バカと千恋万花 (京勇樹)
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来るは、小京都

最新作、始まり!


「やっと、着いたぁ」

 

と言ったのは、タクシーから大きなキャリーバッグを下ろした少年

吉井明久である

 

「相変わらず、来るのに時間が掛かるなぁ……」

 

彼が来たのは、小京都とも呼ばれる街

穂織(ほおり)である

ここに来るには、一番近い駅からバスで二時間

更に、タクシーで30分は掛かるからだ

だから、朝に出たというのに、もうすぐ昼だった

 

「さてと、神社に行ってみよう」

 

明久はそう言うと、建実神社に向かった

この穂織は、山に囲まれた地形になっている

だからか、かつての大戦時も戦火を免れた

ゆえに、古い家屋がその姿が残している

だから穂織は、小京都と呼ばれているのだ

だからと言って古いだけでなく、最新技術もある

しかしどういうわけか、電車だけは通っていない

そんな穂織だが、観光地として名が知られていた

温泉地として有名で、明久が穂織に来たのもそれが理由だった

明久の母の父親

つまり、祖父が穂織で老舗旅館を営んでいるのだが、その祖父から手伝いを頼まれたのだ

自慢ではないが、明久は家事全般が得意で、特に料理が得意だ

そんな明久の腕を見込んで、祖父が明久に休み期間だけでいいから手伝ってほしいと連絡してきたのだ

それを明久は快諾し、穂織に来たのだ

 

「まあ、いい思い出になるか……」

 

明久はそう言いながら、目的地に向かった

そして、十数分後

 

「おぉ……凄い人だかり……やっぱり、GWだからか」

 

建実神社には、外国人も含めて凄まじい人数の観光客が居た

その時だった

 

「あれ……もしかして、あき坊?」

 

と女性に声を掛けられた

振り向いた先に居たのは、20歳位の女性だった

左目の下に泣き黒子がある女性だった

 

「もしかして、芦花(ろか)姉?」

 

「あは、やっぱりあき坊だ!」

 

再会したのは、馬庭芦花

昔母親に付いてきた時に、よく遊んでくれた女性だ

 

「久しぶりだね、何年ぶり?」

 

「確か、四年ぶりだよ。何時もは母さんが志那都(しなつ)荘の手伝いなんだけど、今年は母さんが先に予定組んでたから、僕が代わりにね」

 

芦花の問い掛けに、明久はそう答えた

すると、芦花は

 

「ああ、なるほどね……玲さんは元気?」

 

と明久に問い掛けた

 

「元気過ぎて、嫌になるよ」

 

明久が呆れた表情でそう言うと、芦花は苦笑いを浮かべて

 

「その様子じゃあ、相変わらずか」

 

と言った

そして、明久は

 

「にしてもさ、いくらGWとは言え観光客が多いね?」

 

と強引に話題を変えた

すると、芦花もそれに乗って

 

「ああ、今日は春祭りだからね」

 

と言った

すると、明久は手を叩きながら

 

「そっか、春祭りか……何年ぶりだろう」

 

と呟いた

春祭り

それは、今から数百年前

戦乱の世に起源があった

当時、人を惑わす妖怪が穂織の隣国の大名達をたぶらかして、攻めさせたのだ

度重なる侵攻に絶望しかけた当時の当主は、当時の建実神社の巫女

通称、巫女姫に頼った

そして、巫女姫が舞を踊ると神が一振りの刀を授けた

その刀の名前は、叢雨丸

その刀で妖怪を切ったら、攻めてきた隣国はあっという間に壊走

穂織の地は守られた

それが起源に始まったのが、春祭りだ

 

「それにしては、外国人が増えたね」

 

「ネットのクチコミを見たんだって」

 

明久の言葉に、芦花はそう答えた

そして、明久は

 

「回りの人達は、相変わらず?」

 

と問い掛けた

すると芦花は、苦笑いで首を振った

何故、電車やバスが来ていないのか

それは、穂織に入れば呪われると言われているからだ

事実、明久が乗ったタクシーの運転手も

 

『イヌガミ憑きの土地に観光だなんて、不心得者が増えたな……まったく』

 

と漏らしていた

過去に切ったのが、犬神憑きの美女だったらしい

その妖怪を切ったために、穂織は呪われたと考えられて、中々交通の便の交渉が上手く行かないらしい

それは、芦花の服装にも出ていた

和服と洋服の文化が混じった、独特の意匠だった

つまり、民族衣装になる

人が中々寄り付かない穂織は、多少独自の文化が出来たのだった

今となっては、その文化を利用して外国人観光客を呼び寄せてるのだが

 

「それで、芦花姉は何してるの?」

 

「ん? 実家の手伝いだよ。経営のね」

 

明久の問い掛けに、芦花はそう答えた

芦花の実家は、甘味処を経営している

どうやら、外国人観光客が増えたのを気に両親がその対応策を芦花に丸投げしたらしい

 

「母さんは体弱いし、父さんは昔堅気気質だからね。私がするしかないのさ」

 

「あぁ……」

 

芦花の両親を思い出し、明久は納得した

実質、男手一つで育てた芦花の父親は菓子職人だ

しかし、その職人気質が災いし、中々外国の文化や外国人の対応が上手く行かなかった

そこで、成績優秀だった芦花に父親は対応を丸投げ

その結果、店の評判が上がったそうな

 

「お父さん……もう少し、頭を柔らかくしてほしいよ」

 

芦花が愚痴っぽく言うと、明久は

 

「まあまあ、お菓子造りは凄いんでしょ?」

 

「まあね。確か、日本三大職人に選ばれたかな?」

 

明久の問い掛けに、芦花はそう答えた

そして、明久は

 

「お爺ちゃん、元気?」

 

と問い掛けた

すると、芦花は

 

「玄十郎さん? そりゃもう、元気だよ。足腰バッチリだし、背筋も伸びてる。毎朝、竹刀と木刀振ってるよ」

 

と言った

そして、芦花は

 

「あき坊は? 竹刀、振ってる?」

 

と明久に問い掛けた

実は、祖父

玄十郎は、明久の剣の師匠だった

今は旅館を経営しているが、昔は相当な剣術使いだったらしい

 

「……三年前から、振ってないかな」

 

明久はそう言いながら、左目の眼帯を触った

すると、芦花は

 

「あ、ごめん……明恵さんから聞いてたのに」

 

と気まずそうに言った

すると明久は

 

「いいよ、大丈夫」

 

と返した

そして、芦花が周囲を見回して

 

「あ、ちょうど今、巫女姫樣が舞を奉納してるみたいだね」

 

と話題を変えた

それを聞いて明久は、舞台に視線を向けた

そして明久は、目を奪われた

舞っているのは、明久と同い年位の少女だった

綺麗な姿勢と、優雅な手の振り

そして、所作の全てに明久は美しさを感じた

気付けば、回りは静かになっていた

どうやら、その舞に全員が目を奪われているようだ

 

「なるほど……これは、凄いね」

 

「でしょ?」

 

明久の言葉に、芦花が自慢気にそう言った

その時

 

「!?」

 

明久は一瞬、その少女の頭に犬耳が見えた

 

「疲れてるのかな……」

 

「どうしたの?」

 

明久が目元を揉んでいると、芦花が顔を向けていた

 

「何でもないよ」

 

明久はそう言うと、芦花に視線を向けて

 

「お爺ちゃんは、志那都荘かな?」

 

と問い掛けた

しかし、芦花は首を振って

 

「玄十郎さんなら、ここに居る筈だよ。今年の春祭りの実行委員会の委員長になったから」

 

と言った

そして、周囲を見回して

 

「廉太郎! 小春ちゃーん!」

 

と声をあげた

すると、少し離れた所から二人の少年と少女が来て

 

「なんだ、芦花姉」

 

「どうかした、お姉ちゃん?」

 

と芦花に問い掛けた

すると、二人は

 

「って、お前……明久か?」

 

「あ、本当だ! お兄ちゃん!」

 

と明久に気付いた

明久に気付いたのは、鞍馬廉太郎と鞍馬小春

明久の従兄妹だ

 

「久しぶり、二人とも」

 

明久がそう問い掛けると、廉太郎が

 

「本当に久しぶりだな! 珍しいな。最近は全然顔を見なかったが、どうした?」

 

と明久に問い掛けた

それに対して、明久は

 

「宿が人手不足で、手伝いにね」

 

と答えた

すると、小春が

 

「お兄ちゃんが? てっきり、何時もみたいに叔母さんが来るんだって思ってた」

 

と言った

 

「まあ、何年も来てなかったからね。顔見せと、母さんが先に予定組んでたからね」

 

明久がそう言うと、小春が

 

「本当に久しぶりだもんね。全然帰って来ないんだもん」

 

と不満げに言った

そして

 

「背が伸びてたから、最初は分からなかった」

 

と言った

すると、明久は

 

「小春ちゃんだって、成長したね」

 

と言った

すると、廉太郎が

 

「こいつが? 全然だぜ。胸なんて、まな板のまんまだ」

 

と言った

そこから、小春と喧嘩が始まったが

 

「はい、ヤメヤメー! 兄妹のじゃれ合いはそこまで」

 

と芦花が二人の頭を掴んで止めた

 

「そこは変わらないね、二人は」

 

と明久は、懐かしさを覚えながら言った

すると、芦花が

 

「それで、玄十郎さんは何処かな?」

 

と問い掛けた

すると、廉太郎が

 

「祖父ちゃんなら、今は中に居るよ」

 

と親指で示した

すると、小春が

 

「ほら、例のイベントが行われてるから」

 

と言った

それを聞いて、芦花が

 

「あー、アレね」

 

と納得していた

すると明久は

 

「あ、もしかして、アレ? 岩から抜くってやつ」

 

と言った

別名、伝説の勇者イベント

神社の御神刀

叢雨丸が、岩に刺さっているのだ

それを抜いたら、穂織の地に平穏が訪れるとされているのだ

 

「確か、アレって抽選式じゃなかった?」

 

「無関係な観光客ならな。明久なら、挨拶する位平気だ」

 

廉太郎はそう言って、明久を案内した

まず見えたのは、一列に並んだ人々

そして、奥に鎮座している岩

 

「本当に刺さってる……」

 

実物を見るのが初めてだった明久は、そう呟いた

すると廉太郎が

 

「祖父ちゃん! 明久が来たぞ!」

 

と声をあげた

すると、その列を見ていた一人の老人が近寄り

 

「わざわざ済まんな。来てもらって」

 

と明久に声を掛けた

それに対して、明久は

 

「こちらこそ。慣れないので、迷惑を掛けると思いますが」

 

と頭を下げた

すると、玄十郎は

 

「手伝いは、明日からで構わん。今日は、ゆっくり休め」

 

と言った

そして、明久を見て

 

「それで、元気にしていたか? 体は?」

 

と問い掛けた

威圧感が凄いが、明久はキチンと目線を合わせて

 

「はい、大丈夫です」

 

と答えた

 

「アレから、剣は持たなくなったと聞いたが……」

 

「はい……持ったら、思い出しそうになるので……」

 

明久がそう言うと、玄十郎は

 

「壮健ならばいい。元々は、健康のために始めさせたことだ」

 

と気遣うように言った

そして

 

「ともかく、よろしく頼む。何かあったら、遠慮なく言え。無理だけはせんようにな」

 

と言った

 

「はい、ありがとうございます」

 

そして明久は頭を下げた

玄十郎は70を過ぎている筈だが、気迫は劣っていなかった

そして明久は、岩の方を見て

 

「あれって、本当に抜けないの?」

 

と問い掛けた

すると、玄十郎は

 

「明久は、やったことなかったか?」

 

と問い掛けた

 

「ないね……」

 

「お前が疑う気持ちも分からんでもないが、ペテンではない……神から授かった刀だからな。抜く人物を選ぶのだ」

 

明久の言葉に、玄十郎はそう言った

すると、玄十郎は

 

「ふむ……」

 

と明久を見た

そして

 

「明久、試してみるか?」

 

と問い掛けた

 

「え、いいの?」

 

と明久が驚いた表情で聞くと

 

「どうせ、あれで最後だ。構わんだろう」

 

と今チャレンジしている外国人を見た

外国人は相当筋肉質で、腕の太さが明久の太もも位あった

しかし、そんな外国人が顔を真っ赤にして引いてもビクともしない

 

「少し、神主に掛け合ってくる」

 

玄十郎はそう言って、神主らしい男性の方に向かった

すると、廉太郎が

 

「お、なんだ。明久もチャレンジか?」

 

と言った

 

「試しにやれ、だって」

 

「そんなに、気構えなくていいよ。私達もやったから」

 

明久の言葉に、芦花がそう言った

そして、少しすると

 

「明久、こっちに来い!」

 

と玄十郎が呼んだ

どうやら、出来るようだ

そして明久は、中に残っていた神主、玄十郎、芦花、小春、廉太郎の視線が向けられる中で、岩に向かった

先にキチンと挨拶し、刀の柄を掴んだ

その瞬間

 

「つっ」

 

と明久は、思わず手を離した

 

「大丈夫か、明久?」

 

と玄十郎が、心配そうに声を掛けると

 

「大丈夫、一瞬静電気みたいなのが走っただけだから」

 

と言って、改めて柄を掴んだ

そして、力を入れた

その直後、軽い金属音が響いた

 

「…………へ?」

 

そして明久の手には、途中で折れた刀が有った

 

「これは……」

 

それを見て、玄十郎は冷静に呟いた

芦花、廉太郎、小春は絶句していたが

すると、神主が何か玄十郎と軽く話し込んでから

 

「明久!」

 

と玄十郎が明久の名前を呼んだ

 

「お、お爺ちゃん!? 僕、そんなに力入れてないよ!?」

 

「大丈夫じゃ、怒りはせん。ただ、少しの間ここに残れ」

 

明久にそう言うと玄十郎は芦花達を見て

 

「お前達、今見たことは誰にも喋るな」

 

と言って、三人と一緒に本堂から出た

これが、明久の運命を変える出来事だった




よろしくです
頑張ります


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始まり

祖父に言われて、明久は一人でそこに待っていた

しかし、静かにではなく悶えていた

 

(うあぁぁぁぁぁ! どう考えても、大事な刀折っちゃったぁぁぁぁ! どうしようっ!?)

 

頭を抱えながら、ゴロゴロと転がっていた

 

(お爺ちゃんは問題ないって言ってたけど、弁償とかになったらどうしよう!? ある意味、祭の目玉を壊したんだし! うあぁぁぁぁぁ!!)

 

とゴロゴロと転がっていた

その時だった

 

「なにやってるんじゃ、御主は」

 

と声が聞こえた

 

「はへ?」

 

声がした方に視線を向けると、そこには一人の少女が居た

しかも、浮いていたのである

その少女は腰辺りまで伸ばした薄緑色の髪に、少し古風な服を着ていた

 

「君は……」

 

「我の名前は叢雨。叢雨丸の使いだ」

 

明久の問い掛けに、少女はそう言った

すると、明久は

 

「えっと……幽霊?」

 

と首を傾げた

すると、叢雨は

 

「幽霊ではない!」

 

と怒った

すると、明久が

 

「だって、浮いてるじゃん」

 

と叢雨の足下を指差した

すると、叢雨が

 

「確かに浮いてるが、幽霊と一緒にするな!」

 

と怒った

それを聞いて明久は

 

「でもね、触れないんだろうし」

 

と言いながら、叢雨の胸元に手を伸ばした

すると、触れた

 

「……へ?」

 

「……は?」

 

予想外だったために、二人して固まった

その直後

 

「な……何をするか!!」

 

と叢雨が、不思議な力で明久を吹き飛ばした

吹き飛ばされた明久は、一回空中で回転してから着地した

そして、叢雨が不思議そうな表情で自分の体を見下ろしていた

すると、ドアが開いて

 

「明久、何をしている?」

 

と祖父たる玄十郎が不思議そうに、明久を見た

その問い掛けに、明久は

 

「いや、あそこに叢雨丸の使いって子が居て」

 

と言った

すると、玄十郎が驚いた表情で

 

「叢雨樣が居るのか」

 

と言った

すると、玄十郎の背後に居た神主らしい男性が

 

「芳野、居るのかい?」

 

と一緒に入ってきた少女に問い掛けた

その少女は、あの舞を舞っていた少女だった

すると、その少女は

 

「居ます……叢雨樣」

 

と叢雨の名を呼んだ

すると、叢雨はその少女を見て

 

「おお、芳野か」

 

と返答した

どうやら、明久と同じように見聞き出来るようだ

その一連を見てから、明久は

 

「やっぱり、僕……怒られる?」

 

と玄十郎に問い掛けた

すると、玄十郎は

 

「だから、怒りゃあせん」

 

と言った

だが、明久は

 

「だけど僕、刀折っちゃったし……」

 

て呟いた

すると、叢雨が

 

「これのことか?」

 

と何処からともなく、鞘に入った状態の一振りの刀を取り出した

それを受け取った神主が鞘から抜くと、折れた筈の刀がくっ付いていたのである

しかも、まるで最初から折れていなかったようにだ

それを見て、明久は

 

「なにが、どうなって……」

 

と呆然とした様子で呟いた

すると、叢雨がふんすと胸を張りながら

 

「言ったであろう? 我は、叢雨丸の使いだとな。我が力を通せば、簡単に直る」

 

と言った

どうやら、嘘は言ってないようだ

話に着いていけず、明久は

 

「なにが、どうなってるんだ?」

 

と頭を抱えた

すると、玄十郎が

 

「明久……今から、大事な話がある」

 

と言った

そして明久は、この町

穂織に伝わる話の真相を知ることになる



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真実

それから明久は、祖父と神主

朝武安晴(ともたけやすはる)の話を聞いた

それは、穂織の本当の歴史

街の殆どの人が知っているような、伝承ではない

その実態は、血みどろのものだった

それは、戦国時代にまで遡る

当時の穂織は、当主の交代が考えられた

その時居たのは、兄弟二人

横暴でガサツな兄とこまめで人々の優しい弟

そして選ばれたのは、弟だった

それに怒った兄は、自分の部下と隣国の大名の軍を率いて弟が率いる穂織の軍と交戦した

その結果、兄が敗れた

そこまでは良かった

しかし、山に追い込まれた兄が

 

『弟が兄を殺しにくるとは……許さんぞ。穂織を呪ってやる! 末代まで、呪われるがいい!』

 

と言って、弟に斬られたのだ

その後、穂織に災いが続いた

不作による飢餓

疫病の蔓延

更には、隣国の侵攻

そして、朝武にも災いが続いた

その事態の解決のために、その弟は神社に伺った

そして手渡されたのが、御神刀として奉納されていた叢雨丸だったのだ

そして、その叢雨丸の力を完全に使いこなすためには管理者

つまりは、人柱が必要だったのだ

そして、その人柱に選ばれたのが当時、不治の病で余命幾ばくもなかった少女

叢雨だった

叢雨が管理者となったことで、叢雨丸の力は完全なものとなった

そして、その叢雨丸により弟は穂織に侵攻してきた隣国の軍を撃退

なんとか、飢餓と疫病も収まった

しかし、その呪いはまだ続いているのだということだった

それを聞いた明久は、安晴が持っている叢雨丸を見て

 

「つまり、あのイベントはその叢雨丸を使える人を探すためのものだった……ということですか」

 

と呟いた

それを聞いた安晴は、コクリと頷き

 

「そうなるね……ただ、簡単には見つからないね」

 

と言った

すると、フヨフヨと浮いていた叢雨が同意するように頷いて

 

「そうじゃな。先代の使い手も、もう何十年も前だ」

 

と言った

それを聞いて、巫女

朝武芳野(ともたけよしの)

 

「そんな昔なんですか……」

 

と呟いた

すると、安晴が

 

「芳野、叢雨様はなんて?」

 

と問い掛けた

すると、芳野が

 

「先代の使い手は、もう何十年も前と」

 

と教えた

玄十郎と安晴には、叢雨は見えていなし、声も聞こえないのだ

だから、見聞き出来る芳野か明久が教えるしかない

そして明久は、安晴が持っている叢雨を見ながら

 

「つまり、僕はその使い手に選ばれた……ってことですか」

 

と呟いた

それを聞いて、玄十郎は頷き

 

「そうなるな……」

 

と同意した

そして明久は少しすると

 

「それで、僕に何をしろと?」

 

と安晴に問い掛けた

すると、安晴は

 

「流石に、いきなり戦ってほしい。だなんて、言えない……」

 

と言って、少し黙った

そして、芳野と明久を見ながら

 

「だから、芳野と結婚してくれないかな?」

 

と予想外にも程があることを告げた

 

「ふぁっ!?」

 

「お父さん! いきなり何を言ってるの!?」

 

明久は奇声を上げ、芳野は驚いた表情で安晴を見た

すると、安晴は芳野を見ながら

 

「芳野。芳野だっていい年なのに、浮いた話一つ聞かないじゃないか。これは、いい機会だ」

 

と言った

 

「だからって、いきなり!」

 

と芳野が抗議するが、安晴は視線を明久に向けて

 

「まあ、流石にいきなり結婚と言われても混乱するだろう。だから、提案なんだが……うちに住んでみないかい?」

 

と言った

それを聞いて、明久は

 

「い、いきなりそんなことを言われても……」

 

と躊躇った

すると、玄十郎が

 

「明久」

 

と明久を呼んだ

呼ばれた明久は、視線を玄十郎に向けた

すると、玄十郎は改まった様子で

 

「明久が選ばれたことに、何か理由があるはずだ……だから、頼む」

 

と言って、深々と頭を下げた

玄十郎が誰かに頭を下げるというのは、滅多にないことだ

もしかしたら、明久も初めて見たかもしれない

そして明久は、少し悩むと

 

「わかりました……その提案、受けます」

 

と安晴の提案を受け入れた

それを聞いた安晴は

 

「ありがとう、吉井くん」

 

と頭を下げた

そして、玄十郎は

 

「学校はどうする?」

 

と明久に問い掛けた

その問い掛けに、明久は

 

「転校するよ。そうしたほうが良さそうだし」

 

と言った

それを聞いて、玄十郎は

 

「わかった。それに関しては、儂と明恵がなんとかしよう」

 

と言った

そして、安晴と玄十郎が去ると明久は

 

「これから、よろしくね。朝武さん」

 

と芳野に挨拶した

すると、芳野は

 

「名字では私とお父さんで混乱しますから、私は芳野で構いません」

 

と言った

そして、立て続けに

 

「ただし、私は受け入れたつもりはありません。そこは間違えないでください」

 

と言って、本殿から去った

こうして、奇妙な同棲が始まったのだった



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忍者

翌日、目覚めた明久は見えた光景に違和感を覚えたがすぐに思い出した

 

「そうだった……ここ、朝武さんちだ」

 

そこは本来泊まる筈だった旅館ではなく、急遽住むことになった朝武家の一室だった

明久は起き上がると、昨日教えられたトイレに向かうことにした

そして、廊下を歩いてある一室

浴室に繋がっている場所に着くと、ゴトッと音が聞こえた

下を見た明久が見つけたのは、一本の丸太だった

 

「丸太……? つっ!?」

 

その丸太に一瞬首を傾げたが、すぐに背後に人の気配を感じて振り向こうとした

しかしそれより早く、明久の首筋に刃が当てられ

 

「動くな」

 

と言われた

それを聞いた明久は、ゆっくりと両手を挙げて

 

「はいはい……」

 

と返した

すると相手たる少女が

 

「答えろ……何者で、なぜここに居る?」

 

と明久に問い掛けてきた

明久は背後に居る少女が下着姿ということに気付いたが、冷静に

 

「昨日からここに住むことになった、吉井明久です」

 

と告げた

すると、少女は

 

「………吉井明久って……あっ! 吉井明久様ですか、すいません!」

 

と慌てた様子で、首筋から刃

クナイを離し、明久から離れた

それに安心した明久は、振り向こうとしながら

 

「信じてもらえたみたいだね、良かった」

 

と言った

すると、少女は慌てた様子で

 

「あ、振り向かないでください!」

 

