大空の王の逆行物語 (サニー★)
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プロローグ

煌びやかな装飾で彩られた室内で、複数の光が飛び交う。

 

室内とはいえど、そこはかなりの広さを持つ、豪奢な城の大広間。

 

相当な年季が入っているだろうに、美しく飾られたそこは、幾年が過ぎても威風堂々たる様子を見せ続けている。

 

 

「…ついにこの日が来たな」

 

「ああ。それに見ろよ獄寺、遥弥がCEDEFのボスを引き継ぐために前に出てるぜ。

 

あ、家光さんもいる。あの人も老けたのな、もう75くらいだろ?」

 

「…こう見ると、遥弥は本当に雲雀にそっくりだな」

 

 

年齢不詳の黒髪の美女が、広間中央、黒髪の青年の前に立っている。

 

彼は、黒いスーツに紫色のシャツの美青年だった。

 

父である10代目雲の守護者、雲雀恭弥に瓜二つ。

 

雲雀遥弥(はるや)。今年24歳になる、彼の長男である。

 

 

「これより貴方を、第12代目門外顧問とします」

 

「謹んで拝命致します」

 

 

優雅に一礼する青年に、獄寺と呼ばれた男性が苦笑する。

 

 

「雲雀と瓜二つで敬語、未だに慣れねぇな」

 

「煩いよ君達。咬み殺されたいの」

 

「五十路目前なのに、変わらねーのな雲雀」

 

「フン」

 

 

____そして、突然鳴り響く拍手。

 

光が交差する大広間に、登場するのは2人の大空。

 

 

「さ、主役の登場だぜ。俺たちが守護者なのも、今日で終わりだ」

 

「ああ」

 

 

見ようによっては高校生くらいに見える、童顔な蜂蜜色の髪の毛の青年が、今度は広間の中央に立つ。

 

そしてそのまま、彼はマントを纏った男性…ボンゴレⅩ世(デーチモ)の前に跪いた。

 

 

「ここに、新たなるドン・ボンゴレ……ⅩⅠ世(ウィンディチェージモ)の継承を宣言する」

 

 

Ⅹ世が、目の前の青年の指にリングを嵌める。

 

それにオレンジの炎が灯った、

 

 

____その瞬間だった。

 

 

「お2人とも、伏せて下さい!」

 

「「!」」

 

 

叫んだのは、先ほどCEDEFのボス権を譲渡した黒髪の美女。

 

マントを掠めた何かが、赤いカーペットの敷かれた床に突き刺さる。

 

顔を上げると、目に狂気を宿す、謎の男が銃口を向けていた。

 

 

「は…ははははは! この時を待っていたんだボンゴレⅩ世…この時を!」

 

「なっ…お2人をお守りしろ!」

 

「死ね、ドン・ボンゴレ」

 

 

タァン、と響くのは無慈悲な銃声。

 

今まさに11代目を継承した青年が、「父さん」と悲痛な声で叫ぶ。

 

飛び散る血飛沫。

 

 

どさ、という音に、大広間は騒然となる。

 

 

 

 

_____全ては、理のままに。

 

“傍観者”たるこの私が、“王”たる貴方へ大きな試練を。

 

 

 

Volere e potere.

Mai si è troppo giovani o troppo vecchi per la conoscenza della felicità.

 

(意思は力なり。幸せを知るのに、人は若すぎることもなければ、老いすぎていることもない)

 

 

 

_______これは“ゲーム”だと、誰かが言った。

 



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第一章 日常
いつもの日常


「ち、こ、く、だぁぁぁっっ」

 

 

2階で騒がしい声が聞こえたと思いきや、ドタバタという足音に次いで、ガラガラガッシャン!という人が滑り落ちる音が響く。

 

母さんと一緒に朝食の器を並べていた俺は、目を瞬かせながら階段を見に行った。

 

 

「いってぇぇぇ…」

 

「うわぁ!? ちょっとツナ、大丈夫か!?」

 

 

床に尻もちをついたらしいツナは、涙目のままで俺を見上げる。

 

そしてそのまま弱々しい声で、「おはよう兄さん」とだけ言った。

 

 

 

____沢田家綱。現在中学2年生。

 

それが『今の』俺の名前である。

 

沢田家の長男として、この家に生を受けて早や14年、すっかり一つ下の弟がいる生活にも慣れてしまった。

 

もちろん、『今の』と言うからには『前の』名前もあるわけで。

 

その『前の』…というのはやはり前世を指すものみたいで、俺はその前世で巨大イタリアンマフィアのボス…それも『沢田綱吉』をやっていた。

 

沢田綱吉、というのはあろうことか俺によく似ている弟の名前であり、多分これは『逆行』して『転生』する、『逆行転生』というものなんだろう。

 

 

『こんにちはー、お母さんでちゅよー』

 

『今日からお前は、沢田家綱だ。それで俺がお父さんだ。よろしくなぁー』

 

 

生まれた時に聞いた、両親の声。

 

それを聞いた時の気持ちはまだ覚えている。

 

 

『あれっ!? 俺死んだのに!?』

 

 

『前世』の息子、沢田家宣(いえのぶ)(こいつも俺にそっくり)にボスの座を受け渡した、継承式。

 

そこで俺は突然現れたテロリストみたいな男の凶弾から、息子を守って死んだのだ。多分。

 

あの時の、目の前が真っ赤になる感じは未だに思い出せる。

 

 

でもまさか、それで生まれ変わるとは思わないじゃんか?

 

しかも、元“俺”の兄として? じゃあプリーモの血も引いてるじゃん。

 

じゃあ、完全に自分の過去…でも多分パラレルワールドだっていう世界で、もしかして俺またボスやらされんの?

 

 

…そう思ったんだけど、そこまで神様は意地悪ではなかったらしい。

 

俺は生まれつき身体が弱かったのだ。

 

喘息持ちで、肺炎になること多数。入院多数。

 

両親にもツナにも迷惑をかけているし嬉しいわけではないが、これで多分、もうすぐ来るであろうあの鬼畜家庭教師様も俺をボス候補にしようとは思わないだろう。

 

 

「あれ? でもなんで兄さんがまだ家にいるんだよ? やばいよ、もう遅刻する、」

 

「え? まだ7時半だぞツナ。今から食べっても十分間に合うよ。目覚ましが壊れたんじゃないか?」

 

「え?」

 

 

どうやら図星だったらしいツナは、壁に掛けられた時計を見てホッと息をついた。

 

それを見て、笑う母さんと俺。

 

3人で食卓を囲み、和やかな雰囲気で、いつもの日常は始まる。

 

 

「んじゃ、行ってきまーす」

 

「いっ君、喘息の薬持った?」

 

「持ったよ、大丈夫。…ツナ、先に行ってるぞー」

 

「りょーかーい」

 

 

遅刻まで時間があることがわかって、ツナはまだゆっくりと朝食を食べている。

 

俺はまだ宿題が終わってないので、先に登校することにした。

 

……精神的に大人とは言え、日常的に使っている英語以外は、中学生の勉強なんて忘れてる。

 

せめてリボーンに目をつけられないよう、普通くらいの成績は維持しておかなくちゃいけないのだ。

 

 

「おお! 家綱ではないか! おはよう!」

 

「おはよう、いっ君」

 

「よぉ」

 

 

____登校していると、三叉路でばったり同級生にエンカウントした。

 

シルバーブロンドの短髪の少年。同じ髪色のロングヘアを、ハーフアップにしている少女。竹刀を下げたツンツン黒髪。

 

笹川了平、笹川友香、持田剣介。

 

小学校時代からよくつるむメンバーで、3人のうち2人は前世からお馴染みの人物だ。

 

 

 

「あ、おはよ了平、友香。剣介もいるんだ」

 

「そこでバッタリ会ったんだよ。京子がいなくて残念だったがな」

 

「京子はもう少しお家で勉強してから行くって。ほんとは一緒に登校するはずだったんだけど…」

 

 

…と言うのも、前世の俺の義兄で、晴の守護者である了平には、この世界では何故か双子の妹の友香がいるんだよね。

 

顔立ちも性格も、了平より京子とよく似ている……俺と同じ、パラレルワールドのイレギュラー。

 

もしかしたら俺のせいでイレギュラーが起きたのかもしれないけど、真実はわからない。

 

 

「あれ、雲雀さんがいるね」

 

 

並中が見えてきたところで、友香が呟いた。

 

え、マジかよと思ったけど確かにいた。校門のところに、風紀委員が立っている。

 

 

「やべ、今日服装検査だったな。ネクタイ持ってないぜ。

 

…おい笹川、雲雀にちょっくら挑戦してこいよ」

 

「おお! 極限に勝負だな!」

 

「おいおい剣介…」



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家庭教師との邂逅

……案の定と言おうか何と言おうか。

 

 

挑んでいった了平は返り討ちにされ、ネクタイを忘れた剣介は普通に咬み殺されていた。

 

あとで、雲雀さんじゃなくても、応接室か何かでの風紀委員によるお説教コースだろう。

 

友香は心配そうな顔でハラハラしてたけど、俺は知らないからな、もう。

 

だって、どう考えたって自業自得だし。

 

 

「おはようございます、雲雀さん」

 

「おはようございます」

 

「……うん。君たちはいい、通りなよ」

 

「ありがとうございまーす」

 

 

倒れ伏している二人は放っておいて、友香と二人で登校。

 

あとのことは、知らない。

 

 

 

「ただいまー……」

 

 

いつもの通り平凡に授業を受け、平凡に過ごし、保健室で手当てしてもらったらしい剣介と了平と帰ってきた俺は、

 

あくびまじりにそう言う。

 

すると、リビングから母さんの声が聞こえてきて。

 

 

「お帰りなさい、いっくん」

 

「ただいま、母さん…………んんん!?」

 

「チャオっす」

 

 

聞き覚えのある声に、俺は驚きのあまり咳き込んでしまった。

 

あわててリビングに飛び込み、唖然とする。

 

幼いゆえの甲高い声に、黒いスーツとボルサリーノ。

 

 

……黒衣の死神。マフィア界最強を誇る殺し屋。

 

『沢田綱吉』の家庭教師で、晴の『呪われた赤ん坊(アルコバレーノ)』。

 

 

……今日だったのか。

 

この声を聴くのも……久しぶりだなあ。

 

 

「に、兄さん…なんとか言ってくれよ、こいつに! こいつ、俺の家庭教師だとか言うんだよ!」

 

「かてきょー? あっはは、まさかーぁ。

 

何言ってんだよツナ。母さん、俺たちにこんな親戚なんていたっけ?」

 

 

だがそれを見せるわけにはいかない。

 

多分、普通中の普通な反応をしてみせると、ツナがあからさまにホッとした顔をして、何か言いかけて…、

 

 

「親戚じゃねーぞ」

 

 

どご!!

 

頬に強烈な飛び蹴りを喰らって、俺は倒れ込む。

 

 

「いってぇぇぇ!?」

 

「兄さんー!?」

 

 

こ、この飛び蹴りも…久しぶり、だ、な…。

 

ツナの悲鳴を聞きながら、あまりの痛みに俺はあっさりと意識を手放した。

 

 

 

 

「…おい。おい、起きろ」

 

「……ん」

 

 

パチリと目を覚ますと、部屋には西日が差していた。つまりもう、夕方。日も暮れそうだ。

 

目の前には、リボーンと心配そうなツナの顔。しかもツナは体中ボロボロで傷だらけだ。

 

 

「いててて…あーもう何が何だか…」

 

「だ、大丈夫兄さん…」

 

 

ズキズキ痛む頬を押さえて起き上がると、ここはツナの部屋だとわかる。

 

そして、部屋の隅には見覚えのある武器の数々。

 

 

「お前が沢田家綱だな」

 

「いて…もう、なんなんだよいきなり蹴ってきたりしてさ。えーと、」

 

「リボーンだ。ツナの家庭教師だぞ」

 

「違うって!」

 

 

あわてて否定するツナを、「うるせーぞ」と言って蹴り飛ばすリボーン。

 

うわぁ…という視線を向けると、リボーンは俺を見た。

 

 

「俺は、こいつともう1人を立派なマフィアにするために、イタリアから日本に来たんだ。

 

家綱、お前は病弱らしいからボス候補じゃねーが、覚えとけ。

 

こいつは、そしてお前は、イタリアンマフィア・ボンゴレファミリーのボスの血を引いている。

 

俺はツナをマフィアのボスに相応しい人間にする」

 

 

も、もう1人? ど……どういうこと?

 

この時点で、ゆりかご事件のせいでかXANXUSは正式な10代目候補として挙がってないはずだ。

 

なのに、ツナのほかにもう1人生徒がいる?

 

 

「家綱は驚かねーぞ。ツナ、お前より器がでけーってことだ」

 

「兄さーん!?」

 

「え!? あ、いや! 驚きで声が出なかっただけだって…マジな話なのか?」

 

「マジだ」

 

 

ガチャコン、と金属音がして、フルオートライフルの銃口がこちらに向けられる。

 

ひっと喉の奥で悲鳴を漏らすと、リボーンがふっと笑った。

 

ツナが怒り口調で聞く。

 

 

「じゃあ、それって誰なんだよ!?

 

俺はマフィアのボスになる気なんかないから、そいつでいいだろ!」

 

「そういうわけにはいかねーぞ。

 

沢田家は、初代ボスの長男の家系。いわば宗家、本家だ。

 

あと1人はお前と違って優秀だが、田沢家は次男の家系。分家だ」

 

「なんだよ、それ……」

 

 

呆れたようなツナだが、俺の場合は違った。

 

本当になんだよ、それ。今まで生きてきた中で、これって一番のイレギュラーじゃないか?

 

ツナは、親戚とボス争いをするってことなわけ?

 

 

「そいつの名前は、田沢光貞だ」



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ツナの親友かもしれない

「え!? ミツもお前の生徒なのか!?」

 

「え、ツナ? 知り合いか?」

 

 

俺は誰ソレ状態だったけど、ツナとはどうやら面識があるようだった。

 

しかも、あだ名呼び。かなり親しい間柄なんだろう。

 

でもなんで……?

 

 

「あ、うん。違うクラスなんだけど、友達なんだけど、頭良くて、イケメンで、スポーツもできて。

 

山本と同じくらいモテるんだ。ミツのおかげで、俺もそういじめられないですんでて…」

 

「へえ~…すごいじゃん。じゃあもう譲ってやれば、」

 

「だからそういうわけにもいかねーんだって言ってんだろ」

 

 

再び向けられる銃口。すかさずひれ伏す俺。満足そうに笑うリボーン。

 

ツナが「え…」という顔をしてるけど、仕方ないんだよこれは条件反射なんだよ。

 

 

「と、とりあえずまあ……頑張れ、ツナ。俺はもう寝るから…」

 

「ちょっ、兄さん! 兄さーん!?」

 

 

すまんツナ。

 

俺はちょっと関わりたくないんで、これにて後免!

 

 

 

____翌日。

 

いつも通りツナより早起きして学校に向かった俺は、途中から了平と友香と一緒に登校する。

 

今日は剣介はいないようだ。

 

 

「剣介君ね、なんだか怒ってたみたい」

 

「変態ストーカーが、京子が危ないがどーのと言っていたぞ!

 

うおおお、京子が危ないとはどういうわけだぁぁぁ!」

 

「もう、お兄ちゃんてば。京子の様子は別に変じゃなかったでしょ?」

 

 

苦笑して了平を宥める友香。どうやら女子と男子の間には決定的な温度差があるようだ。

 

…にしてもなんでだ。

 

なーんか、嫌な予感がするっていうか…。

 

 

 

____という直感は当たった。

 

それはもう、あっさりと。

 

超直感ですよねはい。もう諦めてますよ。

 

 

『…でね、京子が話してくれたの。ツナ君、とってもかっこよかったって。お友達になったって』

 

「はは…やっぱりツナのやつ、剣介と揉めたのか」

 

 

電話越しにおかしそうに笑う友香に俺はため息をつく。

 

そういや中1の頃、確かに死ぬ気弾を撃たれて剣道部主将と戦った覚えがある。

 

そうだった。あの時の主将の名前は剣介だったっけ。

 

 

『剣介君に賞品呼ばわりされたってちょっぴり怒ってたから、しばらく彼とは疎遠になるね』

 

「がっかりするね、あいつ京子ちゃん大好きだし」

 

 

ま、それが剣介の為にもいいだろう。ちょっとは頭を冷やすべきだあいつも。

 

 

 

 

リボーンが来たことにより俺の平凡な日々はどこかに飛んでいき(わかっていたことだが)、

 

主にツナは死ぬ気弾の餌食になるという事件が続いていた。

 

だけど、俺の時より被害(?)が少ないように思えるのは、例の『ミツ』こと『田沢光貞』という1年生(万能らしい)の存在があるからだろう。

 

 

…いつもの如く、「遅刻だぁぁぁっっ」という叫び声とともに、ツナが階段を駆け下りてくる。

 

今度は目覚ましも直ってるし8時なので、やばい時刻だ。俺はもう食べ終えてるけど。

 

 

「んじゃ、行ってきまー…」

 

 

ごめんツナ、遅刻からのトンファー被害はごめん被りたいんだ、とさっさと玄関へ向かうと。

 

ピンポーン、いう軽快なドアチャイムが響いた。

 

 

とてつもない既視感(デジャヴ)に、俺はインターホンを確認せずにドアを開ける。

 

そこにいたのは、案の定と言おうか。

 

 

「おはようございます、沢田さん! 迎えに来ました!」

 

「…えーと。ツナの友達かな?」

 

「…テメェ! 沢田さんじゃねーのか!?」

 

「いや、俺も沢田さんだけどさ」

 

 

ガンを飛ばす銀髪碧眼の美形少年。若き隼人。

 

…そして、見覚えのない、焦げ茶色の髪の少年。

 

もしかして彼が、と思った時、パンのかけらを口元につけたツナが玄関まで走ってくる。

 

 

「獄寺君! ミツ! ど、どうして!?」

 

「10代目とお話しまして。これからは沢田さんのことは、俺達が迎えに来ます!」

 

「その方が早く起きれていいだろ?」

 

 

焦げ茶色の髪の…田沢君がにっこりと笑う。

 

なんか……利発そうな子だ。ツナよりもずっと。

 

この子が、プリーモの家系で、もう1人の10代目候補、か。

 

 

(…それに。獄寺君は、田沢君のことを『10代目』って呼んだ)

 

 

それは。

 

ツナではなく、彼をボスと思っている証。

 

 

「初めまして。沢田家綱先輩ですよね? 俺は田沢光貞です」

 

「あ、沢田さんの兄君でしたか! 失礼しました!」

 

「…いや、大丈夫だよ」

 

 

彼がここにいることに、強烈な違和感を覚えるのはなぜだろう。

 

俺の心は彼を善人だと言っているのに、超直感はそれに警報を鳴らしている。

 

ボスとして経験を積んだ俺は、その直感が無視出来ないものだと知っている。

 

 

「…ツナを、よろしくね」

 

 

だから俺は。

 

あえて、田沢君に向かってそう言った。

 

 

彼はただ、笑って頷く。

 



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雲雀恭弥が丸いらしい

……眠い。非常に眠い。

 

 

俺は委員長会議中だというのに、必死に眠気と戦っていた。

 

寝るな。寝ちゃダメだ。冗談じゃなくて死ぬぞ! 雲雀さんに殺される!

 

つ、次は自分の報告の番なんだ。なんとか、それまでは…。

 

 

(クソぉぉぉ、ランボのヤツぅぅぅ)

 

 

獄寺君がツナ達の部下(?)になって、田沢君とも知り合ってから数日。

 

お騒がせなランボも登場し、いつの間にやら家の中は本当にガヤガヤし始めた。

 

昨日なんて、ランボがテレビゲームをし始めたから、一緒になって夜更かししてしまった。

 

だから、あいつだけが悪いんじゃないんだけどな!

 

 

そしてリボーンによると(あの後さり気なく聞いた)、獄寺君との諍いは、主に田沢君が担当したそうだ。

 

田沢君は、2倍ボムに使われたダイナマイトの導火線を即座に切り、一瞬で獄寺君に肉薄し勝ったという。

 

そして、それでも諦めなかった獄寺君は、3倍ボムを繰り出そうとしたけど失敗。

 

その落ちたダイナマイトは、主に駆けつけたツナと、そして田沢君によって消され、結果的に皆助かった、ということらしい。

 

そうして獄寺君は、ツナを尊敬しつつも、ボンゴレ10代目第1候補は田沢君、という意見に落ち着いたようだ。

 

 

____山本とも、ツナは前世の俺と変わらず、自殺騒ぎで仲良くなったらしい。

 

確かにあれから、山本の打線が良くなったと、野球部の同学年から聞いた。

 

 

「____続いて保健委員長の沢田さん、お願いします」

 

「へ、あ、はい!」

 

 

や、やばいやばい。ほんとに寝るとこだった。

 

俺は手元の資料に目を投げ、立ち上がる。

 

 

…俺が保健委員長になった理由というのは、本当に単純だ。

 

身体が弱くてしょっちゅう保健室にお世話になるから、勝手もわかるだろうと推薦されたのだ。

 

 

まぁ? 俺、中3の時、風紀委員長もやりましたし?

 

それと比べれば、そのくらいどうってことない…ので、引き受けた。それだけのことである。

 

 

「各クラスの学級委員さんに連絡です。

 

水道のシャボンネットが無くなった場合、保健委員に言うのではなく、そこの掃除担当の生徒が補充するようにお願いします。

 

それから選挙管理委員会さん、保健室に選挙ポスターを貼る事は控えて下さい。お願いします。

 

以上です」

 

 

ふぁぁ…終わったぁぁ…。

 

席に着くと、隣の緑化委員会が報告を始める。

 

てかなんか、緑化委員会、人多くない? 雲雀さんに咬み殺されそうだな、大丈夫か…?

 

 

…そんなことを考えていたら、俺はいつの間にか睡魔に負けて眠りに落ちていた。

 

 

 

「____ねぇ。起きなよ」

 

 

…低く、でもどこか涼やかな声が耳朶をくすぐる。

 

この声には、とても聞き覚えがある。

 

…そうだ。恭弥さんだ。それもちょっとイラついてる時の恭弥さん。

 

条件反射で飛び起きると、寝ぼけたまま俺はガバァ!と頭を下げる。

 

 

「すみません! 寝るつもりはなかったんです!

 

お詫びに南国果実を代わりに差し上げますから、咬み殺すなりなんなり好きにして下さいッ」

 

「…はぁ? 何言ってるの、保健委員長」

 

 

あれ。恭弥さんが骸と戦えることで機嫌が良くならない訳がないのに、おかしいな…………って、

 

『保健委員長』?

 

 

「ッッ!!」

 

 

完全に目が覚めた。もう。それはもう。

 

何が南国果実だ。骸はまだ雲雀さんと出会ってないじゃないか何やってんだ俺!

 

そして雲雀さんは俺の雲じゃない。

 

並盛の支配者、並中風紀委員長。それが彼だ。

 

 

その雲雀さんを前に、俺は____!

 

 

「…いい度胸だね、会議中に寝るなんて。君には制裁が必要なようだ」

 

 

うわぁぁぁぁ、やっぱりそう来たぁぁ!

 

俺はすぐさま五体投地、体に染み付いた習性を発揮する。

 

 

「すみませんでした!! 咬み殺さないで下さい!

 

俺群れてません!!」

 

「ワオ」

 

 

彼は一言、そう言うと、ガチャとトンファーを仕舞う音がした。

 

恐る恐る顔を上げると、雲雀さんは酷薄な笑みを浮かべて目の前に立っている。

 

 

「…頭の回転が速い人間は嫌いじゃないよ」

 

「え…」

 

「態度を改めたことに免じて、咬み殺すのはやめてあげる。

 

ただし、君には風紀委員の雑用を今日明日やってもらうから」

 

 

そう告げて、雲雀さんはくるりと踵を返すと会議室を去ってしまった。

 

ポカンとしながら、俺は起き上がる。

 

 

…完全に咬み殺されるかと思った。

 

だって、雲雀さんは弱い『草食動物』も嫌いだし。

 

 

この世界は、やっぱり謎が多い。

 

彼もここでは少しだけ丸いらしい。

 

 

…ただまあ、やっぱり緑化委員会の人達は、きっちりボコられてたみたいだけど。



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兄貴分に会ったけど

「はぁぁぁ…」

 

 

押し付けられ、こなした書類を抱えながら俺は応接室に向かう。

 

せっかくの昼休みは会議と睡眠で潰れ、挙句仕事を押し付けられる。不幸だ。

 

 

「雲雀さん、終わりましたぁー……ってえええ!?

 

山本! ご、獄寺君!?」

 

 

応接室の前まで行くと、なんと扉は開け放たれていて、山本が廊下に転がっていた。

 

嫌な予感がしてあわてて中を見ると、獄寺君ものびている。

 

そして何より、死ぬ気モードのツナと、拳を握る田沢君が、雲雀さんと対峙していた。

 

 

うわぁぁぁ、何これすごい覚えある光景!

 

 

「やぁ、保健委員長。もう少しかかると思ったんだけど、ずいぶん早かったね」

 

「あ、いえ…」

 

 

そりゃ、何度かやったことあるしね。前世で。

 

しかも風紀委員長経験者だから、ノウハウくらい覚えている。

 

 

「家綱先輩! なんでここに」

 

「え、ちょっと会議中に居眠りした罰を受けて……ってなんで皆こんなとこにいるのー!?

 

まさかまたリボーンの無茶ぶりだな!?」

 

「へぇ…保健委員長、君の知り合いかい?

 

まぁ……咬み殺すには関係ないことだけど」

 

 

雲雀さんの目に、獰猛な光が宿った。

 

風を切って繰り出されたトンファーが、田沢君に迫る。

 

だけど、彼は至って冷静な表情で、雲雀さんによる攻撃を避け続けた。

 

そして死ぬ気モードのツナが、スリッパを雲雀さんの頭に叩きつける。

 

 

「あわわわ…」

 

 

案の定、雲雀さんから怒気が立ち上り、危険な殺気が応接室を満たした。

 

低く地を這うような声で、雲雀さんが問う。

 

 

「ねぇ…殺していい?」

 

「やれるものなら」

 

 

なんて受け答えしてるんだ、田沢くーーん!

 

俺が真っ青になると、さすがにリボーンが「そこまでだぞ」と止めに入った。

 

ホッと安堵する俺だけど、今度はリボーンに殴りかかる雲雀さん。

 

 

「おひらきだぞ」

 

 

そして彼は、懐からバチバチと導火線の弾ける爆弾を取り出す。

 

え。待ってリボーンさん?

 

雲雀さんならともかく、まだ俺がこの場所に、

 

 

_____ドッガァァン!

 

 

「わかってたけどなぁぁぁぁ!!」

 

 

耳元で轟く爆発音と共に、吹っ飛ばされる俺。

 

粉塵の舞う応接室の中、俺は後頭部強打により気絶した。

 

 

 

 

「じゃあね、友香、了平」

 

「バイバイ、いっ君」

 

「極限にまたな! 家綱!!」

 

 

方向の違う2人と別れ、俺はまっすぐ家に向かう。

 

家ではまたランボやイーピンがいろいろ騒いでいるだろうし、

 

しかもいろいろあって居候も増えたし、ツナも大変だろうしね。

 

 

…それにしても困ったことに、前世とは違って、俺は来年受験生なんだよな。

 

つまりそれは、黒曜戦、リング戦、未来での戦いはともかくエンマとの戦いや代理戦争も、全て俺は3年生の時に起こることになる。

 

きっと、今回も俺は前世の時のように、そこそこ偏差値の高い並盛高校を受験することになるだろうから、

 

周りでドタバタされるのは正直面倒だと思ってしまうんだ。

 

 

「…ああ、しかも…」

 

 

リボーンが来てから、俺は幾度となくこの既視感を抱いていたけれど。

 

家の目の前に黒服の男達が屯してるんですけど…。

 

 

「すみませーん、俺そこの長男なんですけど、通らせてもらえません?」

 

「あ、これは失礼しました」

 

 

『ここは沢田さんしか通せない…』というくだりをやるのも面倒なので、先に名乗って通ってしまう。

 

あぁ…これでまたご近所で悪い噂が。

 

ただでさえいつも花火の音(本当は爆弾の音)がうるさいと苦情がきてるのに、今度はディーノさんか…。

 

嬉しくないわけじゃないけど、煩わしくないわけでもない。

 

 

「お帰りなさい、いっ君」

 

「兄さん、お帰り」

 

「よう、家綱」

 

「お邪魔してます、家綱先輩」

 

「ただいま。田沢君、いらっしゃい。

 

……で、あなたは誰ですか」

 

 

田沢君はどうやらツナが夕食に招待したらしい。

 

俺はカバンを下ろすと、食事をこぼして苦笑いをしている甘いマスクの金髪イケメン…、

 

ディーノさんを見つめた。

 

 

「おお、お前がボンゴレ10代目第2候補の兄貴か!

 

俺は2人の兄貴分で、キャバッローネファミリー10代目のディーノだ。

 

よろしくな!」

 

「あ、俺は沢田家綱です。よろしくお願いします」

 

 

俺はかつての兄貴分に笑いかけ、下ろしたカバンを手に持って、リビングを出た。

 

 

……夕食はあとで1人で食べよう。

 

なんだかあそこに入る気にはなれなかった。



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かつての世界との繋がり

 

 

 

 

……ディーノさんが日本に来てから何日か経ち。

 

俺がどこにいるかというと、

 

 

_____病院にいた。

 

 

「いっ君、大丈夫…?」

 

 

「極限に大事にな、家綱!!」

 

「ごめん、ありがとう…友香、了平」

 

 

原因は肺炎の再発。

 

俺は何年に1回か、ひどい喘息で入退院を繰り返しているけど、

 

今回はディーノさん達と山で無理をし過ぎたせいで入院することになった。

 

 

…ちなみに。ツナもそれとは別件だけど入院している。

 

とても苦い思い出だ。主にランボとイーピンのおかげで、雲雀さんに咬み殺されたという痛い思い出。

 

それをツナが経験するのかと思うと、合掌だな、うん。

 

 

「それじゃあ、私とお兄ちゃん今日は帰るけど…。

 

何か欲しい物とかあったら言ってねいっ君、買ってきてあげるから」

 

「ごめんな友香、気を遣わせちゃってさ」

 

「全然大丈夫。お大事にね」

 

 

頷いて、俺は病室を出ていく友香と了平を見送る。

 

前世では、怪我以外ではほとんどなかった入院生活も、『沢田家綱』になってからすっかり慣れてしまった。

 

少し寂しいけど辛くはない。

 

 

「…暇だな」

 

 

最近はいろいろあったから、余計に広い個室に降りる静寂が身に染みる。

 

俺は咳き込みながら、身体をベッドに倒した。

 

やる事もないし、もう一眠りするか。

 

 

____コンコン。

 

 

目を閉じたらノックが響いて、俺は扉を見る。

 

誰だろうと思いながら「はい」と返事をすると、ガラリと開く扉。

 

 

「……な、」

 

 

…そこに立っていたのは、俺がよく見たことのある奴だった。

 

ぼさぼさの白い髪に、目の下の入れ墨のような模様。

 

右腕には、マシュマロの袋を抱えて。

 

 

俺の知るそいつより、ずっと若い姿をして。

 

 

「やぁ、綱吉クン。久しぶりだね♪」

 

 

「なんで、お前が…白蘭!!」

 

 

 

俺のいた世界では、ボンゴレと手を結んだジッリョネロ・ミルフィオーレファミリー、そのボス。

 

 

…白蘭が立っていた。

 

 

なんで。俺は目を見開くが、

 

 

「そっかー、ここでの綱吉クンは身体が弱いんだっけ?」

 

 

マシュマロをバクバクと食べ続ける白蘭は、どこまでもマイペースを崩さない。

 

驚愕のあまり、俺は何も言えないまま、かつて同じのトゥリニセッテの継承者だった男を見つめる。

 

すると、にっこり笑った白蘭は、「食べる?」なんて言ってマシュマロを差し出してきた。

 

 

「っ白蘭…お前、なんで…」

 

「ん? 綱吉クン、ボクの力知ってるよね?」

 

「だけどお前は、まだ力が目覚めていないはずだろ!?」

 

 

…ここは『未来』である時系列から、10年前の世界だ。

 

まだ白蘭の、パラレルワールドについて把握できる力は覚醒していないはず。

 

それなのに、なんで白蘭は俺のことを知ってる?

 

なんで『綱吉クン』だなんて呼べるんだ。

 

 

「うーん。ボクはまだ力を使えないんだよね。でもさ、『あっち』の世界のボクは使える訳でしょ?」

 

「そう、だけど」

 

「何のイレギュラーだろーね、これ。

 

ボクさ、君の世界のボクの記憶も共有してるみたいなんだよね♪」

 

 

そ、そんな…嘘だろ?

 

 

「嘘じゃないよ? ユニちゃんもその事例みたいでさ、何回かコンタクトを取ってるんだ。

 

まぁ、彼女の場合まだボスはアリアさんだから、迂闊には動けないみたいだけど」

 

 

白蘭は俺の考えたことを読んだように、にやりと笑う。

 

お前はリボーンか。

 

 

「……ねえ綱吉クン。君がああなったあとのこと、知りたいかい?」

 

「……お前は知ってるのか」

 

「そうだよ。不定期だけど記憶は更新されるみたいなんだ♪

 

ところどころあやふやなのは、向こうのボクの都合だろうね」

 

 

ねえ、聞きたい?

 

白蘭はそう言って、ゆっくりと目を細めた。

 

 

「……ここで聞きたくないって言っても、お前は許さないんだろ?」

 

「…よくわかってるじゃないか、綱吉クン。皆怒ってるんだよ」

 

 

低くなった白蘭の声に、俺は目を伏せる。

 

 

「史上最強と謳われたボンゴレデーチモが、あっさり射殺されるなんて。

 

気が緩んでたとしか思えないよね」

 

「……気も緩むよ。やっとボス権を息子に譲渡できたんだし。

 

それにわざと死んだわけじゃないし」

 

「…一番怒ってたのは、家宣クンだったよ。泣き叫んで怒鳴ってた。

 

あんなの避けれたって。なんでかばったんだよクソ親父って」



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前世での武器

「ハハ…あいつ、口悪くなったな……まあ、俺も父さんに似たような口きいてたから、似たのかな」

 

 

自分によく似た息子を思い出して、俺は笑う。

 

リボーンにも『ダメツナ2号』だなんて呼ばれてて、だいたい反抗するときは『1号のくせに』って言ってたっけ。

 

懐かしいなあ。

 

 

「……雲雀クンと骸クンは、すぐに襲撃犯を射殺したよ。

 

あの2人が、誰よりも憎悪を顔に湛えて、わざわざ『拳銃』で殺した」

 

「…うん」

 

「獄寺クンと山本クンは、一番に君に駆け寄った。家宣クンを案じながら、自分たちも泣いてさ」

 

「…そっか」

 

「君の奥さんと娘さんは泣き崩れてたね。笹川クンとクロームちゃんは彼女たちに寄り添ってたかな」

 

「…悪いことをしちゃったな」

 

 

空を見上げながら呟くと、白蘭のため息が横で聞こえた。

 

 

「綱吉クン、反省してないでしょ」

 

「してるよ」

 

「…だとしても、あの時の君に『死んでもいい』っていう気持ちがあったのは確かだ」

 

 

そうかな。そんなつもりはなかったんだけどな。

 

そう言うと、白蘭はまたため息を吐く。お前にため息つかれるの、腹立つんだけど。

 

 

「でも一人だけ、不可解な行動を取った子がいる」

 

「ふーん、誰?」

 

 

遥香(はるか)ちゃんだよ。なんだか真剣に悩んでて、それから君に駆け寄った。

 

それでボクの記憶は途切れてる。次の更新をお待ちください、だね♪」

 

 

雲雀遥香。中学生の時に恭弥さんが引き取った義理の妹で、のちに妻になった子。

 

『沢田綱吉』の一つ年下の後輩で、ちょうど代理戦が終わった後くらいから仲良くなった。

 

ちょっと変態だけど美少女で、ブラコンだけど天才で。

 

いつも何か大切なものを背負っては、一人で抱え込んでったっけ。

 

 

「…この世界には4つのイレギュラーがあるよね。

 

一つ目は『綱吉クン』の兄、沢田家綱。つまり君だ。

 

二つ目は君のかつての奥さんの姉、笹川友香。

 

三つ目は新しいボス候補、田沢光貞。

 

……それから、遥香ちゃんの不存在」

 

 

…それがいったい、何を意味するのか。

 

…君が、この世界に『転生』した意味は何か。

 

 

それをよく考えてみるべきかもね、と白蘭はいつもようにヘラッとした笑顔で、言った。

 

 

「あ、そうそう! それに今日は綱吉クンにプレゼントがあったんだよ♪」

 

「プレゼントぉ?」

 

 

胡散臭いな、という気持ちが顔に出たのか、白蘭が少しだけ膨れた。別に可愛くないぞ。

 

 

「そもそもね、こっちが本題だったんだ。いやぁ大変だったよ? これ手に入れるの。

 

あとこれは、“万一の場合”にって遥香ちゃんが持たせてくれたやつ。

 

いやーすごいよ。遥香ちゃんの“こんな事もあろうかと思って”の精度。ユニちゃんの能力レベルに当たるよね♪」

 

「…これは」

 

 

オレンジ色の鉱石が嵌められた、銀の指輪。黒のグローブ。

 

それから…プラチナで縁取りされたオレンジの(ボックス)

 

 

「大空のリングはランクA。

 

グローブは、ちょっぴり精度が悪いけど、その手の職人に作らせたから多分まぁまぁ使える。

 

それから、遥香ちゃんが持たせてくれた特殊ボンゴレ匣。

 

中にはお馴染み、君の大空不死鳥(フェニックス)が入ってる」

 

 

記憶と力を駆使して、揃えてくれた武器。

 

まさに情報は力だ。まさかこの時代の白蘭が、リングやグローブを手に入れてくるなんて。

 

 

そして、何より…特殊ボンゴレ匣。

 

 

空想上の生物を匣アニマルとして収めたボンゴレの秘密兵器は、開発者の遥香ちゃんがいないこの世界では、作られないものだ。

 

それを白蘭に預けた彼女の頭脳は、やはり非凡。

 

きっと遥香ちゃんは、白蘭がこれを能力を使って『俺』に届けることすら予測していたんだ。

 

 

「…お前に、世界征服なんてされたら今度こそ本当にどうしようもないな」

 

「んー? 今は大丈夫だよ、多分♪」

 

「多分って…」

 

 

俺が呆れた声で呟くと、白蘭は笑った。

 

 

「だってさ、この世界の綱吉クンが行く『未来』はパラレルワールドかもしれないじゃん?

 

少なくともボクは何もしないつもりだけど、戦いには巻き込まれる可能性は高いよね♪」

 

「確かに」

 

 

結局前世では、『未来』で戦った後帰ってきた世界で、白蘭は世界征服なんてしようとしなかったもんな。

 

 

「でも感謝してよ? ボク善良な一般人だから、グローブとリング手に入れるの大変だったんだから」

 

「はは…胡散くさー」

 

 

文句を言う白蘭は放っておき、匣を見下ろす。

 

 

『私を呼ぶのに、(ことば)不要(いらない)

 

 

言葉を語る、大空不死鳥の声が、聞こえた気がした。



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弟のライバル(?)と言葉を交わしてみた

「あふ……んんー…」

 

 

大きくあくびをして、おれは起き上がる。

 

伸びをすると、枕のすぐ横に置いてある黒いグローブを手に取った。

 

前世と違って、ニットの手袋じゃない。

 

最初から五本指用のグローブの形をしている。

 

 

「はは、白蘭からこの三つを貰って、ずっと見てばっかだな」

 

 

ベッドから抜け出し、制服をクローゼットから引っ張り出す。

 

のそのそと着替えながら、今度はオレンジの匣を見る。

 

 

(あるじ)様』

 

 

 

空に舞う、ゆらぐ炎の赤い羽根。

 

こんな俺のことをそう呼んでくれた不死鳥・フェイ。

 

ナッツの面倒もよく見てくれてたっけ。

 

懐かしいな、ほんと。

 

 

「あー、てゆーか学校かぁー」

 

 

ちなみに俺は今日から3年生だ。入院してから既に数ヶ月は経っており、地獄の受験生生活が始まる。

 

ああくそ、これから黒曜との戦いとか白蘭とかいろいろ来るんだろ! 知ってるよ!

 

隣のツナの部屋が騒がしくなるんだろ! それも知ってるよバカ!

 

 

「ああクソ…胃が痛い…」

 

「ちゃおっス。朝から大変だな、家綱」

 

「うぉぉぉっ? リ、リボーン!」

 

 

突然聞こえてきた声に、思わず飛び退く俺。

 

いきなり背後に立たないでほしい。心臓に悪い。

 

 

「お、おはよリボーン」

 

「ああ。家綱、お前は今日から3年だな」

 

「ま、まあね…」

 

 

超直感がビンビン警報を鳴らしてるので、作った笑顔がどうしても引き攣ったものになってしまう。

 

なんの無茶ブリをされるんだ…?

 

 

「お前は将来、ボンゴレボスの兄君と呼ばれる存在になるかもしれねーんだぞ。受験は完璧にしやがれ」

 

「え、いや、うん? ツナはボスを継ぐとは言ってな、」

 

「うるせーぞ」

 

 

ボルサリーノを顔面に投げつけられ、「わぶっ」と声を上げる。

 

リボーンはそんなことは気にもとめずに、ただびしりと指をさして言ってきた。

 

 

「入試で首席になれ」

 

「無理に決まってんだろ!?」

 

 

お前は俺を殺す気なの!?

 

 

……相変わらずの無茶ぶりをあしらうと、俺は逃げるように家を出た。

 

部活の朝練があるらしいので、今日は了平も友香もいない。

 

1人でのんびり学校に向かう。

 

 

「あれ。家綱先輩じゃないですか…おはようございます」

 

「み、ミツ君! おはよう」

 

 

田沢君からミツ君に呼称を変えたことで、少しだけ親しみやすくなった気がして、俺は頬を緩ませる。

 

初対面の時、なんだか超直感が警戒を促してたから、ちょっとだけ避けてたけど。

 

普通に優秀ないい子だ。

 

 

「今日は獄寺君たちはいないんだね?」

 

「ああ。2人は、ツナと一緒に来ると思います。

 

俺は生徒会の副会長に立候補してるので、入学式の準備がありますから」

 

 

そうなんだ、と頷く。

 

そう言えば、父さんの跡を継いで、CEDEFのボスをしてくれてた遥香ちゃんも、俺が2年生の時副会長だったっけ。

 

まぁ。彼女は、この世界には存在しないけど。

 

 

「それに、家綱先輩ともちょっと話してみたかったので、ちょうど良かったです。

 

…先輩はツナとは登校しないんですね?」

 

「アハハ。ツナは朝に弱いけど、俺はちょっと早起きが得意なんだよね」

 

 

それもリボーンの教育ありきだけどな。

 

毎日4時半起きだったら、そりゃ早起きもできるようになる。

 

 

「早起きが得意って、いいですね。俺はそんな朝早いの好きじゃないですよ」

 

「そうだね。まぁ健康管理って大事だから、受験準備のためにも身につけた方がいいかもな」

 

 

まあでも、何十年もマフィアのボスしてた俺が言うことでもないだろう。

 

『前世』では、中3になっても寝坊してたりしてたしな。しかも風紀委員長だったのに。

 

…あ、これだって雲雀さんに押し付けられただけだけどね!

 

 

「あ、見えてきましたね。それじゃ俺はこれで」

 

「うん。入学式の準備頑張って」

 

 

…違和感がないわけじゃない。

 

でも、ツナが信頼を置く彼を、信じてみたい。

 

俺はそう思うんだ。



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風紀委員長に呼び出されたんだけど

「…俺さぁ。3年生になったと思ったら、いきなり実力テストがあるのってどうかと思うんだよね」

 

「家綱ぁ! 極限に俺も思うぞ!!」

 

「いや、了平には言ってないんだけど」

 

 

4月中に実施され、成績表が返されたのは5月の、

 

中学3年一斉全国学力模試。

 

国語、数学、英語から構成される模試の結果は、俺が予想していたより悪かった。

 

 

リボーンに殺されないといいけどな。

 

いやマジで。シャレじゃなくて。

 

 

「ねぇ友香ー、どうだった?」

 

「ふふ、私けっこう頑張ったから…。えへへ、京子に自慢しちゃおうかな」

 

「それはつまり良かったんですね知ってました」

 

 

ちなみに全国何位ですかと聞いたらまさかの2桁。

 

誰か。ここに天才がいるんだが。

 

 

「英語は?」

 

「98点だったの…。ライティングでコンマを書かなくて減点」

 

「それは残念だね。俺は95だった」

 

「…うがぁぁぁ! 極限に次元がちがぁぁう!!」

 

 

…了平が叫ぶけど、これは仕方の無いことなんだよね。

 

友香はともかく、俺は数十年も10ヶ国語以上を使ってボンゴレボスをやってたんだ。

 

中学の細かい英文法を忘れたとはいえ、長文読解などは小学校の教科書を読んでいるようなものだ。

 

 

その証拠に、数学と国語はヒドい点数です。

 

 

「英語だけなら、並高の偏差値には余裕で届くな。合格判定なら国語はB、数学はCってとこかな」

 

「いっ君も並高志望なの?」

 

「うん。…友香はもっといいとこ狙うんでしょ?」

 

 

すると、彼女は笑顔で首を振った。

 

 

「ううん。私も並高を受けるつもり。だって、いっ君やお兄ちゃんと一緒の学校に行きたいから」

 

 

「「友香っ……!」」

 

 

俺たち2人は完全に感激したけど。

 

ちょっぴり、もったいないなとは思ったのだった。

 

 

 

 

……雨の日は、基本的に体調が良くないので好きじゃない。

 

俺は若干むすっとしながら、窓の外で降っている雨を見つめた。

 

 

あー、模試の結果をリボーンに見せたあとから、課題が多くなってホント嫌になる。

 

お前はツナとミツ君の家庭教師であって、俺の家庭教師じゃないだろ?

 

そもそも、友香が同学年にいることで、絶対に入試で首席は無理だよ。

 

 

それを聞き入れてくれないのがリボーンなんだよな。

 

 

「お、おおおおい、家綱! お前、なんかしたのかよ!」

 

「へ?」

 

 

唐突に、俺の席のところまで駆けてきたクラスメイトに、俺は目を瞬かせる。

 

なんだろう、と思ってクラスメイトを見上げると、彼の顔は真っ青だった。

 

 

「どうかしたの?」

 

「どうかしたのって……お前を呼んでるんだよ、風紀委員が!」

 

「はいぃ?」

 

 

なんだと、と俺は本気で戸惑う。

 

 

前世とは違って、俺は『ダメツナ』認定はクラスメイト及び学校内ではされていない。

 

…まぁ当然だけどな、逆行転生って、ほぼチートだから。

 

というか、評定平均も5段階中4.3以上だし、保健委員長も務めてる模範的優等生なんだけど。

 

風紀も乱してないし、風紀委員に目をつけられる理由に心当たりがないんですけども!?

 

 

「とにかく、早く行けよ! 正直、俺たちめちゃめちゃこえーんだって!」

 

「わ、わかったよ」

 

 

確かに、雲雀さんからの呼び出しなら、遅れたら咬み殺されるだろう。

 

折角の昼休みだけど、午後の授業を傷だらけで受けたくはないので、急いで迎えに来た風紀委員の元へ行く。

 

 

「あ、あの…俺が沢田家綱ですけど」

 

「委員長がお呼びだ。すぐに応接室まで来い」

 

 

あああ、やっぱり雲雀さんかよ……俺は心の中で頭を抱える。

 

ちらりと教室の中を見渡すと、さっきのクラスメイトが『ご愁傷様』とでも言いたげに、手を合わせてるのが見える。

 

余計なお世話だよ。

 

 

「あの、なんのご用事なのか、聞いてませんか」

 

「知らん。詮索は無用だ。どうせ後からわかる」

 

「……」

 

 

どうせなら草壁さんを寄越してくれればよかったのに。

 

あの人は基本的にお人好しだから、雲雀さんに逆らいさえしなければ怖くない。

 

面識のない風紀委員は正直ビビるんだよね。

 

 

「入れ」

 

 

風紀委員に命じられ、俺は恐る恐るドアをノックする。



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雲の様子がおかしいようで

「やあ、保健委員長」

 

「…こ、こんにちは…」

 

 

いつの間にか背後にいた風紀委員はどこかに下がったようで、いなくなってしまっていた。

 

奥の椅子に座った雲雀さんは、唇に獰猛な笑みを浮かべていて、正直怖い。

 

 

彼は『恭弥さん』じゃない。

 

いくら俺のいた世界の彼より丸いとはいえ、『雲雀さん』だ。

 

俺の雲である恭弥さんも、十分怖かったけど……彼とは違う。

 

おそらくそれは、骸やクロームもそうだろう。

 

 

この世界にある4つのイレギュラーが、“登場人物”達を違う人間にしている。

 

 

「あ、あの。それで、今日はどういったご用件で…?」

 

「…あの赤ん坊」

 

「へ?」

 

 

君の知り合いなんでしょ? と聞かれて、ああ、と思い至る。

 

リボーンのことか。

 

俺のいた世界でも、恭弥さんはリボーンにご執心だったはずだ。

 

ならば興味を持ったのもおかしくはないだろう。

 

 

「それから、田沢光貞、だっけ。あとあの、半裸の小動物」

 

「ああ…遠い親戚と、俺の弟ですよ。赤ん坊…リボーンについては、多分弟の方が知ってると思います」

 

「ふぅん」

 

「でも、なんでですか?」

 

 

…分かりきっていることだけど、聞いてみる。

 

彼は戦闘狂だ。理由は強そうだから興味を持った、それ以外にはない。

 

これははっきりしている愚問で、聞く意味なんてない。でも、聞いてみたいと思った。

 

この世界の雲雀恭弥の口から、それを。

 

 

「強そうだったからね。もう1回戦ってみたいんだ」

 

「そうですか」

 

 

関わることになると思いますよ。嫌という程にね。

 

そう言うことも出来ず、俺は曖昧に笑う。

 

 

「…君は?」

 

「え?」

 

 

…君は、どうなの。

 

 

そう問われて、俺は少しだけ息を呑んだ。

 

俺を見る瞳が、澄んでいて真っ直ぐだ。獰猛な肉食動物であるのに、冷静で揺るぎない。

 

今わかった。

 

この世界の雲雀さんは、俺の世界の『恭弥さん』に近い存在なんだ。

 

 

待つことを覚えた獣。

 

その牙と爪は鋭く、喰い込んだら離さない。

 

 

「俺は、別に強くなんてないですよ」

 

 

嘘だ。少なくとも俺は、この世界の『沢田綱吉』よりも、『田沢光貞』よりもずっと強いだろう。

 

だけど、見破られてもいいと思った。

 

彼になら。

 

 

「…っ、」

 

 

____不意に。

 

鋭く息を呑んだ雲雀さんが、デスクの上で拳を握りしめ、頭を押さえた。

 

え、と思う暇もなく、彼がガタンと音を立て、椅子から落ちる。

 

 

「ひ…雲雀さん!? 大丈夫ですか!?」

 

「…問題、ないよ」

 

 

膝から崩れ落ちて、デスクの陰に蹲る雲雀さんに駆け寄ると、彼のこめかみからは脂汗が流れていた。

 

な、なんでいきなり…頭が痛いのか!?

 

苦痛に歪んだその顔に、焦る。問題ないわけないじゃないか。

 

 

「お、俺! 草壁さんを、」

 

「いら、ない」

 

「でも!」

 

「いらないって、言ってるでしょ」

 

 

がし、と俺の袖を掴む手の力は意外と強くて、振り払うことができない。

 

何かの発作なのか。いや、俺の世界で彼は、そんな素振りは見せたことはなかった。

 

なら、5つ目のイレギュラー?

 

いずれにせよ、放っておくなんてできそうにない。

 

 

「やっぱり人を呼んできます、だから離して下さい!」

 

「…そうか」

 

「え?」

 

 

苦しげに顔を歪めたまま、雲雀さんが顔を上げる。

 

ヴァイオレットブルーの瞳に、真っ直ぐに射抜かれて、俺は息を止めた。

 

 

「…君か」

 

 

呟くように言って、彼はクスリと愉しげに笑う。

 

滴り落ちる汗が、床を少し濡らして。

 

 

…彼の唇が、ゆっくりと動く。

 

声は聞こえないけど、読唇術なら多少は使える。

 

 

(…さ、わ、だ…俺の名前?)

 

 

形を変えて動くそれを、見つめて。

 

沢田と、そう言った次の言葉を読み取った瞬間。

 

 

俺は、大きく目を見開いた。

 

 

「っ、」

 

「! ひ、雲雀さん!」

 

 

力尽きたように、雲雀さんが突然、ぐったりとその場に倒れる。

 

意識を失ったのか。

 

青白い顔を見て、俺はよいしょと彼を抱えるとソファに寝かせた。

 

 

「…そんなことって、あるのか」

 

 

もし、さっきの言葉が勘違いじゃないのなら。

 

それは、『2人目』だ。

 

 

 

 

____さわだ。

 

 

 

____さわだ、つなよし。



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海水浴にやってきたよ

____夏は受験の天王山と言うが。

 

そんなのを気にしない両極端がそばにいると、俺もそれに必然的に巻き込まれるわけでして。

 

 

「あああぁもう! 友香! 了平!!

 

俺達受験生だぞ! なんでツナ達と海水浴することになってるんだよぉぉ!!」

 

「たまには休まなきゃダメだよ、いっ君。大丈夫、1日だけなんだから」

 

「そうだぞ!! それに極限に今日はライフセーバーの手伝いなのだ! それにたまにお前は無理をし過ぎるからな!!」

 

「あんたは勉強に対する努力をしなさ過ぎだ! しかも了平は1日じゃなくて泊まりがけだろ!?」

 

 

両極端とはつまり。

 

何もしなくてもA判定の友香と、何もしないバカの了平のことだ。

 

あの剣介でさえ、今日は夏期講習で来てないんだぞ。

 

それなのに1番ヤバイ了平が、進んで海水浴とはどういうことだ。

 

 

「じゃあ私、着替えてくるねー!」

 

「行ってらっしゃい…」

 

「ハハハ! お前は少し真面目すぎなのだ家綱! たまには息抜きが必要だろう!」

 

 

違うんだよ了平。俺が真面目なんじゃなくてリボーンが鬼畜なんだよ。

 

 

「10代目、パラソルはここでいいですかね!?」

 

「ああ。頼むよ獄寺」

 

「海かー。賑わってて、いいよなぁ」

 

 

向こうでは、ミツ君と、いつもの3人組がパラソルの準備をしている。

 

仲良くやってそうでよかった。

 

俺も気にしないで泳いだ方がいいのかな。リボーンも、何も言ってなかったし。

 

 

「着替えてきたよー!」

 

 

女子勢が帰って来ると、周りの男がざわめき始める。

 

京子ちゃん、友香、ハルの水着姿を見て、ツナは真っ赤になってる。…うん、俺も昔はそうだったよな。

 

 

「えへへ。どうかな、いっ君。これ、新しく買った水着なんだ」

 

「うん、似合ってる。可愛いよ」

 

「ほ、ほんと?」

 

 

嬉しそうに頬を染める友香に、俺は頬を緩める。

 

皆可愛いよなぁ、俺が中身おっさんじゃなかったら動揺しまくりだよ多分。

 

 

「い、家綱さん! ハルは!? ハルはどうですか?」

 

「私も、変じゃないですか?」

 

「大丈夫、2人とも凄く可愛い」

 

 

にっこりと笑うと、ハルと京子ちゃんも嬉しそうだ。

 

すっかりイタリアに染められた俺は、女子を褒めるのが上手くなったようで。

 

ちょっとだけ、ツナから羨ましげな視線を頂いたのでした。

 

 

……しかし不意に、「困るんだよね」という笑い声と、子供のヒッ!という悲鳴が耳に届いた。

 

何事かと顔を上げると、ガラの悪い男達がゴミを捨てた子供の胸ぐらを掴んでいるところだった。

 

 

…うっすらと脳裏に浮かぶのは、前世の記憶だ。

 

なんだか面倒な事に巻き込まれることになるのを覚えている。

 

 

絡まれる京子ちゃんやハル達を見て、ツナと一緒にいたミツ君が微かに眉を寄せた。

 

 

「…了平先輩、彼らは高校生ですか?」

 

「おう! 高2の先輩方だ」

 

「…へぇ。それなのに中2をナンパするんだ。…下衆の上にロリコンか。救いようがないな」

 

「…何?」

 

 

軽蔑しきった目つきに、冷然とした声音。

 

俺とツナはミツ君の態度に完全に怯んだけど、自称ライフセーバーの男達は怒りを滾らせ、山本と獄寺君はミツ君を頼もしげに見ている。

 

 

「なんだと、テメェ…今なんつった?」

 

「…別に。事実を言っただけだが?」

 

「おい、10代目に何しやがる。バラすぞテメェ!」

 

「やめなよ獄寺君!」

 

 

シャツの胸ぐらを掴まれたミツ君を見て、獄寺君が声を荒らげる。

 

慌てるツナ達に対して、ミツ君の瞳だけが冷たく無表情だ。

 

どうやら彼の毒舌はデフォルトらしい。

 

 

「…だがまあやるなら、ケンカじゃなくフェアにスポーツで勝負してやる。

 

オレ達はライフセーバーなんでね。バイト代は惜しい。3対3のスイム勝負! 敗者は勝者の下僕となるんだ」

 

「ハッ、フェアね。本当なんだか…」

 

「んだと?」

 

 

再び険悪になった雰囲気を、リボーンが強引にとりなしてスイム勝負を決行させる。

 

ミツ君だけじゃなく、みんな不満そうだったけど、やっぱりリボーンには逆らえないらしい。

 

 

「た、大変なことになっちゃったね、兄さん」

 

「そうだなぁ……ツナは行かなくてよかったの?」

 

「なっ、行かないよ! 巻き込まれるのはごめんだよ!」

 

「あはは、そうだよなー」

 

 

前世の俺とは違い、メンバーから外されたツナはあからさまにホッとしてる様子だった。

 

もちろん、俺は弱い体のことを気遣われたんだろう。

 

 

でも……なんでだろう。

 

俺はともかく、ツナが選ばれなかったことが、少しさびしいなんて。



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弟がかっこいい

前世と同じように、山本と獄寺君は帰ってこなかった。

 

今頃、あの岩陰でライフセーバーの男たちの仲間をのしてるんだろうな……。

 

彼らに卑怯な手を使おうとしたのが悪いんだけどさ。

 

だから、ミツ君が泳ぐのをスタートするのも早かった。

 

了平の合図で海に飛び込み、どんどん進んでいく。

 

 

「すごいすごい、速ーい!」

 

「ミツ、頑張れ―!!」

 

 

とツナがはしゃぎながら、京子とハルは手を叩きながら、応援する。

 

本当に速いな。さすが文武両道の万能の秀才。本気で感心しながら俺も応援に加わった。

 

 

……しかしその時、ツナが「あれ」と言って、応援の声を止める。

 

 

「どうかしたのか、ツナ」

 

「あれ……!」

 

「…女の子が、溺れてる……!」

 

 

…そうだ、前世でも確か、女の子が沖の方に流れていっちゃって、それを死ぬ気で助けた覚えがある。

 

でもミツ君なら、死ぬ気にならなくても女の子を助けに行けるだろう。

 

 

「兄さん……やばいよ! ミツ、気づいてないみたいだ!!」

 

「……!?」

 

 

……気づいてない、だって? そんなことがあるのか?

 

ビーチの喧騒は嫌でも耳に届くはず。それなのに、女の子に気付いていない?

 

よっぽど勝負に集中してるのか?

 

それともライフセーバーよりかなり先行してるから、本当に聞こえない距離にいるのか?

 

 

「っ、兄さん……俺が行くよ!!」

 

「ツナ」

 

「大丈夫、俺も泳げるようになったし! ミツが気づいてないなら、俺が行かなきゃ!

