刃型ウィングスラスター、シャンタクによる膨大な加速力を持ち、バルザイの偃月刀、ロイガー・ツァールと言った強力な近接武装、そして射撃武装もバランスよく持っており、そして何より、本人の戦闘技術などから、一夏とアイオーンの組み合わせが妥当と言える。

 

「無論、他の専用機持ちも何もしないわけではない。戦闘空域付近でいつでも援護が出来るように待機していてもらう。それと篠ノ之だが……」

 

千冬はそういうと、箒の方を見やる。

 

「……お前は待機だ。いいな?」

「っ!? 何故私だけが!!」

「言わねば分からぬか、馬鹿者が」

 

千冬の言葉が、視線が箒を貫く。

 

「悪いが、ルーキーのお守りをしながら戦えるような状況ではない。いくら持っているISが強力だとは言え、お前自体はズブの素人だ。戦場に出すわけにはいかんな」

「……っ、それは」

 

その通りだった。

内心、箒はISをもらったことをこれ以上無いほど喜んでいた。

しかもそれはIS開発の始祖である姉が手ずからつくった、現行のISのどれもを凌駕するほどの性能を持つ物。

嬉しくないはずが無い。

これがあれば、きっと一夏の隣で戦えるだろうから……

 

しかし、現実はこれだ。

自分は後ろで引きこもり、一夏は前にでて戦っている。

 

自分は、彼の隣では戦えない。

 

「……分かりました」

 

しかし、そんな現状を何とかできるような言葉も、意見も、箒は持ち合わせていない。

それゆえに、引き下がるしかなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

『織斑、聞こえているか?』

「ああ、聞こえてるぜ、千冬姉」

『織斑先生だ、馬鹿者……まぁ無駄口をしている暇は無い。そろそろくるぞ!』

 

千冬からの通信に、正面に視線を向けると、確かに夕日を反射する何かが、徐々にこちらに近づいてきている。

アイオーンのハイパーセンサーも、接近する物体を捉えていた。

 

現在地は、旅館から沖合い20キロほど離れた海上。

ここが、福音の進路から割り出した会敵地点(ランデブーポイント)だったのだが、どうやら予想はあたりだったようだ。

 

『一夏さん、後ろは気にせずやってくださいな』

『ばっちりサポートしてあげるんだから、成功させなさいよ!』

『グッドラック、一夏!』

『無事に成功することをお祈りいたします、織斑様』

『……がんばれ』

 

後で控えている全員からの激励を受け、一夏は気持ちを昂ぶらせる。

だが、あくまでも頭はクールに。

昂ぶらせるのは闘志だけだ。

ただ熱くなり、突撃するなど猪でも出来る。

 

目を閉じ、深呼吸を数回。

そして……目を見開いた。

 

「……行くぜ!!」

 

バルザイの偃月刀を呼び出し、一夏は福音へと向かっていく。

当然それに福音は気づき、回避、後に銀の鐘で反撃……そう福音は想定していた。

しかし、それは叶わない。

 

「だろうなぁ!!」

 

その回避先を先読みし、左手に呼び出した拳銃で弾をばら撒いたため、それに牽制され、思うように回避が出来ない。

こと戦闘においては未来予知レベルである一夏の勘による行動は、はたして功を奏した。

そしてその不出来な回避は、逆に隙となる。

 

シャンタクから緑の粒子が噴出し、一夏は急加速。

それは、まさに福音に匹敵しうるレベルの速度。

当然、エネルギーの消費も多いが……決して『あまりにも膨大』といえるほどでもない。

 

福音の懐に入った一夏は、そのまま偃月刀を振るい、福音追い詰めていく。

巧みに偃月刀を振るい、決して福音を間合いから逃がさずに繰り出していく攻撃。

作戦開始前に開示された情報で、操縦者の意識がないと言うことも知っている。

つまり、現在福音はAI制御という事になる。

そのAIが、初めの一手を崩されて狂った戦闘の道筋。

それを修正しようとしているが、一夏の攻撃を処理しているため、修正に処理を割けない。

それゆえ、修正も、戦闘も中途半端となり、福音の動きを鈍らせている。

一夏がつけこむのはそんな隙だ。

 

刃で、銃弾で、福音を決して逃さない。

それは、傍から見れば……巧いとしか言いようが無い戦い方だった。

 

そして、ついに福音の動きが一瞬とまる。

歪みにに歪んだプランが負担となり、AIにかかった高負荷がAIの機能をほんの一瞬停止させたのだ。

が、この男にとって、その一瞬さえあればいい。

 

一夏が放った弾丸は6発。

そのどれもが、それぞれ銀の鐘の砲口に飛び込んだ。

そして……

 

『!?!?!?!?』

 

AIが機能を回復させた瞬間に、銀の鐘が爆発。

その爆発により、弾丸が飛び込まなかった砲口も歪み、福音は機動力と攻撃力を激減させた。

 

ここまでくれば、最早福音の詰みである。

一夏はまっすぐ福音へと向かい、偃月刀を振りかぶり……

 

「ハァァァァァァァァァァァァァ!!」

「なっ!?」

 

上空から現れた紅に邪魔をされてしまった。

紅は、そのまま福音との戦闘を開始する。

その紅とは……紅椿を纏った箒だった。

 

「ちょっ?! 箒、お前なにやってるんだよ!?」

 

一夏は箒に向かって叫ぶが、箒には聞こえていないようだ。

ただ、うつろな目で何かを絶えず呟いている。

 

……それは、余りにも異常な様子だった。

 

箒はただひたすらに、がむしゃらに福音に両手の刃を振るう。

しかし、考え無しに振るわれたそれは決して当たるはずも無く、牽制にすらなっていない。

 

「私は一夏と戦うんだ、そうだ一夏と戦うんだ。一夏と戦うのは私だけでいい、そうだ、私だけだ。私が、私が、私が私が私が私が私がわたしがわたしがわたしがわたしが……」

 

それにすら気づいていないのか、箒はただただ刃を無為に振るう。

そして箒は福音が残った銀の鐘で箒を狙っているという事にさえ気づいていなかった。

 

砲口が、光を宿し、そして放たれる。

 

「っ! ちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

それを見た一夏は、全速力で箒に近づき、そして箒を蹴り飛ばす。

次の瞬間、一夏に銀の鐘が着弾した。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

着弾の衝撃で動きが止まる。

その隙を、先ほどまでの仕返しとばかりに福音は狙う。

一夏の元まで近づくと、福音はその両手、両足を持って一夏を殴り飛ばし、蹴り飛ばす。

着弾の衝撃から立ち直る前に立て続けに放たれた攻撃に、一夏は対処しきれない。

 

順調に作戦が進んでいる中、突如箒が乱入してきたと言う自体に驚愕し、固まっていた援護組も、ようやく立ち直り、未だに福音へ考えなしに突撃しようとする箒を止める組、一夏の援護をする組にわかれて行動を開始する。

 

「あんた、バカじゃないの!? なに乱入して作戦めちゃくちゃにしてるのよ!?」

「わたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしが……」

 

箒を止めに入った鈴音の言葉にも、まるで壊れたラジオのような反応しか返さない箒。

いや、反応を返してすらいないだろう。

なぜなら、その言葉はただ呟いているだけの言葉なのだから。

 

「お待ちください凰様、なにやら壊れた機械のようなこの反応。こういう場合には斜め45度のチョップが」

「いや、それって効くの?」

「それしかないかもね! さっさとやっちゃって!!」

「それでは」

 

ラウラの提案に、簪は反論するが、鈴音はもう何でもいいからこいつを止めろという思いを込めてGOサインを出す。

それを聞き届けたラウラが、数度素振りをすると、箒の頭目掛けて斜め45度の綺麗なチョップを繰り出した。

それは美しいと思えるほどに、箒の頭に向かい、一瞬シールドに阻まれ……たかと思うとそのまま箒の頭に突き刺さった。

 

「わたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたし……っ?! いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!? なんだ、何が起きたんだ!?」

 

チョップが当たった瞬間、箒の瞳に光が戻り、チョップが当たった部分を押さえ、悶え始める。

そんな箒の胸倉を鈴音は掴みあげる。

 

「何が起きた? ……じゃないわよこのアホンダラ! あんたのせいで作戦がおじゃんじゃない!!」

「作戦……一体何を……っ!」

 

そこまで来て、箒は気づく。

なぜ自分の目の前に自身が見送ったはずの鈴音がいるのか。

それどころか、鈴音の背後ではラウラや簪も自分を睨みつけている。

そもそも……ここはどこだ? なぜ自分はこんなところに……!?

 

「一夏さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「一夏ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

不意に、セシリアとシャルロットの叫びが響く。

声がした方向に向き直るとそこには……

 

「あ、ああ……!」

 

そこには、海に向かって墜ちていく一夏の姿があった。




と言うわけで、一夏君が落ちました。
……なんか自分で書いててあっさり落ちすぎと言うか、文字数6000越えてるんですけど、その割に内容がすかすかなような……

深夜のテンションで書くとこうなって困りますね


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37 AL AZIF

アル・アジフ

それは求めた片割れ

ようやく……ようやくでてきた!


作戦へ向かう一夏達を見送り、箒は憂鬱な表情を隠そうともしなかった。

ただ、彼等の背中を見送るしか出来ない自分が悔しかった。

 

--戦いたい。一緒に……皆と、一夏と……

 

しかし、千冬にはでることは禁じられ、結局箒は旅館へ戻ることしか出来なかった。

そんな彼女に背後から忍び寄る影。

その影は箒ににじり寄ると、そのまま襲い掛かり……胸をもみ始めた。

 

「!?!!?!?!!?」

「おおう何と言うやわらかさ、そして大きさ。箒ちゃんの胸は実際豊満であった」

 

すぐさま背中に仕込んでいた竹刀を取り出し、まずは後に向かって蹴りを繰り出す。

そのけりは不届き者の脛にあたり、不届き者はその痛みから箒の胸をもむ手を放す。

そのまま振り向き、先ほど取り出した竹刀にてから竹割り。

竹刀はそのまま不届き者がはやしている鋼鉄の兎耳の間に吸い込まれるように当たった。

脛の痛みに続いて、頭の痛みにも悶える不届き者。

それに蔑みの視線を向けつつ、箒は言い放った。

 

「……殴りますよ? 姉さん」

「も、もう十分に打ってるよ? 箒ちゃん……」

 

不届き者……束はようやく痛みが引いてきたのか、何とか立ち上がる。

 

「おお、まだ痛いや……で、箒ちゃん、何してるの? ここで」

「何、とは?」

「うん、せっかく箒ちゃんに紅椿上げたのに、なんで箒ちゃんはここにいるのかなぁって。いっ君と一緒に行かなかったの?」

 

束の言葉が、箒に突き刺さった。

 

「……私は素人ですから、ここではお呼びで無いですよ」

「えー、紅椿ならあんなやつちょちょいのちょい何だけどなー」

「……姉さん、誰と戦うか知ってるんですか?」

 

情報が決して漏れないようにしていたはずだが、なぜ無関係なこの姉が知っているのだろうか?

 

「便利だよねー人の情報見れるって」

「もしもし、警察ですか」

「わーわー!! シャレにならないからヤメテ!」

 

ハッキング行為という犯罪をやりましたと胸を張って言ってのけた姉に対し、箒は携帯を取り出しガチで110番。

しかし、携帯を取り上げられ、電源を切られたため、通報は叶わなかった。

 

「ふぃー……って、こんな漫才も程ほどにしておこうかな?」

 

箒から携帯を取り上げた束はしばらく息を整えると、不意にまとう雰囲気を変えた。

それを感じ、箒は……背筋に氷を突っ込まれたかのような感覚を受けた。

 

なんだ、なんだこの感覚は……こんなの……こんなのは……

 

「箒ちゃん……こんなところにいたら、いっ君がどんどん離れていくだけだよ?」

「で、でも、織斑先生が……」

「……ふぅ、箒ちゃん? いや、篠ノ之箒……」

 

束の言葉に、箒がしどろもどろに返す。

その言葉を聞いた束は、ため息一つつくと、口を開いた。

 

「『行け』」

「……っ! ……はい」

 

束の声と別の誰かの声が重なった、人間ではありえない声。

それを聞いた瞬間、箒の意識は闇に沈み、体は箒の制御を離れる。

 

うつろな目をした箒はふらふらと旅館を出ると、紅椿を起動させ、戦場へと向かっていった。

 

残ったのは……三つの炎を顔に燃やす闇。

 

「やれやれ、こういった修正も必要だからめんどくさいんだよね……」

 

闇はそういうと、嗤った。

 

「でも、それを望む演出に修正する……それもまた演出家の醍醐味って奴だろう? ……君たちもそう思うよね? ご覧の諸兄の皆様?」

 

闇は嗤いながら、『こちら』をみてそう言い放つ。

狂ったフルートの調べが、聞こえてきた……気がした。

 

「そうそう、そろそろ仕込みも花開く頃じゃないかな? ……はてさて、向こうはどうなりますことやら……皆々様、乞うご期待あれ!」

 

 

※ ※ ※

 

 

墜ちていく、落ちていく……

 

一夏が落ちる場面をみて、箒はただただ唖然とするしかなかった。

なぜ、なぜこんなことになっている?

箒は決して馬鹿ではない。

先ほどの鈴音の言葉から、何故こうなったのか分かりきっている。

しかし、認めたくない。

だって、だってそうだろう?

 

一夏の隣で戦いたいと思っていただけなのに、そんな自分が、一夏の邪魔をしたなんて……

 

「ああ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

箒はただ、叫ぶしか出来なかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

墜ちていく、落ちていく……

 

セシリアとシャルロットは、一夏の落ちていく様子を見て、ただ叫ぶことしか出来なかった。

 

初めはなんとか福音を一夏から引き剥がすことが出来たのだ。

そして一夏に銀の鐘を破壊され、機動力の大半を失った福音ならば、今のセシリアたちでも捉えることは可能。

故にこのまま福音に攻撃を加えつつ、一夏を安全な場所まで……

 

しかし、ここで予期せぬ事態が起きた。

破損した銀の鐘からぶくぶくと黒色の泡のようなものが吹き出し、銀の鐘を覆っていく。

泡はしばらくすると割れて消え去るが、割れた後からは、傷一つ無いしかし黒く染まってしまっている銀の鐘が見えている。

じょじょに修復されているだけでなく、何かしらの変化が現れているのだ。

 

それをみたシャルロットは、あの泡を見てはいけないと本能的に察したのか、すぐさま視線をそらす。

そしてセシリアは、その泡に向かってレーザーを放つ。

少しでも修復を遅らせることが出来るのではないかとの期待をこめて放たれた攻撃は、しかしまったく意味を成さない。

泡を消す速度より、泡が現れる速度の方が余りにも速い。

そして、泡が完全に銀の鐘を覆い、そして泡がいっせいに割れた。

 

そこから現れたのは、損傷が無くなった銀の鐘……しかし、その色や形状さえも、先ほどまでと大きく変わっている。

先ほどまでは福音の名の如く、眩く、神々しさを感じさせた銀色の翼は、今では禍々しさを感じさせる黒い、まるで悪魔の翼のように変わってしまっている。

 

「黒く不定形であり、何者にも、何にでも姿を変える……まさか、ツァトゥグァの不定形の落とし子!?」

 

セシリアは冷や汗を流す。

まさかこのタイミングで奉仕種族が出てくるとは……

 

黒く染まった銀の鐘は、セシリアの言葉に同意するかのように蠢き、黒く粘つく触手や鉤爪を形成する。

 

「セ、セシリア……あれ……なんなの……?」

 

シャルロットの声が震える。

いや、声どころか全身が震えている。

当然だろう。

あれは邪神に使える奉仕種族。

字面だけを見るととても危険層には思えないが……人知の外にある奴等を人知の内の考えでくくってはならない。

 

特にこの不定形の落とし子は肉食を好む凶暴な奉仕種族だ。

あの触手につかまりでもしたら……その結末など想像もしたくない。

 

「……シャルロットさんは下がってくださいな」

 

だから、セシリアはシャルロットに一夏を頼み、下がらせる。

邪神、そしてそれに連なる者たちと戦うのは、今のシャルロットでは不可能。

原初の恐怖に侵され、犯され、とても戦える様子ではない。

 

だから、一夏が戦えない今、自分が戦うのだ。

 

そう意気込み、戦い始めた。

だが、やはりまともな戦いにならなかった。

不定形の落とし子が変じたものとはいえ、銀の鐘のスラスターとしての機能は健在でその速度にセシリアは翻弄される。

 

そして、セシリアを蹴り飛ばした福音はそのまままっすぐ……恐怖に震えているシャルロットに向かっていった。

 

「!? させませんわ!!」

 

すぐさまセシリアが福音を追うが、追いつけない。

ならばとレーザーライフルを放つが、そのどれもを回避されるか、もしくは銀の鐘が変じた黒い盾に防がれてしまう。

 

やがて、福音がシャルロットの目の前でとまる。

 

「ひっ!」

 

目の前に現れた、未知の存在。

その恐怖に、シャルロットは震えることしか出来ない。

ゆらり、と鉤爪が動き、シャルロットへ向けて振るわれる。

 

黒く粘つきながらも、爪の部分はむしろ鋭く黒光りしている。

それを見て、シャルロットは恐怖する。

 

--殺される……!

 

本能が叫ぶ。

こいつには、ISのシールドなんてまったく役に立たないと。

そんな物……こいつには紙ほどの障害にもなら無い、と。

 

余りの恐怖ゆえに、体はまったく動かない。

恐怖ゆえにまぶたを閉じることすらも出来ず、ただただ鉤爪が自分に振るわれる様を見つめることしか出来なかった。

 

「……あ」

 

そして、赤い血が舞う。

 

「……がはっ」

「……い、いち、か……?」

 

しかし、シャルロットには傷一つ無い。

傷を負ったのは……シャルロットに抱えられていたはずの一夏。

その体には鉤爪食い込んでおり、そこからは今でも血液があふれ出している。

シャルロットの声に、一夏は痛みに歪んだ笑顔を見せながら、口を開く。

 

「よ、よぉ……怪我、ねぇか?」

「ど、どうして……なんで……」

「さぁ、な……勝手に、体が動い……っ!?」

 

一夏の言葉は、最後まで続かなかった。

福音が新たに槍のように尖った触手を生み出し、それで一夏の体を貫いたのだ。

 

「ぐがっ……!?」

 

それにとどまらず、福音は槍状触手を抜くと、再び突き刺す。

まるで、先ほど翼を破壊された恨みを晴らすかのごとく、執拗に。

最早一夏は悲鳴すら上げられない。

 

そして……

 

「…………」

 

最後にもう一度、勢いよく一夏を突き刺した福音は、一夏が動かなくなったことを確認すると、そのまま海に向かって投げ捨てた。

 

「あ……あぁ……!」

 

落ちていく。

まっすぐに、海に、暗い闇に、一夏が落ちていく。

 

「一夏さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「一夏ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

その光景をみた二人はただただ叫ぶしかなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

堕ちていく、落ちていく……

体は重く、まるで何かに体中を掴まれているかのようだ。

 

(……あれ、俺、なんで……)

 

ぼんやりと、一夏は目を開ける。

視線の先には、じょじょに小さくなっていく光。

それは、海面に差し込む夕日の光だった。

それがじょじょに遠ざかっている、つまり……

 

(あぁ、俺……沈んでるのか……)

 

妙に他人事だった。

本来なら、焦るべき事態なのだろうが、しかし体がまるで動かず、思考もぼんやりとしており、考えることが億劫だ。

視界に、赤い煙のようなものが立ち上っているのが見える。

それは自身の体からあふれ出ている、血液だ。

 

(なるほどなぁ、血が流れて足りないのか……そりゃだるいし、頭もぼんやりするわけだ……)

 

思考は時間が経つほどにぼんやりとなり、体のだるさも増していく。

 

(……俺、死ぬのかな……)

 

ぼんやりとした思考の中、自分に死が近づいていることだけは明確に分かる。

だが、それでも、力の入らない体ではどうしようもなかった。

じょじょに、じょじょに落ちて行く。

やがて、視界も闇に閉ざされ始め、意識も遠のいていく。

そんな中、最後に想った事は……

 

(……アル)

 

最愛の伴侶の事だった。

 

『勝手に死ぬな! このうつけがぁぁぁぁぁぁ!!』

 

やけに近くに、求めている存在の声が聞こえた気がした。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……ん」

 

気が付くと、一夏は砂浜でうつぶせになって倒れていた。

先ほど比べ、頭もすっきりしており、体も軽い。

 

「……これは……死後の世界?」

 

とり合えず、うつぶせ状態では何も始まらないため、起き上がり、体についた砂を払い、周囲を見渡す。

 

人っ子一人見当たらない場所だ。

ただ、広い海と白い砂浜が広がっている。

 

「なんつーか、現実味の無い光景だな、おい」

 

しかし、ほんとにここは死後の世界なのだろうか?

一夏は自身が想像していた死後の世界との違いに首を捻る。

 

「……~~っ!!」

「……~~っ!?」

 

ふと、どこからか声聞こえてきた。

声からして、それほど遠くは無いようだ。

 

声がしているほうへと向かう。

人がいるなら、ここがどこなのかを聞こうと思ったからだ。

 

声が、徐々に近づいてくる。

 

「……から……と……だ!」

「で……そん……!!」

 

「……この声は」

 

聞こえてきたのは、女の声。

一つは大人の女性であろう声。

しかし、もう一つの声は……

 

「まさか……!」

 

一夏の歩みが早くなる。

 

声が、じょじょに大きくなる。

 

「くど……! こ……ていた……! みてら……!!」

 

声が、徐々にはっきりとしてくる。

間違いない。

一夏はただひたすらに走る。

 

そして、ついに声の発生場所にたどり着いた。

それと同時に、叫ぶ。

 

「っ! アルーーーーーーーーー!!」

 

そうして叫んだ一夏が見たものは。

 

「ええい! いいからさっさとコアの主導権を渡さぬか! このうつけがぁぁぁぁぁ!!」

「絶対にいやですぅぅぅぅぅぅ!!」

「お姉ちゃん達喧嘩しちゃやだーーーーーー!!」

 

なにやら白銀の鎧を着た女性を四つんばいにさせ、その背中に乗っている少女と、そんな二人のそばで大泣きしている白いワンピースを着た幼い少女。

 

「……何やってんのアルさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」

 

一夏はそう突っ込みながら、走ってきた勢いそのままにすっころんだ。

それを見て、三人は一夏の方に視線を向ける。

 

「……九郎?」

 

そんな中、女性の背中に乗っていた少女が呆けたように一夏を見つめ、そう問う。

 

「……よ、よう、アル」

 

なんか締まらねぇ再会だなと内心思いながらも、一夏は立ち上がり、少女に声をかける。

その声を聞いた少女……アル・アジフは感極まったように瞳に涙をため、駆け出す。

 

「九郎……九郎ーーーーーー!!」

「アル……!!」

 

そして、アルが九郎に飛びつくように抱きついた……と見せかけて。

 

「この……うつけがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぶげろっぱぁ!?」

 

思い切り殴り飛ばされた。

 

「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

 

それを見ていた女性と少女は思わず口をあんぐりとあけて唖然としてしまった。

 

殴り飛ばされた後、マウントポジションを取られ未だに殴りつけられている一夏は思う。

 

(……なんぞこれ)

 

そんなの、こちらが聞きたい。




と言うわけで、苦節37話目にしてようやくアルさんが出てきました!

ふ、ふふふ、まさか40話目前になるまで出せないなんてクラッチも吃驚です。

この話考えた当初は25話目くらいにはもう出てたはずなんだけどなぁ


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38 Scripture

聖句

それは、聖なる呪文。
それは、希望の詩。


ひとしきりマウントポジションからの拳の連打を終え、アルは一仕事終えたように立ち上がり、額の汗を拭う仕草をする。

 

「ふぅ……さっぱりしたぞ」

「ま、前が見えねぇ」

 

言葉通りさっぱりとした表情をするアルとは裏腹に、一夏は酷い様相だった。

なんと言うか、じゃがいも?

普通ここまで顔がぼこぼこになっていれば後に後遺症なりが出そうな気もするのだが、しかしそれを前が見えないだの痛ぇだので済ませてしまうあたり、やはり一夏もだいたいおかしい。

次の瞬間にはもう元通りだし。

 

「つーか何しやがりますかねアルさん!? こちとら涙無しでは語れない再会エピソードを予想してたんですがね!? なんでこんな再会になっちまったかなぁ?!」

「う、うるさい! 汝があちらこちらで鼻の下をのばしていたからであろうが! こちとらこんな辺鄙な場所から出たくても出れぬというに、汝というやつはぁぁぁぁぁぁ!!」

「鼻の下!? いつのばしたってんだよ!!」

「同室になったあの眼鏡の小娘やら女の癖に男として入ってきたあの小娘だの覇道の小娘に決まっておろう! 特にあの男装小娘とは、一緒に風呂になんぞ入りおって……!」

「そ、それは……」

 

事実だけに言い訳できない。

いくら自分が望んだことではないとはいえ、やっちまったのは事実なのだから。

 

「……不安だったのだぞ? 妾の事を忘れて別の女のところへいってしまうのではないかと……汝が妾の事をずっと覚えていたと言うのは分かっている。だが、今の今までそれに答えることすら出来ず……あ、愛想をつかされるかと……そう思うと……!」

「……アル」

 

あぁ、そういえばアルはこういう奴だったな。

強がりで、意地っ張りで、けど本当は寂しがり屋の泣き虫で、それを言われても否定するような、そんな面倒くさい奴。

でも、そんなところが、とても愛おしい、そんな奴。

 

思わず、苦笑した。

 

「馬鹿だな、お前は」

「ば、馬鹿!? 言うに事欠いて妾を馬鹿だと!? 人の気もしらず……!」

「お前は言っただろ? 『もう離れない、離れられない』って……俺も同じさ。もう俺はアルから離れない、離れられない。アルのいる場所が俺の居場所だ。アルの隣が俺の居場所だ」

 

アルを強く抱きしめ、アルの耳元で囁くように言う。

先ほどまで顔を真っ赤にして怒っていたアルが、今度は別な理由で顔を赤くした。

 

「な、にゃにゃ!?」

「俺たちは比翼の鳥、連理の枝。仮に……仮にアルが俺と違って一対の翼をちゃんと持っていても、だったら俺はお前のその翼の片方をもぎ取ってでもお前が俺の元から飛びたてないようにするだけだ。俺がいなければどこにもいけないように……」

 

それは、まさしく一夏のエゴ。

だが、それほどまでに一夏は求めていたのだ、アルと言う存在を。

 

「……ね、熱烈だな、九郎」

「何年お前を待ってたと思ってるんだよ。もう二度とどこにも行けねぇようにしねぇと安心できねぇ」

 

アルを抱く力を、より強める。

それにより、アルの表情がやや歪む。

が……何故だろうか、アルの表情は確かに歪んでいるのに……嬉しそうなのだ。

 

「い、痛いぞ、九郎」

「二度と、もう二度と離れるな、アル」

 

しかし、一夏はアルの言葉には耳を貸さず、ただそう呟く。

それに対しアルはため息を一つつくと、自らも一夏の体に腕を回した。

 

「……あぁ、そうだな、九郎。もう、ほんとにもう離れぬと誓おう。我等は……永久に共に」

「……アル」

「九郎……」

 

二人は、やや体を離し、互いを見つめる。

そして、瞳を閉じ、顔を近づけていく。

やがて二人の間の距離がゼロに……

 

「……あ、あの~」

 

ならなかった。

 

不意に横合いから投げかけられた声に、二人は声がした方向へむく。

 

頬を赤く染め、顔をそらしながらあーだのうーだの言っている騎士姿の女性と、興味津々と言わんばかりに瞳をキラキラさせ一夏達を見つめるワンピース姿の幼女がいた。

 

「……な、なななななななな……!?」

「まさか……見てた?」

「…………」

 

最早言葉にならない言葉しか発することが出来ていないアル。

そんな彼女の様子のおかげでやや冷静になった一夏は、騎士姿の女性に問う。

その問いへの答えは……無言の頷き。

 

「お兄ちゃんたち、らぶらぶだね!!」

 

そして幼女が止めを刺した。

悪意とか相手をいじろうだとかそんな意図など一切無い、純粋ゆえにたちの悪い言葉。

その言葉でアルがはじけた。

 

「わ、わわわわ……忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

アルの体が光を放ち、衝撃波が発生する。

そしてその衝撃波で……なぜか一夏だけが吹き飛んだ。

 

「な、なんでぇぇぇぇぇぇ!?」

 

きっとそんな星の下に生まれたんだろう。

 

 

※ ※ ※

 

 

「いつつ……体中いてぇ」

「す、すまぬ、九郎」

 

今回はさすがのアルも罪悪感を感じたのか、素直に謝罪する。

それを見て、アルが素直に謝った!? という驚愕を覚えた一夏だが、それを口にしたらまた吹き飛ばされるのは目に見えているので控える。

 

「しっかし、さっきから俺の事九郎って呼んでるけど、よく分かったな。だいぶ見た目変わってるだろうに」

 

だから話題を変えることにした。

話題は先ほどから一夏は自分を九郎だといってもいないのに、アルが一夏を九郎と呼んでいることについてだ。

 

「当たり前だ。姿が変わろうと、名が変わろうと、九郎という魂の形は、在り方は変わっておらぬ。なれば、妾が分からぬはずが無いだろう?」

「そんなもんか?」

「そんなものだ」

「さよか」

 

相変わらず無い胸をはるアルに苦笑いしつつ、一夏は周囲を見渡す。

 

「で、アルと再会できたわけだし、とっととアルつれて戻りたいんだが? 多分まだ皆戦ってるだろうし」

「だな、それに良くない気配がする。早々に戻ったほうが良かろう」

「お待ちください」

 

一夏の言葉に、アルが同意する。

そしてどうにかして戻れないかと思ったところで騎士姿の女性に声をかけられる。

 

「一つ、聞かせてください。何故貴方はまた戦おうとするのですか……いえ、何故また戦おうと『思える』のですか?」

「は?」

 

女性の質問の意図がいまいち読めない一夏は、呆けたような声を上げる。

女性は言葉を続ける。

 

「ここに来る直前、貴方は福音にこれ以上無いほど打ちのめされたはずです。それどころか、文字通り体中を穴だらけにされ、死んでもおかしくなかったというところまでに至った。そんな事をされれば普通であれば恐怖で動けなくなります。よしんば動けても、もう二度と戦いたくないと考えるのが普通です。なのに……なぜ貴方は戦えるのですか?」

 

その言葉に、一夏はなるほどと得心する。

確かに、あれほどのぼこぼこにされて、串刺しにされれば普通トラウマ物だろう。

というか、実際トラウマである。

だが、たとえトラウマになろうとも、そこから来る恐怖以上に心に湧き出てくる思いがあるのだ。

それは……

 

「だって、後味わりぃだろ?」

「……は?」

 

今度は、女性が呆ける番だった。

そこまでの恐怖を乗り越えてまた戦うのだ、きっとそれほどまでに大きくて、よほど高潔な思いがあるのだろうと女性は考えていた。

しかし、帰ってきたのは『後味悪い』という一言。

『何かを守りたいから』でも無く、『何か救いたいから』でもなく、『後味悪い』という、言ってしまえば極普通の、ありふれた感情。

 

「考えてもみろよ? 目の前で親しい誰かが傷つけられたらむかつくだろ? で、自分にそれを何とかできる力があるのに、見て見ぬふりするなんて後味わりぃだろ? 見て見ぬふりした結果、また誰かが不幸な目に会ったら、もっと後味わりぃ」

 

そういうと、一夏は自身の手を見下ろす。

 

「だから戦えるのかもな。『誰か』のためじゃなくて、『自分』のためだから。自分が後味わりぃ思いしたく無いから、だから戦うんだ……わりぃな、お前さんが望む高潔な考えってもんじゃなくて」

「それは……」

 

一夏の言葉に、言葉に詰まる女性。

正直言うと、一夏の言うとおりだ。

期待した答えではなく、なんともありきたりで人間じみた、俗っぽい答えが返ってきたことに、女性は落胆を禁じえない。

しかし、そんなありきたりな答えを胸を張って言ってのける目の前の男に、女性は魅せられてもいた。

 

何と泥臭く、青臭く……熱い想い。

 

「それが、貴方が戦う理由」

「だから理由だ何だって難しく考えて無いってこった」

 

あぁ、まったく、こんな考えを持った人間が、既に姿かたちが変わってしまったとはいえ、『自分』を扱っているだなんて。

 

「……でも、いいんじゃないかなぁ? 私はお兄ちゃんみたいな考え好きだよ?」

 

ふと、今の今まで黙っていた幼女がそう口を開く。

 

「あんまり難しいことばかり考えてると動けないよ?」

「……そう……ですかね」

「うんうん! 理由なんて後付で考えればいいのだー!!」

「……どこで覚えたんです? そんな言葉」

 

なんだか、あれこれ考えている自分が馬鹿みたいではないか。

いや、きっと馬鹿だったんだろう、この目の前にいる存在とは別な意味で。

 

思わず、笑みがこぼれた。

 

瞬間、一夏の姿にノイズが走る。

 

「……こいつは?」

「あぁ、お気になさらずに。貴方が現実世界に引っ張られているだけですよ。もうすぐ戻れるでしょう」

「とは言われても怖いもんは怖いんだが!? もうちょいマイルドに帰れないの!?」

「ムリです」

「言い切った!? と言うかなんか最初とキャラ違うくない!?」

「気のせいですよ、ええ」

 

女性の最後の言葉も聞こえていたか。

一夏はそんなタイミングで女性達の前から消えた。

 

「……さぁ、貴方も行ってください。望めば、貴方は彼の元までいけますから」

「あぁ、そうさせてもらおう」

 

そうとだけ答え、アルの姿も消える。

残ったのは、女性と幼女。

 

「……それじゃ、やろっか、白騎士お姉ちゃん」

「えぇ、やりましょう、白式」

 

「「我等が担い手が望む、無垢なる刃を今ここに!!」」

 

二人の体が、光を放った。

 

 

※ ※ ※

 

 

暗い、暗い世界。

一夏はそんな世界をひたすらに歩いている。

目指すははるか遠くにある光。

恐らく、そこが出口。

 

「……行くぜ」

 

誰もいないはずなのに、一夏は誰かに語りかけるように言い放つ。

しかし、その言葉に返答は無い……

 

「あぁ、行くぞ、九郎」

 

筈だった。

いつの間にか、一夏の隣にはアルがいた。

 

そしてそれはごくごく当たり前の事。

だからこそ、一夏は誰もいないはずなのに語り掛けたのだ。

 

--隣には、必ずアルがいる。

 

それが当たり前だから。

そして、暗い世界が緑の光に包まれる。

それは激しく、目を灼くような……しかし、そのじつ暖かな、優しい命の光。

 

「……『憎悪の空より来たりて』」

--I'm innocent hatred.

 

一夏が、右手を前に突き出し、そのまま右へと動かしていく。

 

「……『正しき怒りを胸に』」

--I'm innocent rage.

 

アルが、左手を前に突き出し、そのまま左へと動かしていく。

 

「「『我等は魔を断つ剣を執る!』」」

--I'm innocent sword.

 

そして一夏は右にのばした手を左下へ、アルは左へのばした手を右下へ。

そこで止まらずに、二人の手は上へと動いていき、そしてぶつかり合い、絡み合う。

 

「「『汝、無垢なる刃!!』」」

--I'm ...

 

二人が描いた軌道は、五芒星。

現れるのは、旧神の紋章。

 

「「『デモンベイン!!』」」

--DEMONBANE

 

光が、弾けた。

 

 

※ ※ ※

 

 

戦っていた。

無駄だと知りつつも、だとしても決してただ蹂躙されるばかりでなるのものかと己を奮い立たせ、戦うものがいた。

 

震えていた。

自らが知りえない恐怖に遭遇し、ただただ身を縮めるしかできず、脅えているものがいた。

 

泣いていた。

自らの失態で取り返しのつかぬ事態を招いてしまったことを悔やみ、泣いているものがいた。

 

侵されている。

犯されているのだ。

 

今まさに、彼女たちは絶望に侵され、犯され。

やがて世界も犯されるであろう。

 

あぁ! 神はいないのか!?

人々を救う神など夢幻なのか!?

神とは盲目たる存在なのか!?

神とは聾者なのか!?

 

「……否! 断じて否!!」

 

叫ぶ。叫ぶ。

狂おしく、愛おしく、闇が叫ぶ。

 

「私達は知っている! 神は決して盲目ではないと! 聾者では無いと知っている! 皮肉にも! 私達は知っている!!」

「僕達は知っている! あまねく三千大世界を覆う闇を払う、荒唐無稽な御伽噺を! 皮肉にも! 僕たちは知っている!!」

「「あぁ狂おしや! あぁ愛おしや!! 人として戦い、人として戦い抜き、神を殺すに至った人間が、外道の書を持って、無垢なる刃を以って! ついぞ、ついぞついぞついぞ……来たる!!」」

 

瞬間、世界を犯す闇は止まった。

先ほどまで荒れ狂っていた波も穏やかさを取り戻し、いつの間にか黒雲に覆われた空からは一筋の光が降り注いだ。

その光は、海のある一点を照らしている。

 

--『憎悪の空より来たりて』

 

少年の声が聞こえる。

力強い、決意に満ちた声が。

 

--『正しき怒りを胸に』

 

少女の声が聞こえる。

凛とした、澄み渡った声が。

 

--『我等は魔を断つ剣を執る!』

 

少年と少女の声が重なる。

二つの声が重なり、天へ昇る。

誰しもが、その声を聞いた。

セシリア、ラウラ、鈴音、シャルロット、簪。

そして箒も。

戦っていたはずの福音も、福音に取り付いた落とし子も。

じっと、光に照らされた海を見つめている。

それどころか、箒が無断出撃したことや、一夏が落ちたことで混乱と喧騒に包まれていた司令室の面々も、旅館で外出禁止令をだされ、部屋にいた生徒達も、その声を聞いて、動きを止め、一様に空を見上げた。

 

--『汝、無垢なる刃!!』

 

海を照らす光が強くなり、やがて照らされていた地点が不意に盛り上がる。

 

--『デモンベイン!!』

 

そして、身にまとわりつく海水を振り払い、光をまとって……

 

魔を断つ剣は今、この世界に蘇った。




と言うわけで、ついに……ついにデモンベインだせたーーーーー!!
長かった! 長かったぜ!!

いやぁ、ようやっとここまで来ました。
と言うわけでいつもより数割り増しくどく書いてます、一部分を。
各自、お気に入りのデモベBGMをかけてその部分を読んでいただければ幸いです


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39 DEMONBANE

魔を断つ剣


さぁ始めようか。
荒唐無稽な御伽噺を


「……あぁ」

 

セシリアは『それ』を見て、無意識のうちにため息をついた。

それは、呆れなどの感情から来るものではなく、紛れも無く安堵の感情から来るものだ。

 

セシリアは、否、覇道瑠璃は知っている。

その鋼の威容を。

鋼でありながら、確固たる断魔の意思を込めたその双眸を。

 

……邪神の一流脚本(シナリオ)を砕く、荒唐無稽な三流脚本(御伽噺)を。

 

「……皆さん、顔を上げてくださいな」

 

ゆっくりと、囁くように……されど、確かに誰の耳にも聞こえるように、セシリアが口を開く。

 

「怒りを忘れろなどと言いません。恐れを捨てろなどとも言いません……ですが、信じましょう。決して、我々は負けぬのだと」

「お嬢様、なにを……?」

 

ラウラの言葉に答えず、セシリアは語る。

 

「ええ、負けません。負けなど……すでに訪れるはずもありません……彼が、彼等が戻ってきたのなら……我等は……負けない!」

 

今までに見た事が無いセシリアの様子に、その場の全員が首をかしげる。

そう、まるで御伽噺をせがむ子供のように、今のセシリアは興奮を隠そうともしていないのだから。

セシリアの瞳はずっと、海中から現れた『それ』を見つめている。

 

「……其は憎悪に燃える空より産まれ落ちた涙。其は流された血を舐める炎に宿りし正しき怒り。其は無垢なる刃……お帰りなさい……デモンベイン!」

 

 

※ ※ ※

 

 

閉じていた目を開く。

目に入るのは、かつて自分が駆った、あのデモンベインのコックピットの光景。

前方やや下方には、いつものようにアルがまたがっている。

しかし、これは現実の光景ではない、あくまで一夏のイメージが映像となっているだけだ。

 

そして感じる、今まで以上の一体感。

以前までと違い、まるで自分がデモンベイン自身になったかのような、そんな全能感。

サイズが以前の物と違い、ISサイズにまでダウンサイジングされているため、以前のようにコックピットに乗り込むという事は出来ない。

 

ならば今、一夏はどういう状態なのか?

今、一夏は文字通りデモンベインと一つになっている。

 

量子転換。

 

ISに当たり前に使われているその機能を応用し、自身を量子転換し、デモンベインの一部となす。

 

鋼の装甲は一夏の肌。

全身をめぐるように流れる水銀(アゾート)は一夏の血。

燃える双眸は、一夏の瞳だ。

 

自身の目となった瞳に入り込むのは黒雲に覆われた空と、その空を支配する邪悪。

今まさに、目の前に世界を侵す邪悪がいるのだ。

 

だが……何故だろうか、負ける気がまるでしない。

理由はすぐに思い当たる。

 

アルがいる、デモンベインがいる。

 

ならば、俺が負けるなどという事はありえない!

 

「全システムチェック完了……うむ、多少以前と異なるが、良好だ! 九郎!!」

「応よ!!」

 

頭部から雄々しく天へと突き出すようにあるブレードアンテナから、緑の光を放つ鬣が現れ、揺れる。

 

--それだけで、福音がたじろいだように後ずさる。

 

背部に存在する赤い翼……シャンタクがその存在を誇示するかのように一回羽ばたく。

 

--それだけで、空を覆う黒雲が吹き飛ばされた。

 

既に、ここは光差す世界。

そんな世界に、暗黒など住まう場所があろうか?

 

否! 否否否!!

 

住めぬ、住まわせぬ。

 

彼等がそれ許さぬのだから!

 

「アル! モード『D.Ex.M(デウス・エクス・マキナ)』!! 相手は外なる存在……全力で行く!!」

「了解! 行くぞ!!」

 

一夏の言葉に、アルが答え、アルの言葉と同時にデモンベインの双眸が光る。

 

モード『D.Ex.M』。

 

デモンベインと言う『IS』が邪神、ならびにそれに連なる者共と戦うために、制限していた機能を開放した状態。

すなわち、この機能を発動させた今、デモンベインは『ISサイズの鬼械神』となる!!

 

「断鎖術式、壱号『ティマイオス』! 弐号『クリティアス』!!」

「時空間……歪曲!!」

 

瞬間、デモンベインの姿が消えた。

福音は消えたデモンベインを探そうと周囲を策敵し……

 

真正面から向かってきていることに気が付く。

 

真正面から、まっすぐに、少しもぶれる事無く自身へと向かってきている。

そして自身に突き出されているのは……足。

 

 

--時間と空間には密接な関係がある。

 

時間が歪めば空間は歪み、その逆もまたしかりだ。

そして、歪んだ物が元に戻ろうとするのもまた道理。

その際、歪みが大きければ大きいほど、元に戻ろうとする際の力も大きくなる。

 

脚部に備えられた脚部シールドである断鎖術式『ティマイオス』『クリティアス』

 

この機構の効果範囲では、常に時間は未来へ進んだかと思えば、過去へとさかのぼり、また未来へ進むを繰り返す。

……はたしてそれは正しい時間の流れと言えるか?

否。それは決して正しい流れではない、歪んだ流れである。

そうして歪められた時間に引きずられ、空間もゆがみ始める。

その歪んだ空間が元に戻る際の衝撃は、福音をしてデモンベインの姿を見失うほどまでの加速を実現する。

 

……では、そこまでのエネルギーを相手に直接叩き込んだ場合、はたしてどうなるだろうか?

 

デモンベインの繰り出した蹴りが、福音にあたり、あたった足を通じて時空間歪曲エネルギーが福音に流れ込む。

それは瞬く間に福音ならびにその周囲の時間、空間を歪ませ……そして元に戻る。

 

そう、これは、ティマイオス・クリティアスを用い、それが起こす時空間歪曲のエネルギーを相手に叩き込む近接粉砕呪法。

すなわち!