と言った

次の瞬間、明久の意識は途絶えた

それから少しして、居間

 

「いやぁ、ごめんね。明久君。彼女のことを説明してなかったよ」

 

と安晴が頭を下げた

そんな安晴に、明久は

 

「大丈夫ですよ」

 

と言った

すると、安晴は

 

「彼女は、常陸茉子君。妻が死んでからは、彼女が家事を引き受けてくれているよ」

 

と説明した

すると、少女

茉子が頭を下げてから

 

「どうぞ、宜しくお願いしますね。明久様」

 

と言った

すると、明久は

 

「あー……様はやめてくれるかな? 別に、名家ってわけでも無いし」

 

と言った

すると、茉子は

 

「分かりました。ては、明久さん。でいいですか?」

 

と問い掛けた

それに、明久は

 

「うん、お願い」

 

と頷いた

そのタイミングで、廊下側の襖が開いて

 

「おはよう……」

 

と芳野が現れた

かなり眠そうである

すると、三人は

 

「おはようございます、芳野様」

 

「おはよう、芳野」

 

「おはよう、芳野さん」

 

と芳野を出迎えた

そして、芳野は明久を数秒見てから

 

「はっ!」

 

と声を上げてから、自分の両頬を強く叩いた

そして、目覚めたらしく

 

「おはようございます……」

 

と言った

だが、痛みから涙ぐんでる

すると、茉子が

 

「芳野様、朝食を用意しますので、顔を洗ってきてください」

 

と言って、立ち上がった

それを聞いた芳野は、頷いてから退出していった

それを見送った明久は、安晴に

 

「芳野さん、朝が弱いんですね」

 

と問い掛けた

すると安晴は、頷いて

 

「そうなんだよ。そこは、妻も同じだったね」

 

と言った

どうやら、血筋らしい

すると明久は、立ち上がり

 

「常陸さん、手伝うよ」

 

と眞子に言った

すると、茉子が

 

「明久さん、料理出来るんですか?」

 

「数少ない得意分野だね。任せて」

 

明久はそう言うと、用意してあった卵から卵料理を作り始めた

すると、明久が

 

「常陸さん、オカラある?」

 

「オカラですか? それだったら、ありますよ」

 

と言って、冷蔵庫から取り出した

明久はそれを受け取り

 

「ありがとう」

 

と使い始めた

そして、十数分後

 

『いただきます』

 

と全員で食べ始めた

すると、明久が作った卵料理を食べた茉子が

 

「美味しいですね、これ」

 

と驚いていた

すると、芳野が

 

「? 茉子が作ったんじゃないの?」

 

と眞子に問い掛けた

すると、安晴が

 

「それは、明久君が作っていたよ」

 

と言った

それを聞いた芳野は

 

「彼が……」

 

と呟いてから、卵料理を食べた

すると、驚いた表情で

 

「これ、美味しい……それに、オカラが入ってる?」

 

と言った

すると、明久が

 

「良かった、受け入れてもらえて」

 

と安堵していた

 

「甘めに味付けした卵にも、オカラが入ってるんですね……意外に合いますね」

 

「しかも、卵は半熟なのに、オカラの風味も損なってない……」

 

茉子の後に、安晴がそう言った

すると、明久は

 

「芳野さん?」

 

と芳野に視線を向けた

すると、芳野は

 

「ま、負けた……」

 

と項垂れていた

その後、朝食も終わりそれぞれ予定を終わらせることにした

なお、明久は茉子の掃除を手伝いながら

 

「そういえば、常陸さんって、何者?」

 

と問い掛けた

すると、茉子は

 

「忍者です」

 

と答えたのだった



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遭遇

昼食も終わり、明久は境内で掃除していた

それ以外に、やることが無かったからだ

芳乃に聞こうともしたが、つっけんどんな対応しかされなかった

それを見た安晴曰く

 

『この頑固さ……誰に似たかなぁ』

 

とのことだった

故に明久は、自分から境内の掃除を始めていた

しかし、早朝に安晴が掃除しているためかゴミは基本的に無い

その時

 

「なんか、やつれてないか? ご主人」

 

とムラサメが現れた

 

「あ、ムラサメちゃん……いやね、芳乃さんの態度が……」

 

「ああ……芳乃は悪い奴ではない……ただ、真面目過ぎるというかな……」

 

明久の言葉の意味を察して、ムラサメはそう言った

それは、明久も感じていた

芳乃は、非常に真面目な性格だと

その時

 

「あの、すいません……」

 

と一人の女性に話し掛けられた

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「今、誰と話してたんですか?」

 

その言葉を聞いて、明久は思い出した

ムラサメが見えるのは、極限られた人物のみなのだと

その時明久は、左耳に携帯と無線で繋がってるイヤホンが有ることを思い出した

明久はそれを指差し

 

「ああ、携帯で友人と話してたんです。ごめん、後で掛け直す」

 

明久はそう言って、そのイヤホンを外した

それを見たムラサメは

 

「上手いな、ご主人」

 

と誉めた

そして明久は、その女性に視線を向けて

 

「それで、どうかしましたか?」

 

と問い掛けた

すると女性は、焦燥した様子で

 

「それが、息子が居ないんです……こっちで見てませんか?」

 

と明久に問い掛けた

それを聞いた明久は

 

「僕は一時間程居ましたが……見てないですね……本当にこっちに来たんですか?」

 

「間違いないんです! ここに向かう途中で、繋いでた手を払って走り出してしまって……」

 

その女性はそう言った

そして、小さな声で

 

「やっぱり、イヌツキの土地になんて、来なければ良かった……」

 

と呟いた

それを聞いた明久は

 

「とりあえず、落ち着いてください。そのお子さんの情報を教えてくれませんか? 僕も探しますから」

 

と言った

それを聞いた女性は

 

「いいんですか?」

 

と首を傾げた

すると明久は

 

「困っている人を放っておけませんから……」

 

と言った

そして明久は、女性からその息子の情報を聞いて

 

「やはり、この近くでは見てませんね……」

 

と言った

そして、少し考えてから

 

「警察には、相談しましたか?」

 

と問い掛けた

すると女性は

 

「すぐに見つかると思って、相談してませんでした」

 

と俯いた

それを聞いた明久は

 

「僕も探しますから、貴女は警察に相談してください」

 

と言った

それを聞いた女性は、警察に向かった

それを見送った明久は

 

「ムラサメちゃん?」

 

「我輩は見ておらんの……探すか?」

 

明久の言葉の意図を察して、ムラサメはそう言った

すると、明久は頷いて

 

「お願い……僕の場所は分かるんだよね?」

 

「うむ……使い手の場所は分かる……見付けたら、教えに行けばいいのだな?」

 

ムラサメの言葉を聞いて、明久は俯いた

そして

 

「お願い」

 

と言った

それを聞いたムラサメは、姿を消した

それを見送った明久は、女性から聞いたルートに向かった

そして、探し始めて数十分後

 

「中々見つからない……何処に行ったんだ?」

 

と明久は、山の麓に来ていた

そして明久は、山の方に視線を向けて

 

「まさか……山に?」

 

と呟いた

その後明久は、その考えを信じて山に入った

そして明久は、腕時計を見て

 

「後少しで、日没だ……その前に見付けたいけど……」

 

と言って、走り出した

久しぶりの帰郷とは言っても、小さい頃から走り回っていた場所だ

足場の不安定さは理解している

そして走り回ったが、探していた男の子は見つからなかった

そうしている間に、陽は暮れてしまった

山の木の高さは高く、山の中は暗い

下手に動けば、足を踏み外して落ちるかもしれない

しかし明久は

 

「龍成くん! 居たら、返事して!」

 

と声を上げながら、探していた

その時、明久の背後でガサガサと草が擦れる音が聞こえた

それを聞いた明久は、振り向いて

 

「龍成くん?」

 

と呼び掛けた

しかし返事は無く、ガサガサという音は近づいてくる

それを聞いた明久は、僅かに腰を落とした

直感が囁く

 

「何か、来る」

 

明久がそう呟いた直後、それは姿を現した

まるで、小さな子供が粘土で作ったかのような見た目の存在だった

それを見た明久は、反射的に後ろに跳んだ

その直後、それから伸びた尻尾が風切り音と共に明久の眼前を通り抜けた

 

「なんだ、アレ!?」

 

明久が驚いた声を上げた直後、今度はソレ自体が動いた

ソレはまるで、突風のように明久に迫りながら右前足を振り下ろした

明久は間一髪で回避したが、その一撃は容易く明久の後ろにあった竹を切り裂いた

 

「当たったらヤバそう!?」

 

そう言って離れようとしたが、ソレは動物のような俊敏さで反転

再び飛び掛かってきた

それもなんとか回避したが、明久は

 

「なんとかしないと」

 

と呟いてから、先の一撃で切られた竹を掴んだ

その間に、ソレはまるで動物のように唸りながら明久を睨んでいた

明久は

 

(大丈夫だ……落ち着け……こんなの、三年前に比べれば、怖くない)

 

と自身に言い聞かせた

そして明久は、左手でその竹を持ち、右手を沿えるように構えた

そうしている間に、明久の呼吸は自然と荒くなっていく

そして、鼓動も早くなる

この時明久の脳裏に過るのは、三年前の事件

その時以来明久は、木刀や竹刀を持てなくなった

その時の光景を思い出すから

しかしその時、ソレが

 

「ガアアァァァァァ!!」

 

と雄叫びを上げながら、明久に飛びかかった

その直後、明久は

 

「アァァァァァァ!!」

 

と雄叫びを上げながら、左手に持った竹を突き出した

その一撃は、ソレの攻撃より早くソレに直撃した

しかしその直後、伸びてきた尻尾が明久の右肩に直撃

切り裂いた

しかもソレの体当たりを受けて、明久は背後の薮を突き抜けて崖を転がり落ちた

そして明久は、川に落ちた

落ちた衝撃で、明久は意識を喪失

少しの間、川を流れた

そして、街近くの川岸に流れついた時

 

「ご主人! 起きろ、ご主人!!」

 

とムラサメが、明久に声を掛けた

すると、ほんの僅かに明久の意識が戻り

 

「ムラサメ……ちゃん?」

 

「しっかりしろ、ご主人!」

 

明久が名前を呼ぶと、ムラサメは顔を蒼白にしながらそう言った

すると明久は

 

「ムラサメちゃん……あの、男の子は……?」

 

と問い掛けた

するとムラサメは

 

「少しは自分を気に掛けろ! あの男の子は見つかった! 既に、母親と一緒に居る!」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「良かった……」

 

と安堵して、目を閉じた

それを見たムラサメは

 

「安心するのは構わんが、意識をしっかり持て! 今こっちに、芳乃達が来ている! それまで保たせろ!」

 

と言った

だが明久は、完全に意識を手放した

 



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目覚め

「う……」

 

と明久は声を漏らして、目を覚ました

そして明久は、視線だけで窓の方を見た

外は既に、かなり明るい

 

(お昼頃……かな?)

 

と明久が思った

その時

 

「起きたか、ご主人?」

 

とムラサメの声が聞こえた

声のした方を見ると、ムラサメが浮いていた

それを見た明久は

 

「あれから……どれ位経った?」

 

と問い掛けた

すると、ムラサメは

 

「約一日と半だな……ご主人、丸一日は眠っていたのだぞ?」

 

と言った

それを聞いて、明久は

 

「一日経ってたのか……あの男の子は、見つかったんだよね?」

 

とムラサメに問い掛けた

するとムラサメは、何処か呆れた様子で

 

「少しは自分の事を気にしろ、まったく……」

 

と言って、首を振った

そして

 

「ああ、無事に見つかった」

 

と教えた

それを聞いて、明久は

 

「それは、良かった」

 

と言って、起き上がろうとした

それを見て、ムラサメが

 

「待て、無理をするな。ご主人!」

 

と明久を制止した

そして

 

「駒川の者が言うには、右肩の傷の他に全身打撲に擦過傷が多数有ると言っておった。少しは大人しく休んでおれ!」

 

と言った

すると、襖の向こうから

 

『ムラサメ様? どうしました?』

 

と茉子の声が聞こえた

そして、襖が開き茉子が入ってきた

入ってきた茉子は、明久が僅かに上半身を起こしてるのを見て

 

「明久さん!?」

 

と慌てて、明久に近寄ってきた

そして

 

「大丈夫なんですか!? お体の調子は!?」

 

と明久に問い掛けた

すると明久は

 

「何とか大丈夫だから、落ち着いて」

 

と茉子を宥めた

それを聞いて、茉子は

 

「心配したんですよ……丸一日目覚めないから」

 

と言った

そして、明久の体を支えながら起こした

すると明久の視界に、明久の布団に寄り添う形で眠っている芳乃の姿が映った

すると、ムラサメが

 

「吾が輩が見てるから休め、と言ったのだがな……休まず看病していたのだ」

 

と言った

そして、茉子が

 

「芳乃様、明久さんが怪我したのに責任を感じてましたから」

 

と言った

その時

 

「ん……」

 

と芳乃が起き上がった

そして、明久を見ると

 

「大丈夫ですか!? 怪我は痛みませんか!?」

 

と明久に問い掛けた

それを見た明久は

 

(おう、デジャヴ)

 

と思った

そして

 

「流石に右肩は少し痛むけど、大丈夫だから。落ち着いて」

 

と芳乃を宥めた

すると、芳乃は

 

「良かった……心配したんです……目を覚まさないかと……」

 

と安堵の息を漏らしながら、明久の肩に手を添えた

その時、明久は見た

芳乃の頭に、犬耳が生えたのを

それを見た明久は

 

「……頭も打ったのかな……ありえないのが見える」

 

と言いながら、目頭を押さえた

それを聞いて、三人は揃って首を傾げた

すると明久は

 

「いや、あのね……芳乃さんの頭に……犬耳が見える」

 

と言った

それを聞いた芳乃は、顔を真っ赤にしながら犬耳を手で隠した

そして

 

「こ、これは幻覚です! 幻です!」

 

と声を上げた

 

「え、えっと……」

 

それを見て、明久が困惑していると、襖が開いて

 

「起きたみたいだね、明久くん」

 

と安晴が現れた

そして安晴は、歩みより

 

「無事目覚めてくれて、何よりだ」

 

と言った

そして、芳乃に視線を向けて

 

「芳乃、もう説明するべきだ。彼も当事者になったのだから」

 

と言った

そして明久は、現状を知ることになる



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呪い

安晴の言葉を聞いて、芳乃はしばらく躊躇っていたが

 

「確かに……もう、当事者になってしまいましたね……」

 

と溜め息混じりに言った

そして

 

「吉井さん……朝武に伝わる呪いは、まだ続いてるんです」

 

と語りだした

その呪いの根源は、以前に安晴や玄十郎から聞いた通り

そしてその呪いは、数百年経った今も続いていた

明久が山で遭遇したのは、その呪い

通称、タタリ

それが出た目安が、芳乃の頭に出た耳なのだ

芳乃は明久が山で遭遇する少し前に、その耳が出たこと

そして、ムラサメが明久が山に居ると聞いて駆け付けたそうだ

そして見付けたのは、川原で倒れていた明久だったらしい

それを見た時、芳乃は後悔したそうである

《夜には、山に入らないようにしてほしい》

と言うのを、忘れたことを

 

「まあ、無事だからそれはいいとして……」

 

明久はそう言って、芳乃の頭に生えている耳を見て

 

「その耳って、僕にも出るの?」

 

と問い掛けた

それを聞いて、芳乃は

 

「いえ。生えるのは、朝武の直系のみです」

 

と答えた

それを聞いた明久は、安晴に視線を向けた

すると、安晴は

 

「僕は入り婿だからね。生えないさ」

 

と答えた

それを聞いて、明久はコクコクと頷いた

そして

 

「あのタタリが、町に降りてきたことは?」

 

と問い掛けた

すると、安晴が

 

「今の所は、そんな事例は確認されてないね」

 

と答えた

それを聞いて、明久は

 

「つまり……夜間限定で、あのタタリは山に現れるのか……」

 

と言った

そして、少しすると

 

「僕が襲われたのは、夜に居たのと……叢雨丸の使い手になったからかな?」

 

と首を傾げた

すると、それを聞いた安晴が

 

「そうだろうね」

 

と同意した

それを聞いて明久が黙考していると、芳乃が

 

「吉井さん……吉井さんは、もう戦わなくていいんです」

 

と言った

それを聞いた明久が、芳乃に視線を向けると

 

「吉井さんは、もう傷ついてます……ですから、無理をしないでください」

 

と真剣な表情で言った

確かに、今の明久は傷を負っている

簡単には、戦闘に出れる体では無いだろう

 

「では、これで」

 

芳乃はそれを言って、部屋から出ていった

それを見送った明久は、やはり怪我で体力を消耗していたからか、軽く眠った

そして起きたのは、夕食の時間になってからだ

起こされた明久は、茉子が作った料理を食べた

その後、茉子と芳乃の二人が着替えた

茉子は、忍者装束に

芳乃は、巫女服に

それを見て、明久は

 

「それが、戦うための服装なの?」

 

と問い掛けた

すると、二人は

 

「ええ、そうです」

 

「由緒正しい衣装と道具なんですよ」

 

と言った

そして、ドアを開けて

 

「それでは、いってきます」

 

「いってまいります」

 

と夜闇の中に、消えていった

それを見送った明久は、安晴に視線を向けて

 

「安晴さん、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」

 

と問い掛けた

すると、安晴は

 

「なんだい、明久君?」

 

と首を傾げた

そして明久は、衝撃的なことを知ることになる



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呪い2

「安晴さん……僕、オカルトは得意じゃないんですが……呪いって、そんなに長く掛かるんですか?」

 

明久がそう問い掛けると、安晴は

 

「僕も調べただけだから、何とも言えないね……だけど、駒川の人が言うには、呪いを放った相手の怨念が強ければ強いほど、長く掛かる場合もあるらしいからね」

 

と言った

それを聞いた明久が、しばらく黙考していると

 

「明久君……今回のことは、本当にすまないね」

 

と言って、安晴が深々と頭を下げた

 

「安晴さん……」

 

「怪我のこともだが、婚約も……」

 

安晴がそう言うと、明久は

 

「まあ、婚約に関しては……お互いに距離を測っている感じなので」

 

と返した

すると、安晴は

 

「まあ、あの子は頑固だからね……誰に似たのやら」

 

と言った

そして、思い出すように

 

「僕と秋穂が婚約したのは、今のあの子より早かったな」

 

と言った

秋穂というのは、亡くなった芳乃の母親らしい

そして、安晴と秋穂は幼馴染みだったようで、気付けば互いに惹かれあっていた

そして、15歳の時に正式に婚約したそうだ

そして、朝武家ではおおよそ学院を卒業とほぼ同時に婚約するのが慣例らしい

それを考えれば、芳乃は遅い婚約だろう

すると、明久は

 

「なぜ、このご時世に婚約を……しかも、学生時に」

 

と首を傾げた

それを聞いて、安晴が

 

「朝武の家はね……早死の家系なんだ」

 

と言った

 

「な……まさか、それも?」

 

「確証は無いけどね……皆大体、40代半ばまでにはなんらかの病気で亡くなってしまうんだ」

 

明久が驚きながら問い掛けると、安晴はそう答えた

そして、明久が絶句していると

 

「ああ、安心してほしい。今のところ、あの子にそんな兆候はないから」

 

と言った

どうやら、その状態になるのには兆候があるらしい

 

「だけど、あの子は頑なに婚約を結ぼうとしない……実は此処だけの話、あの子には様々な縁談の申し込みが来ているんだ」

 

安晴のその言葉に、明久は納得した

芳乃は、かなりの美少女である

そういった話が、来ない訳がない

 

「だけどあの子は、その全てを断っているんだ……」

 

「その理由は?」

 

理由を知りたかった明久が問い掛けるが、安晴は首を振って

 

「詳しくは、僕からは話せない……だけど、秋穂の言葉を誤解してるんだ」

 

と言った

それを聞いた明久は、立ち上がった

すると、安晴が

 

「……行くのかい?」

 

と問い掛けた

すると、明久は

 

「女の子だけに、任せる訳にはいきませんから」

 

と答えた

それを聞いた、安晴が

 

「はっきり言って、命懸けだよ? 下手したら、死ぬかもしれない」

 

と言った

すると、明久は

 

「確かに、そうかもしれません……ですが、戦う術があって何もしないより、動いたほうが納得します」

 

と答えて、居間から自分の部屋に向かった

そして明久は、部屋から刀を掴んで走り出した

自分の思いに従って



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抜く時

神社から出た後、明久は山に入った

山の中は暗く、普通は怖いだろう

だが明久は、怖くはなかった

何故ならば

 

「ご、ごごごご主人! 何か話してくれ!」

 

ムラサメが、怖がっていたからだ

 

(所謂、アレかな? 一緒に居る人が怖がってるから、落ち着いちゃってるってやつ?)

 

と明久は、泣いてるムラサメを見ながら、そう思った

そして明久は

 

「そんなに怖いならさ、何か歌でも歌ったら?」

 

と助言した

するとムラサメは、手をポンと合わせて

 

「いい案だな!」

 

と言って、少し考えた後に歌い始めた

とおりゃんせを

 

「待てぃ! なぜにその選曲!?」

 

「仕方ないだろう!? 今の歌など知らないのだから!?」

 

明久が突っ込むと、ムラサメはそう返答した

そう言われたら、明久としては、何も言えなかった

そして明久は、少し考えてから

 

「これの中に、入れるの?」

 

と叢雨丸を掲げた

するとムラサメは、手をポンと合わせて

 

「その手があったか!」

 

と言った

どうやら、入れるらしい

そしてムラサメは、明久の正面に浮かび上がると

 

「では、いくぞ!」

 

と叢雨丸に入った

明久が軽く鞘から抜くと、叢雨丸が白く輝いている

明久は、すぐに鞘に納めて

 

「これで、タタリを切れるのか」

 

と言った

すると、頭の中に

 

『うむ。その通りだ』

 

とムラサメの声が聞こえた

どうやら、叢雨丸に入ったら頭の中に声が聞こえるようになるらしい

 

「それで、このまま進めばいいんだね?」

 

『うむ、間違いない』

 

ムラサメの言葉を聞いて、明久はそのまま奥に進んだ

そして、進み始めて数分後

 

「あ、居た」

 

少し先に、探していた二人

芳乃と茉子の二人が居た

 

「明久さん!?」

 

「なんで来たんですか!?」

 

明久の姿を見て、芳乃と茉子は驚愕した

すると明久は

 

「なんでって、女の子が戦ってるのに、僕が待ってるわけにはいかないでしょ?」

 

と返答して、叢雨丸を構えた

すると、芳乃が

 

「ムラサメ様! なぜ、止めなかったんですか!」

 

と怒った

すると、ムラサメは

 

『男児の心意気を、無下には出来ないだろうて』

 

と言った

それを聞いて、芳乃は反論しようとした

だがその時

 

「疾!」

 

と明久が、右手に持っていた鞘から叢雨丸を抜刀した

その一撃は、芳乃を背後から襲おうとした触手を弾いた

 

「抜刀術!? いえ、それよりも……芳乃様。今となっては、降りさせる方が危険です!」

 

茉子は明久の技に驚いたが、すぐに芳乃にそう言った

それを聞いて、芳乃は

 

「仕方ないですね……吉井さん、無理しないでください!」

 

と言って、鉾鈴を構えた

すると、触手の先から本体が姿を現した

これが、明久のタタリ戦の始まりだった



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剣鬼

芳乃が明久に注意喚起した直後、また触手が襲い掛かってきた

明久はその一撃を、柄尻で弾いて防御

そのまま、前に出た

その直後、草影からソレが現れた

まるで、子供が粘土で作ったかのような見た目の存在

タタリ

そのタタリは、動物のような身のこなしで、明久を飛び越えて、芳乃に向かった

 

「芳乃様!」

 

「くっ!」

 

茉子が呼ぶと同時に、芳乃はサイドステップでタタリの体当たりを回避

しかしタタリは、芳乃の背後にあった木の幹に着地して強引に方向転換

その勢いのまま、芳乃に向かった

芳乃は回避しようとしたが、完全には回避出来ずに僅かに命中

バランスを失った

 

「芳乃様!」

 

だがそこに、茉子がフォローに入った

茉子は、クナイを投擲

タタリはそのクナイを回避

次は茉子に狙いを定めた

だが

 

「おい……僕を忘れるな」

 

と明久が、まるでロケットのように左手で突きを放っていた

タタリはその一撃を回避したが、明久は足運びで停止した

そこは、芳乃の前だった

明久は油断なく刀を構えながら

 

「芳乃さん……大丈夫?」

 

と問い掛けた

すると芳乃は、立ち上がり

 

「はい……大丈夫です」

 

と答えて、鉾鈴を構えた

数の利では、完全に明久達に軍配が上がっている

しかし、地の利ではタタリに軍配が上がっている

山というのは、不整地だ

そして不整地では、四脚のタタリに分があった

だから、戦いは膠着状態になっていた

しかし、芳乃は気付いていた

明久の呼吸が荒く、尋常じゃない汗を掻いていることに

 

「吉井さん……どうしたんですか?」

 

「大……丈夫……」

 

芳乃が問い掛けるが、明久はそう返した

しかし、どう見ても大丈夫には見えなかった

それが気になり、芳乃は明久の腕を掴もうとした

だがそれより早くに、明久が動いた

実は、明久は焦っていた

 

(早く、勝負を決めないと……持たない!)