 

流されてく恐怖なんて、流されたことがある奴にしかわかんないよ……!!」

 

 

そう言って、ツナは勢いをつけて海に飛び込んだ。

 

水をかき、一生懸命進んでいくツナの後ろ姿を見て、こんな時代が自分にもあったことを思い出す。

 

俺は大人になって、守護者達の強さにかこつけて、覚悟に理由をつけて妥協してはいなかったか。

 

ツナは、純粋だ。

 

 

純粋な覚悟で、誰かを守りたいと望んでる。

 

 

「いっ君どうしよう、ツナ君が…!」

 

「大丈夫」

 

 

沖で溺れかけたツナを見て、友香が悲鳴を上げる。

 

こんな時のためにお前がいるんだもんな、家庭教師(リボーン)

 

 

復活(リ・ボーン)! 死ぬ気で救出する!」

 

 

死ぬ気弾によって死ぬ気モードになったツナが、すごい勢いで少女を連れて帰ってくる。

 

そして山本と獄寺君、そして少し遅れてミツ君が、岩陰に隠れたライフセーバー達をのして帰ってきた。

 

 

「……よく頑張ったな」

 

 

ツナ。

 

……まあ、当の女の子には、「助けてくれたのはこのお兄ちゃんじゃない」とか言われちゃってたけどな。

 

どんまい。



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第二章 予兆
大空不死鳥


「え? …剣介が襲われた?」

 

「うん、そうみたい。昨日の放課後、帰り道に」

 

「だから、今日休んでたのか…? 入院してるのかな」

 

「うん……風紀委員さんたちも襲われてるみたいだし…お兄ちゃん、大丈夫かな」

 

 

 

____夏休みも終わり、秋に入った放課後。

 

了平はまだボクシング部に残ってるし、俺はいつもの通り友香と帰る。

 

並中を出た時、心配そうに彼女が言った言葉に、俺はふと前世のことを思い出した。

 

 

(…ああ、黒曜襲撃事件か。この世界にもあったんだ)

 

 

あの時は、了平が襲われて怪我を負った。

 

これから一緒に登校した方がいいのかもしれないけど、あいつの早朝ロードワークの時間は早く、そして俺も襲撃される日付も覚えてはいない。

 

せめて骸に先に会って止められればいいんだけど、俺がボンゴレ10代目の関係者だと知れれば、ツナにもミツ君にも迷惑がかかってしまう。

 

 

(うーん、困ったもんだな)

 

 

俺は、いつもこっそり常備している特殊ボンゴレ匣とリング、グローブがあるかだけ、スクールバッグの中身を確認しておく。

 

…いざという時は、ツナにグローブを渡せばいい。基本的な使い方は、リボーンではなく俺が教える。

 

そうすれば、きっとツナもボンゴレにとって戦力になると示せるはずだ。

 

 

(…って、なんで。ツナがマフィアに関わらないなら、それでいいじゃん。俺も弟に、普通の人生送ってほしいよ)

 

 

……きっとそんなことを考えてしまうのは、昔の俺の立ち位置に、“彼”がいるからで。

 

俺がそっと目を伏せ、ため息をついたその時。

 

 

「…い、いっ君!」

 

 

友香の引きつった声に、ハッと我に帰った。

 

袖を引かれて顔を上げると、目の前にいたのは。

 

 

(…千種君…!)

 

 

ニット帽を被った、骸の側近。

 

前世で犬君と千種君は、なんだかんだ言いつつ、俺の娘の面倒を見てくれていたけど。

 

構えたヨーヨーに似た暗器を見て、今は敵だということに気づく。

 

 

「……3年A組、沢田家綱で間違いないね?」

 

「……友香。人を呼んできて」

 

 

質問に答えず、俺は素早く友香に告げる。

 

ここで「逃げろ」と言っても、彼女は逃げはしないだろう。

 

 

でも、と食い下がろうとした友香に、「早く!」と言って強引に行かせる。

 

 

「…めんどい。早く終わらせよう」

 

 

目にも留まらぬ速さでヨーヨーが繰り出され、俺の足元に次々と毒針が刺さっていく。

 

俺はあわてて飛び退ってそれを避け、距離を取る。

 

すかさずリングを指に嵌め、彼に見えないようにそっと白蘭からもらった(ボックス)を取り出した。

 

 

「なんなんだ…君達は、何が目的なんだよ!? 剣介を襲ったのも君なのか!?」

 

 

時間稼ぎのつもりで聞いてみるけど、返事はない。

 

……当然か。骸達はボンゴレを炙り出すのが目的。

 

 

(フゥ太のランキングに俺も入ってたのか。まあハイパーモードになってなくても、まあまあ強くなってるだろうし、妥当かな。

 

剣介より少しだけ後なら、10位代半ばってとこか…)

 

 

負けたら、10本以上歯を取られる。

 

それはいろいろ問題があるよなあ、うん。痛いし。

 

 

……早く終わらせたいのは、こっちだって同じなんだけどな。

 

 

俺は手のひらの中に匣を隠し、後ろ手でリングに炎を灯す。そして素早く炎を匣の中に注入し、

 

 

不死鳥(フェニックス)を喚ぶ、聖歌(うた)を紡ぐ。

 

 

 

____さあ 包み容す子よ(Ora avvolto capacit・ di bambino)____

 

 

 

途端、ぶわ! とオレンジの炎が俺の前に現れる。

 

それが死ぬ気の炎だと、まだ知らない千種君が、警戒して後ずさった。

 

 

……これっぽっちの死ぬ気の炎じゃ、姿を現さないことはわかっている。

 

だから君の炎だけでいい。

 

目くらましになるほどの、大きな炎を。

 

 

「……頼むよ、フェイ」

 

『……承知いたしました、主様』

 

 

____ふわり、と。

 

 

不死鳥の朱色の炎の羽が、何百もの数で舞い降りる。

 

それは燃えながらチリチリと空気を焦がすが、煙を生まない。

 

何かの幻覚を見ているのかと思うほど幻想的な光景だが、羽は全て高純度の死ぬ気の炎だ。

 

触れれば灼けるように熱いはず。

 

 

「……これは、」

 

(……今だ!!)

 

 

眉を寄せた千種君に、俺はすかさずのその場を駆け出した。

 

匣をしまい、羽を残して走る。

 

 

逃げればきっと追ってくることはない。

 

まずはどうにかして、撒く!



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無事に帰ってこれました

どうにかして家に辿り着いて、俺はすぐに友香に連絡した。

 

ちょうど了平を呼ぼうとしたところだったらしく、間に合ってよかったとため息を吐く。

 

大丈夫なの、と涙声になっている彼女をどうにかなだめて、俺は床に就いた。

 

リボーンが、ミツ君のところに行っていて、よかった。

 

いろいろ口出しされると、困ることだってあるんだ。

 

 

(……でも、どうするんだろ、ツナ。骸を倒しには、ミツ君が行くのかな。

 

俺が小言弾喰らって、初めてハイパーモードになったのは、ちょうど今頃だよな)

 

 

まだ、俺は骸を復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄に入れてしまったことを後悔してる。

 

あれは自業自得で、悪いのは骸だった。それはわかってるんだ。

 

 

……あの時俺は、一度骸を殺すことを躊躇った。

 

怖かったし、嫌だったからだ。

 

…でもミツ君は、臆病ではないし、きっと精神も強い。

 

 

『並中を襲った犯人に報復すること』に躊躇ったりはしないだろう。

 

 

(……それに、雲雀さんの、あの呟き)

 

 

気のせいなのかもしれない。でも、気のせいじゃないのかもしれない。

 

……気のせいじゃなかった場合、きっと。

 

 

雲雀さんは骸を咬み殺してしまうだろう。

 

サクラクラ病なんてお構いなしに、だ。

 

 

「……もう寝よう」

 

 

今、こんなことを考えたって不毛なだけだ。

 

明日から、なるべく1人で帰ることにしよう。

 

友香を危ない目に遭わせる訳にはいかない。

 

 

 

____そして翌日。

 

あくびをしながら俺が1階へ行くと、久しぶりにツナが俺より早起きで、何やら母さんに格闘技を薦められていた。

 

なんだ? と思ってリビングに「おはよう」と声をかけると、母さんが言う。

 

 

「いっ君なんてもっと心配なんだから! ツナもお兄ちゃんの為に習ってみたらどう?」

 

「…なんの話?」

 

「並中の生徒が襲われてるのよ。犯人はわかってないみたいね。 ……本当に気をつけてよ、ツっ君、いっ君!」

 

 

母さんはちょっと興奮気味で、ツナは呆れ顔だ。

 

チラシを見てるリボーンは格闘技を習うのに賛成のようで、ニヤニヤしている。

 

…これじゃ、とても襲われたなんて言えそうにないな。

 

 

俺はため息をつくと、これからのツナの苦労を察した。

 

 

 

 

「行ってきまーす」

 

 

リビングにいる母さんに声を掛けると、「行ってらっしゃい」と声が返ってくる。

 

それから、まだ靴を履いているツナの肩に乗ってるリボーンを一瞥すると、俺は家を出た。

 

どうやら、今日はミツ君達はいないようだ。

 

少し安堵した自分に、ハッとする。

 

 

…なんで今俺、ホッとしたんだろう。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ兄さん!」

 

「あ…ごめん、ツナ」

 

「ダメツナ。ミツとまでは言わねーから、お前はもっと家綱を見習え」

 

「ったくもー…ことあるごとに、ミツと俺を比べんなよ、リボーン…」

 

 

成績も良く、素行も良好。カリスマ性は、最近並中生徒会の副会長に当選したほど。

 

そして、ボンゴレ10代目第1候補であるミツ君は、やはりリボーンに比較対象にされるらしい。

 

それでもリボーンがツナの教育を投げ出さないのは、きっとプリーモの本家の血筋だからだ。

 

 

____見透かす力、『超直感』。

 

それはきっと、田沢家より血筋の濃い沢田家の人間の方が強い。

 

 

現時点で、ツナにあるアドバンテージは、それだ。

 

 

「あ、風紀委員だ!」

 

「…結構いるなあ」

 

 

並中につくと、ツナが驚いたような声を上げる。

 

黒い学ランを着た風紀委員達の顔は、前世の経験のおかげか、だいたい知っている。名前とまでは言えないけど。

 

ただ、この世界でも俺の知り合いである草壁さんは、ここにはいないようだ。

 

 

…ミツ君がいないから、ランキングのことはよく分からないけど。

 

草壁さんは間違いなく並中ケンカランキングの上位にランクインしているはずだ。

 

 

ちょっと、心配だな。

 

 

「そりゃああんな事件が多発してるんだ。ピリピリもするぞ」

 

「やっぱり不良同士のケンカなのかなあ…」

 

「違うよ」

 

 

割って入ったきた冷然とした声に、俺達は驚いて振り向く。

 

珍しく学ランを着ていない雲雀さんは、大分不機嫌のようだ。

 

 

それもそうか、と思う。

 

彼の愛校心は人一倍、高い。

 

 

「やあ、保健委員長」

 

「おはようございます、雲雀さん」

 

「ちょ、兄さん、ヒバリさんと知り合いー!?」

 

 

まあね、と苦笑いを返して雲雀さんを見ると、

 

彼は苛立ち混じりに「身に覚えのないイタズラだよ」と吐き捨てる。

 

 

「もちろん、降りかかる火の粉は元から絶つけどね」



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晴の妹の優しい嘘

ひぃぃ、と恐れ戦くツナに対して、俺は苦笑してみせる。

 

雲雀さんは、昔から本当に変わらないな。

 

俺の知る雲雀さんより少し丸いとはいえ、本質はやっぱり同じなんだろう。

 

 

不意に携帯を開いた雲雀さんが、それを耳にあてる。

 

…何か報告を聞いているんだろうか、なんだか嫌な予感がする。

 

 

「君の知り合いじゃなかったっけ」

 

「え?」

 

「笹川了平…やられたよ」

 

 

____遅かったか!

 

それを聞いた瞬間、俺は並盛病院に向かって走り出していた。

 

後ろでツナが慌てたように、「ちょ、兄さん!?」と叫ぶ声がする。

 

 

始まってしまった。

 

 

ついに、了平が黒曜にやられた。

 

それはつまり、骸が雲雀さんを下すまで……、

 

 

そしてボンゴレ側が骸を復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄に投獄するまで、秒読みだということ。

 

 

そしてここには、不確定要素のミツ君がいる。

 

……俺の超直感が告げてるんだ、ミツ君と骸を会わせちゃダメだって!

 

 

きっと優秀なミツ君はツナより先に、骸を倒しにいくことを決断するだろう。

 

ただそれは、雲雀さんが骸を倒しにいく後になるはず。

 

 

それまでは、彼は雲雀さんに任せる……そんな気がするんだ。

 

雲雀さんはあくまでも、『並盛最強の風紀委員長』だから…その強さを『信用しない』というのは、

 

 

____“正解”ではない。

 

 

「了平っ!」

 

「お兄さん! 大丈夫ですか!?」

 

 

俺達が病室に飛び込むと、京子と友香が了平のベッドのそばにいた。

 

友香が、泣いている京子を不安げな表情で慰めている。

 

俺に気づいた友香が、何か言おうと口を開くが、俺はそっと唇に人差し指を当てる。

 

 

了平が怪我をしたのは、彼への襲撃がここまで早かったということを忘れていた俺のミスだ。

 

だけど今、俺が襲われたことを話すのは、ツナや京子に心配をかけてしまうことになる。

 

 

「本当に…大丈夫なの? 了平」

 

「ああ。…さっきまで田沢が見舞いに来てくれていたぞ」

 

 

____ミツ君が?

 

 

その名前に、俺の超直感が警報を鳴らす。

 

……どうしてだ、なんで俺はミツ君をこんなに警戒してるんだ?

 

あんなにいい子なのに。

 

 

(……だめだ。自分の目だけを信じるには、俺は超直感に助けられ過ぎてる)

 

 

それは、無視などできないボンゴレの血だから。

 

 

「何やってんだよ了平ばかぁ!」

 

「む!? いきなり失礼だな家綱!」

 

「歯も抜かれてんじゃんばかぁ!! なんで受けて立つなんて無茶したんだよこのアホっ」

 

「まだ受けて立ったとは言っておらんだろう!

 

……まぁ、事実受けて立ったのだが」

 

「ほらぁ!! この熱血バカ、少しは考えろよっ」

 

 

もおおお! と叫ぶと、ツナが慌てたように後ろから腕を掴んでくる。

 

 

「ちょ、兄さん! …でもお兄さん、犯人見たんですか?」

 

「ああ。奴は俺の名を知っていた。あれは黒曜中の制服だ」

 

「え!? 中学生なんですか!?」

 

 

ツナは驚愕の声を上げるが、そんなことは俺は元々知っている。

 

了平が襲われたことで、友香はきっと、前俺を襲った人間の一味の仕業だとわかっているはずだ。

 

京子には嘘をついて誤魔化してるんだろうけど、友香を誤魔化すことはできない。

 

 

「だが、しかし…くそ、あのパンチは我が部に欲しかったー!」

 

「……そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、お兄ちゃんのバカぁぁ!」

 

「うっっ」

 

 

____京子は誤魔化してるから、口裏を合わせてくれ。

 

了平がツナにそう頼む前に、友香が涙混じりの声を上げながら、病室に突入してくる。

 

京子も泣きそうな表情で、俺たちは揃ってぎくっと身をこわばらせた。

 

 

「友香、京子……」

 

「お兄ちゃん! どうして銭湯の煙突なんて登ったの!?」

 

 

京子の叫びに、俺は目を瞬かせた。

 

……友香、もしかして京子に本当のこと話してないのか?

 

戸惑いながら友香を見ると、彼女は目を擦る妹を複雑そうな顔をして見つめていた。

 

 

……ああ、そうか。言いたいけど言えなかったんだな。

 

了平が妹たちを心配したように、友香も京子を心配したんだ。

 

不安にさせてしまうから。

 

 

ツナもちゃんと空気を読んだようで、何も言わない。俺の弟、こういうとこちゃんとできるからなぁ。

 

 

「……いっ君」

 

「大丈夫だよ、友香」

 

 

泣きそうな顔のまま、こちらをうかがってくる友香。

 

自分の判断が正しかったのか、きっと不安だったんだろう。

 

……俺も、まだ何をどう判断すればいいのか、わからずにいる。

 

 

ミツ君を危険だと告げる超直感。

 

 

いったい、どういう行動が“正解”なんだろうか。



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鬼畜家庭教師からのお達し

京子が泣いているのを見て、気まずくなったのか、ツナが外に出ていく。

 

……了平が襲われたってことは、次は草壁さんか。

 

雲雀さんが動き出してしまった以上、きっと彼への襲撃を止められはしないだろう。

 

予定された未来っていうのは、曲げるのはやっぱり難しいらしい。

 

 

それと、不可解なことはもう一つある。

 

俺は眉を寄せて了平を見た。

 

 

(なんで、抜かれてる歯が『6本』なんだよ…?

 

並中ケンカの強さランキングは、雲雀さん、山本、獄寺くん、草壁さん、了平の順番のはずだろ?)

 

 

「…お兄ちゃん、お姉ちゃん…私、飲み物買ってくるね」

 

「おう」

 

「行ってらっしゃい、京子」

 

 

少し落ち着いたのか、今度は京子が病室を出ていく。

 

友香は相変わらず悲しげな表情を崩さない。

 

 

「…すまんな友香、家綱。口裏を合わせてくれて」

 

「うん…大丈夫。前、いっ君が襲われた時もそうだったから…わかってるつもり」

 

「何、家綱! お前も襲われたのか!?」

 

「ああ、うん…逃げたけどね」

 

 

苦笑すると、「奴らから逃げられるというのは凄いことだぞ!」とフォローが入る。

 

確かにそうかもしれない。俺もきっと、フェイがいなかったら逃げることすら出来なかったはずだ。

 

 

……ふと、顔を上げる。病室の外がなんだか騒がしい。

 

何事だ、と一瞬思ったけど……理由はすぐに思い出した。

 

 

「草壁さん……!」

 

「え、いっ君!?」

 

 

急いで病室から出て、リボーンとツナの元へ駆けていく。

 

ちょうど担架で草壁さんが運ばれてきたところで、ついでにリボーンが彼から離れた時だった。

 

 

「歯は何本抜かれてた!?」

 

「5本だ。……お前も気づいたか、家綱」

 

「…うん、多分。狙われてるのはツナだね」

 

「正確にはツナとミツだがな。他に考えにくい」

 

 

ボンゴレが狙われているということ。

 

それももちろんだけど、俺が注目している場所は違う。

 

 

5位が草壁さん。6位が了平。

 

____順位が一つずつ、繰り下がってる。

 

 

(…どういうことなんだ? 他に上位に食い込んでるのは誰だ? 雲雀さんは…いや、彼もそもそも1位にいるのか…?)

 

 

警鐘は強くなる一方だ。恐らく、上位にいるのは……ミツ君だから。

 

 

自分とミツ君が狙われている。

 

そう聞くと、ツナは蒼白になってリボーンの手からフゥ太のランキングを奪い取った。

 

 

「5位の草壁さんがやられたんなら……次は4位の人が狙われるってことじゃん!」

 

 

4位、4位……とツナが紙を下へ下へと目で追っていく。

 

いったい、4位は誰なんだ?

 

この世界の“10代目”である、ミツ君か……俺の知っている歴史のとおり、獄寺君か。

 

 

「…とう、うそだろー!? やばいよ、兄さん、リボーン! 獄寺君だ…!」

 

「ヤベーことになってきたな」

 

 

……やっぱり、獄寺君か、と俺はそっと眉を寄せる。

 

ならミツ君はどこに食いこんだんだろう。

 

獄寺君より強くて山本より弱い……きっとそれはない。2人の実力はいつだって拮抗している。

 

 

____1位か、2位か。

 

その違いはかなり大きい。雲雀さんより強いカタギの中学生がいるはずない。

 

1位なら、ミツ君は…恐らく何らかの秘密を隠していることになる。

 

 

「それに問題はもう一つある」

 

 

ランキングを返してもらったリボーンが、半眼で俺を睨んだことで、俺は即座に彼が何を言いたいのかを理解した。

 

や、やばい。バレたな、これは。

 

 

「並盛中ケンカの強さランキング……これによると、12位は家綱、お前だ。

 

少し前に襲われてるはずだぞ」

 

「え、えええ!? 本当なの、兄さん!!」

 

 

驚愕で目を見開いたツナに、俺は「逃げただけだよ」と苦笑を返す。

 

しかしやはり、リボーンは依然として鋭い目で俺を見ている。

 

…まあ、怪しむのも当然か。

 

ランキング上位にいる人間が悉くやられているのに、10位以下の俺が逃亡できたんだから。

 

 

「…ただ逃げ足が速いだけだよ。大したことないって」

 

「病弱なお前が、並盛中でかなり強いとはな。俺も知らなかったぞ」

 

「死ぬ気になればどうとでもなるってことだよ。ツナだって剣介を倒しただろ?」

 

 

誤魔化して、俺は時計を見る。そろそろ昼時だ、いつ獄寺君が早退していてもおかしくない。

 

 

「まあいい。ツナ、お前も家綱を見習って強くなれ。10代目候補のお前が、候補じゃない兄貴より弱くてどーする」

 

「10代目はミツだろ…」

 

「まぁとりあえず…俺はやることがあるからな。獄寺のもとには、お前らが向かえ」

 

 

そう宣うと、鬼畜家庭教師様は、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。

 



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獄寺の戦い

「兄さん、やばいよ! 獄寺くん、早退したみたいだ!」

 

「きっと商店街の方だ、早く行こう!」

 

 

2年A組を訪れて、先生に獄寺くんの所在を聞いたツナが、青い顔のまま俺に駆け寄ってくる。

 

やっぱりこっちでも、早退しちゃったのか。

 

 

「…ねえ兄さん、B組にも寄ってミツも呼んでこようよ!

 

お兄さんがやられたって知らないかもしれないし、獄寺くんが襲われてたとしたら…ミツがいないとやばいよ!」

 

「…ミツ君は授業中だろ!? それにミツ君だってランキング上位に入ってたはずだ、彼を連れていったら危ないよ!」

 

 

…咄嗟にしては上手い反論だったと思う。

 

俺はミツ君のランキングを知らないけど、ランキングの紙を読み込んでいたツナなら、彼の順位を知っているはずだ。

 

すぐに納得してくれたツナの手を引き、俺は急いで走り出す。

 

 

「ちょ、兄さん! そんな走ったら、過呼吸でまた発作になっちゃうぞ!」

 

 

ダメだ。会わせちゃいけないんだ。

 

会わせたら最後、きっとミツ君は獄寺くんと戦ってる千種くんを…!

 

 

 

「っ、今の爆発音って、まさか!」

 

 

____商店街に入った直後、耳に届いた爆発音。

 

青くなるツナの手を引っ張って、音がした通りに走っていく。

 

 

「ご、獄寺くん!」

 

 

通りに座り込んでいたのは、煙草をふかした獄寺くんだった。

 

あわてて駆け寄るツナに、彼は「沢田さん!?」と目を見開く。

 

俺はそれより先に、千種くんの姿を探す。

 

ところどころに立ち上る黒煙が、彼を1度は倒したことを物語っているけど…、確か俺の記憶では、このあと獄寺くんがやられてしまったはずだ。

 

 

「いない、」

 

「え? 家綱さん?」

 

 

何がですか、と目を丸くした獄寺くんが、俺の見ていた焦げ跡を見て顔を強ばらせる。

 

 

「手間が省けた」

 

「!」

 

 

3人で息を呑み、声の方向を振り向くと、そこにはボロボロになった千種くんが立っていた。

 

手にしたヘッジホッグは、見るからにツナと俺を狙っている。

 

 

「どちらがボンゴレ10代目かは知らない……。だから両方とも、壊してつれていく」

 

「やめろテメェ! 沢田さんも家綱さんも10代目じゃねぇ!!」

 

 

ツナと俺の前に立ちはだかった獄寺くんが言うのと、千種くんがヘッジホッグの針を放ったのはほとんど同時だった。

 

『どちらも10代目ではない』、そう言い切った言葉に気を取られて、身体が硬直する。

 

 

…獄寺くんはやっぱり、ミツ君を10代目だと。

 

 

____ザシュッ!

 

 

音にハッとした時には、もう遅かった。

 

俺たち2人を庇って針を受けた獄寺くんが、力なくその場に倒れてしまう。

 

 

「獄寺くん! 獄寺くん!! 大丈夫!?」

 

「っ、ごめん、獄寺くん!」

 

 

噴き出る血を見て、俺は自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。

 

俺のせいだ。俺が、しっかりしてなかったから…。

 

ここで一番“強い”のは、俺なのに。

 

 

「ここは逃げよう、ツナっ!」

 

「どうしよう兄さん…足がすくんで動けないよ!」

 

「…!!」

 

 

それにまだ、獄寺くんがここにいる。ここを動くわけにはいかないよ。

 

足元に倒れた彼を見るツナの目は、そう言っているようで。

 

 

…この世界の『俺』はどうやら、昔の俺より、随分真っ直ぐな奴のようだ。

 

 

「次だ…」

 

「ツナ、伏せて!」

 

 

叫び、ツナを突き飛ばす。

 

…と、同時に激痛が突き飛ばした右腕を刺激する。

 

獄寺くんと同じように、俺は腕から血が噴き出た。

 

 

「に…兄さんっ!」

 

「っ、大丈夫、腕だから!」

 

 

じくじくと痛む腕から針を取り除き、患部を押さえたまま千種くんを見据える。

 

フェイを使う? ___いやダメだ。この怪我じゃフェイは俺の呼び掛けには応えない。

 

どうする。どうすればいい?

 

せめてツナを、ツナを助けなくちゃ…!

 

 

「うわああ!」

 

 

再び放たれたヘッジホッグに、ツナが泣きながら頭を抱える。

 

その時だった。

 

 

____ズシャア!

 

ツナと同時に突き飛ばされ、俺達は針での攻撃から逃れる。

 

 

「滑り込みセーフってとこだな! …ってそーでもねーか。

 

大丈夫っスか、家綱センパイ?」

 

「お…俺は、平気。でも獄寺くんが」

 

 

どくどくと流れる血が、止まらずに地面に垂れる。

 

目が霞み、意識がぐらつく。

 

 

「あぁ、わかってる…こいつぁ、

 

おだやかじゃねーな」

 

 

低い声。

 

これなら大丈夫。山本がなんとかしてくれる。

 

そう安心して俺は意識を手放した。



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過去と、決意

『お父さん! お父さん、お父さんっっ! 嫌…嫌だよ!』

 

『あなた…、ううんツっ君…! なんで…ッ』

 

『バカ親父! なんで…なんで庇ったりしたんだよ!』

 

 

____倒れた俺の前で、誰かが泣いている。

 

 

ああ、これは家族の声だ。愛する妻と、結婚を控えた娘と、

 

ボンゴレⅩⅠ世(ウィンディチェージモ)になる息子。

 

 

…噎せ返るような血の臭いに、涙が零れていく。

 

煌びやかだったはずのパーティーは、重い沈黙に包まれて、もう輝くことはない。

 

 

…ごめん。ごめん、みんな。

 

これは俺のわがままだったんだ。“贖罪”の仕方を間違えてしまったんだ、俺は。

 

 

『いいえ。まだ…まだ、終わっていません』

 

 

 

 

「____ッ!」

 

「よかった…目が覚めましたか」

 

 

勢いよく起き上がると、俺は荒い息を整えて、辺りを見回した。

 

そこにいたのは……ミツ君だった。驚いて息を呑むと、彼は「うなされてましたよ、先輩」と言う。

 

 

「失血による貧血と、過労で気絶したみたいですね。大丈夫ですか?」

 

「あ…うん、大丈夫! ちょっと変な夢見ちゃって」

 

 

娘と息子が、妻が泣いていて。あれはきっと継承式の後の光景なのだろう。

 

それで…なんだ、最後のセリフは?

 

あれを言ったのが誰だかはわかる。

 

俺の世界で、父さんの次の門外顧問で……恭弥さんの奥さんである、雲雀遥香ちゃんだ。

 

 

(まだ終わっていませんって…どういうこと?)

 

 

わかるわけないか、と俺は息を吐く。

 

彼女は天才だ。彼女が巡らせている思考を俺が理解できるはずがない。

 

 

「家綱先輩も、六道骸一味にやられたんですか。

 

リボーンに聞きました。マフィアを追放された脱獄犯のグループだそうですね」

 

「えっ? …いや! た、大したことないんだ! 怪我をしたのも腕だし!」

 

「…でも、獄寺の傷は大したことないとは言えませんよね」

 

 

ぞっとするような冷たい目に、俺は言葉に詰まる。

 

やばい。…やっぱり、やばい。ミツ君は…骸を殺す気だ。

 

それも…きっと、皆の反感を買わない方法で。

 

 

「ツナと俺で、骸を倒しに行きます。既に山本にも声を掛けてあるはずだ」

 

「み、ミツ君…」

 

 

どうしよう、と俺は下を向いて唇を噛む。

 

…だから気づかなかったんだ。

 

ミツ君が冷たい目のまま…“微笑んでいる”だなんて。

 

 

「…っ、俺も…俺も行かせて下さい」

 

 

苦しげな声を発しながら、起き上がったのは獄寺君だ。

 

ミツ君が「獄寺」と短く名前を呼ぶ。

 

…その声には、戸惑いも驚きもない。

 

彼が起きてて…そう言い出すことをミツ君は予想していたのだろうか。

 

 

「その怪我だ。やめた方がいいんじゃないか」

 

「いえ! 10代目のお役に立つために…行かせて下さい! 俺は…家綱さんも守り切れずに倒れてしまいましたし!」

 

「え、いや! そんなの気にしなくていいよ、っていうか普通に守ってもらったし!

 

しかも俺のこれはただのヘマっていうか……。一応年上なのに、獄寺君に守られて、情けないのは俺の方だよ」

 

 

それは揺らぐことのない事実だ。俺は、大切な友達をみすみす傷つけさせてしまった。

 

 

「…獄寺。本当に来るのか?」

 

「はい。沢田さんも10代目も行くというのに、右腕の俺が行かないわけにはいきません!」

 

「…わかった」

 

「ミツ君っ!?」

 

 

かなりあっさりと了承したミツ君に、俺は何言ってるの、と目を丸くする。

 

獄寺君の、今の正確な状態を知ってるというのに、本当に行かせるのか?

 

 

「…獄寺の望みですから。俺はそれを尊重します」

 

「ミツ君…」

 

 

こういう、ボスのやり方も…ある、んだろう。

 

部下に覚悟を問わせ、その意志を尊重する。

 

でも心配だ。獄寺君もそうだけど…、

 

 

____彼が、獄寺君を骸たちへの対応の『理由』にしないかが。

 

 

「…じゃあ、俺も行くよ」

 

「い、家綱さん!? あなたまで危険な目に遭わせるわけには! それにあなたはお身体が、」

 

「弟が…年下の子達が行くんだ。俺は了平と違って全然動けるし、寝たことで体調もいい。行かないわけにはいかないよ」

 

 

“みんな”を、守るんだ。

 

それは、ツナや獄寺君、山本、雲雀さんやミツ君だけじゃない。

 

骸も、犬くんも千種くんも。

 

 

それが出来るのはきっと、俺しかいないから。

 

 

 

「大丈夫。もう聞いてるだろうけど…俺は、ランキング上位の生徒の中で唯一、六道骸一味から逃げることができたんだ。

 

 

危なくなったら、ツナ連れて逃げるよ。だから、平気」



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罠に落ちてしまった

「ちょ、兄さん…!? 大丈夫なの、一緒に来て!」

 

 

案の定と言おうか、ツナは俺を見た瞬間、驚いたように目を見開いた。

 

リボーンには少し複雑な顔をされているし、やっぱり俺には『病弱』のイメージがあるんだろう。

 

それは事実だし、否定はしないけど。

 

 

(…いや。リボーンは俺の体調と言うより)

 

 

…俺の力を警戒しているんじゃないか?

 

だって、了平があんなにボコボコにされたのに、ランキング下位で、しかも心臓が弱いはずの俺が逃亡に成功しているから。

 

10代目第1候補であるミツ君のために、俺を警戒しようとするのもおかしくないだろう。

 

 

「揃ったな。行くぞ」

 

「はい、10代目!」

 

 

メンバーは、俺とミツ君以外は、俺の記憶と同じ4人だ。

 

…ただ、あの時と違って、主導するのがミツ君でもリボーンは何も言わない。

 

やっぱり信用してるんだな。ボスに相応しい器を持つ彼を。

 

 

 

黒曜センターに着くと、ビアンキの溶解さくらもちで無理矢理中に押し入り、骸を探すことになった。

 

小さい頃、母さん達に連れられて遊びに来たことのあるツナ(俺は多分入院中)が、センターの中を案内することになっている。

 

 

(……まあ、正直言って俺の方が、黒曜には詳しいんだけど…)

 

 

前世では高校生になってから、度々黒曜センターを訪れて、クロームにお弁当を届けたり、犬くんや千種くんとゲームしたり、チョコレートケーキ土産に、骸と何だかんだ言いながらだべってたりしたもんな。

 

…思い出の場所、とまでは言うつもりはないけど、骸がいる映画館跡はよく知っているのだ。

 

 

「…っ、後ろです家綱さん!」

 

「!?」

 

 

突如発された獄寺君の叫び声に、咄嗟に身を翻す。

 

ガルルルゥ!という低い唸り声に、さっと顔から血の気が引いていく。

 

…犬だ。それも既に生きていない。

 

犬の攻撃を受け止めた山本と獄寺君も、それに気づく。

 

 

「だ、大丈夫、兄さん!」

 

「う、うん…」

 

「離れて家綱、狙われてるわ!」

 

 

ビアンキの悲鳴に、あわてて立ち上がってツナの手を掴む。

 

覚えてる。このまま行くと何が起こるのかも。

 

 

(そう、これは…確か、犬くんの罠!)

 

 

かかるのは山本。このまま行けば、試合前の腕に怪我を負ってしまうことになる。

 

どうにかして止めないと!

 

 

「かかったびょーん」

 

 

特徴的な語尾に思わず肩を強ばらせると、目の前に飛び出してきた影が、俺と山本の前に着地する。

 

咄嗟に背後に飛び退り着地すると、足元でバキバキ、と嫌な音がした。

 

っ、やべ。

 

なんか思い出したーーー!

 

 

「「うわあああ!」」

 

「に、兄さん! 山本!」

 

 

パニックになったまま自由落下したことで受け身を取り損ね、思いっきり腰を打ち付けてしまう。

 

息が詰まる程の激痛に声も出せず、俺はただ唸る。

 

 

 

「だ、大丈夫か、家綱先輩!」

 

「うう…だ、大丈、」

 

「歓迎するぜー、山本武。それからオマケ」

 

 

大丈夫、と答える前に犬くんが俺の言葉を遮る。オマケってなんだよ、失礼な。

 

っていうか、腰の骨が折れてなさそうでよかったけど…こりゃ、青アザ消えそうにないな。

 

しばらく寝るのに苦労しそうだよもう。

 

 

「ホントはそいつじゃなくて、2位にかかってもらいたかったんだけど。まーいいか、ボンゴレのボスがそのチビじゃないなら…おめーだろ、田沢光貞」

 

「…なるほど。犬みたいなナリしてるけど、脳みそは多少あるみたいだな」

 

 

彼が犬くんを見下ろす視線は冷たく、完全に見下しているのがすぐにわかった。

 

少し顔を青くしながら、俺は思考を巡らせる。

 

 

(…やっぱり、ミツ君は2位。だとしたら雲雀さんが1位。さすがにこれは揺るがないか)

 

 

「そんなに言うなら降りてこいよボンゴレボス。ギタギタにしてやるびょん」

 

「生憎だが、俺のファミリーはお前みたいな低脳にやられるほど弱くないんでね。…いけるよな、山本」

 

「おう、ミツ! 任せろって!」

 

 

ミツ君の、その命じるような鋭い声に、山本が笑顔のままでバットを構える。

 

そう。まるで、彼に従うのが当然のように。

 

 

…いや、そうというより、山本はもうこれを『マフィアごっこ』だなんて思ってないように思えた。

 

俺の時はまだ、ずっとごっこ遊びだと思ってたよな…?

 

 

なんだか悪寒を感じて、俺はミツ君を見上げる。

 

 

「家綱先輩は、下がってていいですよ」

 

 

安心させるような優しい声なのに、俺の悪寒は消えなかった。

 

むしろ、殺気を発している犬くんより…ずっと彼の方が怖い。

 

 

(…それは『下がってていいですよ』じゃなくて、『お前は下がってろ』っていう命令なんじゃないのか)



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山本の『変化』

…いや、そんなことはない。現にボンゴレの超直感を持つツナが、彼に違和感を持っていないのだ。

 

この警戒はきっと杞憂に過ぎず、俺はきっと“不正解”なんだ。

 

そう思い込むことで無理矢理笑顔を作ると、俺はそっと下がって埋まったドームの内側に張り付いた。

 

 

(そう。これでいい…これで)

 

 

あの時…中学生の時の俺は、多分びっくりするほど真っ直ぐで純粋で、戦うのに理由なんて1つで良かった。

 

人を疑うことを知らずに必死に突っ走って、傷だらけになって、仲間の平和だけを見つめてた。

 

それが、今はどうだ。俺は…きっとマフィアとして生きすぎて、有り得ないほどに『汚れている』。

 

今俺の目の前にいるのは、“その”時代を生きている違う世界の『俺』の親友達。

 

 

(“隼人”や“武”の上に立つ人間を、俺が信用しないでいいわけがない)

 

 

それがこの世界の『俺』ではなくても。

 

……だけど、俺が戦う2人から目を逸らし、ぎゅっと唇を噛んだその時だった。

 

 

「っ、ダメだよ山本! 秋の大会があるだろ!」

 

 

響いた声に、瞠目する。

 

驚いたのは俺だけじゃないようで、ミツ君やリボーン、山本本人までもが呆気に取られている。

 

…もう、“マフィア”として戦うスタイルを見せていた山本をこちら側に引き戻すような力強い言葉に、一瞬で場の空気が変化した。

 

 

「…ツナ!」

 

「山本には、戦う以外にも、大切なものがあるだろ!? 野球を、絶対投げ出しちゃダメだ! 上手くいかなくてあんなに思い詰めるほど、好きなんだから!」

 

 

それは何よりも大切なことだと、叫ぶ。

 

次の瞬間ツナは、そこまで言うならお前も行け、とリボーンに蹴落とされたけど。

 

…でも。

 

 

(逃げないんだね。この世界の『俺』は)

 

 

「いたらき!」

 

「そいつは…お互い様だぜ!」

 

 

…『ファミリー』と『ミツ君(ボス)』の為に戦うつもりだった山本を、『友達』の為に戦うように、無意識に言葉を選んだ。

 

 

ミツ君は、敵に勝利してツナと喜び合う山本を見下ろしたまま、何も言わない。

 

…その瞳に宿るのは、どこまでも冷ややかな光だった。

 

彼は一体どこを見て、そんなに冷たい目をしているんだろう。

 

中央に倒れたままの骸の側近である犬くんか、

 

 

 

_____それとも。

 

 

「家綱センパイは右腕使えねーよな? 左腕で身体支えられるか?」

 

「うん、なんとか大丈夫」

 

 

縄を下ろしてもらって先に上がった山本が、俺を気にかけて声をかけてくれる。俺は笑顔でそれに頷くと、左手を縄に伸ばす。

 

…と、その時。

 

 

「おい、お前」

 

「…ん?」

 

「…そこのお前だびょん」

 

 

声を低くして話しかけてきたのは、ぐるぐる縄で巻かれて、身動きが取れなくなっているはずの犬くんがだった。

 

あの時のように、敵である俺達を煽る素振りはなく、ただ上を警戒して、俺だけに聞こえるように声を発したのだとわかる。

 

 

…彼も感じたのだ。ミツ君に対して、何かを。

 

 

「…気絶してるフリしないと、やばいんじゃない? 城島犬くん」

 

「…やっぱなんか知ってやがるびょんな、お前。お前あれだろ、柿ピーから逃げた、唯一の並中生」

 

 

頷きもせず、首を振りもせず、俺はただ彼を見て少しだけ笑ってみせた。

 

君達が並中生にしたことは、許されることじゃない。

 

でも、俺が裁くことはできないし、俺にはその資格はない。誰かを裁くには、俺のこの手は汚れすぎている。

 

 

「……俺はね、助けに来たんだ」

 

「あ?」

 

「君たちを」

 

 

今度こそ、本当に友達になれるように。

 

前世では結局仲は悪くなかったけど、友達ではなかったから。

 

 

「家綱先輩。どうかしましたか、上がってきてください」

 

「あ、ごめんミツ君。今いくから!」

 

 

あわてて縄をぎゅっとつかみ、引き上げてもらう。

 

今は、警戒していることを悟られてはいけないし、リボーンやミツ君自身に警戒されるのも許されない。

 

上手く立ち回る必要がある。せめてミツ君が『本当のボス』の器があるかどうかを見極めるまでは。

 

 

「おい家綱。お前、あいつと何を話してたんだ?」

 

「リボーン」

 

 

引き上げられて、リボーンが俺に少し低い声で話しかけてきた。

 

やっぱりちょっと警戒されたか、と思いつつ苦笑する。

 

 

「……宣戦布告されたよ。骸さんはお前らには負けないってな」

 

 

リボーンだけでなく、ミツ君たちも一斉に顔を険しくする。

 

俺の言葉は信じてもらえたみたいで、少しほっとした。

 

でも、これで……また一つ、彼を煽る材料が増えてしまった。

 

 

(大丈夫……待っててくれ。皆、俺が救う)

 

 

我がままでもいい。叶えたい願いなんだ。

 



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バーズ、襲来

____息をつく間もないとはこのことだ、と俺は短くため息をついた。

 

 

今、ちょうど俺たちは昼食中に襲撃を食らって、戦闘に入ったところだった。

 

もちろんその襲撃相手は、俺の記憶どおりM・Mさんとかいう女の子(女の子でいいのか…?)で。

 

そして彼女の相手をするのが、ビアンキだというのも記憶どおりの展開だ。

 

 

(ああもう! スキを見て皆から離れて、とっとと骸のとこ行きたいのに!)

 

 

ただでさえリボーンとミツ君に警戒された状況で人と違う行動がしにくいのに、こう次々と襲撃されたら、動けるもんも動けないじゃないか。

 

 

(M・Mさんも日本の中学生のコスプレなんてしてないで、普通にイタリアの学校通えよ! あんた15だろ! その強欲ささえ抑えれば、普通に通っても犯罪者だってバレないよ多分!

 

…ってそんなの無理か…この人のチャームポイント強欲(そこ)らしいもんな、骸いわく)

 

 

…なんて心の中で叫んでも、状況が変わることは無いわけで。

 

目の前で、ビアンキがただポイズンクッキングで奮闘するのを見守るしかない。

 

ってか、あの時はあんまりよく考えなかったけど…普通にビアンキに勝ってほしい気がする。

 

 

俺は『前世』での妻を思い出す。

 

可愛くて優しくて、まるで温かい陽だまりみたいで……俺の初恋の人でもある、最愛の奥さん。

 

 

(妻に『男は金だ』なんて言われたら絶望だよー!)

 

 

「千紫毒万紅!」

 

「!」

 

 

飛躍した妄想に悶絶していると、ちょうどビアンキが勝負を決めたところだった。みんながホッとして、同時に俺もホッとする。

 

…まあ。ミツ君は当たり前って顔してたし、リボーンに至っては寝てるけど。

 

 

(…それでも…まだ、ここを離れるのは無理かな)

 

 

安堵はしても、みんな油断はしていない。不審な行動はすぐに怪しまれてしまう。

 

まだ、だめだ。せめて次の…、

 

 

(…次の、バーズとの戦いの後までには、骸のところに行かなくちゃ)

 

 

確か、映画館を一度出ているタイミングがあったはずだ。

 

そこを狙う。

 

 

「あの強欲娘のM・Mが倒されたのは、実にいい気分だ」

 

 

(って、もう来たーー!)

 

 

思わず、心の中で絶叫する。

 

確かにあの時も、M・Mさんがビアンキに負けてから、すぐに現れたような気がしないでもないけど、もうちょっともったいつけてから現れてほしかった。

 

 

(なんっっにも計画立ててねぇー!)

 

 

大体の道筋だけフワッと決めただけだ。そんな適当な感じで、ミツ君はともかくリボーンを誤魔化せるとは思えない。

 

 

「お友達が狙われてますよ」

 

 

パソコンのディスプレイにうつされたのは、京子とハルの2人だけ。

 

騒然とする一同の中で、イーピンとランボ、それからシャマル介入を知ってる俺だけが冷静だ(もちろん、動揺してないわけじゃないけど)。

 

てっきり、友香のことも狙って来るかと思ったけど……違うんだ。

 

 

(ああ、なるほど……友香はまだ了平についてるはずだから、狙おうと思っても狙えないんだな)

 

 

友香が、先に京子を家に帰したんだろうな。

 

友香は了平の双子の妹だ。了平は友香には嘘はつけないし、誤魔化すこともできない。

 

……もちろん、友香だって京子の姉で了平の妹だ、めちゃくちゃ天然だけど。

 

こういう時はやたら鋭いから、了平の無茶を悟ったら、とことん理由を聞き出すだろう。

 

 

(了平……黙祷)

 

 

「ん、なんだ……? 2人の後ろにさっきから…って、うわあ!?」

 

「なんだ、あいつらは……!」

 

 

意味不明な嘘をついたのを悔いるがいいさ……と思っていると、ツナとミツ君が硬い声を上げる。

 

____ハルと京子の背後にいる、双子の殺し屋。

 

正直、彼らが中学生の制服を着ているのを、すぐさまやめて欲しい。

 

 

本当はこの時に備えて、一応俺が2人に付いておくことも考えたんだけど、それぞれ別の場所にいる彼女たちを、同時に守るなんて無理な話だ。

 

だから、素直に彼らに託すことにしたんだ。

 

 

「それじゃあ、はじめましょー。うーん。そ・う・だ・なー…」

 

 

しばらく顎に手を当てて考えていたバーズが、唐突に俺を指さした。

 

 

「では、お仲間でそこにいる沢田家綱君をボコ殴りにしてください」



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さぁ、どう出る?

「……」

 

「…………」

 

「…………………って、はあっ!? 俺ぇ!!?」

 

 

そそそ、そこはツナかミツ君だろっ? ふつう! なんで無関係の俺!?

 

いや、一緒にここに来てる以上、無関係ではないけど……。

 

 

(ここ、こんなこと思うのって、おかしいかもしれないけどさっ! 俺二回も殴られなきゃいけないの!?)

 

 

「な、なんで兄さんがボコられなきゃいけないんだよっ! 兄さんは体が弱いのに…!」

 

「おや? 君はその『兄さん』に庇われて無傷だったと聞きましたよ、沢田綱吉君」

 

「ぐっ…!」

 

 

ツナが、蒼白になって言葉を詰まらせる。

 

ツナにとって、『病弱な俺』にかばわれて無傷だったことは、負い目になっているはずだ。

 

そこをついてくるなんて……、

 

 

(……いや、違うのか? 千種くんが起きていたのだとしたら…)

 

 

あの時、千種くんが襲ってきたとき、一緒にいた獄寺君は『俺の時』とは違って、ツナを『10代目』と呼んではいなかった。

 

だからきっと、千種くんはボンゴレのボス候補が誰だか分らなかったんだ。

 

 

(ボンゴレ次期ボスではないとはいえ、俺は、ランキングにいて唯一、骸一派から逃げおおせた人物……。

 

さらに、一応あの獄寺君に『尊敬されてる態度』を取られていた。そして、沢田の家で、年長者は俺……)

 

 

うあああああ、完全に間違われる状況がそろってるんですけどー!!

 

 

「さあ、かわいいお友達が痛い目にあってもいいんですかー?」

 

「いいわけないだろっ!」

 

「ふざけてんじゃねーぞ、ヘンタイが!」

 

 

獄寺君たちが噛み付くけど、ミツ君は警戒した表情のまま口を開かない。

 

……でも。ツナが殴られない方が、いいかな。

 

俺は体は弱いけど、かなり痛みには慣れてるしね! あはは嬉しくない!!

 

 

……でもそれなら。

 

 

「……わかった。じゃあミツ君、殴ってくれる?」

 

「!」

 

 

いきなりの指名に面食らったのか、ミツ君が目を見開いた。

 

……この指名には、表と裏、二つの意図がある。

 

表は、敵一派にミツ君がボンゴレボスだと悟られないこと。

 

……そして裏は、これで彼がどう出るかを確かめたかったからだ。

 

 

「……わかりました」

 

 

一瞬、ミツ君は忌々しそうな顔をしたように見えたけど……それが見間違いかと思えるほど早く表情を変え、何かを我慢するような引き締まった顔をした。

 

 

「行きますよ、家綱さん。歯、噛み合わせて下さいね」

 

「う、うん」

 

 

ぎりっと歯を食いしばり、ぎゅっと目を閉じる。

 

うあああ、痛いのはやだよーー、

 

そんなことを思った時だった。

 

 

鋭い女性声(アルト)で「どきなさい、ミツ」と言うのが聞こえ、直後、左頬に痛みが走る。

 

もんどりうって倒れ、頬を押さえると、少しだけ口の中が切れているのがわかった。

 

 

「ビアンキ…なんでお前が」

 

「…嫌われ役には慣れてるだけよ」

 

 

そっぽを向いて答えたビアンキが、静かに拳を下ろす。

 

確かに、本気で殴っていないのだろう。口の中が切れているとはいえ、ほとんど血の味はしない。

 

 

…でも、と俺は顔を上げてそっと息を吐いた。

 

ミツ君は上げた拳を、手持ち無沙汰に握ったり開いたりしながら、ゆっくりと元に戻す。

 

安堵したように息をついたのは、一体何に対してなんだろう。

 

 

(…っあーもう、ダメだったら! なんでそうミツ君を警戒したがるんだよ、俺の超直感はー! 骸にやりすぎちゃうってだけなら、ちゃんとそれを伝えにいくってのにー!)

 

 

ミツ君はツナの親友だ。山本より先にできた、大切な存在。

 

たとえ『ダメツナ』の時でも、仲良くしてくれていた友達だ。

 

そんな彼を、何もしてやれていない兄貴の俺が疑っていいはずがないんだ。本当は。

 

 

「お次は…このナイフで沢田家綱さんを刺して下さい」

 

 

バーズは顔を歪めて笑いながら、ナイフを懐から取り出した。

 

ツナとミツ君を殺しにきているはずだったビアンキも、さすがに顔をこわばらせる。

 

あー…嘘だろ。やっぱり来るのかこれ、と思いながら唇を引き結ぶと、案の定バーズは京子ちゃんを人質にとって、気色の悪い殺人鬼の持つ硫酸をチラつかせる。

 

 

「…わかった。京子達の命と秤にかけたら、ナイフくらいどうってことないよ」

 

 

いい加減俺も頭に来てるんだよ。あの時は恐怖で何もできなかったけど、今回は怒りの方が強い。

 

京子とハルに少しでも手を出されたら、俺も冷静でいられるかわからない。

 

自分で自分のことを暴露して、挙句フェイを使ってここ一体を焼け野原にしてしまうかもしれない。

 

 

(そう考えれば俺の方が、ミツ君よりずっと危険だ)

 

 

そう思ってナイフを手にした、その時だった。

 

 

「待って兄さん! そのナイフは、俺が刺すから!」



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フゥ太を追って

「え?」

 

 

思いがけない言葉に、思わず瞠目した。

 

言葉を発した当人であるツナは、それでも顔を真っ青にさせていて。

 

握りしめた拳はぶるぶると震えているから、きっと怖いはずなのに。

 

 

「何言ってるんだ、ツナ!」

 

「何って……た、ただ見てるだけなんてできないよっ! だって兄さんは病弱で…心臓も弱いんだ! どこであってもナイフなんて刺したら、失血のショックで絶対死んじゃうよ…!

 

で、でも、俺なら…怪我ですむかもしれないじゃん!」

 

 

あ前に出ようとするツナの腕をあわてたように掴んだミツ君に、ツナは怯えながらもきっぱり言い切る。

 

その強さと優しさに呆然として、俺は自分の、ナイフを持つ手を止めた。

 

 

「何してるんですか? 早く刺さないとお友達が大変なことになりますよ?」

 

「やめて! だから俺が刺すから! 兄さん、ナイフをこっちに!」

 

「あなたが刺してもなんの意味もないんですよ! とっとと刺せ、沢田家綱!」

 

 

バーズの苛立った声を聞いて、ひっ、と喉の奥で悲鳴を漏らし、ツナが後ずさる。

 

その時、ミツ君が獲物を狩る猛禽類のように目を細めた。

 

 

「どういうことだ? 上位ランキングの人間たちすら軽々と屠るお前ら一派が、どうして彼に執着する? ボンゴレのボスが家綱先輩だと思ってるってことか?」

 

「ミツ君、」

 

「それとも、誰がボスかわからないうちに、適当に強そうなやつを……、例えばお前達から逃亡を成功させた唯一の不穏分子を倒しておこうって魂胆か?」

 

 

なら、とミツ君はバーズに近寄り、その首をがしっと掴んだ。

 

____そう。あんなに警戒を見せていたバーズにあっさりと…自然に近寄って。

 

唖然とする俺の前で、怒りの目のままぐっ、と彼はバーズの首を掴む手に力を込める。

 

 

「ぅぐ…!」

 

「もしかしたらそのナイフ、毒でも塗ってあるんじゃないか?」

 

「な!?」

 

 

目を見開くツナが、真っ青になる。

 

 

「うが……ぬ、塗ってな…」

 

「本当にそうか? …このまま首をへし折られたいのか?」

 

「ぐぅ……なぜ…わかった…」

 

「決まってる。俺だったらそうするからな」

 

 

……誰にも聞こえないように、ミツ君がそっと囁く。

 

その声を拾ったのは多分俺だけで、俺だけが蒼白になった。

 

 

「さぁ、早く彼女たちを解放しろ」

 

 

 

____ミツ君の脅しのすぐ後。

 

用意されていたかのように、ちゃんとシャマルとイーピンたちは現れた。

 

俺の前世より少し強めにボコられたバーズは地べたに転がされたまま、俺達は骸のいる場所へと向かう。

 

 

「まさか、柿本千種と城島犬以外に、3人も脱獄囚がいるとはな」

 

「初耳だぞ、リボーン! そのせいで、兄さんと俺、めちゃくちゃやばかったじゃんか!」

 

「だってだって、ディーノがこの3人は関係ないって言ったんだもん!」

 

「キャラ変えてごまかすなっ!」

 

「はは…もういいって、ツナ」

 

 

苦笑しつつ、心の中では少し違うことを考える。……いや、びっくりしたよ。ミツ君が、あそこまで俊敏に動くだなんて。

 

いや、山本を抜いて2位だから、すごいんだろうとは思ってたけどさ…。

 

 

(……俺でも、初動を感じられなかった)

 

 

これでも、幾つもの戦場を生き抜いてきた自負はある。褒められたことじゃないけど。それに一応、俺もボンゴレのボスだったし。

 

…それなのに、彼はあっさりとバーズに近寄った。

 

それもあの双子の殺し屋が、動くことが許されないくらいに、呼吸のリズムをついて。

 

 

この世界では、やっぱり、異様だ。ミツ君は。

 

少しだけ、おかしい。…俺と同じように。

 

 

「もういないよね!?」

 

「いるわ。…隠れてないで出てきたら? そこにいるのはわかっているのよ。来ないならこちらから行くわよ」

 

 

ビアンキの言葉に、みんなが蒼白になる。

 

と同時に、可愛らしいボーイソプラノの声が響いた。

 

 

「まって…僕だよ」

 

「フゥ太!」

 

 

よかった、と口々に言い合うツナとは対照に、フゥ太の表情は沈んでる。

 

…そうだ。俺はこの時を待ってたんだ。

 

フゥ太を追ってって、俺は人質を装っていた骸に偶然会ったんだ。

 

 

(これで、骸に会って…危険を伝えられる! それから、雲雀さんのことも、ちゃんと聞かなきゃ)

 

 

応接室で呼ばれた“俺の”名前。

 

それの本当の意味を知るために、骸と会わなくてはならない。

 

 

「僕……もうみんなの所には帰れない。僕、骸さんについていく」

 

「何言ってんだよ、」

 

「さよなら」

 

 

待って、と前に出ようとするツナを制して、俺は飛び出した。

 

 

「俺が行く! みんなは先に行って!!」



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言葉は伝わることはなく

「ここ、虫やばいなっ」

 

 

手で草をかき分け、たかる虫を払いながら進む。

 

フゥ太のことは心配だけど、あいつはちゃんと俺たちの元に戻ってくるはずだから、まずは骸を探さないと…。

 

 

(…犬くんや千種くんは、俺のことやミツ君のことをなんとなくわかってたみたいだけど…。骸は、どうなんだろ)

 

 

ミツ君を危険だと認識しているだろうか。

 

それとも、自分の側近から得体の知れない『マジック』を使って逃げた俺の方こそが不穏分子だと思ってる?

 

 

…ただ、後者の方がありそうな気はする。

 

骸はあからさまに並盛最強と言われる雲雀さんを煽った挙句屠り、閉じ込めた。

 

だとするなら、並中ケンカの強さランキングなんて、ただボンゴレ関係者を炙り出す為だけの指標に過ぎなかったと考えるのが妥当だろう。

 

 

「わっとと、」

 

 

転がっている小枝に足をつまづかせて、バランスを崩す。そしてそのまま俺は派手にコケた。

 

 

「いてて…」

 

「……大丈夫ですか?」

 

「あっ、えと……すみません! 大丈夫で、」

 

 

差し伸べられた手に捕まり、あわててお礼を言おうと顔を上げて、俺ははたと動きを止めた。

 

一見優しげで、それでも奥底に底知れない冷たさが潜んでいる、この声。

 

……まさか、この人は…。

 

 

「…怪我はありませんか?」

 

(骸……!)