 

「「『アトランティス・ストライク』!!」」

 

瞬間、福音は文字通り吹き飛ばされる。

盛大に歪められた時空間が元に戻った際の衝撃は、其れほどまでに強烈だったのだ。

 

「逃がすかよ!!」

 

シャンタクが一回羽ばたき、そしてデモンベインが空を翔ける。

その速度たるややはり福音と同等……否、それ以上。

 

福音もそれをみて、曲線的な軌道、鋭角的な軌道を織り交ぜ、何とか食いつかれまいと、追いつかれまいと空を飛ぶが……其れも最早無駄な抵抗だ。

 

再び、空間が爆ぜる。

その衝撃により、デモンベインは速度を維持したまま鋭角的軌道を描くことを可能とする。

さながら、稲妻の如くジグザグの軌道を描き、再び、デモンベインは福音を捕らえた。

 

『〇!√#ゝ+*!!!』

 

福音の背中に取り付く落とし子が、その表面に無数の瞳を出現させ、それを全て見開かせる。

そして発せられる異界の言葉。

普通の人間にはもはや言語であると理解できないそれは……紛れも無く、落とし子の恐怖の叫びだった。

 

「そういえば、貴様は九郎をこれでもかと串刺しにした挙句、海に叩き落したのだったなぁ……?」

 

アルが声のトーンを低くし、落とし子に言い放つ。

 

「串刺しは出来ぬが……代わりに切り刻み、そして同じように海に叩き落としてくれるわ!!」

 

デモンベインの右手に炎が走り、バルザイの偃月刀が顕れる。

そして、アルが一時的にデモンベインに制御を取り上げ、福音ごと落とし子を切り刻み始める。

 

「ふ……ふふふ……っ! ふふふふふふふっ! ふぁーっはっはっはっは!! あーっはっはっはっは!!!(注:ヒロインの笑い) 今の今まで出番をもらえずにいただけなのに『出待ちか?』 『なんという出待ち』などと言われ続けた怒りもついでにぶつけてくれるわ!! と言うかなんだ出待ちって! 好きで今まで出てこれなんだ訳ではないわ! 40話近くもまともに出て来れなかったのは決して、断じて! 妾のせいではないわぁ!!」

「あの、アルさん? アルさーん?」

 

一夏の声も届いていないのか、アルはそのまま福音を滅多切りにすると、足を振り上げ……

 

「さぁ……墜ちるがいい!!」

 

かかと落としのようにアトランティス・ストライクを放ち、福音を宣言どおり海に叩き落した。

 

「さぁ終わらせるぞ! 九郎!!」

「応よ!!」

 

福音が海から上がってくる前に、デモンベインは自ら海面へと降下していく。

そして、丁度福音が海から上がってきたと言うタイミングで、デモンベインは福音の頭上を取る。

そして……そのまま落とし子に手をかけた。

 

「まずは! てめぇを引っぺがしてやらぁ!!」

 

そして、そのまま腕に力を込め、落とし子を引っ張り始める。

わざわざ引っぺがす理由は、言わずとも分かるだろう。

 

福音もISであり、つまり操縦者がいるわけで、下手に落とし子ごと倒すとなれば操縦者がどうなるか分かったものではないからだ。

それを抜きにしても、外なる存在の瘴気から一秒でも早く引き剥がしたいと言う思いもある。

 

落とし子は抵抗し、福音の背中にしがみ付くが、力負けしているのか、徐々に引き剥がされていく。

そして……

 

「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

デモンベインはそのまま落とし子を引き剥がすと、空に向かって放り投げる。

 

「福音は任せた!!」

 

セシリアにそう通信を送ると、すぐさまデモンベインは落とし子を追いかけるように急上昇。

アトランティス・ストライクでさらに上空へと落とし子を運んでいく。

そして、何をしようと誰も被害を受けないであろう高度まで到達すると同時に、落とし子を蹴り飛ばす。

 

「アル! レムリア・インパクト、行くぜ!!」

「了解!! ヒラニプラ・システム、アクセス!」

 

アルが一夏の要請に答え、デモンベインの右手に秘められた機構を作動させる。

そして、かつての世界で最終決戦直前に覇道瑠璃から託された解除キーを用いて全制限を解除。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

瞬間、デモンベインの中で荒れ狂う魔力。

しかし、それは一夏達を止めるほどではない。

荒れ狂う魔力を集め、束ね、右手へと流していく。

 

両手の指を剣指とし、それを頭上へとあわせたまま持ち上げ、そこから両腕を開くように動かす。

それにあわせて、デモンベインの背後に顕れるのは巨大な旧神の紋章。

紋章が顕れると同時に、落とし子とデモンベインの周囲を結界が覆う。

周囲への被害を極力防ぐと同時に、これから叩き込む攻撃の威力を余す事無く相手へとぶつけるために。

 

天上へ伸ばされた右腕が徐々に、下がっていく。

 

「光射す世界に、汝ら暗黒棲まう場所無し!!」

 

その言葉と同時に、デモンベインはまるで右手を相手に見せ付けるように開き、腕を突き出す。

その開かれた右手のひらには、膨大なエネルギー……別次元宇宙から取り出した無限熱量が収束している。

 

「渇かず、飢えず、無に還れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

右手を振りかぶり、デモンベインが落とし子へと突撃する。

其れに対し、最早落とし子は抵抗する術を持たない。

 

「ーーーーーーーーーーっっ!!」

 

ただただ、声にならない声をあげるだけだ。

 

これこそが、無限熱量を相手に叩き込みそれにより塵一つ残さず相手を『昇華』させる、第一近接昇華呪法。

 

「レムリアァァァァ……インパクトォォォォォォォ!!」

 

デモンベインが、右手のひらを落とし子に押し付ける。

其れと同時に、手のひらの無限熱量が落とし子を包み込み、徐々にその身を消滅させていく。

そして……

 

「昇華!!」

 

アルの音声に反応し、結界が収縮。

その後、叩き込んだ熱量が弾け、周囲一帯ことごとくを焼き尽くした。

当然、その爆心地とも呼べる地点にいた落とし子がその存在を維持できるはずも無く、塵さえも燃やし尽くされ、文字通り昇華した。

 

はるか上空で炸裂したにもかかわらず、レムリア・インパクトの衝撃は海面を叩き、海水が弾け、周囲に飛び散るほどだった。

飛び散り、まるで雨のように降り注ぐ海水に、おもわず腕で顔を覆う専用機持ち達。

そして、海水の勢いが弱まったところで、全員が空を見上げた。

 

ゆっくりと、海水が反射する光の粒を纏い、デモンベインが降下してくる。

その姿はまるで絵画のように神々しく、誰がいったかはわからないが、確かに誰かが呟いた。

 

「……かみさま?」




と言うわけで、普段よりちょっと短めですが、39話です。

いやぁ、長かった。ここまで本当に長かった。
あと1話2話ぐらいで臨海学校編は終了となります。

臨海学校編が終わったら、夏休み編とか、ちょいと時間をさかのぼって35話でちらりと話題に上がっていたシャルさんの専用機の話とかについてをやろうかなと思います。


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40 Kiss

口づけ

再会した二人に、この時間を捧ぐ


落とし子を昇華し、セシリア達の元へと降下してきた一夏は、誰一人欠けずに生きているということに安堵の息を吐く。

 

外なる存在と戦うという事は、正真正銘命を落とす可能性があるのだ。

実際自分も死に掛けたし。

 

「……奇跡、かな」

「いや、違うな」

 

ポツリと呟いた言葉に、アルが反論する。

 

「九郎は戦った。戦って、戦って、たとえ己がぼろぼろになろうとも戦った……だから、妾と出会えた。そして共に再び魔を断つ剣を取り、落とし子を葬った。全てが繋がり、この結末に至ったのだ。つまり必然……奇跡などではないぞ、決して」

 

それは、多少違えど、一度消えたアルが帰ってきた時の台詞に似ていた。

 

「……だな」

「……と言うかだな、その、せっかくこうして再び会えたことを、奇跡などと言う陳腐な言葉で表したくないと言うかなんと言うか……こう、『会うべくして会った』と言ったほうが『ろまんちっく』だろう!?」

「本音そっち!?」

 

私情入りまくりの本音に、思わず一夏は突っ込みを入れる。

せっかくの雰囲気が台無しである。

やはり、彼等はシリアスを長続きさせられない病にかかっているらしい。

 

「ええい! 九郎はそのあたりはどうでもいいというのか?!」

「んな訳ねぇだろうが! こちとら14~5年も待ってたんだぞ!?」

「……すまぬ」

「別にいいさ、こうして会えたんだからな」

 

一夏の言葉に沈んだ声を出すアルを慰めるように言葉を発し、そして一夏は眼下を見下ろす。

見えるのは、こちらに向かってくる戦友達。

セシリアの腕の中にはもちろん暴走の原因である落とし子を取り除かれたため動きを止めた福音もいる。

 

「……ま、さしあたっては……」

 

恐らく旅館でまっているであろう姉に、デモンベインの事をどう説明するか……だよなぁ。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……福音の停止を確認……なんとか終わりましたね、織斑先生」

 

真耶の言葉を聞き、千冬は知らずの内に強張っていた体を軽く動かす。

 

「まったくだ。まさか国の尻拭いにここまで手間取るとはな……本当に心配かけおって、あの愚弟が」

 

誰にも聞こえないように呟いた後半の言葉に、真耶はクスリと笑う。

なんだかんだで、この人は弟の事を心配してるんだなぁなどと思いながら。

 

「……なにか? 山田先生」

「いえ、何も」

 

が、口にはしない。

したら痛い目を見るのは確定しているから。

そんな事を思いながら、真耶はモニターに映る生徒達……正確にはそのうちの一人を見る。

 

「……デモンベイン、かぁ」

 

それは、彼女にとっても懐かしいもの。

もう二度と見ることも無いと思っていたもの。

そんな……彼等の剣。

 

「……九郎ちゃん」

 

誰にも聞こえないように本当に小さな声で真耶は魔を断つ剣の担い手の名を呟いた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「あ~あ、やっぱりこうなっちゃったかぁ」

 

IS学園の生徒が宿泊している旅館からそれほど離れていない岬。

そこに、彼女の姿はあった。

彼女が見ているのは空間投影型モニターに映るデモンベイン。

デモンベインを見る彼女の瞳は……

 

「まぁ、所詮落とし子だし、こんなものかな。むしろここまで覚醒させたことは快挙って言えるか……」

 

狂おしいほどの情欲が秘められていた。

そう、まるで愛おしい者を見るかのように。

見るものが見れば思わず見ほれてしまいそうなほどだ。

 

「でも、これでようやく始まり始まり。ずいぶん長い前座だったけど……ここからが本番だよ」

 

束がそう呟くと、ふと何かに気づいたように顔を上げる。

そして……

 

「……あはっ! やっぱりここに来たね!」

 

その手は空中を掴む。

……否、その手には確かに握られていた。

何も見えないが、その手には確かに『何か』が握られていた。

 

「やぁやぁやぁ、『始めまして』だねぇ?」

 

束の貌が闇に包まれ、その闇の奥で炎が嗤った。

 

「これで駒は着実にそろってきている。騎士様にも招待状を何とか送れたし……」

 

束が、握り締めた何かを見下ろし、呟く。

 

「こうして君も捕まえた。 さぁ、もうちょっとだ。もうちょっとで舞台が始まるよ」

 

--だから、君にもしっかり役割を演じてもらうよ? ----?

 

 

※ ※ ※

 

 

一夏達が旅館へと帰還すると、そこには既に千冬達の姿があった。

千冬の後には、情報科の生徒達と担架を持った生徒。

セシリアがまず着地し、地面にそっと福音を横たえると、すぐさま情報科の生徒が端末と福音をケーブルでつなぎ、外部からISの解除信号を送り込む。

それにより福音は光に包まれ、光が消えた頃には一人の女性が目を閉じ横たわっていた。

情報科の生徒と入れ替わりに、担架を持った生徒が女性を担架へ乗せ、そのまま旅館へと運んでいく。

ここに、ようやく福音暴走事件は収束したのだった。

 

女性が担架で運ばれていく様子を見送った千冬は、そのまま一夏達の方へと歩み寄ってくる。

 

「ご苦労だった。後始末は我々がやっておこう。報告等は後で聞く。篠ノ之もだ。いろいろ言いたいことなどはあるが……とにかく今はゆっくり休め」

 

その言葉に、未だにISを展開したままだった面々はISを解除し、旅館へと戻っていく。

しかし、一夏は旅館に戻ろうともせず、その場に残っている。

 

「……織斑、お前は戻らないのか?」

「何か言いたいことあるんだろ? 周りにはもう誰もいないぜ? 『千冬姉』」

 

一夏の言葉に千冬が周囲を見渡すと、先ほどまでいたはずの情報科の生徒達や、真耶さえも既にその場にはいなかった。

見ると、機材を持ってちゃっちゃと撤収していた。

そして真耶は千冬の視線に気づいたのか、振り返ると、微笑みながらサムズアップ。

それをみて、千冬は苦笑する。

 

「そうか……まったくいらぬ気をつかって……」

 

そこまで千冬は呟くと、しばらく俯き、そして一夏を抱きしめる。

一夏も、驚いた様子も無く其れを受け入れた。

 

「……心配、したんだぞ……お前が墜ちた場面を見て……お前がいなくなってしまうかと……」

「……ごめん、千冬姉」

「一人になるかと……っ! 私だけ置いていかれるかと……! そう思ったんだ……っ!! ……無事でよかった……戻ってきてくれてよかった……!」

 

一夏の両親はいない。

いや、いたのだろうが、どこにいるかは分からない。

少なくとも、『織斑一夏』の記憶を辿ってもその存在を知ることは出来ないし、自分にも当然分からない。

つまり、千冬の身内は最早一夏しかおらず、その逆もしかりだ。

 

もし、もし唯一の身内がいなくなってしまうかもしれないとなれば……

その苦しみ、悲しみはどれほどだろうか。

 

自身に抱きつく千冬の顔を、一夏は見ることが出来ない。

ただ、千冬が顔を押し付けている胸に、熱い何かが徐々に広がっているのを感じながら、しかし一夏は其れについては指摘しない。

むしろ、それに気づき、無言で千冬を抱きしめる力を強くする。

 

「大丈夫だよ、千冬姉。俺はここにいる。ちゃんと戻ってきてるさ。これからも戻ってくる。だから……大丈夫」

「……あたりまえだ、ばかもの」

 

しばらくは、くぐもった嗚咽だけが僅かに響いた。

 

(……今くらいは、黙っておいてやるか)

 

待機状態のデモンベインからその光景を見ていたアルは、一夏が身内とは言え自分以外の女に抱きつかれているということに何も思わないでもなかったが、空気を読んで言葉を発する事無く黙っていた。

 

(なにせ、これからは妾が一番九郎の傍にいるのだから……な)

 

やがて、一夏が千冬の元へ戻ってきたことを見届け終わったといわんばかりのタイミングで、夕日が沈み、夜が訪れた。

 

 

※ ※ ※

 

 

戦闘中にぼこぼこにされ、挙句の果てにどてっぱらを刺し貫かれたという事で、簡易的な身体検査をし、傷がすっかりなくなっているとの検査結果を受け取った一夏は、一人旅館を抜け出していた。

たどり着いたのは海沿いの岩場。

そこで一夏はただ空の星を見上げていた。

 

「…………」

『……黙ってないで何か言わんか、うつけが』

「いや、前はさ、また会えたらいろいろ言ってやろうって、言いたいこと考えてたんだよ。でもさ、いざこうして再会するとさ……あれだ、何言えばいいかわかんなくなるもんだな」

『……すまぬ』

「気にすんなよ。こうしてまた会えた訳だし……」

 

そこまで言うと、一夏は首にかかった待機状態のデモンベインを目線の高さまで持ち上げる。

 

「ただ、欲を言うなら、触れ合えるようになってればなお最高なんだがなぁ」

『確かにな……今の妾はあくまでデモンベインのコア人格だ。いわばただの0と1で形作られた情報だからな』

「ぬぐぐ……前みたいにほいほいコアの中に入れればいいが、入り方わかんねぇし」

『妾が入れる入れ物があればいいんだがな。妾の情報を受け入れ、肉体を形作れる……其れくらいの器と力を持つ、並の物ではない魔導書があれば……』

「魔導書……ねぇ……」

 

そこでふと思いつく。

自分の持ってる『あれ』はどうだろうか、と。

 

「なぁ、アル。こいつはその条件に当てはまるか?」

 

一夏はそういうと、懐からネクロノミコン写本を取り出す。

 

『それは?』

「お前さんの写本。ほら、一度お前が本に戻っちまったときあったろ? そんとき中身はきっちり頭に叩き込んでたからよ、この世界に来てから書いた」

『妾の写本……だと!? なぜ書こうと!?』

「……お前を忘れないため。それとお前にまた会えるようにっつう願掛けみたいなもんか」

『九郎……』

 

アルはその言葉を聞き、今まで以上に罪悪感に囚われる。

 

自分はここまで九郎に思われていたのに、自分はこれほどまでに九郎を待たせてしまっていたのか、と。

 

そして、それほどまでに自分を思ってくれている九郎を、自分から離そうなどと一度でも思ってしまったことを。

 

そう思ったのは、マスター・テリオンとの決戦が終わった、あの静寂の中。

あの時、あの光に包まれ、この世界に来ていなければ、アルは自身とデモンベインの最後の力を使って九郎をアーカムシティに帰そうと思っていたのだ。

九郎は、人は太陽の下にいてこそなのだから、と離れたくないと叫ぶ自分に言い聞かせて。

あのまま、永遠の闇の中を手探りで進む旅に、九郎を巻き込むわけには行かないと、自分を納得させながら。

 

『アルのいる場所が俺の居場所だ。アルの隣が俺の居場所だ』

 

しかし、あの時コアの中でのこの言葉で、アルはその考えを恥じた。

九郎はいつまでも自分の隣にいる。

それこそ、無限の闇の中でも隣にいると既に覚悟を決めていたというのに、自分はどうだ?

 

永遠の旅に巻き込む覚悟も出来ず、かといって完全に離れる覚悟も出来ず……

 

(今度こそ、今度こそだ、九郎。妾はもう汝から離れぬ。汝を放さぬ……)

 

たとえ九郎がしっかりと両翼を持っていても、自分はその片翼をもぎ取ってでも九郎を放さない。

たとえ、自分が両翼を持っていたとしても、だとすれば自分の片翼をもぎ取ってでも九郎から離れない。

 

アルは、そう覚悟を決めた。

 

『……しかし、妾の写本か。試してみる価値はあるかも知れぬ。なにせ、写本とはいえ妾なのだからな。それに、マスター・オブ・ネクロノミコンたる汝が書いた本だ。合わぬはずが無いだろうしな』

「よし、試してみるか……で、どうやるん?」

『それは……』

 

そこまで来て、二人(正確には一人と一個)は固まる。

機械から機械に移すならともかく、どうやって機械から本に移せばいいのだろうか。

 

『……き、気合!』

「いや、無理だろ!?」

『じゃあどうしろと!?』

「俺が聞きたい!!」

 

あーだこーだと彼等はついに言い合いを始めてしまう。

だから気づかなかった。

 

……写本が僅かに振動し始めているという事に。

 

「……やめるか、言い争ってもどうしようもない」

『……だな。無意味な時間だしな。しかし……うぅ、九郎と触れ合える体……』

「まぁ、こっちでも何とか方法を探してみるから、今日はおあず……ん?」

 

しょんぼりとした声を出すアルを慰めていた一夏が、ようやく写本の振動に気づく。

見ると、写本の振動は徐々に強くなってきている。

 

「お、おおお!? アル! なんかこいつ震えてるんだが!?」

『む? 確かに震えておるが、一体何が……!?』

 

やがて、振動の強さがもはや一夏が持っていられないくらいに強くなると、写本は宙に浮き、ひとりでにページがめくれ始める。

そしてしばらくページがめくれていると、本を構成している羊皮紙がばらけ、宙を舞う。

 

「写本が……!」

 

予想だにしない光景に、一夏は思わず呆けたまま宙を舞う羊皮紙を見つめる。

やがて、写本のページは待機状態のデモンベインへと殺到する。

 

「っ!? アル!!」

『分からん! 何があるか分からん、離れろ、九郎!!』

 

アルも、不意打ち気味に訪れた現状に焦っているのか、声に平静さが無い。

そうこうしているうちに、ついにデモンベインがページで作られたドームに包まれ、外からは見えなくなってしまった。

 

「アル! 無事か!?」

 

一夏は慌ててアルに声をかけるが、ページが音を遮っているのか、アルからの返事は聞こえない。

かくなるうえは、と一夏は写本にアクセスするための呪文を唱えようと口を開く。

 

「……心配かけたな、九郎、もう大丈夫だ」

 

しかし、開いた口が言葉をつむぐ前に、ドームの中からアルの声が聞こえてくる。

それを合図に、ドームの形を保っていたページの群れが、ドームの下から消えていく。

ドームが消えた先から見えているのは……穢れを知らぬ、白い肌の足。

 

「……は?」

 

思わず呆けた声を出す一夏。

そんな彼をよそに、ページはやがてドームの中から現れた『人影』に吸い込まれていく。

 

「よもや、このようなことになるとは妾も予想外だったが……まぁ構うまい」

 

その人影は、そう言い放つと、銀糸を織り束ねたかのような髪を風になびかせ、そして閉じていた瞳を開く。

開かれた瞳の色は……翠玉(エメラルド)の輝きを放っていた。

 

そう、それは紛れも無く、一夏……否、九郎が知っている……

 

「……アル……だよな?」

 

ネクロノミコンの原本、獣の咆哮、アル=アジフの姿だった。

 

「うむ。まさか、妾の声は覚えておっても姿は忘れたか?」

「いや、その、えっと……あー、なんていうか、混乱してる、すごく」

「ふむ……実は妾もだ。あまりにも予想から斜め45度に華麗にぶっとんでおるこの現実にな」

 

そういうと、アルは気を取り直すかのように咳払いをする。

 

「何が起こったのか完全には理解しておらんが、推測はできた。恐らく妾の『魔導書』としての欠損を埋めるために手近にあった写本を取り込んだんだろう。本来ならありえん話だが……件の写本がほかならぬネクロノミコンの写本であり、現存する写本と違い欠損がない、謂わばもっとも原本()に近い……否、原本そのものだった写本だからこそこのようなことが起こったのだろうが……」

 

その後も、アルは自分の体に起こったことを解明しようと自分の体をぺたぺたと弄繰り回しそのたびにむぅ、と唸っている。

そんなアルに、一夏はおそるおそる近づき、そしてこれまたおそるおそる手を伸ばし、その頬に触れる。

 

「にゃ? なんだ、九郎?」

「……触れる……幻とかじゃなくて、ほんとに触れてる……」

 

そうと分かれば、一夏の行動は早かった。

頬をなでていたその手でアルの肩をつかみ、そのまま自身に引き寄せた。

 

猫のような声を上げながらも目を閉じて頬を撫でる手を受け入れていたアルは、一夏のその急な行動に抵抗する間もなく、ぽすんと一夏の胸へと飛び込む羽目になった。

 

「にゃ!? な! く、九郎!?」

「…………」

 

一夏は何も言わない。

だが、ただただアルを強く抱きしめているだけだ。

もう、二度と放さないといわんばかりに。

 

「……まったく、汝と言う奴は……」

 

呆れたような、それでいて嬉しそうな様子でため息をついたアルは自分の腕を一夏の背中へと回し、自分も一夏を抱きしめる。

 

(つい先ほどまで、こうしてまた九郎と触れ合えるとは思わなんだ)

 

そして二人はどちらからとも無く距離を離す。

もっとも、離すと言っても先ほどまでのように密着していないというだけで、未だに二人は抱きしめあっているが。

 

二人の視線が絡み合う。

 

そのまま、二人は目を閉じて……

 

これまたどちらからとも無く、口づけをかわした。




と言うわけで、アルさん肉体ゲット。
アルさんはただのISコアから、勝手に動き回れて魔術も使えるハイブリットなISコアに進化いたしました。
異論などは受け付けます、さぁ石を投げるなら投げるがいい!!

他の面子へのアルの説明は次回以降へ持ち越しとなりました。
説明、ならびにそれに付随する(確定)修羅場を楽しみにしていた方々、大変申し訳ありません。

それと、ちょっと一話ごとの文章量について皆さんに聞きたいことがありますので、暇があればクラッチの活動報告をみて、ぜひ活動報告のコメントにてご意見をお聞かせください。


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41 戦いの後で

まぁ、一時の平穏って奴だよ

と言うわけで、ある意味話の区切りが過ぎたので、サブタイトルも趣を変えてみました。

決してサブタイトルのネタが切れたわけじゃない、いいね?


一夏は目の前で広がっている光景に冷や汗を流しつつ、思う。

 

あぁ、認めよう。

不肖、この大十字九郎改め織斑一夏、あまりの奇跡にそれまで頭の中でしっかり描いていた筈の未来を忘れてしまっていた。

そう、忘れてしまっていたのだ。

 

「……ほう?」

「…………」

「ふぅん……」

 

彼女等が出会ったらこうなるであろう事を。

……いや、でもシャルロットさんもこうなったのはこの織斑の一夏の目を以ってしても以下略。

 

三人の視線により火花が散る。

もうバスに乗りこみ、IS学園へと帰らなければならないと言うのに、誰もその事について言及しない。

そう、『誰も』言及しないのだ。

あの織斑千冬でさえ。

 

で、その千冬はと言うと、一夏の傍でただその光景を見ている。

だが、その顔をよくよく見れば軽く冷や汗が流れているという事に気づける。

あの織斑千冬が気圧されているのだ。

何でか?

色恋沙汰の修羅場とか、恋愛未経験の千冬には荷が重過ぎるから。

 

--一夏、お前が何とかしろ、お前が連れてきたんだし。

--ムリポ、あの中に入れとか、死ねる。

 

ちらりちらりと姉弟間でアイコンタクト。

ちなみに、詳しい説明はまだだが、一応一夏は千冬にアルの事は、あのアルとの口づけのあと、軽く、ほんとに軽~く説明している。

 

--なんかISがこうなっちゃった、テヘペロ☆彡

 

直後、後日より詳しく説明しろと言う言葉と共に、ちふゆん怒りの鉄拳が一夏の顔に吸い込まれたのはもはや誰もが予想がつくことだろう。

 

そんな昨夜の事を思い出していると、視線でバチっている三人に動きがあったようだ。

最初に動いたのは……アル。

 

「……ふぅ、まぁ『今まで一夏を支えてくれたこと』には感謝しよう。が、これからは汝等の手は煩わせんよ」

「な……っ!?」

 

要するに、「もうお呼びじゃねぇんだよ、疾く去ね」という事である。なお、今の自分は九郎ではなく一夏なので、二人きりのときはともかく、他人の目がある場所では一夏と呼ぶようにしっかりと説明済みである。

アルは若干渋っていたが、まぁ納得はしたようだ。

 

閑話休題。

 

とにかく、アルが言い放った言葉は、たちが悪い事に、言葉の裏の意図をすぐ察せるようにわざと嫌味ったらしく口にするものだから、箒は激昂しかける。

が、それを制するように、横から腕が伸びる。

もちろん、シャルロットの腕だ。

 

「そんな、そんな、むしろ僕たちが助けられたくらいで。ですから『ぜんぜん手を煩わせてなんか無い』ですよ」

 

要するに、「気にすること無いからそっちが引っ込めよ」という事である。

これまたそんな裏の意図を相手がすぐ察せるようにわざとらしく言い放つと言う。

 

--おおっと、ここでシャルさん、真っ向から対抗したあぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

一夏の脳内でそんな言葉が浮かんでくる。

そして思う。

 

あっれー? シャルさんあんなキャラだったっけ?

 

結構前からこうでした。

 

「……ねぇ一夏、あの子が前言ってた子?」

「ん? おお、そうそう」

「ふぅ~ん」

 

三人の舌戦をぼんやりとした眼で見ていた一夏の傍にいつの間にかいた鈴音が一夏にそう問う。

そして一夏の返答を聞いてふむふむと一人何か納得している。

 

……ついでに何故か自分の胸辺りをふにふに自分で揉みだす。

 

思いっきり目をそらした。そう、一夏は全力で見なかったことにしたのだ。

そんな彼をヘタレといわないで上げて欲しい。

いくらアル一筋とはいえ、美少女のそういう仕草は刺激が強いのだ。

 

閑話休題

 

ともかく、鈴音の行動を見なかったことにした一夏は、咳払い一つつくと、口を開く。

 

「んで? 何が言いたい?」

「いや、一夏って……ああいう体型の子が好みだったんだなぁって思ってね。で、もしあの子より先に会えてたら私にもチャンスあったかなぁって」

「……どうだかな」

 

実際、鈴音がアルより先にこの一夏と出会えるという可能性は確実に無い。

何せ、文字通り前世と言えようか、そこからの縁だ。

そんな事を思いながらも言葉を濁しておく。

 

まぁ、でもあれだ、万が一、もし万が一そんな状況になれば……

いや、あえて何も言うまい。

 

「だ、第一! お前は一夏の何なのだ!!?」

(……なんだか嫌な予感)

 

二人に比べて弁が立つほうではない箒が、苦し紛れと言った体でそう叫ぶ。

なんだか、この後の流れが分かった気がした。

それを阻止しようと一夏は勇気を振り絞り三人の元へ向かうが。

 

「む? 妾か? 妾は……一夏の所有物だ」

 

瞬間、その場の空気が凍る。

そしてそれとなく、本当にそれとなく周囲の人が一夏から距離をとった。

盛大に引いたわけでは無いが、しかし引いたことがしっかりと分かると言う絶妙な引き具合を全員がやったものだから、一夏は泣きそうになった。

そして事実アルは一夏のISであり、所有物と言う表現がぜんぜん間違ってないということに気づき、反論できない現状に泣いた。

情け無い男泣きだった。

 

「やだ、織斑君って意外と……」

「所有物ですって、いったい何してるのかしら」

「ナニをしているんじゃないですかねぇ(確信)」

「だぁぁぁぁぁぁ!! やっぱこうなるのかよ!? 弁解を! 弁解の機会を!!」

「ご主人さまぁ……早く、早くおくすりを……」

「おくすりですって。薬じゃなくてあえての『おくすり』ですって(驚愕)」

「聞きまして奥様」

「いやらしいですね、お嬢様」

「いつかやると思ってましたわ」

「お前はお前で煽るな!! 人を貶めるチャンスは絶対逃さないな! お前は!! それと最後の一人!! いつかやるってそりゃどういう事だ!?」

「どういうって……ねぇ?」

 

なぜわざわざそんな事を今更聞くのか、私とても不思議です、と言わんばかりの表情で首をかしげるセシリア。

何? 俺の周囲に味方はいないの?

孤立無援なの?

このままひっそりと世間の闇に葬られるの?

 

半ば人生に絶望しかけている一夏の肩に、そっと誰かの手が置かれた。

振り向くと、そこには顔を俯かせた千冬の姿が。

 

(オワタ)

 

きっとまたちふゆん怒りの鉄拳が来るんだろうなぁと覚悟を決める一夏。

しかし、予想に反して、千冬は一夏の両肩に手をあてると、ばっと顔を上げた。

 

「い、一夏! どうしてそんな反社会的なことをするようになってしまったんだ!? あれか!? あれなのか!? 私の教育が間違っていたのか?! 欲求不満だったのか?! そんな小さな子に醜い欲望を叩きつけるほどにグレてしまったのか!? お前の中に燻っていた変態性欲を、私がろくに構わなかったせいで燃やしてしまったのか?! お姉ちゃんは、お姉ちゃんはどうすればいい!? こんな幼い子に首輪をつけて監禁して『ご主人様』などと呼ばせる弟に、お姉ちゃんは何が出来る!?」

 

そこまで叫び、一旦間をおくと、千冬は真顔でこう言い放った。

 

「一夏! とりあえずお姉ちゃん、ロリにそれはまずいと思うんだ!! やるなら私にしろ!?(錯乱)」

「落ち着け、千冬姉。そして、地獄に落ちろ」

 

完全に涙目状態で一夏に詰め寄る千冬に、さすがの一夏も激おこぷんぷん丸。

さわやかに毒を吐いておく。

普段なら即座に鉄拳が飛来するであろうが、混乱の極地に至った千冬は普段のキャラをセラエノの彼方まで放り投げているため、そんなことは無かった。

というか、最早自分でも何言ってるか分かって無いと思う。

 

「あ、あのー、皆さん? バス、乗りましょう? ね?」

 

真耶の言葉は、しかし騒然としたこの集団(バカ達)には聞こえなかった。

え? 当然千冬も今ばかりはこのバカの中の一人ですよ?

 

「失礼するわ。織斑一夏という生徒に……えっと、これはどういう状況?」

 

そんな中、一夏に用があると言いながらやってきた女性は、言葉を途中で切り上げつつ、場の状況を見て思わず呟いていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ふふふ、あのブリュンヒルデも、あんな一面を持ってるのね、おどろいたわ」

「……私を一体なんだと思っているんだ……ナターシャ・ファイルス。それと私はそう呼ばれるのは好きでない。まったく、誰が好き好んで神話的寝取られ女と呼ばれて喜ぶんだ」

 

『ブリュンヒルデ』

北欧神話においてジークフリートと恋に落ち、結ばれるが、定められた運命によりジークフリートを別の女に寝取られたワルキューレの名である。

ちなみに名前が表す意味は「輝く戦い」。

恐らく、栄光ある戦いを制した者と言う意味でその名が使われたのだろうと思うのだが……

 

第一回モンド・グロッソで優勝した者にこの称号が送られると聞いた千冬が真っ先に思ったのは、何ゆえ寝取られ女の名をチョイスしたのか、と言うものだった。

 

閑話休題

 

千冬にナターシャと呼ばれた女性は千冬の拗ねたような言葉に苦笑いすると、その表情を引き締めた。

それを見た千冬も、先ほどまでの拗ねたような表情を一変させ、真面目な顔となる。

 

「……それで? あれからそっちはどう動いた? そしてどう思う? ナターシャ・ファイルス?」

「本国じゃ福音の暴走……でカタをつけたらしいわね。このまま本国へ戻ったら福音に使われてたコアは永久凍結。で、後ほど本国からIS学園に正式に謝礼が送られて、今回の件は終わり。テスト操縦者としても、あまり波風立ってほしくないから……まぁ、収まるべき形に収まったって所かしら?」

 

ナターシャの返答に、千冬はまゆをひそめると、しばらく無言になった後、口を開く。

 

「……お前はそれほど察しが悪いほうじゃないと思っていたのだがな。もう一度言う。どう思う?『ナターシャ・ファイルス』?」

「……さり気に酷いわね。テスト操縦者としての身分を持つ私に、あえて個人として言わせようだなんて。下手に本国の人に聞かれたら大変よ?」

 

放たれたのは先ほどと同じ言葉。

ただし、ナターシャの名前を強調して話している。

それに対し、しばらく苦虫をかんだような表情で返答したナターシャは、忌々しげに口を開く。

 

「そうね……あまりにもふざけた結末よ。あの子(福音)の暴走? 違うわね。あれは暴走なんてものじゃないわ。あれがただの暴走であって……たまるもんですか」

 

そこまで口にし、ナターシャは一度口を閉ざし、思い出す。

あの感覚を。

あの恐怖を。

 

「あの福音を、いえ、私さえも取り込み、侵そうとしたあれが、ただの暴走なわけがないわ。それに、もし暴走だとしても、エラー表示くらいは出るはずよ。なのに、あれはそんなの無しに突如襲ってきた。直前にも、その後にもね」

「……異常があるのに、異常がない……」

 

千冬は、似たような状況を知っている。

そう、過去二回起こった、アリーナでの異常だ。

あの時も、何の前触れも無く突如異常が起こり、しかも現在進行形で異常が起きているにもかかわらずシステム上の異常は無いというありえない状況だった。

 

「ねぇ織斑千冬。私はね、許さないわ。何をどうやったかは分からない。だけど、あの子に、誰よりも、何よりも空を飛ぶことを夢見ていたあの子に余計なちょっかいを出して、挙句の果てに自分を削ってでも私を守ろうとしたあの子を嘲笑うかのように侵して、嬲って、弄んで、あの子から翼を……いえ、全てを奪い去った何かを……それを仕込んだ誰かを、私は決して許さない」

「もしその下手人を見つけたとして、どうするつもりだ?」

「……さぁて、ね。どうしようかしらね」

 

千冬の言葉に、意味深な間を空け答えたナターシャはそのまま千冬に背を向ける。

 

「行くのか? うちの愚弟になにか用があったんじゃないのか?」

「えぇ、でも、お礼ついでにキスの一つや二つしようと思ってたんだけど……」

 

そう言いながらナターシャは『それ』を見る。

『それ』……視線をバチらせている少女三人に囲まれ、まるで脅えた小鹿のようにプルプル震えている一夏を。

 

「……あんな状態だし、下手に刺激したらこっちにまでなにか飛び火しそう。と言うわけで、よろしく伝えておいて頂戴ね」

「あいつら、まだやってたのか……」

「さっきまで一緒にあの中で騒いでたあなたは文句言えないと思うわよ?」

「…………」

 

ちふゆ は めを そらした ▼

 

そんな千冬の行動に苦笑しつつ、本国……アメリカへと帰還しようとしたナターシャは、しかし一度立ち止まり、情け無い姿を晒している一夏を遠くから見つめる。

 

「織斑一夏、ねぇ……」

 

普通だ。

今見ると、余りに情けなさすぎやしないかと思えるが、それを抜かせばごくごく普通の男。

ISを動かせると言う時点で普通じゃないが、少なくとも人間の範疇から外れてはいない……はずだ。

 

だと言うのに、何でだろうか。

 

「まるで、『かみさま』みたいだったわね」

 

あの時、自分を侵す『何か』が引き剥がされ、それゆえか"侵されながらもあった意識"が沈んでいく直前に見た、あの鋼を纏った姿は……間違いなく、そんな平凡な彼が、ただ鋼の装甲を纏っただけだと言うのに……

 

人をはるかに超えた何かに見えたのは……

 

 

※ ※ ※

 

 

臨海学校から帰ってきた後、一夏はIS学園のアリーナ地下にある研究所に連れてこられていた。

普通であれば、ここは関係者以外立ち入り禁止。

いくら男性操縦者とはいえ、あくまで一生徒である一夏が間違っても入ってこれない場所だ。

しかし、その関係者である千冬について来いといわれ、たどり着いた先がここだった場合は別だ。

 

学園に帰ってきてすぐに千冬に呼び出しを食らった一夏は、彼女が先導するままにここへと連れてこられていた。

当然、一夏の傍にはアルも居る。

というより、呼ばれずともついていこうとしたアルに、千冬がむしろ一緒に来いと言ったのだ。

 

それゆえ、なぜ呼ばれたのかは一夏達には想像できる。

間違いなく、アル……否、デモンベインについてだろう。

何せ、臨海学校中ではほんとに軽くしか説明してなかったのだし。

 

ちなみに、学園までの帰還の際の描写が無いのは、どうせアル、シャルロット、箒の三人がやいのやいの騒いだという、誰しもが想像できるであろう事しかなかった為である。

 

閑話休題

 

「ここだ、入れ」

 

やがて、三人は一つの扉の前まで辿りつく。

そして千冬が扉の横にあるパネルにコードを打ち込むと、扉が開く。

扉の先は……なにかの研究施設だろうか?

 

物珍しそうに周囲を見渡す一夏を見て、千冬が口を開く。

 

「ここはIS学園の最重要区画……学園で収集したISのデータを集約し、研究する場所だ。ここまで言えば、ここがどんな扱いの場所か分かるだろう?」

「要は『こんな場所は存在しません』って事だろ? 千冬姉」

「織斑先生だ、馬鹿者が」

 

つまりここの事ばらすなよ? いいな? 絶対だぞ!? という事である。

ちなみに、真面目な話、フリではない。

口外すれば、何をされるか分かったものではないので、気をつけるように。

 

一夏の返答にため息をついた千冬だが、まぁこっちが理解して欲しい『研究区画の秘匿』についてはしっかり理解してくれているようなので、それ以上は何も言わなかった。

部屋に置かれいる機材の合間を縫って奥へと進む一行。

そしてたどり着いた場所には、モニターに表示されている何かの情報を見つめている真耶がいた。

 

「……あ、織斑先生、お疲れ様です」

「そちらもな。さて、早速だが、本題に入らせてもらおうか」

 

千冬達の存在に気づき、振り返った真耶からの挨拶に返答し、千冬は一夏とアルを睨め付ける。

 

「織斑、まず聞かせて欲しい。『それ』は何なんだ?」

 

そして二人を見ていた視線をアルだけに向け、千冬はそう問いただす。

 

「はっ、いきなり人を『それ』扱いとは、ずいぶん礼儀がなっておらんようだの、小娘」

「はい、アルさんはちょ~っとお口にチャックしてましょうね~、今珍しくシリアスな雰囲気醸し出してるんだからね~」

 

が、いきなり『それ』扱いされ、アルもカチンときたのか、千冬を睨み返して言い放つ。

当然険悪になる雰囲気。

それを察知した一夏はすぐさまアルの口に手を当ててそれ以上の発声を封じる。

もちろん、アルは暴れるが……まぁ、向こうとしても真剣に話そうとしているので、とりあえずは今はこのままで。

 

「わりぃ、いろいろ言いたいことあるだろうが、ちょいと我慢してくれ、アル。んで、とりあえず最初に聞いときたいんだけどさ、それは『千冬姉として』聞きたいのか? それとも『織斑先生として』?」

「……両方だ。教師として、異常なISの事については把握しておかなければならない」

 

そこまで言うと、真耶がキーボードをタイプ。

一夏と千冬の間に空間投影型モニターが展開される。

 

「福音との戦闘中の織斑君のISのデータです。はっきり言いましょう、これ、明らかに普通のISじゃないです。というか、そもそもISと呼べるのか……どのスペックも現存するISをゆうに超えてます。スピードも、武装の威力も。特に……」

 

一旦言葉を区切り、真耶は再びキーボードを操作する。

すると、先ほどまでデモンベインの物であろうデータが映っていたモニターに、デモンベインが落とし子にレムリア・インパクトを放っている場面が映る。

 

「最後のこれ。こんなの、下手したら街一つ滅ぼせますよ」

「先ほどの問いへの返答の続きだ。先ほどの教師としてという考えも当然ある。だが、姉として、弟がそのような危険な力を持ったとしたら……不安になるだろうが、当然」

 

千冬がため息をつきつつそう言い放つ。

しかし、当の一夏は気が気でない。

なにせ、こうして映像でばっちり落とし子が映ってしまっているから。

 

外なる存在は、たとえ映像越しとはいえ人に影響を及ぼす。

何故か?

それは、外なる存在の姿形そのものが、もはや人の精神を侵す猛毒だからだ。

 

素晴らしい絵画、彫刻、工芸品などを見た際に、それから目が離せなくなった、という経験は、諸兄はあるだろうか?

見るだけで引き込まれ、言葉も出ないほど圧倒された、さながらその作品に自身が吸い込まれていくような、そんな経験は無いだろうか?

外なる存在とは、まさにそのようなものだ。

ただ、人に与える影響の方向性が違うというだけで。

 

故に、このように映像にしっかり外なる存在が映ってしまっているという事は、はっきり言うとものすごく危ないのだ。

 

が、その映像を見ていたという千冬達は特に影響を受けた風が無い。

 

(……どういうこった?)

(分からん。しかし、知らぬとはいえ、良くまぁこの映像を残しておく気が続くものだ)

 

まぁ、仮に何の影響を及ぼさなかったとしても、見るだけで生理的に受け付けない造形をしていらっしゃる落とし子の映像を、よく残しておこうという気になるものだ。

それだけ、IS学園教師としての職務に忠実なのだろうか?

 

目を瞑り、眉間のしわを揉み解し、そして一夏は気を取り直して千冬達に向き直る。

 

「まぁ、いろいろ聞きたいこともあるだろうけど、まず結論から言わせてもらうと……アルは俺のISで、相棒で……俺の唯一無二だ。危険な事は無いし、あったとしてもさせねぇよ、千冬姉」

「ほう? これほどの威力を持った武装を持って、危険な事はない? それは無理がある話だ」

 

当たり前の話である。

 

「そりゃそうなんだけどさ。その武装は普段からほいほい使えるもんじゃない。しっかりと制限かかってるから、普段は使おうと思っても使えないさ。というか、常にあのスペックじゃ、自慢じゃないが普通のISじゃまず束になっても勝てないから、当然全スペックも制限ついてるさ」

 

と言うわけで、アルにデモンベインの詳細なデータを渡すように言う。

当然アルは渋るが、そこを何とか一夏が頼み込み、渋々、本当に渋々、アルはデモンベインのデータを端末へと流し込んだ。

 

もっとも、モード『D.Ex.M』については詳細なデータは渡さず、あくまで一定の条件下でのみ、デモンベインにかかっている制限を解除するものだという情報に留めておく。

 

「ふむ……一部意図的に情報をぼかしているな。これについての詳細なデータもこちらとしては当然要求させてもらうぞ」

「それについては断固拒否します」

 

当然、モード『D.Ex.M』の詳細なデータも要求されたが、それは一夏が拒否する。

その事に千冬の目つきが鋭くなるが、しかし一夏は怯まない。

 

それを知ってしまえば、まず間違いなく千冬が危ないからだ。

いくらブリュンヒルデだろうと、そんなの深淵の中ではマッチほどの明かりにすらならない。

 

要は巻き込みたくないのだ。

外なる存在との戦いに。

 

『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』

 

たかが知っただけ、されど、知ってしまった、もう逃げられない。

どれだけ足掻こうと、もがこうと、一度覗いてしまったら……

 

自分はいい。

なにせ、文字通り前世からどっぷりとその世界に浸かっているのだから。

だが、千冬は魔術の「ま」の字も知らないのだ。

 

互いに睨み合いが続く。

そして、先に折れたのは……

 

「……どうしても、言う気は無いのだな」

「どんな処罰を受けることになっても」

 

千冬だった。

 

「分かった。今は、追求しないでおこう。だが、いずれはしっかりと聞かせてもらう」

「出来れば、その日が二度と来ないとこっちとしては嬉しいけど」

 

一夏の言葉をよそに、千冬は脳裏にある言葉を思い浮かべる。

 

--ただ知りたいから知るというわけにはいかない

 

かつて、自身がセシリアに言われた言葉である。

つまり、今回もそう言う事だろう。

 

(まったく、姉だなんだと言われているが……情けないな)

 

詳しくは分からない。

だが、一夏は、セシリアは、明らかに何かを抱えている。

そして、そのまま、自分達の手で事を解決させようと思っているのだ。

 

(弟が抱えている問題を解決してやることも出来ないとはな)

 

千冬はこう思っているが、千冬を責めると言うのはお門違いだ。

なにせ、それほどまでにこの問題は危険なのだから。

 

「……まぁ、とりあえずアイオーン……今はデモンベインか。それのデータは受け取った。それでよしとしよう。だが、できれば『あれ』は使えるようになっても使わないで欲しいがな」

「善処いたしやす」

「まともに返事しろ、たわけ」

 

まぁ、意趣返しに一発出席簿の一撃をくれてやっても文句は無いだろう。

 

痛みにうずくまる一夏を見やり、そして再びデモンベインのデータを見る。

戦闘データから算出した推定値と、提供された実際のデータを見比べて、そしてふと思った。

 

--しかし、白式からアイオーン、そこからデモンベイン……名前、変わりすぎだろうに

 

どうにも締まらなかった。




修羅場! 修羅場って何だ!?(某宇宙刑事のOPのリズムで)

と言うわけで、修羅場書こうと思ったけどこの話に詰め込むのは無理でした。
申し訳ありません。

とりあえず今回の話としてはデモンベインについての説明。
と言っても全部の情報はさすがに渡しません。
制限状態、つまり普段使いの状態のデータを渡しました。

いや、対邪神モードのデータ渡したらまずいと思ったので、こんな展開に。

Q.なんで映像見て無事だったん?
A.脚本的にまだ千冬に狂って欲しくなかった束さんがこっそり映像にフィルタを仕込んでおいたのさ!
ちなみに真耶さんはフィルタ無かったとしても無事。
理由はもう皆さんお察し。

あー、そろそろ騎士様だしたいんじゃー


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42 その日、フランスで 前編

今度はちょっと過去の話。

誰の話かは……まぁ、サブタイトル見れば分かるだろう?