 

今も、意識をタタリに向けることで、辛うじて気絶しないように保っていた

だが、何事にも限界はある

だから明久は、短期決戦を選択

突撃したのだ

その速さは、芳乃からしたら、別格

残像しか見えない

茉子は

 

(この速さは……古流剣術の縮地!?)

 

明久の速さの秘訣に気付いた

そして明久は、タタリの触手を速さで回避

そして、跳んだ

だが、それは悪手としか言いようがない

何故ならば、人というのは、空中では一切身動きが取れなくなるからだ

それを狙い、タタリは触手を放った

しかも、真上から叩き付けるように

本数は、増えて三本

それを見た茉子は、懐からクナイを数本取り出して投擲した

そのクナイにより、三本の内二本は切断された

だが、一本だけ残った

 

「明久さん!」

 

「吉井さん!」

 

それを見た茉子と芳乃は、思わず叫んだ

長い間戦ってきた二人だから、タタリの一撃の重さを理解していた

直撃を受けたら、無事ではすまない

だが、次の瞬間

 

「……流剣術、斬の型……陽炎」

 

明久がそう呟いた直後、残っていた触手が切り刻まれた

そして明久は、鞘に刀を納刀し

 

「居合の型……斬月」

 

目にも止まらぬ早さで、タタリを一刀両断したのだった



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帰還

タタリを切り裂いた明久は、タタリが消えた直後、刀を杖代わりにしながら

 

「終わった……んだよね?」

 

と呟いた

すると、頭の中で

 

『ああ、終わったぞ!』

 

とムラサメの声が聞こえた

それを聞いた明久は、刀を鞘に納めた

すると、背後にムラサメが姿を現した

それを見た明久は、疲れから柄尻に額を当てた

その直後、不意に鼓動が跳ね上がった

それに明久は

 

(マズい!? 遅かったか!?)

 

と内心で焦った

だが、すぐに違うと分かった

その理由は、タタリが消えた辺りの地面に、光る物を見つけたからだ

 

「なんだ?」

 

それが気になり、明久は片膝を突いた

そして、それを見つけた

小さい透明な欠片

感じ的には、水晶の欠片に見えた

 

「これは……」

 

と明久が、拾った欠片を見ていた

そこに

 

「明久さん!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

と芳乃と茉子の二人が、駆け寄ってきた

それに気付いた明久は、ポケットに欠片を入れて

 

「うん、大丈夫だよ」

 

と答えた

それを聞いた二人は、安堵した表情を浮かべて

 

「良かった……」

 

「タタリに肉薄するから、焦りました……」

 

と言った

それを聞いた明久は、頬を掻きながら

 

「刀だし、近づくしかないからね」

 

と言った

すると茉子が

 

「しかし、驚きました……明久さん、相当の腕前ですね」

 

と言った

すると芳乃が、同意するように

 

「そうですね……あの動き、見たことありません」

 

と言った

すると明久は

 

「まあ昔、お爺ちゃんと一緒に振ってたしね」

 

と告げた

ふとその時、明久は芳乃の頭に有った耳が無くなっていることに気付いて

 

「耳、無くなってる……」

 

と呟いた

すると、芳乃が

 

「はい。タタリを倒せば、消えるんです」

 

と教えた

それを聞いた明久は、納得したように頷いた

この後、三人は帰宅

寝たのだった

そして、翌日

 

「んー……少し、筋肉痛気味かなぁ」

 

「あれだけ動いたんです。仕方ないですよ」

 

台所に立った明久は、軽く体を動かして呟いき、その呟きを聞いた茉子はそう言った

そこに、朝の日課たる舞の練習と掃除を終えた芳乃と安晴が来た

そして、朝食を始めた

すると、安晴が

 

「昨日は、大丈夫だったかい?」

 

と明久に問い掛けた

その問い掛けに、明久は

 

「まあ、軽い筋肉痛になっていますが、大丈夫ですよ」

 

と返答した

それを聞いた安晴は、安心した様子で

 

「それは良かった……君に何かあったら、玄十郎さんに申し訳がたたないからね……」

 

と言った

すると、明久は

 

「今の状況は、全て自分で決めた結果です……だから、納得しています」

 

と言った

それを聞いた安晴は

 

「……君は、大人だね」

 

と呟いた

それを聞いた明久は

 

「まだまだ子供ですよ……まだ」

 

と最後は聞こえないくらい小さく、呟いた

そして、三人が食事に集中していた時

 

「まだ過去に囚われてるんですから……」

 

ポツリと、そう呟いたのだった



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新たな学校生活

朝食を食べ終わった後明久は、芳乃と茉子の案内で学院に向かっていた

もちろん、制服である

穂織の学校は一つであり、制服は小学校から高校まで男女共に共通だ

その制服にも、穂織の特徴が出ている

和服のテイストを交えた洋装で、中学時代は学ランだった明久からしたら、珍しい制服だった

すると、じっと見ていたからか、芳乃が

 

「あの……何か、変ですか?」

 

と明久に問い掛けた

すると明久は

 

「いやぁ、二人とも可愛いなってね」

 

と言った

それを聞いた二人は、顔を真っ赤にした

二人は制服姿なのだが、芳乃は何時もツインテールにしている髪をポニーテールにしている

茉子は護衛という立場故だろう

スカートの下に、スパッツを履いている

すると茉子が

 

「あ、あははは……もしや、うら若き乙女の制服姿にドキドキですかぁ? 意外なご趣味……」

 

と言った

すると明久は

 

「まあ、それもあるけど……ポニテ萌えかな?」

 

と芳乃を見た

すると茉子は、笑みを浮かべて

 

「なるほど……そちらでしたか。なかなか、いいご趣味をお持ちのようで」

 

と称賛(?)した

すると明久は

 

「なんのなんの……常陸さんも、なかなか話せるね」

 

と笑みを浮かべた

 

「それはもう、ふっふっふ……」

 

意外と、茉子と明久は相性がいいのかもしれない

すると、芳乃が

 

「本人の目の前で、そんな変な話をしないで欲しいんですが……」

 

と苦い表情を浮かべた

すると明久が

 

「そういえば、学院は遠いの?」

 

と話題転換を兼ねて、茉子に問い掛けた

すると茉子は

 

「いえ、そこの坂を上ればすぐです」

 

と答えた

それを聞いた明久は、周りを見てから

 

「結構山に近いけど、タタリは大丈夫なの?」

 

と芳乃に問い掛けた

すると、芳乃は

 

「今までに問題は起きていません。夜になる前に戻れば、大丈夫だと思います」

 

と言った

そして、真剣な表情で

 

「ですから、できれば放課後は、すぐに帰るようにして下さい」

 

と言った

 

「うん、分かった」

 

「もし何か用事で残る必要が出来た時などは、教えてくださいね」

 

明久が頷くと、茉子がそう言った

そして、朝武家から出て数分後

 

「ここが……鵜芽(うかや)学院……」

 

明久達は、学校

鵜芽学院に到着した

そして明久は、少し見てから

 

「あんまり、学院って感じがしないね……」

 

と呟いた

すると、明久の背後で浮かんでいたムラサメが

 

「元は武道館で、ある剣術道場が使っていたのだが、徐々に門下生も居なくなってな」

 

と説明を始めた

 

「建物自体は頑強で立派な物じゃから、内部を改装して、今の学院となったわけだ」

 

「なるほどね……趣があるね」

 

ムラサメの説明を聞いて、明久はそう呟いた

その直後

 

「よう! おはよう」

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

「おはよう、二人とも」

 

廉太郎と小春が現れた

すると、小春が

 

「怪我は、大丈夫なの?」

 

と心配そうに問い掛けてきた

すると廉太郎が、軽く明久の全身を見て

 

「見た目は、すっかり元気そうだな」

 

と言った

小春の問い掛けに、明久は

 

「穂織の温泉の効果もあって、大体はね」

 

と言った

穂織の温泉は、怪我の療養にいいとされ、昔から湯治に使われてきた

ムラサメの説明では、タタリの穢れにも効くらしい

 

「おー、なら良かった」

 

「心配かけて、ごめん」

 

「ちゃんと気をつけないとダメだよ? 山で転がり落ちるなんて」

 

明久が謝ると、小春がそう苦言を呈した

すると、廉太郎が

 

「ドジだよなぁ」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「あの時は、迷子を探すのに必死になりすぎて、不注意だったよ」

 

と言った

すると小春が、思い出すように

 

「お兄ちゃん、廉兄と一緒に調子に乗ってバカやっちゃう子だったもんね……」

 

と言った

それを聞いた明久は、苦笑いを浮かべて

 

「今後は、気をつけます」

 

と言った

すると小春は、指を一本立てて

 

「本当に気をつけないとダメだよ、お兄ちゃん?」

 

と注意した

そして、何やら含みを持った目で廉太郎を見ながら

 

「いい加減、大人にならないと」

 

と言った

それを聞いた明久は、無言で頭を掻いた

すると、小春は

 

「あわっ! 挨拶が遅れてごめんなさい。おはようございます、巫女姫様、常陸先輩」

 

と芳乃と茉子に、頭を下げた

すると二人は

 

「おはようございます」

 

「おはようございます」

 

と小春に挨拶した

すると、廉太郎は軽い調子で

 

「おはよう、二人とも」

 

と片手を上げながら、挨拶した

すると、明久が

 

「廉太郎は同じクラスとして、小春ちゃんのことも知ってるんだね」

 

と芳乃と茉子に問い掛けた

すると、二人は

 

「玄十郎さんには、お世話になっていますから」

 

「学年のクラスは一つだけで、全学年合わせても、百人も居ませんから」

 

と言った

そこに廉太郎が

 

「しかも、クラスメイトの顔ぶれは変わらないし。子供の頃からの友達も多い。田舎だからな。みんなが顔見知りが普通だ」

 

と言った

すると廉太郎は、明久の肩に手を回して

 

「それよりも……新婚の甘い同棲生活はどうよ?」

 

と小声で、明久に問い掛けてきた

すると、明久は

 

「婚約のことは知ってるのね……あと、同棲じゃなくて同居ね」

 

と訂正を求めた

すると、廉太郎は

 

「そりゃな……だってよ、お前が巫女姫様の家でお世話になるなんて、どう考えても変じゃん」

 

と言ってきた

そして、廉太郎は

 

「祖父ちゃんの(宿)がダメなら、普通は俺らの家だろ」

 

と言ってきた

 

「まあね……もしかして、噂になってる?」

 

「まさか。巫女姫様が婚約なんて話になったら、一気に広まってるよ」

 

明久の問い掛けに、廉太郎はそう言った

すると、明久は

 

「じゃあ、知ってるのは……」

 

「俺と小春。あと……芦花姉も知ってるんじゃないか? 御神刀折った時、その場に居たしな」

 

明久の言葉に、廉太郎がそう言った

 

「確かに……分かってるだろうけど、その話は」

 

「口外無用だろ? 祖父ちゃんからも言われてる」

 

明久の言葉を継ぐように、廉太郎はそう言った

そして

 

「とは言っても、田舎だから、時間の問題だな」

 

と言った

 

「それでも、広げないでよ?」

 

「分かってるって」

 

と二人が話していた時だった

 

「廉兄、お兄ちゃん? 何時まで秘密話してるの? 遅刻するよ?」

 

と小春が言った

それに同意するように

 

「そうですね。特に明久さんは、職員室に行く必要がありますから」

 

「案内しますよ」

 

と茉子と芳乃が言った

それを聞いて、明久は学院に入ろうとした

その時、校舎から一人の女性が出てきて

 

「貴方が、吉井明久君ですね?」

 

と明久に問い掛けてきた

 

「あ、はい。そうです」

 

「良かった。遅いから何かあったのかと思いましたが、皆と話してただけなんですね」

 

明久が頷くと、女性は安堵した表情でそう言った

そして、軽く会釈しながら

 

「初めまして! 貴方の担任になる、中条比奈実(ちゅうじょうひなみ)です」

 

と名乗った

すると、明久は

 

「吉井明久です。よろしくお願いします」

 

と挨拶した

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「すみません、お手数をかけました」

 

明久が謝ると、比奈実は微笑みながら

 

「大丈夫ですよ。迷ったり、事故に遭ったわけじゃなくて安心しました」

 

と言った

そして、学院の方を指差して

 

「簡単な手続きと確認がありますから、職員室に一緒に来てください」

 

と言われた

 

「はい」

 

そこで芳乃達と別れて、明久は職員室に向かったのだった



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駒川

「吉井明久と言います。変わった時期に転校してきましたが、よろしくお願いします」

 

「ということです。皆さん、仲良くしてくださいね」

 

明久が挨拶すると、担任の比奈実がそう言った

すると比奈実は、廉太郎の方を指差して

 

「席は、鞍馬君の隣が空いてますよ」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「わかりました」

 

と言って、廉太郎の隣の席に座った

それを見た比奈実は

 

「では、数学の授業を始めます。教科書を開いてください」

 

と言った

そして、何とか授業をこなして、昼休み

 

「さぁて、飯だ」

 

と廉太郎が、背伸びしながら言った

すると明久は、廉太郎に

 

「お昼はどうなってるの?」

 

と問い掛けた

すると廉太郎は

 

「ここには、学食は無いから購買でパンを買う。家から弁当を持ってくる。一回家に帰って、家で食うのどれかになるな」

 

と言った

生徒の人数が少ないから、学食が無いようだ

更に、田舎らしい自宅での食事の許可

 

「言っておくと、弁当を持ってきたほうがいいな。購買は、競争率が高い」

 

廉太郎はそう言いながら、鞄に手を入れた

すると、何やら焦った様子で

 

「あ、しまった……」

 

て額に手を当てた

 

「どうしたの?」

 

「弁当、忘れた……」

 

明久が問い掛けると、廉太郎はそう答えた

どうやら、弁当を家に忘れたようだ

 

「どうすっかな……購買、もうマトモなの残ってないだろうし……」

 

と廉太郎が唸り始めた

すると

 

「廉兄!」

 

と小春が入ってきた

 

「小春? どうしたんだ?」

 

と廉太郎が問い掛けると

 

「はい、これ」

 

と小春が、廉太郎の机の上に包まれた弁当箱を置いた

 

「俺の弁当!」

 

「ほぼ毎日渡されるのに、なんで忘れるかなぁ?」

 

廉太郎が喜びの声を上げると、小春は呆れた様子でそう言った

どうやら、持ってきてくれたようだ

しっかりした妹である

 

「ありがとう、小春! おかげて、ひもじい思いをしなくて済んだぜ!」

 

「だったら、忘れないようにしてよ……」

 

廉太郎の言葉を聞いて、小春は溜め息混じりにそう言った

確かに、その通りである

 

「困った兄だね」

 

「まったくです」

 

「ひでぇよ、明久」

 

明久の言葉に小春は同意し、廉太郎は非難がましい目で明久を見た

その後、小春、芳乃、茉子の三人を含めた五人で一緒にお昼を食べた

そして、一日の授業も終わり、HR

そこで比奈実が

 

「あ、吉井君。少し残ってもらっていいですか?」

 

と言ってきた

それを聞いた明久、芳乃、茉子の三人は教室に残っていた

 

「何の用だろ?」

 

「まだ、転校に関する手続きが残ってるとかですかね?」

 

「まあ、中條先生が来れば、分かるかと」

 

明久の言葉に、茉子と芳乃はそう言った

すると、教室にドアが開いて

 

「あ、ちゃんと残ってくれましたね」

 

と比奈実が入ってきた

しかも、その後ろには眼鏡を掛けて、白衣を着た女性が居た

比奈実はその女性に

 

「では、駒川先生。私はこれで」

 

と言って、去った

どうやら、その駒川と呼ばれた女性が、明久に用があるらしい

すると、芳乃と茉子が

 

「なるほど。駒川先生だったんですね」

 

「明久さん。駒川先生は、この町唯一の医師でもあり、学校の養護教諭もしてるんです」

 

と言った

すると、駒川みづはが

 

「こんにちは、芳乃様。常陸さん。そして初めまして、吉井明久君。私は、駒川みづはだ」

 

と名乗った

その言い方から明久は、彼女も関係者だと気付いた

すると、みづはは

 

「この間明久君、怪我しただろ? 確認しようと思ってね」

 

と言ってきた

それを聞いた明久は、怪我から起きた時にムラサメが駒川と言っていたのを思い出した

 

「そうでしたか」

 

「これから保健室に行って、診察しよう」

 

みづはの言葉に従い、明久はみづはと一緒に保健室に行って、診察を受けた

すると、みづはは

 

「……うん。大丈夫そうだね」

 

と言った

どうやら、経過は良好のようだ

診察が終わったみづはは、カルテに何やら書き込んでから

 

「タタリの影響も無さそうで、安心したよ」

 

と言った

みづはがカルテに書き込んでいる間に、明久は脱いでいた上を着た

そして

 

「ありがとうございます」

 

と軽く頭を下げた

すると、みづはが

 

「では改めて。私は駒川みづは。朝武家お抱えの医師だ」

 

と言った

それに明久は

 

「吉井明久です。お世話になりました」

 

と頭を下げた

すると、みづはは

 

「多分、これから何回か顔を合わせる筈だ。普段は町の診療所に居るから、もし用があれば、ここに電話してくれ」

 

と言って、明久に名刺を手渡した

明久は、その名刺を受け取り

 

「はい、わかりました」

 

と言って、ポケットにしまった

それを見たみづはが

 

「私は、学校に出す書類があるから。君は帰って大丈夫だよ」

 

と言ってきた

なので明久は、椅子から立ち上がり

 

「ありがとうございました」

 

と感謝の言葉を言ってから、保健室から出た

すると、待っていたらしい芳乃と茉子が近寄り

 

「吉井さん」

 

「どうでしたか?」

 

と問い掛けた

その問い掛けに、明久は

 

「大丈夫だって」

 

と答えた

そして、茉子から鞄を受け取り、帰路に着いたのだった

 



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剣豪

翌日、登校した明久は

 

「廉太郎」

 

と椅子に座っていた廉太郎に、声をかけた

 

「なんだ?」

 

「これ、お爺ちゃんに渡してくれる?」

 

振り向いた廉太郎に、明久は便箋を手渡した

すると、廉太郎は

 

「爺ちゃんに?」

 

と首を傾げた

その問い掛けに、明久は頷き

 

「うん。大切だから、絶対に渡してね」

 

と言った

そして、時は経ち放課後

 

「あ、芳乃さん、常陸さん。僕は少し残るから」

 

と明久は、帰り支度をしていた二人に言った

すると、二人は

 

「大丈夫なんですか?」

 

「分かってるとは思いますが……」

 

と言った

すると明久は

 

「大丈夫……夜までには戻るさ」

 

と答えた

それを聞いた二人は、先に帰宅

明久は、鞄を持って学院前で待っていた

そして、数十分後

 

「来たぞ、明久」

 

と玄十郎が現れた

その手には、竹刀袋が二つある

 

「待ってたよ、お爺ちゃん」

 

明久がそう言うと、玄十郎は

 

「明久よ、本気か? お前はアレから、刀処か竹刀すら……」

 

と言いかけた

だが、それを遮るように明久が

 

「この間、刀を抜いて、技を放ったよ……鈍ってたし、最後は吐くのを必死に耐えてたよ」

 

と言った

それを聞いた玄十郎が、固まっていると

 

「それに、女の子が頑張ってるんだ……男の僕が……戦える術がある僕が頑張らなくて、どうするのさ」

 

と明久は言った

それを聞いた玄十郎は、思わず頷いた

明久らしいと

だから玄十郎は、それ以上問わずに

 

「体力はどうじゃ?」

 

と明久に問い掛けた

すると明久は

 

「最近はドタバタしてたから出来てないけど、一応毎日走ってる」

 

と答えた

そして、明久は

 

「そう言えば、宿屋の経営は大丈夫なの?」

 

と問い掛けた

すると玄十郎は

 

「ワシは事実上、陰遁しておる。経営は、素子さんに任せた」

 

と言った

 

「素子さん?」

 

「お前も会っている筈じゃぞ。志那都荘の女将を任せている」

 

明久が首を傾げると、玄十郎はそう言った

それを聞いた明久は、朝武家に泊まることになった翌日、志那都荘で会った女性を思い出した

その女性は、大体30代前半で、左目の下に泣き黒子があり、非常に落ち着いた印象の女性だった

 

「いつの間に、女将なんて決めてたの? お爺ちゃん、中々決めなかったじゃない」

 

「なに、三年程前にな知り合いから紹介されたんじゃ。素子さんはいいぞ。言葉使いだけでなく、器量、教え方も上手じゃ」

 

明久が再び問い掛けると、玄十郎はそう言って、女将

猪俣素子(いのまたもとこ)を賞賛した

それを聞いた明久は、驚いた

鞍馬玄十郎という老人は、自分にだけでなく他人にも厳しい性格の人物である

その玄十郎が、手放しで素子を褒めちぎった

それは要するに、素子という女性がそれほどの人物だということを示している

 

「さて……明久、受け取れ」

 

玄十郎はそう言って、右手に持っていた竹刀袋を明久に投げ渡した

明久は受け取ると、封を解き、中から木刀の柄を出した

それを見た明久は、一度大きく深呼吸

そして、柄を掴んで取り出した

その後、竹刀袋を近くの花壇の縁に置いてから、木刀を構えて

 

「行くよ、剣豪……手抜きはしないでね」

 

と言った

それを聞いた玄十郎は

 

「その称号は、お前に譲ったんじゃがな」

 

と言って、上着を脱いで置いた

そして

 

「では、往くぞ!!」

 

と気合いの声を張り上げたのだった



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駒川家

明久が帰宅したのは、陽が傾き始めた時だった

しかも、かなり疲れた様子だった

それを見た芳野が

 

「一体、何をやってたんですか?」

 

と明久に問い掛けた

すると、明久は

 

「んー……まあ、確認かな?」

 

と首を傾げた

その後明久は、一足先に入浴

茉子の手伝いをした

そして夕食の時だった

 

「そうだ、明久さん」

 

と茉子が、胸元から何かを取りだし

 

「これ、なんですか? 明久さんのズボンのポケットから出てきたんですけど」

 

と明久に見せた

それは、明久がタタリを倒した場所で見つけた水晶の欠片だった

 

「あー……そういえば拾ってたっけ……忘れてた」

 

明久さそう言って、その欠片を受け取った

そして、光りに透かして見ながら

 

「実はこれ、あのタタリが居た場所で見つけたんだ」

 

と言った

それを聞いた安晴は

 

「それは、本当かい?」

 