 

 

唖然としていると、骸は右目を前髪で隠した状態でふわりと微笑む。

 

ひゅう、と空気が喉の奥から漏れる。緊張のあまり、骸の手を掴む自分の手が、少し震えているのがわかった。

 

 

「助けに来てくれたんですよね?」

 

「え、」

 

「いやー助かったあ! 一生ここから出られないかと思いましたよ!」

 

 

大げさに胸に手を当て、笑顔で安堵の息をつく骸。見たことのある光景だな、と俺はゆっくりと立ち上がる。

 

『前世』で俺達が初めて出会った時も、骸はほとんど同じような言葉を言っていた。

 

 

(でも、俺はここでレールを壊さなきゃいけないんだ)

 

 

歴史を辿るように歩いてきた人生。

 

その道を破壊する第一歩を、俺は踏み出そうとしてる。

 

 

「……うん、その通りだ。俺はお前を助けに来たんだ、だから早く逃げて、骸」

 

「……おや…」

 

 

ふわり、と。

 

風が目の前に立つ骸の藍色の髪を舞い上がらせた。

 

同時に、露になる赤い右目。瞳に浮かぶ六の文字を見て、俺は少しだけ懐かしい気分になる。

 

 

「沢田家綱、ですね。なぜ僕のことを知っているのですか?」

 

「ボンゴレの超直感、って言えばわかるかな。俺はツナやミツ君より、その才能の使い方を知ってる」

 

「ほう…」

 

 

骸の目が剣呑に細められる。溢れた殺気を軽く微笑むことでいなすと、骸は少しだけ目を見開いた。

 

 

「ならばあなたがボンゴレファミリーの次期ボス候補ですか。僕の正体を掴んでいるというのなら、僕の目的までもわかっているのではないですか?」

 

「いや、違うよ。ボンゴレのボス候補は俺じゃない、弟と従弟だ。俺はこれから、ボンゴレに関わる予定はない。虚弱なんだ。長生きできる保証はどこにもないからね」

 

「…それで、逃げろというのは?」

 

 

…敵であるはずの俺の話を骸が余裕で聞いているのは、俺を下に見ているからだろうか。それとも俺がマフィアに関わらないと宣言したからだろうか。

 

いずれにせよ好都合だ。

 

 

「そのままだよ。危険だから逃げるんだ。このままじゃお前はミツ君に殺される」

 

「殺される? この僕が? …クハハ、笑わせてくれる」

 

「…いいのか骸。笑ってる場合じゃないぞ。俺はお前を殺されたくないし、お前を殺すミツ君も、親友が殺人をして落ち込むツナも見たくないんだ」

 

「だから?」

 

 

お前はなんで俺がここにいると思うんだ? と、俺は骸を睨みつけた。

 

 

「…俺の力は“情報”だよ。ボンゴレの関係者の中で、誰よりも裏社会の情報に通じているのは俺。だからお前が六道骸なのも知ってるし……お前の過去も知ってるんだ。

 

…お前が並中生にしたことは許されることじゃない。それにミツ君を舐めない方がいい」

 

「……成程。参考になりましたよ」

 

「骸、」

 

 

わかってくれたのかな、と顔を上げると。

 

次の瞬間、頭に襲い掛かる重い衝撃。

 

殴られたのだとわかった時には、俺は地面に倒れていた。

 

 

「わざわざ“情報”を漏らしてくれてありがとうございます。クフフ…正義の味方気取り、ご苦労様です」

 

 

…骸、俺は正義の味方になんてなれないよ。

 

それには俺の手は、汚れすぎているから。

 



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死なせる訳にはいかない

……頭が、ズキズキする。

 

うっすらと目を開けて後頭部をさすると、そこには大きなこぶが出来ていた。

 

どうやら、殴られて気絶させられ、そのまま映画館に連れてこられたらしい。つまり、俺は完全に説得に失敗したということになる。

 

 

「あー、いってー…。骸の奴、思いっきり殴ったな…」

 

 

はあ、とため息をついて、のそりと起き上がった。

 

頭の他は痛めつけられてはないようだ。それは幸いしたな、と息をつきながら辺りを見回すけど、結構暗くてよく見えない。

 

…どっかの小部屋、かな。監禁状態、という言葉が脳裏に浮かんだその時、聴き慣れた歌が鼓膜を震わせた。

 

 

「ミードリタナービクー ナミモーリノー♪」

 

「ヒバード…!?」

 

 

思わず叫ぶと、「目が覚めたの?」という冷めた声。目を凝らしてよく見ると、そばには傷だらけの雲雀さんが座っていた。

 

や、やばい、と俺は口を押さえる。

 

この時はまだ、ヒバードという名前はつけられていないはずなのに。

 

だけど、追求されたら死ぬ、とおそるおそる彼を見つめるも、特に何も言われなかった。

 

 

「どうして君がこんなところにいるわけ、沢田」

 

「え…ああ、俺も打倒骸のメンバーに組み込まれてしまいまして…。それでこのザマです」

 

「…それで君、負けたの?」

 

 

雲雀さんって俺のこと『沢田』って呼んでたっけ……なんて考えながらもホッと息をついた途端、尖った声。

 

負けるって…いや、闘ったわけじゃないけど。なんでそんな不機嫌なんだろ、雲雀さん…。

 

 

「ええと…その。すみません?」

 

「フン」

 

 

一応謝ってはみるものの、なんで彼が不機嫌なのかを知らない俺は、戸惑うしかできない。

 

っていうか雲雀さん、まだあの時倒れたこととか、覚えてるかな…。

 

 

「あ、あの! 雲雀さ…………ぅぐっ!?」

 

 

…チャンスは活用するべきだ、と身を乗り出したその時だった。

 

胸のあたりに、ぎゅっと絞られるような凄まじい激痛。こんな時に発作が、と思った時にはもう遅く、俺は胸を押さえたままその場に倒れ込んだ。

 

息ができず咳すらままならない。本気でやばい。薬もないしこのままじゃ下手したら死ぬ。

 

 

「…沢田? ちょっと。しっかりしなよ、ねえ」

 

 

微かに焦ったような声を耳にしながら、

 

俺は再び意識を失った。

 

 

 

 

 

【NO side】

 

 

____心臓の辺りを押さえたまま意識を失い、微動だにしない。

 

顔色は信じられないほどに真っ青で、まるで死人のようだ。呼吸は荒いのに、その分だけの息が出来ていないのだろう。気絶してなお、喘ぎ、悶えている。

 

雲雀は家綱の額に手を当てて、ぎり、と歯を食いしばった。

 

 

1人、目の前の壁を見上げてみるが、六道骸に殴られ続け、体がガタガタの今、……“トンファーだけで”壁を壊すことなどできないことは、考えるまでもなくわかることだ。

 

 

(…発作の薬を持ってるなら、弟だろうな)

 

 

それならばまず、どうにかして壁を壊さなくてはならない、と雲雀は手に力を込める。

 

彼は『並中生』だ。だからこそ、自分の目の前で死なせるなど、許されない。自分が並盛町の中で、無力であってはならない。

 

 

「……っ、」

 

 

____立ち上がろうとしたその時、轟音を伴う、地響き。

 

爆炎が空気を灼く。頬を叩きつける熱風に思わず顔を伏せてから、雲雀は険しい表情のまま顔を上げた。

 

そして気づく。

 

 

(視界が、開けてる)

 

 

「へへ…うちのダッセー校歌に愛着持ってるのは…おめーくらいだぜ…」

 

「…、」

 

 

____この場面を知っている、と思った。

 

忘れていたのだ、全て。六道骸の居場所を突き止め、彼を咬み殺そうと突っ走っていた時は。

 

そうだ。これは、“2回目”だ。

 

 

すぐそばに、『彼』がいる以外は。

 

 

「…獄寺隼人」

 

「…覚えてんのか、俺の名前」

 

 

自分で出れたけどまぁいいや、という、『予定された』言葉を言わずに。

 

雲雀はただ、淡々と聞かなくてはならないことを聞く。

 

 

「草食動物……沢田綱吉は、どこ」

 

「は? 沢田さんは、骸のとこだが……」

 

「そう。それで…この2人は僕が貰っていいんだね?」

 

 

何故今、沢田綱吉の名前が出てくるのか、と目を見開いた獄寺を無視して、雲雀は蹴り上げた自らのトンファーを手で掴み、構える。

 

今はただ、目の前の敵を蹴散らして前へ進み、薬を手に入れるのが最短ルート。

 

 

「じゃあ、このザコ2匹はいただくよ」

 

 

雲雀は今。

 

____『彼』を死なせるわけにはいかないのだ。



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雲雀の豹変

「ねぇ、いつまでもそこで何這いつくばってるわけ。連れてかないよ」

 

「は…?」

 

 

あっという間に骸の部下の2人を屠った雲雀が、不機嫌そうに獄寺を見て、初めて言った言葉はそれだった。

 

思わず目を見開くと、「それとも這いずってシアターまで行くかい?」と冷えた声で問われる。

 

 

「何だよ、てめー…何か企んでんのか」

 

「借りを残しておくのは嫌いなんだ」

 

 

一瞬、爆破があった部屋の方に目を向けてから、雲雀は淡々とそう告げて、獄寺に肩を貸す。

 

獄寺が少し見ただけでも雲雀の体もボロボロなのに、彼はあっさりと獄寺の体重を支えてみせた。

 

 

「ま、待て。…連れてってくれるのはありがてーけどよ、家綱さんが」

 

「…あそこに放置しておいて死ぬくらいなら、それまでだってことだよ」

 

「ならなんで、」

 

 

そんなに焦ってんだよ?

 

その言葉は、声にならずに消えていく。

 

しかし雲雀は、彼のその思いを理解したかのように無表情で答えた。

 

 

…いや。どちらかというと、怒りを滲ませた顔で。

 

 

「…死なせるわけにはいかないからさ。彼には多大な貸しがあるからね」

 

「貸し?」

 

「モタモタしてたら置いてくよ」

 

 

まだ部屋の方を見ていると、引きずるように連れてかれそうになったので、獄寺はあわてて体勢を整える。

 

…彼は、自分の知っている雲雀よりも、少しだけ大人びているように思えた。いや、目の前にいる雲雀は紛れもなく雲雀なのだが、いつもと何かが違うのだ。

 

 

ふと顔を上げると目の前にシアターの入口が見えたので、それを開け放つ。

 

ツナとミツが蛇に襲われそうになっているのを見て、獄寺は叫んでダイナマイトを放った。

 

 

…炸裂する爆発音。

 

2人が無事なのを見て、獄寺がほっと息をつくと、ツナが何か言おうとするより前に、雲雀が口を開いた。

 

 

「獄寺隼人。薬出して」

 

「はぁ?」

 

「処方箋。持ってるんでしょ」

 

 

何でそれを、半ば呆然としながらサクラクラ病の薬袋を差し出すと、雲雀はそれをもぎ取り、錠剤を2粒飲み込む。

 

そして冷えた表情のまま、ツナに問いかける。

 

 

「草食動物、君もだよ。早く発作の薬。君の兄、捕まえられて監禁された部屋で倒れたよ」

 

「そんな!」

 

 

兄さん、とツナが声を上げたその瞬間。

 

ぐ、と呻いた雲雀が、頭をおさえてその場に座り込んだ。

 

 

「お、おい! ヒバリ!?」

 

「…雲雀先輩?」

 

「ひ、ヒバリさん!? 大丈夫ですか!?」

 

 

脂汗が地面に垂れる。だが頭をおさえ片膝をつきながらも、雲雀は「早く」とツナに命じる。

 

骸が目を細めて、立ち上がったツナを見た。

 

 

「何、やってるわけ…、君は兄を死なせたいのかい?」

 

「は…はい! 行ってきますっ!!」

 

 

雲雀に急かされ、薬を握りしめ、ツナが慌てて立ち上がる。

 

そしてそれを止めようとした骸の槍を止めたのは、さっきまで蹲って呻いたはずの雲雀のトンファーで。

 

鈍い金属音を聞きながら、骸は皮肉げに笑った。

 

 

「驚きましたよ、雲雀恭弥。君と彼が仲がいいとはね」

 

「…仲がいい? 誰と誰がだい?」

 

「君と沢田家綱ですよ。随分彼に拘っているように見えましたが?」

 

 

____しかし。

 

次の瞬間雲雀は、不可解なものを見るような目で、骸を見つめた。

 

 

「保健委員長と、僕が? …何の冗談だい?」

 

「「「「!?」」」」

 

「ふぅん、彼……病弱だとか言っておきながら、こんなとこに来てたんだ」

 

 

馬鹿だね、と嘲笑うような口調に、呆気に取られたのは骸だけではなかった。僅かだが…確かにはっきりと窺える雲雀の雰囲気の変化に、全員が戸惑う。

 

 

「何を言ってるのですか、あなたは…?」

 

「君こそ、さっきからごちゃごちゃとうるさいな……覚悟はいいかい?」

 

 

じゃきん、と音を立てて構えられたトンファーに、骸が一度槍を引く。

 

凍てつく、鋭い槍のような空気が、荒々しい怒気に変わった雲雀。

 

何も言えず、ただ獄寺は息を呑み込み、そばに立つミツを見上げた。彼はただ、無言に……険しい表情で、雲雀を見ていた。

 

 

「仕方ない…君から片付けましょう。一瞬で終わりますよ」

 

 

右の目に四の文字を浮かび上がらせ、突進していく骸の攻撃を、雲雀は薄笑いのまま受け止める。

 

怒涛の攻防を見つめつつ、ミツはゆっくりと息を吐いた。

 

 

「リボーン、ムチじゃ非効率的だ。他に何かないか」

 

「焦るな、ミツ。まずは頭を冷やして考えろ」

 

「冷静でいられるわけがないだろ」

 

 

握った拳を震わせ、彼は怒りを滲ませた声で言う。

 

 

「あいつはランチアの誇りを汚し、皆を傷つけ、挙句家綱先輩まで人質にとった。許せるわけがあるか」

 

 

____心底愉しそうな薄笑いを湛えながら。



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炎の羽根の帳

 

【side家綱】

 

 

____ツっ君、と。

 

誰かに呼ばれたような気がした。

 

俺をそう呼ぶのはこの世で母さんと…妻だけ。

 

おかしいな、と思う。この世界で俺は、沢田家綱なのに。ツっ君だったのは、昔の話だ。

 

 

『ねぇ、ツっ君。戻ってきて。寂しいよ』

 

(…京子?)

 

 

声のする方向に手を伸ばそうとしても、真っ暗な世界に彼女の姿が映ることはない。

 

 

『なんで…こんなことしたの? もう少しで…梨奈の結婚式なんだよ。梨奈が可哀想だよ』

 

(京子、ごめん。そうだよな。俺の娘も、もう3ヶ月後には結婚するんだよな)

 

 

ああ、でも…あそこで俺は、そうしようって。

 

決めてしまっていたんだ、昔から。

 

 

『…本当にそれでいいんですか、綱吉さん』

 

 

俺のよく知るアルコバレーノのボスに、瓜二つなシャーマン姿の黒髪の少女。

 

彼女は、悲しそうな瞳のまま、俺にそう問うた。

 

 

 

 

「____いさんっ、兄さん!!」

 

「…っ、」

 

 

…胸が、痛い。精神的な意味ではなく、物理的な痛みだ。激しく咳き込んでから、俺は現実に引き戻される。

 

背中に当たるのは冷たい床。微かに残る煙の臭い。

 

のそりと起き上がって口元を拭うと、少しだけ濡れていることがわかった。

 

 

「あー、もう、目を覚まさないかと思ったよ。でも薬ちゃんと飲んでくれてよかったー」

 

「ツナ」

 

 

勝手な行動するからそんなことになるんだよ、と怒ったような声で目の前のツナが言う。

 

手にしているのは発作の薬の瓶。たまに倒れる俺のために携帯してくれているものだ。

 

自分を見下ろすと、喀血の痕がある。母さんにどう説明しようかと苦笑してから、俺はツナを見た。

 

 

「ごめんツナ、ありがとう。死ぬかと思った」

 

「お礼なら雲雀さんだよ。雲雀さんが、俺に兄さんのことを教えてくれたんだ」

 

「…え?」

 

 

まさか、雲雀さんが。

 

そういえば、一緒に監禁されてたな、と思い出して俺はまた少し咳き込む。

 

大丈夫かな。あの人も結構ボロボロだったと思うけど、やっぱり骸の元に向かったのだろうか。

 

 

「そうだ、骸」

 

 

そうだよ。俺が独断行動したのは、危険分子かもしれないミツ君を止めるためだったはず。

 

そこまで考えて、ハッとする。

 

…今の俺のこの状況って、彼に『理由』を与えたことにならないか?

 

 

「っやばい、行かなきゃ」

 

「兄さん!?」

 

 

取り返しがつかなくなる前に。

 

 

……しかし俺は、げほげほ、と走り出してすぐに立ち止まって咳をした。

 

いつもより体調が悪い。秋なのにも関わらず、寒いところに監禁状態だったからかもしれない。

 

俺の身体は治るどころか、年を追うごとに悪くなっている。それでこんな無茶したから、当然か。

 

 

「兄さんダメだって! やばいよ!」

 

「わかってるよ、でも」

 

 

____刹那、轟音。

 

誰かの体が床に叩きつけられたような音だった。弾かれたように2人で顔を上げ、蒼白になる。

 

 

「ミツ! どうしよう兄さん…!」

 

(違う、これは…骸の方だ!)

 

 

ダメツナだった俺だって、レオンのグローブを使ったら骸の人間道状態を倒せたのだ。

 

加えてミツ君は、あの運動神経抜群の山本を凌ぐ強さの持ち主。

 

それでグローブを得て、特殊弾によって死ぬ気の炎を操れるようになったら…!

 

 

「ミツ!」

 

「ミツ君!」

 

 

あわててシアター内に駆け込むと、そこには力なく倒れているビアンキに獄寺君、それから雲雀さん。

 

骸に乗っ取られたせいでこうなったのだろうが、外傷が予想以上に多く、いずれも危険な状態だ。

 

了平の晴の炎がほしい、と思いかけて歯噛みする。今、死ぬ気の炎を使えるのは俺とミツ君以外にいない。

 

 

そして中央には、床にめり込んだ骸の姿があった。

 

 

「クフフ…これがボンゴレ10代目…僕を倒した男か」

 

「骸」

 

「殺せ。君たちマフィアに捕まるくらいなら、死を選ぶ」

 

 

ミツ君が、冷えた目で骸を射抜いた。

 

そして黙ったまま、右掌を彼に向ける。

 

 

「いい覚悟だな。俺の“仲間たち”に手を出したこと、後悔しろ」

 

 

ぼう、と火がともされるグローブに、ツナが横で息を飲んだ。

 

…理由にされてたまるか、と思った。

 

君が骸を殺す理由に、俺を使わないでくれ。

 

 

ズボンのポケットに入れていたままの、(ボックス)を取り出した。そして首にかけていたリングを嵌める。

 

こちらに気づいたリボーンが何かを言おうとしたのを無視して、俺は目を閉じ炎を灯す。

 

 

「フェイごめん。また頼むよ」

 

____さあ 包み容す子よ(Ora avvolto capacit・ di bambino)____

 

 

無数の紅い羽根が、舞い降りる。まるで黎明を表す東の空のように、美しく、風に乗って。

 

炎で形作られる帳は、ゆっくりと包み込むようにシアター全体に行き渡り、ふわりと全員の視界を塞いだ。



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戦いの終わり

あーあ、まさかみんなの目の前で披露することになるとは思わなかった。手品だって言い張るしかないけど、どうにかなるもんなのか、これ。

 

 

「これは…どういう、」

 

「兄さん…!?」

 

 

収拾がつかなくなる前に、仕舞わないとな。ミツ君のとどめを止められたんだから、それだけで僥倖だと思わなくちゃ。

 

とりあえず、とまだ羽根だけ出して、匣の中にいるフェイにそっと語りかけた。

 

 

「フェイ、ついでに骸の炎を浄化してくれるかな」

 

『御心のままに』

 

 

空中に漂っていた炎の羽根が、突然巻き起こった突風で渦巻き、そしてふわふわと骸へと舞い降りていく。

 

どす黒い人間道のオーラを消し去れたことを確認してから、俺はミツ君とリボーンを見た。

 

 

(うっわあ、やっぱりめちゃくちゃ警戒されてるんだけど。いや、当たり前だけどさあ!)

 

 

もうやだよ誰か助けてよ、と心の中で泣いていると、リボーンが低い声で咎めるように言う。

 

ミツ君の視線は鋭く俺を射抜いていた。

 

 

「なんで止めたんだ。骸は凶悪犯で……並中生を怪我させてんだぞ。お前も獄寺も、ひでー目に遭ったのを忘れたのか」

 

「そういうわけじゃないよ。でもさ、それで殺すのは骸と同類になるってことだろ? ミツ君はまだ中学2年生なんだよ。リボーンはミツ君に、いきなり修羅の道を歩かせるつもりなの?」

 

「マフィアとして、報復は当然のことだ、家綱」

 

「並中生は“ミツ君のファミリー”じゃないんだ」

 

 

語気を強めて言うと、リボーンはム、と唸ってボルサリーノのつばを引っ張る。

 

ボンゴレファミリーはあくまで白マフィア。堅気を巻き込むのを良しとしない。

 

 

「ミツ君も。冷静になってよ、並中生には死んだ人間はいないんだ。ミツ君は、優しくて強い副会長のはずだろ?」

 

 

……骸を裁くのは、君じゃないぞ。

 

言外にそう含ませ、微笑みを造ったままで言う。

 

ミツ君はそっと顔を伏せ、「すみません、取り乱しました」と謝る。

 

 

(…ミツ君、君は……)

 

 

「おい家綱、お前のさっきの」

 

 

リボーンがそう、何か言いかけたその時、闇色に歪んだ空間が何もない空中に現れる。

 

 

(夜の炎……か)

 

 

ごめん、骸。

 

やっぱり『この運命』からは、助けてやれなかったよ。

 

 

 

「そっち行ったぞー!」

 

「おうっ!!」

 

 

白球が弧を描き、青空を駆ける。

 

それを思い切り走って追っていた並盛中のレフトが、見事にボールをグラブにおさめる。

 

スタンドからは歓声が沸き起こり、まるでただの中学生の野球試合じゃないみたいだ。

 

 

「山本、がんばれー!!」

 

「いっけぇー!!」

 

 

俺とツナが歓声に負けないように思い切り叫ぶと、山本はそれに呼応するかのように、バットヘッドをフェンスの方向へ向ける。

 

いわゆる『ホームラン宣言』というやつだ。

 

いよいよ盛り上がりが高潮していくのを感じながら、俺は内心ホッと息をつく。

 

 

(よかった。山本の怪我が大したことなくて…)

 

 

秋の大会でひとつでも負けたら、次の大会には行けなくなっちゃうもんな。

 

そんなことを考えながら、ちらりと俺はリボーンと一緒にグラウンドを指さしながら笑うミツ君を横目で見る。

 

実は、俺を逃がすまいとばかりに尋問をかけようとしていたリボーンから俺を助けてくれたのは、彼だったのだ。

 

 

____あのあと。

 

リボーンは俺に対する疑惑がさらに深まったらしく、復讐者が去ったあと、声を低くして聞いた。

 

 

『どういうことなんだ家綱。ちゃんと説明しろ。お前が病弱にも関わらず、ケンカランキングが12位だったことも、雲雀が何故かお前を助けたあとに記憶を失っていたことも、それからミツを止めたあの赤い羽根のこともな』

 

『それは…』

 

 

答えに詰まる。

 

ケンカランキングが高かったのは俺が元ドン・ボンゴレだったからで、

 

雲雀さんの行動についてはむしろ俺が聞きたいくらいだ。いつの間にそんな気に入られてたんだろ、俺。

 

赤い羽根は俺の匣兵器・大空不死鳥(フェニックス)のフェイで、白蘭からもらったものだし。

 

まさかそんなことをリボーンに言えるはずもない。

 

でもその時、ミツ君が言ったのだ。

 

 

『やめろ、リボーン。戦いは終わったんだ。家綱先輩にも詮索されたくないことくらいあるだろ』

 

『ミツ』

 

『ボンゴレに反しないものだったらいいんじゃないのか。家綱先輩は俺を止めるために赤い羽根を使ってくれたんだから』

 

 

ミツ君の表情は顔を伏せていたから見えなかったけれど、リボーンは彼に言われて頷くと、もうそれ以上何も言わなかった。

 

 

(君は一体、何者なんだ?ミツ君)



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第三章 波乱
インタールード


「CEDEF総員、お聞きなさい!」

 

 

巨大マフィアボンゴレの、継承式真っ最中に起きたボンゴレX世(デーチモ)の被弾。

 

彼の子供たちや守護者たちを含めて大混乱に陥ったホールに、たった今CEDEFのボスを息子に譲った、雲雀遥香の大音声が響き渡った。

 

燦然と煌めく照明が大ホールを照らし出す中、咽び泣く声も叫ばれる怒声も、その一瞬だけ途切れる。

 

 

「今すぐに復讐者(ヴィンディチェ)に連絡を取り、バミューダ様をここへお呼びするのです!」

 

「親方様……いえ、遥香様!? 何を仰っているのですか!?」

 

「奥方様、笹川様、10代目の御許へ! 迅速に晴の炎の照射を!」

 

「何故……! 10代目はもう既に事切れていらっしゃるのに、」

 

 

守護者たちではなく、周りが遥香の突然の言動に唖然としたまま思い思いの言葉を吐露する。

 

……しかし、中学の頃から遥香のことを知り、仲間としてあり続けた守護者たちや、彼女の元で学んだCEDEFの者達は、即座に彼女の言葉が“正解”だと判断して動き始める。

 

 

「……それから、暗殺犯の遺体は焼いて下さい。『それ』からは嫌な予感しかしません」

 

「そうですか。それではすぐに焼き捨ててしまいましょう。せっかくの、ボンゴレ終焉に向けての歩み出しを邪魔してくれたのです……その責任は取っていただきましょう」

 

 

三叉の槍を振りかざした六道骸が、暗殺犯の遺体の上に有幻覚の火柱を生み出す。

 

大理石の床すら溶かす灼熱の炎に、彼の体は一瞬で焼け飛んだ。

 

 

 

「遥香。……“死んだ”沢田綱吉を相手に、また何か企んでるらしいね」

 

「恭弥様……。ええ、彼を……このまま行かせるわけにはいかないのです。子供たちのためにも、ボンゴレのためにも。

 

私には、彼の“行き先”を把握し、魂を凍結する義務があります。彼はこのようなところで死ぬお人ではないのですから」

 

「……昔からだけど、君は随分彼を買っているよね」

 

 

雲雀の、少しだけ不機嫌そうに低められた声に、遥香は少しだけ顔を上げて笑った。場違いな発言であっても、彼女にとって彼の言葉は柔らかく胸に響く。

 

 

「遥香様、雲雀様! 復讐者(ヴィンディチェ)が!」

 

「……ええ、待っておりました」

 

 

空中に現れた黒い炎を見て、遥香は唇を歪ませる。

 

第8の炎は、空間を司る死ぬ気の炎。

 

 

「……必ず突き止めて見せます、10代目。あなたがどこにいらっしゃるのかを」

 

 

利用できるものは全て利用する。

 

ここで彼を死なせるわけにはいかない。戻ってきてもらわなくては、困るから。



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父の帰還

「父さんが帰ってくる? それ、ほんとなの?」

 

「そうだって、母さんが」

 

 

骸との戦いからしばらくしての、朝。ツナは登校の道で、心底嫌そうにため息をついた。

 

俺は最近食欲がなくて、夕飯を食べずに寝てしまうことが多いから知らなかったけど、どうやら昨日母さんは信じられないほどおかずをたくさん作っていたらしい。

 

 

「どうりで今朝の朝食、俺だけやけに重いなって思ったんだよな」

 

 

食べなかった分の夕飯は、朝ご飯にプラスされるか弁当にプラスされるんだよね。

 

やたらおかずの数が多かったのは印象に残っている。

 

 

「ちょっ、兄さん、驚かないの!?」

 

「いや、だって俺、知ってたし。父さんが生きてること」

 

「ええっっ!? うそぉ!!」

 

 

そりゃまあ、父さんCEDEFのボスだし生きてるよ。

 

そう言えば会うのは久しぶりだ。帰国はヴァリアーが原因か。そういえば確かにもうそんな時期かも。

 

別に俺にはリング争奪戦はあんまり関係ないし、だんだんと近づいてきている高校受験の方が大切だ。

 

大変だったのは9代目の件だけで、皆大して怪我はしなかった気がするし。

 

雲雀さんに、ゴーラ・モスカを乱暴に扱わないでほしいと頼めばそれで俺の役割は終わりだろう。

 

 

「でも良かったじゃねーか、ツナ。親父さん帰ってくるなんてよ」

 

「う……うん、まあ……」

 

 

今更帰ってこられても、と苦い表情で呟くツナ。

 

俺は少し父さんに同情した。別に今だって好きなわけではないけど、同じようにいやに父親に反抗的な息子を持った身としては、苦労もわかるってものだ。

 

せめて俺は優しい態度を取ろうと思う。

 

 

「なぁ、これからみんなで遊びにいかねー?」

 

 

ツナに気を使ったらしい山本が、笑顔で言い出す。

 

いいねいいねと口々に賛成するみんなに苦笑した。俺は君たちがこれから誰に会うのか知っている。

 

 

「家綱センパイもどうすか? あ、でも勉強が…」

 

「山本それ地雷だから!! 正論だけどね!!」

 

 

涙声で叫ぶけど、同時にまぁいいかとも思った。別に俺は暗殺部隊の鮫に会いたいとは思わない。

 

 

「じゃあ、一足先に俺は帰ってるけど……みんなに迷惑かけたりするなよ、ツナ?」

 

「そんなことしないよっ」

 

 

手を振る俺に手を振り返しながら、ツナはむすっとしながら言った。

 

 

 

 

 

「ただいまあ」

 

 

山本にド正論かまされたし、せめて友香と一緒に並高行けるくらいには頑張らなきゃ。

 

高校受験は大学受験と違って教科を選べないから、理科や社会もできなくてはならないという大変なことになっている。

 

歴史とか地理とか、そんなの覚えてるはずないだろ! 高校時代からどれだけ時間経ってると思ってんだ!

 

 

「あら、いっ君おかえりなさい! あのね、聞いて! お父さんが、」

 

「家綱ぁぁあ~!!」

 

 

完全に不意打ちレベルで、リビングに通じる扉から飛び出してきて、ついでにがばっと飛びついてきたのは、シャツにボクサーパンツ姿の、我が父こと家光である。

 

酒くせぇ、と思った。昼間っから飲んでるんじゃないよ。

 

そんな俺の苦い思いに気付かず、父さんはぐりぐりと髭をそっていない頬を俺に擦り付ける。

 

 

「大丈夫かぁー! 最近体調また悪くなってきたって聞いて父さん心配だったんだぞ!」

 

「ああ、うん。そう思うならもっと帰ってくれば」

 

 

自分で考えていたよりも冷たい声が出たことに驚く。優しくしてやろうという気持ちは酒臭さで吹っ飛んだらしい。

 

戻ってこい、俺の優しさ。これでツナにも冷たくされたら父さんもさすがに参っちゃうだろ……。

 

 

「あら? 全然驚いてないのね、いっ君。お父さんが帰ってくるのに」

 

「ん? あー…学校でツナから聞いたから。そうそう、ツナこれから寄り道して帰ってくるみたい。言付け頼まれた」

 

「わかったわ。ありがとうねいっ君」

 

 

軽く頷いてから、俺はそのまま2階に上がる。父さんの名残惜しそうな声がしたけれど、無視で制服のままベッドに倒れ込む。

 

そして首の大空のリングのネックレスを外すと、枕元の黒いグローブと一緒に置いた。

 

 

(あー、ほんとに父さん帰ってきちゃったよ。これからリング争奪戦か…俺寝れるかな)

 

 

争奪戦中は並中に行かなくてもいいとはいえ、夜中にリボーンとツナが家を出たらさすがに気になる。それにあのリボーンのことだ、俺も夜中に連れ出されること、十分有りうる。

 

いろいろな面倒に対応するためには武器が足りない気がするな、と身体を起こした。

 

そういえば俺、今生でもイタリアに行ったことがある気がするけど、XANXUSとは知り合いだったのだろうか。



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何も知らないわけではない

____気がついたらいつの間にか寝てしまっていたようで、俺はにあわてて身体を起こした。カバンを開けて、今日やる予定だった参考書を見てため息をつく。

 

そろそろツナも帰ってきている頃かもしれない。今日はお腹も空いてるし、一緒にご飯を食べられそうだ。

 

 

「お帰りツナ。どうかした、顔色悪いじゃん」

 

「に、兄さん! 何とも思わないの!? こんな家の惨状見て!!」

 

「…あー」

 

 

確かに1階はひどい有様だった。ところどころにビール瓶や缶が転がってるし、フゥ太とランボも父さんの酒攻撃の被害にあったようだ。

 

おまけに元凶はシャツとパンイチでリビングに寝転がってるし、どうしようもない。

 

 

(やばいやっぱり好きになれそうにない)

 

 

親だから、嫌いじゃないけどやっぱりダメだ。強さに対しては認めてるけどその他はもうどうにもならない。

 

これで家に金入れてなかったら、出てけヒモが、と一喝して追い出してやるのに。母さんが優しすぎて女神。恋は盲目過ぎるだろとも思うが。

 

 

「うあああ、家がめちゃくちゃになるうううう」

 

「…マフィアが絡んだ時点でもうめちゃくちゃになってるだろ。ほら、父さん起きて。そろそろ夕飯だよ」

 

 

 

疲れ気味プラス父さんのせいで気落ちモードのツナと、上機嫌な母さん、それから元凶こと父さん、そして寝起きの俺でとる夕食は、ずいぶん変な感じの時間になった。

 

夕食を食べ終え、宿題があるからととっとと2階に上がったツナとリボーンを見届けると、俺は大量の洗い物を母さんとこなす。

 

あまりの洗い物の多さに手がかじかんでくる頃になると、母さんに『もう大丈夫よ、ありがとういっ君』と台所を追い出された。

 

さすがだ。体調を完全に見抜かれてる。

 

 

「よぉ、家綱。家の手伝い、感心だな」

 

「ああ、うん。父さん、飲み過ぎは体に毒だよ」

 

「なんでだ、日本酒なんて水みたいなもんだろ?」

 

「酒は酒だよ…」

 

 

俺なんて若い頃はワイン一杯で酔ってたからな。

 

 

「それより俺、世界中を飛び回る父さんに、手に入れて欲しいものがあるんだけど」

 

「なんだ?」

 

 

これを見せるリスクも考えた上での決断だ。父さんに、俺は手にした大空の属性のリングを見せる。

 

 

「これと似たものを手に入れてほしいんだ」

 

「指輪…?」

 

 

酒に酔ったとろんとした目のままで、父さんが俺からリングを受け取る。

 

銀でできたリングに触れ、それから埋め込まれた大ぶりのオレンジの宝石にも触る。

 

そしてやがて、体を半分起こしたまま怠そうにリングを検分していた父さんは、気づいたら、酔いが冷めた表情で背筋を伸ばしていた。

 

 

「…家綱」

 

「うん?」

 

「これを、どこで、手に入れた」

 

 

一言一言、区切って、硬い声で言う。

 

さっきとは打って変わって厳しい表情になった彼は、真っ直ぐに俺を見た。

 

CEDEFのボスの顔だ、と思いながらも、俺は父さんとは対照的に笑顔を作る。

 

 

「悪趣味な白い羽、生やしてる奴に」

 

 

イタリアのオークションかなんかで手に入れたのだろう。

 

白蘭に俺のいた世界の記憶があるのならば、あいつが言っていたようにユニも記憶を保持しているはずだから、ジッリョネロを通じて手に入れたのだ、きっと。

 

 

「…そうか」

 

「うん。で、しばらく実験してみたら、これなんか武器になりそうじゃん? だからツナにもこういうのあげたいなって」

 

「…それをなんで俺に言う?」

 

 

俺はお前にまだ、ボンゴレ門外顧問だとは伝えていないはずだぞ。

 

そういう訝しむような視線に苦笑する。

 

 

「知ってるんだよね俺。父さんの『本当の仕事』」

 

「!」

 

「思い出したことがあるんだ。俺たち1回、9代目に会ったことあるよね」

 

 

単に子供の頃の話だからか、それとも転生の影響で記憶が薄れてきているのか、よく覚えていないが。

 

父さんに連れていかれたイタリア。確かそこで、XANXUSに関する話も出てきたと思う。

 

やはり多分、会ったことがある。……そう、まだ、向こうが今の俺の年くらいだったはずだ。

 

 

「ちょっと考えてみたんだ、いつも世界を飛び回ってるとかいう父さんが急に帰国した訳」

 

「……、」

 

「ヴァリアーが……XANXUSがミツ君を狙ってるの?」

 

 

父さんが顔を顰めた。

 

図星、という顔だけれど、俺はただ『知っている』ことを突きつけてみただけ。この世界のXANXUSのことはよく覚えてないが、間違いなくこれからヴァリアーとの争奪戦が始まる。

 

 

「…家綱、お前は何を知っている?」

 

 

俺は答えなかった。

 

答えずに、ただ穏やかに微笑んだ。

 

 

____『何でも』と答えるわけには、いかなかったから。



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家庭教師中学生家綱!

____朝起きてみると、いやに階下が騒がしかった。

 

昨日、夜遅くまで勉強していたからか、いつもより起きる時間が遅めだ。ふあぁ、と大きく一つあくびをして、思いっきり伸びをしてからベッドから降りる。

 

 

……着替えてネクタイをしめ、時間割を揃えて1階へ行くと、リビングには取り乱しているツナがいた。首元には懐かしいフォルムのリングが通してある、ネックレス。

 

 

(あれは、ハーフボンゴレリング)

 

 

懐かしい。もう“俺”のリングはVG(ボンゴレギア)になったから、見たのは随分久しぶりな気がする。

 

俺はまだVGがリングだからあれだけど、皆のはそれぞれ装飾品になってるから、原型を留めてないし。

 

 

「よぉ、家綱。今日は珍しく寝坊だな。まあその原因が勉強だっつーのは感心だぞ」

 

「そーかな? ねぇ、皆して騒がしいけど、何があったの?」

 

「そうなんだよ兄さん!! 聞いてよ!!」

 

 

 

涙目で縋り付いてくるツナに瞠目しする。思わずリボーンを見ると、にやりとニヒルな笑いを見せられた。

 

どうやらヴァリアーの話を聞かせられたらしい。取り乱すのも無理はないだろう。

 

 

聞くところによると、このリングはあくまでもイミテーションで、ヴァリアーを誤魔化すための囮のようなものだという。本物を持っているのは、やはりミツ君のようだ。

 

 

(…でも父さんが手配してくれたのかな。ちゃんと炎も灯せそうだし。…仕事が早いな)

 

 

「どうしよう本当に! 早くディーノさんに返してこなきゃ!! ミツなんてもっと大変だろ!? マジで殺されちゃうよ!!」

 

「お、落ち着けってツナ。学校に行けば気分も落ち着くかもよ? 俺はまだ朝ごはん食べてないから、先に行ってなよ」

 

「兄さん…、そうだね! 病院にも立ち寄らなきゃ…! ありがとう、行ってきます!」

 

「急ぎすぎて転ぶなよ!」

 

 

俺がハラハラしていると、同時に今まで外に出ていた父さんが中に入ってくる。

 

意味有り気な笑み。やはりあのリングは父さんの手配らしい。

 

 

「ありがとう父さん。仕事が早いね」

 

「いや、可愛い息子のためならどうってことないぜ。…ああ、ただ代わりと言ってはなんだが」

 

「ん?」

 

 

父さんは緩めた頬を引き締めて、俺に問う。

 

 

「今度の戦い、ツナを鍛えてくれねぇか、家綱」

 

 

 

***

 

 

「あれ? ディーノさん」

 

「お、家綱じゃねーか。おはよう」

 

 

登校するべく家を飛び出すと、道の途中でディーノさんに会った。

 

彼は相変わらずのキラキラスマイルで軽く手を上げる。

 

オーラに当てられて胸やけ気味になる俺。

 

 

「お、おはようございます。久しぶりですね、ツナとは昨日も会ってたみたいですが」

 

「ああ。…今日はちょっと並中に用があってな」

 

「用?」

 

「ツナやリボーンから聞いてるだろ? いずれミツのものになるはずだったボンゴレリングを狙う派閥の話。ミツの守護者に選ばれたやつの修行をつけに行くんだ」

 

 

なるほど。目当ては雲雀さんか。

 

そういえば、ディーノさんはヴァリアーが日本に来るまでの十日間、雲雀さんをなるべく並中から遠ざけるために、誘導しながら戦ってたんだっけと思い出す。

 

 

すると、昔を懐かしんでいた俺に、あろうことかディーノさんはこんなことを言い出した。

 

 

「家綱、お前雲雀恭弥と仲いいんだって? お前も一緒に来てくれねーか?」

 

 

 

……違う。断じて仲がいいわけではない。いいなんて言ったら確実に咬み殺される。確かに『恭弥さん』とは、四十路を超えたあたりからくらいなら温和な関係だったけど。

 

俺の娘と雲雀さんの息子が婚約するから、いずれ姻戚関係になったわけだし、

 

って今そんなことどうでもいい!!

 

 

(あああ……来ちゃったよ)

 

 

前世でも今世でも兄貴分で、何かと世話になった感が強すぎるせいで、断れなかった。

 

断れなかったんだよう!!

 

…でもまあ、いろいろと聞いてみたいことはあるし、雲雀さんに会うことはまぁよしとして、

 

 

「お前が雲雀恭弥だな」

 

 

ってちょっと待って下さいよ!?

 

躊躇いもノックもなく応接室の扉を開け放ったディーノさんに、俺は真っ青になる。

 

心の準備がまだ整ってないのに!

 

 

「…誰?」

 

「俺はツナの兄貴分で、リボーンの知人だ。雲の刻印のついた、」

 

「…指輪の話がしたい?」

 

 

言葉の続きを先に言われたディーノさんが、息を呑む。

 

雲雀さんはそう言って薄く笑うと、立ち上がった。

 

…もちろん、俺も例外なく驚いた。

 

 

____彼の雰囲気が、俺の知る『恭弥さん』とよく似ているように思えたから。

 

 

「…この形の『これ』を見るのは、随分久しぶりな気がするよ。

 

ねえ、沢田」



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『恭弥さん』と『雲雀さん』

……どういう、意味だ。

 

息を吸い込もうとして失敗し、冷たい応接室の空気が直に喉に突き刺さる。無様に咳き込みそうになって、俺は慌てて声を呑み込んだ。

 

 

(まさか……ウソだろ? そんなことって)

 

 

『彼』が、『彼』までもが、ここにいるということは。

 

俺は唇を噛みしめて、目の前の人を睨む。けれど『彼』は飄々とした薄ら笑いを崩さずに、指でリングを弄んでいた。

 

 

「…ディーノさん。すみません、この人と話したいことがあるので、席を外してくれませんか」

 

「え…なんでだ?」

 

「すぐ済むので。お願いします」

 

 

有無を言わせない響きを、声に持たせる。

 

ディーノさんはしばらく返事をしなかったが、やがて黙って応接室を退出した。戸を閉める音が響く。と、同時に俺は顔を上げて、

 

 

『彼』を……“恭弥さん”を見た。

 

 

「…すぐ済む、って君は跳ね馬に言ったけど。本当にすぐ済むわけ?」

 

「……ディーノさんの異名まで知ってるなんて、本当にあなたなんですね。恭弥さん」

 

 

間違いない。この感じ、洗練された殺気。俺の雲だ。雲雀さんではなく、恭弥さん。

 

面白そうにボンゴレリングを見つめる彼に、俺は低い声で質す。

 

 

「……死んだんですか」

 

 

…あなたまで、という言葉は声にならなかった。

 

それを俺が問うのは、あまりにも筋違いだとはわかっていた。けれど問わずにはいられなかった。

 

俺も恭弥さんも死んだら、遥弥くんも梨奈も、可哀想すぎるじゃないか。

 

 

「…さあね。どう思う?」

 

 

おどけたような口調だった。が、明確に怒りを含んでいた。

 

凍てつくような殺気が室内にばらまかれ、吹雪にもマグマにも思えるような怒気がびしびしとオレの体を打つ。

 

彼は俺の死の真実を知ったのだ。

 

 

知った上で、俺の逃亡を誹りに来たのだ。

 

 

「手遅れになる前にここに来たのは、間違いじゃなかったと思ってるよ。……ああ、君の質問に答えてあげよう。『向こう』で、僕は死んでないよ」

 

「だったら、なんで…! 手遅れって、どういうことですか」

 

「むしろ向こうで死んでないからこそ、『僕』の記憶はこの体で曖昧に揺れている」

 

 

意味が分からない。

 

口を噤むと、彼は目に怒りを湛えたまま、鈍色に光るトンファーを俺に向ける。

 

 

「どういうつもりだい、沢田。

 

あれは、自殺だ」

 

「…そんなつもり、なかったんですけどね」

 

 

そういうよりは、俺は逃げたという方が正しいのかもしれない。マフィアのボスとして、あまりに人を傷つけすぎたという事実から、早く逃げ出してしまいたかった。

 

耳にこびりついた悲鳴をそのままに、安穏と暮らすなんてできなかった。

 

狙われていると知った時、俺はここで殺されるのが“正解”なのだと勘違いしてしまったのだろう。肩の荷が降りたことで混乱し、逃げを正当化した。

 

 

「君は自分が撃たれることを知ってたんだね。…あの巫女の子によって予言されていたから」

 

「…はい」

 

「それなのに、そのまま継承式を執り行った」

 

 

その方がよっぽど罪深いんじゃないのかい、と恭弥さんはボンゴレリングをテーブルの上に置いた。

 

確かにそうかもしれない。

 

家宣や梨奈、守護者たち、それから京子にもさんざん迷惑をかけた。

 

…それにユニにも。

 

 

____俺に予言をくれたのは、ユニとγの娘である、ソフィアちゃんだから。

 

 

「いらない業を背負わせちゃったと思ってます。償えずに死んだのも、本当に申し訳ないとも」

 

「…だけど後悔はしてないって?」

 

 

ふざけんな、とでも言いたげな視線に曖昧な笑みを返し、俺は話題転換のためにかねてから疑問だったことを聞く。

 

 

「さっき、記憶がなんとかとか言ってましたよね。あれ、どういうことなんですか」

 

「……常に『僕』の記憶があるわけじゃない、ってことだよ。この体は、あくまでベースはこの世界の『雲雀恭弥』だからね」

 

「そう、だったんですか…」

 

 

なんだか、ひどく納得できた。

 

それに、見分け方がわかった気がする。違和感はあったんだ、彼は俺を『沢田』と『保険委員長』で呼び分けていたから。

 

きっと『沢田』の時が恭弥さんで、『保健委員長』の時が雲雀さんなのだろう。

 

 

「僕がこの体に発現できるのは、1日1回、一定時間。初めは君が中学に入ってからで、5分くらいしかなかったけど、今は1回につき20分ってことかな」

 

「予兆は頭痛?」

 

「…よくわかるね。こういうことだけ」

 

「まあ、1回見てますからね」

 

皮肉げな口調に、またもや誤魔化し笑いだ。

 

彼はフン、と鼻を鳴らすと再びボンゴレリングを掴む。

 

 

「でも、恭弥さん。向こうで死んでないなら、恭弥さんは何のために…どうやってここに来たんですか?」



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修行開始!?

***

 

【NOside】

 

 

「うそ~!? ヒバリさんにも指輪がー!? あの人群れるの嫌いなのに入るわけないだろー!」

 

「だからこそ雲のリングがふさわしいんだ。あとはディーノに任せとけ」

 

 

秋空の下、思わず叫んでからツナは口を閉じ、自分の首にかかっているネックレスを見下ろす。

 

 

…本物そっくりな擬似ハーフボンゴレリングは、ツナが10代目第2候補の証だ。

 

 

宝石の部分には見事なアクアマリンが埋め込まれている。土台は純銀、毒物を触ると反応があるスグレモノである。伝統ある品だと知らない鑑定士が見れば、レプリカの方が高価だと思うかもしれない。

 

 

「でもなんでわざわざ俺がこんな…ミツだけで十分だろ! すげー強いじゃん!」

 

「ヴァリアーは、少なくともハイパー死ぬ気モードのミツよりも強いぞ。万一の時があったらお前が代わりに向こうのボスを倒すんだ。他人事じゃねーぞ」

 

「ミツが倒せないの、俺が倒せるわけないじゃん!」

 

 

「それはこれからの修行次第だよ、ツナ」

 

 

前方から響いた、自分とよく似ている聞き慣れた声。でも自分とは違って洗練され、大人びた声だ。

 

リボーンが目の前に立つその声の主を見て、ニヤリと笑った。

 

 

「ツナ。今回は俺はミツに付きっきりになる。今回の家庭教師は特別にこいつだぞ。…よく引き受けてくれたな、家綱」

 

「なんで兄さんがー!? 最近体調悪くなったばっかりなのに! 受験近いのに!!」

 

「あーー、ツナそれ言っちゃダメだって。俺忘れようとしてたのに」

 

 

唖然とする。困ったように頭をかいている彼は、間違いなく虚弱体質の兄。

 

骸との戦いで、謎の赤い羽根を出してミツを止めたり、ランキング上位だったりと、強いかもしれないとはわかっていたが。

 

 

(家庭教師が兄さんだなんて! 死んじゃうよ!)

 

 

今も若干顔色が悪い気がするのに、とハラハラする。

 

 

「レオンが大量にこしらえてくれたよ」

 

「そ…それ、まさか全部…」

 

「そ、死ぬ気弾! 俺銃苦手だからうまく撃てないかもしれないけど」

 

 

家綱か、腰につけた多量のマガジンを笑顔で手で揺らしてみせる。

 

本気だ、と思った。家綱は本気でツナを鍛えようとしている。

 

 

「頼むぞ家綱。せめて保険程度にはしろよ」

 

「任せろって。…じゃ、早速いってみようか、ツナ」

 

 

彼は迷わず、ツナの眉間に弾を撃ち込んだ。

 

 

 

***

 

 

「…話したんですか? もしかして、全部?

 

あ…全部じゃ、ないんですか。……いえ、私はほとんど何も知らずに『ここに』飛び出してきちゃったから…」

 

 

____同日・同時刻。

 

 

携帯電話のボディをぎゅっと握りしめて、唇を噛む。

 

……『彼』に時間がないことは薄々理解できていた。それは彼女にとっても同じことだ。

 

ただまさか、ここまで『期限』が早くなるとは思ってもみなかったのだ。

 

 

「! あの…大丈夫ですか!?」

 

 

突如、電話の向こうの声が一瞬だが、苦痛に歪んであわてて声をかける。『こちら』に来た副作用である、頭痛だろう。それが終われば完全に意識と記憶が消えてしまうらしい。

 

彼女は向こうで段取りをした上でこちらに来たから、副作用はほとんどないが。

 

 

「……わかりました。ごめんなさい、私、何もできなくて…。お兄ちゃんのことは、何も言わずに見守っておきますから。また何かあったら教えてください。失礼します」

 

 

電話を、切る。

 

ふぅと息をついたら、手のひらに汗が滲んでいることに気がついて苦笑する。

 

すると突然リビングのドアが開いて、人影が飛び込んできた。彼女は驚いて鋭く息を飲んでしまう。

 

 

「おお、友香! 今から出かけるのでな! 京子にも言伝を頼む!」

 

「お、お兄ちゃん…お帰りなさい。でも、すぐに出かけちゃうの?」

 

「おお! ……ちょっと相撲大会の練習があってな!」

 

「そう…。うん、わかった、伝えておくね」

 

 

彼女……友香が頷くのを見て、軽いフットワークで出ていく了平。

 

まっすぐ前を見据えて、その瞳はキラキラと輝いている。

 

 

「お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「あ、ごめんなさい…」

 

 

 

もうすでに部屋を出かけていた了平が、出し抜けにこぼれた妹の言葉に、リビングへ戻ってくる。

 

友香はあわてて顔を上げると、誤魔化すように手を振る。

 

 

「な、なんでもないの。……でも、その、お兄ちゃん」

 

「おう、どうした友香」

 

「気を付けてね」

 

 

少しだけ低められた声が、静謐さを帯びて重く響く。

 

まるでこれから戦いに行く了平よりも、彼女の方が『事情』を理解しているかのように。

 

 

「……けが、しないでね?」

 

 

まるで泣き出しそうな顔で、彼女はそう言った。



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ツナと修行

***

 

【side家綱】

 

 

現世分の人生も数えると、俺の視界に広がっているのは50年以上も前の光景だ。

 

……そこにあるのは断崖絶壁。流れる川。立ち並ぶ木々で構成された林。

 

まぁ、とはいえ。

 

 

「んなー!? ここどこーー!?」

 

「おっと、ツナ。しっかり突起を掴まないと落ちるぞ……ってもう遅かったか」

 

遅まきながら崖下で起こった大きな水柱に、俺は川を覗き込んで目を細める。

 

……俺は今、リボーンの立場でここにいるんだけど。

 

 

「あと100mはあるっぽいぞツナ。頑張んないと、リボーンに何されるかわかんないよ」

 

「げほっ、げほっ! だから俺は戦う気なんてないって、」

 

「…でもツナは、ミツ君だけに戦わせるのは危険だってことも、わかってるんでしょ? だってツナも、10代目候補なんだからさ」

 

 

俺だったら早々に投げ出してしまいそうだけど、ツナは気まずそうに言葉を詰まらせる。

 

 

あまりに理不尽な状況に、参るのも当然だろう。俺はそのうち慣れてしまったけど、そもそもマフィアの後継なんて望んでいないんだから、全てその座を望むミツ君に投げてしまいたいと思うのは当然だ。

 

 

「だけどこんなの無茶だよ兄さん! こんな崖…死ぬ気モードじゃなかったら死んでるよ!」

 

「まあなぁ。40mから落下しても水はコンクリ並の硬さになるらしいしなぁ」

 

「怖い事言わないでよ!」

 

 

そう考えてみると、なんで俺、この修行命綱使わなかったんだろうな。

 

いや、この世界のツナも使ってないけどさ。

 

 

「それに無茶な修行でもないらしいんだよね。初代もこうやって強くなったんだってさ」

 

「初代が?」

 

 

一世紀以上も前の話だから眉唾もんだけどな。そうは言わずにただ頷く俺。

 

 

「それに関係ない関係ないばかり言ってもられないんだよ、ツナ。確かに10代目第1候補はミツ君だけど、あくまで初代の直系の一族は沢田家なんだ。そうなったらXANXUSがまず、分家の人間よりも弱い本家の人間を狙う可能性だってあるだろ?」

 

「あ……そっか…」

 

「だから強くならなくちゃ。理不尽だとは思うけど、抵抗出来るくらいにはさ」

 

 

黙って殺されたくないだろ?

 

そう問うと、ツナは黙ってこくこくと顎を上下させる。

 

 

「だから早く仕上げなくちゃならないんだ。まずはこれを2日で攻略な」

 

「兄さん、鬼畜ーー!!」

 

 

***

 

「どうだ、家綱。そっちは順調か」

 

「うん、まあね。根性あるよ、我が弟ながら。ミツ君はやっぱり優秀?」

 

「ああ」

 

 

リボーンが、修行の疲れを効率よくとるために、パンツ一丁姿で眠りこけるツナを見下ろして、ニヒルに笑む。

 

死ぬ気の零地点突破の修行はうまくいっているらしい。とりあえずは安心だ。

 

 

「…こっちもそろそろ第一段階が終わるよ。零地点突破会得まではいかなくても、ハイパー死ぬ気モードにはなれるようにしたいと思ってる」

 

「そうか。…だが師匠であるお前が死ぬ気になれねえのは痛えな。あとでバジルを寄越すから、少しは実戦も経験させておけ」

 

「うん、わかった。ありがとうリボーン」

 

「あと、お前は受験勉強も忘れんじゃねーぞ。それから体に気をつけろ。一番虚弱なのはお前なんだからな」

 

「うっ」

 

 

きっちり俺にも釘を刺してから、リボーンはひょいっと岩場を飛び越え、みるみるうちに遠ざかってしまった。

 

わかってるよ…高校受験までそろそろだってことも……。うう、胃がきりきりする。

 

 

(…でも今は、修行の方が大切だ)

 

 

 

____しばらくしてツナの目が覚めたので、薪で暖まりながらしばし休憩。

 

俺は単語帳を開きながら、ツナにさっきリボーンが来たことを伝えた。

 

 

「えー!? じゃあミツと俺は同じような修行してるってこと!? それでミツはもう大分進んでるの!? スゴすぎー!」

 

「ってわけでもないんだなこれが。ツナは素手で登ってるだろ?」

 

 

え、と呟いてツナは自分の手を見下ろす。

 

指先は少し擦りむいていて、岩場を登ることで切ってしまったのだとわかる。

 

 

「だから、次はこれを使って登ってみて」

 

 

そう言うと、俺はツナの目の前にとあるものを差し出した。Xの紋こそないものの、レオンのミトンのグローブ形態とそっくりなフォルム。

 

白蘭に貰った、俺のVGの代わり。

 

 

「わ…グローブだ。ミツのと似てるね…これ、兄さんの?」

 

「んー、まあそうなんだけど、使ってないからあげるよ。使いこなせれば、ミツ君と同じハイパーモードになった時、有用だと思ってさ」

 

「…俺があんなんになれるわけないじゃん…」

 

 

そんなことないよ、事実俺にもできたことなんだから。

 

とは言えないけど。

 

 

「…じゃ、そろそろ行ってみるか。はい、グローブはめて」



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仲直り、かも?

「う、うわっ……よっと!」

 

 

崖のへりを掴んで、震える足と手でツナが地面にたどり着こうとする。

 

俺は、最後だからと手を差し伸べて思い切り引っ張り上げ、一緒に肩で息をする。

 

 

「ほ…ほんとに登れた……すごいよ、兄さんのグローブ! 死ぬ気になったらホントに強くなれる気がする…!」

 

「死ぬ気なら、素手でどこまで登れるのか気になったんだ。体鍛える名目もあったし、試してみたくて」

 

「兄さん…なんかやっぱりちょっと厳しくない?」

 

「そうかなー?」

 

 

自分ではそう考えてなかったけど、無意識にそうしちゃってるのかな。

 

何が目的なのかわからないミツ君と、昔俺と会ったことのあるXANXUSがぶつかるんだ。

 

何かあった時のために警戒してるつもりではあるけど。正直昔の自分が何言ったのかとか覚えてないしな。

 

 

「そろそろ日も傾いてきたし、夕食食べに戻ろうか?」

 

「あ、うん…確かに! そうするよ!」

 

 

頷くツナに笑いかけてから、俺は眼下の森に視線を投げる。

 

何回かダイナマイトの音が聞こえてきたから、獄寺君が修行していたんだろうけど、シャマルが師匠についてもらったのだろうか。

 

怪我をしてないか心配だ。ここに俺がいたり、ミツ君がいたりする時点で、必ずしもこの世界で同じ歴史を辿るとは限らない。

 

前世の俺へよりも、ミツ君に本気の忠誠を掲げる獄寺君が、自分の命を省みれているのかが心配だ。

 

 

「どうしたの兄さん。早く帰ろうよ」

 

「あー、うん。ツナは先に帰ってていいよ。俺、ちょっと寄るところあるからさ」

 

「えっ、ちょ、兄さん!?」

 

 

……やっぱり、心配だ。

 

そう思って、ツナの制止を聞かずに俺は慌てて森へ向かって走り始める。獄寺君は立派な右腕になる。それがたとえ、主がミツ君になろうとツナになろうと、きっと。

 

リング戦に出られなくなるのは、困る…!

 

 

____刹那、どおん! と爆音が轟いて、閃光が目を灼く。

 

間違いなくダイナマイトの爆発。慌てて森の中に入り、獄寺君! と声を上げる。森が開けた場所では黒煙が上がり、目の前が隠されている。

 

するとぱし、と誰かに口を押さえられた。

 

 

「よう」

 

「…シャマル! 何してんのこんなてこで……って早く助けにいかないと! 獄寺君、自分の命を本当に投げ捨てちゃうよ!」

 

「待て家綱。様子を窺え」

 

爆炎がやがて晴れていき、最初に俺の目に映ったのは、無残な獄寺君ではなく、父さんとリボーンと三人で、即席の塹壕に埋もれている彼の姿だった。

 

 

ほっとして、思わず腰が抜ける。

 

思い出したように煙に咳き込むと、シャマルが面倒臭げに、でも心配そうに「大丈夫か」と聞いてくれた。

 

 

「…よかった。父さんが助けてくれたんだ」

 

「…お前、自分のことみてーにホッとしてんな。獄寺はあくまでミツの守護者で、お前の弟の守護者じゃねーだろ?」

 

「………うん、そうなんだけどさ、やっぱりツナの大切な友達だから」

 

 

ふーんと呟くシャマルの声が、少し胸に刺さった。

 

こんなの詭弁だ、そんなことわかってる。俺は俺の世界の隼人に、獄寺君を重ねているだけだ。

 

だけどどうしようもなく心配になるんだ。こう思ってしまうんだ。

 

 

(獄寺君も、山本も、ツナの守護者だったらいいのに)

 

 

ミツ君ではなくて、と。

 

 

「お前ほんとにブラコンだな。……自分の体のこともほぼわかってんだろーによ」

 

「何だよシャマル。男は診ないんだろ? 心配してくれんの?」

 

「……け、生意気なガキだぜ」

 

 

そう吐き捨てたシャマルが、不機嫌に獄寺君の元へ向かうのを見送る。

 

 

……ガキじゃないよ、とそう呟いた。

 

今のあんたより年上だよ、と、小さく。

 

 

「よお家綱、来てたのか」

 

「父さん。…獄寺君助けてくれて、ありがと」

 

「まあなー。唯一中距離支援の獄寺がいねーと、ファミリーがなりたたねーしな! …それで、どうだ? ツナの様子は」

 

 

にか、と笑う父さんは、いつもの父さんのように見えて『門外顧問』の顔をしていた。

 

『俺』の父さんはもう門外顧問じゃないけれど、真剣さをうちに隠した笑顔はずっと変わらないままだ。

 

 

「うん。心配ないよ。けっこうすごいよ、ツナ。想像以上だ」

 

「そうか。しっかりしてるお前がそう言うなら、そうなんだろうな。…だが家綱、お前も早く家に帰れ。一日中外にいるなんて体に障ったろ? 俺も早く帰って奈々のメシ食って、早く寝るからよ」

 

「……酒は飲まないでよ」

 

 

そう言うと、父さんは『父さん』の顔で笑う。

 

…なんだか少し『仲直り』できたみたいで、俺は思わず顔を綻ばせた。



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不安

「おっ、落ちるーー! ひぃ、わ、わぁ!