え? メタい?

ふふふ、そんなの今更だろう?


これは、タッグマッチが終わった後。

そして、シャルロットが臨海学校のための買い物に一夏を誘う前の話だ。

 

 

※ ※ ※

 

 

--落ち着かない……

 

上質な革製のソファーに腰掛けながら、シャルロットは視線をあちらこちらに彷徨わせていた。

現在いる部屋は広く、置かれている調度品も、一般家庭では置かない……いや、置けないであろう高級品ばかりだ。

 

それらはかつて、シャルロットも良く見ていて、あの頃は何を思うでもなく見ていた筈の物だった。

しかし、今の自分にとっては、それら全てが落ち着けない原因となっている。

 

思わず救いを求めるかのように、自分の右隣に座っているセシリアに視線を向ける。

その視線に気づいたセシリアは、にこりと笑うと……そのまま視線を前へ戻した。

 

(救いは……救いは無いのですか!?)

 

あ? ねぇよんなもん。 という事である。

 

「むぅ、やはりいきなりはまずかったか」

「もう少し時間を空けたほうが良かったかしらね?」

 

そして何より、先ほどからシャルロットが決して視線を向けようとしない、彼女の真正面。

そこにいる存在がシャルロットの居心地の悪さを後押ししていた。

 

「あのようなことがあったのですし、仕方ありませんわ、デュノア社長、デュノア夫人」

 

そう、デュノア夫婦。

今、シャルロットはフランスはデュノア社の社長室に、セシリア、デュノア夫妻と共にいた。

 

何故フランス国籍を失くした彼女がデュノア社にいるのか?

もうほとぼりは冷め、フランス国籍を再取得したのか?

否、否である。

 

じゃあ、何故いるのか?

それは……

 

「……さて、積もる話もあるでしょうが、まずは……ビジネスのお話を致しましょう、デュノア社長?」

 

この場は、以前話題にあった『デュノア社への技術提供』についての話……セシリアも言ったとおり、ビジネスの話だからだ。

この取引の条件の中にシャルロット・デュノアという存在がいる以上、彼女をこの場につれてくるのもおかしくは無い。

セシリアの言葉に、表情を引き締めるデュノア社長を見ながら、シャルロットはそう一人ごちる。

 

それに……シャルロット自身も、別に連れて来られた事自体には不満は無かったりする。

なにせ、自分は見極めねばならないのだ。

 

かつてセシリアが言った事……『この二人が自分を守るために行動していた』という事が、果たして事実なのかそうでないのかを、自分の目で、耳で。

ただ、不満があるとすれば……

 

(もっと後……せめて区切りのいい夏休みあたりにして欲しかった!!)

 

心の準備が出来てないという現状で連れて来られたという点だろうか。

 

 

※ ※ ※

 

 

ビジネスの話、とセシリアは言っていたが、その実契約などすでに書類を用いて済ませているため、殆ど形だけの物だった。

 

「……では、この内容のままで契約成立とさせていただきますわ」

「構いません」

 

軽く契約内容の確認……「この内容で契約してほんとにいいの?」「大丈夫だ、問題ない」的なやり取りを終え、セシリアは契約についての書類をカバンへとしまう。

 

「さて、ビジネスの話はこれにてお終いですわ……後は皆様で、存分に語らってくださいませ」

「え、ちょ……!?」

 

そういうと、セシリアはさっさと立ち去ってしまう。

……シャルロットを置いて。

 

いや、話をさせるために連れてきたのは分かるけどさぁ、まさか何のフォローも無く、いきなり、「さぁ! 存分にお話しくださいませ、夜明けまで!」って感じに放り投げられるとは予想外。

 

あまりの事態に、思わずセシリア追いかけようと立ち上がったが、しかし無情にもセシリアは一人でたったか退散してしまう。

いきなりの事態に唖然とするシャルロット。

 

「多少強引にでも場を整えねば話が出来ないと思われていたのだろうな……そして、それはまったくもってその通りだよ。文句の一つでも言ってやりたくなるぐらい、的確だ」

 

背後から聞こえる声に、シャルロットは振り返る。

そこにいたのは、苦笑いを浮かべるデュノア社社長……アベル・デュノア。

 

……誰だこいつ

 

はなはだ無礼な思考であるが、シャルロットがこう思ってしまったのも無理は無い。

こんな温かみのある仕草など、シャルロットは見たことも聞いたことも無かったのだから。

 

彼女が知っているアベル・デュノアとは、常に無表情であり、交わす言葉もまるで機械と話しているかのような、冷たいもの。

話すたび……否、相対するたびに思ったものだ。

 

果たして、この男は自分という『人間』を見ているのか、と。

もしかしなくても、自分をただの『道具』としてしか見て無いのでは、と。

 

ところが、今目の前にいるこの男はどうだろう。

 

苦笑?

あの男が?

まさか、でも……

えぇ……?

 

「アベル、シャルロットも混乱していますし、まず座ってもらいましょう? 話はそれから」

「ん? おぉ、そうだな。さ、座ってくれ、シャルロット」

 

あーでもない、こーでもない。

と百面相をしているシャルロットを見て、社長夫人であるエステル・デュノアがアベルに進言する。

 

が、それ自体が余計シャルロットを混乱させることに彼女はまったく気付いていなかった。

 

あれが、人の事を泥棒猫の娘と蔑み、あまつさえ頬を打ったあのエステル・デュノアなのか?

今の彼女は、どう見てもそんな事をするような女には見えない。

 

アベルの言葉に答えず、そしてアベルの言葉に従って着席することも無いシャルロットを見て、アベルとエステルは顔を俯かせる。

 

「……まぁ、普通はそうなるだろうな。私とて、あのような仕打ちをした奴が今までと態度を百八十度変えてきたら疑うものだ。『今度は何を企んでいるのか』とな」

「でも、できれば話を聞くだけでもして欲しいの。納得してくれなんて言わないわ。だって、どんな理由があれ、私たちが貴方に酷いことをしてしまったのは事実。どうあっても覆しようが無いもの」

 

 

二人の言葉に、シャルロットはしばし動きを止め、やがてソファーに座った。

その瞬間、二人の表情も若干明るくなる。

 

「……大体の話はセシリアに聞きました。でも、『僕』は貴方達の口から聞きたい。……何故、あんなことをしたのか」

 

シャルロットの『僕』という部分に、表情を暗くするアベル達。

しかしそれでは話が進まないと、暗い表情を振り払い、口を開き始める。

 

「そうだな……それを話すには、まず私とエステルとロザリー……お前の母さんの関係から話さなければな……」

 

アベルが語ったのは、とある男女の出会いの話。

いずれ自分の会社を立ち上げるという夢を抱いていながらも、当時はただの青年であったアベルと、そんな彼と出会った女、ロザリー……やがてシャルロットの母となる女の話。

 

「その当時は、私は今みたいな地位なんて無い、でかい夢ばかりを抱いていた一人の男だった。しかし、地位も無い、金もない。さらにはコネも何もかも無い青二才の夢だ。そのままだったら、恐らく夢は夢のままだったろうさ……そんな時、私を支えてくれたのがロザリーだった」

 

ロザリーとはたまたまカレッジで出会った。

出会いは特に珍しいものではない。

たまたま同じサークルに所属しており、意気投合した。

その程度の物だ。

 

「だが、ロザリーがいなければ今の私はいなかった。彼女は私を支えてくれた。誰もが笑う私の夢を笑わず、応援してくれた……そんな彼女に、私も惹かれていったんだ」

 

ロザリーに支えられ、アベルは奔走した。

全ては自らの夢をかなえるため。

そして、自分の分不相応であろう夢を笑わず、支えてくれた彼女に報いるため。

 

「あちこち走り回ったものだ。何度頭を下げたか、最早数えるのも億劫だった。だが、その甲斐あって、私はこのデュノア社という夢をかなえることが出来たのだ。ロザリーも、まるで我がことのように喜んでくれたよ」

 

そして、アベルは当時思ったのだ。

ここまで自分を支えてくれた彼女といつまでも共に居たい、と。

 

「だが、それは叶わなかった……社の経営が悪化しだしたんだ。そのままでは社員を路頭に迷わせることになる。私は再び、あちこちに頭を下げ資金提供を募ったよ」

「アベル、ここからは私が……その時、一人の資産家が資金提供を持ちかけてきた。それが私の実家だったの。でも、無条件での提供なんてありえない。条件は、私を娶ること……要するに政略結婚よ」

「当時のエステルには悪いが、その時私はそれを断ろうとしたさ。だが、私は社長という、社を、社員を生かさねばならない立場にあった。受けるしかなかったんだ。そして、それを聞いたロザリーも、自分が私の負担にならぬよう、何も言わずに去っていった」

 

ここまで語り、アベルは既に冷めてしまっている紅茶を一口飲む。

その顔に浮かぶ表情は……

 

「そう、何も言わなかったんだ……その時、すでに自分がシャルロットを身ごもっていた、という事も、何も……」

「結婚した後、ロザリーの事を聞いた私は、せめて彼女を第二夫人に出来ないかと行動を起こしたわ。世間一般では愛人だ何だって言われるかもしれないけど……それでも、愛している人と共に居れないなんて、そんなの悲しい事だから……でも、既にロザリーがどこへ行ったのか、その足取りさえつかめなかった……」

「……母は、僕が父の事を尋ねても教えてくれませんでした。ただ、父は遠くに行ってしまったと、ただそれだけしか答えてくれなかった……」

「……私たちがロザリーにたどり着いたとき、既にロザリーは病に倒れ、余命幾許も無いといった時だった。すぐさま会いに行ったよ。そして少しだが、話もした。その時だよ、ロザリーに娘がいると……私との子供がいると知ったのは……そしてその子には私の事を話してはいない、と。そして自分が亡くなった後、あの子をお願い、と」

 

言葉を止めるアベルの後を継いで、エステルが口を開く。

 

「泣いてたの。ごめんなさい、負担をかけないつもりだったのに、ごめんなさいって……考えられる? 今際の際なのに、ロザリーは自分の事なんてぜんぜん考えてないで貴方の事を心配してた。そんなこと全然無いのに、アベルの負担になってしまうって泣いてた……」

「その時の私は、ただ『わかった』というしか出来なかった……見てられなかったんだ……痛々しくて、とても見ていられなかった……!」

「母に……会っていた……」

 

知らなかった。

そんな事、結局母は教えてくれなかったのだ。

 

だけれども、一体アベル達が何時ロザリーにたどり着いたのかは、シャルロットには予想がついていた。

恐らく……母が亡くなった日だろう。

だって、あの日、自分が母の病室へ行ったとき、既に病室の花瓶には花が活けられていたのだから。

その日、丁度新しい花を持っていこうと思っていたのに、真新しい花がすでにあったのだ。

自分以外誰も見舞いに来ず、自分が持っていかなければ新しい花があるわけが無いのに……

 

「……すぐさま私はお前を引き取ろうと思った。だが、出来なかった。社の中によからぬ事を企んだやからがいてな。そいつがお前に何をするか分かったものじゃ無かった」

「あなたも知ってると思うけど、今のところ私とアベルの間に子供はいないわ。つまりこのままいけばデュノア社の次期社長は……恐らく現副社長辺りかしら? でも、そこに正妻のでは無いにしろ、アベルの子が現れたら? 邪推するでしょうね。このままではその子供に社長の座を奪われるのでは? なんてね」

「私が『その気はない』と口で言っても意味は無いだろう。むしろ、余計思い込むだろうな……良くない方向に。だから、向こうが行動する前に、こちらが行動するしかなかった」

「その結果があれ。私が貴方を拒絶し、アベルが貴方をスパイの道具として扱っていると周囲に見せかて、貴方を安全な場所へ送る……えぇ、自分でもスマートじゃないやり方だとは思ったわ。でも、それしか考え付かなかった。謝って許してもらえるなんて思ってない。だけれど……ごめんなさい……」

 

自分に対して頭を下げるエステルに対し、シャルロットは何と言えばいいのかが分からなかった。

許せばいいのだろうか? 感情の赴くままに貶せばいいのだろうか?

シャルロットには分からない。

だから、ただただ黙っていることしか出来なかった。

 

 

「あまりエステルを責めないでくれよ? 全て私が考えたことで、むしろエステルは止めた側だ。恨むなら、私を恨め、シャルロット」

 

アベルの言葉にも、何と返答すればいいのか分からない。

あらかじめセシリアから聞いていたものの、それでも当人からの言葉はシャルロットには衝撃が大きすぎる。

何せ、今まで自分を道具としてしか思っていないと思っていた相手が、そうじゃなかったというのだから。

そして、そんな相手が自分に対して頭を下げているのだから。

頭が真っ白になるのも無理は無いだろう。

 

口を開きかけ、しかし言葉が出ずに閉じ、それでもやはり何か言おうと口を開きを何度か繰り返し、シャルロットはようやく言葉を発することが出来た。

 

「……正直、いろいろ混乱しちゃってて、なんて言えばいいかわかりません」

 

シャルロットの話す言葉一字一句を聞き逃すまいと、アベルとエステルは黙って聞いている。

 

「母が死んで、凄く悲しかった。急にデュノア社に呼ばれて混乱した。いきなり頬を打たれて腹が立った。人の事を娘だって言ってるくせに、僕を道具を見るような目で見てきたことが怖かった……なのに今こんな事言われて、僕もなんて言っていいのかわかんないですよ」

「そう……だな」

「だから、この事に関しては今の僕は何も言えません。もっと落ち着いて、今日話されたことを整理していって……それからようやく何か言えると思います……そうとしか、言えません」

 

けれど、きっと今日話された事を自分なりに整理できれば、今までよりは自然に父親達と向かい合えるだろう。

シャルロットはそう思っている。

 

「ですので、今日はここで……ちょっと、一人でいろいろ考えたいので……」

「む、そうか。なら外まで送らせよう。何、心配いらんよ。私達側の奴に送らせる」

「もうしばらくしたら、社の徹底洗浄をするつもりよ。そうすれば……今までよりも落ち着いて貴方と話せるようになると思うわ」

「だから、その時になったら聞かせてくれ。お前はどうしたいのかを……」

 

二人の言葉には答えず、アベルが呼び出した秘書に送られてデュノア社を後にする。

社を出ると、そこにはセシリアとラウラ、そしてチェルシーが居た。

 

「どうでしたか?」

「えっと、なんだかもうなんて言えばいいかわかんなかったよ……あらかじめ聞いててこれだったら、前もって聞かないでいたらどうなってたんだろ」

「ふふふ……きっと大変なことになっていたでしょうね」

「他人事って感じだなぁ、セシリアも……あ、秘書さん」

 

セシリアと軽口の応酬をいくらかやった後、シャルロットは自分を送ってくれた秘書を呼び止める。

 

「はい、何でしょう?」

「えっと、社長と夫人に伝えてください。『必ず、必ずまた会いに行きます、父さん、母さん』って」

 

シャルロットの言葉を聞いた秘書はしばし驚きで目をしばたたかせたあと、くすりと微笑んだ。

 

「ええ、必ず伝えます。きっと喜ばれますよ」

「だといいんですけど……」

「きっとあの夫婦の事ですから、喜ぶと思いますわ。さ、行きましょう、シャルロットさん」

 

セシリアに呼ばれ、シャルロットは今度こそ社を後にする。

 

そして、ふと思う。

 

(一夏、きっと一夏にあの時『助ける』って言ってもらえてなかったら……あの人達の言葉もぜんぜん信じれなかったと思う。だから……)

 

「ありがとうね、一夏」

 

誰にも聞かれないように、小声でそう呟いたシャルロットは、セシリアが既に乗りこんでいるリムジンへと遅れて乗り込んだ。




……(無言で石を受け止める体勢に入るクラッチペダル)

と言うわけで、ちょいと時間を撒き戻してシャルさんと社長夫婦との和解編を。

……うん、突っ込みどころ満載だね!
捏造設定ここにきわまれりだね!

と言うわけで異論は認める、石を投げるのも認める。

でもこれだけは言わせて欲しいです。

実際に愛した人と、政略的、経営的に結ばれなきゃいけない人が一緒になるなんてまずありえないんだから、こんな社長も、いいよね?ね?


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43 その日、フランスで 後編

しかし、主人公なのに出番無いね、彼。



「シャルロット! 喜べ! 社の膿の排出が終了したぞ!!」

「これでもう安心よ! シャルロット!!」

 

デュノア社での会談の翌日の朝6時ごろ、セシリアが予約していたホテルの一室で一緒に宿泊しており、まだまだまどろみの中に居たシャルロットを強引に覚醒へと引きずり出したのは、デュノア社長夫妻のテンションの高いお言葉だった。

 

『もうちょっと寝てたかったのに』とか『なんでこんな早朝に電話してるのさ』とか、いろいろ言いたいことがあったが、何はともあれ、シャルロットはこれだけは言いたかった。

 

「……早ぇよ」

 

昨日の今日でこれである。

 

……口が悪いのは許してあげて欲しい。

寝起きは誰しも機嫌が悪いものだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

フランスの市街地。

その一角にある、大通り。

そこに面した一軒のカフェのオープンテラスに、シャルロットは居た。

そして、テーブルに置かれているショコラを一口。

朝まだ早い現在、どうしても頭を働かせる糖分が足りない。

補給、とにかく糖分を補給せねば。

ついでに一緒に頼んでおいたハムサンドもパクリ。

 

「……で、いつまでそこに立ってるんです? ……父さん?」

「いや、何。お前がこのカフェを知っていたことに驚いてな」

 

ハムサンドをあむあむと食べながら、シャルロットは振り向かずに後ろに声をかける。

その声に答えたのはアベル。

早朝の電話ですっかり目が覚めてしまったシャルロットは、せっかくだしという事で朝食がてらアベルをこのカフェに呼び出したのだ。

なお、エステルも誘ったのだが、社の膿を輩出したせいで起こった混乱などでまだまだ解決せねばならない問題が山積みなため、それの処理をすると言う名目で断っていた。

 

……が、ぶっちゃけると以前の泥棒猫の娘発言とその際の行動を後ろめたく思っていたから断っただけである。

そこに、丁度良く問題が転がっていたため、それを理由にしてはいるが……

 

(もう気にして無い……訳ではないけど、そんなに深刻にならなくてもいいのになぁ)

 

そして、そんな理由でこなかったというのはシャルロットにはばればれである。

というか、誘った際の表情を見れば後ろめたさ全開なのは誰でもわかるくらいだった。

 

閑話休題

 

シャルロットに返事をしたアベルは、そのままシャルロットの向かいに座り、店員に注文を伝える。

そして注文した物が来るまでの間、懐かしそうにカフェを見渡していた。

 

「このカフェを知ってるんですか?」

「ああ。カレッジに居た頃、ロザリーとよく来ていたところだ」

「……母さんが良くつれてきてくれたんです。ここに来ると、何時も懐かしそうにしてました」

「そうか……」

 

アベルに迷惑をかけたくない、と彼の前から去ったロザリー。

しかし、それでもアベルとの思い出のカフェにシャルロットと一緒に何度も来ていたのは、きっと僅かながら残った、アベルに対する未練……だったのかもしれない。

 

「ここに来ると、母さんは何時もショコラとハムサンドを頼んでました。それからそこの大通りを眺めつつ、ゆっくりと食べたり、飲んだり……」

 

そう、今まさにシャルロットがしているように。

 

「それも昔からだ。アイツはカフェ・クレムも飲めないくらいに苦い物が苦手でな。何時もショコラを頼んでいたよ。一回、悪戯でエスプレッソなんぞ飲ませた日には、機嫌を直してもらうためにどれだけ苦労したか……」

「あはは、そういえば母さん、僕が普通にエスプレッソ飲んだ時には『信じられない!』って顔してましたよ」

「だろうな」

 

それは、傍から見れば間違いなく、親子の他愛ない会話だった。

そう、極普通の他愛ない会話。

シャルロットが、なによりアベルが望んでいた、『親子』としての会話だった。

 

「……こんな他愛ない話をするのに、思えば遠回りをしてしまったものだ。その遠回りの途中で、余計な重荷をお前に背負わせてしまうことにもなった」

「…………」

「お前の一人称、小さいことだがそれにしたってそうだ。お前を男として送るなどという下らん理由のせいで、その一人称を強要する事になった……まだ抜けないんだろう? その一人称」

「……はい。なんだか『私』って言うほうが違和感が出来ちゃって……」

「本当にすまんな……」

「…………」

「……お前を『メイドよりむしろ執事にしたいと評判の、男装が似合っちゃう僕っ娘』というなかなかマニアックな属性の子にしてしまって」

「おいこら今までのしんみりした雰囲気返せ」

 

せっかくイイハナシダナーで済みそうだったのに、台無しである。

思わず、ハムサンドを平らげたので上に何も乗っていない皿をフリスビーの要領でアベルへと投げつけてしまった。

それを顔面で受け止めるアベル。

なお、皿はきちんと地面に落ちる前にアベルがキャッチしてテーブルに戻しているので問題なし。

 

「いたたた……ずいぶんやんちゃになったものだ、シャルロットも」

「どやかましい! というか謝るとこそこぉ!? 僕に変な属性つけちゃったとこなの!?」

「ちなみに評判は本当にいいぞ? メイドより執事にしたい、というか本人いたら絶対させるというのはデュノア社社員の総意だ」

「よかった!! IS学園に入学できてほんと良かった!!」

「ちなみに、お前の男装時の写真は男性社員よりむしろ女性社員の方が買っていった」

「何売ってるの!? 何売っちゃってるの!?」

「なお、お前がIS学園に行ったせいで新作写真の供給がストップした際、残った写真をかけて骨肉の争いが繰り広げられたぞ」

「もうつぶれちゃえばよかったんだ、でゅのあしゃなんか……」

 

思わず幼児退行しかけるシャルロット。

 

「それと、お前をスパイとしてIS学園に送ったと知られたときには、盛大なストライキにまで発展したぞ? 事情を説明したら副社長シンパ排除に喜んで協力してくれたが」

「だから昨日の今日で報告来たんだ……」

「昨日言ってそれから始めますなんて事はないだろう? お前が入学する直前から、少しずつ準備はしていた。もっとも、もう少しかかる見込みだったんだが……さっき言った予想外の援軍が出来てな、予想以上に早く終わった」

 

嬉しい誤算……なのだろうか?

少なくとも、シャルロットにとっては手放しに喜べない。

彼等の功績の影に、自分(の写真)という犠牲があったのだから……

 

「何はともあれ、後は社の些細なゴタつきを何とかすれば今回の件は解決だ。……お前を今度こそきちんと受け入れる準備が整ったわけだ」

「…………」

 

アベルは先ほどまでのふざけた表情を一変させてそう言い放つ。

つまり、シャルロットにフランス国籍を持たせ、さらには自分の娘として招く準備が出来た、という事だ。

 

「……早すぎるよ、そんなの」

「そうだな」

「だって、ついこの間自由国籍になったと思ったら、もうだよ?」

「私自身、こんなに早く済むとは予想外だった」

「だったら、もうちょっと後でも」

「私がもう我慢できん」

「…………」

「本当なら、お前を引き取ったあの日、さっさと正式に娘として迎え入れたかった。それが出来ずに今の今までだ。もう十分私は待った」

「……身勝手すぎるよ」

「あぁ、身勝手だな」

 

シャルロットは俯くと、言葉を続ける。

 

「急に僕を引き取って」

「ああ」

「急に父親だって名乗り出て」

「ああ」

「そしたらスパイとしてIS学園に行けって言われて」

「……ああ」

「人を道具みたいにしか思ってないと思ったら、そうじゃないってなって」

「ああ」

「本当は僕のためにやってたって……そんなの……!」

 

シャルロットは俯かせていた顔を上げる。

彼女は……泣いていた。

 

「それからすぐに戻って来いだなんて、身勝手すぎるよぉ……!!」

「あぁ、そうだな。私はそんな人間だ」

 

そんなシャルロットを見て、アベルは席を立つ。

そしてシャルロットの傍まで行くと、座ったままのシャルロットを抱きしめる。

 

「お前を守るために、お前を傷つけることしか出来なかった、馬鹿で、身勝手な男だ、私は……!」

 

シャルロットには見せないようにしていたが、アベルも涙を流していた。

 

それからしばらく、二人はただただ泣いていた。

まだ朝早く、客が少ない時間故にそれを見ていたのは極少数。

まばらに居たカフェの他の客と、カフェの店員だけだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ところで、今日は会社にいなくて良かったの?」

「あぁ、今日一日は無理言って空けてもらった。まったく、私みたいな男には勿体無い社員だよ、あいつ等は」

 

なお、デュノア社社員は全員サムズアップでアベルを見送ったそうだ。

……ちなみに裏話として、一日空けっぱなしは流石にまずいだろうからしばらくしたら戻ってくる、と見送られた直後に戻ってきてそう言ったアベルを、社員は

 

「いいから一日空けて行ってこんかい!!」

 

といいつつ蹴っ飛ばしたらしい。

威厳なんて、そんなの無かった。

 

「それとお前のリヴァイヴ・カスタムIIだが……」

「あ、そういえばこれってやっぱり返却しなきゃ駄目……ですよね?」

 

シャルロットはそういうと待機状態のリヴァイヴ・カスタムIIを握り締める。

 

なんだかんだで、今まで一緒に居た、いわば相棒とも呼べるべき存在だ。

本当は手放したくない。

だが、あくまでこれは代表候補生であったシャルロットに貸与されたものである。

代表候補生じゃない、ましてやフランス国民ですらなくなったシャルロットが持っていていい物ではないだろう。

 

「いや? 普通のお前が持っていて構わんぞ?」

「ですよね、やっぱり持ってても……へ?」

 

が、続くアベルの言葉に思わず目が点になる。

 

「いや、だから持ってていいぞ?」

「だって、それって問題なんじゃ……?」

「いいや、ぜんぜん? そこらへんもオルコット総帥ときっちり話し合ったからな」

 

アベルが言うところによると、なんと現在、リヴァイヴ・カスタムIIはオルコット財閥関連の企業に売却されている扱いなのだそうな。

で、オルコット財閥所属のシャルロット・デュノアはその企業にテスト操縦者として出向。

データ取りのために専属操縦者になっている、だそうだ。

 

「……む、無理がありそうな……」

「どこが? 財閥との契約にもあるが、『オルコット財閥は第三世代に関する技術を提供し、デュノア社は既存の技術をより高めるための技術を提供する』。そしてわが社の現時点での最高傑作は、間違いなくリヴァイヴ・カスタムIIだ。それを解析してくださいと売却するのはおかしくないと思うが?」

「コ、コアの総数は!? 国が保有するコアが減るって事になるんじゃ!?」

「オルコット財閥が所有している未使用コアと引き換えだ。どうやら引き換えたコアを使って第三世代を作れという事らしいな」

「…………」

 

開いた口がふさがらない。

普通ありえない。

まさか、第二世代機と未使用コアを引き換えるだなんて……

明らかに、これから先、さらに進んだ世代のISのコアになるかもしれない、未使用コアの方が価値が高いはずなのに。

それをポンと捨てることが出来るとは……

 

「最初は無条件で向こうにリヴァイヴ・カスタムIIを渡そうと思ったのだがな、それではデュノア社がどうなるか分かったものじゃないと言うことでこういう扱いになった」

 

何故これがまかり通ったのか?

それには、多くの理由がある。

 

まず一つに、オルコット財閥はISをそれほど重視していない。

世界にIS旋風が巻き起こっているため、それに乗る形でIS関連企業を展開してはいる。

が、オルコット財閥関連の企業は武装開発を主にしていたり、部品開発を主にしていたり、と『IS一機まるまる』の開発を重視していないのだ。

コアがあまればそれを使ってISを作ることもある……が、正直無ければ無いで別に困りはしない。

武装や部品にコアは使わないのだから。

 

世代が進めば、当然そのデータを基に新しい武装や部品を作らざるを得ないこともあるが……データを取りたいだけなら自分たちの企業がISを持っている必要はない。

というか企業向けに公開されてる情報を用いて作れば十分である。

だから、そこまでコアに執着する意味がない。

それに、仮にIS関連企業が立ち行かなくなっても他分野にもオルコット財閥関連企業はごまんとある。

ISがなくなっても財閥は磐石という事である。

 

そしてもう一つは、国はコアの総数しか重視していないと言うことだ。

要は、コアさえあれば新しいISだとかは作れるのだから、個数が一致していれば、それが既にISになっているか、未使用なのかは気にしていない。

今回はコアごとリヴァイヴ・カスタムIIを未使用コアと交換したという事であり、国が保有するコアの個数は変わっていないのだ。

 

これが流石に普通にコアごとリヴァイヴ・カスタムIIを売却しましたとなれば問題だが……

 

「そういうわけだ。だから、お前は気にせず今までどおりでいればいい。なに、何か問題が起きたとしても、それはこちらで処理する」

「なんだかもー、うん。なんて言えばいいのかわかんないや」

 

もうシャルロットは乾いた笑いをするしかなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

そんなフランスでの出来事からしばらく時間は進み、シャルロットが『シャルル』ではなく『シャルロット』として改めて入学してから初の土曜日。

 

(思えば、なんだかいろいろあったなぁ、あの二日間)

 

余りにも多くの事を頭に詰め込んだ気がする。

親の事とか、リヴァイヴ・カスタムIIの事とか。

 

(でも、こうなってよかったって、本当にそう思う)

 

まだまだぎこちなさは残ってるけど。

まだまだ親子としては違和感が残るような敬語で話しちゃうこともあるけど。

けれども、それも時間と共に無くなって、それで自分達は親子になれる。

 

(そしてそうなるきっかけをくれたのは……)

 

そう、一夏だ。

一夏の言葉があったから、自分は人を信じてみようと思えた。

信じてみようと思えたから、アベルとエステルの言葉も信じようと思えた。

実際に助けてくれたのはセシリアかもしれないけど、一夏がいなければ……

 

(どうなってたんだろうね?)

 

多分、今より良くない結果に収まっていたであろう事は確定しているだろう。

 

だから、僕は一夏の事が……

 

(あーあ、なんだか簡単な女だなぁ、僕って)

 

でも、チョロくてもいいじゃない。

チョロかろうが、今自分が恋心を抱いた。

それは事実なんだから……

 

だから、その恋心を実現させるためにも……!

 

「ねぇ一夏! 買い物行こう!!」

「……はぁ?」

 

どんどん押して行こうか!!

 

……ちなみに、このときはこう思っていただけだが、まさかこの後略奪愛に目覚めることになるとは当の本人にも予想できていなかったりする。




……(無言で石を受け止める体勢に入るクラッチペダル Part.2)
今回も捏造設定一杯だよ! みんな、のりこめー^^

と言うわけで今回でシャル父とシャルさんは完全和解。
シャル義母は、シャルさんはもう大丈夫だけど義母自体が後ろめたさ一杯。
まぁ、これも時間が解決してくれますけどね。

と言うわけでフランスでの和解編はこれにて終了。
さぁ、投げるなら投げればいい!!


>ショコラ
かいつまんで言うと、日本で言うココア見たいな物。
ココアより濃厚で甘いのが特徴だとか

>カフェ・クレム
カフェオレの事。
普通にカフェオレでも通じるみたいですが、今ではカフェ・クレムと注文するのが一般的なようで

>お前を『メイドよりむしろ執事にしたいと評判の、男装が似合っちゃう僕っ娘』というなかなかマニアックな属性の子にしてしまって
気が付いたらアベルにこんなこと言わせてました。
どうしてこうなってしまったんだ!

>リヴァイヴ関連とか、コア関連。
ぶっちゃけ適当。
実際ISの世界で許されるのかは謎
何とかシャルさんにリヴァイヴ使わせようと頭を捻った結果の案。
多分この話で一番批判来るのはここ。

>まさかこの後略奪愛に目覚めるとは
どうしてこうなってしまったんだ!!


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夏休み編
44 ここに居る


……デート話とか、恋愛未経験の自分にゃ荷が重かったよ……(by作者)


臨海学校も終わり、全国の高校生が待ち望む時期が訪れた。

 

……そう、夏休みである。

 

期間は決められており、それが終わればすぐさま中間テストと言う地獄門が聳え立っているが、とにかくその期間の間は堅苦しい学び舎から開放され、誰しもが悦びを胸に抱き野に解き放たれる。

 

ショッピングなんてどうだろう?

海や山……レジャーに精を出すのも悪くない。

久々に別の高校に行った友人と会おうかなぁ。

 

など、抱く思いは人それぞれ。

 

もちろん課題も出されるが……その程度の障害で思春期街道まっしぐらの若者達をとめることなどできるわけがない。

当然、課題の優先度はとても低い位置になる。

そして休み終盤に大量に残った課題に泣くまでがテンプレな?

 

そしてここにも、夏休みを満喫する存在が……

 

「……ふぁぁぁぁ……もう朝かよ……」

 

そう、我等が織斑一夏である。

 

カーテンの隙間から射し込む光に目を細めながら、一夏は自分の部屋を見渡す。

シャルロットがタッグトーナメント終了後に女子として入学し直してきた為、現在一夏は一人部屋にて生活中だ。

もっとも、部屋の間取りは他の部屋と同じであり、そこに在るベッドが一つになっただけ……という有様なので、妙に部屋が広く感じるのが珠に傷と言ったところか。

 

そんなとりとめのない事を考えながら部屋を見渡す一夏は……何故か上半身裸だ。

そして彼が寝巻き代わりに何時も着ているジャージは、ベッドからそれほど離れていない地点に乱雑にほっぽり出されている。

そしてよくよく見ると、どうにもズボンやら下着まで放り投げられている。

 

何故そんなことになっているのか?

いきなり彼は裸族に目覚めたとでも言うのか?

 

否、否である。

 

じゃあ何故か。

その理由は……

 

「んぅ……」

 

一つしかないベッドで一夏に寄り添うように寝ているアルである。

ちなみに、彼女も一糸纏わぬ姿だったりする。

 

まぁ、つまりそういうことである。

詳しく描写したらこの小説がR-18になるから堪忍してつかぁさい。

 

とにかく、かつて離れ離れになった愛おしい相手。

そんな相手と十数年の時を経て、ようやく再会したのだ。

今まで溜まっていたものが爆発したとて、何もおかしいことはない。

ただ、強いて言うなら寮の自室、さらに付け加えて言うとIS学園敷地内でやるような事ではないのは確かだが。

 

「……アル」

 

そっと、壊れ物に触れるかのようにアルの頬を撫でる一夏。

指に触れるアルの肌の感触、そして頬にかかる髪の感触……どれも、自分が求めて止まなかったアル・アジフの物に相違ない。

そっと髪を一房持ち上げ、口づけをする。

 

もう放さない。

こいつは自分の物だ

 

そんな証を刻み付けるかのように。

 

「……何をしておる、一夏」

 

そんな事をしているうちに、どうやらアルも目を覚ましたようだ。

自分の髪に口づけしている一夏を見て、怪訝そうな顔をしている。

 

「んー、マーキング?」

「獣か、汝は」

 

一夏のあっけらかんとした返答に、呆れたように返しながらも、存外まんざらでもないアル。

なにせ愛している伴侶にそこまで求められているのだ。

嬉しくないはずがない。

 

独占欲が強すぎやしないか?

むしろ都合がいい。

もっと、もっと刻み付けて欲しい。

言い訳のしようがないくらいに……否、言い訳をしようと思わなくなるくらいに。

 

まぁ、でも。一方的に証を刻み付けられるだけなのはいただけない。

 

「で? いつまで人の髪を弄くっておれば気が済むのだ、汝は!!」

「へ? い、いででででで!? 噛むな! 指噛むな!!」

 

と言うわけで、照れ隠しも含めて、未だに髪を弄くる一夏の手をとり、そのまま指をガブリ。

一夏は痛がるが……知ったことではない。

 

しばらく強めに噛み続けた後に、指を口から出す。

見ると、指にくっきりと歯形が残っている。

 

--これでよし。

 

しっかりと歯形()がついたことに満足すると、再び指をくわえて、今度はあむあむと甘噛み。

特に、先ほど歯型をつけた箇所を労わる様に。

痛がっていた一夏も、現在のアルの行動に苦笑しつつ言う。

 

「犬か猫か、お前は」

「ふるひゃい、うふへは(うるさい、うつけが)」

 

会えなかったフラストレーションはアルも同じ……否、むしろ傍にいたというのにコミュニケーションをとることができなかったアルの方がたまっているのだろうか?

一時も離れたくないと訴えるかのごとく、指をくわえたまま返答するアル。

そんなアルの返答に苦笑の度合いを強くした一夏は思う。

 

--犬か猫か……猫だろうなぁ、こいつは。

 

そんな事を考えながら、一夏はアルが満足するまでされるがままでおり、それに気を良くしたのか、アルも指を咥える事を止めはしない。

……が、流石にそろそろ指がふやけてきそうだという事で、アルの口から指を抜く。

 

「ぷぁ……っ!? むぅ……」

「そろそろやめてくくれアル。指がふやける」

 

むくれるアルをなだめながら、一夏は昨晩脱ぎ散らかした服を拾い上げる。

 

「しかし、流石に夏休み中こんな様子じゃ流石にまずいよなぁ……どげんかせねば」

「そう気にすることはあるまい? 何か不都合でもあるのか?」

「こんな爛れた生活続けてばっかじゃまずいだろうに、どう考えても」

「それ以前に、妾のような幼い肢体にその劣情をぶつけている時点で既にアウトであろうに……」

「それはそれ、これはこれ」

 

そもそも、以前は見た目の年齢差が酷かったが、今はそれほど離れていない。

だから問題ない、きっと、多分、メイビー。

以上、一夏、心の独白。

 

「見た目の話ではないと思うのだが……まぁ、もう何も言うまい」

 

--もっとも、それを受け入れる妾も大概……か。

 

……アルもアルでこんなザマである。

 

「とにかく、こんな不健全ではいかん。ここは学生らしく行くとしよう」

「で? その学生らしく、とはどうするつもりだ?」

「そういうわけだ、アル。デートしよう」

「ほう? デートか。悪くな……」

 

「……えっ」

 

 

※ ※ ※

 

 

(デート、デート……か)

 

一夏に手を引かれるがまま、街へ行く為のモノレールに一夏とともに乗ったアルは、表向きはいつもどおり、しかし内心晴れやかにそうひとりごちる。

デート……そう、デートである。

自分の伴侶にデートに誘われたのだ。

浮かれるなと言うほうがおかしい。

 

(……っ! 浮かれるな、浮かれるなアル・アジフ! そう、以前と同じだ。うん、一緒に居るのは何もおかしくない)

 

そうやって気を落ち着けようとするが、どうやら効果は薄いようだ。

『一緒にいる』と『デートする』はまた別物だ、という事か。

 

そもそも、そもそもだ。

考えてみれば、デートとしてこうやって出かけるなんてこと、以前は無かった。

以前も一緒に出かけてはいたが、あれはあくまで魔導師と魔導書として。

または仕事の相棒として一緒に出かけていたようなものであって、決して恋人同士のデートなどでは無かったように思う。

だって、その頃はまだ一夏……九郎に対する思いなんて、波長的には合っており、一緒に居て心地よいとは思っていたが、それでもなんだか情けないへっぽこ魔導師、ぐらいにしか思ってなかったのだから。

しかし、あのインスマウスでの一件で妙に九郎を意識し始め、そして自分の気持ちにほんの少し気付いたかな? と思ったときには、もうそんな事を悠長に考える暇など与えぬ! と言わんばかりにブラックロッジの侵略が始まり、完全に自分の思いを確信したときには、既に戦いは最終局面へと向かいつつあり、ようやく思いを伝えられたのは最終決戦の直前。

そして思いを伝えたらそのまま最終決戦。

終わったら終わったで自分達しかいない宇宙を終わりも無くさまよい、その当てのない旅が奇跡的に終わったと思ったら自分と九郎は離れ離れ。

それどころか、ついこの間まで自分は人の形すら取れずという有様ではないか。

 

……うん、デートなんて行けてない。

行く暇なんてなかった。

 

(……って! 結局デートの事について深く考えておるではないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)

 

アル、渾身の墓穴掘りである。

思わず頭を抱え込む。

そしてそんなアルを訝しげに見る一夏。

 

「アルさんや、何を先ほどから百面相をしてるんだね?」

「……なんでもない。あぁ、なんでもないぞ、一夏」

「……もしかして、嫌だったか? デート」

「それは無い!! 絶対に無いからな!?」

「お、おう」

 

即答である。

アルの余りの勢いに、思わず仰け反る一夏。

まぁ、嫌じゃないならいいか、と自分で自分を納得させた。

 

かくして、機嫌よく鼻歌を歌っている一夏と、なにやらもんもんと何かを考え込んでいるアルを乗せ、モノレールは街へと向かっていった。

 

 

※ ※ ※

 

 

やってきたのは、臨海学校前にシャルロットと買い物に来たレゾナンス。

ここなら様々な店があり、見ているだけでも楽しいだろう。

それに、今の世界の事をアルに知ってもらうには丁度いい。

 

「ふむ……活気にあふれておるな、相変わらず」

「相変わらずって……」

「忘れたか? 妾は汝のISだぞ?」

 

つまり、人型がとれる前から見ているだけはしていた、と言いたいらしい。

確かに、再会した際には簪と一緒の部屋にいたとか、シャルロットと一緒に風呂に入った事について言っていたような気が……。

何だろう、その事を思い出すと妙に顔が痛い。

 

まぁ、見ているだけと実際に触ったりなどとはまた感覚は違うものだ。

『今』の世界の事を、もっと良く知って欲しい。

そういった思いもあり、ついでに今まで会えなかった時間を埋めるために、こうして一夏はアルをデートに誘ったわけだ。

 

ちなみに、表面上は機嫌良さそうにしている一夏だが、内心かなり緊張してたりする。

 

以前の世界で何時も二人で行動し、それどころかいろいろ致すことまで致したくせに何を言っているかと言われそうだが、それとこれとはまた話が別なのだ。

 

「……よし、それじゃ、行こうぜ? アル」

「お、おう」

 

が、入り口で固まってばかりもいられない。

アルの手をとると、一夏はそのままレゾナンスの奥へと進んでいく。

 

途中にある様々な店を冷やかしたり、最初はガチガチだったが、次第が吹っ切れたアルに時折引っ張られながら、二人はデートを楽しんでいく。

今まで、触れ合えなかった時間を全力で埋めるかのように、目一杯。

 

実際の精神年齢?

知ったことではない。

精神年齢がどれくらいだろうが、楽しいもんは楽しい。

そんな『楽しい』を楽しんで何が悪い。

 

昼食として、レゾナンス内の喫茶店でパスタを頼んだり、その際アルがかつての極貧生活を思い出し、一夏に金は足りているのかなどと問い詰めるなんて一幕もあったが、まぁそれもご愛嬌。

 

……ちなみに、かつてと違って一夏、結構金を持っていたりする。

何故か?

描写はされていないが、一夏は自身のISを開発した倉持に定期的に稼動データを送ったり、時には倉持技研に自ら赴きデータ収集に協力していたりする。

その際の拘束時間に対する手当てとして、そしてISについての研究を進める材料を提供している謝礼として、倉持から一定の金額を支給されているのだ。

少なくとも、高校生が使うには多すぎる金額が。

 

……普通の専用機持ち相手では、似たような待遇はなされるかもしれないが、流石にここまでのVIP対応はない。

では何故一夏にそこまでの対応をするのか?