と明久に問い掛けた

すると、芳野が

 

「今まで、そんな物が見つかったなんて、聞いたことないですが……」

 

と疑問を口にした

すると、茉子が

 

「まあ、相当小さいですから、気付かなくても無理はないかと……」

 

と言った

その間に明久は、その欠片を机の上に置いた

その欠片は本当に小さく、今更ながら明久も自分で

 

(よく、見つけたよなぁ……)

 

と思った

すると、芳野が

 

「しかし、何か不思議な……」

 

と言って、その欠片に手を伸ばした

そして、指先が触れた瞬間

 

「きゃっ!?」

 

と手を引っ込めた

 

「芳野!?」

 

「芳野様!?」

 

「芳野さん!?」

 

それを見た三人は、驚愕の声を上げた

すると芳野は、驚いた様子で

 

「だ、大丈夫です……一瞬、静電気が走っただけなので……」

 

と言って、今度は恐る恐ると欠片に触った

今度は何も起きなかったらしく、手の上に乗せた

そして、欠片をジッと見て

 

「何か、不思議な欠片ですね……ずっと見ていたくなるような……そんな感じになります……」

 

と言った

そして、机の上に戻して

 

「ムラサメ様は、何か感じますか?」

 

と自分の頭上に居たムラサメを見た

すると、ムラサメは

 

「ふむ……何やら、不思議な気配を感じるな……」

 

と首を傾げた

どうやら、ムラサメも何か感じるらしい

それを聞いた明久は、ジッと欠片を見て

 

「もしかしたら……手懸かりになるかも」

 

と言った

それを聞いた三人が、視線を向けると

 

「本当に、ただの直感です……この欠片が、朝武家に掛けられた呪いを解除する手懸かりになるかも……って思ったんです」

 

と明久は言った

それを聞いた芳野は、少し考えてから

 

「吉井さん……この欠片、みづはさんに渡しても大丈夫ですか?」

 

と明久に問い掛けた

それを聞いた明久は

 

「大丈夫だけど……駒川先生に?」

 

と首を傾げた

すると茉子が

 

「駒川家はその昔、陰陽師だったそうです」

 

と明久に教えた

それに続き、ムラサメが

 

「陰陽師とは言っても、駒川が担っていたのは調査と薬師だったそうだ」

 

と説明した

実は、茉子が説明した時明久は、陰陽師と聞いて札を持ち真言を唱えて、悪霊や妖怪と戦うのを想像したのだ

それに気付いたらしく、ムラサメが説明したようだ

 

「まあ、専門家なら何か分かるかもしれないからね……僕はいいよ」

 

「わかりました。では明日の朝に、みづはさんに渡しに行きましょう」

 

明久の言葉を聞いて、芳野はそう言ったのだった



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明久の行動

翌日、早朝5時

 

「ご主人! 朝だぞ、起きろー!」

 

「ぐえっ」

 

ムラサメは乗りながら、まだ寝ていた明久に声を掛けた

それで目覚めたらしく、明久は

 

「おはよう、ムラサメちゃん……」

 

と言いながら、体を起こした

そして、ムラサメの頭を撫でて

 

「外に出てくれる? 着替えるから」

 

と言った

それを聞き入れて、ムラサメは外に出た

それを見た明久は、動きやすい服に着替えた

そして、芳乃や安晴に見つからないように明久は朝武家から出た

すると、ムラサメは

 

「ご主人、なぜこのようなことを?」

 

と明久に問い掛けた

その問い掛けに、明久が視線を向けると

 

「ご主人は歴代の使い手の中でも、かなりの剣の腕前だ……しかも、使うのはこの地に伝わる古流剣術……なのに、なぜ特訓を?」

 

と明久に問い掛けた

その問い掛けに、明久は

 

「ムラサメちゃんはもう気付いてるかもだけど、今の僕は刀を使うのに制限時間がある……」

 

と話し始めた

 

「それを少しでも解消して、鈍った感覚を取り戻す……そのために、訓練するんだ」

 

「なるほどな……」

 

そう話してる間にも、明久は学院前に到着

そこには既に、玄十郎が居た

すると玄十郎は、明久に

 

「では、始めるか」

 

と言って、竹刀袋を明久に投げ渡し、自身も別の竹刀袋から木刀を取り出した

明久も竹刀袋を受け取り、中から木刀を取り出して

 

「そうだね……時間無いしね」

 

と言った

その直後、二人は同時に踏み込んだ

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

時は経ち、朝武家での朝食の時間

 

「明久君、遅いねぇ」

 

と言ったのは、安晴である

すると、芳乃が

 

「確かに、何時もより遅いですね」

 

と同意していた

そんな二人を他所に、茉子は

 

「まあまあ。慣れない環境ですし、多少は仕方ないですよ」

 

と言った

そして、内心で

 

(一度部屋に行ったら、居なかったんですよねぇ……多分……)

 

と考えていた

その時、廊下をトタトタと走る音がして

 

「ごめんなさい、少し寝坊しました」

 

と明久が入ってきた

すると、安晴が安堵した表情で

 

「ああ、大丈夫かい?」

 

と明久に問い掛けた

すると、明久は

 

「まだ慣れてないんですかね? どうも、疲れが抜けきらなかったみたいで……」

 

と頭を下げた

その後、朝食を食べて朝武家を出た

学院に登校する途中で、ある場所に向かった

そこは、穂織唯一の診療所

その名を、駒川診療所

内科と外科の双方を請け負う診療所である

 

「ここ?」

 

「はい。ここが、駒川先生の診療所です」

 

「学院には、既に遅れることは報せてありますから。入りましょう」

 

明久の問い掛けに、芳乃と茉子はそう言った

そして茉子がドアを開けて、芳乃と明久は中に入った

すると、奥から白衣を着たみづはが出てきた

 

「待ってました。芳乃様」

 

みづははそう言って、三人を奥に案内した

そこが診察スペースらしく、色々な薬物が置かれた棚に、一つの大きなベッド

そして、カルテが納められてる棚と机があった

 

「それで、渡したいものとは、なんでしょうか?」

 

みづはが問い掛けると、芳乃は鞄の中からハンカチで包んだあの欠片を取り出し

 

「これです」

 

とみづはに見せた

それを見たみづはは

 

「これは……水晶の欠片?」

 

と不思議そうにした

すると茉子が

 

「はい……数日前にタタリを浄化したんですが、そこで明久さんが見つけたんです」

 

と説明した

それを聞いたみづはは

 

「これを、預かっても?」

 

と三人に問い掛けた

すると、三人は

 

「そのために、持ってきたんです」

 

と言った

それを聞いて、みづははそれを受け取り

 

「わかりました。こちらで、色々と調べてみます」

 

と言った

すると芳乃と茉子は、鞄を持って外に出ようとした

だが、明久は

 

「ごめん、ちょっと先生と話したいことがあるから、先に行ってて」

 

と二人に謝った

そして二人が外に行くと、明久は

 

「先生。呪いに関する資料を、貸してほしいんですが……」

 

とみづはに言った

その問い掛けに、みづはは不思議そうにした

それを見た明久は

 

「まあ、確かに僕はムラサメに選ばれただけの余所者ですが、やるからには全力でやりたいんです」

 

と言った

それを聞いたみづはは

 

「なるほどな……玄十郎さんから聞いた通りだな、君は」

 

と言いながら、机の引き出しから一冊のノートを取り出した

そして、明久に差し出し

 

「これは、過去に一族が纏めていた資料を、私が独自に編纂したものだ。一応、わかりやすくしてあるが、何か聞きたいことがあったら、連絡してくれ」

 

と言った

それを受け取った明久は、鞄に仕舞ってから外に出た

すると、外で待ってた二人と一緒に登校

午前中の授業はマジメに受けて、お弁当も食べた

しかし、昼休み中に熟睡

しかもそのまま、授業に入ってしまった

寝ていた明久は、授業しに来た中條先生に優しく起こされたのだ

そして、放課後はまた

 

『少し帰りが遅いけど、気にしないでね』

 

と言って、学院に残った

すると芳乃が

 

「吉井さん……少し気が緩んでるのでは?」

 

と不機嫌そうに言った

 

「芳乃様?」

 

「今朝の寝坊に、昼休みはともかく、予鈴に気付かずに寝続けるなど……気が緩んでる証拠です」

 

茉子が問い掛けると、芳乃は憤った様子でそう言った

すると茉子は

 

「気は緩んでないと思いますよ? 私の予想通りなら……」

 

と呟いた

それを聞いた芳乃は

 

「どういうこと、茉子?」

 

と茉子に問い掛けた

すると茉子は

 

「そうですね。百聞は一見に如かずと言いますし……」

 

と少し考える素振りを見せた

そして、指を立てて

 

「それでは明日、何時もより早起きしましょうか」

 

と芳乃に提案したのだった



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鵜茅流剣術

翌日、朝五時

その日芳乃は、何時もより早く起きて巫女としての練習を終えて待っていた

その時、一緒に隠れていた茉子が

 

「来ましたよ、芳乃様」

 

と言ってきた

確かに、玄関から明久が現れた

その服装は、制服姿である

そして明久の後には、ムラサメも浮いている

そして明久は、軽く準備体操すると、一気に走り出した

それを見た茉子は

 

「追いかけますよ、芳乃様!」

 

と言って、駆け出した

それに僅かに遅れて、芳乃も走り出した

二人が走る先を、明久は姿勢を低く、上半身を大きく前に倒して走っている

その速さは、忍者である茉子ですらギリギリ離されない程度

芳乃も運動神経は鈍くないが、完全に遅れていた

だが芳乃は、明久の行き先が分かっていた

 

「この先は……学院ね……」

 

芳乃が到着したのは、走り出して数分後だった

茉子は、近くの生け垣に隠れていた

 

「芳乃様、こっちです」

 

小声で茉子に呼ばれて、芳乃はそこに向かった

そして、茉子は

 

「ここから、そっと見てください」

 

と学院の方を指差した

そこで見えたのは、激しく木刀を交わらせている明久と玄十郎の二人だった

 

「太刀筋が鈍くなっているぞ、明久!!」

 

玄十郎はそう言いながら、木刀を右から横凪ぎに振るった

 

「しいっ!」

 

明久はそう気合いの声を洩らしながら、横回転になるように跳躍

その直後に、玄十郎に向けて木刀を突き出した

しかし玄十郎は、その一撃を木刀を当てて防御

明久が着地するタイミングを狙い、木刀を振り下ろした

だがその一撃を、明久は木刀を横にして防御

木刀同士がぶつかる音が、離れている二人にも聞こえた

余りにも激しい訓練に、芳乃は言葉を失っていた

すると茉子は

 

「やはり、鵜茅流剣術……」

 

と呟いた

それを聞いた芳乃は

 

「鵜茅流剣術って、確か穂織の……」

 

と茉子に視線を向けた

すると茉子は、頷いてから

 

「はい。穂織に伝わる古流剣術です。以前に明久さんが呟いてた技の名前……陽炎と斬月……両方とも、鵜茅流でも上位に位置する技です」

 

と説明した

その時、木刀が落ちる音が聞こえた

二人が見ると、明久が両手両膝を突いて、激しく呼吸していた

 

「あれほどの動きですから、仕方ないのかしら……」

 

「どうも、それだけじゃないような気がします……」

 

芳乃の言葉に、茉子がそう言った

すると、玄十郎が

 

「深呼吸しろ、明久! ここはあの現場ではない! 落ち着くんじゃ!」

 

と言いながら、明久の肩を叩いた

 

「何が起きてるの?」

 

「まさか……PTSD?」

 

芳乃が疑問の声を洩らすと、茉子がそう言った

すると芳乃が

 

「PTSDって……トラウマ?」

 

と茉子に問い掛けた

すると茉子が

 

「はい……あの様子ですと、恐らく刀にトラウマがあるのかと」

 

と言った

それを聞いた芳乃は、玄十郎に肩を叩かれている明久を見た

すると、茉子が

 

「芳乃様、そろそろ戻りましょう。朝食を作ることも考えたらギリギリです」

 

と言った

それを聞いた芳乃は

 

「判ったわ、戻りましょう」

 

と頷いたのだった

 



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ひとまずの解決

「よし……今日は、早く戻れた」

 

明久はそう言いながら、静かに朝武家に帰宅した

そして一度大回りして、明久の部屋のルートから居間に向かう廊下を歩き

 

「おはようございます」

 

と言いながら、襖を開けた

その直後

 

「申し訳ありませんでした!」

 

芳乃が、見事な土下座で出迎えた

それを見た明久は、まず思考停止

だが、直ぐ様再起動

茉子に視線を向けて

 

「常陸さん、何が?」

 

と問い掛けた

すると茉子は

 

「以前明久さんに、気が抜けてると怒ったことを謝罪しているんです」

 

と説明した

それを聞いた明久は

 

「いやぁ……あれは、昼休みからとはいえ、授業中に寝ちゃったことが理由だし……」

 

と言った

それを聞いた茉子は、意地の悪い笑みを浮かべながら

 

「その理由が、早朝と放課後に、激しい訓練をしているから……と知ったからです」

 

と言った

その直後、明久は吹き出して

 

「ムラサメちゃん!? 居なかったんじゃなかったの!?」

 

とムラサメに顔を向けた

するとムラサメは

 

「家の時点ではな。その後は聞かれなかったからなぁ」

 

と言った

確かに、聞いたのは玄関に立った時点

その後は、一回も聞いていなかった

だから、ムラサメも答えなかった

それだけである

 

「それに、鍛練中に教えるわけにもいかなかったからな」

 

ムラサメのその言葉は、正解だ

なにせ、訓練中に教えた場合、意識が逸れて怪我をする怖れがあった

だからムラサメは、何も言わなかったのだ

そんな間も、芳野は土下座を続けている

明久は、そんな芳野に

 

「とりあえず、頭を上げてよ」

 

と言った

だが、芳乃は

 

「そういう訳にはいきません!」

 

と頑なに固辞した

それを見た安晴は

 

「本当に、誰に似たのやら……」

 

と溜め息混じりに言った

そんな芳乃に、明久は頭を掻いて

 

「じゃあ、どうしたら頭を上げてくれるかな?」

 

と問い掛けた

すると、芳乃は

 

「吉井さんが、私を罰するまでです!」

 

と言った

それを聞いた明久は、また頭を掻いて

 

「じゃあ、一つ言うから。頭を上げてくれるかな?」

 

と言った

すると芳乃は、頭を上げて

 

「何なりと言ってください!」

 

と告げた

それを聞いた明久は、人指し指を立てて

 

「僕と、友達になってほしいんだ」

 

と言った

それを聞いた芳野は

 

「それは、罰にならないのでは……」

 

と呟いた

しかし、明久は

 

「まあ、名目上は婚約者になってるからね」

 

と同意した

だが、直ぐに

 

「だけど、一足跳びし過ぎだし……なにより、芳野さんと大きな溝を感じるし」

 

と言った

見に覚えがあるのか、芳乃が呻くと

 

「そうだねぇ……見てるこっちが気の毒になる位だし」

 

と安晴が同意した

更に続いて

 

「ですねぇ……明久様は必死に歩み寄ろうとしてたのに、芳乃様は取りつく島無しでしたし……」

 

と言った

それを聞いた芳乃は、もはや反論出来なかった

思い当たる節が、あったからだ

そして、しばらくすると

 

「……わかりました……受け入れます」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「それじゃあ、よろしくね。芳乃さん」

 

と言って、右手を差し出した

すると芳乃は、明久の握手に応じながら

 

「よろしくお願いします……明久さん」

 

と言ったのだった

この後、朝食を食べてから登校したのだが、芳乃や茉子は

 

(PTSDのことを聞きたいけれど……)

 

(迂闊に触れるべきでは、ないでしょうね……)

 

と思案していた



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二戦目

明久と芳乃が、晴れて友達になった日の昼休み

明久がトイレから戻ると、廊下に芳乃と茉子の姿があった

二人も明久に気付いたらしく、歩み寄り

 

「吉井さん。今日私と茉子は、来客のために放課後は早目に帰宅します」

 

と言った

それを聞いた明久は、頷いてから

 

「わかった。僕もお爺ちゃんと訓練があるから……」

 

と返答していた

その時、芳乃が急に

 

「ん、んんっ!」

 

と身悶え始めた

それを見た明久は、芳乃の体を支えて

 

「芳乃さん!?」

 

と芳乃に声を掛けた

なお茉子は、目を細めて見ているだけである

その様子から、慣れていることが伺える

しかし、明久はどうしていいか分からず

 

「常陸さん、これは何が?」

 

と茉子に問い掛けた

すると、茉子は

 

「落ち着いてください、明久さん。これは」

 

と説明しようとした

その時

 

「ん、んあぁぁっ!」

 

と芳乃が声を上げた

それと同時に、芳乃の頭に犬耳が現れた

それを見た明久は

 

「これは……」

 

と声を漏らした

すると、茉子が

 

「朝武家の巫女は、タタリが放つ気を感じると、こうやって耳が出るんです」

 

と説明した

それを聞いた明久は

 

「つまり今日、討伐があるってこと?」

 

と首を傾げた

すると、呼吸を整えた芳乃が

 

「そうなりますね」

 

と答えた

それを聞いた明久は

 

「わかった。お爺ちゃんに言って、訓練を早目に終わらせるようにするよ」

 

と言った

そして時は経ち、夜

三人は、準備を終えて玄関に立っていた

 

「では、いってきます」

 

「いってまいります」

 

「えっと……いってきます」

 

芳乃と茉子は、至って普通に

最後の明久は、少し恥ずかしげに言ってから、外に出た

そして三人は、山に入った

すると、二人がそれぞれ仕舞っていた武器を構えた

それを見た明久は、浮いていたムラサメに視線を向けて

 

「ムラサメちゃん」

 

と言った

するとムラサメは、頷き

 

「行くぞ!」

 

と言って、明久の腕に抱きついた

そして、一瞬光ったと思うと、ムラサメの姿が無くなり、刀身が光り輝いていた

ムラサメの力が、発動した証拠である

それを見た明久は、ムラサメを鞘に収めた

そして三人は、周囲を警戒しながら山を歩いた

そして、どれ程歩いたのか

明久が

 

「芳乃さん、常陸さん……」

 

と明久が、腰を落としながら左手を柄に持っていった

その直後、前方の木々の間から、それが姿を現した

まるで、子供が粘土で作ったかのような見た目の敵

タタリが、居た

タタリを視認し、三人は構えた

その直後、先に動いたのはタタリだった

タタリは、尻尾をまるでムチのようにしならせながら、芳乃目掛けて振り下ろした

だが、その芳乃を明久が突き飛ばした

そして明久は、一気にタタリの方に駆け出した

その行動は完全に予想外だったのか、タタリの動きが明らかに鈍っていた

その隙を明久は逃さず、鯉口を鳴らして

 

「旋」

 

と呟きながら、すれ違い様に抜刀

ある程度進むと、土煙を上げながら振り向いた

 

(手応えはあった……せめて、尻尾が斬れていたら……)

 

明久はそう思いながら、タタリをジッと見た

すると、タタリの体がナナメにズレて、消えた



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誓い

タタリが消えると、明久は

 

「もしかして……終わった?」

 

と首を傾げた

すると、ムラサメが姿を見せて

 

「うむ! 問題なく、終わったぞ!」

 

と言った

それを聞いた明久は、刀を鞘に戻した

すると、芳乃と茉子が近寄り

 

「吉井さん!」

 

「ご無事ですか!?」

 

と明久に問い掛けてきた

そんな二人に明久は

 

「大丈夫だよ」

 

と笑いながら答えた

その答えを聞いて、芳乃と茉子は安堵の表情を浮かべた

その時だった

明久は、ある感覚に襲われた

それはまるで、誰かに呼ばれているかのような感覚

その感覚を、明久は知っていた

 

「ちょっとごめん!」

 

明久はそう言って、茉子に刀を預けた

そして、タタリが居た辺りの葉っぱを退けた

すると、その下から小さい水晶の欠片が見つかった

 

「やっぱり、あった……」

 

明久がそう呟くと、芳乃と茉子が肩越しに覗きながら

 

「それは……」

 

「確か、以前にも……」

 

と言葉を漏らした

それを見て、明久は

 

「……これ、鍵だ」

 

と呟いた

 

「鍵?」

 

「どういうことですか?」

 

明久の呟きに、二人は首を傾げた

すると明久は、二人に見えやすいように人差し指と親指でつまんで掲げて

 

「今まで、これと似たの回収したこと、ある?」

 

と問い掛けた

すると二人は、首を振って

 

「いえ」

 

「私達は回収したことありませんし、記録にもありませんが……」

 

と答えた

それを聞いた明久は、ムラサメに視線を向けた

するとムラサメは

 

「我も見た覚えは無いのう」

 

と答えた

確かに、その欠片は小さいし、夜だということもあり、見逃してきていたのかもしれない

だが、明久は連続して見つけている

確かに、鍵なのかもしれない

 

「タタリが出た場所に、連続してこれが有った……もしかしたら、呪いに関係してるのかもしれない」

 

明久はそう言って、欠片を握り締めた

そして、二人を見て

 

「僕は、朝武家の呪いを終わらせたいんだ」

 

と宣言した

それを聞いて、芳乃は固まった

確かに、今の明久は芳乃の友達で婚約者だ

更には、ムラサメに選ばれた担い手である

しかし、それを抜けば他人に過ぎない

だというのに、なぜそこまで一生懸命になれるのかが、芳乃には分からなかった

 

「なぜ……そこまで……」

 

芳乃が呆然と呟くと、明久が

 

「だって……辛いじゃないか……」

 

と呟くように言った

そして、芳乃と茉子を見て

 

「長い間、朝武家や常陸家は呪いに振り回された……もう、遥か昔の呪いなんて、終わらせようよ……でないと、芳乃さんや常陸さんが普通に過ごせないじゃないか」

 

と言った

その言葉に、芳乃や茉子は嘘を吐いてないと分かった

何故ならば、明久の目が澄んでいたからだ

しかも、二人を見詰めていた

真剣な表情で

 

「明久さん……」

 

「吉井さん……」

 

「ごめんね、生意気言ってるよね……」

 

明久は謝罪しながら、再び欠片を見た

そして、もう一度二人を見て

 

「だって、二人にだってやりたいことや、夢が有るはずなんだ……それが、過去の呪いで出来ないなんて……絶対に認めたくないんだ……」

 

と言って、夜空を見上げたのだった

 



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玄十郎からの頼み

タタリを倒した翌日、三人はみづはの所に行った

再び回収した欠片を、みづはに渡すためだ

 

「みづはさん、居ますか?」

 

芳乃はそう言いながら、診療所のドアを開けた

すると、奥からみづはが現れて

 

「これは芳乃様。お越ししていただき、ありがとうございます」

 

と芳乃に、頭を下げた

そして、三人を見て

 

「どうやら、怪我はしてないようで、安心しました」

 

と言った

やはり医者なだけあり、心配していたようだ

そして、芳乃を見て

 

「それで、本日のご用はなんでしょうか?」

 

と問い掛けた

すると芳乃は、明久に視線を向けた

そして明久は頷き

 

「実は、またこれを回収したんです」

 

と言って、ハンカチに包んだ状態で欠片を手渡した

それを受け取り、確認したみづはは

 

「二個目ですか……すいません、何分忙しかったもので、一個目がまだ調査出来てないんです」

 

と頭を下げた

すると、それを聞いた茉子が

 

「みづはさんが忙しいことは、重々承知してますから。お気になさらず」

 

と言った

みづはは、穂織唯一の医者である

そして穂織は老人が多いために、回診等でみづはは忙しい立場だ

すると、芳乃も

 

「慌てる必要はありません。確実にお願いします」

 

と言った

それを聞いたみづはは

 

「わかりました。感謝します」

 

と言って、欠片を持って奥に引っ込んだ

その後、三人は学校に登校

そして放課後、明久は何時も通りに玄十郎と訓練していた

その小休憩の時、玄十郎が何かを思い出したように

 

「そうだ、明久。明日だが……」

 

と明久に、視線を向けた

すると、明久は

 

「明日も訓練するよ」

 

と言った

そう明久は、平日だけでなく土曜日も訓練するつもりたのだ

日曜日は玄十郎が宿の従業員達と話し合うため、休みにしている

明久の言葉に、玄十郎は

 

「それは構わん。が明日の昼頃、時間は空いてるか?」

 

と明久に問い掛けた

玄十郎の問い掛けに、明久は内心で首を傾げながらも

 

「多分、大丈夫だよ」

 

と答えた

基本土日の明久は、玄十郎との訓練以外は朝武家に居るようにしている

住まわせてもらっているのだから、家事の手伝いをしているのだ

それを聞いた玄十郎は

 

「ならば済まんが、明日の昼頃に人を出迎えてほしいんじゃ。詳しい場所は明日教えるがな」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「僕はいいけど、廉太朗や小春ちゃんじゃダメなの?」

 

と玄十郎に問い掛けた

すると玄十郎は、目をカッと見開き

 

「廉太朗はダメじゃ! あ奴は最近弛んどる! この間も、宿泊客をナンパしようとしとったわ!!」

 

と怒り出した

それを聞いた明久は

 

(もしかして、この間廉太朗がボロボロだったのは、お爺ちゃんに説教されたからかな?)

