転生者は平穏を望む (白山葵)
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第00話~プロローグです!~

よくいる転生者の物語です。
またかよと思う方も多々いると思いますが、書きたかったんですよ・・
プロローグとなりますので、原作キャラは登場しません。
あらすじにも記載しましたが、オリ主嫌いや、原作崩壊が嫌いな方はブラウザバックでお願いします。


 ァァァアア、オギャァァァ

 

 

 なんだよ。みっともない。三十路過ぎの男が、大声上げて泣きじゃくって。

 顔が熱い、目頭も熱い、叫び続け喉が少し痛い。

 

 でも、いいじゃないか。少しくらい。

 真っ黒い会社に勤め、物理的なパワハラの日々にも耐え、日々頑張っているんだよ。

 

 

 俺の人生は、何でこうなったんだろう。

 

 

 …わかってる。クソみたいな中途半端な、お節介のせいだ。

 

 

 学生の時もそうだ。力もないのに苛められた奴を助けようとしたら、標的が俺に変わり・・・挙句。

 

 助けようとした奴も加害者に加わり、散々な目にあったりするテンプレ展開になったりね。

 

 前の職場でもあったなぁ…。同僚が重大なミスを犯す=俺助ける=何ともならないで、責任擦り付けられ、無事ワイ首になる。

 挙句、再就職にも失敗。ろくでも無い所に就職するしか無かった。

 

 泣きたくもなるって。よく我慢したよ俺。すごいよ俺。カッコ悪いよ俺。好きに泣かせてよね、少しくらい。

 

 

 でも・・まぁ、いい加減泣き疲れたよ。変に高い声出るし。そもそも何だよ「オギャァァァ」って。

 

 

 

 …。 「オギャァァァ」?

 

 

 

 

 え?  何?  真っ暗なんですけど…。 早朝のオフィスで、クソ上司の前であてつけに号泣してやろうって思っただけよ?

 

 

 

 

 え?え? 目が開かないんですけど。 体動かないんですけど。すっげぇ怖いんですけどぉぉぉ!!!

 

 

 そう、俺は子供になっていた。人生のリセット。生命のコンテニュー。

 

 数ヶ月は、ある意味天国だった。新生児は2、3ヶ月は視力はあまり無い様で、周りの音声で状況を把握するしか無い状態だった。

 

 前の体は、心身共に限界だったし、視力出てくる迄、喰う寝る出すの生活は、特に苦痛では無かった。まともな 休日が無かったしね。

 

 

 

 そこから小学生くらいまでは、気を使った生活が続く。両親を心配させない程度に、愛想振りまいて成長して行くしか無かった。

 

 体は子供で、頭脳は疲れたおっちゃん。 これは俗に言う、生まれ変わりと言うのではないだろうか。

 

 前の俺はどうなったんだろうか?生きて・・は、いないだろうな。気持ちの切り替えもこの数年で何とかできたし、これからの事も有る。

 

 ・・・まぁ、過労死だろうか?大丈夫だろうか、お袋。苦労はかけたし、泣かせてしまっただろうか?

 

 泣いてくれなかったら、ちょっと哀しい。ごめんな・・・。

 

 いろいろ思い悩んだが、どうしようも無い。これらの人生はとにかく上手く生きていこうと思う。

 

 

 そして、現在の俺。・・・いや僕。

 

 

   氏名 尾形 隆史(11)

 

 

   家族 父(33) 母(35) 姉(13)

 

   出身 熊本県熊本市(現)

 

   前世 角谷 栄一(33)

 

 

 

 とにかく転勤の多い家族だった。母親が戦車道とやらの特別顧問とやらで、依頼あれば出張・引越しと、とにかく忙しい母だった。

 

 小学3~4年当たりが特に多かったが、熊本に着いたらしばらくゆっくりできると喜んでいた。特に父姉が。

 

 この体になって物心がつく年齢になってから、己を鍛える事を心がけた。非力の為に苦労したくないしね。地道な努力が実を結ぶ。今度こそ間違えないように。

 

 

 

 平穏無事、順風満帆を目指して

 

 

 

 

 熊本県熊本市へ引越し、夏休みの午後、ある姉妹との出会いで動きだす物語・・・

 いや、新たな人生の物語



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第01話~西住姉妹ファーストコンタクトです!~ 前編

2年前…9歳頃だろうか? 本格的に鍛えていこうと思ったのは。

 

勉学、知識は武器になる。ガキの頃は、学校の勉強自体「これが将来役に立つのかよ」と、誰もが思った所だろう。

しかし実際、それに反発し疎かにした結果。中学~高校へなるに従い、段々と厳しくなっていった。

社会に出てから基礎学力の無さは自分の首を締めると自覚して思い知った。

体力面でもそうだ。鍛えておけばよかったと大人になっていくにつれて思い知る。柔道でも空手でも何かしておけばと悔やまれた。

習慣になっていない運動こそ辛いだけで、今更ジョギングをしてみよう…ジムに行こう。何か道場にでも通おう。

 

不可能だ。時間に追われ、クソ真っ黒な会社勤めの折り合いを見てなんて出来るわけがない。

殴られない日なんてほとんど無かった。痛みへの抵抗は、かなりできたと思うがそれだけだ。

自分から何か、新しく始めようなんて思ってもできやしないって。

 

…そうだよ。言い訳だよ。やれば出来たかもしれない。始められたかもしれない。

正当性なんて何もない。ただの言い訳だよ。

 

だけど、今は違う。

 

心も体も物理的に新しくなった人生。今までの言い訳なんて通用しない。

子供の一年と大人の一年は、時間の流れ方が違う。

子供というのは、精神も成長しないといけない。娯楽に走りたい気持ちもある。

しかし自分は、そんな時期はとうに過ぎている。将来の為に漠然とだが、取捨択一ができる。

 

「がんばってみるか」と、月並みですが思ったわけですよ。おっさんは。

 

インターネットって素晴らしいよね。検索すれば何でもわかる。

走り方、筋肉の付け方。前世のガキの頃なんて、そんな便利なもの無かったから、比較が出来てなおさらありがたく感じるよ。

 

そんな小学生低学年を見れば、実の親だって疑問を持つのも当然。

聞かれるたび「将来の為、母の様になる為」と子供らしく答えてやれば大体喜んで良し…だった。

母は、戦車道の特別顧問とやらで、独身時代には随分と豪の者だったらしい。(父談)

 

ただ、最近「男の子でもできるわよ」と、しつこい勧誘がウザイ。

・・・親父様ヨ。寂しそうな顔をするな。

今度なんか、親父様のいい所を見繕った言い訳を考えておくから。

 

 

さぁ、ここからが本題。

 

母の顧問契約とやらで、最低3年は過ごせると、熊本県へのお引越しと相成りましたとさ。

 

この熊本には戦車道の名家。「西住流 本家」とやらがあるそうで、母はこの流派との事。

引越し早々、挨拶兼遊びに行くと今朝よりはしゃいでいる。どうも後輩と数年ぶりに会うのが楽しみらしい。

 

で、だ。何故そこに俺を連れて行く? そりゃ行くのは構わんよ。ただ戦車に乗せたいなら姉を連れて行け。

 

姉曰く、母と比較をすると絶望するから行きたくないとの事。・・・何に? 

 

そんな訳で、半ば引きずられる感じで連れて来させられたわけですね。そこは、和風家屋。…でけぇ。

インターフォンを押し、暫く待っているとすげえ美人が出てきた。

 

「尾形さん…お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

 

俺らを歓迎して現れた家主のご登場。……でけぇぇぇ!

 

「姉ちゃんが言ってた「母さんと比較して絶望する」の、意味が分かった…」

 

「…何が?」

 

キコエテイタYO!

 

「…なにがって。将来性が」

 

 

 

 

頭が痛い。結構本気でゲンコツくれやがって。しかしマジでビビった。すごい美人がでてきたよ。

子供目線で下から見上げると、顔の下部分が隠れて見えやしねぇ。

何に隠れてかは、敢えて言わないけど…でけぇ……。

 

「うそ!? 母さんと1つ違い!? 普通に女子大生の姉ちゃんに…」

 

2発目投下

 

「隆史君。うちには君と同い年の子もいます。よかったら、友達になって上げて下さい。先ほど家を出たばかりです。同い年位の子が今日来ると伝えてあるので、追いつけばわかると思いますよ?」

 

お美人様。「西住しほ」さんは、一通り親子の仲睦まじいやり取りを見て微笑みながら、いい情報をくれた。

俺に目線を合わせて喋ってくれる。おかげで目の前の迫力がすげぇ。…うん。その大きいのがね。

 

それに、これは抜け出すチャンス!

 

「じゃあ、ちょっと行ってみます!!」

 

かぶせるように喋ると、一応は子供らしく、遊びに行きたい様に日本家屋を飛び出していった。

前世からあまり女性と話したことの無いのに、子供の立場であの場所に居続けるのは存外きつい。抜け出せる言い訳が欲しかった所だ。

 

そろそろ午後3時。

 

適当に時間を潰すかね。

 

 

 

 

-------------

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---

 

 

 

 

…しまった。迷った。そろそろ日も傾きだした。

 

あぁ…ひぐらしの鳴き声が切ない。

 

とぼとぼ歩いていると、公園というか田舎特有の広場についた。公衆電話とか無いかなぁ。

ん?

夏祭りかなにかの準備だろうか? それなりに人がいて、何かイベントの練習をしている。

……こういうのには、本当縁がなかったなぁ。和太鼓素敵!

 

 

お、広場の方で、なんか子供の声が聞こえる。

 

あぁ、いるいる。いやぁ微笑ましいねぇ。

 

ロリッ娘幼女2名とワンコを取り囲んでいる、中学生位の頭悪そうな男女5名。

そして色彩を強調する無骨な、それでいて小型のかわいらしい戦車が。

 

 

…。

 

……。

 

 

これあれだよね。絡まれてるよね。確実に。 

先程聞こえた声は、遊んでいるような声じゃあ無かったって事か。

 

さてと。

よし!回れ右だ!

 

 

         - 関わるな -

 

 

落ち着け。よく考えろ。前世で何度、失敗してきた。

 

1つ、今はもう大人じゃ無い。人数みろよ人数。

 

2つ、中学生…明らかに低学年だけど、小学5年生の子供の体で、勝てる相手じゃない。

   助けて感謝されたいわけじゃあ無いだろ? な?

 

3つ、冷静に一度考えろ。大人呼んでくれば、いい話じゃないのか?

 

また同じ事繰り返すのかよ。平穏無事、順風満帆を目指すんだよな? 

 

よしよし。冷静になった。学習しているゾ俺。偉いゾ俺!賢いぞ俺!!

さぁ全速力で、回れ右だ!!

 

 

 

「お前ら!!何やってんだ!!!!」

 

 

 

 

 



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第02話~西住姉妹ファーストコンタクトです!~ 中編

はじめに。
熊本県民の方御免なさい。
方言は翻訳サイト使ったんで違っている場合はすみません。

過去編 中編
この頃のオリ主は、まだ前世を色濃く引きずっています。

次回 過去編終了です。



やってしまった。

 

あぁまたか。平穏無事はどうした?クソ野郎。

 

また人生台無しにするのか。初めが肝心という言葉知らんのか? このクズめ。

 

……腹括るしかないかぁ。961社の飛び込み営業に比べりゃましか。

何回か殴られりゃ気が済むだろ。あくまで被害者でいれば、後々楽だしな。

よしよし営業スマイルだ。変にテンション上がってきた!

 

女の子が二人いる。

遊んでいる途中、捨て犬でも見つけたのか、小汚い子犬を抱っこしている。

 

えっと、大人しそうな…それでも鋭い眼付の女の子が一人。

その後ろで、突然の乱入者である俺を、絶賛警戒中の明るい髪の毛の女の子。あら活発そうなお顔。

すっげー睨まれてるなぁ……

 

違うよぉ? おっちゃん敵じゃないよぅ。

 

「何だ!? ぬしゃ!」

 

リーダーっぽい男の子からのお問い合わせ。

軽く挑発してみようか。

 

「ぬしゃ?・・・あぁ主。『お前は?』ね。標準語でお願いできますか? センパイ?」

 

 チッ

 

「傍から見たら、中学生が小学生の…しかも女の子を取り囲んでいれば、何事かと普通思いますよね? センパイ?」

 

 チッ

 

・・・舌打ちしかできんのかコイツ。

 

「ぬしには、関係ないだろぅが!!」

 

一々でかい声出すな。うっせぇな。でかい声出せば、ビビるとでも思ってんのかね。この中坊は。

こちとら、961プロでヤクザ相手のお客様に、長々と土下座の経験もあんだよ。

 

話しながらロリッ娘の前に移動して、庇うように前に立ち塞がる。このリーダーっぽい中坊は無視しよう。無視だ無視。

まぁ、んなことしてれば当然話し掛けられる。最初は、目のきっつい娘に。

 

「何? 君」

 

……あぁ。わかった。こっちの娘はわかりやす。

どこかで見たことあると思ったら、先程見たばかりだ。

 

あの美人さんの面影が強くある。そっくりだ。

 

「・・・君。西住まほ…ちゃん?」

 

日本家屋…西住家を出る前、お手伝いさん?家政婦さん?から聞いた情報と母親似の顔で分かった。

 

「!?」

 

おーおー警戒してるよ。「そうだけど」って思わず言わないのはしっかりしているのかねぇ。

 

「僕、尾形って言うんだけど、今日そちら様のお宅にお邪魔させて頂く…いや違う。西住さん家、君の家に行くことになっていたんだけど、お母さんから聞いてないかな?」

 

ダメだ。ちょっと営業会話になりそうな口調を途中で修正修正。

 

思い出しているのか、ひと呼吸置かれて返事が来た。

 

「…あぁ」

 

思い出してくれたようで、少し警戒を解いてくれたよ。

 

「後ろの君は、みほちゃんかな?」

 

「何だお前!?」

 

……絶賛警戒態勢継続中。

 

「おい!!!」

 

うるせぇな。わかってるよ。ちゃんと相手してやるよ。こうなったらな。

そもそもなんだよ、その学生服。今夏休みだろうが。なんで学ランやねん。

そして赤T。他の奴みんな私服やぞ。

 

「はい。なんでしょう? いきなり大人を連れて来なかったんだから、其処ら辺は察してくれませんかね?」

 

周りの取り巻き共が、ニヤニヤして気色悪い。

その中で、勘違いした様な化粧の萌ないJCが発言。

 

「そん子達が、うち達が見つけた、そいつば横取りしようとしたから、ちょっとお仕置きしとったんばいぉ?」

 

「そうだ。俺達ん獲物ば横取りしたんや! 分かったらどこか行けや。クソガキ」

 

マジか。……マジなのか? 笑いしか込み上げて来ねぇよ!

 

「えwwwもwwwの? おwwwwしwwwwおwwwwきwwwwwwww」草しか生えねぇ

 

お前ら本当に中学生か!?

 

「何笑うてんだ!?」

 

ヒーヒー言ってるのが気に食わないのか、怒られた。

 

「嘘だ! この子を見つけたのは私達が最初だもん! 後から来て、この子を苛めようとしてるだけな…『うるせぇ!!』」

 

みほちゃんの発言を奪うな。この学ラン赤Tが。

こいつとのやり取りは、正直疲れる。

俺もガキの時はこうだったのか?と疑問に持つ程、たまに会話にならなかった。

 

 

 

「ハァ…。いいかげん疲れたわ。この茶番。要は、虐待しようとした…って事だよね? センパイ?」

 

さっさと殴られて、終わりにしよう。

どうも、この姉妹の戦車の前に中坊共が陣取っている為、彼女達は逃げるに逃げれない訳だ。

まほちゃんは睨みながら警戒。みほちゃんは、攻撃の機会を伺っている…様に見える。

勇ましいねぇ。でも危ないなぁ。

 

「なんや?じゃあぬしが、こん犬ん変わりに『それでいいです。クソ野郎。』」

 

 

ガツンと。余程イライラしていたのか、被せて言って見たら即座に拳が飛んできた。

顔、腹と何発かもらった。

 

殴られた所で痛い事は痛いが、正直感覚が麻痺しているのかね? なんの感慨もわかない。

体を鍛えた始めた所で、所詮小学生の体。何もできやしない。

あぁ…またこの感じか。あきらめるだけ。その方が楽だった。また楽な方に逃げるのかね?俺は。

 

 

「みほ! 大人の人達、呼んできて!」

 

まほが叫んだ。犬を抱えているみほを、そのまま安全圏へと逃がそうと救援の要望指示を出す。

指示を出したと同時に、一方的に殴っている学ラン赤Tに止めようと足元にしがみつく。

 

無茶すんなぁ…。

 

「でも…で『早く!!!』」

 

躊躇する妹に激を飛ばす姉。

中坊仲間がその言葉で焦り出し、みほを捕獲しようと走り出す。が、距離がある。

中々にすばしっこい彼女を捕獲するのが骨なのか、一人の中坊が叫ぶ。

 

 

「ぬし一人逃げ出すんか!?こいつら見殺しか!?」

 

 

みほの動きが止まる。目が見開いた状態で、こちらを見ている。「いいからぁ!」と叫ぶまほを、学ラン赤Tが突き飛ばす。

立ち竦んでしまったみほに、走って近づこうとする中坊。

 

小学生じゃキッツイ場面なのかもね。生の暴力は。

ショックは、結構な大きさかと思うよ?

知らない男の子が、ボッコボコにされる横で、姉も突き飛ばされてしまってはねぇ。普通ショックは、でかいよね?

 

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

初めて怒鳴った。

 

ここまで大きな声を出したのは、生まれ変わて産声を上げた時以来だ。いや? 先程も突っ込む時に出したから2度目かな?

まぁいいや。

目標は、学ラン赤T。

 

「なんだよ・・・おまえッ!」

 

「俺が…変わる…ッて。言っただろうがぁぁッ!!」

 

「何、俺以外殴ってんだよ。」

 

「何、小学生の女の子……追い回してんだよォォォ!!!!!」

 

腹の底から声がでた。

一切こちらからは、手を出さなかった。

喋りながら詰め寄るの大変だよね。何度か殴られたよ。

 

おかげで、口の中切れまくって血が結構すごいよ。

殴られて、ぶっとばされても諦めなかった。何度でも立ち上がって、しがみついてやろうと思った。

 

何故だろう。何の疑問もわかない。

 

この二人は死んでも守らなくてはいけないと、ただ思った。

 

 

まほ は、そんな光景を見てどう思っただろうか。

 

みほ は、そんな光景を見てどう思っただろうか。

 

「!」

 

それでも止めようとするのか、まほが学ラン赤Tにしがみつこうとする。…妹を逃がそうとする。

 

「何なんだよ!!」

 

ただ必死になる小学生の子供3名。……まぁ俺はちょっと違うが。

遊び半分の輩に、本気の…年下とはいえ鬼気迫る人間に気圧されたのか、叫ぶ学ラン赤T。

 

そこに取り出したる、一本の棒。

 

あぁ・・・。厨二病全開のヤンキー漫画に憧れる奴が、それよく持ってたよ。ナイフは危ないからって、それに妥協してる奴。

いたいた。前世の中学時代に持ってる奴いたわ。それ。

 

特殊警棒

 

目の前の俺より、近くにいたまほに対して振り上げる。

 

体を通して、鈍い音がした。

 

まほとの間に割って入るのは、簡単だった。

 

ただ頭で受けてしまえば、下手したら死んでしまう。冷静にそんな事考えている暇も無く、防衛本能のだろうか?両腕で防御しながら割って入る。

 

もう一度言う。鈍い音がした。

 

 

「ヴァァァァァアアアアアアアアア!!!」

 

 

マジか、こいつ。躊躇しないで、本気で殴りやがった。

こんなの小学生の頭に打ち込めば、間違いなく死ぬだろうが!

 

腕で防御したからよかったが…間違いなくこれは折れた。

 

痛いとかじゃない。痛みよりも苦しい。

 

目がチカチカする。吐き気がすごい。前世でもここまでダイレクトに折られた事は無かったなぁ。

 

あまりの絶叫に、俺以外が硬直する。初対面の人間が、身を挺してここまでするのは、さすがに引かれるかなぁ…。

ごめんよ、西住姉妹。ごめんよ、怖がらせて。

 

まほ は、泣いちゃってるよ。

みほ は、…大丈夫か? 涙目で硬直して…軽く震えてないかアレ。

 

殴った本人は、なんかブツブツ言ってるな。やった後に後悔して、怖がるくらいなら最初からやんなや。

 

今の大声で、大人達もさすがに気がつくよね?

 

あーダメだ。意識が……



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第∞話 ~閑話の中の真相~

閑話です。
2話ラストからの気絶した主人公の夢のお話

※注意※
読み飛ばして頂いても何も影響ございません。
余計な言い訳をするなと、通常の物語として読まれたい方は、読み飛ばす事を推奨します。
次回、過去編3話からは通常通り2話からの続きとなります


夢の中だろうか。

 

景色が無い暗い空間。

 

座り心地の悪い、丸い椅子に座っている。

 

なんだろう? 俺は、何かを待っているのだろうか?

 

特に疑問も持たない。

 

ただ、暗闇の先を見つめていた。

 

どのくらいたっただろうか。

 

     ポーン

 

電子音のような音がした。

 

《 お待たせしました 旧:角谷 栄一様 現:尾形 隆史 様 》

 

 

あっさりと、前世名を含めた呼び出しを受ける。

 

あっさりと。

 

それこそ、銀行や役所などで呼ばれる様な感情の篭らない事務的な声で。

 

「あ…はい。」

 

驚く所だろそこは。しかし、何故か自然に受け入れている自分がいる。

感情が鈍くなっているのか。

 

 

《 この度 あなた様は見事この世の課題を成し遂げました 》

《 それに伴い 幾つかのご要望をお受けする準備がございます 》

 

 

           ・・・は?

 

課題?

なんだそれは。少しづつ自分の感情が、湧き戻るのがわかる。

 

「一体なん…」

 

 

《 西住みほ様の生命の救助 延命こそが この度のあなた様に課せられていた課題でございます 》

 

 

こちらの疑問を先行して答える声

 

「っ…」

 

《 意識 記憶を保持し輪廻を超える者は その先の世のバグを排除する課題が課せられます 》

《 そう あなた様の他にも同じような それこそ人には数えきれない程 存在致します 》

《 言うなれば 命の再利用 幾つにも連なるワクチンのようなモノ 》

 

 

「要は、増殖機能は無いが、医学用のナノマシンの一粒一粒を、「死んだ命で変換利用」みたいな事か?」

 

《 概ね その様な事ですね 》

《 今回 この世界の主要 世界の中心となる 西住みほ様 》

《 もし あなた様が何もしない もしくは 救助に失敗した結果 彼女は 》

 

……なんだよ。もしもの話か?

 

 

 

《 あの場所で【 殺害 】されました 》

 

 

 

 

…血の気が引く。それこそ、卒倒しそうなくらい全身が震える。

言葉無いよ。絶句ってこの事か?

 

バカな学生が、後先考えないで殺人事件を起こす事は希にある。

だが、あそこがそんな場面だったのか?。

失敗していれば、全国紙を飾る事になっていたとでも?。

 

あの時の俺らしからぬ、脅迫を受けたような感情の昂ぶりは、それが原因か?

結果を出す為の補助。ブーストのような物だったのか?

課題を課せたと、言うのだから無意識下での使命感だったのか・・・?

疑問しか湧いてこない。

が、こいつは答えてくれない。

《 この世界の存在の中心を破棄する原因の排除 》

《 あの場で最上の結果 西住まほ様の救助にも成功 》

《 本来ならば 西住みほ様を救出が成功された場合 》

《 ほぼ確定要素で 西住まほ様は 代わりに殺害されていました 》

《 あなたは これ以上無い形で結果を出されました おめでとうございます 》

西住みほが、殺害される事。それが、この世のバグだったってことか?

感情の篭っていない「おめでとう」が、ただいらつく。

 

…………

《 珍しいですね 説明を果たすと 黒い感情をぶつけられるモノですが 》

 

「いいよ。別に。俺のクソみたいな命が…例え利用されてたとしても、助かった命が2名もいるんだ。」

 

心の底からそう思った。

この説明もない、人の尊厳も無い、世界規模のブラック派遣会社に勝手に就職させられていたとしても。

 

…うん。

まぁ、ロリッ娘2名。変わりに助かったんだから、満足できる。良しとしよう。

 

「じゃあ。ここで終わりか…。」

 

課題をクリアし、使命を果たした。

西住みほ死亡結果という、バグを取り除いた…か。

 

だが正常に戻れば俺はどうなるんだ?

 

 

《 さて ここで報酬 ご要望のお話です 》

《 この世界で あなたは生きて行く事になります 》

《 それに伴い いくらか世界が それこそバグを生まない程度には ご都合よく改変可能です 》

《 要は あなたの救った世界です どうぞお好きに 生きやすい様に との事です 》

 

 

黙って、聞いてはいたが、内心歓喜を上げていた。

報酬じゃあない。まだこの世界で生きていける事に…だ。

やり直せる人生を、取り上げられてしまうと思っていた。だが違う。

喜びの笑いを噛み殺す。

 

折角だ。皮肉の一つも言ってやろう。

 

「ハッ!なんだ? スーパーマンにでもしてくれるのか?」

鼻で笑う。

《 あなたのご希望であれば 才色兼備 超能力者 世の人心を掴む事も可能です 》

《 ただし 》

 

ほら来た。た・だ・し。条件付きかよ。

《 今回のみです 今後 あなた様の人生で私達は二度と現れません 》

《 私達とあなた様が この世界のバグになってしまう 排除されるべき存在に 》

《 正常な時間軸に戻った 今この時のみ あなた様への報酬支払いが可能です 》

《 現時点で時は無限 幾分でも お考え頂いて結構です 》

 

条件が今この時のみって事か。グローバル961派遣会社とは思えない、破格の報酬だね

 

「いや・・・考える迄もないな。」

 

即答した。

 

「何もいらない。」

 

「願いがあるなら、すぐ今の俺が、生きて行く世界に戻してくれ。」

 

《 何も  ですか? 》

 

「あぁ。やっとこの世界で生きていると実感してきたんだ。ここで何かしらのチート能力でも手に入れたら、それこそ死ぬまで俺は半端者。異物としてしか自分を実感できないと思う。」

 

「あんたが何者か? 神様かもしれない。何かしらのシステムかもしれない。が、どうでもいい。後は俺らしく失敗してもいいさ、同じ事を繰り返してもいい。」

 

「前世の俺みたく、悔やんだ生き方をしたくない。」

 

「伊達に三十年以上、後悔しっぱなしで生きてきたわけじゃあないんだよ。」

 

 

突如、黒の空間より、白い空間へ切り替わる

 

キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン

 

 

っと機械の回転音のような、高い音が鳴り響く。

 

《 了承 了解 可能 現時刻を持ってあなた様を この次元よりパージします 》

 

 

         

 

《     良き 人生を     》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして目覚めた病室から、本当の意味で転生が完了した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

何かしらの力での転生
本当の意味でのプロローグ
過去編最後の前に挟みたかった話です。

次回こそ過去編最終回。はよ本編入りたいです

追伸 見直したら文章がひどかった部分を微調整


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第03話~西住姉妹ファーストコンタクトです!~ 後編

過去編最終回

ちょっと長いです

※追伸※
文章がオカシイ場合が、多々有ります。
見直し修正していきますので、ノリと勢いで読んで下さいスミマセン


 夜の病室で目が覚めた。

 

 

 左腕が動かない。あぁ、やっぱり腕逝ったかぁ……

 看護師さんをナースコールで呼び出して、状況を確認。

 家族に連絡を取ってもらう。

 

 子供のする判断じゃないと驚かれたが、母さんの息子だと別の看護師が説明すると、驚いた看護師は納得していた。

 ……母さんが、正体不明すぎて怖い。

 

 俺 左腕骨折 全身打撲

 

 まほ・みほ 擦り傷程度

 

 親からは滅茶苦茶叱られ。滅茶苦茶怒られ。……滅茶苦茶泣かれた。

 

 見た目は、それはもう凄かったようだ。

 

 服は破れ、口内は切れて血を吐いたように見えたそうだ

 まぁ・・・もっともなお説教を頂いた。

 

 何故大人を呼ばない、多人数の中学生相手に一人で突っ込む馬鹿が何処にいる。などなど。

 どうも俺達を探しに、母2名で捜索に来ていたそうだ。

 

 俺達がいそうな場所は、残りはそこしか残っていなかったそうで、探しに来た所に警棒で俺が殴られた場面を目撃したそうだ。

 

 そのまま俺は、骨折の痛みで気絶してしまった為、その後の事はわからない。

 後日まほに、あいつらどうなったの? と聞いてみたら…

 

「知らない」

 

 と、目を背けられた。大人に聞いても

 

「坊主の母ちゃん。今はやさしいだろ・・・? それで、いいじゃあないカ」と目が泳ぐ

 

 さすがに警察沙汰になり、目が覚めてから警官に事情聴取とやらを受けた。

 

 一つ不安だったのが、少年法とやらで、あいつらが出てきた後に逆恨みでもされて、あの二人に危害が及ばないか? という事。

 それに関しては、警察おっちゃんが「大丈夫だよ。坊主」と言ってはくれたが、不安なものは不安だ。

 

「あの子達よりも逆恨みに関しては、君の方が危ないんだけど…いいねぇ。自分より助けた女の子かぁ」

 

 なんか嬉しそうに警官のおっちゃんは、続けて喋る。そんなカッコイイもんじゃないよ。

 

「よりにもよって西住流のご息女に危害を加えたんだ。生きてこの地を踏めるかね…」

 

 呟きが聞こえてしまった。 

 顔が何か青いぞ、おっちゃん。同情の余地はないが……みたいな顔をしているけども…

 

「余計な事を言わないで頂けますか?」

 

「あ…すみません。では、ご協力ありがとうございました!」

 

 

 しほさんが、まほ、みほ 引き連れてお見舞いに来てくれた

 入れ違いで、警官は逃げるように撤収して行った。・・・逃げたよなアレ

 

 

「まほ」

 

 しほさんが、目を閉じて促した。

 

「・・・はい」

 

 まほ…ちゃんが1歩前に出た。

 

「この度、助けて頂きありがとうございました。私もみほも、おかげさまで大した怪我も無く、無事に済みました」

 

 ペコッとお辞儀するまほちゃん。・・・カワイイ

 

 じゃない! 小学生になんっちゅう言い方させんの!? この親は!?

 それでもお礼の仕方に納得いかないのか、厳しい顔をしている しほさん。続けて

 

「みほ」

 

 無言で前に出るみほ。心配そうに横目で、見守るまほちゃん。

 

「・・・」 

 

 何も答えない

 

 あれだけ活発そうな子だったんだ。お礼を言い辛いのかな? ずっと警戒してたしなぁ。

 

 黙っていると、「みほ」と、しほさんが静かに強く促した。

 

「…ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

 と泣き始めてしまう。後は泣くだけだった。

 それが、感に触ったのか、しほさんが「みほ!」っと目を閉じながら強く呼ぶ。

 

「……私だけ。逃げようとして……見捨てようとして……」

 

 逃げる。見捨てる。あの頭の悪そうな中学生に言われた事か。気にすることないのに……

 しかし、「逃げる・見捨てる」の言葉にしほが、強く反応した。

 それは…強烈に。

 

「みほ!!! それはどういう事ですか!! あなた・・・にし『しほさん!』」

 

 怒鳴りつけようとした しほさんに強引に割り込む……が。

 

「……無様な様を見せました。後日また改めて……」

 

 強制的に会話を終わらせようとしている。…だが、そんなことじゃない。今何て言った!?

 無様って言ったか!? それはあまりじゃないのか?

 さっさと話を切り上げ、みほの手を掴み、連れて出ていこうとする。

 

 ……ここで帰してはダメだ。

 

 これは…この対応はまずい。やっちゃあいけない。

 虐待は しほさんに限り無いとは思うが、親子関係が崩壊した家族をいくつか見てきた。

 

 大抵外面は良いんだけど、よくよく会話など聞き、観察するとわかってくる事が多々ある。

 極端に言ってしまえば、子供を上から、ただ押さえつけるだけなのは、反発するか、潰れるかのどちらかだ。

 

 ……多少強引でもやってみるかぁ。しほさんに嫌われるのヤダなぁ。

 

「今、僕は彼女と話してます。事情を知らない方は、黙っていて下さい」

 

 睨みつける様に、しほさんの目を真っ直ぐ見る。有無を言わさない気迫で、相手の目を見れば、大抵は話くらい聞いてもらえる。

 激怒モードのこの御仁に通じるかわからないけど…。

 本当思ったより、結構過去の経験って役に立つノネ。

 

 まほちゃんは、冷静そうに見えるが、結構オロオロしてるなぁ。・・・カワイイ

 みほの手を離し、黙ってこちらを向き直す。イライラしてるのがわかりやすい。

 

 多分黙っていても、みほちゃんは喋らない。しほさんに完全に怯えてしまっている。

 だから、こちらから切り出すしかない。

 

「あれは…あの時のアレは、逃げでも無ければ、見捨てるって事にはならないよ」

 

 彼女の目を真っ直ぐ見つめる。あっ俯いちゃった。

 

「…でもっ。あ…あの人達……が ヒック」

 

 まだ涙声になってしまっている。

 

「隆史くんが…何回も……叩かれてるのに……、お姉ちゃん……庇って……」

 

「血がいっぱい…でてるのに……なんども、なんども……向かって行って……」

 

 ダメだ。感情が優先して、上手く言葉にできないようだ

 

 しほさんは黙って聞いている。目が怖い。……怖い。

 

「……違う。あそこで中学生が「逃げるのか」と行ったのは、君を大人の所に行かさない為だ。まほちゃんが、大人を呼べと言っただろう?」

 

「うん……」

 

 横でまほ もコクコクと頷く。

 

「あそこで、まほちゃんが君を大人を呼んで、救助に君を出したのは…えっと……戦略だ!」

 

 「「 戦略? 」」

 

 しほさん、まほちゃんが反応する。

 戦車道の強い家系と聞いていたので、理解してくれるだろうか? かなりこじつけだけど。

 

「君を行かせない為、妨害する為に君を揺さぶるような事を言った。だから、あいつら焦ったように叫んでいたろ?

 結果、君は立ち止まってしまったけど、それは僕達を置いていくのを躊躇したからで、逃げた訳でもないし、まして見捨てたなんて、僕もまほちゃんも全っ然思っていないよ!!」

 

 言い訳が苦しくなってきた。まほちゃんは、妹を庇うつもりなのか、必死にコクコク頷いてる。……カワユス

 

「そっ、それに! 何度吹っ飛ばされても、あいつらに向かって行ったのだって……エーット!」

 

 

「それが漢ってもんだ!! それが俺なんだよ!!!!」 

 

 

 苦し紛れに、強引に結論付けて叫ぶ。

 

 

 そして静寂

 

 

 言い放ってから、顔が熱くなるのがわかる。

 絶対、真っ赤になってる。耳まで熱い。

 

 何言ってんだ俺は。他に言い方があったろう? 上手く言えなかった。

 自分自身の発言に、赤面している俺を見ていたしほさん。

 

 ……しほさんが、横向いて震えてる。肩震えてる。…絶対笑ってる。大爆笑だ。

 いつの間にか来ていた、看護師のお姉さんも口を手で押さえ、横を向いて震えてる。

 クソウ・・恥ずかしい。子供らしいといえばらしいが、中身はオッサンだよっ!クソ!

 

 まほちゃん、みほちゃん。なんですか? やめて下さい。キラッキラした視線を向けないで下さい。

 やめて! ただ恥ずかしいだけだから! 勘弁してください!

 

「ウン……。分かった」

 

 納得してくれた!

 

「……事情分かりました。私の勘違いのようですね。ごめんなさいね。みほ」

 

 ……顔少し赤いぞ。涙目やめろ。

 

 

 多少なりとも、穏やかな空間になった病室。

 

 そういえば、まともな自己紹介もやっていないと、紹介も含めしばらくの間、談話を楽しんだ。

 まほちゃんは、大人しい子だったけど、分かりにくいけど感情も豊かでやさしかった。

 

 それにしても先の一件からも、子供ながらに判断力が凄いのがわかる。

 普通あの状況で、妹に指示を出し自分の行動を決めて、実際に動くなんて、この歳でできるものなのか。怖いだけだろうに。

 

 みほちゃんは、明るく人懐っこい性格に思えた。何だろうあまり喋ってくれない。が、喋りかければ笑顔で答えてくれる。

 よくわからない娘だった。

 

「そういえば、隆史君。貴方は私を名前で呼ぶけど、どうしてでしょうか?」

 

 しほさんは、子供相手に丁寧に話してくれる。

 

「あ…いや、すいません。おばさんって呼びたく無いですし、西住さんってのも、まほちゃん達もいますし…お姉さんってのも何か違うだろうと、他になくて。…なれなれしいですかね?」

 

 この人に、おばさんとは言えない。言いたくない。

 

「いえ、結構ですよ」と了承を頂けました。

 

 多少照れを出して頂くと、いろいろポイントが上がったんですが、無表情?

 

 まほちゃんからは、今回の事で世話になったと、小学生らしからぬ御礼のお言葉を再度頂きました。

 そして、幼いながらに戦車道をやっているまほちゃんより、ご質問を頂きました。

 

「隆史君。戦車道好きなの? 君のお母様より聞いたのだけれど」

 

「嫌いじゃ無いけど…母さんがどうしても、僕に興味を持たせたいらしくてね。僕の姉ちゃんの事は、諦めたみたい。おかげで、強引に勧めてくる」

 

「そう……」と心無しか寂しそうだった。

 

「だから別に、嫌いじゃないよ。 いろいろイベントとかにも連れて行かされてさ。あぁいう会場って、子供だけでいると友達作りやすいしさ! その会場で現に友達もできたんだ! 見ている側の感想しか言えないけど…楽しいよ!」

 

 早口でまくし立てる。

 

「……女の子?」

 

「……ェ」

 

 なんで? なんでそうなるの!?

 

「女の子を助けるのが、漢であり君なのでしょ?」

 

 違います。はい、違います!! 別に女子限定じゃないです!!

 というか、なんでしょうか? その殺気に似たプレッシャーは!?

 

「…いろいろ違います。相手は、小学生ながらにパンチパーマの男の子です」

 

「本当?」

 

「……何故疑う? うちに写真あるから、今度見に来『行く』」 ア、ハイ

 

「でも、そっか。大丈夫。僕も君達をこれから応援してくよ」

 

 半場強制的に……というか強引会話を終わらせにかかる。

 逃げているわけじゃない。……ないよ?

 

「わかった。見ていて」

 

 コクリと頷く、まほちゃんの目が何かマジになってる。

 まほちゃんがわからない。ちなみに年上相手に「ちゃん」付けはどうかと思ったが、これも本人より許可が下りたのでこれで行こう。今更戻せない。

 

 最後にみほちゃんから。この娘はすぐに済んだ。

 

「私も、名前を呼んで!」

 

 ああ。そういえば、「君」としか呼んでいなかった。それはそれで、失礼な話だよな。

 

「分かったよ。みほ…ちゃん?」

 

 顔に笑顔が戻った。手を振って部屋を出て行くみほ を尻目に、一応確認。

 

「しほさん…もう、みほちゃんの事は……」

 

 フッと、口元を静かに小さく綻ばせ

 

「えぇ。もう何も言いません。「漢の君の顔」を立てます」

 

 と、言って退室して行った。

 

 俺は暫く布団の中で、体が痛むことすら忘れてジタバタした。

 黒歴史が誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 顔。

 

 左眉の端っこ辺りに少し傷が残ったが、無事退院できた。

 

 退院後、まもなく。二人がマジで自宅へ写真を見に来た。…Ⅱ号戦車で。

 アルバムを開き、あまり画質がよろしくない写真を姉妹揃って無言で見ていた。

 

 ちなみに、このパンチパーマの男の子は、連絡先を交換してあり、何度かやり取りもしている。

 中学に上がり、携帯も買って貰った時も連絡を取り、以降メールなどでやり取りをしている。

 

 俺の数少ない友達の一人となっている。

 

 それからも彼女達が、戦車で家に俺を迎えに来たり、こちらから自転車で奮闘して向かったり、行き来して遊ぶ仲になっていった

 

 戦車道の知識にも多少明るくなった。それも彼女達姉妹がでる試合には、必ず応援に出向いていたからかな?

 体が若いと精神年齢も若返るのか、段々と前向きな性格へ変わっていく自分が何か嬉しかった。

 

 中学では部活動には入らなかった。その代わりジムへ通った。なにかスポーツ等で時間をかけるよりも、ただ単純に筋肉を鍛えたかった。

 

 一度、みほになんでそこまでやるのか?と問われたことがあった。

 それに「努力と筋肉は俺を裏切らないから」と冗談半分で答えてみたら、…何かあったんじゃないかと本気で心配され、それが原因で西住家に呼び出された時は、さすがに焦った。

 

 西住家の方は、俺を懇意にしてくれる。命の恩人だからと言われるが、そんな大層なものじゃないと否定し続けている。

 しほさんには、「それが漢で、君ですものね?」と毎度からかわれる。

 

 

 他は知らないが、当校の中学は上下関係が厳しかった。そんな中、小学生から付合いがあるとはいえ先輩だ。

 まほちゃんと「ちゃん」付けは、他の先輩の顰蹙をかってしまった。

 

 だが、俺の呼びかけに彼女は、普段中々見せない笑顔で答えていると話題になった。

 試しに同級生の男子が、「まほちゃん」呼ばわりすると、母親譲りの人すら殺せそうなゴミを見る目で睨むらしい。

 

 同級生だったみほちゃんの方が、俺としては「ちゃん」付けは、恥ずかしかった。

 早々に呼び捨てにすると、まほちゃんが、私も呼び捨ててくれて良いと言ってくれた。

 が、まほファンクラブ(非公認)の方々に刺されそうだったのでお断り。「そうか・・・」と少し寂しそうだった。ゴメンヨ

 

 みほは、中学になると性格に変化が出てきた。明るい性格はそのままだが、穏やかな感じなってきた。

 姉の前を歩き、姉に後ろから見守られている立ち位置から、姉を追いかける立ち位置へ。

 

 大体俺と行動してきたので、同級生にいろいろ囃し立てられはした。が、みほを含め、女の子が俺を友達以上に見るはずが無いと思うから平気だった。

 一度女の子に告白はされたが、体も成長し筋肉もつき始め……つきすぎて熊みたい、と言われ始めている俺ごときに、恋愛感情など持つとは考えられない。

 前世でも何度罰ゲームの対象になったことか…と、思い丁寧にお断り。

 

 その事を、みほに話したら「そうだよねー♪」と上機嫌だったので、何かしら聞いていたのだろう。危ない。やはり何かの罰ゲームだったか。

 

 そういえば、学校に一度、しほさんが不機嫌な顔で来校した事があったな。戦車道の事だろうな、きっと。

 一応と挨拶にと出向いたら、教頭と校長がアタフタしほさんに何か説明していた。かなり参っていた様だった。

 しほさんが俺に気がつき、声をかけてくれた。一通り挨拶と会話を済ませると機嫌が直ったのだろうか?

 

「仕方がありませんね」

 

 としぶしぶだが納得したように、帰っていった。……俺は挨拶して、雑談しただけだったんだけど。何に対して納得したかわからなかった。

 

 が。

 

 どうもこのやり取りを、結構注目されていたようで、次期家元を名前呼び・校長ですら対応できなかったのをアッサリ納得させたと噂になった。

 ただ事件からの知り合い、友達の母に挨拶をした。ってだけなのに。

 

 娘の西住姉妹の関係性もあり「西住キラー」だの言われていたらしい。

 

 ・・・そして、まほちゃんの卒業。

 

 そして3年生。俺達は最上級生へ。

 

 ……いや、俺はその中学校では、最上級生にはならなかった。…違うな。なれなかった。

 

 

 

 転勤。母さんの契約が切れたのだ。つまり。転校。

 

 高校生だったなら、一人暮らしでも何でもすれば残れたが、中学生には無理だった。

 

 ありがたい事に、彼女達は悲しんでくれた。心の準備ができなかったのか、みほが特に寂しそうだった。

 

 しほさんは、1年くらいどうとでもしてくれると言う。

 

 だが、その申し出を断った。

 

 申し出はありがたい。それこそ涙が出るほどに。

 ・・・俺は、人に親切にされる事に慣れていない。中身は歳をとってもやはり、馬鹿は馬鹿だ。

 

 こうして、西住家との日々が終わる。

 

 

 最後に二人に向けて、

 

「ありがとう、見送ってくれて。戦車道。これかも応援し続けるよ。君らが続ける限りまた会えるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか。
やっと本編入れます。

あの事件の状況かでのオリ主は、子供心にヒーローに写ってしまった姉妹。

さぁ。。。こっからだ。

※ハーレムルートにするか、個別ルートにするか・・・現在検討中です。
ご閲覧ありがとうございました。


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第04話~再び動き出す転生者です!~

 黒森峰女学園艦 某日早朝

 

 

 その日、私は携帯で懐かしい声と会話を楽しんでいた。

 私達の朝は早い。

 更に少しばかり早起きをし、彼に電話をたまにかけていた。それは、みほには内緒だった。

 みほも私には内緒で、彼にコンタクトをとっていたはずだから。

 

「今、大丈夫か? 早朝だが」

 

『あぁ、今バイトの休憩時間。あまり時間ないけどね』

 

 後ろの騒音が、少々うるさい。

 

『すまん。風の音がすごくて上手く聞こえねぇ』

 

 彼の転校先は、青森県だった。

 転校しても相変わらず、肉体を鍛錬をすることを心がけていたようだ。

 

 金策と兼任してコミュ力とやらを磨くためと、何故か青森港でバイトをしているそうだ。

 早朝の方が時給が良いと言っていた。

 

 彼と話すのは楽しい。私が口下手というのも気にせず、気兼ねなく話してくれる。

 

 

 

 ……どうして。こうも変わってしまったのだろう。

 中学生の頃は楽しかった。戦車も今とは全く違う感覚で、乗っていたのだろう。……しかし、もう忘れてしまった。

 

 第62回 戦車道全国高校生大会。我々は負けた。「西住みほ一人の失策」という敗因で。

 

 何が「西住みほ一人の失策」だ。隊長は私だ。本来ならば私の責任だ。

 周りの圧力…お母様の叱責から、妹一人守る事もできなかった。みほ一人に責任を押し付ける形になってしまった。

 みほを、転校という形で追い出す…大洗へ転校するのは知っていた。

 

 黙って、見逃すことしかできなかった……。できなかったんだ。

 

 大洗学園。

 

 それは、戦車道がない学校。

 生徒数の減少の関係で、共学へ変わっていたが、あそこならば大丈夫だろう。

 

 無意識にゆっくり猫背になっていく。お腹の辺りが締め付けられる。

 

 彼がよく言っていた。『失敗しても、後悔だけは残さない様に生きていきたい』と……。

 

 今ならよくわかる。後悔の念。これは呪いだ。呪詛だ。

 自分自身でどうにかするしかない。しつこく、こびりついて剥がれない呪い。

 

 

 鼻先と膝が近づく。

 

 

「中学生の時は…楽しかったな……」

 

 声が段々と小さくなっていく。

 

『あぁくっそ! 風うるさい! ごめん、なんだってー?』

 

 上手く聞こえていないようだが、構わないツゴウガヨイ。

 

「みほがいて、私がいて。…君がいて。母も君にだけは、周囲が引くほど甘かったな……」

 

 ……乾いた笑いが出てくる。

 

「君が来てから、戦車道が楽しくて仕方が無かった。病室で約束してくれた。しっかりと君は、私を見ていてくれた」

 

「当時お母様も、ここまで酷く厳しくなかった」

 

「君が…私達親子を緩和してくれた……。タノシカッタ」

 

『オーイ。キコエルカー。』

 

 ダメだ。

 過去の思い出ばかり出てくる。

 楽しかった日々。

 

 弱音を吐くな。弱さを見せるな。全て瓦解してしまう。西住流家元としての責務。

 黒森峰をここまで引っ張ってきた隊長としての責任。周りからの期待。お母様からの……。

 

 みほは、追い出す形になってしまったが、何とか逃がすことはできた。

 

 ……しかし、私はどうスレバ? ニゲラレナイ。

 

 額と膝が当たる。

 

 

「……ケテ」

 

「………………カシ。……タスケテクレ」

 

 

 ハッと、顔を上げる。

 

 絞り出す様な小さな声だが、弱音を吐いてしまった。一番聞かれたくない相手に。

 電話先では、港より聞こえる騒音。ゴーゴーと大きな風の音。

 

 安心した。これなら聞こえるはずはない。いつもの厳しい顔に戻る。

 これ以上はまずい。甘えてしまう。

 今日はここまでだ。別れを言い、電話を切ろう。

 

 だが……聞こえてきたのは別れの挨拶じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってろ まほ。 すぐに行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の連休に合わせ、久しぶりに様子を見に行こうと思っていたが、状況はかなり危ないと判断した。

 

 すぐに行こう。今行こう。

 

 平日というのもあり、当日航空券はすぐ取れた。こういう時の為に貯金をしていた。

 夏休みなど長期連休時には、顔を見せに行っていた為、移動手段の選択肢は、幾つかすぐ思いついた。

 

 昔の俺なら、こんな行動力考えらなかった。だけど変えられた。変えてくれた。

 この世界の恩人達。その恩人の一人。

 

 

 西住まほ。あのまほが、泣きながら弱音を吐いた。吐き出した。

 手段なんぞ選んでられるか……

 

 最短ルートで行く!

 

 

 

 そして現在、午前7時

 

 すぐに動こう。バイトを早退。変わりに青森の友人を電話でたたき起こし、投入。

 文句を垂れていたが、本気トーンで話すと「後でちゃんと話せよ」と了承を得た。

 

 身支度を整え出発する。まず俺がしなきゃならない事は、全身全霊を込めた、全力の!!

 

 

 

 

土下座である

 

 

 

 

 カチューシャ・ノンナ『…………………………』

 

「朝からなんなの……タカーシャ」

 

「後生です! お願いします! プラウダ高校のヘリに乗せてください!!!」

 

「俺の大切な家族が、壊れるかもしれないんだ! 空港まで……頼む!!!」

 

 地面に頭をぶつける。踏まれたって構うものか。

 青森空港から目的の便が出ていなかった。

 調べた結果、函館空港からの便に乗る事が、俺に出せる最速の手段だった。

 

「ノンナ!」

 

「はい」

 

 いつもの様に、定位置……ノンナさん肩へ、わざわざ移動している。

 

「フフン! そこまで必死になるなら、考えてあげない事はないわ! その見返りになにしてくれるの!?」

 

 

 彼女達、プラウダ高校は現在、青森港に着港していた。

 

 そもそも青森港をバイト先に選んだのは、最初これが狙いだった。ここに入り浸っていれば彼女ら……プラウダ高校の生徒と接触できるかもしれないと思った為。

 そうすれば、西住姉妹の話を聞けるかと思っての事である。

 

 

 彼女達との出会いは……冷凍マグロにマジビビリしてるカチューシャを見かけて話しかけた事。

 それから、懇意にして頂いておるわけです。ハイ。

 

「ビビルカチューシャ、マジかわいかった!!」

 

「何!?いきなり!」

 

「気持ちは、とても良くわかります」

 

 回想の謎のシンパシー

 賛同ありがとうノンナさん。すまん時間があまり無い。話を進める。

 

 

「希望は!? なにして欲しい!?」

 

 急かすように聞くと、カチューシャは若干ビビリながら…違うな。俺に引きながら答える。

 

「カ…カチューシャは、シベリア雪原の様に心が広いの! これから望む時、いつ如何なる時も膝まづいて、私を乗せれ『了解した!で、ヘリはいつ出る!?』」

 

 

 

 

 

 

 俺の誠心誠意、真心を込めたお願いにカチューシャは無償提供を約束してくれた。あざっすカチューシャ。

 

 少し時間ができたので、まほに再度連絡を取っておく。

 

 

 プルルルルルル……

 

『私だ。』

 

「……まほちゃん。その出方は、無い」

 

『ム…そうか』

 

「今からそちらへ向かう。そちらの出来うる限り、わかる情報と近状を教えてくれ。口は挟まないからつづけて喋って」

 

『……隆史。本当にこちらへ来るつもりか? 距離を良く考えろ「うるさい!」』

 

「はっきり言うとな。この状況になるまで、俺に黙っていた事に怒ってるんだ。激怒ってやつだ! どうりでみほの奴、メールにも電話にも応答ないわけだ!」

 

 まくし立てる様に急かす。

 

「いいから言うことを聞いてくれ。今更やめるつもりも無い! 言うこと聞かないと今後、まほちゃんを…「西住さん」と呼ぶ」

 

『ぐ……』

 

 過去、まほちゃんが中学生時代同級生と屯ってる時、気を使って「西住さん」と呼んだら……キレた。本気ギレされた。

 

 その後、一週間拗ねていた。

 呼びかけても、プイッって横を向き無視された。ハイ……それは、至福の時でした。

 

 ……脱線した。

 

「近状! まほちゃん、みほ、しほさんの今の状況を全て教えてくれ!」

 

『……「ちゃん」に戻ってる……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗学園に逃げ出して、数日たった朝。

 

 目覚まし時計のベルで、目が覚める。

 

 すぐに、そのベルを止める。

 

 俯いた顔を上げ、視界に入ってきたのは目覚まし時計では無い。

 

 ……ボコ。

 

 私が好きなキャラクター。そのぬいぐるみ。熊。……あの人。

 

 初めて見たのが、アニメの再放送。夢中になった。お姉ちゃんが言うには、怖いぐらい真顔で真剣な目で見ていたそうだ。

 

 思い出す。思い出した。

 

 わかってる。ボコとあの人は違う。だから何? とは思う。

 それはそれ。ただ私が、ボコを好きになった理由の1つだから。

 

 

 これだけ。

 

 今の私には、これが全部。

 

 全部置いてきた。……逃げてきた。

 

 携帯電話には、あの人からの着信履歴とメールが消さずに残してある。

 

 メールには、目を必ず通す。電話は……怖い。

 

 あの人に…彼に。みんなの様に責められたら……と思うと出られない。

 

 そんな人じゃないのは、わかっている。でも理屈じゃない。

 

 怖い。

 

 ただ怖いんだ。

 

「もう家じゃないんだ……」

 

 目が完全に覚める。今日は日曜日だった。また、何もない日が始まる。

 

 ……メールが来てる。また、あの人からだった。

 

 今日は、画像が添付されていた。

 

 題名が無い。この人は、いつも内容しか書かない。

 

 画像付きは、めずらしいな……。

 

 返信できないだけで、メール自体は素直にうれしい。

 

 

 

 添付ファイルを開く。

 

 

 

 …………………………ナニコレ。

 

 文章は「気になる様なら電話しろ。みほ、いい加減怒るぞ」だって。

 

 

 

 

 

 

 画像は数枚あった。

 

 お母さんとお姉ちゃん。それと…あの人がピースした画像。顔が近い。……顔が近い。顔が近い。顔が近い。

 

 イラッ

 

 ま…まぁ、画面に入りきらなかったかも知れないしね♪

 

 彼は、さらに逞しくなっていた。

 

 筋肉が恋人と言われた時は、本気でどうしようかと思ったけど、大丈夫そう♪ イライラ

 

 

 次の画像を開く。イライライライラ

 

 他の画像【 交互にお姫様抱っこされた 姉と母(※3~4枚) 】

 

 パカッ

 

 カチカチカチカチカチ……

 

 プルルルル……                         

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます
今回過去編から現代へ。
原作TV本編の冒頭にあたります。

シリアスは嫌いでは無いですが、明るい作品を目指していきたいと思います。

次回 エリカ登場します


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第05話~母娘 です!~

 熊本県 熊本港

 

 

 土曜日の休校日。

 我々は、着港し各自上陸の準備をしていた。

 本日は珍しく、土曜の訓練が中止と発表されていた。何人かの生徒から、帰郷願いが出ていたからである。

 

 港に家族の者が出迎えに来て帰って行く。

 隊長も今回、自宅…西住家本家へ帰ってゆく予定との事。

 

 しかし隊長の様子が、何かおかしい。

 

 昨日からソワソワしている。珍しく、朝練の集合時間に遅れそうになっていた。

「本当に来るつもりなのか…?」と、何かブツブツ言っていた。

 まさか、家元が迎えに来るとか?・・・ありえない事では無いが、それならば皆に知らせるはずだ。…謎だ。

 

 ・・・なんだ? あの車。

 

目立つ所に停車してる車。後部座席の無い軍用ジープ ウィリスMB 。特に珍しくも無いが、何か嫌な感じがする。

 一人男が乗っているな。こちらを見ている。

 誰かを待っているのだろうか? 大丈夫とは思うが、一応隊長にも声をかけておこう。

 

「隊ちょ…」

 

 隊長は、目を見開いて固まっていた。知り合いなのだろうか。

 

「本当に来た・・・」と小声で呟いていた。

 

 男が車を降りてくる。

 Tシャツにジーンズ。自衛隊員だろうか、体が大きく熊みたいな男だ。嫌な予感しかしない。

 男は愛想が良さそうな笑顔をし、手を挙げて小走りで声をかけてきた。

 

「まほちゃん! 久しぶり!」

 

 

 

 

 

 

 

 熊本港に黒森峰の学園艦が着港する時間はまほちゃんにあらかじめ聞いておいた。

 土曜日というのが都合が良い。

 熊本空港へは金曜日に到着。まずは、しほさんに連絡を入れアポを取っておかないと。

 電話口から懐かしい声がする。

 

 懐かしさと共に嬉しさも有り、長話をしてしまいそうなのを我慢し、予定を取りつけた。

 土日はめずらしく家にいるそうだ。ここで本題に入る訳にもいかないので明日、少し真面目な話があると伝え電話を切る。

 

 この世界ではどうも車の普通免許は16歳で取得可能なようだ。

 戦車道とかあるし、いろいろ高校生活で使うからかな?

 取得可能年齢になったら、すぐ取りに教習所へ通い取得をしておいた。

 レンタカーを借りて、翌日まほちゃんを迎えに行く為の準備を全て済ませておいた。

 

 準備は万端だ。さぁ行こうか。

 

 …早く着きすぎた。2時間前についてしまった。

 時間があまりまくったので、カチューシャとノンナに御礼の電話。青森の友人にも連絡しておく。

 

 良い時間潰しとなり、巨大な学園艦が遠くから近づいてくるのが見える。やっと到着した。

 

 制服の女の子が、ゾロゾロ出てくる。

 結構な人数がいるので、なかなか目的の人物が見つからない。

 さて、どうしたもか。電話で知らせて、こちらに来てもらおうかな?

 …まぁいいや、ここに来ることは知らせてあるし、気長に待つか。

 

 ボケーっと、多くの生徒を見送っていると、最後にやっと懐かしい顔を見つけた。

 相変わらず厳しそうな顔で無表情だねぇ。…でかくなってる。遠目でもわかるあの重量感。さすが、しほさんのご息女デス。

 

 ん? 並んで歩いている子がいるな。これはまた、キツそうな女の子だ。銀髪のどこか育ちが良さそうな子。

 あぁ…まほちゃんに聞いていたな。あの子が、みほの後任の副隊長殿か。確か名前なんだっけか。

 

「き…貴様! 何て馴れ馴れしい!!」

 

 いきなり随分ご立腹だ。

 

「エリカ、いい。彼は私の幼馴染だ」

 

「しかし!」

 

 ギロッと横目で睨まれると、エリカは黙ってしまった。うっわー…睨んでいる眼光がすっげー。

 

「…隆史。本当に来たのか」

 

「ああ。昨日の夕方に到着して、全て準備は済ませておいた。後は、帰るだけだな!」

 

「……すまない」

 

「まほちゃん。言ったろ? すぐに行くってさ」

 

 エリカが完全に蚊帳の外状態。「まほちゃん」って呼び方に、えらく反応してくれるのが少し面白くなってきた。

 呼ぶ度にピクッっとする。

 しかし隊長本人が許可している以上、何も言えず睨むしかなかった。

 

「だがお母様は、話を聞いてくれるだろうか…。ただ隆史が、家に遊びに来るというだけではダメなのか?」

 

 少し顔が俯き、不安しかない。…という顔を見せている。

 

「……」

 

 ダメだ。まほちゃんは、完全に怖気づいてる。

 

 はっはー。しかしもう昔の俺じゃない。人の行来が多いバイト先で、コミュ力と行動力に自信がついた。ありがとう海の男達。

 さて、ここは強引に行かせてもらおうか。

 ここで、初めてエリカに声をかける。

 

「初めてまして。貴方が「逸見エリカ」さんですか?」

 

 砕けた喋り方はしない。初対面。ましてやこういうタイプは、そういった喋り方はマイナス印象しか与えない。

 

「は…初めまして……」

 

 まだ警戒は強いが、こちらも笑顔で喋りかけている分、対応に困っているようだ。

 

「まほちゃ……西住隊長から聞いていましたよ。頼りになる副隊長だと」

 

「そ…そう。どうも…」

 

 躊躇するエリカさん。

 

 まほちゃんの名前を出して褒めておく。社交辞令と思うだろうが、悪い気はしまい。

 まほちゃんが、俺を睨む。……あぁ西住隊長と呼んだからだろうか。

 相変わらず苗字で呼ぶと怒るなあ…。

 

「で、ですね。早速で申し訳ないんですが…」

 

 素早く、向かいにいたまほちゃんの肩を片手で抱き、一気に引き寄せる。

 

 「「 !? 」」

 

「隊長さん。借りますね」

 

 刈り取る様に、彼女の足をまとめて腕で掬い上げ、抱き上げる。お姫様抱っこというやつだな。

 そのまま、ジープのタイヤに足をかけ、運転席に飛び込む。わざわざ屋根のないジープを借りたのは、こういう時の為だ。

 俺の膝の上に彼女を乗せたまま、シフトレバーを操作、アクセルを全開。

 

 ギャリギャリギャリと、音を立てて急発進して行った我車。

 

「なっ!? ふざけるあ!!」

 

 はっはー。今更慌てても無駄ですよ。無駄無駄ァー。

 

「じゃーねー。エリリーン」

 

 何か遠くで叫んでるが、もう聞こえなーい。

 

 

 ……まほちゃんの反応が無い。ビックリさせちゃったか。ワー…顔が真っ赤だよ。そんな怒らないでよ。後で謝りますので。

 

「さぁ! 行きますか! しほさんに喧嘩を売りに!!」

 

 

 

 

 

 

 

 な…なんだ、あいつは!? なんだったんだ!?

 

「え? なに?…は?」

 

 混乱して立ちつくす私に、一部始終を見ていたであろう、周りの生徒から呟きが聞こえる。

 

「隊長が拉致られた…」 「アハハハハ! 何あの人。スッゴーイ!」

 

「隊長の彼氏かなぁ?」 「幼馴染っていってたよぉ?」

 

 くっ! 適当な事を!! と叫ぼうとしたら、気になる発言があった。

 隊長と同じ中学出身の同級生達の発言だった。

 

「あー…あの人、多分『西住キラー』だ」

 

「私は『対西住家:人型決戦兵器』って聞いていたよ?」

 

 何だ! そのふざけた名前は!

 

「すぐ追いかける!! 誰か車を用意して!!」

 

「…副隊長。使える車両がありません」

 

「え……」

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい和風家屋。……西住家へ到着した。

 

 うん、懐かしい。

 

 完全に硬直しているまほちゃんを仕方がないので、またお姫様だっこで玄関までお連れする。

 

 到着時間を一応連絡をしておいた為か、玄関先で家政婦の菊代さんが待っていてくれていた。

 ご息女様を抱き上げているという凄まじい状態の俺を、とてもニヤニヤした良い笑顔で出迎えてくれましたね。

 

 そして出会いの事件の日。あの時、みほが抱いていた子犬らしき犬もいた。

 いや~…すっかり成犬になっているね! 相変わらず俺の顔を見るとウゥゥゥと唸ってくるね!……全然、懐いてクレナイ。

 試しに、頭を撫でてやろうと手を出すと、身構えて噛み付く用意をする…様に見えたので諦めた……何故だ。何故なついてくれない……。

  

 菊代さんが、しほさんがいる部屋まで案内をしてくれた。

 相変わらずでかくて、迷いそうになる家だな。

 完全に硬直していたまほちゃんも、部屋の前まで着いたらさすがに元に戻った。

 そしてまた抱っこされている状態に慌てていた。

 はい、降りてくださ~い。ここから本番ですよ~。

 

「……」

 

 さぁて…行くか。

 

 

 

 

「失礼します」

 

『どうぞ』

 

 襖を明けたら広がる広い和室。

 その上座に、しほさんは鎮座していた。

 

「只今戻りました。お母様」

 

「お久しぶりです。しほさん」

 

 黙って頷く、彼女の顔を見て思った。

 暫く顔を見ていなかった為だろうか、思い出の顔と現在のしほさんの顔が違う。まったく違った。

 

 ……昔の俺の顔に似ている。

 

 そう感じた。

 疲れきった顔、追い詰められていたのか、この人も。

 ……そうだ。まほちゃんと一緒だ。いや、それ以上だ。多分、規模全然違うのだろう。

 

「さて、お久しぶりですね、隆史君。見違えました」

 

 少し嬉しそうに、笑ってくれるのがうれしい。だがその笑顔は、疲れた笑顔だった。

 二人揃って真正面に座った。

 

「さて、この度の要件とは、一体どのような事でしょうか? 遊びに来た訳でも無いでしょう?」

 

「はい。今日はしほさんにお願いがあってきました」

 

 みほの事だろうとは、思っていたのだろうな。「お願い」の言葉に真剣な…完全武装したような顔になる。

 ピリピリした空気が漂う。

 覚悟はしていたけど…正直めちゃくちゃ怖い。

 

「みほの事でしょう…か?」

 

「…はい。俺は、みほの状況と今現在、何処にいるか。戦車道大会後の足取りは、既に知っていました。ですが、彼女から何も言ってこない内は、俺も何も聞けませんでした。ただのガキの俺が出来る事は、高々知れています。だけど出来る事はしようと、準備だけは進めてきました。で、今回お伺いしたのは、今まで準備していた事が、必要になったと判断したからです。みほ、まほ。そしてしほさん。貴方方、親子が瓦解寸前の危機的状況だと判断した為です。その為、俺は今ここに来ました」

 

……

 

「・・・随分と上から目線ですね」

 

「生意気言ってすいません。ですが、はっきり申し上げます。俺は怒ってます。ここまでの怒りは、あの事件以来です」

 

 しほさんを睨みつける。現場の空気が、段々と張り詰めて行く。

 

「簡潔に述べなさい。つまり何が言いたいのですか?」

 

 

 

「みほに謝れって言ってんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと着いた。西住流本家。

 タクシーを手配し、すぐに追いかけた。

 

 何だあのふざけた男は。奴の車が玄関横に停まっているのが見える。

 

「ご…ごめんください」

 

 何度か来た事はあったが、毎回緊張する。

 おかしい。いつもなら菊代さんが、出てきてくれるのだけど…。

 

 玄関先、男物の靴と隊長の靴が、仲良く並んでいる。

 

「……」

 

 ……足で男の靴をどかす。邪魔だ。

 

「あらあら、逸見さん。お嬢様に御用ですか?」

 

 奥から、菊代さんが出てきてくれた。助かった。

 

「はい。あの…変な、熊みたいな男と一緒に先に来ていると思うのですが? どうでしょう」

 

 熊という表現がおかしかったのか、クスクス笑っていた。

 

「隆史君ですね。いらしていますが、今奥様と何か、随分と立て込んだお話をしているみたいで…」

 

 あの男が家元と何の話を? 男と隊長が、揃って親元に挨拶…。……け…結…こ…!?

 

「し、失礼します!」

 

 強引に上がり込む。まさかと思うが冗談じゃない!! 奥座敷だろう想像が着いたので、急いで向かう。

 少し長い廊下を進み、到着した部屋。

 襖の奥から声が聞こえる。やはりここか! あの男!!!

 襖が少し空いている。ちょうどいい! なんの会話を……

 

 動けなくなった。

 

 部屋の空気が尋常じゃない。

 ただでさえ家元の前に出れば、萎縮してしまう者が大半なのに…本当に何なんだ? 何なのだあの男は。

 

 部屋の中では殺気すら篭る目線で、睨み合う二人が対座していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「……」」

 

 しほさんと睨み合ったのは初めてだな。

 さて、どのくらいたったのだろうか?

 

「私からは謝る事は、何もありません。あの子が西住流から…戦車道から逃げ出しただけの話しです」

 

「……決勝戦の事ですか? まさか西住流がどうの言って、頭ごなしに叱責してませんよね?」

 

 しほさんは、黙っている。

 

「今更、西住流がどうの問答はしませんよ。あれは、みほのトラウマが原因だと、気づかなかったんですか?」

 

「トラウマ…?」

 

 怪訝な顔をする。オイ。マジか? ふざけんなよ!

 

「……出会いの事件の事、忘れたんですか? 何で みほが泣いて、俺に謝ったのか」

 

 目を少し見開き、静かに閉じるしほさん。

 

「例え、そうだとしても強く自分を持たない みほが弱いのです。あの子も西住流の家訓は『問答はしないと俺は言いました』」

 

 キレそうになるのを必死に我慢する。

 

「…無様な試合をしたのは事実です。転校先には戦車道がありませんが…万が一これ以上みほが、戦車道を続けて西住流の名に泥を塗るような事が有れば…」

 

閉じていた目を見開き、はっきりと宣言した。

 

「勘当もやむ無し。それで既に結論は出ています」

 

……冷たく憤怒を押し殺せ。

 

「しほさん。あんた、みほを「壊す気」か?」

 

「みほは、戦車が好きだ。それは、しほさんもわかっているでしょう?」

「もう一度、戦車道に進めば勘当する?」

「そりゃいい! みほを勘当すれば、あんたは楽だ。問題児を処分すれば後は、あんたに関係ないからな!」

「その後、どうなろうと知ったこと無いって事か?」

「あんた、壊れた人間を見た事あるか? 弱いから? 名に泥を塗った? ふざけんな。関係あるか!!」

「女が壊れた後は酷いぞ? 誰かに依存するか、誰かに騙され楽な方へ逃げていく。薬だろうが、風俗だろうが溺れてく」

「しかも、親元離れて自由気ままに止める奴もいねぇ」

「女子高生なんていいカモだ」

「最悪、ボロボロに壊れた後、最後に行き着く先は自殺かね?」

 

 早口で捲し立てる。順序なんて知らない。知っている事だけをまくしたてる。

 

 俺が言っている事は極端な例かもしれない。しかしありえる事だ。あった事だ。ソレを俺は過去見ていた。

 

 しほは黙って聞いていた。時々目を閉じる。

 

「随分と…知ったような口を『嫌ってほど見て来たんだよ!!』」

 

 無理。あぁ無理だ! もう無理だ!! 喋っている内に感情が昂ぶり爆発してしまう。

 

「もうたくさんなんだよ!! いいか!? 悲惨なのはその後だ!」

 

怒号で黙らせる。黙っていろ。もしみほが壊れてしまったらオマエノセイダ。

 

「片親はまだマシだ! 責任は自分だと、抱え込んで終わりだ! 死んだとしてもな! だがな、両親兄弟いる奴はな、最悪押し付けあう!

 擦り付け合いだ…自分が少しでも関与していると少しでも思えば……。自分を責め続ける。死ぬまでな!!!」

 

 そう。過去自分が騙す側だった。

 

 営業、サービス業、非合法スレスレのグレーゾーンと、ヤクザな商売だった。

 知らなかったとはいえ、俺自身が人様の家庭を崩壊する一旦を背負ってたかと思うと、自分自身を殺したくなる。

 クソ。息が苦しい。酸素が欲しい。

 

「貴方に…一体何が……」

 

「それ」を見てきたと言ってしまった。

だが、そんな事はどうでもいい。

 

「俺の事はどうでもいい! 答えてくれ、しほさん。自分の口から、言葉にしてはっきり言ってくれ!」

 

「あんた母親じゃ無いのか!? 西住流? 知った事か!!」

 

「『娘が心配じゃないのか!? 助けてやりたく無いのか!?』」

 

……

 

………………

 

 フザケルナ…

 

声が聞こえた。

 

下を向き、手を握り締めている彼女から声が聞こえた。

 

「ふざけるな!」

 

「心配に決まっているでしょ! 娘を心配しない親なんて、いるわけが無いでしょ!?」

「子供が、偉そうに大人に説教? ふざけないで!! 全部わかってるわよ!!!」

「近くに居てやりたくても『西住』が邪魔をする!! それでも助けたいに決まってるでしょ!!!」

 

 しほさんが感情を出した。ハーハー言っている。

 

「だから、家は関係ないって言ってるでしょ? 近くにいて、守ってやりたいのも知っている」

 

「しほさんもダメ。当然後継者で有るまほもダメ。『西住』が邪魔をする。みほの近くに居てやれない」

 

 確認するように口にする。

 しほさん、まほも黙って聞いている。息遣いがまだ聞こえる。「だから何だ? わかっている」って、顔で俺を睨んでいる。

 

 

「だから俺がいる。俺が行く」

 

 

 「「!?」」

 

「大洗学園には、既に転校の手続きは取ってあります。来週から大洗の生徒です、俺」

 

 しほさんが、あ然としている。あら、口半開きですよ?

 

 まぁ高校生の…しかも何年も前の知り合いが、取る行動じゃあ無いだろうね。

 実は下準備は全て終わっている。

 みほの転校先がわかった時点で用意していた。

 ストーカーみたいだな。

 まぁ、それがストーカーならそれでいい。

 

「俺にとっては、西住家の人は恩人なんです。その家族が壊れようとしている。ですから助ける。それだけです」

「最後にしほさんが、みほに一言でも謝罪の言葉があれば、大丈夫…。後は何とかするし、何とかなりますよ」

 

 言い切った。

 

 この親子は「西住家」にこだわり過ぎて、「普通の家族」を忘れている。誰かが、間にさえ入ってやれさえすればよかっただけなんだ。

 その役割が、俺にできるなら喜んでやってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。申し訳ありませんでした。…ナマ言いました。スイマセンデシタ」

 

「いえ、私も取り乱しました。……まったく、大人気ない」

 

 喧嘩両成敗。お互いに謝罪をする。

 菊代さんが、持ってきてくれたお茶がうまい。

 

「本気ですか?……その、大洗の話」

 

「え? はい。本気っす」

 

 もはや取り繕うまいて。

 

 お茶を啜りながら、しほさんは聞いてくる。

 

「しかし、本当なのですか? 壊れてしまったという女性の話。そもそも大洗学園は女子高でしょう?

 どうやって、貴方が入学できるのですか? 女子高ですので変な虫もつかないと、うまく誘導したのですが」

 

「…誘導したんですか。どこまで不器用なんですか? まったく…。それに大洗は、何年か前に生徒増員目的で共学ですよ?」

 

……おい。

 

 オロオロしだしたよこの人。悪い虫が…輩が…みほが…みほがぁ…とかブツブツ言ってるし。

 

「奥様。ですから隆史さんが、みほお嬢様を守るナイト役で行かれるって事でしょう? あぁ、お茶のおかわり如何ですか?」

 

 ……菊代さんまで何か言い出した。

 

「あー…あと問題が一つ。みほが、俺の電話に出てくれないんですよ。メールも返信無いし」

 

「隆史がダメだとすると当然、私の電話も出てくれまい。…お母様は論外だしな」

 

 唸っていると、菊代さんが「仲良く3人で写真を取って仲直りしましたーって、メールで送れば一発ですよ!」と、とんでもなこと言い出した。

 

「わかりました」

 

 ……家元即答したぞ。どんだけ淋しいの我慢してたんだヨ。

 

 何度か、菊代さんに俺の携帯で撮ってもらったが表情が硬い。硬いなぁー…

 

 しかし、しほさんはどこか楽しそうだった。

 

「奥様とまほお嬢様は、表情が硬すぎますよ。そうだ! 隆史さんの顔に、顔をもっと近づけて下さいませ」エ…?

 

「こうか?」「こうですか?」

 

 近い。近い近い近い!!! いい匂いがする!!!!

 

「はい! 後は、笑って~ピース」

 

 カシャ

 

「いい感じですよ~」

 

 写真を見せてもらった。幾分マシになったと思うけど…コレ見る人が見たら俺、殺されるんじゃなかろうか?

 

「あぁ、そういえば、本日いらした時にお嬢様は随分と隆史様と仲睦まじかったですね? まさかお姫様抱っことは~」

 

ギャー

 

 しほさんが食いつく。やめてください。シンデシマイマス。

 家についても硬直していたので、仕方ないかやっただけなんですけど。

 

「お姫様抱っこ? それはどういう抱っこなんでしょうか?」

 

「あの…真顔で聞いてこないでください」

 

「それはですねぇ…」

 

よりにもよって、菊代さんがしほさんに説明している。

 

「ふむ。興味深い…」

 

 何故か食いつく家元。

 そして菊代さんは、俺に死ねと言っているのでしょうか?

 

「やってみますか!?」

 

 ヤケクソ気味に、冗談半分で言ってみたのが間違いだった。

 

 

 

「お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隆史が何故か、お母様をお姫様抱っこをしている。

 何を素直にやっているのだ? この馬鹿者は。

 

「しほさん! 近い近い!」イラッ

「ふむ。これは中々に良いものですね」イライラ

 

 お母様が、腕を隆史の首に回す。イライライラ

 

「しほさん! 胸! 胸がぁ!!」イライライライラ

「なんですか? こんな、おばさんに照れてどうするんですか?♪」

 

ブチッ

 

 隆史の携帯で、何枚か連写する。カシャカシャカシャ

 

「まほちゃん!? なんで撮ったの今!?」

 

「何故? みほにメールを送るのだろう?」

 

決定事項を口に出して言ってやる。

 

「まぁ…その状況は、隆史にとっては嬉しいのでは無いか? なんせ初恋の女性が腕の中だ」

 

「!!??」

 

「なんだ。知らないと思ったか? ちなみに、みほにもバレバレだ。馬鹿者」

 

「」

 

 何故だろう。

 今なら単騎で戦車道大会を突破出来そうな気がする。

 

「それは中々うれしい事を聞きました。うれしいですね。若いツバメというのも・・・」

 

 

 

「お母様。次は私の番です」

 

「」

 

「エー。アトモウスコシー」

 

 ナニイッテヤガル、コノババァ

 

 

「この写真。お父様に送りますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とぼとぼ、和室に向かっている。

 

 正確には戻っている。

 正直あの場面は、耐え切れなかった。無言の圧力に逃げ出してしまった。

 こんなことでは、隊長を支えられない。

 

 しかし、あの男は何者だ? 家元のあの圧力と真っ向からぶつかれるとは……。

 結婚の挨拶とかではなかったので、まぁ良しとしよう。

 

 到着した和室の前では、先ほどのプレッシャーとは変わり、別の言い合いをしている様だった。

 

 今度は逃げ出さない。

 

 覚悟を決め襖を開ける。

 

「……隊長?」

 

 飛び込んで来たのは、真っ赤になって胸を押し付けて、男の首に腕を回しているお姫様抱っこされた、我が黒森峰学園の隊長だった。

 そして、それを携帯で連写している家元。

 

 ヨシ。コロソウ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疲れきって憔悴しきってる俺は、メールは次の日にしようと思いました。

 

 しかし、その俺の携帯が無い。

 

 …菊代さん。何してんすか? すっげぇ楽しそうな、その目は何ですか?

 

 そもそも何で俺の携帯を持って、流暢にスマホ操作してんっすか。

 

「明日楽しみですね~。あぁ本日は宿泊するようにと、奥様からの言伝です♪」ソウシン~

 

 アァー……

 

 そして、決戦の日曜日早朝。

 

携帯の画面には、懐かしい文字が浮かび上がっていた。

 

…ウレシクナイ

 

 着信 西住 みほ 

 

「……はい」

 

『 チョット、レイセイニハナシアオウカ? 』

 

 




閲覧ありがとうございます。

次回 大洗学園生活開始です!



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第06話~大洗学園生活スタートです!~

 県立大洗学園

 

 その学園艦に到着した。

 

 西住 常夫。

 

 みほの転校先がこの高校だと知ったのは彼、彼女の父親からの電話だった。

 現在の彼女の置かれている状況、彼は分かっていた。

 

 熊本から逃げ出し、家族からの連絡の一切を無視をしていた彼女だったが、俺からならば連絡が取れると踏んで連絡をくれたのが始まりだった。

 

 しかし、その俺からの連絡すらも拒否するみほだった。

 

 大洗学園へ転校手続きを両親に頼んでいて、上手く事が運ぶようと動いていた。

 両親にも連絡を取り、俺が転校をする旨も頼んでいた彼。

 

 母は、西住家の状況を理解していた。

 俺が行くことで多少でも修繕できるのならばと考えての事だった。

 

 ただ、母姉から見送りの際「ストーカーみたいでキモい」「頼むから警察沙汰にはしないでよ?」

 と、心温まる有難いお言葉を頂きました。

 

 引越しの準備も午前中に終わった為、全ての準備が整った。

 

 ワンルームのアパート。これは、しほさんが用意してくれていた。

 常夫さんは、しほさんに内緒に動いていたようだけども、全て後からバレていた。

 

 さて、次にやる事は決まっている。

 

 

 

 

「ヘイ彼女、一緒にお昼どう?」

 

 

 

 

 ナンパだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前なぁ…早めに引っ越すなら言ってけよ! この前の借り返してもらえねぇじゃねーかよ!!』

 

 一息ついた頃、青森の友人から携帯で悪態を突かれる。

 熊本へ移動する際、バイトを抜け出す時変わってもらった友人だ。

 

「悪かったって。でも本当に助かったんだ。感謝してるよ。ありがとよ」

 

 こういった礼は、ちゃんと言っておいたほうが良い。

 バイト先のおっちゃん達にも、送迎会まで開いてもらった。

 まぁ…大体、最後には酔っ払ったおっちゃんとパートのおばちゃんに西住家との事を散々からかわれたがね。

 

「…いいこと思いついた」と会話の最中言い出した。こいつは悪い奴じゃないが、悪い事は思いつく。

 

『今から、「断る!」お前街行ってナンパしてこいよ。成功失敗は問わない。最低3人。』

 

 絶対ニヤニヤしながら喋ってやがる。

 

「…聞けよ。つかやだよ。俺がそういうの嫌いなのし『ノンナさんに転校先言うぞ?』」

 

「」

 

 青森から引っ越す事を、カチューシャとノンナへ電話で伝えておいた。

 すでに学園艦は出立していた為だ。

 青森港へは、2週間~3週間ほど1回着港していたので、懇意にはしてもらっていた。

 本当は直接言ってやりたかったんだけど、ごめんなと話していると「いいわ! 今すぐ行くから!」

 と、マジでヘリで来やがった。夜の9時だぞ。

 まぁ…何で!? とか引っ越すならプラウダへ来なさい! 等言われたが、西住の名前は出さなかったが、事情を説明したら渋々納得してくれた。

 

 ……してくれたよな?

 

 ノンナさんからは、場所を執拗に聞かれた。が、はぐらかした。カチューシャが行くと言えば、即ヘリを手配。

 すぐに転校先まで来そうだったからだ。なにカチューシャ泣かしてんだテメェ…みたいな睨みが怖い。

 最後に、俺が涙目カチューシャを肩車して、ノンナさんと写真を撮ってお別れだった。

「写真消したら粛清だからね!」とヘリで帰っていったのだけどその後、場所を執拗にメールで聞いてくるノンナさんが、若干執念じみて怖かった。

 

「ワカリマシタ。ヤラセテイタダキマス…。だが1人だけだ! 失敗してもそれで終わり!」

 

「2人だ。それで手を打とう。ただし携帯は通話中のままにして、俺にも聞かせろよ?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 いきなり私の生活が一変した。

 

 彼が大洗へ転校してくると言う。あ、しまった。いつ来るか聞くのを忘れてしまった。

 ついビックリして通話切っちゃったんだった。

 

 いつもと違い、不安だらけだった登校が楽しかった。まだどうこう変化があったわけでは無い。

 

 ただ、楽しみなだけだった。彼が来る。来てくれる。

 戦車道大会での事は、やはり私の杞憂でしかなかった。そう、彼が責める訳がない。

 ただ、ただ心配された。

 ……写真の事は、また彼と会ったら話そう。……レイセイニネ。

 

 その日、教室で声をかけてくれたクラスメートが、お昼に誘ってくれた。

 アワアワしている私を見て楽しいと…。楽しい?

 

 ……とても嬉しいことが、立て続いて起きてくれたのだ。

 

 ― 教室 ―

 

「実は、相談があってさ~」

 

 武部 沙織さん。私に声をかけてくれた明るくて、親しみやすいクラスメート。

 

「私罪な女でさぁ~」

 

「またその話ですか?」

 

 五十鈴 華さん。おだやかな清楚で、古風な雰囲気のクラスメート。

 

「最近、いろんな男の人に声かけられまくりでさぁ~」「それは、普通の挨拶では?」「ソンナコトナイモーン」

 

 …楽しい。とても楽しい。

 

「そうだっ! それに昨日、街でナンパもされたんだよ!」

 

 まぁ武部さん、かわいいしオシャレそうだし、ナンパとか普通にされそう。

 

「いいですか? それは幻覚です。沙織さん…ついに現実との判断が、つかなくなってしまわれたんですか?」

 

 辛辣だ…。

 

「ちがうもーん。何か、こう…体が大きくて、ガッチリしていて…ちょっと怖かったけど…」

 

 それは、いきなり声かけられたら私もちょっと怖いかも…。

 

「はいはい」

 

 …五十鈴さんが、やっぱり辛辣だ。

 

 でも、こんな友達らしい会話も懐かしい。本当にうれしい。

 2人にお礼を言おう。「友達になってくれてありがとう」心からの言葉だった。

 

 …

 

 

「やぁ! 西住ちゃーん」

 

 

 

 今日から楽しい日が、続くと思っていたのに。

 

 彼が来てくれさえすれば、幸せな高校生活が始まると思っていたのに。

 

 ……過去が追いかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………恥ずかしくて死ぬかと思った。

 何故こんな目に…。

 俺の風貌はそんなに怪しいのかな…。筋肉は、素晴らしいと思うのだけど…。

 

 1人目は、超警戒され交番に駆け込まれそうだった。チラチラ見てたし…。

 すいません!っとこれに出てくださいっと、電話を渡し、通話中のバカに説明してもらい、すっごい哀れみの目でみられ、更に「頑張ってくださいね」と逆に同情された。…惨めだ。

 

 くっそ電話から爆笑が聞こえる。

 

 2人目は、なんか今風の女の子だった。とっとと、断ってください。と声をかけたのだが。

「えー。やだもー♪」とかマゴマゴしだしてこちらが困った。

 最後は結局断られたんだが、1人でずっと喋ってたなぁーあの子。悪い子じゃないんだろうけど…。

 

 

 学校へ到着後、すぐ職員室へ出向く。

 担任へ挨拶をするとそのまま教室へ案内された。

 普通Ⅱ科C組。ガラッっと教室のドアを開ける。朝のHRの前。ちゃんと全員席にいた。

 そうか、みほとは違う教室か。

 さすがに、そこまで把握してなかったし、希望のクラスなんぞ言ったら変に勘ぐられそうだったので特に何もしないで運に任せた。

 結果はずれた訳だがね。

 男女比率2:8ってとこか? やはり女性陣が多いね、さすが元女子高。

 

 1人の女の子と目があった。すぐ慌てて目を逸らされてしまった。

 HRも終わり、ちょこちょこ質問攻めを受けたけど、社交辞令で対応していた。

 後ろの席の男が「月刊 戦車道」を読んでいた為、ちょっと話かけてみた。

 

「なんだよ転校生。お前も男の戦車好きは、おかしいってのか?」

 

 と、敵意むき出しで返される。

 

「いや? 珍しいとは思うが、俺も嫌いじゃないよ。母親が戦車道の師範だしな。何度か、試合も見に行ってるしね」

 

 正確には、西住流の師範の1人らしいが詳しくは調べなかった。多分…嫌な事しかでてこないし…。

 本家とつき合いがあったことも黙っておこう。マニア系だったの場合、根掘り葉掘り聞かれる。間違いなく。

 

 ガタッ「!!??」

 

 窓側の席の子がこちらを見て…なんてキラキラした目をなさってんすか?

 

 俺の目線に気がついたのか、ハッとして座ってしまう。

 

 そうそう、この男子生徒に戦車好き仲間と思われたのか、懐かれてしまった。名前を「中村 孝」名前同じかよ!

 こういう事で、すぐ友達になれた。簡単なことで友人は作れる。正直男友達はありがたい。

 電話番号等交換して、一応聞いてみようかね。

 

「なぁ、この学校に「西住」ってのがいると聞いたんだけど、知ってるか?」

 

「あぁ、だけど西住流とは関係ないと思うぞ? なんかトロそうだった」

 

 やはりいた。いたけども、いきなり転校初日。

 女の子の名前を調べて、見に行くってのもあきらかにおかしい奴だからやめとく。

 昼休みまで待つか。どうせ食堂にいるだろ。

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 さてと。どうやって見つけるかな。

 

 メールと電話は無しだ。日曜日の一件はまだ片付いていないからだ。

 決して怖い訳では無い。

 

 …めちゃくちゃ怖いからだよ!!

 

 

 ~回想 日曜日~

 

 

「…はい。たカシデ…ス」

 

『隆史くん! 久しぶり♪ 今まで電話に出なクテゴメンネ♪』

 

「イエ…オキニナサラズニ…」

 

『私が、聞きたいことワッカルカナァ?♪』

 

「…ナンデゴザイマショウカ。『声が小さい♪』」ア、ハイ

 

『……ナニアレ』

 

「あなたのお姉様とお母様です」

 

『……ナニアレ』

 

「…お姫様抱っこですね」

 

『……ドウシテ?』

 

「どうして…と申されましても、貴方のご家族がご希望になられたからとしか…」

 

『……ドウシテ?』

 

「」

 

 もはや、壊れたスピーカーと話している気にしかならなっか。

 

 誰かタスケテ!

 

「あの…みほさんは、何をそこまでご立腹ナノデショウカ?」

 

『 何で!!??』

 

 ヤベッ!

 

『暫く連絡を取りたくても取れなかった幼馴染が、いきなりメールで自分の母と姉と如何わしい写真送って来れば、そりゃ怒るでしょ!? 何!? おかしい!?』

 

「オッシャルトオリデゴザイマス」

 

「ご立腹の所、申し訳ございませんが、私の様なカスから一つ、よろしいでしょうか…?」

 

『……何?』

 

「俺。大洗学園へ。転校シマス」

 

 ブツッ

 

 あ。通話切れた…。

 

 正座して、会話していた俺をニヤニヤして見つめる菊代さん。

 

「どうしました? あぁ、あった。私の携帯電…わ・・」

 

 しほさんが、忘れていた携帯を探してやって来た。

 すぐ置いてあった携帯を取り、画面を見て硬直している。

 …どうした?

 しほさんが、無言で画面を指差している。

 本当にどうしたんだろ?

 

 着歴 

   着信 みほ 38件 留守録 30件

 

 …時間にして10分で、この着信数。テロリィン

 

「…しほさん。なんで今、携帯の電源切ったんですか?」

 

「…コワイ」

 

 家元!!

 

 まほちゃんは、普通に着信に出て会話している。

 通話が終わってこちらを見てニヤッとした。珍しい…。

 

「な…なに言ったの?」

 

「フ…。なに、みほもそちらへ隆史が行ったら、やってもらえと言っただけだ」

 

「」

 

 

 ~回想 終了~

 

 

 《 普通Ⅰ科 2年A組 西住みほ 普通Ⅰ科 2年A組 西住みほ 》

 《 至急生徒会室に来ること 以上 》

 

 ガタガタ震えていると、そんな校内放送が入る。大音量だった為、現実に戻ることができた。

 …何やったみほ。生徒会に呼ばれるって、よっぽどの事だと思うけど。

 生徒会室かー。

 一度学校見学時案内されたっけかな。急いで行けば間に合うかもしれない。

 

 という事で、生徒会室前で待っていたら、廊下の奥から3人の女の子が歩いてきた。

 おーいた。いたいた。

 みほたん発見。よかった、友達できていたんだな。

 昔から友達少なかったのに……まぁ俺も人の事は言えないけどな。

 

 あ…1人の子に見覚えがある。

 

 まずい。マズイマズイマズイ!!!

 

「何ですか? 貴方は? 生徒会の方ですか?」

 

 黒髪の綺麗な子が聞いてくる。

 ちょっと警戒心というか…睨まれているというか……。

 

「大丈夫? みほ」

 

 茶髪のゆるふわ系女子が声をかけていた。

 俺の方を、チラチラ横目で見てきたが…良かった。気がついていない。みほを心配してくれている。

 

「うん…」

 

 彼女の問いかけに答え、顔を上げるみほ。

 

 そして目が合う。

 

「ひさしぶり。みほ」「隆史くん!」

 

 声が被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程まで俯き暗い顔をしていたみほさんの顔が明るくなった。むしろ少し赤いぐらいでしょうか?

 今、「隆史くん」と仰いました。

 先程、教室でお聞かせ頂いていた幼馴染の方でしょうか?

 

 そういえば、転校してくるともお聞きしましたし、間違いないでしょうか。

 随分と…まぁ。がっしりとした人ですねぇ。

 

「さっき放送聞いて、ここに来れば会えると思ってな。みほ、お前どうかしたのか?」

 

 彼の質問に、沙織さんが答える。

 

「えっと、隆史くんだっけ?」

 

「…隆史でいいよ。君達は?」

 

 ちょっと、バツが悪そうな顔をしていますが…何でしょうか?

 軽く自己紹介を済ますと、今までの経緯を沙織さんが説明する。

 

 

「そうか、それで心配で一緒に来てくれたんだ。ありがとな」

 

 彼は、そう言ってお辞儀をしました。礼儀正しい方ですね。

 後、彼は、みほさんのいい人なのでしょうか?

 

「よかったな、みほ。いい友達できて」

 

「うん!」

 

 あらあら~。はっきり言葉にされると、ちょっと恥ずかしいですわね。この方、悪い方じゃなさそうですね。

 

「生徒会長ね……。俺も一緒に行っていいか?」

 

「うん!きてきてー!」「…ウン」「お願いします」

 

 何故でしょう。みほさんの顔が、また暗くなってしまいました。

 

 

 

 

 ―生徒会室―

 

 

 

 

「これはどういうことだ?」

 

「なんで選択しないかなぁ」

 

 開口一番、言われました。いくら戦車道を選ばなかったとはいえ、わざわざ生徒会室に呼び出してまで糾弾する事でしょうか!?

 生徒会の事情なんて知りません。みほさんずっと俯いてしまっているではないですか!

 

「あれ? 君、見ない顔だねぇ」

 

 生徒会長が隆史さんに声をかけていますね。

 

「本日転校してきた、尾形 隆史です。生徒会長ならご存知でしょ?イロイロ…と」

 

「ふっふ~ん。まぁね~。生徒会長の角谷 杏だよ。よろしくぅ~」

 

 私と沙織さんの抗議くらいじゃ何とも思わないのか、生徒会長は涼しい顔をしています。

 そもそもなんで、隆史さんは先程から喋らないのでしょうか?

 そもそも幼馴染がここまで言われて、何故黙っているのでしょうか!?

 

 

「んなこと言ってると、あんた達。この学校にいられなくしちゃうよぉ?」

 

 

 …さすがに我慢の限界です。信じられない事を言い出しました。

 

「会長は、いつだって本気だ!」

「今のうちに謝ったほうが良いと思うわよ? ね? ね?」

 

「ひどい!!」

「横暴すぎます!」

 

 いくらなんでも、ひどすぎます!

 

 ……? 生徒会長の様子が少し変です。なんでしょう。

 

 チラチラ目が泳いでいる様に見えますけど……。

 

 横で沙織さんが、顔を真っ赤にして抗議しています。当然です。権力を行使するなんてひどすぎます。

 沙織さんと2人で必死に抗議しました。これだけ強く言い合っているのに、隆史さんは一言もおっしゃらず黙って聞いているだけでした。

 

「あの! 私!!」

 

「戦車道やります!!!」

 

 …気を使わせてしまったでしょうか。

 みほさん。……この方はやさしい方。

 沙織さんと私に迷惑をかけまいと、承諾してしまったのでしょう…。

 その後、沙織さんも納得いかない顔を崩しませんでした。

 

「では、みほさん行きましょう…」

 

「うん…」

 

 生徒会室を出ようとしましたが、もう一つあります。

 一言、隆史さんにも文句を言ってやろうと思いました。 沙織さんも同じ思いだったようで、目が合います。

 何を幼馴染が窮地の時に、黙り込んでいるのかと。何をしに付いて来たのだと。

 

 

 

 ゾクッ

 

 

 

 …理解しました。

 

 黙っていた訳を。沙織さんもわかったようですね。目が開きっぱなしです。

 隆史さんは言葉を放ちませんでした。放っていたのは……殺気でした。

 

 余程我慢しているのでしょう。眼が座っています。組んでいる腕が震えています。

 なるほど。

 途中会長の様子がおかしかったのは、これを一身に受けていたのでしょうね。

 

 

 校内の廊下は、下校時間を過ぎていた為でしょう。生徒もまばらでした。

 

「…華。彼、最後怖かったね」

 

「はい…」

 

「え? え?」

 

 みほさんだけ、気づかなかったようですね。

 私達に挟まれて、まともに顔を見ていないのでしょう。

 

 あれ? 

 

 最後に部屋を出たはずですが、彼だけいません。

 

「…これ、まずくない?」

 

「正直、あまりよろしくないですね」

 

 あれだけ怒っていた彼が、ついてこなかった。それは、まだあの部屋にいる可能性があるという事です。

 ここは確認をしておいた方が良いでしょうね。最悪…

 

「みほさん。彼は気が短いほうですか? 誰かに暴力をふるったり…」

 

「隆史くんが、誰かに暴力を振るったって事は今まで聞いたことないけど…」

 

「華、みほ。一度戻ったほうがよくない?」

 

「え? え!?」

 

「そうですわね」

 

 

 生徒会室前まで急ぎ、走って戻りました。案の定まだ部屋いたようですね。会話が聞こえてきます。

 

「すごい険悪な雰囲気だけど……。大丈夫かなぁ」

 

「少しドアを開けて様子みて見てみようよ!」

 

 ドアを少し開き、中の様子を伺って見ました。

 生徒会3人の前に、彼が仁王立ちになっていました。

 会話が聞こえてきます。今まで睨み合ってでもいたのでしょうか?話はまだ最初の方と思われました。

 

 

「…あんた達。どういうつもりだ? 特に生徒会長。あんたの事だ、全て知っていての事だろ? あんな脅迫のまね事なんかしなくても事情を話せば、みほは協力したんじゃないのか?」

 

「ん~、どうだろう?」

 

「俺の事もすでに調べがついているんだろ? じゃなきゃ、この時期に転校なんぞ、許すわけがない」

 

「…知ってるの? この学園の状況」

 

「むしろ俺が知らないと思っているのか、と聞きたいがね?」

 

「……」

 

 にらみ合ってますね…。

 

 

「何か、腹の内を探り合うような会話ですねぇ」

「ちょっと華! 押さないでよ!」

 

 

「この場に、君が居合わせたのは意外だったよ。君の立場なら、もっと強く反対してくる思ったんだけどねぇ。ねぇ、尾形 隆史くん?」

 

「…俺は正直な話、みほには戦車道に復帰して欲しいと思っている側だからな」

 

 「「「!?」」」

 

 驚きました。

 

 それでよく、居合わせていいか聞いて来ましたね。…みほさんが泣きそうな顔になってますよ。

 沙織さんは…怒ってますね。まぁ当然ですね。はい。

 

「沙織さん。ダメですよ」

「でもぉ!」

 

 飛び込もうとする沙織さんを止めると、みほさんは先程とは違い、真剣な顔で聞いてますね。

 

「この学園の状況は、把握しているよ。全部調べた。……みほを戦車道に引き入れる。まぁ勝ち進むにはこれしか無いよな? それで? みほの事は、どこまで把握している?」

 

「そだねぇ。前回の戦車道大会の事を調べたよ。そして敗因も。そこから西住ちゃんが、転入してきた経緯を鑑みると…まぁ予想はつくね」

 

「…俺の事は?」

 

「幼馴染。今までの経緯、転校先等考えると…西住ちゃんが心配で、転校してきた…ってとこかな? って事。あと親が西住流の師範をやってるね」

 

 生徒会長は、淡々と喋っている。

 

 

「え…なに彼、みほの事心配で転校してきたの? キャー」

「///」

 

 ……もはや、楽しんでいますわね。この2人。

 

「…なぁ、みほは戦車が好きなんだ。例の事件とは別に、もう一つ心に傷が有る。それにお家の事もある。それを引き金に、正直くだらないお家騒動で、乗れなくなるなんて嫌だったんだ」

 

「ふ・・ふん、ご苦労な事だ。それでわざわざ転校とは『茶化すな。三下』ピィッ」

 

 左側にいた、生徒会の方。余計な事を言わなければいいですのに…睨まれて、完全に固まってしまっていますね。

 

「まぁ、西住ちゃんが戦車に乗るという事で「結果オーライ」には、ならないのかなぁ?」

 

「…」

 

 彼は、無言のまま片膝をつきました。そのまま両腕を地面に叩きつけました。

 ちょっと…すごい音がしましたね。

 

「な…なんの真似!?」っと右側の生徒会役員がオロオロしています。

 

 彼はそのまま頭を地面に叩きつけました。ゴドン! と、すごい音がしました。

 

「頼む!! これ以上、彼女を…みほを、追い込まないでやってくれ!!!」

 

 周囲が、あ然としました。いきなり男の子…とはいえ男性が、土下座です。

 

「みほは…彼女は! この数ヶ月間、誰とも連絡を取らず、頼らず、がんばってきたんだ!」

「でもここに来て、彼女を庇って、守ろうと来てくれる、友人もできたんだ!!」

「やっとだ! やっとなんだ! あんたなら調べて知っているだろう!? あんた達の事情も俺は、十分わかってる!! 分かった上で頼む!!」

「彼女の普通を、取り上げないでやってくれ……」

 

「でも…西住ちゃんに参加してもらわないと、この『わかってるっ!!!』」

 

「戦車に乗るのは、あいつにとって良いことだと思う。言っただろ? 俺は賛成だと」

「手段はどうあれ、結果あいつが判断して答えをだしたんだ。そこは俺は何も言うことは無い。全力で支えるだけだ!!」

 

「すごいねぇ……西住ちゃん。男の子に…異性に、ここまでさせちゃうなーんて」

 

 部屋の空気がおかしい。

 会長以外の方、完全に怯えちゃってますよ。相手は土下座してますのに。

 あぁダメです。みほさん完全に目が、キラッキラして彼の事見てます。ご自身の事ですよ?

 

 

「彼なんかすごいね」

「殿方にあそこまでさせる、みほさんも結構、すごいと思いますよ?」

 

 

「わかった。君には正直に言おうか。怒られそうだしね~。強硬に出るのはここまでにしよう。正直脅迫は、心苦しかったしさぁ」

 

「つまり?」

 

「いいよ。約束しよう。もうあんな卑怯な方法はとらない」

 

「頼む!」

 

「しっかし西住ちゃん。結構、幸せ者なんじゃないのかなぁ? ここまでやってくれる彼氏がいてさぁ」

 

 あぁ…みほさんのキラッキラが、止まりませんわ。

 

「え? 違いますけど?」

 

 あ…止まりました。

 

「「「 え!? ちがうの!? 」」」

 

「ぇあ? そんなハモらなくとも…。恩人ではありますが、違いますよ。そもそも、俺がそんな対象に見られるかどうか」

 

「なに君、ただの知り合いに、そこまでやるの?」

 

「そうですね…。例えば、彼女の友達2人いましたよね? あの子達でも、俺の頭下げるぐらいで済むなら、いくらでも体張りますが…」

 

「……」

 

あら? 生徒会長が固まっていますね。目を見開いています。

 

ハッ!っと吹き出す声が聞こえました。

 

「はっ! アハハハハハハハ! ハー…面白いね君。……そうだ。君、生徒会に入らない?」

 

「な・・なにをいってるんですか!? 会長!?」

 

「桃ちゃん落ち着いて!」

 

「だって、そうすれば戦車道に関われるし、西住ちゃんの近くにいられるよん?」

 

会長の申し出に彼は、会長を睨みつけていました。

まぁ普通、何かあると考えますよね。

そのまま、しばらく考えた末、彼が出した答えは。

 

「…わかりました。それでいいなら」

 

「よし! 決まりだぁ~」

 

 生徒会役員で、なんかすごい話になってきましたねぇ。

 …あれ沙織さんがなんか大人しいですね。

 

あぁ……みほさん目が死んでいます。

 

「だから、3人共入っておいで。もういいから。バレバレだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、彼を書記として生徒会に入れることにした。表向きは、生徒会長を…私を監視する名目で。

 

「ねぇ~西住ちゃん」

 

 馴れ馴れしく肩を組んで話しかける。

 

「な…なんでしょう…」

 

「隆史ちゃん。西住ちゃんの彼氏?」

 

「違いますけど…」

 

聞いていたから、分かっていた答えを敢えて、彼女から聞いてみた。

 

「ふーん…。すごいね彼。西住ちゃんの為に土下座までして。正直、彼があそこまで怒ったの、全て君の為だけってのが特に」

 

「え…エヘヘヘ 」

 

「でも「恋人」じゃない」

 

「」

 

 ふーん…本当に面白いな彼。

 

「ねぇ…。西住ちゃん」

 

「だからなんですか?」

 

 

 

 

「彼。私にくれない?」

 

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。

やっと、本編1話終了付近まできました。
楽しんで頂ければ幸いです。

誤字報告ありがとうございました


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第07話~覚醒する転生者 です!~

「思い出した! 隆史君! 昨日、私の事ナンパしたよね!?」

 

 帰り道。沙織さんが、とんでもない事を言い出した。

 当然彼を見る。即座に目を逸らす。ダイジョウブダヨ。ワタシニランデナイヨ?

 

「それで先ほど、バツの悪そうな顔をされていたんですね。よりによって沙織さんをナンパするなんて…」

 

「華!?」

 

 もう一度彼を睨…見てみる。

 

「それについては、言い訳をさせて頂けると非常に助かるのですが……」

 

 と、両手を挙げる彼。よし。ちゃんと聞いてあげよう。何か理由があったんダヨネ。

 

「……聞きましょう」

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

「……凄い事言い出す、お友達ですわね」

 

「……」バツゲーム…

 

「沙織さん! 元気だして♪」

 

「武部さん。ほんっっと、申し訳なかったです」

 

 拝むような形で謝罪する彼。ちょっとカッコ悪いのがおかしかった。先程まで土下座してたのに。

 

「もぅ~沙織でいいよ……。せっかくモテたと思ったのにぃ……」

 

「でも隆史さんは、何故よりにもよって沙織さんを、ナンパ相手に選んだのでしょう?」

 

 華さんがもっともな事を聞いていた。それは私もぜひ知りたい。

 

「ぇっと…まぁ俺も男ですので。一応、かわいい子をっと……」

 

「……フーン」「あらあら」「……ヤダモー///」

 

「……もう勘弁してください。みほも睨まないで怖いデス」ニランデナイヨ?

 

 ここ至る経緯をあらかた聞いた。

 沙織さん達には、私の実家が戦車道の家元だと言うことは伝えてあったので、特に聞かれても不都合はなかった。

 彼はそれでも気を使ってか、大まかな言い方で説明してくれた。

 それでもわかった。想像がつく。すごく大変だったって事が。

 

 あのお母さんを説き伏せてしまうのだから……。まぁ、あの写真は菊代さん辺りだろう。

 

 

「あ。ごめん。俺の家ここだから」

 

 見覚えのあるアパートで彼が足を止めた。

 隆史君の家?…ここが!?

 

「そうですか。では、ここら辺で解散といたしましょうか」

 

「」

 

「どうした?」

 

 私が絶句をしていると、彼が怪訝な顔で訪ねてきた。絶句したくもなる。

 

「私もこのアパートなんだけど……」

 

 隆史君が、頭を抱えた。

 理由は、お母さん。

 

「……ここって、しほさんが用意してくれたんだ。おかしいと思った……ここ以外無いとまで言い切るぐらいだったから……。あの人、娘の居場所を全部把握してるじゃないか……」

 

 どこまで不器用なんだよって横で嘆いている。

 お母さん……。

 さすがにそれでも階は違った。彼は1階だった。

 うれしい事はうれしい。が、同時にちょっと恥ずかしくもある。

 

 そこで、お開き。

 今日は、素直に私も自分の部屋に戻った。また後日、隆史君の所にお邪魔してみよう。

 

 そして、部屋に帰ってきて今日一日を振り帰ってみる。

 

 とても大変な一日だった。

 

 友達が2人もできて、戦車道をやることになって……彼が来て……私の為に、怒ってくれた。

 うれしかった。とても。楽しかった。これからどうなるかわからないが、彼等となら頑張っていけそうだ。

 

 ただ最後の……。

 

 《 彼。私にくれない? 》

 

 生徒会長。どう言う意味で言ったんだろ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隆史さんって。いろいろとすごい方でしたね」

 

「うん……」

 

「行動力がいろいろと……聞いてます? 沙織さん?」

 

「うん……」

 

 先ほどから沙織さんが、いつにもましておかしい。

 

「……隆史さん。みほさんの為に、土下座までしていましたわね」

 

「うん……」

 

「たとえ私達の為でも、体を張って下さるとも言っていましたわね」

 

「うん……」

 

「その時生徒会室でボーッとしていられたのは、見惚れていたからですか?」

 

「うん……」

 

「それで先程のナンパされて、かわいいって言われた事で、彼が頭から離れないと」

 

「うんンン!!?? なっ何、言ってるのぉ!?」

 

 

 あぁ。結構大変なことになってきましたわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園戦車倉庫

 

 

「こんなボロボロで、なんとかなんのぉ?」

 

「多分……」

 

「男と戦車は、新しい方がいいと思うよ?」

 

「ごめん……俺、結構ボロボロになる……」

 

 みほ達の会話に、生徒会役員4人の1人。つまり俺が挨拶変わりに割り込んでみる。

 

「それを言うなら、女房と畳では?」

 

「ご、ごめんね~。そうだった、そうだった……」

 

 沙織さんが、バツが悪そうだった。華さんは、なんぞ複雑そうな顔をしている。

 何かあったんだろうか?

 

「で・・でもさ、一輌しかないじゃん?」

 

「この人数だったらー・・」

 

「全部で、5輌必要です」

 

「んじゃぁ、みんなで戦車探そっか?」

 

 探して見つかるモンなのか? 戦車って。「エェー」とか言われてますよ会長。

 

「あ…あの。その前に……」

 

 バレー部だろうか? 「3」数字がついた体操服を着た、栗毛色の…子……が……ぁ。ヤベェ

 

「そちらの方は…あっ!」

 

「どうも。その節は、大変ご迷惑をお掛け致しました……」

 

 昨日、ナンパした1人目の子だった。一応お辞儀をしておいた。

 

「ん? 知り合いかい? それともナンパでもした子かねぇ」

 

 ……この感の鋭さが、この人怖いわ。冷や汗が止まらない。

 

「あーりゃま。図星かい」

 

 あぁ…周囲の白い目が痛い。みほさんや。ハイライト様が、逃げ出しておりますよ。

 

「あぁいや。彼は、なんか罰ゲームとか受けていたみたいで……それで、声かけられまして……まぁ、びっくりしましたけど」

 

 お嬢様から助け舟を出して頂きました。ありがとうございます。いやマジで。助かりました。

 

「あ~。まぁそんなとこだろうね。彼、堅物っぽいしねぇ~。だから、そんなんで怒っちゃダメだよ? 西住ちゃん」

 

「ふぇ!?」

 

「私以外にも声かけてたんだ……」

 

 チッっと舌打ちされた。まだ俺が生徒会に入った事に納得していないのか、広報担当:河嶋 桃 センパイ

 「まぁまぁ、ダメだよ、桃ちゃん」となだめてくれる 生徒会副会長:小山 柚子 先輩

 河嶋先輩が、しぶしぶ紹介してくれる。

 

「不本意ながら、昨日付けで着任した。生徒会書記 尾形 隆史だ。挨拶しろ」

 

「昨日転校して、何故かその日に着任が決定しました。尾形 隆史です。よろしくお願いします」

 

 ザワザワ

 

「昨日転校で、いきなり生徒会に? しかも役職!?」「会長の知り合いですか~?」「きな臭いぜよ」

 

 おーおー。まぁそりゃそうだな。そうなるわな。

 

「彼は、そこの西住ちゃんと同郷なんだよ。んで戦車道にも詳しい。だからスカウトしたのさぁ。男手って、どうしても必要になる時もあるしねぇ」

 

 会長が、もっともらしい事を説明。納得してくれた。でも俺、そんな戦車道詳しくないっすよ。会長。

 みほが近づいてくる。……なんで、そんなに笑顔なんですか?

 

「沙織さんの時と同じで、かわいくてタイプの子に声かけたって事だよね? よかったね。戦車道で一緒になれて!」

 

「」

 

 3番の子が、遠くで顔を真っ赤にしていた。はい、聞こえていたようですね。

 みほさん。そろそろその笑顔が怖いです。

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

 特にやることも無く、報告待ちだった生徒会役員勢。ぼけーとしているのも悪いので、各班の見回り……というか手伝いに出かけた。

 しかし結構、見つかるもので、比較的速やかに発見していった。

 

 やる事がない……。

 

 みほ達は、林の中。

 

 なんかのコスプレ軍団は、池の中……なぜわかった。

 

 1年生達は、うさぎ小屋をなぜ探す? そしてなぜある…。

 

 林の奥を探すということで、報告の無かった、残りのバレー部の様子を見に行ってみた。

 

 林を進むと少し開けた所にでた。しかしその先は崖だった。なぜ学園艦に、こんな場所があるのだろう。

 周囲を見渡してみたら、崖の下を覗き込んでいる2人の女の子を見つけた。

 

「どうだ? 見つかったか?」

 

 驚かせて、崖の下に落ちでもしたら大変だったので、一応ワザと大きめの足音を出して近づく。

 

「あ。先輩」っと3番の子。

 

「どうも」っと金髪の子。

 

 2本のロープが木に巻き付けてあり、崖の下へと伸びている。まさか、降りてるのか?

 繋がれたロープが、ギッギッギとリズミカルに音を鳴らしている。

 

「もう戦車も見つけたので、キャプテン達登って来てますよ? もう少しです」

 

 ……ロッククライマーなバレー部ってどうなんだよ。すげーなバレー部。

 特に俺がいてもいなくても、さほど影響ないんだな。

 さて、結局散歩しただけだったな。学校戻るか。

 

「んじゃ、俺戻るから。落ちるなよ? 死ぬぞ~」

 

 「「は~い」」

 

「あ。先輩」

 

 金髪の子が、訪ねてきた。

 

「んぁ? なに?」

 

「妙子ちゃん、ナンパしたんですよね?」

 

「「ぶっ!」」

 

 直球すぎる質問に、2人して吹いてしまった。

 

「あの、3番の子。そういや、名前知らなかったな…。妙子さんね」

 

「あ、はい。近藤 妙子です……。って、あけびちゃん!」

 

「罰ゲームだったってのは、聞いたんですけど。何で妙子ちゃんに声かけたんですか?」

 

「」

 

 すげー…躊躇無しに聞いてきたよ。

 

「あけびちゃん!!」

 

「……正直、罰ゲームとはいえですね? 人生初のナンパというモノを致しまして…正直タイプだったので、選びました。ハイ」

 

「ヒウ!///」

 

 あ……しまった。普通に言ってしまった。何でだろうな。ある程度年を取ると、異性をかわいいと言うのに抵抗が無くなってしまう。

 まぁ俺の場合、今は高校生だけどもね。

 

「……尾形くん。うちの後輩をたぶらかさないで欲しいんだけど……」

 

 おかえり~。キャプテンが戻ってきた。

 いつの間にか、崖を登りきっていたようで、開口一番そんな事を言われてしまった。

 

「……チッ。ナンパ野郎」

 

 キツそうな子もおかえり~。でもその言い方はやめてネ。

 

「あんた……先輩さ。結構鍛えてるっぽいけどさ、どうせナンパ目的の見せ筋でしょ? そういうチャラいの嫌いなんだよね。どうせ生徒会に入ったのだって『なんつった、今!?』」ビクッ

 

 こいつは…今、俺の逆鱗に触れた……。

 

「オイ。そこの5番」

 

「な…なによ……」

 

「俺の筋肉がナンパ目的だと!?ふざけんな!!いいか!筋肉は裏切らない。それは努力の結晶だからだ!!鍛えれば鍛えた分だけ答えてくれる!

 絶ゆまぬ努力と不屈の根性!!実用性のある筋肉を作るのが、どれだけ大変か……それをナンパ目的の見せ筋ごとき紛い物と一緒にするとは…心外だ!

 侮辱の極みだ!!よし、小娘。貴様に一つ一つ部分的に説明して、どれだけの反復トレーニングが必要か、一から叩き込んでやる!!!!」

 

 ドン引きさせた。

 

「イエ……ダイジョウブッス。スンマセンデシタ」

 

 

 なぜかバレー部と仲良くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか人数分の車両は見つかった。

 

 だが長い事、放置されていた為、酷く汚かった。

 

「これは、やりがいがありそうですねぇ……」

 

 書記に、指示を飛ばす。

 

「書記。お前は38T、生徒会車両を掃除だ!」

 

「了解! 桃センパイこれ綺麗にしたら、他の手伝っていいっすか? この汚れ具合……たまらん」

 

「も……名前で呼ぶな!……なに? 貴様、すぐ終わると思って……」

 

 いきなり名前で呼ばれた。馴れ馴れしい奴だ。すぐ終らせるつもりか?

 手を抜く様な事があれば、厳しく……。

 

「多分いけますよ。腕が鳴るんですよ。掃除のやり甲斐がある物見ると。柚子先輩、手伝いますよって、なんつー格好してるんですか!?」

 

「ありがと~。会長の指示でこん「隆史ちゃん。うれしいっしょ」」ワー

 

 ……何なんだあいつは。会長の意図がわからない。あの方はいつも正しかった。だから今回も間違いは無いと思うのだが。

 わからない。あのヘラヘラとした強面の何が気に入ったのだ。

 今も、柚子ちゃんの水着にヘラヘラ対応している。

 

「よし! 柚子先輩これ15分程、何もしないで放っておいて下さい。洗剤で汚れを浮かしているので、後で一気にやっちゃいましょう!」

 

「うん、分かったよ。でもよく洗剤なんて見つけてきたね。……何で顔を逸らしてるの?」

 

「モ…物によっては、家庭用の中性洗剤とかで、作れるんですよ。車部の人に車用洗剤借りてきて代用できましたしね。後は、使いようって……近い近い近い!!!」

 

 あの男は、当初思っていたよりも、かなり早く掃除を完了させた。昔バイトで似たような事をやっていたというが……。

 

「今回は、こんな所でいいでしょ。後は、後日塗装で処理すれば完了です。じゃ次行ってきます!」

 

 掃除は、好きなようだ。汚れを清潔と言う名の暴力で、浄化するのに快感を覚えると言っていた。……変態だ。

 あいつが手伝えば、他の車両も早く何とかなるか?

 

 会長が、モゴモゴと干し芋食べながらやって来た。

 

「河嶋~。どうだい彼は~?」

 

「……掃除に快感を覚える変態でしたが、まぁ使えると思いますよ」

 

「おっけー。そっかー。んじゃ今晩、例の計画実行に移そうか」

 

 ……気乗りしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日は、解散!」

 

 桃センパイの号令で、本日は解散となった。

 みほに声を掛けておくか。

 

 ……ん?

 

「あれ? 君、同じクラスの?」

 

 みほ達のグループに一人増えていた。教室にいた子。クラスメイトだった。

 

「あ…秋山 優花里です。ヨ…ヨロシクオネガイシマス」

 

 段々と、声が小さくなってくよ。

 

「あの、君なんかさっき教室で、すっごい話しかけたそうだったけど、何で?」

 

 先ほどの事を聞いてみたら、今度はアワアワしだした。

 

「いやっ! あの……盗み聞きしたみたいで、申し訳なかったのですが。私戦車が好きで……。尾形君のお母様が、戦車道の師範って聞こえてきたら…なんかこう……。それに戦車が好きな方って、周りにあまりいなかったもので……友達も少なくて……」

 

「あぁ、なる程ね。それでつい嬉しくなっちゃったと。んなら1人紹介しようか? すっげー詳しい奴いるけど。話合うんじゃない?」

 

「ほ…本当ですか!?」

 

「んーただ今の所、ネット上とかメールとかでのやり取りしか殆どしてないんだよ。俺がガキの頃、戦車道の大会会場で知り合ったんだけどな。それでも、その後もやり取りしていて、今でも関係が続いているんだ。みほにも昔、写真見せただろ? パンチパーマの男の子」

 

 あぁと、みほも思い出したようだ。まぁ子供でパンチパーマなんて、まずいないから覚えているだろ。

 ただ秋山さんは、「パンチパーマ…戦車道の大会会場……?」と、つぶやいているけど。

 

「だ、大丈夫! 男だけど、礼儀正しい奴だから、本名…なんだっけか…随分前に聞いただけだったからなぁ」

 

「隆史君……。いくらなんでもそれは……」

 

 みほさんが、非難の目を向けてくる。

 はい。俺でも薄情だと思います。

 

「いつもハンドルネームで、呼んでいたからなぁ……「オッドボール三等軍曹」っていう奴だけど」

 

「!!??」

 

 なんか驚いた目をしているが、知っていたか? 結構マニア向けのネット界隈では、有名人らしいし。

 

 

「尾形書記!」

 

 

 突然、桃センパイに呼ばれた。あら、三役人勢ぞろいで。

 

「やぁやぁ、西住ちゃん。ちょっと彼、借りるけどいい?」

 

「ダメです♪」

 

 

 ………………

 

 

「ダ・メ・です♪」

 

 

 みほさんや。

 えーと。え?

 正直、会長以外みんな意外な反応だったので、固まっている。

 

 

「まぁまぁそう言わないで。生徒会はみんなが帰った後も、仕事があるんだョ」

 

「尾形君は、転校したてで、しかも生徒会に入ったばっかりですし……」

 

 柚子先輩が、助け舟を出す。

 

「そーそー。イロイロ手続きもあるしねぇ…」

 

 …………え?

 

 なに? この空気。何で、みほと会長が睨み合ってんの?

 

「ま…いっか。…わかりました。沙織さん達。帰りましょう」ア・・ウン。

 

「ありがとね~。西住ちゃん」

 

 ジロッと、こちらを目だけで見るみほ。こ…この みほは、初めて見るナァ。

 

「秋山さん、悪い。今度ちゃんと紹介するから。会話中ごめんな」

 

「ア…ハイ……」

 

 あれ? なんか考え込んでるけど。男は嫌だったのかな。

 

 みほから「今度はちゃんと一緒に帰ろうね」と言われて、4人は帰っていった。

 それを見送った後、柚子先輩から謝罪されたけど…。

 

「ごめんね、尾形くん。会長が無茶言って」

 

「大丈夫ですよ柚子先輩。なんか仕事残ってました?」

 

 柚子先輩の変わりに会長が答えた。

 

「いやぁー、西住ちゃん。意外に怒らせると怖いタイプだねぇ。さて……今から君の歓迎会だ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小山ー。用意してくれた?」

 

「用意?」

 

 桃ちゃんは、聞かされてなかったのか、事情を知らなかった。

 

「一応用意しましたけど。私詳しくないので、適当ですよぉ?」

 

 毎回無茶な事を言ってくる会長だけど、今回は第三者が含まれているから、ちょっと心配だった。

 

「会長。奴の歓迎会の事ですか?」

 

「そだよ」

 

 にたぁーっと笑みを浮かべた。

 会長は悪巧みをすると、大体こんな悪い顔をする。

 

「小山はこういう時、私服着れば女子大生に見えるから助かるよ」

 

「何の事ですか? 何をしようとしてるのでしょうか?」

 

 段々分かってきたのか、桃ちゃんも不安な顔になっていく。

 

 

「隆史ちゃんには、赤裸々に語ってもらおうかね~」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 って、事で連れてこられた会長室。

 こたつが設置されて真ん中に鍋が置かれていた。

 

 ……寒! この鍋の為だけだろうな。クーラーをガンッガンに、かけてるよこの部屋!

 

「我々三人だけども、悪いねぇ」

 

「ごめんねぇ」

 

「……会長直々の手料理だ。しかと味わえ」

 

「いえ……色々と意外すぎて。歓迎して頂けるのは、素直にうれしいです」

 

 柚子先輩が飲み物を進めてくれる。やけに飲みなれた味だけど。なんだっけこのジュース。

 鍋か~……。青森を思い出すなぁ。良くバイト先で、みんなで食ったなぁ。

 素直にご馳走になろうか。

 

「!!??……うめぇ。何これ!? メチャクチャうまいですよ!」

 

 素直に感想を言った。うまい物食べるとテンションもあがる。そういうものである。

 

「当然だ。会長は料理が趣味だからな!」

 

 桃タンが、胸を張った。でけーな、この人も。

 

「あんこう鍋だよ。コツがあってねぇ~、先にあん肝を「肝を使ってる……。ベースは、醤油か……」」

 

「おや正解」

 

 会長が、ちょっと嬉しそうに正解だと言ってくれた。ウメェ……

 

「……ちゃんと肝を蒸して使っている。香りが段違いだ…。身はちゃんと氷でしめた歯ごたえ…料亭にも負けていない……!」

 

「♪~。いいねぇ隆史ちゃん。分かってもらえると、作りがいがあるよ♪ あ……飲み物が空にナッテルヨ?」

 

「あ、すんません。港町に入り浸ってバイトしてたんで、海鮮物にはちょっと詳しくなりまして……。いやしかし、会長。店出せますよ。この味は」

 

 

 ……

 

 

 ぬ。ちょっとはしゃぎすぎたか? なんかテンションが上がりやす。鍋のせいだろうか? しかし、このジュース懐かしい味がするなぁ。うめぇ。

 なんか会長達が、小声で話してる。なんだろ。

 

「小山。ちゃんと飲んでるよね?」

「そろそろビンの中、無くなっちゃいますよ」

「あまり強くないのでは無いか? よくわからないが……」

「ちょっと見せてみ。……小山。これ2ビン開けたの? このままで?」

「え? はい。普通に飲んでましたよ? あと1ビン有りますけど…空けますか?」

「……見てみろ」

 

 ○ャック・○ニエ○ 40℃

 

「「……」」

 

「どうかされましたか?」ワーマダノンデマスヨ!

 

 何か黙っちゃたんで声をかけてみる。ウメェ

 何かツイテ会長が、試すような目で見つめてきた。

 

「……隆史ちゃん。初恋の人って誰?」

 

「んぁ? しほさんっすけど」

 

 何でこの人、そんな事聞いてくるんだろ? しかしウメェ。

 

 

「会長……これ完全に出来上がってますね」

 

「……見た目変わらない人いるって、聞いた事あるけど……」

 

 桃たんと柚子ちゃんが赤くなってる。んふっふって、面白い顔で笑うロリ会長。

 

「隆史ちゃーん。しほさんって誰だろ~?」

 

「んぁ。この人ですけど」

 

 見たいと言うのであればお見せしましょう。

 携帯を取り出して、写真のファイルを開く。

 

「うわー! 綺麗な人。……何でお姫様だっこしてるの?」

 

「ご希望だったので」

 

「尾形書記。その方と付き合ってるのか?///」モモチャンテレテル~

 

「んな事はないですよ。だって、みほのお母さんですよ?」ウマー

 

 

 「「「 」」」

 

 

「い…いきなり爆弾発言が来ましたね……」

 

「人妻か……」

 

「ほんっと、おもしろいな~隆史ちゃん。……西住ちゃんとは、どうやって出会ったの?」

 

「あ~~~。それは言えないです。無理っす。ハイ」

 

 「「「!?」」」

 

「それは、西住姉妹と俺の話です。俺が言っちゃいけないと思うんっすわ。あるじゃないですか。そういう思い出。かなり大切な話なんで。すんません会長でも無理っす。ハイ」ウミャー

 

「…………」

 

 何か、眼が鋭いな~ロリ会長。

 

「……どうし『無理っす。』」

 

「……」

 

「あぁでも、小学生の時からの付き合いっすね」

 

「よし、質問を変えよう。……隆史ちゃん。女の子と付き合ったことはある?」

 

「無いっすね。女の人が、俺なんぞを好きになるはずないでしょ」

 

「じゃあさぁ……私達の誰かが「付き合って~」とか言ったら付き合う?……その子が、ちゃんと本気だったら」

 

 「「!!??」」

 

 んぁ。モモユズおっぱいが、驚いてる。

 

「んー……どうかな。何か、みほとまほちゃん怒らせそうなんで、何とも言えないっすけど……

 そういうの抜きにするなら、全然おっけーだと思いますよ?」

 

 「「「!?」」」」

 

「あーなんていうか、俺そんなにモテるとは思えないんですよ。そんな俺好きになってくれる人がいれば……それこそ、こんな命ぐらい賭けるんじゃないですかね?」

 

「…………」

 

「??? かいちょー? 顔あっかいですヨ。俺変な事いいましたか?」

 

「!?」

 

 

 

「アーーーーー…………。嫌な事を一つ、思い出した」

 

「隆史君? どうしたの?」

 

「昔、知り合いの人から「お前女1人口説けなくてどうするんだ」って、口説き術を散々仕込まれた事を思い出しました。……地獄でした」

 

「ほう?」っとロリ会長が復活した。

 

「そもそもですね! 俺チャラいの嫌いなんですよ! なんか、その口説き術ってのが、もうイヤでイヤで……。なんか女ったらしって感じで」

 

 なんだろ。ロリツインテの顔が今までに無いくらい輝いてる。

 

「んじゃあ、会長命令。貞操奪うつもりで、小山を口説いてみ」

 

「会長!!?」

 

「えーー。会長命令じゃしょうがないか。了解っす」

 

「」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 口説けってイッテモナァ……。

 

「柚子先輩」

 

「ひゃい!?」

 

 警戒してるなぁー……。こういうタイプはどうしたっけ?……そうだそうだ。

 

「どうやって、口説けばいいっすか?」

 

「わ…私に聞かれても~?」

 

 まず、ワンクッション入れてジャブをする。

 

「あ、そういえば何かすいませんでした」

 

「え?」

 

「色々、フォローに回って頂いてた挙句、洗車の時ですら、うまくできなくて……」

 

 落ち込む「振り」をする。

 

「いいよ、いいよ! 隆史君は、しっかりやっていたと思うよ! 会長達なんて見てるだけだったよ!」

 

 会長達を指をさした。……結構この人、言うことは言うなぁ。

 

「でもまぁ…その時の事で思ったんですけど……。柚子先輩って。男なれしてませんよね? 特に目線とか……元女子高ってのもありますし……」

 

「まぁ……得意では無いかな? 正直隆史君の前での水着は、チョット恥ずかしかったし……。そんな見せれるモノでもないしね!」

 

 会話に乗ってきた。

 

 アトハセメルノミ。

 

「そんな事ないですよ! 洗車の時、手間取ったのだって目のやり場に困っていたからですし……柚子さんは素敵です」

 

「ふぇ!?」

 

「ちゃんと見たかったですし。正直ずっと見つめていたかったからです」

 

「」

 

 驚いて怯んだ隙に、一気に距離を縮める。

 真正面から、太もも間に足を入れ、相手の自由の幅を狭める。

 そして左手で背中に腕を伸ばし、主導権を奪う。最後に目を見る、真正面から。

 

「柚子は素敵な方です。内面から外見まで。俺みたいのに、こんな事されては不快でしょうか?」

 

 ゆずっパイは、「そんな事ないよっ!」とブンブン真っ赤になって顔を振っている。

 

「今だけなら、多少なら触れても大丈夫ですか? 構いませんか?」

 

「ま…まぁ多少なら……」チョロイ

 

「では……」「柚子を……」と、一言一言呟きながら空いた右手で、足をなぞりスカートの端まで指をもっていく。

 

 後は、顔を耳元まで持って行って「もらっていいですか?」と耳元で息を吐きながら囁く。「ヒゥッ」っとか言ってますね。

 

 そのまま、下着ギリギリまで指でなぞって「ありがとうございます」とか言ってみる。

 

「ちょちょ!! そういう事は、早すぎます! 場所を考えてください!!」

 

 アワアワ言い出した。

 

「せ…せめて、やさしく……」とか言い出しちゃった。

 柚子センパイ、マジカワユス。

 

 ゴツン!

 

 CR桃乳に酒瓶で殴られた。「やりすぎだ!」と怒られちゃった。やりすぎたか。

 

 

 

 

「隆史ちゃーん。そのまま、ゴー」

 

「御意」

 

「会長!?」

 

 

「桃先輩」

 

「よ・・寄るな!」

 

 名前を呼び立ち上がる。ちょっと距離があった為、即座にその距離を縮めた。

 

 ヒステリックに暴れそうだったのでさっさと、即座に座っている桃センパイを掬い上げ、お姫様抱っこの態勢に持っていった。

「降ろせー!」とか言ってるが、知ったことでは無い。

 そうだな。確か、こういうタイプはストレートに……。

 

「桃先輩。一つ質問いいですか?」

 

「うっうるさい! ダメだ!!」

 

「桃ちゃんかわいい」

 

「」

 

「桃は何でそんな、かわいいんですか?」

 

「…か……かわいいとかいうな」

 

 最初の勢いが無くなった。

 

「何で名前ですら、かわいいのに……何でそんなに嫌がるのですか?」

 

「イ、イヤ…ソノ、カワイイトカイウナ……」

 

 もう名前の呼び捨てにも反応しない。……チョロすぎるだろ。大丈夫か? 生徒会。

 

「ヒャ! チョ……ちょっと、どこ触って・・」

 

 足を持っている手で、くすぐるように太股の裏辺りをなぞる。

 

「桃が可愛いので、我慢できないんです。ですので、そちらが我慢してください」

 

「なぁ!!??」

 

「お姫様抱っこの体勢なので、比較的に触りやすいのです。……我慢できませんし、しませんけど」

 

「がっ! がまんしろ!」

 

「……」

 

「な、なんだ! 急に黙るな! 不安になる…」

 

「……」

 

 無言で、目を見つめてみる。一直線に。

 

「ナ…ナンナンダ。ナンナンダ……」

 

 あーらら。俯いちゃったよ。

 

「前に会長の言うことは、絶対と言ってましたね?」

 

「ト……トウゼンダ」

 

「……先ほど会長はいいました。貞操を奪えと」

 

「言ってない!!」

 

「では、よろしいですよね? まぁ今更、我慢も無理ですが」

 

「」

 

「返事が無いって事は、俺を受け入れてくれるんですね? よろしいですね?」

 

「…ワ……ワカッ「会長命令~。はいやめ~」」

 

 イエスアイマム

 大人しく彼女を下に降ろす。

 

「か~しま~。小山~。いくら何でもチョロすぎだよ」

 

 「「 」」

 

 二人共ぐったりしてる。何か悪い事したなー。

 

 ……グビグビク。ウィアー。

 

 ふぅ。

 

 

 

 ……さてと。

 

 

 

「会長」

 

「な…何だろ。隆史ちゃん」

 

「あの正直に申し上げてよろしいでしょうか?」

 

「隆史ちゃん!? 目がおかしいよ!?」

 

「ぼかぁ…会長の事、結構好きですよ。料理うまかったし、いい奥さんになりそうですね」

 

「///」イ・・イカン……コレハイカン!

 

 会長は逃げ出した! しかし回り込まれた!

 

 俺に。

 

「うぉ! いつの間に後ろに!?」

 

 後ろから抱きしめる格好で、顔を耳元に近づけて…囁くように。

 

「杏」

 

 たしか、少しなら触れてもいいんだっけか? んじゃ、しょうがない。

 

「ピッ!」

 

 耳たぶを甘噛みして、首元に口を這わせて見る。んで右手でお腹のわき腹あたり触ってみる。

 

「ヤ・・チョッ・・。!? ナンカカタイノガセナカニ!」

 

「」

 

 

 

 

「……ン」

 

「ハ!!! やめ! やめやめ! 会長命令! ちゅっ、中止! 終了!!」

 

 あ。はい。

 

 終わったのなら席に戻ろう。

 

 ハーハー言っちゃって…3人とも瀕死状態みたいですね。

 

「た…隆史ちゃん。随分と手馴れてたけど……」

 

 真っ赤な顔で、チョロイ頭目が聞いてくる。昔を思い出しながら、遠い目をする。

 

「……母さんの教え子が、昔頻繁に家に来ましてね……。当時、中学生の俺にこれを覚えろと……。父さんが趣味で買った、人型サイズのでっかいボコ人形相手に、これを覚えるまでやらされたんですよ…………」

 

 また、クマの人形相手ってのが酷かったなぁ……。

 

「……口説いてみた感想いいっすか?」

 

 「……どうぞ」

 

「かいちょーが、一番チョロかったです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…危なかった……」

 

 隆史ちゃんを先に帰した。「片付けしないと」とか言っていたが、正直顔見るだけで恥ずかしい。

 隆史ちゃんの歓迎会なのだから、主賓は帰りなさいと無理やり帰した。というか追い出した。

 

 河嶋が、まだうなだれている。

 

「結局、聞きたい事の半分も聞けなかった……」

 

「もー! 会長一体、何がしたかったんですか~。すっごい恥ずかしかったですよ!」

 

「コノワタシガ……コノワタシガ……」

 

「三人揃って、えらい恥ずかしい姿見られちゃったねぇ~。まいったまいった」アハハ

 

「お嫁に行けなくなる所だったじゃないですかぁー!!」

 

「まぁ~まぁ~。さすがにあの量と度数だ。記憶も飛んじゃうと思うよ?」

 

「ナニカノマチガイダ……ソウダ……コレハユメダ……」

 

 河嶋が壊れてる。まぁうちの子、男性に免疫ない子多いからねー。……ワタシモフクメテ。

 まぁメインは、西住ちゃんとの関係の詳細だったんだけどね。教えてくれなかったし。

 

 ただなぁ~……ちょっとまいった。

 

「隆史ちゃん。あの子、自分が女の子から好かれるわけがない。自分を好きになる子が好き…みたいな事、言ってたよねぇ」

 

「あの~…会長。私思ったんですけど……」

 

「あー私も」

 

 ある意味一番危険かもねぇ……。なるほど西住ちゃんも大変だ。

 

 

 「「隆史ちゃん(君)が、一番チョロイ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……帰ってきた」

 

 夜22時頃。

 

 丁度、私の部屋の真下に彼の部屋がある。

 

 さっき確認したら、部屋に電気がついている事に気がついた。

 ……30分置きに見に行ったとか、気になって仕方が無かった訳では無い。決して違う。

 

 お母さんとの事。ちゃんとお礼が言えていなかった。お姉ちゃんとの事も。

 今日、戦車専門店で見たテレビ中継されていたお姉ちゃん。

 何だろう。どこかスッキリとした感じで、私はうれしかった。隆史君のおかげだと思う。

 

 ちょっと、夜遅いけど声を掛けてみよう。お礼を言っておこうと、気がついたら部屋のインターホンを押していた。

 

『みほか? 空いてるから勝手に入ってきていいぞー』

 

 ちょっと、男の人の部屋に入るのは緊張する。部屋に入ると彼は奥で、引越し用ダンボールの上に座ってた。

 何か……酷くだるそうだけど大丈夫かな?

 

 彼に近づいて気がついた

 

 ……臭! この臭い……まさか会長! よりによって彼に?

 

「あーみほタン。何か久しぶりにまともに話しをする気がスル・・。」

 

「みほたん……。ハッ! 違うよ! 全然まともじゃないよ!?」

 

 彼は中学の時。地元のお祭りで、水と間違えて飲んでしまった事がある。その…お酒を。

 

 ……その後が酷かった。お姉ちゃんが特にヤバかった。

 二度と近づけまいと、お姉ちゃんと協力して遠ざけていたのに……。

 

「ヒャ!」

 

 気づいたら持ち上げられていた。お姫様抱っこ……。写真と同じ。

 これで追いついたぞ、お姉ちゃんめ。

 

 いや、違う。そうじゃ無い。

 

「あー……みほ」

 

「な…なに?」

 

「……良くがんばったな」

 

「……」

 

 この不意打ちは卑怯だ。泣きそうになる。

 

 あぁ。この人はちゃんと、私を見ていてくれた。考えていてくれた。

 

 逃げ出した後、追いかけてきてくれた。お母さんを説得して…もしかしたら敵対したのかもしれない。

 

 お姉ちゃんから、本家での出来事は聞いていたけれど……昔みたいに、体張って無茶して……。

 

 

 ズダンッっと、そのままベットに倒れた。……ぅえ!? え? 押し倒された!?

 

「アーミホノニオイガスル……」耳元で囁かれた。

 

「ヒゥ!////」

 

 え? え? どうなってるの!?

 

 倒れたショックで、服装も乱れてしまった。傍から見れば、はだけて下着も見えちゃってるだろうし。

 え? 何!? この状況!? まだチョット心の準備が! ヤッ!

 

「ちょ! まっ……隆史君?」

 

「ZZZzzzz……」

 

「……」

 

 寝息が聞こえた。

 

「……昔見たなぁ……少女漫画とかで、この展開。フフッ」

 

 何か笑えて来ちゃった。

 

 彼に布団をかけて部屋を出よう。この状態ならもう大丈夫だろう。

 

 

 会長にはアトデイウコトガデキチャッタナァ。

 

 

「……」

 

「…………」カシャ

 

 

 このくらいはいいだろう。彼の寝顔を携帯に撮って、私は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 プルルルル……

 

「もしもし会長? 西住です」

 

「こんばんは、西住ちゃん。電話が来たって事は、隆史ちゃん。家にちゃんと着いたみたいだねぇ」

 

「……飲ませましたね? 会長。よりによって彼に」

 

「ア……西住ちゃんは知ってたか……。あ~ひどい目にあった……」

 

「…………そんな会長に絶望をプレゼントします♪」

 

「……へぇ、面白い。なにかなぁ……」

 

 

「隆史君。どんだけ飲もうと、「しっかり記憶に残る」タイプですから♪」

 

「……え?」

 

 

 

 

「明日楽しみですね♪」

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。
恥ずかしい文章は自分で書いても恥ずかしデスネ。

覚醒とはなんぞや


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第08話~部活動します!~

朝。自室で正座している。

アパートのワンルーム。別に和室だからとか、そういう習慣があるわけじゃない。

訂正。

 

朝、自室で正座させられている。

 

「大変申し訳ありませんでした」

 

ただ、説教を受けていた。

 

「…」

 

幼馴染にゴミを見る目で睨まれる。

 

みほさんそういう顔もできるのですね。

昨日飲酒をさせられた様で、家に着いてからすぐに寝てしまったようだ。

部屋にみほが来た様なのだが、正直眠気MAXだったので前後の事は、殆ど覚えていない。

酔った勢いで、みほをお姫様抱っこした所までは覚えていた。

「都合のいい記憶力…」と、みほにジト目で見られたが、何も言えなかった。サーセン

 

完全に寝入ってしまったので、みほが俺の部屋の鍵を閉めて、持って行って翌日の本日。

鍵の返却と共に昨日の詳細を聞きに、みほが朝一に訪問してきた。

んで開口一番。「そこ。正座」だった。

 

「…で?」

 

「で?って、仰いますと」

 

腕を組み、見下すように問われます。

はい。記憶残っています。それを問われていらっしゃるのでしょうか?

 

「昔あれだけ言ったよね? お酒に弱いんだから気をつけてねって」

 

「はい…。ご助言頂きました…」

 

「昔の事、覚えてるよね? あの時の事言うとお姉ちゃん、未だに顔真っ赤になるよ!?」

 

どうもにも酒に弱い体質の様なのだが、見た目が全く変わらないと言われていた。しかし行動が、変な部分で大胆になるとの事。

自分自身でも嫌なのだが、記憶が全く飛ばないのだ。飛んでいてくれさえすれば、どうとでもごまかせるのに…。

 

昨日の生徒会室の一件はしっかりと記憶に残っている。かなりの量を飲まされたはずなのだが、特に二日酔いにもなっていない。

正直、前世でやけ酒なんて当たり前だったから、味わうと言うか、酒の味自体を正直忘れた。

まぁ、みほが聞いているのは昨日、何があったのか?って事だろう…が、言わぬ。言えぬ。

 

「はぁ…、もういいよ。単刀直入に聞くよ。昨日生徒会の人達と何があったの? 何をやったの!?」

 

「いやぁ、歓迎会を開いてもらってね。あんこう鍋ご馳走になりました」

 

「その時か。まぁあの会長のことだから、何かにお酒混ぜたと思うんだけど…記憶。しっかり残ってるよね?」

 

多分、何も考えずに飲んでしまったのだろうが、火に油を注ぎそうだったから黙っていよう。うん。そうしよう。

酔った状態とはいえ、あの暴走した言動と行動は正直知られたくない。何を言われるか…。

 

「特に何もござ『昨日会長には電話して聞きました。ひどい目にあったと』」

 

「」

 

逃げ道を遮られた。

 

「ここだけの話にしてあげるから。言わないようなら…お母さんとお姉ちゃんにも報告する。特に前回の被害者であるお姉ちゃんの追求は、すごそうだね♪」

 

逃げ道を砲撃された…。はっはー…陥没地帯しか見えないや~。

 

西住親子。

 

あの一件以来、ここ数日で関係が大分復旧できたようだ。まだ蟠りはあるが、お互い電話をできるぐらいまでは回復した。

よしよし。よい傾向だ。今度は俺との関係が破綻しそうだ……。

 

「…怒らない?」

 

「子供ですか!? 内容によります。怒られるだけで済む内に吐きなさい!」

 

諦めた。この目の時のみほは、逆らうだけ無駄だ。コワインダモノ

 

覚えていることを、よせば良かったのに事細か詳細に説明してしまった。

 

 

 

 

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---

 

 

 

 

 

「何をやってるの!? ただのセクハラでしょ! それは!!!」

 

すっげぇ怒られた。当然ですけど…。これ学校行ったらまた怒られるんだろうな…。

 

「もう! まったく!! 信じられない!!」

 

「はぁ…、訴えられたら間違いなく捕まるよ? それ」

 

面目ないと、大洗へ来て、早くも2度目の土下座だった。

 

「せっかく会長に仕返しできると思ったのに…。絶望をプレゼントするつもりが、私がもらっちゃったよ、もう…」

 

みほさんが、最近黒いです。コワイ

 

「あー…、そういえば会長の弱点が、一個わかりました」

 

「…ロクでも無さそうだけど、何?」

 

「会長。首筋が弱点でした」

 

「首筋?? …ん?」

 

「んー…」

 

「……ん!! ///」

 

 

あ。また余計な事言ちゃったみたいだ。みほの顔が真っ赤になっていく。わー耳まで真っ赤だぁ。あははーカワイイー。

 

 

 

バチンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅刻しちゃう!」

 

隆史君を問い詰めていたら、結構時間が経っちゃってた。

通学路を急ぐ。何だろう。なんかうれしかった。

 

…そうだ。中学以来だ。隆史君との登校は。

 

「みほ。痛い」

 

「自業自得です」

 

隆史君の顔にモミジ跡を作り、家を出て見慣れた道を急ぐ。

パン屋を過ぎた先の通りで、なんかフラフラした同じ制服の子がいた。

体調悪そうに見えるけど大丈夫かなぁ。

 

「どうした?」

 

「いや、あれ…あの子。……大丈夫ですか!?」

 

髪の長い小柄な子。どうしたんだろ。

 

「辛い」

 

え?

 

「生きているのが…辛い」

 

遂に座り込んじゃった。どうしよう。

 

「みほ。こいつ、多分眠いだけだ」

 

「え? でも…しっかりしてください」

 

脇に手を入れて起こし上げる。本当に、眠いだけなのかな?

 

ただちょっと気になった。隆史君の言い方が、少しきつい。

そのまま隆史君の顔を見てしまった。多分私は、困った顔をしているだろう。

こういう時、そういう顔をしていると大概助けてくれる。催促しているみたいで気が引ける。

 

「はぁ…」

 

やっぱり。ため息をつきながら、頭をかきながら、しょうがないなって顔をしながら。

でも私は、この顔が好きだ。

ぶっきらぼうに。本当にぶっきらぼうに言った。

 

 

「おい。あんた。おんぶと抱っこどっちがいい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女子高生を背負いながら登校している。

そうそうあるもんじゃないな。うん。

 

「冷泉さんが、連続遅刻記録をストップした…」

 

校門前でなんか、おかっぱ風紀委員が驚愕していた。こいついったい何日遅刻していたんだよ。

人目を引くので、一応校門前で下ろしておいたのが幸いした。背負ったまま登校しようものなら、絶対うるさく言われていただろうな。

遅刻を回避したのになぜか風紀委員は悔しそうだった。

 

「ふん。明日からも遅刻しないでね。」

 

捨てゼリフまで吐いて行ったよ。

 

「すまんな」

 

校舎の前でお礼を言われた。ちょっと意外。

校内へ入ってからは、みほが肩を貸して歩いて来たのだが、少しは自分で歩け。

 

眠いだけだろお前。

 

「いいさ。だけど礼は、みほに言ってやれ。多分俺一人なら、あんたを無視してた」

 

「隆史君!?」

 

「…そうか。西住さん、悪かった。いつか借りは返す」

 

あとは、フラフラ1人で校舎に入っていった。

最後まで、目を殆ど合わせず対応していた俺に、みほからクレーム。

 

「隆史君。あれはさすがに冷たいと思うけど、転校してきたばかりなのに、彼女の事知ってるの?

良く知らない人に、あの態度はあまり良くないと思うけれど…」

 

初対面の人間に対する対応が悪いと、みほが非難する。

しかし俺は彼女の事を知っていた。過去に知っていたとか、話をした事があるとかでは無く。

 

データとして知っていた。

 

ある程度、目立つ人物は頭に入れておこうと思って、学校に転入するにあたり生徒を一通り調べた。

しほさんに頼んだら、次の日には情報が入ってきた。…個人情報保護法どこ行った。西住流がちょっと怖い。

 

その為「五十鈴 華」は、出会う前から知っていた。実家が、華道「五十鈴流」家元。容姿性格大体は、分かっていた。

 

華さんの様な人物は目立つ。本人は気づいていないが、「情報」から見れば非常に目立った。

まさか、みほと友達になっていてくれるなんて思っても見なかったが。…あの2人には本当に感謝している。

 

そして、彼女「冷泉 麻子」も当然知っていた。端的に言えば彼女は「天才」だ。

生活態度、先ほど風紀委員も言っていたが遅刻もそう。そういった情報もあった。

「天才」だからって訳じゃない。まぁ…俺のコンプレックスみたいなものだが、とにかく。

「冷泉 麻子」が悪いわけじゃない。俺が悪いのだろう。誰に言い訳しているんだ俺は。…くそ。気分悪い。

自然に口が開いた。みほには聞こえなかっただろう。

 

 

「…俺は、あいつが嫌いだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ち…近づくな!!!」

 

桃ちゃーん。朝の挨拶がそれじゃ、隆史君が可愛そうだよ。

朝、生徒会室に顔を出した隆史君がいきなり土下座をしてきた。

びっくりしたけど、昨日の今日じゃなぁ。

 

『 西住ちゃんから聞いたんだけど…。隆史ちゃん。酔っても記憶しっかり残るんだって 』

 

会長から聞いた時はびっくりした。夜調べたら、急性アルコール中毒になってもおかしくない量と強いお酒を飲んだみたい。

買って来たの私だから申し訳ないのと一緒に、仕方がないと。昨日の事はお互い忘れようと思っていたのにぃ。

 

「すいませんでした!!!!」

 

何故だろう。西住さんの時の土下座よりは怖くない。なんか必死で、かわいい。

 

「隆史君。もういいよ~。あれはお互い悪かったし…」

 

「あははー。そうだよ隆史ちゃん。もういいよ~。ワタシモワスレルカラ…」

 

「ほら、会長もそう言っているからもう頭上げてよ~」

 

正直まだ顔を直視できない。多分真っ赤になっているんだろーなーと、思うほど顔が熱くなる。

桃ちゃんは、顔見たとたんに取り乱すし。

 

「…ただ一つ。みほから会長達に、絶対に言っておけと言われた事あるんですけど…」

 

「何かなぁ~。き、昨日電話もらった時に軽く怒られたけど…」

 

なんだろ。会長が珍しくどもってる。

 

「全部聞いた。って言えばわかると…。すいません全て吐きました」

 

 

「「「 」」」

 

 

 

 

 

…はっ! 軽くショックで飛んでた。

 

「…隆史ちゃん」

 

「はい」

 

「話題変えようか…」

 

「御意」

 

もうやめよう…考えるの。

 

「そろそろ特別講師の先生がいらっしゃいますよ? 会長」

 

「そだね。そろそろ行こうか~」

 

 

 

 

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------

---

 

 

 

 

しかしというか、やはりというか。昨日の件で彼の顔がまともに見辛い。

また赤くなっていないだろうか。

朝のゴタゴタと、転校から早2回目の土下座で、隆史君は疲弊し切っていた。

 

ん。そろそろ時間になる。

 

戦車倉庫の前で、みんなでお出迎え。

武部さんは、ソワソワしている。なんか騙したようで心苦しいなぁ…。

 

キーンと大きな音が近づいてくる。

なんか輸送機が飛んでくる。C-2輸送機だったかな? 生徒会の資料であらかた見たので覚えていた。おっきいなぁ。

あまりこういう物に興味はなかったんだけど、そうは言っていられない状態だしね。

 

でも。…まさかソレから戦車が降ってくるとは、思っても見なかった。

 

 

 

ガリガリガリと火花を散らしながら滑ってくる。学園長の車にぶつかり止まった。

 

「学園長の車がぁ」

 

更には学園長の車を踏み潰し、ギャリギャリと旋回してくる。

 

人の財産を踏みつぶすのに、なんの躊躇もないのかなぁ。

後で怒られるの私達なのに…。

 

他の子達も、びっくりしている。大胆にも程があると思うんだけど。

 

「ん? 隆史ちゃん?」

 

会長の声で気がついたけど、隆史君の顔が異常に青ざめていた。

 

若干震えてもいる。何なんだろ一体。「まさか…」とかブツブツつぶやいてる。

戦車のハッチが開き、特別講師の先生が顔を出した。

 

「こんにちは~」

 

「」

 

なんだろ。隆史君の目が死んでいる。

 

そのまま各チームに分かれ整列し、彼女の紹介と挨拶が始まったのだけど…。

生徒会は彼女とみんなの前に出ているのだけど、隆史君の様子が非常におかしい。

 

「騙された…」「でも素敵そうな方ですよね」

 

西住さんの後ろ、武部さんと五十鈴さんの会話聞こえてくる。

 

確かに凛っとしていてカッコイイ。それでも何か軍人さんって感じもあまりしない。

頼れるお姉さんって感じの方だとは思う。

 

ただ西住さんの顔が、露骨に困った顔をしている。知っている方だったのかな?

 

「特別講師の戦車教導隊、蝶野 亜美一尉だ」

 

「よろしくね。戦車道は初めての…」

 

桃ちゃんの紹介と共に、挨拶を始めだした横で隆史君が、小声で言い出した。

 

「…会長。会長!」

「わ!びっくりした。何? 隆史ちゃん」

「俺。早退します」

 

「「え?」」

 

早口で言うだけ言うと、隆史君はその場を走って離れていった。…あれ全力疾走だよね?

さすがにみんなも気づいた様で、小声でヒソヒソ話している。

 

「あれ、尾形君走ってる」「隆史さん?」「どこ行くんだろ…」

 

そんな彼女達の視線で、彼に気がついたのか。

 

「ん? あらあら」

 

挨拶も途中で蝶野教官が、笑顔でスッと右手を上げる。

 

 

 

ダァン!

 

 

 

バタ。

 

 

 

音がしたと思ったら。隆史君が倒れた。

 

…。

 

流れる沈黙。

 

唖然とするみんな。

 

「戦車道は初めての人が多いと聞いてますが、一緒にがんばりましょう」

 

…何事も無かったように、綺麗に挨拶を言い直した。

 

「え?…」

 

「あの…教官?」

 

「ん?何かしら?」

 

「いや…あれ…」

 

さすがに耐えかねたのか、バレー部チームの先頭にいた菊池さんが、隆史君を指をさした。

 

「あぁ! 大丈夫! 暴動鎮圧用のゴム弾だから♪」

 

違うそうじゃない。

 

あ、いつの間にか彼が復活して、ヨロヨロとまた走り出した。

 

ダァン!

 

また撃たれた。

 

「あぁ! 大丈夫! 彼頑丈だから♪」

 

だから違う。そうじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして俺の逃亡は失敗に終わった。   完

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい。いい加減おきなさい!」

 

亜美姉ちゃんが、襟首を持ち上げる。痛いんだよ! くそ。

 

「相変わらずですね…。亜美さん」

 

みほがドン引きした顔で、昔馴染みに挨拶をしている。

 

俺はもう関わりたくない。来るのがわかっていたら学校なんぞ来なかったのに。

みほと挨拶をしている間に距離を取り、生徒会役員の場所に戻る。そう。逃げたのである。

 

「隆史君。蝶野教官と知り合いだったの?」

 

「あらま。そうだったの? だったら言ってくれればいいのに」

 

「会長。尾形書記は誰が来るかまでは知らせていな…寄るなぁ!!」

 

桃センパイが説明してくれるも、近づくと相変わらず逃げるよぅ。

会長と柚子先輩は普通なのに、いや…まだちょっと様子がおかしいか。

 

「亜美姉ちゃん…蝶野教官とは昔馴染みです。母が戦車道の教官をしているのは、会長知っていましたよね?」

 

「知ってる知ってる。西住流の師範でもあったよね~」

 

「母の教え子なんですよ彼女。熊本にいる時によく遊びに来てましてね。もちろん、みほとも顔馴染みです」

 

なるほど~と会長達は納得しているが、正直そこはどうでもいい。

あの感じじゃ、俺がここにいる事も知っていたな…。わざわざスナイパーまで用意するなんて…。

 

「でも、だからって逃げ出す事ないんじゃ…」

 

「怖いお姉さんって感じもしないけど、ほら西住ちゃんも…若干顔が引つってるネ」

 

「俺、帰っていっすか。つか、青森辺りに帰っていいですか?」ハーリーハーリー

 

あー…青森のカチューシャとノンナ元気かなぁ…。ダメだ。青森も逃亡地点としては失策だ。

2人に怒られる。熊本は論外だし…横浜辺り…ダージリンに匿ってもらえば…。

 

「隆史ちゃん。マジな顔で、逃亡計画立てないでよ。西住ちゃんどうするの」

 

「大丈夫!! みほならきっと、分かってくれます!!!」

 

「そ…そこまで…」

 

クソ! まずどこかにいる、スナイパーの場所を割り出して死角に行かなければ。

ここから校舎までかなり距離がある。平地を抜け出すのは不可能か?。

 

「隆史ちゃん。殺される訳じゃないんだから、そこまでしなくとも。ほら今日一日だけだから」

 

「会長。昨日の事覚えていますね?」

 

真っ赤になるのを、あえて突っ込まないでおこう。

 

「…正直、暫く忘れられそうにない…」

 

「私もです…。お嫁に行けなくなりそうでした…」

 

「わ…私はもう忘れた!」

 

「あれを俺に教えたのは彼女です」

 

 

「「「 」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直私は、彼女が苦手だ。

隆史君にくっつきすぎる。今も結構近い。

…逃げ出さないようにとはいえ、腕を組む必要があるのだろうか?

まぁそこに座り込んじゃっているから、捕獲されましたーって感じだけど…。

 

隆史君を弟の様なものと言ってはいる。ただ、可愛がり方と行動が、昔から無茶苦茶だ。

戦車道の講師としては、どうなんだろ? 腕は心配していないんだけど。

だが、何というか感覚的すぎて、教える側として優秀なのだろうか?

 

「…また、くっついてる」

 

「みほさん? どうかしました?」

 

「だ…大丈夫だよ。ありがとう」

 

「きょーかーん。教官は、やっぱりモテるんですかー?」

 

2人に心配をかけてしまった。切り替えよう。うん。

 

「んー…モテると言うより、狙った的を外した事はないわ! 撃破率は120%よ!」

 

オォー!

 

歓声が上がる。けど、亜美さんの彼氏って聞いたことないけど。

 

「ハッ。亜美姉ちゃん、そのまま撃破粉砕するもんだから、何時までも彼氏できないいぃぃぃてててて!!」

 

隆史君余計なこと言わなければいいのに…。

組んでいた腕を別の意味で組み直す。さすが自衛官。素早い。

 

「教官! 本日はどのような練習を行うのでしょうかー?」

 

「そうね。本格戦闘の練習試合。さっそくやってみましょう」

 

「え!? あの、いきなりですか!?」

 

「大丈夫よ!何事も実戦、実戦!戦車何てバーと動かして、ダーっと操作して、ドォーンと撃てばいいんだから!!」

 

「擬音語じゃなく、日本語で…なんでもないっす」

 

あ。学習した。

ギャー

あ。ダメだった。

 

「それじゃ、それぞれのスタート地点に向かってね!」

 

「あ、その前に。首筋が弱い会長♪」

 

「!? …ムグ。なんだろ? 西住ちゃーん」

 

「隆史君はどうするんです? 大会には出られないんじゃぁ? 首筋が弱点の会長?」

 

よしよし。隆史君にもダメージは有るみたいだ。顔が赤くなっている。

 

「た…隆史ちゃんは、主にマネージャーとして、働いて貰う事になるよ。雑務とかね」

 

「そうですか。じゃあ今日は彼は何もしないんですか? 首筋が敏感な会長?」

 

「…ゴメン。西住ちゃん。もうやめて。まいった」

 

会長が両手を上げて降参した。思ったよりダメージはおっきそうだ。ウフフ。

 

「そうねぇ。彼は今回の賞品にでもなってもらおうかしら?」

 

亜美さんが突然とんでもない事をサラッと言いだした。

 

「例えば一つ。何でも正直に答える…とか?」

 

亜美さんが私を横目で見る。ニヤニヤ顔が、なんか嫌だ。

 

「でもさ~。それだと西住ちゃんが一番有利じゃないのかなぁ?」

 

「そうでもないわよ。先程、西住流の説明を皆さんにしました。そうなると多分…」

 

それでか。わざわざみんなの前で、話しかけてきたのは。

 

「協力して私を真っ先に狙ってくる…」

 

「そういうこと。みほちゃん以外は、みんな素人。みほちゃんのチームもね。いるのは経験者のみほちゃんのみ。どうかしら? いい勝負になると思うわよ」

 

言わんとすることはわかる。私がどの役割につくかでもあるけど、それでも集中的に狙われるのは痛い。4対1か。

 

「わかりました。どちらにしろ、各チーム皆さんに戦車を操縦してもらわないといけませんので…。あまり勝負にこだわりたくないのですけど…それに隆史君が賞品で、喜ばないチームもいると思うんですけど?」

 

先程から隆史君が大人しい。あ…ダメだ。完全に諦めてる。目が死んでいる…。

 

「いやいや、だから質問形式。年頃の女の子。猥談でも初恋でも結構食いつくものよ~。あーでも、初恋はみほちゃんは、相手知っていたわね…。それじゃ面白くないわね。例えば~」

 

ぐっ。昔中学の頃、この人にバラして相談してしまったのを思い出した。

「隆史君の初恋相手が私のお母さん何ですが、私はどうしたらいいでしょうか?」と。

今でこそ思えば相談する相手を間違えた。近しい年上の知り合いが、この人しかいなかったってものあるけど…。

 

何を要求されるのかと、青くなった隆史君が小刻みに震えだした。ドナドナ歌いだしたよ…。

安心をさせてあげよう。さすがに見ていられないや。

 

「大丈夫だよ隆史君。私達が勝っても、何も聞かない『例えば、ファーストキスの感想・と・か♪』か…」

 

……

 

「みほさん。今言いかけのたのを、最後までおっしゃって頂けますでしょうか…」ガタガタ

 

「ちなみに私は知っています」

 

……

 

「う…嘘だ! あの事は…ハッ!!!」

 

…馬鹿だなあ、隆史君は。亜美さんがニタァって笑ってるよ?

 

「はい嘘です。隆史く~ん。ご経験がお有りの様で」

 

そっか。経験あるんだ。私はした事ないし、あの様子じゃお姉ちゃんでもない。ましてお母さんは、流石にないだろう。

青森の時かなぁ…。私と彼は別にお付合いしているわけでもない。何だろう? この込上がる怒りは。

 

「西住ちゃん。昨日酔っている時に聞いたんだけど」

 

会長が口を挟む。

 

「彼、異性と付合った事無いそうだよ」

 

えーと。そういう関係がない人とそういう事をしたと。

私の気持ちはある程度わかっていると思っていたんだけどなぁ~。

そうなんだ。ふーん。

 

 

ブチッ

 

 

……

 

 

 

「隆史君」

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

「私。すごいやる気出てきちゃった♪」

 

 




はい閲覧ありがとうございました。
やっとこさ2話ラスト付近。

微妙に主人公が起こした行動で、流れが変わってきています。
「西住流」の名前で困惑していたみほは、もういません。

大筋は変更する気はありませんのでそろそろあの方達がでてきます。


ありがとうございました。


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第09話~尋問します!~

「戦車道は礼に始まって、礼に終わるの。・・・一同、礼!」

 

「「「「「よろしくお願いします。」」」」」

 

「それでは試合開始!!」

 

久しぶりの感覚だ。懐かしい。戦車と共に育って来た。黒森峰を離れて数ヶ月。

たった数ヶ月離れていただけで、懐かしいと感じてしまうのは妙な気分だった。

不思議と苦痛には感じなかった。ある意味彼が用意してくれた状況。

 

苦痛に感じなかったのは、お母さんとお姉ちゃんとも電話でなら話ができるようになっていたからだろうか。

勿論蟠りはまだある。お母さんは、決勝戦での私の行いを肯定しているわけではない。お姉ちゃんはまだよくわからない。

それでも、私が戦車に乗る事に反対はしなかった。絶対反対されると思っていたのに・・・。

 

お母さんとの最後の電話。

 

「あなたの戦車道を見せてみなさい。」

 

この言葉で乗ってもいいんだって思えた。相変わらす厳しい人だけど、その言葉に少し気が楽になった。うれしかった。

よし。頑張ろう。彼が、少し昔に・・・彼がいた中学生の時のように私達を戻してくれた。

 

『ありがとう』まだちゃんと言えてない。でもちゃんと言おう。

いつ言えるかわからないけれど、私の戦車道で答えよう。

 

ただ・・・。執拗に彼の心配をするお母さんもどうかと思う。会話の7割は彼の話だったような・・・。イラッ

 

「いよいよ攻撃開始ですねぇ~。とりあえず撃ってみます?」

 

「え。闇雲に撃っても・・・。」

 

優花里さんの声で、我に返る。いきなり撃つのは居場所を知らせる様なもの。

配置はくじ引きで決めた。みんな初めての戦車を動かすんだもの。適性がどれかわからないから良いと思った。

私は一通りやってみた事あるけど、うまく助言できるかな・・・?

 

「ねぇ。真っ先に生徒会潰さない?教官女の人だったんだもん!」

 

「まだ言ってるんですか?」

 

車長になった沙織さん。そんな事で生徒会を目の敵にしなくとも・・・

 

「はい。ではまず最初に潰しましょう。配置図を見る限り、多分川の向こうです。」

 

「・・・みほさん?」

 

「恐らく私がいる事で、皆さんから集中砲火を受ける可能性が高いですので、警戒しつつ迅速に移動するのがいいと思います。」

 

「・・・西住殿?」

 

「え。本当にいいの・・・?みほ?」

 

何故だろう。皆さんが意外そうに聞いてきます。

 

「はい。車長が決めていいんです。カイチョウタチヲマズツブシマショウ。」

 

そうです。隆史君には聞く事が出来ました。皆さんに戦車を体験してもらいながら、強制的に彼に聞きたい事を聞ける条件を満たしましょう。

 

ズガン!!

 

3時方向より砲撃音。さっそく狙われました。外を見て確認する。少し手前の地面に被弾痕。やはり外している。

 

停車中の相手に命中できないようなら、走行していれば多分当たらない。

 

「怖い~。逃げよぅ~。」

 

沙織さんの合図で戦車が動き出す。

 

このまま前進だ。

 

何だろう。ちょっと楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー。狙われとる、狙われとる。」

 

亜美姉ちゃんと管制塔で試合を見ていた。

何で俺を賞品(強制尋問権)に付けたのがわからないが、逃げれないので一緒に観戦していた。

勿論全員に権利があるので公表したが、みほ以外俺に興味もないだろうから褒美にもならんだろと踏んでいた。

案の定、コスプレチームは特に興味を示さなかった。当たり前だ。バーカって言ってやろうかと思ったんだが・・・。

 

「え?マジですか?どんな事でもですか!?」

 

と、一年チームとバレー部チームが食いついた。

どうもみほとの関係が、それなりに興味がある様で、そこを聞きたいみたいだ。

 

「なぁ。亜美姉ちゃん。みほに何であんな事言ったんだよ。ファーストキスだとか、聞く権利だとか、不自然すぎるだろ。」

 

双眼鏡で覗いている目をこちらに向け、真面目なトーンで答えた。

 

「・・・本当にわからないの?なら、結構マジでぶん殴るわよ?」

 

前を向き直す。・・・わかってる。

 

みほ・・・いや。まほちゃんとみほは、少なからず友人以上に好意を寄せてくれている。中学ぐらいからかなぁ。自覚したのは。

ただ、それは例の出会いの事件からの俺へのヒーロー像。刷り込み見たいな感じが否めない。なんか卑怯で嫌だ。

それ以前に・・・非常に申し訳ないが、高校生は子供にしか感じられない。

 

恋愛対象に見られない。自分ごときが・・・。ってのも正直どこかにある。

だが、彼女達姉妹からの好意は俺でもわかるくらいに高く、鈍感を装うのもそろそろ限界だ。

だからだろうか、彼女達が女性関係で怒るのが非常に怖い。コワイヨ

 

転生して、若い体とはいえおっさんが女子高生と恋愛する。

常識的に考えて事案だろうが。変な常識が邪魔をする。

それらは、彼女らに対して失礼に当たる。でも何をしても、子供なのに~すごい。っと頭に「子供」がついてくる。

 

好意を寄せられて、嬉しくないわけがない。

でも俺から見てしまえば、どうしても子供として見てしまう。

開き直って、体は若いからOKってやりたい様にやってみろ。後は猿まっしぐらだ。

やりたい様にやる。女性の好意に甘え。付け込んで、食い散らかす。・・・そんなクズ野郎を見たこともある。

正直俺も男だ。それなりに性欲は沸く。が、俺はそんなゲスになりたくない。

特に彼女らは恩人だ。この世界での道しるべになってくれた。彼女らの為なら喜んで死んでも良い。

 

でも。俺は現在17歳。今のもただの言い訳だ。本気でここで生きて行こうと腹をくくった。

彼女達から見れば、俺は同級生でしかない。

 

俺の現在の「目線」が「異常」なのだ。

 

昔の事を引き合いに出して、若いから。子供だからって逃げるのも卑怯だよな。

この世界で生きる覚悟が足りなかったかねぇ。そろそろ逃げるのやめて自覚するしかないか。

 

そう。俺は、今17歳。高校2年生。

 

ボソッ「・・・そろそろ逃げるのやめるかねぇ。」

 

「隆史君。いい加減、みほちゃん達が可哀想よ。今回は切っ掛けだけど・・・まほちゃんの事もそう。はっきりしなさい。」

 

「それでも今回の条件は何なんだよ。他のチームが勝ったらどうすんだよ。この組み合わせは、確実視はできねぇだろ。」

 

亜美姉ちゃんは、それはそれは嬉しそうに言った。

 

「人が困った顔って好きなのよねぇ。」

 

「嬉しそうに・・・。俺に彼女がいたらどうしたんだよ。」

 

「どっちでもいいわよ。ただ、付合うにせよ振るにせよ、はっきりしろって事なの。わかった男の子。」

 

めんどくせぇ。

 

「まぁ。今の状況も、見ている分には面白いしね。修羅場って心躍るわよねぇ。」

 

・・・この悪魔が。そんなんだから彼氏できても、すぐに逃げられるあばぁああぁぁ。

 

撃たれた。

 

「失礼な事考えていたでしょっ・・と。勝負ついたわね。やっぱりAチームね。」

 

練習試合が終わった。・・・さて。逃げるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなグッジョブ!ベリーナイス!!初めてでこれだけガンガン動かせれば上出来よ!特にそう、Aチーム!」

 

「では、賞品はAチームへ!さぁ、煮るなり焼くなり好きにするがいいわ!」

 

蝶野教官は、何故でしょう。非常に楽しそうに、何故かボロボロの隆史さんを前に出しました。

 

ボソッ「やっとこの時が来た・・・。」

 

みほさんが、何やらひどく殺気立ってますが・・・どうかしたんでしょうか?

 

「あら。Aチームは何も聞いていない?今回勝ち残ったチームには、彼の生殺与奪の権利が与えられるの!」

 

「え・・・。質問に嘘偽りなく、それに関する事を希望のまま答えさせられる権利じゃぁ・・・。」

 

みほさん。ある意味それ内容によっては、生殺与奪と変わりませんよ。

 

「1人1回。何でも質問して。隆史君に私が吐かせる(物理)から♪」

 

困りました。特に聞きたい事もありません。みほさんに、何かしら教官が吹っかけたのかもしれませんが

彼と日の浅い方々は特に、興味も無いとお「ちなみに彼はファーストキスを済ませています。ねぇみほちゃん?」

 

ザワッ!マジデー チョットキキタイカモー ハヤクカエリタイゼヨ・・・

 

まあ。何だかんだで年頃の女子高生。身近なみほさんとの恋話を聞きたいと思うのも当然でしょうか?

少し色めき立ちました。一年生の子達の目の色が変わりましたね。沙織さんも好きそうですからね。この手の話は。

みほさんと、やはり彼とお付合いされているんでしょうかね・・・。・・・ゾクッ

 

何故でしょう。みほさんの顔に感情がありません。ナンデショウ?コノサムケハ・・・。

 

 

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「じゃあ質問行ってみようか!?まず秋山さんドゾー♪」

 

楽しそうな教官から、いきなり振られてアワアワしてますね。

 

「わ・・私は、特に聞きたい事も『秋山さん。チョット。』」

 

みほさんが、秋山さんに耳打ちしてます。

ヒソヒソ「いいんですかぁ本当に・・・」「秋山さんお願い♪」

 

「じゃ・・・じゃあ!先程、教官が仰っていた・・・ファーストキスの相手は誰ですか!?」

 

・・・隆史さん目が死んでますよ?直球ですね。ど真ん中です。

蝶野教官が催促するかの様に、暴動鎮圧(対暴徒)用ショットガンを隆史さんの後頭部に当てていますね。

さっき説明受けました。これもゴム弾で当たっても死にはしないそうです。ただ死ぬほど痛いそうですが・・・。

目が死んだ隆史さんが、答え出します。

 

「小学生の時の人工呼吸が、ぼくのファーストキスです。以上終わり。」

 

ザワザワ エーツマンナーイ 

 

「・・・詳細。」ゴリッ

 

蝶野教官が思っていた答えと違うのが不満なのか詳細を(物理で)催促します。

 

「・・・みほも知っていると思うけど。あのパンチパーマの男の子。大まかに説明すれば。

その時の戦車道大会会場の観客席が、海ギリギリに階段式で建てられていたんだ。んで。変にテンション上がったその子が、

んーわかるかな。海側の客席の柵に登っちゃってな。ポールに捕まっていたんだけども、足滑らせて海側に落ちたんだ。

落ちて浮かんでこないから、俺もそこから飛び込んで救出。大会スタッフの人も救護班を呼んだばかりで、周りの大人もマゴマゴしてるし

確認したら息もしていないし、やばいと思って一応手順どうりに人工呼吸で何とかしたって話。」

 

「あ~あの時の事か。それ小さな欄だったけど新聞に載ったよね?・・・お母さんその時、切り抜き多分まだ持ってるよ。」

 

何でしょう。隆史さん昔からアクティブだったんですね。・・・ただ子供の時からその性格ですと、少々危うく感じます。

 

・・・?

 

「あの・・・秋山さん?先程から顔真っ赤ですけど、どうかしました?」

 

「ヘブッ!な・・・なな何でも無いでござるよ!?」

 

ござるって・・・。口調も変わっていますが、大丈夫でしょうか?

 

「つまらないから次!!!」

 

つまらないからって・・・この方、隆史さんには容赦ないですわね・・・。

 

「じゃあ。はい!」ノシ

 

「はい。じゃあ。みほちゃん!」

 

元気よく手を上げたみほさん。隆史さんの顔が土気色になっているのは気のせいでしょうか?

早くも真打登場ですか。教官のニヤニヤが止まりません。

 

「最後いつしたか。あと。相手の名前。フルネームで答えなさい。」

 

みほさんの声が本気です。すごい抑揚の無い声です。

教官と1年生辺りがすっごい良い笑顔になってますよ。

 

「あの、質問が2つですが・・・あ、はい!!吐きます!!」

 

・・・みほさんと、教官に睨まれてあっさり条件を呑みました。あの方、意外と異性関係は弱いですね。

生徒会室で見せた。あの迫力ある方はもういませんね。フゥ

「本当に言うの?」見たいな顔をするも2人の迫力に観念しました。

 

「いろんな意味で後悔すんなヨ・・・。・・・2週間程前。」

 

半月前ですか!?これはちょっと私も面白くなってきました。沙織さんはキャーキャーうっさいです。

 

「名前は。・・・。えーと。」ゴリッ ア、ハイ。ワリマシタヨ!

 

「・・・西住。」

 

ザワッ

 

一気に騒がしくなりました。やっぱりそういう関係!?とかザワザワし出しました。

バレー部の方数名がちょっと彼を睨んでますねぇ。沙織さん、少し静かにしてください。うるさい。

 

あれ。みほさんの顔が真っ青です。あれ。貴方じゃないのですか?すごい泣きそうな顔になってます。

 

ボソボソ「え?。まさか・・・お姉ちゃん?・・オカアサンデハナイトオモウケド・・・え、嘘。」

 

 

 

「西住・・・常夫・・・さん。」

 

 

 

静かですねぇ。風の音が聞こえます。

 

・・・。

・・・・・・誰ですか。え?男性?

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お父さん?」

 

 

 

みほさんのお父様でしたか~そうですかー。

 

わー。1年生組が意外にもキラキラした目の子が、数人います。

バレー部は・・・ドン引きしてますね。それが普通の反応でしょうね。

2年の歴女組は意外にも嬉しそう。「男色はいつの時代も~」とかなんとか言ってます。

わー。教官楽しそうですね~。爆笑してますよ。

 

「あの・・・尾形君。え~と、君そっちの人?」

 

バレー部の方が、ドン引きして聞いてきます。まぁ当然の疑問でしょうか。

 

「違います!俺はノーマルです。そっちの気は無いです!」

 

ため息一つついて、みほさんに訪ねます。

 

「・・・みほ。熊本からの写真。常夫さんに送っただろ。」

 

「ふぇ!意識が飛んでた・・・。」

 

「・・・送っただろ。まとめて。」

 

「あ・・・。ついイライラして送ちゃった。」テヘッ

 

淡々と語りだします。今度は、隆史さんの声のトーンがおかしいですね。

 

「熊本での一件が片付いたから、情報源だった常夫さんへお礼を言いに行ったんだよ。

そしたらいきなり、スパナ持って追いかけられたんだよ!・・・何故だかわかるよなぁ?」

 

「結構マジな勢いでスパナぶん回して来るものだから、常夫さんがバランス崩して・・・そのまま

俺に重なる感じで倒れてきて・・・まぁ。はい。」

 

「」

 

みほさんの目が、すっごい勢いで泳ぎ出しました。その写真見てみたいですね。

 

「まぁ。そこで冷静さを取り戻した常夫さんと和解したんだけど・・・その気まずい空気というか雰囲気というかは・・・すごかったな。」アハハ・・・

 

人間アソコまで乾いた笑いって出るんですね~。

 

「えっと。ごめんね隆史君。いやホントごめんなさい。」

 

みほさんのお父様は整備士をされているそうですね。それでスパナを・・・。

 

「でもさ~隆史ちゃん。結局みんなの質問を、上手く躱しているように見えるんだよね~。」

 

会長が口を挟んできました。・・・そういえばそうですね。嘘は言っていないのでしょうが、質問が限定すぎるんでしょう。

 

ヒーヒー「つ・・・次の方質問どうぞ。あと2人ですね。」

 

あ。あと私と沙織さんですね。でもいい加減、隆史さんがかわいそうになって来ました。

完全におもちゃにされていますね。疲れきってますね。当たり障りの無い事でお茶を濁しましょう。

 

「では、隆史さんは、女性と接吻した事あるのでしょうか?」

 

最初からこう聞いておけば良かったんですね。

 

・・・ごめんなさい隆史さん。好奇心には勝てませんでした。

 

周りの目線が凄い事になってますね~。さすが皆さん女の子。目がキラキラしてます。

もう、隆史さんヤケになってます。

 

「あー・・・あるよ。はい、ありますよ。これも事故みたいなものだけどな!!」ケッ

 

あーやさぐれましたねぇ。あ。詳細を聞く質問をし忘れました。

キャーキャー皆さん言ってますねぇ。みほさんは、ログアウトしました。

でも、みなさんの目の色が変わりました。そのまま沙織さんを皆さんが見つめます。

この流れなら聞いてくれると思いますよね。いい連携が取れそうです。

 

「じゃあ、最後の質問を武部さんどうぞ。」

 

「えーーと。」

 

名前か、エピソードか。ギラギラ視線が、沙織さんを見つめます。

みほさんが、ログインしました。お帰りなさいみほさん。

 

「キ・・・キスってどんな味?」

 

「「「・・・・・・・。」」」

 

ヘタレやがった。

 

この場面で日和った。

この脳内スイーツが。ここに来てこの空気の読めなさ。

 

「沙織さん。それはさすがに・・・。」

 

「い、いや結構、恥ずかしいよ!?なんで、みんなそんなに冷静に聞けるの!?」アセアセ

 

・・・まぁそうかも知れません。脳内スイーツの言う通りちょっと感覚がマヒしてしまっていたかもしれません。

 

「それでも質問は質問。答えてもらいましょうか。」

 

その質問はそれはそれで面白いと教官ニヤニヤしながら答えを促します。

そうですね。それはそれで・・・。みなさんの注目を集めます。

結局皆さん、最後まで楽しんでいましたね。

隆史さんが、これでやっと終わりかと答えます。

 

 

 

 

 

 

「・・・え~と。紅茶味。」

 




はい。閲覧ありがとうございました。

3話冒頭くらいまでですね。今回ちょっと短いですね。
ちょっとオリジナルな展開が、この後続きます。

主人公目線だと、戦闘シーンが限られて来ますので難しい。

次回ダー様達以外の新キャラでます。

ありがとうございました。


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第10話~転生者の戦車道スタートです!~

「おはよう秋山さん」

 

朝、教室で顔を合わせるクラスメイト兼同じ部活の秋山 優花里さん。

どうも、昨日の晒首事件から様子がおかしい。

帰り際、戦車仲間紹介の件を話そうかと思ったら反応がおかしい。なんかやったか俺。

 

「おおおーおおおおぉぉはぁぁぁあぁ!」

 

斬新な挨拶だ。

その後、逃げるように後ずさって行く。が、今回は逃がさん。どうせ行き先は同じだ。

 

「俺なんかしたか?」

 

手首を掴んで引き止める。何か元から赤かった顔が、更に赤くなる。

 

「ちょいと待て。行き先も同じだから一緒に行けば良いだろ?」

 

「ぁぅぁう。あの・・・」

 

やっと口を聞いてもらえたか。

 

「ぁの・・・尾形君は、特に何もしてないので安心してください。これは私の問題というか、なんというか・・・」

 

「正直苗字で呼ばれるのってあまり、好きじゃないんだ。名前でいいよ。呼び捨ててくれて」

 

「ぃあ!?そんないきなり・・・。ハードルガタカイデス・・・。わかりました!では私の事も名前で結構です」

 

「了解。取り敢えず遅れるから車庫まで行こう。みほ達も誘って」

 

「あ、はい!」

 

「んじゃ行こうか。優花里」

 

ピャッって何か、更に赤くなって座り込んでしまった。大丈夫ですよ~クラスメイトさん達~私何もしてませーん。

ですから不審な目を向けないでくださ~い。中村テメェは後でアイアンクローだ。

 

コレハマズイデス・・・コレハマズイデス・・・ダメージガガガガガ・・・

 

なんとか、あやして連れて行った。

 

 

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--------

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「なんだこりゃ」

 

車庫の前に一列に並んだペイントされた戦車達。真っピンクの車両やら、グラサンのロリコンが乗っていそうな車両やら・・・チンドン屋見たいな車両とか。

何故旗をつけた。バレー部さすがだ。わかりやすい。

 

「ブハ!ハハハハハハハ!なんじゃこりゃ!!なぁみほ!」

 

「戦車をこんな風にしちゃうなんて」フフフフ

 

「はー・・。笑った。変形合体とかしそうだよな~。ありゃⅢ号は胴体だな。ウン」

 

「ブフ!」

 

「パンツァァァァア!フォォォォー!!で合体だな。絶対」

 

「フ・・・グ・・タ・・隆史クン・・やめて・・・」

 

ツボに入ったようだ。よかった危険は回避した。

 

 

 

 

 

昨日の件で、すっげーーーーーーーー怒られた。

最後の質問での事でだ。「事故のようなもの」発言が特にお気に召されなかった。

 

「・・・お酒?」

 

押し殺したような一言がすっげー怖かった。正解!とか冗談で言ったら2時間正座させられた・・・。もう過去の事なのに・・・。

 

 

 

 

「尾形書記!こちらへ来い。いや・・・いい。そこで止まれ。来るな・・来るな!」ギャー

 

取り敢えず桃ちゃんで遊ぶ。みほと別れて会長の元へ、呼ばれたので行ってみる。

 

「隆史ちゃーん。あんまりいぢめないでやって。ほら。西住ちゃん睨んでるよ~」

 

遠くで崩れ落ちてハーハー言ってる桃ちゃん。

 

「まぁいいや。んじゃあ本題。勢いついていい感じなんで、このままやってみようと思うんだぁ」

 

「で・・では。連絡してまいります」

 

桃センパイがヨロヨロ立ち上がる。

 

「なんのことですか?」

 

「説明してくださいよ」

 

会長の代わりに桃センパイが説明しくれた。

 

「今回、いきなり大会出場では心許ないからな。練習試合をしようという話だ」

 

へぇ。ちゃんと考えてるんだなぁ。実戦経験に勝る経験なしっていうくらいだしな。賛成だ。

 

「でもまぁ。ウチとやってくれる高校なんてあるんですか?昔やっていたってだけで、今じゃ無名校じゃないんですか?」

 

「まぁね。心当りが一校あるんだ。今年共学になったばかりの聖グロリアーナ学院だよー」

 

・・・あー。そういえばオペ子が言ってたなぁ。

 

「あー・・・よかったら俺交渉しましょうか?・・・というか、向こうの隊長と知り合いなんで」

 

「あら。そうなの?隆史ちゃん、そっこら辺に女性の知り合いがいるねぇ」

 

ニヒヒと笑うが、結構この人さらっと凄い事いうな。んなことみほに聞か・・・れ・・た・・・・・・・ら。

 

・・・。

 

うん。見なかった事にしよう。

 

「希望の日付等教えてください。ちょっと聞いてみますので、会長達は練習に専念してください」

 

「大丈夫なのか!?尾形書記!」

 

「・・・。桃センパイもうちょっとこっちで、喋ってくださいよ。聞こえないですよ」コトワル!

 

「それでは、隆史君。お願いしますね」「お願いね~」

 

よし。皆が頑張ってる間に、俺は俺の仕事をするか。正直やる事が無くて寂しかったんだ。

 

 

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--------------

------

 

 

 

『大洗学園?戦車道を復活されたのですね。おめでとうございます。結構ですわ。受けた勝負は逃げませんの。』

 

「・・・」

 

『あら、どうかしまして?』

 

「あーまぁ。電話越しだし、わからんかなぁ。あえて携帯から電話しなかった甲斐があったな。新鮮だ」

 

『?・・・どういう事でしょう?』

 

懐かしい声が、ちょっとうれしかった。

 

「わからんかな。ダージリン。オペ子もそこにいるんだろ?」

 

「!!」

 

俺独自の呼び名で気づいてくれたようだ。

 

「共学になったの知らんかったよ。・・・久しぶり。2ヶ月ぶりくらいか?」

 

『・・・こんな格言を知ってる?「それ、うざいからいらん」』

 

『・・・・・・・・・・・・・・グスッ。』

 

「あ・・・ごめん。なんでお前、俺だとすぐ泣くんだよ。他の奴だとすっごい睨むのに!」

 

『・・・な、なんの事でしょう。まったく連絡寄越さない殿方に、嫌味の一言も言いたかっただけですわ。・・・お久しぶりですね。隆史さん。』

 

なんだよ、含みのある言い方して・・・。スンマセン

 

『しかし意外でしたわ。まさか大洗高校に『ダージリン様!隆史様って言いましたよね今!ダージリン様!!』』

 

後ろでガサガサ音がする。バキッ

 

『隆史様!?隆史様ですよね!?お久しぶりです!私です。オレンジペコです!』

 

ダージリンの電話を奪い取ったのかよ・・・。オー・・・元気いいな。ローズヒップみたいなテンションだったぞ今。

 

「ああ。久しぶり。オペ子。後でダージリンに詳しい事は聞いてくれ。また会えそうだぞ」

 

『ほんとですか!?』

 

カチューシャと懇意にしていたダージリン。カチューシャ経由でダージリン達とは知り合った。

いろいろいろいろいろいろいろあったけど。まぁ良くしてもらった。

 

練習試合か。彼女らとまた会える。それはそれで楽しみだ。

 

 

 

 

・・・楽しみだった。一本の電話が来るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の訓練、ご苦労であった」

 

 

「「「「お疲れ様でした~。」」」」

 

夕方まで行った練習がやっと終了した。

ボーと空を見ても連絡機だろうか、ヘリが飛んでいる。

 

「で~。急ではあるが、今度の日曜日練習試合を行う事になった。相手は・・・聖グロリアーナ学院」

 

学園名すら知らん。秋山さんに寄れば、準優勝経験の強豪校らしいが。知らん。

 

「日曜は、学校へ朝6時に集合!」

 

・・・片眼鏡の生徒会役員が、非人道的な事を言った。

 

無理だ。

 

これは無理だ。

 

「やめる」

 

ハイィ?

 

「やっぱり戦車道やめる・・・」

 

沙織や西住さん達も私を止めてくれる。だが無理なものは無理だ。

 

「朝だぞ・・・。人間が朝の6時に起きれるか!」

 

 

 

「起きれるぞ」

 

ぐ・・・またこいつだ。生徒会書記が割って出てきた。事あるごとに私の言い訳を潰しにくる。

 

「少なくとも俺は、青森の時、バイトで3時半には起きてた」

 

さんっ!?・・・夜だぞそれは!朝じゃなく夜だ!!化物かこいつは!

 

「冷泉さん。6時集合ならば、遅くても5時起床だ。君がやめて抜ければ、Aチームがどういう状態になるか。賢い君なら分かるはずだ」

 

「ひ・・・人には出来る事と出来ない事がある!」

 

「じゃあ、この案件は出来る事だ。やって頂きます」

 

淡々とこいつは事務的に話す。有無を言わせない。なんだこいつ。そど子よりタチが悪い。

 

「・・・何なんだ。何なんだお前!事あるごとに正論で!私が嫌いならそう言えばいいだろ!なんで私の言うことに一々絡むんだ!」

 

「出来る事を何も考えないで、頭からやろうとしないからです。解決すら考えない思考停止はやめて下さい」

 

くそ。顔色すら変えん。沙織達がオロオロしているが、今は知らん!

 

「・・・。それに好き嫌いは関係ない。大洗が勝つ事を最優先とします。冷泉さん以上の操縦士がいるとは思えません。

君の言っていることは、はっきり言ってただの我侭だ。違いますか?」

 

「ぐぃ・・・」何も言えない。正しいと言えば、こいつは正しい。

 

 

「隆史君!その言い方は無いよ!さすがにひどいよ!?冷泉さんは私達が、お願いしてやってもらってるんだよ!?」

 

西住さんが間に入ってくれる。私以上に、怒ってくれている。

 

「・・・黙れ」

 

ビクッ「!」

 

その一言で、西住さんが黙ってしまった。何故だろう。怖くてとかではなく、ただ悲しそうに・・・泣きそうだった。

寧ろ私自身の事より、そちらの方に腹が立ってきた。

西住さんを一切見ずに、私の目を睨んでくる。

 

「なんだ・・・。最優先と言うのならば・・・私が操縦士を続ける条件で、お前が辞めろって言えば従うのか!?」

 

「わかった。冷泉さんがちゃんと役割を果たしてくれると言うのならば、それで良い。会長には今から言いに行ってくる」

 

「「「「!?」」」」

 

即答だった。

 

売り言葉に買い言葉と言うが、私としても無茶な事を言ってしまった。こいつが、大洗に来た理由を多少は沙織から聞いていたから。

ただ困らせたかった。それだけだった。

 

「今の所、俺がいるより冷泉さんがいる方が利益は高い。それでやる気になるなら従おう」

 

「え・・・。本気・・・か?」

 

思わず聞いてしまった。

 

「何だ?冗談でそこまでの条件を言うのならば、君を軽蔑するが」

 

・・・違う。沙織達から聞いていた話と全然違う。情に厚いとか沙織は珍しく語っていたが、こいつには感情が感じられなかった。

ただ淡々と結果を残す為だけに動いている。

軽蔑すると言って来るが、こいつは私をすでに軽蔑している。

 

寧ろ聞きたい。ここまで他人に嫌われる程、私が何かしたとは思えない。しかも転校したての奴に。

・・・遂に西住さんが、声を殺して泣き出してしまった。

 

ただ、不思議だった。沙織。五十鈴さん。秋山さん。

それを途中からジッと見ていた。

睨むでもなく、攻めるのでもなく。ただ真剣な顔で、あいつを見つめていた。

 

 

 

「・・・」

 

 

「・・・・・」

 

 

誰も喋らなくなった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・ああぁぁぁぁぁ!!くっっそ!!!!」

 

「やめだ!!!」

 

「クソ!!悪い!すまない!!申し訳ない!!!はぁ~・・冷泉さん」

 

「な・・何だ?」

 

頭をバリバリ掻きながら急に呼ばれ、若干引き気味に答える。

 

「まず君に八つ当たりしてしまった。みほも!悪かった!!」

 

・・・呆気に取られた。雰囲気がガラっと変わった。私に深々と頭を下げる。え・・・。

 

「はぁ・・・やっと、いつもの隆史さんに戻りましたわね。エイッ!」バチン!!!!

 

「まぁ理由はわかんないけど、しょうがないよね♪」パチン!!

 

「私もやった方がいいのでしょうか?『やってくれ。』」ペチ。

 

彼に平手打ちを順番にして行く。西住さんも私と共にポカーンとしている。

 

「あーーーーーーーーーーーーーーーー・・・よりにもよって。みほ泣かせちまった。あーーー・・・」

 

要は、西住さんを泣かせてしまったって事の平手打ちなんだろうか?ひどく項垂れている。

 

「あー・・・二人共。ついでに殴っとくか?」

 

親指を自身に向ける。随分ざっくりした性格になっていた。私も西住さんもブンブン顔を振る。

訳がわからない。

 

「隆史ちゃーん。1年若干ビビってるけど大丈夫かい?そろそろ作戦会議始めるけど~」

 

今まで静観していた生徒会長らがやって来た。普段こんな奴ではないのだろうか。

一年組が若干おびえている。怒鳴ってとか恫喝して怯えられるのではなく、事務的に対応しているこいつにビビるって・・・。

普段ならどんな奴なんだ。

 

「もー。隆史君・・・。違う人にしか見えなくって・・すごく怖かった~」

 

西住さんも復活した。

 

「冷泉さん。非常に申し訳なかった。よく話もしていないのにアレは無かった」

 

「イ・・いや・・・」

 

「・・・まぁ。現実問題。君がいる事は勝利する事への最低条件なんだ。あそこまで動かせる奴はこの学校にはいないだろう。

脅す訳じゃないが、戦車道の特典である単位取得をしとかないと、君は留年確定だぞ。きっついぞ~幼馴染を先輩と呼ぶのは」

 

「ギ・・グ・・・」

 

何だんだ。本当に何なんだ、こいつは。さっきと口調も雰囲気も全然違うゾ。本当に何なんだ

 

「そうだよ、まこ。それにちゃんと卒業できないと、お婆ちゃんメチャクチャ怒るよぉ?」

 

「お婆ぁ!!・・・・・わかった。やる・・」

 

観念した。事情を知っている沙織が結局一番厄介だった。「やる」の一言にあいつも安堵した様だった。

 

「で。俺の事なんですけど。会長」

 

「ん?何ぃ?」

 

あいつが、右腕を上げた。

 

「すいません。家庭の事情で暫く学園艦を離れます」

 

「「「え?」」」

 

「隆史ちゃん。それは、ちょっとこま・・・わかった。いいよ。家庭の事情ならしかた無いね」

 

「ありがとうございます。練習試合までには極力戻りたいと思ってます」

 

「みほも悪かったな。冷泉さんも。帰ってきたら侘びは、何かしらするから」

 

バリバリバリって先程上空にいたヘリが迫ってくる。うるさい。

迫ってくる?さっきあいつが腕を上げたのは、これのサインだったのか。

 

「何!?何ぃ!?」

 

ヘリが着陸して、あいつはそれに乗って飛び立っていってしまった。荷物全部置きっぱなしだろ。あいつ。

 

 

 

 

「西住ちゃん。なんか聞いてる?」

 

「いえ・・・全然。そんな素振りすら見せなかったです」

 

「それより会長!何故行かせたのですか??いくら家庭の事情でも!」

 

片眼鏡が喚きだす。こいつは何か苦手だ。

 

「いや~・・・。正直例の土下座より怖かったね。みんな真正面から見ていないっしょ?

私の目を見て話してる様に見えたけど、遠くを見てる目だったんだ~。私を全く見てなかった」

 

会長がちょっと寂しそうに言った。

 

「西住殿?気づきましたか?」

 

「え?」

 

「あれ・・・あのヘリ。「島田流」の家紋がついてました・・・」

 

「え。でも隆史ちゃんの母親って、西住流の師範って聞いていたけどなぁ。でもよく家紋なんて覚えてたねぇ」

 

「当然です!特に西住流と島田流の2大流派の家紋なんて、基本中の基本であります!」

 

「まぁいいや。隆史ちゃんも行っちゃったし作戦会議始めるよ。西住ちゃんは後で、隆史ちゃんの荷物持って行ってあげて」

 

「あ・・・はい。・・・隆史君」

 

いや。本当に何だったんだ。あいつは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔の私・・・といってもまだ1,2年前の私。

 

ただの泣き虫だった。

ずっと家で泣いていた。

 

私は同年代の子より、色々うまく出来た。

勉強然り、戦車の扱い然り。・・・運動はそうでもなかったけど。

それが出来すぎて、同年代どころか年上の人達よりも出来てしまった。

 

始めは、皆すごい、すごい言ってくれて褒めてくれた。

ただ段々におかしくなっていった。

勿論、褒められばうれしい。うれしいから頑張る。

その為成績はグングン上がった。

 

小学生の年長に上がった頃だった。

中学には進級しないで、大学へ進級が決まった。飛び級がすでに決定していた。

 

その為だろう。同級生に影で「化物」と言われ始めた。

 

彼らにも勿論親はいる。どうも私を引き合いに出される様だ。

挙句、彼ら親は子供に期待をしなくなる。私と比べ諦めてしまう。

それを感じ取った・・・諦められて拗ねた子供は、私を攻撃し始めた。

 

大人達から「天才」と持て囃され、子供達から「化物」と蔑まされた。

 

 

ある時、家にお客様が来るという。

お母様・・・いや。母上のお客様だった。

古い友人が訪ねて来る。子供を連れて。

 

中学生の男の子。

 

怖かった。隠れていよう。いじめられるかもしれない。

総じて近しい年齢の男子は乱暴だった。よく髪を引っ張られた。

 

引っ張られるのもそうだが、髪に触れられるのが、死ぬほど嫌だった。

 

いつもの様に家の庭先で1人でいると、そのお客様だろう。

中学生・・・には見えないが多分そうだろう。年上の男の子が来た。・・・熊じゃないよね。

私は見つからない様家に戻ろうと、隠れて移動しようとしたがすぐに見つかってしまった。

どうも親同士の会話が長すぎて逃げてきた。暇だから話をしよう。というかして下さいって土下座して頼まれた。

 

中学生にとても見えなかったので、比較的いじめられないだろうと思い了承した。土下座は初めてされた。これは一種の脅迫だと思う。

彼は話してくれた。学校の事。親の転勤の事。・・・ある姉妹との出会いの事。

一応注意しておいた。

 

「そういった事は、その子達の大切な思い出だから軽々しく人に話しちゃダメ」

 

彼は、驚いた顔をして感謝してきた。デリカシーって言葉を知っているのだろうか。

ただ彼の話は、面白かった。彼もそんなに私と会える訳でもない。これが最後だろうと話してくれたのだろう。

私には別世界に思えた。彼も友達は多くなかったが、全くいなかった私には、とても新鮮だった。

どの話辺りだろうか。私が話す番になっていた。

大人と話をしている見たいな感覚だった。不思議と全て話してしまった。

 

だからだろうか。泣いてしまった。泣いて喋っていた。

 

「天才」と呼ばれる事。自分ではそんな風に思ったことは無かった。

 

「化物」と呼ばれる事。・・・・・。

 

「いいんじゃない?別に。化物でも」

 

・・・何を言っているんだ、この男は。

 

「君は頭がいい。「天才」と呼ばれる程にね。まずそこを自覚しよう。人は皆同じじゃない・・・だけれども、だ。

君のいい所は、それでも周りと同じでいようとする事だと思うよ?合わせようとする」

 

訳がわからなかった。

この事を言えば、大体の大人は・・・母上ですら周りからの嫉妬だとか、気するなとか、強くなれば良いとか・・・そんな事を言う。

 

「いいね。化物。カッコイイじゃん」

 

「カッコイイ?」

 

「はっはー。女の子だものな。カッコイイは無いわな。今のご時世、ゲームでも漫画でも一杯いるよ。かわいいモンスター」

 

「・・・よく知らない」

 

「んじゃ、これあげよう。今日来る前に、時間が余ったんでゲーセンで取ったの」

 

「・・・ボコ」

 

怪我だらけの熊のぬいぐるみのキーホルダー。

 

「正直、俺にはそれ化物にしか見えないんだけど、さっきの言った姉妹の妹が好きでさ。かわいいってさ」

 

「・・・かわいい」

 

「いいんじゃない?人それぞれだ。君が化物っていうなら、俺にとっては君は「可愛いモンスター」だよ」

 

「ヒゥ///」

 

そして親の話が終わって彼を迎えに来た。そのまま彼は帰る事になった。

結局何も問題は解決しなかった。解決しなかった・・・が。

何かが違った。全然違った。

ただ話を聞いてもらっただけだった

彼は言った。彼にとって私は「可愛いモンスター」だと。

 

・・・それでいいと思えた。例え周りに化物と言われても。

化物でいい。あの人のモンスターでいよう。

 

帰り際、そういえば名前も知らない。私も言ってない。

最後、あの人は頭を撫でようとした。だけど手を止めた。

 

「小学生でも女の子だもんな。軽々しく触っちゃだな」

 

と、笑って言ってくれた。

 

別にいい。何故だろう。この人は寧ろ触ってもらいたかった。

 

「別に・・・いいよ。それにまだ名前聞いてない・・・」

 

お許しを得たと軽くやさしく撫でてくれた。母上が、まさに驚愕って顔をしていた。

 

「尾形 隆史。普段なら、連れられて来られる事、嫌だったけどさ母さんがチョコチョコ来るみたいだから出来るだけ俺も来るようにするよ。君がよかったらだけどね」

 

縦にブンブン頷く。そこで気がついたのだろう。私の名前を知らないのを。

「君は?」と聞いてくる。この人は、やっぱりデリカシーが足りない。

 

 

「・・・島田 愛里寿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母親は西住流戦車道の師範をしている。

海外出張から国内出張なんでも有りの派遣師範・・・みたいな事を仕事にしている。

下手な会社員より実入りは良い。かなり良い。

だから父親は専業主夫としてやっていける。

 

苗字は「尾形」。

 

・・・旧姓は「島田」

 

島田流の縁者になる。

しかし末端も末端。ちょっと血が入ってるって位の遠い親戚。

母は、高校の時に戦車道にのめり込んだ。

どうも島田流がお気に召さずあえて敵地と言える、西住流のお膝元。

熊本の黒森峰へ入学。

その後、後輩で入ってきた「西住 しほ」との出会い。

島田流派と隠していた母は、そこで本格的に西住流を知る。

どうやら、西住流の方が肌にあったようでメキメキ腕を上げていった。

しほさん曰く一種の天才だったそうだ。自分が自信を無くすほど。

性格的にもあったのだろう。大学へは進まないで本家へ入門したそうだ。

本人は戦車道ができれば、自衛隊でもなんでも良かったみたいだったけど、お誘いに乗ったそうだ。

 

当時の西住流と島田流は、ひどく仲が悪く、島田の縁者である母が、西住流に下る。

当然本家は酷くご立腹。勘当を言い渡されたそうだ。

ただ、島田家の「島田 千代」さんとは仲がよく、勘当された後でも友人同士。

知ったことじゃない。文句あるなら聞くだけ聞いてやる。って本当に聞くだけで相手にしなかった。

 

そう。勘当した本家。島田家よりのお呼び出し。

ヘリの中で母はすでに待機していた。

大洗学園艦は、近海を運航していたようですぐに到着できるとの事。

 

 

 

 

 

 

『島田流、次期家元より少々急いで来て欲しいだってさ』

 

母親からの電話。

ダージリン達との通話中、携帯に連絡が入った。

 

「何でだよ。また千代さんとこ遊びに行くのか?さすがに今学園艦だから無理だぞ」

 

千代「さん」呼びは、彼女からの希望だった。しほさんを「さん」呼びする理由を前に聞かれ、理由を言ったらコレだった。

 

「そうですか。私は、しほさんより老けて見えるのですね?」

 

って笑顔で言われたら変えるしか無いだろう・・・怖かった。マジで怖かった。

 

『違う。今回次期家元が、用があるのは私では無く隆史だそうだ』

 

今気がついた。母が千代さんを「次期家元」呼びをする時は「島田家」として扱う時のみだ。

 

「・・・なんだそれ。島田家から勘当されているなら「島田」としての俺らは関係ないだろ。千代さんの方が良く分かってると思うけど」

 

『そうだ。その千代から「元島田家」のお前に用があるそうだ。・・・「男」として』

 

嫌な予感がする。「男」としてって事は姉ちゃんはダメなんだな。

 

『つまり。お前を養子に欲しいんだと。次期家元は』

 

「・・・・・・・」

 

千代さんは、俺らの事情は知っている。知っているからこその呼び出し。

 

「わかった・・・。行く」

 

『17時頃、大洗学園艦上空に到着する。隆史の事情もあるでしょう。右腕を上げたら近づけるわね』

 

そこまで聞いて通話を無言で切った。

 

 

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「お久しぶりですね。隆史さん」

 

「はい。お久しぶりですね。千代さん」

 

いつもと違う。日本戦車道連盟会館での久しぶりの対話になった。

わざわざ迎賓館にまで通してくれた。

 

「そんな睨まないで。呼び出したのは他でもありません」

 

「養子になれって話ですか?」

 

「・・・ちょっと違うわね。今私は、非常に微妙な立場にいます。もうすぐ私が家元を襲名する件は、お母様よりお聞きですね?」

 

「はい。それに兼任というか大学戦車道連盟にも就任するとか」

 

何が言いたいのか良くわからんが、まぁ関係する話だろう。大人しく聞いておくか。

 

「・・・良いですね。話が早く進みます。もっと掴みかかってくるかと思いました」

 

俺が黙って聞いているのを汲んでくれた。

ただ非常に疲れた顔をしてる。

 

「で、ですね。ちょっと問題がありまして。現・大学戦車道連盟の理事長が問題でしてね。ここで貴方が必要なの隆史さん」

 

む。良くわからない。島田家の人間として呼ばれたのに話が明後日の方向に行っている。

 

 

「隆史さん。愛里寿を助けて下さい」

 

 

・・・は?

 

 

「なんで今、あの子の名前がでるんですか?愛里寿ちゃんを助ける?」

 

はぁ~・・・と深い溜息と指を額に当てて嘆く。

 

「今の大学戦車道連盟理事長の「島田 忠雄」という男なんですが・・・まぁ島田家の縁者です」

 

「今度の家元襲名と同時に大学戦車道連盟も兼任するんですが、まぁ「島田 忠雄」という男。色狂でも有名でしてね・・・。

島田家は正直、女系というか男性が非常に少ない。私が、家元襲名後ならどうとでもできるのですが・・・」

 

「つまり権力が強すぎると。今のままだと家元襲名にも支障が出る、と」

 

「まぁ娘の事を考えれば、そんなもの喜んで捨ててやるのですが・・・。娘の近状を知っていますか?」

 

「大学に進んだのは知ってはいますが・・・」

 

「あらあら。娘を早くに口説いた男性とは思えませんね」

 

ぐ・・・。口説いた気はないぞ。クスクス笑っている千代さん。本当に楽しそうに笑う。クソウ

 

「今娘は、戦車道。来年度開催される予定のプロリーグ。大学選抜強化チームの大隊長をしています」

 

「・・・はぇ?」

 

我ながら、間抜けな返事が出てしまった。

 

「貴方に励まされた甲斐があったのでしょう。あの後の娘は凄かったですよ。今まで抑圧されていた物が一気に出てきたというか・・・ね」

 

知らなんだ。

 

西住家でいっぱいいっぱいだったけど…何? そんな凄い事になってるの?

母が後ろでクックックって腕組んで笑ってる。クソ知ってたのに言わなかったな。

 

「えぇ。だからこそね。あのヒヒ爺。島田家は男衆が少ないのをいい事に、愛里寿を妻に寄こせと言ってきたわ」

 

「・・・は!?」

 

「婿養子でも良いって。愛里寿ちゃんの状況を知っているからこそね。いい大人の言うことか・・・」

 

母が口を出してきた。事情知ってたの!?

 

「つまり。婿養子にでもなれば、少なくとも次期家元候補の夫。大学戦車道連盟理事長の任が解かれても権力が継続して欲しいのよ。簡単に言えばね」

 

「権力欲しさに、いま現状の愛里寿を人質にしてるわけか。「大学戦車道連盟理事長」って事は・・・」

 

「バレなければ、何をしてくるかわからない。今の愛里寿の事を考えれば、こんな事で将来を奪うのは・・・」

 

島田流次期家元。大学を卒業しても一生戦車道と関わりがある。娘を取るか、お家を取るかって事か。でも千代さんが娘の幸せを考えないわけがない。

この人かなりの親バカだ。

家元関係の場合。血がどうのこうの言って、出来るだけ医学的に危険の無い、血縁者を選ぶ傾向が強い。いつの時代だ。それで・・・。

 

「俺が呼ばれた理由って・・・もしかして・・・」

 

 

コンコンっと部屋がノックされた。こちらが返事をする前に2人の男が入ってきた。

 

秘書だろうか。普通にサラリーマンって感じの七三分けのメガネ男と・・・なんだこのガマガエルは。いかにも成金って感じの親父が入ってきた。

 

「ふむ。お邪魔する」蛙が人語を喋った。

 

「こちらの返事をする前に、入ってくるのはマナー違反じゃないでしょうか?」

 

「まぁ硬い事をいうな。もしかしたら身内になるやもしれんのに」

 

ガハハと品のない笑いで応答する。なる程こいつか。

 

「なんだ。この小僧は」

 

いきなり初対面で小僧呼ばわりされたよ。オイ。・・・薄い本じゃないんだぞ。コレが愛里寿の旦那になる!?ふざけんな!

俺が呼ばれてた理由。・・・男としての「島田」ねぇ。なるほどそういう事か。

 

てっきり俺は、何かしら家元として有利になるよう、母を利用しようとしているのかと思っていた。

自分達の都合で切り捨てておいて何を今更!ってね。

この千代さんを相手にするんだ、って臨戦態勢でイライラしてた自分が馬鹿みたいだ。

千代さんにも悪かった。

 

くそっ!冷泉さんにも・・・みほにも当たってしまった。何をしてんだ…俺は。

 

この権力欲しさの爺の事だ。すでに天下り先も用意してるだろう。その他に島田流本家としての権威も欲しいのか。

いいねぇ。わかりやすくて。男の方がやりやすい。全容が見えてスッキリした。

 

さて。やってやるか。

 

「お初にお目に掛かります。私、尾形 隆史と申します」

 

苛立ちからじゃなく自身で冷静に「あの時の俺」のスイッチを入れる。

俺の口調の変わり様に、千代さんがビックリしている。母と喧嘩する時この状態になるので母は知っている。

 

「なんだ。別に紹介などいらん。今から大事な話があるのだ。席を外せ」

 

横柄な態度は変わらない。・・・典型的な小物だこいつ。わかりやすい。

 

「いえいえ。私にも関係の有るお話ですよ。大学戦車道連盟理事長の島田殿」

 

「なんだ。儂の事を知っておるのか。どういう事だ?貴様にも関係があるとは」

 

「いえいえ。どうぞお先に。島田家元にお話があったのでしょう?目上の方に先にお譲りします」

 

チッっと舌打ちし、秘書っぽい奴が自己紹介してくる。

 

「理事長は、先日の件のお答を戴きに参りました。私は丁度仕事の都合上居合わせましてね。後見人として同席させて頂きます」

 

メガネは名刺を差出す。

 

「文部科学省 学園艦教育局長 辻 廉太・・・」

 

ボソッと読み上げた千代さんの声を注意深く聞いておいた。なるほど。天下り先がそこら辺か。

 

「まぁ小僧がいるのは気に食わんが、まぁいい。そういう事だ。返事を聞きに来た」

 

この人の親バカ振りは、近しい人しか知らない。娘を犠牲にしても「島田流」を取ると踏んだのだろう。

 

「あーー。失礼。やはり私も関係がありましたね」

 

ワザとらしく乱入。「どういう事だ」と睨んでくる。怖くねぇな。

 

「そういう事でしたら、先程の自己紹介に続けさせて頂きますね」

 

 

 

「島田 愛里寿さんの「許婚」の尾形 隆史と申します」

 

 

 

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----------

-----

 

 

「な・・・なんだと!儂はそんな事聞いていないぞ!」

 

「ですからこう、今現在申し上げております」

 

面白いくらい慌てとるな。二人揃って。

 

「う・・・嘘だ!そんな簡単に・・・」

 

「何が嘘なものですか。現にそこに私の母も居りますし。お母様もおられます。聞かずとも明白でしょう?」

 

グググいってるよ。日本語喋れ。

 

「ふん。ならばすぐに解消するのだな。どちらが優秀な婿になるなど分かりきっておる」

 

「私ですね♪」

 

「」

 

半分からかいに入る。おかん。笑ってんなよ。

 

「いいか!儂には実績がある!常識的に考えて何も実績の無い貴様など!!」

 

「そうですか。私は今17歳です。つまり若さがあります。つまり将来性はあなたよりはあると思いますが?」

 

「若いだ『話は最後まで聞いてくださいね?』」

 

面白いくらい顔が赤くなってるな。

目の前の餌が、あっさり取られて冷静じゃ無くなってるな。こっちのペースだ。

 

「戦車道に関してもそうですね。私は、貴方と同じく男です・・・が、「島田」側の人間として言わせて頂きます。

私には少なくとも人脈はありますよ。例えば・・・西住流次期家元」

 

「「!?」」

 

「幼少より良くして頂いております。それこそ家族の様にね」(まぁスパナで追いかけられたり約1名にサレタガ)

 

「家族で・・・つまり、次期家元だけでなく、その後継者の両姉妹とも懇意にしております」

 

「グギ・・・!」

 

戦車道に関わる者ならバカでも、この名前と交友関係の意味は知っているだろう。娘までとなれば将来性も高い。

敵対していた相手との友好関係。現代なら昔と違い有益になる。

 

「つまり現、学園艦。黒森峰隊長 西住まほ選手にもね。あとは・・・」

 

継続高校のあいつはダメだ。毎回説教する羽目になったしダメだ。ウン。

あとアンツィオ高校・・・もダメだ。食いもんしか頭にない。

 

「プラウダ学園隊長カチューシャ選手。聖グロリアーナ学園隊長ダージリン選手とお二人にもね。お疑いでしたらここで電話でもしましょうか?」

 

「…将来性のみで」

 

「まぁ実績は、まだ確かにありませんがね。これから積んで行けます。まだ17です・の・で」

 

「今私は、大洗学園で戦車道に組しています。新しく新設してまでね。何故だかは分かりますよね。そこの方なら」

 

目を泳がせるメガネ。文部科学省 学園艦教育局長でピンと来た。こいつだ・・・。俺らを追い詰めているのは。目を見開いて睨んでやる。

 

「そもそも常識的に考えて下さい。親が60歳の男性に13歳の娘を嫁がせるのを良しとするでしょうか?」

 

「ふん!「お家」の事を考えればわかるだろう。歳は取ってもより良い遺伝子を残せるのは、儂の様な優秀な『今なんつった爺!?』」

 

なんだこいつ。マジか。遺伝子って言いやがった。

・・・たしか千代さん。こいつを色狂って言ってたな。「島田」に入る為とも・・・。

千代さんも狙ってんなこいつ。下衆が。ひっさしぶりに見たな~。ここまでの奴は。

 

「なるほど・・・。分かりましたよ。貴方が何を考えているのか。私も男ですので。やはり。貴方ではダメですね」

 

「・・・なんだ小僧。正義の味方気取りか・・・?」

 

 

 

「愛里寿の味方だって言ってんだよ。エロ爺」

 

 

 

コンコンッ

 

「誰です?」

 

このタイミングで、来客があった。

 

「母上。私です」

 

「あ・・・呼んでいるの忘れてた・・・」

 

家元ってどっちもどっか抜けてるのかよ!

 

「なんですか?この・・・え?隆史さん?」

 

ヤバイ、正直本人がいないからここまで言えたんだけども、本人来ちゃったー。

もういいや。最後まで行っちゃえ。

 

「やあ。久しぶり愛里寿」

 

「!?///」

 

あー普段「ちゃん」付けして呼んでいたからな~。この場面で他人行儀はまずい。あえての呼び捨て。

 

このおっさんを知っているのだろう。早々に俺の後ろの隠れてしまった。カワユス

グギギギと唸っているしか無いのかな?この牛蛙は。

 

「結局の所、両人の想いですわよ?理事長。ですので今回の件はお断りします」

 

「こ・・・この儂に恥を!!!!」

 

何か暴れ出そうとしてる。いいねぇ・・・来いや。

 

「あーちなみに、隆史さんのお母様。その方ですね。かの有名な『車外の血暴者』ですので。お暴れるになるのでしたら覚悟してどうぞ」

 

「「「!!!???」」」

 

なにその二つ名!?おかん若い頃何やったの!?「車外」ってのが、すっげー気になる!

 

「グ・・・お・・覚えていろよ小僧!」

 

「三下の名台詞ありがとうございます。ご要望には、課金が必要になりますがよろしいですか?」

 

「ぐ!」

 

無言でバタンッと逃げるように出ていった。

さて。これで俺にも戦車道大会で優勝を目指す理由が出来た。実績を積まないと。

またあいつが何かしらしてくるな。

 

 

なんか燃えてきた

 

 

 

・・・疲れた。椅子に座り込む。

 

「千代さん・・・。こういう事だったんだよな。『時間稼ぎになってくれ』と。すっげぇ疲れた」

 

「いえ、要望以上でした・・・。事がほぼ終わりました。すごいですね。全て前フリ無しで応えてくれました・・・隆史さん」

 

まぁなんとなくわかったし、鬱憤も晴らせた。

 

つまりは、愛里寿ちゃんをあの爺にやりたくない。家元就任で全て白紙にできるが、それまでの間俺を代役にして

事実上あのクソから守りたいと。そのお願いで呼び出したんだな。

 

「あーいや。置いてきぼりの愛里寿ちゃんに説明してあげて下さい。っあいた!」

 

ペチっと叩かれる。

 

「愛里寿でいい。・・・違う。愛里寿じゃなきゃ嫌」

 

ちゃん付けは止めろと。

 

「母上説明してください」

 

んー。と考える千代さん。

 

・・・ヤバイ。この千代さんはマズイ!何が?目が!!

 

「隆史さんが、愛里寿と結婚してくれるそうよ?」

 

「!!?」

 

バッバッ!と俺と千代さんを交互に見る。

 

「いやいやいや!」

 

その後、説明が大変だった。

 

 

 

--------------

-------

---

 

結局次の日、久しぶりに愛里寿と一日遊んだ。

呼び捨てで、良いと言うので呼ぶと顔が一々赤くなる。カワユス

確か大洗にボコランドという摩訶不思議な施設があるな。今度連れて行ってやろう。

 

その翌日が、みほ達の練習試合だった。急いで帰らないと。

しかし帰り際、携帯が見つからない。さすがに焦る。

 

「隆史さ~ん。コレナニ?」

 

「」

 

すっげぇ嬉しそうに、俺の携帯で、しほさんとまほの例の写真をスライドされて見せられてる。

え・・・。携帯指紋認証なんですけど・・・寝てる間に・・・ア・・・そっすか。

 

「WA・TA・SI・MO!!」×2

 

母子揃ってお願いされる。しょうがないと応じるしかない。多分断ると監禁される・・・。

バッシャバッシャ写真を取られる。

 

おかーーーーーーーーーーーーーーん!!なに普通に撮ってんだ!

 

千代さん近い近い!なんでしほさんと張り合うの!?耳に息やめて!!!

胸!!!胸ぇ!!!!!首舐めないで!!

 

「隆史さんは、胸大きい方がいいの?」

 

愛里寿に恐ろしい質問をされる。

 

「」

 

「母上の時、嬉しそうだった・・・」

 

「」

 

ニヤニヤ千代さんがすっごい嬉しそう。

だから真顔で答える。慈愛に満ちた顔で。

 

「いいかい愛里寿。その質問は、哲学の域だよ。おいそれと聞いてはいけないヨ」

 

勘弁してください。千代さんこういう時、すっごい生き生きしてるのなんで!?

 

「大丈夫よ。愛里寿は私の娘ですから。隆史君好みになります。がんばりましょうね」

 

何を!!??

更に怖い事を帰り際に言ってきた。

 

 

 

 

 

「あぁ。この写真。しほさんに送っておきました♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。
如何だったでしょうか。オリ設定が結構多めになってしまいました。
いろいろありますが、劇場版と時系列と合わせるとここに入れるしか無かった話です。
オリ主にとっての明確な「敵」がでました。

久しぶりに、ヘタレじゃないオリ主が書けました。オカエリ~

おかんの話も書いたら面白そうかと思いましたが、取り合えづ本編完結したら・・ですね。
下済みがやっと終わりました。

何はともあれ・・・

島田家、参戦!!


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第11話~転生者の望みは絶たれそうです!~

先日、島田家に宿泊させてもらった。

早朝出立し、試合開始前には大洗町に到着できた。

まだ学園艦も着港していないだろう。

前日の夜に、学校の皆に迷惑をかけたとお詫びのつもりで「魚の目プリン」を大量に作った。

ほぼ半日使ってしまったが、島田家の調理場の利便性の良さも有りうまくいった。

青森のバイト先、飯所「魚の目」で開発した自作品。女の子が多いし、まぁ喜んでくれるとうれしい。

あの母娘には、すこぶる評判だったので大丈夫だろう。

 

やっと戻れたと思った俺は今、なぜか・・・千代さんに腕を組まれて歩いている。

 

「このお店ならいいかしら?」

 

「・・・勘弁してください。」

 

娘の将来が変わるかもしれない、俺の所属高校「大洗学園」で本日行われる練習試合。

見ておきたいと思うのはわかる。わかりますが、なぜ俺の車を買うという話になるんですか?

 

「せっかく、免許を持っているのに車がないと意味がないでしょう?」

 

「だからって、買って頂かなくて結構ですよ・・・。」

 

「あら。未来の娘の旦那様にプレゼントするのが、そんなにおかしいかしら?」

 

「おかしいです。そもそも時間稼ぎで、家元襲名したら縁談破棄って話でしょうが。」

 

そう。そういう話になっている。なっていますよね?ね?

 

「まぁ冗談抜きで、お礼のつもりではあるの。隆史君のおかげで非常に良い状態になりました。」

 

「それらしい事言って誤魔化してません?それに、そろそろ腕を離してくださいよ。」

 

「い・や♪」

 

正直この状態はよろしくない。何とか別れて学校の皆と合流したい。が、携帯電話を人質ならぬ物質に取られている。

千代さんが、先程からなぜかツーショット写メをパシャパシャ取って、執拗に携帯をいじっている。

その直後に、ブーブーと千代さんの胸が震える。

 

「それに、いい加減俺の携帯電話かえしてくださいよ・・・。本当に。」

 

「いつでも取ればいいでしょ?どうぞ。」

 

胸を突き出す千代さん。・・・そう今、俺の携帯は千代さんの胸の間だ。

ヘリから降りる時に、携帯を落としてしまった。

落としてしまった携帯を千代さんが拾ってくれたのは良いのだけど・・・そのままブラウスのボタンを一つ外しその中に入れてしまった。

手が出せない。帰るまで返してくれないつもりなのか。

この人は清楚なのか大胆なのか、よくわからない。

 

「犯罪者には、なりたくないです。」

 

「別に私は良いのだけれど?ン・・・しほさんが先程から鬱陶しいですね。」

 

「何故しほさんの名前が・・・?」

 

ブーブー先程から胸が震える。たまに出す色っぽい声をやめてください。

 

「先程から撮った写真をしほさんに全て送っているからよ♪」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

え?何?良く聞こえなかった?

 

 

「貴方、彼女のお気に入りですし、どうなるかなぁって♪」

 

「」

 

さっきから感じていた悪寒は、それか。風邪ひいたんじゃなかったんだ~。

もっと悪状況になってたのかぁ~。

 

「あぁ、大丈夫よ?携帯、下着の間に入ってるから振動で落ちて壊れたりしないから。」

 

「んな事心配してません!なんでそんな事!?この後、あの人ここに来るんですよ!?」

 

今回の状況とみほの状況を隠れて見たいと、ここに来る予定になっていた。

例の島田家お姫様だっこの写真を送られて即座に着信があった。携帯に向かっての土下座は、初めての経験だったなぁ・・・。

一応、千代さんより大まかな説明をしてもらったのだけれど、俺の口から直接聞きたいという事で、本日ご降臨なされる。

 

「千代さんも知ってますよね?何でそんな事するんですか!?」

 

しほさんと千代さんのどういった関係かは、みほから聞いた事があった。

 

「そうね。敢えて言うなら・・嫌がらせかしら♪」

 

誰か助けて・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな格言を知ってる?」

 

あの方は、いませんでした。

ペコは、ひどくガッカリしていましたけれど、だからと言って試合前の相手に…。

しかも殿方の事を聞くのも品がありませんわ。

 

さて。この方が「西住 みほ」さんなのかしら?

まほさんと雰囲気は余り似ていませんけど。

あの方が、必要に気に掛けていた方。

・・・少々やけますわね。

 

「イギリス人は、恋愛と戦争では・・・。」

 

しかし、正直驚きましたわ。

素人の寄せ集めとお聞きしていましたのに。

始めは初心者に胸を貸す気でお相手しましたが、市街戦に持ち込まれ

尚且つ、ここまでおやりになるとは思いもしませんでしたわ。

 

Ⅳ号戦車。

 

あの車両のみ、奇抜なカラーリングも無し。

動きに躊躇も無い。

間違いなく経験者ですわね。

そう・・。多分、彼女が隊長。

 

彼女が「西住 みほ」さん・・・。

 

「手段を選ばない!」

 

全車両、砲身を向ける。

4対1。

最後は呆気ないものですわね。これで終わり。

 

「さんじょ~!」

 

 

右方より先程リタイアしたと思われた悪趣味な金色にカラーリングされた車両が、前方に乱入し停止。

零距離射程で、発砲するも・・何故この距離でお外しになるのかしら・・・。

 

ドゴン!!

 

四車両の一斉砲撃。

一両撃破・・・即座にⅣ号が、急速発進。

隙を突かれ撤退際に一両撃破された。

素早い。

煙に巻かれ視界が塞がれ判断が遅れた。

視界から急速に消える。

 

「回り込みなさい。至急!」

 

 

 

 

 

 

・・・結果から申し上げましょう。

 

私達は「敗北」しました。

 

試合には確かに「勝利」しました。

 

最後、逃がしたⅣ号に二両をまとめて撃破されてしまう。

道路交差点間際、壁に姿を隠し接近され、ほぼ零距離からの砲撃で一両撃破される。

離脱すると思わせ、視界の外で旋回され、また零距離射程に近づかれ砲撃で、もう一両。

そこで私の車両も一発頂き、被弾。

 

最後、突撃で仕掛けられた時も返り討ちにするつもりが、

フェイントに引っ掛かり、砲身の回頭も動きについて行けず再度被弾。

 

即座にこちらも砲撃・・・試合に勝利した。勝ったとはいえ、強豪校とは言えない勝利の仕方ですわ。

これでは、私達は戦車の性能「のみ」で勝利したとしか思えません。

大手を振って「勝ちました」とは、とても言えませんしね。

・・・あの一両に、全てやられた様なものですわ。

 

「無様ですわね・・・。」

 

でも、あれは本当に西住流なのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重い音を響かせ、走行不能になった私達の戦車が運ばれていく。

煤だらけの体で、呆然と見送っていた。

 

「あんこう踊り・・・。」

 

沙織さんが呟くのが聞こえる。

結局私達は、負けてしまった。みんな初めての試合で仕方がないとは思うけど、やっぱり何か悔しい。

こんな感情も久しぶりだな。

運ばれていく戦車を見送っていると、後ろでバタンと車のドアが開閉の音が聞こえた。

 

「お疲れさん。」

 

一斉に皆振り向いた。そう、隆史君の声だった。

 

「隆史く~ん。遅いよもう~。終わりだよ。絶望だよ。お嫁に行けなくなるよ~。」

 

沙織さんが、項垂れながら近寄る。そんなに嫌なんだ・・・。

 

「いやいや、試合は間に合ったよ。車の中で見てたし。・・・お嫁?」

 

「車?あれ、その軽トラックって隆史君の?免許持ってたの?」

 

軽トラックで、ここまで来たようだ。本当に何していたんだろ?

 

「あれ言ってなかったっけ?ちょっと色々あってね。これからの準備とかでちょっと合流できなかったんだ。ごめんな。」

 

ちょっと体を傾けて見てみる。荷台にクーラーボックスが、いくつか積んであった。

こんな車持っていたっけ?

 

「まぁ結構、健闘したな。どうだった?えっと冷泉さん。やっぱり君すごいよ。」

 

「いや・・・まぁ何とかなった。それに私は、西住さんの命令を聞いていただけだ。」

 

前回のやり取りからか、隆史君への対応が、良くわからないみたい。

目を逸らし、ぶっきらぼうに答える。

 

「怖かった~。」

 

「刺激が凄くて、大変素晴らしかったです!」

 

苦笑して聞いている。何だろう。隆史君の様子が何か変だ。

必要以上に明るくしようとしている感じがする。私達が負けちゃったからかなぁ。

 

「優花里は・・・いいや。言わなくてもわかる。」ナンデデスカー!

 

先程より秋山さんは随分と高揚している。体中で楽しんでいたのがわかった。

 

「なぁ。みほ?」

 

「な・・何?」

 

何だろう。満足気な顔して聞いてくる。

 

「どうだった?」

 

「・・・うん。楽しかった!」

 

沙織さん達に支えられて再び戦車に乗った。実戦だった。

負けてはしまったけれど、久しぶりの高揚感に満ちている。

次は勝ちたいと、「次」を想定してしまう。

何だろう。すごく充実した気分になってくる。

 

 

 

 

「ごめんなさい。少しよろしいかしら?」

 

不意に声をかけられた。私にだよね?

 

「貴方が、隊長さんですわね?」

 

「え?あ、はい。」

 

綺麗な人だった。聖グロリアーナ学園の隊長さん。ダージリンさんだっけ。

もう一人女の人と、男性が三名。試合後の挨拶に来てくれたのだろうか?

大洗学園に続き、男女共学になった聖グロリアーナ学園。

それでも、戦車道に男性がいるのは珍しい。

 

「そう。貴女が『西住 みほ』さんね?随分と、まほさんとは違いますのね。」

 

「はい・・・。」

 

いきなり名前を言い当てれられた。お姉ちゃんまで、引き合いに出された。

実力差でも言われてしまうのだろうか・・・。そもそも何故、私を知っていたのだろう。

 

「今回の練習試合。一番の目的は、貴女に会う事でしたの。」

 

「え・・?」

 

「理由は、そこにいる「卑怯者」兼「薄情者」にお聞きになったら?」

 

私と会いたかった。え?何でだろう。

そもそも「卑怯者」兼「薄情者」って誰の・・・。ハッ!

 

「隆史君!?」

 

後ろを振り向く。

 

あ。・・・目を逸らした。その滝のような汗はナニかなぁ。

 

「1つ。「西住 みほ」さんを気にして心配ばかりしていた貴方。

 2つ。行き先も言わないで、突然の転校。

 3つ。戦車道に所属し、練習試合を申し込んできた貴方。・・・大洗学園として。」

 

クスクス笑っていたダージリンさんが、説明を始める。

 

「少し考えれば、誰でもわかりますわ。」

 

「え、でも何でそれで、私と会ってみたいって理由になるんでしょうか?」

 

ビクッ

 

「・・・本当に。お分かりになりませんか?」

 

顔を傾け、薄目にした流し目でこちらを見る。睨まれてる?え?

でもすぐに、フッと微笑を浮かべながら顔を逸らす。

 

「あそこまで隆史さんが、気に掛けていた方。どんな方か、興味があっただけですわ。」

 

「隆史さんが、青森から転校した後なんて、ペコなんて取り乱して大変でしたのよ?ねぇ・・・あれ?ペコ?」

 

ペコと呼ばれた人がいないのか、キョロキョロとするダージリンさん。

でも最初から女性は、ダージリンさんと、そこの髪をアップにしている方だけだったような。

 

「あの・・・。」

 

「あら、隆史さん。お久しぶりの挨拶も無しに何かしら?」

 

「ムグ。」ダラダラ

 

干からびるんじゃないかと思う位の汗をしている隆史君。何だろう。この言葉を送りたい。ざまぁみろ。

 

「あの・・・お久しぶりですね。ダージリンさん。ご機嫌はイカガデショウカ?」ダラダラ

 

「えぇ。ご機嫌よう。余り宜しくはないかしらね。誰かさんのお陰で。それに昔みたく気軽に、呼び捨てて頂いて結構ですわよ?」

 

・・・。

 

なにその子。

 

嫌味な挨拶の返し方をされ、注目が更に集まった隆史君の腕に、女の子が腕を組んで満面の笑みを浮かべていた。

また増えた。

 

「オペ子を何とかして下さい。」

 

「ペコ・・。あなた・・・。」

 

「あ。私の事はお気になさらずに。ダージリン様は、どうぞ隆史様に嫌味タップリの挨拶を続けて、どんどん嫌われてください♪」

 

探していたのはこの子かな。

隆史君を見つけて、即座に飛びついたみたいだった。

隆史様、隆史様言って擦り寄っている。イラッ

 

「ダージリン。オペ子って、こんな娘だっけ?」

 

頭を指で押さえ、吐き出すようにダージリンさんは嘆く。

 

「隆史さん。貴方が、この娘を変えたんでしょ・・・。」

 

 

・・・。

 

・・・・・。

 

・・・・・・・ハ?

 

 

「隆史君。」

 

ビクッ「はい!!」

 

「この娘に何したの?ナニしたの?ナ・ニ・シ・タ・ノ!?」

 

「フー・・。ちなみにワタクシモ、サレマシタワ。」

 

「」ガタガタガタ

 

隆史君の目が泳ぐ。

沙織さん達に助けを求めたいのだろうけど、彼女達も女の子。

何か不誠実をしたのかと、隆史君を睨んでいます。

 

やっぱ友達っていいねっ♪

 

 

「やーやー。何か面白いことになってるね~。」

 

会長達、生徒会役員がやって来た。チッ

しかし、どうだろう。味方に引き入れて一気に追撃しようかな。

今が攻め時だろうしね。

 

「」ガタガタガタ

 

「ちょっと、話聞こえてたんだけどさぁ。隆史ちゃんって・・・ひょっとして女の敵ぃ?」

 

ブンブンブンブンと青い顔を振っているのだけれど説得力が無い。ドウシヨウ。コノ・・・。

 

「西住ちゃんもさぁ。そろそろ愛想も尽きたと思うんだけどぉ。どーだろ?」

 

「そうですね!そこら辺で、何やってたか分からないような人!!」

 

あ。しまった。怒りに身を任せて言ってしまった。

 

会長がニタァと笑った。

 

「まーまー。冗談はここら辺にしようか。多分だけど、ダージリン。彼に飲ませたね?」

 

・・・あ。そうか。

一応、人が行き交う場所だ。未成年が「お酒」と言わないように言葉を選ぶ分、会長の方が冷静だった。

あれ。私今さっき、結構致命的な事言っちゃった気がする。

 

「事故みたいな物ですけどね。ご経験がお有り?」

 

「まーねー。・・・アレは駄目だ。」ハー

 

「・・・そうですわね。刺激が強すぎますわ。」フー

 

「だからさぁ。隆史ちゃんは別に如何わしい事しようとした訳じゃないと思うから、そろそろ許してやって。」

 

沙織さん達は、渋々侮蔑の視線をやめる。

 

しかし、私はそれ所じゃない。頭の中で警報が鳴っている。

隆史君の会長を見る目が、キラキラしている。イラッ

 

「会長。悪いんですけど。この後、人と会う約束があるので、もう少し合流が遅れます。」

 

「なに?また女?」

 

聖グロリアーナの約2名含め、注目を受ける彼。

 

「・・・まぁそうですけど。みほのお母さんと・・会う約束してるんです。」

 

「え?お母さんと?」

 

「ちょっと俺が、今回抜け出した件で関係してるんです。だから、みほは今回関係してないよ。」

 

「・・・でも。」

 

それでも不安は不安だ。いきなりここにお母さんが来る。隆史君に会いに。

 

ボソッ「・・・島田家との事でね。その前に千代さんが、しほさんを盛大に、からかってな・・・。」

 

「いってらっしゃい♪」

 

即答した。うん♪関わりたくない♪

 

 

 

彼は、早々と車に乗って行ってしまった。

誰もが思った。「逃げたな」と。

 

「そんじゃ、我々も解散しようかね。あんこう踊りもあるし。」

 

会長の一言で思い出したのか、沙織さんは暗い顔になる。

 

「会長。尾形書記を行かせてよかったのですか?」

 

「いいっしょ。それともあの格好を見られたかった?」

 

みんなして顔をブンブン振る。どんな格好させられるんだろ・・・。怖くなってきた。

 

「では、私達もそろそろ。」

 

「うん、ありがとね~。」

 

ダージリンさん達は、自分達の学園艦に戻って行く。

 

「最後に、生徒会長さん。」

 

「ん?何?」

 

「如何わしい行為って、どこまでの事を指すのでしょうね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由時間。

バレー部のみんなと反省会という事で、街まで来たのだけれど逸れてしまった。

さすがに街中でユニホームは無いと、制服に着替えたのだけれど逆に目立たなくなってしまいわからない。

携帯で連絡を取って、待ち合わせまではしたけど早く合流しないと。

大体一人でいると・・・。

 

「ねぇねぇ。お姉さん暇?あ。制服着てるね~。高校生かなぁ?見えないねぇ。」

 

声を掛けられる。

茶髪でピアスで、チャラチャラして怖い。

グイグイ強引に近づいてくる。いつもだったら、忍ちゃんが追い払ってくれる。

人目にもつくし、すぐあきらめてくれると思うけど・・・。

 

「あの・・友達と待ち合わせをしてるので・・・。」

 

「いーのいーの、そういうの気にしないからwww」

 

会話すらしてくれない。どうしよう。

周りを見ても、明らかに嫌がっているのに誰も助けてくれない。

大人の人も目を逸らす。

 

「いや~君、スタイルいいねぇww本当に高校生?wwww」

 

逃げようと思ったら、手首を捕まれた。

何だろう、ゆっくり黒いワゴン車が近づいてくる。

何?怖い。

 

「いいね、いいねぇ。「みんな」喜んでくれると思うよ?」

 

やだ。本当に怖い。声が出ない。体が動かない。

ゆっくり近づいたワゴン車。後ろのドアが、ゆっくりスライドして開いていく。

嫌。嫌だ。

 

 

 

「ヘイ彼女、一緒にお昼どう?」

 

 

見慣れた人がいた。

 

「・・・どう?」

 

もう一度聞かれた。もう必死にコクコク頭を縦に振る様に頷く。

次の瞬間、すごい力でもう片方の腕を引かれた。

一瞬の事だったので、茶髪の人の手は離れた。

 

「はい。あんたら動かなーい。」

 

「あんたら、他県ナンバーだね。こんな所で目立ちすぎ。都会じゃないんだからさ。」

 

何も言わせないと、大きな声でしゃべりだした。

 

「何も用意しないで、こんな事するわけないでしょ。ハイ。後ろをご覧くださーい。」

 

私も彼らの後ろを見てみたら、警察官が2人程こちらを見ていた。

そこから、今度は彼らの行動が早かった。開いたドアに茶髪の人が乗って車を出して逃げて行った。

こちらを凄い睨みながら。先輩は結局、あの人達に一言も喋らせなかった。

 

「はい。近藤さんのナンパ成功。」

 

あっと言う間の事だった。

声を掛けられて、今のこの状況まで。

 

あぅ。膝が今になって震えてきた。ストンと腰が抜けた。

 

「あ・・あの先輩、帰っていたんですね。」

 

声が震える。

お礼言わなきゃ。

あのままだったらどうなっていたんだろう。

すごく怖かった。

 

「はい。帰ってきました。んじゃ。よっ。」

 

抱っこされた。お姫様だっこと言う奴だろうか。

今の状態じゃ確かに動けないけどびっくりした。

そのまま先輩の車だろうか?軽トラックの荷台に下ろされた。荷台って・・・。

 

「余程の馬鹿じゃなきゃ、あいつらもう来ないだろうよ。警察も絡んでると思ってね。」

 

「いえ、ありがとうございました・・・。アレ。」

 

手も震えていた。ガクガクと。こんな事は初めてだった。

震えた両手を見ていたら小さな黄色のカップを渡された。

 

「あの・・。これ。プリン?」

 

「今回の事で、みんなに迷惑掛けたから人数分用意したんだ。というか俺が作った。キモイだろ。」

 

「あ、いえ。でも。え?」

 

「あとで全員に渡すつもりだけど、余分にあるから、その一個はサービスです。」

 

「落ち着くまで、そこにいな。今は車内よりそこの方が落ち着くだろ。」

 

そういう事か。結局、キャプテン達と合流するまでいてくれた。

何か、待ち合わせをしていると言っていたけど、大丈夫だろうか。

先輩はみんなの姿が見えたら、そのまま行ってしまった。多分忍ちゃんが怖かったのだろう。

私と先輩が一緒にいるのを見かけたら、明らかに睨んでたし。

 

「大丈夫!?妙子!?アレに何もされなかった!?」

 

アレって・・・。

 

「・・・忍ちゃん。つり橋効果って本当かなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余程の馬鹿っているもんなんだなぁ・・・。」

 

しほさんと待ち合わせの場所に行ってみたら、先ほどのチャラ男が、よりにもよってしほさんナンパしていた。

怖いもの知らずという何というか・・・。

あら、珍しい。しほさん私服で来たんだ。スカート履いているのって久々に見たなぁ。

レアだ。レア!

おっと。そんな場合じゃなかった。

 

「あんたら。懲りないね。」

 

「またテメェか。」

 

待ち合わせの場所は、喫茶店の前だった。話をするのには丁度いいと思ったからだ。

今度は、人通りが少ないとでも思ったからか・・・。馬鹿だな。

でもまぁ。しほさんナンパされるんだぁ。やっぱりなぁ。

 

「通報されてるのに懲りないな。」

 

今回は、何もしていない。ただ先ほどの事があるので、警戒はしているようだ。

キョロキョロしている。すぐに黒いワゴン車が、そいつの横に止まる。

何かしてくるかな?殴られるのは得意でも、喧嘩はそんなにした事が無いから正直怖い。

 

「隆史さん。私はいいですから。」

 

一応しほさんとの間に入り、チャラ男と数分にらみ合う。

時間をかけるのも、割に合わないのかチャラ男の方があきらめる。

さぁ、とっとと捨て台詞を吐いて退散するがいい。バカめ。

 

「チッ、もういいわ。こんなババァ。」

 

 

 

 

 

 

「」

 

「・・・バ?」ピクッ

 

 

 

言葉が無い。何を言えと?

 

「若作りしてるようなババァに声かけんじゃ無かったわ。」ペッ

 

 

 

「」ガタガタ

 

「・・・・・・・・・・・ワ・・カ・・。」

 

 

 

 

お空ってこんなに赤かったっけ?

わーアスファルトって殺気でヒビ割れるんだね~。

誰か助けてー。

 

「隆史さん。」

 

「はい!!!」

 

普通に声を掛けられる。

 

「先ほど通報と言っていましたが、一度警察が絡んでいるのですね?」

 

「え?」

 

答える前に携帯を取り出し、どこかと通話をしだした。

 

「そこから見えていますね。あの車のナンバーと持ち主を調べなさい。犯罪歴等をすぐに。」

 

「ババァ!ふざけん・・・」ドサッ

 

 

チャラ男が倒れた。え?え?

 

特殊部隊みたいな格好をした兵士みたいなのが、ゾロゾロと3人、物影から出てきた。

 

「彼らは、まぁ私のボディガードのようなものです。」

 

・・・マジかよ。私設部隊もってるの!?

 

「家元。」

 

リーダーらしき隊員が、しほさんに指示を仰ぐ。

調べがついたのか、電話の会話が聞こえる。

 

「わかりました。なるほど。女の敵ですね。・・・下衆共が。」

 

ピッっと通話を切り、そのまま指示を出す。

 

「全員捕縛しなさい。抵抗するようなら・・いえ、全て無力化しなさい。」

 

異様な空間にビビったのか、車が逃げ出そうと動き出す。

が、タイヤを全て撃ち抜かれて動けなくなる。

逃げ出そうと車内から、また猿みたいなのが3人出てきた。

出てきた瞬間、全て取り押さえられる。

 

「彼は、私の連れです。手を出さないように。コレらの処分は、後日伝えます。警察にでも引き渡しておきなさい。ただ・・・。」

 

しほさんが動いた。何もしてないのに俺がビビる。隊員達もどこか様子がおかしい。

ツカツカと最初の茶髪のチャラ男に近づく。うつ伏せに倒れていた。意識が戻ったのかググッっと、体を起そうと腕に力を入れ始めた。

そのまま、そいつの肩をガッと踏み潰す勢いで、足で押さえつける。

 

「意識が、まだ有ります。私は「無力化」しなさいと命じましたよ?」

 

バシュ!バシュ!