それは一夏は正しく世界唯一の存在だという事である。

世界で唯一の男性操縦者。

そのネームバリューは計り知れないものだ。

そんな存在が自社の製品を使っていると言うことは、それだけで大きな宣伝となる。

それに、たかが情報、されど情報。

男性操縦者のデータという物は今の世の中では金塊よりも価値が高い、夢のような宝なのだ。

それに対する報酬としては、確かに毎月渡されているその金額は妥当なのかもしれなかった。

 

ちなみにこの待遇、むしろこれでも足りないと言っていた倉持側を、一夏が土下座してまで押しとどめてようやくこの待遇である。

その際自分の条件を押し通そうとした倉持側と、それを押しとどめようとした一夏で土下座合戦が繰り広げられたりもしたが、それはこの際どうでもいいので割愛。

 

「っつー訳だから金の事は気にしないでいいぞ?」

「…………」

「その疑いの眼やめて、心がえぐれそうだから!!」

 

ちなみに予断だが、学生であり、それほど出費をしないで済む身分の一夏は、今生は堅実に貯金していこうと固く心に誓っていたりする。

 

閑話休題

 

昼食の後も、洋服店に入っては自分やアルの服を見繕ったり、アイス屋にてアイスを購入したりと、それからもデートを楽しんだ二人だが、しかし時間は有限。

そろそろ寮へ帰らなければならない時間だ。

 

ちなみに、やろうと思えば外泊も出来るのだが、IS学園では、たとえ長期休暇中だとしても、外出、外泊の際にはあらかじめ外出届、ないし外泊届を提出しなければならず、一夏は外泊届を提出していないのだ。

理由としては、外泊となると、外出よりも手続きに時間がかかってしまうためである。

少しでも早くアルと出かけるためにと焦り交じりで外出届にしたが、今更言うのもなんだが、多少時間を食ってでも、外泊届にしておいたほうが長い時間二人きりになれたのではないかと言う思いが浮かび上がってくる。

 

(めんどくさがらずに、いっそ外泊届だしときゃよかったか……?)

 

後悔先に立たずとはまさにこの事である。

 

帰りのモノレールの中。

時間はおおよそ午後4時を少し過ぎた頃。

元から乗っている乗客も少なく、一夏達が乗っている車両は、丁度彼等二人しか乗っていない。

 

一夏とアルの間に、言葉は無い。

 

ただ無言で寄り添ったまま、流れていく景色をぼんやりと見つめている。

 

「……九郎」

「……ん?」

 

二人きりだからか、アルは一夏の事を九郎と呼ぶ。

それに対し、一夏も苦言を呈する事無く答える。

 

しかし、アルから言葉の続きがでてこない。

なにやら、あーだのうーだの唸っているようだが……

 

「……その、なんだ。いざ言おうとなると、気恥ずかしいものがあってな……まぁ、あれだ。汝と出かけられて、楽しかったぞ?」

「…………」

「かつて妾達が居たアーカムじゃお目にかかれないものばかりだった。全てが目新しいものばかりだった。以前まではそれを見ているしか出来なかったが……この手でしっかりと触れることも出来た」

 

そう言うと、アルは自分の手を見下ろし、その手を開いたり握ったり。

それはきっと、自分の体を確かめる行為。

 

ここでこうして存在している自分の体。

それが、自分の妄想の物ではないと、自分に言い聞かせるための行動。

 

「そしてなにより……また汝の隣に、こうして在れた……ああ、それが何よりの僥倖だ……だからこそ、妾は恐ろしいのだ」

 

そう呟くアルの瞳には……涙。

 

「昨夜、あれほど汝を妾に刻んだと言うのに……まだ妾は怖い。やはり、今こうして妾が触れているもの、見ているもの、何もかもが……まだあの暗い闇の中で眠る妾が見ている泡沫の夢なのではないか……本当はあの光に包まれた後、妾だけがあの闇に取り残されてしまっているのではないかと、そう思ってしまう……そう思えてしまうほど、幸せだ……幸せなのだ……」

「…………」

 

恐らく、目に映る所に誰も居ない、という事もその考えに拍車をかけるのだろう。

そうそう起こらないであろう、自分と愛する人しか居ない空間。

目に見えなくても、誰かが居るであろう気配や音さえも無い、ただただ静かな空間だからこそ、その恐ろしい考えがより現実味を帯びてくる。

 

「……九郎、汝のせいだ。汝が妾をこんなに弱くした。以前の妾だったら、そんなこと、気にもとめなかったであろうさ。悠久の時を、孤独に過ごすことには慣れていた。だと言うのに、汝が、妾を……っ!」

 

涙を流しながらそう言い放つアルの手を、一夏は黙って握る。

そしてアルの瞳をしっかりと見つめ、口を開いた。

 

「……俺は、ここにいるぜ? アル」

「……っ!」

 

その一言だけで、十分だった。

何よりも自分が求めて止まない、ただ一人愛する男からの、その一言だけで……アルには十分だったのだ。

 

「夢なんかじゃねぇよ。俺はここにこうして居て、そしてそんな俺の隣にはアルが居る。それは誰にも否定できない。否定なんざさせねぇよ。けど、もし、また不安になっちまったら、怖くなっちまったら俺に言え……何度だって言ってやる。『俺とお前は、ここに居る』ってな」

「……ああ……ああ……!」

 

涙を流しながら、アルは一夏に抱きつく。

しっかりと、自分の、一夏の存在を確かめるように、ただただ、涙を流しながら抱きついていた。

 

ただ、その顔は、涙にまみれているが、間違いなく……笑顔だった。




と言うわけで、以前の更新からかなり間が空いてしまいました。

理由はこの話を書くため。
うん、恋愛未経験なんだ、筆者は。
だからデートってどんな描写すればいいのかを試行錯誤してたらこんなにあいてしまったんだ。

正直、申し訳ないです。


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45 一つの想いが終わるとき

それは、痛みを伴う終わり。


アルとのデートの翌日。

 

一夏は再び外出届を提出し、アルを伴って学園の外へと出ていた。

またデートしに行くのか?

否である。

 

いや、二人きりで出かけている為、完全に否定できるかどうかはなはだ微妙だが、少なくともお題目はデートではない。

違うったら違う。

 

「一夏、今日はどこへ向かっているのだ? 昨日向かった場所とは別方向のようだが……」

「ん? 今の俺の実家がある町。ダチにアルの事紹介しようと思ってな」

 

そう言って、一夏は乗っていたバスの窓から外を見た。

見えるのは、それほど離れていたわけじゃないのに、何故か妙に懐かしいと感じる光景。

一夏が中学卒業までをすごした町だ。

 

今日は、そこで友人にアルを紹介しようという訳だ。

 

……そして、ある一つの事に決着をつけるという目的もあった。

 

 

※ ※ ※

 

 

この世界に来て、ISという存在になってからも、アルは自身のセンサーを通じて周囲の事は見ていたし、聞いていた。

しかし、ISとして一夏の元へ届けられる以前の一夏の事はまったくと言っていいほど分かっていないのだ。

せいぜい、どんな友人が居たか程度しか聞いていない。

 

……一体どこに住んでいて、そこでどのような出会い、別れを経て、どのような生活を歩んでいたのか。

アルは、それを知らない。

……いや、聞こう聞こうと何時も思ってはいたのだ。

思ってはいたのだが……

知っても触れられない『かつて』より、触れる事が出来る『今』を優先してしまっているという話である。

 

バスを降りた一夏は、アルを引きつれ、ただただ歩く。

とても懐かしそうに町の光景を見ている彼の様子は、まるで数年もこの町を離れていて、今ようやく帰ってきたかのようだ。

実際に離れたのは数ヶ月前だというのに、だ。

 

「ま、そんだけいろんな事があったんだろうよ、なぁ?」

「何故妾に同意を求める?」

「お前もその『いろんな事』の中の一つだからだよ」

「……そうか」

 

というか、大体7~8割を占めているのだが、それは言わないでおこうと心に決めた一夏だったりする。

 

そうやって取り留めのない会話をしながらたどり着いた先は、一軒の食堂。

看板には五反田食堂と大きく書かれている。

 

「ここは?」

「俺のダチの家族がやってる食堂。ちなみに一番人気は業火野菜炒め」

「豪華ではなく、業火……ずいぶん物騒な名前だな。火でも吐くのか?」

 

--それは思ってたけどあえて言わなかったのに!!

 

ここの店主が聞いたら確実にお玉が飛んでくるであろう言葉を発するアルに驚愕しつつ、一夏は暖簾をくぐる。

 

店は昼食時を過ぎた頃とあって客席に人は少ない。

店にいるのは、多少遅くに食事を始めた数人と、空いたテーブルの拭き掃除をしている、恐らく店員であろう赤毛の少年。

 

「ん? いらっしゃい! 五反田食堂へようこそ! ……って、お前……!」

「よう、弾。久しぶり」

「一夏……一夏か!? てめぇこの! 生きてやがったか一夏!! 今まで連絡もよこさねぇで、この!」

「ぬぉあ!? いきなり拳を振り上げてくるのは一夏さんはどうかと思うんですがね!?」

「うるせぇ! 一緒に藍越行けると思ってたらIS起動したとかニュースで出てきて、IS学園へ行っただぁ!? 女の園に入り込むなんてこのうらやまちくしょう!!」

「故意じゃない! 故意じゃないから情状酌量の余地を!!」

「余地? んなもんねぇよ!!」

 

「……なんだ、これは」

 

それはアルだけでなく、恐らくその光景を見た全員の感想であろう。

その声でアルの存在に気付いたのか、少年……弾はアルの方を向く。

 

「ん? ……お、おい一夏! 何だこの『一見目つきとかから強気とか、わがままとか、そんな感じを思わせておいて、その実寂しがりやなとこも多くあるまるで子猫』みたいな美しょ……美よ……なぁ、幼なのか? 少なのか? 美であることは確定してるが、どっちなんだ!?」

「邪悪でもない初対面の人間をここまで殴りたくなったのは流石の妾も初めてだぞ……?」

 

弾の言葉に思わず拳を握りこむアル。

が、一夏の親友であるという事を何度も自分に言い聞かせ、何とか怒りを抑え込む。

 

流石にアルが自分の言葉で不機嫌になったことを察したのか、弾は咳払いを一つすると、改めて口を開く。

 

「……で、このお嬢さんは一体誰だよ? 少なくとも中学にはいなかったよな?」

「ん? あぁ……俺の……大事な奴。何を失くすってなっても、こいつだけは失くしたくない……そんな奴だ」

 

一夏のその言葉に、弾ははっとした表情を見せ、再びアルを見る。

 

「……なるほど、この子がお前の言ってた……?」

「ああ」

 

弾はため息を一つ吐くと、眉間を揉み解しながら、天井を見やる。

 

「まぁ、あれだ。再会できたことは素直に祝福してやるよ……が、その子を連れてきたって事は、つまりそういう事か?」

 

弾の何かをぼかしたような発言に、一夏は無言で頷く。

その返答に再びため息を、先ほどよりも大きく吐くと、弾は口を開いた。

 

「お前がそうしようって思ったんなら別に止めねぇよ。この件に関しては俺も口出ししねぇ……いや、しちゃいけねぇしな。だからお前に助言もしてやれん。どうなってもお前が何とかしろよ?」

「そもそもそのつもりで来たんだよ」

 

こうして二人はなにやら傍から見れば良く分からない話をしていく。

その様子を見ていい気分がしないのはアルだ。

 

--……妾という者がいながら、二人で会話を進めるな!

 

もっとも、流石のアルもこの場の空気は呼んでいるつもりであるので、今何かを言うようなことはしない。

だが、絶対後で一夏相手に腹いせをすることだけは決意した。

 

「ま、何はともあれ帰ってくるまで時間かかるだろ。ついさっき買出し行ったばかりだしよ。つーわけで何か食ってけ。俺ん家の売り上げに貢献しやがれ」

「もとよりそのつもりで来たからいいけど、何でかイラっとした。殴っていいか? 弾」

「もう殴られてるんだが、それは」

 

……腹いせのランクをもう1ランク上げてもいいかもしれない。

そう思い直したアルだった。

 

……よくも妾を蚊帳の外に置きおってからに。

 

 

※ ※ ※

 

 

注文した業火野菜炒めに舌鼓を打ちつつ、一夏は待つ。

その表情は真剣そのものだ。

同じく業火野菜炒めをモゴモゴと食べているアルには、一夏が誰かを待っているという事までは分かった。

が、誰を待っているのかまでは分からない。

何度か聞こうとも思ったが、それも一夏の纏う空気によりできそうにない。

 

とりあえず、アルがちらちらと一夏を見るたびに、一夏はアルに対して微笑をむけ、「大丈夫」と言ってはいるが、それでも気にはなるものだ。

 

一体何を、誰に話すのだろうか。

気になる。ひっじょーに気になる。

 

アルがうぐぐと唸りながらやきもきしていると、食堂の扉が開く。

開いた先から入ってきたのは、一人の少女。

 

「ただいまー。おじいちゃん、言われてた物買ってき……た……」

「おいっす、久しぶり」

 

少女は、一夏の存在に気付くと、しばらく呆然とした後、はっとし、そして……

 

「い、い……一夏さん!?」

 

盛大に驚いた。

具体的には両手に持っていた買い物袋を取り落とすぐらいに。

 

「うおおおおお! 卵とか割れるぅぅぅぅぅ!?」

 

が、それは弾の全力ディフェンスで地面に落下することは防がれた。

もっとも、代わりに弾が体のあちこちを擦りむく羽目になったが。

 

「お、おい蘭! 買ってきたもん駄目にしたらどうするつもりだ!? しこたま怒鳴られるの俺なんだからな!? 何でか俺なんだからな!?」

 

当然、弾は少女……蘭に文句を言うが、それを聞いたか聞かないか、蘭は弾を引っ張り上げると食堂の隅へと引っ張っていく。

なお、買い物袋は引っ張られる前に弾が床にそっと置いていたため被害ゼロである。

 

「ちょっとお兄!? どういう事!? 何で一夏さんいるの?!」

「それを俺に聞くな! 俺だって連絡無しに来て驚いたくらいなんだからよ!!」

「どーすんの!? 私こんな格好見せちゃってるんですけど!? みっともない格好なんですけど!?」

「みっともないって、最近普段からその格好してるじゃねぇか。なんで一夏相手だけにその恥じらいが出てくるんですかねぇ?」

「お兄はお兄、一夏さんは一夏さん」

「一応俺も一夏と同じ男なんだが!? 差別イクナイ!」

「差別じゃないわよお兄。これは区別よ。というか家族にそこらへんの恥持てってどうよ」

「……恥じらいのある妹……イイ!」

「死ね。氏ねじゃなくて死ね」

 

「……なにあやつ等はコントをしておるのだ?」

「何を話してるのかは聞こえてねぇけど、とりあえずあの兄妹が平常運行してるってのは分かった」

 

ちなみに、五反田兄妹のやり取りは全て小声で行われているため、一夏達には聞こえなかったりする。

が、表情の変化などはばっちり見えるわけであって、なんと言うか、百面相が面白いなぁ、という感想を一夏は抱いていたりする。

 

しばらく兄妹の会話は続き、ようやく一段落したのか、蘭は一夏の方へやってくると……

 

「すみません、なんかばたばたしちゃって」

「いや、気にしてねぇよ。面白いもん見せてもらったしな」

「面白いもの?」

「弾と蘭の百面相」

「うなーーーーーー?!」

 

先ほどの兄妹のやり取りを見ていたといわれて奇声を発する蘭。

だが、あれで何故見られていないと思っていたのかは謎である。

謎だったら謎である。

 

「……で、わざわざうちに来たって事は、何か用でもあったんですか?」

 

露骨な話題逸らしである。

が、あのままからかっていても本題には入れないので、むしろ一夏にとっては好都合である。

 

「あぁ。まず一つ目は今まで連絡してなかったし、顔見せすっかなぁっていうのを。まぁ、こっちはついでか……もう一つの方が本命だ」

「本命?」

「おう。あぁ、あらかじめ言っておくと、今から俺、蘭にとってすっげぇ残酷な事言うぜ?」

「え?」

 

一体何を言っているんだろうか。

なんで、わざわざ前置きとして、自分にとって残酷な事を言うと宣言しているのか……?

その残酷な事とは、一体……

 

そこで、蘭はふと、一夏の向かいの席に座っている少女を見やる。

銀糸を織って作り上げたかのような、長い髪。

翡玉を埋め込んだと思わせるような瞳。

白く、穢れを知らない肌。

 

……この少女は、一体何者だ?

 

そこまで考えて、はっとする。

もしかして……いや、でも……

 

頭に浮かんだ考えは、確かに蘭にとって残酷で、最悪なものだ。

 

「つーわけで、アル、こっち来い」

「む? ようやく妾の出番か。今の今まで蚊帳の外に放り出されていい加減飽き飽きしていたところだ」

 

一夏は蘭をよそにアルを呼び寄せる。

そしてアルは一夏の隣に立つ。

 

この光景を見て、蘭は自分の先ほどの予想が当たりだと確信する。

 

--蘭は知っている。

織斑一夏が自分の知らない誰かにずっと恋焦がれている事を。

でも、蘭はそれを承知で……

 

「……蘭、こいつはアル……俺の恋人……いや、それ以上に大事な奴だ」

 

蘭は、それを承知で一夏に恋をしていた。

いつか、その姿も知らない存在から、自分へと振り向かせて見せると決意し、今の今まで恋をしていた。

 

……そう、『いた』のだ。

だって、その恋心も、ここで砕かれることになるのだから。

他でもない、自分が恋した一夏の手によって。

 

「……だから、蘭の気持ちには、悪いけど答えられない……すまねぇな」

 

あぁ、ほんとに残酷だ。

一夏の今の台詞は、つまり自分の恋心に気付いていたという事なのだから。

気付いていてなお、その恋心を自分が一夏に伝える前に砕いたのだから……

 

ほんとに、なんて残酷。

 

「……そう……ですか……」

 

そうとしか、言えなかった。

続けて何かを言おうとしても、口は嗚咽しか出してくれない。

視界が揺らめく。

まるで水中に潜ったかのように視界はぼやけ、そこで自分が泣いているという事に気が付いた。

それを自覚して、嗚咽しか出ない口を動かして、何とか言葉をつむぐ。

 

「……ひどい、です……伝えようって、そう思ってたのに、伝える前に、そんな事……酷いです……っ」

「あぁ、だから言ったんだ。残酷な事言うって」

「……えぇ、ほんとに、ほんとうに残酷です……こんなの……残酷です……っ!」

 

俯き、涙を流す蘭に、一夏はかける言葉を持たなかった。

泣かせてしまった罪悪感は……もちろんある。

でも、あのままずるずると希望を持たせるわけにも行かなかった。

だから、これでいい。

 

一夏が内心そう思っていると、急に体が持ち上げられる。

見ると、そこには顔を般若のように怒りに染めた、五反田食堂の主であり、弾や蘭の祖父である五反田厳がいた。

 

「てめぇ、うちの孫娘を泣かせやがったな……?」

「…………」

 

まぁ、これもあらかじめ予想していた。

厳は孫を愛している。

弾には厳しいことをなんだかんだといい、何かあれば拳骨を飛ばしているが、それも弾への愛情の裏返しだった。

そして、蘭相手には、最早溺愛しているといっても過言ではない。

そんな溺愛している孫を泣かせたのだ。

こうなるだろうな、とは思っていた。

 

厳がその拳を振り上げる。

しかし、拳は振り下ろされる前に止められていた。

 

片腕で軽々中華鍋を振るうという技を見せる、まるで丸太のような腕に抱きつき、ぶら下がるような形になった弾によって。

 

「おいじじい! 何しゃしゃり出てやがる?!」

「弾! 何で止めんだよ! 蘭泣かせやがって、一発殴んねぇと気がすまねぇ!!」

「ふざけんな! こいつは一夏と蘭の問題だろうが!! 外野が首突っ込んでいい問題じゃねぇんだよ!!」

「んな理屈あるか!!」

「あるんだよ! クソジジイ!! 蘭を溺愛してるのは分かるけどよ、それとこれとは別問題だろうが!! いいからひっこめよ!! 」

「てめぇ、祖父に向かってふざけた口聞くじゃねぇか!!」

「尊敬できる相手にならいくらでも敬意なんざはらってやらぁ!! だが今のあんたはまるで尊敬できねぇよ!! 当人同士の問題にしゃしゃりでて、殴って解決させようなんざ尊敬できるかボケ!! 祖父だからって無条件で敬意払ってもらえるなんざ勘違いしてんじゃねぇ!!」

「弾、テメェェェェェェェェェ!!」

 

「……いい加減にして!!」

 

弾と厳の言い争いがヒートアップし、厳の拳の標的が一夏から弾に変わろうとしたまさにその瞬間、厳をとめたのは他でもない、蘭の叫びだった。

 

「いい加減にしてよ! お兄の言うとおり、これは私と一夏さんの問題!! おじいちゃんは関係ない!!」

「だ、だがよ……」

「……悲しいよ! すっごい悲しいよ! でも、覚悟はしてた!! だって知ってたもん! 一夏さんが私が知らない誰かにずっと恋してたって!!」

 

そこまで涙ながらに叫ぶと、蘭は深呼吸をして、そして涙を流したままの瞳で、それでもまっすぐ厳を見る。

 

「だから、ここでおじいちゃんが一夏さんを殴るのを認めたら、私が恥ずかしい女になっちゃう! ……私をそんな女にしないでよ……!」

 

それっきり蘭は俯き、言葉は無かった。

ただただ、蘭の嗚咽が響くだけだった。

 

「……一夏、とりあえず」

「おう。行くぜ、アル」

「う、うむ……」

 

弾は、しばらく蘭を見つめていたが、一夏の方へ向き直り、一夏を店の外へと連れて行く。

一夏は弾に頷き、店の外へ向かい、いきなり起こった光景に唖然としていたアルも一夏の言葉に正気に返り、一夏の後をついて行く。

 

「……こう言っちゃあれだが、俺はむしろ感謝してる。ありがとな、蘭を振ってくれて……って言うのはおかしいか」

「てっきり、お前も怒るかと思ってたぜ」

「俺は、まぁ知ってたしな。それに……蘭、見てられなかったからさ。お前さんはずっとその子の事を思ってて、それ以外には見向きもしないってのに、自分に振り向かせようってしてるあいつが、見てられなくって……痛々しく見えてきてさ。だからこれでいいんじゃねぇかって、俺は思ってるんだ」

 

そういうと、弾は空を見上げる。

 

「だからさ、もううちに近寄らなくなる、なんてしないでくれよ? まぁ、しばらく気まずいだろうけど、蘭も覚悟してたみたいだしな。あのじじいは、まぁ何とかしとくからさ」

「サンキュ、弾」

「なぁに、ダチだからな……っと、そろそろ俺は戻るわ。わりぃけど今は……」

「おう、分かってる。じゃあな、弾」

 

一夏に軽く手を上げて返事をすると、弾は店の中へと戻っていく。

それを見届けた一夏は、しばらく空を見上げた後、店に背を向けた。

 

「……これでよかったのか、九郎」

「一夏って呼べっての……まぁ、覚悟はしてた。いいかどうかは……どうなんだろうな」

「そうか……」

 

そんな顔でそう返されてしまっては、それ以上何も言えないではないか……

 

「でも、遅かれ早かれこうなってただろうよ。お前と再会したんだしよ」

「……そうか」

 

そんな、つらそうな顔で言われては、妾には何も言えないではないか。

 

なぁ、九郎よ……




さよなら、私の恋心。


※ ※ ※


えー、おおよそ2ヶ月、更新できずじまいで申し訳ありませんでした。

なんだかんだで12月終わりごろに再就職が決まり、それから新しい職場の環境、新しい職場での仕事を覚えるとやる事ずくめで、ろくに更新作業が出来ませんでした。

それに、今回の話自体が結構難産だったというのもありますけど。

と言うわけで、今回の話は蘭との関係にケリをつける話でした。
いやぁ、厳さんの扱いに手間取った手間取った。
難産の理由の8割が厳さんのせいです

そんな手間取りながら作った話ですので、突っ込みどころは一杯あると思います。
そこら辺はご了承の程を。

……え? 何で五反田兄妹今の今まで出なかったかって?
……いえ、特に理由はないですよ?
存在を忘れてたなんてあるはず無いじゃないですかやだー


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46 イギリスにて、何思う

今生でざっと十数年生きて来た、馴染みのあるはずの光景。

でも、今では懐かしいと感じてしまう光景を、セシリアはひたすら呆然と眺めていた。

 

「……お嬢様、いかがなされました?」

「いいえ。ただ……数ヶ月離れただけだというのに、懐かしい光景だ、と思ってしまうあたり、ずいぶん濃い学園生活を送っていたという事を再確認しただけよ、チェルシー」

 

自身の幼馴染にして自身がもっとも信頼を置く従者。

そして、現在オルコット家に仕える従者の中で唯一自身の正体を知っている『もっとも付き合いの長い従者』であるチェルシー・ブランケットが運転する車に乗り、流れていく景色を見ながら、セシリアはチェルシーの言葉に答える。

 

現在、セシリアがいるのは彼女の母国、イギリスの地。

要はセシリアは今、里帰りをしているのである。

 

……言うまでもないだろうが、当然セシリアの隣にはラウラがいたりする。

 

 

※ ※ ※

 

 

車はある門の前で停車する。

この門の向こうに、オルコット家の領地は広がっているのだ。

 

チェルシーは門の脇にあるインターホンに声を投げかける。

すると目の前の門が自動で開いていき、彼女の領地が姿を現す。

彼女の領地は、ざっくばらんに言ってしまえば、広かった。

そんな広い敷地の彼方に、これまた大きな屋敷が聳え立っているのが見える。

……そう、『彼方』なのだ。

 

比喩でもなんでもなく、入り口である門から屋敷までの道が異様に長い。

歩いて行こうものなら玄関まで何分かかるのか。

きっと、一夏がこの場にいたなら以前のように、生まれてきてごめんなさいな気持ちになってしまいそうなほど長い。

そんな道を、車で移動する。

だって歩けば時間かかるから。

 

「……家までが長いですわね……えぇ、ほんとに」

 

徐々に近づいてくる家を横目に、そう呟く。

いったい誰がこんな家にした。

......自分の先祖だと言う答えに思い至り、ため息を吐くのだった。

 

そんな彼女のため息をよそに、車はようやく玄関前へと到着する。

チェルシーがセシリアが座っている席に面した扉を開け、セシリアはそこから車外へ出て、自身の屋敷を見上げた。

 

「……ただいま戻りました、お父様、お母様」

 

呟くようにそう言うと、しばし目を閉じる。

やがて、目を見開くと、玄関の扉を開け放った。

 

玄関ホールで待ち構えていたのは、オルコット家に仕える侍女、執事の列。

彼等は、セシリア達の姿をみとめると、全員が最敬礼を以って出迎えた。

 

「お帰りなさいませ! セシリアお嬢様!!」

「ええ、ただいま戻りましたわ、皆」

 

自身を出迎える従者達に、セシリアの表情もほころぶ。

そして、従者の出迎えを受けながら、セシリアは自分の部屋へと向かう。

 

「……ど畜生ですわ……」

 

……部屋で待っていたのは、書類、書類、書類、書類……(以下略)。

とにかく、書類の山だった。

 

まぁ、分かってた。

だって家にいようが学園にいようが、自分が数多くの企業を束ねているオルコット財閥の総帥であることに変わりはないのだから。

変わりないんだったら、どこで何してようと、書類は溜まるよね。

そして、そんな書類の中で、自分にしか処理できない書類が出てきたら、こうやって部屋に持ち込んでおくしかないよね。

いくらか学園の方に送って処理するにしても、限界あるよね。

 

さっきまで上がっていたテンションが90度の角度で直滑降していく様を、セシリアは確かに見たのだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

もう里帰りに来たのか、仕事しに来たのか分かんねぇなこれ、な状態を持ち前の書類処理能力で何とか片付け、セシリアは机に突っ伏した。

ぐでっと、もう淑女にあるまじき様相で。

なんか机に突っ伏した彼女の頭の両隣に、やる気のない卵みたいな奴と黄色い全身タイツの男が踊っていた気がしたが、それはきっと気のせいだ。

 

「お嬢様、お茶が入りました」

「……そこに置いておいて、チェルシー」

「分かりました」

 

チェルシーはセシリアの言葉を受け、すっかり書類がなくなった机に紅茶と茶菓子を置く。

それを横目に見て、ポツリと一言。

 

「……私、何しに帰ってきたんでしたっけ?」

「里帰り、と聞いていますが」

「でもやったことって書類処理だけじゃない! 帰ってきて、ちょーっと感傷に浸って、従者に迎え入れられて気分が良くなったところでこれよ!? 後はもう書類書類書類! サインサインサイン!! 私は書類処理機ではありませんわ!!」

「ですが、あの頃よりは少なかったはずですが」

「……えぇ、その通りですわ。忌々しいことに、あれだけの量がありながら、あれだけの量でありながら、かつて大十字さんが私によこしてくれやがった書類の山々に比べれば圧倒的に少ないですわよ!!」

 

そこまで一息に言うと、うがーーー!! と叫び出し、やがてまたぱたりと机に突っ伏した。

処理していた書類は街一つ分と全世界分と規模が違うが、問題を起こす頻度は明らかにかつての方が多かったりする。

 

……駄目だ。これ以上思い出してはいけない。

 

とりあえず、ある程度持ち直してきたので体を起こすと、チェルシーが淹れた紅茶を一口。

 

「……やっぱり、貴方が淹れた紅茶が一番合うわね。ラウラが淹れた物が悪いわけじゃないけれど」

「私としても指導はしていますが、いかんせん……年季が違いますので」

「あなたなら、どれだけオルコット家に仕えている従者に対しても年季が違うと言えてしまうでしょうね、チェルシー……いえ、ウィンフィールド」

 

ウィンフィールド。

かつて、覇道財閥にて覇道家に仕えていた執事。

彼は、何の因果か、こうして今もセシリア(瑠璃)に仕えている。

 

……なんでか性別間違っちゃってるけど、本人はまったく気にしてないので、まぁほっといてもいいんだろう。

 

「しかし、最初あなたに会った時は驚いたわ。性別からして別存在ですもの。そして、後に従者としてうちに来た時もどれほど驚いたか」

「でしょうな。ですが、こうして再びお嬢様に、ひいてはお嬢様に連なる家にお仕えする事が出来たのは非常に僥倖です。まったく、以前も今も、仕え甲斐がある家に仕えることが出来、従者として冥利に尽きますな」

「……そう、貴方にとっても、この家は仕え甲斐があった?」

「ええ。才にあふれた奥様、その上を行くお嬢様。そして……愚者を演じきった、獅子である旦那様。どなたも誠に仕え甲斐のあるお方でした」

「……そう、ね」

 

チェルシーの言葉に、セシリアは部屋に飾られている写真立てに目をやる。

写真に映っているのは、まだ幼い自分と、母と、そして父。

今はもう亡き、両親との写真。

 

 

※ ※ ※

 

 

父は、嫌われ者だった。

もともと入り婿という事で、家内での立場は弱いものだった。

だが、それだけじゃそこまで嫌われなかっただろう。

 

では何故嫌われていたのか?

それは、その卑屈さ……と言っていいのだろうか?

それのせいだった。

確かに、セシリアの母は当時オルコット家の力を大きくした、才媛だった。

そんな相手に嫁いだのだ。

そりゃ、多少後ろ向きな感情が出てくるのも無理はないだろう。

しかし、それにしたって、父は……余りにも情けなさ過ぎたのだ。

 

セシリアは父が何時も母に頭ごなしに怒鳴られている様をその目で見ていた。

それこそ、毎日、毎日のように。

 

傍から見れば、情けない夫と、そんな夫に愛想が尽き掛けている妻のやり取り。

事実、周囲の存在はそう捉えていたようだ。

しかし、セシリアはそうは思わなかった。

 

なんて、食わせ物、と。

セシリアはそうとしか思えなかった。

 

嫌われていた、というわりには、父の周りには、何時も人がいた。

もっとも、それはオルコット家に害をなそうとする存在なのだが……

ともかく、そんな存在が何時も父の周囲にはいた。

しかし、しばらく経つとぱたりと、いなくなるのだ。

やがて、新しく取り入ろうとする人々が群がってくるが、彼等もまたしばらくの後にぱたりといなくなる。

 

恐らく、父は撒き餌……囮なのだろう。

オルコット家の転覆を狙おうとする存在を自分の周囲に引きつけ、一網打尽にするための。

何故そう思うか?

もし自分がどこかの家に取り入る、またはどこかの家を瓦解させようというなら、その取っ掛かりとして取り入りやすいだろうからだ。

情けなく、蔑まれ、そんな焚き付けやすそうな存在。

傍から見れば、父はそんな存在に見えるだろう。

つまり、余りにも露骨過ぎるウィークポイントなのだ、父は。

 

だからこそ、セシリアは父をとんだ食わせ物だと思うと同時に、母と同じくらい尊敬している。

 

「セシリア、僕はね? 母さんの足を引っ張ってばかりの、情けない男なんだよ」

 

嘘つき。

何も出来ないなんてうそばかり。

いつもこの家を守ろうと行動してるくせに。

 

「……お父様、でも私はお父様が大好きですよ?」

「……ありがとう、セシリア」

 

きっと、母も父が大好きなのだろう。

そうじゃなきゃ、既に母は父を捨て、別な男を迎え入れているだろうから。

それが出来る立場にあるのに、そうしないのは、きっと母も父を心から愛していたから。

 

心苦しかっただろう。

愛している父を、情けないと怒鳴らねばならないのは。

 

もっとも、それもセシリアの想像でしかない。

事実かどうか、確かめる術はもう永久に失われてしまったのだから。

 

……両親の事故死、という出来事により。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……あの時、私が大好きだ、と言った時のあの父の表情。泣き出しそうになるのを堪えながら浮かべた笑顔は、決して忘れない……忘れられないわ」

「お父様も結局男だった、という事ですよ。どんなに情けなくても、泣く姿だけは娘には見せまいと、そう為さろうとしたのでしょう」

「えぇ、きっとそうでしょうね」

 

それから、しばらく会話はなかった。

ただただ、ティーカップなどが軽くぶつかる、カチャカチャという音が響くのみだった。

 

「……ねぇチェルシー、私はそんな偉大な両親が残したオルコット家を、両親に胸を張れるほど守れている? 貴方達が残した家を、立派に守れていますと言い切れる?」

「……ええ。これ以上無いほど、胸を張れるかと」

「そう……」

 

セシリアは、カップに残った紅茶を飲み干し、立ち上がる。

 

「これからもっと忙しくなるわ。財閥関連企業の事もそうだけど……」

「ええ、邪神……今までIS学園を直接狙っていましたが、今回は福音を経由して攻めてきています。他国を巻き込むなど、行動が徐々に大胆になってきている……本格的に動き出しますか……」

「ええ。我々はそれに備えねばならない……付き合ってもらうわ、チェルシー(ウィンフィールド)?」

「承知いたしました、お嬢様」

 

最後に、セシリアは両親との写真に目をやる。

 

(……見ていてください、お父様、お母様)

 

一瞬、何かに思いを馳せるように閉じられた瞳は、しかしすぐさま開かれるのだった。

なにせ、長々と目を閉じている暇など、きっと無いのだから……




「僕にはこれぐらいしか出来ないからね。遠慮なく僕を使ってくれ」
「でも、こんな……! 私にもっと力があれば……こんなこと……っ!」
「そう思ってくれるだけで僕は満足さ。だから、ね?」
「……ごめんなさい。こんな方法しか取れなくて、ごめんなさい……!」
「僕こそごめん。君の泣いている顔は見たくないのに、だから守ろうとしてるのに、そのせいで君を泣かせてしまって」
「ううん、いいの……ねぇ、忘れないで? これから何があっても、私は貴方を愛しているわ」
「ああ、僕もだよ……」

それは、誰も知らない、もう誰にも知られることの無い、二人だけの秘密のやり取り。


※ ※ ※


えー、今度は一ヶ月も間が空いてしまって申し訳ありません。
しかも文字数も少なく、展開もかなりgdgdな話になってしまい、重ね重ね申し訳ありません。

ちょっとしたスランプ入っちゃってたみたいで、中々筆が進まないという状態になりまして。
うーん、同じ両親関係の話のシャルロットの方は面白いほど筆が進んだんだけどなぁ……

やっぱり、故人を出すってなると難しいでしょうか。

それはともかく、夏休み編、後どれくらい書こうかなぁ……
とりあえず、かんちゃん&西博士は書きたいなぁ
ウォーターワールドの話も書きたいっちゃ書きたいし……

うぎぎ……迷うのう、迷うのう


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47 夏の暑さは気が滅入る

だから、『どうでもいいこと』も暑さのせいですませれるよね


「……あづい……」

 

夏。

そう、夏である。

太陽を遮る雲など一つもなく、太陽が我が物顔で空から殺人光線を振りまく、あの夏だ。

 

頭上からの殺人光線と、地面から反射する熱気。

さらに日本特有の湿気を帯びた熱さに、さしもの元気娘、鈴音の快活さは避暑地へ一足お先に避難してしまったようだ。

 

――悪いなご主人、俺は一足お先に行かせてもらうぜ

――ずるい、私も連れてけこんちくしょう……

 

悪態をついても熱さが和らぐわけでもなく、鈴音は汗を流しながらIS学園の寮内を歩き回っていた。

……熱いのになぜ歩き回っているか?

ここまで金をかけた寮だ、部屋に冷房くらいあるだろう?

 

……その通り、ある。

確かに冷房はあるのだ。あるのだが……

 

「な~んで……こんな日に故障しちゃうわけ……? 最悪……」

 

という事である。

冷房があっても、それが正常に動かなければそれはつまり冷房がないと同義なのだ。

が、それだけでは『何故歩き回っているか』の理由にはまだ足りない。

彼女が歩き回っている理由、それは……ただ単に他の部屋に避難しようとしているだけである。

確かに自分の部屋の冷房は壊れたが、まさか寮全体の冷房が壊れたわけでも無し。

きっと他の部屋の冷房は無事なはずなのだ。

そう思わねばやってられない。

 

が、夏休みという長期休暇真っ最中な現在、寮にいる生徒はほぼ居らず、すでに出かけていたり、里帰りをしていたりするため、逃げ込める部屋が殆どないのだ。

 

まさか、主のいない部屋に無断で侵入するという、非常識な行動に出るわけにもいかないだろうし。

 

 

※ ※ ※

 

 

「くしゅんっ!」

「風邪ですか?」

「んー、そうじゃないとは思うけど、急にね」

「誰かが噂してるとか~?」

「そうかもね。なにせこんな身分ですもの。噂されるのもしょうがないわね」

 

 

※ ※ ※

 

 

……誰かがくしゃみをした気がした。

具体的には生徒会室の誰か辺りが。

まさかこの学園に無断侵入を行おうとする輩がいるとは……

あとでこっそり千冬さんに相談しておこう。

 

などと、暑さで頭が茹ってきたのか、訳の分からないことばかり頭に浮かんでくる。

とにかく涼を……この暑さを吹き飛ばす涼をください……!

 

そうやってあっちへうろうろ、こっちへうろうろと歩き回っていると、ふと話し声が聞こえる。

 

「…………?」

 

徐々に声が大きくなってきているという事は、つまるところこちらへ近づいてきているのだろう。

そして、その声は鈴音の前方にある曲がり角の向こうから聞こえてきていて……

 

「……で、どうするよ、アル」

「妾に聞くな。だが、貰ったのは我らだ。好きに使えばいいだろうに」

「その好きに使うためにも意見を募ってるんじゃねぇか」

 

「……一夏? それに……」

 

曲がり角から現れたのは一夏とアル。

一夏の手に握られている細長い紙切れを見ながら、二人はあーでもないこーでもないと言い合っている。

 

――なぁに乳繰り合ってるんだか

 

そう思ったが口にはしなかった。

やがて、二人は鈴音に見られていることに気付くと、顔を上げる。

 

「お、鈴じゃねぇか……って、だいぶ溶けてるな」

「まーねー。もうこのまま溶けきったほうが楽になれるかもしれないわ……」

「む? 確か……鈴だったか? 何をしておるのだ? 汝は」

「んー? 部屋の冷房ぶっ壊れてねぇ……涼しさを求めて徘徊中。あと、私は鈴音。呼ぶなら(すず)じゃなくて(りん)って呼んでよ。昔それでもう勘弁してって位馬鹿にされたんだから」

「……それはすまなんだ」

「そうやって謝ってくれるだけましよ。未だに謝らない奴もいるんだし……」

 

そういえば夏休みだというのに中学の頃の友人と会ってないなぁ、と思い出す鈴音。

せっかくだから、今度会いに行くか。

ついでに、そのときにでも(すず)だの手乗りパンダだの馬鹿にしてくれた挙句、未だにそれについて謝罪してないあの友人に一撃くれてやるのもいいかもしれない。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ぶぇっくしょい!?」

「うわっ!? お兄汚い!!」

「わりぃわりぃ。急にムズムズしてよ」

「誰かに噂されてるんじゃない?」

「かもなぁ……で、あのじじいは?」

「……まだ部屋に篭ってる」

「ったく、手が焼けるじじいだぜ……」

 

 

※ ※ ※

 

 

「で、あんた等は何そう乳繰り合ってるのかしら?」

「別に乳繰り合ってるわけじゃねぇんだけどな」

 

鈴音の言葉に苦笑しつつ、一夏は懐から何かを取り出す。

それは、数枚の長方形の紙。

 

「なにそれ?」

「ん? ほら、最近出来たウォーターワールドってのあるだろ?」

「あぁ、あの……」

 

一夏の言っている物は鈴音も知っている。

最近出来たばかりの水上レジャー施設の事だ。

テレビでも大々的にCMが流れており、雑誌などでも広告と言う形で宣伝されている。

もっとも、その宣伝を見ただけなので、どういった物が中にあるのかまではわからないが。

 

「これ、そのウォーターワールドのチケット」

「はぁ!? 一夏、なんでそんなの持ってるのよ!?」

 

続く一夏の言葉に、鈴音は仰け反るほど驚いた。

なにせ、余りの人気にチケットなどそう簡単に取れないの位なのだ。

だと言うのに、目の前のこの男は平然とそれを揺らめかせている。

そりゃ疑問も湧き出てくるという物だ。

 

「なんで、か……なんで……ねぇ……」

 

が、鈴音の言葉に、一夏は何故か顔を俯かせ、ぶつぶつと何かを呟き始めた。

かと思うと顔を上げ、ケタケタ笑い出した。

思わず一夏から離れる鈴音。

そんな一夏の様子を見て、アルはため息をつくと、口を開く。

 

「あまりこのことに関しては話題に上げてくれるな。あれは、流石の妾でも同情するしかない故にな」

「ほ、ほんとに何があったってのよ……」

「それがな……」

 

 

※ ※ ※

 

 

事の起こりは大体一時間位前。

この暑さの中、いかに涼をとるかをアルと議論しながら散歩をしていた時の事だ。

その時、たまたまイギリスから帰ってきたセシリアと出会ったのだ。

それはいいのだ。

別にそれ自体は別に何も問題には発展しない。

 

が、セシリアについて来た存在が問題を持ってきたのだ。

 

「あら、奇遇ですわね」

「ん? セシリアか。もう帰ってきたんだな。どうだった? 帰省は」

「……帰省しにいったのか、仕事をしに帰ったのか分かりませんでしたわ……」

 

げっそりとそう言い放つセシリアに、一夏は思う。

 

――あぁ、このお姫様はどこにいても書類(魔王)に魅入られる定めにあるんだな、と。

 

「ハッ、汝はそうやって書類相手にひぃこら言っているのが性に合っておるわ、小娘」

「……そうですわね。もっとも? 貴方には逆立ちしたってこういった裏方の仕事は出来ないでしょうね? 思慮浅い貴方ではね」

「「…………」」

 

「どうやら、今一度ここで決着をつける必要があるようだな、人間(ヒューマン)……っ!」

「こちらの台詞ですわ。引き裂いて山羊の餌にでもしてやりましょうか? 魔導書(グリモワール)……っ!」

 

ちなみにこのやり取りで察せるだろうが、アルはセシリアが瑠璃であることを知っている。

と言うか、セシリア側からそれをアルに伝えているのだ。

 

いつぞやの時のように、二人は歯をむき出しながら互いに威嚇し合い、そして……

 

「「……ふんっ!!」」

 

互いの顔面に綺麗に拳を叩き込んだ。

それは、セシリアについてきたチェルシーが思わず「美しく決まりましたね」と呟いてしまうほどに綺麗に。

互いの顔面に拳をめり込ませたまま、二人は動かない。

そして……

 

「「……ぐはっ!」」

 

二人とも同タイミングで後ろにのけぞり、そのまま倒れこんだ。

ピクリとも動かない。

気絶しているわけではなさそうだが、良いのが極まったせいで動けないのだろう。

 

「やれやれ、部屋に着く前に寝てしまっては風邪を引きますよ、お嬢様」

「なんかすんません。うちの連れが……って、どちら様?」

 

チェルシーがセシリアを助け起こし、一夏がアルを抱えあげたところで、ようやく一夏はチェルシーの存在に気付く。

 

「……そういえばこちらでは初めて会いますね。挨拶が遅れて失礼致しました。私、お嬢様のメイドをしております、チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきを」

 

前半の言葉を一夏に聞こえぬように呟き、チェルシーは整った会釈で答える。

一夏はチェルシーの苗字を聞き、しばらく悩んだ後、合点が行く。

 

「あぁ、もしかしてそのファミリーネーム、ラウラの?」

「えぇ、義妹からお話はかねがね。お嬢様が信頼を置いているお方だとか」

「いや、それほど大したもんじゃないっすよ」

 

どうやらチェルシーは自身の正体をすぐにバラすつもりは無いようで。

あくまで話に聞いていた存在に初めて対面した、と言うスタンスを崩す気は無い模様。

 

……この従者、実に楽しそうに演技をしている。

ノリノリである。

 

「いえいえ、ラウラもお嬢様も、なかなかに織斑様を評価なさっていますよ? それに……」

 

そこまで言うと、チェルシーは懐から一枚の紙切れを取り出す。

それは、サイズ的には……写真だろうか?