 

と思った

実は数日前、廉太朗が朝からボロボロだったことがあった

その時は問い掛けなかったが、その理由がどうやらそれらしい

なおその廉太朗だが、約一年位前には彼女が居たらしい

しかしある日、その彼女と喧嘩して別れた

だがその二日後、なんと廉太朗は別の女子と付き合っていたのだ

それが原因で、一時期はクラス内はギスギスしたらしい

だがそんなある日、その二人が廉太朗への愚痴で意気投合

今や、親友と呼べる間柄になった

勿論だが、その女子とも別れた

それ以来、ずっと一人身らしい

だから、ナンパするようになったのだ

それはともかくとして

 

「お爺ちゃん、落ち着いて……小春ちゃんは?」

 

と明久は、玄十郎を落ち着かせた

すると玄十郎は、一回咳払いして

 

「小春ならな、馬庭の店で働いておる」

 

と答えた

それは数ヵ月前、小春が自分でお小遣いを稼ぎたいと言い出した

それを聞いた玄十郎は、志那都荘に働かせようとした

しかし小春は、それも自分で決めると言った

そして決めたのが、芦華が経営に携わっている和風喫茶店だったようだ

 

「なるほどね……」

 

と明久が納得していると、玄十郎が

 

「じゃから、消去法で明久しか居らぬ」

 

と言った

それを聞いて、明久は

 

「ん、わかった。僕で良ければ」

 

と言った

それを聞いた玄十郎は、安心した様子で

 

「頼んだぞ。ついでじゃ、その子に街を案内してやれ……代わりに、夕方の訓練は無しじゃ」

 

と言った

それを聞いた明久は、頷いてから

 

「それで、相手の名前は?」

 

と問い掛けた

すると玄十郎は、置いておいた上着のポケットの中から一枚の写真を取り出して

 

「相手は、その子で名前は……ああ、レナ・リヒテナウアーさんじゃ」

 

と言ったのだった



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町歩きと出会い

翌日、朝は何時も通りに玄十郎との訓練を終わらせた

その後明久は、昼食を茉子と共に作りながら

 

「そういえば、常陸さん」

 

「はい、なんですか?」

 

茉子に問い掛けた

その茉子は、見事な手つきで大根の桂剥きをやっている

 

「お昼食べた後、時間ある?」

 

「おやぁ? デートのお誘いですか?」

 

明久の言葉に、茉子はニヤリと笑みを浮かべながらそう言った

すると、明久は

 

「んー……まあ、ある意味そうかなぁ?」

 

と首を傾げた

それを聞いた茉子は、顔を赤くして

 

「え……」

 

と固まった

すると、明久は

 

「僕、穂織のこと大分朧気になっちゃってるからね。少し案内してほしいんだよね」

 

と言った

それを聞いた茉子は

 

「な、なるほど。そういうことですか」

 

と少し慌てた様子で言った

 

「それに、新しく来る子の案内にもなるしね」

 

「新しく来る子?」

 

明久の言葉を聞いて、茉子は首を傾げた

すると明久は、胸ポケットから写真を取り出して

 

「この子なんだけどね。新しく志那都荘に住み込みで働きに来るんだって」

 

と説明した

すると、茉子は

 

「住み込みですか……見たところ、私達とそう年は変わらなそうですね」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「あ、同い年だって。だから、学院に通いながらになるってさ」

 

と言った

それを聞いて、茉子は

 

「学院に通いながら、住み込みですか……相当厳しいでしょうね……なぜ、そこまでして……」

 

と唸り始めた

確かに、学院に通いながら住み込みで働くとなると、かなり厳しいだろう

 

「確か、昔から穂織に来るのが夢だったんだってさ」

 

「昔から、ですか?」

 

明久の言葉を聞いて、茉子は首を傾げた

なぜ、昔からなのか

 

「流石に、理由までは分からないなぁ……でもまあ、昔に親が来て、話したとかじゃないかな?」

 

「ありえますね」

 

明久と茉子はそこで会話を終わらせ、昼食の準備に意識を傾けた

そして、昼食後

 

「これから、行くんですよね?」

 

「うん」

 

芳乃と安晴がそれぞれ用件を済ませに行った後、二人は会話短く玄関に向かった

 

「先に言っておきますが、買い物があるので、それほど遅くまではご一緒出来ませんよ?」

 

「うん、分かってるよ」

 

茉子の言葉に、明久は頷いた

そして、茉子の案内で穂織を軽く歩き始めた

 

「さて、私のお勧めですが……まず最初は、ここです」

 

最初にそう案内されたのは、鮎の塩焼き屋だった

 

「ここの鮎の塩焼きは、塩加減が見事なんですよ」

 

「ほお」

 

茉子の言葉に、明久の料理人としての心が動いた

明久は和洋中どの分野も、かなりのクオリティで料理を作る

しかし、まだまだ満足していない

飽くなき探求心が、大事だと思っているからだ

昼食を食べた後だが、鮎の塩焼き一本位ならば食べられる

だから二人は、鮎の塩焼きを購入

食べ始めた

 

「む……これは、確かに見事……」

 

「でしょう?」

 

茉子の前評判通りの塩加減に、明久は思わず唸った

茉子も同意し、鮎の塩焼きを食べた

この時明久は気付いていなかったが、今の状況は茉子の夢の一つだった

茉子は幼い頃から忍者としての教育を受けつつ、芳乃の身の回りの世話をしてきていた

芳乃を優先してきたのだ

そんな彼女にも、年相応の夢があった

それは、異性とデートをすること

少し変な形式かもしれないが、今まさにそれをしている

 

(……ごめんなさい、芳乃様……)

 

心中で芳乃に謝罪しながら、茉子は明久を観察した

少し垢抜けた顔をしているが、明久は全体的にかなりの好青年である

更には、かなりのお人好し

会って少ししか経ってない時に、自ら戦闘に介入してきた

自分とて、辛い筈なのに

 

(何が……明久さんをそこまでさせるのでしょうか?)

 

と茉子は、明久を見ながら心中で首を傾げた

すると、明久が

 

「ん? どうしたの?」

 

と茉子に視線を向けた

どうやら、茉子が見ていたことに気付いたようだ

すると、茉子は

 

「いえ、何でもないですよ」

 

と言って、食べ終った串をゴミ箱に捨てた

そして

 

「それで、どうでした?」

 

と問い掛けた

すると、明久は

 

「うん。確かに、見事な塩加減だったね。素材の味を殺さずに活かす塩加減……僕も修得しないとね」

 

と頷いた

その後二人は、茉子の案内で街中を歩いた

そして、ある坂道の下に来た

 

「これで、私のお勧めは粗方回りました」

 

「うん、ありがとう。勉強になったよ」

 

茉子の言葉に、明久がそう返した

その時

 

「ひぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

と叫び声が聞こえた

それを聞いた二人は、周囲を見回した

すると坂道の上の方から、一人の美少女が走ってくる

 

「止まりませぇぇぇん!?」

 

よく見れば、かなり大きいキャリーバッグに引っ張られている

どうやら、坂道に来た拍子に暴走してしまったようだ

 

「つっ!?」

 

それを見た明久は、茉子を退かすと身構えた

その直後

 

「ぐっ!?」

 

「わひゃあぁぁぁぁぁ!?」

 

二人は激突

明久と少女は、ゴロゴロと転がった

そして、止まると

 

「お二人共、大丈夫ですか!?」

 

と茉子が駆け寄ってきた

すると、少女は

 

「は、はい……大丈夫です……」

 

と答えた

だが明久は、答えられなかった

何故ならば、その少女の豊満な胸に顔が完全に覆われていたからだ

今の体勢は、少女が明久を押し倒すような形になっている

それに気付いた少女は、慌てた様子で

 

「あわわっ!? ごめんなさいですよ!?」

 

と言って、明久の上から退いた

すると、茉子が

 

「明久さん、大丈夫ですか!?」

 

と問い掛けた

すると明久は、後頭部を押さえながら

 

「な、なんとか……」

 

と答えた

そして、少女を見て

 

「あれ……もしかして……レナ・リヒテナウアーさん?」

 

と首を傾げた

すると、少女

レナ・リヒテナウアーは

 

「あ、はい。そうでありますが?」

 

と首を傾げた

これが、異国から来た少女との出会いだった



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案内

明久が名前を確認すると、美少女

レナ・リヒテナウアーは、一旦首を傾げながら答えた

しかし、少しすると

 

「っは! なぜ私の名前を知ってるでありますか!? 誘拐されるですか!?」

 

と声を上げた

確かに、見知らぬ人物が自分の名前を言い当てたら怖いだろう

だが明久は、片手を上げて

 

「ああ、待って待って。落ち着いて」

 

と言って、レナに落ち着くように求めた

そして、立ち上がると

 

「僕は、吉井明久。志那都荘からのお迎え……って言えば、分かるかな?」

 

と言った

それを聞いたレナは

 

「オー! そうでしたか! そうとは知らず、失礼したであります」

 

と言いながら、軽く頭を下げた

すると明久は、首を傾げながら

 

「それにしても、聞いてた時間より早いし場所も違うけど……」

 

と言った

明久が玄十郎から聞いてたのは、午後3時頃に到着し、街入り口の観光案内所にて待っている。だった

しかし、今現在午後2時

場所は、山に繋がる坂道だ

大分違う場所だ

すると、レナは

 

「あー……実は、この街に来るという方のトラックに乗せてもらい、早く到着したんですよ。それで観光しようとしてましたら、迷子になってしまって……慌てて戻ろうとしたら、坂道でキャリーバッグが止まらなくなってしまったのですよ」

 

と言った

すると、それを聞いた茉子が

 

「気を付けてくださいね? 穂織は、坂道が多いですから。今回は、たまたま明久さんがクッションになりましたが」

 

と言いながら、生け垣に突っ込んでいたキャリーバッグを、レナに渡した

キャリーバッグを受け取ると、レナは

 

「本当でありますね……気を付けますよ」

 

と言った

そして、明久は

 

「まあ、無事なら良かったよ」

 

と満足そうに、頷いた

すると茉子が、小声で

 

「役得、でしたよね」

 

と言い、明久は吹き出した

レナは不思議そうにするが、明久は

 

「ひ、常陸さん!?」

 

と茉子に視線を向けた

すると茉子は

 

「いやぁ、あのサイズは私でも凄いと思いますよ」

 

と飄々と告げた

確かに、レナの胸はかなり大きい

先ほども、頭を下げた時に揺れた程だ

 

「っと、私はそろそろ買い物に行きますね。時間ですし」

 

茉子はそう言って、明久達と別れた

それを見送り、明久は

 

「えっと、じゃあ案内するね。ようこそ、穂織に」

 

とレナに言ったのだった

そして、色々と案内していた時

 

「そういえば、日本語上手だね? 勉強したの?」

 

とレナに問い掛けた

するとレナは

 

「あ、私のお爺ちゃんが日本人なのであります。しかも、この穂織の人だったんです。だから実家では、半分日本語、もう半分は母国語で会話が行われてるであります」

 

と答えた

それを聞いた明久は

 

「なるほどね……あ、だから穂織に来たかったんだ」

 

と納得していた

すると、レナが

 

「はい。お爺ちゃんから、何時も穂織の話を聞いてたのであります。だから、穂織に留学が決まった時は嬉しかったですよ!」

 

と嬉しそうに語った

しかし、学費と飛行機代は用意出来たものの、生活費はどうしても用意出来なかった

それに困っていた時、人伝に志那都荘で中居の募集をしていることを知り、渡りに船と飛び付いたらしい

 

「なるほどね……」

 

「まあ、最初は苦労するだろうけど、頑張りますですよ!」

 

レナはそう言うと、拳を握り締めた

そうしている間に、案内は終了

夕方になる前に、志那都荘に到着した

そして明久は、入り口を掃除していた女性

女将たる素子に近付き

 

「素子さん」

 

と呼んだ

すると素子は、掃除に手を止めて

 

「おや、明久さん。今日はどうしましたか?」

 

と問い掛けてきた

すると明久は

 

「お爺ちゃんに頼まれて、彼女を連れてきました」

 

とレナを指し示した

すると素子は

 

「まあ、そうでしたか。少々お待ちください」

 

と言って、志那都荘に入っていった

それから、数分後

 

「すまんな、明久。手間を掛けた」

 

素子と共に、玄十郎が現れた

 

「ん、大丈夫だよ。お爺ちゃん」

 

明久がそう言うと、玄十郎は

 

「初めまして、レナ・リヒテナウアーさん。儂が責任者の鞍馬玄十郎。それでこっちが、女将の」

 

「猪又素子と言います」

 

と自己紹介した

すると、レナは

 

「あわわ! 女将さんと旦那さんでありましたか! 私はレナ・リヒテナウアーであります! 今日から、お世話になるであります!」

 

と少し慌てながらも、自己紹介した

それを聞いた玄十郎は

 

「うむ。元気なのは何よりだ。素子さん、彼女を部屋に案内してくれ」

 

と素子に頼んだ

 

「承りました、大旦那様。レナ・リヒテナウアーさん、こちらへ」

 

「はい! あ、明久! 案内ありがとうございましたですよ!」

 

レナはそう言うと、素子の後に続いて中に入っていった

それを見送った明久は、玄十郎と短く会話してから朝武の家に帰宅したのだった



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編入と失言の代償

明久が案内した翌日

 

「レナ・リヒテナウアーであります! 皆さん、よろしくお願いするであります!」

 

レナが、学院に編入してきた

まあ、一つしかない学院なのだから、自明の理だろう

すると、廉太郎が

 

「昨日、明久が案内したんだろ? いいなぁ! なんで俺に言わなかったんだ。お爺ちゃんは……」

 

と文句を溢した

すると、それを聞いた明久が

 

「お爺ちゃん、廉太郎は論外だって憤ってたよ? 宿泊客をナンパしたんだって? ダメでしょ」

 

と言った

それを聞いた廉太郎は、苦い表情を浮かべて

 

「うげ……もう半月以上前のことじゃねぇか……まだ覚えてたのかよ……」

 

と愚痴を溢した

すると、明久は

 

「忘れた? お爺ちゃん、記憶力は抜群だったでしょ? あれ、しばらく忘れないよ」

 

と言った

それを聞いた廉太郎は

 

「そうだった……」

 

と頭を抱えた

それを流して、明久はクラスメイトから質問責めにあってるレナに視線を向けた

 

「リヒテナウアーさん、上着を腰に巻いてるんだ?」

 

「あー……私も着たいでありますが、着ると胸が苦しいんであります……」

 

「あー……胸のサイズ、凄いもんね……」

 

どうやら、レナの制服の着方を話しているようだ

レナは、ワイシャツの二番目のボタンまで外していて、本来はその上に着る上着を腰に巻いてる

それはどうやら、着ると胸が苦しいのが理由らしい

 

「というか、どうやったらそんなサイズになるの!? 教えて!!」

 

「え? 普通に、ご飯食べて運動してただけでありますが……」

 

「あー、気にしないでいいよ。その子、胸が小さいの気にしてるだけだから……」

 

やはり年ごろ故か、そんな話も始まった

そもそも、日本人と欧州人は大分違うのだから、仕方ないだろう

 

「うがぁぁぁぁぁ! 大きいのが、そんなにいいんかぁぁぁぁぁ!?」

 

「あー、ドウドウ。あんなバカの言ったことなんか、忘れなさいよ」

 

胸のことを聞いた女子が暴れ始めると、もう一人が羽交い締めにしながら廉太郎を睨んだ

すると、明久が

 

「廉太郎……まさか……」

 

と軽く睨んだ

すると廉太郎は、何やら口笛を吹き始めた

 

「おい」

 

どうやら、廉太郎が失言したらしい

それを察した明久は、廉太郎の首根っこを掴み

 

「はーい、犯人を好きにしていいよー」

 

とその女子の前に、引っ張った

 

「ちょっ!? 待て、明久!? そんな殺生な!?」

 

「自分が原因なんだから、自分で後始末してこーい」

 

廉太郎は抗議するが、明久は聞く耳持たずに放置

その数秒後

 

「胸が小さくて悪いかぁぁぁ! これでも、料理や裁縫は得意なのよぉぉぉ!!」

 

「ギャァァァァァァァァ!?」

 

廉太郎の悲鳴が、学院に轟きわたったのだった

なお、誰も助けようとはしなかったりする



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レナのお願い

時は経ち、昼休み

 

「さてと、お昼だ」

 

明久はそう言って、背伸びした

そこに、レナがやってきて

 

「明久、お昼にしましょう!」

 

と言ってきた

それを聞いた明久は

 

「ん、いいよ。けど、ちょっと待ってね」

 

と言って、茉子と芳乃に視線を向けた

そして、片手を上げて

 

「常陸さん、芳乃さん」

 

と呼んだ

すると、二人は近寄り

 

「どうしました?」

 

「なんでしょう?」

 

と首を傾げた

すると、明久は

 

「主目的は、一緒にお昼を食べようってこと。もう1つが、レナさんへの紹介」

 

と言った

すると、先に茉子が

 

「昨日に名乗りましたが、改めて……常陸茉子です。よろしくお願いしますね」

 

と名乗った

すると、レナは

 

「よろしくです!」

 

と挨拶した

その後、芳乃が

 

「私は、朝武芳乃と言います。よろしくお願いします」

 

と名乗った

 

「はい、よろしくです! ……って、朝武? もしかして、巫女姫でありますか!?」

 

芳乃の名前を聞いて、レナは目を見開いた

すると、それを聞いた芳乃が

 

「私のことを、知ってるんですか?」

 

と問い掛けた

すると、レナは

 

「はい! お爺ちゃんから、聞かされてました!」

 

と言った

 

「レナさんのお爺さんから?」

 

なぜレナの祖父が知ってるのか不思議になり、芳乃は首を傾げた

すると、明久が

 

「レナさんのお爺さんは、穂織の出身なんだってさ」

 

と教えた

それを聞いた芳乃は

 

「穂織の方が、お爺さんなんですか」

 

と驚きながらも、納得していた

驚いているのは、穂織の人間が海外の人と結婚していることだろう

穂織は閉鎖的な土地であり、外の人間と結婚するのは非常に珍しい

特に、お爺さんという年齢を考えると戦後すぐの時期

その時期に海外の人と結婚するのは、かなり珍しいだろうことは明白だ

 

「はい! それで、朝武家のことはよく聞いてました……はっ! 失礼とか、してないでしょうか!?」

 

とレナが問い掛けると、芳乃は手を振りながら

 

「大丈夫ですよ。学院に居る時は、一人の学生ですから。普通に話してください」

 

と言った

それを聞いたレナは

 

「は、はい。わかりました……では、握手です!」

 

と右手を差し出した

それに応じて、芳乃がレナの手を握った

その瞬間

 

「きゃっ!?」

 

「ひゃう!?」

 

芳乃とレナの二人が、同時に悲鳴を上げた

 

「芳乃様!?」

 

「二人共、大丈夫!?」

 

茉子と明久が問い掛けると、二人は

 

「だ、大丈夫であります……」

 

「多分、静電気かと……」

 

と答えた

そして再度、握手を交わした

今度は大丈夫だったらしい

そして、お弁当を食べ始めた

 

「そのお弁当は、どなたが作ったんですか?」

 

「板長さんであります! 板長さんの料理は、絶品です!」

 

「あー……あの板長さん、凄い美味しいよね」

 

話題は、レナが持ってきたお弁当になっていた

レナのお弁当は和食なのだが、バランス良く作られていた

その中を見た明久は

 

(流石は、板長さん……見た目の調和も見事)

 

と内心で賞賛していた

そして、お弁当を食べ終わると

 

「実は、一つお願いがあるのですが……」

 

とレナが言った

そのレナに、全員の視線が集まると

 

「休日に、買い物に付き合ってほしいのであります」

 

と言ったのだった



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怒る時は、怒ります

「休日に、買い物を?」

 

「構いませんが、その理由は?」

 

明久と茉子が問い掛けると、レナは

 

「実は、私物は幾つか持ってきたでありますが、やはり足りないのであります」

 

と言った

確かに、キャリーバック一つでは限界があるだろう

 

「特に、穂織の服が欲しいのであります」

 

「あー」

 

レナの言葉を聞いて、明久は納得したように頷いた

穂織の服は、和服と洋服が混じった物で、民族衣装に近い

最近では、外国人観光客用に多少簡易化された服が販売されている

 

「わかりました。今度の休みに一緒に」

 

「ありがとうございます!」

 

芳乃の言葉に、レナは嬉しそうに頭を下げた

そして、数日後の土曜日

 

「今日は本当に、ありがとうございます」

 

集まったメンバーに、レナは頭を下げた

すると、明久が

 

「大分、日本語の使い方上手くなったね」

 

とレナに言った

するとレナは、遠い目をしながら

 

「間違えると、女将に怒られるんです……女将怖いです……」

 

と言った

確かに、女将という立場からは直さないといけないだろう

しかも虚ろな目から見るに、相当厳しいようだ

そんなレナを見て、明久は

 

(会った時は、怒らせないようにしようっと)

 

と心に誓った

ふと気付けば、廉太朗が頭を抱えて踞っている

 

「どったの?」

 

「いや……素子さんに怒られて、お盆で殴られたことを思い出した……」

 

明久が問い掛けると、廉太朗は呟くようにそう言った

それを聞いた明久は、呆れた表情で

 

「怒らせるようなことをしたからでしょ……何したの?」

 

と再度問い掛けた

すると、廉太朗は

 

「……ちょっと、つまみ食いをした」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「そりゃ怒られるから……アホでしょ」

 

と呆れて首を振った

すると、廉太朗は

 

「だからってよ、お盆で殴るこたぁないだろ? 凄い痛かったぞ?」

 

と文句を言った

すると、明久は

 

「多分、お爺ちゃんが容赦するな。って言ったんじゃないの?」

 

「……やべぇ、予想出来る……」

 

明久の言葉を聞いて、廉太朗は両手両膝を突いた

すると、芳乃が

 

「彼は、何があったんですか?」

 

と問い掛けてきた

それに、明久は

 

「情け容赦ない現実に、うちひしがれてるだけ」

 

と言ったのだった

そして一行は、買い物に向かった

最初に行ったのは、ランジェリー店

流石にそこは、明久と廉太朗は近くのコンビニで待機することにした

しかし、気付けば廉太朗の姿が無く……

 

『貴方は、なんで平然と混ざってるんですか!!』

 

『ぐほぁぁぁっ!?』

 

茉子の怒声が聞こえて、廉太朗が道路に叩きつけられた

そして起き上がろうとした廉太朗の頭に、ゴンッと丸太が直撃した

その光景を見た明久は

 

「……他人の振りしとこ……」

 