 

バッグから拳銃らしきものを取り出し、2発そいつの背中に撃ち込む。・・・動かなくなった。

死んでないよね?

 

「りょ!了解!」

 

他の3名も意識をすぐに刈り取った。

震えが止まらない俺に、リーダー隊員から小声で声を掛けられる。

 

ボソボソ「な・・何が有ったんだ。我々は会話までは認識していない。あんな家元は見たこと無いぞ。」

 

ボソボソ「・・・あいつらが、しほさんを・・家元をババァって・・・。」ガタガタ

 

 

「「「」」」

 

 

通信で会話を聞いていたのだろう。全ての隊員の動きが止まった。

 

ボソボソ「更に・・・。」ガタガタガタ

 

ボソボソ「まだ何か言ったのか!?」ガタガタ

 

ボソボソ「わ・・若作りのババァって・・・。」ガガガガガッ!ガタガタ

 

 

「「「」」」

 

 

ボソボソ「そうか。怖かったな。よく頑張った!」ガタガタ

 

ボソボソ「怖かったです!」ガタガタガタガタ

 

隊員が慰めてくれる。その現場に立ち会ったものにしか、わからない恐怖を感じてくれたのだろう。

 

「では、撤収して下さい。すぐに「ソレ」を私の視界から消しなさい。」イライラ

 

 

 

 

こうして恐怖の時間は終わった・・・。

 

いや終わってなかった。次は俺の番だった。

 

この状態のしほさんと会話するの!?

 

 

 

「さて。では邪魔者も処理しました。では行きましょうか?隆史君。」

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。

次回はもう少し更新が早くできたらいいな・・・。


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過去・青森編
第3.1話~青森に来た雪~


青森編 オリジナル展開になります。



「はぁー……やっぱりでかいなぁ。学園艦」

 

入港停泊している、学園艦を見上げる。

早朝のバイトが終わり、賄いの朝飯を頬張りながらボケーっと、眺めている。

早朝短時間バイトは身入りが良い。その分きついけどね。

基本は、市場の近くの飯屋でバイトしている。

基本市場で働いている人御用達の飯屋だ。

 

開店時間は大体4時頃~7時頃まで。

市場の競りも終わり、賄いを外で食ってるって訳だ。

 

撤収作業をしている業者が賑わっている。皆買った魚介類をそれぞれ車に乗せ、運んで行く。

俺みたいに若いのが、出入りしているのは珍しい。

ただ…俺が老け顔なのか、あまり年相応に見られない。

よって特に奇異の目で見られる事も無い。

まぁ楽って言えば楽だ。……強がってないよ? 楽だよ?

 

「…ん? んん!?」

 

何か明るい金髪の子供が、うろうろと右往左往しとる。迷子か?

売約済のシールが貼られた、マグロに近づいては慄いているな。…なんか面白い。

マグロの目を見ては怖がり離れ、それでも何度も見に行く。面白い。

ただなぁ~、結構フォークリフトもブンブン走り回ってるし、結構危ないな。

 

それとは別に…かわいいなぁと、失礼にも写真撮っちゃった。

 

ふむ。

 

しょうがない…。

 

 

「嬢ちゃんどうした? 迷子か? ここ結構危ないぞ?」

 

声をかけてみた。

…小学生…いや、中学生低学年位だろうか?

 

「何やってるんだこんな時間に」

 

比較的和やかに、愛想よくを心がけ声をかけてみた。

おー…。睨まれた。

 

「なによ! 失礼なやつね! このカチューシャが、迷子なわけ無いでしょ!? 逆よ逆! 迷子のノンナを探してるの!」

 

OK、わかった。

 

この子は「カチューシャ」って名前で、保護者は「ノンナ」さんっていうのか。外国の方かね。

 

「もういいでしょ? ほっといて!」

 

「わかった。でもまぁ、人拐いには気を付けろよ。海外に売り飛ばされても知らんからな」

 

ピッ「……」

 

試しに軽く突き放してみた。

 

何か考えているのか、動かなくなり、ずーとマグロと見つめ合う幼女。

 

何だよ、この絵?

 

俺は様子を見てみようと、近くに座り賄いを再度食べだす。

しばらくマグロと見つめ合っていたが、幼女はなにかを探すように、今度はキョロキョロしだした。

 

目が合った。そのまま特に気にせず、モゴモゴ食ってるとトコトコこちらに寄ってきた。

幼女…えっと、カチューシャだったっけ? そのカチューシャが、俺の目の前で仁王立ちする。

 

マグロの変わりに俺を見つめてどうする。

 

「どうした? 怖くなったか? 俺が人拐いならどうするつもりだよ」

 

「こっ、怖くないわよ! 私は人を見る目はあるの! あんたの顔は怖いけどね!」

 

失礼な奴だな。自覚してるよ。

 

「一人で知らない所で、怖くないと?」

 

「そうよ!」

 

「そうかい。俺なら結構怖いと思うがね」

 

「え?」

 

「まぁ、過去に経験があるからかね。知らない土地や場所。そんな所に一人放り出されたら、俺は怖くて仕方ないがね。ましてや、周りの人間がどういう奴か分からない。…警戒ばかりしてたな」

 

「それはあんたが臆病だからよ! カチューシャは違うわ! 勇ましく勇敢に戦うわよ!」

 

「はっはー。そうかい…そりゃ頼もしいな。でもな? 少しぐらい臆病な方が、丁度いいもんなんだよ」

 

どっかの赤い、キャノンタイプのMSに乗ってる人が言ってたな。

 

「何よそれ! 勇敢な方がいいに決まっているでしょ!?」

 

若いなーとか思うのは、中身がおっさんだからかね。

微笑ましく見守る、目の前の幼女からクゥーと音が聞こえた。

 

「なんだ? 腹減ってんのか?」

 

「違うわよ!」

 

真っ赤になって、顔背けたらバレバレだろうが。

 

「ほれ、好きなの取りな。こっちの水筒には、味噌汁入ってるからさ。横座って飲みな」

 

すでに横に広げていた弁当箱。

それに入っていた、賄いのおにぎりの並びを目の前に出してやる。

あぁ、ちゃんと目線は合わせてな。

 

「いっ、いらないわよ!」

 

「いいから食え。一応作ったのは、バイト先のちゃんとしたプロ飯屋のおっさんだ。まだここ寒いし、腹入れとかないと体が冷えるだけだぞ」

 

「あ…あんたに施しを受け『心配してんだよ。いいから食っとけ。不味くはないからさ』」

 

差し出された弁当箱を見つめ、ムゥ…と、むくれて横に座った。

すぐ水筒のコップに味噌汁を入れてやる。

 

すぐにモコモコと、無言で食べ始めてた。

 

マジマジと見ていると、またむくれそうだし、仕方が無いから視線を投げる。

その視線の先、目の前をフォークリフトやら車が、音を出して通り過ぎて行くいつもの光景。

 

「…」

 

ボケーと暫く、いつもの光景を眺めていると、横からケプッと声がした。

食い終わったな。

 

「どうだ? 腹いっぱいになったか?」

 

「うん…。こ…この借りは、ちゃんといつか返して上げるわ! ありがたく待っていることね!」

 

「いらん」

 

「えっ?」

 

即答で、拒否させて頂きました。

意外だったのか、俺の顔を見上げている。

 

「いらんって、言ったんだ。そんなつもりでやったわけじゃない。一言「ありがとう」が、聞ければ満足だし、十分だ」

 

「…」

 

目線を自分の手に落とし、何かを考え出した。

なに躊躇してんだろう。

別にプライドがどうのって話じゃ無いだろう? まぁこのくらいの年頃はこんなものか?

 

「…………ぁ」

 

おや。

 

「ぁ…ありがと」

 

小さな声でお礼を言われた。

恥ずかしいのか、赤くなって横を向いてしまった。

 

なに? この可愛いの。

…笑って頭を撫でながら、答えてやる。

 

「どういたしまして。どうだ? これならお互い気持ちよく終われるだろ?」

 

「ふんっ。…まぁ悪い気はしないわね。……そう言えばあんた、名前は?」

 

「あら、名乗ってなかったな。尾形 隆史だ。これでも一応、高校一年」

 

「タカシ…ね」

 

 

 

 

 

---------

------

---

 

 

 

 

 

しかしまぁ驚いた。プラウダ高校の生徒だったよ、この子。

あのでっかい学園鑑から来たのか。

しかも17歳って…年上かよ。……見えねぇ。まぁ嘘だろ。背伸びしたい年頃ですかね?

 

「あんた、怪しいおっさんにしか見えなかったわよ!」

 

…老け顔なのは自覚している。しているけど、はっきり言われると少々ヘコむゾ?

 

「カチューシャは、一体ここで何していたんだ? もう競りも終わったし…ここら辺はもう商品を運んでる業者しかいないぞ?」

 

「学園艦の着港時間は結構長いのよ。たまには朝早くから下々の生活を視察するのも悪くないわ! 普段ならこんな朝早く起きないけどね!」

 

「なるほど。着港して港を見るのが楽しみで仕方が無く、早く起きすぎちゃったと。そんでもって、一緒にいたノンナさんとやらと、はぐれてしまったと…こんな所かね?」

 

「うっさいわね! 違うわよ! なに勝手に妄想してるのよ!!」

 

あら、怒られちゃった。

 

なにか可愛くて、頭をガシガシ撫でてしまった。

あ、手で弾かれた…。

 

「それよりも、あんたは何やってんのよ。こんな朝早く」

 

「バイトしてんだよ。ここで朝の4時から。そんで終わって、今は休憩中…だったんだけどね」

 

少し詳しく説明すると、まず仕事開始時間を聞いて絶句している。まぁ、早起きも慣れてしまえば、特段なんて事はないがね。

 

「ふ~ん…。大変ね! 下々の者も!」

 

「コラッ」

 

軽くチョップする。

 

「な…何すんのよっ! カチューシャにこんな事して!! 粛清するわよ! 粛清ぇ!!」

 

俺は知っている。

 

現場の大変さを。前世から今にかけて染み染み思うね。金を稼ぐ……そう、生きていくのは大変だ。

まだ社会に出ていないこの子には、分からないかもしれんがね。

 

「カチューシャ? お前、高校2年だっけか? だったらある程度、社会の事も分かるだろ?」

 

もちろん!と無い胸を偉そうに張った。

…嬉しくない。

 

「カチューシャは、プライドが高そうだから分かるよな? ここの人達も皆、自分の仕事にプライドを持って仕事をしている。それがどんな仕事でもだ。それを下々の者って、一括りに馬鹿にするな。失礼だ」

 

「…ふんっ!」

 

わかってるわよ、説教すんな! って感じで横を向かれた。

 

「さっき食った賄いだってそうだ。うまかったか?」

 

「……うん」

 

「戦車だってそうだろ? 一人一人役割がある。皆それぞれ、プライドを持って各役割をこなしているだろ? だから、プラウダ強いんだろ? そう…戦車道。カチューシャもやっているよな?」

 

「…」

 

何でわかった? みたいな顔をされた。

はっはー! 驚いた顔って、結構俺好きだな~。

 

「臭いだよ。お前の動き方もそうだけど、知り合いにガキの頃から、ずっとやってる奴がいてな。なんとなく分かるんだよ」

 

カチューシャが戦車道をしているという事は、先程何となく気がついた。

んじゃ…さっき言っていた事も本当かね? …マジで年上かよ、この幼女。

 

「ふ…ふ~ん。でも残念。プライドを持って役割をこなす? 私のチームには、そんな奴なんて殆どいないわ! ノンナくらいね!」

 

「それはお前が、周りを良く見ていないからだ。よく見てみな。活躍しない、出来ない奴でも何かしら、突出した物を持っている奴もいるさ。それを見つけて活かすのがリーダーって奴の役割だ。って、俺は思うがね?」

 

「……リーダー」

 

「しっかりと見てみな。良く観察する事だ。…そいつの代わりが他にいない奴ってのは、案外多いもんだぞ?」

 

ガシガシ頭を撫でる。

 

偉そうな事を言ってしまったが、別段変な事は言っていない。

それにこの子は、結構素直だと思う。

さっきの賄い食って、ちゃんと教えたら素直にお礼を言える。そんないい子だと、その時思った。

 

頭を撫でられながら。

 

ウゥ~…と、赤くなり唸りながらも、ハッキリと言った。

 

ほら、素直だ。

 

「わ…わかったわよ!! ちゃんと検討してあげるわ! タ…タカーシャ!!」

 

ん? タカーシャ?

 

 

 

 

 

----------

------

---

 

 

 

 

 

 

「なぁ。ノンナさんって、あの人じゃ無いのか?」

 

その後、落ち着いてから、カチューシャと市場内を肩車しながら捜索した。

 

会話をしながらの捜索。

 

やっぱりカチューシャは魚市場を見たかったって事で頑張って早起きしたそうだ。

はしゃいで、はしゃぎまくって、気がついたらノンナさんが迷子になっていた…という事らしい。

 

うん…まぁ埓が開かないので、そういう事にしておいてやろう。

 

目線が、俺よりも高いはずのカチューシャより先に、俺が何となく聞いていた容姿の美人を見つけた。

まぁプラウダの制服着ているし…すぐに分かったね。

 

長い黒髪の美人。

 

そして、どこか冷たさを感じる…そんな雰囲気。その美人さんが、慌てた様子でキョロキョロしていた。

焦ってる、焦ってる。

 

あの人じゃないかと、指差して聞いてみた。

 

「どうだ? 違うか?」

 

「ノンナーーー!!!」

 

俺の問いかけに答えるより先に、大声で呼んだ。

ふむ、どうやら正解のようだ。バタバタしだしたので、カチューシャを肩から降ろしてやった。

 

俺の仕事もここまでだな。

 

「じゃあ。ここまでだな。カチューシャ」

 

「……」

 

肩から降ろしたカチューシャは、今度は俺の指を握った。…なんだ?

 

「カチューシャ!」

 

ノンナさんとやらが、カチューシャの名を叫びながら、駆け寄ってくる。

向こうからも俺達を視認できたのだろう。

 

余程心配だったのだろうな。

 

それに合わせ、カチューシャもノンナさんに駆け寄った。

 

感動の再会かなぁ…とか、見ていたら…。

 

 

ノンナさんは、カチューシャを通り過ぎ、一緒にいた俺に…。

…飛び蹴りをかましてきた。

はい…見事な捻りを加えた、ドロップキックでした。

 

 

……

 

 

「すいません。てっきりロリコンの人拐いかと」

 

「いえ。まぁ。いいですけど…」

 

全っ然、悪びれてないなこの女…。すっげぇ棒読みだぞ。

 

「…では、カチューシャ。学園艦へ戻りましょう。ここは、非常に危険ですから」

 

「……」

 

すっげー、ガン飛ばし来やがりますよ、この女。

顔はカチューシャの顔を見ているのだけど、横目でこちらを始終睨んでいる。

警戒されているのは分かるのだが、それ以上にこの人。

 

…やだ怖い。

 

「はぁ…。まっ、いいや。んじゃあな、カチューシャ。俺はここまでだ」

 

ガリガリと、頭を掻きながらお別れの挨拶。

そのカチューシャは、顔を伏せて寂しそうにしてくれる。

まぁ指摘したらムキになって、否定してきそうだから言わないけどねぇ。

 

ま、嬉しいじゃないですか。……横の人、すっごい怖いけど。

 

「ふん! 礼を言うわ!…で? タカーシャは、これからどうするの?」

 

「!?」

 

ノンナさんが、そのセリフに目を見開く。

 

そして、そのまま俺を殺さんと睨みつけてくる。まったく…何なんだよ。

ちょっと流石に、イラついてくる。

 

あ。……すいません。

 

客観的に見たら俺って、怪しすぎるか。…睨むのも、まぁ当然だろう。

 

ん~…今何時だ?

 

携帯を開けて時間を確認した。

すでに、もう昼近くなっていた。特に用はなかったが、バイト先に顔出して帰るか。

 

「そうさなぁ。カチューシャの探し人も見つかった事だし。どっかで飯食って帰るさ」

 

「そっ」

 

なんかプイッと、横をむかれてしまった。

 

「何だ? 寂しいか?」

 

ニヤニヤして、言ってやる。

 

「さっ! 寂しくないわよ! 逆よ逆!! タカーシャが、私と別れるのが寂しいんじゃないかと思ったのよ! だって臆病なんでしょ!?」

 

まただよ…。

何が気に食わないのか、ノンナさんとやらが、殺気を含んだ視線を俺に向けてくる。

まぁいいや。これで最後だ。

 

「はっはー。良く分かったな? まぁ……俺あそこで、バイトしてるからさ。また来た時とか、見かけたら声でも掛けてやってくれ。知らない人が多いと、臆病な俺は怖くて仕方ないからなぁ。カチューシャが来てくれれば嬉しいさ。…可愛いしな!」

 

ふふんっと、鼻を鳴らして、ご機嫌になってくれたようです。このお姫様。

 

「仕方ないわねぇ! 分かったわ!」

 

…そんなこんなで、笑顔でお別れできた。

 

まぁ…もう二度と会うこともないだろ。

 

しかしノンナさんは、始終睨んできたなぁ…。

俺とまともに会話してねぇよ。

 

まっいいさ。

これで終わりだ。

 

……なんて思っていた。

 

しかし次の週。

 

カチューシャは、再び現れた。

 

…俺のバイト先に。

 

「来たわ! タカーシャ!!」

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。
カチューシャとの出会いです。

一話にまとめようかと思ったんですが、長くなりそうなのと
本編そっちのけになりそうなので何話かにわけます。


ありがとうございました。


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第3.2話~良い予兆と悪い予兆~

青森編 第2話。完全オリジナル展開となります。


 雨の日だというのに、わざわざ先日の男に会いに行くと言う。

 カチューシャが行くと言えば私はついて行くだけです。

 

 そもそも場所は知っているのでしょうか?

 ただ、市場で出会っただけ。

 情報は、近くでバイトをしているだけだという事。

 帰り際、「あそこでバイトしている」と指を指されましたが、アバウトすぎてよく分かりませんでしたし…。

 

 先日の男がいる場所は、思いの外あっさりと見つかった。

 カチューシャが、周りの市場で働く人達に聞くだけで、すぐに判明したからだ。

 3人程に聞いてみましたが、特徴と年齢を言っただけで、即答気味に答えが返ってきた。

 

 …カチューシャは、やはり知らなかったようですね。

 情報を現地調達とは。

 

 教えられた店。

 そこは汚い店だった。

 看板も潮の波風で汚れて黒ずんでいる。文字すらとても読み辛い。

 店の明かりはついているが、本当に営業をしているのかと、疑ってしまう程の風体…。

 …カチューシャは躊躇せず、店のドアを開けてしまった。

 

 開けたドアの先。

 その中であの男は、すぐ目の前の席に座っていた。

 こちらを見て、呆けた様な顔をしていた。

 

「来たわ!」

 

「い…いらっしゃい」

 

 間抜けな顔をして返事をする男。

 カチューシャは特に気にもしない。

 ただ、嬉しそうに話しかける。

 

「今日は、タカーシャに報告があるわ!」

 

「…」

 

 私は、発言しない。

 ただ横で黙っているだけいい。

 

 特に話す事も無いし、何よりカチューシャが楽しそうだった。

 邪魔はしない。……が、苛つく。

 

「取り敢えず中へお入りください。…雨だし、寒いだろ?」

 

「そうね! わかったわ!」

 

 店内に案内された。

 狭い寿司屋というか居酒屋というか…10人程で満員になる小さな店。

 どちらかといえば寿司屋に近い内装だろうか。…まぁ、そんなに行った事もありませんが。

 

 午前4時の開店から、午前6時までの2時間がピークで、行列もできるそれなりに評判の店。

 そしてピークも過ぎた8時頃。短時間営業の為、一応客足も途絶えた為と、閉店して現在にいたる…と聞かされた。

 

「タカーシャの言った通りだったわ。実際に現場で見ていたら、ちゃんと出来る子が多かったの。結構驚く動きをする子もいたし…参考になったわ!」

 

「そっか、そりゃよかった」

 

「……」

 

 カチューシャは、プラウダ高校戦車道の一戦車の車長。

 

 事実色々と人間関係はスムーズになっている。

 目上の者に認められ、悪い気をするものは少ない。反発する者も少なくなった。

 

 ただ、この男より助言をもらった結果…というのが気に入らない。

 

 ……苛つく。

 

「ふっふーん! それに、ちゃんと来てあげたんだから、臆病なタカーシャは嬉しいわよね!? ねっ!?」

 

「まぁ、はい。嬉しいです。アリガトウ」

 

 前回、別れ際の会話を思い出す。

 …何が臆病だ。

 

 ただの軽口を、カチューシャが本気にしたとも思えないが、何故またこいつに会いに来たのだろう。

 この男に報告すると言っていたが、それは建前でしょうし…現に、すでに会話が終わってしまった。

 

 それも感じ取ったのか、それともこの男は、何も考えていないだけなのだろうか? 

 

 普通にその疑問を口にした。

 

「えーと、何? 俺の顔を見に来ただけ?」

 

「そうよ! 悪い!?」

 

 特に隠す事もなく、あっさりと本心を言ってしまいました。

 

 ……。

 

 カチューシャが、普段起きない時間に起き、朝食も摂らないでこの雨の中、会いに来たというのに…。

 何を間抜け面をしているのだ。

 

 この男…、爪を剥いでやろうか?

 

「悪くは無いなぁ。…素直に嬉しい。ありがとな、カチューシャ」

 

「と…当然よね! 存分にありがたがるといいわ!!」

 

 ……その言葉から、見るからに機嫌を良くするカチューシャ。

 

 ……イラツク。

 

「あ、そういえば二人共、飯食った?」

 

 「「?」」

 

 何だ突然に。

 

「まだ食べてないけど、それが何?」

 

「あー…よし! ちょっと待っていてくれ」

 

 座っていた客席から、カウンターの裏へ回った。

 調理場に入り、包丁を取り出して、調理の為だろうか? 食材を出し始めた。

 私達に朝食を振舞おうとでもいうのだろうか?

 

「……」

 

 特に、目立つような調理方法では無い。

 ただ魚を捌くだけ……その為か、すぐに目の前に、それは出された。

 

 生魚を捌いて、切って乗せてだけ…?

 何かタレだろうか? 液体をかけていたが…。

 

 海鮮丼?…と…味噌汁。

 

「これは?」

 

「タカーシャこれ」

 

「俺がさっき食ってた物と同じものを作った。今日客が少なかったから材料はあって…まぁ余り物で悪いけどな。俺なりの賄いってやつだ」

 

 これは、お椀か? 

 

 一応スプーンも出してある。

 私達の食事が、まだだということからなのだろうか?

 しかし……。

 

「余り物? …つまり残飯ですか!? それをカチューシャに食べさせようというのですか!?」

 

 客人に…カチューシャに対しての対応がこれかと……怒りを覚えた。

 

「ノンナ。これは賄いって言うんだって。前にタカーシャが言ってたわ。残飯とは違うわ!」

 

 カチューシャが、自慢気にフォローを入れてきた。

 何故この様な男に…疑問しか沸かない。いや、怒りも沸く。

 

「いいから食ってみろ」

 

 店主だろうか? 奥の……フスマ? とやらを開け、顔と口を出してきた。

 

「何か騒がしいと思って来てみりゃ、なんだタカ坊。友達か? 彼女か?」

 

「彼女が出来るほど要領よくないっすよ。おやっさん」

 

 これも軽口だろう。

 

 彼女……。背丈からして私の事を指しているのだろうか。

 

「いくらバイトが作った物でも、うちの店の食い物を残飯呼ばわりされちゃー、黙っちゃらんねぇ。いいから食ってみろよ」

 

「……」

 

 確かに失礼な話だったのかも知れない。

 

 一応この男なりに、気を使ってくれたのだろう。

 

 箸は苦手だった。

 

 …なるほど。確かにスプーンも用意してくれている。

 先程の発言は、一方的すぎて確かに失礼だったかもしれない。

 

 無言で、出された物を口にする。

 

「……美味しい」

 

「美味しいわ!!」

 

 …何故か悔しかった。

 

「礼を言うわ!」

 

 カチューシャが讚辞を贈る。

 これは珍しい…。

 カチューシャが、素直にお礼を言うなんて。

 

「違うだろ? カチューシャ。なんつって教えた?」ペチ

 

 そう言ってこの男は、カチューシャを軽くチョップした。

 

 

 

 

 …コイツ、ブッコロシマショウ。

 

 

 

 

 私が腰の後ろに手を回した辺りで、信じられない事が起こった。

 

 

「……わかったわよ。ぁ……ありがとう。とても…美味しかっチャ!///」

 

 …最後噛んだ。

 

 これは後で、日記に記しておこう。

 

 いや違う。ソウジャナイ。

 

 カチューシャの発言が、信じられなかった。…違う。

 

 この男の言う事を、素直に聞いたカチューシャが信じられなかった。

 

 

 「「 …… 」」

 

 …どうした。

 この男と、店主らしき男性が固まっていた。

 

「……タカ坊。真鯛が一本あったな?」

 

「……尾頭付きでいいっすね?」

 

 何だ? この雰囲気は。

 先程と違い真剣な顔をしだしたぞ?

 店主が、調理道具をカチャカチャと出し始める。

 

「カチューシャ。もっと美味いもん食わせてやる…。おやっさん。明日用に、蟹の下拵えも済んでますんで、それ使っても?」

 

「よし使え。中トロも残ってたな。握ってやれ」

 

 戸惑い始める。

 何だこいつらは。

 急に蟹だ、中トロだ、鯛だの。

 

「ノンナさん」

 

 奴に急に呼ばれて、不覚にも驚いてしまった。

 本当にこいつは、鯛を取り出し包丁を入れ、捌きはじめてしまった。

 

「ノンナさん、生魚ダメっすか?」

 

「いえ…。大丈夫ですが……」

 

 狼狽える。

 

 次々に出される「料理」を。

 先程の賄いも生魚を使っていはいたが、そんなにまだ食べていなかった為か、気を使って聞いてきた。

 聞いては来たが…。

 

 日本食に詳しくない私でもわかる。これは高い。

 刺身やら煮付けやら……。

 

「ふっ……金を心配してるのか? いらねぇよ……。これはただの「賄い」だ」

 

 妙に格好をつけてた主が、自慢気な顔をする。

 ドヤ顔と言うのだったか?

 奴はそれに答えるかの様に、無言で親指を上げている。何だこのテンションは。

 

「いえ…あの……」

 

 少し気圧されてしまった……カチューシャは、目をキラキラさせながらその調理をしている姿を見ている…。

 

 突然スパーーン!と、住居側と思われるフスマ?を開けて、女将らしき方が出てきた。

 

 突然の事で、視線が集中してしまう……が、ヌッと顔を出し…ただ一言。

 

「……あんたらの給料と小遣いから折半ね」

 

 スパーーーン!と閉めて戻っていった。

 

 

 「「……」」

 

 

 二人の顔色がおかしい。

 

 

「ノンナさん」「嬢ちゃん」

 

「……何でしょう」

 

 「「 好きなだけ食ってけ! 」」

 

 

 

 

 

 

 

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 ここの所、私はおかしい。

 

 情緒不安定というのだろうか?

 原因はわかってはいる。

 

 …あの男だ。

 

 カチューシャは、気に入った人物、認めた者にしか「あだ名」をつけない。

 特に自分の名を入れた「あだ名」をつけるのは滅多に無い。

 

 会ってから数時間程しか一緒にいなかった奴に、その「あだ名」を与えたのが信じられなかった。

 いくつか助言をもらった様だったが、それを何かは教えてもらえなかった。

 その助言のおかげだろうか? 

 

 …たった一週間で我が部隊が目に見えて変わった。

 

 今まで目立たなかった者。使えないと判断した者すら、再度取り立て編成を見直した。

 カチューシャは、そんな事は今までしなかった。考えすらしなかっただろう。

 しかし、たった一週間。

 

 たった一週間で、一部記録を塗り替えていった。

 

 そこからだろうか。

 

 カチューシャのあの男に対する、信頼度が跳ね上がったのは。

 奴には頻繁に会いに行くようになっていった。

 ヘリまで使い、着港日以外もたまに出向いていった。

 

 カチューシャは、戦車道の話まで奴にしていた。

 相談していた。

 

 その答えが、また結果を生む。

 

 部隊内からは特に不満は出ていない。

 適材適所に人員を配置。出かける度に新たな案を持ち帰る。

 

 記録も新たに塗り替え、しかも部隊員のストレスケアまでやってのけた。

 部隊内、部隊外でもカチューシャの人気が上がっていく。

 それは良い。それは良いのだが……。

 

 カチューシャが奴に、依存し始めていると思った。

 

 苛つく。

 

 ただイラツク。

 

 私の立つ瀬がない。

 奴がわからない。何者だ。あいつは。

 

 数ヶ月後、青森港の現場の人間との交流関係すら生み出した。

 青森港は、プラウダ高校学園艦の停泊地ではある。…が、地元の人間達とは特に交流は無かった。

 寧ろ、疎まれていたのではないかとさえ思われる。

 食品を扱う様な職場付近を、戦車で移動していれば…まぁ、良い顔はしまい。

 

 しかし、奴はカチューシャと共に私まで近隣に紹介し始めた。

 私達は目立つ。

 よく顔を出していれば必然と覚えられる。歩いているだけで挨拶までされ始めた。

 

 行く度に金銭も無いのに、ご馳走をしてくれる店もあった。

 カチューシャの…いや。あの男から「助言をもらって変わったカチューシャ」の人気が凄かった。

 

 ファンクラブとやらも、できたそうだ。それは納得しよう。ウン

 ……何故か私にもあるそうだ。

 その会員とやらには「睨んで罵って下さい」だの「踏んで下さい」だの言われる。

 それは気持ち悪かった。冷たくあしらうと何故か、そいつらは喜ぶ。どうしたらいいのだろう……。

 

 ……今の生活。

 

 青森港の行来と交流。悔しい事に私も楽しんでいた。

 

 そう…楽しいのだ。

 カチューシャが喜べば私はうれしい。

 それだけだと思っていたのに、その気持ちに気がついた。

 

 ……私は今の生活が楽しい。

 

 そんな気持ちの中…今年度の戦車道大会は、順調に勝ち進んでいる。

 順調すぎる。こちらの被害は、ほぼ無い。

 

 そして次は決勝戦。

 

 これも、あの男のお陰なのだろうか?

 あの男は、港の連中を引き連れて応援にも来ていた。

 

 またそれが、カチューシャと部隊の士気が上げる。

 あの男は今、ある意味参謀の立ち位置と同じだろう。

 

 部隊員の管理を裏でしている様なものだった。

 カチューシャからあの男への相談が「人」の扱い方だ。

 …また、それに的確に奴は答える。

 特に不平不満の解消が上手かった。

 しかし、作戦等には一切口を出さない。

 そう、余計な口出しはしない。「後は、カチューシャの領分だろう?」「当然ね!」と、この会話のやり取りは、何度も聞いた。

 …そうしてプラウダ高校は、更に強化されていった。

 

 カチューシャの奴への信頼と共に。

 

 私の何がダメだったのだろう。副隊長は私だ。あいつではない。

 あの男にできて、私には出来なかった。

 

 もうすぐ決勝戦だ。

 この気持ちのままでは、カチューシャに迷惑をかけてしまう。

 戦場で迷いはいらない。

 特に相手は、あの…黒森峰学園。

 

 排除…。

 

 そうだ…。

 

 問題を排除しよう。

 

 奴を調べさせよう。

 

 どんな些細な事でも良い。

 

 諜報部を呼び命令を下す。

 当然、不審に思うだろう。

 調査対象が、ただの男子高校生。

 港でバイトで働いているだけの男……何を調べろと?

 

 だが念の為だ。

 

 何かないか?

 

 生立ち、犯罪歴、何でもいい。

 

 あの男に、カチューシャを……トラレナイタメニ。

 

 

 

 

 

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 後日、諜報部が喜々として報告に来た。

「何故この男を調査対象に選ばれたのですか?」など、「良く見破られましたね!」

 そんな事を言われたが、そんな事はどうでもいい。

 

「いいから、報告書を見せてください」

 

 結果が早く知りたい。

 何故、諜報部が喜ぶのかと。

 

「…っ!」

 

 調査の結果…あの男は「西住流」の関係者だった。

 血は繋がってはいない。

 いないが、西住流本家の娘。あの有名な「黒森峰の西住姉妹」との幼馴染だった。

 

 今も頻繁に連絡はとっているとの事。

 ……幼少より戦車道も男ながらに学んでいたという事だろう。

 親も戦車道「西住流師範」…この親の事は、意外だった。

 

 なる程、戦車道に詳しいはずだ。

 ナルホド納得した。

 

 見つけた。

 

 見つけた。見つけた。

 

「ミツケタ」

 

 これが、何か突破口にならないかとほくそ笑む。

「西住流関係者」「黒森峰の関係者」「黒森峰の西住姉妹の内通者」……十分だ。

 すぐに行動に出よう。他にも情報はあったが、これだけで何とかなるだろう。

 カチューシャを取り戻せる。

 

「……」

 

 ……少し待て。

 

 不自然すぎる。

 

『なぜカチューシャに近づいた? 我が学園の情報を得る為?』

 

『黒森峰側のスパイだろう。西住姉妹と連絡を取り合っていた』

 

『しかし、あの男の行動や成果は、寧ろ黒森峰にはマイナスなのでは? 我が学園に、確実に利益をもたらしていた』

 

 調べさせた結果……あの男が更に分からなくなった。

 

 チグハグだ。

 

 利益が黒森峰には無い。

 

 では、あいつは……今までの事は、ただの善意だと?

 

「……」

 

 気持ち悪い。

 

 そして…怖い。

 

 あの男が段々と怖くなっていった。

 

 このままカチューシャが、本当に取られてしまう気がして、仕方がなかった。

 今のカチューシャは、あの男の言う事には、多分なにも疑問も持たないで、聞いてしまうだろう。

 

 ステラレル?

 

「……」

 

 …直接カチューシャに報告しよう。

 

 ありのままを。

 

 それで多少なりとも、不信感をもって頂ければそれで良い。

 

 それで十分な成果だろう。

 

 …そう思った。

 

 それが間違いだった。

 

「知ってるわよ?」

 

「……」

 

 なんですって?

 

「タカーシャと『黒森峰の西住姉妹』との関係でしょ? ちょこちょこ聞かれたわ。あいつらは、私から見てどうなのか〜? とかね」

 

「わ……我らの部隊編成や、そういった内部情報等を聞かれた事は……」

 

 ……

 

「無いわね。戦車の名前すら良くわからないみたい」

 

 ……

 

「タカーシャは、あの姉妹が心配だって言ってたけど…。あの悪魔みたいな奴らの何を心配するってのよ……」

 

 ……

 

「連絡を取り合ってるのも知ってるわよ? 勿論。そもそも昔の知り合いと、連絡取ることの何がおかしいのよ」

 

 ……

 

「ただ決勝戦の相手だからって、この時期は暫く連絡を控えるって言ってたわね。気にすること無いのにね」

 

 ……

 

「ノンナ? ちょっとノンナ? どうしたの?」

 

 

 そのまま返事もしないで部屋を出て行く。

 

 自室に戻り、携帯を取り出す。

 

 

 

 もういい。

 

 

 

 

 

 

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『バイトが終わった後でもいいですか?』

 

「構いません。そちらの都合に合わせます。少々お聞きしたい事があるだけですので」

 

 あの男の携帯番号は教えてもらっていた。

 次の日のアポを取り付ける。

 

 分からない。

 

 もう分からない。

 

 ……直接本人に聞いてやる。

 

 停泊中の学園艦から抜け出す。

 勿論カチューシャには内密に。

 

 早朝、早めに支度をする。カチューシャはまだ寝ているだろう。

 艦内を通り、そのまま陸へ続く階段へ。

 

 その階段下に、あの男を見つけた。

 

 おかしい。

 

 まだ、あの男は働いている時間なのでは?

 不審に思いつつも、階段を下り陸へ上がる。

 

 ……すでに見慣れた風景になってしまった。

 

「早いですね」

 

「まぁ、そういう日もあるんですよ。魚が取れなければ、客足も途絶えるってね」

 

 いつもの軽口だ。

 この男は、見た目と違い愛想がいい。その愛想もただ苛つく。

 特に急いだ様子もない。本当に早めに終わったので、ここで待っていただけなのか?

 

「貴方に、お聞きした事があります」

 

 階段を下り、早々に話を始める。

 極めて冷静に、話しを切り出したつもりだった。

 

「貴方の目的はなんですか? 何故カチューシャを…プラウダ学園に有益な事ばかりするのでしょうか? 貴方は黒森峰の人間では無いのですか? 西住姉妹に情報を渡す為でしょうか? しかし、貴方のお陰でプラウダは強くなりました。黒森峰に有益な事は何も無いのでは? 貴方の助言もおかしい! あそこまで的確に、見てもいない隊員のメンタルすら、ある程度把握した助言は異常でした! 何がしたいのですか!? カ…カチューシャをどうしたいのですか!!??」

 

 言葉が溢れてくる。

 会話の順序も曖昧だ。

 しかし聞かなければ、私の心が持たない。

 

「ちょっ! ちょっと待ってください! まくし立てないで下さい! …何が言いたいのですか?」

 

 気がついたら男の胸ぐらを掴んでいた。

 私の両肩に男の手がある。

 

「…私は貴方が嫌いだ。…気味が悪い」

 

 もはや顔すら見ていない。

 

 自分の手元に、自分自身の顔がある。

 

 声すら上手くでない。

 

 そして…やっと絞り出した言葉が……。

 

「カチューシャを……私から奪わないで…下さい……」

 

 涙声になってしまった。

 

 男は動かない。

 

 困っているのか、固まっている。

 

「まず俺に、特別な目的なんてありませんよ。カチューシャが頑張っている。だから応援する。それだけですよ? 後、俺は別に黒森峰の人間じゃありませんよ。そもそもあそこは女子高でしょう?」

 

「しかし、貴方は西住姉妹の!」

 

 男は黙る。

 カチューシャは関係を知っていた。

 

 だから何だ。

 

「あー……これは、真面目に答えないとダメだな……。場所を変えていいですか? こんな場所でする話じゃないんで」

 

 ……やはり何かあるのか?

 何でもいい…何処へでも行ってやる。

 

 この男の言う通りに、場所を人気の無い所へ移した。

 

 港の外れ。荷物や資材が置かれている場所。

 溜息をし、仕方がないとばかりに、話し出す。

 

「まず、西住姉妹との関係……。まぁ…俺らの出会いからですが」

 

 出会いなんてどうでもいい。

 この男の目的さえ分りさえすれば……そう思っていた。

 

 黙って聞いた。

 

 黙るしかなかった。

 

 この男が熊本へ引っ越し、西住流本家へ挨拶へ行った時の話。

 初めての土地で迷い、姉妹に出会う。

 暴漢との対峙、結末。

 小学生から中学へ上がり、ここ青森へ越してくる迄の経緯。

 

「……」

 

 異常だ。

 

 この男は異常だ。

 

 その話が本当だとするのならば、小学生で取る行動ではない。

 

 何故そこまで出来る。

 

 見知らぬ子供の為に。自己犠牲もそこまで来ると恐ろしい。

 

 この男の根底がソレか…。

 

「あんまり人に喋る内容ではないのですけど、包み隠さず話さないとノンナさん怒りそうですしね。まぁこんな所ですよ」

 

「……」

 

「俺はただ…あいつらが心配なだけですよ。みほ……妹の方ですけど、特にメンタル部分がちょっと心配でしてね。事件後のトラウマというか……ある部分に異常に反応するんですよ。だから、カチューシャに戦車道の試合とかで会ったり、見聞きした事があったら様子を教えて欲しかっただけです」

 

「メンタル…そう言えば、部隊員の扱いが異様にうまかったのは?」

 

 男は苦笑して答える。

 まるで思い出したく無い事を思い出すみたいに。

 

「あれは……。まぁ、昔の俺の立ち位置に似ているなと思っただけですよ。不平不満を持つ者は、最悪態度が腐ってくる。カチューシャから部隊員の態度の愚痴を聞いていて分かったのですけど、そこからアドバイスしただけです。能力が評価されない。まともに見もしないで見切りをつけられて飼い殺しにされる……そりゃ不満も持つのも当然だろってね。結構、第三者から見ればわかりやすい物ですよ。そんな大した事してません」

 

 おかしい。

 こんな答えを聞きたいわけではない。

 

 ヤメロ。

 

「これは戦争じゃない。戦車道の試合です。スポーツ? とは違うのかな……。ただ純粋にカチューシャを応援してやりたかっただけですよ」

 

 ヤメロ。

 

「港の連中と応援に行ったのだってそうですよ。すっごいですよ? カチューシャ人気。まるでアイドルだ」

 

 ヤメテ。

 

「だから…別にカチューシャを取ったり、奪ったりする気なんて毛頭無いですよ。ですから……」

 

 ……何が言いたい。

 

 放っておけと? カチューシャは貴様に惹かれている。

 

 何も出来ない。結局この男に奪われてしま……。

 

「そんなに「嫉妬」しないで下さい。カチューシャは、ノンナさんにある意味、ベタ惚れですよ?」

 

 ……

 

 …………

 

 嫉妬?

 

 顔を上げる。

 

 この男の顔を、初めてしっかり見た気がする。

 

 その男は笑っていた。

 

 困った顔をして笑っていた。

 

「カチューシャは、貴方をちゃんと見ていますよ。貴方の前だから言わないだけです。電話で話す時、8割は貴方の自慢ですよ。ノンナはすごい。ここが俺とは違うって、得意げにね」

 

 ……嫉妬。

 

 これが嫉妬。

 

 ……そうだ。私はこの人に嫉妬をしていただけだ。

 こんな感情は初めてだった。

 

 嫉妬……。

 

 普段なら反発していたかもしれない。

 

 関係無いと。誤魔化すなと。

 だけども……納得してしまった。

 それまでの彼の行動が、ソレを証明していた。

 

 そう・・この人は、本当に善意で動いていただけだ。

 

 黒森峰も関係ない。カチューシャを見ていてくれていた。

 励ましてくれた……支えてくれていた。

 

「……ッ」 

 

 急に恥ずかしくなってきた。

 

 ここまで思いつめて、呼び出してまで詰め寄って。

 冷静に考えれば分かった話ではないのか?

 

 いや待て、ここで冷静になると余計に恥ずかしくなる。

 余程の詐欺師でもない限り、二心ある人があそこまで親身にするだろうか?

 わざわざ他県にまで試合の応援に。しかも団体を引き連れて……。

 

 顔が熱くなる。

 

 何をしているのだろう私は。

 

 この人はいつも味方だった。

 

 この人は恩人だった。

 

 カチューシャを……プラウダ学園を強くしてくれた。

 

「あぁ後、すいません」

 

 なにを謝る?

 

 この場合、謝るのは私の方なのに。

 

「先程俺の事、嫌いと仰りましたが……」

 

 しまった。

 

 素直に言葉にしてしまっていた。

 

 しかし今となっては、どうすることもできない。

 

「ですから、すいません。俺は結構好きですよ? ノンナさんの事」

 

「……」

 

 ……何を言っているんだ。

 

 私はただ憎しみのみで、この人を見ていた。

 何をするにも、裏があると決めつけて……。

 

 そんな私の何が良いのか。

 

「カチューシャにベタ惚れなのは目に見えてわかるし、間違ったらちゃんと嗜める。しっかりしてますしね」

 

 やめて……。

 

「カチューシャからかったり、チョイチョイ黒い部分も見えますけどね?」

 

 やめて下さい。

 

 耳まで熱くなってきた。

 

 

「いいんじゃないんですか? それはそれで可愛くて」

 

 

 

 

 ……もう駄目だった。

 

 

 

 

 

 

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「ご迷惑をおかけしました…」

 

「いえいえ。誤解が解けて何よりです」

 

 多分、私は耳まで赤くなっているだろう。

 素直に謝罪しよう。

 後、一つ聞いておきたい事ができた。

 

「タカシさん。一つ、お聞きしてよろしいですか?」

 

「何でしょうか?」

 

「今度、戦車道大会決勝戦が行われます。ご存知かと存じますが、決勝はあの…黒森峰学園です」

 

「…はい」

 

「貴方は、どちらを応援するのでしょうか?」

 

「……」

 

 そう。これを聞いておかなければ。

 まもなく行われる決勝戦。

 

 蟠りもなく、ただ疑問に思った。

 隆史さんの判断を聞きたかった。

 

「あー……卑怯な言い方かもしれませんが、どっちの応援もしますよ」

 

 やはりそうか。

 

「何事も無く、無事に終わればそれで良いです。プラウダが勝てば一緒に喜び、黒森峰が勝てば讚辞を送る……」

 

「フフ……卑怯者ですね」

 

 カチューシャが、この人を気に入った理由が、何となくわかった。

 あの方はさすがだ。

 

 ただ私が、至らなかっただけだ。

 

 \Выходила на берег Катюша~♪/

 

 私の携帯から着信音が流れてきた。

 

 画面を確認すると、カチューシャからだった。

 もう起床されたのかと思ったら、あれから結構な時間が経過していた。

 

「出ても?」

 

「はい。どうぞ」

 

『ノンナァ! 今どこ!?』

 

「はい? 港におりますが」

 

『やっぱり……。そこにタカーシャいる!?』

 

「え? はい。いますが?」

 

『何やってんのよ、あんた達!! すごい噂聞いたわよ!?』

 

 ……。

 

「すみません。良く聞こえなかったので、もう一度お願いします」

 

 通話をスピーカーに切り替える。

 

『何やってんのあんた達!!すごい噂聞いたわよ!?』

 

 綺麗に言い直しましたね。タカシさんが、何事かと近づいて来ました。

 一緒に聞きましょうか? 何やらあったようですし。

 

『ノンナ! 学園艦降りた先で、いきなり男に寄りかかって、そのまま肩抱かれて、人気の無い所に一緒に行ったって、噂が立ってるわよ!!』

 

 ……先程の件ですね。

 

 そう見えたかもしれませんね。下船元であれは誰かに見られてもおかしくないですね。

 迂闊でした。

 

 胸ぐら掴む…が、寄りかかる。

 胸ぐら掴んだ私の肩に手を置くタカシさんが…肩を抱かれる。

 

 なる程、少し誇張されてますが。

 

『男ってタカーシャの事でしょ!? 何やってんのーーー!? どういう事ーーーー!!??』

 

「……あれかぁ。ノンナさん、色々情報が間違ってますが……誤解を解きましょうよ」

 

『タカーシャ、携帯の電源切ってるし!! 出ないの!! 貴女が説明しなさいよ!!』

 

「あ、忘れてた!」と、自身の携帯を確認されてますね。

 

 ……ふむ。

 

「カチューシャ」

 

『何よ!』

 

「大人には、色々と秘事と言うものがあるのですよ」

 

『「!?」』

 

「カチューシャには、まだ早いかもしれませんが…詮索は無粋ですよ? ねぇタカシさん?」

 

「うぇ!?」

 

『タカーシャ!? 声聞こえたわ!! 代わりなさい!! 説明ーー!!』

 

「ではカチューシャ。私はもう少しここに、タカシさんと居りますので。До свидания~」

 

『ちょっ! ノンナ!? ノン』ブッ

 

「……あの、ノンナさんや」

 

 タカシさんが青くなってますね。

 

 貴方は、黒い私も可愛いと仰ってくれました。

 

 では……

 

 

 

 可愛い私を見てもらいましょう。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 全国戦車道大会 決勝戦。優勝校は「プラウダ高校」

 

 そう。

 

 カチューシャ達の勝利に終わった。

 

 フラッグ車を仕留めたカチューシャが、MVPとして取り上げられていた。

 ……あれは、みほの戦車だったな。

 みほはフラッグ車に乗っていた。車長か~。出世したもんだね。

 ……崖を移動中、川に落ちてしまった同部隊の車両を、救出に飛び出してしまった。

 

 車長が戦車を飛び出してしまい、棒立ちになったフラッグ車。

 それをカチューシャが撃破……勝利した。

 

 カチューシャ達にはお祝いの電話。こういう事は、直接言ったほうがいい。

 興奮して「当然よ!」って燥いでた。絶対ドヤ顔だったな、ありゃ。

 

 しかし、みほには連絡がつかない。

 電話とメールのどちらも音信不通だった。

 まほちゃんは、連絡がつくにはついたが、話がまともにできない状態だった。

 

 どうしたものかね……。

 

 ノンナさんには、難しい顔をされた。事情を知っているからだろうか。気を使わせてしまった。

 カチューシャでさえ、俺の前では黒森峰の話は出さない。あの雑誌を見たからだろうか。

 

 月刊戦車道の臨時刊。

 

 今回の試合の経緯が書かれていた。

 

 ……酷かった。

 

 みほに対する記事も載っていたが、中傷しか書かれていない。

 しほさんのインタビュー記事。

 

 ……久しぶりに本気でキレてしまった。

 

 本を破り、燃やして捨てた。

 

 俺にとって後味の悪い大会になってしまった。

 優勝ムードがすごく、港で軽いお祭り騒ぎになっていた。

 

 各店セールや割引合戦が起こったが、バイト先では事情を知っているおやっさんは、それに参加しなかった。

 色々気を使わせてしまっている。本当に申し訳ない。

 それから何ヶ月か経過。俺の学年も一つ上がって高校2年生。

 

 みほと…まだ連絡が取れない。

 

 

 

 

「……」

 

 いつもの様にバイトも一段落つき、店先の掃除をしていた。

 

 競りが終わり、片付けをしている競売所。

 ボケーとそれを眺めていた。

 

 どっかで見た光景だなーって思っていましたよ。

 なんせ2回目だもの。

 

「……またか」

 

 オレンジがかった髪が綺麗な女の子。

 中学生くらいかな? 多少幼く見える。

 

 だがマグロはいない。

 ただ業者が右往左往しているだけだ。

 えらくオロオロしてるけど……どこかのお嬢様っぽいな。

 

 しょうがない……。

 

「お嬢さんどうした? 迷子か? ここ結構、危ないぞ?」

 

 カチューシャの時と同じセリフを吐く。

 

 さぁて、また睨まれるか?

 

 ビクッ「ヒッ!」

 

 ……怯えられた。

 

 大丈夫だよ~、おっちゃん怖くないよ~。

 

「……あの、俺が怖いなら誰か、女の人連れてこようか? 嬢ちゃん迷子だろ?」

 

「あ…。いえ、すみません。場所を探してまして。…ここら辺に「魚の目」ってお店が、あるはずなんですが……」

 

 あら。どこかで聞いた名前のお店ですね。

 

「それ、俺の働いている店だよ。ほれあそこ」

 

 指を指す先に出ている看板。

 

 ごめん…汚くて読めなかったか?

 

「あ……気づかなかった……」

 

「でも、もう閉店してるよ。また明日来てくれ」

 

「いえ、人に会いに来たんです。え~と「尾形 隆史」さんという人に。ご存知ですか?」

 

 こんないいトコのお嬢様の知り合いはいない。あ、西住姉妹も一応、いいトコのお嬢様か。

 

「……俺ですけど」

 

 隠す意味もないので、素直にそれにお答えしましょうか?

 

「えぇ!? あの高校生ってお聞きしたんですが……」

 

 この子は純粋に、俺の心を抉ってくるな……。

 

「はい。そろそろ私17歳になります」

 

 はっと、彼女の顔が赤くなり、何度も頭を下げられた。

 

「もう慣れてるから気にしないで。んで? 俺に用件って何でしょう?」

 

「あ、はい。これを……」

 

「……」

 

 何だろう。

 すごい豪華な便箋だけど、本当にわからん。なんだこれ。

 

「ダージリン様よりお茶会の招待状です」

 

 誰? 知らない。え?

 

「誰ですか。知らない人について行っちゃいけませんって言われてるんだけど。こんな顔だけどね」

 

 良かった少し笑ってくれた。

 緊張がこちらに伝わるほどガチガチだったものな、この子。

 

「まぁいいや、ここで話す話じゃなさそうだ。店の中で話そう」

 

「あ、はい。すみません」

 

 …ホイホイ素直についてきたけど…危うすぎる……。

 俺が人拐いならどうするつもりだ。

 というか、市場っていつから幼女拾える場所になったんだ……。

 

 店に案内する。

 ガラっとドアを開け、真ん中の席に座らせる。

 さてと、どうしたもんかね。この店の雰囲気に合わなすぎるよ、この子。

 んー…。

 取り敢えず餌付けでもしとくかね。

 

「お嬢ちゃん、もうすぐ昼飯時だけど食った?」

 

「え? あ、いえ」

 

「じゃあ、ついでに何か食ってきな」

 

「あ、いえ結構ですよ! お金も持っていませんし!」

 

「賄いで好きに食っていいんだよ。自分で作る分なら、一人も二人も手間は変わらないから。奢るってのも変だけど、何か作るよ?」

 

「でも……」

 

 どうしよう。相手はお嬢様っぽいし。時間も無いかも知れない。

 

 んー。

 

「じゃあさ、これでも食べてって」

 

 彼女の前に小さなカップとスプーンを置く。

 

 手作りのプリンだ。

 

 おやっさんに何か新しいメニューを考えろって言われてた時

 何かアンバランスなものを、ジョーク商品で作ってやろうと拵えてみた。

 甘いものが出るのが珍しいのか、一番人気になってしまった商品だ。

 

「プリン……」

 

「あー、俺が作った。試しに売りだしたら人気が出てね……俺が作ってるのがわかったら、それが珍しいのか雑誌の取材まで来てさ。すぐ売り切れる人気商品になってしまったプリンです」

 

「尾形さんが、このプリンを?」

 

「気持ち悪いかも知れませんが、味は保証します。どうぞご賞味あれ」

 

 恐る恐る食べ始めるお嬢様。

 

「……美味しい」

 

「だろ?」ドヤァ

 

 やはり女の子だ。甘いものはすっごい集中して食べている。

 暫く黙っていよう。ニヤニヤ見つめてやろう。

 

 不審者みたいに。

 

 ニヤニヤ

 

「あ、あの何でしょうか……?」

 

 気持ち悪がれらた。スンマセン。

 

「こう自分が、作ったものを旨いって食べてもらえるのは、うれしいもんだよ。お嬢さん、食べてる時が何か、小動物見たいで可愛いし」

 

「じょ…女性の食事を見つめるなんて、失礼ですよ!///」

 

 赤くなって抗議してくる。

 

 あー…いなかった。

 

 ここまで癒してくれる女の子。

 俺の周りにはいなかった。

 

 癒されるわー。

 

「それに、お嬢さんはやめてください。私高校1年生です」

 

 ……見えねぇ。

 

「あ、失礼しました。そう言えば、自己紹介もしていませんでした」

 

 食べ終わったカップを置き、姿勢を正す。

 

 

「私、オレンジペコと申します」

 




はい。閲覧ありがとうございました。
ノンナさんは、希に熱いクーデレデス。

あぁ誤字が怖い。

※追伸※
次回、過去【青森編】終了予定でしたが、雰囲気と尺の関係上後2回としました。


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第3.3話~日常の中でお茶会を~

青森編 第3話。完全オリジナル展開となります。


 聖グロリアーナ女学院 学園艦。

 

 現在、学園艦自体のエンジントラブルの為、青森港に緊急着港しているそうだ。

 結構深刻な状態の様で、復旧はいつになるか分からない。

 

 その学園艦。

 

 戦車道総隊長…ダージリンさんから、お茶会とやらに誘われた。

 面識は無い。

 名前も初めて聞いた…何で名指しで、俺なのだろう。

 

「プラウダ高校の、カチューシャ様をご存知ですよね?」

 

 オレンジペコと名乗る女の子…ニックネームか?

 

 …長い。

 その女の子から、カチューシャの名前が出た。

 

「ダージリン様と良いお付き合いをさせて頂いているのですが…前回の戦車道大会優勝後にお茶会を開いた際にですね? 随分と自慢をしていらしておりまして…」

 

「自慢?」

 

「はい。尾形さんの自慢話を、散々聞かされました…。それはもう…すごいテンションでしたよ?」

 

「…」

 

 何してんのカチューシャ。

 俺、関係ないじゃん。

 確かに口出しをした事はあったけど、たいした事してないじゃんよ。

 

「それに若干イラつ…いえ。興味をもたれたダージリン様が、お会いになりたいと…」

 

 興味本位で呼ぶとか…暇なのかねぇ? お嬢様は。

 

「しかし、ノンナさんが良く黙っていたな。俺の話の事なんぞ、途中で止めてくれそうな感じだけど」

 

 ノンナさんはカチューシャに激甘だけど、嗜める所はしっかり嗜める。

 どんな会話内容かしらんけど、部外者を引き合いに出すようなら止めてくれると思うのだけれど。

 

「そこですね」

 

「何が?」

 

「その「あのノンナさん」が、すごいキラキラした目で、終始頷いているものですから。ダージリン様が…これは珍しいと、興味を強められました」

 

「…ソウデスカ」

 

 最近、ノンナさんがおかしい。

 

 やたらと触られるというか、スキンシップが増えた。

 今までは、殺気が篭った目で一定の距離から睨んでくるのが大半だったが、この変わりようが逆にコワイ。

 ついに、俺を殺る気になってしまったのか?

 

「そういう訳で、学園艦が出立するまでの間、暇なダージリン様に付き合ってあげてください」

 

「はっきり今暇って言ったな…。戦車道の練習とかいいの? 俺もバイトと学校以外の時間しか空いてないけど…」

 

 取り敢えず、便箋をハサミで開封し中を確認。

 

 達筆な、綺麗な文字。

 

 ……

 

 …読めん。

 英語でもないし…なんだコレ。

 ひどく達筆なガイコクノオコトバ。

 

「あの…」

 

「あ、はい。何でしょう?」

 

「読めないので、できれば読んでください…」

 

 恥を忍んで、中学生にしか見えない年下の娘に頼む。

 苦笑して読んでくれた。

 

 …それは、簡単な社交辞令の挨拶と、日付が記載されていた。

 

「一週間後か…。でも俺、マナーとか一切わかりませんよ?」

 

「何で敬語なんですか? あの…午後のティータイムって感じの気安い会ですので、特に心配されなくても大丈夫ですよ?」

 

「でも。お嬢様ですよね? 何か「キャッキャ! ウフフ!」…何ですよね?」

 

「何ですか? それは」

 

 ヤバイ。

 

 何か緊張してきた。

 

「…あの、無理しなくても大丈夫ですよ? こんな言い方は変ですが、ダージリン様のいつもの思いつきですので」

 

「んぁ? いや行くよ。カチューシャ達の顔も立ててやりたいし、君も怖い思いして、ここまで届けてくれたし」

 

「…」

 

「それはそうと、オレンジペコさんや」

 

「なんでしょう?」

 

「今更だけども…あまりよく知らない男に誘われて、室内に入るものじゃあないよ」

 

「え?」

 

 先程、俺に誘われて店に入るまでの工程を、思い返させた。

 ちょっと危ないよね。

 世間知らずを地で行きそうだし、この娘。

 

「そうですね。ちょっと軽率でしたね」

 

「誘った俺が、言う事では無いけどね。まぁ俺は、癒されたからいいけど」

 

「…癒されたって、私に何かしたんですか?」

 

 言ってすぐだったので、軽く警戒してきた。

 

「女の子が普通に甘いもの食べて! 普通に幸せそ~うにしてる姿を見て癒されていただけですよ。普通がいいんですよ、普通がぁ! カチューシャなんか最近プリプリしてるし! ノンナさん様子が変で怖いし! みほは案の定連絡寄越さないし!! ああああぁぁぁぁぁ!!! あれだね。雰囲気的にもオレンジペコさんは癒し系だね!!ひっっっさしぶりに癒されました! ありがとうござっした!!」

 

 ここの所、色々有りすぎて…久しぶりに心休まる光景を見たのは本当だ。

 

「わ…私は、癒し系なのですか?」

 

 若干、引き気味に尋ねられた。

 そうですね。

 即答シマショウ。

 

「はい。私の癒し系は、貴女です!!」

 

「あの…結構、疲れていらっしゃいます? 大丈夫ですか?」

 

 …心配されてしまった。

 

「…ごめん、軽く暴走した。話を戻そう。…お茶のマナーは失礼じゃない程度で、軽くでいいので教えてください」

 

「え? 私がですか?」

 

「うん。ちょっと待ってて」

 

 教えてもらう事をメモしておこうと、メモ用紙という名のチラシと、ボールペンを探す。

 ゴソゴソ探している俺を見て、オレンジペコさんが何か考え込んでいる顔をしていた。

 

「…わかりました。では、私がご指南させて頂きます!」

 

 フンスッ! と、立ち上がり…何か決意したような目をしていた。

 大きな青い目が、何か静かに燃えている…。

 

「では、今日と同じこの時間。…毎日しっかりと、指南役を務めさせて頂きます!!」

 

 …え?

 

 なんで、急にやる気になったの? この子。

 

「実はもうすぐ我校は、男女共学になるんです。私も少しは、殿方と話をするのに慣れておかないと!」

 

 あぁ、なるほどな。

 男に対して免疫を作りたいと。

 それは俺をある程度、信用に足る人間だと判断してくれての事だろうか?

 でもなぁ…すげぇ気合が入ってるのが…ちょっと。

 

「……あの軽くで、良いのですけど…?」

 

「ダメです。教えるからには、しっかりと教えます」

 

 ピシャリと窘められた。

 

「では、本日は準備の為と、ダージリン様に許可を頂きに帰ります。では、これで失礼しますね。プリン、ご馳走様でした」

 

 ダージリンさんとやらに許可を貰えなければ無しって事か。

 …まぁ、無理だろ。

 彼女達も忙しいだろうしな。よくわからない男の元に、1年生の後輩を暫く派遣なんてな。

 

 まぁ、もうそんなに会うこともないだろうと、お土産にプリン一箱持たせた。「いいんですか!?」と目を輝かせてくれたのがチョット嬉しい。

 店を出て…一応という事で、近場まで送って行き、そのまま彼女は、学園艦へ帰っていった。

 

 

 

 

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「おはようございます」

 

「…」

 

 翌日の朝の7時頃。

 

 彼女はやって来た。

 

 マジでやって来た!

 

 お茶会用のだろうか?

 そのフルセットが、店の前の空いたスペースにセッティングされていた。

 店前が物凄く洋風です。

 ソファーとか…テーブルとか…。

 

 …すげぇ高価そうなんすけど!?

 

「…おはようございます。オペ子さん」

 

「オペ子? って…私の事ですか!?」

 

 不本意な呼ばれ方なのだろうか、プリプリ怒ってる。

 あらやんだ、可愛いわ。

 

「その呼ばれ方は、何か嫌です。馬鹿にされてる気がします!」

 

「…んな気は、毛頭ありません。で? オペ子さん。これは…え? どういう事?」

 

 特に変える気にもならない為、そのまま会話を続ける。

 

「尾形さんに、お茶を教える為のフルセットですよ! ちゃーんとお店の店長さんには、了承を取っていますよ」

 

 静かに微笑んで、ウチの店の責任者の許可を得ていると仰りました。 

 

 おやっさん…。

 

 おかみさんの機嫌悪かった理由は……コレか。

 

 甘い。甘いなぁ~…。 

 

 本当に、女の子に甘いなーあの親父。

 

「さぁこれから1週間。朝、学校へ行くまでは、みっちりと教えますよぉ! 学校から帰ってきたら、再開ですね!」

 

 わー。すごいやる気になってるよ。

 何故そこまで自分の時間を裂いてまで、良く知らない俺に付き合ってくれるのだろう…。

 間接的にダージリンさんとやら為か。前に言っていた男に対しての免疫を作るためか…。

 どちらにせよ…ここまでしてくれたんだ。

 真面目に誠意を持って応えようか。

 

「では、始めますよ~」

 

 それから5日間。

 本当にきっちり、同じ時間に来て教えてくれた。

 それこそ、放課後も約束の時間にはいてくれた。

 

 この子は、やる事なす事が素早い。

 すごく、おっとりしているイメージが強かったが、まぁ…とにかく手際が良い。

 お茶を教えてくれる所しか見ていないが、それ以外にも…まぁこのお茶会セットを用意してくるあたりだろうか。

 

 基本マナー講習みたいな事をしていたが、そんなに厳しい事は言われなかった。

 雑談で紅茶を飲み、学校行って帰ってきて…また雑談して紅茶飲んで帰る。

 

 …そんな日常だった。

 

 

「尾形さん。一つ聞いておきたかったんですが、私の何処が、癒し系なのですか?」

「はい、オペ子さん。全てです。言動雰囲気全てです。ありがたや~」

 

「尾形さん。オペ子って呼び方、やめてください」

「嫌です。俺が気に入りました」

 

「尾形さん。紅茶は一気に飲み干すものではありません」

「はい、オペ子さん。熱すぎるのでおかしいと思いました」

 

「隆史さん。お茶請けのお菓子も食べても良いのですよ?」

「はい、オペ子さん。ですが、めちゃくちゃ高価そうで怖いのですよ」

 

「隆史さん。あの…たまに、何で涙ぐむんですか?」

「ここや…。ここにあったんや。ワイの平穏…」

 

 

 たった一週間。

 

 そう。一週間だけども、献身的にしてくれるオペ子さんに、色々と俺の中の何かが安らいだ。

 日常会話というのがここまでありがたく感じたことは今までなかった。

 俺の呼び方も変わってきて、多少は良く思ってくれているのだろうか。

 

 うん…。

 

 俺、疲れていたんだ…。少しぐらい休んでもいいよね…。

 

 

「さて、本番も明日となりましたが、オペ子さん」

 

「はい。何ですか? …やっぱりその愛称は、やめてくれないんですね」

 

「 結婚してください 」

 

「ブふッ!!」

 

 朝一から、紅茶を頭から霧吹き状にかぶった。

 ご褒美だと思った方は、挙手をして下さい。

 

「な…なにを言ってるんですか!!?? からかわないでください!!! なんで手を挙げているんですか!!??」

 

「いやぁ…ここまで、俺を癒してくれる人。今までいなかったなぁって…」

 

「冗談でも、言っていい事と! 悪い事があります!」

 

「人間弱ってる時に優しくされると、コロっと靡いてしまうものなんですよ?」

 

「はいはい! 3年後、気が変わってなかったら、また言ってください!」

 

 振られちゃった。

 3年というのが、また生々しかった。

 

 

 

 

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 午前の講習が終わった。

 午後の講習では、明日の為に締めにかかるとの事でした。

 授業が終わり、早々にいつもの場所に向かう。

 オペ子が、いつも待っていてくれるのが分かる為、毎度毎度急いで帰る事が日課になっていた。

 

 だけど、今日は少し違った。

 

 いつもなら、俺より先に来ているオペ子がいない。

 代わりなのか、お茶会フルセットの場所に別の人がいた。

 誰だ?あの…。

 

 …誰?

 

「 ご機嫌よう 」

 

「え? はい。ご機嫌よう…。どちら様でしょう?」

 

 静かに挨拶をしてきた。

 俺に言ったんだよな? こんな令嬢とも言えるような雰囲気の人の知り合いはいない。

 

 …ごめん。オペ子以外にいない。

 

 ………さらにごめん。まほちゃんと、みほも一応ご令嬢と言える人物だったよ…。

 

 まぁいいや。

 

 この女性。

 

 格好は、オペ子と同じ制服を来ている。

 聖グロリアーナの制服…髪型も同じだ。

 透き通る様な金髪、碧眼…。

 

 誰だろう。

 

 自己紹介を待っていると、何か言い出した。

 

「何を言っているのかしら? オレンジペコでしてよ? さぁ、本日も講習を始めましょう?」

 

「……」

 

 もう一度言おう。

 

 何か言い出した。

 

 というか…なんだその、ドヤ顔。

 

( もうすでに、バレているのに… )

( 大丈夫ですわ! ダージリン様は、完璧ですのよ!! )

 

 …聞こえた。

 どこか近くにでも、隠れているんだろ。

 聞き慣れた声と、聞きなれない声の二つ。

 

 …あぁ。

 

 ()()が、例のダージリンさんか。

 本当にお嬢様ってのは暇なのか?

 一応、戦車道の強豪校なんだろ?

 なに、こんな所で油売ってるんだろ…。

 

 そもそもオペ子にでも、変装しているつもりなのだろうか?

 髪型が同じなだけのような気もするが、何か同じなのか?

 

 しかし…。

 

( 隆史さん、完全に呆れた顔してますけど… )

( 大丈夫ですわよ!! ダージリン様、かんっっぺきに変装してますから!!!  )

 

 …オペ子は兎も角…もう一人だ。

 隠れる気があんのか? 丸聞こえだ。

 

 ……。

 

 …………ニタァ…。

 

 

「あぁ、そうだった、そうだった。んじゃあ、オレンジペコ。本日もよろしくお願いします」

 

「えぇ、よろしくて…よろしくお願いしますわ」

 

 …似せる気が、あんのか? こいつ。

 

( ほら! 大丈夫でしたわ! )

( …隆史さんって、お馬鹿さんなんでしょうか…? )

 

「……」

 

「あら? どうかされまして?」

 

「…いえ」

 

 …オペ子が酷かった。

 わざわざ呼び方まで、分かりやすい様に戻したのに…。

 

「では本日は、明日の為に最後の講習でしたわね。…よね?」

 

「…そうですね」

 

( さっっすが、ダージリン様! 完璧ですわ! あの殿方も、普通に会話を始めましたし、気づいていませんわ!! )

( …隆史さん。私の顔も、まともに見てくれていなかったのでしょうか… )

 

 …よし。

 

 呼び方まで戻したのに、気がつかなかったオペ子。お前が悪い。

 少々、思い知れ。

 

「ふふ…。始める前に、少々聞きたい事がございます…よろしいかしら?」

 

 ドヤ顔が…イラっとくるな。

 

「はい。なんでしょうか? オレンジペコさん」

 

「私…いえ。ダージリン様の事を、この前どのように話しましたっけ?」

 

 …だから…似せる気……あぁ、もういい。

 

「あ~……。格言好きをこじらせて、よく分からない事をのたまわってるって、言ってましたよね?」

 

((  ))

 

「……ペコォォォ」

 

( 言ってません! 言ってませんよ!! そんな事ぉ!!! )

( オレンジペコさん…。そんな本当の事を… )

 

「あ~…でも、才色兼備で、ダージリンさん目当てで聖グロリアーナに入学してくる生徒や、編入手続きをしてくる生徒もいるとか…。大人気で憧れの的とも言っていたね」

 

「…そ…そう?♪」

 

 …チョロ過ぎるだろ。

 

( フォロー入れてる!? これ絶対、気がついてますよ! もうっ! )

( 大丈夫ですわよ! まだ行けますわ! )

( 私の心臓が、大丈夫じゃありませんよ… )

 

「ふふ…少し早いけれど、もういいかしら?」

 

 何かに満足したのか…ドヤ顔が最高潮に達していた。

 

「実は、何を隠そうワタクシ『 あぁ。オレンジペコ? いつもの、いいのか? 』」

 

 先ほどの呟き…。

 正体を明かして、終わらそうとするが…そうはいかん。

 

「いつもの?」

 

 終わらそうとしたが「いつもの」が、気になるのだろう。

 問い返して来た。

 

( 隆史さん…何を言う気ですか…? )

( いつもの? オレンジペコさん…なんの事ですの? )

 

 

 

「ほら。毎日、スカート捲し上げてくれて『 本日の下着はどうでしょう? 』って、聞いてくるじゃん」

 

 

((「!!!???」))ガタッ!!

 

 

「…男女の仲は、時間は関係無いと言いますが……ペコ。殿方といつの間に、そこまでの…」

 

( …さすがオレンジペコさん )

( やってません! 聞いていません!! 何言ってんですか!! 隆史さっムグ! )

( バレます。黙りなさい )

( …アッサム様。いたんですのね… )

 

 真っ赤になって、ブツブツと何かを呟いているダーさん。

 …ウフフ。

 オペ子の焦った様な声も聞こえてきたね。

 

「ん? 今日は、いいの?」

 

「ほ…本日は、よろし『 あれぇ? ひょっとして、違う人ぉ? 』」

 

「え…ええ! そうなんっ『 で も 』」

 

「俺、色々あって「騙される」の本当に死ぬほど嫌いなの…知ってるはずだよね。そんな人の嫌な事、する人じゃないよね~。オレンジペコも…ダージリンさんって人も」

 

「ムグ!!!」

 

 もうバレてるのが、分かりそうなものだけど…テンパッているのか、ただ真っ赤になっていくねぇ。

 実際、前世の事もあり「騙される事」が、嫌いなのをオペ子には言ってある。

 性格上、ダージリンさんにも報告しているだろうと踏んだが…やっぱり聞いていたんだねぇ。アッハッハッハ

 

( ムー!!(ゼッタイバレテル!!) )

( アッサム様。オレンジペコさん、苦しそうですわよ? )

( ダージリンが真っ赤に追い詰めらる姿なんて、そうは見れないものよ? )

 

 お嬢様って、いい性格してるな~。

 

 ダージリンさんとやらは……はっはー。耳まで真っ赤だねぇ。

 いやー葛藤してるな~。

 人はもういないけど、往来だしねぇ~。

 キョロキョロして、プルプルしてるな~。

 

「淑女が…人前で…。騙しているとはいえ…いや…でもっ!」

 

 キッと、こちらを上目使いで睨んできた。

 謝ってくるかなぁ…とか、思って見ていると…。

 

 動いた…。 

 

 両手の指先で、スカートの端を持つと… ゆっくりスカートを上げていく。

 

 おいおい…マジかよ。

 

「わっ! わかりましたっ!! 私は今や、オレンジペコ!! 見事、演じて見せますわ!!」

 

 錯乱してる、錯乱してる。

 演じるって言っちゃってるよ。

 涙目になるくらいなら、やめればいいのに…。

 

 …まったく。

 

「ではっっ! 本日の『 嘘ですよ 』」

 

「……ゑ?」

 

 

「 嘘 ・ で ・ す ・ よ 」

 

 

「……」

 

「オペ子はそんな事しちゃいないよ。どこの痴女だよ。……あんた、ダージリンさんだろ?」

 

「……」

 

 完全に停止しちゃってるなぁ。

 スカートを摘んだ状態から動かない。

 

 ナニコレ。

 

「……」

 

「…オ」

 

「お?」

 

「…オヤリニナリマスワネ」

 

 なに、このポンコツ。

 

 

 

 

 

 --------------

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「 隆 史 さ ん !! 」

 

「はい。何でしょう、オペ子さん」

 

「あれは無いです! あれは無いです!! あれは無いです!!!」

 

「どれの事でしょう?」

 

「スッ! すかっ!! スカーーー!!!!」

 

「はっはー! やっぱりオペ子は、癒されるなぁ」

 

 頭を撫でてやると、両手を上げてパタパタ怒ってる。

 

「やはり最初から、バレていましたか」

 

「当たり前です。髪型しか同じな所、無いじゃないですか」

 

 結局、全員出てきてもらった。

 いつものマナー講習フルセットが、普通にお茶の会場となっている。

 明日には、会えるというのに何の用だろうか?

 

「いえ…ペコが日に日に楽しみにしているお茶会講習。…その相手の殿方がどのような方なのかと…別の興味が湧きまして」

 

「…はぁ」

 

「ダージリン様もぉ!!」

 

「ペコの変装をすれば、普段どのように接しているか、分かりやすと思いましたの」

 

「…変装? え? 変装?」

 

 もう一度言って? ん?

 

「日本の方は、英国人の見分けが難しいと聞いたもので…」

 

「日本人を馬鹿にしてますね?」

 

 すげぇ事を、普通に言ったな…。

 

「ダージリン様! そろそろ本題に入ってください!」

 

 オペ子が復活した。

 いや…まだ顔が赤いな。

 ……ニヤニヤと見ていたら睨まれた。ウフフ

 

「実は、明日のお茶会なのですけど…中止になりましてね」

 

「おや…そうですか。それで今日来たと?」

 

 オペ子に注がれた紅茶を飲みながら、優雅に応答をするダージリンさん。

 先程まで真っ赤になって、スカート摘んで、固まってたポンコツには見えないなぁ。

 

 …耳が、まだ赤いけど。

 

「先程までの事は、忘れて頂けると助かりますわ…」

 

「…はぁ。はい、分かりましたよ」

 

 仕方がない…そんな言い方に真実味を感じたのか…安心したような顔をしたダージリンさん。

 

 やだ。

 

 絶対忘れねぇ。

 

 ……オペ子さん。

 やめて下さい。

 なんでこちらを見てるんですか?

 

「では、本題に入ります。我が学園艦の現在の状況はご存知かと思いますけど…少々問題が発生しましてね。我が学園艦に尾形さんをお招きしようかと思いましたけど、部外者立入禁止になってしまいましたの」

 

 あー。

 なる程なる程。船内機密もあるわな。

 部外者にウロウロされたら、困ることもあるだろうよ。

 

「それで、代わりにペコの紅茶マナー講座に、合流しようかと思いまして」

 

 …は?

 

「だって、ペコがすっごい楽しそうなんですもの」

 

「つまりは、ダージリン様の午後のティータイム。それをここで過ごしたいと。そういう事ですよ、隆史さん」

 

「…お邪魔だったかしら?」

 

 はい。お邪魔です…とも言えず、了承した。

 まぁ、この人なんか、キャラすっげーな。

 喋ってるだけで退屈しない。

 それに、みほの情報も何か持っているかも知れないし…。

 

 取り敢えず、先に次の問題を解決しよう。

 

 

「構いませんよ? まぁ俺としては、退屈しないから良いのだけれど…別に一ついいかな?」

 

「何でしょう?」

 

「…こいつは、一体どうしたらいいんだ?」

 

 赤い髪の子。

 ローズヒップと言ったか。

 オペ子と一緒になって隠れていた…いや、隠れる気があったかも定かではな子。

 先程から俺に対して、突っ掛ってくる(物理)。

 

「あんな破廉恥な事を言う殿方と! 話す事なんて有りませんわ!!」

 

 まぁ、俺も悪かったが…先ほどのスカートの件で、ダージリンとオペ子を辱めたと思ったらしく、先程から突っ込んでくる(物理)。

 

「まぁまぁ。俺も悪ノリが過ぎたけれど、君らも俺を騙そうとしてたからお相子だろ?」

 

「うっさいですわ! うっさいですわ!!」

 

 彼女の頭を、アイアンクローするみたいに左手で掴んでいる。

 掌から外れないので、腕に足でぶら下がったり蹴ったりジタバタもがいているんだけど…さぁ…。

 

 あの……さっきから、パンツまで見えてるんだけど。

 まぁ? …知らないふりするのが紳士だ。

 

「なんっですの!? ぜんっぜん、外れませんの!!」

 

「はっはー。女子供にどうにかなるような、そんな柔な鍛え方しておりません」

 

「ローズヒップ。優雅さの欠片もありませんわよ? 私達の事は、誤解だと言っているでしょう?」

 

 ダージリンが、注意するも聞き入れる気は無いらしい。

 …というか興奮しすぎて聞いてねぇ。

 それもわかっているのか、ダージリンさんも溜息しかしていない。

 

「隆史さん、これを」

 

 オペ子が、お茶会セットのお茶請けに置いてあった林檎を、右手に渡してきた。

 

「え? ナニコレ」

 

 ダージリンさんが、声をかけてくる。

 

「隆史さんとお呼びしても?」

 

「え? えぇ…はいどうぞ。で? この林檎は?」

 

「隆史さん。それ、握り潰せます?」

 

「はい、特に問題なく」

 

「では、合図で握りつぶして下さいな。ローズヒップ。隆史さんの右手を見ていなさい」

 

 よくわからないな。

 握り潰したから何だっていうのだろう。

 食いもん粗末にしたくないのだけど。

 言われた通り、ローズヒップは俺の右手の林檎を見ている。

 

「せーの…ハイ!」

 

 ご要望でしたので、一応合図に合わせ握りつぶした。

 ゴリッと。

 結構思いきりやったので、小気味よく砕け散った。

 あー…手が果汁で、ベトベトだ。

 

「…」

 

 …ローズヒップが大人しい。どうした? 俺の右手を凝視している。

 

「隆史さん。次は左手ですわ♪ せーの…」

 

「ピィ!」

 

 ローズヒップが暴れだした。マジ逃げだ。

 あーもう! スカート履いてるの忘れてるのかよ。

「ヤベーですわ!ヤベーですわ!」って涙目になっちゃってるよもう。

 …さすがに可哀想になってきた。

 

 

「はぁ…オペ子さんや」

 

 俺が呼ぶと、疲れきった顔で近くに来てくれた。

 

「何でしょう?」

 

「ダージリンさんって…その…すげぇな?」

 

「…そのうち慣れますよ」

 

 

 ローズヒップは、まだ暴れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一月程。

 ダージリン様達とお茶の時間を共にしてもらいました。

 お茶会で彼に聞きたかった事は、比較的真面目な内容。

 

 カチューシャ様より聞いていた事。

 それは彼の「人の扱い方」でした。

 プラウダ高校の内部変革は、ダージリン様も一目置いていました。

 

 こうも試合に影響するのかと。

 

 ダメ元で聞いてみた所、隆史さんはアッサリ教えてくれました。

 彼は難しくない、良くある事だとは言ってはいましたが…そこに着目できるかどうか…だと思うのですけど。

 

 ダージリン様と同じく、彼の話で一番ビックリしたのが、黒森峰の西住姉妹との関係でした。

 それも、そんなにアッサリ言ってしまって良かったのでしょうか?

 

 前回の戦車道大会決勝戦後から、妹の「西住 みほ」さんと、連絡が取れないと嘆いていましたね。

 この人は、結構な心配性だと思いました。

 

 暫く時間を共にして…どうにもダージリン様は彼を気に入ったようでした。

 後、意外にもローズヒップさんは彼をあっさりと受け入れていました。

 あの方は、根が素直と言うか…一度受け入れれば後は、心配することもないでしょう。

 

 …が、何か嫌でした。

 

 …何だろう。

 ちょっと…いや、何でもないです。

 ……思い過ごしだと思いますし。

 

 隆史さんと出会い、もう一月以上たった。

 そろそろ私達の学園艦も、修理が終る頃…。

 ここにいられる時間も、あまり多くありません。

 そんなおり、遠征中のプラウダ高校が、青森港に帰ってきました。

 

 

「タカーシャ。なにこれ」イラッ

 

「…隆史さん。説明を」イライラ

 

「」

 

 お茶会場所が、すでに集合場所となっていた今の生活。

 

 隆史さんの周りが、プラウダ高校より、すでに聖グロリアーナ色が強くなっていた為でしょうか?

 カチューシャさん達の顔色が余り良くない。

 

 というか、怒ってます。怒ってますねぇ~。

 

 そうですよね~。久しぶりに帰ってきたら、隆史さんの周りって、女性だらけ。

 それでもって、皆で仲良くお茶を楽しんでいましたからね。

 

「」ガタガタガタ

 

 …何でしょう。

 最近隆史さんが、あまり構ってくれません。

 

 今は一生懸命カチューシャさん達に説明をしている姿が…何でしょう。

「妻に浮気の言い訳をしている夫」っていう構図にしか見えませんでした。

 

 …浮気。

 

 私達そういう相手でもありませんし、彼女らもそういった…お付合いしている関係では無いのでしょうに。

 

 でも何でしょうか? この苛立ちは。

 

 正直「西住 みほ」さんを心配している彼を見るのも、最近ちょっと嫌な気分になります。

 ダージリン様は「妬けますわね」と隆史さんに冗談で言っていますが…目が結構本気なので、たまに怖いです。

 

 日常でただお茶をしていただけ…朝と夕。

 本当にただ、一緒にお話していた…それだけなんですけどね?

 

 隆史さんって、見た目の割に結構色々と話しやすいですし…結局、変な所でみんな頼ってしまっているからでしょうか?

 

 しかし、プラウダ高校の方々。…人が増えたのも有り、最初のようにゆっくりとした時間が、最近少なくなってしまいました。

 

 …なんでしょう。

 

 何故私が、寂しがっているのでしょうか?

 私はマナーを、ただ教えていただけなのですけど。

 

「じゃあ、私達の学園艦で明日やるわよ!」

 

 は! 考え込んでいて聞いていませんでした!

 

「オペ子?」

 

 まだ、聖グロリアーナ学園艦は、部外者は立入禁止だった。

 一度落ち着いて話をしたいという事で、プラウダ高校にてお茶会を明日開催するという話でした。

 用はカチューシャさん達も、隆史さんにお茶を振舞いたいと。私達だけでは不満だと言う事でしょうね。

 

「あ」

 

「どうしました? 隆史さん」

 

「お茶会に着ていく服が無い」

 

「なんですか、それは…」

 

「いやいや。プラウダも女子高だろう? お洒落する気なんて今更無いし、ドレスコードも無いと思うけど…」

 

「別になんでもいいわよ。タカーシャって、今じゃプラウダでも結構いい意味で有名人だから誰も気にしないわ!」

 

 鼻を高く言い切るカチューシャ様。

 

 何でしょう。

 隆史さんは別に貴女のモノでは無いでしょうに。

 ノンナさんも満更でもない顔してますよ。チッ

 

「でも俺ジーパンと、無地かネタ系のTシャツしか持ってないけど」

 

 「「「「 …… 」」」」

 

 たしかに今現在着ているTシャツも無地に日々平穏って墨字で書いた、良くわからないのを着ていますね…。

 センスが壊滅的です。

 

「き…気にしないわ!」

 

 強がってるじゃないですか。

 

「あぁ、そうだオペ子」

 

「え? あ、はい」

 

「後で、なんか選んでくれない? 服をそこら辺にでも、買いに行こうと思うんだけど」

 

 「「「「!?」」」」

 

「いいですけど…選ぶの私で、よろしいのですか?」

 

 ちょっと殺気を感じる。

 チラッと横目で見ると…睨まれてる。

 

 すっごい、睨まれてますよ!?

 

「いやぁ…カチューシャとノンナさんは帰ってきたばっかりで忙しいだろうし…。ダージリンはなんか予算を度外視しそうだし…」

 

「ぐっ! 確かにカチューシャ達、この後部隊の現地調整があるけど…ノンナ!?」

 

「…口惜しいですが、総隊長のカチューシャの代わりになる者がおりません」

 

「ここここんな格言をしってる?『 長くなるなら知ってる事にして。短いなら知ってる事にするから 』」

 

「」

 

 …最近、隆史さんのダージリン様の格言潰しが結構エグイです。

 

「あー、嫌なら別に『 行 き ま し ょ う 』」

 

 誰も行かないとは言ってません。

 ダージリン様は少し自重して下さい。

 

「あ…そういや、女の子と二人だけでまともに買い物って奴に行ったこと無いや。これがデートって奴なら人生初デートだな! はっはー………は?」

 

 「「「「…………」」」」

 

「あの…皆さん、どしたの?」エ?ナニ?ノンナサン!?チカイチカイ!コワイコワイコワイ!!

 

 …デート。

 

「くっ! そういえば、タカーシャってお茶の好みってあるの?」

 

 ……デート。

 

「そうですわね。特に好みとかは仰っていませんでしたわね」

 

 でぇとぉ……

 

「……」

 

 あぁはいはい、隆史さんのお茶の好みですねぇ。

 はい、ダージリンさま? 睨んだってダメです。

 

 さて…結構長い間、ティータイムを一緒に過ごしてきましたが、何でも「おいしい」と言うものだから、特に好みとか聞いてませんでしたね。

 

「参考までに、教えてちょうだい! 明日の為に合わせるわよ!?」

 

「そうねぇ…どんな香り…とかでも、よろしいですわよ? そこから選別も可能ですので!」

 

 結局2人とも興味があるのか、強く問い詰めだしましたね。

 

 ……でぇぇと。

 

「無い。何でも、おいしかった」

 

 「「…………」」

 

 一番言っちゃいけない事をこの人は…。

 

「あ、でも」

 

 バッと、その言葉に2人とも食い入りましたね。

 前屈みになる程ですか?

 

「種類じゃないけどさ。オペ子が入れてくれるのが、一番好きかなぁ」

 

 

 

 

 …。

 

 

 …うん。ずるいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故、こうなった。

 

 まず服は良かった。

 オペ子に頼んで正解だったな。

 

 選んでもらった服は、普通だった。

 本当に普通で、ある意味で俺好みだ。

 清潔感がある格好が一番良いという事で、見本のような選別だった。

 

 お礼になんか食ってくかと聞いたら、最初は遠慮していたのだけれど、ラーメン屋が良いという事だったので連れて行ってやった。

 お嬢様学校だと、ああいう食事は食べられないからだという。

 結局夜までかかったので送って行ってそこで終了。

 

 何故だろうか…始終どこかで、視線を感じたのだけど…。

 まぁいい…。でもな……?

 

 話せというので、話したのに…。

 ノンナさんからは睨まれる、カチューシャには蹴られる、ダージリンには本気で次は私も連れて行けと懇願されるし…。

 

 プラウダ高校に入った時点で、なぜかわからんが隠される様に部屋に通された。

 その通された…応接間とでもいうのだろうか?

 なにこの部屋!? 広! 天井高!! そして俺、なんでど真ん中の席!?

 

「さぁ! タカーシャ! 今日は逃がさないわよ!」

 

「隆史さん。観念なさって下さいね?」

 

「なんの!?」

 

 何で俺、強豪高校総隊長に包囲されてるの!? なんで!?

 

「どちらのお茶でおいしいと言わせるか…そういった勝負らしいですよ?」

 

 オペ子が説明をしてくれる。

 …が、意味がわからん。

 

「私は今回不参加です。ダージリン様に「不公平ですわ!」って言われちゃいまして……」

 

「ペコ。今までの事は良いです。ただ、隆史さんとラーメンまで食べてきたのは許せません」

 

 ソコカヨ。

 

「…ダージリンさぁ。それはいくらなんでも、大人気が…」

 

「ダメです! 私達の学園では、稀少も稀少! 抜け駆けと言っても過言じゃご…「じゃぁ今度、俺が店で作ってやるから…」」

 

 あ、紅茶を持つ手が止まった。

 

「…」チラッ

 

 ツーンと、逸らしていた顔。

 目だけ少し開け…

 

「ペコ。今回の件は、不問にします。私も大人気ありませんでしたわ。ごめんなさい」

 

 「「……」」

 

 …このお嬢様は。

 

「もういいかしら? どうする? 先方は、聖グロリアーナでいいわよ?」

 

「そうね。では、アッサ『 私がいきますわ!! 』」

 

 …ローズヒップが、名乗りを上げた。

 ……アッサムさん! どこ!? どこですか!? いない!?

 

「今日の為に、練習してきましたわ!! がんばりました!! がんばりましたわ!!!!!」

 

 今日の為にって…昨日決まったんだから、つまりは一夜漬って事かよ!

 

「あの…ローズヒ『 いきますわ!!! 』」

 

 ダメだ。

 

 何で、紅茶を入れるのにビンがあるんだ?

 

 そもそも何で…もういいやめよう……淹れる工程は見ない。

 ローズヒップだから…の一言で説明がつく工程は無視しよう。

 見ないでおこう。

 

「……」

 

 なに? この無言の静かな時間。

 静寂って、こういう事をいうのだろうか?

 

「でっきましたわ!!!」

 

 ドン! と、テーブルに置かれる。

 いや…ドン!って…。

 

「…タカーシャ。ゴメン。なんかゴメンネ?」

 

 あのカチューシャに謝られた…。

 

 カップを手に取り…もういい! マナーもクソもあるか! 

 

 顔を上に向かせ…一気に飲み干した!!

 ん。

 …冷たい。

 

「あれ? これアイスティー? 変わった味と、香りがするけど…ちゃんと飲める…。あれ? うまい…」

 

 何だろう、ちょっと飲んだ瞬間グラっとしたけど。

 

 まぁ、淹れたのがローズヒップだし…。

 

 うん…

 

 

 ----------

 -------

 ---

 

 

 

 

 なんだ? 体が熱い。

 

 紅茶のカフェインのせいかな…。

 あの後、散々飲まされたが、何かおかしい。

 

「結局どのお茶が、一番の好みだったのかしら!? タカーシャ!?」

 

「え? ああ…そういう勝負だったな」

 

 いかん。

 ちょっと、視界がグラグラする。

 気分はいいのだけど…何だコレは。

 

「隆史さん、どうかしましたか?」

 

 ノンナさんが心配をしてくれる。珍しい。

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

「カチューシャ。結局の所、隆史さんは「ペコの紅茶」がっ! …一番という事でしてよ? よって、聖グロリアーナの勝利は、揺るがないのではなくって?」

 

「…あんた。一番手がアレじゃ、正直同情するけど…。それはさすがに、無いんじゃない!?」

 

 二人のよく分からない言い争いを、ボケーと見つめる。

 その俺の様子が、何かおかしかったのか…オペ子が声をかけてくれた。

 弱冠、心配そうな顔をして…。

 

「隆史さん?」

 

「あら、ペコ。ずいぶん仲がよろしいですわね。さすが隆史さんからプロポーズされただけはありますわね」

 

 「「!?」」

 

 あれ?

 

 なんでダージリンが知ってんだ?

 

「あれはただの冗談でしょう!? それよりも! 何でダージリン様がそれを知ってるんですか!?」

 

「さすがに心配でしたもの。誰かに覗き…監視させてましたわ」

 

「…ダージリン様ぁ?」

 

 ムッとした表情で、ダージリンに詰め寄り始めた。

 プロポーズ…あれって、店内で言ったよな…。

 なんで…。

 

「ま…まぁ!? タカーシャならそのくらい! じょじょじょ冗談で言いそうよね!!」

 

「…カチューシャ」

 

 顔を何故か青くしたカチューシャに、ノンナさんが妙に神妙な顔つきで声を掛けた。

 なんでそんなに真顔なんだろう。

 

「なによ、ノンナ?」

 

 横からノンナさんが、俺の顔を覗き込むように見ながら…。

 

「隆史さん。目が少し座っています」

 

 大丈夫、大丈夫…目つきが、悪いだけだと思うから!

 さてと…それよりも。

 

 ハイ! っと、手をあげてみた。

 

「あら、隆史さん。なんでしょう?」

 

「あー…、少なくとも俺は、アレで、オペ子からOKもらったら、多分マジで嫁さんにしてたと思うよヨ?」

 

「!!」

 

 「「「!?」」」

 

 あら、オペ子さん。顔が真っ赤になってますね。

 目をまぁ…なんでそんなに限界まで見開いちゃってんの?

 

「はっはー。まぁ振られちゃったけどねー。薔薇尻~、さっきのもう一杯ちょうだいー」

 

「ソソソソソ! …それは、どういう意味でして?」

 

 赤髪尻から淹れてもらったモノを飲みながら答える。

 取り敢えず田尻さん。かちゃかっちゃと、手に持ったティーカップが鳴ってましてよ?

 

「いやー…冗談でも好意が無きゃそんな事言わないっすよ。俺のオペ子は癒し系ですしね~。まぁ振られましたけどー。はっはー」

 

「…隆史さん?」

 

 ダーが、何か訝しげな表情になりました。

 

「…ローズヒップ」

 

「なんですの!?」

 

「…貴女…隆史さんの紅茶に、ブランデーをいれましたね?」

 

 薔薇尻の隣…そこに鎮座していた空のビンを見つけ、問い詰めるダージリン。

 

「おー! さっすがダージリン様! よっっく、おわかりで!!」

 

「いえ、ティーロワイヤルというのは、確かに有りますが……これは…」

 

「さっすがダージリン様!! 隆史さんは大人の方ですから、対比を逆転してみましたの!!」

 

「…ローズヒップ。隆史さんは高校2年生…。17歳でしてよ。逆転って…それただのブランデーですわ」

 

「マジですの!?」

 

「…いえ、なる程。丁度いいですわ。この際、聞きたい事を聞いてみましょう」

 

「どういうこと?」

 

 あぁ、このビンの飲み物がうまいんだ。

 もうビンさらでいいや。

 

「…こんな格言をしっている?「酒に害はない。泥酔する人に罪がある」」

 

「フランクリンですね。って、ダージリン様…なにが言いたいのですか?」

 

「つまり、悪いのは隆史さん」

 

「したり顔で言い切りましたね…」

 

「酔った人間は、比較的真実を話すものでしてよ? 何か聞きたい事とかありまして? カチューシャ?」

 

 ちびっ子が呼ばれた。

 皆の視線が集まる。何だろう?

 

「た…タカーシャは………や、やっぱりいい!!」

 

 何だろう。なにが聞きたかったのか?

 何かを言いかけた時、俺と目が会った瞬間、顔を赤くして逸らした。

 まっ! かわいいからいいや!!

 

「チッ。ノンナさんは、何かありまして?」

 

 お嬢様が、舌打ちするなよ…。

 

「…隆史さん」

 

「え? あぁ、はい」グビー

 

「隆史さんは、私の事をどうお思いですか?」

 

 「「「ブッ!!」」」(これは意外な!…直球ですわ!)

 

 

 うぇあ? なんで一斉に吹いたんだろ?

 まぁいいや。簡潔に一言…。

 

「好きですよ?」

 

「……………………」

 

「…あれ。どうしたんですか? 何で、顔抑えて蹲ってるんですか? 俺なんか変なこと言いました?」

 

「ソ…それは……結婚しても良いと意味で…でしょうか?」

 

 なんちゅー事を聞いてくるんだ。

 ああ、オペ子と比べてるのか。

 

 ……まぁ、真面目に答えようか。

 

「え? ノンナさんが、良ければ全然いいですけど?」

 

「ッーーー!!!!」

 

 あぁ!? 痛い! 痛い!! 

 なんでか、ノンナさんとオペ子に叩かれてる!?

 

 

 

 

「ふー…隆史さんは結構な卑怯者ですわね。そんな事ではペコの時もストレートに言っただけじゃなくって?」

 

 あーそうかも。

 

「そういえば、そうだったなー」

 

「ただの冗談かと思いますよ! 普通っ!」

 

 オペ子さん。

 

 何故、睨んでいるのですか?

 

「隆史さん…ちゃんと愛を囁かないから振られるのですわ。それに、ペコに愛情はありまして?」

 

 なんだろうか。

 すげぇ楽しそうな顔をしてますね、ダー。

 

「ありま…すよぉ。有……り余ってま……すね」

 

 何だろう。うまく声が出なくなってきた。

 

「ちなみに…。わ…私には?」

 

「も…ちろん、ありま……すよ? すでに大切な人で……すよ?」

 

「フ……フフッ。フフフッ!! たたたた! 例えば!! 愛情表現に接吻が有りますが、場所で意味が違うのをご存知かしら?」

 

「ダッ! ダージリン様!?」

 

 なにが言いたいんだろ? この妄言おっぱいは。

 

「額、首筋、掌など色々ありますが、愛情は唇。つまり口でしてよ? 態度に示して、紳士的に口説いていれば…」

 

「つ……まり、愛情があるのな……らば、即座にその…様にちゃんとぉ……シロト?」

 

「い、いえ…。そこまで言ってな…「わかりました。オペ子ー」」

 

「え? はい。なんで…ヒャウ!!」

 

 体が小さいのと軽いので、ポーンと軽く宙に浮かせた。と言うか、軽く持ち上げたら浮いた。

 そのまま抱き上げる。

 なるほど、これがお姫様だっこと言う奴か。

 なるほど、なるほど。初めてやったな~。

 

「隆史さん!? 何を!!??」

 

 言い出した、ダージリン産のダージリンさんが、何か言ってる。

 

「愛情を示せと、言っていましたのでえっと……「口」だっけか?」

 

「え!? ちょ! 隆しウムゥ!!??」

 

 

 

 

 

 「「「   」」」

 

 

 

 

 

「ムゥ!! !!?? ンン!!!」

 

 横目で周りを確認すると…ぽかーんと見守る4人が見えた。

 え? なに? 何か、おかしいか?

 愛情を示せと言うので、言われた通りに示したのだが…。

 

 

 

 あ。

 

 

 

 あぁ、そうか。

 

 まだ足りないのか。

 

 そういやぁ…亜美姉ちゃんが、言っていたっけ。

 

 

 

 

 

 

― 大人のキスは二段構え ―

 

 

 

 

 第二段階

 

 

「!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

「ノ…ノンナ? 何で目を隠すの!? 何にも見えないじゃないの!!」

 

 「「「 」」」

 

 オペ子が、ビクビクッ!! と、軽く痙攣して……ありゃ、グッタリしてしまった。

 

「フー…」

 

「いやいやいやいや!! なにいい仕事した! って、顔してますの!? いいいいいま!?」

 

「隆史さん…あなた今…」

 

 ノンナさんが、ドス黒いオーラで近づいてくる。

 なんだろう?

 

 あ。

 

 そうか、そうか。

 

「はー…次は、ノンナさ…んです……か?」

 

「ふぁ!?」

 

 え? そう言う話の、流れじゃなかたっけ? あれ? まぁいいや。

 

「えっ!? あの!? 違ァ!?」

 

 両肩を掴んで一気に攻める。

 

 そのまま第二段階まで突き進む。

 

 逃がすなー! だっけか?

 

 では。

 

「ンンンンン!!! ンム!? んっっ!!!!!」

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

「ふー…あれ? ノンナさん大丈…夫ですか? 軽く痙攣してま……すけど?」

 

「ハー…ハー…今……私に触れないで……ください……」

 

 なるほど。

 

 行遅れ姉ちゃんと、ダー様の言うことは正しかったのかなぁ。

 

 次は。

 

「…ダージリン様。あれ、かなりヤベェですわよ」

 

「」

 

 

「ふぃー…」

 

「タ…タカーシャ」ビクビク

 

「え? 何? どうした…か? カチューシャ」

 

「タカーシャが、怖いのだけど…え? 何? どうなったの? 私にはやめてよね…?」

 

 何故か、カチューシャが怯えている。

 

「え? 嫌ならやんないよ?」

 

 「「え!?」」

 

「愛情を示せというから、ガンバッタダケケダヨ? ろーずひっぷワ?」

 

「遠慮しますわ! そ…それより、どうしますのこの惨状…」

 

 ノンナさんは下向いて、真っ赤になってハーハー言ってるし。

 ダー公は、放心してるし…あれオペ子?

 

「オペ子? おーい、オペ子???」

 

 いつの間にか、俺の手を握っていた。

 耳まで赤くした顔を俯かせ、動かない…。

 

「あの…隆史()…」

 

「え? あ、はい」

 

「隆史様…」

 

 それっきり喋らなくなってしまった…。

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 俺は、関係各所に俺は土下座して回った。

 

 

 

 誰か……俺を殺してくれ……。

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。
最後、正直この表現というかストーリーはどうだろうか?
と思ったんですけど、プラウダと共に青森勢は日常での関係の構築、
あんまりギスギスしたくないなぁという事でした。
正直最後の展開は人選ぶなぁ・・・と思いましたがニヤニヤしたかったので。

感想の所にも返信でチョロっと書いたのですけど、
オレンジペコがなに気にオリ主の初めてを3つほど持って行きました。
原作ストーリー無しの日常編は書いていて楽しいです。

この関係もあと1話で終わります。これ過去何ですよねー。
正直ノンナのオリ主への好感度を上げすぎたと思いました。が、これはこれで良しという事で。
また次回よろしくお願いします


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第3.4話~残雪~

青森編 最終話。完全オリジナル展開となります。
本編4~5話までの穴埋め。オリ主が他の学園との出会いの話でした。
今回時間軸が結構飛びますので、本編読んでないとわからないと思います。
では。



「……ン。…ージリン」

 

 意識が、軽く飛んでいましたのね。

 

 私から言った事とは言え、意外も意外……予想外過ぎましたわ。

 まったく…お酒というものは、怖いものですのね。

こうも人を変えて…いえ? 性格はあまり変わってませんでしたわ。

 人によるのでしょうか? 彼は行動的になりすぎでした。

 

「ダージリン」

 

 ハッ!

 

「…あら、隆史さん。ご機嫌よう」

 

「なにを…呆けてんだよ」

 

「少々…。いえ、違いますね…。かなりショッキングな事が、起こりましたでしょう?」

 

 他人事のような会話が少しおかしいですわね。

 

「言い出した張本人が…何言ってんだ」

 

 まったく、おっしゃる通りですわね。

 

「で…だ」

 

「はい?」

 

 

 

「 次はダージリンだな? 」

 

 

 

 えっ?

 

 周りを見渡しますと…。

 

 崩れ落ちているノンナさん。

 

 真っ赤に座り込んでいるペコ。

 

 

 …。

 

 ……。

 

 

 何も! まったく!! 終わっていませんでしたわ!!!

 

 

「なにを、アワアワしてんだよ」

 

 …抱き抱えられていますわね。

 ローズヒップじゃありませんけど…これは、ヤバイですわ。

 

 え? アレと同じ目に遭うのでしょうか!?

 …どうしましょう。非常に…恐ろしいのですけど。

 

「あの…なぜ、わざわざ私を起こしたのでしょう…か?」

 

 さも当然のように…

 

「は? 愛情表現と言っ……たんだから…意識してもらわないと、意味が…ない……だろ?」

 

「」

 

自業自得でしたわ!!

 

 

……

 

…………

 

 

 

 …あら?

 

 何もしてきませんわね。

 

 彼から、熱い視線を…ただジーと、見られ続けています。

 これはこれで…いえ。少々気恥ずかしいですね。

 

「…今更 だけど。殺されて も、おかしくない事してない でしょうか?俺」

 

 …このタイミングで、自我が正常に戻り始めましたわ。

 

 あら。だんだん青い顔になってきました。

 

「ゴメンな。今下ろす」

 

 …私を下ろそうとする隆史さん。

 

…その太い首に、無意識に腕を回してしまいました。

暖かい体温…無意識ですからしかたありません。その体温で我に返りましたわ。

ただ…。

 

「あの・・ダージリンさん?」

 

「ワ…! ワタクシはっ! …べべべ……別に……宜しくて…よ……?」

 

 何を言っているのでしょうか? ……私は。

私自身の体温が…顔が……熱を帯びていくのを感じます。

 

「カチューシャは、嫌がりましたけど・・」

 

「…だって。悔しいじゃありませんか…。ノンナさんとペコ。あの二人には? 愛情があるから、あの様な事をしたのでしょう? わ…私には無いのでしょう…………か?」

 

……。

 

………な…なにを私は…。

 

「モチロン…あるな。ダージリンのおかげで、毎日楽しくなった」

 

……。

 

あぁ…何故でしょうか?

 

とても…。

 

とて……も………。

 

「…で…でしたら…お酒のせいにでも。して……おいて下さ…………」

 

 …顔が熱い。

 

 かなり、真っ赤になっているのでしょうね。

 あらあら。隆史さんも赤くなってきましたわね。汗がすっごいですわね。

 葛藤でもしているのでしょうか? 

 動かなくなってしまいました。

 

 それでも、ここは引かない。

 

えぇ…引いては、いけない気がします。

 

羞恥に躊躇し…ここで、何もしなければ、あの二人…………と。かなりの差が開いてしまう。

 

それは……直感にも似た…確信。

 

「ん~。イイノ カナァ?」

 

 この状況でもない限り、この殿方は、絶対に……。

 

えぇ、絶対に何もしてきません。少々恥ずかしいですけれど、何とかしないと。

 

「私も…正直。とても恥ずかしいのです。そんな私に…、女にあまり恥を…」

 

 

 

「…貴方達。何してるのですか?」

 

 

 

突然の声。

 

この声は何度も聞いております。

 

 …アッサムが帰ってきました。

 

ノック…を、したのでしょうが、気がつきませんでしたわ。

 

この状態の私達を見て…呆然と立っています。

 今までどこに行っていたのやら。

 

「…………」

 

ふぅ…。

 

 仕方ありませんね。ここでお開き…ですか。

 次があるかどうかわかりませんが、さすがにこの状況では…。

 

「ダージリン…。貴女、大胆というか・・ものすごく恥ずかしい状態ですけど」

 

 傍から見てもやはりそうなのでしょうね。やられてる本人が一番恥ずかしいのですけれど?

 

「隆史さん。仕方ありませんね。お邪魔が入りましたのでおろsンムッ!ん!?」

 

「尾形さん!?え?ぇ!?」

 

口に……唇に…熱い。

 

自分以外の……体温…。

 

 まさか、この状態で仕掛けてくるとは、おも【 第二段階 】 「ンン!? ン ン !!??」 

 

「ダージリン!? え? 何!?」

 

 

 

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 --------

 ---

 

 

 

「はぁ…はぁ…な…なる程。あのお二人が、おかしくなる訳ですわね」

 

「なんですか!? この惨状は!? 尾形さん!! 未成年が、飲酒するなんて!!」

 

「面目次第もゴザイマセン。煮るなり焼くなりお好きにしてください」

 

 絶賛土下座中ですわね。

 完全に白面にもどりましたわね。

 

「ダージリンも! 貴女何を考えているの!? …どうしたの。座り込んで」

 

「…腰が……砕けましたわ」

 

「…はぁ。もー…。これ、どうしましょう…」

 

 この惨状を見て嘆いても、今更どうしようもありませんわね。

 

「一つ気になってたのですけど。…あなた、ローズヒップに昨日何か教えまして?」

 

「…どうして?」

 

「ローズヒップが、ティーロワイヤルなんてものをお茶会に出してきましたわ。あ・の! …………ローズヒップが」

 

 心当たりがあるのでしょう? その証拠に…目が泳ぎだしましたわ。

 

「そもそも、「コレ」の原因は、ブランデーと紅茶の対比を、この子が逆転させてしまったからなんですけど」

 

「逆転って…。それでは、ただのお酒でしょうに…なるほど、それで…。そ…それならば、これは事故の様なものなのね!」

 

「…アッサム。では、ローズヒップ」

 

「は、はいですの!!…ダージリン様がエロくて軽く放心してましたわ…」

 

「貴女に今日の紅茶を教えたのは誰かしら?」

 

「はい!アッサム様です!!」

 

 …アッサム。

 

「ハァ・・まさかこんな事になるとは…。ごめんなさいダージリン」

 

 真犯人が見つかりました。

 

「…はぁ。もういいですわ。(チョット、コレハコレデケッカオーライデスシ)」

 

 相変わらず隆史さんは大反省モード入っていますし。今更ですね。

 

「いやー!しかし最後のダージリン様!凄かったですね!あんなセリフ、人前じゃ普通言えませんよ!!」

 

「…おやめなさい///」

 

 …うれしくない。恥ずかしいだけじゃございませんの。

 私よくあんな事…。

 

「そ、それよりも、アッサム。今まで何処に行ってらしたの?」

 

 私の質問に真面目に答える。

 

「ああ。ちょっと連絡を受けて学園艦に確認しに行っていたの。ダージリン」

 

「…何かしら?」

 

 あまりいい予感がしない。

 

 

「学園艦の修理が完全に完了したわ。二日後に出港します」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 関係各所に土下座行脚が無事に終わった。

 正直信じられない程、簡単に許してくれた。

 

 殺される覚悟で行ったのだが拍子抜けだった。

 ノンナさんだけ目を合わせてくれなかったヨ…。

 睨まれもしなかった。最悪、砲撃演習の的にされると思ってたんですけどね。

 

 さて。ダージリンにも約束どおりラーメン作ってやったし、片付けも終わり…。

 多分もうやり残したことは、もう無いだろう。

 

 そう。いつものお茶会の場所にはもう何もない。

 ただの資材置き場に戻っている。

 

 約一月くらいか。もうちょっとあったかな?ここも寂しくなるな。

 …いや。すでに寂しいな。

 

 見送りに行きたかったけど平日の正午。こちらも学校がある。

 出港時間に見送りは無理だった。

 

 昨日の午後。最後のお茶会講習の時にお別れは済ませた。

 

 

 

 

「隆史様!グロリアーナへ来ませんか!?もうすぐ共学になりますし!」

 

 …編入勧誘。

 

「ペコ」

 

 相変わらず優雅な動きでティーカップを置くダージリン。

 

「あー。申し出は嬉しいけど、別にこれが今生の別れになる訳でもないだろう?」

 

「でも!」

 

 お茶会からオペ子の様子がちょっとおかしい。まぁショックは大きかっただろうけど。スイマセンデシタ。

 あれから俺といる時は、大体傍にいる。

 出港が決まったからか?と、思っていたけどまぁ正直うれしくはあった。

 

 …あの事は黙っている。黙っておこう。

 

 聖グロリアーナ学園艦を見上げながら思う。

 

 多分、今度この学園艦が青森港に着港する時に、俺はもういない。

 なんか更にグズリそうだしな。後で電話で報告しよう。

 

「ローズヒップ」

 

「な・・なんですの?昨日の事は謝りましたわ」

 

 あの後、こっぴどく絞られたのだろう。若干また怒られるのかと怯えられた。こんな時まで怒るか。

 

「アレは俺が悪かったんだ。今更なんも言わないよ」

 

「そうでございますか!?いやぁー隆史さん!お互い大変でしたわね!!」

 

「…ローズヒップ。しばらくあなたのお茶は出涸らしでしてよ」

 

 ダージリンから若干怒気を含んだ声で静かに怒られる。

 あぁ。怯えてる、怯えてる。何されたんだ。

 

「まぁ…なんだ。お前は少し落ち着け。考えて行動しろ。その性格は武器でもあるけど…まぁいいや」

 

 小言はやめよう。

 

「今度会う時もその調子で来い。また頭掴んでやるから」

 

「次は、その前にぶっ飛ばしますわ!!」

 

 

 

「ペコ。そろそろ時間です。それにこれは学園艦です。そのうち会えますわ。…勿論またここに来ます」

 

 …ちょっと罪悪感が芽生える。

 

 まぁ多少なりとも俺の事を好いてはくれているのだろう。

 うれしいね。うれしいさ。でもそれ以上に申し訳ない。

 

「…隆史さん」

 

「はい?」

 

「貴方は「西住 みほ」さんを…いえ。また今度でいいですわ。今聞く話じゃございませんし」

 

 …。

 

「では、ペコ。もう行きますわよ」

 

「うぅ~。隆史様!」

 

「はいよ」

 

「私も「西住 みほ」さんみたいになったら心配してくれますか!?来てくれますか!?」

 

 頭をちょっと乱暴に撫でて、言ってやる。

 

「当たり前だろ。ヘリだろうが、船だろうが使っても行っていやる。オペ子には散々癒してもらったからな。今度は俺の番だな」

 

 よしよし。やっと笑ったな。…なにダージリンむくれてんだよ。

 

『 では、隆史さん

     隆史 様  』

 

『 ご機嫌よう。お元気で。 』

 

「またな」

 

 随分と、あっさりしたお別れだった。

 次の期待をしてくれているのだろうか?

 

 放課後、バイト先の店先。いつもの場所を通る。

 

 もう学園艦が出港した後。もうダージリン達は、いない。

 プラウダ高校の学園艦のみが見える。

 

 聖グロリアーナ艦がいなくなった為か、ひどく空と海が広く感じた。

 

 

 

 

 

 

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 少し前の話。

 

 プラウダ高校学園艦でのお茶会、その日の夜。

 

 俺は、家で社会的に死ぬ事を覚悟していた。

 物理的に死ぬかもしれないけど、仕方ないよね。あれじゃーなー。

 

 携帯から着信音が響く。購入から一切着信音を変えていないディフォルトの着信音。

 知らない番号からだった。

 

 さて、プラウダか聖グロリアーナか…どちらからの死刑宣告だろう。ガタガタ

 

 ピッ

 

「…ハイ」

 

「おぉ、すまない。尾形 隆史君の携帯でよかったかな?」

 

「そうですが・・どちら様でしょう?」

 

 野太い男の声だった。誰だ?

 

「いやぁ久しぶりだねぇ。西住だよ。西住常夫だ」

 

「あぁ!お父さん!?久しぶりですね!」

 

 西住性の男性。「西住 常夫」まほちゃんとみほの父親だった。

 

「はっはっは。よかった、わかってくれたか。      …次「お義父さん」と言ったら殺す」

 

 …字が違う。基本気さくな人なんだけど、相変わらずの超親バカだった。

 

「…で、どうしたんですか?俺の番号は、まほちゃんにでも聞いたのですかね?」

 

「まぁそんな所だ。電話したのは頼みがあってね」

 

 なんだ?あまり俺と接点を持たなかった人だったのに。

 この人は基本単身赴任。各学園艦を移動している整備士だったけ。

 

「実は…みほの事だ」

 

 

 

 

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「…ひどい状況ですね」

 

「今回の件で、しほも様子がおかしくてな。電話越しだが憔悴しているのがわかる。

 みほは家を出た後、まほも一切連絡がつかない。正直まいってるんだ」

 

 前回の戦車道大会からしばらくたっていた。

 みほは周りから責められ逃げるように家を出て転校。

 

 やはりしほさんからの糾弾が凄かったようだ。

 月刊戦車道のインタビュー記事を見たが、外面用のコメントですら散々な内容だった。

 

 まほちゃんからの連絡がここの所一切無かったのは、みほの事を話したく無かったからか…。

 

 ボソッ「普段どうでもいい事は、連絡よこすくせに肝心な事にはコレか…」

 

 みほも勿論心配だったが今は、まほちゃんの方が危なくないか?

 

 みほは今逃げ出した状況だ。周りに味方はいないが敵もいない。

 まほちゃんのシスコンぶりからすれば、周りの反応は辛いだけだろう。

 

 ある意味、四面楚歌の状況だな。逃げ場が無い。

 庇いたくても、学校も「西住」も邪魔なだけだ。

 後で、連絡くれるようメールしておくか。

 

「で、お父・・常夫さんは俺に何を頼みたいのですか?」

 

「娘達が君に頻繁に連絡を取っていたことは知っているよ。…私には寄越さないのに。ヨコサナイノニィィィ」

 

 いい歳をした男が拗ねるな。

 

「…まぁいい。今回、君からもみほに連絡はつかないのだろう?」

 

「はい。一切連絡がつきません。メールしても返信も来ませんね」

 

「やはりなぁ。頼みというのは・・いや余計な事は省こう。みほの様子を近くで見ていてもらいたいんだ。今みほは、大洗学園にいる」

 

 大洗…知らん。どこだそれ。

 

「どこですかそれ。聞いたことないって事は熊本と青森以外って事ですか?」

 

「学園艦の一つだよ。…私の今の職場の学園艦だ。私は仕事があるから日中見ていてやれないし何よりも避けられている。………・みほォォォォ」

 

 嘆くなウザイ。確かに仕事があれば娘の事とはいえ簡単に抜け出せない。

 

 この人、学園艦の中枢の・・それこそエンジン関係まで見れる整備士だ。

 なに気に結構すごい人なんだよ。見えないけど。

 

「仕事と家族とどっちが大切なの!?」とかホザク奴はいるけど、そんなの比べるベクトルが違う。

 仕事は大事だ。それこそ職場の仲間に迷惑がかかる。それにより他人の家族に…大袈裟に言えば、それこそ人生レベルで弊害が及ぶかもしれない。

 

 そこは責めまい。仕方が無い。

 

「正直…人様の家族を巻き込む形になるし、君にも申し訳ない。無理なら断ってくれて構わない。無茶は重々承知の上だ」

「…単刀直入に言ってください」

 

 前置きはいい。早く言ってくれ。

 

「大洗に転校して来てくれないか?」

 

 学歴は人生に干渉する。

 

 他人にそこを変えてでも娘の為に転校してくれと言ってきている。

 多分この人、電話の向こうでそれこそ俺みたいに土下座でもして頼んできているかも知れない。

 男の…しかも大の大人なら、学歴の重要性は知っているだろう。

 

 それでも俺に頼んできている。

 

「いいですよ。明日にでも行ってやりますよ」

 

「え?本当にいいの?ちゃんと考えた?」

 

「二言は無いです」

 

「…」

 

 あっさりとした返事に驚いているのか、しばらく無言が続いた。

 

「正直な話。君なら承諾すると思っていたんだ。なんだか昔から君は変だからね」

 

「変って…」

 

「いやいや。ありがとう。感謝するよ。実はご両親には話を通してあるんだ。君の了承が取れればいいってね」

 

 …それはそれで。俺に愛着は無いのかあの親共は?と、思うが。

 

「こちらで費用も持つし準備もする。できるだけ早くと前から準備していたんだよ。あぁ、しほには内緒な?怒られる」

 

「わかりました。今からでも用意します。準備が終わりましたらまた連絡します」

 

「ありがとう!助かるよ。ただ…」

 

 

 

「娘に手を出したら魚の餌だ」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 青森港。

 

 そこに帰っても、あそこにはもうタカーシャはいない。

 それこそ今、どこにいるのか。

 

 一週間前、朝7時頃だったかしら?いきなり呼び出されてタカーシャに土下座された。

 プラウダ学園のヘリを貸して欲しいと嘆願された。

 戦車道の専用ヘリは有るのだけれど、いきなりタクシー替わりにされても困る。

 

「俺の大切な家族が壊れるかもしれないんだ。空港まで…頼む!!!」

 

 大切な家族。

 

 これは、多分タカーシャの家族の事じゃないでしょうね。

 

 空港までって事は他県に行くのだろうから青森の家族ではない。

 そして、ここまで必死に土下座までして頼んで来るってことは見つかったのだろう。

 

 西住 みほ

 

 ダージリン達にも心配しすぎと言われるくらい気にしていた娘。

 

 嫌だった。

 

 見た事しか無い話した事も無い、その娘の為になにもしてやりたくなかった。

 ここまでタカーシャに心配かけて何様のつもりだろう。

 

「カ・・カチューシャは、シベリア雪原の様に心が広いの!これから、望む時跪いて、私を乗せれ『了解した!で、ヘリはいつ出る!?』」

 

 でも、条件付きで用意して上げる事にした。

 最後、被せて言ってきたからちゃんと聞いていたのかしら?

 

 ここで断っても、タカーシャは絶対に諦めないだろうし行ってしまうと思った。

 

 何より嫌われたくない。

 

 家族と言っていたので、多分「西住 みほ」だけの話じゃ無いだろう。それで何とか自分を納得させた。

 行かせるのは嫌な予感しかしなかった。このまま帰ってこないんじゃ無いだろうか?

 

 数日後、私達の学園艦が出港している内に帰っては来た。

 

 帰っては来たが、次の着港する前には転校…いなくなってしまうと電話で告げられた。

 …やっぱり、結局いなくなってしまう。

 

『ごめんな、電話でお別れになっちゃうけど。ノンナさんにも直接連絡するよ。』

 

「…やだ」

 

『え?』

 

「今からそっちに行くわ!  ノンナ!」

 

『おいおい。今何時だと・・それ以前にどうやってこっちに来るんだよ!』

 

「うっさい!ヘリで向かうから、いつもの店の前で待ってなさい!1時間もかからないわ!いなかったら粛清よ!粛清!」

 

 すぐに電話を切って出かける準備をする。

 冗談じゃないわ。こんな事、電話だけで終わらせられますか。

 

 ノンナにも事情を説明したら、それこそすごい勢いでヘリから外出手続きやらを済ませた。

 学園艦を出るまでに15分も掛かってないんじゃないかしら。

 

 終始無言だったが、目に怒りが見えた。

 それこそヘリを全速力で飛ばして、本当に1時間もかからないで青森港に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たわ!」

 

「い・・いらっしゃい」

 

 初めてタカーシャの店に行った時と同じ会話になってしまった。

 本当に来やがったって顔まで一緒だった。

 

 ちょっとおもしろい。

 

「隆史さん。話は聞きました。転校してしまうのですね?」

 

「あ、はい。電話で申し訳無かったんですけど、カチューシャの後にノンナさんにも連絡しようと『どこにでしょう?』」

 

「どこに転校するのですか?県外ですよね?学園艦ですか?陸地ですか?何という高校ですか!?」

 

 …色々言ってやろうと思ったんだけどノンナがちょっと怖かった。

 殆ど言われてしまった。

 

「あーいやー…知ってどうするのでしょう?」

 

「ドウモシマセンヨ?タダシリタイダケデス」

 

 …絶対違う。ノンナ何する気?

 ちょっとまって。

 

 すっごくノンナが怖いのだけど。

 目がボールペンでグリグリ黒く塗り潰したような色をしている。

 

「ノ・・ノンナさん?」

 

「はい何でしょう?人の唇奪っておいて逃げようとしている隆史さん?」

 

「」

 

 あ・・タカーシャが完全に怯えている。また土下座しそう…。

 

「タ…タカーシャ。転校するならプラウダに来なさいよ!手続きなんて何とでもするわ!」

 

「いやいや。女子高でしょうが」

 

「だからなに?カチューシャに不可能は無いの!」

 

「そういう問題じゃ無くて…」

 

 行かせない。行かせたくない。

 

「タカーシャには借りがあるの!…それを私達に、返させもしないでどっか行くなんてゆるさない!ゆるさないんだから!」

 

 終わる。今日、本当に関係が終わってしまう。

 

「…泣かなくてもいいだろ。俺は借りとは思っちゃいないよ」

 

「泣いてない!」

 

 …どうしようも無いのはわかる。どうにもならない。

 でも嫌なものは嫌だ。

 

 やめて。あやすように頭を撫でるな。

 

 下を見ているといきなり私の背が伸びた。視界が広がった。

 それこそタカーシャより高い。

 

「…何でカチューシャを肩車させたの?」

 

「何を今更・・。よく登って来たじゃないか。…カチューシャ。ノンナさんも」

 

「なによ」

 

「何でしょう?人の唇奪っておいて逃げようとしている隆史さん?」

 

「」

 

 …。

 

「…カンベンシテクダサイ」ガタガタ

 

「貴方がした事は女性にとって、そう簡単に勘弁出来る事じゃ無いと思うのですけど?」

 

 …。

 

「ノンナ!話が進まないから今だけちょっと黙ってなさい!」 「ハイ」

 

 

「…別に転校したって、電話もあるしネットもある。それこそ移動手段もいっぱいある。

 まったく会えなくなるわけでもない。今の俺の行動力舐めるなよ?免許もとったしな!」

 

「では、またちゃんと連絡をくれるということですか?」

 

「当たり前でしょう?…ノンナさん近いです」

 

 顔を近づけて目を覗き込むノンナ。目の色は戻ってる。…怖かった。

 

「…わかった。ちゃんとしなさいよね」

 

「了解。粛清されちゃうもんな」

 

 納得できないけど納得するしかないだろう。ノンナだってわかってはいたと思う。

 

 

 

「なんだ?騒がしい。…タカ坊。悪い、邪魔した」

 

 店先で騒いでいた為か、ガラっと店からいつもの店主が出てきた。

 

「あぁ。いいですよおやっさん」

 

 あまり良くは無いけど、このままでずっといる訳にもいかない。

 落とし所としては、いいタイミングで現れた。

 

「店主。ちょっとよろしいでしょうか?」

 

「ノンナさん?」

 

「ちょっとこれで、写真を撮ってもらえませんでしょうか?」

 

 ノンナが携帯を店主に渡す。

 そう言えば、カチューシャ達は写真を取ったことがない。

 タカーシャは写真撮られるのは嫌いって事もあるし、…こんな事になるとは思ってもなかったから。

 

 カシャ

 

 肩車されているカチューシャとしているタカーシャ。その横に並ぶノンナ。

 3人の初めての写真。

 

「では、カチューシャにも送ります。あと人のくちび『わー!!!!!』」

 

 ボソボソ「頼みますから!人前ではやめて下さい!死にます。社会的に俺が死にます!!」

 

 ボソボソ「エー」

 

 ボソボソ「ほんっとにそれは勘弁してください!」

 

 ボソボソ「では、「人前」で無ければよろしいのですね?わかりました」

 

「」

 

「なんだろーな。タカ坊おもしれーなこの写真」

 

「ハァハァ。な・・何がですか?普通の写真じゃないですか」

 

 そうね。特に変な写真でも…カチューシャがベソかいた見たいな写真になってる。

 

「そうですね?どこが面白いのですか?」

 

「いやな。カチューシャちゃんには申し訳ないけど、お前ら背も高いから子供あやしてる夫婦みたいな写真に見えるな!」

 

 …。

 

 …・・。

 

「おやっさん。…今の時代それもセクハラになりますよ」

 

「ぅえ!?そうなの!?」

 

 …。

 

「ノンナ」

 

「はい」

 

「あの親父。粛清しなさい」

 

「嫌です」

 

 

 

 

 

 

 

 これで終い。

 青森港に来る意味の大半が無くなってしまった。

 

「カチューシャ」

 

「なによ。黙って歩きなさいよ」

 

 タカーシャと別れ、学園艦に戻るためにヘリ向かっている。

 もういつもなら寝ている時間ね。

 

「…もう、泣かないのですね?」

 

「さっきから泣いてないわよ!」

 

 正直、今なにも考えたくない。

 こういうのを喪失感っていうのだろうか?

 

「泣かなくて良いのですね?」

 

「…ちょっと黙ってなさい。今何も話したくない」

 

「…」

 

「カチューシャ」

 

「…なに?」

 

「私は…ちょっとダメかもしれません」

 

「何が?……たまには、いいんじゃない?」

 

 後ろで立ち止まったノンナが、下を向いて震えていた。

 

 

 

 

 

 

 -----------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 

 今年の戦車道大会も順調に勝ち進んでいる。

 

 当然ね!今のプラウダは負ける気がしないわ!

 カチューシャとノンナと…タカーシャが再編成した部隊が負けるはず無いもの!

 今年も優勝は頂くわよ!

 

「カチューシャ」

 

「なによ」

 

「聖グロリアーナよりダージリンさんが、訪問の許可を求めて来ています」

 

「またお茶会?」

 

「おそらく」

 

「いいわ。気分もいいし、いつでも来ていいわよ」

 

「わかりました。では明日の予定で返事をしてきます。それと」

 

「何?」

 

「次の相手が決まりました」

 

「ふーん。サンダース?」

 

「いえ。今年から参加した大洗学園です」

 

「…聞いた事ないわね。そんな弱小校どうでもいいわ」

 

「…」

 

「なによ」

 

「その大洗学園戦車道チームの隊長が家元の娘です」

 

「…どこの?」

 

「西住流。その「妹」らしいです」

 

「…そう。転校してまた始めたの」

 

「カチューシャ。どうしますか?」

 

「決まってるわね」

 

「フフッ…そうですね」

 

「完膚なきまでに叩き潰すわ!」

 

「カチューシャ。嫉妬ですか?」

 

「…そうよ!悪い!?」

 

「いいえ。私も同じ気持ちです」

 

「結局試合でぶつかるのだから顔もしっかり見てやらないと」

 

「そうですね。楽しみになりましたね」

 

「そうね。つまらない奴だったらゆるさないから。待ってなさい。西住 みほ!」

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。
前回過去編3話で意識飛んだダージリンの末路から始まり、
カチューシャで終わりました。

前回の過去編3話が、えらい好評で正直この話を書く上で初めて
プレッシャーを感じましたヨ。

※しおり機能を有効にするため、次回本編を投稿する時に青森編の章を上に持っていきます※

ありがとうございました


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本編
第12話~隆史君は自業自得だと思います!~


『首尾はどうだ。』

 

・・・。

 

朝から嫌な声を聞かされた。

日本戦車道連盟会館・迎賓館でのやり取りから二日後。

直接、私の携帯に電話が入る。

 

迎賓館を出て最初にあそこにいた男子学生の身辺を調べる事を命じられた。

あの学生が言っていた事に嘘はなく、確かに幼少期より西住流と交流はあった。

 

『聞いているのか?局長!?』

 

「はい。聞いておりますよ。島田さん。」

 

こいつの声は聞いているだけで気分が悪くなる。

上からの辞令とはいえ、この肉ダルマが来年度から私より上のポストにつく。

正直気に入らないが、私の今後の出世にも関わる。仕方が無い。

 

「正直に申し上げます。無駄でした。すでに先手を取られています。」

 

『・・・なんだと?』

 

この肉ダルマから戦車道大会に出場する高校に暗に通達を出せ。

選抜を済ませた後にすればいいものを、全出場高校に初出場の「大洗学園」に敗退するような事がある様ならば

大学推薦、入学に支障をきたす旨を匂わせろ・・・と。

そうすれば、ガキ共はどんな手を使っても勝ちに行くだろうと。

 

愚かすぎる。やはり金で地位を買うような奴は無能だ。

 

しかしこちらも命令なので、仕方なく言われた通りにしてやった。

全高校に対し、一校を目の敵にするような雑なやり方は悪手としか言い様がない。

 

「仕方ありません。こちらが動くより先に対策を取られていました。現在の高校戦車道連盟の理事長の名前で注意警戒をするようにと、正式な文書で各高校に出回っておりました。」

 

『・・・チッ。』

 

電話の向こうで舌打ちが聞こえる。こちらがしたいくらいだ。

 

「すでに正式な文書で出回っている以上、下手に大学戦車道連盟の名前を出すと逆に勘ぐられます。

 あの学生は確かに西住流次期家元にも顔が効くということでしょうね。いくら何でも早すぎます。」

 

『あの小僧・・・。』

 

「私としても大洗学園には早々に敗退してもらいたいですからね。早く廃校の手続きを済ませたいものです。」

 

『そうだそうだ。辻君。たしか各高校に日本戦車道連盟から助成金が支払われていたな?』

 

「はい・・確かに。各高校の戦車保有台数で金額が決まっていますが。」

 

基本中の基本だろう。何が言いたいのだこいつは?

 

『それを止めてしまえ。』

 

・・・。

 

『大洗学園の戦車数は現在5輌だったな、しかも使い古しの。助成金が無ければ何もできまい。整備も増強も出来ずに終わるだろう?』

 

・・・。

 

この男は馬鹿じゃないのか?

止めてしまう事は確かに出来る。

いくらでも理由などあるからな。

 

だが、「金銭」を動かしての妨害はリスキーすぎる。

バレた時点で終わる。

それにもし、大洗学園側にスポンサーがいたりしたら意味がないだろうが。

 

『それで行こう。すぐに終わる。』

 

何も分かっていない。こいつはただ今まで運が良かっただけだな。

金で何でも解決できるわけでは無い。

明るみに出なかっただけで、一体コイツはどれだけ汚職を繰り返していたのだろうか?

 

『これで儂をコケにしたツケを払ってもらおうか。小僧の分も一緒にあの母娘に・・・。』

 

すでに勝利宣言をしはじめた。

 

下卑た妄想でもしているのだろう。下品な笑い声が聞こえる。

 

こいつは長くないな。

しばらく付合うしかないが、早めに手を切る準備をしておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャプテーン・・大丈夫なんですか?ここのお店結構高そうですけど・・・。」

 

「・・・うわぁ。珈琲一杯が600円って。どうりで大人しかいないはずですよぉ。」

 

妙子と合流してから私達は喫茶店に入った。

キャプテンが珍しく奢ってくれると言っていたけど・・。

 

反省会の名目でお店を探していたが軽いお祭り騒ぎになっていた戦車道の試合の為か、どこのお店も座れないほど一杯だった。

普段はこんなお店には縁がないけど、空いているのがここしかなかったのと興味本位ってのもあったそうだ。

 

個人経営のモダンな雰囲気のオシャレな喫茶店。

お店も広く全席禁煙って事でここに決まった。

 

そのまま 私達は窓際の隅っこに座った。

席毎に仕切りが有り、横の席の人は体を出さないと見え辛い様な所が良かった。

制服で喫茶店は結構目立つから丁度良かった。

 

 

「大丈夫・・・。大丈夫・・・・。」

 

キャプテンさっきから水しか飲んでないけど・・・。

 

「忍ちゃん。」

 

妙子から先程、変なことを聞かれた。

 

「つり橋効果って本当かなぁ?」だって。

 

・・・あのナンパ野郎の事だろうか。

大まかに聞いたが、確かに妙子はアレに助けられたみたいだった。

よほど怖かったのか、私達が来ても少しまだ震えていた。

 

「忍ちゃん!」

 

「!・・・ゴメン。ちょっと考え事してた。」

 

その妙子より声をかけられていた。

 

「ねぇあれ先輩じゃないかな?」

 

「は?」

 

出入り口のドアについたベルが鳴り、あのナンパ野郎が入店してきた。

なんだ?随分と青い顔をしているけど・・・。

 

「「!?」」

 

妙子・・・。本当にあんなのがいいのだろうか?

 

「あれ誰だろう。」

 

年上らしき女性と入店してきた。

なんかすごく綺麗な人だけど。

 

「「!!」」

 

こっちに来る!?あの野郎から正面に位置する私達はバレ無いように体を倒した。

 

なんで隠れたのだろう?

しかも、よりにもよって私達のすぐ隣の席に座った。

 

「何やってんの?あんた達・・・。」

 

「キャプテン!後ろ!後ろ!」

 

「なによ。後ろって・・・あ。」

 

怪訝な顔でに後ろを振り向いた。仕切りの間から見えたのだろう。

 

「尾形君?」

 

「連れの女性の人、誰だろ?」

 

「・・・すごい美人だったけど。まぁたナンパでもしたんじゃない?・・・妙子。何で睨むの?」

 

「あんた達。盗み聞きなんて趣味悪いよ。」

 

「キャプテン。ちょっと静かにしていてください。」

 

結局仕切りに隠れ、様子を覗う形になってしまった。

私達の話し声も段々に小声になっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隆史君。娘の事ありがとうございました。」

 

「いえ。こちらとしても安心ですし・・・みほの奴、大分元気が出てきましたよ。友達もできましたし。」

 

「・・・そうですか。良かった。」

 

席に座り早々にお礼を言われた。

・・・良かった。

ほんっっっとーーーーーーーーーに良かった!!

先程までの殺気は大分消えてる!

怖かった!ここまで本当に怖かった!!

 

「そういえば、珍しいですね。しほさんがスカート履いてるの。いつもこう・・ビシッっとしたスーツなのに。」

 

「・・・私も女ですよ?スカートくらい履きます。」

 

しほさんは、珍しく私服を着ていた。

なに気にすっごいレアな姿を拝めた。

…なんで少しうれしそうなんだろ?

 

「まず今日の試合の事ですけど…やはり、やめておきましょう。厳しいことを言ってしまいそうです。」

 

「まぁ…素人が初めての試合ってのもありましたし、仕方がないと思っておいてください。」

 

「今日は聞きたいことが3つ程あります。まず最初に先日の電話での件ですけど…。」

 

 

「先輩の言う「みほ」って、西住隊長の事だよね?」

「女の人「娘」って言ってたよね?ってことは、西住隊長のお母さん!?若!!」

 

 

 

「はい。「名前」を使わせてもらい、すいませんでした。ありがとうございます。助かりました。」

 

「いえ、娘の事もありますし、あの爺は私も気に食わないですしね。」

 

迎賓館の出来事の後すぐに、しほさんへ連絡を入れた。

必ずあの老害は何かしら仕掛けてくる。

 

こちらは高校生だ。各高校に…特に大会へ出場する3年生をターゲットに脅しか交換条件かを仕掛けてくるかも知れないと思った。

「大洗学園」を潰せ的な・・・。

ほぼこちらは無名校なのに、他校からすれば眼中にすら無いだろう。

何かあるって言っているよなものだ。

 

正直、そんなに確実ではないし「振込詐欺注意!」の注意チラシを配る…ぐらいの感覚で予防線を貼っておいた。

高校戦車道連盟の理事長である、「西住 しほ」の名前で注意を出せば各高校も何かしらあるのだろうと思うだろ。

 

「貴方の思った通りでした。私の名前で通達を出した後、何校かに不審な大学戦車道連盟からの問い合わせがあったそうよ。」

 

「…予防線のつもりでしたけど、あいつらバカじゃないのか?分かりやす過ぎますよ。」

 

「島田 忠雄ですか。頭の悪いただのセクハラ糞爺ですね。」

 

「同感ですね。迎賓館で会った時も千代さんを、まぁ随分とエロい目で見てましたよ。」

 

「…あの女の事はどうでもいいですが、確かに私も面会した時も腰に手を回してきたりしましたね。…まぁ振り払うフリして指掴んでへし折ってやりましたが。」

 

……。

 

俺、よくこの人に喧嘩売ったなぁ…。

 

「俺はまだ高校生ですので、なにも力なんぞ持っていません。二度目になりますが、勝手に名前を使わせてもらって申し訳無かったです。

 あいつらの前で牽制用にさせてもらいました。相手は腐っても組織のトップの人間です。こちらもそれなりの「武器」が必要でした。」

 

頭を下げる。情けない事に俺は、虎の威を借る狐でしかなかった。

 

「こういう事には使えるものは何でも使いなさい。本来なら正式な手続きの書類を個人の思惑で簡単に発行できないのですけどね。

 多少無理も通しましょう。貴方には迷惑をかけています。今回の件で今後「西住」の名前を使っても構いませんよ。」

 

「ありがとうございます。では、しほさんに迷惑がかからない程度で。」

 

 

「な…何か難しい話してるけど。」

「戦車道連盟って…先輩って実は結構すごい人?」

「…私は余計に胡散臭く感じるけど?」

 

 

「…次に。島田の娘の件ですが。」

 

「アー…。まぁ千代さんが早く家元就任すれば、すぐに終わる話ですけどね。」

 

ピリッと周辺の空気が少し変わった。

 

「あの女が素直に解消をしますかね?」

 

「あ!しほさん!注文しないと!店員さん見てますよ!?」

 

「そうですね。では…。」

 

ここはお茶を濁さないと多分、泥沼化する。

さっさと終わらせないと!

まだ、店に入って注文すらしていなかった。店員を呼び注文をする。

 

「じゃあ、俺はアールグレイで。」

 

「では、私もそれで。」

 

店員は、注文を受け早々に行ってしまう。

あぁ誰か間に入ってくれ。

 

「意外ですね、紅茶なんて。てっきり珈琲とかを頼むと思っていたました。」

 

「そうですか?昔、散々飲まされたので珈琲よりも紅茶派になりました。」

 

「…聖グロリアーナですか?面識があるのは知ってはいましたが。そうですか。あの娘がお茶を振舞うとは…随分と仲がよろしかったのですね。」

 

「…何で知っているんですか?」

 

「さぁ?どうしてでしょう?」

 

・・・西住流の情報網が尋常じゃないの忘れてた。

この人高校戦車道連盟の理事長でもあるし、強豪校・聖グロリアーナのダージリンの事知らない訳なかった。

まずい、これは口を開けば全て墓穴を掘るパターンだ。

 

「まぁ聖グロリアーナは、もういいです。島田の娘の事でしたね。」

 

「ハイ。ソウデシタネ。」

 

回避失敗。

 

「貴方には二心は無いのですね?」

 

二心?なんの事だ?

しほさんには全部包み隠さず報告しておいたけど。

 

「この件が解決したら実際に島田家に…」

 

「無いです。俺自身は島田家と関係無いと思っています。島田家は母さんだけの問題です。

 今回は知り合いが困っていたから協力しているだけです。今回は特例なだけで、「島田家」なんて知ったことか。」

 

冗談じゃない。

間違って愛里寿と一緒になって島田家に入る事になったらそれはそれだ。しょうがない。

だけど、この件は違う。

 

「そうですか。なら良いです。」

 

しほさんが、何故か機嫌を良くした所で注文品が来た。

 

 

 

「…何か、すっごい真面目な話しをしてるけど。」

「先輩、一体何してたんだろ。」

「…チッ。」

「あんた達・・・。私達、反省会をしにこの店入ったんだけど?」

「わかってますから、静かに!」

 

 

 

注文品に口して、しほさんが真面目な顔をして切り出した。

 

「さて最後に、今回一番の重要案件です。」

 

「なんでしょ?」

 

アレ?もう今回の件で大体の事話したけど何かまだあったか?

 

「…これは何でしょう?」

 

携帯画面を俺に突き出してきた。

 

……。

 

「チヨサント、アリスチャンデス。」

 

交互にお姫様だっこされた、母娘の姿だった。

…重要案件って言わなかったけ?

 

「………ナゼデショウ?」

 

「…ご、ご希望になられましたので。」

 

「………ナゼデショウ?」

 

「…しほさんとの写真を見られたからでしょうか?」

 

「………ナゼデショウ?」

 

「」

 

このやり取り、前やった!もうやりましたから!!

やっぱり母娘だ!

壊れたスピーカー化しちゃった!?

 

 

 

「あら。年増の嫉妬は見苦しいですよ?」

 

「…ト?」ピキ

 

あなた同級生でしょうよ!!

 

「千代さん!やめて下さい!大丈夫です!しほさんまだまだ十分いけますから!少なくとも俺は全然!!」

 

「あら?隆史さんは年増が好みなのかしら?」

 

「…コノアマ。」

 

「だからやめて下さいって千代さん!…って、千代さん!!??」

 

いつの間にか千代さんが隣に座っていた。

え!?なんで!?今一番いちゃいけない人でしょ!?貴女!

 

 

「なんでいるんですか!?帰ったんじゃ!?」

 

「いえいえ。私帰るなんて一言も言ってませんよ?あ、コレ頂きました。」

 

なんで俺の注文品、普通に飲んでるんですか!?

 

「フフ。間接キスですねぇ。」

 

「」

 

逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたいぃぃぃぃぃぃぃ。

 

「…千代。まずどうして彼の隣にいるのですか?」

 

「あら。貴女と立ち位置が逆なら私の隣に座ります?」

 

「どうして、ここにいるのかと聞いている!!」

 

ドンッ!っと机を叩くしほさん。

いかん!店中にしほさんの殺気が充満しだした!

 

「あら。隆史君に会いに来ただけじゃいけない?」

 

「…ア?」

 

「ちょっ!店!ここ他所様のお店ですから!しほさん口調!口調!!つか、千代さんどうしてここがわかったんですか!?」

 

「・・・隆史君。今の携帯電話にはGPSというものが組み込まれているのですよ?」

 

は?

 

「・・・俺の携帯奪った時に何かしたんすか。」

 

「いえいえ。ちょーと隆史君の携帯のGPSの解析をさせただけですよ。」

 

「あの短時間に!?つか解析!!??」

 

やだ怖い。家元達、超怖い。

席の出口側に千代さんが座っているので、一時避難もできない。

 

誰かタスケテ。

 

 

 

「ひ…一人増えた…。」

「なにこの雰囲気。」

「不倫現場の修羅場にしか見えない…。あれ?妙子ちゃんは?」

 

 

 

「千代。貴女随分と今回彼に迷惑をかけているようね。」

 

「そうね、とても助かるわ。」

 

「」

 

「…島田家娘との件。約束は守って下さいよ。」

 

「どうでしょう?そもそも、しほさんに関係があって?」

 

「」

 

今現在、喫茶店内は魔境だ。

二人の濃密なプレッシャーが店内の雰囲気を支配している。

お互いに目を睨み合っている。

 

その間に完全に挟まれている俺が一番キツイのを誰か理解してくれ。

そしてタスケテクダサイ。

 

「あの…。先輩ですよね?」

 

横から声をかけられた。

 

「あれ?近藤さん?」

 

「「?」」

 

 

 

「妙子ちゃーん!!何やってんのーー!?」

「あの娘、よくあの場に入っていけるわね。」

 

 

 

先程別れた後輩が立っていた。

何でいるの!?良くこの雰囲気で声をかけれたね!?

 

「隆史君?お知り合いですか?」

 

「え?あ、はい。戦車道の後輩です。」

 

「いえ、先輩がいたものですから挨拶くらいしておかないと、と思いまして。どうかしました?」

 

ちょ…なんでこの娘、普通に話せるの?

 

「あ…ありがとう。ちょっと知り合いと話をしていて。こちらみほのお母さん。」

 

一応紹介しておいた。

しほさんも第三者が現れたので、落ち着きを取り戻し挨拶をする。

 

娘の後輩にもあたる訳だから、普通の態度に戻っていった。

しほさんはともかく、千代さんも普通に俺の頼んだ紅茶を飲んでいる。

いや…もうつっこまない。飲んじゃってください。

 

「アレ?近藤さん一人だけ?他の人達は?」

 

「そこにいますよ?気づきませんでした?」

 

指を指された。…すぐ隣の席にいた。

何してんの。

 

「妙子ちゃん!?」

 

「ど…どーも。」

 

「こんにちは。尾形君。」

 

バツが悪そうに席の仕切りから顔をだしたバレー部の面々達。

良し!流れが変わった!

俺の知り合いが出てきせいだろうか。二人共、外面用の顔になった。

 

「…もういいでしょう。千代。あなた本当は私に話があったのでしょう?」

 

「そうですね。ですが…まぁいいでしょう。しほさん、帰りは送ります。その道中でお話しましょう?」

 

「…いいでしょう。人前で話す話では無さそうですね。」

 

良し。二人共口調が元に戻った。

平和が戻りそうだ。

 

「そういう訳で隆史君。私達は帰ります。支払いはしておきますので、ゆっくりしていって下さい。」

 

「あ…なにかすいません。私が声をかけたせいでしょうか?」

 

よしよし。お開きになりそうだ。

終わる。この地獄が終わる!

 

「大丈夫ですよ。貴女のせいでは有りません。大体の話はできましたから。

 隆史君、いい息抜きができました。ありがとうございます。」

 

「いえ。そう言ってもらうと俺も…『写真の件は後日、しっかり聞かせてもらいます。』」

 

「」

 

次回予告で地獄が確定した。

 

「貴女達も、みほと良くしてやって下さい。では。」

 

・・・ビックリした。

しほさん普段こんな事言う人じゃなかったのに。

よかった。いい方向に変わって行っている。

 

…次回までに何か言い訳考えておかないと!

 

「隆史君、今度こそ帰りますので安心してくださいね。それでは。」

 

「いえいえいえ!安心なんてそんな!」

 

相変わらず人をからかうのが好きな人だ。

そのまま立ち上がり、店の出入り口のベルを鳴らしてしほさん達は店を出て行った。

先程までの空気が嘘のような、あっさりと帰っていった。

あの人達よく喧嘩すると聞いてはいたが、あれがデフォルトなのかよ…。

 

「はぁーーーーー。」

 

二人が退店した後、一気に疲れが押し寄せ来た。

そのまま目の前の机に突っ伏した。

疲れた。マジで疲れた。

人生で一番疲れたんじゃないかってくらいの疲労感がする。

 

「なんかお疲れ様でした先輩。」

 

「ありがとう近藤さん。いや近藤 妙子様。マジで助かった!ありがとうございました!」

 

「「様」って…。いいですよ。先程、助けてもらいましたし。」

 

「違います!いくらなんでもレートが違いすぎます!」

 

「はぁ…。放っておけばよかったのに。」

 

しかし相変わらず、5番の娘…河西 忍さんが睨んでくる。

 

 

「そういや、磯部さん先程から下向いてるけど、どうした?」

 

「キャプテン?」

 

磯部さんが、なんだ?注文伝票を見ながらプルプルしてる。

 

「…まずい。お金が足りない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おばぁの家から学園艦までようやく帰ってきた。

最近小言が増えるばかりだけど、思ったより元気そうだった。

というか元気過ぎるだろ。

 

どうもまだ西住さん達は帰ってきていないようだったので、乗り場前で待つことにしよう。

だがその乗り場前に奴がいた。

なんか大きいクーラーボックスに座っていた。

 

「やぁ冷泉さん。みほ達と一緒じゃ無かったのか?」

 

生徒会書記。

今一性格が掴めない変な奴。

正直、こいつは少し怖い。

この前は二重人格じゃ無いのか?と思う変わり方をした。

なんだかひどく、疲れた顔をしている。

 

「いや。自由時間で別れた。書記。お前こそ何故ここにいる?」

 

「書記…ね。まぁ確かにそうだけど。…みほ達を待っているんだ。」

 

「…そうか。」

 

ここで待とうと思ったけど、こいつと二人きりは嫌だ。別の場所で待つことにしよう。

踵を返し、さっさと立ち去ろうとしたが呼び止められた。

 

「ちょっと待ってくれ。少し話がある。」

 

「…なんだ?また説教か?」

 

苦笑している。やりづらい。

あの時とやはり口調が違う為か、多少強気でいける。

 

「あー。その時の話ではあるが説教とかいう気は無いよ。ただまぁ…謝らせてくれないかと。」

 

…そう言えばあの時、去り際にも何か言っていたな。

こいつの変わりように驚きすぎて殆ど覚えていないがな。

すぐに頭を下げて謝罪をしてきた。

 

「正直アレは、八つ当たりだった!すいませんでした!」

 

「…いや、もういい。目立つからやめてくれ。」

 

あの時の事は、面食らっただけで私自身何も思っていない。

ちょっとこいつが怖いくらいだ。

 

「謝罪はもういい。…ただ、教えてくれ。なんであそこまで私を嫌う。そんなに面識は無いはずだぞ。」

 

気になるのはそこだ。何故あそこまで目の敵にされたのか。

西住さんとも縁近いそうだし、これから顔を合わせることも多いだろう。

 

「…あの時まで、正直君を嫌いだと思ってた。」

 

…やっぱりか。

 

「ちょっと待て、お前に嫌われる謂れがないぞ。」

 

「んぁー。まぁ、俺のコンプレックスというか、先入観というか…。まぁ一言で言えば「偏見」だな。すまなかった。」

 

「もう謝罪はいい。やめろ。」

 

また頭を下げてきたので、上げさせる。だから目立つだろうが。

 

「…俺は、「やればできるのにやらない奴」が嫌いだったんだ。簡単に言えばな。本人からすれば大きなお世話なんだけどね。」

 

「やればできるのにやらない奴…。私が?」

 

「君はなんだかんだで目立つからね。遅刻連続記録とか、生活態度とか。そのくせ成績はトップときたもんだ。」

 

「…。」

 

「それまでは、気に食わない程度だったけどあの時の態度でね。」

 

「態度だと?」

 

「みほ達…特に沙織さんは幼馴染なんだろ?その娘達が本気で困っているのに自分の自堕落を優先して見捨てるって見えたもんだからね。」

 

あーあれか。朝6時起きは無理って話でやめようとしたな。

 

「それでキレちゃったんだよ。」

 

「…ム。」

 

沙織を引き合いに出してきた。まぁ何となく気持ちがわかるが…。

西住さんや沙織の為だったか。

…待て。そうすると悪者は私みたいだろ。

 

「でも今は正直見直した。素直に謝ろうと思ったんだ。俺の好感度、鰻上りだ。…効果音つけようか?」

 

「…やめろ。なんだ効果音って。」

 

書記は私の正面に向き直した。

 

「結局、戦車道を選択してくれた。みほ達を助けてくれて、ありがとう。」

 

「…やめろ。調子が狂う。頭を下げるな。真っ直ぐ見るな!」

 

「今回の練習試合。ちゃんと来てくれてたしな。実際凄かった。よくもまぁ、あそこまで動かせるもんだ。」

 

…ギリギリまで寝てたのは黙っていよう。

 

「もういい!許したから、あまり絡むな。」

 

落差が激しい。散々敬語で攻撃してきたのに今度は褒めてくるって。

 

「やだ。こうなったら口説くつもりでガンガン絡んでく。戦車道もあるし、長い付き合いになりそうだしな。」

 

「口説くってお前。…西住さんに言うぞ。」

 

「…ヤメテクダサイ。シンデシマイマス。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局。冷泉さんと一緒にみほ達を待つことにした。というか逃がさん。

やっと打ち解けそうな雰囲気になって来たのに。

 

港だけあってまぁ野良猫のまぁ多いこと。

何故か彼女の周りには2.3匹の野良猫がニャーニャーと陣取っていた。

そのおかげで動けないのか、逃げるに逃げれない冷泉さん。

さてどうやって打ち解けるか。

 

「おい、お前。そこのむさ苦しい気品の欠片も無い男。」

 

知らない男に、いきなり喧嘩腰で声をかけられた。

邪魔するなよ。

何だ?この宝塚にいそうな服着たモヤシ男。いや、後ろにも二人ほどいた。

みんな同じ服着てるな。キメェ。男のペアルックかよ。

 

「おい。呼ばれてるぞ書記。」

 

「ひどい!まこタン!俺そんなにムサクないよ!?」

 

「まこタ…やめろ。私に変な愛称をつけるな!」

 

ニャーニャーと猫にまとわりつかれているな。

 

「…マコニャン。よし。これでいこう。」

 

「…わかった。今わかった!お前のそれが素だな!!どうりであの時1年チームが怯えていたのかわかったぞ!落差ありすぎぞお前!」

 

「だから謝ったじゃないないか、マコニャン。良いよマコニャン。かわいいよマコニャン。」

 

「こ…殺す!本当に殺す!!」

 

「あまり女の子が殺す殺す言うもんじゃあ無いよ?マコニャン?」

 

「ガァァァァ!」

 

あー楽しい。オペ子は違う異色タイプの癒し系だな冷泉さん。

しっかし、この子は朝と違って夜に近づくと元気になるな。

夜型なのか。どうりで朝に弱いはずだ。

 

「む…無視をするな!!」

 

「うるさいモブ男A。なんだよ。お前なんか知らん。ナンパならよそでやってくれ。」

 

「ふざけるな!私達は聖グロリアーナ、ダージリン様より貴様ら大洗に言伝を伝えに来たのだぞ!」

 

…ダージリンの名前を出されてた。なら仕方がない。

 

「はいはい。なんでしょうか?」

 

仕方がないから相手をしてやることにした。何か手にもっているな。

あーそう言えばこいつら、みほ達に挨拶にしに来た時にダージリン達の後ろにいた男共か。

って事は、共学になった後、戦車道に関わっている奴らってことね。

 

「なんだ?ダージリン様より何も聞いていないのか?わざわざアポイントを取ってまで来てやったというのに。」

 

カリカリしてるなぁこいつ。早々にハゲるぞ。

誰かわからない、初対面の奴に偉そうに言われる筋合いはない。

初っ端から無礼な態度なのだから、こちらもそれ相応に対応してやる。

 

「知らん。俺は何も聞いていない。そもそもお前ら誰だよ。」

 

「あー隆史ちゃん。その人達が用があるのは私達だよー。」

 

「会長?」

 

後から声をかけられた。いつの間にか生徒会役員が勢揃いしていた。

いつの間に…。

 

「!!」

 

なんだ?声をかけてきたモブ男Aが固まった。

 

「ごめんねー。この子ら大洗の戦車道チームだけど、今回はなんも知らないの。約束してたのは私達だよー。」

 

「人違いでしたか、大変失礼をしました。私、聖グロリアーナ戦車道チームの…。」

 

いきなり胸に手をやりお辞儀した。

 

「おい。随分と俺と挨拶から対応が違うけど、まず人違いだった俺に何か言うことがないのか?」

 

対応の違いに若干苛つく。

 

「ふん。貴様に名乗る名前は…。いや、貴様には名乗っておこう。ダージリン様に対する貴様の無礼は目に余るものがあった。

 あの方に限っては有り得んが、貴様の様な無頼から守るのが我らの使命!ゆくぞ!!」

 

…なんかトリップしだした。

 

 

「「「 我ら!ダージリン親衛隊!! 」」」

 

 

……。

 

なんだこの人数の足りないギ○ュー特戦隊見たいな奴ら。

 

「ごめんなさい。結構です。ご用件を済ませて早々にお引取り下さい。」

 

「なんだと!?」

 

関わりたくない。帰れ。

 

「まーまー隆史ちゃん。で?用件は?」

 

「失礼をしました。こちらをどうぞ。」

 

「なにこれ。」

 

少し大きめの箱を渡された。

それを渡すために来たのか?

 

「ダージリン様より大洗学園戦車道チームへとの事です。是非とも「西住 みほ」さんにお渡し下さい。」

 

…こいつの会長を見る目がおかしい。キラキラしている。

 

「しかし、大洗にこのような可憐な・・貴女の様な方がおられたとは思いませんでした。

 先程もお目にかかりましたが…いやはや見れば見るほどお美しい…。」

 

会長との距離を一気に縮め、会長の手を取った。

 

「…。」

 

後ろの桃センパイが暴れ出しそうだったけど、柚子先輩が止めている。

ここはいいだろ暴れさせても。

 

「そ…そうかい?ありがと。」

 

「いえいえ。時間さえあれば、もうしばらく『おい。モブ男A。』」

 

若干、いきなりのアプローチに引く会長。

会長が引くってよっぽどだぞ。桃ちゃんキレそうじゃないか。

長ったらしい讚辞を送ろうとしているのが見て取れたので止めておいた。

 

「モブ男Aと呼ぶな!何の用だ!?今貴様と話している時間は無い!!」

 

「一つ聞きたいのだけどさ。お前らダージリンの親衛隊とか言ってたな。」

 

「今更何を…。そうだ!我らこそ選ばれた…」

 

「ダージリン、オレンジペコ、アッサムの中で誰が好み?異性として。」

 

「…なんだと?神聖化されたダージリン様をそのよ『いいから。言ってみ?』」

 

ヌ…と呟き考え出した。変な所、律儀だなこいつ。

 

「…オレンジペコ殿だろうか。」

 

ボソッっと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

「で、この娘はどう思う?」

 

横にいた、話題から外れ安心しきって野良猫と戯れているマコニャンを親指で指さした。

 

「…何で私が出てくる。」

 

「!?」

 

…やはり目の色が変わった。

素早く彼女の前に跪く。

 

「失礼をしました。貴女の様な方をこの私がぁぁぁぁぁ!!!!」

 

取り敢えず頭を掴んで力を込めておく。

 

「…会長。冷泉さん。気をつけて。こいつはダメだ。」

 

敢えて言わないが、こいつはダメだ。いろんな法令に引っかかりそうだ。

会長の前でマコニャン呼びはやめておこう。多分後々面倒そうだ。

 

手の力を緩めてやったら逃げるように距離を取られた。

 

「ハァハァ…クソ!貴様!」

 

はぁ…。もういいから帰ってくれ。しほさんとのやり取りで疲れきってんだ。

マコニャンで、からか…癒されてんだから邪魔するな。

 

「くっ…口惜しいが時間がないな…貴様!名を名乗れ!」

 

「えー。散々ダージリン達が呼んでいたじゃん。」

 

「ふん!覚えておらん!」

 

…頭沸いてんのかこいつ。

 

「あんた達も大変だねぇ…。」

 

一応、後ろで「いつもの事」って感じで静観していた他の奴らに声をかけておく。

 

「いえいえ、もうなれましたので。」

 

苦笑している。この人達とは仲良くなれそうだ。

苦労人は労ってやらないとね。

 

「はぁ…。名前ねぇ…。聞いてどうするんだ?」

 

「今回は時間が無いのでこれで私達は失礼するが…次回貴様に会った時こちらにも考えがある!!さぁ名乗れ!」

 

めんどくさいなぁこいつ。

これで終わるなら仕方がない。

 

「伊集院 田吾作だ。よろしくぅ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お前、さらりとすごい嘘ついたな…。」

 

「自分から名乗らない相手に名乗る名は無い。」

 

やっぱりあいつら変な所律儀で、名乗るだけ名乗ったら素直に帰って行った。

さて。またマコニャンと二人きりの状況に戻った。

会長は要件が済んだら、「私ら学園艦で待ってるね~。」と、さっさと学園艦に戻った為、港に二人取り残されていた。

 

そろそろ学園艦の出港時間。さすがに心配になったのか、もう俺から逃げようとしない。

マコニャンは、しびれを切らしたのかウロウロしだし、最後には係船柱に足をかけてポーズをとって待っている。

 

「なぁマコニャン。」

 

「…。」

 

「無視しないでよマコニャン。」

 

「…ギ。」

 

プルプルしだした。

 

「まぁいいや、港町で働いていたから分かるんだけどさぁ。こういう所って突風が吹くこと多いんだよ。遮蔽物が少ないから。」

 

「…だからなんだ。」

 

顔を海に向けぶっきらぼうに答えられた。

 

「いやぁ、そんな片足上げて固定したポーズとってると…。」

 

ブワッっと言っているそばから強風が吹いた。

片足を上げているせいか、スカートに風が滑り込む。

 

 

にゃーん

 

 

バッ!

 

すぐさま手で押さえ込むが、時既に遅し。

 

「スカート捲れるよって…やっぱりマコニャンじゃん。」

 

ふむ。パステルブルーの猫柄か。

 

「…今すぐ貴様の海馬をこねくり回してやる。」

 

はっはー。殺気がマジになってるよ。

しかし、先ほどの家元二人のプレッシャーに挟まれていたお陰で、今俺は感覚がマヒしてる。

もう…何も怖くないよ!

 

「チッ。…おそい。」

 

パタパタ走ってやっと、みほ達が帰ってきた。

 

「隆史君と冷泉さん!?」

 

急いで走ってきたみたいだ。

実際出港ギリギリで悠長に話している時間も無かった。

俺らも続けて走って乗船する。

乗船して歩きながらだけどもようやく話ができた。

 

「なに?二人共待っていてくれたの?」

 

「…私はこいつと待っていたつもりは無い。」

 

「まぁーそういうなよマコニャン。」

 

「「「「マコニャン!?」」」」

 

「麻子。いつの間に隆史君と仲良くなったの?すっごい呼び方されてるけど。」

 

「仲良くない!こいつが勝手に言っているだけだ!やめろと言っただろ!」

 

「まぁ、この前の事で仲が悪くなるよりいいけど…隆史君。わかった。またいつものだね。ハァ…。」

 

「ハッハー。」

 

「西住殿?いつものとは?」

 

「昔からなんだけどね。隆史君、たまに気に入った人いると強引に相手との距離を縮めようとするの。」

 

「それって人を選びますよね…。嫌がる人は嫌がりますよ?」

 

「だよね。でもね、不思議とうまくいくの。なんでだろ?」

 

「つか、隆史君って麻子の事気に入ったんだ…。」

 

「…その呼び方は、本当にやめてくれ。しまいには泣くぞ。」

 

 

 

船外廊下を歩いている。

一番後を歩いていたが、ちょっと様子がおかしかった。

なんだろ?

特に意識はしていないのだろうが、ちょっと空気がおかしい。

そう特に変だったのが…。

 

「華さん?」

 

「…何でしょう?私にも何かアダ名をつけてくれるのですか?」

 

こちらを振り向いた華さんの顔は、いつもと同じ微笑を浮かべているのだけど少し様子が変だ。

つられて全員が振り向いた。

冷泉さん以外の面々の表情もなんか様子が変。

 

「…なんかあったか?」

 

「…。」

 

「いえ?特には。何も食べておりませんので、少々お腹が空いただけですよ?」

 

「…そうか。まぁなんかあったら言ってくれ。できるだけ力になりたいから。」

 

妙な緊張感が包んだ。

みほ達は心配そうにこちらを見ている。

…やっぱりなんかあったな。

聞き出すのも変だし言ってくるまで頬っておくか。

 

「ありがとうございます。では何かご馳走してもらえます?お腹が空いただけですので。」

 

彼女なりの気を使った冗談なのだろう。

しかし冗談でもご希望であるなら。

 

「いいよ。今からなんか作ってやる。」

 

え!?っと全員が驚いた。

 

「あれ…隆史君、料理なんかできたっけ?」

 

一番驚いてたのはみほだった。

まぁ言ってなかったしねぇ。

 

「まぁ、港の早朝の飯屋でバイトしてたからな。レパートリー少ないけど。」

 

「あらぁ…冗談のつもりでしたのに。」

 

「丁度いいや、全員分作ってやる。魚2,3本買ってあるし。」

 

そう。クーラーボックスの中は魚だ。せっかくの港町なんだから購入してあった。

ポンポンとクーラーボックスを叩いて見せた。

 

話しながら階段を上り、視界にいつもの学園艦の街並みが広がる。

そこに、一年生チームが並んでいた。

 

「西住隊長。」

 

「え?」

 

「戦車を放り出して逃げたりして、すいませんでした!」

 

「「「「「 すいませんでした! 」」」」」

 

一年チームも、みほを待っていたのだろう。

練習試合の時、逃げたことを謝ってきた。

いろいろと、みほの試合を見て思うところがあったのだろう。

「次はがんばります。」と次回をしっかりと見ている。

よかった、一人くらいやめたいとか言い出すかと思っていた。

 

「これからは、作戦は西住ちゃんに任せるよ。」

 

横から会長達が出てきた。

一年と一緒に待っていたのだろう。

柚子先輩が、先ほどのモブ男Aから預かった箱を持っている。

桃センパイはなんか驚いてるけど。

 

「んでコレ。」

 

「なんですか?」

 

箱の中には、えらい豪華な紅茶が入っていた。

コレ、箱自体も結構な値段するんじゃないのか…?

 

「あれ?みぽりん、メッセージカードも入ってるね。」

 

「あ、すみません。両手塞がっているので読んでもらえますか?」

 

「いいよ。えっとねぇ。」

 

 今日はありがとう。

 貴女のお姉様との試合より面白かったわ

 また公式戦で戦いましょう

 

「だって。」

 

沙織さんが読み上げる。

 

「すごいです!聖グロリアーナは、好敵手と認めた相手にしか紅茶を贈らないとか!」

 

「そうなんだ。」

 

「昨日の敵は今日の友!ですね!!」

 

「公式戦は勝たないとねぇ。」

 

「はい!次は勝ちたいです!」

 

よかった。みほは、もう大丈夫だろう。

今回の練習試合はいい踏ん切りになったのかな。

 

「公式戦?」

 

「戦車道のぉ、全国大会です!!」

 

優花里が本当にうれしそうに言った。

そうか彼女、戦車道のマニアだったっけ?

実際に参加出来る事が嬉しくて仕方ないのか。

オッドボールの紹介も遅れていたし、ちゃんとしてやらないとなぁ。

 

「あ、先輩!」

 

「近藤さん?どしたの。」

 

彼女一人なのか。珍しい。

 

「いや、あの時忍ちゃんに急かされて、ちゃんお礼言ってなかったなぁって。」

 

「それでわざわざ待ってたの!?律儀だね。」

 

「…隆史君?どうかしたの?」

 

あ。いかん。みほが訝しげな目で見てきた。

 

「いやね、俺が助けてもらったお礼に偶然居合わせた喫茶店で、バレー部の飲食の代金を俺が出したって話だよ。」

 

「そうですよ、西住隊長。変な事じゃないですよ?奢るって言ってたキャプテンの持ち合わせが足りなくて、本当に助かったんですから。」

 

…助かる。彼女は前々からピンポイントでフォローしてくれるから本当に助かる。

 

「…ふーん。」

 

「…しほさんと千代さんが遠まわしに喧嘩しだしてな。店の中の雰囲気がすっごいことに…。そのど真ん中にいた俺を彼女が声かけてくれた

 おかげでなんとかなったんだよ。…みほ、お前なら喧嘩中のあの二人に声かけられるか?」

 

想像しただけで青くなっていく、みほたん。

そりゃそうだろ。知っている人間ならまず近づかない。

 

「…母が大変ご迷惑をオカケシマシタ。」

 

「いえいえ。それに西住隊長のお母さん見ましたけど、すっごい美人ですね。服装も大人っぽくって。」

 

「…ちょっと待って。お母さんどんな格好してたの?基本スーツ系しか着ないのに。」

 

「え?…普通にロングスカートで上は『スカート!!??』」

 

あれ。みほが震えだした。

ボソボソ呟いてる。

 

「…スカート履くなんて。あのお母さんが…。お父さんに言っておいたほうがいいかな…。」

 

…なんか恐ろしい事呟いてる。

 

 

「み…みぽりーん。」

 

「え?あ、ごめんなさい。」

 

「メッセージカードもう一枚あったんだけど…。」

 

「…なんだろ。」

 

嫌な予感でもするのか、優花里に箱を渡して自分でカードを受け取った。

 

「…。」

 

みほさん固まってますよ?

どうしました?

 

「…。」

 

あの…

 

「隆史君。」

 

「はい。何でしょう?」

 

バッとカードの内側をこちらに見せてつけて。

 

「これはどういう事!?」

 

隆史さんはそちらにおりますが、あの様子では今の所こちらが一歩勝っていると思います。

練習試合で言いましたが、イギリス人は、恋愛と戦争では手段は選びませんの。

私達、聖グロリアーナも共学になりました。

 

いつでもこちらに転校なさっても構わないと隆史さんにお伝え下さい。

ねぇ。卑怯者さん?

では次の試合も楽しみですわ。

 

 

…うっわーキッツー。バラす気は無いのだろうけど…コレ明らかに俺に当てたメッセージだぁ。

 

「一歩勝っているって所が気になったの。」

 

「ハイ。」

 

「この前の話。まぁお酒が絡んでるし、詳しくは言いたくなさそうだからもう聞かないけど、これだけ答えて?」

 

「・・・ハイ。ナンデゴザイマショウ。」

 

…何でだろう。しほさんを思い出した。

やっぱり母娘だよねぇ…。胃が痛い。

なんだろう。今までに無い震えがががががががが。

 

 

 

「彼女が「紅茶味」ね?」

 

 

 




はい閲覧ありがとうございました。
今回投稿に時間がかかっちゃいました。
物語が進まねぇ・・・


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第13話~私も覚悟決めました!~

みほ達女の子5人が今、俺の部屋にいる。

 

宣言通り、夕飯を作ってやる為だった。

最初、地理的に一番近い、みほの部屋が候補にあがったが俺が断った。

想像してみよう。

ワンルームの女の子の部屋で、女の子5人ひしめく中に俺がいる。

 

無理です。ハードルが高すぎます。

 

次に同じアパートの下の階である、俺の部屋。

沙織さんの「男の子の部屋を見てみたい。」好奇心からの延長線上の発言で決定した。

 

「じゃあ、けってーい。」

 

「いやいやいや、ちょっと待って。」

 

「では、参りましょうか。」

 

「あの・・ちょっ、すみません。待ってください。」

 

「書記。諦めろ。沙織のアレは、もはやどうにもならん。」

 

冷泉さんは、ちょっと渋ったが、結局何も食べないで待っていたようで、空腹には勝てなかったようだ。

ちょっと想像してみよう。

 

ワンルームの自分の部屋で、女の子5人ひしめく中に俺がいる。

更にハードルが上がりました。

しかし俺の拒否権は、既に無かった。

そして現在に至る。

 

「お邪魔します。」

 

「これが男の子部屋か~・・・なんかイメージと違う。」

 

「引っ越してきたばっかりで、まだダンボールに入っているものが多いからね。」

 

「何もないな。」

 

俺の部屋は現在、小さい本棚と机とテーブルとPCとベット。これしか置いてない。

さすがにカーテンと絨毯くらいは用意したが、その他は殆どクローゼットの中だ。

いろいろ忙しくて必要最低限の物しか出せていない。

まだダンボールも転がっている。

 

キョロキョロする女子達を放っておいて、調理の支度に取り掛かる。

食器類は、途中100円均一で人数分買ってきた。

多分問題ないだろう。

 

さて飯を炊くか。

 

「隆史君、何か手伝う?」

 

みほが気を使ってくれる。

・・・紅茶味の正体が、ダージリンと白状したら本当に何も詮索してこなくなった。

 

「そう。」

 

その一言で何も言われないでその話は終了した。

逆に不気味だ。それに正確には、ダージリン「達」なのだけど・・・黙っていよう。

 

「あ・・ありがとう。でも今日は、みほ達お客さんだから座ってな。」

 

クーラーボックスから、魚を3本取り出す。

港町は、探せばいい魚が安く手に入る。1本のまま買えば更に安くなる。

・・・大鯛が一本、アジが二本ある。どうしようか。

鯛は頭を落としてもらって何とか箱に入った。その隙間にアジを入れた。

 

「あぁ、そうだ。みほ。」

 

「なに?」

 

「本棚の上にある物。持っていっていいぞ。」

 

「?」

 

「どうしました?」

 

会話を聞いていた、一番最後に入室した優花里と一緒に本棚へ向かっていく。

あ、包丁出さないと。

 

「わぁーー!ボコだぁ!!」

 

そこには、ボコのプラモデルが飾ってあった。塗装まで全て終わらせてある完成品。

みほのご機嫌と・・・手土産に、昔気まぐれに作ったのをあげる為に持って来てあった。

時間がなく、うまく渡せなかったので、部屋が殺風景なのも有り、取り敢えず飾っておいた。

フルアーマーボコ。なんだこれ?と思って買ったけど、更にケガが重症になったボコなだけだった。

 

「すごいです!このキャラクターは良く知りませんけど完成度の高さはわかります!箱の写真見ると全然違いますよ!」

 

あ、箱出しっぱなしだった。

あら、みぽりん。目がすっごい輝いている。

 

「パテで全体のディテールも調整してある。転校前に作ったのだけどね。トップコート吹き済の完成品です。」

 

「何を言っているのか良くわからないけど・・・本当にいいの?」

 

「持ってけ。みほにやる為に一緒に転校してきたボコです。」

 

喋りながらも準備を進める。

会話をしながら手を動かす。こちらに来て自炊はしていたから調理器具はダンボールから出してあった。

 

「ありがと。ありがとうーーー!!とっても嬉しい!!」

 

「あら、みほさん。なんだかご機嫌になりましたね。」

 

「隆史殿!戦車・・・戦車は作っていませんか!?」

 

「戦車は無いなぁ。作ろうと思ったことは有るけど。」

 

「そうですか。では今度作りましょうよ!」

 

「そうだなぁ。時間があったら作ってみるか。」

 

そうこう話ながら準備が終わった。

さて、やるか。米が炊き上がる前にさばき終わるだろ。

 

「・・・隆史君。」

 

「どうした?」

 

沙織さんがいつの間にか横にいた。

なにか真剣な目をしていますけど?

 

「隆史君!!」

 

「は・・はい?」

 

「私にお魚の綺麗な、さばき方教えて!」

 

びっくりした。何を切羽つまった顔をしているのかと思ったら。

 

「今日は邪魔しないように見てるだけにするけど、手順を教えて!」

 

「いいけど・・・俺も別に完璧じゃないよ?」

 

「私だと上手くできなかったの。ちゃんとした人の見てみたい!」

 

「あぁー。最初はねぇ。身をボロボロにしちゃうよね。」

 

「じゃあ、ちょっと待ってて。」

 

なんだろう。自分のカバンを漁っている。

プラスチックのケースを取り出してゴソゴソしている。なんだ?

 

「これでよし!」

 

振り向いた沙織さんは、メガネをかけていた。

ふむ。下フレームですか。そして赤フレームですな。そうですか。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

「どうしたの?」

 

「・・・沙織さん。目が悪かったのですね。」

 

「え?まぁ、普段コンタクトなんだけどね。・・・変?」

 

「いいえ。素敵ですよ。大変素晴らしいです。ハラショーです。」

 

「そ・・そう?なんで敬語⁉︎」

 

「・・・さばき方ね。じゃ、アジの方が初心者向きだな。」

 

「うん。ん?」

 

いつの間にか、みほがいた。

あれ?ボコと戯れていたんじゃ?

 

「・・・隆史君。沙織さんには手伝ってもらうんだね。」

 

軽く頬を膨らませてる。

 

「さばき方教えるだけですけど・・・。」

 

なにを拗ねていらっしゃるのかわかりませんが。

 

「そ・・そうだよ、みぽりん!見学するだけ!」

 

「じゃあ、私も見ていて良い?」

 

「「どうぞどうぞ。」」

 

結局、みほもサバさばき方講座に参加した。

みほも沙織さんも、普段料理しているのが分かるくらい包丁の扱いに慣れていた。

よってそんなに苦労しないで二人共、覚えてしまった。

 

 

 

----------

------

---

 

 

 

 

「ご馳走様。大変素晴らしかったです。」

 

「お・・お粗末様でした。」

 

結局、丼物と刺身にしたのだけれど、すげぇ華さん全部食っちゃったよ・・・。

軽く3人前くらい食べたんじゃなかろうか?

 

「うまかった。鯛なんて久しぶりに食べた。・・・なんか悔しい。」

 

「はー。野営してると生のお魚ってそんなに食べれませんからねぇ。」

 

「・・・なんだろう。女子力の差を見せつけられた感じ。」

 

「隆史君。私もなにかショックだよ・・・。」

 

沙織さんとみほが項垂れている。

女子力って・・・。

 

本日のメニューは大鯛を使って鯛丼。

 

「一本買うと大鯛って安いんだ。大味でおいしく無いってね。焼いちゃうとあんまり味自体変わりないんだけどねぇ。勿体無いよな。」

 

刺身で乗せると、少々固くて食べ辛いので貰った食品用バーナーで軽く炙って風味を出し、タレかけて完成。

最後、少し残してもらって出汁で御茶漬にして締めにしてもらった。

完全に賄い料理になってしまいました。

 

「隆史さん。」

 

「はい?」

 

「なんだか、気を使ってもらいすみませんでした。ありがとうございました。」

 

「いえいえ。」

 

「・・・今日の事、私の様子がおかしかった事、詳しく聞かれないのですね?」

 

「まぁ、何かあったと思ってるけど・・華さんの中でちゃんと消化できていそうだし、敢えて聞かない。」

 

「そうですか。・・・ありがとうございます。」

 

やはり結構な事があったのだろう。沙織さん達も何か言いたそうだった。

だが、華さん本人が言わないのならば周りは何も言えまい。

こういう事は、本人より同行した周りの人間を見たほうが、わかりやすいし察しがつく。。

興味本位で詮索することでは無いだろう。結構重い事があったぽいし。

 

それと関係があるのか分からないが、みほの様子が食事を終えたあたりから少しおかしい。

 

「・・・。」

 

どうしたのだろうか。

食後に出したお茶を見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチャカチャと音を立てる食器。

六人分あるから洗うのが少し大変。

 

隆史君は、さすがに夜の九時を回ったので彼女達を送っていった。

彼の車は二人乗りの為、徒歩で一緒に帰り道をついて行った。

 

食器を洗う為に私は、部屋で待っていると送り出した。

彼は後でやるからいいよと言ってくれたのだけど・・・ここに残る為の口実だった。

少し一人で、考えをまとめておきたかった。

 

例の「紅茶味」の正体と今日の彼。

正直、打ちのめされた。

 

私は、ただ昔みたいに彼に甘えていただけだった。

私は何も成長していない。

逃げ出した時のまま。

 

それに引き換え隆史君は、明らかに変わっていた。

成長していた。

 

「私だけ何も変わってない・・・。」

 

転校しちゃった時、ひどく落ち込んだ。・・・私もお姉ちゃんも。

お姉ちゃんは、表情にはあまり出ていなかったけど私にはわかる。

 

でも彼は、その後も電話やメールで連絡を取り合ったり、長期休みにも来てくれたりした。

おかげで何とか私達は持ち直した。

 

・・・私たちの関係は続いているのだと、がんばれた。

 

始め隆史君は、お姉ちゃんの事が好きなのかと思っていた。

それでも負けたくないと、お姉ちゃんには内緒に連絡も取っていたりしていた。

でもまぁ、それはお姉ちゃんも一緒だろう。

多分私に内緒で彼に連絡を入れていたと思う。

 

寂しかったけど、戦車道もがんばれた。黒峰森に入っても副隊長にまでなる事ができた。

・・・彼は驚いてくれるだろうか?そんな事思っていたのに。

 

私は全てから逃げ出した。母、お姉ちゃん、戦車道からも。

 

・・・彼からも逃げてしまった。

 

全て投げ出して逃げ出したてしまった。

 

そこからは、灰色だった。

景色の色もわからないくらい。

見えるもの全てがモノクロに見えた。

 

そんな時・・彼は追いかけてきてくれた。

 

私の為に転校して来てくれたと言っていた。

嬉しかった。・・泣いちゃうほど嬉しかった。

どれほど救われたか。

友達ができた。彼が来た。あんなに嫌だった戦車に、もう一度乗れた。

 

戻った。

景色に色が戻った。

これから、沙織さん達と隆史君と頑張っていこうと決心が出来ていた。

 

 

が。

 

 

でも今日、分かった。気づいてしまった。

彼の人生を私が変えてしまったと。

 

料理作る所を見て思った。

 

みんなとの会話を聞いて思った。

 

ダージリンさん達を見て・・思い知った。

 

転校先、青森で二年。

人付き合いもあっただろうし、ここまで料理が作れるようになっているのなら将来は料理人になりたかったのかもしれない。

考えたくないけど、好きな人だっていたのかもしれない。

家族は?友達は?

 

生活を変えてさせてしまった。私の為にそれらを全部捨てさせてしまったのでは?

 

特にダージリンさん達を見て思い知ったのがそこだ。

あの人とは、そういった関係では無いのかもしれないけど、明らかにダージリンさんは彼に好意を持っている。

何があったか分からないけど、あのオペ子と呼ばれていた子もそうだろうな・・・。

 

 

・・・彼にここまでやってもらって。

今までの生活すら捨てさせて助けてもらったのに。

 

私は何もできていない。まだお礼すら言えていない。

 

生徒会の歓迎会から帰ってきた酷く酔っていたけど、彼が言ってくれた。

 

「がんばったな」と。

 

何が?

 

何を?

 

あの時は嬉しかった。でも違う。私は何もしていない。

 

だけど、今日の華さんを見て決心がついた。

 

自分の母親にあそこまで言われても自分を曲げなかった華さん。

彼女も何も思わない訳が無い。

「これは新しい門出。私も頑張るわ。」と言っていた。

 

・・・私もがんばる。

もう甘えない。

 

「変わらなきゃ。」

 

お姉ちゃん達の抱っこされた写真を見て、変に焼きモチを焼いて怒ったりしたけど、そんな権利なんて私には無かった。

もう怒るのはやめよう。・・・できるだけね。・・・ウン。デキルダケ。

 

もう後悔はやめる。

彼がここにいる。

今日帰ってきたらお礼を言おう。

 

助けてくれた彼に答えよう。

戦車にも沙織さん達と一緒に、また乗れるよう導いてくれた。

私がまた戦車道を続けられている。

 

そしてまた、戦車道の大会にもう一度参加する。

 

これしか無い。

改めて、もう一度私を見てもらおう。

「がんばったな。」も一度ちゃんと言ってもらえるくらいに!

ここまでしてくれた彼に対する責任を取ろう。

 

・・・それに。

会長は良くわからないけど、ダージリンさんは、まず間違いないだろう。

 

・・・お姉ちゃん。

 

私が馬鹿だった。

ライバルはお姉ちゃんだけかと思ってた。

 

「負けない。・・・絶対に負けたくない。」

 

 

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-----

---

 

 

彼が部屋を出て一時間半くらい経った。

何かあったのかな?ちょっと心配になってきた。

 

彼の部屋は掃除は行き届いていて、お掃除をしてあげようかな?という気も無くすぐらい完璧に。

正直もらったボコと遊んでいる事くらいしかなかった。

心配は心配だけど、早く帰ってきてくれないと決心が鈍る。

 

ちゃんとお礼を言おう。

そこから初めようと決心した。

 

そういえば、沙織さんが帰り際にボソっと言っていたっけ?なんだっけ。

 

「みぽりん!ベットの下とか調べちゃダメだからね。見て見ぬ振りをするのもいい女になる条件だよ!」

 

・・・なんでだろ。

なんでベットの下限定なんだろ?

やる事も無いので取り敢えず、四つん這いになって頭を下げて覗いて見た。

 

暗い。

 

・・・ん?

 

目を細めて見てみると奥に本が2,3冊ある。

 

なんでこんな所に・・・。

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・・・・・・・・アァ。

 

 

くっ手が届かない。

パイプベットだから頭がギリギリ入るくらいの隙間だった。

もう少し肩を入れて見よう。

 

肩がベットに当たり、ゴツンとベットが壁にぶつかる。

くそう。届かない。

 

・・・彼の傾向が知りたい。

怒る気は無いよ?怒る気は。ナイナイまったくナイヨ?

 

ただ、こういうのには女性への趣味趣向が出ると聞いたことがある。

・・・主に沙織さんだけど。

 

よし!少し指が触れた。

後、もう少し!

 

キー・・・バタン

 

「・・・ただいま。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ドウシヨウ。

 

帰ってきた自分の部屋。

ドアを開けてみたら。

 

「・・・何してんの?」

 

幼馴染の女の子が、自分の部屋でお尻をこっちに向けて俗に言う女豹のポーズを取っていた。

ベットに肩から腕を入れているものだから、腰だけ上げている状態だった。

すっごい光景だった。

 

取り敢えず、後ろを振り向いておこう。うん。

 

「た・・隆史君!?」

 

見なくともわかる。多分あわあわしてるだろう。

ゴツンとか痛っ!っとか聞こえますね。

 

そっかー。うん。マコニャンに続いて今日2回目だなぁ。なんかいい事したっけ?俺。

 

「・・・もういいよ。」

 

お許しが出たので、振り向いた。

真っ赤になって正座してますね。あらスカート握り締めちゃって。

 

「・・・見たよね?」

 

上目遣いで睨んでくる。ゴメン。それただ可愛いだけ。コワクナイ。

 

「どう答えてほしいのでしょうか?」

 

「・・・正直に。」

 

ここで馬鹿正直に答えても、まぁ怒られるだろうなぁ。でも今回俺悪くない。

 

「みほちゃん。」

 

「ここで昔の呼び方はびっくりしたよ・・・。」

 

「大人になったね!」

 

枕が飛んできた。

 

 

 

 

 

-------

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---

 

 

 

 

「隆史君。」

 

「はい。」

 

「・・・ちょっとお話があります。」

 

結局、あまりお咎めが無かった。

何をしていたかは教えてもらえなかったが、ベットの下を漁っていたので何となく察しはつく。

後ろめたいのかあまり怒られなかった。

 

だけど、急に真剣な顔になって切り出された。

もう真っ赤になっていなかった。

 

先程まで食事をしていたテーブルで、向かいになって座る。

 

「私。隆史君にしっかりお礼を言えてなかった。」

 

「お礼?」

 

「隆史君が私を心配して。・・・青森から転校してく来てくれたこと。助けてくれた事。」

 

「・・・。」

 

「ありがとう。本当に嬉しかった。・・・あの日。ちょっと夜に泣いちゃたんだ。」

 

「・・・。」

 

「ずっと。ずっと言おうと思ってたの。なかなか言えなくて。今日言おうと決めてたの。」

 

「うん。」

 

「・・・。」

 

黙ってしまった。

 

沈黙が続く。

目覚まし時計の針の音しか聞こえない。

 

何を言おうか決めかねているのか。言えないでいるのか。

スゥっと息を吸い込む音が聞こえた。

 

「隆史君。」

 

「なに?」

 

「後。謝ろうとも思ったの。ごめんなさい。」

 

「なんで?」

 

「私。隆史君の生活をメチャクチャにしちゃったよね?壊しちゃったよね?」

 

「・・・なにが?」

 

「私なんかの為に。今までの事全て・・・。」

 

段々と顔が下に向く。これか。今日様子がおかしかったのは。

ダージリン達とのやり取りを見て、みほの知らない俺がはっきり形になって見えてしまったからか。

・・・まぁ。俺が好きにやった事。気にするなと言うのは簡単だけど。

月並み過ぎる。心が無い。

 

「ふむ。・・・みほちゃん。」

 

「・・・なに?」

 

「色々考えて、お礼も謝罪もしてくれたと思うんだ。」

 

「・・・うん。」

 

「だから僕も、ちゃんと答えようと思う。」

 

昔の一人称と呼び方に戻っている。

 

 

 

 

 

「僕はね、みほちゃんが好きなんだ。」

 

 

 

 

 

「ふぇ!!??」

 

 

 

 

 

 

あら。意外な答えだったのか、顔が先程とは濃さが違う赤に染まる。

 

「だから助ける。それだけ。」

 

ちゃんと言っておこう。理由は言えない。恩人だと。

俺を救ってくれた恩返しだと。だから別の感情を素直に言おう。

 

ウソ・・ダッテワタシアレカラナニモ・・・オネエチャンハ?アレ?ソレデモワタシ?

 

あれ?こっち見てください。

 

「まほちゃんだってそうだ。好きだから助けたんだ。」

 

「・・・・・・・・・・え?」

 

「え?」

 

「・・・。」

 

「・・・ハ?」

 

「あれ?」

 

あ。そういえば、まほちゃんの事言ってなかった。

 

「あー。今回みほが転校したに事で、一番まいっていたのが、まほちゃんなんだよ。」

 

「え?・・・うそ。あのお姉ちゃんが?」

 

「しほさんに喧嘩を売りに行った時ね。結構危ない状況だと思ったんだよ。だからすぐ動いたんだ。」

 

「・・・。」

 

「・・・なぁみほちゃん。まほちゃん結構なシスコンだぞ?」

 

「隆史君・・・ちょと言い方考えてよ。」

 

少しは笑ってくれた。

 

「まだ蟠りは有るだろうけど、彼女も彼女でみほの事は心配してたんだ。」

 

「うん・・。それは素直に嬉しい。嬉しいけど多分、隆史君は勘違いしてるよね?」

 

「何を?」

 

「・・・まったく。隆史君にとって、私やお姉ちゃんに対する「好き」は一緒なんだね・・・。」

 

・・・ご不満顔。

 

「隆史君。」

 

「な・・何でしょう?」

 

「ダージリ・・やっぱいいや。」

 

「?」

 

「隆史君。教えて。転校先・・・青森での事。メールや電話とかで聞いていたことも。隆史君の口から。」

 

「いや。それはいいんだけど、そろそろ10時回るよ?明日でもい『ダメ。』」

 

 

「うん。徹夜してもいい。今教えて。多分それを聞かないと始められないから・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチャッカチャッカチャッ

 

朝日が目に入る。眩しくて目が覚める。

 

カーテン閉め忘れていたっけ?

 

今何時だろ?

いつもの様に机に置いた目覚ましを確認する。

 

・・・あれ?無い。イルカ型の時計。

 

「ん。」

 

体を起こして、周りを見渡す。

 

・・・。

 

あれ? 私。制服のままだ。

 

あれ? 布団の色が違う。

 

・・・。

 

あれ?

 

あれあれ?

 

・・・・・・・・・・・ここ隆史君の部屋だ。

 

慌ててベットから飛び起きる。

何?え?どうなってるの?

 

カチャカチャカチャ

 

あ・・・そうだ。昨日隆史君の昔の話を聞いていて途中で寝ちゃったんだ。

・・・隆史君にベットに運ばれたって事?寝顔見られた!?

 

わー。顔が熱くなる。

 

いけない。冷静になろう。まず昨日の事。

 

どこまで聞いたっけ?

昨日の話が、歯抜けで思い出される。

そうだ。一番びっくりした事があったなぁ。あのブラウダ高校とも付き合いがあったなんて。

黒森峰として戦った、戦車道大会決勝戦との相手。

 

記憶が鮮明になっていく。

 

「・・・。」

 

多分隆史君。おバカだから気づいていないと思う。

 

「あぁ・・・もう。ライバル多いなぁ・・・。」

 

頭を抱える。人数が想定の倍になった。

 

そういえば、隆史君がいない。

今何時だろ。

・・・朝の6時。

こんな時間に部屋にいないはちょっと変だよ。

 

玄関先を見たら靴が無い。

まさか、外で寝てるわけじゃないよね?

 

カチャッカチャッ

 

さっきから外よりカチャカチャ音が聞こえる。

なんだろ。やっぱり外かな?

寝癖と制服がシワになっていないか確認して、玄関ドアを開ける。

 

・・・。

 

ガッチャンガッチャン音を出して、ダンベルだっけ?

筋トレしている隆史君がいた。

キラキラしてる。うわぁ・・すっごい笑顔だ。

 

「隆史君?」

 

「おぉ。みほ。おはよう!」

 

「おはよう。何してるの?」

 

ふぅー、と息を吐きながらガチャンと、手に持っていたダンベルを下ろす。

 

「いやぁ、ここの所忙しかっただろ?まともに日課だった筋トレもできなかかったからね!」

 

「・・・なんで、そんなに笑顔なの?」

 

「やっぱりちょっとなまっていたみたいでねぇ、筋肉を酷使している感じが懐かしくて嬉しくなってきた!!」

 

ハッハッハと笑っている。ゴメン。チョットワカラナイ。

 

「今日はここまでにするか。」

 

玄関先に使っていたダンベルを置いて片付けを始める。

手伝おうと思って片方持ったら・・・上がらない。

真っ赤になりながらウンウン唸っていると。

 

「慣れてないと危ないぞ?片方で15キロはあるから。」

 

「15キロ!?」

 

Ⅳ号の砲弾より重いんだけど・・・片手じゃ上がらないはずだよ・・。

 

昨日、話の途中で寝てしまった私をそのまま自分のベットに運んだみたいだった。

さすがに私の荷物からカギを取り出し、部屋まで運ぶなんて、できなかったと言われた。

そうだよね。そんな事されたら、私もさすがに怒るだろうし納得するしかなかった。

良かった、ちゃんと常識があって。

彼は、結局自分の部屋で寝ることも悪いと思ったのか自身の軽トラックの中で一晩を明かしたそうだ。

 

「ご・・ごめんなさい。」

 

「あーいいよ。結構慣れてるし。」

 

・・・慣れてるって。この人本当に青森でどういう生活を送っていたんだろう。

まだ全部聞いていない。次の機会もに詳しくちゃんと聞こう。

 

片付けが終わり、部屋に戻る。食器棚からジョッキを取り出した。

台所に置くと冷蔵庫を開けた。

 

「ジョッキなんて何に使うの?」

 

「筋トレしたあとの仕上げ。」

 

冷蔵庫から卵を取り出してジョッキに三個割っていれる。そのまま牛乳を入れて・・・まさか。

 

そのまま飲み干した。

 

 

うわぁ・・・・・・。

 

えー・・・。

 

 

「はー。プロテイン切らしてて代用だけどねぇ。」

 

 

えー・・・普通に飲み干したよね今。

 

うわぁ・・・って感想しかないや。

 

 

 

どうしよう。コレが私の好きな人かぁ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・西住殿。」

 

「みぽりん。」

 

「どうしましょうねぇ。」

 

「わ・・私に聞かれても・・・。私も怖いし・・。」

 

「・・・眠い。」

 

朝の集合時間。

これから俺たちは戦車道全国大会 開会式兼トーナメント抽選会場に向かう。

新幹線で向かうという話だったけど、生徒会達含めると結構な人数の為、旅費が勿体無い。

唯一運転免許を持っていて、公道を運転できる俺がレンタカーを借りて送っていくという話になっていた。

 

下船し、待ち合わせ場所に早めに車を用意し待っていたのだけど、みほ達が一定の距離を開けて近づいてこない。

何してるんだろ。会長達待ってるのかな?

でもここで待ってりゃいいと思うのだけど・・・。声かけたほうがいいかな。

あ。会長達も来た。

 

「おはよー。ありゃ西住ちゃん達何してんの?」

 

「あ、会長。あの・・・待ち合わせ場所に怖い人がいるんですけど・・・。」

 

「どう見ても堅気の方じゃ無いように見えるのですけど。」

 

「どうしましょう。隆史殿もまだ来ていないようですしぃ。」

 

「・・・ちょっと。」

 

何か会話をしている様だけど聞こえない。

もういいや。行ってみよう。

 

「ちょっとちょっと!みぽりん!近づいて来るよ!?」

 

あれ。何を慌てているんだろ。

あわあわしてる。なぜ会長笑ってる。

彼女達の目の前についた。なぜ怯えている。

 

「おはよう。」

 

「あ、あのー私達に何かご用ですか?」

 

みほさん、他人行儀すぎやしませんか?挨拶の返しがソレでは、普通に傷つくぞ。

普通に怯えられていた。

 

「何言ってんだみほ?みんなもおはよう。会長達もおはようございます。」

 

「え?・・・え?」

 

「桃センパイ。いつまで固まってるんですか。柚子先輩おはようございます。」

 

「おはよー隆史ちゃん。」「おはよう隆史君。」

 

「「「「 隆史君!? 」」」」

 

何を驚いて・・・あぁ。そうか忘れてた。

 

「いやぁー。隆史ちゃーん変われば変わるものだねぇ。」

 

「そうですか?わりとすぐ、わかりましたよ?」

 

そうだった。出発前日、会場で知り合いが結構来るだろうと思って正直あまり鉢合わせをしたくない俺は、会長に変装道具を用意してもらった。

スーツとサングラスとつけ髭。

この会長の事だから、絶対何かしら持ってると思って聞いてみたら、やはり持っていた。すぐに用意してくれた。

なんで俺が着れるサイズのスーツを用意できたのだろうか。ちょっと引いた。

髪は珍しく整髪剤使って整えた。短めのオールバック。

 

カチューシャとノンナさんとの接触は特に気をつけなければ・・・。

連絡は取っていた。でも転校先は、まだ知らせていない。

会うのは全然いいのだけれど、せっかくだ。

多分今回の大会でバレるだろう。もし対戦相手になったとして、試合会場で会ったらビックリするかなぁ・・程度の悪巧みで。

だから開会式会場で会うのを避けようと思った。

 

みほ達と鉢合わせになるのが怖いわけでは無い。決して無い。

みほさんが最近プラウダ高校ではなくて、カチューシャとノンナさんの事を執拗に聞いてくるからとか、嫌な予感がするとかでは無いですよ?

 

「ごめんね隆史君。普通にわからなかった・・・。」

 

「随分とまぁ・・・。」

 

「隆史ちゃんにはねぇ・・引率のガラの悪い先生役をしてもらおうと思ってねぇ。・・・面白いし。」

 

「ガラの悪いって・・・。」

 

「こうすれば、ヘンな虫もよって来ないっしょ?」

 

あぁ・・なるほど。と妙に納得しているみほ。

 

「みぽりん?」

 

「うん。やっぱり戦車道の大会だから女の子ばっかり集まるの。だから周辺施設とか利用する時に色々注意するようにって、前の学校で言われた事があったの。」

 

「そっかーモテ過ぎるのも危ないのかなぁ。」

 

虫よけね。それで結構簡単に貸してくれたのか。・・・楽しんでる部分が大半にしか見えな方けど。

 

「お・・おい。尾形書記。」

 

「なんでしょう?桃センパイ。」

 

まだ若干ビビってるなぁ。

 

「本当にお前の運転で大丈夫なんだろうな?」「桃ちゃん!!」

 

疑っているのか、まぁ同級生の運転じゃ怖いと思っても仕方がないよね。

・・・まぁ昔は営業車乗り回してたけど。

 

「大丈夫ですよ。長距離慣れてますし。免許取った時も、青森港から北海道に行きましてね。

 そこから練習がてら北海道横断とかしてみたりしたんですよ。金使いたくなかったから殆どキャンプで回りましたけどね。

 色々あって2週間、運転しっぱなしでした。」

 

「隆史君・・・本当に何やってたの?」

 

「みほ。高一の夏休みに俺と連絡つかなかった時あったろ?」

 

「うん。ちょっと心配しちゃった。」

 

「あの時だよ。ぶっちゃけ遭難した。」

 

「「「「 遭難!?」」」」

 

「お陰で野営にも慣れた・・。慣れざるを得なかった。」

 

「隆史殿!隆史殿!」

 

あら、意外。優花里が食いついた。

 

「隆史殿!野営の経験があるのですか!?できるのですね!?」

 

「あー・・うん。野営というか野宿というか・・・多分引くから言わないけど、サバイバル知識は多少あります。生き延びました。」

 

「じゃあじゃあ!今度教えてください!一緒に野営しましょうよ!」

 

「いいよ。そのうち落ち着いたらやろうか。・・・・・野兎のさばき方とか教えてやろう。」

 

「うさぎ!?」

 

「そういう訳で大丈夫ですよ。桃センパイ。」

 

「う・・うむ。」

 

「ハイハイー。そろそろ出かけないと間に合わないよー!」

 

会長の催促でいよいよ出発となった。

 

距離的に考えて、2時間程かな。

 

俺にはサポートしかできない。

 

ならば出来うる限りはしよう。

 

会場はさいたまスーパーアリーナ

 

 

そこで、いよいよ俺達の戦車道全国大会が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思ったのに。

 

出鼻をくじかれた。

 

・・・俺だけ会場に入れなかった。

 

組み合わせの抽選は終わったのだろうか?

対戦相手が気になる。

 

何故入れなかったか。

入場前に、俺だけいきなり拉致られたからだ。

 

今俺は会場の外にいる。

 

会場の外の屋台。

 

屋台前の席で、鉄板ナポリタン食いながらカンテレ女に絡まれている。

 

「うん。これまでの経緯は納得しよう。ペパロニに頼まれちゃ仕方ない。」

 

「タカシありがとねぇ。助かったよー。」

 

「で?あんたは、なんで俺のナポリタンを食ってるんだよ。」

 

変装はまだ解いていない。なのに、この二人にはすぐにバレた。

 

「風が教えてくれたのさ。懐かしい顔に会えるってね。」

 

「・・・それは俺の飯を食っている理由にはならないと思うのですが?」

 

ちょっと顔を離したら、いつの間にか用意した席の俺の鉄板ナポリタンが半分無くなっていた。

 

「タカシ。その人って継続高校の隊長さんだよね?知り合いだったの?」

 

「・・・昔ね。」

 

カンテレを弾く音が聞こえる。

食べながらは、やめろと昔言ったのになぁ・・・。

 

 

 

「おや、つれないじゃないか。・・・北海道で半月も寝食を共にしたっていうのに。」

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。
みぽりんには、決起してもらいました。
オリ主が段々主夫化していく気がして仕方ありません。

やっとこさ戦車道大会が開催になります。
次回サンダース付近までは書けたらいいなと思います。

※ド〇ーム・〇ンク・マッチが面白くて更新が遅くなりました、すみません。


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第14話~さぁ!戦いの始まりです!!~

「おめぇ!タカシだろ!?」

 

戦車道大会開会式会場 さいたまスーパーアリーナ

 

入場口付近でいきなり声をかけられた。

あれ?俺ちゃんと変装できてるよね?

 

 

「・・・ペパロニ?」

 

思わず返事をしてしまったせいで完全にバレてしまった。

怪訝な顔が笑顔に変わる。

一度くらい弱った所を見てみたい、そんな事を思わせるローズヒップに匹敵する程のやかま・・元気な子。

相変わらず変わった髪型してるなぁ・・・。

 

「久しぶり。よく俺だって分かったなぁ・・・。」

 

「んなこたぁー見りゃわかっだろ!?まいいや!ちょっと助けてくれよ!」

 

「え?な!?」

 

腕を掴まれ全速力で引っ張られていく。

 

「ちょ!待て!おい!」

 

一言も喋る隙すら与えてもらえなく、取り残された彼女らが呟く。

 

「隆史君が拉致された・・・。」

 

 

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---

 

 

「助けてって、こういう事かよ!」

 

喋りながらも手を動かす。

 

「いやー姐さん達、まとめて会場入ちゃって、人数足りなくて下拵えすらできなかったんだ!」

 

「・・・はい、できた。」

 

肉と野菜の下拵えが終わった。なんで俺ここまできて働いているんだろ・・・。

 

「いやー!懐かしい顔が見えたと思ったらタカシだろ!?手伝ってもらって助かったぜ!」

 

「いやいや、お前も行けよ。アンツィオ高校も出場するんだろ?お前、副隊長だろ?」

 

パスタを茹でる準備も終わった。

 

「おぁ?何言ってんだ?私が稼がなきゃ誰が稼ぐってんだ!?」

 

あー・・会話のキャッチボールしようよ。

 

昔プラウダの試合会場で知り合った。

出店を出していた彼女。

余りにも拙かったので、堪り兼ねて俺が屋台での飲食店商売のイロハを教えてやったら懐かれた。

試合後、対戦相手にも食事を振舞うのが、この学校の流儀だそうだ。

特にペパロニは作る側の人間として話が合った。

料理・・・まぁお互いに料理の作れる種類が偏っていたので、共にいい刺激になった。

 

「マジで造りやがったのか・・・移動式屋台自動車。」

 

「そーそー。あんがとなぁ。売上かなり上がったんだ!」

 

こいつらの学校。飯作る情熱が凄まじく設備が戦車より充実していた。

自動車とか改造して自動屋台造ったら?って昔言ったことがあったのだけど・・・。

すげぇ・・作っちゃったよ。その情熱の方向が全速力で違う方向に向かっている。

 

そんな訳で彼女の移動式屋台自動車で仕込みに手伝いに駆り出された。

自動車の後ろに繋がれた、分離可能なタイヤの着いた屋台。

市販されている車も勿論あるのだが、資金の関係で自作したとの事。

 

「はぁ・・もう始まってるよなぁ。外で待つことにするか。つか、ペパロニよぉ。」

 

「なんだよ。」

 

「バイト代寄こせ。」

 

「ハッ!金は無い!!」

 

・・・こいつ。

 

「一皿くらい奢ってくれって言ってんの。」

 

「おぉ!お安い御用だ!なんだよぉ!そういう事は早く言えよ!」

 

うれしそうに火を入れ、すぐに一皿完成させてくれた。

これに関しては手際がいい。パスタかー。今度何か作ってみるかなぁ。

納豆スパゲティとか、こいつらに食わせてみたいなぁ・・・。

 

「はいよ!300万リラ~・・・。あーバイト代だっけか。しょうがないなぁ!もってけ泥棒!!」

 

・・・疲れる。が、楽しくはある。ローズヒップもそうだが、こういう奴らは好きだ。

 

鉄板ナポリタン

 

ペパロニの得意料理。アンツィオ高校の名物料理(自称)

近くのテーブルに置いておく。

 

「なぁペパロニよぉ。これ正直500円は取れると思うぞ?値上げしたら?」

 

「そぉかー?」

 

「旨いし。」

 

「・・・あ、あったりめぇだろ!タカシとアタイの愛(味)の結晶だぞ!?」

 

・・・赤くなるな。人が聞いていたら誤解するだろうが。

 

「確かに昔、口出しはしたが、作ったのはペパロニだろ?」

 

「何言ってんだ?タカシがアイディア出してくれたから作れた味だろうが。」

 

まぁ、そう言ってもらうのは素直に嬉しい。まぁいいや食うかな。

 

「・・・。」

 

振り向いたら、もう一人懐かしい奴がいた。

相変わらずのチューリップハット。

何故かいつも弦楽器を携えている。

 

そんな彼女に敢えて言おう。

 

 

「・・・おい、泥棒。」

 

 

カンテレの音色が響く。

 

「ちょっと熱かったな。」

 

「おい、食い逃げ犯。」

 

「何の事だい?」

 

「じゃあ何で半皿無くなってるんだよ。」

 

「やぁ隆史、久しぶりだね。」

 

聞けよ。会話してくれよ。

 

「なんで俺のナポリタンを食ってるんだよ。」

 

変装はまだ解いていない。何故分かった?

 

「風が教えてくれたのさ。懐かしい顔に会えるってね。」

 

「・・・それは俺の質問の答えにはならないと思うのですが?」

 

俺の鉄板ナポリタンが半分無くなっていた。

 

「タカシ。その人って継続高校の隊長さんだよね?知り合いだったの?」

 

「・・・昔ね。」

 

カンテレを弾く音が聞こえる。

 

食べながらは、やめろと昔言ったのになぁ・・・。

 

「おや、つれないじゃないか。・・・北海道で半月も寝食を共にしたっていうのに。」

 

「なんだ?タカシいつの間か継続高校に転校でもしてたのか?」

 

俺の代わりにミカが答える。

 

「いいや、違う。・・・文字どうり一緒に「寝食」を共にしてたのさ。寝床も一緒にね・・・。」

 

おい誤解を生む返事をするんじゃない。

北海道遭難時に出会った。というか遭難の原因。それがこのミカだ。

 

 

「・・・タカシ。」

 

・・目のハイライト様が不在になってますよ?

 

こいつアホの娘だから絶対、周りに隠しきれない。絶対誤解を拡散する。

 

「な・・なに?」

 

「なんだよ。キャンプでもしてたのか?それはそれで楽しそうだな!!」

 

 

アホの娘バンザイ。

 

 

「よし!よぉぉし!!ペパロニ大好きだ!!」

 

「なっ!?なんだよぉ!?おかわりか!?おかわりが欲しいのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

先程からチラホラ女子高生が店前を通るようになった。

そろそろ終わったのかな?

その割には客が来な・・・俺の風貌のせいだな。きっと。

 

 

 

「ペパロニ。そろそろ行くわ。俺がいると多分、客が来ない。」

 

「そっかー。姐さんにはよろしく言っとくわ。」

 

結局まともに食べれなかった。

 

「・・・ミカ。ミッコ達を待っているんだよな?」

 

「そうだね。今回は、大人しく待つことにするよ。」

 

・・・。

 

「ペパロニ。この後、多分こいつの連れが来ると思うから、そいつらにもソレ出してやってくれ。」

 

三人分の料金を先払いしておいてやる。

 

「君は、相変わらずミッコ達にはやさしいね。」

 

「ミカを見てるとあの二人が不憫になるんですよ。主に食事面で。わかります?」

 

「フ・・。」

 

都合が悪くなると相変わらず、微笑で誤魔化すなぁ・・・。

 

「はぁ・・、ミカの分も支払ってあるから後、一皿は食ってよし。」

 

心なしか顔が明るくなった。・・・継続高校は飯で釣れる。

 

「それはそうと・・君。何かやらかしたかい?」

 

「なんの事だ?」

 

「・・・何も無いのならば、いいのだけどね。」

 

ポロォォンって。

 

なんだろう。珍しく煮え切らない態度だな。

 

「それはそうとミカさんや。」

 

「なんだい?」

 

ハンカチで口を拭ってやる。

 

「ケチャップ系の食べ物は、急いで食べると証拠が残る。」

 

「ムグッ・・・君は相変わらずデリカシーが足りないね。」

 

何を赤くなっている。

 

 

 

 

 

 

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-----

---

 

 

 

 

 

 

会場を出てくる人達の波に逆らうように入口に向かっていた。

 

ペパロニに拉致されて結構時間が経っていたのだろう。

会場より出てくる各学校の生徒達とすれ違う。

ちょっと違うか。・・・若干距離を置かれて避けられてすれ違う。

見た目って大事だよね。本当に思い知ったよ。

 

ドンっと急に横から太もも付近に衝撃を受けた。

 

「ッ・・。痛いわね!何なの!?・・・ピッ!!」

 

ワー・・・マジデー?

 

 

声がする方に目を向けたら、いきなり大当たりを引いてしまったようだ。

俺の顔を見上げて、怯えている彼女がいた。

 

「大丈夫ですか?カチューシャ!」

 

「ノノノ・・ノンナ!?だ。大丈夫!大丈夫よ!!」

 

見た目が完全な幼女と俺の間に庇うように割って入ってくるノンナさん。

わー・・・心臓バックバックいってるるるる。

 

「こちらの不注意で、失礼しました・・・。」

 

こちらを睨みつけて謝罪をしてく女性。

懐かしいなぁ。この睨みだけで人を殺せるかのような強烈な視線。

そういえば、段々こういった目線で見られなくなったので余計に懐かしく感じるのかなぁ。

 

カチューシャ少し髪伸びたか?ノンナさんは・・・更にでかくなってた。どこかとは言わないよ?

僕も男の子だもん。サングラスって視線がバレないのがいいよね。

 

「・・・何か?」

 

「・・・。」

 

下手に声を出すとバレそうだったので、黙ってその場を後に歩き出す。

傍から見れば俺が、彼女達に絡んでいる様に見えるのだろうなぁ・・・。

 

下手に目立って、警備員とか警察とか呼ばれたらたまらないので、名残惜しいが早々に彼女達を後にする。

わー・・・心臓がバクバクまだいっている。ビックリシタァ・・・。

 

そっと後ろを見たらカチューシャの背中が見えた。

もう大丈夫だろう。前を向きなおしたら懐かしい顔が目の前に立っていた。

 

「失礼。」

 

「うっっわ!」

 

ノンナさんがいつの間にか目の前にいた。

この人、相変わらず心臓に悪い。

 

「貴方・・・どこかでお会いした事が、ございませんか?」

 

訝しげな目で俺を凝視している。

 

「いえ。・・・ありませんね。」

 

「・・・そうですか、勘違いのようですね。失礼しました。」

 

一言呟いて俺の横を通り過ぎ、今度こそ振り向く事なくカチューシャと帰っていった。

・・・怖かった。一瞬バレたかと思った。

 

さすがにもう大丈夫だろうと歩き出し・・・出せなかった。

今度は右手を掴まれたらしく、グッっと引き止められた。

 

先程から冷や汗しか出ていない気がする・・・。

 

 

 

そー・・と視線を向けてみたら・・・・満面の笑顔のオペ子が手を掴んでいた。

いつの間に・・・。気配すら感じさせないとは・・・。

 

あーしかもこれはバレてますね。はい、完璧に。

 

「お久しぶりデスネ。オペ子さんや。」

 

「やっぱり隆史様ですね!なんでそんな格好してるんですか?」

 

ごもっとも。

 

「ちょっと変装を・・・というかオペ子よく俺がわかったな。さっきカチューシャとノンナさんとすれ違ったけど、俺の事わからなかったぞ?」

 

俺の事が、わかる・わからないの境界線が不明すぎる。

あのノンナさんをも誤魔化せたのにオペ子には初っ端からバレてた。

 

「あー・・あの人達ですか。・・・ハッ。」

 

 

 

 

 

 

・・・笑った。あのオペ子さんが鼻で・・・。

 

「私はすぐわかりましたよ?当然じゃないですか。わからない人は、隆史様を良く見ていないだけですよ?そうです。見ていないのです。」

 

・・・・・・すっごい笑顔で言われた。

 

なんだろうこの不安感は。

 

取り敢えずオペ子の頭撫でて、癒されよう。

ワシャワシャする。

はわぁぁ・・とかいって撫でられているオペ子が、一瞬黒く見えたのは気のせいだろう。うん。気のせい。

 

「あなた!オレンジペコさんに何してくれてやがってますの!?」

 

後方より誰かすぐわかる声が飛んできた。まぁ、こいつなら大丈夫だろ。

振り向いた先、返事をする前に返された。

 

「あら。なんだ。隆史さんじゃありませんの。」

 

・・・・・・・・・・。

 

「ね。わかりますよ普通。ローズヒップさんでも、わかるのですよ?」

 

「ちょっとひどくありません?オレンジペコさん!」

 

・・・。

 

何故わかった・・・。一目見ただけだよね?

呆然としていたら今度は別方向より声をかけられた。

 

「失礼。そちらの方。私共の者が何か失礼でも致しましたでしょうか?」

 

今度は・・あー。

来た来た、来ましたよ総大将。いち、にー、さんっ、ダーー様。

 

「・・・何か?」

 

黙って見ている俺に警戒心全開のお嬢様。

見慣れていないなぁ・・・ダージリンの敵意がある視線。

結構知人にやられるとキツイなぁ・・。

 

「・・・。」

 

ワシャワシャもう一度、オペ子の頭を撫でる。

 

「!?・・・貴方、一体どういうおつもりかしら?」

 

おー怒ってる怒ってる。ちゃんと後輩の為に怒れるのか。

いいね。後輩をからかっている姿しか見たこと無かったから、正直おっちゃん見直しちゃったよ。

でもね、今回は少し違うの。

 

オペ子とローズヒップの手首を持って上に掲げる。

 

「うぃなぁー。オペ子とローズヒップゥー。」

 

「!!??」

 

「・・・マジですの?ダージリン様?この方、隆史さんですわよ?」

 

信じられないのか固まる田尻。

 

「え・・・え!?」

 

狼狽し出すポンコツ。おいおい、ローズヒップに引かれたよ。

 

「え・・あの、本当に隆史さん?」

 

「はい。この服装は一応変装のつもり。この二人には意味なかったけどね。」

 

サングラスを外して目を見せて理解したのだろう。納得したようだった。

 

が。

 

「そうですか。ダージリン様は、わかりませんでしたか・・・・・ハッ。」

 

・・・オペ子さん?

 

「私はわかりましたよぉ?」

 

「グッ!」

 

どうしたんですか?オペ子さん。様子がいつもと違いますわよ?

ダージリン!気にするな!な!?

 

「・・・こんな格言を知ってい『言い訳ですかぁ?』」

 

「」

 

懐かしいなぁあのお茶会の日々。何処行ったんだろ。

周りの人達がすっごい距離とって避けて行くよぉ。

 

「ブペ子。その辺にしておいてやって。わからないように変装したんだからさ。しょうがないだろ。」

 

「・・・ブペ子?」

 

「あ、ごめん。オペ子。ちょっと噛んだ。」

 

ワシャワシャもう一度頭を撫でて誤魔化す。

 

・・・先程の貴女はブラックペコでしたよ?

 

「ところで隆史様。」

 

放心しているダージリンを無視して問いかけてくる。

 

「なに?ダ・・オペ子。」

 

・・・もしくは、ダークペコか。

 

「私は、「隆史様の」癒し系なのですよね?」

 

うっわ、すっごい笑顔で懐かしい事を聞いてきた。

 

「そ・・そうだな。昔と変わらないよ。」

 

「そうですか。今となっては、それが嬉しく思います。で、ですね隆史様に聞きたい事があったのですけど、よろしいですか?」

 

とても嬉しそうにしてくれるのは、いいのだけれど不安感がすっごい。

 

「ナ・・ナンデショウ?」

 

「大洗の方にそのような人は、いらっしゃいますか?」

 

「・・・・・え?」

 

何を仰っているのでしょうか・・。

 

「いらっしゃいますか?」

 

・・・二度聞きされた。

 

真っ先にマコニャンが浮かんだけど、ブペ子の目がすごい色をしていたので誤魔化したほうがいいと判断した。

・・・この子こんなにプレッシャーを出す子だったっけ?

 

「い・・いませ『 嘘ですね?』」

 

 

ギャーーーーーーーーーー。

 

 

すごい真っ直ぐ見てくるよぉ。

何この子!すっげー怖い!!

 

「・・・まぁいいです。次回、見極めますね?」

 

笑顔で返された。

 

彼女の笑顔に、ここまでの恐怖を感じたのは初めだった。

 

・・・違う。俺のオペ子はこんな子じゃなかった。

何が彼女を変えさせたのか・・・。

 

あ・・・俺だ。

 

ダージリンがため息混じりに言っていたなぁ・・・。

 

「た・・・隆史さん。少しよろしいですか?」

 

「へ?」

 

半死半生って顔のダージリンから声をかけられる。

 

「・・・わからなかった事は、気にしなくていいよ?」

 

「それとは別件です。しかし、それはそれで・・私としては・・。」

 

「そうですよ♪気にしなくてイイデスヨ?ダージリン様!」

 

「・・・・・・・・・・ペコォォォォ。」

 

やだ。

 

なにこの空気。

 

「クッ・・・。タタタ隆史さん。貴方、何かやらかしまして?」

 

強引に話題を変えた。うん。懸命な判断だ。拍手を送ろう。

ただ、先程ミカからもそのような事を聞かれた。なんだ?

 

「来賓の大学戦車道連盟の方より、私と隆史さんの関係性を聞かれたものでして。」

 

「・・・。」

 

あのガマ蛙。

俺との繋がりを摸っているのか。

 

なるほど。それで継続高校隊長であるミカにも聞いてきたのか。

 

・・・それであの質問か。

 

そうなると、全高校に聞いて回っていると思ったほうがいいな。

 

継続高校の名前は迎賓館でのやり取りの時には出していない。

 

「どうしました?」

 

「いや。ちょっとあってね。ごめんな。迷惑をかけて。」

 

「いえ、大丈夫ですわ。あの理事長は私も良く思っていませんの。しかし・・隠すのも変ですので、お答えておきましたよ?」

 

「そうか。悪かった。ちなみに何て?」

 

彼女の答えに合わせておこう。

変に辻褄が合わないと面倒な事になりそうだ。

 

「『あまり人様に言える事ではないのですけど、とても濃密な仲ですわ。』と、ちゃんと正確に返答をしておきましたわ。」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

----------

-------

---

 

 

 

 

 

 

「隆史さん?・・・あれ?どうしました?疲れきった顔して。」

 

・・・女の子しかいないような・・・というか、女の子しかいない喫茶店に俺はいる。

 

先程、聖グロリアーナと入れ違いに、みんなと合流できた。

会長が2時間ほど用事があるそうで、俺達は集合時間まで自由時間だと言われた。

 

優花里の提案で・・・というか来たかったのだろう。

戦車喫茶とやらに連れてこられた。

全てがミリタリー風。完全に趣味の世界の喫茶店だ。

・・・俺の前世で言うメイド喫茶の様なものか?・・・違うか。

 

まぁどっちでもいいか。居辛い事には変わりない。

 

テーブルには既に注文品がすでに届いている。

・・・戦車の形をしたケーキ。食べ辛いなぁ。

 

「・・・いえ。少々気疲れを。」

 

疲れた。

 

胃が痛い。

 

みほ達には悪いが、早く帰りたい。

 

なんだよ。本日は厄日ですか?

 

「・・・隆史君。大丈夫?」

 

「みほアリガトウ。大丈夫だよ。」

 

「でも、顔色悪いよ?」

 

そりゃまぁ、あんな事連続で起これば疲れもするし顔色も変わる。

あの会話の後で、時間が無いからと聖グロリアーナは帰っていった。

よくあのブ・・ダ・・・。オペ子が良く納得したと思った。

 

あの時、アッサムさんが来なければ多分俺は胃腸炎で死んでいたと思います。

ダージリンめ・・・。変な噂が立たなければいいけど・・・。

 

「色々とあって疲れただけだから大丈夫。」

 

「そっか。大丈夫ならいいけど・・・で?」

 

「で?って?」

 

「隆史殿?私も聞きたいのですけど、よろしいですか!?」

 

優花里まで・・・。

 

「・・・だから何?」

 

まだイベントが残っているのかよ・・・。勘弁して下さい。

 

「隆史君を拉致した方とはどの様な関係?」

 

「・・・。」

 

それかーーーーーー!!!

 

「昔の知り合いだよ。ちょっと昔アドバイスして仲良くなったんだ。・・・料理のメニューの事だけどね。」

 

「「・・・料理。」」

 

「・・・そうですか。もう一人増えました・・。」

 

あれ?もっと突っ込まれて聞かれると思っていたのに。料理の一言で黙っちゃった。

 

「ど・・・どしたの?」

 

何故暗くなる?

ごめん。マジでわからない。

 

「隆史さんは色々と気を使われた方が、よろしいと思いますよ?」

 

「え!?」

 

華さんに黒い笑顔で言われた。・・・だから何を!?

 

「えーと。・・・ちょっとトイレ行ってくる。」

 

逃げよう。うん。

時間を開ければ多少は大丈夫だろう。

 

「あら?逃げるんですか?」

 

更に笑顔で言われた・・・。

 

「はい!逃げます!」

 

グッと親指立てて、いい笑顔で答えてやった。

 

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

 

 

・・・・もういいかな?

 

小さな男子トイレの中。

洗面所前でまごついていた。

 

いつまでも、ここにいるわけにもいかない。

ここには結構お仲間らしい男性が多数いた。

明らかに連れて来られた感漂う、教師らしき人や男子学生がいる。

まぁ居づらいよねぇ同士達。

 

仕方がない。そろそろ席に戻ろうと彼女達の席に向かう。

 

そういえば、抽選でサンダース付属高校と当たったと聞かされていたな。

確か優勝候補の一つだったっけ?

 

どっちにしろ、誰が相手にしろ全勝しない事には大洗学園に未来は無い。

勝利は前提条件。怖いのは試合後の戦車の消耗。

 

戦車だって無料でなんでも出来るわけではない。

故障だってするし、下手したら大破して次の試合に使えないかもしれない。

一回戦を勝ち抜いた次の事も考えておかないと・・・。

 

それに俺は、試合に参加できない。

みほ達、人任せになってしまうのが悔しいが、俺は俺の出来る事をするだけだ。

 

・・・かっこ悪いなぁ。

今更だけどな。

 

「ん?」

 

なんだ?みほ達の席か?

喫茶店の2階にある彼女達の席の前に誰か立っていた。

会話してるのか?他校とトラブルなら止めないと。

 

・・・ちょっと待て。あれ黒森峰の制服か?

近づいたら誰かすぐにわかった。

わー・・・まほちゃんだぁ。

 

わー・・・。

 

 

もう一人いるな。どこかで見たキツそうな子。というか俺には、すごいキツイ子。

エリリンだぁ・・・。

 

 

「まだ戦車道をやっているとは思わなかった。」

 

そんな声が聞こえてきた。

あれ?みほの奴、まほちゃんには言っていなかったのかな?

電話で会話出来るようになったとは聞いていたのだけど。

 

「お言葉ですが!あの試合のみほさんの判断は間違っていませんでした!」

 

おぉ、優花里が席から立ち上がり、まほちゃんに食ってかかっていた。

珍しい。あの優花里が、あんなに声を荒げるなんて。

 

「部外者は口を出さないでほしいわね。」

 

「すみません・・・。」

 

ありゃ。・・・優花里さん。

 

いや、彼女にしては勇気を出したのだろう。

頑張った。うん。後で褒めてやろう。

取り敢えず。間に入った方が良さそうだ。険悪な雰囲気になってきた。

 

「それは君も同じだろ?」

 

無理やり横から会話に入る。

 

前回決勝戦の事は、みほのトラウマの事も有り、それを知らない人間にグダグダ言われたく無かった。

何も知らない奴に何も言われたくない。

 

あの事に意見を言える人間は限られている。

少なくとも俺はそう思う。

 

「だから部外者が偉そうに口を出さ・・・ヒッ!」

 

後方からの突然の乱入者・・・まぁ俺だけど。

睨みつけようとでもしたのだろう。

エリカが後ろにいた俺の顔を振り向いて見て固まった。

・・・あ、ゴメン。まだ変装してた。

 

「え・・あ…。すすすみま・せ・・!」

 

おーおービビってる。

声をかけてはいけない人種だと思われたのか、涙目になって目が泳いでいる。

 

いやー。普段あそこまで勝気というか、キッツイ子にここまで怯えれると、ちょっとゾクゾ・・違う。

不謹慎だけど、ギャップでちょっと可愛く見える。

まぁ俺、声も荒げていないし棒立ちになっているだけなんですけどね。

 

「エリカ。」

 

「た・・隊長。」

 

スッと、エリカを守ろうと俺とエリカの間に体ごと割って入って来た、まほちゃん。

わー。まほちゃんの敵意ある視線って初めてかも。

・・・怖い事は怖いのだけどちょっと悲しいなぁ。

 

「失礼。後輩が無礼をし・・・て・・・・・。」

 

あれ?睨んだまま固まっちゃった。

目を細めて真っ直ぐ見てくる。

 

「あの・・隊長?」

 

・・・あまりのビビリ様だったのか、みほ達にまで同情の目で見られているエリカさん。

でも俺、悪くないよね?何もしてない。

ガッと顔を両手で掴まれ、引寄せられた。

 

「お前。隆史か?・・・なんだその格好は。」

 

・・・バレた。

 

「あ。わかる?」

 

「え!?」

 

エリカさんや、びっくりしすぎです。

何故みほ達まで驚いている。

一度、目を見開いて細める。俺だと確信したら前みたいに、そのまま睨みつけてきた。

そうそう。それがエリリン。

 

「・・・貴方。一体なんの真似!?」

 

「何が?俺、何もしてないよ?勝手にビビるエリリン可愛かったよ?」

 

「エリリンと呼ぶなぁ!!か・・可愛いとか言うな!!」

 

みっともない姿を見られたとでも思ったのだろうか、真っ赤になって怒号を浴びせてくる。

 

「あれ・・隆史君。エリカさんと知り合いだったの?」

 

「みほには言っていなかったっけ?西住家に乗り込んだ時に知り合って仲良くなった。」

 

「仲良くなどなって無い!それに貴様!・・・あの時の事は忘れんぞ・・・。」

 

「・・・隆史。私の質問に答えなさい。」

 

あ・・いつの間にか取り残されたまほちゃんが、ちょっと怒ってますね。

さすがに隊長様がでてきたので、エリリン後ろで唸ってる。

 

「ん。まぁウチの生徒会長からの命令。引率の教員の振りをしろってね。・・・老顔だから違和感が無いだろって言われた。」

 

「・・・なるほど。それで、わざわざそんな格好をしているのか。防犯という奴か。」

 

事情を理解したのか、一言で納得している。相変わらず凄いな。

 

「まほちゃん。ちょっと会話が聞こえたんだけど、みほが戦車道に復帰したの知らんかったの?」

 

「そうだ。聞いていなかったな。・・・だから今日、開会式会場で抽選をしているみほを見て驚いた。」

 

「・・・お姉ちゃん。」

 

まだダメかなぁ。ビクビクしているみほは、あまり見たくない。

 

「良かったな。また戦車道に戻れたと私も嬉しかった。・・・隆史のお陰か。」

 

「!?」

 

みほの目が見開かれた。ついでにエリリンも。

 

「なんだ?何を驚いている。」

 

「いや・・お姉ちゃんにまた叱られるかと思って・・・。」

 

「何故だ?」

 

心底分からない顔をしたまほちゃん。

そしてまほちゃんのセリフに驚愕しているエリリン。

 

「隆史がそちらに行ったのも、私とお母様が頼んだようなものだ。何を驚く?」

 

「まほちゃん。・・・あの言い方は、そう取られても仕方がないと思うよ?」

 

「ム・・・。そうか・・・。」

 

口下手なのは本人が自覚している。何度か相談も受けた事あったし。

はっきり言わないと分からない事も有るとかね。

「そうだな。特に隆史はその最たるものだな。」とか言われたけど・・。

 

「所でまほちゃん。変装していたのに良く俺が分かったね。みほ達は分からなかったのに。」

 

ちょっと湿っぽい雰囲気になって来たので強引に話題を変える。

あまりこういった事は、沙織さん達に見られたくないだろう。

 

 

「顔を見たらすぐに分かったぞ?みほ。分からなかったのか?」

 

「う・・うん。どこかの怖い人かと思っちゃった。」

 

よしよし。普通に会話ができている。

ちょっと前までは、考えられなかったな。

 

「・・・そうか。私は分かったぞ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・そう・・・だね。」

 

 

 

・・・。

 

・・・・・珍しい。まほちゃんがドヤ顔してる。ドヤァって。

 

 

イラッ

 

「みほは、毎日学校で会っているのだろう?」

 

「・・・うん。同じ学校で戦車道に所属してるし。」イライラ

 

 

あ・・・みほさん、アパート同じ事言ってない。学校って言った。

 

 

「フッ・・・そうか。ところで、隆史と最後に会ったのは一月振くらいか?」

 

イライラ

 

「・・・そうだね。熊本で別れてからは、一月クライダネ。」

 

 

何故俺に確認を取る?貴女、俺より頭いいでしょ。

 

 

「みほ。「私」はすぐに分かったぞ?」

 

「」

 

 

 

 

「フ・・フフ・・・・ふふっ。お姉ちゃん♪何が言いたいの?」

 

 

あれ?

 

 

沙織さん達なんで違う席に移動したの?

 

華さんなんで黒い笑顔してるの!?

 

優花里は、なんで敬礼してんの!!??

 

マコニャン寝るな!!

 

「た・・隊長。」

 

 

さすがの空気にエリリンですら気を使ってくる。

西住家流オーラ全開になる前になんとかしないと! 

 

「・・・エリカさん。ちょっと黙ってて。」

 

「」ピィッ!

 

・・・エリカさん?

貴女そんなに弱かったっけ?

 

 

「・・・まぁいい。今回みほが、ちゃんとやっていけているのを見て安心した。」

 

「・・・お姉ちゃん?」

 

さすがまほちゃん。空気読んでくれた!会話を締めにかかってくれた!!

しほさんが、出来なかった事だよ!!

 

「友達には、邪魔をしてすまなかったと謝っておいてくれ。」

 

「う・・うん。」

 

「では、エリカ。もう行こう。」

 

「ハ・・ハイ!隊長!!」

 

・・・安堵の返事だなあれは。うん。

さて、やっとこさ平和が戻るな。

 

 

「・・・お姉ちゃん。」

 

「なんだ?」

 

「何で隆史君の腕を組んでるの?」

 

「あれ!?いつの間に!!」

 

がっちり組まれてました。

自然な流れすぎて気にもしてなかった!

 

「ん?・・・では行こうか隆史。」

 

「何でそうなるの!隆史君は大洗の生徒だよ!?」

 

「?」

 

「本気で分からないって顔はやめて!」

 

「みほは、もう大丈夫なのだろう?」

 

「・・・隆史君のお陰でね。」

 

「では、もういいだろう?」

 

「何が?」

 

・・・帰りたい。帰って筋トレしたい・・・。大胸筋を鍛えたい。

 

「エリカさん!」

 

「え!?私!?」

 

「何黙ってるの!?お姉ちゃんを隆史君に取られるよ!?」

 

「えぇー・・・。」

 

すげぇ。エリリンにすら何も言わせない。

 

「あの。まほちゃん。取り敢えず腕を離してくれない?」

 

「何故だ?」

 

「あの・・当たってる。」

 

先程から二砲塔ほどムニムニ当たって色々と困る。やめてください。本当に困ります。

さっきの湿っぽい雰囲気どこ行った。

 

「・・・そうか。隆史はこういうのは嫌いか。・・・そうか。」

 

ま・・まほちゃんが・・・。あのまほちゃんが、ショボーンとした・・・。

 

「すまんな、ここの最近、成長ばかりしてサイズの買い替えばかりで私も迷惑しているのだが・・・。」

 

・・・なんの話ですか?いえ分かりますよ?分かりますけど、そんな話聞いて俺にどうしろと言うんだよ!

確かに制服の上からも分かる凶悪な兵器はとても素敵ですけど・・・え?まだ成長してる・・だと?

 

「嫌いじゃ無いですよ?寧ろ大好・・。」

 

「・・・オイ隆史。」

 

「すいません!みほさん!」

 

しまった無意識に目線が行ってしまったか。

 

「みほ。」

 

「ハァーハァー。何?お姉ちゃん。そろそろ我慢の限界なんだけど。」

 

「一つ言い忘れていたのだが。あの時、写真には撮らなかったのだが・・・。」

 

「・・・何?」

 

「エリカも隆史にお姫様だっこされてる。」

 

「」

 

・・・確かに。熊本の西住家で、その場のノリとヤケクソ気味の勢いで、しほさんの提案通り

エリリンも抱き上げた。

異性慣れしていないエリリン。真っ赤になってそれはそれはモウ・・・。

 

先程の「あの時の事は忘れんぞ」は、その時の事だろうなとは思ったけど・・・。

 

「・・・まほちゃん。でもさ、何故それを今、このタイミングで言うの?」ガタガタ

 

「なに。他人事の様な顔をしているエリカが気に食わなかっただけだ。」

 

「隊長!!??」

 

「エリカサン。・・・ドウイウコトデスカ?」

 

「ヒィ!」

 

・・・ごめんねエリリン。西住姉妹修復しすぎた。普通に姉妹喧嘩になって、他人を巻き込んでる。

みほとまほちゃんを見て、しほさんと千代さんが重なって見えて仕方がない。

 

「エリカサン?ドウイウコトカッテ、キイテイルンデスヨ?」

 

「」

 

「隆史。ではもういいだろう。私達は向こうでなにか飲もう。」

 

「え?あれ?エリカさんいいの?」

 

「いいだろう。あれは戯れているだけだ。」

 

「・・・あの、しほさんに言われて、エリカさん抱っこしたの・・ひょっとして怒ってる?」

 

まほちゃんが珍しく・・・本当に珍しく、懐かしい昔みたく楽しそうな顔をした。

 

 

 

「・・・さて?どうだろうな?」

 

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。
今回、前回より自業自得ということで、一人称全てオリ主でした。

次回です。次回サンダース戦開始となります。できるといいなぁ。
そして秋山殿。

ありがとうございました。また次回お願いします。


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第15話~秋山さんです!~

「みほさん。そろそろお許しを頂けると大変ありがたいのですが・・・。」

 

下校中・・・というか、私達は秋山さんのお家に向い歩いています。

 

「・・・。」

 

プィッと隆史さんが、みほさんを呼ぶたびに彼女はそっぽを向く素振りをします。

わかりやすい拗ね方といいましょうか・・・。

 

「秋山さん、結局練習に来ませんでしたね。」

 

「メールは返ってきた?」

 

隆史さん以外にはちゃんと会話をしてくれます。

彼は彼で「まいったな」という感じで後からついてきます。

 

「ぜーんぜん。電話かけても圏外だし。」

 

「どうしたんでしょう・・・。」

 

同じクラスの隆史さんも今日は秋山さんを見ていませんでした。

つまりお休みだったという事ですね。

あの「戦車大好き秋山さん」が、何も言わないでお休みするとはちょっと心配になります。

 

それは、生徒会長達も疑問に思ったようで、隆史さんに様子を見てくるよう命じていました。

大洗学園の戦車道チームの要である私達、みほさんのチームに何かあると困ると心配になったのでしょう。

私達は私達で心配だったのでご自宅まで様子を伺うつもりでしたので、ついでにと隆史さんも同行する事になりました。

ですけど、現在絶賛みほさんが隆史さんに対してお冠の状態。

 

「みほちゃーん、みぽりーん。みぽみぽ~。」

 

「・・・。」

 

・・・昨日あの戦車喫茶で、みほさんのお姉様に連行された隆史さんにとても怒っていらっしゃいました。

みほさんも拗ねるのですねぇ。

遠目でしか見ておりませんが、冷静になったみほさんが、まず見たのが・・・仲良くお茶を飲んでいる隆史さんとお姉さんですからねぇ。

怒る気持ちは分からなくも無いです。

 

帰りの車中でも、港から学園艦に向う連絡船の中でも、ずっと隆史さんを無視していましたね。

何か隆史さんが話かける度に、今見たくプイッっと顔を背けてました。これはこれで可愛いと思うのですけど・・・。

その様子を微笑ましく見ていたのですが、隆史さんがそんな私の顔見て軽く引きつった笑顔になっていたのは、どうしてでしょう?

 

「に・・西住さーん。」

 

「 !! 」

 

隆史さんが、みほさんを苗字で呼んだ直後、グリンと首が回り、みほさんが隆史さんを睨みつけます。

 

「・・・分かった。今回は許してあげるけど、次そんな呼び方したら・・・本当に怒るから。」

 

「い・・いえす、まむ。」

 

あら~。結構本気で怒ってますね。ここの所いい所無しですね、隆史さん。

ちょっと気になったので聞いてみましょうか?

小声で・・・みほさんにバレないように。

 

「隆史さん。みほさんは何で、あそこまで怒っているのですか?」

 

「・・・今の事?」

 

「そうですね。先程までは昨日の喫茶店での事でしょう?今の首の回り具合は、・・・ちょっと私も怖かったです。」

 

「あー・・・。みほ達姉妹はですね、俺が苗字で呼ぶと昔からメチャクチャ怒りましてね・・・。

 朝からみほが、思いの外機嫌を直してくれないので、ちょっと強行手段に・・・。」

 

「あら。昨日の事よりも「西住さん」呼びされる事の方が嫌なんですね?」

 

「そうみたいですね。あまり使えない手ですが・・・。コワイノデ。」

 

みほさんのお姉さんもここまで怒るそうですけど、隆史さんもいい加減イロイロと気づくべきだと思います。

いえ、気がついてはいるのでしょうか?あの怯え具合は。・・・でもまぁこれはこれで、日常が「えきさいてぃんぐ」になりますね。ウフフフ・・

 

「・・・華さん。最近笑顔が若干怖いですよ?」

 

あらあら、隆史さん。そんな事ないですよ?私至って普通ですよ?

今だって笑顔で返してあげたじゃないですか?

何で顔が引き攣るのでしょう?

 

 

 

「あれ。秋山さん家、床屋さんだったんだー。」

 

沙織さんの声で気づきましたが、もうすでに到着していました。

「秋山理髪店」少し日焼けした店先の看板に書いてあります。

 

「営業中ですね。お客さんは・・いないようです。今なら大丈夫そうですね。」

 

「・・・隆史君?どうかしたの?」

 

なにか複雑そうな顔をしていますね。

 

「いやー・・・。この前、夜に彼女達を送っていった時あったろ?ほら、時間がちょっとかかった日。」

 

「・・・うん。あったね。練習試合の日でしょ?」

 

まだ、若干機嫌が良くないみほさん。

会話できるだけ良くなったようですけど。

 

「そうそう。帰ってきたら、みほが女豹のポー・・痛ぁ!!!」

 

・・・真っ赤になって隆史さんをつねっています。何があったんでしょう?女豹?

というか隆史さんは、やはり少しおバカさんですね。みほさんが怒る内容なら口にしない方がいいと思うのですけど。

 

「むぅ。・・・その日最後に優花里を送って行ったんだけどね、店先で優花里のお父さんと鉢合わせになってなぁ・・・。」

 

「・・・それで?」

 

「夜遅かったって事もあって・・・彼氏に間違われてた。」

 

ガチャ。

 

チリンチリンと音を出し扉を開けました。・・・私が。

隆史さんは無視ですね。

 

「すみませーん♪」

 

「あれ?皆さん?話聞いてました?何で即入店してるんですか!?俺、顔合わせ辛いんですけど!?」

 

チームワークって普段から発揮される物ですね。何事も無いように皆さん一同に入店しました。

中には、エプロン姿の秋山さんのお父様とお母様が座っていました。お父様は新聞を読んでいますが・・・暇なのでしょうか?

でしたら問題ありませんね。隆史さんは少し黙っていてください。

 

「あの、優花里さんはいますか?」

 

「ん?あんた達は・・・?」

 

「友達ですー。」

 

「トモダチ・・・とっと、友達ぃ!!??」

 

お父様が、沙織さんの「友達」発言にすごく慌て出しました。

何かおかしな事を言ったのでしょうか?

 

「お父さん落ち着いて!」

 

「だ、だってお前!?優花里の友達だぞ!?」

 

「分かってますよ。・・・いつも優花里がお世話になってます。」「お世話になっております!!」

 

あら~。お母様のお辞儀の横でお父様は土下座でご挨拶されてしまいました。

すでに初めて見るわけでは無いのですけど、土下座はまだびっくりしますね。

 

「あ・・あの。」

 

「優花里、朝早く家を出てまだ学校から帰ってないんですよ。」

 

「・・・ん?お前は。」

 

土下座から顔を上げたお父様の視線が隆史さんを凝視していますね。

隆史さん・・・あれ?あまり焦っていませんね。

 

「こんにちは。先日はどうも失礼しました。」

 

「おおおまっお前!良く顔を出せたな!!」

 

「お父さん?」

 

「母さん!こいつはな、この前夜の9時頃にな・・・仲良く優花里を家に送ってきたんだぞ!!」

 

「えーと、それが何?仲がいいならいいんじゃない?」

 

「優花里のか・・・かか彼氏かもしれんだろ!!しかも夜遅くまで優花里を連れ回して!!」

 

「あら。でも、優花里。野営とか何とか言って外泊も夜遅くなるのも良くあるでしょう?」

 

「外泊!?・・・貴様ぁ!!」

 

あー。これはなる程。お父様は思い込みが激しいタイプですね。

隆史さんが顔を合わせ辛いのが何となく分かりました。話を聞いてくれないタイプですねこれは。

先日鉢合わせたって事は、ある程度隆史さんから説明しているのでしょうけど・・・多分覚えていないでしょうね。

 

「お父さん!ごめんなさいね?えぇと貴方は?」

 

「はい。大洗学園生徒会書記兼、戦車道に所属している尾形と申します。ゆか・・秋山さんとはクラスメイトでもあります。」

 

あらー。役職までいいましたねぇ。

はじめましてとお辞儀までして。

でもいつもと様子が違うように見えます。少々気味が悪いですね。

 

「みほさん。」

 

「なに?華さん。」

 

「隆史さん、随分と落ち着いて見えるのですけど・・・あれ実はとても動揺してません?」

 

「あ、わかる?隆史君、大層な敬語とか使い出す時って大体怒ってる時か、すっごい焦ってる時なの♪」

 

あら、随分と楽しそうに・・・。

 

「・・・私の時もそうだったな。あれは怒っていたと言われて、謝られたが。」

 

「麻子がマコニャンに変わった時に謝られたの?」

 

「・・・そうだが、その呼び方はヤメロ。変わってない!」

 

あの様子ですと背中とか大層な冷や汗かいていそうですね。

それででしょうか?みほさんが嬉しそうにしているのは。

 

「皆さん戦車道のお友達なのね。なら大丈夫じゃないお父さん。生徒会の人だって。「尾形」って苗字も良いじゃないの。」

 

「ぐ・・しかし、それは理由にならないだろう?あれだぞ!?悪い虫だぞ!?」

 

「・・・お父さん。いい加減にしなさいネ?」

 

「」ヒィ!