 

あ、あっぶねーー……」

 

「お。おめでとうツナ、3回目の崖上り成功」

 

 

____そして翌日。

 

今日の修行にはいつもと違って、リボーンが見に来ている。

 

そしてその鬼畜家庭教師は、ツナの成長に満足げに頷いている。

 

 

「さすがだな家綱。お前も将来は俺みてーなマフィアの家庭教師になってみるか」

 

「嫌だよそんな就職先。御免だよ」

 

 

俺はツナだから面倒見てるんだってば、と言うとリボーンはそうか、とニヒルに笑う。

 

 

「まずはお前はその虚弱体質を治さなきゃな」

 

「……、そうだね」

 

 

思わず言葉に詰まるが、リボーンは特に気にした様子もなく後ろを見遣る。思わず視線を追うと、そこには亜麻色の髪の少年。

 

見覚え、はあるに決まっている。『前世』でも散々お世話になった、父さんの部下。

 

 

「ちょうどいい。これならバジルを一時的に貸し出しできそうだな」

 

「え……バジル君!? 怪我は平気なの!?」

 

 

パンイチのまま、ツナがびっくりしたように顔を上げる。

 

確かにバジル君はスクアーロとの戦闘で、怪我を負ったはずだった。

 

 

「ええ。ロマーリオ殿と親方様の薬草でかなりよくなりました。……はじめまして、家綱殿。15歳というお若い年齢にも関わらず、優秀な指導役だと親方様から伺っております」

 

「虚弱だけどな」

 

 

 

余計なことを吹き込むリボーンを軽く睨んでから、俺はバジル君に向かって微笑む。

 

ほんとに懐かしいな。ずいぶん久しぶりに会った気がする。

 

 

「……はじめまして、バジル君。君のことも聞いてるよ。ツナに死ぬ気の修行をしてくれるんだよね。助かるよ、俺は死ぬ気になれないから」

 

「ええ。お身体が悪いのだと知っています。ですがとてもお強いのだとお聞きしました。拙者としてもいろいろなご指導賜りたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします!」

 

「えっ……バジル君にそう言われてるってことは、やっぱり兄さんって強いんだ……」

 

 

呆然と言うツナに苦笑する。

 

別に強い訳ではないけど、それなりに戦えるってことも、幼い頃から倒れまくっている俺を見ているツナにとっては、信じ難いことなんだろうな。

 

 

「じゃあ早速始めろ、家綱。死ぬ気弾を撃ち込め」

 

「ん、わかった。じゃあツナ、頑張ってバジル君をダウンさせるんだぞ」

 

「えっ、はっ!? 何言ってんの兄さん!!? 無理だよ!? だって死ぬ気の人相手なんて、殺されちゃうって!!」

 

「さーて死ぬ気の世界へ行ってらっしゃい!!」

 

 

……前世でリボーンの指導を受け続けた俺の指導は鬼畜だった。

 

ツナの言葉を遮って撃ち込んだ死ぬ気弾は吸い込まれるようにツナの額に着弾。強制的に相手を死ぬ気モードにする。

 

 

(ごめんなツナ。俺にもお前に強くなってもらうっていう目的がある以上、妥協してる場合じゃないんだよ)

 

 

ツナは正直、前世の俺より才能があると思う。

 

リボーンがいなかったから第二段階になかなか入れなかったけど、現に俺がグローブつきでやっと登った壁を、二日目には素手で登れるようになっていた。

 

 

 

復活(リ・ボーン)! 死ぬ気でお前を倒す!」

 

「よろしくお願いします」

 

 

雨の炎を額に灯したバジル君が、ツナに相対して構える。

 

……そして戦闘は、ツナの拳により始まった。

 

ツナの攻撃は素早く、それなりに鋭い。だがそのラッシュは狙いどころが甘く、やはりハイパー死ぬ気モードのそれには遠く及ばないだろう。

 

やっぱりもったいないよな。ツナにも死ぬ気丸を使わせてあげたい気がする。

 

 

「死ぬ気になりすぎです、沢田殿。本当の死ぬ気になるのは…一瞬でいいんです」

 

 

攻撃の手を止められ、虚をつかれたツナが、彼の攻撃によって石壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられて呻き声を上げる。

 

あまりにあっさりとした戦局に、最早清爽さすら感じた。

 

 

「やはりバジルはツナより何枚も上手だな。さすがお前の弟子だぞ、家光」

 

「そりゃ、厳しく育ててきたもん」

 

「父さん! 来てたんだ」

 

 

驚いて声を上げると、父さんは「よう」と明るい声で挨拶し、片手を上げた。

 

 

「ツナもなかなかだな。想像以上だ。ミツは凄まじいが、ツナもここまでやるとは思わなかったぜ。プリーモの血筋だな。我が息子ながら天晴だ」

 

 

あれはお前のグローブか、と問われて頷く。

 

…頷きながら、俺は少し不安に“なってしまった”。

 

 

(やっぱりミツ君は、すごいんだ)



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タイムリミット

「うおりゃああああ!!」

 

 

野太い咆哮を上げ、細かく砕かれた岩を鷲掴んだツナが、それを次々と投擲する。

 

しかし軽々とそれを避けるバジル君はまだ余裕そうで、投げられた岩は一つも掠りもしない。

 

バジル君はやっぱり、父さんに鍛えられてきただけあって、ツナと同じ14歳だとは思えないくらいに強い。

 

……まぁ今の俺の体力じゃ、あのツナの投げた岩、全部避けきれないかもしれないけどなぁ……。

 

 

「沢田殿。おぬしが死ぬ気モードで5分しか戦えないのは、気力を常に全力で放出しているからなんです。そんな戦い方では、持久戦で勝てません。気力をコントロールして、長時間死ぬ気でいられるようにしましょう!」

 

 

ツナが投げた岩を見事に手のひらで受け止めた彼は、それを崖の上層部に投げつける。そしてでかい落石が、ツナを押し潰した。

 

一瞬スプラッタな光景が脳裏をよぎり、思わず真っ青になったが、そこは死ぬ気モード。

 

……ツナは苦しげに呻き声を上げたが、なんとか無事だったようだ。

 

 

ほっと息をつくと、「まあ気力のコントロールが必要なのはお前にもわかるだろ、家綱」と父さんが声をかけてきた。

 

そう、これから修練するのは死ぬ気の零地点突破だ。

 

父さんもリボーンも大してツナに期待していないだろうが、会得しようと思えば気力のコントロールは必須になるだろう。

 

……なぜならツナはハイパーモードになれないから。

 

 

(……まあ、修得してもらうんだけど。死ぬ気で)

 

 

せっかく、前世の俺よりも強い才能を持っているんだから、使わなくちゃもったいないしな。バジル君にも会えたし、死ぬ気丸も少し譲ってもらおう。

 

……そして、望むらくは。

 

 

(今回の修行で、ツナは、指輪に炎を灯せるようになってもらう)

 

 

____大幅なステップアップだ。

 

せっかく、リングの炎の存在を知っていて、擬似とはいえボンゴレリングとされる大空のリングがあるんだから、やらなきゃもったいないよねうん!

 

1年先の勉強を先取りするようなもんだ。

 

……しかも俺のグローブは白蘭がわざわざ仕入れてくれた高性能のもの。

 

いずれグローブに炎を灯した攻撃もできるようになってもらおうと思う。

 

それに……あと、フェイの存在もそのうち知らせておかなくてはならない。

 

あれは武器を持たず、体力がない虚弱体質の今の俺のメインウェポンだ。

 

もともと“沢田綱吉”に仕えていてくれていた匣幻獣(アニマル)だ。きっと、ツナの力にもなってくれるはず。

 

 

(……俺にはあまり、時間がないかもしれないから)



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知己と

____同日同刻、イタリア某所。

 

 

都市部の郊外にあるその城は、本部よりも遥かに小さい代わりに豪華絢爛さが際立つ造りになっている。

 

そう、ここは独立暗殺部隊ヴァリアーのアジトだった。

 

 

……ヴァリアー側の雨の守護者・スクアーロが偽物のハーフボンゴレリングを持ち帰って数日。

 

XANXUSに呼び出された彼は、上機嫌に自身の上司の部屋に足を踏み入れた。

 

 

「お呼びか、ボス。ハーフボンゴレリングの褒美をくれるってんなら、ありがたく頂戴するぜぇ」

 

 

しかし得意げに笑むスクアーロを、XANXUSは冷たい視線で射抜いた。

 

想定外の態度に目を瞠る彼の頭を鷲掴むと、無慈悲にもXANXUSは口を閉じたまま、スクアーロの頭を机に叩きつける。

 

何しやがる、と憤る部下を見遣り、XANXUSはただ一言、「偽物(フェイク)だ」と告げると、リングを指の力だけで押し潰す。

 

 

……ざわめきが、ヴァリアー内に波として伝わる。

 

くすくす、と隊長の失態を笑う他の幹部の声とともに、XANXUSは「家光の仕業か」と呟いた。

 

 

「ししっ…なあスクアーロ。日本(ジャッポーネ)にはあいつもいるんだろ?」

 

「余計なこと言ってんじゃねぇぞぉベル。『今回の目的』を忘れたのか」

 

 

無言で立ち上がるXANXUSに視線を向けたまま、スクアーロは金髪の少年……ベルフェゴールを誹る。

 

わかってんよ、と不満げな表情を作るベルだが、彼の口調は少し明るい。

 

 

「7年……いや、8年ぶりかしらねえ? 彼と会うのは」

 

「弟の口ぶりからすると、“向こう”は完全に忘れてるみてぇだけどなあ。普通すぎる生活を平和に送ってるらしいぜえ」

 

「ししっ、そりゃそーだろ。オレだってヴァリアーに入ったばっかしだぜ。あいつなんて多分、7歳かそこらだろ」

 

 

「るせえ、ドカスども」

 

 

怒気を孕んだ一声に、幹部がおしゃべりを一斉にやめる。

 

鎮まった空気に、緊張感が走り、一喝された幹部だけでなく、隊員たちが恐怖に身体を竦ませた。

 

 

「日本へ発つ。“奴”を……この世から消し去る」

 

 

____全てはヴァリアー幹部の総意たる、目的のため。

 

スクアーロはふん、と鼻で息をついた。

 

 

「ずいぶんやる気に満ちてんなあ、ボスさんは」

 

「ま、オレも楽しみにしてたしね。ししっ、スクアーロだってそうだろ?」

 

 

見透かすようなベルの言葉に、スクアーロはまあなぁ、と軽く頷いた。

 

____今回の来日。ヴァリアーにとっては、久しく知己に会うことのできる、滅多にない機会だからである。



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覚悟の炎を

……この短期間で、ツナは目覚ましい成長を遂げた。

 

 

やっぱりこの世界のツナは俺よりずっと才能を秘めていたようで、既に死ぬ気モードのバジル君に何回か勝つことができている。

 

俺の時より早く、だ。

 

リボーンと父さんはあくまでもミツ君を気にしていなきゃいけない立場だから、もう修行の場にはいないが、これなら『万が一の時』も、ツナが前線で戦えるかもしれない。

 

 

「いつつつ……」

 

「ぐ……さすが綱吉殿。すばらしい一撃でした…」

 

「そう言いながらバジル君だって、完全に意識保ってるじゃん…」

 

 

ツナがヘッドバッドを決めて、双方にダメージが入ったからか、二人して悶絶している。

 

今回はどうやら相討ちのようだけど、さっきはツナの勝利だった。

 

俺が微笑ましい気持ちで二人を見ていると、よいしょ、とバジル君が立ち上がる。

 

 

「……それでは、家綱殿、綱吉殿。拙者は田沢殿のところへ戻ります」

 

「うん。ありがとうバジル君」

 

「あ……またね!!」

 

 

ツナと並んでバジル君を見送って、ふうと一息つく。

 

俺の記憶によると、多分今日はXANXUSたちが来日する日だ。

 

そこでミツ君もツナたちも、初めてのヴァリアーとの邂逅を果たすんだろうけど……。まだ、日没までには時間がある。

 

 

「ツナ。一回、グローブを外して」

 

「え? でも兄さん、これ、つけないと修行なんてできないじゃん」

 

「そうじゃなくて。あとから使えるようになる技術を教えるから。

 

その疑似ボンゴレリング、指につけて。一応形は『ハーフ』だけど、それはそれで一つのリングだから」

 

「え……これを嵌めるの?」

 

 

訝しげなツナだけど、俺の言葉には素直に従ってくれた。

 

内心安堵しながら、俺も白蘭からもらった大空のリングを嵌める。

 

 

「嵌めたけど……これでどうするんだよ?」

 

「まあ、見て」

 

 

そう言って、俺は一度目を伏せる。

 

……指輪自身に、自分の覚悟を、意志の力そのものを流し込むイメージで。

 

ぎゅっと手に力を入れて目を開くと、指輪にはオレンジ色の炎がともっていた。

 

 

「うわあ!? 指輪が燃えた!!」

 

「これ、死ぬ気の炎なんだ。……ツナ、お前が死ぬ気丸を手に入れられない間は、これが強くなれるかのカギになる。必ず争奪戦前には、できるようになろう」

 

 

***

 

 

「んー…うー………あーもー無理だよ! 何!? 覚悟を火にするイメージって!!そもそも指輪って燃えるもんじゃないじゃん!?」

 

「ま、確かにそうだけどさ」

 

 

……夕飯のために、家路についた俺たちだが、その帰路でも地味ーな修行は続いていた。

 

そう、俺がさっきから言っているリングに炎を灯す修行だ。

 

覚悟の炎をリングに灯す修行は、ハイパーモードになれるようになったあとでも、コツを掴むのにちょっと苦労する、少しだけ格上のもの。

 

今やるということは、飛び級みたいなもの、なのかな。

 

 

「まあ、とりあえず今日の以上のうちに父さんに死ぬ気丸を譲ってもらわないとなー」

 

「だから死ぬ気丸って何なの…」

 

「ミツ君が骸を倒した時になったような感じになる薬みたいなもんだよ」

 

「えっ薬!? ……なんか不穏だなあ」

 

「……麻薬とかじゃないから平気だって」

 

 

苦笑して前を向くと、少し先に人影があることに気がついた。

 

思わず目を瞬かせると、その人影はこちらに走って近づいてくるのがわかる。

 

 

「いっ君! ツナ君!」

 

「友香」

 

「友香先輩!?」

 

 

シルバーブロンドの長い髪を揺らしながら走り寄ってきたのは、友香だった。

 

その顔は少し青ざめていて、それでもあわてて走ってきたのがわかるくらいには、汗が流れていた。

 

 

「どうかした、友香? なんかあった?」

 

「京子から連絡が来て……ランボ君がいなくなっちゃったみたいなの! 二人とも見かけてない?」

 

「え!? ランボが…それ、本当ですか? 見かけなかったよね、兄さん」

 

「うん…だけど、やばいな」

 

「え?」

 

 

ツナがきょとんとして顔を上げる。当たり前だが、暗くなってからはぐれた、ということ以外を心配していない様子だ。

 

だけど、真の危険は他にある。……この修行の第二段階が終わる頃って言ったら、どう考えてもフェイクの指輪がXANXUSに露見する時期だ。

 

 

「ツナ、探しに行こう。3人が心配だ」

 

「あ、うん…」

 

「友香は、もう遅いから帰って。京子にもそう伝えて。遅い時間に出歩いたら危ないよ」

 

 

そう言い残して、駆け出す。

 

引き止めるような声が聞こえたけど、止まることはできない。

 

手遅れになってからでは、遅いんだ。



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『復讐』

「なんだって!? ランボが雷のリングを!? なんでだよ!! あいつ5歳だぞ! おバカだぞ!!」

 

「俺に来た報告も事後報告でさ……異議を挟むことはできなかったんだよ」

 

「そんな……ってそれにランボってボヴィーノだろ!? ボンゴレに入れていいのかよ!ランボのボスがなんて言うか……」

 

「光栄だって泣いて喜んだみたいだ。ボンゴレは巨大マフィアだから、打診を喜ぶのは当然だよ。ボンゴレと繋がることで、ファミリー全体の地位向上に繋がると考えるのは自然なことだ」

 

 

……なんだか、こんな話、前もしたような気がする。

 

その時は多分、これに答えていたのはリボーンで、尋ねたのが俺だったと思うけど。

 

するとツナが怪訝そうな顔をする。

 

 

「でもどうして……10年後のランボ、たしかまだボヴィーノにいなかったっけ? 前に呼び出した時、ファミリーの表彰で『トイレ掃除がんばったで賞』をもらったとか言ってたような……」

 

 

……鋭いな、と俺は目を見開く。

 

俺の時はまったく気づかなかったのに、いや、今でも言われるまで気づかなかったのに。

 

そうか、たしかにそうだ。もうこの時に、ズレを疑問に思って然るべきだったんだ。

 

……でも、その答えはわかる。

 

 

「……それは多分、パラレルワールドから来たんだ」

 

「ぱら、れる?」

 

 

平行(パラレル)。ある世界から時空軸分岐して、それに並行して存在する別の世界のことだよ。量子力学の多世界解釈がそんな感じの理論的な仮説を立ててる……。多分ランボは、“守護者に選ばれなかった”、もしくは“ボンゴレに入らなかった”世界から来たんだ」

 

 

そしてそれは多分、俺も同じだ。

 

白蘭は意識だけでなく肉体ごとパラレルワールドにトリップして、そこの世界に干渉し、技術を持ち帰ることができたが、俺は精神だけ、この沢田家綱という体に乗り移って、この世界で生きている。

 

するとツナは、そっか、と小さな……でも少し納得できていないような声を漏らした。

 

 

「兄さん、なんで……なんでそんなこと、知ってるの? 量子力学、とか……」

 

「え、と……それは、」

 

 

言葉に詰まったその時。

 

俺たちの行く先に、ミツ君を中心に固まるみんなが見えた。

 

 

「ミツ! みんな!!」

 

「ツナ……来たのか!」

 

「よかった、無事!?」

 

 

ミツ君、獄寺君、山本、それから了平。全員の無事をその目で確認したツナは、ほっとしたように息を吐く。

 

俺も慌ててそれに続いて、手を振った。

 

 

「けがはみんな、ないみたいだね。よかったよ」

 

「おお、家綱! お前も問題はなさそうだな!!」

 

 

「……う゛ぉぉぉい! 家綱、と言ったかぁ!?」

 

 

全員で。

 

弾かれたように、いっせいに、声のした方向を見上げた。

 

風になびく銀髪。鋭い瞳にヴァリアーの隊服。そして……手に取り付けてある、両刃の剣。

 

スクアーロ。そう呟いた俺の声は、音にならなかった。

 

ならなかった、はずなのに。……それを聞きつけたような表情で、スクアーロは、凶悪に笑った。

 

 

「久しぶりだなぁ、沢田家綱!!」

 

「なッ……!?」

 

 

スクアーロに向けられていた視線が、今度は俺に突き刺さる。

 

驚愕、疑問、そして……疑惑と警戒。

 

思わずリボーンとミツ君を見ると……彼らは俺を、明らかに警戒した目をしていた。

 

 

「兄さん、どういうこと!? こいつのこと、知ってるの!?」

 

「知ってるけど……会ったことがあるのかはよく覚えてない……」

 

「だろうなあ」

 

 

俺のつぶやきを拾ったスクアーロが、再び笑い声を漏らす。

 

どういうことだ、と問い返す前に、彼のそばにいたベルフェゴールが口を開いた。

 

 

「そう『予言』したんだっての。8年前に会った、お前が」

 

「俺が……予言? 何の話、」

 

「だよな? ボス」

 

 

ボス。その言葉に、俺は目を見開く。

 

次いで一歩前に踏み出したそいつのせいで、意図せず身体が凝り固まり、何も言えなくなる。

 

 

……姿を見せた彼はまさに、高温灼熱の殺気を纏った、百獣の王の風格。

 

憤怒の炎を自在に操る、ボンゴレ2代目の『後継者』。

 

 

「XANXUS……!!」

 

「カスが……生きてやがったか、沢田家綱」

 

 

血赤の目が、剣呑に細められる。

 

殺気はない。だがどこか研ぎ澄まされた怒気が正面から吹き付け、冷や汗がだらだらと垂れる。

 

若いころのXANXUS、こんなぎらぎらしてたっけ。めちゃくちゃ、こえーんだけど!

 

 

「ボンゴレ10代目のこともそうだが、この日本には……てめえに復讐するために、来てやった。あの時受けた『侮辱』への……な」



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勅命の変化

「侮辱……!? 俺が!? XANXUSに…!?」

 

 

身に覚えがまったくない。幼い頃の記憶は大分薄れてきているが、本当に、完全に、ない。

 

……そもそも8年前っていうと、俺は7歳でXANXUSは16歳とかだろ?

 

確かに俺は8年前、父さんについてイタリアに行ったらしい。俺は忘れてるけど、父さんにも聞いたので間違いはないだろう。

 

それの記憶については幼児期退行の一環、そして病気のせいだと考えればいいから、大した問題ではない。

 

ただ、いくら前世の記憶があるからって、なんでわざわざ“8歳として不自然な行動”を取らなきゃいけないんだよ。それこそ不自然だ。ありえない。

 

だって俺は、リボーンが来るまでは、ぼろを出さないように……本気で気をつけてたんだから!

 

 

「……どうやら、あの時の『予言』は当たったみてぇだなぁ、ボスさんよぉ」

 

「ふん。忘れてるなら……思い出させてやるまでだ」

 

 

血赤の瞳が瞬いて、隣のツナが小さく悲鳴を上げた。

 

……XANXUSはいったい、俺の何を知ってるんだ?

 

さっきから思わせぶりな行動ばかりだ。復讐がしたいなら、なんで俺をすぐに殺しに来ない?

 

それに俺の知っているXANXUSより、こいつは随分『ボンゴレ10代目』への執着が薄いように思える。

 

 

「待てXANXUS、そこまでだ。ここからはオレが取り仕切らせてもらう」

 

 

出し抜けに響いてきた声に、俺は反射的に顔を上げる。父さん、と呟いたツナの声に、獄寺君が「沢田さんのお父様!?」と目を剥く。

 

……やっぱり、なんか知ってるみたいだな、父さん。俺はいったい……8年前に、XANXUSたちとどんな話をしたんだろう。

 

 

今更出てきて何を口出す、と言うスクアーロに、父さんは9代目からの回答を待っていた、と答えた。

 

……そしてXANXUSが偽造したらしい9代目からの文書の内容は、『前世』の時とはほんの少しだけ異なった。

 

 

『今まで自分は、後継者には沢田の分家の優秀な倅、田沢光貞が相応しいと考えていた。だが最近相応しい者を見つけるに至った。我が息子XANXUSである。彼こそが、ボスとしての全権を譲るに相応しい』

 

 

……そう。『10代目として』ではなく。

 

『ボスとしての全権を譲る』に相応しいと、変わっているのだ。

 

 

____そして。

 

 

家に帰ってご飯を食べ、ベッドに潜り込んでも、結局XANXUSの言った言葉の意味はわからなかった。

 

侮辱とはなんなのか。自分が本当に何か気に障ることを言ったのか、したか。

 

覚えがないのでわかるはずもないが、気になって仕方ない。

 

……どうしても眠れなかったので、リビングに水を飲みにいくことにした。

 

汲んだ水を喉に流し込んでため息をつくと、後ろから「よお、家綱」と声をかけられる。

 

 

「父さん」

 

「どうした、眠れないのか? こんな遅くまで起きてたら体に毒だぞ」

 

「……父さんこそ、こんな夜中に酒盛りしたら体に毒だぞ」

 

「わかってねーなぁ家綱。酒は夜に飲むもんだろ?」

 

 

……確かに、と思いながら俺は水を飲み干した。

 

あー、俺もお酒が飲みたい。別にブルゴーニュの年代物じゃなくてもいいから、5000円の安ワインでいいから飲みたい。

 

けど今の俺は未成年、しかも虚弱体質だから我慢しなくちゃいけない。悔しい。

 

 

「父さん。俺がイタリアに行った時……やっぱりXANXUSに会ったんだね。その時、俺はなんて言ったんだろう? よく覚えてないんだ……XANXUSの癪に障ることしたのかな」

 

「……今日のことか……」

 

 

父さんは手に持ったビール瓶を机に置くと、表情を引き締める。

 

 

「額面通りに受け取るな。お前はXANXUSを『侮辱』なんてしていなかったはずだ」

 

「そう、なの……? でもさ、あの目は嘘ついてるような感じじゃなかったけど」

 

 

でも、なんだか妙に納得できるな。俺がXANXUSを侮辱したのだとしたら、その場で殺されてもおかしくないはず。

 

それにあの時の、妙に俺に対して殺気が薄かった件についても。

 

 

「嘘はついてないんだだろうな。少なくとも……八年前。お前は、XANXUSにとって唯一、『友』と呼べる人間だった」

 

 

仲間でもなく、部下でもなく、ましてや道具でもなく……ただ、『友』。

 

真剣な表情でそんなことを言う父さんに、俺は思わず「はあ!?」と声を上げてしまった。

 

 

「んなわけないじゃん! XANXUSと俺が!? てかXANXUS俺より9歳も年上だし! 8年前っていうと俺7歳でXANXUSは16歳だぞ!?」

 

「だが、事実だ」

 

 

そう言う父さんの顔は、やっぱり真剣で。

 

どういうことなのか、と俺は思わず呟いた。



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贖罪を望む少年

***

 

【NOside】

 

 

____その日は、彼にとって……地獄を垣間見た日だった。

 

 

そのきっかけは、自分の『父』である、ボンゴレ9代目ティモッテオの部屋で、機密書類を盗み見たことだった。

 

別に『そのこと』に感づいていたわけでも、『そのこと』に対する疑念を抱いていたわけでもなかったのに、彼は……XANXUSは、偶然にも、不幸にも……『その書類』を見つけてしまったのである。

 

しかし彼は、地獄を見てからの日々のあいだに、唯一といえる友を手に入れた。

 

彼はたった7歳ながらも……不敵な笑みと切れる頭脳、『王者』たる風格を備えた少年だった。

 

 

____そう、あれは今からおよそ、八年前。

 

ベルフェゴールが8歳でヴァリアーに入隊し、その直後のこと。

 

XANXUSが書類を見てしまい、『父』である9代目に復讐を誓って、数日も経っていない日だった。

 

 

「……あと少しだ。計画が練れたらすぐに……殺してやる。オレを騙しやがって、老いぼれが」

 

 

手に顕現した憤怒の炎が、燦然とファイヤーオレンジに輝く。

 

それで全てを破壊してしまうのはあまりにも尚早だ。クーデターはいずれ起こし、自らの手で復讐を遂げるためには時期を待つしかない。

 

 

……ボンゴレ本部の城の中庭は、ずいぶんと綺麗に整えられていた。恐らく、9代目が雇った腕のいい庭師のおかげだろう。

 

意味もなく中庭に出てきてみたが、無意味に、そして和やかに風に揺れる花や植木を見ると、逆に破壊衝動が刺激される。

 

苛立つのだ。平和ボケした様相を見ると、この世のあらゆるものに対して。

 

……そう。用意された環境の何を疑うこともせず、ボンゴレの血を継いでいると確信していた、昔の自分を見るようで。

 

 

「……カスが」

 

「ねぇ、何を見てるの?」

 

 

振り向く。

 

出し抜けに聞こえてきたのは、あどけない少年の声だった。……背後をとられて気づきもしなかったことに、警戒心が募る。

 

何者だ、という声は出なかった。代わりに、反射的に素手に灯した噴火の炎の光が手から漏れる。

 

蜂蜜色の、ツンツンと尖らせたくせっ毛の髪が可愛らしい少年は、XANXUSの目を見て、まるで全てを包容する大空のように……ふわりと微笑んだ。

 

 

「うるせえ。オレに気安く話しかけんじゃねぇ、カスが」

 

「お兄さんは花を見てたわけじゃないよね。

 

じゃあ、何を見てたの?」

 

 

……殺してしまおうか。この鬱陶しいガキを。

 

そう思ったが…なぜかこの茶色の瞳に見詰められると、それができなかった。

 

怒りと殺意は湧いてくるのに、行き場所がなくてイライラする。この少年の目は、何より……9代目のそれとよく似ていた。

 

 

「どこの分家のガキか知らねえが、三秒以内にオレの視界から出ないとカッ消す」

 

「問答無用で殺さないんだ。意外と優しいんだね」

 

「……なんだと」

 

 

剣呑な眼で睨みつけると、少年は失言だ。とでも思ったのかぱっと慌てて自分の口を押さえた。そして少年はえへへ、と誤魔化し笑いを浮かべる。

 

その、のほほんとした中に含まれる、妙な鋭さが……癇に障った。

 

 

「でも俺、門外顧問の息子なんだよ。……それならお話しても平気?」

 

「家光の……というと初代の直系か」

 

「そう」

 

 

平和ボケした門外顧問の息子と、どうして会話が続いているのか、XANXUSは自分でも理解できなかった。

 

苛立ちはするものの、なぜか殺意が削がれていく。まるで自分の何倍も生きてきたような空気に、呑まれてしまう。

 

 

「聞いたよ、お兄さん。ボンゴレ2代目の憤怒の炎が使えるんだってね。珍しいんでしょ? 球状の炎。すごいね」

 

「すごい? は。笑わせんじゃねえ、カスが」

 

「なんで。本気なのに」

 

 

かっこいいじゃない、と無邪気に微笑む少年を、再び睨みつける。

 

彼はおびえた様子も見せず、ほんとだよ、と言った。

 

 

「とっとと家光のところに帰れ。邪魔だクソガキ」

 

「……父さん、ね。父さんは……俺の『本当の家族』じゃないからな」

 

 

そう言って顔を曇らせた少年を、初めてXANXUSはまっすぐ見つめた。

 

門外顧問の息子も、養子だというのか。聞いたことがない。

 

だが、XANXUSはただ、「こいつもなのか」と……そう思った。

 

 

「……お前も、裏切られたのか」

 

「俺?」

 

 

少年は、笑った。

 

泣きそうな、顔で。

 

 

「違うよ。裏切ったのは、俺の方。父さんも、母さんも、弟も。

 

……全員騙して、俺は今を生きている」

 

「何を言ってやがる……」

 

 

言葉に詰まって、何も問えない。

 

こんなことは初めてだ。自分が、他の誰かに恐れをなすなど。

 

 

「だから、泣けないんだ。俺は、罪を償わなくてはならないから」



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弟の方が

贖罪? たった6、7歳かそこらの子供が、どんな罪を贖うというのだろう。

 

イタズラとか、そんな類の罪ではないことは、彼のその目を見ればわかる。真実を話していることも。

 

だからこそXANXUSは、問うた。

 

 

「……てめぇこそ、何を見てやがる」

 

「そうだな。強いて言うなら……過去の、裏切り」

 

 

自分がした、裏切りだ、と……少年はそう言って笑う。赦されることないこの罪を、ずっと見つめなくてはならないのだと。

 

家族を裏切ったのは、俺だからと。

 

 

「じゃあ、何を望む?」

 

「望み、か。うーん……どうだろ。XANXUSは?」

 

「呼び捨てんじゃねぇドカスが。それにどうしてオレの名前を知ってんだ」

 

「うえ? あー……えーと、父さんから聞いた。……で? XANXUSは?」

 

 

悪びれもせずもう一度呼び捨てる少年に、怒りは募ったが殺意は湧かなかった。

 

舌打ちをして、答える。

 

 

「復讐と、ボスの座だ」

 

「…そっか。それは誰に対して?」

 

「老いぼれだ。オレを今まで、本当の息子と偽って、真実を話そうとしなかった……奴はオレをボスの座につかせる気なんてなかったんだ」

 

「真実を隠してたんだね、9代目。俺も同じだけど」

 

 

余りにも悲しげなその声に、はっと目を瞠る。少年はまた少しだけ微笑むと、「9代目とは話した?」と聞く。

 

 

「あ? ……話すわけねぇだろうがドカスが。今更あのジジイと何を話すってんだ」

 

「……9代目は本当に、XANXUSを裏切るつもりだったのかな。あの人がXANXUSを本当の子供のように思ってるの、俺にもわかるよ」

 

「ハッ。クソみてぇな無償の愛なんざ何の役にも立たねぇ。ボスの座以外に興味はねぇんだよ」

 

「……そっか。それなら強敵がいるね。沢田の分家の長男が凄く優秀なんだ。10年も経てばXANXUSとボスの座を争うかもよ」

 

 

少し驚く。てっきり、10代目候補は9代目の甥たちか、この少年本人かと思ったからだ。

 

少年は相変わらず悲しげに顔を伏せたままだ。

 

 

「俺は違う。身体が弱いんだ、多分そう長くは生きられない。……だからあえて言うなら、弟かな」

 

「……弟? てめーのか」

 

「そう。まあ、別に俺は、ツナにボスになってほしいとは思ってはないけどさ」

 

 

あくまでも、あえて言うなら、だけど。

 

そう言う彼の目は、やはりここではないどこかを見つめていた。

 

 

「XANXUSは、ヴァリアーのボスなんだっけ。部下がいるんだね」

 

「全員使えねぇカスばっかりだ」

 

「そっかなぁ。ふーん。……まぁいいけど」

 

「……おい。何が言いてぇんだクソガキ」

 

 

別に、と少年はちょっと笑う。面白そうな笑みが癪に障る。目付きといい雰囲気といい、いちいち苛立ちを募らせるガキだ、と思った。

 

 

「クーデター、起こすの?」

 

「あ? それを門外顧問の息子であるてめーに話すわけねぇだろうが。情報をおいそれと漏らすバカがどこにいる」

 

「……うん。そうだね」

 

 

少年はやはり悲しそうに目を伏せる。

 

XANXUSも気づいていたが、今の返答は『やる』と宣言したようなものだ。

 

この聡い少年はそれを悟ったのだろう。しかしXANXUSの決意が固いと知って、止めるのが無駄だということもわかっているのだ。

 

 

「……てめぇ。年はいくつになる」

 

「えっ、俺? 7歳、だけど」

 

「…フン。ベルと1つ違いか。悪くねえ」

 

「いや、XANXUS。俺ヴァリアーに入る気とかないからね」

 

「別にそんなこと言ってねぇ。ただ聞いただけだ」

 

 

半分ほどそのつもりだったが、もう半分はただ気になっただけだ。

 

話し方は子供っぽいところもあるが、あまりに中身が成熟した大人のようだったので、少しだけ、気になったのだ。

 

 

「まあでも、XANXUSがクーデターに成功したら、俺の弟がXANXUSを止めるから」

 

「あ? ……俺がてめぇの弟より劣るだと?」

 

「わかんないじゃんそんなの。10年経ったら」

 

「クーデターは近いうちに起こす。誰にも止めることはできねぇ。……てめぇにもな」

 

 

あはは、と少年は楽しそうに笑った。

 

 

「やっぱり起こすんだ」

 

「……嵌めやがったのか?」

 

 

言質を取られたことに一瞬ひやりとしながら憤怒の炎を手にともすが、少年は「言わないよ」と言う。

 

嘘は言ってないこと、XANXUSならわかると思うけど。

 

……そう告げる少年の目は確かに真っ直ぐで、誰かを欺くような色はなかった。

 

 

「……それで。てめぇの望みはなんだ」

 

「ああ、そうだ。答えてなかったね。俺の望みは、弟の幸せと、仲間の幸せ」

 

「自分のためのものはねぇのか。軟弱野郎が」

 

「今度は裏切らないために。俺はそれを希望として、自分の枷にする」

 

 

そう言って、再び少年は笑う。

 

……それには答えずに、XANXUSは問うた。

 

 

「てめぇの、名は」

 

「沢田家綱」



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七年前の記憶

家綱は、そのあとXANXUSに向かって「また来ていい?」と不遜にも尋ね、散々の言い合いの挙句「好きにしろ」という言葉をもぎ取った。

 

そして、クーデターたる『ゆりかご事件』が起こるその時まで、ヴァリアーに遊びにきては幹部達に絡んでいった。

 

はじめこそは子供の身でずかずかとアジトに入ってくる家綱に、『なんだこいつは』的な視線を向け、だがボスの(嫌々ながらも)客人というのだから手出しはできない……という態度だったが、

 

彼の、まるで長年の経験を思わせる老獪さと知性にはすぐに気づき、やがて家綱はヴァリアーの幹部全員と打ち解けるにいたったのである。

 

 

……XANXUSは言うまでもなく、特に彼に“懐いていた”のは歳の近いベルフェゴールだった。もし家綱に『事情』があるとするなら、1番いろいろな話を聞いているのは彼だろう。

 

それから、スクアーロとXANXUSは家綱とあくまでも対等な友人として接した。年の割にはいろいろな話を知っていて、大人達にとっても見識を深めるのに十分だったからだ。

 

『ゆりかご事件』は不幸にも起きてしまったが、XANXUSは何を思ったのか、それを夏休みを終えた家綱の帰国後に実行した。

 

 

 

「ボスさんよぉ。やっぱりあいつは忘れていやがったなぁ」

 

「気安く話しかけんじゃねぇ、カス鮫」

 

 

ビロードの椅子に腰掛け、ガラスのテーブルに偉そうに組んだ長い足を乗っけていたXANXUSが、許可なしに入室してきたスクアーロを睨みつける。

 

スクアーロはニヤッと笑うと、「あいつも『次会う時は、多分この時のことは忘れてると思う』なんて予言はしてたがなぁ」と続けた。

 

 

「にしちゃあオレたちのことも綺麗さっぱり忘れてやがんの。幼児期退行にしちゃやりすぎじゃね?」

 

「そもそも幼児が幼児期退行を予言するのはおかしい話だよね」

 

「それ家綱もマーモンには言われたかねーだろ」

 

「10代目第二候補を鍛えるなど、元気そうではあったがな」

 

「でも病気は進行しているそうよぉ? 入院記録も大分更新したみたいだし」

 

 

次々と入室してきたヴァリアーの幹部を見やり、XANXUSは忌々しげに舌打ちをする。

 

それから、グウィングウィンと音を立てて部屋の隅に佇んでいるゴーラ・モスカを見てから、ハッと鋭く息を吐くと「くだらねぇ」と唾棄する。

 

 

「忘れていようが忘れていまいが関係ねぇ。おれは『復讐』を遂げるのみ」

 

 

手に灯った憤怒の炎が、燦然と輝く。

 

ファイヤーオレンジ。それは家綱の扱う炎と……目の輝きと同じ色。

 

 

「負けた奴からカッ消す。全力で臨め」

 

「「「「「Si, boss」」」」」



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覚悟の炎

「はああ……」

 

「いっ君、どうしたの? 朝から元気ないね?」

 

「あーうん、ごめん友香……気にしないで……」

 

 

翌日の3年A組。俺は寝不足を抱えながら学校に登校し、朝っぱらから机に突っ伏して唸っていた。

 

寝不足の理由はもちろん、父さんの『XANXUSとお前は友人だ』発言のせいだ。

 

ああ、本当にどういうことなんだろう?

 

なんでそんな大切なこと、忘れてんだよ俺……信じらんねーって。だってXANXUSとの接触だぞ?

 

 

「そういえば、ランボ君が見つかったみたいで……よかった! 心配してたの」

 

「心配してくれてありがとう。京子ちゃんたちにもお礼を言っておいて」

 

「うん、わかった!」

 

 

友香の、陽だまりのような笑顔を見て癒されつつ、俺は今晩の晴戦のことを考える。

 

コロネロとの修行は上手くいっているだろうか。見に行きたいとは思うけど、まだツナの修行がほとんど進んでいないからなあ。

 

そもそも、俺の時も了平はルッスーリアに勝ったし、そこまで心配でもないし。

 

 

「……あの、いっ君」

 

「ん?」

 

「お兄ちゃんから、聞いたんだけど……今日、相撲大会ってほんと?」

 

「え」

 

「……ほんとうに?」

 

 

問い詰める様な空気を残した悲しげな瞳に見つめられて、俺はうっ、と言葉を詰まらせる。

 

他の2人を『ド天然』と称するのならば、笹川兄姉妹で、唯一普通の『天然』で済むのが彼女・友香だ。

 

さすがに夜中に行われる相撲大会に疑念を抱かない方がおかしい。

 

 

「……いっ君。言えない、こと?」

 

「……う。ご、ごめん……」

 

「そっか……」

 

 

悲しそうに笑う友香に、ぎゅっと心臓が締め付けられるように痛んだ。

 

友香は頭がいい。俺が話せないこと、話したくないことを、微妙な表情の変化から読み取って判断し、察する。

 

昔からそうだ。いろいろ隠していることがあるのに、友香はいつもこうやって、我慢して聞かないでいてくれる。

 

妹の京子ちゃんがそうなように、彼女だって了平のことが心配でたまらないはずなのに。

 

 

「大丈夫。了平は……大丈夫だから」

 

「……うん、そうだね。いっ君がそう言うなら、信じる」

 

 

だから、そう言うしかできなかった俺に。

 

友香はまた、何かを堪えるような笑顔を浮かべた。

 

 

 

***

 

「さて、今日も指輪に炎を灯せるように修行しようなツナ!」

 

「わーもー……できないんだってばっ! オレに覚悟とかないしっ。ていうか兄さんなんて単語勉強してるし!」

 

「いやだってそれはさ……俺明日単語テストなんだよ……」

 

 

悲しいかな、こちとらもう受験生なのである。

 

リング争奪戦の修行にかまかけて、自分は入試がやばいですなんて目も当てられないだろ?

 

10月といったら、もう残りは4ヵ月を切る。これで悠長としている方が大バカ野郎というものだ。

 

了平? ……あいつのことは知らない。

 

 

「でも……本当にどうすればいいのか。オレ、10代目候補だってたってミツのおまけみたいなもんだし。戦うための覚悟とか……持てないよ。怖いし、XANXUS。なんでミツがあんなのと戦えるのかわかんないよ」

 

「戦いのための覚悟とは言ってないよ、ツナ」

 

「え……?」

 

「ていうか、戦いを怖いと思えない人間なんて、雲雀さんみたいな戦闘狂だけだから」

 

 

俺は単語帳を閉じると、ツナに歩み寄り、視線を合わせる。

 

ふと微笑むと、ツナが慌てたように仰け反った。

 

笑いながらツナの指から大空のリングを外し、自分の中指に嵌め、目を閉じる。

 

 

「ただ、ツナは普通にしてればいい。みんなを大切に思う心をそのままにしてればいいんだ。お前は、ミツ君じゃないんだ。ヒーローになんてなれないんだから」

 

 

覚悟が確かな力になって、炎となって形を成す。

 

ふうわりと揺れる小さな炎は、透き通った高純度のファイヤーオレンジ。

 

燦然と輝くそれは、ツナの琥珀の瞳の中でもちらちらと燃えている。

 

 

____それは。

 

『俺』の家庭教師だったリボーンが、かつて『俺』にかけてくれた言葉だ。

 

 

そう。あの時の俺はただ、仲間を守りたかっただけなんだ。

 

何も知らずに、純粋に、なんてことのない日常を取り戻すために奔走した。

 

ツナも『俺』なら、『俺』に出来たことが、出来ないはずがないんだ。

 

 

「できるよ。ツナなら」

 

 

再び、リングを嵌め直してやると、ツナは静かに瞼を閉じた。

 

数瞬後。ぽう、と小さく瞬いた光が、一つ。

 

ツナ、と声をかけると、彼は自分のリングに灯った灯りを見て……笑顔になった。

 

 

「できたな、ツナ」

 

「う、うん!」



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大空不死鳥、再び

凄いスピードだ。

……ツナは、死ぬ気丸でハイパーモードになれない代わりに、その他の技術を凄いスピードで会得していっている。

 

リングに炎を灯すなんて芸当ができる人間が、この時代にいったい何人いるだろう?

 

俺と、『恭弥さん』だけなんじゃないのか?

 

 

「これで、ツナの第三段階は終了だ。第四段階に進む前に……俺の武器を見せてあげる」

 

「兄さんの、武器?」

 

「そう。一度骸との戦いの時に見せただろ?」

 

 

ニッと笑ってみせると、ツナは得心したように頷いた。

 

 

「ああ、もしかして……あの、赤い羽根?」

 

「そうそう。よく覚えてるな。でもあれは、俺の武器の……ほんの一部なんだ」

 

 

ほんの一部、と繰り返すツナに向かって首肯してから、俺はパーカーのポケットに入れていたオレンジ色の(ボックス)を手にする。

 

プラチナで装飾されたその匣は、太陽光を反射してキラリと光った。

 

 

「何これ? ちっせー……箱? こんなのに何かが入ってるの!? 羽根すら入らなそうなんだけど!」

 

「そうだな。……でも同じようなものをいずれ目にすることになると思うよ。だけど……もしそんな時が来たら、今日ここで俺にこれを見せられたことは、決して言わないで欲しいんだ」

 

「え……?」

 

「……わかった?」

 

 

う、うん、と戸惑い気味にツナが頷く。俺は自分の理不尽さに苦笑して、ぎゅっと匣を握り込んだ。

 

また俺は、ツナに重いものを課そうとしている。秘密を共有させて、口止めして、修行なんてさせて、いったい自分が何をしたいのかがわからない。

 

 

……いや、わからないわけじゃないんだ。

 

ホントはわかってる、わかってるけど……認めたくないだけなんだ。

 

 

(ミツ君じゃなくてツナを……ボンゴレのボスにしたいだなんて)

 

 

……あの時、俺が持っていた絆を、繋がりを、それから……幸せを。

 

ツナにも得させてやりたいと思うのは、俺のわがままか?

 

……わがままなんだろうな。

 

俺は自分の業を悔いて『あんなこと』をしたのに、ツナにも……弟にも同じようなことをさせるつもりなのか?

 

 

(でも、誰にも譲らせたくないんだ。あの場所を。

 

……『沢田綱吉』の、居場所を)

 

 

「それじゃあ……よく見てろよ?」

 

 

明るい笑顔を作ると、俺はツナからリングを受け取り……炎を灯した。

 

じっくり時間をかけて練った大空の炎は、高純度で透き通っている。

 

ツナが目を丸くして、「キレー……」と呟く。

 

 

「フェイ。久しぶりに、出てきてほしい」

 

 

____Ora avvolto capacit・ di bambino(さあ 包み容す子よ)____

 

 

匣に炎を注入すると、ぶわっ、とファイヤーオレンジの炎が噴き出した。

 

と、ともに茜色の光がまたたき、そのままそれは奔流となってこちらに押し寄せてくる。

 

悲鳴を上げて逃げようとするツナの腕をつかんで止めると、俺は頬を緩める。

 

……この姿を見るのは、何年振りだろうな。

 

 

「……久しぶり、フェイ」

 

『はい、主様』

 

 

大空不死鳥(フェニックス)

 

 

黎明の神鳥とでも言うべきその姿は、まさに悠久の時を生きる幻獣。

 

体長およそ2m。頭の高さは俺よりも高く、金色の瞳が幻想的に輝いている。

 

威風堂々たるフェイの声音に、ツナは口をパクパクさせた。

 

 

「……な、なにこれ……幻? 幻覚? 夢? ふぇ、ふぇ、フェニックスがいて……しかも、しゃべってる……!」

 

「ツナ、落ち着いて」

 

 

さすがゲーム好き。フェイが不死鳥だって、見ただけでわかったみたいだな。

 

さすが『同一人物』。今のツナの反応、前世で俺が初めてフェイと会った時も、ほとんど同じような反応をした気がする。

 

 

「これは俺の友達で、大空不死鳥のフェイっていうんだ。こいつ単体で凄まじく強いんだぞ」

 

「え……え……と、は、はじめまして……?」

 

『貴方が主様の“ここ”での弟君ですか。ふむ、確かに若様によく似ていらっしゃいます』

 

「あ、あるじさま? わ、わかさま? だ、誰……?」

 

 

目を白黒させてどうにかあいさつしたツナを、フェイが冷静に観察している。

 

そんな状況に笑いながら、「今回フェイをツナに紹介したのは、」と説明を始めた。

 

 

「ツナが炎を灯せるようになったから、これからツナにもフェイを使えるようになってほしいからなんだ」

 

「へ……へっっ!? お、オレが!? こ、このフェニックスを!?」



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雷の守護者戦、開始

1回、食事と仮眠を取るために二人で家に戻って来ると、リボーンがいた。どうやら今日はミツ君の家ではなくこちらで夕飯を食べるようだ。

 

了平のリング戦の結果を聞くと、そこは『歴史』通りちゃんと勝ったようだ。ただここでも、少しだけ異変があった。

 

ルッスーリアはゴーラ・モスカには、足を二、三発しか撃たれなかったというのだ。

 

 

(それってなんか……変、だな)

 

 

その命令がXANXUSからだとすれば、彼らしくない、というかなんというか。

 

俺の時はモスカにこれでもかというほどに撃たれて、ルッスーリアはしばらく再起不能の重体だったのに、なんのつもりなんだ?

 

俺に『復讐』するとか言っときながら、ミツ君の守護者たちと戦ってるし。何が目的なのか、まっったくわからない。

 

 

(足を撃つだけなら、なんかそれ……それ以上の戦闘を『止めた』ような感じするな)

 

 

それに加えて、もし神経を外していたらでもしたら完全にそうだとしか思えない。

 

本当になんなの? この世界のXANXUS。何が目的?

 

 

「それで、家綱。ツナの修行は進んだのか?」

 

「まあね、結構。まだまだやりたいことはたくさんあるけど、順調に進んでると思うよ。……それで、ミツ君は?」

 

 

聞くと、リボーンはニヒルな笑みを浮かべた。

 

 

「こっちもかなり順調だぞ。このまま行けば、XANXUSに勝つことはできるだろーな。あいつの才能は卓越してるからな」

 

「さすがミツ! すごいね兄さん!!」

 

「う、うん。そうだね。……リボーンにそこまで言わせるってことは、相当優秀なんだなあ」

 

 

人をあまり褒めないリボーンが、ここまでの絶賛。

 

凄まじいなミツ君。俺もボスになってからも、ここまでちゃんと褒められたことはなかったぞ。

 

 

「それでリボーン。こっちもそろそろハイパー死ぬ気モードになって戦いたいんだけど。少しだけ、死ぬ気丸を譲ってもらえないかな」

 

「おう、いいぞ」

 

 

にやっとして頷くと、リボーンは俺にビンに入った死ぬ気丸を渡してくれた。

 

……よし。これでツナも、ハイパーモードでの修行ができるようになる。

 

 

***

 

 

____さて。いよいよ今日は第二戦、つまるところの雷戦である。

 

ツナはもう夜の時点からランボのことが心配でそわそわしていたけど、あいつ今日のうちに倒れたりしないといいけど。

 

前世の俺はいろんな苦労が重なって、よく神経性胃炎になってたっけ。

 

今は俺は、それよりもやばい病気持ちだけど、ツナも神経性胃炎の傾向はあるかもしれないな。

 

 

土砂降りの中、俺はツナと2人で並中へと来た。

 

昇降口の鍵が開いていたので、下駄箱で靴を上履きに履き替えて、屋上に繋がる階段に向かう。

 

するとそこには獄寺君、山本、ミツ君、それからリボーンの姿があった。

 

 

「ようツナ、家綱。遅かったな」

 

「ごめんリボーン。ちょっと準備に手間取っちゃってさ」

 

 

……準備とはもちろん、自分の武器のことだ。

 

フェイは一度ツナに預けはしたものの、今日だけはうまく言って自分の元へ返してもらった。

 

雷戦ではランボがレヴィ・ア・タンによって酷い目に遭わされた、ということをよく覚えている。

 

恐らく今回もそうなるだろうから、ミツ君がどう出るかわからない以上、一応用意しておけるものは用意しておくべきだと思ったのだ。

 

 

(……まさかオレがグローブを使うわけにはいかないからな)

 

 

それは最後の最後、最終手段だ。

 

本当にやばくなった時だけ、自分の力を使う。

 

 

「今日はツナたちも来たんだな」

 

「うん。ランボのことも心配だったし、兄さんが行くって言うから……兄さんって目を離すとすぐ死にそうだし」

 

「それはひどい」

 

「事実だろ?」

 

 

なぁミツ、とツナがミツ君を見ると、彼は苦笑したように頷いた。くそぅ、別に好きで虚弱体質なんじゃないよ。

 

 

「歓迎します、沢田さん、家綱さん!!」

 

「ランボも家族同然の2人がいたら、安心して戦えそうだな!」

 

「オレとしては、できることなら棄権して欲しかったんだけど……」

 

 

それはだめだよね、とツナが困ったような顔で再びミツ君を見上げる。

 

苦笑気味だったミツ君は真剣な表情になると、「ああ」と深く頷く。

 

 

「ランボも雷の守護者に選ばれた以上、それ相応の責任を負うべきだ。確かにランボのは子供だが、門外顧問が選んだのであればそれなりの資質があるんだろう……心配することないさ」

 

「そ……そうだよね」



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恭弥さんの思惑

ツナは少しだけ苦しそうな顔をすると、長ぐつで遊んでいるランボを抱き上げる。

 

けれど納得したような顔のまま何も言わないのは、ツナがそれほどにミツ君を信頼しているからだろう。

 

……超直感はきっと良くない、と告げているはずなのに、それを信じようとしないのは……まだツナが『目覚めていない』からか、それとも、1番最初に友達になってくれた、ミツ君を信じたいからなのか。

 

 

(……多分、前者でも後者でもあるんだろうな)

 

 

俺だって、ミツ君を信じたいから。

 

そう思いながら、俺は視線を下に投げる。

 

 

……4階まで上がって、更に上に登る階段を上がると、やっと屋上に繋がる扉に辿り着く。

 

ぜぇはあいいながらやっとこさ扉を開けると、見たことのある避雷針と、蜘蛛の巣のように張り巡らされた特殊な導線が目に入った。

 

いいタイミングで雷が避雷針に落ち、青白い雷光が導線を駆け巡る。思わず俺もツナと一緒に仰け反って悲鳴を上げてしまう。

 

……兄弟揃って情けない限りである。

 

 

「あ、あれ……兄さんっ!?」

 

「ん? どうしたんだよツナ」

 

「ちょちょ、あそこにいるのって、まさか!!」

 

 

なんだよ、敵であるレヴィでも見つけたのか……とあんぐりと口を開けているツナの指さす方向を見た俺も、

 

あんぐりと口を開けて硬直した。

 

 

……う、う、嘘だろ。なんでこんなところに!?

 

 

「ひ……雲雀さん!!」

 

「やあ」

 

 

屋上のフェンスにもたれかかって傘をさしているのは、間違いなくうちの最恐風紀委員長様だった。

 

あんた群れ嫌いだったはずだろ!? どうしてわざわざこんなとこ来てんの!?

 

驚きのあまり口をぱくぱくさせていると、訝しげな表情をしたミツ君が代わりに「どうして雲雀先輩がここに?」と聞いてくれた。

 

 

「……別に。並中で勝手な真似をしてくれているようだから、僕が監督に来ただけさ」

 

「でも、あなたには確かディーノさんが、」

 

「関係ない。並中を守るのは僕だ」

 

 

ばっさり言い切って、彼はこれ以上の問答はいらなとばかりに目を伏せる。

 

ま、ま、まさか、これは……。

 

 

(この人、今は『恭弥さん』か!!)

 

 

俺の心中を読んだのか。

 

ふた、顔を上げた彼が、微かに口角を上げた。

 

……そしてその酷薄な笑みは、余計なことを口走るな、という強迫に近い表情だった。

 

ひいいいい、言いません。何も言いませんったら!!

 

何かの思惑があってここに来たんだろうけど、不機嫌なのは一目瞭然だ。来たくないけど来てしまった、そういう顔である。

 

いったい何のために? いつ『雲雀さん』に戻るかわからないのに、ディーノさんと一緒にいなくて大丈夫なのか?

 

うう……でもどうせ、聞いても答えてくれないんだろうな……。

 

 

「今宵の戦闘エリアは、雷の守護者にふさわしい避雷針のエリア。

 

名付けて、エレットゥリコ・サーキット」

 

「このエレットゥリコ・サーキットの床には特殊な導線が張り巡らされていて、避雷針に落ちた電流が、何倍にも増幅され、駆けめぐる仕組みになっているのです」

 

 

説明の最中にも、避雷針に雷が落ちて、紫電が迸る。

 

うわ……と一気に顔を青ざめさせるツナが、心配そうにランボを見下ろした。

 

 

「なるほどな。今日が雷雨だとわかっていて雷戦にしたのか」

 

 

オーダーを考える上で、それぞれの守護者の特性を一番引き出すフィールドを用意するのは当然だな、とミツ君は冷静に分析する。

 

そしてランボのもとに歩み寄って、視線を合わせるように屈みこんだ。

 

 

「……できるな、ランボ。頑張って勝ってこい」

 

「? よくわかんないけど、ランボさん、あれやる!!」

 

「よし」

 

 

偉いぞ、とばかりにミツ君がランボの頭を撫でる。

 

急激に不安になった俺は、山本や獄寺君を見るけど……彼らはミツ君を完全に信頼しきっているようで、何も口をはさむことはなかった。

 

 

「負けんじゃねーぞ、アホ牛。気合い入れてやる」

 

「ちょっ、獄寺君、それ唯のイヤガラセだから!!」

 

 

おもむろに懐からマジックを取り出した獄寺君が、ランボの角に『アホ牛』と書き込む。

 

状況は違うけど、なんか見たことのある画だな、と思った。

 

 

「ランボ……本当に、大丈夫か? 怖くないのか?」

 

「大丈夫ですよ、家綱先輩。ランボもやる時はやります」

 

「家綱知らないの? ランボさんは無敵だから死なないよ」

 

 

なんかこれも聞いたことのあるセリフだな。

 

俺はそんなことを考えて……「わかった」とうなずいた。

 

 

「頑張れよ、ランボ」

 

 

……恭弥さんは、終始やはり何も言わなかった。



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残り時間

そういえば、今回はランボに会っていないな……とふと思い出した。

 

覚えている。たしか俺は『前世』では、晴戦の夜中に10年後ランボと会ったのだ。

 

昨夜は疲れていたためにぐっすりだったので、ランボに会う機会がなかった。

 

もしかして、ツナは会ったのかな。昨日の夜から妙にそわそわしているような感じはあったけど。

 

 

「うわぁぁあ!!」

 

 

ランボの悲鳴にハッとして我に返ると、ちょうどランボが10年バズーカを自分に撃とうとしているところだった。

 

……そして、あっ、と声を零したのはツナではなく俺だった。

 

10年後ランボに怒られるじゃないか。撃ったらダメだって、言われたんだから……、

 

とそこまで考えてはたと気づく。それを俺が言われたのは前世、だ。この世界でそれを聞いているのは、ツナのはず。

 

 

(あ……あれ?)

 

 

ツナは祈るような表情でランボを見ているだけで、止めようとはしなかった。おかしい。ツナも……10年後ランボに会っていないのか?

 

ぼうん、という音とともにピンク色の煙が上がる。

 

状況を凝視していると、あの時と同じように、煙の中で立ち上がる姿があった。

 

 

「やれやれ……やっぱり来てしまいましたか」

 

「ランボ」

 

「大丈夫ですよ綱吉さん。頑張りますと言ってしまったからには……やります。……いいところを見せたいですしね」

 

「うん……頼むよ、ごめん」

 

 

深々と頭を下げるツナに、10年後ランボは苦笑する。しかしその眼差しは鋭く敵であるレヴィを睨みつけていた。

 

おかしい。どうなってるんだ? どうしてランボはツナに『頑張ります』なんて言ってるんだ?

 

いいところを見せるって……誰に?

 

 

「彼は10年バズーカにより召喚された、リング保持者の10年後の姿ですね。本人と認めます」

 

「10年後のランボ、か。頼もしいな」

 

「そうでもありませんよ、ボンゴレ」

 

 

状況がまったく理解できなくて、焦る。

 

何がどうなってる? 意味がわからない。ランボは何を考えてるんだよ?

 

読めないのはヴァリアーも同じだ。突然現れた10年後ランボに文句も挟まず静観しているなんて変だ。

 

レヴィもだ。何も言わないし攻撃も仕掛けてこない。いったい、どういうことだ。

 

 

「家綱さん」

 

「えっ、俺?」

 

 

突然呼びかけられて目を見開くと、ランボは悲しげに笑った。

 

 

「どうか、体を大切に」

 

「は……?」

 

 

____それって、と。

 

俺が目を丸くするのと同時、XANXUSと恭弥さんが剣呑に目を細めたのがわかった。

 

ツナも意味が取れないのか目を白黒させている。今のはいったいどういう意味なのか、という顔だ。

 

 

「てめぇ、今のはどういう意味だ」

 

「あなたに何を言う必要が? XANXUS」

 

「質問に答えろ……!」

 

 

外部から口を挟んだのは、何故かXANXUSだった。一見するだけで、今にも痣が浮かんできそうなほどに怒気を発しているのがわかる。

 

……そういえば、XANXUSは記憶を失っていく前の俺の友人だったとか、父さんが言ってたような気がするな。

 

だとしたら、恭弥さんと同じように、俺の『秘密』を知っていてもおかしくないかもしれない。

 

だけどそれではまた話がおかしくならないか?

 

だってXANXUSはかつての俺がした『侮辱』への復讐を望んでるわけで。いや、どんな『侮辱』をしたのかは覚えてないけどさ。

 

この反応は、まるで俺を案じているかのようだ。

 

 

……ランボは膝を微かに震わせながらも、毅然とした態度でXANXUSを睨み据えている。

 

俺のの知る『10年後ランボ』は、こんな勇敢な奴じゃないのに。よほど無理をしてるはずだ。

 

 

「ボス猿。うるさいよ」

 

「……何だと」

 

「時間がないんだろ。とっとと始めたら?」

 

 

くだらない、とでも言いたげに鼻を鳴らす恭弥さんに、10年後ランボは怪訝そうに眉を寄せる。

 

しかしすぐに、「わかりました」と頬を緩めた。

 

 

「感謝します、雲雀氏」

 

「フン」

 

 

腕を組む恭弥さんは、彼の言っていること、全てをわかっているようだった。

 

だとしたら、“そういうこと”か。だからランボは、俺に対して『体を大切に』なんて言ったのか。

 

 

「終わったか」

 

「ああ。待たせたな、ヴァリアーの雷の守護者。

 

……サンダーセット」

 

 

掛け声とともに迸る雷光を見ながら、俺は恭弥さんと応接室で話したことを思い出していた。

 

俺が死んだ後のことや、ここに来た手段を話してくれた恭弥さんは、ここに来た『理由』は話してくれなかったけど……

 

一つ爆弾を落としていったのだ。

 

 

彼は言った。

 

 

 

 

____君の体はもうもたない。

 

 

____少なくとも3年以内。最悪、半年以内に君は死ぬ。『沢田家綱』の寿命が、尽きるんだ。



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愚かだったのは

____ぴしゃぁぁぁん!!

 

凄まじい音ともに雷が轟き、青白い稲妻がランボの体を貫いた。

 

ツナが息を飲み、目を剥く。ミツ君は相変わらずクールな表情を崩さないままだった。

 

 

「避雷針を無視して雷を呼ぶとは……少し驚いたね」

 

「あれだけの電流を角に留めておくのは、奴の体質があって初めてできることだぞ」

 

「あの技、そんな高度だったのー!?」

 

 

ランボが鋭い光を目に湛え、帯電したその角の先をレヴィに向けた。

 

そして床を踏み切り、「くらいな!!」と叫ぶ。

 

 

電撃角(エレットゥリコ・コルナータ)!!」

 

「あまりに直線的な攻撃……目立つ割には大したことなさそうだな!! くらえ!!」

 

 

レヴィも同じようにカッ、と目を見開き、背に差していたレイピアにも似たパラボラを同時に開かせる。

 

雷光が瞬き、八本のパラボラから放たれた電撃がランボを襲った。

 

バチバチ、と火花が弾ける音とともに、彼は「ぐああっ」と苦しげなうめき声を漏らす。

 

 

「な、なんだありゃあ!」

 

「ランボッ!!」

 

 

悲痛な叫び声を上げたツナが、真っ青になって一歩踏み出そうとする。

 

やめろ、と俺が言う前に彼を止めた人物が二人いた。

 

ツナの肩を掴んだミツ君と……そして、ランボ本人。

 

 

「危ないから、前に出るな」

 

「ええ、ボンゴレの言うとおりだ……オレはやれる」

 

 

強い意志を秘めた瞳が瞬いた。煌めいて見えるのは、苦痛を堪えた時の涙だろう。

 

だが、その声に、その表情に恐れはない。

 

ただ何かを覚悟した、強い一人の男がそこにいた。

 

 

(なんで……ランボじゃ、ないみたいだ)

 

 

俺が未来の世界で死んでいたのだとしても。

 

俺のためにこんなに……成長してくれたってこと? そう思っていいのか?