と見捨てた

数分後、気絶してる廉太朗を紐で引きずりながら一同は目的の服屋に来た

廉太朗は外にある狸の置物に縛り付け、明久も中に入った

どうやら、明久のも一緒に買うつもりらしい

明久は

 

「僕が払うよ?」

 

と言った

だが、茉子が

 

「プレゼントということで、私達が払いますよ」

 

と言った

そう言われては、明久は引き下がるしかなかった

その後、芳乃と茉子によって明久は蒼を基調とした服を

レナは、黄色を基調とした服を買ってもらった

外に出ると、廉太朗が起きていて

 

「なぜ、俺は縛られてるんだ」

 

と首を傾げていた

それに対して、明久は

 

「自業自得だよ、バカ」

 

と言って、軽く叩いたのだった



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因果応報

「なあ……そろそろ、解放してくれないか?」

 

「常陸さん?」

 

「ギルティです」

 

廉太郎の懇願を、茉子は即答で拒否した

茉子は笑顔なのだが、眼が笑っていない

そして、凄まじい気迫である

よほど、下着売り場に紛れていたのを怒っているようだ

 

「神は居ない……」

 

「自業自得だからね……」

 

なお、縛っている廉太郎は、スケートボートに乗せて引いている

もし、道中で変なことをしたら放置する算段のようだ

廉太郎を縛っている紐に、茉子は何時でも切れるようにと、袖の中にクナイを隠している

 

「あ、あの……茉子?」

 

と芳乃が恐る恐ると呼び掛けると、茉子は悟ったのか

 

「ダメですよ、芳乃様……年頃の女の子の肌は安くはありません」

 

と言った

すると、レナは

 

「あ、あの……私はそんなに気にしてないでありますから……」

 

と茉子に言った

しかし、茉子は

 

「彼は、許したら調子に乗ります。ですから、厳しくしないといけません」

 

と断言

それを聞いて、明久も同意するように頷いた

その時、茉子が

 

「それじゃあ、ここに入りましょう」

 

と一軒の店を指差した

それを見た廉太郎が

 

「ちょっ!? 今は勘弁してくれ!! 変な目で見られる!!」

 

と慌て始めた

すると、茉子が

 

「もう遅いです」

 

と言って、中に入った

すると

 

「いらっしゃいませ……って、巫女姫様!?」

 

と聞き覚えのある声

そこに居たのは、廉太郎の妹にして明久の従妹

小春だった

 

「って、廉兄……何かしました?」

 

そこで廉太郎に気付いた小春は、茉子に問い掛けた

すると茉子は

 

「下着売り場に混ざってました」

 

と簡潔に述べた

それを聞いた小春は

 

「廉兄……最低」

 

と蔑んだ目で、廉太郎を見下ろした

すると廉太郎は

 

「小春、頼むからお爺ちゃんにだけは言わないでくれ!!」

 

と懇願した

しかし、小春は

 

「お爺ちゃんから、廉兄が何かしたら言えって言われてるから、無理」

 

と拒否した

それを聞いた廉太郎は

 

「神は死んだっ!」

 

と俯いた

そこに

 

「あー……廉太郎がバカやったのは、分かったんで……店内ではほどいてあげてください」

 

と芦花が現れた

どうやら、話を聞いていたらしい

 

「このままじゃ、うちの店が変な店って思われるから」

 

「俺のためじゃないのかよ……」

 

芦花ですら、廉太郎を擁護するつもりは無いらしい

 

「む……確かに、お店の迷惑はしたくないですね……」

 

茉子はそう言うと、廉太郎を縛っていた縄をほどいた

久し振りに解放された廉太郎は、体を軽く動かして

 

「あー……キツかった……強く縛りすぎだっての」

 

とボヤいた

すると、芦花が

 

「あんたが悪いんでしょうが」

 

と廉太郎の頭を、お盆の角で叩いた

その間に、他のメンバーは席に座った

そして、メニューを見て注文を決めていった

すると、芦花が

 

「廉太郎の払いにしておくね」

 

と言った

それを聞いて、廉太郎は

 

「俺の財布が、死んだ……」

 

と机に突っ伏した

一連を見た明久が

 

「反省して、もうやらないようにね……」

 

と諭すように言ったのだった



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山へ

台風、ヤバイ……


「んー! ここのデザートは、美味しいです!」

 

「あは、嬉しいことを言ってくれるねぇ」

 

レナの言葉を聞いて、炉花が笑みを浮かべた

レナが食べているのは、抹茶をふんだんに使ったパフェである

実はその開発と発売には、炉花の大変な苦労があり、炉花はそれも褒められたようで嬉しかったのだ

その苦労というのは、職人気質な父が抹茶は和菓子に使うものだ、と言い張ったり、採算度外視で作ろうとしたりしたからだ

今や経営を担っている炉花からしたら、非常に難しい事案だった

しかしその苦労の甲斐あり、外国人観光客からの評判はうなぎ登りだった

 

「ふわぁ……このプリンも美味しいです……」

 

「本当に……」

 

と言ったのは、茉子と芳乃だ

二人は和菓子には慣れているが、洋菓子には慣れていない

だから、新鮮味から美味しく感じていた

 

「んー……叔父さん、また腕上げました?」

 

お饅頭を食べた明久が問い掛けると、炉花が

 

「お父さん、今の腕にも満足していないからね……毎日研究を続けてるよ」

 

と教えた

それを聞いた明久は

 

「流石は叔父さん……まさに職人気質ですね」

 

と言った

しかし、炉花は溜め息混じりに

 

「昔かたぎ過ぎるのよ……おかげで、こっちが苦労するわよ……」

 

と言った

そんな間に、彼女達はデザートを食べていく

そんな傍ら、廉太郎は伝票を見て机にうつ伏せになっていたりする

その後、支払いを終えると、山に向かった

なお、廉太郎は慈悲で腰のみを縄で縛られている

そんな中、後ろでは

 

「夜じゃなければ、大丈夫なんだよね?」

 

「はい、夜にしかタタリが出たことはありませんから」

 

「なるべく早く、帰るようにしましょう」

 

と明久、芳乃、茉子の三人が話していた

三人が心配しているのは、タタリが出現しないかだ

一応、念のために近くにムラサメが待機はしているが、刀と無ければ満足には戦えない

そして、なぜ山に来たのか

それは、山で釣りをするためだ

穂織の山の川には、ヤマメやニジマスが生息しているのだ

それを釣るというのも、いい思い出になるかもしれないと、廉太郎が発案したのである

しかし、問題が

 

「廉太郎……釣り道具は?」

 

見る限り、誰も釣り道具を持っていないのだ

すると、廉太郎は

 

「ん? 釣り糸と針なら、持ってきたぞ?」

 

と言って、懐から筆箱サイズの箱を取り出した

それを見た明久は

 

「肝心な釣竿は? ……まさか、俺の胯間……とか、言わないよね?」

 

と問い掛けた

その言葉に、廉太郎は視線を反らして口笛を吹いた

 

「おいこら」

 

それを見た明久は、思わず拳を握り締めた

すると廉太郎は

 

「冗談、冗談。現地調達だよ」

 

と言って、腰から鉈を取り出した

どうやら、竹を切って釣竿代わりにするようだ

すると明久は、芳乃に

 

「大丈夫なの?」

 

と問い掛けた

すると芳乃は

 

「はい、大丈夫ですよ。ここら辺の山は、朝武家の所有です。私から、お父様に話をしておきます」

 

と言った

それを聞いた明久は、呆然と

 

「え、ここら辺の山、全部?」

 

と問い掛けた

すると芳乃は

 

「はい。ここら一帯は、朝武家の所有です」

 

と肯定した

それを聞いて、明久は

 

「朝武家、凄ぇ……」

 

と呟いたのだった



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木乃伊取りが……

「うっし! ここら辺でいいだろ」

 

と言ったのは、廉太郎である

既に手元には、手頃な長さの竹が数本切ってある

廉太郎と明久は、その先に釣糸を結び着けていく

それを見た茉子が

 

「ずいぶんと手慣れてますね」

 

と感嘆していた

それに対して、明久と廉太郎は

 

「まあ、昔にやってたからね」

 

「慣れだわな」

 

と答えた

そして、糸を結び終わると

 

「えっと……この辺かな……っと」

 

と、少し大きめの石をひっくり返した

 

「お、見っけ」

 

そうして見つけた虫を、針に突き刺した

 

「あとは、垂らすだけだ」

 

「この川の魚、警戒心無いからね」

 

明久と廉太郎はそう言うと、竿をそれぞれ手渡した

芳乃は糸を振り子のようにしたが、レナは

 

「よいしゃー!」

 

と気合いと共に、竿を思い切り振りかぶった

だがその時、明久がレナの後ろを通っていた

その結果起きたのは

 

「のわぁ!?」

 

明久の服の裾に、レナが振った竿の針が引っ掛かり、明久の服が、一気に脱げた

 

「あれ……この服は……」

 

とレナは、川面に浮かんでいる服に気付いた

すると、明久が

 

「レナさーん……それ、僕の」

 

「はわぁ!? す、すいませんですよ!?」

 

明久が呼び掛けると、レナは慌てて釣竿を引いて、服を手元に引いた

 

「まあ、上着だけで良かったよ……最近の携帯も、防水性だしね」

 

明久はそう言って、近くの岩に服を乗せて乾かし始めた

そしてふと気付けば、茉子が居ないことに気付いた

 

「あれ……常陸さんは、何処だろう……」

 

明久はそう言いながら、周囲を見回した

だが、近くには居ない

 

(一応、探しに行こう)

 

明久はそう判断すると、芳乃に

 

「ちょっと、常陸さんを探してくるね」

 

と断った

すると芳乃は

 

「多分、山菜を探している筈ですから……あちらの方に行ってみてください」

 

と芳乃は、ある方向を指差した

 

「ん、わかった」

 

芳乃に頷いてから、明久はその方向に向かった

そして、ある程度進むと

 

「ん? これは……籠?」

 

なぜか、切り株の上に山菜が積まれている竹籠があった

それを不思議に思っていると、頭上から

 

「明久さーん……」

 

と明久を呼ぶ声が聞こえた

見上げると、樹上に茉子が居た

胸元に、猫を抱いて

 

「……何してるの?」

 

「山菜を取ってたら、降りられなくなった子猫が居たので登ったんですが……」

 

明久の問い掛けに、茉子はそこまで言うと、一拍置いて

 

「降りられなくなったんですー!? 私、高所恐怖症なんですから!?」

 

と叫んだ

それを聞いた明久は、少し呆れた様子で

 

「……木乃伊取りが木乃伊って諺、知ってる?」

 

と問い掛けた

すると茉子は

 

「知ってますよ! けど仕方ないじゃないですか! 猫が! 猫がぁ!!」

 

と言った

しかし、明久は

 

「わかったから、なんか降りる道具は無いの?」

 

と問い掛けた

すると茉子は

 

「はっ!? そう言えば、縄梯子が有りました!」

 

と言って、懷を探り始めた

そして

 

「縄梯子……縄梯子……縄梯子……!」

 

と言いながら、次々と道具を取り出した

丸太、クナイ、手裏剣、鉤爪、etc……

 

「機械猫か!?」

 

その光景に明久は、思わず突っ込みを入れてしまった

その時、膝の上に居た猫が動き始めて

 

「あ、ダメです! 動かないで!?」

 

茉子は猫が落ちないようにと、猫を抱き締めた

だがその拍子に、バランスを失い

 

「あ!?」

 

「常陸さん!?」

 

茉子が、居た枝から落下

それを見た明久は、一気に駆け出した

そして、スライディングで茉子の下にギリギリで割り込むことに成功

茉子を抱き留めることに成功した

 

「はぁ……良かった……」

 

と明久が安堵の溜め息を吐くと、猫は茉子の胸元から脱出

何処かに去った

だがそれより茉子は、明久にお姫様抱っこされていることに意識が向けられていた

 

(わっ!? わっ!? お、お姫様抱っこされてます!? 私の夢の一つだった、お姫様抱っこ!?)

 

茉子の隠された趣味の一つに、少女マンガの収集があり、それを読んでいくうちに、そういったことに憧れるようになったのだ

それが今まさに、明久によって行われていた

その後茉子は、罰としてお姫様抱っこされたまま芳乃達の元に帰ることになった



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緊急事態

明久が茉子と戻ると、レナによりかなりの数が釣られていた

 

「うわぁ……大漁だね」

 

「レナさんが、凄い勢いで釣られてたんですよ」

 

明久が軽く驚いていると、芳乃が楽しそうにそう言った

どうやら、レナが釣りまくったようだ

その後明久は、乾いた上着を着てから廉太郎と一緒に釣り上げた魚を運ぶことにした

 

「いやぁ……レナさん、釣りの才能あるわ……まさに入れ食いだったぜ……」

 

とは、廉太郎の言である

少し落ち込み気味なのは、廉太郎はあまり釣れなかったからだろう

そして一同は、近くの焼き鮎屋に寄り、釣った魚を調理してもらうことにした

その手際を、明久は見学していたが

 

「なるほど、そういう処理の仕方があったか……」

 

と感心していた

その後、焼かれた魚を全員で食べた

すると、廉太郎は

 

「悪い。俺はこの後、少し用事があるんだ」

 

と言って、別れた

それを見送り、更に買い物を続けていた

その時だった

 

「んっ……くあぁぁぁ」

 

と芳乃が声を洩らし、頭にあの犬耳が生えた

 

「あ……耳が……」

 

「芳乃様!」

 

明久は芳乃の頭に犬耳が出来たことに気付き、茉子は心配そうに近付いた

すると芳乃は

 

「どうやら、今日のようですね……」

 

と呟いた

すると

 

「おや? 芳乃は何時の間に、犬耳を着けたでありますか?」

 

とレナが問い掛けてきた

その言葉に、三人は驚きの視線をレナに向けた

するとレナは

 

「ど、どうしました? そんな表情で」

 

と驚いていた

代表してか、明久が

 

「レナさん……これ、見えるの?」

 

とレナに問い掛けた

するとレナは

 

「はい、見えますよ?」

 

なにを当たり前のことを

と言いたげに、答えた

それを聞いた茉子は、素早くレナの片腕を掴み

 

「レナさん。すいませんが、もうしばらく私達と一緒に居てもらいますよ」

 

と言った

するとレナは、少し慌てた様子で

 

「それは困るですよ!? 私この後、お仕事なんですから!?」

 

と抗議した

しかし、芳乃が

 

「大丈夫ですよ。玄十郎さんには、私から連絡しますから」

 

と告げた

その後、明久も一緒にレナを引っ張ることになり、二人でレナをある場所に連れていった

それは

 

「診療所? 私、病気はしてないでありますよ?」

 

みづはが営む診療所だった

すると芳乃が

 

「まあ、元々用事があったんです。レナさんは、そのついでで確認してもらおうかと」

 

と言って、ノックした

時刻は、既に夕方の五時過ぎ

診療所も、既に閉まっている時間だ

しかし、みづはからの返事は無い

 

「おかしいですね……駒川先生から呼ばれたんですが……」

 

芳乃はそう首を傾げるが、明久と茉子は

 

「常陸さん……」

 

「はい……なにやら、嫌な予感がします……」

 

と言って、互いに頷いた

そして、芳乃とレナに

 

「僕と常陸さんが、先に入る……」

 

「お二人は後から入ってください」

 

と言って、明久がゆっくりとドアを開けた

まず見えたのは、誰も居ない待合室

既に電気は消されていて、物静かだった

そこをゆっくりと通り過ぎ、明久が診察室のドアの取っ手を掴んだ

そして、後ろを見て

 

「いい……? 行くよ?」

 

と問い掛けた

その問い掛けに、芳乃と茉子が頷いた

その直後、明久は一気にドアを開けて中に入った

そして、目を見開いた

 

「な!?」

 

「なんで、タタリが!?」

 

なんとそこには、実体化したタタリが居た

 



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激闘

「な、なんなのですか、あれは!?」

 

タタリを見たレナは、驚いた表情でそう言った

どうやら、タタリも見えるらしい

その直後

 

「危ない!」

 

そのレナを、明久は抱き締めるようにして、横に跳んだ

その瞬間、先程までレナが居た場所にタタリの尻尾が振り下ろされた

その一撃は、その後ろにあった本棚を粉砕

当たったら、無事では済まなかっただろう

明久はすぐにレナを、ドア向こうに押して

 

「そこに居て!」

 

と言った

そして、顔を上に向けて

 

「ムラサメちゃん!」

 

とムラサメを呼んだ

すると、明久の近くにムラサメが現れて

 

「うむ!」

 

と頷いた

しかし、刀が無い

ムラサメは近くに有れば手元に呼べるらしいが、その範囲は非常に狭い

試したら、最高で約100mといったところだった

今は、優に1km以上離れている

刀を呼ぶのは、不可能だ

 

「ムラサメちゃん、僕に力を渡せないの!?」

 

「無茶だ! 前例が無い訳ではないか、代償が!」

 

「明久さん!」

 

ムラサメと明久が会話していると、その前に茉子がクナイを両手に滑り込んだ

その直後、タタリの尻尾が繰り出された

その一撃を、茉子はクナイで弾いた

そこに

 

「はあ!」

 

茉子から渡されたのだろう、クナイを両手で持った芳乃が飛び掛かった

しかし、タタリは跳躍して回避

壁を蹴って、芳乃に襲い掛かった

それを芳乃は、しゃがんで回避した

するとタタリは、もう一度壁を蹴って、今度は茉子に突撃した

その攻撃を茉子は、横に跳んで避けた

だが、その瞬間

 

「あぐっ!?」

 

その茉子に、瓦礫が当たった

どうやら、タタリが尻尾で投げつけたらしい

その隙を突かれ、茉子は尻尾の一撃で本棚に叩き付けられ、倒れた本棚の下敷きになった

 

「茉子!」

 

「ムラサメちゃん!」

 

それを見た芳乃は茉子の名前を呼び、明久はムラサメの名前を強く呼んだ

すると、ムラサメは

 

「ええい、仕方ない! しかし、耐えろよ! ご主人!!」

 

と言って、明久と唇を重ねた

その直後、刀と融合するようにムラサメの姿が消えた

すると代わりに、明久の体が光り始めた

それは、ムラサメの力が明久に宿った証拠だ

それを証明するように、明久の脳内に

 

『ご主人! 短時間で終わらせるようにしろ! 体が持たないぞ!!』

 

とムラサメの声が響いた

それを聞いた明久は、一気に駆け出した

ムラサメの言う通り、今の時点で既に明久の体を痛みが襲っている

確かに、長くは持たなそうだった

 

「ああぁぁぁぁっ!!」

 

それを紛らわすように、明久は声を上げながらタタリに突撃した

その明久を迎撃するために、タタリは尻尾を繰り出した

その一撃を、明久は横に跳んで回避

その直後、足を一気に振り上げた

その一撃で、タタリの尻尾は蹴り上げられた

そして明久は、次に右手を首目掛けて振り下ろした

だが、それをタタリは後ろに跳んで回避

直ぐに、後ろの壁を蹴って、明久に突撃してきた

しかし明久は、それを避けなかった

否、避けられなかった

明久はペース配分を考えず、ムラサメの力を全開に使っていた

既に明久の体は、限界に来ていたのだ

その証拠に、明久の口の端から血が流れている

だから明久は、短期決戦

カウンターを決めるつもりだった

その明久に、タタリが体当り

その勢いのまま、壁に激突した

そのダメージで、明久は血を吐き出した

だが壁に激突する直前に、明久は右手をタタリに突き込んでいた

そして

 

「ああぁぁぁぁっ!!」

 

と血を吐きながら、右手を振り上げて、タタリの首を落とした

その直後、タタリは消滅

明久も、両膝を突いた

すると、明久の前にムラサメが現れて

 

「気を確り持て、ご主人! いいか、気を失うでないぞ!!」

 

と明久に声を掛けた

だが、明久はそれに答えることなく、倒れ伏したのだった



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目覚め

「う……あー……?」

 

「吉井さん! 目を覚ましたんですね?」

 

明久がうっすらと目を開くと、たまたま汗を拭きに来たらしい芳乃が居た

明久は、ゆっくりと首を動かして

 

「あれから……どうなったの……?」

 

と芳乃に問い掛けた

それを聞いた芳乃は、一つずつ教え始めた

まず、明久が倒したタタリは、山から降りてきたのではなく、あの診療所で産まれたこと

その詳しい話は後で、みづはがすると言った

そのみづはだが、軽度の打撲のみで問題なし

茉子も、軽度の打撲と頭に傷を負ったが、命に別状は無し

二日経った今日、既に何時も通りに行動しているらしい

問題は、明久だ

 

「吉井さんなら、もう気付いてると思いますが……」

 

「うん……右腕の肘から先、感覚が殆ど無いね……辛うじて、動く位だ」

 

芳乃の言葉に頷きながら、明久はそう言った

 

「みづはさんの診察では、重度の火傷に似た症状のようです……満足に動かせるようになるには……数日を要するだろうと」

 

芳乃は顔を俯かせながら、そう説明した

そして、涙を流しながら

 

「幾らなんでも、無茶し過ぎです! ムラサメ様の力を直接宿すだけでなく、力に守られてるとは言え、呪いの塊たるタタリに手を突き刺すなんて!! 今回は、それで済みました! ですが……二度と……しないでください……」

 

と懇願した

それを聞いた明久は、苦笑を浮かべて

 

「まあ……僕も、そう何回もしたくはないね」

 

と言った

 

「だけど……同じ状況になったら、僕はまたやるよ……」

 

明久がそう言うと、芳乃は

 

「何故ですか!?」

 

と明久に問い掛けた

すると明久は、笑みを浮かべて

 

「だって僕、形だけかもしれないけど……芳乃さんの婚約者なんだ……だったらさ、守らないといけないじゃない……その為なら僕は刀を執るし、自分の体を盾にするよ……だって僕は、男なんだからさ」

 

と言った

それを聞いた芳乃は、涙を流したまま、明久の胸元に顔を埋めた

そこに、襖が開いて

 

「意識が戻ったようだね、明久君……大丈夫かい?」

 

とみづはが入ってきた

 

「駒川先生……」

 

「芳乃様……?」

 

どうやら芳乃が泣いていることに、予想が出来ないらしい

みづはは、不思議そうにしていた

 

「まあ、ちょっと……駒川先生は、打撲と聞きましたが?」

 

「ああ。いきなり現れたタタリに、突き飛ばされてね。それだけさ」

 

明久の問い掛けに、みづははそう言いながら芳乃の隣に座った

そして、僅かに動くだけだった右腕を見て

 

「その腕に、かなりの呪いの力が流れたようでね。それで火傷みたいな状態になっている」

 

と語り、布団の中から右腕を出した

その右腕は、包帯がグルグルに巻かれている

その見た目は、完全に重傷患者のそれだ

 

「それに、ムラサメ様の力を体に宿したとも聞いた……全く、無理をする……全身に酷い負荷が掛かって、重度の筋肉痛や炎症みたいになっている……まあ、全治一週間ってところだね……暫くは、安静にすることだ」

 

「はい、わかりました……」

 

みづはの説明を聞いて、明久は頷いた

そして、みづはは

 

「さて、あのタタリだが……これから現れた」

 

と言って、あの水晶の欠片を明久に見せた

 

「その欠片から?」

 

「ああ……」

 

明久が不思議そうにすると、みづははその欠片を近くの机に乗せた

そして、明久を見て

 

「二日前、ようやく私はあの欠片を調べるために、色々と試そうとしてね……最初に成分を知ろうと、少し砕いたんだ……そうしたら、砕いた破片がくっついてね……タタリが現れたんだ」

 

と告げた

そうして明久は、この事件の根幹を知る



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明確化

「その欠片から……タタリが?」

 

みづはの話を聞いて、明久は思わず首を傾げた

するとみづはは、一度頷いてから

 

「すまないが、詳しくはもう少し待ってくれ。今常陸君が、安晴さんを連れてくるから……」

 

と言った

その数十秒後、部屋の襖が開いて

 

「明久君が目覚めたって?」

 

「大丈夫ですか?」

 