 

あらあら。小さくなってしまいました。

今気づきましたが、秋山さんはお母様似ですね。

 

「では、皆さん2階へどうぞ。優花里の部屋で待っていてください。」

 

私達が移動しようとする中、隆史さんだけが動きませんでした。

お母様も気づかれたようで。

 

「尾形君?どうしました?」

 

「いえ、俺は外で待っていますよ。帰ってくれば分かると思いますので。」

 

「お客様を外で待たせるなんて・・・お父さんは気にしなくていいのよ?」

 

「いえ。さすがに留守の女性の部屋に、僕みたいな男が本人の許可もなく入るのはちょっと・・・。」

 

「あらあら。優花里を「女性」ですってお父さん。」

 

「・・・。」

 

「気にしなくていいですのに。」

 

「僕が気にするんですよ。遠慮させて頂きます。ゆ・・秋山さんに悪いです。」

 

「・・・。」

 

「あの・・・お父さん。睨んでくるのそろそろやめて頂けますカ?」

 

「・・・君にお義父さんと呼ばれる筋合いは無いな。」

 

「」

 

中々に楽しいやりとりですね。

思わず笑顔になってしまいます。

でもあれは多分、字が違いますね。

 

「ね・・ねぇ華?」

 

「なんでしょう?」

 

「私「お義父さんと呼ばれる筋合いは無い」ってセリフ、ドラマ以外で初めて聞いたよ。」

 

「私もだ。」

 

「私もー。隆史君、楽しそう♪」

 

「そうですねー♪」

 

「・・・みほも華も何でそんなに笑顔なの?なんかコワイヨ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからどのくらい経っただろう。

カチコチ時計の音だけが聞こえる。

 

お父さんは新聞を読んでいる。・・・振りをしている。

ちょこちょこ敵意ある視線を感じるんですよ。

正直、この体の同年代と話すより、大人と話すほうが楽だ。

しかしこの状態はきつい。話せる雰囲気などでは無い。

 

・・・そう、お父さんと二人で1階の店内で優花里を待っている。

結局、外で待つことをお母さんが許してくれなかった。

みほ達にお茶でも出すのか、奥に入ったきりお母さんは戻ってこない。

 

特にやる事も無く、話すことも無く、ただ無言の時間が過ぎてゆく。

 

・・・きつい。

 

何か話すきっかけが欲しくて店内を見渡すしてみた。

ごく普通の良くある床屋の店内。

部屋の上の方を見渡すと結構な数の写真が額に入れられ飾られていた。

 

少し幼く感じる優花里の写真・・・あれは高校1年生の時かな?

戦車の写真、表彰状、家族の写真・・・。この人も結構な親バカみたいだしな。

うぉ、まだブラウン管テレビが有る。

 

・・・ん?なんだあれ。新聞の記事か?

切り抜きらしき物が写真と同じく額に入れられ飾られていた。

それを見ていた事に気がついたお父さんが初めて口を開いた。

 

「・・・優花里はな、昔・・小学生の時だ。戦車道の大会を見学しに行った時に死にかけたんだ。」

 

「え?」

 

いきなり話しかけられた事とその内容にビックリした。

死にかけた?その時の記事だろうか?

 

「その場に居合わせた同世代の男の子に助けられてなぁ・・・。それはその時の新聞の切り抜きだ。」

 

「・・・そうですか。」

 

「その子には感謝しても、したりない。その後、優花里と友達になってくれてな。

 高校まで友達がいなかった、あの子の支えになってくれていたみたいなんだ。」

 

「・・・。」

 

結構重い内容に何も言えなかった。

 

「それ以降、親としてあの子の事が心配で心配で・・・。そんなあの子が・・夜遅くに・・・男と家にぃぃ。」

 

あ。ヤバイ。これは喋っているうちに怒りが込上がって来た感じだ。

お・・お母さん!早く帰ってきてください!!

 

「そ・・そうなんですかぁ。」

 

曖昧に返事をするしか無かった。

そのまま気にしないふりをしながら、その記事を見上げ、読んでみる。

 

地方新聞だろうか?

文字だけの、小さな欄の小さな記事。

すでに変色し黄ばんでいる。

 

《 今月、戦車道の試合が行われた熊本の会場で― 》

 

わざわざ熊本まで見に行ったのか・・・あーなる程。

西住流の本拠地だし、好きな人には遠出をしても見に行く価値があるのか。

 

《 会場の観客席から― 》

 

 

海沿いで試合してたのか。

それでか。大会会場で優花里、客席から海に転落しちゃったわけね。

 

でも、救出されているのなら新聞記事になる程の事かなぁ。

あぁこれは、「優花里を助けた人」の記事か。

優花里を海から救出し、応急処置まで行ったのが。

 

それでも新聞記事になるような事か?

 

・・・。

 

ナルホド。助けて応急処置まで行ったのが同い年の小学生だって。

 

ナルホド。それは記事になるな。ウン。小学生でそこまでやれたら記事にもなるかもね。

 

その小学生の名前も記載されていた。

 

《 尾形 隆史君(8歳) 》

 

「」

 

俺だった。

 

え?知らない。男の子は助けましたよ?

そうそう、パンチパーマの男の子。・・・男の子?

 

嘘だろ?

 

 

「やっぱり・・・。」

 

「うわぁ!!!」

 

思わず仰け反ってしまったじゃないか。

いつの間にか、みほが俺の横に立って切り抜き記事を見上げていた。

 

心臓がバクバク言っている。

なに?ノンナさんといいオペ子といい、戦車道の隊長格みたいな人はみんな気配殺せるの?

随分と暗い顔をしているので本気で驚いた。幽霊みたいに存在感がない。

 

「これ見て・・・。」

 

なんだろ。みほが手に持っている物を開いて差し出してくる。・・・アルバム?

そこには・・・。

 

「まじかぁ・・・。」

 

昔、みほとまほちゃんに見せたパンチパーマの男の子と一緒に写ってるツーショット写真。

それと同じものがアルバムの中に合った。

 

「これ。子供の頃の隆史君だよね?」

 

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

 

 

優花里の自室。6畳間の和室。

なんだろう。

この世界は戦車は乙女の嗜み。よって戦車は女性の乗り物。

だからこの部屋は正常なのだろう。

だけど・・・戦車のプラモ、ミリタリーグッズ。

テレビの裏には砲弾が陳列している。隅には、プラモの箱が積まれている。

 

これが女の子の部屋かぁ・・・。

 

優花里は自分の部屋の窓から帰宅したとの事。

窓からかぁ・・・。

そんな部屋主が帰宅した部屋でその部屋主に対して、俺は誠心誠意の真心を込めた土下座の最中。

 

「ほんっっっとうにすいませんでした!!」

 

「いえ、あの時は男の子に見られても仕方ありませんよ。だからあの・・困りますぅ・・・。」

 

そんな俺に、あわあわしている優花里さん。

 

「失礼な話!長年、優花里さんを男と思っておりました!!」

 

こんな失礼な話も無いだろう。

チャットでもメールでも。男と話しているつもりでずっと交信していた。

 

「もういいです!もういいですから!顔を上げて下さいぃぃ。」

 

本当に困った顔で嘆願された。いえ罵って下さっても結構です!!

 

「ごめんね秋山さん。わ・・私も隆史君に見せてもらった写真で男の子だと思ってたの・・・。」

 

「西住殿も気にしないで下さい。仕方ないですよ。」

 

優花里さんは座り直して、一息つき言い出した。

 

「・・・私、実は一つ嘘をついていました。」

 

「嘘?」

 

部屋で土下座中の俺に優花里さん以外から向けられる視線が痛い。

・・・何故か約一名すっげーいい笑顔でいますけど。

 

「はい。実は隆史殿が転校してきた日、まさかとは思っていました。・・・その隆史殿の正体というか何というか・・・。」

 

「あー、目を輝かせて見てきた時か・・・その理由が確か俺の母さんが戦車道の師範だから嬉しくなったとか言っていた奴?」

 

「はい。初めは同姓同名の方かとも思ったのですが・・・その、友達を紹介してくれるって話で確信しました。」

 

「・・・オッドボール三等軍曹。」

 

「そう!それです!・・・もうお気づきかと思いますが、それ私です。」

 

「ソウデスヨネー。」

 

初めは電話でやり取り、中学生になった辺りでスマホが販売され、ネット上のチャットでのやり取りになった。

電話では、中々声変わりしないなぁくらいにしか思っていなかったし、ネット上では名前がハンドルネーム表記になっていた。

電話はチャットをしだしたあたりでしなくなったので、声で判別は出来なかった。

 

「そんな訳で気がつきませんでした。本名聞いたのかなり前で忘れておりました。どうぞ殺してください。」

 

「いえいえそんな!私友達いなかったし、隆史殿とのやり取りは本当に楽しかったんです。ありがとうございました。」

 

「いえいえこちらこそ!」

 

向かい合って土下座の挨拶をする俺達。

なんだこの絵。

 

「そうすると・・・なに気にみほより優花里の方が俺と付き合い長いのか・・・。」

 

そんなに大差はないけど。

・・・一瞬ピクッっとしたみほさん。何でしょうか?

そしてもう一つ思い出した。

 

「あ・・・それでか。亜美姉ちゃん襲来の次の日の朝、優花里の様子がおかしかったのは・・・。あ。」

 

「!!」

 

ただの呟きだったのだが、思いっきり声に出てしまった。

あの名前で呼び合うと提案した日、斬新な挨拶をしてきた日。

 

優花里さんが涙目になって真っ赤になってしまいました。

人工呼吸という人命救助の行為だとしても・・・だ。

恥ずかしがる年齢でもないのだが、なんだ?俺まで顔が熱くなる。

 

「あ・・・あの、その。口に出されるとさすがに・・・て、照れちゃいますよぉ。」

 

更に赤くなって俯いてしまった。目だけ上目遣いで見てくので、若干見つめ合ってしまった。

 

 

・・・。

 

 

「隆史さん?」

 

「はっ!!は、はい!?」

 

華さん。笑顔が怖いです。

 

「デリカシーって言葉をご存知です?」

 

「・・・は、はい存じております。」

 

「知っているだけではダメですよ?ちゃんと理解してくださいね?」

 

そっとお腹の前でみほの方を指差し・・・た・・・。

 

「」

 

 

ガタガタガタガタ

 

西住流ここに有り

 

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

 

 

「隆史君。」

 

「ハイ。ナンデショウ?ミホサン。」

 

「・・・この中で誰が知り合い?」

 

優花里が今日学校を自主休校して行っていたのは、サンダース大付属高校の潜入調査の為だった。

 

実録!突撃!!サンダース☆大付属高校

 

テロップまでつけてまぁ・・・気合入れて編集したなぁ。

コンビニ貨物船に密航までして撮ってきたのかぁ・・。

 

トイレで着替え出した時にさすがに見ちゃいかんと思って横を向いたら、超真顔のみほさんと目が合いました。

安心してください。しっかりハイライト様はご不在でした。・・・頼むから仕事してください。

よしよしと、頷いて顔をテレビに戻したみほさんより、流れる映像を見てそんな事聞かれました。

その時は、こちらも見ないでテレビ画面を凝視しながら・・・。

 

「サ・・サンダースには知り合いはいませんよ?面識もナイデス。」

 

「・・・ふーん。そ。」

 

し・・信じてぇぇぇ。

 

優花里は、みほの為、試合の為とわざわざ撮ってきたのか・・・。

でもごめん、正直もう気が気じゃなかったので、あんまり記憶に残っていない。

怖いの。

最近俺、怯えてばっかりいる気がする。

 

一番の恐怖は帰り際だったりする。

 

「隆史君!」

 

すごい勢いで優花里のお父さんに掴まれた。

それこそ走って体当りされるように。

 

「すまなかった!命の恩人の君だと知っていればあんな態度は取らなかったんだ!」

 

さっきと対応がまるで違う。なにこの変わりよう。

みほ達とのやり取り見てさすがに気がついたのだろう。

名前と出身地等を聞かれ、優花里に確認を取りしばらく呆然としていた。

2階にあった優花里の部屋から降りてきたらこの様子だった。

 

「あ、いえ僕も急に来てご迷惑をおかけしました。先日の事も、おじさんもびっくりしたでしょうし。」

 

「何を言うんだ!!」

 

ガッと音が出るような勢いで両肩を掴まれた。

 

「お義父さんでいい!!」

 

「」

 

 

 

 

 

次の日より朝練が開始になったのだけど、マコニャンが一番の心配だったけど毎朝沙織さんが引きずってきていた。

今度沙織さんを労ってやらないとな。

 

俺は生徒会員としての仕事があるので、みほ達と一緒にいる時間が少なくなっていった。

試合が近づくに連れて、忙しい日々になっていく。

 

大体俺がやる事は雑務が大半だった。柚子先輩の手伝いが大体の7割を占めていた。

あの先輩も今度労ってやらないと・・・仕事量がすごい。

あの人のお陰で維持されてたもんだよなぁ・・・生徒会って。

 

放課後、沙織さん達は、みほに内緒で居残り練習を自主的にやり始めていた。

でもそれは、結局みほにバレてしまい、チームみんなで仲良く居残り練習をする事になっていた。

ここら辺からだろうか、できるだけ必要以上にみほ達に関わらないようにしていった。

 

彼女達は彼女達の世界がある。

 

男の俺がいるとできない会話もあるだろうし、気を使うだろう。

仕事とプライベードは分けないとね。

 

他のチームの戦車の塗装もし直した。

みんなの気持ちも段々と変わっていったのだろう。

各チーム名も決まり、みんなも戦車にも愛着を持つ頃だろうな。

 

 

「隆史ちゃん。」

 

「何すか?会長。」

 

「ちょっーと、いい?」

 

「・・・嫌です。」

 

「おや。何で?」

 

「ちょっと今、忙しいんで。・・・それに普通の生徒会員の面倒も柚子先輩見てるのでしょ?あの人の仕事量ちょっとかわいそうですよ。」

 

「いやぁー。少し耳が痛いねぇ。」

 

「まぁ聞くだけ聞きますよ。何すか。」

 

「パンツァージャケットの発注の件なんだけど。」

 

「あぁ。各チームのパーソナルマーク付きの発注はすでに終わってますよ?何か問題でも?」

 

「いやね。ここに皆のデータがあるんだけどぉ・・・隆史ちゃん見た?」

 

何を言い出すんだこの会長は。

 

「見てませんよ。身体情報も個人情報でしょうが。それは柚先輩に任せました。試合の当日には届くでしょうね。」

 

「・・・本当にぃ?みんなのスリーサイズとかのってるよ?」

 

あぁなる程。

現在結構な忙しさだけど、会長は基本やる事が無いのだろう。

俺をからかいたいのかな?

 

「・・・会長。暇なら桃センパイで遊んでいてください。」

 

「あれ?本当に見てないの?」

 

・・・。

 

「杏。」

 

「!?」

 

突然名前呼ばれて珍しくびっくりした感じの会長。

しかしこちらも暇ではない。なんせ明日試合当日だ。

残った仕事自体は、さすがにもう終わるけど。

 

「はぁ・・・杏。」

 

「な・・なにかなぁ。」

 

「今、最終調整で忙しいんですよ。何?暇なの?」

 

すでに練習も終わり皆、帰った後だ。

最期の仕上げに俺だけ残っていただけだ。

 

・・・あぁそうか、会長も不安なのか。

 

そりゃそうか。なんだかんだ荒唐無稽な人だったから気にしなかったが、この人もまだ子供だった。

17、8歳の娘が学園の命運を握る代表だもんな。

プレッシャーは人一倍か。

 

・・・。

 

無言の時間が続く。時計を見ると20時を回っている。そろそろ仕事が終わる。

書類作成も結構めんどくさい。

2回戦に向けた書類の下準備をしていた。これを終わらせておけば後々楽だ。

 

「・・・大丈夫ですよ。」

 

カタカタとパソコンを打ちながら返事をする。

 

「な・・何が?」

 

「みほが本気になってる。後は、皆が諦めなけば勝機は有ります。なんとかなりますよ。」

 

「・・・。」

 

視線を移して見れば、会長室の窓から外に視線を投げている会長。

 

ふむ。

 

「・・・会長。正直いいますよ?」

 

「なんだろ?」

 

はー・・やっと仕事が終わった。後は帰るだけだな。

結構な事務処理が溜まっていた。

重要な事は終わらせたからしばらくは楽できそうだ。

 

パタンとノートパソコンを閉める。

会長を真っ直ぐ見て、真面目に話してやろう。

 

「・・・俺はどうでもいいんですよ。この学園の未来なんぞ。」

 

「!?」

 

こちらを振り向く会長。

まぁそうだろな。目が合う。

 

「そっか。まぁ・・・隆史ちゃんは、西住ちゃんが・・・心配で転校してきただけだもん・・ねぇ・・・。」

 

「まぁ最初はね。」

 

まぁ俺もやっぱり甘いのかなぁ。結局昔みたいに変に情に弱い。

例え裏切られてもそれはそれかな。覚悟があると結構違うもんかなぁ。

 

「やっぱり、杏はこの学園が大切なんだよな?」

 

「・・・まぁね。」

 

少々寂しそうな顔をしている。

 

「まぁ・・ならしょうがない。」

 

「・・・なんなのかなぁ?」

 

「俺は、あんた達が・・・結局の所、気に入ったんだ。あんた達が守りたいモノならなんだってしてやるよ。」

 

「・・・。」

 

「転校初日の日に言ったと思うけど、俺が体を張ってやる対象に、もう会長達も入ってるんだよ。恥ずかしいから言わせないでくれ。」

 

 

「・・・。」

 

 

「・・・あのさぁ隆史ちゃん。」

 

なんでしょうかねぇ。正直結構、年甲斐もなく直球に本音を言ってしまった。あぁ。俺今17歳か。ならセーフかな?

 

「練習試合の後、ダージリンが言っていたの思い出したんだぁ。隆史ちゃんの事「卑怯者」って。」

 

「・・・言ってましたね。」

 

会長が後ろを向いてしまった。なんなんだよ。

 

「実感した。・・・タイミングがずるいんだよ、隆史ちゃん。」

 

「?」

 

「この・・・卑怯者め。」

 

 

 




はい閲覧ありがとうございました。

秋山殿が本格的に参戦されました。
思いの外文字数が伸び、サンダースまで届きませんでした。すいません。

次回はさすがにサンダース戦開始です。


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第16話~サンダース戦です!~ 前編

「隆史ちゃん。1年が砲弾積み忘れたみたいでさ、ちょーと持ってきてもらっていい?」

 

会長が携帯で隆史君に連絡を取っている。

珍しいなぁ。いつもだったら桃ちゃんか、私に頼んでくるのに。

 

今日は隆史君には裏方をずっとやってもらってる。

荷物運びから大会スタッフや各員らへの連絡とかも。

お陰で今のところ問題なく進んでいた。

 

「そーそー。うさぎさんチームのね。んじゃよろしく~。」

 

パタンと真新しい折り畳み携帯をしまいながら、こちらを向いた会長の顔がちょっと嬉しそうなのが気になった。

どうも戦車に乗る時用の携帯をみんなで買った。戦車内の衝撃が結構強いのでスマホだと割れてしまう恐れがあるんだって。

西住さんの携帯が折り畳み携帯だったので、理由を聞いたらそんな答えが帰ってきた。

 

「会長なんだかご機嫌ですね。」

 

「まぁね~♪」

 

なんだろう?今朝から本当に機嫌がいいなぁ。

 

「第63回 戦車道全国高校生大会 第一回戦」

 

その会場。

 

更に言えば、私達はサンダース大学付属高校の陣営場所にお呼ばれされていた。

 

1年生チーム・・・今は、うさぎさんチームか。

砲弾を積み忘れたと談笑している所に、サンダースの副隊長達が揃ってやってきて誘われた。

「試合前の交流を兼ねて食事でもどうかと思いまして」だって。

ちょっと嫌味言われちゃったけど、確かに砲弾積み忘れちゃったらダメだよね。

 

「ヘイ!アンジー!」

 

サンダースの隊長、ケイさんだっけ?

先程の副隊長2名と共にやってきました。

綺麗なウェーブ掛かった金髪の・・・随分と気さくな方ですね。

アンジー・・・。

 

「角谷 杏・・・だからアンジー?」

 

「馴れ馴れしい。」

 

「やぁやぁケイ。お招きどうも。」

 

「なんでも好きな物食べていって!OK?」

 

体全体で感情表現しているかのような人だなぁ。

 

「お~け~お~け。オケイだけに!!」

 

・・・会長。つまらないです。

・・・サンダースの隊長さんにはウケたみたいですけど。

何故そこまで爆笑できるのでしょう?

 

「あ!」

 

なんでしょう?西住さん達に近づいて行きましたが・・・。

そこで聴き慣れたメロディが聞こえました。

あれ?私の携帯鳴ってる。・・あ。隆史君だ。

 

「す・・すいません。」

 

一応会話の最中だったので、断ってから着信にでた。

 

「何?隆史君。今ちょっと・・・」

 

「タカシ?」

 

あれ?サンダースの長身の副隊長さんが反応した。「また」知り合いかな?

 

『あぁ、すいません。砲弾の積み込み終わりました。みほ達そっちにいるんですよね?』

 

こちらに私達がいる事は、うさぎさんチームから聞いたそうだ。

 

「隆史ちゃんから?どったの?」

 

「あ、いえ。砲弾の積込み作業が終わったそうです。西住さん達に用があるようで、こちらに来るみたいですよ?」

 

「おや、随分と早く終わったねぇ。」

 

長身のベリーショートの副隊長さんが、慌てて隊長さんの元に走って行きました。

取り残されたもう一人の副隊長さんがポツーンと取り残されてます。

 

あら、急いで二人揃って戻ってきましたね。

 

「アリサ!・・ここはもういいから隊に戻っていて。」

 

「え?隊長?」

 

「大丈夫だアリサ。隊長と私で十分だ。」

 

「はぁ・・。なんなの?」

 

トラブルでしょうか?一人の副隊長さんに戻るように言っていますね。

釈然としない様子でしたが、一人歩いて帰って行きました・・・あれ?

アリサさんと呼ばれた副隊長さんとすれ違いながら、キョロキョロしながら隆史君が歩いて来ました。

 

やっと私達に気がついた様で、こちらに向かって来ました。

 

「おつかれさんです。軽トラが役に立ちましたよ。思ったより早く終りました。」

 

「お疲れお疲れ。ありがとね♪」

 

・・・やはり会長の様子がちょっと変だ。

なんだろう?はっきり言えないのだけど・・・。う~ん。

 

「隆史君。」

 

西住さん達も彼に気づき、結局全員が集合しました。

 

そんな中、サンダースの隊長さん・・・ケイさんだっけ?彼女達がちょっと怖い顔してます。

隆史さんを凝視しながらボソボソと話してます。

 

「・・・確か大洗に転校したって話よね?」

 

「はい。クラスまでは確認取れましたが・・・顔までは、わかりませんでした。」

 

「いいわ。そこまでわかれば特定できるでしょ。」

 

なんでしょうね?先程と雰囲気が違いますね。

私達・・・では無いですね。隆史君を睨みながら近づいて来ます。

 

「ちょっといい?」

 

「え?俺ですか?」

 

やっぱり。

 

「貴方、「タカシ」っていうの?」

 

「そうですけど・・・。」

 

ケイさんが、隆史君と対面に見上げながら質問を続けます。

長身の副隊長さんは斜め後ろで、同じく隆史君を睨んでますね。

 

・・・何やったの隆史君。

 

「大洗の生徒だよね?学年とクラスは?」

 

「は?」

 

「ク・ラ・スは?」

 

強く聞かれて隆史君が困惑している。

まぁいきなり、初対面・・だよね?そんな人に学校のクラスまで聞かれたら困惑するか。

 

「・・・普通Ⅱ科2年C組ですけど。」

 

「・・・じゃあ、間違いないわね?」

 

後ろの長身の副隊長さんとアイコンタクトをとったのか、ゆっくり頷いた。

 

「ねぇ貴方。ウチの・・・サンダース大付属高校の副隊長、アリサを知ってるわよね?」

 

「アリサ・・さん?・・・アリ・・。」

 

随分と考え込んでいる隆史君。

それを段々とイライラしながら睨みつけているケイさん。

もう一度思う。・・・何やったの隆史君?

 

「知らないですね。」

 

「・・・本当に?」

 

「はい。まったく。」

 

「・・・OK。」

 

両手を上げて、降参みたいなポーズをとったと思ったら・・・。

 

 

 

バチィン!

 

 

 

乾いた音が響いた。

ケイさんが、フルスイングで隆史君をひっぱたいた。

結構な音がしたので、みんなが振り向いてしまった。

 

あ・・・会長が真顔になった。

 

「・・・俺が何か変な事、言いましたか?」

 

ひっぱたかれた本人は、特に怒るわけでも無く疑問を口にしている。

普通怒るよ?あ、私なら動揺しちゃうか。

 

「とぼける気?」

 

「いや、そう言われましても・・・。」

 

「もう用が済んだら、あの娘と一緒に記憶まで捨てるの!?貴方は!!」

 

「・・・。」

 

会話の内容が段々と人に聞かれてはまずい内容になっていってないかな・・。

今度は、腕を組んで考え込んでいる隆史君。

 

もう!三回目だよ。何やったの隆史君。

 

「アリサさん?だっけ。すいませんが本当に知らナブッ!!」

 

 

・・・殴られた。今度はグーで。

 

 

ガツンと。さっきは右手だったからか、今度は左手で。

ちょとこれは・・・。

 

「心も体も弄んでボロッボロにして捨てた娘なんて、もうどうでもいいってのね!?あんたは!!」

 

「た・・隊長。拳はまずいですって。」

 

凄い事叫んでいるけど、さすがに暴力行為は看過できないよ。

会長もそう思ったのかスっと前に出ようとした所、隆史君が手で制する。

 

「いいわ。もう二度とアリサには近づけさせないから。まぁ、あの娘を捨てたあんたが、近づく事は無いでしょうけどね。

 ・・・ごめんなさい。貴女達には関係ない話よね。でもこいつには気をつけた方がいいわよ。・・・サンダースでは有名だから。」

 

私達には、この件は関係ないと「私達」には謝罪して来た。そのまま隆史君には一瞥もしないで去っていった。

サンダースでは有名って隆史君が?

 

「た・・隆史君。大丈夫?」

 

「まいったなぁ。本当に知らないんだけど・・・。」

 

殴られた頬をさすりながら、ボヤいている。

結構、洒落にならない事言われてたけど・・・。

 

どうしよう。

 

大体こういう事の後、西住さんにただ怯える隆史君が出てくるのだけれど・・・。

西住さんは、いつもの通り・・というか普通疑問に思うよね?理由を聞いていた。

ただちょっと今回は雲行きが違った。

 

「隆史君。どういう事?」

 

「どういう事も何も知らない。言っただろ?顔見知りはいないって。」

 

「でも何も無ければあんなに怒らないよ?クラスも確認してたよね?」

 

「本当に面識も何も無いんだって。」

 

「本当に?」

 

「・・・またか。」

 

「え?」

 

隆史君は全然焦る様子も無く、ただ冷静に西住さんの問いに返しているだけでした。

明らかにいつもの隆史さんと違っていました。

西住さんのチーム・・・あんこうチームの皆さんもいつもの様に、はやし立てる事もなく西住さんとの会話を見守っていました。

 

あ・・・分かりました。

西住さんに声を掛けられたとき確かに怯えてはいましたが、すごく泣きそうな顔をしています。

困った様な顔ではなく、ただ悲しそうに。

 

隆史君が立ち去った後、呆然と西住さんが呟きました。

まるで、西住さんが怯える様に。

 

「あんな隆史君、初めて見た・・・。」

 

って・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

胃が痛い。

 

喋っている最中にぶん殴られたから、歯で口の中が切れた。

あの場は、口を濯いでくると言って立ち去った。

そして今は、仮設トイレで胃の中の物を全て吐き戻した後だ。

・・・とにかく一人になりたかった。

仮設トイレを出て、会場に立ち並んでいる露店でペットボトルの水を買い、水を口に含み吐き捨てる。

血は止まっていた。でもまだ少し口の中が鉄の味がする。

 

幾分マシになったが、まだ気持ち悪い。

隅のベンチに座り考えてみる。

 

悪意を向けられるのは慣れていた。ノンナさんからの悪意や敵意も大丈夫だったから。

まぁ、最終的にその両方ともノンナさんからは消えていたけども。

 

サンダースの彼女達は多分、勘違いをしている。それはいい。大丈夫だ。

ここの所よく、みほに怒られるけど、それもいい。多分自業自得だと割り切れる。

ではなんだろう。この不快感は。

いつもとあまり変わらないと思うけど?

 

・・・。

 

そうか。分かった。やっぱり怖いからだ。

みほ達の反応が。

小さい事かもしれない。他人には分からないかもしれない。

 

みほ達の俺を見る目が、変わってしまうかも知れない事が怖いんだ。

 

サンダースの彼女からの言われた内容は俺には関係ない。・・・無いが、それが分かるのは俺だけだ。

人を軽蔑するに足りる十分な内容。

それが誤解とはいえ、あそこまで断言されて殴られてしまうほどの悪意を向けられた。

 

・・・それを、みほ達が信じてしまったら?

 

昔、何度かあった。いや。何度もあった。

俺は信じられていなかった。信用が皆無だ。

学生の時も社会に出てからも、お人好しと言われていた性格も有り、うまく使われていたのだろう。

何かにつけて俺のせいにされていた。名も知らない奴のせいにされていた時はさすがに笑った。誰だよそいつってな。

学生の時は、万引きや何やら軽犯罪。社会に出てからは、最悪不正行為を擦り付けられる。

何を言っても誰も信じてくれなかった。今まで友人だと思っていた奴にあっさり手の平を返されたりした。

・・・その内に言い返す気力も無くなった。

 

覚悟さえあれば大丈夫だろう・・そんな事昨日までは思ってた。

・・・まぁダメだったんだけど。だから呟いてしまったんだな。

 

「・・・またか。」って。

 

みんなの所に戻るのが怖い。

 

みほ達は、そんな子達では無いのは分かる・・が、理屈じゃないからなぁ。

もし違ったら俺はどんな反応をしてしまうのだろうか。

 

「トラウマになってるなぁ・・・。」

 

空を仰いでいたら声を掛けられた。よく見知った顔だった。

 

「よっ、尾形。」

 

「よう中村。何してんだ?」

 

「何してんだ?は、こっちのセリフだ。お前関係者だろうが?なにさぼってんだ?・・・って、すげぇ顔色悪いぞ?大丈夫か?」

 

クラスメイトの数少ない男友達だった。俺今そんなに顔色悪いか?心配されてしまった。

そうかこいつは、戦車道の男性ファンだったな。自分の学校が出るのだから見学にも来るか。

 

「・・・ちょっと、体調不良で休憩中。中村は見学か?」

 

「ん。まぁ自分の学校だし、お前も出るから見に来た。」

 

「そうか。ありがとよ。お前みたいなイケメン君に応援されるとキュンときちゃう。」

 

「・・・気持ち悪いからヤメロ。」

 

普段は、戦車道の関係で、基本女の子に囲まれているから、男同士の会話は非常に気が楽になる。

女の子に囲まれて男一人。ハーレムみたいで聞こえはいいが、当事者にとっては結構しんどい。

ある意味、地獄だと言ってもいいぞ。気を使ってばっかりで休まる時が無い。

 

「少し良いかい?君は大洗学園の戦車道チームの学生だね?」

 

今度は、知らない顔に声を掛けられた。服装からすると・・大会スタッフだな。

腕章で確信した。3人組の男女のスタッフ。

 

「なんですか?」

 

「先程、君がサンダース大学付属高校の生徒に暴行を受けたと通報があったのだけど。事実かい?」

 

真ん中の若い大学生くらいの男性に聞かれた。

 

・・・。

 

「いえ?何も。」

 

「・・・結構な目撃者がいるのだけど?」

 

今度は、左右の大学生くらいの女性に聞かれる。

 

「・・・あー。でも気にしないで下さい。あれは俺が悪いので。」

 

「君が?」

 

「お姉さん胸でっかいけど何食ったらそんなになるの?って聞いたらビンタされただけです。」

 

「「「・・・。」」」

 

わー。お姉さんにすっげぇ目で見られてる。

 

「そういう事にしておいて下さい。悪いのは俺ですので。」

 

「・・・分かった。事を大きくするつもりもこちらも無いのでね。セクハラ発言も訴えられるよ。」

 

「はい。」

 

そう言って彼らは仕事に戻っていった。お兄さんには何か優しい目で見られた。あの星の人かな?

 

「・・・尾形。お前・・・。」

 

「はぁ・・言うわけないだろうが。・・・俺もそろそろ戻るわ。」

 

ベンチから立ち上がる。正直大分楽になった。

いつまでも逃げていないで戻らないとな。

 

「お・・おう。まぁ頑張れよ?イロイロと。」

 

「・・・ありがとよ。」

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

大洗学園の陣営場所。

皆、すでに全員集まっていた。・・・真新しいパンツァージャケットを着用して。

トボトボ歩いて到着した。

いつもだったら、一言感想くらい言ってやるのだけれど。

 

「・・・ただいま。」

 

そんな余裕が無い。

 

やはり怖い。・・・怖い。

顔に出ているだろうか?冷静でいられるだろうか?

何を言われるのだろうか?

・・・みほ達に早速声を掛けられた。

 

「隆史君。・・・なんかごめんね?大丈夫?」

 

「な・・何が?」

 

声が震える。どもる。噛みそうになる。

 

「あの・・・隆史殿。大丈夫ですよ?皆さん別に信じていませんから。」

 

・・・。

 

「そうですよ。隆史さんが、そんな事する方とは思っていませんよ?」

 

・・・。

 

「そうだよ。逆に私達が隆史君心配になっちゃったくらいだから!向こうが、なにか勘違いしてるんだよ!」

 

・・・。

 

「書記。やましい事が無いのなら堂々としてろ。」

 

・・・。

 

呆然とする。どうしよう。

初めての事でどうしたらいいか分からない。

詰られなかった。問い詰められると思っていた。蔑まされると思い込んでいたみたいだ。

 

 

 

 

・・・そうか。信じていなかったのは俺の方か。

 

 

 

 

どうしよう。わからない。

 

どうしたらいいんだろう。

お礼を言えばいいのか?

 

・・・泣いておけばいいのか?

 

「お、やっと帰ってきたね隆史ちゃん。」

 

「尾形書記。仕事しろ。」

 

「桃ちゃんがそれを言う?」

 

呆然としている俺に柚子先輩が駆け寄って来てくれた。

そういえばこの人、あの時ずっと見てくれていたな。

 

「大丈夫だよ隆史君。私は何となく分かったの。噂って怖いもんね。」

 

「柚子先輩?」

 

「あの後みんなで話したの。このままじゃ良くないから、試合が終わったらもう一度聞いてみようって。」

 

・・・。

 

「だ・・だから大丈夫!!みんな信じてるから!!隆史くんが女の子泣かすような男の子じゃないって!!」

 

・・・信じてる?

 

「そ・・そうだよ!隆史君ヘタレだし!」

 

・・・オイ。ゼク〇ィ。

 

「ヘタレだな。」

 

「ヘタレですね。」

 

「ハハ・・・。」

 

「武部殿・・・。」

 

・・・。

 

「だから、そんな怯えたり泣きそうな顔しなくていいよ?」

 

「・・・柚子先輩。」

 

「こ・・これでも私の方がお姉さんなんだよ!弟も4人いるし!実質的にもお姉さんだよ!!現場経験あるんだよ!?」

 

「・・ハ・・・・ハハッ。意味がわかりませんよ、柚子先輩。」

 

「えっとだから!えーと。えーーと!辛い時は、甘えてもいいの!!」

 

「柚子ちゃん!?」

 

バッと両手を広げる柚子先輩。

勢いでやってしまったと、もう全身で赤くなる。

 

・・・。

 

・・・・・・・・。

 

 

「な・・・なんちゃ・・てぇ!!!!」

 

抱きしめてた。

 

・・・何だろう。

 

何なんだろうか?

 

涙が出るわけでは無かった。

 

ただ。うれしかった。

 

無意識に抱きしめてしまった。

 

いい香りがした。妙に落ち着いた。

 

・・・あ。

 

「たぁ!たた!?たか!?」

 

「あ!すっすいません!」

 

すぐに肩に手を置き引き剥がす。

いかん。これはいかん!

前にオペ子にも言ったが、弱ってる時に優しくされるとヤバイ。

 

「いいいいいいや、いやいや!私が言った事だから!」

 

「いえ・・・。それでも・・・なんかすいません。ありがとうございました。落ち着きました。」

 

「なら・・・良かったんだけどぉ・・・。」

 

二人揃って真っ赤になって向かい合ってしまった。

 

・・・いかん。これはイケナイ。

 

「いえ。本当にすいまセベぇ!!」

 

 

顔面に衝撃が・・・痛い。

軽い音がするので、足元に目線をやると。

 

足元にポーンポーンとバレーボールが跳ねていた。

 

・・・。

 

「ア!スイマセンーン。オガタセンパーイ。」

 

・・・。

 

「こ・・近藤さん?」

 

「ハイ?ナンデショウ?」

 

・・・。

 

「ボール、トッテモラエマス?」

 

「・・・ハイ。取らせていただぁぁ!!」

 

脛!脛ぇ!!

 

「・・・・・・・・・・・・・隆史ちゃん?」

 

「か・・会ちょォォ!!?」

 

また蹴られた・・・。

 

「か・い・ち・ょ・う?」

 

・・・。

 

「あ・・・杏?」

 

小声で名前で呼んだらヨシヨシと頷いてから「っった!!」

 

・・・また蹴られた。

 

「さぁ時間だから、皆!戦車乗って行くよーー!」

 

はぁーい!って元気のいい返事が帰ってきた。

脛をさすっていたら5人の視線に気がついた。

 

みほさんや。睨まないで。

 

・・・優花里さん?どうしました優花里!!!あなたそんな目をする子じゃなかったでしょ!?

 

沙織さんは、なんで目を輝かせているの!?

 

華さん!あなたもうデフォルトになってますよ?その笑顔!!

 

マコニャン・・・。そのままの君でいて。

 

・・・。

 

ハッ。

 

・・・は。

 

ははは。

 

ハハハハハッ!!

 

 

よし。調子が戻ってきた。

 

 

 

「あの・・・隆史殿?」

 

「はい?」

 

「もう一人いましたよね?」

 

「何が?」

 

目の色戻った優花里が、自信なさげに確認してきた。

 

「その・・「タカシ」って名前の方が・・・。」

 

 

 

 




ハイ。閲覧ありがとうございました。



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第17話~サンダース戦です!~ 中編

『パンツァーフォー!』

 

無線を通し、みほの声が聞こえる。

客席向かいの大画面。試合のライブ映像が流れている。

 

男である俺は、選手として出場が出来ない為、大会本部、大画面の両脇に設置された集会用テントにいる。

よく学校とかでの運動会とかに使われる、白いテント。それが、各チームに用意されていた。

 

テントの中には、いくつかパイプ椅子と長机も用意されていたが、ポツーンと俺一人しかいない。

大洗学園の出場選手以外は、俺しかいないから仕方がないとは言え、ちょっと寂しい。

 

長机の上には無線機が設置されてる。

出場選手が怪我など緊急事態が発生した場合、無線で即座に連絡が取れ、大会運営本部に救護班等を手配できる様にする為だそうだ。

その為、聞く事はできるが、こちらからの発信は禁止されている。

 

相手のテントに、こっそり近づいて無線を盗み聞きし、無線を通して情報を流す・・・などの不正防止の為だそうだ。

まぁ、近づくだけで、スパイ行動と取られペナルティを課せられるけどね。

よって無線を聞いて応援する事くらいしか、今の俺にはやる事が無い。

 

向かい側にはサンダースのテントが設置されている。

おー。睨まれてる睨まれてる。

どうもぶん殴られたのを試合前の映像として、この大画面で流されていたようだ。

よくプロ野球とかで、観客席を映しているのと一緒のようなものかな。

 

遠距離からの撮影の為、本当に分かる人にしか分からないけどねと、スタッフに言われた。

・・・それで先程、事情聴取に来たのか。

 

「タカシ」が、やはりサンダースで有名人の様で、ケイさんだっけか。

あの隊長さんに俺がぶん殴られた事で、サンダースに「俺」が「タカシ」だという誤認情報が一気に広まったと考えたほうがよさそう。

 

相手からの視線を受けて思う。

やっぱりな。・・・ただの悪意は大丈夫だ。

手でも振ってやろうかな。

 

 

「おっす。」

 

「・・・よう。」

 

「座っていいか?」

 

来客だ。

中村がビニール袋を片手に持ってやってきた。

そうこいつだ。俺と同じ名前が「タカシ」だ。

 

「ガラガラだから好きな席にどうぞ。ただ、一回テントの中に入ると、試合終了まで出られないぞ?」

 

不正防止の為、関係者以外はそういう取り決めになっていた。

 

「いいよ。試合を見るには、特等席だしな。ほれ。」

 

ビニール袋から胃薬とペットボトルの水を渡された。

 

「お前さっき、腹ずっと抑えていただろ?売店で売ってたから買ってた。飲んどけ。まだ顔色悪いぞ?」

 

「おー・・ありがとさん。でもよく胃が痛いって分かったな。」

 

「俺もよく胃が痛くなるからな。そんな顔してたから何となく分かった。」

 

・・・こいつとの付き合いは、まだそんなに長くはない。が、悪い奴では無いのは分かる。。

戦車道が趣味で、人当たりもよく、結構なイケメン君。

そして基本裏表が無い。珍しいタイプの男だと思ってた。

顔が良いと、中身も良いのかね。

 

「中村 孝」

 

数少ない男友達。

 

本当にこいつが、サンダースの言っていた「タカシ」か?

クラスまで問われてから、ぶん殴られたからなぁ。俺以外の対象は、こいつだけだ。

早速もらった胃薬を飲ませてもらおうか。

 

「なぁ、中村。」

 

「んあ?」

 

「お前も転校してきたの?」

 

「そうだよ。というか、大洗の男子は5割は転校生だぞ?」

 

「知ってるよ。でも細かく聞かないだろ普通。」

 

「まぁそうだな。」

 

目は大画面に、耳には押さえた片耳ヘッドホン。

ワザと軽口を吐くように会話をする。

そう、軽口だ。世間話だ。

 

「なぁ中村。お前、サンダースのアリサさんって人知ってるか?」

 

「アリサ?あぁ、知ってるよ。幼馴染だよ。」

 

・・・やっぱり。

 

「たまーに、メールが来るくらいだけどな。」

 

メールねぇ・・・。

 

「・・・お前、彼女になんかしたか?」

 

「は?何でお前にそんな事、言われなきゃならんのよ。」

 

訝しげな目で見てくる。

 

「・・・。」

 

さてどうする。

単刀直入に聞いてもいいけど、中村が本当に酷い事をアリサさんとやらに、していたら真実を話てくれるか?

聞き方を考えていたら、中村は話し出した。

 

「まぁいいや。幼馴染だけど?寧ろ何でアリサを尾形が、知ってんの?あぁー・・試合前にでも会ったか?元気だった?」

 

おや?

 

「そうだな。元気デシタヨ?」

 

多分。俺は彼女の顔は知らない。

あっさり話してくれたのと、雰囲気かなぁ・・・。結論が出た。

 

・・・違う。

 

違うな。

 

多分こいつ何にもしてない。

ひどい目に合わせた女に対する反応じゃない。

余程、良心が痛まなかったら別だがね。そういった奴の目をしてない。

まだ確信は持てないけど・・・。

 

「なぁ。話を少し戻すけど、中村は何で大洗に転校してきたんだ?」

 

「さっきからなんだよ。・・・知っているとは思うけど俺、戦車道が趣味みたいなもんだろ?」

 

「そうだな。それが?」

 

「前の学校の事なんだけどな・・・。」

 

少し嫌そうに。

 

 

 

 

「女がな・・・。寄ってくるんだよ。」

 

 

・・・は?

 

「戦車道の練習とか、戦車を見に行くと寄ってくるんだよ。やれ誰に会いに来たの?だの、一緒にどう?だの・・・。」

 

 

・・・。

 

 

「俺は純粋に戦車道が好きなんだ。戦車が好きなんだよ!戦車を見たいんだよ!!女に声かけられるの嫌だったから、練習を見に行かなくなったんだ。そしたら・・・今度は教室に誘いに来るんだよ・・・。」

 

 

・・・・・。

 

 

「大洗学園には戦車道が無いからな、気が楽だった。それに学園艦だから、いろんな所行くだろ?」

 

 

・・・・・・・。

 

 

「いろんな戦車道チームも見れるかも知れないしな。戦車道が無い学園艦ならどこでも良かったんだよ。それが理由。」

 

 

・・・・・・・・・。

 

 

「で?何でそんな事聞いてくるんだよ。」

 

「お前に間違われてサンダースの隊長にグーで、ぶん殴られた。」

 

「は?」

 

 

 

もう知るかボケ。

 

 

 

 

「アリサさんとやらに、酷い事をしたと咎められてな。普通Ⅱ科2年C組の「タカシ」と確認を取られた上で、ぶん殴られた。」

 

「」

 

「一回目は平手。2回目がグー。」

 

「・・・。」

 

「え?何?俺、モテてる奴に相手にされなかった、女の逆恨みで殴られたの?はっ!!いろいろ気を使った結果がこれかよ!!」

 

やってらんねー。

 

「ちょっと待て!何の話だよ!」

 

話の順番ぶっ飛ばして、本題をぶっこんでやる。

いい年した大人の考えじゃない?知るかボケ。知ったことか!男の尊厳の問題だ!!

 

こいつは、アリサさんとやらに何もしていない。

 

確信が取れた。断言できる。

 

よって、思いを寄せて相手にされないから妄言でも吐いたのかね?そのアリサさんとやらは!!

 

「しかも何だよ、その転校の理由!いいねぇ美男子は!イケメン仮面は!!俺なんぞどこいっても熊扱いだぞ!?熊!!」

 

「・・・転校した理由言うと、お前みたいに、キレるから言いたくなかったんだよ!」

 

アタリマエダロウガ。

 

こいつ一体、そんな状態でアリサさんに、どういう接し方して来たんだよ。

 

「・・・さっきアリサさんから、メールが来るって言ってたよな?」

 

「お・・・おぉ。」

 

「俺に見せれる内容か?」

 

「多分・・・。」

 

「プライバシー侵害になるけど、敢えて言うぞ。見せてくれ。」

 

「・・・いいけど。」

 

いいのかよ!

内容によるが、中村の返信内容で分かる。

 

「人に見せれる内容でいい。見せたまへ。」

 

渡された携帯のメール欄を見ていく。

 

・・・。

 

・・・おい。

 

結構な頻度できてるぞ。

 

週一は来てるな。

 

あー・・・これは、あんまり送るとストーカー扱いされそうで怖いから、定期的に送るって手段だ。

 

「・・・俺の代わりに、殴られたのは悪かったけどさぁ。あ、そこの一覧は見ても大丈夫。」

 

横から指示をくれる。指に合わせて見ていくけど・・・。

 

・・・。

 

こいつの返信を見てみる。

 

・・・。

 

・・・はぁ。

 

アリサさんとやらも、自身の好意を他人から・・・しかもまったく知らない奴から、言われたくないだろ。

気がついたけど黙っていよう。

 

「なぁ・・・中村。」

 

「な・・なんだよ。」

 

男の俺から見ても、こいつにLOVE100%じゃないかよ。遠回しに半分告白してる様な文もあるぞ?

しかもこれを見てもいいって・・・中村よぉ。

 

さすがにアリサさんが気の毒になってきた。

携帯を返しながら言ってやる。

 

「お前・・・あんまり鈍感が過ぎると、いつか身を滅ぼすぞ。」

 

「・・・。」

 

大筋は、分かった。

後は誤解を解くだけだな。

・・・試合後にでも会いに行くか。

 

「なぁ、尾形。」

 

「なんだよ。」

 

「・・・今さ。天の声が聞こえたんだ。神様だよ、神様。」

 

「何言ってんだ。幻聴聞こえるようになったら・・・」

 

手を顔の前に出し、俺の発言が遮られた。

 

「いいか尾形。・・・お前が言うな。」

 

は?

何言ってんだこいつは。

 

 

 

 

無線を聞きながら、目で画面を追っていたら違和感があった。

会話をしながらだけども、それでも分かる、はっきりとした違和感。

 

まずは、サンダースの車輌のマークにバツがついた。

それはいい。それはいいんだけど・・・。

 

「あれ?」

 

「おぉー!大洗一輛、撃破したな!」

 

試合が動いたので、先程までの会話とは変わり、はしゃぎ出す中村。

 

「・・・。」

 

「どうした?」

 

「ちょっと黙っていてくれ。」

 

雑音がある為、無線のヘッドホンに集中する。

みほの声が聞こえる。

 

『全車、128高地に集合して下さい。ファイアフライがいる限り、こちらに勝ち目はありません。』

 

みほが、こういった弱音みたいなのを吐くのは珍しい・・・。

だけど違う。コレじゃないな。

 

『危険ではありますが、128高地に陣取って、上からファイアフライを一気に叩きます!』

 

これもまた珍しい。

みほ らしからぬ・・・あれ。

 

・・・は!?

 

・・・・・。

 

「どうした?驚いた顔して。」

 

無線を聞き、画面を凝視する俺を見て中村が聞いてくる。

 

驚きもする。

 

「マジかよ・・・。」

 

「なんだよ。どうしたんだよ!」

 

画面では、各車両の位置と動きが映し出されていた。

 

 

「・・・全車輌、命令無視だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撃った砲弾が、相手の間を虚しく通り過ぎていく。

だいぶ後方の地面に着弾し、土煙が上がる。

 

「なによー!その戦車!小さすぎて的にもならないじゃない!当たればイチコロなのに!!」

 

まずい。

 

まずい、まずい、まずい!

 

無線傍受がバレた。

隊長にバレた!

自分で報告しておいてなんだけど、素直に答えてしまった!

 

私達がこんな所で・・・一回戦で敗退するなんてありえない!

黒森峰とかならまだしも、あんな廃校寸前の各下の相手に!!

何であんなのに、追い回されなきゃなんないのよ!

 

「修正!右3度!!」

 

何をモタモタと!

 

「装填!急いで!!」

 

気持ちばかり焦ってしまう。

 

「まったく何なの、あの子達!?力も無いくせにこんな所出てきて!どうせすぐ廃校になるくせに!!さっさと潰れちゃえばいいのよぉ!!」

 

装填遅い!何やってんの!?

装填手と目が合う。

 

「・・・今あんた、私を見てため息ついたわね。」

 

「つ・・ついてません!」

 

くっ。

 

ハッチを開けて上半身のみを車外にだす。

何で?何で私がこんな目に!?

 

「さっさと、潰れちゃいなさいよ!もーーーー!!」

 

「副隊長。叫んでも聞こえないと思います!」

 

「うっさいわね!分かってるわよ!!」

 

叫んでも、車内に戻っても落ち着かない。

 

どうしたらいいの!?え?何!?負ける!?私達が!?

 

私のせいで!?

 

 

・・・。

 

 

もうダメだ。頭が真っ白になりそうだ。

 

 

・・・。

 

 

「タカシって、あの熊みたいな男の件は、大丈夫ですよ!!」

 

「え?何が!?」

 

「いや・・・何がって。今叫んでいたじゃないですか・・・。」

 

「・・・私。今なんて叫んだの?」

 

まずい覚えてない。

 

「え・・・。何でタカシは、あの子が好きなの?とか、どうして私の気持ちに気づかないとか・・何とか・・・。」

 

「」

 

頭が真っ白になりそうじゃなくて、なってた・・・。

 

「ちょっと待って。なに今の。大丈夫ってどういう事!?」

 

「隊長がやってくれました!私は見てましたけどスカァ・・・ッとしましたよ!」

 

・・・。

 

どういう事?分からない。隊長が何で出てくるの?なんで、この子までタカシの事を知ってるのよ!

 

「訳がわからないわよ!説明なさい!!」

 

「説明も何も・・・副隊長、タカシって男に酷い事されたんですよね?」

 

「・・・は?」

 

酷い事されたって何よ。

される以前に、暫く会ってすらいないわよ!

触れてすらいないわよ!

 

そもそも相手にされているかも怪しいわよ!!!

 

「な・・なんの事よ。」

 

「え・・前の練習試合に負けそうになった時、今みたいに叫んでたじゃないですか・・・。」

 

は?え?覚えてない。何それ!!

 

「何て言ったの私・・・。何て言ったのよ!!??」

 

「え・・タカシって人に身も心もボロボロされたーとか、大事なモノ捧げたのにーとか・・・。」

 

「」

 

・・・言ったかもしれない。

考えていた事が声に出ていたのか・・・。

 

・・・思い出した。

身も心もって・・・。

 

戦車道が好きな彼の為、少しは振り向いてくれるかもって、副隊長になるまで粉骨砕身、努力して・・・。

ちょっと無理してしまった為、文字どおり体が、結構限界が来ていただけ・・・。

 

実際、副隊長になっても、彼の態度が全然変わらなくて・・・そ・・そのタイミングで、孝が好きな子が判明して・・心が折れたって・・・。

そもそも大事なモノって心よ?頑張った時間とかよ?私の青春よ!?え?何だと思ったの?

 

「ちょっと待って。叫んだ内容をなんで隊長が知ってるの!?あんたまさか・・・。」

 

「ちょ!違いますよ!私言いふらしたりしてませんよ!」

 

「じゃあなんで隊長が知っているのよ!」

 

・・・鬼のような返答が来た。

 

「・・・あの叫んだ時。無線が入っていましたよ。・・・全車輌へ一斉に、あの叫び声が、響き渡りました・・・。」

 

「」

 

それで一時、隊長含め、みんなが気持ちの悪いくらい優しかったのか・・・。

 

「え・・違うんですか?」

 

「違うわよ!!つ・・付き合ってすらい無いわよ。そもそも熊みたいな男って何よ!・・・そういえば、すれ違った、大洗の男子に一人そんなのいたわね・・・。」

 

あんな少年漫画で真っ先にやられそうな、見た目パワー系脳筋野郎と一緒にされてはたまらない。

 

「私の孝は、もっとスマートでカッコイイわよ!!」

 

「「・・・え。」」

 

何よ。二人揃って青くなって・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教えてください。無線って作戦内容とか、試合に関する事以外なら使って良いのですか?」

 

無線から聴こえてくるのは、諦める声だけだった。

最後には何も聞こえなくなった。

 

サンダースフラッグ車を追いかけていた大洗車輌。

その後方から増援が来てしまった。

 

何故か、4輌しか追いかけて来なかったサンダース。

何でだ?舐めた行為をするよな奴らには見えなかったけど・・・。

 

しかし、その中の一輛。

ファイアフライが、着実に・・そして確実に大洗学園を追い詰めていく。

 

フラッグ車を追いかけていた時と、完全に立場が入れ替わっていた。

見ている事しかできないのが、こんなにキツイとは思わなかった・・・。

 

・・・結局黙っていられなかった。

 

基本テントを出ることは禁止されていたが、本部に行くことはいいはずだ。

本部のテントに俺は詰め寄っていた。

喋る事ができる無線の内容。

先程、サンダースの件で質問をしてきた大学生らしき男性が答えてくれた。

 

「・・・内容は?」

 

「エール、応援・・・何でもいい。せめて声をかけてやりたいんです。」

 

「ダメです。それが暗号等に当たる可能性がある。それが違うと証明できるかい?」

 

・・・。

 

「・・・できません。わかりました。・・諦めます。」

 

ルールはルール。それは曲げられない。

ここで下手に愚図って時間をかけるくらいなら、みんなの声を聞いていた方がマシだ。

急いで、テントに向かおう。

 

「いいのかい?・・・随分とあっさり引き下がるね。」

 

「ルールはルールです。それを確認しに来ただけです。」

 

「・・・。」

 

「もういいですか?・・・何もできないのなら、せめて皆の声くらい聞いていてやりたい。」

 

「分かった。なら私も行こう。」

 

席を立ち上がり、俺の横に出てきた。

・・・なんのつもりだ?

 

「・・・何故ですか。別に不正なんてしませんよ。こちらからの発信がダメならしっかり守りますよ。」

 

「違うよ。そう睨まないでくれ。喋る内容が、明らかに暗号じゃないなら許容しよう。例えば・・・。」

 

「・・・例えば?」

 

「名前とかかな。横で私が聞いていれば良し。怪しいと思った時点で止めるからね。それでいいかい?」

 

・・・なにこのイケメン。

 

「ありがとうございます!では!」

 

「え?ちょ!!キャ!」

 

男性をお姫様抱っこしたのは初めてだった。

 

乱暴に抱き上げてすぐに、全速力で元いた場所へ走る。

背が低いのも有り、軽いなこの人・・・。

 

到着し次第すぐにスタッフを椅子に下ろし、無線を取る。

 

・・・無線で喋れるのは名前のみ。

運営スタッフが見下ろしてくる。

 

 

・・・。

 

無線から聴こえてくる。

 

『もう・・ダメなのぉ?』

 

『追いつかれるぞ!』

 

『ダメだぁ!やられたぁ!!』

 

・・・名前だけ。名前だけ。

 

 

「かめさんチーム!」

 

 

『は!?尾形書記!?』

『あーら、ら。隆史ちゃん。いいの喋って?』

『何?隆史君?』

 

 

「かばさんチーム!」

 

 

『尾形書記か?』

『一体なんぜよ。』

 

 

「あんこうチーム!」

 

 

『隆史殿!?』

『え?隆史さん?』

 

 

「あんこ・・ぅ・・・!・・・みほぉ!!!」

 

『・・・隆史君!?』

 

「みほ!!」

 

・・・どうせまた、下向いて考え込んでるんだろ。

どうせまた・・・。

ガツンとおもいっきり長机を殴る。・・・痛い。

 

「返事しろ!!みほちゃん!!」

 

『は・・はい!!』

 

返事がやっと聞こえてきた。

 

「良し!!通信終わり!!」

 

ブッ

 

良し!もういい!気がすんだ!!

 

「・・・何、呆けてるんだよ中村。」

 

「いやぁー・・・今の何?」

 

「知らん!名前しか呼べなかったから点呼取っただけだ!」

 

他に思いつかなかった。俺なりの激励があんなのだ。

後ろで、笑いをこらえてるスタッフ。

腕を組んで座り、真っ赤になる。

俺自身思うわ、なんだ今のって。

 

「大洗学園さん。もういいかい?」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

席を立ち上がり、お辞儀をする。勿論90度の角度で。

手を振り、そのまま運営本部に戻っていく。

 

『・・・。』

 

「おい、尾形。何か、無線から笑い声が聞こえるぞ。」

 

「は?」

 

あ・・。本当だ。

耳から外して机の上に転がっているヘッドホンから笑い声が聞こえる。

どんだけ、でかい声で笑ってんだよ。

その内容が総じて・・・。

 

『あの顔で、「ちゃん」呼びって!』

 

「・・・。」

 

『西住隊長の事そう呼んでたの!?』

 

「・・・。」

 

そうか。しまった。

走行不能になった車輌にも聞こえてるはずだ。

昔の呼び方で呼んでしまった。

 

『尾形先輩、見かけによらずカワイイ~。』

 

「・・・。」

 

今の一年の・・名前なんて言ったかな。・・・とにかく一年にカワイイと言われた・・・。

好き勝手言われてる・・だが空気が、変わった。変わったんだけど・・・。

 

「くそ・・。無線使えないから、何も言い返せない・・・。」

 

『皆さん!』

 

みほの声が聞こえてきた。

 

『・・・皆さん。落ち着きましたか?今の隆史君の無線は、正直良くわからないと思いますけど・・・。』

 

ソウデスネ。

邪魔をしてしまっただけかも知れないな。

 

『私は何となくわかりました。多分、悔しかったんだと思います。・・うん。』

 

 

・・・。

 

 

『・・・いいですか!?落ち着いて・・・落ち着いて、そのまま攻撃を続けて下さい。』

 

『敵も走りながら撃ってきますから、当たる確率は低いです。フラッグ車を叩く事に集中して下さい。』

 

『今が、チャンスなんです!』

 

『当てさえすれば勝つんです!諦めたら・・負けなんです!!』

 

 

・・・そういえば。

 

無線越しでも、みほと一緒に戦車道の試合をするのって初めてだな。

 

昔、姉妹と一緒に戦車には乗った事は、あったけど試合をした事は無かった。

グロリアーナの練習試合の時もそうだ。

観客として彼女を見ていた、仲間として見るのが初めてだ。

 

 

なんだ。ちゃんとできているじゃないか。

各車輌の士気が目に見えて上がったじゃないか。

立派に隊長できたじゃないか。

 

 

そうか。これが戦車道の「西住 みほ」か・・・。

 




はい。閲覧ありがとうございました。

戦車描写、無理っす。

さて次回。修羅場


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第18話~サンダース戦です!~ 後編

「大洗女子学園の勝利!!」

 

客席から歓声が聞こえる。

そして俺の顔の横で、イケメン仮面が輝いていた。

 

「尾形!!すごかったな!!すごかったなぁ!!!」

 

バンバン肩を叩いてくる。うれいしいよ?でもな。

 

「・・・。」

 

「いやいや、あそこから勝てるなんてなぁ!!」

 

「そ・・そうだな。」

 

近い。

 

「高台から攻撃しようと、あのⅣ号が移動しだした辺りから熱かったよなぁ・・。最初、賭けに出たなぁって思ったんだけどさぁ!!」

 

だから近いんだよ。

 

「すげえよな!しかも移動中に一回、後方からの攻撃を急停車で避けてるだろ!!あれ明らかに避けてるよな!!」

 

褒められるのはいいよ?いいんだけど、そろそろ若干ウザクなってきた。

興奮冷めやらぬってやつか。

早口でさっきからずーと喋ってる。

 

「しかも中盤の命令無視も作戦だったんだろ!?」

 

「あー・・・うん。そうみたいだね。」

 

試合終了後、一応どういう事か携帯で連絡して確認を取っておいた。

本当にただの命令無視ならシャレにならなかった。

まさか、盗聴されてるとはなぁ・・・。

 

「それで最後!最後の攻撃だよ!!確か、隊長以外みんな初心者なんだろ!?それで、あの遠距離射撃かぁ・・・。」

 

「そうだな、すごいよな。でもそれ同じ事3回は聞いてるんだけど・・・。」

 

だから現在4回目だ。

 

「フラッグ戦はコレだからおもしろんだよ!そうそう、あの隊長。幼馴染なんだろ!?まさか本当に西住流だとは思わなかった!」

 

「あぁ、最初お前が、トロそうって言っていた子だな。」

 

「人は見かけによらないものだなぁ・・・。」

 

良かった。何とか勝てた。

昨日の会長にいったセリフ。あれは自分に向けた言葉でもあった。

経験者が、みほのみだからなぁ・・・。

これが殲滅戦だったら絶望しかなかったな。

 

結構被害もあったし、次の試合大丈夫かなぁ。

こういう場合、修理費ってどのくらい掛かるものなのだろうか。

 

「なんだよ、勝ったんだから、もっと喜んだらどうだよ。」

 

「いや・・喜ぼうと思ったら、お前が奇声を上げて喜ぶものだから、勝利の興奮が一気に冷めた。」

 

「奇声は上げてないだろうが。」

 

いや上げてましたよ?向かいのサンダースの連中が、引くくらい。

歓声も収まってきたし、そろそろ自分の仕事をやらないとな。

 

「さて、ちょっと行ってくるわ。」

 

「あぁ最期の挨拶だな?」

 

「荷物の運搬終わらせたらな。・・・それと、誤解を解きに行ってくる。また睨まれるかなぁ・・・。」

 

少し時間はかかるが、開始位置に両学校が集まり、最期の全体挨拶が行われる。

そこに全員集まるから、一気に誤解を解くには都合がいい。

あー・・まだ少し胃が痛い。

 

 

すぐ裏に機材を運んできたマイ軽トラがとめてある。

中村に手伝ってもらい、全て荷台に積んだ。

まぁ全てと言っても私物以外は、無線機しか無いので、すぐに撤収準備は完了。

 

「なんか悪かったな。その・・・。」

 

「・・・いいよ。これは不幸な事故だったんだ。そう思わないと、やってられん。」

 

「すまん!」

 

バタンとドアをしめ、エンジンをかける。

古い車を中古で買ったので・・・買ってもらったので、エンジンのかかりが悪い。

今度、自動車部で見てもらおうか。

あ、そうだ。

 

「中村。」

 

「なに?」

 

「アリサさんには、今回の事は言うなよ?お前が知っている事を、知らない方がいいと思う。」

 

「・・・わかった。んじゃ学園艦帰るよ。」

 

「まぁなんだ。おつかれさん。」

 

「おつかれ。」

 

中村と別れ、俺は別ルートから学園艦へ戻る。

まだ歩行者がいるから、ギアを入れゆっくり車を発進。

 

結構、砲弾やらなにやら運ぶことが増えたので、軽トラは重宝した。楽でいい。

 

学園艦に車のまま乗り入れ、荷物の運搬を終わらせる。

一番上の生活区まで行かなくても、下部の臨時駐車場に車を置かせてもらったので助かった。

 

「さて戻るか。」

 

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

 

 

「くっそ!馬鹿か俺は!」

 

・・・しまった。会場まで距離があるのを忘れていた。

仕方がないから現在、全速力で走っている。

走るの嫌いなんだけどなぁ・・・。

 

観客が学園艦に戻っていく中、逆走して必死に走っている。

間に合わなければ、みほ達とすれ違うから置いてきぼりは、大丈夫だと思うけど・・・。

あぁ・・奇異の目で見られてるよ。

 

15分後、やっと現地が視認できるくらいには近づいた。

 

「ハァハァ。やっぱり、終わってる。」

 

遠くから見て、観客席に人が殆ど、いなくなっているのがわかる。

さすがに疲れたので、フラフラ歩いて近づいて行く。

持久力は俺には無い。ちょっと今度、走り込みでもするかなぁ・・・。

 

よかった・・・。

トボトボ歩いてようやく目的の場所に到着した。

 

広場にまだ各選手達が集まっていた。

よかった。

さて。誤解を解くか。

 

おや。みほとケイさんだっけか。

向かい合って握手を交わしている。

お互いの健闘を称えてって奴かな?

 

今までの俺の人生には無かったなぁ・・・。

 

あ・・・。遠くにまほちゃんとエリリンがいた。

そうか、見に来ていたのか。

 

まほちゃんの事だから、偵察とか言って見に来たのだろう。

挨拶くらいしとくか?

 

いや、先にみほ達の所に行かないと。

先に目的を果たそう。

 

近づいて行く最中、サンダースの生徒数人とすれ違う。

 

・・・?

 

あれ?何か俺を見る雰囲気が違う。

てっきり殺意の視線を向けられるとばかり思っていたんだけど・・・。

あ、目を逸らされた。

 

なんだ?

 

「みほ。おつかれさん。楽しそうな所、邪魔して悪いんだけど・・ちょっといいか?」

 

「あ、隆史君。遅かったね。・・・なんでそんなに汗だくなの?」

 

「ちょっと計算違いで遅れてしまった。・・・学園艦から走ってきた。」

 

あれ?ケイさんと目が合ったら固まってしまった。どうした?。

 

「あー・・それで。試合中の無線の事とか聞きたかったんだけどね・・・先に・・・彼女なんだけど・・・。今隆史君の居場所を聞かれていたの。」

 

「本当は、私から貴方の所に行こうと思ってたんだけど・・・。」

 

・・・ケイさんが、青い顔して手を上げた。

あれ。最初の勢いどこ行った。こんな娘だっけか。

 

「えっとケイさんでしたね。あの時は、何も言えませんでしたけど、俺の言い分も聞いてもらえないでしょうか?」

 

「oh..」

 

「まずアリサさんに、俺の顔を見てもらって確認を・・・あれ?どうしました?」

 

なんかメチャクチャバツの悪そうな顔してるけど。

目が泳ぎっぱなしだけど?

あれ、段々と涙目になっていくよ。

 

後ろに並んでいる人達を見てみたら、バッっと一斉に目を背けられた。

あ・・・もしかして。

 

「・・・ひょっとして。誤解だと気がついて「I'm truly sorry!!」」

 

・・・。

 

走って近づかれ、片手を掴んで叫ばれた。

とった手を、自分の手で包み、祈るように顔の前にあげられた。

俺をぶん殴った手で。

 

「・・・俺、英語が分からないので、日本語でオネガイシマス。」

 

情けないことに、ソーリーしか分からなかった。リスニングもまともにできなかったわ。

 

「ご・・ごめんなさい!!誤解で貴方に、ほんっっっとーに!酷い事をしちゃったわ!!」

 

はい。2発ぶん殴られました。

それはいいんだけど・・・良くないか。普通に傷害事件だわ。

それより。

 

「えっと・・、なんで誤解だって分かったんですか?」

 

そのまま目を見て理由を話し出してくれた。

 

「実は・・・その、あの髪を短かく、両端で結んでいる娘がアリサなんだけど・・・。」

 

あぁ、あの娘か。・・・酷く落ち込んでるけど。ちっちゃいなー。

 

「簡単に言えば、あの娘が試合の最中、無線でパニックになって・・・無意識に叫んだ事が、その・・サンダースに広がったのが原因。」

 

・・・何叫んだんだ?

 

「どうも、別の意味で言ったようなんだけど・・・それがその・・・。」

 

・・・分かった。

 

「ようは、噂ですか?」

 

「イ・・Yes...」

 

「は?じゃあ、なんですか?俺、あんた方の学校の噂なんかで、ぶん殴られたわけですか?しかも人違いで。」

 

「・・・ソウ。」

 

段々と声が小さくなって行く。あの勝気というか、勢いがすごかった年上の隊長さんが、俺の前で段々と小さくなっていく。

 

・・・。

 

「本人が喋っていたってのもあって、信憑性が高かったと。それで、わざわざ他校の生徒のクラスまで調べた、と。」

 

随分とまぁ隊員思いの隊長さんだこと。

こういう人は嫌いでは無いけど、よく確認もしないで他校の生徒をぶん殴らないでほしい。

 

「イ・・Ye「日本語で喋ってください!」」

 

「はい!」

 

「はぁ・・・。それで、たまたま「タカシ」って名前の俺がいたから・・クラス確認したら本人と思い込んでしまったと。苗字までちゃんと確認してくれよ。」

 

「ごめんなさい!弁解の余地は無いわ!!私にできる事なら償いは、何でもするから!!なんなら、私を殴り返してもらってもいいから!!」

 

「そんな事したら、別の意味で俺が悪者でしょうが。」

 

「え!・・・あ。」

 

何でもするに反応したら負けだと思ってる。

いいか?負けだぞ?これは罠だ!

 

「・・・反省してんすね?」

 

「・・・申し開きもないわ。」

 

ショボーンとしてる。

さっきも思ったけど、この最初の勢いとのギャップの差が、大きくてこう・・・ゾクゾ違う。

可愛く思えるのがズルいと思う。エリリンとは別枠だけど。・・・変な性癖に目覚めそうだからやめとこう。

 

「はぁぁ・・・・。じゃあ、もういいです。」

 

「え?」

 

「誤解だと皆にも分かったみたいなんで、もういいです。取り敢えずもう手を離してください。」

 

・・・横からみほさんが、俺の目をガン見してくるので、いい加減離してください。悪寒が・・・。

 

「ダメよ!貴方が良くても、私が許せないわ!!」

 

いいよもう・・・。

正直殴られた事は別に怒っちゃいない。みほ達の見る目が変わることが怖かっただけだから。

俺の中ではもう終わっていた事だった。

 

さっさと終わらせて帰りたいってのが本音デス。

 

 

「そうですよ、隆史様。そんな簡単に許しちゃダメですよ。」

 

「つってもなぁ・・・。俺自身が、もうそんなに怒っちゃいな・・・い・・・・・。」

 

 

もう片方空いた手をオペ子が掴んでいた。

 

・・・なんでいるの。

 

俺・・・この娘の気配が、最近全然、分からない。

 

え・・・。しかも。

 

「ご機嫌よう。隆史さん。大洗学園の皆さん。」

 

「・・・ダージリンまで。」

 

「一回戦突破おめでとうございます。また面白い戦いを見れましたわ。・・・おめでとう、みほさん。」

 

「あ・・ありがとうございます。ダージリンさん、試合見に来てくれていたんですね。」

 

「・・・。」

 

「えぇ、勿論。試合前に激励にでも行こうかと思ったのですけれど、隆史さんがお取り込み中でしたので一旦引き上げましたわ。」

 

「そうですかぁ・・・。」

 

・・・見ていたわけですね?ぶん殴られた所を。

 

「さて、ケイさん。」

 

「な・・なによ。ダージリン。」

 

ジロリとケイさんを横目で見る。

この二人、面識はあるのか。

まぁ過去に試合経験があってもおかしくない。

 

「隆史さんが「許す」と仰っているのであれば、それを拒否する権利が、貴女にあると思って?」

 

「ぐ・・・。」

 

「この際、貴方の気持ちなんて、どうでもいいの。なんでもすると仰ったのであれば、たとえ後ろめたくとも、その気持ちのまま許されるべきでしてよ?」

 

「」

 

「償って楽になりたいなんて甘え、許される訳も無し・・・。」

 

なに?え?ダー様いつもの格言好きどったの。

 

「ダージリン様。」

 

「なに?ペコ。」

 

「サンダース大学付属高校って、アメリカ式でしたよね?」

 

「そうね。」

 

「なら、ケイさんが「許される」のを拒否するのであれば、隆史さんに「アメリカ式」で訴えてもらいましょう♪」

 

「は!?」

 

「」

 

すっげぇー笑顔の前で、ポンッと手を合わせるオペ子。

淡々と喋り出すダージリン。

・・・なに!?ケイさん既に瀕死の顔してますけど!?

 

 

「まず、2回の暴力。」

 

「傷害ですね♪」

 

「次に人の多い、往来での罵倒。」

 

「名誉毀損ですね♪」

 

「しかも、これが誤解と判明。」

 

「言い逃れできませんね♪」

 

「アメリカ式裁判だと・・・賠償金とか、どのくらいなのかしら?」

 

「人生に影響しますね♪」

 

 

なにそのコンビネーション。

・・・ケイさん息してない。

青くなって、ボロボロ完全に泣いちゃってるよ。

普通にかわいそうなんですけど。

 

「ダ・・ダージリンさん?オペ子さん?」

 

「「はい?なんでしょう?」」

 

「」

 

こ・・・こえぇぇ。どうしちゃったの二人共。ゴゴゴって音が聞こえてきそうだよ?

俺には笑顔なんだけど・・・。

 

「・・・ケイさん。大丈夫?ほら。俺は何もする気は無いから。・・・二人共、もういいよ。あまり虐めてやるな。」

 

ハンカチを渡してやりながら、ダージリン達に目配せをする。

 

「「 嫌です。」」

 

「・・・。」

 

明確に拒否された!!

 

みほ!助けて!

 

あれ!?

 

あんこうチームが、遠い!?

他の!・・・皆さん一定の距離を開けて眺めやがって・・。

 

 

「隆史様。」

 

「・・・はい。」

 

・・・ブラックペコ再来。

 

「あまり気品が無いので言いたくありませんでしたが、ローズヒップさん風に言うならば・・・。」

 

「そうねペコ。私も多分同じですわね。」

 

 

「「 私達、マジギレしてますわ。」」

 

 

「あー・・はい。」

 

さすがに気がついてますヨ。

そんだけ黒いオーラ撒き散らしてたら嫌でも分かるヨ。

 

あー・・ほら。裁判とか金銭とか現実的な事を言うから、ほら。ケイさん完全に怯えちゃってるでしょ。

17.8歳の女の子同士の会話に聞こえないよ。

・・・俺の為に、ここまで怒ってくれるのは、正直嬉しいけど黙っていよう。

 

しょうがない。ちょっとこちらもマジになろう。

 

「ダージリン。オペ子。」

 

「「 何でしょう?」」

 

・・・気圧される。グリンって、一斉に俺を見るんだもの。軽いホラーだ。

ハモるのもやめて。

 

何この、黒リアーナ・コンビ。

 

 

「本気で謝罪している人間を追い詰めるな。な?許す許さないは別問題だ。」

 

ちょっと昔の自分とケイさんが重なる。

 

「はぁ・・。ちょっと今のお前達いやだな。俺の嫌いなタイプだ。うん・・・嫌いだ。」

 

 

 

「「!!??」」

 

 

 

あれ?話の触りなんだけど?

 

「き・・。」

 

「・・・イ。」

 

メチャクチャ目を見開いたけど。

 

「キライ・・・。」

 

ブワッと目に涙を溜めるブペ子さん。

 

「ギラィ・・・ィィィ・・・・。」

 

ブペ子さん。人の話を最後まで聞きなさい。

 

「オペ子。」

 

「・・・ヴァイ。」

 

ヴァイって・・・。

 

「今のお前はちっとも癒されない。・・・って、この世の終わりみたいな顔すんなよ。」

 

「デスゲドォォ・・・。」

 

今の二人は、良くない傾向だ。ただの嫌な人間だ。

ただ二人なら分かるだろ。

 

分かってくれるだろ。

 

頭に手を置いて、腰を落とし目線を合わす。

 

「俺が昔、言った事覚えてるか?」

 

「・・・ハイ。」

 

「そうだな。青森で散々、話をしたもんな。俺がどういう人間か多少は、分かるだろ。」

 

「・・・。」

 

「俺はお前を嫌いに、なりたくないんだよ。・・・こんな事言っている理由は・・・わかるな?」

 

「・・・はい。ちょっと感情的になりました。・・いぢわるしちゃいました。」

 

「・・・よし!」

 

後は、笑って撫でてやる。

 

「じゃあ、俺の癒し系は、もう大丈夫だな。」

 

「は・・はい!」

 

良し。ブペ子浄化完了。

自分で分かるのだから、後は大丈夫だな。

 

・・・撫でてた手を握り締めて、離してくれなくなったけど。

 

 

「・・・尾形先輩、お父さんみたい。」

「何・・あの父性。おもしろーい。」

「あの子、小さいから余計に感じるよね~。」

 

 

聞こえてんだよ・・1年!

 

「キキキ・・ラ・・キ・・・。」

 

さて次はこっちか。

 

「ダージリン。」

 

「ひゃい!」

 

・・・はぁ。

 

「お前もわかるだろ。俺が言った意味が。」

 

「と・・当然ででで、カカ・・クゲ・・」

 

いかん。壊れた。

 

「はぁ。俺の為に怒ってくれるはうれしいけどな。隊長が止めなくて、一緒になって何やってんだよ。」

 

「・・・ペコと随分と扱いが違いますのね。」

 

「当たり前だろ先輩。年下に甘えんな。」

 

「・・・先輩。年下・・・。」

 

あれ?

 

「お姉さんだろ!?しっかりしなさい!」

 

「・・・お姉さん。・・オネ・・。」

 

いかん。このポンコツが何かに目覚めつつある。

 

「しかし・・あの・・。」

 

「何?」

 

「隆史さんは、ペコの頭撫でるのに私には何もしませんのね。」

 

「女性の髪の毛触るのなんて失礼だろうが。まぁ触ってはみたいがね。」

 

「・・・女性。さ・・わ・・。」

 

・・・どうした。トリップしだしたぞ。

 

ダージリンはもういい。ほっとこう。

さて、最後だ。

 

 

 

 

 

 

「ケイさん。」

 

呼ばれた瞬間、ビクッっとした。

 

目が完全に捨て猫だ。

・・・。

いかん。俺も変なのに目覚めそうだ。

 

「俺はもう、何も気にしてないですよ。何も要求するつもりも無いです。」

 

「・・・でも。」

 

ダメだ。

多分堂々巡りになる。

 

そうだ話題!少し話題を変えてよう!

取り敢えず・・・。

 

「あ・・そういえば、試合の最後なんで4輌しか増援しなかったんですか?」

 

戦車道の質問なら多少ピシッとするだろう。

 

「私達と同じ車輌数を使ったんだって。」

 

みほが後ろから答えてくれた。・・・今更戻ってきた。

ダメです。みほさんへの好感度は下がりました。

 

「そんな目で見ないでよ・・あれはコワイヨ。ドウシヨモナイヨ。」

 

「・・・で?なんで?」

 

「これは戦車道。戦争と違う。道を外れたら戦車が泣くって・・・ちょっと私感動しちゃった。」

 

・・・。

 

「フェアプレイって奴か。・・・あんた甘いね。」

 

「隆史君。そんな言い方!」

 

肩ならいいだろ。ポンっと手を置く。

俺の目を怯えた目で見てくる。ハイライトさんがいませんね。

 

「だけど、あんたいい女だな!」

 

笑いながら肩をパンパン叩く。

いいね。気持ちのいい性格してんだな、この人。

 

「え?」

 

「・・・隆史君?」

 

「俺、あんたみたいな人、結構好きなんだよ。だから、もういいよ。許した。だから気にすんな。な!」

 

「・・・。」

 

呆然とした目で俺を見てくる。

もう大丈夫だろ。やっとこさ終わる。

 

あー、でも一言くらい言っておこう。

 

 

「みほは、キライ。」

 

 

「隆史君!?」

 

はぁ。疲れた。ここらで締めだ。

 

 

「ケイさん。」

 

「ダージリン?」

 

おいおい。蒸し返すなよ!?

 

「私が、怒った理由をお教えしておこうかと思いまして。」

 

「ダージリンがなんで・・・?」

 

「私、正直な所。隆史さんに、平手打ち程度なら、特に問題ないと思いますの。あ、グーでも結構でしてよ?」

 

・・・オイ。

 

「隆史さんは、多少痛い目にあったほうが、いい薬になりますわ。」

 

・・・おいポンコツ。

 

「でも、あなた。あの後、彼に助けられているのご存知無いでしょう?」

 

「え?どういう事?」

 

「運営本部のスタッフが、隆史さんの所へ殴られた理由を問いに来られましたわ。」

 

「!」

 

・・・いや、なんで知ってんの。ダー様。

そうだよ。そもそも殴られたのが、誤解だと何で知っていたんだ?

 

「あそこで隆史さんのお答え次第で、サンダースは終わっていましたのよ?下手したら、来年は出場が出来なかったかもしれませんわね。」

 

ケイさんに、信じられないモノを見る目で見られた。

ダージリンと交互に見られる。

 

「え・・なんで?正直に答えなかったの!?誤解だったんでしょ!?」

 

「さぁ?それは隆史さんにしかわかりません。ただ・・・もうちょっと何かあったんじゃございません?隆史さん。」

 

「ダージリンさん。隆史君なんて答えたんですか?」

 

「お姉さん胸でっかいけど何食ったらそんなになるの?って聞いたらビンタされただけです。」ですって。」

 

すっげぇ綺麗に言われた。

 

「・・・は?」

 

みほさん!!

 

「まぁ、知る由もなかったかもしれませんが。ですから、自分だけ謝って楽になろうとする貴女に、本気で頭にきたわけです。」

 

ケイさんが呆然としている。

別にいいのに・・・。

 

「・・・ドウシテ。」

 

「はい?」

 

「どうして自分が悪いみたいに!殴った私が悪いのに!!そんなの貴方が、一方的に悪いみたいじゃない!」

 

・・・一瞬ノンナさんを思い出した。

結構、俺ノンナさん思い出すなぁ・・・。

 

この状況、あの時と似ている。

カチューシャの事で問い詰められた時に。

問い詰められる、しかし問い詰めている方が、実は追い詰められている。

 

「・・まぁしょうがないだろ。」

 

「なにが!?」

 

「隊員というか、後輩を思っての事だろ?誤解だって俺には分かっていたし・・。」

 

「・・・。」

 

「今回の件は、誤解が解けた時点で、俺の中じゃもう終わった話なんだよ。」

 

殴られるの慣れてるし・・・マヒしてんなぁ・・。

 

「さっき言ったろ。あんたみたいな真っ直ぐな奴、結構好きなんだよ。俺は。」

 

「――!」

 

「わかった?だからもういいんだよ。被害者当人の俺が許したんだ。もうこの話は終わりだ。」

 

終わりと言った所で、ケイさんはまだ呆然としていた。

しかしなぁ・・ほかの奴らは何してんだ。ケイさんほったらかしかよ・・・。

 

・・・なんだ?

副隊長含め、体育座りで震えてるように見えるけど。

遠目にも顔色悪いのわかるくらい憔悴してるなぁ。

 

あれ?一人黒い制服の娘がいる。

 

 

 

 

 

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「タカシクン。」

 

「なによ。みほ。」

 

何言ったて、いまさら好感度は戻りませんよ?

 

「いい加減に何とかして。・・・その娘。」

 

指をさす先にオペ子がいた。

そうまだ、俺の右手にしがみついていた。

 

「あ、私のことはお気になさらないで下さい。」

 

「しますよ!離れて下さい!」

 

「嫌です。」

 

・・・笑顔で、すっごい棒読みで答えた。

何で笑顔で睨み合ってんの?

 

「西住 みほさん。」

 

「・・・なんでしょう。」

 

「そちらの方は、いいのでしょうか?」

 

反対の腕を指差すオペ子。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・なんだ?」

 

「なんだ、じゃないよ!何でいるのお姉ちゃん!!」

 

・・・黒森峰の隊長にガッチリとホールドされていた。

もう驚かない。神出鬼没はもう慣れた。ただ恐怖しかない。

 

「なにって、みほ達の試合を見に来ただけだ。試合が終わったので声でもかけようと思ってな。」

 

・・・。

 

「なんで一々腕組むの!?今それ関係ないよね!?」

 

「?」

 

「だから本気で分からないって顔はやめて!首を傾げない!」

 

いやぁ。みほさん最近、怒りっぽいですよ。

 

「ふむ。・・・隆史。」

 

「なんでしょうか、まほちゃん。」

 

「やはり、こういうのは嫌いか?」

 

・・・ワザとかよ。

 

「後輩にな、こういうのは喜ばれると教えてもらったのだが。・・・誤情報だったか?」

 

「・・・お姉ちゃん。今度その人教えて。」

 

みほさんの目がそろそろヤバイ。

それは、それとして。

 

「オペ子さん。・・・何で腕を組むのでしょうか?」

 

話している最中、オペ子が、手から腕にシフトチェンジしていた。

自分とまほちゃんを交互に見比べていた。

 

「・・・チッ。」

 

・・・オペ子さん。舌打ちは、やめなさい。

明らかな戦力差を思い知らされたようだ。

両手に花って状態だろうが、羨ましい、変わってほしいという方がいましたら喜んで変わろう。

はっきり言おう。腕が折れそうだ。

 

まほちゃん。無表情で、オペ子が動くたびに力入れるのをやめて下さい。

オペ子。まほちゃんの胸を見る度に力入れるのやめて下さい。貴女、装填手だから結構な力あるでしょ!

 

「隆史。」

 

「・・・なんでしょう。」

 

「今回の件は、もう終わったのか?」

 

「俺の中ではな。つか、ダージリン達もそうだけど、誤解って何で知っているんだよ。」

 

先程から謎だった。

おかしいよな。その辺知っているのは、サンダース陣営にいた一部の人間だけだ。

今の言い方だと、まほちゃんも多分、把握しているっぽい。

 

「3人組の大学生スタッフに教えてもらったのだが。」

 

「あ、私達もです。」

 

・・・。

 

何もんだよ、あのスタッフ。

そこまで詳しく知らない筈だけど・・・。

 

「・・・そういえば大学生ってボランティアとかで運営スタッフとして、参加できるんだっけ?」

 

「そうだな。連盟から要請も行くはずだな。」

 

・・・まさかな。考えすぎだといいけど。

最後、一人には助けてもらったし。

 

「まぁいい。終わった事ならもう私からは何も言わないでおこう。」

 

「あ・・ありがとう。そろそろ腕離して・・・。」

 

そろそろ、腕も胃も限界なんですよ。

 

「・・・いつのまに現れましたの?まほさん?なんでしょう・・・その腕は。」

 

「貴方には関係ないと思うが?」

 

ダー様、復活・・・。

 

ケイさん置いてきぼりになってるよ。

終わらないので腕を振りほどく。

ほら、二人共悲しそうな顔をしない!

いつまでも終わらないでしょ!

 

あれですか?無限軌道ゾーンにでも入りましたか?

 

「えっと、尾形クン・・。」

 

「はい。なんでしょうか?ケイさん。」

 

もういい加減終わろうよ!

疲れたよ!

 

「やっぱり、何かさせて。土下座でもなんでも。誤解で殴っておいて、何もしないで許されるってのも・・・。ダージリンが言ったように私本位かもしれないけど・・・。」

 

まぁ・・踏ん切りがつかないのだろう。いつまで経っても話が終わらない。

さて、どうしたものか。

 

 

 

「いい加減にしなさいよね!!」

 

誰だよ・・今度は。

声を掛けられた方向を見たら、青い顔したエリリンでした。

なんで青い顔してんの?

 

「あんた達が、いつまでもグジグジしてるから、隊長の矛先がこっちに来たじゃない!」

 

胸ぐら掴む勢いで・・というか掴まれた。

あらやだ、近い。

 

「なんで私が、サンダースの連中と一緒に怒られなきゃならないのよ!!」

 

いや・・知らんがな。

 

「どういう事?」

 

「あんた達の話が長いから、後ろで待機してたサンダースの副隊長達と先に話をしたのよ。」

 

「あぁ、あのアリサさん達?おわ!」

 

胸ぐら掴んだ手をグッと引き寄せられた。

 

「隊長、本気で怒っていたみたいで、あの子達にマジ説教始めたわ。あんたなら、想像つくでしょ。」

 

ボソっと小声で睨みながら言われました。

・・・それであの体育座りか。

うん、それは仕方がない。

しほさん譲りのあのプレッシャーは、慣れていても辛い。

 

「あの子達、あれからずっと小声で「スイマセン」をリピート再生してるわよ。どうすんのよ!」

 

あー。それで目も死んでるのかぁ。

隊長といいサンダース壊滅状態じゃないか。

 

「なんで、それに私が巻き込まれなきゃならないのよ!」

 

胸ぐらの手に力が入る。

いや、だから知りませんよ。俺関係ないよね。

 

「・・・エリカ。」

 

「ヒャイ!」

 

「少々・・・顔が近いなぁ。」

 

「ヒィ!」

 

バッと手を離して一気に離れるエリカさん。

貴女この間からいい所ないですね。怯えてしかいませんよ?

 

はぁ・・・。

 

「じゃあ、ケイさん。」

 

「なに?どうするか決まった?」

 

ダメだ完全に自暴自棄な顔になってる。

そんな彼女の目の前に手を差し出す。

 

「握手しましょう。」

 

「え?」

 

強引に手を掴むと無理やり引き起こす。

いつまでも地べたに、座らしておくわけにもいかない。

 

「はい、仲直り。」

 

ポカーンとしている。

 

「もういいよ。いつまでも終わらないから。女の子追い詰めて、悦に浸る趣味も無いし。」

 

「隆史君・・・言い方・・・。」

 

うっさいみほ。

もう、いい加減、帰ろうよー。

 

「正直、私はまだ言いたりませんけど・・・。」

 

「ふむ。私も言っておきたい事は有るといえば有るが・・・。」

 

まほちゃんとダージリンがまだちょっと渋る。

まほちゃん、貴女もういいってさっき言ったでしょ?

 

・・・。

 

・・・・・。

 

「なぁ、まほちゃん。ダージリン。」

 

「あら、何かしら?」

 

「なんだ・・ム。」

 

「あ・・・。」

 

みほとまほちゃんは勘付いたのか。

俺もソロソロこのグダグダしたループが嫌になった。

感情的にはあまりなりたくないんだけどなぁ・・・。

うん。いい加減シツコイ。

 

 

 

「いい加減にしないと・・・本気で怒りますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なによ。あの男が怒ったから何だって言うのよ。

そろそろ日も傾きだしたし、黒森峰に帰りたいのだけど。

 

・・・。

 

隊長?

え?なに?隊長が固まっている。

何よ。あの子まで固まって・・・。

 

「まず。」

 

ビクッ!

 

あの男が声を発したら、姉妹揃って反応した。

あんな隊長見たことない・・・。

 

「ダージリン。いい加減しつこいですよ。私が良いって言っているのですから、もういいでしょ?

 長時間責め立てられるのは、拷問と一緒です。当人が許しているのですから外野が、とやかく言わないで下さい。」

 

「む・・外野というの『これが最後です。』」

 

うっわ、気持ち悪!

なにあの男。いきなり敬語になって。雰囲気がまるで違って気味が悪い。

隊長もなんで、あんな男を・・・あれ?何かボソボソ姉妹で、話をしてるわね。

 

 

「お・・お姉ちゃん。どうしよう。」

「・・・む・・昔と違う。少なくとも、みほは大丈夫だろう。」

「でもぉ・・あれ完全にスイッチ入っちゃってるぅ・・。」

 

 

だから何だと言うのだ。

むぅと考え込んでいる聖グロの隊長。

なんだろう。前にもあったなこの感じ。

 

「YESかNOで終わりです。」

 

「キイテイマスカ?エセ外人さん。」

 

あ。オモイダシタ。家元と対峙していた時と同じ感じだ。

 

「!!」

 

「い・・いくら隆史さんでも、それは『じゃあ何ですか?貴女そもそも海外に行った事あるんですか?』」

 

「金髪碧眼ですので、敢えて聞きませんでしたけど。」

 

「」

 

「あるんですか?」

 

「い・・今それは関係な『はい。関係無いですね。ですから何でしょう?』」

 

「」

 

「それに、露しゅ『 隆史さん!!!』」

 

ロシュ?真っ赤になって怒鳴ってる。あの隊長が大きな声出すなんて。

 

「仕方ないですね。」

 

あの男が続いて、彼女に近づいてボソボソ耳元で何か囁いてる。

 

「ヒッ!」「ソレハ・・。」「デスケド・・・。」「ソンナコト・・・ハ。」「ツッ!!!」

 

小声で会話しているのか、少しは聞こえる。

段々顔が真っ赤になって、目が涙目になっていくのだけど・・・。

最後何か囁いたら、あの聖グロの隊長が、ペタンと座り込んだ。

 

「では、もういいですね?」

 

「・・・ハイ。もう私から言うことはございませんワ。もう好きにしてください・・・。」

 

よしよしと頷いてグルッと隊長を見る。

 

ビクッっとする隊長。

 

近づいて一応確認しておこう。

ちょっとこいつが怖く感じてきた。

ウチの隊長に何する気?

 

「ちょ。ちょっとあんた何言ったの?」

 

「えぁ?何が?あぁ、ダージリンに?」

 

あれ?私には普通だ。いつもの憎ったらしい喋りだ。

 

「いやぁもうね。ただケイさんを虐めているみたいで、気分が悪かったんで・・・こっちから少し虐めてやろうかと・・・。」

 

「あんた・・・。聖グロリアーナって結構なお嬢様よね。なにを言ったら、あんな事になるのよ。」

 

地面に座り込んじゃってボーと真っ赤になってるだけよ?

 

「いやぁ・・最後に「変態」って言って、ちょっと耳たぶ噛んでやっただけだよ?」

 

・・・。

 

「ちょっと、えっと・・・ごめん何でもない。」

 

思いっきりセクハラだと思ったけど・・・ダメだ。関わりたくない。

・・・目が本気で怖かった。多分、全部は聞かないほうがいいだろう。

 

そのまま西住隊長に近づいていく。

た・・隊長が小刻みに震えてる!?

みほは、少し離れて見ている。

あまりの雰囲気に心配でもしたのだろうか?あの子のチームの子達と合流していた。

 

「さて。西住さん。」

 

「!?」

 

あ・・確か聞いた事がある。

あの男に苗字で呼ばれるのを非常に嫌がる事を。

 

「た・・隆史。オマ・・」

 

隊長が怒気をまとった。

怖い。あの隊長は、無条件降伏を余儀なくさせる雰囲気がある。

 

「なんでしょう。西住さん?」

 

「・・・。」

 

「貴女一度、何も言わないと言っておいて、話をまた蒸し返すのは無いのでは?」

 

「・・・。」

 

ほら、隊長がすっごい睨んでるけど。何で私が怖がってるのよ。

 

「聞いていますか?西住さん。」

 

「・・・。」

 

「わかりました?西住 み・・まほさん?」

 

「!!」

 

・・・

 

・・・・・

 

あいつ・・・今ワザと名前を間違えなかったか・・・?

 

 

 

「・・・・・・・・グス。」

 

 

 

隊長!!??

 

 

「わかった・・・私が悪かったから、・・・もうやめてくれ隆史。」

 

 

「・・・そうだなぁ。・・・まほちゃんは、あんまり関わっていなかったからなぁ・・もういいか。」

 

「!!」

 

呼び方が戻ったら一気にパァァと顔色が戻った。

 

やだ。あんな隊長見たくないぃぃぃ!

 

みほのチームの会話が聞こえてきた。

 

 

「た・・隆史君。麻子の時と感じ似てるね・・・コワイ。」

「うん。今私、彼に絶対近づきたくない。」

「隆史殿、どうしちゃったのですか?」

「あー・・みほさん仰っていましたね。隆史さんが口調が変わるのって、怒っている時か焦っている時って。」

「うん。あれ結構、本気で怒ってるヨ。」

「・・・いつもの口調に慣れたから、今更あの口調の書記を見ると気持ちわるいな。」

「でも、特に暴力を振るう訳でも無く・・・何故そこまで怖がるのでしょう?」

「・・・あの状態の隆史君ね。事務口調で、人の一番嫌がる事をピンポイントで攻めて来るの。・・・セクハラ発言お構い無しに。」

「「「「・・・。」」」」

「ただ、人を追い込む発言するから正直怖いの。ダージリンさんには、耳元で話してたでしょ?多分・・人様に聞かれると本当にダメな事を言っていると思うよ?」

「「「「・・・。」」」」

「と・・・遠くで眺めてましょう。」

 

 

 

・・・。

な・・・何なの。あの男。

本当に訳がわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケイさん。何か悪かった。イジメみたいな事して。」

 

「・・・また謝るのね。貴方は。」

 

「もういいや。何か償ってもらって、それでお互いに気持ちよく終われるなら、それでいいや。」

 

「・・・。」

 

「ちょっとあんた。」

 

なんだよエリリン。

もうイレギュラーはいいよ。

 

 

「今回の事は特にあんたが、はっきりしないのが悪いと思うのだけど?」

 

「は?」

 

「つまり、聖グロの隊長達もウチの隊長も、み・・みほも、あんたが殴られて怒ってるんでしょ?」

 

「みほは、特に怒っちゃいなかったよ?」

 

「見た目はね。途中気づいたけど、結構やばかったわよ?あの子。」

 

「ほぉー・・・よくわかるねエリリーン。」

 

「う・・うるさい!とにかく!今までので、当事者の本人達以外はすべて納得できたと。」

 

そうだな。ダー様とまほちゃんは、もう何も言わないだろう。

あとは、彼女本人だけだ。

 

エリリンが、ケイさんと俺を並ばせる。

 

「サンダースの隊長さんは、自分が許せない。あんたは許しているから、もういいって訳よね?」

 

「端的に言えば。」

 

「そーね。」

 

現状確認させられる。

 

「別に今すぐ解決しなくてもいいんじゃない?」

 

「「え?」」

 

「取り敢えず連絡先でも交換して、そっちの隊長さんとゆっくり模索してけば?」

 

「「・・・。」」

 

「後は、あんた達が納得できればいいんだから、他人を巻き込まないで、こっそりやってなさいよ。」

 

「・・・。」

 

「oh...」

 

エリリンすっげぇ・・。

問題を先延ばしにしただけに思えるけど、現状の解決策で一番だ。

少なくとも他人を巻き込まないで、邪魔もされない。

 

「なんなら、あんた達そのまま付き合っちゃえば?サンダースの隊長さんも満更でも無いみたいだし。」

 

「・・・。」

 

うん。黙っていよう。自分の首を絞めそうだ。

 

「え!?何!?隊長!?」

 

無言で引きずられていくエリリン。

それを見送るケイさん。

 

「・・・それもいいわね!」

 

「いや・・良くないですよ。・・・何で元気になってるんですか。・・・まぁでも連絡先交換しますか?現状キリがない。」

 

「そうね。ちょっと待ってね。」

 

彼女が上着から携帯を出す。

アドレス、電話番号等、連絡先を交換する。

人心地ついたのか少しずつ最初の感じに戻っていく。

 

「これで、何かできそうね!」

 

「あーでも俺、基本メールあんまりしませんので、電話すると思いますよ?」

 

「OK!OK!」

 

よかった。やっと元気が戻ったみたいだ。

やっと終わるのか。

 

「正直。貴方には、何言われて何を要求されても受けるつもりではあったの。ダージリンから聞いたので覚悟が決まったしね。」

 

「あー・・・大学生のスタッフの話ですか。」

 

「そう。本当に救われていたのがわかったわ。だからエグいエッチな要望でも応える覚悟が着いたの!」

 

・・・やめて下さい。ウインクしながら何て冗談言うんだよ。

 

「まぁ・・そんな事もなく、何も要求もされなかった。ちょっと・・かなり意外だったわ。」

 

「ま。連絡先も交換しましたので、なんか思いついたら連絡しますよ。」

 

「さっきの子が、言った事でもいいわよ?男女の仲なんて付き合ってみないと、わからないもの。」

 

「元気が出て何よりですけど、余りフランクすぎると引かれますよ・・・。」

 

「大丈夫よ!私こういう事、言うの貴方が初めてだから!・・・本当に。」

 

・・・。

 

彼女が、パンっと自分で顔を両手で叩いた。

 

「さて、そろそろ撤収しましょ。アリサ達は・・・会ってみる?」

 

「もういいですよ。まだ彼女達も怯えて・・・大丈夫かあの状態。」

 

まだガタガタ言ってるけど・・・。

 

「今回、実際に手を出した貴女が、責任を取るって事で一人で頑張ってたんでしょ?じゃなきゃ、途中で全員呼んでるでしょ。」

 

「・・・貴方。」

 

まぁそれでも、普通助け人入るものだけどな。まぁ立ち塞がった障害が、マジギレモードのまほちゃんじゃしょうがない。

ではこっちも撤収するか。

 

「あ、そうだ。貴方の事「タカシ」って呼んでいいかしら?」

 

「・・・それだと、アリサさんの言う「タカシ」と混ざってまた変な噂立ちませんかね?」

 

「そぉーねー。」

 

完全に通常に戻ったのか、結構明るいフランクな喋りをしている。

そうか。彼女本当はこんな人。

 

「じゃぁーね。決めたわ!」

 

尾形でいいだろ。あ、そっか。アメリカ式だからなんか愛称つけれくれるのかな?

会長がアンジーだっけか。俺なんだ?お菓子?

 

 

「ダーリンで♪!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――  ―

 

 

 

某所

 

 

「お疲れ~・・。」

 

「お疲れ。」

 

「これでボランティアって言うんだからねぇ。はぁ・・バイト代くらい出ないのかしら。」

 

「しっかし「アレ」がねぇ・・・。」

 

「理由がオッパイなんて言われるとは思ってなかったわよ。」

 

「体調悪そうだったってのも、有るんでしょうけど。」

 

「そもそも今回、男装なんてする必要あったの?」

 

「私が面白いからよ!」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「そんな事言ってるから母校が負けるのよ。」

 

「まぁ、あれはしょうがないんじゃない?大洗の子達も頑張ったし。」

 

「それはそれとして、いつ仕掛けるの?」

 

「そうねぇ・・来週にでも行きましょうか?」

 

「直接?」

 

「直接。」

 

「強制的に、お越し頂ければ、それでいいわよ。」

 

「相変わず・・・。」

 

「さて。あんまり時間も残されていないし。・・・隊長の為だし。」

 

「そうね。これは仕方がない事なのよ。」

 

「隊長の為ね。確かに仕方がない。」

 

「じゃ、来週行きましょうか?人拐いに。」

 




はい。閲覧ありがとうございました。

疲れた。いつもの文字数が約2倍です。
この作品で多分一番キャラがでました。
キャラクターが多く出るとバランスが取るのが難しいです。

正直今回の話は、青森編3話に続きて投稿するのが結構。怖い内容でした。
人選ぶだろうなぁ・・・。

ありがとうございました


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第19話~麻子さんです!~

「大変!申し訳ございませんでした!」

 

もういい加減に見慣れてきたなぁ・・・隆史君の土下座。

地面にへたりこんだ、ダージリンさんに向かって頭を地面に叩き込んでいる。

あの転校初日とまた別の意味の土下座。

 

いやぁ本当の三角関係・・・それ以上かなぁ。初めて見たよぉ。

ちょっと憧れていたのと違う。

 

まぁ私に対してじゃないから、感覚が違うのかもしれないけどぉ・・・。

大洗のみんなも見ている中で、この姿は正直無いなぁ。

 

「・・・隆史さんは、私の事を、ああ思っていたのですね・・・。」

 

若干、涙声の真っ赤になったダージリンさんが隆史君を攻めている。

弱々しく攻めている・・・ように見える。

 

「いえ!微塵も思っていません!話を終わらせる為にしても、やり過ぎました!!」

 

「エセ外人・・・海外・・・。」

 

「すいませんでした!!」

 

サンダースのケイさんが、最後「まったねぇ!ダーリーン!!」って叫んでいたけど・・・あれって隆史君の事だよね。

みぽりんは殺気立って、「沙織さん・・・塩もってない?塩。」とか聞いてくるし・・・。

何で、あの状況から仲良くなっているんだろ?

 

黒森峰の怖い人達も、帰って行った。

ケイさんの「ダーリン」発言で、髪の毛の白い子は更に白くなってたなぁ。

引きずられて帰って行った。

 

そして今私達は、我が高校、戦車道、唯一の男子を見下ろしている。

 

「隆史さんは、私の思いは、どうでも良いのですね?」

 

そうだね。結局、隆史君の事でダージリンさん達、ここ迄来たんだもんね。

いやぁ最低だねぇ隆史君。

 

「・・・俺の事で、あそこまで怒ってくれたのは・・・正直・・・その、申し訳なかったというか・・。う・・・うれしかったけど・・。」

 

あ、珍しい。隆史君がデレた。ああいうテレ方は初めて見るなぁ・・・みぽりん!!

 

「・・・。」

 

満更でもない顔してるなぁ・・・ダージリンさん。

 

「感情的になって・・その、攻撃体勢に入ってしまったのは、本当に申し訳なかったと・・。」

 

「・・・ペコには優しいのに。髪の話も、どうせその限りの軽口ですのね?」

 

あ、そこ気になる。

普通、女の子の髪の毛触りたいとか・・・直接言われたらまぁ・・勘ぐるよね。

 

「え?いやあれは、本当だよ?ダージリンの髪下ろしたのも、結構マジで見てみたいし。モシャモシャしたい。」

 

・・・普通に答えたよ、この男。

 

「あの・・・隆史様。私達が、髪を下ろしたりしますのは、就寝前とか・・結構プライベートが、強い部分なんです。

 特にその、ダージリン様が髪を下ろしている姿って「紅茶の園」でも一部の人間しか見たことがないのですよ。」

 

ペコと呼ばれている娘が、説明をしている。

そうだよねぇ、あの結び方って時間かかりそう。

ふむふむ話聞いているけど、隆史君、絶対に分かってないよね。

 

「ですから隆史様が仰ってる事は、私達にとっては「プライベートに踏み込みたい」という意味でもあるんですね。」

 

真っ赤になりながら説明している。

 

「ふむ。」

 

あ、絶対に意味わかってない。

 

「しかも、触りたいだなんて・・。だから・・その・・・そういう意味に聞こえるので、あまり簡単に・・・。」

 

「寝巻きの時とかって事か。・・・それも見てみたいなぁ。」

 

「「 」」

 

「オペ子も同じような髪型してるよな。機会があったら、下ろした所を見せてくれ。」

 

「「 」」

 

ほら分かってない。

何で謝られてる方が、真っ赤になってアワアワしてるのよ。

 

「ふ・・二人同時・・。」

「同時にとは言ってません!・・・ダージリン様。やっぱり隆史様、意味分かってくれませんでしたよぉ!」

 

ほらほら、みぽりんが真顔になってるよ?

 

「ソソソそもそも、ア・・あんな事を耳元で言われてしまうし、もうお嫁に行けなくなりましたわ。」

 

・・・何言ったんだろぉ。顔真っ赤にしてるけど?

 

「み・・耳たぶを噛まれたことは意外でしたが・・・。」

 

・・・何してるんだろぉ。この男は。

 

「それに海外の事は、誰からお聞きになったのかしら?あんな事・・・人においそれと話しませんし。」

 

「え?ローズヒップですけど・・・。普通に教えてくれたけど?」

 

「」

 

・・・あっさりバラすし。

 

そして最後の手段とばかりに、隆史君は言い放ちました。

 

「・・・そうだなぁ。」

 

ピッ

 

「・・・一つくらいなら、お詫びに何でも言うこと聞かせて頂きますから、もう勘弁してください!!」

 

 

 

 

あ・・・。

 

ダージリンさんが、待ってましたとばかりにスクっと立ち会った。

隆史君、絶賛土下座中だから気がつかないかもしれないけど・・・いやぁダージリンさん。したり顔だな・・・というか。

 

すっごい悪い顔してる。

 

「わかりました。許可します。それを条件に、この度の事は忘れますわ。よろしくて?」

 

すっごい早口で言ったよ今。

 

「あ・・あれ?」

 

「いえね。あのエセ外人呼ばわりされた時辺りからでしょうか?隆史さんが感情的になっているって分かりました。大丈夫ですよ?心からの言葉と思っていませんわぁ。」

 

すっごい、いい笑顔してる。

すっごい、キラッキラしてる!!

ただ光の色が、すっごいドス黒いけど!!

 

「さて、何をして頂きましょうか?」

 

・・・すごい。さっきまでの様子とまるで違うよ。

 

携帯を取り出して、隆史君の前に出した。

 

あ。あの手帳型カバーかわいい。

 

携帯を操作している。

そして携帯から流れる音声。

 

『・・・一つくらいなら、お詫びに何でも言うこと聞かせて頂きますから、もう勘弁してください!」』

 

「ほら、しっかり「言質」も取りましたし。」

 

「」

 

・・・勉強になるなぁ。

 

「そうですわねぇ・・・。聖グロリアーナに転校して頂くとか・・・。」

 

「」

 

コキッって、横で音がした。

みぽりん!ダメだよ!女の子が首を鳴らしちゃ!

 

「でも、それはさすがに意地悪が過ぎますしねぇ。」

 

あ、みぽりんの方を流し目で見てる!!

 

そうですわねぇ・・・と考え込んでいるダージリンさん。

しかし一切、隆史君を見ないで、ずっとみぽりんを見てるし。

みぽりん!女の子がしていい首の角度じゃないよ!睨み合わないでよ!!コワイヨ!!

 

 

「どうしましょうか・・・。悩みますわねぇ・・・。」

 

う・・嘘だ。あの目は答えが決まっている目だ。そこは私でもわかるよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダージリンをイギリスに連れて行く事を、約束させられました・・・。」

「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。」

 

書記から報告を受けている西住さんが怖かった。

 

概ね思惑どおりだったのだろう。

書記からの答えを聞いて、満足した顔で聖グロリアーナの連中は帰っていった。

しかし、帰り際あのオレンジペコという奴から暫く見つめられた。

 

というか、全開で見開いた目で、凝視された。

 

最後に「貴女ですね。」とい言われた時、一瞬ゾッとした。

 

 

・・・一体何なんだ。

 

「ソッカァ。リョコウカァ。オンナノコト、リョコウカァ。」

 

「」カタカタ

 

「ヨカッタネ。アッ。オネエチャンニモ、ホウコクシテオクネ?アァ、オカアサンニモダネ。」

 

「」ガタガタガタ

 

結局、計算されて手の上で、転がされていた書記。

 

バカめ。罰が当たったんだな。

 

今日はここで、現地解散となった。

生徒会を含め、ゾロゾロ帰っていく。

 

すでに、空の太陽が夕日に変わっていた。

 

 

「スケコマシ先輩さようなら~。」

「スケコマシ先輩バイバーイ。」

 

 

1年に別れの挨拶をされる。

 

 

「尾形 タラシ殿、お疲れ~。」

「タラシ書記殿、その内に刺されるぜよ。」

「・・・お疲れ。」

 

 

歴女チームになじられる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・死ね。」

 

 

バレーチームの一部というか、一人に蔑まれる。

 

 

「じゃぁ~ね~。・・・ダーリン。」

「か・・会長・・・。」

 

 

生徒会長に、結構本気な殺気を向けられる。

最後、真顔で棒読みだったな。

 

そして崩れ落ちている書記。

地面を見つめて何してんるんだ?

 

・・・蟻を数えていた。

 

仕方がない、慰めの言葉でもかけてやる。

 

「人気者だな書記。」

 

「大人気ですね♪ダーリンさん?」

 

「ダーリン君!モテモテだね!」

 

「隆史殿・・・。さすがにフォローできませんよぉ。」

 

「あ、二人から返信きた。」

 

「・・・殺せ。いっそ殺してくれ。」

 

何を言っている。他所でやってくれ。

そこで、沙織と西住さんより素敵な提案があった。

 

「さぁー。こっちも引きが上げるよぉ~。お祝いに特大パフェでも食べに行く?」

 

「隆史君の奢りね。」

 

「はい。隆史さんの実費ですね。」

 

「断る理由は皆無だな。」

 

「た・・隆史殿。」

 

 

「」

 

 

書記に、拒否権は無かった。

さて。一番値段が高いのは、どんなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ニャーニャーニャーニャー

 

「あ、鳴ってるよ?携帯。」

 

私の携帯から着信音が鳴っていた。

・・・何だ?この番号は。

 

「誰?」

 

「知らない番号だ。・・・はい。」

 

着信に出た。電話の向こうからは、知らない声がする。

実に事務的な、嫌な喋り方だった。

 

『冷泉 麻子さんの携帯でしょうか?こちら―・・・』

 

「・・・。」

 

はい。

 

はい。

 

それしか言えなかった。

 

運ばれた。

 

救急車で。

 

・・・街の大きな総合病院へ。

 

「どうしたの?」

 

はい。

 

・・・ちがう。いまのはさおりだ。

 

「・・・なんでもない。」

 

手が震える。

 

意識が無いと言われた。

 

意識が・・・。

 

「何でも無い訳、無いでしょ!」

 

・・・。

 

「おばぁが・・倒れて病院に・・。」

 

おばぁ・・・。

 

「麻子大丈夫!?」

 

・・・。

 

「早く病院に!」

 

そうだ。行かないと。

 

「大洗までどうやって!?」

 

「学園艦に帰還してもらうしか・・・。」

 

「撤収まで時間が掛かります・・・。」

 

・・・いなくなっていしまう、かぞくが。

 

かぞくが。

 

おばぁが。

 

「麻子さん!?」

 

「何やってるのよ!?麻子!」

 

靴を脱ぎ捨てる。

 

靴下も邪魔だ。

 

「・・・泳いでいく。」

 

「「「「えぇ!!??」」」」

 

「待ってください、冷泉さん!」

 

ダメダ。時間が無い。

止めないでくれ。五十鈴さん。

 

おばぁが。

 

おばぁが。

 

おばあちゃんが。

 

2度目なんだ。

 

今度は2度目なんだ。

 

もうダメかも・・しれない。

 

服も脱ぎ捨てる。

 

しかし邪魔をされる。邪魔をするな。

 

脱ぎ捨てられない。

 

邪魔するな!

 

・・・本当にコロスゾ。

 

「・・・何だ。何だ!!邪魔すな!!書記!!」

 

片腕で、私の腕と体ごと持ち上げられた。

 

足で蹴っ飛ばしても動かない。

 

 

「・・・俺が、何とかしてやる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷泉さんを抱き抱えて、走った。

走った末。

撤収作業が、ほぼ完了した会場本部に来ていた。

周りに荷物が積まれている。

 

「お願いします!ヘリを貸してください!」

 

「・・・。」

 

会場本部にいた審査員などで、呼ばれていた自衛隊員達に頭を下げていた。

自衛隊は規律、時間、全てにおいて正確にと動いている。

 

しかし、イレギュラーにも対応できるほどの柔軟性も、もちろんある。多分に持ち合わせている。

そこに賭ける。

 

黒森峰を見送り、聖グロリアーナを見送り、サンダースも、もういない。

 

高速移動手段を持つ人達は今ここには、この人達しかいない。

 

「・・・俺のできる全てを使ってやる。」

 

「・・・。」

 

冷泉さんは、先程から呆然として俯いている。

暴れるのを途中でやめ、泣きそうな顔して黙り込んでいる。

 

その足下で、地面に頭を打ち下ろして頼んでいる。

 

「馬鹿ね。血が出てきてるわよ?」

 

額が切れたか。だからなんだ。やっと口を開いたかと思えば何だ。

そんな事聞きたい訳じゃない。

 

「・・・。」

 

女性の自衛官が、俺を見下ろしている。

人目につく往来でこの絵面は、非常に奇異に映るだろう。

 

「その手は、私には通用しないわよ?」

 

冷やかに言い放たれた。

 

そこで、ずっと黙っていた冷泉さんが、やっと発言した。

 

「もういい。やめろ。」

 

やめない。

やめてやらない。

 

「・・・俺が何とかすると言った以上、必ず何とかする。」

 

「やめろ。・・・泳いで行くと言った私がどうかしていた。書記が頭を下げる必要はない。」

 

彼女の言葉には力が無かった。あきらめに近い声だった。

 

「黙っていろ。・・・いい加減、何とか答えてくれないか?・・・亜美姉ちゃん。」

 

「・・・そうね。まず立ちなさい。話はそれからよ。」

 

言われるまま、渋々立ち上がる。

すでに俺の方が身長が高いため、年上の彼女を見下す。

 

そう。頼ったのは、蝶野 亜美一尉。

正直会いたくはなかったのだが、そうも言っていられない。

 

会場にいたのは知っていた。

だから頼る。利用する。

 

「まったく。いくら私でも個人の為に、お国のモノは動かせないわよ?・・・わかってると思うけど。」

 

無茶を言っている事は、重々承知だ。

そこを曲げてくれと頼んでいるんだろ。

 

「だから言っているだろ。何でも使うって。・・・亜美姉ちゃんなら、すでに知っているだろ?俺の置かれている立場。」

 

母さんから聞いているだろ。もしかしたら、しほさんからも聞いているかもしれない。

 

「蝶野一尉?どうしました?」

 

部下だろうか?先程から横で静観していた女性自衛官より声をかけられる。

 

そう。

 

俺の一言で、明らかに亜美姉ちゃんの雰囲気が変わった。

 

 

「やっぱり・・・。なに?使う気?その意味を理解してる?」

 

やっぱり知っていたか。その声に若干の怒気が含まれていた。

多分、怒りを我慢していたのだろう。

 

「わかってるよ。使ってくれ。」

 

グイッっと胸ぐらを捕まれ、引き寄せられた。

 

「・・・本当に分かってるの?「あんた」が「島田」の名前を使う。その「意味」が。」

 

静かに問われる。

怒っている。・・・亜美姉ちゃんが、本気で怒っている。

わかってるに決まってるだろうが。

 

「わかっているから、ここに来て姉ちゃんに頼んでいるんだろ?」

 

最終手段だったけど。

 

「確かに、それなら私達も動ける。ヘリで送ってやる事なんて簡単よ。」

 

「・・・え?」

 

冷泉さんが、反応をした。大丈夫だ。もう少しだから。

 

「でも・・・あんたが、それを使ったら公式に認める事になるわよ。秘密裏にしていた事を、関係者に暴露する事と一緒よ!?」

 

「・・・そうだな。使ってくれ。」

 

数秒睨み合った。

 

「今日、あんたに会ったら問答無用で、ぶん殴ってやるつもりだったわ。師範から・・あんたのお母さんから聞いた時、本気で頭にきたわ。」

 

「・・・。」

 

「あんた・・自分の人生何だと思ってんの!?」

 

「・・・。」

 

ぶん殴られた。

 

「あんたは女の子助けて、さぞかしヒーロー気取りで気分が良いでしょうよ。でもね・・・周りの人間はどうするの!!」

 

・・・。

 

「それに本当に「島田 千代」が、約束の通り破棄・・・破談にする、本気で思ってるの?」

 

酷い言われ様だな千代さん。

亜美姉ちゃんは、どちらかといえば、西住流よりだからな。

 

怒鳴り怒られ殴られて。最後は俺にだけ聞こえるように言う。

 

「あんたの人生は、あんたのだけモノじゃないのよ?「まほちゃん」と「みほちゃん」を、どうするの!?」

 

・・・。

 

「約束は守らせる。愛里寿、本人にも了承をとってる。・・・約束は、守るよ愛里寿は。」

 

「・・・あんた。今回もそう。その子には、悪いけど・・同情だけで、あんた自身を切り売りするのと変わらないわよ。」

 

 

 

は?

 

 

 

 

・・・女性の胸ぐら掴んだのは、初めてだった。

亜美姉ちゃんは、軽くつま先立ちをしていた。

 

「同情だけで、こんな事できるか!両親がいない麻子に取っては、最後の肉親なんだ!!心配して何が悪い!!力を貸してやって何が悪い!!」

 

「・・・。」

 

「・・・書記、何で知って・・。」

 

姉ちゃんが、黙って俺の目を睨んでくる。

 

「島田の件もそうだ!「まほ」と「みほ」の事を、俺が考えないはず無いだろうが!!」

 

「あそこでも、ここでも。俺がやる事は一緒だ。全力を尽くしてやる・・・。それが他力本願でもなんでも、利用できるものなら利用してやる!」

 

とっくの昔に覚悟はしてんだよ。

 

「俺がやる事は、結果がどうあれ、昔も今も変わらない。」

 

「・・・。」

 

 

 

どのくらい経ったのだろうか。

 

睨み合っている途中、先程の女性自衛官より声が、かけられる。

 

「蝶野一尉。ベルUH-Xの準備ができました。」

 

「ありがとう。今行くわ。貴方達もすぐに準備なさい。あと一人乗れるから。」

 

「は?」

 

「え?」

 

どういう事だ?

 

「何?ヘリで運んで欲しいのでしょ?ちょっと用意に時間が必要だったから、隆史君の本音を聞いて見ただけよ?」

 

「「・・・。」」

 

口調が戻ってる。

 

「は・・・え?」

 

「隆史君。離してくれる?」

 

「あ・・。」

 

手を話した後、服装をただし、冷泉さんに向き軽くお辞儀をした。

 

「貴女もごめんなさいね?ちょっと心にも無いこと言っちゃったわ。」

 

「い・・いえ。」

 

 

やられた・・・。

 

 

「あーー大丈夫、コレ殴りたかったのは本当だから。」

 

指を指される。

 

・・・大丈夫じゃねぇ。・・・ウィンクしてんなよ。

 

「蝶野一尉!よろしいでしょうか?」

 

自衛隊員が大声をあげる。

 

「何?」

 

「・・・いくら何でも、試運転段階の最新機に一般人を乗せるのはどうかと・・・。」

 

「・・・でも現状で、一番速いのソレでしょ?」

 

「そうですが・・・上がなんというか・・・。」

 

「大丈夫よ。一応全員に目隠しでもしてもらえば。それに・・・。」

 

真剣な目で、こちらを見てくる。

なる程、頷いた。

 

「上が何か言ってきたらこう言いなさい。」

 

「は?」

 

「尾形 隆史君。彼は、島田流家元の娘。つまり将来の家元候補の婚約者よ。つまりVIPね。」

 

「こ!婚約者・・。え?あの天才少女の?」

 

あら、自衛官のお姉さん絶句してる。

 

「・・・書記。オマエ。」

 

「あー・・みほ達には黙っていてくれ。いずれ破談が確定している話だ。・・・まぁさっきの怒鳴り合いな。」

 

「わ・・分かった。」

 

頭のいい彼女なら察してくれるだろう。

みほに知られたら多分・・・。

やめよう。考えたくない。

 

亜美姉ちゃんは、初めから貸してくれる気だったのだろう。

準備をしてくれて空いた時間に、俺に説教をするという流れダッタヨウダヨ。

 

・・・叱ってくれるのは、心配してくれていたという事で嬉しいのだけれど・・・。

殴る必要あったのかよ。

 

「そうねぇ、どうせならもっと、派手に行きましょうか!」

 

「は?」

 

嫌な予感しかしねぇ・・・。

 

「後、彼ね。西住師範が、自身をファーストネームで呼ぶ事を許可してるわ。というか呼ばないと怒り狂うみたい♪あの西住師範がぁ。」

 

「」

 

「あ、一応言っておくけど、彼の母親って、かの「車外の血暴者」だから。あとぉ・・確か島田流家元にもファーストネームで呼ばないと怒られたっけ?」

 

「ヤメテ!姉ちゃんヤメテ!何か別の意味で大事になりそう!!」

 

チッ!

 

舌打ちしやがった・・・。

 

「上層部が何か言ってきたら、二人の名前を出しなさい。もし言ってこなかったら、この件は、口外しないで忘れなさい。・・・多分、貴女の為にならないから。」

 

「り・・了解!」

 

「」

 

 

そのまま女性自衛官は、聞いてはいけないこと聞いてしまったという顔で、フラフラ立ち去っていった。

 

ヘリにはもう一人乗れるという事で、携帯で誰か行くか?と確認をしたら、沙織さんが名乗りを上げた。

そういう訳で、今現在は、すぐ来るであろう沙織さんを待っている状態だ。

 

「そういえば亜美姉ちゃん。」

 

「なに?」

 

「さっき、島田流家元って言ってたけど、千代さんまだ次期家元だよね?いいの?嘘ついた感じになっちゃったけど。」

 

「ああ。昨日確定したの。聞いてない?」

 

・・・は?そんな早く!?

 

「試合前だったから、気を使って言わなかったのかしら?・・・あ、来たみたいね。」

 

走ってくる沙織さんを見ていたら、ポンッっと肩に手が置かれた。

 

「さっきの話、結構マジだからね。・・・自分を安くしないこと。あと・・・。」

 

肩を組まれ前屈みになる。耳元で囁いてきた。

 

 

「いい?予定よりだいぶ早く、家元襲名が確定したから。あのジジィの事よ。・・・周りを特に、警戒なさい。」

 

 

「・・・ありがとう。」

 

くっそ。今回のヘリの事といい、この人にも敵わないと思い知った。・・・物理的にも。

 

バッと突き飛ばされて、話題を変えられた。

 

「ハァ・・・あんた、何でこう・・15年程、早く生まれて来なかったのよ。」

 

「は?なんでだよ。」

 

「・・・私は、年上が好みなのよ。」

 

「・・・会話のキャッチボールをしようよ。それに好みなんて言ってる余裕が、あるのォォォォォ!!!」

 

捻られた。

 

その状態で、沙織さんと合流してしまう。

 

「さて、最新機の最高スピード。試してみるわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もういいから帰りな!!いつまでも病人扱いするんじゃ無いよ!私の事は、いいから学校行きな!』

 

『遅刻なんかしたら許さないよ!』

 

病室の前の廊下にまで、聞こえてくる声。

 

次の日、試合会場に残った3人で、冷泉さんのお婆様のお見舞いに参りました。

お花も用意して、病室の前まで来たら聞こえてきました。

その・・怒鳴り声が。

 

『なんだその顔ぉ。人の話ちゃんと聞いているのかい!?』

 

『まったくお前は、いつも愛想も返事も無さすぎなんだよ!!』

 

取り残された私以外の二人と目を見合わせます。

何だか入り辛い雰囲気ですね。

 

「か・・帰ります?」

 

「いえ。折角ここまで来たのですから、ここは突撃です!」

 

そうです。

中に冷泉さんが、いるのですし、何もしないで帰るなんて有り得ません。

 

「失礼します。」

 

病室のドアを開け、入室しました。

沙織さんもいたようで、私達を迎えてくれました。

隆史さんは・・・いませんね。先に帰られたのでしょうか?

 

「なんだい、あんた達。」

 

「戦車道、一緒にやっている友達。」

 

「戦車道?あんたがかい?」

 

「うん。」

 

気難しそうな方ですね。

でも、良かった。

麻子さんも顔色が良くなっています。安心しました。

取り敢えず、私達の自己紹介をしましょう。

 

「あ、西住 みほです。」

 

「五十鈴 華です。」

 

「秋山 優花里です。」

 

「私達、全国大会の一回戦、勝ったんだよ!」

 

沙織さんに後ろから肩を押されました。

同じ気持ちでしょう。

時間が経っても、うれしいものですね。

 

「一回戦くらい勝てなくて、どうするんだい!」

 

あら、手厳しいですね。

 

「あの無駄に大きい男も戦車さんかい?」

 

「あ、隆史君の事ね。」

 

「隆史?」

 

「そう。尾形 隆史。学校の生徒会役員もやってる。」

 

「・・・そうかい。で、その戦車さん達がどうしたんだい?」

 

「試合が終わった後、おばぁが倒れたって連絡が。それで心配してお見舞いに。」

 

「私じゃなくて、あんたの事心配してくれたんだろ!」

 

「わかってるよぉ。」

 

「だったらちゃんと、お礼いいな。」

 

あらあら、普段あまり見ない冷泉さんですね。

抑揚の無い喋り方は、あまり変わりませんけど、やはり違うものですね。

 

コンコン

 

「はい。あ、隆史君。」

 

「失礼します。あ、皆来たのか。・・・入って大丈夫?」

 

「いいよ~。・・・いいよね?」

 

沙織さんが、お婆様の顔を伺いますが、聞く順序が逆では?

 

「・・・そんな所に突っ立て無いで、早く入んな。」

 

「あ、はい。失礼します。あ。」

 

彼は昨日のまま、冷泉さんと沙織さんと同じく制服の姿でした。

ただ、手には花束を持っていました。

 

「あら、隆史さんも?」

 

「ありゃ。かぶっちゃったな。」

 

冷泉さん達を邪魔しないようにと、席を外していたとの事。

時間もあったので、わざわざタクシー使って、お花屋さんで購入して来たそうです。

あの・・・隆史さん。たまに思うのですけど、結構お金とか使うのに躊躇しませんのね。

 

「ふん。高校生タクシーなんて、贅沢だね。」

 

「はは。そうですね。大丈夫ですよ。気にしないで下さい。」

 

「だ、誰も気にしちゃいないよ!金の使い方をもう少し考えな!」

 

「ちゃんと考えてますよ?必要な時は、惜しまないようにしているだけです。」

 

「・・・そうかい。」

 

「・・・。」

 

冷泉さんが、隆史さんとお婆様の会話を、少し驚いた様子で見ていますね。

何かおかしいのでしょうか?

 

「それより、ほら!あんたも早くお礼いいな!」

 

「ぐ・・・。」

 

「どうしたんだい!」

 

あー・・・隆史さんを見てますねぇ。

それで、言い辛そうにしてるのですね。

 

「わざわざ・・・ありがとう。」

 

少し赤くなって、・・可愛いですねぇ。

 

「少しは、愛想よく言えないのかい!!」

 

「・・・ぐ、書記め。・・・・・あ・・ありがとう。」

 

あ。すっごい隆史さんが、ニヤニヤして見てますね・・・。

結構こういった冷泉さんは、珍しいですからね。

意地が悪いですねぇ。最低ですねぇ・・・私もニヤニヤしてしまいそうです。

 

「さっきと同じだよ!」

 

「だから、怒鳴ったらまた血圧上がるから。」

 

・・・これはこれで。

 

「慣れてしまえば、微笑ましい会話ですね。」

 

「・・・五十鈴殿ってすごいですね。」

 

「ハハ・・・。」

 

「あの、花瓶あります?」

 

「無いけど、ナースセンターで借りられると思うよ。行こ!」

 

「はい。あ、隆史さんのも預かってよろしいですか?」

 

「あぁ。でもすごい量になっちゃうけど・・・全部使うの?」

 

「えぇ大丈夫ですよ?腕がなります!」

 

「そりゃ頼もしい。んじゃお願います。」

 

「はい。では、沙織さん。行きましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、おばぁ。また来るよ。」

 

さっきから、ずっと黙って、外を眺めているお婆さん。

一言いって、麻子さんが先に退室しました。

私達も行かないと。

 

隆史君と一緒に、会釈して退室しようとしたら声をかけられた。

顔は外に向けたままだったけど。

 

「あんな愛想の無い子だけどね。・・・よろしく。」

 

あんなに怒鳴っていたけど、やっぱり心配かけたく無いからかな?

麻子さんが来てくれて嬉しくないはず無いよね。

最後に、この言葉でうれしくなった。

 

「はい!」

 

「・・・ああ。後ね。」

 

こっちを見て・・・違う、隆史君を見ている。

 

「俺ですか?」

 

「あんた。ちょっといいかい?」

 

なんだろ?

 

「みほ、先に行っていて。」

 

「うん・・・。」

 

退室したら病室の前に、みんなが待っていてくれた。

 

「あれ?隆史殿は?」

 

「うん。お婆さんが、隆史君に何か話があるみたい。」

 

「おばぁが?書記に?」

 

「何でしょう?」

 

病室のドアが少し開いていた為、会話が聞こえてきた。

・・・盗み聞きはやめておこう。

 

「先に、ロビーで待ってようか・・・麻子?」

 

麻子さんがドアの前に立っていた。

少し顔が強ばっている。

 

「麻子さん、さすがにそれはチョット・・・。」

 

「盗み聞きじゃあ無い。勝手に聴こえてくるんだ。仕方がない。」

 

「麻子・・・。無理あるよ。」

 

引きずって行こうと、沙織さんが腕を取った時に会話の内容が聞こえてきた。

 

 

『あんた。あの子と付き合ってんのかい?』

 

「「「 !!」」」

 

「おばぁ!何を言ってるんだ!?」

 

「あー・・でもまぁ、聞きたくなる訳、何となくわかるけど。」

 

 

『え?冷泉さんと?違いますよ。ただの友達ですよ。』

『・・・あんた。ただの友達に、ここまでするのかい。』

『ここまで?』

 

 

「ね?」

 

「ね?って沙織。喋ったのか?」

 

「まぁ~ね~。・・・というか、お婆ちゃん、隆史君をすっごい警戒していたからね。聞かれた時、話さない訳にいかなかったんだ。」

 

「・・・いつだ。」

 

「朝。皆が来る前かな。麻子が部屋を一回出て行った時。」

 

「ヌ。」

 

 

『まったく、自衛隊の方々に、迷惑なんてかけるんじゃないよ。』

『はは。すいません。知り合いがいたんで、好意に甘えちゃいました。』

『何が好意だい。・・・頭下げて頼み込んだって聞いたよ。』

 

 

麻子さんに喋っていたみたいに怒鳴る訳でも無いんだけど、ちょっと言い方がきついなぁ。

あ、いけない。結局、聞き入っちゃってる。

 

 

『男が簡単に頭なんて下げるんじゃないよ。プライドってもんが無いのかい?』

『あー・・・プライドねぇ。』

『・・・それに、男がヘラヘラするんじゃないよ。』

『はっはー。もう性分ですね。』

『で?』

『で?とは?』

『だから、あんたのプライドの事だよ。』

『・・・ふむ。』

 

 

「無いな。」

 

「無いですわね。」

 

「無いよね~。」

 

「無いね。」

 

「隆史殿。フォローできません。」

 

隆史君の株価がすっごい低かった。

まぁ、ダージリンさんにしても、優花里さんに対してもそうだった。最近彼の土下座をよく見る。

 

 

『あー・・・うん。そんなの冷泉さん達に、くれてやりました。』

『達?くれてやった?』

『冷泉さんも含めた、今の子達にですね、すごい助けてもらっています。』

『・・・。』

『お礼って訳では、無いですけどね。俺の頭下げて、どうにかなるならいくらでもって感じですかね。』

『・・・馬鹿だね。あんな愛想も何も無い子でもかい。』

『そうでも無いですよ?さっきお礼言っていた時とか。前なら考えられなかったんですよ。稀少ですよ?稀少!』

『それであんたニヤニヤしてたのかい。』

『ありゃ、見られてた。まぁアレが、見れただけでも、頭下げた甲斐がありましたよ。』

『アレでかい?』

『アレがいいんですよ。』

『クク・・本当に馬鹿だねぇあんたは。』

 

 

「「!!!」」

 

・・・え?麻子さんと沙織さんが、とても驚いてる。

 

「お・・おばぁが笑った・・。」

 

「た・・隆史君・・・。え?」

 

そ・・そこまで。

二人共、完全に固まってしまってるよ。

 

 

『あんた、「いい人」ってのはいるのかい?』

『いやぁ・・・いませんね。あまり女性に好かれない風貌ですので。殴られる事の方が多いですね。』

『そうかい。』

『そうですよ。』

 

 

普通に喋ってる。普通に話をしているだけ。

嬉しいこと言ってくれたのだけれど、なんだろう?この不安感は。

 

 

『もういいよ。・・・悪かったね呼び止めて。』

『え?もういいんですか?』

『何となく分かったからもいいよ。』

『・・・あぁなる程。どうでした?合格ですか?』

『はっ。及第点だねぇ。・・・まったく、察しのいい男は、嫌いだよ。』

『はっはー。そうですか。』

 

 

「なんの事だ?」

 

「あぁ、麻子が心配だったんじゃない?」

 

「は?」

 

「・・・冷泉さんと一緒に来た男性だから、どんな方か気になったんじゃありません?」

 

「・・・男性か。」

 

「麻子?」

 

 

・・・。

 

 

『さて、あの子達も待っているだろうから、もう行きな。』

『待ってますかね?』

『いいから行きな。』

『はい。・・・では、お大事に。』

 

 

「あ!こっち来る!」

 

急いでその場を離れ、ロビーで待っていたように振舞う。

結局、全部聞いちゃった。ちょっと悪い事しちゃったかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・。

 

ヤメテ。そんな目で見ないでください。

学園艦についた頃には、完全に夜になっていた。

 

マコニャンを背負って、彼女の家まで送っているのだけれど、通行人の視線が痛かった。

まぁ夜に女の子4人と一緒に、女の子背負っていれば何事かと思うのかもしれない。

制服着てるよね俺。学生だよ?なんで職務質問受けなきゃならんのよ。

 

みほの視線も暫くの間、痛かった。

学園艦まで移動する船の中。

ベンチで、寝てしまった彼女らに寄りかかられて身動きが取れない所を、目撃された。

みほと沙織さんに、すごっい目で見られた。

 

「「隆史君・・・結構、見境ないよね。」」

 

ハモらないでぇぇ。

 

彼女の家まで送って来て、さすがに起こす。

 

「ほら!起きて!麻子ぉ!」

 

揺さぶるが起きない。

あの・・沙織さんや、首取れそうくらい揺らしてるけど大丈夫ですか?

頭がガックンガックンしてるんだけど・・・。

 

「いい加減にしないと怒るよ!」

 

「ハハ・・・。」

 

・・・。

 

少し考えていた。

 

昨日、亜美姉ちゃんから聞いた話を。

 

千代さんが、正式に家元になった。

しかし、連絡は来なかった。

亜美姉ちゃんが知っているって事は、ある程度は公表されているって事だろう。

 

電話しても出てくれない。

 

忙しいのかもしれないけど、なんだろう。

少し気持ちが悪いな。

 

あのガマ蛙も、直接俺に何かしてくる訳では無かったけど、このまま黙っているってのも考え辛い。

・・・しほさんに聞いてみるか?

あの人の方が何かしらイロイロ知っていそうだし。

 

「ほら!隆史君も起こすの手伝って!!・・・セクハラはダメだよ?」

 

「・・・ダメだからね?」

 

「・・・ダメですよ?」

 

「隆史殿・・・。」

 

・・・俺の信頼は、すでに枯渇しているのでしょうか?

優花里さんにも避難の目で、見られているのですけど。

でも先程の船の事は、俺悪くないヨ?

 

・・・くそ。まぁいい。今は取り敢えず目先の事だな。

 

「・・・。」

 

さてどうしよう。

あそこまで揺さぶられても起きない御仁だ。

ふむ。しかたない。

 

「亜美姉ちゃんが言っていた。」

 

「な、なに!?急に!?亜美さ!?」

 

そう、ビクつくなよ、みほさん。

 

「体にも触れず、暴力でもない、酔っ払いでも一発で起こせる技があると。」

 

「な・・。嫌な予感しか、しないのだけど・・・。」

 

よしよし。亜美姉ちゃんの信頼度も無いな。

 

「・・・まぁ体に触れないなら、セーフかなぁ。なに?大声でも出すの?」

 

「あー。逆だな。」

 

「逆?」

 

スゥーー・・・

 

軽く息を吸い込んで、マコニャンに近づく。

 

「あ!隆史君ダメ!ちゃんと方法を言った後にし・・・。」

 

フーーーーー・・・

 

 

耳に優しく、それでいて語りかけるように息を吹きかける。

 

 

「ヒィ!!!!」

 

真っ赤になって飛び起きました。

 

「な・・な・・・・!!」

 

耳を抑えてキョロキョロしているマコニャン。

わー真っ赤になって。

 

「よし!起きた!!マコニャンおはヨブ!」

 

蹴られた。

 

マコニャンの893キック。みぞぉぉ。

 

「こ・・コロス!なにしてくれた!!」

 

「ワー隆史君、サイッテー。」

 

「えー・・。」

 

「・・・!!・・・・・!!!」

 

「五十鈴殿。プルプル笑い堪えてますよ?」

 

「私、隆史君殴っても、誰にも文句言われないと思う。」

 

「体にも触ってないよ!?セクハラじゃないよ!?」

 

「セクハラですよ。」

 

「他のナニモノでも無いね。」

 

「逮捕されますよ?」

 

言い訳が、即答で否定されました。

 

「書記。書記ぃ!!」

 

「わーたんま!マコニャン起きたからいいじゃんか!!」

 

「・・・ハァハァ。良かったら誰も言いませんよ。」

 

笑いが収まってから言われてもなぁ・・・。

 

「隆史君。今のも報告しておくね♪」

 

「・・・。」

 

「オイ、書記。」

 

「ナンデショウ?」

 

後ろから、蹴られて声をかけられる。

真っ赤になっちゃって。・・・スイマセン。

 

「いい加減、マコニャンもやめろ!」

 

「エー・・・。」

 

あ痛!

 

また蹴られた。

また、どんどん赤くなって行く。

そこまでだったかぁ・・・。

ただの嫌がらせにしか、ならない様ならやめるかなぁ・・。

 

「でもなぁ苗字呼びするのもなぁ。じゃあマコタンでいい?」

 

・・・蹴られた。

まぁ痛くないけど。

 

「マコニャンよりマシだ!ま・・麻子でいい!!」

 

 




ハイ。閲覧ありがとうございました。

※あとがき変更※

感想頂いた方にも返答しましたが、次回以降、メインヒロインルートに移行になります
実際には、初めからメインヒロインは決めていました。

次回、日常回を考えていましたが、これだと千代さん悪役っぽいので、ストーリーの続きを投稿したいと思います。

あの三人組とか登場予定です。

日常編は、その内番外で書きたいと思います。

1.盗聴編 2.水着編 3.風呂編 この辺考えてます。
王道って素敵だと思います。

ありがとうございました



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第20話~お呼び出しです!~

「ケイさん。そろそろダーリンと呼ぶのを、やめてくれないでしょうか?」

 

『エーどうして?』

 

 昼休みの終盤に、彼女より着信があった。

 あの試合から、2回目だ。

 まぁ1回目は、試しに掛けてみたらしいけど。

 

「えらい誤解を生みそうですから、勘弁してくださいよ」

 

『私としては、別にいいけど?』

 

 ……。

 

 正直、今の俺には、心にあまり余裕は無い。

 ……この際だ。ちゃんと言っておこう。

 

「あのケイさん」

 

『呼び捨ててくれていいわよ?ダーリン♪』

 

「いや、ケイさんその呼び方で、えらい睨まれましてね」

 

『なに?あそこに、いた子?』

 

「まぁそうです。ダージリンとかにも・・ですけどね」

 

『あら、何?誰かと付き合ってたの?あちゃー……それは、悪い事しちゃったわね。』

 

 素直に謝られた。なんだ。やっぱり悪ノリしていただけか?

 

「いや……彼女いませんけど」

 

『え?でも睨まれたんでしょ?』

 

「えぇ……えらい怖かったですよ」

 

『……へぇ。誰が?』

 

「ウチの隊長とか、ダージリンとか……あと……」

 

 会長も結構、怖かったな。

 

『……。』

 

「あの……ですからね。やめて頂くと助かるのですけど」

 

『あー・・うん。なる程。あれだね。貴方、トーヘンボクって奴だね。』

 

「唐変木って……」

 

『それに……うん。確かに一方的で、ちょっとフェアじゃないわね。……わかったわ。』

 

「え?」

 

『やっぱり、アリサと被っちゃうけど、タカシって呼ぶわね。』

 

 お、これまたアッサリと。

 ……でも何が、フェアじゃ無いんだ?

 

『でもね。ハッキリと言うけど、タカシの事を良く知りたいと思うから、付き合ってみたいって思うの。それが本音よ?』

 

「あー……はい」

 

『好意はあるのよ?でもねタカシ。その遠回しな言い方はダメ。物事は、ハッキリ言わないと。私と付き合う?付き合わない?』

 

「……」

 

 え?何?告白されたの今?

 

 男女の機微ってのは、全然わからん。

 恋愛の感覚が、かなり昔の事すぎて、曖昧になっている。

 

 マジかよ。

 

『YES・NOは、ハッキリ言わないと!』

 

「……」

 

『……』

 

『はぁ・・。タカシの事、少しわかったわ。成程ねぇ。それで、他校のダージリンまでねぇ。』

 

「いや・・こういうのは、正直初めてでしてね。ん?ダージリン?」

 

『……その様子じゃ、あんなにアプローチしてた、ダージリン達が可愛そうね。』

 

 アプ……。ダージリンが?

 

『度が過ぎる鈍感は、相手が可愛そうよ?』

 

 ……鈍感。

 

『OK。今なら私は、大丈夫よ!ただ、はっきりして。』

 

 

 ……どういう事だろうか。

 

 ……。

 

『こういう事は、時間を置くと一層燃え上がるからね。』

 

 ……。

 

 ちゃんと言っておいたほうが、いいのだろう。

 

「すいません……。本当に、気持ちは嬉しいのですけど、お断りします」

 

 携帯を耳に当てたまま、頭を下げる。

 目の前にいないのは、分かるが自然に動く。

 

『あら、振られちゃった。』

 

 ぐ……。

 声は明るいのだけれど、非常に申し訳ない。

 手が震える。

 

 ……胃が痛くなってきた。

 

『いいわ!そんなに気にしないで!』

 

「……」

 

『そっかー。でも気が変わったら言ってね。私は、いつでもWelcomeよ!』

 

「すいません」

 

『でも、貴方が睨まれて、怖く感じた相手の事、ちょっと考えてあげて。』

 

「……それが鈍感って事ですか?」

 

『そうね!まぁ・・私もまだ完全に諦めたわけじゃないから、そこまで言えないけどね!!』

 

 HAHAHA!って笑ってるけど……。

 

『さて、この話はここ迄!切り替えていきましょう!』

 

「……はい」

 

『……今回は、タカシに聞きたい事があって電話したの。今の件と、殴っちゃった件とは別よ?』

 

 

『貴方。何か問題でも起こしたの?』

 

 

「はい?」

 

 前にもそんな事、言われたな。

 

『今朝、大学の・・大学のよ?戦車道連盟の人から、問い合わせが来たわ。』

 

 ……なんで?

 

 千代さんの家元襲名は、確定したはずだ。俺を妨害する必要なんてもう無いだろ。

 今更なんの用だ?

 

『貴方との関係を、聞かれたの。あの、やり取りを見ていたみたいね。』

 

「……」

 

『貴方は男。戦車道のチームに参加してはいるけど、大学戦車道連盟からの問い合わせは不自然よね。』

 

「まぁちょっと、母親が戦車道の師範をしているもので……。その関係じゃないですか?」

 

『そうなの?』

 

 ごまかした。

 他人を巻き込むモノじゃないな。

 多分、心配してくれたのだろう。

 

『でも、これ2回目なの。戦車道開会式でも聞かれたのよ。その時は、まだ貴方の事知らなかったからね。何も答えなかったわ。』

 

「そうですか……俺からも連絡してみますよ。ご迷惑掛けてすいません」

 

『一応教えておいた方がいいと思って。連盟の方には、友人ですって答えておいたけど・・それで良かった?』

 

「はい。助かりました。ありがとうございました」

 

『それじゃ、私からの話はこれでおしまい。……みほも、そうだけどタカシとだって、いい友人関係でいたいの。それは、いいかしら?』

 

 ……はは。

 

「こちらこそ。お願いします」

 

『あと、その他人行儀な喋りはやめてね。ちょっと傷つくから。』

 

「わかりま……わかった。ありがとな。またいつでも電話してくれ」

 

『OK!お詫びの件は、また今度ね!じゃあね!Bye!』

 

 彼女は、最後まで明るい声だった。

 

 

 

 ……。

 

 まだ手が震えていた。

 彼女を、振ってしまった時からだ。

 俺は一体、何様のつもりだろう。

 ……あんな人を袖にして。

 

 ダージリンの事を言っていた。

 可愛そうだと。

 ……え?まさかな。

 

 ……。

 …………。

 

 まったく。思春期のガキか。……思春期のガキだった。

 

 あの試合から、どうもおかしい。

 今のもちょっと、トラウマを感じた時と同じ感覚だ。

 

 いろいろあって、

 何考えているかわからない、あのクソジジィもそうだし。

 千代さんの連絡も来ない。留守録にメッセージは、入っているはずなのに。

 

 

 

 最後に、先程の言葉を思い出した。

 

「……はっきりしろか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝練の為の早起きにも、少し慣れてきた。

 

 今日も、普通の登校時間より大分早めに部屋を出る。

 ちょっと今日は、いつもより余裕があるかな。

 

 アパートの階段を降りて行く。

 あ、カギ……。

 

 階段を降りて、下の階に近づいて行くと聞こえてきていた、カチャカチャとした金属音が、今日は聞こえない。

 彼の部屋の前に来たら、いつもの筋トレは、もう終わっていたようだ。

 

 休憩か、終了か。どちらかわからないけど、彼は、アパートの部屋の前に置かれていた、ベンチに座っていた。

 

 彼が作ったベンチ。自動車部から、いろいろ借りて来て、廃材とかで作ったお手製ベンチ。

 この人、何でもつくるなぁ。

 

「……おはよう。みほ」

 

「お・・おはよう、隆史君」

 

 大会から帰ってきてから、随分と元気が無いように見える。

 見た目は変わらないのだけど、覇気が無いというか、何というか・・。

 

 どうしたんだろ?

 

「……」

 

 下を見て、軽く息を上げている。

 ……やっぱり何か様子がおかしい。

 

「あの、隆史君」

 

「……なに?」

 

「何かあった?悩み事とかなら、聞いてあげる事くらいできるよ?」

 

「……そうだな。アー……」

 

 なんだろ?

 

「あー・・」

 

「うん?」

 

「言って、大丈夫なのかな……?」

 

 なんだろう。本格的におかしい。

 

「それは、聞いて見ないと、わからないけど……」

 

「いやまぁ……そうだよな」

 

 なんだろう?煮え切らないなぁ。

 この前の事かな?

 まぁ・・隆史君が全面的に悪い訳じゃないのは、わかっているし……本当に変な所、弱気になるなぁ、隆史君は。

 

「みほ」

 

「なに?」

 

「今日、朝練無いけど今から学校行くのか?」

 

「……あ」

 

 そうだった。今日は休みだった。

 まだ通常の登校時間には早すぎるのに、制服を着てカバンを持った私を見て、聞いてきた。

 焦る私を見て、彼が苦笑している。

 

 強引に話題を変えられたのかと思ったけど、ちょっと違った。

 息を飲んで、ため息をした。……思い切った様に口を開いた。

 

「……ケイさんからまぁ、昨日の昼休みに電話があってな」

 

「あぁ・・サンダースの。で?それが?」

 

 ちょっと口調が冷たくなっちゃった。

 でも彼は、特に焦るわけでも無く、淡々と話を続けてきた。

 ただ顔が、ずっと私の足元付近を見ている。

 

「んぁー……まぁなんだ。簡単に言うと「付き合わないか?」と言われた」

 

「…………」

 

 まぁ、ダーリンとか呼んでたしね。

 でも、まだ会ったの一回だけだよね?

 

 うん。ちょっとビックリして、思考が追いつかないな。

 

「……そう。告白されたんだ」

 

「あれは、そういう事だよなぁ……」

 

 ……。

 

 ……。

 

「それで?隆史君は、どうするの?」

 

「いやぁ……断っちゃった」

 

 ……。

 

「……そっか」

 

「初めて人から、好意を告げられたんだけどなぁ」

 

 ……多分違うなぁ。

 気づいて無いだけだろうなぁ。

 

 はっきり言わないと、わからないんだろうな。

 あの、お姉ちゃんでさえアレだ。……腕を組みに行くのだから。

 

「どうして、断っちゃったの?」

 

「ん?まぁ、この前のアレの後だろ?まだ良く知らない人だし」

 

「うん」

 

「それに……あ、いや。うん。正直な話、何で断ったのか俺にもわからん」

 

「うん」

 

「それでまぁ、モヤモヤして……今朝から全力で筋トレしてた」

 

「それは、わからないなぁ……」

 

「だからまぁ、俺自身の事だから大丈夫。うん。……うん」

 

「……」

 

「結局、何が言いたいのか、わからんな。よくわからない話して、悪かった」

 

「……」

 

「あれ。みほ?」

 

「……」

 

 断ったと聞いて、安心する自分がいた。

 

 断ったと聞いて、不安になる自分がいた。

 

 断った理由が、まだよく知らない人だから、と言っていた。

 

 ……これがもし、よく知っている人だったら、どうだろう?

 

 どうなんだろ?

 

 例えば……。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 第一回戦勝利の祝勝ムードも、学校全体に広がっている。

 生徒会が大々的に、戦車型のアドバルーンや垂れ幕で、発表しているのが大きいけど……。

 隆史くんに、全部やらせて悪かったかなぁ。

 

「今の戦力で、2回戦勝てるかなぁ」

 

「絶対、勝たねばならんのだ!」

 

 私のボヤキに桃ちゃんが、反論してきた。

 わかっては、いるんだけどね。不安になるよ。

 

「2回戦は、アンツィオ高校だよ?」

 

 会長が、カラカラと車輪付きの椅子に反対に座って滑ってくる。

 干し芋食べてないで仕事してください!

 

「ノリと勢いだけは……あるからねぇ」

 

「調子に乗られると、手強い相手です」

 

 

 

「逆に言えば、調子に乗る前に、叩けばいいだけですよ。只今戻りました」

 

「おかえりぃ~」

 

 戦車道の練習の準備をお願いしていた、隆史君が戻ってきた。

 

「ご苦労」

 

「ありがとうね。隆史君。あ、それ頂戴ね」

 

 隆史君が持っていた書類を受け取る時、桃ちゃんが気づいた。

 

「なんだ?尾形書記。顔色が優れないが……体調管理も仕事の内だぞ!」

 

 桃ちゃんが、それ言う?

 

「あれ?桃ちゃんセンパイ。心配してくれるんですか?」

 

「桃ちゃんと呼ぶな!!近い!離れろ!くるなぁ!」

 

 前より、近づかれても大丈夫になったけど……まだまだだなぁ。

 

「あ、そうだ。隆史ちゃん。アンツィオ高校に知り合いが、いたよね?」

 

「え?はい。いますね。料理仲間ですね」

 

「料理仲間?」

 

「ま、ちょっと昔、一緒に飯屋やった事あったんで。それが?」

 

「いやぁ~実際、どんな人達なのかなぁってね」

 

「食欲と、ノリと勢いと、食欲だけです」

 

 即答された。

 食欲って……2回も言ったよ。

 

「後、まぁ気のいい奴らですよ。……散々飯、食わされるけど」

 

 それじゃ良くわからないなぁ。

 

「じゃあ、食べ物を餌に、罠でも掛ければ引っかかるかなぁ?」

 

「餌をパスタ料理にすれば、高確率で引っかかると思いますよ」

 

 ……どんな人達なんだろう。

 

 

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

「おーい、1年。その持ち方じゃ危ないぞ」

 

 早朝練習の中、珍しく隆史君が、戦車倉庫にいた。

 

 大体練習が始まって、みんなが戦車に乗り込むと、一人っきりになる為、何をしているかわからない。

 スコアつけたり、私達の改善点とかを、西住さんと話し合っているらしい・・とは聞いていた。

 実際、プリントとかで、各チーム事のデータ表とか、目標点とか作成されて配られた。

 

 聞いてはいたけど、大体練習が終わるまで、どこかにいるみたい。

 何やっているんだろ?今度聞いていみよう。

 

 ただ今日は、みんなといる。

 更に、1年生に声まで掛けていた。

 

「あ、タラシ先輩!」

 

「あれ?スケコマシ先輩だっけ?」

 

「タラシ先輩の方が、言いやすいよね?」

 

「じゃあタラシ先輩で!何ですか?タラシ先輩!」

 

「……」

 

 あ、隆史くんが、渋い顔をしている。

 ダメージ受けてるなぁ……。

 でもまぁ・・自業自得だよねぇ……。

 

「……砲弾を戦車に上げる時、その持ち方では危ないぞ、と言っているんだ」

 

 あ、甘んじて受けた。

 

「腕だけの力で、重いものを上げちゃダメだ。腰を使え」

 

「腰って……なんかヤラシー♪」

 

 あぁ、からかわれてるなぁ……。

 

「……真面目に言っている」

 

「……あ、はい」

 

 あー……あの顔で睨まれたら怖いよねぇ。

 素直に従っちゃった。

 

「怪我をしてからじゃ遅い。力尽きて手を滑らしてみろ。砲弾を足に落としたら、折れるだけじゃすまんぞ」

 

 隆史君が1年を脅している。

 

「何してんの?」

 

「あ、会長」

 

「んぁ?隆史ちゃん?」

 

「えぇ。彼、練習中何してるのかなぁって見ていたんですよ。そしたら一年に何か教えてるようで……」

 

「ふーん珍しい。んじゃ、私も見てみよう」

 

 あれ。気がついたら他のチームの人達も見てるね。

 珍しいものね。

 

「いいか?腰をまず落として……そう。腹筋と背筋を意識して」

 

「腕じゃないんですか?」

 

「違う。腕だけだと疲れるだけだ。腰も痛める。肩に担ぐ感じで、腕を使いな。……そう、後は体全体で立ち上がる感じで上げてみな」

 

「あ!すっごい楽!」

 

「そうだろ?単純な筋力鍛えるのも大事だけど、それだけだと長続きしない。大事なのは、体全体で押上げる感じだよ」

 

「先輩、腕だけで上げれるんですか?」

 

 返事をする前に、他の砲弾を掴む。

 そのまま、砲弾を片手で軽々と車上の子に渡す。

 

「うわぁ!」

 

「受け取る方も、抱え込む様に……そう」

 

「まぁ鍛えれば出来るようになると思うけど、さっきも言ったけど、長続きしない。装填手は、今の要領でやれば装填スピードも上がるだろ」

 

「でも、戦車内ってあんまり広くないですよ?」

 

「応用だよ。重い物を持つ感覚……まぁ体の筋肉の使い方だな。それがあれば、無意識にできるようなるよ」

 

「へぇ~」

 

「装填スピードが1秒違うだけで、勝敗が変わる事もある。だな?みほ」

 

 西住さんが、話題を急にふられて慌てて答えてる。

 見られている事に、気がついていたかなぁ。

 

「う・・うん。乱戦や一騎打ちとかになると、特にそうだね」

 

「おー。お墨付きがでた!」

 

「タラシ先輩、ありがとうございます!」

 

「タラ……まぁ俺は、こんな事くらいしか教えてやれんけど、わからん事あったら聞いて……」

 

 言いかけた時、話しかけていた子から、小さくお腹が鳴る音がした。

 

「えーと、宇津木さん?飯食ってないのか?」

 

「ちょ・・ちょっとダイエット中でしてぇ」

 

 少し赤くなりながら、朝食をとっていない事を説明している。

 体ちっちゃいのに、それで持つのかなぁ。

 

「……朝食抜くと、逆に太るぞ」

 

「え!?」

 

「まぁ、人にもよるけど代謝が落ちて、太る人もいる。というか、装填手なんだからちゃんと食わないと」

 

「」

 

「ちょっと、待ってな」

 

 そう言っていつも持参しているクーラーボックスから、一つの包を取り出した。

 

「ちょっと休憩して、これでも食べな。ラップで包んで作ったから、直接俺の手で触れてない」

 

 包みの中は、おにぎりだった。何でそんなもの持ってるの。

 

「あの・・でも」

 

「いいから、食っとけ。昔バイトで出してたの同じだから、店の商品と変わらない。気持ち悪いならやめとくけど……」

 

「いえあの・・何でこんなもの持ってるんですか?」

 

「……みほが、たまに同じ事するから。朝練ある時は、予備で作っておくんだ。余ったら自分で食う」

 

 隆史君!って、遠くで少し赤くなりながら抗議している西住さん。

 

「卵焼きもあるぞー。甘いのとしょっぱいのどっちがいい?クーラーボックスって保温性もあるから、こういう時役に立つ」

 

「え……じゃぁ甘いの……」

 

「んじゃこれね。椅子で、ちゃんと座って食べな」

 

「はい。あ・・ありがとうございます」

 

「あ、ちなみにな。装填手は、痩せるぞ」

 

 「「「え!?」」」

 

 あ、他の人達も食いついた。

 

「さっき言った方法で、やっているとな。腹筋を意識して鍛えるのと一緒だから、ウエスト辺り引き締まるぞ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「体重は、筋肉がつくからあまり変化ないけどな。見た目が、全然変わってくるぞ。ただ、飯食わないとキツイだけだからな。これからは、ちゃんと食べなさい」

 

「は・・はい!ありがとうございます!」

 

 頭を下げて、座れる所を探しに行ってしまった。

 ゴソゴソ片付けをしている隆史君に、桃ちゃんが……。

 

「尾形書記!勝手に休憩にしてもらっては、困るぞ!!」

 

「桃センパイ。すいませんね。空腹で集中力切らして、怪我でもしたら元も子も無いでしょう」

 

「ヌ!」

 

「あぁ後、桃センパイ。生徒会の仕事……柚子先輩に頼まれたの、やってなかったでしょ。机に積んでありましたけど……」

 

「あ!」

 

「ちょ!桃ちゃん!あれ締切、昨日だよ!?」

 

 それはちょっと困る。締切過ぎてるよ。

 戦車道だけじゃなくて、学校関係の発注書類とかあったのに!

 

「あー。俺やっときました。勝手にやってすいません。コピー取ってあるんで、後で柚先輩、確認して下さい」

 

「本当!?隆史君!!ありがとー!!」

 

 助かったよ!本当に助かったよぉ!

 ……発注書類関係を、桃ちゃんに任せた、私が悪いのかな……。

 

「桃センパイ」

 

「な・・なんだ!!」

 

 青くなっていた桃ちゃんに、追い打ちでもかけるのかな?

 

「……戦車倉庫内にあった布製品。汚れたからって、丸めておかないで下さい。油が付いていても洗えば、まだ使えます」

 

「な!」

 

「掃除用とかのもそうです。自動車部のツナギと一緒に洗濯しときましたんで、後でちゃんと片付けてくださいね」

 

 ……あれ。いつの間にか自動車部とも仲良くなってるの?

 

「あ、そうだ。鈴木さーん。この前、頼まれてたのできたよ。放課後、車で運んでやるよ」

 

「カ・・カエサルだ!……すまん。助かる」

 

 ……え。なに隆史君。すごい働いてるけど。

 

 いつの間にか、うさぎさんチームの丸山さんが、隆史くんの制服をつまんでいた。つまんでクイクイ引っ張っていた。

 

「な・・なに?丸山さん」

 

「……お父さん?お母さん?」

 

「……まだ独身です」

 

 隆史君の主夫化が進んでいた。

 

 

 

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 苦笑しながら答える隆史君の目線が、戦車倉庫の入口に向いていた。

 急に、真顔になるから、何かと思い目線の先を見てみた。

 

 皆の戦車正面の向かい側、初めから開かれた扉の真ん中に、二人の女性が立っていた。

 

 知らない人だ。

 そもそも服装が、大洗の制服では無かった。

 

 どこかの制服かな?同じ格好をしている。

 大人の女性に見えるけど……。

 

 

「練習中すいません。大学戦車道連盟の使いの者です。少々よろしいですか?」

 

 メガネをかけた女性が名乗った。

 大学の連盟?

 

「どうも。こんにちはぁ。生徒会長の角谷です。どの様なご要件ですか?ちょっとまだ授業中なんですけど」

 生徒会長が、真っ先に挨拶をした。

 

「大学の戦車道連盟の人が、なんの用だろ?」

 

「なんだろ?」

 

 もう一人のロングヘアーのお姉さんは、申し訳なさそうな顔をしていますね。

 西住さんに、用があるんだろうか?家元の娘ですしね。

 

「ごめんなさいねぇ。尾形 隆史さんは、いらっしゃいますか?」

 

「え!?隆史君!?」

 

 意外な名前が上がった。

 

「隆史君は……確かにいますが、……大学の連盟の人が、なんの要件でしょうか?」

 

「少し……彼に御足労をお願いしたく迎えに上がりました」

 

 私との会話をしながら、唯一の男性である隆史君を……睨んでる?

 

「私達は、あくまで使いの者です。関係の無い方にはお話できません」

 

「それは無いんじゃないのかなぁ?理由も無しに、連れて行くなんて」

 

「会長。俺は、いいですよ」

 

 会長の発言を遮って、隆史君が彼女達の前に出てきました。

 

「多分、練習試合の時に、俺が抜けていた理由に関係してますから。家の問題ですよ」

 

「隆史ちゃん?」

 

 会長と彼女達との間に割り込む。

 あんまり良い雰囲気とはいえない。

 

「一つ教えてください」

 

「何かしら?」

 

「貴女達は「誰」の使いですか?」

 

「誰とは?」

 

「……わかるでしょ?」

 

 ……。

 

 暫く黙り込んで、睨み合っている。

 西住さんが心配して、隆史君の後ろにまで来ていた。

 

「……はぁ。島田流家元よ。私達は、彼女の教え子です。家元に頼まれて迎えに来ました」

 

 諦めたように、隆史君の問いに答えました。

 うわぁ……すっごい嫌そうに言うなぁ。

 

「確認しても?」

 

「確認ですって?……信用ならないって顔してるわね。どうぞ?何するか知らないけど。それで納得いくならね」

 

「……わかりました。ありがとうございます」

 

 そう言って携帯を取り出して、電話を操作している。

 明らかに不機嫌になった女性達。

 

「なに?連盟にでも問合わせているの?……あまり、お姉さん達を、舐めてもらっても困るのだけど?」

 

 半分小馬鹿にしたような顔をしている。

 段々口調が、素に戻っていっているのか、もう社交辞令の敬語も使わなくなっていた。

 

 ……が、隆史君の電話相手が出たのだろう。名前を呼んだらその顔が引きつった。

 

「あ、千代さん?やっと出てくれましたね」

 

 「「!!?」」

 

「……そうですか。そんな多忙な時にすいませんでした。いえ。少々確認したい事がありまして……」

 

 隆史君が会話中、彼女達の様子が急に焦りだしたように見えます。

 

「……はい。そうですか。こんな時ですからね。……わかりました」

 

 電話をしながら彼女達に近づいていく。そのまま携帯を、目の前に差し出した。

 

「な・・なにかしら?」

 

「あの・・ルミさんって人に変わってほしいって……」

 

「え!私!?」

 

 メガネを掛けてた女性が、恐る恐る携帯を受け取り、耳に当てた。

 

「……はい」

 

「い、いえ!!そんな事は!!だ・・大丈夫です!はい!丁重に!!」

 

「……」

 

 完全に先程までの威圧感が、無くなっている。

 会話に参加できなく、まったく状況がわからない、もう一人の女性は完全にオロオロしちゃっている。

 

「……はい。ありがと」

 

 会話が終わったのか、隆史君に携帯を返している。

 通話がすでに切れているのか、携帯をズボンに入れる。

 

「はぁ……やっと繋がった……。やっと話ができた」

 

 隆史君は、ボヤく時に音量を考えたほうがいいね。

 周りに丸聞こえのボヤキは、ボヤキじゃないよ?

 それで、毎度痛い目にあっているんじゃないのかなぁ?

 

「そういう訳で、確認が取れましたね。直接、俺に直接説明したいって事でした。貴女達の事も納得できましたし・・同行します」

 

「そ・・そう!良かったわ!」

 

「そうね!行きましょう!!」

 

 急に焦りだしたなぁ。

 電話が終わってから、ソワソワしだした。

 先ほどと態度が違いすぎる。

 後ろを向いてコソコソ相談し始めた。

 

「家元に釘を刺されちゃった……」

「こ……婚約者の親だもの。番号くらい知っていて当然よね?」

「下の名前で呼んでいるのにも、びっくりしたけど……」

「家元に何言われたの!?」

「あ……危なかった。拒否したら無理矢理にでも、連れて行こうと思ったけど……」

 

「何言ってんですか?」

 

「な!何でもないわ!!」

 

「気にしないで!!」

 

 あからさまに怪しいのですけど……。

 

「会長。そんな訳で、申し訳ないですけど早退します」

 

「えー。まぁ隆史ちゃんが、いいならいいけど」

 

「すいません。……それじゃ、荷物取ってきていいですか?」

 

「え!?えぇ!もちろんよ!」

 

 隆史君はそれだけ言って、教室に戻ってい……かないな。

 入口の外で立ち止まって、顔を横に向けている。

 

「……貴女も、連盟の使いの人ですか?」

 

「そ、そうね!」

 

 壁に隠れて、中にいる私達には見えないけど、誰かと会話をしているようだ。

 女性かな?

 

「……何ですか?その荷物」

 

「気にしないでね?細かい事気にする子、お姉さん嫌いだなぁー!」

 

 明らかに声だけでも焦っているのが、わかるんだけど……。

 首をかしげて、そのまま今度こそ教室に向かっていった。

 

「練習中、失礼しました」

 

「では、私達もこれで」

 

 お姉さん達も、最後はビシッっと決めて帰っていった。

 あの状態からだから、決まってなかったけど。

 

 あれ?

 

「西住さん?どうかした?」

 

「あ、いえ……」

 

 隆史君の位置に一番近くにいた、西住さん。

 何か考え込んでいる。

 

「……帰って来たら聞いていみよう。今は、試合の為に集中しないと……」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 じ・・地獄だった。

 移動中のヘリの中が、地獄だった。

 何?あの延々と黙って、睨まれる拷問。

 一人は操縦の為いなかったが、二人に延々と睨まれる。

 ずっと見られているだけでも苦痛なのに。

 

 初対面だよね?

 何もしていないよね?

 

 戦車倉庫の外にいた女性は、大きな半開きのバッグを持っていた。

 あそこでは、黙って見過ごしてたけど……中身がエグかった。

 

 何で、スタンガン入ってるの?

 拘束用のためだろうか?ロープやらなにやら……。

 

 ヘリの中で聞いてみたけど、万が一の為としか答えてくれないし……。

 

 そして、やっとその地獄が終わったのが、夕方になってからだ。

 ようは、到着したんだ。

 

 日本戦車道連盟会館の迎賓館。

 

 初めに呼び出された所。

 

 ヘリが到着し、迎賓館まで先程の3人が、俺を連行している。

 うん……連行してるね。逃げやしないってのに。

 やっと千代さんと話せるんだから。

 コツコツ廊下を、3人に囲まれながら歩いている。

 

「あの……別に逃げやしませんよ?」

 

「……」

 

「あの……」

 

「逃げない証拠は?」

 

「は?」

 

「婚約を破棄されると分かっていて、君が黙って家元に会いに行くと思ってるの?」

 

「……えーと」

 

「あんな可愛い隊長と婚約破棄よ?それを黙って受け入れるなんて、到底信じられないわね」

 

 ……えらい、真顔で公私混同をしている。

 あれ?あんたら大学連盟の使いじゃないの?

 それに隊長?……あ。愛里寿の事か。

 

「貴女達、大学選抜チームの人か」

 

「……そうよ」

 

「あの隊長の為に、この役にも志願したってのに……素直に貴方がついてきて、若干信じられないのよ。なにか企んでいるんじゃないかってね」

 

「あー・・。あのスタンガンやら、拘束具は俺が断った時に、無理にでも連れて行く為か……」

 

 スゲェーこと考えてるな。愛されてるなぁ……愛里寿。

 ってことは、この人達は、どういった経緯なのかは、知らないのか。

 

 まぁねぇ。傍から見れば政略結婚か何かと考えるのかなぁ。

 この人達から見れば、俺はあのガマ蛙と同じなのね。

 

「でも、なんで大学選抜の選手が、俺を迎えになんて来たんですか?あまり関係無いですよね?」

 

「志願したのよ」

 

 声だけで返された。

 

「家元から聞いて、私達で行くってね」

 

 ……逃がさない為にですね?とは聞けないけど、概ねそんな所だろ。

 人に任せておけないと。

 

「着いたわ」

 

 迎賓館の応接間、以前と同じ部屋だ。

 全体的に洋風な造りの為、夕日が当たる廊下は、独特な雰囲気を出していた。

 

 なんかえらい色っぽい大学生が、ノックをしている。

 

「アズミです。れんこ……お連れしました」

 

 連行って言いそうなっただろ。やっぱり連行じゃねぇか。

 

「これで、終わりね」

 

「やりましたよ隊長」

 

 あー・・愛が痛い。

 

『どうぞ。』

 

「失礼します」

 

 ガチャっと扉を開けた瞬間、すごいプレッシャーが押し寄せた。

 まさにブワッって感じに。

 

 「「「 ヒッ!」」」

 

 大学生達が怯んだ。

 まぁー……無防備で、いきなりこれじゃあなぁ……。

 

 さて。

 

「なんで居るんですか。しほさん」

 

 部屋の中に3名居た。

 

 右側の席に、千代さん。

 

 左側の席に、しほさん。

 

 その後ろに……あく・・亜美姉ちゃんまでいるよ……。

 

 何この部屋。

 

 あの練習試合後の、喫茶店をはるかに凌駕するんだけど……。

 

 

「ねぇ・・なんで西住流の次期家元までいるの?」

「蝶野さんまでいるけど!?」

「なにこの雰囲気!」

「ちょっと……この部屋入りたく無いんだけど……正直帰りたい!」

「た・・隊長の為よ!」

「そ・・そうね!」

 

 目の前に立っているから、邪魔だなんだけど。

 あー……もういいや。先に入ろう。

 彼女達の間を縫って入室する。

 

「失礼します。お久しぶりですね。しほさん、千代さん。……亜美姉ちゃん」

 

「久しぶりですね。隆史君。……フフッ」

 

「クッ・・わざわざ、ごめんなさいね。隆史君」

 

「先週ぶりねぇ。隆史君」

 

 なんだろう?若干嬉しそうな、しほさん。

 悔しそうな、千代さん。

 亜美姉ちゃんは、どうでもいいや。あ……笑顔で怒ってる。

 

 

「なに、あの子!?」

「平然としてる……」

 

 

 ……もう慣れました。

 

「何度も連絡をくれたのに、ごめんなさいね。少々仕事が立て込んでいたの」

 

「えぇ、先程少し伺いましたが……。でも何で、しほさんがいるんです?」

 

「本日、隆史君が来ると言ったら来ました。お邪魔ですよねぇ?」

 

「……貴女との口約束の決着を見るためです」

 

 なんでそんなに喧嘩腰なんですか、貴女達は。

 

「では、まずお掛けください。……貴女達は、もう下がってよろしいですよ」

 

 目線で、後ろの大学生達に合図を送る。

 

「あ、千代さんが良かったら、このまま居てもらってもいいですか?」

 

「え?彼女達に?」

 

「えぇ・・俺の状況の誤解を解きたいので……。彼女達がよければですが」

 

 また、拉致目的で来られてもたまらん。

 大学生の選抜選手なら、事情が分かれば今後、協力してくれるかも知れない。

 まぁ全て終わっていればそれで良いし。

 

「どうする?貴女達」

 

 「「「 はい!お願いします!」」」

 

 ……態度が強ばっているけど大丈夫か?

 

「そうですか。では、まず最初に……」

 

「はい」

 

「この部屋に入ってきた時、何故、最初にしほさんの名前を呼んだのでしょう?」

 

 

 

 ……。

 

 

 

「……は?」

 

「フフ……、見苦しいですね。千代さん?」

 

 ……。

 

「……お聞きしたいのですけど?」

 

 え?

 

「あの……。普通に、しほさんがいるのが、意外だったからですけど……」

 

「本当に?」

 

「あの……え?なんで?」

 

 うっわー。家元二人共、笑顔なんだけど、多分意味が違うんだろうなぁ……。

 

「フー。もういいでしょ?千代さん早く本題に入ってください」

 

 いつの間にか、後ろに来ていた、亜美姉ちゃんが説明してくれた。

 

「あの二人、隆史君が来る前に、どちらの名前を、先に呼ぶか勝負してたの」

 

「え?そんなの何か意味あんの!?」

 

「無いわね」

 

 即答しやがった。

 

「……それで、ピリピリして、あのプレッシャーを発していたのよ」

 

 ……。

 

 

「千代さん……あの、大学生の方もいますので、ね?……本題に……」

 

 ある意味、この人達ブレないから安心する自分がいる。

 

 ……多分、俺の中のどこかが、ぶっ壊れたな。うん、慣れちゃった。

 

 

 

 

 

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「では、今回の件ですが……」

 

「はい」

 

 やっと本題か。うん、真面目な話、大好き。

 

「あ、まず先に言っておくべきでしたね。家元襲名おめでとうございます」

 

「フフ・・ありがとうございます」

 

「でも随分と早かったですね。亜美姉ちゃんから聞いたときは、驚きました」

 

「えぇちょっと頑張りました。多少無理もしましたけどね」

 

 そこで、飲み物が運ばれてきた。

 また、えらい高そうなカップだなぁ……。

 ……紅茶か。

 

 ……ダージリン達か。

 

 あ、今はこっちの話だ。

 

「正直、練習試合を見た限りでは、勝ち続けるのは無謀に思えました。しかも、初戦の相手がサンダース大学付属高校ではね」

 

 あー・・まぁ。

 

「いくら、「西住 みほ」さんが、いらしても不安しかありませんでしたので……事を急ぎました」

 

「そ・・そうですね」

 

「ごめんなさいね。……正直負けると思っていました。試合前には、何とかしなければと……その為、予定より大分早く、家元襲名と相成りました」

 

 いやまぁ……そこはしょうがないと思うけど。

 しかし、先程と違いすごい上機嫌だなぁ。

 

「でも、そうなると俺って、必要なかったんじゃないかと思うわけですが……」

 

「いえいえ。隆史君が、愛里寿……娘の為に時間稼ぎになってくれたおかげで、妨害も無く集中できました。お陰で思ったより、大分早く事が片付きました」

 

「いえ。それで忙しかったと?」

 

「それもありますが・・まぁ先に結果から言いましょう。まず私の家元襲名。次に大学戦車道連盟理事長の「島田 忠雄」を失脚に追い込めそうです」

 

「は!?」

 

 それで、えらく上機嫌なのか……。

 

「や、いや。それはいいのですけど・・え?失脚!?いくら何でも早すぎませんか?」

 

「えぇ。事がうまく噛み合い、全てうまく行きましたよ」

 

 え?どういう事だ?失脚!?

 

「まず、あのヒヒ爺が大好きな実績とやらですが、大洗学園がサンダースに勝利した時点で、貴方に大きな実績が付きました。正確には、貴方達・・ですけどね」

 

「一回戦だけで?それだけで?」

 

 紅茶を口に含み、ゆっくりと喋りだす。

 

「使い古しの型落ちの戦車、それもたった5輌。その戦力で、倍の数である相手に勝利した。それも初出場の素人集団が」

 

「……」

 

「圧倒的に不利な戦力で、優勝候補校に勝ちました。強豪高校同士の対戦では無いのですから、これは十分な戦果ですよ?実績ってやつですね」

 

 弱小校を強豪校に。それも圧倒的不利な状況でも、勝利に導いたという実績……か。

 

「でも、俺特に何もしてませんよ?それは隊長である、みほの戦果ですよ」

 

「関係ありません。そんな事は、後からどうとでもできます。もちろん表沙汰には、しませんけどね」

 

 後付けで、どうとでもなるって事だろうか?嫌だなぁ……そういうの。

 ……そんな事言ってられないのかなぁ。

 

「その「西住 みほ」さんを、戦車道に引き入れ、サポート役として活躍……などでもいいですど。まぁいろいろできます」

 

 あれ?ちょっとニヤけてますが……。

 

「それに知っていますよ?最後の無線での激励。十分ですよ」

 

「」

 

 なぜ知っている!?顔が熱くなるのがわかるじゃないか!

 クスクス全員が笑っている。

 全員知ってんのかよ!!

 

 ……違う。何故か、大学生の人達がソワソワしだした。

 

「ふぅ……。私が家元を襲名して、大学戦車道連盟理事長に任命が確定になりましても、時期というものがあります。

 ですから本年度までは、大学戦車道連盟理事長の肩書きを持つ、ヒヒ爺が不安材料でしかありません」

 

「あ……そうか」

 

「実際になるのは、来年度でしょうね」

 

 そうか、正確には次期理事長ってことか。

 

「まず、隆史君。貴方は、蝶野一尉に「島田」の名前を使いましたね?」

 

 あ。

 

「えぇ。ヘリを貸してもらう為に。すいませんでした」

 

「いえ。もっと使ってもらっても良かったのですよ?まぁ貴方の事だから、使うか使わないか分かりませんでしたけど……これが、決め手になりました」

 

「……どういう事ですか?」

 

 俺個人の為に、人様の名前を使ったという、非常に情けない話なのに。

 

「まず最初に、「文部科学省 学園艦教育局長 辻 廉太」。……試合の翌日に、私に連絡を取ってきました。直接面会にまで来ましてね」

 

「あぁ・・あの七三分け。何でまた」

 

「「島田 忠雄」を裏切りました」

 

 ……感情のない声で、言い捨てた。ちょっと怖い。

 

「あの局長も、一回戦で大洗学園が勝利した時点で「島田 忠雄」が、追い込まれたと、確信していました。

 もう一度言いますが、それ程の戦果ですよ?誰も貴方達の勝利は、予想すらしていなかった。

 あの局長。やはり貴方への妨害の指示を、再三と受けていたようですよ。まぁ巻き添えを回避したかったのでしょうね。

 ……手土産に、ヒヒ爺の汚職の証拠と、妨害内容の一覧まで持参してきましたよ」

 

「何でまた急に……。まだ大会は続きますよね?」

 

「先程も言いましたが、隆史君が「島田」の名前を、「蝶野一尉」に使ったからでしょうね」

 

「……は?」

 

「実はですね……」

 

 大洗学園と聖グロリアーナの練習試合当日。

 あの喫茶店、千代さんの目的は、しほさんに会いに来る事だったようだ。

 俺と別れた後、しほさんに協力を頼んだそうだ。

 協力できる人材の確保。

 

 そこで、しほさんと母さんの推薦も有り、亜美姉ちゃんに白羽の矢が立った。

 俺の知り合いで、ある程度の地位も有り、戦車道大会にも顔が利く。完全に、こちら側の人間。

 

 その後、千代さんは、すぐにある噂を流していた。

 俺とガマ蛙とのやり取りを少し、情報操作した噂を。

 

 

 

 島田流次期家元の娘・・あの天才少女に婚約者がいる。親も認めている許嫁だ。

 そこに、あの悪い噂しか聞こえない「島田 忠雄」が、年甲斐も無く横恋慕している。

 

 まぁ、元々悪評しかないあの男。島田流家元に連なる、名前が欲しいのだろ。

 だからって相手は13歳の少女だろ?

 女好きなのは有名だけど、まさかロリコンの気まであるとはね。

 

 しかし、実際の許嫁は誰だ?あの容姿端麗な、次期家元が認める相手だろ?

 どこかの御曹司か何かかね?相手は高校生らしいけど。

 その許嫁に、「島田 忠雄」が条件を出してきたらしいぞ?実績を出せば諦めると。

 

 金で買った地位の男が、偉そうに。

 肩書きが大好きな、あの男が言いそうな事だ。

 そもそも、ただの学生が上げる実績とはなんだ?

 ……意地が悪い。

 

 

 

「大まかに言えば、こんな感じかしらね」

 

「……」

 

 さりげなく御自身が、容姿端麗だと噂も流してますね。はい、わかります。

 

「この計画は、予備の計画でした。不確定すぎますからね。

 あらかじめ、蝶野一尉の管轄内で、隆史君が「島田」の名前を使ったら、派手に噂を流して欲しいと頼んでおきました。

 戦車道の試合会場内で使用するのならば、頼れる人物は、彼女くらいでしょうしね。

 「島田」の名前を隆史君が、使わない可能性もある以上、本当に気休め程度の計画でした」

 

「それなら、あらかじめ俺に、要請でもしてもらえば良かったんじゃ?」

 

「それでは、あまり意味がありません。それに、これ以上巻き込むのも気が引けましたので」

 

 ……今更だなぁ。

 

「それに、あの局長は「島田 忠雄」の指示でしょうね。妨害工作の為に、局長の関係者が現場にいました」

 

「何もされませんでしたけど……」

 

「どうも金絡みの妨害だったらしく、現場には来たらしいのですが、何もしないで見ていたそうです。

 何もしなくても大洗学園は負ける……。下手に金銭を使った妨害するよりも、見ていた方が得策だと思ったようですね。

 すでに何かあれば、アレと手を切るつもりだった様ですね。 ……そこで、貴方と蝶野一尉のやり取りを見ていたそうです」

 

「……」

 

「私が、あそこまで怒鳴ったのは、周りへのアピールね♪」

 

「亜美姉ちゃん、「島田」の名前を使う事を止めていたよな?俺自身が、公式に島田の婚約者だと、認めることになるとか」

 

「演技よ、演技。大体、島田流家元の名前をフルネームで、あんなに大声で言う訳無いでしょ?しかも、貴方のお母さんと西住流家元の名前まで。

 私が言ったくらいで、貴方があの場で引かない事くらいわかるわよ。だからできるだけ派手にいったわ。

 公式に認めるもなにも、その辺は島田流家元が、どうとでもできるわよ。

 それに、いくら身内や知り合いだからって、自衛官が一般人引っぱたいて……私も結構、やばかったわ」

 

「結構マジで殴ってたよな……」

 

「言った事は、結構本気よ。私が婚約当日の日に、ここにいたら止めていたわよ。ふざけんなって」

 

 千代さんが、話の腰を折るなと、亜美姉ちゃんを目で止める。

 

「自身から、島田流家元のご息女の許嫁と公表し、蝶野一尉から自衛隊の最新機を借用の許可を取った。

 しかも、貴方のお母様とそこの西住流家元との間柄も公表。

 最新機借用と蝶野一尉の口伝で、上層部まで知ることになった……。

 貴方一部で、すごい有名になりましたよ?私の所にも連日、確認の為の問い合わせが、すごかったわ。

 そこで敢えて、包み隠さずに「真実」を話しました。……貴方はヒーロー扱い、あの男は……。

 それと同じで、あの局長は、すぐに各所に確認を取ったのでしょう。そこで、裏切る決意をした……って所でしょうね。

 貴方の名乗りが、あの局長の裏切りの後押しをしたって所でしょうね」

 

 嬉しくない。そんな事で有名になっても……。真実を話した事で、婚約から後に引けなくなるはずだった、俺の逃げ道でもつくったのかね。

 しかしあの学園艦教育局長……。引き際が良すぎる。

 

「あの男にはもはや敵しかいないような状態。同情や正義感からでしょうかね?逆に、私達側には味方が、大勢増えました」

 

 ……千代さんは、たまに本気で怖く感じる時がある。クスクス笑ってはいるが、この人を敵に回したくないって考えしか浮かばない。

 

「元々、汚職の疑惑だらけでしたし、近々監査を入れます。あの局長の持ってきた証拠で、もうあの男も終わりでしょね。

 また、貴方への妨害内容も酷かったですね。ほぼ金の力に、物をいわせたものばかりでした。まったく・・無能が……」

 

 呆れてものが言えないって顔だ。実際内容は酷かった。

 日本戦車道連盟からの助成金の停止、審判の買収等……。

 なるほど。あの局長とやらも馬鹿らしくて指示は聞いたが、協力しなかったのだろう。

 

 あのガマ蛙が失脚すれば、あの局長にもメリットでもあるのかね?

 まぁ何より、あんなのと心中はゴメンだろうな。偶然とは言え、ほぼ自爆みたいな物だしな。

 

「時期を待たないで「島田 忠雄」が、大学戦車道連盟理事長を下ろされるのが、もはや確定しています。

 その為、裏での理事長としての仕事内容の引継ぎ作業で、連日忙しかったのです。それも終わり、漸く貴方を呼べました」

 

 はぁ……と軽くため息をついた。

 この人が珍しい……よほど忙しかったのか。

 全て片付いたって顔しているけど……本当に?

 

「あの……ちなみに、本命の計画ってどういう内容だったんですか?」

 

「知らない方がいいわ♪」

 

「……」

 

 目がマジだったから、聞かないでおこう。うん。

 

「あ・・でも、サンダースの隊長に俺に関して、大学戦車道連盟から問い合わせがあったみたいですよ?」

 

「……どういうことでしょうか」

 

「つい最近のようですね」

 

「……わかりました。少々調べてみすね。……イロイロと」

 

 千代さんは、立ち上がり、仕事机だろうか?その上の電話の受話器上げた。

 内線でもかけているのだろう。

 

「えぇ。もう話は、ほぼ終わったわ。そろそろ、こちらに来て頂戴」

 

 そのまま受話器を下ろし、また椅子へ座ると、直ぐにドアからノックが聞こえた。

 

『……母上。入ります。』

 

「……どうぞ」

 

 

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

 向かいの部屋に、愛里寿がいたようだ。内線電話で呼ばれここにいる。

 俺の横に並んで座っている……のだけれど、大学生達が随分と慌てているようだ……。

「何で貴女達がいるの?」って言われた時から、随分とまぁ・・アワアワしちゃって。

 

「さて、大体の問題は片付きました。約束通り、貴方達の婚約も破棄となりますが、よろしいですか?」

 

 大学生達が、パァァっと明るい顔になった。

 今まで黙っていた、しほさんも頷いている。

 当人同士という事で、愛里寿もここに呼ばれた。

 

「はい。そういう約束でしたものね」

 

「……はい」

 

 これで俺の役目は、終わりかな。

 結局、偶然で片付き、相手が自爆したような物だけど。

 なんにもしていない……。

 

 あ、囮役に、なっていたって事か。

 

「隆史君。今回の件、ありがとうございました。私としては、このまま婚約状態でも構わないのだけど……しかし口約束とはいえ、約束は約束」

 

「そ・・そうですね」

 

 しほさんから一瞬、殺気が出たぞ・・。

 

「愛里寿。今ここで、説明通り。貴女と隆史君との婚約は、破棄となりました。でもそんな顔しないの」

 

 横目で見ると……暗い顔をしていた。

 頭に手を乗せて、軽く撫でてやった。

 

「愛里寿、まぁその・・なんだ。うーん……」

 

 何か言ってやろうと思ったが、言葉が出なかった。

 ただ、頭を撫でているだけ。

 

 それでも、満足そうな顔をしているので、まぁいいか。

 

 

「あの男……。隊長が髪を触らせるなんて……」

「私達の隊長にぃぃ……」

「あぁ、でも満足そうな隊長が、カワイイ・・」

 

 

 大学生達から、殺気やら何やらイロイロ飛んでくるんだけど……。

 もう誤解は解けていますよね?

 

 

「では、そうですね。後は食事でもしながらで宜しいでしょうか?一席設けてあります。隆史君は、大丈夫?」

 

「え・・えぇ大丈夫ですよ」

 

 あの、愛里寿さん。そろそろ手を離してください。

 撫でていた手を、掴まれていた。

 なんだろう。この仕草を見て、ちょっとオペ子を思い出した。

 

 その瞬間、スッっと手を離された。あれ?

 

「……隆史さん。今私の頭を撫でながら、別の女性の事を考えていませんでしたか?」

 

「」イイエ。

 

「……ならいいです」

 

 ……プイッっと横を向いていしまった。

 

 え、何?え?

 

 

「た……隊長が、一瞬女の顔になった……」

「……まだスタンガン持ってる?」

「……鞄にあるわ」

 

 

 物騒な事言い出したぞ・・おい。

 

 あれ?

 

 ……今気がついたけど、愛里寿以外、大人の女性に囲まれている。

 亜美姉ちゃんは論外だけど、大学生含めて囲まれている。

 これは、チャンスでは、ないだろうか?

 

 ケイさんから電話をもらい、ここ数日ずっと考えていた事。

 相談相手がいないから、考え込むしかなかった。

 

 みほは、多分ダメだし、優花里も多分ダメだろう。

 華さんは怖いし、マコニャンは……頭いいけど多分ダメだろうなぁ……経験なさそう。

 沙織さんは……多分一番聞いてはいけないと、本能が判断した。

 

 そうだな。

 大人の女性に聞いた方が、解決するかもしれない。

 丁度、食事会をしてくれると言うのだ。

 

「しほさんは、どうしますか?」

 

「そうですね。婚約破棄も見届けましたし……予定も有りますし」

 

 ありゃ、しほさんダメそうか。

 

「しほさん帰っちゃいますか?そっかぁ……」

 

「どうしました?」

 

「いや、折角だから、ちょっと私用ですけど・・相談したい事あったんですけど、まぁ仕方ないですね」

 

「隆史君が、私に相談とは・・初めてですね。どのような?」

 

 ちょっと、みんなに注目されている。

 千代さん含め、大学生にまで見られている。

 

「あー・・なんというか。俺って傍から見て、鈍感ですかね?」

 

「そうですね」

 

「何をいまさら」

 

「あら、何か楽しいお話かしら」

 

「……デリカシーも足りないですよね」

 

 愛里寿さん!

 

「……で、それを少しは解消したいと思いまして。どうも俺は、自身に対する他者の好意というものが、わかりづらくて」

 

「つまり?」

 

「あー。まぁ俗に言う・・恋愛相談とやらですかね」

 

 ガタッ!

 

「ちょっと最近、イロイロありまして……」

 

 あ、亜美姉ちゃんが飛び退いた。

 家元コンビと愛里寿は、目を見開いている。

 

「隊長と婚約破棄した直後に、恋愛相談とか……」

 

「最低ね」

 

「死ねばいいのに」

 

 ……大学生チームが酷い。

 

「別に俺が、女の子と付き合いたいとか、意中の人がいる・・とかでは無くてですね。相手の気持ちくらいは、ある程度自覚しないといけないと失礼かなぁって……。

 こういう事、同級生には聞きづらくて……特にみほとかに」

 

「……そうですね。そこは正解です」

 

「大人の女性に聞いたほうが、いいかなぁって思ったんすけど……。あ、でも千代さん詳しそう……」

 

「……………………」

 

「愛里寿も・・なんかゴメンな。タイミングが、確かに悪かった」

 

「大丈夫。敵対勢力情報が、確かに足りなかった。この機会に手に入れる」

 

 愛里寿さん?

 

「あら。隊長がやる気になってる……」

 

 何に!?

 

「……では、しほさん。当然行きますね?お食事会」

 

「当然ね。今、予定を全てキャンセルしておきました。明日まで付き合いますよ。隆史君」

 

 え……。

 

「そうだ。貴女達3人も来なさい。蝶野一尉もいらっしゃいますね?」

 

「当然ですね!こんな面白そうな事!!」

 

 あ、いかん。亜美姉ちゃんのキラキラした目は危険だ。

 

「では、全員参加という事で。では、移動しましょうか。隆史君には、イロイロと暴露して頂きましょう」

 

「えっ!ちょ!!」

 

 亜美姉ちゃんに左腕を、ガッチリホールドされた。

 

「あ、愛里寿ちゃん。彼の右手でも握っていて。そうすれば多分逃げれないから」

 

「はい」

 

 そっと、右手を握られた。力尽くで振りほどけない……。

 千代さんが、先程とは違いなんだろう……すっげー楽しそうに言った。

 

 

「楽しいお食事会になりそうですね」

 

 




ハイ、閲覧ありがとうございました。

鈍感を自覚し始めたオリ主さん。
ケイさんは、オリ主の相談役として作ろうと思っていました。
なに気にフランクでも、オリ主にちゃんとした事を言ってやれる人物って少ないですし、比較的常識人のケイさんは、適任でした。

家元説明ちょっと、くどかったですかね。
この部分に直しいれまくって時間がやたらかかりました。
考えすぎるとワケ分からなくなりますね・・・。
もちょっと単純化できればいいのですけど。

次回は「しぽりんとちよキチの家元恋愛相談室」
・・・タイトルがキツイ。


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第21話~相談は無意味でした!~

 夜間病院の待合室ってのは、どうしてこう辛気臭いのだ。

 まったく、ここのヤブも儂をいつまで待たせる! 

 

「クソ!!」

 

 何故、儂がこんな目に合わなければならない! 

 全てが、裏目に出てしまった……。

 

 あの無能が! 儂の言うことを素直に聞いておれば、全て上手く言ったと言うのに! 

 監査だと? ふざけるな!!

 

 金のある人間が、金を自由に使って何が悪い! 

 今までこんな事は、無かったのだ。

 儂のすることは、全て正しかった。

 全てうまくいった。

 

 それに、あの女……。

 

 何が、全て目を瞑ってもいい……だ。何が、恩赦を与えるだ!! 

 

 儂が、島田家の人間だからだろうが。身内から犯罪者を出したく無いだけだろうが!! 

 資産の凍結? 遠方での隠居生活? 

 

 それで手を打つだと? 

 あんなクソ田舎にか? 離島だと!? ふざけるな!! 

 監視を付ける事を、条件に上げておいて何をいうか! 刑務所と何が違う!! 

 

 男に盾突くな! 

 

 島田の女? だからなんだ! 女なんぞ、黙って股を開いていれば、それで良い!

 

 クソ! 待っている時間、こうもやる事が無いと、余計にイライラする。

 

 ……どこで間違えた。どこで狂った? 

 

 どこで……。

 

 

 ……あの小僧か。

 

 

 

 思えば、あの小僧と出会ってからおかしくなった。

 それまでは、あの女もある程度は、言うことを聞いていたのに。

 あの小僧……。

 

 

 ズキズキと体中が痛い。顔が痛い、腹が痛い、腰が痛い、腕が痛い。

 

「あのチンピラめ……」

 

 病院の廊下の奥より、足音が聞こえてきた。

 

「理事長」

 

「チッ、……どうなったのだ? あの男は」

 

 七三分けの男が、立っていた。

 

 相変わらず表情を変えんな。気味悪い男だ。

 何が、お詫びをさせてくれだ。

 

「で? 儂に、こんな事をした奴の身元は? ……まぁ誰だろうと構わん。搾り取るだけ、搾り取れ」

 

「はい、私の秘書より連絡がきました。その秘書も、そろそろ警察より到着します」

 

 なんだ? 癪に障る、そのメガネの上げ方は。

 

「まず、理事長に暴行を働いた若者。……こちらから、警察への被害届けを取り下げて置きました」

 

「な!! ふざっ!!」

 

「勝手な事をしたのには、謝罪致しますが……。こちらをご覧下さい」

 

 なんだ、この紙切れは。

 

 この……。

 

 ……。

 

「あの若者の履歴書……の様なものです。犯罪歴を詳細に記載しておきました。……妙な縁ですな」

 

 これは……。

 

「……なるほど」

 

「お分かり頂けましたか? 条件付きで被害届けを取り下げましたので、あとは理事長のお好きにして下さい。こちら連絡先です」

 

「島田さーん。お入りください」

 

 連絡先をもらった所で、看護師からやっと呼ばれた。

 しかし今は、痛みよりもこちらの方が気になる。

 

 ……・確かにコイツは使える。

 使える、使えるなぁ。

 

「では、島田理事長。これで私は失礼します」

 

 

 仰々しいお辞儀なんぞしよって。嫌味にしか見えんわ。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「あ、辻局長! 只今戻りました」

 

「いやいや、ご苦労様でした。夜中に申し訳ないですね」

 

「いえ。しかしあの男も馬鹿ですねぇ……。今回も酔っ払って、店先の通行人に八つ当たりしただけでしょ? 」

 

「そうですね。でもまさか、あんな見た目の若者に絡むとは、思いもしませんでしたよ」

 

「……でも局長? あいつもう終わりでしょ? 何でワザワザ高級クラブまで使って、接待なんてしたんですか? 」

 

「手切れには、お金を惜しんではいけませんよ? 後を残します。どうせなら恩を売って終わらせたほうがいい」

 

「そういうものですか」

 

「そういうものです」

 

「しっかし、島田流の家元も、あんなのに恩赦なんて与えなきゃいいのに。ブタ箱にぶち込んどけばいいのに! 」

 

「……こらこら。一応貴女も、もう私の秘書なんですから。言葉使いをもうちょっと……」

 

「でも、あの野郎、私の腰とか、お尻とか普通に触ってきましたよ! 死ねばいいのに! 」

 

「まぁまぁ。……一つ、君は勘違いをしてますねぇ。島田流家元は恩赦なんて与えてませんよ? 」

 

「え、ですけど……。隠居とか言っていませんでした? 」

 

「……島田 千代さんと最後に会った時、私も聞いてみましたが……こう言っておられました。「刑務所なんて入られたら、もしもの時……」」

 

「もしもの時? 」

 

「「処理できませんから」と、笑顔で言われました。……もう彼女は、あの男を家畜以下にしか見ていないようですね。処理って言われましたよ」

 

「……」

 

「特に、金が大好きなあの男です。金は持っていますし、初犯でしょうし、すぐに刑務所なんて出てくるでしょうね。……それならば、いっそ飼い殺しにしたいと。

 娘に危害をあたえる素振りをしようものなら……って所でしょうね。 肩書き大好きな、あの男の事です。前科なんてつけたく無いでしょうね」

 

「……」

 

「いいですか? 貴女も私の秘書ですので、これだけは、言っておきますよ? 」

 

「……なんでしょう? 」

 

「西住流、島田流。この両家元だけは、できるだけ敵に回さないように。まぁ西住流は島田流と違い、絡め手では無く、もっと物理的に、真っ向から来ますけどね」

 

「……は、はい」

 

「はぁー……やっとあの男とも、手を切れますね」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「……なにココ」

 

 千代さんに案内されたのは、超が付きそうな高価そうな料亭。

 目が丸くなったヨ。

 大きい日本庭園を抜けて、独立して建てられていた、離れ座敷に通された。

 

 その離れの建物に近づく度に、徐々に不安になっていった。

 ……なにこの店。

 多分、生涯で二度と入る事はもう無いだろうな。

 大学生チームもビビっている。まぁ……そうだろな。大学生とはいえ学生だ。

 

 洋風全開な千代さんだから、意外って言えば意外だった。

 要人用の為なのだろうか、なんというか一目で秘匿感漂う、離れの座敷。

 襖を開け、部屋の中に入ると、すでに料理は、運ばれていた状態だった。

 

 御膳が二列、四膳ずつ向かい合って並んでいる。

 ……すでに置かれている料理が高そうなんですけど。

 取り敢えず、部屋には最後に入室したのに、誰も座っていないので座れない。

 その内に座るように促された。いや……俺が先に座っていいものだろうか? 

 

「取り敢えず、隆史君が座らないと、皆さんどこにも座れませんので」

 

 ……なんで? 

 ま、まぁいいや。とにかく座ろう。……どこに座ろうか。

 そうだ。取り敢えず逃げやすそうな、出入口に一番近い席に……。

 角席なら……。

 

 あ。

 

 スッっと笑顔で千代さんが、俺の横に腰を下ろした。

 

「あら」

 

 続いて、座布団ごと俺をズズズっと、千代さんとまとめて横に引きずらされた。しほさん! ? 

 開いた元俺がいた席に、座布団を持ってきて、普通に何事も無かったように座られました。

 

「」

 

「……」

 

「……」

 

 ……両サイドに家元が、来たのだけど。

 

「あの……家元様達は、上座にお座りになられたら如何でしょうか? 」

 

「私は、ここで結構です」

 

「私も、ここでいいですよ? 」

 

「」

 

 すいません。貴女達仲いいの? 悪いの? どっちですか? 

 

「……お母さ……母上。それは、ずるいです」

 

 愛里寿が何故か、ずるいとぐずっている。何が? 

 亜美姉ちゃん、なに肩を震わせていやがる。

 

「あら。愛里寿は、隆史君の膝にでも座らせてもらえば? 」

 

「……もう、そんな子供じゃないです」

 

 むすっとして、結局俺の対面に座った。

 半開きの目で、千代さんを見ていた。あぁこれが、ジト目と言うのか。なるほど。

 

「母上。大人気ないです」

 

 そんな隊長殿の左右には、例の大学生が座っている。

 余った席の上座には、亜美姉ちゃんが。

 結局、左席並びには、上座から順に、亜美姉ちゃん、千代さん、俺、しほさん。

 右席には、上座から順にルミさん、アズミさん、愛里寿、メグミさん。

 

 ……嫌な予感しかしねぇ。

 

 全員が席に着いた所で、飲み物が運ばれてきた。

 

 ……あの。

 

 ビールと一緒に運ばれてきたの、それって日本酒ですよね? 

 なんで樽酒さら、持ってきてんすか。

 それ祝い事とかで、パカーンって割る奴ですよね? 

 あ、すでに割れてる? いや、そういうことでは無いです。

 しかも、それあるなら、一升瓶の方はいらないですよね! ? 何で並んでんの? 

 

 ……そして、並々と目の前に、中居さんから注がれるビール。

 

「……」

 

 ソフトドリンクとやらが、愛里寿の前にしか無いんですけど……。

 

 ……。

 

「あの、中居さん。俺、高校生です。未成年ですので……烏龍茶とか下さい」

 

「あ! 失礼しました。大人の方かと……。お下げしますねぇ」

 

「……いえ、慣れてますので……」

 

 老け顔なのは自覚していますけどね? こうはっきりされると……。

 

 ……しかし。すげぇ量の酒が、運ばれてきたんだけど。

 

 酒は怖い。みほにバレたら、また何を言われるか……。

 酒が回収されていくのをボケーと眺めていたら、名残惜しいとでも思われたのだろうか? 

 

「隆史君、未成年だからダメよ? 」

 

「……亜美姉ちゃん。故意で、飲んだこと何て無いよ。それにな……」

 

「なに? 」

 

「飲酒とかの不祥事が原因で、大洗学園が、大会出場停止……なんて事になったら洒落にならん」

 

 選手でもない俺のせいで、そんな事になったら冗談抜きで首を括る事態だろうが。

 土下座じゃすまん。

 

「大丈夫ですよ? 隆史君。ここは、要人密会などでも使われている料亭です。情報が外に漏れるなんてありえませんよ? ……例え殺人とかでもねぇ」

 

「……」

 

 聞かなかったことにしよう。うん、不祥事は意識して警戒しよう。

 

 千代さんの挨拶もそこそこに、食事会が開始された。

 千代さん自身のお疲れ様会、みたいな感じだった。

 もう笑顔が、とにかくものすごかった、なにそのヤケクソ気味の挨拶。

 

 敢えて言わない。だって長いから。

 最初に、ブツブツずーーーと言っていた。

 聞こえない。怨嗟の声は聞こえません。

 ……とか思っていたら、いきなり「お疲れ様です! 」ってキラッキラした笑顔で言っていた。

 

 溜まってたなぁ~……としか言えなかった。

 ……お疲れ様でした。

 

 

 

 

 ---------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

「あ、しほさんは、飲まないのですね? 」

 

「一応、相談を受ける身ですし……何より千代さんが、あのペースでしょう? 」

 

「そうですね……」

 

 キラキラ笑顔で、すでに一升開けていた。……30分経ってませんよ? 

 あの、樽酒も飲んでいませんでした? 

 

「私まで酔ってしまったら、アレを誰が止められると? 」

 

「……ですねぇ」

 

 大学生達も結構なハイペースで、飲んでいる。

 絡まれている、愛里寿が迷惑そうにしているなぁ……。やだなぁ酔っ払い。

 あの酔っ払い3人組に、千代さんを止められるとは思えないな。うん。

 

「では、隆史君。話をお聞きしましょう」

 

 早速本題と、しほさんから切り出してきた。

 ……今更だけど色々と心配になってきたな。

 

「えーと……、まずですね……」

 

 一応、ケイさんの名前を伏せ、携帯でのやり取りと、ダージリン達との事を大まかに説明した。

 ……さすがに土下座行脚の原因は話さなかったが、プラウダ高校との間も、話の流れ的に話す事になった。

 

 しほさんは、俺の青森での事は知らない。

 大学生のお姉様方も、やはり女性だということか。

 初めは、興味が無い様だったけど、次第に話を聞き始めていたのだろう。黙っていた。

 

 大洗学園に転校して、現在に至る所まで話したら、全員より一斉にタメ息がでた。

 

 ハァー……って、ハモったよ? 

 

 愛里寿まで、タメ息しましたよ! ? 

 

 ……では、亜美姉ちゃんから順番に。ありがたいお返事。

 

 

「うっわ、引くわー……。あんた一体何人に粉かけてんのよ……」

 

 ……あの亜美姉ちゃんに、ドン引きされた。

 

「隆史さん。……さすがに、それはどうかと思う」

 

 愛里寿さん! ? 

 

「鈍感とかの問題じゃないでしょ。……貴方、どっか壊れてんの? 」

 

「意識してやってるなら、ただのクズだけどねぇ」

 

「なに? ハーレムでも作る気? 頭おかしいとしか思えないわよ? 」

 

 ……お姉様方も酷かった。

 

「隆史君は、結構モテるのですねぇ」

 

 ……千代さんの目だけが、笑っていなかった。

 

「ふむ」

 

 しほさんだけ、何か考えてこんでいた。逆にコワイっす。

 

「いやいや、俺だって好意はある程度、感じてはいたんですよ! ? ですけどね! 男からの立場で言うわせてもらうとですね! 」

 

「……なんでしょう」

 

 あぁ……愛里寿さんまで、ジト目で見てくる!! 

 

「例えば、「君は俺の事好き? 」とか本人に聞けないじゃないですか! んな事したら、ただの思い上がりの激しい馬鹿ですよ! ? 」

 

 「「「「ストレートに聞く馬鹿が、何処にいるの。」」」」

 

「」

 

 ……まぁそうなんですけどね。

 

「……いや。あの俺こんなんですし、……正直、自分がそういう目で見られるって思えないんすよ」

 

「あー……まぁ気持ちは分からないでも無いかなぁ……でもさ、普通、海外旅行に男誘う? 明らかに、友達以上の好意はあるわよね? 」

 

 ルミさんと言ったか。メガネの人。

 

「……どうしてそれを知ってるんですか? 」

 

 ちょっとバツが悪そうな顔をしたけども、あっさりと吐いた。

 

「あー……。第一回戦で、君に声かけたスタッフって、あれ私達だから」

 

「はぁ! ? 」

 

「ルミは男装していたけどねぇ。あのやり取りも全部見ていたわよ? そして報告済みぃ」

 

 ……なにしてんの、この人達。

 それで無線のやり取りを、千代さんが知っていたのか。

 

 その横で愛里寿が、黙々と料理を食べているかと思ったら「インプット」って顔をしていた。

 何故だろう、軽く悪寒を感じる。

 

「そうですねぇ……。隆史君。少なくとも、友達以上の感情を持っている娘。断言できるのは、最低6人はいますね」

 

「6人!!??」

 

 千代さんの言葉に絶句した。

 嘘だろ……。

 

「まぁ、話を聞いた限りですけどね。……まだ増えそうですね」

 

 ……モテ期とうらーい。とか言ってる場合じゃねぇ。マジで? 

 

「あの時、ヘリ借用を頼みに来た時の子は、どうなのよ。あんたの事だから、あの子とは、ただの友達とかでしょ? 」

 

 亜美姉ちゃん。酒が入っている為か、ただ単に俺に呆れているのか、段々と言い方が乱暴になってきてますよ? 

 

「あーあの時ね」

 

 アズミさんが食いついた。食いついたって事は、そこまで見てたのかよ。

 

「んー……貴方。他の子にも、あんな事までするの? 」

 

「あんな事? 」

 

「いや、土下座したり必死に食い下がったりとか」

 

 ……するな。

 

 みほの時もしたし、まほちゃんの時は……ちょっと違うけども、条件が合えば同じようにするなぁ。

 カチューシャや、ノンナさんとか……ダージリンとかオペ子とかにも、間違いなくするなぁ。

 

「し……しますね。というか、してますね」

 

「あーらま、呆れた」

 

 呆れられた。……なんでだろう。

 

「女の視点からするとね。近しい男が、そこまで自分の為にしてくれるのよ? 普通、なにコイツって、ドン引きするか、別の意味で勘違いするわよねぇ。後は……あぁそれでか」

 

「な……なんですか? なに納得してるんですか」

 

 一人で納得されてもの困りますがな。

 

「隆史さん」

 

 今まで、一切喋らなかった愛里寿が、少し不安そうに聞いてきた。

 

「な……なんだろう愛里寿」

 

「今回の件も、そうなんですか? 私との偽装婚約の事も」

 

 ……なるほど。

 

「そうだよ」

 

 即答した。まぁそうだったし。

 

「もし失敗して、本当に結婚する事になっても良かったのですか? 」

 

「……うーん。失敗した時の事は、考えてはいたんだけどねぇ」

 

「けど? 」

 

「……真面目に答えようか。そもそも自分の行動の責任は、取るつもりではあったんだ。その後の事は、愛里寿の感情次第だと思った」

 

「母上に逆らってですか? 」

 

「そうだね。千代さんを、敵にまわしてもだね」

 

 相変わらず千代さんは、微笑みながら……・ちょっと待て。

 空になった瓶が、2つに増えてる! ? あ……目が座ってる。薄目で、俺の顔をジーと見てる! 

 み……見なかった事にしよう。

 

「……私が、了承したらどうしたのですか? 」

 

「うん。だから感情次第だと言ったんだ。俺の事を好いていてくれるなら、それでも良かった。好意に応えようと思ったよ。

 ただ、好いてもいないのに、家の為だと言うならば、何とか愛里寿とガマ蛙の件がほとぼり冷めた辺りに、婚約破棄の為に動こうと思っていたけどな」

 

「……そうですか。責任……」

 

 複雑そうな顔で、少し俯いてしまった。

 

「……あくまで責任。私に対して、思う所は……何も無かったのですね」

 

 あ、事務的に話しすぎた。

 冷たく感じてしまったのだろうか。いかん。涙目になってる! 

 

「愛里寿」

 

「……はい」

 

「思う所が、無いわけ無いだろう。普通に愛里寿の事、好きだけど? 」

 

「!!?? 」

 

 目を見開いて、赤くなってこっちを見直した。

 あーやっぱ涙目だ。

 「「「コイツホントウニ、コロシテヤロウカ? 」」」と、大学生チームが、マジな殺気を出し始めた!! 

 

「いやいや、だってそうでもなきゃ、婚約話に乗らないし、千代さんにも喧嘩売ろうなんて思わないヨ。……怖いし」

 

「あ……アゥ」

 

 「「「 」」」

 

 何故大学生達が呆然としている。

 あー……また俯いちゃった……。

 

「ちょ……ちょっと」

 

 そのまま赤い状態で立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。

 お手洗いかな? 

 

「この男が、何となくわかった」

「……ある意味天然よね」

「何今のテクニック。落として上げる……。すっごい自然に口説いたわよ」

「あんな隊長初めて見た……。あの男やっぱり消すしか……」

 

 ……。

 

「お姉様方。物騒な事言わんで下さい。別に口説いていません」

 

「隆史くーん」

 

「は……はい。なんでしょう千代さん」

 

「娘を口説くの2回目ですねぇ」

 

 嬉しそうに何言ってんだ、この酔っ払い。

 

「さて、隆史君」

 

 今度は、考え込んでいて喋らなかったしほさんが、口を開いた。

 至極冷静に、戦車道に関わっている時と、同じ感じで言ってきた。

 

「今までの話を聞いていて、思いましたが……。

 

「はい」

 

「貴方には「自分」というものが、あまり無いのですね」

 

「……自分? 」

 

「まほの時もそうですね。蝶野一尉との事も。今回の件にしても。他人を優先する」

 

「……そんな事、無いと思いますけど」

 

「誰も彼も、助けようとして……今までは上手くいっていたかもしれませんが、この先どうなるかわかりませんよ? 

 昔から貴方は、自分を必要以上に下に見る癖があります。その為でしょうか? 自身が頭を下げる事も、他人の盾になる事も、一切躊躇しない」

 

 目がスッっと細くなった。

 

「危ういですね。……貴方は一体、何を必死に……何を恐れているのですか? 」

 

「……」

 

 恐れる……ね。

 

 原因は分かっている。

 他人には絶対に言えないし、理解できないだろう。

 

 多分、今俺は、幸せなんだろう。いや、幸せだ。

 

 今のこの現状。

 大変な事ばかり起きているけど……。

 それでも、相談できる人もいる。頼れる人達がいる。

 一人でいる事が、ほとんど無くなった。

 この生活。今の生活。

 

 2周目の俺には、手放したく無い現状。

 

 だから不安なのだ。現状を変えてしまう事が。破綻してしまう事が。

 八方美人になってしまっているのだろうな。でもダメだ。無理だ。

 今の現実の為なら、何だってやってしまう。もうこれは、感情じゃどうしようもない。

 それに……色恋沙汰なんて、贅沢な悩みすぎて、理解できないだけであろう事も。

 

「……まぁその事は、次回でいいでしょう。どうも貴方の行動は、ひどすぎます。女性を口説いて回ってるのと変わりません」

 

「あ……あれ? 」

 

 真面目な話は? さっきまでの雰囲気は? あれ? 

 

「サンダースの隊長が、言っていた事も一理ありますね」

 

「……あの電話の相手の事は、言ってなかったと思いますけど……」

 

「聞かなくとも察しがつきます。……これでは、みほもまほも苦労するはずですね。まったく」

 

 ……しほさん? 

 

「そうですね……まず、貴方の現状を、少し変えてみなさい。対象を絞りなさい」

 

「……え。な……何の……・? 」

 

「はぁ……それも私に言わせるのですか? ……そうでした。貴方は、親の前で娘を口説いてる事にも、気付かない子でしたね……。

 あれでは島田の娘も可哀想ですね」

 

 あ、久しぶりに見たなぁ。しほさんのゴミを見る様な目。

 

「あっはっは! いいわね! 家元はっきり言ったわねぇ。察しが悪い、あんたが悪いわ」

 

 亜美姉ちゃんが、バンバン肩を叩く。

 ……大人しいと思ったら黙々と飲んでいたのか。

 

「とっとと、彼女でも作れって言ってんのよ。誰かと一度、そういう関係になるのもいいんじゃない? 」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

「あのしほさん。正直な所、どうしたらいいかわかりません」

 

 両手を上げて、降参のポーズをする。

 

「……まぁ私も、夫としか経験ありませんし……。詳しくはなんとも言えませんが……兎に角。

 貴方は、どうも保守的過ぎます。思い切る事も大切です。……これは貴方が熊本に来て、私とまほに教えてくれた事ですよ? 」

 

 あー……しほさんに喧嘩売りに行った時か……。

 膠着状態を壊した時かぁ……。なるほど。

 

「まぁ……相手の気持ちも有りますし、誰かとそう言う関係になるかどうかわかりませんけど……。前向きに検討してみなさい」

 

「私も、しほさんに賛成ですね」

 

 千代さんが普通に……ごく普通に話しかけてきた。貴女すっげー量の酒飲んでるでしょうが! なんでシラフみたいなの! ? 

 

「貴方には、実戦経験というか……そういったモノが足りませんね。普通、初恋から小学校、中学校と重ねる度に、何となく覚えるものですのに。

 隆史君には、それが無かったのかしら? 」

 

 あー……思春期、遥か昔に終わってますからねぇ……。

 

「そうですね。そういう付き合いをすれば、自然と覚えるでしょう。まほかみほ……決まったら報告してください」

 

「はぁ!!??」

 

 ナチュラルに選択肢を制限された。

 

「ダメですよ。隆史君。もうそろそろ愛里寿も戻ってきますし。ほら! 思い切って! 」

 

「」

 

「あら? 他に選択肢があるとでも? 」

 

「いやいやいや! あいつらの気持ちもあるでしょうよ! なに、決定事項のように言ってんですか!? 」

 

「それに隆史君の初恋は、私ですからね。特にまほは、段々と私に似てきてますし……まほでしょうか? 」

 

「」

 

 ……無視だよ、無視。

 しかも、千代さんにあっさりバラすし。

 

「……隆史君? 本当ですか? こんな年……っとっ!? 」

 

 勝ち誇った言い方に、若干イラつきを見せ始めた千代さん。やっぱこの人酔ってるわ。うん。

 

「エェ……ソウデスネ」

 

 真面目な雰囲気は、既に無い。

 また俺、この二人に挟まれてるよ。逃げ場ねぇよ。

 

「そんな! ダメですよ隆史君! こんな目の下のシワを、気にし始めている年増に!!」

 

「」

 

「……アンタと私は、同い年ダロウガ!? 」

 

「しほさん口調! 口調!!」

 

 咳払いを一つして、また勝ち誇ったように言い放ったよ。

 

「ゴホン! ……千代さんは、人の事はともかく、先程や現在に至るまで、隆史君や娘達に疲労の色を見せるのは、甘えだと思いますけど? もう家元でしょう? 貴女もしっかりなさい」

 

「ぐ……」

 

 ……いかん。

 

 この流れは非常にまずい。

 睨み合ってる!! 貴女達、パワーバランス考えてくださいよ! 

 大学生達の目に、怯えが出てきてる! 

 

 なにより、俺を間に挟んで睨み合うのやめて下さいヨ……。

 

「し、しほさん! 」

 

「……何でしょうか? 」

 

 返事をしても、千代さんと睨み合っている。

 

「大丈夫ですよ!! 喫茶店でも言いましたけど、俺は全然大丈夫だと思いますよ!!??」

 

「……そうでしょうか?」

 

「そういう事気にする辺り、しほさんって結構カワイイと思いますよ!?」

 

「かゎ!?」

 

 ……なりふり構っていられるか! 

 

「……可愛いなんて言われたの、何年ぶりでしょうか……」

 

 ボソボソと何か呟いてるけど、聞こえないのは言ってないのと同じだ! 次!! 

 

「千代さん!」

 

「なんでしょう?」

 

「多少甘えたっていいでしょう! 普段隙が無い分、今回みたいな千代さん見れて、俺はウレシイですよ!?」

 

「……そうでしょうか?」

 

「俺みたいなガキですけど、俺で良かったら、いくらでも甘えてくださって結構ですから!」

 

「あま!? こんな若い子に甘える……」

 

 なんかこっちもボソボソ言っているけど知らん! 

 

 よし! 殺気が消えた!! 

 

 

「……なにあの子。家元達、同時に口説いてるけど……」

「二人共、呆然としちゃってるじゃない」

「わざわざ弱い所突く辺り、あの子。……相当だわ」

「いやぁ私の教えを、忠実に守ってるわあの子。えらい、えらい」

 

 

 ボソボソ聞こえてるよ! 

 うるせぇよ! 口説いてねぇよ! なだめてるだけだよ!! 

 なんとかできるなら、この立ち位置変わってくれよ!! 

 

「母上?」

 

 いつの間にか帰ってきていた愛里寿が、怪訝な顔で、麩の外から見ていた。

 そりゃまぁ、帰ってきたら真っ赤になってる母親見れば、おかしいと思うだろうな。

 ……あれ? なんで赤くなってんの? 

 

「御免なさい愛里寿。もういいから席、を変わりましょうか? 」

 

「え!? いいのですか!?」

 

「えぇ……今度は貴女の番ですね。(私はいつでも甘えていいそうですから。)」

 

 

 

 ザワッ! 

 

 

 

 な……何だ! 今の過去最大級の悪寒!!?? 

 

 誰かから電話でも来たのか、愛里寿と入れ替わりで、しほさんが携帯を取り出しながら退室していった。

 

 それにしても……千代さんが、えらい熱っぽい視線で見てくるのがコワイ。

 しかしスッと、その目線が外れた。

 

「では、貴女達は、暫く私とお話しましょうか?」

 

 「「「ヒィ!」」」

 

 千代さんの矛先が、大学生に向いた。

 よし! 平和が戻った!! 

 

 

 

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 ---

 

 

 

 横に腰を下ろした愛里寿は、先ほどと違い、色々近状を語ってくれた。

 大学に入ってからの事。大学選抜に選ばれた事。

 

 彼女は、彼女なりに頑張って、そして色々と溜め込んでいたのだろう。

 言うだけ言って、グラスを仰ぎ暫く黙っていた。

 まぁたまには、愚痴を聞くだけなのもいいだろう。

 

 その内、コトンと横で音がした。

 

 愛里寿の前の、お膳の上に、横になったグラスが転がっている。

 

 そして愛里寿が、俺に寄りかかってグッタリしている……まさか。

 

「あ……愛里寿!? これ飲んだのか!?」

 

 ここは元々、千代さんの席……ってことは。

 

「あぅ。世界がグルグルする……。変なお水……」

 

 水じゃねぇー!! 千代さんの飲み残しを、間違って飲んだのか。

 随分と大人しいと思ったら……。

 

「おいおい、大丈夫か愛里寿。ちょっと横になってな」

 

 あぁシラフ衆がいなくなっていく……。

 目の焦点が合っていない。水でも貰ってくるか? 

 

「あーたかしおにいちゃんだぁぁ」

 

「」

 

 懐かしい呼び方をされた。むにむに顔を掴まれる。

 

「あはぁ……おにいちゃんだぁ……。ありすちゃんと、やくそくどおりにぃ……おにいちゃんの、かわいいもんすたぁでいるよぉぉ」

 

「……」

 

 首に腕を回して抱きついてきた。出会った頃の話を言い出していた。

 よしよしと、取り敢えず背中を軽く叩く。

 

「そうか、そうか。頑張ってるな。ウレシィヨォ? 」

 

「うーんー。がんばったぁ。がんばったよぉ」

 

 今度はペチペチ顔を触りだした。……酔ってるなぁ。

 頭を撫でた辺りで、気がついた。反対席の4人の目線が痛い。

 

「だから、おにぃちゃん。こんどボコランドつれってってぇ……」

 

「わかった、わかった。今度一緒に行こうな」

 

「やく……そ……」

 

 そのまま寝てしまった。

 耳元で、寝息が聞こえる。

 やっぱりまだ、酒は早すぎたな。二十歳になってからだ。うん。

 

 抱き抱えて、酔っ払いに絡まれない所に運んで、寝かしておいた。

 

「ずるいわ! 隆史君! 愛里寿、私にもそんな甘え方してこないのに!! してこないのにぃ!!」

 

 ……なにいってんすか千代さん。

 あ、大学生達の怨嗟の声は聞こえません。シネとかコロスとか聞こえません。

 

 自分の席に戻った時に気がついた。

 今この部屋の中、シラフが俺以外いねぇ……。

 大学生は、千代さんに飲まされ続けている。「あら? 私のお酌じゃ不満かしら? 」とか真顔で言ってるし……。

 そりゃ、大学生達も逃げれまい。その分、先程の事もあり、視線が俺を離さない……。

 

「千代さん……アルハラって知ってます? 」

 

「知ってますよぉ? それが? 」

 

「いえ……何でも無いっす……」

 

 大学生を見捨てた。後は、頑張ってください。

 まぁあの人達も、相当酒に強いのだろう。

 グビグビ結局、飲んでるし。無理して飲んでいるって感じじゃない。

 

 

 

「つか、亜美姉ちゃんは、樽酒の前をさっきから独占してるな」

 

「ふっふー。これ結構良いお酒なのよ。それに今回は……傍観している方が面白いのよぉ」

 

「今の所、無害な亜美姉ちゃんが若干不気味だ」

 

「……なに失礼な事いってんのよ」

 

「……でもなんだ。結局、有効なアドバイスもらってない気がする」

 

「何、贅沢いってのぉ。ある程度、背中押しておいてもらって」

 

「あれで? 」

 

「そうよ! あんた一人だったら、絶対有耶無耶にして、ごまかしてるわよ」

 

「そうかなぁ……ふぉ! ? 」

 

 スパーン! といきなり襖が開いた。びっくりしたぁ……。

 あれ? しほさん? 

 

 しほさんが、そこに立っていた。

 眉間にシワがよってますよ……? 

 

 そのまま黙って自分の席に戻り、ごく自然に正座をした。

 黒いスーツの上着を脱ぎ、首元のボタンを一つ開けて、袖を捲った……。あの……? 

 近くにある一升瓶を手に取り、ズドンとお膳の横に突き立てた。

 

「し……しほさん? 」

 

「……フゥゥ」

 

 あ……知ってる……この眼知ってる。

 これはあれだ。ナンパ野郎に、若作りって言われた時の眼だ。

 

「んぐっ! 」

 

 スポンと蓋を抜き……一升瓶をそのままラッパ飲みしはじめた……。

 

「」

 

 しほさんの喉を鳴らす音しか聞こえない。

 ズドンッっと、畳の上に空になった一升瓶を叩きつける。

 ……一気に飲んじゃったの? 

 

「フゥゥゥゥ…………………隆史君」

 

「ハイ!」

 

「そこに置いてあるのも下さい。……ハヤク」

 

「」

 

 逆らえるはずもなく、黙って渡すと即座に封を開け、また一気に飲み干そうとした。

 

「や……やめてください!!」

 

「……なんですか? 隆史君」

 

 軽く睨まれたが、なんていうか……。

 

「しほさん! ラッパ飲みはやめて下さい!! そんな姿のしほさん、見たくないです!! せめてグラスか何かにして!! お願いですから!」

 

「……そ……そうですか? ふむ。蝶野一尉」

 

 結構必死に止めたし、その姿って言葉で、自分の姿を顧みたのか。少しバツが悪そうな顔をしてくれた。

 

「中居の方に、ジョッキを持ってくるよう頼んでください」

 

「」

 

 ジョッキで日本酒飲む気かよ……。ラッパ飲みよりましだけど……。

 

「どうしたんですか? しほさん。今日は、飲まないんじゃ無かったんですか」

 

「……」

 

 席の開いたグラスに、先程渡した酒を注ぎ飲み続けている。

 正直コワイ。飲み方が、完全にヤケ酒じゃないですか。

 

「……先程、夫から着信があったのですけど……」

 

「あー……はい、退室して行きましたね」

 

「……あの野郎…………浮気してやがった…………」

 

 

「」

 

 

 

 常夫ーー!! 何してんだ!! 

 しほさんの目が、完全にやばい事になってるよ!

 千代さんの目はキラキラしてるけど!!!

 

「……携帯のどこかに当たったのでしょうね。誤発信だったようで、声だけ聞こえて来たのですけどね……」

 

「うわぁ……」

 

 浮気現場の音声とか、最悪のパターンじゃねぇか。

 

 というか、高校生の俺にそれ聞かせるの? 

 ……あぁこの人、既に一升飲んでましたね……。

 

「どうも、多分キャバクラ? ……とかいう所にいたようで……」

 

「……キャバ?」

 

 なんだ……そういう事か。キャバクラで浮気とか、しほさんも嫉妬深いのかね。

 浮気現場の音声とか思ったから……まぁさすがにそれはフォローできなかったヨ。

 

「後ろからの音声や音とか……そんな感じでした。指名がどうのこうの、騒がしかったですし……」

 

「じゃ……じゃあ、大丈夫じゃないでしょうか!? ほ……ほら、仕事の付き合いとか有りますし!! 接待とか!!」

 

 なんで俺が、他人のフォローしてるんだろ……。

 

「……私もそのくらい理解は、有ります。でもですね……」

 

 スッと携帯を操作して、ある画面を出して差し出してきた。

 

「怪しいと思って即座に録音しておきました。聞いてみて下さい」

 

 ……録音されたのですね。即座に証拠を取っておくとは……。

 ま……まぁ聞けと言うのであれば……。

 

 録音を再生し、聞いてみた。

 

 

 

「……」

 

 

 

「……………………………………」

 

 

 

 何してんの? あのおっさん。

 

 ダメだ。最悪だ。

 

 再生された音声からは、確かに特有の音楽と会話が聞こえてきた。

 夜の店って感じだ。……正直懐かしく感じる。接待場所の定番だからね。

 

 だらしなく、酔ってる感じの会話が続いている。

 まず、明らかに一人でいる。……自重しろよおっさん。

 一人の嬢に、どうもご執心のようで、指名をしているようだった。

 まぁここまではいい。

 

 多分、冗談だろうな。会話内容の言い方が、冗談だ。

 でもな? 例え冗談でも、アフターに誘う意気込みをしている夫の声を聞いていた、しほさんの気持ちを考えれば……怒るのもまぁ当然だろう。

 ホテルに誘うとか、言っていない分セーフだろう。食事に誘うのも、どうかと思うけど……。

 

 俺は冗談だと分かるから、フォローしてやってもいい。冗談ですよーって。営業トークみたいなモノですよーって。

 でもな。無理だ。これは最悪だ。最後に聞こえて来た、指名した子からの声。

 

『いつもご指名ありがとうございます、美穂でーす♪』

 

 ……常夫ヨォ。

 

「しほさん。浮気がどうの、とかの問題じゃないです。……これはダメですね」

 

 携帯を返却しました。フォローのしようがねぇ。

 

 娘と同じ名前の娘を指名して、口説いてんじゃねぇよ。

 

「でしょう!? 学園艦には、そういったお店はないから、わざわざ陸に上がってまで通ってるってことでしょ!? どうなの!?」

 

「ど……どうでしょう?」

 

 しらねぇよ!

 

「隆史君! 貴方は、そんなフラフラしないようにね! みほかまほと付き合ったら、一生面倒見てくださいね!!」

 

「……さっきと言ってる事、違いますけど……」

 

 というか、重い。

 

「……しほさん。口調がおかしいですよ。……あの再生時間そんなに無かったですよね? 一升瓶の空ビンが追加されてますけど……」

 

 聞いている間に、畳に置かれた空ビンが一つ増えていた。

 

「そりゃ、飲めばお酒は無くなるでしょうよ!! ほら! ちよキチ!! こっちこい!」

 

「はいはい」

 

 あかん。急ピッチで飲んだから、一気に出来上がってる。

 また先ほどの様に、家元に囲まれてしまった。……違う。出来上がった家元に囲まれた。

 

 コワイ。

 

 何が怖いって、この酔っ払いの巣窟の中で、唯一シラフなのが俺だけになってしまった事が。

 先程までの相談していた時のしほさんは、もういない。死んでしまった。もういない。うん。

 

「家元ー。ジョッキ来ましたけど、どうします? 」

 

「あぁ、樽のお酒入れて持ってきて下さい。あ、私の分もくださいね」

 

 亜美姉ちゃんの問いかけに、千代さんが答える。

 了承したと、樽酒を入れたジョッキを2つ。まとめて運んできた。

 

「あ、蝶野さん。アシモトニハ、キヲツケテクダサイネェ」

 

「え? あ! 」

 

 

 ……。

 

 

「……亜美姉ちゃん」

 

「ご……ごめんなさい隆史君。西住師範。さすがにわざとじゃないわよ」

 

 頭に酒が降ってきた。

 酒臭い。ビショビショになっていしまたのいだが、横に居たしほさんまで、えらい事になってる。

 ……千代さんは、ちゃっかり距離をとっていた。

 

「……千代さん。今、亜美姉ちゃんの足をかけませんでしたか? 普通の転び方しませんでしたよ? 」

 

「いえ? 知りませんよ? ……それより隆史君。風邪ひきますよ? 」

 

 ほらほらと、俺の制服のボタンを外し始めた。

 

 ……。

 

「あの……。なぜ俺の服を脱がそうとするのでしょうか? 」

 

「え? だって風邪引くでしょ? 」

 

「……なに言ってんだ? って顔でボタンを外さないで下さい」

 

「でも、隆史君って結構……いえ、かなりガッチリしてますね」

 

「いや、聞いてくださいよ。もう! 」

 

 お膳の上のおしぼりか、自前のハンカチで拭おうとしたら、両手が動かなかった。

 右腕は、千代さんがギリギリと掴んでいる。

 

 そして、しほさんが左腕を掴んでいた。……結構、力入れて振りほどこうとしたけど動かねぇ。

 目線はこちらに向けてはいるが、しっかり酒飲んでる……。

 

「隆史君、風邪ひきますよ? 」

 

「……じゃあ腕離してくださいよ。なんですか、そのコンビネーション! 」

 

 あんたらやっぱり仲いいでしょ! ? 

 

「あら、胸板広いわぁ」

 

「あれ! ? 服!?」

 

 上半身が裸になっている。……剥かれた。

 

「どうやって……。俺の服どこ! ? 」

 

「これぞ、島田流! 」

「さすが、師範! 」

「あの子、高校生の体じゃないわねぇ」

 

 向かい席で、完全に鑑賞モードに入ってる、ギャラリーの合いの手がうるせぇ。

 

 

「……しほさん。なぜ体が、俺の方向いてるんですか。服返してください」

 

「嫌です! 」

 

「」

 

 ……力強く拒否された。

 

「……千代さん。全身撫で回すのやめて下さい。普通にくすぐったいです」

 

「嫌よ? 」

 

「」

 

 ……笑顔で拒否された。

 

「な……何なんですか! ? マジでやめて下さいよ! いくらなんでも、セクハラですよ! 」

 

「違いますよ。体を拭いているんです」

 

「違いますね。それを見守っているだけです」

 

「……」

 

「さて。次はズボンですね。しぽりん手伝ってもらえる? 」

 

「」

 

 

 ……逃げよう。本気で逃げよう。

 なぜ誰も止めないの! ? 

 

「隆史君! ジタバタしないで下さい! 」

 

「何言ってんだ千代さん!! ベルト外さないで!!」

 

 ダメだ。

 大学生達と亜美姉ちゃんは、完全に俺を酒の肴に見守っている。

 男剥いてなにが、楽しいの!? 助けろよ! 

 

「千代さん! あんた娘の前で何やってんの!?」

 

 視線の先に、いつの間にか目を覚まし、目を輝かせた愛里寿が正座してた。

 ……目の焦点が合って無いから、多分まだ酔ってるなぁ……。

 

「おにぃちゃん。わたしもさわってみたい……」

 

 愛里寿!! 

 

「あらあら、愛里寿はおませさんねぇ。誰に似たのかしら」

 

「あんただ!!!」

 

 二人相手は分が悪すぎる! しかも家元相手だ。

 片手で、二人相手の攻撃は捌きづらく、徐々にジリ貧になっていく。

 腕は、俺の方が太いから、手首を掴ませなければ、そうそうに拘束されない。

 後は、ズボンに手をかけさせなければ! 

 

 ……何言ってんだ俺。

 

「というか、しほさん!!」

 

「なんでしょうか!? ……往生際が悪いですね!!」

 

「しほさんも、びしょ濡れでしょうが!」

 

「私は、大丈夫ですよ! お酒好きですので!」

 

「そういう事、言ってんじゃないです!!」

 

 会話をしながら、バシバシ攻防を繰り返してる。

 

 あ。しまった。手首を掴まれた。

 

「ふっ! 後は!」

 

「しほさん。いい加減気がついて! 酒で濡れて、貴女のワイシャツえらい事になってんすよ! さすがに……」

 

「は?」

 

 自身で身体を確認した。やっと現状に気がついてくれました。

 

 まぁその、なんだ。透けてエロい事になってました。

 

 それで上半身と腕だけで、つかみ合いの攻防を繰り返していたものだからね? 

 

 もうね。揺れる揺れる。

 

 ……黒ですね。

 

 はい。その黒いのが、良く揺れていました。

 

 

 

「……!!!」

 

 

 

 

 ひゃぁっと、ビックリしたのか変な叫びを上げて、引っ張られた。

 貴女、俺の手首掴んだままでしょ!? 

 

 バランスが悪い中、いきなり引っ張られたので、引き寄せられる形になってしまい……。

 

「あら、隆史君。いくらなんでも、面前で押し倒すのはちょっと……」

 

「押し倒してないでしょ!! なんでそんなに楽しげなんですか!?」

 

 俺が四つん這いの状態で真正面から、覆いかぶさってしまった為、傍から見ればそう見えますけどね! 

 しかも半裸状態だよ! 

 

 

 パシャ! 

 

 

「……亜美姉ちゃん。何やった今! 」

 

「うぇ? ……記念?」

 

 ……人に殺意を覚えたのは、久しぶりだ。

 

「あ……あの隆史君」

 

「あ! すいません、どきます!」

 

「あの、なんというか……夫に浮気された所にこれは……ちょっと卑怯じゃないかと思うのですが……。いや……でも」

 

「あんた何言ってんだ!!」

 

 実際、ワイシャツのボタンも飛んでしまい、大きく胸元がはだけて、ひどくエロい映像が目の前に広がってます……。

 久しぶりに社会的に死ぬんじゃないかと思ったよ!! 

 

「うっわー。あの子すっげーわ」

「弱ってる女性につけこんで落とすって……」

「クズね、クズ」

 

 楽しそうにしてんじゃねぇ……。

 

「別に常夫さん、浮気してるワケじゃないでしょうに……どきます」

 

 体を起こそうとしたら、腕を掴まれた……。

 

「あ……でも、いや。もったい無いというか……まほやみほにも悪いし……。場所も悪いし……」

 

「だから、あんた何言ってんだ!!」

 

 酒怖ぇぇぇ! 

 

 普段なら絶対、こんな事言わないよこの人! 

 

「隆史君! 次私! わたし!」

 

「おにぃちゃん。よくわからないけど、わたしも!」

 

 切実に思う。

 

 帰りたい。

 

 逃げ帰って、脊柱起立筋を鍛えたい。

 

「!」

 

 都合よく、俺の携帯から着信音が流れた。

 よし! 逃げ出すチャンス!! 

 

「ん……この状態で、携帯を取り出すのはちょっと……」

 

 ……やべぇ、その気になり始めてるよこの人。

 無視して、ポケットから、取り出し相手を見る。

 

「……みほだ」

 

「」

 

 

 

 

 ---------

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 ---

 

 

 

『隆史君、今大丈夫?』

 

 しほさんは、着信相手が、みほからだと告げたら為か、正気に戻った。……そそくさと座り直した。

 ……その後、横目でこちらを見るのを、やめてほしかった。

 そのまま上半身は裸だったが、とにかく逃げ出したかった為、退室をして携帯で話している。

 

「みほさん」

 

『なに? 大丈夫なの?』

 

「いいタイミングで、お電話頂きまして、大変助かりました」

 

『な……なに?』

 

「怖かった! マジで怖かった!! 助けてくれてありがとう、みほ! 大好きです、みほ! 愛してるよ、みほ!」

 

『ブッ!!』

 

 あ、吹き出した。

 

『な! なななにを言ってるの!?』

 

 焦っている姿が目に浮かぶ。わかりやすい。

 

「……お酒って怖いねぇ」

 

『……何? あれだけ言って、また飲んだの?』

 

 あ……声が冷たくなった。

 

「飲んでません。この大事な時に不祥事は起こしま……起こしません!」

 

 下手すると危なかった気がするけど……

 

「……ホントウニ?」

 

「声が冷たい……。いや、本当に。亜美姉ちゃんもいるから、何してくるか分からないと思って、飲み物に一切、手をつけていないのよ。そろそろ喉が痛い」

 

『亜美さん? ……何やってるの?』

 

「まぁ……親睦会みたいな事を今している。詳しくは帰った後話すよ」

 

 まぁ偽装婚約の事は、終わった事だしわざわざ話さなくともいいかな。

 

『うん、わかった。』

 

「で? なんか用か?」

 

『うん……実は隆史君からもらった、ボコの腕が取れちゃって……。壊れちゃったの……。ごめんね』

 

 あぁ……あのプラモか。

 

「どうした? 折れちゃったか?」

 

『え? 折れる?』

 

「えっと、胴体から伸びている棒。腕があった場所だけど、どうなってる? 腕側の根元は?」

 

『えっと……棒は、先が丸くなってるよ? 根元? なんか黒い穴があるけど……』

 

 なるほど。ポリキャップが外れただけか。

 

「わかった。直せるから、帰ったら直すよ」

 

『ほんと? よかったぁ……』

 

「そんだけか?」

 

『……』

 

「どうした? 」

 

『今って大学戦車道連盟の人達といるの?』

 

「そうだな。まぁ親睦会の相手が、その人達だから」

 

『そう。……おかしいなぁ。あのね、放課後に私宛に電話がきたの。その……大学連盟の人から』

 

 ……みほ宛に? 

 

「……それで? あぁ、俺との関係性でも聞かれたか?」

 

『え! ? ……なんでわかったの?』

 

「あぁ、大丈夫。……聞いているから。わかってる。……ちなみになんて答えた?」

 

『あ、そうなんだ。よかった。えっと、幼馴染ですって答えておいたけど』

 

「……そっか。大丈夫。……連絡の行き違いでもあったかな? 俺の家の事と、関係しているから気にすんな。ありがとな」

 

『うん。ごめんね? 邪魔しちゃって』

 

 ……気味が悪くなってきた。同じ大洗学園所属の人間に、何を聞くんだ? しかも、みほ宛? 

 

『隆史君?』

 

「あ! あぁ大丈夫だよ。気を使わせて悪かったな。……明日か明後日には、帰れると思うから」

 

『そっか。……もう一度言っておくけどダメだよ? 飲んじゃ』

 

「……クッ」

 

『何を笑ってるの! ダメだよ!?』

 

「いやいや、会話がね?」

 

『会話? それが?』

 

「帰る日言ったり、飲むなとか言われたり……」

 

『だから、なんなの?』

 

「夫婦の会話みたい」

 

『!!』

 

 ブツッ! 

 

 あ、切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■▼▲▼▲▼▲▼■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カリカリカリ

 カリカリカリカリカリカリ

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 部屋に響く音。

 

 4畳半間の賃貸の部屋からは、その音しか聞こえない。

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリガリガリガリ

 ガリガリガリガリ

 

 雑誌の切り抜きの写真。

 そのコピー。

 一枚だけでは足りないからだ。

 そんなに写真自体無いからな。

 

 一人のガキの顔が、段々と黒くなって塗りつぶされていく。

 ボールペンの細い先端で、徐々に塗りつぶされて行くから意味がある。

 徐々に。徐々に。

 

 ぐるぐると。

 ぐるぐるぐる塗りつぶす。

 

「ヒッ! 」

 

 無意識に声が出た。

 楽しい。楽しい楽しい。

 

 やっとだ。去年はダメだった。

 一番の絶頂時、叩き落としてやろうと計画を立てた。

 資金面に無理があったが、なんとか準備をしたのに。

 

 失敗した。

 失敗した失敗した。

 

「あいつら」は、失敗した。

 

 お陰で「あいつら」に何もできなかった。

 

 ガリガリ

 

 ガリガリガリゴリゴリゴリゴリ

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 

 紙の厚みが無くなってきたのだろう。

 書く音から、削る音に変わった。

 

 既に、写真は枠いっぱいまで真っ黒になっていた。

 

 いや? 赤かな? 

 最近どうも色彩が、曖昧になってきた。

 

 ……まぁどうでもいいし、もういいだろう。

 

 真っ黒になった写真だったモノを、丁寧に。

 

 丁寧に折りたたんで、口の中に放り込んだ。

 

 飲み込んだ後、いつも気持ちがいい。

 

 開放感だろうか? 征服感だろうか? 

 

 いい気分になる。

 

 今月号を見て、歓喜したね。

 いなくなった、もう一匹を見つけた。

 

 見つけたァ。

 

 机の上に置いてある、ダーツの矢を手に取り、壁に向かって……あのガキの顔に向かって投げつける。

 

 ……外した。

 

 めんどくさいが、仕方がない。まぁこの作業も気持ちがいい。

 

 外した矢を壁から抜き、ガキの顔に突き刺す。

 何度も。

 何度も何度も何度も。

 

 あ? 