 

「それに、なかなか楽しそうなことをする間柄でもあるみたいですし」

 

そう言って、チェルシーはそれを一夏に見せる。

それは……

 

「……な、なんでそれを持ってるんでせう……?」

 

一夏の黒歴史。

そう、臨海学校の時の『アレ』の写真である。

恐らく、ラウラから流れて行ったのだろう。

 

「その場に私がいなかったことが、非常に残念でなりませんでしたよ?」

「…………」

 

一夏は完全停止状態。

そんな一夏に笑みを深くしたチェルシーは、一夏に近づいていくと、耳元に口を寄せ、囁く。

 

「相変わらず、お美しゅうございますね……大十字様」

 

「…………っ!?」

 

その言葉に、一夏がはっと顔を上げると、既にチェルシーは未だに動けないセシリアを背負い、荷物を持って寮へと向かっていた。

どうやら自分が感じた以上に、あのささやきから再起動まで時間が経っていたらしい。

 

ふと自分が何かを握っている感触があり、見下ろすと、自分の手には細長い紙……何かのチケットだろうか?

見ると、最近新しく出来たウォーターワールドのチケットだった。

 

――こんな場所で騒ぎを起こしてしまった迷惑料?

――お嬢様であるセシリアがこんな事をしたことを口外しないための口止め料?

 

否、否である。

間違いない、これは……

 

――今度の時は、宜しく。

 

つまり、前払い金のような物。

 

チェルシーは狙っているのだ。

自分の手で、一夏を美しく飾ることを……

今回はラウラからの写真で我慢するが、次があったら……

 

「……え……えー……?」

 

分かった。

分かってしまった。

この一連のやり取りで、彼女は、あの……

 

でも、何で?

性別間違ってない?

そして間違ってるはずなのに違和感はどこへ?

 

余りにも短時間にいろいろな事があったため、一夏の処理能力は既に事態についていけていなかった。

 

ただただ、呆けたような、間抜けな声を上げるだけである。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……ということがあってな」

「あの写真、流出しちゃってたんだ……」

 

これには流石の鈴音も同情の視線を向けるしかない。

そして今の一夏には言えない。

臨海学校の事で新聞を書く為取材をしていた黛薫子が、ラウラが撮ったその写真に目を付けてしまったことを。

そして女子だけの秘密ネットワークにより、かなりの数の件の写真が広まってしまっている事を……

 

別に、ラウラは臨海学校についての取材の際、せっかくの新聞だという事で、自身が撮った臨海学校の写真を提供しようと言う軽い考えで薫子に写真データを見せていたのだが、それを見た相手が数あるデータの中からそれを見つけてしまったのが悪かったとしか言いようが無い。

 

哀れ、一夏。

 

ちなみに、何故アルがここまで詳細に回想を説明できるかと言えば、言ったように、動けなかっただけで意識はあったためだ。

 

閑話休題

 

「……と、とにかく、なんやかんやあって、これを手に入れたはいいが、俺とアルだけ行くにしてもチケットが余っちまってるんだよ。貰ったの一枚に付き二人まで入れるって奴を2枚だし。だから、この余った一枚をどうすりゃいいかってなってな?」

「なるほどね……」

 

復活した一夏の言葉に、鈴音は頷き、そしてふと思う。

 

――ウォーターワールド=涼しい場所

――涼しい場所=この暑さからの解放

 

その時、鈴音に電流走る。

 

「ぜひ私も連れて行ってくだしあ」

 

すかさずの土下座であった。

最早なりふりなど構っていられない。

とにかくこの暑さから逃げ出したかった。

その為なら、プライドだろうが何だろうがドブに向かって投げ捨ててやる。

 

その後先省みないほどの気概が篭った、全力の土下座だった。

 

「そ、そこまで切実に頼まんでも……」

「な、ならぬ! ならぬぞ!?」

 

あまりの気迫に、思わず一歩後ずさる一夏だったが、そこに待ったをかけたのがアルである。

せっかく二人きりで出掛けれると思ったところで、邪魔をされるわけにはいかないのだ。

 

が、鈴音も退く気は無い。

ここで退いたら死んでしまう。

暑さのせいで。

 

故に、アルに近づき、一夏に聞こえないように囁く。

 

「別にあんた等の邪魔する気なんざさらさら無いっての。と言うか、私が入り込む余裕も無いっての」

「だ、だがしかし……!」

「……あんた、自分達が思ってる以上にお似合いなのよ? なのにあんたがそんな不安がってどうするってのよ。胸張りなさいよ。誰もあんた達の間に入り込むなんて出来ないんだから。逆に、そうやって不安がってるとそれが付け入る隙になるわよ?」

「う、うぐぅ……」

 

そこまで言われて、思わず唸るアル。

しかし、まだ不安な様子である。

 

そんなアルの様子に、鈴音はため息一つ吐くと、口を開く。

 

「それとも、一夏があんたから他の女に乗り換えるとでも疑ってるの? 十数年、あんただけを想って他の女からのアプローチ全部跳ね除けた位、あんたを愛してる一夏が」

「そうではない。そうではないが……」

「ならいいじゃない。心配しなくても、ただ私は道中一緒に行くだけ。中に入ったら一人で好き勝手遊んでるわよ」

「……むぅ、そう言う事なら……」

 

それでも渋々といった様子のアルに、鈴音は思う。

 

まるで、初めて出来た大切な物をとられまいとする子供のようだ、と。

そう言う物を、時を経るにつれ諦めたりすることで、割り切ることを人は覚えていくのだが、どうにもこのアルという少女は、その辺りの割り切りが出来ていない。

 

だから、今回も過剰に反対していたんだろう。

 

「……ま、当然か」

 

何でも、話によると一夏のISがあの姿をとってるみたいだし。

 

そこまで考えて、ふと気付く。

 

「……あれ? でも良く考えたら……」

 

あれは一夏のIS。

まぁ顎が外れるほど驚いたが、実際あれから模擬戦とか訓練でISになるの見てたから、そういうもんだと

なんとか納得はする。理解できないけど。

 

――じゃあ、アルと一夏が初めて会ったのは一体『いつ』だ?

 

彼女がISだとして、その頃ISを使えないと思っていた一夏が中学校で自分達に会う前、ましてや小学校で箒に会う前に彼女に会う……そんなことありえるか?

 

と言うか、そもそもの話、ISが好きな人って言うのを何故自分達は平然と……ではない人もいるが、受け入れているのか?

普通に考えれば余りにも……

 

『おおっと、そこまでー! 勘がいい子は嫌いじゃ無いけど、よすぎる子は嫌いかなぁ』

 

……自分は今何を考えていたんだろうか?

 

そんな『下らない事』、どうでもいいだろうに。

 

「……鈴? おい、鈴?」

「……うぇ? い、一夏? 何よ?」

「いや、急にぼけっとしたからさ。どうしたんだ?」

「な、なんでもないわ。ちょっと暑さでぼけっとしてただけだから。それより! 私も付いてくからね? あんた達だけに涼しい思いをさせてたまるもんかってのよ!」

 

きっと暑さで下らない事を考えてしまっていたのだろう。

 

鈴音は、そう自分を納得させた。




「んー、危ない危ない。やっぱいるもんだねぇ、ああいう勘が鋭い子」
「でも、今はまだ核心に近づいて欲しくないな」
「だってまだ舞台は整ってないんだから」
「核心は、もうちょっとお預けだね」
「…………」

「ここまでいっくんの為に裏方で頑張ってるんだから、ちょっとはご褒美ほしいなぁ……」


※ ※ ※


と言うわけで、日常回……に見せかけたナニカ。
果たして、こうやってばら撒いた伏線、筆者は回収しきれるのだろうか……


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48 きっと、それは別ちがたい『モノ』

4ヶ月とちょっと……か……

ちょっと難産にも程があんよぉ……


と言うわけで、皆様お久しぶりです。



何故だろう。

今までに無いくらい、心が軽い。

このまま本当に空を飛んでしまえそうなほどの高揚感に、鈴音は包まれていた。

 

そして彼女はその心のままに走り出し……

 

「キャッホーーーーーーーーーーーー!!」

「こらっ!! よそ様に迷惑かけちゃいけません!!」

「父親か、汝は」

 

目の前のプールに飛び込んだ。

その背後に投げかけられるのは、一夏の怒鳴り声と、一夏の言葉に呆れるアルの声。

 

彼等の現在地、ウォーターワールド。

結局、あの後彼等は一緒にウォーターワールドへ行くことになったらしい。

 

背後から投げかけられる言葉をさらりと聞き流しつつ、鈴音は今この場にある涼を楽しむ。

 

――あぁ、このままひんやり溶けたい気分

 

「鈴! 聞いてるのか?! まず準備運動しなさい!!」

「だから汝はあやつの父親か!?」

 

あーだこーだ言い合っている一夏達を見て、鈴音は思う。

 

――やっぱ、あれの間に入ろうってのは無謀よねぇ。

 

なのに良くまぁあの間に入ろうとする奴もいるもんだ。

具体的には二人ほど。

 

「……ま、もう割り切ってはいるんだけどね」

 

ああいうの見せられると、こう、胸がもやもやしなくも無い。

なんだかんだで、告白するくらい好きだった相手なんだし。

 

――まぁ、だからって今更また狙う、なんてことしないけどね。

 

一度振られて、それで理解した。

恋だなんだ考えるより、そういうの抜きに親しくしたほうが気が楽だという事に。

 

「あーあ、こりゃ、私次の恋なんて出来るのかしらねぇ」

 

それは神のみぞ知る、というところだろうか。

とりあえず今は……

 

「パパー、飲み物買ってきてー」

「誰がパパか?! あぁ! 違うんです! あのプールにぷかぷか漂ってるちんまい娘っこは俺の娘なんかじゃ断じてないんです! だからその異物を見る目をやめてください!? 『高校生くらいの癖にあんな大きな子供いるなんて……』とか『小さな子にパパって呼ばせる不審人物』って言う目は勘弁して!?」

「パパー、あっちで一緒に泳ごー?」

「アルも流れに乗るんじゃありません!! あぁ! だからその社会のゴミを見る目をやめてぇ!!」

 

一夏をからかって遊びますか。

……それと後で人の事ちんまい呼ばわりした事について詳しくお話する必要があるわね……!

 

 

※ ※ ※

 

 

あの後、散々アルと鈴音に弄られた一夏はぐったりとプールサイドに設置されているビーチチェアーに寝転がっていた。

 

……あれ? 俺まだ泳ぐどころかプールに入ってすらいないのに、何でこんなに疲れてるんだろう?

 

ふとそんな考えが頭をよぎる。

そして一夏の疲れの原因は……

 

「何をしておる! 早くこっちに来んか、うつけがー!!」

 

元気にプールに浸かっております。

理不尽じゃありません? これ。

 

「どっかの誰かさん達のせいで既に心底疲れきっちまってるんだが!?」

「やれやれ、その年の癖にもう疲れ果てたというのか。軟弱者め」

 

プールから上がり、一夏の傍にやってきたアルが、腰に手をあて、そう言ってのける。

が、一夏としてはアルの言い方は納得できない。

だって、まるでこの現状が自分のせいだといわれているから。

 

「おう、さっきまでの自分の行いを、胸に手を当ててしっかり思い出そうか?」

「ふむ……」

 

一夏の言葉に、アルは胸に手をあて、しばし目を閉じ……

 

「ふむ……あの程度で疲れたのか? 軽い戯れだろうに」

「何『心底不思議だ』って顔で言うかね! お前さんは!! それにあれが戯れだったら世の中いじめなんてありません!!」

 

余計疲れてきた、と呟きつつ、一夏は先ほどよりもぐったりとした様子になる。

そんな一夏に苦笑すると、アルも一夏の隣にあるビーチチェアーに座る。

 

「まぁそういきり立つな。このような場だというに」

「だったらああいうのは止めてくれよ……」

 

もっとも、一夏もぐちぐち言ってはいるが、本気で怒っているわけでない。

こういうやり取りなど、最早茶飯事だから。

 

……悲しいことに、茶飯事だから。

 

(あっるぇ? なんだか涙がでてきたぞー?)

 

とりあえず、アルにばれないようにこっそり涙を流しておいた。

しばらくの間、こっそりと涙を流した一夏は、アルに向き直る。

 

「そういやお前さんはもう泳がなくていいのか?」

「む? そうさな……妾も少し疲れたのでな。小休止といった所だ」

 

それに、とアルは一旦言葉を区切り……

 

「汝が居るからな。別に泳がなくとも問題ない」

「……そうか」

 

――……照れさせること言ってくれちゃって

 

思わず一夏は顔を背ける。

が、そのせいで一夏は気付かなかった。

 

……他でもない、アル自身も自分の台詞に赤面していることに。

 

「……縁側で日向ぼっこしながらお茶飲むのが似合う年になってるのに恋愛には初心な夫婦みたいな感じね」

 

その光景をたまたま目にした鈴音は、誰に聞かせるでもなくそう呟いたという。

 

……なんだその例え

 

 

※ ※ ※

 

 

この後、ウォーターワールドにて開催されたイベントで鈴音が暴れる……

などという、どこぞの世界線で起きたような出来事が起こるわけも無く、三人はウォーターワールドを満喫した。

 

まぁ、そもそもあの世界線と違い、セシリアが居ないし、仮に居たとしても、そのセシリアも中身が違う別人な訳なのだが。

 

なお、その鈴音はすでに一人で帰ったらしい。

せめて帰る際の挨拶ぐらいはして欲しいと一夏は思ったが……

まぁ、よくも悪くも『一人で好き勝手遊んでる』という言葉を実践したという事か。

 

ちなみに、鈴音の名誉のため真実を言うと、鈴音は無理言って付いて行かせてもらったわけだし、帰りの挨拶くらいはしようとは思っていたのだ。

思っていたのだが、そのときになってもまだ二人して照れているという光景に

 

――あ、これ入り込むの無理なやつや

 

と判断し挨拶できずに帰ったのである。

鈴音は空気が読める子なのです。

 

アルと町を歩きつつ、「まだ時間あるから次はどこ行くか」、「いやどっか行く前に腹ごしらえを」、「じゃあどこで腹ごしらえするか決めなあかん」と言った会話をしていると、ふとアルが一軒の店に視線を向けた。

 

「ん? どうした、アル」

「いや、あやつ、なにやら見覚えがあると思ってな」

「んー?」

 

アルが指差した方向には一軒の飲食店。

まぁ、これだけなら普通の店ですねで済むのだが……

 

「ん? ……んー?」

 

窓から見える店の中に、なんか見覚えのある影がいたような……

目を擦り、再び店の中をみると、そこには……

 

「ラウラ……?」

 

どうみてもラウラ・ブランケットです。ありがとうございました。

なにやら店の中をあっちへとっとこ、こっちへとっとこと駆け回っているが……

 

「何やってんだ? アイツ」

「知らん。だが、冷やかしてみるのも悪くは無かろうよ。おあつらえ向きに、ここは飲食店のようだがな」

「ふーん……」

 

アルの言葉に、店の名前を見る。

@クルーズ……一夏にも聞き覚えのある名前だ。

 

IS学園に入学する前からあるらしい店で、なんでもメイド喫茶だとか。

弾がやけに興奮して話していたのを思い出す。

 

もっとも、自分が大十字九郎だった頃に、あのリアルメイドの面々を飽きるほど見ていたため、興味なんてわきもしなかったが。

 

――というかね、メイドに幻想とか抱けねぇよ、あの面々見たらよ。

 

とは人知れず一夏が呟いた一言だ。

 

「……まぁ、いいか」

 

丁度腹も空いてきているところだ。

目に付いた店で何かを食べるのも悪くは無いだろう。

それに、なぜセシリア命なラウラがこんなところにいるのかも気になるし。

 

 

※ ※ ※

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人さ……織斑様? アル様?」

「よう、ラウラ」

 

一夏達が入店すると、ラウラが挨拶をしようとするが、入ってきたのが一夏達だと気付き、驚きの表情を浮かべる。

もっとも、驚きの表情と言っても、多少目を見開くぐらいの変化だったが。

 

「偶然通りかかってな」

「小娘の従者である汝が主から離れてここにいるというのも珍しいな」

「まぁ、お嬢様は義姉様がそばにいるので万が一も無いでしょうし、お嬢様も少し羽を伸ばせばいいと仰られたので、デュノア様と一緒に出かけてみまして」

「シャルと?」

 

ラウラの言葉に、一夏は店内を見渡す。

しかし、いくら見渡せどシャルロットらしき影は見えないが……

 

……いや、居た。

店の奥。

スタッフルームへ通じる通路の壁に、何か居た。

本人はそれで隠れているつもりなのだろうが、ぜんぜん隠れてない。

 

……なにこれ、突っ込み待ち?

あの子突っ込み待ちしてるの?

仮にそうじゃないとしたら、それはそれですごいよ?

だってあれで隠れてる気になってるんだし。

その点ト○ポってすごいよな、最後までチョコたっぷりだもん。

 

「なぜトッ○なのだ、一夏よ」

 

いや、今しがた通り過ぎた店員が運んでるパフェに○ッポが刺さってたもんでつい。

 

そんな様子を見ていたラウラはため息一つつくと、すたすたと隠れている(と本人は思っているであろう)シャルロットの元へと歩いていくと、ぺいっと店舗側へと放り投げた。

 

「ちょ、ラウラ!?」

「一時的とはいえ、この店で働いてるのですから、そのようなことでサボるのはおやめください、デュノア様」

「べ、別にサボるために隠れてたんじゃ……」

 

放り出されたシャルロットを見て、一夏は何で彼女が隠れていたか納得する。

 

……だって、今彼女が着ている服、執事服なんだもん。

男装してる姿なんぞ、知り合いに見られたくないもんね。

 

……じゃあ、女装姿見られた俺って、一体……?

 

ふとそんな考えがよぎったが、さっさと頭から放り出した。

 

考えるのはよそう。

これ以上考えれば暗黒面へ引きずり込まれそうだ。

 

だからとりあえず。

そう、とりあえずはだ……

 

「ピロリンとな」

「何撮ってるの!? 何撮ってるの!?」

「何って……某社の燃料?」

「さっさとつぶれろデュノア社(悪の巣窟)ぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

なんでか。

『なんでか』自分のスマホにいつの間にか入っていたデュノア社社長の連絡先宛に今のシャルロットの姿を写メるとしよう。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……で、なんで二人で出かけてここでバイト?」

「正直、僕が聞きたいよ。出かけようかなって思って支度してたらラウラが来て、一緒に出かけようってなって、出かけてたらあれよあれよという間に何でかバイトしてたって言う状況……ほんと、誰か説明して……」

 

店の入り口での騒ぎに店長が気付き、何事かとやってきたところに事情を説明し、一夏達がシャルロット達の知り合いだということを店長が把握すると、気を利かせてくれたのか休憩していいとのお達しが来たため、シャルロットとラウラは一夏達と一緒のボックス席に座り、それぞれ軽い食事をすることとした。

なお、シャルロット達の服装はここの制服のままだ。

きっとこの休憩の後も働かされるんだろう……執事姿のままで。

 

シャルロットがかわいそうと思わなくも無いが、ここで口出しすればきっと自分達も巻き込まれる。

そんな確信がある一夏はあえて何も言わなかった。

一夏だって、首を突っ込む場面を選ぶくらいはするのだ。

 

「あーあ、急に銃を持った集団が立て篭もりにきたとか、何か大きな出来事に巻き込まれないかなぁ……そうすればその混乱に乗じて逃げるのに」

「何物騒な事を言っておるか汝は」

 

シャルロットの言葉に、アルが思わず突っ込む。

だが、無理も無いだろう。

夏休み、せっかくだしと一夏を誘おうとしたら既に一夏は出かけてて、じゃあ一人でぶらぶら出歩くかと思ってたらセシリアにラウラを頼むといわれ、ラウラと出かけたらなんでかメイド・執事喫茶で働くことになって、執事服という、自分の黒歴史の一端である男装を思い出させる格好をさせられ、最終的にそれを一夏に見られたのだ。

そりゃここまでされれば誰だって荒む。

故にこんな物騒な事も言いたくなるものだ。

 

「ここにいる奴等、全員動くな!!」

 

「……よかったなですねデュノア様。デュノア様のお望みに合致する、ナイスな展開です」

「……やめてよラウラ。僕だってまさかこんなことになるなんて思ってなかったんだから。ちょっとしたジョークのつもりだったんだから。だから一夏、そんな怖い物を見る目で僕を見ないで。アルもそんな『こいつ、やりやがった……』って目やめて。お願い。じゃないと僕泣いちゃいそうだからぁ!!」

 

ただ、それを言った直後にさっき自分が言ったとおりの集団が自分が言ったとおりの事をするだなんて、一体誰が想像付くというのだ。

だから、僕は悪くない。

悪くない……はず。

 

「……で? どうするラウラ?」

「聞くまでも無いでしょう? 鎮圧します」

「さよか。なら、手伝うとしますか」

 

机に突っ伏し、「僕じゃないー、僕じゃないー」と言い訳を探して傷ついてる状態になったシャルロットをよそに、一夏とラウラは平然とそんな事を話し合っていた

正直、自分がいる場所に銃を持った集団が押し入ってきたときの反応ではない。

では無いのだが……まぁ、こいつ等の経歴を考えれば、むしろあせったりするほうがおかしいわけで。

 

「っつーわけだ、行くぜ、アル」

「まったく。また厄介事に首を突っ込むか、汝は」

 

一夏の言葉に、アルは悪態をつくも、その表情は言葉とは違い、笑顔が見られている。

 

 

――自分の比翼が行くというのだ。自分も行かずしてどうする。

 

 

その後、ちゃっちゃと集団を鎮圧した一夏達は、鎮圧後も未だに僕じゃない状態にあるシャルロットをつれて、混乱に乗じてさっさと学園に帰ったそうな。

まぁ、魔術を使わず魔術師を倒した存在の教えを受けた奴と、前世で魔術師だ邪神だと戦い、今も日夜奉仕種族相手に戦闘訓練を行っている奴が、たかが銃を持っただけの一般人に負けるなど、そもそもありえないわけだが。

 

とりあえず、一夏は思う

 

――千冬姉にことが知られなきゃいいけどなぁ……

 

もっとも、そんな奴でも肉親のお怒りとお説教。

そしてのちに来るであろう涙目には弱かったりする。

 

世に存在する生物には天敵が必ず存在する。

世界とはかくも上手く回っているものなのだった。




某日、某所にて

「えー、それではこれよりさる筋の方からいただいた新作をお披露目しようと思う」
「しゃ、社長! 今回の新作は一体どんな……!?」
「今の私は社長ではない! 団長だ! 間違えるな!! ……今回の新作は……コレだ!」

そう言って男が取り出したのは、執事服を着たシャルロットの写真。

「Foooooooooooooooooooo!!!」
「だから言ったじゃない! シャルちゃんは男装してこそ輝くと!」
「お前じゃなくて俺だろ!? シャルちゃんは執事の格好が一番映えると!!」
「落ち着きたまえ同士諸君。 静かにしないとこの写真あげないぞ?」

とたんに静まり返る彼等。
その様はまるで統率された軍隊のよう。
その光景を見て団長は満足げに頷くと、同士に写真を配り始める。

「……それでいい。さぁ、この写真を糧に、これから先も突き進もうではないか!」

その日、某国の某社から、天地を揺るがすような声が響いたとか響かなかったとか。


※ ※ ※


と言うわけで皆様、お久しぶりです。
いやぁ、仕事の忙しさ+難産のせいでまさかの4ヶ月ですよ奥様。
こりゃもう半クラッチ程度の速度以下。
もう少し速度上げていかないとなぁ。

Q:なんで立て篭もり犯鎮圧の場面をカットしたの?
A:一夏達とラウラが鎮圧するとなるとどうなるかは書かなくても明白だから。


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49 そのとき、彼等は

何をしていたんだろう

何を思っていたんだろう


IS学園、第二整備室。

第一整備室と違い、普段から人が少ない整備室であるが、今は夏休みだという事もあり、何時も以上に人が居ない。

というか、三人しか居なかった。

 

一人は更識楯無が妹、更識簪。

もう一人はその親友にして従者にして護衛、布仏本音。

 

じゃあ、残りの一人は……?

 

「……よし、こっちは調整完了。本音、そっちはどう?」

「んー? 大丈夫だよかんちゃん。ばっちしー」

「そう。じゃあ、西村博士、そっちはどうですか?」

 

「ふむ、とにもかくにもドリル。あっちにもドリル、こっちにもドリル。ドリル、ドリルをつけるのである。とにもかくにも、一心不乱の大ドリルを! なんでドリルをつけるかって? そりゃドリルは男の浪漫だから。そして我輩は男の子! だから浪漫に誘われ、ドリル、つけちゃった☆ 嗚呼、我輩の右脇腹の浪漫回路がギュンギュン回転してエネルギー発生させちゃうのほぉぉぉぉぉぉ!! らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

こいつだった。

ソウルネーム、ドクターウェスト。

本名、西村。

そう、皆さんご存知の□□□□である。

 

何故彼がここにいるのか。

まぁ単純に簪の専用機、打鉄弐式の調整のためである。

……調整、のはずである。

あるのだが、彼の言葉から察するに、もはや調整でなく別の何かをつけようとしているらしい。

具体的にはドリルあたりを。

 

そんな彼の言葉を聞いた簪は、音も無く西村の懐にもぐりこみ、遠慮なく彼の右脇腹にえぐりこむようなフックをかました。

 

「残念。右脇腹から発生するのはエネルギーじゃなくてタダの痛み」

「痛みが我輩を強くするぅぎゃあああああああああああああああああ!?!?!?! 浪漫回路が回っちゃいけない別方向にギュンギュン回って、回って回って回り尽くして美味しいバターになりました。(原材料:トラ)」

 

「……ヘイワダナー」

 

のほほんとしている本音も、流石のこれには遠い目。

自分の仕えている主にして親友が元気なのは嬉しい。嬉しいのだが、ちょいと元気が有り余りすぎじゃあありませんかねぇ……

 

今なおあーだこーだわめいている西村に対しマウントをとりつつボッコボコにしている簪をみやり、一人ごちる。

 

「だから! あれほど! 人のISに!! 変なものを!! 取り付けるなと!! 言いましたよね!!?」

「へ、変な物だとぅ!? それは聞き捨てならぬふぅ!? ちょ、ちょっと待つである、我輩にもちゃんとしゃべらっぶぉう?!」

「シャラップ!!」

「うぶおぁ?! な、殴ったね?! 親父にも打たれた事無いのに!!」

「有名リアル系ロボットアニメの台詞を冒涜してんじゃぬぇええええええええ!!!」

「うぎゃああああああああ!! 我輩の体が曲がっちゃいけない方向にぃぃぃぃぃ!!? うわぁぁぁん! ママぁぁぁぁぁ! 我輩シャチホコになるぅぅぅぅぅぅ!!」

 

――あ~あ、かんちゃんの逆鱗に触れちゃったし

 

ロボアニメ大好きなかんちゃん相手にロボアニメの台詞をこんな場面で言っちゃったら、そらこうなるね。

仰向けからうつ伏せにされ、逆エビ固めを食らっている西村を見て、ため息一つ。

 

「あ、できれば我輩がシャチホコになったらどこぞの城の天守に飾って欲しいのである」

 

こいつ、意外と余裕だった。

 

「……ふん!」

「あひん」

 

あ、とうとう気絶した。

 

「……ほんと、へいわだなー(棒)」

 

おねーちゃーん、帰りたいよう……

 

「まったく……普通にしてれば普通に天才なのに、なんでこう……」

「ふん! 我輩が普通などと言う枠にはめれると思ったら、それはそれはインポッシブルなのである。我輩はそう! 『普通』などという枠に囚われない。我輩はそう、自由! あぁ、さらば束縛の日々。あの向こう側の世界へ、我輩はLet's Dive ! あーいきゃーんふらーーい!! 最後のガラスをぶち破るのである!!」

「……だ・か・ら……」

 

ポツリと簪が呟いた言葉に、さっき気絶したばかりだと言うのにもう復活した西村の言葉が返される。

その言葉に、簪はしばらく俯き、ぷるぷる震えると……

 

「アニメの台詞だのOPだのを冒涜してんじゃぬぇええええええええええええええええええええ!!!!」

「……嗚呼、人はなぜ、過ちを繰り返すのであろうか……ア○ロ、刻が見え……」

「うばっしゃああああああああああああ!!!」

「ギニャアアアアアアアアア!!!?」

 

ほんとに、なんでこの□□□□は過ちを繰り返してるんだろうか。

それは誰にも分からない。

だから……

 

「……アハハ、ほんねちゃんもうしーらない!」

 

本音に分かるはずも無い。

そしてこの混沌とした状況の中、自分の親友兼主さえも、いつもと違う、というか違いすぎると言う状況。

そんな状況に晒された結果、本音は考えることをやめた。

 

と言うか、だれか本音に救いの手をあげて欲しい。

精神的に相当キてる目をしちゃってるから。

 

 

※ ※ ※

 

 

と、そんなことが第二整備室で起こっているまさに同時刻。

場所を変えて、ここは剣道場。

普段は剣道部員が練習をするこの場も、夏休みという事で利用しているのは一人のみ。

 

利用しているのは……篠ノ之箒。

彼女は剣道場の中心で正座をし、目を瞑っており、その脇には竹刀が置かれている。

 

「…………」

 

無言。

ひたすら無言で目を瞑り、息を整え、瞑想の如く、自身の内面と向き合う。

 

「……っ!」

 

しかし、その顔がふと歪み、それと同時に呼吸が乱れる。

目を開いた箒は、ただ荒く呼吸をしながら、自分の左手首に付けられている『それ』を見やる。

 

赤い紐で繋がった、金と銀の鈴。

 

それは箒の専用機、紅椿の待機状態だった。

 

……そう、専用機である。

あれ程望んだ、専用機。

彼の……一夏の隣に並び立つための力。

 

……そのはずなのに、何故だろう。

 

「…………」

 

その力が、今はただただ怖い。

左手首のこれが、なにかおぞましい物のように見えてたまらない。

理由は分かっている。

あの臨海学校の際に起こった銀の福音との戦い。

そのとき、自分は気が付くと何故か戦場の真っ只中に居た。

そう、気が付くと、だ。

 

あの時、千冬に作戦への参加を止められた彼女は、確かに部屋に戻ろうとしていたのだ。

無論、作戦に参加したいとは思っていた。

けれども、いくら最新型のISを持ったからと言って、自分がこと戦いにおいてはズブの素人であることは事実だ。

そんな状態で参加したところで、まさに気違いに刃物。

皆の足を引っ張るであろう事は火を見るより明らかだ。

 

そのときの悔しさは今でも覚えている。

近づけたと、隣に立てたと思ったのに、実際はぜんぜん隣になんて立ててなくて。

だから、その悔しさが、自分は作戦に参加できずに居たと言う何よりの証明だった。

 

そうだったはずなのに……ふと気が付けば、自分は渡されたISを纏っていて、作戦領域に居て……

 

――一夏が墜ちる様を見てしまった。

 

「っ! こんなもの!!」

 

思わず、手首から紅椿を外し、それを床に叩きつけようとする。

しかし、その手を振り下ろすことは出来なかった。

 

「……うぅ……っ」

 

なんと、なんと浅ましいのだろうか。

こんなに恐怖しているのに。

なくなってしまえばいいと思っているのに。

 

……本当は、この力を手放したくないと、醜くすがり付いている。

 

「私は……私は……っ!」

 

振り上げた腕が、力なく降りる。

けれども、待機状態の紅椿を握る手にだけは、しっかりと力が入っている

それが自分の、「紅椿を手放したくない」という心の奥底の思いを表していて……

 

それが余計、箒を惨めにさせた。

そんな箒の気も知らず、紅椿はちりんと、小さく音を立てた。

本当に小さく、小さな、澄んだ音色を。

 

……小さいはずなのに、やけに耳に響いたその音が、疎ましかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

またまた同時刻、別の場所。

今度は……IS学園職員室。

 

夏休みという事もあって、職員室にいる教員の数も少ない。

そんな中、大量の書類に埋もれるように、彼女達は居た。

 

「……ようやく終わりが見えたな、山田先生」

「ええ、ほんとに……ほんとにようやっと……」

 

彼女達……織斑千冬と山田真耶はそう言うと、デスクにおいてある紙コップに入ったコーヒーを一口。

……冷めてて苦味が強調されていた。

 

その苦味に眉を顰め、千冬は一枚の書類を手に取る。

 

「……可能なら、さっさと引き離して、こっちで管理してやりたいものなんだがな……」

「そうですよね……篠ノ之さん、あれ以来相当参ってるみたいですし

「思い出すんだろうよ。あの光景を。私も未だに夢に見るくらいだ……モニター越しでこれだ。当事者となった篠ノ之はそれ以上だろうさ」

 

千冬が忌々しげに見つめるその書類。

それは箒が紅椿を所持するための手続き書類だ。

そう……あれだけのことが起こっていながら、そして彼女自身も苦しんでいることを分かっていながら、それでも千冬達は箒に紅椿を所持させるという判断を下したのだった。

 

もっとも、その判断に納得がいっていないのは、他でもない千冬自身である。

なにせ、この判断を下さざるを得ない状況に持っていかれたのだから。

 

「やってくれる……束……っ!」

 

そう、あの悪戯兎(トリックスター)、篠ノ之束のせいで。

 

簡単に言うと

 

――箒ちゃんに紅椿持たせてあげてねー? 持たせてあげなかったり、取り上げたりしたら、束さんどうしちゃおっかなー?

 

と言うわけである。

 

具体的に何をすると言っているわけではない。

だが、他でもない、篠ノ之束という存在が、あえてはっきりと何をすると言わない、という事が千冬の選択肢を狭めた。

 

なにせ、何が起こるか分からない。

そして何があろうと、篠ノ之束はやると決めたことは自分の能力の全てを駆使して『必ずやる』。

ちょっとした悪戯程度の事も全力で『やる』

そして……世界崩壊級の事だろうと、やはり全力で『やる』。

 

ここで無理に箒から紅椿を取り上げ、束が行動を起こすくらいなら、最初から行動を起こさせない。

つまり、束の要求通りにするしかないのである。

 

「確かに、あいつは束の妹だ。世界中の何よりも、誰よりも束のウィークポイントになる存在だ。その箒が自衛のため、専用機を持つことも、まぁ百歩譲ってよしとしよう……だが、その持たされたISが第四世代だと!? 今世界中で第三世代の試験機を開発、ないし第三世代の理論構築という、今の時期第四世代だ! それも束お手製の! ブレイクスルーにも程がある!」

「織斑先生、落ち着きましょう」

 

真耶の声に、ヒートアップした頭が若干冷える。

しかし、それでも……

 

「……それに何より、あいつの苦しみを何とかしてやれない、今の自分の無力さにほとほと呆れるよ」

「織斑先生、自分を責めてもどうしようもありませんよ。こうなってしまったからには、これからどう支えていくかを考えなければ」

「……しかし」

「後悔したり、自分を責めたりなんていつでも、いくらでも出来ます。それこそこれから先の未来でも十分可能です。ですが、篠ノ之さんは今苦しんで居ます。そして、『今苦しんでいる篠ノ之さんを支えれるのは今しかない』んです」

 

真耶の言葉に、千冬が俯く。

 

「……今はただ、彼女を支えてあげる。それが大人の役目ですよ」

「大人、か……」

 

大人。

自分も、もうそう呼ばれるような立場になったのか……

 

大人という物に、一種の憧れを抱いた。

大人になれば、何でもできると思っていた。

でも、実際大人になるという事は、こう言う事……

 

「……辛いな、大人になるという事は」

「否が応にも、誰もが大人になります。なら、せめて後から続く子供達のお手本になれる大人になりましょう、織斑先生。たとえ、辛くても……」

 

再び、コーヒーを流し込む。

やっぱり、冷めたコーヒーは苦かった。

 




ざっと二ヶ月……
更新の間が空くのがデフォになりつつ……
これはいけない。

と言うわけで、お久しぶりです。
今回は一夏達が夏休みを堪能してるその瞬間、別の人々はどうしているのかを少々。

……なんか簪ちゃんと箒、千冬さんとの寒暖差がおかしなことになってるぞぉ?


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50 天才と何とかは紙一重というかなんと言うか

……ともかく、コイツに関しては僕も言及を拒否させてもらうよ


さて。今回、皆様が待ち望んだあの子が登場しますよ!


「えー、毎度お騒がせしておりまぁす! 私、いつもニコニコ貴方の街の大☆天☆才、ドクターウェスト、ドクターウェストでございます。さぁて今週のサザe……ウェストさんは、『生命の創造』。人に許されざる禁忌、でもあえて侵しちゃう。だって我輩科学者だから、ドクターウェストだから! ああ! 神も恐れぬこの我輩、す・て・き☆ ……もっとも、人間そのものではなく、人を象った存在、所謂アンドロイド的サムシングであるが……なぁに、我輩の手にかかれば人と寸分違わぬ思考能力、感情表現能力、自己学習能力を兼ね備えた人工知能を作ることなど昨日の昨日のそのまた昨日……の晩御飯くらい前である。そしてそこまで人と違わぬならそれはもう生命と言っても過言ではないわけで、だから我輩のこの作品はつまり生命である。そもそも、生命とは何ぞや?(哲学)」

 

倉持技研のある一室。

そこで西村……ソウルネーム『ドクターウェスト』は奇声を発しながらクネってた。

ほんとに、こうクネクネとクネってた。

控えめに言っても、正直気持ち悪いとしか言いようが無い。

 

しばらくクネクネとしていた西村は、満足したのかクネる事をやめ、目の前の『それ』を見下ろす。

 

「……また造ってしまったという事は、つまり我輩もまだ完全に割り切れては居ない、という事であるかな。まったく、科学者として失格である。過去に固執するなどと……」

 

忌々しげに沿う呟く。

しかし、そう呟いてる彼の表情は……なんと表現すればいいのだろうか?

泣いているとも、笑っているともとれる、複雑な表情。

けれど、だけれども。

決して言葉通り、目の前の『それ』を疎んでいるわけではないと言うことははっきりと分かる。

 

「……やーめ、や~め! こんなしめっぽいの、我輩らしくないのである!我輩のキャラじゃないのである! グッバイキャラ崩壊、レッツゴーキャラ再構築! そしてカムバ~ック、ドクターウェ~スト♪」

 

しかしその表情をしまいこむと、西村はいつの間にか取り出したエレキギターをかき鳴らす。

 

「さっきからうるせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「おうふ!」

 

……隣の研究室に居た女性職員(現在4徹中。なお、まだまだ徹夜が続く模様)に研究室に突撃され、クリップボードを投げつけられ、角が顔面の中心に突き刺さる。

最早目の下に濃い隈ができ、うつろな目でぶつぶつと何事かを呟きながら立ち去っていくその職員の背中には、どんよりとした瘴気が漂っていた……

 

「う、うぐぐ……しかし、我輩諦めぬ! でも、涙は出ちゃう。だって、男の子だもん! と言うわけで、気を取り直して……さぁ、Let's JAM!」

 

顔に突き刺さったクリップボードをなんとか引っこ抜くと、西村はケロリろした表情で『ソレ』のそばにあるレバーをおろす。

 

機械が作動する重低音が響き、やがてつながっているケーブルを通じて、『それ』に電流が流れる。

流れる電流は徐々に強くなっていき、その全てを『それ』は貪欲に飲み込む。

 

そして……

 

「さぁ! 目覚めるのである! 我輩の情熱の塊! 愛しさと切なさと心強さに、ちょぴっと現実の辛さを加えた、いわば最高傑作!!」

 

「オーマイ……愛しの! エェェェェェェルザ!!」

 

爆発。

 

科学戦隊ではない。

断じてない。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……なぜ、私はここにいるのだろう……」

 

簪はポツリと呟く。

事の始まりはなんだったか……そう、朝方に来た一本の電話だった。

丁度朝のシャワーで寝汗を流し、すっきりしたところで震えるスマホ。

画面を見ると、ドクター☆ウェストの文字。

間違いなく、西村博士からの着信。

 

西村が『勝手に連絡先を登録しておくであーる!』とか言ってたが、まさかこんな名前で登録するとは思わなかった。

とりあえずほっとくのもあれなんで電話に出る。

すると……

 

『ハロゥエブリワ~ン! 貴方の街のドクターウェスト、ドクターウェストで……』

「…………」

 

無言の切断。

そしてスマホをベッドへぽーい。

放物線を描いたスマホはそのままベッドへ着地。

ベッドのやわらかさに包まれ、損傷は一切無し。

 

「……よし」

 

これでいい。

これで私の一日の平穏は保たれた。

さて、今日も弐式の調整、頑張ろうか。

そう意気込み、さぁ行動開始と思ったそのときだった。

 

「かんちゃーん、にっしー博士が研究室に来てだってー」

「行かない」

「いっしょに行くって言っちゃったー」

「oh……」

 

本音……なんであの人からの電話取っちゃうの?

そして百歩譲って電話を取るのはいいとして、なんで勝手にいっしょに行くと言っちゃうの?

 

この件に対し、問い詰められた本音氏は後にこう語る。

 

「このままだとかんちゃんは整備室在住のエリートヒッキーまっしぐらだから、これを機に少しでも外に出ればいいと思った。反省も後悔もしてない」

 

泣いた。

他でもない本音にそういう風に思われていたと言う現実に泣いた。

だがしかし、自分の過去を思い出し、その評価を覆せるような行動をまったくとっておらず、それどころかまったくもって本音の言うとおりだという事に思い至り、簪の涙腺は涙をとどめると言う仕事を放棄した。

 

気の毒だが、残当な評価であった。

 

と言うわけで簪は今日の弐式の調整という予定をキャンセルし、本音と共に倉持技研へと向かうこととなったのだ。

……べつにすっぽかしても良かった気がしないでもないが、わざわざ自分達を名指しで呼んだという事は、弐式関係の何かがあるのだろう。

いつもはふざけている彼だが、科学者や技術者としての腕、信念は確かなものだ。やっぱりふざけてるけど。

 

まぁ、たわけた事で呼び出したのならば、そのときはパロスペシャルからのパロスペシャルジ・エンドをかませばいいか。

たわけた事? 例えば、弐式にドリルをつけたりとか、ドリルをつけたりとか、ドリルをつけたりとか、あと、ドリルをつけたりとか。

それに、最近だと『ドリルは駄目』という事だけを学んだのか、別方向の改造を施そうとするため、ドリルが無いからと油断してはならない。

例えば、弐式を全身装甲(フルスキン)にしようとしたこと。

まぁ、別にそれ自体はいいのだ。勇○シリーズっぽい見た目にしてくれれば文句ないし。

だがしかし……見た目ドラム缶にしようというのはいただけない。

あれをやられたら戦争だ。

打鉄弐式(うちの子)をドラム缶にしてなるものか。

 

「……で、博士はどこにいるの?」

「えっと、研究室に来てだってー。研究室は確かあっちだってさっきの職員さんが言ってた」

 

ちなみに、西村の研究室の場所を聞いた際、職員が「ああ、あの□□□□の……」と呟いていた事は脳内でなかったことにした二人だった。

やっぱりあの人はそういう評価を食らっているんだね……

 

だが、二人は気付いてない。

他の職員が二人のことを「あの□□□□に気に入られたとか、もしかしてご同類!?」と認識していることを。

人間、知らぬが仏とは言ったものである。

 

まぁそれは置いといて、途中途中で通りすがりの職員に場所を聞きつつ、ようやく西村の研究室へたどり着いた二人。

早速研究室へ入ろうと扉を開けた瞬間。

 

「オーマイ……愛しの! エェェェェェェルザ!!」

 

爆発。

 

だから科学戦隊では無い。

無いったら無い。

 

「おぶふぉ!? 何々!? 何事!?」

 

扉を真っ先に開けたが故に爆風をモロに浴びる羽目になった本音は、キャラ崩壊したように悲鳴を上げながらも、しかし行動は迅速だった。

そのままバックステップで背後に下がりつつ、その途中で簪の腰をキャッチ。

本音の小脇に抱えられる状態になった簪と共に、部屋から脱出。

もちろん、後に飛び下がっている最中に扉の開閉ボタンを押し、扉を閉めることも忘れない。

 

脳内に様々な思考が飛び交う。

 

何故爆発した?

誰が引き起こした?

事故? 故意?

誰かの襲撃?