と安晴と茉子が、入ってきた

それを明久は、泣き止んだ芳乃に支えられる形で出迎えた

その後、机の方に体を向けると

 

「では、本題に入るよ」

 

とみづはが言った

本題、つまりは欠片に関することだろう

 

「まずこの欠片だが……」

 

みづははそう言って、一つの欠片を机の上に置いた

そして、ゆっくりと

 

「この欠片は、明久君が回収してくれた二つ目だ……」

 

と語りだした

 

「私が調べたのは一つ目なんだが……その一つ目を砕いて、成文を調べようとしたんだ……しかし、砕いた欠片が一つに戻って、タタリが現れた」

 

「それで、診療所に……」

 

みづはの説明を聞いて、茉子は納得した様子で顎に手を当てていた

 

「私は予想外の事態に固まっていて、タタリの一撃を受けて気絶してしまったんだが……それはさておき」

 

みづははそう言って、白衣のポケットに中からもう一つの欠片を取り出した

そして、二つの欠片を少し離した状態で置いて

 

「私の考えが確かなら、これから起きることを見ていてほしい」

 

と言った

それを聞いた四人は、ジッと欠片を見た

そして、十数秒後だった

 

「な……」

 

「か、欠片が……」

 

「ひとりでに……」

 

全員の見ている先で、欠片が震え始めたのだ

しかも、ゆっくりと二つの欠片が近づいていく

それを、呆然と見ていると

 

「うわっ!?」

 

「眩しっ!?」

 

全員の視界を、光が染めた

光が収まり、全員はゆっくりと目を開いた

そして、見つけたのは

 

「一つに……なってる……」

 

「はい……二つ分の大きさになってます……」

 

二つ分の大きさになった、欠片だった

それを見たみづはは、頷いてから欠片を持ち上げて

 

「やはりか……」

 

と呟いた

そしてみづはは、その欠片を摘まんだ状態で見えるように掲げて

 

「この欠片は、呪具だったんだ」

 

と言った

 

「呪具……?」

 

「呪いに使われた道具、という意味だよ」

 

明久が首を傾げると、みづははそう説明した

そして

 

「恐らくこれは、元々は一つの宝玉だったんだろう……そして、これを持っていた兄が死に際にこれに祈った……本家を許さない。未来永劫に呪う……とね……そして、砕いたか砕けたのかは不明だが、砕けたことで、呪いは発動した……」

 

と語った

 

「それが……中心……」

 

芳乃がそう呟くと、みづはが

 

「はい……ですから、これを集めましょう」

 

と言った

 

「どういうことだい?」

 

と安晴が問い掛けると、みづはは

 

「欠片を全て集めて、本来の姿に戻させるんです。それにより、呪いは収まるはずです」

 

と言った

今、明確な目的が決まった

それを聞いた明久は

 

「じゃあ、それを集めないとね……僕も、頑張りますよ」

 

と言った

だが

 

「その前に、明久君は療養すること」

 

「そうですよ、ゆっくりしてください」

 

「しばらくは安静です」

 

安晴、茉子、芳乃の三人にそう言われて、明久は苦笑するしかなかったのだった



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接近

明久の意識が戻った日の夜

 

「大丈夫ですか?」

 

「ありがとう、芳乃さん」

 

明久は芳乃に支えられて、浴室に向かっていた

実は穂織の温泉は、呪いに対する治療効果があるのだ

それに連なるように、外傷に対する効能もある

だからか、穂織の民家は温泉を引いている家が多い

そしてそれは、朝武家も例外ではない

それどころか、朝武家の風呂はかなり広い

そのサイズは、旅館に匹敵する程だ

最初入った時は、かなりの広さに明久は驚いたのを覚えている

普段ならば、なんら問題はない

しかし、今の明久は怪我人である

浴室に向かうのも、一苦労だった

そんな明久を、芳乃が補佐していた

これは、芳乃が自ら進み出てきたのだ

最初は明久も断ろうとしたが、芳乃はその頑固さから譲らなかった

結果、明久が折れた形である

 

「で、では……脱がしますよ?」

 

「はい、お願いします」

 

浴室に到着すると、芳乃は緊張気味に明久に問い掛け、明久も少し緊張しながら頷いた

すると芳乃は、明久が着ていた浴衣の帯を緩めた

浴衣の帯は、かなり固く結ばれていて、片手では緩める事が出来なかった

帯を緩めると、明久は芳乃の言葉に従って体を動かして、浴衣を脱いだ

そこまで行くと、明久は

 

「えっと、パンツを脱ぐから……向こうを向いててくれるかな?」

 

と言い、芳乃は素直にそれに従った

その後、何とも言えない緊張感の中で、明久はパンツを脱いでから、なんとかタオルを巻いた

それを確認した明久は

 

「ん、大丈夫だよ」

 

と芳乃に告げた

すると芳乃は

 

「では、支えますね」

 

と顔を赤くしながら、明久を支えた

そして、中に入ると

 

「椅子に座って、待っていてください」

 

と戻っていった

そして芳乃は、着ていた浴衣の袖の中からある物を取り出して

 

「……よし」

 

と自分に、気合いを入れた

それから、数分後

 

「お、お待たせしました……」

 

芳乃は、水着を着て現れた

着ているのは、どうやら学校指定の水着らしい

芳乃は恥ずかしいのか、顔が真っ赤になっている

 

「で、では……洗いますね……」

 

「う、うん……」

 

明久が頷くと、芳乃はタオルに石鹸を付けて、明久を洗い始めた

 

「痒い所は、ありませんか?」

 

「うん、大丈夫……」

 

芳乃の問い掛けに、明久はそう返答した

明久の返答を聞いた芳乃は、そのまま続行

明久の体を、洗い続けた

そして、呪いに触れて黒くなった右腕を見た

 

「本当に……無茶し過ぎですよ……」

 

芳乃はそう呟くと、労るように右腕を洗った

それを聞いた明久は

 

「うん、ごめん……」

 

と謝り、身を任せ続けた

ふとその時、芳乃は明久の背中に手をそっと当てた

すると明久は、肩越しに

 

「芳乃さん?」

 

と芳乃に、視線を向けた

すると芳乃は、ポツリと

 

「吉井さんの背中……大きいですね……」

 

と呟いた

それを聞いた明久は

 

「そうかな? 身長は、真ん中辺りだったけど……」

 

と言いながら、首を傾げた

それを聞いた芳乃は

 

「大きいですよ……それに、鍛えられてるのが分かります……」

 

と言った

そして芳乃は、脇腹辺りの傷に触れて

 

「それに、この傷……普通の傷ではないですよね……その左目も……」

 

と呟いた

その時、明久は僅かに体を震わせた

その反応で芳乃は、その二つの傷が明久のトラウマに関わっていると気づいた

だから、芳乃は

 

「無理には聞きません……ですが、何時か話してくださいね」

 

と言うと、明久の体を洗うことに意識を向けたのだった



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見舞いと手料理

明久が目を覚ました翌日

 

「お怪我は大丈夫ですか? 明久?」

 

とレナが、見舞いに来た

 

「うん、なんとかね……レナさんも大丈夫だった?」

 

と明久が問い掛けると、レナは

 

「はい! 私は大丈夫でありますよ!」

 

と元気よく答えた

どうやら、怪我もしていないようだ

それに安堵していると

 

「あのタタミ……あう、上手く言えないですね」

 

とレナが、言った

そして、咳払いしてから

 

「タタ……リ、というのは、もしや朝武家の昔と関係してるのでありますか?」

 

と問い掛けてきた

それに答えたのは、丁度来た芳乃だった

 

「その通りです……あのタタリは、遥か昔……戦国時代から朝武を蝕んでいる呪いです……」

 

芳乃がそう言うと、レナは

 

「戦国時代……もしや、家督継承の?」

 

と問い掛けた

レナは非常にマジメな性格で、勉強も熱心に取り組んでいる

中でも、日本史に強い興味を示している

そしてどうやら、穂織の歴史も知っていたようだ

 

「はい、その通りです……他国の軍を率いて謀叛を起こした兄を、弟は追い詰めて切り捨てた……しかし兄は、斬られる前に朝武家に呪いを掛けていたんです……そしてその呪いは、今も続いています」

 

芳乃がそう言うと、レナは

 

「その呪いの一部が、あのタタ……リ、ですか」

 

と呟いた

それに芳乃は頷き

 

「あの日、私の頭に犬耳が見えてましたよね?」

 

とレナに問い掛けた

その問い掛けに、レナは無言で頷いた

すると芳乃は

 

「あれが、呪われている証拠です……タタリが出ると、ああやって現れるんです」

 

と言った

 

「なるほど……」

 

芳乃の話を聞いて、レナは納得した様子で頷いた

それを見た芳乃は、少し驚いた表情で

 

「……怖くは、無いんですか?」

 

と問い掛けた

するとレナは

 

「? どういう意味でありますか?」

 

と問い返した

それに対して、芳乃は

 

「私は呪われているんですよ? 下手すれば、以前のような事態にまた遭遇して、巻き込まれる可能性だって……」

 

と呟くように言った

すると、それを聞いたレナは、笑顔で

 

「呪いとかはよく分かりませんが、あれは態とではないんでありましょう? だったら、問題は無しです! 呪われているからと言っても、芳乃や茉子、明久達が変わるわけではないのです!」

 

と断言した

その言葉に、芳乃は固まった

すると、明久が

 

「一本取られたね、芳乃さん……」

 

と言った

そして、芳乃が明久に視線を向けると

 

「レナさんは、人をよく見てるみたいだからね……今回は本当に想定外だったって、分かってるんじゃないかな?」

 

と明久は、苦笑していた

そして芳乃は、視線をレナに向けた

するとレナは、笑顔で頷いている

それを見た芳乃は、溜め息を吐いた

その後レナは、昼休み中に来たので、急いで学院に戻っていった

それを見送った芳乃は、明久に

 

「吉井さん、お昼にしましょう」

 

と言って、机の上に料理を並べた

その料理を見て、明久は

 

「もしかして……芳乃さんが?」

 

と問い掛けた

実は茉子は、普通に登校しているのだ

それに関しては、茉子も当初は朝武家に居ようとした

だが、出されるだろうプリントやノートのことを考えた結果、茉子が登校することに決まったのだ

 

「はい……流石に、茉子や吉井さんよりかは上手くは作れませんが……」

 

芳乃は照れくさそうに言いながら、料理を配膳

準備すると

 

「ど、どうぞ……」

 

と明久の口元に、卵雑炊を持っていった

それを明久は、一口食べると

 

「はふ、あふ……ん……ありがとう、美味しいよ」

 

と誉めた

それを聞いた芳乃は、嬉しそうに

 

「そ、そうですか? だったら、良かったです」

 

と言った

その後芳乃は、卵雑炊を明久に食べさせ続けたのだった



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夜の

負傷してから、数日

明久と芳乃の距離感は、大分縮まってきていた

芳乃の介護と穂織の温泉

その二つで、明久は自分で歩けるようになった

しかし、タタリに突き刺した右腕はまだ痺れが酷い

そのために、芳乃が介護していた

しかも、明久が視線を向けただけで、食べたい料理を察している程になった

それを見た、茉子と安晴は

 

「安晴さま……見てくださいよ、あの光景を」

 

「いやぁ……芳乃も丸くなったなぁ……」

 

と会話していた

そして、明久の視線のみで察している芳乃の姿に

 

「ツーと言えばカー」

 

「阿と言えば吽」

 

と短く会話

小声だったが、机一つ挟んだ距離なので余裕で聞こえる

二人が何を言いたいのか察して、芳乃は顔を赤くしながら

 

「し、仕方ないじゃないですか! 吉井さんは、まだ満足に食事が出来ないんですから!」

 

と反論した

すると茉子が、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら

 

「おやおや、芳乃様。私は具体的なことは、まだ言ってませんよぉ?」

 

と言った

それを聞いた芳乃は、不覚と言わんばかりに苦い表情を浮かべ、安晴は

 

「いやぁ……懐かしいね……僕と秋穂が婚約した時のことを思い出すよ」

 

と頷いていた

そして明久だが

 

(あー……腕が痺れてて、変な感じだなぁ……)

 

と必死に意識を逸らしていた

でなければ、自分も茉子に弄られると、明久は確信していた

そして、明久の必死の努力が実ったのか、茉子から弄られることはなかった

そして、芳乃の介護で入浴を終えると、眠りに就いた

実はその寝ている間、不思議なことが起きていたことに気づかなかった

気付いたのは、翌朝だった

翌朝明久は、少し違和感を感じて目覚めた

そして目の前には、無防備に眠っている芳乃の姿があった

芳乃は寝る時は浴衣姿なのだが、胸元が開いている

 

(え、なんで、芳乃さんが!? 確かに、寝る少し前まで一緒に居たけど!?)

 

その姿の芳乃を見て、明久は激しく混乱していた

しかし、無理はないだろう

芳乃の部屋は、居間を挟んで反対側なのだ

 

(確かに芳乃さんは、寝起きが弱いけども、流石に寝惚けてここに来るなんてあり得ないはず!?)

 

と明久が、狼狽していると

 

「ん、んん……」

 

と芳乃が身動ぎして、うっすらと目を開けた

やはり寝惚けているらしく、芳乃は最初はボーッとしていた

しかし、目の前に居るのが明久だと気づくと、目を見開いて

 

「な、なんで吉井さんが!?」

 

と驚いていた

すると明久は

 

「え、えっと……芳乃さん、信じられないかもしれないけど……周りを見て」

 

と言った

それを聞いた芳乃は周りを見て、驚いた

 

「ここは……吉井さんの部屋?」

 

今居るのが、明久の部屋だと気付いたのだ

そこに

 

『明久さん、芳乃様を知りませんか?』

 

と茉子の声が聞こえた

 

「ま、茉子!?」

 

その茉子の声を聞いて、芳乃は驚きの声を上げた

上げてしまった

 

『え、芳乃様!?』

 

芳乃の声を聞いた茉子は、驚きながらも襖を開けた

そして、呪いに関して一気に進むことになる



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呼び掛け

「つまり、朝起きたら芳乃様が明久さんの布団に入っていた……と」

 

「ソーナンス」

 

茉子の問い掛けに、明久はそう言いながら頷いた

すると、茉子は眠そうにしているムラサメに視線を向けて

 

「ムラサメ様?」

 

と呼び掛けた

すると、ムラサメは

 

「ああ、夜半に芳乃が来たのは本当じゃ」

 

と肯定した

それを聞いた芳乃は、顔を真っ赤にして

 

「いくら寝惚けていたとはいえ……っ」

 

と言って、顔を覆った

だが、ムラサメは首を振って

 

「いや、あれは……呼ばれたんじゃよ」

 

と言った

それを聞いた、明久、芳乃、茉子の三人は

 

『呼ばれた?』

 

と同時に言った

三人の言葉を聞いたムラサメは、頷いてから茉子に

 

「すまぬが、ご主人の部屋から欠片が入れられた巾着袋を持ってきてくれ」

 

と言った

それを聞いた茉子が、立ち上がると

 

「あ、僕が取りに行くよ?」

 

と明久が言った

すると、芳乃が

 

「吉井さんは、まだ怪我が治りきってないですから、大人しくしていてください」

 

と明久の頭を、軽く叩いた

大分治ってきているから、明久としてはリハビリも兼ねて動きたい処である

しかし、言われたら大人しくしていないと、芳乃に更に怒られる

それは避けたい明久は、大人しく座っていることにした

すると茉子が、あの欠片が入れられた巾着袋を持ってきた

欠片だが、何か起きても分かるようにと、ムラサメの近くに置かれることにしたのだ

その欠片が入れられた巾着袋を、茉子は机の上に置いた

それを見たムラサメが

 

「昨夜、この欠片から不思議な波動を感じてな。何かと思っていたら、芳乃がフラフラと現れたのだ。しかもその時は、耳が出ていた」

 

と語った

それを聞いた明久と茉子は、芳乃の頭を見た

今は、耳は出ていない

間違いなく、呪いにが関与しているだろう

 

「……使えるんじゃないかな?」

 

と言ったのは、明久である

明久の発言に、芳乃と茉子は視線を向けた

すると、明久は

 

「もしかしたらだけど、同類っていうか……近い存在を呼んでるんじゃないかな?」

 

と言った

それを聞いて、芳乃は

 

「まさか……」

 

と呟いた

 

「え、あの……どういうことですか?」

 

二人の考えが分からない茉子は、狼狽えた表情で二人を見た

すると、芳乃が

 

「つまり吉井さんは、タタリを一斉に呼んで、欠片を集める気なの」

 

と言った

それを聞いた茉子は、驚いた表情で明久を見た

 

「だって、元のサイズと分からなければ、割れた後の数も分からない……だったら、使える手は使わない手はないでしょ?」

 

明久がそう言うと、茉子が

 

「幾らなんでも、危険です! 何体のタタリが来るのか!?」

 

と反論した

確かに、欠片の数が分からないということは、現れるタタリの総数も分からないということだ

山という不安定な場所では、賭けの要素が強すぎる

 

「だけど、何回も戦うっていうリスクは避けられるよ……しかも、何時来るか分からないタイミングを避けられる……」

 

明久のその言葉に、茉子は押し黙った

今まで何回も戦ってきたが、中には負傷やタイミング悪く、一人で戦う場面も多々あった

それを考えると、確かに有効かもしれない

 

「どちらにしろ、ご主人は怪我の完治に努めよ」

 

「そうですね。吉井さんは、まだ怪我が治りきってないんですから」

 

ムラサメと芳乃のその言葉に、明久は頷くしかなかった

まだ治ってないのは、事実なのだから

しかしこれで、欠片を集めるという目標は終わりやすくなったのだ



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明久

芳乃が明久の部屋に来た翌日

みづはが、明久の診察に来た

 

「ふむ……」

 

「みづはさん、どうですか?」

 

芳乃がそう問い掛けると、みづはは笑みを浮かべて

 

「大丈夫ですね。もう、包帯も取れますよ」

 

と答えた

それを聞いた三人は、嬉しそうに顔を見合わせた

すると、みづはが

 

「では、私はこれで」

 

と言って、立ち上がった

それを見た三人は

 

「ありがとうございました!」

 

とみづはを見送った

その後、明久は確認を兼ねて、庭に出て木刀を握った

 

「一週間振りか……」

 

明久はそう呟くと、木刀を構えた

 

「やっぱり、鈍るか……」

 

明久はそう呟くと、軽く振った

その直後、激しい動悸が明久を襲った

 

「あ……かはっ!?」

 

それにより視界が揺らぎ、明久は膝を突いた

 

(たった一週間握らなかっただけで……!?)

 

と明久は、困惑した

そこに

 

「吉井さん!?」

 

と芳乃が出てきた

どうやら、部屋に居なかったから探しにきたようだ

そして、膝を突いていた明久に駆け寄り

 

「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

 

と声を掛けた

そこに、僅かに遅れて茉子も出てきた

そして、茉子の手伝いもあって、明久を家に入れた

その後、明久は出されたお茶を飲んで

 

「はあ……たった一週間で、あそこまでなるなんて……」

 

と溜め息を吐いた

すると、芳乃が

 

「吉井さん……あまり踏み込むべきではないとは、分かってます……しかし、話していただけませんか? 何があったのかを」

 

と明久に問い掛けた

それを聞いた明久は、口をつぐんだ

すると、茉子が

 

「玄十郎さんから聞きました……三年前に、明久さんはある事件に巻き込まれて、刀を握れなくなったと……」

 

と言った

その瞬間、明久の体が震えた

やはり、聞くべきではないのかもしれない

震えた明久を見て、二人は僅かにそう思った

だが、同時に知るべきだとも思った

今のままでは、いけないと

 

「吉井さん……私達は、吉井さんのことを知りたいんです……」

 

「ですから、教えてください……」

 

二人がそう言うと、明久は暫くの間黙った

そして、どれほど経ったか

 

「三年前……僕と母さんは……ある銀行に行ってたんだ……」

 

と語りだした

それは、今から三年前の話だ

その銀行は、中規模の銀行だが貸し金庫もやっていた

その貸し金庫から、明久は母親と一緒に家宝の刀を出して、鑑定してもらう予定だった

家宝の刀は年代物だが、銘等は資料に残っていなかった

だから詳細を知るために、鑑定士だという人物を連れて、その銀行に向かった

 

『ほぉ……この刀は……』

 

家宝の刀を見た男は、鞘から抜いた刀の波紋に見魅っていた

黒い刀身に、銀色の波紋

明らかに、名刀と呼べる業物だった

 

『まさか、黒刀とは……世界に数本しかないと言われる、幻の刀……』

 

その刀に、鑑定士は最初は素直に感嘆し、鑑定していた

だが途中から、目付きが怪しくなっていく

明久と母親が異変に気付いた時には、遅かった

鑑定士は、一緒に居た銀行の係員を切り裂いていた

 

『つっ!?』

 

『妖刀の類いだったか!?』

 

と二人が声を上げた直後、鑑定士は奇声を上げながら、二人に切りかかった

二人は回避したが、鑑定士は完全に正気を失っていることは明らかだった

 

『このままじゃあ、まずいね……』

 

『ここで、こいつをどうにかしないと……』

 

そう決意すると、二人は鑑定士をどうにかしようと行動を開始した

そんな二人に、鑑定士は執拗に刀を振るってくる

その最中に、タイミングが訪れた

やはり乱雑に振るっていたからか、鑑定士の動きが鈍り始めた

その隙を突いて、明久は刀取りを行った

鵜茅流剣術柔技、刀取り

それは、相手の振るった刀を素手で奪い取る技である

しかもそこから、カウンターを叩き込むのが流れである

明久は若くして、鵜茅流剣術を極めた使い手だ

その技の動きは、体に叩き込まれている

だから明久は、気付いた時には、奪還した家宝の刀で鑑定士の胸部を深々と突き刺していた

そんなつもりは、毛頭無かった

せめて、家宝の刀を奪還して、無力化に留める気だった

だが、明久の体に叩き込まれていた技が、相手を殺してしまった

その後、遅れてやってきた警官達により、鑑定士だった男は病院に運ばれたものの、死亡が確認された

そして明久は、正当防衛が認められて無罪となった

だがこれを期に、明久は刀が握れなくなっていたのだった



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再出発

「……これが、三年前の事件だよ……それ以来、刀を握るのが辛いんだ……」

 

明久の話を聞いていた芳乃と茉子は、絶句していた

確かに、PTSDになるほどだから、よほどのことが起きたことは予想していた

しかし、予想を越えていた

すると、芳乃が

 

「その……その左目は……」

 

と明久の左目の眼帯に、視線を向けた

すると、明久は

 

「うん、まあ……その時に負った怪我だね……」

 

と言いながら、眼帯を優しく撫でた

すると、茉子が

 

「でしたら! もう戦うことはありません! 後は、私たちがなんとかしますから!」

 

と言った

だが、それを聞いた明久は首を振って

 

「それはダメだよ……僕ももう、当事者だ……途中で投げ出すなんて、到底出来ない」

 

と告げた

それを聞いた茉子と芳乃は、辛そうな表情を浮かべた

明久の決断は、確かに朝武家にとってはありがたい

しかし、明久にとっては辛い決断である

大事の為に、小事を切り捨てる

明久は、朝武家の呪いという大事の為に、自分のPTSDという小事を切り捨てた

 

「それになにより……形式だけかもしれないけど、僕は芳乃さんの婚約者なんだし……放置なんて、絶対に出来ない……女の子だけに、戦わせるなんて……僕の意地が許さない……戦う力と方法が有るのに……見てみぬ振りは、絶対にしたくない」

 

明久のその力強い言葉に、芳乃と茉子は悟った

こうなったら、明久は絶対に止まらないと

誰かの為に、自分が出来ることは全てやる

それは、今までの行動から証明されている

迷子の時、明久は知らなかったとは言えども、夜に山の中に入るというハイリスクな行動をしていた

家事も、自分に出来ることはしている

料理や洗濯、掃除を

この間の診療所の時、ハイリスクを侵してタタリと戦った

そして何より、刀にPTSDがあるのに、玄十郎と激しい訓練を繰り返し、タタリと戦った

それらは、自分に出来ることを全力で行っているのだ

それを察したからか、芳乃が

 