 

 この写真はもう古いな。

 

 今月号の雑誌の写真の切り出し、もう一人のガキの顔写真を貼り直す。

 

 ……。

 

 くはっ! 

 

 掲載されなくなったと思ったら、ここにいやがった。

 

 まぁそうだよな。

 

 さて。

 

 一通り、日課を終えたら気分も晴れた。

 

 ……。

 

 なんだ? 

 

 珍しく携帯がお呼びだ。

 

 ……知らない番号だな。……あぁ。

 

 この前の七三分けか? 

 

 我ながら早まった。

 今捕まってしまったら、このガキ共に何もできなくなる所だった。

 

 今年が、多分最後の機会だ。

 

 部屋を見渡す。

 

 壁一面に貼られた、二人の雌ガキ。

 

 何枚貼っただろう。

 

 隙間の方が目立つくらいだな。

 

 やっと来た。

 

 やっと来たのに、今年が最後だ。

 

 別に攫って、輪姦してもよかった。

 薬漬けにしてもよかった。

 

 

 

 ソンナノ……ツマラナイ。

 

 絶頂の瞬間に、絶望で塗りつぶすのが一番だろ? 

 

 俺の人生潰したんだ。

 

「お前らの人生潰しても文句はないだろ? 」

 

 




ハイ、閲覧ありがとうございました。

唯シラフでした・・・オリ主。

家元がヒロインかと思えてきました。


ここまでは、予定通り。
次回から本編復帰予定です。

ありがとうございました。


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第22話~思わぬ再会です!~✩

 あの地獄の様な食事会も終了した。

 送ってくれるはずの大学生達も飲酒をしていたので、俺の帰艦は翌日に変更された。

 ヘリの飲酒運転なんて命がいくらあっても足りないわな。

 

 結局その日は、ホテルに案内されて宿泊となった。

 ……でっけぇホテルだったけど。

 食事会前に、人数分の予約をしたのだろな。変に用意周到なのが気になった。

 

 ここ宿泊費いくらだろう……。

 支払いは、千代さん持ちだから気にするなとは言われたけど……。

 

 全員を、広いロビーのソファーに座らせておいた。

 唯一のシラフの俺が、全員を介抱しながら各部屋に運んで行く手はずとなった。

 家元達は、まだ元気だったが、大学生達は半分死んでいた。

 

 愛里寿は千代さんに、膝枕されて寝てしまっている。

 

 家元達は……おい。ラウンジにまだ飲み行くとか言ってるぞ……。

 

 最上階にラウンジがある。大学生達も引っ張っていく気配を見せていたので、勘弁してやってくれと助け舟を出しておく。

 横目で見たら、目が死んでいたからネ。俺に向かって、手のひらを目の前で、ブンブン縦にして振っていた。

 

 その大学生達は、三人部屋。

 

 しきりに「気持ち悪い」を、連呼していた。

 部屋に着くなりルミさんは、顔を手で押さえてトイレに直行していた……。

「さすが家元……私達が潰されるとは……」とか言っていたけど、聞こえなーい。

 

「うぅ……さすがに悪かったわ……。迷惑かけたわね」

 

「いえ、ナレテイマスノデ。 少し早いけど、さっさと寝てくださいね? 二日酔いになっても知りませんよ?」

 

「わかってるわ。……ありがとう。さすがに寝るわ……」

 

 はい。なれてます。

 青森のバイト先、「魚の目」食堂は、基本的に朝仕事を終わらせて、飲んで帰る漁師の店だった。

 

 よって、酔っ払いの扱いは慣れていた。ただ家元達が、規格外なだけだよ。

 いつ経験が役に立つか分からんなぁ……。

 

 まず3人は終了。次だ……あの規格外達だ……。

 

 エレベーターを使い、1階ロビーへ。

 下へのボタンを押す。

 こういったホテルは、廊下も豪華に見えて落ち着かない。

 さっさと来てくれ。

 

 暫くするとチーンとベルが鳴る。

 漸く来たエレベーター。……扉が開いたその中に知っている顔がいた。

 

「おや。奇遇ですね」

 

「……貴方」

 

 どこかで見た七三分けが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何階でしょうか?」

 

「……一階でお願いします」

 

 目的階のボタンを押して上げるくらいしましょうか。

 押したボタンと連動して扉がしまる。

 さて……。

 

「……」

 

「……」

 

「尾形君……でしたか?」

 

「はい」

 

「私は、貴方達の件からすでに手を引きました。……ですから、そんなに睨まないで頂きたいのですが?」

 

「千代さんから……家元から聞いています。裏切ったと」

 

「そうですか。……まぁそうですね。裏切りましたねぇ」

 

 ……自然と笑みが溢れてしまいます。

 いいですね。彼は私の軽口に、付き合ってくれます。

 

「なんで、ここにいるんですかね?」

 

「いえ、私も役職柄、戦車道連盟本部に用がある時もあるんですよ。たまたま、本当に、ここに宿泊していただけですよ」

 

「……」

 

 えぇ、偶然ですね。

 3日程前から、宿泊先としてここを利用していただけで、多分君より早くチェックインしてましたよ?

 ストーカーを見る目で、見ないで頂きたい。

 

「でも……まぁちょっと緊急の仕事が入って、今から帰らなくてはならないのですけどねぇ」

 

 これも本当。

 

「陸と船、結構行ったり来たりで大変なんですよ」

 

 

 なんでしょうか?先程から睨まれるというか、探る感じで見られていますが。

 そこまで言った時、チーンとベルの音がした。

 目的階に到着した。さて、彼女はもう大丈夫でしょうかね。

 

 扉が開いた先、廊下にスーツ姿の女性が立っていた。

 幼い顔立ち。

 相変わらず、スーツを来ていなければ中学生にしか見えませんね。

 まぁそれも、リクルートスーツを着ているようにしか見えませんが。

 

「おや、早かったですね。」

 

「局長が遅いんです!」

 

 おや、そうでしょうかねぇ。

 約束の時間前ですのに。相変わらずせっかちな子ですね。

 ……まぁこれも何かの縁です。「お礼」も有りますしサービスしましょうか。

 彼のお陰で、次のポストが空きました。

 

「あぁ、折角の機会です。聞きたいことが、あればどうぞ。何かあるのでしょう?」

 

「開」のボタンを押している。

 その言葉に躊躇もせず食いついて来た。

 

「では、一つだけ」

 

「どうぞ」

 

「貴方、俺と各隊長達との関係を嗅ぎ回っていましたよね?」

 

「……そうですね」

 

 もっと別の事を聞いてくると思いましたが……私の事ですか?

 

「それは、「いつ」までですか?」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「最後に聞いたのは?」

 

 ふむ。なにを聞きたいかわかりませんが……。

 

「私が聞いたのは、第一回戦が始まる前までですよ。君が嘘ついていないと確認が取れましたし、それ以上は意味が無いですから」

 

「……そうですか、わかりました」

 

「あれ? 素直に信じるのですか?」

 

「貴方は、もうこの件に関わる気が一切無いでしょ?デメリットしかないし」

 

「そうですね」

 

「ある意味、家元に汚職の証拠まで渡して、アレと完全に手を切っている」

 

「……そうですね」

 

「貴方、結局全て、俺の事調べたでしょ? 立場的にどうです? 俺って」

 

「……正直かなり、めんどくさいなぁと思いましたねぇ」

 

 彼の繋がりは、厄介でしたからね。

 

「でしょ? そんな時に、嘘ついて不信感持たれる様な事は言わないでしょ」

 

「……丁寧な解説どうも」

 

 ……なんだコイツは。

 

「局長?」

 

「あぁ、すいません。秘書を待たせているので……もういいですか?」

 

「はい。」

 

 いけない、彼女の事をすっかり忘れていた。

 エレベーターの部屋を出て、ゆっくりと扉が閉まる。

 あれ?止まってしまいましたね。

 

「……最後に一つだけ」

 

「なんでしょうか?」

 

「開」のボタンを押しているのでしょう。片手を上げた状態ですね。疲れないのでしょうか?

 

「大洗学園艦、廃校撤回の条件。……今俺らは、信じてやるしかないですけど」

 

「はい?」

 

「学園艦の廃艦。そんな大事、どうせ結果有りきで、現段階も話は進んでいるのでしょう?」

 

「……。」

 

「それに、いくら学園艦の学校の生徒会長だからって……女子高生の小娘一人との交渉でしょ?」

 

「それが?小娘って・・貴方も結構言いますねぇ……」

 

 

「……あんた。約束守る気、微塵も無いだろ」

 

 

「……いえいえ、口約束も約束ですよぉ」

 

 なる程、本題はこちらですか。

 

 すでに彼の両手は下がっている。

 無言で睨まれる時間が暫く続き、彼は吐き捨てるように言いました。

 

「見慣れてんだよ、あんたみたいな詐欺師の目」

 

 捨て台詞と言うのでしょうか?

 まぁ酷い事、言われてしまいましたね。

 時間が経過した為、エレベーターのドアが閉まり始めました。

 

 閉まり切る直前、ドアの間から彼の腕が伸びてきて私の腕を掴みました。

 結構痛いですね。握力いくつあるのでしょうか?

 

 異物を挟んだドア。

 センサーが反応したのか、ゆっくりと開こうとしています。

 しかし開ききる前に、彼に引き寄せられ、開く直前のドアにぶつかってしまいました。

 

 ……ふむ。そうですねぇ。

 

「……痛えな、小僧。何を調子に乗ってんだ?」

 

 おっと、いけません。少々、素が出てしまいました。

 

 ……なんだこの小僧。なに笑ってる。

 さらに引き寄せ、顔を近づけ。

 

「彼女達の思いを裏切るようなら、俺はどんな手を使ってでも、あんたを潰す」

 

 そう言って、ようやく俺の腕を離しやがっ……離しました。

 ……いやぁ。痛かったですねぇ。

 即座にこちらの目を睨みながら、謝罪をしてきました。

 

「……失礼。少し、感情的になりました」

 

「いえいえ・・。こちらこそ、失礼な物言いをしてしまいました。お恥ずかしい」

 

 

 

 それが最後に交わした言葉となった。

 ゆっくりとドアが再度、開閉をして今度こそドアが閉まる。

 締まり切るまで、お互いの目を睨み合っていました。

 

 上部の階数を示す、ランプが移動して行く。

 エレベーターが、下の階へ移動していくのを確認してからだろうか?

 今まで黙っていた彼女が、憤慨した様子で喋りだしました。

 

 

「……なんですか? あの男! 失礼な事言ってましたけど!」

 

「最初の質問。あれ全部分っていて、聞いてきましたねぇ。ほぼ確認してきたようなものですね」

 

 貴女、先ほどの雰囲気に怯えていませんでしたか?

 

「そうですか?」

 

「あれは、私に釘を刺したのですよ」

 

「釘?」

 

「……彼は、「自身の立場」を私に再確認させました。私としては、本当にもう、関わる気一切無いのですけどねぇ・・」

 

 一種の警告ですね。……手を出すなと。

 

「そうですかぁ……」

 

「……貴女、彼の資料見てませんね?」

 

「……で、でも! 最後の詐欺師は酷いと思うのですよ!」

 

「……官僚なんて皆、詐欺師の様なモノですよ。いけませんね。笑顔が崩れていましたかね」

 

 大方、口が笑っていても目が笑っていなかった所でしょう。

 意識して目も笑うようにしていたのですがね。口調も素に多少戻ってしまいましたし……私もまだまだですね。

 

「いやぁ……しっかし薄気味悪い子ですねぇ。私の啖呵に笑顔で返しましたよ。……とても、高校生と話している気がしませんでしたよ」

 

「高校生!? あの見た目で!?」

 

 貴女も結構、失礼な事言ってますよ?貴女見た目は中学生ですよ?もう20代中盤でしょうに。

 

「さて、どうしたものですかねぇ」

 

 確かに、人脈のみなら大したものですからね。

 

 ……あの小僧。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「……隆史さん。頭痛い……まだ気持ち悪い……」

 

 ホテルのバイキング形式の朝食。

 そのレストランの席で、愛里寿が嘆いていた。

 まぁ……うん。しょうがない。人生初の飲酒だったんだろう。

 普段、弱音は吐かないらしいが、俺の前では結構言っている様に感じる。

 

 朝6時頃、目が覚めたのだろう。あまりの気分の悪さに俺の部屋を訪ねて、助けを求めてきた。

 どうせ、誰かしらこの症状になるだろうと、夜の内に近くのコンビニでスポーツドリンクを購入しておいて正解だったな。

 

 まずは水分だ。

 

 ゆっくりとスポーツドリンクを飲ませ、その後、二日酔い用の液体薬用品を飲ませた。うん、キャ○ツーだ。

 

 多少楽になったのだろう、顔色は良くなった。が、まだまだらしい。

 

「尾形くん……私もそれ頂戴……。」

 

 「「私も……」」

 

 大学生達は、まだ死んでいた。まぁあれだけ飲めばなぁ……。

 

「はいはい。人数分買っておきましたよ。……まったく。その様子じゃ暫く、ヘリの運転は無理そうですね」

 

「う……ごめんねぇ。お姉さん達結局、2時頃まで飲んで……飲まされててねぇ……」

 

「……あ?」

 

 渡そうとした、液体薬を上にあげて渡さない。彼女達の目が泣きそうになった。

 もう一度言えや。なんつった今。

 

「……御免なさい。あの後、家元達が部屋に来てね……断るに断れなくてねぇ……」

 

 ……。

 

「……千代さん? しほさん?」

 

 ジロリと横を向くと、バッっと顔を逸らす。

 

「だ・・だって隆史君が相手にしてくれないからぁ」

 

「わ・・私は止めましたよ?」

 

 ……。

 

「アルハラって知ってるって言いましたよね? 理解していますよね? そろそろ本気で怒りますよ?」

 

「た・・隆史君が怖い」

 

「しほさん」

 

「な・・なんでしょう?」

 

「菊代さんに報告しておきます」

 

「」

 

 やめて下さい! お願いしますから! ……を連呼しているが、この人達ってそうそう怒られる事が無い立場だ。

 こういう時こそ、怒られて反省して下さい。

 

 なんだよ。この野戦病院みたいな席。

 

「でも、隆史君。愛里寿には優しいですね……私達にももう少し優しくしてくれても良いと思うのだけど……」

 

「愛里寿は今回被害者です。最優先で介抱します。さぁ愛里寿は、これも飲んでおきなさい」

 

「ありがとう、おにいち……」

 

 すまんな愛里寿。固まって感動してくれている所、悪いがこれを飲め。

 

 とまとじゅーす

 

 ボーイさんに頼んだら、持ってきてくれた。

 

「」

 

 うん。知ってる。

 トマト嫌いな事。でも飲め。飲むんだ。

 

「アノ・・私、トマトって苦手で……」

 

「そうだな。知ってる」

 

「え!?」

 

「でもな愛里寿。問答はしないよ?これは即効性のある飲み物だ。すぐ楽になるから、好き嫌いしないで、飲みなさい」

 

「え……でもちょt「ちゃんと飲んだら、ボコランド連れて行った時、なんか一つ買ってやる」」

 

「!!!!!」

 

 ガっと掴んで、グッと口をつけ、バっと天を仰いで一気に飲み干した。

 よしよし愛里寿。偉いぞぉ。

 

「あ・・愛里寿がトマトを口にした……」

 

「何、驚愕してんるんですか」

 

「いや……何を言っても食べたりしなかったのに……」

 

 ちゃんと飲み干しましたよ?貴女の娘さん。

 

「おにいちゃん! 約束! 約束だからね!」

 

「おー。約束だ」

 

「みほもこうすれば、ちゃんとピーマン食べるようになるかしら……?」

 

 ボソっと呟いた、しほさんの声を、俺はしっかり聞いた。

 

「……なんです? まだ、みほってピーマン食べれないのですか?」

 

「え?えぇ・・菊代さんが難儀していました」

 

 ……好き嫌いすんなって、昔から言ってたのに。

 

「わかりました。しほさん、帰ったら食べれる様にさせます……。俺の目の前で、好き嫌いは許さん」

 

「……え?」

 

 静かに目標が決まった。

 

「アズミさん。結局出発て、いつ頃できそうなんでしょうか?」

 

「え?……そうね、午後一番には何とか出来そうね……」

 

 まだ辛そうだけど、答えてくれた。

 

「午前中は空くのか……」

 

 そういえば、今回あまり学校の為に何も出来ていない。

 空いた時間で考えようかね?

 

「そういえば、大洗学園って次の相手、アンツィオ学園だったわね?」

 

「え?あぁそうですね」

 

「帰路の途中近く通るわよ?」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。2回戦会場に向けて、現在移動中みたいだしね」

 

 ……ふむ。そっか。

 

 そうだな、やれる事やっとくか。

 

「アズミさん。ちょっとお願いがあるのですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋山 優花里! 只今戻りました!」

 

 第二回戦、アンツィオ高校対策会議中。

 

 生徒会室のドアが開き、我が校の諜報員が戻ってきた。

 やっぱ情報は武器だからねぇ。

 ルール違反じゃないなら、やれる事はやっておかないとね。

 新しい戦車も見つかったし。戦力も補強できてきた。

 

 西住ちゃん達、あんこうチームの最後の一人が、対策会議に合流した。

 

「おかえり~」

 

「おぉ、まっていたぞ」

 

「お疲れ様~」

 

 生徒会役員で労いの声を掛ける。

 ただ、その生徒会役員が、まだ一人合流していない。

 

 隆史ちゃんが、出発してからもう2日は立っていた。

 正直、あんまりいい予感がしないねぇ。

 

 初日は、西住ちゃんが連絡を取ったそうだけど、次の日から連絡が取れなくなったそうだ。

 なにしてるのかなぁ。

 

「その格好!」

 

「優花里さん……ひょっとして、また?」

 

「はい!」

 

 格好?あぁ、コンビニ店員の制服の事ね。

 諜報活動は、自前でなんとかできるって言ってたけど……なるほどね。

 

「またそんな無茶して!」

 

「まぁまぁー。今回は、私達が頼んで行ってもらったんだぁ」

 

「新型戦車が、導入されたと聞いていたから依頼しておいたの」

 

「あー……。」

 

「ん?どったの?秋山ちゃん」

 

 SDカードを取り出した格好から、フリーズしていた。

 表情が若干困っている。

 

「ちょっと、意外な事というか・・今回トラブルがありまして……」

 

「意外な事? トラブル?」

 

「そうです。あの……まぁ実際に見てもらえば分かりますが、正直編集に困りました」

 

「そ?んじゃ早速見てみようじゃない」

 

 あの言い方は、相手にバレたとかじゃなさそうだけど。

 言い淀んでいるのは、なんでだろ?

 見れば分かるなら、見てみよう。

 

 かーしま達に上映の準備をしてもらっている中、ちょっと聞いておこうかな。

 

「西住ちゃーん」

 

「はい?」

 

「今回、正直どう思う?」

 

「そうですね。新しい戦車も見つかりましたけど、まだ実践に投入できないでしょうし……」

 

「そうだよねぇ……。人数も補強しないとね。誰にすっかなぁ」

 

「それも有りますけど‥・相手の戦力も気になりますし……」

 

「そうだね、結局映像見てみないと分からないか」

 

「はい。後は、皆さんの練度の向上ですね」

 

 やっぱ練習あるのみか。

 

 あ。あれも確認しておこう。

 

「あー後、結局隆史ちゃんから連絡来ないの?」

 

「え?えぇ。メールも返ってきませんね」

 

「ふーん。気になる?」

 

「い・・いえ、別に……」

 

「そ?私は気になるかなぁ……」

 

「……御免なさい。とても気になります」

 

 あらま。

 

「いいねぇ、西住ちゃんのそういう所、結構好きだよ~」

 

「ふぇ!?」

 

 赤くなっちゃって。まぁ……でもなぁ。

 

「ちょっと今回は異常かな?隆史ちゃんの所って島田流……だっけ?」

 

「はい。名家の家元ですね。……どうも隆史君は、その血筋らしいです。けど、ひどく遠縁みたいですけど……。」

 

「ふーん。なんの用だったんだろ」

 

「さぁ……?」

 

 西住ちゃんも想像つかないのかぁ。同じ家元だから何か心当たりあると思ったけど……名家ねぇ。

 

「案外……許婚とかいたりして……」

 

「え!?」

 

 ……。

 

 そうこうしている内にテレビから音楽が流れてきた。

 映し出されているのは、テロップ。

 集中しようか。

 

『秋山 優花里のアンツィオ高校 潜入大作戦』

 

 生徒会長室のテレビに映し出された潜入動画。

 いいねぇ凝ってるねぇ。

 

 秋山ちゃんが、コンビニ船に密航して行く所から始まったけど……。

 

 屋台の映像に差し掛かった辺りで、おかしい。

 平日より屋台が立ち並ぶ学園……。

 

 その立ち並ぶ屋台の一つで、よく見た男性の顔があった。

 

「これがトラブルでして……どうしたらいいか、正直わかりませんでした……。」

 

 まぁ……意外すぎるかぁ。

 そりゃビックリするだろうね、

 

「……何してるの。隆史君」

 

 屋台の中に、完全にテキ屋のおっちゃん化した、隆史ちゃんがいた。

 

「西住ちゃーん」

 

「……はい」

 

「なんだろう。彼、異様に似合うね」

 

「はぁ……はい」

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。

今回中継ぎ用の話ですね。
始めアンツィオ高校飛ばそうかなと思っていたのですけど、ペパロニでちゃってますし
書く事にしました。
OVA見直さないと・・・。

ありがとうございました。


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閑話【 日常編 】 ~乙女の戦車道チョコ~ 前編

続編の為、OVAをレンタルしようと思ったんですけど、無かった為
今回は、日常編となりました。

これを正式設定にするかは、考え中。


 戦車道大会1回戦も勝利で終わり、初めての日曜日。

 俺自身、色々ありすぎて混乱していた。

 

 特に予定も無かった為、気分転換がてら車では無く、歩いて一週間分の食料を買いに出かけていた。

 

 その帰り道。コンビニの前で、見知った人物を見つけた。

 入口横に設置されていたゴミ箱の前で、何かしている。

 

 えらく真剣な顔で、手元の何かを見つめていた。

 

 あ、そういえば私服って見るの2回目だな。

 イメージ通りといえば、その通りなのだろうな。

 

 ボーイッシュなパンツルック。

 現在俺の中で、髪の毛ワシャワシャしたいNo.1。

 

「何してんの? 優花里」

 

「うひゃあ!!」

 

 ……。

 

「脅かしたみたいで、すいません優花里さん」

 

 突然後ろから、声をかけたみたいになってしまった。

 目を見開いてこちらを振り向きましたね。

 

「た、隆史殿でしたか……びっくりさせないでくださいよぉ」

 

「すまん。脅かすつもりは無かったんだけど、何してるの? 買い物?」

 

「い……いえ!? 何も!?」

 

 ガサッっと、手を後ろに隠す。

 このコンビニの買い物袋を、体全体で隠していた。

 

 ……あぁそうか。男の俺に見られては、まずいものか。

 ごまかしてやるのも優しさだろうて。うん。

 

「まぁコンビニになんて、買い物しに来たに決まってるわな。……では優花里さん、さようなら」

 

 目をそらし、足早にそこを立ち去ろうとした。

 

「ま、待ってください!」

 

 えっと、逃げるコマンドを入力っと。

 しかし、優花里に回り込まれた!

 

「隆史殿……。今、最低な気の使い方しませんでした!?」

 

「ソンナコトナイ。ソンナコトナイヨォ?」

 

 ジト目で見つめられる。

 最近、優花里は俺に対しての遠慮が、無くなってきた。

 正直うれしい。

 でもいいの? 両手を広げて立ち往生した為、左手に持った買い物袋が丸見えになっていますよ?

 ……あれ?

 

「んぁ? お菓子?」

 

 袋の中が薄く透けている為、何となく分かってしまった。

 薄い長方形のお菓子袋。それがいくつか見えた。

 

「……あー。はい。そうです」

 

「それじゃ、別に隠すものでも無いだろうに……お?」

 

 右手に開封されかかった、そのお菓子が握られていた。

 

「なんだ? 乙女の戦車道チョコ? なにそれ」

 

「あ!!」

 

 手に持っているのに気がついたのだろう。バツの悪そうな顔をして呟いた。

 

「……すみません、西住殿」

 

 みほ? なんでみほに、謝るんだろう。

 

「実はこのお菓子、おまけにカードがついていまして…いやウエハースが、おまけといいますか……」

 

「あぁ、なるほど。昔からよくあるね。優花里の事だから、戦車の写真カードでも入ってるの?」

 

「う~ん。これを西住殿から口止めされていたのですけど……、中途半端にバレると、隆史殿調べますよね? 納得いくまで……」

 

「まぁ、みほの名前出たし、そこまで隠すしね。少し興味は沸いた」

 

「ですよね~……」

 

「では、オッドボール三等軍曹! 説明したまえ」

 

「はっ!」

 

 あ、悪ふざけに乗ってくれた。諦めたか。

 

「これ、戦車道全国大会出場校の生徒の写真が、カードになってるんです」

 

 ……は?

 

「なんだそれ……え? 如何わしいの?」

 

「違います! これ発売元が、日本戦車道連盟ですし!」

 

「ふーん、あれか? 雑誌でいえば、読者モデルがカードになってるようなものか?」

 

「んーまぁ、概ねその様なものですかねぇ。これの売上金が、戦車道連盟の資金にもなっているそうですし」

 

「……」

 

 大丈夫か日本戦車道連盟。

 喋っている内に、テンションが上がってきたのか、段々と饒舌になっていく軍曹殿。

 

「例えば、有名校になると何種類か撮影までしてカードになります。N(ノーマル)、R(レア)、SR(スーパーレア)って具合に何種類か作られます」

 

「ふ~ん」

 

「優勝校ともなると、PR(プレミアムレア)とか、特別撮影が行われますね! ですから、毎年カードが更新されていきます!」

 

「お…おう」

 

「一般的に学校の隊長、副隊長が撮影対象になるのですけど、人気ある方とかでも、カードになりますね!!」

 

「はい」

 

「大体は、その学園の制服とかパンツァージャケットとかですけど、ネットで行われる人気投票とかで、上位に来ると別衣装とかの撮影も……」

 

「わかった! わかったよ!!」

 

「あ……すみません……」

 

 熱くなって語っている自身に気がついたのだろう。

 恥ずかしくなったのか、小さくなった。

 

「どうも私、こういう好きな事になると、テンションが上がるというか、なんというか……」

 

「いいんじゃない? そういう優花里も可愛くて好きだけど?」

 

「ピッ!!」

 

「でもなんで、それを俺に隠したんだ?」

 

「……」

 

「優花里? 優花里さ~ん?」

 

 手のひらを目の前で振ってみる。どうした? 帰ってこーい。

 

 

「ハッ!……なるほど、これが尾形 タラシ殿……」

 

 ……なにが?

 

 

 どうも優花里が買い漁っていた理由は、今年の戦車道大会が始まってしまった為との事。

 もうすぐ今年用に更新されて、古いカードは入手不可になる可能性があるそうだ。

 

「まだ私、黒森峰の西住殿のカードを持って無いのです!」

 

「あー、なるほど。みほが、転校しちゃったからそれも更新されるのか。あのみほが、よく撮影OKしたな……」

 

「まぁ、戦車道に関わってる方にとっては、恒例行事みたいなものですからね」

 

 ……諦めてんのかよ。とういうか行事?

 

 ふーん。みほもカードになってるのね。んじゃ、まほちゃんもなってるな。

 それで、俺には内緒か……。二人からは一言も聞いていねぇ。

 

 スマホのネットで調べている。カードの画像は、モザイク処理されて分からない。

 肖像権の問題で、ネット上にアップする事は、法律で処罰されるらしい。

 結構徹底しているらしく、アップした奴は問答無用で、しょっぴかれるらしい。

 

 それが原因ってのもあり、希少価値すら出てきてしまい、カードの写真の内容は噂とかで出回るらしい。昭和か?

 というか、肖像権も何も無いだろうが。学生の写真を公式で販売すんなよ。

 

「私、お小遣いの問題で、少しずつ買っていたのですけど、なかなか出なくて……どうも黒森峰副隊長だった頃の西住殿は、RとSRの二種類あるみたいでして…あぁ期限ががが」

 

「ま…まぁ、お金の使い方は、人それぞれだから……でも、あんまり無駄使いするなよ?」

 

 ……これ、一個200円もすんのかよ。

 あれ?ネット上に先ほど、優花里の説明には無い単語が出てきた。

 

「なぁ、優花里。このLRってなに?」

 

「え?あぁ、それはレジェンドレアって読むんです。過去の有名選手が、現役時代の時の写真がカードになったものですね!」

 

「へぇ……」

 

「ある意味、このお菓子の最高レアカードですね。えっと、今売られているのが第8弾ですので……」

 

「8弾って……」

 

「ネットの情報ですと、西住流次期家元になってますね。あぁ! これ西住殿のお母さんですね!へぇ、高校時代ですか!あ! 今回2種類ありますね!」

 

「……」

 

「あれ?隆史殿?」

 

「……」

 

 

 無言でコンビニに入り、優花里が持っていたであろうお菓子を探す。

 

 ……あった。

 結構売れている様で、一箱20個入り。残り3個か。

 躊躇せず全て、カゴの中に入れる。

 

「隆史殿!?」

 

「店員さんすいません。在庫まだありますか?」

 

「隆史殿!!??」

 

「え? 後、2箱? 全て下さい」

 

「隆史殿!? どうしたんですか急に!?」

 

「ドウモシマセンヨ?」

 

「それにこれ、一箱四千円以上しますよ!? お金あるんですか!?」

 

「中学生の時からバイト三昧でな。貯金はある」

 

「え……」

 

「まぁ中学の時は、新聞配達しか、しちゃダメだったから、実入りは少なかったけどな」

 

「あの、それって結構、大事なお金じゃ?」

 

「それを全て投入しても構わない」

 

「」

 

 俺の一点狙いが、始まった。

 

 

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

「お…お邪魔します」

 

「どうぞ」

 

 さすがに店頭で、箱買いしたのを開けるわけにはいかない為、自宅へ帰ってきた。

 

 開封の時、説明とか優花里に手伝いを頼んでみたら、心よく引き受けてくれた。

 人の物でもこういう物を開ける時は、おもしろいモノなのだろうな。

 

「うぅ、男の人の部屋に一人で来るのって、緊張します……というか、恥ずかしくなってきました」

 

 テーブル前で、赤くなってキョロキョロしてますけど、めぼしい物無いよ?

 取り敢えず、コンビニに寄る前に買っていた食材を冷蔵庫に入れる。

 ついでに、その冷蔵庫からペットボトルのお茶を引き抜き、優花里に出してやる。

 

「粗茶ですが……。あ、そうか。前回来た時は、みほ達いたもんな。まぁ気にするな。友達の家に遊び来ているだけだろ?」

 

「全然違いますよ!」

 

「……信用ありませんか」

 

「そういう事でも、ありませんよ!! そもそも、隆史殿って、私をそういう対象で見れるんですか!? 見れませんよね!?」

 

 顔真っ赤にして、なんか踊ってるようにパタパタ手を振っている。

 見れる、見れないって言うならそりゃもちろん……

 

「え? 普通に見れるけど?」

 

「」

 

 アワアワしている手が止まった。

 

「……」

 

「?」

 

「…………」

 

「あの?優花里さん?」

 

「……お菓子開けましょう」

 

「おぉ。そうだった、そうだった」

 

 もう一つの買い物袋から、コンビニ購入の「乙女の戦車道チョコ」を取り出す。

 取り敢えず、並べて置いてみた。

 優花里は、下を向いて、両手で顔を押さえてブツブツ呟いている。

 

「ズルイデス、ズルイデス、ズルイデス……マッショウメンカラナンテ、ヒキョウデス……」

 

「あの、優花里さん。箱買いは確かに大人気なかったですけど……ずるいかなぁ?」

 

「そっちじゃありません!」

 

「じゃあどっちだよ。まぁいいや。それはそうと、もしカード被ったら上げるよ」

 

「さっきの事で……え!? 本当ですか!?」

 

 真っ赤になっていた顔が急に輝きだした。

 

「あ、うん。後、欲しいのあったら言って。物によっては上げるよ。だから解説よろしくどうぞ」

 

「わっかりました! 頑張ります!!」

 

 ……狙っているものはさすがに上げられないけど。

 

 まず一箱目。

 

 箱を開けて、店頭に出されている様にしてみる。

 なんだろう。普段店に並んでいる物が、部屋にそのまま有るのって結構違和感あるなぁ。

 

「いやぁー! テンション上がりますねぇ!!」

 

 優花里が、いつもの優花里に戻ってくれた。

 

 

 

「んじゃ、一袋目~」

 

 箱の中から適当に取り出した。

 長方形の端、ギザギザになっている部分から破き開封をしていく。

 ウエハースの下から、カードを抜き出した。

 

 

「……なぁ優花里?」

 

「……はい」

 

「これ、戦車道の選手のカードだろ?」

 

「……はい」

 

「なんで、オッサンが出てきたの?」

 

「この人、日本戦車道連盟理事長です。このお菓子の発案者らしいのです」

 

「……まぁいいや。次行こう」

 

 ……。

 

 

「……なぁ優花里さん?」

 

「……はい」

 

「これ、戦車道の選手のカードだろ?」

 

「……はい」

 

「なんで、ハゲのオッサン4回連続で出てくるの?」

 

「この人、一箱に4枚入っているんです」

 

「……これ、一つ200円するよな?」

 

「はい。ですので、この顔を見ると殺意を覚えます。……私のお小遣いがぁぁ」

 

 うん。気持ちは分かる。

 

「でも! これが、4枚出揃ったってことは、もう大丈夫です!」

 

 ヤケクソ気味に叫ばないでください。

 

「うん、じゃあ次行こうか」

 

「はい!」

 

 今度は、6個連続で開けてみようか。

 半分開けるのを手伝ってもらい、順にウエハースの下から抜いていく。

 この作業が、地味にめんどくさい。

 

 1枚目、2枚目は知らない人の黒森峰学園Nカードだった。

 優花里が説明できないので、まぁ無名といえば無名なのか?

 

「3枚目……お! 頭にSRの文字がある!」

 

「え! いきなり来ましたか!?」

 

「えっと……あ」

 

【SR 聖グロリアーナ女学院 隊長 ダージリン】

 

 ダージリンだった。

 

「聖グロリアーナの隊長さんですね!……どうしました?」

 

「いや……ちょっと。この前の事、思い出した……。まぁいいや。しっかし……」

 

「制服で紅茶飲んでいる所ですね。これはSRですし、撮影カードですね」

 

 すごいドヤ顔で撮影されてるなぁ。

 

 ……ちょっと、青森の時の事を思い出しちゃった。

 

「これ裏って、どうなって……。なぁ優花里さん」

 

「なんです?」

 

「これ公式だよな?」

 

「そうですよ?」

 

「スリーサイズとか書いてあるけど、いいのか?」

 

「スポーツ選手みたいなものですし、いいのでは? まぁちょっと自分だったら、恥ずかしいから嫌ですけどねぇ」

 

「……」

 

 なるほど。みほが、俺に教えない訳だ。

 裏には、簡単なプロフィールとか書いてある。好きな物とか嫌いなものとか……スリーサイズとか。

 すげぇなダー様。うん。でけぇ。

 

「隆史殿?」

 

「……次行こうか」

 

 残り半分は、優花里のターンだ。

 

「1枚目と2枚目は、知らない人ですねぇ。コアラと継続の方でした」

 

「どれ? あー俺も知らないなぁ」

 

「あ、Rきましたね」

 

「誰だ?」

 

「」

 

「どうした?」

 

「……きました」

 

「キマシタ! キマシタ!!! 西住殿ォ!!」

 

[R 黒森峰学園 副隊長 西住 みほ]

 

「おー。そういえば俺、みほの黒森峰の時のパンツァージャケットって、見た事無かったなぁ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。その前に転校しちゃったから。応援行っても、表に出てくるのって、大体は姉の方だったから」

 

 裏方で会ったりした時は、大体制服に着替えた後だったしな。

 

「まぁいいや、それ優花里に上げるよ」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!! ありがとうございます!!!」

 

「喜びすぎだろ……まぁ、お礼と言うことで。次行こうか」

 

「はい!!」

 

 一箱目、残り10袋。

 

 一気に行こうか。

 開ける作業をしながら聞いてみた。

 

「なぁこれって、一箱にどのくらいレア以上入ってるの?」

 

「SR3枚ですね。残りのR枠にLRとか入るそうです。ですから、LRの確率は一切知られていないのです」

 

「……ふーん。あと2枚かぁ」

 

 正直、去年のデータのカードという事で、出てくるカードに、知り合いがあまりいない。

 例えば、オペ子とかは、まだいなかっただろうし。

 1、2、3、4枚……カードを抜いていくが、NカードとRカードでは、知らない人が多かった。

 

「あ! 来ましたよ!! 隆史殿! SRの文字です!!」

 

「お、どれどれ」

 

 というか……

 

「なぁ優花里さんや」

 

「なんです?」

 

「なんで俺の幼馴染が、水着姿でカードになってんの?」

 

「……」

 

【SR 黒森峰女学園 隊長 西住 まほ Ver.水着】

 

 姉妹が一箱に収められていました。

 

「見たことねぇよ! こんな破壊力ある画像!! うあーまじかー。グラビアモデルみてぇ……」

 

 首前で紐が、クロスされたビキニタイプの水着。

 黒森峰なのに白い。ティーガーⅠの前で撮影されている。

 

 強い! 圧倒的破壊力!!

 

「しっかしこれよく、まほちゃん許したなぁ……」

 

「まぁ、これも恒例なので」

 

「これも!?」

 

「人気が上位に来ると、こういうカードも撮影されるようになりますね」

 

「……」

 

 これ絶対購入層、男ばっかりだ。……来年度の買おう。

 

「残り一枚は、知らない方でしたね。隆史殿の方はどうです?」

 

「3枚までは、全部Nだった。あと2枚かぁ」

 

 どちらかにはSRがあるのかな。

 一枚はN。

 もう一枚は……

 

【SR 知波単学園 隊長 西 絹代】

 

「知らねぇ……」

 

 しかし、なかなかの戦闘力をお持ちだ。

 黒いストレートの髪をした女性。

 裏を見て確認したが、やはり俺の目に狂いは無かった。

 うん。でけぇ。

 

「あぁ、その方は、私知ってますよ」

 

「そなの?」

 

「はい。62回戦車道大会後に隊長就任された方らしく、第8弾最後の加入SR枠の方みたいです」

 

「なるほど、就任祝いみたいなものね」

 

 撮影カードらしいが、制服で敬礼している。

 ただ、撮る角度が若干上からなのが、撮影者はわかってる。

 

 絶対このお菓子、男の購入層狙いだ!!

 

「さて、取り敢えず一箱消化しました。お菓子はこの中に入れてください」

 

 密封タイプのファスナー付きのビニール袋に入れる。

 

「隆史殿は、ちゃんと食べる人なのですね!」

 

 ちょっと嬉しそうに聞いてくる。

 

「捨てる奴いるけど、あれはちょっとなぁ……これで別の菓子とかも作れるしな」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ、アイスとかティラミスとか……ケーキとか。作ったら食べるか?」

 

「いいんですか!?」

 

「まだ、いっぱいあるしな。いいよ。簡単なの後で、作ってやる」

 

 さて、もう一箱ある。

 一気に開けてしまうか。

 

 これで最後だ。

 

「た…隆史殿」

 

 今度は、優花里から一気に10袋。

 3枚連続で、例のオヤジが出てきた。

 ゴミを見る目をした優花里さんは、初めて見ました。

 

 4枚目が。

 

「隆史殿…これ……」

 

 袋の先から見えるのは、LRの文字。

 

「LR!!」

 

 来たか!!? しほさん!!!

 

「私、初めてこの文字見ました……」

 

 するすると、震えた指でカードを抜いてく。

 できたのは……

 

【現 陸上自衛隊富士学校富士教導団戦車教導隊所属 蝶野 亜美 Ver.水着】

 

「なにやってんだ! あの行き遅れ!!!」

 

 叫んだ。

 

 心の叫びだった。

 

 

 俺の興奮を返せ!!!

 

 所属がクソ長いから文字小さくて読み辛い!!!

 

 2種類の内もう一種類は、亜美姉ちゃんかよ!!!

 

「蝶野教官でありますね! ちょっと若い頃でしょうか?」

 

「どうでもええ」

 

「え?」

 

「それ、優花里にあげる」

 

「えぇ!! LRですよ!?」

 

「いい。上げる。いらない。いりません」

 

「」

 

「んな事ばっかりやってるから、行き遅れるんだよ!まったく!!」

 

 見なかった事にしよう。うん。

 次だ次。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「今、6袋一気に出したのですけど……全てSRです」

 

「え? 3枚じゃなかったの?」

 

「……」

 

「優花里さん?」

 

「いえ、まぁ先に中身をみましょう」

 

「お…おぉ」

 

 それはヨーグルト学園とワッフル学園の隊長。

 

 知らない人だった為、優花里にあげようと思ったんだけど、戦闘力が高い水着Verだった為ちょっと考えた。

 

 戦車道してる人って……何? この美人率。

 

 BC学園副隊長と、青師団高校隊長。後、ダブったダージリン様。

 ……留年したみたいに言っちゃった。

 

 お。

 

【SR 黒森峰女学園 隊長 西住 まほ】

 

 制服姿のまほちゃんだった。

 そういえば、中学時代からファンクラブあったなぁ。

 

「……これは、ちょっとおかしいです」

 

「ん?」

 

「隆史殿も一気に、いっちゃってください!」

 

「お?おぉ……」

 

 盛り上げる為に、全部頭だけ少し引き抜いて見た。

 

 N3枚、R0枚、SR6枚、PL1枚

 

「あ、初めてだ!PLって」

 

「……」

 

「優花里?」

 

「これは、まさか…ゴールドBOX!!」

 

「あの…説明を……」

 

「店頭用のSR専用の箱です!! まさか実在するとは……」

 

 なんかすごい興奮してますけど、要はレア値が高い箱だったって事ね。

 

「隆史殿! これはすごいです!! これをお目にかかれるとは思いませんでした!!」

 

「ハイ」

 

「中身はなんですか!?」

 

「ハイ」

 

 ごめんちょっと、その興奮に引いた。

 まぁいいや。

 

 ……

 

「ダージリンが、2回ダブッた」

 

「もうちょっと言い方ありませんか? 隆史殿……」

 

 悪気は無いよ? 悪気は無いのだけど……。

 

 あ、でも。3枚目が。

 

 

【SR 聖グロリアーナ 隊長 ダージリン Ver.水着】

 

 白のワンピースだった。

 うん。これはイイモノだ!

 ……やっぱ基本美人だし、スタイルもいいものだから、写真映えするなぁ。

 

「隆史殿。若干鼻の下が、伸びている様に見えるのは、気のせいですか?」

 

「……優花里さん。結構、古い言い方しますね」

 

 ジト目の優花里さん。ちょっと怒ってます? なんで?

 

「次」

 

「あ、はい」

 

【SR プラウダ高校 副隊長 ノンナ Ver.水着】

 

「あ、前回優勝校の副隊長さんですね。追加SR枠の一つです」

 

「」

 

「隆史殿?」

 

 ノンナさん。

 

 なんで貴女、旧・スク水着てるんですか?

 

 マニアック過ぎるでしょうが。

 

「優勝が、決まった後の撮影らしいですね」

 

 でかい。

 

 もう一度言おう。

 

 でっかい。

 

 戦闘力が桁外れだ。

 この水着で、大きさ分かるのって相当だと思ふ

 

 ……。

 

「ごめん……これ本当に大丈夫か?」

 

「何がです?」

 

「いや……スク水って」

 

「? ちょっと古いタイプの学校指定の水着ですよね? 何か問題あるのですか?」

 

 分からない顔をしている優花里に、懇切丁寧に説明する度胸は、俺には無い。

 ピュアな貴女のままでいてくださいね。

 

「……次行きますね」

 

「後、3枚ですね!」

 

【SR 継続高校 隊長 ミカ Ver.水着】

 

 水着ばっかじゃねぇか!

 

「知らない方ですねぇ……」

 

 ……なんというか。

 

 水着の上に、いつものジャージを羽織っているのだけど……。

 ファスナーを胸元付近で、開けているので谷間が……。

 

 ミカも何考えて、撮影に応じたから分からんし、水着にジャージのみだから……。

 

 まぁ総じて言えば、エロいの一言につきる。

 

 これの発案者と撮影者ってバカじゃねぇか?

 

 これ、そのうち訴えらるんじゃないだろうか。

 

 うん。グッジョブ! だ。

 

 そして、最後のSRが……

 

【SR 黒森峰学園 副隊長 西住 みほ Ver.水着】

 

 ……

 

 …………

 

「どうしよう、優花里」

 

「ヒャッホー!! 西住殿は最高だぜーーー!!」

 

「優花里さん」

 

「あ、はい」

 

「俺の気持ちを察してください」

 

「はぁ……」

 

「幼馴染が、二人共脱いでいたんですけど?」

 

「え? でも水着……」

 

「そうだね!! 水着だね!! でもな!?」

 

「ハイ」

 

「ビキニの上から、黒森峰の制服のワイシャツ! それを羽織ってるだけだよ!?」

 

「そ…そうでありますね」

 

「それをわざわざ濡らして、透けさせてるのってどうよ!? 普通にやべーよ、このカード!!」

 

「でも水着ですし……」

 

 状況をまったく理解していないみたいですね。

 赤いビキニを着た幼馴染が、黒い黒森峰の制服のワイシャツを上から着ている。

 

 正確には、ビショッビッショの濡れたワイシャツだ。

 

 透けた水着が艶かしく、異常にエロい。

 すごく恥ずかしそう、なみほの顔も、またそれを彩っていた。

 

 これは、ちょっとさすがに………ありがとう!!

 

「わかった。じゃあ今度、大洗学園の制服で、同じことを俺に見せてくれ。優花里が!」

 

「えぇ!! 私ですか!? 嫌ですよぉ……恥ずかしいですよ!」

 

「ナンデ? 戦車道デスヨ? コノ、カードト同ジデスヨ?」

 

「」

 

「えぇ!! そんなの誰も見たがりませんよ!!」

 

「俺が見たい。見たいですね。見たいですよ?ミセロ」

 

「」

 

「はい決定」

 

「えーーー!!」

 

「じゃ、PLいきますね」

 

「あ!ずるいです!!」

 

【PL プラウダ高校 隊長&副隊長 カチューシャ&ノンナ Ver.水着】

 

「」

 

「隆史殿?」

 

 そこには、SRのノンナさんと、カチューシャがセットになった写真のカードだった。

 要は、スク水のカチューシャとノンナさん。

 

 なんというか……肩車はしていなかったけど、妙に絡み合っていて……。

 

「私、さすがにちょっと、おかしいと思い始めました」

 

「遅い」

 

 異様に似合うカチューシャとヤバイビジュアルのノンナさんが、隣り合わせで撮影されていた。

 カチューシャ元気かなぁ……。

 

「これ多分、優勝記念のやつですね」

 

「だな。カチューシャが隊長枠になってる」

 

「……隆史殿」

 

「はい」

 

「……ちょっと私。怖くなってきました」

 

「はっはー。そうだな! 優勝すれば、あんこうチームもカードになるかもしれないしね!!」

 

「そうなんですよ!! 隊長のチームって、なりやすいんですよ!!」

 

「楽しみだな!!」

 

「嫌ですよ!!」

 

 

 

 ピンポーン

 

 

 

 呼び鈴が鳴った。

 

 

「誰でしょう?」

 

「さぁ?」

 

 腰を上げて、インターホンに対応する。

 

「はい、どちら様?」

 

『あ、隆史君?』

 

 ……みほだ。

 

「優花里!! みほだ!! それを全て隠してくれ!!」

 

「!?」

 

 冷静を装い、インターホンの外部音声に対応する。

 

「あ、みほか? ちょっと待ってくれ」

 

 声は冷静を装い、体は焦っている。

 みほに内緒にしてくれと頼まれている分、バツが悪いのか、優花里もすぐに反応してくれた。

 

『……どうしたの?』

 

「いや、ちょっと立て込んでいて。ちょと待ってクダサイ」

 

『……』

 

「みほ?」

 

『だれか来てるの?』

 

 




ハイ。閲覧ありがとうございました

抱き枕ほしい

あれカードになってくれないかなぁ……

ありがとうございました


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閑話【 日常編 】 ~乙女の戦車道チョコ~ 後編

閑話後編です。
今回、開き直って全てネタに走ってます


 ピンポーン

 

 呼び鈴がもう一度押された。

 

『どうしたの? 誰かいるの? 私、出直した方がいい?』

 

「い、いや! 大丈夫!! ちょっと待って!!」

 

『……何してるの?』

 

 ちょっと隠蔽工作を。

 

「ちょっと散らかったから、片付けているだけダヨ?」

 

『誰か、お客さんなら出直すよ?』

 

「大丈夫! 確かにお客さんいるけど、すぐ済むから!!」

 

 ここで帰して、後で優花里だとバレてみろ。

 絶対、ややっこしい事になる。

 

『……』

 

 

 ピッン……

 

 

 

 

 

 ポーーン

 

 

 

 なぜ溜めた!?

 

『もしかして……』

 

「はい?」

 

『……女の子?』

 

 

「」

 

 

 過去、ここまでの恐怖を、みほから感じた事は無かった。

 別にやましい事をして……していた訳じゃない! お菓子を開封していただけだよ!?

 

 なのに何だ!? このドア越しから伝わってくるプレッシャーは!?

 下手に嘘をつくと、後に大変な事になる気がする。

 

「そ……」

 

『そ?』

 

「そうだけど……」

 

 

『……』

 

 

 ガチャッ!!

 

 

 !?

 

 

『……』

 

 

 ガチャガチャッ!!!

 

 躊躇無くドアノブを回してきた!

 

「」

 

 

『おかしいなぁ……。隆史君いつも鍵、開けたままだよね? …どうして今日に限って鍵を掛けてるの?』

 

「こ…この前、……みほに危ないと注意されたからだけど?」

 

『片付けているだけなら、鍵くらい開けてくれてもいいと思うけど …見られたら何かまずいの?』

 

「そ! そんな事無いよ! ちょっと待って! すぐ開けるから!!」

 

 

『……』

 

 

 ガチャッ!

 

 

 ビクッ!

 

 

 

 ガチャガチャッ!!!

 

 

 

 

『……』

 

 

 

『   マ   ダ  ?  』

 

 

 

「」

 

 

 怖い…怖い怖い怖い!!

 

 ホラーだよ!! 何で3回、律儀にドアノブ回すの!?

 

 急いで後ろの優花里に、声を掛ける。

 

 

「優花里!! 急いでくれ!! 頼む! 怖い! マジで怖い!!」

 

「でも、どうしましょう!? 隠す場所が無いですよ!?」

 

「布団の中にでも入れて!!」

 

「了解です! ……ヒグッ!!」

 

 鈍い音がした。

 

「優花里さん……」

 

 立ち上がろうと、片足を上げたその足の小指を、おもいっきり、ベットの下のダンベルにぶつけた。

 すこし、はみ出していた為だろう。完全に意識しないで、ぶつけたから声に鳴らない悲鳴を上げている。

 余程、痛かったのだろう。

 ごめんよぉ……。

 

 

「!! !! !」

 

「大丈夫……?」

 

「だ…大丈夫です……!!」

 

 優花里は、痛がりながらも乱暴に掛け布団を開け、その中に菓子一式を放り込む。

 

 段々と痛みも和らいできたのか、多少喋れるようになったようだ。

 

「い……痛かったですぅ……」

 

「大丈夫か?」

 

「はい……多分」

 

 余程痛かったのだろうなぁ……まだ涙目で顔が赤い。

 素足だった為、一応足の指を見てやる。

 痣にもなっていないし、指も動く。

 

「多分、軽い打撲程度だと思うよ。指動くから折れてはいないし…」

 

「本当に痛かったです……」

 

 コンッ!

 

 ビクッ!

 

 ……後ろより音がした。

 優花里の様子を見ていたので、完全に不意打ちでビックリした。

 ノックの音だよねぇ……。

 

 

 

 コンッ

 

 

 ……ドアから軽い音がした。

 

 

 コン…コン……

 

 

『……まだかなぁ』

 

 

 コン……

 

 

『……まだかなぁ……まだかなぁ』

 

 

 コン……コン……

 

 

『……まだかなぁ……まだかなぁ……まだかなぁ』

 

 

 コン……

 

 

 ノックと一緒に抑揚の無い声で、独り言なのか、こちらに問いかけているのか、分からない声が微かに聞こえてきた。

 

 急いで玄関に駆け寄る!

 

「今開ける!! 今開けるから! 呟きながら、そのノックやめて!!」

 

 ……本気で恐怖しました。

 

 急いで鍵を開けて、こちらからドアを開いてやった。

 

 ようやく玄関に立った、みほさん。

 

 制服姿と違い、私服のみほさん。

 

「もう…やっと開けてくれたね」

 

 ……ちょとご立腹。

 しかし普通だった。普通すぎる。

 

 目のハイライトさんも、ちゃんと仕事してますし、顔色も普通だった……。

 

 逆に恐怖だ。さっきのドア越しの雰囲気と全然違う。

 

 ただ…目だけが若干、色が違うように見えた。

 

「あれ? 優花里さん?」

 

「こ…こんにちは!…であります。西住殿!」

 

「……」

 

 まだ痛いのか、涙目で顔の赤い、優花里さん。

 俺の心臓が、バクバクいっている。

 やましい事は何もしていない。何もしていないが……。

 

「……!」

 

 部屋の中を見た、みほが一瞬息を吸い込み、固まってしまった。

 ……何だ?

 目を見開いて、眼球だけ、何か場所を一つ一つ、確認するように動いている。

 

「……」

 

 黙って動かないヨ?

 

「と…取り敢えず、お上がりください」

 

 立たせておく訳にもいかないので、入室を勧める。

 

 

「……嫌」

 

 

 拒否された。

 

「え?」

 

「……今、私。絶対この部屋に入りたく無い」

 

「……西住殿?」

 

「絶対に嫌」

 

 目だけ。

 

 目だけ、俺の目を見ていた。

 

 はい。さようならハイライトさん。

 

 ……すこし涙目になってる…のか?

 

 何を見ていたのだろうか? 部屋を見渡していたな。

 

 別に至って問題ない…よね?

 

「隆史君」

 

「はい!?」

 

「いつも隆史君、ベットでも布団って、しっかり畳んでるよね?」

 

 何言ってるんだ?母さんの教えで、生活が少々軍隊じみてはいるけど……

 フトンは、起きたらすぐキッチリ畳むとか、食器の置き方とか、角度とか……

 

 あ……

 

 改めて、部屋を見てみた。

 そして気がついた。俺の状況と照らし合わせてみた。

 

 休日に女の子を部屋に連れ込んでいた俺。

 

 いつも開けっ放しだった鍵が、今日に限って閉めていた。

 

 片付けると言って、時間稼ぎをしていた俺。

 

 ようやく開いた部屋。

 

 いつもと違い、ベットの布団が乱れてる。

 

 その下で、痛さでの為だけど、涙目で顔が赤くなっている優花里。

 

 

 ……時間稼ぎ。

 

 …………。

 

 

 

 ま さ か

 

 

 

「」

 

 

 これは不味い! 不味すぎる!! 最悪だ!!

 

 

「違う!! それは違うぞ!! みほ!!」

 

「……は?」

 

「何を盛大に勘違いしてる!? いや状況証拠、揃っちゃってるけど!!!」

 

「……何が?」

 

 淡々と感情の無い目で、問いかけてくるみほさんが凄かった。

 

 怖いのでは無い。凄かった。

 

 

 ……。

 

 

 ……うん。吐こう。これは無理だ。

 

 

 この勘違いは、洒落にならん。みほの交友関係にも影響する。

 

「西住殿? 隆史殿?」

 

 優花里だけ、わかっていませんでした。

 頭の上に「?」が浮かんでいる。

 

「優花里。吐こう。これは最悪だ」

 

「え?いいんですか? 隆史殿?」

 

「まぁ…今の勘違いを野放しにするより、数百倍マシだ」

 

「ハッ……勘違い?ナニガ?ネェ?ナニガ?」

 

 ……コエェェェ

 

「まず、優花里が顔真っ赤にして涙目なのは、ダンベルに小指ぶつけて、のたうち回ってたからです!」

 

「隆史殿!?」

 

「……」

 

「時間稼ぎ…は、ある物を隠す為……証拠は…その、布団の中だ」

 

「……布団の中?」

 

 諦めた溜息と共に話し出すと、察してくれたのか、ハイライトさんが戻って来てくれた。

 

 それでも半信半疑なのか、部屋に入ろうとしない。

 仕方がない。

 

「……何?」

 

「えーっと…優花里、頼む」

 

 布団を捲るように指示を出した。

 

 

 

 

 

 ------------

 -------

 ---

 

 

 

 

 

 

「みほさん?」

 

「西住殿?」

 

「……」

 

 布団から出てきた「乙女の戦車道チョコ」を見て、全てを察したのだろう。

 

 その場で、ペタンと崩れ落ちた。

 

「…………ヨカッタァ」

 

 何か呟いてはいたが、取り敢えず部屋に入室はしてもらえた。

 そのまま、三人でテーブルの前に座って、向かい合っている。

 

 みほは、そのテーブルの上で、耳まで真っ赤になって突っ伏して唸っている。

 うん……先程の勘違いの為ですね。

 俯いていたが、一応経緯を説明しておいた。

 

 

 

「ウー」

 

「あの西住殿、隆史殿にバラしてしまったのは、申し訳ありませんでした……」

 

「え?あぁ…それはもういいの……ごめんね。変な事を頼んじゃって……」

 

「いえ…お気持ちは分かりますから! それより西住殿」

 

「?」

 

 優花里の問いかけに顔を上げた。

 

「隆史殿は分かっているみたいですが、西住殿は何を勘違いしたんです?」

 

「ヒゥ!?」

 

 収まりかけていた顔色が、また真っ赤に染まっていった。

 

 結局終始、何を勘違いしていたのか分からなかった優花里さん。

 ドストレートで、質問をブチ込む。

 えっと、その…を繰り返し、結局何も答えられない、みほ。

 

 そうだな。うん。流れを変えておくか。

 

 

「やーい。みぽりんのスケベ~」

 

「!!!」

 

 

「わ!! ごめん!! 御免なさい!! 目覚まし時計はやめて!!」

 

 プルプル震えながら、涙目の真っ赤な顔で、近くに置いてあった目覚まし時計を掴み、振り上げている。

 

「置け! な!? それは、投擲するものじゃあ無いよ!?」

 

「一体…何なのでしょう?」

 

 勘違いの内容なんて、言えるはず無かった。

 

 

 

 

「……それで?」

 

 フーフー言いながらも、落ち着いたのか目覚まし時計を置いてくれた。

 

「それで? っと申されましても」

 

「……隆史君。普通、箱で買う? この量を買えば…出てきたよね? …水着のカード」

 

 指先で、軽く箱を弾いていますねぇ……。

 

「……」

 

「やはり、西住殿はご存知でしたか」

 

「うん…だから隆史君には、内緒にしてほしかったの……」

 

「スリーサイズも表記されてるしなぁ」

 

「そうなの…だから嫌だったんだけど…って、やっぱり出たんだ……」

 

「はい。このカード企画した奴、本当にバカじゃねぇか?と、思いました」

 

「……でしょ?」

 

「同時に、お礼を言っている俺もいた」

 

「……男の子って」

 

 怒っているのか、呆れられているのか……。

 

「誰が出たの? 見せてくれる?」

 

「嫌です」

 

 即答しました。はい、嫌です。

 

「隆史殿……」

 

「……何で?」

 

「みほさんに、没収されそうだからです」

 

「……しないよぉ。しないしない」

 

「……」

 

「じゃぁ誰が出たの? …優花里さん?」

 

「あ! ズルッ!!」

 

 開封作業を手伝っていた優花里が、知っているは道理である。

 俺が答えないから、質問先を変えてしまった。

 

「わかった! わかったから、ちょっと待ってくれ」

 

 下手に優花里に任せると、またあらぬ方向に行きそうな気もするので、出たものを高レア順にずらぁーと、テーブルに並べる。

 ……いやぁ壮観だねぇ。

 

 カードの写真とはいえ、何人かの知り合いが水着で並んでいる。

 

 それを、共に女性の幼馴染とクラスメイトと見ている。

 なにこの状況。

 

 ちなみに、みほのカードは並べていない。それに気がついたのか、優花里さんが目を逸らす。

 余計な事言ってくれるなよ……。

 

 ……逃げたくなってきた。

 

 

「隆史君」

 

「はい。なんでしょう」

 

「何で? 何でこんなにSRカードが有るの!? 普通じゃないよ!? いくら使ったの!!」

 

「二箱、購入いたしました」

 

「あ、西住殿! 隆史殿は、ゴールドBOXを引き当てたみたいなんです!」

 

「嘘!? よりによって!?」

 

「みほ、ソレを知っているのかよ」

 

「近所で、自分のカードが出回るかも知れないんだよ!? 調べるよ普通!! 私も何度か買ってみたよ!!」

 

 まぁ…あのSRカードじゃなぁ……。

 自主回収もしたいだろうて。

 

「私、そんなに枚数刷られていないはずだから……というか、隆史君!」

 

「ハイ」

 

「ダージリンさん出しすぎ」

 

「あ、はい。ちょっと逆に出すぎて、引きました」

 

「この方、人気ありますからね、数も有りますよ!」

 

「お姉ちゃん、しっかりコンプリートしてるし…普通にこれ、枚数的に難しいはずなんだけどなぁ……」

 

「まぁ…昔からの付き合いですし?」

 

「それ、何か関係有るの?」

 

 笑ってごまかす。…あるんじゃないかなぁ。

 みほさん。貴方もコンプリートしてます。まぁ、両方2枚しか無いけど……。

 

「知らない人もいるの?」

 

「俺をなんだと…この人達とか知らない」

 

 一応、その中にミカも入れておいた。

 はい。一応。

 それでも、疑いの目を向けてくるみほさん。

 

 そして2枚のカードを手に取る。

 

「後…そっか。この人が……」

 

「」

 

 ノンナさんのカードを手に取って凝視しているみほさん。

 カチューシャ&ノンナさんのカードと見比べている。

 

 ……目を細めた。

 

「ふーーーーーん」

 

「」

 

「一応、私黒森峰の時、見たことあったけど……スタイルすごいね、この人。ね? 隆史君?」」

 

 2枚のカードの隙間から、俺と目が合う……。

 

「……ネ?」

 

「ソ…ソウデスカ?」

 

 なんて答えろと? カチューシャはスルーかヨ。

 

「大丈夫ですよ! 西住殿!!」

 

「ヘ?」

 

 あっ! 優花里さん! 何言う気だ!?

 

「西住殿も負けていませんよ! バランスいいですよ!! 去年から殆ど、全然変わって無いじゃないですか!!」

 

 ノンナさんに、劣等感を感じたと思ったのか、勢いよくフォローに入る優花里。

 

「去年? ……去年!?」

 

 バレた……。

 

「出たの!? 私のカード!!」

 

「あ、はい出ましたよ? でも大丈夫です!」

 

「優花里さん?」

 

「私が、手伝っていたお菓子から出たので、隆史殿は表の写真しか見ていませんよ!」

 

「そっか…それならよかった……。それどっちのカード?」

 

「私の方は、Rですね! 隆史殿から頂きました!!」

 

 大丈夫です!っとばかりに、満面の笑みで答える優花里さん。はい。それ言っちゃダメですって。

 

「……」

 

「隆史君」

 

「……ハイ」

 

「今、優花里さん『私の方は』って言ったけど?」

 

「あっ!!」

 

 しまったって声が聞こえたけどもう遅い。

 

「出してっ♪」

 

「」

 

 はい、思いっきりバレました。

 下手に抵抗しても、多分無駄だろうなぁ……あきらめよう。うん。

 

「……」

 

 他のカードを片付けられ、テーブルの上に置かれる一枚のカード。

 

 「「「 …… 」」」

 

 それを眺める3人。……シュールだ。

 

「みほ」

 

「なに?」

 

「一応、幼馴染として聞いておきたいのですが」

 

「……なんでしょう」

 

「なぜこうなった?」

 

 隠していた事を責められるより、先手を打っておく。

 カードの手前を、指でコンコン軽く叩く。

 

「……」

 

「あのね? さすがに心配になる訳ですよ。この姿は」

 

「……」

 

 わざと透けたワイシャツを着ている、水着姿のみほ。またそのワイシャツが制服ってのが……。

 

「学校で撮ったの! それに、撮影班の人達って、皆さん女性の方だったから、如何わしくないよ!?」

 

「はい。確かに露出自体は、全体的に他の方々も少ないです。なにかしら羽織ったりね」

 

「でしょ!? お姉ちゃんもそうでしょ!?」

 

「でもね?」

 

「なに!?」

 

「全体的にマニアックすぎる」

 

「」

 

 結構チラリズム全開になってる写真が多かった。

 あれはなぁ……

 

「でも…なんでそれを、隆史君は私にそれを隠してたの!?」

 

 チィ、攻守が交代した!

 正直に言ってやろう。

 

「没収されそうだったからです。というか、今も牽制してるよね?」

 

 言った直後、手が出てきたので、間一髪で防衛・確保する。

 はっはー。

 すでにカードは俺の手の中だ。

 

「うぅ~…」

 

 真っ赤になって空ぶった腕を放り出して、また机の上に突っ伏してしまった。

 我慢していたのか、また赤面し始めましたね。

 

「返してよ~。お嫁に行け無くなるよ~……」

 

「ダメです。これは俺が、お金を出して購入したモノです」

 

「じゃあ、その分払うから~買い取るからぁ~…」

 

「ダメでーす。このみほは、もう俺のモノです」

 

 

 

  「「……」」

 

 

 

 ……なんだ?

 

「な…なんて!? い…今!??」

 

 ん?

 

「」

 

 みほも、優花里も体をまっすぐ起こし、俺を凝視した。

 

 あの……みほさん。顔の色が凄い事になってますけど……。

 

「……隆史殿。今サラっと、凄い事言いましたね」

 

「何が?」

 

「自覚が無いのが、また……」

 

 何言った?

 

 ……。

 

 あぁ!!

 なるほど……。

 

 

「みほは、もう俺のモノです」

 

 

「ハゥッ !!!!!」

 

 

 やはり、コレか。

 綺麗に言い直したら、また硬直してしまった。

 はい。改めて言うと、すっげー恥ずかしいですね。

 

「あの…みほさんや。このカードの事で……」

 

「タタッッタttttァアタァ!!」

 

 いかん。みほがバグッた。

 両手で顔を押さえて、ブツブツ言い出しました。

 そんなみほを見た後、ジト目の優花里に叱られました。

 

「タラシ殿? いい加減、自重してくれませんか?」

 

「な…何がでしょ?」

 

 優花里さんに睨まれた。

 

「ハァ……」

 

 溜息!?

 

「ほら!西住殿おかしくなっちゃったじゃないですか! カードもご本人ですし、差し上げたら如何です?」

 

「ヤダ」

 

 惜しい。正直このカードを上げるのは、メチャクチャ惜しい。

 

「みほ! そろそろ戻ってこい!」

 

「!」

 

 指の間から、俺の顔を見たら、また赤くなって俯いてしまった。

 どうしよう……。

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

「はぁ…もう。びっくりしたよぉ……」

 

 ようやく落ち着いたのか、出されていたお茶をチビチビ飲んでいる。

 恥ずかしい事言っちゃったけど、そこまで取り乱さなくとも……。

 

「はい! タラシ殿は、いい加減にして下さい。反省して下さい!」

 

 ……なんで俺怒られてるの? なんで説教されてるの?

 

 あ。

 

 開けられた箱の横に、未開封のお菓子が3つ残っていた。

 あーそうだ。バラでも買っておいたんだ。

 忘れてた。

 

「タラシ殿!! 聞いてますか!?」

 

「あの優花里」

 

「なんですか?」

 

「まだお菓子が残ってた」

 

「え?あぁ、バラで買ったのですね」

 

 ……うーん。まぁ最後だし。

 そのまま、みほと優花里に1個ずつ配る。

 

「それは、差し上げますのでもう勘弁してください。…後、もうタラシ殿はヤメテ」

 

「やっすいですねぇ」

 

「……」

 

「もうこれで誤魔化されてください……」

 

「はぁ…分かりましたよ。次は本当に怒りますよ!」

 

「……隆史君多分、何を怒られてるか分ってないよね? 変な所は、鋭いくせに……」

 

 二人共、ブツブツ言いながらも中身が気になるのか、封を開けていく。

 まぁ俺も気になるけど……。

 

「……」

 

「優花里?」

 

 コノ、クソジジィ……

 

「あ。ごめん中身わかった。うん。お菓子は握りつぶすなよ?」

 

 さて、俺のは。

 

「あ、SRだ」

 

「……凄いですね隆史殿。その運を、私にも分けてくださいよぉ」

 

「誰?」

 

【SR 黒森峰女学園 隊長 西住 まほ Ver.水着】

 

 

「……まほちゃん」

 

「お姉ちゃん……」ココデモジャマヲスルカ

 

 はい。水着です。

 2枚目キマシタ。

 

 ……うん。強い。

 

 今気がついたのだけど、表情に若干赤みがさしている。

 まほちゃんも恥ずかしいと思っていたのか……。

 

「……みほは?」

 

「ちょっと待ってね」

 

 カードを抜く指が止まった。

 

「レ…レジェンドレアだ……」

 

 「「!?」」

 

【LR 現:西住流 師範 西住 しほ Ver.高校2年生】

 

「」

 

「お母さん……」

 

「隆史殿?隆史殿!?どうしました!?」

 

 もう…色々と……

 最初の3個で済んだとか…よりにもよって上げたお菓子に入っていたとか……

 疲れた…怒りとか、もうわかない。ただ疲れた。

 

「お母さん若いなぁ…私と同じくらいの時か…胸おっきいなぁ……あぁ!!」

 

 ビクッ!

 

「そっか!! 隆史君、これ狙いだったのね!? なに!? またお母さん!?」

 

「隆史殿……LRの一点狙いなんて、また無謀な……」

 

「チ…チガウヨォ…チガウチガウ……」

 

 体に変な震えが起こる。

 

 

「じゃあ、これいらない?」

 

「」

 

 くっそ!!余裕な顔しやがって!!

 

「お母さんメチャクチャ若いよ?」

 

「グ…ギィ……」

 

 カードの裏面をこちらに向け、カードで口元を隠しながら聞いてくる。

 くっそ!!絶対笑ってる!!クスクス聞こえる!

 

 見たい。メチャクチャ見たい!!

 

 

「……上げてもいいよ?」

 

「!?」

 

「私のカードと交換ならね」

 

 ……そうきたか。

 上目遣いで、見てきやがってぇ!!

 

「どうする?」

 

 ……

 

「どうしたの? これがお目当てだったんでしょ?」

 

 勝ち誇った笑みと共に、焦らすように聞いてくる。

 ……いかん。ちょっと昔見た顔になってる。

 

「この頃のお母さん、ボブカットだったんだぁ」

 

 くっそぉ!!見てぇぇ!!

 

俺より有利に立った時。

 たまに見せる、この顔のみほは、比較的に意地悪な性格になる。

 幼少帰り…というとは違うのか。なんというか……。

 

「髪の毛伸ばし始めた時かなぁ?」

 

 ヤンチャみほが、降臨されとる。

 こうなると結構、めんどくさい。

 

 目の前で、カードをヒラヒラさせている。

 

「ちなみに、拒否した場合はこのカードの写真は見せませーん」

 

「グヌヌ……」

 

 いかん。考えろ!現時点での優先順位を!

 しほさんのカードは、欲しい!!

 それが、これを購入した目的だからだ!

 しかし!!

 

「……正直、みほのカードを手放したくない。

 こんなエロい格好のみほは、多分この先、見られないだろう。

 見知った娘のこういった格好は、背徳感がすごくて、凄まじい破壊力を生んでる。

 惜しい…この格好に、メガネかけてくれれば最高だったんだけど……。

 あ、でもしっかり見てみると、これ野外で撮影されてる。それで羞恥の表情がいつもよりすごいのか……。

 これはいい! このみほはレアだ!! これを手放すのは……。

 しかし、しほさんの若い頃も見たい。

 というか、そのカードほしい。(少々お待ちください)」

 

 

 「「 …… 」」

 

 

 

「た…隆史君が、思った以上に変態さんだった……」

 

「いい加減、考えている事を口に出す癖。何とかしたほうが、いいと思いますよ?」

 

「……しほさんに頼んで昔の写真を…しかしそれは、邪道。あまりに邪道だ……」

 

「あ、西住殿。隆史殿、まったく聞いてません」

 

「……どんだけ悩むの?」

 

「どうする!? いや…しかし、みほは、すでに俺のもの……」

 

 「「 …… 」」

 

 

「西住殿」

 

「な…なに? 優花里さん」

 

「……顔がにやけてますよ」

 

「き…気のせいだよぉ。ウフフ」

 

「……」イラッ

 

 

 

「よし! 決めた!!」

 

「決まった? じゃあ交換し…『 交換しない 』」

 

「え!?」

 

「うん。このままでいいや」

 

「え…本当に!? お母さんの高校生の時のだよ!? お姉ちゃんよりおっきいよ!?」

 

「……」(西住殿は、何と戦っているのだろう……)

 

 みほが驚愕した顔で、何度も聞いてくる。

 惜しい。

 俺も惜しいが、仕方がない。

 一度決めたしまったら、後は余計な事を考えないほうが良い。

 

「うん。いいや。みほがほしい。みほがいい」

 

「ヒ ゥッ!!??」

 

 今度は、額をテーブルにぶつけてるし……。

 

「隆史殿…そろそろ自分が、何言ってるのか理解して下さい……」

 

 何言ってるんだろう。カードの話じゃないのか?

 

「何って…みほか、しほさんかって話だろ? みほがいいって言ってるじゃないか」

 

 

「」

 

 

 

「た…隆史君、もう…いいから……黙ってて……」

 

「隆史殿は、もう一切喋らないで下さい」

 

 みほは、ハーハー言って突っ伏しちゃってるし、優花里はなんか怒ってるし……何なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校の寮の一部屋。

 私の部屋。

 

 まもなく就寝時間になる。

 そろそろ寝る準備をしようと、いつもの様に携帯に充電器をセットする。

 ん?

 

 気がつかなかった。

 一通のメールが届いていた。

 

 知らない通知だ。また迷惑メールか何かだろうか?

 

 題名が無い。本文のみだ。

 前半の頭部分のみ、本文の内容表示されている。

 

『― エリリンへ。乙女の戦車道チョコを……』

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 プルルルルルル……

 

 

『―はい』

 

「あんたなんで、私のメアド知ってるよ!!!」

 

『え? あぁエリリンかぁ。知らない番号だったから、誰かと思ったよ』

 

「エリリンと呼ぶな! 何度も言ってるでしょ!!」

 

『電話してくれたって事は、メール見てくれたって事だね』

 

「聞きなさいよ!!」

 

『あぁ、メアド? まほちゃんに聞いた』

 

「」

 

『なんかすっごい怪しまれたけど』

 

「当たり前でしょ!? 馬鹿なの!? あんた馬鹿なの!?」

 

『あらヒドイ。 みほと仲直りさせたいって言ったら、あっさり教えてくれた』

 

「……元副隊長と? ハッ! なんか戦車道チョコが、どうの書いてあったけど、本当の目的はそっち? 余計なお世話よ!」

 

『まぁどっちもかなぁ……』

 

「そんな事、あんたに関係無いで『俺は、まほちゃんのSRカードを持っている』」

 

「……」

 

『……』

 

「……どういう事?」

 

『ほしい?』

 

「な…なななにが、目的かしら!?」

 

『……ほしい?』

 

「……」

 

『いやね、まほちゃんとの会話の中でね。どうもエリリンが、アレをお持ちだと聞いたものでしてね。』

 

「……何を?」

 

『LRの家元のカードを』

 

「え?あぁ、確かに持ってるけど、なんでそれを隊長が……あ」

 

 乙女の戦車道チョコ。隊長のカードが欲しくて、今でも買っている。

 出ない。本当に出ない!!一体、いくらつぎ込んだか……。

 

 一度、買っている所を隊長に見られてしまった。

 隊長も撮影をしているので、知っているはずなのに、開封する所を見せてくれと言われたので、目の前で開封した時があった。

 その時、たまたま家元のカードが出たのだけれど……。

 

『―てな感じでしょうか?』

 

「心を読むな!!!」

 

『トレードしませんか?』

 

 は?

 

「……なに?家元のカードなんか欲しいの?」

 

『……』

 

 

 

 

「隊長より、その母親ぁ? 貴方ちょっと気持ち悪いわよ?」

 

『……』

 

 

 

 

『はっはー。家元のカード『なんか』発言は録音しておきました。『気持ち悪い』発言も録音済みです』

 

「!?」

 

『よし。しほさんに報告だぁ』

 

「え!?ちょっ!!」

 

 

 ブッ!

 

 

 切られた。

 

 ……報告。

 

 

「……」

 

 

 

 

 ガタガタガタ

 

 

 

 

 

 プルルルルルル……

 

 

 

 

 

 

 

『はい』

 

「なんで切るのよ!!!」

 

『え?だってしほさんに報告……』

 

「大丈夫! 貴方おかしくないわ!! 家元のファンって大勢いるから!! 気持ち悪くないわ!!」

 

『なに焦ってるの?』

 

「焦ってない!!」

 

 ハァハァ

 

『まぁいいや。で? どうする?』

 

「……隊長のカード?」

 

『そうだね。周りに(みほしか)持ってる人いなくって……』

 

「そもそも、それ本当なの? 隊長のSRカードってね、家元の指示で、極端に枚数が少ないのよ? それを貴方が持ってる? 信じられないわ」

 

『そ? じゃあいいや。ほか当たる』

 

 ブッ

 

「……」

 

 

 

 プルルルルルル……

 

 

「だから、なんで切るのよ!!!」

 

『え?だっていらないって……』

 

「いらないって言って無いでしょ!? 信じられないって言ったの!! 私が、どんだけ買っても出なかったのよ!? 信じられるかぁ!!!」

 

『そ? ならいいや。ほか「切るなぁ!!!」』

 

 ハァーハァー…

 

「……いいわ。信じる。嘘つく意味無いしね……」

 

『ちなみに』

 

「……なによ」

 

『水着ばーじょん』

 

「」

 

『どうした?』

 

「どうやって交換するの? 私そっち行った方がいい? 明日にでも大洗学園に行きましょうか!? まどろっこしいわね!! 今から行くわ!!!」

 

『……来ないで下さい。郵送じゃダメなの?』

 

「郵送!? そんな危ない橋、渡れないわ!!」

 

『……え?』

 

「黒森峰に一体、どのくらい隊長マニアがいると思ってるの!? 見つかったら、どんな事が起こるか……」

 

『……マニアッテ』

 

「あ、でもそうすると…明日行くのも不自然すぎる……気がつかれたら終わる……」

 

『あの……ちょっと黒森峰が怖くなってきました』

 

「一応、あの…疑う訳じゃないけど…カードの写真を送ってくれる? ネットにアップする訳じゃないから大丈夫よ」

 

『わかったけど……取り敢えず、受け渡し方法は後日でいい? また決まったら連絡してくれればいいからさ』

 

「……そうね。ちゃんと作戦を練った方が良さそうね」

 

『……ソウッスネ』

 

「あ、いけないもう就寝時間」

 

『寮住まいだっけか。では、そろそろ切ります。お疲れ様でした』

 

「……お疲れ様ってあんた」

 

『では、密会のお約束、お待ちしております。じゃーねぇエリリーン』

 

「ちょっ!密会!? あんたどうして、私に対してだけそんな態度になるのよ!! 隊長の時と全然違うじゃない!!」

 

 ブッ!!

 

 切られたぁぁぁ!!!!

 

 

 密会……確かに密会だけど……

 

 

「こんな事、隊長にバレたら、非常にまずい事になるんじゃぁ……」

 

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。

ちょっとみぽりん生々くなりましたが……

やっとOVA再度見れましたので、次回から本編復帰です

ありがとうございました


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第23話~アンツィオ潜入です!…潜入だよね?~✩

前話、デイリーランキング11位まで行きました。

ありがとうございました

何? 俺死ぬの?



 昨日の事は、良く覚えていない。

 

 どうも私は、間違えて飲酒をしてしまったようだった。

 記憶も朧げで、所々記憶が抜けている。

 

 隆史さんに、ボコランドへ連れて行ってもらう約束をした所は覚えている。

 

 ……忘れるもんか。

 

 飲酒をしてしまう前の事は、ちゃんと覚えている。

 

 敵がいた。

 

 敵。敵対勢力。

 

 正直まだ、おつき合いとか、結婚とか…男女の関係?というのは、私にはまだ良く分からない。

 

 でも。

 

 隆史さんの話を聞いていて、この人昔から変わらないなぁと安心するのと同時に、顔も知らない女の人の話が出てきて…少し。

 いや違う。すごく嫌な気持ちになった。

 

 そう。今の彼には、彼の生活がある。

 だから知らないうちに、昨日の話の中の人から「恋人」と言われる人が、できてしまうかも知れない。

 

 でもいいの。例えば実際に、今現在「恋人」がいたとしても、それは今。「現行」の話。

 結婚する訳では無い。

 

 ……。

 

 やめておこう。下手に考えると、いつまでも気になってしまう。

 

 ―私は今、大学生。

 飛び級までして、彼に追いつこうとしている。

 彼が、高校を卒業した後、二年で私は社会人になる。年齢も16歳を超える。

 私の容姿は彼にとって、どうなのか分からないけど……今の彼の周りの女の人達より、「若い」というアドバンテージがある。

 だからある意味、他の人達より少し時間はあると思う。

 

 だから大丈夫。今は嫌でも、将来は分からないから。

 

 だからいいの。

 その時になったら、敵は蹴散らす。撃破、粉砕する。

 

 最終的に、私の所に「戻って」来てくれさえしてくれれば、それでいい。

 

 

 ―ス

 

 理想は、現行も私と一緒にいてくれるのが一番嬉しい。

 でも……

 

 

 

「愛里寿」

 

「わっ! はい!?」

 

「……どうしたボーっとして。あんまり旨くなかったか?」

 

「い、いえ。とても美味しいよ!」

 

 「「「 …… 」」」

 

 いけない。

 

 一緒にいられる時間が、あまり残って無いのに考え込んでしまった。

 

 日本戦車道連盟会館にある休憩室で、隆史さんが作ってくれたちょっと早い昼食を取っていた。

 試作段階のメニューらしく、感想を聞きたいとの事だった。

 アズミ達も体調が良くなったらしく、出発前にみんなでご馳走になっていた。

 

 「「「 …… 」」」

 

「まぁ、ちょっとパスタにうるさい奴らに出す品だから、ちょっと不安だったんだ」

 

「大丈夫。美味しい。パスタ料理って、私が嫌いな物を良く使うから、あまり好きじゃ無かったのに食べられるよ。おいしい!」

 

「まぁ、和風パスタだからね。愛里寿が嫌いな物今回は、一切使わなかった。例えば、…そうだな、オリーブオイルの代わりに、余ったツナ缶の油使ったり…確か、嫌いだったよな?」

 

「うん♪」

 

 こういう気遣いは素直に嬉しい。けど、これができて、何であそこまでデリカシーが無い行動ができるのだろう。

 ……別の意味ですごいと思う。

 

「次は、嫌いな物も食べれるようにスルケドナ」

 

「…うん」

 

 ちょっと、笑っている隆史さんの目が、怖かった。

 

 「「「 …… 」」」

 

「お姉様方。先程から無言で食べてますけど…あの、お口に合いませんか?」

 

 そういえば、あの賑やかなアズミ達3人が、黙々と食べていた。

 食べたのに感想も言わないのは失礼だと思う。

 

「貴女達……」

 

「隊長。すいません。ちょっとショックで……」

 

「ショック?」

 

「オイシイデスヨ? 美味しいのですけど…それがショックで……」

 

「ショック?」

 

「えぇ…。今朝、あの西住流家元に『昨夜の事は、お互い忘れましょう……』とか意味深な事言われてた、高校生が作ったとは思えない……」

 

「」

 

「そうね。絶対カタギの人間じゃない格好の男の子が、作ったとは思えないの…ごめんね?ちゃんと美味しいわよ?」

 

「褒められてる気がしませんよ!!」

 

 隆史さんの昨夜の衣類は、酒浸りになってしまった為と、お母様がいつの間にかクリーニングへ出してしまった。

 その代わりに、お母様に用意された衣類を、代わりに隆史さんは着用している。

 白いスーツなんて、結婚式用以外にあるんだ。知らなかった。

 

「……なんでみんな俺の…しかもスーツのサイズ分かってるんだよ。そして何故着せようとするんだ? 会長といい、千代さんといい……」

 

 サイズの件は、私もそう思った。だからお母様に聞いていてはいたので、代わりに答えておこう。

 

「母上は昨晩、「隆史さんの体を堪能できたから、サイズは分かった」って、言っていましたよ?」

 

「」

 

 あれ? みんな固まってしまった。

 

「尾形君…貴方……」

 

「ちっ違う! 違う違う!! 貴女達も昨夜、散々楽しそうに見てたじゃないですか!! そっちの意味じゃない!!」

 

 そっちの意味?

 

「というか、家元も娘になんて事言ってんのよ」

 

「隊長。あの…堪能というのは、昨晩の食事会の時に家元が、彼の体のサイズを図ったのです。…直に触って」

 

「あぁ、何となく覚えている。では、隆史さんが言っていた「そっちの意味」ってなんだ?」

 

 「「「「 …… 」」」」

 

「どうした? わからないから素直に聞いてるのだけど?」

 

 なぜ三人共目を逸らす? 

 隆史さんまで目を逸らすし。

 

「…さて、私そろそろヘリの準備するわ」

 

「あ、昼食作って貰ったから、洗い物くらいは私するわね」

 

「私は荷物まとめてくる」

 

「ずるい!!」

 

 早々に、三人共部屋を逃げるように出て行ってしまった。

 隆史さんは、非常に困った顔をしている。どうしたのだろう。

 まぁいいか。

 

「それで、隆史さん。どういう意味なんですか?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 やっと…

 

 やっとだ!

 

 戦車倉庫に本日届いた、我校の秘密兵器!

 長かった……。

 本当に長かった……まさか私の代で購入まで至るとは!

 

 重戦車! 重戦車ぁ!!!

 

 頬ずりしたくなるなぁ! 明日に控えたお披露目に心が躍る!!

 あぁ…戦車倉庫で、一際存在感を出しているこの勇姿!

 

 1回戦を突破し、次は大洗学園。

 いける! 例え、西住流が相手だとしても、今年こそ悲願の3回戦出場も夢では無いなぁ!!

 

 長かった……。練習試合では、プラウダにボッコボコにされ。

 ノリと勢い以外は、食欲しか無いとまで言われ……。

 

 しかし! これで見返せる! あの男を!! 

 あの散々、私達を馬鹿にしくさった、あの男を!!

 人のツインテールをおもちゃにして、遊びに遊んでくれたあの男!

 

 商売のコツを教えてくれたあの男。

 

 ちょっと。ほんのちょーと、危ない所を助けてくれたあの男…。

 海の家って怖かったなぁ……ショバ代請求って本当にされるんだァ……。

 

 ……。

 

 今頃、何してるかなぁ。

 久しぶりに、青森行ったら転校していなかったなぁ。

 人の裸まで見ておいて、何も言わないで、どこに行ってしまったのだろう。

 

「……」

 

 ……やめよう。昔の事だ。

 特に裸の件は、恥ずかしくなるだけだ。

 

 さて、早速試運転…。

 

「姐さん! アンチョビ姐さぁん!!」

 

「……」

 

「姐さん! なにボケーっとしてんっすか!!」

 

「いや…何でもない。どうした?」

 

 戦車倉庫の扉をわざわざ蹴破って、入ってきた副隊長。

 ……いちいち壊さないでほしい。

 修理するのも無料じゃないんだぞ。

 

「カチコミっす、姐さん! カルパッチョが今対応してんすけど、どうも誰か探してるみたいなんです!」

 

「一々、叫ぶな! カチコミだと!? 他校の生徒か? 人数は? 誰を探してるんだ?」

 

「いや、それなんすけど。誰か分からないんっすよねぇ」

 

「どういう事だ?」

 

「戦車道所属の「安斎 千代美」って人探してるらしいんっすけど、いましたっけ? そんな生徒」

 

「……」

 

「えっと、私も一年からの報告を聞いたんすけど、相手は男一人。他校の生徒じゃなくて、どうもヤ○ザらしいっす!」

 

「え……」

 

 ヤ○ザ!?

 

 なんで、ヤ○ザが私を探しているんだ!?

 

「……なんで私を?」

 

「やだなぁ姐さん。アンチョビ姐さんじゃなくて、「安斎 千代美」って生徒っすよ?」

 

「それは、私だ! 私の本名だ!!」

 

「そぉなんすか!? まぁそんな事は、どうでもいいっすから、早く来てくれないっすか!?」

 

 ……ペパロニ。どうでもいいは無いだろう。どうでもいいは。

 私が行けば良いって話だろ?

 

 でも正直行きたくない。

 行きたくないが、カルパッチョが心配だ。他の生徒に危害が加わるかも知れない。

 行こう。……怖いけど行こう!!

 

 動け脚!

 

「どうするっすか? あ!P40で行くっすか? 砲撃試験には丁度いいと思うんっすけど!」

 

「死ぬ! ヤ○ザ死ぬから!!」

 

 ダメだ、すぐに行こう。

 この子達に任せたら、本格的に某事務所のカチコミを受けそうだ。

 

 

 

 ……。

 

 報告を受け、早速校門前に出向いたら本当にいたよ。

 

 学校の正門出口前。

 白い階段を降りた所にある、一番下に広がる中庭。

 

広がる白い石畳の上に立っていても目立つ、同じ色調の白いスーツ。

 ブラッドレッドのワイシャツを首元で開けている。サングラスで顔はちょっと分からないけど。

 

 うっわー、マジでヤ○ザいるよ。

 

 ……怖い。

 

 ショバ代の件は、彼が間に入ってくれたお陰で、すでに解決済みなのに……。

 あれ? 他に私なにかしたっけ?

 平和に戦車、乗り回していただけなんだけどなぁ。

 

「うへぇー。本当にいましたねぇ。さっそく実弾ぶち込みますか!?」

 

「やめんか! 洒落にならんだろ!!」

 

 横の副隊長も別の意味で怖かった。

 多くは望まないから、少しは後先考えてくれ!

 

「あれ?」

 

「あ……」

 

 なぜだ? なぜカルパッチョは、楽しそうに談笑してるのだ?

 先行したと報告を受けたもう一人の副隊長が、えらく嬉しそうにヤ○ザと話していた。

 

「どうしたんすかねぇ……あ、こっち見た」

 

 一定の距離を保った、他の生徒に囲まれたヤ○ザが、こちらを見て手をふってきた。

 

「おー千代美ぃ! ペパロニぃー! 久しぶりー!」

 

「……」

 

 どこかで聞いた声と、私の呼び方。

 私を、下の名前で呼ぶ男は限られている。お父さんと……

 

「あ! タカシか!? タカシじゃねぇか!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 昼。大洗学園に帰艦する途中、アズミさんに頼んで、アンツィオ学園艦でヘリから降ろしてもらった。

 もちろん密航じゃない。正式な手続きをもらってだ。

 

 諜報活動でもしてみっかなぁっと思って、昔の知り合い訪ねて真正面から乗り込んでみた。

 ペパロニは聞いたら、普通に教えてくれそうだし。

 

 イタリア風の学園艦って事で、ちょっと観光でもしとこうかなぁっとか思っていたけど、俺が到着した時は、すでに下校時間。

 帰られてしまったら意味がないと、早速アンツィオ学園を訪ねて見た。

 

 しかし男の俺が、ウロウロしていたらやはり目立つ。

 取り敢えず、アンチョビを見つけようと近くの生徒に尋ねてみた。……まぁ本名で。

 

 すぐさま、不審者扱いされ通報された。えー……

 

 俺を逃がさない為か一定の距離を保って、周りにいた他の生徒に囲まれた。

 この学校の生徒って、どうも血の気が多いらしい。

 通報を受け、警備員でも駆けつけてくるのを待っているのか、何もしないでただ睨まれ続けた。

 

「囲んでみたけど、どうしたらいいかわかんないよ!」

「報告したら、ドゥーチェ連れて来てくれるって!」

 

 なにか相談してる。ドゥーチェってアンチョビの事だろ?

 

「あの、お嬢さん……」

 

「ヒィ! 睨んだ!? 食べられるぅ!?」

「姐さん! まだですか!?」

 

「……」

 

 ……普通に声かけただけなんすけど。

 

 通報を受けて駆けつけたのは、警備員じゃなくて顔見知りでした。

 

 その顔見知り。カルパッチョさん。はいお久しぶりですね。

 相変わらずふわふわしてるなぁ……。この学校では異彩って言えば異彩なのかな?

 一応、戦車道の副隊長って事で、判断を仰がれたらしいけど……いや俺が言うのもなんだけど、男の警備員を呼べよ。

 

 彼女は、すぐに俺だと分ってくれて、周りの生徒に説明をしてくれた。

 

 …が。誰も警戒を解いてくれなかった。まだ一定の距離を保っている。

 カルパッチョさんと会話をしている時、横目で様子を伺ってみると、まぁ睨まれてる睨まれてる。

 

 その皆さんが警戒を解いてくれたのは、ドゥーチェとペパロニの二人が合流してから。

 千代美とペパロニ。それとカルパッチョさん。この三人揃った為なのだろうかね。

 

「千代美、久しぶり」

 

「いや、確かに久しぶりだけど…何故、貴様は相変わらず名前で呼ぶ!? 私はアンチョビだ!」

 

「えー、だって料理とかする時、紛らわしいんだよ。じゃあ千代美って呼び方しか残ってないじゃんよ」

 

「いやいや! だからって何で下の名前なの!?」

 

 パタパタしてるなぁ……。取り敢えず、ムチを持った手を振り回さんでくれ。

 

「あ、ところで千代美。会ったら聞きたい事あったんだ」

 

「その前に私のいう事、聞けよ!!」

 

 うん。無視だ。

 

「何? あのカード」

 

「は? カード?」

 

「何で、ムチ舐めてる写真撮ったの?」

 

「え……」

 

 はい。買い続けています「例のお菓子」

 

 そして前回でました。SRのアンチョビ姐さん。

 ムチを舐めたってワードで、思い当たったのだろう。顔色が変わった。

 

「何で水着姿のまま、わざわざ戦車の上で、横たわりながらムチ舐めてんの?」

 

「」

 

「何で? え? 狙ったの?」

 

 振り上げた両手が止まってしまいましたね。

 いやぁ赤い赤い。真っ赤になっていくなぁ……。

 

「わ…私も恥ずかしかったんだぞ! そもそも水着で撮影なんて!!」

 

 そのまま胸の前で、両手で指先を弄びながら、モジモジしだした。

 

「あ…あれは、その…撮影した女性スタッフが…ああいぅ、キャラモ…ウケルッテ……」

 

 段々と声が小さくなっていくなぁ。

 

「はっはー。千代美ちゃん、かーわーうぃーいー」

 

「や、やめろ! 私の髪で遊ぶなぁ!! 千代美ちゃんって呼ぶなぁ!」

 

 ツインテールの根元を持って、ぐるんぐるん回して遊ぶ。

 

「あ、そうだペパロニ。千代美のこのツインテールって着脱可能だぞ? ドリルになって武器になるんだぞぉ」

 

「マジか!? さすがっすアンチョビ姐さん!!」

 

 何がさすがなんだろう…。

 

「な! 何言ってるんだ!? やめろ隆史! ペパロニが信じたらどうするんだ!」

 

 真っ赤になったドゥーチェと戯れている姿を見て、周りも漸く納得したのか。警戒を解く。

 ……まぁ逆に、別の意味の視線に変わったけど。

 

「なんだ。姐さんの男か」

「早く言ってくださいよー」

 

「ち、違う! なんでそうなるんだ!?」

 

 大丈夫だという事で、この警戒態勢はお開き……解除となり、散り散りに帰っていく。

 

「聞けよ! お前達! そのまま帰るなぁ!!」

 

 そして残った、彼女達3名様。

 

「あの…尾形君。結局今日は、どうしたの? わざわざ学園艦まで来るなて」

 

「あー…」

 

 叫びすぎて、ハァハァ言っている千代美さんを頬っておいて、当然の疑問を口にされる。

 ただなぁ…諜報活動に来ました。なんて、いくらなんでも言えないだろう。

 

「お、そうだなタカシ。おめぇ今、大洗学園の生徒だろ? 何しに来たんだ?」

 

 「「え!?」」

 

「ペパロニ! どういう事だ!? 隆史の転校先を知っていたのか!?」

 

「え? 言わなかったすか? 戦車道開会式の時、タカシと会ってる…というか、また屋台手伝ってもらったんすよ?」

 

「聞いてない!」「聞いていないよ!?」

 

 綺麗にハモったなぁ。

 

「どういう事だ隆史! 次の対戦校の生徒だと!?」

 

「そうなんですか? 隆史さん?」

 

「そうですね、大洗学園に在籍してますよ」

 

「あら~…」

 

「それに、今回来艦したのって、ちょっと野暮用の帰り道に、近くを通ったらから寄り道してみただけですよ?」

 

「……本当に? 戦車道開会式会場にいたって事は…ひょっとして、戦車道に関係してるの?…諜報活動とかじゃないよね?」

 

「どうなんだ隆史!?」

 

 さてどうするか。疑うって事は、多少なりとも俺を、友人として信じてくれてる…のか?

 うーん

 

「正直に言うと、その目的はありましたねぇ。なんか情報もって帰れないかなぁって」

 

 「「 !? 」」

 

「でも、なんか千代美で、遊んだらどうでも良くなった。どっちにしろ俺、戦車知識あんまり無いしなぁ」

 

「お…思いの外、素直に吐いてびっくりしたぞ…。後、私で遊んだってどういう事だ!」

 

 そうだ。諜報活動とか、なんか俺には合わないな。

 みほ達には悪いが、今回は中止にしよう。

 

 こいつらとは、裏表無しに付き合いたい。

 

「んー。俺の事、ある程度は友人として見てくれてるっぽいし…なんか裏切るみたいで嫌になった」

 

「……」

 

「どうせ後日、試合で顔合わせそうだったし…なんか特にカルパッチョさん騙したくなかったんだ」

 

「そ…そうですか?」

 

「隆史…私とカルパッチョとの態度の差が、ひどいぞ…」

 

「そっか?」

 

「やめろ! ツインテールを回すな!」

 

 あ、逃げられた。

 あらま。俺と一定の距離をとられた。

 

「あーでも、どうすっかなぁ。目的なくなっちゃった。…ただ帰るのもなぁ」

 

 諜報活動中止。

 しかしまぁ折角来たわけだし…どうせ今日は、もう帰れないしなぁ。

 

「あーそうだ。試作段階だけど、パスタ料理食うか?」

 

 「「パスタ!?」」

 

 あ、食いついた。

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 久しぶりに言おう。

 

 何故こうなった?

 

 

「あぁ? 何言ってんだ? アンチョビ姐さんもカルパッチョも、寮暮らしだからだろうが」

 

「ペパロニ姐さん。んな事じゃない。何で俺、お前の家に連行されたの?」

 

「はぁ? 女子寮に入るつもりだったのか? ちょっと変態すぎんだろ」

 

「チャウネン」

 

「隆史さん。それは、ちょっと……」

 

「隆史が、結構な変態なのは知っていはいるが、男子禁制だからそれは無理だぞ?」

 

「チャウネン」

 

 

 はい。

 

 そんな訳で、ワタクシ今、ペパロニ家に来ております。

 意外や意外。ペパロニさんだけ、賃貸暮らしですね。

 

 それにしても意外ですねぇ……整理整頓が行き届いております。

 部屋も、とても綺麗にしてますねぇ。

 

「何、一人でブツブツ言ってんだ?」

 

「リポーターごっこ」

 

「は?」

 

「……ゴメン忘れて」

 

 現在キッチンで、ペパロニと肩を並べて調理中の為、率直な意見を真横言われた。

 ちょっと虚しい……。

 

「意外だな。ペパロニが、一人暮らしって」

 

「寮だとキッチンって、好きに使わせてくれねぇからな。好きにできるキッチン欲しかったんだ」

 

「結構、この部屋に私達、集まりますしね」

 

 やはり、プライベートでも結構遊んでいたりしてるのかな?

 仲良さそうだもんなぁ、この3人。

 

「しっかし、意外だ。ペパロニが、しっかりしていた」

 

「なんだぁ? 失礼な奴だな」

 

「いやいや。料理が得意なのは知ってたけど……それ以外は全てダメだと思っていました。家事とかね」

 

 うん。もっと部屋汚いと勝手に想像してました。

 

「そっか?」

 

「そうですね。隆史さんは、ご存知無いかと思ってはいましたけど、結構びっくりしますよね?」

 

「しましたねぇ…人は見かけに寄らないものだなぁ…」

 

 ペパロニの部屋は、本当に綺麗に片付けられていた。

 間取りは、俺のアパートとあまり変わらないのだけど、俺みたいに物が無いわけでもなく、机から本棚までちゃんと整理整頓されている。

 

「どうだ! 隆史! ペパロニは、伊達にアンツィオの副隊長をしている訳では無いだろ!?」

 

「そうだな。うん、見直したわ」

 

 副隊長は関係無いだろうけどな。

 

「あ、あんまり部屋ん中、ジロジロ見んなよぉ!!」

 

「あれだな! ペパロニは、結婚したら良い奥さんになりそうだよな!」

 

 千代美さんが、胸張って言うけど…。

 まぁ…家事が得意なら、いい奥さんとやらになれる訳でも無いのだけどな。

 しかし、ポイントは高い。

 

「隆史、そういうものなのか?」

 

「んぁーまぁ、同意はする。できないよりできるほうが、そりゃいいだろ」

 

「ふーん…」

 

 ちょっと嬉しそうなペパロニさん。

 女性側からしたら嬉しいもんかね?

 

 ―が。

 

 

 

 

「んじゃ隆史。私と結婚すっか?」

 

 

 

 

「……は?」

 

 今何て言った?

 

「いい奥さんになれそうなんだろ? んじゃいいだろ!」

 

「ペパロニ! 何を言っているんだ!? 気は確かか!?」

 

「そうよペパロニ! 早まってはダメ!!」

 

 ……二人がひどい。

 

「まぁ、卒業するまでガキできたら不味いから、エロい事は無しな!」

 

 「「 ペパロニ!!! 」」

 

「…あの、ペパロニさん?」

 

 あぁいかん。これは、この流れはいかん。

 

「あぁ! だからって迫って来るなよ!? 断りきる自信ねぇからな!!」

 

「」

 

 笑ってはいるが、コイツの場合、冗談に聞こえないのが怖い。

 

「……冗談はいいから、飯作るぞ……」

 

「お? おおぉ!」

 

 作業に集中しようか。

 

「……」

 

 ……冗談だよな?

 

 黙るなよ!

 

 後ろの二人が無言の為、ちょっと怖いんだけど……。

 

 

 

 

「あ、ペパロニ。アンチョビ取って」

 

「あいよ」

 

「……」

 

 

 

「こっちのアンチョビって、結構臭うな。ちょっと臭い」

 

 開けた缶詰は、イタリア産。俺が練習していたのは日本の缶詰だ。

 結構違わないと思ったけど、購入したものは、臭いがちょっと強めだった。

 

「だな。アンチョビって生臭さが少しあるぞ? 和風パスタだろ? 基本塩漬けの缶詰だから、味は結構濃いし…どうするんだ?」

 

「……」

 

 

 

 喋りながらも、手を動かす。

 まぁ和風系だと、生臭さは天敵になる場合があるしな。

 

「ガーリックと一緒に、一回外で炒めて混ぜる。これで残った生臭さを全部飛ばす」

 

 火をかけていたフライパンに切ってあった、ガーリックとアンチョビを一緒に炒める。

 少し香りがついたら、他の野菜も投入。一緒に炒める。

 炒める音と共に、部屋に香りが漂いだした。

 

「まぁ、アンチョビ使う時の基本だな。…あぁ何をしたいか何となく分かった。塩辛さは塩変わりね」

 

「そだな。後、最後に出汁醤油とオリーブオイルで味の調整を……って、どうした千代美?」

 

 俺とペパロニの間にいつの間にか、立っていたドゥーチェさん。

 顔真っ赤にして、プルプル震えてるね。どうしたの?

 

 

「……お前ら、わざとじゃないだろうな」

 

「何いってんすか姐さん?」

 

「わざとって…あぁ…」

 

 やれやれ。だから言ったのに……

 

 一度、手を水で洗い、タオルで手を拭く。

 

 ちゃんと後ろを振り向くと、学校ではないので、すでにマントを脱いでいる制服姿の千代美さん。

 

 ポンと肩に手を置き、少し屈んで千代美と目線を合わせてやる。

 

「あー。なんか悪かったな。もう少し気を使うべきだったよな」

 

「あ、いや…まぁ……わかればいいんだ」

 

 目が合った時点で、すこしモジモジしだしたが、まぁいい。

 こういう事は、ちゃんとフォローしておかないとな。

 

「こういう場合、確か…亜美姉ちゃんが言うには……」

 

 ビクッ!

 

 あれ。呟いた直後に千代美が硬直した。

 

「ま、待て! 蝶野さんの教えは!!!」

 

 あまったもう片方の手で、ツインテールの片方を鼻元に持ってきて、ちゃんと言ってやる。

 

「大丈夫だ。千代美は、ちゃんと良い香りがするから」

 

「ヒゥ!!!」

 

 「「 …… 」」

 

 

 

 あれ。どうした?

 

 完全にフリーズしてっけど。

 

「あれ? 千代美? 千代美さーん。どうしましたー?」

 

 座り込んでしまいました。

 膝と頭をくっつけて丸まってますけど……。

 

 

「隆史さん…」

 

「なんでしょうか? あの…カルパッチョさん? …なんで睨んでるんですか?」

 

「……お酒。…飲んでます?」

 

「どうしてですか!? 飲んでませんよ」

 

 いきなり飲酒を疑われた!?

 

「……そうですか? 本当に?」

 

「あの…目がちょっと怖いんですけど……」

 




はい、閲覧ありがとうございました
GW、みなさんどうお過ごしでしょうか?
私は、仕事三昧です。連休?なにそれおいしいの?状態です

乙女の戦車道チョコの設定を採用します。
長編になりそな場合、閑話として、UPしますけど、チョコチョコ本編に絡んでいきたいとお思います

はい、結局アンツィオが最後の登場となりました。
西さんは、前回一応名前だけでてきましたしね。

いやぁ……OVA……今回見なくても書けたよ……
細かい出会い等を省けば、物語自体は進みますが、どうも省略する文面がうまく判別できない……。

あ、ドゥーチェの全裸の話は、以前記入しましたが、日常の風呂回で書くつもりのものでした。
出会いの話ですね。タラシ殿の酔っ払った状態と、亜美姉ちゃんと隆史との関係性をこの三人は知っています。

ありがとうございました



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第24話~ ~ 隆史君ちょっと聞きたい事あるんだけど? え?サブタイトル? そんなの、どうでもいいからこっち来て正座!!

みぽりん業務放棄

第24話~潜入動画です!~


「ちょっと、麻子」

 

「なんだ沙織。ちょっと静かにしてろ」

 

「…いや、なんでテレビ睨んでるの? みんなも、ちょっと怖いよ?」

 

「……私は、眠いだけだ。放っておけ」

 

うん。眠いだけ。

 

どうも、三角座りをしている膝に、顔下半分を隠して目だけテレビを見ている格好になっていたようだ。

眠いから、少し蹲っただけじゃないか。うるさいな。

 

西住さんは、沙織と同じく普通に正座してるし、会長は相変わらず干し芋をモゴモゴ食べている。

ほら、何もおかしくない。ただ、真剣に見ているだけだろうが。

そう、秋山さんのアンツィオ校の潜入動画を次の試合の為、みんなで視聴しているだけだ。

 

二日前、大学戦車同連盟の人達に連れて行かれた書記。

当日は、西住さんは連絡がついたと言っていたが、それっきり音沙汰なしだったようだ。

 

次の日…要は昨日だな。

日が変わって、現在に至るまで一切の連絡が取れないようだ。

初めは何かあったのかしんぱ…いや。それなりに気にはなっていたのだが、今はもう何も思わない。

目の前の映像を見る限り、無駄に元気そうだったからだ。というか、なんという格好をしているのだこの男は。

 

秋山さんが、転校生のフリをして在学生徒に色々質問をしていたのだが、天井が戦車の形をした屋台を見つけた時からおかしくなった。

まず、その屋台の中で例の書記が鉄板を使って商売をしていた。

 

……何をやっているんだコイツは。

 

 

「西住ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「今気がついたんだけど、あの娘って開会式会場で、隆史ちゃん連れて行っちゃった娘じゃない?」

 

「え?」

 

改めて、書記の横にいるコックの格好をした生徒らしき娘を確認している。

私は、その時半分寝ていたから、全くわからないな。

カメラが、その店に近づいて顔がはっきり映った。

 

「あぁ!!」『あぁ!!』

 

映像の秋山さんと、西住さんの声が被った。思い出したようだ。

 

『隆史殿!? 何やってるんですか、こんな所で!?』

 

『』

 

個性的な髪型をした店員の横に、なんか赤いワイシャツを着た書記がいた。

明らかに、動揺した顔をしているな。目の前の鉄板が音を立てているぞ。

別の汗だろうな。ワイシャツを腕まくりしてて、汗だくになりながら鉄板に油を引いていた。

秋山さんに気がついたのだろう。

白目になって、完全に固まっていた。

 

その瞬間。プシュンと画面が光の残像を残して消えた。

真っ暗な画面から、音楽と共に新しいタイトルが表示された。…エフェクトまでつけて。

 

 

『 実録! 尾形 タラシ殿のアンツィオ校 浮気現場! 』

 

 

「「「「 …… 」」」」

 

なんだ、この無駄に凝った演出は。

初めこの動画は、『秋山 優花里のアンツィオ高校 潜入大作戦』と銘打ったタイトルが表示されたはずだ。

タイトル変更されたぞ……。

 

「ちょっ、ちょっとゆかりん!」

 

「なんですか? 沙織さん」

 

また沙織が騒ぎ出した。

うるさいなぁ。黙って見れないのか?

 

「別に隆史君、誰とも付き合ってないよね!? 浮気って、さすがにちょっとおかしいよね!?」

 

「え? 別に、おかしく無いでありますよ?」

 

「ェ…」

 

「うん。おかしくないね」

 

「そーそ。普通だね」

 

「おかしくありませんね」

 

「ちょっと、私も擁護できないなぁ…」

 

沙織一人が、オロオロしている。

 

「え!? おかしいの私!? 桃先輩は!?」

 

「……私は、別にどうでもいい」

 

「麻子は!?」

 

「いいかげん、うるさい。黙って見てろ」

 

「えぇー…」

 

 

「いいですか? 沙織さん。隆史さんは、用事を済ませて帰ってくる最中に、あの場所へ出向かれたと考えられます。

みほさんや私達に連絡も無しに、わざわざ相手の学園艦に寄り道するなんて…やましい気持ちが有るに決まってます! これは大洗学園に対しての、明確な浮気行為です!」

 

「華…それを言うなら、裏切り行為じゃぁ…。後、何でそんなに目が輝いてるの?」

 

五十鈴さんは、頗る楽しそうに説明している。

秋山さんは、わざわざ沙織に説明する時間の為に、動画を一時停止をした。

五十鈴さんの説明では納得できないのか?

 

「えっと、いいですか? 沙織さん」

 

さらに西住さんが、うるさい沙織に丁寧に説明をしようとしてくれる。

沙織に向かって、戦車に乗っている時のような真剣な眼差しで説明を始めた。

 

「隆史君に限って、大洗学園を裏切る事はありえません」

 

「あ、そこは信用してるんだ…」

 

「隆史君の事です。対戦校…どうせまた他校に知り合いの女の子でもいたのでしょう。挨拶がてら、とか何とか言って、会いにでも行ったに決まってます!」

 

「み…みぽりん?」

 

「ですから、これは浮気であってます!」

 

「ェー…」

 

「そういうこと~。分かった? 武部ちゃーん」

 

「説明になってないぃ~」

 

西住さんの説明に、沙織は漸く理解した為、動画の一時停止が解かれる。

 

秋山さんが、アンツィオの露店市場をキョロキョロしている所から始まった。

先程の映像では、編集をされていた為か映像が良く切り替わっていた所だな。

……なるほど。ここか。

他のみんなも気がついたのか、食い入るように画面を見ている。

 

「おかしいの、私なのかなぁ…さすがにちょっと、隆史君可哀想だと思うんだけどなぁ……」

 

…横でまだブツブツ言ってるのが、うるさい。

 

 

『で? 隆史殿。何、こんな所で油売ってるんですか?』

 

『……売っているのは海鮮鉄板焼きです。油は引いています』

 

『は?』

 

『……』スミマセン

 

秋山さんの声が、珍しく冷たい。

カメラが、書記を映している為、秋山さんの顔は映ってはいない。

しかし、どんな顔をしているか何となく想像がつくな。

 

 

 

 

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相手の最新戦車の情報があっさりと手に入った。すっごい普通に話してくれたな……。

オメェ通だねぇ~の一言で、まさかあそこまでベラベラ喋ってしまって、逆にこちらが心配になる。

重戦車、P40。

でも、すごいな秋山さん。イタリアの重戦車ってだけですぐに予想がついていたな。

 

『んで? 情報通のお嬢さんは、タカシと知り合いなのか?』

 

『え!? あ、はい。昔からの…おっ幼馴染です!』

 

『そーなのか!? いやぁー、世間って狭いなぁ!!』

 

下手に答えすぎると、大洗の生徒とバレてしまうのを恐れたのか、幼馴染設定でも考えたのだろう。

一瞬、西住さんが、ピクッっとしたけど。

そして素直に信じる、あの生徒。

 

『なんだよぉー! アンツィオにそんな奴いたんだったら、昨日呼んでやりゃよかったのに!』

 

『昨日? 呼ぶ?』

 

『おぉ! こいつ昨日の放課後に学園艦についたらしくてな、色々あったんだけど…まぁいいや。簡単に言うと私ん家で、飯作ってくれたんだよ』

 

『……』

 

『……あの、つかぬ事をお聞きしますが、えっと…ご自宅では、ご家族の方もご一緒でした?』

 

『いねぇよ? 私、一人暮らしだし』

 

『……』

 

 

「「「「 …… 」」」」

 

 

『つまり、隆史殿は一人暮らしの女性宅へ、しかも放課後って事は夜でしょうか? …そこにお邪魔したと?』

 

『そーだな』

 

カメラが、グルンと勢いよく回転し書記を捉える。

 

『タラシ殿? 何か弁解は?』

 

弁解を聞いてやるだけ、秋山さんはやさしいな。

カメラが向いた書記の顔は、普段想像できないくらい和やかな面をしていた。

 

『確かに私は、そこのペパロニさんのお宅にお邪魔しまして、一食作らせて頂きましたが、別に彼女一人ではありませんよ?

 如何わしい事は一切ありませんよ? えぇ他に2名いらっしゃいました。後ろめたい事は一切ございません。

 その方々も、確かに女性ではありますが、古い…と言っても一年程前からの友人でして、久しぶりにお会いしましたので、腕を振るわせて頂いた次第です。

 本日も午前中、校内を見学させて頂き、現在彼女の露店を手伝っているだけで、何もやましい事はございません

 あぁそうだ、ペパロニさん。そろそろ私、お暇する時間となりましたので、失礼しますね?』

 

『……』

 

『何言ってんだタカシ。その口調、すっげぇ気持ち悪いぞ?』

 

『……すごい早口で言いましたけど。えっと、ペパロニさんでしたね? 彼の言っている事は本当ですか?』

 

『んぁ? おお! 概ねその通りだ! 昨日はアンチョビ姐さん達いたな! さっき言ってたウチの隊長な! でな、今朝からはこいつ、ウチの戦車の練習見てたぞ?

 んで、昼飯時の今まで手伝ってもらってたって訳よ。大まかに言えばだけどな!』

 

……すごいな、このペパロニとか言う人。

いくら知り合いでも、次の対戦相手の生徒に練習見せるとか……。

開会式会場で会ったって事は、書記が次の対戦校だと知っているはずだけど。

 

『な! なっ!! 大丈夫だろ!?』

 

証言をもらって、安心したのか口調が元に戻る書記。

安心した表情が若干腹立つが、多分何も大丈夫じゃないと思うぞ。

 

『……でも、タラシ殿ですからねぇ』

 

しかし先程から周りが静かだ。

西住さん達は、テレビ画面を見ているだけで、一切誰も喋らない。

…な? 大丈夫じゃないだろ?

 

『タカシ! 帰るなら、姐さんに挨拶してけよな』

 

『そ、そうだな! カルパッチョにもちゃんとしていくよ』

 

そう言って、露店から素早く出てくる書記。

手荷物も無い為か。素早い。

というか、逃げたくて仕方が無いって感じだ。

 

そのまま秋山さんに近づき…耳打ちだろか? 

映像の顔が、一気に近くなる。

 

『……隆史殿。すごいスピードで出てきましたね』

『……優花里は、また潜入調査なんだろ?』

『そうです。私は、まだ続けますけど…タラシ殿は、もう帰られるんですか? 西住殿、心配してましたよ?』

『と…取り敢えず、俺ちょっと、帰る前に知り合いに挨拶してくるから! 後で落ち合おう』

『……もう言い訳は、聞きませんよ?』

『違う! どうせ帰りは一緒なんだ。それにまたコンビニ船を密航してきたんだろ?』

『まぁそうですけど……』

『んじゃ、一緒に帰ればいいだろ!?』

『……わかりました。後で、落ち合う場所メールして下さい』

『了解!』

 

 

『何コソコソしてんだ?』

 

『な…なんでもない。またなペパロニ。試合でまた顔合わすだろ』

 

片手を上げて、早々に現場を立ち去ろうとする書記。

どんだけ逃げ出したいんだコイツ。

 

『おーそうだな! じゃあな! また家来いよ~! 今度は二人で飯作って、食おーな!!』

 

『』ア、ハイ

 

『……隆史殿』

 

現場を離れようとする書記に、後ろから嬉しそうに手を振って見送る、ペパロニさんとやら。

ビクッっと動きを止めた書記の姿を見た時、画面が暗転した。

画面が切り替わり、通路らしき所に秋山さんはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、みなさん絶句してますね」

 

小休止とばかりに、テレビの画面横でちょっと疲れた顔で、一時停止をしたゆかりん。

最近、ゆかりんも隆史君に言うようになったなぁ…。

 

「……隆史ちゃん。もう帰ってきてるの?」

 

「はい。私と一緒に帰ってきましたから!」

 

「優花里さん…隆史君の携帯繋がらないけど……」

 

「私は知りませんよ? 逃げ回ってるんじゃないでしょうか?」

 

「「……」」

 

わー隆史君。これ結構、後から大変じゃないかなぁ……。

みぽりんと会長から異様な空気を感じるんだけど。

 

「この後隆史殿、どうも私と行き先が一緒だったらしく、私の後からコロッセオに到着しました。P40と隆史殿がセットになってお得でした!」

 

「そりゃお得だな」

 

「調査対象が、セットでいてくれたのですね」

 

華と麻子が合いの手を入れてる…。

いつの間に隆史君、調査対象になっていたんだろ……。

 

「では、続きを再生しますね」

 

 

 

 

『これが我々の秘密兵器だぁー!!』

 

なんか緑の戦車の上で、ムチを振り上げてるツインテールの娘が叫んでる。

 

『おぉー! P40の本物、初めて見ましたー!!』

 

秋山さんのうれしそうな声が聞こえた。

興奮してるなぁ。

戦車の周りには、アンツィオの生徒が歓声を上げながら、パシャパシャ写真を撮ってる。

戦車の上の女の子が、アンツィオの隊長かなぁ?

だとしたら、さっきの娘が言っていたアンチョビ姐さんってのが彼女かぁ。

 

『はぁ!』

 

声と一緒にポーズをとると、更に歓声が上がってパシャパシャ写真を撮る音が増える。

なんだろ? まるでアイドルみたい。でも、女の子にモテてもなぁ…。

 

『まぁ! これさえあれば、大洗など軽く一捻りだぁ!』

 

『ドゥーチェー!』

 

誰かがドゥーチェと呼んだと同時に、ドゥーチェコールが始まった。

呼ばれる度に、ポーズ撮ったり、写真にピースしたり…うん。この娘悪い子じゃなさそう。

 

『現場は大変な盛り上がりです!』

 

最後には、一緒になってドゥーチェコールしてるし。

 

『ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ!』

 

……ちょっと楽しそう。

 

「ねぇみぽりん。「ドゥーチェ」ってどういう意味なの?」

 

「えっと、イタリア語で統領とか統帥って意味だったような……」

 

「そだね。それで合ってるよぉ」

 

「へぇ~。って事は、この娘が隊長なんだね」

 

「そうみたいですね」

 

『ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ!』

 

……まだやってるよ。

 

『以上! 秋山 優花里がお送りしま…あれ?』

 

 

『おーい、千代美。楽しそうな所悪いけど、ちょっといいか?』

 

 

『ドゥーチェ! ドゥー…あっ!』

 

 

あれ? 隆史君だ。

戦車の砲塔下付近から、ツインテールの娘に声をかけていた。

なんかすごく、親しそうに下の名前で呼んでるし。

 

『隆史!? ど…どうした!?』

 

『いや、もう帰るから一応一言、声を掛けとこうと思ってな』

 

隆史君が現れたら、周りが一斉に歓声からざわめきに変わったよ…

まぁあんな格好の男の子が、女子高にいるだけでも普通じゃないよね。通報とかされないのかな?

 

「なぁ。これ書記の奴、思いっきり不審者扱いされてないか?」

 

「ですね。そもそも隆史さんは、なぜあの様な格好をされているのでしょう?」

 

もっともな質問。

それに帰りの時に聞いていたのであろう、ゆかりんが答えてくれた。

 

「あぁ! なんか、制服をクリーニングへ出されてしまったようでして。代わりに用意されたのが、あの格好だそうです」

 

……用意した人、すごいセンスだなぁ。

 

「後、初日にあの格好で来校したら、いきなり通報されてちょっとした騒ぎになったようですよ?」

 

「はは…」

 

みぽりんが苦笑してるよ。まぁ苦笑するしかないかな?

それにしても、会長が静かだ…。なんか一言くらいいつも言ってくるのに。

 

「あれ? 一度通報されているってことは、今はもう、隆史君の身元って分かってるはずだよね? なんで、ざわついているんだろ?」

 

「……」

 

画面からは、相変わらずザワめきが起こっている。

 

『ドゥーチェの男だ…』

『姐さんの男だ…』

 

なんか今、すごい呟きが聞こえたよ!?

 

え!? 何!? そういう人!?

 

 

「「「「……」」」」

 

 

あ…またみんな黙っちゃった……。

 

 

『ちっ、ちがーう!! 誰だ今の!? 私達はそういう関係では無い!! 私にも選ぶ権利があるぞ!!』

 

顔を真っ赤にして観衆にムチをさしながら、必死に叫んでいる。

そのまま戦車の上から降りて、今度は隆史君にムチの先を向けて近づいていく。

目の前に立った時点で、周りから軽くはやし立てる声が聞こえてくるのも聞こえる。

 

『おっ! お前も!! なんか言ったらどうだ!?』

 

『え? 俺?』

 

『そうだ!! 私はお前の様な、デリカシーの欠片もないような男は、好きじゃあ無い!!』

 

『あら、お嫌いですか?』

 

『そ…そうだ!! 何故いつも私だけ、からかってばかりなんだ! もう少し優しくしてくれてもいいじゃないか!!』

 

『優しくって…ちょっと待て、何を言ってる!?』

 

叫ぶように、ブンブンとムチを上下に振っている。

 

『ペパロニはともかく、カルパッチョと態度違うじゃないかぁ!!』

 

『あの……』

 

『うるさい!! 私のツインテールをグルグル回して遊ぶな!! どうせなら優しく撫でるとか、してくれもいいじゃないか!!』

 

『え? あ、はい…ご所望であれば…』

 

『お姫様だっこだって、ペパロニとカルパッチョにはやって私にしてくれないじゃないかぁ!! ああいう恋愛小説みたいなのちょっと、憧れてる…ン…ダゾ……』

 

そこまで言って、動きが完全に固まった。

 

周りの視線が、気になったのかな? 周りの生徒から、すごいニヤニヤして見られてる。

しかし、誰も何も言わない。

周りが静かすぎるなぁ…最後凄い事いいそうになってたよ?

 

そして、私の周りも静かすぎるなぁ……。

 

『ウゥゥ…』

 

『あの…千代美? 千代美さん?』

 

『ウワァァァァァァァァン!!』

 

あ! 走って逃げた!?

戦車置いて、逃げちゃったよ!!

 

 

ブツッ!

 

あ…画面が真っ暗になった。

あれ? 故障かな?

 

「…すいません。ここで私、カメラを強めに握ってしまっていたようで、汗で指がずれて停止ボタン押してしまいました」

 

「…いいの優花里さん。気持ちはわかるから」

 

……どうしよう。もはや、潜入動画じゃないよ。

何やってるんだろ隆史君。

 

「チョビィィ…」

 

前に座っている会長から、唸り声が聞こえたんだけど……

ザリッっとかなんの音だろ?

あぁ…会長が干し芋の袋握り締めてるのかぁ……

ボソボソ呟きが聞こえる。

 

「名前呼び…私もツインテールなのにぃ…」

 

「……」

 

 

 

もはや語るまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。後、少しでこの動画も終わりますよぉぉ。わかりますかぁ? 私この現場にいたんですよぉぉ」

 

手をパンパンしなががら宣言する優花里さん。

え? まだあるの?

 

あぁ「カルパッチョ」さんって言う人が、まだ残っているのか。

なんだろうなぁ、隆史君。ホントになんだろうなぁ……

 

改めて今まで隆史君、何やっていたんだろって思うな。

 

「西住殿」

 

「え? あ! はい!」

 

「覚悟はよろしいですか?」

 

……なんで私に確認したんだろ? 覚悟?

 

「最後、短いですけど……かなり強烈ですよ? 続きご覧になりますか?」

 

「……」

 

短いのに強烈。

 

……。

 

「どうぞ」

 

「はい! では再生~」

 

返事と共に再生された映像は、ピントが合わない画面だった。

グラグラ画面が揺れて、二人の男女が立っているのが、わかるくらいだ。

あれか……

 

遠くにいる為、マイクが音声を拾わないのか、よく会話が聞こえない。

場所は中庭かな?

 

公園の様な広場にいるみたい。

噴水の前で話しているようだった。

ようやくピントが合い、輪郭がはっきりした。

 

それは、隆史君と金髪の女の人だった。

 

イラッ

 

 

 

『…ス…チョ………たので、そろそろ帰りますね?』

 

隆史君の音声が、聞こえてきた。

ザーザーと、噴水の音も拾っているのだけれど、会話が聞こえる。

優花里さん、大分近づいたなぁ……

 

「私これ、近くのゴミ箱の裏に隠れています」

 

「優花里さん。あの…これ、ひょっとして盗撮じゃぁ……」

 

「違います! 潜入レポートです!」

 

「そうだな、タイトルにもあったな」

 

「そうですねぇ。アンツィオの風景を写しているだけですねぇ」

 

「そだねぇ。多分あの娘が副隊長っぽいし問題ないと思うよ」

 

……

 

沙織さんは、ノーコメントなのか会長から貰った干し芋をかじっている。

 

 

『二人っきりの時は、名前で呼んでって言いいましたよね?』

 

 

……

 

 

『あの……カルパッチョさん!?』

 

『あまり、同じ事を言わせないでください。ちゃんと、「ひ・な」って呼んでくださいぃ』

 

 

…………

 

 

『青森から、久しぶりに会ったというのに…貴方は、相変わらずいぢわるです』

 

 

……………………

 

 

「優花里さん」

 

「はい」

 

「これは、潜入動画ですね。問題ありません」

 

「はい!」

 

「みぽりん!?」

 

 

金髪の女の人が、指先を隆史君の胸でクルクル回しながら触っている。

 

これは、合法です。問題ありません。続行します!

 

『昨日のペパロニの発言はビックリしましたけど……正直、私はどちらでも構わないんですよ…』

 

『あの…それは、あいつの冗談じゃ? それに、カル…ひなさん!!』

 

 

 

「……ねぇ、西住ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「初め正直どうかと思ったんだけど…隆史ちゃん。なんか、震えてない?」

 

「え?」

 

会長に言われて気がついたけど、隆史君が若干震えている。

 

『アナタが、ダレとドウナロウト、私は変わりませんから』

 

『』

 

『ただ…ワタシハ、スコシデモ私ヲ、見てクレさエしてクレレば…』

 

そう言った直後、彼女の目だけが、こちらを向いた。

目玉だけが、グリンッっと効果音をつけて。

 

遠目に見ていたので、細かくわかるはずもないのだけれど、何故かそれだけは、はっきり分かった。

 

 

ブッ!

 

 

視線が合った瞬間、画面が真っ暗になった。

 




はい、閲覧ありがとうございました
少し、期間が空いてしまってすいませんでした。

現状これで、タラシ殿の全てのフラグが出現終わりました。
今回、初めてタラシ殿主観がありませんでしたね。
はい、これメインヒロインルートです。



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第25話~「タカシ」です!~

 …おかしい。

 

 隆史殿の運転する車。

 その助手席で、先程撮った動画をノートパソコンで編集していた。

 

 最後のカルパッチョさんの動画部分のみ、編集ができない。

 別にエラーが出るわけでもない。普通に「完了」のポップアップがでるのだけど、何も変更がされていないという事が起こる。

 

 …ちょっと怖いです。

 

 あの時のあの目。

 カメラを完全に捉えていました。

 

 ……後ろを確認しても、後部座席しか見えませんから大丈夫でしょう

 あの場は、すぐに逃げ出したのですが…なんかまだ後ろから、見られている気がしてなりません。

 

 

「……」

 

 

 わ…忘れましょう!

 

 えぇ! では、これで編集は終わりです!

 多分、機械トラブルか何かに決まっています! 後で、この映像はちゃんと消しておきましょうか!

 

 ……消して…

 

「ちゃんと消去できますかね……」

 

「何が?」

 

「わひゃ!!」

 

 私の呟きに反応した、隆史殿の言葉にすらビックリしてしまいました……。

 

「終わった?」

 

「はい…ちょっと問題はありましたけど、これで皆さんに潜入して得た情報をお渡しできます」

 

 隆史殿のタラシぶりをお届けするのは、ちょっと迷ってますけど……

 

 隆史殿とは、アンツィオ学園の外で合流。

 また、コンビニ船を密航しようかと思いましたけど、隆史殿に却下されました。

 

 隆史殿は隆史殿で、帰艦の計画をしっかり立てていたようで、その案にほぼ強制的に乗せられました。

 取り敢えず、アンツィオ学園艦から出ている定期船で近くの港まで。

 その港街で、乗り捨て可能なレンタカー会社より車を借りて、大洗の定期船が出ている港までレンタカーで移動。

 そこでレンタカーを乗り捨て、定期船に乗り換えて大洗学園艦に戻ると…。

 隆史殿は、予約まで全て済ませていました。

 

 現在は、その港に向けて高速道路を走行中。

 料金はそんなにかからないとの事で、隆史殿が出してくれるらしいのですけど…なんか……

 

「そういえば、優花里に一つ、聞いておきたい事があったんだけど」

 

「え? なんでしょうか?」

 

 横を向くと、ワイシャツだけ違うのですが、何かいつもと雰囲気が違う感じがします。

 運転をしているからでしょうか? 普段こんな姿、見れませんからね。

 

「軍用レーションって、なんであんなに高価なの?」

 

「へ?」

 

「いやな、優花里と野営するって約束したろ? なんか優花里、そういうの好きそうだし、ちょっと調べてみたんでけどもな」

 

「……」

 

「高価かった…。なんで、5千円以上するの? あれ」

 

「……」

 

「優花里?」

 

「あの…」

 

「はい?」

 

「覚えていたんですね…。正直ただの軽口で、忘れていると思っていました」

 

「……俺を何だと思ってるんだ。落ち着いたらやろうって言ったろ? 大会終わった後になりそうだけどな」

 

 

 ……ちょっと。

 

 いえ、すごくうれしいです。

 私は、その時だけの発言かと思っていました。

 調べるって事は、本気でって事で……嬉しいです。

 

「まぁ俺の場合、野営の経験というか野外泊って基本、食料現地調達だったからなぁ……」

 

「そうですか……え!? 現地調達!?」

 

 そういえば、野兎の捌き方がどうの言ってましたね…正直興味はあります。

 

「あぁ。ほら、俺の母さん戦車道の師範やってるだろ? その練習もそうだけど、小さい頃から富士演習場に良く連行されたんだよ」

 

「え! 練習も見せてもらえていたのですか!? しかも富士の聖地の!?」

 

 それは素直に羨ましいです!

 

「聖地って…。まぁいいや。でな…ちょっとコンビニ行こうぜ!って感覚で、連行されて行ったんだよ…樹海に……」

 

「え……」

 

 樹海?……富士の!?

 

「大体、目的の1週間前に連れて行かれたな…あれは、野営やキャンプじゃない」

 

「」

 

「いやぁ…良く自殺のメッカと言われているけど、そっち側じゃないんだ。……マジで人の手が、入っていない方の樹海」

 

「あの、隆史殿? 遠くを見ないで欲しいのですけど…」

 

「あのクッソババァ。普通、中学生に上がりたての子供を一人で、毎回樹海に放り込むか? 渡された装備って、コンパスと地図とカレー粉だけだぞ!!」

 

 隆史殿が遠い目をしている……

 

「何が、GPSが有るから遭難は心配無いだ!! 何が、自衛隊はコンパスと地図のみで踏破してるから大丈夫だ!! こっちは踏破するしか、なかったんだよ!」

 

「隆史殿!?」

 

「嫌な予感しかなかったから、毎回キャンプ道具を一応持って行って良かったよ!!」

 

「」

 

「食料は現地調達ね!とか言われるし、夜は夜で、よくわからんもんに追い掛け回されるし…なんだよ、あの三股の人影!!!」

 

 隆史殿の話が、若干怖くなってきました!

 

「ハハ…なぁ、優花里さん。ヘビ食った事あるか? トカゲ食った事あるか?」

 

「!?」

 

「……カレー粉って偉大だよな」

 

「う…運転中は帰ってきてください! 隆史殿!! 普通に怖いです!!」

 

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

「という感じで、帰ってきました!」

 

「…随分と楽しそうだったねぇ」

 

「久しぶりに野営の話以外にも、濃い話ができて楽しかったであります!! 隆史殿が、北海道で遭難しても戻ってこれたのが、納得できました!…納得するしか無かったです……」

 

 

 

 隆史殿が生徒会に合流しました。

 動画がブラックアウトして終了って所で、勢いよくドアを開けて入ってきたものだから、みなさんビックリしてましたけどね。

 

 帰ってきた隆史殿は、例の白スーツをまだ着ていた状態でしたが、肩にダンボール箱を担いで、手には買い物袋。

 メチャクチャ、アンバランスな格好でした。スーパーにでも行っていたのでしょうか?

 

「只今もどりました…あれ? マコニャンどうした?」

 

「な…なんでもない。気にするな」

 

 マコニャン呼びにツッコむ事もしないで、三角座りで丸くなってますね。

 

「…おかえり隆史ちゃん」

 

 足元に荷物を置き、首を鳴らしてますね。

 

「アンツィオ校にいたんだねぇ」

 

「え? あぁ、用事が済んだので、帰りがてら寄ってきたんです。初めは諜報活動でもって、思ったんですけどね。結局遊びに行ったようなものでした」

 

「うん。秋山ちゃんの動画で見たよ? 随分とまぁ、向こうの生徒と仲良さそうにしてたけど」

 

「そうですね、青森の時からの知り合いでしてね。まぁ優花里と鉢合わせた時は、正直ビックリしましたけど」

 

「バツ悪そうだったもんねぇー」

 

「そうですねー」

 

 アハハハーと笑い合っていますけど、両者共に目が笑っていませんね。

 隆史殿は、連絡をしていなかったって所に負い目でもあるのでしょうね。

 

 皆さんさすがに、隆史殿の前で地面に座っているのは嫌だったのか、椅子に座り直してます。

 冷泉さん、椅子の上に三角座りしてますけど……

 

「まぁなんにせよ、みんな聞きた事があると思うんだ。……満場一致で」

 

「……なんでしょうか? 嫌な予感しかしませんけど」

 

 会長が、発言する前に言っておきましょう。

 

「あのカルパッチョさんって人、なんなのでしょうか!?」

 

 私が聞きました。皆さん聞きたいと思いましたけど、敢えて私が。

 だって現場にいた私が、一番怖かったと思うのですよ!!

 

「隆史殿も、私が逃げ出した所見てましたよね!?」

 

「え? えー…あぁ。アンツィオの噴水の所でか? すごい全力疾走だったよな」

 

 正直、カメラも置いて逃げ出したかったですよ!

 

「そうです! あの方に私が隠れているってバレた瞬間、カメラの映像が強制的に途切れちゃったんですよ!! しかもこの映像、編集できないんです!!」

 

 私の発言で、周りの皆さんが息を呑みました。

 

「え…秋山さん……あの映像って、わざと編集しなかったんじゃ?」

 

「……違います西住殿。私も怖かったので、カットしたかったんですけど、何をしても丸々映像が残ってしまうんです!」

 

「え…」

 

「機械トラブルとかじゃないのぉ!?」

 

「武部殿…すでにそこは調べました! 全てオールグリーン、異常無しですぅぅ……」

 

「」

 

「あー、カルパッチョさんかぁ…たまに、ああなるなぁ。ちょっと怖いよな」

 

「ちょっとじゃないですよ!」

 

「ふむ」

 

 腕を組んで、何か考え込みだした隆史殿。

 何を悩んでいるのでしょうか?

 

「ちょっと、痛い話だけど聞く?」

 

「もうお化けとか出てこないだろうな!!」

 

 即座に反応したのが、完全に怯えきって、ガタガタ震えている冷泉さん。

 あ…すいません! こういうの苦手でしたよね!

 

「まぁ、あの隆史ちゃんに対する態度じゃ…正直聞きたい」

 

「みほは?」

 

「なんで私に聞くの?」

 

 ちょっと、怯え気味の西住殿。

 内容が、正直ホラーの域に達している様な気がしますので、躊躇する気持ちはわかりますよ!

 

「……なんでだろう。何となく?」

 

 隆史殿は、まぁいいやって顔で話を始めました。

 

「カルパッチョさんの様子が変わったって話だけど、3回目くらいかなぁ…。アンツィオって、頻繁にプラウダと練習試合するようになったんだよ」

 

「よりにもよってプラウダ高校と?」

 

「そう。んでな、知り合って暫くたった後なんでけど、海であいつら簡易型の屋台作って商売してんだ…無許可で」

 

「あー…」

 

 パイプとネジで、止めてあるだけのテント式屋台だそうです。

 あの人達らしく、外装を盛りに盛って結構派手に作ったそうですけど…よく知らない土地でやる気なりますよねぇ。

 

「まぁ屋台ってか、パイプハウスって呼べる規模の物を、どうも悪乗りで作っちゃったらしくてなぁ」

 

 あのペパロニさんとかは、確かに喜々としてやりそうですけど……

 

「地元の連中、怒らせちゃってな。それでまぁー揉めた揉めた。で、その揉めてる時にな、何かの拍子で屋台が崩れたんだ」

 

「あのタイプって、どっか崩れるとまとめて崩れなかったけ?」

 

「まぁそうなったね。どっかのネジの止めが緩かったんだろうな。押されて、関節部分からパイプが抜けてって感じかな。そのパイプが垂直に、カルパッチョさんの顔めがけて落ちてきたんだよ」

 

「え…」

 

 なんか凄い事を、すごく軽く言ってませんか!?

 

「あのパイプって、切断したまんまって感じの…結構、鋭利な物もありませんでしたか!?」

 

「うん。多少加工はしてあったけど、多分そのタイプだったな」

 

「軽くいいますけど…それどうなったんですか?」

 

「俺自体が、向かい側にいたからすぐ反応できてな。庇って間に入ったら、えぐられたっていうか…まぁ、胸元ザックリといった」

 

 「「「「 」」」」

 

「いやー、何十針か縫ったな。痛かった痛かった。でな、その場は俺が怪我したから収まったんだけど……」

 

「隆史君!? なに普通に話し続けてるの!? 結構、衝撃的な事言ったよね!?」

 

「え? …いや、だって昔の事だし」

 

「…それ、プラウダの隊長さんとか、副隊長さんとか…凄い怒ったんじゃ……」

 

「おー! みほ。良くわかったな。なんか凄かったぞ? まぁそれ以前にカルパッチョさんが、凄い取り乱してなぁ…なんか、後から凄い仲良くなってたけど」

 

 雨降って地固まるってやつかなぁって笑ってますけど……聞いているだけで、ちょっとムズムズしてきました。

 

「まぁ結局、傷が残っちゃんだけどな? その後、一日入院したんだけど、病室でちょっと話して……それからかなぁ。カルパッチョさんの目が、若干怖くなったの……」

 

「」

 

「まぁそれらから、会う度、チョコチョコその傷触ってきて、少し困るくらいかなぁ」

 

「あー…それで、噴水の前で隆史君の胸付近、指で触ってたんだ……」

 

「そうだな」

 

 

 ……

 

 

 せ…静寂が……

 

 何故か、「あのカルパッチョさん」に皆が、納得したんでしょうね……

 

 ただ分かっていないのが、この朴念仁タラシ殿ですが…。結構はっきり言ってませんでしたっけ?

 

「あー…そういえば、しほさん達何も聞いてこなかったなぁ…気を使わせちゃったかな。さすが大人の女性」

 

「なんでそこで、お母さんの名前がでるの? 達?」

 

「ん? あぁちょっと傷を見られているはず何だけど、何も聞いてこなかったなぁって思ってな。一昨日のみほからの電話の時の事だよ」

 

「あぁ…あの時の。……ねぇ隆史君。傷見てもいい?」

 

 西住殿!?

 

 一斉に視線を独占する西住殿。確かに気になりますけど!!

 

「んぁ? 結構エグいよ?」

 

「うん、大丈夫。よかったら見せて」

 

 そのまま黙って、上着を脱いだ隆史殿。

 そしてワイシャツをお腹くらいまでボタンを外した所で、気がつきました。というか、気づかれました

 

「……あの、皆さん」

 

 「「「「 …… 」」」」」

 

「前かがみで、キラキラした視線を集中するの、ヤメテもらえませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「け…結構、大きいけど…もう痛くないの?」

 

「もう痛みはないな」

 

 ……みほさんや。

 なんで、赤くなってんの?

 見ていて、気持ちのいいものでも無いだろうに。

 

「さ…触っていい?」

 

「みほ!?」

 

 

 ブッ

 

 …

 

 ……

 

「……西住ちゃん」

 

「……なんですか?」

 

「部屋の電気が消えたね」

 

「消えましたね」

 

 

 「「「……」」」

 

 

「なぁ、マコニャン。大丈夫か?」

 

 両手で、両耳塞いで丸くなってるけど……

 

「キコエナイ、キコエナイ、ミエナイ、ミエナイ……」

 

 ……ちょっと、可愛いと思ってしまった。俺は多分クズだろう。

 

「隆史ちゃん。もういいから服着て」

 

「御意」

 

 ちゃんと服を着直したら、電気もちゃんとついた。

 俺は、センサーかよ。

 

 ……みんな顔が硬直してるけど、大丈夫か?

 

 

 

 

「さてと、会長。俺もういいですかね? ちょっとカバさんチームの所、行きたいんすけど」

 

「カバさんチーム? どしたの?」

 

「いやね、カバさんチームの鈴木さんに、装填練習用台の改造を頼まれていたもんでね。本当は一昨日やってやるつもりでしたけど、ほら俺、拉致られたから」

 

 まぁあれは、拉致と変わらなかっただろよ。

 

「あ、じゃあ私も一緒に行っていい? P40の情報、何か無いか聞いてみようと思ってたの」

 

「あぁ、あの歴女チームならなんか持ってるかもな。いいよ、一緒に行こうか。俺の軽トラに、もう改造パーツ積んであるから、すぐ出れるよ」

 

「それで来るの遅かったのかぁ…でもなんで、私と西住ちゃんの連絡に一切出なかったの?」

 

「あ!」

 

「……」

 

 ……どうしよう。電源切ってた。

 

 まぁ丁度、女の子いっぱいいるし、聞いていみようか。

 うん…まぁ大丈夫だろう。

 

 腕を後ろに組み、両足を開ける。

 

「では! 会長閣下! 一つ質問よろしいでしょうか!」

 

 

 「「「「「「……」」」」」」」

 

 

 しーんとした。

 

「な…なに? 会長…か、閣下? ちょっとその呼び方は、やだなぁ…」

 

 ……そうですか。

 

「ならば、杏! 一つ質問よろしいでしょうか!?」

 

 

 「「「「「「……」」」」」」

 

 

 また、しーんとした。

 

「な…なにかなぁ~」

 

 会長だけ、にやにやしてるけど…

 

「隆史君。また何かごまかそうとしてる?」

 

「またとは失礼な!」

 

 実は、これが原因なんだけどなぁ。

 

「杏。例えば、君に恋人なり、夫がいたとしよう」

 

 ……

 

「一々、沈黙はやめて頂きたい! 話が進まん!」

 

「ま…まぁいいよ。で? 私に、そういった人がいたとして?」

 

「その伴侶が、キャバクラに行ったとして、それは浮気に入るのでしょうか!?」

 

 

 「「「「「「……」」」」」」

 

 

「……なに? 隆史ちゃん。行きたいの?」

 

「隆史君…」

「書記…」

「きゃばくらとは何でしょう?」

「…華。後で説明してあげる」

「隆史殿…」

 

「隆史君…お姉ちゃん感心しないなぁ…」

「…きゃばくら?」

 

「俺じゃありません! 知り合いの話です! ぶっちゃけ、それが奥さんにバレたから、何とか間を取り持って欲しいと、着信が鳴り止まないんです!!」

 

「こういった場合、知り合いって大体、自身の事だよね」

「そうなんですか?」

 

「沙織殿! 邪推は、やめて頂きたい!!……いやね、マジで参ってるんだよ。それで、殆ど携帯の電源切ってたんだよ……」

 

 試しに、携帯の電源を入れてみる。

 すると、数分で着信が入る。

 

「……」

 

「な?」

 

 常夫。仕事しろ常夫。

 

 そして電源を切る。

 

 

「…まぁ、いいや。そだね、例えば……」

 

「はい!!」

 

「私と隆史ちゃんが、そういった関係だったとしよう」

 

「…は?」

 

「例えばだよ? た・と・え・ば」

 

「……はい」

 

「まぁ、浮気とまでは言わないけど、いい気分はしないねぇ。それが例え、仕事とかの付き合いとかでもね」

 

 あら、まともな回答。

 

「まぁ、私もそうかな…仕事とかなら仕方ないと思うけど」

「……よくわからん」

「ですから、きゃばくらとは…」

「私もそうかなぁ…」ムシシナイデクダサイ

「難しいですねぇ!」

 

「……ウワキダトオモウ」

「柚子ちゃんが、怖い顔してる…」

 

 

「……では、ですね」

 

「まだあんの?」

 

 どうしよう。なんて言お……あ。

 

「そのキャバクラの指名する女の子の名前が、よく知る知り合いと同じ名前ならどうでしょうか?」

 

「ほぇ? 例えば?」

 

「例えば…俺と杏が、そういう関係だっとして…指名キャバ嬢の名前が、「柚子」とか「桃」とかだったら…」

 

「無いね! 浮気だね! 死刑だね!!」

 

 即答された……

 

「例えば……みほ。俺とみほが、そういう関係だったとしてだな」

 

「隆史君!?」

 

「指名キャバ嬢が…「まほ」とか……」

 

「うん! 浮気だね!」

 

 笑顔で即答された……

 

「隆史殿…それは浮気とかより、もはや別の問題ですよ……」

 

「そうだよな。俺もそう思う」

 

 実際は、自分の娘だ。フォローのしようが無い。諦めろ。な?

 

 

 では、最後に。

 

「以上です! ありがとうございました! 先方には自己責任だ!っと言っておきます!!」

 

 一言くらいは言ってやるから、俺と同じく土下座でもして来てください。

 

「後、もう一ついい?」

 

「なんでしょうか!?」

 

「そのダンボール箱なに?」

 

「は!! ピーマンです! 農業科から直接、購入したものであります!! 安くて良いものでした!!」

 

「ぴーまん?」

 

 ハッ! さっそく、みほが反応した。

 さてと…みほの目を見て、ちゃんと話そうか。

 

「みほ」

 

 ビクッ!

 

「しほさんから聞きました。まだピーマンが食べれないと」

 

「た…食べれるよ? 嫌いなだけで、食べる事できるよ!?」

 

 はっ! 嘘だな。みほが嘘つく時は、目がキョロキョロするのを分かっている。

 

「じゃあ大丈夫だな。明日からこれ一箱、消費するまでの間、毎食ピーマンを投下します」

 

「」

 

 俺達の会話に何か引っかかったのか、何かどよめいている。なんだ?

 

「あの…隆史君。どういう事? 毎食? みぽりんと!?」

 

 ん? あぁ。

 

「聞いてないの? みほ大体、朝飯と夕飯。俺んとこで食べてるけど? 1人前作るのも2人前作るのも変わらないし。殆ど、俺が作ってるよ?」

 

 「「「「「「 …… 」」」」」」

 

「ひっ! ひどい!! 毎食ピーマンなんて!! 鬼! 悪魔!! お母さん!!!」

 

「はっはー。目標は、生でバリバリ食える所までです。…………覚悟しろ」

 

「」ナマ…

 

「いや! いやいやいや!! え? 何!? どういう事!?」

 

「え? 全ての食事にピーマン入れるって…」

 

「ちっがーう!! みぽりんと隆史君って何!? 付き合ってるの!? 何その半同棲生活!!」

 

「付き合ってないよ? そもそも飯食いに来てるだけ……『あほか!!』」

 

 なんでしょうか? 何故か怒られました。

 

 

「いやー…西住ちゃーん」

 

「…なんでしょうか」ピーマン…

 

 ピーマンに絶望しているのか、目にハイライトさんがいない。

 さてっと、何作ろうかねぇ。

 

「やってくれるねぇー…まさかねぇ……チッ!」

 

 会長。良くわかりませんけど、取り敢えず舌打ちはヤメテクダサイ。

 

「…みぽりん」

 

「ぴーまん……」

 

「みぽりん!!」

 

「ふぇ!?」

 

「はぁー…何? 毎食、隆史君が作って、隆史君の部屋で食べてるの?」

 

「そ…そうだけど? 私より、隆史君が作ったほうが美味しいし……ぴーまん……」

 

「ねぇ……みぽりん」

 

「な…何?」

 

 

「女子力って知ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■▲▼▲▼▲■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 届いた。

 

 例の男の交友関係の資料。

 

 知らね。

 

 興味がない。

 

 でもまぁ、これも仕事っていえば仕事かね?

 あの爺の狙いは、男子高校生のガキ。

 ただ、その学校に所属していた…姉妹の片割れにしか、俺は興味が無い。

 

 まぁついでにやるのもいいがな。……金を貰う以上、一応目を通すかね。

 

 …バインダーの資料を捲っていく内に、馬鹿でも分かる程の落差があった。

 

 ……

 

 なんだ?

 

 資料の情報濃度が、サンダースって高校から一気に下がっている。

 調べた奴が変わったのかね?

 

 はぁ…どうでもいい。

 

 俺が興味あるのは。あの姉妹だけだ。

 

 ……その男の名前すら見てねぇや。

 

 まぁ何か使えるかもしれないし。もし彼氏とかだったから、何かの弱みになるかもなぁ。

 

 気乗りはしないが、見るだけ見と…く……

 

 

 

「尾形 隆史」

 

 17歳

 

 詳細…熊本より……幼少時……

 

 

「……」

 

 

 携帯を取り出す。

 

 ……そろってるんだよなぁ。

 

 揃っていたんだなぁ!!

 

 仲良しこよしで、大変よろしいねぇ!!!

 

 あの姉妹よりも、もっと……もっと恋焦がれていた奴がいた。

 いいねぇ…妹と一緒にいるのかぁぁ……

 

 電話の向こうで、プチッっと音がした。

 やっと出やがったな。おせぇ。

 

『…はい』

 

「お、どうだ? 覚悟決まったか?」

 

『…早速本題か? この前の話だな』

 

「他の二人は、この話に乗るってよ。お前はどうすんだ?」

 

 まぁ、この話を聞いている時点で、拒否権はねぇけどよ。

 

「西住 みほ」側の資料が目の前に転がっている。

 ストーカーでも雇ってんのかよ、ってぐらいの詳細な資料。

 

『……正直、迷ってる』

「あぁ? 何、日和ってるんだ?」

 

 携帯を肩と耳にはさみ、資料をもう一度見ながら話す。

 黒森峰の時とあまり変わっていないだとよ。

 

 あらあら、お友達が少ないなねぇ……

 

 お友達庇って前回負けたくせになぁ。そのくせ、お友達は大好きですってなぁ。お優しいねぇ……。

 

 大洗って所でも変わらないのかなぁ?

 

『今更…』

 

「三人揃ってんだよ」

 

『は?』

 

「あの時のガキ共三人が! 全部そろってんだぁぁよぉぉあぁ!? 全て一回で済むんだよ!!」

 

『……』

 

「なぁ…やろうよぉぉ。俺達全ての…全てをぶっ壊した奴らが揃ってんだよぉ!?」

 

『……』

 

「金も問題ねぇ。馬鹿なジジィがな? 資産投げ打ってでも、復讐したいんだってよぉ…」

 

『…わかった』

 

 乗った!

 

「……だよなぁ。そうだよなぁ!! こんなチ…チャンスもうねぇだろうからなぁ!!!」

 

『……』

 

「ちょっと考えがあんだよ。「西住 みほ」…妹の方な? お前が追い回した方な!」

 

『あぁ…覚えてる』

 

「本人は、後回しだ。どうせこんな寄せ集めの学校、最後まで行けないだろうからなぁ…だからな!」

 

「詳細を送るから! コイツはどうも、お友達集めて、チーム組んでるみたいでな! その中のお友達が、じ…自分のせいで、どうにかなったらどう思う!?」

 

『……』

 

 4つの資料が手元に有る。

 

「金はいくら掛かってもいい。他人を…全く関係ない考えの足りない、馬鹿を雇え」

 

「そうだな…こいつだ。こいつでいい。見てくれも悪くないから、簡単に馬鹿共なら釣れるだろ」

 

「あいつら学園艦だから…そうだな。大洗にその内、着艦するだろうよ。そん時でいいや…そん時がいい!」

 

「馬鹿共に依頼しろ。得意だろ? 昔から。こいつを…、まぁなんでもいいや。攫って輪姦して山にでも捨ててこいよ」

 

「女なんてそれで、大体終わる。楽でいいだろ? …あぁ、間違っても殺さないようにな? それじゃ意味が無い」

 

 殺しちゃったら、みほちゃんが、その大事なお友達から責められるって、心躍るイベントが起こらないじゃないか。

 

「だから楽しみだろ?」

 

 目の端に見えた、もう一つの…男の資料を改めて見てみる。

 

 ……いやぁ順風満帆だねぇ。

 

 羨ましいねぇ。

 

「……」

 

 

 違う。

 

 

 ……なぜこうも違う。

 

 …同じ……同じ……同じぃぃ!!

 

 

『…お前。大分、変わったな』

 

「うるせぇよ。お前も結局、参加するんだろ? 同じなんだよ俺と!」

 

『……そうだな。資料送ってくれ。やってみる。』

 

「はい、お願いします、頼みますねぇ?」

 

『……じゃあな。「高史」』

 

 

 通話の切れた電話と共に、資料の一つを机に頬り投げる。

 乾いた音と鈍い音が机から聞こえた。

 

 顔写真、名前、共に正面に見える。

 

「まぁいいや。取り敢えず楽しみが増えた」

 

 つまらない消費するだけの人生が明るく好転した。

 

 こいつから始まるな。

 

 

 

「んじゃ、よろしくぅ…「武部 沙織」ちゃぁぁん」

 




はい。閲覧ありがとうございました

3人目のタカシです。

次回、アンツィオ戦、戦闘開始!

…できたらいいと思います。


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第26話~私!攻めます!~☆

「ひなちゃんを、助けてくれてありがとうございました」

 

「え?」

 

カバさんチーム。

 

中庭に置かれていたその台座。

その作業が終わった所で縁側に正座した、鈴木さんからいきなりお礼を言われてしまた。

両膝に手をやり、頭を深々と下げている。

 

「カエサル!?」

 

「いきなりどうしたぜよ!」

 

脈絡もなく言われてしまったので結構、面食らってしまった。

 

俺は、台座の改造。みほは、P40の情報収集の為に彼女達の御自宅へお邪魔していた。

潜入動画を見た後、どうにも気分が優れなくなってしまったと、次の日…つまり今日だな。

 

そんな訳で本日。改めて、みほと一緒に訪問した。

戦車道の練習前にって事で、少し早めに訪問していた。

 

みほ達が話している間、俺は黙々と中庭で作業。

 

装填台の砲弾の落ちる先に、スベリ台をつけて、自動的に砲弾が手元に戻ってくるようにした。

あと台座自体の強度強化。

元々、ただ置かれていただけだったようで、ずれたら危ないので地面に打ち付け固定。

そしてできるだけ、戦車内と同じようにと、サイズの調整もした。

 

その俺の改造作業も終了。

みほ達の会話も終わり、そろそろ帰ろうか? と思った矢先にこれだった。

 

「アンツィオ高校のひなちゃん…いや、カルパッチョは私の昔からの友達なんだ」

 

カルパッチョの名前を出した時、みほが若干固まった…。

 

「あぁ…それで」

 

「尾形書記の話を聞いた時は、まさか…あの野郎、ひなちゃんにまで手を出していたのか! と、怒りに震えたが…」

 

 

「」

 

 

いや…もう慣れたけど……

 

「いろいろ話を聞いたんだ。誤解だった…そして納得した。まさか体張ってまで……本当にありがとうございました!」

 

「いえいえ、どういたしまして。顔に傷が、つかなくってよかったよ」

 

お辞儀に合わせて、こちらもお辞儀を返した。

そのやり取りが、珍しいのか周囲の目が、丸くなっていたけど。

 

「隆史君どうしたの? 今日は随分と素直だけど…」

 

「…カエサルのキャラが違う」

 

「友達の為に、本気でお礼を言ってくれているんだ。変に照れてごまかすより、ちゃんと受け取ってやるのも礼儀だよ」

 

まぁ、そういうもんだ。

俺の口から出た言葉とは思えないと、意外な目をしているみほさんには…。

 

……絶対ピーマン食わせてやる。

 

 

「尾形書記、よければ傷を見せてはくれないだろうか?」

 

「……え」

 

なんで? また脱ぐの!?

 

「どんな傷になったか、見ておきたい」

 

「まぁ、いいけど…」

 

はい。本日2回目の御開帳。

まだワイシャツのままだったので、またボタンを外していく。

 

……

 

傷を見た後、全員が先程の生徒会室にいた連中と違った。

やはり、結構エグく見えるらしく、皆ちょっと引いていた。

 

 

「……」

 

あの…鈴木さん? 指が近づいて来てるのですけど?

 

指が近づくと、今度はみほが身構えてしまった。

周りをキョロキョロ見渡して、はぅはぅ言ってる。

 

はい。怯えていますね。

 

「これが…」

 

普通に、指先でなぞられた。いや……なんだこの状況。

なんで、女の子の家で、女の子に胸元の古傷撫でられてんの?

状況が結構特殊すぎる…。

 

一通り端から端まで、指が何度か往復した所で、気が済んだのか、無言で手を引いた。

 

「本当に、どうもありがとうございました」

 

そして改めてお礼を言われてしまった。

 

「尾形書記には悪いが、こんな大きな傷が、ひなちゃんの顔についてしまったかもしれないと思うと…」

 

済んだ事ではあるけど、結構なショックを受けてしまっている。

少し顔が青い。

 

「鈴木さんは、友達思いだな。…俺は友達そんなに多くないから、ちょっとカルパッチョさん羨ましいわ」

 

「カ…カエサルだ!」

 

少し照れていた。

 

そして何も起こらなかった。

うん。やっぱり先程のは、偶然だよ偶然。

シャツのボタンを締めようとしたら、今度はみほが真正面に来た。

 

「なに? どしたの?」

 

「隆史君! もう一回チャレンジしてみていい!?」

 

「……」

 

なんかムキになっているみぽりん。

なんだよ、チャレンジって。

 

もう…好きにしたらええ……。

 

「…どうぞ」

 

 

 

 

---------

------

---

 

 

 

 

「逃げたな」

 

 

夕飯時、みほは夕飯を食べに来なかった。

 

折角食べやすい様にと、定番の肉詰めとか作ってやったのに。

まったく。

 

来ないなら来ないで、一言くらい連絡よこせ。

 

ピーマン出るの分かっているから、夕飯から逃げるって小学生か!

三日もたなかったよ! まったく!

 

余った分…正確にはみほの分だが、明日の朝飯にでもするか……

 

…次は、ナチュラルな切っただけのサラダでも出してやる。

 

次回の為の嫌がら…計画を練りながら、洗い物も終え、風呂も沸かして、さて一息ついたなって所で、部屋の呼び鈴が鳴った。

 

そろそろ22時を回る。こんな時間に誰だ?

 

「はい、どちらさん?」

 

鍵を開け、ガチャっとドアを開けてたら、随分な格好の訪問者が玄関先に立っていた。

 

……

 

…………

 

「こんな夜分に何の用でしょうか? 逃亡者」

 

「…アゥ」

 

逃げた事を自覚しているのだろうな。

バツが悪そうな顔をしている。食い物を粗末にする様な事が嫌いな俺を知っている為、余計に気まずいのだろう。

 

「ご…ごめんなさい。今日は、沙織さん達と…その、明日の為にって、みんなで作って食べてきたの」

 

「言え」

 

「ハイ」

 

「それならそうと連絡くらいよこせ。一食、作りすぎただろうが」

 

「ゴメンナサイ」

 

俺がまだ、普通の喋り方をしている分、そんなに怒っていないと思ったのか、すこし安堵している。

友達同士の付き合いなら、そんなに俺も言わん。ただ連絡よこせ。

 

「で? なんだ? こんな時間に、そんな格好で。明日試合だろう?」

 

部屋着…というのか、結構なラフな格好で、すこし手荷物を持っていた。

まぁそんな事よりも…

 

「なんで、ボコの人形抱いてんだ?」

 

ボコと俺の目が合う。……うん、何が可愛いかわからん。

 

「あの…」

 

「どうした?」

 

赤くなってモジモジしてる。なんだよ。

 

 

 

 

「今夜、と…泊めて♪」

 

 

「……」

 

 

 

 

無言でドアを閉めた。

 

 

 

えっと……

 

今なんて言った?

 

目の前のドアを叩く音と、呼び鈴の連打音が聞こえる。

 

…うん。音がうるさいから幻覚じゃなさそうだ。

 

もう一度ドアを開ける。

 

開けられた玄関先に捨てられた、小犬みたいな上目使いで見つめてくる、みほがいた。

幻じゃなかったのか…。

 

「ごめん。もう一回言って? 何だって?」

 

ボコのぬいぐるみの頭に顔下半分隠して、今度もはっきりと言った。

 

「あの…今晩、宿泊したいのですが…」

 

「……」

 

「…ダメ?」

 

「ダメ」

 

拒絶の返事で、絶望した顔になった。

本当に何考えてるんだ?

 

「はぁ…話くらいは聞いてあげるけど…どうした? 部屋が、どうにかなったのか?」

 

今度は、ボコに顔を完全に隠してしまった。

 

「こ…恐いの……」

 

「は?」

 

「沙織さん達と一緒の時は、大丈夫だったんだけど! …部屋戻って一人になったら、全ての音とか…何もかも気になっちゃって……」

 

……。

 

「こわいのぉ!!」

 

恐いって…あぁ……。

 

「今朝の事か?」

 

「いや! 言わないで! 思い出しちゃうよぉ!!」

 

 

 

……カバさんチーム宅で、みほが再チャレンジと言って、俺の古傷を触ろうとした時の事か。

 

 

鈴木さんが触っても、特に何も起こらなかった為、生徒会室での事は偶然だと思い込み、もう一度とみほが、指を伸ばしたら事件は起こった。

指が触る手前に、部屋に置いてあった黒電話がいきなり鳴った。……というか、なんであるんだよ黒電話。今の奴知らねぇだろ。

 

まぁそのタイミングで、たまたま鳴ったって事もあるだろうしな。

エルヴィンさん?だったか…まぁその、松本さんが対応しようと、電話に近づいたらすぐにベルは、鳴り止んでしまった。

…で、鳴り止んだ為、元いた場所に座ろうとしたらまた鳴り出す。

今度は、確かさえ…。

 

もういいや。杉山さんが対応しようとしたら、また止まる。また元いた場所に戻ると鳴り出す。

次に対応した野上さんでも、同じ事を繰り返した。

 

この時点で、完全に怯えていたみぽりん。

結局、全員で対応する事になったが、鈴木さんもそうだったし、試しに俺が対応してもそうだった。

 

ただ……最後。

 

みほが対応する時だけ違ったんだよな。

 

鳴り止まないんだよ…。

 

初めから、みほだけに掛けてきたように、ただ…ただ鳴り続ける。

 

もう電話の前で、ハゥハゥ言いながら、周りを見回している状態が暫く続いた。

 

鳴り続ける。

 

周りの連中が、近づくと止まる。みほ一人に戻ると、鳴り始める。

電話線を抜いたらどうだ? と意見を出してみたけど、それでも鳴っていたら洒落にならんと却下された。

 

しかし、このままではずっと終わらないと、意を決してみほが受話器を持ち上げた。

 

カチャ

 

「…は『三度目は、アリマセンカラネ?』い」

 

ブッ

 

「」

 

その一言で、電話が切れてしまったそうだ。

 

 

 

「とてもクリアな声で、優しい声色だったそうだぁ…」

 

「なんで!? なんで、すっごい詳しく言うの!?」

 

回想に突っ込まないで下さい。あ、声にまた出てたか?

 

「隆史君は、恐くないの!?」

 

「うん。別に」

 

「」

 

普通に答えた。

 

「え…。え!? あんな事が起きたんだよ!? 普通に怪奇現象だよ!?」

 

「そうだな」

 

「恐くないの!?」

 

「うん、慣れてる」

 

「」ナ…レ……

 

「俺、北海道で遭難した時、本物見た事あるし。生きてる人間の方が、余程怖いと思うけどな?」

 

「」

 

「中学の時、母さんに放り込まれた樹海でも見たし。……な? そこに放り込んだ、母さんの方が怖いだろ?」

 

「」

 

「慣れている俺が、言うんだから大丈夫だろ? 寝ろ。さっさと寝てしまえ。その内に忘れる。な? んじゃ、お休み~」

 

ゆっくりドアを締めようとしたら、凄い勢いで足をドアにかけられた。

 

「無理だよ!! よけいに寝れないよ!! 責任取ってよ!! 取り敢えず、部屋に入れてよぉ!!」

 

…夜の玄関前で、責任とか叫ばないでください。別の意味に取られますよ。

みほさんの方が余程こわいですよ?

 

「わかった、わかった。取り敢えず宿泊かどうかは保留として、落ち着くまでいていいから…」

 

まぁ冗談では無くて、本気で参っている様だったので、一時的に保護しよう。

 

テーブルの前でカタカタ震えているので、さすがに可哀想になり、暖かい飲み物出してやった。

 

「……なぁ、もしあれなら、沙織さんの所に泊めてもらえば? 送ってくから」

 

「無理」

 

…即答された。

 

「もう、夜道をどんな手段でも、移動する事が恐い」

 

「んじゃ来てもらえば? みぽりん家にお泊りでもしてもらえば? 優花里辺りなら喜んで、すっ飛んでくるだろ?」

 

「さすがに、この時間は迷惑だよぉ」

 

……。

 

「…ハ?」

 

「ゴ…ゴメンナサイ…」

 

 

 

「…わかったよ。んじゃ俺、また外の車で寝るか『それじゃ意味ないよ!』」

 

あぁダメだ。これは諦めたほうが多分早いな。完全に怯えきっている。

でもなぁ、みほってこんなに怖がりだったっけか?

 

「はぁ…わかった、俺そこの床で寝るから。みほは、ベッド使って」

 

「泊まっていいの!?」

 

キラキラした顔をなさってる。

 

「正直、言い争う時間が惜しい。さっさと寝て、明日の試合に備えなさい」

 

ベットの下に寝転がって、まぁ掛け布団でもすればいいや。

段差が有るので、寝ているみほの姿は見えないと、ご本人様も納得されました。

 

宿泊許可を出した時に気がつたけど、パタパタと外で音がしていた。

 

雨だ。

 

学園艦は、基本海の上。雨雲の下を移動する事もあるので、急な雨は別に珍しくもない。

 

―が。

 

段々と雨音が強くなり、ゴロゴロと空が鳴き始めていた。

 

…いらん。

 

……こんな定番の流れはいらん。

 

願い虚しく案の定、学園艦の避雷針に雷が直撃。稲光と落雷の音に、怯えきっていた みほが壊れた。

そして今、みぽりんは、外の様子を見ようと立ち上がった、俺のその足にしがみついてる。

 

「アゥ…アゥ……」

 

まぁもう、好きにしたらええ。抱き枕にでもなんでもなってやるよ。

 

「……あ」

 

「どうした?」

 

「お風呂まだ入ってない」

 

「…すごい普通に言ってるけど、それ今思い出す事か?」

 

「今日、模擬戦練習で土煙が、凄かったから…この体勢だとちょっと恥ずかしい」

 

「…もはや普通に抱きついてるからな」

 

足から、段々上にシフトチェンジしていって、今ではもう首に手を回している。

 

「みほ。ちょっと俺、恥ずかしいんだけど」

 

「私の方が、恥ずかしいよ!!」

 

「では、離れて下さい」

 

「……嫌」

 

どうしたらいいか分からないのですけど……。

 

「いつも練習終わったら、みんなと大浴場に入ってなかったか?」

 

「うん。ただ今日は、入らなかったの……」

 

「はぁ…わかった。入ろうと思って風呂沸かしたばかりだから、入ってこい」

 

「……」

 

なんで黙るんだよ。

 

…まさか、漫画みたいな事を考えてないだろうな

 

「こ…」

 

「ダメだ! さすがにダメだ!!」

 

 

「こわい…ついて来てぇ」

 

「」

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

 

何故…だ。

 

今日は後、風呂入って寝るだけだったのに……

そもそも、みほってここまで露骨に甘えて来る奴だったっけ?

 

いくら恐いからと言って、小学生か!?って感じなんですけど…

 

自分の部屋、その中の狭い脱衣所。

そこに座り込んで、正面に鎮座している洗濯機と睨みあっている。

 

服を脱ぎ、浴室に入ってから呼ばれて、俺は脱衣所に入室させられた。

目隠しして、みほが衣服を脱ぐ空間に一緒にいてほしい、と言われた時は、さすがに怒って却下した。

 

年頃の娘さんは、わからん。

 

『隆史君、いるよね?』

 

「はいはい。いますよ~」

 

浴室から声がする。

まぁ…目をつぶって髪の毛洗ってる時が、一番恐いというのは、何となく分かるけど…

5秒置き位に聞いてくるのは、やめて下さい。

 

随分と急いで脱いだのか…女の子らしからぬ、脱ぎ散らかされた衣服が、洗濯機の上に置かれている。

……隠せよ。いくら恐いからって。

上の下着の紐が、洗濯機の上から、垂れ下がっている為に少し見えてますけど。……しかし敢えて言わない。言えるか。

 

『隆史君、いますよね?』

 

「はい、おりますよ」

 

浴室の扉は、スリガラス調のプラスチックの扉の為、ぶっちゃけシルエットが丸見えなんすけどね。

下手すると、色々この後イベントが起こりそうなので、頭からバスタオルを被り、自分の視界を奪う。

イベントフラグをブレイカー!……はぁ。

 

まぁ、下着なりシルエットなりは、見て気がついた為、ちゃんと視認しています。

みほちゃんは、もうすっかりおとなになりましたとさ。

 

……一度見ちゃったものは仕方がないので、覚えておく。うん。

 

 

 

『隆史君、いるよね!? いない振りとかもしないでね!!』

 

「いるよ」

 

『本当に?』

 

「返事してるでしょ。ややっこしい事になるのは、ゴメンだ」

 

『うん。……もう出るよ?』

 

「はいよ。んじゃ部屋、戻ってる」

 

部屋に戻り、みほが出るのを待っている。

まったく…なんだこの状況。

 

しかし、お約束と言われている展開をちゃんと回避できた。

まぁ脱衣所に居合わせた時点で、回避しきれていないのかもしれないけど、まぁ大丈夫!!

 

些細な音でビックリして、全裸で出てくるとか、いない振りして慌てた全裸が出てくるとか…。

 

これで平和に、今日という日が終われる。

 

はっはー…もう胃の負担になる事は、ごめんです。

 

「で…でたよ?」

 

「……」

 

半身で、寝巻きらしき物を着たみほが、脱衣所から覗いていた。

 

「髪の毛濡れたままですけど……それ拭いただけだろ?」

 

「…ドライヤー持ってくるの忘れちゃった」

 

…これはいかん。

 

ここにトラップがあった。

 

メガネと続いて、濡れた髪は、俺のアレに結構なストライクだ。

前に見た、沙織さんのメガネ姿を見た時、心が一人で万歳三唱だった。

 

…なに言ってんだろ俺。

 

「今出してやるから、ちょっと待っていてくれ」

 

「あ、うん。ありがと」

 

「……というか、寝巻きまで…。泊まり用に一式持ってきたのかよ」

 

「ま…まぁ一応。これでもすっごい、恥ずかしいんだよ」

 

そうりゃそうだろうな。

今までのみほでは、とてもじゃ無いけど考えられない行動だな。

 

 

 

 

無事同じ要領で、俺も風呂から出れて就寝の時までこれた。

つまり、俺は床…まぁ絨毯引いてあるけど。

みほは、ベッド。

 

後は、電気を消して寝るだけだ。よし!

 

天井に向けてガッツポーズを取る。

 

終わる! この奇抜な一日が終わる!!

 

…ただ部屋が、すっごい女の子の匂いがするので、落ち着かない。

 

だけど…なんだろうな。

全然緊張しない…。

 

 

「ね…寝顔とか見ないでね!」

 

「はい」

 

「…ホントに見ないでね?」

 

「ヘい」

 

「……」

 

「……」

 

無言がつづく。

 

昔は…子供の頃はたまに西住家に泊まった事は、あったのだけど、やはりその時とは全然違う。

年頃ですしね。

 

「……なんか、隆史君。慣れてる?」

 

「は?」

 

「隆史君、髪の毛短いのにドライヤー持っていたり…、なんか全然、意識されていないって言うか…それはそれで……」

 

「何言っているんだ?」

 

「まさか! 女の子他に泊めたりした事『アリマセン』」

 

今日みほさん本格的に変ですよ?

 

 

「そろそろ落ち着いたか? 寝れそうか?」

 

「え!? あ、うん。大丈夫」

 

「はぁ…あのな。…それなりに意識はしてるぞ?」

 

濡れた髪の毛姿、エロかったです。……絶対言いませんけどね!

 

「え!?」

 

「じゃなきゃ、泊めるのに反対しないだろうが。まったく…嫁入り前の娘が、何やってんだ」

 

「……」

 

やはり、ぜんっぜん緊張しない……なんでだ?

 

ボコを抱っこして寝ていたのか、上半身をボコと共に起き上がらせていた。

 

「あの…どういった意味で、意識してたの?」

 

「……寝ろ」

 

「むぅ」

 

みほは…結構、みんなの前で見せない表情というものが有ると、最近気がついた。

俺が普段、知っている顔ってのを、結構学校じゃ見せないものだ。

まぁ…こんなむくれているのは、まず見ないなぁ…

 

「あの…隆史君」

 

「何?」

 

「顔が見えないと、何か結構…恐い……」

 

「……目を閉じれば一緒だ。寝ろ」

 

「さすがに一緒にはちょっと…アレだけど…こう……手! 手貸して!!」

 

「……ハァ」

 

ため息と共に、無言で片腕を上げる。

それが見えたのか手が、握られた。

 

ぬ。片腕上げ続けるっての、結構辛いな。

 

「エヘヘ…」

 

「……」

 

「…もうちょっと話していい?」

 

「ダメ。寝ろ」

 

いいかげズルズル行って、徹夜何て事はゴメンだ。

貴女、チームの要なんですから、しっかりして下さい。

 

「でも、隆しく『俺が初めて本物を見た、と確信した時なんだけどな? 夜の富士の樹海だったんだけど、結構、深い…『 寝ます!!』」

 

……まったく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第63回 戦車道全国高校生大会 第二回戦」

 

試合開始のアナウンスが流れる。

 

すでに、各戦車が試合開始位置で待機をしている状態。

私物とかモロモのロ回収要員で、隆史君もその場にいた。

すでに隆史君の愛車が、戦車道の備品扱いになってしまっている感がすごっい。

 

「みほー。俺そろそろ、会場テントに戻るけど、何か持っていくものあるか?」

 

「!!」

 

「…まだ気にしてんのか」

 

声をかけられた時点で、顔が真っ赤になっていくのが分かる。

 

だって、しょうがないもん

いくら恐かったって言っても、まさか一泊する事ができるなんて思わなかったもの!

結構、切羽詰まっていたのもあって勢いだけで、行ってしまった。

絶対途中で帰らされると思っていたのに。

 

お陰でよく眠れなかった……って事もなく、普通に寝てしまった為、何か勿体無い気がしたのは内緒。

 

うん、寝たよ? ちゃんと寝ましたよ?

思い出すと、まだ顔が熱くなる…ヨォ……。

 

……寝たんだよ?

 

「たぁーのーもー!」

 

……

 

来た。

 

遠くから車に乗ってやって来た。

土煙を上げてやって来た。

 

ツインテールの隊長さん…アンチョビさんと………………カルパッチョさん。

 

あんこうチームの皆も気がついた様で、麻子さんは完全に硬直してしま…なんで、隆史君の後ろに隠れたんだろう。

 

「よぉ! チョビ子ぉ~」

 

「チョビ子と呼ぶな! アンチョビ!!」

 

「で? 何しに来た? 安西」

 

「アンチョビ!!」

 

会長達が真っ先に声をかけたけど…やっぱり知り合いなのかな?

 

「試合前の挨拶に決まっているだろ!」

 

「私はアンツィオの、ドゥーチェ・アンチョビ! そっちの隊長は!?」

 

バッっと指を指してきたのだけど……横からアンチョビさんの手の甲を上から軽く押さえ込み、手を下げさせた。

 

……隆史君が。

 

「千代美。人に向けて指を指すな」

 

「隆史!?」

 

「「 …… 」」

 

「みほー。呼んでるぞ?」

 

「うん」

 

「ほぉー! あんたが、あの「西住流の西住 みほ」か」

 

「はい、西住 みほです。あれ? ご存知なんですか?」

 

「隆史から聞いている! 昔っからな…」

 

昔から?

 

「まぁいい! 相手が西住流だろうが、島田流だろうが! 私達は負けない! じゃなかった、勝つ!!」

 

わぁーテンション高い人だなぁ。

あ、ツインテールのリボンかわいい。

 

「今日は正々堂々勝負だ!」

 

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

差し出された手を取り、握手をした。

ちょっと高圧的な人かな?って思ったけど、何か気持ちのいい人みたい。

 

「さてと、取り敢えず…おい隆史」

 

一通り挨拶がすんだら、隆史君を睨んでいる。

あれ? 動画だと、こんな敵意を出す人に見えなかったんだけど。

 

「なに? チヨミン」

 

「呼び方変わった!? いいかげんアンチョビと、ちゃんと呼べよ!」

 

「ヤダ」

 

「お前は…」

 

「はぁ…わかったよ。「アンチョビさん」これでよろしいですか?」

 

「そうだ! それでいいんだ!」

 

満足そうに頷いているアンチョビさん。

しかし向かいの隆史君は、特有の悪い顔をしていた。

この顔出すのって、数人だけなんだよねぇ。麻子さんと、エリカさんと…この人かぁ……。

あ、グロリアーナのオレンジペコさんもそれっぽいんだけど、なんか違う…あの娘だけ特別枠っぽいんだよなぁ…。

今度、聞いてみよう。

 

「はい。では、私から一つ。カルパッチョさん何処ですか? 先程まで、いたはずですけど?」

 

「なんだ? 急に」

 

「いえ、私達の数人が、とてもカルパッチョさんと、お話をしたいらしくてですね? アンチョビさんから、呼んで頂けないでしょうか?」

 

「……別にいいけど」

 

「よかった。では、アンチョビさん。もしカルパッチョさんが、いらして帰る時になったら、声をかけてくださいね」

 

「……」

 

あー…いぢめてるなぁ…。

 

「な…なぁ、隆史?」

 

「何でしょう? アンチョビさん」

 

「……その、今度はちょっと、他人行儀…すぎると思うんだョ…」

 

「え? でもこれが、アンチョビさんのご希望では?」

 

「…そこまでは…言ってナィ……」

 

「あそう? んじゃチヨミン、カルパッチョさん来たら教えてくれよな!!」

 

「!!??」

 

隆史君楽しそうだなぁ~…。

 

「本当に。隆史さん、昔からドゥーチェには、あんな感じなんですよ?」

 

「ひやぁ!!」

 

微笑みながら私の真横にいた、金髪の優しそうな女性。

 

いた……

 

チラッっと横を見たら、完全に皆固まっちゃってる。

カルパッチョさんが、あんこうチームにとって恐怖の対象になっちゃってるぅ!

 

「すみません。悪ふざけが過ぎましたねぇ」

 

…コワイ

 

「い…いえ……」

 

「貴女が「西住 みほ」さんですね?」

 

「は、はい」

 

「単刀直入に言いますね?」

 

「え?」

 

「私、隆史さんの事もう諦めてます」

 

「……え? え!?」

 

何!? 何が!?

 

「もうご存知かと思いますけど、プラウダの方とか凄かったですし、何より……」

 

ちょ…ちょっと待って! 

 

「あの人、昔から結局、一人しか見ていないみたいなんです」

 

「……」

 

「気の多い方に見えますけどねぇ…まぁですから、私は2号さんでもいいかなぁって」

 

別の意味で、この人が怖くなってきた……終始、笑顔で話しています。

 

2号さんって…。

一方的に話されて、ちょっと追いつかないよ

すごいホワホワした方ってイメージが強いんだけど…言ってる事が、すごい…

 

 

「ケレド」

 

「」

 

雰囲気が一気に変わった。

 

目が…目がぁ……。

 

「私と彼の思い出に、興味本位の土足で入ってくる様なマネ、モウ…シナイデクダサイネェ」

 

 

「」

 

 

「三度目は、ありませんからね?」

 

 




ハイ、ありがとうございました。

ホラー回の定番をみぽりんが、お送りしました。
元々、アンツィオは書くつもりでは無かったので全体のストーリー構成をし直しました。

次回アンツィオ戦。


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第27話~それぞれの告白…です~

「……」

 

 見えるのは、天井のみ。

 

 左手…というか左腕をあずけている為、仰向けに寝るしかなかった。

 手が痺れてきた……。

 

 散々騒ぐというか、怖がっていたのに俺の手を取ったら、10分もしないうちに寝入ってしまった。

 

 暗い部屋からは、寝息しか聞こえない。

 

 いつもと違う状況に、若干俺もおかしくなっているのだろうか?

 

 女の子の…というか、みほの匂いが部屋に充満して落ち着かない為だろうか?

 

 つまり。

 

「寝れん!!」

 

 上半身を起こし、腕の状態を確認する。完全に抱き枕になっていた……。

 初めは手だけだったのだけど、段々とベットの端にまで来てしまい、俺の肘上部分がすでに持っていかれてしまっていた。

 要は、腕を垂直に上げるしかない状態だった。

 

 そりゃ腕も痺れるわ。

 

 

『ね…寝顔とか見ないでね!』

 

 

 んな事言われてたな。

 はい。嘘です。嘘になりました。

 

 体を起こしたら、見えてしまった。

 

 ……

 

 まぁ、それなりにドキドキはする。

 すげぇスタンダードな水色のパジャマである。

 俺は、ワンピース型のパジャマが好きですって言ったら、ぶん殴られるかなぁ……。

 

 

 …………

 

「ん、まぁなんだ……」

 

 自然と一人言になる。

 しほさんと悪魔大将ぐ…亜美姉ちゃんに言われた事、……対象を絞れ、彼女を作れ。

 

 別に急いだり、焦ったりして作るもんでもないだろう。

 

 でもなぁ…2周目を言い訳に、距離を置いているのもまた事実。…恐いんだよな。

 

 あれからずっと考えてはいた。

 誰とそういう関係になりたいのか。

 

 基本、俺なんかを拾ってくれる人が、一番好きだと思っていたくらいだしな。

 

 ……思っていた?

 

 そのまま、みほを眺めていた。

 

 なんとまぁ…ムカつくニヤケ顔で寝やがって。

 俺は、お前のせいで寝れないんですけど?

 

 ……。

 

 失踪とはちょっと違うけど、連絡が取れなくなって、ずっと心配はしていた。

 それが、恋愛感情とやらになるかは、分からない。

 保護欲って奴とも違うと思う。

 

 人間、経験のない事は、いくつになっても戸惑うものだな。

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

「お前、すげぇな尾形」

 

 目の前の、座っている席の前にある、長机に額を打ち付ける。

 いやぁ~いい音した。

 

 眠気も酷くて、そのまま突っ伏したまま寝てしまいそうだったけど…。

 みほの寝言が気になって仕方なかった為でもある。

 結局、一睡もできなかった。

 なんだよ、「隆史君の変態ぃ」って。

 自覚してるよ。

 

 

「…お前、なんで知ってるんだよ」

 

「何言ってんだ。お前ある意味、戦車道界隈で有名人だぞ?」

 

 

 

 大会本部。

 

 集会用テントの中で、試合開始を待っていた。

 前回と同じ用に、長机とパイプ椅子。

 その長机の上に設置された無線機。

 

 主に聞く専用。発信は大会が開始されたら、こちらから使用不可になる。

 まだ発言はできる時間はあるのだけど、特に言う事もなく試合開始を待っていた。

 

 そして、また現れた戦車道マニアのイケメンマスクで、クラスメートの中村。

 

「なぁ…試合開始されたら、テントから出れなくなるぞ」

 

「あー、いいや。やっぱここ特等席だし、ここで見るわ」

 

「まぁいいけど」

 

 テント内では、俺一人ポツーンと座っているだけだし、正直こいつがいると、自動説明翻訳機になってくれるから助かる。

 

「…プリン食う?」

 

「プリン!?」

 

「…俺の手作り。魚の目プリンの漢味」

 

「……」

 

 返事を聞く前に、足元のクーラーボックスから4つ取り出す。

 そして、向かいのアンツィオ側のテントに向かって、こっち来いと手招きをする。

 アンツィオで、俺に睨まれた、喰われそうって言った子2名が、向かいのテントの中にいた。

 もう俺の顔を知っている事と変な噂の為、警戒せずにパタパタ小走りでこちらに向かってきた。

 

「なんですか~?」

 

「これやるよ。まだ試合開始まで時間あるから、良かったら食って」

 

「え! マジっすか!?」

 

 目の前のプリンを凝視している。

 あらあら。目を輝かせちゃってまぁ。

 

「……でも、お前の手作りなんだろ? 漢プリンなんだろ?」

 

「え…」

 

 横で中村が余計な事を言うものだから、折角伸ばしてもらった手が止まった。

 

「このプリンはな、俺が昔バイト先で個人的に売っていたプリンだ。商品となった品です」

 

「転校前…青森だったっけ?」

 

「へぇー青森にいたですか。あぁ、それで…」

 

「ちなみに、これ一個、1000円で売ってた」

 

 「「は!?」」

 

「い…いやお前、それはボッタクリだろ…」

 

「ちょっと特殊な卵とシロップ用のハチミツ使っててな、一日30個くらいしか作れなかったんだ。でも大体1時間程で、毎回売り切れたぞ?」

 

 人脈って大事だなぁ…普通手に入らない物も、少数なら手に入るようになる。…通常価格だったけど

 

「俺みたいな奴が作っているってのもあったし、珍しいって事で2回ほど取材が来たぞ。お陰で、売上更に上がったわ」

 

 「「……」」

 

「うちの戦車道連中にも、まだ1人しか食べてもらってないんだけど…いらない?」

 

 たまに材料は輸送してもらっていた。

 特殊な材料の為、完璧に青森の時の味を再現する事は、滅多にできない。

 …普通の奴はみんなに配った事はあるけど、コレを食べた事あるのは、近藤さんだけ。

 

 

「ほっ欲しいです!! そんなの食べてみたいに決まってるじゃないですか! 頂けるんですよね!?」

 

「いいよ。もう一人の子にも持って行ってやって」

 

 

 

 元気よく返事をして、また小走りで自分達のテントへ戻っていった。

 今では、向かいのテントでこちらに手をブンブン振っている。

 アンツィオの生徒は元気いいなぁ……

 

 そして俺達は、男だけの空間で、男だけでプリンを食している。

 

 なんだろう。男だけの空間は素晴らしい。

 

「……すっげー旨いのが、気持ち悪い」

 

「褒め言葉として受け取ってやる……で?」

 

「ん?」

 

「それで? なんで知ってるの? 俺とプラウダ高校との関係」

 

「さっきも言ったけでどな。お前今、戦車道界隈ですっげぇ有名人になってんだよ。……女の敵って」

 

「……は?」

 

「前大会MVPの『地吹雪のカチューシャ』選手と『ブリザードのノンナ』選手を侍らせてるって」

 

「はべ…」

 

「すげーなお前。よりにもよってあの二人だろ? 本人達も認めるような発言してたぞ?」

 

「はぁ!? いつ!?」

 

「プラウダ高校がこの前、二回戦突破した時のインタビューで答えてた」

 

「え…」

 

「俺、試合見に行ってたから、その会場にいたんだけどな。初めは、記者ガン無視だったんだけど、お前の名前が出たら即座に反応してたけど?」

 

 ……まて。じゃあ、俺が大洗学園にいるのってバレてないか!?

 

「グロリアーナのダージリン選手に『あまり人様に言える事ではないのですけど、とても濃密な仲ですわ』とまで言わせた「尾形 隆史」と言う人物をご存知ですか?って聞かれていたんだけどな?」

 

「」

 

 開会式の時のかーーー!!

 

「要は、ダージリンのスキャンダル狙いのインタビューを、付き合いのあったカチューシャ達に聞いた訳か…」

 

 じゃあ俺の転校先は、まだバレていないのか?

 …いや、もうそれ以上に変な事になってないか?

 

「そうだな。やっぱり女性の競技だしな。そういった浮いた話題も出てくるな」

 

「…で? なんて答えていたんだ?」

 

「『はい。存じております。しかし隆史さんとは、私との関係の方が遥かに濃密です。そんなデマを信じないで下さい』ってノンナ選手が、すごい淡々と早口で言ってた」

 

 

「」

 

 

「『ちょっとノンナ!? 「私」って何よ! 私よ私!! このカチューシャとの方が、よっぽど濃密な関係よ!!』ってカチューシャ選手が張り合ってた」

 

 

 ……カチューシャ、濃密な関係の意味わからないで言ってるだろ。

 何故張り合う。というか中村。お前記憶力良すぎ。

 

「カチューシャ選手が、アダ名で呼んでいたからな。こりゃ本物だって事で、信憑性が高まったんだろ」

 

 頭を抱えた…。

 何? 俺、三股かけてるクソ野郎になってんの?

 

「後な?」

 

「まだ、なんかあんの!?」

 

「西住 まほ選手」

 

「」

 

 ま…ほ……ちゃん……何言った!!??

 最近来るメールの内容が、すっごいおかしかったのって、これが原因か!?

 

「お前、その時も大会会場にいたのか? 学校最近来なかったのって、試合観戦巡りしていたって事か!?」

 

「そだよ?」

 

「いいご身分だな……でっ!? 西住 まほ選手は、何て言ってたんだ!?」

 

「鼻で笑って終わり」

 

「…え? それだけ?」

 

「そうだな。だけどな記者が、他の選手に聞いていたらな」

 

「…なに」

 

「熊本港で、西住 まほ選手をお前が抱き上げて攫って行って、西住流本家に殴り込みをかけてたっていう、目撃情報が多数ありましたとさ」

 

「」

 

 いた…あの場に他の生徒いた。確かに多数いた……。

 

「なにお前、そんな事やったの?」

 

「……やった」

 

 やめろ。そのキラキラした目はやめろ…。

 

「まぁ後半は噂の域は出ないらしいけどな。それに関しては、西住 まほ選手はノーコメントだったけどな」

 

 まほちゃんなら、そこら辺はしっかりしているだろうし、余計な事は言わないだろう…けど……

 

「ただ、真っ赤になって逃げるように去っていったからなぁ…あの西住 まほ選手がなぁ…」

 

「」

 

 

「すげーな。鉄の女、二人共落としてんの? お前」

 

「そ…そういう、落とすとか、ゲスな言い方、好きじゃない。…と言うか、…彼女すらいない」

 

「ゲスな言い方って…お前、界隈でなんて言われてると思ってんだ……」

 

 やめてくれ…俺のHPはもう無い。

 

「『光源氏の再来』だってよ」

 

「は? 光源氏?」

 

 光源氏ってアレだろ? 実際は義母からその姪っ子とか、手を出しまくってたってクズだろ? 俺ぇ!? 俺ってその再来とか言われてんの!?

 

「でもよ、いくらなんでもそんな情報、普通信じないだろ? ありえないって…」

 

「あー、まぁ普通そうだな」

 

「だろ?」

 

「でもなぁ情報提供元がなぁ…記者がうっかり漏らしてんだよ」

 

「……なんだよ」

 

「情報元が、文部科学省の…たしか学園艦教育局長が、インタビュー中うっかり漏らしたんだと。学園艦管理してるお役人さんの事だろ?」

 

 

 ……

 

 

「あの七三ーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 

 嫌がらせだ!

 

 絶対、意味のない嫌がらせだ!!!

 

 うっかり漏らす情報じゃねぇよ!!!

 

 ザッ

 

 無線から雑音が鳴った。

 

『隆史君』

 

 ……

 

 ………………

 

 まさか

 

『無線機チェックして?』

 

「」

 

『うん、分かった?』

 

「」

 

『音声入りっ放しだったよ?』

 

「」

 

『全車輌に全部キコエテタヨ?』

 

「」

 

『…試合が開始されました。以降そちらからの通信は禁止となります。……グス』

 

「」

 

『はい、では皆さん。パンツァァァァーッフオォォーーー!!』

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

『それでは皆さん。健闘と幸運を祈ります!』

 

 無線機から、みほの指示が聞こえた。

 試合中のみほは、ちゃんと冷静に指示を出していた。

 まぁそうだよな。焦ってるのは多分俺だけだ…。

 

「アンツィオ、面白い作戦使うな~」

 

「遠目だと、結構バレ無いものだなぁ」

 

 戦車の偽物。立て看板。

 

 デコイで足止めかぁ…。少し足止めを食らっていた。

 まぁ戦車数の合計でバレてしまった様だけど。

 

「そういや、今回は他校の見学あまりいなかったな」

 

「…いい。来なくて。余計ややっこしい事になりそう」

 

「来ていたのって聖グロだけだったな」

 

「そうか」

 

 ……ん?

 

「ちょっと待て、確かあいつら試合明日だろ!? 何でいるんだよ!」

 

「いや、俺に言われても…まぁヘリなり何なり、移動手段があるんじゃない? お嬢様学校だし、金はあるだろ?」

 

「……」

 

 前回のサンダース戦でもそうだったけど、実際に俺がやる事は無い。

 まぁ俺の仕事は、怪我人とか出てしまった場合とかだから、仕事が無い方がいいに決まっているのだけど。

 

 

 今回の試合。

 

 みほ達、他のチームには悪いのだけど。

 

 カバさんチームとセモヴェンテの一騎打ちに見入ってしまっていた。

 ライブ映像の画像と合わせて見ていたけど、やっぱりガチのタイマンは、見ていて面白いな。

 

 結局、相討ちで終わったのだけど、同時に試合終了してしまった。

 そこで気がついた。

 他のチームを全然見ていなかった……。

 

 だから現在、試合終了後に流れる、今回の試合ダイジェストを一生懸命見ている。

 横の奴がうるさいけどな。

 

 

 

「いやー! 今回も面白かったな!!」

 

「…ソウダナ」

 

 おぉ、うさぎさんチーム急成長って感じか? 前回と動きが違うわ。しっかり敵機撃破できたしな!

 

「Ⅲ号とセモヴェンテのぶつかり合いが一番だったわ! 燃えたな!」

 

「…ソウデスネ」

 

 アヒルさんチーム、5輌撃破かよ。大金星じゃなかろうか? プリンやろうプリン。

 

「セモヴェンテの発砲の衝撃回転とか鳥肌たったわ!」

 

「……」

 

 …みほさんが、なんか恐いです。最後砲撃来た時なんか、P40の砲身角度から当たらないの分かってますって顔してたな。普通な顔が恐いとかさ…。

 普通分かっていても、砲弾が数メートル横を通り過ぎたら怖いだろうに。瞬き一つしない…。

 んで、華さんの射撃で試合終了。それ含めて、みほさんが何か恐かった。

 

「砲身同士の鍔迫り合いが、たまらんかったよな!」

 

「……ヘイ」

 

 後は…亀さんチームは、今後何とかしないと…特に桃センパイを。

 

「砲身同士の鍔迫り合いって、なんかエロいな!!」

 

「それはわからん」

 

 

 はい。そんな訳でお片付けのお時間です。

 

 機材回収作業を、自動翻訳機さんのお言葉を適当に聞き流しながら進める。

 多分バレたら怒られるなぁ…試合全体、ダイジェストでしか見ていませんでしたってバレたら…。

 

 

「なぁ、尾形……」

 

「なに?」

 

「アンツィオが、何かしはじめたけど…」

 

「なんだ? 飯でも作り始めたか?」

 

「……なんで見もしないで分かった」

 

「まぁいつもの事だしな。あれはあれで、あいつらのいい所でもあるんだよ。ちょっと手伝ってくれ」

 

 中村に手伝ってもらって、機材の撤収準備も済んだ。

 本当に、大洗学園のテントブースって何にも無いな。俺の私物と無線機だけだよ。

 

 さてと…どうするかなぁ。あそこに合流今は、したくねぇ。

 何か絶対言われる。

 画面では、パスタを初めとして各イタリアンな食事が振舞われていた。

 あー…ピザとか暫く食ってなかったなぁ…。

 

「どうする? 中村、学園艦戻るのか?」

 

「そうだな。さっさと戻って、明日の試合に備える」

 

「…なんだよ。各高校の全試合見に行くつもりかよ」

 

「できればな! それにグロリアーナ戦は面白いんだよ! クルセイダーの動きが、特に面白いんだよ! 予想がぜんっぜんつかなくて!」

 

 …ローズヒップか。

 

「というか、あそこにお前は行かなくていいのか?」

 

 

 指を指された巨大画面では、宴会を楽しんでいる連中の中で、みほの顔が画面に映し出されていた。

 まぁ楽しそうだし。今更、俺が行って水を差すのも何だしな。…でも行かないとダメだよなぁ。

 

「イキマスヨ」

 

 …正直行きたくない。

 

「まぁそうか、無線で言っちゃったのもあったしな。行き辛いよな? なんか悪かった、すまん」

 

「それもある。だけどまぁ他校と俺の繋がりは、皆知ってるし…まぁいいよ。気にすんな」

 

 コイツの悪いと思った事を素直に謝る潔さは、結構好きだ。

 

「でもなぁ…浮気とかされたと思われたんじゃね?」

 

「…なんだそれ。何度も言わせるなよ、彼女いねぇよ。そもそも誰にだよ」

 

「西住さん」

 

「……」

 

 は?

 

「ちょっと待て。どういう事だ?」

 

 今、すっげぇ即答したぞ…。

 

「え? だってお前ら付き合ってんだろ?」

 

「だからね? いないの。ね? 彼女いないの。言っていて悲しくなるからやめてもらえますか?」

 

「隠すなよ。もう周りにバレてるから。オープンにしても良いんだぞ?」

 

 

 …はい。どうも、隠れて付き合っているって話になっています。

 

 毎朝一緒に登校しているし…まぁそれは、自宅のアパートが一緒ってだけだし…。

 

 たまに作る弁当が、いつも一緒ってのが、特にまずかったようだ。

 一緒に昼飯食ってる所に、弁当中身が一緒とか……まぁ疑われるわな。

 

 みほが、わざわざ二人分毎日作ってるって、話になっているようだ。

 

 作ってるの俺だヨ

 

「……」

 

「まぁ、西住さんって最近、男連中にじわじわ人気がでてきてるしな。何かあれば、すぐに噂も立つだろ」

 

「…みほが?」

 

「そうそう! その下の名前、呼び捨てもそう!」

 

「幼馴染なだけなんですけど?」

 

「周りの連中は、知らねぇよ。戦車道の一回戦突破で、生徒会が大々的に学校新聞にも載せただろ? その為だろうなぁ」

 

「……あれか…。なんか新聞部から、みほの奴、取材っぽいの受けてたな……」

 

「男子生徒数が女子生徒数に比べてかなり少ないだろ? 目立つ女子生徒はまぁ…話題になるわな」

 

 何となく分かる。

 生徒会長達も有名人っちゃ有名人だしな。目立つ人にはそれなりに話題がいくものか。

 

「というかなんでお前が、知ってんだよ」

 

「……相談されるから。その野郎連中に。俺もそんなに経験ないのに」

 

「あぁ。オマエサン、モテマスカラネ」

 

 経験あるだけマシだと思うのですが?

 まぁ…うっとおしいだろうな、そういった相談は。

 

「みほって本当に人気なの?」

 

「そうだな。実際、可愛いと思うし、あの性格だろ? 癒し系だと思われてるみたい」

 

 俺の癒し系は、オペ子とマコニャンだけど…みほがねぇ…へぇ。

 

「しかも結構、難易度が低いと思われてるみたいだな」

 

「…は?」

 

「すっげぇ押しに弱そうだからな。隙も多いし」

 

「……それはなんとなく分かる」

 

「だから頼めば困ってもOKしてくれそうとか、土下座して頼めばヤいだだだだ!!!」

 

 気が付けば、アイアンクローしてました。はい。

 

「ダレ? そいつのクラスと名前言って? ねぇ? …教えてくれませんか?」

 

「待て! 噂!! 相談してきた奴が言ってたの!!!」

 

「うん、中村。俺はお前とは、結構良好な友人関係だと思っているのですよ。な? だから吐け。……吐いてくれませんかねぇ? ダ レ ダ 」

 

「だから! お前の名前が、そこで出てくるんだよ!!」

 

 …

 

 ……なるほど。

 

 すまん。ちょっと我を忘れた。

 

 中村が悪いわけでも無い。

 まぁ思春期の男子学生同士がする、下卑た会話。

 らしいといえば、らしいけど……いい気分はしない。

 

「まぁ怒るのも分かるから正直に言うけど。そこで大体、お前の名前が出て来るんだよ。彼氏もういるって。だから諦めろって言ってるんだよ」

 

 あぁ、そういう…まて。

 

「…じゃあ、俺が彼氏だっていう噂を拡大してるの、お前じゃないか」

 

「あ」

 

 

 コイツ…。

 

 

「……まぁいい。良かれと思ってやってるんだろ? クソふざけた噂よりいい」

「スマン」

 

 しかし、まぁ…みほがねぇ。

 ふーん。

 

「なぁ?」

 

「……」

 

「本当に付き合ってないの?」

 

「…無いな」

 

「なんでイライラしてるんだよ」

 

「……なんでだろうな?」

 

 カタカタと、無意識に貧乏ゆすりをしていたようだ。

 

「……」

 

 正直、そういった関係に踏み出せる自信が無い。

 しほさんに言われてた事もあるけど、なんだろうな?

 まだ、ノンナさんとかダージリンとか…オペ子とかの方が、納得というか想像がつく。

 まぁ…無いだろうけど。

 

 …みほからの好意は感じてはいるのだけど。

 まぁ嫌われていたら、いくら幼馴染だとしても、男の部屋に泊まりたいとか言わんだろうしなぁ。

 異性として見られていない…事は無いだろうし。

 

 こりゃ結構マジかなぁ…。

 ひょっとしたら昨晩、部屋に来たのも……作戦ってやつか?

 

 

 

 

 

 あ、追伸。

 

 後日この試合のダイジェスト映像が、生徒集会で上映された。

 試合時のみほ。そう…自然な極々普通の表情で、砲弾飛び交う中、戦車から生身を出し、容赦なく敵機を撃破するして行く姿。

 若干の恐怖を与えた様で、ふざけた噂は途絶えた……が。

 

 試合を重ねる事に、生徒集会で上映されるものだから、段々と別のファンが増えていく事になるのは、まだ知らない。

 みほの戦車に乗っている時は、ある意味別人にしか見えないものね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗学園とアンツィオ高校の…何かしらコレ。

 

「おー! グロリアーナも食べていけ!」

 

「あれ? ダージリンさん達、また試合見に来てくれたんですか?」

 

 大勢の生徒に囲まれている隊長さん達。

 まぁ、みほさんと、アンチョビさんですけどね。

 折角、見学に来たのですから、一言挨拶を…と思って来たのですけれど…巻き込まれてしまいましたわね。

 彼女達の宴会に参加する事になりました。

 

 今回は、試合後の労い会と仰っていますけど…今回? 

 あぁそうでした。この方達は、何かにつけて宴会を催すのでしたわね。

 

「では、火を貸して頂けますか? お茶でも淹れますね」

 

「お安い御用だ! ペパロニー!」

 

 オレンジペコの要求に即座に対応し、小さなコンロを用意して頂きました。

 随分と用意がいいこと。

 

「あ、ダー姐さん」

 

「……」

 

 コンロ持ってきてくれたペパロニさんに、不本意な呼ばれ方をされた。

 青森の時、プラウダとグロリアーナとアンツィオ、それと隆史さんも交えて、合同合宿みたいな事をしました。

 その時、色々な格言をお教えして差し上げたら、もうやめてださいと敬語で嘆願され、その不本意な名前で呼ばれるようになりました。

 …その時の幹事が、このペパロニさんとローズヒップという組み合わせで、度肝を抜かれたのをまだ覚えています。

 

 ……ひどい目に遭いましたわ。

 

 

「その呼び方は、やめてと言いませんでしたか?」

 

「そっしたか? まぁいいや! ダ姐さん!」

 

「……」

 

 更に縮められた……。

 

「うちのアンチョビ姐さん、ツインテール外れて武器になるんすよ! ドリルっすよドリル!!」

 

 「「……」」

 

「なんですか? それは…」

 

「隆史がペパロニに吹き込んだんだ…。まさか本当に信じるとは……」

 

「あの方は…まったく……」

 

 遊んでいますわね。

 

「ダ姐さんも、ツインテール見たいなものですよね? 何になるんすか?」

 

「……違います。これはギブソンタックと言って、一本の長い三つ編みを……いえ」

 

「なんすか?」

 

「これを解いて、三つ編み一本にすると、変幻自在のムチになりますわ」

 

「ダージリン!?」

 

「マジっすか!?」

 

「えぇ、そんな嘘を言って、誰か得をしますの?」

 

 私と恐らく隆史さんも得をしますけど。

 

「しないっすね!! へぇー無知っすかぁ!!」

 

 …漢字になって聞こえましたわ。

 

「そういえば、大洗の生徒会長さんもツインテールでしたわね?」

 

 横で食事を終えた、会長さんに声をかけてみた。結構な長さのツインテールですしね。

 

「ほぇ? 私?」

 

「そういえば、そうっすね! そちらの姐さんは、何になるんっすか!?」

 

 さて…どうでるのかしら?

 

「私の? 私のはねぇー…」

 

 あ、乗ってくれましたわ。

 

「ツインテールの先からビームが出るよ!」

 

 「「 ブッ!! 」」

 

 い…いけませんわ……ツボに……

 

「すっげー!!! ビームっすか!? ビーム!!!」

 

「……ペパロニ。お前…」

 

 あら、アンチョビさんが引いてますわね。もはや信じる信じないの問題では無いで…びーむぅ

 

「でも、アンチョビ姉さんなら、もっとすごいのやってくれるっすよ! 他にも何か、ギミックが隠されているんっすよね!?」

 

 

「無い」

 

 

 ペパロニさんの期待に満ちた笑顔を、一言でぶち壊しましたわ。

 

「え…」

 

 泣きそうな顔してますわよ? ドゥーチェさん?

 

「私のは自毛だ! 自毛!! 着脱もできんし、ドリルにもならん!!」

 

「うっそだぁー! 隠さなくたっていいんすよ? 姐さん! あれですよね!? 天元突破するんすよね!!」

 

「自毛だと言っとろーがぁ!! なんでお前は私の言うことは信じないんだーー!!」

 

 ホント。仲睦まじい事。

 

 

 他校の生徒同士の交流。

 特にこういった、砕けた場での交流は良いですわね。

 私達は、ちょっと場違いでしたけど歓迎してもらっているみたいですし、まぁ良しとしましょう。

 

 この度の試合もそうですけど、大洗学園の動きは、一々面白い。

 戦車道の素人達が、結局二回戦まで突破してしまいました。

 でも次はプラウダ高校ね。どうなるかしら?

 

 しかし…

 

 アンツィオ高校の生徒も撤収準備が完了。

 夕日も傾きかけ、この宴会も終了という時になっても、結局来ませんでしたわね。

 

 皆さん散り散りに帰艦していく中、結局私達は最後までこの場に居てしまいました。

 アンチョビさん元気に手を降って、帰って行きましたわねぇ…。

 

 そろそろ暗くなって来ました。

 最後にお伺いしておきましょうか?

 

「みほさん」

 

「はい?」

 

「正直、隆史さんにもお会いしたかったのですけど…もう帰られました?」

 

「あ、いえ。多分…この場所に来づらかったのだと思いますよ?」

 

「あら、どうしてかしら」

 

「実はですね…」

 

 無線を通して、ご友人との会話を全車両に暴露するという事が起こっていたのですねぇ。

 私の発言がきっかけとはいえ、少々申し訳ない事をしてしまいましたわね。

 

「まぁ…無線を通して…」

 

「正直皆、慣れてしまいました」

 

「…女生徒だらけの中でソレは、結構居辛いのではなくって?」

 

「まぁ本人はそうでしょうけど、みんな隆史君の事ある程度分ってますから…からかうくらいでしょうか?」

 

 みほさんは、友達が少ないと初め嘆いていいたらしいのですけれど、結構人懐っこい方と思いますのに不思議ですわね。

 それに、初対面の時の様な、ちょっと自信が無さ気な雰囲気も、もうありませんね。

 

 宴会中は、周りの方々の目もありますし、できるだけ隆史さんの話題は避けていました。

 けど、やはり皆さん気になるのでしょうか?

 

 そうですね…青森での事を良く聞かれました。

 逆に転校後の隆史さんの事が気になり、変な情報交換の場になってしまいましたわね。

 隆史さんが、執拗にみほさんを気にしていた事、心配していた事は…黙っていました。

 隆史さんも気恥ずかしいでしょうし、何より…妬けますしね。

 

 あぁ…プラウダでのお茶会の事も黙っていました。

 言えるはずありませんし……最後の切り札として取って置きたかった、というのも有りますしね。

 

 しかし、アダ名が「タラシ」さんですか…。

 随分とまぁ…ユニークな、アダ名を付けられましたわね。

 今度呼んでみようかしら。

 

「隆史ちゃん…なんか昔の方が、落ち着いていた性格に感じるのだけど?」

 

「仕事していると、違うものなのでしょうかね?…まぁバイトですけど」

 

「た…隆史君が、違う人みたい……」

 

 あら、みほさんが若干引いてますわね。

 

 大洗学園生活を聞くからに、私達の事も含め、一気に女性関係のしわ寄せが来ている感じもしますけど。

 見てみたいものですね、学校に通っている隆史さんも。

 普通に羨ましいですわ。

 

 私達は、港でしか殆ど会いませんでしたから。

 

「……みぽりん。ちょっと顔が怖いよ? 今朝からちょっと様子おかしいよ?」

 

「あぁいえ。…隆史君の交友関係が、結構すごい事になってるなぁって、改めて思ったの。……主に女性関係」

 

「そうですわね。でも…それだけでは、無いのですけどね」

 

 プラウダ高校の応援で、港の方々動かして応援とか…言わない方がいいかしら?

 港の男性達には、結構な人望はありましたのに。

 

「何でしょう。隆史さんって真面目に軽いってイメージが、更に強くなりましたね。変な所ふらんく? ですし…」

 

「相変わらず、書記はよくわからん性格だな。たまに無茶をする。その無茶がまたひどい……」

 

「あー、麻子が一番びっくりしてるよね、隆史君の無茶ぶりは」

 

「まーな。まさか、自衛隊に頼んでヘリを借りるとは思っても見なかった…」

 

 一回戦の後の事でしたわね。

 電話して頂ければ、こちらでも…あぁ……「あの後」でしたわね。それは電話しづらいですわねぇ。

 

 

 

「ん? 西住殿? どうかしました?」

 

 何かに気がついたって顔で、少々ビクビクしていますね。

 いきなりどうしたのかしら?

 

「ダージリンさん。…少し、聞きたい事があるんですけど……」

 

「あら、なにかしら?」

 

 ちょっと困った顔をしていますわね。

 

「あの…オレンジペコさんの事ですけど…」

 

 …本当になにかしら。

 

「あの…その……」

 

「?」

 

「私、何かしちゃいましたか?」

 

「なぜかしら?」

 

「先程から…ちょっと睨まれているような……」

 

 そういば、先程から一切喋っていませんわね。

 隆史さんの話題なら、結構楽しそうにしているのですけ…ど……

 

 本当に…睨んでますわね。

 ちょっとあの顔は、私でも見たこと無い……

 

「ペコ?」

 

 おずおずと、少し離れて立っていたペコに近づいて行くみほさん。

 

 あれは…敵意?

 

「あの…オレンジペコさん。私、何か気に障る事でも…してしまいましたか?」

 

「……」

 

 無視するわけでは、ないのでしょう。真っ直ぐに、みほさんを見上げているわね。

 

 夕日が影を落とし始めた関係で、良く顔色が分からなくなっています。

 

「あの…」

 

 無言で返したペコに、もう一度聞こうと声をかけたみほさん。

 そこで、やっとペコが口を開いた。

 

「西住 みほさん」

 

「は、はい」

 

「今までは、正直我慢してました。でももう無理です」

 

 口だけは微笑んでいる…けど、雰囲気が違う。

 どうしたのかしら? 

 

「勘違いしないで下さいね? 私は、貴女の事は好きですよ?」

 

「え?」

 

「サンダースの時もそうですし、この二回戦後のアンツィオ高校とも仲良くなってしまう…私達の時もそうでしたね!」

 

「あの?」

 

「貴女のその性格は、とても好ましく思いますよ?」

 

「はい…ありがとうござい…ます」

 

 胸の前で、手をポンッっと合わせ…楽しそうに喋ってはいるのですけど…。

 

 社交辞令では無く、あの子は本当に彼女の事を好ましく思っていました。

 一回戦の時も、握手するみほさんに目を輝かせていましたし…。

 

 しかし、今の言葉をみほさんは、素直に受け取っていいか迷ってますわね。

 ……私でもそうするでしょう。

 

 ペコがおかしい。

 

 

「でも」

 

 

「女としては、大っ嫌いです」

 

 

「え……」

 

 笑顔はもう無い。

 

 歯を食いしばっている。

 目の周りにシワまで作ってしまって…

 

「多分隆史さんは、何もおっしゃらないでしょう。今までは、私の口から言うのも、憚られる事だと思いました」

 

「他の方はいいです。何を言っても…。ある意味で、あの人の自業自得でしょうし…女性のご友人を作られるのも、得意みたいですしね」

 

「でも貴女はダメでしょう? 何様でしょうか? 貴女が私達からすれば、どれだけ恵まれた環境にいらっしゃるかご自覚ありますか? ありませんよね!?」

 

「……」

 

 あのペコが怒っている。

 早口で淡々とみほさんを責めている。

 

「あの人が、プラウダとグロリアーナ。共に青森で関係を築き上げた関係は、あの人が貴女を心配していたからでしょう? 私と初めて出会った日も、心配して愚痴をこぼされてました」

 

「連絡をよこさないと。だから貴女の事を、私達に良く聞いてきましたよ。その時は、私達の学園艦は動きませんでしたからよかったです。プラウダの方々は、外より戻ってくる度に聞かれてました」

 

「…さすがに少し可哀想だと思いましたよ。…そこまで、そこまで心配されて思われて…それでいて、あの言いよう。…なんですか? お姫様気取りですか?」

 

 みほさんはもう、完全に固まってしまっています。

 

「……」

 

「……ペコ」

 

「それで、転校までして側にいてくれて……その方に対して、違う人に見える? 女性関係? 貴女に彼を…あの人を怒る権利が、有るのでしょうか!?」

 

「ペコ!」

 

 さすがに止めに入りました。ペコがこんな剣幕で怒るなんて……

 

「ダージリン様は、少し黙っていてください!!」

 

「!!」

 

 止めれませんでした……私に対してもここまで……

 

「……まぁ、心配されていた事を自覚するなんて、とてもじゃないけど無理ですよね……わかっています。えぇ! 感情で話しています! 嫉妬ですよ! 何ですか!? いけませんか!?」

 

「あの人を蔑ろにするような事、許せません。許しません」

 

「……」

 

「私は、あの人の……あの方の……選ぶ人は分かっています。だから余計に許せないんです」

 

「……言いたい事は言えました。私はこれで失礼します」

 

 夕日が沈み、顔も暗くてもう良くわかりません。

 お辞儀を終えて、早々に体の向きを変え、歩き出していきました。

 

 もう、最後の方は涙声でしたわね。

 

「……ペコが失礼をしました。私も失礼します。……みほさん」

 

「……」

 

 返事は無いですね

 

「あの娘は、決して貴女の事を嫌いではないのですよ。ただ……」

 

「はい。わかってます……私が悪いだけです」

 

「みほさん……」

 

 何も言わない、言えないのでしょうね。

 もう私からも掛ける言葉がありませんでした。

 

 ……みほさん

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「みほさん」

 

「……」

 

 華が心配して肩を抱いている。

 目を見開いて、完全に固まっちゃってる……。

 

「西住殿…「あれは……その」

 

 秋山さんも何も言えない。

 誰が悪いなんて一概に言えないもの。

 

 折角試合に勝って、アンツィオと仲良くなれて、皆喜んでいたのに……

 

 この場に当事者でもある、隆史君がいたら違ったのかな?

 あのオレンジペコさんも、あそこまで怒らなかったのかな?

 

 

「もぉー! 隆史君! どこいったのぉ!!」

 

「本当にあの無線が怖くて、来れない訳じゃないと思いますけど……」

 

「……」

 

「うん、正直メチャクチャ迷ったけどな。考え事が長引いちゃってな。悪かった」

 

「でもでも! もうちょっと早く来てくれれば、こんな事にならなかった!って思うな!」

 

「んぁ? 何かあったの?」

 

「そうだよぉー! オレンジペコさんって娘がすっごく、怒っちゃ……て……」

 

「オペ子が?」

 

 

 「「「「 …… 」」」」

 

 

「なに? オペ子達いたの? ダージリンも?」

 

「……隆史君。なんでいるの?」

 

「……なんでって」

 

 張本人が真後ろにいた……

 

「なっなにやってたのーー!!!」

 

「え? いやちょっと考え事……」

 

「ばかーー!!!!」

 

「エーー……」

 

 本当になにやってたの!? この筋肉ダルマ!!

 

「んぁー…」ちょっとな。決心とやらを固めていてな。どうも人から見ると、俺って相当フラフラしてるみたいでな……連盟の人に連れて行かれた時も、散々怒られてなぁ」

 

「してるな」

 

「してますね」

 

「隆史殿は、いい加減にしてください」

 

「……」

 

 みほは、隆史君を一瞥しただけで、まだ完全に俯いている。

 話を聞いていただけだと一概に責められないのが辛いなぁ……

 

「うん。まぁ甘んじて受けよう。でだな、色々あるのだけど、後で殺される覚悟で謝るとしてだ……みほ」

 

「……隆史君?」

 

 隆史君の呼びかけに漸く顔を上げた。

 

 ……完全に生気が無いよぉ。

 

「まぁなんだ。ダージリンもそうだけど、関係各所に何かしらするとしてもだ」

 

「……」

 

 何を言っているんだろうこの男は。

 

「まず最初に、スタート地点を決めようと思ってな」

 

「………………何が?」

 

「明日、大洗に着港するだろう? 俺ちょっと用事というか、バイトというか……会長に頼まれ事あるんで、時間取れなくてな。今日言っておいた方がいいかなぁって思ってだなぁ……」

 

 この男は何をグダグダと…ここに来て会長!?

 ひっぱたいてやろうか!?

 

「隆史さん、今はそんな悠長な事を……」

 

 

「みほ」

 

 

「……なに?」

 

 

 華のもっともな意見を遮って、みほに喋りかけている。

 みほが普通じゃないのが、見て分からないの!?

 

 

「俺と付き合ってみるか?」

 

 

 

 「「「「 …… 」」」」

 

 

 せ…静寂が……何!? 今なんて言ったの!?

 隆史君普通の顔過ぎて、わっかんない!!

 

「…………ど……どこに?」

 

「……そんな古典的なボケはいらん」

 

 相変わらず、ヘラヘラした顔でいつもの通りの隆史君。

 相対して、完全に死顔のみほの顔に、紅色の血色が戻っていく。というか、限界突破した。

 

「あ……あの……え? あ、え!?」

 

「おー……日本語で話してくれ」

 

「  ふぉ!?  」

 

「ふぉって……」

 

 完全に周りが固まっている。

 

 私もそうだ。この朴念仁がこんな事言い出すなんて……

 

 まぁ分かってはいたのだけど……なんだろう……

 

「なんだ? 嫌か?」

 

 あぁ、知らなかった事とはいえ……

 

「……」

 

「……」

 

 この男、タイミングが最悪だ……

 

 

「……………………いや」

 

 




はい。ありがとうございます

今回、少しタラシ殿の女性関係の整理でした。
タイミング最悪のこの男…次回、大洗へ着港します

はい。そうです。武部殿です。


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第28話~話し合いです!~

「なんだ? 嫌か?」

 

「……」

 

 沙織さんが、目の前で似てない俺のモノマネをしている。

 ストローをタバコに見立ててスパーッっとかしてるけど、俺吸ってないですし。

 うわぁー…しかし、似てねぇ。

 

「じゃなーい! 何! その上から目線!」

 

「あの、普通にいこうかなぁって思いましてね?」

 

「ソレはソレで、あまりにも普通すぎるでしょ!! もうちょとこう…何かあるでしょ!? 場所とかも!」

 

「場所ですか?」

 

「そうよ! しかもみんなの前で!……あ、それは別にいいか。皆の前で、公開告白されるのってちょっと憧れる……」

 

「そ…そういうものですか……」

 

「それでも、隆史君! 振られちゃったかもしれないのに、もう…こう、落ち込んだりしないの!? なんでそう普通なの!?」

 

「んぁー、まぁショックといえばショックだけどねぇ。結構振られるの前提で、話したからなぁ…」

 

「こ…この男は……」

 

 まぁ結局の所、みほからの好意は感じていたところ、恋人関係になるとするとまた話が別だ。

 …恋人関係ってはっきり言うと、照れくさいというか、違和感しかないや…。

 

 

 結局、付き合うかどうかの返事は、頂いておりません。

 みほは、どうも反射的に「嫌」と言ってしまったようで、最終的に「考えさせて」というお返事を頂きました。

 

 戦車で学園艦に戻る際、車内では何も喋らなかったそうだ。

 学校に到着後、「先に帰るね」と一言だけ言って、フラフラと一人で家路についた。

 

 はい。残された俺は、みほを除いたあんこうチームの皆様方に、ファミレスに連行された。

 

 ズゾゾゾと音を立てて、ドリンクバーから持って来た、各自飲み物をストローですっていますね。

 女の子が、それはないんじゃないかなぁ~…

 

「あれじゃ、みほが可愛そうだよ!」

 

「沙織さん。最終的には、隆史さんと、みほさんの問題ですので…」

 

「でも華! あの告白は、無かったと思うの!」

 

「それはそうですけど…隆史さんですよ?」

 

「そうだぞ沙織。書記だぞ? この男に女心を理解しろなんぞ、土台無理な話だ」

 

「そうですよ。隆史殿ですよ?」

 

「ぐっ!」

 

 反論して…そこは反論してください。

 反論できないって顔で、悔しがらないでください。

 ……まぁ確かに女心なんてわっかんないけど。

 

 

 

 しかし…オペ子がねぇ。

 

 大体のあらましは聞いたけど、ちょっと信じられない。

 随分と怒ったそうだけど、ぜんっぜん想像がつかないな。

 プリプリ怒ってるは見たことあるけど、マジギレだったそうだし…。

 

「で? どうするの? 隆史君」

 

「なにが?」

 

「みほの事。…一応、返事は保留だけど」

 

「あー、今日帰ったら話してみるよ」

 

「え!?」

 

「いえ…あの、隆史さん。みほさん、考えさせてって仰っていたじゃありませんか」

 

「言っていたな。まぁ、この現状じゃ聞く気は無いけど」

 

「え…あの、隆史殿。それはいくらなんでも酷いと思いますよ? 西住殿、混乱していると思いますよ? 可愛そうですよ!」

 

「…書記」

 

 睨まれてるなぁ…。

 

「みほは多分、このままだと、考えすぎてダメになる。また自分に閉じこもる可能性があるからな」

 

「え?」

 

「俺の転校前の…「人間関係」とやらに負い目を感じているんだろ?……女性問題しかり」

 

「え…隆史君、理解してるの? 女性問題を? 本当に!?」

 

 ……まぁオペ子もそうだろ。

 お茶会の後から、俺の呼び方も変わったしなぁ。

 客観的に見るとそうなんだろうな。

 ……実感全然無いけど。

 

「だから、まぁ…ちゃんと話してくるよ。ろくに俺と話もしないで、何を考える事があるんだって話だよ」

 

 そこまで言って、荷物を手に取り立ち上がる。

 さて、このままいても責められるだけだろうし、意味を成さない。

 とっとと、みほと話に行くか。

 

 俺が、帰る意思を見せたのと同時に、ここでお開きだという空気がみんなに伝わったのか、各自荷物を手に取る。

 しっかしまぁ、それでも怪訝な顔で見られてるなぁ…

 

「なに? 沙織さん」

 

 沙織さんが俺の顔をジッと見ている。

 睨んでいるとは違うな。なんだ?

 

「…隆史君が、ちょっと嬉しそうにしている顔が、何か納得できない。何考えてるの?」

 

 そんな顔してるか。特にニヤけてもいないんだけどなぁ…多分。

 …まぁ。そうかもなぁ。

 正直、みほを心配しているのが分かるから、嬉しいという感情しかわかないな。

 それが顔に出ていたかもしれないな。

 黒森峰の時にも、こういった友達いたのかなぁ…。

 

 彼女達には感謝している。

 なんか保護者目線で申し訳ないけど、できるだけ みほは俺といるだけじゃなく、彼女達との時間を過ごして欲しかった。

 だから、学校から下校する時なんかは、一切関与しなかった。

 …昨日はその関係で、ピーマン食わせ損ねたけど…。

 

 まぁ、良好な関係を築いているようだ。よかった。

 

 だけどなぁ…感謝の言葉なんて、照れくさくて口に出して言えないしなぁ。

 だから。

 

「……ないしょ」

 

 いつもの様にお茶を濁そう。

 

 

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

「と、いう事がありましたとさ」

 

『……』

 

 夜の21時頃。

 みほのアパートの部屋、そのドアの前で、何回かインターフォンを連打。

 普通にただの嫌がらせですな。

 

 ドア越しに、みほの気配はする。

 一応は玄関まで来てはくれているのだろう。

 ドアから軽く音がしたから、多分ドアに背中を預けているのだろうな。

 

 無言の時間が暫く続いていた。

 

「一応、話をしに来たのだけど。玄関くらいは入れてくれんかね?」

 

『……』

 

「俺、このままだと女の子の部屋の前に鎮座している、ただの不審者なんですけどー?」

 

『……』

 

「みほ~」

 

『……なら、帰ったらどう? 考えさせてって言ったよね?』

 

 やっと声が聞こえた。

 

「返事はな。ただ、俺から何も話をしてもいないじゃないか」

 

『……』

 

 

 

 また、だんまりか。

 さて、どうしたもんかね。

 

 明日は早朝から動く事になるし、何より時間を置くと後々またおかしな話になりそうだ。

 青森での心配性な俺を、知られたということは…どうせ、ペコに悪いとか自分が悪かったとか思い込んでいるんだろうな。

 ……まったく。

 

「ちょっと君いいかね?」

 

「ハイ? 俺ですか?」

 

 いきなり横から、二人組の男性に声をかけられた。

 考え込んでいた為、接近に気付かなかったヨ。

 

 声をかけてきたのは、独特の制服。

 夏場だからワイシャツを着ているけど、一発で職種が判明する独特な制服。

 

 はい、こんばんわお巡りさん。

 

 

 ……通報されてた。

 

「…若い女性の部屋の前で、大男が長時間ウロウロしていると通報があってね。ちょっと話聞かせてもらえる?」

 

「」

 

 本当に不審者になってた…。

 

「……はい。一応、知り合いに会いに来ただけなんですけど……。交番まで行ったほうがいいですか?」

 

 事情を説明した所で、信じてはもらえまい。

 任意の職務質問だろうけど、下手に拒否するより素直に応じよう……まいったなぁ……。

 

 俺が答えた直後、ドアの鍵が開く音がした。

 ゆっくりとドアが開いた。

 その部屋の中から、目が真っ赤になったみほさんが、出てきてくれた。

 

「あの…すいません。彼は、私の知人です…大丈夫です」

 

 

 

 ……結局、痴話喧嘩みたいなモノという事で納得し、警官は帰っていった。

 一応身分証は見せておいたけどね…。

 人騒がせだと、軽く説教くらっちゃった……。

 

 まぁ結果オーライだ。

 一応、また通報されたら堪らないと、みほの部屋の中には、入れてもらえた。

 さて、後は話を聞いてもらえるかどうかだな。

 

「…こんな時間に、女の子の部屋に普通来る? だから不審者に間違えられるんだよ」

 

「……もっと遅い時間に、泊めてと言って、一人暮らしの若い男の部屋に現れた珍客に言われたくない」

 

「ぐ…」

 

 一応、玄関先から中には上がろうとはしなかった。…さすがにねぇ。

 

 玄関先の廊下の壁に背中を預け、体育座りでいるみほを見下ろしている。

 目が赤くなっているのを見られたく無いのか、顔を膝で隠している。

 

「まったく。…何を泣くことがあるんだ」

 

「……いいから。言いたい事があるなら、聞いてあげるから言って。それで早く帰って」

 

「あら、冷たい。昨晩怖がって、抱きついてきた子の言葉とは思えないな」

 

「……」

 

 ふっ。耳が赤くなってましてよ?

 

「さて…まず。何か聞きたい事あるか? 多分それが、みほに言いたい事になる」

 

「……」

 

「……」

 

 暫く無言が続いた。

 

 たまにピクピク、体が動くのが見て分かったから、言い出そうとしているのは分かる。

 俺から言ってもいいけど、敢えてみほに言わせる。それがある程度心の整理にもなるだろう。

 

「……他の娘どうするの?」

 

「他の娘?」

 

「…オレンジペコさんとか、ダージリンさんとか、会ち…プラウダ高校の人とか、…………お姉ちゃんとか」

 

「かいち?」

 

「それはいいの」

 

「?」

 

 かいち何て知り合いはいないけど…まぁいいや。

 

「みほ」

 

「なに?」

 

「他人は、この際どうでもいい」

 

 

「……え?」

 

「そこで、なんで周りに気を遣う? 結局お前が、どうなりたいかだ」

 

「どう?」

 

「もしお前が、周りに気を使っただけの理由で、俺を拒否するなら俺の気持ちはどうなる? 他に代わりになる娘が、いるからいいって事か?」

 

「…そうは言って無いよ」

 

 無視です。聞いてやりません。

 

「ここの所、俺の様子がおかしかっただろ?」

 

「…うん」

 

「コノ事をずっと、考え込んでいたんだ。…考え抜いて、出した答えがコレだ。」

 

「……」

 

「まぁ…ぶっちゃけよう。メチャクチャ悩んだ。…特にまほちゃんの事が」

 

「……」

 

「最終的には…吐いたなぁ。胃液しか出なくなって、胃自体が出てくるんじゃないかってくらい」

 

 はい。それで合流が遅れました。

 

「俺自身、ある程度の好意は、みほとまほちゃん位しか分からなかったからなぁ…」

 

「え!?」

 

 みほが、漸く顔を上げてこちらを見た。

 目と合わせて、顔まで赤くなっている為……なんかもう心配になるくらい顔色が赤い。

 

「まぁ…もちろん恋愛感情かどうかまでは、分からなかったけどな」

 

「……隆史君だしね」

 

「……」

 

 みんなしてひどい…

 

 

「まぁ最終的に…だ」

 

「……うん」

 

「俺が、みほを選んだんだ。みほが、よかったんだ」

 

「……」

 

「まぁ端的に言えば……」

 

「……言えば?」

 

「みほが、一番好きだったんだよ」

 

「  」

 

「だから、返事は後でもいい。他人は気にするな。みほ自身の気持ちで返事くれ…以上!」

 

 我ながら偉そうな事言ってるな。自分自身は他人を気にしまくっていた癖に…。

 というか、この状態…恋愛自体が、良く分からないので非常に辛い。

 みほは、まだ体育座りだし……まぁなんか、小刻み震えているけど。

 

「……隆史君」

 

「ん?」

 

「私、隆史君にもう甘えないって決めていたんだ…」

 

「他の娘に負けないって決心してたんだ……」

 

「……」

 

「でも今日、オレンジペコさんに言われて思い知っちゃったんだ…私ただ……」

 

「なに?」

 

「……いい。隆史君にいう事じゃなかった」

 

 言いかけで辞めるのってすっごい気になるのですけど…

 

「大丈夫…ちゃんと答え決めるから。…決めたから」

 

「…はいよ」

 

「ごめんね…いろいろと。…今日はもう帰って」

 

「…了解」

 

 後ろを向き、ドアに手をやり、退室する。

 …一つ言い忘れた。

 まぁ大事な事かな? 

 

 この世界に生まれて、全身全霊で押さえつけていた、ある化物がいた事があったのを、一つ言い忘れていた。

 苦節17年以上だ。

 俺は、この化物と日々戦い続けている事を言っておこう。

 

「あ、みほ、一つ重要な事を言い忘れていた」

 

「…なに?」

 

「俺と付き合う条件…とも違うな? なんだろう…宣言というか……」

 

「なんなの?」

 

 もう、なんか迷いは無くなった! みたいな顔してるけど……ゴメン。

 これは多分、言わないと後々めんどうだ。

 

「まず質問。みほが、寝言でも言っていたんだけどな?」

 

「寝言!? え!? 隆史君昨日、私寝た後も起きていたの!?」

 

「ん? あぁ寝れなかった。 ゴメン。寝顔もしっかり見た。というか、写真撮った」

 

「!!」

 

「あ、消さないよ? でな、そん時に寝言で言っていたんだけど」

 

「!!!!」

 

 唖然と何か言いたそうな顔をしているけど無視だな。

 

「『隆史君の変態ぃ』って言っていたんだけど、俺ってそんな認識なの?」

 

「けっ!消して!!! そんな事してるから、そんな寝言言ったんだよ!!」

 

「うん、それはある程度正解なんだわ。結構俺、性癖ひん曲がってるから」

 

「せーへき…?」

 

 あ、分からなかったか。んじゃまぁ……

 

「つまりな? 俺とみほが、付き合ったとして…」

 

「あ、おねが…じゃない、何!?」

 

「まず。プラトニックな関係は、まず無理だと思うんだ」

 

「ェ……え!?」

 

「こういう事は、結構大事な事だと思うんですよ。うん」

 

「なに!?」

 

「多分、遠慮なし。全力全開になると思うんですよ。はい」

 

「なにが!?」

 

「じゃ、明日早いから帰るな? お休み~」

 

「だから、なにがぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■▼▲▼▲■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前今なんて言った!? なに考えているんだ!?』

 

「そんな大げさなことかねぇ? ただ、僕もみにいきた~いって言っているだけだよぉ?」

 

『あの女達に、接近禁止の処分を受けているだろ!』

 

「あぁ、半径…なんめーとるだっけ? 忘れた」

 

『お前…今目立つと後々、動き辛くなるぞ!?』

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。何もする気はねぇよ。ただ目立たないように見ているだけだよ?」

 

 多分な…。

 

『……3名雇った。一応、人に見られないようにと指示は、出しておいたが』

 

「あぁそれな。逆だ。できるだけ目立つよにしろって、馬鹿共に言っといて」

 

『な!?』

 

「新しい資料が届いてなぁ…ちょ~と、良い事思いついたんだぁ。ただ俺らとの関係は、一切バレないよにしとけよ?」

 

『当たり前だ! 今の生活もある。だからお前も無茶なことはやめておけよ?』

 

「わかってるワカッテマァス。…馬鹿共にはな、できるだけ「西住 みほ」や、人目に付く所で攫えって、言っておいてくれますぅ?」

 

『わざわざか?』

 

「わざわざだねぇ。ちょうど、イベントっぽいのもやってるしねぇ…」

 

 交通規制もかかるしな。

 失敗したら失敗したで、別の意味でダメージになってくれると思うよぉ?

 

「学園艦も来たしなぁ」

 

『お前今、大洗にいるのか?』

 

「そうだな。 あぁ大丈夫、心配すんな。目立つことはしないよぉ」

 

『……分かった。指示を出しておく』

 

 ふっふ~ん

 

 見えた。学園艦。

 

 夜に着港するものだから、ライトが綺麗だなぁ。

 

 なに色かは、わからないけどぉ……赤しか分からないやぁ。

 

 明日だなぁ。明日だねぇ。

 

 楽しみで今日寝られるかなぁ?

 

 遠足の前日って感じがするよぉ?

 

 ……

 

「いやぁ…タノシミダネェ」

 

 

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました

今回ちょっと短いです。
はい。次回話オリジナルの展開となります
ありがとうございました


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第29話~大洗での長い1日です!~ その1

『聖グロリアーナ学院、フラッグ車走行不能!』

 

『よって、黒森峰女学院の勝利!!』

 

 

 大きな歓声と共に大音量で流れる、我が校勝利のアナウンス。

 

 

 勝った。勝利した。

 

 だが、損失も大きかった。

 

 最後に残ったのは、両校フラッグ車のみ。

 まさかここまでの粘りを見せられるなんて…。

 

 すべての戦車も回収し、港で隊長と迎えの船を待っている。

 ただ待つ時間と言うのは、色々と考えてしまう。

 今回の準決勝の試合。

 …自然と口が開く。

 

「なによ、あのフラッグ車の装填スピード……」

 

 試合終了の挨拶の為に、各車長が整列している。

 隊長の横で、情けないけど呆然自失…と言うのだろうか。自然に呟いてしまう。

 

「いくら、チャーチルが重装甲だからって…あそこまで……」

 

 守りに入った聖グロリアーナは厄介だった。とにかく重装甲な為、砲弾が生半可な命中をしてもあまり効果が無い。

 それでも最終的に3対1の状況にもっていけたのだが、残ったチャーチルを包囲した時点で、一気に戦況が動いた。

 

 一瞬だった。

 

 まさか体当たりなんてしてくるなんて……とてもグロリアーナの戦いじゃなかった。

 高所からの急加速。重装甲にモノを言わせた体当たり。アレは落ちてきたようなものだ。

 それで、ティーガーⅡが1輌。文字どおり潰され…というか私だ。

 後は単純な砲撃戦…だったのだけど、とにかく相手の装填スピードが異常だった。

 

 連射だあれは…。

 

「私達にも改善点は、まだまだ残されているな」

 

「…隊長」

 

「聖グロリアーナ。特に今回は、執念のようなモノを感じた」

 

「執念ですか?」

 

「そうだ」

 

「勝利への執念…いや、少し違うな……」

 

 何か引っかかる事でも、あったのだろうか?

 隊長がここまで、そんな事に考え込むのは、初めて見る。

 

「……」

 

「隊長?」

 

「あぁ、すまない。…次は決勝戦だな」

 

「…プラウダ高校ですか? 去年の雪辱を晴らしませんとね」

 

「まだ、大洗学園との準決勝は、終わっていない」

 

「元副た…大洗学園が勝てるとも思えませんけど」

 

「…そう言われている中、サンダースは破れた。まだどうなるかは、分からない」

 

 スッっと目が細くなる隊長。

 

「相手を必要以上に過大評価する必要は無いが、同じく過小評価する事もするな」

 

 う…

 

「…はい」

 

 隊長が目をそのまま瞑り、少々いい辛そうに口を開いた。

 すでに顔は私の方向を向いていない。

 遠くに見える、我が学園艦を眺めている。

 

 

 

「……時にエリカ」

 

「な…何でしょう?」

 

「みほと、少しは連絡を取り合ったのか?」

 

「え?」

 

「いや…隆史が、その…みほとの仲を取り持つと、エリカのメールアドレスを聞いてきたのでな。どうなったかと…。勝手に教えてしまったのは、すまなかった」

 

「…あ!」

 

 来た!

 たしかに、あのヘラヘラした男からは連絡は来た!

 

「い…いえ…。あの男から頻繁に連絡自体は来ますが、その事をあまり聞かれませんでしたので……」

 

 …戦車道カードの事は、やはり黙っていた方が良さそうだ。

 元副隊長との事も頻繁に聞かれたが、その事を私が、聞かれたくないものだから、無理やりカードの話に会話の流れを変えていた。

 よって会話の内容は8割が、カードの交換方法の相談だった。

 

「そうか。まだ無理か……ん?」

 

「え?」

 

「…待て。では隆史は一体、何をエリカと頻繁に連絡を取る必要があるんだ?」

 

 

「」

 

 

 しまった!

 

「……タカシ」

 

 隊長はさすがに会話内容まで、探ったりする事はしなかった為、何も聞かれなかったけど…

 私が少し、言い渋ってしまった為、何かを感じたのだろう…ちょっと空気が変わった。

 

 そして少し目が怖い…。

 

「まさか、みほをダシにする様な事をするとも思えないが…エリカ」

 

「は、はい!」

 

「……」

 

「」

 

「どうした? 体が少々強ばっている様に見えるが?」

 

 怖いんです! 隊長の目が怖いんですよ!

 

「次に隆史から連絡があったら、私に教えてくれ」

 

「え…」

 

「…エリカからは、隆史に電話なりかけて連絡を取ったりしているのか?」

 

 してる…たまにしてる……。

 

「し…してません! あの男からのみです!」

 

「………………エリカ」

 

「は、はい!」

 

「隆史が、迷惑なら言ってくれ。軽々しくメールアドレスを教えてしまった、私にも落ち度はある」

 

「」

 

 た…隊長が首を鳴らした。コキッっと音がこちらまで聞こえてきた…。

 

「責任をもって、ちゃんと対処する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗町。

 

 昨晩の内に学園艦は、大洗港に着港していた。

 今回の滞在は2日だそうだ。

 

 大洗マリンタワーのふもと。

 芝生が広がる広場に立ち並ぶテント群。

 

 朝の7時

 

 その一つのテントに俺は、会長に手伝いを頼まれてそこにいた。

 俺が到着する頃には、すでに会長達はいた。

 何かの準備を進めているようだった…なにする気だ?

 

「やぁや、おはよう隆史ちゃん。時間通りだねぇ」

 

「おはようございます会長」

 

「朝からご苦労、尾形書記」

 

「隆史君、おはよ~」

 

「おはようございます。一体何をする気ですか…」

 

 多分、大洗学園のテントなんだろう。

 テントに「大洗学園 戦車道大会 準決勝出場!」ってのぼが立っていた。

 昨日の今日で用意したのかよ…。

 テントの中にいた、会長達に順に挨拶をしていく。

 

 なんだろう? 店? 机と椅子とその他モロモロ置かれている。

 

 いろいろと見覚えもある、備品も置かれていた。

 見慣れない、でっかいダンボール箱が中央に鎮座してるけど。

 

「今日なんか納涼祭をやるって聞いていたもんだからさ、エントリーしといたのさ」

 

「そうなの。本当はこんなにすぐ参加出来ないんだけどね。前のグロリアーナとの練習試合の時に、ダメ元で問い合わせてみたらOK貰えちゃったの」

 

 会長では無く、柚子先輩が珍しく嬉しそうに説明をしてくれた。

 テンション高いなぁ。

 まぁ…こう言った息抜きも必要だろうな。

 

「なんでまた。まぁこういう事は、会長好きそうですけど」

 

「我々の知名度を上げる為だ!」

 

「そーそ。まぁ結構、お金が掛かる競技だからねぇ。ここで宣伝して、スポンサーを募るってのが、本当の目的ぃ。まぁお祭り好きなのもあるけどねぇ」

 

 スポンサーねぇ。高校の部活ってか、授業に?

 あぁ、前世でも高校野球の強豪校とかには、スポンサーとかいたっけか。

 なるほどね。

 

「地元の方も、戦車道復活が嬉しいみたいでね? 結構乗り気で協力してくれてるの」

 

「そういう事。んで、隆史ちゃんには、第一号のスポンサーさんの協力要請を早速、聞いてもらおうかなぁって思ってね」

 

「…もういるんですか? スポンサーサイドの宣伝も同時にやっていこうって事ですか…同時にできるものなんです?」

 

「ふっふっふ。隆史ちゃん、そこのダンボール開けてみ」

 

「はぁ」

 

 言われるがまま、中央に鎮座していたクソでっかいダンボールを開けてみる。

 ダンボールの中には、大きな毛玉が入っていた。……なんだこれ。

 

「…着ぐるみ?」

 

「そそ。それを着て、ちっちゃい子に風船でも配ってもらおうかなぁって」

 

 …それなんか意味あるのか?