 

 

「……だが、そろそろ時間だ。ここで子供のオレに戻るわけにはいかない。お前との戦いは、未来へ託す!」

 

「好きにするがいい。貴様が何をしようと……最後に勝ち、ボスの信頼にこたえるのはこのオレだ!!」

 

「……感謝する、ヴァリアーの雷の守護者」

 

(れ……レヴィ!?)

 

 

毅然として言い放った嫉妬の雷を見て、俺は唖然とする。

 

あまりに、あまりに……正々堂々としすぎていないか?

 

どうして。いったいみんなに、何が起きてるんだよ……!?

 

 

バズーカが放たれ、轟音と同時に爆炎が炸裂する。

 

爆風に思わず目を瞑り、俺は必死によろけないように、足を踏ん張る。

 

ぱちぱちと弾ける火花の音を聞きながら、そっと目を開けた。

 

 

黒煙の中、立っているのは……一人の影。

 

 

「なんだ? このただならぬ威圧感は……」

 

「ま、まさかあれが……20年後のランボ!?」

 

 

____よく、似ていた。

 

15歳のランボではまだ幼すぎるが、25歳のランボは『俺の知る』大人のランボに雰囲気がそっくりだ。

 

同一人物なのだから当然だ。だが……なんでだろう。

 

 

「ああ……なんて、懐かしいんだ」

 

 

俺の心の声と、ランボの声が、奇しくも重なった。

 

はっとして顔を上げると、彼は深い哀しみと後悔の色を湛えた目をしていた。

 

白蘭に全てを滅ぼされた未来から来たのだろうか。ならば、俺たちはそのうちに、10年後に飛ばされることになるんだろうな。

 

 

(……でも、どうしてだ)

 

 

『前世』で見た『20年後のランボ』と少しだけ、違うように感じるのは。

 

 

「……全てを理解してからでは、遅すぎた」

 

「……は?」

 

「すまなかった。俺は……俺たちは、愚かだった」

 

 

愚かだった? それは、何に対しての……誰に対しての謝罪なんだ?

 

10年後ランボの『異変』は、恐らく未来で俺が病死しているからだとすると説明もつくが。

 

……ミルフィオーレにボンゴレが潰されたからにしては、彼の言動には不可解なところが多すぎる。

 

 

(……恭弥さんは、何か知ってるのか?)

 

 

はっきりとした理由もなく焦りながら、恭弥さんの佇むフェンスの方向へ目を向ける。

 

しかしフェンスに寄りかかったままの彼の表情も、怪訝そうに歪んでいるだけだ。

 

この世界を、俺よりもずっと知っているはずの恭弥さんが不可解そうにしているなんて。

 

20年後にはいったい、何が起きてるんだ?

 

 

「泣きそうだが、感傷に浸っている場合ではなさそうだ。懐かしい面々を見て……話したいことはあまりにもたくさんあるが……せっかく、10年前の俺が託してくれた役目を……子供の俺に戻る前に、果たしておかないといけなさそうだ」



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嫉妬の変化

「ほざけ」

 

 

カッ、と目を見開いたレヴィが再び雷鳴を呼ぶ。

 

20年後のランボを取り囲むようにして一斉に開いたパラボラに青白い雷光が迸り、バチバチと火花を閃かせた。

 

ミツ君が少しだけ眉を寄せる。

 

 

「……やばいな。あの技だ」

 

「ランボっ!!」

 

 

ツナの悲痛な叫び声とともに、雷撃の槍が非情にもランボを穿つ。

 

ぐわっ、と苦しげに呻く彼を見て、さらにツナが青くなるのがわかった。

 

 

「やべぇ!! 電気の逃げ場がねぇ!」

 

「奴は焦げ死んだ。もはや勝負は決した」

 

 

ふ、と笑みを零すと、レヴィはこの電光をボスにも見せたかった、と呟く。

 

この世界でもXANXUS至上主義なのは変わっていないらしいな、彼は。

 

ほら、周りをよく見ないと……痛い目を見るぞ?

 

 

「やれやれ。どこへ行く?」

 

 

不意に響き渡った声に、ミツ君を筆頭とする10代目ファミリーだけでなく、ヴァリアーの面々までもが目を剥いた。

 

驚愕の声があちこちで漏れる。しかしフィールドに立ち、彼に相対するレヴィは……唖然とした顔をすぐに不敵な笑みに戻す。

 

面白い、と唇が動くのが見えて、俺は再び息を呑む。

 

 

臨機応変かつ、冷静な対応。

 

暗殺部隊ではあるヴァリアーには必要不可欠な技能なのかもしれないが、レヴィはこんなに沈着な人間だっただろうか。

 

XANXUSがどんな手を使ってでも殺せ、と命じたら必ずやるはず。それなのにまだ正々堂々たる態度を見せてるってことは。

 

 

(何かを企んでるのは、XANXUS……? 『友人』である俺に恩を売るつもりか、それともミツ君に好印象を植え付けるため……ってそれ、なんの意味があるんだよ!)

 

 

恭弥さんはまだ『恭弥さん』であるはずなのに、彼もどういうことだか理解出来ていないようで、難しい表情を崩さないままだ。

 

あーもー……頭がおかしくなりそうだよ!

 

 

「エレットゥリコ・リバース!!」

 

「なっ!? あれだけの電流を地面に……!?」

 

 

受けた電撃を地面に流すことによって、感電を防いだランボは、柔らかく微笑んでみせた。

 

 

「電気はオレにとって子猫ちゃんみたいなもんだ。わかるかい? オレは完璧な電撃皮膚を完成させている」

 

「す、すごい!! これが20年後のランボ!」

 

「まさに避雷針だな」

 

「さて……そろそろ決着をつけるとするか。ヴァリアーの雷の守護者。サンダーセット……、

 

電撃角(エレットゥリコ・コルナータ)

 

 

ランボがみたび稲妻を呼び、装着した角を閃かせる。しかしレヴィはそれを見てもただ嘲笑を零すだけ。

 

 

「愚かな……その技はもう見切った。致命的な弱点があるからな」

 

「え……弱点?」

 

「ツナ、角の長さだ。リーチが短いんだよ。わかるか? 角に当たらないと効果がないんだ」

 

「そ、そっか……確かにそうだよ。やばいじゃん!」

 

 

ミツ君の冷静な分析にツナが青くなる。そして、それは俺も例外じゃない。

 

ランボが入れ替わったのは確か、レヴィに電撃角を食らわせる直前だったはずだ。

 

最初の雑談で大分時間を食ってしまったから、いつ入れ替わるかわかったもんじゃない。

 

 

(もし入れ替わったなら……ミツ君はランボを助けてくれるのか? ツナはハイパーモードになれないから無理だ。

 

それがわからないうちは、俺が動いた方がいいのかな……でも、俺はこれ以上ボロを出す訳にはいかない)

 

 

それにあんまり炎を使いすぎてしまうと、生命エネルギーの枯渇によって、もともといくばくもない余命がさらに縮まってしまう。

 

死ぬのは怖い。もう体験したことではあるけれど、次も記憶を持ったまま生まれ変われるかどうかはわからない。

 

忘れたくないんだ。みんなのことを。

 

もう、『裏切らない』って……決めたから。

 

 

「昔のことさ」

 

 

呟いたランボの角が纏う電流が大きく膨れ上がる。

 

青く瞬くそれを見て、レヴィが「面白い」と再び口角を上げた。

 

 

「来い!!」

 

「うおおおおお!!」

 

 

ギャリッッ!!と。

 

咆哮と咆哮が……そして電撃と電撃が、激しい剣戟音を立ててぶつかり合う。

 

バチバチと弾ける電光と火花を見て、ツナは息を呑んだまま動かない。

 

 

やがて、先に音をあげたのはレヴィの方だった。

 

 

「ぐああああ!!」

 

「年季が違う。出直してこい」

 

「そ、そんな……バカな! くっ、こんなところで……!! ここで負けるわけには……ボス……!!」

 

「剣を引け。これ以上やるとお前の命が、」

 

 

そうランボが忠告したその瞬間だった。

 

ぼうん、と音を立てて……屋上にピンクの煙が拡がった。



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やっぱり、違う

 

「あ……ッ!」

 

 

入れ替わりを示すピンクの煙は、間違いようもなく10年バズーカのもの。

 

このタイミングで起きてしまった入れ替わり。

 

どうしよう。5歳になってしまったランボのままじゃ、間違いなく殺される!

 

 

「ぐぴゃあああ!!」

 

 

レヴィのレヴィ・ボルタと、自らの電撃角の電流を一気に喰らったランボは、そのあまりの激痛に絶叫した。

 

まだ5分経ってないのに、と真っ青になるツナの声を聞きながら、俺はぎゅっと拳を握った。

 

ミツ君は、冷静な表情を崩さないままだ。

 

 

「ランボが……動かない! どうしよう、兄さん!」

 

「やはり雷の守護者に相応しいのは、貴様ではなくオレだ」

 

 

ずん、と一歩前に踏み出したレヴィを見て、ツナが「危ない!!」と叫ぶ。

 

あんにゃろ、と山本や獄寺君それぞれの武器を構えてサーキットに踏み込もうとする。

 

だが。

 

 

「待て! 今踏み込めば、失格になる!」

 

「み……ミツ!?」

 

「これまでのランボの努力と怪我が無駄になるんだぞ! そんなの……!」

 

 

冷静な表情とは打って変わった、悔しげな、必死そうな表情で声を上げたミツ君が、山本達を止める。

 

リボーンは頷き、チェルベッロもその通りだとミツ君を支持した。

 

……ボスの言葉によって、誰も動けなくなる。

 

 

(何をしてるんだよ、ミツ君……! 殺されたら、ランボの努力どころか命まで、)

 

 

……やっぱり、俺が行くしかないのか?

 

くっ、と歯噛みした時、レヴィが大きく後ろに足を引いた。ランボを蹴り飛ばすつもりだろう。

 

中に踏み入る暇もなかった。彼の足は鈍い音ともにランボを捉え、その体を宙へ弾き飛ばす。

 

 

「ランボ!!」

 

 

あの高さから叩きつけられたら……!

 

しかし、そう思って焦ったのはたった一瞬だった。

 

次の瞬間には、見事な放物線を描いたランボの体は、すっぽりとミツ君の腕に納まっていたからだ。

 

 

「え……!?」

 

 

驚いたのは俺だけじゃなかった。

 

ツナや守護者候補たち、そしてランボをキャッチした当の本人であるミツ君も、向こう側でトンファーを構えた恭弥さんでさえ同じように驚愕していた。

 

……ミツ君は、ランボをキャッチするための動作をしていなかった。つまり、

 

 

「お前……、ランボを殺さないのか?」

 

 

レヴィには、ランボの命を奪う気は無いということだ。

 

唖然とした表情で問うミツ君を、レヴィは嫉妬の名にはいささかふさわしくないように思える醒めた瞳で睨み下ろした。

 

 

「……殺してほしいのなら、今すぐに望み通りにしてやるが?」

 

「……そんなわけないだろう」

 

 

疑惑の目をしながら、ミツ君が腕に抱えたランボを抱き込むような格好になる。

 

ふん、と鼻を鳴らすと彼はそのまま上を仰ぎ見た。

 

……そこにいたのは。

 

 

「ざ……XANXUS!!」

 

 

血赤の瞳。鋭く研ぎ澄まされた殺気。残忍な怒気。

 

……全身に剣呑な空気を孕む百獣の王が、こちらを睥睨していた。

 

レヴィはいったん跪いて拝礼すると、そのまま立ち上がって跳躍し、XANXUSのもとにリングを届けた。

 

不機嫌そうにそれを受け取ると、XANXUSは冷然とした目でレヴィを睨めつけた。

 

 

「……無様を演じたな。次はないと思え」

 

「はっ!」

 

「XANXUS……」

 

 

漲るような……狂気にも似た殺気が、感じられないのは何故だ?

 

研ぎ澄まされた『暗殺者』としての殺気はあるのに、どうして憎しみが感じ取れないんだ?

 

いったい過去の俺は、お前に何を言ったんだよ?

 

 

(わかんないよ……復讐なんて、侮辱なんて! 覚えてないんだから!!)

 

 

「おい」

 

「!」

 

 

上から声が降ってきて、ハッとして顔を上げた。

 

だが俺が呼ばれたのではなく、XANXUSが声をかけたのはミツ君だったようだ。

 

 

「なんだ、その目は。本気でオレを倒して後継者になれると思ってんのか?」

 

「……当たり前だ。お前の『過去』のことは俺も詳しく聞いている。お前なんかに負けるつもりはない。

 

ボンゴレ10代目になるのは、この俺だ!」

 

「ほう……」

 

 

XANXUSの赤い目が剣呑に細められ、彼はその手にオレンジ色の憤怒の炎を灯す。

 

こおおお……と凄まじい光を発するそれを見て、顔色を変えたチェルベッロが、「いけませんXANXUS様!」と叫んで彼のもとへ跳んだ。

 

 

「ここで手を上げてしまったら、リング争奪戦の意味が! 拳を収めてください!!」

 

「うるせえ」

 

 

どがっ、と。XANXUSはそのままチェルベッロの顎を、その長い脚で蹴り上げた。

 

強烈な蹴りで気を失ったのか、そのまま落下するチェルベッロ。

 

皆が呆然とする中、俺はまた違うことで驚く。

 

 

(今……『蹴った』よな。『炎』じゃなくて)

 

 

やっぱり……少し、違う!



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リボーンの懸念

「XANXUS……」

 

 

“あの時”のことはよく覚えてる。手に炎を灯したXANXUSを止めようとしたチェルベッロが、逆に彼の憤怒の炎を食らって倒れたのだ。

 

……でも今は、XANXUSは『蹴った』。

確かに暴力であることに違いはないけれど、ダメージはずっと少ないだろう。

 

ボスの笑顔なんて何年ぶりだろう、と幹部たちが色めき立つ。やはり彼の笑顔は珍しいものらしかった。

 

「オレはキレちゃいねぇ。……むしろ楽しくなってきたぜ。潰しがいのある奴が相手じゃねぇと、こんな茶番も楽しむことすらできねぇからな」

 

「俺はお前に負けるつもりは無いぞ」

 

「ふはっ。やってみろ」

 

 

嘲るような笑みを零したXANXUSは、そのまま赤い瞳を俺と、そしてツナの方に向けた。

 

びっくりして目を見開くと、血赤の双眸が音もなくゆっくりと細められる。

 

 

「……久しぶりじゃねぇか。死に損ないが」

 

「ざ、XANXUS……」

 

「今回日本にわざわざ足を運んでやったのは、そこのドカスとボス権を争うため。……それとてめぇに『復讐』するためだ」

 

 

『ボスの座』じゃなくて、『ボス権』を争う?

 

なんかその言い方だと、ボスになることじゃなくて、ボスの権利そのものを狙っているように聞こえる。

 

XANXUSはボスになりたいんじゃないのか? ゆりかご事件も起こったは起こったようだし、それは間違いないはずなんだけど。

 

……昔の俺は、いったい何を知ってたんだろう?

 

 

「……『復讐』だと? 家綱先輩がいったいお前に何をしたっていうんだ」

 

「てめぇにゃあ関係ねぇ……てことはねぇか。だが今教えてやるつもりもねぇな。お前はあとからカッ消す」

 

「……」

 

 

不満げに押し黙ったミツ君が、恨めしげにXANXUSを睨み上げる。

 

……どういうことなんだ? どうして、俺への『復讐』がミツ君に関係することになるんだよ?

 

まさかミツ君にも危害を加えるつもりなのか、XANXUSは……って、今更か。

 

リング争奪戦は、ヴァリアーにとっちゃ対戦相手の命を奪う戦いだもんな。

 

 

「行くぞ、ドカス共」

 

「うししっ、りょーかい。じゃなっ、家綱」

 

「余計なこと言ってんじゃねぇベル!! ……首を洗って待ってろぉ、ガキども!」

 

「明日の対戦は嵐の守護者の対決です」

 

「つってもヴァリアー側の嵐の守護者はもういねーけどな」

 

 

山本が手を頭の後ろで組んでそう言うと、チェルベッロが「ええ」と頷く。

 

 

「ですから、ベルフェゴール様には我々がお伝えしておきます」

 

「ああ」

 

 

ミツ君が言い、自分の腕で気を失っているランボを見下ろした。

 

ランボはところどころ火傷していて、皮膚は黒い煤で汚れている。

 

ツナは心配そうに「ランボ、大丈夫かな」とミツ君からランボを受け取ってその傷をそっと撫でていた。

 

 

「……拍子抜けだな」

 

 

出し抜けにリボーンがそう言ったので、俺はハッとして顔を上げる。

 

リボーンはボルサリーノのつばを引き、ヴァリアーの幹部達が消えた方向を静かに睨みつけていた。

 

 

「どういう意味だ、リボーン?」

 

「ランボが助かったのが悪いってわけじゃねぇ。誰も死ななかったわけだからな。それが最善だぞ。なぁ、ミツ」

 

「ああ、当然だ」

 

「だが妙だ。オレの知ってる独立暗殺部隊ヴァリアーは、冷徹残忍な暗殺者集団だぞ。

 

敵を殺そうとしないわけがないのに、レヴィ・ア・タンはランボを見逃し、それをXANXUSも容認していた」

 

 

……たしかに、そうだよな。

 

別にXANXUSが優しくなったとか、甘い考えを持つようになったとか、そういう印象は受けなかった。

 

俺への何かしらの執着があるらしいのは確かだけど。

 

 

「……と、いうより。俺達を殺すのは『自分のメリットにならない』って思ってた、って感じがした」

 

「ツナ」

 

 

少し驚いたように、呟いたツナにミツ君が目をやる。それに気がついたツナは、慌てたように顔の前で手を振った。

 

 

「あ、いや、ごめんミツ! 俺の勝手な考えだから、気にしないで!」

 

「……いや、お前はプリーモ直系の血筋だからな。超直感はバカにはできない。イタリアの方の直系の家系と比べたら、辺境のに見られがちだが……血筋は同等だ」

 

「そ、そうかもしれないけど……」

 

 

呟いて、ツナが視線をうろうろさせる。

 

俺は微笑むと、ふと思い出して恭弥さんを探すため、辺りを見回した。

 

 

(……あれ、もういない)

 

 

ついさっきまでフェンスのそばで佇んでいたはずなのに、いつの間に帰ったのだろうか。

 

まぁ、早く帰らないと『雲雀さん』に戻っちゃうしね、仕方ないか。



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案の定熱を出した

「兄さん……大丈夫?」

 

「あー、うん……けほっ、平気……」

 

 

心配そうに俺を見下ろすツナが、顔を覗き込んでくる。俺はぼんやりする意識を無理やり正して笑顔を作った。

 

____案の定風邪を引いて熱を出した。生まれ変わって、ボスにならないで済むのはいいと思うけど、

 

少し雨に打たれたくらいで倒れるこの虚弱体質、そこだけはどうにかしてほしいところだ。

 

神様は贔屓屋だ。一物も与えないやつがいると思えば、二物も三物も与えるやつもいる。

 

俺は気に入られてるんだろうか、それとも疎まれているんだろうか。いったいどっちなんだろう?

 

 

 

「もう、雨の中出かけたりするからよ……。発作が出なかっただけよかったけど、もう無茶しちゃダメよ、いっ君」

 

「早く治さねーと、ツナの修行も進まねーだろ」

 

「ごめん、母さん、リボーン」

 

「……ランボ君も……」

 

 

母さんが眉を寄せて黙りこみ、目を伏せる。

 

何も聞かないで欲しいと頼み込んだから何も言わないでくれているけど、本当は何が起こったのかかなり気になってるんだろうな。当然だ。

 

母さんはまさに良妻賢母だと思う。普通は気になるし、何がなんでも事情を聞き出そうとするだろう。

 

でも母さんは何も聞いてはこなかった。父さんの言葉を、ツナと俺の意志を尊重して。

 

 

「ツナ、仕方ねぇから今日はミツと合同で修行だぞ。お前よりミツの方が進度が速いから、あいつからいろいろ見て学べよ」

 

「あ、うん。わかった」

 

「家綱、お前が動けないのはかなり痛い。体調を崩したのは仕方ねぇ、今日はゆっくり休め。そしておっとと治せ」

 

「げほっ、げほっ。……うん、ごめん、リボーン」

 

 

ああ、頭が痛い。意識が朦朧とする。……相当高いなこの熱。

 

現世ではしょっちゅうだけど、前世ではほとんど風邪なんか引かなかったから、幼い頃は大分苦労したっけ。

 

俺の精神年齢が子供ではなかったからよかったけど……俺の年が年齢通りだったら、遊びたいざかりにベッドに篭ってばかりで、きっとひねくれた子供になってたんだろうな。

 

……そこはほんと、精神がそのままでよかったよ。

 

「じゃあ、行ってくるね兄さん。……母さん、兄さんをよろしく」

 

「ええ、行ってらっしゃい、ツっ君」

 

「げほっ、行ってらっしゃい」

 

「こら、いっ君はあんまり喋らないの」

 

 

窘める声とともに、額に氷嚢が置かれる。

 

……その心地よい冷たさに目を閉じると。

今まで蓄積されていたらしい疲労がどっと体を襲い、俺はそのまま、深い眠りに引きずり込まれていった。



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夢の中

____夢を見た。

 

それはボスの席が空席のままの幹部会議だった。

 

 

俺は『沢田家綱』の姿でそこに立っていて、声を上げようともそれがそこにいる人たちに届いている様子はなかった。

 

息子の家宣は何かを悔やむような顔で下を向いていて、既にネオボンゴレⅡ世(セコーンド)であるというのにも関わらず、ボスの隣の席に座っていた。

 

長テーブルには新旧守護者たちだけでなく、11代目門外顧問である遥香ちゃんと、12代目門外顧問である遥弥くん、さらには白蘭とバミューダ、それからユニとその娘・ソフィアちゃんの姿まであった。

 

そこに『俺』の姿はなかったから、多分これも『未来』の映像なんだろう。正確なものかどうかは知らないが……何だか胸が引き絞られる思いがした。

 

「ひたすら探し回ったら、1つだけ。それらしき気配があるところがあったよ♪ ……ただまあ、時間はないね。向こうの世界の時の流れと、こちらの世界の時の流れは一致していないから」

 

「白蘭様。それにはどのくらいの差異があるのです?」

 

「遥香ちゃんが予測してた通り。……多分“これ”を仕組んだ“黒幕”は、“ゲーム”にタイムリミットを作ったんだ。……1日で、1年が経つよ。そしてまず間違いなく……20年以内に彼は死ぬ」

 

そうなれば、もう2度と取り戻すことはできない。

 

そう言うと、白蘭はテーブルに広げたマシュマロを口に放り込んだ。

 

 

(20年以内に死ぬ……? 取り戻せない? ……それってもしかして、俺のこと?)

 

白蘭や遥香ちゃんたちが何を言っているのかわからなくて、混乱する。

 

遥弥くんは雲雀さんにそっくりな瞳を静かに瞬かせると、「では」と口を開いた。

 

 

「10代目を撃ったあの男が、いったい何者なのか……という話に論点が移りますね」

 

「ついこの前までは敵対ファミリーの逆恨みだと思ってたんだけどね。ソフィアちゃんが綱吉クンに『撃たれる未来』を予言してあったって言うからさぁ♪」

 

「10代目はその運命を受け入れた。彼が自分を『殺す』犯人の正体を知ってたのかどうかは知らないけど……」

 

「彼はお優しすぎるのです。だからこそ、誰かが自分を殺したいと望むなら、責任を手放した今なら死ぬのが筋だとお考えになった」

 

 

遥香ちゃんが眉をひそめて呟く。

 

その声には明確な怒りが篭っていた。

 

 

「そんな正しさなど、私達には不要だというのに」

 

 

遥香ちゃんの悔しそうな声が、いやに胸の奥に突き刺さった。

 

ここにいる彼らは、全員俺に怒ってるんだ。恨んでいるんじゃないのだ、多分……怒ってる。

 

それも、激怒だ。

 

 

(そりゃ、そうか……)

 

 

俺だって、大切な人たち……仲間や家族にそんなことをされたら怒る。激高する自信がある。

 

というか、前リボーンがろくな死に方なんて期待してねえ、とか言った時に超怒った覚えがあるし。

 

 

「一日で一年が経つというのならば、迷っている暇などございませんね。どうにかして彼の下に行かなくては」

 

「……ねえ、遥香。沢田綱吉のいる場所はだいたいわかってるんだっけ?」

 

 

出し抜けに口を開いた恭弥さんに、遥香ちゃんが面食らったように目を瞬かせた。

 

数瞬ののち、頷く。それを見た彼は口角を上げると、「僕が行くよ」と言う。

 

 

「……ちょっと、父さん。もういい年なんだから、独断専行はやめてくれる? あとからその皺寄せが誰に行くのか、ちゃんと考えてないでしょ」

 

「うるさい。それに独断専行をしたのは僕じゃない。彼だ」

 

「何年経っても成長のない……」

 

 

はあああ、と深くため息を吐いた遥弥くんが、付き合ってられないとばかりにそっぽを向いた。

 

この親子の様子は相変わらずだな、と思って苦笑していると。

 

白蘭が「いいんじゃない? 雲雀チャンが試しに行ってみるのも」と笑顔で手を頭の後ろで組んだ。

 

 

「とりあえずもう一つ手は用意しておくとして。実験的に、さ。それで存分に綱吉クンを咬み殺してきちゃえばいいんだよ♪」

 

「白蘭、お前……」

 

 

低く唸った隼人が白蘭を睨みつけるが、白蘭はどこ吹く風だ。

 

隼人も飄々とした態度を崩さない白蘭にそれ以上何かを言っても無駄だと悟ったらしく、口を噤む。

 

 

「……にしても、その“黒幕”ってのは誰なんだ、遥香?」

 

「……皆様もよく知っている……『天使事件』の黒幕だと思われます」

 

 

その場にいるボンゴレの全員が、息を吞んだ。

 

二の句が継げずに黙り込む皆を見て、俺は瞠目する。

 

……『天使事件』とは俺が高校生の時に起きた、他ファミリーとの抗争の名前だ。

 

9代目がボスを務める最後の大きな事件と呼ばれ、ボンゴレ内でも知名度が高い。

 

でも今、なんでその名前が出てきたんだ?

 

 

「きっと、10代目を撃ったあの男も……」

 



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嵐戦の前

「____さん、兄さん。起きて、夕飯だよ」

 

 

差し込む夕陽が遮られて、俺の耳に届いたのは、息子やその守護者たちのものではなく、この世界での弟のものだった。

 

 

『天使事件』、そしてその『黒幕』。

 

随分と昔のことまで引っ張り出してきたな、と思ったところで夢は終わってしまったようだ。

 

あれって、やっぱり俺のこと言ってるのかな。取り戻すとか、20年以内に死ぬとか、1日で1年経つとか。

 

そんなことを考えながらうっすらと目を開けてみると、ツナが「おはよう」と言って笑った。

 

 

「え? 夕飯って、あ……もうそんな時間?」

 

「熱下がったみたいだね、兄さん。よかったよ」

 

「あ、ホントだ」

 

 

起き上がってみると、もうすっかり身体が軽くなっていることに気がついた。体調を崩したのも、雨のせいじゃなくて実は疲労のせいか?

 

何であれ、家族に迷惑をかけてしまったことは心苦しいけど……でもつまり今日、俺はちゃんと獄寺君の嵐戦を見れるってことか。

 

そう言うと、ツナは「何言ってんの!?」と頓狂な声で叫んだ。

 

 

「兄さんは留守番に決まってるじゃん!? 何言ってんだよ! 病み上がりで外に出て、また体調崩したらどーすんだよ!」

 

「えっ、だってさ。ほら俺も気になるし」

 

「ダメだったらダメ!!」

 

 

リボーンも何とか言ってよ、と言ってツナが後ろを振り返る。てっきりミツ君と一緒にいるのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

しかしリボーンはあっさりと「別にいいんじゃねぇのか?」と答えた。

 

んなっ、と裏切られたと言いたげに顔を歪ませるツナだが、お前の鬼畜家庭教師様はそこまで甘くなんてないぞ。

 

 

「お前が見に行くんなら、その師匠である家綱も来るのが道理ってもんだぞ。熱は下がったんだったら、問題ねーじゃねーか」

 

「そういう問題じゃないって、」

 

「第一家綱自身が行きたいっつってんじゃねーか。なぁ家綱」

 

「あ、うん。やっぱり獄寺君のこと、心配だし」

 

 

『前世』でもそうだったけど、獄寺君は修行がそこまで上手くいっていないみたいだったから。多分大丈夫だとは思うんだけど……心配なんだよな。

 

だって、俺の記憶が確かなら……彼はもう少しで、自分の命を投げ打ってしまうところだったんだから。

 

 

 

 

ベルフェゴールの噂をしながら歩いていくと、すぐに並中に着いた。校門のそばには了平に山本、ミツ君が既に待機していたが、獄寺君の姿はない。

 

 

「早いね3人とも。もう来てたんだね」

 

「気が逸ってしまってな。……それに、最近家を出ようとすると友香が心配そうにこちらを見ていてな。騙している手前、いたたまれなくなって早めに家を出た次第だ」

 

「なるほど」

 

 

友香は天然だが、こと家族に関わることになると割と鋭い。きっと了平に嘘をつかれていることにも気づいてるんだろうな。

 

でも口を挟んじゃいけないと思って我慢してるんだろう。だから心配そうな目をしてるんだ。

 

 

「俺は普通に山本と来ました。……家綱先輩、体調良くなったんですね。よかったです」

 

 

ツナがずっと心配そうにそわそわしてたから、俺も気になっていたんです。

 

そう言うミツ君が苦笑してツナを見る。ツナは少しだけ膨れると、照れを隠すようにそっぽを向いた。うわ俺の弟可愛い。

 

 

「あ、ありがとう。もう熱も下がったし、見に来てみたんだ。……でも今日の主役がいないね?」

 

 

そう言うと、ミツ君の顔が少しだけ曇った。

 

ツナもつられて青くなり、「どうしたんだろ?」と眉根を寄せる。

 

 

「もしかしたら、シャマルに止められてるのかもな」

 

「そうだね。シャマルのことだし、勝機のない戦いに弟子を送り出すことはしないだろうし。新技が完成してないのかも……家綱」

 

 

言いながら、俺は視線を足元に投げた。

 

……『俺』の時は“隼人”はちゃんと来てくれたけど、今は別に焦る状況でもないもんな。

 

大空のリングはまだミツ君の手にあるわけだから、二勝一敗でまだ余裕はあるわけだし。

 

でもやっぱりそれを言うと、獄寺君のプライドを傷つけちゃうことになるのかな。本気で頑張ってたみたいだし、ミツ君のために。

 

 

「いや、来ますよ」

 

「え、」

 

「大丈夫。獄寺は来ます」

 

 

力強く言い切ったミツ君に、ホッとしたような空気が広がる。

 

相変わらずすごいカリスマ性だな、と感心していると、間もなくチェルベッロが現れた。

 

今回の戦いは、部屋の中だという。

 



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眸は変わってない

「逃げてどーすんだか。意味ねーのにどういうつもりなんだろーな?」

 

「逃げてなんていない、獄寺は来る。それとも何か? ボンゴレの切り裂き王子ともあろう者が、獄寺が来るのを恐れているのか?」

 

「ししっ、言うじゃん。……んなわけあるかよ」

 

ミツ君とベルフェゴールから発された殺気が廊下の中央でぶつかり合い、余波を生んでビシビシと俺たちを襲う。

 

一触即発、というよりも凍てついた氷のような空気に、俺は思わず二の腕を摩った。

 

 

「あの時計の針が、11時を指した時点で獄寺隼人を失格とし、ベルフェゴールの不戦勝とします」

 

 

無慈悲に時を刻む時計の針が、焦燥を募らせる。来なくてもいい、でも、来て欲しい。

 

いろいろな感情が綯い交ぜになったままだったが、俺は何かに祈るように目を閉じて手を合わせた。

 

 

____そして。

 

 

「お待たせしました10代目。獄寺隼人、行けます!」

 

 

時計が爆ぜる轟音が炸裂するとともに、現れたのは間違いなく獄寺君で。

 

「獄寺君!」とあからさまにホッとするツナを横目にしつつ、俺は安堵と同時に羨望も感じた。

 

 

獄寺君の……いや、雲雀さんを除く10代目ファミリーの面々がボスと仰いでいるのはやはり、ツナでも俺でもなくミツ君なんだ、って。

 

……そう、嫌でもわかってしまうから。

 

 

(ずっと年下の子に、嫉妬かよ俺。……あー、みっともねー)

 

 

“あの時”だって俺は、獄寺君が来てくれたことにすごく安心した記憶がある。

 

それをミツ君はまるで来るのが当然だ、とでも言いたげに泰然としていた。

 

ボスとしての自信が、余裕が、彼からは溢れているようだ。これが人の上に立つ真の王たる器なのか、と俺は黙って唇を噛んだ。

 

 

(みんな、怒ってたしな……。俺はいつだって、間違いばかりだ)

 

 

死をもって部下を裏切った挙句、こんどはその地位を持つ『他人』に妬心を抱く。

なんて滑稽で、無様な『大人』だろう。

 

 

「待ってたぞ、獄寺」

 

「必ず勝ってみせます」

 

(……ああ、)

 

 

____そうだ。

 

みんなを裏切り、顔を背けて逃げ出した俺には、ミツ君を疑う権利すらないのだ。

 

 

ハリケーンタービンの説明を受け、円陣を組むツナたちを見つめながら。

 

俺はそっと拳を握りしめた。

 

 

「今回のフィールドは広大になため、各部屋に取り付けられたカメラで校舎端の観覧席に勝負の様子を中継します。また、勝負が妨害されぬよう観覧席とフィールドの間に赤外線感知式のレーザーを設置しました」

 

チェルベッロの説明に耳を傾けながら、俺達は揃って観覧席に移動する。今日は流石に雲雀さん……恭弥さんは来ていないようだった。

 

まあそれも当然といえば当然だろう。彼はたまたま雷戦の時に『恭弥さん』になっていたから足を向けてくれただけであって、そう何度も運良く、リング争奪戦の時だけ『入れ替わるための頭痛』が起こるとは限らない。

 

 

「よー、家綱。ししっ」

 

「ベルフェゴール!」

 

 

不意打ちで声をかけられて、目を見張る。

 

ミツ君とリボーンが同時に振り返ったので冷や冷やしながら瞬きして、「な、何?」と問うた。

 

待って、この二人に警戒されるのは辛い。

 

 

「おーまえ昔からずっと略さないで呼ぶよな。クセかよ、それ。……あ、全部忘れてんだっけか。王子でいいっつってんじゃん」

 

「王子はちょっと……略になってなくない?」

 

 

思わず突っ込むと、ベルフェゴールはみたび愉しげに笑う。

 

前世でもここまで親しげにはしてくれなかったから、新鮮に感じた。……まあ娘の梨奈には優しかったけどな、ヴァリアー全員。

 

しかし、リボーンの目が険しくなったのに気がついて、俺は即座に口を噤む。

 

ってかなんなんだよ前から。スクアーロもベルフェゴールも皆がいる前で次々と話しかけてきて。嫌がらせか何か?

 

 

「随分腑抜けたと思ったけど……眸は変わってねーな、お前」

 

「え、」

 

「つーかさ、獄寺隼人っつったっけ、お前。さっきから顔強ばってるし……肩に力が入りすぎじゃね?」

 

 

ぽん、と唐突に話の矛先を変えられ、肩に手を置かれた獄寺君が一瞬ぽかんとする。

 

だがすぐにその手を振り払うと、「うるせえ」と低い声で恫喝した。

 

てゆーか、顔が強ばってるのは当たり前じゃんか。

 

9代目とは別筋だけどプリーモ直系の沢田家の長男が、ヴァリアーの幹部に話しかけられたんだからさあ!

 

こめかみをヒクつかせていると、チェルベッロが開戦の合図が如く、指を揃えた片手を振り上げた。

 

 

「それでは嵐のリング、獄寺隼人VS.ベルフェゴール……勝負開始!」



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返答を間違えるな

開戦のゴングは……獄寺君自身が投げつけた、極短の導火線を持つダイナマイトの爆発だった。

 

____轟音、そして爆炎。

 

黒い煙が吹き出し、吹き付ける風から身を守るように手を顔の前に翳す。

 

しかし既に、反撃の一手はベルフェゴールの手によって用意されている。

 

特注で装飾を施したらしい不思議な形状の黄金のナイフが、上空で佇んで獄寺君を囲んでいたのだ。

 

 

「な、なんだよあれ!? ナイフ!?」

 

 

ツナの吃驚の声音は、俺達の心の中を代弁する。

 

だが獄寺君は一瞬目を見開いたあと、紙一重でそれらを躱した。さすがの身体能力だ。ミツ君も当然だという顔で、微動だにしていない。

 

「ちょこざいなことするのはやめとけって。誰相手にしてんのかわかってんの?」

 

 

ベルフェゴールの異様に居丈高な物言い。

 

と、同時に即座に放たれる獄寺君の3倍ボム。

 

息をつく暇もなく彼はダイナマイトに取り囲まれたが、相変わらず泰然としたまま構えているだけだ。

 

そして……突風。

ダイナマイトはハリケーンタービンによって生じた暴風によって吹き飛ばされ、無効化される。

 

 

(……きっと、変わってくれる)

 

 

獄寺君。君のボスはミツ君だ。俺なんかよりもずっと優秀で、『正しい』はずだ。

 

だったらきっと……君ももう、自分に足りないものをわかってるんだって思っていいよね?

 

何を求めるのか。こっちが王手をかけられる絶好の機会だとはいえ、見詰めるべきものはなんなのか。

 

 

“あの時”は、君は勝利と引き換えに死を選びそうになった。それを止めてくれるのは、君自身か……ボスのミツ君でなくてはならない。

 

 

(XANXUSも……この戦いはヴァリアーの観覧席で観てるんだろうな)

 

 

思考が読めない。……憤怒の暴君は策謀が得意だけれど、ある程度の時期になったらわかりやすい煽り方をする。

 

しかし今回はよくわからない。レヴィにランボを殺させなかったり、勅命書に“ボスの座”ではなく“ボス権”と書かせたり。

 

何を見て楽しんでいるのか、皆目見当がつかない。

 

 

「に、兄さん! 獄寺君が……」

 

「えっ、」

 

 

ツナの声に我に返ると、戦局は目まぐるしく変わっていた。

 

恐らくは、俺が黙考に入っている刹那に……獄寺君はワイヤーの仕組みを見抜いたようだ。

 

展開が早い、と息を呑んだその瞬間。

 

 

……獄寺君は、ロケットボムを投擲した。

 

 

「だめだ獄寺君! それは……、」

 

 

____どどどどう!!

 

暴風を避けるように幾度も軌道を変えて、ロケットボムはベルフェゴールへと真っ直ぐに向かっていった。黒煙が立ち上り、獄寺君はおもむろに立ち上がると、血の混じった唾を吐き出す。

 

 

「へぇ。やるな、獄寺」

 

「す……すごい! あれも新技!?」

 

 

ミツ君が満足げに笑み、ツナが手を叩いて賞賛する。

 

……そうだ。ロケットボムのことは流石に彼にも読まれてはいなかった。だからこそ当てられた。

 

そもそも、爆弾なんていうのは、広範囲とは言えないまでも、なかなかの広さを破壊する兵器。大袈裟に避けなければ爆炎に焼かれ、爆風に煽られる。怪我をするのは必至だ。

 

 

(何か策はあったはずなんだ……!)

 

 

額を押さえて歯噛みする。

 

……いや、まだだ。まだわからない。ベルフェゴールが血を見る前に気絶していれば、きっとこれからのことは起きない。

 

それか、ベルフェゴールが仮に狂戦士(バーサーカー)モードになってしまったとしても、上手くいなして首のリングを取りさえすれば。

 

 

(でも……!)

 

「ベルの奴、無傷ではあるまい」

 

「ああ、始まるね。おぞましいアレが」

 

 

……ヴァリアーの幹部達の呟きが、俺の耳に届いたその刹那。狂気を孕んだ高笑いが、耳を劈いた。

 

 

「あ゙あぁぁぁあ!! うししししっ!! ……流しちゃったよ、王族の血をぉぉ……!! あはぁあ゙~、ドクドクが止まんないよ」

 

「……何なんだアレは」

 

 

流石に驚いたようで、ミツ君が組んでいた腕を解いて手を顎に当てた。

 

俺は青ざめているツナを横目にしてから、静かに「あれが切り裂き王子(プリンス・ザ・リッパー)の本領だよ」と告げた。

 

ミツ君は軽く息を吐くと、なるほどというように視線を俺からベルフェゴールに移す。

 

 

「あいつは、自分の血を見て興奮し、スイッチが入るタイプなんですね?」

 

「多分、そうだと思う」

 

「……家綱先輩」

 

 

氷雪よりも冷えた双眸。

 

試すようにこちらを見据えるその目に、俺も黙って目を眇めた。

 

 

「……それはやっぱり、家綱先輩がかつてXANXUSと会った時に知ったんですか?」

 

「さあ……ごめん、俺よく覚えてなくて」

 

 

返答を間違えるな、と強く超直感が告げる。

 

だから俺は、軽く微笑んで答えた。

 

 

「ただ……“そんな気がした”んだ。だって、俺は沢田本家の長男だからね」



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前途は掌握しがたく

「ご、獄寺君っっ!!」

 

「!」

 

 

ツナの叫び声にハッとして顔を上げると、丁度獄寺君が図書室に駆け込むところだった。

 

ナイフによって既に満身創痍なのに、更に見えない攻撃___ワイヤーによって皮膚を切り裂かれ、体のところどころで血を滲ませている。

 

 

……ここで、彼がベルフェゴールに王手をかけることは知ってるんだ。

 

だけど。

 

 

「まもなく、約束の時間です」

 

 

不吉なアナウンスとともに、爆音が轟いた。

 

ちょうどベルフェゴールにとどめの一撃を食らわせて、嵐のハーフボンゴレリングを手に入れようとしていた、その時だった。

 

彼が一瞬怯んだその隙に、血塗れになったベルフェゴールが負けを認めまいと襲いかかる。

 

 

「お話した通り、勝負開始から15分経過しましたので、ハリケーン・タービンの爆破が順次開始されました。図書室の推定爆破時刻はおよそ1分後です。なお、観覧席に爆破は及びません」

 

 

俺は青ざめて、ベルフェゴールと揉み合う獄寺君の映像を見上げた。

 

……ああ、何もかもがデジャヴだ。獄寺君、なんで君はどこでだって『10代目』のために命を投げ捨てようとするんだろう?

 

 

「リングを敵に渡してひきあげろ、隼人!!」

 

「逃げろ獄寺!! そのままじゃ死んじまうぞ!」

 

「そんなやつに付き合うことないよ獄寺君! 戻ってきて!!」

 

 

シャマルの言葉も、山本の言葉も……ツナの言葉にさえも、彼は耳を傾けようとはしなかった。

 

彼にあるのは勝利への執念と……ボンゴレとミツ君への忠誠心、それだけ。

 

 

(獄寺君、君は10代目嵐の守護者なんだろ? ミツ君の守護者なんだろ? ボスを守るのが守護者の役目だ……目先の勝ちにこだわるな!)

 

 

そう叫べたらどんなにいいだろう。

 

それに耳を貸してくれたら、どんなにいいだろう。

 

俺はこの世界では……ただ、無力だ。

 

 

……だけど、彼を動かす方法なら知っている。

 

 

「君も何か言ったらどうなんだ! 獄寺君は君の守護者で、君を守る者で……君が庇護すべき守護者なんだろ!!

……ミツ君!!」

 

「……、」

 

 

俺の言葉に、彼は静かに目を細めた。そしてただ一言……「もういい獄寺、帰ってこい」とだけ、告げた。

 

それでよかった。

 

 

……嵐戦は、ベルフェゴールの勝利で終了した。

 

 

 

 

「____申し訳ありませんでした、10代目」

 

 

満身創痍の体を直角に折り曲げて謝罪する獄寺君を見て、ミツ君が無表情のまま「いや」とかぶりを振った。

 

頭を下げなくていい、と言われて恐る恐る獄寺君が顔を上げる。そこでやっとミツ君は表情をぎこちなくだが緩めた。

 

 

「命に代えられるものは何もないだろう。何の問題もない」

 

「はい、10代目……すみません」

 

 

まったくもってその通りだ。折角自分の命を大切にすることに気がついた矢先に、目先の勝利に拘って死んでどうするんだって話だよ。

 

獄寺君はボンゴレ10代目ファミリーの主軸となる嵐の守護者。率先して死にに行くのが右腕の役目なんかじゃない。

 

 

「これで、向こうがリング2つにこちらが1つか。少し不利な状況ではあるが、いくらでも取り戻せる。あとは山本と俺と、雲雀先輩と……あとは霧か」

 

「10代目が残ってらっしゃるのなら、問題はないでしょう」

 

 

少しだけ安堵したような表情になった獄寺君を見て、俺は目を細めた。

 

……確かに2対1で不利な状況だが、ミツ君の言う通りチャンスはあと4回もある。俺の時は山本も雲雀さんもクロームも勝ったから、大空戦なんてなしで勝利が決定してしまうかもしれない。

 

でも、どうなんだろう。雲雀さんには一応言っておいた方がいいのかな。ゴーラ・モスカを無闇に傷つけるなって。

 

 

……あの中には恐らく、9代目が入っているから。

 

 

(ジレンマだな。俺がこれ以上なく怪しまれているこの状況で、9代目のことに言及すれば当然疑いの目が向く。というか、ボンゴレの機密……モスカのことを知っているということで、即時処刑も有り得る)

 

 

流石にまた銃殺は勘弁してもらいたいよな。

 

だから俺には9代目を助けることはできない。……自分のためにこういう決断をするんだ、冷徹だって思われても仕方ない。

 

だがどうにかして、XANXUSと同列……つまり、『9代目を見捨てた』という風に見られるのだけは回避しなくては。

 

 

俺の大切な家族を……弟を、守れなくなってしまう。

 

 

(雲戦の時の雲雀さんが『恭弥さん』だったら万事解決なんだけど……そう上手くはいかないよな。それに『恭弥さん』であっても、ランボを助けに来てくれた時も多分気まぐれだし)

 

 

やはり未来を知っていても、流れを支配するのは難しい。



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雲の登場

「それでは次の対戦カードを発表します。明晩の対決は……雨の守護者の勝負です」

 

 

虚を突かれてハッ、と顔を上げた。……そうか、もう山本のターンなんだったっけ。しかも相手はヴァリアー隊長のスクアーロ。

 

……『前世』では山本はスクアーロに勝ってたけど、この世界のヴァリアーは少し異常だ。

 

俺に『侮辱』されたから『復讐』をしに来たとか言ってるのに、全然攻撃を仕掛けてこないどころかランボを助けたりするし。

 

しかも、スクアーロは俺のことをよく知ってるみたいだった……俺の『友人』だったというXANXUSの影響か。

 

 

「この時を待っていたぜぇ! 見てるだけっつーのは御免だからなぁ!! ……おい、刀の小僧。前回の圧倒的力の差を思い出して逃げんじゃねーぞ」

 

「ハハハ、その心配はねーって。……楽しみで眠れねーよ」

 

 

スクアーロと山本のあいだで火花が散る。

 

純粋な殺気交じりの闘気。剣客の空気だから、剣気とでも言えばいいのかな。

 

昔から二人はこうだったけど、今の山本が前より『剣士』って感じがするから、更に剣客同士の戦いって空気だな。

 

俺が感心していると、不意にスクアーロがこちらを向いて口を開いた。

 

 

「おい、家綱。てめーもだ」

 

「え、俺?」

 

 

驚いて目を白黒させると、スクアーロはこちらに剣の鋒を突きつけてニヤリと笑った。

 

 

「最近またぶっ倒れたって聞いたぜぇ。ボスさんが言っただろ? 俺たちはボンゴレボスの権利を奪いに来たと同時に……お前に『復讐』しに来たんだぁ。

 

『復讐』相手のお前がいねぇんじゃ意味ねーだろうがぁ! 倒れて観覧お休みとかふざけたことになるんじゃねぇぞぉ!」

 

「え、あ……うん。わかった」

 

 

命じられるがままに頷く。言ってる意味はわかんないけど、これ『体を大切にしろよ』って心配されてんのかな。

 

さすがに、ありがとうと言ったら色々な方面から怒られそうだったので自重する。

 

 

……それにしても、またもや気になることがある。

 

 

(さっき、スクアーロはボスの権利を『奪いに来た』って言ったよな。『奪う』ってことはつまり、もともと権利はミツ君のところにあったと認めてるってことだ。

 

……それって何だかおかしくないか? だってヴァリアーは、XANXUSを担ぐ神輿のはずなんだから)

 

 

眉根を寄せる。

 

言葉の真意が掴めなくて、どうも嫌な予感しかしなかった。

 

 

「失礼する!!」

 

 

スクアーロが俺に声を掛けたせいで緊張し始めていた空気を破ったのは、意外にもヴァリアーの隊員だった。

 

どうやらレヴィの部下のようで、「報告します!」と慇懃に片膝をつく。

 

 

「校内に何者かが侵入しました! 雷撃隊が次々とやられています!」

 

「何!?」

 

 

目を丸くするレヴィが声を上げるが、ミツ君は得心した様子で「なるほど」と呟いた。確かに着々と守護者が集まってるらしいな、と。

 

俺も何が起こったのかを悟って、「あー……」と声を漏らす。

 

 

「君たち、僕の学校で何してるの」

 

「雲雀さん……!」

 

「ほ、ほんとにヒバリさんがリング戦に加わってくれるんだ……!」

 

 

ツナが感激したように言うけど……この見境ない攻撃、彼は今『恭弥さん』じゃないな。

 

うげぇ……やっべぇ……と青ざめていると、おもむろに辺りを見回した雲雀さんは、殺気を宿した瞳で俺たちを睨めつけてきた。

 

 

「校内の不法侵入、及び校舎の破損。連帯責任でここにいる全員咬み殺すから。……それに、保健委員長、生徒会執行部副会長。会議への出席が許されている委員長格が二人揃って何をしてるわけ?」

 

 

君たちに並中を引っ張っていく資格があるのかを問わなくてはいけないようだね、と雲雀さんが剣呑な表情のままトンファーを構えた。

 

やっばいなこれ。雲雀さんの次に強いミツ君はともかく、殴られたら病み上がりの俺は死ぬぞ!

 

 

「オレたちもかよ!」

 

「あの人、校舎壊されたことに怒ってるだけだー!」

 

「あいつ本当に学校好きだな」

 

「落ち着いて下さい雲雀先輩。校舎はいずれ直ります」

 

 

値踏みするような視線をスクアーロやマーモンが遠慮なく彼にぶつける。

 

視線を感じても雲雀さんは嫌な顔はしない。というのも、彼の怒りは校舎の破損に向けられているからだ。

 

 

「よくも……オレの部下を潰してくれたな!!」

 

 

憤りの表情を浮かべて、レヴィが背中のパラボラに手を伸ばす。

 

私闘開始の予感……と俺が思わず額をおさえると、意外にも止めたのはスクアーロだった。

 

 

「ゔお゛ぉい、レヴィ。落ち着きやがれぇ、フィールド内での私闘は禁止だあ」



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雲は自由

え!? と思わず目を剥くが、レヴィもパラボラを手にしたまま顔を歪めただけで、意外にもあっさりと引いた。

 

 

「……っち」

 

「舌打ちしてんじゃねぇぞぉ。お前ボスさんに次はねぇって言われてんだろうが、勝手な行動は慎め」

 

「お前に言われずとも、ボスに言いつけられたことを忘れるオレではないわ」

 

 

忌々しげにそう吐き捨てるレヴィの殺気は、変わらず雲雀さんに向けられている。

 

雲雀さんもその殺意を的確に読み取ったのか、険呑な表情でトンファーを構えた。

 

「何。やるの」

 

「待て、ヒバリ」

 

 

不意に下から掛けられた声に、雲雀さんが片眉を上げながら振り返る。

 

赤ん坊か、という雲雀さんの呟き通り、そこにいたのは笑顔のリボーンだった。

 

そして、彼は「ここで戦ったらせっかくのでけえお楽しみがなくなっちまうぞ」と告げる。

 

 

「楽しみ……?」

 

「ああ。今すぐってわけじゃねーが、ここで我慢して争奪戦で闘えば……遠くない未来、六道骸と戦えるかもしれないぞ」

 

「六道骸と? ……ふぅん、本当かな」

 

 

まあ、それならいいか。

 

そう言って武器を収めた雲雀さんは、チェルベッロを振り返って校舎はきちんと元に戻るのかを問う。

 

そして修復が約束されたことを確認すると、それ以上何も言わずにさっさと並中を立ち去ってしまった。

 

 

(ふ、ふぅ……助かった)

 

 

やばいやばい、命の危機だったよ。

 

俺、病み上がりの状態で殴られたりしたらら即入院で……リング戦が見届けられなくなっちゃうじゃんか。

 

 

「……それにしても、リボーン。あの六道骸が遠くない未来に俺たちの前に現れるっていうのは本当なのか」

 

「ああ、まあな」

 

 

今のやりとりで、自分の霧の守護者が誰なのかを悟ったらしいミツ君が、嫌そうに目を眇める。

 

リボーンの答える声も少し浮かない。ミツ君の不興を買うことは彼もわかっていたんだろう。

 

……ミツ君は骸を嫌っている。恐れてはいない、ただ自分にいつ歯向かうかわからない彼を嫌っているのだ。

 

 

……殺そうと考えるほどに。

 

 

「……冗談だろ? あいつが俺の下につくわけないだろう。しかも俺にあっさり負けたような奴だぞ。戦列に加える意味があるのか? リスクが大きすぎる」

 

「契約は交わしてあるから、問題ない。今はこれで仕方ねーんだ、ミツ。わかるな」

 

「そうだ……獄寺君! 治療しなきゃ!!」

 

「大丈夫ですよ、沢田さん。これくらいカスリ傷っす」

 

「そんなはずあるか。早くシャマルに見てもらえ」

 

 

苦笑いで告げたミツ君に、「あ、はい!」と獄寺君が傷を庇いながら体を起こす。

 

だが無理しないでいいよ、と俺が声をかける前にシャマルがとっとと歩き出した。

 

 

「オレ男は診ねーから。バイビー」

 

 

ああうん、こういう人だったわ。

 

ため息をつくミツ君と当惑したようなバジル君を横目にしながら、俺もこめかみを引きつらせる。

 

 

「しょーがねーなー。ロマーリオ、代わりに診てやれ」

 

「ディーノさん!」

 

 

よう、と相変わらずの眩しい笑顔を振りまいて片手を上げるディーノさんに、ツナが目を輝かせる。

 

ミツ君もどうも、ときちんと会釈した。軽い挨拶なのに、品があるところが怖いよミツ君。

 

 

「ヴァリアーとは入れ違いになったみてーだな。恭弥のことは見たか?」

 

「あ、はい。さっき来ましたけど……」

 

「あー、やっぱりか。どうだ、あいつ、ぶち切れなかったか?」

 

 

寸前だったけど、山本が止めましたと俺が言うと、それはよかったとディーノさんは苦笑した。

 

どうやら彼は、雲雀さんがここに来ることを予測していたようだった。

 

修行の旅に出ていたはずなのに、彼が争奪戦の舞台が並中だと知っていることをわかっているらしい。

 

 

(ああでも、そういえば雷戦の時に来てくれてたよな……)

 

 

あれは“恭弥さん”だったわけだけど、ディーノさんはそこらへんの事情は知らないはずなので、そこでバレたと思ったのだろう。まあ、そうだよな。

 

 

「で、ヒバリはどんくらい強くなったんだ?」

 

 

そのリボーンの問いに、ディーノさんは微妙な顔をした。

 

そして、え、と一瞬不安そうになった守護者たちを見て、慌てて顔の前で手を振る。

 

 

「強いのは確かだぜ! 成長してるのもほんとだ!! ……だが、たまに一瞬、信じられないくらい力を発揮することがあるんだよな。恐ろしく静かな殺気になるっていうか……そういう時の恭弥の行動はよく読めねーんだ。

 

一回“そういう時”に、『今のあなた相手じゃつまらない』とか言って修行をほっぽり出してどこか行っちまったことがあってよ。

 

ほんと、雰囲気変わる一時って、いったい何が原因なんだろうな?」

 

 

うああああ恭弥さん何やってんだ!



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ボス候補の才能

ほんともう、あの人は昔から自由すぎるんだよ。

 

そりゃ、恭弥さんからすれば、22歳のディーノさんとの戦いなんてつまらないかもしれないけどさ。

 

不自然なことをしないで欲しいもんだ。元々俺はリボーンから警戒されてるんだから、黒曜の1件から。

 

……言っても聞かないんだろうけどな。

 

 

「まあとりあえず山本、お前にはスクアーロのことを話しとかなきゃなんねーかな。あ、家綱はもう帰っていい、というか早く帰って寝るんだぞ。また熱出したって聞いたぜ。

 

お前は今はツナの家庭教師なんだから、大空戦までにツナの修行を完成させなきゃならねぇ。体調崩すなんて大問題だぜ」

 

 

ぐうの音も出ない。

 

 

「……わかりました、もう帰ります。じゃあ山本、スクアーロ攻略頑張って」

 

「あ、はい! お疲れ様っす!」

 

「ツナはしっかり家綱を送ってけよ。そいつは確かに優秀ではあるが、目を離すとどんな無茶振りすんのかわかんねーからな」

 

「わ、わかってるよリボーン! ……ほら兄さん、帰ろう」

 

 

腕を引かれて歩き出されて、俺は苦笑する。

 

否定はしないよ、しないけどさぁ……俺、信用なさすぎじゃないか? いや、原因は俺だけど。

 

ていうかリボーンは、俺の心配をしたいのか警戒をしたいのかどっちなんだよ。わかんねーよもう。

 

 

 

 

____そして翌日。

 

朝から例の岩山に登って修行を開始したツナと俺だったが、山本のことが心配でなかなか修行に身が入らなかった。

 

え? 寝たのかって? ちゃんと寝たよ、体調悪くなったら事だろ、ってうちの過保護な弟が言うから。熱はなんとか出さずに済んだ。

 

今日は朝からバジル君が来てくれていたので、覚悟の炎の修行と、フェイを出しての訓練は一旦やめることになった。

 

やるのは組み手と、それから零地点突破。ミツ君が会得するであろうファーストエディションはもちろん、『改』も覚えてもらうつもりだ。

 

まあ、いろんな目もあるから、一応は『俺も一緒に覚えていこうね』的な体でやるつもりだが。

 

……余命も残り僅かなわけだし、やれることはやっときたいよな。ツナたちのために。

 

 

「それにしてもバジル君はどうしてこっちに来たの? あ、いやもちろん来てくれてありがたいんだけど! リボーンにミツについてろって言われなかったの? ほら、ボンゴレのボスはミツだし」

 

……うーん、確かに。その通りだよな。俺はツナの質問に頷く。

 

この世界ではミツ君は確かにボス第1候補、わざわざ『補欠』の第2候補であるツナにバジル君を配置する理由がない。

 

……すると、バジル君は少しだけ不甲斐なさそうに苦笑いを浮かべて頭をかいた。

 

 

「拙者ではもう力不足なのです。光貞殿の力量は拙者を遥かに凌ぐものになっていますから」

 

(なんだって……!?)