「わかりました……もう、止めません」

 

と言った

それを聞いた茉子が

 

「しかし、芳乃様……」

 

と芳乃に、苦言を呈しようとした

しかし、芳乃は

 

「茉子も、分かってる筈よ……吉井さんは、決して譲らないと」

 

と言った

すると、茉子も分かっていたようで、苦い表情を浮かべた

だからか、芳乃は

 

「しかし、約束してください……これ以上、怪我を負わないと」

 

と明久に向き合った

その約束が、芳乃が出した妥協点のようだ

それを聞いた明久は、頷きながら

 

「分かった……約束する」

 

と返答した

結局この日は、刀を握って調子の確認に留めた

その確認に、茉子が立ち会っていた

明久がPTSDの症状が発症したら、即座に止めるためにらしい

まあこれは、今まで隠していたから仕方ないだろう

こうして、再出発を果たしたのだった



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譲渡

「さて………問題は、今後の方針だ」

 

と切り出したのは、腕組している明久である

すると、ムラサメが

 

「ならば、一つは決まっているではないか」

 

と言った

それを聞いて、芳乃が

 

「どういうことですか、ムラサメ様?」

 

と問い掛けた

すると、ムラサメは

 

「あの金髪娘を呼ぶのだ」

 

と提案した

 

「金髪娘……レナさん?」

 

と明久が首を傾げると、ムラサメは

 

「うむ……あの娘だが……かなり高い確率で欠片を所持している筈だ」

 

と言った

 

「レナさんが、欠片を?」

 

ムラサメの話を聞いて、芳乃は驚いていた

なぜ、レナが欠片を持っているのかと

すると、ムラサメが

 

「芳乃よ。あの娘と初めて握手した時のこと、覚えているな?」

 

と問い掛けた

その問い掛けに、芳乃は頷き

 

「はい。何やら、バチリと……」

 

と答えた

それを聞いて、ムラサメは頷き

 

「そして、芳乃の耳が見えていたこと……その二つから、あの娘が欠片を持っている可能性が高いと思ったのだ」

 

と言った

確かに、それなら話は繋がるだろう

バチリとしたのは、恐らくは欠片の障気に弾かれたからだろう

 

「とりあえず、一度聞いてみよう……今日なら、宿で働いてる筈だから……お爺ちゃんに電話してみよう」

 

明久のその提案に、芳乃と茉子も頷いた

そうして、十数分後

 

「あの……呼んだと聞いたでありますが……」

 

とレナが現れた

すると、茉子がレナを座らせて

 

「レナさん、一つ聞きたいことがあるんだ」

 

と明久が問い掛けた

 

「なんでありましょうか?」

 

明久の問い掛けに、レナは小首を傾げた

すると、芳乃が融合した欠片を巾着袋から取りだし

 

「このような欠片……知りませんか?」

 

とレナに問い掛けた

すると、レナは僅かに驚いた表情を浮かべ、胸元から一つの小さな巾着袋を取りだし、中からそれを出した

それは、間違いなく欠片だった

 

「レナさん、それは……」

 

「昔、お爺ちゃんがお婆ちゃんと出会った切っ掛けらしいです……」

 

芳乃の問い掛けに、レナはそう言って語り出した

その昔、戦後間もなくの頃

この穂織の地に、機関車を走らせるという話があったらしい

その時、機関車を知る技術者としてレナの祖母の両親が呼ばれたらしい

その世話役を任されたのが、当時若かった祖父だった

その後祖父は、その相手に山を案内したりしていた

その間に、少しトラブルが起きた

なんと、祖母が山で遭難

その祖母を、祖父は必死に捜索

そして、見つけた

その見つけた切っ掛けが、一度転んだ祖父が偶々握っていた欠片だとか

祖父はその欠片に導かれるように、祖母が居た祠に向かったそうだ

そこから、二人は惹かれあった

結局、機関車は引かれないことが決まり、祖母達は祖国に帰ることに

その後を、祖父も追い掛けた

そして祖父は、その家の手伝いをし続けて、認められて結婚

今に至るそうだ

その話を聞いて、芳乃は

 

「あの……大変不躾とは思います……ですが、どうかその欠片を譲っていただけないでしょうか? 私達に出来ることは、出来るだけします……」

 

と言って、頭を下げた

それに追随するように、茉子と明久も頭を下げた

それから少しして

 

「頭を上げてください……」

 

とレナが言った

三人が頭を上げると、レナは

 

「確かに、これは私達家族にとって大事な物です……私達家族は、長年これを祀ってきました……」

 

と語り出した

そしてレナは、芳乃を見て

 

「しかし、これが穂織に……何より、朝武家にとって大事な物なら……渡します」

 

と机の上に置いた

 

「本当に……よろしいんですか?」

 

と芳乃が問い掛けると、レナは

 

「はい! 事情を説明すれば、家族も納得してくれますよ!」

 

と笑顔で返答

そして

 

「そして、また今度一緒に買い物しましょう!」

 

と告げた

どうやら、それがお願いらしい

それを聞いた芳乃は、微笑みを浮かべて

 

「わかりました。約束です」

 

と言った

こうして、また一歩前進した



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決戦前夜

「さて……これで、3つ集まりましたね……」

 

と会話を切り出したのは、芳乃だ

三人の前の机の上には、以前回収し一つになった二つと、レナから譲り受けた欠片が離して置いてある

 

「それに、レナさんから良い情報も得られました……」

 

「うん。奉れば、タタリは出ない……」

 

それは、レナに問い掛けたことだった

なぜ、一度もタタリが出なかったのか

そう問い掛けると、レナの家は欠片を奉っていたことが分かったのだ

レナの家にとっては、欠片は今の祖父と祖母の出会いの切っ掛け

だからレナの家では、欠片を奉納し感謝していたそうだ

 

「盲点でした……奉れば、タタリが出ないとは……」

 

茉子と明久の言葉を聞いて、芳乃は悔しさを滲ませながらそう言った

呪いを打ち消すために、長年タタリと戦い続けた朝武家

それがまさか、欠片を集めて奉れば、タタリが出なくなるとは、全く予想していなかったのだ

 

「けど、これで終わりが見えてきた……後は、欠片を集めきるのみだよ」

 

明久の言葉に、芳乃と茉子は頷いた

しかし、その欠片を集めるのが至難だろう

元々のサイズが分からぬ上に、相当細かく砕けている

それを一個ずつ、全て集めるとしたらかなりの時間が掛かってしまう

 

「そこでだ……欠片を使うとしよう」

 

と明久が提案した

芳乃と茉子が視線が、明久に向くと

 

「前に、芳乃さんが僕の部屋に来たよね?」

 

と芳乃を見た

その問い掛けに、芳乃は顔を赤くした

思い出して、恥ずかしくなったようだ

 

「あれは、欠片が芳乃さんを呼んだから起きたって聞いた……けど、タタリは来なかった……なんでかな? 発する力が弱かったから、芳乃さんを呼ぶのが限界だったんだ……」

 

明久のその言葉に、芳乃と茉子は反論出来なかった

なにせ、理に叶っていたからだ

二個では、そこまでの力は無かった

ならば、三個はどうか?

流石に、他全てに呼び掛けることは、出来ないだろう

だが少数でも呼び寄せて、回収出来ればどうなる?

そして何より、待つ必要が無くなる

なにせ、自分達から呼び掛けるのだから

 

「それじゃあ、くっつけるよ?」

 

明久の問い掛けに、二人は頷いた

それを見た明久は、離していた二つの欠片を近づけた

すると、以前と同じようにカタカタと震えながら近づき

 

「つっ!?」

 

光を伴いながら、一つにくっついた

それを見た明久は

 

「とりあえず……今日は、準備を含めて休もうか」

 

と告げた

どうやら、間を置くつもりのようだ

 

「逸る気持ちは分かるけど、これは分の悪い賭けなんだ……気を急いては、事を仕損じる……兵法の基本でしょ?」

 

どうやら明久は、剣術使いとしての立ち位置で考えているようだ

そして、それは道理だろう

もしかしたら、大量のタタリと一度に戦うことになる

そして失敗すれば、対価は自分達の命

それは、断じて許せないのだ

 

「だから今日は、準備を万端にして休む……動くのは、明日だ」

 

明久は決意の光を宿しながら、そう宣言した



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思惑通り

次の日の夜

芳乃の部屋の枕元に、欠片の入った巾着を置いて、芳乃は眠るようにした

出来るだけ、前と同じ条件にするためだ

部屋の前の廊下には、明久と茉子が待機している

そして、どれほど経ったかムラサメが

 

「芳乃が動き出したぞ」

 

と告げた

それを聞いた二人は、芳乃の後を追った

芳乃はフラフラと山を登っていく

その手の中には、欠片の入った巾着がある

すると、ムラサメが

 

「あの欠片から、何やら不思議な波動が出ている……」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「ムラサメちゃん、刀に入って……多分、来るだろうから」

 

と提案した

それを聞いたムラサメは、頷いてから刀に入った

すると、茉子が

 

「……周囲に、凄まじい数の気配が」

 

と緊張感を滲ませた声を漏らした

それを聞いた明久は

 

「だったら、ここまでだね!」

 

と言って、芳乃を抱き上げた

その直後、明久の右手側から一体のタタリが現れた

それを見た明久は、即座にバックステップ

一気に距離をとった

その判断は正しく、先ほどまで明久が居た場所にタタリの尻尾が振り下ろされていた

その時、芳乃の目に理性が戻り

 

「は、はれ……私……」

 

と周囲を確認

そして、明久にお姫様抱っこされていることに気づき

 

「え、ええ!? なんで私、吉井さんに!?」

 

と顔を真っ赤にした

だが、タタリの気配に気付いたらしく

 

「あああああ!! い、居ます! そこらに囲むように!」

 

と声を上げた

それに連動するように、周囲の草影から次々とタタリが姿を現した

その数は、優に10を越えている

 

「この数は……!」

 

「多分、近くの欠片が一斉にタタリに変異したんですね……」

 

その数を見て、明久と茉子はそう話した

だが、そこに

 

『いや、これだけではないぞ』

 

と明久の頭の中で、声がした

 

「え?」

 

『凄まじい数のタタリが、ここに集まってきている! 下手すれば、この山全ての欠片がタタリになった可能性がある!』

 

明久が首を傾げると、ムラサメはそう言った

それを聞いた明久は、思わず

 

「この山……全部の欠片が!?」

 

と驚いた

それを聞いた明久は、素早く思考した

今居るのは、山の中腹

足場は、悪い

数の差も、圧倒的

 

(地の理も数の理も相手にある……だったら!)

 

そこまで考えると、明久はその場から反転し

 

「移動するよ! せめて、足場がしっかりした場所に!!」

 

と言って、駆け出した

その意見に否は無かったらしく、茉子も明久の後に続いた

当然のことだが、タタリも追い掛けてくる

それを肩越しに見た明久は

 

「芳乃さん、刀を掲げて!」

 

と芳乃に言った

それを聞いて芳乃は、なんとか刀を抜刀

高々と掲げた

それを見た明久は

 

「ムラサメちゃん、閃光で目眩ましを!!」

 

と言った

その直後、凄まじい光が刀身から放たれた

それが理由らしく、タタリ達の動きが止まった

その間に、明久達は距離を離した

そして到着したのは、ある程度踏み固められた山道だった

 

「ここなら、足場もいいか……」

 

明久はそう言って、芳乃をゆっくり下ろした

そして刀を受けとると、ムラサメに

 

「力は、大丈夫?」

 

と問い掛けた

すると、ムラサメは

 

『大して消耗しておらん。問題ない』

 

と返答した

そして、明久と茉子が息を整えた

その時だった

木の影から、タタリが姿を現した

しかしその姿は、今まで見たのよりも巨体だった

 

「まさか……一つになった……?」

 

と言ったのは、芳乃である

どうやら予想外だったらしく、呆然としていた

だが、明久が

 

「はは……一体ずつ相手にするよりかは、遥かに簡単だ……こいつ一体を倒せば、終わるんだからね!!」

 

と言って、構えた

こうして、最終戦の幕が開く



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タタリとの決着

この場を借りて、先に謝罪します
この作品、後二話ほどで終わりを迎えます
その理由ですが、PCが壊れて、なんとか復旧したんですが、千恋万花が出来なくなりました(死活問題)
それにより苦渋の決断ですが、予定より早い終了となります
一通りプレイし、基本ルートは覚えてたんですが、予定していた芳乃ルートの詳細な話を覚えてないんです
ですから、本当に申し訳ありません
今お金に余裕もなく、中古品すら買えません(冬は、イベが盛りだくさんだから、お金を使ってしまった……すまぬ……)
本当に、申し訳ありません(土下座)
後僅かですが、最後までお楽しみください(土下座)


「行くよっ!」

 

明久はそう言いながら、刀を抜刀

タタリ目掛けて、駆け出した

だが次の瞬間、弾かれるように横に跳んだ

その直後に、頭上から三本の尻尾が叩き付けられた

その太さは、バスケットボール並に太い

直撃を受けたら、無事では済まないのは明白である

 

「つぅ!?」

 

しかも叩き付けられた衝撃で、石が明久達に襲いかかる

明久は地面に四つん這いになって避けて、茉子と芳乃の二人は木の後ろに隠れて凌いだ

そして今度は、タタリが動いた

その巨体からは予想もしない速度で走ると、明久に向けて前足を振るった

その一撃は防いだが、あまりの威力に吹き飛ばされた

吹き飛ばされた明久は木にぶつかり、強制的に息を吐き出させられた

だが、固まっている余裕はなかった

明久はすぐに、その場から転がるように移動

タタリが振り下ろしてきた尻尾を、回避した

 

「流石に、動きが違う!!」

 

明久はそう言いながら、岩影に隠れて、タタリが飛ばしてきた石を凌いだ

そこに

 

「はぁっ!!」

 

茉子が動いた

茉子は数本のクナイを飛ばして、それをタタリが防いだ瞬間を狙って小太刀を繰り出した

その一撃で尻尾を一本切ったが、茉子は無理せずに即座に後退

タタリの右前足を避けた

風圧で、生垣の葉が散る

そこに

 

「えぇい!」

 

今度は、芳乃が接近

鉾鈴をタタリの背中に突き刺した

その一撃は効いたらしく、タタリは雄叫びを上げた

だが芳乃は、追撃をすることなく離脱した

相手は、並のタタリではない

無理に追撃し、攻撃の直撃を受けたら無事ではないだろう

だから、一撃離脱戦法で少しずつだろうがダメージを与えていく

三人は、そう判断していた

するとタタリは、芳乃を攻撃しようと振り向いた

そこに

 

「疾!!」

 

まるで疾風のように、明久が駆けた

明久はタタリの横を通り過ぎ様に、一閃

更にもう一本、タタリの尻尾を切飛ばした

それを見た明久は

 

「今が好機!!」

 

と刀を返した

明久が狙ったのは、最後の一本

明久が放った一閃は避けられたが、そこに茉子が動いた

茉子は数本のクナイと繋げた鎖を、投げた

茉子が投げた鎖付きクナイは、広範囲に広がってタタリを地面に押さえつけた

理想としては投網だったが、ムラサメの力が宿っていたのは鎖だけだった

しかし、タタリは非実体である

一時は押さえつけたが、直ぐに脱出しようとした

芳乃は鉾鈴で、左後ろ足を切り落とした

すると、少しずつ再生していた尻尾の再生が停止

一瞬にして、新しい足が生えた

どうやら、足の再生に力のを回したようだ

恐らくだが、機動性の低下を嫌ったのだろう

足を再生させたタタリは、鎖の力に抵抗しつつ、最後の尻尾を隙間から出して、大きく振り回した

芳乃は茉子が庇ったために、攻撃は受けなかった

茉子は、纏っていたくノ一の服に宿っていたムラサメの力で、なんとか耐えた

そして明久は、駆け出していたが刀でいなそうとした

だが刀が当たった瞬間、そこを基点に尻尾が急旋回

刀諸とも、明久を縛った

 

「なっ!?」

 

それは予想していなかった明久は、思い切り高く放り投げられた

 

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

「吉井さん!?」

 

「芳乃様!!」

 

芳乃は明久が投げられたことに驚き、明久を視線で追った

だが、その隙をタタリは見逃さすことなく、鎖から離脱

態勢を立て直し、二人に相対した

それに二人は、腰を深く落として構えた

明久は心配だが、油断出来る状況ではない

二人に隙が無いからか、タタリはジッと動かない

下手に動けば、強力無比の一撃を受ける

そう判断した二人は、身構えた状態で動かなかった

その時

 

「貰ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

なんと明久が、体を発光させながら落ちてきた

タタリが気づき、頭上から現れた明久の攻撃を避けようとした

だが

 

「させません!!」

 

茉子がクナイを大量に投擲し、それをタタリが尻尾で弾いたことで妨げられた

そして

 

(しゃ)ぁぁぁ!!」

 

雄叫びを上げながら、明久は大上段から刀を振り下ろした

その一撃は、タタリの胴体を両断

数秒後、タタリは消滅した

その直後に明久は、なんとか着地

タタリが消えたことを確認し、光

ムラサメの力を消した

それは、咄嗟の行動だった

高く放り投げられた明久は、木を突き抜けながらムラサメに、力を体に回すように指示

片手で適当な枝を掴み、その反動を利用してタタリ目掛けて落下

一撃を叩き込んだのだ

ムラサメの力が消えた明久は、仰向けに横たわり

 

「よっしゃ……終わった……終わったんだ……」

 

と呟いた

これが、タタリとの最後の戦いになった



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最後の欠片

タタリとの戦いから、二日後

 

「うごごごご……」

 

短時間とはいえ、ムラサメの力を流した反動に、明久は苛まれていた

 

「まあ、この程度で済んで、御の字と思いなさい……話を聞いたが、まったく無茶をする……」

 

と言っているのは、診察に来たみづはだ

そして、診察が終わったタイミングで

 

「駒川先生、吉井さんの容態はどうですか?」

 

と芳乃が来た

するとみづはは、器具を片付けながら

 

「この様子ならば、明日には動けるようにはなるはずです……」

 

と芳乃に教えた

それを聞いた芳乃は、安心した表情で

 

「良かったです……」

 

と言いながら、胸元で手を握った

すると、みづはは

 

「それで、欠片はどうなりましたか?」

 

と芳乃に問い掛けた

その問い掛けに芳乃は、少し苦い表情をしながら袖に手を入れて

 

「……これを」

 

と机の上に置いた

それは、ハンドボールより一回り小さいサイズの水晶玉だった

しかしよく見れば、僅かに欠けている

ちょうど、欠片一個分というところだろう

 

「これは……」

 

「あと一個……のようなんですが……」

 

芳乃はそう言いながら、腕組みした

あと一個を、山の中から探す

まさに、砂漠の中から石一個を探すようなものである

 

「とりあえず、私は出るよ。他に、回診する場所があるからね」

 

「はい、ありがとうございました」

 

芳乃はそう言って、みづはを見送った

そして、明久に視線を向けて

 

「本当に、良かったですよ。吉井さん……大したこと、なくて」

 

と言った

すると、明久は

 

「だから、言ったでしょ? 酷い筋肉痛みたいなものだって……」

 

と言って、ゆっくりとだが上半身を起こした

そして、水晶玉を見て

 

「本当に、あと一個くらい……だね」

 

と呟いた

それを聞いた芳乃は

 

「はい……たまたま、一個だけタタリ化しなかったのか……それとも、レナさんみたいに誰かが持っているのか……分かりませんが、後少しなんですが……」

 

と言いながら、明久を支えた

すると、明久は

 

「そういえば、ムラサメちゃんは?」

 

とムラサメが居ないことに気付き、芳乃に問い掛けた

すると、芳乃は

 

「今は、山を回ってもらってます。ムラサメ様は、欠片の気配が分かりますから」

 

と説明した

確かに、明久や芳乃。茉子には欠片の気配というのは分からない

ならば、ムラサメが探すのが理に叶ってるだろう

そして明久は、芳乃に支えられながら昼御飯を食べていた

そこに

 

「戻ったぞー」

 

とムラサメが帰ってきた

 

「あ、ムラサメちゃん。お帰り」

 

と明久が出迎えると、ムラサメは明久を見て

 

「山を見てきたが、欠片の気配はしなかった」

 

と報告してきた

それを聞いて、芳乃と明久は唸り声を漏らした

だが、ムラサメが

 

「しかし、確信した」

 

と言って、明久を見た

 

「どういうこと?」

 

と明久は、ムラサメを見た

すると、ムラサメは

 

「うむ……最後の欠片だが……ご主人の中にある」

 

と言った



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エピローグ

「最後の欠片が……僕の中に……?」

 

ムラサメの言葉を聞いて、明久は呆然とした

なぜ、そのような答えになったのか分からなかったからだ

すると、ムラサメが

 

「以前ご主人は、穂織に住んでいた……そして一時期は、山で遊んでいた……そうであったな?」

 

と明久に問い掛けた

その問い掛けに明久は、頷きながら

 

「うん……廉太郎と、山で遊んでたけど……」

 

と困惑していた

しかし、仕方ないだろう

最後の一個が、自分の中に有ると言われても、簡単には信じられない

 

「まあ、山で遊んでいた最中に転んだりしていただろう……恐らくその時に、誤って欠片を飲んでしまった可能性が高い……」

 

「待って……そしたら、幾らなんでも気づくはず……」

 

ムラサメの言葉に、明久はそう言った

しかし、ムラサメは

 

「ご主人、初めて刀を握った時を覚えているか?」

 

と明久に問い掛けた

すると、明久は

 

「まあ、覚えてるよ? なんか、静電気みたいなのあったしね……忘れるもんか」

 

と答えた

それを聞いたムラサメは、芳乃を見て

 

「芳乃、あのレナという少女と握手した時を覚えているな?」

 

と問い掛けた

すると芳乃は、頷き

 

「はい……静電気みたいなのが起きましたが……まさか?」

 

芳乃は、ムラサメが言いたいことに気がついた

レナは長年欠片を有していて、芳乃に触れたら、反発力が起きた

そしてそれは、明久も同じなのではないか?

 

「もしそうだとしても、どうやって欠片を僕の中から取り出すのさ?」

 

「それだが……欠片の元に戻る力を使う」

 

明久の問い掛けに、ムラサメはそう言った

それを聞いた明久が、首を傾げていると

 

「その水晶を持ち、念じるのだ。元に戻れと」

 

とムラサメが言った

それを聞いた明久は、半信半疑だが水晶を持ち

 

(戻れ……戻れ……元に戻れ!)

 

と念じた

その直後、凄まじい光が視界を覆った

そして光が収まり、明久はゆっくりと目を開けた

すると目の前には、完全な水晶があった

 

「……やった……」

 

「本当に……集められたんですね……」

 

と明久と芳乃が驚いていると、ムラサメが

 

「うむ……長く続いた呪いも、ようやく終わりじゃな」

 

と満足そうに頷いていた

その後、茉子と安晴を交えて、水晶に関することを話し合った

水晶は本殿の棚に祀り、毎日必ず祈り続けると

その後、明久と芳乃の正式な婚約を発表

同級生に弄られたり、回りの人達に祝福されながら過ごした

そして明久は、建実神社の神主になるために神職用の学校に進学

卒業試験を一回落としたが、なんとか卒業した

そして、数年後

 

「明久さん……男の子です……! 男の子が産まれました!」

 

「うん……呪いは、終わったんだね」

 

二人の間に出来た子供は、男の子だった

呪いの影響で、産まれる子供は女の子のみだったが、二人の間に出来たのは男の子

つまり、数百年続いた呪いは終わりを迎えたことを指し示していた

こうして、朝武家を縛っていた呪いは終わったのだった




新しいパソコンに買い換えて、千恋万花を買ったら、書き直すかもしれません


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