 よくわからん毛玉の塊だぞ? これが何の宣伝になるんだろう。

 

「聞いて驚け! 第一号のスポンサー様は、お医者さんだよ!!」

 

「医者?」

 

「そうなの。個人病院の内科の先生なの。そのスポンサーになってくれたお医者さんが、キャラクターを独自にデザインして、グッズ販売とかを目論んでるらしくて…」

 

「…金持ってんなぁ」

 

 まぁ…たまにいるな。ゆるキャラブームに乗っかって商売しようとする人。

 というか、もうそのブームも終わってるだろ…。

 

「まぁーそのキャラクターの知名度も、一緒に上げて~って事なんだよね」

 

 要は、この着ぐるみ着てテントの前で、このキャラクターと大洗学園 戦車道を宣伝してくれってことね…。

 このクソ暑い真夏の炎天下の中で……。

 

 着ぐるみ一式を取り敢えず、箱の中から取り出して全体を確認…。

 

「…なんだコレ?」

 

 顔はクマ。ただし怪我はない。包帯もしていない。代わりに、耳の間に髪の毛が少しある。ソフトモヒカンって奴かね。

 体は…スマートだ。手は指は無いけど、なんだろうか、剣道の防具の篭手みたいに親指の部分が別れている。

 …胸にこの熊のマーク。何故かマント付き。その割に服は着ていない。……人間だったら変態紳士だな。

 それにシルエットが、完全に自分の頭をちぎって食わす、某菓子パンマンだ。

 

 …版権大丈夫なのか? コレ。あぁ…この世界には菓子パンマンが存在してなかったっけ…。

 まぁ…取り敢えず着てみよう。今更断れないしな…。

 

 用意されていた、着ぐるみ用のインナー。

 といってもTシャツにスパッツみたいモノだった。トイレで着替えてきて、早速着ぐるみも着てみる。

 つか、コレ重!!

 

 …着ぐるみの足底。靴底みたいに目立たない様に厚底になってる。

 胴体部分も…腕部分も…軽く密着型で、綿か何かでそれなりの厚み。それでいて動きやすい。

 

 柚子先輩に手伝ってもらって、頭部分も装着。

 カチっと首元で音がした。ロックされた音だろうか?

 目の正面が、口と鼻部分に当たるのだろう。…マジックミラー使用で出来ているらしく、視界がメチャクチャいい。

 

 …しかし、クソ暑い。

 

「隆史ちゃーん、胸のマーク押してみ」

 

 説明書を見ながら、会長から指示が飛ぶ。

 胸のマーク? ここら辺だったか。

 胸元はさすがに見れないので、手探りで適当に押してみた。

 ……ボタンになってる。

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

 ……。

 

 もう一回押してみる。

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 …もう一回。

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

「……」

 

 おい、なんか物騒な事言い出したぞ…。

 胸部分から、あらかじめ録音されていたであろう音声が流れた。

 繰り返しで、同じ音声が流れる仕様のようだ。

 

 …このキャラって、子供向けじゃないの?

 

「…なんかすっごい事言ってるね」

 

 これって、ボコのパクリじゃないか? …よくアレをパクろうと思ったな…顔が完全にボコだろ…。

 しっかしこれ、みほが見たら怒りそう…。

 

 シルエットも変にスマートで、プロ野球とかのマスコット着ぐるみのようだ。

 着ぐるみの耳部分が、目立たないように空洞になっていて、外の音も良く聞こえる。

 

「…会長。これ個人で作った割には、妙にデキが良すぎて…若干怖いんですけど」

 

 主に値段が。

 

「ん? 何だって? えっと、隆史ちゃん。口の部分下にスライドしてみて」

 

 あ、言われたと通りいじってみたら、口部分が下にスライドされて、熊が口を開けているみたいになった。

 なるほど。ここから会話なり飲食なりしろと…。

 

「…会長。この着ぐるみ機能的すぎて、値段とか作った人とかが、若干怖いのですけど?」

 

「あー壊さないようにって言われてるよ。察しの通り、結構いい値段するからね」

 

「……脱いでいいですか」

 

 値段を聞くのが怖い。

 つか、高価なもの扱った仕事なんて嫌だ。

 

「あ、その着ぐるみ呪われてるから、一度着ると脱げないよ?」

 

「…は?」

 

 何を馬鹿な…取り敢えず頭部の部分を外そうとしたけど、動かない…。

 

「あれ!? マジで脱げない! というか、頭が取れない!?」

 

「会長…何を馬鹿なこといってるんですか? 隆史君、それ一度付けるとロックがかかるみたいで、外からしか外れないようなの」

 

「頭部部分が一番お金かかっているみたいでねぇ、落ちて壊れないようにする為なんだって」

 

「なんちゅー無駄なこだわりだ…取り敢えず、外して下さいよ。始まるまではコレ着てるの、さすがに暑すぎて嫌ですよ」

 

「そうだね。まだ風船膨らませる仕事残ってるし。隆史君も手伝ってくれる?」

 

 着ぐるみの頭部ロックを柚子先輩に外してもらって、上半身だけ着ぐるみを脱ぐ。

 

 …この短時間なのに、脱いだ後がすごく涼しく感じた。

 コレ長時間来ていると、マジで干からびそうだ。

 

 

 

 

 

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「そういえば、西住さん達遅いなぁ…」

 

「え? みほですか?っていうか達?」

 

 会長が、ちょっと町内会の人達に挨拶にいってくる~って大洗学園テントを離れて、10分ほど過ぎた。

 今は、テント内で柚子先輩と風船を膨らませる作業が終わって、もうすぐ9時になりそうな頃、柚先輩が呟いた。

 すでに俺は、いつでも仕事ができるようにスタンバっている。…暑い。

 

「桃ちゃん、昨日ちゃんと言っておいてくれた?」

 

「昨日、西住には、メールを送っておいたのだが…」

 

 …あ。昨日すごいゴタゴタしていた為、みほの奴メールに、気がついていないかもしれない。

 軽い出店でも開くのだろうか、料理出来そうなスペースを桃センパイが用意していた。

 コンロなり準備している中、携帯を取り出し確認している。

 

「ふむ。返信は来ていないな。ひょっとして見ていないのでは無いか?」

 

「ダメだよ、桃ちゃん! ちゃんとソコは確認しておかないと! 戦車道の宣伝なのに戦車が無いなんて!」

 

「…どういう事です?」

 

「うん、西住さん達に頼んで戦車を1輌か2輌、アピールの為に持って来てもらおうかと思っていたんだけど…」

 

「あぁ…なる程。今からでもいいから、電話してみたらどうです? さすがにもう起きてると思いますけど」

 

 すでに俺は、は着ぐるみを来ているから、よって俺は携帯を使えない。

 

「あ、うん…桃ちゃん、ダメだよ? ちゃんと返信まで確認して置かないと。」

 

「む…」

 

 渋々といった感じで、柚子先輩が携帯を取り出した。

 

「あ、柚子先輩。俺がここにいる事は、みほ達には言わない方が、いいかもしれません。多分来づらいと思いますので」

 

「え? なんで? 喧嘩でもしたの?」

 

 そうか。

 昨日の俺がみほ達と合流した時、すでに皆帰った後だったな。

 状況は知らないか。

 

「あー…。昨日俺が、みほに「付き合わないか?」と言ったら、非常に気まずくなりましてね」

 

 

 「「  」」

 

 

 携帯が落ちた音がした。

 あれ? 二人共、なんか目を見開いて固まっている。

 

 

 「「  」」

 

 

「あ…あの?」

 

「…隆史君……今すごくサラっと、とんでもない事言ったよね? え? 本当に!?」

 

「」

 

「えぇまぁ。どうにもハッキリしとこうかなぁっと思いまして…なんで固まってるんですか?」

 

 完全に硬直している。携帯を耳に当てようとしていた手のまま動かない。

 

「びっくりしてるんだよ! すっごいびっくりしてるんだよ!!」

 

「えー…固まるほどですか?」

 

「固まるほどだよ!!」

 

「そ…それで、尾形書記! どうなったんだ!?」

 

 ひどく食い気味で、桃センパイに問い詰められだした。

 そんなに気になりますか?

 

「返事待ちの状態ですけど…考えさせてって言われました」

 

「そうなの? 西住さんなら二つ返事で…あぁ昨日のアレの後かぁ……」

 

「…グロリアーナの娘か」

 

 硬直状態を解除して、二人して相談って感じで密着している。

 オペ子が、怒った所をこの二人も見ていたようだった。

 

 

「では、まだ返事はもらっていないという事だな!?」

 

「そうですけど…」

 

 俺の返事を聞いたら、二人して密着してボソボソ相談しだした…何なんだろう……。

 

「……尾形書記」

 

「な…なんすか?」

 

「西住から返事を貰うまでは、その話。会長には絶対に言うな!」

 

「会長に?」

 

「そうだ!」

 

「え、えぇまぁいいですけど…」

 

「絶対にだぞ!!」

 

「はい…」

 

 桃センパイが、今までにないくらい真剣な顔で迫ってくる。

 

「よし! では、風船もって行け!!」

 

 今度は、仕事にさっさと行けと言う…。まだ少し早くないか?

 指は、広場の方を指し、顔は俺の方を向いて睨んでいる…え? なんで睨んでいるの?

 

「うん。隆史君。後の事は私達がやっておくから行ってきて」

 

「了解ですけど…まぁいいや。んじゃ行ってきます」

 

 

 追い出されている気がしないでもないけど。

 風船一式と、立て看板をもって言われた定位置へ歩き出した。

 

 軽く後ろを振り向くと…こちらを睨んでいる桃センパイと、携帯で電話をしている柚子先輩が見える。

 …会長に言うなか。なんでだろ?

 あんまり影響ないかと思って、みほとの事を言ってしまったけど…。

 

 芝生を重い着ぐるみを着て、軽い荷物を持ちながらちょっと昨日の事を思い出してみた。

 結局返事って、いつもらえるのだろうか。

 

 …言っていたな他の人はどうするのか? と。

 

 

『……他の娘どうするの?』

『他の娘?』

『…オレンジペコさんとか、ダージリンさんとか、会ち…プラウダ高校の人とか、…………お姉ちゃんとか』

『かいち?』

『それはいいの』

『?』

 

 

 んな事いってたなぁ。

 まぁみほがダメだったら、次に別の誰かに…って気は無いのだけど…。

 そもそも、かいちって誰だよって話…だ……

 

 …あ。

 

 …………かいち

 

 

「会長!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「びっくりしたぁ…」

 

「……」

 

「……」

 

 隆史君がいなくなって、テントには桃ちゃんと二人だけ。

 

 電話には、西住さんは出てくれた。

 やはり、電源を切っていたようで今朝メールに気がついたようだった。

 思いのほか声のトーンは明るかった。というかいつもどおりの、ちょっとほんわかしたような喋り方。

 

 今、あんこうチームに声をかけて、学校から戦車でこちらに向かって来てくれているそうだった。

 よかった…なんとか間に合いそう。

 

 あんこうチーム以外は、みんな普通の休日にあたる。

 隊長のチームとはいえ、来てもらうのは、ちょっと申し訳ないかなぁ。

 

「柚子ちゃん」

 

「なぁに?」

 

「…これで、良かったのだろうか?」

 

「隆史君の事?」

 

「うん。あの男が来てから、どうもにも会長の機嫌がすこぶる良くてな。まぁ、そういう事なのだろうか? とは思っていたんだ」

 

「…そうだねぇ。いつかは、バレちゃうだろうけどね。どうなるかは…私も経験無いし、良く分からないけど」

 

「……」

 

「あ」

 

 少し遠くから、戦車の駆動音が聞こえてきた。

 結構大きい音なんだなと改めて思う。

 

「柚子ちゃんは、よかった…の?」

 

「…まぁ私の場合、周りに男の子が殆どいなかったから……熱に浮かされただけ~って感じもするからいいの」

 

「……」

 

「まぁ、ちょっと残念だけどね」

 

「……」

 

 正直、第一回戦後のあの時は、ビックリしちゃったけど。

 初めて男性に抱きしめられちゃったし。

 それだけじゃないけど…我ながら簡単な理由だったなぁ…。

 

「でも桃ちゃんが、あんな気の使い方するなんて思わなかったよ!」

 

「…比較的に会長は分かりやす過ぎる! 気が付いていないのは尾形書記だけではないのか?」

 

「はは…そうかも」

 

 だから余計にビックリした。

 でもやっぱり、西住さんだったかぁ。

 

「やっぱ西住ちゃんだったかぁ」

 

 「「会長!?」」

 

 いつの間にか会長が、テーブルの隅っこで干し芋をかじっていた。

 いつも通り、いつもの顔で、いつもの雰囲気で。

 

「あ…あの、会長? いつから…」

 

「ん? かーしまが、連絡確認を怠った付近の会話からかなぁ~」

 

「」

 

 隆史君含めて、誰も気がつかなかった…。

 

「いやぁ~でもビックリだねぇ。私も結構わかりやすかったみたいだねぇ。まさか川島にすらバレてるなんてね」

 

 相変わらずの飄々とした表情。ただ目だけが、すごい真剣だった。

 もごもご口は動いているけど…。

 

「あ…あの。いいのですか?」

 

「なにがぁ? 隆史ちゃんの事?」

 

「そりゃそうですよ!」

 

「ん~まぁ、何となく気がついてたしね。隆史ちゃんが転校してきた経緯考えれば余計にね。口では、西住ちゃんの事恩人だからって言ってたけど、普通そこまでやんないっしょ」

 

「…まぁ正直、常軌を逸しているとは思っていましたけど」

 

 転校初日、生徒会長室での土下座してきた時の事よね。

 あの時は、隆史君の事、恐かったなぁ。

 

「そうかい? 私はただ、気がついていない振りをしているようにしか見えなかったけどね。なーんか我慢してるなぁって」

 

「…そうですか」

 

「なんとか、気が付く前に隙を突いてやろうとは、思っていたんだけどなぁ…まぁしょうがないか!」

 

「会長……」

 

「なに? 泣いてしおらしくしていた方が良かった?」

 

「会ち…杏、本当に大丈夫?」

 

 もうここは、ただの友人として話そう。

 いつもと変わらないのが、逆に見ていて辛い。

 

「本当に大丈夫だよ。…ただ今は、隆史ちゃんの気持ちしか分かっていないからねぇ」

 

「え?」

 

「西住ちゃんに、前に言ったことがあったんだぁ。返事は貰ってないけど」

 

 こちらを向いて、ニヤッっと笑った。

 

「私が諦める理由には、ならないんだよねぇ」

 

「あ…杏? 何を言ってるの? ちょっと…いえ、かなり……」

 

「まぁ。西住ちゃんの事も好きだし、「今は」優勝しないといけないから我慢するけどねぇ」

 

 桃ちゃんも少し気圧されている。

 

「か、会長。西住に一体何を言ったのですか?」

 

「いやいや。大した事じゃ無いよ。ただ一言、こう言っただけだよ?」

 

 初めて見る…この杏は。

 私達の付き合いは長い。それは桃ちゃんも一緒だ。

 何か吹っ切れた感じがするのだけど…。

 西住さん達だろう。近づいてくる戦車の音が聞こえる。

 むしろそれ以外が聞こえない。

 

 

「『彼。私にくれない?』って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■▼▲▼■

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た来た~!!」

 

 見える。

 

 遠くに見えるねぇ。

 

 一般道をゆっくりと走行する1輌の戦車。

 

 今回もらった資料に入っていた、一枚のチラシ。

 

 大洗町納涼祭と銘打たれたチラシ。

 

 その中に大洗学園 戦車道と名前が入っていた。

 出店まで出すのだから、絶対に誰かしら関係者が来るだろうとは思っていたんだァ。

 隊長さんやっているんだから、そのチームも一緒に来る可能性はかなり高かったんだよね。

 まぁ来なかったら、来なかったで、別の娘に代役を頼むだけの話だね。

 

 わざわざこんなチラシを同封してきたくらいだから、あのジジィは多分全部分かっているんだろうよ。

 

 まぁ…今の内だけ乗っかってやるか。利害は一致してるしねぇ。

 

『お前、本当に大洗にいるのか?』

 

「いるいる。今、遠目だけど、みほちゃんの戦車を確認したところだよぉ?」

 

『…監視はどうしたんだ』

 

「パトロンの糞じじぃが、わざわざ代役立ててくれたんだぁ。西住側の人間にも、金で買える奴は居るみたいだねぇ」

 

 監視役なんざ、下っ端も駆り出されるだろうし、そこを狙ったんだろうかね。

 

「まぁいいや。沙織ちゃんも多分あの様子じゃいるだろ。もしいなかったら、近くにいる他のお友達でもいいよぉって、雇った馬鹿共に伝えといてね」

 

『分かった。指示は出しておくが…わざわざ目立った所でやると言ったな?』

 

「いったねぇ」

 

『つまり、足がついてもいいと言う事か?』

 

「…めんどくせぇから、一度しか言わねぇぞ。わざと目立つ所で攫え。「西住 みほ」の眼前が好ましい。俺は「西住 みほ」のせいで攫われたという事実が欲しいだけだ」

「殺さない限り、雇った馬鹿共が「武部 沙織」に何をしても構わねぇよ。輪姦して山にでも捨てろってのは、おまけだ。馬鹿共に金の他にくれてやる、おまけ。まぁその後の起こるイベントは、俺にとってのおまけだけどな」

「ただし、攫う奴は「武部 沙織」1名のみだ。失敗した場合、関係者なら誰でもいいが、1名に絞れ。いいか? 必ず1名だ。……馬鹿共に、余計な欲を出すなと伝えておけ」

 

『…』

 

「…………分かったかなぁ?」

 

『…わ、分かった』

 

 大真面目に喋らせんじゃねぇよ、疲れるだけだろうが。

 

「んじゃ俺は近くで見てるからさ。適当に後はヨロシクねぇ」

 

 返事を待たないで、携帯をきる。

 さてと、どこまで近づけるかなぁ?

 

 まぁ事が起こるまで、次に備えるかなぁ…。

 

 しかし…すげぇなこの豚。

 

 昔の「あの場」にいた、昔馴染みの奴らの顔写真を各々送ってもらった。

 

 連絡が着いたのは、3名。その一人の女がひどく変わってしまっていた。

 昔は、中坊の癖にケバい化粧を駆使して、粋がっていたのにねぇ…さすがに引くよねぇ…でもまぁ協力してくれるって言うのだからまぁいい。

 しかし何かに使えるのかねぇ…。

 

 今は本当に中年太りでもしたかのような体型。

 髪もプリン頭ですらない、自毛の色の真っ黒。引きこもってでもいたのかねぇ?

 

 しかしまぁ…戦車道ってのは、女の競技だ。

 協力者に女がいるってのは、いいかもしれないねぇ。しかもこの見た目だ。

 パッと見、人畜無害にしか見えない…。

 

 もう一人の昔馴染み…といっても、当時は後輩だったか?

 正直、名前も顔も覚えていねぇ。まぁ…見てくれは普通のサラリーマンって感じだな。つまらん。

 ただ、まぁ…俺より年下だったのに……まぁ頭は先輩になってるな。

 がんばれ! 毛根!!

 

 まぁこいつも、普通の一般人に見えるから何かに使えるだろ。

 

 しかし、テントの間に立ってる、あの訳わからん着ぐるみは何だぁ?

 邪魔でテント見辛いんですけどぉ?

 

 そういえば、例の「尾形 隆史」が見ねぇな。顔写真しか確認取れてねぇから判別つきづらいなぁ。

 

 まぁいい。今回はあいつは、いらねぇ。あくまで、みほちゃんの為だけに出張って来たんだもんねぇ。

 

 ん? メールが来た。

 

 携帯には、雇った奴らと、そいつらの車の写真が送られてきた。

 

 …いかにもって感じのチンピラだな。

 

 近くの駐車場にとめてあるのね? あっそう。

 

 まぁ午前中は無理かなぁ?……ん?

 

 ……

 

 …………あれは。

 

 くそ!

 

 くっそ!!!

 

 あのクソババァ! なんでこんな所にいやがる!!

 

 あいつは今の俺の顔を知っているだろうな。定期的に顔写真を撮られていたからな…。

 

 

 

「家元のババァ……」

 

 

 




はい。閲覧ありがとうございました

メールなり、活動報告のアンケートなどでご意見頂き、概ね構想が完了しました。
前回感想らんでも頂きましたけど、今回かなり暴力表現が出てくるかもしれません。
マイルドに抑えていかないとも思うのですけど、中途半端に抑えるくらいならってのも有ります。

苦手な方すいません……。

次回更新が少し遅れるかもしれないです。

ありがとうございました


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第30話~大洗での長い1日です!~ その2

 炎天下の納涼祭。

 

 強い日差しの中、ただでさえ暑いのに、着ぐるみを着て風船を配るという、拷問にも近い状況下に俺はいる。

 

 死ぬ…死んでしまう……

 

 せめて日陰に逃げようとフラフラ歩き出したのだが、それも阻止されてしまっている。

 

 6人の女の子に囲まれている為だった。

 

 ……というか、うさぎさんチームの皆さんですね。

 

「おじさーん、私にも風船くださーい!」

 

 おじ…

 

 まぁ…中身はおっさんだから、間違っちゃいないけど…

 

「ちょっと、ダメだよ! せっかく私達の宣伝もしてくれているんだから、邪魔しちゃ!」

 

 えっと…澤さんだったな。

 阪口さんと大野さん…比較的に幼い印象を持つ二人を窘めている。

 というか、俺をおじさん呼ばわりって事は、着ぐるみの中身が俺だって知らないのか?

 

「えっと~、私達、大洗学園の生徒なんですけどぉ。おじさんのお手伝いに来ましたぁ~」

 

 宇津木さん曰く、そのチラシ配りを一緒に手伝ってくれるそうだ。

 まぁ多分、指示を出したのは生徒会連中だろうけど…なんで着ぐるみの中身は俺だと言わなかった…まぁ多分面白いからって理由だろうな…。

 

 戦車道の看板と、…ベコだったか。このよくわからん着ぐるみの宣伝の為に、少しテントから離れた場所で活動をしていた。

 何人かは、風船を持って行ったり、戦車道に興味を持ってくれた。

 意外にも年配連れの人達の方が、食い付きが良く、チラシも一緒に持って行ってくれる。

 

 特に大洗学園、戦車道復活から、いきなりの準決勝出場! という流れは、興味を引いたようだ。

 …ただ、このよくわからん着ぐるみのキャラクターは、大体スルーされる…。まぁいいけど。

 

 着ぐるみの口部分をスライドして開ける。

 別に喋ってもいいよな?

 

「ちょっと休憩していいか? いい加減、暑くて死にそうだ」

 

「尾形先輩!?」

「あ、先輩だったんだ!」

 

 急に声を出したのと、着ぐるみの中身が俺というのと、さらにはこの着ぐるみの無駄に凝った作りにびっくりしたようだ。

 なるほど…ちょっと面白い。

 

 澤さんが言うには、会長の指示で俺の手伝いに来てくれたそうだった。

 どうも着ぐるみの中身は、スポンサーサイドのおっさんが中に入っているって聞いていたようだった。

 まぁバレるの前提で、ちょっとしたドッキリを仕掛けた気分なんだろう。…早々にバラしてしまったけど。

 

 ここからは、テントは少し遠いので、どういう状況か分からなかった。

 木陰に移動しベンチに腰掛け、現状を澤さんに聞いてみた。だって、Ⅳ号戦車とM3戦車がテント脇に駐車してんだからなぁ…。

 

 11時を回る頃、結局の所、大洗学園戦車道チームは、全員この場に集合していた。

 どうも、沙織さんが各面々に、お手伝い要請って事で、連絡を飛ばしたようだった。

 

 納涼祭とはいえ、一般のお祭りだ。スタッフ側からの参加というのに惹かれた様で、全員がすぐに手伝いに了承し、参加の為に集まった。

 さすがに全員制服着用との事だったけど、もう一輛戦車の展示が欲しいとの事で、うさぎさんチームは、パンツァージャケット着用で、戦車と共に来たそうだ。

 なるほどね。パンツァージャケットの方が、専用着用で更に宣伝には効果的かな?

 あんこうチーム含め、他のチームは皆、制服着用のようだ。

 

「しかし、結構な大人数だけど…一体何してんだ?」

 

「えっとですね、殆どテント前で、出店で対決してます」

 

「……は?」

 

「ほらほら、会長って料理得意じゃないですかぁ。それで武部先輩も料理得意らしくて」

 

「…うん」

 

「それで、なんか勝負してますよ?」

 

「…………ゴメン、ちょっと意味が分からない。どういう事?」

 

「それで、他の先輩達も乗り気になっちゃって、後は交代制で店番してます」

 

「あの…ゴメン、俺の話聞いて?」

 

 大洗学園で用意した出店は、焼きそばとお好み焼きなのだそうだ。

 普段ならいくら趣味とはいえ、作る側に参加しない会長が、今日に限っては参加すると焼きそばを作り始めたようだ。

 そこで、手伝いという事で、お好み焼き側で参加した沙織さんと調理方法でぶつかったらしく、軽い言い争いが起こったと。

 んで、どっちの売り上げが上か勝負という事で、対決が始まった…と。

 

「なんか今日の会長、様子が変でした」

 

「そうだね。まぁずっと笑ってたけど」

 

「ふーん。会長がねぇ…」

 

 山郷さん曰く、後は交代で店番したり、各々お祭り見て回ったりしているとの事。

 珍しい…というか、今朝は普通だったのにな。後輩に当たるって感じでもないのだろうけど……ふむ。

 

「あの! 先輩! ちょっとお願いがあるんですけど!」

 

「なに? 阪口さん」

 

「ちょっと立ってもらっていいですか!?」

 

 なんだ?

 まぁいいけど。

 

 その場に立ち上がり、正面に回ってきた阪口さんの様子を見ていると、両手を上げた。

 

「抱っこしてください!」

 

「……は?」

 

「抱っこしてください!!」

 

「桂利奈!?」

 

「おっきなぬいぐるみに、抱っこされてみたい!!」

 

 …着ぐるみだけど。

 

「遊園地とかで良くやってるじゃないですか! 小さい頃行った時は、いっつも人が沢山いて、やって貰った事なかったんです! ちょっと憧れてました!」

 

「あぁ~…なるほどね」

 

 ヒーローショウとかでもそうだな。あれ結構人並ぶんだよなぁ…。気が短い親なら諦めろって言って良しだよな。

 まぁ気持ちはわからんでもない。

 目をキラキラして見上げてくれますけど…まぁそんな事でいいなら。

 

「桂利奈…そんな小さい子みたいな…」

 

 澤さんが言い終わる前に、両脇に手を入れて、思いっきり持ち上げてやった。

 

「わっ! わっ!! たかーい!!」

 

 キャッキャッ喜んでくれました。はい。

 

「尾形先輩!?」

 

「澤さんが、言わんとしてる事も分かるけど…高校生にもなったら寧ろそんな事、知り合いにしか頼めないだろう?」

 

 軽く上下してやる。

 

「あははははは!! ぐらんぐらんするぅ!!」

 

 ここなら、人影も少ないしまぁ大丈夫だろう。

 完全に親が、子供に高い高ーいしている状況だった。

 

「あ!! じゃあ次、私! 私もお願いします!!」

 

「あや!?」

 

 ツインテールの子が、立候補。まぁいいけど…。

 あ…。

 

「紗希!!??」

 

 …丸山さんが、無言で手を挙げていた。

 

「じゃー私も!!」

 

「私もぉ~」

 

「あゆみ!? 優季!?」

 

 ……ご所望でしたので、順番に上げていきました。

 ちょっと山郷さんは、発育が大変よろしいから少々困ったけど……。

 背だよ? 背の事だよ!?

 

 ……ヤベェ。これ結構…いや、かなり疲れる…。

 全国のお父さんすげぇな。

 

「さ…澤さんは、どうする?」

 

 ハァハァ言いながらだけど、丁度いい疲労感でテンションが上がっていた為、一応聞いてみた。

 

「え…えー……と」

 

 目が泳いでいる。…まぁ普通そうだろう。良しもう終わりだ。ちょっと手が重い……。

 

「じ…じゃぁ、私も…その一応……」

 

「」

 

 真っ赤になって軽く手を上げていた…

 

「あ、でも…疲れていそ…きゃぁ!!」

 

 最後の力を振り絞って、思いっきり高く上げてやった。

 

 

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

 

「ハァー…ハァー…………」

 

 し…死ぬ……死んでしまう……

 

 あれは、もう筋トレの域だ…人一人持ち上げて上下運動だぞ……。

 澤さんの後、もう一周6人持ち上げさせられた…。素直に応じる俺も俺だけど…疲れた……。

 

 ハァハァ息を吸うのだけど、口から入るのは暑い空気だけだ…水……。

 開いた口部分から、ストローでペットボトルの水を飲み込む。2リットルの物だというのに、これもう4本目だ…。

 

 うさぎさんチームは、手伝いの時間が終わったようで、納涼祭を見て周ると言って、立ち去っていった。

 後に残ったのは、風船と看板とこんな格好で、死にそうになってる着ぐるみだけだ……。

 うさぎさんチームの手伝いもあって、チラシはもう無くなったのだけど…疲れた。

 

 また木陰のベンチに腰掛けて、休憩を取っているのだけど、こんな所で頭部を外す訳にもいかず…というか誰かに外してもらうしか無いのだけど……。

 キャラクター物は、基本裏方でしか正体を明かしてはならないのだ! っとか言ってたな…会長が……。

 

「あのー…お疲れ様です。大丈夫ですか?」

 

 ベンチの背もたれに両手を掛けて、完全に頭を上にして疲れきった俺に、誰かが心配して声をかけてくれた。

 …傍から見れば完全に死んでる姿だからな。

 

 誰だ?

 

「あ、私、大洗学園の生徒です。これ良かったらどうぞ~」

 

 沙織さんが、焼きそば超大盛りと、お好み焼き4、5枚持ってきてくれた。

 

 …なんだこの量。

 

 一応お礼を言おうと、声を掛けようとしたけど…声が出ない…ヒューって音がする……。

 というか、これどうやって食えば…。

 

「あ! いいですよ? 無理しないで。うちの一年生と遊んでくれてたの見てましたから! つ…疲れましたよね? あれは……」

 

 あはは~って、苦笑している。

 

「もう2時頃になっちゃいましたけど、お昼まだですよね? これ私達の出店で出していたものですので、食べてください」

 

 体を起こして、コクコク頭を頷かせる。

 

「…でも本当にこんなに食べるんですか? ウチの生徒会長が、このくらい普通に食べる人って言ってましたけど…。お知り合いなんですよね?」

 

 …食えねぇ。

 

 しかも、全力で運動した後の様な状況ってのも有り、正直無理です…だから。

 

 グッっと親指立ててやった。

 

「本当ですか!? 良かったです!」

 

 …甘い。俺も甘いなぁ。

 

「大丈夫ですよ!! 私沢山食べる男の人、良いと思いますよ!!」

 

 答えるのに少し時間がかかった為、気にしていると思われたのか、フォローのつもりなのだろう。

 …そんな事言われた。なにが大丈夫なんだろう…。

 

「あ、でもおじさん、ひょっとして結構若いですか? 1年生あんだけ持ち上げていたんだし…結構体力有ります?」

 

「に…二十代後半です……」

 

「えぇ! じゃあ、まだおじさんって年じゃないですよぉ!」

 

 バレるつもりで、冗談で言ったのだけど、絞り出した声だった為に俺だとわからなかったようだ。

 ……なんだろう。すっごい輝いた笑顔だ。

 

 なんかもう普通にバレないし…どうしたもんかね。

 なんか俺だけ座ってるのも悪いので、立ち上がった。

 

 ……が。

 

「あ! ひょっとして、コレが切っ掛けで、いろいろ発展しちゃうかもぉ!」

 

 …なんか言い出した。

 

「あるある! 結構ある! 些細な事が切っ掛けになるのって!!」

 

 あ、なんか懐かしい……。

 初めて声かけた時…まぁ罰ゲームのナンパだったけど…こんな感じでずっと一人で喋っていたな…。

 マゴマゴ体を降り出して、トリップしだした…。

 

「え!? ひょっとして、発展!? 関係発展!? お付き合いとかぁ!?」

 

 …ゼ○シィ武部降臨。

 

 あの…俺今、顔すら分からない着ぐるみ着てんすけど? いいのかよ…。

 俺の目線に気がついたのか、赤くなって小さくなった。

 

「あ! すいません…やだ恥ずかしい! 私たまにこうなるみたいでぇ…」

 

 うん。知っとる。

 

「ここ最近、みぽり…えっと、友達が恋愛関係に悩んでいるみたいでして」

 

 あー…はい。すいません。俺のせいですね。

 

「今朝やっと普通に戻っていたから、安心しちゃって…」

 

 …そっか。

 

「私もそろそろかなぁーって!」

 

 …なんでそうなる。

 

「お…お嬢ちゃん可愛いから、その気になれば彼氏ぐらいすぐできるよ…あまり焦るとロクでもない奴に引っかかるかもしれないから、落ち着いてね」

 

「えーー!! 可愛い!? ホントですかぁ!?」

 

 はい。そこは普通に思うのですけど、貴女は少々がっつき過ぎで、たまに心配になりましてよ?

 

 

「年下の女性って、恋愛対象になりますか!?」

「え…あ、はい(近しい年齢の人、ある意味みんな年下ですから)」

 

「男の人って、女の子の髪型ってどんなの好きなんでしょう!?」

「…その子に似合うのなら、どんなのでも良いと思いますけど……」

 

「好きな食べ物なんですか!?」

「…砂肝」

 

「男の人って、メガネの娘って野暮ったくて、あまり好きじゃないですよね?」

「いいですか? メガネというのは、もはや顔の一部です。野暮ったいと仰りますけど、それこそ至高の輝きです。野暮というのは、伊達メガネとかファッションメガネの事ですね。あれこそ邪道。野暮の極み

 メガネのレンズの度数で、通して見えるメガネをかけた方の輪郭の屈折。あれが無ければいけません」

 

 少しの間、婚活戦士に変身した沙織さんとおしゃべりタイムでしたが…いやもう、一方的に質問攻めだったなぁ……。

 始終目が輝いていましたけど…。

 

「あ! いけない! ちょっと長居しちゃった! 私がいたら食べ辛いですよね!」

 

「いや…」

 

 まぁどちらにしろこの格好じゃ食えないし……。

 

「私テントに戻りますけど、また良かったら来てくださいねぇ~」

 

「あ、はい。ありがとうございました」

 

 そこまで言って、沙織さんは笑いながら、小走りでテントへ帰っていた。

 

 すごいな。あそこまでアグレッシブな性格だとは思わなかった…主に恋愛面だけど。

 今のもほっとんど質問攻めで、グイグイ来ていたしな。

 まぁ俺が現在着ぐるみ装備中で、顔が分からないってものあるんだろうなぁ…。

 

 …………変な男に捕まらないといいけど。

 

 

 

 さて。

 

 んじゃ貰った飯でも頑張って食べますか。

 …まず誰かに顔パーツのロック外してもらわないと…。

 ベンチに置いてあった、大量の麺と粉物を手に取って……あれ。

 

 無い。

 

 皿さえ無い。

 いくらなんでも、ベンチの後ろに落としちゃったら分かりそうなものだけど…な……。

 

 

 

「……何してる。窃盗団」

 

「あ!」

「バレた!!」

 

 

 ベンチの後ろに回り込んだ所、更にその後ろの茂みで見知った顔達を発見した。

 よりによって、何ですぐ後ろで食ってんだよ。

 

 取り敢えず、襟首もって持ち上げる。

 その際しっかり、皿と箸は手放さない。というか、持ち上げられてもまだ食ってるし。

 

「どうしようミッコ…この人怒ってるけど……」

 

「おっかしぃーなー。この人から貰ったってミカ、言ってたよなぁ」

 

 …あのカンテレ女…………。

 喋りながらも食べる事をやめない、貴女達も十分アレだと思いますよ?

 

「あ…でも、ミカ自分の取り分もってどっか行っちゃったよね…」

 

「あたしらを囮に使った!?」

 

 …ミカの奴、着ぐるみの中身が俺だと知っていての犯行にしか思えんな。

 なんで分かった…いつバレた……あぁ一年生とのやり取りでも見てたか……。

 

「はー…でも、久しぶりにお腹いっぱいになったね」

 

「人間らしい食べ物久しぶりに食くったよな!」

 

 ……普段こいつら何食ってるんだ。

 吊し上げられても、しっかり完食してしまいましたね。

 

「でも、どうしよう。この状況」

 

「あーでもあたしら一応女の子だし、大声出せば逃げれるんじゃね?」

 

「…一応って。でも私達が、どうも悪いっぽいし…」

 

「あー…そうだよなぁ。どうしたもんかね」

 

 はぁ…もういいや……。

 

「…あのさ。この口の中を良く見て見ろ……」

 

 着ぐるみの口はすでに開いていた為、更にミッコを持ち上げ、彼女のお顔を着ぐるみの口に近づけた。

 

「やばっ! 喰われる!?」

 

「ミッコ!!」

 

 お前ら……アキも本気の心配するんじゃありません。

 一応声に出して言えば分かるかね?

 

「……よぉミッコ。久しぶり」

 

「」

 

「ミッコ?」

 

「タカシ? タカシじゃねぇか!! なんだよ! なんでそんな格好してんるんだよ!!」

 

 吊るし上げられた状態だったのだが、着ぐるみの中身が俺だと分かったら、一転してミッコから抱きついてきた。

 まぁ着ぐるみの顔部分だけど…。

 

「だから言ったろ? 彼は快く私達に食料を分けてくれたって」

 

 カンテレの音が響いた…盗人の頭目が現れた!

 

「…ミカ……窃盗は犯罪だとあれほど……」

 

「窃盗? 違うよ? ただ了承が後回しになっただけだよ」

 

「本人の了承前に物を奪っていくのを、窃盗もしくは盗難というんだよ!」

 

「見解の違いだよ」

 

「違わねぇよ!!」

 

 喋るたびに、その弦楽器を鳴らすなよ!

 

 なぜだろう。ミカ…この窃盗団の頭目兼、継続高校の戦車道隊長さんには、どうも男友達に喋りかけるようになってしまう。

 アキを下ろしながら、ミッコを頭から引っぺがす。

 

「ごめんね? ミカからもう貰った物だと聞いていたの」

 

「…あぁ。もういいよ。気にするな」

 

 素直に謝ってくるアキの頭を撫でながら、謝罪を受け取る。

 

「ほら、ね? 今了承を得ただろ? だからアキもミッコも気にする必要はないんだ」

 

「……ミカ、しまいには本気で怒るぞ…」

 

「おや隆史。ではどうすればいいんだい? 私達に金銭が無いのは知っているだろう? あぁ、体で支払えばいいのかい?」

 

「お前意味知らないで言ってるだろ!! 後、俺の高校の連中の前で、そういう事絶対言うなよ!! 本気に取られるだろ!!」

 

「風は何者にも縛られないんだよ。もちろん何者の言う事も聞かない。だから風は自由なんだよ」

 

「会話してくれ! 頼むから!」

 

 会話しながら、終始カンテレを引き続ける。それ取り上げてやろうか……。

 

「相変わらず、ミカって隆史さんと話している時って楽しそう」

 

「……俺は疲れる。そういや、お前ら戦車どうしたんだ? ついに売っちゃったか?」

 

「売るわけねぇだろ! あそこに停めてあるよ」

 

 ミッコに指さされた先を見ると、芝生公園入口付近に停めてあった。

 気がつかなかった…。

 

「……なぁミッコ」

 

「なんだ?」

 

「履帯どうした?」

 

 停めてあるBT-42には、履帯が無かった。

 たしかクリスティー式? だったか、履帯が無くとも走行可能だとは聞いていたけど…。

 

「あぁ、黒森峰との試合で切れちゃってな。金が無いから修理できないんだ。まぁ移動はできるし、取り敢えずアレでいいかなぁってな!」

 

「ふーん、相変わず貧乏だなぁ…その割には、パトカーなんて買ったのか?」

 

「は? 買うわけねぇだろ」

 

 BT-42の真後ろにミニパトが回転灯を回しながら、停まっていた。

 婦警さん達が、いっしょうけんめいお仕事してますね。

 

「なぁミッコ。良い事教えてやろうか?」

 

「」

 

「違反金って滞納してると、最終的にお巡りさんが取立てにやってくるぞ?」

 

 しかも利息がつく。

 

「あ…あぁーー!!」

 

 こうしてミッコは駐車禁止の切符を切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■▼▲▼■

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅する車が渋滞を起こしている道路を眺めていた。

 真夏だという事で日がまだ高い。

 車はチラホラ動いているけど、随分と遅い。

 

 まだ事を起こしたという知らせは、受けていない。

 ……こりゃダメかね?

 

 今回、「尾形 隆史」は、いなかった。

 資料を見る限り、性格はあまり変化がないようだった。

 つまり、「西住 みほ」を狙えば、必ず妨害してくる。

 

 いないのならば、楽に事が進められると思ったのにねぇ…よりにもよって、家元のババァがいやがった。

 

 よりタチが悪い。

 

 ヘタをするとここで全て終わってしまう。

 お陰で、事を中々起きない事態にも気長に待つことができた。

 

「さて、どうしたものかねぇ…」

 

 一応の変装。あのババァに遠目で見つからないように顔を隠した。

 というか、近くで売っていた麦わら帽子を、タオルの頭にかけた状態で被っただけなのだけどねぇ…。

 目元も隠れて遠目には絶対に分からないだろうし、まぁ農家のおっちゃんに見えるだろ。

 

 芝生公園の隅。ベンチに腰掛けて、ボケーとみほちゃんを見ている。

 中々テントから出てこないものだから、結局ここいらでずぅっと、不審に見えない様に工夫させられながら、待機させられるハメになった。

 やっとこさ、テントから出てきた時には、例の「武部 沙織」と一緒に、5人連れで出てきた。

 

 お友達仲良さそうに、おしゃべりしながら歩いているねぇ。

 

 ……あの表情をぶっ潰したかったけどなぁぁぁ。

 

 ベンチの後ろに両手を掛け、天を仰いだ。

 

「やっぱ中止にすっかなぁ…」

 

 ムカつく、くらいの良い天気。

 ……馬鹿共に取り敢えず、待機命令をだそうかと携帯を取り出そうと、ポケットに手をやる。

 体を起こし、正面を見据えたら見覚えのある黒い車体が目に入った。

 

「あ?」

 

 みほちゃん達が、芝生の広場中の車道前に来た時、芝生の広場を沿って、車道前後から歩いて近づいてくる二人の男に気がついた。

 その片方の男の後ろには、車体下部にLEDが付けられた車……あの馬鹿共の車か?

 写真は見たが、まさか一発で車の持ち主が馬鹿だと分かる車を使って来るとは思わなかった。

 LEDライトが消えていた為、気がつかなかった…確かに馬鹿共を雇えといったが……。

 

 何だあれ? イカ漁船か?

 

 みほちゃん達は、車道側面に面した歩道にいる為、車道とは距離はゼロ。

 

「……」

 

 タイミング的には、大変よろしい。

 みほちゃん達、友達同士で駄弁っている最中、戦車のチーム達だろう。

 

 二人の男達が、交差する時、車のドアが急に開いた。

 あれ? 雇ったの3人とか言ってなかった?

 

 一人の男が、「武部 沙織」の顔を押さえ、もう一人の男が両足を刈るように持ち上げる。

 そのまま、空いたドアの中に滑り込む。

 

 車内に乗り込み、何事も無いように車のドアは締まり走り去った。

 

 ……。

 

 急発進をしないで走り去ったのも、周りに異常だと気がつかせない為か?

 車のナンバーも隠れている。

 

 なんだあいつら…かなり手馴れてるな。

 

 …中止命令を出す前に、事を起こされてしまった。

 

 ……

 

 …………

 

 周りを見渡すと、家元のババァはいない。視界に見えない。

 

 ……しかたない。

 

 やってしまった事は、もうどうしようもない。

 

 すでに事が動き出してしまった。

 

 家元のババァっが、視界に映ったら、まずこの場を離れようと思ったのだが、大丈夫そうだな。

 

 ……ハッ。

 

 ハッハハハハハハハ!

 

 焦っている。

 

 取り乱して、パニックになっている。

 

 まぁねぇ…お友達が一瞬で目の前で、攫われちゃったらねぇ…ハハハ!

 

 …黒髪のお友達が、110番でもするつもりなのか、携帯を取り出していた。

 

 あれは、確か…「五十鈴 華」だったか?

 …あいつだけ、取り乱してねぇ。冷静に対処してやがる。

 薄気味悪いガキだな。

 

 まぁいいや。

 

 んじゃ、俺も計画に移るか…。

 

 

 読んだ。資料を読み尽くした。

 

 みほちゃんが転校をした理由…そこから起因する、俺の人生を壊された事件……。

 

 いい感じで出来上がってるようだしねぇ。

 

 この誘拐が成功するにしろ、失敗するにしろ。家元のババァなら時間もそんなにかからず、首謀者が「俺」だと、分かるだろうな。

 

 あいつらに、言ってはいなかったが、コレからが本番。……本当の目的はココカラ。

 

 ……そうだな。ここにあのババァがいるなら、それはそれで逆に丁度イイカモシレナイ。

 酷く親子仲悪いみたいだしねぇ…どっちに転ぶかは、お楽しみダケドネ。

 

 責めるかなぁ? 悲しむかなぁ?

 

「ヒッ! んじゃイキマスカ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沙織!!」

 

 麻子さんは、沙織さんの名前を叫ぶと、急いで走り出して追いかけていってしまいました。

 

「……」

 

 目の前で…一瞬で……。

 気がついた時には、沙織さんを攫った車は走り出してしまった後でした。

 

 …沙織さんは、男達に一瞬で誘拐されてしまった…。

 

 ただお話をしていただけですのに。

 

 こんな人目の多い通りで、白昼堂々と…。

 

 一瞬で…。

 

 

 

 日常が変わってしまう…。

 

 沙織さんが、いなくなってしまった。

 

「華さん! わ…私達も!!」

 

「行きましょう! 追いついたとしても、今度は冷泉殿が危険です!!」

 

 みほさんと優花里さんも麻子さんの後に続こうとしました。

 当然です。私もすぐにでも走り出したい…でも。

 

「では、走りながらでも警察へ連絡しましょう。状況を説明して……」

 

 

 

 

「やぁ。お嬢ちゃん達。どうしたんだ? 随分と焦っている様だけど?」

 

 

 

 携帯を取り出し、警察へ連絡を入れようとした時、一人の男性から声をかけられました。

 

 …な…なんでしょうか? この人は? 

 

 気持ち悪い…。

 

 初対面の方にそのように思うのは、失礼かと思いますけど…。

 

 ただ本当に…気持ち悪い。

 

 生理的に受け付けません。

 

 タオルの上から麦わら帽子を被っていますけど、至って普通の服装…。

 

 しかし、言葉にならない。気持ち悪い。

 

 そうです。目です。爬虫類を思わせるような……私達を舐める様に見てくる…目。

 

「あっ、あの!! 助けて下さい! 友達が、男の人達に! 変な車に乗せられ…て…」

 

 優花里さんが、現れた男性…大人の方でしたので、即座に助けを求めようと声を出したのですけど、異様な雰囲気を感じ取ったようで、声が小さくなってしまいました。

 

「うん、うん。見ていたよぉ? 俺、そこのベンチでしっかり見ていたよぉ?」

 

 見ていた!?

 

「な…なんですか!? 貴方は! 見ていて私達に茶化すように話しかけてきたのですか!?」

 

「ごめんねぇ。今は華ちゃんより、そこのみほちゃんと話がしたいんだよねぇ?」

 

 ……

 

 悪寒が走りました。

 

 知っている。

 

 私の…私達の名前を知っている…。

 

 みほさん!?

 

「やぁ、こんにちは? 西住 みほちゃぁん。どうだい? 気分は?」

 

 ゆっくりと、みほさんい歩みを始めた。

 すぐに、私と優花里さんが間に入りました。

 

「近づかないで下さい!!」

 

「西住殿から離れて下さい!!」

 

「うん、うん。いいねぇ…いいねぇ! その嫌悪感! ダメだよ。ほらただ興奮しちゃっただけだよぉ。…だから今はヤメテネェ?」

 

「ヒッ!」

 

 優花里さんが、完全に怯えて…違いますね。

 

「…ただの変質者ですか」

 

「あらひどいねぇ。原因はそっちに有るんですけどぉ?」

 

 ……気持ち悪い。怖気が走る。

 

「……」

 

「西住殿!? どうしました!?」

 

「みほさん?」

 

 

 みほさんは、先程から一切声を出していない。いえ…声を殺していたというのでしょうか?

 

 ……カタカタ震えていました。

 

 ただ震えていました。

 

 …余程、この様な男を見てしまったのがショックなのでしょうか?

 

 それにしては、この様子は異常すぎます。

 

「みほさん!?」

 

 ガチガチと今度は、歯を鳴らしています。

 顔面が青く…いえ真っ白になって…

 

 ザリッっと靴と地面が擦れる音がしました。

 

 

「…ァ…………ア……」

 

 

「大丈夫! 大丈夫だよぉ!! 俺は何もする気は無いからぁ!!」

 

 上半身を前に倒し、戯るように両手を広げる。

 ……コイツ。

 

「信じられません! いい加減にしないと大声を上げますよ!!」

 

 私の声を無視して、更にみほさん喋りかけています。

 

「いやぁ…みほちゃん。久し振りだねぇ…その様子じゃ俺の事すぐに分かったみたいだねぇ? お母さんに写真でも見せてもらっていたのかなぁ?」

 

「!!!」

 

「でもね、本当に俺は何もする気は無いんだよぉ? ただ一言、言っておきたくてさぁ……」

 

 一歩近づた。

 

 後、一歩でも近づいたら……

 

 私はこの男を、睨みつけていたので気がつきませんでしたが、私達の様子がおかしいのに気がついたのか、テントから皆さんこちら集まって来ていたようです。

 しかし、人が集まって来ようと、この男は一切気にせず、独り言の様に会話を続けていました。

 

「…………ねぇ? みほちゃん。お友達が攫われちゃった「西住 みほ」ちゃーん」

 

 「「!!」」

 

 仲間!? 先程の男達の仲間!?

 

「いやぁ~。目の前で。目の前で、連れて行かれちゃったのにぃ、すぐに追いかけなかった「西住 みほ」ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「何だお前。また『見殺し』にするのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ……気まずい。

 

 みほと暫く会っていない為、非常に気まずい。

 

 紙袋に入った、隆史君のクリーニングされた制服。

 彼に届けるのと一緒に、意を決してみほに会いに来たのはいいのですが…。

 

 隆史君に間に入ってもらおうかと思ったのですけど、見当たりませんし…どうしましょう。

 

 大洗学園のテントまで何とか来たのはいいのですけど、ここにも二人共見当たりませんし…というか誰もいませんね。

 少々無用心ですね。

 

 隆史君に発破をかけてしまった手前、私もただ傍観している訳にも行きません。

 

 ……みほが、準決勝にまで出場する。

 

 あんな寄せ集めの戦力で…。

 まだ正直な所、あの子の戦車道は西住流としては、容認できるものでは無いのですが。

 隆史君は、親と子として話せと言っていましたね。

 まほとも少し、穏やかに話せる様になって来ましたし…みほとも……。

 

 しかし、あの様に追い出す形にしてしまった手前、なんと話せば!?

 

「また、余計な事をゴチャゴチャ考えているのでは、ありません?」

 

「……うるさいですね」

 

「喧嘩別れした娘と、どのように再会していいか分からないなんて…いつもの西住流家訓はどうしたのでしょうかねぇ?」

 

「……」

 

「ええっと…撃てば必中 守りは固く…守りばかり固くともねぇ? その後の様に、親子関係も少しは進んだらどうです?」

 

「……うるさい」

 

 なんでついてきたのだろうか、この女は。

 正式に家元を継いで、そんなに暇では無いだろうに。

 

「あら? それは貴女も同じでは? 次期家元さん?」

 

「…何も言ってないでしょう」

 

「何となくわかりますわよ。付き合い長いですし」

 

 チッ

 

「たまには私も息抜きは、欲しいですので。隆史君会いに来ただけ…ですよ?」

 

「……年考えろ」

 

「貴女とは、同い年でしょ?」

 

 チッ!

 

 ……しかし、本当にどうしようか?

 みほにも会えない。隆史君にも会えない。

 

 …少なくともこの制服は、渡さないといけませんし。

 ここに置いておく訳にもいきませんししね。

 

 取り敢えずここは諦め、テントを出た所で、大洗の生徒達が集まっている姿を見つけた。

 あぁ意外に近くにいましたね。

 …仕方ありません。あそこで聞いてみましょう。

 

 ……ん?

 

 

「しほさん」

 

「…なんでしょう」

 

「少し、雰囲気がおかしいですね。誰か怪我人でも出たのでしょうか?」

 

「そうですね…少し慌ただしい……」

 

 

 

「……みほ?」

 

 近づいて分かった。

 

 大声が聞こえる。

 

 他の生徒が、大声でみほの名前を呼んでいる。

 

 立っている生徒達の足の間から、座り込んでいるみほが見えた。

 

「西住ちゃん! どうしたの!? 西住ちゃん!!」

 

 更に近づき、分かった。

 

 小柄な女子生徒が、みほの肩を揺さぶって呼びかけている。

 みほは、口の前で両手を閉じ、ひたすらブツブツ何か呟いている。

 

「…すいません。少しいいですか?」

 

 私の声で、一斉に生徒達が振り向いた。

 一瞬すごい警戒された目をされたのだけど、何かを納得したのかソレをすぐに解いた。

 この小柄な娘が、生徒達の代表なのか、即座に私の身元を確認してきた。

 

「…どちら様でしょうか? 今とても立て込んでいるのですけど…………あっ!」

 

「…なにか異常な事態の様ですので、挨拶は割愛します。……私は、みほの…「西住 みほ」の母です」

 

「え!? 隊長の!?」

 

 周りから、驚いた声は聞こえたのだけど、目の前の娘は、少し目を見開いただけで、すぐに真顔になった。

 ……なるほど。

 

「これは、どういう事でしょうか?」

 

「あの…私が説明いたします」

 

 この子は…確か、みほの戦車の砲手でしたか?

 

「実は、5分程前の事ですけど……」

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

「……なるほど。分かりました」

 

 みほの同級生が拉致されて、約15分程経過している。

 

「…で。その男は、それだけ言うとすぐに立ち去ったと?」

 

「はい。ふらふらと酔っ払ったような足取りで、立去りました。一瞬追おうかとも思いましたけど…みほさんと沙織さんが……」

 

「それで良いです。……下手に危険に近づかない方が賢明です。…さて」

 

 生徒会長に場所を譲ってもらい、みほの正面に座り目線を合わせた。

 

 …まさか、例の男に出くわすなんてね。

 

 会話の内容を聞く限り、それしか思いつかない。

 監視はどうした…。

 

 いや、今はいい。

 ……後で考えよう。

 

「みほ。…みほ!!」

 

 いくら何でも、何年も前の事。

 男と対峙しただけで、ここまで自分を見失う程なのか?

 

 目の前の私にすら気がつかない。

 

 いつか、あの男と出会ってしまってもすぐに対処できるようにと、あの男の成長過程の写真は見せて来た。

 その時は別段普通だったのに…実物を見るのとは、ここまで違うものなのだろうか?

 

 ガチガチと歯を鳴らしている。

 

 

「…キャ………ス…タ」

 

「ん?」

 

「…ナイ……スケナ…クン……ドウシ」

 

「……」

 

「ミステナイ…タスケナキャ……ミステナイ……タカシクン……シタ」

 

「…………」

 

 

 最後に言い捨てて言ったという、男の言葉。

 

『見殺し』

 

 ……幼少時の時のアレか。

 病室での事。

 

 多分、ここまで酷いとは思わなかった…。

 歯を鳴らし、顔色は蒼白。体は強張り小刻みに震えている。

 目に光はすでに無く、ただ呪文の様に同じ言葉を繰り返している。

 

 

 ……トラウマ

 

 

 精神的疾患。

 

 …分かった。

 

 ここまで…ここまでだったのか…。

 

 

 

 ……いや。ここまで追い詰めてしまったのは…私だ。

 

 前回の決勝戦での事を酷く責めてしまった。

 

 なにも理解せず、ただ西住家として…責務として……私は母親なのに……。

 

 それが更に、拍車を掛けてしまったのだろう。

 心の逃げ場を、完全に奪ってしまっていた。

 

 西住家に乗り込んできた隆史君が、烈火の如く怒ったのは、コレを知っていたのだろう…。

 

 私は母親なのに…。

 

 母親なのに!

 

 

 ……!!

 

 

 パンッ!

 

 両手で、みほの顔を平手で掴む。

 

「みほ!!」

 

「!?」

 

 目を見る。真っ直ぐ見る。

 

「お…おかぁさん……?」

 

「みほ…」

 

 やっと私を見た。見てくれた。

 

「おかぁさ…ん。友達が…だいじな……私なにも…また……あの時みたいに……」

 

 目の焦点が合っていない…まずい。

 

 これは…危険だ。

 

 気を使って、私にはこんな言い方をする子じゃなかったのに…。

 

 私は、精神科医じゃない……しかし、素人目に見てもこれは危険なのが分かる。

 

 完全に記憶がフラッシュバックでもしているのだろう。

 

「……」

 

 両手を離す。

 

 

 そしても一度、今度は強めにみほの顔を叩き挟む。

 

 

 大きな乾いた音が響いた。

 

「しっかりなさい。貴女はまだ、あの病室の時のままですか!?」

 

「!」

 

「…また、隆史君に甘えるのですか? 助けを待っているだけですか? ここで悩んでいても事態は、悪化するだけですよ!!」

 

「…でも、私…どうしたら……」

 

 もう一度、両手を離して、軽く叩く様に掴む。

 そしても一度乾いた音がした。

 

「…貴女には友達がいるのでしょう? 戦車道の仲間がいるのでしょう!? なら頼りなさい!! 甘えるのではなく、頼りなさい!!」

 

「…お母さん」

 

「幸い、私もいます。…そこに島田流の家元もいます。好きに使いなさい」

 

「……」

 

「私たちは、ヘリできました。ボディーガードも付近で待機しています。誰か! 攫った車と犯人の特徴を教えて下さい!」

 

「はい!!」

 

 装填手の…秋山さんでしたね。記憶力がいい。車の特徴をちゃんと掴んでいる。

 

「……みほ」

 

「なに…」

 

「私は、今日ここに…いえ、後でいいでしょう。」

 

 後で、しっかり言おう。

 

「いいですか? 貴女が助けなさい。他でもない貴女が! ここの地理は、私は詳しくありませんが、私も協力は惜しみません。周りの生徒も貴女の指示で動いてくれるでしょう」

 

 私の声に呼応して、周りの生徒も声を上げた。

 

「西住先輩!!」

 

「指示出してください!!」

 

「当然です!!」

 

「……みんな」

 

 

「しほさん。ヘリに情報は全て報告しておきました」

 

「わかりました…。いいですか? 戦車も車も、一般道では似たようなモノです。まず逃げる車を見つけなさい。発見できれば、後は私達の私設部隊でも投入してやりなさい。派手にやりなさい!」

 

「……お母さんが…そんな事言うなんて……」

 

 まったく。

 少し前なら考えられませんでしたね。

 

「いいですか? 私は貴女の初恋の相手の、初恋の人ですよ? 」

 

「え…」

 

「私達…まほもその人のおかげで変われました。変わる事ができました。…前のままでしたら、みほに会いに来ようなんて考えもしませんでしたね」

 

「……お母さん」

 

「貴女もいつまでも、あの時の…病室の時のままですと、まほに隆史君を取られますよ? シャキっとなさい」

 

「お母さん!?」

 

「……なんですか? 私も木の股から生まれてきた訳ではありません。……私がこう言った話をするのは意外ですか?」

 

「う…うぅん。…若干気味が悪い」

 

「………………みほ」

 

 …目に光が戻った。

 若干笑ってはいるのだけど、釈然としない……。

 

 すでに、みほの口元には、曲げた人差し指が添えられていた。

 

「会長」

 

「なんだい? 西住ちゃん」

 

「町内会の方にも協力を要請できますか?」

 

「はいよ! お願いしてくるよ!」

 

 あまりの事に、すでにギャラリーは出来ている。

 そこに町内会の方らしき方も大勢いたので、協力要請はできるだろう。

 

「では、お母さん。ヘリの方には上空からそれらしき車を探してくれるように頼んでください。…それからうさぎさんチーム」

 

「はい!」

 

「戦車で犯人の車を探してください。もし発見した場合は、危険ですので、必ず報告して戦車内からでないように。できれば、進路を妨害、時間稼ぎをお願いします」

 

「はい!!」

 

「かばさんチームとアヒルさんチームは、近くの駐車場を探してください」

 

「駐車場ですか?」

 

「車道じゃなくて?」

 

「今は、道路がこの渋滞状況です。しびれを切らして、車の多い駐車場に隠れているかもしれません。ただし…」

 

「了ー解。発見した場合、連絡してから距離を取って増援が来るまで見張ってるよ」

 

「はい。ありがとうございます。次に…優花里さん。麻子さんの携帯に連絡を取って、現状況を伝えてください」

 

「わかりましたぁ!」

 

「あと…隆史君って、今どこに?」

 

「あー…隆史君まだ、着ぐるみ着て仕事してくれてるかも…携帯置きっぱなしだし」

 

「わかった!! 書記の所には、私が行ってくる!」

 

「え…あ、はい。では河島先輩お願いします。…現在の状況も伝えてください。絶対協力してくれると思いますので」

 

「了解だ!!」

 

「次に……」

 

 みほが、指示を出し始めた。

 もう回復してくれたか……。

 

「しほさん」

 

「はい。分かっています」

 

 隆史君が、食事会前に言っていた。

 島田流の家元襲名が確定した後でも、隆史君の事を調べていた者がいた。

 

 …そして、みほの前に姿を現したあの男。

 報告を聞いていた限りでは、こんな行動を起こすとは考えられなかった。

 

 ……誰か協力者がいる。

 

 隆史君を調べていた者が、電話口で名乗ったの「大学戦車道連盟」

 最後に隆史君の所に来た電話が、みほとの関係。

 

 …極めつけは、みほのトラウマをしっかりと知っていたあの男…。

 そんな事、戦車道に関連しているものしか調べようがないし、意味を成さない。

 

 否定的に言ってしまえば、電話口では嘘を名乗った可能性もあるけども、怪しい奴が一人……。

 

 

 

 

 

「…今回は、あの男…恐らくみほの心を潰しに来たのでしょうね」

 

「えぇ。誘拐は、フェイク。本当の目的は、「西住 みほ」さんのそれに起因し、トラウマを呼び起こす為…でしょうかね?」

 

「ですから、こんな白昼堂々と彼女の目の前で、誘拐するようにしたのでしょう…攫った奴らは、多分捨て駒」

 

「なぜ自分の正体が、バレるような真似をしたのでしょうかね?」

 

「……多分…幼少時の事件の当事者としての『見殺し』発言をする為…確かに、みほにダメージを与えるには良いのですけど…。ズサンな計画ですね…なにかイレギュラーな事でもあったのだろうか…」

 

「…協力者……ですかね? 最近、気味の悪いほど大人しい男かしら…隆史君恨んでいそうですしねぇ。双方の利害は完全に一致してますしね」

 

 

 

 

 

「…千代さん」

 

「えぇいいですよ?」

 

「まだ、なにも言っていませんが?」

 

「分かりますよ、付き合い長いですから」

 

 フフ…懐かしいですね。

 腹の底から湧き上がる「怒り」と言うのは。

 

「……」

 

「……」

 

「どうでしょう? 久しぶりに…」

 

「そうですね…久しぶりに…」

 

 

 

 

 「「本気を出しましょうか」」

 

 




はい、閲覧ありがとうございました


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第31話~大洗での長い1日です!~ その3

「ば…罰金……」

 

「はぁー…戦車の駐車違反って罰金、高っいなぁ」

 

 2万って…普通自動車の約2倍かよ…。

 普段戦車なんぞ、一般道走ってないからかなぁ…。

 

「いちまんえんってなに? え? にまんえん?」

 

 違反切符を眺めながら、呆然としてるなぁ…。

 

「今更だけど、なんでお前らここにいるの?」

 

 放心しとるミッコさんを気遣いながら、唯一まともに会話ができる、アキに聞いてみた。

 

「あぁうん、近くにいたから、たまたまだよ。お祭りやってたから、来てみたの」

 

「…正直大洗だし、隆史いるかなぁってのもあったんだよ…ここ最近、ろくなもん食ってなかったから、なんか食わせてくれるかなぁって…」

 

 あ、復活した。

 

「……でも、にまんえん…」

 

 ダメだった。

 

「まぁ…普通に来れば、なんぞ飯くらい食わせてやったけど…ミッコ。それちゃんと払えよ?」

 

「金なんて無い! いちまんえんさつなんて、都市伝説だろ!? 見たこと無いよ!!」

 

 涙目で、訴えてきますけど。

 

「…こういう金は、貸してやらんぞ? というか、金の貸し借りはしない。一度、腰を落ち着けて、バイトでもしろ」

 

「ばいと?……どうしよう…」

 

「働け」

 

 簡単な事だ。無いなら稼げ。

 

「労働…それは、戦車道にとって必要な『戦車道にも人生にも必要だし、生活するのにも必要だ』」

 

 ふっ…と、カンテレを弾く指が途中で止まった。

 

「それは『労働の対価は金銭です。その金銭が無くて、今実際に困ってるよな?』」

 

「き『罰則金の滞納は、最終的に私物差押になるぞ? お前らなら、戦車持っていかれるな』」

 

「……」

 

「働け。協力ぐらいならしてやるから」

 

「……」

 

 余計な事は言わせません。

 

 バイトの申し込みとか、斡旋くらいならしてやるから。貴女は少し労働するということを学びなさい。

 はい、ミカさん。もう笑うしかないって感じで、カンテレ弾きながら微笑を浮かべている。

 

 ふむ。なるほど、ダージリンの格言潰しと同じ要領か。

 

 

 アキの頭を撫でながら、放心している二人を見ていると、町の広報のスピーカーからだろうか?

 広場に聴き慣れた声が響いた。

 

 

 

 

 

『こちら大洗納涼祭運営本部です。こちら大洗納涼祭運営本部です』

 

 …柚子先輩の声?

 

『只今より、大洗学園戦車道による、戦車の演習を行います』

 

 戦車演習? 二輌しか無いのに? というか、こんな時間から?

 放送によると、一時的にだけど、一般車道の交通規制が増え、通行できない場所ができるようだ。

 こういう事って、前もって警察に申請が必要じゃなかったか? 

 演習の件を、俺が聞いていなかっただけか?

 

「ねぇタカシさん。あれって大洗の生徒じゃない?」

 

 アキが指差した先、全力疾走しているマコニャンを見つけた。

 

 …なんだ? ちょっと様子がおかしい。

 

 そもそも、全力疾走とかそんなキャラでも無いだろうに。

 いつも眠そうに歩いて…というか、歩きもしないだろうに。

 

 声をかけてみよう。ちょっと尋常じゃない感じがする。

 

 丁度、こちらに向かって走ってきているから、軽く先回りして彼女の前に立ち塞がる。

 

「ハァハァ…」

 

 急に目の前に現れた、進路を邪魔する着ぐるみ対して、本当に疲れているのだろう。

 何か言うわけでもなく、ただ睨めつけている。

 

「俺だ。隆史だ。一体どうし…どうした!?」

 

 着ぐるみの口は、スライドして開けてあったので、名乗りながら顔が見える程度に腰を落とした。

 麻子は、急に止められたのも相まって、息を切らし辛そうている。

 俺に気がついたのか、目が少し見開かれた。

 

 …それ以前に泣きそうな…というか泣いていた。

 

「し…書記。おま……お前。…ここら辺に、……ずっと居たのか?」

 

「いた。2時間程そこで、仕事してた。…何があった?」

 

 息が少しは落ちつたようだ。

 

「…こ…ここら辺で、ライトがいっぱいついている、黒いワンボックスの車を見なかったか?…ライトは地面を照らしているタイプと…」

 

 車を探していたのか? 早口で、一気に特徴を言い並べてきた。

 なんだ? ライトって…LEDの事か?

 

「…見ていないな。そこまで派手な車は見ていない」

 

「そうか…完全に見失ってしまった……」

 

 両手を膝につけ、前屈みになり動かない。

 顔が青白く見える。

 

「…本当に何があった?」

 

 今度は、両肩を掴み顔を覗き込む…やっぱり泣いてるな。

 

「な…なんとかできるか!? お前なら…あの時みたいに…なんとか…自衛隊にでもなんでも頼んで!!」

 

「状況が分からない。…何があった?」

 

 彼女は、着ぐるみのマント部分を両手で掴み、うな垂れながら言った。

 

 一言こう言った。

 

「沙織が、誘拐された」

 

 …単純な一言だけれども、麻子がこういう事を冗談で言う娘では無い。

 事実実際にあった事なのだろう。

 

 誘拐……

 

「…」

 

「…急に二人組の男に、車に乗せられて走り去って行ってしまった……」

 

 …似たような事、前にも合ったな。

 こんな一通りの多い中、白昼堂々と。余程の馬鹿か……。

 

 

「尾形書記!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『西住隊長! 見つけました!!』

 

 みほさんの携帯へ、報告が入った。

 

 町内会の方達と、一斉に駐車場を捜索する。

 単純ですけど、有効な手段ですね。

 

 私達の乗ってきたヘリは、西から住宅地も含め、全体的に捜索。

 徒歩での捜索隊は、東から順に西方面へ。

 

「どこにいましたか!?」

 

『大洗ホテルの駐車場です! まだエンジンが、かかっているようです』

 

「ホテルの敷地…わかりました。応援がすぐに向います。あひるさんチームは、絶対に不用意に近づかないでください」

 

『了解です! 他のチームにも連絡しますか?』

 

「いえ、それはこちらでやりますので、車の様子を見張っていてください」

 

 携帯をスピーカーに変えているので、私達にも聞こえる。

 他県ナンバーを隠すなら、もってこいの場所…しかし、ナンバーは隠していたのでは?

 

 …すでにこのテントには、しほさんとみほさん。後、大洗学園の生徒会長さんしかいません。

 

「ここには私が残るから、西住ちゃんも行っておいで。警察が来たらそっちへ案内しとくよ」

 

「会長…ありがとうございます。…お母さん!」

 

「わかりました。私達も行きましょう」

 

「…そうですね」

 

 しほさんの私設部隊…まぁボディーガードですね。

 その方達が用意した車で、私としほさん…そして、みほさんが乗り込み出発。

 たしか、このマリンタワーから東へ行った、海沿いのホテルでしたか。

 

 応援。…この部隊の事ですね。まぁチンピラの3、4匹くらいなら、彼らで十分でしょうけど…。

 

 不安が一つ。

 

「千代さん? どうしました?」

 

「いえ…なんでも」

 

 車の中では、終始無言。

 

 しほさんも多分、気がついていると思いますけど……

 

 徒歩ではそれなりの距離はありましたが、車なら5分程度で到着できる場所。

 

 すぐに、私達も到着しました。

 

 すでに、大洗学園の生徒数人と、町内会の方。そして警察…。

 駐車場では、すでにホテルの従業員を交え、騒ぎになっていた。

 エンジンがつけっぱなしの、下品な青やら緑やらLEDが付けられている車。

 

 すぐに、しほさんの部隊が、注意深く車体の周りに張り付く。

 スモークガラスで、車内の中は伺えない。

 警察は現場には来ていましたが、警邏中の警察官。

 たった二人しかいない。応援を要請はしていましたが、たった二人ならば、私達でやったほうが速い。

 …まぁ後で怒られそうですね。私達は、警察にはあまり顔が広くないですし…。

 

 車に張り付いた、隊員が何か気がついたようでした。

 手で合図を送り、全員が一斉に動き出す。

 

 人の気配が無い。

 

 外から様子が伺えなくとも、車内で動いたりしていれば、ある程度気配は感じ取れるもの。

 その気配が全くなかった。

 

 確信が取れたのでしょうか?車のドアに手をかけ、後部座席のドアを一気に開ける。

 カギすらかかっていなかった。

 

 …中には誰もいない。

 

 私物も無い。

 

 こんな下品な装飾を施してあるにも関わらず、車内の中はまるで、レンタカーの様に何もない。

 

「そ…そんな……」

 

 みほさんが、呆然としています。

 

 唯一の手がかりが、無くなってしまいました。

 そう…私が危惧していた事は、コレですね。

 

 …もし犯人がいなかったら。

 

 …もしすでに誘拐された娘が、ひどい目にあっていたら。

 

 救出の為に、あの放心状態から立ち直った彼女です。

 …もし、救出に失敗してしまった際、また心が折れてしまうのでは?

 

 しほさんも無言で、ご自分の娘を眺めていますね。

 …やはり、分かっていましたかね。

 

「家元」

 

「…なんですか?」

 

 一人の隊員が話しかけてきました。

 

「恐らく、あの車は盗難車ですね。装飾も酷く適当につけられていました。…どこの車か今調べています」

 

「…他に何か、手がかりになるよな物はありましたか?」

 

「これが。座席の間に落ちていました」

 

 しほさんに渡されたのは、赤い携帯電話。

 

「……みほ」

 

 みほさんに、携帯電話の持ち主の確認しています。

 攫われた娘のでしょうね。両手にもって固まっています。

 

 …さて、現実を見ましょう。

 

 犯人達はいなかった。

 恐らくこの場所に、乗り換えようの車を用意してあったのでしょうか。

 どの車か特定出来なければ、探し用が無い。

 もしくは、車を乗り換えたのでは無く、どこかの屋内にでも入られたら…。

 

 

 

 突然、携帯の着信音が響いた。

 

 

 

 みほさんの携帯電話でしょう。先程から何度か聞いていますので、すぐにわかりました。

 

「…はい」

 

『みほさん、そちらはどうでしたか?』

 

 携帯のスピーカーを通して聞こえてきたのは、先程のロングの黒髪の娘ですかね?

 もう一人の癖毛の娘と、唯一の犯人の顔を見ているという事で、駐車場では無く、祭り会場を探しに行った様でしたけど…。

 ある程度の特徴は、皆さんに伝えて有りましたけど、見た本人が探すという事で、捜索に出ていましたね。

 

「……ダメでした。確かに犯人の車でしたが、中にはもう…」

 

『やはり…』

 

「やはり?」

 

『みほさん。犯人と思われる車を見つけました』

 

「見つけた!? え!? ど…どうやって!?」

 

 みほさんの会話内容。「見つけた」という言葉に周りが一斉に注目しました。

 静寂が流れています。

 

『先程も言いましたけど、私と秋山さんは、犯人の顔を見ています。その犯人と思われる人間が、運転している車を見ました』

 

『西住殿! 今、私の携帯で犯人の車の特徴を、皆さんの携帯に一斉送信します! 武部殿みたいに早く出来ませんけど…少し待っていてください!』

 

『最近、砲手として遠目で見ることが癖にでもなっているからでしょうか? すぐにわかりました』

 

『まぁあんな、顔にまで刺青しれてるような人なんて、そうはいませんからね!』

 

 一つの携帯で、交互に喋っているのか、声が入れ替わって聞こえてきました。

 彼女達は、シーサイドステーション前で犯人達の車とすれ違った。

 そのまま、すぐにみほさんに連絡を入れて来たのでしょうね。

 

 渋滞している車も一応と、運転席を眺めていいたら見つけたそうですけど…良くわかりましたね。

 一応、しほさんが特徴を記したメモを見直していますね。

 

「…まぁ確かに、一目見れば気がつきますね」

 

 癖毛の娘が言っていたように、頬の部分までタトゥーが入った男が一人いた。

 運転手を交代したのか、その男は、連れ去った二人組のうちの一人。

 

 しかし、なんでまたホテルの場所から、混雑している会場に戻る様な進路を取ったのか…。東に逃げれば、そのまま逃げ切れたのでは?

 

『西住殿の指示が幸いしました! 戦車演習の為と交通規制を強化して正解でしたね。西向きの道路、殆ど動きませんよ』

 

「では、まだ犯人と思われる車は、見えますか?」

 

『いえ。…相当気が短いのか、渋滞に差し掛かって少ししたら、脇道に逃げて行きました。しかしそれならば、上空のヘリの方から見つける事ができませんか?』

 

「はい、優花里さんのメールが届き次第、頼んでみます」

 

『え…あ、はい! お待たせしました! 五十鈴殿、ちゃんと、ナンバーまで見えていましたよ! すぐに送ります!』

 

 直後、周りの大洗学園の生徒達の携帯から、一斉にメール受信の音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くそ! 時間が掛かってしまった。何だってこんな公園の外れまで来ていたのだ、こいつは!

 私が尾形書記の元に到着した時、冷泉 麻子も一緒にいた。

 

 確か、武部が攫われた際、一早く駆け出して誘拐犯を追っていったと聞いていた。

 尾形書記と合流していたのか。

 

「…桃センパイ。沙織さんの事ですか?」

 

 しかも、そんな格好をして…まぁそこはいい。

 この暑い中、全力で走った結果だろうか。汗が止まらん。

 そんな中、尾形書記の格好を見ていると更に暑く感じる。

 

「…まず冷泉。携帯を確認しろ。秋山から連絡が来ているはずだ」

 

「……」

 

 無言で、スカートのポケットを弄り、携帯を取り出した。

 

「…尾形書記。時間が惜しい。今起こってる事を掻い摘んで説明する。いいか…」

 

 武部が誘拐され、西住達の前に現れた男。

 西住が取り乱した際、現れた西住の母親。

 そして西住は持ち直し、武部捜索の為に指示を出し、全員が動き出した事。

 

 初めは、大人しく冷泉と現在状況を聞いていた。

 ただ、西住の前に現れた男の話になった途端、着ぐるみ越しにも分かった。

 

 …雰囲気が変わった。

 

「…では、桃センパイ。さっきの放送もその為ですか?」

 

「そ…そうだ。1年の戦車が動きやすい様にのと言うのと、犯人を車で逃がさない為だと言っていたな」

 

 何故だろうか。…こいつが怖い。

 

「…私は、戻った方がいいのか?」

 

「いや、Ⅳ号は動かさないようだ。西住は、本部で指示を出している。お前もそれに従え」

 

「…わかった。西住さんの指示に従う」

 

 本当は、まだ自身で探したいのだろう。

 …気持ちは分かる。

 

 

「…………桃センパイ」

 

「なんだ? お前も…」

 

「みほの前に現れた男。…特徴を教えてください」

 

 かなり掻い摘んで言った為だろうか? しかし何故そんな事を?

 今はそんな事よりも、武部の事を優先するべきだとは思うのだが、尾形書記の絞り出した様な…何かを我慢するような声に答えるしか無かった。

 

「いや…私も聞いた話だけどな…。五十鈴によると、爬虫類見たいな目と顔と言っていたけども…」

 

「…みほは?」

 

「……酷かった。会長の呼びかけにも答えず、ただひたすら「助けないと」と、呟いていた」

 

「……」

 

「先程も言ったが、西住の母親が来ていてな。…なんとか呼びかけに応えて、いつもの西住に持ち直した」

 

「…そっか。しほさん来ていたんだ。みほとちゃんと話せたんだ…」

 

 少し、穏やかな口調に戻った。

 

「でも、西住さんが、そこまで取り乱すなんてな…」

 

「冷泉の意見も最もだな。パニックといった感じでは無かったのだが…追い詰められた感じというか……最後に男に言われた一言から、おかしくなったそうだ」

 

「一言? たった一言で、西住さんが、取り乱したのか?」

 

「そうだ。たしか…『また見殺しにするのか?』とか言ったそうだ…なんの事だろうか?」

 

 

「………………」

 

 

「「また」という事は、西住さんと面識が有るのか? 書記。何か知って…い……」

 

 いつの間にか、尾形書記の着ている着ぐるみの口部分。唯一、外から中の人間の顔が覗ける部分が閉まっていた。

 手は完全に握り締めていて…な…なんだ!? 

 冷泉も何かを感じ取ったのか、ただ黙って、熊の着ぐるみを眺めていた。

 

「と…取り敢えず、私は西住さんの所へ戻…ん?」

 

 私と冷泉の携帯がまとめて鳴った。

 メールの一斉送信だろうか。

 

「どうしました?」

 

 着ぐるみの口部分を開け、メール内容を聞いてきた。

 メールの内容を確認している最中、もう一通のメールが届いた。

 

 二通目には、新しい西住よりの指示だった。

 

 

「!」

 

「…犯人は、どうも車を乗り換えたそうだ。はじめの車の中には、武部はいなかったそうだ」

 

「……では、手がかり無しですか?」

 

「いや、五十鈴達が犯人の顔を見ていたそうでな。そいつが運転している車を発見したそうだ。このメールは、特徴を記したものだ」

 

「すいません。ちょっと読み上げて下さい」

 

「わかった。まず白のワゴンタイプで…ナンバーが……」

 

 そんなに車に詳しくないのだろう。結構抽象的な表現をしてある。まぁ、私も全く分からんが。

 ピカピカした新車っぽいだの、ヘッドライト部分が青い色になってたとか……。

 一応全部言ってみたけども、正直よくわからん!

 

「……」

 

「……」

 

「これで、全部だ。どうした?」

 

 尾形書記と冷泉の目線が、同じ方角を見ていた。

 

 目線の先を見てみると……

 

 

 いた。

 

 ……いた!!

 

 対象車が、眼前の車道にいた!

 

 渋滞にはまっているので、停車している状態だった。

 特徴は、メール文からは今一分からなかったが、ナンバープレートに表記してある数字が、一致していた。

 確かに西へ向かったとは、メールには記してあったのだが…ここは確かに、一番西だけども!

 こんなメインの道路に来るなんて、犯人とやらは馬鹿なのか!?

 

 …あぁ。ひょっとして我々を出し抜いていると思っているから、油断しているのか?

 

 ゴテゴテしい、装飾はしてないが、確かに新車の様に真新しい感じの車だった。

 

「あっ!」

 

 渋滞が少し動き、前の車との車間が開いたと同時に、車はUターンをし、反対方向を向いた。

 今度は東に向かうきか?

 

 特にスピードを出すわけもなく、普通に走り出した。

 

「麻子!」

 

 尾形書記が、叫ぶのと同時に冷泉の腕を掴んだ。

 

「離せ! あそこに沙織がいるんだろ!? 邪魔をするな!」

 

 尾形書記は、走り出そうとした冷泉の腕を掴み、止めたようだ。

 

「さっきと同じだろ! 走ったって追いつかない!」

 

「うるさい!」

 

 それでも走り出そうとする冷泉だが、力では全く叶わないのだろう。

 尾形書記の手を振りほどけない。

 

「離せ…頼むから……」

 

 段々と涙声になっていく冷泉の頭に、尾形書記が手を置いた。

 

 

「ミッコ!!」

 

 

 突然聞きなれない名前を叫んだ。

 

「あいよ!」

 

 返事が聞こえた方向を向くと、髪を左右に短く結った少女が、腕を組んで戦車と共に立っていた……戦車!?

 

「頼む!」

 

 そういえば、先程から近くに3人程いたな…。

 尾形書記の知り合いだったのか。

 

「任せろ!!」

 

 彼女達は先程からの話を聞いていたようで、分かっているとばかりに、すぐに自分達の戦車を用意してくれた。

 なんだこの戦車は。履帯無しで走ってくるぞ!?

 

 尾形書記は、戦車に乗り込む訳でもなく、車体の上に登って開いたハッチ付近を掴んでいる。

 

「あれ? ミカ、今回は弄れた事、言わないんだね?」

 

「アキ。人には語らない時の方が、良い時もあるんだよ」

 

 残りの二人も乗り込もうとしているが……しかし。

 

「…いくらなんでも、戦車のスピードじゃ車に追いつけないだろ」

 

「走って追いつこうとした奴に言われたかない。それになこの戦車、最高70キロ程スピードが出るんだよ!」

 

「タカシ! もういいか!? 見失っちまう!」

 

 長い直線の先、まだ先ほどの白い車は見えていた。

 しかしもう、小さい。

 

「…書記」

 

「なんだ? ちょっと距離があって聞き取り辛いんだ」

 

「頼む…」

 

「……出してくれ!」

 

 冷泉の嘆願に片手を上げて応える。

 その後発進の合図を、車体を2、3回軽く蹴りながら叫ぶ。

 

「……」

 

 この後輩達を見て思う。

 

 …相変わらずこいつは、よくわからんな。だが…私にはここまで、できない。

 知り合いに頼むとは言え、即戦車を用意した。

 

 それに、冷泉は武部を探す為に、ここら辺を走り回ったのだろう…。

 

 …………私は、何をした。

 

 ただ、尾形書記の携帯代わりなだけか?

 

「…なら」

 

 エンジンに火が入り、戦車が動き出す…のに真正面から砲身前に飛び乗った。

 

 私が!

 

「桃センパイ!?」

 

 後は、砲身を掴み、振り落とされない様にするだけだ!

 動き出した戦車は、そのまま冷泉だけその場に残し、急スピードで走り出した。

 

「何やってるんですか!? 危ないですよ!!」

 

「お前は現に、その危ない事をやっているではないか!」

 

「あぁもう!! アキ! 砲身は回さないでくれよ!? 後、ミッコ! 聞こえるか!?」

 

 もう、すでに40キロは出ているのだろうか? …怖い。風が顔に当たるのが、ちょっと怖い。

 

「なに!? っていってるよ?」

 

 アキと呼ばれていた娘が、ハッチから顔を出した。

 

「今、さっきの放送で戦車演習をするって流れたな!?」

 

 着ぐるみの中からなので、尾形書記は叫んでいる。

 段々と、白い車に近づいて来た。律儀に信号を守っているおかけだな。

 逃げているという自覚が無いからだろうか?

 

 

「ひゃぁ!! どこを触っている!!」

 

 そう言って、尾形書記が私を掴み、目の前に強引に引張てきた。

 右手で視覚用ハッチの隙間。左手で砲身の稼働部分の付け根を掴んでいる。

 その真ん中の三角地帯のスペースに私を入れた…真正面で。

 

「もう、中に入れる余裕がありませんので、そのまま俺に両腕で、しっかり抱きついていて下さい」

 

「なぁ!?」

 

「…冗談でも何でもなく、しっかり掴んで振り落とされない様にしないと……死にますよ」

 

「…え」

 

「アキも絶対、砲身周りを動かさないでくれよ!! 俺の指が比喩でも何でもなく、ちぎれるかもしれんから!」

 

「」

 

「人がいない所なら、ショートカットだろと、片輪走行だろうと好きにやれ! 追いついてくれれば、なんでもいい!」

 

「あいよ!! っていってるよ?」

 

 そこまで言って、今度は足を踏ん張る様に力を込めていた。

 

 …ちょっと待て。

 怪しい単語が出たぞ!?

 

 何する気だ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐かった。

 

 ただ恐かった。

 

 その感情しかわかない。

 

 車の後部座席。

 二人の軽薄そうな男の人達に左右に座られ、肩に腕を回されている。

 背もたれはない。

 なんでこの車、座席を全て倒しているんだろう…。

 

 こわい

 

 特に拘束されているワケじゃないけど、ニヤニヤとしたタバコ臭い顔が左右横にある。

 正面には、座席が倒されたスペースを、ベットの様に寝転がり、こちらを嫌な目で眺めてくる男の人がいる。

 

 こわい

 

 公園の出口。

 

 気がついたら、体を持ち上げられて車に入れられた。

 

 一度どこかの駐車場で、車を載せ換えられた。

 

 隙を見て逃げようかと思ったけど、足が震えて無理だった。

 

 腕に無駄に力が入っているのか、震えるだけでうまく動かない。

 

 こわいよ…。

 

 私、どうなっちゃうんだろ……。

 

「お前ら、先に手だすなよ」

 

 前の運転している、顔の頬に黒い炎の先っぽ…見たいなタトゥーが入った男の人が、不機嫌そうに喋りかけている。

 

「今回一番の功労者ってのは、俺だからな。車パクったり…なんだり、用意したのは全部俺だ。だからお前らは、俺の次だ。じゃなきゃやってらんねぇ。分け前もやらねぇ。…あと俺の車汚したら、テメェら殺すからな」

 

「はいはい、わかってんよ。何度も言うなや。でもよぉ、テメェもなんで、わざわざこっちに戻ったんだよ。さっさと沙織ちゃんと遊びたいんだけど?」

 

 …名前を呼ばれる度に体がビクつく。

 なんで知ってるのか分からない。

 分からないからこそ、余計に恐怖を感じる。

 

「最後の指示だったんだよ。まぁこんな楽な仕事で前金までもらって、遊び相手まで用意されているんだ。しかも成功報酬、前金の四倍だぞ? 今のうちは機嫌とってやってんだよ」

 

 先程から終始、この男の人は上機嫌だった。何度かチラチラ私を見るのだけど…目が嫌だ。

 

「…しかしイラつくなこの渋滞。お前もさっきからなんで、チンタラ走ってんだよ。もっとスピードだせや」

 

「沙織ちゃんのお友達が、警察でも呼んだんだろ。さっきからパトカーとやたらとすれ違うんだよ。…つまらん事で、目をつけられたら終わりだろうがよ」

 

「まぁ警察共にあんなに分かりやすく、使った車置いといてやったんだ。んで、車も乗り換えてる…見つかんねぇよ。ハッ!」

 

 喋りながら、足の手が回ってきたり、胸を触ろうとしてくる。

 体を丸めて、抵抗する事くらいしかできない。…でも抵抗すると何故か、この人達は喜ぶ。楽しそうに…。

 

 こわい

 

「チッ。さすがにイラつてきたな。ちょっと戻るわ。住宅街なら通れるだろ」

 

 そう言って、運転している男の人はハンドルを大きく回した。

 車をUターンでもさせたのか、体にGがかかった。

 

 そのまま少し進んだ先、赤信号で止まった時。正面のフロントガラスから、マリンタワーが見えた。

 

 私さっきまで、あそこにいたんだけどな…。

 

「おぉーえらいえらい。ちゃんと信号守ってまちゅね~」

 

「…殺すぞ」

 

 ……殺されちゃうのかなぁ。

 まだ恋もして無いのに…彼氏もできた事無いのに……。

 

 恋なんて…。

 

 みぽりんが、昨日の件…隆史君に対して答えを決めたと…そんな話を聞いたばかりだったのに…。

 

 いいなぁ…。

 

 ちょっと羨ましかったなぁ。

 

 隆史君かぁ…最近いろいろとおかしかったけど。

 

 ……。

 

 そういえば、隆史君。転校初日に言ってくれてたっけ。

 

 体ぐらい張ってくれるって。

 

 …ちょっとその時、正直ときめいちゃったんだけどね。みぽりんには言えないけど。

 

 でもなぁ…あの後……隆史君結構、気が多いように見えて、いつの間にか冷めちゃったんだよねぇ…。

 

 乾いた笑いが出そうだった。

 

 本気じゃない。本気じゃないけど…。

 

 あぁ…そうかこれが、現実逃避ってやつかなぁ…。本当は今、考える事じゃないのに…。

 

 目頭熱くなる。

 

 こわい。

 

「なんか、後ろから変なの来てっけど。なんだあれ? 戦車?」

 

「なぁあれ、沙織ちゃんとこの戦車?」

 

 力ずくで、腕の付け根辺りを持ち上げられ、強引に確認させられる。

 

 …違う。見た事ない。大洗の戦車じゃない。

 

 一瞬誰か助けに来てくれたと思ったけど、違った。

 

「ち…違います……高校のマークもついてない…です」

 

「あぁ…そっか。そうだねぇ」

 

 下手に嘘をついてバレたら、余計にひどい事されそうで、素直に応じるしか無かった…。

 

「まぁいいや。また曲がってみっから。ついて来たら言ってくれや」

 

 そう言った直後、また体にGが掛かる。

 追いかけてこれば追手、来なければ良し…そんな事言ってる。

 

 結局戦車は追いかけてこなかった。

 

 やっぱり違ったか…。

 

「……」

 

 先程から、腕の付け根を掴んだ男の人が、こちらを黙って見ている。

 

 ……気持ち悪い。

 

「す…」

 

 なに? なに!? 目が嫌だ!

 

「すっげー!! 何!? 沙織ちゃんって、結構着やせするタイプ!?」

 

「え…」

 

「でけぇでけぇとは、思ってたけど、何!? 沙織ちゃん胸すんげぇね!」

 

 ダイレクトに言われた……。

 

「なぁ! おい! 運転手さーん」

 

「次、運転手呼ばわりしたらテメェをここから放り出す」

 

「はいはい! まぁ最初はテメェに譲っけど、ちょっと見るくらいイイよな!?」

 

「は?……汚すなよ」

 

 そう言った直後、背もたれの無い椅子に私の上半身を押し倒した。

 

 なに…なに!?

 

「ヒッ!」

 

 男の人はナイフを持っていた。

 …やっぱり殺されちゃうのかな…やだ…やだ!!

 

 刺されてしまうと思ったのに、少し違った…でも。

 制服の下側から、逆刃にしてナイフを入れてきた。

 

 そのまま音を立てて真ん中から、ゆっくり制服が切り破られて行く。

 

 私を殺すわけでもなく、ただ服を破いていく。

 …やっぱり。

 

「まぁこれぐらい、先行してもいいよねぇ? あれ? 沙織ちゃんまだ良く分かってない?」

 

 ……

 

「でもちょっとかわいそうかなぁ? 君、「西住 みほ」って子の代わり見たいなモノだよね?」

 

 ……みぽりんの代わり?

 

「まぁいいや。その方が面白いかも。たまにはウブ過ぎるのもいいよねぇ」

 

 …………

 

「…全員相手するんだから、コレくらい別にいいよね?」

 

 ………………もう涙しか出なかった。

 

 

「うぉ!?」

 

 

 いきなり車に急ブレーキがかかった。

 

 ナイフを持っていた人も、危ないと思ったのか。ナイフを制服から抜いた。

 …と言っても、殆ど全部切れちゃってるけどね……。

 

「…あぁ? なんだあいつ」

 

「んだよ!? 危ねぇな!!」

 

「前に変なのが、突っ立てんだよ!」

 

 後部座席にいた全員が、前方に注目しだした。

 今のうちに体を起こし、無駄だと思うけどはだけた身なりを整えた。

 

 体を起こしてた時、私にも運転席の座先と男の人達の間から見えた。

 

 彼が言っていた「変なの」の正体。

 

 それは道路のど真ん中。

 

 この車の進路を塞ぐように、仁王立ちで立っていた。

 

「おじさん?」

 

 …熊の着ぐるみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タカシ! 前方の車、左に曲がったぞ!! どうする!? このまま追いかけるか!?」

 

 前方の車が、私達の戦車に気がついたのか、路地からまた公園へ繋がる道に曲がった。

 さっきから、あいつらはグルグル回っている。

 

 抜ける道を探してでもいるのだろうか。結果的に逃がさないように追いかけられているが。

 

「……科学館の方向へ進路をとったな」

 

 町内会の人達のお陰で、住宅街へ入る道は、殆ど封鎖されていた。

 西住の指示だろうか。所々に「この先、道路規制有り、通行できません」の看板が立っていた。

 練習試合をこの大洗町で行ったお陰か、比較的にすんなり私達の大洗学園戦車道は浸透していた。

 それも関係しているのだろうか。なんかすごい協力的な方々だな。

 

 後、この戦車の上に、尾形書記が着ぐるみのまま乗っているせいか、たまに子供に手を振られた。

 

 要は……目立つ。

 

「ミッコ!」

 

「あいよ!」

 

「突っ切れ!!」

 

 え…。

 

 今なんて言った!!

 

 尾形書記の合図と共に、戦車がとった進路は街路樹の方向…。

 

 松並木の間を入り、何本かバキバキと音を立てて木が折れた…。

 私達は、戦車の上に乗って為、何本か折れた小枝が飛んできた。

 

「うわぁぁ!!」

 

 私しか声を上げていなかった。

 

 …こいつら慣れてる。

 

 尾形書記が、どうも私の前に体の重心を寄せた為か、あまり飛来物は当たらなかった。

 …庇ったのか?

 

 街路樹が抜けた先、2車線の道路。

 街路樹側の車線。東向きに車は、殆ど走っていなかったが、反対車線の西向きは渋滞している…。

 そもそも、車線間に縁石がある為、横断できない。というか、危ない。更にメチャクチャ怖い!!

 

 街路樹を抜けてUターンで強引に曲がった。

 そのまま縁石にぶつかり、ガリガリ音を立てて、装輪から火花が散っている…まさか…。

 

「ミッコ。 前方6台目、赤い車の間」

 

「今ならな歩行者もいない。……いけ!」

 

 ハッチから体を出していた、帽子を被った女性。

 …何か指示を出していたが、外にいるので良く聞こえなかった。直後、身柄装輪が縁石に乗り上げた。

 

「振り落とされんなよ!!」

 

 急ブレーキと同時に更にまたUターン。…違う。

 

 まさか。

 

 右装輪の部分を起点に縁石を乗り上げ、火花を上げて、ドリフトというのだろうか…半円を描き、左装輪も縁石にぶつかる。

 ガチンとすごい音を立て、ガリガリと石を削る音と共に車体が上がる。

 

 真っ直ぐに縁石を乗り上げ、反対車線を横断、科学館の公園フェンスに突撃、フェンスを突き破る。

 

 渋滞中の車の間を通り過ぎたぞ……。

 

 そのまま公園の中を突き進み、さらにその向こうの車線を目指す。

 

 ショートカット。

 

 あっと言う間の事だったので、軽く呆然としてしまったが…お陰で、近くに先ほどの車が見える。

 

「先回りできそうだ」

 

 独り言になってしまったが、呟いた直後……戦車が止まった。

 

「なんだ!? どうした!?」

 

「…隆史」

 

 ハッチから、先程の帽子を被った女性が顔をだした。

 

「すまない…この子もすでに、空腹だったようだ」

 

 車体を軽くポンポン叩いている。…空腹、つまりはガス欠か!?

 

 

 

 

 直後、尾形書記は戦車を飛び降り、その先の車線へ走り出した。

 

「すまない。協力感謝する! 後で、タワー下のテントに来てくれ!」

 

 私も追いかけよう。

 

「ご武運を…」

 

 帽子の女性に急いで声を掛け、尾形書記を追う。

 先行されてしまったが、彼は着ぐるみを着ている。そんなに早く走れる訳も無く、すぐに追いついた。

 無言で走る、私と着ぐるみ。

 

 反対側のフェンスをよじ登り、なんとか先回りに成功…やったぞ! 追いついた!

 

「よし、なんとか追いついたな! これからどうするつもり…尾形書記?」

 

 肩で息をしていた。

 着ぐるみを着ていても分かるぐらい大きく。

 

「…ひょっとしてお前、ソレ朝から着っぱなしか!?」

 

 軽く手を上げられた。そうだと言う意味だろうか。

 

「ハァー…ハァー……」

 

 口元から小さく、苦しそうな呼吸が聞こえる。

 …この炎天下の中何時間も? 更に今、全力で走ったばかりだろうに…。

 

「よ…よし、今、頭部のロックを外してやる。一度脱げ」

 

「い…いや…このままでいいです」

 

「何を言っている! すでに苦しそうではないか!」

 

「……ハァ…ハァ…、沙織さんは…この着ぐるみは、俺じゃないと…思っているんですよ」

 

「だ…だからなんだ…」

 

「……最悪の場合…その方がいい…」

 

 なんだ? 意味が良く分からない…。

 

「……桃センパイ」

 

「な、なんだ!?」

 

 車が近づいてくる。

 すでに尾形書記は道路のど真ん中で仁王立ちになっている。

 

「…俺はあいつらに暴力を振るってしまうかもしれません」

 

「……」

 

「ですから、俺が問題になりそうだと…皆に迷惑が掛かりそうだと判断したら、俺をすぐに切り捨てて下さい」

 

「な…どういう事だ!」

 

「今後の戦車道大会に、影響する事になりそうですしね」

 

 在校生徒の問題で、大会出場停止。それは、学園廃校に直結する。

 …廃校。ここまで来て廃校……。

 

「……最悪、退学にでもして下さい。…あの会長なら、退学の日付弄るくらいの裏操作なんて簡単でしょ?」

 

 退学!?

 

「…ぼ…暴力を振るわなければいい話だ『無理ですね』」

 

「あの手の輩に対して、俺一人じゃもう…力ずくで行くしかない。時間稼ぎも多分…無駄でしょうし…」

 

「待て! 今、全員に連絡を入れるから!!」

 

「また逃がすだけですよ。…沙織さん助ける為だし…まぁ仕方ないかと思うので…」

 

 尾形書記は、ゆっくりと車に近づいて行く。

 

 退学…。

 

 気味の悪いくらい、あっさり自分を捨てろと言ってきた。

 なんなのだこいつは…

 

 これでは、会長に合わせる顔が無い。

 

 後輩に、そこまで言わせて…。

 

「ふ、ふざけるな! 尾形書記!!」

 

「桃センパイ?」

 

 急な大声にこちらを振り向いた。

 

 車に指をさす。

 手が震えるし、足も震える…。

 多分声も裏返った。

 

「い…いいか!! 今回の事が問題になったとして、誘拐された武部を助ける為だろうが!」

「廃校!? 自分達の生徒を守れないで、どうして学園が守れる!!」

 

「桃センパイ…」

 

「行け! 好きにやれ! 後は何とでもしてやる!!」

 

「……」

 

「……」

 

「……ハッ! 分かりましたよ。桃先輩」

 

「…尾形書記?」

 

「んじゃ、桃先輩は、離れていて下さい」

 

 ブレーキの音が聞こえた。

 

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

 

 白い大きな車。

 近くで見ると分かる。新車だろうか…。

 所々、車をいじっている用で、普通の一般車と比べると…なんだろう…イカツイとでも言うのだろうか……。

 

 フロントガラス部分によくわかない看板やらなにやら置いてある。

 なんて読むかわからん…当て字で読むのか?

 

 メールで来た特徴通りの車。運転席には、確かに犯人と思われる顔に刺青が入った男…。

 

「いた……」

 

 止まった車の奥に、武部の顔が見えた…。

 暗くて見え辛いが、確かに見つけた。

 

 尾形書記も気がついたのか、車の前に密着している。

 車に軽く手を置いた時、運転席の窓ガラスが開いた。

 

「おい! 俺の車に触んな!」

 

 車に触ったというだけで、酷く怒っている。

 クラクションをけたたましく鳴らし、どけと怒鳴っている。

 

 …こういう人種には初めて会った。

 正直怖い。

 

「…テメェ。殺すぞ」

 

 ただ、尾形書記は何も喋らず、今度はサイドミラーを掴んだ。

 なぜ、こいつらは車を触られたというだけで、ここまで怒るのか…。

 強引に動き出せば、サイドミラーが壊れると思ったのか、車は止まったまま。

 

 反対車線は今だに渋滞中の為、騒がしい我らを何事かと車内から眺めている。

 

 サイドミラーを掴んだまま、運転席横まで来た所で、怒鳴り声が大きくなった。

 強引に走り出せないのだろう。

 

 突然、車内の男が光る棒状の物を取り出し、着ぐるみの頭部を殴りだした。

 あれはスパナ?

 

「離せっつってんだろーが!!」

 

 確かに着ぐるみの頭だから、怪我をするわけでも無いが…あそこまで躊躇なく殴れるものか…。

 

 …情けない事に、その時にはもう私は怖くて動けなかった。

 男性の怒号というのを初めて聞いた…。

 周りの車からは、小さな悲鳴らしき声と、携帯を取り出して、電話をしている運転手もいた。

 挙句、写真まで撮り出す輩もいた。

 

 …野次馬化していた。

 

 

 ただ、尾形書記は黙って動かない。

 

 ―が

 

 ― 助けて ―

 

 中から、武部の声が聞こえた気がする。

 車の車内の音楽が酷くうるさい為、よく聞き取り辛かった。

 

「うるせぇな! もういいから、そいつ一回ぶん殴れ! それで大人しくさせ『 バキッ 』」

 

 …後ろに乗っている男達に声を飛ばした。

 その男の声を遮て、何かが折れる音がした。

 

 尾形書記が何かを持っている。

 

 着ぐるみの手にある、太陽光を反射して光る物体。

 

 …尾形書記が、サイドミラーをへし折っていた。

 ブチブチと車体から出ている配線を、強引に引き伸ばし引きちぎる。

 

 その惨状を見て、完全に刺青の男が固まっていた。

 

「」

 

 へし折って、破線を引きちぎり、完全に単体になったサイドミラーだったモノを、開いた運転席に投げ捨てた。

 …挑発でもしているのか……というか、尾形書記は大丈夫なのか?

 あいつそう言えば、バカみたいに鍛えてるのに、喧嘩の一つもやった事ないとか言ってなかったか!?

 

「……死んだわ、テメェ」

 

 中の男が、運転席を開けた。

 逃げているという事を考えていないのか? それとも、自分達はまだ追われていると気が付いていないのか。

 

 顔を真っ赤にした男が、スパナを持って車をおり…

 

 

 

 今、すごい音がしたぞ…。

 

 尾形書記が今度は、開いたドアをぶん殴った。

 衝撃でドアは閉まり、刺青男はドアと車体に挟まれ、声を上げていた。

 

 挟まれた反動で、運転席のドアが再び開く…今度はドアの端を掴み、力任せに投げる様に閉めた…。

 

 鈍い音が響く。

 

 短時間に2回もドアに挟まれた、刺青男が崩れ落ちた。

 

「……」

 

 

 

 

 崩れ落ちた男の胸ぐらを両手で掴み、無理やり起こし…立ち上がったと思ったら、すぐに殴りかかってきた刺青男を腕ごと抱きしめた。

 何をやってるんだ!?

 男の顔は完全に、着ぐるみ間に隠れ見えない。

 バタバタ暴れてはいるのだが、一切の声が聞こえない。

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 …突然、音声が聞こえた。

 

 聞こえた瞬間…抱きしめられていた男が、ドサっと地面に落とされた。

 

 …動かない。

 

 終始無言の尾形書記が恐かった……。

 

 あぁ、そう言えばあの着ぐるみ胸の中心を押すと、声が流れる仕掛けが合ったな…。

 今の行為で壊れでもしたのか?…一定間を開け、繰り返し機械音声流れている。

 

 地面に落とされた刺青男は動かない…あろう事か、失禁までしている……。

 

 だ…大丈夫なのか? コレ!

 

 尾形書記は、男のズボンのポケットをあさり、キーケースらしきものを取り出した。

 そのまま外から、車のエンジンを切り、動かなくなった男の襟首を持って、引きずりながら車を回り込んだ。

 

 相変わず機械音声だけが流れている……。

 

 

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 多分俺はもう冷静じゃいられない。

 

 ここの所、俺はキレやすくなってでもいるのだろうか?

 

 周りの人間に害が及ぶと、年甲斐もなく周りが見えなくなる時が出てきた。

 

 後で反省はするのだけど、今回もやはりダメだった。

 

 沙織さんが、車内に見えた辺りからだろうか…。

 

 男の「殴れ」の声で、我慢の限界が来た。

 

 

 男から奪った鍵で車のロックを解除する。

 引きずってきた男を適当に歩道に捨てて置く。

 

 ただ力任せに抱きしめた。

 こんな着ぐるみを着ているせいもあり、抱きしめられた方は、呼吸すらし辛いのだろうな。

 挙句、絞められる痛みもあるだろう。腕の関節部分も押さえればなお痛い。…ただ殴るよりこっちの方が痛いし苦しい。

 

 初めコレを…亜美姉ちゃんに教えられた時、なんつーエグイもん教えるんだよと思ったが…何が役に立つか分からないモンだな。

 

 ドアのロックは外した。ちゃんと音がした。

 

 しかし開かない。

 

 力任せにおもいっきりドアを動かしてみた。

 

 …少し開いた。

 

 なるほど。

 

 中から押さえつけているのか。…反対側にはドアは無かったな。

 

 ならここから開けるしかないか。

 

 少しずつだがドアを開けていいく。

 

 ドアの端に手を入れ変え、足ひとつ分開けば、足を入れた。

 

 …着ぐるみの頭部。口部分が開きっぱなしの為、車内の匂いが分かった。

 

 タバコ臭い。

 

 声も聞こえる。

 

 なにやら怒鳴っている様だが、お前らの声は聞きたくない。黙れ。

 

 頭一つ程開いた。

 

 徐々に開いていく。

 

 体一つ分開いた。

 

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

 先程どうも、胸のスイッチが壊れた。繰り返し自己紹介を繰り返している機械音声。

 …うるさい。

 

 ドアが閉まらない様に体を滑り込ませる。

 

 …見えた。

 

 奥にいた。

 

 酷く久しぶりに思えった。

 

 先程会ったばかりなのにな。

 

 …あの特有の匂いは、しなかった。

 

 衣服は乱れてはいたが、最悪な事にはなっていないようだ。

 

 人によっては、殺されるより辛いかもしれない。

 

 だが大丈夫だろう。

 

 怯えてはいる。怖かったのだろう。俺を真っ直ぐ見てくる。

 

「……」

 

 まだ男達はドアを押さえ込んで閉めようとしている。

 

 沙織さんの制服は、正面から真っ二つに切られていた。

 

 反対から腕を抑えられていた為、隠す事も出来ずにいる。

 

 

 

 

 

 頭の奥で何かオトガシタ

 

 

 

 

 

 大きな音を立てて、一気にドアが開いた。

 どこか腕の中でプツプツ音がしたが、筋トレしてればよく聞こえる音だからモンダイナイ。

 

 モンダイナイ

 

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

 

 そのまま開いたドアを少し戻し、内側より外側に思いっきり蹴飛ばす。

 

 金属が壊れる音がした。

 

 コレで閉まらない。

 

 沙織さんを人質にでも取ろうとしたのか、ナイフの男が詰め寄ろうとしていた。

 

 即座に男の腕を掴む。

 

 握り潰してやるくらいの握力を込める。

 

 

 …なるほど。それで切ったのか。

 

 ……それで制服が綺麗に切れているのか…。

 

 それで、胸元までバックリはだけているのか。

 

 

 ナイフを落とした瞬間、一気に距離を縮め手をそいつの頭に持ち変える。

 

 車内に男の悲鳴。

 

 俺の腕を掴む男。

 

 締め付ける様に力を込めるのでは無く、最初から潰すくらいの力を一気に込める。

 

 

 お前ら…よりにもよって、みほの恩人に手を出したな…

 

 

 男の悲鳴が大声に変わる。

 

 先程から、こいつらがうるさい。なんだテメェとか誰だテメェだとかうるさい。

 

 さっきから言っているだろうが。

 

 

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

 

 




はい。ありがとうございました

前中後と、3部にしようとしたんですけど、文字数が多すぎて4部にしました。

暴力表現もありましたが、何よりこの状況。
ギャラリーが多くいる状況となります。これが後でどう影響がくるか。

ありがとうございました


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第32話~大洗での長い1日です!~ その4★

私の前に現れたのは、「白馬の王子様」じゃありませんでした。

 

 

現れたのは「黄色い熊の着ぐるみのお兄さん」でした。

 

 

あの時のお兄さんが、どうして助けてに来てくれてたのかは分からない。

 

…ただ少し、お話しただけなのに。

 

 

車のドアを、中から男の人達が押さえていたのに、強引にこじ開けて入ってきた。

 

……正直ビックリした……。

 

運転席の人をやっつけちゃった時から、男の人達の様子がおかしい…。

あの人が、リーダーぽかったからかな?

 

横で、私の服を切り裂いた男の人が、大きな悲鳴を上げている。

お兄さんに、よっぽど強く頭を掴まれているのだろうか。

 

すぐもう一人の男の人が、中腰で立ち上がり、お兄さんを蹴りはじめた。

 

お兄さんは、蹴られた時に、横の男の人の頭を離してしまった。

それでも掴まれていた男の人は、余程痛かったのか、下を向いて呻いて動けないでいる。

 

「何だよ! テメェは!!」

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

お兄…えっと…ベコのお兄さんは、頭を蹴られようが、体を蹴られようがビクともしない。

ゆっくりと…着実に私に近づいてくる。

 

助けてくれるつもりだろうけど……ごめんなさい。ちょっと怖いです。

 

「とっと、出てけや! 何なんだよ! いきなり」

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

ベコのお兄さんが、左肩辺りを蹴られた時、男の人はその蹴った足を掴まれた。

 

そう…掴んだ。

 

そう思った瞬間、ベコのお兄さんの手が、素早く引かれた。

 

「おわ!」

 

その時、反射的に私を掴もうと思ったのか、制服の端を握られた。

しかし抵抗むなしく、制服の破れる音と共に男の人が声を上げながら、一気に引きずられていく…。

 

車の座席の間を掴むも意味は無く、ズルズルと何事もないように引きずられる。

 

すごい体勢だったので、そこら辺に体をぶつけ、最後ドアを咄嗟に掴んだ…けど、それも無意味だった…。

少し勢いが弱まっただけだった。

何か悲鳴のようなものを上げたが、すぐに視界から消えていった。

 

……不思議と落ち着いている。

 

…その光景を見て、あぁ…昔こういうのパニック映画で見たなぁ…とか思い出すほどだった。

 

なんだっけ?

 

巨大な生物とか怪物とかに、なすすべなく捕まり、連れて行かれ捕食されてしまう人達のシーン…とでも言うのかな?

そんな感じで悲鳴と共に、完全に外へ引きずり出されて行ってしまった男の人。

 

一瞬だった。

 

外の様子が、中から見えた。

ベコのお兄さんが、男の人に抱きついている。

 

え…なんで?

 

先程まで怒鳴り散らかしていた、外に引きずり出された男の人は…大人しかった。

怒鳴り声が聞こえない。

何か足をバタバタさせている。開かれたドアから暴れている様子が見える。

 

3分くらいだろうか…。そんなに時間は掛からなかった。

 

突然、抱きつかれている男性が、グッタリした。

腕と足がダラーンとしている。

 

ベコのお兄さんが腕を離したら、ドサッと男の人がその場に力なく崩れ落ちていた。

 

「……」

 

そのまま襟首を掴まれ、引きずられながら、どこかに連れていかれた。

 

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

機械音声だけが、外から聞こえてきた。

 

 

 

 

頭を掴まれていた男の人も、同じくその光景を見ていた様で、完全に固まって見入っていた。

そのベコの人の姿が、見えなくなったと思ったら、即座にドアを閉めにかかった。

でも最初にドアを内側から蹴飛ばされて、どこか壊れたからなのか、その車のドアが閉まらない。

 

「なんで! なんで閉まんねぇんだ!!」

 

ドアを閉めようと、顔を真っ赤にして叫んでいる男の人。

 

……。

 

突如、その閉めようとしている腕が、外側から伸びてきた黄色い腕に掴まれた。

 

「ヒッ!」

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

死角から突然に伸びてきた為、びっくりしたのか変な悲鳴を上げていた。

上げた瞬間、布が擦れる音ともに、外へ引きずり出されていった…。

特に捕まる所も無かった為、本当に一瞬だった。

 

外でまた、抱きしめられている男の人。

今度は頭が下に、逆さまになって抱きしめられている。

顔が完全に着ぐるみの体に埋もれてしまっている為に声が出せないのか、バタバタする足だけが見える。

 

あ……動かなくなった。

 

そのまま体を持ち替え、男の人を肩に担いで、またどこかに連れて行ってしまった。

そして聞こえる機械音声…。

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

もう一人の男の人も、その光景を固まって見ていた。

いきなり現れた熊の着ぐるみに、一瞬にして今までの状況を変えられてしまった…というのも有るだろうけど…。

 

多分…普通に怖いんだろうなぁ…。ごめんなさい。私も怖い。

 

三人目がいなくなった時、前の助手席に逃げ込んでいった。隠れたつもりなのだろうか?

 

「何だよアレ!? 何なんだよ!!」

 

小声が聞こえてくる。

…やはり怖がっている。

 

戻ってきたベコの人。

 

それこそヌッっと入ってきた。

キョロキョロとゆっくり車内を確認している。

 

私と目が…目?

うん、多分目が合ったのだろう。ゆっくりと震える手で、前の座席を指差した。

それに合わせ、グリンと顔が前を向く。

 

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

 

機械音声がただ流れる…。

 

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

 

素早く、前の座席に腕を突き入れた。

隠れた男の人を「掴んだ」ようだ。軽く宙に浮かせるように、後部座席に引きずり出してきた。

 

ズルズルと…。

 

引きずり出された男の人は、仰向けで倒されている座席に、仰向けになって呻いている。

外側を向いている、その頭に手が伸びた。

 

そのまま顔面を片手でつかんだベコのお兄さんは、躊躇無くさらに外に引きずり出そうとした…。

余程強く掴んで、握っているのか、男の人の叫び声が聞こえる…。

 

男の人は、引きずられながらもドアの出入り口で、両手両足を使って踏ん張った。

 

…が、もう片方のベコの人の腕が伸び、男の人のベルト部分を掴む。

そのまま悲鳴と共に、強引に引きずり出されていった。

 

…それもすぐに収まった。

 

外の地面には力無く、動かなくなった男の人が倒れている。

それもすぐに首元を掴まれ、どこかに引きずられていかれて、いなくなった。

 

…。

 

一瞬。

 

一瞬の出来事だった。

 

……そして誰もいなくなった。聞こえてくるのは機械音声のみ。

 

 

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体が暑い。

 

全力で力を出しすぎた。

 

その為だろうか、熱の為だろうか…頭がボーっとしだした。

着ぐるみを着たままってのは、やっぱりキツイな。

 

 

誘拐犯に対して、ぶん殴るのはやめておいた。

一番、辛い方法で無力化してやろうってのもあったが、何より沙織さんの目の前だ。

 

できるだけ流血させてしまって、血を見せてしまう事は、やめておこうと思ったからだ。

本気で人に対して、全力で力を出してたのは初めてだったけど、なんとかなったな。

 

そしてその何とかした誘拐犯共を、一箇所にまとめて捨てておいた。

また後で、何かで縛っておくか。

 

全て駆除した。もう大丈夫だろう。

一応、警戒しながら車内に戻る。

 

奥に座っている沙織さんと目が合った。

 

その目の前の沙織さんは、破れてしまった制服で、はだけてしまった体を隠している。

男に掴まれた時だろうか?

強引に引っ張られた為、さらに破けてしまい、もう完全にただの布だ。

 

あ…。

 

すっごい怯えた目で見られている。

 

連れ出そうと、手を前に出してみたら体がビクッとした。

 

「……」

 

…む?

 

まだすっごい怯えている。

…俺を見る目が怯えている。

 

ある程度、俺の怒りも収まったので、冷静になっていた。

 

うん。俺メチャクチャ怪しいな。

認識は、さっき少し話した着ぐるみ着たおっさんだものな。

 

「あ…すいません。せっかく助けてもらったのに…でも私こんな格好で……」

 

…逆に気を使われた。

 

喋れるだけ大丈夫なのだろう。

しかしまだ、肩は震えている。

 

…確かに、この状態で外に連れ出すのもなぁ。

 

「……」

 

着ぐるみに着けられていたマントを外す。

ボタンで着けられていたので、強引に力任せに引っ張ると簡単に外れた。

それを肩から巻くように体を隠してやる。

 

…本当に何が役立つか、分からないものだな。

 

連れ出してやろうと、掌を上に向け手を差し伸べてみた。

沙織さんは、恐る恐るだが、差し伸べられた手を取ってくれた。

 

赤いマントに包まれた女の子に、手を差し伸べている無駄にでかい、熊の着ぐるみ。

 

…なにこの絵。

 

しかし、そこまでで動かない。

どうしたのだろう。

 

「あ…あの、すいません。腰が…」

 

「……」

 

そうだよな。抜けるほど怖かったよな。

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

機械音声がうるさい。

 

手を引っ張り、そのまま沙織さんの体を腕に収める。

最初の頃とは違い、なんかもう…慣れてしまったお姫様だっこという奴だな。

…やはり体は強ばっている。というか段々と小さくなっていく。

 

まぁいい。やっと捕まえた。

 

暗い車内を出て実感する。

 

救出成功。

 

……疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在位置の場所を知らせ、その後に来た西住のメール指示で、あえて周りの車にいる野次馬の人達から、警察を呼んでもらうよう頼んだ。

 

できるだけ大声で、こいつらは友達を誘拐した奴らだ。

 

助けてくれ。

 

誰か警察へ連絡をしてくれ。

 

要は、こちらが完全に被害者だとアピールする為か。

 

 

野次馬の人達も、こちらに協力的になってくれた。

大人の男性の方も、車から降りて来てくれた。

 

尾形書記にのされた連中の、格好を見て納得でもしたのだろうな。

見た目って大事だな…。尾形書記もたまに似たような格好してたのだがな……。

 

野次馬の人達の協力で、なんとか誘拐犯達4人を拘束した。

ガムテープで、両手両足、グルグル巻きになった4人。

 

……蹴っ飛ばしたい。

 

踏むくらいは構わないだろうか?

 

このクソ共を眺めていると、突然周りから小さな歓声と拍手が上がった。

何かと思ったら、赤いマントで体を隠した武部を連れ出した着ぐるみがいた。

 

…無事か。良かった。

 

しかし、この書記。その格好がもはや違和感が無い。

 

「おが…いや、ベコ!」

 

尾形書記には何故か、着ぐるみの正体を隠せと言われていた為、ベコと呼ぶ。

それは、武部救出成功と共にメールで全員に一斉送信をしておいた。

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

「……なんだその返事は」

 

「エー…」

 

武部は、マントに顔を半分隠していた。完全に真っ赤になっている。

 

…少し様子を見たが、上半身がほぼ裸だという事だからだろう。

やはりあのクソ共、一度蹴っ飛ばしておくか?

 

「…あいつらの所に」

 

先程、協力してくれた戦車の彼女達の所に、一度向かおうと顔の動きで、軽く合図をされた。

 

後で、テントに来てくれと言っておいたが、まだその場に留まってくれていた。

 

…まぁこんな道路際にいるよりかは、数段良いだろう。

しかしこの誘拐犯達はどうするんだろうか。

 

こちら側には、公園への正規の入口がある為、フェンスをよじ登る事も無く入ることができた。

野次馬…いや、協力してくれた方々に深々と頭を下げお礼を言う。そして…尾形書記と並んで、戦車へ歩き出す。

 

終わった…。

 

随分と長い時間走りまわったな。

ただの納涼祭が、とんでも無い事になってしまたな。

 

ため息がでる。

まぁいい。それもやっと終わった。

 

しかし突然に周りから…というか後ろから、軽く悲鳴が聞こえてきた。

 

後ろを振り向くと刺青の男が、モゾモゾと逃げ出していた。

そんなイモムシみたいな格好だというのに、往生際が悪い…。

 

横から、カシャッと音がした。

尾形書記が、顔の口部分をスライドして開けてた音だった。

 

……ちょっと待て!

 

その口から出てる煙って、気温差でできる水蒸気か!?

今は、冬場では無いのだぞ!? 真夏の炎天下だ!!

…本当に大丈夫なのか!?

 

武部を優しく地面に下ろすと、逃げ出している刺青男に近づいていく。

 

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

ゆっくりと…

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

足を引きずる様に…

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

近づいた……

 

『やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!!』

 

 

二種類しか無いと思われる、機械音声が繰り返し流れている。

お陰で、尾形書記が徐々に近づくのが分かるのか、刺青男の動きが段々と早くなっていく。

 

口から水蒸気を吐きながら、接近する熊の着ぐるみ…。

 

追いついた直後、男の顔がすごかった。恐怖と絶望というのは、ああいう顔になるのか…。

それこそ鶏を絞める様に、再度抱きしめ、無言で刺青男の意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…暑い」

 

「当たり前です。いい加減にソレを脱いだらどうですか?」

 

…しほさん達と合流できた。

あのタトゥーを入れた男を処理した時に、あんこうチームの面々と会長達と共にやって来た。

 

いやぁー…感動の再会とでも言うのか。

 

「沙織さん!!」

 

みほの声と共に、全員が直後に抱きしめ合って泣き出してしまった…。

まぁ…怖かっただろう。本人も。

 

……本人以外も…な。

 

初めは、気絶した犯人達を戦車で轢いてやる! と、殺気立っていたけど、犯人達の変わり果てた姿に別の意味で、引いていた。

 

まぁ、ある程度すでに犯人達の意識は、回復していたのだけど…だからだろうか?

 

一度意識を締め落としている為、全身の力が抜けて失禁までしてしまっている…ってのもあるのだろうかね?

 

犯人共が…なぜか俺の姿を見て怯えまくっていた為だった。

 

しほさんの私設部隊が、止まっていた車も含め、犯人達を色々と処理している。

 

あ…前回、俺と一緒に、しほさんのブチギレモードに恐怖してくれた隊長さんだ。

親指を上げてくれてた。…それに同じ様に答える。

俺は着ぐるみ着てるのにな。軽く笑ってくれた。

 

「そう言えば、しほさん」

 

「なんでしょう?」

 

素朴な疑問を一つ。

 

「……なんでいるんですか?」

 

「……」

 

あ。ちょっとムッとした。

 

「貴方の制服を持って来たのです。いけませんか?」

 

「い…いえ、ありがとうございます」

 

ちょっと不機嫌に、紙袋を上げて、見せてくる。

結局置いておく事もできなかったようで、ずっと持っていたようだった。

 

あ…なら丁度いいや。

 

「それ、ワイシャツ入ってます?」

 

「え? えぇ…」

 

「それ、沙織さんに着せてやってください」

 

「…それはいいのですけど、なんでまた」

 

……。

 

「彼女、制服を切られてしまったようで、着るものが無いのですよ。切られたまんまの服を着ているより、その方が精神的に安定する」

 

「安定…」

 

「…被害にあったものを着ているより、早く日常に有るモノを身につけた方がいい」

 

「……わかりました」

 

俺の提案を素直に聞いてくれた。

すぐにでもと、その服を渡そうと一緒に近づいた時…聞こえてきた。

それは、再会を喜ぶ内容ではなかった。

 

…沙織さんは、みほに対して聞いていた。

 

「…グス、みぽりん。教えてくれる?」

 

「何かな?」

 

沙織さんを助けられて、嬉しそな顔をしたみほの顔が、……その質問を受けて強ばった。

 

「あの…私を攫った人達が言っていたの…。私は、「西住 みほ」の代わりみたいなモノ…だって…どういう事?」

 

「……あ」

 

「ごめんね。…答え辛いかもしれないけど、私ちゃんと聞いておきたい」

 

「……」

 

みほの胸に、顔を落としている沙織さん。

…その質問に怯えてしまった、みほ。

沙織さんの肩に添えている手。その指先が震えだしていた。

 

みほは、近づいた俺に気がついたのか、俺の方を見てくる。

 

だが俺は無言だった。ただ頷いてやった。

 

それは、昔の事件を…大きなトラウマを負ったその事件を、ある意味一番の被害者。そのみほの口から話させる行為。

えぐる。それは心の傷を、大きくえぐる行為だった。

 

だがダメだ。俺からは話せない。

 

しほさんから、みほが放心してしまった時の事は聞いていた。

だからだ。だからこそだ。そこから立ち直ったんだ。

 

しかし今は違う……相手は友達なんだろ?

 

 

…ここで、逃げるな。沙織さんを信じてやれ。

 

会長を含め、みんながみほの言葉を待っていた。

おかしくなってしまった、みほの状態を見ているから、余計に心配なのだろう。

誰も喋らない。ただ心配そうに見つめていた。

 

 

 

「みぽりん、お願い……」

 

「………………わかりました」

 

意を決して、喋りだした。

目に涙を溜めて。

 

それは、俺との出会いの話。そして、事件の話。

先程出会ったであろう…あのクソ野郎の話……。

 

そう…熊本での事を。

 

皆、最後まで黙って聞いていた。

ポツリポツリと話し出していたのだけど、段々と声が早口になっていく。

結局最後には、泣いていた。

 

 

「…ごめんなさい。私のせいです。……私のせいで…沙織さんが……」

 

周りは何も喋らない。

喋れない……。

 

 

「……なにそれ」

 

 

ビクッっと沙織さんの言葉に、体が強ばった。

 

 

「なによそれ!! 私、そんな事で、こんなに怖い目にあったの!?」

 

 

叫びだした沙織さん。

そして、みほの体は震えだした。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……わ、悪いのは、全部わた『そんなの、ただの逆恨みじゃん!! みぽりん、何も悪くないよ!!』」

 

「え……」

 

完全に俯いていた顔を上げた。

沙織さんの返事が意外すぎたのだろうか。

ただ、顔を真っ直ぐに見ている。

 

 

「そんなの謝る必要なんて無いよ! 悪いのはその人達!!」

 

「……」

 

 

「それになによ! 「見殺し」って!! え!? どこが!?」

 

「……グ」

 

今度は、みほの肩に沙織さんの手が添えられている。

 

 

「今日だってそうだよ! ちゃんと助けてくれたじゃん!? こんないっぱいの人達に頼んで!! むちゃして!!」

 

「そ…そうですよ! 西住殿は何も悪くないですよ!!」

 

「そうだ。西住さんに何も落ち度は何も無い。犯罪を犯す奴が悪いんだ」

 

「みほさん。大丈夫ですよ。そんな事で、貴女を責めたりする方なんて、ここにはいません!」

 

…そうだよな。

 

「ヒッ……グ……」

 

「みぽりん!?」

 

 

みほは、子供ように。

 

子供のように大声で泣きだした。

 

安心して泣き出した。

 

沙織さん達、友達を失うのを何より怖がっていたんだよな。

 

…いい友達できたな。

ほら、また皆で泣き出した。一緒に泣いてくれてるんだ。

 

 

だからもう…大丈夫だよな。

 

 

 

 

 

「なにを、ゆっくり後退して…どこ行く気ですか?」

 

「しほさん!?」

 

ビックリしたぁ!! 気配消すのやめて!

 

「え…いや、あんまり女の子泣いてる所見てるってのも、ちょっと…こういう時、男はいない方がいいんですよ」

 

「……」

 

正直、着ぐるみの中の温度がすっごいのだろう。頭が本格的にボーっとしてきた。

立っているのも正直辛い。

 

沙織さんがいない所で、さっさと脱ぎたい。

 

「…それに、着ぐるみ脱ぎたいですし、本部のテントに戻ろうとしただけですよ…みほは、もう大丈夫でしょうし」

 

「…どういった意味でしょうか?」

 

「昔のトラウマですよ。…まだシコリは有るかもしれませんけどね」

 

その件は、まぁ…うん。

もう大丈夫だろう。

 

克服したと言ってもいいと思う。

シコリ…。前回の決勝戦の時の事はまだ、若干の不安はあるけど。

 

「じゃぁ…しほさん。一回俺、テント戻ってますんで…警察の聴取も後で、受けるんで…」

 

「…わかりました。みほには、言っておきますが…大丈夫ですか?」

 

歩き出しながら、手を上げ返事をする。

正直…ちょっときついけど、この場に水を差したくない。

 

……まぁ根性だ、根性。

 

 

 

 

みほ達を背にし、できるだけ静かに…この場を離れた。

 

犯人の車の横を通り過ぎた時、一般の手伝ってくれた人達から、声を何度かかけてもらった。

たまにお子様に…キラキラした目で見上げられたりも…した。

 

…はい。高い、高いですね。

 

キャッキャッ喜んでもらっているので…まぁもう少し…が……がまんし…よう。

 

子供を…上げた時の…腕の隙間から、みほ達を…見てみる。

 

…生徒会も含め、と…取り囲まれながら…まぁいいや。もう…泣き止んで…いるっぽいし。

笑って、話せるようになれば…もう、大丈夫だ…ろ。

 

沙織さんが、BT-42に乗り込んでいた…あぁ…あそこで…着替えるつもりか…。

 

…………まずい。本格的に意識が…朦朧としてきた…。

 

子供達に手を振り、一人でテントに再度歩き出した。

 

炎天下のアスファルトを……奇異の視線を感じながらも歩く…。

知らない人から見れば、路上を着ぐる…みが闊歩しているわけだからなぁ。

 

「もうす…こし……」

 

マリンタワーのふもと。芝生公園が、見えてきた。

テントが見えてきた…さっさと…ロック外してもらおう…。

 

テントの脇から、あひるさんチームとうさぎさんチーム…ほぼ一年生達が、留守番をしている姿が見える。

町内会の人達もいるし…まぁ大人の人達に混じっていれば、的確に…うご…けるだろう。

 

「先輩?……何してんの?」

 

突然の声に、顔を……動かした。

 

はっはー…相変わらず…きつい目で、見てくるなぁ…河西さんは。

むしろ俺が…聞きたい……なんで、いつの間によ…こに……。

 

突然、体の上半身に衝撃が走る。

 

着ぐるみの口を開けていた為だろうか?

 

目の前から、土と草の匂いがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙織さんが、突然声を上げました。

 

「そうだ! あのお兄さんにも、ちゃんとお礼言わなきゃ!!」

 

みほさんのお母さんに頂いた、男物のワイシャツ。

継続高校の方達の戦車をお借りして、中で着替えた沙織さん。

 

出てきて早々にそんな事を言い出しました。

 

「お兄さん?」

 

「そう! ほら! 着ぐるみ着の人!!」

 

「あー…」

 

隆史さんですか…。

 

一斉メールで「着ぐるみの中身」は、内緒にするようにと、河島先輩から指示が来ていましたね。

なんでその様な指示でしたか、分かりかねますけど…。

お陰で、沙織さんはまだ隆史さんの事を知らないでいます。

 

「そう言えば、見当たりませんね」

 

「私ちょっと行って来る!!」

 

「え!? どこにですか!?」

 

「多分、テントにいると思うの。」

 

…もうバレてもいいのでは?

と、皆が思っているのでしょうね…。特に止める人はいませんでした。

 

「んじゃ、みんなで武部ちゃんと一緒に戻ろうかぁ!」

 

会長が、率先して言い出しました。

目は至って真面目…沙織さんに聞かれないように小声で「事件現場にいつまでもいたくないっしょ?」と仰っていました。

…まったく、その通りですね。

皆にもその意思が伝わったようで、皆でテントまで歩いて帰る事になりました。

 

そのテントまでの帰り道、会長が仰っていました。

 

「しっかし、まぁ…。西住ちゃんと隆史ちゃん…。なるほどねぇ……隆史ちゃんが、少々過保護になるのが分かった気がするよ」

 

「……」

 

先ほどの、みほさんのお話の事ですね…。

幼少時、事件がきっかけで出会っていたのですね。

 

「あー…隆史ちゃんが、酔っ払っても一切喋らなかったのが分かったよ…」

「え!? 隆史君、あの状態の時に喋らなかったんですか!?」

 

「生徒会の歓迎会の時に、ちょっと聞いて見たんだけど…かなり大切な話とかなんとか言ってね」

「……隆史君が。…大切……」

 

小声で話してる、みほさんと会長のお話が聞こえて来ました。

「酔っ払って」というフレーズが、かなり気になりますけど…。

 

「ねぇ、みぽりん?」

 

「え!? あ、はい!!」

 

会長との話に集中していたのか、突然にふられ慌てていますね。

 

「隆史君とのお話…今日、ちゃんと返事して上げてね?」

 

「…そんな。こんな事があったのに…」

 

「だからだよ!!」

 

「え…」

 

「私に気を使って、先延ばし先延ばし…なんて事、私は嫌だからね!!」

 

「……」

 

「まぁ! 恋愛ドラマとかなら面白いけどね!!」

 

軽くウィンクをしていますね…。

…そうですね。私も助け舟をだしましょう。

小声で…みほさんにしか分からない様に…。

 

「みほさん」

 

「え? あ、はい!」

 

「沙織さんを…早く、「事件前」に、戻してあげましょう? 本来なら今日、隆史さんにお返事するつもりでしたのでしょう?」

 

「…華さん」

 

「その様な話をしている時に、攫われてしまったのですからね…。日常の続きを続けたいのでしょうかね?」

 

「……」

 

笑いかけてみたのですけど…どうでしょう?

 

「…わ……わかりました」

 

少しは助けになったのでしょうか? まだちょっと目は赤いですし、迷っているみたいですけど。

みほさんは…静かに決意した顔になっていきました。

 

 

 

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-----

---

 

 

 

 

テントの前に来た時に、沙織さんは言っていました。

私だけに聞こえるように。

 

「華、そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」

 

「…はい?」

 

「みぽりんの事も本当に…」

 

あら…さっきの話、聞こえてしまっていましたか。

 

「そ…それに! 私も見つけちゃったかも!!」

 

「何を…ですか?」

 

「私の王子様!!! ふっふーん。これでもう、華に冷めた目で見られる事も無いよね!!」

 

できるだけ、明るく振舞っているつもりなのでしょうか?

 

…まだ小刻みに、指先が震えているのを私は、見逃しませんよ?

変に気を使わないでください…。

 

 

『なにこれ!? どうなってるの!?』

『もう、壊れてもいいから、切っちゃおうよ!!』

 

「……ん?」

 

テントが少し騒がしい…ですね。

何が…。

 

『先輩!? 大丈夫ですか!? 返事してください!!』

『どうしよう!? どうしよう!!』

『先に、着ぐるみから出してしまいましょう。手伝って下さい』

 

「え…なんだろう……華?」

 

…テント内は大変な事になっていました。

それは、力なく仰向けに寝かされている、着ぐるみ…隆史さん。

 

その着ぐるみの顔…それを取り外されようとしていました。

ロックはすでに解除されているようで、1年の皆で頭を掴んでいました。

一人の…みほさんのお母様と共に来られていた女性が、指示を出しています。

 

 

『と…取れたぁ……!!??』

 

湯気…水蒸気…。

 

取られた着ぐるみの頭と共に、立ち上がる白い煙……。

 

…虚ろな目をした、隆史さんの顔が見えました…。

 

「た…か……」

 

沙織さんの目が見開いています。

こ…これはいけません。

一応、隆史さんに正体をばらすなと言われている以上、隆史さんの目の前に沙織さんを連れて行くわけにはいけません。

かといって、すでに思いっきり、沙織さんに姿を、見せてしまいましたし…。

 

と…取り敢えず隠れましょう!! 

沙織さんの手を引いてテントの裏に連れて行きました。

テントの布の間から、様子を伺ってみます…。

 

体を軽く起こされ、着ぐるみについた、背中のチャックを急いで下げています。

汗でくっついてしまっているのか、中々出てきません…。

 

そこでも、町内会の方達も手伝っていただき、全身を着ぐるみから完全に出された隆史さん。…動きません。

体から、まだ少し薄い湯気を出している隆史さん……。

 

 

『島田さん、ちょっといいですか?』

 

『忍ちゃん?』

『これ、熱中症の初期段階だと思う…妙も手伝って』

 

河西さんが、両手にバケツを持ってきた。

それをすぐに、隆史さんに、上半身と下半身から、ゆっくりかけていきます。

水を隆史さんに掛け…なるほど、体を冷やしているのでしょうか?

 

『後は、どこか涼しい所に移動させないと』

 

『そうですね…では、あそこの建物に彼を移動させます。どなたか手伝ってください』

 

島田さんと呼ばれた女性の方が、マリンタワーを指しています。

 

『あー…地面きもちいい…。地球…愛してる……』

『何を馬鹿な事言っているんですか!! …って、先輩!!』

 

あぁー…と呻きながら、両手を開き、全身で地面にくっつき出しましたね。

 

『島田さん! 先輩、意識戻りました!!』

『…少し、落ち着きなさい? さて…』

 

うつむせに寝転んでいる隆史さんの頬っぺたを軽く、叩きながら意識の確認でもしてるのでしょうか?

 

『大丈夫ですか? 隆史君。』

『冷たい地面が大好きです。そんなガイアが、俺が好きだと囁いてくれてます…』

 

『…ダメそうです。運びましょう』

 

一瞥して、あっさりと諦めたのか、町内会らしき男性の方々に頼み、マリンタワーへ運ぶ様です。

一番近い、エアコンが効いている建物だからでしょうか?

 

もう体が動くのでしょうか? 上半身を起こしていますね。

手伝ってもらうように、近藤さんと河西さんが、肩に手を添えていますね。

 

『ありがとうね。あぁ、河西さんは、なんか悪かったね。目の前で倒れちゃったんだろ? 俺』

『い…いいよ別に』

 

二人にお礼をいい、ゆっくりと今度は立ちがりました。

 

『お…意外と動ける…千代さん、自分で行けそうです』

『ダメです。もう町内会の方に頼んでありますので、無理しないように』

『でも、あまり『 ダ メ で す よ ?』』

『……は…はい』メガワラッテネェ…

 

…あのご婦人の方も、隆史さんのお知り合いでしょうかね?

隆史さんが、珍しく素直に従ってますね。

 

 

『先輩、西住隊長達もこちらに戻ってきてるみたいです』

 

水分…ペットボトルの水を飲んでいる、隆史さんの横で近藤さんが携帯を見ながら報告。

そう言えば、一斉にまたメールが来てましたね。

 

『え!? い…いかん。すいません、ちょっと急いで移動したいですので手伝ってもらえますか?』

 

みほさん達が、戻ってくると聞いた途端に、町内会の方々にすぐ移動すると言い出しましたね…。

みほさん…というより、沙織さんでしょうか? 一斉送信されたメールにもありましたが、着ぐるみの正体をひた隠しにしていましたしね。

…そこまで徹底する事が必要なんでしょうか?

 

まぁすでに、ここにいますけど…。

 

『こっちに向かって来ているみたいだし…案内しとこうか?』

 

『ダメだ!!』

 

……怒鳴った。

 

『う…大声だしてごめん、河西さん』

『い…いや、別にいいけど……』

 

隆史さんの声に、皆が注目してしまいました。

怒鳴った拍子に、眩暈でもしたのでしょうか…少し項垂れてます。

 

『みほ達はともかく、沙織さんにだけは、着ぐるみの正体を絶対に言わないでおいてくれ』

『……メールで見ましたけど、別にもういいんじゃない?』

 

『ダメだ』

『…最後、先輩が助けたんでしょ? 別にもう…』

 

『……』

 

…完全に出て行く機会を逃しました…。

今更出づらいですね…。

 

隆史さんが、ため息一つ付き、説明をしはじめてくれました。

 

『……いいか? 沙織さんは、着ぐるみの事をどこかのオッサンだと思っているんだ』

『そうみたいだね…』

 

『…今回は無事だったけど…レ…いや、乱暴されそうになった。そんな…えっと、そんな状態、よく顔を合わせる異性が見てんだよ…まぁ俺だけど……』

『……』

 

多分、隆史さん大分、言葉を選んで発言してますね。

まぁ…後輩のしかも異性ですからねぇ。私はもう、なんとなく分かりました。

 

『こういう事な、結構トラウマになって…いろんな事を切っ掛けに後々、思い出す人もいるんだよ』

『………』

 

『えーと…なんというか。これからも、俺とまだ顔を合わせるんだ。……俺を見る度、今回の事を思い出すような事になったら…ってな』

『……はい』

 

『沙織さんも辛いと思うし、俺も辛いんだよ…だから、まぁ…言ってくれるな。な?』

『…わかった。分かりました』

 

隆史さんはそのまま、男の方二人に肩を貸してもらい、その場を離れて行きました。

そこまで聞いていた周りの人達は、急いで着ぐるみを片付け、隆史さんがいた痕跡を急いで隠していきました。

 

あー…完全に出ていけない状態になってしまいました…。

どうしましょう?

 

「華……」

 

「な…なんでしょううか?」

 

その場にしゃがみこんでしまっている沙織さん…。

そう言えば、先程から一言も喋っていませんでしたね…。

 

「ど…」

 

「はい?」

 

「どうしよう?」

 

え…何がですか?

 

こちらを勢いよく振り向いた、沙織さん。

 

その顔は…なんというか、真っ赤になっていたり、青くなったり…。

 

えっと…色んな感情が出ていると言いますか…えーと…あー…そういう事ですか? え?

 

 

「どーーしよう!!??」

 

…どうしましょう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大洗マリンタワーのエントランス。

 

その一角を病人だと理由で、休憩に使わせてもらっている。

 

 

随分と楽になった…まぁ昔から肉体的な我慢は得意って言えば得意だったな…。

 

痛みしろ何にしろ…。まぁ精神的な物が大きいからかなぁ…。

 

…この世に生まれる前から、そこだけは得意だったな。

 

いやぁ、熱中症とやらは初めてなったな。こんなに辛いとは思わなかったな。

痛みより、気持ち悪くなる事の方が辛いもんだな。

 

 

…あの男。

今回の件で、首謀者だと思われる「あの男」

 

ここに見に来てくれた、しほさんと千代さんの話だと男は、見つけられなかったようだ

それよりも、その話をしている時の二人の顔が…笑っていった。

 

楽しそうに談笑する様に会話をしていた。「後処理は、こちらに任せてください」とか言っていたけど…。

目は笑っていない…とか、そういう問題じゃあない。

 

……こ、恐かった。

 

恐怖以外の感情がわかなかったヨ。

今は何も言わないで、黙っていう事を聞いておこうと嫌でも思いました…何する気だろう…。

や…やめよう。考えるの…うん。家元コンビは。事後報告のみ聞く事にしよう…。

 

誘拐犯共は、警察へ連行されたようだった。

 

そいつらに対して俺の暴れた件は、普通に話す事は出来た為、警察の聴取は簡単にだけど受けていた。

正当防衛の範囲に入るだろうという事…らしいのだけど…。

あの二人…なんかやってくれたのだろうか?

また、しほさんと千代さんに迷惑掛けちゃったなぁ…。

 

沙織さんの聴取も終わっているらしいのだけど…こちらも問題は無いようだった。

また後日、聞かれる事もあるだろうけど、今日はもうお開きだそうだ。

 

 

沙織さんと顔を合わせないようにする為に、大洗学園が撤収するまでここにいるつもりだった。

私物も持ってきてもらったし、着替えたし…で、本調子では無いにしろ体調が回復した今、やる事が無い。

 

町内会の協力してくれた一般の方々、その方達にも御礼周りでもしよう…と思ったのだけど、それは会長がすでに動いていた。

まぁそこでも、沙織さんと鉢合わせになってしまったら、意味がないか…。

 

……

 

…………暇だ…。

 

展望台にでも行ってみるかなぁ。

まだちょっと重い腰を持ち上げてみる。

 

うん…歩けるか。

 

 

 

-----------

------

---

 

 

 

てな事で、エレベーターで登り今現在は、展望台。

到着するも…誰もいねぇ…。

 

閉館間近だからだろうか…。

 

夏場は、確か21時で閉館だった様な…なぜ誰もいない。

まだ、19時頃だよな…ちょっと怖いぞ。

 

人気の無い展望台。

 

そこから港に着艦している学園艦が見える。

…見慣れてしまったなぁ、でっかい船ってのも。

 

下を見たら、すでにテントは崩され、回収されていた。

ちっちゃく見える戦車が3輌。

ミカ達の戦車もまだいる。燃料を分けてもらったんだろうか。

動いているのは見える。

 

「……」

 

壁に背をかけて、ボケーと眺める。

 

暫く眺めていた。

 

何も考えないで。

 

そして思った。

 

そろそろ夜景になりそうな景色を見ながら、この世界に生まれて初めて思った。

 

酒飲みてぇ……。

 

ひどい酔い方をするのもあって、どうなるか分からない恐怖心から、飲みたいと思った事は今まで無かった。

しっかし、さすがに今日は色々と…本当に色々あって疲れた…。

 

酒飲みたい…できれば、ビール。

…記憶で知っている。疲れた時の酒の味。

 

まぁ…飲まないけど…。

 

はっはー。こういう時にでるなぁ…オッサン思考。

…そろそろ戻ろう。なんか悲しくなってきたし…。

 

 

「……」

 

「…………」

 

 

「あの…みほさん。いつからそこに、いらっしゃいました?」

 

 

みほがいた。

 

一人で、真横に。

同じように壁に背を預けて。

 

なんでこう…みんな気配消すんだよ…。

 

「さっきからずっといたよ? いつ気づくかなぁ…とは思っていたけど」

 

「…そ…そうですか?」

 

「大丈夫? まだ、頭ボーッとする?」

 

「いや…もう大丈夫だけど」

 

「そっか…よかった」

 

「…」

 

え…なに? どしたの、みぽりん。

顔、赤いけど?

 

「あ、あの!」

 

「え? はい。なんでしょう?」

 

「…隆史君、会長に私達の…事件の話。しなかったって聞いて…」

 

「あー…生徒会歓迎会の時に聞かれたなぁ…。まぁうん。言わなかったな」

 

また懐かしい事を言ってきたな。

沙織さんに今回の事が、昔の事件に絡んでる事を、説明してる時にでも聞いたのかな?

でもなんだ? ちょっと様子が変だ。

 

「あと…今日、沙織さんを助けてくれたのだってそうだし…」

 

「…うん」

 

「本当は今日、言うつもりだったんだけど、こ…こんな事があって、やめようと思ったんだけど…」

 

「うん?」

 

「隆史君が、エレベーターに乗るとこ見て、一人になってるの今しかないかなぁって思って」

 

「…はぁ」

 

何が言いたいんだろう…?

相変わらず、ダイナミックに両手を振ってアワアワするなぁ…。

 

「沙織さんに、逆に気を使われちゃって…私こんなんだから……」

「ちょうど、今ここ他のお客さん誰もいないし、今しかないって思ったのに隆史君、私に気づいてくれないし!」

 

「…すいません」

 

「つまり!!」

 

「はい、なんでしょう?」

 

今度は、手を前で合わせて…真っ赤になって小さくなった。

 

「き…昨日の返事ぃ……」

 

「……」

 

あー…なるほど。それでテンパってたのか。

 

「あのな…それあんな事の後に…あー…なる程。それで沙織さんに気を使われたと…」

 

「…そう」

 

一番気を使われちゃいけない人に、気を使われたと…まぁそりゃ、何も言えんわな。

 

「…ちょっとさすがに今日の事があって…頭の中ぐちゃぐちゃになって…」

 

「はい」

 

「…………自分で昔の…あの事件の事、言葉にして思い出しちゃって…」

 

「……」

 

「……昔からの事も一緒に、思い出して…うん!!」

 

「……」

 

「もう、隆史君みたいに考えるのやめた!!」

 

「えー…」

 

「隆史君みたいに、スタート地点を決めようと思ったの! 始めようと思ったの!!」

「オレンジペコさんとか、ダージリンさんとか………お姉ちゃんとか…この事に関しては、もう気を使わないって決めたの!!」

 

胸の辺りで、両手を握り締めて、俺の目を見てきた。

 

…あ、逸らした。

 

「うぅ…なんか、ずるい…なんでそんなに、普通にしていられるの? 私だけ馬鹿みたい……」

 

「え…いや、そう言われましても…」

 

はぁ…なんといっていいか…。

 

「んで、どうなんでしょう?」

 

「え?」

 

何を驚いた顔をしている。

みほも散々考えて、気持ちに従うってのはわかった。

ただ、考えるのをやめたっていい方は、ちょっと違うだろ?

 

「え…って、返事をお待ちしておりますが?」

 

「……え?」

 

……あー…。

会話のニュアンスで、何となく分かったけど…。

 

「えーと、え? わ…分から……無い?」

 

「わかりませぬ」

 

「わ…分かってるよね!? 絶対分かってるよね!?」

 

「はい。言葉にしましょう。こういう事は、変に誤魔化すと…関係脆いぞ?」

 

俺がSだからという訳じゃあ無い。はい。

 

「あぅ…あ……ぅぅ……」

 

真っ赤になってるなぁ…。

 

「……」

 

…………俺がSだからという訳じゃあ無いですよ?

 

 

あ。

 

 

「む…」

 

「あ、ちょっと待て、み『昔から!!』」

 

あー……

 

 

「病室の時から好きでした! だから!!…その!…えっと………ぅぅ!!」

 

 

顔真っ赤にして、また両手を胸の前で握り締めて、アワアワしている。

段々と勢いが…まぁ仕方ないか。

 

はっきりと言ってくれただけ、頑張ったなぁ。うん。

頭に手を置いて…あ…そう言えば、みほの頭に手をやるのって初めてか。

 

わしゃわしゃしてやる。

 

「わかった。うん。ありがとうな…俺も好きだと…それは、前にも言ったな」

 

「ふぁ!! うぅー…。隆史君のその余裕が…ちょっと嫌」

 

本当に無いんだけどなぁ…。

 

「んじゃ、これからよろしく」

 

「よ…よろしくお願いします……」

 

赤くなって、完全に俯いてしまった。

わしゃわしゃ撫でながら…一応、言っておいた方がいいかなぁ…。

 

さぁこれから大変だ…。

 

「あと、別に余裕なんか無いよ? 男ってのはこう言う時は、それなりに格好つけたいもんなんだ」

 

「うぅ…うそつき」

 

「いやぁ…特に、……後輩の前だとねぇ」

 

「…後輩?」

 

「ほれ、後ろ」

 

「え…え!?」

 

頭を撫でていた手を、そのまま後方に指差してやった。

超高速で振り向くみぽりん。

 

はい。急いで隠れる影六つ。

うさぎさんチーム…仲いいなぁ。

 

「!!!!!!」

 

「あー…すいません。尾形先輩、探しに来たんですけど…」

 

はい。澤さんが、恐る恐る顔をだして説明をしはじめてくれました。

あいや~、皆さん顔を出すと、すっげぇいい目の輝きをしていますね。

 

「」

 

「あー…ごめん。いつ頃からいたんだ?」

 

完全にフリーズしてしまった、みぽりんの代わりに聞いておく。

いやぁ…真っ赤だなぁ…熱中症かな?

 

「あの…怒りません?」

 

「怒る理由が無い。で、いつ?」

 

「あの…尾形先輩の…『みほさん、いつからそこにいらっしゃいました?』って所から……」

 

「はっはー。お約束をしてくれるねぇ…………最初からじゃねぇか」

 

「」

 

「こ…告白みちゃったぁ!!」

「さすが西住隊長!!」

「……」ポッ

「あははー。紗希が赤くなってる~」

「いいもの見ちゃったぁ」

 

「」

 

「あ…」

 

みほがその場で、顔を押さえて蹲った。

 

「……ぅ」

 

「あ…あれ? 西住隊長?」

 

「ぅぅぅぅ!!!」

 

唸ってますね。はい。

 

展望台を見下ろすと、すでに大洗学園は撤収準備が、終わっている。

彼女達は多分、学園艦に帰るので知らせに来てくれたのだろう。

 

「さて…」

 

納涼祭から始まり、沙織さん誘拐事件。

 

大洗を皆で駆け回って、大捜索。

 

……んで俺の…暴走…か?

 

最後に、まぁ…西住 みほ

 

幼馴染が、彼女になりました。

 

 

「なっがい、一日だったなぁ…」

 

 

みほは、まだフリーズしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追伸……少し未来のお話。

 

 

この事件のせいと言うか何というか……。

 

今回、町の人達が協力してくれたお陰もあり…野次馬達が撮っていた携帯の写真とか。

まぁなんだ、地元新聞に載ってしまった。

お陰で、色々な大洗の人達の証言で、俺の行動は問題にはならなかった。

沙織さんの名前も、顔も一切記載されなかったが、一般の方の写真と動画投稿の関係で、爆発的に広がってしまったモノがある。

 

 

……ベコ。

 

 

それは、今回の事件の詳細を知っていた町人の話が、さらに噂になる。

危険を顧みず、悪漢達から女の子を助けてた…「あの着ぐるみ」は、なに?ってな。

 

簡潔に言うと……メチャクチャ人気が出ちゃった。

 

その人気は、なんでか知らんが他県にまで浸透していった。

 

…後に俺は、ベコの人(本物)という良くわからない呼び方でたまに呼ばれる事になり、後日またあの着ぐるみを、何度も着るハメになる。

ハ○の人みたいで嫌だ…。ただ、本人という事で、時給はメチャクチャ良い…。

 

みほは、事情を知っているので、複雑そうな顔をしている。

…が、事情を知らない愛里寿に「お兄ちゃんは、ボコの敵なの?」と涙ながらに聞かれた日には、……死にたくナリマシタ。

 

……そして、エリリン。

なんで!? 貴女、そういうキャラじゃ無いでしょ!? なにドハマリしてるの!?

決勝戦終わったからって、何でわざわざ大洗まで見に来てんの!!??

 

ほら…ベコってハグしようぜ! とか言ってるでしょ?

なにかジンクスにでもなってるみたい…でしてね…。

 

良い人は幸せになれる…悪い人は、そのまま抱き殺される…だって。

……真実の口かよ…俺は。

総じてこういう事は、女性は好きだ。

着ぐるみ着てると、結構な割合で子供とかその…女性とかもハグして~って、くるんだよ…。

 

はい、みぽりんの殺気がすごいんです。

 

そして一番の問題。

 

ベコは、ボコの人気にも影響し、ただでさえ客足が遠のいていた「ボコ ミュージアム」の集客数に。トドメをさしてしまった様だった…。

 

要は、ボコ派VSベコ派の戦いに発展していく……。

 




はい。ありがとうございました。

なんというか、第一部 完
って感じですね。アニメで言えば…展望台でED流れないでスタッフロールだけ流れる感じ……、

ベコ…ベコです
【挿絵表示】
何年ぶりに絵書いた……ほぼラフですけど…。
みぽりん似てねぇ…。

長かった…連載開始時の文字数倍以上ですよ…。
本編ちょっと、急ぎすぎたかなとは思いますけど…まぁ…良し!!

はい。シリアス編終わりです。次回リハビリの為にネタ全開でいきます。
はい。あの話ですね。某チョコレート菓子の話です。
隆史君、覚醒させるかちょっと考え中。
……本編に絡むように…もう閑話では無くなります。

ありがとうございました。


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第33話~それは、いろいろなスタートでした~★

はい、久しぶりに思いました!!

何書いてんだろ…俺……


 ……朝食時、いつものように隆史君の所で食べた時、すっごく気まずかった…。

 ろくに顔も見れなかったよぉ…。

 終始、不思議そうな顔をしている隆史君が、ちょっと憎らしく思っちゃった。

 

「……」

 

 お姉ちゃんにいつ言おう…。

 隆史君が、言っておいてくれるって言っていた…ような気がするけど。

 

 なんか、変な返事しかできなかった気がする…。

 

 うぅ…。

 

 ……だから今朝の記憶がとても曖昧だった。

 

 それから朝、隆史君以外の皆で、揃っての登校。

 沙織さんの所に、登校する前に寄っていくという案だったけど、男はいない方がまだいいかもしれないって事で、隆史君は一人で登校するようだった。

 

 昨日、華さんと麻子さんは、沙織さんの所に泊まったようだった。

 誘拐なんてされた日だし、華さんも麻子さんもその夜は心配だった為…との事だった。

 

 優花里さんもやっぱり、心配していたようで、私と一緒に沙織さんの家の前で、鉢合わせた。

 あんこうチームが全員で登校なんて随分と珍しい。

 

「だから、もう大丈夫だってば!」

 

 その当人の沙織さんは、携帯で親と会話している。

 昨夜も掛かってきたようだけど、今現在の今日も心配して電話をしてきたようだった。

 

 …うん。当然だと思うよ?

 

 私のお母さんの場合は、どうなのだろうか?

 

 心配してくれるのだろうか?

 

 

 昨日はまさか、お母さんが大洗に来ているなんて思わなかった。

 

 少し、話す事はできた。食事をちゃんとしているかとか、元気でいるのか?とか聞かれた。

 

 どうなんだろうか?…アレは、心配してくれていたのかな?

 

 少しぎこちなかった…まぁ私もだけど。

 

 何を話していいか、まだ良くわからない。

 

 ただ……戦車道の話はしなかった。

 

「もう! 学校に着くから切るよ!! じゃあね!」

 

 ぶっきらぼうに電話の通話を切る沙織さん。

 少し恥ずかしそうだった。私達の前だからなのかな?

 

「うぅ~…今度は妹からだったよぉ…立て続けに家族から電話が来るぅ…」

 

 昨夜はどうも、お父さんとずっと電話で話していたようで、お母さん、妹と順に連絡が入ると、ちょっと恥ずかしそうにボヤいている。

 

 …素直に羨ましい。

 

「あれ? 武部殿? 携帯のストラップ変えました?」

 

「え? あーうん。せっかくだし、昨日一個、買っちゃったんだ」

 

 以前につけていた、ビーズで出来た四葉のクローバーみたいな、ストラップが取り替えられていた。

 

 その…黄色の熊に。

 

 

 昨日、隆史君が着ていた、着ぐるみだった。

 納涼祭の時の、大洗学園のテントで売っていたストラップ。

 

 売上は、コレ一つっぽいなぁ…。

 

「……け…結局、着ぐるみのお兄さんと会えなかったし…まぁ、うん。お守り?」

 

「そ、そうですかぁーー! お守りですかぁーー!!」

 

 何故だろう。

 

 華さんが、焦っている気がする。

 沙織さんが義理堅いだけだよね? なんでだろ?

 

「……それよりな、沙織。一つ気になるのだけどな」

 

「な…なに?」

 

 麻子さんは疑問に思ったようだ。

 うん。それは私も思った。

 

「なんで、メガネしているんだ? 普段、コンタクトだろ?」

 

「……き…気分転換……かな!!」

 

「……」

 

 ……気分転換かぁ…昨日の今日だし、しょうがないかな?

 華さんが、非常に複雑そうな顔をしてるけど…。

 

「それより、みぽりん」

 

「はい? なんですか?」

 

「私のせいで、ごめんね? せっかく隆史君とうまくいったのに…。一緒に登校とかしてみたかったでしょ?」

 

「……え」

 

「」

 

 え…。

 

「……相変わらず、書記は書記って感じだったがな」

 

「ちょっと、こっちが恥ずかしかったですね!」

 

「え!? え!!?? ちょっとまって!? まだ皆に私、言ってないよね!!?? なんで知ってるの!!??」

 

「えっと。うさぎさんチームから、実況メールが、みんなに送られてきたよ? あれ? 知らなかったの?」

 

 知らない! 知るわけないよ!!

 

 うぁ……一斉送信で私と隆史君以外に送られていたようだった。

 

「あ…あぅ…あぁぁぁ!!」

 

 恥ずかし恥ずかしい恥ずかしぃぃぃ!!

 え…何!? みんなに知られてるの!?

 

「うぅー!! ぅぅぅ!!! やだ! 学校行けないよぉ!!」

 

「はいはい。さっさと歩いて! 麻子みたいになってるよ!!」

 

 固まってしまった私は、沙織さんに引きずられながら渋々歩く……。

 隆史君と付き合う…こい…恋人って関係になったって、実感は実はまだ沸かなかった。

 けど、コレで実感がしてきた。周知されていたという現実に。

 

「ぅぅぅ…」

 

 ………やだもぉ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、急に呼び出して悪かったねぇ」

 

「いえ、大丈夫ですよ?」

 

 登校早々に、例のド派手な呼び出し校内放送で、生徒会室にお呼び出し。

 いつもの様に、指定席…というか、会長席に座っている会長。

 

 …この人が、俺に好意を持ってる…かもしれない?

 

 …………いやぁ…無いだろう。

 うん。無い無い。

 だって会長だよ? 好かれるような事してないよ?

 

「一度、沙織さんの顔を、見ておきたかったのもあったのですけど…まぁ遅刻ギリギリだったので、どちらにしろ無理でしたから…」

 

「ん。まぁ昨日の今日だしねぇ」

 

「それで? 俺に何の用ですかね?」

 

「いやぁー、ちょっとね。隆史ちゃんにお客さんが来てるんだよ」

 

「客?」

 

 誰だ? 昨日の家元コンビは、帰ったそうだから違うだろうし…。

 

「日本戦車道連盟理事長の児玉 七郎氏だ」

 

「……」

 

 大学に続いて、今度は日本戦車道連盟かよ…。

 なんだ? 例のガマ蛙の件についてでも聞かれるのか?

 でも、わざわざ朝一で高校生相手に訪ねてくる程か?

 

「もう応接間に居るそうだから、このまま向かってくれる? 私達は授業だし…何か隆史君だけを、ご指名みたいなの」

 

「…そうですか」

 

 本当に俺個人に会いに来たってのか? ……本当になんの用だ?

 

「…………ン?」

 

 少し考え込んでいると、会長の視線に気がついた。

 な…なんだろう……、怒っているって感じではないのだけど……。

 

「ねぇ隆史ちゃん、話は変わるんだけどさ」

 

「え? えぇはい、なんですか? 会長」

 

「その会長っての、もうやめて」

 

「…は?」

 

 あれ? 柚子先輩と桃センパ…桃先輩が完全に目線を壁に向けた。

 会長はメチャクチャ真っ直ぐ目を見てくるんですけど…。

 

「名前で呼んで」

 

 …え。

 

「ほらぁ。かーしまとか小山は、名前呼びなのにさ。私「だけ」役職呼びじゃぁねぇ…寂しいかなぁってね」

 

「はぁ…そ…そういうものですか?」

 

「そういうものだねぇ」

 

 柚子先輩と、桃先輩は完全に身体事、横を向いてしまった。

 な…なんで!?

 まぁ…別に御所望という事であればいいけど…。

 

「えー…と、じゃあ…角谷会長?」

 

 

 

「……………………は?」

 

 

 

「」

 

 

「隆史ちゃーん。ひょっとしてぇ、分かって言ってる? ん?」

【挿絵表示】

 

 

「」

 

 …会長のすっげぇ良い笑顔が、めちゃくちゃ怖い。

 

 下の名前で呼べって事か? 

 確かに前回、その場の勢いで、年下に話すみたいに言ってしまったけど……。

 え? なんで? 今更!?

 

 ジーーーーーーーーーーっと、めちゃくちゃいい笑顔で、見つめてくる。

 

 うぁぁぁ怖いこわいコワイ!!

 

 ぬぉ…まぁ…そんじゃ…。

 

「では、その…あ、杏…会長……?」

 

「…………」

 

「……あ…あの?」

 

 次は、顔が無っ表っ情ー!!

 

「まぁ、いっか。みんなの前ってのもあるしね。それで手を打とう」

 

「で、では! 尾形書記は、急いで応接間に行くように!!」

 

 よ、良かった…。

 

 手を打とうの言葉に即座に反応し、桃先輩が締めに掛かった。

 即座に、柚子先輩が荷物をまとめ、退室の準備を進める…。

 この二人が、慌てるって事は、やっぱりちょっと普通じゃなかったのかな? 

 

「そだね。私達も倉庫に行こっか」

 

 早々と、生徒会長室から3人揃って…つまり俺を残して、退室しようとする会長達。

 あれ? いつも最後に出るよね?

 

「後ね、隆史ちゃん」

 

「は、はい?」

 

 なんだろうか。悪寒がする。

 扉にに手を掛け、こちらを半身で見てくる。

 

「……隆史ちゃん」

 

「は、はい?」

 

「ちょっと、私も本気を出そうと思ってるんだぁ」

 

「えーと…なんにで…しょう?」

 

 

「あぷろーち♪」

 

 

 パタンと扉がしまった。

 

「………………ぇ」

 

 

 …一人取り残された生徒会長室。

 

 えーと。え? まじで?

 

 

 

 

 

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 ---

 

 

 

 

「失礼します」

 

 軽くドアをノックし、呼び出された応接間へ入室する。

 …正直、会長の件がメチャクチャ引っかかり、ここに来るのに臆劫だった。

 

 まぁでも一応、この呼び出された…というか、俺にわざわざ戦車道連盟のトップ…だよな?

 そんな人が会いに来たというのだから気にならないわけがない。

 まぁいいや。まずは目先の事だ。

 

「やぁ、おはよう。君が「尾形 隆史」君かね?」

 

 ……。

 

 知っとる。この顔は知っとる。

 散々殺意を持って睨んできたから。

 見た目はヤクザ。カードの写真もヤクザ。

 

「はい…そうです。俺に何か用があるそうですが…」

 

 例のカードで散々見させられたハゲ頭だ。

 全国から、一部の人達に恨みの念を一心に受けているハゲ頭だ。

 

 取り敢えず、挨拶もそこそこに着席を促されたので、対面に座る。

 

「さて…と、何から話していいものか…」

 

「……」

 

 気を使っているのか、中々話を切り出さない。

 いっそこちらから切り出すか? 

 しかしこの人が、俺の味方かどうかまだ分からないからな。

 迂闊に切り出すってのも…。

 

「まぁいい。…君は、コレを知っているかね?」

 

 迷っている内に先に切り出されてしまった。

 結局後手に回った。

 

 横に置かれた袋から、取り出したモノを目の前の机に置く。

 

 ……え?

 

 

「乙女の戦車道チョコ…」

 

 ボソっと呟いてしまった言葉に、嬉しそうに反応してきた。

 

「そーそー!そーだよ! 知っていてもらえたか!」

 

「……」

 

 …………うん、コレ真面目な話じゃないな。

 

「よかったよかった! 話がスムーズに進みそうだよ! コレを君は買ったことある!?」

 

 なんか知らんが、嬉しそうにしてるよ。

 

「……まぁ…はい、人並み程度には」

 

 ウソデス。

 

 しほさんのLR以外、全てコンプリートしました。はい。

 出ねぇんだよ!! くっそ!!

 

「うんうん。実はね、次回で9弾目になるんだがね? そろそろ用意をしないといけなくてね」

 

「はぁ……」

 

「大会も残す所、後二試合になったよね? 各高校に直接オファーを出さないといけなくてねぇ」

 

「はぁ……」

 

 

「それを君に頼みたいんだよ」

 

 

「は?」

 

「あぁ! もちろん全校じゃないよ。他校の戦車道に関わる、数少ない男子生徒にも頼んでいるんだよ。後は、次回の撮影のアイデアとかね」

 

「……」

 

「まだ、大会順位が全て確定していないから、他の子達に動いてもらうのは後になるけどね」

 

 …………思いの外、下らない話だった。

 俺のシリアス脳を返せ…。

 

 いや待て、ちょっと気になる発言があったぞ。

 

「他の子達は後って? というか、引き受けるなんて言ってないんですけど!?」

 

「正直な話、直接頼みに来たのは君だけなんだよ。君にはすぐに動いて欲しかったからね! この話の後にね!」

 

「嫌です (聞けよハゲ)」

 

「で、君に頼みたいのは、まずは確定している、次回のLR枠の二人にオファーを取って来て欲しいのだよ」

 

「……嫌な予感しか、しないですけど…ちなみに誰ですか? (正直、気になるな)」

 

 

 

「島田流家元と西住流家元だよ」

 

 

 

「…………」

 

 さて。俺もそろそろ授業に参加しないとな。

 

 

「待って!! 待ってくれ!! 頼むよ!! 君しかいないんだよ!!」

 

 無言で立ち上がり、退室しようとした俺の腕を、焦って掴んできた。

 

 

「次回から戦車道選手達の水着撮影が、関係各所からの苦情でダメになったんだよ!」

 

「…当たり前ですね。未成年の水着写真…まぁカードですけど、そんなの販売してたらね (よく逮捕されないよな…)」

 

「そうなんだよ!! 何か他にいい案無い!? 私服とかじゃ、つまらないだろ!?」

 

 …話が変わった。

 つまらないって…。

 このカードは、一体何を目指しているんだよ。

 知らねぇよ。正直、案をだして通ってしまったら、俺が白い目で見られるでしょうが!

 

 

「コスプレとか、どうっすか? (販売自体を中止にしたら、どうですか?)」

 

「……」

 

 

 んぁ? 

 

 ハゲが固まった…っていうか、俺今、何て言った!?

 

「それだ!!!」

 

「」

 

 しまった…。また考えてる事言っちゃったか…。

 

 何嬉しそうに、こっちに指向けてんだよ。

 

「いやー!! いい案が聞けた!! それなら露出も抑えられるかもしれないし、うん!!」

 

「」

 

 ……また、やってしまった…。

 ごめん。皆…。

 このハゲの嬉しそうな顔だと…多分……採用される…。

 

「いやぁーこの調子で、家元達にもオファー頼むよぉ!!」

 

「嫌ですよ!! 殺されますよ!! 特に、し…西住流家元に……コスプレして下さいなんて言えるか!!!」

 

 自分の彼女の母親に、そんな事言えるかよ!!

 

「あぁ…違うよ? 家元達は、未成年じゃないから水着撮影のオファーだよ?」

 

「よけいに言えるかぁ!! あの家元達に脱いでくれなんて、あんた言えるのかよ!!」

 

「無理だねぇ殺されちゃうよ。でも君、両家元達と仲いいからできるかなぁ…って思ってねぇ」

 

 限度があるわ!!

 

「嫌ですよ。俺にメリット無いじゃないですか…それ以前に命の保証も無い…『写真では、どうだろう?』」

 

「……は?」

 

「…君の事を調べさせてもらってね…随分と家元達にご執心の様だね」

 

 俺の発言に、被せてきたハゲの目がマジだった。

 何が言いたい!

 

「水着撮影には、数々の水着での撮影となる。よって本採用されない写真が、何枚も出てくるんだよ」

 

「……」

 

 ほ…本当に、何が言いたいんだ。

 

 

「それを、内緒で差し上げ『やります (やります)』」

 

 

「……ァ」

 

 ……即答しちゃった。

 

 

「本当に!? 助かるよぉ!!」

 

 くっそ! 頭と一緒にキラキラした目で見てきやがって!!

 

 みほにバレないようにしないと…。

 下手なエロDVDとかよりも、見つかったら死ぬ気がする…。

 

「ぐ…でも、聞くだけですよ!? 断ってきたら無理強いしませんよ!?」

 

 頭を押さえながら、携帯を取り出す…。

 まずは、千代さんからで…。

 

「分かってるよ!! …前回も断られたし…西住流家元に殺されそうになったけど……」

 

 ……なる程。それで、8弾は亜美姉ちゃんだけ水着で、しほさんは若い頃の写真か…。

 というか、その苦行を俺にやらせるなよ!

 

 呼び出し音が、プルルと携帯から響く。

 

「…いや。やっぱりすごいね君。普通、家元達のプライベート電話の番号なんて知らないよ?」

 

「……」

 

 中々、出ないな。

 

「あ、もしアレなら家元達もコスプレ写真でもいいよ?」

 

 うるせぇ!! だから死ぬだろうが!!

 

 

 

『はい。どうしました? 隆史君?』

 

 あ、出た。

 

 …………さて。今からこの人に「脱げ」と言わないといけないのか…。

 愛里寿にバレたらどうなるんだろう…。

 

「あ、忙しい所すいません…」

 

『いいえ。大丈夫ですよ?…………昨日の屑共の件ですか?』

 

 最後若干、声のトーンが下がった…。

 

 普通はそう思うよね?

 

「違います。あぁ! その件に関しては、助けてもらってありがとうございました! 折角来てもらっていたのに、ろくに話もできなくて、すいませんでした」

 

 一応、挨拶もそこそこに、沙織さんの事も言っておいた。

 千代さんにも迷惑かけっぱなしだなぁ…。

 

 ……この人に、脱げと言わないといけないのか…。

 覚悟を決めよう。

 では、本題に入ろう…。

 

「あ…あのですね……。ちょっとお願いがありまして…あぁ! 嫌なら断ってくれて一向に構いませんよ!?」

 

『あら、直接電話でお願いなんて珍しいですね? なんでしょうか?』

 

 深刻な話じゃないと分かったら、随分と明るい声になった。

 よ…よかった……あの声のトーンで話されたら、言い辛いなんてもんじゃねぇ……。

 

「あの…乙女の戦車道チョコってお菓子ご存知ですか?」

 

『あぁ…知ってますよ? あまり褒められたモノじゃない、カードが入ってるお菓子ですよね?』

 

「…………ハイ」

 

 スイマセン、めちゃくちゃ集めてます。

 

『それが?』

 

「そ、それの最高レアの…カードに、家元襲名された千代さんが、選ばれまして……」

 

『…ふむ』

 

「あ、あの……それで、千代さんに…」

 

『私に?』

 

「水着の写真撮影をお願いしたくオモイマシテ…」

 

『…………』

 

「……」

 

 何かの気配を感じたのだろうか…ハゲが部屋の隅っこに逃げていた。

 ……この野郎…。

 

『……あの、私が言うのもなんですけど』

 

「え? あ、はい」

 

『さすがに高校生達と比べると…そんなに若くないで「あ、俺がすごく見たいので、気にしないでください」』

 

 あ…すっごい素で言っちゃった…。

 

『……』

 

「」

 

 む…無言が痛い……。

 

『……その最高レアというカードに選ばれたのは、私だけですか?』

 

「ぃぇ…あの…後、しほさ『やりましょう』ん」

 

 え…マジで!?

 

『まぁ…他ならぬ隆史君が、御所望ですしねぇ』

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 言ってみるもんだなぁ…了解とれちゃったよ…。

 一応、手でOKのサインを…もう、ハゲでいいや。

 ハゲに送る。

 

『…でも、何というのでしょうか?』

 

「え? はい?」

 

『文字どおり、隆史君に脱がされちゃいますね♪』

 

「」

 

 え……え?

 

 

 

 

 

 

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 はい。私は今、熊本県にお邪魔しております。

 そして「一人」…「たった一人」で、西住流家元本家に来ております。

 もう、14時を回る頃ですねぇ。

 

 ……。

 

 くっそ! あのハゲ! 逃げやがった!!

 

 何が急用を思い出しただ!! 常套文句言いやがって!!

 今日、みほ達と学校で、顔すら合わせられなかったよ!!

 

 …千代さんには、何か後々ヤベェ事になりそうなお言葉と一緒に了承を頂けました。

 次にしほさんにお願いする番だったから、最初にハゲに連絡をさせた。

 

 千代さんはまだいい。

 

 あの人は何だかんだで、こういう事や冗談にも寛容だ。

 

 だけど、しほさんはダメだ。……めちゃくちゃ固い人だしな。

 だから一応、こういった企画の上司というか何というか…企画主から挨拶がてら、説明をしてもらおうと思ったからだ。

 

 …そしたら去年の事もあって、随分とお怒りになられたそうで…またアレを販売するのかと…。

 ちょっとこっちまで来い、説明をしなさい! と、結構なマジギレされたそうで……。

 そこまでになると、あの人は妥協しない…。

 

 何が、旅費と宿泊費は全てこちらで持つから! っだ!

 自分が乗ってきたヘリに俺を押し込んで、俺に説明をしてきてくれと押し付けやがって!

 

 …あのクソハゲ。もう名前じゃ絶対呼んでやらん。最悪な上司だよクソ!!

 ブラック企業に勤めていた事、思い出したよ!!

 

「……あー…どうすっかなぁ……コレ」

 

 はい。懐かしい日本家屋…。

 電話口の関係で、いることは分かっているんだけど……どうしよう。

 

『あら? 隆史君?』

 

「お久しぶりです」

 

 いつまでもグダグダしている訳にもいかないので、インターフォンをプッシュ。

 例の如く、菊代さんの声が聞こえた。

 もう逃げれないなぁ…。

 

 あ…みほとの事、言っておいた方がいいかな…。

 相談した手前、経過を言わないのもなぁ……。

 

 そのまま、奥の座敷…ではなく、仕事中なのか書斎に通された。

 その扉の前で、硬直する。

 ……どうしよう。まほちゃんと乗り込んだ時より緊張する……。

 

「奥様。お客様がお見えです」

 

「……通して下さい」

 

 菊代さんが、一言かけて襖を開く。

 声がめちゃくちゃ機嫌悪そうだった。

 少し、開いた所で身体半分を出してみる…。

 

「こ…こんにちは。しほさん………まほちゃん!?」

 

「隆史君!?」「隆史!?」

 

 はい、皆同時に叫びました。

 全員が全員意外だったのだろうね。

 

 しほさんの書斎って和室なんだぁ…畳の上に机乗せていいのかなぁ…。

 その机の横に、もう一人の幼馴染がいた。

 

 

 …やぁ……まぁ……どうしよう。

 

 というか菊代さん、まほちゃんがいるなんて一言も言って……あ。

 

 後ろで口を押さえている。

 

 …またか。

 

 この人、こういうイタズラ昔から好きだったものなぁ…。

 

「では、日本戦車連盟の狸ではなく、貴方がここに来たのか、説明をしてもらえますか? 隆史君?」

 

 一応、客間に通された。

 畳の上に正座をして…というか、なんで説教をくらうみたいな雰囲気なんでしょうか?

 机を挟んで、西住流そのもの二人と対座する。

 

 え…何? この拷問。

 

「えー……と……しほさんに会いたかったから……とか?」

 

 てへっ♪ とか、やってみた。

 

 「「 …… 」」

 

 あぁ! まほちゃんの目がコワイ!!

 

「な…何を馬鹿な事を…。昨日、会ったばかりではないですか」

 

 あぁー…しほさんは、目がやさしい…。

 

「……ちなみに私は、大会決勝戦前の練習の件で、ここにいる」

 

 まほちゃん、俺が聞きたい事を先行して言ってくれた。というか言い捨てた。

 ……うん。なんか怒っとる。

 この際だ。全部言っておこう。

 みほの件は…特に、まほちゃんには今日の夜にでも、電話を掛けようと思っていたしな…。

 ……後回しにしても良い事ないしな! 多分俺、下手すっと死ぬな!!

 

「あの…例のカードの件と……みほの件で、ちょっとご報告がありまして…お邪魔しました…」

 

 「「 みほ? 」」

 

 あ…ハモった…。

 

「……ではまず、本題を片付けましょう…で?」

 

「」

 

「例のチョコ菓子の件で、わざわざ来たのでしょう? そもそも貴方は、いつから日本戦車道連盟の一員になったのですか!?」

 

 おぉぅ…二人揃って目が怖い。

 

「一員っていうか…この企画に、ほぼ強制的に参加させられまして…」

 

 目の前に置かれた、麦茶を口に含んだ。

 …スッっと動くだけで、身構えてしまうなぁ…この人に言わないとイケナイノ?

 

「そもそも、あの様な如何わしいモノをまだ発売するだけでも、腹立たしいというのに…と、いいますか…」

 

「はい」

 

「貴方は、あの様な物を購入していないでしょうね?」

 

「」

 

 すっげぇ真っ直ぐに目を見てくるのですけど!?

 買ってますよ? 買ってますけど!

 

「…いえ、見たことも『嘘ついても、すぐに分かりますよ?』」

 

「」

 

 …無理だぁ。コレはバレる。

 

 こちらも、目の前に出された麦茶を飲む。

 はい、一気飲みですね。

 

「こ…購入した事ございます…」

 

 ガタッっと椅子も無いのに音がした気がした。

 やめて!! 二人揃って立ち上がらないで!!

 

「まったく…貴方も所詮、男ですからね…」「…隆史」

 

「」

 

 …菊代さんが、すっごい笑いをこらえながら、おかわりくれました。

 現実逃避もできやしねぇ…。

 

「で!?」

 

「で…と申されますと?」

 

「なぜあの様な如何わしいカードを購入したのですか? 年頃の娘の水着カードなんて!!」

 

 えー…正直に言ったほうがいいのかなぁ…。

 下手に隠すと怒られ…というか、もう怒られてるし…。

 もはや、お菓子ではなくカード購入と言われてますね。はい、概ね正しいので訂正しません。

 

 ……。

 

「あの…怒りません?」

 

「子供ですか!? 内容によります。怒られるだけで済む内に吐きなさい!」

 

 わー返しが、みほと一緒だぁ。

 生徒会歓迎会の次の日に、同じこと言われたなぁ…。

 …みほとしほさんって結構似ている所もあるんだよねぇ。

 

 でもなぁ…、アレ買っていたってだけで、怒られる筋合いも無いんだけどなぁ…。

 でもすっげぇ怒ってるしなぁ…。まぁ言ってみますか。

 もしかしたら、他の写真とか見せてくれる…かな?

 

「しほさんのLRのカードが、欲しかったからデス」

 

「は?」

 

 どストレートに言ってみた。

 

「……私のカードですか? 確か、若い頃の写真を提供したはずでしたが…そんなのが欲しかったのですか?」

 

「欲しかったです!! というか、出ません!! ですから買い続けました!!」

 

「いや…あの。…言ってくれれば見せました……よ?」

 

「それじゃ意味ねぇ!!」

 

 写真がカード化したのなら、そのカードに価値があるんだ!

 俺の叫びに、たじろいた…というかドン引きしてますね…でもここは引けない!

 

「カードが欲しかったんですよ!! カードが!! …他の写真はまぁ…それはそれで、すっげぇ見たいですけど…」

 

「そ…そういうものなんですか…?」

 

「……」イラッ

 

 

「いや…でも、私のカードなんて…そんな物、欲しいものなのです…か?」

 

 勢いが収まった! 良し!!

 

 

「はい!! しほさんが欲しいです!!」

 

 

 「「 」」

 

 

 …ゾクッ!! っとすごい悪寒が走った…。

 すごい近距離から声がした。

 

「タ カ シ」

 

「」

 

 いつの間にか、まほちゃんの顔が真横にあった。

 いつもだったら、赤面してしまいそうな距離ですね。はい。無理です。

 今は、悪寒しか走りません。

 すっげぇ目を開いているよ? はっはー…震えが止まらん…。

 

「タ カ シ」

 

「な…なに!?」

 

「タ カ シ」

 

「なんか言って!!」

 

 

 近い近い近い近い!!

 

「確かアレには、私のカードもあったな……」

 

「はい!! あるね!!」

 

 もはや、勢いだけでしゃべってますよ!!

 

「…隆史は、私のカードはいらないのだな?」

 

「え?」

 

「お母様のカードの為だけに、買い続けているのだな? そうなんだな!?」

 

「いやもう、持ってるよ。まほちゃんのカード。水着含め、2枚とも持ってるよ?」

 

「…………なに?」

 

 すごい疑いの目に変わりました。

 うん。怖い。

 

「ハッ! 嘘をつくな。私のカードは、それこそLR並みの数しか刷られていないと、買い続けているエリカが言っていたぞ? それを二枚ともなん…」

 

「いやいや…持ってるよ! 見る?」

 

「なに?」

 

 そう言って、前にエリリンに送った、携帯で撮影したトレード用の証拠写真を見せてみた。

 あの…俺の携帯を握り締めないでください…壊れます…。

 

「ほ…本当だ…。わざわざ写真にまで撮って…」

 

 アレ? ちょっと撮影意図を勘違いしてませんか?

 ……まぁいいけど。

 

「な? ちゃんと持っていただろ?」

 

「……そうだな。疑って済まなかった」

 

「そうだろ? もう、まほちゃんは俺のモノになってるんだよ」

 

「 !? 」

 

 

 あれ…固まった。

 

「タタタタ…タ……」

 

 まほちゃんがバグッた。

 ……珍しい。

 

「隆史!」

 

「え? な、なに?」

 

「もう一度言ってみてくれないか?」

 

「え…えっと…「そうだろ? もう、まほちゃんは俺のモノになってるんだよ」」

 

「」

 

 顔が真っ赤になって。空になった両手のまま硬直してしまった。

 

「あ…あの……」

 

 どうしたものかと、しほさんに助けを求めたところ、すっごい真顔で外を見て「どうしましょう…」と呟いていた…。

 

 いや…あの……俺がどうしましょう…なんですけど…。

 

 

 

 

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「…すいません、年甲斐もなく取り乱しました」

 

 …あれで、取り乱していたのか…。

 

「あ…あの、まほちゃん…」

 

「なんだ?」

 

「なんで腕組んでんの?」

 

 バグった後、終始この様子だ。

 しほさんは、それに対しては何も言わない。

 

 …なんでだよ。

 貴女の目の前で、貴女の娘さんが男と腕組んでいるんですよ!?

 

「?」

 

「相変わず、何言ってんだ? って顔やめて!!」

 

 ちょいちょいやわらかいもの当たるから色々困るんだよ!!

 

「…話が少々脱線しました。では、隆史君。本題に戻りましょう。貴方は何をしに来たのですか?」

 

 …いや、あの…娘さんを、なんとかしてくださいよ…。

 

「いや、しほさんにちょっとお願いが…」

 

「私に?」

 

「例のカード菓子の件で、選手達の水着撮影が取りやめになりました」

 

「……ふむ。まぁ当然といえば、当然ですね…で? その前フリで、私にお願いとは?」

 

 もういいや…本題も直接言っちゃおう…。どうせ死ぬんだ…。

 

「しほさん」

 

「はい?」

 

「脱いで下さい」

 

 

 「「…………」」

 

 

 無言でしほさんが、おもむろにスーツの上着を脱いだ。

 ……ワイシャツ姿になりましたね。

 

「…脱ぎましたが?」

 

「……すいません。言葉が足りなすぎでした」

 

「…でしょうね」

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 まほちゃん、腕を締めないで!! 関節決めないで!!

 

 …単刀直入過ぎたので、千代さんに言った事をそのまま、説明した。

 LRに選ばれましたぁー!ってね…。

 しほさんの答えは早かった。

 

「嫌ですね」

 

「ですよねー…」

 

「…まったく、島田流家元も何を考えているのか…まったく!」

 

 ……あ。一つ忘れていた。

 

「あの…しほさん…」

 

「なんですか!?」

 

 怒っとりますね。はい。

 

「この話を聞いたら、千代さんが…その…電話をくれと言っていました」

 

「…島田流が?」

 

 すごい不機嫌な顔で、そのまま退室していった。

 目の前でかけてもらってもよかったのだけど、聞かれたくない話かもしれないしなぁ…。

 それでも律儀に電話をかけにいく所、やはりあの人達仲いいよね。

 

「で…あの、まほちゃん」

 

 しほさんが、電話をかけに退室したので、まほちゃんと二人きりになった。

 相変わらず横にいる。

 

「…あの?」

 

「……」

 

 すっごい、無言で目を見てくる。というか近い。

 顔だけすっごい近い!! なんで迫って来るの!?

 体重をこちらに預けてくるってのは、なんていうか!!!

 

 この迫り方は、ノンナさんといい勝負「隆史」

 

「はい!?」

 

「……今、オマエ。こんな状況で、他の女の事を考えていたか?」

 

「 」

 

「…目が一瞬、泳いだからな…誰かまでは……分からんな」

 

 なんでそんな事までわかるの?

 

 ……俺。

 

 多分逃げてもいいよね? 

 

 

 

「隆史君!!!」

 

「うぉ!?」

 

 しほさんが、もう戻ってきた。

 スパーン! っと襖を開けて…。

 

 なんか、フーフー言っているんですけど!!

 

「しま…千代の奴は、撮影をやると言っていましたね!?」

 

「はい!!」

 

 千代の奴って…。

 

「やります…」

 

「え…」

 

「私もやります!! いいでしょう!!! 受けて立ちます!!! 西住流に後退の二文字は無い!!」

 

 えー…

 

「で!? 撮影はいつですか!!」

 

「ま…まだ未定です…多分、戦車道大会の終了後だと思われますけど…」

 

「分かりました!! それまでには…千代ぉ……」

 

 歯ぎしりの音が聞こえた…。何言ったの千代さん!!

 腕にまで力が入っているのがわかるよ!!

 そのまま俺を見下ろす。

 

 

 

「で、次!!!」

 

「え?」

 

「みほの事です!!」

 

 この状態で話すの!?

 まほちゃん離れてくれないし!!

 

「そうだ。今ので例のカードの件は終わりだろう? みほの事は、私も早く聞きたい」

 

 さっさと、カードの話を終わらせたいらしい。

 

 そうだった。 まほちゃんすっげぇシスコンだった!!

 …でもなぁ。

 

 なんて切り出していいか…。

 

「……なんだ? みほに何か悪い虫でもついたのか?」

 

 珍しく、冗談交じりに言ってくるまほちゃん。

 

 …悪い虫ねぇ。

 

「あー…そうだね。悪い虫ついたね…」

 

 

 「「 !! 」」

 

 

 うっぉ!! めちゃくちゃ殺気出てる!! 

 目元が暗い…そして目が赤い…。

 

「……どういう事だ、隆史…」

 

「貴方がいて…どういう事ですか? 隆史君」

 

「」

 

「説明しろ隆史…」

 

「説明して下さい…どこの馬の骨ですか……名前は?……身元は?……場合によっては処理シマスヨ?」

 

「」

 

 

 

 怖い…コワイコワイコワイコワイコワイコワイ!!! 冗談半分で言うんじゃなかったよ!!

 腕が痛い痛い!!

 

「あ…あの……どこの馬の骨…と言うならば…」

 

 「「 … 」」

 

「貴女方の目の前に、転がっている馬の骨デス…」

 

 

 「「え?」

 

 

「あの…みほと、付き合うことにナリマシタ…俺が『悪い虫』ですね…ハイ」

 

 

 「「    」」

 

 

 時が一瞬止まったかと思ったヨ。

 

 ペタンと、しほさんは座り込み、まほちゃんは呆然としていた…。

 

「え…あの……本当に? 隆史君が? みほと?」

 

「えぇ…はい…」

 

「…」

 

 

「…隆史…」

 

「はい」

 

「そうか…お前は、みほを選んだのだな…」

 

 ……

 

「そうか…そうか……お前か……」

 

「まほちゃ『確かにそれは、『悪い虫』だな』」

 

 え。

 

「みほに…『悪い虫』なら…フ……フフフ……」

 

 あの…え?

 

 下向いて、嗚咽…じゃない…笑ってる!?

 

「で? 隆史君?」

 

「え!? あ、はい!?」

 

 何!? まほちゃんの異常がすごい気になるんだけど!?

 

「式は、いつにしますか?」

 

「……は?」

 

「あ…いえ、それは早急過ぎますかね…まだ、隆史くんは17歳ですからねぇ」

 

「…………」

 

 そうですねぇまだ結婚は無理っすねぇ…とか、安心しない。

 

 ……これは多分、別のきっついのが来る。

 

 女は16歳からなのに、法律っておかしいですよねぇとか言ってるし。

 

 まほちゃん…ひたすら笑ってるし…。

 

「…そうですね。隆史君、まずは練習をしてみましょうか?」

 

「…………なんのでしょう」

 

 嫌な予感が、メーター振り切ってる。

 

 

「お義母さんと呼んでみましょう!」

 

 

 ……斜め下が来た。上じゃない下だ。

 

「イヤデス」

 

「なっ!! みほとは遊びなのですか!? 体が目当てだったのですか!!」

 

 あ…暴走シテル…目にシルエットさんがいねぇ。

 

「なに言ってるんですか!! 体も何も、そういった事はまだしてませんよ!!」

 

「……マダ?」

 

 痛いっす、超痛いっすまほさん!

 肩の骨握り潰されそうデス。

 

「し…しほさんはなんか、こう…名前で呼びの方が好きなんですよ」

 

「…」

 

「そ…それなら、仕方無い…ですかね?」

 

 よし! 機嫌がなぜか良くなったとのと、「お義母さん」呼び回避!!!

 

 

 

「では、隆史」

 

「!?」

 

 今度は、両手で顔を押さえられた。

 ギリギリ音がするのは何ででしょうかね!?

 

「今度は、私の番だな」

 

 ……あの…まほさん?

 

「…もう一度、言ってみてくれ」

 

「な…何が?」

 

「「そうだろ?」の後からだ」

 

 …えーとなんだっけ。

 

「たしか…「もう、まほちゃんは俺のモノにな」ってちょっとまって!!!」

 

 顔が近づいてくる……

 

 ノックか何か、したのだろうか?

 襖が開く。

 開いた先から…

 

 

 

「失礼します。隊長をお迎えに上がりました」

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。

みなさんこぞって、本気になりはじめましたね

そして次回、あの二人が、やってきます

ありがとうございました


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第34話~大洗学園、そろそろ北へ向かいます!~✩

「いで!!」

 

まほちゃんの顔が接近してきた。

なんのつもりかわからなかったけど…ちょっと、あの…さすがにまずい。

おでこの辺りを手で押さえ、止めようと思った矢先、両手でつかんだ頭を明後日の方向へ力任せに向けられた。

コキッって音したよ!?

 

向けられた先、視界にエリリンが見えた。

あーやっぱり、入室してきたの、黒森峰の現副隊長殿だったかぁ…。

襖を開けた状態で固まっている銀髪の娘さん。

 

「な…な……!!!」

 

あー…えっと、あー……。

顔を赤くして…うん、怒っとる。

 

「ぅわ!?」

 

あの…まほさん?

 

なんで俺、貴女に押し倒されているんでしょうか?

 

頭を両手で固定された状態で、そのまま全体重をかけられ押し倒された。

まほちゃんの頭が、俺の首元にあるねぇ…だからね?

 

如何わしくは、ないと思うの。むしろ俺、押し倒されている側ですからね? ね?

ですから、憤怒の表情で迫って来て欲しくないんですよ!! エリリン!!

 

「貴様!! 尾形ァ!!!」

 

あ、なんでしょうか? 初めて名前で呼んでくれた気がするな。

いつも「あんた」とか「貴様」だったしねぇ…。

 

「ちょっと待て!! 俺今、倒されてる状態だから!!」

 

「だからなんだ!! 隊長に何をしている!!!」

 

ズカズカとこちらに向かってくる。

しほさんは、視界に入っていないのだろうかね。

まほちゃんはなんか…なんか、首元が擽ったい…というか、ちょっと痛い…なにやってんの!?

 

「…貴様……なぜここにいる……なんのつもりだ……」

 

「!!!」

 

俺の横まで来た。しかし俺は仰向け、まほちゃんが上に乗っかっている状態だ。

俺の前で、腕を組んで仁王立ち。

 

要は逃げれない…しかし……まさか……!!

 

「…あ…赤っ……だと!?」

 

「はぁ? 何を言って…………ェ!?」

 

赤…

 

女子高だからだろうか…こういった場合、隙が生じるというか、慣れてないのは分かるのだけど…。

でもなぁ…貴女今、スカートでしょ?

 

赤かぁ…

 

一歩下がって、座り込んでしまった。

おぉう。涙目で睨んでいますね。殺気を感じる…。

 

「待て!! 俺悪くないよ!? エリリンが勝手に見せ痛ぁ!!!」

 

噛まれた…まほちゃんに…。

 

「ふぁみほ、みふぇいる たかふぃ」

 

「何言ってるかわからん!」

 

俺、悪くないよね?

 

「ぅぅぅ!!」

 

あぁ!? エリリンがマジ泣きしそう!! 

その場に座り込んで、スカートを両手で押さえている。

…ここまで怖い上目使いは久しぶりだ!!

 

え? 貴女そういうキャラだったっけ!?

てっきり蹴飛ばされるか、踏まれるかされると思ったのに!!

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

「……まほちゃん」

 

「なんだ?」

 

「いい加減に、離れない?」

 

「何故だ?」

 

左側で腕を組んでいる…というか、固定されているというか…あの……どうしよう?

 

「…エリカさん」

 

「…は?」

 

「いい加減に、睨むのやめてもらえませんか?」

 

「死ね」

 

……右側で、顔を覗き込むように、下からガンつけしてきているエリリン。

左右に、現黒森峰の隊長副隊長に包囲された状態で硬直している。

どしたらいいのでしょうか?

 

「…で?」

 

「はい?」

 

「なんで、アンタがここにいるのよ?」

 

「……し…しほさんに…」

 

「家元?」

 

「水着撮影の依頼に来ました」

 

「……」

 

すっげぇドン引きしている。

あからさまに引いている…うわぁ…って。

 

「乙女の戦車道チョコの次回LR枠が、決定しまして。その撮影依頼です。何故か俺が日本戦車道連盟から依頼を受けましてね、オファーに来た次第です。はい」

 

細かい経緯を、メチャクチャ早口で説明した。

 

「……なに早口で、言い訳してんのよ」

 

何故か、言い訳と取られました。はい。

あれ。まほちゃんが固まった。なんで?

 

「でも、それがなんで、隊長にあんな事させて………あ」

 

「まほ…貴女……」

 

エリリンとしほさん。何かに気がついた…て、感じで何故か、まほちゃんを見ていた。

 

当人のまほちゃんは、口元で人差し指でシーって感じでジェスチャーをしている…なんだ?

俺が聞いても教えてくれない。俺だけ分からないのは、何か気持ちが悪いなぁ。

エリリンまで目を逸らす。

 

あ…丁度いいから説明しとくかな。

 

「エリリン」

 

「……その呼び方はやめろと…」

 

「次回の戦車道チョコ。確実にエリリンも撮影枠に入りますので、よろしくお願いしますね?」

 

「…………まぁ。私は副隊長だからね。そこは覚悟してるわよ。ってなによ! その顔」

 

「いえ……もっと真っ赤になって、取り乱してくれるのを期待したのですけど……」

 

「なによそれは!!」

 

チッ。選手水着撮影が廃止と説明してしまった為だろうか。

ちょっと余裕な顔が、悔しい。

 

「……隆史」

 

ギリッと腕が少し締め付けられました。はい。

痛いのと、やわらかいので、もうなんて言っていいのか…。

 

「随分と…エリカとは仲が良さそうだな」

 

「え…なんで?」

 

「一度確認をしておいた方が良いと思ってな…何故、エリカに頻繁に連絡をとっていた?……みほの事とは、関係ない会話らしいな」

 

え…え!? 何? バレてたの!?

横目で、エリリンを確認してみた。

はい。目が死んでますね。

 

「!!」

 

あ…俺の顔見て、顔を逸らした……。エリリンてやっぱり、ポーカーフェイスは向いていないなぁ…。

そんな、あからさまな態度とっちゃダメだよ…。

 

「…しかも一方的に、隆史がエリカに電話をかけているそうではないか……」

 

ゴゴゴと音が聞こえてきそうな感じですね?

あーこの様子なら、カードトレードの事はバレていは、いないなぁ…。

うん、腕痛ぇ…

 

「なんだ隆史。付き合いだして早々に浮気か? 浮気なのか!? お父様と一緒かお前は!?」

 

……ォイ

 

「隊長!!??」

 

エリリンの顔が蒼白になった。

なったねぇ…というか、しほさん…常夫の事、娘に話したのかよ…。

 

「どういう事ですか隊長!? 付きあ…つきっ……尾形ァァァァァァァ!!!!」

 

……収拾ツカナイヨ

 

 

 

ドンッ!!っと、机が鳴った。

音を合図に、動きが止まる。うん。時間も止まった感じがするね。

机割れてないよね?

 

 

 

……あの。しほさん?

 

「……隆史君?」

 

「ひゃい!!」

 

少し前の事を思い出しました。

はい。ナンパ野郎に放っていた殺気です。

 

まさか自分が受けるとは思いませんでした。

 

 

「………………浮気ですか?」

 

 

「」

 

 

こ…声がでねぇ…。

 

あ。

 

そうか。今の会話の流れだと、エリリンに手を出しているという感じか!!

それに双方から俺の浮気がバレて、問い詰められているって……見えるな。第三者からだと……。

 

「……………………まほは、ともかく…ウワキデスカ?」

 

「」

 

まほちゃんは、いいのかよ!!

 

 

死ぬ!! 

 

選択肢を間違えると、確実に死ぬ!!!

 

「ちがいますよ!! エリリ…エリカさんとは、別にそういった関係じゃないですよ!!」

 

「……」

 

ギロッとエリリンに視点を向ける。

あ…完全に怯えてる…。まほちゃんは、まだ俺の腕を組んでいる…すげぇな隊長。

 

「……事実ですか?」

 

「」

 

返事が無い。声が出ないようだ。

まぁ…うん。無理だろうなぁ…。顔だげガックンガックン頷いている

えーと…えーと!!! 

 

強引に行くか!!

 

 

「あの。エリカさんは、まほちゃんとの事(カードだけどね!)も相談してきたんですよ。ですから、まほちゃんには正直に(水着のカードだしね!!)言えなかったと思います」

 

カードの事だけどな!!

 

エリリンは頷く事しかできないのか、ガックンガックン壊れたおもちゃみたいになってるなぁ。

 

「……」

 

か…噛まずに言えた…ちょっとでも、どもったら勘繰られる!!…………俺は一体何と戦っているのだろうか…。

 

「そうですか。ならいいです。…ごめんなさいね。少し感情的になりました」

 

少し!? あれで!?

 

常夫の事は気になるけど、もう今日はやめておこう。

 

また、「少し」感情的になられたらたまらない…。

多分最後の俺に限っては、釘を刺してきたんだろうなぁ…。

 

エリリン。ありゃ腰抜けてるな……。

 

……帰ろう……もう。胃に穴が空きそうだし…。

そしてそろそろ腕を離して…。

 

「時間もまだありますし、これからの事を話し合いましょうか?」

 

これからって…。

 

「え…そろそろ、僕お暇しようかと…」

 

「泊まって行きなさい」

 

「」

 

ニゲラレナイ!!

 

「それにどうせ、私達も試合を見に行こうかと思っていました…一緒に現地に行けば良いでしょう」

 

「」

 

「では、お母様。私も寮からこちらに戻ります」

 

「隊長!?」

 

「…問題無い。何、ほんの二日だ」

 

…エリリンが睨むよ。

というか、俺の意思は!?

 

「いやいやいや!! いくらなんでも公私混同すぎますよ!! 俺ら次勝ったら、黒森峰と当たるんですよ!?」

 

「公私混同……それが?」

 

「」

 

開き直りやがった…。

 

「それにいくら内情を見られた所で。問題ありません。西住流を舐めないでもらいたいですね…」

 

「ふっ…相変わらず、お母様は隆史に甘い…」

 

微笑ましく笑わないで!! そういう場面じゃないよ!?

西住流関係ないよ!?

 

「あ…そう言えば、隆史君に明日、お使いを頼みたいのですが」

 

決定事項にされている…。

うん…諦めよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うの! ジャムは中に入れるんじゃないの。 舐めながら…紅茶を飲むのよ」

 

「……」

 

「なによ、ノンナ。何残念そうな顔してるのよ」

 

ジャムは…ついていませんね。

隆史さんと別れてから、随分と…もう随分と時が経った気がします。

 

カチューシャも少しずつ変わっていき、こういう時に口にジャムをつけながら…という、可愛らしいカチューシャを最近見なくなりました。

ちょっとここら辺は、隆史さんの影響だと分かりますので、あの人を憎らしく思います。

 

「いえ…なんでもありません」

 

お茶会。

 

聖グロリアーナのダージリンさん。

こんな時期に訪問されてきました。

 

次の準決勝戦の激励に来たそうですけど…多分違いますね。

先程から何かを言い出そうとしていらっしゃいます。

 

「次は準決勝ですのに、余裕ですわねぇ。練習しなくていいんですの?」

 

「……してたわよ練習。今は貴女の訪問に合わせて、休憩ってだけよ」

 

「あら。では、お邪魔だったかしら?」

 

「ハッ、大丈夫よ! それに……何か言いたくてわざわざ、来たんでしょう?」

 

「そうねぇ。次の対戦校の大洗学園。どこまでご存知かしら?」

 

グロリアーナは、一度練習試合を行ったみたいでしたね。

それに何度か、大洗学園での試合も訪問されたようで…。

 

「そんなに遠まわしに言わなくてもいいわよ。……「西住 みほ」よね」

 

「……そうですわね。随分と…面白い方でしたわ」

 

「ふーん」

 

紅茶のカップを顔の前に。

二人揃って薄目で牽制しあってますね。

カチューシャも気になるのでしたら、はっきりと聞いてみたらよろしいのに。

 

…まぁ、私は黙っていましょう。

 

「……で?」

 

「で? とは?」

 

「……いたんでしょ? タカーシャ」

 

「……フフ」

 

「何を笑っているのよ!」

 

「いえ。さすがに気がついていましたわね」

 

「…当たり前よ。まったく。相変わらずというか…なんか派手にやってるし…カチューシャじゃなくたって、気がつくわよ」

 

そうですね。特にサンダース戦とか酷かったみたいですし。

何より、酷い字名までつけられていましたね。

 

「あ!! そうよ! ダージリン!! 貴女、何勝手な事言ってるの!?」

 

あぁ…この方は、ふざけた事をのたまわっていましたね。

 

「なんの事でしょう?」

 

「何すっとぼけてんのよ!! インタビューで聞かれたわよ!! 何が濃密な関係よ!!」

 

「…言ってましたね。そんな「デマ」を」

 

「ノ…ノンナ?」

 

あぁいけない。つい口を…。

黙っていましょう。

カチューシャの会話の邪魔をしてはいけませんね。

 

「あら、言ったもの勝ちでしてよ。でも、貴女方の返しも随分とユニークでしたわよ?」

 

「本当の事を言ったまでです」

 

「……」

 

どうしたのでしょう? カチューシャが私を見ていますね?

あぁまた、口が出てしまいましたか。

 

「……それに、私はもう隆史さんともお会いできましたしね」

 

…………。

 

「ノ…ノンナ!?」

 

「隆史さんが青森からいなくなって、もう3ヶ月程でしょう? あれから隆史さんから連『3ヶ月と11日目ですね』」

 

「……」

 

「……」

 

どうしたのでしょうか? カチューシャがキョロキョロしはじめましたね。

ダージリンさんとお話しているだけですよ?

 

「隆史さん…貴女達と連絡を取り合っているのは存じてますけど…未だに転校先をおっしゃらないのではなくて?」

 

「…………ソウデスネ」

 

カチューシャ。袖口を引っ張らないで下さい。

今はちょっと、このポンコツと会話をしていますので。

 

「嫌われてしまわれたのでは?」

 

 

 

「…………………………ア?」

 

 

 

何を楽しそうにワラッテルノデショウカネ?

 

「冗談はさておき」

 

「言っていい冗談と悪い冗談ってアルノデハナイデショウカ?」

 

 

 

「まぁお聞きになって。隆史さん曰く…サプライズですって」

 

「サプライズ?」

 

「…大洗学園が勝ち進めば、その内に会えるだろうって事ですね。…まぁ今更言い出せないってのもあるでしょうけど」

 

「……」

 

「はぁ…正直、非常に言いたくないのですけど…サンダースではありませんが、フェアではありませんしねぇ」

 

「……」

 

「ちょっと敵に塩を送る…みたいで嫌ですけど…」

 

「……なんでしょう?」

 

「まぁ随分と心配してらっしゃいまいたよ? 貴女方の事。様子とか色々聞かれましたわ。それこそ、青森で「西住 みほ」さんを心配している時の様でしたわ」

 

……あの頃の……

 

「……相変わらず隆史さんは、心配性ですわね」

 

…………。

 

「転校先を言わないで欲しいとも言われましたけど…………あぁもう、聞いて言いませんね」

 

 

「カチューシャ、顔がニヤけてますよ?」

 

「う、うっさいわね!! ノンナだって、似たようなモノじゃない!!」

 

 

そうですか。

あのこちらが引くくらいの心配のされ方をされていましたか…。

そうですか。そうですか。

 

「……」

 

ダーさんが、怪訝そうな顔をしていますが、もうどうでもいいですね。

 

 

「隆史さん…コレは逆サプライズになりそうですわよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……西住ちゃん」

 

「はい」

 

「隆史ちゃん帰ってこないね」

 

「…そうですね」

 

「隆史君、試合前になると毎回どこかに行っちゃうよね…」

 

「フラフラしてんねぇ~。たしか昨日までは、西住ちゃんの実家にいたんだよね?」

 

「そうみたいですね」

 

今朝の練習前、会長に大事な話があると呼び出された。

何故かコタツが設置されていて、あんこう鍋を振舞われている…。

 

会長達の思い出話を聞いている内に、隆史君の話題になった。

……だって帰ってこないんだもん。

 

昨日の夜に、携帯に連絡が入った。

まさか、実家に行っていたとは思わなかった。

例のお菓子の関係だとは言っていたけど…まさか「また」お母さん絡みだろうか?

 

……つ…付き合い始めたというのに、まともに顔も見ていない気がする…。むぅ。

 

 

「で、最後に連絡が来た時が、長野だっけか?」

 

「そうですね…あ、小山先輩。隆史君から頼まれていたものできました?」

 

「えぇ。結構ザックリだけど、戦車の部品の見積だよね。確かに送っておいたよ? でも九七式軽装甲車って…うちの学校にはあまり関係が、無いものなんだけど……」

 

今日の日中、隆史君から再度連絡が入った。

なんか、お母さんのお使いでわざわざ長野県まで、お使いに出たそうだ…お酒買いに…。

老舗の酒造店。かなり古いお店らしいのだけど、どうも通販とか一切していないそうだ。

直接、その蔵元でしか販売していないお酒を買いに、遠出までして出向いたみたいだった。

 

家のヘリコプターをお酒を買う為だけに使うの、お母さんだけだよ…。

 

丁度、練習が始まる前に連絡が来たので、皆聞いていた。

その時会長が、沙織さん誘拐事件の時、随分とお世話になったから御礼という事で、プレゼントして上げてって事で大洗学園経費で購入。

 

「あ、隆史ちゃんに領収書忘れないでねぇ~って言っといて」

 

……その言葉からおかしくなった。

 

あ、でもこれ…賄賂とかに思われないのかな…。お母さん高校戦車道連盟の理事長さんなんだけど…。

 

「あ、大丈夫大丈夫! 一度、日本戦車道連盟の許可取って、根回ししとくから。…まぁ事件の事言っておけば納得するっしょ!」

 

…らしい。本当は直接お礼を言いに行きたいらしいのだけど、時期が時期だからやめておくそうだ。

そこは、隆史君に任せるようだ。

 

 

その領収書名義は、「大洗学園 生徒会」

その名義をどうも、その酒造店の一人娘の目に止まったそうだった。

 

私達の学校は、破竹の勢いで勝ち進んでいると、有名になってきた。

だからかなぁ…。

 

隆史君も戦車に詳しいのかと、その一人娘に捕まったそうだ。

 

その酒造店には、一輛の戦車があったそうだ。

その娘は、その戦車をどうにか動かす段階まで修理をしたいそうだった。

 

……後は何となく想像がつく。

 

どうせ、いつもの様に悪い癖が出てしまったのだろう。

何故か、戦車の洗車をして、交換部品のリストアップ。

更には、学校にまで連絡して見積もりを出そうとした。

 

…なにやってるんだろ。

 

…一応、頼まれたからには送らないと。

生徒会室のノートパソコンから、隆史君のスマホにデータ送信してもらっていた。

 

ん…。

 

いつの間にか、鍋もなくなり会話も途切れ出す。

そろそろお開きかな?

 

そこで、突然私の携帯が鳴った。

……ちょっとびっくりしちゃった。

 

「あ…隆史君だ」

 

「おや、彼氏からだね西住ちゃーん」

 

…会長がはやし立ててきた。…ので。

 

「そうですね♪ 彼氏からですね♪」

 

笑顔で返してあげました。

 

「ぐ………なんか、強くなったね西住ちゃん…」

 

「そうですか?」

 

ちょっと悔しそうな顔を見れて嬉しい♪

 

……正直、会長はまだ油断ならない…。

なんだろう? まだ……目が死んでない……。

 

あ…取り敢えず電話…。

 

「はい? 隆史君?」

 

あれ…返事が無い。

 

「もしもし? もしもーし」

 

「どうしたの?」

 

「返事が無いんです。あ。さっき送った見積もりを見た時かな…」

 

どこかに、当たってしまったのだろうか?

…電話口から会話が聞こえてくる。

 

『…お客人。申し訳無い。助かり申した』

 

…申したって…なんかすごい喋り方している人の声がする。

 

『あぁ、いいですよ。どうですか? 俺もかじっただけだから、ちゃんとした人が見たら、もっと予算かかると思いますけどね』

 

それに普通に答える隆史君…。

え? 何!? まだお店にいたの!?

 

「……」

 

携帯をスピーカーにして、ドンッとこたつの上に置いた。

……ちょっとお父さんを思い出したよ。

 

「え? 何? どうしたの西住さん?」

 

「なんだこれは。尾形書記か?」

 

「……隆史ちゃん随分と楽しそうダネ」

 

携帯から流れる音声…。

すぐに事態を悟ったのか、置かれた携帯電話に4人の視線が集中する。

 

『まさか、洗車まで…。この様な時間まで申し訳ない…』

『気にしないで下さい。まぁ、趣味みたいなモノですからね。後…正直、今の西住家に戻りたくないしな…』

『む? …如何なされた?』

『い、いや!! なんでもないです!!』

 

 

 

 

『お客人。いや…隆史殿のお話は、実に興味深い…』

 

 

……すでに名前呼び…。

携帯が繋がっているのを気がついていないのか、少し談笑が続く…。

うん! いい気分はしないね!!

 

『しかし、隆史殿。…正直、これでは軍資金が足りぬ…何とかならぬものか…』

『まぁ…うん。金が無いならば、働いて稼げばどうでしょう?』

『働く…?』

『バイトでも、してみたらどうですかね? 素直に堅実に…結局それが何げに一番の近道ですよ』

『……うむ』

 

 

『ならば、春でも売って…少しでも足しにできぬものか……』

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

……なんかすごい事、言いだした…

 

『……は?』

『うむ。良くわ分からぬが、少しでも知らぬ者より、知った者。隆史殿、買ってみるか?』

『……あの、そういった冗談は、あまり好きではないんですけど…』

『私は、こういった冗談は言わぬ』

『……』

 

 

「なんか凄いこと言い出したよ!?」

 

「……ふむ?」

 

「河島先輩…多分意味分かってないですよね?」

 

「な!? バッ馬鹿にするな!! その…あれだろ!? あれ!! 春だろ!! えーと…」

 

「桃ちゃん……」

 

何故か小山先輩に頭を撫でられる、河島先輩。

しかし…うーん。

 

「西住ちゃーん…大丈夫? 隆史ちゃんなんか、売春持ちかけられてるけど…」

 

「はっきり言わないで下さい!!」

 

「…まぁ隆史ちゃんに限って、無いとは思うけど…」

 

「そうですね…」

 

何故だろう。お父さんの件は、お姉ちゃんから聞いていたけど…。

まぁ…状況が同じなのが、ちょっと引っかかるなぁ…。

 

 

『わかった。…分かりました、買いましょう』

 

 

「「「 !!! 」」」

 

目の前が真っ暗になった気がした…。

まさか…。うそ…。

 

「た…隆史君…」

 

「……」

 

「会長!? 柚子ちゃん!? 西住!?」

 

一人状況が分かっていない、河島先輩だけがあたふたしている。

…まぁ、どうでもいいけど……

 

……ヒ…グッ

 

 

『春を買う。つまり貴女の時間も買うみたいなものですね?』

『…そ…そういうものなのか?』

 

 

ぅぅ?

 

 

『では、早速30分程、買いましょうカ?』

『…ヌ!? 隆史殿!?』

『はい、じゃあ戦車の上にでも座って下さいね。ちゃんと掃除したので汚れませんよ~』

『ま…待て!! 子供を持つように持ち上げるな!!』

 

 

あ…

 

「……西住ちゃん。コレ…」

 

「よかった…のかな? 会長も分かりました?」

 

「うーん……」

 

 

『お嬢さん、よろしいですか?』

『な…なんだ』

 

 

 

『 で は 説 教 だ 』

 

 

……うん。隆史君がマジ説教を始めた。

 

「アハハハ! 隆史ちゃん、うっざいねぇ!」

 

会長も安心したのかな…いつもの雰囲気に戻っていた。

初対面の人にする事ではないのだろうけど…。

 

 

『ま…待て!! 隆『はい。目を逸らさなーーい』』

 

 

あー…多分。頭掴んで、強制的に前向かせてるなぁ…。

 

「隆史君。…説教内容が、結構エグイ…女の子に言っちゃダメな事、言ってない?」

 

小山先輩が引いている…。

私がピーマン食べないと、この状態に結構なるんだよね…。

うーん。現実的な事実しか言わなくなるからなぁ…。

今回ちょっと、言葉にできない事まで言ってるしなぁ…本気で怒ってるなぁ…。

 

 

『しかし、戦車『はい、今戦車関係ありません。貴女自身の事を言ってますよー』

 

『いや、軍資『はい、そろそろ親御さん呼んで来ましょうか~? 貴女自分の家でとんでもない事言ったんですよ~?』』

 

 

その内に言い訳が、悲鳴に変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

か…帰って来れた……。

 

なんとか試合前には自分の家に帰って来れた…。

というか、逃げたんですけどね!!

たった一日しか開けていないけど、ひどく懐かしく感じるなぁ。

 

造り酒屋を出たのが、結構な時間だった為に熊本に戻らないで、そのままヘリで大洗学園艦まで送ってもらった。

ヘリを操縦していたのが、例のしほさん私兵部隊の人だったから比較的話が通じた。

軽く同情の目で見られている事に、最近気がついたよ…。購入したお酒は持って行ってもらいました。

 

……一応。みほには連絡しておいた。

なんとか逃げ帰れそうだと。

 

うん。

 

一応、アパート前に隠した、部屋の鍵の場所とか教えていたし……分かるんだけど。

 

部屋にいてもおかしくないんだけど…。

 

 

「・・・・・・・」

 

「……ただいま」

 

「おかえり♪」

 

 

心臓に悪いから、気配消すのやめてほしいなぁ…。

あと、部屋で待つのはいいんだけど、電気つけて待っていてほしいなぁ…。

 

酒屋でのやり取りを一応聞かれていたみたいでした。

はい。俺だって、いくらなんでも携帯の履歴見れば分かりますよ。

 

…うーん。

 

「あの…みほさん」

 

「なぁに?」

 

「先ほどの電話での件ですが…」

 

「ン? 大丈夫だよ? 怒ってないよ? ちゃんと話の流れ分かってるから」

 

「あ…はい。アリガトウゴザイマス…」

 

「なんで敬語?」

 

…おかしい…。

みぽりんが怒ってない。いつもだったら殺意の波動とか何かに、目覚めそうな勢いなのに…。

ただ、先程からなんだろう…ずっと首元見てるな…。

 

「あ…後、貴女のお母様とお姉様の件なのですけど……」

 

「大丈夫! ちゃんと…お姉ちゃんから聞いたから…むしろ優越感?♪」

 

「……はい」

 

なんだ!? どうした!!?? 普通過ぎる!! むしろ機嫌がいい!!

 

みぽりんがおかしい!!! こわい!!

 

「一応、明日のプラウダ戦に向けて、不在だった隆史君に色々説明しなくちゃいけない事もあってね」

 

「……はい、あ、でも……」

 

「ん? 何?」

 

「さっき杏会長から、電話あってある程度聞いてたよ?」

 

「電話…………そっか。 …ん? 『杏』会長?」

 

「あ…いえ、この前そう呼べとお願いされまして…何か、生徒会役員で一人だけ役職呼びは寂しいとかで…」

「ふーん…」

 

 

 

「・・・・フッ」

 

 

 

笑った!? なんでこのタイミングで笑ったの!? え? 何? 

 

帰宅早々、どうなってるの!?

 

「じゃあ後は、明日に備えるだけだね♪」

 

「そ…そうですね…」

 

何? 何!? 機嫌がいいのは結構ですけど、何かこわい!

 

「じゃーねぇ…」

 

みほさんが、近づく…というか、密着してきた!?

 

何? ほんとどうしたの貴女!?

 

正面から密着し、手で俺のワイシャツの首元を引っ張ってきた。

 

「…隆史君」

 

「ハイ」

 

「これ」

 

「え?」

 

首元をみほが、指先で押さえてきた。

どこか一点を。

 

自身の目で見る事が出来ない為、携帯のカメラで撮影し見てみた。

 

うん首元をね?

 

「」

 

「お姉ちゃん……」

 

…………昨日のまほちゃんか…。

押し倒されて何か動かないなぁ……とは思っていたけど…ぁぁぁ。

 

キスマークか……これ……。

 

今朝、鏡見た時も、ぜんっぜん気がつかなかった!

 

「やっぱり、隆史君、それに気がつかなかったみたいだね?」

 

「というか、みほさんこれが、……キスマークだと分かるんですね」

 

「うん♪ おねえちゃんから、めーるもらったの♪」

 

「」

 

え…なに? え…何か後ろで色々動いてるの?

というか…みほさんの変わり様がすごく怖いです。

どうしちゃったの?

 

「ねぇ隆史君」

 

「な…なに?」

 

「お姉ちゃんって、なんか可愛いよね!♪」

 

「……」

 

……えっと……えーと。

 

「明日は、プラウダ戦だね!♪」

 

……このタイミングで、なぜプラウダ高校…。

 

「……」

 

「……」

 

確信した。

 

明日、大洗学園は多分勝つ。

 

そして俺の胃は多分死ぬ。

 

 

「タノシミダネ♪」

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。

みぽりんが、覚醒しつつアリマスネ。
はい。デレ住さんに移行しつつ有ります。

新キャラ少しでましたね。
知らぬ方もいると思いますので、今回名前も出てきませんでし、本編大筋には絡みません。あの人書くの難しい……。

次回 プラウダ戦開始 やっとここまで来た…

ありがとうございました。

あぁそうそう。エリリン視点の隆史とまほの関係の誤解。これ解いてませんね。はい



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第35話~カチューシャさんとノンナさんです!~

 準決勝試合会場

 

 雪が降る港。

 大洗学園とプラウダ高校の学園艦が、並んで停泊をしている。

 

 学園艦から、大洗学園の戦車が順番に降りてくる。

 艦からも見えたのだけど、すでに観客席は埋まっており、その周りには屋台が立ち並んでいた。

 主にプラウダ高校側の屋台だった。

 

 一度、客席横の一時集合場所にみんなを集合させ、そこから試合会場まで、ゾロゾロと行進をしていく。

 戦車が走れば、客席が沸く。手を振る人達までいる。

 軽いパレードの様な形になってしまっているけど、問題なく初めの集合場所に到着した。

 

 全車輛が止まり、みんなが戦車から降りてくる。

 ここら辺は、すでに除雪が済んでいるのか、地面にはあまり雪がない。

 ギャラリーもいるので、ライトがつき、大画面のモニターには観客席などが撮されている。

 

 明るい。

 

 しかし、試合場所では、視界が白と黒の2色になるだろう。

 ……雪原での夜戦。

 

 久しぶりだなぁ…雪上での試合は。

 

 そう言えば、隆史君の軽トラがない。

 

 いつもより早くに出て行ったはずなんだけど…。

 ……あぁ。雪上で軽トラは無理かぁ。

 でも、まったく姿を見ないので、まだ学園艦にいるのだろうか?

 

 …そう言えば昨日、アパートで隆史君は、私を見て何を驚いていたのだろう?

 できるだけもう怒らない様にしていたんだけどなぁ…。

 一度も怒らなかったんだけどなぁ……。

 もう、つまらないヤキモチは、やかないようにしたんだけどなぁ…。

 

 

 

「ねぇ、みぽりん」

 

「はい?」

 

「プラウダ高校って、たしかロシア風の学校だったよね?」

 

「……そうですね」

 

 ……沙織さんに声をかけられた。もう大丈夫そう…。

 

 応援席を呆然と見ていた。

 

 うん。何が聞きたいかは、すごく良くわかる。

 

「でも、あれ大漁旗だよね…。なんかすっごい数なんだけど!?」

 

 プラウダ高校の観客席に、大漁旗が掲げられている。

 一つや二つじゃない…。

 何十って数の旗が、掲げられている。鯛の絵とか…宝船の絵とか……骨太の墨字で「大漁」って書いてあるよ…。

 観客席の一番後ろの柵にすら、旗の角を紐で縛り、ズラーっと並んでいる…。

 

「…あの、西住殿」

 

「…はい」

 

 次は優花里さん。

 …これも何を聞きたいかは、良くわかる。

 

「これ戦車道の試合でしたよね…アイドルとかのコンサートじゃないですよね!?」

 

「……そうですね」

 

「でも、あれどう見ても、アイドルとか応援する格好ですよね!?」

 

 プラウダ高校の観客席の半数くらいが、えっと……うん…。

 サイリウム…だっけ? 

 光る棒とか持ってる人とか、半被とか暴走族の人とかが、着ていそうな服を着ている人が…いっぱいいる。

 中には女の人とかもいるけど…なんか、ハート型のウチワとか持ってるし…。

 

 総じて、プラウダ高校の隊長と副隊長の、顔と名前が入っている物が多い…。

 

 これからあの前を通って、試合会場に向かうのだけど…。 

 プラウダ高校ってあんな学校だっけ?

 

「あの…みほさん」

 

「…はい」

 

「何故、隆史さんは、プラウダ高校の応援席にいるのでしょうか?」

 

「え!?」

 

 

 その問いかけは、皆にも当然聞こえていた。

 

 華さんが指を指す先…みんな視線が動く。

 客席の一番下、人集の中に隆史君がいた。

 

「…な…なんか違和感が全くない…」

 

 えっと。なんだろう、皆さんとても…その、ワイルドというか何というか…。

 

「ガラ悪いな」

 

 麻子さん!?

 

「それに溶け込んでいる、隆史君もすごい…」

 

「先輩の知り合いの人達なのかな?」

 

 あ、そっか。

 

 近藤さんの一言で、思い出した。

 

 青森にいた時、みんなを連れて応援まで出向いていたって聞いていたし…。

 この試合会場で、再会したのだろう…。

 昔の知り合いの人達なんだろうね。

 

 その中の一人。

 

 特段体格の良い男の人が、笑いながら隆史君の肩をバンバン叩いている。

 その男の人が、叩きながらもこちらの視線に気がついたのか、叩いていた手を肩に置き、こちらを指差してきた。

 

 そのお陰で、隆史君はようやく私達が注目している事に気が付く。

 まぁ…戦車で移動して来たから、さすがに私達には気がついてたのだろう。

 

「ごめんな。昔の知り合いと会ってな。ちょっと話が長引いちゃったよ」

 

 そんな事を言いに来た。

 

「わっ! わっ!! なんか怖い人達が大勢でこっち来る!!!」

 

 …その…多人数を連れて。

 

 お陰で、うさぎさんチームが怯えている…。

 

「大丈夫、大丈夫だよ~。この怖い顔の人達、漁師だから。怖い職業の人達じゃないよ~」

 

 隆史君がフォローを入れる。

 そのフォローに強面の人達が、ツッコミを入れたり、笑いながらコツいたりしていた。

 それに笑顔で対応する隆史君。

 

 …楽しそう。

 

 こんな隆史君、見た事無かったな。

 

 大洗学園は元女子高の為、女性生徒が圧倒的に多い。

 隆史君が、男の人達だけでいる時は、滅多に見なかったしね。

 男性同士の付き合いとかって、こういうモノなのだろうか?

 

 ……なんだろう。ちょっと寂しい

 

 漁師の応援団の人達は、人当たりのいい人達だった。

 結局、みんなともすぐに打ち解け、同じ様なノリでみんなと話している。

 …でも、学校のみんなも適応力、結構すごいなぁ…。

 

「プラウダ高校の弱点教えてください!」

 

「大洗学園の弱点教えてくれたらねぇ」

 

 とか、冗談まで交わしている。

 現在何故か、プラウダ高校の応援団との親睦の場となってしまった。

 

 

 …この光景を見て、対戦相手に隆史君が再会するのが…………怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…」

 

 突然隆史さんが、沙織さんと背中合わせでぶつかってきました。

 

 いえ、ぶつかるというよりか当たったというべきか。

 人に押し出される形で、出てきました。

 

 あの事件の日以降ですね。

 隆史さんは昨日まで、どちらかに出向いていたみたいで、学校でも顔を合わせませんでした。

 久しぶりの会話となりそうですね。

 

「ピッ!?」

 

 ……。

 

 隆史さんが、振り向き沙織さんの正面に立つ。

 それは特に不思議でも何でもなく、普段と同じ。

 

 …なのに、沙織さんが気をつけの姿勢で、硬直していますね…。

 

 隆史さんには、「沙織さんに正体がバレている事」を内緒にするって事になりました。

 正直、沙織さんは大丈夫そうですので、話しても大丈夫だと思いますけど…念の為。

 

 えぇ…念の為に、皆さんに提案しておきました。

 

「あぁ沙織さん、ごめん」

 

 当たってしまった事への謝罪。ただそれだけ…。

 

「」

 

「…あ、あれ?」

 

「…エゥ」

 

 口が真一文字になってますねぇ…。

 あの…大丈夫でしょうか?

 顔が段々と真っ赤になって行きますけど…。

 

 隆史さんは、頭の上に「?」を浮かべて、声をかけていますね。

 …事件の話題を一切出さないで。

 

 結局彼は、事件の事を一切知らぬ存ぜぬで通すつもりです。

 皆さんに、その事を会長より打診して頂きました

 皆さんには、快く了承して頂きました。

 

 …あと、生徒会長は多分…沙織さんの事、気がついてますねぇ…。

 

 

「タカシクン、オハヨウゴザイマス」

 

「え…あ、はい。おはようございます」

 

 分かりやすく動揺してますねぇ…。

 隆史さん、とても困っていますよ?

 

「あの…えーと。どうしたの? 今日はメガネかけて…いつもコンタクトじゃなかったけ?」

 

 …なんのつもりか、昨日よりコンタクトをやめてメガネで登校していましたね。

 明らかに挙動不審な沙織さんに困ったのか、出した話題がソレでした。

 

 まぁ…無難といえば、無難でしょうか…。

 というか何故、私がソワソワしながら見ているのでしょう?

 

 

「エ…エート、え~と! ……き…気分転換かな!!」

 

 昨日、麻子さんにした同じ返事…。

 事件もありましたし、そこは本当に気分転換なのでしょうかね。

 隆史さんもそう思ったのか、納得した顔をしましたね。

 

「そっか」

 

「えーと…えっと。『メガネの娘って野暮ったくて、あまり好きじゃない』…かな?」

 

 

 ……ん?

 

 

「なに? メガネ?」

 

「そ、そう…」

 

 …何故沙織さんは、遠まわしな聞き方を…。

 何かを思い出しながら、しゃべっている様に聞こえましたけど…。

 普通に、似合ってかどうかを聞けば良いのでは?。

 

「大好きです」

 

「!!!」

 

 

 あー…もう、なんといいますか…。

 

「……」

 

 隆史さんは、目を輝かせておっしゃる事ですか。

 沙織さんは、頭から湯気でも出そうなくらい、真っ赤になって硬直してますし…。

 多分ボフッって音しましたよね。

 

 そんな沙織さんを見て、オロオロする隆史さん。

 

 …少し言葉を選んでください。

 

 なんというか…胃が痛いです…。

 

 

「華さん? どうしました?」

 

 みほさん!?

 

「い、いえ!! なんでもありませんヨ!!」

 

「?」

 

 び…びっくりしました…。

 みほさんに全然気がつきませんでした。

 どうやら、皆さんに声をかけて回っていたようです。

 

「皆さんそろそろ、移動しますので準備してください」

 

「……」

 

 ハーイ、と周りから声が上がりました。

 それと、同時にプラウダ応援団の方達も、客席に戻り始めました。

 

 いよいよ試合ですね。

 なんでしょうか…開始前から凄く疲れました。

 

「オウ。んじゃタカ坊。俺らは戻るな」

 

「あーはい、おやっさん。試合中は、あんまりはしゃがない様にして下さいよ」

 

「うるせぇ!」

 

 笑いながらも、応援団のリーダーらしき男性にワシャワシャ頭を乱暴に撫でられていますね。

 彼は、隆史さんが、バイトしていたお店の店長さんとの事。

 …隆史さんより、背の高い男性は、珍しいです。

 まだ少し、男同士ジャレあってますね…。

 

 …最後に改めて、隆史さんと私達を見て、凄いことを仰ってきました。

 

「まったく。また女の子に囲まれた生活してんのか? 羨ましい限りだねぇ」

 

「またって言わないで下さいよ!! 誤解を招くでしょ!?」

 

 本気で焦ってますね…。

 

「…あぁそっか。隆史君って青森で、プラウダ高校と聖グロリアーナ両校の女の子に囲まれてたんだね」

 

「え…」

 

「私と違ってモテモテだね!!」

 

「沙織さん!?」

 

 認めた…。

 

 あの沙織さんが…現実を認めました……。

 

 沙織さん、大丈夫ですか!? 本当に大丈夫ですか!?

 

 

「ん? おぉ! この子が、タカ坊が言ってた幼馴染の子か!?」

 

 沙織さんを見ながら、わかりやすい勘違いをしてきました。

 

「…違います。彼女は武部さん…。幼馴染は…」

 

 隆史さんが、みほさんに向かって手招きをしています

 パタパタと、それに答えて小走りで近づくみほさん。

 アワアワしながら、大きくお辞儀をし、自己紹介をしていますね。

 

 

 

「……華」

 

「なんでしょうか?」

 

「……どうしよう……隆史君の顔が、まともに見れないよぉ…」

 

「………………」

 

 痛いです。

 すっごく痛いです。

 

 …胃が。

 

 沙織さんは、私の背中に両手で捕まり、項垂れてます。

 

 胃がぁ…。

 

 どうしましょう。本当にどうしましょう。

 

 

「そっか! よかったなタカ坊。随分と心配してたもんなぁ!」

 

「…やめて下さいオヤッサン」

 

 前方の会話が聞こえてきます…。

 あぁ…みほさんの事ですかね?

 

「随分と熱心に、携帯と睨めっこしていた時もあったしな! 返事が来ねぇってな!!」

 

「オイやめろ、クソオヤジ」

 

 またハシャギ出しましたね…。

 女性より男性の方が、こういう再会を懐かしむというのは、時間がかかるものなのでしょうか?

 みほさんは、まぁ…はい。目がキラキラしてますね。

 

 

「いやぁ~…で? 付き合ってんのか? 彼女か!? タカ坊にもついにできたのか!?」

 

 …こういう話も、実は男性の方が好きなのでしょうか?

 

「あー…はい。まぁそうですね」

 

「……え」

 

 …あら?

 

「え…、え!? マジで!? 本当に!!??」

 

 冗談のつもりで言ったのでしょう…。

 残っていた、他の男性方も会話を聞いていたのか、騒めきだしました。

 驚くのも分からなくはないですけど…なんでしょうか? 驚き過ぎではないでしょうか?

 

「お…お嬢ちゃん、ほんとにタカ坊の…彼女さん?」

 

 みほさんに向かって、信じられないという顔で、訪ねています…ちょっと失礼では?

 悪気は無いのでしょうけど…。

 

「は…はい!」

 

 あら。みほさんが、はっきりと返事をしました。

 …ちょっと顔つきが凛々しいです。てっきり慌てるか、照れるかすると思いましたのに。

 良い傾向でしょうか?

 

 ……後ろの沙織さんの事を思うと、胃が痛みますが…。

 

「いや…カチューシャちゃんと、ノンナちゃんファンクラブの会長って、タカ坊って事になってるけど…大丈夫か?」

 

「は!? いやいや! ちょっとまって!」

 

「いや……二人に公認させたのって、タカ坊だろ?」

 

「そうだけど!! 確かにそうだけど!! 俺一切、関与してないですよ!? 許可とっただけで、一度も活動した事……あぁ…応援団作ったのが…そのままファンクラブか……」

 

 隆史さん、頭抱えてますね。

 それに対して、みほさんは特に気にした様子も無いようです。

 

「タカ坊。コレやるよ…」

 

 そう言って、着ていた法被を項垂れた隆史さんの肩にかけました。

 

『スノーフェアリー・カチューシャたん』と、書かれたピンクの法被を…。

 

「なんちゅーもん、よこすんだよクソ親父!! こんなもん作ってるから、女将さんに小遣い減らされるんだろ!!」

 

「うっせー!!」

 

「しかもスノーフェアリーって競走馬だぞ!! 何考えてんだ!!!」

 

「うるせぇー!! 語呂が可愛いだろうが!! 可愛いは正義だ!!!」

 

「その面で可愛いとか言ってんな!!」

 

 ギャーギャーと口喧嘩を始めました…隆史さん、言う人には結構な事、言いますね…。

 叫びすぎて、疲れたのハァハァ言ってますね。

 

 

 オヤッサンさんが…言いえて妙ですが……まぁいいでしょう。

 オヤッサンさんが、頭をかきながら、みほさんに声をかけます。

 

「あーーーーー……………………、まぁなんだ、お嬢ちゃん」

 

「あ、はい! な、なんでしょうか!?」

 

「……俺はコレに関しては、どちらかの味方って訳じゃねぇから、一概には言えねぇけどよぉ………まぁその…頑張りな」

 

「え? あ、はいっ!!」

 

 ひどく言い辛そうに、ガリガリ頭をかいていますね。

 

「ま! それはそれとして、タカ坊の事頼むな!!」

 

 

 オヤッサンさんは、隆史さんの背中をバンバン叩き、残った数人と共に客席へ帰って行きました。

 

 …どちらか。

 

 私には、意味が良くわかりませんでしたが、みほさんには伝わったようです。

 最後の返事もはっきりと答えてましたね。

 何か決意のようなものを、朝から感じますね。

 

 …まぁ私としましては、後ろでブツブツ呟いている沙織さんの方が問題なのですけどね。

 前は、あれだけ三角関係やら、痴情の縺れやら仰っていたのに、いざ自分がなるとコレですか…。

 ……本当にどうしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進む。

 

 雪の中を歩く。

 

 予定より少し離れた所で車を降りて、後は徒歩で近づいていた。

 

「カチューシャ。やはりもう少し、近づいた方が良かったのでは?」

 

「うっさいわね! ちょっと試したい事があるの!」

 

「…試合前の挨拶で、何を試す事が有るのですか」

 

「ふん。大洗学園なんて、正直どうでもいいわ。いくら西住流と言っても、私達に勝てるはず無いもの!」

 

 ……試したいのはタカーシャに。

 

 いる。

 

 多分いる。

 

 いるわよね?

 

 …というか、私達と対戦だと言うのにいなかったら許さない。

 

 ……許さない。

 

「…隆史さんが、いるかどうか不安でしたら、さっさと車で行けばよろしいのに」

 

「っっさいわね! 何も言ってないじゃない!!」

 

「顔に出てますから」

 

「ぐっ!!」

 

 …自分だって同じの癖に。

 

 タカーシャとお別れをした日。

 貴女が、泣いたの忘れてないわよ。

 

「見えましたよ」

 

「ん!」

 

 少し遠く。

 

 六輛の戦車のシルエットが見える。

 あと数人の生徒達。

 

 ……どれが、「西住 みほ」かしら。

 まだ遠くて、シルエットしか見えない。

 

 あの子達…何人か遊んでるわね…何? 雪合戦?

 

 舐められたものね。

 

「で、どうするのですか?」

 

「ノンナ。貴女目立つから、ちょっとここで待って『嫌です』なさ…」

 

 ……エー

 

「一人男性らしき方が見えます。というか、隆史さんですね」

 

 よかった…いた。

 

 ……い、いえ!! 当然ね! いて当然!!!

 

「ですから、嫌です」

 

「…………」

 

 タカーシャに関する事になると、ちょっとノンナが怖い。

 今も即答したわよね?

 

 …えっと。

 

「な…何も、来るなとは言ってないわよ! ちょっと、試したいことがあるって言ったでしょ!?」

 

「なんですか?」

 

 ぐ…すっごい真っ直ぐ目を見てくるわ。

 ちゃんと言わないと、納得しないわね…。

 タカーシャを、目で確認してから、ソワソワしてるのが分かる。

 というか、目が段々と濁ってきてる気がする…………わね。

 

「…仕方ないわね」

 

 ………………

 …………

 ……

 

 これが計画。

 試したい事。

 

 戦車の影から近づいた。

 

 試合前の相談だろうか。

 数人と一緒に話し合っている。

 タカーシャも戦車道の試合に関わっていた。

 

 ……対戦相手の学校。

 タカーシャが敵として現れた。

 

 久しぶりに会うというのに、敵としての再会。

 というか、女に囲まれているのと言うのが、一番気に食わないけど…。

 

 見れた。

 

 久しぶりに顔を見れた。

 ……相っっ変わらず、ヘラヘラしてるわね。

 

「フンッ!」

 

 小さく鼻を鳴らす。

 

 …彼の性格は把握している。

 

 私達の事を、忘れるはずが無いのも分かる。

 

 だけど…不安なモノは不安だ。

 

 青森で…あの場所でしていた事。

 

 いつもの合図。

 

 私のおねだ…命令。

 

 何人かと話していて集中しているのか、すぐ横に来た私にも気がつかない。

 

 まぁ周りには、すでにバレてはいるわね。

 

 誰?とか声は聞こえた。

 

 有象無象は、どうでもいい。

 

 さて…覚えてくれているかしら?

 

 彼は、腕を上げているから服の裾を引っ張る。

 

 前にやっていた様に。

 

 いつもの通りに。

 

 決まって、三回。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、寒くないのか?」

 

 見ているこっちが寒くなる。

 雪国舐めてないか?

 

 パンツァージャケットを着ているのはいい。

 だけどなぁ…。

 

「スカートじゃ寒くないの? 見ているこっちが寒くなるんだけど…」

 

「寒いに決まってるよ!!」

 

 力強い返答ありがとう、みほ。

 

「…せめて、ジャージかなんか履けば?」

 

 よくいるだろ、そういう女子高生。

 

「酷い! 隆史君は女子力を捨てろっていうの!?」

 

「……女子力より身体を大事にしようよ、沙織さん」

 

「そっ!…それで…隆史君は…イィノ?」

 

 声が小さくなっていくな…。

 さっきから沙織さん、目を合わせてくれないっていうか、俺の顔を見てくれねぇ…。

 

「あの…沙織さん……」

 

「ヒャイ!!」

 

 …ダメだこりゃ。

 

 

 

「優花里、ちょっと来てくれ」

 

「はい! なんですか?」

 

 呼ばれてすぐ、パタパタと来てくれた。

 …ごめん。ちょっと犬みてぇとか思っちゃった。

 

「取り敢えず、人数分の倍の懐炉と各車輌数のコレ持って来たから…コレ積むの手伝ってくれ」

 

「…懐炉はともかく、なんでコレを? 結構な荷物ですよね」

 

 まぁ、もっともな質問だな。

 でもなぁ…カチューシャの性格上なぁ…。

 

「ダンボールで分けてあるから、各車輌ごとに分けて乗せれば大丈夫だろ。プラウダ高校隊長の性格上、必要になるかもしれないからね」

 

「性格上?」

 

「……舐めプ」

 

 特に、ホームグランドみたいな雪上戦じゃあなぁ…。

 

「まぁ実際にそんな事態になれば、優花里の腕が役に立つからな。頼むわ」

 

「はぁ…まぁ隆史殿がそう仰るなら…分かりました!!」

 

 さてと、後は。

 

「えっと、そど子さん」

 

「!!」

 

 あれ? 睨まれた。

 

「私の名前は、園 みどり子!! そど子って呼ばないでよ!!」

 

 …あだ名だったんだ。

 本名かと思ってた…。

 そうだよなぁ…変わった名前だと思った。

 

「あぁ…ごめん。えっと、園さん」

 

「え……。え…えぇ!! そ、それでいいのよ!」

 

 なんで、今一瞬びっくりしたんだ?

 

「うん。それで、園さん」

 

「なによ!」

 

 おー…何を怒ってるんだ。

 まぁいい。先程のマコニャンとのやり取りを見て、どうもこの子は、一定の人に対しての対応はまずいと。

 注意しておこうと思った。

 マコニャンは相手にしていなかったが、アレは無駄な摩擦を生むな、

 

「さっきのマコニャンとのやり取り見てたんだけどね」

 

「!?」

 

「一応、教えてもらう立場なら、あの言い方はないと思うんだ。チームメイトでも、最低限の礼儀は…ってどした?」

 

「マ…マコニャ……マコ……」

 

 おーう。笑っとるな。うん。

 

 

「書ぉぉ記ぃぃーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

 

「おう、なんだねマコニャン」

 

 横から凄い勢いで来たなぁ…マコニャン。

 はっはー。顔真っ赤だなぁ。

 

「貴様、それで呼ぶなと言っただろうが!!! よりによって、そど子にぃ!!!!!!!」

 

「あぁ、本人が、そど子って呼ぶなって言ってたぞ?」

 

「まず貴様が、私をマコニャンと呼ぶな!!!」

 

「やだ。  で、園さん。最低限の礼儀は守るべきだと思うんだよ」

 

「書記!!」

 

 マコニャンが絡んでくるなぁ…。

 あーーーー……癒される。

 

「わ…わかったわ……ヒューヒュー……悪かったわね……」

 

 笑いすぎて、呼吸が可笑しくなってないか?

 笑うことか?

 

「じゃぁ…よろしくご教授下さいね……マコニャン」

 

「そど子ぉぉーーーーー!!!!」

 

 戯れあっとるなぁ…。彼女達やっぱり、基本的に仲いいんだよね。

 …まぁこんな事で、もっと距離縮められたらいいんだけど。

 

「あぁ、でもね、園さん」

 

「ヒューヒュー…何かしら?」

 

 

 

「マコニャンと呼んでいいのは、俺 だ け だ」

 

 

 

「」ビクッ!!