 

着地した本音は、じっと扉を睨みつける。

普段のふにゃりとした小動物的な表情はそこには無く、あるのは外敵を睨みつける猛獣の目。

 

私服の余り袖の中にある『ある物』を数個、手のひらで掴み、ただただ閉まった扉を睨み続ける。

そして……

閉ざされた扉が開き、未だに完全に晴れぬ爆煙の向こうから人影が近付いてくる。

 

「……いやぁ、失敗である。ちょーっとテンション上げ過ぎて、テンションと同時に電圧も上げ過ぎてコリャマイッタネ! であるぶふぅ!?」

「……って、にっしー博士?」

 

爆発の張本人、西村。

本音が放ったコインを用いた指弾一発でK.O。

まぁ自業自得である。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……で? 何で私たちを呼んだんです?」

 

目の前で上半身を簀巻きにされたうえで、足は正座状態で縛られている西村を見下ろしながら、簪はそう問いかける。

それに対し西村は……

 

「ぬぉおおお!? もがけばもがくほど体に食い込んで痛みが襲い来るぅぅぅぅぅぅ! このままじゃ我輩、開けちゃいけない領域の扉をゲートオープン! かいほぉぉぉぉぉう!! 」

 

……そもそも問いを聞いてすらいなかった。

ちなみにこの簀巻き、唯の簀巻きに見えるがその実布仏家相伝の拷問用の縛り方である。

のほほん様が鼻歌交じりでやってくれました。

流石に今回の爆発にはご立腹のご様子。

 

「…………」

「にぎゃあああああ! 無言でぐりぐりはらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

そしてご立腹なのは簪も同じ。

むしろ「こいつ人の話スルーしやがって」という怒りもプラスされていたり。

とりあえず足でぐりぐりしといた。

どこを? 正座でしびれてる足を。

 

「と言うか、確かに百歩、いや千歩、いや万歩譲って我輩に非があるとして、しかしそちらが人の額に欲望の怪人よろしくコインをシュー! 超! エキサイティン!! したことに何か思わないであるか!?」

 

思うところ……

西村のその発言を聞いて、しばし悩む簪と本音。

そしてしばらく悩んだ後、彼女たちが発した言葉は。

 

「思うところも何も、残当だなぁとしか」

「譲るも何もにっしー博士にしか非ないよねー」

「ガァァッデム! 神よ、まだ寝ているであるか!?」

 

――コイツ何をどうやっても私が想定した方向に行かないし、もうコイツ相手に何かするのは諦めたよ。

 

どこからか邪神の声が聞こえたような気がした。

アザトースの庭まで届け、邪神の匙。

 

「で、もう一度聞きますけど、何でわざわざ呼び出したんですか? 弐式関係ならいつも学園に来てますけど」

「ふむ、とりあえず凡人眼鏡よ。我輩の痺れに痺れた足をぐりぐりするのをやめてから話を再開させるのである。でないと我輩、そろそろ本当に開けちゃいけない領域への扉開け放って旅立つ羽目になるであるからして」

「……チッ」

 

露骨な舌打ちであった。

とり合えず簪のぐりぐりを何とかやめさせた西村は、相変わらずあちこち縛られたままではあるが、なんとか体勢を整える。

 

「コホン。とり合えず、何も無駄に呼び出したわけではないのである。一応呼び出した理由はあるのであるからして。まぁ、本題のついでという感じになってしまったであるわけで、こうして呼び出すという形をとったわけであるが。と言うわけで、そこの机のデータディスクをプレゼントフォーユーである」

 

西村の言葉に、本音が机の上のデータディスクを持ってくる。

本音が持ってきたディスクを見て、「それそれ、それである」と言い放つ西村。

中には何が入っているのだろうか?

 

「凡人眼鏡が組み上げていたマルチロックシステムの土台を基に、我輩の魔改ぞ……ゲフンゲフン、改良を加えて見たのである。今使っているマルチロックシステムはあくまで実戦でも使える試験評価用であるからして。いやあれも手を抜いたとかではないわけであるが、ともかくそれを使えば今まで以上にキレッキレのロックオンをお約束。恐らく、凡人眼鏡が当初想定したシステムが構築されていると思うのである。これを使えば、きっと貴様にも敵が見えるのである」

 

この男は私と弐式をどこへ向かわせたいんだろうか。

若干疑問が芽生えたりもしたが、逐一構っていたらキリが無いのでスルー。

だいぶこの男の扱い方にも慣れたものだ。

 

しかし、当初想定していたシステムが構築されている……

自分があれだけ苦労して組み上げて、ソレでいて未完成だったシステムをこの男は平然と組み上げ、それどころかより高次元の物へとしてしまった。

 

――天才はやはり天才という事か……

 

「……ん? 何を悩んでおる凡人眼鏡。まさか我輩の才能に嫉妬であるか? おおっとそいつはまずいのである。確かに? 貴様は凡人にしてはなかなかデキるであるが? 我輩は天才の中の天才であるからして、そもそも比較する以前の問題なのである。あぁ……我輩自身も、この天才的な頭脳が、に・く・い♪」

「…………」

 

とりあえず、さっきから正座続きで痺れに痺れている足にキックをかましておいた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……で? 何で私たちを呼んだんです? まさか私にNDKしたいがためだけに呼んだんですか? そうなんですか? そうなんですね。よしここで足をグリィっと」

「や、やめるのである(切実)」

 

流石の西村もこれ以上痺れに痺れた足をグリィされるのは恐ろしいのか、おふざけを止める。

 

「ま、まぁ本題と言っても、この本題も凡人眼鏡にまったく持って無関係な事柄というわけでは無いであるぞ?」

「へぇ……」

 

まったく以って信用ならんという眼差し。

残当である。

しかしめげない我等が西村。

冷たい視線もなんのその、研究室の奥に向かって大声を上げる

 

「とり合えず、お待たせしました出番でーす! カモン! エェェェェェルザァァァ!!」

 

…………

 

「……誰も来ないし何も起きませんけど?」

「あ、あるぇ~? おっかしいなぁ~? エルザ? エールザー!? こっち向いてよエ~ルザ~!」

 

冷ややかさを増した簪と本音の視線に、流石の西村もたじろぎ始める。

そんな西村の焦りが届いたのか、研究室の奥から誰かがやってくる。

 

「……あ、お話終わったロボか? 退屈すぎて寝てたロボ」

 

現れたのは、一人の少女。

碧の瞳を持ち、翠の髪を靡かせ、額にナニカの模様みたいなものがあって、耳が尖ってて……

 

……待て、誰も急かしてないけど待て。

瞳の色と髪の色は、まぁ分からなくも無い。

現に、自分は水色の髪に赤い瞳をしているし、本音だって瞳は茶色と普通だけど髪はピンクだ。

だからこの際そこは見逃そう。

……けど、額の模様っぽいナニカとあの尖った耳って何だ!?

さらに百歩、いや千歩譲って額の模様っぽいナニカが民族的な模様だとか、その類だとしよう。

やっぱりあの尖った耳って何だ!?

そういう種族が地球上に存在するのか!?

まるで創作物の中にあるエルフとか、そういった類のような存在が実は地球のどこかにいるというのか!?

 

明らかに普通の人間ではありえない特徴を持つ少女を前に、簪は思わず混乱する。

そんな主を尻目に、本音はじっとその少女を見つめる。

……いや、睨みつける?

そして一言。

 

「……ねぇ、にっしー博士……この子……人間?」

 

本音の言葉に、簪は本音を見る。

確かに普通ではない特徴を持っているとはいえ、人間かどうかを聞くって言うのは少々失礼ではないだろうか。

そんな事を思う簪を尻目に、本音はただただ少女を見やる。

そして質問を受けた西村は……

 

「ほう、貴様は気付いたであるか。なかなかな目を持っているのである」

 

どっこいせ、と立ち上がり……っていつの間に足の縄をほどいたんだろうか。

ともかく、立ち上がった西村はそのまま少女の傍に歩いていき、そして言う。

 

「紹介するである。我輩の最高傑作の一つ。我輩の汗と涙と、睡眠時間や食事時間、ついでに勤務時間も削って作り上げた、エルザである」

「エルザロボ。よろしくロボ」

「……作り上げた?」

「その通りである。エルザは我輩が作り上げたアンドロイドであるからして」

「ア……ア……」

 

「アンドロイドォォォォォォォォォォォォ!!!?」

 

簪の叫びが、爆発した。

だから科学戦隊じゃないってば。




と言うわけで、皆が待ってやまないアイドル、エルザちゃん。
50話というきりのいい数字の話で登場でございます。

皆様、今か今かと登場を心待ちにしてたでしょう? ね?
今回は顔見せ程度ですが、これからバンバンでてきてくれることでしょう。


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51 明暗分かれる夏の一幕

ちゃんと裏方としての仕事はしてるさ。

ああ、そりゃもうしっかりと、ね


鈴音とウォーターワールドへ行ったり、メイド喫茶で押し入り強盗を成敗したりしたあの日から数日後。

一夏とアルの姿は現在一夏の家にあった。

 

「……随分長い数日後だったなぁ……具体的には8ヶ月位経っちまった感じの……」

「メタい事を言うなうつけが」

「そして俺たちの出番もすっげぇ久々だよなぁ……数日後なはずなのに、8ヶ月位出番無かったかのような感じがするぜ……一応主役だぜ? 俺達主役なんだぜ……?」

「だからやめいと言っておろうに」

 

すまない……しょっぱなからメタ全開で、本当にすまない……

そして長く待たせてしまって、本当にすまない……

 

閑話休題

 

今回は外泊届もしっかり提出し家に帰ってきた一夏。

なぜわざわざ外泊届を出してまで家に帰ってきたかと言うと、今日は篠ノ之神社での夏祭りがあるからだ。

IS学園の寮から来るより、近所である一夏の家から向かったほうが近いし、何より夏祭りが始まるのは夕方から。

そこから祭りを存分に楽しみ、夜遅くに寮へ帰るというのは無理だ。

別に学園島へのモノレールがその時間帯にないと言うわけではなく、疲労度とかそこら辺的に。

結果、何が一番ベストかと言うと、外泊届を出して実家で過ごす、という事になるわけだ。

 

「しかし、ふむ……ここが一夏……九郎の本来の家か」

「これアルさんや。壁に耳あり障子にメアリーとは言うし、誰が聞いてるかわからんから下手にその名前を出すんじゃあない」

「障子に目ありではないのか……?」

 

ジョークジョーク。

イッツァアーカムジョーク。

 

そう一夏がおどけると、アルは呆れたようにため息を吐く。

もっとも、その顔は呆れながらも、しかし楽しいですと言わんばかりの笑顔だったが。

 

「……で、その祭りとやらはいつ始まるのだ?」

「んー……」

 

アルの言葉に時計を見やると、現在16時。

祭りが始まるのは18時なので二時間後。

早すぎるというわけでもないが……それでも祭りが始まるまでにはまだ時間がある。

 

「18時からだから……まだちょい時間あるな」

「二時間ほどか……ならばこの前やったゲームとやらで時間を潰すか?」

「まぁ、妥当なのはそれだよなぁ」

 

幸い、家という事で据え置きのゲーム機もあることだし、普段やっている携帯機にないゲームも出来るだろう。

 

恐らく魔導書の中で一番有名な魔導書、現代科学の結晶、ゲームにはまるの巻。

 

閑話休題

 

「ぐぬぬ……何故汝はあそこで上手く懐に入り込んでくるのだ……!」

「ふふふ、ついこの間ゲームに触れたばかりの初心者とは年季が違うのですよ、アル・アジフさんや」

 

精神年齢30オーバーの男、ゲーム初心者に大人気なくも本気を出すの図。

そしてそんな大人気ないことをされた負けず嫌いの齢1000オーバーの合法ロリ、当然プッツン。

ゲームの結果、リアルファイトに発展。良くあることだと思います(筆者のよくある体験談)

 

結局、ゲームしてたのかリアルファイトしてたのか、これもうわかんねぇな、な割合の時間配分で時間を潰していた二人。

時折ハッっと正気に返り、再びゲームを行うも、やはりリアルファイト再開。

いっそここまでくると苦笑しか浮かんでこない。

 

……いつまでも子供心を忘れない、と言えば聞こえはいいのだが、彼等の場合はどちらかというと精神面がまるで成長していないといったほうが正しいのかもしれない。

 

 

※ ※ ※

 

 

祭。

それは誘惑の魔窟。

 

お祭り価格と言えば耳障りはいいが、ようは普通に買うより明らかに高い、いわゆるぼったくり価格の品々を祭りの熱気に浮かれて思わず買ってしまう恐るべき催し物だ。

祭りの空気により、普段食べればそれほどでもない物でもやけに美味しく感じるといういい副次効果もあるにはあるが……

 

つまり何が言いたいかと言うと……

 

「金があるという事は自覚してる……してるんだが、やはり怖いもんは怖い」

「性根にもはや貧乏が染み付いておるのか汝は……」

 

元貧乏人のコイツが恐怖に震えることになるという事だ。

 

以前デートでは大盤振る舞いしてたじゃないか?

あれは物が妥当な値段だったから問題無かったのだ。

 

だが祭りで売られている物は、言い方が悪くなるがやはり価格的にはぼったくりと言ってもいいところであり、妥当な値段ではないという点がどうにもネックらしい。

このあたりの変な貧乏性は、やはり以前に染み付いた物ゆえ改善は難しいのか。

 

「……だが妾はいろいろ食してみたいぞ? 例えば向こうのあれとかな」

「よし、買いに行くか」

「切替早っ!?」

 

……案外改善は簡単かもしれなかった。

 

屋台で買ったたこ焼きをはふはふと食べるアルの様子にほっこりしつつ、一夏は思う。

 

(……いいもんだよな、やっぱこう言うの)

 

隣にアルがいて、自分がアルの隣にいる。

 

かつての自分であれば当たり前だった光景が、今の一夏には何より尊い物であった。

 

「あぐあぐ……うゆ? 汝も食べるか?」

「おう、食う食う」

 

出来れば、この平和な時間が出来るだけ長く続けばいいなぁ……とか一夏は思う。

ずっと続けばいいなと思わないのか?

魔術なんて物に関わった時点でずっと平和が続くとかありえないことであると言うことは、一夏はいやと言うほど分かっているのである。

 

 

※ ※ ※

 

 

「うーーーーーっ!」

「いい加減唸るの止めなさいよ、シャル」

「うーーーー!! だってぇ!!」

 

隣でうーうー唸っているシャルロットを見やりつつ、鈴音は思う。

 

――……どうしてこうなった

 

私は地元の夏祭りに行こうとしてただけなのに……なんで今こうしてこの子の保護者的な事してるんだろうか……

一緒に夏祭りに行ってるだけだろう?

いやいや……

 

「あ! また二人でイチャついて!! やっぱり僕も混ざるーー!!」

「だからさっきからやめんかい!!?」

 

ともすれば遠くに見える一夏&アルの間に割って入ろうとするシャルロットを引っつかんでとめたりする役割を担っている人を保護者じゃないとすれば、いったいなんだと言うんだろうか。

 

始まりは……確か寮で一夏を探してたシャルを見かけて……

 

 

『あ、鈴。一夏見なかった?』

『一夏? 見てないけど……そういや今日夏祭りあったわね、それに行ったんじゃないの?』

『夏祭り……?』

『そ。フランスとかじゃどうかはわかんないけど、日本だとカップル御用達イベントの一つ。多分アルと一緒に行ったんじゃ?』

『行かねば(使命感)』

『そ、行ってらっしゃい。私は私でお祭り楽しませてもらうか……』

『え!? 案内してくれないの!? 僕道わかんないよ!?』

『……あ(直感) いいえ選んでも延々と同じ台詞ループして、はいを選ぶまで先に進まないイベント的ななにかだこれ』

 

みたいなやり取りをしてたはず。

ちなみに直感通り、断っても延々と頼み込まれました。

 

で、結局お祭り会場まで案内してじゃああとはがんば! ってやろうと思ってて……

 

「なんでかこうしてお守りをしてる……ってこれ私が勝手にドツボにはまってるだけじゃない!?」

 

見捨てて祭りを楽しめばよかったのに、過去の自分……

でも……

 

「この状態の、一応友人? を見捨てるわけにも……ねぇ……」

「あぁ!? あ~んなんてうらやま……ゲフンゲフンけしからん行為を!?」

 

「……この子の名誉のためにも、うん」

 

最悪、当身で気絶させることも考えたほうが良いかもなぁ……

等という若干物騒な事を考えていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

――自分は、何をしてるのだろうか……

 

「あ、箒ちゃん、準備は出来てるかい?」

「……あ、はい。大丈夫です」

 

夏休みになって、臨海学校の時自分がしでかした事の大きさに脅え、一夏に謝罪するわけでもなく、こうして逃げるように寮を出て帰って来た篠ノ之神社。

 

なんでここにやってきたのかは、正直なところ自分でも分かっていない。

ただなんとなく……本当になんとなく、足がここへ向かっていた。

 

(……嘘を吐くな、篠ノ之箒!)

 

違う。

分かっていないなんて嘘っぱちだ。

本当は分かってる。

ただ目を背けているだけだろう? 篠ノ之箒!

 

篠ノ之神社。

かつての生家。

まだ何も知らなかった頃の、ただただ幸せだった頃の象徴。

 

そこに赴き、ただ幸せだった頃の記憶を思い出して、少しでも自分を慰めようとしていただけだろう?

 

謝罪することも、立ち向かうことも怖がり、ただ逃げて、優しかった記憶にすがり付いているだけだろう!?

 

父がいて、母がいて、なんだかんだで姉もいて、千冬さんもいて、一夏もいて。

何一つ失ってなかった、ただただそこにあった幸せを享受していればいいだけだった自分を思い出して、現実から目を背けたかっただけだろう!!

 

ああ、なんと浅ましいことか!

なんと愚かしいことか!

 

そんな自分が、剣の巫女?

神聖な神楽舞を舞う、巫女?

もっとも神聖と程遠い位置にいると自覚している自分が?

……嗤わせてくれる。

自分の事ながら、嗤いしか出てこない。

 

「箒ちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫です」

 

自分を心配する声が、むしろ今は辛い。

いっそ責められた方が、何倍もマシであろう。

 

……逃げ出したくせに、責められたい、か。

 

(なら逃げなければよかろうに)

 

そんな当たり前の事を言い放つ自分の心の声も、私は聞かなかった振りをした。

 

 

※ ※ ※

 

 

そんな箒の様子を人知れず観察している存在がいた。

 

「んー、箒ちゃんうかない顔してるねぇ。せっかく箒ちゃんが望んだ専用機をあげたってのにねぇ?」

 

篠ノ之束は、モニターに映る箒を見て、そう呟く。

そしてモニターで箒の姿を見ながら、キーボードを操作。

箒が映っているモニターとはまた別のモニターに何かの文字列を呼び出す。

 

「……ふんふん、あれから紅椿を一回も動かしてないみたいだし……そんなに気に入らなかったのかなぁ? せっかくの束さんお手製なのに」

 

その文字列を見て、しばらく唸ると、ふと束の頭に電球が灯る。

 

「ま、そりゃ当たり前なんだけどね。なんてったって紅椿使ったせいでいっくんを墜としたからねぇ」

 

「むしろこれで平然と使ってたらそれはそれで引くわー」などとケラケラ笑いながら言う。

……そう、笑いながら。

 

間違っても、決して笑えるような話ではないと言うのに、彼女は笑っているのだ。

それも、それはそれは楽しそうに、悪意など一切無く笑っているのだ。

 

「ま、どうとでもできるしいいんだけどねー。ようは使わざるを得ない状況に持って言っちゃえばいいんだし? そもそもそんなに急ぐ必要もないし。むしろ今一番大事なのは……こっちだよね!」

 

そう言うと、束はこれまた別のモニターに映像を出す。

 

そのモニターに映し出された映像は……ただ広い空間に一つ、培養槽のみが設置されている部屋の映像だ。

モニターの映像を培養槽にズームした束は、ニンマリと笑みをこぼす。

 

「ふっふ~ん。順調順調。『君』も大事な大事な役者さんだからねー。このまま順調にいってよー? ま、この天才の束さんが失敗とかありえないんだけどね! 邪魔する奴等なんてもっと居ないし!」

 

「……例外(彼等)を除いて、ね?」

 

束が見ていたもの。

それは培養槽の中に蠢く、不気味な肉の繭だった。




今回もちょいと短め

……なんで箒ちゃんこんな感じになっちゃったん?
違うんですおまわりさん!
アンチにするつもりなんて無いんです! 信じてください!!

これもきっと邪神の陰謀なんです!!


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52 真夏の夜と朝の出来事

そろそろ夏休み編終わらせたいなぁ……


学生が夏休みであろうとも。

いや、そうやって人間がのうのうと休んでいるからこそだろうか?

 

「最近多くねぇか!? こいつ等!!」

「知らぬ! 口より先に手を動かさんか!!」

 

人知れぬ闇の中で、醜悪な存在が蠢き、ひしめいているのは。

つまり何が言いたいのかと言うと……

 

織斑一夏、嫁と一緒に仲良く怪異ハンティングなう。という事である

 

学園敷地内、学生寮の裏にある小さな林。

普段であれば木々の間から日が差し込み、木々以外何も無い故に誰も訪れず、静かな空間であったはずのそこは、今では怪異共の精神を捻り、狂わせる奇声と断末魔、そして常人が耐える事かなわぬ瘴気にまみれる混沌とした空間と化していた。

怪異自体だけでなくその奇声一つ、瘴気一つでも漏れ出し、それを聞く、ないしそれに触れればこの学園にいるおおよその存在が狂ってしまう危険性があるそれらを結界で外へ出ぬように閉じ込め、またこの空間に一般人が決して入り込まぬように締め出す。

 

その結界は結界に入り込む術を知らぬものを弾く。

正確には、人が半球状に展開された結界の中を通り過ぎるようなルートを通ろうとした場合、外周を沿うようにぐるりと遠回りしてしまい、結界内の空間へは入れない。そして、当の本人は自分が外周に沿うように曲がりながら移動していると認識できないのだ。

本人の感覚ではまっすぐ歩いている。なのに実際は曲がりながら歩いている。その事に気付くことは魔術を知らぬ存在では不可能であり、また違和感さえもを持つことが出来ない。

故に決して結界の存在は気付かれないのだ。

 

そして、そんな結界の中で一夏とアルは怪異狩人(ホラーハンター)として外法を思う存分に振るう。

 

一夏が右手に握る魔銃が轟音(咆哮)をあげ、左手に握る魔銃が風切り音(咆哮)を放つ。

二つの魔銃が唸る度、怪異はその身を撃ちぬかれ絶命する。

そこに一切の例外は無い。

右の魔銃はその威力により、掠り弾でさえ致命傷へと昇華させるが故に。

左の魔銃はその誘導性によりに、決して急所を外れること無きが故に。

断末魔の叫びを上げることさえ赦されず、怪異はその命を散らす。

 

そんな一夏の死角を突くかのように、地面へ落ちた空薬莢により生み出された鋭角から、腐臭を漂わせ怪異が飛びかかる。

ひとたび獲物を見つけたら、時間や次元さえも超えて永久に追い続ける怪異、ティンダロスの猟犬。

空薬莢故に、落ちていたのは一夏のまさに足元。

そこから、まるで飛び上がるかのように犬とは似ても似つかない怪異は一夏に襲い掛かる。

 

……もっとも、それを察知できない程、この男は鈍くは無いのだが。

 

腐臭を感じるさらにその直前。

鋭角から発せられる瘴気を察知していた一夏は、思考が脳へ到達し、その脳が指令を下すより早く体を動かす。

金色の獣の母をもってして、未来予知じみていると言わしめた勘……それが一夏の体を動かす。

後へ飛び退る一夏と入れ替わり現れたのは……彼の最良のパートナーにして最愛の伴侶。

かの魔本、ネクロノミコンの原本である獣の咆哮、アル・アジフ。

 

だが、入れ替わったという事は、つまり彼女が危険なのでは?

……否。断じて否である。

 

彼女はただ傷つくために飛び込んできたわけではない。

その証拠に、彼女の振りかぶられた拳には、既に魔力が集まっている。

 

まさに阿吽の呼吸。

言葉を交わさずとも、互いが互いを信頼しており、各々が何をすべきかをしっかりと把握している。

故に、彼女が飛び込んできたという事は、既に猟犬を返り討ちにする準備は出来ているという事であり。

 

「吹き飛べ! 下郎が!!」

 

ならば猟犬が辿る結末は既に決まりきっており、その結末は改変不可能回避不能。

頭部に拳を叩きつけられた猟犬は、拳に込められた魔力によりその頭部を砕かれ、それだけに飽き足らず魔力の奔流がその頭部をまるで高速ミキサーの如くさらに細かく粉砕し、かき混ぜ……

猟犬はその頭部を文字通り『消滅』させ、絶命することとなった。

 

「うひ~、おっかねぇ。ぜってぇそれ俺に向かってやるなよ?」

「やるわけが無いであろう。せいぜい盛大に吹き飛ばす程度しかやらぬわ」

「その吹き飛ばすのもやめてもらえませんかねぇ?」

「無理だ」

「何故!?」

「愛だからだ」

「愛か~」

 

愛なら仕方ない。

ゼヒモナイネ!!

 

「……んな怪我とお友達な愛は出来ればご遠慮願いたい、ね!」

「ふむ、この前更識の小娘に見せられた作品に愛するから傷つけるというのがあったが」

「それは二次元の世界だけのお話だ。その理論を三次元に持ってくるのはNG」

 

軽口を叩き合いながらも、二人はよどみなく怪異を葬っていく。

今相手にしている怪異がそれほど脅威ではないという事も理由の一つであり、何より既に体に、魂に染み付いているのだ。

怪異を討伐するという動作が。

それほどまでに、怪異だらけだったアーカム。

やはり魔都であった。

 

ちなみに、アルと簪、意外と仲が良い。

一度デモンベインの造形に関して熱く語り合ったのがきっかけだろうか?

詳しくは一夏も知らないが、いつの間にか仲良くなっていた。

そういや最近出会わないが、何かあったんだろうか?

 

「っと、これでラストっと」

 

最後の一体が魔銃から持ち替えた偃月刀で切り裂かれ、燃え尽きる。

まだ瘴気は濃いが、それでも発生源をしっかりと潰したせいか、先ほどよりは薄くなったように感じる。

あとは……

 

「第四の結印はエルダーサイン(旧神の紋章)、脅威と敵意を祓うもの也」

 

アルの詠唱と共に宙に描き出されるのはエルダーサイン。

詠唱により蜂起された字祷子が放つ淡い光が瘴気を打ち払い、空間を清める。

 

「……これでよし。漏れ出す物もあるまい」

「んじゃま、今夜のお仕事も終了だな」

 

一夏がそういうと、結界消え、世界はあるべきカタチへと戻る。

そこに、先ほどまであった異質な世界は無く、ただただ瘴気による穢れのない世界があった。

 

「…………」

 

大きく息を吸い込み、吐きつつ思う。

別に、自分がこの世界を守ってるだなんて自覚はさらさらない。

むしろ自分は、アルは知っている。

自分たちが、人がこの世界を守っているわけでは無く、むしろ逆。

世界に、自分たちが守られているのだと。

 

でも……そうだとしても、だ。

 

(そんな世界の手助けをほんのちょっとするくらいは、そうしたいと思うくらいは……別に許されるだろ?)

 

守られているから、だからじゃあそのまま守られてよう。

自分は何もしないで居よう、というのは性に合わない。

何かできるはずなのに、何もしないのは後味が悪いから。

 

「さて、今日はこれで向こうさんは打ち止めだろ。帰るぜ、アル」

「うむ。しかし彼奴等め、日に日に数を増やしておる……近くは無い、だが遠くも無いうちに良くないことが起こるであろうよ」

「だろうな。ま、できるだけ遠くで起こることを祈るとしようぜ」

「ふむ、俗に言う『ふらぐ』とやらが立ちそうな発言だな」

「おう、洒落になんねぇからそういうの止めい」

 

まぁ、一夏自身も薄々……いや、はっきりと感じている。

 

――何か起こるとしたら、ぜってぇ自分の近くで起こるんだろうなぁ、と。

 

いつぞやアルに言われたように、最早運命なのだろう。

これから確実に起こるであろう厄介事を思い、一夏はひっそりとため息をついたのだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

部屋のカーテンの隙間から日光が入りこんでくる前に、その人物は起床する。

起床してまず行うのはルームメイトである少女の安否確認。

ルームメイトとして接しても居るが、自身の本質は少女の護衛であるが故に。

 

……隣のベッドに寝ている少女はいつも通りすやすやと寝息をたてている。

その穏やかな寝顔に思わず笑みがこぼれる。

本日も異常無し。

 

この穏やかな寝顔を守り通そうと、今まで何度もして来た決意を再び新たに、その人物はベッドから飛び降り、風呂場へと向かう。

もっとも、昨夜入浴後に風呂桶の湯は捨ててしまっているため、残念ながらシャワーを浴びる事しか出来ないが……

寝汗を流す程度ならそれで十分だろう。

 

さっとシャワーで寝汗を流し、タオルで体を拭きながら部屋へと戻る。

もし同室の少女が起きていた場合、ここで「裸で部屋をうろつくとかしないの!」とお小言をいただくだろうが、残念ながら彼女は夢の中。

気兼ねなく行けるというものだ。

 

しばし身軽……どころではないのが……の感覚を堪能し、体が冷え切らないうちに昨日用意してあった制服を着込む。

本来なら、また寝巻きを着てベッドへリターンするのだが、残念ながら今日はこれからやらねばならない事がある。

非常に、誠に、壮絶に残念ながら。

 

「……ほんと、この仕事は嫌いじゃない筈だけど、こう言う時だけは心底思うね。『嫌になる』ってさ」

 

誰に聞かせるでもなくそう呟きながら、あまった袖の中にいろいろ詰め込み、制服のスカートで隠れている部分へ小さな苦無を隠す。

そしてベッドで未だに夢の世界を旅しているルームメイトへ向かって口を開く。

 

「それじゃ、今日はいつもよりす~っごく早くいってきま~す……かんちゃん」

 

ルームメイトの少女……簪に向かってそう言うと、布仏本音は部屋を出た。

 

目的地は生徒会室。

そこで待っている人物に、護衛対象についての定期報告をするのだ。

 

「……でもそれってさ、『アレ』伝えなきゃ駄目なんだよねぇ……」

 

『アレ』を伝えた場合、果たして彼女はどういう反応をするであろうか……

 

……十中八九頭を抱えるであろう事は想像に難くなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

生徒会室。

そこではつい先ほど本音が想像していたとおりの光景が広がっていた。

 

「…………」(通夜のような沈痛な面持ち)

「…………」(通夜のような沈痛な面持ち)

「だから言ったのに……」

 

ご丁寧に、『見れば絶対通夜に行った時みたいな顔になるかも。ってかなる。絶対。』とあらかじめ注意はしておいた。

故に私に罪はねぇ。

 

「……ねぇ本音。こマ?」

「残念ながら、マ」

 

本音の視線の先。

生徒会長と書いてあるプレートが置いてある机に肘を付いて顔を伏せている水色の髪の少女は、まるで縋り付くかのように本音へと声をかける。

だが、現実は非情であり、思う通りには行かないものだ。

あっさりと現実を付き返された。

 

本音の言葉を聞き、少女はついに机に突っ伏す事となる。

布仏本音、撃墜1である。

 

「簪ちゃんが元気なのは嬉しいけど……嬉しいけれどぉ……!」

 

「こんな元気さは求めてなーーーーい!!」と天井に向かって叫ぶ少女。

まったく以って同意である。

本音は心の中でうんうん、と頷く。

 

引っ込み思案どころか、引っ込んで引っ込んで、ちょっとあなた引っ込みすぎじゃありませんのこと? と言いたくなるくらいだった簪が元気になってくれた事は純粋に嬉しい。

嬉しいのだが……ちょっと元気の方向性を変えてくれないかなぁとか思ったり。

 

『弐式のマニピュレーターをドリルにしてんじゃぬぇぇぇぇぇぇ!』

『ふっ、ただのドリルではない。なんと……飛ぶのである。飛ばせ~♪鉄拳~♪ブーストナッッコォ!!』

『あ、ちょっと格好いいかも……とでも言うと思ったかヴァカぁぁぁぁぁぁ!!』

 

あ、映像の中で西博士が宙を舞った。

簪渾身のアパカッ!で。

 

「ねぇどうしよう虚ちゃん。このままじゃ簪ちゃんがストリートでファイトな感じに鉢巻巻いてぼろぼろ胴着を着るようなマッシヴな方向での元気っ子になっちゃう」

 

虚と呼ばれた、机の横に立っている眼鏡の少女に、青髪の少女は涙目で縋りつく。

文字通り、椅子から立ち上がり、ずるずるとすがり付いている。

それに対し、虚……布仏虚はずれた眼鏡を直しながら、言い放つ。

 

「……諦めるのがよろしいかと。私はそうします」

「虚ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!?!?」

 

神は死んだ。

そうとばかりに嘆く少女。

 

どうしてこう、ちゃんとやれば優秀だし、真面目にしてれば凛としてかっこいいのに、妹絡みだとこんな情けなくなるのかこの人は……

 

しかし正直な話、あの現状に一番被害を受けているのはそこで嘆いている人ではなく自分なのだ。

人様の事を情けないだなんだ言っている暇はない。

このままでは私も危ない。

精神的ダメージな意味で。

 

そこでふと思い出す。

そういやアレ、おりむーとたまに仲良さげに話してたなぁ、と。

 

弐式調整のため、倉持に行くとたまに一夏に出会うときがあるのだ。

そのさい、やけに親しげに話してたよーな……

 

ちなみに一夏の名誉のために言うと、親しげに話しているというより、一夏はじゃれついていくる狂犬をなんとかいなしていると言うのが正しいのだが……

扱いに手慣れているため、端から見ればそう見えなくもない……かもしれない

 

が、そんな真実を知らない本音は、ぽそりと呟く。

 

「おりむーに相談してみようかなぁ」

 

そしてその呟きは……

 

「おりむー? それはもしかして織斑一夏の事かしら?」

 

さっきまでorzしてた少女の耳にバッチリ届いていた。

 

「織斑一夏なら、簪ちゃんを魔の道から引き戻せる術を持っていると?」

「誰もそこまで言ってない」

 

思わず真顔で言い放ってしまった。

ちょっとこの会長、妹の事となるとポンコツが過ぎやしませんかねぇ……

 

「そう、そうなのね……丁度彼とお話ししたいこともあったし……」

 

そう言うと、少女は懐から取り出した扇子を広げ、口許を隠す。

 

「簪ちゃんを救う術を聞くついでにちょっとお話し聞いてこようかしら」

「本来の仕事がついでかい」

 

思わずまた真顔で言ってしまった本音であった。

そして思う。

 

こんな妹馬鹿がこのIS学園生徒会長、更識楯無でほんとにいいのかなぁ……と。

いや、優秀なのは分かるんだけど、やっぱり、ねぇ?




半年ぶりです皆様、お元気ですか

と言うわけで半年ぶりに更新
ようやく会長登場。
ほんとは一夏達と会話させるまで持っていこうと思ったんですが……
そこに至るまでが予想外に膨らんだので、次のお話しに持ち越しということで。

それでは皆様、よいお年を……


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53 会長、現る

人間、何が無くとも腹は減る。

ましてや何かやった場合は余計に減るものだ。

 

つまり何が言いたいかと言うと……

 

「んぐんぐ……一夏、その煮物を所望する」

「自分で頼めば良かったんじゃないんかねぇ。まぁいいけどよ。ほれ、あーん」

「あーん」

 

『深夜の大狩猟祭 ドキッ! 怪異しかいねぇよ!!』をやらかし、堂々と校則を破っていたこいつ等は今まさに食事中という事だ。

 

……周囲で同じく食事をしている一部の女子生徒の精神に多大なダメージを与えつつ、だが。

 

「し、自然な流れであーんを敢行した……!?」

「そしてこれまた極自然な流れでそれを受けた……!?」

「ぐぎぎ、ぐぎぎ、リア充爆発すればいいとおもうよ!」

「うわ、こいつ顔がマジだ」

「こりゃ爆発待たないでそのうち自分の手で殺るね、絶対」

「何よ、あんた等だって同じ事思ってるでしょうに」

「「(´・ω・`)らんらん豚だから難しい事わからないよ」」

「豚面被って誤魔化してんじゃねぇよ!!」

 

等と言うやり取りをする面子もいれば。

 

「お姉さま……あの、あ、あーん」

「いや、織斑君達に対抗しなくてもいいと思うんだけれど」

「あーん」

「いや、だからね」

「あーん」

「……あ、あーん」

 

女子校ゆえに成立する同性カップルが感化された結果、パートナーの予想外な押しの強さを知る羽目になる面子も居れば。

 

「何、男なんかと一緒に行動しちゃって」

「ほっとけばいいのよ、所詮それまでの子って事でしょ」

 

などと、世間に蔓延る女尊男卑主義に共感しているがゆえに忌々しげに呟く面子も居たりする。

聞いている側としては非常に気分が悪くなるような言葉だが、世界でこの様な風潮がある以上、この様な考えを持つ人間も居るのは、まぁ仕方ない事だ。

 

その風潮が良かろうが悪かろうが、人は世間のそれに流される存在である。

仮に、もし仮にだが、女尊男卑の風潮が終わり、男女平等の風潮になれば、今しがた男を見下した発言をしたあの生徒が声高々に男女平等を謳うかもしれないのだ。

自身が男を見下していたと言う事実を忘却の彼方に放り投げて。

つまりその程度の事を逐一気にしてたらキリがないのである。自身、ならびに自身の周辺に害が無い限りは。

 

故に、一夏は気にしない。

だって疲れるし?

いろんな意味で疲れる環境にいるんだ、少しでも疲れることはしたくない。

したくないのだが……

 

「女尊男卑と言ったか……ふん、まさに張子の虎よな。滑稽とはこの事よ」

 

この処世術と言う言葉を遥か過去に置いてきた合法ロリっ子は、さも不快だと言わんばかりにそう呟いた。

止めて! そんな事誰かに聞かれたら絶対問題が起こるわ!!

一夏は、誰も聞いてませんように聞いてませんようにと祈る。

 

……さて、ここで諸兄らに問題である。

 

Q:かつてこの男がこの様な場面で祈った際、その祈りは届いた事があっただろうか?

A:あ? ねぇよんな事

 

「あら、随分な言い方ね。でも、こう言う世間の中、それを言いきっちゃうなんて……」

 

つまり、ばっちり聞かれていたのである。

 

「お姉さん、そんなあなたにすごーく興味湧いちゃったなぁ?」

 

目の前のなんか髪の毛水色な、かつてのルームメイトにソックリな感じのおねーさまに。

それはもう、ばっちりと。

そのおねーさまの首元にあるリボンは……おおっと上級生の証だ。

 

「\(^o^)/」

 

目上の人に聞かれるとかどう考えても厄介事。

もしくは、これ自体が厄介事ではないとしたら、厄介事の種である。

 

 

※ ※ ※

 

 

とにもかくにも、普段からいろんな意味で騒がしく、夏休みでもそれは変わらない朝の食堂。

この喧騒は食堂を利用している生徒が食事を終え、やれ補習へ向かうなり、やれ待ち合わせていた友人と出かけるなどでいなくなるまで続く……筈だった。

だが、少なくとも食堂の一角は、何やら通夜のような空気が漂っている。

 

方や、扇子で口元を隠しながら微笑む、IS学園生徒会長である更識楯無。その扇子には颯爽登場と達筆な字で書かれている。

方や、何かをあきらめたような表情をしている、世界唯一の男性操縦者である織斑一夏、そしてその隣で我関せずとデザートに杏仁豆腐をパクついているアル・アジフ。

 

「……で、興味が湧いた……のはいいんだけれど、どうしてそんな通夜のような沈痛な面持ちなのかしら? 織斑一夏君?」

「イエ、ナンデモ」

 

そりゃそんな顔にもなりたくなる。

なんせ相手はこの、IS学園の生徒会長である更識楯無。

 

立場が上の人に目を付けられた結果、厄介事まっしぐらは最早アーカム的常識。

だからそんな顔してても仕方ない。

仕方ないったら仕方ない。

 

それに、IS学園において生徒会長とは学園最強の証だと言う。

世の中、力と性格を両立させている存在の方が少ないのだ。

故に疑う。この目の前に座している彼女の人格は果たして……

 

まぁ、こうしてにっこにっこ目の前に平然と座る辺り、大丈夫かなぁとか思ってたりもしているが、表で笑って裏で包丁研いでるかもしれないし?

 

油断は死。

 

かの有名なマジツ=スクロールであるネクロノミコンにもそう書かれている。

 

そんな一夏の内心を知ってか知らずか、楯無はアルを見やる。

 

「それで? 今の世の中であそこまで言いきれちゃうのってすごい事よ? 人間誰しも世の中の流れに流されるもの。そして今の世の中の流れは間違い無く『ISが使える女はすごい、使えない男は駄目』よ?」

「ふん、悪いが妾を世間ただ流されるだけの存在と見くびるなよ小娘」

「俺としては、少しぐらい流れてもいいと思うんですよ、はい」

「あ゛ぁ゛ん゛!?」

「ナンデモナイデース」

 

でも、もう少し常識とかそっち方面では流されて欲しいな!

織斑一夏、心の叫び。

 

「……まぁ、一夏にはあとで問い詰めるとして、話の続きだ。なに、簡単な話だ。妾は知っているだけだ」

「知っている?」

「うむ。世の中の流れなどまっことどうでもいい事だ。妾はこの目で見て知っている。ISを使う者達を。いい例ならば……オルコットの小娘やその従者だな」

 

目が合えばなんだかんだ憎まれ口を叩くが、アルは彼女なりにセシリアを認めてはいるのだ。

 

――かつての話ではあるが、彼女は前線に出ていたわけでは無い。

本人曰く、安全な後方にいただけというが、見ただけで精神を砕かれる邪悪な存在相手に安全な場所などありはしない。

だというのに、人の身でありながら最後まで戦い抜いたという点において、アルは何よりもセシリア……覇道瑠璃という存在を認めている。

 

「あの小娘はいいぞ? 自分が何を持っており、それをいつ、どの様に振るうかをしっかり見定めている。従者も同じだ。あれを知っているなら、世間の流れなどもはや淀んだ沼にしか見えぬわ」

 

様は流れ流れと言うが、実際は流れて無いから水汚れてんぞオイという事である。

 

「それに、なにより根本的な事は……声高に女が男がと話す奴は……そういった真にISを扱う者のおこぼれを預かっているに過ぎんという事よ。そのような輩が何を語ったところでその言葉は薄っぺらもいいところだな。ただの音に過ぎん。そして、ただの音如きで揺らぐほど妾は暇では無いのでな、そんな事に気を割くよりだったら一夏と共に居るほうが建設的だ。うむ、実にな」

「…………」

 

ここで惚気入れる必要はあったんですかねぇ……

まぁ、嬉しいけど……嬉しいけど!

 

思わず顔に手を当て、一夏思う。

 

――やっべぇ、触った顔熱い。

 

確実に自分の顔は今赤いんだろうなぁ、なんて事を現実逃避気味に思いつつ、一夏は自分と同じくアルの言葉を聞いていた楯無を見やる。

その顔は……それはそれはいい笑顔であった。

満面の、である。

「イイ」笑顔ではなく、正しい意味での、満面の良い笑顔。

口元を隠した扇子には天晴と達筆な文字で書かれている。

……あれ? さっきは颯爽登場って書いてなかった?

 

「good. こんな世の中でそこまで言いきれる胆力、まっこと天晴ね。おねーさん貴方達の事気に入っちゃったわ」

 

……貴方「達」?