 

 

たった数日で、バジル君を凌ぐだって?

……到底信じられない。どれだけ天才なんだミツ君は。

 

俺は目を見開いたまま硬直する。……この世界のツナも相当優秀だが、ミツ君はそれを遥かに越えていく天才だってことか。

 

 

「ですから、リボーン殿には綱吉殿のところへ行けと言われました。行って家綱殿を補佐しろと」

 

「ひぇー……やっぱミツ、めっちゃすげーよ……半端ないって……」

 

 

ツナは純粋に驚いて感心しているみたいだったが、俺はそう素直に受け取ることも出来ない。

 

……しかもリボーンの言い回しも上手い。さすがの話術だ。

 

リボーンとミツ君にとって、骸を救ける未知の力と、ヴァリアーとの繋がりを持つかもしれない俺は不穏分子だ。

 

警戒はしておきたいけど、俺は守護者たちにとってもそれなりの存在になっていて、しかも初代直系の超直感持ち。

 

あからさまに警戒する態度を持てば、守護者達にはリボーン自身への不信感を持たれる可能性がある。

 

 

……だけどやっぱり無視はできないんだろう。

 

骸たちの時はただの『甘ちゃん』で何とか誤魔化せても、初代直系の沢田家の長男が、クーデターまで起こしているヴァリアー側の味方かもしれないなんて、洒落にもならないもんな。

 

 

(そこでバジル君の派遣ってわけか……)

 

 

『家綱の補佐』という名目で送り込めば、バジル君が制止力となり、俺も何かをすることが出来ないと踏んだんだろう。

 

……もとから何もする気は無いけど、ミツ君はともかくリボーンにはやっぱり警戒されるよな。何かそこは寂しい気がする。

 

 

「まぁ、ツナはツナに出来ることをやろう。もしXANXUSが想像以上に強かったら、困るのは俺たちだからね」

 

「う、うん! そうだね」

 

「拙者も同意見です。頑張りましょう!」

 

 

……そして、やっぱり気になるのは、ヴァリアーの挙動不審な動向かな。



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訪問者

 

 

 

____こんこん、と。

 

不意に応接室の扉がノックされ、資料に目を通していた雲雀は顔を上げた。

 

腕時計を確認する。……12時45分。

 

例の“頭痛”があって連絡をして、まだ3分しか経っていない。恐らく昼食を食べずに真っ直ぐ応接室に来たのだろう。

 

 

「……入りなよ」

 

「はい。失礼します」

 

 

がらりと引き戸が開かれ、雲雀は……いや“恭弥”は資料を机の上に置いて「やあ」と言った。

 

そして執務デスクの椅子から降りて、ソファに腰掛ける。

 

 

「君も座りなよ」

 

「あ……ありがとうございます」

 

 

目の前のソファを勧められた“彼女”……は、シルバーブロンドの長い髪を耳にかけてから、ゆっくりと恭弥の前で腰を下ろした。

 

恐縮したように俯く少女に、恭弥は鼻を鳴らしてから視線を投げる。

 

 

「顔を合わせるのはほとんど初めてだけど。……久しぶり、が正しいだろうね」

 

「はい。……あの、お久しぶりです、雲雀さん。ごめんなさい、お忙しい中、わざわざ時間を割いてもらっちゃって……」

 

「本当だよ。……まあ、でも君は“あと数か月”で僕の姻戚になったわけだし、この件に関しては気にしなくていい」

 

「ごめんなさい。ありがとうございます」

 

 

彼女はもう一度ずつ謝罪と感謝を述べると、うつむいていた顔を上げた。

 

恭弥は腕を組み、ソファの背もたれに体を凭れかける。

 

 

「……それで? 『僕』には基本的に時間がないんだ。どうせ聞きたいことがあると思って機会を作ってあげたんだ、早く用件を済ませてくれるかい?」

 

「……XANXUSさんたちとの戦いは、どうなってるんですか? 今、ちょうどそうやって戦ってるんだって……思って。

 

お兄ちゃんは相変わらず、私にも京子にもなんでも内緒にするから、何もわからなくて……私」

 

 

幻術って言うんでしたっけ? と彼女は悲しげに目を伏せた。

 

学校が壊れているのを隠しているのを、少しだけ感じることが出来ると。

 

……それを聞き、恭弥は目を細めると、深々と溜め息をついた。

 

 

「……依然として状況は変わらないね。昔の彼が何かを言ってあのボス猿が変な感じになってるみたいだけど、そこにヒントがあるのかは、僕は知らないよ」

 

「そう、ですか……。雲雀さんも……」

 

 

悲しそうにつぶやいて、彼女はゆっくりと立ち上がった。

 

そして幾度か目を瞬かせた。

 

 

「雲雀さん。私はやっぱり、“昔”のことを、何も知らないからいけないんでしょうか。……どうして、ツっ君はここに来なくちゃいけなかったんでしょうか?

 

未だに、理解できないんです」



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鮫の違和感

____夜になった。

 

昨日や一昨日と同じで夜の学校は静まり返っていて、怖いくらいに暗い。

 

今日は山本とスクアーロが戦う雨戦だ。一緒に来ているツナは、山本の一番の親友だということで顔色は朝から悪い。

 

前世では山本は時雨蒼燕流攻式九の型『うつし雨』でスクアーロに勝ったけど、安心は出来ないというのが俺の本音だ。

 

……確かに了平はルッスーリアに勝って、ランボはレヴィに負けて、獄寺君はベルフェゴールに負けたけど。

 

 

____恭弥さんや俺というイレギュラーを除いて考えても、前世と違うところは次の三点。

 

まず一つ、XANXUSがボスへの執着をあまり見せていないように思えること。

 

その証拠に9代目に書かせた勅命書には『ボス権を譲渡する』とあった。……まるでXANXUSはこれでは、ボスの権利だけを受け取るようだ。おかしい。

 

そしてもう一つ、レヴィがランボを殺そうとしなかった。XANXUSが『俺の友人』だったからかもしれないけど敵対している守護者を殺そうとするのが、ヴァリアーとしては普通な気がする。いや、嫌な普通ではあるけど。

 

最後に、まだ大空のハーフボンゴレリングはミツ君の手にある。

 

それはレヴィがランボを殺す気がなかった為に助けに入る必要がなかったからなのだが、あの時と違って大空のリングがまだこちらの手にあるというのは大きい。

 

だってこれでまだ勝敗は1勝2敗。負けてはいるけど、まだ余裕はある。

 

 

(でもまあ、雲戦をやればきっとこっちが勝ち越しても『弔い合戦』が始まるだろうからなー。9代目のことは助けたいけど、雲雀さんに頼み直すしかないのかなあ。

 

もし山本、骸が勝てば雲雀さんで勝ち越しで、雲雀さんが9代目をどうにかして助け出せばボンゴレの勝利が決まるわけだし)

 

でもそんな器用なことができるのは、きっと記憶と事情を知っている“恭弥さん”だけだよなぁ。

 

そう上手くはいかないかな。うーん難しい。そうすればミツ君もXANXUSと余計な揉め事にならなくて済む。

 

 

何せ、この二人揃えたら面倒そうなんだよな。

 

そうやって超直感が言ってる。

 

 

「ゔおおぉい!!」

 

「わあっ!?」

 

 

突如響いた声に、既に到着していた山本とミツ君と話をしていたツナが仰け反る。

 

現れたのは言わずもがな、スクアーロだ。

 

 

「よく逃げ出さなかったな刀小僧! 活け造りにしてやるぞお!!」

 

 

重く響く声で恫喝してみせたスクアーロに、ツナが「やっぱこえー!」と顔を青くさせる。うん、前世の俺と全く同じ反応だよ、さすが元自分。

 

だがこの世界の山本も、好戦的な笑みを浮かべると時雨金時を抜いてのたまう。

 

 

「そうはならないぜ、スクアーロ。オレがあんたをこの刀でぶっ倒すからよ」

 

「変形刀か。面白えじゃねぇかぁ」

 

 

だが時雨金時を使うということは、流派を超えることを考えずに、変わらず時雨蒼燕流のみで戦うということだ。

 

……前世では勝ったけど、なんか心配だな。

 

同じことを考えたのか、山本のそばで冷静な表情で佇んでいたミツ君が口を開く。

 

 

「その刀を使うってことは、流派を超えるのは考慮せずに、そのまま時雨蒼燕流で戦うということか?」

 

「ま、どこまで通用するか興味あるしな。それに親父が無敵ってんなら無敵なんじゃね?」

 

 

そう言って楽しげに笑った山本が、「まあ任せといてくれよ、田沢」とミツ君に言う。

 

 

「オレも精一杯やるぜ」

 

「そうか」

 

 

頑張れ、と一言だけ告げて、ミツ君は微笑んだ。

 

それを聞いておう! と元気に頷くと、山本がスクアーロを見据える。

 

スクアーロは暫く山本の闘争心溢れる瞳を静かに見つめていたが、ふんと軽く鼻を鳴らした。

 

 

「剣術の初心者にこのオレが後れを取るかあ!!

……無敵と自らほざいていた奴らを、オレは数え切れないくらいに斬ってきたぜえ!

 

お前もその一人に加わりたくなきゃあ、死ぬ気で来るんだなあ!!」

 

(……あれ?)

 

 

ああ、まただ。また違和感がある。

 

これ、なんか、山本と『師弟関係』だった時のスクアーロの言葉みたいじゃないか?

 

見下して、嘲笑ってるだけじゃなくて……見方によっては激励しているようにも取れる。

 

山本もぶつかり合う純粋な闘気を愉しんでいるようで、笑みを浮かべたままだ。

 

 

「今宵の対決フィールドは、校舎B棟です」

 

「B棟までお越しください」

 

 

スクアーロのそばに音もなく現れたチェルベッロが、殺気の応酬をものともせず告げた。

 

ほんと、心臓強い人達だよな彼女たち。俺だったら普通に割り込んでなんかいけないや。

 

 

「また校舎だね。……ヒバリさん怒らないといいけど」

 

 

うん、ツナ。俺も心配なのそこな。



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雨戦開始

「それはどこだぁ!?」

 

「こちらです」

 

 

ご案内します、と言ったチェルベッロが、誘導するためにかその場を離脱する。

 

するとスクアーロはニヤリと笑ってから、こちらに向かって一言「待ってるぞぉ!」と叫んだ。

 

 

「……ひー、やっぱり怖いよ、あいつ。最初見た時よりずっとこえーって」

 

「んー、でも思ったよりはいい奴そーじゃね? わかりやすく煽ってきたから、なんかさっきのも励ましてくれてるっぽかったしな」

 

 

あれ? 気づいてたんだ、と俺は目を丸くする。

 

そうだよな、こういうとこ山本、結構鋭かったりするもんな……剣士同士、通じるものがあるのかもしれない。

 

ツナも超直感故に何となく理解はしていたようだが、やはり恐怖は拭えなかったのか「や、山本は人が好すぎるよ」と震える。

 

そしてやはり、ミツ君は少し苦い顔をした。

 

 

「あまり油断はするなよ、山本。あくまでもあいつは敵で、俺達を狙う暗殺部隊の隊長格なんだぞ」

 

「ははっ、わかってるって!」

 

 

にかっと笑顔で答え、山本は顎を引く。……気合十分。負ける気はさらさらないようだ。

 

 

____それから、ロマーリオさんに手当されたためにファラオみたいになった獄寺君と、それから彼を連れてきた了平と合流し、B棟へ辿り着いた。

 

見る影もなく破壊されたB棟には、階から階へと水が流れ落ちていて、障害物だらけで足の踏み場もない。

 

雨の守護者の戦闘フィールド、アクアリオン。

 

俺にとっては一応見た事のある光景だったが、今までと比べても遥かに改造された戦闘フィールドに、ツナたちは俺の予想を裏切らずに、唖然としているようだった。

 

 

「なお、溜まった水は特殊装置により海水と同じ成分にされ、規定の水位に達した時点で獰猛な海洋生物が放たれます」

 

「獰猛な海洋生物……まさか、鮫か?」

 

 

その水位に達している時点で、傷一つでも負っていたらまずい事態になるな、とミツ君が呟く。

 

確かにその通りだ。今のスクアーロは“あの時”以上に力が入っているようだし、なんだか嫌な予感がするんだよな。

 

 

「面白そーじゃん」

 

「ベルフェゴール!」

 

 

突如声が聞こえてきて、思わず声を上げると、ベルフェゴールは気安そうに「よー家綱」と口角を上げる。

 

 

「朝起きたらリングゲットしてやがんの。王子すげー」

 

「くそっ、あんにゃろ」

 

 

獄寺君が顔を歪めて一歩前に出ようとしたのを、ミツ君が肩を掴んで止める。

 

驚いたように目を丸くした彼は、慌ててミツ君の方を振り向いた。

 

 

「やめろ獄寺。安い挑発に乗るな」

 

「じゅ、10代目」

 

「気持ちはわかるが、今は我慢しろ」

 

 

時間の無駄だ、と告げるミツ君に、獄寺君は短く「はい」と首肯して引き下がる。それでも殺気の篭った視線をベルフェゴールに向けるのは忘れない。

 

……だが、当のベルフェゴールは対戦相手だった獄寺君ではなく、ミツ君と、それからツナに視線を注いでいるようだった。

 

もちろん見られているミツ君もツナも気づいたようで、警戒するように眉を寄せている。

 

 

(XANXUSの対戦相手になるミツ君のこと、気になってるのかな。……でもなんでツナまで)

 

 

この世界のヴァリアーの考えることは、やっぱり全っ然わからないや。……超直感も使いたい時に役に立たないよな。全く困った力だ。

 

 

……いや、そういや、XANXUS?

 

ハッとして顔を上げ、俺はモスカの後ろに待機しているXANXUSの姿を認めて、思わず「うわっ」と軽く声を上げてしまった。

 

それに気がついたミツ君も俺の視線を追い、剣呑な表情で「XANXUS」と彼の名前を呟く。

 

 

「……ドカスどもが」

 

 

赤い瞳が瞬いて、ミツ君ではなく俺を、そしてツナを射抜く。

 

ひっと悲鳴を上げたツナが、手にしたランボの尻尾を強く握りしめたようだった。

 

 

「……沢田家綱」

 

「!」

 

「このオレへの『侮辱』は思い出したか」

 

 

突然声を掛けられて驚き、目を見開く。

 

XANXUSが俺を見る目の中には、やはり憎悪みたいな感情は感じられなくて。

 

戸惑う。どうして? 俺がした『侮辱』って、本当になんなんだよ?

 

……ただ、忘れているだけなのか? 俺が?

 

 

「……悪いけど、心当たりがないよXANXUS。まったく身に覚えがない」

 

 

正直に答えると、XANXUSは「ハッ」と愉快気に笑声を漏らした。そして、怪しく口角を上げるとニヤリと笑う。

 

 

「フン、そう言うだろうと思ったがな。じゃあお前はオレの『復讐』を、指をくわえて見てるといい。抜かるなよカス鮫。不手際を見せたらカッ消す」

 

「言われるまでもないぜぇ!」

 

 

来い、刀小僧。

 

そう言って、スクアーロは剣を掲げて笑む。



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変化、そして、篠突く雨

「では、雨の守護者は中央へお集まりください」

 

「尚今回は水没する為、観覧席は校舎の外となっており、勝負の様子は壁に設置された巨大スクリーンに映し出されます。守護者以外の方はすみやかに退出してください」

 

 

張り切って円陣を組む守護者たちを見つめていると、不意にチェルベッロの声が届く。

 

俺とツナは顔を見合わせて頷き合い、リボーンやバジル君のあとに続いて後者の外に出た。

 

 

「や、山本、無茶しないでよ」

 

「わかってるって! せっかくお前に助けてもらったんだしよ、命を無駄になんかしねーよ」

 

「そ、そっか。うん、そうだね。頑張って」

 

 

振り返って告げられたツナの応援の言葉に、山本は笑顔でおう! と笑う。

 

爽やかで明るいその表情は楽しげであり、ぶつかり合った強敵との戦いに期待しているようだった。

 

……まあ、“武”は恭弥さんの次に戦闘狂だったもんなぁ。ボスが“沢田綱吉”よりも遥かに強いミツ君だから、その部分が更に強くなってるのかも。

 

 

「なお、制限時間は無制限です」

 

「ハッ、クソガキが! 一週間前に逃げなかったことを後悔させてやるぜぇ!」

 

「やってみなきゃわかんねーぜ?」

 

 

二つの剣気がぶつかりあい、その次の瞬間……、

チェルベッロのうちの一人が、大仰に右手を上げてのたまう。

 

「それでは雨のリング……、

S・スクアーロVS.山本武、勝負開始!!」

 

____ぶわり、と。

 

山本から、そしてスクアーロから、それぞれまるで色がついたように強烈かつ鮮烈な殺気が放たれた。

 

水の溜まったフィールドを駆け、剣戟による金属質な火花と音を辺りに撒き散らす。

 

 

(なっ、なんだ、これ……! 俺の知ってる、雨の守護者戦と違う……っ!)

 

 

山本は刀に対する熱が、“あの時”とは違い、スクアーロは山本への余裕が、全て警戒と力に変わっている。

 

肌がピリピリするような剣士同士のぶつかり合い。それが二人の戦いだった。

 

 

「あれが山本の時雨蒼燕流。まだ粗さはあるがこの短時間でよくここまで」

 

「全くだぞ。この一週間、山本が他の守護者の勝負の時以外、ほとんど寝ずに稽古していたのは知っていたが……。いくら野球で鍛えた体力と反射神経があるといっても、型を覚えるのと、実戦で使うのとではまるで次元の違う話だからな」

 

「ましてやこれは命がけの勝負。カタギの人間がいきなり臆することなく戦えるとしたららよほどのバカか、

……生まれながらの殺し屋だけだ」

 

 

そうだ、その通りだ。山本には剣の天性の才能があり、だからこそのちにスクアーロの後を継ぐ『3代目剣帝』、またはそのスクアーロと並んで『二大剣豪』と呼ばれるような剣士になるんだ。

 

そして今はもうその才能を、彼は開花させているらしい。

 

 

(……恭弥さんは戦いを見に来てるのかな。それとも雲雀さんとしてか、または来てないか)

 

 

……まあでも、来てない、ということはないと思う。

 

ディーノさんにあとから聞いたことだが、“前世”でも雲雀さんは屋上に争奪戦を見物に来ていたそうだ。

 

だからきっと、どちらであっても並中に来てるのは間違いないはずなんだけど。

 

 

俺は眉を寄せると、戦局が一秒ごとに目まぐるしく変化していく雨戦に目をやる。

 

なんで、なんだろうか。どうしてここまで胸騒ぎがするのか。この嫌な予感が、『超直感』だというのがまた勘弁してほしいところだ。

 

 

「貴様の技はすべて見切ってるぜぇ。その時雨蒼燕流は、昔ひねりつぶした流派だからなぁ!!」

 

「聞いてねーな、そんな話。オレの聞いた話じゃ、時雨蒼燕流は完全無欠最強無敵なんでな」

 

 

実力は五分五分。スクアーロには油断は許されず、山本は格上の相手に挑む状況。

 

肌を刺すようなピリピリとした殺気が、モニター越しにこちらまで届いてくるようだ。

 

そして彼はもう、時雨蒼燕流が『最強無敵』たる所以についてわかっているようだった。

 

経験で劣っていてなお、自信に満ちた瞳を向けて、剣士としての戦いを楽しんでいる。

 

 

「ゔおぉい、まだやるか? 得意の時雨蒼燕流で! どぉしたぁ!! 継承者は八つの型全てを見せてくれたぜぇ。最後に八の型・秋雨を放ったと同時に無残に散ったがなぁ!!」

 

 

さあ、打てえ!! 秋雨を!! と、スクアーロが剣を構えた。

 

 

「乳くせぇガキじゃ、オレには勝てねぇということを証明してやるぜえ!!」

 

「時雨蒼燕流、攻式八の型」

 

 

_____篠突く雨。

 

 

秋雨ではなく、篠突く雨。

 

技を初めて見たスクアーロは、技を受け切れずに血飛沫をあげて吹き飛んだ。



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中途半端

「お前……時雨蒼燕流以外の流派も使えるのか!」

 

「いんや、今のも時雨蒼燕流だぜ。八の型篠突く雨はオヤジが作った型だ」

 

 

いいだろ、というように微笑む山本に、スクアーロがぐっと唇を噛み締める。

 

そしてその言葉で既に、リボーンとミツ君は時雨蒼燕流が『最強』たる所以を理解したようだった。

 

 

「なるほどな、そういうことか」

 

「だから八代八つの型なんだな。時雨蒼燕流にとって、継承とは変化のことなんだ」

 

 

そういうことだ。

師から受け継ぐのは七つの型、継承者は独自の新しい時雨蒼燕流を作り出さなくてはならない。

 

……いや、“武”の時は、自分の作ったものも含め全ての型を次の継承者……つまり息子に受け継いじゃってたけどな。

 

十の型、それから総集奥義まで作って、十の型に至ってはイタリア語だもんな。

 

 

「なるほどな。ってことはお前独自の型があるわけかぁ!!」

 

「ああ、あるぜ」

 

 

……そして、新たな継承者が作った型が、時雨蒼燕流として認められるのかどうかは。

 

全ては流派に受け継がれてきた刀、時雨金時が決めること。

 

 

しかし、新たな技を放つべく、野球の構えをした山本を見ても、スクアーロは眉を顰めただけで何も言わなかった。

 

何があろうと警戒心を解かない。慢心は敗北を呼ぶのだと、そう知っている目だった。

 

しつこいようだけどやっぱり、俺の知ってる若い頃のスクアーロと違う。変わってるのは、XANXUSだけじゃない……!

 

 

「なるほどなぁ。常に流派を超えようとする流派……。もしそれができるなら、お前の言う通り時雨蒼燕流とやらは完全無欠最強無敵だな」

 

「スクアーロ?」

 

「……だが、あくまでそれは流派の問題であって、“オレ”と“お前”の勝負には関係のねぇ話だあ!!」

 

 

_____どん!!と。

 

 

膨れ上がった剣気が爆ぜて、飛び散った。

 

その言葉は間違いなく、スクアーロが山本を『対等な剣士』と認めた証だ。

 

山本も一瞬目を見張ったが、すぐにその意味に気がついたのか、嬉しげな笑みを浮かべる。

 

 

(スクアーロ……!)

 

 

「……ははっ、そうだな! 行くぜ!!」

 

「来い、『山本武』!! 新しい型ごと三枚におろしてやるぜえ!!」

 

「時雨蒼燕流、攻式九の型____」

 

 

スクアーロが地を蹴り、山本へと突進していく。

 

水飛沫が飛び散り、水面が抉れ、波とともに鈍く閃く斬撃が山本を襲わんと飛来する。

 

山本はそれを避け、物陰に隠れてやり過ごそうとするが、さらにスクアーロは彼がいる方角へと足を踏み出して駆け出す。

 

 

「とどめだぁ!!」

 

 

スクアーロが叫び声を上げた、その次の瞬間。

 

刀を振り上げた体勢の山本の姿が、スクアーロの背後に現れた。

 

それをある程度予測してあったのか、スクアーロが「オレに隙はねぇ!!」とみたび吼え、義手の剣が山本の腹を貫く。

 

……だがその攻撃は、山本には『当たらない』と俺は知っている。

 

 

「あれは……水面に映った姿か」

 

 

少し驚いているのか、隣に立つミツ君が僅かばかり目を見開いて呟いた。

 

 

____瞬間、何故か嫌な予感が俺の脳髄を貫いた。

 

凄まじく嫌な、というより、じくじくと痛むようなそんな予感。脳内で鳴り響くアラートが、じわじわと迫る危険を俺に知らせてくる。

 

いったい、なんなんだよ、さっきから……!

 

 

「っ」

 

 

もちろんわかっているはずだ、スクアーロも。

 

本当に山本がいるのは、目の前だと。

 

刀を大上段に振りかぶった状態のまま……山本が静かに告げる。

 

 

「うつし雨」

 

 

_____だが。

次に起こったのは、予想外の出来事だった。

 

グギィ!! と嫌な音がしたと思うと、スクリーンの中の山本が、大きく目を見開いたのが見えた。

 

 

……うそ、だろ?

 

 

「……ぐっ、いい攻撃だったぜぇ。タイミングも完璧、完全に騙された」

 

「な……そんな」

 

「だがまだ、甘え。お前がここで刀の刃を使っていれば、オレの腕は切り落とされていた。流石にその場に蹲るなりなんなりしたはずのオレから、リングを奪い取るくらいの隙は出来たはずだぁ」

 

 

……そう。

 

スクアーロは、義手ではないその腕で、山本の攻撃を咄嗟に受け止めていたのだ。

 

信じられない光景に、俺は思わず口元を手で押さえる。それにあの音、骨は確実に折れている。

 

 

これか? 超直感が知らせてきたのは、

 

…………山本の敗北か?

 

 

「水面に映ったお前も、峰を使っていたようだったからな。腕を出して正解だったぜぇ!」

 

「!」

 

「対応が間に合ったのはお前の未熟さ故だぁ。目の前から僅かに漏れた殺気。抑えきれてなかったんだよ。その殺気を、俺に刃を向けるくらいに高まらせていれば、勝負はわからなかったかもしれねぇなあ!

中途半端が!!」

 

 



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スクアーロの投資

____山本が何か言う前に、スクアーロが動いた。

 

 

振り上げた右足で彼の首に強烈な蹴りを食らわせ、水に転がった山本のリングに手を伸ばし、細い鎖を思い切りひきちぎって、無理やり雨のリングを手にする。

 

そして、弾け飛んだネックレス部分が山本の鎖骨あたりを傷つけて、血を流させる。

 

 

「ぐはっ……げほっ、げほっ!」

 

「山本! ……くそっ、雨のリングが」

 

「ちょっ、大丈夫!?」

 

 

ミツ君とツナが同時に目を見開き、俺は驚いてそれ以上何も言えなくなる。

 

……これが、あの、嫌な予感か? ……まさか、本当に? 山本が……スクアーロに敗けた?

 

 

(でも、そうだ……スクアーロは、山本を相手にしても全く強者としての余裕を見せてなかった。それどころか、完全に対等の剣士として戦っていたから、隙なんてなかったんだ……!!)

 

 

……“あの時”のスクアーロは、山本を相手に多少の慢心があった。

 

だからこそ、百戦錬磨とはいえ若い剣帝は、山本のうつし雨に対応出来なかったのだ。

 

でも、今回はそれがなかった。……山本が負けるのは、超直感がなくてもわかっていたことなのかもしれない。

 

 

「……確かに、お前の流派、時雨蒼燕流は最強なのかもしれねぇなぁ。継承イコール変化の流派っていうのは、なかなかに度肝を抜かれたからなぁ」

 

「……スクアーロ、」

 

「だが! その最強の流派を持ってなお、お前がオレに負けたのは、

……お前自身が弱かったからだあ!!」

 

 

スクアーロの言葉に、怒号に、山本が大きく息を飲んだ。

 

その言葉は確か、山本が幻騎士に負けた時に、自分自身を戒める為に言っていたもの。

 

 

「雨のリングだ。文句ねぇか、ボスさんよお」

 

「勝って当たり前だ。調子に乗るなドカスが」

 

 

けっ! とスクアーロが舌打ちする。

 

俺はその様子を呆然と見つめていたが……はっとして「やばい!」と叫んだ。

 

 

「兄さん!? どうしたの!?」

 

「忘れたのか、ツナ! 条件が満たされるとあのアクアリオンには獰猛な海洋生物……鮫が放たれるんだぞ!!」

 

「ああっ!」

 

 

山本が危ない。

 

スクアーロも結局生きてはいたが、ひどい怪我を負った。

 

こんな時にあんな怪我を負えば、山本は野球なんて二度と出来なくなる!

 

 

(くそっ、どうすればいいんだ……!?)

 

「規定水位に達したため、獰猛な海洋生物が放たれました」

 

「っ……山本!!」

 

 

____まずい、鮫が。このままじゃ、山本が。

 

XANXUSが山本を殺そうと動かなかったことは僥倖だったが、このままでは結局は同じことだ。

 

スクアーロの強烈な蹴りのせいで脳が揺れているのか、山本は上手く立ち上がることもできない様子だ。到底逃げられやしない。

 

 

「助けに行かなくちゃ……!」

 

「待てツナっ」

 

 

運動能力が低いツナがアクアリオンに行っても、ミイラ取りがミイラになるだけだ。

 

腕を掴もうと伸ばした手が空振るが、ツナの前にチェルベッロが立ちはだかる。

 

 

「話を聞いておられましたか。今、アクアリオンに入るのは危険です」

 

「だ、だって……でも!」

 

 

山本が、やばいんだ!!

 

ツナがさらなる反駁を試みようと口を開いた、その時だった。

 

 

「外野がうるせえぞお!」

 

 

腹の底に響くような怒声が炸裂し、耳の中でこだまする。

 

うっ、と思わず顔を歪めたところで、スクアーロが倒れたままの山本の首根っこを掴み、そのまま高いところにまでぶん投げた。

 

 

「……え?」

 

 

どしゃ!! と水飛沫を上げながら山本は体全体で着地し、ぐは、と軽く呻き声を漏らす。

 

あの場所にまでは、水位は上がらない。多少の危険はあっても、鮫に食い殺されることはないはずだ。

 

でも、どうして。まさか____、

 

 

(助けたのか? ……あの暗殺部隊隊長の、スペルビ・スクアーロが?)

 

 

そんな、馬鹿なことが。

 

俺の知ってるスクアーロは、敗者は自分の手で叩き切るか、またはそのまま捨て置く。

 

同じような疑問を抱いたのか、ミツ君も目を見開いて「……どうして」と呟く。

 

 

「フン、勝者が敗者をどうしようと、勝者の勝手だろうがぁ」

 

 

ただの投資だ、と吐き捨てて、スクアーロはひょいひょいと上へ登っていき、雨のリングをXANXUSの手に渡す。

 

唖然とするが、XANXUSも「勝手なことしやがって、カス鮫が」と文句を言うだけで、何かアクションを起こす素振りは見せなかった。

 

 

「投資って……山本の才能への、ってことか?」

 

「一流の剣士の卵を……今殺すには惜しいと考えたか」

 

 

スクアーロのやつ、とリボーンがボルサリーノのつばを引く。その声音は少なからず安心しているようだ。

 

俺も安堵した。それは確かにそうだが、疑念はまだ、尽きていない。



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ボスの器

「明晩の対戦は……霧の守護者同士の対決です」

 

 

出し抜けに響いてきたチェルベッロの声に、俺ははっと顔を上げた。

 

……そうだ。山本が負けたことで放心してしまったけど、まだリング戦は続くのだ。

 

残りは霧戦、雲戦。そして……大空戦。

 

“前世”ではランボを助けたのは俺だったので、本来の大空戦は結局行われなかった。

 

……まあ、『弔い合戦』と称した戦いが大空戦として位置付けられたから、勝っても負けても雲戦があれば結局大空戦はあったんだけれども。

 

 

「霧の守護者、か」

 

 

ミツ君のつぶやきを拾って、ツナが彼の方を見る。

 

そういえば……もう、黒曜の方にはクロームはいるんだろうか。千種君たちは帰ってきてるんだろうか。

 

……帰ってきてるんだろうな。

 

ミツ君も本家までとは言わないが、ちゃんとブラッドオブボンゴレたる超直感を受け継いでいる。嫌な予感を覚えたのだろう。

 

骸とミツ君はきっと、恭弥さんと骸より仲が悪いだろうから、明日の邂逅を考えると今から俺も胃が痛い。

 

 

だって、ミツ君は本気で骸を殺そうとしたんだから。

 

 

「……わりー。敗けちまった」

 

「……気にするな。まだあと三勝負もあるんだ。霧、雲、大空と連勝すれば、俺たちの勝ちだ」

 

「でも後がなくなっちまったな……」

 

 

俺が油断してたせいだ、と漏らす山本の肩を、ミツ君がばしっと叩く。

 

 

「言いっこなしだ、山本。霧の守護者のことはよく知らないから言えないが、雲雀先輩のことはわかる。あの人が負けるはずないだろ?」

 

「……ああ、そうだな!」

 

 

やっと表情を明るくさせた山本を見て、俺は感心した。

 

やっぱりミツ君には人の上に立つ才能があるんだろう。

 

山本を、こんなに早く立ち直らせるなんて。落ち込むこと自体がそこまでない奴を、立ち直らせるのは難しいのに。

 

 

「ツナにもお前にも、落ち込んだ時めちゃめちゃ迷惑かけてるんだよな。今度はぜってーまけねーよ。二人の為にも、仲間の為にもな」

 

「ああ、期待してる」

 

 

ミツ君が不敵に笑ってみせた、その時だった。

 

 

「……おい、ドカス。まるで自分が勝つのが当たり前みてーな言いぐさじゃねーか」

 

____響いた声に、振り返った。

 

 

ミツ君の双眸に怜悧な光が鈍く閃き、それからそれは射殺すような真っ直ぐな殺気へと変化する。

 

それは、この15年間ぬるま湯に浸かりながら生活していたとはいえ……長年マフィアをやっていた俺も本当の意味で体をこわばらせてしまうような、

 

……そんな鋭い殺気だった。

 

 

それに対して、XANXUSも一歩も退かない。

 

赤い血のような色の瞳を怒気と、それから強者を目の前にしているという興奮に滾らせて、こちらも射殺すような殺気をミツ君に送っている。

 

 

(あーあー、元大ボンゴレのボスの俺、メンツ丸潰れ)

 

 

言い表すのなら、ミツ君が全てを凍結させる絶対零度の殺気。

 

そしてXANXUSが、全てを熱に包む高温灼熱の殺気。

 

XANXUSはともかく、ミツ君はやはり根っからの『マフィアのボス』らしい。

 

 

「だったらどうした」

 

「随分余裕じゃねぇか。まるで俺が足場のような言い草だが、テメェにそこまでの力があんのか?」

 

 

いくら初代ボンゴレの血を引いているからって、ずっと『普通の中学生』をしていたのにも関わらず、彼はXANXUSを前にして恐れもしていない。

 

彼はマフィアの、血と闇を支配者する裏社会の頂点に立つために生まれてきたような男だ。

 

山本以上に、裏に身を置けば輝けるような天才。

 

 

(……多分、こういうボスもいるんだろうな)

 

 

俺はボンゴレの終焉を望み、ミツ君はきっとボンゴレの繁栄と支配を望むんだろう。

 

どちらが正解だなんて、わからない。俺は『栄えるも滅びるも好きにせよ』と言ってくれたプリーモに従っただけだから。

 

……最後の“逃亡”は、恥ずべきことだったのかもしれないけれど。

 

 

「そっちこそ、俺と戦うつもり満々らしいが……それはお前が自分の部下を信じてないってことにならないか?

当然俺はみんなのことを信じてるが、お前は1戦でも勝てば俺と戦わなくてすむらしいからな」

 

「ハッ。この世にあるのは単純な法則だけだ。

……強い奴が生き残る」

 

「だとしたらやっぱり俺はお前とぶつかるし、最後に笑うのは俺だ。首を洗って待ってろ、XANXUS」

 

「こちらのセリフだ。震えて眠れ、ドカスが」

 

 

その言葉の応酬とともに。

 

もう一度激しく、殺気が衝突した。



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嫌がらせ

____霧戦。

 

 

晴戦、勝利。雷戦、嵐戦、雨戦敗北。

 

10代目ファミリー側には1勝3敗の苦しい状況の中、リング争奪戦の後半戦がやってきた。

 

ツナと山本はまだ見ぬ霧の守護者を楽しみにしながらも、この不利な状況を打破する人材を願っているようで、獄寺君とミツ君は、逆に新たな仲間を期待とともに警戒もしているように見えた。

 

 

「そろそろ開始時刻だな。まだ霧の守護者は来ないのか」

 

 

腕時計に目をやったミツ君が、訝しげな表情で呟く。

 

……確かに遅いな。開始時間まであと5分、“前世”では10分前くらいになったら来てたような気がするのに。いや、なんとなくだからよく覚えてないけども。

 

 

(霧の守護者、クローム、なんだよな?)

 

 

骸が牢獄に囚われている以上、恐らくは霧の守護者はクロームで間違いないだろう。なんだかクロームとは久々に会うから、緊張してくるな。

 

 

「……もう、いる」

 

 

静かに響いてきた声に、ミツ君がばっ! と振り返った。

 

気配も、音もなく、ただ静かにそこに立っていたのは、藍色の髪を特徴的に纏めた儚げな美少女。緑色の黒曜中学の制服を纏い、そして手には骸が使っていた三叉の槍がある。

 

 

(クローム……!)

 

 

久々に見た、この姿のクローム。

 

俺は思わず顔を綻ばせるが、ミツ君はその骸そっくりな容貌を持つ彼女に対して警戒心を抱いたようだった。

 

 

「六道骸……じゃ、なさそうだな。だがその制服、ほぼ間違いなくあいつの手先だろ?何を企んでるんだよ」

 

El'mio nome e CHROME(我が名はクローム)。クローム髑髏。クロームでも髑髏でも、好きに呼んでくれていい」

 

 

眉を寄せた獄寺君を見上げ、クロームは冷静な表情のまま佇んでいるミツ君に目をやった。

 

 

「……あなたが、田沢光貞?」

 

「そうだ。よろしく頼む」

 

「……そう」

 

 

かつ、かつ、かつ、かつ。

 

無表情のまま頷いたクロームが、ブーツの踵を鳴らしながら、今度は俺とツナの前で止まった。

 

 

「……似てるのね」

 

「えっ?」

 

「兄弟。……ということは、あなたたちが沢田綱吉と、沢田家綱?」

 

「そ……そうだけど」

 

 

戸惑いながら肯定すると、クロームは微かに笑った。

 

 

「そう。よろしく、ボス」

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

「「……………………は?」」

 

 

長い沈黙のあと、意図せずツナと声が重なった。

 

……いったい何を言ってるんだ、彼女は。俺をボスって呼んだのか? それともツナを?

 

どういうことだと問いたげにリボーンがこちらを見てくるが、理由を聞きたいのはむしろこっちの方だ。

 

 

「……違った? 骸様からそう聞いたんだけど……」

 

(はあああ!? 何言ってんの骸! クロームに何吹き込んでんの!? 滅茶苦茶リボーンもミツ君もこっち見てんじゃん! 目が! 二人の目が怖い!!

いったいこれはなんの嫌がらせだよ……って、

 

____嫌がらせ?)

 

 

そうか。……そう考えたら筋が通ってくるな。

 

これは骸の、自分を殺そうとしたミツ君への意趣返しであり、嫌がらせなのだ。そして自分をわざわざ助けるなんて『甘い真似をした愚か者』である俺へも、同様に嫌がらせ。

 

たった一言。それだけで、骸は一番嫌なやり方で嫌がらせをしてきた。

 

なんとか保っていたバランスが、あっさりと崩れてしまうような、それでもシンプルかつわかりやすい、地味な嫌がらせ。

 

一番ミツ君への嫌がらせになりそうなのは、クロームではなく骸自身が、俺かまたはツナを『ボス』と呼び、跪いて頭を垂れてみせることだったんだろうが……、

 

彼はさすがにそんなことまではしないだろう。

 

 

恭弥さんほどではないが、ひたすらにプライドが高いのだ、骸は。憎む相手への嫌がらせのためだけに、マフィアに屈して自分の矜恃を折るような奴じゃない。

 

 

「いや、兄さんも俺もボスなんかじゃなくて……ボンゴレのボスは、ミツで」

 

「そうなの?」

 

「そうだ」

 

 

背後から声がかかって振り返ると、そこには案の定表情を険しくさせた獄寺君がいた。

 

何を言うんだろうとツナと二人でハラハラしていると、彼は口を開く。

 

 

「その御二方にボスの器がねぇとは言わねえ。

だが10代目の第一候補であり、今のリング戦でボスとして戦っておられるのは10代目だ。訂正しやがれ」

 

「……必要なの?」

 

「なんだと」

 

「私は骸様にそうしろと言われたから、そう呼んだだけ。私は骸様のために戦う」

 

 

不意に、チェルベッロから時間だとコールがあった。

 

クロームは表情を変えずにミツ君と向き合い、「行ってくる」とだけ言って一歩踏み出した。



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六道骸

「それでは、霧の対戦……、

クローム髑髏VS.マーモン、勝負開始!」

 

 

チェルベッロが右手を掲げ、開戦を高らかに告げたと同時に、三叉の槍を手にしたクロームが動いた。

 

床に打ち付けられた槍の先がフローリングを叩き割り、地割れの派手な音ともにその破片が舞い上がる。

 

 

「っひいいい! なにこれ!?」

 

「落ち着け、ツナ。幻覚だ」

 

 

リボーンが何か言う前に、いち早く判断を下したらしいミツ君が冷静な声でツナを宥める。

 

そのあいだに、ひょいひょいと破片を蹴って上空へと飛んだマーモンが、更に幻覚でクロームに攻撃を仕掛ける。

 

無数の触手に彼女の身体が絡め取られたその瞬間、体育館の床は瞬時に元に戻った。

 

クロームの小さな悲鳴と同時に、ツナが「うわあ!」と叫んで顔を青くさせるが、それもミツ君が「落ち着け」と宥める。

 

 

「よく見ろ。あれも幻覚だ」

 

「……幻覚って、まさか、六道骸の地獄道!?」

 

捕らわれていたはずのクロームの姿はいつの間にかバスケットボール籠に代わっており、ミツ君の言葉が正しいことへの証憑となった。

 

そして、やがてマーモンはおしゃぶりの力を解放し、自身がアルコバレーノであることを皆に見せつける。

 

 

「相手はリボーンと同じアルコバレーノか……。息もつかせぬ攻防だな。幻覚同士のぶつかり合いか」

 

 

そう、マーモンもクロームも幻術を扱う術士。全ての勝負は幻術の質で決まる。

 

 

「だが彼女は大丈夫なんだろう? リボーン」

 

「ああ。あいつは並の術士なんかじゃねえ」

 

 

答えるリボーンに、俺は唇を内側に巻き込んだ。

 

……そりゃ、そうだろうな。なんてったって、クロームは骸をここに呼ぶための媒体だ。

 

でも。

 

 

「クローム!」

 

 

畜生道が弾き飛ばされ、さらなる手とクロームが生み出した火柱。それからあっさりと抜け出すと、マーモンはその豪炎たる灼熱の火柱を凍らせた。

 

幻覚返し。それは、術士にとって敗北を意味する大打撃だ。

 

まだクロームはやはり、マーモンには勝てない。マーモンとてヴァリアーの術士である前に、最強の赤ん坊(アルコバレーノ)の一柱なんだから。

 

 

……骸の三叉の槍を砕かれた彼女は、“前世”と同じように、幻術で補っていた内蔵が消えたせいでその場に倒れた。顔色がみるみるうちにひどくなっていく。

 

守護者たちが蒼白になっていく中、俺は苦虫を噛み潰したような顔で成り行きを見守っていた。

 

 

変わっていく空気。冷えていく気温。

 

そして何より……クロームを取り囲む濃い霧。

 

 

「クフフ……随分といきがっているじゃありませんか」

 

 

ああ、本当に。

 

できるなら、ミツ君とお前を会わせたくなかったよ。

 

 

「____マフィア風情が」

 



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霧の嫌がらせ

深淵の底から響き渡るような、そんな不可思議な声音。

 

骸の声にはそんな響きがある。昔からそうだ、凍てつく地獄を見てきた者の……本当の闇を知る湖底の冷たさ。

 

 

「クフフフ……舞い戻ってきましたよ、輪廻の果てより」

 

 

黒いジャケットに、特徴的な髪型。服装は黒曜戦で見た時とは大分異なるものの、間違いなく骸本人だ。

 

クロームが呼び出した故に彼は実体を伴ってここにいる。

 

 

「あいつが霧の守護者なのか……!? どういうことだリボーン、彼女はどうなった? お前、いったい何を考えてるんだ」

 

「まあ待てミツ。お前の知る通りあいつは強い、幻術も一級品だ。それはわかってるだろ? 今は味方にすれば利益があるぞ」

 

「……確かにそうだな。骸は強い。だが、いつ裏切るかわからない……それに」

 

 

俺に、敗けただろう?

 

 

こちらからも、凍てつくような殺気が発される。

 

骸はゆっくりとこちらを振り返り、そのオッドアイの中にはっきりとわかる嫌悪感を滲ませ、唇を歪めた。

 

 

「君も分かっているとおり、僕にとっても今回の協力は実に不本意なものです。アルコバレーノとの取引がなければ僕もこんなところにいない。君に力を貸すだなんて冗談じゃない」

 

「奇遇だな、俺も同意見だよ骸。お前の力を借りるなんて冗談じゃない。大人しく牢獄に引っ込んでいたらどうだ?」

 

「ですが、まあ……」

 

 

____ニヤ、と嫌な笑みを浮かべて。

 

骸がこちらに目を向ける。

 

嫌な予感が背中を駆け抜け、超直感が警報を鳴らした。おい、骸お前、何を言う気だ!?

 

 

「一応は命の恩人である彼のためならば、仕方がないと思いましてね。僕は人に借りを作っている状態が嫌いなんですよ」

 

(骸この野郎ぉぉぉ!!)

 

 

何を言ってくれてんだよ、リボーンの警戒の視線がさらに鋭くなってきたじゃないかどうしてくれるんだよ!!

 

俺は心の中で盛大に頭を抱える。

 

それに何が命の恩人だ、借りを作っておきたくないだ! 白々しいわ!!

 

 

(お前はただ、俺にもミツ君にも嫌がらせをしたかっただけだろ……!)

 

 

本当に意地が悪い。だから嫌だったんだ、だからミツ君と骸を会わせたくなかったんだ。

 

ああもう、どうしろっていうんだよ。

 

 

(それにまだ……)

 

 

他に何か、嫌なことが起こる気がして。

 

 

「お前があの、復讐者の牢獄を脱獄しようとした、六道骸か」

 

「復讐者の、牢獄を……!?」

 

「だがまあ、『しようとした』ということは失敗したってことだろ」

 

 

取るに足らない、とミツ君が口角を上げる。

 

骸はそれが聞こえているのかいないのか、人を食ったような微笑を絶えず浮かべ続けている。

 

ふぅん、と呟いてしばらくしてから、マーモンが「ややこしそうなやつだな」と鼻を鳴らした。

 

 

「いいよ。はっきりさせよう……君は女についた幻覚だろ?」

 

「さて……どうでしょう?」

 

 

凍てつく冷気が立ち上り、骸が足下から順々に凍りついていく。

 

ツナは思わずというように腕を押さえていたが、俺は殆ど冷気を感じていない……というのも、超直感が発動し続けているからだ。

 

幻覚によって知覚のコントロール権を奪われなければ、引き起こされた幻術によるあらゆる事象の影響も受けにくくなる。

 

ツナは骸と戦えてないので、超直感が覚醒していないから幻覚の影響を受けるが、その点ミツ君は俺達兄弟よりも超直感は弱いものの、きっちり現実と幻覚の世界を脳の中で分けられている。平然としていられるのはそのおかげだろう。

 

「さて、叩き壊してみようか……もっとも、壊れるのは女の体だろうけどね!!」

 

「おやおや。気が逸りすぎでは? アルコバレーノ」

 

 

しかし、突進していったマーモンを阻んだのは、骸の蓮の花。

 

 

「僕は僕です。幻覚などではない。

さあ、のろのろしていると、グサリ……ですよ」

 

「精神の憑依か、体の共有か……いずれにせよ、君のスキルとやらの産物らしいね……だけど!」

 

 

図に乗るな! と叫んだマーモンが、蓮の花による束縛を引きちぎり、分裂した。

 

そして、追撃をするために格闘スキルの修羅道を使う骸を睨みつけ、「格闘のできる術士なんて邪道だ」と吐き捨てる。

 

 

「僕は輪廻なんて認めるものか。人は何度だって同じ人生を繰り返す。だから僕は集めるんだ……、

 

金をね!」

 

「クフフフ、強欲の悪魔の名を冠するアルコバレーノですか。悪くありませんね。

 

……ですが、欲なら僕も負けません」

 

 

空間が歪み、各々が幻覚酔いを起こす中、今度は四方八方から何もかもを抉るような火柱が生まれる。

 

目を見開いたのはマーモンだ。今、彼は幻覚を幻覚で返された。すなわち、

 

 

「……堕ちろ。そして巡れ」

 

 

マーモンの負け。

 

____骸の、勝ちだ。



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前哨戦

「や……やめろ!!」

 

 

幻覚を吸収して、丸く大きくマーモンの体が膨らんでいく。この光景にはミツ君も目を丸くしていて、声もないようだ。

 

 

「ぎゃああああ!!」

 

 

そしてやがて、マーモンの身体は極限まで膨張していき、 断末魔の悲鳴とともに、破裂した。

 

「すごい……!」

 

 

思わずと言ったように、青ざめながらもツナが声を漏らす。

 

挑発されまくり、挙句の果てにタチの悪すぎる嫌がらせまでされた身としては賞賛したくなどなかったのだが、相変わらずの手腕には感嘆してしまう。

 

やはり、骸とクロームは一流の術士だ。アルコバレーノのマーモンをあそこまで。

 

中学生の頃の骸も、相当強かったんだな。ミツ君があっさりと倒しちゃったから、現世ではあんまり実感湧かなかったけど。

 

 

「で、でも、ここまでやる必要はなかったんじゃ……」

 

「……その心配ありませんよ。元々彼は逃走用のエネルギーは使わないつもりでいたようです。まんまと逃げられました」

 

「……何」

 

 

仕留め損ねたのか、と咎めるような声で誹るミツ君に、骸がクフフと軽く笑みを漏らした。

 

 

「沢田兄弟は敵にも甘すぎるほど甘いが、親戚であるはずの君はまるで違いますね。

マフィアのボスとして、切るべきところはきっちり切り捨てる。……まったく、反吐が出る」

 

 

だから嫌なんですよ、と言うように骸が笑顔から一変、ミツ君を鋭く睨めつけた。

 

本物の殺気。かつての骸が俺に向けていたそれよりも、遥かに激しい殺気。

 

 

「お前には言われたくない」

 

「そこは否定しないでおきましょう。……ああ、それと、クロームに何かしたら……殺しますよ」

 

「……お前はともかく彼女は俺の守護者だ。心配しなくとも危害を加えたりはしないさ。

 

彼女がお前にとってなくてはならない存在だとしても、な。不本意だが」

 

 

そうだろリボーン、と問いかけられて頷く黒い死神。

 

骸は鼻を鳴らすと、これでいいですかとつぶやきながら、霧のハーフボンゴレリングを1つにし、それからチェルベッロに手渡す。

 

 

「ええ、たしかに。

……これより、霧の対戦の勝者はクローム髑髏とします」

 

「ちょ、骸!」

 

 

くるりと身を翻して立ち去ろうとする骸を、慌てて呼び止める。

 

胡乱げに振り返った骸が、「あなたですか」というように口角を上げた。意地の悪い笑み。

 

やはり確信犯か、と思いつつも俺も彼に倣い口角を上げてみせた。

 

 

「ありがとう。手を貸してくれて」

 

 

言うと、意外そうに骸が両眉を上げた。

 

ミツ君とリボーンは目を見張っているが、ツナは半ば俺がそうすることを予測していたのか、同調するように頷いてくれている。

 

 

「……ほう。面白いことを言いますね君も、僕は君を散々な目にあわせた張本人なんですよ」

 

「そんなこと知ってるよ。俺はお前のせいで死にかけて、恭……雲雀さんがいたから助かった。でもそれは今のお前の協力とは関係ないだろ」

 

「つくづく君たちは甘いですね。詰めも甘ければ心根も甘い」

 

 

だから付け入る隙が多いんですよ、と骸は静かにオッドアイを細めた。

 

俺は首を捻る。不思議なことに、骸は自分ではない誰かのことを言っているように思えたのだ。隙とやらに付け入るのは、僕ではないと。

 

……もしかして、あの『ボス発言』の意図は、なにかの警告のためにあったのだろうか?

 

よくわからないが、これだけは言っておこう。

 

 

「礼は言ったぞ骸。だけどお前……覚えてろよ」

 

 

俺をボスだなんてクロームに言わせやがってこの野郎。ホントなんてことしてくれたんだ。

 

余計な誤解を招いたらどうしてくれるんだよ。ていうかもう招いたよ。

 

 

「クフフ……僕のはただの『前哨戦』ですよ。前触れ、とでも言っておきましょうかね」

 

「……はあ?」

 

 

意味がわからない。骸の言っていることはだいたいいつもわからないけど。

 

……でもやはり、超直感は警戒音をビンビンに鳴らしている。変わらずに。気を緩めるなと。

 

 

「XANXUS。君の企みにはこの僕も頭が下がりますよ。確かに君の言う『復讐』は最悪だ。

 

僕にとっては最高に愉快ですがね」

 

「……」

 

 

骸の言葉に何も答えないXANXUSだが、その血赤の瞳が『お前を楽しませる気はねぇ』と言っているのがわかる。

 

灼熱の殺気。相変わらずの苛烈なそれに、オレは思わず苦い顔になるが、骸は笑ってみせるだけだった。

 

 

「では僕はこの辺りで。少々疲れました」



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爆弾

しゅう、という煙の音と共に、骸の姿がクロームに変わる。

 

彼女は具合が悪そうに三叉の槍を杖にはしていたが、きちんと意識を戻していた。

 

 

「帰るびょん」

 

「うん……」

 

 

犬君の言葉に素直に頷き、クロームが槍を支えにしたまま、ミツ君達に何も言わずにその場を去るべく歩き出す。

 

そんな彼女の背中を見ながら、ミツ君は終始何かを言いたげに目を眇めていたのだが、結局黙ったまま口を開かなかった。

 

千種君も犬君も、気遣うようにクロームを振り返りはするが、手を貸す気はないようだ。やはり彼女が骸ではないと一番よく知っているからか。

 

 

「あ……クローム髑髏、さん!」

 

「何? ボスの弟さん」

 

「ぼ、ボスは兄さんじゃないけど……えと、ありがとう! 助けてくれて」

 

「大丈夫。私は骸様に言われたから来たの。……それに」

 

 

少なくとも、骸様にとって彼は、ボスじゃない。

 

……そう残して、クロームはその深い紫の瞳を俺に向けた。

 

 

「それじゃあ、私、帰るね」

 

「あ……うん! 身体に気をつけて」

 

「……ありがとう」

 

 

ツナの言葉に少しだけ口の端を緩めると、クロームはそのまま立ち去っていった。

残されたのは、XANXUSとヴァリアーの面々。それから、俺達だけ。

 

チェルベッロが「明日は雲の対決です」と淡々と告げ、俺は思わず身を強ばらせる。

 

そして、XANXUSの側に静かに控えているモスカを見た。『前世』通りならあの中に9代目が入ってるはずなんだけど……。

 

 

(いろいろイレギュラーが連発してるしな、この世界……俺とXANXUS友達らしいし)

 

 

「これで2勝3敗……あと2回か……」

 

「ああ、だが……残りは雲雀先輩だ。心配する必要はない」

 

 

ツナの呟きに答えたミツ君が、モスカに視線を注ぐ。

 

雲雀さんがモスカに勝ち、それからミツ君がXANXUSに勝てば確かに10代目ファミリー側の勝利ではあるけど。

 

もし雲戦で中に9代目が本当にいるとしたら、問題は変わってくるよな……。

 

 

「XANXUS。もし俺達がお前達に勝ち越したら……本当にボスの権利を全て放棄するんだろうな?」

 

「当然だ。オレにとって必要なのは最強のボンゴレ。お前がオレに勝つことで、ボスに相応しいと示したらボスの座は譲ってやる」

 

「……上からものを言えるのも今のうちだぞXANXUS」

 

 

ミツ君はそう返すが、俺は少しその発言に違和感を覚えた。

ツナもそうだったようで、2人で顔を見合わせる。

 

……その言い方だとまるで、XANXUS自身はボスの座に興味が無いみたいだ。

 

彼が拘るのはあくまでもボンゴレの『最強としての姿』であって、ボンゴレ10代目という地位ではない、なんて。

 

 

(考えすぎかな。でも……)

 

 

俺と同じ、プリーモ直系の超直感を持つツナも、何となく変だと感じているようだし、やっぱりXANXUSはボス就任の他に何か思惑があるのかもしれない。

 

 

「沢田家綱」

 

「!」

 

 

不意に、XANXUSが意地悪そうな笑みを湛えて俺を見た。ツナも驚いたように目を白黒させていて、当惑している様子だった。

 

彼が俺をはっきりと名指しで呼び掛けたのは初めてで、覚えず身体が強ばる。

 

 

「『復讐』はまだ、始まってすらねぇぞ。忘れるな。あの時のようにな」

 

「……は?」

 

 

____あの時のように?

 

俺がそれを聞き返そうとしたその瞬間にはもう、XANXUSは俺の横を颯爽と通り過ぎていた。

 

そしてその、刹那の間に、小さく、早口で……爆弾を残していった。

 

俺の予測が、

 

 

「……我々独立暗殺部隊ヴァリアーは、もともとボンゴレ10代目とその守護者の座なんぞに興味はない。

それに興味があったのは、八年以上も前の事だ」

 

 

____当たっているかもしれないという、大きな爆弾だ。

 

 

XANXUS、と思わず声を上げるが、その時にはもう彼は、幹部達とももに既に体育館の外に出ていた。

 

そんな、嘘だ。XANXUSがボスの座に興味がない? そんなはずがない。なら、どうしてこのリング戦を吹っかけたんだ?

 

……まさか、俺への『復讐』とやらのためか? なんなんだよ、いったい!

 

 

(どうしてこんなに嫌な予感がするんだよ……!

骸がXANXUSに残していった言葉も気になるし……!)

 

 

そしてその嫌な予感が、恐ろしいほどに当たるということは、他ならぬ俺自身が1番よく知っている。

 

ボンゴレのボスをやっていた頃に、嫌という程知らされてきた。数十年の付き合いだ。

 

 

「兄さん、いったいXANXUSに何言われたんだよ? 顔真っ青だぞ!」

 

「……XANXUSは、やっぱり、ボスの座に拘ってるわけじゃないみたいなんだ」

 

 

ツナだけに聞こえるようにボソリと呟いた声に、弟は目を丸くする。

 

だがさして驚いてはいないようなのは、半ばそれを感じ取っていたからだろう。

 

そして、ああ、そうだ。それに、

 

 

(雲雀さんに頼んでおかなくちゃ。モスカを本気で攻撃しないでって)



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交渉

____翌日。

 

 

並盛中に到着した俺は、昨日考えたことを忘れないうちに、と応接室に向かった。

 

そう、今日の夜の対戦はゴーラ・モスカとの雲戦だ。

 

XANXUSが少しおかしいとはいえ、彼は彼。ゆりかご事件が起きて、9代目を憎んでいる以上、彼はモスカの中に彼を入れているだろう。

 

……モスカが動いていたということは、そういうことだ。

 

 

(……中にいるの、『雲雀さん』かな。それとも、『恭弥さん』かな)

 

 

出来れば恭弥さんがいい、と俺は応接室の扉の前で佇み、プレートを見上げながら思う。

 

彼は何故か俺達の世界での記憶も持っており、リング戦のこともよく覚えているようだった。それだったら、XANXUSに利用された屈辱的な記憶は、誇り高い彼ならばきっと忘れていないはずだ。

 

そうなれば話が早いんだけど、

 

 

『ねえ。いつまでそこに立っているつもり。入るんだったらとっとと入りなよ』

 

「うえっ?」

 

 

思わず、変な声が出た。

 

いきなり中から声を掛けられて、ドッドッドッと鼓動が速くなる。……し、心臓に悪い。

 

……雲雀恭弥という人間は、常に死地に身を置く戦闘狂。人の気配に敏感なのは当然なのに、それを失念していた俺が悪いか。

 

 

「すいません、失礼します」

 

「保健委員長。何か用かい?」

 

 

応接室の中に入ると、本を開いたまま視線をこちらに寄越した彼を見て、俺は心内ので少し落胆する。

 

俺のことを『保健委員長』と呼ぶのなら、彼は『雲雀さん』だ。

 

 

(……まあいいか。話をするのは一緒だったわけだし)

 

 

それに、この世界の雲雀さんは俺の世界の雲雀恭弥よりも幾分か冷静だ。

 

根気よく説得し、何かしらの取引をすればきっと話を聞き入れてくれるはず。……はず!