 

「本人、嫌がってるからやめてやってね?」

 

「」カタカタカタ

 

 ……あれ? なんか顔が引き攣ってるな。

 普通に言っただけなんだけど。

 

「わ…わかったわ。貴方は、素直に…私の名前ちゃんと呼んでくれたから…従うわ……」

 

「アリガトウ。ま、たまにならイイヨ」

 

「!!」

 

 グッっと親指立てると、グッと満面の笑みと親指で答えてくれた。うん。

 

「書記ぃぃーーーー!!!!」

 

 あぁ…みほが睨んでる……。

 

 

 

 さて、最後だな。

 

「会長ー!」

 

「…………………………は?」

 

 ……ァ。

 

「……杏」

 

「何かなぁ?♪」

 

 えー…。「会長」抜かした呼び方したほうが機嫌良さげなんすけど。

 

「あの…一応、これで俺は本部に戻りますけど…他になんかありますか?」

 

「そうだねぇ…特にあと……は……」

 

 

 あぁ、はいはい。わかった、わかった。

 

 ちょっと待ってろ

 

 いつもの様に、合図に従い少し、しゃがむ。

 服が伸びるから、強く引くなって言ったのになぁ。

 

「……隆史ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「その肩の何?」

 

「……は?」

 

 何って…。

 

「カチューシャですけど……」

 

 

「……」

 

「……」

 

 

「カチューシャ!!??」

 

「久しぶりね!! タカーシャ!!!」

 

 俺の肩の上でふんぞり返っていた。

 ……カチューシャ…。

 いつもの合図、癖で何も条件反射的に担いじまった…。

 

「ちゃんと命令の合図を覚えていたわね! 褒めたげるわ!!」

 

 すっげぇ嬉しそうにおっしゃいました…。

 …大洗学園生徒全員の視線が痛い……。

 

「ノンナ!!」

 

「はい」

 

 ……Ⅳ号戦車の影から、ノンナさん登場……。

 うぁぁぁ!! なっつかし!! 真っ直ぐ目だけ睨んで近づいてくる!!

 

 

「さて、お久しぶりですね。人のくち『 わぁぁあああl!!!! 』」

 

 

「ハイ!!!! オヒサシブリデスね!! お元気そうで!!!!!!」

 

「お陰様で」

 

「」

 

 なんだろう…すっげぇ……懐かしいこのやり取り…。

 

 みぽりん…ハイライトさんいませんよ?

 

 だから!! 

 チカイチカイチカイチカイ!!!

 一瞬目を離した隙に近づいてくるし!!!

 

 

「さて、貴女達!! 「私達」のタカーシャがお世話になってるそうね!」

 

 「「「「「……私達の?」」」」」

 

 ……。

 

 あ…雰囲気が変わった……。

 

 何名か…怒気を感じる……コレは喜んでいいのだろうか?

 しかし、この状態はまずい…。

 

「と…取り敢えず、おろすぞカチューシャ」

 

「なんでよ!!」

 

「……」

 

 どうしよう。なんて言おう。

 

「……これだと、カチューシャの顔が見れない…ジャナイカァ」

 

「!!」

 

 あぁ!! 何名か怒気が殺気に変わった!?

 

「…し、しょうがないわねぇ!!」

 

 そう言いながら、素直に肩から降りてくれました。隊長!

 ふー…と、一息ついたら大洗側からの視線が痛い!!!

 

 ……なんだろうか。みぽりんもそうですけど、…えっとなんで近藤さんが、カチューシャを睨んで……違う。ノンナさん睨んでる!?

 

 あらためて、カチューシャとノンナさんが、みんなの前に対峙する。

 

 怖い…なんだ……なんだこの……何!!??

 

「まぁ…例の如く、タラシちゃんは放っておいて……やぁやぁ」

 

 …ついに会長にまで言われた…。

 

「生徒会長の角谷だぁ。ヨロシクゥゥ…」

 

 若干、喧嘩腰の挨拶してるなぁ…なんで?

 そして、握手の為に差し出された手を睨みつける、カチューシャ。

 

「ノンナ!」

 

 あー…またか…。

 今度は、俺ではなくいつもの様に見慣れた姿。

 ノンナさんの肩にまたがる。

 

「え? …おぉ……」

 

 変な声出てますよ。会長…。

 

「貴女達はね! 全てがカチューシャより下なの!! 戦車の技術も身長もね!!!」

 

 ……いや、身長は無理があるだろ。

 

「肩車してるじゃないか……」

 

「むっ! 聞こえたわよ!! 良くもカチューシャを馬鹿にしたわね!! 粛清し『 隆史ちゃーーーん!! 』」

 

 ……。

 

 呼ばれた。

 

 すっげぇー嫌な予感しかしねぇ。

 

「な…なんでしょう?」

 

 

 

「しゃがんで♪」

 

 

 

「」

 

「早く♪」

 

 もう考えるのやめよう…。

 

 言われた通りに少ししゃがむと、予想どおりに……その…会長が肩にまたがってきた。

 しょうがないので、そのまま立ち上がる…。

 

「おぉう!! 立ち上がるとすっごいねぇ! 景色!!」

 

 おー…あのカチューシャが、肩車した会長を見て、唖然としている…。

 

「ん? カチューシャァぁぁ? 何が上だってぇ?」

 

「ぐ…卑怯よ!!!」

 

 

 …挑発。

 

 めちゃくちゃ挑発してる…。

 

 

 ごめん。

 

 大変なことだとは分かってる。

 焦ることだとも。

 

 でもな?

 

「会長!! スカートで、それはまずいです!!!」

 

 桃先輩の声でもお分かりいただけたでしょうか?

 

 首!!! 首の後ろになんか、布の暖かい感触と、左右にスベスベの感触がぁぁぁ!!!!

 

「」

 

「おや、隆史ちゃん。赤くなって。何? 前に回ろうか?」

 

「」

 

 みほの顔が確認できねぇ!!! 殺気だけ伝わってくるぅ!!

 

「」

 

 眼前のノンナさんだけは…見えます、はい。

 黒い炎を纏ってますね…。

 

 段々と近づいてくる…。

 

 目と鼻の先まで、来たところで、カチューシャが「背伸び!! 背伸びしなさい!!!」とか言ってるね……。

 ノンナさんが近づき過ぎた為か…密着する。

 その……胸部に被弾!!

 

 ま…まだ成長してる…だと!?

 

 なんだよこの、天国というか地獄というか!!!

 

「……ところで」

 

「な…なんでしょう!?」

 

 もう、なんだろう!! 対面でくっついてしまっている状態で、さらに動くので胸部の被害が甚大です!! もう!! もうっ!!!

 俺とノンナさんの肩の上では、二人のロリっ子が、つかみ合っているからさらに振動でぇ!!

 よって、会話をしても俺とノンナさんしか聞こえない距離…。

 

「……人の唇を奪って逃げた隆史さん」

 

「」

 

「あの「西住 みほ」さんと、お付き合いされてるそうで…」

 

「!!??」

 

 なんで知ってるの!? 付き合いだしたの三日前だよ!?

 

「…その現状は、私にはドウデモいいのですよ…」

 

 ボソっと呟いた。

 

「ノンナ!! 背伸びしなさいよ!!」

 

 背伸び…つま先立ちだろう。

 

「奪い返すだけです」

 

 

 …この選手同士のやりとりは、ライブカメラで撮影をされている。

 それは、不正防止の為でもある。

 

 よってこれは、客席にも当然流れるのだろう。

 

 それはこの会場に見に来ると言ってた…あの西住流そのもの二名や、その他校の方も見ていたわけで…。

 肩車をしている訳で…ちょっと身動きができない…その…。

 

 

 

 唇に、冷たく柔らかい感触がした。

 

 

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。



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閑話 ~ あの子 ~

はい。今回かなり短いです。


…憧れだった。

 

それが、『 ● ● 』か、どうかなんて…わからない。

 

……そう、ワカラナイ。

 

ただ、鮮明に覚えている。

 

夏の田園。

 

蝉の鳴き声と、青い空と…草の匂いと……そこからの始まりと……。

 

 

 

ずっと昔。

 

田園の道で良く遊んだ、戦車に乗って現れる3人組。

その3人の内、二人の姉妹。

 

姉妹の妹の方には、よく酷い目にあわされた。

アレには悪意が無かった…だからよりタチが悪い。

 

…泥水をかけられたり、水道水をホースから直に浴びせられたり。

まだ幼い私を戦車の車外に乗せて、猛スピードで走り回ったり…。

カエルを顔面に乗せられたり…。

なんど怒ったか。

 

そんな幼少の頃、世間様からは、お嬢様など持て囃されていたのも有り、性格は…良い方だとは言えなかった。

…今はどうかは知らないけど。

 

よって、子供の頃から友人は少ない。

……いや、いなかった。

 

だからだろうか…酷い目にあっても、あの姉妹はいるだろうか? と、あの田園に足を向けていたのは。

妹の方は酷かったけど、姉の方は、嫌味ばかり言う私にも優しかった…。それが嬉しい。

 

楽しかった。

 

口数は少なかったけども、一緒にいる空間が、それはとても楽しかった。

 

よく思ったものだ。

…こんな姉が欲しかったと。

もしこの人が、本当に姉ならば、私の性格も少しは、まともだったのだろうか?

……本当の姉は、私と性格が似ていたから余計にそう思ってしまったのだろうか…。

 

そんな田園で…その姉妹とたまに会うという関係は、小学生になっても続いた。

 

しかしある日、イレギュラーが発生した。

小学生になり、暫く経った後だろうか。

 

…男の子だ。

 

そんな至福の空間に、男の子が混じって来た。

小学生だというのに背の高い…妙にヘラヘラした男の子。

年上だろうか…。

 

年上だとしても…男の子は嫌い。

 

だから敵意を持って接した。

彼女達姉妹に初めて会った時の様に。

 

その内に諦めて、私を相手にしないようにでもするだろうと思っていた。

しかし彼は違った。

 

私の態度を特に気にする事も無く……やさしかった。

 

当時余り運動は得意ではなかった為、戦車にもうまく乗れなかった私を手伝ってくれたり。

 

妹に悪戯されれば、庇ってくれたり。

妹の無茶に付き合い、取り残されそうな私を助けてくれたり…。

妹の行動に驚かされ、泣いてしまった私を慰めてくれたり……。

 

イモウトォォォォ…。

 

ま…まぁいい。

 

私の当時の背丈には、大きめな帽子が飛ばされ、ただ泣いていた私の為にどこからか探して来てくれたり。

私の帽子を持ってきてくれた彼は、泥だらけになっていたっけ…。

 

……今でこそ思う。

 

とても根気よく相手をしてもらっていたと。

 

私も単純だな。

男の子に対する感情が、すぐに変わった。

 

「アンタ」から「お兄ちゃん」と呼び方が変わっていった。

 

……。

 

妹の方はとても活発で、良く一人で暴走をしていた。

それを遠くから、男の子と姉が、一緒に眺めて苦笑している姿をよく見ていた。

 

その後ろから、その二人を眺めている私。

 

…………眺めていた私。

 

優しい二人。

 

憧れだった…。

 

成長したらあの様になりたいと…。

あの優しい二人の様になりたいと…。

 

 

このままこの関係が続くと思っていた。

この四人で、ずっと一緒だと思っていた。

 

だけど終わった。

 

終わった。

 

終わった。

 

終わってしまった。

 

一時的だと言われ、親の都合で熊本を離れる事になった私。

 

一時的?

 

駄々を捏ねる子供を納得させる嘘だと、気がついたのは大分後だった。

 

転校をして、熊本に戻ってきたのは中学の……しかも3年の頃……15歳の頃だった。

何が一時的だ。

 

あの3人はもういない。

いたとしても、私の事など忘れてしまっているだろう。

あまり私の性格に変化はなかったようだ。

相変わらず友人は少ない。

 

 

当然探した。

 

それは探すだろう。

 

当時の私の唯一の友人。

 

 

見つけた。

 

 

「一人」だけいた。

 

妹がいた。妹だけいた。

 

しかし……案の定だ。

 

私の事など忘れてしまっていた。

今更…昔の事を引っ張り出し、どうこう言う気は無かったけど…。

 

……この女。

 

性格も大分変わって、随分と……随分とまぁ……苛立つ性格になったものだ。

 

姉はもう卒業してしまって、当然いない。

少し寂しかった…。

 

男の子は…。

 

……

 

…………。

 

寂しかった。

 

あの頃の事もあり…姉妹の姉の事もあり。

私は戦車道に進んでいた。

だけど…。

 

いや。

 

今は細かい事は省く。

 

 

一年経ち…。

 

二年経ち…………。

 

 

「隊長」が酷く憔悴していると気がつかなかった時。

 

あの港。

 

熊本港に、あの男が現れた。

 

初めは分からなかった。

 

気がつかなかった。

 

その男を隊長は、幼馴染だと言っていた。

 

それでも気がつかなかった。

 

ただの、気の触れた人攫いだとしか思えなかった。

 

一月経ち、二月経ち……。

 

大洗学園とサンダース付属の試合で、気がつき始めた。

明らかに隊長の態度が、おかしくなっていったからだ。

 

……あの馴れ馴れしい男。

 

幼馴染。

 

隊長と元副隊長の幼馴染。

 

……。

 

確信に変わったのが、昨日。

 

あの軽薄な男が隊長宅に宿泊した日。

……私の下着をのぞき見た日。

 

二人になど、させてやるものか。

 

家元がいようが、付き合いだしたというのならば余計に…だ。

 

ダメ元で、私も宿泊して良いかと尋ねてみれば、思いの外、簡単に了承してもらえた。

 

…家元に。

 

何か不安がっていたが、私がいれば多少は自制が効くだろうとの事だった。

……客間ではあったが、隊長と同じ屋根の下だ。

正直嬉しかった。

 

夏の夜。

 

長い夜。

 

……

 

…………

 

アルバムを見せてもらった。

 

隊長は気がついていたのだろうか?

 

わかっていて、見せてくれたのだろうか?

 

『唯一の「私達」の写真』

 

……

 

…………

 

その男の子が、試合会場の大画面。

プラウダ高校の副隊長に「密着されて」いる。

 

隊長と付き合いだしたのではないのか?

 

……恋人関係となったのではなかったのか?

 

何をされている。

 

何をしている。

 

あの頃の……「憧れていた二人」ではないのか?

 

「……」

 

ふざけるな。

 

だから違う。

 

この感情は違う。

 

色々と裏切られたと思うのも、多分違う。

 

違うのだろう。

 

……なんだこの感情は。

 

この苛立ちは。

 

私が認めるのは「あの時の二人」

 

だから違う。

 

 

違う。

 

 

違う。

 

 

違う。

 

断じて違う。

 

裏切られたと感じたのは、勘違いだ。

 

だから違う。

 

あの感情も間違いだ。マチガイダ。

…アレは。「オニイチャン」じゃない。

 

違う。

 

……私の『 初恋 』なのではない。

 

 

 

違う。

 

……

 

…………

 

 

大画面を見つめ、腹の底から声が出る。

意識は、していない。

 

なぜだろうか。

 

目が熱い。熱い。アツイ。

 

 

「お…………がぁたぁぁぁぁァァアアア!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

スイマセン仕事出張の関係で今回、本当は次話の冒頭部分のみになります。



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第36話~試合が始まりません! いや、ある意味、最終局面開始です!~

 …誰もが思ったそうだ。

 

 何してんの?…と。

 

 俺が聞きたいデス。

 

 え? なんで? どうしてコウナッタ? 何してんの!?

 

 杏会長はこの時、完全に動かなくなった俺を不審に思い、見下ろしたようだ。

 それは当然カチューシャも同じようで、二人揃ってこの場にいる人達中で、最後になったようだ。

 …時が止まった人間というものに。

 

 まぁ…うん。

 

 えーと…え?

 

 頭が真っ白になるというのも、久しぶりの体験です…。

 

 誰も動かないのだろう。

 服の布が擦れる音ってやつかな? 身体を動かす音すら聞こえない。

 

 先程まで、ざわついていた現場。

 しかし今は、聞こえるのは風の音だけ。

 

「」

 

 体は、完全に硬直してしまっている。

 思考が、現在起きた事についていけない。

 

 音以外に入ってくる情報は、視界のみ。

 

 その視界には、目を半開きにしたノンナさんの顔がしか見えない…。

 と、思ったら、閉じ…タぁぁう!!??

 

「んぅムグ!!??」

 

 奪い返すって言ってたけど…そういう意味ですか!?

 なんか入っ『何を、やってるんですかぁ!!』

 

 この声は、近藤さんか!?

 俺とノンナさんの身体の間に、無理やり入ってきた様だった。

 強引に離れさせようとしているのだろう。

 後ろに押される…。

 

 ― が。

 

 ノンナさんはカチューシャの足を、肩と首で押さえ、自由になった両手で、俺の頭を両手で掴んで固定してきた…。

 つーか、痛い!!

 

 すげぇ力で、頭を押さえつけてる!!

 それと、ちょこちょこ色っぽい声だすのやめて!!

 

 しかも背中と両腕で、全力で押しているであろう、近藤さんを無視してる!?

 

「ンンーー!!!???」

 

 まずい! これは非常にまずい!! 今更感しかないけど、いくら俺でも分かる!!!

 いやもう、口の中凄いことになってるけど!!

 

 ノンナさんと同じく、杏会長の両足を肩と首で押さえ、両手をノンナさんの肩に置き、離そうと押す。

 ぐぐっと。結構力を込めて。

 

「」

 

 突き飛ばさない程度に、しようと思ったのだけど…。

 

「」

 

 …嘘だろ?

 

 ……動かねぇ。

 

 結構強めに押してるんですけど!?

 

 ザクッ

 

 横から、雪を踏みしめて近づく音がする…。

 

 うん…多分みほだぁ…。

 

「たぁかーし、ちゃーーん。一体、なにを!!!」

 

 上から声がした…と、同時に杏会長の太ももが、更に俺の顔を強く挟む。

 

「やってぇる…のっ!!!!」

 

 俺の頭。残ったスペースをつかみ、全体重をかけて後ろに引っ張った。

 あれだね。釣りとかで大物を釣り上げる感じ。上半身を反らしてね…。

 

 ノンナさんに掴まれた部分と、杏会長が掴んだ部分。

 それでそんな事されたもんだから、死ぬ程痛い…。

 

「あ…」

 

 …ノンナさんから、少し残念…みたいな声がした。

 つまりは、そこまでして…ようやっと離れた…というか外れた。

 

 あ…でも、多分大丈夫。

 

 俺多分、この後にでも、すぐ死ぬだろうから。

 

 少なくとも胃はもう、瀕死の状態です。

 

 力がかかった状態で、離れたものだから、当然身体が軽く飛ぶ…。

 なんとか踏み込んで、倒れるのを回避…。

 

 肩の上には、杏会長…。

 そして、背中をこちらに預けて押していたものだから、開いた両手には、近藤さんの肩…。

 何この装備一覧…。

 

「や…やっと…離れた……。というか、会長も降りてください!! 何やってるんですか!!!」

 

 …近藤さん。今度は杏会長を引き剥がそうとしています。

 しかし、意外にも杏会長は、その声に素直に従い、スルスルと俺から降りてしまった。

 

「…………」

 

 む…無言で。

 

 雪の上に降りた杏会長は、近藤さんに軽く手を上げて、俺を見上げて言ってきた。

 いやぁ…杏会長のハイライトさんも、ついに仕事放棄しちゃったなぁ…。

 

「隆史ちゃんの身体が、すっごい強ばったっなぁって思って見てみたら……そこにすっごい光景があったんだけど?」

 

「」

 

「どういう事?」

 

 お…俺が聞きたい…。

 

「ンッ!」

 

 杏会長が、親指で後ろを指した。

 …いや…まぁ、はい。分かっちゃいましたけど…。

 

 ものすごい視線を感じますね…。

 

 いきなりあんな事が目の前で起きりゃなぁ…。

 口を手で押さえながら、顔を恐る恐る、向けられる視線の方向へ動か……す…。

 

「」

 

 はい。

 

 皆さん年頃の女の子。

 

 先ほどの光景を目の前にして、真っ赤な顔が綺麗に並んでますね。

 

 カメさんチームは…というか桃先輩は、なんか白目向いて赤くなってるし…。柚子先輩は、頬を抑えて真っ赤になってる…。

 

 うさぎさんチームは、真っ赤になって硬直している。キャーキャー騒ぐと思ったのに…。

 

 かばさんチームは……まぁ…ちょっと変わっているといっても、やはり年頃の女の子。

 口を手で隠しながら、真っ赤になっている。普段のギャップもあって、あらやだ。ちょっとかわいい。

 

 カモさんチームは…あー…一番騒ぐと思ったのに。なんだろう…。オーバーヒートしてる…。湯気出てますよ? 湯気。

 

 アヒルさんチー……ぃぃ!? 何!? 近藤さん!? どうしたの!? 口半開きで、眼がすっごいよ!!??

 ハイライトさんは逃げ出しているのか、おかしな色になってるし!! 向こうにいる、チームメイト怯えてるよ!?

 

 …見なかった事にしよう。うん。

 多分それが一番平和だ。

 

 

 …そして、あんこうチーム。

 というか、みほは…。

 

「……」

 

 完全に容量オーバーをしている優花里と、予想どおりに固まっている沙織さんはともかく。

 少々の事じゃ動じそうに無い華さん、そしてマコニャンまで、赤くなっているというのに、ボクノ彼女さんは…。

 

 ……恐ろしい程に普通だった。

 

 驚いてはいるのだろう。軽く赤面はしている…が。

 

 普通。

 

 すっごい普通の表情。

 

 昨日の夜もそうだったけど…みほさんどうしたんですか!?

 先ほどの足音はやはり、みほの様でした。

 …すぐ横にまで来た、みほと目が合いま……ぁぁあ!?

 

 微笑んだ!?

 

 なんで!? 浮気だとか怒られると思ったのに!! 微笑んだ!!!

 コワッ!! 普通に怒られるよりこっわ!!!

 

「大丈夫だよ? 隆史君。怒ってないから」

 

「」

 

「…隆史君と、その…付き合いだすって事は、こういう事が多分起きると思ってたから。ちゃんと覚悟してたから…」

 

「…みほ?」

 

 目は俺を見ているんだけど、発言している内容が、自分に言い聞かせているようにしか、聞こえませんけど…。

 

「だから、大丈夫。浮気とは違うと思ってるから。うん。怒ってないよ?…………「隆史君」には」

 

「」

 

 そう言って、目線をカチューシャとノンナさんに移す。

 

「な…なん…あなn、なぁ!?」

 

 それに釣られて、同じく彼女達の方を向くと…カチューシャがバグってた。

 

「ノンナ!! なにをしてるの!? というか、なんて事してんの!!!」

 

 ごもっとも…。

 

 肩車から降りたカチューシャが、小さい足を地面へ叩きつける様に、地団駄を踏んでいる。

 

「キスですね」

 

「」

 

 …はっきり言っちゃったよ、この人。

 

「キスですよ?」

 

 ノンナさんが、みほの方向へ視線を移して、もう一度言った。

 

「……」

 

 例のお茶会でも、それだけは言葉にしないように、色々と遠まわしにしていたのに…。

 すっげぇ普通に言いよった…。

 みほとノンナさんが、見つめ合っている。

 いいですか? 

 

 睨み合っていないのです。見つめ合っているのが、すごいんです!!

 

 

「な…なんでそうなるの!? あれ? え!? なんで!!??」

 

 いつの間にか、近くにいたみほとノンナさんをキョロキョロと見比べながら、ノンナさんに糾弾している。

 しかし、さすがカチューシャ隊長。ある程度は、空気を読んだようだ。

 最初の勢いはもう無い…つーか、みほさんとノンナさんの間に挟まれているような形のカチューシャがちょっと不憫だった。

 

 …俺もなんで、あんな事したか聞きたいけど…まぁあんな事されたら理由は、いくら俺でも分かる…。

 

「Не выдержал」

 

「日本語! 日本語で喋りなさいよ!! 」

 

 ……。

 

 おい。

 

 なんでそうなるんですか…。

 

「Потому что я люблю тебя, я не мог этого вынести」

 

「こら! 誤魔化さない!! 私にも分かるように日本語で喋りなさいよ!!」

 

 コチラを横目を見たノンナさんと、目が合う。

 …俺に言ったのか…。

 

「」

 

 うわぁ…しほさんが言っていた、俺に好意を持ってくれている6人って…ノンナさん入っていたのかぁ…。

 

 ……いや。普通に嬉しいし…あそこまでハッキリ言われると、恥ずかしいものがあるなぁ…。

 

「ん?」

 

 先程、された事よりも、その…そうハッキリと言われる方が、その…。

 

「先輩、どうしたんですか? 顔、さらに真っ赤になってますけど…」

 

 手元にいた近藤さんが俺の顔色が変わったと、お知らせをくれました。

 …顔にでたか。

 

「え……」

 

 少し離れたノンナさんが、目を見開いた。

 

「タカーシャ?」

 

「隆史君?」

 

「隆史ちゃん?」

 

 多分俺は、今までにないくらい動揺したのだろうか? そこまで顔にでたのか?

 蟀谷を押さえながら、右手を上げた。

 それに気がついたのだろう…ノンナさんの鉄のポーカーフェイスが瓦解した。

 

「あ…あの……え……隆史さん…私が言ったこと、わかったのですか?」

 

 若干震えながら、尋ねられた。

 さすがに聞こえないフリは、できませんでした。

 

「あー…ノンナさんの…その……ロシア語で、カチューシャ誂うのを真似してみようかと思いまして……その」

 

「」

 

 何か察したのだろう…、あの真っ白な彼女の顔が、真紅に染まっていく。

 

「実は青森にいた時から、ちょっと勉強しましてね」

 

 彼女の手が、自身の口を隠す。

 

「まだうまく発音して喋れませんけど…、その…リスニングは、ある程度できまして…まぁ、ロシア語分かりますよ、俺」

 

「  」

 

「ノンナ!?」

 

 両手で顔を抑えて、蹲ってしまったノンナさん。

 いや…でも貴女、先ほどの行動の方が赤面する事だと思うんですけど…。

 

「隆史君」

 

「…はい、なんでしょう。みほ」

 

「彼女なんて言ったの?」

 

「……」

 

 言えねぇ…。

 

「プライベートな事ですので、ちょっと…」

 

「………………ふーん」

 

 最初の一言は、「我慢できませんでした」

 

 二言目は、簡単に言えば…「私は貴方を、愛しているので我慢できませんでした」

 

 俺の目を見て言ってきたしなぁ。

 好きすっ飛ばして、愛してるかぁ…ロシアの人て情熱的で、言葉にも表すとは聞いていたけど…。

 ノンナさんに限って、無いだろうなぁとは思ってた事はあった。…日本人だしね…。

 

 まぁ…そんな事をみほに、言えるはずも無い。

 

「「まぁ大体見当はつくけどね」ますけどね」

 

「……」

 

 え…何で、つぶやきがハモってるの? 杏会長と近藤さん。

 何で、そろってみほまで、そんなノンナさん眺めてるの?

 

「あの…ノンナさん……」

 

「」

 

 恐る恐るだけども声をかける。

 ちょっと告白を見られてた時の、みほと姿がダブるなぁ。

 ダメだ…こんなノンナさん見たことねぇ…。

 

「えー…あの、何でみほと俺が、付き合いだしたの知っていたんですか?」

 

 あまり触れられたく無いだろうと、取り敢えず疑問を口にしておこう。

 

「隆史さんが、再編成された諜報部は優秀ですよ?」

 

 ……ある意味、自業自得だった。

 

 質問に返答が来た…蹲った顔を即座に上げて、答えてくれたノンナさんは、いつものノンナさんだった。

 

 

「……じゃぁ、それを知っていてなんで、あんな事…「「「 当てつけだろうねぇ」ですね 」」した…ん……」

 

 怖い!!! 女怖い!!! どっちも怖い!!!

 なんで分かんだよ!!

 

「ん…貴女。西住流の……」

 

 ここで初めて、みほに気がついたのだろうカチューシャが、みほに声をかけていた。

 …ノンナさんと睨み…見つめあってた時、見ていただろ…。

 

 まぁカチューシャの性格上、嫌味の一つも言うのだろうか…。

 …ノンナさんは、少しプルプル震えながら、カチューシャの横に再び立つ。

 顔はまだ赤い。

 

 

 

「そう…貴方が…タカーシャの「現地妻」ね!」

 

 

 

 時が止まった。……俺の。

 

「げん…え? なんですか? そ「カチューーーーシャァ!!!!」」

 

「わぁっ!? なによタカーシャ!! 急に大声ださない「誰がそんな言葉、お前に教えたぁ!!!!!」」

 

 なんちゅーとんでも無い言葉を言っているんだ!!

 さっきまでの雰囲気が、ぶっ壊れたよ!!

 

「ちょっと肩揺らさないでよ!!」

 

 ガックンガックン、小さな肩を前後に振る。

 誰だ!!! んな事、カチューシャに教えた馬鹿は!!

 

「ノンナさん!!!」

 

「あぁ…ダージリンさんが、お茶会の時に言っていましたね…意味は良く分かりませんでした」

 

 あのダッーーーーーー!!!!!

 

「言った本人も良く分かっていない様子でしたけど…また、テレビか何かで言っていたのでしょうか?」

 

 ……よく理解していない言葉を発するなよ…。

 

「私もわからないけど…」

 

「先輩は知ってるんですか?」

 

「ワタシ、モシラナイカナアァ」

 

「知らんでいい!! 杏は絶対知ってるな!! 余計な事、言わんで下さいよ!!」

 

 特にみほに!!!

 

「カチューシャも!! ノンナさんも!!! 二度とそんな言葉使うなよ!!」

 

「な…なんでよ!」

 

「待ってくださいカチューシャ。今調べます」

 

 ノンナさんが、携帯を取り出した。

 

「ノンナぁ!!」

 

「!?」

 

「余計な事をするな! カチューシャと共に今の言葉は忘れろ!!」

 

「……の…のんな……」

 

「カチューシャも…」

 

「な…なによっ!」

 

「二度とそんな言葉つかうなよ…」

 

「なん……分かったわ!! だから睨まないでよ…」

 

 まぁなんだ。本気で怒っているのを察したのだろう。

 素直に頷いた。まったく!!

 よしっ! っと言って、ガシガシ頭を撫でてやると、なんか変な声を上げていた。

 

「……みほも……絶対調べるなよ……近藤さんも!!!」

 

 「「は、はいっ!!」」

 

 女性がなんて言葉言ってんだ。

 まったく…ん。

 

「ノンナ…ノンナ…ノンナ…」

 

 あれ…? ノンナさん?

 

「…ま、まぁいいわ!! 「西住 みほ」!!」

 

「…なんでしょう」

 

 なんでか知らんが、放心しているノンナさんの肩に無理やり上り、ふんぞり返るカチューシャ。

 

「…………「西住 みほ」」

 

 噛み締める様にもう一度呼ぶ。

 

「ノン…ウ……フフフ……」

 

 ……ノンナさん? カチューシャ困ってますよ?

 どうしたんっすか?

 

「この試合」

 

「……」

 

 ほら! カチューシャが、珍しくシリアスしてますよ!!

 

「私達が勝ったら、そこのタカー…「尾形 隆史」を、返してもらうわよ」

 

「!」

 

 ……は?

 

「ハッキリ言ったねぇ…」

 

 杏会長が、呟く。

 その顔は、納得している顔だった。

 

「貴女達が付き合っていようと関係無いわ! 返してもらうわ」

 

 あ…そうか。負けた時点で、廃校だから俺結局、転校するハメになるのか。

 そこまで調べての発言か?

 

「嫌です」

 

「なっ!!」

 

 意外な言葉だったのか、カチューシャが驚いている。

 

「貴女、知りませんでしたか? 隆史君、そういった賭け事みたいな事、すっごい嫌いなの」

 

「…………知ってるわよ」

 

「勝とうが、負けようが…そんな事で、隆史君をどうこうしようという気はありません」

 

「……」

 

 

「これは戦車道の全国大会です。賭け事試合じゃありません。」

「返してもらう? いえ、その発言からおかしいです。私の彼です! 隆史君は、貴女達なんかにあげません!」

 

 わー…わー……。

 

「おーおー。言うねぇ~西住ちゃん♪」

 

「……西住隊長」

 

 わー……俺だけ蚊帳の外~…。

 何か発言しようとすると、睨まれる。……誰に? 周囲全芳全域に…。

 

「ハッ。……西住 みほ。貴女、何も知らないの?」

 

「……何がですか」

 

 あー…あの顔は、廃校の件を知ってるなぁ…やっぱり。

 

「まぁいいわ。それならそれで。……ただ」

 

「……」

 

「勝敗関係無く…貴女が、つまらな『 隆史さん!!! 』」

 

 

 空気よんでノンナさん!!!!

 貴女が、カチューシャをガン無視ですか!!

 

「もう一度、呼んでください!! 先程の様に呼び捨てで! ……つまらないボケはいりませんよ?」

 

 …カチューシャを肩車した状態で、何を言ってるんだ……。

 

 先程、咄嗟に言ってしまったな…。会長といい、なんで…。

 えーと……

 

「の…ノンナ?」

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 雪道をよろよろと歩いている。

 テントへ…本部へ……

 はい。大会本部よりレンタルしていた、雪上車を返却し、とぼとぼと歩いています。

 

 怖かった…。

 ノンナさんを呼び捨てた瞬間のみほの顔が、メチャクチャ怖かった…。

 

 ……やはりデリカシーとやらが、足りないのだろうか…。

 

 もう少しで、大会本部。大洗学園のテントに到着するあたりで、見知った顔を見かけた。

 

 なんでこんな所にいるのだろう。

 寒くないのかなぁ…あんな格好で。

 防寒着を着ていないかのような、随分な薄着に見える。

 

 

「愛里寿? 何してるの…こんな所で」

 

「お兄ちゃん?…お兄ちゃん!!」

 

 

 道の真ん中で、大画面を見つめている、見知った顔がいた。

 俺が声をかけたら、嬉しそうに走って近づいてきた。

 いつもの三人組大学生は見えない。

 またスタッフでもやっているのかな?

 

 一人きりだった。

 

 まぁ随分と寒そうな格好。

 ゴスロリというのだろうか。フリフリの服を着ていた。

 靴も…それじゃ、足も冷えるだろうよ。

 

「まぁ…ちょっと待ってろ」

 

 さすがに心配になる服装。

 上着を着せるだけなら、簡単だけど格好的に、足元が特に寒そう。

 なんでそんな格好してんだよ。

 

 俺は、着ていたコートの左腕だけ、服から抜き半身のみはだける。

 荷物を全て、右腕で持つようする。

 

「ほれ」

 

「え…」

 

 取り敢えず、話をしようにも寒そうだったため、脱いだ左腕で愛里寿を抱き上げる。

 

「後は、コートの端もって身体に巻いてくれ。昔やってやったろ?」

 

 はい。

 

 これでまずは、当面の防寒はできた。

 さて本題だ。

 

 …………あれ?

 

「愛里寿。どうした? 試合を見に来……本当にどうした?」

 

「…なにか、すごく子供扱いされてみるみたいで嫌だけど…この状況はとても良い…」

 

 …なにが? 昔たまにやってやったろ。

 愛里寿は……なんだ? 赤くなってニヤけていた。

 

「私は、別に試合を見に来た訳じゃないの…と…いうかどうでもいい」

 

「え? 戦車道の大会なのに? んじゃ…何見に来たの」

 

「……」

 

「愛里寿?」

 

「…………敵状視察」

 

「……」

 

 今、なんて言った?

 

 え?

 

「ま…まぁいいや。このまま大洗の本部テントまで来るか? 愛里寿は大会出場者と関係ないから、多分大丈夫だろ」

 

「…多分、大丈夫だと思うけど…いいの?」

 

「いいだろ。問題な…」

 

 呼び出し音が鳴った。

 俺の携帯からだ。

 それは中村からのコールだった。

 

 またあいつ、本部テントにいるのかなぁ…。

 まぁいいや。また翻訳機にでもなってもらおう。

 

 右手の荷物を降ろし、電話に出る。

 その向こうから聞こえてきたのは、…………中村の怯え切った声だった。というか悲鳴だ。

 

『尾形ーーーー!! 早く本部に来てくれーー!!』

 

「は? どうした? なんかトラブルか? っというか、お前しかいないだろ? 何を……」

 

『ふざけんな!! お前のさっきの映像で、すっごい人数来てんだよ!! 俺関係ないのにぃ!!』

 

「どういう事?」

 

『頼むから早く来てくれよ!! つーか責任取れよ!!』

 

 ……なんの事…。

 

 ……。

 

 ………………さっきの映像といったな……え?

 

 あれか!!! ノンナさんの…え!? はぁ!?

 

『いいか!! よく聞けよ! 聖グロとサンダースとアンツィオと…っ黒森峰の隊長達来てんだよ!! 殺気しか放ってねぇよ!!』

 

 

 

「」

 

 

「向かいのテントのプラウダの生徒! 完全に怯えきってるぞ!!」

 

 

「」

 

 

「早く来てく…あぁもう!! 助けてくれぇ!!」

 

 

 すまん。無理。その魂の叫びの気持ちは分かる。

 

 

「ごめん…急用ができ…『 隆史君? 』」

 

 

 ………そうか奪われたか携帯を…。

 

 ……………………しほさんの声ダ…。

 

「来なさい。早く。5分以内に」

 

 ブッ

 

「……」

 

「どうしたの? お兄ちゃん?」

 

「」

 

 あらゆる選択肢が潰された…。

 もはや逃げ道は無い。

 

「愛里寿……」

 

「なに?」

 

 …俺に出来る事は、迅速に向かい。多分土下座ぐらいしか残されていないのだろう。

 

 

 

「俺が死んだら泣いてくれるか?」

 

「……え?」

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。

はい。多くは語りません。


次回 「覚醒者再び」


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第37話~  ~ 私もそこに行きたかった…

みぽりん。仕事してください

第37話~全ての行動には責任を問われます!~


「……」

 

本部テント前。

 

いや、正確には少し手前。

 

ここからでも分かる。

なんだろう、この空気。

 

大洗学園の本部テント前に、人集りができていた。

見慣れた人集り。というか、顔達…。

 

愛里寿を抱き上げた状態で、あそこに突入すれば命は無い。それぐらは俺にもわかる。

 

うん…死ぬ。

 

だから今は、手を繋いでいる。まぁ逸れない為ってのも有る。

その愛里寿には、俺のコートを着させた。

 

ダボダボだなぁ…。

 

まぁ学校支給とはいえ、男物だし、身長差から言えば当然だろう。

引きずらないように、少し折って、安全ピンで軽く止めている為、見た目は結構酷い…が。

ダボダボのコートを着た愛里寿は、ぶっちゃけ可愛かった。写真撮っちゃった。

 

正直軽く現実逃避をしていましたよ。こんな事でもしなきゃ、精神もたねぇよ!!

 

だって、テントの周りだけ、雪が全て溶けてるんだよ? 時空が歪んでいるんじゃないかと、錯覚するくらいだよ!

殺気でだよ! 殺気のせいで錯覚してるんだよ! 分かってよ!!

 

「…………」

 

13階段登る、死刑囚ってこんな気持ちなのだろうか…。

 

「お兄ちゃん? 大丈夫? 顔色悪いけど…」

 

「あぁ…大丈夫」

 

心配してくれる愛里寿が可愛かった。

頭を撫でれば、なんかムニムニ言ってるし。

 

…可愛かった。可愛かったんだよ!!

 

「」

 

逃げたい…。試合が終わるまで、ずっとこうしていたい…。

 

「Hey!! タカシ!!!」

 

…どっかで、聞いた事がある声がした…ぁああ!?

首元に、ドーーンッ! っと衝撃が走る。

勢いをつけて飛びついてきたのか、ちょっとよろける。

彼女が俺の首に手をまわしながら抱きついてきました。

 

 

「久しぶりネ!! 電話越しの声だけじゃなくて、ちゃんと会いたかったわ!!」

 

はい。ケイ姐さん、オヒサシブリデスネ。当たる…。

二巨塔が当たりますがな。

 

モスグリーンのジャンパーを着ている。

さすがに冷えるのだろう。前を閉じている。

着ているのに分かるってよっぽどだよね!

 

 

 

「…」イラッ

 

愛里寿!?

 

 

 

「ちょっ!? なんで、抱きついてくるんですか!?」

 

「私がそうしたいからよ!! 挨拶みたいなモノじゃない!」

 

「じゃあなんで、頬に顔を近づけるんですか!!」

 

「挨拶よ! アメリカ式の挨拶よ!!」

 

「やめてください!! 貴女が、フランクなのは知ってるけど! フランクすぎるだろ!!」

 

この状況に拍車をかけないで!! なんで、頬にキスしようとするの!?

 

「あら? 何? この娘?」

 

首に完全に腕を回して、俺にぶら下がっている状態で聞いてきた。

あの…降りてください…。

 

「親戚の娘ですよ…」

 

「…どこかで、見たことある娘ね…」

 

そういや月間戦車道とかに写真載っていた事あったな。

それで見たことあんのかね?

 

「それはそうと、キュートな娘ね!!」

 

すっげぇ、いい笑顔っすね。

愛里寿さんは、そんなケイさんに会釈した…が、ちょっと頬を膨らませてる。

…どしたの。

 

そんな姿を見たケイさん。

さらにキラキラした笑顔になりましたね。

 

 

「すっごいキュートね!!」

 

「でしょ!!」

 

……普通に賛同しちゃった。

あら、目を斜めに下に反らして赤くなってる。

 

「「……」」

 

やっべ。ちょっと意識飛んだ。

 

「貴女もやる!?」

 

「「え!?」」

 

俺と愛里寿がハモった。

親指を立てたケイさんが、愛里寿になんか言った。

 

何を? 何をす……る……

 

 

「」

 

 

文字通り、両手に花なのだろうか。

右にケイさん。左に愛里寿。

……二人の腕が首に巻きついていますね。

荷物のクーラーボックスが背中に回ってきてます…。

 

「フ…フフフフフフフフ……」

 

「楽しいわね!! タカシ!!」

 

「」

 

ハイ。

 

そんな状態でテント前につきました。

 

…分かってる。俺が甘いのは…、でもしょうがねぇだろうが。

突き飛ばす訳にもいかないし、二人共なんかすっごい笑顔だし…。

 

結局、予防線を張って愛里寿を腕から降ろしたはずが、結果的にさらにひどい状況になった。

…まぁいいや。結果はどうせ同じだろうし…。

 

 

 

到着したテント前。

 

て…ント……ま……

 

じ…状況確認!!

 

テント横に、懐かしいお茶会セットが設置されている!

 

…あぁ青森の時で使っていた、お茶会フルセットだぁ…。懐かしいなぁ…。

まぁなんだ。振舞っていたのだろうな。

 

…お茶を……このクソ寒い中…。

 

テントの中には。ストーブが設置はされてはいるが、なんかまぁ……うん。ゴメン中村。

この状況はさぞやキツかっただろう…。

物理的には我慢できるだろうけど、精神的には無理だろう…このプレッシャーの中心にいるのは…。

 

完全に小さくなって隅っこで震えている。

ある意味、オールスター集合の最中にいるんだ。

戦車道が好きなお前には幸せだろう? な? 

 

だから笑えよ。

 

プラウダのテント…あ。ごめんね。本当にゴメン。

隅っこで小さくなってるね…。生きていたら後で謝るよ…。

 

 

…この殺伐としたお茶会の主催者であろう聖グロからは、ダー様筆頭に…あれ。オペ子がいない…。

 

あ、ゴメン。俺の服の裾をもって横にいた。…すっげぇ顔が無表情だけど…。すっげぇ目を見つめてくるけど…。

なんで愛里寿と見つめ合ってるの?

 

はい。続いては、サンダース付属は……あれ? ケイさんしかいないな。

他の副隊長は…あ。いた。なんか隠れて中村を見てる…。

ケイさんは、あの…そろそろ離れて下さい…。

 

ヘイ、続いてはアンツィオよりドゥーチェ事、千代美さん含めた、いつもの三人組。

…千代美以外、なんだろう…普通だな。中村は、殺気を放ってるって言っていたのに…。

目線を合わせると、逸らす千代美さん。……うん。なぜ赤くなる。

 

ほい。続いて…黒…も……

 

 

 

 

 

 

 

逃げていい?

 

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 

 

目が光って見えるのは錯覚ではないだろう…。多分、ヴゥン!!って効果音がした。うん多分。

ヴォン!!かもしれないけどね!! どうでもいいね!!

 

……お分かり頂けるだろうか?

 

大洗学園と銘打ったテントの前に、各戦車道の強豪校の隊長達が、勢ぞろいしているという現状。

その隊長達の視線を集中して浴びている俺…。

何が怖いって、誰も一言も発しないのが怖い。…どうしよう。

 

こんな騒ぎになっている為、当然ギャラリーも沸く。

戦車道の大会なので、女性のギャラリーがやはり多め。

 

だから聞こえる…

「何あいつ…何股かけてんの…」

「ダージリン様、お可哀想……」

「……死ねばいいのに…」

 

……はい。

 

「」

 

「あぁそうそう、ケイさん。ご苦労様。もうよろしいですわよ」

 

え…。

 

横目で見たケイさんの顔は、先程とは変わらず笑顔だった。

…でも色が違う。

 

うん、黒い。

 

「これでタカシは、逃げれないし土下座もできないわよね!!」

 

「」

 

この為か!! 逃亡させない為か!!

 

「隆史さん。貴方の土下座は一種の脅迫でしてよ。初めから手を打たせてもらいましたわ」

 

逃げる気は元々無いと思いますけど…って釘まで刺されてしまった。本体にも刺されそうだけど……。

打つ手が無い!!!

 

「……ではまず…ごきげんよう。隆史さん」

 

「ハイ…ごきげんよう。ダージリンさん……」

 

手に持っていたティーカップを置いて、挨拶ですね。

そう初めに発言したのは、ダージリン。

 

はい、挨拶は大切ですね! 挨拶できないような人間は「先程のは、なんでしょう?」さ…

 

いきなり本題ぶっ込んできた。

 

 

「……いや…その……」

 

何か…!! 何か手は無いのか!!

この状況を打開できる何かが!!

 

目だけで、周りを見渡してみる。

…隊長達の目線しか見えねぇ…。目が合うと逸らすを繰り返す。

 

 

そんな一文字が頭をよぎった。

 

「……」

 

あ!! 

 

でも、俺と付き合ってるのみほだし! みほに、怒られるのなら分かるけど他の人に怒られる筋合いは無いよね!!

……うん。結構最低な考えがよぎった。

別に浮気とも違うんだけどなぁ…。

 

それに、映像といってもああいうのって、ドローンやヘリからの上空からの撮影だから、詳細なんて分からないよな。

多分、抱きつかれるとかそんな感じに映ったはずだ!!

 

よし!! ごまか『あれ。キスされてますわよね?』

 

「」

 

なんでわかるの?…躊躇なく言ってきましたよ?

 

「女の勘ですわ」

 

俺、何も言ってないよ?

 

「隆史様?」

 

「…はい。なんでしょう? オペ子ちゃん」

 

裾を持っているので、上から見下ろす形になっているけど、表情がなんとなくわかるのですけど…。

 

「…あれプラウダ高校でのお茶会と、一緒の『 事 』サレマシタヨネ?」

 

「」

 

ちゃん付けにも突っ込まず、オペ子までぶっ込んで来た。

…なんでそこまで、あんな遠くからの撮影でわか『女の勘です♪』るも…

 

「」

 

「…隆史さん…アレは女ならすぐに分かりますよ……」

 

アッサムさん…それは、遠巻きに全員にバレているから覚悟しろと…そういう事でしょうか?

 

軽く震えていると、ケイさんがボソボソ耳打ちしてきた。

 

 

「どう? タカシ」

「……何がでしょう?」

「私の言った通りでしょ?」

「え?」

「時間を置くと燃え上がるものなのよ! 恋って!!」

「……」

 

言ってましたね…。まぁ……さすがにダージリンが、ここにて先程の事で怒っていらっしゃるって事で…まぁ……はい。

さすがに俺にも分かった。

 

「ある意味、丁度いい機会かもしれないわよ?」

「……」

「物事をハッキリとさせるにはね! みんな諦めるつもり無いみたいだし!」

「その言い方…知ってるんですか…その、俺とみほの事」

「貴方達の隊長よね!…知ってるわよ。サンダースにも諜報部はあるのよ!」

「」

「……事件。大変だったわね」

「!!」

「貴方、カッコ良かったわよ!」

 

ケイ姐さん!!! 初めて労われたぁ!!

 

「……私も復帰しようかなぁって思うくらいに」

 

え……。

 

 

 

 

 

「といいますか…そろそろ、隆史さんから離れて頂けないかしら? ケイさん?」

 

どうも、俺とケイさんがボソボソと内緒話をしている状況が気に食わないのか、すこしイラついた喋り方になっているね…ダー様。

 

「嫌ね!」

 

即答!?

 

「…貴女の役目は、終わりましてよ?」

 

「そっ? じゃあ今は、私の意志ね!!」

 

「」

 

ダージリンとケイさんが、何故か睨み合ってるよぉ…。

牽制しあってるというか…。

 

「…それに私、一度タカシに振られてるから、イロイロと気になくていいしね。好きに攻めるわ!!」

 

「「「「  !!??  」」」」

 

あれ…周りが静まった…。

あー…そういや、その事言ったの、みほだけだなぁ…。

一時の静寂の後、ギャラリーがザワザワと騒ぎ出した。

 

「振った!? あのサンダースの!?」とか「何様のつもり!?」などなど。

 

心温まるお便りをありがとうございます。

 

「……意外ですわ…。何から何まで……」

 

「隆史……」

 

あ、まほちゃん今日初めての発言ですね。

何故だろう。ちょっと嬉しそう…。

 

「あの、ノンナさんの行動といい…何故こうも急に、事が動き出したのかしら…」

 

「貴女が、何も知らないだけじゃない?」

 

「……なんですって?」

 

あー…火花散ってるなぁ……。

他人事の様に眺めているとお思いでしょうけど、所々現実逃避をしないと心が持たないのですわよ?

 

「お兄ちゃん」

 

「…なんでしょう?」

 

睨み合っている、ケイさんとダーさんを脇目に愛里寿さんが声をかけてきた。

 

「お兄ちゃん。この女達に、いじめられてるの? 顔色悪いけど…」

 

……女って…。

 

「……いや~…多分、俺が悪いんだろう。イロイロと誤魔化してきたツケが今、取立てにやってきた…そんな感じかなぁ…」

 

まぁ、愛里寿にはまだ早いかもしれないし、分からないだろう。

13歳って色々と多感な時期でもあるし、早熟している子は分かるかもしれんけどねぇ…。

 

「……」

 

返事も無く、無言で周りを見渡しだした。

 

「なぁ…隆史」

 

「…何? チヨミン」

 

「……お前、この状況で、それは…………余裕あるな」

 

ありませんよ ありませんよ! ありませんよ!!!

 

「その娘…島田流の天才少女だろ? なんでお前の腕の中にいるの? え? 私への当てつけか?」

 

「……いえ」

 

「それとも、私への当てつけでしょうか?」

 

カルパッチョさん!? 

 

「……もう一度」

 

あ……はい。ひなさん。やめて、頭の中での呼び方にまで突っ込んで来ないで。

 

「タカシ、おめぇ相変わらずバッカだなぁー! この状況で、どうなるか分かんねぇーのかよ!」

 

……ぺ…ペパロニに言われた…。

 

そう言えば、完全にスルーしてたなぁ…みんな。

チヨミンの言葉で、そういえばと、ケイさん含め納得していた。

うん、遅いよ。

 

「…そうだな。なぜここにいる。島田流」

 

「西住流には、関係ない」

 

…今度は、まほちゃん参戦!! やめて! 話が別方向!!

 

「そういえばそうですわね…。その娘は、隆史さんとはどういったご関係でして?」

 

「……親戚です」

 

 

「「「「「 !!?? 」」」」」

 

 

あ…あれ? そんなに驚く事?

ザワザワと、ギャラリー含め大層なざわめきが広がる。

 

「え…えっ………!? 隆史さん、島田流の血縁者でしたの!?」

 

「…遠縁ですけどね」

 

あー…そういう事をバラすのと一緒だったかぁ…。まぁ別に隠していた訳でもないけど…。

迂闊だった…。ダージリンが驚くって事は、余程の事だったのだろう。

 

「そうなの? 愛里寿…ちゃん?」

 

すぐ横にいたケイさんが、問いかけるとコクンと頷いた。

それにより、ざわめきが、どよめきに変わる……え…なに? そんな大層な事!?

 

愛里寿の顔つきが変わった。

 

俺の腕から地面に降りて、地面に立つ。

何かを決心したかのような顔になり…

 

「…私は、島田 愛里寿。島田流の次期後継者」

 

島田…あれが天才少女……本物初めて見た…とか聞こえだした…。

 

あ…そうか。飛び級しているから、戦車道の高校生大会をすっ飛ばしているのか。

写真でしか見たことが無いのが大半か。なるほど。

 

 

 

 

「……お兄ちゃ……「尾形 隆史」の許嫁」

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

フッっと一瞬、意識が飛んだ。

 

 

「愛里寿ーーーー!!!!」

 

勘弁してくれ!!!

 

このタイミングで、この状況下で、それカミングアウトすんの!!!????

まだ、みほにも言ってねぇよ!!!!!

 

「……元ね」

 

ボソッっと言っても、誰も聞いてないよ!!!

 

「「「「  」」」」

 

あぁ!! ダージリンが白目剥いてる!!!

ケイさん、爆笑してるし!!

チヨミン! チヨミンしっかりしろ!!!

 

ま…………………ほ……ち……

 

コキッって音がした。

 

「タ カ シ」

 

「」

 

迫り来るまほちゃん。

 

「タ  カ  シ」

 

あぁ…さすが西住流の後継者…。

 

「アレは、先程の映像。ある意味お前は、被害者だと思っていた。『された側』ダカラナ」

 

「」

 

「だが、これは浮気とかそう言った類のモノではないな。明らかなウラギリダ…ウラ……ウラ…………グスッ」

 

あぁ!!

 

「ちがっ! まほちゃん!? 違うから!!」

 

「グスッ……な…何がだ…島田の娘との関係か? 許嫁というのは嘘か?」

 

「」

 

どうしよう!! 下手に答えると、愛里寿まで泣かせそう!!

どうする!? どうすんの俺!!??

 

な…泣かせた……あの黒森峰の隊長を…とか言ってるし!!

ギャラリーうるせぇ!! ロリコンとか言うな!!

 

 

 

 

 

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---

 

 

 

 

 

 

「……アンタ」

 

エリリン!?

 

本気で怒っている顔をしてる。

あー…ある種の憎しみが篭った顔だなぁ…まぁ仕方ないか。

 

暫く感情を殺すように、押し黙り俺を睨んでいたのは分かっちゃいたけど…。

 

「…………ふざけるな」

 

オロオロしている俺の胸ぐらを、両手で掴み強引に中腰だった俺を立たせる。

持ち上げるような形で。

 

両手で掴んだ手を、片腕に変えた。

完全に胸ぐら掴まれて、ぶん殴られる寸前だな。

あー…これは……しょうがないな。

受け入れよう。

 

 

「なにしてるのアンタ……。隊長と付き合ってんでしょ?」

 

ん?

 

「プラウダ副隊長の事といいこの娘といい……西住隊長を裏切るような真似して……」

 

んん!?

 

「許嫁……婚約者がいるのに……隊長は遊びのつもりか?」

 

えーと…

 

「…なんて男……。やっぱり違う……こんな……こんな酷いことするなんて…」

 

あの…

 

「アンタなんか……やっぱり「オニイチャン」なんかじゃぁぁ!!!」

 

 

…………気が付いていたか。

 

 

叫びながら、片手を振り上げた。

グーで。

 

 

 

「やめときなさいよ」

 

「!?」

 

 

近くにいた、ケイさんが、それを制した。

振り上げた腕の、手首を掴んでいる。

 

真顔で、自分に言っているかのように。

 

「……よく確かめもしないで、感情のみで人を傷つけて……」

 

「サンダース!」

 

睨んでいた視線が、ケイさんに移る。

…涙目で。

 

「結局、後悔するのは…自分よ?」

 

「……」

 

サンダース戦の終わり。

あの時、エリカ本人もその場にいた。

その為、何が言いたいかは理解したのだろう。

強引に腕を振りほどく。

 

もう殴る気は無くなったのだろう。

……まだ胸ぐらは掴んでいるけど。

 

「……なに? 貴女がそれをいうの?」

 

「私だから言うのよ」

 

睨み合ってるなぁ…。

傍目から見ると俺、ただのクズだなぁ…。

 

「…ヘェ? じゃぁ前回、勘違いしたけど…。今回は本物の色男が、あそこにいるけど? アレは、殴んなくていいの?」

 

親指で、中村を指す。

 

ビクッっとしたな。うん。

 

その中村の目が完全に死んでいる…。

ごめん…今回お前、完全にただの被害者だ。なんかあったら、死なない程度には庇ってやるからな。

 

「……別にいいわ。アリサに聞いた限りじゃ、彼も悪い訳じゃなさそうだし」

 

「見てくれもいいし?」

 

「…顔だけの男に興味は無いの」

 

 

……。

 

 

 

乱暴に胸ぐらの手を離し、まほちゃんの元に戻っていくエリカ。

 

 

「隊長…大丈夫ですか?」

 

「エリカ……」

 

あー…俺、完全に悪者だぁ…。

一般ギャラリーさんの視線ににまで、殺気が注入されはじめました。

 

「……エリカ。何か勘違いをしていないか?」

 

「え?」

 

「私と隆史は、別に付き合ってなどいないぞ?」

 

「……え?」

 

「まだな」

 

「」

 

はい。エリリンの顔が青くなっていきましたね。

はい。勘違いでしたね。

はい。「まだな」って、軽く言いましたね。まほちゃん。

 

 

 

 

「そうですね。隆史君と付き合っているのは、みほです」

 

「元副隊長と!?」

 

エリリンが驚いているけど、恐怖が上塗りされた。

……乱入。

 

ザッっと足音。

 

ずーーーーーーーーーーーーーーっと、あのやり取りの最中も黙っていたのが、正直一番恐ろしかった。

 

 

 

ラスボス登場。

 

 

 

黒って煮詰めると紫色になるのかなぁ…。

いやぁ……あのしほさんが、笑ってる…。

腕を組んで笑っている。

 

その雰囲気に、いい加減にしろと文句を言いに来たスタッフまで動けない。

お仕事お疲れ様です。

 

 

 

「隆史君」

 

「ひゃい!!」

 

「怒りというのは、溜め込むと笑いに変わるのですかね?」

 

知りませんっ!! 知ったこっちゃありませんっ!!

 

「……まず、島田の娘」

 

「何?」

 

いかん! 愛里寿に矛先が向いた!!

 

「その件は、内密のはずでしたが…どういったつもりでしょうか?」

 

「……」

 

しほさんは、現場にいたので勿論知っている。

まほちゃんにも、話していなかったのか、その娘さんが驚いていますよ?

 

「まほ…隆史君と島田の娘の件は、終わった事です。気にする事ありません」

 

「……お母様?」

 

「一言で言うならば…。隆史君のいつもの悪い癖が出た……とでも言うのでしょうか?」

 

 

「「「「「……あぁー……」」」」」」

 

 

その一言で、その場にいた全員が納得の声を漏らした…。

なんで?

 

ダージリンも息を吹き返した。

 

「西住流家元……。簡単に言えば、母上が明日にでも公表すると言っていたから」

 

「……は?」

 

「姿を眩ませた、あの男を完全に追い詰める為、だと言っていた。」

 

「……」

 

あの男。ガマ蛙の事か?

 

「あと…噂が漏れ始めていたから。中途半端にすると、私の選抜チームにも影響するし、何より……」

 

「お兄ちゃんが…『隆史君は、ほっとくと、その噂だけで、刺されそうでしたからね♪』」

 

 

愛里寿の発言を遮って現れました。もう一人の家元。

……千代さん。

 

はい。状況が混沌としてまいりました!!

まだ、ノンナさんとの件すら本題に入っていません!! 

ジワジワと真綿で首を絞められているようです!!

 

なにこれ!! もう試合始まっちゃってるよ!!

 

パンツァーフォーとか聞こえたよ!! 今日の試合、結構大事なのに!!

 

「それに、お兄ちゃんが虐められていると思ったから」

 

健気!! この娘健気!!!

って感じで、周りがウッって涙した。

 

周りからすれば……ほんとうに、ぼくってただのカスにしかみえませんね

 

「私も「恋愛」というのを、書物でちょっと勉強してみた」

 

ん?

 

「だから、お兄ちゃんは、私が守る」

 

んん!?

 

「全員調べて来た」

 

んんん!!??

 

 

 

 

--------

-----

---

 

 

 

 

「まだ、私の話は終わっていません。隆史君」

 

「あ。私も見ていましたよ? 隆史君」

 

家元チームがタッグを組んだ! 俺の死は確定した!!

 

「「 モテマスネ 」」

 

「」

 

ここで謝った所で、それはそれで嫌味にしか聞こえないだろう。……周りには。

逃げ道は無い。無いんだァ…。

 

「あぁそうそう、西住流の妹の方と付き合い始めた様でしたね。相談にのった甲斐がアッタトイウモノデス」

 

「」

 

あ。しほさんが勝ち誇った顔をしている!!

 

「後、そこら辺にいると思われる、各マスコミ関係者さん?」

 

見えない所から少し音がした。

え。隠れてたの!?

 

「今回の件、記事にしたり何かしら表に出るような事がありましたら……」

 

「「総力を上げて潰しますからね? いいですか? 『潰し』ますからね?」」

 

ハモった…。両家元がハモった…。

ガサガサ音が遠のいていく……。

 

はい。今その二人に睨まれていますね。

 

「母上」

 

愛里寿が、俺の前に庇うように立つ。

 

「なんですか? 愛里寿、ちょっと今大事な話を…」

 

「今回の件で、お兄ちゃんが責められるのは、変。おかしい」

 

健気にも庇ってくれている。

でもいいんだ愛里寿……多分、俺が悪いんだ…。

 

「私にも分かる。多分怒っていいのは、お兄ちゃんのお付き合いしている人だけ…」

 

「……愛里寿。貴女はそれでいいの?」

 

「いい。最後に私がもらうから」

 

ん?

 

なんか今、凄いこと言わなかったか?

 

「……では、その親の私には言う権利はありま『西住流家元』」

 

「……」

 

淡々と喋る愛里寿に、しほさんは答えない。

 

「あと、母上も」

 

「何かしら?」

 

娘に戦車道以外の事には、激甘な千代さんの笑顔が黒い!!

 

 

 

 

「仕事して」

 

 

 

 

「「 」」

 

 

……愛里寿さん。

 

「お仕事放り出して、高校生に混じって何をしてるの? 大人のする事じゃ無いと思う」

 

「「 」」

 

 

「連盟の人に、母上を何とかして欲しいと頼まれるのはもう嫌」

 

 

「多分、西住流も一緒」

 

 

あ。まほちゃんが目をそらした。

 

 

「だから。 ちゃんと。 仕事を。 しなさい」

 

 

そうだよ…今日平日だよ…。

この人達の仕事量って半端じゃないよ…。

しかも、13歳の娘に諭されるって。

 

超正論に、二人共足元から崩れ落ちた。

ということは、二人共サボってここに来たのか…。

 

 

 

家元コンビが、まとめて沈んだ!

ラスボスから撃破って…。

 

「次」

 

次!?

 

「まず、聖グロリアーナ」

 

「…な、なにかしら?」

 

「……特に貴女。お兄ちゃんに酷い」

 

ダージリンを睨んでいる…もういいや、黙って見てよう。

 

「…ふ……ふふっ。天才少女と言ってもまだ13歳。まだ男女の機微というのは、お分かりになりませんわね」

 

「……」

 

「みほさんにも言いましたが、イギリス人は恋愛と戦争には、手段は選びませんの…例え、隆史さんが…「まず、そこからおかしい」」

 

ダージリンの紅茶の持つ手が止まった。

 

「何がおかしいのかしら?」

 

「手段は選ばないって…貴女完全に後手に回っている。手段を選ばない? 具体的には?」

 

「…なっ」

 

「お兄ちゃんを拉致して、監禁でもするの?」

 

「なっ!? そんな事しませんわよ! どうしてそういった……隆史さん!! 怯えた目で見ないでください!!」

 

いやぁ…拉致は、経験あるなぁって思って。

というか、愛里寿の口からそんな言葉が出るって! 何を勉強した!!

 

「昔の事件に、そう言った事があったといっぱい書いてあった」

 

「それ! 犯罪者の!! 一部のこじらせちゃった人達の!!」

 

 

「……まぁ実際そんな事する程、愚かとは思えないけど…。」

 

そりゃあ…いくらダージリンでもそこまでは……やらないよな?

 

「……総じて言えば、恋愛関係において」

 

「…な、なんですか?」

 

 

「貴女。口だけ」

 

 

言い方ぁ…。

残ったのは、崩れ落ちた家元コンビとダージリンだけ。

 

「貴女は特に、脅威ではない」

 

容赦ない愛里寿。

 

 

「だ…大丈夫! 大丈夫だ! ダージリン!! 奥手なのは可愛いと思うぞ!!」

 

「……タカシサン」

 

「訂正。お兄ちゃんの優しさ込みなら、多少脅威」

 

何が!?

 

「次」

 

まだ!?

 

「なっ! なんだ!? 私か!?」

 

「貴女は…」

 

チヨミン? でも、チヨミンには特に絡まれてない…。

 

「臭い(チーズ)」

 

「」

 

愛里寿は、チーズとかオリーブオイルとか…ある意味、アンツィオの料理関係全部だめだった。

ほぼ常に料理を作っているアンツィオの生徒は、全員匂いがついてしまっているのだろう。

 

「大丈夫だチヨミン!! ちゃんといい匂いするから!! 愛里寿は、チーズとかそういったのダメなんだよ!!」

 

「タカシィ…」

 

慰めている横で…カルパッチョさん!?

 

「……でも貴女は、基本お兄ちゃんに優しい。脅威」

 

基準がわかんない!!

 

「…私はどうかしら?」

 

「諦めてる人に興味な…………違う。貴女」

 

「…あら? わかります?」

 

「…………脅威」

 

怖い!! 愛里寿が、淡々と分析してるのが怖い!!

 

「おおっと! このペパロニ姐さんを忘れても『 臭い。近寄らないで 』」

 

「」

 

膝崩れ落ち組に、チヨミンとペパロニが加わった!

 

「ペパロニ、大丈夫だ! お前特に料理作るからだよ!! 臭くないよ!! いい匂いだよ!!」

 

「タカシィィィ」

 

 

「次」

 

もういいよ! 怖いよ!!

 

 

 

「え? 私?」

 

ケイさんに、愛里寿が小走りで近づいてきた。

 

「…ありがとう」

 

「え?」

 

愛里寿がケイさんにお礼を言っていた。

人見知りする愛里寿が…珍しい…。

 

「さっきは、止めてくれてありがとう…」

 

「あー! タカシが、殴られそうになっていた時? OK、OK! 気にしないで!」ワタシハ、ゼンカヤッチャッタカラ…

 

「……うん。それでもありがとう。だって…」

 

「どうしたの?」

 

「あの人が、お兄ちゃん叩いていたら…………私、あの人に」

 

「うん?」

 

 

 

 

「何するかワカラナイから」

 

 

 

 

「……」

 

「だから、止めてくれてありがとう」

 

「……はい。ドウイタシマシテ」

 

……愛里寿?

 

ちょと影で見えなかった。

あれ? ケイさんの顔が青い…。

 

「……でも貴女も脅威。…上位クラス」

 

「え?」

 

 

 

「次」

 

 

 

「……なんでしょう?」

 

オペ子ぉ…。

 

「お兄ちゃんが、女の人と付き合う要因を作った人」

 

「……」

 

え…それは知らない!? なんか言ったの!?

みほに怒った時か?

 

「……とても脅威。下手したら、お兄ちゃんは貴女を選んでいたかもしれない」

 

「…そう思いますか?」

 

「思う。私は、ただ分析してるだけ。今は感情を殺して言っている。嘘はつかない」

 

……天才少女モードというのかなぁ…。

なるほど…全部俺の人間関係調べてきたのかぁ…それで先程、調べたって…。

 

俺のプライバシーは何処いった!!

 

 

「……まぁ私も諦めるつもりは…ありませんけど…」

 

「…だと思った」

 

「……」

 

まぁ……はい。オペ子は……うん。さすがにわかっていた。

さすがにね…。

 

「では、隆史様?」

 

「はいっ!!」

 

びっくりしたぁ…急にふられたよ…。

 

「一つ聞きたいことがあるのですけど、よろしいですか?」

 

「な…なんでしょう?」

 

このタイミング、この状態で聞きたい事って…なんだ!?

正直怖い!!

 

 

 

「…そんなに大きいのが、お好きですか?」

 

 

 

「…は?」

 

 

え…なんの事?

 

 

「例のノンナさんを筆頭に、ここにいらしている方、全員に言えることですけどね? そんなに…大きい方がいいですか?」

 

 

「」

 

 

……見た事がない、オペ子さんの笑顔っすね…。

 

 

「島田 愛里寿」

 

「……なんですか? 西住 まほ…さん」

 

 

「あの方も大きいですね!!」

「待て! オペ子!! ちょっと話がちがっ!!」

 

 

「……あれらは、もういいとして。君の分析は面白い」

 

「…気になりますか?」

 

「気になるな…私も脅威か?」

 

「…………特大の」

 

まほちゃん!! なに嬉しそうに話してるの!?

 

 

 

「隆史様!! 聞いていますか!? ダージリン様もおっきいですよね!!」

「ブペ子さん!?」

「ブペ子!? 今度はどこのおっきい人の事ですか!?」

「ち…ちがっ!」

 

 

 

「フフ…そうか。私は脅威か…。では、この中で一番の脅威は誰だろう? 教えてもらえるか?」

 

「……正直に言うと…。今現在、お付き合いの相手…「西住 みほ」さんより、私には脅威に感じるのが一人」

 

「ほう……誰だろうか?」

 

 

 

「そもそも、大洗学園の生徒会の人達! なんであんなに大きいんですかぁ!!」

「今それ関係ある!?」

「ただの脂肪の塊でしょうが!!」

 

 

 

「ん? 誰だ?」

 

「……」

 

なに!? なんか、愛里寿が指さしてる!?

急にまほちゃんと談笑し始めたと思えば、なに!?

 

まほちゃんが、珍しく驚愕の顔というものをしていた。

 

「……なによ。人に向かって指を指さないでよ」

 

不機嫌そうに腕を組んで、コチラを睨んでいる。

 

 

 

 

「…逸見 エリカ。……一番…怖い 」

 

 




はい閲覧ありがとうございました

愛里寿無双の回デシタ



スイマセン、予告した覚醒まで届きませんでした。
次回になりそうです。


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閑話【 番外編 】 ~愛里寿先生の脅威度ランキング~

はい。愛里寿の脅威度ランキング作ってみました。
せっかくだから、番外編で。即興で書いてみました。

ですから本編にまったく絡みません。
メタ発言ありです。

完全に番外編。

飛ばしてもらっても構いません。
キャラなんて端から崩壊してます!



「こんにちは。オレンジペコです。まずは講師の島田 愛里寿さんです!」

 

「…こんにちは」

 

「そしてもう一人のゲストは、ローズヒップさんです」

 

「こんにちは! ですわ!!」

 

「はい。では、今回のお話は、前回の話で登場もしましたね。「愛里寿さんの脅威ランキング」です」

 

「…はい」

 

「人様にランクを付けてしまうなんて最低な事を、無理にお願いして発表してもらいます!」

 

「…正直、嫌」

 

「あの! オレンジペコさん!!」

 

「では、すぐにでも発表してもらいましょう!」

 

「オレンジペコさん!!」

 

「……なんですか? ローズヒップさん。今もう本番中ですよ?」

 

「いや…なんで私が呼ばれたのかお聞きしようと…私、今回本編出ていませんわよ?」

 

「…さぁ?」

 

「……さぁって…。なんか性格少し変わっていませんか?」

 

「ブペ子だのダペ子だの、読者の方にも喜ばれて、呼ばれてますからね!! どっちでもいいですよ!!」

 

「……気にしていたんですのね…」

 

「さぁ、ランキングの発表です!! ここ不思議時空よりお送りします!!」

 

「…上位から行く。上の方が脅威度が高い」

 

 

 

【 ランク SS+ 】

 

 逸見 エリカ

 

 

 

「…正直、この黒森峰副隊長は意外でした…ダークホースです」

「要注意。正確には、現地点ではAランク…将来性見越してこのランク…………脅威。本当に怖い」

 

「お紅茶おかわり下さいまし!」

 

「閑話でも分かるように、彼女は幼馴染、妹属性、さらに現在ツンデレ属性付きのトリプル」

「……属性って…」

「この状態から、「西住 まほ」…さんへの、忠誠というか、愛情というか…それらが全て、お兄ちゃんに移ったら?」

「」

「……まだこれも、初期段階」

「…」

「……ネタバレになるから、この女の事は、これ以上喋らない。というか喋りたくない」

「女って…わかりました、では次ですね」

 

 

 

【 ランク S 】

 

 1位 西住 まほ

 

 2位 オレンジペコ

 

 3位 ノンナ

 

 4位 ケイ

 

 

 

「……」

「…「西住 まほ」さんは、言わずもがな。胸、大きい」

「……」

「貴女は…何気にお兄ちゃんの大事な時の、大事な部分を支えたから。実は貴女に出会う時。結構、精神的に追い詰められてた。胸は小さいけど」

「……」

「「ノンナ」さんは、正直お兄ちゃんの好みの女性そのモノ。胸、大きいし、真面目だし…胸、大きい」

「……」

「「ケイ」さんは、今回まではランクCだった。今回の行動と発言で、確実にお兄ちゃんの好感度を上げた。脅威。胸、大きい」

「……」

 

「お茶請けも何か、頂けますか!?」

 

「…どうしたの?」

「…いえ。なんというか…ちょっと泣きそうです」

「……あの。これ、私が脅威に思った人だから…。お兄ちゃんの好きな人ランキングじゃないから…」

「わかってます、わかってますけど……一番胸の大きい人にも勝ったし…」

「そこ?」

「あれ? でもこれ、ランクSですよね?」

「そう」

「……あれ? ま…まぁいいです。次行きましょうか?」

「わかった。……次が一番多い」

 

 

 

【 ランク A +】

 

 1位 西住 みほ 恋人(仮)

 

 2位 冷泉 麻子

 

 3位 角谷 杏

 

 4位 ペパロニ

 

 5位 武部 沙織(メガネ)

 

 6位 チーズ臭いツインテール

 

 7位 カルパッチョ

 

 8位 盗賊団頭目

 

 9位 秋山 優花里

 

 同列(仮) 小山 柚子

 

 11位 ローズヒップ

 

【 ランク A 】

 

 

 

「……」

「まず「西住 みほ」さん。お兄ちゃんが、この人を選んだのが意外だった。西住姉か、貴女を選ぶとばかり思った」

「……あの、お付き合いされている方ですよ? え!?」

「…正直、私もまだ勉強不足。だから現在は、ランクS+」

「でもランクAって…しかも恋人(仮)って……」

「…………何か上位に持っていくのが嫌だった」

「……」

「あまり多くは、語らない方がいいとカンペがでたので次」

 

「おケーキとか、ありませんの?」

 

「つ…続いて、「冷泉 麻子」さん…ですか? サンダース戦の時の…」

「…お兄ちゃんが、癒し系と言っていた」

「……ヤハリ、コノカタデスカ…」

「お兄ちゃんの性格上、癒し系と言われる人は、大抵危ない…。お兄ちゃんの保護欲というか…父性が全力全開になる。よって貴女も脅威」

「に…睨まないで下さい…ウフフフフフ…」

「…」イラッ

 

「こっれ! おいひぃですわ!」

 

「大洗学園の生徒会長」

「あれ、意外ですね。この方Aランクですか? てっきり…」

「本当はSランクでもいい。でも今回の件で、下がった」

「え…」

「肩車」

「あー…あれ? でもそれ思いっきり私情はいってません?」

「入ってる」

「え……」

「入っているけど?」

「あー…はい。もう結構です…」

 

「では…次は、「ペパロニ」さんですか」

「臭い」

「」

「臭い」

「あの…彼女も…その、年頃の女性ですので…その一言は…」

「…彼女はお兄ちゃんと趣味も合う。性格も好みらしいし。臭い」

「…辛辣ですね…」

「後、着痩せするタイプ。大きい」

「チッ!」

「6位と7位も、似たような理由。後は…内緒。ネタバレになりそうだから、やめとく」

「名前くらい呼んであげてくださいよ…」

「ちなみにチーズドリルから、下がランクA」

「…ドリル」

「次」

 

「そろそろお腹一杯になってきましたわ……」

 

「「武部 沙織」さん。メガネ。胸大きい。以上」

「……」

「何?」

「…いえ。結構適当にランクつけてません?」

「…彼女が、大洗でお兄ちゃんに助けられた人」

「!!」

「よってランクA。…理解した?」

「…………もう1ランク上げたらどうでしょう?」

「正直迷った…でも、まだ分からないから…次」

「はい」

 

「……ちょっと気持ち悪くなってきましたわ」

 

「盗賊団頭目って…」

「奴は盗んでいく。物理的に。本気で」

「……あの、継続の隊長の事ですよね?」

「胸おっきい」

「…他に言うこと無いのですか?」

「…相手は、お兄ちゃんだけど?」

「……次」

 

「でもまだ、いけますわ!!」

 

「「秋山 優花里」さん。隆史様の…ファーストキスのお相手ですね」

「違う」

「え…でもご本人が…」

「アレは人命救助。キスとは違う、別次元」

「そ、そうですか…あれ? では、ファーストキスの相手って…私!?」

「……」

「……」

「…訂正。「秋山 優花里」さんが、ファーストキスの相手」

「!?」

「彼女は結構無垢。だからそんな彼女が、お兄ちゃんに迫ると危ない。よってAランク」

「…愛里寿さん」

「例えば、現在約束中の野営時に、お兄ちゃんが覚醒状態だとして…」

「」カタカタカ

「そこに、彼女が迫ったら本気で危ない。危険が危ない」

「……」

「次」

「……」

 

「お紅茶、まだ頂けますか!?」

 

「「小山 柚子」さん。大洗学園生徒会の副会長さんですね」

「……彼女のランクは、上下が激しい。情緒不安定じゃないのか? と思うくらい」

「…え」

「納涼祭の前日まで…正確にはサンダース戦時の時。彼女ランクは、SS+。逸見エリカと同等」

「」

「唯一シラフの状態で、お兄ちゃんが本気で抱きしめた女性が彼女。あの母性は危ない。現段階も特別監視対象」

「監視って…」

「「角谷 杏」さんの事があり、気を使い始めた段階から、徐々に下がっていった」

「…あの」

「彼女が、人間関係無視して、本気を出したら…と思うと本当に怖い。後、胸大きい」

「…」

「次」

 

「…眠くなってきましたわ」

 

「……」

「……」

「なんでこの方が、ランクインしてるのでしょうか?」

「…仕事して」

「あっ! はい!! やっと私の出番ですか!?」

「お兄ちゃんは、裏表の無い女性が好き。よってランクイン」

「えー……」

「なんですの!? 褒められてますの!?」

「「ローズヒップ」さんは、な・ぜ・か、お兄ちゃんの癒し枠に入っている」

「え!?」

「次」

 

「あれ? もういいんですの?」

「…本来、貴女はコメンテーターとして呼ばれてる。仕事して…」

「え!?」

「次」

 

 

 

【 ランク B 】

 

 1位 ダージリン

 

 2位 近藤 妙子

 

 

 

「ダージリン様ですわ!! ダージリン様!!」

「…うるさい」

「意外です…本当に意外です……」

「おめでとう」

 「「え?」」

「貴女達は下克上に成功」

 「「……」」

「お兄ちゃんの優しさ込みで、ランクA。ギリギリで」

「あの…ダージリン様の事、お嫌いなんですか?」

「…興味が無い。興味が無いのに好きも嫌いも無い」

「」

「……まぁ正直に言えば、ランクアップを阻害しているのは、貴女」

「え!?」

「お兄ちゃんのプライベートでは、『聖グロリアーナ=オレンジペコ』となっている」

「!!!」

「好感度は、貴女の方が格上」

「ウ……ウフフフフフフフフ///」

「だから」

「え?」

「夜道には注意して」

「」

「…この事、ダージリン様に報告しなくてよろしいのでしょうか?」

「ローズヒップさん!! 話の流れで理解してください!!」

「次」

 

「「近藤 妙子」さん。最初にお兄ちゃんが、助けた人」

「…なんか、隆史さんって……本当に節操ありませんわね!!」

 

 「「……」」

 

「な…なんですの!? 揃って、睨まないで下さいまし!! なんで立ち上がるんですの!?」

「…この方、まだエピソードが残されてますからノーコメント…ですかね!」

「人生で初めて、お兄ちゃんがナンパした人。そして大きい」

 「「!?」」

 

 

 

 

 

 

「…もういい? そろそろ帰りたい。ボコの録画見ないと…」

 

「あぁもう少しですから!」

 

「」カタカタカタカタ

 

「ランクCの方、一般人って認識でいいのでしょうか?」

 

「名前が出てこない人は、全員ランクC。有象無象」

 

「…言い方……あっ!!」

 

「何?」

 

「」カタカタカタカタ

 

「家元達はどうなのでしょうか?」

 

「母上? 西住流家元も?」

 

「そうです」

 

「………絶望したいの?」

 

「え…」

 

「やめておいたほうがいいと思う。というか、自分の母親を競争相手に見たくない……」

 

「……ですね、すいません」

 

「あ…ただ、番外として…」

 

「はい?」

 

「ランクBにもう一人いた」

 

「……え」

 

「酒蔵の一人娘。名前はまだ知らない。これはただの直感。女の勘」

 

「……」

 

「次」

 

「あぁ後、「五十鈴 華」さん。 彼女もランクCなんですか? ちょっと意外ですね」

 

「…現段階では、彼女はお兄ちゃんにとって」

 

「はい?」

 

「恐怖の対象」

 

「……」

 

「まだどう動くか分からない。ネタバレになるからノーコメントで」

 

「……」

 

「」カタカタカタカタ

 

 

 

「では、今回はここまでという事で、ランキング発表を終わらせてもらいますね!」

 

「やっと終わる…」

 

「…本当に私、なんで呼ばれたんですの…お腹いっぱいになりましたからいいですけど…」

 

「知りません!!」

 

「……」

 

「では、今回の愛里寿さんへの報酬は……ベコのぬいぐるみです!」

 

 

「…は?」

 

 

「おっきいですよねぇ…私、ベコ派なんですよぉ」

 

「……え? 敵? 貴女、私の敵なの?」

 

「違いますよぉ? 私は隆史様の味方です!!」

 

「……」イラッ

 

「あ。構いませんよ? 捨ててもらっても! 中の人、隆史様ですけどね!!」

 

「…………」

 

「では。ご機嫌よう、さよ~なら~」

 

 

 

 

「……なるほど。これがブペ子」

 




はい、閲覧ありがとうございました


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第38話~理由です~

はい。今回ちょっと恋愛部分多めです。

原作は籠城回ですね。
はい。メチャクチャシリアス回でしたね。

でも。ですから。だからこそ!








「そうだよねぇ~。何故か追うと逃げるよね、男って♪」

 

「……」

 

 無線入りっ放しですよ、沙織さん。

 というか、わざと聞かせてるんでしょうか?

 故意にやらないと、入らないよね…そちらからの音声って…。

 

「私の知ってる男は、追わなくても逃げそうだけどね」

 

 ケイ姐さん…?

 

 テントの机に置かれている無線機から聞こえてくる、聴き慣れた声。

 うん…まさに今この状況で、言うセリフじゃないよね…。

 

 愛里寿さんが、全開になったお陰で、大体の殺気に満ちたテント前は、色々と解除された。

 やっとこさ、雰囲気が落ち着いた。

 ギャラリーも解散され、試合観戦に身が入り各学校への応援に繰り出す。

 試合開始には間に合わなかったけど、俺もテント内へ入り、いつもと同じくいつもの様に中村の解説を聞きながら試合観戦を開始。

 

 

 ……。

 

 …………はい。嘘です。

 

 

 希望です。ボクの妄想です。

 

 はい、では現実を見てみましょう。

 

 はい、今まさに大洗学園テントは、なんて言っていいか、よく分からない状態になっていますね。

 

 チーンとか、音が聞こえてきそうな程、放心しとる人達が見えますね。

 はい。家元ズと、ダー様と、チヨミンとペパロニさん。はい。目が死んでますねぇ。

 たまにブツブツと呟いています。

 

 次に、すっごい笑顔の人達がおりますね。

 はい。テント内の椅子に座ってますね。

 正確には、俺の右太股に愛里寿。左太股にオペ子が座ってます…なんで……?

 右横に中村が座っていた為、左横に座ってるカルパッ…ひなさん!!

 

 最後に、真っ黒いオーラをまとっている人達…というか、まほちゃん。

 はい。まほちゃんが、先程からエリリンを横からガン見してますね。

 

 目を見開いて、すっごい真顔で見てますね。いやぁー…近いなぁ…。

 傍から見ればホッペにchu! しちゃってる様に見えますねぇ…何故だろう…。

 

 …全然、微笑ましく見れねぇ。

 

 何を愛里寿に言われたんだろう…。カードの事じゃないだろうし。

 愛里寿に聞いても、「内緒」と可愛らしく言われて良し…だから、何回か聞いて遊んでいたら、オペ子が膝に座ってきたんだけど…。

 

 あーあ。エリリン完全に固まっちゃってるじゃないですか…。

 黒森峰コンビは、少しテントから離れて観戦している。その為全体像が見えるんだけど…ここからでも様子が分かるってヨッポドダヨネ!

 

 はい。現在も殺伐とした雰囲気が確率変動継続中!

 

 …なにこれ。

 

 それでも、大洗学園の生徒として試合は観戦している。

 俺の仕事をしないとね…まぁ、何にも無いのだけど…。

 しかしこんな状況で、頭に入ってくる訳もなく、小刻みに震えながら観戦しています。

 

 プラウダ側が、大洗に2輌撃破された…。

 歓声も湧き、右横の少し復活した自動翻訳機君が説明してくれたりする。

 

 ……ごめん、やっぱり試合内容が頭に入ってこない。

 完全にただの観客視点でしか見れねぇ…。

 

 あー2輌撃破したぁ…。あープラウダの戦車が、追われてるなぁ…とか簡単な感想しかわかない。

 うん。繰り返すけど、こんな状況だもの。無理無理。

 

 だってね?

 

 太股に座ってる二人が、何故か胸と背中に軽く手をまわして抱きつく形になっているんです。

 違う…形じゃなくて抱きつかれてる…。

 …はい。ギャラリーさんの視線が、殺気となって突き刺ささり体中が痛いっす。

 

 じゃあ降ろせば良いのでは? とお思いでしょう。

 でもね。

 

「あの…オペ子さんや…」

 

「はい! なんでしょう隆史様!!」

 

「なんで抱きついてるんですか…」

 

「膝の上って不安定じゃないですか? ですから、こうしないと危ないのですよ?」

 

「……いや、椅子いっぱい余ってるから…降『 は? 』」

 

 ……なんでも無いっす。

 無理っす。オペ子さんが睨むっす。

 

 なんでだろうか…オペ子が急にくっつく様になった。

 前は、ここまで露骨に来なかったんだけど。

 これも愛里寿に言われたからだろうか…。

 

「なぁ尾形」

 

「ナンデショウ」

 

 中村が横から、口をだす。

 

 …男と会話するのが、こんなにも心安らぐとは…。

 

「…写メ撮って、西住さんに見せていい?」

 

「……」

 

 前言撤回。

 

「……まぁ、お前の気持ちも、俺には分からんでも無いけど…でもさぁ……」

 

「……」

 

「お前「あんまり鈍感が過ぎると、いつか身を滅ぼすぞ」」

 

「……」

 

 サンダース戦の時のか!

 こいつに言ったセリフが、そのまま熨斗がついて帰って来やがった!

 

「…貴方がそれを言うの?」

 

 あ。中村がビクッとした。

 

 はい。ケイ姐さん。

 テント内には入らないで、席の前でテントから出した上げた椅子に座っている。

 まぁ、目の前大画面だから、観戦には支障が無い。

 

 サンダースと聖グロリアーナ。それにアンツィオ。

 

 彼女達は、すでに戦車道大会を敗退している。

 その為、近づいてもルール違反にはならない様だ。

 なので逆に言えば、決勝進出がすでに確定してる黒森峰が、テントへの接近するのは、試合開始から許されていない。

 

 ただ、どうにもまほちゃんは、先程からエリリンへご執心の様で、こんな状態にも関わらず、いつもの熱い…いや、冷たい視線は感じられません。

 

「……」

 

 軽く横目で、ケイ姐さんは中村を睨んでいる。

 まぁ…うん。

 

「アリサの事は、まぁ…貴方が全面的に悪いわけじゃないけど…そんなセリフを、よく吐けるわね」

 

「……」

 

 裏でなんか進展があったのだろうか…アリサさんの名前が出た。

 でもぶっちゃけ、現在そんな事どうでもいい。

 中村を責めているつもりのケイ姐さん。はいスイマセン。俺の方がダメージでっかいです。

 

「あ。やっぱそう思います?」

 

「…思うわね。何考えてんの?」

 

 冷たい!! あのケイ姐さんの言い方が冷たい!!

 

「コレ、「尾形が」サンダース戦の時に「俺に」言ったんですよ」

 

 

 「「「「「 ……… 」」」」」

 

 

 痛い!! 各隊長達の視線が痛い!!!

 オペ子さんとひなさんの視線が超至近距離だから、尚更!!

 あ…愛里寿まで…。

 

 

「……よろしくて?」

 

「あら? もういいんですか? ダージリン様?」

 

 オペ子が、そろそろ標準でダペ子になりつつある…。

 はい、ダー様復活…とは、言い辛いか…。

 まだ、目が死んでる…。

 

「ペコォォ…」

 

「ウフフフ」

 

 …なんだろうか。俺の両足を占拠された状況にも、ツッコム余裕が無いのだろう。

 それでもいつもの様に優雅に振舞おうとしている。拍手したくなるヨ?

 

「…隆史さん」

 

「ナンデショウ?」

 

 正直、もうそろそろ吐血でもしそう…。

 

「…いいんですの? 遊んでいて。みほさん、大変な事になってますわよ?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私も周りに、少し流されてしまった。

 プラウダ車輌を2輌撃破。

 

 うまく行き過ぎていると思っていたのに。

 

 ただでさえ視界が極端に悪く…狭くなる、夜戦の雪上戦…。

 できるだけ慎重にと考えていたのに。

 

 やられた…。

 

 囮に見事に引っかかってしまった。

 

 廃村…なのかな? 

 そこにプラウダを追い詰めたと、皆が思っていたのだろうか。

 結局それは、罠だった。

 

 全車輌が、しかも一箇所に集合…させられた様なものだ。

 フラッグ車を囮に私達を足止め。

 皆の視線は、フラッグ車しか見ていない…。

 

「周り全部、敵だよぉ!?」

 

 気がついた時には、すでに取り囲まれていた。

 後はいい的になるしかない。

 

 唯一全車輌が、入れそうな大きな建物…元々は、教会か何かなのかな?

 今思えば、ここに誘導されてしまったのかと勘ぐってしまう。

 でも、ここに逃げ込むしか無かった。

 それでも、いつまでもつか…。

 

「あれ? 砲撃が止んだ…」

 

 何で…?

 

「みほさん、あれプラウダ高校の生徒さんじゃ」

 

 本当だ。

 華さんが言ったように、プラウダの生徒二人が、白旗を持って歩いてくる。

 

 戦車のハッチから体を出すと、ほかの戦車からも皆、顔を出す。

 ……何か、前に隆史君が言っていた様な気がする…。

 

 前にアパートで聞いた。

 昔の事。青森での事…。

 そこで話してくれた、プラウダ高校の隊長…カチューシャさんの話で。

 

「カチューシャ隊長の伝令を持って参りました」

 

「『降伏しなさい。全員、土下座すれば許してやる』…だ、そうです」

 

「なんだとぉ!?」

 

 河嶋先輩が、敵意を剥き出しで飛びかかりそう…。

 白旗上げてる相手に、何かしたら反則ですよ。

 

「隊長は心が広いので、『3時間は待ってやる』…と、仰っています。では」

 

 …休戦。

 休戦の申し込み。

 

 一礼をして、去っていくプラウダの生徒。

 

 その後ろ姿をも見て、思い出した。

 

 ただ普通に勝つのでは無く、相手に言わせたのだろうか? 負けましたと。

 だからすぐにでも、勝てそうな私達相手に、敢えて休戦を申し込んできたのかな。

 

「…ふ~ん。カチューシャ…挨拶の時の態度を見てて思ったんだけど…普通に言いそうだけどねぇ…」

 

「会長? 何がです?」

 

「……隆史ちゃん寄越せって」

 

「あー…言いそうですね」

 

 会長と小山先輩の会話が聞こえる。

 私もそう思うけど…さすがにそこまで公私混同しないとも思うけど…。

 

「誰が土下座なんか!」

 

「全員自分より、身長低くしたいんだな」

 

「会長が、肩車で張り合ったからでしょうか?」

 

 華さん、それはさすがに違うと思う…。

 

「徹底交戦だ!」

 

「戦い抜きましょう!」

 

「……」

 

 …負けない。私も負けたくない。

 特に、このプラウダ高校には負けたくない。

 去年の事も…隆史君の事も……。

 先程のプラウダの副隊長さんを見て、更にその思いが強まっていたけど…。

 

「でも…こんなに囲まれていては…」

 

 負けたくなかったけど…。

 

「一斉に攻撃されたら怪我人がでるかも……」

 

 隊長の私が、決める。

 負けを認める。降伏をする。

 

 …それは、皆の気持ちを裏切る行為かもしれない。

 このまま負けたく無い気持ちを蔑ろにする行為だ…。

 …でも、私達には来年がある。次がある。

 

 今ここで無理をして、それこそ取り返しのつかない怪我なんてしたら。

 させてしまったら…。

 

「みほさんの指示に従います」

 

 あ…華さん。

 

「私も! 土下座くらいしたっていいよ!! やり方も、隆史君の見てたから分かるし!」

 

 えっと…沙織さん?

 

「私もです!…隆史殿の間近で見ましたし」

 

 優花里さん!?

 

「準決勝まで来ただけでも上出来だ。無理はするな…どうせなら、見本の書記も呼んでやれ」

 

 麻子さんまで!?

 

「時に、隆史さんの土下座は怖いと感じる時もありますし…どうせなら、ソレを真似してみましょうか?」

 

「……怖い土下座ってなんだ?」

 

「私の時も、困りましたけど別段怖くは……」

 

「あ、そうかぁ。優花里も麻子も生徒会室でのアレ、見ていないもんね」

 

「……隆史さんの転校初日でしたね」

 

 また気を使わせてしまったのだろうか…。

 

 ……。

 

 

 ありがとう。

 

 

「駄目だ!!」

 

 河嶋先輩?

 外に身体の正面を向け…震えている。

 突然の叫びに、皆が彼女の背中を見ている。

 

「絶対に負ける訳にはいかん…徹底交戦だ!!」

 

「でも…」

 

「勝つんだ! 絶対に勝つんだ!! 勝たないとダメなんだ!!」

 

「どうしてそんなに…。初めて出場して、ここまで来ただけでも、すごいと思います」

 

 河嶋先輩が、下を向き必死に叫んでいる。

 なんでそこまで…。

 

「戦車道は戦争じゃありません。勝ち負けより、大事な事があるはずです!」

 

「勝つ以外の、何が大事なんだ!!」

 

「私…この学校に来て、皆と出会って…初めて戦車道の楽しみを知りました…」

「この学校も戦車道も、大好きになりました。だからこの気持ちを大事にしたまま、この大会を終わりたいんです!」

 

 河嶋先輩の靴の音が響く。

 泣きそうな…そんな顔で、私を信じられないものを見る顔で。絞り出す様な声で…。

 

「何を言っている……」

 

 …え?

 

「負けたら我が校は、無くなるんだぞ!! 尾形書記から何も聞いていないのか!?」

 

 

「え…」

 

 知らない…。

 隆史君は何も言ってない…。何も聞かされていない…。

 

「学校が…無くなる?」

 

「河嶋の言う通りだ」

 

 会長…。

 今までに無い様な真剣な顔で、はっきりと言い切った。

 

 

「この全国大会で優勝しなければ……我が校は、廃校になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無謀だったかもしれないけどさぁ。後一年、泣いて学校生活送るより、希望を持ちたかったんだよ」

 

 その会長の笑顔は、どこか寂しそうでした。

 

 今までの廃校になる経緯。

 戦車道を始めた理由。

 脅迫紛いの事までして、みほさんを戦車道に引き入れた理由。

 それが、生徒会役員達から語られました。

 

「皆…黙っていてごめんなさい…」

 

 小山先輩は、申し訳なさそうに謝罪をしました。

 周りからは、ポツポツと残念そうな呟きが聞こえます。

 

「そんな理由があったなんて…」

 

 あ…。

 

「この学校が無くなったら私達、バラバラになるんでしょうか?」

 

「そんなのやだよぉ!!」

 

 そうです。今更転校…皆さんとお別れな……あ!

 

「そうか…それで。プラウダ高校の隊長が、私に「何も知らないの?」って……」

 

 隆史さんは、この学校が無くなってしまったら、御実家のある青森に戻られてしまうのでしょうか?

 それはまた、プラウダ高校の…。

 

「…うん。 まだ試合は終わってません」

 

 みほさん?

 先程の口調と変わり、明るい声で皆さんに聞かせるように。

 

「まだ負けたわけじゃありませんから」

 

「西住ちゃん?」

 

「がんばるしか無いです。だって、また来年もこの学校で戦車道をやりたいから!……みんなと」

 

 周りを見渡し、皆さんの目を見てハッキリといいました。

 ただ…呆然と皆さんは黙っていました…。

 フフッ。口が皆さん、半開きですよ?

 

「私も! 西住殿と同じ気持ちです!!」

 

「そうだよ! トコトンやろうよ!! 諦めたら終わりじゃん! 戦車も…恋も!!」

 

 ……力強く発言しましたけど、沙織さん。

 この雰囲気で、胃が痛くなる発言は、やめて下さい沙織さん。

 お願いしますから沙織さん…。

 

「ま、まだ戦えます!」

 

「うん」

 

「降伏は、しません! 最後まで戦い抜きます!」

「ただし、皆が怪我をしない様、冷静に判断しながら!」

 

「あ! みぽりん」

 

「はい、なんですか?」

 

「この休戦中?って、隆史君に伝えていた方がいいのかな?」

 

「あ…そうですね。休戦中は、本部テントから出て良かったっけ。では沙織さんは、本部に無線で伝えて下さい」

 

「おっけ~」

 

 皆さん各自、みほさんの指示で修理を開始しました。

 戦う意思が出てきたのでしょうか?

 皆さんの元気が戻りましたね。

 

「あ、会長」

 

「何?」

 

「…隆史君は、廃校の件を…知ってたんですね」

 

「知ってたね。まぁ…会長の私が、口にしない事を勝手に言うのは、まずいって言っていたから…意地悪とかじゃないよ。多分、私にも気を使ってくれたんだと思うよ」

 

「…そうですか」

 

「……でも最初の口ぶりだと、転校前から知っていたっぽいけどね…」

 

「え……」

 

「ま。気にしないでいいと思うよ? なんか知らないけど、そういった事、変に律儀なのが隆史ちゃんだし」

 

「そうですか…」

 

 あれ?

 沙織さんが、戦車ハッチから顔出し、手招きしてますね。

 

「…みぽりん。ちょっと」

 

「え? あ、はい!」

 

「…本部の無線が、またスイッチ入りっぱなしになってるの。…音声ダダ漏れ」

 

「もう、隆史君は…」

 

 またですか…あの方は毎回どこか抜けてるというか…それで大体酷い目に合っている気がするのですけど…。

 思った事を口に出すとか…。

 

「……何人か、女の子の声が聞こえるの」

 

 

 「「「「「 …… 」」」」」

 

 

 胃が…。

 

 その言葉で、あんこうチームと…会長? あれ? 近藤さんも…ですか?

 

 

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 

 

『オペ子も。二人共そろそろ降りてください』

『……エー』

 

 

 無線から聞こえてきたのは……なんですか、この人数…。

 少し会話内容を聞いていて皆さんわかったのでしょうか?

 

 隆史さんに、現状を説明している…というか解説役の方が、多すぎませんか?

 

「みほさん…これ」

 

「はい、聖グロリアーナの二人…サンダースのケイさん…アンツィオの……ん? 知らない声が…一人」

 

「書記は、この大変な時に何をしている」

 

 …本当にそう思います。

 

 

『まぁ正直…あまりくっつくのは、やめて下さい。死んでしまいます…俺の胃が』

 

 

 「「「「「「「 …… 」」」」」」」

 

 くっつくって…本当に何をしているのですか!

 ご自分の胃より、私の胃を心配してください!!

 

『…「西住 みほ」さんと、お付き合いしだしたからですか?』

 

 今のは、オレンジペコさん…の声でしょうか?

 一瞬、みほさんの身体がピクッとしましたね。

 

『………何でフルネーム…そうですね。そうだよ…』

 

 …ちょっと今、舌打ちが聞こえましたよ?

 というか、何故グロリアーナが、その事を知っているのでしょう?

 プラウダの方もそうでしたね…。

 

『…みほが怖い…違う。まぁコレからは、浮気と取られそうな事を回避していこうかと…』

「…そうですか……でも嫌です!」

『』

 

 

「弱いな書記。すでに押し切られているな」

 

「……」

 

 みほさん! 先頭で無線を聞いていますので、表情が分かりません!

 

『そもそもですね…何故、隆史様は、「西住 みほ」さんを選ばれたんですか?』

 

 …。

 

 戦車内に、すごい緊張感が充満しました…。

 あの…よく見たら戦車の外から、覗いているのが数人いますけど…。

 

 

『それは、私も気になりますわね』

『普通、気になるわよね!!』

『私も気になるな』

『ダージリン!? ケイさん!? まほちゃんまで!?……チヨミンとペパロニは、なんで手を挙げてんの?』

 

 

「…お姉ちゃんまでいる……あ…これ結構、隆史君大変な状況じゃ…?」

 

 今までご縁があった、各学校の方が…なんですか? コレ。総動員してます?

 

「そうですねぇ…隆史殿の表情が、なんとなく想像出来てしまうくらいには大変ですよねぇ」

 

 ……私もなんとなく、分かってしまいましたけど…。

 

「あー西住ちゃん」

 

「なんです?」

 

「私も気になる♪」

 

「……」

 

 みほさん?

 

「実は…」

 

「ん?」

 

「私も気になります……何も聞いて無かったから…。ずっといなかったし…」

 

「あぁ~…フラフラしてたからねぇ」

 

 

『いや…あの、まほちゃん……テントに近づいちゃダメなんじゃないの……?』

『今は休戦中。だから入らなければ問題無い。だから大丈夫だ』

『そっすかぁ…えーと…何? これ言わないと……駄目だよなぁ…』

『そうですね。少なくとも私達には、聞く権利が有ると思いますわよ?』

『あー…オペ子……も、そうだよなぁ』

『そうですね。ここで言わずに逃げたら…多分、本気で恨みますよ?』

『……笑顔で言わないでくれ』

 

 

 …私もこういったお話は、嫌いではありませんけど…ちょっとなんというか、特殊すぎると言いますか…。

 車内の空気が重いです…。

 

『わかった。んじゃ…真面目に答えようかね』

 

 誰一人、発言しなくなりましたわ…。

 

 

『…まぁ……一言で言えば……』

 

 

 あ、ちゃんと答えるのですね。

 少し意外です。しかし…。

 この緊張感は、嫌です……胃が痛いです。

 発言する度に、空気の重量が増していく気がします…。

 

 

『 何と無く…かなぁ 』

 

 

【 ……………… 】

 

 

 はい。空気が凍りました。

 

 いえ、死にました。

 

 はい。隆史さん。貴方、最低です。

 

「ちょっ!! 西住ちゃん!?」

「あぁっ!! 西住殿!!」

 

 あぁ!! みほさんが、本気で泣き出しました!!

 無言で泣いちゃってますよ!?

 

「わ…私は……私なりに勇気振り絞ったんだけどなぁ……隆史君はぁぁ……」

 

 ボロボロ涙、流してますけど…。

 

 

「何それぇ!!」

「先輩、最低!!!」

「うわぁ…尾形殿……」

 

 

 車外からも、ブーイングの嵐が聞こえてきますね。

 というか、全員集まってますよ…。まぁ…皆さん気になるのでしょうかね…。

 何にせよ…無線の向こうからも非難が、すごいですね…。

 といいますか、いつの間にかこの避難場所が、恋話会場になってますね…。

 

「……こちらと、書記のいる場所の雰囲気の落差が酷いな…。というか書記。死ね」

 

 麻子さんにも言われましたね。と、いうか怒ってますね。

 

 …私は…正直に言葉通り、受け取っていいか迷ってます。

 言い方は最低ですけど。

 だって、隆史さんですよ?

 

 

『……隆史さん、それは……さすがに無いです』

『…ちょっと酷いですわよ?』

『…隆史。……私でも怒るぞ…』

『…う~ん』

 

『そうか? 結構、大事な事だと思うぞ?』

『え?』

 

 ……やはり、相変わらず言葉が足りないだけでしょう…。

 

『いやな、結構……それこそ、吐くまで悩んだんだよ…誰とそういった関係なりたいか~っての』

『…そもそも、何で俺なんかを…って考えが、初めに来ちゃうから誰が対象か分からなかったんだ』

 

『え…隆史さん……お馬鹿さんですか? あそこまで分かりやすかったのに? え?』

『ダー…さん、ちょっと黙ってて…普通にヘコむから。ただ、確信が取れなかったの!』

 

『まぁ、結局全員考えてみて、確信が取れたのが…みほが、俺のアパートにと…』

『…と?』

 

『…取り敢えずいつもの様に、飯食いに来た時な……』

『『『  !?  』』』

『ん?』

 

『どういう事だ隆史!! 飯って……え!?』

『いや…同じアパートだし…朝昼晩…大体、俺が飯作って食ってたけど…?』

 

『……みほさん。それ半同棲状態ではないですか…』

『…チッ』

『…どういう事だ!! 私は聞いてな…お母様!!』

 

『あれ…知らなかったの? 住んでるアパートの1階俺、みほ上の階…』

『というか、隆史は料理ができたのか…』

『あら、知りませんでしたの? 結構な腕前でしてよ?』

『スイーツとかも作れますよね♪』

『……取り敢えず、お前達の勝ち誇った顔が、腹立たしい……』

 

『まぁ…後で……あぁ。あれ食わせてやるか……』

『本当か!? 何かあるのか!?』

『……まほちゃんが、見たことない顔してる…』

 

 

 話が脱線し始めましたけど…。

 早く戻してください。みほさんが可愛そうですよ…。

 

 

『なんだろうな? 二人きりで部屋に居ても、緊張しないんだよ』

『みほさんと…ですか?』

『そうそう。そりゃ勿論、異性としては意識してるよ? 俺だって男だし……って、何言ってんだ俺…』

『あぁ! この際、そういった事はもういいです! で!?』

『でって…。まぁ……緊張しないなんて言ったら、みほには悪いけどね』

 

 みほさんが、固まってますね。

 はい。色々複雑なのでしょうか?

 

『……まぁそれが、決めてかなぁ…』

『え…? ちょっと良く分からない…のですけど?』

 

『自然体で居れる異性って、何と言うか…そんなにいないんだ。…………本当に何言ってんの俺。普通に恥ずかしい…』

『……』

『一緒にいて安心できるってのかなぁ? 平穏無事が一番だし……最近怖いけど…』

 

『……』

 

『あの…』

『ちゃんと理由が、あるじゃないですか』

『そ…そう?』

 

『……それに、誰と付き合ったとしても、これからどうなるか何て分からないだろ?』

『どういう事ですか?』

 

『…まだ高校生なんて、世界が狭いんだよ。高校卒業したら…就職なり進学なりするだろ?』

『……』

『…そうだな』

『みほとだってそうだよ。あいつが進学なり就職なり…社会に出て、視野が広まったら…アッサリ俺なんて、振られるかもしれないし』

『…それは、隆史にも言えるのではないのか?』

 

『そりゃそうだけど、幸か不幸か……嫌ってほど社会見てきたからなぁ…今更なぁ』

『……17歳の高校生が、何を言っている』

 

『まぁ…青森でもそうだし……遭難したり……樹海に放り込まれたり………詳しくは、内緒♪』

『……ん?』

『ま。みほも、こんな俺を選んでくれたんだ。……最後まで、付き合う気で決めたよ。まぁ後は、それまで振られないように頑張るさ』

 

『なっ!? 最後だと!?』

『……隆史様』

『』

 

 …最後までって……それって結局…。

 あ…みほさんが、小刻みに震え始めました。

 耳が真っ赤になってます!

 

 周りの皆さんも、真っ赤です!!

 会長は、目が死んでます!!

 近藤さんも目が死んでます!!

 沙織さん……その寂しい笑顔はやめて…やめて下さいぃぃ…胃……いぃ……。

 

 ……ここにいれば、取り敢えず暫くは、暖を取れるのではないでしょうか?

 すっごい暑いです……。

 隆史さん…気がついて無いかもしれませんけど……貴方今、凄い事おっしゃいましたよ!?

 

『隆史君!!!』

『わぁ!! なんですか!! 急に復活しないで下さいよ!!』

『…お母様』

 

『聞きました! 聞きましたよ!! 本気ですか!? 本気ですね!!!』

『怖いっすよ! しほさん!!』

 

『最後まで!! 最後までですね!? それはゴールですね!!』

『…このテンションのしほさん、初めて見る…』

『お母様。ジチョウシロ』

 

『まぁどこがゴールか…分かんないですけど…、実際、男女何て付き合ってからが大変ですし…』

『そんなセリフが出れば、大丈夫でしょう!?』

『……それに俺の場合、誰と付き合おうが、最後まで付き合うつもりでないと、相手に失礼でしょ?』

 

『よぉぉぉしぃ!!! 千代キチ!! 千代きちぃ!! 見たか島田流!!!』

『くっ……!! おのれ西住流!! おのれぇぇぇ!!』

 

『千代さん口調! 口調!! 二人共、何言ってんですか!?』

 

 ……どうしましょう?

 どうしましょうこの空気!!

 隆史さん…貴方ご自身への想い人を、根こそぎ薙ぎ払った様な気がしますよ!?

 

 

 

 ― しかし、たった一言で、空気が一変する。

 

『お兄ちゃんは、お馬鹿。余計なことを言った』

 

 

 

 え? 誰!? 誰ですか!? お兄ちゃん!? 妹さんでもいたのですか!?

 みほさん!! 浮かれて聞いていないのですか!? あぁダメです!! 完全に目の奥が、ハートです!!

 はわぁぁとか、なんとか言ってますし!!

 

『お兄ちゃんは『誰と付き合おうが、最後まで付き合うつもりでないと、相手に失礼』と言った』

『……ハイ、発言させて頂きました……コワイヨ? ドシタノ!?』

『お兄ちゃんと付き合うとは、「そういう事」…という事を「言って」しまった』

『え…』

『周りを良く見て』

『』

 

 あぁ!! もう!! 隆史さんと一回、本気で話さなくては!!

 

『な…なんで!? なんで、皆さんそんな…獲物を狙う目で、俺を見るのでしょうか!? 近い!! まほちゃん近い!!』

『……今日は収穫がとても多かった』

『何が!?』

『多分、これから全員。「西住 みほ」さんのポジションを本気で狙いに行く』

 

 …あ!! そういう事ですか!! 

 

『勿論私も…覚悟して』

『なんの!!??』

 

 ……どうしましょう。

 会長も近藤さんも……沙織さんも……完全に復活してますね。

 

『だから、貴女も覚悟して。「西住 みほ」…さん』

 

 ブツッ

 

 む…無線が切れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なぁ尾形」

 

「……なんだよ」

 

「なにこれ」

 

「今、画面上で皆が食ってるのと同じもの」

 

「……なんで俺の分あんの?」

 

 というか、カチューシャの性格上、この様に休戦とかして、こちらのプライドへし折りに来ると思っていた。

 そういう失礼な事は、やめろって言ったんだけどなぁ。

 

 一応長期戦を見越して、簡単な……それでも身体が温まるものを作って、試合前に優花里に渡しておいた。

 まぁ各戦車に積み込んだの俺だけどね。雑用は、俺の仕事。…水が一番重かった…。

 

 こういう事に慣れている、優花里に任せるのが一番だった。

 道具とレシピを渡しておいたら、意図を分かってくれた

 半調理したものを、野営用の調理器具で、料理として完成させたものを皆に振舞っていた。

 

「そもそもコレ何?」

 

「ハンバーグ・カレーリゾット」

 

 スパイス系で身体を暖め、食いごたえもあるものを乗せて…腹持ちもいい。

 最適だった。

 

「ハンバーグは、平べったいパティ状にした物。リゾットのご飯は…まぁコンビニの物と炊いた物と混ぜてあるけどな。ちょっと辛いか?」

 

「……いや普通にうまいけど…」

 

「少し、スープリゾット系だけどな。辛味強めで、味は薄めにしてあんの。ハンバーグ割ってみ」

 

「……さらにカレーが出てきた」

 

「キーマカレーの冷ました奴を、真ん中にいれてあんの。味付け濃いから、スープリゾットと合わさると丁度いい様にしてある。ハンバーグ焼く時余熱で溶けて、丁度良くなるって寸法よ!」

 

「…」

 

「ハンバーグの肉の中に、砕いた軟骨を混ぜたから、歯ごたえも…どうした?」

 

「いや…だから、なんで俺の分……良くこんな手の込んだもの…」

 

「お前…戦車道の試合、見に行きまくったせいで、ろくに飯食ってなかったろ? どうせ今回もここに来ると思ってな。飯はしっかり食え」

 

「…お母さん!!」

 

「……やめろ。拝むな。キラキラした目で見るな! お母さんと呼ぶな!!」

 

 

 現在、アンツィオの移動式屋台を借りて、クーラーボックスに入れておいた、予備の材料で皆さんに飯を振舞っています。

 はい。画面上で食事を開始した大洗学園。

 何故か、一定の距離を取って牽制しあっていた、各学校の隊長達の空気を変える為に、こんな事してますね。はい。

 

 …なんか俺悪いことしたのかなぁ…今回は、俺何もしてないと思うのだけど…。

 

「!!」

 

「…チッ!」

 

 まほちゃんが、キラキラした顔で食しておりますね。

 作り手としては嬉しい限りです。

 エリリンが、一口食べる毎に舌打ちをする……なんで?

 

「あー…エリリン。口に合わないか?」

 

「……おいしいわよ。後、エリリン言うな…」

 

 何故くやしがる…。

 そしてちょっと元気ない。

 

「愛里寿は……あ~…ちょっと待ってろ。ペパロニ、材料少し貰うぞー」

 

 やはり少し、辛いか。食べ辛そうにしている愛里寿。

 備え付けの冷蔵庫から、皿と卵を取り出す。

 残ったパティを再度焼き上げ、火の着いた、別のフライパンに卵を落とす。

 レタス…でいいや。

 簡単に盛り付けをして、その一皿を愛里寿の前に出してやる。

 

「ほれ」

 

「目玉焼きはんばーぐ!」

 

 おーおー。目を輝かせてまぁ…。

 作り甲斐があるなぁ…。

 

 …何故か、エリリンと目が合った。

 

「あ…でもこっちの…」

 

「俺が食べるからいい…『いただきます!!』」

 

「……」

 

 そういった直後に、愛里寿の食べかけを掻き込む…というか何してんの。

 

「何をしに来た、亜美姉ちゃん」

 

「わふぁひとしたふぉとか、ふぉんなふぉもしろそうなふぉと、みのふぁひひゃうなんふぇ!!」

 

「……取らねぇから、食ってから喋ってくれ」

 

「…私とした事が、こんな面白そうな事、見逃しちゃうなんて!!」

 

「……」

 

 食うのは早えーな。

 

「……愛里寿。先程、千代さん達に言った事。もう一度この人に言ってやってくれ」

 

 …。

 

 駄目だ。ハンバーグに夢中だ。

 モコモコ食べてる…。

 可愛いからよし!!

 んじゃまぁ…

 

「仕事しろよ!!」

 

「してるわよ!! ……あれを取り締まってたのよ」

 

 亜美姉ちゃんが、顎で顎で俺の後方を指す。

 …品がありませんわよ?

 

 指された先を見ると……。

 

「おやっさん……」

 

「タカ坊!! 助けてくれ!!」

 

 見知った顔が、樽酒を大量に積載したトラックの前で、運営スタッフに怒られてた。

 何やった…。飲酒運転とか洒落にならんぞ。

 しかも樽酒、包装されてねぇ…。

 小さめの人の頭サイズの樽酒が、大量に積まれ紐で固定されていた。

 

 一瞬見捨てて、女将さんにチクってやろうかとも思ったが…まぁしょうがない。

 

 

 

「すいません…このオヤジ、何しやがったんですか?」

 

一緒にいるスタッフに声をかける。

 

「知り合いの方ですか?」

 

「…はぁ……まぁ。昔の知り合いですけど…何やったんすか? 飲酒運転でもしました?」

 

「違う!! 洒落にならんだろ!!」

 

「……それは違いましたが。ただ高校生の大会に、こんなにお酒を持ち込むなと注意していただけですよ」

 

「…正論ですね!! しょっ引いちゃってください!」

 

「タカ坊ぉ!!」

 

 泣きそうな顔してるなぁ…変な所、弱気になるおっさんだな…。

 

「まったく…こんな包装もしてない樽酒を、こんな積み上げてたらそりゃ怒られるだろ!!」

 

「だってよぉ…試合に勝ったら宴会だろ!? 負けたら残念会するだろ!? 包装されていない方が安いんだよ!!」

 

「アンツィオみたいな事を言うなよ!!」

 

「…隆史君? どうかしましたか?」

 

 俺とおやっさんが、言い合っていたように見えたのだろうか? 

 まぁこのオヤジ、ガラ悪いからなぁ…。心配したのかしほさんが、声をかけてきてくれた。

 

 

「タカ坊! 誰だ!? 学校の先生か!?」

 

「…違いますよ。みほの『すげぇ美人だな!!』」

 

「でしょ!!」

 

 

 あ…。

 

 一斉に睨まれた。

 

 

 

 ……一応事情は説明しておくけど…この人固いからなぁ…。

 

「…ま…まぁ確かに、褒められた事ではありませんね」

 

 しほさんが満更でもない顔をしている…。

 今日は、いろんなしほさん見れるなぁ。

 

「…固定していた紐も緩んでいますよ?」

 

「なに? さっき確認したばか…タカ坊!!」

 

 ボケーと緩んだ紐を、指で軽く触っていた、しほさんを眺めていたら。

 

 視界が、いきなりブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オニイ…違う。

 

 あの男…尾形の知り合いだと思われる、ガラの悪い大人と家元が喋っている時。

 幾つにも積まれた、樽酒の一つが、転げ落ちてきた。

 

 ただ妙だった。

 

 初め見た時、確かに固定された紐は、ピンっと直線を保っていた。

 

 しかしいつの間にか、解けたようにダラーンと垂れ下がっている。

 その為だろうか? 樽酒が落ちたのは。

 まぁ…そんなに高く積み上げているわけでもないし…落ちたと言ってもただ逆さまになって、尾形の頭にハマっただけだ。

 

 ……。

 

 うわぁ…

 

 小さめだった為か、重心もずれたのもある。

 周りは雪が積もっている。

 

 ようは、ハマったショックで、足を滑らせて転んでしまった。

 綺麗にハマってしまったようで、中身の酒は勢いよく出てこない。

 

 樽の中はまだ酒で満たされているのだろう。息ができないようで、バタバタと足を動かしている。

 

 この男は…。

 

 正直この無神経男は、少し痛い目を見た方が良いと、先程までいたギャラリーも思っていた事だろう…。

 ただし、この状態は……ウワァ…としか思えなかった。

 

 うわぁ…。

 

「まったく…何をやってるの」

 

 そのまま寝かせていたら、あんな間抜けな格好で死ぬんじゃないか?

 仕方ないけど、起こしてやろうと近づこうとした時、隊長が珍しく焦った声を発した。

 

「駄目だエリカ!! 近づくな!!」

 

 え…え!?

 

 おかしい…。

 サンダース以外の各学校の隊長達の表情が、緊張感に溢れている…なに? 一体!?

 

「…まほさん。どう思います?」

 

「……あれは…飲んでしまっただろうな…」

 

「で…ですわね……」

 

 先程までの険悪な雰囲気が消えてしまっていた。

 なぜだ…連携を取ろうとしてない?

 

「いや……まだ、あそこにお母様がいる…なんとかなるかもしれん…自信は無いが……」

 

「…」

 

 なに? なに!? アンツィオの連中まで青い顔になってる!?

 

 視線を尾形に戻した時……外された樽酒から…何も出てこなかった。

 普通なら中に入っていた酒が、バシャバシャ落ちてくるものでは、無いのか?

 

 樽酒が外され、出てきたびしょ濡れになった、頭と顔が見える。

 …ただ動かない。

 

「いいか? エリカ」

 

「…なんですか?」

 

「いつでも逃げる、準備をしておけ」

 

「は?」

 

 意味がわからない。

 何から逃げるというのだろう。

 

 ボーとしている尾形に家元が声をかけている。

 ……というか、あの男。そのまま家元の胸見てないか?

 確かに体勢的には、胸が真正面に来てはいるが……。

 

 …男という奴は……。

 

 

「隆史君、大丈夫ですか?」

「……え? あ、はい」

 

 

「……まほさん」

 

「なんだ? ダージリン」

 

「あれ…隆史さん……大丈夫なんでしょうか?」

 

「今のは事故だ。この件で、大会運営本部から責められる事は、無いだろう。目撃者もいるしな」

 

「ち…違いますよぉ!」

 

 オレンジペコ…だったかしら? 

 何かを訴える様に言った…というか叫んだ。

 

「隆史さん酔っても、大体見た目、気持ち悪いくらい普通じゃないですか!? 今回ちょっと違いますよ!?」

 

「……そうか、お前達は知らないのか…いいか。隆史はな…」

 

「あ!!」

 

 隊長が何か言いかけた時、家元が動いた!

 

 

「ほら。立てますか? 掴まりなさい」

 

 そう言って、尾形に中腰になって手を差し伸べた。

 差し伸べたのだけど…どうにも尾形との距離が近い…。

 

 

「つか…つかま る? い いんです   か?」

「何を言ってるのですか? 地面も濡れているでしょうし…早く掴まりなさい。」

 

「エー…ハ イ    デハ」

 

 

 「「「「「  」」」」」

 

 

 そう言って、伸ばした腕…というかその手。それは差し出された手を通り過ぎ…。

 

 

 …家元の胸を鷲掴みにした。

 

 




はい、閲覧ありがとうございました

はい。隆史の恋愛観は軽いのか…重いのか…。
まぁ何はともあれ

はい。避難勧告発令。



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第39話~プラウダ戦です…そうだよね? 隆史君遊んでないよね?~

はい。
どうにでもな~れ☆彡の精神で今回はエリリンがお送りします


「…隊長」

 

「なんだエリカ」

 

「……今ほどあいつを、ぶん殴りたいと思った事ありません」

 

家元が、固まっている…。

尾形に思いっきり胸を鷲掴みにされ、固まっている…。

ただ、顔が真顔だ。

 

…二人揃って。

 

柄の悪いトラックの運転手は、蝶野さんに連行されていった。

蝶野さんは、尾形達にはノータッチだっけど、何というかすっごいヤベーって顔してたなぁ……。

ほぼこの場から、強制的にギャラリーは解散させられて、関係者以外しかここにはいない。

 

「エリカ」

 

隊長が、私の肩に手を置きながら、改めて忠告された。

 

「…気持ちは分かるが、今の隆史に近づくなよ。あぁ気持ちは、本当に良くわかる」

 

「あいつが酔っているからですか?」

 

「…少し違うな」

 

隊長が自嘲気味に笑う。

それでも動かない二人から、目を離さない。

空気が張り詰めている…。

 

「そう言えば、まほさん。先程何か言いかけましたわね。隆史さんがどうの…」

 

「…あぁ。その事が関係している」

 

「……何を悠長に会話を続けようと…家元はいいんですか!? 普通に事案発生ですよ!?」

 

隊長達二人は、至って真剣な目をして答える。

 

「今の隆史に近づきたくないはないな」

 

「巻き添えは、ゴメンでしてよ」

 

…なんなのだ。

立ち上がっていた二人は、椅子に腰を下ろした。

動く気は更々無いという事だろうか?

 

「―で?」

 

「ダージリン。まずお前達の前では、あいつは何をどのくらい飲んだ?」

 

「…私達の時は、ブランデー。「ちょっと濃い」ティーロワイヤルでしたわ。…量はビン1本くらいでしょうか?」

 

「……なるほどな。では、隆史はただ、実直に周りの言う事を聞いていただけ…。ただソレが酷かったというくらいか?」

 

「そうですわね。……本当に酷かったですけど」

 

「まぁ…何となく想像はつく。安斎、お前達は?」

 

本当に何が起こっているの?

お酒の種類がどうの…なんなのだろうか。

 

そんな隊長の問に、カタカタ震えながら…マントの両端を掴み答える。

いくらなんでも、人をここまで怯えさせるなんて…。

 

「……赤ワイン。ペパロニが調子に乗って5,6本ほど飲ませた…」

 

「なっ!?」

 

隊長が驚いている!?

滅多に動じない…あの隊長が……。

……違った。

先程、私がそこのお子様に指を指された時にも、同じような顔をしていたな。

 

「…………よく無事だったな」

 

「無事じゃない!! 無事なわけないだろぉ!?」

 

思い出しているのか、顔を赤くして叫んだ。

金髪の…アンツィオの副隊長も同じような顔をしているな。

 

「…そうだな。すまなかった。余計な事を聞いたな」

 

「うぅ…、お父さんにしか見られた事なかったのにぃ……」

 

…何をした尾形。

 

「…で? 量を大量に飲んだから…どうしたというのです?」

 

からかう様に喋る、聖グロの隊長。

しかし、その目は真剣そのものだ。

 

「…私が知りうる限り隆史が、一定の許容量を超えた飲み方をするとな…」

 

「な…なんですの?」

 

「…酔っていても、ある程度の自制が効いていたであろうモノが…その……」

 

隊長が言い淀んでいる…。

言っていいものか考えているのだろうか?

でも、今更…。

 

「……何を躊躇しているか分かりませんが…早く仰って頂けますか?」

 

 

「ちょと!! ちょっと待って!! ストップ、ストーップ!!」

 

 

暫く黙っていた、サンダースの隊長が割って入ってきた。

なによ…。

 

「ケイさんなんですか? 今ちょっと真面目な話をしているのですけど?」

 

「どこが!? ただタカシが、お酒飲んじゃって酔っ払って、挙句、西住流の家元にセクハラしてるってだけよね!?」

 

「そうだな。何を言っている」

 

「見て分かりませんの?」

 

至極当然、何言ってんだ? こいつ。みたいな目で見ている。

 

「いやいや! なんで私が、おかしいみたいに言ってるのよ! 止めましょうよ!! まず! アレを!!」

 

……正直、私も空気に呑まれてしまっていた。

サンダースの隊長が言う事が正しい…。

まだ硬直している尾形達を指差して喚いている。

 

「そもそも、その会話と雰囲気はなによ! タカシが化物になっちゃったみたいに!! 私はパニック映画見に来たわけじゃないのよ!!」

 

私も変に真剣な空気に呑まれてしまったから、何も言えない…。

すいません隊長。

 

「…ハッ、化物か…言いえて妙だが、しっくりくるな」

 

「上手い事をおっしゃいますわね」

 

「上手くない!! おかしいの私!?」

 

いえ。大丈夫です。

貴女が正しいです…。おかしいのは隊長達です…。

ここまで指摘されているのに、崩れない空気というのも凄いけど。

 

「所でまほさん。お話の続きを仰って。隆史さんが一定量のアルコールを摂取するとどうなるんですの?」

 

「聞いて! 私の話を!! 先にタカシを離さな『セクハラ行為に、一切の躊躇もしなくなる』」

 

 

……

…………

 

「は?」

 

「つまりは普段、押さえ込んでいるであろう性欲というもの…だろうか? それが全面にでてくる。いいか? 前面じゃない、全体だ」

 

「あの…まほさん。性欲って…まぁ随分と生々しくおっしゃるのね…」

 

「しかも恐ろしい事にな、日本酒はどうにもあいつの体質的に合わないみたいでな。酷く悪酔いをする。普段の倍は酷いぞ」

 

「……今回、樽酒丸々飲んでしまったみたいですわよ?」

 

「ハッ、そうだな。量が量だからな。多分明日まで、あの調子になっているぞ?」

 

「」

 

その一言で、青ざめていただけの聖グロの隊長まで、震えだした…。

 

「ケイ。隆史を止めたいと言ったな。なら止めに逝けばいい。私は過去に懲りているからな。今の隆史に近づきたくない」

 

「私も遠慮しますわ。私も逝きたくありません」

 

……隊長。多分字が違ってます。

そもそもヤケ気味に、サンダースの隊長を挑発するなんて、本当に隊長らしくない…。

 

「いいわよ! 貴女達がそうやって自分が可愛いって言うなら、私が行くわよ!! ……なによ! タカシになら、少しくらいセクハラされても別にいいじゃない」

 

隊長達に啖呵切り、最後ブツブツ言いながら、尾形の元に歩いて行ってしまった。

…私も行ってみようか。

 

「少しで済みますかねぇ…」

 

…今まで黙ていた、聖グロの副隊長がボソっと呟いた。

この子も、青ざめた隊長達と同じ顔をしていた…。

 

「ちなみにな。中学生の頃、地元の夏祭りでな、「間違えたフリ」をさせて、隆史に日本酒を飲ませた事がある」

 

「まほさん…貴女なにやってるんですか」

 

「散々アプローチしても、余りにも反応が無かったのでな。私も焦っていたのだろう。卒業してしまったら、暫くは会えないと思ったからな……結局、隆史は転校してしまって、それどころではなかったが…」

 

「……で、何されましたの」

 

 

されるの前提!?

 

 

「……詳しくは言えないが、まぁ……初めてだったな……貞操の危機を感じたのは…」

 

 

「「「「 」」」」

 

 

「雑誌に書いてある事を、鵜呑みにするものでは無いな…………少し隆史が怖った」

 

「何されましたの!!?? というか、貴女本当に何してるんですか!!」

 

「しかもその場面を、みほに見られてなぁ…」

 

「「「「 」」」」

 

「みほが本気で怒ると、お母様より怖いと知ったよ。…まぁその場で、酒のせいだと誤解は解けたが、…隆史に禁酒令が出た」

 

何を…何をやってるのよ、あの男……。というか隊長も!

 

「あの……尾形は後で殺るとして、どうしたんです隊長。ちょっと自嘲気味というか…ヤケというか…」

 

「は…はは…エリカ。ヤケにもなるさ…。いいか? 暫く会えなかった想い人の口から、いきなり妹と付き合っていると言われ…」

「……まほさん、今ハッキリ想い人と言いましたわね…まぁ今更、隠す事でもありませんけど…」

 

ま、まずい…隊長の目に光が無い…。

 

「妹に寝取られたと思った矢先、隆史を狙っている同じような女共がワラワラ現れ、いきなり眼前であの光景だ…」

「寝取られって……意味わかっていらっしゃるのかしら……しかも女共って……」

 

……多分隊長、意味知らないで言ってるなぁ……目が怖いなぁ……

聖グロの隊長が、突っ込みしか入れてないなぁ…。

 

「で、最後に極めつけが、アレだよエリカ。好いた男の初恋が、私の実の母だぞ? しかも更には、下の名前で呼び合っているんだぞ? そして今、目の前で、その母の胸を、鷲掴みにしてるんだぞ?」

 

「た…隊長?」

 

「ハハ…どうだ? 面白いだろう?」

 

面白く無いです…笑えないです…。

 

そこまで言って、急に隊長の目がまた真剣な目に戻った。

自分に言い聞かせるように、はっきりと…。

 

「…しかし、そうだな。……逆に今、隆史とお母様を二人にさせる方が、危険かもしれないな……」

 

「危険って…家元相手にですか?」

 

「ハッキリ言うと…今の状態の隆史なら、お母様すら口説きかねん……」

 

「!?」

 

まさか…いくらなんでも、一回りも年上の女性に…。

あの…隊長? 本気で笑えないのですけど…

 

「そうだな。仕方ない、私も行くか…。それに比べれば遥かにマシだろう…」

 

そう言って、項垂れて座っていたパイプ椅子から腰を上げる。

 

「エリカ…お前はどうする?」

 

どうするって…まぁ隊長が行くと言うならば、着いて行くだけだ。

 

 

 

 

 

---------

------

---

 

 

 

 

 

軽く小走りで、家元達の場所に急いだ。

すでにサンダースの隊長は到着していたのだけど、余りの雰囲気で、二人に介入できないのであろう。

携帯で、どこかに連絡をしていたくらいだ。

 

私と隊長が、まず目に入ったのが、空になって転がている樽酒…。

 

「「……」」

 

9L程の内容量…それをほぼ飲み干したということか…。

隊長が顔を青くして、それをただ呆然と眺めていた。

 

私達が来た事で、家元の目が軽くこちらを向いた。

まぁ…いつまでも掴ませておく事も無いでしょうよ…。

 

近づいてみて分かったのだけど…尾形……なんで真顔なのよ…。

 

……目が怖い。

 

正直、感情が読めない目というものが、ここまで怖いと思ったのは初めてだった。

 

そしてやっとこの硬直状態が解ける。

家元が喋りだした…。

 

「隆史君…貴方一体、何をしているのですか?」

 

「しほさんの胸を掴んでいます」

 

……ハッキリ言いったわね、この男。

 

「……どういうつもりでしょうか?」

「え? 掴んで良いとお仰りましたので」

「手を差し出しているのだから、普通手を掴むでしょうよ…」

「しほさんの胸に目が行っていたので、気がつきませんでした」

 

「「「「「 …… 」」」」」

 

こいつ…。

 

「しほさんが前屈みになると、男に取ってそれは、視界の暴力です。見るなと言う方が拷問です」

「……確かに、普段も目線を感じる時はありますけど」

 

しかも会話の最中も、しっかりと手は胸を掴んでいる…。

家元もなんで納得してるの!? なに満更でもない顔してるの!?

 

「エリカ…ケイ、これはいかん…まずいぞ」

 

「隊長?」

 

「まほ?」

 

「アレだけ飲んで、流暢な口調になってる…第二段階だ……」

 

「本格的にタカシ、化物扱いしてるわね…」

 

「……今にわかる」

 

第二段階って…。

ただ尾形の喋り方は、内容はふざけているが、なんというのか…抑揚が無い。

機械が喋てっていると思える程に。

 

「…いい加減、離して下さい」

「はい」

 

…そこに来てようやく胸から、手を離した。

 

「タカシ、えらい素直に従ったわね…酔ってるならもっとゴネると思ってたのに」

 

「酔ってる隆史は、基本なんでも言う事聞くぞ? …それを面白がって、大体皆、調子に乗って酷い目にあうのだけどな」

 

「……」

 

なんでも…。

 

「エリカ?」

 

「ひゃい!? なんでもないです!!」

 

「?」

 

胸から手を離した尾形は、その場から自力で立ち上がった。

ふらつく事もなく、至極普通に。

…こいつ本当に酔っているのか? ただ酔ったフリして家元の胸を触りたかっただけじゃないのか?

 

「…………隆史君」

 

「んぁ? 千代さん?」

 

…いつの間に。

目を離した隙に、いつの間にか尾形と家元の間に立っていた。

…すごいオーラを出しながら。

 

「貴方、凄い事しましたね…。他の男なら、しほさんにあんな事すれば、首と胴が、すでにお別れしてもおかしくありませんのに」

「そうですか? しほさん基本的に優しい人ですよ?」ユビヘシオルクライジャ?

「……ぐっ」

「フフ…」

 

あ。普通にフォロー入れた。

島田流家元が、くやしそう…。

 

駄目だあいつ。やっぱり酔ってるな。

普段なら、大概怯えるだろう。怯える所か、褒めながらフォロー入れている辺り、おかしい。

というか、島田流家元のプレッシャーを普通に往なしてる。

 

どこの達人だ。

家元が、尾形のフォローに微笑んでるし…なんか勝ち誇ってるし……。

 

……

 

……………イラッ

 

「まぁ…千代さんなら、戦車召喚なり何なりして、物理的にもお家断絶まで、追い込みそうですけど…私はしませんよ」ユビヘシオルクライデスネ

「……」

 

あ、矛先が変わった。

家元同士の言争いになりそうだ。

……まさか尾形、そこまで計算してないだろうな…。

 

「まぁ? どうにも私は、隆史君の初恋らしいですし? 少々「私の胸」を「触りたい」という、気持ちは分からなくともありません。特に怒ってはいませんよ?」

「……グ」

「それに「私」の「娘」と、お付き合いしていますので、そこは多少?倫理的に、如何なものかとは思いますけどねぇぇ? どう思いますか? 島田流(笑)家元さん?」

「…オノレ西住流…」

 

……。

 

何が?え? なに? なんで家元が、島田流家元を挑発してるの?

話が変わってないですか? というかキャラ変わってませんか!?

 

「お母様は島田流家元と話すと、どうにもムキになるな…。島田流家元より優位に立つと、あぁも変わるものか…」

 

「oh...」

 

止めに入った、私達3人は、結局その場から動けずに、ただのギャラリーと化している。

尾形…あいつこの二人の間にずっと、挟まれて生活して来たのか……。

なるほど…それは嫌でも鍛えられる。

 

「…ふっ。べ、別に胸を掴まれただけ…。ご息女とお付き合いしていても、年増のしほさんが、口説かれた訳も無し。そこまで勝ち誇られましてもねぇ」

「……遠吠えですか? 負け犬の。……それにお前とは同い年だと言っているだろうがぁ」

 

時空乱流が発生しそうな、睨み合いの真ん中で、それでも尾形は、ボケーっとしてる。

電源が切れたロボットみたいに動かない。

 

なんか、あの顔殴りたい…。

 

ただ、口説かれて~の節で、動き出した。

 

「あ、別に普通に口説けますよ? 俺。しほさん、普通にストライクゾーンですよ?」

 

「「「「「  」」」」」」

 

空気が凍った…。

 

あ…隊長の目から、光が無くなった…。

 

 

「……隆史君。もうフォローは結構ですよ? 年増(しほさん)相手に、無理しなくとも…いいのですよ?」

「オイ、千代。なにを不憫な子を見る目で見ている」

 

「んぁ? 結構本気で言ってますよ?」

 

 

「「!?」」

 

 

あ。隊長が、膝から崩れ落ちた。

 

 

「…ですから、島田流。 貴女とは同い年だと言っているでしょう?」

「違いますぅ。肌年齢は私の方が10歳ほど若いですぅ」

「何だその喋り方は!! 若作りしてる時点で同じだろうが!!」

「あー…実際、口説いていいなら試しにやってみますけど?」

「ほら! 隆史君も口説けると言っているでは無いですか!!」

「気を使って無理してるに決まってるじゃないですかぁ? そういう事は、口説かれてから仰って頂けますぅ??」 「わかりました」

「倫理観というものが、あるでしょうが!! 貴女も娘の前で、何言ってるんですか!!」  「確か、掴んでよかったっけ…」

「愛里寿は、今いませんよぉ? どこか行きましたぁ!!」

「まず、その腹立つ口調をやめろ!!」

 

 

……なにこの、カオス。

 

家元達同士のプレッシャーのぶつかり合いに、少し集まってきたギャラリーも無言で退散した。

周りには、雪なんてない。全て溶けて蒸発した……と思わせるくらいの熱気が篭ってきた…。

 

家元達も暑くなったのか、スーツの上着を脱ぎ、横のトラックの荷台へかけるのだけど、その際も目を睨み合い怒鳴り合う。

ワイシャツ姿の家元達は、こんな雪が降ってる中でも寒くないのだろうな。

汗までかいてるし…。

 

「……私はここまで、自分を見失う事は無いようにしないとな…」

 

……家元。

西住流家元後継者に、反面教師にされてますよ?

まだ家元達の言争いは続いている。

年齢の言い争いは止めるに止め辛い…というか、あそこに割って入りたくない。

 

「ひゃう!?」

 

何だ?

家元の変な声がした。

 

尾形が、家元の背中を人差し指で、下から上へ、なぞっていた。

何やってるのアイツ…。というかいつの間に。

 

「……アレだ。エリカ。ケイ」

 

「な…何がよ」

 

「何がですか?」

 

「普段、隆史なら絶対にやらない。酔った状態で全開放された、最悪の化物だ」

 

あ…ついに、隊長が化物って言っちゃった。

 

 

「……た、隆史君? いつの間に、しほさんの背後へ? 私でも難しいのに…」

「たかっ!? 隆史君!? なにをしてるんですか!!??」

「あ。あった」

 

パチンッ

 

「!?」

 

!!??

 

「なっ!? え!!??」

 

……アイツ、何やっての。怒りが沸くという次元では無い。

何と言うか…引いた。

 

家元の背中の真ん中付近を、片指で摘んだと思ったら、家元が前かがみになった。

うん…多分、女性なら誰でもわかる…。

片手で、普通にアレを外せる尾形が若干不気味だ。

慣れてなきゃ普通できないでしょうに…。

 

「隆史君!!??」

「えっと、掴んでよかったんですよね?」

「!?」

 

……。

 

うわぁ……。

 

「…どうだ? わかったか? アレは、私もやられた」

 

「」

 

「……一度、蝶野教官には、お母様から本気で叱って頂かないとな…」

 

「……遅いと思いますけど」

 

「」

 

サンダースの隊長は、完全に固まってしまっている。

先程どこかに携帯で連絡をしていたようだっけど、目線を戻したら「コレ」だしね…。

 

「」

 

尾形が、後ろから家元に抱きついている。

両手が完全に前に回ってるなぁ……。こちらからは良く見えないけど…あれは。

片手で肩を掴んでようで、家元を前かがみにさせないようにしていた。

そのまま、顎で肩を抑え完全に……なんだ……うん……ちょっと泣けてきた……。

 

「ちょっと隆史君!? …本気で、何を!?」

「……」

「耳元で囁かないでくだっ!? ちょ!? フッ!?」

「……」

 

 

------

---

--

 

 

「会長? どうしました?」

「…いや、ちょっと悪寒が……」

「……実は私もなんです」

「何故だろうな……尾形書記の歓迎会の時の事を、少し思い出した……」

「……私も」

 

 

--

---

------

 

 

尾形が、そのまま耳元に口を近づけ、何か言っている。

さすがにここまで聞こえない。

島田流家元は……固まってしまっている…。

あ、ちょっと目が輝いてる…。

 

家元が真っ赤になっている…やだ。あんな家元初めて見た…。

身体を悶えさせながら、なんか……もう。

 

あの尾形を見て思った。

隊長と聖グロリアーナの隊長の言ったことは正しかったと。

 

しかも、多分あいつに悪気は無い。

 

 

「いや、でもですねっ!」

「…」

「あのっちょっと人前ではっ!?」

 

耳を噛んだ。

 

「…」

「……さすがに、それはぁ…みほに悪…い…」

「……」

「…………夫の事は、今…言うのは…卑怯……かと……」

「……」

「その……それなら……別に……」

「……」

「…隆史君が……それで……いいなら……」

 

 

返事の内容が、怪しくなってきた…。

 

 

「ちょっと待って!! ストップ! ストーップ!! タカシ! やめなさい!! 離れなさい!!」

 

 

あ、サンダースの隊長が、顔を真っ赤にして止めに入った。

そしていつの間にか、隊長が尾形の襟首を掴んで引いていた。

 

それに対して、気持ち悪いくらいに素直に従う尾形…。

それと同時に、サンダース所有の軍用キャンピングカーが、目の前に入って来た。

 

「……私も見入ってしまったが…いい加減にしろ隆史」

 

「はい」

 

家元は、尾形が離れた隙に距離を取った。

今は樽酒が積まれたトラックに手をかけ、息を切らしている。

 

「あ…危なかった……まほから酔った隆史君は、危険だと聞いてはいましたが……ここまでとは……」

 

いや、すでに結構アウトな気もします。

 

聞こえてきた返事の内容がヤバスギマス。

 

「しほさん…」

「……なんですか?」

「スミマセンデシタ」

「イエ、こちらこそ…」

「……正直、隆史君に飲ませれば、既成事実も簡単に作れそう……と思ったのですけど……」

「……おい千代」

「…………しかし、これはちょっといけませんね。扱い切れません…。食事会で飲ませなくて本当に良かった……」

「…全くです…」

 

 

「タカシ!! いくら酔ったからといって、セクハラはセクハラよ!?」

「?」

 

「アレは、流石に言い逃れできないわよ!! 訴えられたら、普通に終わるわよ!! 何やってるのよ!!」

「はい。ご希望でしたので、しほさんを口説いてみました」

 

「そういう事、言ってるんじゃないの!!」

「?」

 

…サンダースの隊長が、顔を赤くして説教をしているけど…駄目だな、アレは。

 

「…隆史。お前なんで怒られているか分かっていないな」

 

でしょうね…頭にクエッションマークが見える。

 

本当に家元口説くとか…。

普通ありえないのだけど。

 

「はぁ……もう。貴方、お酒被ってビショビショなんだから…シャワー浴びてきなさい。貸してあげるから。風邪引くわよ?」

 

サンダースの隊長が、親指で後ろの軍用キャンピングカーを指した。

先程電話していたのは、この為か?

多分、これに乗って会場まで来たのだろう。

まぁこれなら、普通にシャワーもついているだろうけど…嫌な予感しかしない…。

 

ナオミ? だったかしら? 運転していたと思われるサンダースの副隊長が、こちらに向かって歩いてきた。

 

「隊長」

 

「あ、ナオミ。ありがとね」

 

「いえ…この男ですか」

 

「……まぁ、電話で話した通りよ」

 

ボケーと立っている、尾形に対して怪訝な表情を見せている。

まぁパッと見、そう思うだろ。

 

「…本当に酔ってるんですか?」

 

「…………そうね。最悪よ。まほや、ダージリン達が、化物扱いしたのが、納得いったわ」

 

家元を口説こうなんて普通思わないしね。

というか、あそこまでセクハラするなんて、普段のこいつからは考えられないのだろう…。

普通に捕まる事したような気がする…。

 

「まほ。参ったわ。まるで電撃戦ね…速攻だったわ…」

 

「…いや、私も迂闊だった…止めに来たはずだったのだが…お母様を口説きそうだとは思ったのだが……」

 

「……にしても普段のタカシからは、考えられないわね…。女性に触れる事に、躊躇なんて微塵も無かったわよ…」

 

……ん?

 

「…いいか。飲んだ量を考えると……あの状態の隆史は、明日まで続くぞ…」

 

「……拘束して、動けなくしておいたほうがいいかしら?」

 

「賢明だな…。人権の範囲内で拘束するか。みほには私から言っておこう。即了承だろうしな」

 

結構酷い事を言ってませんか? しかし納得するしか無いだろうな…。

 

「今の所、被害者はお母様だけ……隆史っ!?」

 

「タ、タカシ!? ど…どうしたの? 早く行ってきたら…?」

 

気がついたら尾形が、サンダース隊長の真後ろに立って見下ろしていた。

こいつ…隊長にすら気配を感じさせないとは…。

 

見下ろしていた顔を上げたと思ったら、目先の大画面を見て止まった。

本当になんか機械音でも聞こえてきそう…。

 

釣られて見た画面では……なんで?

大洗学園の生徒が、なにか全員で踊っていた…。

そんな画面を見て一言。

 

「…制服であんこう踊りって……なんかエロいな」

 

ダメだこいつ!!

 

「まぁいいや。…ナオミさんから、ケイさんに気を使ってやってくれと言われまして」

 

「ナオミ!?」

 

私達が振り向いた先、サンダースの副隊長が親指を立てて、ウィンクして『 good luck! 』って顔をしていた…。

まさか!!

 

目を離した一瞬。

 

…尾形は、すでにサンダースの隊長を担ぎ上げた…というかお姫様だっこしていた。

相変わらず…なんというか…。

 

 

「ひゃァ!? え? 何!? どういうこと!?」

 

「いや…ナオミさんに「一緒に入ってきてやれ」って言われまして」

 

「ナオミ!!??」

 

「なんかケイさんは、出遅れているからなんとか、かんとか……よくわかりませんでしたけど」

 

「いらない!! この状態で余計な気遣いいらない!!」

 

「では、お連れします」

 

「ちょっと待って!! やめて! 降ろして!!」

 

「……あぁ。なるほど」

 

やめてくれ、降ろしてくれの一言にも反応しないで、ただボケーと感情のない目で、見下ろしていた。

そして何か納得していた。

 

「なんで!? まほ!! なんでも言う事、聞くんじゃ無かったの!?」

 

「……隆史。お前、何をナオミとやらから言われた?」

 

「え? 何って…ケイさんが、赤くなって否定するのは、照れ隠しだから、男なら強引に行け。気にするなって言われた」

 

「「「 」」」」

 

隊長とも一度、サンダース副隊長を見るとすでにそこには姿は無かった。

逃げた!?

なんのつもり!? やっと事態が収まりかけたのに!

 

「待て! たか…し…」

 

もう一度、目線を戻したら、今度は尾形達が消えていた……。

ほぼ一瞬しか目を離してないのに…。

 

忍者かアイツは!!

 

「まずい……今のあいつは、事前情報が優先される……」

 

「…事前情報って…ロボットかなにかですか、あいつは……」

 

人攫い再び…。

 

「いかん、これは本当にまずいぞ。追いかけるぞエリカ!」

 

「は、はい!」

 

崩れ落ちている家元達を後にして、私達はそれこそ全力で走りだした。

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

サンダースの軍用キャンピングカー。

軍用と言うだけあって、長期滞在用になんでも揃っている。

鉄の扉を開け、誰もいない少し狭い車内を進む。

 

「あの…隊長…シャワー室ないんですけど…」

 

「外の連結されていた方か!」

 

…普通考えれば分かる事だったのだけど、私もどこか焦っていた様だ。

真正面の車に乗り込んでしまったようだ…。

時間ロスが痛い。

 

急いで、車内から出て後方に連結されていたシャワー車の方へ急ぐ。

 

「なぁエリカ…私も迂闊だったのだが…車体に温のマークがついているのに…なぜ気がつかなかったのだろうか…」

 

「……大丈夫です。私も気がつきませんでしたから…」

 

やめましょうよ…ヘコむだけですから…。

入口に入り、後は脱衣所らしき扉を開けるだけ。

二人が消えてから、5分程しか経っていない。

 

「人の気配がするな……、まだ大丈夫そうだ」

 

「水音も聞こえませんし…」

 

「では……行こう」

 

「はい!」

 

こういった施設の扉には鍵はついていないのか、すんなりと音を立ててドアが空いた。

これはコレで無用心では無いのだろうか…。

私ならできるだけ、使用は控えたい…。

開く扉を前にして…そんな事を思っていた…。

 

すぐにぶっ飛んだけど。

 

 

「「  」」

 

 

……全裸の尾形…「だけ」がいた。

 

 

「……まほちゃん。エリリン。なんか用?」

 

 

「「  」」

 

 

 

 

 

 

 

……ハッ!

完全に思考が止まった!!

 

「どうした?」

 

か…

 

「隠せーー!!!!」

 

「?」

 

「疑問に思うな!! まずっ!! なぁっー!! かっ!! もう!!!! こっち向くな!! 」

 

目線を逸らす!

よし!! サンダースの隊長はいない!!!

シャワー室らしき部屋にも人気は無い!!!

 

隣にいた隊長が完全に固まっていた。

顔が真っ赤にして、動けないでいるのか…。

 

しかし目は、爛々と輝いて…って!

 

「隊長!! えっと!! 出ましょう!!」

 

出ようとした私の肩を、隊長にガッと掴まれた。

 

「……隆史」

 

「んぁ? 何?」

 

「サンダースの隊長はどうした? 一緒に入るとかでは無かったのか?」

 

隊長の質問に、腰に手を当て仁王立ちに…ってぁあぁあああ!!!

 

「いやぁ…みほに悪いと思わないのか? とか、立場を逆転して考えて見て?とか言われたらねぇ…。だから、丁重にお断りしたよ? んで今、なんか俺の着替え探しに行ってくれてる」

 

まぁ…付き合ってる人いるのに、普通に風呂なりシャワーなり入ったら、それはもう、普通に浮気だろう。

…腹筋……。

言い逃れ不可だろうな…。

…………腹筋。

 

 

「な…なんだと!? お前はそれで納得したのか!?」

 

「……え? 納得も何も、みほに悪いし」

 

「…」

 

今日は、よく隊長が驚く日だなぁ…。

信じられない事が起こった…という顔をしている。

……腹筋…。

 

「ケイ……信じられん…この状態の隆史を制御した……だと?」

 

「ですから! もうそういうのはいいですから!! 出ましょうよ!! というか、何普通に話しているんですか!!」

 

私の顔も赤いのだろう。顔があっつい!

……結構しっかり見てしまったってのもあるのだけど…。

う…ぅ……。

 

「出ましょうよ!! というか離してください!!」

 

「……お母様を口説くのは、それいいのか? みほに悪くないのか?」

 

「え? だってあれ口説くだけで、実際浮気なんてする気ナイヨ? 本人に口説けって言われているんだから。本人からして見ても冗談で受け取ってるよ」

 

「……」

 

「杏会長の時もそうだったなぁ……」

 

こいつ、淡々と……もう酔いも覚めているんじゃないのか!?

というか。

 

「そうか…お前は酷い奴だな。周りの女その気にさせておいて、後は放置か?」

 

「…あ、そんな見方もありますね。というか本当に離して下さい!! 多分これ、傍から見れば私達が悪いですよ!! 出ましょうよ!!」

 

「フッ…みほは、凄いな。酔った隆史のストッパーにもなってしまってるのか…」

 

…隊長。しんみり言ってますけど…顔赤くして、すっごいマジマジ見てますよね?

 

「なぁ…エリカ」

 

「なんですか!?」

 

「…みほは……本当に…すごいなぁ……私はちょっと怖い…」

 

「どこ見て言ってるんですか!!」

 

この中で慌てているの私だけじゃないですか!!

出たい!! 本当にこっから出たい!!

 

「そもそも! 最近の隊長おかしいですよ!! あいつの腕、急に組むようになったり! さっきも寝盗られるとか!」

 

「ん?」

 

「どこで、そんな事覚えたんですか!!??」

 

後輩に教えて貰ったとかなんとか前に聞いた気がするけど!!

 

「ン?……赤星に教えてもらったが?」

 

「」

 

「隆史が、みほを心配して転校したのも「何故か」知っていたし……そこからか。色んな事を教えてもらいだしたのは」

 

「」

 

「みほと隆史が、付き合いだしのも知っていたようだったな。結構大胆な事を実行してみようとか何とか…その時に言って来たな。その寝盗るとかなんとかも」

 

「」

 

あの子そんな娘だっけ!?

え? 何!? なんで、私も知らない情報だったのを、あの子が知ってるの!? え!?

なんか怖っ!

 

「あぁそうそう、エリリン」

 

「全裸で近づくな!!」

 

「気がついていた様だから言っとくね?」

 

「聞け!! 私の話を!!」

 

いやぁ!! 筋肉ダルマが近づいて来る!! 私の両肩に手を置くな!!!

隊長は真面目な目で尾形を見つめっぱなしだし!!

 

「お兄ちゃん呼びは、懐かしかったなぁ」

 

「!?」

 

このタイミング!!??

 

「俺が思い出したのは、まほちゃんとしほさんとこに喧嘩売りに行った夜だったんでね」

 

やめろ!! 最悪だ!! 全裸でくるなぁ!!

 

「まほちゃんに写真見せて貰って思い出したんだァ。昔ちょっと調べて知った内容も思い出してね。確信したんだ」

 

なっ!!??

 

「思い出したんなら、一言言っときたくてねぇ。いやいやフリフリの可愛い服着ていたイメージが強くって」

 

…最悪だ。本当に最悪だ。

こんな全裸の状態で、言うな。

 

隊長が気がついた様だ。目を見開いて、完全に私を見ている…。

 

 

「あんなに小さかったのにね。いやぁ…綺麗になったもんだ」

 

 

……言い方がまるで、久し振りに会ったおじさんだ。嬉しくない。

 

…嬉しくない。

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました

そして被害者は拡大する

ありがとうございました


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第40話~タラシ殿です!~

「西住殿~! どこ行っちゃったんですかぁ!?」

みぽりん、ボイコット。

はい。すいません。更新が、かなり遅れました。
前回といい、この時期は熱にやられます。
自分の考えがオカシクなりますよね!!
熱中症本気でかかっちゃいましたよ!!

部屋に扇風機しかないんですもの!! 温度調べたら40.コエテタYO

…はいそんな中お送りします。


「…で? 土下座?」

 

「いえ、降伏はしないそうです」

 

「やっぱりね…。タカーシャの前だからって…」

 

「…それは関係ありますか?」

 

「あるわよ。いくら弱小校だからって、この戦力差がわからないはずないじゃない」

 

「そうですね」

 

 大洗学園の返事を報告。

 いつもでしたら、そろそろお昼寝でもしそうな時間ですのに。

 カチューシャは、横たわる丸太に腰をかけ、焚き火の炎を見つめています。

 座るカチューシャの足が地面に届かない為か、足ブラブラ動かしながら。

 

 

「待った甲斐がないわね」

 

「何故、わざわざ三時間も猶予を与えたのです?」

 

「……カチューシャの心が広いからよ」

 

 ただ一点を見つめて、呟く。

 横に座る私と、その周りには少しずつ積もってゆく雪。

 

「本当は?」

 

「……」

 

 無視されてました。

 

「……うぅ…目がチカチカするぅ」

 

 目元を擦り、俯いてしまった。

 炎の一点だけを見つめていたからですよ?

 

 目を擦り終え、何か考えているのか、また焚き火を眺め始めた。

 

 そのうち無言で、座っていた丸太から腰を上げた。

 

 立ち上がり、戦車に身体を向ける。

 その小さな背中を私に向け、一言だけ呟いた。

 

「………自分から、負けを認めさせたかったからよ」

 

 カチューシャは元々、相手のプライドを搾取し勝利をする事が好きでした。

 ここの所、暫くはそのような真似はしていなかったですのに。

 

「…隆史さんに散々怒られませんでしたか? 相手に失礼だと」

 

「う…」

 

「また怒られますよ?……それこそ3時間程」

 

 そう。

 

 初めて隆史さんが、プラウダ高校の試合を観戦した際、同じような事をして……すっごい怒られましたよね?

 隆史さんが見ていると言う事で、張り切ってしまったのはわかりますけど…ね?

 まぁ…その後、しっかりカチューシャをフォローしつつ、泣きそうなカチューシャをおさめてしまったのは流石ですけど…。

 

「う…うっさいわね! いいのよ、今回は…」

 

「そうですか?」

 

「そうよ!」

 

「…そうですね」

 

 いつもでしたら、私もカチューシャを止めるのですが…。

 何となく…そうした理由はわかります。

 

 …先程、別れた彼の顔を思い出します。

 

「……」

 

 我ながら、凄い事をしてしまいましたね…。

 さらに暴露してしまいました。

 

 ……正直に我慢できなかったと、言ってしまいましたけど。

 

 彼の顔と、「西住 みほ」さんの顔が視界に入ったら、押さえきれなかった。

 事前情報で、彼らの関係は知っていた…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 知ったことか。

 

 初めて知った時は、ショックだった。

 悲しい……とも違う。

 

 ただ怒りが沸いた。

 

 純粋な怒り。

 

 あの日、あの時と同じ。

 

 嫉妬。

 

 ……シット。

 

 …ふざけるな。

 

 隆史さんの転校理由。それは聞いていなかったが、大方の予想はついた。

「西住 まほ」の為に、私達からヘリまで借用し、出向いて行ってしまった時すら、いい気分はしなかったというのに。

 

 ……彼に転校までさせて。

 

 隆史さんを私達から、完全に奪っていくのか…。

 

 取り上げるのか。

 

 現在の恋人?

 

 ……シッタコトカ。

 

「現在」……ならば、「過去」にしてしまえばいい。

 

 奪われたのならば、奪い返すだけだ。

 

 

「…なに? どうしたの?」

 

「いえ…」

 

「まったく…。まぁいいわ! 猶予は与えた。だから…もう遠慮はしない。さっさと片付けて、お家に帰るわよ!」

 

 

 …そのまま戦車へ歩き出すカチューシャ。

 

 私も立ち上がり、その背中を追ういながら決意する。

 

 彼と彼女の関係が、どこまで進展があったかは知らない。

 流石にそこまでは、調査できない。

 

 グロリアーナ、サンダース、アンツィオ………黒森峰……。

 

 正直、「西住 まほ」以外はどうでもいい。

 

 彼が、「西住 みほ」と付き合い始めて数日しか経過していない…。

 どこまで進展があったかまでは分からない。

 

 …肉体関係まで進展していたとしても構わない。

 

 シッタコトカ。

 

 もう一度、決意する。

 

 ウバワレタノナラバ ウバイカエスダケダ

 

 焚き火がの音がする。

 パチパチと。

 

 揺れる炎の光を目で追い、別の決意をする。

 

 ……。

 

 試合に、これ以上の、私情は持ち込むまい。

 

 気持ちを切り替えよう…、後はカチューシャに従うだけだ。

 

 負けない。

 

 戦力差もある。

 

 それに…。

 

 人材を再編成。

 隆史さんのアドバイスで再度、人選をし練度も上げた。

 …彼が、転校した後も変わらず……いえ、変えないで、彼がいた頃のままのプラウダ高校。

 

 負けるはずがない。

 

 

 …でも。

 

 ……だけど。

 

 …………しかし。

 

 

「こっち!? 馬鹿じゃないの!? 敢えて分厚い所来るなんて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いやぁ。なんだかんだで、結局」

 

 大洗側のテントの中。

 今はもう、俺と中村しかいない。

 

「うちの学校の試合が、一番面白いわ」

 

 うまく思考が回らない…試合を見なければならないと言うのに、所々記憶が飛ぶ…というのか、意識が飛ぶ。

 なんだっけ…。

 なんでこうなったんだっけ?

 

 体…特に顔の周りが暑い…。

 画面では、カメさんチームがプラウダ車輌を連続して撃破していく…。

 あ…2輌撃破した。

 

 なんだろう、いつもと動きが違うなぁ…。

 

 桃先輩、すげぇな。

 砲弾装填スピードも上がって、次弾発射の時間がいつもより短く感じる。

 ちょっと動きが、怖く感じたのはなんでだろう?

 

「……」

 

 ……動き回る、戦車の映像を見ていたら、段々と気持ち悪くなってきた…。

 

「いやぁ~…でもなぁ…今回、感想言う前に…すげぇなこの状況」

 

「…」

 

 ケイさんにシャワー車借りて、着替えまで用意して貰った。

 サンダースに何故か、男物の服まであって、格好がほぼケイさんとお揃いだった。

 

 何故か、タンクトップだけど。

 まぁ、サンダース付属高校のジャンパーも貸してもらったから、暖かいといえば。暖かい。

 しかし、サイズが小さめだった為に、前は完全に開いているけども。

 ついでに何故か、テントのパイプ椅子に拘束ロープで縛り付けられている。

 後ろ手で、手首を縛られている状態ですね、はい。

 シャワー車から出たらすぐに、何故か知らんが、エリリンとまほちゃんに取り押さえられた。

 

「なんか、異様に似合うなお前、そういう格好」

 

「そうか?」

 

「…敵軍に捕獲された、軍人って感じがすげぇ」

 

「…まぁズボンは迷彩柄だしな」

 

「あとお前の体格も相まって…サンダースって感じ」

 

「……ケイさんの趣味かね?」

 

 まぁいいや。見るのに支障ないし。

 

 視線をテント外に向けると一人の女の子が、しほさんと千代さん含めた、家元ズ。

 それと各隊長クラスに包囲されて、顔が真っ青になりながら震えている。

 

 あー…いつも俺がいる場所だァ…。

 初めて見たなぁ…外からあの立ち位置。

 

 

 

「……で? アリサ。何か言い訳ある?」

 

「アばぁまいヵ!」

 

「しっかりと喋りなさい。何を言っているか分かりません。隆史君がああなって、私の胸を掴んだ原因は貴女に有るとお聞きましたけど?」

 

「」ガタガタガタガタガタガタ

 

 完全に白目を剥き始めた。

 しほさん、さっきまで大丈夫そうだったのに…なんで急に怒り出したんだろう?

 まぁ素人は、あの視線はきっついよねぇ。

 俺くらいになると若干快感になってくるヨ?

 

「簡単に言えば、貴女は貴女の好きな方に、構って欲しくてあんな事をしたと?」

 

「」

 

 あ、一瞬こっち見て青くなった。

 何を言っているのか分からないけどね。

 

「あ…あんな事になるなんて思わなかったんです!」

 

 中村ストーキングの休憩の為か、事件当時、俺達が立っていたトラックの反対側に彼女はいた。

 そこで女性の戦車道スタッフに頼まれたそうだ。

 荷物の運搬の関係で、トラックの積荷を下ろすのを手伝って欲しいと。

 積まれているのは、酒。

 しかし、お偉いさん方に振舞う為に、少し降ろさなければならない。

 その為に酒を固定されたロープを、外していおいてくれないかと。

 

 スタッフとはいえ、見知らぬ人。

 当然彼女は、渋い顔をした。

 

 しかしスタッフは何故か、彼女の人間関係を知っていた。

 そこで中村を褒めちぎる。

 当然気を良くした彼女は、続いての中村との関係についても口を出してきたそうだ。

 

 簡単に言えば、応援する。こうしたらいい。貴女の気持ちに、気がつかない中村が愚かだ。

 そうだ、いい提案が有る。

 先程の作業の手伝いをしてくれたら、蝶野流・撃破率120%の必勝方を教えてあ・げ・る。

 

 そう、提案されたそうだ。

 

「そう言われたので…ロープを緩めて置いたのですけど…」

 

 あの場面で死角にいたのは彼女だけ。

 だから声をかけられたのだろうか? というかそのスタッフは、自分で緩めれば良かった話じゃ?

 

「緩めている最中、気がついたら、そのスタッフ…トラックによじ登って、樽の一番上を押し落としたんです…」

 

「…そのスタッフはどうしたのですか?」

 

「落とした直後、走って逃げて行きました…それで、私もどうしたらいいかと……」

 

 アッサリ騙されたと、そこで気がついたようで、オロオロしていた所を、いつの間にかテントから消えた愛里寿に、声をかけられ出頭したそうだ。

 まぁ…そのまま愛里寿は帰ってしまったのか、ここにはいない。

 

「よくもまぁ…。蝶野流・撃破率120%の必勝方なんて……あるわけないでしょ?」

 

「でも! 隊長も見てるでしょ!? あの「尾形 隆史」の無節操振り!! 信じたくもナリマスヨ!!」

 

「「「「「……」」」」」

 

 あ…なんか呼ばれた? あれ? すごい視線を感じる。

 なんで全員に見られているんだろう?

 流石に少し距離がある為に、会話の内容までは聞こえない。

 

 ……まぁいいや。

 

 試合見ないと。

 

 

「…取り敢えず、アリサ」

 

「ひゃい!?」

 

「……懲罰房ね」

 

「」

 

 なんか声にならない悲鳴のようなものが聞こえた気がする。

 中継用の大画面では、なんかみほが、格好いい立ち方してる。

 

 

 

「所で、サンダースの隊長さん?」

 

「な…なんですか? 島田…さん」

 

「隆史君のあの格好は何ですか?」

 

「いえ…着替えが無かったので、あり合わせで…」

 

「ふむ、ではこれはどうでしょう?」

 

「……なんで着替え一式を持っているのかしら…」

 

「ウフフフ」

 

 

 

 あれ? 結局廃村に戻ってきた。

 

 …ん。なんだろう、目がチカチカしてきた。

 画面が頻繁に切り替わり、各車輌を映している。

 

 相変わらずノンナさんの射撃は、えげつない。

 カメさんチーム、あれだけがんばっていたのなぁ……。

 単独になった途端、撃たれたなぁ…。

 

 この戦況で、みほも必死だよなぁ…。

 今回、アヒルさんチームなんて、フラッグ車だし…カチューシャ達の、しかもあの数に追われるとか…。

 しかも自身がやられたら、その時点で負けだしなぁ…結構、あの状況って怖いよなぁ。

 しっかし、いい動きするなあ…。

 

 カモさんチームも、初参加にしては……あ、やられた。

 あぁ…ノンナさんなら、冷静に撃破数、数えてそう…。

 

 あぁぁぁ。

 

「なぁ、中村」

 

「なんだよ。なんかお前、目がやばいぞ?」

 

「皆、一生懸命やってるのに、俺なにやってるんだろう…」

 

「今更か?」

 

「……視界がグルグルしてきた」

 

「酒が悪い方に入ってきたな…。俺の兄貴みたいだな…。大丈夫か?」

 

「あぁ…なんか、歴女達が穴掘ってるぅ…。俺は縛られてるのに…」

 

「……ダメか」

 

 無線から、励まし合う声が聞こえてくる…。

 俺にできる事ってなんだろうな…。

 

 ……。

 

「なぁ、中村」

 

「なんだよ…顔色悪い……ちょ!? お前!?」

 

「は…吐きそう……」

 

 

 

 

 

 ---------

 -----

 ---

 

 

 

 

 トイレで、胃の中のモノを全て吐き出した。

 中村が間一髪、腕の紐をほどいてくれたおかげだな。

 

 吐き出したモノは、殆どが酒だろう。

 思いっきり飲んじゃったからなあ…。

 

 出すもの出したら、だんだんと気分が、スッキリしてきた。

 なんだろうか。今までに無い感覚だ。

 宙に浮いている感覚というのか…、とても気分が良い。

 

 ……取り敢えずペットボトルの水で口の中を洗い落とす。

 

 テント裏の仮設トイレの中で、物思いにふけるのもどうかと思うけど、なんだろう…。

 もう一度考えてみよう…。

 皆に俺ができる事ってなんだろう…。

 

 ……。

 

 少なくとも、褒める…とも違うな、上から目線だ。

 そうだな…。

 

 「全力」で「労って」やろう。

 

 それくらいしかできない。

 

 そうだなぁ……確か昔、亜美姉ちゃんが言ってたなぁ………………。

 

 ふむ。

 

 取り敢えずテント内に戻ろう。

 こんな事やっている間に、試合終了したらそれこそ困る。

 ペットボトルの残った水を、全て使いきり、口を拭う。

 

 ドアを開け、トイレを出た瞬間…周りから歓声が響いた…。

 

 やば。

 

 軽くふらつく足取りで、席に戻る…と言っても、すぐ横だけど。

 まぁいい、席に戻ると中村が立ち上がって両腕を上げていた。

 

 アナウンスが響き渡る。

 

 

『試合終了。大洗学園の勝利!』

 

 

「……」

 

 

 

 ダイジェスト!! ダイジェストはまだか!!

 

「おぉ! 勝ったな!! 勝ったな尾形!!」

 

「見れなかった! また見れなかった!! あ、リプレイ映像!! ちょっと黙ってろ中村!!」

 

「あ。吐いたら元に戻ったか?」

 

 さてと、ふむ…なるほど…。

 まだうまく、頭が回らないが大丈夫だ。

 うん。

 取り敢えず、カバさんチームがフラッグ車を仕留めたのか…うん!

 

 雪の中で、雪を隠れ蓑に…というか、発射のタイミング…よく分かったなぁ…。

 なんか指示でもあったのだろうか?

 

 なんだろうか!! いつもより、頭が働かないのだろうけど…直感でなんとなくわかる!!

 アンツィオのノリと勢いが、俺にもついたのかな!!

 

「隆史君!!!」

 

「!?」

 

 試合が終了したからだろうか。

 直後に千代さんが襲来した。

 なんだろうか? なにか手に持ってるな。

 

「着替え。これ着てください。サイズが合わないと寒いでしょう?」

 

「ハイ」

 

 まぁ着ろというのならば着ます。

 あ、どうしようか。今着てる服。

 

「あ、いいわよタカシ。寒そうだし…着替えて。何故か…島田さん、隆史のサイズの服持ってたし…」

 

「ハイ」

 

 ケイさんが、若干興奮気味に言ってきた。

 なんだろうか?

 マァ、イイヤ。

 

「…やっぱりちょっとおかしいわね。素直すぎる…」

 

 ぼそぼそ呟いているケイさん。

 

 というか、試合終了後、愛里寿…は、どうも帰宅してしまったようでいないのだけど、先程までいた全員がテント前に集合している。

 あ。ケイさんが来たら、中村が隅っこに逃げた。

 

「勝ったのは相手が油断したからだわ」

 

「いえ、実力が有ります」

 

「実力?」

 

 目の前に来て、そんな事を言い出した西住母娘。

 なんで態々ここまで来て?

 

 エリリンは、まほちゃんの横で赤くなっているなぁ…ブツブツ呟いていたりする。

 

 …というか、先程からまほちゃんとエリリンは、俺と目が合うとどうにも赤くなる…なんでだろう?

 あ、エリリンと目が合った。

 

「ひぃ!!」

 

 ひい?

 

「尾形ぁ!! 服着ろ!!」

 

「んぁ?」

 

「なんでまた裸になっている!?」

 

「や、千代さんがサイズが合った服を貸してくれたから…着替えてるヨ?」

 

 渡されたから、その場ですぐに着替え出してみたけど…うん、ちょっと寒い。

 

「取り敢えず、エリリン。また昔みたいに「お兄ちゃん」でもいいよ?」

 

「」

 

 なんだろうか? 先程から始終、俺と顔を合わせると赤くなったり青くなったりするね?

 思春期かな?

 

「…あぁ、しほさーん」

 

「なんですか? たか…なんで、拘束が解けているんですか? というか、何で裸なんですか!?」

 

「プラウダ…特に、カチューシャは、相手を舐めてかかる傾向が強いから、油断していたってのも分かりますよ」

 

「…隆史?」

 

「……あの…隆史君。取り敢えずその話はいいです。まず何故、堂々とこの場で、着替えているんですか!?」

 

「それでも油断していたのならば、そこに付け入る事も戦略といえば、戦略です」

 

「隆史君…話を聞きな……あぁそうでした。まだ泥酔状態でしたね…」

 

「あれが西住流と違うと言うのならば、違うのかも知れませんけど、臨機応変に即対応できるのは、みほの力だと思いますよ? まぁ、もうちょっと見ててやってくださいヨ」

 

 

 「「「……」」」

 

 

 着替えながら、一応みほのフォローを入れておく。

 親子仲はともかく、戦車道に関するとまたこ拗れそうだったからね。

 そんな言葉に呆然とする西住流2人。と、エリリン。

 

「なんすか?」

 

「…いえ、思えば初めてかと思いまして…。隆史君が、そういった戦車道の事で、私達に口を出すのを…というか、会話をしてください…」フクヲキロ

 

 ん?

 

「あつかましいと思っていましたからねぇ…でもまぁ、何となく分かりますよ。なんだかんだ、ずっと見てきましたから。まほとみほ。二人共ね」

 

「!?」

 

 まほちゃんが、更に赤くなった? あれ? 変な事言ったっけ?

 

 まぁいいや。

 

 借りた服に袖を通しながらも、会話を続けた。

 思いの外、普通に喋れる。

 酒抜けたかな? そうだよなぁ…結構スッキリしてきた!!

 

 よし、着替えが終わった。

 なんだろう…皆俺を見ている…というか何で顔真っ赤にしてるの?

 ダージリンの目の輝きがすっごいけど?

 

「……まぁいいです。それとは別に、公衆の面前で良く着替えれましたね…」

 

「そっすか? 男は特に体育会系の部活とかやってると、結構気にしませんよ? …まぁなんだろう…この服? とは思いますけど」

 

 燕尾服…というか、手袋まであるし…。

 なにも考えないで着てしまったけど…。

 

「執事服?」

 

「そうです。島田家の執事の服…よう…いえ、丁度持ち合わせていまして」

 

 千代さんが乱入…。

 相変わず俺の身体のサイズピッタリっすね。

 

 本当になんだ? 離れていたハズの、各隊長達が集まって来た。

 

【 ……… 】

 

「…なんでしょうか?」

 

「執事というか、体格的にボディガードにしか見えませわね…」

 

 ダージリン? 何か顔がにやけているけど?

 

「……本当に無駄に似合いますね。私の目に狂いはありませんでした」

 

 千代さん?

 フーと息を吐き、右手を頬に当てて何か…熱っぽい目で見てきた…。

 なんだろう…風邪ひいたかな? 寒気が…。

 

「…隆史君、そのまま家に就職しません!? お給金は弾みますよ!!」

 

「……おい、千代」

 

 何かトリップしだした千代さんの顔を、真横から睨みつけているしほさん。

 

 うん。微笑ましい。

 

 ……。

 

「隆史…お前、もう大丈夫なのか?…明日まであの状態だと思っていたのだが」

 

 一定の距離を取りつつ、警戒した顔を崩さないまほちゃん。

 というか、各学校の隊長達もここまで集まったくせに、一定の距離を取って警戒している。

 …酔った状態の俺って、そんなに酷いのか?。

 

 信用ないなぁ…。

 

 視線を感じた方向に振り向いてみると、ダージリン達も一定の距離を開けている。

 なら、何で集まってきたんだよ…。

 軽く傷つくぞ?

 

「まほさん、試して見たらいかがです?」

 

「ダージリン!?」

 

 あ。見た見た。この顔というか、ダー様のその目は過去に見たねぇ。

 オペ子に変装(笑)していた時の目だ。

 

 まぁ普通にもう対応できると思うけど…。

 というか試合が終わったので、試合終了の挨拶に行かないといけないのだけど…。

 

 あ。ダメだ。

 

 また、運営本部で雪上車をレンタルしても、飲酒運転になってしまう。

 …よし、その状況判断が、分かる位だから大丈夫だ。

 うん。泥酔状態は回復してるだろう。

 

 さて、後は片付けして、みほ達を待つだけだな。

 

 後は…なんだろう。

 

「…ねぇ、隆史さん」

 

 悪い顔した、ダージリンに呼ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了。大洗学園の勝利!』

 

 

 負けた?

 

 私達が?

 

 乾いた音と共に、我が校のフラッグ車から立ち上がる旗。

 

 頭が真っ白になった。

 ただ呆然と見つめる眼前の光景。

 なにも見えない。

 真っ暗な夜の雪原。

 

 大洗学園の勝利宣言のアナウンスのみが聞こえた。

 

「……」

 

 歪んで見えるその光景。

 

 負けた…。

 

 よりにもよって「西住 みほ」に…。

 

「……ウゥ」

 

 認めよう。

 悔しいが、認めよう。

 

 戦車も…戦力も、こちらが圧倒的に上だった。

 作戦…相手の戦略に負けた…。

 でも本当にそれだけ?

 

「……」

 

「ノンナ?」

 

 目を擦る。

 

 泣かない。

 

 少なくとも同士達の前では、悔し涙なんて見せない。

 見せちゃいけない。

 腕で乱暴に目を拭くと、その先のノンナの姿が、ハッキリと見えた。

 

 戦車のハッチから、上半身を出したて前屈みになり、両腕を戦車に叩きつけ……た、後なのだろうか。

 …下を向いている。

 ノンナが、こんなにも感情的になるなんて。

 

「あそこで当てていれば…………!」

 

 そんな呟きが聞こえる。

 

 最後、大洗学園のフラッグ車への砲撃は…相手を仕留めきれなかった。

 …まぁ、あそこが勝敗の分かれ道…だったわね。

 

 前髪が目の前にかかり、目は見えない。

 ただ、歯を見せて食縛る口元は見えた…。

 

 …。

 

「ノンナ!!!」

 

「!?」

 

 叫ぶ。

 

 私の呼びかけで、ようやく我に帰ったのか…こちらを見る。

 …まったく。

 ホント。

 タカーシャに関わると、よく泣くわね。

 

「…すいませんカチューシャ。……最後、少し感情的になりました」

 

「最後の砲撃?」

 

「…」

 

 答えない。

 

「まっ! いいわ!! 思ったより「西住 みほ」は、面白い相手だったし…最後の挨拶に出向くわよ!」

 

「…」

 

「……答えなさいよ」

 

「…はい」

 

 まったく!

 

「タカーシャに、そんな情けない、しょぼっくれた顔を見せるつもり!? シャキッとなさい!!」

 

 ゆっくりと、戦車から身体を出し、雪の上に降りる。

 軽く雪が擦れる音がした。

 

 …タカーシャ。責任取りなさいよね。

 ノンナがこんなに変わったの、タカーシャのせいなんだから。

 …この変化が良いのか悪いのか…分からないけど。

 

「……わかりました。行きましょう」

 

 ノンナの目が、少し生き返った。

 まぁいるでしょう。

 いつも試合後の挨拶の時には、顔を出していたって聞いていたし。

 だからだろうか? ノンナの顔に、いつもの雰囲気が少し戻った。

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

 

「せっかく包囲の一部を薄くして、そこに引きつけてぶっ叩くつもりだったのに」

 

 ノンナもすでにいつもの雰囲気に戻った。

 先程までのノンナは、もういない。

 正直…あんなノンナは初めて見た。

 

「まさか包囲網の正面を、突破できるなんて思わなかったわ」

 

 そのノンナに肩車されて、「西住 みほ」の前に立つ。

 

 今度は、小細工無しで真正面から。

 

 足の下のノンナ表情が見れない。

 まぁもう大丈夫でしょう。

 喋りながらだけど、突然現れた私達に視線が集中する。

 

「私もです」

 

「え?」

 

「あそこで、一気に攻撃されていたら…負けてたかも」

 

 …何、この子。

 

「…それはどうかしら」

 

「え?」

 

「もしかしたら…」

 

 今回の状況下でも、引っくり返したんだから…。

 また別の手で、何とかしてしまう気がしてならない。

 なるほど。

 この子もタカーシャと同じ。自分を過小評価しすぎるタイプね。

 

「……」

 

 西住流…。

 

 多分、この子は少し違うわね。

 

 少なくとも姉の…「西住 まほ」は、こんな戦略は取らないだろう。

 もっと実直に…。

 

 ハッ!

 

 不思議そうな彼女の目と、私の目が合う。

 

「………と、とにかく貴女達なかなかなもんよ」

 

 …まっすぐ不思議そな目で見ないでよ。

 

「いっ! 言っとくけど悔しくなんて無いから! ノンナ!」

 

 肩車から降ろしてもらい、彼女の真正面に立つ。

 そのまま右手を差し出した。

 

「あ…」

 

 タカーシャの事は、それはそれ。

 戦車道とは関係がないもの。

 

 …評価に値する人間は、素直に評価する。

 

 ………まぁ受け売りだけど。

 

「西住 みほ」は、軽く握手を交わすと、嬉しそうに微笑む。

 

 …変な子ね。

 

「決勝戦、見に行くわ。カチューシャをがっかりさせないでよ!」

 

「はい!」

 

 ふん。

 

 思うところは多々有るけど…、もういいわ。

 

 …………さてと。

 

「カチューシャ。隆史さんがいませんね」

 

「え!?」

 

 見回して見ても、タカーシャはいない。

 あの熊みたいな体格を、そうそう見逃す訳ないのに?

 

「…「西住 みほ」さん。隆史さんをどこに隠しました?」

 

「か…隠してません! 隠してませんよ!!」

 

「確かに、試合には貴女達が勝ちました。だからと言って、彼を隠して私達に会わせ無いというのは…ドウカトオモイマスケド?」

 

 ノンナ!?

 

「ぶ…ぶりざーどぉぉ」

 

 眼光…というものを、初めて見たかも…。

 天パの娘が、呟いたように…確かに……ちょっと……。

 

「本当に知らないんです! いつもだったら、来ていてくれてもいい時間なのに…本部で何かあったのかな?」

 

「……」

 

「疑いの目で見ないで下さい! 隆史君の性格なら、貴女達に会いに来ないはず無いでしょ?……口惜しいですけど」

 

「…ノンナ?」

 

「……ま、そうですね。では、帰りましょうか? カチューシャ」

 

「う…うん」

 

 この状態のノンナが、すごくアッサリと引いた。

 なんだろう…。目がギラギラしてる…。

 脇に手を入れられ、またノンナの肩に戻っていく。

 

「で…では、私達もこれで」

 

 遠慮気味な挨拶をして、大洗学園とも別れる。

 本当だったら、言うだけ言って帰ろうと思ったのに、ちょっと格好つかないじゃない!

 

 後で、タカーシャには電話でもしよう。

 もう遠慮しなくてもいいわよね。

 

 

 ……うん。

 

 

「……」

 

 雪を踏む音がする。

 

「……」

 

 雪を踏む音がする。

 

「……」

 

 雪を…

 

「…あ、あの!!」

 

「なんでしょう?」

 

「なんで、ついて来るんですか!?」

 

「私達の行く先も、そちらですから」

 

「……」

 

「……」

 

 あ…あれ?

 

「…運営本部ですか?」

 

「はい。そうですね。プラウダのテントも設置されていますし」

 

「…」

 

「…」

 

 雪原で別れ、そのまま車で大洗学園について行く形になった。

 …車を運転していたのは、ノンナだし…。

 終始無言のノンナが怖かった…。

 

 ほぼ同時に到着し、後は「西住 みほ」達と、ほぼ同列に歩いていた。

 

 …。

 

「…目的は、隆史君ですよね?」

 

「隆史さんですね」

 

「…」

 

「…」

 

 早歩きになりながらも、喋りながら歩く。

 いや、違う。途中から一切言葉を発しなくなった。

 

 というか、怖い!!

 

「ノンナ!! 肩車しながら、小走りしないで!!」

 

 物理的に怖い!!

 

 

「ハァハァ…」

 

「フー、フー…」

 

 もう少しで到着でもするのだろうか?

 何かテント入口前に、荷物をいっぱい積んだトラックが、横着けしている。

 その後ろに…なにあれ? サンダースの車?

 

 完全に通路からは、テント前が隠されている状態で塞がれていた。

 すでに試合が終わっているので、通行人はそんなにいない……というか、避けて通っている感じがする。

 隙間から何となく、中の様子が伺えるけど…。

 

 …というか…なに?

 

「…なに? なんの騒ぎなの!?」

 

「みぽりん…さっき無線で、聞いていたから知ってると思うけど……やっぱりかなりの人数いない?」

 

「……そうですね。あ、やっぱりお姉ちゃんもい…る………お母さん!?」

 

「どうなっているのでしょう?」

 

 西住流の家元!? え…島田流家元もいる!? 何がどうなってるの!?

 

「カチューシャ」

 

「…なに? ノンナ」

 

「聖グロリアーナ、アンツィオ、サンダース、黒森峰…なんでしょうか? この状況」

 

 その場でいるであろう人物を、淡々を教えてくれた。

 …すっごい嫌な予感がする。

 

「…いた」

 

「……隆史殿…なんですか? あの格好」

 

 …なんだっていうのよ。

 

 ……ダージリン達…いるわね。

 なんで皆、しゃがみこんでるの?

 

 その中心に、執事服を着たタカーシャが、立っていた。

 

 背をこちらに向けて立っている。

 

 顔は…見えない………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本気で「労う」。

 俺ができるのは、そんな程度だろう。

 

 ちゃんと覚えている。

 皆の活躍は。

 後は、いつも通りにやるだけかな?

 

 ダージリンからは、どうせその様な格好をしているのだから、執事っぽくしてみてくれと言われた。

 執事っぽくって何だ?

 ホテルのボーイとかと一緒かな?

 

 携帯を取り出して、一応調べて見る。

 …ふむ。

 

 調べている最中、ダージリンがすっごい目を輝かせていたのが気になる。

 なんだ?

 

「まほさん、こうなったら毒を食らわば皿まで…、トコトンやってみませんこと?」

 

「……お前、それで一度酷い目にあったのでは無いのか?」

 

 そんな会話の中、最初に現れたのが、アヒルさんチームだった。

 どうも近藤さんが先導して来てくれたようだ。

 最後の挨拶の時に顔を出さなかった為に、心配してくれたそうだ。

 

「……先輩、なんですか? その格好は…」

 

「あぁ…服が酷く、汚れてしまいましてね? 千代さ…島田さんから、お借りしました」

 

「なんで敬語なんです?」

 

 近藤さんが、相変わらず人懐っこい笑顔で話しかけてきてくれた。

 

「…執事といえば、敬語…って書いてあったものですから」

 

「なんですか、それは」

 

 冗談だと思ったようで、笑いながら近づいてくる。

 うん。相変わらずの戦闘力ですね。

 

「い…いかん!! みほの学校の生徒だ! ダージリン、無関係な者が巻き込まれるぞ!」

 

「あ! いつの間に!!」

 

 …俺は一体何者なんだよ。

 

「ダメだよ、妙子! また不用意に近づくと何されるかわからないよ!!」

 

「忍ちゃん!?」

 

 俺と近藤さんの間に、割って入ってきた河西さん。

 この前の誘拐事件から、俺を見る目が柔らかくなった気がする。

 けど、言い方が相変わず、きっついなぁ…でもまぁ。

 

 

 ネギラオウ

 

 

「河西さん」

 

「なんでしょうか? センパ…イ!!??」

 

 近藤さんの前に立ったので、俺から一番近かった為にすぐに鹵獲できた。

 あぁ違う。捕獲? んー…まぁいいや。

 

 その、細い腰に左腕をまわして、抱き寄せる。

 ぐっと引き寄せ、体と密着させた。

 

 「「「「  」」」」」

 

「な…なんのつもりっぃ!?」

 

「河西さん。今回の試合。ある意味MVPは河西さんかと思っています」

 

「な、ぁえ!?」

 

 俺の口から出た言葉が以外だったのか、少し驚いていた。

 この娘は、実はアヒルさんチームの中で、特に男に耐性がなさそうだったからなぁ。

 まぁ少し我慢してもらおう。

 

「どうにも、俺は人を褒める…のは苦手なようでして、上手く言えませんが…」

 

「いぃぃぃいいから離して!! まず離して!!」

 

 顔を赤くして、ジタバタ暴れだしたので、空いた右て彼女の左手首を掴み、上に上げた。

 その為、顔の横辺りにスペース…というか空間ができたので、顔を差し込む。

 

 うーん。褒められるのを恥ずかしいと思う人もいるし…何より褒める言葉を人に聞かれるのも、俺が少し恥ずかしい。

 そうだな、せめて周りに聞こえないように耳元で、話してやろう。うん。

 

「― ― ― --」

 

「み!? ミミ元で!!??」

 

 「「「「  」」」」」

 

「― ― ---」

 

「え…そ…それは……まぁ……」

 

「― ― ---」

 

「ぅぅ!?  ぅぅぅううウウウャ!!!!」

 

 言うだけ言って、顔をどけたら、そのまま腕も離して上げた。

 離した瞬間、そのまま地面にペタンと座り込んでしまった。

 あれ? 顔を隠してる?

 まぁいいや。

 

「!!!」

 

 地面では、汚れてしまうので、今度はそのままいつもの様に抱き上げ、テント内の椅子に座らせて上げた。

 座らせたら、座らせたでまた、顔を覆って俯いてしまた。あれ? 小刻みに震えてる?

 

 …まぁいいか。

 

「よし、一人目! 次!」

 

「待て! 隆史!! お前何をしている!!」

 

 まほちゃんに肩を掴まれた。

 何って…。

 

「労ってるんだけど? 彼女、フラッグ車の操縦士だからね。今回最後、かなり怖かっただろうと思って」

 

「ただ労うだけなら、何故ああなる!?」

 

「いや…亜美姉ちゃんが…」

 

「亜美さん!?」

 

「人を褒めたりしてやる時って、俺の場合、口説くレベルで言わないと分からないって言われてね」

 

「」

 

「あぁ大丈夫、触れて無いから耳とか。うん、セクハラにならない程度でやってみた」

 

「……腰を抱いた時点で、セクハラだ」

 

「あれ?」

 

 えー…あぁそうか。そうなのか。

 

「んならどうしようかなぁ? あの格好が、基本だって教えられたんだけど…」

 

「……ダメだ! ダージリン! 拘束しよう!!」

 

 俺の話を無視して、まほちゃんがまた酷いことを言い出した。

 

 それと後、執事っぽくって言われてもなぁ…敬語くらいしか思いつかない。

 調べても、ネットには良い事書いてなかったしなぁ

 

 後、なんだろう? 呼び方くらいかな?

 

 ふむ。

 

 何かまほちゃん達は、揉めているけど…まぁいいや。

 

 次。

 

「近藤さん」

 

「ひゃい!?」

 

 若干距離を取られた…。

 

「ど…どうしたんですか? いつもの尾形先輩じゃないみたい…」

 

「ふむ。中々に酷い事を言いますね」

 

「あ…いえ、ごめんなさい」

 

 あ。本気で謝られた。

 

「河西さんみたいにされるのは、やっぱりダメですかねぇ…」

 

 セクハラかなぁ?

 

「あ…いえ。先輩なら…別に嫌じゃ……」

 

 赤くなりながらモジモジしてるなぁ。

 目がすっごい泳いでるけど…まぁ。

 

「そうですか? なら、今度は近藤さんですね?」

 

 ナンダ。セクハラにならない様だね。

 

 

 

 順番に 全員 「本気」で「労おう」か ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隆史君!! 何やってるの!!」

 

「はい? あぁ、みほか。お疲れさん」

 

「お疲れ…じゃないよぉ! 何この…何!!??」

 

「何って…なにが?」

 

「この状況だよ! お母さんまで…なにしたの!?」

 

「何って…、俺ができる事って労う事しかできなかったから?」

 

「何をどう労ったら、こんな惨状になるの!!」

 

「え? いや、結構本気で「労う」って事をしてみただけだよ? 他校もついでに」

 

 …書記と西住さんの会話が若干噛み合っていない。

 

 今、大洗学園テント前は、夜戦病院になっている。

 どういう事だ?

 

 熱でもあるのか? ほぼ全員が、椅子なり地面なりに座り込んでしまっている。

 まぁ腰が抜けている…様な感じになっている。

 

 ダージリンさん…とオレンジペコさん……だったか。

 なんで髪を解かれているんだ?

 

 サンダースは…すごい顔真っ赤だな。

 顔の前で、手を合わせてなんか嘆いている…。

 

 アンツィオは…隊長がなんだ? これまた髪を解かれてるな。

 いつものツインテールはどうした? そして何故体育座りだ。

 

 ………………怖い人は満面の笑みでニコニコしてるけど…。カタカタカタ…

 

 あれ? 西住さんのお母さんも同じ状態だ。

 島田さん…もいるな。

 赤くなって俯いて、笑いながらブツブツ言ってるな。

 

 うん、怖い。

 

 

「西住ちゃー…ん。何この状況」

 

「尾形書記? なんだその格好は」

 

「………………」

 

 生徒会も遅れて到着した。

 現状の惨状を見て、混乱しているのだろう。

 ただ、小山先輩だけ、少し青くなって書記の目をまっすぐ見ている。

 

「み…みほ」

 

「お姉ちゃん!? どうしたの!?」

 

 ヨロヨロと、こちらに近づいてくる…西住さんのお姉さんだったか。

 戦車道喫茶で見たな。

 酷く顔色が悪…くはないな。ただ赤い。

 

「…隆史に、「まほお嬢様」と呼ばれてしまった…」

 

「……え、なにそれズルイ」

 

 西住さん!?

 

「その状態で…抱き上げられて……耳元で、あの言葉は卑怯だ……」

 

「なに!? 一体何言われたの!?」

 

 そこか?

 

「お母様は、その状態で「奥様」と言われてあの様子だ」

 

「……」

 

 西住さんのお母さんは…。

 

「イケマセン…コレハ、ホンキデイケマセン……マズイマズイマズイ」

 

 つぶやきは聞こえた。見ないようにしよう。

 

 あの西住さんに、嫌味しか言わなかった…逸見とか言った女もいるな。

 

 なんだ……? 四つん這いになってるな。

 

「……」

 

 なんかもう……うん。許してやろう。ごめんな? なんか辛いことがあったんだよな?

 顔を赤くしての絶望した顔ってのは、初めて見たよ。

 

「…なんで……こんな……ハッ! まさか!!」

 

「そうだ、隆史は……酔ってる」

 

「」

 

 ……は?

 

 なんだ? どういう事だ? 酔ってる?

 

「そこに樽が転がってるだろ? あの「日本酒」を全て飲んでる」

 

「」

 

「「夏祭り」の時の…あの第二段階を超えた、次の段階だアレは…。もう、なんか隆史が怖かった…みほ…逃げろ」

 

「」

 

 西住さんは、お姉さんの肩を抱き、ボソッと信じられないと言うような声で呟いた。

 

 

「ぜ…全滅……プラウダ側のテントの娘まで……」

 

 

 書記に近づこうと動き出していた、生徒会とプラウダ高校の隊長達の動きが止まった。

 というか、固まった。

 

 いや、ちょっと待て。

 

「私達が試合している最中、こいつは酒を飲んでたって事か!?」

 

 非難する声で、書記に指を指した瞬間。

 

 私の声を遮る様に、西住さんが叫んだ。

 

「残存する、あんこうチーム! カメさんチーム! 一箇所に集まってください!! カチューシャさんも、ノンナさんもこちらに集まって下さい!!」

 

「…え?」

 

「ノンナ!!」

 

「はい!」

 

「小山!! 怯えてる、かーしま引張るよ!!」

 

「はぁい!!」

 

「」カタカタカタ

 

 なんだ!? え?

 そこからの動きが、生徒会とプラウダ高校は、とにかく素早かった。

 

「いいですか!! 私達は、これからすぐに撤退します! 隆史君と目が合ってしまった場合、なにも喋らず、目を逸らさないで、そのまま後退してください! 捕まったら終わります!!」

 

 熊か?

 

「どんな経緯で、隆史君が飲酒をしてしまったか。そんな事は後でも分かることです! 今は取り敢えずここを、離れる事を最優先にします!!」

 

 ……なんでそんなに慌てているのだろう…。

 酒癖悪いとかか?

 

「……」

 

 五十鈴さんが、先程から…なんだ? 笑っている?

 いや…微笑んでいるとでもいうのか…。

 ちょっと…かなり…怖い。

 

「みほさん」

 

「なんですか!? 華さん!?」

 

「隆史さんが、酔っているから…なんだと言うのでしょう?」

 

「見境が無くなります!! 蝶野さんの教えを何も疑問も無く!!」

 

「……よくわかりませんね。私は隆史さんに言い寄られても、特になにも感じないと思いますけど?」

 

「ひ…人によるんです!!」

 

「要は…どういう事でしょう?」

 

 早口で、「酔った状態の書記」を説明している西住さん。

 まぁなんだ。ある程度、書記に気があるとああなるってだけだろ?

 

 ……あぁそうか。

 

 ここには、書記からすれば、餌食になる奴らしかいないのか。

 

 とにかく早く! を繰り返すしている。

 …まぁ命令だからと、私は従ったのだけど。

 

 あの男が、口説く…とうかなんだろう…想像がつかない。

 タラシ、タラシと言われてはいるけど…アイツ基本的にそっち方面は、ヘタレだろう?

 

「あぁ!! 近づいちゃダメです!! 沙織さん!!」

 

 トコトコと近づく沙織。

 正直…私でも、今の書記に近づきたくないのだけど…よく普通に行けるな。

 

「大丈夫だよ、みぽりん! いつもの隆史君と変わらないよ?」

 

 ポンポンと、書記の肩を叩く。

 

「それにちょっと口説く隆史君ってのも、見てみたいかも! 私…そういった経験無いし…ね!!」

 

 沙織。

 

 ……うん沙織……どんまい。

 

「…承りました」

 

「ほら! 普通に喋って……あれ?」

 

 こちらを向いた沙織は…すでに書記に抱き上げられていた。

 …。

 その…両腕で…。

 は?

 

「沙織さん」

 

「ふぇ!? へ!?」

 

 そのまま片腕で、抱き合が得る様に沙織を持ち変えると、そのまま余った手で、沙織の…メガネを外した。

 ……よく人一人、片腕で抱き上げてるな…。

 一連の動作に迷いがない…なんだ。

 

 ……イラッ

 

「沙織さんは、何故かメガネ姿を気にしていたようですが…」

 

「ひゃい!?」

 

 ……おい、書記。

 

 なぜ顔を近づける。

 

 そしてなぜ、こうもイラつく。

 

「どちらも、沙織さんは素敵ですよ? 時々でも結構です…その方が……」

 

「」

 

 ギリギリギリギリ

 

 耳元で、囁く様に何かを…

 

「ったたた!? 楽しめ…って!? え!?? せ………えぇ!?」

 

 ……。

 

 あれ? 沙織ってそうなのか? え?

 

 いやいやいや…まて……え? 

 

 嘘だろ?

 

 明らかに動揺したように、パタパタ足を動かしだした。

 しかしガッチリホールドされている為、身動きが取れない様だ。

 

 あれか? 敢えて周りに聞かせないようにして、見せつける様にしてるのか?

 沙織に一体、何をしてくれてる…。

 

 そもそも、生徒会役員達は何をしているのだ?

 こういったバカを止める…の…。

 

 なんだ? 3人集まって…震えている!?

 

「あぁ後、最後に…」

 

「ぺぉデ!? キ…こぉ!? ンン!!!」

 

 ……。

 あ。ぐったりした。

 完全に脱力したようになってしまった。

 

 ……違う。沙織。

 しっかり書記の腕に手を回しているな。

 

 ギリギリギリギリギリギリギリギリ

 

「……しまった。やりすぎた」

 

 

 …よし。殺そう。

 

 

 ギリギリ…ブチッ!

 

 

 …さっきから、一体なんの音…だ……。

 

「………………隆史さん?」

 

 そこに立っていたのは、五十鈴さんだった。

 先程から、雰囲気がいつもと違うとは思ったのだけど…。

 ドス黒いオーラというか…何というか…。

 

「隆史さん、ちょっとお話が有ります」

 

「え…あ、はい」

 

「できれば、二人きりでお話したのですけど…よろしいですか? みほさん」

 

「ふたっ!? こんな状態の隆史君と『大丈夫ですよ? 彼に異性として興味ありませんので』」

 

 ……。

 

 結構酷いこと言ってる気がする。

 というか…五十鈴さん……マジギレしてないか?

 

 目が笑っていない。

 

「…少し、彼を借りますね? いい加減、沙織さんを降ろしてください」

 

「はい」

 

 言われた通りに、沙織をその場に降ろすと、すぐにこちらに走って来た。

 

「マコー! 麻子ー!! まぁぁこぉぉ!!」

 

 私に抱きついて来た。

 抱きつくのはいいのだけど、飛び込んでくるな。

 

「よしよし、怖かったな」

 

「………なんか嬉しかった」

 

「……」

 

「では、少し隆史さんをお借りします。みほさんは、この…惨状をどうにか収められますか?」

 

「え? う…うん。知り合いも多いし…なんとかするけど……。本当に大丈夫?」

 

 五十鈴さんの気迫は…それはもうすごかった。

 あれだけ警戒していた、西住さんを納得させる程の気迫が合った。

 

「な…なんか、華さん、私のお母さんみたいな…雰囲気…」

 

「大丈夫ですよ? それに、何かされそうになったら、ちょん切っちゃいますから♪」

 

「何を!?」

 

 不吉な言葉を吐き終えて、五十鈴さんは、書記の襟首掴んで客席の方へ進んで行く。

 まぁすでに試合も終えて、すでに人気は無い。

 

 なにを話す事があるのだろうか…。

 

 素直に従い、五十鈴さんの後ろを歩いて行く書記が気持ち悪かった…。

 なんだろう…執事姿の書記と、五十鈴さんの歩く姿に…違和感を感じなかった…。

 似合いすぎだろ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体どういうおつもりですか」

 

「エー…」

 

 人もいなくなった客席前。

 

 本当は、学園艦に帰った後でもよろしかったのですけど…。

 もう…我慢の限界です。

 

「隆史さんのせいで、私の胃痛が限界を超えましたの」

 

「胃痛かぁ…。お気持ち分かりますよぉ。辛いですよねぇ、俺もそろそろ胃に穴空くだろうなぁって、実感ありますよ?」

 

「胃痛の自慢なんかしたくありませんし、してません」

 

「ならなんですか? お話って」

 

 きょとーんとした顔が…非常に憎らしく感じますねぇぇ。

 あぁぁ腹立たしい!!

 

 普段こんな事、私思った事ありませんのに!

 誰のせいで…。

 

「ま…まず何ですか? あの女性の数。…みほさんとお付き合いされてるのでしょう?」

 

「え。皆どう思ってるか知りませんけど、少なくとも数少ない友人だと思っていますよ?」

 

「……そういう事を、言ってるのではありません」

 

 友人の枠なんてとっくに超えていますよ。…あまり聡くない私でも、流石にわかりますよ。

 

 やはりアルコールが入っているのでしょう。

 若干会話にズレがありますね。

 

 しかし私、雪がの降る中…こんな人気の無いところで一体何をしているのでしょうか。

 

「…本題です。誰…とは言いませんけど。……どうするおつもりですか?」

 

「どうするって…何が? 誰?」

 

「今のこの状況です。3角関係所か、何角関係になってるんですか? すごい関係が出来上がってるじゃないですか!?」

 

「?」

 

「…中途半端に思わせぶりな態度を取っていると、相手が余計に傷ついてしまいますよ?」

 

「あぁー…」

 

「みほさんとお付き合いを始められたのでしたら、他の方々と縁を切れとは申しませんけど……こう、もう少し……」

 

「……でもそれって、俺が悪いんですか?」

 

「え?」

 

 …あれ? 隆史さんが言い返してきました。

 

「別に俺、普通に接してきただけですし、それを後から言われても、困りますよ」

 

「…う」

 

「俺今回、結構ハッキリ宣言…というか、無線のスイッチ入っていたから、聞いていましたよね? みほとの事もちゃんと言ってますよね?」

 

「そ…それは……」

 

「今まではどうだったかは、流石にわかりませんけど、今回結構ちゃんとしたつもりですよ? それで怒られましても…どうしたらいいか分からないですよ」

 

「……確かにハッキリと言ってましたけど…。で…では、先程のテント前の…『それとこれとは、話が別でしょ?』」

 

 ……。

 

 痛い。胃が痛い…。

 

 マズイ。何ででしょう。

 淡々と返してくる隆史さん。

 

 この隆史さんに何故か、まったく勝てる気がしなくなってきました…。

 なんでしょうか? 隆史さんの言い方が、いつもと違い、遠慮がまったくありません…。

 あと目が……ドス黒いんですもの…。

 

「そりゃ、華さんも同じですよ? 目の色」

 

「……」

 

 隆史さんが、うつってきました!?

 私も思った事、声に出てましたか!?

 

 

『あ…、あれお嬢じゃ? 奥様!!』

『…新三郎、あまり大きな声を出さないで』

 

 

「と…とにかくですね。何角関係という状態がですね…」

「出来上がってるの前提ですか…?」

 

 

『お…奥様! お嬢が男と二人で!?』

『は…華!? ま…まぁお待ちなさい、新三郎。この場にいるくらいです。戦車での関係か何かで…』

 

 

 何か後ろで聴き慣れた声がしますが、ここで押し切られては……!!

 沙織さんにも申し訳がありませんし、みほさんにも。

 あと胃。私の胃。もう持ちませんわ。

 

 ふぅ…は…華を生ける様に集中して…。

 平常心。

 

 

『なにか…深刻な話をされているようですけど…お嬢!!』

『いくら戦車の事とはいえ、軽々しく殿方と二人きりになんて…』

 

 

 一呼吸し、精神を落ち着ける。

 そうです。

 隆史さんには、この状況をなんとかしてもらわなければいけません。

 

 よし。

 

「いいですか? 隆史さん」

 

「はい」

 

 

 

 

「「できてしまった事」は、仕方ありません。……ちゃんと「責任」…取ってください」

 

 

 

 

 …後ろでなにか、ドサッっと二つ音がした。

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。

今回文字数、過去最多。
はい。本当はもっと口説く描写が細かいはずでしたけど…。

はい。……はい! 最後、華さんが全部持ってきました!

次回でプラウダ編終わりです。…多分


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閑話【 トチ狂イ編 】~魔法少女 まじかる・パンツァー~

時系列は、全開の話の夜。
泥酔状態で寝てしまったタラシ殿のお話。

戦車道チョコぶりの完全閑話。
お嫌いな方はスルーしてください。

ちょっとクロスオーバー。

本編まだあんまり絡んでいませんが、ちょっと最後に予告っぽい内容デス。
戦車道チョコと同じく、好評でしたらまたなんか考えます。

ちょっと正直、続き書こうかとも思ったんですけど…イロイロあってちょっとメンタル補修のつもりですので、お付き合いください。

ネタ全開! 本編にあまり絡んでません!


「……なんだここ」

 

 目が覚める…とも違う。

 意識を取り戻した、自我が戻った…とでも言うのか。

 

 気がついた時には、ここにいた。

 

どこかの街。

 

 どこかの広場なのか…それとも公園か。

 

 少し離れた場所に、高層ビル郡が立ち並んでいるのが見える。

 空は黒い…所々雲の間から、赤い空が見えるくらいか…。

 

 ただ、公園らしき芝生の広場には、所々にコンクリートの塊が並んでいる。

 壊れた建物か…。

 

 妙に冷静な自分がいる。

 

「……」

 

 俺の格好も奇妙だった。

 というか、前に着たなぁ…この白いスーツ。

 今回は、ご丁寧に白いベストも着ていてるようで、ワイシャツは黒。

 帽子まで被っている。

 

 何俺。というか、なにこの状況。

 遠くの方から、爆発音や何やら聞こえてくる。

 

 …あ。

 

 あ~…うん、なるほどね。

 

 コレ多分、夢だぁ。

 

 この街知らないし。うん。

 大都市みたいだけど、東京とは違うみたいだしね。

 …昔。

 

 遥か昔、俺が住んでいた街と少し似ているのが気になるけど。

 

「せんぱーい、尾形せんぱーい」

 

 声がした。

 というか、呼ばれた。センパイ?

 

 声がした方向に振り向いて見る。

 少し離れた場所から、俺の名前を呼びながら駆けてくる影が6つ。

 

「……」

 

 何あの格好。

 

 走って来た6人は、ピンクの全身タイツ。

 頭には、長いうさぎの耳が付いた帽子を被っている。

 

 ……何故か両手に包丁。

 

 うん、確かに夢だなうん。

 誰の夢だ? 俺か? いやいやいやいや。

 俺そんなに欲求不満だったか?

 いやいや俺、女の子の全身タイツの趣向はアリマセンヨ。

 

 どうせなら、バニーガールの格好してもらうヨ。

 …みほには、言えないけど。

 

「やりました! 尾形先輩!!」

 

「あゆみ、違うよ! 仕事中はちゃんして!!」

 

「あ、そうか! 指令! ちゃんと仕事してきました!! 今回はビル5棟程、破壊しました!!」

 

 ……。

 

 …………うん、やっぱりな。

 

 はっはー、確定した。…夢だこれ。

 

「パパ! 紗希頑張った! 撫でて!! 頭撫でて!!」

 

 …丸山さんが、めっちゃ喋っとる…。

 というか、すっげぇ性格違う…。

 言われた通り、頭を撫でてやると、ひゃぁあ~とか、よくわからない声で鳴いていた。

 

 ……というか、パパはやめなさい。

 

「今の先輩の格好だと、パパって呼び方、すっごい怪しいぃ~」

 

 …宇津木さんの嫌いな食べ物ってなんだろう…。今度、死ぬほど食わせてやろう。

 この娘は、あまり変わっていないなぁ…。

 

「今回は、メガネは無事でしたぁ!! 嘘です! ダメでした!!」

 

 こっちの世界でも、大野さんのメガネは防御力1か?

 あははー! って笑って言ってるけど…。

 

 …正直、話にツイテイケナイ。

 

 何? ビル破壊して回ってる、ちょっと頭が可哀想な組織か何かなの? 俺の設定。

 しかもボスって…。

 

 ……。

 

「…良くわからないけど…、何? なんでそんなキラッキラした目で見てるの? 阪口さん」

 

 ヒャーヒャー言って、顔の前でガッツポーズを取っている阪口さん。

 握った拳の端から、包丁が出ているので、普通に怖い。

 

「桂利奈? どうしたの?」

 

 澤さんは、ここでも6人のリーダー的役割なのだろうか?

 そうだよなあ…なぜか、うさ耳の中心に角があるし。

 まぁ…うん、いっ○く兎にしか見えないなぁ…。

 

「先輩!! 今日の服装すっごいですね!! 格好いいですね!!!」

 

 …え?

 

 千代さんの趣味全開の服装が、褒められた…嘘だろ?

 

「桂利奈!? 本当にどうしたの!? 男性の服装を褒めるなんて!! さっきどこか頭打った!? せ…指令の格好、ただのマフィアだよ!?」

 

 うん、澤さんや。何となく気持ちは分かるけど、声に出しちゃダメだよね?

 阪口さんに対してもだけど、俺に対してもね!

 

「かっこいい!! 帽子もかっこいい!! すっごいかっこいい!!」

 

「…あ…ありがとう……?」

 

 疑問系のお礼が、反射的に出てしまった。

 あれ? 澤さん…や? なんで頬を膨らませてるの?

 いや、可愛いけど…。

 

「ドクロのラ○ダーに変身しそう!!」

 

「……」

 

 そっちかよ。

 

 いや…変身って…、なんの事か、分からないけど多分…アニメか特撮だろうなぁ…。

 確かに、ベルトが妙にデカくてごっついけど。

 この娘は、ある意味ブレないなぁ…。

 

 丸山さんは、どうにも腕にしがみついて離れないし…なに? この状況。

 

 若干性格が改変されている…のだろうけど、特に俺の願望とかそういった物は含まれていないし…。

 なんだろうか、この夢。

 

 

 ピピー! ピピー!!

 

 

 突然。スーツの上着の内ポケットから、電子音がした。

 手を入れてまさぐってみると、俺の携帯電話があった。

 こんな着信音にしてないのだけれど…というか、購入から何も変えてないしなぁ。

 

 スマホの画面を見てみると、「総帥S」と表示さている。

 

 総帥Sって…。

 

 着信のボタンを押すと、会話…では無く、スマホ画面からホログラムの様に立体映像が出てきた。

 といっても長方形のカンペ見たいな一色の色に、「総帥S SOUND ONLY」としか表記されていいない。

 …本当に誰だよ…。

 

『どうですか? 上手くいきましたか? 例の人物は見つけられましたか?』

 

「……」

 

 し…しほさん…。

 

 しほさんが、総帥!? え!? 一体なんの組織!!??

 

 気が付くと、他のうさぎさんチームは、全員片膝をついて頭を垂れている。

 え? あれ? 俺もそうした方がいいの!?

 

『隆史君?』

 

「え!? は、はい! 特に問題もなく……ビルを…5棟程崩しましたけど…。例の人物とやらは見つけ……て無いですね」

 

 確かそう言っていたな。まぁ俺何もしてないけど…突っ立っていただけだけど…。

 例の人物の所で、首を振る澤さんに合わせて返事をしておいた。

 

『そうですか…。まずまずですね。で?』

 

「え?」

 

『……怪我はありませんか?』

 

「え…はい。みんな無事…ですね。何も問題ありません…よ?」

 

『…隆史君に怪我はあるかとお聞きしているのです』

 

「……ぶ、無事です。何もありません。無傷です…」

 

 え? なに!? なんか怖い!!

 

『ふむ、なら良いです。貴方を前線に出しているだけでも、気苦労が絶えないというのに…少しは私の気持ちも考えてください』

 

「」

 

 

 ・・・・

 

 

 え!? なに!!??

 

 なにそのセリフ!!??

 

 どういう事!? どういった関係なの!!??

 

 なにこの世界!!

 

『では、次の指令が下るまでゆっくりと休んでください。……部下とあまり遊んでいないように』

 

 ブッっと通信が切れた。

 

「……」

 

 ビビー! ビビー!!

 

「………………」

 

 怖い。

 

 通信が切れた瞬間、新たに着信が入ったのが更に怖い。。

 今のしほさんとの会話を振り返って、恐怖する時間も与えてくれなかった…。

 

 今度は、「総帥T」って表記されている。

 

「……」

 

 出たくない。

 

 もういい。流れなんか分かった。

 

 ワカッチャイマシタ。

 

 でもなぁ…出ないと更に、めんどくさくなりそう…。

 

 ピッ

 

 

『総帥T SOUND ONLY』

 

「…こんにちは、千代さん」

 

『……年増の着信には、すぐ出るのに私のは出てくれないのですね?』

 

 怖いよ!! なにこの世界の俺!! なにやってるの!?

 

『…怪我したら、いつでも言ってくださいね? 労災ならいくらでも出ますから?』

 

 労災でるのかよ…。

 

『なんなら、私のポケットマネーで囲っても―』  ブッ!

 

 通信が切れた。

 

 

 

「………………」

 

 

 多分横に、しほさんが、いるんだろうなぁ…。

 

 よし! どうしよう!! どうしたら、この夢から覚めるんだろう!!

 

「せ…先輩…違った、指令~」

 

「…なんでしょうか? 澤さんや」

 

 頭を抱えるいる俺の横から、スーツの裾を引張てきた。

 すでに、皆立ち上がり、俺を囲んで見上げていた…。

 なんでハッキリ意識を保っているんだろうか、俺は…。

 

「総帥の前で、堂々とできるの指令だけですよね…。普通皆、恐怖で動けなくなるのに…」

 

「……」

 

 あ、あれ怖がってたってのもあったのか…。

 この世界の俺の立場が本当に分からないよ…。

 

「一度、基地指令局へ帰りましょう?」

 

 そんなのまで、あるのかよ…。

 例の人物とやらも、気になるっちゃ気になるけどね。

 この娘達に、それも含め、聞きたい事はあるのだけど、正直この世界に関わりたくない…。

 さっさと朝になんねぇかなぁ…。

 

 

 

 

 

 ---------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

「お待ちなさい!!」

 

 さてと、帰る場所があるなら帰ってみるか。

 昨日、事故とはいえ酒なんて飲んじゃったから、こんな夢みるのかなぁ?

 

「先輩、今日は後どうするんです?」

 

「…まぁ、なんでか知らんが、空腹感があるからなぁ。…飯でも作るか」

 

「わーい! 指令のご飯だァ!!」

 

 ワイワイと、7人いれば結構な大所帯。

 ゾロゾロと歩いて指令所とやらが、ある方向に歩き始める。

 というか、徒歩かよ。

 

「お、お待ちなさぁい!!」

 

 丸山さんは、腕を離してくれないし…。

 あれ? この子ってたまに、戦車倉庫で俺の横に座ってただけ…なんだけど…。

 無口だから話したことあまりないし…というか、なんでパパなんだろ…。

 

「まって!! ホントに待ってよぉ!!」

 

 チッ。

 

 後ろの声に、泣きが入った。

 

 無視してれば、やり過ごせるって思ったのに…。

 平和に終わりたかったのに…。

 

 まぁ若干聞き覚えがある声だしなぁ…仕方ない。

 

 振り向いた先、崩れた瓦礫のコンクリートの上に立つ、制服姿の4人。

 

 うん。まぁ…予想はしていた。

 なんで態々、高い所に登るかなぁ…。

 

 

「この街をこんなにしたのは、貴方達ですね!!」

 

「……」

 

「このまま黙って、見過ごす事なんてできないです!」

 

「……」

 

「ほら! ちょっと麻子! 起きてよ!」

 

「……」

 

「………………お前ら…。セリフ何だっけか? ま、いいや。…眠い」マコォ!

 

「……」

 

 ブレないなぁ…。

 しかしなぁ…。

 

「私達は、貴方達を!『 …なぁ、みほ 』…なに? セリフの途中で声かけないでよ」

 

 …なんだろう、この演劇感。

 うん、まぁなんだ。

 あんこうチームだ。うん、右側から、みほ、優花里、沙織さんにマコニャン。

 

 なんだろうなぁ…。

 

 顔を横に背けておこう。

 アニメや、特撮じゃないんだ。カメラワークなんて知らんだろうし。

 高い所になんか、登るから…。

 

「…若い娘が、そんな所に考え無しに登るんじゃありません」

 

「隆史君…たまに言い方、オジサン臭いよね…ちっ違う! 無視しようとするし、今は明後日の方向見てるし! ちゃんとしてよ!」

 

 ……設定が本当に分からん。何をどう、ちゃんとしろ言うのだろうか?

 みほは、俺って認識してそうだし、本当にどうしたらいいんだろうか…。

 

「はぁ…分かった。分かったから、そこからまず降りろ。な? 悪い事、言わないから」

 

「ふん!! 隆史殿!! 戦略の基本は高所を取る所にあります! ここから降ろそうとしてもそうはいきません!」

 

 おぉー…嬉しそうに言ってるなぁ…。

 

「じゃあ、このままでもいいんだな?」

 

「当然であります!」

 

「分かった」

 

 んじゃまぁ、夢だろうし堂々としておくか。

 忠告はしたからな?

 

「では……私達は、貴方達を絶対に…『なぁ、みほ』」

 

「もう! なに!? 邪魔しないでよ! セリフ忘れちゃうよ!!」

 

 セリフって…。

 

「綺麗に言い直している所、悪いんだけどな。一言いいか?」

 

「…な、なに?」

 

 ため息しながら、こういう言い方をする俺は、大体何かしらあると、みほは知っている。

 だからだろうか? 少し警戒気味に、俺の発言を了承してくれた。

 

「…黒は、やめなさい。まだ早い」

「え…」

 

「優花里は…ある意味妥当といえば妥当だろうかね? というか、縞柄なんて本当に売ってんのかよ」

「……え…なんの事でありますか?」

 

「沙織さん…………ベージュかぁ…」

「!!!」

 

「よし!! マコニャンは、相変わらずマコニャンだな!」

「……………………よし。殺す」

 

 はい。お分かり頂いたのは、後半2名だけでしたね。

 はい。○三重ですね。

 県境でしょうか? 良く見えますね。

 

 「「「「 …… 」」」」

 

 沙織さんが、みほと優花里にコソコソ忠告してお分かり頂いたようでしたね。

 はい、夢の中でも赤くなる事あるまいに。

 

「はい、分かったら降りて来い。横向いていてやるから」

 

 「「「「 …… 」」」」

 

 横を向いていると、後ろで騒ぎながらでも、瓦礫から降りる音がする。

 もう一度言う。忠告はしました。

 

「…忠告したよ? 君らも聞いていたよね?」

 

「……先輩、最低です」

 

「もうちょっと言い方あったと思いますよぉ?」

 

「……エッチなのはいけないと思います」

 

 最後は、どっかで聞いたセリフだなぁ…。

 ケイさん辺りに言われたいなぁ…。

 

「た…隆史君、もういいよ?」

 

 はい、OKが出ましたので振り向きますね?

 先程まで立っていた瓦礫の前に、4人仲良く並んでいる。

 ん?

 

「あれ? そういえば華さんは?」

 

「……なに? 隆史君、華さんのも見たかったの?」

 

 んな事…言ってねぇだろ。

 態々制服のスカート抑えて、上目遣いで睨まないで下さい。

 でもなぁ…黒は早いよ、みぽりん。

 

「私達が気がついた時は、五十鈴殿はいなかったですよ?」

 

「ふーん」

 

 なんか…なんだろ……嫌な予感しかしないなぁ…。

 まぁいいや。

 どうせ夢だし。

 

「で? なに? 俺になんか用? 俺達を絶対に許さないのは分かったから、どうするの?」

 

「ひっ、ひどい!! 先に言わないでよぉ」

 

 みほさん貴女、普段恥ずかしがって、そんなセリフ逆に言いたがらないでしょう?

 言いたい事を先に言われて、マゴマゴしだしたみぽりん。

 どうするの? この空気。

 

 

「た、隆史君! またそんな格好して!」

 

 あ、服装に突っ込まれた。

 というか、強引に話題を逸らしたな。

 

「…阪口さんには、カッコイイって言われましたけど?」

 

「……おっきい人の次は、ちっちゃい子?」

 

「……」

 

「もうちょっと、見境つけて欲しいかなぁ…」

 

「……今日のみほさん、俺に対して結構強気で、攻めますね」

 

「ここの所、色々我慢してたから…ほら、これ夢だし! 言いたい事、言えるかなぁ…って」

 

 ん?

 

 夢って認識してる?

 あれ? 優花里もさっき、気がついた時にはって言っていたな。

 あれ?

 

「そんな格好までして、恥ずかしくないの!?」

 

 カチンッ

 

 …はい。なんだろう。

 

 ちょっとイラッっとキました。

 まぁ…普段なら、流せるのになぁ…なんでだろう。

 

 うん。

 

 まぁいいや。

 

 おもむろに携帯を取り出す。

 

 多分、携帯のデータはそのままだろう。

 

「な…何?」

 

 携帯をいじり、一つの動画を選択する。

 再生ボタンを押して、みほ達にスマホの画面を突き出す。

 

「」

 

 動画の中では、某女子高生達が、ピンクの全身タイツを着て踊ってますね。

 

「」

 

 はい。聖グロリアーナ練習試合後の罰ゲームの時ですね。はい。

 

「俺の格好が、なんだって? もう一度言って? ん?」

 

「なっ! なんで!? これ生徒会が、不思議な力でネット上から抹消したはずなのにぃ!!」

 

 生徒会の不思議な力ってなんだ?

 

「……杏会長から、頂きました」

 

「」

 

「いやぁ…みほちゃん」

 

「」

 

 動画では、上下運動で踊っているみほが、アップになっていた。

 うん。

 

「大人になったね♪」

 

「!!!」

 

 あっ! 痛い! ペチペチ頭叩かないで!!

 いやぁ…真っ赤になってるみほは、見ていてい飽きないなぁ。

 

「フーー!! フィーーーーーー!!!」

 

 ニヤケながら、頭を両腕で庇っていると。今度は真正面に沙織さんが立っていた。

 フーフー唸っているみほは、まだペチペチと叩き続けている。うん、痛くない。

 

「な…何? どうしたの?」ペチペチ

 

「あ…あの、隆史君!」

 

「なに?」ペチペチペチペチ

 

「ち…違う…違うから!」

 

「ン? なにが?」ペチペチペチペチペチペチッ

 

「ふ、普段はこう…もっと可愛いのだから!!」

 

「…え?」ペチペチペチペチペチペチペチペチ

 

「もっとあるから! もっと可愛いの!!」

 

「…………」ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ

 

 赤くなって、パタパタとマコニャンの傍に戻っていった。

 えー…と。うん、反応に困るなぁ…。

 

 ペチペチ

 

 

 

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 -----

 ---

 

 

 

「もういいよ!! 皆! 変身して一気に、タラシ君を始末するよ!!」

 

「わっかりました!」

 

「…始末って。それはちょっと困るなぁ」

 

「分かった。了解だ」

 

 物騒な事言い出したなぁ…。

 そもそも変身ってなんだよ…。あ。

 

 あぁ、なるほど。悪の組織ってのが、俺らで…、みほ達は、何かしらに変身して戦うって設定か。

 

 なるほどね。

 

 というか、みほ達は夢だと認識していて、なんで設定を理解しているのだろうか?

 わしゃ何も知らぬというのに…。

 まぁいいや。

 

 ちょっと興味あるし。さて変身してもらいましょうかね。

 多分これ、悪役として倒されてしまえば夢から覚めるってパターンだろうな、うん。

 

 「「「「装填!! パンツァーフォーム!!」」」」

 

 英語か、ドイツ語かハッキリしなさい。

 

 腕のブレスレッドっぽい何かに、小さな色がついた砲弾…かな?

 

 それを装填。

 

 掛け声と共に、みほ達の体が光だし、制服が光輝き霧散する。

 一瞬、素っ裸になるのだけど、不思議な光が邪魔をする…。

 

 霧散した光が、再び集合し、各パーツ事に形をなす。

 

 うー…ん。

 

 さっきから、この流れる明るいBGMは何だろう…。

 もうなんか突っ込み疲れた…。

 

 きゅらーん! とか、きゅぴーん!! とか音が鳴りながら、完全にお着替えが完了したようだ。

 いや…まぁ……すっげーフリッフリの…地下アイドルとかが、着ていそうな衣装になった。

 えっと、みほは赤。優花里は緑。沙織さんが黄色。マコニャンが青って感じのパーソナルカラーだろうかね?

 

「リリカル・みぽりん!!」

 

「リリカル・ゆかりん!!」

 

「リリカル・さおりん!!」

 

「リリカル・まこりん……」

 

 ……みほは、ステッキが武器かぁ…。ボコの生首に棒がついてら。首元から、天使の羽っぽいのが、両脇についている。

 ゆかりんは…素手かよ…。肉弾戦かぁ…。いやぁ…違う。アクセサリーっぽいのが、全てパイナップルだ。

 沙織さん……包丁は怖いよ…。むき出しはやめよ?

 マコニャン…枕は武器じゃねぇ。

 変身とやらが、終わったのだろう。

 ポーズをつけて一斉に叫んだ。

 

 「「「「 魔法少女! まじかるパンツァー!! 」」」」

 

「……」

 

 パチパチパチ

 

「なにが目的かは、分かりませんが!! 街をメチャクチャにした、貴方達を許せません!」

 

 パチパチパチパチパチパチ

 

「この皆の力と、ボコステッキで……」

 

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

 

「…こ…この……ステッキで……」

 

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

 

「やっ…! やめて!! 無言で拍手しないで!!」

 

「?」

 

「不思議そうな顔で見ないで!! やめてよぉ!!」

 

 ……やめます。

 

「……」

 

「……」

 

 

「なっ…なんで、微笑ましい顔で見てるの!?」

 

 顔を真っ赤にして両腕をブンブン振り回してる。

 うん。

 

「みほ? 俺の格好がなんだって? もう一度言って?」

 

「……ウゥ」

 

 …まったく。

 すっげぇ楽しくなってきた!!

 

 

『…本当に。一体何をやっているのですか?』

 

 

「え…!?」

 

 どこからか、声が聞こえた。

 瞬時目の前に黒い……黒い花の蕾が地中から現れた…。まさか…。

 キラキラキラ~って効果音が出そうなくらいの光と共に……蕾が開く。

 

「」

 

 「「「「 !? 」」」」

 

 開いた蕾の中より…華さんが現れた。

 

 その…黒いボンテージ姿で…。

 

 うっわ!! えっろ!! というか、……すっげぇ違和感が無ぇぇぇ。

 そもそも何で、その格好!?

 

「いい加減、帰りが遅いので迎えに来てしまいましたわ」

 

「あ、副指令だ」

 

「ふくしれーい!!」

 

「はいはい。ウフフ」

 

 うさぎさんチームに取り囲まれて、微笑みながら対応している。

 なにこの人望…。

 

「え!? 華さん!?」

 

「なに!? 華、そっち側!!??」

 

「はい~。今回私、隆史さんの女ですよ?」

 

 

 

 ……………………。

 

 時が……止まった。

 

 

 

「あ、違いました。部下ですね。はい、副司令です」

 

「はぁぁなさーーん!!!」

 

 勘弁して!! どうしてそうい事言うの!? え!!!??

 

「そもそもこの格好も、上司である隆史さんの趣味でしょう?」

 

「ちっ! 違う!! 違いますよ!! ラバー趣味は無いですよ!!!」

 

「らばーしゅみ? 意味が良く分かりませんね」

 

「首に手を回さないで下さい!! 抱きつかないで!! さっき、しほさんが言ってたのって華さんの事かよ!!!」

 

 怖い! この世界の俺こっわい!!

 

「隆史さんには、色々と責任を取ってもらう義務がありますし…」

 

「なに!? どうしたの!? 貴女、性格がぜんっぜん違うよ!? 責任!? なんの!?」

 

「えぇ? でもこちらの方が、悪の組織?っぽいですよね?」

 

「知らねぇよ!! 普段の性格に戻して!! 助けて!!!」

 

「そもそも…私、みほさん側ですと、「リリカル・はなりん」ですし……語呂が合いませんでしょう?」

 

「それ理由!?」

 

 

 

 

 ― 隆史君

 

 

 

 ゾクッ!!

 

「み…みほ!?」

 

 ボコの杖の先が、こちらに向いている。

 あ…久し振りに見た…。

 

 みぽりんマジギレだ…。

 ハイライトさんが蒸発している…。

 

 まほちゃんに、しほさんより怖いと云わしめたマジギレだ……。

 

 

「ボコ。次弾装填。アルティメットフォーム」

 

 

 いきなり!!??

 

 感情がこもらない、みほの呼びかけに反応して、ガチャンとブレスレットがスライドし、みほの姿が変わる…。

 いや……あの…なに、そのラスボス戦感漂う衣装……。

 

 なにその、でっかい羽!!??

 

 し…死ぬ……。

 死んでしまう…。

 

 ステッキの周りに光が集中する…。

 

「先輩!」

 

 阪口さん!?

 

「そんな格好なら、多分先輩も変身できます! 変身してください!!」

 

 えー…この年で?

 

「なにか…スティックメモリー見たいなの持ってませんか!?」

 

「え? えーと……」

 

 内ポケットをまさぐると、3本程でっかいスティックメモリーがあった。

 

「なんかアルファベットが書いてあるな。「S」と「T」と「B」?」

 

 それを片手で見せると、パァァァっと阪口さんの顔が輝いた。

 

「それ!! それです!! そのボタン押して!! 生変身見せてください!!」

 

 ……生変身って…。

 ぶっちゃけやだなぁ…。

 ある意味、このまま死んでしまったほうが楽だと思うんですけど…。

 

 ……まぁ、押すだけ押してみるか。

 えっと「S」? スペシャルか何かか?

 

 その黒いスティックメモリーの側面についているであろうボタンを押してみると、機械音声が流れた。

 

 

 \ ス ケ コ マ シ ♪/

 

 

「……」

 

「あぁ!! ダメですよ! 貴重な物なんですから!! 瓦礫に叩きつけちゃ!!」

 

 くっそ!! 壊れねぇ!! 本気で叩きつけたのに!!

 なにが「S」だ!! 日本語じゃねぇか!!

 

 タラシやらスケコマシやら!! 終いには泣くぞ!!

 

「つ…次です次!! 次は多分大丈夫ですよ!!」

 

 次って「T」だろ!? もう予想がつくわ!!

 

 \ タ ラ シィ~♪/

 

「……」

 

 「「「「「「  」」」」」」

 

 \タラ…タタタタタタタタタタ/

 

「……」

 

 

 \タタタタタタタタタタタタタタタタタタ/

 

「せ…先輩!?」

 

 

 \タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ/

 

 連打。連打する。最後に離す。

 

 

 \タタタタタタタタカシィ~♪/

 

「さっきと違うじゃねぇか!!」

 

「ダメです先輩!! 捨てちゃダメですって!!」

 

 …くっそ。

 なんだよ…。

 

 今回…なんか俺やったか?

 

 夢の中までこんなかよ…。

 華さんの事も、俺が悪いのか?

 

 ……なんか。

 

 …………もう。

 

 ブチッ

 

 

 

「やってられっかーーー!!!!!」

 

「あぁ!? 先輩がキレたぁ!?」

 

 残った「B」のスティックメモリーを見る。

 これ絶対に「ベアー」だ!! 

 くっそ!! もういい!! 夢中でくらい自由でいてやるよクッソ!!

 

「阪口さん! いいよもう!! なんでもやってやるよ! どうしたらいいんだ!?」

 

「本当ですか!? やったー!! 生変身~~!!」

 

 ベルトのバックルが、専用の物だったらしい。

 阪口さんの嬉しそうな説明を聞き、とっと行動に移す。

 

「B」のスティックメモリーのボタンを押す。

 

 \ベコォォ♪/

 

 ベコかよ!! もういいよ!! こうなったら俺も好き勝手やってやる!!

 

「ちゃんと言って!! 変身って言ってください!!」

 

 ガチャンとメモリーをごっついバックルに差し込む。

 

 \ベコォォ♪/

 

 それを外側に倒す…。

 

「変身」

 

 ……体の周りから、黒い炎が湧き上がり、消えてゆく。

 視界が戻った頃。体が変わっていた。

 

 鉄の体。鋼の心。

 

 黒い金属の体。

 

 ……。

 

「着ぐるみじゃ無ぇー!! 空気読んでよ!! ここは! 着ぐるみだろうが!!」

 

 もう突っ込み疲れて来た…。

 多分モチーフは、ベコ。ただ…普通にヒーローっぽい身体になっていた。

 いやもう…これ、黒いし多分、ブラックベコだ。

 ブペ子じゃないよ? ブベコだよ?

 

「か…桂利奈!?」

 

 阪口さんは…なんか……泣いてる…。感動して泣いている……。

 

「……皆さん、フルチャージにはもう少し時間がかかります。隆史君を足止めしてください」

 

「りょっ了解であります!」

 

「わ…わかったけど……でもなぁ……あれ隆史君が悪いのかなぁ?」

 

「……了解」

 

 ……どうも、この世界だと怒りっぽいな俺。夢だからだろうか?

 はっ! もうどうでもいいや!! 皆好き勝手やって、好き勝手言ってるなら、同じようにしてやる!

 

 

「まずは、マコニャン!!」

 

「!?」

 

「いい加減、どこでも寝る癖を直しなさい!!」

 

「…お、大きなお世話だ!!」

 

「マコニャンさぁ…一体何回俺が、マコニャンに膝枕したと思ってるんだよ」

 

「な!?」

 

 「「「「「「「 !? 」」」」」」」」

 

「夜はちゃんと寝なさい!!」

 

「」

 

 そしてマコニャンは、白目を向いた。

 次!

 

「優花里!」

 

「わ、私でありますか!?」

 

「優花里は、無防備すぎる!! 一番、見えてるぞ! 目のやり場に困るんだよ!!」

 

「」

 

 よし! 二人目無力化!

 

 ここで…。

 

 \タラシィ♪ マキシ○ムドライブ♪/

 

「!?」

 

「沙織さん!」

 

「ひゃい!?」

 

「…………もうこっち来なさい。もういいから、な? もう十分頑張ったよ、うん」

 

「え!?」

 

 ここで、顔だけ生身に戻す。

 うん。

 

「俺の所に来い」

 

「 」

 

「返事は?」

 

「は…ハァイ……」

 

 よし! 腕を伸ばして手を出すと、フラフラと近づいて来た。

 懐柔成功。戦力増強。

 

 目の奥がちょっとピンク色だったのが、気になるけど…まぁよし!!

 ……あれ。こちら側に来たら、衣装の白い部分が黒くなった…。

 

 …あの、しな垂れ掛からなくてもいいですよ? え?

 

 まぁ……いいや。

 

 

「んでもって、みほ!」

 

「……………………なに?」

 

 怒りが、絶頂を迎えているって感じの目をしてますね。はい。

 でももう知らなーい。知ったこっちゃない~。

 

「…少しは、俺の気持ちも考えてくれ」

 

「……女の子、節操なく口説く気持ちなんて知らない。考えたくも無い」

 

 おーう。メチャクチャ冷たい言い方された……。

 杖の先がウォンウォン鳴ってる。

 

「あのな。付き合いだしてね。まだイチャイチャした事ないの」

 

「……」

 

「今まで、幼馴染の関係だったから、ちょっと背徳感が合ってイチャイチャするの楽しみだったのに!!」

 

「!?」

 

「エロい事したい気持ちだって、あるに決まってるだろう!!」

 

「ふぇ!?」

 

 

「あら~…隆史さん、結構……凄い事叫んでますね……」

「ほ…本音すぎるであります。というか、隆史殿まだお酒残ってるんじゃ?」

「ウフフフフフフ…」

「………………膝……ま……ァァァァ!」

 

 

 ギャラリーがうるさい…。

 

「はぁ……なんかもう疲れた…もう怒りも沸かない……もういいから、みほもこっち来い」

 

 杖の前に、集中していた光の強さが、徐々に弱まっていく。

 ダメ押しに、何回か押しとくか。

 

 \タラシィ♪ マキシ○ムドライブ♪/\タラシィ♪ マキシ○ムドライブ♪/\ニシズミキラー♪ マキシ○ムドライブ♪/

 

 あれ? 最後ちょっと違ったぞ?

 

「な…なんで、私が……そっちに……」

 

「みほは、もう俺のだろ? つべこべ言わないで、俺の所に来なさい」

 

「」

 

 戦車道チョコの時と同じこと言ってみた。

 まぁ……今回は意味合い違うけど。

 

 ……そして、みほの衣装も黒くなった。

 

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

 

「あの…指令?」

 

「なに? 澤さん」

 

「いきなり正義側…らしき方、懐柔しちゃいましたけど……いいんでしょうか?」

 

「いいんじゃない? 特に俺、破壊活動とか興味ないし」

 

「……冷泉先輩と秋山先輩は、逃げちゃいましたけど…」

 

「まぁ…そのうち懐柔するから…というか、そろそろ目が冷めないだろうか……」

 

「あー……西住隊長と武部先輩……目が完全にハートだ……」

 

「……」

 

「…………五十鈴先輩は、終始笑ってるし…」

 

「あ…そういえば、最初に誰かを探しているって言っていたけど…誰探してたの?」

 

「話題から逃げてません?」

 

「そんな事ナイヨ? うん、そんな事ないない。…で? 誰を探してたの?」

 

「…まぁいいですけど。というかなんで指令が知らないのですか?」

 

「……誰でしょう?」

 

「はぁ~…。魔法の力で、時空間を移動してきた人物です。まぁタイムスリップ見たいな事ですかね? すごい魔力保持者らしいです」

 

「ふ…ふ~ん! そっかぁ~!」

 

「まるで他人事みたいな返事ですね!」

 

「まぁ…似たようなものじゃない?」

 

「……本当に何言ってるんですか?」

 

「え……」

 

「その人物って…」

 

「はぁ…」

 

 

「未来の先輩の、子供ですよ!?」

 

 

 

 

 ------------------------------

 

 後日談

 

 ……どうやら、なんて言うのだろうか? 同時に同じ夢を見ていたようだ。

 

 初めは驚いた……。

 

 しかし気味が悪かった。

 

 何より……あの夢にいたと思われる人物達が、学校に来なくなった。

 ずっと家で寝ていたそうだ。

 

 体調でも崩したのかと聞くと、なぜか全員決まって気まずそうにしていた。

 

 やはり変な夢を見ると疲れが出るのだろうか?

 

 まぁ…ちょっと今、俺は決勝前というのだけど、例の如く大洗学園艦にはいない。

 

 フラフラしてると小言をメールと電話でも言われた。……まぁみほにだけど。

 

 ちょっと…まぁ、大変な事になってるのだけど…うん。内緒だ。黙っている。

 

 それともう一つ内緒な事がある。

 

 あるんだ。

 

 手元に残っていたんだ。

 

 一つだけ。

 

 なぜかは分からない。

 

 知らない。

 

 でも何なのだろうか? 気味が悪い。

 

 またあの…夢でも見てしまうのだろうか?

 

 夢の続きなんて、そうそう見れるモノでは無いのだけど…。

 

 でも何であるのだろうか? 呼び知識も無いのに…阪口さんに聞いてみようか?

 市販されている、おもちゃなのかと。

 

 残った一つの物。

 

 黄色い色のスティックメモリー。

 

「B」の一文字が記入されている。

 

 ヘリで海上を移動中。

 

 …海に投げ捨てた。

 

 気味が悪い。

 

 …………しかしまだ、手元にある。

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。

ある程度好評でしたらまた書こうかと思います。
二人は副会長! とか。
りりかる・マポリン、りりかる・エリリンとか…。
あ、田尻さんは隆史側でしょうね。

……ちょっとマジでクロスオーバー考えてます。
今回と違い、本編からんでるクロスオーバーです。
まぁ、お祭り編見たいな感じですけど。

ありがとうございました。




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第41話~動き出す化物~

 人が、かなり少ない海岸を選んだはず…。

 現にこの場に来るまで、人を見ていない。

 

 誰もいない…港ですらない。ただの海岸に船を止めてあった…。

 

 俺の置かれている立場を考えれば、何となく想像がつく。

 

 すでに船内を物色し、調べ終わった後なのだろう。

 

 それなりに大きなタイプのモーターボート。

 用は済んだとばかりに、海上の上、逆さまになって浮かんでいる。

 そんな簡単に転覆なんて、できるはずも無いモノ…。

 

 徹底して俺を逃がさないつもりなのだろうな…。

 

 …つまり…バレている。

 

 

「見つけた」

 

 

 一言。

 

 目が合った瞬間、その様な事を呟いていた。

 

 なんだあの少女は。

 

 なんだ…あの……。

 

 小学生の高学年…いや。

 中学生くらいか?

 

 俺の前、数メートル先に立ち塞がっている子供。

 

 普段ならそう思う。

 普段なら無視をする。

 普段なら気にも止めない。

 

 そんな普通の子供。

 

 だが、この存在感…。

 

「一般客に混じっての逃亡」

 

 …。

 

「戦車道大会のスタッフの服を、強奪しての変装」

 

 淡々とした口調。

 人形か何かと思わせる程の、感情の無い喋り方…。

 

 薄気味が悪い。

 

 不審に思っている俺を見て、答える。

 

「知っていた? 各スタッフの服には、GPSが組み込まれているの。戦車道のフィールドはかなり広いから、取り残されない様に…防犯の為に…」

 

 ……。

 

「使用禁止の簡易トイレの中から、服を強奪されたであろう、半裸の被害者スタッフを発見」

 

 ……あいつらは、バカか? そんな所に隠したのか?

 

「誰の制服か判別ができたから、GPSの探知で、すぐに犯人の場所を特定できた」

 

 あいつらと連絡が取れないと思っていたが…。

 

「頭の薄い男の人と、太った女の人の実行犯。…そのスタッフに化けていた二人は、すでに確保済」

 

「……」

 

「本部テント前に、幸か不幸か…各強豪高校の隊長達が集合していた。目立つ上に、さらに西住流家元、島田流家元まで現れ、その場にいてしまうという状況」

 

「さらには…「尾形 隆史」の規格外の体格を見誤ったのだろう。成人男性でも苦労しそうだし…たとえ女性だとしても、大人が二人いれば高校生くらい、どうにかできると思ったの?」

 

 …………あのバカ共素直に、喋ったのか?

 

「本来の暴力的な計画を中止。事故に見せかけての短絡的犯行に変更」

 

 …。

 

「サンダース副隊長の、アリサ選手を発見し利用。…あの人は少し可哀想…。サンダースと「尾形 隆史」とのやり取りで、有名になってしまった為だろうか…」

 

 確かに今回は、「タカシ」の立てた計画で、俺の発案じゃない。

 お粗末な計画だとは思ったが、前回の様に何かしら思惑があってかの事だと思い、今回も従った。

 

「…大体、私が思ったより酷い。杜撰すぎる計画。……お母様に、大洗での誘拐事件の犯人像を聞いておいて良かった。前情報が無かったら、別の思惑があるのかと、もっと考え込んでしまったと思う」

「今回の目的は、「尾形 隆史」に、物理的にだろうが、なんだろうが被害を負ってもらう事」

「あの「西住姉妹」なら、お兄ちゃんが酷い怪我を負ったり、「何かしら」起こってしまったりしたら、……戦車の試合に、影響が確実にでるだろうし…」

 

 

 尾形 隆史をお兄ちゃん…ねぇ。

 この娘の正体が分かった…。

 

「この上空にどのくらいのドローンや、ヘリが飛んでいると思ってるの? 貴方もすぐに特定、発見できた」

 

 段々と、感情が高ぶって来たのか、早口になっている。

 いや、説明というよりか、自分に言い聞かせるように。

 

 ブツブツと…。

 

 この娘が一人でいるとは、まず考えられない。

 今は隠れてでもいるのだろうが、ボディーガードか何か、必ずいるだろう。

 

 しかし、今なら逃げ出せれないか? 

 いくら「天才少女」と言えども、たかが子供。

 

 視界に入らないというのならば、どこかに隠れているのだろう。

 駆けつけるより早く、どうにか…。

 

「オジさん。今のその状態から、動かないようにね」

 

「な…なに?」

 

 急に話題を俺に変えられた。

 考えでも見透かされたかと思い、身構えてしまう。

 動くな?