 

「はいそこ、なんで『達なわけ?』見たいな顔しないの。貴方だって同じでしょ? そういう事を気にして無い……いえ、気にするつもりが毛頭ないのは。この子が話してても、この場で話してることに対しては顔を顰めたりしてたけど、話してる内容には顔を顰めて無いもの」

 

なんという洞察力だろうか。

もしくは、一夏が分かりやすいだけなのかもしれないが。

 

「いやー、こっちも一応生徒会長として、生徒の事をある程度調べてはいるけど、生徒の思想思考までは流石に書類とかじゃ詳しく分からないからねぇ。こうして実際話して見ないとね、やっぱり」

 

一人何かに納得し、うんうんと頷く楯無。

だが、こちとら何一つ訳わからない。

興味もたれて、いろいろ話してたらなんでか勝手に気に入られた。

一夏からすれば現在の状況はそんな感じである。

 

「で、そんなあなた達を見込んで、是非とも頼みたい事があるんだよねー、お姉さんは」

「なるほど、そっちが本題ですかい」

 

一夏がやや呆れたようにそう言い放つ。

なんとなく話しかけてきたときから裏で何かを考えてる感じはしていたのだ。

しかし、頼み事をしたいだけなのに随分回りくどいことだ。

 

「頼み事は頼もうとしてる相手の人となりを知ってからじゃ無いとねぇ。だれかれに頼むなんてお姉さんとてもじゃ無いけど出来ないわ」

「ナチュラルに心の声(地の文)読み取るの止めてくれませんかねぇ」

 

どうしてこう、自分の周囲の人間はこう言う事をしてくる奴が多いのだろう。

一夏は嘆く。

 

なお、自分が分かりやすいだけという限りなく真実に近い可能性もあるのだが、そこは見て見ぬ振りをした。

 

「とまぁ、とにかく貴方に頼みたい事があるのよ、織斑一夏君」

「まぁ、一応聞くだけは聞きますけどね。一体俺に何をしろと?」

「それはね……」

 

「私の妹を□□□□の魔の手から助けてくだしあ! オナシャス!!」

 

後に某魔導書は語る。

 

「それはそれは、思わず妾でさえも惚れ惚れしてしまうくらいに美しい……土下座だった」

 

と……

 

 

※ ※ ※

 

 

とりあえず美しい土下座から体勢を直してもらい、詳しい話を聞く。

が、全部聞かなくても大体分かった。分かりたくなかったけど分かっちゃった。

 

「「またあいつか!!」」

 

まぁ、なんて事は無い。あのキ印博士絡みの話であった。

 

曰く、妹が□□□□に目を付けられたせいでちょっとこれはイカンでしょな方向へ邁進しているとの事。

因みに、妹の名前は更識簪。

 

ああ、どうりで似てると思ったわけだよ。

姉妹だったわけね。

 

つか、入学式の際に目の前の会長さんは挨拶してたんだし、名前は知ってたんだし、簪との自己紹介の時になぜ気付けなかったんだろうか。

 

「しかし、姉なのだろう? 直接妹を彼奴から引き離せば良かろう。なぜわざわざ妾や一夏に頼む? 出来ぬ事情でもあるのか?」

「…………」

 

アルの言葉に、何故か急に落ち込みだす楯無。

あれ? そこまで落ち込むような事でも無いような……

いや、わざわざあまり接点が無い自分達に頼むって事は、自分じゃどうしても出来ない事情があるんだろうが……

 

「……あのね、私ね……嫌われてるの……壮絶に」

「「うわぁ……」」

 

さめざめと涙を流す楯無に、一夏はもちろん、流石の魔導書も絶句するしかなかった。

やっべぇ、なんか地雷踏んじまった的な感じで。

 

「だって……だってしょうがないじゃない……私だってあんな事言いたくなかったわよ……でも、手っ取り早く離すにはああ言うしかなかったし……ああでももっとこう……言い方とかあったわよねぇ私!!」

「一夏、こやつ自分の世界に入りおった」

「そっとしといてやろう。今会長は忙しいんだ」

 

何やら葛藤し始める楯無を前に、それでもそっとしておく位の情けが二人にはギリギリあった。

 

「……でも、簪ちゃんもひどいと思わない!? 私が仕方なく、嫌々、渋々、しょうがなく、苦渋の決断の末にあんな事言ったって察してくれても良いと思うの!!」

「で、その言葉の真意を後々説明しましたか?(小声)」

「人は言葉で聞かねば人の気持ちはわからんのだぞ?(小声)」

「ぐっはぁぁぁぁぁ!?」

 

ただし、責任転嫁しだすような人にかける情けは持ち合わせて居なかった。

というかむしろそう言う奴はこいつ等にとっては玩具である。

 

「めっちゃ避けられてたから話せなかった、とか言いませんよね?(小声)」

「そこで引き下がったら額面どおりに受け取られても、仕方ないのでは?(小声)」

「げっぷぅぅぅぅぅ!?」

 

「……あ、あれ、私、あなた達に相談しに来たのに、なんであなた達にいじめられてるのかしら……?」

「何と言うか、流れ?」

「運命だ、受け入れよ」

「んな流れも運命もノゥセンキューよ!」

 

一夏達の言葉の暴力からなんとか復帰した楯無は、うがー! と唸りながら体を起こす。

手に持った扇子には話題脱線の文字が。

……あれ? さっきは天晴って書いてなかった?

 

「まぁでも、話そうと思えば話せるなら、話しておくに越した事はねぇぜ? ……後からになってあの時もっと話しときゃ良かった、とか後悔しても遅ぇからよ……」

 

思いだすのは、この世界に来たばかりの頃。

アルは傍におらず、自分だけが見知らぬ世界で、見知らぬ人と暮らしていたあの日。

あの頃は常日頃思っていたものだ。

もっと、もっとアルといろいろ語り合っていればよかった、と。

語っても語っても尽きぬ話を、それでも一つでも多く語り合えば良かった、と。

 

奇跡的に、自分の場合はこうして再びアルと再会することが出来たが、当時はもう二度と会えないのなら……と後悔の連続だったのは未だに覚えている。

 

「少なくとも、会おうと思えばいつでも会えるんだ……ほんの少し、勇気を出せば。だったら、嫌われてるだのとか、そういうので尻込みして手遅れになる前に、話したほうが良いと思うがね」

「……そうかしらね」

 

一夏の言葉をどう捉えたのか。

楯無はただ、一夏の言葉に頷くだけだった……

 

 

「……それはそうとあの□□□□どうすれば良いかしら?」

「「とりあえず殴っておけばおk」」

 

シリアス返せお前等。




更新ペースがダダ下がりの中、ようやく会長を本格的に出せたZOI!

……でも、あれ?
予定してた場面までたどり着いてない……それどころか予定にない場面がある……?

……教授! これは一体?!

――束ちゃんの仕業だ

束ちゃんの仕業なら仕方ない。


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54 彼女は何を知っているか

秘匿されているからと言って、誰も知らないわけじゃ無いだろう?


「取り合えず軽くジャブ?」

「いやいや、あいつにジャブとか撫でてるのと同じだって」

「ここは抉るようなフックをレバーにぶち込めば」

 

 おおよそ食事をする場所で行うような会話では無い。

 

 あれからしばらく某□□□□対策を話し合っていた三人。

 やれこうだ、いいやそうだ、だったらあれはいかがだろう等と話しているうちに、とりあえず殴るという初心に返り、じゃあどう殴ろうかと言う話になったらしい。

 

 因みに、夏休み中とはいえ、IS学園は学園に残っている生徒や教師のために食堂を開放しているため、食事後そのまま食堂で話し合いをさせてもらっている現状だ。

 が、先ほども言ったが、少なくとも食堂で話すような内容では無いわけで……

 

 

 先ほどから近くを通りかかり、話が聞こえてしまった生徒が目を剥いている。

 

「甘いわね、ジャブったあとに本命よ」

「甘いのはそっちだ。あいつに初撃に軽い一撃なんてやって見ろ。ウザさ倍増なだけだ」

「初撃でとりあえず騒げないように沈めておかねば、後々頭痛を見るのは妾達だぞ」

「そうなの?」

「「あいつのギャグ時の耐久力を舐めてはいけない」」

 

 経験者は語るのだ。

 そう、倒壊するビルの瓦礫に巻き込まれても平然としていた奴が、その程度の事でおとなしくなるはずが無いのだ。

 そこまでの衝撃に耐えるなら、そもそもどうしようもないのでは? と言ってはいけない。

 ギャグキャラはその時その時により耐久力が上下するのだから。

 

『例えば、シリアスなときにナイフをぷすーっとされるとアウトであるな、ま、一般的に刺されれば人は大怪我するから、多少はね? 天才とは言え、そういう怪我には勝てないからね! べ、べつに完全敗北したわけじゃないんだからね!? いつか我輩は死を克服してみせるんだからぁ!』

 

 今、□□□□からの電波を受信した気がしたが、きっと気のせいだろう。

 特に大きな実害がなければスルーすればいい。

 対□□□□検定初級である。

 

「あれ? 今なにか頭のなかに……」

「気のせいだ小娘」

「これで反応するようじゃ単位はやれねぇなぁ」

 

 更識楯無、初級で躓くの巻。

 

 

 閑話休題

 

 

 とりあえず、相談の件については一夏の

 

「でもあれもはや災害レベルのナニカだから、どうしようもなくね?」

 

 の一言により、とりあえず出会ったらしばいておくと言う事で決着がついたらしい。

 

 □□□□対策会議終了後、各々飲み物を注文し一息ついていると言ったところか。

 

「……なんか色々お世話になっちゃったわね。本当なら、私自身でどうにかしなくちゃいけなかったんだけど……どうにもね?」

「そんなこと気にすんなよ。あれをまともに相手にしようって言うのが間違いなんだしよ。それに結構デリケートなとこもあるみたいだし?」

 

 途中で情けなくさめざめ泣いていた事は忘れて差し上げよう。

 

「しかし、汝の妹も随分な奴に目を付けられたものだな」

 

 注文したオレンジジュースをちびちびと飲みながら、アルはそう言い放つ。

 いやはやまったく、アルの言う通りである。

 よりにもよってあの天変地異的サムシングなナニカに目を付けられるとは……

 

 そのおかげで当人のISも完成の目処がついたし、一概に不幸であったとは言えないとは言え……いや、やっぱ心労的に不幸かもしれない。

 

「あぁみえて、簪ちゃんは世話を焼かせるのが上手なのよねぇ……。なんだか、気が付くと誰かが簪ちゃんを手伝ってるの。まぁ、そこが簪ちゃんの可愛い所なんだけどね」

 

 そう言い放つ楯無は扇子で口元を隠しながら微笑む。

 その扇子には姉贔屓と書いてある。

 ……あれ? さっきは話題脱線って書いてなかった?

 

 そうしてしばらく扇子の文字を見せびらかすようにしていた楯無は、パシンと小気味のいい音を立て扇子を閉じると、頼んでいた紅茶で喉を潤し、そしてふと何かを思いだしたような顔になる。

 

「……ああ、そう言えば……お世話とか手伝うっていう言葉で思いだしたけども……あなたもつい最近なかなかなお手伝いやお世話したみたいじゃない」

「んん?」

 

 はてさてなんの事だろうか?

 楯無に言われた言葉を租借するも、一体何の事を言っているのかが分からない。

 そんな様子に楯無はクスクスと笑うと、言いはなった。

 

「……臨海学校、色々あったみたいじゃない。楽しかった事、大変だった事、本当に色々あったって聞いたけれども?」

「……はてさて、いったいぜんたいどこで聞きつけたのやら」

 

 確か、臨海学校の件については緘口令が敷かれていたはずだが。

 我が姉君の名前を以って。

 だというのに、目の前の会長様はどうやってその話を聞いたのか。

 

「そうねぇ……人の口の戸は立てられぬもの……って所かしら?」

 

 一夏の言葉に、くすくす笑いながらさらりと返す楯無。

 

「それにしても、ここ最近色々起こりすぎねぇ。クラス対抗戦の時なんて、なまじ学園で起きたから後処理が大変だったし……でも、あなたもお疲れ様。そのどれもに当事者として関わっちゃってるんだもの。」

「ん……まぁ、あざっす」

 

 何と言うか、もはや諦めの境地である。

 何か事が起これば、もはや自分は巻き込まれるであろうという、もう慣れ親しんだ確信とでも言えばいいか。

 

「しかし、クラス対抗戦の時はほんと怖かったわねぇ。あの無人機……あれが放つ不気味さ、異質さって言うのかしら? いるだけなのに、まるで見てるこっちが石になったような恐怖があるような感じがね。よく普通に対峙してたわね」

「……!」

 

 思わず楯無を睨むようにみやる。

 今、目の前のこの少女はなんと言った?

 

 恐怖があるそれは良い。実際、いきなりあのような物が乱入して暴れたのだ。

 むしろ恐怖を感じないほうがおかしいと言えばおかしい。

 だが……石になったような?

 恐怖という言葉に普通はつけないであろう言葉。

 それゆえにその言葉は一夏へと強烈な違和感を、そして疑念を与える。

 

 何故目の前の少女は、普通はつけないであろうその言葉をあえてつけたのか……

 しかもピンポイントで、ガタノトーアの能力を指摘するかのような言葉を……

 

 ――まさか、目の前の少女はガタノトーアを知っていた……?

 

「…………」

「…………」

 

 目の前にいる少女に気づかれない位に、視線をアルへ向ける。

 視界の端に映るアルも、視線を一夏へ向けている。

 その瞳は雄弁に語っていた。

 

 ……自分も一夏と同じ考えだ、と。

 

「……汝、何を知っておる?」

 

 アルが楯無を睨みつつ、そう問う。

 しかし、当の楯無はと言うときょとんとした表情で一夏達を見やる。

 まるで、私なにか変な事言いました? 的な

 

「えっと……? 私、何か変なこと言ったかしら?」

 

 実際そう思っていたらしく、楯無はただただ頭上に?マークを浮かべてそうな表情だ。

 

「……なんて、ね。こうあっさりと引っかかるなんて、ちょっと危機感が足りないんじゃないかしらね?」

 

 ――ねぇ、『魔術師』さん?

 

 その時の楯無の表情の変化を、果たして一夏は、そしてアルは見切れただろうか?

 先ほどしまったはずの扇子で口元を隠し、まるで悪戯が成功した子供が笑うように、くすくすと楯無は笑っている 。

 

 しかしながら、笑みを浮かべながら対面する少女が放った言葉は決定的な一言だった。

 

 決まりだ、目の前の少女は、知っている。

 どこまで? いつから?

 それは分からない。

 だが、確実にこの少女は……魔術を知っている。

 

 そうでなければ……一夏の事をわざわざ魔術師とは呼びはしないだろう。

 

 最悪を考える。

 目の前の少女も魔術師だとすると……

 もしやクラス対抗戦の時や、果ては臨海学校の時も裏で糸を……?

 

「はいはーい、そう怒らない怒らない♪」

 

 そんな一夏の様子を知ってか知らず課、扇子を閉じ、微笑を絶やさないまま彼女は言葉を続ける。

 

「そこまで反応しなくても、あなた達が考えてるようなことは無いわよ。大方、私が黒幕なんじゃないかー、とか思っちゃってるんでしょ、その顔だと。心配しなくても、私は裏で糸を引いてるなんて事は無いし、そもそも今までの事件に関してだって、あなた達より知ってることは少ないわ。というか、私が黒幕だったら回りくどい事なんてしないしね」

 

「それこそシンプルに闇討ちでもするかしら?」などろ冗談めかして言う楯無。

 

「けど、確証は得たつもり。今までの事件について、あなた達はよーく知ってるっていう確証を、ね」

「確証……っ!? ……はぁ、そういうことかよ」

 

 なるほど、蓋を開ければなんてことは無い。

 こちらが勝手に相手の言葉に逐一反応してしまっていただけと言うわけだ

 

 追求の言葉を発しさえしなければ。否、動揺などの反応をせずに居ればそこでこの話は終わっていただろう

 それを自分たちはご丁寧に反応し、あまつさえ追及の言葉を発してしまった。

 

 それでは、こちらは貴方が聞きたい事を知ってますよーとプラカードをでかでかと掲げているようなものではないか。

 

「うまーくあんたの手のひらの上でころころ転がされたわけだ、俺もアルも」

「そう言う事よ♪」

 

 それはそれは、とても楽しそうに笑う楯無。

 しかし、その表情は一瞬で真面目な表情へと変わる。

 

「でも、これ以上詮索するつもりはないし、踏み込むつもりはないわ。知りたがりは早死にしちゃうって言うじゃない? あなた達が何かを知っていると言う事は分かった、それで十分。だから何を知っているかを聞きだすつもりは無いわ」

 

 そう言うと、楯無は席を立つ。

 

「せっかく相談に乗ってもらった人を騙したようでごめんなさいね? でも、私は最低限知っておかねばならないの。この学園の生徒会長として、そして何より……」

 

 何かを言おうとして、しかし楯無は口を閉ざす。

 言うべきか言わざるべきか葛藤している事が傍から見ても分かった。

 やがて、楯無は扇子を閉じると、閉じた扇子で一夏を指す。

 

「それと、これだけは言っておくけど……秘匿されているから知られていないだろう、という思考は油断よ? 織斑一夏君? どれほど魔術が秘匿されたものであっても、その片燐に触れた人間は必ずいるわ。私の『家』のように、期せずして関わらざるを得なくなった者もいる。本当に隠したいなら、より一層に注意なさい?」

 

 ……なるほど。

 一般人の義憤などの理由で知りたがったわけでは無い、という事か。

 期せずして関わらざるを得なかったという事は、裏に通ずる家柄なのだろう。

 そして、そんな家柄だからこそ知っておかねばならなかった、という事か。

 

「今回のやり取りで骨身にしみたさ。肝に銘じておくぜ」

「よろしい。素直な子は好ましいぞ♪」

 

 ともあれ、せっかくのご忠告であることだし、ありがたく受けるとしよう。

 今まさに、それで痛い目を見たわけなのだから。

 もっとも、ただの痛い目で済んでよかったというべきか?

 その時点では小さいと思われるミスが、時と場合によっては致命的なものとなり得るという事を考えれば、この程度で済んでむしろ僥倖だった、と言わざるを得ないだろう。

 

「……ふんっ、小娘に言われずともわかっておるわ」

 

 アルは相変わらずの憎まれ口だが、失態を犯したのは他でも無い自分だと自覚しているゆえか、どうにも言葉にキレは無かった。

 と言うか露骨にそっぽを向いている。

 もう少し隠す努力をしよう。

 

「ふふふ。それじゃ、お姉さんはここらで立ち去るわね。二人の仲を邪魔しちゃ悪いし♪ そうそう、心配しなくても今回のことは関係者以外にはちゃんと秘密にしておくからね。あなた達もだれかれ構わず言いふらしちゃ駄目よ?」

 

 当然である。

 魔術なんぞ表に出して言い事なんて無し。

 広まらないならそのままで良いのだ。

 

 無知は罪と言うが、罪を負いたくないからと知らなくて言い事を知って二度とまともな生活送れないよりだったら、いっそ無知のままで良いだろう。

 

 少なくとも、無知だからと言うだけで実際罪に問われるという事は無いのだから。

 

 しかし……立ち去る楯無の背中を見送りつつ、ぽつりと呟く。

 

「ものの見事に完敗だな」

「心底忌々しいが、してやられた。そう言う以外に無いであろう」

 

 答えるアルの言葉にも、隠しきれ無い忌々しさがにじみ出ている。

 その後もぶつぶつと何かを呟いているアルを見やりつつ、一夏は心の内で呟いた。

 

 ――これ、セシリアにばれたらぜってぇ激おこ案件だろうなぁ……




後日

「一夏さん、これを」
「……何これ」
「どうやら、お間抜けにも一杯食わされたとお聞きしまして」
「だからってこれを首から提げろと!? この『私は間抜けです』と書かれたこの板を!?」

しっかりセシリアにはバレていた。


※ ※ ※


と言う訳で、54話、いかがだったでしょうか。
今回の展開にいろいろツッコミが来そうではあります。
でも言わせてください。

せっかく裏に通じてる設定あるんだし、活かしたいじゃない。


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55 彼女は前に歩み始めたか

立ち止まっていても景色は進んでしまうなら
ならばせめて自分から歩み始めた方が数倍もマシだ

だから彼女は前へ進む決意をしたんだろうね


「一夏、アル……ちょっといいかな?」

 

彼女は、覚悟を決めたと言わんばかりの瞳で二人を見つめながら、そう言い放ってきた。

 

「……手伝って欲しいの。私が……壁を乗り越えて前へ進むためにも」

 

そんな彼女の言葉を受けて、一夏とアルは思わず顔を見合わせた。

 

 

※ ※ ※

 

 

アリーナでデモンベインを展開し、一夏は待つ。

そんな彼の視線の先。

つい数分前彼がでてきたアリーナピットとは反対にあるピットから、一機のISが飛びだしてきた。

そのISはまるで何かを確かめるように空をしばらく旋回すると、一夏の正面、やや離れた地点へ降りてきた。

 

「……ようやっと完成したんだな、打鉄弐式」

「うん。ようやく正式版。調整もばっちり」

 

降りてきたのは簪。そして彼女が纏う打鉄弐式は今までのそれとやや姿を変えたように思える。

打鉄弐式自体のフォルムは変わってはいない。

しかし非固定浮遊部位がその姿を変えたため、そのように見えるのだろう。

今まではただの大型の追加スラスターであったそれは、今ではより大型な物になっている。

 

打鉄弐式が打鉄弐式である由縁。

彼女が、彼女に協力した者が、そして□□□□が一番苦心したところ……いや最後の□□□□はあまり苦心してないだろうけど……とにかくそんな箇所。

 

「6×8門……48発のマルチロック可能ミサイルとかなにそれこわい」

「端的に言ってやられた側にとってはクソゲーだな」

 

どう避けろと。

 

「アハハー、ソウダネー」

 

一夏達の言葉に乾いた笑いを浮かべる簪。

……このやけに棒読みな笑みの理由が自分達の言葉だけではないと、一夏達が気づくのは……あと数十分くらい後である。

 

「で、あとは模擬戦やって実働データを取ってってところか」

「そう言うこと。協力してくれる?」

 

――私がやりたい事の為には、打鉄弐式を完璧に作り上げないといけないから。

 

「……へっ、前へ進もうとする若者への協力は惜しまない一夏さんでありますよこちとら。遠慮なくかかってきんしゃい!」

「どこの生まれだ汝は」

 

一夏の言葉に簪は苦笑する。

それと同時に感謝も。

 

――ありがとう、一夏。

 

そしてついでに思う。

 

――それと……ごめん。

 

多分、この後に待ちうけているであろう光景を想像し、簪は表で苦笑し、心の奥で一夏に拝むように両手を合わせていた。

 

そう、拝むように、である。南無南無である。

……まぁ、つまり彼にとってとんでもない事が起きるのは確定しているのである。

 

 

※ ※ ※

 

 

「で? まずはどうする?」

「まずは夢現での近接戦闘データが欲しいかな」

 

一夏の質問に、簪が手に持った薙刀を軽く振りながら答える。

簪が振るう薙刀こそが、打鉄弐式の近接武装である対複合装甲用超振動薙刀『夢現』だ。

 

「へぇ、なんか慣れてる感じじゃねぇか、薙刀。いや、よくわかんねぇけどさ」

「昔、まだ私が今以上にお姉ちゃんに追いつこうって必死だった頃、いろいろ手当たり次第にやってた時があってね。薙刀もその一つ」

 

――結局、追いつけなかったからやめちゃったけども。

――気持ちはわかるが、そういう悲しい事言うのは今はやめよう?

 

とりあえず自嘲するように言い放つ簪に、そう言っておく一夏だった。

自ら鬱へ向かってはいけない。

 

「忘れよう、そしてさぁやろう。やれば忘れられるから。それ以外考えられなくなるから」

「……それもそうだね。それじゃあ、お願い」

 

とりあえずこのままでは簪がまた何時暗黒面に堕ちるかわかった物ではないため、データ取りを行う事にする。

夢現のデータを取るという事で、まずはバルザイの偃月刀を呼び出す。

 

「さて、長物相手か……そういや長物相手はやった事無かったか」

「あの脳筋……は長物とはまた違うか。腕は伸ばしたがな、彼奴は」

 

もし試合等で戦うならば、懐に潜り込んで……となるが、今回はあくまでデータ取りだ。

そこを間違えないように立ち回らなければ。

 

「それじゃ……行く!」

「応よ!」

 

言葉と同時に、簪がまっすぐ一夏へ向かってくる。

そしてそれを真正面から迎える一夏。

二人の距離はすぐさま縮まり、簪が夢現を振るう。

 

自身のリーチよりも遠くから放たれたその一撃を、一夏は慌てずに偃月刀で受ける。

瞬間、腕にただ受けた以上の衝撃を感じる。

 

「っ! 厄介だな振動するってのはよっ!」

「むしろ振動刃受けて切れるどころかヒビすら入らないその剣の方がすごいと思う……っ!」

「何度も受ければ流石にわかんねぇけどな!」

 

なお、アルから呼び出した訳でもない、ISの武装としてあるこのバルザイの偃月刀も、実は構成物質が謎だったりする。

目下倉持が研究中であり、もしかしたら新技術が生まれるかもしれないとか生まれないかもしれないとか。

 

 

閑話休題

 

 

「で、どうよ? 実際使って見て」

「ん……想定より重心がちょっとずれてる感じがする……まぁちょっと装飾追加するとかで修正できると思う」

「さよけ」

 

あれからしばらく打ち合いを続け、ようやく納得がいく量のデータが取れたのか、一夏達はしばし休憩中。

因みに、何度も振動刃を受けたせいで地味に一夏の腕はプルプルしてたりする。

 

「……なんか、ごめんね?」

「で、でぇじょうぶでい!」

 

体感ではそれほど大きくない振動だろうと、普段感じる事が無い感覚を感じ続けると人間余計に疲労するものである。

後に、一夏は「なんか動いてないはずなのに、腕がこう、上下左右に動き回ってる感じがした」と語っている。

 

閑話休題

 

休憩を挟み、続いては荷電粒子砲『春雷』のテスト。

威力はどうか? 連射型と言うことで連射性はどうか? 動かない標的への命中率はどうか? 自分が止まり、動く標的を射つ際のブレはどのくらいか? 逆に自分が動きながらの射撃の場合のブレは? などなど。

それぞれをあらかじめ算出されたカタログスペックと照らし合わせ、想定された性能を引き出せているのかを事細かくデータとして収集する。

 

この際、悪い方面でも良い方面でも、カタログスペックとあまりにかけ離れている場合は要修正案件としている。

悪い方面はともかく、良い方面ならば良いのでは? と思う諸兄もいると思うが、良かろうが悪かろうがズレはズレ。

環境により数値が変わり、カタログスペックと全く同じ数値になることはあり得ないとはいえ、カタログスペックとは理想の動作環境にて測定した、いわば理想的な数値。

ソフト面、ハード面問わず、機械にとってそれから大きくズレると言うことは致命的なのだ。

 

「アニメとかだとカタログスペック上回る限界突破はお約束で激熱展開だけど、現実でそれやったらエラー祭でデスマーチ確定かフレームが耐えきれなくて修理祭でやっぱりデスマーチ確定だから……」

 

そう語る簪の横顔は、また一つ現実を知ってしまった悲しみに煤けていた。

 

「やっぱ現実ってクソゲーだな」

「わかりみ。ロマン溢れる世界に旅立ちたい」

 

でもドリルは勘弁な。

ただでさえ現時点でドリルドリルうるさい奴がいるのってのに。

 

ちなみに簪さん、あなたの隣にいる奴、機械でどころか生身でも度々限界突破してますよ。

 

閑話休題

 

「で、最後は件のマルチロックミサイルか?」

「うん。今までは調整上手くいかなくてただのミサイルだったけど、もうそんな事は言わせない」

 

そう言いつつ、ドヤァと胸を張る簪。

当初からこれが打鉄弐式の肝であると公言して憚らなかった簪、渾身のドヤ顔である。

これには思わず一夏君もほっこり。

気分はさながら姪を見守る叔父である。

 

精神的には実際そんな感じの年齢差なのはこの際無視。

 

そんなこんなで、最後の搭載武装のテストを行うのだが……

ここで一夏は泣きを見た。

 

何に泣きを見たか……まずは単純に48発という数の暴力だ。

なんと恐ろしい事にこの簪ちゃん、撃ち出したミサイルの大体7割程……約30発程をマニュアルで、残りを

某□□□□と共同開発したAIを使ったオートで、それはもうグネグネと動かしてきたのだ。

撃ち落とそうとしてもクトゥグアは回避するは、イタクァで対処しようにも一度に撃てる数に8倍の差があるわ、しかもどれもこれも「俺達は板○サーカスの団員だぜ!」と言わんばかりに美しい軌道を描き迫ってくるのだ。

 

泣く。

流石の一夏も泣く。

 

そして更に一夏を泣かせたのは……

 

「……聞いてない……一夏さん聞いてないよ……」

「えっと、その……ごめん、一夏、アル」

「聞いてないよ……それが48発のマルチロックミサイルだってのは聞いてたよ。でも……48発のマルチロック『ドリル(・・・)』ミサイルだなんて、一夏さんひとっことも聞いてない!!」

 

ドリルだった。

そう、ドリルだったのだ……

どこからどうみても、どこに出しても恥ずかしくない位、雄々しく光り輝くドリル……

そんな物が頭についていたミサイルだったのだ……

 

因みに、簪はミサイルがドリルになっている件については一切関わっていない。

故に、いざテストしようずとなって、最後にざっとデータ確認を……といった段階でミサイルがドリルミサイルになっていた事に気付いたのだ。

当然、そんな直前になって元に戻すだなんて出来るわけも無く、故に簪は南無っていたのである。

 

「エリャァァァァハッハッハッハァッ! どぉだザマァ見たであるか! ドリルは世界を救うんですぅ! 科学は無敵なんですぅ!!」

 

あ、諸兄は分かってたと思うけど、もちろんコイツの仕業である。

余りにおおっぴらにドリルを付けようとする度に、やれシャニングウィザードだのパロスペシャルだのロンドン名物タワーブリッジだの食らい続けた結果、ついに学んでしまったのだ。

 

――おおっぴらにつけたらバレるのなら、コッソリ付ければ良いのである。

 

……何という事をしてくれたのでしょう。

その結果、洗練されたミサイルちゃん達は哀れ□□□□の毒牙にかかり、雄々しきドリルミサイル君へとその姿を変えてしまったのだった。

 

もちろん、普通ならこんな急な仕様変更などすれば動作に不具合がでる可能性が高くなるし、何より事前に変更前の情報のみを把握していた簪も、事前に覚えた扱い方との齟齬が発生し、下手をすれば大事故が起きる可能性も十分あった。

科学者として、やってはいけない悪手……だったのだが……

 

変態に技術を与えた結果がこれだよ!

と言わんばかりにこの□□□□は、ドリルは付けた、ミサイル推進用の搭載燃料等のタンクもダウンサイジングしつつ高効率化をした、ついでに他の性能も2割程上げた……と言った事をしつつも、動作不良なんてあるわけないっ! 操作性? 仕様変更前全くと変わらないよ! という無駄に洗練された美しいお仕事を成し遂げたのだ。

 

その結果、余りのミサイルの数に、エネルギーシールド『旧神の紋章』でミサイルを防ごうとした一夏は、目の前で障壁に行く手を遮られながらも搭載したドリルで障壁を削り貫こうとするミサイルを見せ付けられる羽目になったのだ。

 

……流石に想定して無い状態でそんなの見せられたら誰だって泣くわ。

 

因みに、性能だけ上がり、どこも悪化した点が無い以上、簪としても責めるに責める事が出来なかったりする。

むしろ「あ、このくらいならまぁいいかも」とか思っちゃったりしている。

……ドリルの汚染が広がってきている証左である。

 

そんなアクシデントもありながらも、とりあえずのデータ取りは全て終了。

途中で泣きを見ながらも仕事は最後まできちんとこなす当たり、なんだかんだでやるべき事はやる一夏である。

 

解散時、自分でも知らん間にこんな武装になっていたと簪から事の真相を聞き、あの□□□□ぜってぇ一発殴ってやろう、と一夏はアルと共に決意を新たにしながら歩いていると、ふと前に見知った顔が立っているのが見えた。

その人物は見慣れた人物、しかし、今この時間でここで出会うとなるといささか珍しい、そんな人物。

 

「む? 真耶ではないか。」

 

そう、山田真耶だった。

真耶はアルの言葉にアリーナに向けていた視線を外し、一夏達の方へ向ける。

 

「あ、織斑君、アルちゃん。実は更識さんの事が気になって」

 

真耶の言葉に内心小首をかしげる。

一組の副担任の真耶が、四組生徒の簪のことを?

そんな事を思っていると、一夏の表情で一夏が何を思っているのかを察したのか、真耶が口を開く。

 

「更識さんの事は全教師が知ってますからね、担当クラスか否か関係無く皆心配してたんですよ」

「あー……」

 

まぁ、一時の簪は相当酷かったらしいし、心配されるのも無理はないのかも知れない。

一夏は酷かった姿を直接見てないからあまり分からないが、どんな状態だったかは耳に入ってくる話からおおよそ推測はつく。

 

更に今真耶から聞いた話だと、数徹は当たり前な時もあったらしく、そらもう教師という教師が心配していたのだそう。

おまけに当の本人が他人の心配や助力の申し出などを一切シャットアウトもしていたという事もあり、倍ドンである。

結果、実はいろいろな教師にいろいろな場面で見守られると言う事態に発展したそうな。

 

「でも、今はそんなことも無いですし、何かあったら他の人を頼ったりとかもしてくれて、こっちとしてもほっとしてるんですよ」

「まぁ、自分がであったときもなかなかにキてましたけどねぇ」

 

初対面でそっけなくされたりとかあったし……まぁあれは白式関係もあったからだが。

 

「織斑君、アルちゃん。これからも更識さんの事、お願いしますね?」

「あー……まぁ、出来る範囲でやりますわ」

「まぁ、目が離せん小娘だからな。妾達がしっかり見てやらねばまた潰れかねん」

「んー? アル、なんかお前にしちゃ妙に気にかけてるな?」

「ふん、妾とてアニ友の心配ぐらいするわ、うつけが」

「アニ友て……」

 

そういや何回かアルと簪が一緒にいる場面を見たことがあるが……

まさか簪が魔導書にサブカルを叩きこむという快挙を成し遂げていたとは。

 

「……でも、そんなに周りが心配する必要も無いんじゃないです?何だかんだで、簪はしっかりしてますよ」

 

――……ガキんちょ共みたいにさ……なぁ、ライカさん。

 

「……何時から気付いてました?」

「ん? だーいぶ前から」

 

前々から、所々で重なって見える事はあったのだ。

故に、出会ってそれほど経たない内に、おおよその察しはついていたりする。

 

「……九郎ちゃんは帰ってこなかったから分からないかもしれないけど……どこか似てるの、更識さんが」

「でかくなったアリスンに、だろ?」

 

一夏の言葉に頷く真耶。

どこかおどおどしたところがあって、けど頑固で、実は負けず嫌いで……

もし一夏……否、九郎が知ってるアリスンがその性質を大きく変えないまま成長したのならば……まぁ確かに簪とアリスンは似てると言われれば似てるかも知れない。

 

「大きくなったあの子に、ほんとそっくりなの。大きくなったけど、すこしおどおどしちゃうような所がまだ残ってて、でも頑固で、負けず嫌いで……えぇ、ほんとそっくり。だから、どうにも他の子達よりも気にかけちゃって……」

 

教師として依怙贔屓は駄目なんだけどね、とは苦笑しながらの真耶の弁。

 

「そう心配するな。なんやかんやであの小娘の周りには人が溢れておる。汝一人が気にかけんでも、別の誰彼が彼奴を構い倒すであろうよ」

「……そうかしら」

「ああ、きっとアルの言うとおりだな」

 

実際に本音辺りは簪と高確率で一緒に行動しているし、下手すれば簪の背中にへばりついてる時もあるし。

 

「ああ、だから……きっと大丈夫だよ」

 

心配して構うのも愛、だが信頼してそっとするのもまた愛である。

なら、今まで心配で構ってきたのなら、そろそろ信頼して一旦遠くで見守ってみても良いのでは無いか。

 

そんな一夏の言葉に、真耶はやわらかく微笑み、頷く。

しかし、すぐさま表情を曇らせて……

 

「……でも、更識さん、ロックオンされちゃってるんでしょ? □□□□に」

「アイツへは能動的対処施すんで」

 

結局、イイハナシダナーで締まらないのだった。




ウェスト、こっそり弐式目玉武装にロマンを注入の巻

そして作中でようやく真耶=ライカさんと明言できた……
もっと早くにそこら辺だすはずだったのになぁ……


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56 越えなきゃいけない

優秀なあなた、そうじゃない私
挑まれたあなた、挑んだ私。


その日、IS学園生徒会長更識楯無は戦慄していた。

 

IS学園生徒会長は生徒の中で最強であれ。

そんな規則の元、実力を以ってして生徒会長となり、今の今まで生徒達の長として活動して来た彼女。

しかし、そんな彼女を戦かせる程の力が、彼女の持つ物……白い封筒にはあった。

 

信じたくないと悲鳴を上げ、軋む心をなんとか押さえつけ、まずそれを見やる。

封筒の表には、デカデカと、かつ達筆な文字でとある文字が書いてある。

『果し状』と。

 

――うん、これはいい。

 

生徒会長は最強たれ、つまり自分に勝てば生徒会長の座を手に入れられるのだ。

こんな風に戦いを申し込んでくる生徒は一人や二人といった数では済まず、そしてその誰もに彼女は勝利して来た。

だから、別に果し状自体は良いのだ。

だが……

 

封筒を裏返す。

ご丁寧に、これまた達筆な文字で差出人の名前が書かれていた。

そう、問題はその差出人の名前だった。

 

『更識簪』

 

妹だった。

いや、もしかしたら同姓同名かもしれないと僅かな希望を持って生徒名簿をひっくり返し全校生徒の名前を確認した。

 

……更識簪はIS学園内に一人しかいなかった。

そう、自分の妹である更識簪しかいなかったのだ。

どんなに目を擦っても、どんなに見返しても、学園で更識簪という生徒は自分の妹ただ一人しかいないのだ。

 

この事実に、楯無は戦慄したのだ、そう……

 

「簪ちゃん……あなた……こんな古風な果し状なんて送ってくるキャラじゃあなかったでしょう……!?」

 

どちらかと言えば簪はインドア派で、デジタルなサイドの人間だと、楯無は認識している。

なのに、こんな古風な果たし状を送ってくるようなキャラだっただろうか?

 

しかも、今まで果たし状を送ってきた人々と違い、筆と墨と硯を用いて、一文字一文字に意思を込めて書いたと思われる文字……

 

楯無は妹が分からなくなり、戦き、そして泣いた。

だが、泣いてばかりもいられない。

果たし状を送られたからには、ちゃんと読まねば。

どんな存在からであれ、どんな理由であれ、そしてどんな手段であれ、生徒会長に挑むという意思表示なのだ。

生徒会長として、何より姉としてしっかりと受け止めなければ。

 

……中身を読んで、楯無は二度泣いた。

 

だって、中の文字も筆と墨で一文字一文字書いて、そんな文字がびっしり敷き詰められた果し状からは、最早怨に近い念が放出されてるんだもの。

もう暗い紫っぽいオーラが果たし状から全方位にブワーっと放出されてるのが見えてるもん。

いつの間にか隣で見てた従者も思わず冷や汗たらしちゃってるもん。

というかなんか果たし状読み始めてから空気が生ぬるい。

まるで生徒会室がこの瞬間から心霊スポットになったかのようだ。

 

――流石の会長も、妹からのこれには泣くわ。

 

 

※ ※ ※

 

「で、大丈夫か? 簪」

「何が?」

「いや、何がって……」

 

そこまで言って一夏は口を噤む

だってなんかもう、体全体からピリピリとなんか電気っぽいの発してるのが見えてるから。

しかも触ったら感電じゃ済まなそうな感じに。

まるで興奮状態のピ〇チュウのようだ。

 

(まぁ、分からなくもねぇけどよ)

「じーーーーーーーーーー」

 

何せ、今日は簪が姉である楯無と決闘する日であり、今まさに決闘直前というタイミングなのだから。

モニターに向かう簪の表情は真剣そのもの……否、もはやそれを通り越して鬼気迫るといったところか。

 

「今回外野の妾等が気をもんだところで詮無きことであろうに。汝がそわそわしてどうする」

「いや、訓練とかいろいろに付き合った身としてはさすがにな」

 

さすがに無関心でとはいかないものだ。

 

「無関心になれとは言っておらん。ただ汝がそわそわしたところでどうにもならんと言っている。それに、外様が落ち着かんと当の本人も落ち着けまい?」

「……まぁそれもそうなんだが」

「じーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

分かっちゃいるがどうにもならぬとはまさにこのことである。

 

「しっかし、最近急にいろいろ協力してと頼まれると思ったら、まさかねぇ……」

「うむ、それに関しては妾も驚愕しておる」

 

「「あの簪がまさか果たし状を書いて自分から決闘を挑むとは」」

 

しかもめっちゃ念込めて果たし状書いてたし。

死に場所を求める武士かな? と言わんばかりだったのはいまだに記憶に残っている。

 

――なお、一枚の果たし状を完成させるまでに何枚もの紙が所々紫に染まると言う珍事が起こったりしてた気がするけど、きっと気のせい。

 

と言うかなんでよりにもよって果たし状なのだろうか。

しかもばっちり墨と筆で書いた奴。

普通にペンでさらりと書いたのじゃ駄目だったのだろうか?

 

「恐らく、今そう言う系のアニメでも見ておるのだろう」

「簪、結構アニメの影響受けやすいからなぁ」

「そこ、少し黙ってて」

「「アッ、ハイ」」

「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

集中している人のそばでのひそひそ話は普通の会話よりむしろ耳に入ってくるから、みんなもやらないようにしよう。

 

「だが簪さんや、黙る前に一つ聞かせてくれ」

「何?」

 

モニターから顔を離さずに答える簪に、一夏は自分をさっきから超至近距離で「視線で穴よ開け!!」と言わんばかりに見つめるソレを指さし問う。

 

「この俺をずっと見つめるどころか自分で効果音を言っちゃってるこの子は何者?」

 

一夏の指の先には緑の髪した少女。おでこになんかプレート入ってて、耳もなんかとんがってて……

どっかで見たことあるというかそんなレベルじゃない気がする……いや、現実逃避はよそう。

一夏の記憶にあるあの存在そっくりそのままの姿である。

とにかく、一夏の記憶の中にあるアレの相方そのものの姿をしてる少女の事を問われた簪はキーボードのタイピングをやめ、そして言い放つ。

 

「……某誰かさんが作った弐式用サポートメカ……というお題目のナニカ」

「あ(察し)」

「ロボ?」

 

つまりそういうことである。

 

 

※ ※ ※

 

 

一方、楯無はと言うと。

 

(落ち着け、落ち着くのよ楯無。そう、これは前向きに考えるべきなのよ。そう、今の今まで私と話すどころか顔も合わせようとしなかったあの簪ちゃんが自分から私に何かアクションを向けてきた、そう、そう考えるのよ楯無。そのアクションの方向性が明らかに『あ、これアカンやつや』な感じだとしても、そこは姉としてきっちり前向きにとらえてあげるのよ! そう、姉として! 今、私の姉力が試されているんだわ!!)

 

簪が今まさに一夏やアル相手に『これはいけません!』な顔を向けているまさにその頃、こんな事考えてました。

まぁ、最終的には姉として妹を受け入れるという態勢に着地したようだが……

 

「……なーんて、自分で言ってて何て説得力のない言葉だこと」

 

――姉として。

 

果たして自分にそんな事を言う資格などあるのだろうか?

妹と疎遠になっていった時から今までを振り返ってみろ楯無。

その中で自分が妹に姉らしい事をしてやった記憶は、果たしてあるか?

 

――無い。

それが純然たる事実が、そこにあった。

 

事情があった。

理由があった。

それを言い訳に、簪を突き放したのは、他でもない誰だ?

そう、自分だ。

 

当時はそれが正しいと思っていた。

だからこそ、あんな事も言ったのだ。

妹の為という大義名分があったからこそ、あの時はあんな事をした。

 

更識。

日本政府が有する暗部。

対暗部用暗部……いわば国内外問わずの後ろ暗い連中へのカウンター組織。

裏の世界と言うものは危険と隣り合わせだ。

表では罷り通らない事が、裏では平然と罷り通ってしまう。

そんな危険な世界から、妹を……簪を遠ざけるため……だからこそ、自分のあの時の行動は正しかったのだと、今までは思ってきた。

 

――本当に?

 

本当にあれが正しいやり方だったのだろうか?

本当に、そんな理由なだけであんな行動を、あんな発言をしたのか?

本当に、本当に妹の、『家族の為』なんて正しい理由だけで妹を突き放したのか?

 

時間が経つにつれ、楯無の中で揺らぎ始めるあの時の『正しさ』。

 

――『……でも、簪ちゃんもひどいと思わない!? 私が仕方なく、嫌々、渋々、しょうがなく、苦渋の決断の末にあんな事言ったって察してくれても良いと思うの!!』

 

あの時、あの二人に言ったあの言葉。

あれはきっと……自分で自分の正しさを信じきれなくなった自分が、せめて誰かに正しいと言ってほしかったから出た言葉なんだろう。

仕方なかった、それしか手段はなかった、だからあの時はそれが最善だった、と誰かに言ってほしかった。

自分で信じきれず、崩れそうになった正しさを誰かに補強してほしかったのだ。

生徒会長とは言え、暗部の長とは言え、その実自分は10代の小娘であるが故に、せめて……と。

 

……まぁ、結果として補強どころかむしろ粉々に粉砕される事となったわけだが。

 

ともかく、補強どころか粉みじんに粉砕されたわけだ。

普通だったら恨みそうであるが……ここまでやられるといっそ清々しいものである。

そして、そんな正しさを完全に砕かれ、自分のあの時の行動の正しさを取り払われてしまったからこそ浮かび上がってきた……否、すでに目の前にあったであろうが、見て見ぬふりをしていた、あの時に抱いたある思い。

それを楯無は自覚した。してしまった。

 

「……あはは……そっか、私……あの時こんな事も思っちゃってたのね……」

 

知らなければ、無かったことのままでいればどうという事はない。

だが、人間は一度認識してしまった事を完全に無かったことにする事は難しい。

 

口では何と言おうと、その心は囚われてしまうが故に。

 

そして、そんな思いをあの時抱いた自分が……今更姉として……?