 

 

「あ、あの、雲雀さん。今日は雲戦ですけど……、一つお願いがあるんです」

 

「何」

 

「……明日の雲戦。手加減してくれませんか」

 

 

言うと。

 

……雲雀さんの目が、音もなく細まった。

 

ひ、と思わず唾を飲み込む。数十年マフィアのボスをしていても、彼の眼光の鋭さには未だに怯えてしまう。トラウマみたいなものか。

 

咬み殺される、とぐっと歯を食いしばり、痛みに耐えるべく全身を強ばらせた。

 

 

……しかし降りてくるのは沈黙だけで、トンファーでの攻撃ではない。

 

 

「……僕に、戦いで手を抜けって?」

 

「は、はい……」

 

「どういうこと。ちゃんと説明しなよ」

 

 

……あれっ、と思った。

 

てっきり問答無用で咬み殺されると思っていたのに、彼が一番最初に望んだのは対話だった。

 

意外な返答に面食らったまま目を瞬かせていると、雲雀さんが静かに目を細めて「早く」と急かしてくる。

 

はいっ、と慌てて頷いた。短気は短気でも、俺の知ってる彼とはレベルが違う。やっぱりここはパラレルワールドなんだなぁ、と改めて感じた。

 

 

「その。……詳しくは言えないんです」

 

「はあ?」

 

「ただ、その、とにかく……あのゴーラ・モスカ。目一杯攻撃しないで欲しいなっ、て……」

 

 

沈黙に耐えきれず、恐る恐る顔を上げる。

 

目に入った雲雀さんは不機嫌極まりない顔をしていたが、トンファーを振るう素振りを見せることは無かった。

 

やがてはあ、とため息をつき、彼は「わかったよ」とだけ言った。

 

 

「……え、いいんですか」

 

「何。君が言ったんでしょ。文句でもあるわけ」

 

「い、いや、そうじゃなくて。理由とか、もっと問い詰めないのかなって」

 

「はあ? 君が言えないって、そう言ったんだろ。それとも何、問い詰めてほしいのかい?」

 

 

いやまさか、と後ずさる。詳しく、無理やりに聞いてこないのは意外だが、詰め寄られるのは怖すぎる。

 

彼がたとえ、いやむしろ中学生の姿をしているからこそ、刺激されるトラウマもあるのだ。

 

 

「……そうですね、言えません。ただの勘、ですので」

 

「フン。どうだかね……まあそう言うんじゃないかと思ってたけど」

 

 

え、と目を見開く。

 

その時には雲雀さんはもう俺から視線を外していて、整理しかけの書類に目を落としていた。

 

 

「あ、あの。何でそんなことを」

 

「なんでって、何?」

 

「俺が頼み事の、理由を『勘だ』って答えることを、なんとなく分かってたって……」

 

 

雲雀さんは胡乱げな瞳で俺を見ると、「別に」とみたびため息をついた。

 

 

「……大した理由じゃないよ。時たま僕は意識を失うことがあってね。毎日数十分、たったそれだけなんだけど、その時の記憶がうっすらと残ってるんだ。その時どうやら僕は、『僕』じゃないらしい」

 

 

よくわからないけど、と雲雀さんは言葉を投げ捨てるように言う。

 

 

「『僕じゃない方の僕』が、なんとなく、そう判断するような気がしただけさ」

 

 



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誘因

____同日、夜11時。

 

 

並中に集合した面子は変わらずいつもと同じ。俺とツナ、それからミツ君と獄寺君、山本。

 

ミツ君は既に零地点突破の修行を完成させたらしく、雲戦もきちんと見に来ている。

 

流石、彼はやはり頗る優秀だ、俺の時はこの時ギリギリ完成させたのに。

 

 

……最近は俺の体調不良によってツナの修行をあまり見えていないが、実はツナもバジル君と共に零地点突破の修行まで進めているらしい。

 

家で、リボーンに渡された大空の擬似ボンゴレリングを使って、炎を灯すのも練習しているようだった。

 

 

(……それにしても、驚きだな。雲雀さんがあそこまであっさり俺の要請を聞き入れてくれるなんて)

 

 

手加減を頼んだことも、ミツ君やリボーンに言わないでくれというのも、訝しげながらも受け入れてくれた。

 

まさか『恭弥さん』の人格と記憶が、こちらの世界の雲雀さんに影響しているとは。

 

俺としては好都合だけど、どうして向こうで『死んでいない』はずの恭弥さんが『ここにいる』のかの詳細は未だに不明だ。

 

(白蘭が関わってるとか?)

 

 

それは、なくはない可能性だ。

 

俺にフェイと大空のリングを託したのは記憶を共有させられたこの世界、この時代の白蘭であり、あいつは俺の味方、だ。多分だけど。

 

未来での戦いがどうなるかはわからないが、少なくともこちらの白蘭は未来の記憶を保有している。

 

 

(白蘭もリング戦のことは知ってるのかな……)

 

 

まあ、ミツ君にもリボーンにも警戒されまくっている今、おいそれとあいつと接触するわけにはいかないけど。

 

 

「今日の主役の登場だぜ」

 

「……ああ」

 

 

山本の言葉に顔を上げると、眉を寄せてトンファーを手にした雲雀さんが校門を踏み越えてこちらに歩いてきた。

 

不機嫌さを湛えた表情で、「君達、何の群れ?」と問う。 隠す気のない殺気に、ツナがひっ、と喉の奥で悲鳴を漏らす。

 

が、それに対してミツ君が平静を保ったまま、偶然ここにいるだけだと答えた。

 

 

「ふぅん……」

 

 

偶然、ね。

 

軽く目を細めた雲雀さんがモスカを振り返る。

 

 

「そうか……あれを、咬み殺せばいいんだ」

 

 

呟いて、彼は一瞬、こちらを一瞥した。

 

俺は何も口には出さず、ただお願いしますと言うように小さく頭を下げた。

 

 

 

 

 

____クラウド・グラウンド。

 

数々の地雷が埋められ、機関銃が油断なく戦闘中に狙いを定めてくる、戦場じみた雲戦のフィールド。

 

そこでの戦闘は、前世と全く変わらず、数秒と待たずに決着がついた。

 

 

「これでいいよね」

 

これ、いらない。そう言ってリングをチェルベッロに向かって放り投げてから、雲雀さんは俺に軽く視線を寄越した。

 

今の発言は、恐らくチェルベッロだけでなく、俺にも向けられたものだったんだろう。それに気がついて、俺は思わず瞬く。

 

……確かに雲雀さんは、モスカに殆ど傷をつけずに無力化するという、実に高度なことを遂げてくれた。

 

俺は感謝の気持ちを込めて、軽く彼に頭を下げる。ほんとにこの人、凄すぎる。

 

これで9代目がモスカの中から引きずり出されることはなくなった。

 

XANXUSはこのままミツ君を相手に大空戦をすることになるが、弔い合戦の口実を失った以上、掛けていた保険はなくなったことになる。

 

……いや、そもそもXANXUSは大空戦をするのか?

 

ミツ君と戦って勝つ自信はあるにはあるのだろうが、何せXANXUSは俺に、はっきりと言い切った。

 

 

(XANXUSは、ボスの座そのものに興味はないんだ。あいつが望むのはたった一つ、最強のボンゴレ。

……ミツ君ならきっと、それができる。あいつは人を見る目はある、戦いを辞めることだってありうるんじゃ……)

 

 

 

____だが、その次の瞬間だった。

 

 

「あ、」

 

 

……運悪く、強風に煽られたモスカが、ぐらりとふらついた。

 

そして砂塵とともに、埋められた地雷の上に倒れ、ピーッと甲高い音が鳴り響く。

 

嘘だろ、と呟く間もなく、モスカそのものが爆炎に呑み込まれた。悪夢のように赤い炎が、金属を焼く嫌な臭いを撒き散らす。

 

 

(9代目……!!)

 

 

このままじゃまずい。モスカの中にいる9代目が、炎で蒸し焼きにされてしまう。

 

俺が前に出るしかないか、とXANXUSを一瞥すると……彼はなんと、自分の銃を構えていた。

 

息をつく暇もなく、引き金を引き、発砲。

 

オレンジ色の炎が空中を駆け抜け、モスカと雲雀さんの側に着弾する。

 

……攻撃に殺意はない。何のつもりだ?

 

 

「っ!」

 

雲雀さんが軽く目を見張ってそれを避け、粉塵に巻き込まれながら着地する。羽織っていた学ランが爆風に煽られて空に舞った。

 

ミツ君が眉をひそめ、大きく一歩前に出た。

 

 

「待て、今の行為は明らかに守護者を狙った反則行為だろう」



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茶番劇

「はっ、本当にそうか?」

 

 

鼻で笑ったXANXUSが、モスカの方を見る。ミツ君は答えず、静かに眉を寄せた。

 

……空に舞ったモスカは、炎とは違う場所に落下した。砂が飛び散る。きっと中にも衝撃があっただろうが、少なくとも9代目が蒸し焼きになることは免れた、と俺は安堵のため息をつく。

 

ただ殺されるだけより笑えないよな。9代目がそんなことになったら。

 

 

「……どういうこと?」

 

 

ツナも嫌な予感を感じているようで、警戒するように唇を痙攣させている。

 

俺は黙ったままでモスカに目をやる。雲雀さんが不機嫌そうな表情で立ち上がって、XANXUSを鋭く睨みつけた。

 

 

_____ずるり。爆発によって破壊されたモスカから、9代目の姿が見えた。

 

雲雀さんがトンファーでつけた傷によって、堅固なモスカも耐久限界を迎えていたらしい。当然だ。彼の一撃は鋼を貫く。

 

 

「な……9代目!?」

 

 

ミツ君が声を上げ、目を見開く。XANXUSがそれを見て、ニヤリと笑った。

 

雲雀さんのせいじゃない。モスカは暴走しなかったし、9代目は重傷を負ってはいない。ただ、不幸な事故があって、……結局はXANXUSの思惑に則るかたちで事が完結しただけだ。

 

 

(クソ……!)

 

 

「反逆者は、どっちだ?」

 

「…………!」

 

「守護者のしたことの責任は、ボスが取るべきだ。そうは思わねぇか、田沢光貞?」

 

「……9代目を使って、俺達を嵌める気だったのか……!」

 

「嵌める? なんのことだ。……お前の守護者のしたことはボスへの反逆行為だ、違うか?」

 

 

XANXUS、てめえ!! という獄寺君の声が大きく響き渡った。山本も了平もキツく唇を噛み締めており、悔しそうに拳を震わせている。

 

なら……違和感を覚えてるのは、俺と、骸の一派、だけか?

 

おかしいじゃないか、だって。そうだろ?

XANXUSは、攻撃を仕掛けたと見せかけて、雲雀さんを撃った。

 

みんなは、それをわざとやったこと……つまり、9代目をモスカに入れた上で、それを攻撃させて嵌めるつもりだったと思っているようだが、

……それはおかしいのだ。

 

 

(だって、もともとヴァリアーにはあと一つ……大空戦が残ってたはずだから。ヴァリアーには、9代目を保険にするメリットなんてないんだ)

 

 

あのXANXUSがまさか、自分が負けるなどと考えているわけがない。

 

それに攻撃すれば、リスクもある。9代目が中にいることを『知らない』ならば、何故撃ったのかと追及される可能性が高いからだ。

 

知っているということは、仕組んだということだ。

 

中に人がいることを知らないのなら、何故モスカを撃って9代目を引きずり出したのかと問えばそれで終わりだ。

 

そのことに、あの優秀なミツ君が気づかないはずがない。

 

 

(……でもそれを、あえてそのままにしてるって……何か考えがあるのかな?)

 

 

今のままでは、ただ守護者たちが嵌められたことに……つまり怒りを誘発させるような挑発に乗っかった、という状況だ。

 

それはさながら、暴政を目の前に立ち上がった革命の徒のよう。

 

 

「お前の守護者が足蹴にした、9代目の仇を討ってやる。……次の大空戦はその弔い合戦だ」

 

「それは……こちらのセリフだ、XANXUS!」

 

 

XANXUSの出した宣戦布告に。

 

ミツ君は声を荒らげて応じる。

 

俺は驚きに、茫然としてその場に立ち尽くした____これではまるで、ただの茶番劇だ。

 

 

獄寺君を初めとする守護者たちの眼前に、作りあがったのは1つの絵。

 

XANXUSという悪に立ち向かう正義の味方である、ミツ君。

 

そんな馬鹿みたいな茶番劇を、頭のキレる二人が揃って演じている____そうとしか思えないやりとりだった。

 

 

「……暴れる理由を作ってやったんだ。手を抜いたら承知しねぇぞ?」

 

「……感謝するよ。これで……お前という邪魔者を殺す大義名分が出来た」

 

 

1歩ずつ近づいていき、誰にも聞こえないような言葉を交わしたその後……睨み合う。

 

XANXUSは堪えきれない、というように哄笑すると、笑いの余韻を残したまま殺気を放った。ミツ君は冷静にそれを跳ね返し、更に自分の殺気もXANXUSに向かって放つ。

 

 

両者の応酬が落ち着いてきたところで、チェルベッロが前に出た。

 

 

「では、9代目の弔い合戦は、勅命書を持つ我々が仕切ります」

 

「明晩に予定されていた大空のリング戦。今回は事情が変化致しましたので、予定変更が考えられます。それに備えるために、守護者はあらゆる事態に対処出来るよう準備をしておいて下さい」

 

「そういうことでよろしいですね、XANXUS様、田沢殿」

 

「悪くねえ」

 

「……XANXUSの犬に従うのは業腹だが、まあ仕方ない。それでいい」

 

 

2人のボスが同時に頷いたことで、ヴァリアー側もこちら側も不平不満を口に出すことはなかった。

 

俺は口を噤み、ただ成り行きを見守る。それしかできないからだ。

 

 

「ああ、それと。言っておくべき事があったな、モドキ野郎」

 

「……なんだ」

 

 

不機嫌に声を低めたミツ君が、鋭い光を目に宿らせてXANXUSを睨めつけた。

 

XANXUSは口角を挑発的に吊り上げたままで、変わらず彼を見つめ返している。

 

再び低くなる体感温度に思わず腕を押さえる……何が起ころうとしているのかはわからないが、嫌な予感が背筋を駆け抜けた。

 

 

超直感が、今すぐここから逃げ出せと俺に警告をしている。

 

 

「オレは別にボンゴレボスの座にさして興味はねえ。必要としているのは、ボンゴレが最強であることだけだ」

 

「……なんだと?」

 

 

それには驚いたのか、ミツ君が軽く目を見張ったのがわかった。

 

いや、ミツ君だけじゃない。……嵌められたことに憤っていた獄寺君をはじめとした10代目ファミリーが、揃って瞠目している。

 

おい、いったい、何を言う気なんだよ、XANXUS!

 

 

「……どういうことだ。それはリング戦辞退の表明か?

あそこまで明瞭に宣戦布告をしておいて、逃げるつもりなのかXANXUS」

 

「お前にはボンゴレを任せねぇって言ってんだドカスが。……おい、聞いているなチェルベッロ。オレが今から言うことを、公式に記録しろ」

 

「承知致しました、XANXUS様」

 

 

ミツ君が、警戒に更に目を眇めた。

 

超直感の警報はけたたましく鳴り響くばかりで、俺のとるべき次の行動を示してくれたりはしない。

 

 

____そしてXANXUSは、口を開いた。

 

血赤の目を瞬かせて。愉しげでもあり、残忍でもあるような殺気を閃かせて。

 

それでいて真剣な決意を、誓うように。

 

 

「ボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーは、リング争奪戦勝利のあかつきには……、

 

そのボス権の全てをここにいる沢田本家長男である沢田家綱に譲渡し、次代のボンゴレボスとして擁立することをここに宣言する」

 

 

____その瞬間。

 

大きく、そして静かな驚愕の波にその場は支配された。

 

唾を飲む音、空気が喉から漏れる音、誰かが叫びだしそうな気配が脳髄を刺激する。

 

頭の中でリフレインされた声が、悪夢のように全身を蝕んでいくようだ。

 

 

「……嘘、だろ」

 

 

誰よりも先に、声が零れた。

 

ツナが、リボーンが、そしてミツ君が。

 

どういうことだと、驚きの表情で俺を見つめている。

 

 

……ああ、最悪だ。最悪だよ。

 

お前は最悪の『復讐』をしてくれた。

 

 

「オレがボスに相応しくないと言うのなら。

 

お前がなってみろ、沢田家綱」



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不明点多数

神経がひりつくような沈黙をいの一番に破ったのは、「それは無理でしょ」という涼やかで、そして低い声だった。

 

それでいて、ほっと安心できるような声色。“慣れ親しんだ”研ぎ澄まされた殺気を纏い、孤高の浮雲が俺の隣に立つ。

 

恭弥さん、と俺が零す前にXANXUSが問うた。

 

 

「どういう意味だ、反逆者」

 

「ボス猿。君の言っていることは成立しない。君も薄々感づいているでしょ、彼に残された時間はもう僅かだ」

 

 

え、とツナが目を見開いて俺を見るのがわかる。

 

集まった視線に、居心地の悪さを覚えた。事実だが、……ツナたちの前ではまだ言ってほしくないことだった。

 

 

「沢田家綱は、もう間もなく死ぬ。気をつけていれば知らないけど、今のまま無茶を重ねれば一年保つかわからない。

君の言うボスに、なれるわけがないんだよ」

 

「あァ。そういや長生きできなそうだっつーのは当のドカスから聞いてたな」

 

 

じゃあ答えは一つだ、とXANXUSはツナを見遣った。

 

未だ愕然としている弟を見て、彼は嘲笑うように……しかし眸は真剣そのものの表情で言った。

 

 

「そこの第2候補のカスチビがボンゴレを継げ。昔のお前はオレに、弟には素質があると言い切った」

 

「え……!」

 

 

恭弥さんの咎めるような視線が突き刺さる。何を余計なことを言ってるの、と言いたげだ。

でもそんなことを問われても困る。……俺にはその時の記憶はないんだし。

 

昔の俺が何を思ってそんなことを言ったのか、俺自身にもわからない。一体何を知っていたんだろう、昔の俺は。

 

 

「『復讐』は受け取ったか、沢田家綱。オレがリング戦に勝ったらお前がボスだ、ドカス。せいぜい、お前のすべき『贖罪』とやらをもう一度見直すんだな。

何を恐れてんのか知らねーが、目を背けてばかりで得られるもんなんてあるのか?」

 

 

贖罪、という言葉に思わず顔を上げた。

 

どうして、と問う言葉は声にはならなかった。代わりに、『昔そう話したのだろう』という自問の答えが脳に溢れた。

 

 

生きることから逃げた俺は。

 

また何かから、目を逸らそうとしている?

 

 

「明日が喜劇の最終章だ。せいぜい足掻け」

 

 

に、と顔に凄絶な笑みを浮かべると。

 

光とともに、XANXUSはその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

____そして翌日。

 

再び並中に集められた俺たちの間に漂っているのは、気まずい空気だった。

 

……今日は『弔い合戦』と銘打った最後の戦い、つまり大空戦だ。

 

各守護者にも“前世”と同じように強制力のはたらく緊急招集がかけられ、逃げたマーモンや、怪我をしたルッスーリア、それからランボもいる。

 

ツナは顔色を青くさせたまま、ずっと口を開かずに……黙り込んでいる。昨日からそうだ。

 

 

(……ほんと、XANXUSのやろー……)

 

 

恨むぞ。ほんとに。リボーンやミツ君に警戒されるだけならまだマシだ、だがツナを不安にさせるのだけは本当にやめてほしかった。

 

だって……ツナは、俺の唯一の弟なんだから。

 

白蘭も何か知ってんなら最初に言っといてくれよ。それともあえて言わないことで、俺に何か気づかせようとしてたのか?

 

 

 

『____兄さん、もうすぐ寿命かもしれないって……本当なの?』

 

 

 

昨日、家に帰って。

 

青を通り越して白くなった顔色をしたツナに問われたことを思い出して、俺は唇を強く噛んだ。

 

たしかに体調は悪い。体は脆くなっていく一方だし、肺も気管支も心臓も弱くなっている感じがしないでもない。

 

 

俺が恐らく長生きできないだろうということは、きっとツナだってわかっていたはずだ。

 

それでも、その話題は避けなくてはならなかった。避けようとしていた。俺がいなくなってしまうのを、怖いと思ってくれたのだろう……家族だから。

 

 

(それを、恭弥さんもXANXUSも……何も気を遣わずに)

 

 

……だが、それはいずれわかったことだ。

 

XANXUSに対してはタチの悪すぎる『復讐』に心底ムカつくが、恭弥さんは何も悪いことはしていない。

 

……むしろ逃げるなと、そう言われた気がした。早く言え、と。また繰り返すのか、と。

 

 

(……だけど、なんでXANXUSは俺を選んだんだろう。

 

ボスだった時の意識があったとはいえ、いくらなんでも昔の俺がXANXUSの求める『最強のボス』になりうる存在だったとは思えないし)

 

 

それとも……どうしても、XANXUSはミツ君をボスにしたくないのか。

 

だとしたら、何故。……超直感か? XANXUSもリングの主にはなれないが、ごくわずかなブラッド・オブ・ボンゴレがあったはずだ。

 

その超直感が、ミツ君をボスにすべきではないと囁いた、とか? ……俺がそうは思わないのに?

 

 

(ああ、もう……わからないことだらけだ)

 

 



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大空戦、開戦

……君のそれは、逃げてるだけだろう。

 

そう言う声が、頭のどこかで響いた気がした。

 

 

____チェルベッロからリング戦の内容が詳しく説明されると、案の定10代目ファミリーのあいだは騒然となった。

 

いや、正確に言えば、XANXUSとミツ君に説明されたリング戦の詳細に対し、リボーンやツナだけでなく門外顧問機関から派遣されてきたバジル君や、アルコバレーノであるコロネロまでが目を剥いたのだ。

 

具体的にはそれぞれの手首につけられたリストバンド、それからデスヒーターと呼ばれる猛毒が注入され、それぞれの場所に存在するポールを倒しリングを手に入れなければ、解毒する方法はない。

 

 

観覧席に移動させられた俺達ですらこうなんだから、ミツ君は大丈夫かな。……動揺してないといいんだけど。

 

混乱しながらも、ツナは俺の袖を掴んだまま離さず、空いている左手で首に掛けている大空のリングを握り締めている。

 

それは俺に無茶をさせないという牽制か、それともボス権継承問題で、ミツ君と俺が対立するのを防ごうとするためか。

 

……リボーンはどこか気遣わしげながらも鋭い警戒の視線を俺に向けている。

 

気遣わしげなのは恐らく、俺がこの先長くないと知ったからだろう。……そんなこと、俺を候補から外した1年前から分かっていただろうに。

 

 

「この時を待っていたよ」

 

「ああ、オレもだ。お手並み拝見といこうじゃねぇか……手応えくらいは感じさせてくれんだろうな?」

 

「……こっちのセリフだ」

 

 

話すミツ君とXANXUSの声は、こちらまで届いては来ない。だが平気そうだ、ミツ君は落ち着いている。

 

……こんな時も、いや、こんな時だからこそか、彼の冷静さはいい方向にはたらく。

 

超直感から湧いてくる俺の心配が、不安が、どこに向かっていっているのか分からないけど……、少なくとも、ミツ君に対するものは杞憂のようだ。だって彼はあんなに落ち着いている。

 

 

「見てください! 守護者たちが……!」

 

「獄寺君! 山本……!」

 

 

ツナの悲痛な声に、俺はモニターを振り仰いだ。デスヒーターに次々と倒れていく守護者たちの姿を見て、呼吸が苦しくなる。

 

……また、これを見ることになるとは。

 

 

「それに……XANXUSと光貞殿も!」

 

 

そして。

 

違うモニターでは、大空対大空の戦いが始まっていた。

 

オレンジ色の炎が瞬き、モニターの中央を通過して、端で爆ぜた。

 

スピーカーからは爆音が轟き、思わずこちらも身を縮めてしまう。

 

ミツ君が繰り出した拳をなんなく捌いたXANXUSが、一歩引いて地を蹴り、強烈な蹴撃を食らわさんと迫る。

 

炎の軌跡を描く蹴りを飛び退ってかわすと、ミツ君はきっ、とXANXUSを睨みあげた。

 

殺気を真正面から受け止め、XANXUSが口の端を吊り上げて笑う。

 

 

「速い……光貞殿も、XANXUSも……けた違いに強い!」

 

「そうだね」

 

 

バジル君の声に頷いた。確かにミツ君は“あの時”の俺よりも強いだろう。

 

彼だけじゃない。XANXUSだってものすごく強い。

 

……だがそれは納得できる話だ。なぜなら、……ゆりかごの後、あったはずの『空白の八年間』が、彼にはないのだから。

 

XANXUSは眠ってなんていなかったのだ。本部にも構成員にも被害が少なかったため、凍らせられた期間は数週間。

 

その後四年間の謹慎だけで罰は赦され、ボス権継承争いから彼は外されたはずだった。

 

……それなのに何故か、XANXUSはリング戦に参加を表明した。

 

 

それは全て、俺に『復讐』を……俺を、ボスにするために。

 

 

「……本当に、どうなってるんだよ……」

 

 

恭弥さんも何も話してくれないし、白蘭の姿はずっと見てない。

 

この世界はイレギュラーが多すぎて、混乱するばかりだ。

 

 

「皆は大丈夫かな……」

 

「……そうだな」

 

 

ツナの呟きに、俺は再びモニターに目を向けた。ミツ君とXANXUSはほぼ互角だが、わずかにミツ君が押しているように見える。

 

……隙をついてポールを倒しに行けそうなものだが、彼はそれをしようとしていない。

 

先にXANXUSを倒した方が楽だと思っているんだろうか。それができたら、確かにその方が効率的だとは思うけど……。

 

それとも、守護者を信じてる……そういうことなんだろうか。

 

 

「どちらもポールを倒せそうにないな……」

 

 

前の時はXANXUSが二つほどポールを倒したが、今の彼にそんな余裕はないだろう。ミツ君の相手で手一杯のはずだ。

 

だがこのままじゃ埒が明かない。大空二人が拮抗した状態でいれば、守護者たちは救われない。

 

 

「兄さん、雲雀さんが」

 

「……え?」

 

 

備え付けられたモニタの一角。そこでは、若干青い顔ながらも解毒をしたのか、歩いている雲雀さんがいた。

 

彼はふと立ち止まり。

 

……『こちらを向いた』。

 

 

ああ、違う、これは……『恭弥さん』だ。

 

 

彼はここで俺達が戦いの様子をモニタリングしていると認識した上で、わざわざこちらにコンタクトを取ろうとしているのだ。

 

視線を“俺に”向けるということは、そういうことだ。……何故なら、雲雀さんはそんなことはしないから。

 

 

「何か、言ってる……? オレ達に向かってかな? ねぇ兄さん、聞こえる?」

 

「ううん、聞こえない。でも……」

 

 

声もなく、唇が動く。

 

当然君なら僕を見てるでしょ、と言わんばかりにお座なりな、一方的な連絡手段。

 

だが、彼はそれが許される。並盛の王者。

 

 

「……俺、唇、読めるから」

 

 

『ふぇ』『い』『を』『つ』『か』『え』

 

____フェイを使え。

 

 

その言葉を認めて、目を見開いた。

 

確かに、それなら大空の波動を不死鳥の羽根として撒き散らし、倒れているみんなの毒を和らげることができるかもしれない。

 

気づかれても、フェイという手段はこの世界、時代にはまだ存在しない、匣兵器だ。

 

誰も追及することはできない。

 

 

「……フェイの今の主は俺じゃなくて、ツナなんですけどね」

 

 

まあそれでも構わないだろう。とにかく君が動きなよ、彼はそう言いたいんだろうから。

 

俺は苦笑をこぼすと、隣でハラハラしているツナに声を掛けた。

 

 

「……ツナ。フェイの羽根を出せるか?」

 

「え……あ、うん? なんでだよ」

 

「風紀委員長様のお達しだよ」

 

「え? ヒバリさんが……? ってかなんであの人がフェイのこと知ってるの!?」

 

 

問いには応えず、さ、早くとツナを急かした。

 

リボーンやバジル君、観覧者達がXANXUSとミツ君の戦いを見ているこの時が好機だ。

 

見られていない方が、あとから面倒な説明をしなくてすむ。

 

 

「わかった。……フェイを喚ぶんだね」

 

「できるな?」

 

「やるよ。よく分からないけど、そうすれば皆が助かるんだろ?」

 

 

言って、ツナが首のネックレスから擬似ボンゴレリング……とはいえAランクのそれを指にはめて、オレンジの炎を灯した。まだ小さい覚悟の炎。

 

そしてそのままそれを、匣の窪みに注入する。

 

 

 

____さあ 包み容す子よ(Ora avvolto capacit・ di bambino))____

 

 

 

そして、刹那。

 

 

あの時と似たような赤い羽根が空に舞い踊った。



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嵐の協力

 

 

 

「……ん?」

 

____嵐のポール前。

 

倒れ地に伏していたベルフェゴールと獄寺は、身体中を駆け回るような熱と痛みに呻きながらも……ふと顔を上げた。

 

毒が和らいだ、そんな気がした。まったく動かなかった身体が、僅かに動くようになる。立ち上がれはしないが、身体は起こせそうだ。

 

 

「っ……てめぇもかよ」

 

「こっちの……セリフっ」

 

 

どうやらお互いが回復しているらしいということに気がついた二人が、同時に舌打ちする。

 

とはいえ、どちらもポールが簡単に倒せる状態とはいえない。視界はブレ、歪み、天と地がグラグラと揺れるようだ。解毒はされていないらしいが、体調が改善したのはただの波だったのか。

 

 

「……羽根?」

 

「あ?」

 

 

右手を差し出したベルフェゴールが、そこにのっている透明感のある小さな赤い羽根に気づく。

 

ふんわりと暖かな熱を持つ、茜色の羽根。どうやらそれが空から舞い降りて来ているらしい。

 

 

「ボスからでも、そっちのトップからでも……ないみてーだな……」

 

「羽根……外部からの支援か? これは、炎……かよ? じゃあ一体、だれが……っ、」

 

「知らねっつの……。おい爆弾少年、とりあえずポール倒すから……手伝えよ」

 

 

はぁ!? と獄寺は翠瞳を見開く。

 

ありえない。昨日まで殺し合いをしていた相手と、協力をするなど考えられない。しかも敵だ。

 

そう言い募るが、ベルフェゴールは「バカかよ」と口端を吊り上げる。

 

 

「とりあえず……二人で倒さねーことにはどーせ、死ぬぜ? お前も1人じゃ、ポールなんて……倒せねーだろ?」

 

「くっ……!」

 

「協力しろよ……いいか? オレがナイフ投げっから、それに合わせてダイナマイト投げろ、」

 

「っ、仕方ねーなッ、」

 

 

ベルフェゴールが金のナイフを、獄寺がダイナマイトをそれぞれ放る。

 

二つは同時にポールにたどり着き、爆音と金属音と共に、ポールが根元から折れた。

 

 

「っよし……!」

 

「ししっ……意外とやんじゃん、お前……」

 

「ったりめーだ……オレは10代目の右腕だからな……」

 

 

そればっかかよ、と言ったベルフェゴールが、這うようにリングに向かっていき、それを手にする。

 

獄寺があっと声を上げるが、彼は自分を解毒したあとあっさりリングを獄寺に放った。

 

 

「おい……何が目的だ?」

「は?」

 

「お前らはオレらの敵だろうが。どうしてリングを奪って逃げなかった?」

 

「あ? それを俺らの掲げる『ドン・ボンゴレ』が望まねーからに決まってんだろ」

 

「……家綱さんのことかよ」

 

「ししっ、お前話聞いてなかったのか?」

 

「聞いてたに決まってんだろ! ……なんでお前らみてぇな暗殺部隊があの人を持ち上げるんだよ!? XANXUSの友人ってのは……」

 

「質問が多いぜ爆弾少年」

 

 

ふと。ベルフェゴールの声音が、冷たく凍てついた。

 

目を見開く獄寺の前で、「なんでかって?」と口を開く。

 

 

「お前らがなんも見えてねーからだよ」

 

 

呆気に取られる獄寺から、ベルフェゴールが一瞬でリングを奪い取る。

 

獄寺がはっと我に返った頃にはもう遅く、ベルフェゴールはどこかに行く為に背を向けていた。

 

 

 

 



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雨の戒め

 

 

 

 

 

 

ところ変わり、雨のフィールド____

 

「なぁ、スクアーロ」

 

「なんだあ刀小僧」

 

 

……こちらがポールを倒すのは、思いの外早くに完了した。

 

理由は簡単、既にスクアーロが『投資』という名目で山本を助けているので、お互いに協力することにあまり抵抗がなかったのだ。

 

雨のリングで解毒をし終えると、山本の問いに嫌そうにスクアーロが応えた。

 

……こちらでは、スクアーロが先に山本の解毒をさせていた故に、今雨のリングを持つのはスクアーロということになる。

 

 

「どうして家綱先輩をボスにしたいんだ? 体の弱い家綱先輩じゃ、逆に生きられる時間を短くしちまうかもしれねーじゃん。

それなのに……そんなにXANXUSは家綱先輩のことが嫌いなのかよ?」

 

「……」

 

 

残り寿命、一年ほど。中学を卒業するまで持つかどうか。

 

それなのにそれ以上の重荷を背負えば、家綱は……山本の、親友の兄の寿命は、さらに縮まってしまうだろう。

 

それを聞いて、スクアーロはただフン、と鼻息をついただけだった。

 

 

「オレたちのボスはXANXUS一人だあ。そのボスがそう言ったんだから、従うしかねぇだろぉ。

 

……それにお前は、『体に悪い』って理由で、家綱は次期ボス筆頭候補に相応しくないって言いてぇらしいが」

 

 

甘ぇんだよ、と、吐き捨てる。

 

何もかもが。そこまで近くの人間を思いやれるのに。最後の最後までは、わからない。わかろうとしない。

 

いや……気づいていないのか。

 

 

「もし家綱が死ねば、そのボス権は弟に移る。ある意味本望だろぉ、家綱も」

 

「それって……どういう……、」

 

「今は知らねぇがなぁ。あいつは昔、自分の弟はボスに相応しいっつってたんだよ」

 

「……ツナが?」

 

 

……ない。

 

そんなことはありえない。山本は心の中でかぶりを振る。

 

何故なら彼にとって沢田綱吉という存在は、命の恩人であると同時にかけがえのない親友だ。

 

……そして、家綱は彼を一番大切にしている兄。

 

 

「家綱先輩が、ツナをマフィアのボスになんて、させようとするはずがねーよ。

 

だって、それになるのにはいっぱい危険があるんだろ? ツナだって、自分の兄貴をボスになんて望んでるはずないのな、」

 

「んなことはわかってる。あいつは昔から、反吐が出るほどに甘いヤツだからなぁ」

 

 

それでも、と……一瞬昔を振り返るような目をしたスクアーロだったが、すぐに鋭い視線を山本に向けた。

 

 

「あの時には、どうしても譲れねぇもんがあったんだろお」

 

「……譲れないもの? なんだよ、それ」

 

「少しは自分の頭で考えろぉ」

 

 

それだけ吐き捨てて、スクアーロは長い銀髪を翻して踵を返した。

 

 

 



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雲の思惑、霧の意志

 

 

 

 

 

動けないままでいるランボを助けに行かねばと雷のフィールドに行った獄寺は、そこの光景を見て息を飲んだ。

 

ポールは既に倒れており、瓦礫がそこかしこに散らばっている。

 

そして無言でそこに佇んでいたのは、トンファーを手にした、最強の風紀委員長……雲雀恭弥だった。

 

その足下には、気絶したままらしいランボの姿がある。ちなみにレヴィはその場にいない。

 

……ポールを倒したのは、恐らくヒバリだろう。彼が毒に倒れているのは、何となく想像がつかない。

 

では、何故レヴィはここにないのか。……情けか何かは知らないが、雲雀が雷のリングを与えて逃がしたとしか考えられない。

 

 

「 おいアホ牛! しっかりしろ! おいヒバリ、なんでてめーがここにいんだよ!!

 

それにどうしてヴァリアー側の雷の守護者がここにいいねーんだ、」

 

「遅い」

 

 

言葉を遮った、冷たい声音と視線に、怯む。

 

その青灰色の瞳には、いつものひりつくような殺気はなかった……ただ、冷徹な怒りがあった。

 

 

「もっと早く来なよ。君、それでも僕と並ぶ守護者を名乗る気」

 

「……は?」

 

「認めたくはないけど、『あれ』でも僕の『姻戚』だからね。どこまでも甘ったれた精神を持ってる男だけど、敵であろうと見捨てたらうるさい」

 

「はあ……? 何の話だよ、答えになってねぇよ、」

 

 

「フン。周囲をもっとよく見ることだね。……それから、これもう要らないから。君にあげる」

 

 

「っおい!?」

 

 

 

雲のリングを無造作に放られ、獄寺はそれを慌てて手のひらを差し出して受け止める。

 

 

そして凍えるような視線を彼から逸らすと、雲雀はそのまま屋上を後にする。

 

 

……いつもの荒々しい気配は消えているが、代わりに、背中からは隠しきれない苛立ちが立ち上っっているように見えた。

 

 

 

「……なんだってんだよ、いったい……」

 

 

 

 

 

 

「……あと少しか」

 

 

____屋上から立ち去った後。

 

雲雀は校舎に取り付けられている時計を見上げて独りごちた。

 

いつも“残り時間”は正確に決まっているわけではないが、最近は大概1時間以内。

 

充分だとは到底思えないし、少なくとも今は“この記憶”失うわけにはいかない。

 

『彼女』は彼とは違う方法で“ここ”に来たため、時間制限などはないのだろうが、こちらにはきっちりと制約として存在している。

 

……時間制限が伸びているのは恐らく、彼の『魂』がここに強く結びつき始めている予兆。

 

 

「フン。こんなところ、別に来たくて来てるわけじゃない」

 

 

“沢田家綱”はマフィアのボスなんてやっていたくせに、心の底から甘い人間だ。

 

超直感なんて凄まじい授かり物を持っているのに、それからのお告げからも目を逸らしてしまう。

 

自分が傷つくだけなら、積極的に耳を傾けてとっとと何でも終わらせようとするのに、だ。

 

……大切なものを傷つけたくない、そう思ったら。血のお告げをも信じず、ガムシャラに守りたいものを守ろうとする。

 

何が真実なのか。心の奥底では理解しているはずなのに。

 

 

「そこにいんのはエース君じゃねっ?」

 

 

不意に声をかけられ、眉を寄せながら雲雀は振り向いた……案の定、そこには『見覚えがある』金髪の少年。

 

手には変わったデザインのオリジナルナイフ。王冠を頭に引っ掛けて、邪悪な笑みを浮かべている。

 

 

「家綱のこと、けっこー知ってるみたいだったけどよ。なにもんなの、お前?

少なくとも……“他の奴ら”とは違うよな。ししっ」

 

「同じだよ。君たちも同様にね」

 

 

心外そうに金髪の少年……ベルフェゴールが片眉を上げたが、雲雀は更に言った。

 

 

「……何の尻尾も掴めていない、という意味ではね」

 

 

 

場所は変わって、霧のフィールド……体育館。

 

大丈夫か、と聞かれ、了平に解毒を施されたクロームが、こくりと頷いた。その顔色は未だ蒼白だが、荒い息は徐々に整ってきている。

 

 

「……どういうこと? なんでわざわざ君が僕達を助けるのさ」

 

「何を言っておるのだ? 目の前に倒れている者があって、わざわざそれをオレに見過ごせというのか?」

 

「あのね、笹川了平。僕達は敵なんだよ。必要がない、というより助けるべきじゃない」

 

 

呆れたように言うマーモンが了平を見上げるが、10代目ファミリーの晴は怪訝そうに眉を寄せるのみだ。

 

ため息をついて、マーモンは霧のポールを倒した本人である了平の後ろにいるルッスーリアに視線を投げる。

 

ルッスーリアも理解できないけど、というように肩をすくめるだけで何も言わなかった。

 

どうやら雲雀ほどではないが頑丈な晴二人が、あの透明な赤の羽根が舞い降りてきたあの一瞬でポールを倒したらしい。

 

……そこまで考えて、マーモンはいや、と心の中でその仮説を否定する。

 

ヴァリアーの中でも、10代目ファミリーの中でも、霧が単に弱いだけだ。

 

 

「オレは田沢がボスになるべきなのか、家綱がボスになるべきなのかはよくわからんがな。

 

1つ言えるのは、オレは家綱の友であり、家綱なら目の前で倒れている者を見捨てたりしないということだ」

 

「……っていう一点張りでねぇ。ちょっとよくわかんないわぁ」

 

 

でも、とルッスーリアはぴたりとくねくねとした動きを止めた。

 

……彼ならきっと、その選択をするでしょうね、と。

 

 

「君は? 君はどう思うんだい?」

 

「どうって」

 

 

ルッスーリアから視線を外し、なんとはなしにマーモンはクロームを振り返る。

 

クロームは三叉の槍を杖にして立ち上がると、言葉をつなげた。「……なんのこと?」

 

 

「田沢光貞と、沢田家綱。2人のどちらかがボスに相応しいのか、僕らは今これでもめてるんだよ。そんなこと今更じゃないか」

 

「さぁ」

 

「……さぁって、」

 

 

マーモンがさらに呆れた声を出すと、クロームは静かな声で「私はただ」と口を開いた。

 

 

「骸様の意志に従うだけ」

 

「またそれ? 君の讃える骸様。彼はいったい何が言いたいっていうのさ」

 

「……私にも、よく。……でも」

 

 

田沢光貞をボスにはしたくない。

 

そう思ってるんだと思う。



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死ぬ気の零地点突破

雲。嵐。雨。雷。晴。霧。

 

……守護者全員が解毒されたのを確認して、俺はハァッと安堵の息を吐く。

 

ほとんどが協力してポールを倒したのが少し驚きだったが、……何はともあれ全員無事でよかったよ。

 

それにしても雲雀さん……いや、恭弥さんが想像以上にいろいろ動いてくれたな。

 

今はまだだろうけど、もうすぐ“入れ替わってしまう”だろうから、お礼はいつかタイミングを見計らって言いに行こうか。

 

 

「あとは、ミツだけ……だね」

 

「そうだね」

 

 

暗くなった夜空を翔けるXANXUSとミツ君。

 

XANXUSは何度も何度も銃から炎弾を撃ち出し、そしてミツ君はそれをことごとく身を翻して躱している。

 

空中で繰り広げられている戦いを、俺はただ緊張しながら見つめることしか出来ない。

 

 

……空を舞う二人の強者は、お互いに肌がひりつくような戦闘を愉しんでいるように見えた。

 

 

『主様。わたしはそろそろ宜しいでしょう』

 

「あ、うん。助かったよフェイ」

 

「あ、その、ありがとうございます!」

 

 

ツナの持つ特殊ボンゴレ匣の中から僅かに声が漏れ、慌てて頷く。

 

フェイは一言『ええ』と返すと、自らが放った紅い……透明な羽根を匣にしまっていった。そして最後の羽根が匣の中に仕舞われると、蓋がぱたん、と音を立ててしまる。

 

俺はさっと振り向いてリボーンやバジル君達の方を見やったが、彼らは幸いモニターに釘付けで、やはりこちらには気づいていないようだ。

 

 

「____」

 

「____!」

 

 

XANXUSとミツ君が、戦いながら何かを言い合っているのがわる。

 

XANXUSが不機嫌になったように見えるけど……一体何を喋ってるんだろう?

 

流石にこの距離では声は聞こえないどころか、唇も読めない。残念ながら。

 

……俺の体は基本的にどこもそんなに良く出来ていないのだ。視力も聴力も中の下。

 

 

「兄さん! バジル君! あれ……!」

 

「!」

 

「零地点突破の構え!」

 

 

……俺がぼうっとしているうちに、戦いのフィールドはいつの間にか空中から地上に変わっていた。

 

一瞬、体勢を崩して、XANXUSがよろめいたその隙を狙って……ミツ君が自分の炎を素早くノッキングさせ、

 

見た事のある構え____零地点突破、それもファーストエディションの構えをとる。

 

 

「……死ぬ気の零地点突破!」

 

あ、と。

 

声を上げる間もなく……美しく透明に輝く氷が、XANXUSの全身を覆っていく。俺の時のように拳と足だけでなく、最初から一瞬で完璧な初代の再現だ。

 

……ファーストエディション。いや、“改”は俺とツナしか使えないから、彼のはただの『零地点突破』か。

 

 

それにしても、一瞬の隙をついてXANXUSを凍らせるなんて。

 

……やっぱりミツ君は強く、どこまでも優秀なようだ。

 

 

「ミツ……すげえ……」

 

「……そうだね。俺達の勝ちだ」

 

「うん……! これで、兄さんがボンゴレのボスにならなくて済む……!」

 

 

よかった、病弱な兄さんが危ない仕事に就くなんて、考えたくないし、とツナが安心したように笑う。

 

俺は心底安堵した様子の弟の頭を軽く撫でてから、モニターを見遣った。

 

リボーンもバジル君もコロネロもシャマルも、口々に勝利への喜びを口にしている。

 

 

……でもなんでだろう。

 

さっきからなぜか、超直感からの警報が……やまないのは。

 

 

「ボスっ!?」

 

 

モニターの中に、いくつかの人影が新たに映り込んだ。

 

どこからか駆けてきたベルフェゴールが、氷漬けにされた自らのボスを見て、愕然としたように叫ぶ。

 

そして次いで姿を現したスクアーロと山本が、XANXUSの氷像を目にして絶句しているのがわかる。

 

 

それから次々と晴、霧、雷の両サイドの守護者達が姿を見せる。

 

当然と言えば当然だが、全員が全員、氷の像とそのそばに静かにたたずむミツ君を見て、唖然としているのが視認できた。

 

 

「……集まったか」

 

 

ミツ君の問う声には守護はない。リングのことなのか、それとも守護者のことなのか。

 

……だがそれに答えるならば、どちらも『NO』だ。

 

リングはいくつかがヴァリアー側に渡っているし、そして守護者の中には雲雀さんがいない。

 

『恭弥さん』から『雲雀さん』になって、そのまま帰ったのだろう。入れ替わりで記憶が曖昧なら、彼がリング戦に関わる理由は彼の中にはない。

 

 

「そ、そんな……ボスが負けた、だと……!?」

 

「……」

 

 

愕然とした声を漏らすレヴィに冷たい視線を送ると、ミツ君はものいわぬ氷像となったXANXUSを再び見た。

 

怒りに顔には痣が広がっているのが、モニタ越しでもよく見える。さっきの言い合いで浮かび上がったのか。それとも違ったところで?

 

 

……まだあの言い合いの後に、ミツ君に何かを言われたのだろうか。

 

不機嫌だった気分をさらに降下させ、怒りの痣まで浮かび上がらせるようか、何かを。

 

 

「……勝負はオレ達の負けだ。ボスはお前でいい、田沢光貞」

 

「当たり前だろう」

 

 

淡々と答えたミツ君が、冷然とした表情でXANXUSを見下ろした。

 

レヴィは何か言いたそうではあったが、スクアーロは何か反駁をするでもなく、「そうだな」と頷いた。

 

 

「……家綱先輩のことは諦めたか。

あの人は身体が弱い、いくら恨んでいたとしてもこんな歪んだ重用は間違ってる」

 

「……よく回る口だなぁ、おい」

 

 

スクアーロが低い声で呟き、ミツ君が目を細めたのがわかった。

 

だが双方はどちらもやはり無言のまま時は過ぎ、やがてスクアーロがXANXUSを見遣ると後ろの幹部達に「おい」と声を掛ける。

 

 

「家綱をボスに出来なくとも、結局オレたちのボスはこのクソボスだぁ。とっとと連れて帰るぞぉ」

 

「ししっ、言われなくたって」

 

「わかってるさ。そのためにまた集まったんだからね」

 

ポールを倒すことに積極的になることで、リングの所有権をものにしたヴァリアーの幹部達。

 

中にはクロームのようにリングを自ら譲った者もいるが……ともかく、ここには『零地点突破』の氷を溶かすことの出来る材料が集まったわけだ。

 

ミツ君は再び目を細めるが、近づいてくるスクアーロやヴァリアーの幹部達を警戒することはなかった。ただその場に静かに佇み、冷静な瞳で事態を見守るだけだった。

 

 

____そして、リングが、炎を灯す。

 

色とりどりの死ぬ気の炎……やがて、『覚悟の炎』と呼ばれるようになるそれで、当たりが仄かに照らされる。

 

 

それを見て観覧席は騒然となるが、ツナは違う意味で驚いたようだった。

 

 

「あ、あれ……オレがやってた修行の」

 

「綱吉殿? リングが燃えるあの現象をご存知なんですか!?」

 

「えっ? あ、ううん! なんでもないんだ、気にしないで!?」

 

 

慌てて誤魔化したツナが、俺の手のひらの中にある特殊ボンゴレ匣をそっと見下ろした。

 

あんまり言うなってこと、覚えてたみたいだな。よかったよ。

 

 

……顔を上げると、丁度XANXUSの氷が溶け出したところだった。守護者たちもそれを目を丸くして見つめている。

 

勝敗は決した。 そして今回はヴァリアーは負けを認めた。

 

これで全ては、一件落着。

 

 

____そのはず、だった。



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シナリオ

____氷が全て溶け切った、その刹那。

 

目を大きく見開いたXANXUSが……その血赤の双眸に苛烈な殺意を滲ませた。

 

その殺気に思わず息を呑んだその時。彼は手にしたままの銃を、ミツ君に向けた。

 

 

「ふざけんのもいい加減にしろ!!

 

死ねドカスがッッ!!!」

 

「っな……!!」

 

 

どどどう!!! と。

 

銃口から放たれたファイヤーオレンジの濁流に、ツナが呆気に取られたように目を瞠った。

 

まだ余力を残しているらしいミツ君はそれを危なげなくひょいひょい、と避け、攻撃を加えてきたXANXUSを睨みつけた。

 

双方の殺気が激突する。

 

 

(どういうことだ、一体何が起こってるんだ……!?

XANXUSはボスを継げない、負けを認めることに異議はない、それでどうしてXANXUSはミツ君にこれ以上攻撃を加えた!?

 

ここでほぼ勝利の決まった彼に攻撃を加えるなんて、ただの反逆行為だ!)

 

 

……そんなこと、XANXUSだってよくわかっているはずだ。

 

XANXUSの血筋云々はともかく、彼は既にチェルベッロ機関の前で『沢田家綱をボスとして擁立する』と宣言しており、脆弱な俺のボス継承の適性なんて、審議するまでもない。

 

勝ちはミツ君で、次期ボスもミツ君で決定的だ。

 

それなのに、何故?

 

何故XANXUSは、痣を浮かべてまでして怒ってるんだ……!?

 

 

「おいXANXUS、何のつもりだ。今ここでの俺への攻撃は、反逆行為だぞ」

 

「何のつもりだだと……!? 馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!! カッ消す!!」

 

「聞く耳を持たないな……」

 

 

呟いたミツ君が、モニターの中で僅かに俯いた。ここからでは暗くて顔の様子は見えない。

 

ふと、嫌な予感がした。刺すような嫌な予感だ。

 

そして「____」と一言二言何かを囁き、XANXUSの目が更に見開かれるのが一瞬、見えた。

 

 

ミツ君のグローブが輝き、オレンジの炎が燦然と輝く。

 

 

……まずい、このままじゃ。超直感が赤色の警告を発している。この二人を止めなくては、大変なことになる!

 

 

俺は「チェルベッロ!」と外の二人に声を掛けた。

 

ヴァリアーがXANXUSのボス就任に拘っていない以上、あの時のように細工はされていないはずだ。

 

しかし。

 

 

「ダメです! 開きません……!!」

 

「なんだって!!?」

 

 

 

____モニターに映らない影の中、次期ボスの少年は僅かに口角を上げて、笑む。

 

____『ヴァリアーの残りのことは任せろ。俺が責任もって……滅ぼしてやるから』

 

 

 

 

「これでようやく、邪魔なお前を合法的に消せるよXANXUS。シナリオ通りの役目ご苦労様」

 

 

 

 



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羽の檻

目の前で、ミツ君とXANXUSが戦いに舞う。

 

しかしまだまだ余力を残しているミツ君に対して、一度零地点突破を食らったXANXUSの疲労度が大きいのは一目瞭然。

 

完全に押されている。……いや、それはいい。XANXUSが負けるのは構わない。

 

だけど、違う。嫌な予感がする。超直感が告げているのは____敗北の後に待っている“何か”だ。

 

 

「ミツ!」

 

 

ツナの叫び声。……同時に、ミツ君が膝をついて動けなくなったXANXUSに向かって、掌を向けた。

 

オレンジ色の炎が、みたびグローブに灯る。明滅し、不穏に周囲を照らす。

 

 

……XANXUSが。

 

殺される?

 

 

「……、フェイ!」

 

 

瞬間、俺はツナの持っていた特殊ボンゴレ匣を手にし、指輪に炎を灯した。

 

リボーンが何かを言う前に、動け。不信感を抱かせるより早く。俺にはそれが出来るはずだ!

 

 

「……センサーを、壊せ!」

 

 

____さあ 包み容す子よ(Ora avvolto capacit・ di bambino)____

 

 

透明な羽根の時とは比べ物にならないほどの、眩しい茜色の光が漏れる。

 

……想像するのは、ヒクイドリに似た、体長小さめの赤い鳳凰だ。

 

俺の想像の通りに顕現してくれる、俺の忠実な……黎明を現す炎の幻獣。

 

 

……赤外線センサーの基本原理は、被検知物体が放射する赤外線を受け取った受光素子が、赤外線を吸収することにより起こった温度上昇を、温度センサで読み取り、電気信号に変換することで赤外線を検知している。

 

最先端の生命工学により生み出された、意思を持つ兵器は、体表面が赤外線による温度上昇など起こさない。

 

 

「フェイ、外からでいい。爆破させないようにだ、頼める?」

 

『この程度の細工。どうということはありません』

 

 

微かな声とともに、一瞬で赤い鳥が赤外線の檻をすり抜ける。

 

誰の視界にも止まらないように____迅速、かつ、正確に。

 

 

「ツナ、フェイがセンサーを壊した瞬間、2人を止めてきてくれ。ミツ君にはまだ、XANXUSを殺す権利はないんだ」

 

 

俺は隣の弟を振り返り、小さい声で鋭く言った。

 

ツナは面食らったような顔をして、俺をまじまじと見つめる。

 

 

「それはわかるけど……って、え!? オレが行くの!?」

 

「俺が行ったら角が立つだろ! グローブを出して。お前が行くことに意味があるんだ」

 

 

ミツ君を止めなきゃ。

 

彼の友達はツナだ。ツナが動くことに意味があるんだ。

 

 

 

 

 

____そろそろ終わる。決着が付く。

 

オレンジ色の炎が交差するグラウンドで、光貞は密かに口角を上げた。

 

第2候補の沢田綱吉ではなく、病弱で候補にすらなれなかった沢田家綱を擁立した暗殺部隊ヴァリアーのボス、XANXUS。

 

目の上のたんこぶ、というより彼は、光貞にとって横に並ぶ邪魔な存在だ。

 

兄の方をボスに推したXANXUSの思惑は未だにわからないままではあったが、それはそれでもういい。

 

当の本人がボスになることを望んでいなければ、自分の目的の大した障害にはならない。

 

 

____完璧だった。

 

賢そうに見えて、中途半端に愚かなXANXUS。

 

真逆ここまで自分に都合よく振る舞ってくれるとは、全く愉快で笑えてくる。

 

 

(……“あの人”の言った通りだ。この世界はなんて愚かで、愉快なんだろうな)

 

 

何も知らないままで、ただの敵としてあればいいものを。始末される理由を、よく考えもせず自分で作ってくれたのだ。

 

……ああ、ああ、実に素晴らしい。

 

まずひとつ。自分の覇道のための、第一歩だ。

 

 

「さよならXANXUS。俺にとって、好都合な死を」

 

 

膝をついたXANXUSに、掌を向ける。

 

彼が血赤の瞳を閃かせて何かを言おうと口を開けるが、光貞はそれを顧慮することはなかった。

 

 

しかし。終わりだ____と。

 

そう思った、その刹那。

 

 

「……だめだっ、ミツ!」

 

「ツナ……!?」

 

 

一際美しいオレンジの炎が空を駆けたかと思うと、光貞の前には綱吉が立っていた。

 

形状は違うが黒いグローブに、額には炎。

 

指に嵌めた偽物のはずの大空のボンゴレリングとその手には、何故か光貞と同色の炎が点っていた。

 

 

「どう、いうことだツナ……」

 

 

何故綱吉が、ここまで見事なハイパー化を。リボーンもついていないのに、家綱がダメダメだった彼をここまで育てたというのか。

 

そしてその指の炎はどういう理屈だ。こんなもの、……知らない。

 

 

(“あの人”は基本的なこと以外、何も言わなかった……だから知らないだけか?)