 

「…私が一人でいるとは、思っていないようだけど……」

 

 少女がスッっと片手を上げた。

 それと同時に、俺の両腕と両脚に、丸い小さな赤い光が集中した。

 一つや二つじゃ無い。

 各10個程ある様に見える…。

 

「……」

 

 後は、恐怖しか沸かなかった。

 これは、忠告。

 一歩でも動くなと。

 

 

 ……詰んだな。

 

 

 俺の身元から何から、全て調べられているだろう。

 隠れているであろう人数から見ても、逃げられない。

 

「西住流家元も…お母様……島田流家元も本気になった。分かる? 貴方達は、この二つを完全に敵に回した」

 

 高々、武芸の家元を敵に回したからなんだ。

 何をまだ説明する事がある。

 

 圧倒的な人数差。

 逃げ切れない事を、物騒な方法で提示したんだ。

 さっさと捕えて、警察にでも引き渡せばいい。

 

「…だから、素直に警察に「保護」されるとは思わない事」

 

 …は? 逮捕だろ? 保護?

 

「では、ここからが本題」

 

 なにを言っている?

 じゃあ今までのは、なんだ?

 

 さっさと……っ!?

 

 ただ、淡々と喋っていた少女。

 感情が無い人形の様に、顔色すら変えずに喋っていた少女。

 

 

「今回の件、下手をしたらお兄ちゃんは、大怪我をしていたかもしれない。当たり所が悪ければ、死んでしまったかもしれない」

 

「理解シロ。液体が入った、あの大きさの樽。普通に凶器―」

 

 

 

 ―変わった。

 

 

 

 なぜだ…? 視界に入っているはずだ。

 整った幼い顔立ち…見えているはずだ。

 

 分からない。

 

 急に顔が分からなくなった。

 認識できない。

 

 

「お兄ちゃんを……コロソウトした」

 

 

「ま…待て! 今回は、俺が指示をしたわけじゃない!」

 

「ダカラ?」

 

 子供に恐怖する。

 

 つまらないだろう言い訳が、咄嗟に出てしまった。

 

 見た目は普通の…いや、明らかにか弱い子供。華奢な少女に恐怖する。

 

 体が動かない。

 

 怖い。コワイ。

 

 彼女は動かない。

 動か無い上で、俺を牽制してくる。

 

 牽制? 違う…。

 

「一つ教えて…」

 

「ッ……」

 

 情けない声が漏れそうになる。

 こんな声、今まで出した事なんて無かった。

 間抜けな声が、喉からもれている……。

 

 

「―本物のバケモノって知っている?」

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました

はい、すいません。
嘘です、嘘つきました。

まだ現在執筆中ですけど、プラウダ、華さんに集中する為に短いですけど上げました。

はい。愛里寿参戦。



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第42話~土下座行脚…が開始できません!~

皿。

 

用意されたその食器から、軽い音がする。

並べられて運ばれる。

 

いつもの様に朝食を用意して、並ばせ食べる。

それはいつもと同じ事。

 

今日も今日とて、朝からみほが部屋に来ている。

付き合っている男の部屋に来ているって、言葉にすると…みほには、似合わない言葉に思える。

まぁ付き合いだしてから、あまり日は経っていないのだけれど、みほも少し気が、楽になったのだろうか?

アパートの一室。俺の部屋に来るのに段々と、躊躇が無くなってきた。

 

最初は、まぁ手間は一緒だから、飯くらい作ってやるから食いに来いって感じで誘った。

今では、毎朝の光景。

時々…から頻繁になり、最終的には毎日となった。

初めは緊張しまくってたなぁ…今じゃ普通に、専用のコップやら何やら…置いてある。

 

「……」

 

うん。はい、現実逃避です。

 

いや違いますねぇ…少し前の普通を思い出して、心の安定を保っているだけですよ?

 

「タカーシャ、ケチャップ頂戴」

 

「……はい、どうぞ」

 

「……」

 

「カチューシャ。次、私にも下さい」

 

「分かったわ。ちょっと待ってなさい」

 

「………………」

 

はい。今日の献立は、珍しくパン食にしてみました。

私、朝はゴリッゴリの和食ばかり作って来ましたけど、本日はパンとベーコンエッグと、ピーマンのスープです。はい。

彼女達に合わせました…。まぁそんなに時間掛からないものですしね。

 

目玉焼き系に何をかけるかとか、なんか色々一悶着ありそうな気はしていたのだけど…まぁ団体行動が多い戦車道。

慣れているのか、何も無かった。……俺は醤油派。みほは、塩派。

 

…ぶっちゃけ、そんな可愛らしい言い争いなら望む所ですよ…はい。

 

狭い部屋。食卓…というか、ちゃぶ台だけど…。

それに座る、俺を含めた4名様。

はい、本日はお客様が、3名もいらっしゃいましたね!

まだ、朝の6時だよ!!

 

ジト目で、パンを噛じりながら横目で、俺の目を見てくるみぽりん…。

命じて頂ければ、バターくらい塗らせて頂きますよ? プレーンのままで宜しいのですか!?

 

……タスケテ。

 

 

「…隆史さんが作るものは、どうしてこう…私と違うのでしょうか? なぜでしょう…普通に悔しいですね」

 

悔しがる…割に、なぜか嬉しそうに呟いている、ノンナさん。

ただ、夢中にほうばっているカチューシャ。

この二人が、俺の部屋に来店して頂いたのは……いや、来訪してのは、さっき…。

朝の5時前…。

大洗の学園艦にいた……。

 

昨日の試合の後処理を終え、すぐに大洗学園艦に来たそうだ。

そりゃ、ホテルくらいあるだろうけど…俺の家が、よく分かっ…諜報部がいましたね…。

 

この二人は、俺が朝の4時半頃には起床し、筋トレをするという習慣を知っている。

家の前で、例の如くガッチャンガッチャン、ダンベルを上げている時に………違う。

 

今日は違う。まだ筋トレしてない。

 

希望的観測です。普通に出迎える分ならまだ良かった。

 

「来たわ!」

 

「い…いらっしゃい」

 

普通にインターフォンが鳴り、普通にドアを開け、昔と同じやり取りをする。

少し笑ってしまったけど、この時間に良く起きていられるな…カチューシャ。

まぁ…そんなこんなで、少し早い朝食を振舞っていたのだけど…。

 

……なにを食べても、味なんかしなかった。

 

 

「で? みほさんは、何故こんな時間に、隆史さんの部屋に?」

 

「え…えっと」

 

朝食を食べ終わり、一息着く頃、ノンナさんが打って出た…。

あぁ…もう。今日は現実逃避する理由が多すぎる…。

 

 

 

朝、4時半頃。

カチューシャ&ノンナさんが来宅する少し前。

 

自宅のベットで、目を覚ました時の事。

最初に目に入ったのは……みほの顔だった。

 

真っ赤になって、目を見開いていらっしゃいました。はい。

昨日の制服姿のままでしたね。

 

完全に容量オーバーって顔でした。はい。

 

だって俺、全裸だったもの。

 

みほさんは、全裸の俺の腕を枕にし、完全に全裸の俺の抱き枕状態になっておられました。

はい。昨日の事ですね。覚えております。

忘れてしまったほうが楽なのに、私完全に覚えております。死んだほうがよろしいでしょうか?

 

昨日、華さんと話をし、テントへ戻った時にはすでに誰もいなかった。

会長の話だと、全員今の俺と顔を合わせたく無いそうだ。

よって、テント前から離れた時に、全員大号令と共に戦略的撤退をしていった…そうだ。

今でこそ思う。その時に若干怯えた目をしていた会長も、本当は逃げ出したかったのだろうか…。

うん…皆酷いなぁ…とか思わないから大丈夫ですよ…。

 

結局、そのまま帰宅したのだけど、みほがそのまま俺に付いてきた。

本人曰く、あの状態の俺を放っておけないって事だった。

…けど、多分…俺の心配では無くて、見知らぬ他人の心配をしていたのだろう…。

 

んで…。帰宅した俺がまず最初にした事…というか、させられた事。

風呂入って来い…って事だった。

 

「女の人の匂いのする隆史君…すごい嫌」

 

そのボソっと呟いた一言も、すっごい覚えてます。

はい。酔った状態でも覚えてます。

すっごい寒気が襲ってきたのも、覚えてます。

 

……そ、それはそれとして。

 

まぁあれだ。自分の家だもの。

浴室に着替え忘れる事とか、結構ありますでしょ?

バスタオルくらいは、浴室に常備してあるから大丈夫だったんですけどね?

しかも酒入ってる状態で、風呂…というか、シャワー浴びてたモノだからね?

 

うん。それに寝る前って記憶が曖昧でしょう?

流石に俺も寝てしまう前だったから、どうしてしまったのか記憶が飛んでましてね?

 

多分、着替えを取りに戻った所、待っていたみほに、何か言われて……あ、大丈夫、大丈夫。叫ばれたのは覚えてますよ? ご心配なく。

 

んでもって…あー…そうか。そうだった。

私だけ毎回、口説かれないとか口説いてくれないとか…何とか言ってたな。

私に対してのタラシ君が、いないだのどうの、よくわからない事おっしゃっていましたね。

 

それで…なんだっけ? 結局抱きしめた様な状態になって、寝てしまったと。

完全にみほを、抱き枕にした状態で寝てしまったと。

そんな状態になってしまったので、みぽりん結局、寝れ無かったそうです。

だから、まだ一線は超えておりませぬ。

 

「はい。そんな感じですか?」

 

「」

 

「……はい。私、取り敢えず首でも括った方がよろしいでしょうか?」

 

「…………括らなく良いから、服着て」

 

はい。そうですね。

どうせコレから、しほさん筆頭に殺されに行かないといけない壮大なイベントが、残っておりますしね。

命が、いくつくらい必要かな? コンビニに売ってないかな? 120円くらいで。

 

「…一睡もできなかったよぉ…。色々と言いたい事があったのに全部飛んじゃったよぉぉ」

 

おや、それはラッキー。

口にしない様に、意識して思う。はい、ちょっと学習してみました。

 

「早く…ピッ!!??」

 

 

……。

 

 

朝、筋トレしている時に、ダンベルがガチャガチャ鳴る音と言うものが、ご近所の方に迷惑じゃないか聞いた事がある。

まぁ朝4時頃じゃ、ただの嫌がらせだし。

 

「」

 

しかし、ここのアパート、というか学園艦の賃貸系の建物全て。

海上の上を走るといのもあるのだろうか?

防音設備がしっかりとしているそうだ。ガチャガチャ音は、特に迷惑にならないという有難いお返事を頂いた。

まぁ逆に言えば、部屋内での音も、外に漏れづらい様で…つまり、多少の大きな声なら迷惑にならない。

 

つまりだ。

 

うん。

 

…男の生理現象ですので、勘弁してくだい。

 

 

 

---------

------

---

 

 

 

「そんなこんなで、この時間でもみほは、俺の部屋におりまする」

 

「「……」」

 

あぁ!! コワイ!! ノンナさんがメチャクチャ怖い!!

 

「……私が聞いたと言うのもありますけど…隆史さんが、何故それをバカ正直に言ってしまうのか…」

 

「…うぅ、隆史君のバカ」

 

思い出してしまったのか、真っ赤になるみぽりん。

あれ? 言っちゃまずかったか? 清廉潔白を証明したはず…。

 

「みほさんからすれば、デリカシーが著しく欠けた発言ですし、私達からすれば、ただイチャついている内容を聞かされているだけ…デスヨ?」

 

はい。ノンナさん目が怖い!

 

「相変わず、馬鹿ねぇタカーシャは!」

 

酷く複雑そうな顔のみぽりんと、なぜか嬉しそうな…胡座をかいて座っている俺の膝に、座っているカチューシャ。

 

「……すっげぇ自然に座ってるな、カチューシャ。普通に気がつかなかった」

 

「なによ! 文句あるの!?」

 

「みほにお聞きください」

 

こういう事は、彼女のお許しが多分必要ですよ。……多分。

 

「なぜだろう…。カチューシャさんだと、何か許せてしまう…」

 

「むっ」

 

あ、ノンナさんが反応した。

 

「隆史君との組み合わせだと、余計にかわいいかも…」

 

「みほさん。貴女、わかってますね」

 

…頷くノンナさん。

嬉しそうにしているのは、いいのだけど、二人共、親と子見たいな感じで見てないか?

まぁ…別にいいけど…。

 

「では、デリカシーが著しく欠けていた為、みほさんに振られてしまった隆史さん。私達と青森に帰りませんか?」

 

「」

 

「振ってませんよ!! さらっとなにを言ってるんですか!」

 

「……」

 

今更だけど、朝食まで取って、この関係性でこの場にいられる皆、すげぇな。

すでに俺、胃がかなりヤバイのですけど…。

 

「では、朝食もとりましたし、外にヘリも待たせてありますので、そろそろお暇します」

 

「そうね! そろそろ帰るわ! …部隊編成、見直さないといけないし」

 

あれ?

 

「え…なに? もう帰るの? もっと色々言われると思ったのに…」

 

「お望みですか?」

 

すっごい良い…それは良い真っ黒い笑顔で返されたので、全力で首を振る。

 

「…いやぁ…なに? 何か飯食いに来ただけって感じで…」

 

「え? そうよ? 何言ってるの?」

 

「はい。ご馳走になりに来ただけです」

 

……え。

 

「…元々、早朝での隆史さんとの付き合いは、そういった関係でしたよね?」

 

あぁ…青森じゃそうだったな。朝来る度に賄い食わせてたっけ。

もうなんか、懐かしい。

 

店のカウンターに並んでる二人が懐かしい。

たまにプラウダの他の生徒も連れてきていたっけ。

 

名前、なんていったかな?

……まぁ始終、睨まれてたけど…。

何となく会った頃のノンナさんと似ていたな。

 

「……隆史君」

 

「なに?」

 

「なんだろう…私、何かすっごい悔しい」 

 

「な…なにが?」

 

帰り支度を始める二人の背中を見て、みほが呟く。

悔しいって…なんで?

その思いが何を示しているのか、俺には正直分からない。

しかし、ノンナさんには、分かったようで微笑みながら、みほを見ている。

 

「んじゃタカーシャ! また来るわ!!」

 

「習慣というものは、中々変えられないものですしね」

 

……。

 

「タカーシャの居場所も分かったしね! もう…遠慮しないわ」

 

「Я тоже серьезно」

 

…今まで俺が、居場所を隠していた事に、気を使われていたダケデシタ。

このカチューシャの言い方は、マジだ。本気だ…。

 

……ノンナさん。

『私も本気になります』って…何に? 何でしょう!?

こっわ!! もう最近恐怖心に慣れちゃったよ!! 人の目の色で、感情が大体判別できるようになっちゃったよ!!

 

「ミホーシャも! …決勝。楽しみにしとくわ。タカーシャが傍にいて…負けたら許さないから」

 

「は…はい!」

 

激励…も込めては、いるのだろうけど…それは、睨みながら言うものじゃナイヨ?

 

「ピロシキ~」「До свидания」

 

そう言って、ドアを閉める。

追ってくるな? そんな感じだった。

流石にアパート前にヘリは駐めて…。

 

うん。爆音がするから、駐めてあったな…。

どうやって来る時、気がつかなかったのか…。

うん。だから向こうからドア閉めたのか。

 

遠ざかる音で、離れていくのが分かる。

……また来るって言っていたな。

ご近所様に説明しとかないと! 今回、早朝からすっごい迷惑かかってる!!

 

 

 

 

 

「…そっか。今回これが目的か…」

 

「あの、みほ? さっきからちょっとおかしいぞ?」

 

戦車に乗っている時の顔になってるよ?

どうしたの?

 

「…強制的に、意識を「青森の隆史」君に戻された」

 

…あの、呟いている事がよく分かりませんけど。

なんか…昨日から俺、人外っぽく扱われてませんか?

 

「隆史君?」

 

「は…はい?」

 

「隆史君。彼女達が来て、表情…というか、顔付きが少し変わった」

 

「…そうか? そういう事、分かるものなの?」

 

何も無いですけど…え?

 

「…彼女達、また来るって言っていたけど…本当に来ると思う?」

 

「……来るな。確実に来る。学園艦や学校の垣根、ぶっ壊してでも来る。まぁ…流石に決勝戦後だろうけど」

 

「……」

 

なんか、寂しそうな顔してるな。

どしたの?

 

「…隆史君。少し嬉しそう」

 

「……あぁ。そういう事か」

 

昔の知り合いが、訪ねて来たんだ。まぁ持て成すのは当然だろう。

みほは…あれか? あれですね?

怒ったりしてないから、気が付き難いのだろうけど、正直こっちの方が、俺には分かりやすい。

 

えっと、こういう時はどうしたらいいだろう。

今までなら、何かしら言い訳なりなんなり、口で説明してたけど…。

付き合っちゃいるからなぁ…、変わった事した方がいいのかなぁ?

 

プリプリ怒っている訳では無いので、マジなアレだよなぁ…う~ん。

酒入ってると多分、躊躇なくするのだろうけど…。

 

「…みほと接触するのって、正直避けていたんだよねぇ」

 

「えっ!?」

 

子供ってのも有るけど…まぁなんだ。なに気に一番身近な、異性だったからな。

急に話題を変えて、誤魔化してきたとでも思ったのだろうか?

しかし、内容が内容だったからかなぁ…。泣きそうな顔になった。

 

「……な…なんで?」

 

拒絶された? とでも思ったのか。

……まぁなんだ。そんな顔するな。多分意味が違う。

 

頭をガシガシ撫でてやる。

そう。これも実は、付き合うまで遠慮していた。

 

「うぅ…隆史君、それ子供あやすみたいで……嫌」

 

「…でもまぁ、もういいかなぁって思った。妬いてくれる位だし」

 

「……」

 

おや、否定しない。

みほが拗ねた顔は……すいません。正直すっげぇ好き。

ま、じゃぁ…そろそろ遠慮しない様にしようかな。

 

「タガが外れるのが怖かった。ってのが一番の理由だなぁ」

 

何となく察してくれたのだろうか。逆に照れた顔…の様なものになった。

まぁ複雑だろう。

 

……寝起きですでに、凄い事してたけど。

 

だからまぁ…うん。

 

こちらから初めて、みほを抱きしめてみた。

 

「…なんか……誤魔化されてる感が……すごいぃ……」

 

「……」

 

「…………なんか……もう………エヘヘヘヘ」

 

「……」

 

ボソボソ聞こえるのだけど、声がなんか嬉しそうだからまぁ…大丈夫かなぁ…。

抱きしめてみた感想は……事細かく言うと、ただの変態だからやめておこう。

うん…。

 

……あ、自覚はあるよ?

 

「……な…なんか、隆史君…喋って……黙っていられると……もう……」

 

「……」

 

なんだろうか。

 

もう、肩から抱きしめた訳ではなく、両腕を挟むように背中に手を回す格好で抱きしめたモノだから手が、背中の下方にある。

 

よって。

 

「……みほの匂いも相まって……」

 

「……!?」

 

若干、体が強ばった。

あ。制服姿って事は、昨日結局、風呂入ってないのか。

…まぁいいや。

 

……正直、尻触りたい

 

「………………………………最低」

 

はい。

声に出てましたね! 学習してませんでしたね!!

 

「……」

 

まぁた、やっちまっただぁ。

おら、またやっちまっただぁ!!

 

…怒られるかなぁ。まぁ今回初回は、こんなものだろう。

段々と慣れていけばいい。

ただのハグでも、みほにはハードルが高かっただろう。

 

まだ人生長い。そう…段々と慣れていけば良い。

 

俺も、みほも。

 

 

 

「…………さ」

 

「!?」

 

「…さわ…って…」

 

本気で!?

 

「……………触って……み」

 

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

 

突然のインターフォンのベルの音。

流石にびっくりして、離れてしまった。

っぶねぇー!! というか、惜しい!!

 

少し離れて、顔を見合わす…。

あ。真っ赤になって崩れ落ちた。

 

……だから…タガが外れそうになるって…言ったのに。

 

「ぅぅぃ!!」

 

はい。日本語でok?

 

「……まぁ。しょうがない。うん」

 

「ぃぃぃぃ!!!」

 

……でも、誰だろうか。

 

ピンポーンと二回目のベルの音。

 

今日は、土下座行脚に出なくてはと思っていたのに……。

あ、土下座相手が来てくれたのかな?

 

冷静そうに見えるのかな? ちょっとみほが、恨めしそうに見ていた。

 

……しかし、惜しかった。

 

「はい、どちら様?」

 

ドアスコープから、外を覗く。

いきなり開けないのは、危ないと昔みほに言われたからである。

決して怖いからじゃない。

せめて心の準備が欲しいとか、そういう訳ではない。

 

いやぁ…惜しかった。

 

スコープの向こう。

外には見慣れた人物が、立っていた。

黒い、綺麗で長い髪の毛。

大洗学園、絶対TOP5に入るであろう戦闘力の持ち主。

 

「あれ? 華さん?」

 

「ふぇっ!?」

 

 

 

 

----------

-----

---

 

 

 

 

「朝早くにすみません…」

 

今日は、朝から色んな人が来るなぁ…。

昨日の事だろうか?

確か…

 

「華さん、どうしたんですか?」

 

「いえ、どうにも…隆史さんにお願いがありまして…」

 

「昨日の事ですか? ……ご迷惑オカケシマシタ」

 

さて、地面に頭をスライスしようか?

片膝をつこうとすると、華さんに止められた…謝らせてすら、させてくれないのか…。

 

「昨日、客席前でお母様達とお会いしましたでしょ?」

 

「あぁ…。お付の人と、いきなりぶっ倒れてビックリしましたけど」

 

「あ、人力車の人かな? 新三郎さん…でしたっけ?」

 

「そうです、みほさん」

 

話している最中、いきなりぶっ倒れた華さんの家族の方。

白目むいて、泡吹いてるものだから正直、怖かった。

 

すぐにお付の人は、意識を取り戻したものだから大丈夫だろうとは思うけど…。

すっごい睨まれたなぁ…。彼氏と勘違いでもされたのかなぁ?

華さん良い所のお嬢様っぽいし。

 

すぐに新三郎さんとやらに、華さんのお母さんは人力車に乗せられて、帰宅すると言っていた。

心配した華さんもついて行くと言っていたが、今は心労が酷いので後で連絡すると、言うだけ言って走り去ってしまった。

 

その人力車は、どこから召喚したのだろうか? という疑問はありますけどね!

 

今は、お嬢の顔を見るのが正直辛いです! とか言っていたけど…何かあるのだろうか?

簡単に、口にし確認を取ると、その事が原因らしい。

 

やっぱり彼氏にでも間違われたか。

優花里の時と同じだなぁ…。

 

「えぇ…その時の事ですけど…」

 

「やっぱり」

 

「…で、ですね。隆史さんには、今から私と一緒に…その……私の実家に来て欲しいのです」

 

…え?

 

「……会話の内容を聞いていたらしいのですけど…そんな変な事言っていませんよねぇ?」

 

「そうですね。俺が説教されてるだけでしたしね」

 

誤解を生む内容か?

ただ、俺の事を言われていただけだし…。

二人そろって会話の内容を思い出すけど…変な事言ってないよね?

 

「何でですか? やっぱり優花里の時と一緒で、彼氏とか何かと勘違いされました?」

 

「…初めはそうでした。勿論いいましたよ? …違うと。彼氏とかでは無いと」

 

まぁそりゃそうだ。

本人からの口頭で説明して、誤解が解ければそれがいい。

すぐにでも否定するだろうね。

 

だから、みぽりん。ジト目はやめてください。

 

「私、こういった事に嘘をつきませんから…彼氏では無いと、すぐに信じてもらえました…」

 

「あれ? なら一体なんで?」

 

「…そしたら、更に……それこそ烈火の如く怒り出しまして……その…」

 

「なんですか? 俺に来いって言い出したんですか?」

 

「……そうなんです。今日にでもって」

 

「……」

 

なんだろう。本当に。

俺と華さんの関係については誤解は解けているのだろう?

……本格的に分からないなぁ。

 

うーん。

 

……まぁいいや。

 

「んじゃ、行きましょうか? 今からでも」

 

「え!?」

 

「すぐにでも来いって事でしょ? だから携帯では無くて、直接ここに来たんでしょ?」

 

「……すみません。ありがとうございます」

 

みほに、また俺を借りると頭を下げている。

どこに華さんの実家があるか知らないけど、まぁ行くかね。

 

どうせ今日は、休みだ。

 

「所でみほさん、なんで制服を着ていらっしゃるのですか?」

 

「!?」

 

あ。

まぁ普通突っ込むわな。

 

「…ま、間違えちゃったの」

 

ウフフと笑い、ウフフと返されてる……。

うん、言えるはずもあるまいて。

この二人のやり取りは、結構好きだからボケーっと見ていたい。

妙に癒されるんだよねぇ…。

 

ニゲタイ

 

……本能がそう言っている。

 

なぜだ? 突然そんな事を思う。

 

 

「あ、隆史さん」

 

「なんですか?」

 

出かける用意をしている背中で、華さんが声を再度かけてきた。

なぜだろう…指が震える…。支度をするなと本能が言っている…。

 

「良く意味が分かりませんけど…どうも、お父様も実家に向かっているそうで…隆史さんに伝言があります」

 

「父親!?」

 

「確か……風呂を用意しておく…」

 

…なんだ? 本格的におかしい。

親父さんいなかったよな?

伝言!?

 

「蟹かコンクリぐらいは、選ばしてやるって仰っていました」

 

「」

 

 

「なんの事でしょう?」

 

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました

みぽりんちょっと前進。

次回 五十鈴さんのお宅ご訪問。


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第43話~華さんです!~ 前編

学園艦から、港までの船旅…というには、少し短いかもしれない時間。

華さんと二人きりという状況は結構緊張するな。

 

その船での移動時間。

二人して思い出してみてはいたが、結局分からない。

特段、俺と華さんとの間柄を示すような内容では、無かった為に余計に困ってしまった。

 

分からないならって事で、途中から華さんが出品するという、花の展示会の事に話が変わった。

戦車道を続けながらも、花道もそのまま継続して続けているそうだ。

流れる水平線をボケーっと見つめながら、船内のベンチに座っている。

 

「華さんは、なんだろう…結構、努力の人ですね」

 

「そうでしょうか…?」

 

「そうですよ」

 

華道は、幼い頃より続けて来たのだろう。

お家柄ってのもあるのだろうけど、才能も勿論持ち合わせていたのだろうな。

その才能に胡座をかかないで、努力するような人は好きだ。

何よりも、華さんの性格も。

 

おっとりしているようで、芯が通った性格。

何気に、あんこうチームの戦車道以外での生活の中なら、華さんって柱になってないか?

学校生活然り…普段のプライベートでも。

そういや、華さんって…髪も性格もそうだけど…すっげぇ俺のタイプの女性といえば、女性だよな。

 

…でかいし。

 

黒い笑顔で見られている時は、別だけど…。あれ本当に怖い。

 

……おっきいし。

 

「……」

 

…なんだろう。

若干…いや、華さんのジト目ってかなりレアじゃ…。

というか、何故その様な目で、俺を見ていらっしゃるのでしょう?

 

「…隆史さん。普段そうやって、女性を口説いていらっしゃるのでしょうか?」

 

「え?」

 

「……またですか? いい加減、ワザとじゃないかと思い始めましたよ…」

 

「な…なんの事でしょうか?」

 

努力の人って言っただけだよな? 口説く事になるの?

…基準がわからん。

はぁ…と一つ、大きなため息と共に、目線を海上に移してしまった。

 

「みほさんも大変ですね…」とか「…私、そんなに長身では、無いと思うのですけど…」とかブツブツ呟いていた。

…どうしたんだろ。

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

「…はぁ」

 

華さんが港へ到着後、すぐにまた大きな溜息をついた。

船の降着場を見ながら、今度は頭を押さえていた。

 

「すみません隆史さん。あれ…私の家の者です…」

 

……うん。そんな気はしてました。

 

「華さん」

 

「なんでしょうか?」

 

「華さんの家って、華道の家元だって聞いていましたけど…」

 

「…そうですよ。もっとも、私は今は勘当されてしまってますけどね」

 

「……先程、お聞きしましたね。聖グロとの練習試合の後ですよね」

 

「えぇ。隆史さんにお会いした時、勘ぐられてしまったのは、少しビックリしましたね」

 

「…まぁ…それはそうと、もう一度お聞きしますけど…」

 

「…はい」

 

「華道ですよね?」

 

「はい、華道です」

 

「……最後に組とか、つきませんか?」

 

「…つきません」

 

はい、到着した港。

黒塗りの車が2台。降着場の降り口の前に鎮座してますねぇ…。

何あれ…すげぇ高級車…。

車とかに疎い俺にでも、高い車ってのは分かる。

…あれ完全にあっちの方が、ご愛用する奴だぁ…。

 

何故皆さん、黒服のスーツを着ていらっしゃるのでしょうか?

一般客がすれ違う度に、ご迷惑おかけします!って叫んでいる為、一般客の皆さんは苦笑いだ。

実際怪しすぎて、苦笑いするしかないのだろうけど…。

 

「お嬢!」

 

その中の一人が、華さんに気がついた。

新三郎さん…だっけか?

あの時とは違い、この人もスーツ姿だ。

お嬢って華さんの事だよね?…すげぇ違和感が無い、呼ばれ方をされていますね。

いやぁー…。

一緒にいる俺をすっげぇ睨んでますねぇ…。

船からの階段を降りた先、すぐに駆け寄って来た。

 

「お嬢! お迎えに上がりました!」

 

「…なんですか。この大層な出迎えは。いつもの人力車は、どうしたのですか?」

 

「いえ! そこの男を逃がすなと…旦那様から仰せつかりまして…奉公人男衆一同で、お迎えに上がりました!」

 

「……お父様から?」

 

わぁ…、皆さんにすっごい熱烈な歓迎をお受けしてますねぇ…。

すっげぇ睨まれてる。

それに釣られてか、こちらを振り向いた華さんと目が合う。

 

「…隆史さん。逃げるんですか?」

 

「……逃げる理由が、ありませんよ」

 

そうですわよねぇ…って、ボソっと呟いている。

またその会話と華さんの呟きに、華さんの家の人達から、再度殺気が放たれたる…。

……本当に…なんでしょうかね。

 

「それに、私はすでに勘当された身。この様な出迎えを受ける、謂れがありません。実家には私達だけで参ります」

 

「しかし、お嬢!」

 

…派手な歓迎で、完全に一般客の方々が萎縮してしまっている。

華さんは、頑なに出迎えの車に乗る事を拒否し、奉公人の人達と言い合ってしまいだした。

…華さんは、変なスイッチが入ってしまったのか、頑なに拒否をしている。

ここまで頑固な人だったのかぁ…。

う~ん。

 

「華さん」

 

「隆史さん?…なんでしょうか?」

 

俺が華さんに声をかけた時点で、また周りのから…もういいや、めんどくさい。

適当に流そう。

呼ばれた理由が分からなければ、俺も対処のしようがない。

 

正直、この手の連中の扱いには慣れている。

まぁ…主に被害者側からの立場だけど…。

 

どうしたら大事にならないかとか…回避するのは得意だった。というか慣れた。

まぁいくら睨まれた所で、多分この人達は本職じゃ無い。

本職の方達のクレーム処理は、昔の仕事の一つだったからなぁ…。

いやでも見分けがつくようになったよ…。

 

華さんは、会話の内容から、どうにも俺を心配してくれている様だった。

様子が、いつもとやはり違うのだろう。

…しかし時間が惜しい。

 

「もういいから、お言葉に甘えましょう?」

 

「しかし…」

 

「大丈夫ですよ? 別に…袋頭に被せられて、親指を拘束バンドで止められた状態で、手錠もされてませんし…。ほら! 両足も自由です」

 

「……新三郎?」

 

「し…しませんよ! しませんってば、そんな事!!」

 

華さんに睨まれた新三郎さんが、ブンブンと頭を振っている。

映画か何かで見た…とでも思ってください。

 

「ここだと目立ちますし、何より他の方達に迷惑が掛かりますからね」

 

「…………隆史さん。たまに凄い遠い目をなさいますよね…」

 

笑って誤魔化す。

そんな目してるかなぁ?

 

人に迷惑が掛かるというのが、効いたようだ。

渋々承諾をしてくれた華さん。

 

しかし、車に乗り込もうとすると、「お前はこっちだ」と、俺だけ後続車に乗せられそうになった。

あ、やっぱりか。

これ、本当は俺が彼氏か何かかと、誤解が解けていないんじゃないのだろうか?

 

すると華さんは、突っ立ていた俺の手を引いて、自分が乗るはずの車に俺を引き入れて乗車する。

勝手に後部座席へ。……華さん、メチャクチャ動きが早かったよ?

 

二人乗車すると同時に、バタンとドアを閉めてしまった。

 

「ご要望通りに車へ乗りました。早く出してください」

 

「お嬢、しかしそいつと一緒ってのは…」

 

新三郎さんが、外から何かわめいている。

そんな彼を放っておいて、運転手へさっさと出せと、めいれ……い……。

 

 

「お嬢!?」

 

「華さん!?」

 

あ! 見た! この華さんこの前ちょっと見た!

いやぁ…更に強力だァ…。

 

「…理由も何も言わないで、呼び出しておいて…。挙句、お客様である、隆史さんに対してこの扱い……」

 

 

「「 」」

 

 

……あの…車の窓ガラスにヒビが、入ったんすけど?

 

 

 

「…いい加減にしなさい」

 

 

 

「「 」」

 

しほさん、千代さんはもちろん。

みほ、まほちゃん。

愛里寿もそうなのだろうか?

 

家元ってのは、何か特殊な職業か何かなの!?

 

 

……本気で怒らせちゃダメな人が、俺の中でもう一人増えた。

 

 

 

 

 

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---

 

 

 

 

 

応接間…なのだろうか?

一体何畳あるんだろうって、数えたくなる程の広い部屋。

すっごいド派手で豪華な襖を見て、西住家とは趣が全く違うなぁって…どうでもいい感想が浮かぶ。

五十鈴家に到着早々に、そんな大広間に通された。

華さんと仲良く、横並びで用意された座布団に座っている。

 

反対方向。

 

上座には、同じく二組の座布団が並んでいる。

…二人来るのか…。

お父さんとお母さんかな?

ちょっと異常事態だと、流石に気がついている…。なんで?

俺なんかやったっけ?

 

こんな広い部屋。

華さんと二人っきりの状態。

 

横で、目を伏せている華さん。

 

この無言の…空気が……。

 

「……なぜでしょうか?」

 

「え?」

 

目を伏せた状態で、こちらを見る訳もなく…自分に話すように突然口を開いた。

 

「…確かにあの様に、お客様に対して無礼な仕打ち…。怒って当然…ですのに……」

 

「……?」

 

「………あそこまで怒りを感じるモノなのでしょうか?」

 

「あの?」

 

「え? あ、はい? なんでしょう?」

 

「……いえ、何でもないです」

 

「?」

 

…逆だ。

違う、多分一緒だ。

 

なぜだろうか…。なんとなくわかった。

華さんも思った事、無意識に喋るタイプだ…。

ワーイお仲間だぁ…。

 

不思議そうな顔をする華さんは、もう特に怒ってはいないようだった。

無言で過ごす、移動中の車の中は、そりゃもう…すごい空気だった。

…華さん、目を見開いて運転手をガン見だもの…。

 

「……お母様」

 

若干の恐怖と共に、送迎の車の中での回想をしている内に、いつの間にか襖が開いていた。

華さんの呟きで気づき、顔をそちらに向けると、着物を着た女性が、青白い顔をして立っていた。

…いや、俺と目が合った瞬間、顔が真っ赤になった。

うん。すっげぇ睨んでくる…。

 

そのまま、ゆっくりと用意されていた上座の座布団に座る。

 

終始無言。

目を伏せている。

 

麩の外では、新三郎さん…といったか。その奉公人が俺を睨みながら、座っている。

俺、ここまで話した事も無い人に、恨まれる事したっけか…。

 

「……お母様」

 

華さんから声をかけた。

もう少しこの状態が、続くかなと思ったけど、華さんから口を開く。

しかし、これに無言で答える母親。

 

「……」

 

「一体、どういった理由で、私達をお呼びになったのですか?」

 

「……」

 

「新三郎達の出迎えも…少々目に余る物がありましたし…一体、何なのですか? どのようなおつもりですか?」

 

「…時期にお父様もいらっしゃいます。本題は、それからです」

 

「そこです。全国フラフラなさってるお父様が、なぜ態々彼にお会いに帰ってこられるのか?」

 

「…何故?」

 

彼。

 

俺の事だろうな。

視線が集中する。

どうにも部屋の外にもいくつか気配がする。

奉公人が集まっているみたいだ。多分…出迎えの人達って…正装していたつもりだろう。

 

俺、本当になにしたの!?

 

「…共学の学校になんて…入れるんじゃなかった…」

 

「お母様!?」

 

泣き出した……。

 

泣き崩れた…!?

 

座った状態で、完全に前のめりになり、嗚咽を漏らしている。

 

この歳の女性が、本気で泣いている…。

えー…。これ……俺のせい?

 

「あの時、強制的にでも家に縛っておけば……こんな男の毒牙にかけられる事も無かったはず…」

 

「」

 

え…毒牙って…。

 

華さんすら呆気に取られているのだけど…終始事情が全く分からない為、リアクションに困る!!

 

「あ…あの、隆史さん。私を毒牙にかけたのですか?」

 

「」

 

訝しげる訳でもなく、極普通に聞かれた…。

 

俺に聞かないで!!

俺も、全く状況が分からないですから!!

 

「勢いで勘当してしまったとはいえ、大事な一人娘……」

 

姿勢を直し、俺を改めて睨み直す。

 

「それを…こんな、不埒な男に!!」

 

…不埒ってのは、初めて言われたなぁ…。

 

「そちらの下衆の素性は、全て調べました」

 

「下衆って…」

 

「」

 

これも初めて言われたなぁ…。

 

「そんな女性に対してだらしが無い男との間に…み…身籠るなど……ましてや、その歳で…」

 

 

……ん?

 

 

子?

 

子を身籠る?

 

えー……。

 

「あの…お母様…仰る意味が分かりません…」

 

華さんは、まだよく分かっていない様だけど、「子を身籠る」ってフレーズが、すっごい引っかかった。

何回も、華さんとあの時の状況、会話内容を振り返っていたので、すぐに思い出せる。

彼女の母親が、倒れた時の最後の言葉……。

 

もう一度、あの最後の言葉…。

 

『「できてしまった事」は、仕方ありません。……ちゃんと「責任」…取ってください』

 

思い出した瞬間…カッチリと違和感が、全てが当てはまった。

 

……。

 

…できてしまった…………責任。

 

 

子。

 

子供。

 

赤ちゃん……。

 

赤子…。

 

歯車だろうが、パズルのピースだろうが、例えなんて、何でもいい…。

綺麗に当てはまった。

 

分かった…納得がいった。奉公人から、この母親の態度まで全て。

 

そりゃ当然だ…。

 

「隆史さん? どうしました? 顔色が優れませんが…」

 

 

最悪な誤解。

 

 

「奥様」

 

麩の外から声がした。

新三郎さんとやらの声だろうか?

 

「旦那様が、ご到着しました」

 

「…分かりました」

 

もう一言も喋らず、俺を一瞥し部屋を出て行ってしまった。

いやぁ…ゴミを見る目で見られるのは、もう慣れてしまったのでいいんだけど…。

 

こうして部屋に華さんとまた、二人きりになってしまった。

…今のうちに事情を説明しておかないとまずいよな…。

 

「……いくらお母様でも、殆ど初対面の隆史さんに不埒やら、下衆やら…」

 

ブツブツまた言ってますけど、ちょっといいですかね!?

 

「……華さん」

 

「あ、はい! なんですか?」

 

「…華さんのお母さんとの会話で、俺が呼ばれた理由が分かりました」

 

「え? 本当ですか?」

 

「えー…はい。お家の人達…。大会会場で華さんの言った言葉に……その。すごい誤解をしているみたいです…」

 

「その様ですけど…。でもお分かりになったのですよね? なんですか?」

 

…なんというか、すっごい無邪気に聞いてくる。

答えが分かった。教えて! 教えて!って感じで…。

まぁ答えは最悪だけど…。

でもこれ、ストレートに言っていいのだろうか?

ぬ…。

 

「あのですね…」

 

「はい! なんですか!?」

 

やめて! そのキラキラした目やめて!!

なんか今日は、華さんの学校では見ない顔をよく見る気がする…。

 

正直に言おう。

経験上…隠したら、それこそ後々絶対めんどくさい事になる…。

 

「…どうもお母さん達の認識では、華さんは…」

 

「私?」

 

「…妊娠しているそうです。」

 

「え?」

 

「それで、その父親が俺……って事になってるみたいです」

 

「はぁ…」

 

「……つまりですね」

 

はい。敢えてストレートに説明しました。

はい。推理というか、俺が死刑執行になるであろう経緯を、説明させて頂きました。

あの時の言葉。

華さんのお母さんが、倒れたタイミング。

 

そういった関係だと勘繰られるのは、華さんもいい気分はしないだろうけど…。

思いっきり性のお話デスカラネ。

 

そういった誤解をされてもしょうがないセリフだし、申し訳ないですけどハッキリと言っておいた方がいいと思った。

 

「隆史さん」

 

「…はい」

 

「それは無いでしょう」

 

「え!?」

 

「いえ、流石に…それは無いですよ。面白い事を仰言いますね。でも私も一応女です。そういった冗談はちょっと…」

 

…嘘だろ? え?

少し顔を赤らめて、少し笑いながら…そして少し怒りながら、んな事言ってますけどね!?

 

「いやいやいや! 完全にそうですって! 華さんのお母さんも言ってましたよね!? 子供とか身籠るとか!!」

 

「隆史さん……飛躍しすぎですよ? いくらなんでも…」

 

「いくら俺でも、そんな冗談言いませんよ!! ただセクハラしただけじゃないですか!!」

 

「違うんですか?」

 

「違いますよ!! 華さんの中で、俺は一体どういう扱いになってるの!?」

 

必死の状況説明を再度しました。

絶対この理由だと。

 

「んじゃ無きゃ親父さんまで、俺に会いに出張ってこないでしょ!?」

 

「……」

 

うーんと、それでも、考え出してしまった。

なんで!? 繋がってしまえば後は、すっごい簡単な答えでしょ!?

 

「そうでしょうか?」

 

「そうですよ!!」

 

「でも、私と隆史さんは別に、恋人関係とかでも無いと、説明しましたよ?」

 

「だから余計に怒ってるんですよ!!」

 

はい。3回目の説明です。

俺、クズ。華さん被害者。俺、ゲス。

 

そこで理解してくれた…。やっと…。

なによ俺。華さんにセクハラしてるようにしか見えないじゃない!!

 

…再三説明したのに……渋々納得って…。

 

 

「あっ! でも、それでしたら話は、簡単では無いのでしょうか?」

 

「……何でですか」

 

「私、隆史さんの部屋に一人で行ったこともありませんし…、私の自宅に招いた事もありませんわよね?」

 

「……」

 

「戦車道の練習や試合もありますし…特にお母様は、私が日々欠かさない、日課の事も知っていますし」

 

「……」

 

「そんな…その…。男女の逢瀬を遂げる時間など無いと、説明すればよろしいのでわ?」

 

「……」

 

すっげぇ穴だらけの解決案を提示されました…。

嬉しそうにしないで…絶対それ通りませんから…。

 

「華さん」

 

「はい?」

 

「まず人目をはばかるのですから、お互いの部屋に行っていないと証明できません」

 

「えー…でも、『後ですね』」

 

「男はその気になったら、何時でもそこがホームグラウンドです」

 

「……」

 

「ですから、証明できません!」

 

「……隆史さんの仰る意味はわかりませんが、ロクでも無い事を仰っているのはわかります」

 

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

「……」

 

「お父様」

 

はい、親父様ご到着。

華さんのお母さんが退室したのは、親父様をお迎えに行ってた為だった。

無言で麩を開け、そのまま二人揃って、正面迎えの座布団に座った。

 

なんだろう。

普通に入ってきたな。

 

そして普通に座ったな。

襖を開けて入室した直後、走ってきてぶん殴られるかなぁとは、思っていたのに。

 

というか…。

 

「華さん…お父様って…その、格闘家か何か?」

 

「…はぁ……一応、アレでもお父様も、五十鈴流華道の師範です」

 

はい。体付きがやべぇ。

華さんのお父さんは、なんというか…紺色の普通の着物を着ていた。

なんつーか、浪人みたい…。

こんな金持ちのお宅のご主人だから、もっと豪華な着物を着てもいいと思うけども…。

 

それよりも気になったのは、その体格。

着物越しでも、俺には分かる…。

 

骨格から、首筋、胸元。

華道の師範だよね? 

なんでそんなに、筋骨隆々なんすか?

 

座布団の座り方も、正座とかではなくて、即胡座だった…。

膝に肘をつき、手の上に顎を載せて、前屈みに俺を睨んできた…。

 

ここまで、一言も無し!!

 

「久し振りに会った娘に、一言も無しですか? お父様」

 

「……」

 

あ…あれ? 華さんに言い方に少し、棘がある。

こういう喋り方って滅多に…というか、俺にしかしなかったような気がするのだけど…。

 

「久しぶりだな、華」

 

「……えぇ、お久しぶりですね、お父様。今度はどこをフラフラなさっていたんですか?」

 

「」

 

えー!? 

 

ちょっ!?

いきなり喧嘩腰!? 華さんどうしちゃったの!?

父娘中、悪いの!?

 

「…華」

 

「……」

 

お母さんから、静かに名前を呼ばれ、口を閉ざした。

よくよく親子関係に巻き込まれるな…俺。

あ…今回その中心が俺だ…。

 

「…さてと」

 

特に姿勢を正すわけでもなく、姿勢を崩した状態で本題を口にした。

 

「まず。そこの小僧。尾形 隆史って言ったな」

 

小僧って…。

 

「…はい」

 

「自己紹介も何もいらん、俺が良いと言うまで口を開くな。お前の事は全て調べて来た。ここへ到着するのが遅れたのもその為だ」

 

淡々と説明し、始終睨みつける親父様。

…本当にこの家、ヤクザ絡みじゃないよね?

 

「…「全て」調べてきた。全く…光源氏の再来ねぇ…」

 

ぐ…。不本意な二つ名を呼ばれた…。

ここ最近、俺の個人情報ダダ漏れだなぁ…。

 

「では、華」

 

「…なんですか」

 

睨みつける華さん…。

なに? こんな敵意剥き出しの華さんも初めて見る。

 

「まず、お前の勘当を解く」

 

「……え?」

 

「それから……先程学校に、直接退学届けを出しておいた」

 

「なっ!?」

 

小僧の事を調べるついでに寄ってきた…と言っている。

この人、大洗の学園艦にいたのかよ。

 

「今週中に、家に戻って来い。これからの事は、それから考える。以上だ」

 

「か…勝手な事を言わないで下さい!」

 

少し乱暴な物言いだったけど、淡々と話す親父様。

 

退学届を出しておいた…って。

 

その場に、思わず立ち上がる華さん。

手を握り締めて、それこそ父親を睨みながら叫ぶ。

…華さんが叫んだ。

 

「今、学校がどんな状況かご存知ですよね!? もうすぐ決勝戦だと言うのに…ふざけないで下さい!」

 

「…戦車か」

 

「そうです! 皆さんとここまで頑張って来たのです。ただの誤解なんかで……た…退学……出してきたって……」

 

退学届けをすでに出した。

結果報告のみ。

 

青くなって、その場にまた座り込んでしまった。

目を見開いて、下を向いてしまった。

 

…うん。

 

「お前達が、無責任な行動をして招いた結果だ。……華の友人達には悪いが、親としては華の身体を優先する」

 

「…何を誤解しているか存じませんが……人に指を指されるような事なんて!!」

 

…ま。

 

親なら同然といえば当然だろうか。

こんなでかい家の一人娘。

 

身籠っているってなら、高校なんてさっさと退学させ、産ませるなら家に入れる。

戦車なんて、持っての他…って奴だろう。

勘当を解いて家に入れるってなら、産ませる方向で話が進んでるんだなぁ…。

 

あ~…それで、俺余計に睨まれてるのかぁ…。

 

それに…。

 

退学届を出してきた……ねぇ。

 

直接…ねぇ。

 

ふーん…。

 

この親父…。

 

「それでだ。次はそっちの小僧」

 

「お父様、話を聞いてください!」

 

華さんの言葉すら、聞く耳を持たない様な態度で、体ごとこちらを向く。

 

「……」

 

無言で睨まれているのに、もうなんか…怖いとかそういった恐怖感が沸かなかった。

この人の「嘘」で、なんとなく分かった。

 

「選んだか?」

 

「…何をですか」

 

「蟹かコンクリ」

 

若干嬉しそうに言ってきた。

なんというか…。

 

「……で? どうする小僧」

 

「……」

 

睨み合い…というか、自然とそうなった。

この人の思惑が分からないけど、なんだろう…。

 

いくら親でも…いくら誤解だとしても……。

 

 

「……お前、五十鈴家に入れ。高校ぐらいは卒業させてやる。卒業したら……華と籍を入れろ」

 

 

「「 !? 」」

 

 

あ…華さんとお母さんが、こっち見た。

 

「あ…あなた!? こ、こんな無頼の下衆を五十鈴家に入れろと!? やめてください!」

 

「華を、未婚の…しかも父親も分からない母親にさせるつもりか? 華とこいつを会わせる会わせないは、別の話だけどな」

 

「ぐ……し、しかし……こんな…」

 

…このお母さんは、何も聞かされていないのだろう。

ただ、悔しそうに俺を睨む。

 

「華さん…」

 

「……なんでしょう?」

 

力なく、こちらを振り向く。

なんだろうか…。

誤解とは言え、こちらの話を聞く前に、全ての事柄を済ましてしまった様な言い方。

この華さんの姿を見ると……。

 

……。

 

悪趣味だな。

 

……腹が立つ。

 

「誤解だと、言わないんですか?」

 

「……あ」

 

退学の言葉のインパクトが強すぎて、忘れてしまっているのだろうか?

 

まぁ俺が意見するのも、火に油を注ぐ様な気もするが。

 

多分、下衆等散々な言われ方だし、客観的に見れば俺が一番の悪者だろうな。

うん。

……まぁいいや。

 

たまには、感情的になってもいいかな?

 

 

 

「華さんのお父さん」

 

「あ?」

 

 

「なんのつもりか知りませんけど、もう茶番はいいでしょ?」

 

「人の一人娘に仕込んで置いて、茶番だと?」

 

……盗人猛々しい…。

 

まさにそんな風だよねぇ? 俺。

 

でも……。

 

「……あんた。全部分かっていて、こんな悪趣味な嘘つきやがったな?」

 

「……嘘だと?」

 

俺の事、調べてあんなら分かるだろうが。

俺の学校での立場を。

それでいて、動揺させる為にだろうな。

なんにせよ…。

 

「ついて良い嘘と、悪い嘘ってのがあんだよ。くそ親父」

 




はい、閲覧ありがとうございました。



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第44話~華さんです!~ 後編

ガルパン スロット 近所から撤去された…。

撤去前に打っておこうと、休みの度に通ってたら更新遅れましたスンマセン


最後にフリーズ引けたァ

……ごめんなさい


「クソ親父ねぇ…」

 

 お父様が前かがみになって、隆史さんを睨みつけています。

 胡座の為、開いた両足の膝に両手を置いて、覗き込むように。

 なぜでしょうか?

 不思議と敵意を感じません。

 

 むしろ、突っかかって来た、隆史さんの反応を楽しみにしているように…なんというのか、笑いを噛み殺している感じがします。

 それが……余計に癇に障ります…。

 

 隆史さんは、背筋を伸ばし直し、お父様と睨み合っています。

 

「隆史さん?」

 

 彼の横顔を見ると、少し懐かしい感じがしました。

 あの時は、私達は覗き見ていただけですから、彼の背中しか見ていませんでした。

 ですから、実際にお顔を拝見した訳では無いのですけど…。

 

 怒っている。

 

 この怒り方は、あの初めて会った時。

 みほさんの為に土下座までした時と、雰囲気が似ています。

 

 

 明らかに怒っています。

 

 だけど。

 

 それが…少し嬉しい。

 

 それに先程、退学届を出されたと言われた時、目の前が真っ暗になりました。

 全てが、終わってしまったと。

 それも、私の家の……都合なんかで。

 しかし…なぜでしょうか?

 

 不思議とその感覚も収まっています。

 どこか…安心感すら感じている気がします。

 

 …。

 

 

「それと、嘘だったか? 何が嘘だ? 言ってみろ」

 

 あぁ…そう仰っていましたね。

 嘘ですか。

 どこか考え込んでしまって、忘れていました。

 お父様の問いかけで、我に戻りました。

 

 私の視線に気がつかれたのか、隆史さんがこちらを見てきました。

 …いつもと同じく、普通な感じです。

 特に怒っている感じがしません。

 

「あ、あの。何が嘘なんですか?」

 

「……簡単な嘘ですよ。こんな簡単な…すぐバレる嘘までついて、胸糞悪い」

 

 そこまで言って、また顔をお父様に向けました。

 その時また、隆史さんから怒気が伝わってきます。

 

 …。

 

「退学届。どこに出したんですか?」

 

「大洗学園…学校以外にどこに出すってんだ?」

 

「……今日、休日ですよ? 学校やってないですけど?」

 

 あっ!

 

 そうでした…。

 そもそも隆史さん、休日だからって朝早くから、私に付き合ってくれたのでした…。

 

「…投函するだけならできるだろうが」

 

「そうですね。でもそれ、管理している所。どこか知ってますか?」

 

 あー…。

 

「生徒会が管理しているんですよ? しかも俺、生徒会役員ですよ? 俺の事を調べたのなら知っていますよね?」

 

「……」

 

「実際に投函されたとして、明日には分かりますよね? …現場にいる俺が、何もしないと思いますか?」

 

「なんだぁ? 職権乱用か?」

 

「はい、職権乱用ですね」

 

 …ハッキリと仰りましたね。

 そんな隆史さんを見て、お父様が笑いだした。

 声を上げている訳でもなく、口元だけですけど……。

 

 …………腹立たしい。

 

「…まっ。俺以外でも…最高責任者が、実際こんな時期に出された退学届なんて、素直にあの会長が応じるとは思いませんけどね」

 

「あ~、あのツインテールの…どこか飄々とした感じの娘か。話していて面白くはあったな」

 

「……会ったんですか?」

 

「さっきな」

 

 ……何をしているのでしょうか、この父親は。

 

 昔からそうです。

 フラッといなくなっては、フラッと帰ってくる。

 

 どこで何をしているか分からない。

 五十鈴流家元としても…父親としても…。

 

「……学園艦にいた事()()は、本当なんですね?」

 

「まぁな」

 

 なぜか得意げに、顎を撫で始めました。

 

「……」

 

「……」

 

 

 はい。流石に私にも分かりました。

 

 

「…お父様。嘘ってお認めになるのですね?」

 

 はい。顎を撫でる手が止まりました。

 

「あっ!!」

 

 露骨にやってしまったという顔しては、お認めになるのと一緒ですよ……。

 横から、ため息が聞こえました…。

 

「…黙っていれば、杏会長に直接出したのかと思うのに…。なんだかもう…チョロすぎて、腹の探り合いする気も失せた……」

 

「待て! 誘導尋問はずるいぞ!!」

 

「……このおっさん」

 

 隆史さんが珍しく、他人に対して呆れてますね…。

 露骨に態度に出すのは珍しい…。

 こんな簡単な誘導に引っかかるって…呟いていますね。

 

 あぁ…そうでした。

 

 こんなお父様の真剣な態度って、初めて見た気がします。

 まぁ…途中から崩れかけてはいましたが。

 

 大体いつも、ヘラヘラと笑って、誤魔化す人でした。

 人との会話の掛け合いなんて、できるお人ではありませんでしたね…。

 あまりにも家にいませんでしたから、忘れていました。

 

 呆れていた隆史さんが、再度背筋を伸ばしました。

 もう一度、大きくため息をつきましたけど、…ちゃんと顔を引き締めました。

 

「退学届が出されたのだったら、まず華さん本人に直接確認の為に、電話なりなんなり入るでしょうし…」

 

 そうですねぇ…私の携帯には、着信もメールも何もありません。

 一応、確認の為に携帯を見ました。

 

「…後、今回の件。誤解だってのも気がついてましたね?」

 

「…はぁ。……ま~な」

 

 「「え!?」」

 

 黙って聞いていたお母様も、その告白には驚いた様で、私と声が被りました。

 その…肝心のお父様は…。

 

 いじけた様に、そっぽを向いています。

 …子供ですか。

 

 その態度を見た隆史さんの、収まりかけていた怒りが再燃しました。

 声がまた冷たくなりましたね。

 

「おっさん。…あんた、何考えてんだ? 知っていてこの茶番か!?」

 

「…」

 

「俺の事は、この際どうでもいい」

 

「…」

 

「よりにもよって、こんな時期に、華さんに対して退学なんて嘘…」

 

 

 

 

「……よくも吐きやがったな」

 

 

 

 ……。

 

 すみません。

 隆史さん、少し怖いです。

 

 久し振りに見ましたね…本気で怒る隆史さん。

 普段とのぎゃっぷが、非常に大きくて戸惑ってしまいます。

 

 横で正座をしたまま、微動だにしません。

 しかし、すぐにでもお父様に掴みかかろうという気配はします。

 …青筋まで立てて。

 

「……」

 

 なるほど。

 

 麻子さんは、お婆様が倒れられた時、コレを見たのですね。

 話には聞いていましたけど…コレですか。

 隆史さんから、感情的になりすぎてしまったと、仰っていましたけど……これを蝶野教官に向けて、更には言い合ったのですか。

 …実際目の当たりにすると、すぐに想像がつきますね。

 

 他人の為…。今回は私ですけど…。

 

「……」

 

 私の為に、本気で怒って下さるのですね。

 

 ……。

 

 えぇ…正直に嬉しくは思います。

 思いますけど…昨日のお姿の落差が激しすぎて…。

 

 この方はどうして、いつもこうなのでしょうか?

 こう…もう少し…。

 

 

 

「―まず」

 

 お母様が立ち上がり、このお父様と隆史さんの間に入ってきました。

 先程までの青い顔は、もうありません。

 私も考えに耽っている場合ではありませんね。

 

「…華は、この下衆の子は、身篭っていないのですね?」

 

 隆史さんを見る目に、まだ敵意があります。

 その目で隆史さんを見下ろしながら、お父様に訪ねました。

 

 それよりも……下衆?

 

 

「そうだ。お前の勘違いだ」

 

「……でしたら何故、この様な場を設けたのですか?」

 

「……」

 

 仕方がない。

 そんな風に、胡座のままですけど、姿勢を正しましたね。

 

「だってお前…」

 

 そして小さな溜息と共に、理由を話し始めました。

 

「こうでもして、正式な話し合いの場を作らなかったら…」

 

「なんですか」

 

「……お前この小僧に、何をするつもりだったんだよ」

 

「なっ!?」

 

 お母様が青くなっている。

 二、三歩下がり、呆然と立っています。

 

 お父様は頭をガリガリ掻きながら、仕方がないと言った感じで叫びました。

 

「新三郎!!……入って来て、華達に説明してやれ」

 

 …そして静かに、襖が開いた。

 

 

 

 お母様の狼狽振りは、私が戦車道を始めた時の比では、無かったようです。

 …実際に本当に私が、身篭っていると勘違いをされていた様で、同じく勘違いをした新三郎ですら、どうしようも無い程だったようですね。

 そして、試合会場から戻り次第、隆史さんの情報を色々な所に問い合わせ、調べたそうです。

 

 …その一つ。

 いんたーねっとに記載されていた、隆史さんの情報が酷かった様ですね…。

 まぁ…何も知らない、第三者からすれば……まぁ……えぇ…。

 

 心配をして下さるのは嬉しいのですけど…、その酷い隆史さんの情報を元に勘違いをしてしまったモノですから…。

「消さなくては…消さなくては……」を、仕切りに繰り返していたそうです。

 

 お母様は特に隆史さんに危害を加える気は、現段階では無かったそうですけど、このまま時間を置いたらどうなるか分からないと、お父様は急いで戻ってこられたそうですけど……。

 

「百合よぉ…。お前、嫌がらせで米送るのとは、訳が違うんだぞ? それこそ変な連中と付き合いなんぞ持っちまったら、取り返しがつかねぇんだぞ?」

 

 今度はお母様に対して、睨みを効かせながらお説教をするように話しています。

 

 ん? 米?

 

「新三郎から連絡受けて、急いで何とか戻って来て」

 

「……」

 

「こいつの素性調べたら、度肝を抜かれたわ」

 

「…俺の?」

 

 親指で、隆史さんを指しました。

 

「…俺の仕事の、お得意さんが出てきたわ」

 

「え?」

 

「…島田流家元さん。あんなおっかない女、敵に回すのはゴメンだね」

 

 ちょっと聞いた事のある名前が出てきましたね…。

 

「華道って言っても、商売もしてんだよ。玄関先やら何やら…例の迎賓館や、お金持ち様のお宅の華を生けたりな」

 

 ここら辺まで来ると、いつものお父様に戻っていた。

 バツが悪そうに、また頭をガリガリと掻きながら説明をしています。

 

「百合。お前はどうにも気性が激しい所がある。こうやって少しづつでも、ガス抜きしないと、俺が言っても信じねぇだろうが」

 

 ひすてりーは、勘弁してくれと仰っていますね。

 

「しかし」

 

「あん?」

 

 説明を受けている最中も、ずっと隆史さんはお父様を睨んでいました。

 その隆史さんが、お父様に対してまだやはり、怒っているようです。

 

「……華さんに対しての、あのクソ悪趣味な嘘をつく必要は、あったんですか?」

 

「あー…退学の件か?」

 

「そうです。精神的なストレス。ショック。…酷かったと思います」

 

「……」

 

「正直、あの時…華さんが泣いてしまってでもしたら……俺はあんたを、ぶん殴っていたかもしれない」

 

「…ほぉ?」

 

 ……え?

 

 …………えっと。

 

 ……。

 

 

「…あの嘘と、今回の茶番はな、華とお前に対しての戒めでもあったんだよ」

 

「……戒め」

 

 何を…?

 戒め……?

 それに、今はっきりと茶番と認めましたね。

 

「まずは、本当に小僧がどういった人間かってのだな。まぁ…本当に遊びで、華に手出してたらって、疑いが完全に晴れていた訳じゃねぇからな」

 

 まぁそれは、もういいやって手をヒラヒラさせていますね…。

 えぇ…イラつきます。

 

「…親の俺が言うのもなんだけどよ。華……たまに天然が、すっげぇだろ?」

 

「はい!」

 

 隆史さん!?

 はいって何ですか! 即答しましたよね!?

 しかも結構、力強くしましたよね!?

 

「今回の件もそうだが…華」

 

 …急に話をふられました。

 何ですか…もう。

 

「お前、少しは言葉を選べ。…頼むから少し考えてから、発言してくれ」

 

「あ~……」

 

「あ~って何ですか! 隆史さん!」

 

 失礼な! 何も考えていないみたいじゃないですか!!

 

「実際問題、お前の不用意な発言のお陰で、自分の母親を勘違いさせていた。…俺が何も考えなかったら、本当に先程の話になっていたかもしれねぇんだぞ?」

 

 …。

 

「お前はどうにも昔からそうだからな…。去年、俺が浮気していると勘違いされた時も、お前が原因だったんだぞ…。しかも相手はお前って、勘違いされたんだぞ!?」

 

「……華さん。何言ったんですか…?」

 

 き…記憶にありません。

 

「だから今回、百合にもそうだが、少しお灸をすえてやろうかと思ってなぁ」

 

 ……。

 

 …お灸?

 

 嬉しそうに……いえ、楽しそうに仰っていますね。

 

 ……そんな事で? え?

 

 

「…だからって…いくらなんでも、アレは無ぇだろうが」

 

 …隆史さんは、まだ怒ってクダサッテマスネ。

 

「お…お待ちなさい。少なくとも、貴方の女性にだらし無いと言うのも、誤解を生んだ一端。貴方の様な輩に、夫を責める権利はありません」

 

 えぇ…、先程からお母様もヒドイデスネ。

 いくら何でも、誤解だとお分かりになったのですから、その様な物言いは…ドウカトオモイマス。

 

 ナントイウカ…。

 

 お灸…。

 

 そんな事の為だけに、それこそ私に一言言えば済む問題を、こんなに大きくしたのですか?

 

 隆史さんも仰っていましたけど、退学だなんてあんな嘘までついて…。

 

 そうですか。

 

 えぇ、そうですか。

 

 分かりました。

 

 

 

「……」

 

「隆史さん? どうしました?」

 

「…い、いえ」

 

 隆史さんが座布団を持ち、人一人分、私から離れて座り直しました。

 どうしたのでしょうかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…オトウサマ?」

 

「な…なんだ?」

 

 

 本能が察したのか、ちょっと逃げてしまいましたね、はい。

 

 多少感情的になったとしても、もっと言ってやろうとは、思っていたのですけどね?

 この親父の言いたい事は、少しは分かる。

 

 でも、やり方というか、タイミングというか…何にせよ頭にきた。

 やはり、どうにも身内というか…知り合いが、どうにかなりそうになると、自制が効かなくなるな。

 ガキみたいじゃないかと、思う時もあるが、こればっかりは性分だから仕方がないとも思う。

 最近少し開き直ってしまった。

 

 それに、先程言った言葉は本当だ。

 

 実の父親だろうが、知ったことかと。

 男相手だろうから、余計にだろうか?

 

 本当にぶん殴っていたかもしれない。

 

 …はい。

 

 そんな俺のマジギレしそうな状態を、綺麗にぶっ飛ばしてくれました。

 冷静になりましたよ?

 

 えぇ!

 

 ぶっちゃけ怖い!

 

 華さんの雰囲気が、急激に変わった…。

 なんというか、それを中心に場の空気が、歪んでいるようだった…。

 

「お父様は、今回の件は誤解だと分かっていらっしゃった。私達にお灸とやらをすえる為に、隆史さんも仰言いましたが…この様な茶番を開いたと?、」

 

「…おぉ。そうだな」

 

 親父様をまっすぐ見て、微笑みながら今回の件を簡潔にまとめた。

 はい。微笑んでいますね…。

 

 

 

「 ふざけないでください 」

 

 

 

 「「 」」

 

 家鳴りだろうか…なんだろうか?

 ピシッっとした音が、部屋の隅から聞こえきた…。

 姿勢良く、綺麗に正座した華さんが…恐ろしい…。

 

「普段からフラフラと、家にも滅多にいないのに…。この様な時だけ、父親面しないで下さい」

 

 バッサリいったなぁ…。

 

「…いや、華。こんな時だから帰って来たのだけ…ど?」

 

 おい、父親。

 なんで娘にびびってるんだよ…。

 

 

「そもそも、誤解だと分かったのは何時ですか? 私、そもそも隆史さんに異性として、何も感じません。あの様な誤解…心外です」

 

「」

 

 ま…まぁ、二回目だし良いのだけど…。

 

「…華。そりゃちょっと、小僧が可哀想だろ…」

 

 同情された…。

 その同情の言葉にすら、顔色を変えない華さん…。

 

「…何時ですか?」

 

 いいから早く吐けと、催促をする。

 

 …癖なのだろう。

 また頭を掻きだした。一つ大きな溜息をして喋りだした。

 

「はぁ……今朝だな。大洗学園の…それこそ戦車やってる娘達に聞いて回って分かった…というか確信した…」

 

 「「 はぁ!? 」」

 

 …俺と華さんの声が綺麗にハモった。

 

 どうもこのクソ親父は、今朝方から朝早く、それぞれのご自宅訪問で実際に俺の事を聞いて回ったそうだ。

 時間が多少掛かるから、新三郎さん達に…例の黒塗りお車お迎えで、時間を稼ぐように指示を出していたとの事。

 朝っぱらから、女の子の家を一軒づつ回ったそうだ…。

 よく不審者として通報されなかったな…。

 

「それで、杏会長の事を知っていたのか…」

 

「まぁ、なんだ。小僧が、誤解ばかりを生む性格だと分かったしな。…男っ気が皆無だった華が、いきなりこんな事ってのは…おかしいとは思ったんだよ」

 

 ……この親父。

 

「情報は生が一番だな! いやぁ…噂と出回ってる情報と照らし合わせたら、爆笑しちまったよ!」

 

 楽しそうに、今度は隠すことも無く笑い始めた…。

 いや…俺、この親父殴っても文句言われないと思う…。

 

「多分、また変な噂がまた広まると思うが、それはすまんな小僧!」

 

「は?」

 

 え…何を…なんて聞いて回ったんだこの親父!?

 何、楽しいそうに顎なでてやがる…。

 

「いやぁな? ポニテの…生徒会の娘かな? 胸が凶悪な娘な? なんか小僧が、ヤクザの娘に手を出したの?…とか何とか、つぶやいてたからよぉ」

 

「楽しそうに言ってんじゃねぇー!!」

 

 何してんのこの親父!!

 いかん! 柚子先輩に後で、誤解を解いておかないと!!

 

「いやぁ…同じ反応する娘が、結構いたのが笑ったわ!」

 

「」

 

 完全に現在進行形で、絶対に誤解が拡散してんじゃねぇかよ!!

 女子のネットワーク怖いんだぞ!?

 

 …。

 

 笑ってんじゃねぇ!!

 

「…しかしそれも、普段の貴方の生活態度から来る事ではないのですか?」

 

 本当に掴み掛かりそうに、前屈みになった俺を制したつもりなのか、華さんのお母さんが、口をだしてきた。

 なんだろう…。

 もう復活したのだろうか。また座布団に座り直し、俺をまた睨みながら言ってきた。

 

「お母様」

 

「華!?」

 

 今度は、母親に顔を向けた。

 まだ微笑んでいるのが、不気味だ…。

 それに気がついたのだろう。お母さんが、ビビってる…。

 両親揃って…。

 娘の名前を呼ぶ声が、完全に裏返っていた。

 

「まず最初に。…誤解だと判明した時点で、隆史さんを下衆呼ばわりしたのを、謝罪するのが……スジデハ?」

 

「は…華」

 

「隆史さんを見知った方が、隆史さんをどの様に言っても、自業自得でしょうし、正直…楽しくはあるのですけど…」

 

 頬に手をやり、困った様な顔で呟く。

 いや、楽しいって…。

 それでちょこちょこ、黒い笑顔を俺に向けていたのですかねぇ…。

 

「何も知らない、第三者に言われるのは……非常に不愉快です」

 

 あ…あの……華さん? え? どしたの!?

 

 

 

「まず、隆史さんに謝罪をして下さい」

 

「なっ…!?」

 

 

 お母さんが、俺の方をチラチラ見ている。

 多分、こんな華さんは初めて見るのだろうな。

 酷く困惑している。

 

 おい、隣のクソ親父。何を笑ってんだ。

 

 ……まぁ今更、謝罪なんてし辛いだろうな。

 マゴマゴしている。

 何かを言い出そうとはするのだろうが、プライドだろうか? まだ疑っているのだろうか?

 言葉を発するのを躊躇している。

 

 俺は別に、慣れているからそんなに気にしてな……

 

 

「 謝 り な さ い 」

 

 

 ……。

 

 静かに言った。

 

 特に声を荒げるとかでも無く、とても静かに…。

 親に対して、嗜める様に言い捨てた華さん。

 躊躇している母親に対して、イラつきが見える。

 

 はい。メチャクチャ怖い。

 ホラーの域デス。

 

「…確かに隆史さんは、軽薄そうに見えますし、他校の…色々な学園艦に「女性」の仲のよろしい方が沢山おります」

 

 ん?

 

「誰に対しても誤解を生むような発言して……それこそ色々な女性を釣り上げては侍らせて…」

 

 …は…華さーん。

 

「…おかげで、沙織さんの事件以降…私の胃は荒れる一方だと言うのに、挙句前回のテント前の様な事も…」

 

 あの…。

 

 目を閉じて、肩をプルプル震えさせながら、頭が少しずつ下がっていく…。

 手を握り締めてますね…はい。

 

「それを見ている周りの人達の気持ちも、少しは考えて頂きたいと常々思いますし……何故あぁも、女性からの必要以上の「すきんしっぷ」を、素直に受け入れているのとか…」

 

 あ…あれ?

 

「聞いていますか!? 隆史さん!!」

 

「え!? 俺!?」

 

 矛先こっちに向いた!?

 バンッと畳を叩いて、こちらを見てる。

 目がマジデス。

 

「……は…華が、ここまで声を荒げるなんて…」

 

 お母さんも驚く所そこ!?

 

 俺と目が合った為か、我に戻ったのか…。

 華さんも、少し興奮してしまったと、気がついたようで顔を少し赤らめた。

 とにかく咳払いを一つして、また姿勢を綺麗に戻しました。

 

 クソ親父は、先程から完全に笑い出している。

 今度は下をむいて、笑いを噛み殺しながら震えている。

 

「しかし隆史さんは、他人の為に本気になれる方です」

 

 ここでフォローされましてもね?

 え?

 

「…私の友人含め、多分他校の方もそうでしょう。自分をなげうってでも、何とかしてくれる…その人の為に全力を出してくれる…そして怒ってくれる。そういう方です」

 

 若干言葉使いが優しくなった…直後、フッと目線をそらして一言。

 

「まぁ…それが見境なさすぎて、すごい関係性になってしまっているのですが……」

 

 あの…褒めてくれているんですよね?

 フォローしてくれたんですよね!?

 

 遠回しに責められてる気がするのですが!!??

 

「お父様もそうです。隆史さんを小僧呼ばわりは酷いと思います……というか、何を先程から笑っているのですか…」

 

 完全に笑いを堪えられなくなった様で、笑い声が漏れ出している。

 片手で顔を押さえながら、もう片方の手で膝をパンパン叩きながら震えている。

 

「…なんだよ、華」

 

「……何ですか」

 

 笑いすぎて苦しいのか、涙目になっている。

 そんな涙目を挑発する様な目に変え、それでも笑いながら、華さんに凄い事を言い出した。

 

「お前、こいつにもう、やられちゃってるじゃねぇか」

 

「…は?」

 

「はっ! 何が異性として何も感じないだ。いやぁ~…華にここまで言わせるとはなぁ。小僧、お前すげぇな。これで何人目だ?」

 

「」

 

 嘘だよ嘘。ナイナイ。

 

 今の言われ様で、鈍い俺でも分かった。

 

 わかったけど…。

 

「ですから…。隆史さんとは、ご友人です。何でも色恋にしないで下さい」

 

「男女間の友情なんて、あるわけねぇだろが」

 

 華さんの返答をバッサリと一刀両断した。

 ハッキリ言ったなぁ…。

 

「距離が近くなればなるほど、結局はそういった事になんだよ。現にこの小僧は、それで面白い事になってるんだろ? 昨日の「テント前事件」とやらは、その為に起こったんだろうがよ」

 

 

 男女間の友情とやらは、正直俺も否定派だ。

 というか、そうなった…。

 

 友達だと思っていたのに、なんか昨日凄い事になったし…。

 選べって言われたら、俺も選べる。というか、選べた。

 まぁこの選ぶって言い回しは、嫌なんだけど…。

 

 ダージリンや、ケイさん…まぁ、普通にそういった関係になる事に、抵抗は全く無い。

 まぁ…そういう事なんだろう。

 華さんとそういった関係になるのも…まぁ。うん。

 普通に大丈夫だよな。……怖いけど。

 

 でも俺は、みほを選んだ。選んでいる。

 」

 

 

「……」

 

 あ、華さんに睨まれた。

 

「隆史さん」

 

「は、はい!?」

 

 

「 口 を 閉 じ て い な さ い 」

 

 

「」……ハイ

 

 

 華さんの嗜める様なセリフは、ぶっちゃけメチャクチャ怖いっす…。

 さっきのお母さんに言ったセリフも正直、怖かったよ?

 すいません…また声に出てましたか…。

 

「華。お前が、こいつを意識したのは、つい最近…っというか……大洗での誘拐事件。…お前の友達が、攫われた事件の後…辺りだろ?」

 

「……は?」

 

 華さんの声の温度が、更に下がった…。

 というかこの親父、どこまで調べたんだよ!?

 あの事件での俺の事って、ちゃんと隠して欲しいって頼んで置いたのに!

 

「いやぁ実はな、百合が新三郎に命じて、お前を記録していた映像を、俺も見てたんだよ」

 

 「「 」」

 

 あ…お母さんと新三郎さんの目が死んだ。

 

「 お 母 様 」

 

「」

 

 いやぁ…西住家も島田家もそうだけど…金持ちの考えている事はよくわからん…。

 盗撮は犯罪です。

 はい、これは華さん怒っていい。

 

 まぁその事は後にしろと、親父様の話が続く。

 

「あの事件の後、お前の態度…目線。全てが一変した。気が付いてないのか?」

 

 今更だけど、それ今しないといけない話?

 俺本人の目の前でそれ話す事?

 

「あ~お前も鈍感だからなぁ…。んじゃ、そういった目で、こいつを一度見てみろよ。ちゃんと考えてやってみろ」

 

「…は?」

 

 考えてやれと言われた手前、嫌でも少し考えてしまったのだろう。

「考えてやれ」って言い方が汚い。

 俺の為って言い方で、否応無しに考えてくれたのだろう。

 

 親父様を見ていた視線が、俺の目に移動してきた。

 一度考えだしてしまえば、最後まで考えてしまう。

 

 まぁ…華さんに限って無いだろうからいいけど…。

 

「……」

 

 すっごい真顔…。

 

 数秒間、見つめ合う形になってしまったけど、あまりに真剣な目をしているものだから……その……怖い。

 

 なぜだろう。

 なぜ俺はこの場で、華さんに睨まれているのだろう…?

 

「」

 

 しばらく動かいないでいると、華さんの顔が、鼻で笑う…という感じで、一瞬口元が緩んだ。

 そのまま、俺と反対方向を向いてしまった。

 

 

「……!!??」

 

 …どしたの。

 なんで肩が震えてるの?

 

 耳真っ赤ですけど?

 

「あの…華さん?」

 

 流石に心配になった。あの…怒ってません?

 

「ひゃい!?」

 

 あ…あれ?

 さっきのドス黒いオーラが消えてる。

 

「ち…違いますからぁ!!」

 

「…え?」

 

 一瞬こちらを振り向き、なんか涙目で叫び、また顔を反対方向に向けてしまった。

 ここまで、赤くなる人初めて見たよ…。

 

「…違います違います。えー…と、アレは沙織さんの事で…えーと。大体いつも考えてしまっていたのは、どうせまた私の胃が痛くなる様な事になりそうだとか…」

 

「……あ…あの」

 

「そうです! 準決勝戦前だというのにも関わらず、またフラフラ出かけて行ってしまった時とか……み…みほさんが……その……」

 

「え~と…」

 

 ブツブツと早口で呟きだした。

 華さんもそんなに早く喋れるんだァ…とか、失礼な事考えているしか無かったヨ。

 段々と猫背になっていく彼女を見て、そんな事思ってました。

 

「……」

 

「私にはまだ早いといいますか…ありえませんよ…えぇ、ありえませんよぉ」

 

「……」

 

「そもそも! 私にはまだ良く分かりませんし、隆史さんには、みほさんという方がおりますし。沙織さっ! ……また……胃が…」

 

 沙織さん?

 誰に言っているのか分からないが、多分これアレだ。

 考えてる事、口にしてるだけだね。

 自分なりの言い訳であろう言葉が出てくる…ってな感じですかね。

 

「そうですよ…こんな毎回毎回、フラフラ大事な時に限って、他の……じょ……!!」

 

 なんだろう。

 そこまで言って、気がついたように動きが止まってしまった。

 電池が切れたというか、ブレーカーが落ちたというか…。

 上半身をひねり、半身だけ俺に背を向けて、ボソリと言った。

 

「……わかりました」

 

 音声だけが響いてくる。

 そんな感じ。微動だにしない。

 その状態で、小声でつぶやかれると…また華さんに対して恐怖値が上がりますよ。

 

「…えぇ分かりました。分かりましたとも」

 

 ふっふふ! ウフフフフフと、小声で笑いだした…。笑いだした!?

 怖!! こっわ!! カルパッチョさん思い出した!!

 

「私が隆史さんを異性として、見れなかった理由…」

 

 ゆらり、顔だけこちらを向き一言だけ言った。

 

「隆史さん……貴方、父そっくりなんです」

 

「……」

 

 え? 俺とこのクソ親父と?

 えー嘘だー。

 

「毎度毎度、全国どこにでも…知り合いに頼まれたとかで、年中家を空ける父…といい……同じような理由で、みほさん残して、試合前に他県にまで行ってしまわれる隆史さんといい……」

 

「ちょっとまて! 俺とこの小僧が似ている!? こんな偽筋小僧に!?」

 

 クソ親父がそこに食いついた。

 …うん。

 

 今なんつったこのクソ親父。

 

「私、子供心に毎回毎回、帰ってくる父親から、女性物の香水やらの匂いがするのをとても、嫌悪していましたし…」

 

「おら! どうだ小僧!!」

 

 華さんの会話を無視し、おもむろに着物の上を脱いだ親父。

 ふん! っと、腕を前に出し、自信の筋肉を膨れさせる。

 この親父、華道の家元だろう? 何その筋肉。

 そして傷だらけの体。

 

 まぁ……俺としても。

 催促され、挑発されては仕方がない。

 

 乗ってやる。

 

「毎回帰ってくる隆史さんからも、大体女性の香りがしますし……」

 

 おもむろに俺も上着を脱ぎ捨てて、対比出来易いように同じポーズを取る。

 偽筋だと? このクソ親父…。

 

「ぬ!?」

 

「ふん!」

 

 ここの所、忙しくとも日々の鍛錬は欠かさん!

 ジリジリと近づく二人。

 なんだこのシンパシーは。大体見る部位が一緒なのか、交互に見合わせる。

 首筋から、胸筋にかけての筋が…。

 

 …チィ!

 

「なぜ脱いでるんですか!!」

 

 あ。

 

 突然の声に、親父と二人揃って華さんを見る。

 やべぇ…途中から話し聞いてなかった…。

 

「いや…先に脱がれたので…これも礼儀かと……」

 

「どこの礼儀ですか!!」

 

 え…違うの?

 先行を取られたからなぁ…うーん。

 

「ちっ、まぁいい。少しは認めてやる。……偽筋では無かったな」

 

「はっ、クソ親父殿も、歳の割には良い大胸筋…」

 

 認める所は、ちゃんと認める。

 それは向こうもわかっていた様で、人を偽筋呼ばわりをした事をすぐに撤回してきた。

 

 そのまま、パァンという大きな音と共に、強く握手をした。

 

「何、仲良くなってるんですか!!」

 

 

 「「 はっ! 」」

 

「…そもそも二人共、私の話を聞いていましたか?」

 

 「「 キイテタヨ? 」」

 

 はぁん? という様な、見下したような疑いの目が痛い。

 …いかん、若干この黒い華さんに慣れてきた。

 普段のおっとりとした感じのギャップで、この目をする華さんは、これはこれでよし!

 

「…はぁ。隆史さん」

 

 疲れた声で呼ばれましたね。

 なんかスイマセン。

 

「はい…」

 

「お父様は、最初から全て分かっていらしたのなら、やはり私の案で、すぐに済んだ話ではないのでしょうか?」

 

「…お互いの部屋に行ってない、んな事する時間も無いって奴ですか?」

 

 そうですと、返事を貰うと、すぐに横の親父様が反応した。

 …いくら何でも、ここまでやるくらいだし、それで納得するはず無いよ。

 

「…華。それでは流石に、俺は納得しないぞ?」

 

 ほらな?

 

「…どうしてですか。状況が分かっているなら、予想がつくのではないのですか?」

 

「馬鹿を言うな…。男はその気になったら、何時でもそこがホームグラウンドなんだよ!」

 

 グッっと手を握り締め、無駄にいい笑顔と声で叫んだよ…この親父。

 

「貴方達は、親子か何かですか!!」

 

 同じこと言った手前、俺は何も言えません…。

 

 …。

 

 ハーハー息を吐いている華さんの迎え側。

 華さんのお母さんが、ちょっと赤くなっとる。

 

 ……。

 

 考えるのはやめよう。うん。

 

 

「あ。それと華。お前の勘当を解くというのだけは、本当だぞ?」

 

 急に話題を変えてきたな…。

 その件の話も残っていたか?

 

「……は?」

 

「百合から聞いてびっくりしたわ。なんで戦車道とやらやるだけで、勘当なんだよってな」

 

 あー…それは、俺も思った。

 多分その時の現場に俺がいたら、絶対になんかやってたかなぁって思うくらい。

 

「お前が、自身に足りないものを補おうとして、始めた事なんだろ? 別に構わんよ。好きにしろってな」

 

「……」

 

「事実いい感じで、影響があるみたいだしな。生ける花にもそれが出てるってよ……百合が言ってたぞ?」

 

 何かお母さんが、言おうとしているが、それを片手で制している。

 なんだろうか、この親父。結局、その件も収めてしまう腹積もりだったのか。

 

「まぁ、住む所も仕送りもそのままで、勘当もあったもんじゃないがな」

 

 はっはっはと、腰に手を掛けて笑いっている。

 ……。

 でも、俺もこの親父もまだ上半身裸だ。

 完全に、今回の件をまとめに掛かりだした。

 

 が。

 

「……お父様」

 

「おう」

 

「なに勝手に、話を終わらせようとしているのですか?」

 

「」

 

 ……え。

 

 あれ!?

 

「…もういいです。…結局何も解決していません」

 

 華さんは、未だ黒いままの様です。

 えー…今、終わりそうになっていませんでしたか? あれ!?

 

「結局、お父様もお母様も隆史さんに謝罪はありませんし、もはや誤解の件は、私にはもうどうでもいいです」

 

 吐き捨てる様なセリフと共に、お母さんと新三郎さんを睨みつける。

 

「挙句…………盗撮」

 

 「「 」」

 

 約二名が、また絶句してますね…。

 まぁ…うん。いくら娘の事心配だとしてもなぁ…犯罪はいかんヨ。

 

「もういいです…もう結構です! 愛想が尽きました。こちらから、五十鈴家と縁を切ります」

 

 「「「 」」」

 

 あ。絶句しているのが、一人増えた…。

 

「では、もうここには用はありません。今まで育てて頂いて、ありがとうございました」

 

 あ……これマジモンだぁ…。

 

 完全にキレちゃってるよ…。

 綺麗にお辞儀して、もう用は無いと立ち上がる華さん。

 すげぇ…ここまで言い切るか…。

 

「華ぁ!」

 

「待て、華。 お前、生活はどうするつもりだ? 仕送りの蓄えはある…かもしれんが、住む所とか名義はこっちだぞ?」

 

 住んでいる寮なり、アパートなり…まぁ、人質ならぬ物質。

 学校もどうするつもりだと、当然の疑問を華さんに投げかている。

 しかし……クソ親父の方は、お母さんと違い、どこか楽しそうだった。

 

「それは……あっ。隆史さん」

 

「はい!?」

 

 急に振られた…。

 他人事みたいに聞いていた訳でも無く、多分一時の感情に身を任せての発言だろうから、冷静になったら何とかしようとは思っていた。

 が、いきなり俺に振られてちょっと焦った。

 

「……責任。取って下さるのですよね?」

 

「………………ハイ」

 

 言ったけ!? 言ったっけそんな事!?

 いやいや、そりゃ自身がした事ならいくらでも責任取るけどさ!!

 有無を言わさぬ笑顔で、聞かれたのでYESで、答えるしか無いでしょうよ!!

 

 …こりゃ一種の脅迫だよ。

 

「…では、そういう事ですから、心配は御無用です」

 

「は?」

 

 ちょっと待って…何言うつもりだ…。

 

「隆史さんが、養って下さるみたいです」

 

 「「「「 」」」」

 

 すっごい良い笑顔で、言い切った…。

 キラッキラしてる…。

 

「少なくともこれで、住む所は大丈夫ですね」

 

「」

 

 ふーって。何安心した顔してんの!?

 

「ちょっ!? 待ちなさい華! 意味は分かって言ってるのですか!? え? 同棲!? え!?」

 

 完全に取り乱して、オロオロしているお母さん…。

 それとは、反対に何か察したのか、笑いだしたクソ親父。

 

「いやいやいや!! ちょっと待って、華さん!? え? どういう事!? 俺ん家に来るつもり!?」

 

「責任取って下さるのですよね?」

 

「だからって、寝食を共にするのは、流石にぶっ飛んでますですよ!! 意味わかって言ってますか!?」

 

「あら、日本語が変ですよ?」

 

 いつもの華さんに、いきなり戻った…どういうつもりだよ…。余計に怖いよ!

 

「…それとも隆史さんは、私と寝るのはお嫌ですか?」

 

「言い方ぁ!!! 意味分かって言ってんですか!!??」

 

 流石に洒落にならんから、全力で止めようと、それこそ叫びながら立ち上がる。

 視界に入った、お母さんは……泡吹いてる…。

 華さんが感情的になると、一々発言が恐ろしくなるな!

 

 死角から、もう一人の親。

 ……クソ親父が俺の肩に手を置いて来た。

 

「な。俺の気持ちも分かるだろ? 心配になるだろ?」

 

 今回のこの茶番の事だなよな!?

 何、爽やかな顔して言ってやがる!!

 

 分かる! 分かるけども!!

 

 ウフフと笑ってはいるが、完全に正気では無いだろう華さんを共見る。

 なんでこう…動きが被るかな…この親父と…。

 

「なんですかぁ?」

 

 「「 …… 」」

 

 あー…みほに何て言おう…こりゃダメだ。

 目がマジだ。

 

「もういいですか? では参りましょうか? ……隆史さん?」

 

「」

 

 どうしよう!? ほんっとにどうしよう!?

 大洗学園に来て、何気に一番厄介な事になってる!!

 なんで腕組むの!?

 

 

「なぁ小僧」

 

「……なんですか」

 

 何が言いたいんだよ。

 ニヤニヤすんなよ!

 

「……華に手を出すなとは言わんが、遊びで手を出したら……本当に蟹かコンクリ選ばせるからな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 --------

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 ---

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在。

 大洗港。

 

 学園艦へ帰る為の船を待っている。

 まだもう少し掛かりそうな為、近くのベンチに座って休みながら待っている。

 

 五十鈴邸からの脱出後は早かった…。

 ほぼ引きずられる様な形で、俺は華さんに連れ出された。

 

 当然、家の者は追ってくる。

 それすら無視をして、ツカツカと俺の手を引き、さっさとタクシーを拾い、ここまで逃亡に成功した。

 というか、この港から船に乗るしかないのだから、先回りされていると思ったのだが、ここには誰もいなかった。

 

 あのクソ親父が何かしたのだろうけどな。

 今回の件、何か楽しんでいる様な感じが強かった。

 

「……」

 

 すでに日は沈み、黒くなった海と、地平線の片隅に光る街の灯を眺めている。

 …はい。

 

 華さんが一言も喋ってくれません…。

 今も両手で顔を覆い、ベンチに座りながら蹲っているようですね。

 

 他の客はいない。

 夜の待合室のベンチは、完全に俺達の貸切状態。

 

 よって!

 

 ……気まずい。

 

 その気まずい状態をしばらくの間、維持継続するしか無かったが、ポーンと、電子音と共に電光掲示板のランプが光った。

 船の到着を知らせるランプ。

 この港に、もう少しで到着するという合図…。

 

 どうしよう…。

 

 もう余り時間がない…。

 俺も俺で、これからの事を考えないと……。

 あと20分程で、船も到着する。

 いい打開策も見つからないまま、時が過ぎてゆく。

 

 あぁ…。

 

「…ん」

 

 視線を感じた。

 いつの間にか、華さんは顔を上げこちらを眺めている。

 普通。至って普通。

 

 ポーカーフェイスなのか、何なのか。とにかく普通。

 その始終無言だった華さんが、やっと口を開いた。

 

「…隆史さん」

 

「はい。なんですか?」

 

「……今回は、大変ご迷惑をおかけしました」

 

 目を伏せ、少し赤みが残る顔を下げられた。

 

「いいぇ…。ある意味、俺の自業自得でしょうし」

 

 華さんのとんでもない発言からとはいえ、完全にこれは身から出た錆だろう。

 でもなぁ…俺としては、本当に普通に接して来たつもりでの事だから…。

 どこをどう、注意していけばいいのやら…。

 

 華さん実家の茶番劇は、結局の所、誤解は解けたのだろう。

 解ける事は、解けたのだろうけど…今度は、勘当状態が更に酷くなったヨ。

 

「あの…私も勢いとは言え、隆史さんにご迷惑をかける発言をしてしまって…これでは、あの元父親の言う通りですね…」

 

「」

 

 ……普通に元父親って言った。

 この人も頑固だよなぁ…。親子って似るものなんだなぁ…。

 

 その場の勢いで、勘当を言い渡した母親。

 その場の勢いで、絶縁を言い渡した娘。

 

 …親子だなぁとしか、言い様がない。

 

「先程の言葉は、忘れて下さい。住む所も何とかしますから…」

 

「……何とかって、どうするんですか?」

 

 嫌な予感しかしねぇ。

 

「ほら…今は夏場でしょう? ですから公園とか『アホですか!?』」

 

「あほ!?」

 

 まったく…。

 

「馬鹿な事を言わないでください。それにあの親なら、住む所も仕送りも止めませんよ…。シレッっと普通に帰ればいいんですよ」

 

「嫌です♪」

 

 笑顔で返された…。

 やはり頑固だ…こりゃ絶対に帰らん。

 

 本気で家に泊めるか? 無い無い。流石にみほに悪い…。

 もうそれは浮気とかどうのの問題じゃない。

 お人好し通り過ぎて、ただのバカだ。

 

 …最悪、みほの家に泊めてもらって…もしくは沙織さん呼んで…。

 いやいや。会長に頼んでみるか? あの人なら住むとこくらい…。

 

「…」

 

「な…なんですか?」

 

 またジーと眺められている。

 少し目を細め、睨まれる様に。

 それに気がついた俺と目が合うと、今度は閉じてしまった。

 

「…勢いで言ったとはいえ、ご自宅に転がり込む様な発言。お嫌ですよね…」

 

「嫌と言うか、みほに悪いし…何言われるか分からないし……最悪刺されそうだし……」

 

 頭を掻きながら、携帯を取り出す。

 みほへ先に、連絡をしておいた方がいいだろう。

 現在の状況を、説明しておこう…。

 

「……それは、みほさんとお付き合いをしていなかったら…どうしてました?」

 

「え? まぁ…最悪俺が、車で寝泊りすりゃいい話ですし……」

 

 電話の方がいいか?

 メールにしとくか…。

 通話最中に、また華さんの不用意な発言が炸裂するかもしれんから…。

 爆弾ですかこの人は…。

 

「つまり泊めてくれたんですか?」

 

「…アパートに殆ど寝に帰っているような感じだし、寝泊りは車すれば、問題無いでしょうし」

 

 あれ? これなら、みほも納得するかな?

 

 ……しねぇな。

 はっ! する訳ねぇ…。

 

 

「そうですか…」

 

「ちょっと今、みほに連絡してみますよ。今日くらいは泊めてくれると思いますから」

 

「……無理にでも、帰れと仰らないのですね」

 

「はっはー…今回の件で、華さんが頑固なのは分かりましたから…。まぁ…今日くらいは、何とかしますよ…。ただ明日、冷静になってもう一度、電話でもいいから親と話す事。それが今日、見逃す条件ですからね」

 

 そう言っておけば時間は稼げるだろう。

 俺の所に、本気で転がり込むつもりは無いだろう。…あの発言は、親へのあてつけだな。

 

 どうするつもりか、多分考えてなかったんだろうな。

 稼いだ時間で、やはり会長だ。杏会長に頼めば、生徒会の不思議な力で何とかしてくれるだろう!

 

 ……

 

 …………

 

 あれ?

 

 黙っちゃった。

 

 突然の沈黙が、気味悪かった。

 華さんを見てみると、また俯いていた。

 

 目は髪で隠れて見えない。

 髪から覗く耳だけが、少し赤くなってるなぁ…って分かるくらい。

 

「…色々と、元父親から言われて考えてみたのですけど」

 

 …やはり元父親。

 こりゃ俺からも、もう一度あの両親になんか言っておいた方がいいかな。

 

「仕方がありませんが、納得してしまいました。……納得できました」

 

「何がですか?」

 

 怖っ。

 現状態の華さんには、何を言われるか分からないのが怖い。

 どうにも言い回しが無く、直球でこの人言うからなぁ…。

 だから寝るだの、責任とれだの…誤解を生む様な発言が、バンバン飛んで……というか投下してくるのだろう。

 

 

 

「どうやら私。隆史さんが、好きみたいです」

 

 

 

 足元で、携帯の落ちた音がした。

 丁度どこからか、着信があったのだろう。

 バイブで震え、ガタガタとした音も聞こえる。

 

 

「異性として、まったく意識しておりませんでしたが…」

 

「」

 

 

「先程考えて、少しでも意識してしまったら…もうダメでした」

 

 笑顔でこちらを振り向いた。

 スッキリした顔をしています。

 

 すっごい直球で言われてしまった。

 言葉が出ない…。

 

 

「あぁでも、どうこうする気はありませんよ? 隆史さんには、みほさんがいますからね?」

 

「」

 

「みほさんだからこそ、納得しているのでしょうね…。私もそうですし」

 

「」

 

「ですから、余りお気になさらず。私が言っておきたかっただけですから」

 

 無理です! 無理に決まってんでしょうが!!!

 切り替え早すぎですよ!? え?

 

 華さんの発言は、色々と……こう……どこかしらに、一撃必中なんだろう…。

 そして大体それで、大破する…。

 

「みほさんだから納得できる…ですからね? 隆史さん」

 

「……」

 

 もはや呆然とするしか無かった。

 

「隆史さんが、浮気したり…。別の方と付き合ったりしたら……」

 

 嬉しそうに…。

 

 先程までの感じも無く。

 

 本当に嬉しそうに、輝く笑顔で言われた。

 

 

 

「私、どうするか分かりませんからね?」

 

 

 

 




はい。閲覧ありがとうございました。

次回から決勝戦へとのお話になっていきます。

あ~あと、なんか本当にR-18EPを見てみたいというのが増えたので、
ちょっと考えて見ました。
過去の話の別ルートですね。

……悲しみの向こうへ、紐なしバンジーの展開にしかならないというか…
しほさんメインでいってみると、確実に泥沼化した……。
気が向いたら描いて見ます。
……本当に読みたいものなのかと思いますが…。まぁはい。


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第45話~来客万来です!~☆☆☆☆☆

 学園艦ヘ向かう船の中。

 行きと帰りで、色々変わっていると実感させられている。

 

 さっきから、華さんは鼻歌交じりで、俺の横に座ってるし…。

 いやね、殆ど他の客がいないないから、貸切状態というのもあるんだろうけどね?

 席、すっごい空いているんですよ? なんで…わざわざ……。

 ほんの1時間前と、状況というか、態度も含め色々あからさまに違うよね?

 

『今回色々と決まった報告なんだけど、今大丈夫かね?』

 

「…なんすか」

 

 もう一つ、電話口の向こう側で上機嫌に通話をしているハゲ頭の声が聞こえる。

 日本戦車道連盟のハゲ頭だ。

 華さんの衝撃の一言と同時に、掛かってきた電話は、こいつからだった。

 

 正直、無視をしたかった。

 こんな状況で、悠長に話す事でも無いだろうと…。

 

 だって…。

 

 

 ― どうやら私。隆史さんが、好きみたいです ―

 

 

 すっげぇ笑顔で言われた!!

 好かれていた理由も何もかも、わっかんない!!

 いやね? 嬉しいよ? 素直に嬉しいんですけどね?

 

 その一言から、俺もうまく話しかけられないので、無言の空間が続いていた。

 まほちゃんみたいに、腕組んできたりとかは、しないのですけどね…。

 常に俺の三歩後ろを、歩くようになったり…その割にベンチ座ったら、普通に零距離で横に座ったり…。

 

 もうね…始終笑顔なの…。

 憑き物が取れたような……それはもう晴々とした、いい笑顔じゃった…。

 納得したと言っていた。何に納得したか知らないけど…ここまで、変わるものなのか?

 

 ベンチに座ってカタカタ震えていた辺りで、しつこく鳴り続ける電話に仕方がないからでたら、このハゲ頭だ。

 ただ無言で座り続けるのも、ただ辛いだけだった為、電話に出ては見たのだけど…。

 電話の向こうでは、まだ嬉しそうにガハハと、笑っているのがまた腹立つ。

 正直、会話なんて半分以上聞いていない…。

 

『じゃ、撮影日は決勝戦後の3日後だからね?』

 

「……はっ! え? 何がですか?」

 

 撮影という言葉で、我に帰った。

 しまった。本当に聞いていなかった…。

 

『いやだよ君ぃ。本当に聞いていなかったのかね』

 

 っせぇ! それどころじゃないんだよ!!

 まぁ…電話に出ておいて、話を聞かない俺も失礼だけど…。

 

 

『家元達の水着撮影だよ! 決勝戦後の3日後だからね! しっかり伝えておいてくれよ!?』

 

「…自分で伝えて下さいよ」

 

『君は、もう老い先短い、こんな老人に死ねと言うのかね!?』

 

「……死ね」

 

『ひどい!!』

 

 熊本に俺一人追いやった時は、本気で殺意感じたんだけどねぇ…。

 しかもまた苦行を押し付ける気満々かよ。

 

『あぁ! 後は、各学校生徒達の撮影の件だけどねぇ』

 

「…立ち直り早いっすね…なんですか」

 

 いかん、冗談でも普段、死ねとか言わないから、華さんが何事かと、こっちをガン見しだした!!

 

『君のコスプレ案で通ったよ!!』

 

「」

 

 ちょっと待て。

 

『いやぁ~、初めは、各職業の格好してもらおうかと思ったんだけどねぇ…』

 

「待った。待って下さい。俺の案っての、やめて下さい。冗談でもなく本気で!!」

 

『下手すると、より如何わしいと言われてしまってね。ほらナースとかスッチーとか。イメクラか!! って怒られちゃってねぇ』

 

「聞けよ!! というか、あんたの趣味だろ、もうそれは!!」

 

 限定すぎる、しかもスッチーって言い方、古!!

 

『でね。なんか一部の熱狂的な押しがあって、ファンタジー路線でいくって事で、決定になったよ!!』

 

「ふぁ…? あ? ふぁんたじー?」

 

 ファンタジーってあれか? ゲームとかでよくある奴? 勇者とか戦士とか…魔法使いとか。

 

『ほらほら! 戦車1車輌のチーム これはもうパーティみたいなモノだろ? 丁度いいって事で、満場一致で可決されたよ!』

 

「……は」

 

『ん? 何かね?』

 

「その格好をウチの学校の連中にもしろと? それをまた俺に言わせる気ですよね!!」

 

『それだけじゃないよ勿論! 全員通して、パンツァージャケットと何かしらのファンタジー職の格好をしてもらってだね…、一つのパーティーとして1車輌全員一緒の撮影カードも今回は……』

 

 聞け。俺の話を聞け。

 

「……おっさん。妙に詳しいな。パーティやらなんやら」

 

『そっ!? そうかね!? 勉強なんてしてないよ!? ほらっ! これは…その、これの売上で、戦車道の行く末をだね…』

 

「……」

 

『……あんじ…て……』

 

「……」

 

『…その、無言はやめてくれんかね…』

 

「…児玉会長」

 

『な…なんだね?』

 

「…………ビキニアーマーって知ってます?」

 

『……』

 

 ブッ!

 

 切りやがった!!

 

 ファンタジー路線って事は、きわどい衣装も結構あるよな。

 それが、狙いか!!

 一部の熱狂的な押しって、あんただろ!!!

 

 …待て。

 

 待てよ? これも下手すると撮影許可って、各学校も全部俺がやるのか?

 ま…まさかな…、初めにも俺以外にもいるって言っていたもんな…。

 

 テント前の事も有るし…どの面下げて…。

 

「……」

 

 はっ。あのハゲ頭の事だ…。撮影許可取るのも俺になりそうだ…。

 今までの経緯からすると、絶対俺に押し付けてくるな…。

 

 乾いた笑いが、無意識に口らからでる。

 通話が切れている、黒くなった携帯画面を眺めていると、不思議そうに見つめてくる華さんの視線に気がついた。

 

「あの…大丈夫ですか? 少し顔色が優れませんが?」

 

「…はい、大丈夫ですよ」

 

 携帯をしまい、ベンチの背もたれに体を預ける。

 顔色優れないのは、貴女にも原因があるんですけどね…。

 

 …。

 

 まぁ例のチョコ菓子の件は後回しだな。

 

 先に…早いうちに華さんと決着は付けておいた方がいいだろう。

 後に伸ばすと段々と厄介な事になるのは、身を持って知ったばかりだ。

 

 言葉にして言っておいた方がいいのだろうな。

 

「あ…あの、華さん」

 

「はい? なんでしょう?」

 

 …なんだ?

 普通すぎる。顔色が読めない…。

 あれ? 先程、告白されたよな? あれ?

 なんでそんなに普通なの? ま…まぁいいや…。

 

「えっと…先ほどのお話なんですけど…」

 

「え? あぁ。私が隆史さんを好きという話ですか?」

 

「」

 

 直球…。ど…どまんなかぁぁ。

 その、昨日の晩ご飯何食べたっけ? って顔で確認してこないで…。

 …ペースに飲まれている…。いかん…。

 

「あの…お気持ちは、すごい嬉しいのですけど…」

 

「いいんですよ? 私が横恋慕しているだけですから。…言っておきたかっただけですから。気にしないでください」

 

「……」

 

「振られる為に、言った様なモノですから…」

 

「華さん……」

 

 …そういった告白というのも…あるのだろうか?

 でも、先程からの華さんの態度は、至極普通。若干恐怖を感じるけど、さっぱりしている感じだった。

 なら、だいじょ…

 

「みほさん以外だったら、諦めませんけど♪」

 

「」

 

 痛い。

 

 胃が痛い……今までで一番キテル……。

 …薄暗い何かを感じるのは、気のせいだろうか…。

 

「もう…わざわざ、その話題を振り返すなんて…。まぁ隆史さんが浮気しよう……も……の…」

 

「…な…なんですか」

 

 なんだ? いきなりまた考え込みだしたけど!?

 下向いて、口先に指をつけて本気で考え始めてた…。

 髪が邪魔で目が見えない…。

 怖い!! もう何から何まで、華さんが怖い!!

 

「……浮気相手が、私の場合は……」

 

「」

 

 こっわ!!! こっっっわ!!!

 今までと、まったく思考回路が変わってるよね!!

 俺本人目の前にして、言うセリフじゃないよ!?

 特に華さんが、そういったセリフを言うのは、違和感しか無い!!

 

「まぁそれは、それとして…」

 

 強引に話題を変えられた。

 助かった…のか? 自分で話題を降った結果、胃に痛恨の一撃をくらった。痛い…。

 

 ……なぜ俺が息切れを起こしているのだろうか。

 

「先ほどの電話での、会話の事ですけど…」

 

 華さんが、自身の携帯を操作しながら、ハゲとの会話の事を聞いてきた。

 死ねの一言に反応して、そのまま神妙な顔で横にいたものな…。

 通話内容は聞かれていは、いないだろうが…。

 

 あの…何を調べているのでしょうか?

 

 グーグル先生が見えたのですけど…

 

「びきにあーまーとは、これの事ですか?」

 

「」

 

 しっかり聞かれていた…。

 突き出された携帯画面には、見目麗しいキワどい女性の画像が並んでいた。

 

 …。

 

 その先。

 

 突き出された携帯の奥。

 ハイライトさんが不在となった、華さんの目と合う。

 

「どういった会話をすれば、この様な画像にたどり着く会話になるのでしょうか?」

 

「」

 

「…隆史さぁん? もしかして、これを私達に着ろと?」

 

「」

 

 しっかり内容バレてる!!

 生徒、撮影、各学校。

 まぁこれだけ聞けばなぁ…というか、昨日までの察しの悪い華さんは、どこへ行っちゃったの!?

 

「だ…大丈夫です」

 

「……何がですか?」

 

 近づく突き出された携帯を両の掌でガードするが、意味を成さない…。

 チカイチカイチカイ!!

 

「その…どちらかといえば……」

 

「…はい?」

 

 

「華さんは、俺から見れば魔法使い枠なんで……」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

「ねぇタカーシャ?」

 

「…はい」

 

 カチューシャの怒る前に出す、猫なで声で問われる。

 

「……なんで増えてんの?」

 

「…な…なんの事でしょうか?」

 

 もはや、俺の部屋に俺の居場所が無い。

 朝の食卓。台所で立ちながら食っている、俺の背中にそんな言葉がぶつかる。

 

 食卓はもう、女性に陣取られている。

 

 

「私は、昨日みほさんのお宅に宿泊させて頂きまして…その流れでしょうかね?」

 

「…じゃぁ、ミホーシャの家で食べればいいじゃない!」

 

「あら? お邪魔だったでしょうか?」

 

「…そ、そうね! 邪魔ね!」

 

 

 そうです。結局、昨日自宅前に着く頃、みぽりんがお出迎えをしてくれました。

 仁王立ちで…。

 

 予め、メールで事情を説明しておいて良かった…。

 割とスムーズに事は進んだ。

 ふっ。面倒な誤解イベントなんてもういらない!!

 ホウ、レン、ソウは大事だよね! 社会人の基本だよね!!

 みほも色々と、複雑なんだろうね。仁王立ちでお出迎え以外は何も言われなかったし、聞かれなかった。

 ありがたいとは思うのだけど、また? 見たいな目はお辞めください。お願いします。

 

 ……はぁ。

 

 結局その日は、みほの家にお泊り。

 着替えやら何やらは、みほが貸すという事だったのだけど…夜中、やはり着替えだけは取りに行くという事で、車を出してやった。

「格差って、酷いよね…」とか何とか言っていたな。

 あぁ!! みほの胸のサイズの下着じゃあ、華さんには…辺りで記憶が少し飛んでいる。

 ……デリカシーが無いのは、分かっている。分かっていはいるが、言っておかないと、なんか男して負けた気分になるから言っておいた。

 間違っていただろうか…。

 

 で、結局早朝。

 

 …朝飯は俺ん家で、と伝えてあったので、みほと華さんが二人して我が店へ来店してくれましたと。

 まぁ、あの華さんの朝食だ。

 正直どのくらい召し上がるのか興味があった。

 普段の4倍の米を炊き、待機していると…まさかの連日来店…。

 

「来たわ!!」

 

 ちびっこ隊長達来店。

 というか、今日平日!! 大丈夫なのか…。

 

 

「あら? でも私は少なくとも大洗の生徒ですし……他校の方に、邪魔扱いされる謂れはありませんけど?」

 

「ぐっ!」

 

 なんだろうか? 開き直った…と言えるような華さんは…凄かった。

 前から結構はっきりと物事を言うタイプだったのに、それらに拍車がかかったというか何というか…。

 

「ほっ、ほら! カチューシャさんも、本気で言ってる訳じゃ無いでしょうし、早く食べちゃいましょ?」

 

 みぽりんが、フォローを入れとる…。

 ノンナさんは、終始無言…というわけでも無く、みほに合わせて食卓の用意を手伝っている。

 珍しい…みほとノンナさんがペアを組んでいるよ。

 

 はい。今回は、ゴリッゴリの和食デス。超基本和食の朝食です。

 良くある、焼鮭と味噌汁とお新香と……。

 あ。今回ピーマン入れるの忘れた。…チッ

 

 いやぁ…しっかし良く食うなぁ……華さん。

 

 何合食ったんだろって感想しか沸かない。

 漫画見たいな山盛りにして見たものの、普通に完食・おかわりだ。

 何故か、始め険悪ムードなカチューシャも、その食いっぷりに度肝を抜かれ、最終的には爆笑していた。

 なぜアレで仲良くなれる。…まぁ仲良くなった事は良い事だけど…。

 完全に今回、気が付いたら俺だけ蚊帳の外だった。

 女子トークに花を咲かせている4名様。

 

 まぁ、邪魔するのもなんだし、大人しく洗い物でもしようかね。

 食器はその日のその場で、洗って片付ける派だ。…放っておくと、溜まる一方だからね。

 

 あ~…しっかし、例の撮影の件どうしよう…。

 目の前に、その代表である隊長が二人いるけど…改めて言った方がいいよなぁ…。

 

「あ、ごめんね隆史君、私も手伝うよ」

 

 みほが、見かねて手伝いを申し入れてきた。

 これをただ断るのも、みほに悪いのでいつもの様に無言で受け入れた。

 いつもの様に、食器を洗う、拭くの作業分担で黙々と作業を開始した。

 

 なんだろうか…もうこれが普通になってしまっているな。

 自然と小さく吹き出してしまう。

 

「……」

 

「……」

 

「…な……なんでしょうか?」

 

 気が付いたらすっごい見られていた。

 カチューシャとノンナさんと華さんに。

 心無しか、怒ってらっしゃる?

 

 ギリギリ音が出てしまいそうな感じで首を動かし、一応みほの顔も確認してみた。

 

 …笑ってる。

 

 勝ち誇った顔で笑ってる!?

 

「隆史さん」

 

「な…なんでしょうか?」

 

「私も手伝いましょうか?」

 

 ノンナさんが、みほにでは無く俺に直接聞いてきた。

 目が…鋭い光を帯びている…。なんで!?

 

「あ、もう終わりますので…大丈夫ですよ? ありがとうござ…い……マス」

 

「そうですよ? ノンナさんは「お客様」ですから、お気遣い無く座っていて下さい」

 

 みほさん!?

 

「…ソウデスカ?」

 

「ソウデスヨ♪」

 

 ウフフと、向かい合って笑いだした二人。

 

 …あの、みぽりんもお客さんですよ?って言おう物なら何言われるか分からないから、黙っておこう。

 うん。怖いもの。

 

 最近、みほさんのスイッチが、どこで入るか分からない…。

 それは、ノンナさんも同じらしくカチューシャが、若干青くなって困っている。

 これは、牽制しあっているというのは、俺でも分かりますけど…。

 

 どうしてこうなった。

 

「なるべくしてなった。と、しか言いようがありませんね」

 

 何故か、笑顔の華さんに突っ込まれた…。

 あぁ…カチューシャがプレッシャーに負けたのか、俺の足にしがみつきに来た。

 よしよし…好きなだけいなさい…、正直これは俺も怖い…。

 

 何故だろうか。険悪な雰囲気というのが無い…のが怖い。

 この睨み合いならぬ微笑み合いは、カチューシャ達が帰るまで続いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「次はいよいよ決勝戦だ!」

 

 河嶋先輩の挨拶が始まった。

 いつもの練習前の挨拶。

 私達の目の前に、会長達3人が並んでいる。

 はぁ…今朝、一緒に登校したというのに、また隆史君がいない。

 

「相手は、黒森峰女学園」

 

 黒森峰…お姉ちゃんの学校。

 私の通っていた学校。

 

 自然とお姉ちゃんの顔を思い出し、顔が引き締まる……のだけど、昨日のテント前の惨状も一緒に思い出してしまった。

 

「……」

 

 うん。そこには触れないでおいてあげよう…。

 ちょっとイメージが崩れる…。

 

「全校の期待が掛かってるから頑張ってよぉ~!」

 

「本日は全員、戦車の整備にあたれ!」

 

 《 はい!! 》

 

 全員の返事の後に、おずおずと沙織さんが手を上げた。

 

「…あのぉ」

 

「なんだ?」

 

「隆史君はどうしたんですか? 今朝から見えないようですけど…」

 

「ヒィ!!」

 

 あれ? バレー部の…河西さんが、声にならない悲鳴の様な物を上げた…。

 顔真っ赤だ…しかも小刻みに震えてるし…。

 あ…近藤さんもだ。

 

 ……そうか。彼女達も隆史君の「あの状態」の被害者だったよね。

 

「尾形書記は今、来客対応中だ」

 

「来客?」

 

「う~ん。何かね。朝一でまた、日本戦車道連盟の人が、訪ねてきたんだよ」

 

 「「「……」」」

 

 大学に続いて、今度は日本戦車道連盟って…隆史君。裏で何かやってるのかなぁ…。

 

「…大丈夫なのか? 書記の奴、毎回毎回、連盟が付く連中に拉致られてないか?」

 

「そうなの…この前も…なんかヤクザみたいな人が、わざわざ家に素性を調べに来たし……何やってるんだろ、隆史君」

 

 …小山先輩が心配してくれているのは、分かったんだけど…目に若干生気が無い…。

 私も私もと、周りから同じような声が上がる。

 少し話は聞いていたけど、一体何件廻ったんだろ…。私の所には来なかったなぁ。

 

「……すみません…それ、私の父です…」

 

「え!? 五十鈴さんの!?」

 

 申し訳なさそうに、手を挙げる華さん。

 大まかな経緯を説明している。

 昨日の夜、私の家に泊まった時と同じ事を繰り返し、話している。

 

 …その件は、びっくりしたけど困っていた様だったから、二つ返事で了承した。

 断る気は全く無かったけど、もし断ったら最悪、自分の部屋に泊めてしまいそうだしね…隆史君の場合。

 

「…西住ちゃん」

 

「わぁ!?」

 

 いきなり会長に肩を組まれた。

 少し前屈みになるように体重を乗せられて。

 びっくりさせないでください…。

 

「……五十鈴ちゃんの家出の件…聞いたよね?」

 

「…はい。聞きました」

 

「今朝、隆史ちゃんから相談されてさ。五十鈴ちゃんの住む所、大至急用意するから」

 

「……」

 

「…なんなら、私んトコの寮の空き部屋でもいいし……それに最悪、決まらなかったら…泊めるよね、あの男は」

 

「…泊めますね。どうせ寝る時は自分だけ、外の車にでも寝泊りすれば良い…程度に考えていると思います」

 

「……だよね」

 

「……はい」

 

 はぁ…と会長と溜息が被る。

 

 いや…隆史君のいい所でも有るのだけど、正直私の事はどの程度考えてくれているか…ちょっと不安になってくる。

 彼女…わ…私だけど。

 その彼女が住んでいる部屋の下で、居候というか……他の女の子泊めるとか…本気でしそうで、怖い。

 

 お人好し…聞こえは、少し良いかも知れないけど、私からするとちょっと気が気で無いのだけど…。

 

「五十鈴ちゃんも頑固だねぇ…」

 

「ま、まぁ、意思の強いのは、華さんのいい所でもありますし…」

 

 今の華さんの状況が、もし私なら…彼女の様に、笑っていられるだろうか?

 もし、私が勘当されてしまっていたら…私は笑っていられるのだろうか?

 

「後、今回の来客の件は、多分大丈夫だよ?」

 

「ふぇ?」

 

 また考え込んでしまっていたのか、間の抜けた返事をしちゃった。

 

「…誰に呼ばれたか分かった時の、隆史ちゃんの眼がね…死んだ魚の目をしてたから……」

 

「……それは本当に大丈夫なんですか?」

 

「真面目な話じゃ無いから、適当に相手するって言ってたし…多分大丈夫っしょ」

 

 会長からも、乾いた笑いが聞こえた。

 もう…、本当になにをやってるのかなぁ…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 案の定だよ、くっそ!!

 何が、要請班の責任者に任命されたから、その任命書を持ってきた…だ!!

 このハゲ親父!

 

「全国戦車道の男子学生の代表だよ!? 誇っていいんだよ!?」

 

「ふざけないでくださいよ? 要は汚れ役でしょうが! ただでさえ最近俺、風当たり強いのに!!」

 

「そ…そかね?」

 

「女子高生達に、コスプレして下さいね? えぇ全国に出回る写真撮影です。あぁ強制ですからね?って言ってまわるのが仕事だろ!? 死ぬわ!!」

 

「いやぁ…君の場合、各校の女生徒からの評判が、極端なんだよねぇ…だからまぁ…今更一緒かなって」

 

「……」

 

「他の商品開発部の大人達も、あの家元二人に、水着撮影の約束を取り付けたって事で、誰からも文句は出てないから…。家元二人を脱がす事に成功したって事で、君の評価がすごく高くてね」

 

 さ…最悪な評価だ…。

 

「まぁそんな事で、宜しく頼むよ」

 

「……嫌です」

 

 んな暇あるかよ! というか、次負けたら廃校なんだから、俺が関わるのはおかしくないか?

 もっと安定した奴に任せろよ!

 

「まぁまぁ、あ。一枚だけ有る、男性撮影枠に君を押しておくから!!」

 

「……」

 

 

 さて。どこかに鈍器は無かったかな?

 

 

「まて!! 待ってくれ!! 本気の殺意を向けないで!!」

 

「……それだけは、絶対に嫌です」

 

「えー…でも…」

 

「百歩譲って、俺がその責任者とやらをやるのならば、俺の名前が絶対に出ないようにして下さい」

 

「え~…一応、製作者側の名前を出すのが……」

 

「……もし俺の名前が出るような事があれば、両家元に児玉会長から、取引を持ちかけられたと暴露します」

 

「なぁ!?」

 

「取引材料の写真の件で、俺も無事ではすまないでしょうが……はっはー!! 死なば諸共だ!!」

 

「」

 

 おかしな笑い声が出ているな…。

 少なくとも俺がカードなんぞに、なろう物なら間違いなく死ぬ。

 全国のヘイトを一身に受け、俺の周りは生霊だらけになりそうだ。

 

 冗談じゃねぇ…俺は静かに暮らしたいんだよ!

 

 マジな殺意を持って、立ち上がりハゲ頭を見下ろす。

 ただ、コクコクと黙って頷く光る頭を目で追い、俺の条件を飲む事を前提に…仕方ないから責任者を引き受けた…。

 

 後は、逃げるように帰っていったハゲ頭。

 俺本人に了承を取る為だけに来たようだった。

 暇なの? あんた一応最高責任者だろう?

 

 …本当に走って逃げていったな…。

 

 ……。

 

 ……どうしよう。

 

 結構時間掛かっちゃったな。

 まぁいい、どうせ俺に出来る事もあまり残されていないだろうし。

 

 帰りがてら生徒会室に寄ってみた。

 生徒会役員が不在ながら、お役所の様に何人かが書類処理に追われている。

 

 未整備な書類が……なんでこんなにタワー型に積まれてるの?

 

 ……桃先輩の机に。

 

 呆然とその白い塔を見つめていると、他の生徒会員から泣きそうな目で見つめられた…。

 

「……」

 

 仕方ない。

 

 やるか。

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 か…かなり時間がかかった。

 会計報告、会計処理…なんで、あんなに貯めることができるんだろう…。

 ある程度貯まれば、焦って少しは処理に取り掛かると思うのだけど…。

 結局昼休みを跨ぎ、午後になってから戦車倉庫へ到着することになってしまった。

 

 その戦車倉庫へ戻るなり、優花里の興奮気味な声が聞こえた。

 なんだ?

 

「マークIVスペシャルだぁ~!!」

 

 あんこうチームのⅣ号戦車が、茶色に塗装が変更され、横になんか鉄板が取り付けられていた。

 盾……の様な物だけど…なんだろこれ。

 

「カッコいいですねぇ!!」

 

 あ~…俺に気がついてねぇな。こりゃ。

 気がつくまで待って…んぁ?

 

「…おい書記」

 

「あらマコニャン。なにかね?」

 

 遠目で見ていたら、後ろから声をかけられた。

 首に風呂敷を巻いたマコニャン。

 

 あら可愛い。

 

「…………お前、おばあと連絡取り合っているのか?」

 

 マコニャン呼びの突っ込みが無い。

 チッ、寂しいじゃないか。

 でもいくら何でも、いきなりだなぁ…。単刀直入すぎると思うけど…。

 

 まぁ。

 

「あ~。うん、一回だけ入院している病院の近く通ったものだからね、見舞いに顔出したことあるよ?」

 

「…それはすまなかったな。じゃない! その時か? その時なのか!?」

 

 なにを焦っているのだろうか。

 

「いや…携帯の操作を教えて欲しいって頼まれて…、携帯操作の練習に付き合っていたくらいだなぁ。まぁそれで俺の携帯教えたけど…」

 

 マコニャンの顔が青くなった。

 ガクンと両肩を落とし、腕をブラブラし始めた。

 

「それで…それでか……最近やたらとメールやらラインが、来るようになったのは…。しかも絵文字付きになったのは……流暢に携帯操作するおばぁが、気持ち悪いと思っていたのだが」

 

「まぁマコニャンの近状を、たまに連絡したくらいだけど…どした?」

 

「……今日おばぁが退院したんだけどな…」

 

「あ! そうか、今日だったか!」

 

「なっ!? それも知っていたのか!?」

 

「退院する事はね。マコニャンだけじゃ大変だろうから、車でも出しましょうか?って返したら、余計なお世話だと怒られた。…それでかな? 退院日までは教えてくれなんだなぁ」

 

「……」

 

「だから、特段変な事は……おわぁ!?」

 

 いきなり制服のネクタイを掴まれて、前屈みさせられた。

 普通に苦しいのだけど?

 周りに聞こえないようにだろうか、小声で話しだした。

 

 

「書記!! お前、おばぁに何言ったんだ!!」

「何って…いや、普通の会話していただけだけど…」

 

「お前の普通は、非常識な事の方が多いだろうが!!」

「あら、ひどい。…でもなぁ、特段変わった事言ってないよ? ほぼ、携帯操作とマコニャンの事だけ……あっ」

「あってなんだ!? あって!!」

 

「いや…なんか最近、やたらとマコニャンの事を聞かれる様になったなぁ…と思って」

「な…なんだ、私の事って」

「マコニャンの近状を説明するとね、最後に大体…俺から見てどうなのか?って聞かれる」

「…なっ!?」

 

「今日も寝坊しました。今日も遅刻ギリギリでした。たまに寝ぼけて、俺の膝を枕にしますとか?」

「よっ! 余計な事を!!」

 

「大体最後に、お前さんからどう見える?とか、どう思う?とか聞かれるねぇ…なんでだろうな?」

 

「」

 

 あれ? マコニャンの顔が七色に変わったよ?

 

「……お前、それでどう答えたんだ…」

「……」

 

「おいっ!」

「……内緒」

 

「ふっ! ふざけるな!! 本当に何言ったんだ!?」

「あら、やんだ。プライベートですわよ?」

 

「殺すぞ!! なんで私が、おばぁにあんな事、言われないといけないんだ!?」

「だから、殺す殺す言わないの…って、何言われたの」

 

「何? 何って……」

「マコニャン?」

 

「 」

 

 何かを思い出したのだろう…、本当になにを言われたのだろう?

 俺は、毎回猫みたいだの、根は真面目だの…一応当たり障りの無いことを答えていた。

 容姿を聞かれりゃカワイイと思いますよ?とか、普通に…。

 

「書記! お前、西住さんと付き合ってるのも言っているのか?」

「……なんか聞かれたな。いい人いるのかって。…一応、答えておいたけど」

 

「そ れ で かぁぁぁ…」

 

 あら、完全に崩れ落ちた。

 

 本当になにを言われたのだろう…。

 耳は……赤い!

 

「あっ! 隆史君…と、麻子!? 二人共どこ行って……たノォ…」

 

 沙織さんが、このやり取りで俺達に気がついた。

 が、相変わらず沙織さんは、目が俺と合うと声のボリュームが下がっていく…。

 俺なんか嫌われる事したかなぁ…。

 

 あ、うん。今日も良い眼鏡ですね!!

 

「こ…これ、おばぁから…差し入れのオハギ…」

 

 よろよろと立ち上がると、肩の風呂敷を皆に差し出した。

 顔はまだ赤い…のか、青いのか…。

 

「退院されたんですかぁー!」

 

「うん、皆によろしくって…何故か、書記にも」

 

 何故かって…。

 

「よかったぁ~」

 

「決勝戦は見に来るって」

 

 …基本無表情の彼女だけど、目に見えて嬉しそうに報告をしてくれている。

 この娘、沙織さんが誘拐された時もそうだけど、人一倍人情に厚いのだと分かる。

 それが肉親ならなおさらか…。

 

 ま、身体を張った甲斐があったと、今更ながらに実感した。

 

 ガタンッと、今度は真横で音がした。

 なんだろう。見覚えが無い子達だな。

 

「お…」

 

「はい?」

 

「尾形 隆史……」

 

 誰だ? いきなりフルネームで呼ばれたけど…。

 随分と髪の毛が長い娘が、手荷物を地面に落とし、俺を見て硬直していた。

 いや…すげぇ眼鏡だな……。

 

「こ…これが、戦車道界で有名な……」

 

「……」

 

 碌な事で有名じゃねぇな。この反応は。

 

「あ、隆史君。彼女は、今日から新しく戦車道に入ってくれた、猫田さん」

 

 みほが、横から助け舟をだしてくれた。

 彼女の紹介…なのだろうけど…この反応は…。

 まぁ一応挨拶しないと。

 

「あぁ…なるほど…。よ、宜しく…」

 

「ヒィ!!」

 

 ……

 

「あの…猫田さん?」

 

「あ…すみません…。多分噂だと思うのですけど…彼、ネットで…その……」

 

「……」

 

 ハハッっと乾いた笑いが、みぽりんの口から聞こえますね。

 はい、大体察しが尽きましたけどね!!

 

「…一応教えて。俺、なんて言われてるの?」

 

「え~…あの…怒りませんか?」

 

 消え去りそうな声で、モロ警戒しながら言われても……怒るに怒れんよ。

 

「その……触ると妊娠するとか……」

 

「……」

 

「戦車道乙女の敵だとか……」

 

「……」

 

「挙句、高校生すら飛び越えて、下は小中学生から、上は人妻まで幅広く網羅しているとか……」

 

 ガタンと音をだして、久し振りに崩れ落ちた。

 なんで? え? なんで? ある程度予想はしていたけどさ!!

 

「その片鱗は中学から見せていた様で……」

 

 「「!?」」

 

 みほもびっくりしている。

 ……なんで、そんな昔の事まで…。

 

「『西住キラー』の二つ名で、幅をきかせていたって……」

 

「誰だー!! んな事まで言ってる奴は!!」

 

「ヒィィ!! ネットです!! ネットの掲示板の話です!!」

 

 なんだよ、西住キラーって!! 初めて聞いたわ!!

 なんでそんなに、限定的な字名を!?

 

「なぁ…みほ。なぜ目を背ける」

 

「……」

 

 こりゃ、みほは知ってたな…。

 

「毎回、『れっど・すたー』ってハンドルネームの方が、詳しく情報提供してくれるみたいでして……気が付けばまとめサイトも…」

 

「……」

 

 やめよう…忘れよう…。

 多分……死ぬ。俺の悪評を態々見る事ない…。

 

「ちなみにこの方、西住さんの大ファンらしくて、最近ファンサイトまで立ち上げてます」

 

「ふぇ!?」

 

「……」

 

 あぁ…なるほど。

 それで、みほと付き合ってる俺が、攻撃されてる訳か…。

 

 しかし、みほのファンサイトか。

 

「……ヨシ」

 

「よしってなに!? 見ないでね? 隆史君は絶対見ないでよね!?」

 

「ハッハー。ミナイヨ? ホンニンガ、メノマエニオリマスシネ?」

 

「見る気だ…。絶対見る気だ!! 見ちゃダメだからね!!」

 

 ……真っ赤になっている、みほを尻目に、見える…。

 

 遠くで早速、携帯からネット検索しているであろう、優花里はスルーして置いてやった方がいいだろうな。

 うん。目が輝いているからね。

 他の2名…桃川さんと、ぴよたんさん。

 ぴよたんって…本名不明かよ…。

 

「猫田さん、桃川さんと、ぴよたんさん…頼むから鵜呑みにしないで……まぁ宜しく」

 

 「「「 宜しくお願いします… 」」」

 

 微妙な返事と、まだ警戒を解いてくれない3人。

 これも自業自得なのでしょうか?

 

「おー尾形君、ようやくお出ましだねぇ」

 

 この騒ぎを見ていたのか、今度は自動車部がゾロゾロと集まってきた。

 あぁ今回から参加するって言っていたっけ。

 

「自動車部の方々には、ポルシェティーガーで参加してもらう事になった…ってこれは隆史君、知っていたっけ?」

 

「まぁ。一応生徒会だしね。予め聞いていたけど…」

 

 いつもの通り、オレンジのツナギ姿。

 

 で……だ。

 

「それじゃあ、尾形くん」

 

 中島さんが、ほいっと軍手をした手を出してきた。

 

「あーはい。宜しくどうぞ」

 

 そう言って、車の鍵を渡す。

 やったーと、後ろで騒いではいるのだけど、なんだろう…立場が違う気がする…。

 

「…みほ。変な目で見ないでください」

 

「今の、隆史君の車の鍵だよね? どうしたの?」

 

 みほの趣味…趣味だな! 

 その趣味の為、車の鍵にはボコのキーホルダーがしてあった為に、すぐにバレた。

 

「今さ、俺の軽トラの調子が悪いんだよ…」

 

「あ、うん」

 

「自動車部に修理を頼もうかと思っただけ…だよ」

 

 最近、エンジンのかかりが悪いのと、ブレーキ音がちょっと酷かったので、その事だけ相談してみた。

 そうしたら、悪いところよりも、まずどこをいじっていいかを聞かれる。

 はい。会話のキャッチボールができませんでした。

 よって。車検が通る範囲なら好きにいじっていいよと、返答した。

 

「……」

 

「でも、あれだろ?」

 

 後ろで、ハァハァ言いながら俺の車をどうするか相談を始めている。

 

「好きにイジって良いって言ったら、テンションが爆上がりでさ…すげぇ不安で…」

 

「あぁ…なるほど…」

 

 二人して、遠い目をして眺めている。

 何故だろう。キラッキラして楽しそうに相談をしているのは良いのだけど、不安感がいっぱい。

 別の車になって返ってきそう…。

 

「隆史ちゃーん」

 

 今度は会長から「モウイチド」……杏会長から、お呼び出し。

 ……

 某、アンツィオの副隊長といい、頭の中で呼んでいる名称にまで、ツッコミを入れないで…。

 

「うん、あのさ…また隆史ちゃんにお客さんなんだけど……」

 

「また!?」

 

 なんだか今日は、千客万来だな…。

 

 戦車倉庫の入口。

 開きっぱなしの入口に、腕を組んで仁王立ちの人物が、こちらの対応を待っていた。

 

「……」

 

 まっ…て…。

 ホントに本気で待ってくれ…。

 

 外の光を逆光に、顔は影で見えないが、すぐに誰か分かった。

 

 やめてくれ…。

 

 今度は、なんだよ…。 

 

 俺と目が合った。

 気がついたとバレたのか、組んでいる腕を解き、ブンブンと手を腕ごと降ってきた。

 

 やめて…ほんとやめて。

 このメンツの中に顔出さないで…。

 

「隆史ちゃん? 知り合い?って顔真っ青だけど、大丈夫かい!?」

 

「……」

 

 知り合い。

 

 確かに知り合い…。

 

「いいですか、杏会長…」

 

「な…何?」

 

「アレの標準基準は、亜美姉ちゃんの3倍だと思ってください」

 

「は? え!? 3倍!?」

 

 シリアスモードじゃないアレは、俺の中では悪魔を通り過ぎ、魔王だ。

 

 魔王…あぁそうだなぁ。例のチョコ菓子の写真…。

 ファンタジー路線だったか……。

 このままだと、あんこうチームは全員撮影だよねぇ…。

 あれだ…みほは……普段なら僧侶かなんかだけど…、隊長だし…勇者あたりか?

 優花里はシーフで、沙織さんが今回、僧侶とかヒーラーで…華さんが魔法使い。

 んで、マコニャンは…踊り子だな。うん、敢えての踊り子。

 

 はっはー。前衛の戦士が不在だぁ…。

 

「……」

 

 現実逃避を試みたが、やはりダメだった。

 あの存在感に強引に意識を持っていかれる。

 

 腕を振り疲れたのか、そのまま手を腰にやり、相変わらず豪快に大きな声で俺を呼ぶ。

 

 

「よぉ! 馬鹿息子!!」

 

「あれ!? 叔母さん!?」

 

 

 当然みほは、面識がある…。

 やめて! 母親がこんな所に来ないで!! 思春期通り越したとしても、母親が学校でのパーソナルスペースに入ってくるのって堪えるの!!

 

「んやぁ! みほちゃん、おっきくなったねぇ! 久しぶり!! んや? この場合綺麗になったって言ったほうか好感度上がるかなぁ!?」

 

「え…えぇ…お久しぶりです」

 

 みほが引いている…。

 まぁ…みほは、過去のイロイロ俺にやらかした件を知っているので、この場に来る不自然さに困惑しているのだろう。

 

 ……周りは、唖然としている。

 まぁそうだろうな…。

 

「今日は…どうしたんですか? こんな所にまで…」

 

 そうだよ!! 本気で何しに来やがった!!

 

「いやねぇ…散々派手にやっている、この馬鹿の相手を…ちょっと見に来たんだよね!」

 

「相手って…!? あれ!?」

 

 豪快に笑って…なんで走ってくるの? それ助走だよな!? 来んな! こっちくんブッ!?

 

「隆史君!?」

 

 …ローリングソバットされた。

 全力全開だったのだろう、派手な音を起てて吹っ飛んだ。

 …俺が。

 

「この馬鹿息子が、責任を取る相手だね!」

 

「……え?」

 

 吹っ飛んだ俺に一瞥もせずに、嬉しそうに宣言した…。

 

 

「将来の嫁候補!!」

 

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。

戦車道チョコ前進。
各職業で行こうとも思ったのですけど、イメクラ感が強いのでやめました。
まぁ転生物ですし? ファンタジー欲しいですし? まぁこれかなぁって!?
……まぁ、職業は人それぞれですけどね! なんか意見あったらどうぞ!!

はい。本編、ママン登場。
はい。次回、シリアス編入っていきます。
できるだけ、シリアスに偏らない様に行きたいと思います。

ありがとうございました


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第46話~母、来艦です!~

「あ、皆さんごめんなさいねぇ。尾形 隆史の母親ですぅ。バカ息子がお世話になってますぅ」

 

何が「ますぅ」だ、クソ婆。

 

突然現れ、突然蹴っ飛ばし、突然とんでもない事を言い出した、我が母親。

しかも嫁候補だ?

なんのつもりだ。

 

近所に挨拶をするかの様に、皆にペコペコ挨拶をしている。

しかし皆、呆気に取られているのか、茫然として……違う。

ドン引きしてる…。

 

いい年こいてポニーで髪を止め、しほさんと同じのスーツ姿。

 

 

一通り挨拶が終わったのか、こちらを睨みつけに来た。

ツカツカと歩み寄り、そのまま俺の前で仁王立ちになる。

指を差し一言。

 

「隆史。あんたの噂聞いたよ? 何やってんの、みっともない」

 

…昨日と続いて、今日もかよ…。

こりゃ昔の知り合いに、会う度に言われることになるのか…。

 

「まさか自分の息子が、そんな女ったらしの、クソ野郎に見られているかと思うと、情けなくて仕方がいないよ!」

 

戦車倉庫内が、静寂に包まれる。

そりゃびっくりするだろうよ。

少なくとも、俺の体格を蹴り一発で、少しでも体が宙を浮くようなぶっ飛ばし方するような人見りゃな。

 

しかも片手で、俺の頭を鷲掴みにして、無理やり起こす。

なんで皆の前で、説教を喰らわないといかんのだ。…頭にくるな。

 

…両の手を掴み、抵抗するが…くそ。

全力で力を出してるのに、ビクともしねぇ!

 

一方的にまた罵られるか、親子喧嘩でも始まるとでも思ったのか、助け舟が入った。

 

「あ…あの!」

 

「ん? なんだい? お嬢さん」

 

沙織さん?

指の間から確認した。

母さんの後ろで、胸の前で手を握り締めている。

 

「あの…隆史君は、噂…ネットとか見ましたけど……あんな噂にあるような酷い人じゃ…あ…ありません!」

 

「……」

 

いきなりの助け舟に、少し面白そうな顔をするオカン。

片手で俺を掴んだまま、半身だけ沙織さんに向いている。

別に睨んだ訳でも無いのだろうが、オカンの目と合ったのだろう。

 

…おい。怯えさせるなよ。

 

「…ふむ」

 

少し笑みを浮かべ、何かに納得した…とうか、面白そうな顔をした。

 

何を楽しんで…ン?

 

楽しむ?

 

「確かに女性の知り合いは、正直引くほど多いですけど…、だらしなく無責任な付き合いをするような…そんな男の人じゃないです!」

 

…うん。引いていたのか…。

そんな沙織さんを見て、目を細めるオカン。

 

「……ふーん。お嬢さん、お名前は?」

 

「え!?……た…武部 沙織です」

 

完全にビビっちゃってるじゃないか。

流石に見かねてか、沙織さんの意見に賛同して、一部…みほとか、華さんとか…近藤さんとか……一部から賛同の声が上がった。

よかった、みほがちゃんと否定してくれて…。

 

「いいね! お嬢さん!!」

 

突然…空いた手の親指をグッと立てて、満面の笑みで沙織さんに向けた。

そのまま近づき、沙織さんの肩をバンバン叩いて偉そうな事を言い出した。

おい、引きずるな。

 

「よし! 合格!!」

 

「ふぇ!?」

 

「あんな噂、本当だとは思っちゃいないよ。見られているって事実が、情けないんだよ私は」

 

「え…」

 

「こーの馬鹿息子が、器用に何股もかけれる何て思っちゃいないわよ。ちょっと調べれば真実も分かるしね!」

 

「そ…そうですか…」

 

一々、大声で叫ぶように喋るモノだからうるさい。

そういえば、普通に「見られているかと思うと」って言っていたな。

 

「はっはー! どうせ馬鹿息子が、いつもの様に八方美人に愛想振りまきながら、女の子を勘違いさせる発言しまっくって、挙句追い詰められてるってだけでしょ?」

「そうです!」

 

そうですって…。すっごい即答したなぁ…。

勘違いさせるような発言なんて…した事あったっけ?

 

「準決勝戦の時の騒ぎも、コイツがはっきりとしないから、まとめて女の子に押し寄せてきた所に、更に変な噂に拍車が掛かった…って、とこでしょう?」

 

…説明の必要が無いくらい、状況が分かっていらっしゃいますね…お母様。

流石母親…と、いうつぶやきが、何箇所から聞こえた…。

 

「女の子の純情を弄ぶなと、親として一回この馬鹿息子をぶん殴てやろうと思って今回来たの!♪」

 

「…蹴りでしたけど…」

 

「あぁ、そうねぇ。…ふんっ!!」

 

ふぶっ!?

 

腕を振り切ったスイングで、げんこつをもらった。

反動で、また地面に叩きつけられた…。

 

やだもう、この親。

 

「……でもね、お嬢さん」

 

「ひゃい!?」

 

完全にドメスティックバイオレンスな母親にドン引きしながら、怯えている沙織さん。

にげて…。

 

「この状況を鑑みて、少なくともこの馬鹿息子なんぞを、ある程度良く思ってる娘さんもいるとも思ったのよ」

 

なんか凄い事言い出したぞ…。

 

「こいつ、昔から…なぜか、年下と年上にモテたからなぁ…」

 

そなの!? 知らない!! それは知らなかった!!

基本、熊扱いだったから意識した事も無かった!!

 

しかし、なんちゅう事をハッキリと…。

やめて…俺の学園生活を掻き乱さないで…。

 

「ほら! この馬鹿、付き合ってる娘がいるのって前提あるから、余計に悪い噂が立っていた訳でしょ!? それがどんな娘か、親なら気になるじゃない!? あっ!! もしかして、お嬢さん? お嬢さんなの!?」

 

キラキラした目で、沙織さんを見つめている…。

 

「…わ、私じゃ無いです」

 

「そうなの…でもお嬢さんなら、お母さん許しちゃう!!」

 

「ふぇ!?」

 

やめて…マジデヤメテ…。

恥ずかしい…本当に恥ずかしいから…帰ってくれ。

 

「あの…隆史君と付き合ってるのは…『待って!』」

 

「お嬢さんが知っているって事は、やっぱりこの学校よね…。戦車道をやっていれば、自ずと行動も限定されるし…この中にいるの?」

 

「えぇ…はい」

 

「やっぱり!? じゃあ、ちょっと叔母さん、当ててみていい!?」

 

「はえっ!?」

 

確認の為か、沙織さんが俺の目を見てきた。

それを分かってか、俺と沙織さんの間に体ごと入って邪魔をしてきた。

全力で首を振ったのに…。

 

「それじゃぁねぇ…、貴女と貴女と……」

 

楽しそうに、順に皆の中から選別をし始めだした。

…みほも選ばれたけど、完全に力のない笑い方をしている。

流石に付き合い長いだけある…母さんの性格を掴んでいる為、何も言わない。

何を言っても無駄なのは分かっているのか、完全に諦めモードに入ってしまった…。おい彼女。

 

「この中の誰かでしょ!? お嬢さ…武部さんも、答えを聞いていなかったらいれてたわよ!?」

 

「!?」

 

腕を組んで満足そうに、ムフーとか息を吐いている。

やめてくれ…沙織さんもすっごい…あれ? なんで満更でも無い顔してるんだろ。

髪の毛を指先で、くるくる触りだしてマゴマゴしだした。

 

「……母さん」

 

「ん!?」

 

「帰れ」

 

 

……。

 

 

背負投げされた…。

 

…コンクリの地面に投げるなよ!! 下手したら死ぬぞ!!

地面につく瞬間、体を引っ張り挙げられたから、そんなに痛くは無かったので、計算された行動が余計に腹立つ!!

 

「!?」

 

そのまま、両足で完全に、倒れた俺の関節を決めつつも、膝まで使い押さえ込むとうコンボを決めてきた…。

一瞬だけ真顔になったので、本気でやりやがったな…。

そのまま鼻歌混じりで、何人かの生徒を呼び出し始めた…。

選んでんじゃねぇ…。

 

…選ばれた人は。

まず真っ先に、柚子先輩。

 

次にみほ、始めあんこうチーム全員…なんで? 近藤さん、佐々木さん、桃先輩。

杏会長……野上さん…。

 

なにこの選別。

 

 

 

「貴女が、隆史の彼女さん?」

 

柚子先輩から、声をかけた…。

 

「ちっ! 違います!!」

 

慌ててパタパタ手を振っている。

というか、いきなり現れたというのに他の会話も無く、戦車倉庫内がまとめて、完全に母さんのペースに巻き込まれてしまっている。

あ、約2名。選ばれた瞬間、佐々木さんと野上さんは反射的に否定したようで、尋問から外れていった…。

 

「そうなの!? 本当に!?」

 

そして何故食い下がる。

柚先輩が引いているじゃないか。

信じられない…という顔をしているなぁ…。

 

「貴女、胸おっきいし…隆史の好みのタイプなのに…」

 

「ヒゥ!?」

 

やめて……。

先程から、俺のHPがガリガリ削られていく…。

あ、ちなみに俺は、母さんに投げられた後、足だけで関節を決められて組み伏せられている。

うん…動けない。

なんだろう。マゴマゴしだして、チラチラこちらを見てきた。

目が会った瞬間、真っ赤になって固まってしまった。

 

「……」

 

やめて…。

 

あ。会長が無表情だ。

 

「じゃあ貴女?」

 

微笑みながら頬に手を置き、いつもの様にゆっくりと喋る華さん。

 

「…残念ながら私では、ありませんね」

 

痛い!! すっごい胃が痛い!!!

小さく聞こえてくる笑い声が、すっごいやだ!

 

「そうなの? 貴女も隆史からすれば、どストライクなのにねぇ…」

 

残念そうに言うなや!! みほの目が痛い!!

あぁ、くっそ!! 動けねぇ!!

 

「あの…私も違います」

 

「わっ私もだ!! 何故、尾形書記など!! …書記など」

 

聞かれる前に、近藤さんと桃先輩が否定した。

ちょっと近藤さんが、暗い顔をしている。

 

まぁ…嫌だよねぇ…。

 

「うそ!?」

 

口を手で隠し、信じられない! って顔をしやがった。

なんで!? 判断基準何なんだよ!!

よろよろと、近藤さんと桃先輩の肩に手を置きに歩き出した為、俺から離れた!

よし! 外れた! 自由だ!!

 

「貴女達も隆史の、趣味趣向に当てはまるのになんで!!??」

 

「そっそうなんですか!?」

 

「!?」

 

やめて…。二人共顔真っ赤になってるじゃないか…。

息子の趣向を暴露するのやめて…。そしてまた合ってるので否定できない…が。

 

「特に、貴女」

 

桃先輩の両肩を掴んだ!?

 

「貴女、胸大きいし…本当に大きわね……。なんかすっごい真面目そうだし…違うの!?」

 

「ピッ!?」

 

…。

 

……うん、まぁ桃先輩、見た目はすっごい好みだけど…。

 

「あの、隆史君のお義母様?」

 

顔が半分引きつった会長が、オカンと桃先輩との間に割り込んだ。

…ン? 気のせいかな? 何か変な事を言った気がするけど…。

 

「えっと、生徒会長の娘だったわね? 何かしら!?」

 

「判断基準をお聞きして宜しいですかね?」

 

我慢しかねたのだろう。

あの親多分、可能性があると思った相手を、順に上から聞いているぽかった。

その為だろうか? 完全に口の端を引きつらせた笑みを浮かべている。

…あぁうん。会長の事は、流石に……察しがついてきました。

 

「そうねぇ。隆史の好み……簡単に言えば…」

 

「言えば?」

 

やめろ…何を言うつもりだ!

 

 

 

 

「隆史は、黒髪ロングの巨乳眼鏡が好みだからかしら!」

 

「」

 

 

 

…。

 

 

「くっそババア!! いい加減にしろよ!!」

 

泣くぞ!! 終いには本気で泣くぞ!!

 

みほと会長が、ゴミを見る目で俺を見てるじゃないか!!

 

「後は…勘ね。隆史を見る目が、明らかに違うからかしら? 私が蹴っ飛ばした時とかねぇ」

 

本気で楽しんでいるかの様に…いや、完全に楽しんでるな…。

 

 

「あの…隆史さん」

 

「…なんですか華さん」

 

心配するかの様に、御機嫌伺いするかの様に声をかけてきた。

なんだろう…このタイミングで…。

ちょっと俺、瀕死なんですけど……。

 

「私、眼鏡をかけたほうが宜しいですか?」

 

「」

 

本当になんでこのタイミング!?

今言うこと!?

できればフチ無しで!!

 

…ちゃうねん!!

 

「フチ無しですねぇ。考えておきますねぇ」

 

あああぁぁぁぁ!!!! 

声!! 声にでてぇたぁぁ!!

 

言うだけ言って、嬉しそうにパタパタと、小走りで皆の所に帰っていってしまった…。

 

「あの…隆史殿」

 

「………………なんでしょうか? 優花里さん」

 

もう死にたい…。

優花里は、なんの用だろう…。

連続してあんこうチームのメンバーから…。

 

「…隆史殿のお母様って…、もしかして「島田 弥生」殿ですか?」

 

「………」

 

なんで? なんで、優花里が母さんの旧姓と含め、フルネームを知ってるの?

やんだもう! ナニコレ! なんなの今日は!!! 怖い!! もうやだっ!!

 

「…何で知ってるの?」

 

「やはりそうでしたか!! あの伝説のぉ!!」

 

えらく上機嫌の優花里もそうだけど…すっごい引っかかる言い方したな。

伝説…って。

 

「おや、胸がソコソコ大きいお嬢さん! 若いのに私の事知ってるの? うれしいねぇ!!」

 

ソコソコって…。

いやぁ! って照れていないで下さいな。

…そういや何か、あのオカンに二つ名あったな…。

たしか…。

 

「やはりですか。あの方が『車外の血暴者』ですかぁ…」

 

あ。いかん。マニアモードゆかりんだ。

ん?…ちょっと引いているな。

 

「いやぁ! 若い頃の話だから、ちょっと恥ずかしいねぇ!」

 

嬉しそうに何言ってんだ。

年考えろ。何が若い頃だ! 昔はヤンチャでしたって言う奴は、嫌いなんだよ!!

 

「なんかそんな名前で呼ばれていたってのは、知ってるけど…まさか優花里が知ってるとは…」

 

「え!? すごい戦車道界では、有名人ですよ!?」

 

というか、隆史殿ってその御子息だったんですねぇ! って…別の意味のキラキラした目で見始めた。…俺を。

 

「…色々と知ってしまったら、後悔しかしそうも無かった為に調べなかった……」

 

千代さんが言ったくらいだし…碌な二つ名じゃないだろうし…。

すぐに喜々として、説明を始める優花里さん。これは止めれない…。

 

「昔の戦車道はですね、結構過激でして…熱くなった選手どうしで…その、場外乱闘とかも多々あったのですよ」

 

「……待て。もういい、察しがついた」

 

もういい。

この話は、ここで終わりだ。聞きたくない。

 

無駄に母親が若い頃から、格闘技を多種多様にやっていた理由に納得がいった。

というか、戦車道なら戦車の練習しろよ!! 何、いろんな格闘技の多段保持者になってんだよ!!

 

「いやぁ…隆史殿……やはり戦車道に深く縁があったのですねぇ…」

 

「……」

 

目をそらす。なんだろう…優花里が俺を見る目が、少し変だった。

少し嬉しそうに喋る、優花里もちょっと変だ。

場外乱闘の件は、優花里もドン引きしたらしいが、オカンは戦車道自体も剛の者だったらしく、男勝りの気持ちのいい選手だったらしい。

 

……なぜ俺は、母親の説明をクラスメートから聞いているのだろう。

 

「ほら! でも、戦車道って女性ばっかりだし! 護身術の講義とかで呼ばれる様にもなったし! 役に立ってるからいいじゃない!!」

 

「それを俺に向けるなよ!」

 

「力だけでも、私に勝ったらやめたげるわよ! 昔、隆史から言ってきた事じゃない」

 

「ぐっ!!」

 

昔からそうだ。護身術とやらの為に何時いかなる時も、何かしら仕掛けるから捌いてみせなさい! ってよくわからん教育が我が家の教育だった。

故に思う。オカン、あんた戦車道の師範代だろう!? 

……正直、沙織さん誘拐事件の時もそうだったけど…、誘拐犯の車に殴り込みかけるとか…結構キモは鍛えられていると実感するから、一概に役に立たないとは言えないけど…。

 

「力って…隆史殿? なに悲しそうな顔してるんですか?」

 

「…勝てないんだよ」

 

「え?」

 

「ただ単純な力比べで、あの母親にまだ勝てないんだよ! くっそ!!」

 

「」

 

「や~い、見せ筋野郎~~♪」

 

「くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!! 嬉しそうに言いやがってぇぇぇ!!!」

 

悔しそうな俺を見ると、一々楽しそうに燥ぐこの母親。

マジで、どういう体の造りしてるのか分からない。

傍から見れば、普通の主婦なのに…。

 

 

 

「で? お嬢さんが隆史の彼女? 嫁候補!?」

 

「キゥ!?」

 

完全に話の流れをぶった斬り…いや、ある意味元に戻された。

ほら…優花里も困ってるじゃないか…。

 

変な声上げて…。

 

「ちちち違います!! おこがましいです!! 私なんてぇ!!」

 

「あらそう? 貴女も結構、イイ線いってると思うのだけど?」

 

「ひぃぃ!?」

 

ひぃって…。

真っ赤になって、両方の横髪をモジャモジャしてる。

…ちょっとそれ、やってみたいなぁ…。

 

「それにお嬢さん、自分の事を「私何て」って卑下するモノじゃ無いわよ?」

 

待て。何を言うつもりだ…。

何、慈愛に満ちた目で見てやがる。

 

「そこの馬鹿息子が、土下座して頼む位の逸材よ? 貴女は。だから自信を持ちなさい」

 

「そんな! 隆史殿にはちゃんと西住殿がいますし!! ……今更」

 

「え? みほちゃん?」

 

…ん? 今更?

 

「そうです! 西住殿です!」

 

弾みでバラしてしまった。

 

いつの間にか、優花里の両手に肩を置き、慈愛に満ちた表情で見ていた顔が固まっていた。

そういえば、順番的にみほには、少し後ろの方だったな…。

 

あれ?

 

複雑そうな顔をして、黙り込んでしまった。

 

「……あの?」

 

堪りかねて、取り乱していた優花里が声を掛けるも、俺に確認してきた。

 

「……付き合ってるの? みほちゃんと?」

 

「…………あぁ」

 

「…拳の?」

 

……。

 

「なんでそうなるんだよ!! 何で一々そう、脳筋な考えなんだよ!!」

 

「あんたの親だからよ!!」

 

「……」

 

…何も言えなかった。

 

 

 

 

---------

------

---

 

 

 

 

「みほちゃんかぁ…。みほちゃんだったかぁ……」

 

腕を組み、何か考え込むように下を向いてしまった。

今までのハイテンションから、大分テンションが下がってしまったオカンの変わり様に、みほが大分不安気な表情を浮かばせていた。

本当にって事は、知っていて俺をさらし首にする様な事をしたって事か!?

 

そもそも、そんなあからさまに態度を変えたら、みほが可哀想だろうが…。

若干の怒りを覚えた。何か不満でもあるのか?

 

「あのっ!」

 

俺より先に、みほが動いた。

意を決した様な、ちょっとキツめの顔をしていた。

 

…昔ならそのまま不安気にオロオロしていただろうに。

みほは、何気に母さん苦手だからなぁ…。

 

「あ、ごめんね? みほちゃんに不満がある訳じゃないのよ?」

 

その様子に気がついたのか、母さんが謝罪をしてきた。

自分でもあからさまだったと、みほに詫びている。

 

「不安にさせてごめんね? でもね…みほちゃんが、相手ってなるとねぇ…」

 

「な…なんでしょうか!?」

 

「しほと親戚関係になるって、事でしょ?」

 

 

「「 」」

 

 

色々と段階をすっとばした発言をした。

 

「何て事を口走ってんだ!! ここ学校!! いい加減にしろよ!!」

 

「なに隆史!! あんた他の娘と、取っ替え引っ変え付き合うつもり!? ぶっ殺すわよ!!」

 

「んな事しねぇよ!! というか、会話しろよ!! 飛躍しすぎなんだよ!!」

 

もうやだ、この母親…。

完全に身内の話で、この場をかき乱している…。

関係ない他の生徒達が困るだけだろうが…。帰れよ…。

 

マジで帰ってくれよ…。

 

「……」

 

周りを見渡してみたら、何かすごい空気になっているのに気がついた…。

うん。

うさぎさんチームとかばさんチーム辺は、爆笑している人とドン引きしている二種に分かれるのだが…。

自動車部は、ナンカ図面ひいてるけど。

 

……修理だよ? 車の修理に図面必要?

 

うん。

 

杏会長…、近藤さん。なんでそんなに、和やかな顔をしているのでしょうか?

納得というか何というか…。

 

「「親も同じ認識か…よし」」

 

…。

 

なんか呟いていた。

 

「…みほ?」

 

「」

 

いかん。完全に赤くなってフリーズしている。

目は…うん。これ瞳孔開いてないか? 生きてる?

 

「……まっ。いっか!!」

 

散々引っ張っておいて、一言で片付けやがった…。

 

「みほちゃん」

 

「」

 

「みほちゃん?」

 

「はっ!?」

 

あかん。

みほも色々とバグってる…。

 

片手を肩に置き、今度はしみじみとした顔で、声をかけている…。

本当に感情が顔に出るというのか…コロコロ表情変えるな…この母親は。

 

「まぁ…なに? 初恋、実って良かったわね!」

 

「ブふぁ!!??」

 

……えっと。

 

「ちっちゃい頃から、言ってたもんねぇ…懐かしいわぁ…」

 

「叔母さん!?」

 

「幼少時お約束の、お嫁さんになる発言もそうだしぃ」

 

「」

 

…えーと。

 

「本当に懐かしい…何度か、みほちゃんから相談も受けてたもんねぇ…」

 

「やめて!! 叔母さん、やめて下さい!!」

 

あわあわ両手を降り出し、オカンを止めようとするが…まぁ無駄だな。

 

「そうそう! 確かまほちゃんと張り合って、寝てる隆史に一緒に…『本当にやめて下さいぃ!!』」

 

ん? そりゃ知らん。

 

「そうなると、あれがみほちゃん達のファー…『怒りますよ!!』」

 

……何やったみほ。

というか、何をされたんだ俺。

 

他の人間に矛先が向き、第三者目線になると急に冷静になるよなぁ…。

知り合いの年上に、記憶が曖昧な幼少時を、根掘り葉掘り暴露されそうになる現象。

 

よくある光景だけど、当人にすればたまったものじゃないな。

 

「…隆史殿。アレ止めなくて良いのですか?」

 

「う~ん…」

 

「西住殿、顔がすっごい真っ赤になってますよ?」

 

「…正直」

 

「……録でもなさそうですけど…なんですか?」

 

「恥辱にまみれて赤面する、みほを見るのは、すっごい好き」

 

「……言い方が、最低ですね」

 

「言ってる自分もそう思う」

 

普通に照れている、みほを見るのは好きデス。

 

うん。

 

「ああぁぁうぅぅぅぅ……」

 

「はぁぁーー……堪能したわ!!」

 

真っ赤になって崩れている、みほを尻目に満足そうな顔で、額を拭っている母親。

うん。

…家の母親が、ご迷惑をおかけしました。

ちょっと「親子ですね…」と、その母親見ながら呟いている優花里が気になるけどね!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー!! みほちゃんの事も分かったし!! 本日の予定の半分は消化できたわ!!」

 

嬉しそうに腰に手を置き、どこかに向かって叫んでいますね。

なんでしょう…。

すごい惨状になっていますね。

 

みほさんが、今までに無いくらい赤面して、崩れ落ちていますし…。

他の関係ない生徒は、もう苦笑しかしていませんね。

 

……

 

……あら? 今半分って言いました?

 

「書記…いや、尾形書記のお母さん、ちょっといいか?」

 

「あら、何かしら!? 眠そうなお嬢さん!!」

 

麻子さんが、片手を上げて隆史さんのお母様に声をかけました。

今までずっと黙っていましたのに…なんでしょうか?

 

「貴女の息子さんに、変なアダ名で呼ぶなと言ってください。一向にヤメテクレマセン」

 

…隆史さんを指差して、ニヤニヤしてますねぇ。

俺と母さんのやり取りを見て、力関係に気がついたのでしょうねぇ。

 

「ん? どういうこと?」

 

隆史さんに余計な言い訳をさせない為か、普段考えられないくらい早口に自己紹介を済ませ、それに由来するアダ名まで紹介しましたねぇ。

 

「……」

 

麻子さん向いてた顔を、隆史さんにゆっくり動かすと、反射的に顔を背けましたねぇ…。

隆史さんの顔、汗がものすごいですね。

 

…胃痛が無くなったら、この状況がまた楽しく…いえ、純粋に堪能できるようになりました♪

 

「…隆史。あんたまだ、気に入った子にあだ名付ける癖、抜けてないの?」

 

「!?」

 

…。

 

気に入った子。

そう言いましたねぇ。

 

そうですね。

グロリアーナのオレンジペコさん始め…あの方、色々と変なあだ名を付ける女性が多数いらっしゃいましたねぇ…。

それに気づいたのか、今度は麻子さんが固まりましたね。

 

 

「ごめんね、お嬢さん。ちゃんと言っておくから…」

 

「…い、いや……」

 

「でも、貴女よっぽど気に入られたのねぇ…隆史があだ名付けるなんて…」

 

「」

 

麻子さんの動きが、完全に固まりましたね。

 

……。

 

まぁいいです。

 

 

「そういやぁ…昔からそうだったわね。確か小学生の時もいたわよね?」

 

「…小学生? …あっ!?」

 

「昔は、何度か家に来てたわよね? 確か…」

 

「ちょっと待て! それは…」

 

…何か後ろめたい事でもあるのでしょうか?

みほさんを一瞬見て、お母様の発言を止めようとしましたけど…完全に今の顔は焦ってますね。

みほさんも気がついたようです。

まだ顔は赤いですね。

 

「ドイツへ行っちゃった娘だったかしら? エミミンとか呼んでたわねぇ?」

 

「」

 

止めようと突き出した腕が止まってしまいましたね。

えぇ…なんでしょうか?

 

「あれ? 青森の家で、あんた携帯で話してる時…そんな名前呼んでいた時あったわね」

 

「」

 

 

マタデスカ?

 

はい。

 

みほさんが、動きました。

 

「隆史君?」

 

「ハイ」

 

「…エミちゃん?」

 

「…………ヘイ」

 

「その呼び方、私知らない」

 

「……たまに呼んでました」

 

「あれ? 青森って事は、つい最近?」

 

「…た…たまにメールと電話キマス」

 

「……」

 

「……」

 

「そっかぁ…隆史君は、エミちゃんと連絡取り合ってたんだぁ」

 

「ちょっと、色々ありまして……」

 

「元気?」

 

「…はい。「電話口では」すこぶる元気そう…でした」

 

「そっかぁ…良かった」

 

「…やましい事はありませんよ?」

 

「…」

 

「……」

 

…そうですねぇ。また女性の名前がでましたねぇ…。

本当に。

 

またですか?

 

 

 

----------

-------

---

 

 

 

「あ…いけない…。ちょっと遊びすぎた」

 

…すぐ横で、隆史さんのお母様の呟きが聞こえました。

腕の時計を見てますね。

 

「さて…ちょっと、隆史」

 

「……」

 

…隆史さ~ん。青くなっていないで。

呼ばれていますよ?

 

「おい、馬鹿息子!」

 

「お…おぉ!!」

 

ようやく気がついたのか、お母様に呼びかけに反応しました。

 

「さて、ここからが本題」

 

「…じゃあ今までのは、なんだったんだよ…」

 

「一つの目的よ!! ……で、次はもう一つの目的ね」

 

隆史さんの疑問を無視し…生徒会長?

その会長の元に隆史さんの腕を引っ張りながら、連れて行きました。

 

「…大洗学園、生徒会長殿」

 

いきなりでした。

先程までの、気さくな感じは無く、真面目…とも違います。

自衛隊員…、軍人。

その様なイメージ。空気を感じます。

敬礼でもしてしまう様な、ビシッっと直立しました。

 

「ぉ…、はい。なんでしょうか?」

 

急に雰囲気が変わった為に、会長も少し動じてますね。

 

「決勝戦前の大事の時に、大変申し訳ございませんが、息子を数日お借りしますが宜しいでしょうか?」

 

「え……」

 

「はっ!?」

 

「家庭の事情で内情は申し上げられませんが、試合当日には間に合わせる様に努力致します」

 

「「……」」

 

即、文句を言いそうな隆史さん。

しかし、疑問も何も言いませんでした。

 

「わ…分かりました」

 

有無を言わせない。

そんな脅迫じみた雰囲気まで体から発しています。

本当に…先程までの方と同一人物なのでしょうか…?

 

基本、物事に動じそうに無い会長が返事をするだけでした…。

 

「ありがとうございます」

 

静かに頭を下げると、踵を返し隆史さんと後ろを振り向きました。

 

「少し失礼します」

 

少し離れ…と言っても、こちらに向かって歩き、隆史さんの肩を組み、強制的に前屈みにさせ何か話しだしました。

 

……周りには、聞こえないように言ったのでしょが、私には…聞こえてしまいました。

 

「隆史。悪いが今日、島田家へ向かう」

「……なんかあったのか?」

 

心当たりがあったのでしょう。

ですから、先程も驚いてはいましたが、特に何も言わなかったのでしょうか?

 

 

 

 

 

「まぁ今回は、そんなに急いじゃいないから。もう少し後でも良いのだけどねぇ…ちょっと、まだ生徒会長さんに話があるし…」

「…杏会長に?」

 

この話の後。お母様は、会長とまた会話を始めました。。

何枚かの書類…でしょうか? それを渡しながら、先ほどのまた真面目な雰囲気で終始話していました。

 

 

「防犯対策はしておかないとねぇ。まぁ…いいや。要するに…」

「要するに?」

 

 

この後。

隆史さんは、お母様と一緒にまたどこかへ、出かけて行ってしまいました。

 

 

「「島田 忠雄」…あの男が見つかった」

「…あの蛙面が?」

 

 

お母様が乗ってきたであろう、ヘリコプターに乗り込んで。

 

 

「ただ…」

「ただ?」

 

 

いつもの様に、まぁ毎回ですけど…試合前に出かけていってしまうのは…。

…ただ、今回は違いました。

 

 

 

「…意識不明の状態で、発見されたのよ」

 

 

 

試合当日になっても。

 

隆史さんは、帰ってきませんでした。

 




はい、閲覧ありがとうございました。

ルートピンク編を開始しました。
が、メインはこちらですので、あちらはかなり不定期になります。

今回の話書くのもすっごい時間かかった……。

ありがとうございました


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第47話~聖地へ向かいます!~

ルートPINK2話が、思いの他手間取り、時間がかかりました。

やっぱり家元ズは、書いていて楽しい!
……ヒロインのみほさんより、何気にしほさんの方が……。




皆を乗せて、電車は走る。

 

私達の戦車を一緒に連れて。

 

決勝戦の地へと向って行く。

 

……隆史君が叔母さんと、学園艦から出かけて二日たった。

結局、朝になっても隆史君は帰ってこなかった。

 

事前に連絡を入れておいたのか、カチューシャさん達も朝は来なかった。

 

…昨晩、私の部屋で皆でご飯会。

 

優花里さんは、前夜祭だって言っていたけど。

 

験担ぎ…。

私達以外の皆の夕御飯のメニューを聞いて笑っちゃった。

トンカツ、カツ丼……カツカレー。

 

考えることは皆一緒だった。

皆、藁をも掴む思いなんだと思う。

 

「……」

 

私に気を使ってなのか、隆史君の話題はあまりでなかった。

…沙織さんが、アマチュア無線2級を影で努力して、取得していた事には、すっごくびっくりしたけど…その話の流れからだけ。

 

沙織さんから、今度は彼氏の取り方…まぁ、作り方を教えてと…割と真剣に聞かれた時は、ほんとに困ったけど…。

これも気を使ってくれたのかな?

 

 

揺れる電車の中。

 

これから決勝戦。

お姉ちゃんと直接対決。

 

だから…こんな事で…。

こんな、私の事なんかで邪魔はされたくない。

 

しかも…過去の事。

ずっとずっと前の事。

もう沙織さんにも…他の誰にも迷惑はかけられない。

 

「よし、いいか! 各チームに行き渡ったな!!」

 

河嶋先輩が配った一枚の紙。

 

会長も…華さんも、初めは躊躇した。

これを私と……特に、沙織さんに見せていいものか。

遠回しで聞かれたけど、即答で了承した。

 

私も…沙織さんも。

 

大丈夫。

…もう大丈夫。

 

「…いいか? この男は必ず決勝戦、その試合会場に現れるはずだ」

 

《 …… 》

 

試合さえ開始してしまえば、皆戦車の中。

危険は無い。

逆に言ってしまえば、それ以外の時が一番危ないという事だ。

 

隆史君のお母さん……叔母さんが、会長に渡した書類。

 

細かな情報と一緒に載っている、ある男の顔写真。

 

そして久しぶりに見る、会長の真面目な顔。

 

「いいかい? 西住ちゃんのお母さんと、島田さんから私達用に…1チームに最低3人は、ガードの人がついて守ってくれるそうだよ」

 

「そうなの。だから皆、この男の人を見かけたら、すぐに知らせてあげて」

 

「決して、各々で対処するなよ!!」

 

…すごい人数が動く。

私達だけじゃなくて、多分黒森峰側にも、それぞれつくと思う。

 

私達は、この決勝を辞退する事はできない。

勝とうが、負けようが…必ず試合に出る為と、お母さんが協力してくれた。

 

「特に西住ちゃんと武部ちゃん……絶対に一人で行動しないようにね」

 

「「はい!」」

 

特に、生徒会長達。

三人揃って、頭を下げられてしまった。

こんな状況でも、試合に出なくてはいけない。

 

初め、三人から決勝を棄権すると言われた。

…私の為に。

 

当然、すぐに断った。

 

学園鑑と私を秤にかけて、私を選んでくれた…。

その気持ちが、とても嬉しい…。

 

でも大洗学園は、もう私にとっても大切な場所。

 

……守りたい。

 

正直、怖い気持ちはある。

逃げたい気持ちもある。

それは、沙織さんも一緒。

 

けど。

 

だけど…。

 

もう逃げない。

 

皆がいるから、大丈夫。

 

 

私は…私達は、戦う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隆史、今更だけど何? その大荷物。学園艦出る時に、それ貰ってたわね」

 

「…俺の相棒」

 

学園鑑から出発する時、会長からこの大きな箱を貰った。

決勝戦の時、俺に必要なモノだから、必ず持って来てねと、釘を刺された。

ショルダーがついた、結構頑丈な箱。

 

殆ど手荷物を置いてきたので、身一つとこの箱だけだ。

それをランドセルの様に背負っている。

…まぁ、中身は何となく察しがついている。

 

さて。

 

島田流家元・本家

 

夜20時頃、ようやく到着した。

 

乗ってきたヘリを見送った後、千代さんがいるであろう、応接間に向かう。

相変わらず、西住流本家とは真逆…。

 

洋風の大きな屋敷。

大正桜に浪曼の嵐…みたいな感じだ。

 

「さてと、到着~」

 

赤絨毯の廊下を歩き、千代さんがいるであろう部屋の前についた。

鼻歌混じりで、母さんが大きな扉をノックしている。

 

…取り敢えず、呼び出された理由もそうでど…まず、土下座だな! うん! ドゲーザ!

 

準決勝戦のテント本部前で…千代さんにエライ事をしちゃったしね!

…あ。あんなセクハラ紛いの事…千代さんより、このオカンにバレたら殺されるんじゃなかろうか…。

 

「はい、どーん!!」

 

ノックはした。

返事をしないお前が悪い。

と、ばかりにそのオカンが、返事を待たずに両手を突き出すように、扉を開けてしまった。

 

「!?」

 

「おー…なんか、面白い事になってるわね」

 

扉を開けた瞬間。

懐かしい重圧を感じた。

 

応接間の中は…怒気で充満している…。

 

「……」

 

あの…応接間にソファーってあるよね?

なんで、皆使ってないの?

 

そう皆。

 

その応接間の中には、家主である千代さん他…数名がいた。

それは見知った顔だった。

 

そうだなぁ…まず。

 

なんで、亜美姉ちゃん…正座してるの?

 

そして、なんでまたいるんでしょうか? …しほさん?

 

「」

 

腕を組んだ、千代さんとしほさんに、ものすごい眼光で睨まれていた。

扉を開けて、初めて気がついた…かの様に、こちらにをの眼光を移してきた。

 

「…ん? あぁ…隆史君、到着しましたか」

 

「え? あら本当。こんばんわ、隆史君♪」

 

先程までの怒気が、俺に目線を移した途端に霧散した…。

なぜだろう…それが、すっごい怖い。

 

怒気を含んだ視線から外れたというのに、亜美姉ちゃんの肩が、カタカタ震えてる…。

俺達にすら気がついていない…。

 

そしてその横。

すっごい意外な人物がいた。

 

「」

 

白目を剥いている。

まぁ…耐性が無い人にはキツイだろうなぁ。

 

「…ちょっと、なんでここにいるんですか? …アリサさん」

 

ショートツインのアリサさん。

サンダースって全然関係ないよね? というか、貴女完全に部外者だよね?

どしたの…。

 

「」

 

「アリサさん!?」

 

放心状態らしく、呼んだ所で反応がない。

頬をペチペチして、踊躍俺に気がついてくれた。

顔はもう…涙と鼻水ですごい事になってた…。

 

「はっ!? お…尾形 隆史ぃ!?」

 

「…へい。たかちゃんです」

 

「おっ…遅いのよぉ!!」

 

は? 遅い?

 

俺の場を和ませようと、適当に言った言葉が無視されちゃった…。

一瞬背筋に悪寒が走ったけど…まぁ気のせいだろ…うん。

 

「貴方が来るのが遅いから、ひどい目にあったわよぉ!!」

 

「…えっと…? 俺が?」

 

「そうよ! 蝶野さんと一緒に、家元達に延々と説教をくらって……」

 

ゾワッ!!

 

アリサさんと、話し始めたからでは無いのだろうけど……後ろからものすごい殺気を感じる…。

 

え…部屋中の小物がカタカタ震えだしたんだけど…。

あれ? 地震かな? 家元かな?

 

「……貴女。なにを隆史君に文句を言っているのカシラ?」

 

「……お説教で済まされる位では、タリマセンカ?」

 

千代さん!? しほさん!?

 

「「貴方の…………立場と言うものをオシエマショウカ?」」

 

「」ブクブク

 

え!? 何いきなりガチギレしてるんですか!?

素人にそれはまずい! アリサさん泡吹いちゃったじゃないか!

 

 

「ちょ!? え!? 状況が分かんない!! しほさんも千代さんも、ちょっと待って!!」

 

 

 

 

----------

------

---

 

 

 

 

はい。落ち着いた所で整理しましょ。

まず、オカンは楽しそうに笑っているので放置ね。

 

アリサさんは、準決勝戦での俺が酒を被った時の要因として、拉致…もとい、連れてこられて、俺が来るまでということでお説教をもらっていたと。

どうも…その犯人らしき人物は、愛里寿がすでに捕まえたみたいで、色々と確認の為だとも言っている。

騙された様だったけど…大まかな事は、今初めて知った…まぁ…うん。

詐欺とかに引っかからないようにね?

 

で。捕まえた犯人に吐かせた情報によると、どうにも例の酒樽は、俺を怪我なり何なりさせようとしたと言うことだった。

ただ、落とされた酒樽が質量やら重さやらで、ほぼ殺人未遂という事で、愛里寿や両家元達の怒りが収まらないらしい。

心配されていると実感して、嬉しい事は嬉しい。……が、何故か足が震えている…。

 

「愛されてるねぇ~♪」

 

「……」

 

楽しそうに茶化す母親だけど…目が笑っていない。

しほさんによると、母さんにその知らせが入ったのは、昨日だそうだ。

なぜ昨日と、少し遅れて母さんに連絡したかは、後で教えてくれると、今現在は教えてくれなかった。

 

捕まった犯人は、「あの時」の…俺達が、幼い頃に暴行を働いた中学生達。

ずさんな計画で、現場にいた主犯以外の人物を一網打尽に出来たそうだ。

全部で4人中、3人捕獲。

 

沙織さんを誘拐しようとした連中は、今回捕まえた奴が雇った、まったく関係がない奴ららしいけど…。

どうなったか聞いたところ、陽の光はもう見れないから気にしないで♪って…千代さんに笑顔で言われた…。

 

 

大洗納涼祭の時、華さん達の前に現れた人物が主犯。

俺の腕を、叩き折ってくれた張本人との事。

あの学ラン赤Tか。

 

沙織さん誘拐事件と、準決勝の時の件は繋がっている。

まぁハッキリと分かるよな。

…要は、俺達に復讐を企てていた。

 

その主犯。

 

 

「橋爪 高史」

 

 

俺と同じ名前。

…お陰で、みほやまほちゃんが、一生忘れられないと言っていた。

これはもうどうしようも無い。

 

「…そうね。ではまず…」

 

千代さんが、目で母さんに合図を送った…のだろう。

アリサさんを母さんが連れ出していった。

これ以上は、彼女に話を聞かれるのはまずいと判断したようだ。

でも…今までの話もまずいんじゃ…?

 

「彼女には、今回の件がどれほど大きい事になっているか、認識してもらう意味でいてもらいました」

 

あ、はい。

 

騙されたとはいえ、関係者扱いするんすね…。

千代さんの声が一瞬厳しくなったし。

彼女、今日中にサンダースに戻れるかなぁ…。

 

「まず…非常に残念ながら…あぁいえ。取り敢えず、あのゲスは生きています」

 

「気持ちは分かりますが、本音は隠してくださいよ…」

 

ゲス…島田 忠雄。あのガマ蛙か。

 

今まで行方不明なのは聞いていたが、今回こいつが漸く見つかった。

その為に俺は今回呼ばれたとヘリの中で、母さんから聞いていはいたのだけど、なぜこの話の流れでいきなり…。

 

 

「あの、しま…あぁもう、名前も呼びたく無いので、ゲスでいいですね」

 

「……ハイ」

 

「兎も角、あのゲス。前回の誘拐事件から、今回の隆史君殺人未遂の主犯「橋爪 高史」と繋がっていました」

 

「…」

 

「…あのゲスは、「橋爪 高史」の協力者…パトロンになっていたと考えられます」

 

資金の供給。

沙織さんを誘拐した連中に渡す、報酬や移動手段の資金ってとこか。

驚きはしたし、聞きたい事もあるが……黙っていよう。

 

……。

 

千代さんから説明は、気持ち悪いくらいに詳細に語られた。

 

主犯とガマ蛙の繋がり。

どうやって出会って、どう繋がったとか…非常に細かく。

 

俺に復讐する目的が、共に合ったのだろうという事。

そして共に利用する為、学ラン赤Tは資金。ガマ蛙は使い捨てにできる…それも今まで自分と、まったく関係が無かった実行犯。

……利害が一致し。協力する関係になったという事。

 

「―ふぅ、以上ですね。隆史君はこういった話の腰を折らないから、とても楽ですね」

 

「……」

 

しほさんは、腕を組み黙っていた。

 

「何か、質問は?」

 

「…色々ありますけど、まず一つ」

 

「はい、どうぞ」

 

「なんでそこまで詳細に分かったんですか? 主犯とガマ蛙の出会いとか……調べれば分かる事じゃないですよね?」

 

そうそこだ。

 

学ラン赤Tやガマ蛙本人から、直接聞かない限りそんな事分からない。

知る術なんて無いはずだ。

 

「…それは、私からお話します」

 

千代さんの横。

スーツを着た、若い女性が発言した。

 

というか…。

 

「あれ…こんなちっちゃい子、いましたっけ?」

 

「ちっちゃっ!?」

 

どこかで見た気がする小さい子。

ショートカットの中学生…くらい?

顔を真っ赤にして怒り出したなぁ…。

 

「成人女性に対して、失礼な子ですね!! 私は今年で25になります!!」

 

み…見えねぇ…。

ちょっと背伸びして、スーツ着て見たけど? やっぱり似合わないからショックを受けて落胆した女子中学生にしか見えねぇ…。

 

「ちゅうがっ!? 本当に失礼ですね!! なんですか、その具体的な設定はぁ!!」

 

おっといけない。また口に出た。

 

「まったく…これだから、若い男は」

 

…中身オッサンですけどね。

プリプリ怒っている姿は、完全に中学生ですよ?

 

「はぁ…。私は、文部科学省 学園艦教育局長である、辻の代理で来ました…秘書の綾瀬と申します」

 

学園艦教育局長 辻……だ?

あの七三だな。

 

…説明する? なにを。

それにこの人、秘書って言ったな…あっ。

 

あー…。

 

「思い出した。貴女、ホテルで一度会ってますね」

 

「……思い出すのが遅いですね、今更ですか?」

 

そうだそうだ。

食事会の夜だ。

七三が降りる階で、エレベータの中から一度見ている。

 

秘書だったのか…。

娘かと思ってた。いくら何でも、娘の前で言う事じゃ無かったなと、後で反省したんだけど…。

 

「「隆史君?」」

 

「ん? なんで…す……か!?」

 

家元達二人に、ハモって呼ばれて振り向いた。

う~ん。

何か黒い、モヤモヤしたモノが邪魔をして、二人の顔が良く見えないなぁ…。

 

 

「「  ホテル?  」」

 

「」

 

そして、この部屋だけに、また地震が起こった。

じゃなきゃガタガタと音を出して、窓ガラスが振動したりしないと思うの!

 

というか、なんで怒ってるんですか!!

 

 

 

 

----------

------

---

 

 

 

簡単に言ってしまえば…

 

あの男とは手を切ったというのに、つまらない事で疑われてはたまりません。

最後に接待した日に、あの男が若い男に絡んで返り討ちにあったんです。

私達はその日に関係を切り、その後一切接触していません。

 

そうそうその時ですかねぇ。

慰謝料をせしめると言っていましたので、若い男の住所だけは調べましたけど、それ以外は知りませんよ?

どうせ更に男の素性を調べたら、尾形君と因縁があった事が分かったのでしょうね。

 

証拠と言ってはなんですか、助力は惜しみませんので、出来うる限りの情報を差し上げます。

 

「―との事です。…聞いていますか?」

 

胃に穴が空いたかと思った…。

不意打ちで、殺気を直にくらった…。

 

「…隆史君も、初めからそう言ってくれれば良かったのですにぃ」

「何が、にぃ ですか。いい年して」

 

…。

 

そりゃ千代さんが用意してくれたホテルだから、誤解はすぐに解けたのだけど…今気がついた。

何故だろう、この二人。

 

俺を見る目が少し変だ。

 

うふふと笑ったり、二人で言い合ったりするのは変わらないのだけど…何故だろう。

背筋に走る悪寒が半端じゃない…。

 

「……あの」

 

「はい! すいません! 聞いています!!」

 

この秘書の話を鵜呑みにすれば、非常に協力的だが、まぁ無いだろう。

家元二人を敵に回したく無い一心なんだろうな。

 

じゃなきゃ、このタイミングで協力なんぞ、してこないだろう。

あの七三、まだ俺の事を監視なり調べてるな。

まったく胸糞悪い。

 

「で、辻局長からの情報で、主犯の自宅が判明した訳です」

 

心無しか、胸を張って言っているな。

感謝しろとでも、言っているかのようだな。

 

……無いけどな。胸。

 

「それで、即主犯の自宅を捜索したのですけど「橋爪 高史」は、いませんでした。まぁ当然逃げますよね」

 

千代さんがまたシリアスモードに移行してくれた…。よかった…真剣な目に戻った。

あの熱を帯びた目は、なんか…非常に……怖い。

 

「…そこで別の人物を発見しました」

 

「……」

 

ま。話の流れ的に見て…。

 

「もう分かりますよね? そこにいました。全身縛られて、意識不明になるまで放置されたゲスが」

 

…そこはフルネームで呼んでやりましょうよ。

 

ある程度、先程のこいつらの繋がりは推理の粋をでない。

が、現状の部屋と、そこにある物を…愛里寿が全て見て推理したそうだ。

今聞いている以上の事まで、分かったそうだけどそれは別の話だそうだ。

 

まぁ…内輪揉めでもしたのだろうと。

主犯からしてみれば、ガマ蛙は金さえ出していれば良かった。

しかし痺れを切らして、実際主犯の元にでも訪ねたのだけど、そこで縛られ放置された様だった。

現金主義だったガマ蛙の財布が空になっていたそうだ。

 

カード類は足がつく為だろうな。放置されていた。

 

しっかし、なんで愛里寿が…。

 

部屋に入り、それこそ30分もしない内に、物的証拠等を多数発見したそうだ。

それこそ、警察の鑑識の仕事が楽になるくらい。

 

…うん、怖い。

 

何がって、愛里寿が…。

 

正直天才ってすごいね? とか思うのだけど、愛里寿に隠し事とかできなそう…。

すっごい小さな事でも、そこから全てバレそうで怖い。

将来の旦那さんは、大変だねぇ…。

浮気しようモノなら、反論すらさせない証拠を突きつけそうだネ!

 

……。

 

今もそうだけど、先程から背中に寒気がよく走るな。

風邪ひいたかなぁ…。

 

「後は、あのガマ蛙が意識を取り戻して…情報の照らし合わせ待ちってトコですかね?」

 

「…そうですね、まぁ…そのまま逝ってくれても構いませんが」

 

……隠そ? ね? 隠しましょうよ、せめて本音は!!

 

「さてと。尾形 隆史…君」

 

「なんですか? 秘書子ちゃん」

 

あ、睨まれた。

 

「……セクハラで訴えますよ?」

 

あ。ちゃん付けは、人によってはセクハラになるんだっけか。

あぁそうだそうだ。この人、成人女性だっけ。忘れてたわぁ。

 

「…何か、また不遜な事を思ってませんか?」

 

「……」

 

ヤベーって顔をしていたのだろうか。

また……睨まれてしまった。

 

まったくと、ため息混じりで、ポケットから銀色のスティックタイプの機会を取り出した。

 

「辻局長から、貴方にプレゼントだそうです」

 

「…………」

 

それは、ボイスレコーダーだった。

あらかじめ録音しておいたのだろう。

こちらに見せつける様に、その再生ボタンを押した。

 

『 文部科学省 学園艦教育局長 辻 廉太は、口約束もしっかりと守りますっ!! 』

 

ふざけた様な、こちらを茶化す音声がブツッっと切れた。

 

……。

 

「なぁ、秘書子さん」

 

「…いい加減にっ!?」

 

俺は今どんな顔をしていのだろう。

 

文句を言おうとして、俺の顔を見て固まってしまった。

目の前の、見た目は子供、頭脳は大人の女性が怯えている。

 

うん、結構ふざけた事を考えられるから、大丈夫だとは思う。

だから言う。

 

 

 

「…なんのつもりだ」

 

 

 

「い…いや、あの……」

 

目が泳いで、言い淀んでいる。

 

早く言え。

 

「あっ!! 貴方が!!」

 

「……」

 

「前回の事もあります! 今後会う度に同じ事を、言ってきそうですからっ!」

 

「……」

 

「証拠として録音……したデータを…渡します……」

 

「……」

 

ナルホド。

 

もう、一々言われないために、ボイスレコーダーで証拠を残しておくと。

そそくさと、そのボイスレコーダーから、SDカードを取り出し、俺に突きつけてきた。

 

「……」

 

別にこの人は、仕事をしているだけ。

25の若さで、腐っても文部科学省の一官僚の秘書なんて、エリートなのだろう。

頭も良いので、多分わかるだろう。

 

 

「フザケテルノカ?」

 

 

こっちは必死で、皆頑張っている。

みほも…会長も……それでこの言い方。

この対応。

 

こちらの怒りと、七三の対応の温度差が理解してくれたのか分からないが、黙ってしまった。

 

「わっ渡しましたからね!! もういいでしょ?!?」

 

怒りを顕にした俺に焦ったのか、家元二人にもう帰っていいかの確認らしきを取る…が。

 

「綾瀬さん。なに貴女、隆史君に喧嘩売ってるのでしょうか?」

 

「」

 

しほさん? あ…あれ?

思いの他、二人共俺に代わってかヒートアップしてる?

 

「あの録音での言い方…え? ワザとふざけて…………イッテマスヨネ?」

 

あかん…。しほさんがキてる。

 

最近俺、華さんの時といい、怒れない…。すっごいモヤモヤする!!

 

周りが俺を冷静にさせますよ?

 

「」カタカタカタカタ

 

あ。

 

完全に気当たりされて怯えている…。

 

「」ガタガタガタガタ

 

目を完全に泳いでいるな…俺と目を合わせようともしねぇ。

SDカードを無理やり俺に、手渡しで渡して来た。

 

「」 た、確かに渡しましたよ!!

 

うん、何言ったか何となくわかるけど、声に出てませんよ?

まぁ喧嘩売ってきたのはあの七三で、今回この人被害者っちゃ被害者…か?

 

俺の手に両手を包むように渡し、さっさと逃げようとしてるのだけど…。

 

「え? なんですか? ナニ隆史君の両手を握ってるんですか? 先程発言されたセクハラじゃないんですか?」

 

「」

 

ダメだ。千代さんがもキてる…。

 

「」

 

あーぁ。…涙目になってる…。

流石に可哀想になってきたので、無言でドアに指差す。

目が合うと、無言でウンウンと頷いてやった。

 

カタカタ震えながら、俺の顔と家元達の顔を、交互に顔を振りながら見ている。

 

「…どうぞお帰りください。というか、今逃げないと、俺にも止めれそうにないっすよ?」

 

あ。

 

言い終わるやいなや、瞬間移動でもしたかの様に一目散に退散していった。

 

…。

 

後ろから舌打ちが聞こえた…。

 

 

 

 

 

 

----------

------

---

 

 

 

 

 

 

「……9時か」

 

何気なく時計を見たら、時計の針が夜の9時を指していた。

話終わった? とばかりに、秘書子さんが帰ってすぐ、入れ違いにオカンとアリサさんが帰ってきた。

…相変わらず、アリサさんは顔が青い…。多少は回復したのが分かるけどね。

 

しかし、なんだろうね…。

 

俺が島田家に到着してから、まだ1時間も経っていねぇ…。

もう半日くらい経った気がする…。

 

「尾形 隆史…」

 

「はい?」

 

なぜフルネーム。

流石にもう、帰ると言う。

その帰り際に、アリサさんに声をかけられた。

 

「…今回の件。冗談抜きで…その、ごめんなさい」

 

…あら、驚いた。素直に謝られた。

頭を下げているね。

 

これは周りから言われたとか、家元達が怖いからとかでは無く、本心だとなんとなく分かる。

 

「…言い訳しないわ。騙された私が悪かったもの」

 

正直、気にしていない。というか、知らなかったし。

本人が反省しているなら、それでいいとも思う。

 

甘いなぁ…俺。

 

「…命の危険まであったなんて、知らなかったの。お詫びになるか分からないけど…だから私が出来る事なら何でもするから」

 

…ん?

 

「流石に今日はもう帰るけど…まぁ…何もしないと隊長にも顔向けできないし…」

 

……何でも?

 

「連絡先渡すから…まぁ……うん。その…悪かったわ」

 

紙切れに、メアドと電話番号が書かれていた。

まぁ…その、一言言っておくか。

 

「俺は気にしていないから、君も気にしないでいい。でもまぁ……君の気が済むというのなら、なんか頼むかもしれない」

 

「…えぇ。そうして」

 

「まぁ、エロい事は、頼まないから安心してくれ」

 

「…えぇ。……え? えぇ!?」

 

あ。赤くなった。

 

「は? え!? ちょっ私、なに言った!? なんて……え…あっぁぁぁあああ!!」

 

自身が言ったことを思い出したのか、急に頭を抱えだした。

家元ももちろん、母親の前じゃ下手な事言えないから最初に言っておこう。

 

うん、死ぬからね!! 物理的に!!

 

 

 

 

--------

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---

 

 

 

 

 

「そういえば、何で亜美姉ちゃんがいるんすか?」

 

すっかり忘れていたけど、部屋の隅っこで膝を抱えて座っている…。

あんな亜美姉ちゃん見たことねぇ…。

 

そもそも説教とか言っていたけど…なんにだろう?

思い当たる節が多すぎて、分からないなぁ。

 

まだ聞きたい事も多かったけど、母さんがいる前じゃ喋れないと耳元で言われて、納得するしかなかった。

……でもなんだろう。

なぜ嬉しそうに、耳元で囁いたのだろう。

 

「隆史君に対しての事で、呼び出しました」

 

「俺の事?」

 

「蝶野流・撃破率120%の必勝法……ですって」

 

「」

 

要は、昔俺に亜美姉ちゃんが教えた事に対しての説教らしい。

 

…いい大人がマジ説教を食らったみたいだ。

 

あの亜美姉ちゃんが、完全に心を粉砕されている状態から見るに…うん。

想像すらしたくないなぁ…。

この二人に挟まれて延々説教されるのって…。

 

 

正直、迷惑だった。

身体に染み付いちゃっていたからね…。

まぁ…あの様子を見るに、相当絞られたようだし…うん。

 

「まぁ…もういいでしょ? 許してやってください」

 

「「「隆史君!?」」」

 

何か意外だったのか、三人がハモった。

 

ハイ。まとめましょうか?

 

最初にまず、今日のこれからの予定。

 

時間が時間だから、このまま俺は島田家にご宿泊。

宿泊すると知ったのか、愛里寿がこちらに向かっていると聞いた。

 

そしてオカンは、親父の元に帰るって言っていたから、このまま帰宅。

そういった訳で…なんで母さんに情報が遅れたのかは、明日教えてもらえる。

 

……はい。しほさんもご宿泊。

即答だったなぁ…。

 

なんでも心配らしい。

なにが?

 

え? 何で千代さんと笑顔で睨み合ってるの?

 

…。

 

だ、だからこの後は、家元二人は用事は無いようだ。うん。よし!

 

俺が言えるのは、別に亜美姉ちゃんに恨みは無い。

腹が立つくらいだ。

 

うん。無い無い。恨みなんてございませんことよ。

 

 

このまま説教が、再開される様な空気になっておりましたし、妥協案を出しておきましょうか?

これで大丈夫だと思われます。

 

あぁ、別にキレてませんよ? 通常どうり、丁寧に敬語でお話させて頂いてオルダケス。

 

「どうせ、しほさんと千代さん、この後飲みに行きますよね?」

 

「「……え!?」」

 

「…イ キ マ ス ヨ ネ ?」

 

有無を言わせないように、笑顔で対応します。

えぇ。接客業は、笑顔が大事!

 

暗に飲みに行けや、と言っている訳ではございません。

えぇ、今ここがチャンス……とか思っているわけではございません。

 

「話の続きは、その時でイイんじゃ無いでしょうか?」

 

「え?」

 

「アメとムチなら…アメを与えてやってください」

 

「……た…隆史君?」

 

亜美姉ちゃんが青くなっておりますが…これは妥協案です。妥協案でございますわよ?

ですから、救いを求めてこちらを見ないで頂きたい。

今、救済案を出している最中ですよね?

 

「3人で行ってこい。いや、行ってきてください。愛里寿は俺がお待ちしておりますから」

 

とびっきりの笑顔で提案します。はい。これは業務命令です。

違った…提案です。

 

「ま…まぁ…隆史君が、それでいいなら……」

 

「えぇ…まぁ」

 

家元二人は、俺から顔を逸らしました。

満面の笑みですよ? 変な顔してません。

 

「……で。亜美姉ちゃん」

 

「な…なに? ……え、まさか!?」

 

何かに勘付いたのか、すごい顔をしていますねぇ…。

先程から家元と、私をキョロキョロ見ておいでになります。

 

ですから、安心させて差し上げる意味で、最後の業む…いえ、提案を致します。

 

「亜美姉ちゃんは、飲んじゃダメですよ? よろしいですか? 飲んじゃダメですよ? 家元達のお世話ヲシナクッチャ…ですかね?」

 

「」

 

接待ですよ? 接待。

 

絶望に染まった顔はおやめなさい。失礼ですよ?

 

はい。そういった訳で…。

 

 

 

「一人シラフで、家元二人に挟まれてオイデなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼

 

 

いた。

 

あぁ…いたいた。

 

見つけた見つけた。

 

この女が、都合がいい。

 

 

あの三人のうち、誰に手を出してもツマラナい。

 

本命はアイツだけど……まぁ……間接的に行くのが一番効果がある。

 

あぁいった連中は、よほど傷が深くなければ、結局最後には、お互い励まし合って傷が癒えてしまう。

 

姉が死んだら、妹が。

 

妹が消えたら、姉が。

 

男が……ありゃ無理だ。でかくなりすぎだ。

 

結局、どちらがダメになれば、ドッチカトくっついてハッピーエンドだ。

 

…気持ち悪い。

 

お涙頂戴はキモチワルぃぃぃよねぇ?

 

だから、ある程度関係して。

 

ある程度、大事で。

 

ある程度、ツナガリがフカ~イ奴がいい…。

 

自分をォ…一生かけてェ…責め続ける様なァ……そんな奴。

 

イルネェ。

 

お誂えムキな奴が。

 

モウスグ、会場にツク。

 

モウスグ、オワル。

 

マァ、試合ぐらいは最後までヤラせてやるよ。

 

こんな最高の舞台に立ち会えるんだからさぁぁぁぁぁ!!

 

どっちが勝っても、どっちが負けても…。

 

いい具合に仕上がるよねぇ。

 

 

 

一番いいのが、最高潮の時に、最高のお友達が、最高に関係無い奴に。

 

お前らのセイでどうにかなっちまうって…現実だ。

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

 

さぁ。 目標は決まった。

 

 

そうだ。

 

この女が、一番具合がいい…。

 

 

敢えて、あいつら姉妹達には手を出さない。

 

 

この女がいい。

 

 

あの男にも手を出さない。

 

 

この女がいい。

 

 

そうそう。

 

お前ら3人のセイで、可哀想に…。

 

 

 

丸める。

 

写真を丸める。

 

 

そして口に放り込む。

 

愛しの彼女を味わう。

 

味わってから飲み干す。

 

 

あぁ気持ちがイイ。

 

 

 

「…逸見 エリカちゃ~ん」

 

 

 




はい。ありがとうございました。

思いのほか文字数が伸びた…。

いやぁ…この話もお泊りだし…酒が入るし…家元ズは、ルート変更への強制力がすごいなあ…。


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第48話~家元(笑)?~

「お兄ちゃん以外は、みんな敵」


はい。ジャックされました。

都合によりすっげぇ短いです。







「あの…愛里寿」

 

「なに? お兄ちゃん♪」

 

「……なんで膝の上に座るの? 今凄い普通に腰掛けたよね?」

 

 早朝の島田家。

 昨日集まった応接間に、千代さん、しほさん、亜美姉ちゃん(屍)と、昨夜遅くに到着した愛里寿が集まっている。

 昨夜の話の続きとばかりに、千代さんから招集された。

 

 取り敢えず座れと、ソファーへ促されたので座ったんだけど…。

 座った直後、愛里寿俺の右側の太股に座った。

 

「私は右側。…そうオレンジペコさんと不可侵条約を結んだ。」

 

「……」

 

 本人の意思は? え? あ…はい、無いっすね。

 んじゃ…左側は、オペ子さんってことね…。

 

 この前テントの時か…。

 

「それに昨日、一緒に寝てくれたというのに、このくらいは別になんとも無いと思うけど?」

 

「…」

 

 分かる。言いた事は分かる。

 まぁ、最初にやる事をやっておこう。

 

 

 昨日愛里寿は、到着早々眠気がMAXだった様でして、到着早々寝てしまいました。

 お手伝いさんと一緒に、愛里寿をそのまま自室に運んだです。

 

 はい。「お手伝い」さんと一緒ですよ?

 

 家元達は、飲み行っていつ帰って来るかも分からないし、俺はさっさと風呂入って客室にてご就寝。

 

 んでもって今朝かな。

 早朝。

 いつもの様に4時頃、目が覚めた。

 何か、身体に温かいモノが引っ付いてるなぁ…とか思ったら……はい。愛里寿さんでした。

 いつの間に潜り込んだのか、そのまま寝てしまったようでして…。

 起こすのもなんだしなぁ…と思って、俺自身そのまま2度寝を決め込んだ。

 

 まだ子供だし…別に変な意味は無いだろう。

 甘えたいだけだろうな、と思って特に気にはしていなかった…。

 

 

「ですから、そういう訳ですから!! 変な意味はありませんから!! その殺気を収めてください!! お願いしますから!!」

 

 

 俺のやる事。

 

 しほさんへ、命乞いである。

 

 

 

 朝っぱらから、部屋の中が薄暗いなぁ…。

 しかし、その原因であろう方に、即座に愛里寿さんが淡々とした口調で、説明しだした。

 

 …俺以外だと、なんでそんなに淡々とした喋り方なのだろうか、愛里寿は。

 

「西住流家元…。私は自身で、子供だと自覚している。だから大丈夫」

 

「…13歳と言うのは、大人と子供の中間時期です。ある意味一番危険だと思いますが?」

 

「私は子供。経験が圧倒的に足りない子供…。自覚していると、もう一度言う」

 

「……」

 

「昨晩の事も、ただお兄ちゃんに甘えたかっただけ。帰宅早々、話もしないで寝てしまったから…」

 

 …あれ?

 子供扱いしないでとかよく俺に言っていたのに。

 ここに来て何で…。

 

「後2、3年もすれば、こういう事ができなくなる。今の内に子供の権利を最大限に使っているだけ」

 

「」

 

 計算された結果でした…。

 お兄ちゃんの許容範囲は16歳から…と、ボソっと呟いた。

 

「……」

 

 最近、愛里寿にも恐怖心が芽生えてきたヨ。

 本当は、16歳もアウトなんですけどね!!

 

 

「だから、西住流家元」

 

「…なんでしょうか?」

 

「勝手に邪推して「 年増 」が、子供に嫉妬するのは、みっともないと思う」

 

「」

 

 朝っぱらから早々に、筋トレ以外でこんな汗だくになるなんて思わなかった!!

 昨日の恐怖が延長しているようじゃないか!

 

 しほさんの殺気が2割増しにぃぃ!

 目を見開いちゃってるじゃないか!!

 

 涼しい顔をして、普通にしほさんに視線を向けている愛里寿も凄いよ!?

 

「…失礼。言いすぎた」

 

 直後すぐに、謝罪を入れてきた愛里寿さん。

 流石天才少女!! 空気を読んだ!!

 貴女のお母様は、空気読まずに爆笑してますよ!!

 

「小母さんが子供に嫉妬するのは、みっともないと思う」

 

「」

 

 ふぉろー!! フォローを入れないとぉ!!

 もう、しほさんの方向が見れない!!

 

「あ…愛里寿!」

 

「なに? お兄ちゃん♪」

 

「……」

 

 すっごい輝く笑顔で聞き返してきた…。

 

「あまり…その…人を挑発するような言い方は、良くないぞ?」

 

「挑発? してないよ? 事実なだけ」

 

 …。

 

 あかん。ゴの片仮名文字が、しほさん方向から連続して聞こえてくるようだ。

 

「愛里寿」

 

「……」

 

 

 名前だけを呼んで、もう一度戒める。

 頭がいいこの子だ。流石に分かっての発言だろう。

 喧嘩を振りまくスタイルは、良くない。

 というか、俺の胃がヤベェ。

 しほさんと張り合えるのって、千代さんだけかと思ったのに…。

 

「分かった」

 

 俺が困っているのが、当然分かるだろう。

 謝罪する意味を込めての発言。

 

「失礼、謝罪する」

 

 まぁ言い方は、ぶっきらぼうだけど、あやま「ごめんなさい…お姉さん」

 

「」

 

 

 本題にハイレナイ…。

 

 

「もういいですか? しほさん?」

 

「あぁ!?」

 

 千代さんが、涙目になりながらしほさんを静止した。

 笑いすぎた涙ですよね…。

 

「いい加減、本題に入りたいのですが?」

 

「…貴女の娘に言いなさい!!」

 

 口調が崩れているって事は、うん。

 

 ……うん。

 

「しょうがないわね。……愛里寿。しほさんで遊ぶのは、そろそろやめなさい? 本題に入れません」

 

 流石にそんなしほさんを見て、ちょっとまずいと思ったのか、ここに来てやっと愛里寿を止めてくれた。

 …輝く様な笑顔だったけど。

 

 そんな愛里寿は…あれ?

 

 何でテント前の時みたいに、俺にしがみついたの?

 

「…分かりました。母」

 

「……」

 

 千代さんの笑顔が引き吊った。

 少し頭を掲げて…あぁ…顔が少し青くなってる。

 

「なんですか? 母」

 

「…その…愛里寿? なんで……え?」

 

「…は?」

 

 何かを感じ取ったのか、段々と青ざめた顔が、白く変わってく千代さん。

 

 …あ。

 

 分かった。

 

「……今は、関係者しかいませんから…お母様でいいのよ?」

 

「結構です、母」

 

 愛里寿の喋り方が、他人と話す感じになってる…。

 今まで千代さんと話す時は、ある程度家族っぽく感情がある喋り方をしていたのに。

 

 ガタガタと小刻みに震えだした、千代さん。

 笑顔が完全に引き吊って、固まってしまっている。

 

 試してみよう……か?

 

「えっと、愛里寿?」

 

「なに? お兄ちゃん♪」

 

 ……。

 

 千代さんの顔が絶望に染まった。

 

 涙目になった目で、俺にアイコンタクトを送ってきた。

 すっげぇ必死になってるなぁ…。

 

「どうしたの? 千代さんに…その……」

 

 露骨に聞いてい良いのかなぁ?

 たしか、愛里寿って「母上」と「お母様」を状況で分けて呼んでいたよな?

 

 …母って。

 

「ど…どどどうしたの!? 愛里寿!? え!? 母!? え!?」

 

 あぁ、立ち上がって錯乱気味に叫び出しちゃったヨ。

 

「……母。いいですか?」

 

 一つため息をして、仕方が無いとばかりに千代さんを見…え? ちょっと睨んでる?

 

「大洗学園の準決勝戦。そこから帰った母は、変わってしまいました」

 

「え!?」

 

 あ…今度は何か蔑んだ様な目をしている!?

 

 

「母…いえ。お母様の、お兄ちゃんを見る目がおかしい」

 

 

 

「」

 

 

 え!?

 

 

「お母様は、私の「敵」です」

 

「」

 

 白目剥いちゃった…。

 

「……お父様に報告しないのは、せめてもの慈悲です」

 

「」

 

 なんの話だろう…?

 千代さんは、何か心当たりがあるのか、顔色が七色に変色しはじめたし…。

 

「あぁ…後、西住流家元」

 

 ビクッ! っと、しほさんまで何か…その怯えだした。

 

「「西住 まほ」さんに、貴女の変化も通達しておいた」

 

「」

 

 あ、しほさんまで、白目を剥いちゃった。

 先程までの漆黒のオーラが消し飛んだ…。

 

 メアド、交換済み! っとばかりに俺に携帯を見せてきた…。

 

「…既婚者の二人共」

 

 

 「「 」」

 

 

 

「 恥 を 知 り な さ い 」

 

 

 

 何故だろうか…少し、浮かれていた…そんな微量な家元ズの雰囲気が吹き飛んだ気がした…。

 いやぁ~…膝から崩れ落ちた二人を見るのは…2回目かな?

 

 あの…本題に入れない…。

 

……いや、それよりも…。

 

なんだろう……「ラスボス」ってフレーズが頭に浮かんだ…。

 

 

「…お兄ちゃん」

 

「………………はっ!?」

 

 ちょっと意識が飛んでいた……。

 

「年増二人は後からでいいから…、その箱何?」

 

 ……貴女、自身の母親に……。

 

 愛里寿は、俺の大洗から担いできた箱に興味を持ったようだ。

 まぁ…こんなに真っ黄色の箱なんて、目立つだけだからな。

 これが黄色じゃなくて、金色なら多分俺は聖闘士って奴だ…って位の大きさだからなぁ…。

 ……うん。金がいい…銅は遠慮する。

 

 横目で家元達を見ると、下に俯きブツブツ言っているからなぁ…こりゃしばらく時間かかりそうだ。

 

 まぁ…うん。後でいいか。

 問題は後回しでいいんだよ。多分どの道、俺がひどい目に遭うのは変わらないから!

 

 

「…見てみるか?」

 

「いいの?」

 

 昨日から、この部屋に放置してあった。

 止具を外し、箱の天井部分を外す。

 単純な構造だし、まぁ家元達が復活するまではいいかな。

 

「……」

 

 あ…あれ?

 

 箱の中身を見た、愛里寿の表情が固まった。

 なんだろうか? 若干…その…怒ってるみたいなんだけど?

 

「……でも、これなら決勝会場でお兄ちゃんに使えるかな?」

 

 ブツブツ今度は呟きだした。

 あれ? ある意味年が若い子には、それなりにウケがいいんだけど…?

 

 しばらくブツブツとつぶやいていたけど…。

 

「お兄ちゃん。まだ母から、話は聞いていないよね?」

 

「え?…話って、何も聞いてな「じゃあ、これ一日貸して。明日までには返すから」

 

 即答だった。

 焦っている…という訳でも無いのだろうけど、どうしたんだろう。いきなり。

 

「…私は、お兄ちゃんの味方」

 

 箱の中身の赤い布を弄びながら、一言呟いた。

 俺の味方って、なんで今言ったんだ?

 

 

 

 

「お兄ちゃんの為に……私は動く」

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。

諸事情により、また愛里寿は短い…。

亜美姉ちゃん? え? あぁいますね、この場に。


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第49話~決勝戦が始まります!~

 千代さんに見せれられていた資料の数々。

 正直、俺や西住姉妹だけでここまで捜査…というか、調査をしてもらっていたのかと思うと、ありがたいのだけど少し疑問にも思う。

「島田 忠雄」の件のついでと、言っているけどもなぁ…。

 

 島田流家元である、千代さんの独断というだけではなかったようだ。

 家元の上。

 まぁなんだ。小姑みたいな…相談役というか…。

 どうにもそのご隠居様連中の逆鱗に触れたとの事。

 

 準決勝戦のテント前で、俺と愛里寿の件を、正式に公表すると千代さんは言っていた。

 偽装婚約の件も含め、勘当した島田の名を持っている母も絡んでいたしね。

 亜美姉ちゃんや自衛隊。関係ない他人様まで巻き込んだし…島田の面目丸つぶれ。

 

 ガマ蛙の隠居の話も無くなり、もうどうなるかは、千代さんにも分からないそうだ。

 

 ……面目や…歴史があるような組織。

 権力もある、金もある。

 こういった連中は、下手なヤクザなんぞ可愛い様に思えるくらいに……怒らせると怖い。

 

 下手に俺は、関わらない方がいいと、この話は終わりとばかりに、もう一つの資料を渡された。

 資料というか…いくつかの写真。

 

 

 部屋。

 

 狭い部屋。

 

 この部屋で、あのガマ蛙「島田 忠雄」が発見されたという。

 

 賃貸の一室の壁中に貼られた写真。

 

 常軌を逸したこの部屋。

 4面、天井にまで俺の写真が貼られていた。

 正確には、上から貼られていたそうだ。

 

 まほちゃん、みほ。

 俺の写真の下には、彼女たち姉妹の写真で埋め尽くされてた。

 普通の写真では無く、雑誌の切り抜き。又、それをコピーした用紙が殆どだった。

 

 どれも綺麗に全部、どこかしら破損していた。

 何かで刺した傷。切り裂かれた傷。焦げている物もある。

 

 拗らせたストーカーの部屋みたいだ。

 まぁ…似たようなモノか。

 

 それは、彼女達の写真の上に貼られた俺の写真にも言える事で、彼女達の写真より損傷が激しい。

 いやぁ…ここまで思われても困る。

 男のストーカーなんて冗談にもならないや。

 

「……」

 

 大洗、黒森峰の生徒達には護衛がついた。

 今回の決勝戦は辞退。もしくは中止になんぞできないだろう。

 

 …何より廃校の件もある。

 

 それに戦車道関係ないけど「無頼の輩如きで、西住流が逃げるなどありえない」とか、言いそうだよな。しほさんの場合。

 だから、それを理由に、まほちゃんとみほに、中止しろとか言わないだろうしな。

 やっぱり、戦車道が絡むと人が変わるなぁ。

 

 …と、思った時期が俺にもありました。

 

 はい。確かにおっしゃりましたけどね。

 顔青くして、小刻みに震えながら言われてもなぁ…あぁそうだ。

 親子関係が多少なりとも修復したら、……親バカに磨きがかかったんだっけ、この人。

 無理をするベクトルが、おかしな方向を向いてるなぁ…。

 

 …うん。

 まさかガードする護衛の人……千代さんに協力求めたとしても、100人単位で用意するとは思わなんだ…。

 

「……」

 

 そして俺の呼ばれてた理由。

 こんな事、当事者としても高校生の俺に、報告なんて態々しないだろうよ。

 特にこんな異常な部屋の写真なんて見せるわけ無い。ただ恐怖心を煽るだけだ。

 

 だからの提示。

 

 俺をここ、島田家に置き、試合が終わるまで避難していろって事だとさ。

 部屋の惨状を見て、即座に俺を避難させると言いだしたのが、母さんだった。

 

 だからだろうか? 

 昨日、母さんがいた時に、この話をしなかったのは?

 

「恐らく、犯人の狙いは隆史君です。もちろんあの姉妹もターゲットでしょうけどね」

 

 まぁ簡単な理由だ。

 護衛対象は、少ない方がいい。

 特にメインターゲットになる人物が少ないのなら、尚更。

 

「ですから、隆史君には、明後日の試合が終わるまで、家に滞在しておいて下さい。これは貴方のお母様の御意向でもあります」

 

 親として…かね?

 いい加減、子離れしてくんねぇかな、あの人。

 

 ……わかってるさ。

 

 俺の昔の事件での、もう一人の犠牲者。

 

 母さんはどうにも俺が生まれる前。

 …男の子供が欲しかったようだ。

 ずっと同性に囲まれた人生を過ごしてきた…というのもあるのだろう。

 

 初子は、姉さん。…女の子。

 戦車道はしていないが……なんか母の影響が、別方向にあったようで…うん。

 …多段保有者の道を選んで、日々人をぶん殴っている。

 何? 総合格闘技でもやるつもり? ってな感じでデスネ。

 

 まぁ…いいや。

 

 二子の俺が生まれて、大層喜んだそうだ。

 昔は俺が幼いってのあったのか、なんか…もう、俺男の子だよ? 女の子じゃないよ?って位の甘やかし方だった。

 父さんが引いたって言っていたからなぁ…。

 男の子なのにお姫様扱い。そんなベタベタだった。…んなことしたから、姉さん格闘技にのめり込んじゃったんじゃなかろうかと思う。

 ……男の俺に戦車道を勧めて来たり…何やらせたかったんだろ…母さんは。

 

 そんな息子。

 

 そしてあの事件。

 

 凄まじかったと。

 

 今日初めて聞いた。

 俺を納得させる為だろうか?

 初めて話してくれた。あの後の話。

 

 

 当事者の一人のしほさん。

 

 俺は気を失ってしまっていたから知らなかった。

 本来ならしほさんも、同じように怒り狂う所だと…まぁ想像は付くけど話してくれた。

 

 そんな私が、冷静に対処できる位、頭に上った血を強制的に下げられた…と。

 その時の母さんを見たしほさんが、淡々と言った。

 いつもの俺が言う冗談では無く…あれは本物だった。

 

 あれは本物の殺意だったと。

 

 大人が来て、現場の状況を少し考えれば、中学生でもすぐに分かる。

 その現場には、5人いた。

 

 蜘蛛の子を散らす様に逃げ出したのは4人。

 俺をぶん殴った…現在の主犯は、逃げる事も無く立ちすくんでいた様だった。

 

 逃げた四人を母さんは、ものの数分で全員発見、捕縛した。

 雑木林に逃げようが、田園に逃げようが。民家に片隅に隠れようが…。

 まとめて捕縛し、引きずりながら連れてきた。

 

 …4人。

 

 俺の対処もあり、他の大人達まで来てくれたので、その場は収まった。

 しほさんも、まほちゃんとみほの事もあり…探しに行った、母さんから頼まれた俺の事もあった。

 後は特に問題もなく、その場の流れで事は収まった。

 

 心配をかけたとは思ったのだが…その事件の反動がすごかった。

 母親というものは、総じてそうなのだろうか?

 

 一瞬、死んで取り残されてしまった。

 前世の母さんの事を思い出してしまった。

 

 

 …。

 

 

 …それ以降。母さんの態度…というか、俺に対して色々と変わっていた。

 

 体を鍛える。

 

 その事を初め伝えて、色々とやり始めたら、過剰なくらい協力的になった。

 まぁそれが現在にまで至るのだけど…。

 

 やられる位ないならやってしまえ、それができないならば、やられない身体に。

 挙句、他人に任せる位なら、私が鍛えるとばかりに……まぁなんだ。

 

 超脳筋思考に至ったのだろう。

 

 やめて…本当にやめて下さい…。

 

「はぁ…隆史君。青森にいる時、家へ殆ど帰らなかったって聞きましたけど?」

 

 疲れたように、しほさんが話題を変えてきた。

 

「え? まあ…はい。殆どバイト先に泊まり込みというか、居候していた様なものでしたね」

 

 週末は帰っていたけどね…。

 

「……その事で尾形さんから、頻繁に愚痴を聞かされていましたよ…さらに転校して、大洗に行ってからは、結構な頻度で電話が来ます」

 

 …何してんのオカン。

 

「隆史君も高校生なんですから…あの人も、そろそろ子離れしてくれませんとね」

 

 貴女が言いますか?

 

「なんですか?」

 

「…いえ」

 

「?」

 

 おっといけない。顔に出そうになった。

 

「まぁそんな訳で、しばらくゆっくりしていって下さい」

 

 締めとばかりに、千代さんが横から口を挟んだ。

 

 決勝に出れないという、悔しい気持ちもあるし、正直嫌だ。

 しかし…二人共心配をしてくれての事だし、何となく気持ちも分からなくもない。

 ふむ…さてと。

 

「…たまに私は、隆史君が分からなくなりますね」

 

「何がですか?」

 

「もっと食って掛かってくると…どうやって納得させようかと、そんな事を昨日から考えていました」

 

「……」

 

「本心では無いにしろ、最悪……あの場には、「戦車道に関して何も出来ない貴方は不要」…と、少しきつい言い方までしようとまで思っていましたし…」

 

「あら、ひどい」

 

 少し、冗談めかした返事にも顔色すら変えない。

 真面目に目を見てくる。

 先程まで、愛里寿の呼び方に世界の終わり…見たいな顔をした人とは思えないなぁ。

 

「…何か…無茶な事考えてません?」

 

 探るような目。

 

 それは、しほさんも同じだった。

 先程まで、愛里寿になんかまほちゃんに暴露され、膝から崩れ……まぁいいや。

 

「いやぁ…どうやって、母さん含めた3人を納得させるかなぁって…考えてますけど?」

 

「……」

 

「無茶はしませんよ。意味が無いし、しほさんと千代さんの気持ちを裏切る事にもなりますし……大人の事情も絡んでいますしね」

 

 俺が会場に行ける条件を、頭の中で探している。

 俺がなにをされてもいい服装なら…防弾チョッキ、防刃チョッキ等着込めばいいけど、目立ちすぎるし。

 さて、どうしたもんか。

 

 突然、スッっと目が細くなる千代さん。

 

 

 

 

「また、しほさんの名前から呼びましたね?」

 

 

 

「……」

 

 お願いします。

 

 シリアス脳、帰ってきてください。

 

 しほさんが、ため息をつけながら、千代さんを嗜める。

 なんだろう…何を言っても、もうダメな気がするんですけど!

 

「千代さん? 負け犬の遠ぼっんん!!! そういうのは、もういいですから。話を続けませんか?」

 

 おーぅ。

 

 すげぇなんか、得意気になって胸を張ったヨ。

 いやぁ…でけぇ。胸を張るからさらにスゴイ。

 嬉しそうなのは…なんだろう、喜んでいいのだろうか?

 

 …。

 

 さてと、言い合い始めちゃったからもうどうにもならないな。うん。

 慣れている自分が、成長したのか、何か麻痺したのか。

 あれは戯れているだけだからまぁいいかなぁ…。

 

 いいよね?

 

 囮になるってのも、無理だろう。

 結局の所、まほちゃんもみほもいる。

 俺がいたとしても、露骨に狙って来たりし無いだろうし…。

 どちらかといえば、沙織さんの事もある。どうにも第三者を狙ってきそうだ。

 

 …。

 

 …………。

 

「お兄ちゃん?」

 

「ん?」

 

 一度席を外していた、愛里寿が帰って来ていた。

 相変わらずの家元を、ジト目で眺めていたけど、呼びかけて俺が気がついたら、その視線を合わせてくれた

 …また定位置と言わんばかりに、膝に座り直したけど…。

 

「もう少しで業者が来るから…、後はあの二人を納得させるだけ」

 

「…え?」

 

「叔母さまには、話をもう通しておいた。だから後は、あの二人のみ。明日の決勝戦までには何とかする」

 

 話は千代さんから、すでに聞いていたのだろう。

 まぁ愛里寿が今回絡んでいるらしいから、知っていてもおかしくは無いけど…業者? え?

 全て分かっていると、淡々としている。

 叔母さまって…母さんか!?

 

「犯人…」

 

「」

 

 あ…愛里寿さん?

 雰囲気がいつもと違うけど? どうしたの!?

 

 モコッっと俺の身体を抱きしめる様に、また腕を回してきた。

 俺に聞かせないようにか、顔を見られたくないのか…。

 顔を身体に埋めて、顔を隠して呟いた。

 

 …背筋が凍る様な…そんな絞り出した声で。

 

 

「絶対に許せない」

 

 

 

 …今朝一番でも思ったが、愛里寿の様子がおかしい。

 しほさん、千代さんに対する言動もそうだけど、あまりよくない傾向だ。

 

 早々になんとかした方がいいかもしれない。

 

 ……取り敢えず、千代さんに……胃薬もらおう…。

 多分そろそろ穴が開くかも知れない…。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「やっほい、みほちゃん!」

 

「…こ、こんにちは。小母さん」

 

 決勝戦会場の富士演習場。

 

 他の試合の時よりもイベント仕様で、出店とか戦車展示をしているとか…なんかお祭りみたい。

 

 決勝戦だけあって、各戦車用に臨時ガレージまで用意されていた。

 結構、人通りも激しい所に設置されて目立っていたけど、特にみんな気にする様子もない。

 

 その、試合前最後の戦車整備点検中。

 その最中、見慣れた顔の人が挨拶に来てくれた

 

 この前見たばかりだったんだけど…。

 

 ……どこかで見たことあるような…奇抜な格好をしていた。

 

「ごめんねぇ…さっき生徒会長さんにも言って置いたんだけどさ」

 

 会長? 先に、学校代表である会長に挨拶も兼ねて、現状を謝罪したと言っている。

 謝罪?

 

「馬鹿息子ね。ちょっと所用で間に合いそうにないの。ごめんね」

 

 うん…その格好見たら、何となく察しがついちゃった。

 それ…ベコの着ぐるみですよね?

 頭だけ外しているけど、独特の胴体部分で分かっちゃう。

 

「あら、隆史さん間に合いませんでしたかぁ…」

 

「…そうですか、ちょっと残念ですね。まぁ西住殿! 試合が終わるまでには来てくれますよ!」

 

「……隆史君、相変わらずだねぇ…」

 

「職務怠慢だな」

 

 

 隆史君のお母さん再度登場で、その場にいたあんこうチームの皆が集まってきた。

 

「あの…でも、隆史さんのお母様? その格好は?」

 

「んぁ、隆史の仕事の代わりって奴だね。まぁ私の事情で遅れてる訳だし、この着ぐるみの宣伝位はやってやろうかなぁって!」

 

 生徒会長に、大洗納涼祭で隆史君が着て宣伝をしていた着ぐるみ……ベコを今回も使う様だった。

 隆史君が、到着するまで代わりに着て回ってくれるっていうのだけど…。

 

「…小母さん。ちょっと楽しんでませんか?」

 

「あ、分かる!?」

 

 相変わらず、子供の様な人だ。

 とても楽しそうに、元気に返事をしてくれた。

 あれ? 少しデザインが変わってる。

 前は毛並みしかなかった体が、少し服を着ているようになってるなぁ。

 

 後、マントの色が青になってる。

 

 隅に置かれた頭部の部分が…青い毛色の……普通のモヒカンだ。

 

 でもなぁ…着ぐるみの中の人が、こんな往来で顔が分かるようにしていていいのかなぁ?

 

 

 

 

 

「ごきげんよう」

 

「あっ…こんにちは」

 

 聖グロリアーナ。

 ダージリンさん…と、オレンジペコさん。

 今回も試合を見に来てくれたんだ…。

 

「試合前の激励に来ましたわ。…後、ペコ」

 

「はい」

 

 ダージリンさんの少し後ろに立っていた、オレンジペコさんが一歩前に出た。

 その顔は、特に私を睨む訳でもなく、前に見た普通の顔。

 私に怒った時とは全然違う…。

 

「西住 みほさん」

 

「は…はい」

 

 礼儀正しく、腰を曲げて…頭を下げた。

 

「先日は、大変失礼しました」

 

「えっ!? いえ!!」

 

「……感情的になり、ただ貴女を罵倒する様な…失礼な発言。申し訳ありませんでした」

 

 表情は見えないが、やはり普段の彼女らしからぬ行動、言動だったのだろう。

 ダージリンさんも、横で目を伏せ黙っている。

 私もいきなり頭を下げられてしまい、びっくりしてしまった。

 

「あっ、頭を上げてくださいぃ!」

 

「……すみません。こんな往来で、少し卑怯でしたかね」

 

 焦った私の返事に、ゆっくりと頭を上げてくれた。

 嫌味でもなんでもなく、本当に申し訳なさそうに。

 人通りも結構あるし、目立ってしまう…。

 

「ま、隆史さんが良く使う手ですわよね?」

 

 あ。ダージリンさんが嫌味を言った。

 

「オレンジペコさん…その事は、もういいんです。あれは確かに私が…悪かったんですから…」

 

「…いえ、私も…私自身、人に言える様な立場でも無かったのです。…申し訳ありませんでした」

 

「謝らないでください、私は大丈夫ですから!」

 

 言ってしまった。

 感情的になって吐き出してしまった。

 

 そんな感じの叫びだった。

 

 言われるより、言ってしまったオレンジペコさんの方が、ダメージが大きかったみたい。

 あの後、しばらくふさぎ込んでしまったのだと、ダージリンさんが言っている。

 横で、赤くなりながらパタパタ怒っていたオレンジペコさん。

 

 前回の準決勝戦で、隆史君と何かを言われた様だった。

 …それで謝る踏ん切りがついた…か。

 

「試合前に言う事では、無かったですね」

 

「いえ、大丈夫です。私もスッキリしましたから! で、ですからこの話は、もう終わりにしましょう!?」

 

 お互い少し肩が軽くなった。そんな気がした。

 だからもう終わり。

 言葉が少ないかもしれない。足りないかもしれない。

 シコリは少しあるかも知れない…でもなんか、スッキリした。

 …だからもういい。

 

 

 彼女は…隆史君の事は、口にしなかった。

 なにか言いたそうにしていたけど、少し苦笑したような顔をして、一度目を閉じた。

 

 すぐに目を開き、ハッキリと言った。

 

「…まさか、貴女方が決勝戦に進むとは思いませんでしたわ」

 

 謝罪を受ける側の私が、もういいと言っているので、これ以上の謝罪は蛇足になると話題を変えた。

 顔はもう、大丈夫。普通に笑顔でいてくれた。

 

「…私もです」

 

 だから私も笑顔で返そう。

 

 私達を見て、安心したのか。

 ダージリンさんも、微笑んでくれた。

 

「そうね。貴女方はここ「貴女方はここまで毎試合、予想を覆す戦いをしてきましたよね」」ペ…ペコ!?

 

「今度は何を見せて頂けるか、楽しみにしていますね?」ペコォォ!?

 

「……が…がんばります」

 

 信じられないモノを見るような顔で、ダージリンさんが、オレンジペコさんを見ている。

 あ…あれ?

 

「ペコ!? え?」

「ダージリン様は、一々意味ありげに言おうとするから横から掠め取られるんですよ」

「色々考えた言葉と…練習したのは、ペコも見ているでしょう!? なんで? え!?」

「ダージリン様は、回りくどいんです」

 

 練習したんだ…。

 見たこと無い様な、アワアワしたダージリンさんを他所に、しれーっとした顔で、明後日の方向を見てるオレンジペコさん…。

 

 あ~…隆史君が気に入った理由が、何となく分かっちゃった。

 

「ミホー!!」

 

「ん?」

 

 あれは…サンダースの。

 

 ジープに乗って、サンダースのケイさん達がやってきた。

 そのジープが、目の前に止まると、勢いよく飛び降りた。

 スカートで、その動きはちょっと危ないんじゃぁ…。

 

「またエキサイティングで、クレイジーな戦い。期待してるからね!」

 

 相変わらず、気持ちのいい人だ。

 ウィンクをしながら、親指を立てた。

 

「ファイト!!」

 

「ありがとうございます!」

 

 満足そうな顔をして、手を腰に置いた。

 そのままキョロキョロと顔を動かし、誰かを探している様だった。

 

 …うん。

 

「あれ? タカシは?」

 

「…そういえば、いませんわね」

 

「ダージリン様? 先程から気がついているのに…白々しいですよ?」

 

 はは…。

 オレンジペコさんが、ダージリンさんに何か厳しい…。

 

「残念ですが、隆史君は所用でちょっと遅れて来るそうなんです」

 

「あら、そうなの?」

 

 「「そうですか…」」

 

 残念そうな声が、約二人重なった。

 息が合っているのか…合っていないのか…。

 

「…………何、アイツ。決勝戦だっていうのに、まだあそこで、油売ってんの?」

 

「アリサ?」

 

 運転席の横、助手席で…アリサさんだっけ。

 そのアリサさんが、ちょっと意味深な事を呟いた。

 というか、え? 知っているの?

 

「え? どういう…「はいはいーい!!」」

 

 後ろから、大きな声がした。

 あ。忘れてた。一番忘れちゃいけない人を忘れてた!!

 

「」ヒィッ!

 

 なぜだろう。

 笑顔で、アリサさんを見ている。まっすぐ見ている。

 

「みほちゃーん、この子達は? 隆史を探しているって事は…なに? 他校の知り合い?」

 

「あ、はい。隆史君の…その……お友達です」

 

 嘘は言っていない。言っていないよね?

 関係がちょと複雑すぎて、なんて言っていいか迷っちゃった…。

 

「そういえば…みほさん。こちらの…奇抜な格好の方は?」

 

「え? あぁ……隆史君のお母さんです」

 

 「「「 !! 」」」

 

 あ。

 

 約3人の目の色が変わった…。

 

「あら、ワタクシ…いえ、隆史さんのお義母様でしたか」

 

「……ダージリン様ァ?」

 

「へぇ~……タカシのマミーねぇ。ちょっと…いえ、かなり怖いわね」

 

 …ケイさんが、何かに気がついた様だった。

 分かるものなのかなぁ?

 ニッコニコしている小母さんに、少し物怖じしているようだった。

 すごく警戒色が強い…。

 

「そっかぁ。今顔、思い出した。結構なスター選手だってのに…………この子達が被害者かぁ…なんかごめんねぇ」

 

 準決勝のテント前の事を言っているのだろうなぁ…。

 制服とか他校とか…ダージリンさん達有名人だし、顔を思い出したって事で、色々と繋がったのだろうなぁ。

 

「いやぁ…馬鹿息子がお世話かけました…、もしあれなら訴えていいからね?」

 

「小母さん!?」

 

「いえ…そんな。初めまして、聖グロリアーナ隊長のダージリンですわ、お義母様」

 

「同じく聖グロリアーナ。オレンジペコです」

 

「……」

 

 あ。小母さんの目が光って唸ってる。

 優雅にお辞儀をする二人を、スキャンしているかの様に見ている…。

 私逃げたほうがいいかなぁ…。

 

「え…っと。サンダース隊長のケイです…」

 

 グリンッっと顔を向け、ケイさんを今度はスキャンしてる…。

 なんか、ケイさんが、いつものフレンドリーな雰囲気を崩している。

 どうしたんだろ…。

 

「ミホーシャ!」

 

「あっ」

 

「このカチューシャ様が。見に来てあげたわよ!」

 

 今度はカチューシャさんが、ノンナさんに肩車されて来てくれた。

 朝ごはんを何回か一緒に食べた仲…というのも変だけど、初対面の時に比べ大分空気が和らいでいた。

 最初は始終睨まてれいたしなぁ…よかったのかな?

 

「黒森峰なんか、バグラ「かちゅーーーーしゃちゃん!!!」」

 

「小母さん!?」

 

 激励…だろう多分。

 その激励をくれている途中であろう、カチューシャさんを小母さんがノンナさんから、もぎ取った…。

 え…今、一瞬空飛んだ? 飛んだよね!?

 

「あぁ! 久しぶりカチューシャちゃん! ぁあぁぁ!! かわぅいいわ!! たまんない!!」

 

「」

 

 ノンナさんから、奪い取ったカチューシャさんを、小母さんが頬ずりしている。

 目が完全にやばい人だった…。

 

「」

 

 あぁ…うん。カチューシャさんは白目向いてる…。

 

「来ていらしたのですね。お久しぶりですね、お義母様」

 

「ノンナちゃん、お久しぶり! 相変わらず胸の大きさエグイわねぇ!!」

 

 ……え?

 

 ノンナさんが、カチューシャさんを奪われた事に対して反応を示さなかったのが疑問だった。

 それでどころか、慈愛の目で見ているのが不思議だった。

 

 知り合い? え!?

 

「あいっかわらず、この子いいわ! 可愛いわぁぁ!!!」

 

「はい、カチューシャは最高です」

 

「」

 

 …温度差がひどい。

 

「みほさん」

 

「ダージリンさん?」

 

 色々な疑問と共に呆気に取られている最中。

 ダージリンさんが、私の疑問に答えてくれた。

 

「ノンナさん…いえ、プラウダ高校は拠点が青森でしょう?」

 

「そうですね」

 

「隆史さんの実家も、現在青森でしょう?」

 

「…そ、そうですね」

 

「隆史さんのお義母様って、戦車道の師範をされているのでしょう?」

 

「……」

 

「ノンナさんが、黙っているとお思い?」

 

「」

 

「それでも、西住流ですし…他校になんて教えるはずが無い…多分、そう思いますでしょうけど…」

 

 私の疑問を先読みされた…。

 

「あのお義母様、護身術もご教授されているようで…」

 

「」

 

「ノンナさん。毎回、私達にメールで、隆史さんのご家族とのお付き合いを報告してきましたわ」

 

「」

 

「…写真は送られて来ませんでしたから、私達、お義母様の顔すら知りませんでしたけど…ナルホド…」

 

 あ。

 

 私とダージリンさんを、ノンナさんが横目で見てきた。

 ……。

 

 一瞬、口元がにやけた。

 

 

 ・・・イラッ

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 いやぁ~…まいった。

 驚いた、驚いた。

 

 なに、あの馬鹿息子。

 

 すっごいモテるわねぇ…。

 モゲレバイイノニ。

 

 誰に似たのか…、うん。お父さんね! 

 

 やっぱり私の旦那の遺伝子ね!

 

 まぁ…。

 

 良かったわ。

 

 学校の娘達といい…良い人間関係が出来ていて。

 まぁ女性関係は、自業自得だから自分でなんとかしなさい。

 

 ダージリンちゃんとノンナちゃんとケイちゃん。

 私の見立てだと、あの五人の中じゃあの三人ね。

 

 一押しは、ダージリンちゃんかしらねぇ…。

 

 息子の好感度は、胸の大きさと比例するって教えて上げたら、オレンジペコちゃんがすっごい顔してたわねぇ…。

 いいわね。あの娘もいい! ちっちゃいけどね!!

 

 カチューシャちゃんは、がんばらないとね!

 

 みほちゃんには悪いけど、一応全員にアドバイスを上げておいた。

 

 隆史には、取っ替え引っ変え女を変えるようなら、ぶん殴ってやろうと思ったけど…。

 みほちゃん以外の娘達の、あの諦めない姿勢を見ていたらねぇ…チャンス位上げたくなるわよね!

 

 …まぁ今度、ゆっくりと話す時間もあるでしょう。

 その時にでも、もうちょっと詳しく教えてあげましょ。

 

「……六人」

 

 この、変な着ぐるみの頭部を装着。

 変な着ぐるみねぇ…。

 

 敢えてあそこで、顔を晒す。

 熊のぬいぐるみの中身が私だと公表しておく。

 

 …愛里寿ちゃんも、面白い事考えたものねぇ…私の要求も同時に叶えるかぁ。

 

 ……。

 

 昔の事がある。

 

 何にせよ。

 引きこもっていて欲しかったけどねぇ…。

 でもこうなってしまったら、後は隆史自身で決着をつければいい。

 

 ―が。

 

 私にも思う所はある。

 

 ただ黙っているのは、性に合わない。

 

 だから、せめて鬱憤晴しくらいはさせてもらおう。

 

 …ガレージ前だと分かりやすかったわねぇ。

 

 あそこで、露骨な悪意やら何やら…よくない視線。

 私の態度に…ケイちゃんは気づいてたわね。

 他人の悪意に反応できる…昔何かあったのかしら。

 

 …やっと終わらせられるかしらね?

 

 これが終われば、私も少しは子離れできるかしら?

 

 はっはー。しほ達に愚痴を言うも減るかしらねぇ…。

 

 

 …まぁいいや。

 

 お仕事しましょ。

 

 

 さて。

 

 

「…狩るか」

 

 

 

 

 




はい閲覧ありがとうございました

ダー様は、ポンコツかわいい。
ママン見立てはダー様一番。

ありがとうございました


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第50話~決勝戦が始まるわ!~

第49話の黒森峰サイドのお話です。


「…どうした、エリカ?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

無意識に顔を下に向けてしまっていた…。

試合前だというのに、集中できない。

言いようの無い不安感がある。

 

あんな元副隊長になんか…。

西住流の名を汚した奴になんかに、負けるはずが無い。

私の実力が、元副隊長なんかに劣っていないと…自信もある。

 

でも、なんだこの…。

 

「…」

 

………………気持ちが悪い。

 

今朝から、どうにも周囲が騒がしい。

何故か、私達に「護衛」という名目で、家元から派遣された方々。

普通に生活している分なら縁なんてない。

 

気持ちが悪い。

 

戦車整備用のガーレジに到着した辺りからだろうか。

複数の視線を感じた。

 

それは今も感じている。

もうすぐ試合開始だというのに…なんだといのだろう。

 

あ…そうか。

 

この不安感は試合に向けたモノじゃない。

その複数の視線から来るんだ。

 

それは、ただの見学者や通行人の視線では無い。

ベタつく様な視線…。

 

見られる事には、多少慣れている。

黒森峰の副隊長という、ポジションからすれば、当然だ。

 

だけど、あの視線は違った。

 

周りを見渡すと…何故だろうか?

顔を背ける男性が多かった。

あいつらだろうか。

 

…気持ち悪い。

 

まだ、見ている。

 

私だけを見ている。

 

特に話しかけられる事も無く、ただ遠くで私を見ている。

ニヤニヤとした、薄気味悪い顔をしている男性も多かった。

 

あれは、「黒森峰女学園・副隊長」として見ていない…。

 

護衛がついているという現状と照らし合せると、不安な感情が湧いてくる。

 

「…」

 

その視線から逃れる為か…。

それで無意識に、下を向いてしまったのだろうか。

 

「…あの連中か?」

 

「え?」

 

顔を向けずに、目線でその男達を指していた。

…隊長は気がついていた。

 

「今更…この程度の視線で、何を臆している」

 

「っ!」

 

隊長は何をするにも、世間様からの視線や注目を集める。

それは昔から…それこそ中学生になってからずっと見られていた人だ。

私もその、視線を送る一人だったから分かる。

 

周囲からの期待や羨望。

西住流…その時期後継者としても。

 

…しかし隊長。

 

私は別に、注目される事にプレッシャーを感じている訳では無いのです。

 

この視線は、気持ち悪い。

…ただ本当に気持ちが悪い。

 

 

 

「―と、普段ならば言うのだろうが…あの目は、異様だな」

 

「隊長?」

 

目を細め、睨みつける様に男達を見ている。

隊長と目が合うと、また顔を逸らし、ごまかそうとしていた。

 

「…試合前に、無用なトラブルは避けるべきなのだが……いくら何でも不快だ。大丈夫か? エリカ」

 

隊長は、私に視線が集まっているのも、気がついていてくれた。

何故だろうか?

普段見せない、少し優しい目をしているのが、ちょっと嬉しい…。

 

 

「護衛の方に対処してもらおう。少し…………まっ……」

 

…気遣ってくれた。

相変わらず戦車道には厳しい方だけど、それ以外では、隊長の性格が少し丸くなった。

 

以前、遠まわしに何となく、聞いてみた事があったな。

肩の荷が少し、軽くなった為だ。と、冗談めかして仰っていたけど…。

いや…元々、優しい人なのだ。

 

……多分、尾形は関係が無いな。

いや、絶対無い。うん無い。

 

隊長に心配をかけてしまった。

しかし、逆を言えば心配をしてくれた。

…無意識に顔がにやけてしまうのを自制し「エリカ」なければ。

 

いやいや。何故だろう。

もう男達の視線もどうでも「…エリカ」

 

「え!? あ、はい!!」

 

いけない、嬉しさのあまりボーッとしてしまった。

こんな事では、まだ『ゴシャ』

 

…ゴシャ?

 

「「……」」

 

先程から私を見ていた男の一人が。

 

…その。

 

空から降ってきた。

隊長と二人、ソレを見下ろしている。

 

「…エリカ」

 

「…………ハイ」

 

「人は空を飛べるものか?」

 

「……普通、飛べません」

 

降ってきた男は、白目を剥き、泡吹いて気絶している…。

 

人が気絶している所を、初めて見た。

生きてるわよね?

 

微動だにしないし…。

 

横から、ザリッっと地面を擦る音がした。

周りの他の生徒が騒ぎだす声が聞こえる。

 

な…なに?

 

恐る恐る、音がする方向を見ると…。

 

 

熊がいた。

 

 

黄色い体に、青いマント。

近くの藪の中から、ガサガサと出てくる。

藪から出てくると、全体像がわかった…のだけどぉ…。

 

両手には、二人の男。

 

男の頭を掴み、引き摺りながらこちらに歩いてくる!?

男達は、降ってきてた男と同じで、私を見ていた奴ら。

 

 

そして同じく意識が無いのか、大人しく引きずられている。

 

 

 

……。

 

 

 

怖!!!

 

 

唖然としている私達の足元で、気絶している男の上に、両手の男達を放り投げた…。

それはもう…空き缶をゴミ箱に投げ捨てるように、軽々と放り投げた…。

そして鈍い音をたて、折り重なる男達。

 

……。

 

死体処理される男達にしか見えない…。

 

「…はぁ……」

 

横に居た隊長から、ため息が聞こえた。

 

……。

 

……ん? ため息?

 

あの隊長が、ため息!?

 

それどころか、こめかみを指で押さえてまでいる。

困ったような顔をしてはいるが、あの着ぐるみを警戒すらしていない。

どういうこと!? 私はできれば関わりたくないのですが!

 

着ぐるみは、こちらに歩きながら、頭を抑えて左右に回す。

グッっと上に持ち上げるような手の動き…。

ボコッっと音を立てて、頭部が取り外さた。

 

「…お久しぶりです。尾形師範」

 

「あら、小母さんでいいわよ! まほちゃん!!」

 

 

 

 

--------

------

---

 

 

 

 

 

「試合前にごめんねぇ、まほちゃん」

 

「……いえ」

 

尾形 弥生。

 

西住流師範にして…尾形 隆史の母親。

 

・・・・・。

 

知らなかった…。

 

西住隊長は、この師範。

社会人を主に教えている師範の為、私達黒森峰の生徒が知らないのは、無理もないと言っていた。

いや…もう、そういう問題ではなく…。

 

なによ! あの男!! 思いっきり関係者じゃない!!

 

え? それでなに? 島田家の娘とも偽装とはいえ、婚約までして!? はぁ!?

しかも島田家の血縁者って事だったわよね!?

なんかもう…色々ショッキングで…。

先程までの、気持ち悪い感覚とか…視線とか…もうどうでもいい。

 

…あれ?

 

なんで私がショック受けてるのよ。

 

「…あの、尾形師範」

 

「だから、小母さんでいいわよっ!」

 

「…」

 

それはそうと…えっと……。

なんでこの人は、…その。

 

「では、小母様。…一つお願いがあるのですが」

 

「あら、珍しい。何かしら!?」

 

 

隊長の胸を揉みしだいているのだろう…。

 

 

「……いい加減、会う度に私の胸を…その、やめて下さい」

 

 

出会い頭早々に、すっごいストレートに揉みだした。

そしてなんだろう…。

すっごい真顔で拒否した。

 

「…何というか……。流石、しほの娘……まだ成長している…だと!?」

 

………………ナルホド。あの男の母親だ。

 

「あ。みほちゃんと、ノンナちゃんの確認忘れた」

 

「……」

 

すっごい真顔で、揉みしだいている大の大人と、すっごい真顔で、揉みしだかられている高校生。

 

…どうしよう。

 

同性というのも有るが、その…西住流師範が、西住流家元次期後継者にセクハラしてるのって…。

もう、どうしたらいいか分からない。

 

「そもそも、何故昔から挨拶かの様に、私の胸を触るのですか?」

 

…先程の隊長のため息の理由が分かった。

これは、ため息も出る…。

 

「え? 息子の嫁候補の成長過程の確認だけど!?…ホントにでっかいわね。……チッ」

 

「「………」」

 

今なんて言った?