どの口がほざくか更識楯無。

これではあまりにも……あまりにも

 

「都合が良すぎよ……そんなことをのたまう自分に反吐が出るくらいに」

 

それでも彼女、更識楯無は……否、更識■■は、更識簪の姉でありたいという思いも、捨てられずにいる。

 

――更識楯無に、なりきれずにいる。

 

 

※ ※ ※

 

 

向かい合い、果たしてどれほどの時間が流れたのだろう。

つい数秒ほどの事のように思えるし、しかしながら既に数十分も向かい合っているようにも思える。

 

ただただ見つめあう二人の間に想いが巡る。

その想いは、一体何なのだろう。

その想いは簡単に形容できる物であり、然しながら形容が難しい物でもある。

 

……様々な想いが、入り乱れているのだ。

一つ一つの想いに名を名付けることは可能だが、それらすべてをひっくるめるとするならなんと表せばいいのかが分からない。

 

互いに言いたい事が、互いが伝えたい事がある。しかし、あまりにもありすぎるそれらが、一度に溢れ出し、そして言葉になる前に消えていく。

 

……ただただ、時間だけが過ぎていく。

 

簪が、夢現の柄を握る力を強める。

楯無が、それに答えるかのように自らが振るう大型ランス『蒼流旋』を握る力を強める。

 

「……っ!!」

 

先に仕掛けたのは……簪。

迎え撃つのは……楯無。

 

既に試合開始の合図は鳴り渡っており、然しながらそれでも動かなかった二人の均衡を破ったのは簪。

 

二人の得物がぶつかり合うその光景は、挑む妹と受け入れる姉という姿をまざまざと現していた。




力を先に込めたのも私で、それを見て力を入れたのはあなた。
先に動き出したのも私で、それを受けるのはあなた。

私とあなたはどうしようもないほど正反対で、だからきっと手の伸ばし方を知らなかった。


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57 貴女と私は似ている

それに気づくまでに、一体どれだけ回り道をしてしまったのか


ぶつかり合う。

何度も何度も、ぶつかり合う。

我武者羅なまでに、盲目なまでにまっすぐ向かってくる妹と、何度も何度もぶつかり合う。

必死に自分に向かってくる簪の、その表情を見て楯無は思う。

 

――ああ、簪ちゃんはこんなにも……

 

今更ながらにちくりと、胸を刺すような痛みがやってくる。

そして同時に、妹がこれほどになるまで追い詰められていた事に自分は今の今まで気づけてなかったのかと自嘲の笑みが浮かぶ。

 

――妹の従者からの報告で知った気になっていた。

――妹に気付かれない程に遠くから見ていただけで分かった気になっていた。

 

……どれもこれも『気になっていた』だけだった。

本当は何も知らず、分かっていなかった。

 

――分かっている。

 

姉なのだから、家族なのだから。

そんな言い訳を重ねに重ね、分かろうとしようとすらしなかった。

 

どれほど妹があの時の言葉に囚われてしまっていた事かも。

どれほどあの時の言葉に心を雁字搦めにされてしまっていたかも。

 

思わず涙が出そうになる……しかし涙を流してはいけない。

だって、これは自分が招いた結果だ、そうだろう? 更識楯無……否、更識■■。

今更気づきました、あなたの辛さを慮って涙を流します。

……そんな事をされても業腹物であろう。

 

ああ、でも……でも……

必死に泣きそうになりながら、それでも涙をこらえるように顔を歪めて自分に向かってくる妹を見ていると、そんな決意さえ揺らいでしまう物だ。

 

 

※ ※ ※

 

 

届かない。

届かない。

 

またいなされる。また弾かれる。

どれだけ必死に挑みかかろうと、どれだけ必死に食らいつこうと、その全てが、目の前のあの人には届かない。

 

ふと簪は考える。

 

――自分は一体何をしているんだろうか?

――この鋼と鋼をぶつけう行為に一体何の意味があるのだろうか?

 

自分からやると決めたこの行為に、しかし簪は何故だか意義を見出せずにいた。

鋼をぶつけ合うまでは、あれほどに燃え盛っていた心の中の『何か』。

それが、自分でも驚くほどに静まっていくのを感じている。

 

猛っていた。確かに猛っていた筈なのだ。

なのに、何故……何故今この瞬間の自分はこんなにも……?

 

「どうしたの簪ちゃん? 迷いが見え見えよ?」

「……っ! うるさい……っ!」

 

目の前で余裕の表情を見せる姉の言葉に苛立ちを、怒りを感じはする。

しかし、それは静まった『何か』を再び燃え盛らせる原動力にはならず、ただ心を千々に乱すのみだ。

 

攻める。いなされる。

攻める。かわされる。

 

何度も、何度も繰り返し、けれど簪の攻撃は霧纒の淑女にほんの一筋の傷すらつけられない。

頭の中によぎる無駄、無意味の文字。

そしてその文字通り、自分の攻撃はすべて無駄となり、なんの爪痕も残さない。

けれど、いざもうやめよう、諦めようとすると心の底からそれを止める声がするのだ。

止めてはいけない、ここで止まってはいけない、と簪の焦燥を引き出す声が。

 

(何で……! 何で……!!?)

 

無意味なのに、もう散々越えれないとわかっているのに、その声は止まるなと急かす。

分かっているだろう? あの姉に私は勝てないのは、もうお前も十分分かっているだろう?

なのに、なんでこんなにも私を突き動かすんだ。

 

……もしかしたら、その声の主にとっては、勝ち負けなんてどうでもいいことで。

その声の主がもし自分の予想通りだとする。

……だとすれば、この戦いの意味は一体なんだ? 分かっているなら、どうか私に教えてほしい。

 

――……私は、本当は何がしたくて戦いを挑んだんだ?

 

その答えを、私は見つけ出さねばならないのだろう。

 

 

※ ※ ※

 

 

傍から見ても見てもよく分かる。

簪の動きは、あまりにも精彩を欠いていた。

正確に言うと、試合開始時はよかったのだ。

だが、時間が経過していくごとに、なぜか簪の動きが鈍くなっていく。

 

最初は、多少気にかかる程度だったが、今では素人が見ても明らかにおかしいとわかるレベルだ。

 

「おいおいおい、どうしちまったんだ簪は?」

「分からぬ。だがあれは……迷っておるのか?」

 

自ら先手を打とうと挑みかかったまでは良かった。

その一撃を受け止められてなお、何度も挑みかかるまでも良かった。

 

だが、今となってはこの状況だ。

 

ISに不調が起こったわけではない。

試合中のISのコンディションや操縦者のバイタルはアリーナ管制室で監督をしている教師や情報科生徒により逐一モニターされており、唐突な不調等が発生したのならば管制室より試合中断の勧告が行く筈だ。

それが無いと言う事は、打鉄弐式に不調は起こっていないし、簪が唐突な体調不良を起こしたという訳でも無いという事を表しており。

 

……つまりこの動きの鈍りは簪本人の身体面ではなく、精神面での何かが原因という事だ。

 

「…………っ!」

 

思わず何かを叫びそうになる口を必死に閉ざす。

ダメだ、今はそれをやってはダメだ織斑一夏。

もしいまこの言葉を叫べば、確かにこの場では解決するのだろう。

 

……だが、この場だけの話だ。

 

結局、これは当人たちの問題で、自分たちはあくまで当事者ではない。

当人達が乗り越え答えへ手を伸ばす。その為の足場になることは許されても、答えを当人が手を伸ばせばすぐ届く場所に置いてあげてはいけないのだ。

 

鳥は、やがて自身のその翼で飛び立たねばならぬ故に……

 

(……乗り越えてくれよ……)

 

故に、人は祈るのだ

せめて幸あれと

せめてその翼折れるなかれと。

 

 

※ ※ ※

 

 

――私は恐らく、ここで正しい答えにたどり着かねばならないのだろう。

 

簪は自分の内からまるで急き立てるかのように聞こえる声にそんなことを思う。

だが、その答えは何だというのだ。

 

『声』はただただここで止まってはいけないとだけしか簪に投げかけず、そんな無視してもいいはずの声を簪は無視できずに、むしろ自分でさえその声に従わねばいけないと思ってすらいる。

 

(……とは言ったって……!)

 

分からない、理解できない(わからない)答えがつかめない(わからない)

 

この『声』は何を求めているのか、私に何を掴ませようというのか。

いくら悩んでも、いくら考えてもとっかかりすら見えやしない。

 

(お願いだから、今は黙ってて……!)

 

切実に、悲痛なまでにそう願う。

今は考えている余裕などないのだ。

なんとしてでもこの戦いで目の前にいる姉に分からせなければならない。見せつけねばならないのだ、

 

この姉に。

私を見下すこの姉に

何でもできるこの姉に……私を!

 

燻っていた思考がその考えにたどり着いたとき、すとんと何かがはまった気がした。

 

――ああ、そうだ……そうだった……

 

どうやら、自分が思っていた以上に、自分は冷静ではなく、思考も空回りしていたようだ。

だからこんな簡単な事も忘れてしまっていた。

 

そもそも、勝ち負けじゃなかったのだ。

なのに、勝ち負けにこだわってしまったため、だからこそ自身の攻撃がいなされた光景を見て途端に思ってしまったのだ。

 

――無意味だ、と。

 

なるほど、確かに『声』(わたし)の言うとおりだ。

これを思い出さねば、私は変わらないままだった。

 

 

「……間違えちゃ、駄目だったんだ」

「……簪ちゃん?」

 

目の前の姉が私を呼ぶ。

ああ、つい口をついて出てしまっていたか。と苦笑し、だが聞かれたならばむしろ都合がいい。

 

「ちょっとね」

 

なら、いっそぶちまけてしまおう。

本当は、もっと昔、もっとずっと昔にやっておくべきだった事。

そうすれば、ここまでこじれたりなんかしなかった事を。

 

「お姉ちゃん、私ね……『羨ましかったんだ』」

「簪……ちゃん?」

 

「何でもできるお姉ちゃんが羨ましかった。お父さんやお母さんに褒められるお姉ちゃんが羨ましかった。いつでも私の数歩先を行くお姉ちゃんが羨ましかった」

 

それは、秘めていた思い。

長年秘め続けた末に、他の様々な思いに押しつぶされ、奥底に追いやられた思い。

 

「だからこそ、私はお姉ちゃんに見せつけたかった。私もこんなにできるんだぞって、お姉ちゃんに見てほしかった」

 

それは、秘めていた願い。

いつか叶えと願いつつ、終ぞ叶うことがないままに風化していった願い。

 

「でも、あの時あんな事言われて、多分そこで私は諦めちゃったんだ。どう頑張ってもお姉ちゃんに見せつけられないって分かっちゃって……」

 

思いや願いは錆付き朽ち果て、残った物は……

 

「うん確かに悔しいし、ぶっちゃけ憎かった。でも、それはただ憎いから憎かったんじゃない。羨ましくて、どんなにもがいてもどうしようもなくて……どうしようもないのに捨てれなくて、二進も三進も行かなくて……だから憎かったんだ」

 

残った物は行き場のない負の感情。

流すことも、飲み込むこともできない激しい感情。

 

「でも、忘れちゃ駄目だったんだ。なんで憎かったのか、そこから更に辿って、なんで羨ましかったのか。それを忘れちゃ……駄目だったんだ」

 

それを忘れてしまっては、どっちにしろ前に進めなかったのだ。

そんな事にも気づかず、そもそもそれを忘れた事さえも忘れてしまっていた。

 

……でも、『心の奥』では覚えていたのだ。

錆付き、風化し、朽ち果てて……でも、確かに心の奥底に、まだあったのだ。

 

「だから、もう忘れない……その為にもう一度言うよ、お姉ちゃん」

 

――私、更識簪は……姉である更識楯無が……更識■■が羨ましかったんだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

羨ましかった。

その言葉を聞いたときの私の衝撃と言ったら無いだろう。

 

――だって……

 

その言葉を聞いて、自分は果たして平素の表情を浮かべれているだろうか。

 

――だって……!

 

その言葉を聞いて……私は……

ああ、無理だ、無理に決まっている

 

――だって!!

 

「そんな事……言われちゃったら……」

 

もう、隠しきれないじゃないか

 

――私だって!!

 

「……っ! 私だって、あなたが、簪ちゃんが羨ましかったのに!!」

 

思わず叫んでしまい、ああ、言ってしまったと他人事のように思う。

なら……もう、いいよね……?

 

「そう、そうよ……! 私だって、簪ちゃんが羨ましかった……!」

 

あの時、妹にあのセリフを言ったとき浮かべていた感情……

それは、これで妹はこんな闇にまみれた裏の世界に来なくていい、という安堵と……

 

――こんな泥にまみれた裏世界に来なくて済むようになった妹を羨む思いだった。

 

私の言葉に、唖然とする簪ちゃん。

ねぇ、あなたは知っているかしら?

私が今居る場所が、一体どんなところなのかを。

 

「ねぇ簪ちゃん……暗いのよ。先が見えないのよ。どこまでもどこまでも吸い込まれそうで、呑み込まれそうで……でも、そんな場所にいなきゃいけないのよ? 私達更識は……いえ、私、更識楯無という存在は」

 

それは、日本政府直属の暗部としての運命(さだめ)

 

「見たくない物、知りたくない物、いっぱい見なきゃいけないの。拒否は許されない。だって、楯無なんだもの……拒否と言う選択肢すら、元より与えられていないの」

 

日本政府直属対暗部用暗部。

何も知らない人間が見れば対暗部用暗部とは何ぞやと思うだろう。

いっそ、可笑しな、同じ言葉を重ねたよくわからないネーミングだと言われるかも知れない。

 

だが、これは可笑しくもなんともない、我ら更識と言う組織を表すのに最も適した名前なのだ。

そう、文字通り、暗部に対応する暗部。

暗部とは何か? 表に出てこない……否、表に出してはいけない物事……

それが暗部。

 

さぁ気づいただろうか?

対暗部用『暗部』

 

そう、更識とて、暗部なのだ。

表に出てきてはいけない存在、それに対応する更識もまた、表に出てきてはいけない存在。

最も、更識の場合更識自体が問題と言うより、更識が仕事上知らねばならない情報、それが問題ではあるのだが。

だが、爆弾を抱えている人間だって、例えどんな理由があれ危険人物だと言われるように、そんな情報を握っている更識だって同じなのだ。

 

「そんな世界に貴女を置きたくなかった……その為にあんな事をしたのに……自分でそうした癖に!!」

 

思わず装甲に包まれた手で顔を覆う。

 

そうだ、そんな思いの果てにあんな事を言ったのに!!

 

「なのに! いざ貴女が私から離れていったら、羨ましいって思っちゃったの!! 自分で決めて、自分で勝手に嫌われるような事言ったくせに!! いざ言って、貴女が離れて、貴女が更識の闇に近づかなくてもよくなった途端に! 『羨ましい』って思っちゃったの!!」

 

「ほんと、笑っちゃうわよね! 浅ましいわよね! 安心したわ、貴女がこんな世界に来なくて済んで! 恨んだわ、貴女がこんな世界に来なくて済んで!」

 

血を吐くように……否、実際楯無は血を吐いていたのだろう。

目に見えずとも、その心は常に血反吐を吐いていたのだろう。

 

「簪ちゃん、私ね……『羨ましかったの』」

「……お姉ちゃん」

 

聞かねばならぬ。

簪は誰に言われるでもなくそう思った。

 

姉は私の言葉を受け止めてくれた、ならばその末の姉の言葉は……自分が受け止めねばならぬ。

 

誰に言われるでもなく、簪はそう思った。

 

「明るい世界を行く貴女が羨ましかった。こんな暗い闇に浸かる事がないのが羨ましかった。光射す世界に居場所がある貴女が羨ましかった」

 

それは、秘めていた思い。

醜いと自ら断じ、長年目を逸らし続けた末に、忘れ去られた思い。

 

「だからこそ、私は貴女の先を行った。こんな醜い私が、せめて貴女の為にこんな事しているという虚飾が欲しかった」

 

それは、せめてもの願い。

いつか虚飾に終わりが来ると知りつつ、少しでも長く続けと心の底から願い続けた願い。

 

「でも、どう足掻いても醜い私は目の前にいて、どんな事をしたって、どんな言い訳をしたって消えるわけがなくて……」

 

思いや願いは淀み濁り汚れ果て、残った物は……

 

「だから忘れたの。憎くて。羨ましくて、でもそんな感情を貴女に向けたくなんてなくて、なのにこの感情は捨てきれなくて、二進も三進も行かなくて……だから目を逸らして、忘れたの」

 

残したものは何物にも揺るがせない虚無。

流すことも、飲み込むこともできない激しい感情をなかったことにするための。

 

「でも、目を逸らしちゃ駄目だったのよ。なんで憎かったのか、なんで羨ましかったのか。だって、どんなに目を逸らしたって……ここにいるんだもの」

 

それから目を逸らしても無意味なのだ。

そんな事にも気づかず、ただただ恥じ入り、目を逸らし続けた。

 

……でも、『目の前』に確かにいるのだ。

淀み、濁り、汚れ果て、その上いつまでも目の前に居座り続けるのだ。

 

「だから、もう目を逸らさない……その為に私もこの醜い思いを貴女へ言うわ、簪ちゃん」

 

――私、更識楯無……いえ、更識■■は……妹である更識簪が……羨ましかったのよ。

 

 

※ ※ ※

 

 

未だに両手で顔を覆い隠し俯く楯無と、そんな楯無をしっかりと見やる簪。

先に口を開いたのは……

 

「……そっか」

 

やはり、簪だった。

 

「そうだったんだね……んー、なんだかなぁ」

 

そう呟く簪の表情は、やけに晴れ晴れとしている。

 

「……なんだか、お互いそっくりだね」

「……そう、ね」

「私ね、きっとお姉ちゃんとは相容れないんだろうなぁって思ってたんだ……でも、そんなことなかった。やっぱり姉妹だからかな、同じ……っていうと失礼かな? でも……互いに互いが羨ましくて、憎たらしいってところは同じだ」

 

きっと、根っこは二人とも同じだったのだ。

ただ、枝を伸ばす過程で互いに絡まって離れてを繰り返しすぎて、そのまま長い年月が経ってしまって……そして互いに根っこを見失った。

他の感情に覆い隠されて見失った自分と、ただただ目を逸らした結果見失った姉。

忘れ方は違えども、結局見失ったのは同じ。

 

けど、今自分は自分の根を再び見出した。

だからだろうか……

 

「なんだかすごくすっきりした気分。やっぱ大事なのかな、言いたい事言うのって」

「……お姉ちゃんは目を逸らすのやめたせいで自分の黒歴史直視でいまだに恥ずかしいから大後悔中なのだけれども」

「でも悪くない、でしょ?」

 

その言葉に、ようやっと楯無は顔から手をどけ、顔を上げた。

真っ赤である。真っ赤っかのトマト顔である。

 

「……悪く……ない……ような、やっぱ悪い、ような?」

「黒歴史は早めに処分、これ鉄則だよお姉ちゃん」

 

目を逸らして処分を怠るから掘り起こされるのだ。

それが他者の手であれ、存在を忘れてた自分の手であれ、だ。

 

「さて……それじゃ、お姉ちゃん、続きやろっか」

「えぇ……このメンタルでやれと?」

「私へのハンデという事でヨロ」

「うー、なんか急に簪ちゃんが強かになったような気がするわ」

「あー……なんて言うか、多分こっちが私の素だと思う。いや自分でも分からないんだけどね。ただしっくりくるというか」

 

簪の言葉に「納得いかないわ……」と呟きつつも、しかし楯無も自らの得物を構える。

 

「それじゃ、お姉ちゃん」

「ええ、簪ちゃん」

 

「行くよ!!」「おいで!!」

 

再開の一撃も、やはり簪からの一撃だった。




先に思いをぶちまけたのは貴女で、それを聞いて思いをさらけ出したのは私。
先に顔を上げたのも貴女で、最後まで俯いていたのは私。

私と貴女はどうしようもないほど正反対で、けれども抱いていた思いの根は同じだった。


※ ※ ※


難 産 だ っ た ( 小 並 )
でも何とか書きあがりました。皆様、大変お待たせしました。
けどそのおかげで書きたい場面の二つ目がかけました。

それがこの姉妹和解編とでも言いましょうか……

しかしあれですな
多分もうちょいこだわらなかったらもっと前にこの話を上げれてたんだろうなぁと思うともにょる所もあったり。
でもどうしてもこだわりたかった。
そのせいでスランプだったけど後悔はしない。反省はするけどネ!

一体筆者がどこにこだわったか……それを一つでも見つけていただければ幸いです。

なに? 見つからない?
それは筆者の力不足のせいだから気にしないでいいよ!


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58 歪んだ国の御伽噺

紅のアリスは彷徨い求め、白の騎士は赤き剣と共に舞い降りた


あの戦い(姉妹喧嘩)の後、一体姉妹でどういうやり取りがあったのかを一夏とアルは知らないし、知ろうとも思っていない。

ただ、翌日妹の部屋から妹と仲良さげに出てきた姉の姿を見る限り……きっといい方向に向かったのだろうという事だけは分かる。それさえ分かれば……それでいいのだ。

 

というかこの流れで実は悪化しましたーだとしたらもはや別な意味の涙がホロリである。

 

「織斑君……」

 

どうやら向こうもこちらに気づいたようで、姉妹仲良しの光景を見られたことを恥ずかしがっているのか、微妙に頬が赤い。

 

「いろいろ、貴方に話したいことがあるわ。でも話したいことが多すぎて、今は話しきれないから……だから、これだけは言わせて」

「私も、一夏達にはすごく助けられた。だから、これだけは今言いたいの」

 

「「ありがとう」」

 

「……おう」

「ここまで妾達の手を煩わせたのだ。せいぜい仲睦まじく過ごすがいい」

 

かけられた礼の言葉に、アルとしばし見つめあい苦笑しつつ返事を返す。

この短い言葉だけでも、自分たちの協力は無駄ではなかった……と思えるから。

 

「あともう一つ……勇気王はいいぞ」

「生徒会長折角のいい雰囲気返してくれませんかね?」

「さては染めたな、簪よ」

「夜通しマラソンで布教しますた」

 

せめて、この輝き(日常)は何者にも侵されることがないよう、せめて祈りながら。

 

 

※ ※ ※

 

 

ああ、だがしかし世界とはすなわち喜劇であり悲劇であり、闇だけでは成り立たず、しかし光のみでも立ちいかぬものだ。

必ず光と闇は表裏一体で存在し、どれほど望もうと、どれほど祈ろうと輝きはいずれ翳る。それがどれだけ高潔な祈り()であれ、どれほどちっぽけな願い()でさえ、分け隔てなく、無慈悲なまでに平等に。

 

……しかし表裏一体……そう、表裏一体なのだ。

 

光を翳らせる闇があるのならば、ならばこそ闇を払う光もあらねばならぬのだ。

それはこの世の絶対の理であり、邪神でさえ、神様でさえ変えることのできない、不変の法則。

 

既に闇は徐々に光を侵している。誰も気づかぬが、しかし確実に侵されているのだ。

 

……なればこそ、あとは光が現れるだけだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

存在は無限に拡散し、世界へと融けてゆく。

対して意識は無限に明瞭となり、世界の統べてを感じ取る。

世界(ルール)間を移動するときは。いつもこのような感覚に囚われる。

 

──この感覚にも慣れたのは、果たして何時のことであったか。

 

魔術の深淵に近づく行為でもあり、自己を見失う危険な行為でもある『これ』を続けて、どれほどの刻を過ごしたのだろうか。

 

深淵を覗き込み、強大な『情報』の渦に自身の精神(ココロ)を消し飛ばされぬように自我に幾重にも防壁を編み込み、己と共に在り、己に寄り添う存在を確りと感じながら、心は宇宙の中心へと向かう字祷子(アザトース)の乱流を奔り。

 

──この大いなる流れの中にあり、一体"我ら"はどれほど全知全能と錯覚したことであろうか。

 

そう、無限の能力(ちから)は一瞬たりとも魂の器に留まることは無くただ空虚(ウツロ)に通り過ぎてゆくだけなのだ。

だがしかし、この流れの中においてその無限の能力はたやすく錯覚を引き起こす。

 

──己は、この流れにおいて全知全能であるのだ、と。

 

その錯覚を強固な精神でねじ伏せ、濁流をかき分け進むことを、果たして何度繰り返してきたのだろうか。

 

引き伸ばされた時間(ジャム・カレット)が急速に圧縮されてゆく。

実世界での顕現が近い。

あとはこの流れに逆らわず、しかして呑み込まれぬように己を確立させていくのみ……だったはずだった。

 

まるで手招くように、それでいてこの身をとらえ引きずり歩くかのような新たな字祷子の奔流。

不意打ちの如く流れ込んでくるそれに、しかし我らは冷静に対処した。

もっとも、その対処も無意味……とまではいかないものの効果はさほどなかったようだが。

自らの対処はこの身を引きずる手を振り払い……しかしより強くなった流れに再び飲まれることとなる。

どうやら、この流れを生み出した主は、よほど我らを招き入れたいようすで、ずいぶんと手荒い招待だ。

ならばと己もより強い力に手対処しようとし……しかし、この流れの奥の奥、流れの生まれし根から嗅ぎとったそれに考えを変える。

 

──字祷子へ干渉し道を拓くための攻性防壁から、膨大な奔流に自己の存在が飲まれぬように防衛障壁へと術式を変更。

 

そう、自らを掴む字祷子を振り払い本来進もうとした流れに戻る、という考えから、この流れに乗り想定外の流れの果てへ向かう、という考えに。

 

本来であればこのような愚行を行うなどありえないことだった。

だが、それを嗅ぎとってしまった……認識してしまったのならば、それを無かった事にはできない……してはいけないのだ。

 

なればこそ、我らはこの流れに逆らわず、誘われる場所へ赴こうではないか。ご丁寧に道案内どころか迎えの字祷子(馬車)まで寄こしてきたのだ。ここまでの熱烈な招待を断るのは無礼と言えるだろう。

そして、そこまでして我らを招きたい其処は……やはり、新たな遊技場(ワールド)なのだろう。

 

──良いだろう、玩弄者(ゲームキーパー)

──踊らせてもらおうか。

 

そうだとも、貴様の思惑通り招かれてやろうではないか。だがしかし、かつての様にそこで踊らされるのではなく、貴様の舞台で、されど貴様の意志など関係なく、我らの銃舞(ダンス)を踊ってやろう。

 

貴様が懲りずにまた現れるというのなら。

懲りずにまた悲劇を演出しようと言うのなら。

陳腐な三文芝居(ハッピーエンド)台無しにして(塗り替えて)やろう。

 

──さぁ、玩弄者(ゲームキーパー)

──今度の舞台は何だ?

 

 

※ ※ ※

 

 

──顕現(マテリアライズ)が始まる。

 

まず最初(ハジメ)(コトバ)在り。

魔術文字が(シキ)を組み、(シキ)を生む。

空間に投影される術式。

疑似的に構築された人体、その隅々に血を送り込む……筈だった。

 

──あー、ダメダメ、ダメだよ騎士様。

 

だが、その術式に黒が割り込む。

その黒は術式を巡るはずだった紅を侵し……しかし我らという存在が決して欠損せぬように慎重に、優しく、まるで母の様に扱う。

 

──招待しといてあれだけど、この世界に立つにはふさわしい躯体(ドレスコード)って物があってね。

──と言うかそのまま来られたらもう君らだけでいいんじゃないかな? になっちゃうからね。

──なぁに、今更別な(世界)に行って礼服を買って来いなんて言わないよ。勝手に招いたのはこっちだし、そろそろ顕現の時間だからね。

──故に、服の準備も任せたまへ! 天才の私が騎士様達にふさわしい服を見繕ってしんぜよう!

 

巫山戯た物言いをする(ダレカ)が術式を次々と書き換えていく。

 

──ああ、そうそう。もう弄っちゃってるから今更だけど、別にズルしたりとかはしないよ?

──だってそんな事したらモニターの向こうの観客の皆々様もしらけちゃうじゃないか。

──三文芝居は嫌いじゃないけど、芝居以下なんて論外だろう?

──だから、安心してこの天才さんに身を委ねてくれたまへ

 

──そして何より、君達の剣は元はと言えば僕だからね、自分で自分を弄る事を失敗なんてしないさ……そうだろう? 騎士サマ方?

 

その黒は最後に燃え盛る三眼を我らの目に焼き付け、しかしその三眼は顕現の際の光輝によって掻き消された。

 

 

※ ※ ※

 

 

最初に感じたのは風。しかしその風も決して自身の肌を流れていく感覚を感じたという物では無く、耳を通り抜ける音により『これは風』だと自身が認識したに過ぎない。

視覚が再構築されていない現状、自身がどこに、どのような状態でいるのかは定かではなく、もしかすればこの音は風ではなく別の『ナニカ』なのかもしれない。

 

──はて、触覚はすでに構築されているはずなのだが……

 

一瞬、自分達の再構築に不具合が生じた事を疑う。

元よりもともと辿るはずだった道を逸れたのだ、不具合の一つや二つはあってもおかしくはないのだが、互換の構築に不具合が出るのはよろしくない事態である。

 

『気にしすぎよ騎士様? 構築自体は問題ないわ』

 

思案していると、少女の声が耳に入り込んでくる。

自分とともにこの旅を歩む存在であり、他でもない比翼連理(自分自身)でもある少女の声だ。

 

『ただ、ちょぉっとばかり面白い事にはなってるみたいだけれども。これがアレの言ってたドレスコードって奴なのかしらね?』

 

苦笑しているような、呆れているような、何ともいえない声。

ちょうど視覚も構築されたためその声の意味を確かめようと自身の体を見下ろす。

 

──月光を反射する鋼が視界に入り込んだ。

 

もちろん、自分の本来の体はこんな鋼で構成されている訳があるはずもない。

一瞬、文字通りほんの一瞬絶句するが、すぐさま状況を把握する。

 

「……なるほど、確かにこれは愉快と言えなくもない、か」

 

自信の駆体の構成を再確認。

……どうやらこの姿は自分の剣を纏っている姿のようだ。

自分自身の駆体がこの姿に変えられたわけではないらしい。

 

『私もだけど……大分この子を弄られたみたいね、元の大きさの何分の一かしら、これ。ここまで小さくされてるのに機能は遜色ないって逆に怖いのだけれども』

「くだらん事は律儀な彼奴の事だ。我等だけがこの大きさで、鬼械神に嬲られると言う事はあるまいが……だからこそ何故この様な設定にしたのかが不可解だ」

 

今までも様々な制限(ルール)を課された世界があったが、ここまでの制限を課せられた事は無かったものだ。

果たしてどのような世界(ゲーム盤)に引きずり込まれたのだろうか。

 

「……だが、関係ない」

『ええ、どのみちすることは今までと一緒。変わらないものね』

 

裏の世界に銃火(ガンファイア)を放ち、闇の化生に弾丸(断罪)を。

遮る暗黒刃で散らし、(脚本家)の喉元に牙を突き立てる。

 

「ああ、そうだとも。騎士として……為すべき事になんら変わりはありはしない」

 

夜空に浮かぶ月を見上げ、決意を新たにすると同時に、少女の声が宣言する(祈りの言葉を告げる)

 

『さぁさぁ今宵も始めましょう』

 

 

※ ※ ※

 

深い、淵い闇の底。

暗い、昏いその中心で、紅が踊る。

 

楽しげな笑みを浮かべ、愉しげに嘲笑(笑み)を浮かべ、紅はくるくる、くるくると踊りふける。

 

しかし、ふと紅が踊りを止める。

先程まで浮かんでいた笑みは消え、その表情は……無。

 

「……やっぱりダメね。確かに力のある書だったけれども……足りないわ」

 

そう呟く紅のその右手は、まるで風にさらされた水──否、水と言うよりも、その赤は……血だろうか? ──の様に手と言う形を崩していた。

 

「ええ、全然足りないわ。私をこの世界(現実)に形成すには、ただ力が強いだけでは全然足りない!」

 

そう叫ぶ紅の右手はいつの間にか崩れた形を元に戻していた。

だが、紅は理解していた。

 

──あれは、紛れもなく自身の未来である。

 

このままでは、自身はその身体全てを留めておく事ができず、あの右手の様にこの身体全てが崩れ、そして自身はこの世界に何も残す事無く消えるだろう、と。

 

──嫌だ

──私は確かにここに、こうして在るのだ

──それが、まるで朝日と共に消える夢の様に消滅するなど……

 

「認められない……認めてはいけないのよ」

 

故に、紅は求める。

自身を自身足らしめる『ソレ』を。

自身をこの世界(現実)につなぎ止める楔足りえるそれを。

 

「……ネクロノミコン」

 

嗚呼、それだ。それこそが、夢幻である自分を現に繋ぎとめる唯一。

探せ、探せ、探せ。

この身が崩れる前に、夢が血風と散る前に。

朝日(制限時間)が、()を掻き消す前に……

 

「そう、見つけ出してみせるわ、そして、始めるの!」

 

夜空に浮かぶ月を見上げ、決意を新たにすると同時に、紅の声が宣言する(呪いの言葉を告げる)

 

 

※ ※ ※

 

 

--物語を、物語を始めましょう。

--出鱈目を入れて、語りを遮りながら。

--ゆっくりと一つ一つ、風変わりな出来事を打ち出して。

 

--荒唐無稽な御伽噺(ハッピーエンド)を迎え入れましょう

--歪んだ国の物語を育みましょう




その言葉は、違う場所で、しかし同じ声音で、同じ語りで紡がれ

だが結末は違う方向へと投げかけられた。


※ ※ ※


難 産 だ っ た(二回目)

ほぼ一年前だよ前の話の更新……
さて、皆様はこんなポンコツペダルを覚えていらっしゃるのか……

今回の話は……まぁ今までIS寄りだったのでデモベ寄りな話を、という事で執筆してたんですが、まさか一年近くかかってようやっと投稿できるとは……

しかし、これ規約の禁止事項に抵触しないだろうかと自分でも不安だったり。
ある程度元の文を自分なりに弄ったりし、なるべくコピーになる部分は減らしたものの……こればかりは運営様の裁量次第ですね。


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59 彼女達はどう過ごしてるのか

人の日常を覗き見るのって、わくわくするよね。
え? ストーカーみたいなこと言うな?

その正論は僕に効くからやめてくれないかい?


──自分は何度、この光景を見てきたのだろうか。

 

部下に指示を出しながら、彼女は内心呟く。

 

――自分は何度、この光景を見てきたのだろうか。

――そして、自分は何度この光景を見なければならないのか。

 

自分への問いかけは、しかし無常にも自分自身が答えを持っているが為に現実を叩きつける。

そしてその答えは、先の二つの疑問に対してたった一つで済んでしまう。

 

――決まっているだろう。『何度でも』だ。

 

自分自身が彼女へ告げる。

 

――自分の立場を考えろ。分かりきっているだろう?

 

部下が走っていった先を見る。

 

赤……否、紅。

それは赤と呼ぶにはあまりにも混じりけのない色彩を放ち……そして、赤と呼ぶにはあまりにも禍々しい物である。

 

この場にいる全員が、確信している。

 

――これは人の世ならざる世の物である、と。

 

覚悟はしている。自分も、部下も、この場にいる誰もが覚悟をしている。

『ソレ』に関わるという事を覚悟しているのだ。

だが、しかしそれでも……いい気分はしない。

 

(ま、でも『いい気分はしない』程度で済んで万々歳なのかもね)

 

下手をすれば、いい気分はしないどころの話ではなく、いい気分も悪い気分もあったものではない、なんて状態になってしまうかもしれないのだ。

そう、狂ってしまったが故、そもそも良いも悪いも感じるどころではないという状態になってしまう、という意味でだ。

だから、こうして狂わずに正常な感覚を持てる事は……きっと幸せなのだろう。

少なくとも、この紅の被害者であろう、もはや人種も、性別も、身元の判明にかかわるであろう全てを判別不能にされた死体と比べれば……それは間違いないことだ。

 

しかし、同時にこうも思う。

 

――狂った環境において、狂わないという事こそがむしろ異常なのではないか?

――狂って当たり前なのに狂わないという事は、それこそが狂っているといえるのではないか?

 

脳裏によぎるこの考えは、一度や二度程度浮かんだものではない。

このような稼業をしている中、何度も思ったことだ。

 

しかし、浮かぶだけだ。

かつては自身を苦悩させたこの思考も、もはや彼女を苦しめることはない。

 

何せ、とある人物に言われたからだ。

 

――あ? 狂わんのならそれにこしたことないだろ。自分から狂いたいとか何? Mなの? ドが頭につくMなの?

 

……あれ? なんか頭に血が上ってきたぞ?

 

なんか別なことで気が狂いそうになった気がしないでもないが、深呼吸深呼吸。Be coolだ更識楯無。

とりあえず脳裏に浮かんできた、姉妹関係で恩はあるがそれはそれとして自分に対して無礼千万な後輩の顔面に拳を一発くれてやることで冷静さを取り戻す。

我生徒会長ぞ? 我先輩ぞ? 貴様後輩ぞ? 分かっちょるんか? おぉ?

 

――いいか? 俺達は人の世界で生きてるんだ。仕事だなんだで闇にどっぷり浸かることもそりゃあるだろうさ。それでも、俺達は人の世界()で生きてるんだ。だったら、どっちを自分の芯にして生きてきゃいいか、わかるだろ? 会長さんはさ。

 

脳内でもう一発顔面に食らわそうかとも思ったが、件の後輩から言われた先ほどの言葉の続きも思い出したところで、脳内で振り上げた拳を下す。

良かったな、脳内の後輩よ。今日の私は気分がいいようだ。

と、そこまで考えたところでため息一つ。自分は一体何をしているのだろうか……

 

「……覇道のご党首様に連携の提案……考えた方がいいかしらね……」

 

頭を振り、思考を今後の事に切り替える。考えるのは……この世界の第一人者……というか第一組織? との連携について。

現在、この世界で『こういう類』の出来事にもっとも備えがあり、知識もあるのは間違いなく覇道財閥ことオルコット財閥だろう。

誰もが失笑し、取り合わなかったこれらの出来事に、だれよりも早く備え、そしてすでに解決の実績を数多く重ねているのだから。

問題は……

 

「お上の方々は、果たして納得していただけるのかしら、って所ね……」

 

ただでさえ、このような事件が起きてなお、怪異の存在に懐疑的な思考を全く持って崩さない日本政府の高官達が、果たしてこの提案を是とするかどうか、だ。

もちろん、こうして政府お抱えの組織として動けている以上、怪異に備えるべきだと唱える存在もいないわけではないが……正直その数は多くなく、こうして更識が独自に動くならともかく、国の垣根を越えて協力という、国を動かすほどの力が自分の家にあるかと言われると……否と答えるしかない、悔しいことだが。

結局、人にとって一番の脅威はこういった怪異でも何でもなく、同じ人間なのかもしれない。

 

「でも、なんとか頑張って……公に協力宣言は駄目でも更識が独自で協力できるようになんとか……いや、やっぱ無理かなー……」

 

結局、あれこれ悩むがどうにも解決しそうにない。

 

――人は、大きな危機が迫れば団結できるという。

――なら、それがないなら……まぁ、こんなもんか。

 

ため息をまた一つ。はてさて今月だけで、何度ため息をついただろう。そして、今月の終わりまでに果たしてどれほどため息を重ねるだろう……あぁ、考えたくもない。

 

「平和、ね。ええ、いい意味でも悪い意味でも、平和なのよ……」

 

大事が起こっていないという、いい意味での平和。

そして国のトップの動きはまるで変化がない、という意味での平和。

何より、団結する必要がないほどいつも通りだ、という意味での平和。

 

そう、結局どれも平和であることに変わりはないのだ。

大事が起こっていないという事はわかりやすい平和であり、国の動きが変わらないという事は変える必要がない位現状安定しているともとれるため、そう考えれば正しく平和と言えるだろう。

団結する必要がないというのも同じだ。少なくとも、世界は国同士がいがみ合うくらいの余裕は、まだあるのだ。

まぁ、変わらない理由がただ平和なだけとは限らないのだが……そこを深く考えても栓無き事だ。

ポジティブに物事を考えなくてもよい。ただしネガティブに考えるのはよろしくない。

 

「あ~あ、いっそもう、根本的に解決、誰かしてくれないかしらね」

 

そうすれば、国のお歴々を相手にするなんて面倒、もとよりしなくても済むのに……と。

 

「例えば、そう、最近噂の……」

 

――二闘流(トゥーソード/トゥーガン)……とか?

 

それは、裏の業界に最近まことしやかに流れている噂。

闇の中において、その闇を切り裂くかの如く、もしくは打ち抜くかの如く煌く光。

その手に持つは二振りの刃、そして二丁の拳銃。

二刀流(トゥーソード)にして二丁拳銃(トゥーガン)

故に、二闘流。

 

「……って、無い無い。さすがに無いわ、噂に縋るなんてね」

 

大体、一体どこのヒーローコミックの登場人物だ?

外連味があふれて物語映えしそうな設定だとは思うが、現実に居るわけないだろうに。

つか、そんなん居るならマジで自分はこんな苦労してないわ、と。

 

……疲れているんだ、きっと自分は。

そう、こんなありえない噂に、一瞬とはいえくらっと傾いてしまう位には。

 

「……平和、続けばいいわねぇ……」

 

疲れた自分をごまかすかのように楯無がぽつりと呟いた言葉、それををあざ笑うかのように、生温い血の匂いを乗せた風が吹いた。

 

 

※  ※  ※

 

 

――私は、魔物囚われているのだろう。

 

自身の境遇を嘆き、そんな事を思う。

ああ、現状はまさに魔物に囚われた姫君、それに相違ないだろう。

 

見よ。自身を囲うように聳え立つ高く、太い無数の柱を。

見よ。向こうを見通せぬほどに聳え立つ白き壁を。

 

私の手は見えない枷に囚われ、ただひたすらに同じ動きを強制される。

私の体は見えない鎖に縛られ、ただひたすらにその場に縫い留められる。

 

物語であれば、勇敢なる戦士が颯爽と自分を救いに現れるであろう。しかし、これは現実だ。物語では決してない。

ならば、そんな私の前に現れるのは救いの戦士ではなく……

 

「……お嬢様、追加の書類です」

「……どれくらい……ですの?」

「この位です」

 

そう言いながら書類を抱える従者の姿は……下半身しか見えなかった。上半身がなんか白い柱に隠れて見えなかった。そしてその柱はこれまた非常に高く、大きかった。

戦士の代わりに現れたラウラは、確かに年齢にしては小柄も小柄、超ミニマムコンパクトだ。可愛い。

だが、それでもだ……そんな従者の体を縦に二人分並べたくらいの高さの書類(魔物)は……果たして何枚あるのだろうか……

 

「……どうして……どうしてあの頃の様に……! 大十字さんがビルを壊し! アル・アジフがタワーを壊し!! あのイカレポンチキ科学者が街を壊し!!! ブラックロッジのド阿呆共が世界を壊そうとし!!!! ……そんな日常とは全く真逆なこの平和(当人の認識による比較に基づき算出された評価)な世の中なのに……どうして……どうしてぇ……? どうして書類は減っていないんですの? むしろなんで嘗てより増えているんですの? ……あんまりではありませんか……!!」

「お言葉ですがお嬢様……仰られている嘗てとは何の事なのかは皆目見当もつきませんが、現在のこの状況でしたら、恐らくそれは……お嬢様が手広く、それはもう手広く様々な事に手を伸ばした結果では?」

「いくらチェルシーの弟子だからって正論パンチはノゥ!!」

 

ラウラの言葉に耳をふさぎ、滝のような涙を流しイヤイヤする財閥総裁。

知ってるか? こいつの中身……100歳越えなんだぜ……?

 

「仕方ないではありませんか!? お父様とお母様が亡くなった直後の家を立て直すには、最早選り好みなんてしている余裕はなかったんですもの! とにかく残った資産を使って、あらゆる芽が出そうなところに投資! 投資!! 投資!!! とにかく投資して元手を増やさなければ!! 当時の私にそれ以外どうしろと!?」

「でもその結果立て直すを飛び越えて財閥作っちゃってほぼ世界牛耳りだしているような……?」

「あ゛ー! あ゛ー! 聞こえない聞こえない聞こえなーーーーーい!!」

 

知ってるか? こいつの中身、100歳越えなんだぜ?(2回目)

 

ひとしきり騒ぎ、泣き喚き、それに疲れ果てパタリと机のわずかに残ったスペースに頭を横たえ……

 

「……嗚呼、亡きお父様とお母様が河の向こうで手を振っている……」

「お嬢さま、それ見えちゃいけない光景です。ヤバいです」

「いいですわねー、そっちは楽そうでー、私なんて書類タワーに囲まれてますわ……え? そっちはそっちで大変ですって?」

 

なんかヤバい感じに電波を受信し始めた。

ラウラもこの事態に『あ、ヤッベ』と思ったものの、当のセシリアはどんどんヤバい電波を受信していく。

 

「またまた、そんなお父様、そっちにはこんな書類(白い魔物)なんてないじゃな……え……?」

 

これ以上受信し続けるなら、さすがにベッドに無理やりにでも放り込むべきか……そうラウラが考えた時だった。

何やらセシリアの様子が変わりだす。

 

「……あ、えっと……それを娘に伝えて、お父様はどういう……? あの、お母様もどうしてそのような物を……? え、えぇ……?」

 

一体彼女が受信している謎電波では、父は何を言っているのだろうか、と気になる反応をしだすセシリア。

暫くうんうん唸った後、ようやく電波受信が終わったのか、セシリアが顔を上げる。

 

「……お嬢様、大丈夫ですか……? 流石に一度休憩を……」

「……知ってはいけない両親の秘密を知ってしまいましたわ。まさかお父様がお母様にあんなことをさせて喜ぶなんて……」

「お嬢さま、今すぐGo bed ! hurry up !!」

 

とりあえずラウラが無理矢理ベッドへ放り投げた。

放り投げられた直後にスヤァしてたってさ。




彼女が一体どんな光景を見たのか……、彼女は頑として語らなかったそうな。


※  ※  ※


2年も更新しないでいた筆者がいるらしい。
自分だった……・

というか、前の更新2年前とかマ?
これじゃあもうクラッチペダルどころか廃車レベルの遅さだろ……


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