 

 

しかし綱吉は、光貞の尋ねたこととは違うように質問を解釈したようだった。

 

琥珀色の瞳を鋭く眇め、まっすぐに光貞を射抜いてくる。

 

 

「……ミツ、だめだ。XANXUSを殺すな。確かにリング戦は終わった、ボス候補はミツで決定だ。

 

でもここでXANXUSを殺すのは越権行為だ。ボス候補は、あくまで候補にすぎないんだから」



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まだ

_____一体どういうことだ、と。

 

観客席は俄に騒然となっていた。……それも当然だろう、と俺は思う。

 

ツナの成長は俺以外は殆ど誰も知らず、知っていたとしても途中まで修行に付き合ってくれていたバジル君だけだからだ。

 

 

とりわけ、特殊弾を預けてくれていたものの、通常の死ぬ気化状態しか知らないリボーンは、ミツ君と同色の炎を額に灯し、見事な琥珀色の瞳をしたツナを唖然としたように見つめている。

 

 

ツナは、その手でミツ君のXANXUS殺害を止めていた。

 

彼を止める口上こそ俺が仕込んだものだが、その威風堂々たる態度も意志を秘めた双眸も、全て彼自身のもの。

 

それにツナの性情が人一倍甘い、というのは周知の事実だ。ここでツナが動くのに不自然な理由など存在しない。

 

 

そのフィールドでは、他を圧倒する『王』であったミツ君。

 

そこに現れたツナは……喩えるとするならさながら、王を継承するはずの王太子の前に現れた、新たなる王位継承者のようで。

 

 

「ミツ。だからこれ以上はダメだ」

 

「ツナ……」

 

「これは次のボスを決める、リング争奪戦だ。反逆者を処罰する場所じゃない。

……それに」

 

 

悪いのが誰であったとしても、と、ツナは静かに目を細めて呟いた。

 

 

「……オレは、理由がなんであれ、ミツが手を汚すのには早すぎると思う」

 

「……!」

 

 

リボーンが眉をひそめ、バジル君がハッとしたように目を見開き、シャマルやコロネロが苦く笑って肩をすくめる。

 

誰も何も言わなかったが、その場に流れる空気が、『白マフィアボンゴレ』として、ツナの主張が“正解”のものであると承認したようだった。

 

 

そうだ。ミツ君もツナもまだ中学二年生。

 

いくら境遇がこんなものであるとはいえ、突然裏社会に巻き込まれた2人が、裏社会に染まらなくてはならない道理など、どこにもないのだから。

 

 

ミツ君はいくばくか不満そうに顔を顰めたが、やがてツナの目を見返した。

 

 

「……ああ、」

 

 

声を低め、自分の拳を見て、それから息も絶え絶えに蹲るXANXUSを見下ろす。

 

そしてため息をつくと……「そうだな」と呟いて、自らの手を下ろした。

 

 

 

_____結論から言えば、リングはミツ君を拒むことはなかった。

 

わかっていたことだ。彼は沢田家康……つまりプリーモの次男の家系。ボンゴレの血は受け継いでいる。

 

……彼には資格がもともと存在していた。

 

たとえイタリアの本家と比べれば、同じ直系卑属でも極東の亜流と呼ばれる沢田家、それのさらに傍流の家系でも、少なくともXANXUSよりは受け継いでいる血が遥かに濃いのだから。

 

 

(でもなんでだろう……少しだけ、複雑な気分だ)

 

 

XANXUSは昔の俺が、『弟もボスに相応しい』と告げたと言っている。

 

だが彼は、俺こそがボスに相応しいと言ってリング戦に臨んだ。

 

『俺の時』には存在していなかった、八年間……。そこで彼は、もう既にリングが自分を受け入れないことを知っていたんだ。

 

今回、モスカに9代目を入れたのは……“そこまでしてミツ君をボスにさせたくない何か”があったんじゃないのか。

 

……XANXUSがセコーンドの血を引いている可能性がある以上、そんな考えが思考をよぎる。

 

 

(俺だって、嫌な予感は……)

 

 

そして。XANXUSはミツ君の了承もあって、本国で処遇が決まることになった。

 

あの9代目のことだ。……きっとまた八年前のように、彼を謹慎で許すことになるだろう。

 

そうだ。今回は、彼は誰も殺していない。

 

 

(……だめだ。考えるのはよそう。ミツ君は今回、正式なボス候補になった。時間が残り少ない俺が、何を考えたって……)

 

 

そこまで考えて、俺の脳裏に誰かの言葉が浮かんだ。

 

重く響く、贖罪を求める様な、腹の底に沈むような声。

 

 

_____“君のそれは、目を逸らしているだけだ”_____

 

 

「家綱」

 

「っ、」

 

「お前は、死ぬのか」

 

 

思考から戻ってきて、はっと顔を上げると……そこには、ディーノさん達に包囲されたままの、ヴァリアー隊員たちが俺を見ていた。

 

硝煙の臭いが、戦いの気配がわずかに漂う校庭。

 

俺はXANXUSの問いに目を細めると……「わからない」とだけ答えた。

 

 

「俺の寿命は残り一年。それはどうやら決まってるみたいだ。……でも」

 

 

そうだ。まずは、わからない自分の過去を。

 

それから、まだ“前世”と繋がりのある『俺』が、そこから逃げたことを。

 

全て解決しなければ……まだ。

 

 

「俺は、まだ、死ぬわけにはいかないよ」



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白蘭

____XANXUSが本部へと連れていかれ、俺達には一時的な平和が戻った。

 

 

勿論これからの騒動を考えると、平和なんて続かないということはよくわかっていたけれど、やっぱり心を休める時間は必要だと思える。

 

 

そしてツナは俺の寿命が残り僅かであることを、母さんに明かすことをしなかった。

 

それを報せることが、彼女の精神的負担になることを知っていたからだ。

 

情報ソースが雲雀恭弥であったことで、もちろん信じてはいるようではあったけど、母さんが俺のかかりつけの病院でそのことを聞いているかは定かではなかったから、いい判断だっただろう。

 

 

____そして翌日。

 

ランボの退院祝いと、『相撲大会』の勝利を祝うパーティーが終わって。

 

了平がいるのに、何故か俺は友香を家まで送っていくことになった。

 

 

……うう、隣を歩くのがすごい気まずい。

 

パーティーでは笑顔を作っていたのだろう。今は悲しげな表情をしている友香から『話して』オーラがひしひしと感じられる。

 

 

「……いっくん」

 

「は、はい!」

 

 

何が『は、はい!』だ。叱られる子供か。

 

俺は友香の呼びかけに背筋を伸ばして反射的に返事をしてから、自分に呆れ返る。

 

これでは他人様に言えないような後ろ暗いことをしていたのが見え見えじゃないか。元マフィアボスが聞いて呆れるな。

 

 

(しょうがないんだ、うん。俺は昔から、京子とか友香とか、笹川家の女子に弱いんだ。

 

だって京子は“俺”の最愛の奥さんだし、京子にそっくりな娘の梨奈は俺の天使だし、友香はそんな俺の妻に本当にそっくりなんだから)

 

 

「いっくん、ちゃんと聞いてる?」

 

「……ごめん、聞いてない……」

 

 

ちょっとばかり咎めるような色が声に混じり、俺は素直に謝罪する。……思考が違うところへ飛んでいた。

 

友香は「もう」と言って少しだけ笑うと、再びどこか悲しげな顔になった。

 

何が彼女をそんな表情にしているのか、なんて。……考えずともわかるだろう。きっと俺のせいだ。

 

……『沢田家綱は寿命残り1年』、そう告げられた俺やツナの動揺を感じ取ってしまったんだろう。

 

兄の了平に似て天然なところもあるものの、彼女はそういうことろは妙に鋭いのだ。

 

 

「……いっくん、大丈夫?」

 

 

何が、という主語はなかった。

 

でも、何であれ俺がする答えに否定の言葉は存在しない。

 

 

「……大丈夫だよ、友香」

 

 

 

 

 

 

____パーティーが終わって、家に帰って。

 

明日の宿題をさっさと終わらせてしまおうと部屋に戻った時に、“そいつ”はそこにいた。

 

 

「やっほー、綱吉……じゃなくて、“家綱”クン♪」

 

「びゃ……白蘭」

 

 

この時代の、つまり“過去”であり“未来”の白蘭。

 

若々しい顔にいつもの掴み所のない笑顔を浮かべて、彼は窓の縁に座ってこちらにひらひらと手を振っていた。

 

 

「なんでここにいるんだよ、お前……」

 

「リング戦の様子を聞こうと思ってね♪ 終わったんでしょ、リング戦。やっぱり勝ったのは“イレギュラー”クンの方?」

 

「……そうだよ」

 

 

こいつの言う“イレギュラー”と言うのがミツ君だということがわかった俺は、すぐに頷いた。

 

白蘭は一言ふぅんと言うと、「やっぱりね」と胡散臭く笑った。

 

 

「わかってたのか?」

 

「いや、なんとなくだよ? 完全には知らなかったよ。

 

でもボクが以前イタリアに行って、君にあげるための大空のリングを手に入れた時、XANXUSクン寝てなかったみたいだったからさ♪

 

これは何かあると思うでしょ。だからXANXUSクンってここでは、ボス狙ってないんじゃないかなって思ったワケ♪」

 

「……それにお前の近くにはユニもいるしな」

 

「そうそう♪」

 

 

正確には彼女も“この時代の”ではなく、“俺の知る”ユニだ。

 

俺がボンゴレから『死という手段』で逃げ出したことを知っている、大空のアルコバレーノ。

 

 

「……それとお前に聞きたかったことなんだけどさ」

 

「何かな?」

 

「俺の寿命が残り1年を切ってること。……お前は知ってたのか?」

 

 

そこで初めて、白蘭は顔色を変えた。

 

笑顔を引っ込め、みるみるうちに鋭い表情になる。

 

 

「……何それ、ボクは知らないよ」

 

 

「そうだったのか? てっきり知ってるから、いろいろ助けてくれたのかと思ってたんだけど」

 

「そういう訳じゃ……ヒバリちゃんがそれを知ってたってことは、奥さんのあの子が彼に推測を伝えてたのかもしれないな。

 

君に時間がないかもしれないってことは、ボクもユニも承知してたから」

 

「……どういうことだよ?」

 

 

俺が目を細めると、白蘭は低い声で言った。

 

 

「君はやっぱりこの世界の『沢田家綱』ではなく、あの世界の『沢田綱吉』かもしれないってことだよ。

 

君は『死ぬはずだった沢田家綱』の体に入った、魂じゃないかっていうね」

 

「死ぬはずだった……『沢田家綱』? 俺は、『沢田家綱』として生まれたわけじゃなくて、もともと死ぬ予定だった体に、“俺”の魂が入り込んだってこと?」

 

「そういうことになるね。……これは(名前)チャンの考えだけど、『沢田家綱』は今ここにいるはずがない存在だった。

 

けど、君の魂……ボンゴレボスとして何十年も生きた君の魂が入り込んだことで、『沢田家綱』は存在することになった」

 

「もともと……この体は、死ぬはずだったのか……?」

 

 

俺が『沢田綱吉』なのか、それとも『沢田家綱』なのか。

 

それは俺自身にもまだよくわからない。……だが、一つだけ言えることがある。

 

俺達の参謀である彼女の推測が……外れることなどないのだ。

 

 

「……断言することはできないけどね。まあ一つ言えることは、君がこの世界にいることには、何か大きな『陰謀』が絡んでいるかもしれないってことさ」

 

「『陰謀』……」

 

 

白蘭は神妙な顔で頷き、窓の外に視線をやった。窓の外にはただ漆黒の闇が拡がっている。

 

俺は目を細めると、拳を握りしめた。

 

 

「これから君は、未来に行って未来のボクと対峙するだろうね。

 

でも“敵”は未来のボクだけじゃないかもしれない」

 

「……どういうことだ?」

 

「それはまだわからない。ボクもあれから向こうに戻ってないし、詳しくはわからないよ。何か知ってるならヒバリチャンか……」

 

 

白蘭はそこで言葉を切って、俺を見た。

 

 

「……とにかく、君はこれから周囲に警戒した方がいいと思う。君のかつての『ファミリー』は、この世界でも次期10代目ファミリーになった。

 

展開される『陰謀』をどうにかできるならたぶん、それは綱吉クン……君だけだ」

 

「…………」

 

 

そこまで言うと、白蘭はいつものつかみどころのない笑顔に戻り、「じゃっ♪」と片手を上げた。

 

どうやら出ていくようだ。

 

 

「何かあったら教えてよ。ボクも戦いの力になるからね♪」

 

「うん、白蘭。ありがとな」

 

 

窓から飛び降りて、背中に生えた羽をはばたかせて消えていく白蘭の背中を見送り、俺はそのまま窓を閉めた。

 

 

「陰謀、ね……」

 

 

それを聞くと、どうしても俺の頭の中に蘇る名がある。

 

『アルベルト・ル・ヴェーネレ』……。

 

そいつの意図が絡んでいる気がして、ならないんだ。

 

 

 



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第四章 激動
はじまりの合図


「兄さん! 兄さん!!」

 

「……どうしたんだ、ツナ?」

 

 

ランチアさんとバジル君がイタリアへ帰国してから、数日が経ち。

 

リボーンは“いなくなって”いるし、慌てた様子のツナを見て……俺は何があったのかを悟った。

 

 

「兄さん! リボーン知らない!?」

 

「リボーン? ……ああ、そういえば最近見てないかもしれない」

 

「あいつ1回、ランボの10年バズーカに当たったんだ!! でも5分経っても帰ってこなくて……!

 

どっか遊びに行ってんのか、それかミツの家にいるのかと思ってたけど、ミツもビアンキもフゥ太も何も知らないらしくて!」

 

 

慌てた様子のツナの首には変わらず、ボンゴレリングによく似たAランクの大空のリングがチェーンに通して掛かっている。

 

白蘭の言う通り、こちらの世界でもこの展開はすぐに起きたようだ。……まあリングがあるんなら、それなりに何とかなるか。

 

 

「……獄寺君や山本には?」

 

 

「聞いてみたけど知らないって……探してくれるみたいだけど。

 

……ランボが原因なんだから、ランボに聞いてみたらってなって、家に戻ってきたんだ。でもやっぱり兄さんも知らないかぁ……」

 

 

肩を落とすツナに俺は眉を寄せた。

 

……これから起こることを、ツナに話すことは出来ない。正一君に接触することも出来ない。

 

未来には行かなければならない、と超直感が告げている。……それが何故かはわからないが、恐らくは、どうして“俺”がここに居るのかを知るために。

 

 

「じゃあまずランボに話を聞いてみればいいだろ。それからは俺も一緒に探すからさ」

 

「ダメだよ兄さんはおいそれと外出しちゃ!! 最近体調悪いんだろ!!」

 

「いや、別にそこまで言うほどじゃ……」

 

「とにかく!! 無茶はダメだから!!」

 

 

バシッ!! と言い捨てて、ツナはランボの元へ向かっていく。

 

な、なんかツナ、やっぱり母さんに似てきたよなぁ。……俺も昔はこうだったんだろうか。

 

ため息をつき、俺は手元の単語帳に目を落とした。最近はやることも無くて手持ち無沙汰だったけど、これからまた忙しくなるんだろうな。

 

そういえば、未来には、友香も連れていかれるのかな。……どうなんだろ?

 

 

――そんなことを考えていると、バズーカの弾が何かに当たるような音がした。

 

 

「!」

 

 

今のは……ツナが弾に当たった音か。

 

俺は椅子から立ち上がると部屋から出て、ツナの部屋に向かう。

 

扉を開けると、部屋の中にはもうもうとピンク色の煙が立ち込めていて、ランボがびっくりしたように硬直していた。

 

 

「ランボ、ツナは、」

 

「あ……ら、ランボさん悪くないんだもんね!」

 

 

俺が声を掛けると、ランボは叱られると勘違いしたのか、慌てた様子で俺の脇をすり抜けて階段を降りていった。

 

別に叱るつもりはなかったんだけどな。……まあ、あの状況なら無理もないか。

 

 

 

「とりあえず友香とは一緒に行動した方がいいかな……」

 

 

 

確か了平が入れ替わるのはかなり先、メローネ基地潜入作戦が終わった時だったよな。

 

 

……それまであいつは消えた守護者たちを探して日本を回っていたみたいだから、必然的に数日のあいだ(向こうでは1ヶ月以上だが)、友香は無防備になる。

 

 

10年後に彼女が連れていかれるのは、ほぼ確定と言っていいだろう。

 

 

それなら、あっちに行って友香を守れるように、常に近くに居た方がいい気がする。

 

 

 

「じゃあ早速笹川家に行くかぁ……」

 

 

 

友香と京子ちゃんが一緒に居ればなおよし。

 

2人をまとめて守ることが出来るし、怖い思いをさせなくて済むだろう。

 

 

 

……そのまま1階に降りて、友香の家に遊びに行くと、俺はキッチンにいる母さんに告げる。

 

体調を心配する声が返って来たけど、そこは「今日は調子がいいから」と誤魔化した。別に嘘はついていない。ちゃんと薬も持ってるし。

 

母さんは、俺の寿命のことを知らないからな。まあそこは好都合だ。言い方は悪いけど都合がいいことには変わらない。

 

……そう言えば父さんは嵐戦の頃にはもうイタリアに帰っていたけど、俺の寿命のことは知っているんだろうか。

 

 

「疑問は残りまくりだな……」

 

 

向こうの世界で白蘭に『殺された』のは、俺か、ツナか、それともミツ君か。

 

“俺”は十中八九死んでるだろうけど、ツナは生きているだろうか。

 

事態もややこしくなってそうだ、この時代の白蘭はほとんど何も言ってくれなかったけど、未来に行くのは面倒だ。本当に。

 

でも避けられない未来なんだろうな、とため息をつく。

 

 

「……ん?」

 

 

家の敷地を出て。……超直感が嫌な警報を鳴らした。

 

と、思うと、次の瞬間……俺は10年バズーカの弾らしきものに当たってしまった。



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再会

げほ、げほ、げほ。

 

無用意に煙を吸い込んでしまったために、激しく咳き込んだ。……煙はボロボロで脆弱な体には辛い刺激だ。

 

目の前のピンクの煙が晴れていくのを眺めながら、今回は棺桶ではないようだと気づいた。

 

棺桶の中で煙が晴れることはない。

 

 

 

……しばしばする目を擦り、俺は顔を上げた。

 

そして、目の前に広がる光景は。

 

 

 

「……並盛神社の、裏の森……?」

 

 

 

見たことがある。見覚えがありすぎる。どうやらまだ昼間のようだから、まだツナとミツ君にエンカウントするこたはないだろう。

 

よいしょ、と立ち上がり、俺は眩暈のする頭を振った。時空を超えた見えない歪みと衝撃に、身体は参っている。

 

ここが裏の森なら、並盛神社……つまり雲雀さんのアジトが近くにあるはずだ。

 

早く屋根のある場所で休まないと、そのまま野垂れ死にするかもしれない。

 

 

「俺はアルコバレーノじゃないけど、非7³線が俺に有害じゃないっていう保証はない訳だし……」

 

 

ノン・『トゥリニセッテ』ということはつまり、別にアルコバレーノの呪いにだけ限ることはないはずだ。

 

『あの時』はなんともなかったが、少なくともブラッド・オブ・ボンゴレを受け継いでいることには変わらないのだ、大丈夫だと確信できる理由はどこにもない。

 

 

「……げほ、」

 

 

息苦しさを感じて咳き込むと、手には唾液にまじって赤い血が零れた。

 

まずいな。想像以上にこの時代に来ることで体がやられているらしい。

 

……身体の何処が悪いのか、具体的には俺には分からない。もちろんここに来ていきなり具合が悪くなった原因も。

 

 

「っ、」

 

 

……本格的にまずい。

 

目の前がみるみるうちに暗くなっていき、体に力が入らなくなる。

 

膝をつき、俺がそのまま地面に倒れ込むのに、さして時間は掛からなかった。

 

 

 

「く……どう、すれば……」

 

 

 

これから夜になれば、山本の匣によって雨が降る。そうなったらさらに困る、このまま死ぬわけにはいかないのに。

 

でも、力が入らないのは本当のことで。

 

……俺は闇に抗う術なく、そのまま気を失った。

 

 

 

 

「____恭さん! もしやこの人は」

 

 

「____いいから運びな」

 

 

 

 

 

 

 

 

____こ、こは……。

 

 

眠りから覚め、ぱちりと目を開け、幾度か瞬きをする。……一番最初に目に入ってきたのは、日本家屋の天井だった。

 

次いで自分が寝かされている場所が、フカフカの布団だということがわかった。手触りが素晴らしい、高級の羽毛布団だ。

 

 

「ってか……広くね?」

 

 

体を起こして辺りを見回すと、自分が寝ていた場所……見事な和室の中央なのだが、隣の部屋とこの部屋を遮るための襖や障子がやたらここから遠い。

 

見たことがあるような、ないような場所。藺草のにおいがなんとなく心を落ち着かせるが、誰が助けてくれたのか。

 

窓がないから今がいつなのか全くわからないが、ここはいったい何処なんだろう?

 

 

(……いや、多分ここは……)

 

 

俺が倒れた並盛神社からそう離れていないだろう。それなら恐らく、

 

……と、そこまで考えた時だった。

 

 

「……お目覚めになりましたか?」

 

 

音もなく襖が開き、黒いスーツに見覚えのあるリーゼントが中に入ってきた。

 

やはりここは風紀財団のアジトかと思いつつ草壁さん、と呟くと、彼は少しだけ悲しげな顔になり「お久しぶりです」と言った。

 

……お久しぶり、と、いうことは。

 

 

(やっぱり俺、この世界ではもう死んでるのか)

 

 

わかっていたことだけど、面と向かって言われたら大分心に来るものがあるな。

 

苦笑をこぼし、俺も「お久しぶりです」と返した。

 

 

「草壁さんが助けてくれたんですね。ありがとうございます」

 

「いえ、恭さんのご指示です」

 

「雲雀さんが? それはちょっと意外ですね」

 

 

……ってほどでもないか。

 

この世界の雲雀さんは少しだけ温和なところもあったりするし、もしかしたら彼は『恭弥さん』だったのかもしれない。

 

まあ、この時代の雲雀恭弥に、『恭弥さん』が発現するのか否かはわからないが。

 

 

「ええと、草壁さん。ここは?」

 

「ああ……ここは雲雀、そして我々のアジトとなっています。

 

今は雲雀を長に置き、風紀委員会を基盤とした地下財団を設立していますので、その基点とあうわけですね」

 

「そんなもの作ったんですね」

 

 

まあ、あの時も雲雀さんならやりかねないと思った訳だが。

 

 

「それで雲雀さんはどこに? お礼が言いたいんですが」

 

 

「____ここだよ、沢田家綱」



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二つの死

俺の声に応えるように襖の奥から姿を現したのは、黒い着流し姿の雲雀さんだった。

 

大人になった恭弥さん。……彼を見ると昔を思い出して、郷愁の念を覚える。

 

彼はどういう心境なのか判断のつかない無表情で部屋の中に入ってくると、俺のいる布団の横に腰を下ろした。

 

 

「ええと……お久しぶりです? 雲雀さん」

 

「そうだね」

 

「あと、助けていただいてありがとうございました。あのままだと洒落じゃなく死んでましたよ」

 

「だろうね」

 

 

……うぅん、なんというか、やっぱり淡泊だよなぁ……。

 

 

「すみません、迷惑をかけて……あの、弟を知りませんか?」

 

「君の弟。……沢田綱吉のこと?」

 

 

そうです、と頷く。

 

とはいえ本当は、行方にあたりはつけている。

 

“前世”では、俺はラル・ミルチと会ったあとに、この時代の山本にボンゴレの地下アジトまで案内してもらったんだ。

 

ミツ君とツナが行動を共にしているのなら、おそらくツナもアジトに着いているはずだ。

 

それか、きっとこの時代ではツナは生きているはずだから、入れ替わった瞬間にアジトに来ているかもしれない。

 

 

「……彼なら、死んだよ」

 

「こいつもこの時代に来たと思うんですけど。10年バズーカの故障なら、きっとあいつもまだこの時代にいるはずなんです、

 

…………えっ?」

 

「ああ、過去のが来てたのか。なら知らない。隣に君達ボンゴレのアジトがあるから、そこにいるんじゃないのかい?」

 

 

死ん、だ……ツナが? どうして?

 

おかしいだろ? だって、ここで“死んで”いていいのは、寿命が尽きて死んでいるはずの俺と、ミルフィオーレとの会談に出席し、特殊弾で仮死状態になっているはずのミツ君だけじゃないか。

 

 

「どうして……たしかに俺は死んでるだろうけど、なんで、」

 

「君も病死じゃないかもしれない。……病死ということになってるけど、真相は誰も知らない。

 

そして沢田綱吉は、数年前に殺された。何者かにね」

 

「……そんな、」

 

 

殺された? ツナが? ……一体誰に。

 

……さっきから頭の中に拡がる嫌な予感はなんなんだ。『また逃げるのか』、そう言う恭弥さんの声がリピートするのはなんでだ。

 

 

「田沢光貞は最近殺されたばかりだよ。ボンゴレと敵対する組織が出てきて、そこの頭に不意をつかれてやられた」

 

「……ボンゴレと敵対する組織」

 

 

やっぱりそこはミルフィオーレだろう。彼は一応白蘭に会いに行ったわけだ。

 

俺が黙り込むのを見て、ふと雲雀さんは「ああ」となにかに気づいたような声を漏らした。

 

 

「……沢田綱吉は『殺された』という証拠があるわけじゃない。僕がそう思ってるだけさ」

 

「証拠がない? ……ってことはあいつは、事故に似た死に方をしたんですか」

 

「そう。ボンゴレリング、わかるでしょ?

 

……彼があれを砕いた後に、ボンゴレ主宰のパーティーで、落ちてきたシャンデリアの下敷きになって死んだんだよ」

 

 

ボンゴレリングを砕いたことへの恨みがあった人間の作為としか思えないでしょ、と。

 

雲雀さんは静かに青灰色の目を瞬かせる。

 

 

「ツナが、ボンゴレリングを……?」

 

 

「そう。田沢光貞や獄寺隼人をはじめとした反対勢力も多かったしね。恨みを買っていたとしてもおかしくないよ。

 

……僕は別にあんなのなくても強いし、関係なかったけど。ボンゴレの人間は今になって本格的に焦ってるようだよ、敵が出てきたから」

 

 

争いがないことを望んだ、のか。やっぱりツナは。……前世の時、未来に行った時の俺が、そうしたように。

 

それにしても、この彼はよく喋る。……声色から感じられる感情に、苛立ちや後悔が見えるのはどうしてだろう、

 

俺に何かを伝えようとしてるのか?

 

 

「……もしかして雲雀さんは俺のことも、誰かに殺されたと思ってるんですか?」

 

「さあね。……ただ、君は妙なものを残して死んでいった」

 

「妙なもの?」

 

 

雲雀さんは無言で頷いた。……彼は少なくとも今、それが何かを教えるつもりはないようで、ただそのままゆっくりと瞬きをした。

 

 

「……君や君の弟は、今の敵の頭と交流があったんじゃないかと噂されてる。

 

君達兄弟の死に、ボンゴレの上層部の関与を疑うのもおかしくないだろうね。ボス猿も、六道骸も」

 

「XANXUSに、骸も他殺を疑ってる……?」

 

 

少なくともあいつらは、『俺の時』よりも俺の味方に近い立ち位置にいる、と思う。

 

物凄い嫌がらせを受けたけど、XANXUSのあれはよく考えれば、前世の時の殺伐とした対立よりはずっとマシだろう。

 

……それに、ボンゴレの上層部の関与って、それってつまり。

 

 

 

 

「____雲雀さんは、“誰を”疑ってるんですか?」

 



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逃げたんだ

聞いた直後、……少しだけ後悔した。

 

聞かなかった方がよかったかもしれない。……それは越えてはならない一線だったのかもしれない。

 

超直感は、相変わらずどちらにかわからない警報を鳴らし続けている。

 

いや、むしろ、どちらも、と言えるかもしれない。

 

これからの激動を知りたくないのなら聞いてはいけない、という警告と、

 

それから危険を回避するために一線を越えなければならない、という警告。

 

矛盾の中で、頭がパンクしそうなほどに嫌な予感が心に降り積もって、正常な思考を隠してしまう。

 

 

「……どうだろうね」

 

 

……ただ、俺の焦りなど歯牙にもかけず、ただ雲雀さんは軽く視線だけを寄越すと、さっと立ち上がって、扉の前に控えていた草壁さんを促し、外に出て行ってしまおうとする。

 

まずい。このまま行かれては、何がどうなっているのか、把握できないままだ。

 

 

「雲雀さんっ」

 

「……今度はなんだい?」

 

「俺が残した“遺言”……いつになったら、教えてくれますか」

 

 

……やっぱり、知らなければならない。何かが崩れる前兆になったとしても。

 

そこに、俺がここに来た理由が何か関係があるのなら。

 

ツナや俺の大切な仲間たちが、傷つけられたり殺されたりする理由となるのなら、あるいはそれを避けられる理由となるのなら。

 

 

“逃げて”いてはいけないのだ。贖罪はまだ終わっていない。

 

 

「……さあね」

 

 

しかし雲雀さんは俺の質問に答える気はないらしく、そのまま部屋を後にした。

 

俺はため息をつくと、再び睡魔が襲ってくるのを自覚して、そのまま枕に頭をつける。

 

 

 

 

 

 

『____ボンゴレⅩ世、あなたは継承式に出てはいけません。撃たれて、死にます』

 

 

 

……そこは夢の中。

 

まだ『10代目』だった“俺”の目の前に座っている、シャーマン姿の少女が言った。

 

黒髪に深い青の瞳。意志の強さを表す彼女の目の光は、母親からも父親からも受け継いでいるようだった。

 

 

『Ⅹ世、これは変えられる類の未来です。嫌な予感はしているんですよね?

 

超直感と、大空のアルコバレーノの未来視。あわされば、そこにあるのはただ“事実”です』

 

『……それでも、俺はボスだよ、ソフィアちゃん。俺の希望のためにも、

 

それから、娘のためにも。俺はここで“逃げるわけにはいかないんだ”』

 

 

ああいや違う。違うんだ。

 

……俺は“逃げたいからそこへ行った”んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「____田さん、沢田さん」

 

「……草壁、さん?」

 

 

名を呼ぶ声に目を開けると、俺のすぐ側にいたのは草壁さんだった。

 

障子の隙間から差し込む光を見ると、もう一晩明けてそれなりに経った……昼頃のようだ。

 

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、草壁さん。すみません、すっかり寝入ってしまったらしく」

 

 

今日アジトに行きますね、と言うと、草壁さんは曖昧に笑みを浮かべた。

 

……恐らくは、面と向かって「居座られれば迷惑だ」と言うことも出来ないが、俺をここに置くことで雲雀さんの機嫌がどうこうなっていくのも懸念している、そんな心境んだろう。

 

どの世界でも心労が絶えない人だな、なんて同情を覚える。

 

 

「身体の調子はどうです? 雲雀はあれでも少しは心配していたようですから」

 

「もうだいぶいいです、熱もありませんし。ご迷惑おかけしました」

 

 

雲雀さんが俺の心配とか、どうも想像出来ないな。

 

少なくとも前世では彼が俺の心配なんてしたことがあっただろうか……いや、ないな。折角姻戚関係になるのに。

 

それとも、この世界で俺が死んでいることが原因なんだろうか。……あの人は、何かを気に病んだりとかしなさそうだけど。

 

 

「朝食の時間はかなり過ぎてしまっているので、昼食で良ければお出ししますが?」

 

「何から何まですみません。実は少しお腹が空いてたんですよ」

 

 

では早速用意をします、と立ち上がった草壁さん。

 

そこでとあることに気がついた俺は、「待って下さい」と彼を呼び止める。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「もう今、翌日の昼なんですよね。アジトのほうにツナ……弟やミツ君が行っているかどうかとか、わかりますか」

 

「ええ。入ってきた情報によると、どうやら笹川京子や三浦ハルなどの少女達も来てしまっているようです」

 

 

……となると、もう野猿や太猿と戦ったあとか。ミツ君たちは大丈夫だろうか?

 

まあツナとミツ君がいれば大丈夫か、と息を吐く。次期ボスと俺の弟は頼りになる。

 

 

「ボンゴレと風紀財団、相互不可侵の規定により、私がアジトの中までお送りすることは出来ませんが、道案内くらいはしましょう。

 

昼食を食べ終えたら早速移動です、それで大丈夫ですか?」

 

「はい、大丈夫です」



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再会

「____それでは、この辺りで」

 

「ありがとうございました、草壁さん。雲雀さんにもそう伝えておいて下さい」

 

「はい、わかりました。お気をつけて」

 

 

アジトの前まで連れてきてもらいお礼を言うと、慇懃に頭を下げられた。

 

……『前世』の時も10年後の草壁さんはとても丁寧で優しい人だったが、今の俺への扱いは更に丁寧なものになっているような気がする。

 

それは俺やツナがこれから雲雀さんと親しくなるからなのか、それとも俺とツナが何者かの謀略によって死んでしまったからか。

 

草壁さんはともかく、雲雀さんが罪悪感に苛まれるところは想像しがたいが、

 

いずれにせよ、ところどころでこの世界にひずみが生まれていることは間違いなさそうだ。

 

 

さて。規約によって草壁さんが扉を開けるように申請出来ない以上、中に入るのには中にいる人にハッチを開けてもらわなくてはならない。

 

ジャンニーニかラルが気づいて開けてくれるといいんだけどな、なんて思いながらDハッチの前でどうしようかと悩んでいると、

 

俺の心の声が誰かに伝わったのか、不意にハッチが開いた。

 

 

「____いっくん!!」

 

「え、友香!!?」

 

 

よかった! と言いながら中から飛び出してきて、友香が俺に抱きついてくる。

 

それを辛うじて受け止めながら、俺は目をしばたかせた……そうか、彼女もこっちに来ちゃったのか。

 

 

「みんな“こっち”に来てたから、きっといっくんも来てると思ったの。いっくん、大丈夫……? 体、つらくない? 

 

いっくんの行方が分からなくなって探してたら、いきなり変なとこ来ちゃって。でもこのアジトにはいっくんはいなくて、ずっと探してたの。……無事で、よかった」

 

「あ、うん。大丈夫だよ……親切な人に助けて貰ったんだ。ハッチは友香が開けてくれたの?」

 

「うん。いっくんを探すためにモニターを見てたら、影が見えたからジャンニーニさんに頼んで……」

 

 

目尻の涙を拭い、友香が俺から離れる。

 

余程心配させてしまったんだな、と眉尻を下げて俺は彼女の頭を撫でた。

 

……大切な幼なじみの女の子を不安にさせた。ほんとに馬鹿だな、俺。

 

 

「お姉ちゃん! 家綱先輩は……」

 

「あ、ほんとに兄さんだ!! よかった……!!」

 

「ツナ、京子ちゃん! 無事だったんだね、よかった……!」

 

「兄さんこそ!! ……でも兄さん、こっちに来ちゃったんだね……」

 

 

悔しげに呟いたツナが、俯いて拳を握る。

 

その体に怪我はないようだけど、野猿や太猿はきちんと撤退させられたのだろうか。

 

やっぱりミツ君が手助けしてくれたからかな。それか、もうミツ君自身が彼らを倒したのか。

 

 

「京子ちゃんも友香も、無事でよかったよ。……ここが物騒になってきたっていうのは、俺を世話してくれた人にもう聞いた。

 

ここは9年と数ヶ月後の世界で、危ない敵がいるっていうのもね。……2人は危ない目に遭ってない?」

 

「危ないことはありましたけど……お姉ちゃんと私のことは、ツナ君が守ってくれたんです……! だから、大丈夫です!

 

それとハルちゃんたちは、獄寺君と田沢君が助けてくれたから、無事ですっ」

 

「ツナが?」

 

 

多少驚いて目の前のツナを見遣ると、ツナは少し照れたように頭をかいた。

 

……そうか、そうだよな。ツナには俺が譲ったグローブがあって、それで一緒に修行したからもう炎を灯せるんだ。

 

ツナはあの時の俺よりも、遥かに強いんだ。

 

……ずっと指輪に炎を灯せることを隠していたツナだけど、これからはちゃんと自分の真の力を示していけるだろう。

 

 

「友香先輩も凄いんだよ。なんでだかはわかんないけど、友香先輩が手当した怪我は、あっという間に治っちゃうんだ!」

 

「私の手当がそんな特別なわけじゃないよ、ツナ君。昔からお兄ちゃんの手当をしてるから、慣れてるってだけで……」

 

「でもほんとにすごいから……、

 

あ、そうだ、兄さん。……聞きたいことがあるんだけど」

 

 

ふっと声を落とした弟に軽く目を見張ると、友香も同時に表情を僅かに引き締めた。

 

どうかしたのか、と聞く前に、友香が京子の手を引いてさっとその場から去っていく。

 

えっ、と僅かに面食らった俺に対して、ツナが「兄さん」と真剣な顔で口を開いた。

 

 

「……俺、昨日、敵と戦った時……この世界では、リングに炎を灯す戦闘が主流だって知ったんだ。だから俺は、敵とちゃんと戦えた。

 

でも……なんで兄さんはミツや獄寺君も知らなかったようなことを俺に教えてくれたの?

 

 

もしかして、未来の世界では、リングを持ちいた戦いが主流になるってわかってたの?」



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休息

……そういえば、それの説明をしてなかったっけ?

 

そう、確かにツナにリングに炎を灯して戦えと教えたのは俺だ。

 

……でもまだその理由付けをしてなかったらしい、本当のことを話すわけにはいかないから、俺はそれらしい理由を話す必要があるわけだ。

 

 

まだリングでの戦闘が主流でない『10年前』の世界で既に、ツナは未来の戦闘型が身についている。

 

それを知っているのはまだツナと俺だけだろうけど、まずは俺がどうして『リングの炎』を知っていたのかを『説明しなきゃ』いけないか。

 

 

「……うん、確かに俺はそのうち『リングの炎』での戦いがマフィアのうちで主流になる時がくるだろうなって思ってたよ」

 

「え……じゃあ、本当に? だから俺にもリングに炎を灯せるようになるための修行をしたの?」

 

「それもあるし、あの時はツナにフェイを使えるようになって欲しかったから。……フェイはボンゴレの中でも限られた人間しか知らない特別な匣兵器だ、プロトタイプとも従来のものとも違うんだよ。

もしかしたら9代目もフェイのことは知らないかもしれない」

 

「そうなんだ……」

 

 

もしかしなくてもフェイのことを知るのは俺とツナ、そして恭弥さんだけだ。

 

嘘をついてしまった(正確には嘘ではないけれども)ことに胸を痛めつつ、「それに」と口を開く。

 

 

「……俺はね、小さい頃、身体が弱い割にけっこう父さんと一緒にイタリアに行ったりしてたんだ。主に、マフィアの高度な治療を受けるっていう目的でね。それ以外にも、沢田家の長男として、イタリアを知らなきゃいけなかったんだ。

……そこでXANXUSと出会ったりした」

 

「あ、そっか、兄さんはXANXUSと友達なんだったっけ」

 

 

いや、友達っていうとあいつが嫌がりそうだけどな……。

 

ものすごい嫌がらせされたし、正直今でも怖いし、俺としてもXANXUSを友人と言うには抵抗がある。……まあ敢えて否定しようとも思わないが。

 

 

「マフィアの祖と呼ばれる先人たちが描かれた資料もいくつか読んだことを覚えてる。ボンゴレⅠ世……そしてそのファミリーも、受け継がれていくリングに炎を灯し、それを扱う力を持ってたんだ。

 

だからそのうち、きっとリングの炎を使って戦い、それを武器にする時代も来ると思ったんだ。

 

……だから、この先マフィアに関わることになってしまうかもしれないツナに、知っておいて欲しかったんだよ」

 

「そうだったんだ……」

 

「……でもまあ、ツナはボスにはならないって思ってるのに、戦いを覚えさせちゃってごめんな。

それにリング争奪戦の時は、XANXUSが意味不明なこと言い出すし」

 

「あれにはオレも驚いたけど……」

 

 

そこでツナは口を噤み、下を向いた。

 

……そこで言葉を止めた意味はわかる。それ以上の話をしようとすると、必ず俺の寿命のことまで話題が及ぶからだ。

 

俺の寿命については、俺達兄弟のあいだではNGワード。……恐らく“その時”が来るまで、口に出すことはないだろう。

 

ただ、この時代の雲雀さんの振る舞いによって、話は変わってくるような気がするけども。

 

 

(そういえば、この時代の雲雀さんに聞くの忘れたな……記憶がいきなりなくなったりする時がないか、とか)

 

 

俺の雲は……“恭弥さん”は、この時代にまだ存在しているのだろうか?

 

それだったら、いったい彼は“俺”が死んだことをどう思っているんだろう。

 

 

「兄さん、多分そろそろみんなご飯にすると思うよ。一緒に食堂に行こう、オレが案内するから」

 

「あ、うん、頼むよ」

 

 

そうだ、俺はまだこのアジトに来るのは『初めて』だったよな。……危ない危ない、自由に動き回るところだった。

 

それにしても、ツナに誰に世話をしてもらったのか、詳しく聞かれなくて助かった。

 

あの雲雀さんが俺を助ける……となると、10年前の世界で何故か彼だけが俺の寿命を知っていた、という不自然さも相まって、また騒ぎになりそうだ。

 

 

 

 

 

――食堂につくと、友香、京子、ハルの3人がカレーを用意して待っていた。

 

テーブルには雲、霧、晴の守護者以外の全員が(まあつまり半分くらい集まってないわけだけど)集まって座っていて、特に山本は俺に気づくなり「家綱センパイ!」と声を上げた。

 

 

「無事だったんっすね。よかったです! ツナと友香センパイが特にずっと心配してて」

 

「ありがとう、山本、二人にももう謝ったし」

 

「未来に来てしまった、という点じゃ無事とは言えないかもしれないが……、何事もないようで何よりです」

 

「ですが沢田さんも家綱さんがいればきっともっとお強いですし! 来て下さって良かった面もあるっす!」

 

「ミツ君、獄寺君も……ツナだけじゃなく、ホントにみんなこっちに来てたんだね」

 

 

全員大した怪我はないようだ。

やっぱり、ミツ君という戦力が、あの時に比べて増えたからだろうか。

 

 

「今日はカレーだよ!」

 

「色々あって疲れたと思うから、みんなたくさん食べてね!」

 

「友香さん、すごいんですよ! あんまりお料理になれてない私たちを、テキパキ指示してくださって!

 

 

私も中3になったら、こんなに素敵なレディになれるでしょうか……」

 

 

「フフ、私がすごいなんて、そんなことないよ。皆で頑張ったからだよ」

 

 

照れたように笑う友香を、京子ちゃんとハルがさらに褒める。

 

微笑ましいなぁ、なんて俺がニコニコしながらその様子を見つめていると、獄寺君が一言。

 

 

「おめーじゃ無理だろ」

 

「なっ!? 酷いです獄寺さん!!」

 

「ひでえも何も、事実だろうか」

 

「おかわりよそいませんよ!!」

 

 

こんなところでもハルは獄寺君と仲がいいなあ、と俺はスプーンを口に運ぶ。

 

……こんな時代に来てしまっても、こうやって何気ない日常の一瞬が見れるとほっとするよな。

 

まあ、普段一緒に食事をしない友人同士が、卓をともにしているのは日常ではないかもしれないけど。

 

 

「それじゃあ、ごちそうさま。友香、洗いもの手伝うよ」

 

「お粗末さま。ありがとういっくん、でも休んでて。みんな疲れたでしょ? 私がやっておくから、京子たちも休んでいいよ」

 

「ええっ、そんなのだめです! ハルたちも手伝いますよ!」

 

「お姉ちゃんだって疲れてるでしょ? だめだよ! 私たちもやるから!」

 

「そう? じゃあ、お願いしようかな」

 

「そうだよ、だから俺も」

 

「いっくんは、だ・め」

 

 

びっし! と断られて幾分落ち込む。

 

友香は俺の寿命のことを知らないはずなのに、こういう時すごく厳しいんだよなあ。

 

ろくに手伝いもさせてくれないし、これから俺はどこで役にたてばいいんだ。

 

 

(別に動かなくていいなら、迷惑かけることもないと思うんだけどなあ……)

 

 

少なくとも死ぬのは一年先だ。

 

死ぬ気の炎に衰えは見えないし、今はもしかしたら戦う事すらできるかもしれない。

 

うう……と力なく肩を落とすと、「当たり前だよ」とツナに切って捨てられた。

 

なんというか、悲しくなるもんだな。

 

 

ため息をついて立ち上がろうとした時、リボーンに「おい」と呼び止められた。

 

 

「ちょっとこい、家綱」



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疑念

「……どうしたんだよ、リボーン」

 

 

食堂を出てリボーンに連れてこられたのは、少し離れたところにある部屋だった。

 

リボーンは部屋の明かりをつけるとそばにあった椅子を指さして「座れ」と促す。

 

それに素直にしたがって椅子に腰かけると、リボーンはふう、と息をついてボルサリーノのつばを引いた。

 

 

「……家綱お前、誰に助けてもらった?」

 

「誰に、って」

 

「いくら沢田家の長男とはいえ、さすがにお前がすぐにこのアジトを見つけだしたとは思えねえ。

 

とはいえ、お前の体力でずっと宿を探し続けられるわけがねえ。

 

お前がここに来たのはいつかは知らねーが、恐らく誰かに救ってもらったと考えるのが妥当だ……、

 

ここにはボンゴレの関係者がまだ残っていたのか?」

 

 

……なるほど、そのことか。

 

そういえば、親切にしてくれた人がいる、と俺が説明したのは、ツナと京子ちゃんと友香にだけだったな。

 

その質問は想定の範囲内だ。別に誤魔化す必要もないので、そのまま答えよう……いずれわかることだ。

 

 

……あの様子じゃ雲雀さんは、オレ以外の誰か……とりわけリボーンやミツ君に情報を知られるのが嫌そうなふうに思えたけど。

 

別に具体的に口止めされたわけでもないし、雲雀さんの好悪がどうであれ、皆が力を合わせなきゃ白蘭には勝てないんだ。別に話しても文句を言われる筋合いはないよな。

 

 

「雲雀さんだよ」

 

「ヒバリ? 本当か? あいつはまだ見つかっていないぞ」

 

「ボンゴレのアジトの隣が風紀財団……雲雀さんがトップをつとめる組織のアジトなんだ。俺も実は昨日の夕方ごろにここに来て、その時に倒れたところを助けられたんだよね」

 

 

ふん、と鼻で息をついたリボーンが「まあ朗報だな」と呟いた。

 

 

「一刻も早く守護者を集めることが最大の優先事項だった。少なくとも日本に居るかどうかを知るべきだった。それが解決したわけだからな。お手柄だぞ、家綱」

 

「はは……とはいっても、今風紀財団のアジトをボンゴレが訪ねるのは無理だよ。

 

帰国したばっかりの雲雀さんがアジトに留まってるかはわからないし、そもそもボンゴレと風紀の間には相互不可侵の規定が定められてるらしいし」

 

「まあそこはあとから手立てを考える。

この世界には『敵』がいるってことは知ってんだろ、家綱?

 

少なくとも、抗争にはヒバリの力も必要だ……向こうからのコンタクトもあるはずだぞ」

 

「まあ、その通りなんだけどね……」

 

 

この世界の雲雀さんだって、リングを受け継いだ雲の守護者だ……ボンゴレがミルフィオーレに潰されるのを見逃すことはないだろう。

 

ただ、雲雀さんはどうやら“俺”の知っている雲雀恭弥以上に、今のボンゴレを嫌っているみたいだった。

 

果たして協力体勢を取ってくれるのか、そこが心配でもある。

 

 

「何がどうあれ、ヒバリが見つかったのはそれでいい。あとのことはあとで考えりゃいいかならな。

 

……もう一つだ、家綱。京子やハル、友香たちを見つけた時に、ミツたちは敵対勢力とぶつかったんだが」

 

「あ、うん。それはなんとなく聞いた」

 

「あの時、ツナだけが他の場所で弾き飛ばされて京子たちと会ってな。

 

ミツと獄寺は……山本は来たばっかで気絶したからな、リングの炎を使ってすぐに敵を倒した。

 

だが、ツナの方にも1人敵が向かった。ミツたちが倒したやつが『アニキ』と呼んでたらし怒らな、多分格上の兵士だ。

 

ミツと獄寺が加勢する前にそいつを退けて、ツナは帰ってきた。……どういうことだ?」

 

 

リボーンの黒い目が、俺を真っ直ぐに捉える。

 

探るような視線。何を知っているのか、何を考えているのか、見つけ出そうという瞳。

 

 

(……なんだか、リボーンにこんな目をされるなんて、変な感じするよな)

 

 

いや、もう、今更だけど。

 

……“俺”の鬼畜家庭教師様は、いつだって俺に一番適したアドバイスをし、どんなことでも見透かした。

 

あいつのことは怖かったし、ときどき意味わかんなかったけど、リボーンの隣にいると、俺は安心出来た。

 

……それが、こうやって変わってしまうものなのか。立場が、違うだけで。

 

 

「どういうことっていうのは? ……ツナがその敵を倒せたこと?

 

ミツ君たちが倒したのがそれより格下だったとはいえ、2人は一瞬で敵を沈めたんだろ? ツナが勝ったの、そんなに驚くことか?」

 

「あいつがどうやら強いらしいってことは、オレもリング戦で知ってるぞ。

 

……が、それとこれとは別だ。この時代にはこの時代の戦いがあるんだ、“リングの炎”ってのがなけりゃ勝てねーんだ。

 

つまり」

 

「ツナはなんでリングの炎を使えるのか……ってことを言いたいわけか。

 

……なんてことないよ。ただ昔、そういう感じの話を父さんに聞いたことがあっただけ」

 



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____リボーンの話を聞いてから、俺はそのまま与えられた部屋に直行した。

 

ほぼ夕方まで寝ていたのにも関わらず、脆弱な身体にはまだ疲労が根強く残っている。

 

アルコバレーノでもないのに、タイムスリップして非7³線に少し晒されただけで,

この始末。

 

本当にやばいよなー、なんて呟いて目を閉じた。……なんでこんなことに。

 

 

「……寝るか」

 

 

俺の体調のことなんて、今更考えたって仕方がない。

 

生まれた時から体は弱かったし、……いやむしろ、生まれた時に死ななかったのが不思議だってくらい、俺はひ弱だったと聞いている。

 

15年も生きられただけ、ありがたいってもんだよな。

 

 

(梨奈、京子……、ノブ)

 

 

目を閉じて、俺は心の中で娘と妻の名を呼び、息子の顔を思い出す。

 

……ごめんな。

 

そんな言葉が、世界の壁を越えて届くわけがないのに____。

 

 

(“沢田家綱”は、多分、“俺”だったから生き残れたんだよな。本来ならきっと、死ぬ運命で)

 

 

と、そこまで考えて、俺は目を開けた。

 

……死ぬ運命?

 

“沢田家綱”は、本当なら、死ぬ運命だった? ……“俺”がここに来てしまったから、今、生きている?

 

 

……それが本当だとしたら、“俺”はいったい、誰なんだ?

 

身体に宿るこの魂は、『沢田家綱』なのか、『沢田綱吉』なのか、いったいどっちだ?

 

 

「……じゃあ俺は、」

 

 

一体何をしに、この世界に生まれてきたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

……そして。

 

夢の中で動いていたのは、高校二年生の頃の俺だった。

 

ハイパー化して額に炎を灯し、豪奢な白亜の邸宅の廊下で、X BURNERを放っていた。

 

 

(なんで、こんな夢見てるんだろう、俺)

 

 

そうだ、あの時は……ヴェーネレファミリーっていうところのボスに、雲雀さんの義妹――今は奥方だ――が攫われちゃったんだっけ。

 

それで、俺たちみんなで、彼女を取り戻しにいったんだ……イタリアまで。

 

ボスは自殺して、俺たちはそのまま日本に帰って……そう、それでそのあとその小規模な抗争は、

 

そこのボス____アルベルトが行っていた人体実験に基づいて、『天使事件』って呼ばれたんだよな。

 

 

(どうして、今になって)

 

 

……ふと、夢の中の世界の光景が切り替わり、闇の中で黒いマントを羽織った白金の髪の男が嗤う。

 

 

 

_____全ては過程に過ぎない。

 

_____ゲームは既に始まり、そして同時に終わりを始めているんだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「____全ては、過程に過ぎない……?」

 

 

目覚めて、上体を起こすと、大分体調が良くなっていた。体が軽い。

 

皆に言われまくったからだな、なんて苦笑を零してから、俺は額を指先で触れ、目を閉じた。

 

……すべては、過程に過ぎない、だなんて。

 

 

「……どこかで、聞いたことがあるような、気がする……」

 

 

もう精神年齢が50を過ぎると、昔のことを思い出そうとしても霞がかかってしまう。

 

それとも、これは、俺が死に近づいているからなのか?

 

 

「よいしょ、と……」

 

 

ベッドから降り、伸びをする。……地下なので朝日が差し込んでこないのが玉に瑕だが、まあそれは仕方ないだろう。

 

与えられた部屋の先に置いてある時計を見る限りでは、まだ早朝だ。

 

この日はいったい何があったっけ、なんて思いながらドアを開ける。

 

 

「あれ、兄さん! おはよう!」

 

「お、ツナ、早いな」

 

「兄さんこそ」

 

 

部屋を出るといきなり弟とエンカウントして驚く。

 

どうやらツナはトイレを探しているらしかった。

 

場所を教えてやると、ツナは少しだけ怪訝そうな顔をした。

 

 

 

「……兄さん、昨日の夜きたばっかりだったのに、もう場所を覚えちゃったの?」

 

「え、ああ、まあ」

 

 

確かに、ツナより後に来た俺が、アジトの地理に詳しいのはなんだか変だよな。

 

次から気を付けよう、と思って肩をすくめ、廊下の先に目を遣る。

 

すると一つの扉から光が漏れているのがわかった。まだ灯りがついていない暗い廊下だから漏れた光は目立つ。

 

 

……どうやらモニタールームらしい。いったい何をやっているのかと部屋の中を覗くと、そこにはリボーンとジャンニーニがいた。

 

 

「よお、家綱」

 

「おはようございます、家綱さん。お顔の色がよろしいようで、何よりです」

 

「リボーン、ジャンニーニ……おはよう」

 

 

外の状況はどう、と聞くと、最悪に決まってんだろ、と答えが返ってきた。

 

ブラックスペルがうじゃうじゃ。……まあホワイトスペルはこんな前線まではあんまり足を運ばないからな。

 

 

……そういえばまだγと戦ってないけど、山本たちが戦うのは今日だったっけ。

 

あのとき、二人とも大けがしたよな。

 

雲雀さんが助けてくれたからよかったんだけど、果たして雲雀さんはこの世界でも二人を助けてくれるんだろうか。

 



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信頼の理由

「おはようございます、家綱先輩」

 

「兄さん、ここにいたんだ」

 

「あ、おはよ、ミツ君。ツナも一緒だったんだな」

 

 

次いでモニタールームに入ってきたのは、ミツ君とツナの2人だった。

 

ミツ君は早朝から筋トレでもしていたのか、薄らと額に汗が浮いている。感心な子だ。

 

ツナはトイレから出たあと、そこでミツに会ったんだ、と説明した。どうやら彼は無人の廊下をランニングしていたらしい。

 

 

「朝イチのグッドニュースだぞ。外にミルフィオーレのブラックスペルがうじゃうじゃいる」

 

「それは、グッドなのか……?」

 

 

俺と同じようなことを尋ねたミツ君が、リボーンの返答を聞いて嫌そうに眉を寄せた。正常な反応だな。

 

そんなことを思って俺が苦笑していると、不意に彼からこちらに視線を向けられた。

 

なんだろうと首を傾げると、ミツ君はリボーンに視線を戻して言う。

 

 

「……家綱先輩のいる前で、ミルフィオーレの話をしてよかったのか? しかも彼は体が弱いんだ、これからあるかもしれない戦闘に参加するわけじゃない」

 

「俺も詳しいことは話さないつもりだと思ってた……だって、兄さんすぐ無茶しようとするし」

 

「ミツ君、ツナ」

 

 

……そっか、そうだよな。

さすがに俺が、メローネ基地に行くわけにはいかないか。

 

いやでも、戦える人間は使えるところで使うべきだ。俺だってそれなりに強い、白蘭の能力にも詳しいし、当然経験は誰よりもある。

 

俺は、メローネ基地に行ける。

 

 

「いいんだぞ。家綱は確かに脆弱な体をしてるが、強いことにゃ強いだろ。何しろダメツナの師匠をして、ハイパー化までさせたほどの有能さだ。

 

万一のこともあるかもしれねぇ、いろいろ教えておいて損はねぇ。

 

……それにヒバリと一番親しいのは、ボンゴレん中では保健委員長である家綱のはずだ。

 

あのめんどくせー風紀委員長とコンタクトを取るのに、こいつの存在は何かと役に立つ」

 

 

そーだろ、家綱? と矛先を向けられ、俺は曖昧に笑った。

 

確かにその通りだ。少なくとも雲雀さんと最も親密な関係にあるのは俺だろう。風紀財団と関わる上で、俺の存在が必要だというのも自然だ。

 

 

____そして、獄寺君と山本もモニタールームに入ってきたところで。

 

味方からだと思われる、緊急信号が送られてきた。

 

緊急信号はやはり、ヒバードのものだった。

 

 

ボンゴレ関係者が異常事態を知らせるために飛ばすためのものだから、記憶を辿れば恐らく飛ばしたのは黒川だろう。

 

そしてその信号はしばらく続き、やはりあの時と同じように裏の森辺りで反応が変えた。

 

 

「雲雀先輩、か……」

 

 

ぼそりとミツ君が呟いた声が、耳に届く。

 

同時に感じた視線に、そういえばまだ、ミツ君には俺がどうして助かったのか、話していなかったということに気がついた。

 

 

(……でも、言った方がいいのかは微妙なところだよな。ミツ君は頭がいいからだいたいのことは気づいてるはずだ、わざわざ言う必要もない。

 

雲雀さんはあんまりミツ君のことをよく思ってなかったみたいだし、そもそもボンゴレ上層部自体を殺人犯の巣みたいに考えてたみたいだ)

 

 

彼の中に“恭弥さん”がいないと思われる以上、あまり雲雀さんは刺激しない方がいいだろう。

 

この10年で、一体何があったというんだろう。むしろ沢田家綱が生きているこの世界こそが、おかしいんだろうか?

 

 

「大変です!!」

 

 

と、そこまで考えた時、ハルがすごい勢いで中に飛び込んできた。

 

何事だ、と考えかけてハッとする。……そうだ、たしかこの時、京子ちゃんが。

 

 

 

「京子ちゃんと友香さんがいないんです!!」

 

「なんだって……?」

 

 

ミツ君が眉を上げるが、俺は硬直してしまう。

 

そんな、まさか友香が? ……いや、考えると自然なことだ。

 

彼女だって普通の女の子で、了平がいないこの状況で、家を見に行きたいと思うのは当然だろう。

 

 

でも……なんでだろう、俺の中で、友香は誰よりもこの状況の危険性について知ってると思ってた。

 

 

 

(友香が? なんでだ? 超直感がそう言ってる……?)

 

 

「あの二人か……無理するようには見えねーのに」

 

 

「あー、でも友香先輩は有り得そうなのな。笹川のこと心配して、姉ちゃんがついてたったんじゃねーの?」

 

「確かにな」

 

 

 

友香は妹思いだ。俺もそう思う。京子ちゃんのことを心配して、だから外に出たんだ。

 

でも、そうなんだけど、やっぱりおかしい。だって、

 

 

 

「……友香がついてるなら大丈夫だ。敵に捕捉されることはないよ」

 

「え?」

 

 

そういうふうに、思ってしまうからだ。

 

 

「どういうことですか? 友香先輩が……」

 

「……なんだかそんな気がするんだ」

 

 

どうして、なんて俺が聞きたい。

 

幼なじみ、だからじゃない。俺の中にある、彼女への絶対的な信頼はなんだろう?



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齟齬

「だがそれも根拠のねー話だろ」

 

「そうなんだけどね」

 

 

自分でも解せない話だから仕方がない。友香は確かに俺の幼なじみで、信頼はしてる。

 

だが彼女は了平のように戦えるわけでも、特別運動神経が良かったりするわけでもない。

 

……超直感が“彼女は戦闘面でも役に立つ”と言うのだから間違いはないはずだが、

俺自身にもよくわからないのに、彼女を当てにするのは間違いだろう。

 

 

いずれにせよ、心配事が2つに増えた以上、戦闘を避けるには少人数で動くべきだろう。

 

前世の時とは少し違って、戦闘要員に俺とミツ君が加わっている上、ツナも怪我をしていない。

 

γのことを考えなければ、恐らく大した問題はないだろう。どちらも滞りなく進むはずだ。

 

 

「それじゃあ、二手に分かれて同時に進めるっていうのはどうだろう?」

 

「あ、それいいっすね!」

 

「効率的だし、人数的にも充分だ。それでいきましょう」

 

「10代目がいいのなら、俺もそれで構いません」

 

 

山本が支持してくれた案だったが、ミツ君が賛成したことで、獄寺君もすかさず同意した。

 

それじゃ、チーム分けだ。ここで俺が指揮を執っては獄寺君が不満だろうし、チーム編成ミツ君にやってもらおう。

 

 

……この世界でボンゴレの上層部にいるであろう人間は、雲雀さんの情報もあって少し警戒しておくべきだもと思うが、それは今ここで直接関係してくることはないだろう。

 

 

「じゃあミツ君、あとは分けてもらえるかな」

 

「わかりました。……じゃあ、そうですね。ラル・ミルチ、俺、ツナが笹川を探し、家綱先輩、山本、獄寺でヒバードの情報を探ってくれ」

 

「「えっ」」

 

 

ミツ君の指示に目を丸くしたのは、ツナと獄寺君だった。予想通りの反応で、思わず笑ってしまう。

 

 

「じゅ、10代目、オレが山本と一緒っすか……?」

 

「ミツ、兄さんまで調査に出るの? 別にオレ達だけでいいんじゃ……」

 

「おい家綱、お前体調はどうなんだ」

 

「え、大丈夫だと思うけど」

 

 

リボーンに問われ、そう答えると、「なら家綱は戦列に加えるべきだ」と家庭教師様は言う。

 

 

「こいつは基本それなりに強い。しかも、ガキの頃にボンゴレの機密情報を何度も見てきた人間だ。

 

ダメツナ、お前もこいつにあらかじめしてもらっていた助言で炎をリングに灯せたんだろ?」

 

「それに、家綱先輩は雲雀先輩と親しい。ヒバードが彼関係なら、そこに行ってもらうのが妥当だろう」

 

 

ミツ君の言葉を聞いて、ツナはまだどこか不満げだけど、渋々引き下がった。

 

ボンゴレにおいて、ミツ君の言葉は基本的に絶対であり、リボーンもほぼ同様と言っていい。

 

加えてツナは2人のことをとても信頼しているだろうから、納得できるところもあったんだろうな。

 

俺の方でも、超直感は警告してきていない。走っていていきなりぶっ倒れることはないだろ。

 

 

「大丈夫だよツナ。自分の体調くらい自分でわかるし」

 

「信用できないよ。骸の時だって1人でどっか行っちゃったじゃん」

 

「うっ……」

 

 

……いや、ほら、だってあれは、自分の寿命とか何も知らなかった頃のことだし。

 

ましてや今回は山本に獄寺君もいるわけだし、なおさら迷惑かけるわけにはいかない。

 

 

「とにかく、自分のことは自分でどうにかできるから! 足でまといにはならないようにするよ!」

 

「大丈夫だぜ、ツナ! 家綱先パイのことはオレ達に任せとけ!」

 

「10代目の命とあらば、オレは全力で家綱さんをお守りします」

 

 

くっそ、マジで信用ないな。

 

 

「それじゃそろそろ出発するか。各々武器やらなんやらを用意しろ」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 

リボーンの言葉に、俺達(ラルを除く)少数の調査隊は、声を揃えてそう応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

Dハッチから裏の森へ抜けて、走る。

 

整備されていない森の中なので、当然足場は悪い。曲がりなりにも東京の中の、しかも神社の森(もはや林)なので、獣道すらない。

 

何度か足を取られそうになりながら、それでも何とかついていく。

 

 

(いや、体力お化けの2人に俺がついていけるわけないんだし、きっと合わせてくれてるんだろうけど)

 

 

だが少なくとも俺は体力はなくとも、それなりに運動神経はあるようなので、足が遅いわけではない。

 

なんとかこういうところで足を引っ張らないようにしないと。

 

 

(それにしても、山本と獄寺君はそこまでいがみ合ってないような気がするな……俺がいるからかな)

 

 

前世だと、ここで2人はひたすらいがみあって、γとの戦いでも足を引っ張りあったって聞いてたんだけど。

 

 

協力できるのはいことだけど、なんだだろう、二人の間に多少の距離感を感じてしまうのは。

 

 

(友人と言うより、同僚っていうか……なんというか、ヴァリアーの関係に近いって言うか。あ、いや、そこまでじゃないけど)

 

 

気の所為かな。



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