 

「お義母様」

 

隊長!?

 

「好きなだけどうぞ」

 

「あら、そ? いいの?」

 

「いいわけ無いでしょう!?」

 

私、間違って無いわよね!?

たまりかねて、叫びながら仲裁に入ってしまった。

 

「あら、この子は?」

 

「副隊長の逸見 エリカです」

 

「ふ~ん」

 

ヒッ!?

 

なに!? 

 

一瞬、殺気染みた視線を感じた!!

 

隊長が私を紹介してくれたのと同時に、何こう…目が光って全身を舐めまわす様に見られている…。

なに!? なにぃ!? なんかすっごい目で見てくるんだけど!!

それでも、隊長の胸の上の手を動かす、その執念はなに!?

 

「大丈夫だ、エリカ」

 

「な…なんですか?」

 

ドヤ顔する隊長。

なんでこの状況で、そんなに冷静…というか、嬉しそうなんですか!!

 

 

「これも戦車道だ」キリッ

 

「絶対違います!!」

 

 

あぁ…なんか最近、私ツッコミしか入れていない気がする…。

うぅ…最近、西住隊長は戦車道意外だと、どうにも…あのグロリアーナの隊長臭がする…。

 

「あ…でも、あれか? まほちゃんやみほちゃんの場合…婿に出す事になるのかな?」

 

「」

 

「あぁ…でも、みほちゃんの場合なら、嫁になってくれるのかしら…」

 

「「 」」

 

とんでもない事を口走っている。

 

「まだ隊長は、高校生です! 何言ってるんですか!!」

 

「西住流後継者なら跡継ぎ確保の為に、学生結婚もありえるのよ? 事実、しほも早婚だったしねー………私より早く結婚しやがって……」チッ

 

「「…………」」

 

発する言葉の中に、私怨が見え隠れしてきた…。

 

やめよう…。

多分この人には、何を言っても敵わない気がしてならない…。

 

相手をするだけ無駄だろう。

………隊長が無言で顔を赤くしているのが、すっごい腹立たたしいけど。

強引に話題を変えよう…色々ともたない。

 

 

……。

 

 

「あの…尾形……師範。少しよろしいですか?」

 

「あら? 何? エリリン?」

 

 

「……」

 

 

親子揃ってぇ!!!

 

 

「…エリリンは、やめて下さい」

 

「あら残念。何かしら? エリカたん?」

 

「……」

 

なんか…もう疲れた…。

試合前だというのに…すっごい疲れた……。

 

「あら、これもご不満。じゃぁ、エリカちゃん?」

 

「……もう、それでいいです」

 

妥協というのも人生には必要よね…。

エリリンよりか数倍マシだし…一応、相手は年上だし…師範だし…。

 

「あぁ…ちょっと待ってね」

 

パッっと両手を西住隊長から離し…やっと離した……。

その手を振り、私達の護衛をしている方に指示を出し始めた。

 

…倒れている男達を連れて行かせた。

 

尾形師範が、着ぐるみを着ている事は、護衛をしている方々全員が知っていたらしく、特に気にする事もなかった…。

まぁ…いきなりこんなのが、護衛対象の私達に近づいてきても、なにもしなかったのはそういった理由か…。

 

「馬鹿よねぇ…現場で携帯で連絡するなんて。会話盗み聞きすれば、すぐにバレるのにねぇ…」

 

「……」

 

「…で? 何かしら?」

 

西住流師範は、基本的に皆、厳しい方が多い。それは表情にも現れる。

でもこの人、始終ニコニコしている。

 

どこにでもいる小母さんって感じで、世話が焼きたくて仕方が無いって顔だ。

今も笑顔で返してくれているのだけど…この状況で、それはかえって不自然だった…。

 

「……あの男の方達は一体…」

 

当然の疑問を口にする。

西住隊長は知っているのか、なにも言わない。

 

「あぁ、気にしないで…と、いっても無理よねぇ……う~ん」

 

言葉を選んでいる…。

どこまで言っていいか、考えているような気もする…。

そんな態度では、何かあると言っている様なもの。

 

「今回の護衛。アレらからの防犯・妨害対策の為なの」

 

「―え?」

 

普通に…話しだした。

 

「最初に捕まえた男から、大体の人数を聞き出して、把握はしてるの。後、数名で完全駆除できるんだけど…」

 

「……」

 

「戦車に細工できる連中じゃないし…後少しね。そう、貴女達を試合開始まで、護衛するのが私達の役目なの」

 

私達…。

この人護衛役という事なのか…。

 

「エリカ。西住師範の言っていることは正しい」

 

「隊長は、知っているんですね」

 

「…ああ。お母様から聞いている」

 

「……そうですか」

 

先程、男達を護衛の方に何とかしてもらおうとしたのも、事情を知っていて、それを私に知らせない為にした、軽い演技だったのだろうか?

 

「うん、不安なのは分かるけど、事実もう終わる話なの。裏事情は、正直に言ってしまえばあるけど……」

 

「小母様!」

 

隊長は、それも知っているのか…喋ってしまいそうな、尾形師範を止めようとしている。

 

「大人の事情が、思いっきり絡んでるから、知らないほうがいいわ!」

 

ここで、止められた。

中途半端に事情を聞くと…余計に全容が知りたくなる…。

それに多分、これは私だけの問題では無いのだろう。

 

「……しかし、他の生徒にも危険が『 エリカちゃん 』」

 

 

 

 

「この案件はね? 西住流家元と島田流家元。2大流派の家元が絡んでるの」

「あ、じゃあ、いいです」

 

 

 

即座に、食い下がるのをやめた。

 

えぇ、両手を上げて目を逸らして降参。

手の平を返した。はい。

 

スッっと笑顔が無くなり、雰囲気が変わった師範も有るが、あの二人の家元絡みなら関わりたくない。

もう厄介事は、もう嫌。

 

家元達が関わっているとは予想がついたけど、はっきり分かったからもういい。

多分、他の生徒達の安全を確保した上での事なのだろう。

だから余計な事は知りたくない。絶対変な事になるから!

 

「……あらぁ、随分あっさり引き下がったわねぇ」

 

「エリカ。…私も今の変わり様は少し驚いたぞ」

 

「ちょっと、拍子抜けねぇ」

 

拍子抜けって…。

 

「大洗の準決勝で学習しました。家元に関わると碌な事ありません」

 

「……エリカ」

 

複雑そうな顔してもダメです隊長。

テント前での事を考えれば、戦車道以外で家元達に関わりたくナイデス。

……あぁそうだ。

ここ最近の隊長見て納得した……この人、あの家元の娘だ…。

 

「尾形師範は、もう終わる話だと仰っていましたし、試合に向けてそろそろ集中したいです」

 

「…面白い子ねぇ」

 

なにが面白かったか知らないけど、コロコロ笑いだした。

 

「まぁ、本当にもう終わりそうなの。あまりに簡単すぎて、疑っているくらいなのよ」

「30分くらい前に、大洗のガレージ前にも行ったけどね、そこから数えても……私だけで16人ほど捕縛したし…あと少しね!」

 

「」

 

捕まった連中の人数にも驚いたが、30分で大の男を16人捕まえた!?

は!?

 

「エリカ」

 

「へ!? はい!?」

 

「あの人は、実際に首の後ろに手刀を打ち込んで、相手の意識を刈り取る事ができる人だ」

 

「……」

 

そんな、漫画見たいな事出来る人が存在してるのか…。

大の男を、片手で放り投げる様な人だし…無駄に納得できてしまった。

 

「いやねぇ! そんな面倒くさい事しないわよ! あれ、油断してる相手じゃないと効果が薄いのよ?」

 

面倒くさいって…やはり出来るのか…。

 

「警戒していても、人体急所に打ち込めば簡単だしね!」

 

…急所って…それ下手したら死にませんか?

 

「あぁ大丈夫よ!? ……男なんて、急所むき出しにしている様なモノだから」

 

なぜこの人は、私が思っている事に返答してくれるのだろう。

 

「えっとね? 人体急所ってのは、人体の中心を縦に線を引く様に、集中していてね? 特に男の場合、下半身に『 いいです! 聞きたくないです!!』」

 

 

……この人に逆らうのは、やめておこう。

素人の私にも分かる、男の急所に躊躇なく攻撃できる人には特に。

 

…早く試合始まらないかしら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふ~ん♪」

 

「…あんた」

 

車の後部座席で、助手席に足をかける。

少し遠回りだが、会場付近までは道以外を走行している。

道では無い所を走っているお陰で、乗り心地は最悪だ。

 

しかし気分はいい。

晴れやかな心地のいい気分ですよ?

 

これからの事を考えると、胸が高鳴るねぇ。

 

「おい、あんた!」

 

運転手さんがうるさい為、運転席を蹴飛ばす。

せっかくのいい気分を、壊さないで頂けますかぁ?

 

「…依頼主様は、丁重に扱ってくださいねぇ。報酬減らしますよぉ?」

 

「……チッ」

 

西住流の奴らは、絶対に俺に警戒してくる。

スタッフ含め、必ず関係者には人をつけてくるだろうねぇ。

 

厳戒態勢で迎えられたら、俺が動けない。

見つかってしまえば、多勢に無勢。どうしようも無いしねぇ。

 

だから人がいる。

せっせと人集めをしてくれそうな奴は、前回捕まっちまったしねぇ。

寝床もバレると思って、早々に撤去した。

 

あの糞ジジィが、よりにもよって、部屋を後にする時に来るとは思わなかったけどねぇ。

まぁ、あのジジィがあそこで発見されれば、多少時間稼ぎにでもなるかなぁって、適当に転がしておいたけど…金以外にも役に立っていただきました!

 

まず最初にした事。

 

どこぞの街で、ヒマそうにしていた奴らに声をかける。

 

人手が欲しい。

 

囮になる馬鹿共が。

 

まぁ簡単に見つかった。

 

街中で屯っている、馬鹿共。

 

金ってのは、いいねぇ。

餌にすれば簡単に釣れる。

 

なんか、ちーむぅ? だかなにか。そのよくわからない連中だ。

いい年をして、厨二病全開の奴らに声をかけた。

 

リーダーだか、頭だか色んな呼び方されている小僧と話を通してみた。

いやぁ…すっげぇ楽に話がついたねぇ。

 

こういった奴らは、金が無い。

簡単に稼げて、ちょーと危ない匂いを演出してやったら、簡単に食いついた。

 

前金として200万。

報酬額は、500万。

 

それと別に、各兵隊さん連中に3万づつ。

 

…まぁ無いけどなぁ!

 

嘘ですよぉ? 嘘!!

 

あのジジィからは、もう取れるだけで取った金。

前金で全てくれてやった。

 

報酬は、倍以上くれてやる。

そう言っときゃ、その場で取り囲まれてボコられる事もないだろうと、適当ぶっこいた。

前金を現金で、その場でくれてやった為だろう、まぁ歪んだ信用は、勝ち取った。

 

予想外の大金の場合、馬鹿共でも分かるだろう。

…絶対に法外の案件だと。

 

 

何人集めてもいいって言っておいたら、まさか50人も来るとは思わなかったねぇ。

金に目が眩んだ馬鹿共が。

まぁ…囮は多い方がいいから不満はありませんがねぇ?

 

それに俺はもう、戻る気も無いからねぇ…精々使い潰してやる。

俺と一緒に潰れようねぇ?

俺の話に乗った時点で、お前ら様の未来は俺の一緒になりましたァ!

 

 

「んでぇ? 何かなぁ?」

 

「…今、現場にいる奴らから連絡が入った」

 

「ほぉほぉ」

 

「半数以上、捕まった」

 

「……ふーん」

 

まぁ、そうだろうな。

ど素人のチンピラが、護衛目的で警戒している集団に、しかも分散して突っ込めばそうなるだろ。

 

俺の指示は簡単だった。

 

戦車道選手達の周りを彷徨け。

これだけ。

大洗学園以外の他校も含ませた。

 

まぁ、それだけじゃ不自然だろうと、様子を逐一教えろと伝えてあった。

に、しても…いくら何でも早すぎるねぇ…。

 

「…黄色の熊の着ぐるみを着た奴に、半数以上が捕まったらしい」

 

信じられないって声だねぇ。

どうにも、ほぼ出会い頭に一発殴られ、気絶をさせられたそうだねぇ。

その骸を無言で引きずって、連れて行くんだってぇ。

 

怖いねぇ!!

それ見た子供、泣くんじゃねぇの?

変な笑いが出た。

 

熊の着ぐるみねぇ。

 

尾形 隆史。

 

やっぱり邪魔するかねぇ。

 

大人しく、試合に従事してりゃいいのに。

黄色の熊の着ぐるみダァ?

大洗で沙織ちゃん、拉致った時に着ていた奴かね。

 

新聞やネットには、中身の男の事は記載されていなかった。

誘拐犯捕まえたのだから、少しは出てくると思ったのにねぇ、情報規制でもしたか?

 

…まぁ、現場にいた俺には、意味ないけどぉぉ。

 

「ふ~ん。それで? その着ぐるみ男は、現在どこにいるか分かりますぅ?」

 

「男? いや、そいつの中身は女だと。…だから現場の奴らが少し混乱している」

 

「女ぁ?」

 

「あぁ、確認している。場所は…脱いじまったのか、もう会場には見当たらないらしい」

 

……?

 

「尾形 隆史」じゃない?

 

…もう試合開始時間を超えているし…いなくなるのも分かるが…。

 

俺が考え込んでしまった為か、それとも無言の空間が寂しいのか、運転手さんが先程から喋りかけてきますねぇ。

うぜぇなぁ。

…まぁいい。相手してやるか。

 

「…あんた、こんな車持っていたり…ポンポン金だしたり…何者なんだよ」

 

車? あぁ。

 

「この車て…軍用のジープだろ? 一般人がホイホイ買える代物じゃねぇだろ?」

 

「これ? 俺のじゃ無いよ?」

 

「…何?」

 

「いやいやぁ…ほらぁ、これから行く会場に、持っている女の子が、い~ぱい…いるじゃないのぉ」

 

「は?」

 

「ああいう子達ってぇ、一度全員集まってから出かけるみたいでぇ…まぁなんだ。パクった」

 

説明するのが途中で面倒になり、最後だけ完結に言った。

レンタカーなんぞ借りれるか?

無理でしょう?

んじゃ、パクるしかないじゃない?

 

ほらほらぁ。女の子って、しかも何だかんだでケツの青いガキ共だしぃ。

エンジンつけっぱなしで、駄弁ってる子多いの。

 

いやぁ…簡単だったわぁ。

ごめんねぇ? サンダースの子。

 

「……」

 

検問もあるかも知れないしぃ。

警察に通報なんて、絶対にされてるしぃ…。

だからですぅ。

 

「…こんな辺鄙な所を走る理由…分かって頂きましたァ?」

 

「…………」

 

分かったら、連絡が来るまで黙ってろ。

 

もう話したくないので、態度で示しましょうねぇ?

視線を横に投げ、ダラけたように体をズラす。

走行の振動で、ケツが痛ぇんだよ。

 

……。

 

流れる風景を見て、胃が痛くなる。

久しぶりにお天道様の下に出たからかなぁ?

人工物が少ない、雑木林しか見えない殺風景な場所を走る…ので、いい加減飽きてきた。

 

捨石君達からは、報告来ないしねぇ…。

 

 

 

…………。

 

 

あ?

 

なんだあれ?

 

なんで、こんな所に大人数がいるんだ?

 

キャンプか何かしていたのか、テントまで張って集まっている奴らが見えた。

大層な人数いるねぇ。焚き火跡かね? ありゃ。

昨日からいた…という雰囲気が漂っていますねぇ。

 

何台かの車も、少し離れた場所に停まっているのも見えた。

 

あぁ…決勝戦でも見に来たのかね?

 

「おい、止まれ」

 

すぐに車を止めさせた。

少し気になるマークが見えたからだ。

雑木林が間に入っている為、上手く隠れるように車を停車させた。

 

「……」

 

向こうの停車している車の横、ピザを切ったかの様な絵のマークがあった。

今は、テントやら何やら片付けっているようだ。

ここまで聞こえてくる、やかましい声。

 

「…アンツィオ」

 

何やってるんでしょうか? こんなところで。

ツインテールの娘さんが、中央でなんか黒い棒を振っているな。

 

アレも確か…あいつらのオトモダチ…だったよねぇ?

 

「……ヒィッ!」

 

…。

 

変な笑いが出る。

 

 

イイコト思いつた。

 

 

いいことオモイツイタ。

 

 

イイコトオモイツイタァ!!

 

 

こっちは二人しかいない。

二人しかいない…がぁ!!

 

 

こんな辺鄙な場所だ。

 

助けを呼ぶ? どこに? 大会本部? まだ少し離れているよねぇ?

追いかけてくる? すぐに反応できるかねぇ? はしゃいでいる雌ガキ共が。

 

試合が終わるまでの暇つぶしを、一人くらい確保しておくかね。

後々、楽になるかも知れないしぃ。

保険になるしぃ!

 

まほちゃんとみほちゃん。

それと「尾形 隆史」にも繋がりのある人間。

 

今回の「逸見 エリカ」ちゃんと竸った程の逸材ですしねぇ!

 

「オイ。あの中心に立っている、ツインテールのガキの所まで、車を全速力で飛ばせ」

 

「…は?」

 

座席の下に置いた、コンビニ袋から、用意してきたモノを取り出す。

この状況なら、最適なモノ。

 

ナイフや何かで脅す? いやいや。

時間ロスがあるし、捕まえた後、面倒くさい。

 

「…お前、何する気だ」

 

「攫う」

 

簡潔に言う。

 

取り出した機械に電源を入れる。

スイッチを押すとバチバチいって青白い光が、目に入った。

ちゃんと正常に動作したな。ヨシヨシ。

 

 

「おい、何してる。早く行けよ」

 

…なにこいつビビってんだ?

攫うの一言で、目が泳ぎ、中心にいるガキと俺を見比べている。

…正直、この馬鹿説得させるのも面倒くさい。

 

 

「…捕まった連中。どうせ出てこれねぇだろうからねぇ? そいつら分の報酬は、お前にボーナスとしてくれてやるからさぁ」

 

「!?」

 

「あぁ。後攫ったアイツは、試合が終わるまでなら、好きにしていいからヨォ。俺はあいつの…「アンツィオの隊長」さんの身柄だけが欲しいんだぁよねぇ?」

 

ん?

 

おやおや。

目の色変わったねぇ。

少し前屈みになり、ハンドルを握り締めている。

まぁそうだねぇ。こんな事で、大金が手に入るだしぃ。俺は持ってねぇけどねぇ?

設定上の話ですよぉ?

 

はっ!

 

…金の方か。女の方か。

 

どちらにしろ、早く行けよ。

 

「…報酬守れよ?」

 

「今まで俺は、生きてきて嘘をついた事が無いってのが、唯一の自慢なんですぅ。だから安心して突っ込んでねぇ!」

 

その言葉で、ようやく決心したのか、車のシフトレバーを握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…待て」

 

雑林を突っ切ろうとさせた直後、止めさせた。

アクセルを踏む前だったが、急ブレーキの様に前のめりになった。

タイミングが悪かったか? まぁいい。

 

 

…増えた。

 

一人増えた。

 

ただの雌ガキなら問題無いのだが…あれはダメだ。

運転手も、気が付いた様だねぇ…腕が固まっていた。

 

「…黄色…熊の着ぐるみ」

 

一つのテントから、この場所に気持ちのいいくらいに、似合わない物体が出てきた。

そのテントの入口。

金具か何かに引っかかったのか、その引っかかったであろう、赤いマントを引っ張っている。

それに気がついたか、ガキ共がその黄色い物体に群がりだした。

でかい声を出しながら、マントを外すのを手伝っている。

 

チッ。

 

「……やめだ。中止」

 

「え…」

 

「今後、俺の指示に即従うのなら、報酬上乗せは確約してやるから…さっさとこの場を離れろ」

 

疑問に思ったのか、少し固まったが、「俺の指示に即従う」という条件。

その一言のお陰で、すぐにシフトレバーをバックに入れ、方向転換をしてその場を走り去る。

アレがいるのなら、長居をすると危険だ。

 

ふむ。

 

…着ぐるみの中身は女。

 

 

試合が始まっているというのに、こんな場所に「尾形 隆史」が、居るはずが無い。

とすると、捨石君達を捕まえている着ぐるみの中身は…自衛隊員か何かだろう。

 

西住流家元なら、協力要請なんて簡単に通るだろうしな。

あの着ぐるみは、あの3人のオトモダチ連中の様子を見て回っている…って所か?

 

大洗学園が対戦した学校に、捨石君達を何人か様子を見るように指示を出したが…ナルホド。

それで、一網打尽にでもされていたのか。

 

…そんな捨石君達も、曲がりなりにも男だ。

 

そんな連中を即座に無力化する程の人間なら、女といえこんな所で相手にしたくない。

まだ一日は始まったばかりだ。

リスクは負えない。

例え、あのガキを上手く拐えたとしても、あの黄色いのには、各所に連絡手段もあるだろうしなぁ。

 

チッ。まぁいい。

今回のは、おまけだしな。

さっさと諦めよう。

ダメだと思ったら即引く。長生きの秘訣だね!

 

…さてと。切り替えようねぇ。

 

まぁ、仕方ないからどこかに隠れるか。

暇つぶしは、捨石君達を観察で我慢するかぁねぇ。

 

ギャーギャーと、女特有の甲高い声は気分を削ぐ。

何を言ったのか分からないが、最後にアンツィオの隊長さんの声だろうか?

断末魔の様な声は、少し耳の奥を刺激した…。

 

うるせぇ…。

 

 

 

 

 

 

『髪を回すなぁ! 可愛いとか言うなぁぁ!! チヨミンと呼ぶなぁぁぁ!!! 終いには泣くぞぉぉ!!!』

 

 

 




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第51話~過去と今と未来です!~

平原。

 

晴天の下、遮蔽物の無い平原に向かい合って整列している。

 

 

「「「「 …… 」」」」

 

 

…本日の審判長がいる。

 

そして、ひどく窶れている…。

信じられないくらい顔が青い。

その、大丈夫なのだろうか?

 

今、あの隊長が2度見したけど…。

 

「…あの、亜美さん…その、大丈夫ですか? 顔色すごい悪いですよ?」

 

「……」

 

遠い目をしているわね…。

 

「エェ…ダイジョウブ。ダイジョウブヨォ? ミホチャン!」

 

「「「「 …… 」」」」

 

手を前に出し、笑顔でパタパタ仰ぐようにして「仕事は、ちゃんとやるわ!」って、元気いっぱいに言っているけど…。

いつもの蝶野さんなのだけど、目に見えて体調不良に見えるんだけど…。

 

「あ、みほちゃん」

 

「え? あ、はい」

 

「隆史君に伝えといてくれる?」

 

「え……」

 

「 オ ボ エ テ オ ケ ヨ ♪ 」

 

「……………………」

 

…笑顔だ。

とびっきりの輝く笑顔だ。

 

「反省はしてる! 反省はしてるのっ!! でもあの方法はエグイと思うの!」

 

「…隆史君、何かしたんですか?」

 

「……」

 

「……」

 

「あの…亜美さん?」

 

「……言いたくない…思い出しちゃうから……」

 

「……」

 

元副隊長が、聞いた瞬間、目のハイライトが薄くなった…。

どこか虚空を眺めてる…。

 

あの男が、また何かしでかしたのか?

今、スゴイ暗いのか明るいのか…よくわからない笑顔だったけど…。

 

「…じゃぁ、挨拶を始めるわ!!」

 

まだ試合前という事で、知り合いに話すように砕けた感じではあったのだけど、ここまでとばかりに、顔を引き締めた。

というか…本当に思い出したくないのだろう。

毎回あの男のせいで、真面目な雰囲気というか…そういった空気が粉砕されている気がするわね…。

 

……忘れよう。

 

試合に集中しないと…。

 

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

 

 

 

「では…両校、挨拶!!」

 

向かい合った私達の間。

同じく並んで立っている審判の方達の前に、両校の隊長・副隊長が代表として前に出た。

ここの所あの男のせいで、不本意だけど、この娘の顔を頻繁に見る羽目になった。

直接会っていた訳ではないが…ただこうして、ちゃんと向かい合うのは、久しぶり。

 

先程から隊長は、一言も喋らない。

挨拶の号令にも、ただあの娘をまっすぐ見ているだけ。

隊長だって、この娘に何も思わないはずが無いだろうに。

 

 

「よろしくお願いします!」

 

 ()()()()()()()()() ()

 

 

全体挨拶が終わり、蝶野一尉から、試合開始場所へ移動を伝えられる。

それを皮切りに、両校の選手達が各々動き出す。

各校、戦車まで戻り……やっと決勝戦の試合が始まる。

 

「いくぞ」

 

「はい」

 

…私達も移動の為に大洗学園に背を向ける。

 

―が。

 

一言言ってやらないと気がすまない。

…蝶野さんの事で、一瞬怒りを忘れてしまったけど…向かい合わせで、顔を見てしまったら思い出してしまった。

 

私の後ろ。

 

隊長と私の背中を見送る様に、眺めている元副隊長に。

 

「たまたま、ここまで来れたからって、いい気にならないでよ?」

 

 

…逃げたくせに。

 

戦車道開会式。

その試合組み合わせ抽選時、壇上に上がっているあの娘を見た時。

どれほどの怒りが沸いたか。

 

期待されていたのに。

私には無いものも、持っていたくせに。

隊長の期待まで裏切って。

 

 

黒森峰での自身の責任を、全て放り出して、逃げたくせに。

リセットでもしたつもりか。

逃げた先で、戦車道をまた新たに始めた?

 

ふざけるな。

 

…挙句、対戦相手として…この娘は私達の前に立った。

 

「……」

 

奥歯が鳴る音がした。

 

「見てなさい。邪道は叩き潰してあげるわ」

 

 

……。

 

…………はっ。

 

乾いた笑いがでる。

 

「…なによ。その顔は?」

 

半分だけ振り向き、見たその顔。

 

元副隊長のその…目。

 

腹立たしい。

 

「…気にいらないわね」

 

決意に満ちた顔。

…昔からの、自信が無く、おどおどしたような感じが消えている。

手を握り締めて、こちらを真っ直ぐに見てくる。

 

「…本気で私達とやり合うつもり? 勝てると思ってるの?」

 

自然と目を見開き、気が付けばこの女を睨んでいた。

 

…また奥歯の鳴る音がする。

 

目の前の女も分かるはずだ。

知っているはずだ。

 

だから簡単に分かるはずだ。

腐っても、黒森峰の「元」副隊長でしょ?

 

戦力が違う。

戦車の数も性能も。

 

選手達の練度だって、私達に勝てるはずがない。

ど素人達と比較するだけ、失礼な話だ。

 

それに何より…西住隊長がいる。

 

勝てる訳が無いだろう。

なのに、本気で私達に勝つつもりでいるの?

 

「……」

 

…この子の学校の状況は、知っている。

負けられない理由があるのも分かる。

でも…現実を見な……。

 

 

 

…。

 

…………。

 

違う。

 

もうそんな話ではない。

 

「…変わるものね」

 

「え?」

 

私の口から出た言葉に、不思議そうな顔をしている。

一々、腹立たしい。

話すつもりなんて無かった。

初めは、相手にする気も起きなかったから。

 

以前の彼女は、こんな目をしていなかった。

周りに流されているだけなのか…、戦車道に対してもどこか引け目を感じているみたいだった。

事実、例の喫茶店で見かけた時も、何も変わっていないと思った。

だけど…今、目の前の彼女は違った。

 

…………苛つく。

 

「……」

 

一瞬たじろぐ仕草が見えた…が、すぐに目に力が入った。

…苛つく。

この目が、ひどく私を苛立たせる。

 

「…男ができると、こうも変わるものかしら?」

 

…これは、ただの嫌味だ。

その嫌味にも表情を崩さないで、こちらを真っ直ぐに見てくる。

 

・・・。

 

何、顔を赤らめてるのよ。

 

「た…隆史君は関係なっ…無くもないかなぁ……」エヘヘ

 

 

イラッ!

 

 

いきなりこの空気の中、惚気けだした!?

何を笑ってんのよ!!

別の意味でも、苛つく子ね!!

 

……ダメだ。

 

私から出した話題とはいえ…あの男が絡むと、どうも…空気が緩む…。

毒気を抜かれるというか…。

そもそもこんな風に、言う子だったかしら…。

 

 

「何をしている」

 

「隊長!?」

 

すでに先に行ったと思っていた隊長がいた。

真後ろから突然声をかけられ、…驚いて変に声が上ずんでしまった。

私にまで、気配を殺して近づくのはやめて下さい…。

 

「お姉ちゃん…」

 

「エリカ。試合前に男の話なんて…余裕だな」

 

「いえっ! 男の話なんて!!」

 

そもそも、男の話って言い方はちょっと語弊があるのですけど…。

 

「みほも、そんな事でどうする」

 

「……ご…ごめんなさい」

 

睨みつけるような眼光。

元副隊長を窘めている。それは昔、この女が黒森峰にいた時の様に…。

 

「…みほ。今回の試合。当然、お母様もご覧になっているのは分かるな?」

 

「うん…」

 

「…ここの所、母親として、随分とお母様も穏やかになってきた…が。西住流として、前回の決勝戦でのお前の失態は、まだお許しになっていない」

 

「……」

 

えぇ…西住流としてではなく。

ただの親子としての溝が少し埋まったと、隊長が珍しく微笑みながら言っていた。

……あの男のおかげだと、それは嬉しそうに言っていた。

その話を聞いた時は、何故か苛立ちは無く、自然に受け入れていた。

 

「当然、私達も負けるわけにはいかないが…」

 

「…うん」

 

「いつだったか…電話越しだが、お母様に言われたのだろう? 『あなたの戦車道を見せてみなさい』と」

 

「……うんっ!」

 

「今がその時だ。この決勝で、みほ自身の戦車道を見せてやれ」

 

「はい!」

 

今の隊長は、どの立場の隊長なのだろうか?

西住流後継者として? 戦車道の先輩として?

 

…姉として…だろうか。

 

これから戦う相手に檄を飛ばす。

厳しくも優しく。

隊長らしいのだけど…私としては複雑だ…。

 

なぜこの子に今更…。

 

それに昔みたく答える、この女もだ。

もう貴女は、黒森峰とは関係ないでしょう?

対戦相手に檄を飛ばされて、なんて顔してるのよ。

…嬉しそうな顔して…。

 

いつの間にか、手を握り締めていた。

 

「エリカ、お前もだ」

 

「……ぇ」

 

気がついたら、隊長は私を見ている。

この女を見る同じ目で。

 

「…気持ちは分からないでもないが、いつまで去年の大会の事を引きずっている」

 

「ちっ、違ッ…!」

 

違う。

 

私がこの女が許せないのは、前回の敗因の原因を作った事じゃない。

あんな何も知らない、周りの連中と一緒にしないでください。

 

「なにが違う。引きずっているからこそ、今でもみほを許せないのではないのか?」

 

「……」

 

なぜですか?

 

なぜ今、その話をこの女の前でするんですか?

 

「……」

 

隊長は目を閉じて、私の言葉を待っている。

 

…つまり言わせたいのだろうか?

この女の前で、本音を。

 

隊長にでは無く、この女に。

 

私が怒っている理由を…。

 

「ッ!!」

 

「え…」

 

睨んだ。

建前も何も無く、感情を表に出して本気で睨んだ。

 

「…みほっ!」

 

「!」

 

こんな所で言うつもりは無かった。

いえ、一生言うつもりなんて無かった。

この女の名前を呼ぶなんて事…二度と無いと思っていたのに!

 

「……西住流に「逃げ」なんて言葉…無いのよ」

 

「…」

 

「決勝の敗因? 10連覇消失の原因!? そんな事どうでもいいのよ!!」

 

「……」

 

一度、喋り出してしまったら、感情が止まらなくなった。

怒りが溢れ出す。

無意識に叫ぶように…大声でこの女に声をぶつける。

 

「私が許せないのは、…貴女が逃げた事…逃げ出した事!!」

 

「……」

 

「力もある。技術もある。…黒森峰副隊長が……西住流の家元が……そんな貴女が! 周りに負けて、見返そうともしないで逃げたぁ!? 許せるわけないでしょ!?」

 

「……エリカさん」

 

「私を昔みたいに呼ぶな!!」

 

息が切れる。喉が熱い。

なぜ隊長が、この場で私をけし掛けたのか分からない。

試合前だというのに…。

 

もういい、知ったことか。

隊長が望んだなら、そうしてやる。

 

「そんな貴女が…黒森峰から…戦車道から、リセットでもできたと思ったの!? ……逃げ出した先…なんかでっ!!」

 

「……」

 

腹から搾り出すように、本音をぶつける。

 

…私はどんな顔をしているのだろう。

 

……「西住 みほ」は、どうせまた、狼狽えた顔をしているだけだろう。

視界にすら入れてやらない。

見たくもない。

 

…ただ、目の前の西住隊長は、何故か嬉しそうな顔をしている。

特に微笑んでいる訳でもない、いつもの様に厳しい目をしている。

 

だけど何故か嬉しそう。そう感じた。

 

…しかし何故、そう感じたのか分からない。

 

「ハァ…ハァ……」

 

くそ! 

 

私の怒りの理由なんて…絶対にこの女には、言いたくなかったのに!

 

感情的になりすぎてしまった。

正直、居た堪れなくなり足が自然と自分の戦車へと動き出す。

が、すぐにその足が止まる。

 

「……」

 

あの女に背を向けたまま、もう一度言う。

 

 

「貴女なんて西住流と認めない…」

 

言っておきたかった。

言ってやりたかった。

 

 

 

「 叩き潰してやる 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

「お姉ちゃん、なんか嬉しそうだね…」

 

笑いを咬み殺す。

そんな感じだった。

 

「いや…な。隆史が言った通りだと思ってな」

 

隆史君?

 

「一度、本気のエリカをみほにぶつけてみろ…とな。大洗のテント前で言われたんだ」

 

「…隆史君が」

 

「あぁ。…鎖骨を指で、なぞられながら言われた」

 

「…………」

 

「あ、耳も噛まれたな」

 

「………………」

 

エリカさんに言われた事…転校前に言われた事まで含めて、色々と思う所がいっぱいあった。

……あったんだけど…。

 

「そういえば、そのエリカも似たような事をされていたな」

 

「…………………………」

 

隆史君……いなくても空気読まないなぁ…。

 

「まぁ今回はきっかけだ。今度しっかりと話し合ってみなさい」

 

「……」

 

話す事が倍になっちゃった…。

 

「しかし…ふむ」

 

「お姉ちゃん?」

 

お姉ちゃんの何かを思い出す時や、考え込む時の癖が今出ていた。

下唇を人差し指と親指で軽く挟んでいた。

 

「少し思うのだが、隆史はどうにも、エリカに甘い…というか、優しすぎるというか…」

 

「……」

 

「…みほや、私に対する態度に似ているというか…どうにも特別枠に感じる」

 

エリリンとか、からかっている所しか見た事無いけど…。

 

「私に内緒で、携帯で連絡を取り合っていたりな……」

 

「……」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ…初めは、エリカとみほの仲をどうにかしたいと、言っていたのだけどな…」

 

「…隆史君」

 

「へぇ~」

 

「最近はどうも、違う用件で連絡を取り合ってる…と、感じる…」

 

「なるほど……イツミサンモ、ツカエソウ…」

 

「……」

 

「遠回しに聞いても、はぐらかされてな…」

 

「怪しいですねぇ」

 

「怪しいのか?」

 

「…あの」

 

しれっと会話に入ってきたけど…その。

 

「…ところで、どうした赤星」

 

「え? いえ、みほさんに、ちゃんお礼を言っておきたかったんです」

 

 

 

 

 

 

前回決勝戦で、私が助けだした……赤星 小梅さん。

 

気がついてたら、お姉ちゃんの横に立っていた。

 

一瞬、あの事を思い出しちゃった…けど……。

 

随分と、普通にお姉ちゃんと話しだした。

あれ? えっと…その。

この二人って、仲良かったっけ?

赤星さん、随分と自然体で話しているけど…。

お姉ちゃんは、特に後輩の子に恐れ多いって言われてしまい、前に出るとみんな緊張してしまうのに。

 

もっと気安く話しかけてくれないだろうか? と、いうのが昔のお姉ちゃんの悩みだった。

私に気を使ってくれたのか、お姉ちゃんもエリカさん達の所に戻るという。

 

「…ふっ。私もみほとエリカに、何も言えんな」

 

最後は自分も隆史君…つまりは結局、男の話かと、お姉ちゃんも自身を嘲笑しながら帰っていった…けど!

 

「あの…あの時は、ありがとうございました」

 

「う…うん」

 

お姉ちゃんが戻って行った後、赤星さんと二人きりになった。

この人も私のせいで、周りから少なからず色々言われていたのが心残りだった。

けど…元気そうでよかった。

 

「あの後、みほさんがいなくなって…ずっと気になっていたんです…」

 

「…はい」

 

「私達が迷惑かけちゃったから…」

 

「い、いえ…」

 

「でも、みほさんが戦車道をやめないでよかった」

 

「」

 

両手で私の手を取り、胸の前でその両手で包み込まれた。

私が戦車道を続けていたと知った時、すごく嬉しかった事など、涙目になりながらも色々な言葉と共にお礼を言われた。

 

一度戦車道をやめてしまったのを知っていた為か、すごく心配もされてしまった様だ。

彼女も色々とあったみたい。

 

「わ…私はやめないよ?」

 

なんとか返事を返すんだけど…その。

 

近い。

 

近い近い近い! 

 

近いよ!?

 

いえ、いいんだけどね!?

なんで私の手を摩りだしたの!?

わぁ!! 顔もだんだんと近づいてくる!?

 

「わ……私だけじゃなくて…友達や…色々な人達のお陰で、やめなくてすんだの…また、始められたんだ…」

 

「あ~そういえば、彼氏ができたそうですね?」

 

「…え?」

 

「その方のおかげですか?」

 

「…隆史君の事…知ってるの?」

 

「みほさんのファンサイトで見ました♪」

 

一瞬、赤星さんと隆史君が知り合いかと思ったけど、さすがにこの子とは、面識が無かったかぁ。

隆史君無駄に顔広いからなぁ…戦車道の人間関係については。

……女の子ばっかりだけど。

 

「ハハ…恥ずかしいから、あんまり見ないでね?」

 

私自身、一応確認をしてみようと覗いた事があったけど…なんか、ちょっと怖かった。

すごく…神格化されてるっていうか…ちょっと宗教ぽくって怖かった…。

内容はともかく、……容姿の事を言われるのは、私賛美されるほど可愛くも美人でもないし、ちょっと恥ずかしかった。

 

でもそこのサイトに…あったかな? 隆史君の事…。

 

「ひゃあ!」

 

気がついたら、両腕を両腕で挟まれるほど、接近されていた。

びっくりして、変な声出ちゃったよぉ…。

 

「……」

 

…なんで赤星さん、ハァハァ言っているんだろう?

優香里さんも、たまにこの状態になるけど…ちょっと怖い…。

 

「みぽりーん!」

 

後ろで、皆が手を振りながら呼んでいるのが聞こえた。

振り向く時、赤星さんが手…というか、腕を離してくれた…。

 

「そろそろ行きましょー?」

 

「う、うん!!」

 

みんなの呼びかけに応え、最後に一言だけ赤星さんへ声をかけて、私も戻ろう。

と、思ったのだけど先に声をかけられちゃった。

彼女は2、3歩下がり、小さく手を振って言ってくれた。

 

「みほさん! 話せてよかったです」

 

「はい、私もです。ありがとうございました」

 

私も小さく手を振り返し、その場を離れた。

 

うーん…さっき感じた、悪寒はなんだったんだろ…?

少し急いでみんなの所に行こう。

ちょっと話しすぎちゃったし…。

 

少し振りむいてみたら、赤星さんはまだこちらを向いてくれていた。

笑顔で、手を振ってくれている彼女。

その口元が動いたけど、なにを言っていたのかは、分からなかった。

 

 

 

 

 

「…隊長だけじゃダメそうですね。逸見さんにも参加してもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隆史様、いらっしゃいませんね」

 

いつものテント前。

といっても、大洗学園の…ですけど。

いつもいる、もう一人の男子学生の方が、こちらを見て震えてますね。

何故でしょうか?

何故か一生懸命、携帯で電話をかけたり、何かを打ち込んだりしてますね。

ま、どうでもい良いですけど。

 

試合も始まってしまうというのに、そのテント主の隆史様がいらっしゃいません。

どうしたのでしょうか?

対戦校同士の挨拶の時にも、お見えになりませんでしたし…。

 

「ここはいつから、他校同士の交流会場になったのかしら?」

 

「ダージリン? 貴女にそんな言葉、吐いて欲しくないわねぇ?」

 

「同感です、カチューシャ」

 

はい。

また集合ですね。

サンダース、プラウダ、そして私達、聖グロリアーナ。

 

「…タカーシャ、人を呼び出しておいて、その本人がいないってどういう事なのよ! まったく! 相変わらずね」

 

はい、全員に順番に連絡がはいりました。

アンツィオのアンチョビさんからの電話によって、ある意味私達は集められたようなものですね。

 

『大洗学園のテント前で、観戦してくれ』

 

隆史様からの伝言だとお聞きましたけど…多分、一緒にいるんじゃないでしょうか?

 

勘ですけどね。

 

言われなくとも、隆史様に会いにここに来る予定でしたから問題ありません。

まぁ、それは皆様も同じでしょうけどね。

 

「まぁまぁ、今皆様のお茶もお出ししますので…仲良く応援しましょう?」

 

恋敵と敵対だけしても、意味がない。

ヘタをするとその相手にも嫌われてしまう。

前回のテント前は、皆様牽制し合ってしまい、その場の空気が最悪でした。

まぁ、あれの原因の発端は、ノンナさんですけど。

 

それでも、いつまでも気にしても仕方が無い。

多分、隆史様がいても困らせてしまうだけだ。

 

あの青森の…あの店前のお茶会の様な…。

…その雰囲気を取り戻したいです。

 

その為には、なんとしても大洗学園に勝ってもらわないと!

 

「…オレンジペコさん。頼まれた事…聞いてきました」

 

「あ、ノンナさん。……どうでした?」

 

頼んでおいた事の報告。

それと同時に、お茶の準備を手伝ってくれ始めました。

 

……これもまた懐かしい。

 

「オレンジペコさんの想像通りでした。…最悪です。…………本当に最悪です」

 

「……でしょう?」

 

「ペコ? ノンナさん?」

 

私達の会話が気になったのか、ダージリン様が訝しげな目で見てきますね。

珍しいといえば珍しいですからね、私がノンナさんに頼み事をするのは。

 

「いえ、ノンナさんに私から、隆史様のお母様に聞いて欲しい事があったんです」

 

「…はい。最悪でした」

 

「あら、それは興味あるわね!! よかったら私にも聞かせてくれる!?」

 

サンダースのケイさんが食いついてきた。

まぁ……別段、内緒にする事でもありませんし、良いですけど。

私から聞くより、私より面識があるノンナさんから聞くのが一番ですし、答えやすいと思ったからでした。

前置きをして、単純な質問内容を教えました。

 

「隆史さんの…転校先?」

 

「えぇ、あの尾形さん。息子のタカシさんをボッコボッコ殴り飛ばしてはいますが、あの方…ものすごい親バカでして…」

 

「…それが?」

 

「簡単に言いますと、隆史様が…もし大洗学園が負けて、廃校になった場合。どうするか? って事ですね」

 

「ふむ…それで、その答えが、先程ノンナさんが呟いていた…最悪ってことかしら?」

 

「そうです。お義……いえ、尾形さんは、もし大洗学園が廃校になった場合、隆史さんを青森に戻すつもりだそうです」

 

「そうなの!? じゃあ、また青森港にいっつも、いる事になるじゃない!! それのなにが最悪なのよ、ノンナ!!」

 

ノンナさんが聞いた答えは、隆史様を高校卒業をするまでは、実家に置いておくつもりらしい。

その答えの何が悪いか…どうやらその重大さに、ダージリン様も良く分かっていない顔をしています。

…本当にこの方、この手の話はまったくダメですね…はぁ。

 

「その場合、高確率で「西住 みほ」さんもついて来ます」

 

「あぁ~、あのみほのお母さんの、タカシへの入れ込み具合見てたら…そうするかもねぇ……………………あっ」

 

あ、ケイさんは勘付いたようですね。

 

「ま…まぁいいじゃない! むしろ、ミホーシャをプラウダにスカウトすれば…「ダメですね」」

 

ノンナさんが、横から口を出した。

カチューシャさん相手に珍しい…。

 

「もし今回、大洗が負けて廃校になった場合、みほさんは戦車道を本当にやめてしまうかもしれない。それどころか、また戦車道が無い学校に転校してしまう可能性もあります」

 

「な…なんですの?」

 

「え…ダージリン様。ここまで言って分からないんですか?」

 

まったく…。

あの西住流家元の隆史様への入れ込み具合を間近で見ていませんでしたか?

…隆史様の「最後まで付き合うつもり」発言での、あの喜びようを。

 

「隆史様は、陸の学校に通ってました。…あの家元なら確実に、みほさんを同じ学校に通わせますよ」

 

「……」

 

「対して、私達は学園鑑です。手が出せません。みほさんが、戦車道をやめない場合でも…あの家元ですよ?」

 

「……」

 

二人の隊長の顔が、段々と青くなっていくのが分かりますねぇ…。

あの家元…加えて、隆史様のお母様。

 

「ででででででも、それなら別に今の状況と、余り変わらないのではなくって? みほさんと隆史さんは同じ学校ですし」

 

「はぁ…いいですか? ダージリン様!」

 

「ハイ」

 

「隆史さんが青森に戻った場合、またあの「魚の目」でバイトをするでしょう?」

 

「そ…そうね。絶対にするでしょうね」

 

「戦車道をやめてしまった場合のみほさんが、まったく関わらないはずないでしょう? 最悪同じ店で働き出すかも知れないですよ?」

 

「」

 

分かりましたか?

私達は手が出せない。

加えて、いつでも一緒にいれる状態の「西住 みほ」さん。

 

「カチューシャもダージリンさんも…あの店の前……あの広場は「大事な場所」ですよね?」

 

「も…もちろんよ! ノンナも知って…あぁ!!!」

 

カチューシャさんは理解しました。

はい、ダージリン様も気づきましたね? 起きてくださーい。

 

 

「あの大事な場所が……西住みほさんにとって、「愛の巣」になります」

 

「「 」」

 

はい。まだ話はありますよ~起きてくださ~い。

 

「でも、飛躍しすぎというか…別にそうなったって「分かっていませんね、ケイさん」」

 

はい。青森での事を知らない方は黙っていてください。

あの店の店主を知らないから、そんな事を言えるのです!

 

「 更に 」

 

「まだ何か!?」

 

「…あの「魚の目」店主には、お子様がいません」

 

「……まさか」

 

「私も一度お聞きした事があったのですが、隆史さんをどうも、自分の子供みたいに感じている所が、あるようでして…」

 

「…それが?」

 

はい、ここからは私情報です。

 

「いいですか? 私と隆史様が、初めての「デート」。いいですか「でぇと」!!……をした時にお聞きしたのですけどねぇ…」

 

「「「「 …… 」」」」

 

はい、大事な事でしたので、二回言いました。

はい。皆さん。睨んだってダメです。

はい。あれは「デート」です。

 

「高校卒業したら、あのお店で本気で働かないかと、誘われた事があったそうです」

 

「「「「 …… 」」」」

 

「子供がいらっしゃらないので、継いでもらっても良いとまで言われたそうですよぉ? 2年程しか働いていない高校生に…」

 

あのお店…本当は支店を出しても良いくらい稼ぎがあるそうでしてね。

もし隆史様が、店で本気で働きだしたら。

もし隆史様が、あのお店を継いでしまったら。

 

店を継がせるつもりなら、高校卒業後即、その様に修行をさせると。

すでに収入が安定しているお店。

何年かかるか分かりませんが…店を継いだ瞬間、安定した生活が手に入る、隆史様。

 

一個一個、言葉にして不安の種を出して見る。

 

安定の言葉に、ダージリン様の肩が一瞬動きました。

 

はい。お分かりになりましたね。

 

「…あの向上心の、欠片も無い隆史様です。その割に責任感だけは人一倍」

 

「……」

 

「…そして側にいるのは、普通の生活を求めて転校したと仰っていた、みほさん」

 

あの目的が、変に似ている二人。

 

「はい。分かりましたね? 大洗学園の廃校が決定した場合…………終わります」

 

「「 」」

 

はい、二人揃って立ち上がりましたね。

はい、大画面に向けて叫んでも、本人達には聞こえませんよぉ?

 

「がんっっばってください!! みほさん!!!」

 

「ミホーシャァァァ!! 黒森峰何て、消し炭!! 消し炭にしたげなさぁぁい!!!」

 

 

 

 

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「…あら、ケイさんは冷静ですね?」

 

「ん? あぁ…少し寂しいけど、青森でのタカシの事、私は知らないからね」

 

大画面に向けて叫んでいる二人を尻目に、出された紅茶を啜るケイさん。

…紅茶を啜らないで下さい。

 

「流石に今の話は…大袈裟よねぇ」

 

「ふふっ、そうですね。ちょっと大袈裟に言ってみました。」

 

「…ふ~ん。貴女も…面白いわね!!」

 

そうですか?

 

確かに昔の…ダージリン様のお側にいただけの私とは違うのでしょうけど。

私も少しは、変わってきたのでしょうか?

成長できているのでしょうか?

 

「まぁ、今の話…話半分にしても…私、少し気になる子がいるの」

 

「気になる子…ですか?」

 

「……例え、青森にタカシが行っちゃったとしても…」

 

「はい?」

 

「あの子が、黙ってるいるはずが無いと思うの…絶対に何かする…」

 

「あの子?」

 

「まったく。タカシのマミーといい…最近怖い人ばっかり見てる気がするわぁ」

 

怖い人…?

 

ケイさんが、両腕を頭の上で合わせ背筋を伸ばす。

ん~っと聞こえてくるのですが…なんでしょう? 顔が真剣ですね。

 

「…誰の事を仰っているんですか? 西住 まほ…さんですか?」

 

「まほ? 違うわよ! あの子のは怖いとは別。戦車道じゃ、ちょっと怖いけど…あれは真面目なだけね。タカシも気が付いていたけど…あの子、優しすぎる部分もあるの」

 

「そ…そうなんですか?」

 

…わかりませんけど? ただ、怖い人にしか見えませんけど?

 

「そうよ? タカシに今度聞いてみなさい? …惚気にしか思えない言葉が聞けるから」

 

「なら絶対に嫌です♪」

 

「だよねぇ!!」

 

HAHAHA!! っと豪快に笑いだした。

ちょっとこの方と話すのは、楽しいです。

 

「…………本当に怖かったのは、貴女も話した事ある娘よ?」

 

「私も?」

 

…誰でしょう?

 

怖いと感じた事…。

娘?

 

「初めは直感だったんだけどね」

 

ケイさんの顔を見てみると、少し目に怯えが見える。

その娘の事を思い出しているかの様に。

 

 

 

「あの目を見たらねぇ…。自分がなにをするか分からない。それを本気で言える人間…自分をちゃんと理解してる人間……」

 

「えっと…誰なんですか?」

 

勿体付ける態度。

この人が珍しい…というか、いい憚るというのか…。

 

「あれは、あのまほも気がついていないわね…」

 

大騒ぎで叫んでいる、二人の強豪校の隊長を見つめながらボソリと呟いた。

 

…ちょっと、私には分からない。

そんなに付き合いがある人じゃない。

というか、一度しか話した事が無い。

 

 

 

「…島田 愛里寿」

 




はい、閲覧ありがとうございました。

主人公不在でお送りしております。

……いやいや。
更新遅れたのは、某西部劇のゲームのせいじゃありません。
ありませんよ?

エリリン恫喝部分が、かなり書き直しました。
最初、エリリンただの嫌な奴になったりしてちょっと大変でした。
PINKも書けなかったよ…。




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第52話~開戦です!~

「パンツァーフォー!!」

 

私の号令と共に一斉に進み始める、みんなの戦車。

ハッチから体を出し、地平線を見つめる。

 

「……」

 

戦車の前での、みんなでの円陣。

ん~…円陣…とは、少し違うのかな…。

 

でも嬉しかった。

 

うん。とても嬉しかった。

 

そして、初めてだった。

黒森峰では、あんな事やった事なんて無かった。

 

西住家…お姉ちゃん。

 

……お母さん。

 

周りの期待や、重圧。

負けない様に精一杯、頑張ってきたつもりだった。

周りの目を気にして、お姉ちゃんの足を引っ張らないようにする。

 

…楽しいと感じた事なんて…嬉しいと感じた事なんて、一度も無かった。

 

大きな駆動音を立て、進む戦車の振動が、体の芯にまで響き渡る。

 

今、この戦車にみんなと乗って…。

 

……一緒に進む事が、とても嬉しい。

 

大変な状況なのは分かっている。

これで負けてしまったら、廃校…みんなとお別れになってしまう。

でも。

 

なんでだろ?

 

それでも今、私はとても楽しい。

 

「西住殿」

 

優香里さん?

車外に顔を出して、声を掛けてきてくれた。

 

「良かったですね」

 

「ん?」

 

「仲間を助けた西住殿の行動は、間違ってなかったんですよ!」

 

……。

 

「今でも、本当に正しかったどうか分からないけど…」

 

嬉しそうに。

 

うん、嬉しそうにそんな言葉を掛けてくれた。

 

「でも…あの時私は、助けたかったの。…チームメイトを」

 

それは、私のトラウマから来るモノじゃ無い。

あれは、私の意思だったんだ。

まだ少し「あの時の事」を思い出すと、腕も足も震える…。

だけど、あれは違う。私がそうしたかったの。

 

「だから…それで、いいんだよねっ!」

 

私の事なのに、嬉しそうに笑ってくれている優香里に、私も笑顔で答えよう。

 

『こちらは、あんこうチーム』

 

ん? 沙織さん?

 

『207地点まで、後2キロ! 今の所、黒森峰の姿は見えません。ですが皆さん、油断をせず気を引き締めて行きましょう!』

 

『交信終わります!』

 

「あれ? なんか話し方、変わりましたぁ?」

 

「本当、余裕を感じます!」

 

うん、流暢に皆に言葉を送った。

沙織さんも頑張って、資格まで取ってくれたんだ。

…私も頑張らないと。

 

「えぇ! 本当!? プロっぽい!?」

 

「全然プロっぽくない」

 

「ひどぉい! なんでそんな事言うのぉ!?」

 

アハハ…麻子さんが、ちょっとキツイ。

 

「沙織。ならプロっぽく、ちょっとDJ風にやってみてくれ」

 

「え…DJ風って……えっと……」

 

「冷泉殿…」

 

「麻子さん…」

 

…なんか凄い事言い出した。

 

「えーと…えっと……って、やる訳無いでしょぉ!?」

 

「じゃあ、プロっぽくニュースキャスター風。お天気お姉さん風。そこら辺で」

 

「やらないってぇ!! っていうか、出来る訳無いでしょ!? 一体なんのプロなのよぉ!!」

 

よ…余裕が有るのはいい事……かな?

 

「…書記は、そういうの好きそうだけどな」

 

「……」

 

ん? ちょっと声が、小さくて聞こえ辛かった。

あれ? なんだろ。沙織さんが黙っちゃった。

 

「「……」」

 

あれあれ? 優香里さんと華さんまで黙っちゃった。

なんて言ったんだろ。

 

「……よし。ちょっと頑張ってみよう」

 

「…沙織」

 

ど…どうしたんだろ。

 

「けっ、結局! 隆史殿、間に合いませんでしたねぇ!!」

 

「そっ…そうですねぇ!!」

 

隆史君?

隆史君の話だったの?

 

「チッ、まぁいい。…書記はこんな大事な時にまで、フラフラしてるな」

 

「西住殿。携帯でも連絡取れなかったんですか?」

 

「え? …うん。電源切ってるみたい。何してるんだろ…」

 

「テントの方にもいないみたいですね。隆史さんのご友人が代わりを務めていると、会長は仰っていましたねぇ」

 

…多分。

裏で何かしている。

 

お姉ちゃんとお母さんは知っているのだろうか?

 

「……」

 

…多分知っている。

何してるんだろ。

ちょっと嫌な予感がする…。

 

あっ。

 

 

 

 

「!!」

 

 

風きり音が聞こえたと思った瞬間。

大きな音と共に、Ⅳ号の左方横に爆発。

土煙が上がり、車体全体に衝撃が走った。

 

『なに!?』

『もう来た!?』

『うそぉぉ!?』

 

無線で皆の声が聞こえた。

 

…状況確認。

 

双眼鏡で覗いた先。

森の中に、見慣れた複数の戦車が見える。

ゆっくりと前進しながら、砲身の先から煙が上がる。

ここまで砲撃音が聞こえてくる。

 

…始まった。

 

『いきなりなにこれぇ!』

『なによ、前が見えないじゃない!』

『森の中をショートカットしてきたのか!』

 

各戦車の動きから、混乱が見える。

いけない。

 

「いきなり猛烈ですねっ」

 

「すごすぎる!」

 

 

「これが西住流…っ」

 

 

体制を立て直さないとっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全車両! 一斉攻撃!!」

 

私の号令と共に、各車両から砲弾が発射される。

 

「前方、2時方向に敵フラッグ車を確認」

 

見つけた。

 

あの、ふざけたパーソナルマーク。

さっさと、こんな試合終わらせてやる、

 

「よし。照準を合わせろ」

 

隊列が乱れている。

なによ。止まっているみたいな車両もいるじゃない。

マゴマゴと旋回でもしようとしているのか? あの三式。

 

「照準良し。フラッグに合わせました」

 

「…よし」

 

チッ。

 

無意識に舌打ちがでる。

 

あれが。

あんなのが、元副隊長。

少なくとも、西住流を学んできたんじゃ無いの?

隊列も何もあったものじゃない。

家訓はどうしたの。黒森峰での経験も何も…。

 

あんなポンコツ引き連れて…早々に終わるだけじゃない。

 

もういい。

 

「装填完了」

 

…目障りだ。

 

「撃て」

 

はい、これで終わり。

 

……。

 

…………。

 

運がいい。

 

三式が何を考えたのか、敵フラッグ車の後方にバックで遮った。

標準は完全に敵フラッグ車を捉えていた…のだろう。

 

着弾位置を照らし合わせて見れば、何となく分かる。

あの三式がいなかったら、早々に決着がついていたのに。

 

…あんな、いてもいなくても一緒の様な車両。

仕留めたとしても、何のプラスにもならない。

 

チッ。

 

「次弾装填、急げ」

 

隊長は言った。

 

初めて対するチームだが、消して油断するな…と。

初めて対するチーム?

あんな、元副隊長におんぶに抱っこの素人集団、油断するなという方が無理だろう。

そもそもチームと言えるのだろうか?

 

だが油断しない。

 

隊長の命令ならば、言われる通り油断はしない。

だから初手から、潰す気で行った。

それにあの女は、昔から奇抜な……。

 

「……」

 

少し考えがおかしい。

なんだ? 結局の所、元副隊長を認めているような思考をしてしまった。

 

…。

 

苛つく。

 

今回はたまたま運が良かっただけ。

 

それだけ。

 

それだけ。

 

それだ…

 

くそっ!

 

「副隊長!」

 

「……っ」

 

なに?

 

大洗車両が一斉に煙を吐き出した。

故障? 違う。

 

煙幕のつもりだろう。

 

風に煽られ、大きく煙は広がっていく。

あっという間に大洗学園の戦車達を飲み込んでいく。

 

すでに目の前に、山ほどの大きさに膨れ上がった煙の塊が見える。

 

「煙? …小賢しい真似を。忍者の……」

 

忍者?

ニンジャ戦術。

 

島田流の戦術。

 

……。

 

取り入れた?

 

西住が? 島田流を!?

 

「……」

 

確か…あの男は、島田流の…。

 

「……」

 

いらつく。

 

イラツク、イラツク、イラツクイラツクイラツク!!

 

「…西住流がぁ……島田流のぉぉッ!」

 

ふざけるのも大概に…っ!

 

『全車両、撃ち方止めっ』

 

隊長からの無線が入った。

 

…頭に血が上り始めていた。

隊長の声を聴いて、上り始めていた血が下がる。

 

しかし、煙幕で遮られているとはいえ、距離はそんなに離れていない。

今この期を逃すのはっ!

 

「一気に叩き潰さなくていいんですか!?」

 

『下手に向こうの作戦に乗るな。…無駄弾を打たせるつもりだろう。弾には限りがある。次の手を見極めてからでも遅くはない』

 

「…了解」

 

命令には従う。

隊長の言うとおりに。

…だが、気持ちだけが先走る。

 

くそっ!

 

 

『……逃がすもんですかっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大画面に映る、高所を登るポルシェティーガー。

その前方、大洗の戦車3輌にワイヤーで繋がれて。

なるほど。

確かにポルシェティーガーの機動力では、あの高所はきついわね。

それを牽引してカバーするなんてね。

 

「いやぁ~、でもこの大人数…しかも9割他校の生徒。…どこの本部テントか分からないわね」

 

「ケイさん。貴女が大声だすと、その残り1割の大洗学園の生徒の方が、怯えましてよ?」

 

「…いや、私何もしてないけど」

 

テント前に設置された、お茶会のセット一式。

青森で使用していたものと同じもの。

敢えて、これをセッティングしたというのに…まったく。

当の本人はまだ来ませんわね。

 

テントの中。

無線機前で、隆史さんといつも一緒に観戦していた男子生徒の方。

ケイさんの声を聞くと一々、体がビクつきまして…。

 

しかしそれにしても…。

 

周りを見渡すと、いかにもな黒服を着てサングラスをかけた方が、多数いらっしゃいますわね…。

こちらだけでは無く、反対側の黒森峰側にですけど…。

どうやら、見える範囲だけではなくて、数人隠れている様にも思えますわね。

 

…。

 

「…まぁいいでしょう。それにしても…」

 

結局の所、私達聖グロリアーナ。サンダース。プラウダ。

みほさん達と試合をした高校が、勢揃いしていますわね。

 

しかし、隆史さん…何故態々、アンチョビさん経由とはいえ、私達に集まるよう声を掛けたのでしょうか?

大洗準決勝戦の時の様に、明らかに自分の首を絞める様なものですのに…。

 

準決勝戦…。

 

テント…。

 

「どうしたのよ、ダージリン」

 

「カチューシャさん?」

 

ノンナさんに肩車された状態…ではなく、流石に同じ席で座ってお茶を楽しんで頂いてます。

いえね…流石に肩車をして飲まれたら、私も怒りますしね。

 

「いえ何故、隆史さんが態々、私達を一箇所に集めたのか…と、考えてみましたら……準決勝戦のテント前の事を思い出しまして…」

 

「あぁ、貴女が言いだした癖に、あの状態のタカーシャにボコボコにやられちゃったていう、間抜けな話の事?」

 

「……」

 

ふ…ふふふふ。

まぁ「酔った隆史さん」なんて不謹慎な事を言わないだけ、良しとしましょう。

 

「…殿方に髪を根元から弄ばれるなんて真似…初めてでしたわ……」

 

…思い出すと少し顔が熱くなりますわね。

 

「あれ、隆史様じゃなければ、殺意をもちますよね……」

 

私の横で話を聞いていた、同じ事をされたペコ。

私と同じくして思い出したのか、赤面し始めましたね。

…まぁ、そうね。

女性の髪というのは、得てしてそういうモノですしね…。

 

 

「やっと、着いたぁぁ…危なく寝過ごす所だった…」

「間抜けっすね、ドゥーチェ!」

「…私達も寝ちゃっていたから、人の事言えないでしょ?」

 

 

あ。もう一人の被害者が来ましたわね。

……彼女はある意味でも、隆史さんに髪の毛で遊ばれていましたわねぇ…。

少々、イラッ☆ミってしましたけど…。

 

「そんなこんなで、ドゥーチェ登場!!」

 

「なんかすっごい人数っすね」

 

「はいはい。ムチを振り回さないで下さいな」

 

一番乗りを目指して、近場で野宿。

そして寝過ごしそうになったという、ある意味で一番美味しい立ち位置の方ですわね。

 

「いやまぁ…隆史が来てくれて助かった…」

 

「まさか、空から落ちてくるとは思わなかったっすね!」

 

「ヘリから直接、会場入りしようとするなんて…多分隆史さんだけですね…」

 

他のアンツィオの生徒の方々は、一般応援席の方で応援するようですけど、隆史さんに言われてアンチョビさん達もテント前に誘導されていたみたいです。

 

「で、アンチョビさん」

 

「おーぅ、久しぶりに普通に呼ばれた気がする…なんだ? プラウダの副隊長!」

 

「唯一、隆史さんの顔を見ているアンチョビさん」

 

「…む…無表情で迫るのは、やめてくれないか? そしてなんで2回言ったの!?」コワイ…

 

「…隆史さんは、どこでしょう?」

 

あら…ノンナさんが、アンチョビさんの両肩を掴み、逃がさない様にロックしてますわね。

…あ。ペコも無表情に…。

 

「え? し、知らない…」

 

「……」

 

「近い近い近い!! 顔が近いっ! 本当に知らないんだよ!」

 

「……」

 

「ノンナ姐さん。私達、タカシの居場所、本当に知らねぇんだよ」

 

「そうなんですよ。隠す意味無いでしょう?」

 

副隊長さん達の返事に、渋々両手を離したノンナさん。

何か納得いかないという顔をしていますわね。

…まぁ、私達を集めておいて放置ってのは、疑問しか浮かびませんからね。

 

「相変わらず怖いなぁ…プラウダの副隊長は…。あ、そうか。それで隆史が…」

 

「なんですか?」

 

「いやな、お前に言えば分かってくれるって言われていてな」

 

「私に?」

 

「そうだ。えっと…なんだっけか…」

 

「なんですか? さっさと言ってください?」

 

「」

 

笑った…ノンナさんが……笑った…。

カチューシャさんだけ向ける様な微笑みで、催促をしている…。

 

「ねぇアンチョビ。ノンナにこれ以上、タカーシャの事で勿体つけると…私でも止められないわよ?」

 

「勿体つけてないだろ!?」

 

「準決勝のテント前で、タカーシャにノンナだけ被害受けてないの。それで…最近、ちょっと怖いのよ……早く言って頂戴」

 

「分かったよ、もう! …えっとな」

 

「…はい?」

 

「『昔の俺達の事件の事で、迷惑掛けたくないから安全な所にいてくれ』…だってさ」

 

「……昔の?」

 

「ん、なんか西住姉妹との事だってさ。わかるか?」

 

「………昔……………あっ」

 

なんの事でしょう?

西住姉妹って事は、みほさん達の事ですし…昔の事件?

ノンナさんは、何か思い出したのか、少し上を見上げています。

 

「ペコ、何か分かる?」

 

「いえ…みほさん達も絡んでいると…去年の決勝戦の事くらいしか思い付きませんけど」

 

「そうよねぇ…それでもノンナさんに言えば分かるって事は、ノンナさんはご存知なのでしょう?」

 

「……」

 

そのノンナさんは、口元に指を当てて、考え込んでいますわね。

ただ…なんでしょうか。

表情が…どこか嬉しそう。

 

「…昔の事件……迷惑……安全……なるほど。それで…ガードの方が……」

 

ブツブツと断片的に聞こえます。

私だけでは無く、伝言を持ってきたアンツィオの方もノンナさんを注目していますわね。

 

「そもそもさぁ」

 

ケイさんが、頭の後ろで手を組み、肝心な部分に触れました。

 

「昔の事件ってなんなの? 私知らないけど」

 

「「「「 …… 」」」」

 

「あの西住姉妹と隆史さんの出会った時の話ですが……皆さん知らないのですか?」

 

「し…知りませんわ。聞いた事ございますけど…隆史様、その件は絶対に教えて頂けませんでした」

 

「私も知らない…隆史、その事になると頑なに口を閉ざすんだよな」

 

「そっすねぇ。大体、あの二人とは幼馴染って事しか言わないっすからね。ダ姐さんなら知ってると思ったんすけど」

 

「…ダ姐さんは、おやめなさい」

 

「カチューシャも知らない。ノンナ? 貴女は知ってるの?」

 

……ん?

 

そういえば伝言は、ノンナさんご指名でしたわね。

…ということは……。

 

「ノ…ノンナが、見たこともない笑顔になってる……」

 

「そうですか。皆さんご存知有りませんか…ソウデスカ……」

 

 

「「「「 …… 」」」」

 

 

「どうやら隆史さんは、私に「だけ」教えて下さったようですね」

 

イラッ

 

「では、私の口からはお答え致しかねます。私に「だけ」教えて下さったのですからね?」

 

2回も仰いましたね…。

普段、基本的に無表情なだけあって、こういう時の笑顔は非常に目立ちますわね…。

 

勝ち誇ってる!

 

 

 

 

 

 

「過去。それは本当に重要な事なのかな?」

 

 

 

 

弦楽器の音が…真後ろから聞こえましたけど…。

何故、私達のお茶を…さも当然の様に飲んでいるのでしょうか?

 

「…あんた。継続の…」

 

「はい、カチューシャ。泥棒ですね」

 

「確かに過去というのは、時には必要だ。必要だけど重要じゃあない。「隆史と私の間」には、関係の無いものだよ」

 

…まさか。

この方も…ですか?

あの…隆史さん……。

いい加減にして欲しいものですわ。

 

「また大きい方じゃないですか、また大きい方じゃないですか、また大きい方じゃないですか、また大きい方じゃないですか」

 

…ペコの目がドス黒い…。

 

「んなこたぁ、聞いちゃいないわよ! というか、あんた! 盗んだうちの戦車返しなさいよ!」

 

「盗んだ? 違うよ? あれは快く貸してくれたんだ」

 

「隊長の私が、んな記憶無いわよ! いいから返しなさいよ!!」

 

震えながら指を指し、大声で怒鳴っているカチューシャさんを、弦楽器の…カンテレでしたか?

そのカンテレの弦を弾きながら、涼しい顔で一言。

 

「そのうちね」

 

「この…!!」

 

あー…そうでした。

プラウダ高校と継続高校は、仲があまりよろしくありませんでしたわね。

 

「ミカー! これ美味しい!!」

 

「パスタ食うの久しぶりだな!」

 

「いいねぇ! いい食いっぷりだな!」

 

何してるんですかねぇ…他の継続の方々は。

いつの間にか、アンツィオの屋台で赤いパスタを頬張っていました。

そうでした。

隊長共々、基本的に唯我独尊。

空気を読まないのが継続高校でした。

 

「…ペパロニ。移動式の屋台って、今回持ってこなかったよな…」

 

「やだなぁ姐さん。こんなお祭り会場みたいな所、持ってこないはず無いじゃないっすか! 稼ぎ時っすよ!?」

 

「…いや…今回、私達は大洗学園の応援にだな…というか、こいつら継続の奴らって金持ってるのか? 私達より貧乏だぞ?」

 

「なっ! おいおい、オチビちゃん達。食い逃げは重罪だぞ?」

 

「んぁ? 金? 無ぇよ?」

 

「ミッコ…大丈夫だからって、これ私に渡したよね?」

 

「おいおい…マジか…警察に突き出しますか? 姐さん!」

 

「いやいや、ちょっと待てって。今、あたしら「隆史に買われている」ようなもんだしさ。その隆史に付けといて!」

 

 

「「「「「  」」」」」

 

 

「タカシに? んなら、まぁいいか」

 

「そうそう! ご主人様にはちゃんと、食事の面倒見てもらわないとさ!」

 

 

「「「「「  」」」」」

 

 

「ミッコ!!!」

 

 

何やってますの、隆史さん。

 

手をブンブン振って、アキさんと名乗る方が、大洗納涼祭の時のお礼にって、違反金を支払ってくれた事だとフォローを入れてますわね。

…まぁ。一瞬、いくつか殺気が飛びましたからね。

すごい早口でしたわね。

 

「違反金やっと支払い終えて、あたしらマジで無一文だし…まぁ、それも結局隆史が、出してくれたんだけどさ!」

 

「それは、初めから無一文って事だよ…それにアレ、貸してくれているだけだよ…」

 

「そっか? 借金してんだから「隆史に買われている」ようなもんだろ?」

 

「なんというか……ミッコ、言い方が最低だよ…」

 

「え~…雇い主みたいなモノじゃないの?」

 

「隆史さんの評判がまた落ちちゃうよ? というか…一瞬、私達の命が落ちるかと思ったよぉ…」

 

あら、やだ。

そんな怯えた目で見ないで頂けます?

 

「…ダージリン様」

 

「あら、何かしらペコ」

 

「なんかあの方々に、全部持って行かれましたね…場の雰囲気」

 

「そうね。こんな言葉を知って『知っています』」

 

……。

 

「ペコ。…貴女、隆史さんに似てきましたわね…」

 

「そうですかぁ?♪」

 

褒めていませんわよ?

何を嬉しそうに…。

 

「…ねぇー! 私、そろそろ昔の事件ってのを知りたいんだけどぉー?」

 

ケイさんの声が聞こえましたね…。

何気にあの方、一番マイペースですわよね…。

 

うぅ…。

最近、格言がまったく言えない…。

 

グスッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…聞いてますか? キリマンジァロ様」

 

「……」

 

「あの…」

 

「あぁ…ごめんなさい。聞いてますわ」

 

「…あの…大洗学園が、あの黒森峰の一輌を撃破しましたが…」

 

「……」

 

「やっぱり、聞いてませんね…」

 

戦車道の全国大会決勝戦。

勿論、履修している者なら誰しもが注目、見学、観戦するでしょうけど…。

 

「ダージリン様にお会いできなくとも…あんな素敵な出会いがあるなんて…」

 

「……」

 

いやいやいや!!

確かにっ! 助けてもらいましたけど!

素敵とは、かけ離れてますよね!!

 

大洗学園の試合には、必ず観戦に来ていると言われているダージリン様にお会いできるかも知れない。

そんな理由で決勝会場に来ているの…貴女だけだと思いますよ?

 

「で…モカ?」

 

「…なんですか?」

 

「あの方の詳細を調べて頂戴」

「無理です」

 

即答した。

はい、無理っす。

 

「…大丈夫……資金は、如何様にも使って頂いてよろしいですから」

 

「いやぁ…無理ですよ。だって…ただの熊の着ぐるみですよ?」

 

「なんで!? バイトの方かも知れないじゃない! 問い合わせれば、すぐじゃないの!?」

 

「…口調、崩れてますよ?」

 

「! っといけない…」

 

はい。

 

会場入りして、いきなり暴漢に襲われた…。

キリマンジァロ様、富豪のお家なんですから…そういうのに結構出くわすとか、昔言ってませんでしたか?

なのに…なんでまた。

 

黄色の熊の着ぐるみ。

 

なに? あのど派手な赤いマント。

 

黄色と赤の二色ってだけで、目が痛いのに…。

 

「…暴漢から女性を助け…名を告げずに去っていく……そんな…おとぎ話の様な……王子様っ!」

 

あかん。

トリップしとるわ、このお嬢。

王子様って。

相手、熊ですやん?

 

「でも相手、ただの熊の着ぐるみですよ? ただ話せなかっただけじゃ…」

 

正直に言いましょうか?

いやでもなぁ…。

 

あのナイフで襲ってきた暴漢…。

多分…あれ、普段からコスプレしてるような格好の貴女を、間違えただけだと思いますよ?

ダージリン様好きすぎて、私にまでアッサム様のコスプレさせる様な貴女を。

 

本物のダージリン様と。

 

誘拐でもしようとしたのか、脅迫地味たセリフを吐いていたなぁ…あの暴漢。

明らかに「ダージリン」って名前が聞こえたような…。

 

キリマンジァロ様の腕を掴んだ瞬間、ヌッっと背後から現れたあの黄色いのに、抱きつかれてのされてしまった。

ベアハッグというのだろうか…。

 

キリマンジァロ様を見て、一瞬ヤベーって雰囲気をしたのは、なんでだろう?

 

そのまま、そそくさと気絶させたその暴漢を引きずって、何も言わないで去って行った。

 

数分の事だというのに…まったく。

助けて貰ってなんだけど、あの熊…ただの通り魔にしか見えなかった。

 

襲われる。抱きつく。絞め落とす。そして拉致。

 

その流れだったからなぁ…。

 

警察に通報とか良いのかと聞くと、良くある事だし、めんどくさいからいい。そんな答え。

……金持ちって…。

 

というか…チョロすぎだろう、この隊長。

 

「ハァァァァ!」キラキラキラキラ

 

めんどくさいなぁ…。

 

あ。

 

「そういえば、今回「尾形 隆史」っての、大洗学園側にも見えませんね」

 

ピクッっと体が強張りましたね。

 

「……殺す」

 

おーう、予想通りの反応。

 

「あの、ダージリン様を誑かす、女ったらしのクソ野郎なんて…視界に入れたくもないっ!」

 

よし、なんか良く分からない乙女モード解除。

 

「何が濃密な関係ですかっ!! ダージリン様、殿方との接点があまりありそうにありませんしっ! 騙されているんですわ!」

 

……あ、今度は別の意味でめんどくさそう…。

というか、貴女もそんなに無いでしょう?

レディースコミック見て、右往左往してるの知っているんですよ?

 

…。

 

ドゴンと音と共に、大画面へ映し出される土煙。

高所…山の頂上付近を陣取った、大洗学園の車両へ、黒森峰が一斉砲撃。

 

命中したのかどうか…まだ分からないが、噴火したかの様な土煙が上がっている。

 

「ハァァァァ!」キラキラキラキラ

 

またトリップしだしたし…。

 

西呉王子グローナ学園の隊長様が、壊れ始めた瞬間だった。

 

・・・・・。

 

だから一応、副官として…言わないで、思っておこう。

 

試合見ろよっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある少女達は道に遅れていた。

到着する頃には決勝戦は開始されていた。

 

二人の少女。

 

小学生の時の友人が、戦車道全国大会に出場。

 

しばらく交流が無かったものの、気にならないはずも無く、遅ればせながら応援に駆けつけた。

 

「結局、エミちゃん来なかったね」

 

「まぁ、ドイツからじゃそうそうねぇ…というか…隆史君も来なかったんだけど…」

 

「あはは~、呼び出しておいて酷いよねぇ」

 

「……」

 

「……」

 

「ねぇ、さっきからなにその口調」

 

「えっとね! ナレーション風!」

 

「はぁ…ねぇ、ひーちゃん」

 

「…うん」

 

「気持ちは分かるんだけど…目の前の現実を直視しよう」

 

「……」

 

うん…目の前の現実…。

 

整列している、着ぐるみの集団。

 

……何かの宗教? お仕事?

 

無理やり黄色く塗ったのかと思うような、黄色一色。

顔は熊。

体は…なんか、色んな着ぐるみの衣装。

即席なのだろうか? なんで体だけ猫なの?尻尾でわかるよ?

色は黄色だけど…。

 

野球やサッカー。

 

色んな業種のマスコットを、無理やり黄色く塗ったと思われるほどの完成度。

 

そのよくわからない集団がいる。

 

その戦闘に立つ…ボスキャラっぽい…というか、唯一赤いマントをした熊の着ぐるみと…女の子。

 

呆然とみちゃいけない所に迷い込んじゃった感が強いため、ちょっと離れて見ていた。

 

『…概要は以上。相手は「黄色い熊」としか認識が無いと思われる為、その格好で各自行動して下さい』

 

小さな…中学生くらいかな?

その女の子が、…20人くらいはいるかな?…その集団に命令らしき事を言っていた。

 

パキッ

 

小さな音がした。

 

「あ…」

 

私が、木の枝を踏み折ってしまった音だった。

 

その音に気が付いたのか、こちらを振り向いた少女と目が合ってしまった。

 

「「「 ひぃっ! 」」

 

変な声がでる。

 

少女の顔と一緒に、大量にいた熊の着ぐるみ集団が一斉にこちらを向いた。

 

音がした気がした。

 

ヴィン! かな?

 

ヴォン! かな!?

 

どうでもいいよね!? 普通に怖いよ、ホラーだよ!!

 

ちーちゃんが、私の前に立ってくれた。

 

あ…気がついたら腰が抜けていた…。

 

「」

 

熊の集団の間をすり抜けて、赤いマントの熊が歩いてきた。

私達の前に立つと、ちーちゃんが私を庇うように、私との間に入ってくれた。

 

ん?

 

あれ?

 

赤いマントの熊の着ぐるみが、焦ったように手を降り出した。

 

あれ?

 

口の部分が開く様になっているみたい。

 

ガスッっと音を立てて、スライドをした。

その顔部分の中が見え、懐かしい声がした。

むぅ。

ちーちゃんと声が被った。

 

 

「「 あっ!! 」」

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。
ネタバレになりそうでしたので、前書きには書きませんでした。

はい、リトルアーミーです。
知らない方の為に、あまり本編進行に絡ま無いようにしたつもりです。
こういった事もあるんだと。

はい。ベコ量産型・プロトタイプ導入。


ありがとうございました!


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閑話【 番外編 】 ~男子会です!~☆

はい。
しばらくシリアスが続きそうで病んできそうですので息抜きで書いてみました。
ifかもしれないし、本編かも知れない。
息抜きです……飛ばしてもらってもかまいません。


「では、本日の練習はここまで!」

 

河嶋川嶋先輩の挨拶で、本日の練習は終わり。

各チーム、戦車をしまう為に納車を始める。

 

「ん。書記の奴、今日は練習に来なかったな」

 

操縦席に乗り込み、麻子さんが独り言の様にボソっと呟いた。

そういえば、今日は連絡も取っていない。

 

「あぁ、隆史殿なら教室で、なんか無線機弄ってましたよ?」

 

「無線機?」

 

「…はい、試合中に音声スイッチ入りっぱなしになるの…どうも、スイッチ部分が少し壊れていたらしくて…」

 

「修理してるんですか? まぁ隆史さん、そんな事も出来るんですか?」

 

「隆史君、昔から手先が器用だから…まぁ不思議じゃないかな?」

 

「昼休みも、少し図面…というか、説明書らしきものと睨めっこしてました! なにか、部品交換だけでいいみたいですけど」

 

「にしては時間が掛かり過ぎだな…ただサボる口実が、欲しかっただけじゃないのか?」

 

「…麻子と一緒にしちゃダメだよ」

 

「……」

 

ん~。

練習にも現れないって事は、会長達も知っているとは思うけど…。

隆史君、無断でそういう事しない人だしね。

 

「……」

 

「…な…なによ、麻子」

 

ん? 真顔で、麻子さんが沙織さんを見つめている。

どうしたんだろ?

 

「……いや。最近、沙織はどうにも書記の肩を持つなと、思ってな」

 

「そんな事…無いよぉ?」

 

「……」

 

あれ?

 

華さんが、目を逸らした?

優花里さんが、顔を背けた?

 

どうしたんだろ?

 

戦車の外からは、他の戦車の駆動音が響いている。

多分、他のチームも納車が終わったみたいだった。

 

外からも…うさぎさんチームだろうか?

元気のいい声が聞こえた。

 

と、同時に。

 

ザ…ザザッ……

 

無線機から、雑音が突然流れた。

通信が不安定な時に良くなる音。

 

『……カ…ユ…………ウ………………マ』

 

ん?

 

『……ブ……だろうか?』

 

途切れ途切れの声…らしきものが、いきなりクリアな声に変わった。

隆史君の声だ。

 

『―っと、電源入ったし…これでいいかな?』

 

後ろからの、雑音と共に安堵した様な声も聞こえた。

まだ教室で作業をしていたのだろうか?

 

『尾形ぁー。できたか?』

『おぉ、スイッチの摘み部分が、大分老朽化していたみたいだった。…随分と緩いと思っていたけどさぁ……壊れていたのかよ……』

 

 

「隆史君!?」

 

電源を入れて、テストを入れているみたいだった。

単純な修理で直るところを長時間かけてしまい、落胆している様な声が聞こえる。

まぁ良くある事かな?

 

『電源入れて大丈夫か? まだ練習しているんじゃねぇの?』

『こんな時間だし…もう終わってるだろ』

『…おーい。タカシコンビ。もういいか?』

 

別の男の子の声が、聞こえた。

まだ放課後の教室に残っているみたい。

 

「チッ。書記の奴。やっぱりサボって遊んでいるじゃないか」

 

「サボっているのとは違うんじゃないでしょうか? 無線機を持って動かすのも大変ですし……話しながら修理していのでは?」

 

「まぁ男子学生が少ない学校ですからね、私達のクラスでも、男の子達で結構集まってますよ?」

 

「そだね、優花里のクラスって何人いるの?」

 

「隆史殿合わせて5人ですね」

 

「それはちょっと、肩身が狭そうですねぇ」

 

無線機を通して、ちょっと音声は悪いけど、その隆史君を含めた3名の男子学生の声が聞こえていた。

 

「では、沙織さん。こちらから話しかけて見てはどうでしょう?」

 

「あー…まだ私達に聞こえてるって事、教えて上げないとね」

 

会話をしているのが、丸聞こえだったし、他のチームから笑い声や怒号やら……まぁ河嶋先輩だろうけど…が聞こえてきたしね。

 

『―で、だ。尾形。お前の意見を聞こう』

『自分の……大洗女子・戦車道乙女の戦闘力ランキングだっけ?』

 

ん?

…戦闘力?

 

 

『…野郎同士…包み隠さず…言え!』

『…はぁ…その野郎同士の会話で、毎回虚しくなって終わりじゃねぇかよ』

『うっせぇな! 彼女持ちは余裕で良ござんすね!』

『……まったく』

 

 

「…戦闘力? なんの事でしょう?」

 

先程まで騒がしかった車外が、少し静かになった。

ハッチから顔を出して周りを見渡してたら、誰もいない。

 

…全員戦車の中だ。

 

男の子同士の会話って…まぁちょっと気になる。

でも…

 

 

『あんまり、そういった下世話な会話って好きじゃないんだよ』

『は? お前が言うか?』

『そうだな。他校の女子にまで手を出してるお前が! 挙句、西住さんと付き合ってるのに! 死ね! マジで死ね!』

『……』ドウシロト?

『尾形、こういう話に乗っておかないと……男連中は基本的にめんどくせぇぞ』

『慣れていますね、イケメン君』

『…もう、お前の味方してやらない』

『スイマセン』

『そもそもさお前、戦車道履修者って可愛い子ばっかりだよな?』

『ん…まぁ…否定はしない』

 

 

……。

あれ?

なんで他のクラスの男の子が私の事を知っているんだろう?

剰え、なんで隆史君との関係を知っているんだろう!?

 

 

『んで尾形。お前他校にも知り合い多いよな? 普通ねぇぞ?』

『…まぁ、転校前の知り合いとか多いし…』

『……いや…まぁ、もう疑い晴れたけどさ…西住さんと付き合いだす前ってお前、結構な噂流れていたの知ってる?』

『結構な噂? 知らん。んだそれ?』

『……』

『なぜ黙る』

『……尾形、ホモ説』

『…………』

『しかも相手は中村』

『…………』

『もしくは……』

『…なんだよ』

『……ED説』

 

 

 

「「「「「 …… 」」」」」

 

「男子って…すごい会話するね…」

 

「……同性愛者ではありませんね。確実に。」

 

「華!?」

 

「戦車倉庫の静けさが凄いな」

 

「……」

 

「…EDってのも違うなぁ……」

 

「ん? みぽりん、なんか言った?」

 

「あっ! いやっ!! 何でもないよ!!」

 

「…?」

 

「………………ミホサン」

 

 

 

 

『……いや…まぁいい。理由を聞こう』

『いや、結構簡単な理由だ』

『そうだな。当然といえば当然…か?』

『だからなんだよ!』

『さっきも言ったけどさ、戦車道って可愛い子多いよな?』

『……あぁ』

『そんな中、理性を保っているお前がキモイと』

『……』

『普通なら、誰かに粉かけて成功するなり失敗して、変な噂立つのにな。…お前、何も問題なく過ごしているから…男子学生全員の嫉妬と恨みを込められたんじゃね?』

『…………』

『なぁ…尾形…中村…俺を救ってくれ……』

 

悲しい無言がしばらく続いた…。

流石にこの空気の中、こちらから無線を飛ばすなんてできない。

 

 

『あのな…俺だって、あの中で、すっごい気を使ってるんだぞ? 女の子だらけの中で、男一人ってのはな、ある意味地獄なんだぞ?』

『は? ふざけてんの? は?』

 

 

 

「……書記の奴、アレで気を使ってるのか?」

 

「あ~でも、そうかも…戦車道の事に関して、隆史君って一切口出さないもんね」

 

「そうですねぇ…砲弾の持ち方とか、1年生に教えていた時も、安全面の事でしたし…後は筋肉デスネ」

 

「…」

 

 

『お前らな! あんなミニスカートの女の子が、目の前で戦車に乗り降りしてんだぞ! 目のやり場に困るだろうが!! どんだけ気を使ってると思ってんだ!』

 

 

「「「「「  」」」」」

 

 

とんでもない事言い出した…。

あ…戦車倉庫の静寂が継続してる…。

 

 

『天国じゃねぇか! パンチラ見放題だろ!!』

『見てねぇよ! 俺以外、全て女子の中で、そんな事バレてみろ! 後は針の筵だろうが! 見えそうな時とか、顔逸らしてるよ!!』

『嘘ついてんじゃねぇ! むっつりが!!』

『…………』

『な…なんだよ』

『……マジでな…9対1って割合の中で、男の立場ってのは…地獄なんだよ…村八分なんだよ…………』

『……』

『……』

『で? お前の大洗女子・戦車道乙女の戦闘力ランキングは?』

『…強制的に話を戻しやがった…』

 

 

 

 

「…皆さん、気をつけましょう」

 

「…うん」

 

「そうですね」

 

「……」

 

「はいぃ…」

 

多分、他の戦車内でも同じ会話してるなぁ…。

 

 

『…分かったよ…もう…』

『下世話な話バンザイ』

『では、尾形。現場の人間として教えてくれ』

『1位・柚子先輩 2位・沙織さん 3位・華さん 4位・近藤さん 5位・ぴよたんさん』

『…すげぇな尾形。渋ってた割に、ものすごい早口で即答したな…』

 

 

 

「戦闘力って仰っしゃいましたけど…私3位って…。喧嘩なんてした事ありませんのに…」

「…私、2位だぁ!……でもなんでだろう……あまり嬉しくない…」 

「「……」」

「西住殿!?  冷泉殿!?」

 

…なんの事か分かっちゃった。

これは、怒っていいんだよね? いいよね!?

 

 

『1位の圧倒的な破壊力と包容力。2位の見る者全てを圧倒する存在感! 3位のこれぞ王道! 4位の…あれは卑怯だ…。5位の本当に高校生か?と思わせる人妻感!』

『あ。尾形の変なスイッチが入った』

『なぁ尾形。なんで西住さん入ってねぇの? 戦闘力の大きさじゃなくて、好みだぞ?』

『…みほはな。戦闘力より………推進力だ。そっちの部門なら間違いなくトップクラスッ!!』

『…………なるほど』

『概ね、理解する』

『ありがとう』

 

 

 

 

「・・・・・・・・」

 

「西住さん」

 

「…はい」

 

「これ絶対に隠語だな」

 

「そうですね。もう分かりました」

 

「あれ? みぽりん? 顔赤いよ?」

 

 

 

 

 

 

『尾形? お前の知り合い全ての、戦車道乙女の戦闘力ランキングだとなんだ?』

『他校も含めてか?』

『そうだなぁ…』

『すでにノリノリじゃねぇか…』

 

『1位・ノンナさん 2位・エリリン 3位・まほちゃん 4位・柚子先輩 5位・ペパロニって所だな! うんっ!』

 

『で? その心は?』

 

『1位の核弾頭。2位の黄金比。3位…は、うん……ナイショ。4位の…は言ったな。5位の…健康的ってのは…結構な武器になるのな』

『……3位が気になる』

『あれ? お前がご執心の西住流の家元は?』

『しほさん? しほさんは、殿堂入り』

『即答しやがった…その心は?』

 

『尊い…』

 

 

 

 

「ダメですよ西住殿!! ハッチ壊れちゃいますよぉ!!」

 

「またっ!! またお母さんっ!!! またっお母さん!? 後なに!? 3位の理由なに!?」

 

「…みほさんも怒るんですねぇ」

 

「華! しみじみ言ってないで、みぽりん止めて!!」

 

「でも、みほさん。何で怒ってるんでしょう?」

 

 

 

 

『ふむ。1つ気になったんだけどさぁ』

『ン?』

『尾形、転校してから結構、経つよな』

『…そうだな』

『お前、大洗に来てさ。一番ポイント高かった娘って誰?』

『…は?』

『あぁ、昔からの知り合い抜かしてな。初対面で』

『……なんだよ薮から棒に』

『まーま。いいから。参考までに』

『……まぁ…いいけど』

 

 

 

 

「先程から、戦車倉庫内が恐ろしいほどに静かですね…」

 

「…華! 静かに!」

 

「……沙織さん」

 

 

 

 

ふぅ…冷静になれた。

うん。慣れちゃったっ♪

 

昔からの知り合い…プラウダやグロリアーナとか…他校を抜かした。

後は、私やお姉ちゃんも抜かした…隆史君の好み…。

 

「おぉ…みぽりん、冷静になったね…」

 

「沙織さんっ! 初めから私は冷静だよ!♪」

 

「なんか、怖いよ!?」

 

「あ、でもみほさんも、こういった事は気になりますか?」

 

「うん! キニナル! でも…まぁ。多分、隆史君なら大丈夫だと思うから」

 

「あら、浮気の心配無しですか?」

 

「あはは…まぁうん。大丈夫」オネエチャンイガイハ…

 

「おぉ…正妻の余裕……」

 

「……」

 

「みぽりん?」

 

「沙織さん♪」

 

「な…なに?」

 

「側室がいる様な言い方…すっごく嫌っ♪」

 

「」スイマセン

 

 

 

そうさなぁ…と隆史君の声が、また無線から聞こえた。

…会長とか…絶対無線に齧り付いているんだろうなぁ…。

 

『…そうさなぁ』

 

……

 

…………

 

『優花里』

 

一斉に各戦車から何かにぶつける音や、ガタンとか、ゴトンとか大きな音がした。

 

「……」

 

「ゆかりん!?」

 

「優花里さん!?」

 

優花里さんの耳と頬と……色んな所が真っ赤に染まっている。

あぁ…湯気出してる…。

告げられた名前よりも、その症状に皆が心配しだした…異常な程に真っ赤なんだもん。

 

が。

 

『―のお母さん』

 

『『……』』

 

 

……さっきから、喧騒と静寂の区切りが酷い…。

 

皆固まってるなあ…。

 

「は……」

 

「母は…やめて下さいぃぃ」

 

優花里さんが、その場に崩れ落ちて嘆きだした。

 

「他の方とか…もう…どうでもいいですから!! そういうのは良いですから!! 母はぁぁぁ!!」

 

「分かる!! 分かるよ!! 痛いほど分かる!! 優花里さん!!」

 

手を取って一緒に泣いてあげよう…同胞ができました!

 

 

『まったく…もういいか? そろそろ帰りたいんだけど』

『……なんか尾形から、エロい話を今度聞いてみたくなった』

『何言ってんだお前』

『……なんか更にとんでもない事を言いそうで…興味が沸いた』

『……』

『…おい、林田。振りでも何でもなくな…酒を尾形に飲ますなよ?』

『…なんだよ急に!』

『色々聞き出そうと、こいつに飲まそうとする奴が多くてなぁ…』

『……』

『こいつに飲ませた場合…少なくとも、戦車道の強豪校が大挙して押し寄せるから…死にたくなかったらやめておけよ』

 

 

…。

 

そこまで言って、無線が切れた。

多分、無線の電源を落としたのだろう。

 

……。

 

今日の事は、各チームの皆と話し合って内緒にする事にした。

盗み聞きみたいな事をしてしまったのもある。

 

男同士、女同士、それぞれでしか話せない事もある。

 

……だから、今回は胸にしまっておこうという話。

 

……。

 

…………。

 

はい。優花里さん、一言。

 

 

「隆史殿は、秋山理髪店に出禁です!」

 

 

 

 

 

 

 




はい閲覧ありがとうございました。

男子会は元々、ルートPINK用で考えてました。
ただの露骨な男同士の会話。下世話な会話。
大分マイルドにしてみました
…また番外編で描けたら描きたいデス

年末が始まる……胃が死ぬ月がくる…。

がんばります…

ありがとうございました


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第53話 私の恋敵の話をしよう―

 

「おもしろ~い! 次から次へと、よくこんな作戦考えるわね!!」

 

カチューシャさんが、ノンナさんの肩の上…よくいる定位置ではしゃいでいますね。

ペチペチと両手を合わせて、興奮しています。

 

「これで17対7ですね」

 

高所からの…撤退するつもりでしょうか?

包囲をされ、逃げ道を塞がれ…更には数で押され始められていた大洗学園。

 

随分と思い切った真似をしたものです。

 

…あの黒森峰が手玉に取られている…。

 

38(t)ヘッツァー。

 

カメのマークがついた戦車。

 

足の速さを活かし、黒森峰の戦車の間を縫うように移動。

走り回る。

それを補助するかの様に、また他の車輌が隙を突く…。

無傷で黒森峰の車輌を撃破。

 

「…あんなに混乱した黒森峰を見たのは…初めてです…」

 

「黒森峰は、隊列を組んで正確に攻撃をする訓練は積んでるけどぉ」

 

横でサンダースの方々も、大洗学園の作戦を分析。

 

「その分、突発的な出来事に対処できない」

 

「マニュアルが崩れてパニックになってる訳ですね?」

 

一斉に動き出す、大洗学園全車両。

一列に並び、黒森峰の包囲から脱出する。

 

そのまま全速力で…。

 

「どこへ向かうつもりなの?」

 

「面白くなってきたわねぇ~!」

 

ケイさんがポップコーンを頬張りながら、楽しそうに呟く。

 

「……」

 

「ペコ? どうしたのかしら?」

 

…。

 

「いえ…なんだかんだ…皆さんしっかりと試合を見ているんだなぁって思いまして」

 

「…私達の夏の大会は終わりましたが…私達の戦車道が終わったわけでは無いでしょう?」

 

「いえ…先程まで、隆史様の事で右往左往していた人達には見えないなぁ…っと、思いまして」

 

「……」

 

皆さん楽しんでいるように見えて…目は真剣でした。

 

「なに?」

 

そんな私の視線を感じてか、ケイさんが…。

 

「貴女達も食べる?」

 

「…いえ、別に欲しくて見ていた訳じゃありません」

 

「あら、そ?」

 

「頂きますわ!」

 

「ダージリン様!?」

 

目を輝かせて…何を急に…。

 

「いいけど…ダージリン。貴女…こんなジャンクフードみたいなのって食べるの? 紅茶には多分、合わないわよ?」

 

「普段頂けない食べ物ですからね…嫌いでありませんわ」

 

「ふ~ん。なら、他のも食べる? まぁホットドックとハンバーガー…あとピザくらいしかないけど」

 

「本当ですか!?」

 

…胃がもたれそうですね。

ダージリン様はそこに食いつかないで下さい。

 

「おっと! アンツィオの前で、飯! 特にピザを出されちゃ黙ってられないな!」

 

「そうだ! ダージリン! ピザならアンツィオのを食っとけ!!」

 

…試合を見ましょうよ。

 

感心した矢先にこれですか?

 

「ん? でもアンツィオのピザって殆ど具材が乗ってないじゃない?」

 

「はっ! これだから素人は!!」

 

「…なんですって?」

 

なぜピザの話で睨み合ってるのでしょうか?

ペパロニさんとアリサさんが立ち上がりました。

 

「そうですねぇ…。サンダース…アメリカ式は具材を楽しむモノ…。アンツィオ…イタリア式は生地を楽しむものの違いでしょうか?」

 

「…カルパッチョ。冷静に分析しないでくれ」

 

「喧嘩するよりマシだと思いますよ?」

 

そうですけど…そんな事より試合…。

 

「だが今回! アンツィオは、タカシとの合同開発ピザだぞ!!」

 

「いただきます!」

 

「ペコ!?」

 

 

…なんですか? ダージリン様。

 

いらないとは言ってません。

 

あ…。

 

 

「臭い」

 

 

少し前…正確には先週見かけた女の子。

 

「…ここに正直いたくない……臭い」

 

 

 

島田 愛里寿…さん。

 

気がついた時には、後ろに立っていた…。

それこそ数人のSPらしき方を引き連れて。

 

…でも、各隊長達の集いの中心に立った時、ゆっくりと離れていきました…。

 

「あ…貴女……」

 

「お兄ちゃんに言われて来た。…皆と纏まってていろって……臭いけど」

 

「」

 

あ…ペパロニさんを見ながら言ってますね…。

そのまま、アリサさんを睨むように見ています。

 

何故、アリサさんは震えているのでしょう?

 

「…」

 

…それはそれとして、継続の方々は、いつの間にか少し離れ、なにか頬張って…あっ!!

お茶請けのお菓子が無い!!

 

 

ケイさんが警戒をするような目になりました。

なぜでしょう?

ケイさんの顔が…先程と違い…少し警戒色を出していますね。

本当になぜでしょう?

 

 

「…貴女達はここにいて。お兄ちゃんの邪魔をしたくないなら」

 

「……」

 

「大人しくしていれば、それで終わる」

 

「……なにか…貴女…感じが変わったわね」

 

「そう?」

 

「…初めて会った時と…全然違う…」

 

「……」

 

「今の貴女…キュートじゃないわ。……可愛くない」

 

「……」

 

ケイさんの言葉を特に気にする訳でも無く、無表情でなにも喋らない。

 

 

睨み合うように、しばらく見つめ合う二人。

 

変な緊張感が、場を包む。

 

 

…。

 

無音が続く中、大画面からは砲撃音が響き続けている。

 

 

 

 

 

 

「頼もう」

 

 

 

その最中。

 

一人の声がその場を崩した。

 

……その…色んな意味で。

 

 

「こちらに島田 愛里寿殿はおいでか?」

 

奇抜な…前髪を半円を描き纏めた髪型。

妙に古めかしい口調の女性。

 

赤い。

 

大きなリボン。

 

 

「其処許へ推参してお目にかける物が合って参った。御目通り願う」

 

「…私だけど」

 

一気に注目を集める彼女。

特に気にする事もなく、目的である愛里寿さんの前に立つ。

 

「…島田 愛里寿殿か」

 

「そう…なに?」

 

「これを」

 

そう言って、差し出す右手。

その右手には…携帯電話?

 

「少々、邪な気配のするモノからなのだが…まぁ良い」

 

「…?」

 

ある男から預かったそうだ。

 

気持ち悪い雰囲気の男。

 

普段なら斬って捨てた…と、結構物騒な事を言っていますけど…。

 

今回厳重な警備体制だっ為、試合会場内は没収されたと…ちょっと嘆いていますが…ナニヲ?

 

「尾形 隆史殿に関する者…からだそうだ」

 

「……」

 

「…まぁ…隆史殿の名を出されては、知らぬ仲では無いゆえ…引受申したが…」

 

《!!》

 

「確かに渡した」

 

そう…一言、言い放ちその場を立ち去ろうとする女性。

 

「…貴女。おにいちゃ……尾形 隆史を知っているの?」

 

「?」

 

不思議そうな顔をする女性……あっ。

 

またですか?

 

またですか!?

 

「ふむ……まぁ…良いか……」

 

なにか考え込み、すぐに判断した様でした。

一瞬、鋭い目つきで周りを見渡しました

何かに気がつき、挑発するよな目つき。

 

「今も…世話になっているのだが……まぁ……一言で言えば……」

 

《……》

 

「私は、隆史殿に買われた女だ」

 

《  》

 

かわ…

 

「未だに…通ってもらってるな」

 

かよ……

 

「3万円で」

 

……金額が生々しい!

 

「くくっ…。ここまで心地の良い殺気を貰うとは思わなんだ。…つくづく思う。あの御仁は面白い…」

 

……。

 

「隆史さん…恋仲の女性がいるのはご存知?」

 

「ほぅ?」

 

ダージリン様!?

 

「だから?」

 

「……」

 

「恋とは戦場。勝ち取ってこそ意味がある…各々方も、それはお分かりなりや?」

 

…。

 

まだ私達は知らない。

 

この方を知らなかった。

 

 

『…まぁ、たまには人に溢るる場に来てみるものよな?』

 

 

こんな場面で。

 

こんな場所で。

 

 

将来、私ともう一度顔を合わせ戦い…。

 

「…ぉお。名乗りもせず、無礼を致した」

 

西住 みほさんの脅威となり…

 

「私は…」

 

私達が、強襲戦車競技…タンカスロンに参加する原因。

 

最悪な恋敵。

 

そして…。

 

 

 

 

「…鶴姫 しずか」

 

 

 

 

隆史様を本気で…………怒らせた人。

 

 

 



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第54話 ~ 転生者の役割 ~

 

やぁ、元気? 愛里寿チャン

 

あぁ…そうそう、切るなよ?

大事な、大事な、お兄ちゃんの事だから

大丈夫、大丈夫

俺から愛里寿チャン達は見えないから

見える所からなんて、居場所が割れそうな…あ?

この女?

 

 ― 笑い声 ―

 

そうかそうかそうか

あの髪型変な女も「尾形 隆史」の関係者だったのか

 

あ?

 

 ― 笑い声 ―

 

そんな面倒なコトをするかよ

偶々…本当に偶然です…よぉ?

色んな女に手ー出して…まぁ…お盛んな事だねぇ?

まぁ…どうでもいいかぁ

なぁ…愛里寿ちゃぁん

君、いいのかなぁ?

 

お兄ちゃんを「西住 みほ」に、取られたままで

 

関係ない?

まぁ関係ないねぇ

でもねぇ? 考えてもみなぁ

君がどうにかすれば…少なくとも「西住 みほ」は、現状どうにかできるよぉ?

 

例えばほら…

 

今まさに川の上で………お友達助けようと…してるよねぇ

なんで川に戦車で入ったかは、知らねぇけどさ

ほら、なんかお友達の戦車…助けようとしてるよねぇ?

 

 

愛里寿チャンなら、オカアサンにでも頼んでさぁ…あれ、邪魔できるだろ?

 

タダ、ジャマスルダケデイイ

足元に…驚かす為だけに…狙撃するとかさぁ…

オレのオトモダチを捕まえた時みたいにサァ

 

それで終わるよ?

 

「西住 みほ」は、崩れるよ?

 

前回…ソウ、シタンダカラ

 

前回……昔の事を思い出させて、アゲタンダカラ

 

簡単だよ?

立ち直ってる様に見えるだけだよ?

どうせ、すぐにでも崩せれよ?

愛里寿チャンなら、すぐに分かったんじゃない?

 

自分のせいで、オトモダチが助けられなかった

 

あれが川にでも落ちてしまえば、それまで

 

試合にも負けて

 

学校も廃校

 

自分のセイデ

 

 

 ― 笑い声 ―

 

 

 ― 笑い声 ―

 

 

あぁ…なんだ…つまらん

簡単に拒否したな

 

少しは迷えよ

 

「化物」なんて揶揄されてるってのに…その程度ですかぁ?

 

いいねぇ

お優しいねぇ?

でもさぁ

 

あれだろ?

 

アイツの為って、だけだろ?

 

それは「尾形 隆史」にバレなきゃ済む話でしょう?

 

 

― 笑い声 ―

 

 

できるよ?

 

だって君…「化物」なんでしょ?

 

知ってるよ?

教えてもらったから

誰から…って?

それを言ったら、面白くないダロ?

 

あぁそうそう

 

君を「化物」呼ばわりした奴らの末路は、シッテルヨ?

そいつに聞いたよ?

 

は?

 

 

― 笑い声 ―

 

 

知らねぇのかよ!!

自分で、しでかした事なのに、知らねぇのかよ!!

 

 

― 笑い声 ―

 

 

オカアサンが隠してくれたのかね?

隠蔽してくれたのかなぁ!?

いいねぇ! 恵まれた奴は!!

 

― 笑い声 ―

 

ハァハァ…まぁいいや

 

あ?

 

 …

 

愛里寿ちゃーん

君さぁ、結構な小学校に通っていたよねぇ?

将来が約束された? エリート育成するような? 反吐がでるような学校

 

そんな所に通うガキなんて、その親も大体、簡単に想像できるだろ?

経験があるだろ?

そんなエリート思考の馬鹿な親共を含めてさ

君はそいつらを捩じ伏せた

プライドも、将来性も、何もかも叩き潰したんだよ?

なんで君が、周りのガキ共にいじめらたのか…そうそう

 

思い出した?

うん、そのガキ共ね

親に見捨てられてねぇ

一人、面白い事になったよ?

 

聞く?

 

……

 

うん

返事が無いし、通話も切られないって事は…知りたいんだよねぇ?

いいよぉ

 

えっとねぇ…

 

 

死んだ

 

 

親に殺されたちゃったの

 

君のせいで

 

頭が良いんだろ?

 

なら分かるよねぇ?

 

因果関係…想像できるよねぇ?

 

ある意味、君が殺したようなモノだよねぇ?

 

……

 

だからさぁ…開き直ってさぁ

 

化物らしくなればぁ?

 

 

男が欲しいなら奪えよ

 

他の女が、邪魔なら消せよ

 

 

 

は?

 

 

 

…嘘?

 

 

 

さっきの話?

 

死んだって事?

 

 

……

 

 

…………

 

 

 

― 笑い声 ―

 

 

そうだよ! 嘘だよ!! んな事、分かるわけねぇだろ!!

 

繰り返し、嘘、嘘って、呟くなよ! うっとおしい!!

 

想像しただろ!?

 

連想しただろ!?

 

なるべくしてなったってなぁぁあ!!

 

意味!?

 

無ぇよ、そんなモン!!!

 

 

だってお前、バケモンなんだろ!?

 

バケモンだよなぁ!?

 

えぇ!? 天才少女!!

 

この警備体勢、人員。大体が、お前の発案だって聞いたよぉぉ!?

 

いいじゃねぇか!

 

ガキの規格外だよ、お前!!

 

そうそう!

 

そこにいるんだろぉ!? 他の女達!!

 

…取られるよぉ?

 

持ってかれるよぉぉ?

 

ほら!

 

ほらほらほらぁ!

 

開き直れよ!!

 

はっ!? 化物!?

 

『 いいねぇ! 化物!! カッコイイじゃん!! 』

 

何を躊躇してるか…知んねぇけどおぉぉ

 

 

だからさぁ…

 

 

 

『 いいんじゃない!? 別に化物でもぉぉ!? 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鶴姫 しずか…。

 

 女性が現れ、そう名乗った。

 

 その時、その女性から渡された、黒い携帯電話から着信が入った。

 

 例の天才少女が、一瞬訝しげな表情を取り、先程までいた護衛の方に合図を送った。

 会話内容を録音…もしくは、第三者の判断材料を増やす為か、着信を取った直後、スピーカー設定にした。

 

 携帯から聞こえる、不快な声。

 

 会話の内容…冒頭部分で、名前が出た時点ですぐに分かった。

 これが私に話してくれた…過去の事件の犯人。

 

 会話内容が、支離滅裂だった。

 なにが言いたいか良く分からない。

 言いたい事だけ、一方的に喋っている。

 

 気味が悪い。

 

 ただ、目の前の天才少女の様子が、徐々に変わっていった。

 

 明らかに狼狽えている。

 

 明らかに震えている。

 

 足も震え、手も震え。

 

 最後には繰り返し、小さく呟き続けている。

 

 

 ―化物―

 

 

 ただひたすらに、携帯の向こう側の男は、それを繰り返し続ける。

 

 なんなのだろう…。

 

 最後の言葉…になった発言。

 

「お前がっ!!」

 

 それを聞いたとたん、天才少女が腕を振り上げた。

 

 

「お兄ちゃんと同じ事を言うなぁ!!」

 

 

 足元に携帯を叩きつける。

 少女の力でも十分だった様で、折り畳み式の携帯が、軽い音を立てて壊れた。

 

 肩で息をする様に、呼吸が乱れている。

 

「っ!!」

 

 即座に、それを踏みつけた。

 

 踏みつけて…すり潰すように…。

 

 ザリザリと音を立てて。

 

「ノ…ノンナ?」

 

 カチューシャが、私に声を掛けてきた。

 鬼気迫る形相に…先程までの差に。

 …怯えていた。

 カチューシャだけではないでしょう。

 

 正直、私も恐怖以外の感情が無かった。

 

 彼女が叫ぶのが珍しいのか…護衛の方も若干、狼狽えている。

 

「何…この男……」

 

 ケイさんが、携帯の声の主に、嫌悪感を出して呟いた。

 

「…あれが多分…、隆史さんの言っていた…過去の事件の犯人」

 

 事件の事を知ってたの私だけ。

 もう変な優越感は無い。

 

 隆史さんには申し訳ありませんが、掻い摘んで皆さんに説明しよう。

 

 …本当に申し訳ありませんが。

 

「あ…あの、愛里寿さん?」

 

 その前に、あまりの変わり様に心配したのでしょう。

 唯一、ある程度会話をした事のあった、オレンジペコさんが声をかけています。

 まだ携帯を踏み続けていた、彼女の動きが止まり…ゆっくりとこちらを振り向きました。

 

「……」

 

 振り向いた少女顔は…敵意しか持っていませんでした。

 

 全然違う。

 

 目に涙を溜め…ただ無言で、こちらを睨みつけていました。

 

 何かに呑まれた。

 

 何かに取り憑かれた。

 

 その様な…文字通りの……必死な表情。

 

 冗談でも何でもなく…これは、殺気。

 

 先程の「鶴姫 しずか」と名乗った女性も、異常な空気を察したのでしょう。

 頼まれたとはいえ、自身の持ってきた物が原因…少し…暗い表情でした。

 

 ……。

 

「…なに?」

 

「あ…いえ……」

 

 最早、何も言わせないような気迫…。

 オレンジペコさんも、完全に気押されていますね…。

 

「…っ!」

 

 オレンジペコさんの真後ろ。

 

 大画面に映し出さている映像。

 

 みほさんが、アップで映し出されている。

 

 それに対して顔を上げ、睨む…本当に憎しみをこめたような…そんな目で。

 それに釣られ、私達も視線を移す。

 その姿は…川に並んだ、大洗車輌。

 

 一列に並んだ戦車…。

 車外に出て…あれは…。

 

 水の中にでも入ったからでしょうか、エンストでもしたのでしょう。

 

 ピンクのウサギのマークが…偏っていますね。

 

 …流され始めています。

 それを…助けようしているのでしょうか?

 

 体にロープを…

 

「……」

 

 …それを一人…睨み続ける少女。

 

 ……。

 

 酷く重い空気…。

 

 皆さんもそうでしょう。

 

 私もそうです…。

 

 睨み続けている少女を見て…。

 

 もう、どうしたらいいのか…分かりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

「おー…みほの奴、何する気だ? あれ」

 

「!?」

 

 天才少女が、大きな影に包まれた。

 

 …なんでしょう。コレ。

 

 少女の後方に、気が付けば立っていた。

 

 場の空気を読まない…この風貌。

 

 黄色い熊の着ぐるみが大画面を見上げていた…。

 

「隆史!?」

 

 アンチョビさんが声を上げました。

 

 …隆史さん? え?

 

「…隆史様……なんですか、その格好」

 

「……なんというか…ひどいですわね…」

 

「……」

 

「…な、なに? この空気…」

 

 間の抜けた声が、熊の口から聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

「…お兄ちゃん」

 

「おー…本当にここの所、愛里寿が甘えてくなぁ…」

 

 天才少女…いえ、もうやめましょう。

 

 愛里寿さんが、隆史さんの足…足ですよね?

 黄色い毛むくじゃらに、抱きついた状態で動きません。

 

 隆史さんはその頭に、手を置いて軽く撫でていますね。

 

 頭の熊の被り物を外し、先程の携帯の会話を録音したデータを、片耳だけイヤホンを使って聞いています。

 隆史さん曰く、この状態に追い込まれた会話内容を、もう一度愛里寿さんに聴かせるのは酷な為…との事。

 

 ただ。

 

 聞いている最中も、特に怒る訳でもなく、涼しい顔で聞いています。

 …てっきり、本気で怒ってしまわれるのではないかと、少し心配でした。

 

「はっはー。…本当に昔、俺が言った様な事を言ってるなぁ」

 

「…」

 

 その様子を、皆さん黙って見ていますね。

 

「聞き終わりましたよ」

 

 そう一言言って、護衛の方に録音された機械を返しました。

 その後、すぐに護衛の方は、離れて行きました。

 

「…この野郎、相変わらず人のトラウマえぐってきやがるな……なぁ? 愛里寿」

 

「……」

 

 そう言ってまた、頭を撫で始めました。

 

 顔を一度、大画面に移し、みほさんの映像を眺めています。

 オレンジペコさんから、試合の流れの説明を黙って聞き…一言呟きました。

 

 

「みほはもう…大丈夫だろ?」

 

 

 その声は、今まで私達が聞いた事も無い声。

 

 

「……」

 

 

 安心したような…。

 

 やさしい声…。

 

 やさしい目…。

 

 

 

 

 ………。

 

 

 

 少し…胸に痛みが走りました。

 

 

 ……。

 

 

 

 

「さて!! まずは愛里寿だな!!」

 

「!?」

 

 そう言って、無理やり愛里寿さんを引き剥がし、子供を持ち上げる様に、両手で天に掲げました。

 

「愛里寿。お前は基本的にまず、頭で考えてから行動するタイプ…だから、初めに言っとくわ」

 

「……」

 

「あいつは、取り敢えずお前を、味方につけようだとか、そういった考えは、まず無いよな?」

 

「…うん」

 

「みほの時と同じ、お前の触れちゃいけない部分を露骨にえぐって来てるな」

 

「……」

 

 隆史さんの声は明るい。

 奇妙な程…明るい。

 

「あの電話で、なにかお前が行動を起こせばラッキー! 程度だなぁ…。ありゃ、単なる嫌がらせだ。気にすんな」

 

「……」

 

「……態々、引きずる様な言い方しやがってなぁ…」

 

「う…うん」

 

「……」

 

「……」

 

 そのまま一度、抱きしめるように抱っこをした。

 …なぜでしょう。

 ここで喋っては、いけない気がします。

 

「…まだ、気にしてたか」

 

「……」

 

「…なぁ愛里寿」

 

「……」

 

「さっき、俺。化物って言われちゃったよ」

 

「……え」

 

「ただ、子供に絡んでる…あいつの仲間らしいのを、力の限り、抱きしめてやっただけなのになぁ…」

 

「……」

 

「…助けた子供に言われた…めっちゃくちゃ……怯えられた…」

 

「……」

 

「なぁ…愛里寿」

 

「…なに?」

 

「……無理すんな。ここの所、何を必死になってんだ。こんな魔改造・着ぐるみまで作って」

 

「……」

 

「防刃・防弾・防電を兼ね備えた着ぐるみなんて、普通…無いぞ?」

 

「それは…お兄ちゃんが…試合会場に…」

 

「……だからと言って、頭部内部まで特殊カーボン仕様にするのは、流石にやりすぎだ…いくら金が掛かったのか聞けねぇよ」

 

「確か…」

 

「言わんでいい!! 怖いよ!!」

 

 愛里寿さんを、そのままストンと地面に下ろした。

 頭を撫でながら…。

 

「皆を、何で睨んでいたか知らんがさ……」

 

「……」

 

「ここにいる姉さん達も、青森じゃ化物って言われてたんだぞ?」

 

 《 !? 》

 

 わ…私もですか!?

 

「まぁ、天才少女なんて言われて…正直俺もそう思うけど」

 

「…」

 

「そりゃ、愛里寿自身の個性だ」

 

「…個性」

 

「だから周りと違うのは当たり前だ」

 

「個性を化物と言うなら…みんな化物だな!」

 

 もう一度笑って、頭を撫でる。

 愛里寿さんの顔が段々と下がっていく。

 

「そうそう。一回、愛里寿自身、開き直った時もあったよな」

 

「!!」

 

「どんな理由なんだ?」

 

「……」

 

「……」

 

 あ…愛里寿さんの顔色が…青から段々と赤くなっていきましたね。

 あ~……。

 

「お兄ちゃんは、昔からあまり変わらない」

 

「…お~う。久しぶりのマジ口調…」

 

「デリカシーが無い」

 

「…ハイ、ジカクシテマス」

 

「……言わない。絶対に言わない」

 

「あら、反抗期?」

 

「…そうやって、中途半端にふざける所…嫌い」

 

「……スイマセン」

 

 もう大丈夫だと判断したのだろうか?

 体を落とし、愛里寿さんと目線を合わせるようにしゃがみこみました。

 

「ま、なんだ。最終的には…」

 

「…なに?」

 

「昔も言ったけど…愛里寿が、どんな事になってもな?」

 

「……」

 

 

 

「愛里寿は、俺の『可愛いモンスター』だ」

 

 

 …隆史さん。

 

 それが、多分理由です。

 

 まったく…。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「…で? タラシ様」

 

「……」

 

 

 現在、愛里寿は俺の足にしがみついている。

 憑き物が落ちた様な顔をして…あの……なんで目が合うと逸らすのでしょう?

 

 一時の事とはいえ、不遜な態度だったと、愛里寿は皆に頭を下げた。

 ええ子なんや、うちの子。

 普段なら気にしない事でも、ここ最近の事で若干病んでいた…と、自身で告白した。

 なぜかそれに皆、納得したようだった。大きく頷いていたしな…。

 

 …なんで?

 

 本来なら、もう数年は待つつもりだったと…。

 

 …なにを?

 

 結局、我慢できないと、自身のメンタルを今回把握。

 修正する。

 嫉妬と判断した為…我慢しないで、次回から本気で動く…覚悟して。

 

 …と、なぜかいきなり天才少女モードに切り替わった…のだけど…。

 

 なぜか全員の顔が一瞬、爽やかになったのは何でだろう?

 

「聞いてますか!? タラシ様!!」

 

「…ヘイ、聞いてます」

 

 …オペ子に言われた。ついに言われた…。

 

「では、いくつか聞きたい事ができました」

 

「…その前に」

 

「なんですか? タラシ様」

 

「…その、タラシ様っての…やめて下さい…」

 

「…ダージリン様?」

「タラシさんでしょう?」

 

「ノンナさん?」

「タラシさんですね」

 

「ケイさん?」

「タラシね!」

 

「アンチョビさん?」

「…隆史でいいだろ」

 

 

 「「「「 !!?? 」」」」

 

 

「チヨミン!!」

 

「なっ!? なんだ!? その格好で、抱きつくな!! 髪で遊ぶな!!」

 

「……チッ」

 

「な…なに!? なんで皆、私を睨むんだ!? 裏切り者? なにがぁ!?」

 

 あぁ…チヨミン、癒されるわぁ…。

 

「…やっぱり、タラシ様じゃないですか」

 

「なんだろうなぁ……」

 

「なんですか!?」

 

「……オペ子に言われるのが、他の誰より一番応えるなぁって…ちょっとね」

 

「……」

 

 あ…あれ?

 

「では、隆史様。聞きたい事があります」

 

「ペコ!!??」

 

「…」

 

「あの子、ずるいわぁ…」

 

「…タラーシャ? じゃ変よね? どうしよう…」

 

 …カチューシャ。一人黙々と考えないでくれ…。

 

「では、まず…皆さん疑問に思っているのですが…」

 

「……」

 

「あの方とは、どの様な関係ですか?」

 

 え?

 

 …あれ? なんでいるの?

 あ。

 目を空した…。

 今日は制服…か?

 初めて見るなあ…相変わらず派手なリボン…。

 

 

「…あの方、隆史様に買われたって仰ってくれましたケド?」

 

「」カワ…

 

「…通われてるとも」

 

「」カヨ…

 

「どういう事ですか! というか…どういう意味ですか!」

 

 ……。

 

 

 

 

「ま…待て!! 隆史殿!!」

 

「…おい、しずか」

 

 

 

(((( 呼び捨て!? ))))

 

 

 

「よし、愛里寿」

 

「な…何?」

 

「ちょっと離れていろ」

 

「」

 

 よしよし。黙って言うことを聞いてくれたな。

 さて…。

 

「…オペ子」

 

「ひゃい!?」

 

「…なんつってた?」

 

「えっと…先程の言葉と…えっと…3万円…」

 

 はい。

 

 肩を掴みました。

 

 はい、逃がしません。

 

「待て!! 確かに隆史殿は、我の春を買ったではないか!!」

 

「あー、買ったな。誤解を生むから、でかい声で叫ぶな」

 

 

 「「「「「  」」」」」

 

 

「で…では、特に問題は…」

 

「……」

 

「な…い……の……」

 

「…通ってるって、言ったんだな?」

 

「…」

 

「まだ数回しか、行ってないよな?」

 

「……通って…」

 

「まぁ、そこはいい。…また手伝ってやるつもりだったから」

 

「真か!?」

 

 両手を肩に乗せる。

 はい、ほーるどぉぉ

 

「…ただ、二度とそういう事を言うなと…アレホドイッタヨナ?」

 

「」

 

「はい、まず3万円なんて金額、どこで覚えた」

 

「」

 

「…それよりな。正確には3回だよな? しずかの家行ったのは!!」

 

「…そ…そうであったか? もう何回か…」

 

「今回、決勝会場に来る前に、一度寄ってみたんだがな!!」

 

「ぬっ…」

 

「しずか、お前。家族に俺の事、何て言ったんだ!?」

 

「…と…特段……事実しか…」

 

「…じゃあなんで、責任やら何やら言われて! 婿殿やら何やら、言われなきゃならないんだよ!!」

 

「……」

 

「まさか…春を売ったのだのどうの…言った訳じゃ…」

 

「…ふっ」

 

「……」

 

「良いか? 隆史殿」

 

「……」

 

「戦とは…『はい、もういいです。ちょっと来なさい』」

 

「」

 

 しずかの襟首を掴み、完全にロック。

 まったく時間が無いというのに!!

 

「…あのタラ…いえ、あの様な隆史さんは、初めて見ましたわ…」

 

「…」ムコ?……ムコ?

 

「ノンナ!?」

 

「ありゃ~…あれ、タカシ。結構、マジで怒ってんな」

 

「…ペパロニは、慣れてるから良くわかってるな」

 

「いやぁ~」

 

「ドゥーチェ、別に褒めてないわよ?」

 

「そうかな? 特に隆史は…『お前も来い、ミカ』」

 

「」

 

 はい、もう一人確保。

 

「はい。よし、お前ら」

 

「まっ!! 待て!! 隆史殿!!」

 

「」ポロ~ン

 

 

 

「では、説教だ」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~…。隆史様、決勝戦見なくて宜しいのでしょうか?」

 

「お兄ちゃん。決勝戦は、ある意味どうでもいいみたい…」

 

「はい!? 廃校が掛かっているのにですか!?」

 

「…どうもあの…犯人をどうするか? しか、今は考えてないみたい…」

 

「……」

 

「…少し、悔しい」

 

「……」

 

「…あら…どうしてでしょう?」

 

「…西住 みほさんが…大洗学園が負けるとは思ってないみたい」

 

「……」

 

「だから私も少し…いえ、かなりムキになってしまった。あの信頼は…正直、羨ましい…」

 

 「「 … 」」

 

「いやぁ~でも、タカシ。結構今、怒ってたよな!」

 

「…いや…まだ、大丈夫」

 

「カチューシャ?」

 

「ノンナ…。タカーシャが本気で怒った所…見たことある?」

 

「いえ、大洗の…例の事件の時も…事後報告で聞きましたので…あ。あの着ぐるみの動画が、あるそうですので、見てみますか?」

 

「…いいわよ。怒ったタカーシャ何て、見たくない」

 

「という事は、カチューシャさんは、ご覧になった事があるのかしら?」

 

「……あるわ」

 

「ふ~ん。ちょっと興味あるわね!」

 

「…」

 

「カチューシャ?」

 

「……本気で怒ったタカーシャ。酷かったわ…エグイ…というか…なんというか…」

 

「…なにがあったんでしょうか?」

 

「タカーシャ、圧倒的な物量、力。なんでもいいけど、相手が何もできない状態にしてから…尚且つ、一番相手の嫌な事を選んでする様になるわ」

 

「……」

 

「あ、でも似たような事…私が、間違って殴っちゃった時に…なんか言ってたわね」

 

「……」

 

「私はそこが心配。今回の犯人…見つけたら」

 

「カチューシャさん?」

 

 

 

 

「タカーシャ………本気で何をするか分からない…」

 

 




はい、おかえり主人公


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閑話【 番外編 】 オペ子のお茶会

「はい、皆さんこんにちは。最近は普通にオペ子のオレンジペコです!」

 

「…そう? 結構ダペ子が見て取れるけど…」

 

「そんな事ありません! はい、自己紹介してください」

 

「…こんにちは、お兄ちゃんの「可愛い恋人」の、島田 愛里寿です」

 

「……」

 

「…なに?」

 

「ちゃんと、真面目にやってください」

 

「ハイハイ…。お兄ちゃんの「可愛い恋人(確約)」の…『もういいです!』」

 

「……」

 

「はい。久しぶりに、ここ不思議時空よりお送りします!」

 

「…まぁいい」

 

「前回のランキング番組から、随分と経ちますけど…今回からこの番組に名前が付きました! その名も『オペ子のお茶会』です!」

 

「…ブペ子のお茶会じゃないの?」

 

「はい、では今回のゲストです!!」

「…無視?」

 

「どうぞ!!」

 

 

 

「よろしく頼む」

 

「……」

「……」

 

「じ…自己紹介してください」

 

「分かった。西住 まほだ」

 

「ま…まさかの、西住 まほさん…。聞かされていなかった理由が分かりました…」

 

「…西住流」

 

「しかし、えっと…まほさんで、いいですか?」

 

「構わない」

 

「あ、はい。では、まほさん。…先程の愛里寿さんの自己紹介の時…よく怒りませんでしたね…」

 

「そうか?」

 

「えぇ…てっきり怒り狂うかと…」

 

「なに、「自称」は自由だ」

 

 「「 …… 」」

 

「では、折角ですので…何か自称でいいので…二つ名を…」

 

「ふむ。そういうルールなのか?」

 

「恒例」

 

「…まだ二回目なのに…サラッと嘘つきましたね…愛里寿さん」

 

「では…」

 

「どうぞ!」

 

「…「隆史の ピーーー『 わぁーーーーーーーー!!!』 い 、西住 まほだ」

 

「何言ってるんですか!!! こっち本編!! PINKルートじゃないんですよ!! それにそれ、ただの願望じゃないですか!!」

 

「ぬ…ダメなのか?」

 

「ダメですよ!! 何て言う事、口走っているんですか!!! 意味分かって言ってるんですか!!??」

 

「知らんな」

 

「……」

 

「…赤星に、こうしたら良いと聞いたのだが…そうか、ダメか」

 

「……あの人…何を、暗躍してるんでしょう…」

 

「…」

 

「はぁ…もういいから、次行きましょう…」

 

「了解した」

 

「……」

 

「愛里寿さん? あれ? どうしました? 貴女のコーナーですよ?」

 

「…オレンジペコさん」

 

「なんですか?」

 

「さっきの意味…『知らなくていいです!!』」

 

 

 

 ★ 愛里寿先生の脅威度ランキング ★

 

 

 

「じ…自己紹介で、大分時間取られました…」

 

「いい?」

 

「あ、すいません。どうぞ」

 

「ふむ」

 

「前回から、結構変動したので、その更新ランキグ」

 

「…」

 

 

 

 

【 ランク SS+ 】

 

 

 

 1位 五十鈴 華( 覚醒 )

 

 2位 逸見 エリカ

 

 

 

「……」

「……」

 

「…完全に…読み違えた……危険……危険」

「……」

「ハッキリと言う。「西住 みほ」さんと、お兄ちゃんが別れた場合。無言の笑顔で、横から掻っ攫っていく可能性が、非常に高い」

「……」

「なるほど…これが化物…と、他人に初めて感じた」

「…いきなり、来ましたからね…」

「お兄ちゃんに気持ちをハッキリと伝えた後…完全に腹が座った。現状の「逸見 エリカ」を超える…」

「…すまんが」

「まほさん? なんでしょう?」

「なに? 二人の副隊長に負けた隊長」

 

「………………」

 

「…まほさんが、見たことない顔してる…」

「まぁ…いい。準決勝の時にも言っていたが、島田流。何を持って、エリカが脅威と感じたんだ?」

「あ、それ気になりますね!」

「…前回も言ったと思うけど、各属性完備」

「そんな事だけか?」

「…彼女の事を、あの後、調べた。…正直、勘が当たったとしか思えないと思った」

「…ふむ」

「お兄ちゃんの…やめた。お兄ちゃんの弱点を教える様なものだから嫌。黙秘」

「「……」」

「次」

 

 

【 ランク S 】

 

 

 

 1位 西住 まほ

 

 

 

 2位 西住 みほ 現:恋人(笑)

 

 

 

 3位 ノンナ

 

 

 

 4位 ダペ子

 

 

 5位 ケイ

 

 

 

 

「なぁ!!??」

 

「…みほが、追い上げてきた…」

「西住 みほさんのランクアップ理由は…言いたくない」

「…黙秘が多すぎないか? 番組ではないのか、コレは」

 

「」

 

「…ランクアップ理由……触りでも言うと…完全にネタバレ。黙秘」

 

「」

 

「…難しいものだな。私は?」

 

「」

 

「西住 まほさんは、現状維持…というか、なに気にバランスが取れた好感度。不動」

 

「…」

 

「嬉しそうなのが…若干イラつく」

 

「」

 

「ノンナさんは、…準決勝前のアレの為。情が移りやすいのが、お兄ちゃん」

「…」

「…私を睨んだってダメ。意味がない。八つ当たりはやめて」

「…そうだな。隆史に後で電話しよう」

 

「」

 

「オレンジペコさんは、何もしなかった為に順位ダウン。が、それでもランクダウンにはならない。…チッ」

「少女が、舌打ちをするな…」

 

「」

 

「次」

 

 

 

【 ランク A +】

 

 

 

 1位 冷泉 麻子

 

 

 

 2位 角谷 杏

 

 

 

 3位 小山 柚子

 

 

 

 4位 アンチョビ

 

 

 

 5位 ペパロニ

 

 

 

 6位 武部 沙織(眼鏡)

 

 

 

 7位 カルパッチョ(呪)

 

 

 

 8位 ミカ(説教中)

 

 

 

 9位 秋山 優花里

 

 

 

 10位 鶴姫 しずか(説教中)

 

 

 

 11位 赤いの

 

 

 

【 ランク A 】

 

 

 

「」

「仕事して」

「…うぅ…」

「動いたな」

「…ランクSS+予備軍が、動き出した」

「いつですかぁぁ?」

「盗聴騒ぎの時」

「グスッ…あぁ…あの…無線の…」

「女性と意識してる事、しっかりと見てもらっていた事が起因する。生徒会長にも段々と気を使わなくなってきた」

「ぬ。アンチョビが上がっている…」

「この人…基本的に、お兄ちゃんに甘い。比較的常識人…よって、順位アップ」

「あぁ!! あの人!!」

「ん? 鶴…誰だ?」

「前話登場…酒蔵の一人娘」

 

「アノ女カ?」

 

「まほさん!?」

「西住流…そのオーラ、うっとおしいからやめて…気持ちは分かるから」

「まぁ…隆史はお父様と違ったから良しとしよう」

「…」

「…どうにも、戦車修理関連と、西住流家元に、手土産でお酒の購入目的で通っていた」

 

「まぁぁ…た、お母様…」

 

「」

「どうにも気に入られた様なんだけど…たった3回位で…あ、私は初対面か…なら、まぁ不思議じゃない」

「この方は、どうしてですか?」

「…復活したな」

「酒蔵の一人娘は、……胸、大きい」

「また大きい方ですか? また大きい方ですか? また大きい方ですか? また大きい方ですかぁ!?」

「隆史を、胸が大きければ、なんでもいいような男…みたいな言い方をするな」

「胸の大きな方が言っても、嫌味にしか聞こえません!!」

「…どうしろと言うんだ……」

「でも…」

「お兄ちゃんは、たぶん…西住 まほさんの胸が、一番好き」

「……」

「…見てれば何となく分かる」

「……」

 

「なら良し」

 

「良か、ありません!!」

「しかし、プラウダ副隊長の方が大きいのではないか?」

「そんな事…お兄ちゃんに聞いて」

「……ふむ、分かった」

「…この方、本当に聞きそうで怖いですね…」

 

「続き。どうにもお兄ちゃんは、手のかかりそうな人を選ぶ傾向が強い」

「古臭い言い方してましたし…面倒くさそうな人ですよね!」

「…ぬ、電話に隆史が出ない」

「本番中はやめて下さい!! っていうか、本当に聞く気だったんですか!?」

「…ふむ。まずいか?」

「セクハラになると思いますが…ちなみに何て聞く気だったんですか?」

「いや…普通に」

「普通って…」

「隆史は、私の胸が好きか? と…」

「……」

「……」

「それ、逆に好きだと即答されたらどう思いますか」

 

 

「……ぬ。少し……引くな」

「ならやめましょうよ!」

「分かった」

 

「もういい…次」

 

 

 

「あ、ランクBは変動無かった。よって無記載」

「ダージリン様ですか?」

「…あと、バレー部の後輩…近藤 妙子さん」

「…あ。そういえば」

「愛里寿さんが、病んでる時、自身のお母様を敵認定しましたけど…やっぱりランクつけませんか?」

「…西住 まほ…さん」

「ん?」

「…………気をつけて」

「…分かった。最優先で注意しよう」

「無視しないで下さいよ…って、なんで握手してるんですか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 

 

「はい、今回はちょっと短かったですね」

 

「ランキングの更新だから」

 

「大体の事は、全部聞きましたからね」

 

「では!! ここで新たなゲストに電話が繋がってます!」

 

「…は? 私、聞いてないけど…」

 

「…今回は、前回聞きそびれた事を聞いてみようっ!って事です」

 

「ふーん。じゃあ、今回は貴女がやるの?」

 

「そうです!」

 

「じゃあ、もう私帰っていい? ボコ見たい」

 

「そうだな、私もそろそろ…」

 

「いいですよ?」

 

「え…いいの?」

「言い出した事だが…いいのか?」

 

「えぇ!! 構いません! とっとと、帰ってください!」

 

「ボコ見れる…間に合う…」

「…ここまで来たのだし…どこか…カレー屋……」

 

 

 

『あれ? これもう繋がってるの?』

 

 「「 !!?? 」」

 

「チッ」

 

「お兄ちゃん!!」

 

「隆史!!」

 

「……チッ」

 

『あ~ら、変な組み合わせ…オペ子と愛里寿と…まほちゃん?』

 

「…二人共…帰らないのですか?」

 

「お兄ちゃん!!」

「隆史!!」

 

「聞いてください…ってダメですね…もう。さっきのテンション何処行ったんですかねぇ…まったく」

 

 

 

 

 

「はい! では今回は、電話でのゲストで、隆史様です!」

 

『…しかし珍しい…まほちゃんがいる』

 

「…隆史か」

 

 

「今更、何を取り繕ってるんですかね…」

 

「なに? あの変わりよう」

 

『んで? なんで俺なの?』

 

「はい、前回聞きそびれた、青森勢が何て化物と呼ばれていたかです」

 

「あ…ちょっと気になる」

 

『え~…本人に言うの? オペ子も言われてたけど…』

 

「そうなんですか!?」

 

「…この娘が化物? あぁ…比較的に、能力値が高いと言われるな」

 

「……」

 

「私は気にしないので、言ってください! というか、気になりますよ!」

 

『んぁー…まぁいいけど…』

 

「どうぞ!!」

 

『まぁ、ダージリンは、普通に能力が高くて言われていたな』

 

「って事は、プラウダの生徒とかにですか?」

 

『まぁ多かったな。容姿端麗…で、聖グロ隊長…まぁ良く有る話だ』

 

「なるほど」

 

『オペ子は…結構、力あるよな? 装填手だし』

 

「あー…それで」

 

『怪力無双で…あの癒し力…って、これは港町とか店で言われたな』

 

「怪力無双…ってのはちょっと嫌ですね…」

 

『まぁ…お茶会のセットとか軽々運んでたからな…』

 

「…ん? 待て隆史。癒し力ってなんだ?」

 

『そのまんま。オペ子に皆癒されてたんだよ…大体皆が集まってた場所って、仕事が大体終わった連中が集まる所だからさ…特にね』

 

「…それは、お兄ちゃんも?」

 

『そうだな!』

 

 「「 チッ 」」

 

『なんで舌打ち!?』

 

 

 

『あぁ、後…なんでか皆、オペ子に一度でいいからメイド服着て欲しい…って切に願ってたな…いい歳したオヤジ連中が何言ってんだって話だけど』

 

「メイド服…」

 

「おじさんくさい趣味…」

 

「…ハハ。それは隆史様もですか?」

 

『……』

 

「?」

 

『 当たり前だろう? 』

 

「!!」

 

「隆史…何故今、無駄にいい声で言った」

 

「…お兄ちゃん」

 

「わ…まぁ……えぇ……機会があれ……ば?」

 

 

『え!? マジで!?』

 

 「「 …… 」」イラッ!

 

「…エヘヘ」

 

「……西住流?」

 

「…なに。みほにメールしただけだ」

 

 

『カチューシャは、まぁ…リトルモンスターって言われてたな』

 

「まぁ…何となくわかりまs…『アイドルとして』」

 

「「 」」

 

『…なんか……もう……凄かった。漁師の親父連中の人気が異常だった…』

 

「…あぁ…なんか凄かったですよね…」

 

「ふむ、プラウダの隊長か」

 

『漁師夫婦とかも、揃って応援とかしてたな…』

 

「…隆史」

 

『なに?』

 

「お前は、参加していたのか?」

 

『俺? してないよ? 仕事あったし』

 

「…フフ……そうか。ならいい」

 

「…また嬉しそうに……」

 

『活動もしてないのに…気がついたら、ファンクラブの代表になってたけど…』

 

「隆史。ちょっと、こちらまで来い」

 

『!?』

 

「まぁまぁ! …理由は私知ってますから、後で教えてあげますよ」

 

「…西住流……だから、そのオーラやめて」

 

「私が、怒ってないから健全な理由ですよ?」

 

「…ぬ。そうか」

 

「はい、怒ってないだけですけど」

 

「……」

 

『んな所かな?』

 

「あら…思ったより……ちょっと拍子抜けですかね?」

 

「…ちょっと複雑」

 

 

「待て隆史」

 

『な…なに?』

 

「一人抜けているな」

 

「あっ!」

 

『…』

 

「プラウダの副隊長はどうした」

 

「……」

 

「……」

 

『…お…怒らない?』

 

「…最早、想像がつくから言ってみろ」

 

「……」

 

「……」

 

『あ…』

 

「あ?」

 

『…圧倒的ぼりゅーむ』

 

 「「「 …… 」」」

 

『…ノンナさんにもファンクラブがあったんだけどさ…それで良く漁師夫婦が喧嘩してた…』

 

 「「「 …… 」」」

 

『……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、こんな所ですかね!!」

 

『…俺、なんで呼ばれたの? 怒られる為? え?』

 

「どうせなら、何か質問はありますか?」

 

「…私は無い。こんな所で言うことじゃないから」

 

「あら、結構シリアスな質問ですか」

 

「……」

 

「まほさんは、何かございますか?」

 

「ふむ…あるな!」

 

『…なんだろう…すっげぇ怖い…』

 

「では、隆史」

 

『…はい』

 

「お前は、この娘にメイド服を着てほしいと言ったな」

 

『……え?』

 

「何を言ってるのでしょうか…この強豪校の隊長…」

 

「…では隆史」

 

『…ハイ』

 

「私に着て欲しい物は無いか?」

 

 「「 」」

 

「なんで私に張り合ってるんですか!」

 

「む、聞きたいことを聞いていいんじゃないのか?」

 

「そうですけど!!」

 

「…で? 何かあるか?」

 

『白チャイナ』

 

 「「  」」…ソクトウシタ

 

「チャイナ服の事か?」

 

『そう!』

 

「分かった。今度着てやろう」

 

『 マ ジ デ !!?? 』

 

「…なんでしょう、あの喜び様…」

 

「…ちょっと…引いた」

 

「13歳に引かせちゃダメでしょう…隆史様…」

 

 

「しかし、これ隆史はどこにいるんだ?」

 

「さぁ? 大洗の学園艦じゃないんですか?」

 

「まぁ…そもそも、ここに来れないから電話でのゲストであって…」

 

 

 

 

 

 

『隆史君? いつまでも何をしているのですか?』

『しほさん!?』

 

 

「」ピクッ

 

 

『次の決まりましたから、ちゃんと選んでください』

『千代さん!?』

 

 

「」ピクッ

 

 

『ここ、入ってきちゃダメでしょ! スタッフオンリーって……え!?』

『はいはい、休憩は終わりです。…お仕事ですからねぇ? ちゃんと見てくださいよぉ?』

『ちょっ!? 今はまずっ…!!』

『あら? あらあら…あぁ…愛里寿の番組ねぇ…ふーん。なるほど』

『電話中でしたか。終わりましたか?』

『いえ…まだ繋がってます…ので、少々お待ち…くださ…千代さん! 引っ付かないでください!!』

『オイ、チヨキチ』

 

 

 「「「 …… 」」」 

 

 

『まったく…。言い出したのは貴方でしょう? 仕事ですからね…しっかり選んでください』

『まったっ!! 今は電話繋がっていますから!!』

『これとかどうですか?』

『なんちゅー水着持ってくるんですか!? 面積少な!!!』

 

 

 「「「  」」」 ミズギ?

 

 

『…千代さん。年甲斐もなく…少しは…』

『あら、人の事言えて?』

『しほさん!? え!? それ…着るんですか!? マジデ!?』

 

 

「はーい、スタッフ集合ー。集合してくださーい……早く」

 

「…」ポチポチ

「…」ポチポチ

 

 

『だからくっつかないでっって!? しほさんも何で張り合うんですかぁ!? 胸! 胸当たってますから!!』』

『…そ、そういった意味はありません!』

『こんな水着の、カードにできませんよ!!』

『まぁまぁ…着てみるだけでも、いいじゃない? ねぇ? しぽりん♪』

『まぁ…着てみるだけなら……』

 

 

「はーい、現地スタッフに連絡取って、現状どこに隆史様いるか、確認とってくださーい」

 

「……あ、みほか?」

 

「……あ、お父様?」

 

 

 




閲覧ありがとうございました

株を落として上げる、隆史かな





俺、ガンバッタ! 今週ガンバッタ!!


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第55話 ~ トラウマ ~

タラシ殿は、変わらない


 声が聞こえていた。

 

 耳の奥で…。

 

 頭の中で……。

 

 肩が震える

 

 足が震える。

 

 手が震える…。

 

『隊長達は、早く行ってください!』

『後から追いかけます!』

 

 無線から叫ぶ様な声が聞こえてくる。

 

「危ない」

「このままだと横転しちゃう!」

 

 体が縮こまり…歯が鳴る。

 

「モタモタしていると、黒森峰が来るぞ」

 

 黒森峰の車輌から逃げる際、一番効率のいい方法を取ったと思う。

 危険は無い…上流から下流と、重い戦車で軽い戦車を庇いながら進めば大丈夫…だと思ったのに。

 

 エンジンに水が入ったのか…ただのエンストなのか…。

 うさぎさんチームの足が止まった。

 傾き出す戦車。

 置いていけと彼女達は言ってくれている。

 

 また声が聞こえた。

 

 …どうすればいい?

 

 川を渡るのを選択したのは、私だ。

 命令したのは…私だ。

 

「でも…うさぎさんチームが流されたりしたら…」

 

 手を握り、膝を見つめる。

 

 …水。

 

 暗い水の中。

 

 思い出す。

 

 嫌な…何度も何度も思い出した、当時の視界。

 忘れたくとも忘れられない。

 

 どうしたらいい?

 

 負けたら廃校。

 もし、また私が飛び出して救助に向かい、その間にお姉ちゃん達に追いつかれたら?

 あの時と同じく、決勝戦。

 あの時と同じく、フラッグ車に乗っている私。

 あの時と同じ…

 

 同じ……。

 

 連鎖…。

 

 思い出が連鎖する。

 思い出したくない事まで…どんどん思い出してしまう。

 試合の後…投げかけられて、ぶつけられた言葉も思い出してしまう。

『貴女のせいで…私の失跡で……副隊長が…………西住流が……』

 当時の助けることができた生徒も…皆すぐにやめていき…残っていたのは…赤星さんだけ。

 

 負けたら廃校。

 

 皆とお別れ。

 

 勝たないと…。

 

 どうしたらいい?

 

 あの時の私の行動が、黒森峰の敗北を招いた。

 同じ事をまた繰り返すのか。

 

 負けられない…。

 

 こうしている間にも、うさぎさんチームは流されてしまう。

 お姉ちゃん達が追いついてくる。

 …何もできない。

 一番最悪な形で終わってしまう。

 

 でも…私は…。

 

 どうしたらいいの?

 

 全ては勝利する為。

 

 それが、西住流。

 

 …お姉ちゃん…。

 

 ………お母さん。

 

 

 

 

 

『 何だお前。また『見殺し』にするのか? 』

 

 

 

 

 聞こえた…。

 

 先程から繰り返し繰り返し。

 

 また聞こえた、あの時の声。

 

 あの犯人の言った言葉を。

 

 あの声を…。

 

 もう大丈夫だと思ったのに。

 

 もう平気だと思ったのに…。

 

 …呼吸がおかしい。

 

 何度も肺の空気を追い出す。

 

 握った指が動かない。

 

 震える…。

 

 無意識に力を込める。

 

 握った手に、爪が食い込む。

 

 痛みは無い。

 

 ただ…言い様の無い…不安感が襲う。

 

 不安感…? 違う…。

 

 これは恐怖だ。

 

 怖い。

 

 怖い。

 

 ただ怖い。

 

 

 

 動けない。

 

 

 怖い…。

 

 

 

 ……隆史君。

 

 

 

 

 

「行ってあげなよ」

 

 沙織さんがこちらを見ていた。

 微笑んでいてくれた。

 

「ぁ…」

 

 握った私の手に、体を伸ばして添えてくれていた。

 気がつかなかった…。

 

「こっちは私達が見るから」

 

 また…微笑んでくれた。

 

「…沙織さん」

 

 思い出した。

 

 違う事を思い出した―。

 

 

 なんだったんだろう。

 

 

 何を考え込んでいたんだろう。

 

 沙織さんのおかげで、全てが吹き飛んだ。

 少し、背中を押してもらっただけなのに…。

 行っていいって言ってくれただけなのに…。

 

 あっさりと…。

 

 

 長々と考え、思い出し、震えていた時間が…いともあっさりと。

 

 目の前の暗い情景が、明るくなって…消えた。

 

 そうだ。

 

 今…今は違うんだ。

 

 全然、あの時と一緒なんかじゃない。

 

 …私が今、戦車に乗っている理由。

 

 思い出す。

 

 優花里さんに言った、私の気持ち。

 

 本音。

 

 

『 でも…あの時私は、助けたかったの。…チームメイトを 』

 

 

 トラウマのせいじゃない。

 

 あの時の事じゃない。

 

「ふぅー……」

 

 これが私の気持ち。

 

 私の意志。

 

「はぁー!」

 

 もう一度、肺に空気を取り込む。

 思いっきり吐き出す。

 

「優花里さん! ワイヤーにロープを!!」

 

「は…はい!!」

 

 

 

 …もう、あの男の声は…聞こえない。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「西住ちゃん、飛んでるねぇ~♪」

 

 いやぁ~…良かったよ…。

 

「みんなで勝つのが、西住さんの西住流なんですねぇ~…」

 

 初めは、本当にただ…脅迫してしまっただけなのに。

 

「あぁ! もう! 急げぇー…!!」

 

「か~しま。少しは、落ち着きなよ」

 

「そうだよ、桃ちゃん。桃ちゃんが焦っても仕方がないよぉ?」

 

「桃ちゃんと呼ぶなぁ!!」

 

 …。

 

 いつの間にか、みんなを引っ張ってくれていた西住ちゃん。

 今思えば、強制的に戦車道をやらせた所で、うまくいくはずが無い。

 西住ちゃんの性格なのか…本当に迷惑をかけてしまっている…。

 

 …。

 

 今回の…決勝戦。

 

 大洗での納涼祭での事。

 武部ちゃんが攫われた事件。

 心に傷を負った、酷いトラウマを負っている人というのを…初めて見た。

 

 西住ちゃんの取り乱し方…。

 

 正直、すごく怖かった。

 

 いつもの西住ちゃんと全然違う…別の誰かかと思える程…。

 

 その場は、なんとか持ち直したけど…あの時、西住ちゃんのお母さんが来なかったら…。

 

 私に何ができただろうか…。

 

「会長?」

 

 全てが終わり、武部ちゃんを助け出した後…そこで聞いた、過去の事件。

 

 隆史ちゃんとの出会った経緯。

 

 …その事件の犯人。

 

 …その事件の張本人が来るかも知れない場所に…。

 

 西住ちゃんと武部ちゃん。

 

 武部ちゃんだって、見た目はともかく、本当に回復したのだろうか?

 あの西住ちゃんみたくなってしまったら…。

 私に何ができるだろうか…。

 

 そんな状態の彼女達を、私達の事情で……辛いだろうに出場させてしまうのが、非常に心苦しかった。

 

 だから…学校を…学園を一度諦めた。

 

 今回棄権しようか、二人に打診してみた…。

 

 二人のトラウマを引き起こしてしまう様な真似…できる訳が無い。

 

 

 …ま。笑顔で拒否されちゃったけどね。

 

 ……。

 

 正直、安心した自分が嫌になる…。

 

 

「会長!!」

 

「んん!? ん…ごめん、何?」

 

「西住さん。よかったですね」

 

「……そだね」

 

 あの事件の後、過去の西住ちゃん達の事件の詳細を調べてみた。

 おっどろいたねぇ…。

 

 それでか…。

 

『見捨てる』

 

 それがトリガー。

 

 あの犯人も、最後それを言っていたって聞いていたし、すぐに連想できた。

 

 西住ちゃんの黒森峰で起こした、前回の大会の事。

 負けてしまった原因。

 

 簡単に経緯は分かる。

 トラウマも酷く関係しちゃってるよね。

 あの取り乱した西住ちゃん見てるとねぇ…。

 

 …納得いった。

 

 まぁ、それで思い出しちゃったね。

 初めて隆史ちゃんと出会った時の事を…。

 

 いやぁ…普通、怒るよね。

 知っていれば、私でも怒るよ。

 

 腕組んだ隆史ちゃん。

 …怖かった……。

 あそこまで人の怒気、殺されるかも知れないって感じるのは…初めてだったねぇ…。

 

 

「私、少し思いました…。これ…黒森峰での西住さん…前回大会の決勝戦に似てるって…」

 

「…そだね」

 

「私、納涼祭の時みたいに…なっちゃうんじゃないかって…怖かったです」

 

「……」

 

「…私達、ひどい事してるなぁ…って、実感させられちゃいました…」

 

「そだね。…ま、西住ちゃんに恨まれるなら…仕方ないかな。試合が終わったら…いくらでも謝ろっか」

 

「そうですね…」

 

「ん? 会長、何を言ってるんですか?」

 

 …か~しま…話、聞いてたろ?

 

「…西住は、会長に感謝してると…言っていませんでしたか?」

 

「え…」

 

「そもそも準決勝の時に、西住本人が言っていませんでしたっけ…?」

 

 あ…。

 

「それは尾形書記も一緒だそうです。会長に感謝してると」

 

「…桃ちゃん。それ、いつ隆史君から聞いたの?」

 

「試合前だ」

 

「「 …… 」」

 

「尾形書記は、西住をいい方向に導いてくれた。人間関係しかり…感謝してると。初めのやり方はどうあれ、会長に頭が上がらないって…」

 

「…」

 

「こんな状況で、尚且つ相手が、西住古巣の黒森峰だからってな。もし会長が気にする様なら言ってくれって言われまして……って…な、なに!?」

 

「いつ!? 試合前って今日!?」

 

「え…そうですけど…。尾形書記の母親が来ている時に…なんか帽子とサングラスとマスク姿って、あからさまな不審者の格好してましたけど」

 

「……」

 

 いたんだ…会場に…。

 なにしてんだろ…というか…。

 

「あ…そういえば、桃ちゃん。少しの間いなかった…」

 

「戦車車庫の裏側で、手招きされてな。それが尾形書記だった」

 

「い…いつの間に…」

 

「あれ? 言っていませんでしたか? しばらくヘリで会場を、上空から監視してるって、言ってました…よ?」

 

「……」

 

「……」

 

「……あ…あれ? 会長? 柚子?」

 

「…桃ちゃん、後で、あんこう踊り」

 

「柚子ちゃん!?」

 

「全裸で」

 

「柚子ちゃん!!??」

 

 

 そっか。

 

 隆史ちゃん、いたんだ。

 

 ちゃんと来てたんだ。

 

 そっか。

 

 理由はまだ分からないけど…本当に許してもらっているかも、分からないけど…。

 

 

『六時の方角より、敵集団接近中!!』

 

 

 ん。

 

 無線が入った。

 

 

『距離! 2500! もうすぐ砲撃が始まります!』

 

『みんな! みぽりん達を援護して!!』

 

 

 西住ちゃんにも…隆史ちゃんにも…。

 

 …うん。

 

 本当は感謝するのは…こっちの方なんだけどねぇ。

 

「会長!」

 

 よし、なんか燃えてきた!

 

 

「…んじゃ、がんばりますかぁ!」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「…相変わず甘いわね」

 

 変わっていない。

 何も変わっていない。

 そう言いたげだ。

 

「その甘さが命取りなのよ」

 

 誰に言うわけでも無し、独り言が先程から多い。

 …手を上げ命令を下す。

 

「全車、前進用意! 丘を越えたら、川に沈めてやるわ!」

 

 エリカは、何を焦っている。

 今の所、特に問題は無いが…履帯を一度やられた辺りからか。

 …一度戒めておくか?

 

「後方7時、敵。11号車。やれ」

 

 先程からウロチョロしている、ヘッツァー。

 砲撃命令で、戦車前に着弾。

 地面をえぐった。

 

 撃破をする事は叶わなかったが、もうこれで1輌のみでチョッカイは掛けて来まい。

 

 大洗車輌が、全車輌にワイヤーを繋げ、川を渡った。

 …渡る事ができず、川にまだいたとしても、私は構わず撃破しただろう。

 

 みほらしい戦いといえばいいのか…。

 戦車に乗っている以上、みほのトラウマもすでに関係ない。

 

 …西住流として戦うまでだ。

 

 大洗学園が川を渡り、丘を登りだした。

 周りの車輌からの、砲撃の音と風圧。

 

 また撃破は、できなかったか。

 

「どこへ向かう気?」

 

 地図を眺め、大洗の行き先を確認。

 

 平原…遮蔽物の少ない場所では、大洗に勝ち目はあるまい。

 ただの物量のみで決着がつく。

 

 …行き先…。

 

「おそらく、市街地」

 

 …ふむ。

 

 

 森を進み、我々もそれを追う。

 報告によると大洗は古い石橋を渡り、前進…その方角は…。

 

 やはり、市街地か。

 

 …また、エリカの怒号が聞こえる。

 

『橋がぁ!!?? ぅぅぅうう!!!』

 

 またか…。

 

『分かった! 橋は迂回して追う! お前は先回りしろ!!』

 

 

「エリカ」

 

『え!? あ、はい!!』

 

「―どうした?」

 

『え!?』

 

「何を焦っている」

 

『……』

 

「…不安、焦り…指示を出す者が、そういった感情を表に出すな。…他の連中に、それは伝染する」

 

『…す…すみません』

 

 …みほの事だろう。

 これは…私のミスでもあるな。

 あの時にする事では無かったかな…。

 せめて、試合が終わってからにした方がよかったか。

 

 咽頭マイクを指で抑える。

 市街地付近に先行している車輌に指示を出す。

 

「Ⅲ号、市街地で隠れられたら面倒だ。私達が到着するまで、足止めをしろ」

 

『くそ!…あんな弱小校相手に使うなんて!』

 

 まだ…すぐには変わらんか。

 エリカは思いの他、熱くなりやすいな…。

 私の考えが分かるのだろう。

 

 

「…マウスを前に出せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

「まぁた、一人捕まった?」

 

「あぁ…変なガキにチョッカイかけて、また熊の着ぐるみにやられた」

 

「馬鹿だねぇ。大人しくしてればいいのに」

 

 出店で購入した、よくある冷凍のフランクフルト。

 その串を適当に放り投げる。

 

 最近じゃぁ何食ったって味もしなくなってきた。

 

「…会場についてから、少し見て回ってみたんだけどよ…、警備体制が異常だ」

 

 今度は、さっきまで愛里寿チャンと話していた…プリペイド携帯を放り投げる。

 もういらね。

 

「どこいっても、警備員と私服警官みたいな奴らだらけ…」

 

 おーぉ。

 

 みほちゃん、つまらないなぁ。

 

 あっさりと…まぁ。

 

 戦車の上で、オトモダチと楽しそうにまぁ…。

 

 大画面を遠目に見ても、大体の映像は分かる。

 

 結局、愛里寿チャンなにもしなかったな。

 

 所詮はガキか。

 

「極めつけが…熊の着ぐるみ…なんだよ、あの人数は!!」

 

 うるせぇな。

 

「なぁ、あんた。本当にここから、逃げる算段ってあるんだよな?」

 

 ハッ!

 

 ある訳ねぇだろ。

 

 逃げる? どこに?

 

 逃げた所で、今更変わらんよ。

 

 俺は最初から逃げる気なんて、さらっさら無ぇよ?

 

 まぁいいや。

 本当の目的、言っちまったらこいつ逃げ出すかもしれねぇし。

 最後、あの子の居場所が、すぐに分からないと困るしぃ…。

 

 もう少し、おままごとに付き合ってやるか。

 

「あるある。ありますよぉ?」

 

「どんな手だよ!!」

 

 ほんっとにうるせぇな。

 

 馬鹿みたいに、ハイハイ言うこと聞いていればいいのにねぇ。

 

「あのさぁ。お前達以外に、俺がお仲間がいないと思ってるんですかねぇ?」

 

「…は?」

 

「警備員を雇っている連中も知ってる。まぁ…人間、金を掴ませれば、簡単に裏切る奴もいるんですよぉ?」

 

「……」

 

 金に目がくらんで、俺に協力してんだ。

 わかりやすいでしょ?

 納得しやすいでしょう?

 

 まぁ! んな奴、いねぇけどねぇぇぇ!!

 

 あの七三のメガネは、情報しかくれねぇから、役に立たないしねぇ。

 

「はいはい、納得いったらお仕事しましょうねぇ?」

 

「……」

 

 さてと…荷物を確認しとこうかねぇ。

 

 

 …あ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「」

 

「」

 

「はい、これに懲りたら、もう女の子があんな事を言わないように!!」

 

「」

 

「」

 

「…返事」

 

「わ、分かった!」

 

「分かった…」

 

 まったく。

 

 なんでこんな所にまで来て、説教せなならんのだよ。

 

「はぁ…。もういいから…テント戻っていてくれ」

 

「なぁ…隆史殿」

 

「何?」

 

「我…いえ! 私も行った方がいいのか?」

 

「テント前?」

 

「そうだ」

 

 あ~…どうすっかな。

 あいつら、しずかとの関係までは、知らなそうだけど…。

 こいつ、知り合いとか友達とかと来ている訳じゃ無いしなぁ…。

 

「ん、行っていてくれ。ちょっと今……色々と面倒でな。俺の知り合い連中は、できるだけ集まっていて欲しいんだ」

 

「りょ…了承した」

 

「だからミカ」

 

「なんだい?」

 

 …チッ。

 もう復活した。

 

 本当に反省してんのかこいつは。

 

「しずかの面倒みてくれ。というか、一緒にいてくれ」

 

「…え?」

 

「知り合いのいない集まりの中に、一人だけってのはさ。非常に心苦しいものだろ?」

 

「いや…まぁいいけど」

 

「ま、説教仲間という事で」

 

「「……」」

 

 なに見つめ合ってのさ。

 変な友情が芽生えたのか…? 頷き合ってるし…。

 

「まぁ、今度また飯作ってやるから」

 

「!?」

 

「…なら、言うことを聞こう」ポロ~ン

 

「はい、じゃあコレ」

 

「……なんだいコレは?」

 

「あれ…今の子って…コレ知らないのか…」

 

 赤と青。二つの円状の木板を、ゴム紐で合わせたモノ。

 

「カスタネット」

 

「…いや、知ってはいるけど…コレをなぜ私に渡すのかな?」

 

 そう言いながら、俺の出したモノを受け取るミカ。

 んな事、決まってるだろ。

 

「はい。没収」

 

「!!」

 

 カンテレを没収した。

 はい。たかいたか~い。

 

「」

 

 はい、背の差があります。

 ピョンピョン跳ねても、届きませ~ん。

 

 ……。

 

 結構レアなミカを見てないか? 俺。

 

「なっなんのつもっ! つもり!!??」

 

 焦ったミカは、何度見てもいいなぁ…とか、Sっ気が頭を出すけど、押さえ込む。

 …だってさ。

 

「お前、戻ったら、さっさとどこか行くつもりだったろ?」

 

「そっ、そんな事はな…いよぉ?」

 

「……」

 

「……な…ない」

 

「……」

 

「いっ! 行かないから!! それを返してくれないかな!?」

 

「ヤダ」

 

「」

 

「代わりを貸してやったろ。俺の用事が終わったら返してやるから」

 

「代わり!? 弦楽器ですら無いだろう!!??」

 

 …裏でアキに先に返しておくか。

 アキは俺の味方だしねぇ…。

 

「ま、頼むわ。どうにも…俺の知り合いというか…大切な連中にチョッカイ掛ける奴がいてさ」

 

「「!?」」

 

「人数が固まっていれば、そのチョッカイも出しづらいと思うんだ」

 

 な…なんだ。

 急に固まったな…二人揃って…。

 

「た…大切? 今、君は…大切と…言ったかい?」

 

「それは…我も…か?」

 

 は? 何言ってんの?

 

「…当たり前だろう? じゃなきゃ、必死になってこんな事しないだろ」

 

「「 」」

 

 どうした。

 なぜ黙る。

 

「まぁ…いいや…。んじゃそういう事だから、俺はもう行く。大洗のテントに戻ってくれ」

 

「わ…わか……た」

 

「委細承知!……し…た」

 

 あ…あれ?

 

 そう言って、フラフラした足取りで戻っていたけど…。

 

 …。

 

 なんで?

 

 熱中症かな?

 

 

 

 

 

 -----------

 ------

 ---

 

 

 

 

 さてと。

 ベコ着ちゃったから、もうヘリには乗らない方がいいかな。

 初め、上空から監視とか…結構無茶だろうと思ったけど、千代美達を見つけられたし意味は有ったのだろう。

 

 あのクソ野郎を見つけて隔離させれたら、すぐに終わる話なんだけどなぁ…。

 どうしたもんか…。

 

 というか…。

 

 パチャ

 

 パチャ

 

 チロリ~ン

 

 

 ……。

 

 なぜ歩いているだけで、こんなにも写メを撮られるんだ…。

 

 他にもいるだろ…熊の着ぐるみ…。

 

 あ…オカン見つけた…。

 

 青いモヒカンのベコ。

 

 パチもんのベコ。

 

 …なぜ俺は、ベコに変な愛着を持ち始めているんだろう…。

 

 というか…オカン。

 

 なに撮影会みたいにしてんの?

 

 なにポーズ取ってんの?

 

 馬鹿なの? え? 

 

「!?」

 

 いきなりマントを引っ張られた。

 体勢を崩すほどじゃないにせよ…。

 

「あ…あれ? さっきの…」

 

「……」

 

 先程、絡まれっていた子供だった。

 俺を化物と…怯えた目で見てきた子…。

 中学生か?

 なんとまぁ…なんだろう…。

 

「あっあの!」

 

「…はい?」

 

 くぐもった声での返答になってしまう…。

 

「さっきは…その、ありがとうございました」

 

「い…いえ…」

 

 なに? なんなの? この子。

 

「おじ…お兄さん! それって「ベコ」ですよね!!」

 

「…そうだけど」

 

「お兄さん! 大洗のお祭りの時も着てました!?」

 

 な…なに? 本当になに!?

 なんでこんなに鬼気迫る表情!?

 

「…着てたけど…なんでベコ知ってんの?」

 

 すげぇご当地キャラの気がするんですけど…。

 着てたけどって返事の時、どうにも目が一瞬輝いた気がした。

 なにこの子…。

 

「動画サイトで見ました!!」

 

 あ…そう…。

 

 そういや…なんかあの時の動画が、結構出回ってるみたいね…。

 赤い髪とマントのベコは、俺だけが着てるから…それで特定したと嬉しそうに言っている…。

 この子…誰かに似てる…。

 

「で! ここにいるって事は、お兄さんって大洗学園の関係者ですか!?」

 

「生徒ですけど…」

 

「ほんとに!!??」

 

 なんだ? キラキラした輝きの目で、見上げてきた…。

 先程、化物と呼んできたのに…。

 

「では! あの…動画のベコも貴方ですか!?」

 

「…どんな動画かは知らないけど…多分そうだろうなぁ…コレ着てるのって俺だけだったし…」

 

「!!」

 

 なんだ!? 手を取られた!? え!?

 

「ありがとうございました!!」

 

「…なにが? え? さっきの事? んじゃあ、気にしなくてもいいよ」

 

「違います!!」

 

「あら、元気なお返事。え…んじゃ、なんでしょう?」

 

「姉を助けて頂いて、ありがとうございました!!」

 

 …姉?

 

 …………う~ん。

 

「姉!?」

 

「そうです!!」

 

 …え……なに? じゃ…この子……。

 

「あ、コレ。私のメアドです! 後で、ちゃ~んとお礼したいので、メール下さい!!」

 

 紙切れを渡された…しかも半強引に手に掴まされた…。

 ラインとかじゃなく…メアドと…電話番号…なんで!? いきなり!!??

 

 分かった…。

 

 この強引さ……。

 

 この目の輝き……。

 

「…お嬢さん、お名前は?」

 

 姉…。

 

 ってことは、その妹。

 

 何言ってんの俺…そんな当たり前の事…っていうか!

 

 世間狭いなぁ!! もう!!

 

 

 

「武部 詩織です!!」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました


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第56話 ~ 転生者は絶句する ~

誘い込まれた。

 

市街へ向かう途中、廃墟になった団地街。

 

発見したⅢ号戦車。

正面見据える横から、軋む鉄の音と共にⅢ号との視界を遮った。

 

…史上最大の超重戦車。

 

「すごい…動いてる所、初めて見ました…」

 

優花里さんが、呆気に取られている。

でも少し嬉しそうに呟いた。

 

ゆっくりと旋回している…。

…いけない。

Ⅲ号を全車両で追いかけていたから…団地の建物間に全車輌で密集しちゃってる。

 

「退却してください!!」

 

これでは良い的になってしまう。

 

大きな爆発音と一緒に、カメさんチームが砲撃された。

弾は、左方下側に着弾した為、被弾は無い。

無いけど、その衝撃だけで、車体の前方が宙に浮く。

 

『や~ら~れ~たぁ~!』

『やられてません!』

『近くに着弾しただけです!』

『どちらにしろ、すごいパワーだねぇ』

 

私が黒森峰にいた時…マウスなんて無かった…。

 

…そう、装甲もそうだけど、パワーが桁外れ。

カモさんチームのルノーB1が、次弾の一撃で撃破された。

当たる所は関係ないんだ。

どこに当たっても、その威力で強引にやられちゃう。

 

こちらの火力が足りない。

一切の攻撃が通じない…。

 

しかし、相手の攻撃は、一発一発が重い。

近くに着弾する毎に、車体が軋む…。

 

後方に撤退しながら砲撃を繰り返すも…まったく効果が無い。

 

「2輌やられた…。残り5輌…」

 

カバさんチームも撃破された…。

 

「市街戦で決着つけるには、やっぱりマウスと戦うしかない。グズグズしてると、主力が追いついちゃう…」

 

「名前は、可愛らしいのですけど…」

 

「黒いネズミ会社に訴えられればいい…」

 

な…なんの話かな?

 

「マ、マウスすごいですねぇ! 前も後ろもどこも抜けません!」

 

なんだろう…優花里さんに気を使われた気がする…。

 

「いくら何でも大きすぎぃ…こんなんじゃ、戦車が乗っかりそうな戦車だよぉ!」

 

黙々と「戦車でーたノート」を見ていた沙織さんが叫んだ。

秘蔵のボコのキャラクターノートを使用した、沙織さんお手製の…ん?

戦車が…乗りそう…。

 

「ありがとう! 沙織さん!!」

 

「え?」

 

 

『カメさん、アヒルさん。少々無茶な作戦ですが、今から指示通りに動いてください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー…、えっらい無茶な事やってるなぁ…」

 

「なにがですか?」

 

沙織さんの妹。

「武部 詩織」ちゃんと、大画面を眺めていた。

 

黒い髪のショートカット。

顔は沙織さんに似ている為、どうにも黒い髪の幼い沙織さんって感じが強い。

 

「あ…おっきいのに、体当たりしたの…大丈夫なんですか?」

 

「……」

 

カメさんチームが、あのでっかいの前方下に滑り込む様にぶつかった。

ウサギさんチームが、発砲し挑発。

砲身を向けさせて…わー…。

 

「なんか…あのアヒルのマークの戦車…」

 

呆然と指をさしているね。

うん、俺も呆然とするよね。

 

アヒルさんチームが、カメさんチームのヘッツァー…だったか?

おっきいのの下に潜り込んだ状態を利用し、カタパルトの様におっきいのの上に乗り上げた。

車体の上で、方向転換し砲身を一方向に固定した。

 

淡々と考えては見たけど…なに? 何する気?

 

「あれ…下の戦車…潰れちゃいません?」

 

「…だ。大丈夫……多分」

 

大丈夫…だよな?

 

後は…横から走り込んできた、あんこうチームが…砲撃。

 

あの大きいのを撃破した。

 

なんでだろう…散々打ち込んでもビクともしなかったのに、今回一発で決めたな。

 

あ、あれマウスってのか。

表示されていたの気がつかなかった。

なんつーか、弱小校とか言われていた相手に使う戦車か? あれ…。

 

……。

 

いや、まほちゃんの性格なら、普通に使うか。

 

そのマウスを撃破した直後、大きな歓声が観客席から聞こえた。

ま、見ていて気持ちのいい展開だしな。

判官贔屓とでもいうのかね。

 

「今の大きいのを倒しちゃったのって、君のお姉ちゃんの戦車だよ」

 

「えっ!? 本当ですか!!?? お姉ちゃん!!」

 

あらまぁ、目をキラキラさせて。

 

……。

 

背の低い彼女を見て、改めて思う。

でもなんでこの子、俺に連絡先なんて渡してきたんだろ…。

 

もらった紙を眺めていると、気がついたのだろう。

ニマニマした目で、見上げていた。

似てるなぁ…。

 

「あの、お名前って「尾形 隆史」さんですよね」

 

「…なんで知ってるの?」

 

まだ自己紹介してない…。

ベコとしてしか認識してない…よな。

 

「お姉ちゃんから、色々聞いてますよ?」

 

「…えっと…え?」

 

「鈍感で、八方美人で、女の子の知り合いが無駄に多い…」

 

「…ぐ」

 

か…返す言葉が無い…。

 

「それで、お姉ちゃんをナンパした人」

 

「」

 

「あ~…大丈夫ですよぉ? ちゃんと経緯も聞いてますから」

 

「…………」

 

何を!? どこまで話してるの!?

 

「いやぁ…お父さんにバレて、お父さん激怒してますけど…そんな男の近くに~って!」

 

「」

 

絶句しかしてねぇ…。

 

「私も正直、初めはどうかと思ったんですけど…特にあのお姉ちゃんだし…簡単に騙されそうで…あ、騙しました?」

 

「」

 

…悪意の無い顔で、コロコロ笑ってる。

 

「…でも、お姉ちゃん助けてくれた辺りから、認識が変わりました」

 

「な…なにがでしょう…」

 

「えっと…こう言った方が早いかな?」

 

「なに!? 本当になに!? なんか怖い!!」

 

熊の着ぐるみ姿でアワアワしている俺が、余程おかしいのか…まだ笑っている。

 

「お姉ちゃん、知ってますよ?」

 

「何が!?」

 

何が!? 怖いよ!! 沙織さん、妹さんに何話したの!?

最近、変な悪評がメチャクチャな数立ちまくって、余計に怖い!

 

特に女性からたまに、蔑む様な目が向けられるのが特に!

 

「ベコの中身」

 

「……は?」

 

「それを内緒にした事も何もかも」

 

「……」

 

「お姉ちゃん、ああ見えて結構初心ですからね。放っておくと、自然に諦めそうだったし!」

 

「え…っと……え?」

 

あれ? バレてた? 

何も言われなかったから…え?

結局、気を使われていたのって、俺の方?

 

「…あ、お母さんだ。では、私もう行きますね!」

 

彼女が見つめた先、彼女の両親らしき方が、こちらを見てますね。

えぇ、お父さんは赤いオーラを纏ってます。

はい、お父さんにもバレてます。

 

呆然とするしかなかった…。

 

 

……あ。

 

 

それで俺と話す時の沙織さん…ちょっと変だったのか…。

 

 

「でも…、尾形さんって、すごいですね!」

 

「え?」

 

「姉をナンパして……妹からは、逆ナンされて…」

 

「は!? これ、逆ナン!?」

 

もう一度、渡された紙を見る…。

 

 

「あ、お姉ちゃんとは、別でもいいので、連絡下さいね!」

 

「」

 

 

 

「待ってますから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マウスが…」

 

双眼鏡の遥か前方…黒い煙が見える。

 

「市街地へ急げぇ!!」

 

一瞬、報告が信じられなかった。

あの型落ち車輌共で、何をどうしたらマウスを撃破できるのよ!

 

ハッチの横を力の限り殴る。

 

…くそ。

 

こちらは、まだ14輌ある…。

 

まだ…。

 

 

市街地に入り、大洗を見つける…。

熱くなりすぎていた。

 

戦力の分散も気がつかないなんて…。

 

『こちら、エレファント! M3にやられました!』

 

「なにやってんよ!!!」

 

たった4輌に…。

 

あんな子のチームに…。

 

聞きたくないのよ! 撃破された報告なんて!!

 

手に汗が溜まる。

 

追い詰める。

 

追い詰めてる。

 

そうだ。追い詰めているんだ。

 

私達が負けるなんてありえない。

 

……。

 

市街地で戦力を分散された所で…。

 

たかが数輌、撃破されても相手にも被害はある…。

 

後…3輌!!

 

 

 

まだまだ、圧倒的にこちらが有利だ。

 

有利なはずだ。

 

 

 

でもなんだ? この焦りは。

 

この苛立ちは。

 

 

あの子と隊長。

 

気が付けば、対時させてしまっている。

 

 

……。

 

 

「何やってるの!! 失敗兵器相手に!!」

 

 

うまく考えがまとまらない。

他に当たっても仕方がないのは分かる。

 

 

隊長はこの先にいる。

 

 

あの子と二人で。

 

 

 

「隊長! 我々が行くまで待っていて下さい!!」

 

 

 

無線を飛ばす。

 

…返答は無い。

 

…………。

 

 

追い詰められてる?

 

私達が?

 

一瞬、そんな考えが過ぎった。

 

あの子に?

 

 

は?

 

 

逃げ出したあの子に?

 

お姉…隊長は覚えていた。

 

お兄……あの男も覚え……いてくれた。

 

貴女だけ忘れていた。

 

無理もないとも思う。

 

思うが…っ!

 

再会したと思えば、私の上を行き…嫌でも認めざるを得なかったと思っていたのにぃ!

やった事の責任も取らないで!

 

挙句……挙句!!

 

あの男と一緒に…。

 

 

お兄ちゃん…。

 

 

変に冷静な自分に気が付く。

 

そうだ。

 

私情だ。

コレは私情。

 

だが止められない。

 

感情的になる。

 

 

 

「今行きます! 待ってていて下さい、隊長ぉ!!!」

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

マウス、出オチ

構成上、今回短かかった……。

次回、多分決着!……できたらいいな

ありがとうございました


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第57話 ~ 決着 ~ ★★

「西住流に逃げるという道は無い」

 

 廃校になった学校の廃墟。

 その中庭の中心。

 

 …みほと対峙する。

 

「こうなったら、ここで決着をつけるしか無いな」

 

 Ⅳ号のハッチから、私を見据える妹は…黒森峰を去った時の顔ではなかった。

 一呼吸置き、真っ直ぐな目ではっきりと言った。

 

「受けて立ちます」

 

 私は、みほに向かって「逃げる」と言う言葉を、あまり使わなかった。

 試合中、撤退や後退。

 その様な言葉も、出来うる限り避けたかった。

 

 それは、みほが黒森峰を去る時も…。

 

『隊長! 我々が行くまで待っていてください!』

 

 エリカから無線が入る。

 

「……」

 

 悪いが、待つ事はできない。

 確かにここで援軍を待ち、物量で叩くのが定石だろう。

 

 ――が。

 

 悪いが、私情を挟ませてもらう。

 

 駆動音を響かせ、一度に動き出す。

 旋回をしながら、距離を伺う。

 

 ……。

 

 1、2回、旋回して、みほは校舎の間を走っていく。

 

 ……。

 

 何故だろうか。

 

 今…。

 

 今、この時。

 

 あの隆史がいた、最後の夏を思い出した。

 あの夏祭りの夜の事は、お前には内緒だが…な。

 今、その隆史は、お前の横にいる。

 私が頼んだのもあるが、それは羨ましいなと、妬みにも近い感情があるな…。

 

 みほ。

 

 事件のトラウマは、お前だけではない。

 私にもある。

 隆史は過保護だと笑うが…考えてみれば、あいつに言われたくないな。

 

 …まぁいい。

 

 あの事件の後、お前を必要以上に…なんというのか、保護しなければと…守ってやらなければと…。

 西住流としてではなく、姉として…ただ、姉として…。

 お前を守ってやらなければ、ならなかったのに。

 

 お前には言えないが、黒森峰の隊長として…西住流の次期家元として…。

 私は、そのプレッシャーに潰れかけていた。

 挙句、お前を追い出してしまった。

 

 ただ…お前を守ってやらなければ、ならなかったのに。

 

 そう思っていた。

 

 疑問もなく、そう。

 

 

 それが私の傷。

 

 

 異常な程の過保護。

 できうる限り、隠してきた傷。

 それは、脅迫を受けているかの様な…必死になる程の…傷。

 

 お前にも分かるだろう。

 無意識にだが、漏らしてしまった私の弱音。

 隆史との電話で、潰れかけた…いや、白状してしまえば、もう…潰れていたな。

 

 そんな私が出してしまった一言。

 

 タスケテ

 

 それを拾い上げ、即日、駆けつけてくれた、熊本港で久しぶりに見た…隆史の顔。

 

 ……

 

 …………

 

 うれしかった。

 

 ただ、うれしかった。

 

 言えば、私の気持ちは分かるだろう。

 

 言わないがな。

 

 言えるはずがない。

 

 

 

「次弾、装填。急げ」

 

 …

 

 ……

 

 大洗での…例の男が関係している事件は、お母様より聞いていた。

 深く、昔の傷を抉る様な事件。

 

 それでも尚、お前は私の前にいる。

 私と対峙している。

 

 戦っている。

 

 戦えている。

 

 隆史だけじゃない。

 お前はお前の友人を作り、もう一度、戦車に乗っている。

 

 …隆史のお陰で、私はもう傷は癒えた。

 

 お前はどうだろう?

 

 はっ…。

 

 我ながら、うまく言葉が繋がらない。

 他人が聞けば、良く意味が分からないだろう。

 

 結局の所、私が聞きたいのは一つだけだな。

 

 もう一度、初めの場所。

 

 廃学校の中庭に戻り、対峙する妹に聞きたい。

 また戦車に乗り……潰れかけた妹に聞きたい。

 

 

 みほ…。

 

 

 お前の戦車道は見つかったか?

 

 

 

「「 撃て!! 」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「なに、難しい顔してんのよ」

 

「……尾形さん。いい加減、気配消して背後を取るのやめて下さい」

 

 観客席より少し離れた場所。

 娘達が対峙する姿を大画面から眺めていた。

 先輩…。

 昔から私に気がつかない様に、背後を取るが好きだった。

 それは、現在進行中で。

 

「あと、いい加減その着ぐるみ脱いだらどうですか?」

 

「いやぁ~ちょっと気に入っちゃって!!」

 

「…島田流の娘が、用意した物ですか」

 

「これいいわね! 見た目の割に動きやすいし!! もう不審者は、ほとんど狩り尽くしたわ!!!」

 

「…殺していないですね?」

 

「個々の生命力は知らないわ! 自己責任よ! 弱ければ死ぬんじゃない?」

 

「…恐ろしいことをサラッといいますね」

 

 私の横に着ぐるみのまま座り、そんな事を宣う。

 この人は、見た目とは違い、細かい手加減ができる人だから…まぁ大丈夫だろう。

 

 ……。

 

 昔…言っていたわね。

 手加減…どこまで壊せるか、分かって調整できる方が面白いと…。

 拷問とか得意そうですね…昔から。

 

「いやぁ~…結局。あの3人、昔からずっと一緒よね」

 

「…隆史君は、一度転校してしまいましたけど」

 

「それでも、最後には一緒になってるしねぇ…感慨深いわね!」

 

 着ぐるみの頭を外し、腕を組みながら私の横に座った。

 汗一つかいていないその顔は、どこか懐かしそうだった。

 

 建物という名の壁を使い、狭めた視界を利用し…右往左往、動き回っている。

 決勝戦の全体的な流れを見ても、やはり改めて思う。

 みほの戦い。

 …やはり西住流ではない。

 

 どちらかと言えば、島田流に近い動き。

 それが余計に私を苛立たせていた。

 

 …今までは。

 

 すでにその苛立ちは無い。

 素直にあの子達の試合を見る事が出来ている。

 

「やるわねぇ、みほちゃん。後手に回ってるけど……まほちゃんの動きに、ちゃんと着いていっている」

 

「……」

 

 あの子が、川の上。

 戦車の上を飛び続ける時、私は手を握り締めていた。

 手の中は、汗で湿るほどに。

 爪の跡がつくほどに。

 

 そこで気がついた。

 無意識に声が漏れる…

 

「…すでに私は、みほを…許してしまっていましたね」

 

「んぁ? あぁ、勘当するって言っていたわねぇ」

 

「勘当…その時一度、隆史君に怒られましてね…そのお陰かもしれませんね」

 

「隆史? あぁ!! あんたの所に乗り込んだって話ね!」

 

 面白そうに笑っている先輩。

 私に意見する…特に、隆史君が私に対して敵意を剥き出しにしたのが、余程愉快らしい。

 後で、聞いた事を後悔していた。

 私も見たかったと…趣味の悪い。

 

 …ふっ。

 

 彼のお陰で、勘当する事を、踏み止まる事ができた。

 本当にあの時、みほを勘当をしてしまっていたら…大洗での、あの時…あの誘拐事件。

 私はあの子に、会おうともしなかっただろう。

 そもそも行く事も無かった。

 

 …怯え切った娘に何もできなかっただろう。

 気がつく事すら無かっただろう。

 壊れかけた娘を…私が見捨ててしまう事になっていた。

 

 あの時…あの場に行けて、本当によかった。

 

『 大洗学園、ポルシェティーガー、八九式中戦車、走行不能!! 』

 

 あと一輌。

 大きな音量のアナウンスが入る。

 

「…ま、正直に言うとね」

 

「……先輩?」

 

「あんたは、隆史に感謝してるって前に言ってたけどさ」

 

「えぇ…まさか転校までしてくれるとは…思ってもみませんでしたから」

 

「本当は私の方こそ、あんた達に感謝してんの…隆史を良い方向に変えてくれた」

 

「…え」

 

 遠くを見つめる目で、私を見ないように…真面目な口調で話し始めた。

 

「あの馬鹿息子…ちっちゃい頃、まったく笑わない子だったの」

 

「…そうなのですか? 私は良く笑う子だと思っていましたけど」

 

「まほちゃんと、みほちゃん。あの子達と会ってから変わったのよ」

 

 あの事件の後、変わっていったって事…でしょうか?

 

「物心が、付き始めた辺り…子供の振りをした子供みたいな感じが強かった。普段は泣かない、笑わない…子供らしく我侭すら言わない」

 

「……」

 

 私と初めて会った時は、普通に笑っていたと思いますが…。

 

「一番気味が悪かったのが…理解していたのよ…大人の会話を。何より上下関係を」

 

「…上下関係?」

 

「人の立場というものを理解していた」

 

 家族の中、子供としては、親が上に当たる。

 そういったものを理解していたと、それらしい事も言っていたと嘆いている。

 会話もなにも接客をするようだったと。

 

「私が怒ったりしたら、すぐに謝る。なにも言わない…全て受け入れる…一度、恐怖を感じたわ」

 

「恐怖?」

 

「…話す言葉が、初めから全て敬語だったの」

 

「……」

 

「テレビも見ない子だったから、どこで覚えたかしらないけど…私に対しての謝り方が…『すいません』だったわ」

 

「す…」

 

「私が耐え切れないで、一度手を挙げた事があったんだけど…」

 

 躾としてではなく、そんな子供に先輩自身、追い詰められていた。

 育児ノイローゼにまで、なりそうな時に一度感情的になってしまったと嘆いている。

 

「しほ。あんただったらどうする?」

 

「な、なにがですか?」

 

「殴られた子供が、その殴った母親に対して…………うすら笑いを浮かべたのよ?」

 

 背筋に悪寒が走る。

 その子供が、隆史君だと思うと余計に…。

 

「その私を見る目…下から上を目だけで見る…卑屈な人間の目だった。あれは、諦めた笑い」

 

「……」

 

「まいったわ…。本当にどうしていいか、分からなかった」

 

 先輩が一度、意気消沈…鬱気味になっていた時期があったけど…その時か。

 

「成長するに従って、冗談を言ったり、愛想笑いは、する様になったのだけど。4、5歳の子供が…愛想笑いよ?」

 

 それでも待望の男子。

 殴ってしまった事を反省し、根気よく…手探りでも息子と向き合うと、多少は良い方向に変わってくれたと、少し寂しそうこちらを見る。

 

 しばらくして、自分を鍛えたい。

 そう言い、先輩を…母を頼って来た時は、泣くほど嬉しかったと、懐かしそうに言っている。

 …母の様になりたいと言ってくれた時は、それはもう狂喜乱舞したそうだ。

 

「そんな子供。周りの大人も子供も…近づく事もしないわよね」

 

「……」

 

「ま、そんなんで、誰か他人と接してもらおうと…あんたの所に連れて行ったのよ。…あの事件の日にね」

 

 同い年位の友達を作らせたかった…。

 それは始まりだった。

 

 娘達と知り合ったのが切っ掛けで、そこからは段々と、今の様な性格に変わっていった。

 多少、過保護気味な性格になってしまったと、笑いながら言っている。

 

 …この人も、子育てで苦労していたのか。

 

「…だから、本当に感謝してんのよ? 息子の初恋相手には」

 

「……」

 

 その言葉は対応に困りますね。

 

 カッと笑い、思い出話はここまでと、その着ぐるみは立ち上がった。

 

「ほら。決着、つくわよ」

 

「……」

 

 二人の娘が、向かい合っている。

 

 会場内…周りも見守るかの様に静かになっていた。

 

 …

 

 みほの号令と共に、Ⅳ号が動きだした。

 

 距離を測る。

 

 みほが…Ⅳ号戦車が、大きく旋回。

 

 ……

 

 履帯が切れ、転輪もむき出し…。

 

 火花を散らしながら、ティーガーの後部に最短で回り込……なるほど。

 

 グロリアーナの時と同じか。

 

 ……。

 

 二つの戦車が黒煙に包まれる。

 

 その煙は中々、晴れない。

 

 …………。

 

「さ、そろそろ私は行くわ」

 

「…はい」

 

 熊の頭部を付け、背中を向ける。

 しかし、なぜ先ほどの話を今したのだろう…。

 

「ま、私が今回…過去の犯人とやらを、見つけないように祈ってて」

 

「見つけないように?」

 

「ちょっと私も今回、感情的になっててね…」

 

 背筋が凍る。

 

 本気の先輩…尾形 弥生を見たのは…久しぶりだった。

 この彼女を知っているのは…千代と私だけ。

 だから分かる…この人は、本気で言っている。

 

「…みほちゃん達のこの試合に、ケチをつけたくないし……何より」

 

 会場中に大きな音量のアナウンスがまた入る。

 その直後、大きな歓声が会場内から溢れてきた…。

 

 

 

「……そいつに加減できそうにないしね」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした!」

 

 沙織さんがそう言って、お辞儀した相手…。

 

 ボロボロになったⅣ号戦車。

 

 今でもまだ信じられない。

 

 …勝った。

 お姉ちゃんに…勝てた。

 

 必死だった。

 

 終わってみれば、必死すぎて現実感があまりない。

 

 ………。

 

 河嶋先輩に泣かれ…。

 

 会長に抱きつかれ…。

 

 遅刻データを消してもらった麻子さんも喜んでる。

 

 ……。

 

 優勝…。

 

 これで廃校は無くなり、まだ大洗にいられる。

 

 日も傾き、見るもの全てがオレンジの色に染まっている。

 

 なんだろう…やっぱりちょっとまだ、信じられないや。

 

 切っ掛けは兎も角…。

 

 

 友達も出来て……隆史君が来てくれて…。

 

 …戦車道に復帰して…。

 

 

 ……。

 

 

 思い起こせば、止まらない。

 一緒に闘ってくれって、笑い合って並んでくれている皆を見て…。

 

 色々合って、色々思って、色々喋って。

 

 …一緒に戦車に乗ってくれて。

 

 楽しかった。

 

 もう楽しかった思い出しかない。

 

 戦車が…やっぱり好きだったんだなと…実感できる。

 

 

「よし! んじゃあ、行くよぉ!」

 

 あ、そっか。

 会長の声で、我に帰った。

 閉会式…でも…。

 

 …でも、隆史君がまだ帰ってこない。

 会場にはいると会長から、教えてもらっていたけど…まったく顔を見ないなぁ。

 相変わらず携帯は電源を切っているみたいだし…。

 それだけが、ちょっと寂しい。

 

 

「あっ! ちょっとだけ…すみません」

 

 背中を向けている、お姉ちゃんの元に走る。

 話したい…声を掛けておきたかった。

 

 

「ん? エリカがいないな」

 

「あ~…副隊長は、まぁ察してあげてください」

 

「…分かった」

 

 撤収準備の最中。後ろをから声をかけると昔と変わらない、厳しい顔でこちらを振り向いてくれた。

 

 

「お姉ちゃん…」

 

 

 向かい合ってみれば…言葉が出てこない…。

 

「……ぅぅ」

 

 相変わらず真っ直ぐ私の目を見てくる。

 

「……」

 

 …ど、どうしよう。

 

「…優勝おめでとう」

 

「え…」

 

「完敗だな」

 

 笑った…お姉ちゃんが…。

 黒森峰でもあまり笑う事が無かったお姉ちゃんが。

 やさしく笑ってくれた。

 

 差し出された右手を繋ぐ。

 

 ちょっと…握手は気恥ずかしいけど…嬉しい。

 

「みほらしい戦いだったな…西住流とは、まるで違うが」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 …お姉ちゃんの目が、私から私の横を見ていた。

 

「あ…」

 

 後ろを見てみると、沙織さん達が心配そうに見守っていてくれた。

 

 …戻ろう。

 

「じゃぁ、行くね」

 

「あぁ…」

 

 一言二言。

 それしか話さなかったけど…よかった。

 お姉ちゃんと話せて…。

 

 あ、これは言っておこう。

 

 見つけたんだ。

 

 見つける事ができた。

 

 皆と一緒に。

 

 

「お姉ちゃん!」

 

 振り向きながら、ちゃんと言っておこう。

 

 

「やっと見つけたよ! 私の戦車道!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 …負けた。

 

 

 

 あの子に負けた…。

 

 目から溢れてくる物を拭いながら、座り込み…車の横にもたれ掛かる。

 まるで隠れる様に…。

 

 止まらない。

 

 溢れるモノが止まらない。

 

 目が熱く…拭っても拭っても。

 

 

 ……。

 

 なにも…なにも出来なかった!!

 

 ただ、私は焦ってしまっただけ。

 

 私情に駆られ、冷静な判断が出来なかった。

 

 何ができた?

 

 もっとできたはずだ。

 

 後悔と自責の念で潰れそうだった。

 

 結局試合後も…こうやって逃げ出してしまった。

 

 隊長の顔を…見れなかった。

 

 あの子の能力は、分かっていたはずだ。

 

 何が、叩き潰すだ。

 

 何が、叩き潰すだ!!!

 

 …。

 

 車を殴っても意味がない。

 

 ただ、痛いだけ。

 

 観客達も優勝校を見に…閉会式の会場に脚を運び始めている。

 

 人もまばらになる中、そんな会場の隅で…そんな私は何をしている…。

 

 隊長達は、撤収しただろうか。

 

 …初めにいた、ガードの方達も…隊長達の方に行っているのか…見当たらない。

 

「……」

 

 ジープのドアに手をかけ、立ち上がる。

 

 目の周りが腫れた様な熱を帯びている。

 

 

 …こんな顔で戻れるか。

 

 しかし、いつまでもこんな所にいても仕方がない…。

 

 まだ…目から溢れてくる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みぃ~~~~~~つけたぁ」

 

 

 

 

 

「っ?」

 

 車の正面から、声を掛けられた?

 夕日が逆光になり、黒い影しか見えない。

 

 …男?

 

「やぁ~やっと出てこれたよ。隠れているだけってのも、結構疲れるもんだねぇ…」

 

 隠れる?

 

「お誂え向きに、一人になってくれて本当に助かるよぉ?」

 

 …誰?

 

 き…気持ち悪い。

 

 嫌悪感が先走った。

 

 なに!? こいつ!?

 

「あれぇ? ぁぁあ! そっかそっか。負けちゃったのが悔しくてぇ…こんな所にまで来たのかぁ」

 

「…誰ですか、貴方」

 

「あらあら、泣いちゃってまぁ…ソソルネ!!」

 

 ぐっ。

 手で目を拭う。

 馴れ馴れしく喋りかけてくる男…。

 私の言葉を無視し…ゆっくりと近づいてくる。

 

「まぁいいやぁ…ねぇ。逸見 エリカちゃぁん」

 

「…なんですか。近寄らないで…ください」

 

 ケタケタと、笑っている男。

 私が反応すると、一々嬉しそうに笑う。

 …私の名前を喋る口が、気持ち悪い。

 

 なぜ私の…あぁ…黒森峰の副隊長だしね…知っていても変じゃないか。

 ……ハッ、副隊長ね…。

 

 何が副隊長よ…。

 

「君さぁ…せっかくガードしてくれている人達とぉ…離れちゃダメだよぉ?」

 

「!?」

 

 こいつ!?

 

 え!?

 

 うまく思考が働かない。

 

 自身の嘆きすら飛ばし、一気に現実に引き戻された。

 

「ばぁかだよねぇ? 本人達なんて、ガード固くて手なんて出せるわけねぇのにさぁ…」

 

 何をいってるのよ。

 なんで知ってるのよ!

 よろよろと、肩を左右にふらつかせて近寄ってくる…。

 

「…初めから狙いは、エリカちゃんだったのにさぁぁぁ。ばぁぁかだよねぇ?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今回の騒ぎ…こ…こいつから…!?

 

 な…なんで、私?

 

「周りの無能のセイデェ? 可哀想にねぇ?」

 

 ビニール袋から…棒状の物と…なにか、機械の様な物を取り出した。

 

 …目が慣れてきた。

 

 男の顔が分かった。

 

 …気持ち悪い。

 

 爬虫類のような目…。

 ニヤついた口。

 

 やせ細り、頬骨が少し…浮いている。

 

「近づかないで!! 人を呼ぶわよ!?」

 

 まだ周りに人がいる。

 助けを呼ぶのも簡単だ。

 

「呼べばぁぁ?」

 

「…え」

 

 走ってきた。

 

 そのまま棒状の様な物を振り上げ、車のサイドミラーを叩き落とした。

 鈍い音がして、地面に転がる…。

 

 少し…掠ったのか…髪に触れた感触があった…。

 

 いきなりの事に、呆然としてしまう…。

 

「ほら? 呼べば? 命の危険だよ? 呼べよ!? ほらぁぁ!」

 

 フロントガラスを今度は、叩く。

 蜘蛛の巣上のヒビが広がった…。

 

「…なっ」

 

「ね? 人なんてこんなもんだよぉ? いっぱい人が見てるよね?」

 

 周りを見渡す…。

 何があったかと、数人の人が見ている…が、誰もこちらに来ない。

 通報してくれているのか…携帯をかけている人が何人かいるだけ。

 

「凶器を持った奴になんてさぁ…誰も近づかないよ? ほらね?」

 

 地面に座り込む…。

 違う…腰が抜けた…。

 

 本気の殺意…本気の男の暴力。

 

 ……。

 

 なんで……?

 

 なんで私?

 

 最初から、私を狙っていたと言っていた。

 

 

 怖い…。

 

 

「いいよぉ? あんま時間無いけど、答えてあげるぅ…」

 

 私の思考を読み取ったかと思うほど、軽い調子で返答があった…。

 

 カチカチと歯が…なり始めた。

 

「ヒッ!?」

 

 座り込んだ私の顔の横に、その棒状の物を当ててきた。

 殴るわけでもない…。

 だけど…冷たい感触が…怖い。

 

「みほちゃんとまほちゃん」

 

「…え」

 

「それと、君の大好きなぁお兄ちゃんのせいだよ?」

 

「……なっ…」

 

 その呼び方は…なんで…え?

 

「簡単に言うとね? その3人の代わりなの。可哀想にねぇ?」

 

「…代わり…え?」

 

「当てつけだよ? アテツケェ!!」

 

 ガツンと…私の横の…車体を殴った。

 

 金属音がぶつかる音が…耳を刺す。

 

「あの三人のだぁぁいじな、君がさぁ。どうにかなっちゃったらさぁ…すっごく気持ちがイイトオモウノォ」

 

 ケタケタと笑っている。

 コンコンと、車体を叩きながら。

 

「こんなぁ…大事な日にさぁ…。みほちゃんの優勝記念!! この…忘れられない日にさぁ…どうにかなっちゃったらぁヵか!」

 

 振り上げた。

 

「一生…のぉ…記念になるとぉ…思うのぉ?」

 

 ニヤついた顔で。

 

「ごめんねぇ。一般人なんぞ、どうでもいいけどさぁ…ガードしてくれていた人達が戻ってきたら面倒だからさぁ…ちょっと早いけど…まぁいいや」

 

 気がついたら、一定の距離を取った人に囲まれている。

 

 でも…誰も助けてくれない。

 

 ただ、見ているだけ。

 

 ま、そうか…親子連れもいる…。

 

 普通なら…通報するか…逃げるか…。

 

 私も逃げればいいのに…。

 

 そんな考えが頭を過るが、現実は違う。

 

 体が強張り、歯が鳴り…目の周りが熱いく…痛いと思う程に見開いてしまっている。

 

 完全な硬直状態…。

 

 熱い目に…その視界に男の振り上げた…黒い棒が映る。

 

 

「はい、サ ヨ ウ ナ ラ」

 

 

 男が笑いながら呟いた瞬間。

 

 

 …視界が、赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その赤が、波をうって揺れている。

 

 私と男の間に割って入った、大きな影。

 

 その影は、大きく動く。

 

 息を切らしているのが分かる。

 

 私の視界を遮り、夕陽の色と重なり…赤一色。

 

 その影が動く。

 

 …ドンッと、力任せに何かを叩く音。

 

 同時に…機械音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

『 やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!! 』

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

思いの他、重い内容…シリアスすぎちゃった。
決勝最後は、大洗視点ではなく、別視点で書きたかったので、名セリフとか言わせれなかった…。

そんな訳で……

次回 最終回




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     ~  尾形 隆史  ~

 人集り

 

 

 現在、大会の表彰が行われてる時間。

 出店もあらかた片付けられて、会場全体から…祭りの終わりの寂しさ感じるような、少し寂れた風景。

 

 その中に人集り

 

 見つけた

 

 黒森峰の車の横…腰をつけて…座り込んでいるエリカを見つけた

 

 見つけた

 

 あの男を

 

 その男は、間接的に俺達を狙ってくる

 

 納涼祭の時といい

 愛里寿の事といい…

 

 一番癇に障る方法で

 

 いつまでも…心に残る方法で…

 

 

 沙織さんを思い出した

 

 愛里寿を思い出した

 

 

 被る

 

 

 ジープの横で、座り込み

 

 男を前に怯えきっている彼女を見た時

 

 

 あの時の姉妹と…被った

 

 

 左腕に衝撃が走る

 

 どこかで見たような、黒い棒

 

 鉄の棒

 

 間に合った

 

 目の前の男は、俺という乱入者をつまらないモノを見る目で見ていた

 そして何かに気が付いた様に…薄ら笑いを浮かべた

 

 

「……」

 

 

 お前…エリカにナニヲシタ?

 

 

 上手く思考が働かない

 

 もう一度、思い出す

 

 …沙織さんを思い出す

 

 骨が軋む。

 

 …愛里寿を思い出す

 

 歯を食いしばる。

 

 …まほを思い出す

 

 筋肉が膨張する。

 

 みほを思い出す

 

 

 

 殺意が沸く。

 

 

 

 その感情が支配する

 

 

 …殺してやる

 

 

 

「……」

 

 

 

 なるほど

 

 

 愛里寿が、言ってくれた通りだ

 

 少し形が変わったが、これがこいつの狙いか

 

 愛里寿の予測を聞いていたお陰だろう

 

 冷静になれた

 

 自分を取り戻せる

 

 その殺意を…強引に意識を胸に持っていく

 

 目の前の男を殴るように…自身の胸を殴る

 

 

『 やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!! 』

 

 

 もう一度

 

 

 

『ボクは、ベコ! ベコベコのドラム缶の様にしてあげるよ!』

 

 

 これで、もう大丈夫だろう

 

 後は…いや…先に

 

 強引に左腕を動かし、鉄の棒を払いのける

 そのまま…右肩で思いっきり男を突き飛ばした

 

 男のやせ細った体は、派手に後ろに吹っ飛び、大の字になって倒れた

 またそれもワザとらしく…人を揶揄う様な仕草で

 

 お前は、後回しだ

 

 先にやる事がある

 

 振り向き、座りこみ…彼女の目線に合わせる

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

「あっ…ぁ…り…」

 

 お礼を言おうとしてくれているのだろう。

 しかし歯は鳴り、目を見開き…涙を浮かべて震えている。

 何かをしようと、手は胸の前だした所で、震えて止まっている。

 

 ……見た。

 

 昔見た…ショック症状。

 

 トラウマになる手前。

 

 試合後の事もあるだろう。

 直接的な暴力…殺されると…思ったんだろう。

 

 まずいな。

 

 呼吸がおかしい。

 

 過呼吸にでも、なりそうだ。

 

 ……。

 

「ぁ…っ?」

 

 両手で、彼女の顔を包む様に…手を挟んだ。

 一瞬、ビクついてしまったが…そのまま構わず、両手の親指で目を拭い…涙を拭ってやる。

 

 はっ。

 

 ちょっと変な声がでたな。

 

「…大丈夫か? エリ…リン」

 

 名前で呼ぶより…まぁ。

 この呼び方の方が、俺だとすぐに気がつくだろう。

 声をかけ…落ち着かせようか。

 

「…ぇっ」

 

 ので。

 

「お…おにぃ…ふぁっ!?」

 

 ムニムニと。

 

「ふぁっ!? ふぁにぃ!?」

 

 そのまま頬っぺたを、揉みしだく。

 

「ふぇ!? ふぉ!?」

 

 顔全体をマッサージする様に。

 

 あー……。

 

 ちょっと楽しい。

 

「何すんのよ!!!」

 

 内側から、手を払いのけられた。

 よし、少し表情が戻ったな。

 目にも、光が戻った。

 

 バンッバンッ! っと、音が出る様に、両肩を掌で叩き。

 両腕を体を挟む様に、また…叩く。

 

「ふっ!?」

 

 丸くなっていった、背筋が伸びた。

 そのまま、胸で固まっている手を握ってやり声を掛ける。

 

「どうだ? 落ち着いたか?」

 

「…え」

 

 体の硬直状態が、治っていた。

 それに気がつたのだろう…、こちらを見上げてきた。

 まだ…怯えが見て取れる…。

 

 ふむ。

 

 いつまでも座り込ませている訳にも行かないが…下手に動かれるのも困る。

 

「エリカ」

 

「…なっ……何よ」

 

 目を逸らされ…また塞ぎ込む様に…下を向いた。

 

 …ふむ

 

「下向いて…どうした? 何? 漏らしたの?」

 

「はぁ!? 何言ってっ!? スカートをつまむな!!」

 

 あらま。

 また、手を払われちゃった。

 今度は、赤くなった顔で、睨まれ始めちゃったねぇ。

 

 ……

 

 …………

 

 エリカと話し、自身も冷静さを取り戻していく。

 目の前の睨む彼女も…また、冷静さを取り戻していく。

 

「おぉ、よしよし。いつもの調子だな!」

 

「…アンタは…少しは空気、読みなさいよ…」

 

 ま…大丈夫だろう。

 ここまで、叫べるなら。

 

 ……。

 

「…なんでいるのよ」

 

「……」

 

「…なんで助けるのよ! みほの所にいなさいよ!」

 

「……」

 

「散々、逃げたこと責めてた私が! こんな事で逃げ出した私を!!」

 

 俺と話す事で、安心…してくれたのだろう。

 再び泣き出した。

 

 感情が溢れ出す…そんな嗚咽にも似た叫び。

 

「選りに選って……なんで…アンタが…助けるのよ…」

 

 顔が…涙でグチャグチャになっている。

 まだ途切れと途切れの言葉で、何となくしか意味は分からないが…まぁ関係ないな。うん。

 

 彼女の頭に手を置く。

 

「ちょ!? 何!?」

 

 少しまた赤くなるが、特に手を払いのける事もしなかった。

 

 多分、柔らかいのだろう。手袋越しじゃ分からんな。

 その柔らかいであろう髪の上を、手袋越しの手を動かす。

 驚くエリカを無視し、頬までその手を滑らす様に撫でる。

 

 …昔、小さい頃に撫でてやった様に。

 

「エリちゃんだけ…見ていてやれなかったからな」

 

 昔の呼び名。

 

「…何の為に、馬鹿みたいに体を鍛えてたと思うんだよ」

 

 何度か撫でる内に、漸くこちらを見るようになった。

 

「体張ってでも、色んな事から守ってやる為だろうが」

 

 彼女の体が、硬直した。

 

「これからは、見ていてやる」

 

「…」

 

「ちゃんと…見ていてやる」

 

 ま、こんな着ぐるみ越しに言われても…どうとも思わないかもしれない。

 

「だから、そんな顔するな」

 

 けどな。

 

「…少し、待っていてくれ」

 

 呆気に取られている彼女を尻目に、立ち上がる。

 追い縋る様な目は…エリカには、似合わんなぁ…。

 

 エリカには背中を見せ…俺は、あの男を正面に見る。

 

 後は、目の前の笑い転げている男を…処理するだけだな。

 逃げる気は更々無いのだろう。

 

 時間も稼いだ。

 

 そろそろだろうしな。

 

 さて…と。

 

 

「ちょーと…お兄ちゃん。頑張っちゃうかな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

「カッ!! カヒャァァアハハハハ!! ソッカ、ソッカァァァ!!」

 

 脚をバタバタさせ…寝そべりながら、笑い転げている。

 

「イタネェェェ!! やっぱりいたかぁぁ!!」

 

 …殺意がまた蘇りそうだ。

 

「かぁぁぁぁぁぁぁぁこ!! いいねぇぇぇ!? 予定とはちっがうけどぉぉ!! まぁいいやぁぁ!!!」

 

 一頻り笑い転げ…ゆっくりと立ちがる。

 …一言も喋らないっで、処理しようと思ったが…まぁいい。

 少し、話してやる。

 

「よぉ、久しぶり…『 学ラン赤T 』」

 

「あぁ? なんの事ですかぁ……ぁぁ、そうだったねぇ…懐かしいねぇ」

 

 笑い疲れたのか…息を切らしている。

 前屈みなりながら、楽しそうにしているな。

 

「いやぁ…いいねぇ、コレ、覚えてるぅ? 懐かしいよねぇ?」

 

 片手に持った、鉄の棒を揺らしている。

 揺らしながら、見せつける様にこちらに向ける。

 

 …あぁ。そういう事か。

 

「お前の腕、叩き折った棒だねぇ。同じタイプ探すの苦労したよぉ?」

 

 トラウマにでもなってると思ったのか、態々俺を刺激させる為に用意したのか?

 はっ…。

 

 左腕を上げ、同じようにフラフラと、見せつける様にして言ってやる。

 

「…今度は、叩き折れなかったな。ご苦労さん」

 

「……」

 

 平然と喋り返してくる俺が不思議なのか…癇に障るのか…男の表情が消えた。

 

 ま。

 

 いいや。

 

 徐に…普通に歩きながら近づく。

 

 不用意すぎると思ったのか、後ろでエリカの声が聞こえた。

 なるほど。もう片方の手に持っている、黒い機械が気になるのか。

 

 問題にもならん。

 

 近づく俺に警戒したのか、男は腰を落とした。

 自身の武器を見せつけるように…両手を前に出す。

 

 …馬鹿だろ?

 

 出した瞬間…スタンガンを持っている手を、その手ごと掴んだ。

 

 そのまま…握り潰す。

 

「…………ぁ?」

 

 本気で力を出したんだ。

 そりゃ、ひしゃげるだろ。

 はっ。

 ダージリンと初めて会った時を思い出した。

 

 まぁリンゴを握り潰すのとは訳が違うが…安物だったのだろう。

 男の指と共に、スタンガンは接続部分から音を出して…壊れた。

 

「…悪かったな。使う機会を奪って」

 

 痛くないのだろうか?

 呆然と手を離してやったら、呆然と自身の手を眺めて……笑いだした。

 

「カッ!! うふふぁぁぁぁ! いいねぇ!! でぇ!? 今度はぁ!? どうするのかなぁ!?」

 

「……」

 

「こっちはぁ?? こっちの棒はどうするのぉぉ!?」

 

 アピールするかの様に、残った手を俺の目の前に出して来た。

 一々、癇に障る喋り方をするな。

 

 冷静になると分かる。

 でも…挑発が、俺から言わせれば…下手くそだ。

 でかい声で、狂ったかの様に言えば良いとでも思ってるのか?

 

 一心不乱にベコの頭部を殴り始める。

 耳は壊れ、目割れて…。

 だからなんだ?

 

「痛みなんてもう感じねぇんだよぉ!!?? どうするよ!? どうするのぉぉ!?」

 

 お前の事は聞いていない。

 

「やれやぁ!!!」

 

 誰に言ったのだろう?

 狂ったセリフ…の、つもりだろうか?

 

 見ていたギャラリーから、悲鳴が起きた。

 

 近くに停めてあった、車の影から別の男が…ナイフを翳してこちらに突っ込んでくる。

 

 …だから?

 

「…ひっ! やった…やっちまった…」

 

 青くなった顔の、男の顔が見えた。

 なんだ。

 まだ仲間がいたのか。

 

 俺の脇腹辺りに体当たりをした男。

 伸ばした腕をそのままに、青くなって震えている。

 

 ま。いいや。

 

 空いたもう片方の手で、もう一人の男の頭を鷲掴みにする。

 後は、悲鳴が響くだけ。

 

 …男の子だろう? 我慢しろ。

 

 すぐにその場に、力無く崩れ落ちる男。

 なんだよ。これしきの事で意識が落ちるのか。

 

 脇腹付近に刺さったナイフを抜き出す。

 血は着いていない。

 

 …愛里寿様様だな。

 

 投げる様に地面に突き刺したナイフを、そのまま強く踏み込み…完全に地面に埋めた。

 

 お前らの事なんて、長々と語りたくも無い。

 

 なんだ? 何を驚いている。

 

 さっきまでの威勢はどうした?

 

 ま…何にせよ……

 

 

 

「 終わりだな 」

 

「あぁ?」

 

 

 後ろから、男の頭が掴まれた。

 

 青い手袋の手に。

 

 その手とは別に…。

 

 腕が。

 

 脚が。

 

 体が。

 

 無数の手に掴まれる。

 

 青い手に顔事、地面に叩きつけられる男。

 一瞬で、何人かの…熊の着ぐるみに、俺の足元に押さえ込められた。

 

 男の背中の上に、青いモヒカンの熊。

 

 各、部位に各種、着ぐるみ改造された、色んな職業の黄色い熊の着ぐるみ。

 

 

 

「はぁ!? なんだ!? ぐっ!!」

 

 取り敢えず…。

 

「そこどいて」

 

「……」

 

 男の背中の上にいた、青いモヒカンのベコ。

 目の部分が、明らかに発光してるし…。

 

「……」

 

「…もう、いい年なんだから…いい加減、子離れしてくれ」

 

 というか…ちょっと、雰囲気が危うかった。

 完全に背骨…その人体急所の一部を、押さえていた。

 

「……」

 

「なんか、喋れ。怖いから」

 

 そのまま、無言でその場を離れた。

 少し距離を置き、座って…というか、いつでも飛びかかれる様にしているなぁ…。

 

「…はぁ!?」

 

 男は、混乱しているのか、周りで取り押さえている着ぐるみを、顔を動かしながら見ている。

 

 …胸のマークを2回。

 連続で押すことで、GPSを起動、居場所を教える。

 ベコは仲間を呼んだ!! って事になるそうだ。

 愛里寿さん。

 一日で、こんな着ぐるみ作らないでください。

 

「ぁぁああ!? ふざけんなよ!? てめぇ!!!」

 

 騒いでるなぁ。

 

 うるさいなぁ。

 

「こんな事でいいのか!? あぁ!? こいつら、西住の奴らだろ!?」

 

 さてと。

 

「結局、てめぇは、あのババァに頼りきりかぁ!? あのババァの犬のまんまかぁ!? あぁ!?」

 

 一気に余裕が無くなったな。

 挑発が…短絡的になってる。

 

 男の顔の前に、持ってきた鉄の棒が転がっている。

 …それを拾い上げてみた。

 その姿を見て、男の顔が笑顔に変わった。

 

 …やっぱりか。

 

 俺が挑発に乗ったと、思ったのか…嬉しそうに喋りだした。

 

 

「そうだよなぁ!? 特にてめぇは、べったりだからなぁ!? あのババァのバター『 黙れ 』」

 

 

 手で顔を掴む。

 喋らせない様に…頬骨さら握り潰す様に…。

 

殺気を込めて。

 

殺意を込めて。

 

分かるか?

 

俺は我慢しているだけだ。

 

お前の思い通りにならない為じゃない。

 

あの二人の…。

 

あの姉妹の為だけに…。

 

それだけだ。

 

 

 

 

 目だけ…こちらを睨むように見ているな。

 その特殊警棒を持つ手を…楽しそうに見てくる。

 

 …だから。

 

「はい、物的証拠」

 

 隣の別のベコさん渡してみた。

 

 男の目の色が、変わった。

 

 …………。

 

 さて。

 

 合図を送る。

 離してくれと。

 取り押さえてくれていた、他のベコ達がゆっくり…躊躇しながらも離れてくれた。

 申し訳ないが…この男が逃げられない状況で…何もできない状況で…。

 

 一番の嫌がらせをしたいんだ。

 

 

「お前は、もう喋るな」

 

 

 

「 」

 

 息が苦しいのだろう。

 痛みが感じない? 呼吸はしてんだろ?

 これなら苦しいだろう?

 

 案の定…俺の手を両手で掴んできた。

 

 散々、喋らせてやっただろ?

 

 だから…今度は俺の番だ。

 

 

 こいつの狙いは、傷を付ける事。

 この大会で、エリカを傷つけ…大怪我を負わせ…もしくは殺害。

 一生戦車道に関係するであろう…俺。西住姉妹…いや、親子に対しての傷。

 戦車を見る度、思い出す様に…。

 

 まぁ…分かりやすいが、一番効果的だろう。

 本当にそんな事になってしまっていたら…と、想像すらしたくない。

 

 

 

「いいか? よく聞け」

 

 

 

 …愛里寿曰く。

 

 これは予備プラン。

 あの事件で、こいつらが捕まった原因。

 まぁ…俺だな。

 

 

 

「お前の恨みなんて知らん。自業自得だ、自分で何とかしろ」

 

 

 

 その俺を、殺すのではなく。

 西住流でも揉み消しが出来ないような…犯罪を犯させる事。

 

 

 

「お前の事なんぞ、もうどうでもいい」

 

 

 

 自身を、俺に殺させる。

 

 自分自身と同じにさせる事。

 この大会で、俺が実際にそんな事をしてしまったら…。

 ま、想像は容易い。

 

 

 

「お前は『俺達』の『特別』なんかじゃ無い」

 

 

 

 …だから、大洗の納涼祭の事件も…愛里寿の事も、遠巻きに俺を挑発してきたのだろうな。

 その挑発も、成功したらしたで…再起不能の傷となる。

 エリカの事も…だ。

 挑発を繰り返し、恨みを持たせる事…だと言っていたな。

 

 態々、昔と同じ様な警棒まで用意して。

 

 例え、先ほどの男が、俺を刺して殺したしても構わなかったのだろう。

 どう転んでも…俺達を傷つけたかったのだろ?

 

 

 

「ただの犯罪者として処理されろ。俺達は、お前の事なんて忘れてやる」

 

 

 

 だから言っておいてやる。

 

 お前は、邪魔だ。

 

 

 

「俺は、お前が期待する事は、何一つ叶えてやらない」

 

 

 

 手を離し、男を解放する。

 その場に崩れ落ちた男を見下ろす。

 

 もう、誰も傷つかない。

 もう、あの姉妹の人生にお前は絡ませない。

 

 

 

「最後に俺、個人としてお前に一言」

 

 

 

 酸欠状態なのか、目が虚ろになっているな。

 …死にはしないだろ。知ったことじゃない。

 両手で胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。

 

 …納涼祭のみほを思い出す。

 

 お前とのなんかのドラマはいらない。

 

 …次に意識を取り戻す時は、もうお前は…俺達の人生に関係ない。

 

 だから。

 有象無象として消えていけ。

 

 

 

「人の女、泣かせてんじゃねぇよ」

 

 

 

 

 全力で、力の限り…抱きしめてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

「…熊だ」

 

 ……。

 

「熊が、副隊長を鹵獲してる!!」

 

 …………。

 

 もう、ベコは着ていない。

 

 着てないよ!?

 

 久しぶりに露骨に熊呼ばわりされた!!

 

 腰が抜けていたエリリンを抱き上げ、まだ駐屯していた黒森峰までやってきた。

 お嬢様をお連れしましたよ…と。

 

 すでに夕日も沈みかけ、暗くなりかけている時…だったのが、余計悪かったのか…。

 

「……試合後に、副隊長が逢引してた…」

 

「……」

 

 腰が抜けている為に立てませんからね。

 お姫様抱っこ状態で、動けませんからね!

 好き勝手言われてますね!!

 

 なんで、エリリンなんも言わないの!?

 

 …あれ? なんか…天パの子は、キラキラした目で見てる…。

 

「…っ!?」

 

 悪寒がした…。

 

 あ…あれ?

 

「 タ カ シ 」

 

「ま…まほちゃん…」

 

 人集の一番奥…腕を組んで真っ直ぐ見てくる隊長様がおりました……。

 

「…なんだ? 浮気か? 寄りにもよって、こんな時に浮気か?」

 

「…チャウネン」

 

「……」

 

 不用意な発言は、誤解を生みましてよ?

 なんだろう…ダージリンの言葉を思い出した。

 浮気の一言に…その……周りの黒森峰の生徒達から、一斉にざわめきが起こった…。

 

 エリリン!? さっきから、なんで黙ってるの!?

 フォロー!! フォローして!!

 

「あ! あの人、西住キラーだ!!」

「…あれが、西住キラー」

「……へぇ…隊長、副隊長と、二股って…」

 

 違う!! 違います!!

 

「まほちゃん! 誤解!! 誤解が広まっていく!!」

 

「……」

 

「なんで否定しないの!?」

 

「……ん? なんだ? キイテナカッタ」

 

「」

 

 シレッとした顔で、思いっきりエリリンを見ている。

 目の焦点が合っていない…なんか、非常に大人しいエリリン!!

 どうしたの!!??

 

 

 …。

 

 ……。

 

 

「す…すみません、隊長」

 

 腰が抜けているのが分かった為、エリリンに肩を貸してくれた。

 …その、まほちゃんの表情が…無い…。

 

「…うぅ…情けない」

 

「……所で、エリカ」

 

「な…なんでしょう?」

 

「なぜ腰が抜けている? …隆史のオカゲカ?」

 

「…まぁ…」

 

 否定しない!?

 否定しないの!!??

 

 今度は、ノンナさんを思い出した。

 ぶりざー…どぉ…。

 

 ほら! ほかの生徒! 逃げて誰もいなくなってるよ!!

 

 ひどい!! さっきまでとの温度差がひどい!!

 

「……まほちゃん」

 

「なんだ、浮気者」

 

「」

 

 神妙な顔つきで、今回の事を説明しようとした。

 …無理やり、シリアスに持っていこうと思ったけど…失敗…。

 

「…冗談だ」

 

 一瞬の殺気は、冗談に感じなかったけど…。

 

「エリカ」

 

「え!? あ、はい!!!」

 

 ほら…気がついたのか…突然のまほちゃんの殺気を浴びて…怯えてるし…。

 

「…迷惑をかけた。お母様から…連絡を受けた」

 

「隊長…」

 

「隆史も、大丈夫だったのか?」

 

 簡単だけど、今回の経緯を聞いていたそうだ。

 

「あ~…俺は大丈夫だったけど…」

 

「けど? なんだ?」

 

「…本気になっていた、母さん止めるの苦労した」

 

「なるほどな…」

 

 微笑ましく笑わないでよ…、こっちも命懸けだったんですけど…。

 ずっと無言で、気絶したあの男見てたし…。

 

「まほちゃんも…事情が分かっていたんだったら、腰が抜けているエリリンを察してくれよ…。寿命が少し…多分蒸発した…」

 

「……」

 

「まほちゃん?」

 

「吊り橋効果…と、いうものがあってだな」

 

「……」

 

「一時の感情に任せて…特に、隆史が暴走しないとも限らなかったのでな…」アカボシガ、イッテイタガ

 

 信用が…無い!!

 

「まぁいい。ここに居ても仕方がない。帰るぞ、エリカ」

 

「…は、はい」

 

「そっか。じゃあ俺も戻るかな。やっと皆と合流できる…決勝終わっちゃったけど…」

 

「何を言っている? お母様から聞いていないのか? 隆史、お前も来い」

 

「…は?」

 

「大洗学園は、しばらく前に撤収したぞ? もうここ、富士にはいない」

 

「……」

 

 お…置いて行かれた…。

 

「その件は、お母様からみほに、メールで伝えたと聞いている。だから気にするな」

 

「……」

 

 外堀を埋められてる…。

 

「…お母様も…そろそろみほと、普通に話せる様になればいいのだが…」

 

 みほの話題を出すと、エリリンの表情が曇った。

 まぁ…追々、改善していくかね。

 

「まぁいい。取り敢えず明日、お母様がお前を、大洗に送っていくと言っていたからな。大丈夫だろう」

 

 な…何を焦っているのだろうか?

 随分と急かす様にしている…。

 少し、早足で先行して歩き出す。

 

「ちょっと待って…行くのは良いんだけどさ…荷物も有るし…集まって貰った…他の学校の連中に、一度挨拶を……」

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

「問題ない? なにが?」

 

「ダージリン達だろう? もう言っておいた」

 

「…ぇ。言っておいた…? な…何言ったの!?」

 

 笑った…すっごい笑顔で笑った…。

 エリリンも、見た事が無かったのか…横で驚いている…というか、怯えている!!

 

「隆史は、私が貰ったと」

 

「…は?」

 

 

「なに…決勝も終わったのでな…みほともう一度話せて…決心がついたのでな」

 

「なにが!?」

 

 憑き物が落ちた…そんな顔……なんでそんな爽やかな顔!?

 

 

「まぁ…、奴らは騒がしかったがな…みほを相手にするよりかは、遥かに気安い。問題無い」

 

「問題あるよ!? 貰った!? なんでそんな事言ったの!?」

 

 

「なんで? …決まっているだろう」

 

「た…隊長?」

 

 ゆっくりと振り向き…俺の目を見て…微笑みながら、はっきりと言った。

 

 

 

「私も隆史が、好きだからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終話 ~ 転生者は平穏を望む ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶり…。

 

 本当に久しぶりに感じた、大洗の学園艦。

 

 戦車を学校の車庫に戻し、また皆で集まる。

 

 私達の凱旋を、多くの人達が喜んで迎えてくれた。

 

 大洗の町の人達。

 あんな大勢の人達が、私達の帰りを待っていてくれた。

 

 学園艦に戻れば、また艦内の多くの人達が…。

 

 学校に戻れば、学校の生徒達が…。

 

 みんな嬉しそう…。

 

 私も嬉しい。

 

 嬉しけど…。

 

 隆史君は結局、私達の前には戻ってこなかった。

 

「おっかしいなぁー…。かーしま? 確かに隆史ちゃん、いたんだよね?」

 

「いました!! いましたから、いい加減睨むのやめてよ柚子ちゃん!!」

 

「睨んでないよ? ミテルダケダヨ?」

 

「」

 

 会長達からは、隆史君が決勝戦の会場に来ていた事は聞いていた。

 お母さんからも、電報の様なメールで、戻るって聞いていたんだけど…。

 

「みぽりん、取り敢えず家に行ってみよ? 家には帰ってるかもしれないから」

 

 沙織さんの一言で、あんこうチーム全員で隆史君の家。

 私の家でもある、アパートに行ってみる事になった。

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 いなかった。

 

 隆史君は、いなかった。

 

 いない所か…。

 

「あら? …隆史さんのベンチが無いですね」

 

 隆史君の部屋の前。

 筋トレ用の器具も一切合切が、なにも無かった。

 

 嫌な予感がした。

 

 嫌な予感がする。

 

 合鍵を使い、隆史君の部屋に飛び込む様に入った…。

 

 

 暗い部屋。

 

 

 無い。

 

 

 何も無い。

 

 ベットも。

 

 テーブルも。

 

 大切にしていた包丁も。

 

 何もかも…無い。

 

 呆然とする。

 

「みぽりん!?」

 

 地面が無い様だった。

 

 足元から、崩れ落ちる。

 

 まだ、言えてないのに…。

 

 試合から帰ったら言おうと思っていた言葉があったのに…。

 

 目の前から…当たり前だった、隆史君の生活の匂いが…消えていた。

 

 

 なんで?

 

「みぽりん!! 携帯は!?」

 

 機械音声が流れる。

 

 なんでいなくなったんだろ…。

 

 もう…私は大丈夫だと思ったから?

 

 大洗が優勝したから?

 

 ……。

 

 私は、大丈夫なんかじゃない。

 

 隆史君がいたから…。

 

 いてくれたから……。

 

 訳が分からない。

 

 どうして…いないの?

 

「西住さん」

 

 ……。

 

 …………。

 

「西住さん!」

 

「……ぇ?」

 

「…これが、あった」

 

 麻子さんが見つけてくれた、一枚の紙。

 

 備え付けの勉強机の上に置かれていたモノだと言っている。

 

 なんだろ……。

 

 最後の……。

 

 

 ……

 

 …………

 

「…ん? これって…みぽりん!」

 

「みほさん!」

 

「西住殿!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 一枚の紙には、住所が記載されていた。

 どこかで見た文字。

 

 見慣れた文字。

 

 これは…お母さん?

 

 指定された住所に…皆で来た。

 

 それは、一軒の2階建ての和風家屋。

 

 カバさんチームの皆が住んでいた家に似ている。

 

 その玄関先。

 

 一台のトラックが止められていた。

 

「……」

 

 玄関先には…ボコ?

 

 なんで? え?

 

 どこかで見た様な…ぬいぐるみ。

 

 積まれたダンボールの上に、チョコンと座っている。

 

 呆然と…それを眺める、私達。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 

『 何考えてるんですか!!!! 』

 

 

 

 大きな怒号が聞こえてきた。

 どこかで…違う。

 

 聞いた事の有る…声。

 

 聞こえた先、多分庭先だろう。

 

 恐る恐る、皆で移動したみた。

 

 

 

『 一体全体!! どう説明するつもりですか!!!! 』

 

 

 

 聴こえてくる怒号…。

 

 綺麗に掃除されている、和風家屋の軒先を周り…移動してみた先…。

 

 縁側の奥、日が差している和室に…。

 

 

 

 

『 しほさん!!!! 』

 

 

 

 

 仁王立ちになっている。

 

 …いた!

 

 隆史君がいた!

 

 …正座しているお母さんと一緒に。

 

「しかも!! 俺に一切の説明無しに!! 普通に不法侵入でしょうが!!」

 

「いえ…これは、家賃ありますし…将来の……」

 

「みほに、何て説明するんですか!!??」

 

 

 ……。

 

 

 …………え?

 

 

 どういう状況?

 

 

「あ…あのぉ~…隆史殿?」

 

「んぁ? 優花里? あ! 来たか!」

 

 私達の顔を見て、見慣れた笑顔になった。

 机も何も無い和室で、腕を組んでいた隆史君。

 

 …でも、なんでお母さんも?

 

「…みほ」

 

「……お母さん」

 

 

「…隆史君が、怖いです…助けてください」

 

 久しぶりにあったお母さんが…情けない声を出した…。

 

「は? どっち向いてんですか? こっち向きなさい」

 

「」

 

 お母さんの頭を鷲掴みにして、無理やり正面を向かせた…。

 これ…多分、隆史君にしかできないなぁ…。

 

「あの…隆史君、これってどういう…状況?」

 

「……」

 

「…隆史君?」

 

 なにか、困った顔をして、また腕を組んだ。

 

「…みほ」

 

「はい」

 

「玄関先に、荷物…ボコもあったろ」

 

「あ…うん、あった」

 

「あれ、みほの部屋の私物だ」

 

「えっ!?」

 

「みほの部屋の荷物も、根こそぎ此処に運ばれてる」

 

「はぇ!!??」

 

「…つまりは、ここにまとめて引っ越せとさ!! しほさんが!!」

 

「」

 

 

 え…は? ……え!?

 

 

「まったく!! 全て部屋を引き払った後だとよ!! 選択肢は、無いんだと!!」

 

「」

 

「しほさん!!」

 

「…はい」

 

「年頃の娘を!! 強制的に男と同居させるなんて、何考えてるんですか!!!」

 

「いえ…ですから…将来の事を思って…ですね?」

 

「限度があるでしょうが!! 」

 

 ……お母さんが…何も言えないで、正座してる……。

 

「常夫さんにどう説明するんですか!! 下手すると俺、殺されますよ!!」

 

「…はっ。風俗通いの夫になど…「しほさん」」

 

 

 あ。また、頭を掴んだ。

 

 

「た…隆史君?」

 

「みほ…いるんですよ? ね? 娘の前で位…言葉……選べや。……ねっ?」

 

「」

 

 

 あ~…隆史君……本気で怒ってるなぁ…。

 

 あ~…お母さんが、青くなってるの初めて見たなぁ…。

 

 あ~……思考が追いつかないなぁ……。

 

 

「みほ!」

 

「はっ、はい!?」

 

 私を呼んで、軒先のサンダルを履いた。

 正座させた、お母さんを放置して…。

 

「ちょっと俺、学校行って、会長達に報告する事あるから…」

 

「…え? なら私も…」

 

「いい。沙織さん達と行くから」

 

 

 え…。

 

 呆然とする皆…。

 そそくさと、出かけようとする隆史君。

 

 …アパートで、呆然としていたのが、懐かしいと思うくらい。

 

 それは何時もの様に話掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背筋を伸ばし、体を伸ばした後。

 真面目な顔で…私の目を真っ直ぐ見てきた。

 

 

「話してこい」

 

 

「え?」

 

 

「もう、大丈夫だろ?」

 

 

 …みほには、事後報告だけでいい。

 それは後でもいい事。

 

 あの男はもういない。

 

 

 後は、親子の問題が残ってる位だ。

 

 

「行ってこい。 …あ、できれば華さんの事、話しといて…俺には無理でした…」

 

 

 相変わらず、変な所で弱気になるなぁ…。

 

 部屋はあるからどうにでもなるって言っているけど…。

 

 押される背中。

 

 頭を抑えて、顔色が悪いお母さんを見つめる。

 

 

「あぁ……そうそう、言い忘れてた。皆にも言わなきゃな!」

 

 

 まだ不安の種は有る。

 

 だけども、それはそれだ。

 

 ただ今は、素直に彼女達を祝福しよう。

 

 俺は、見ているだけだったけども。

 

 これだけは言っておこう。

 

 

「優勝、おめでとさん!」

 

 

 色んな思いがある。

 

 これからの事もあるけど、今までの事も。

 

 何もかも! 万感の気持ちを込めて!

 

 

 

 

 

「隆史君! ありがとう!!」

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

今回で、TV原作が終了となります。

楽しんで読んで頂いて、ありがとうございました。

この小説は、皆様の誤字修正等、暖かな気持ちで、成り立ちました……。
いや、情けないやら、申し訳ないやら…。
本当にありがとうございました。

次回より、劇場版に向けての執筆と相成ります。
しばらく日常会が続きますが…その前に「乙女の戦車道チョコ編」となります。

シリアスは、もう暫くは……いらない…。



ありがとうございました


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乙女の戦車道チョコ編~オファー編~
第 1 話 ~平穏?(笑)~☆


通学路。

 

みほとの立ち位置を、俺と交換。

あんこうチームと、学校を目指して歩いている。

今までの事…あの男の事を、迷惑をかけた会長にも報告しておかないとな。

壊れかけたみほを、間近で見てしまった、あの人達へ。

みほの為に、決勝まで放棄しようとしてくれた、あの人達へ。

 

…感謝しないとな。

 

さて、そのみほだけども…。

しほさんと二人きりにして、暫く話させようと画策してみた。

もう大丈夫だと、そう思ったから…。

後どうするかは、親子の問題だ。

後押しは手伝えるが、肝心な肝は当人同士で解決するしかない。

 

失敗してしまったら、また何とかしてやる。

いくらでも手助けしてやる。

 

 

 

「結局、隆史君ってどうやって帰ってきたの?」

 

 

ん。いかん。

あまり考え込んで、ボケーとしているのは、目の前の彼女達にも失礼だな。

 

 

「いやぁ…黒森峰の学園艦に一度行って…それから今朝、しほさんに送ってもらった」

 

「あら…では、昨夜は黒森峰にいらっしゃったんですか?」

 

「…はい」

 

なんだ…華さんが、目を輝かせ始めたぞ…。

 

「では、みほさんのお姉様と、ご一緒だったと?」

 

「……ハイ」

 

「そうですかぁ♪」

 

フフッと微笑んで、ひと呼吸置いてから…って!! 耳に息が当たる!!

俺の耳元へ、手を添えて、内緒話をするかの様に囁いてきた。

 

「…………しました? 浮気」

 

「してませんよ!! 節操無い様に言わないでください!!」

 

「あらぁ…それは、残念ですねぇ」

 

「何が!?」

 

いきなり飛ばしてきた…。

どうしたんだろ…どことなく、はしゃいでいる様に見える…。

 

「…なんか華。今日テンション高いよね」

 

「……」

 

「なによ麻子、青い顔して」

 

「……」

 

「冷泉殿?」

 

「おい、書記」

 

「なに? マコニャン」

 

「…ぐっ、ま…まぁいい」

 

あ、飲み込んだ。

チッ。

慌てるマコニャンって、普段人にあまり見せないから、ちょっと優越感あって良いのに…残念。

 

「…お前、本気なのか?」

 

「んぁ? 何が?」

 

「…西住さんとの事。ど…同居」

 

「あぁ…まぁ、しょうがないだろ。住む所無いし」

 

「…それは…少なくともお前なら、どうとでも、できそうな気がするんだが?」

 

「まぁね。でもまぁ、二人きりって訳じゃないし…ルームシェア見たいなモノだろ? 階を隔てれれば問題…無いと思う…」

 

「二人きりじゃない?」

 

「あれ? 誰か他にいました? あ、西住殿のお母様も一緒に住まわれるんですか?」

 

…そりゃ魅力的……いや違う。

只今、絶賛みほ宅へ居候中の方ですね。

つまりは…。

 

「私ですねぇ!!」

 

はぁいって、手を上げないで下さい!

元気いいなぁ、もう!!

 

「は、華!?」

 

「五十鈴殿!?」

 

「……」

 

あれ? 

 

みほ宅へ居候中って、皆知らなかったっけ?

さっきの様子じゃ、マコニャンは知っていたみたいだけど。

 

それにしても…。

 

結構、話しながらの登校って、時間が経つの早いのな。

見慣れた通学路から、もう見慣れた校舎が見えてきた。

 

校門前に到着した。

大々的に、全国戦車道大会優勝! と、幟やら垂れ幕やら…派手に報告…というか、全校生徒に宣伝している。

余程嬉しいのは分かるけど…昨日の今日で、よくぞここまで…。

 

「たっ! 隆史君!!」

 

「な…なに?」

 

ボケーと眺めていたら、意を決したかの様な目で…その目は半分涙目だけど。

その涙目の沙織さんに、掴みかかられた。

 

「いいの!? それで!!」

 

「え…華さんの事?」

 

「他に何があるの!!」

 

「いや…流石に俺も、いきなり二人きりで同居ってのも、ハードル高いし…誰か他の同居人がいた方が、みほも安心するかなぁ…って思うけど…」

 

「そりゃそうだけど!! 違う!! そういう意味じゃないよぉ!!」

 

な…何が言いたいんだろう…。

頭振り乱してるなぁ…メガネ落ちるよ?

ズレ落ちたメガネを、軽く指で押してやったら、動きが止まった…あれ?

 

「…タラシ殿?」

 

「……ハイ。なんでしょう? 優花里さん」

 

一瞬、もういいですって感じで、顔を背けられた。

はい。

改めて、顔を向きなおしましたね。

 

「先程、冷泉殿がおっしゃっていましたが、タラシ殿なら簡単に手続きとか、他の住居を探せられるのですよね?」

 

「んぁ? まぁ…その気になれば…」

 

一人暮らし長かったし…安い所さがすの得意だけど…。

前世の話だけどね。

 

「なら、何故そうしない。会長に頼んだって良いだろう? それこそ…すぐに見つけてきそうだが?」

 

今日は、よく喋るなぁ…マコニャン。

その意見に、沙織さんと優花里が、首が取れそうな位の勢いで頷いている。

あ…華さんが、泣きそうな目で見てくる…。

 

ん~。

 

「でもなぁ…」

 

「でも…なんだ」「なに!?」「なんですか!?」

 

 

「しほさんが、用意してくれたからなぁ…」

 

 

「「「「 …… 」」」」

 

 

あ…あれ?

華さんまで一緒になって、ジト目で見てくる…。

 

「ちょっと…いえ、すごくみほさんの気持ちが分かりました…」

「な…なにが?」

 

「…西住殿のお母様の話になると、一々嬉しそうしますね? タラシ殿」

「…そ、そんな事、無いと思う…けど?」

 

そのまま、謎の視線に悩みながら…まだ見てるよ…。

まぁいいや…。

…悩みながら、校門に入る。

ブツブツと何か、後ろから聴こえてくるのは、多分幻聴だと思う…。

 

しっかし、生徒が多いな。

 

戦車道履修者以外は、夏休みだというのに…あ、そうか。

今日、登校日だったか。

試合に勝とうが、負けようが…それを発表する為に、登校日を合わせたんだっけ。

そりゃ生徒がいるわな。

 

騒がしい校門前を抜け、校舎前に来た瞬間…。

 

けたたましい大音量の、サイレンにも似た音が鳴り響く。

 

 

《 生徒会役員・書記 尾形 隆史 生徒会役員・書記 尾形 隆史 》

 

 

…柚子先輩の声が鳴り響いた。

 

俺!?

 

《 至急 生徒会室まで……来なさい 》

 

ブッ

 

 

「……」

 

校舎から…雑音が消えた…。

 

初めて聞いた…ここまで抑揚の無い、柚子先輩の声…。

それは、他の生徒も一緒なのだろう。

全校集会とかでも、彼女の温和な雰囲気などもあり…スタイルもあるけど…。

彼女はある意味で、男女共に生徒会長より有名だった。

 

…その彼女が。

 

「来なさいって……」

 

「あれ…小山先輩、ガチギレってやつじゃないのか?」

 

マコニャンやめて!! 恐怖感が、更に増すから!!!

 

周りの生徒からも、注目されているのが分かった…。

 

あいつ何やったんだ?

 

…って、目で見てくる。

 

知らねぇよ!!

決勝戦の時、顔も見せなかった事か!?

でもあれ、桃先輩に言伝頼んでおいたし、それじゃないよな?

 

じゃぁなんだろ!?

 

 

《 生徒会役員 書記 尾形 隆史 生徒会役員 書記 尾形 隆史 》

 

 

!?

 

 

《 ハ ヤ ク キ ナ サ イ 》

 

 

 

ブッ

 

 

 

「……」

 

再度、校内放送が入った。

…直で。

 

 

……。

 

 

 

 

―― 生まれて初めて、命懸けの全力疾走というものをした。

 

 

 

 

 

 

-----------

------

---

 

 

 

 

 

 

い…息が……

 

喉元から、ヒューヒューと音がでる…。

最上階にあるから…生徒会室……。

 

「――隆史君」

 

生徒会室に入る。

ノックも無しに飛び込むように!

走った!! 本当に全速力で!! 廊下は走っちゃダメなんだけどねぇ!

 

「ハァー…ハァー………」

 

何時もの様に、会長席でふんぞり返って、干し芋かじってる杏会長と…。

何時もの様に、こちらを睨んでくるような、きつい目の桃先輩…。

何時ものよ……違う!! 柚子先輩!! 顔に表情が無い!

 

苦しそうに息を切らしている俺を無視し。

杏会長も会長で、不機嫌オーラ全開ですな!

 

「遅い」

 

「すいません!!!」

 

謝る。

 

取り敢えず、謝る!!

 

なにが理由か知らないけど!!!

 

「…ねぇ、隆史ちゃん」

 

「なんっっすか!?」

 

「小山が、ここまで怒るの珍しいんだけど…」

 

「……」

 

手は、いつもの様に前で組み、こちらを見てくる。

目が真っ直ぐ見れない…。

彼女って怒ると、ここまで雰囲気が変わるのか…。

 

「――で? 隆史君? 早速本題だけど…」

 

「なんでしょう…」

 

「今朝学校に、ベコの問い合わせが、殺到していたみたいなの」

 

「ベコの?」

 

「私達は、その場にはまだ来ていなかったから、他の生徒会員からの報告を受けて分かったのだけど…」

 

無表情で、そのままテレビのリモコンを操作する柚子先輩。

喋る言葉に刺がある…とかの問題じゃない! 感情が無いように思えるほど、淡々としている…。

何やった! 俺!

 

電源が入り…生徒会室、備え付けの大画面TVに映し出される映像。

ネットに繋がっているのか…動画サイトが映し出されている…。

 

「…なに? これ」

 

一つの動画。

カーソルが動かされ、その動画が再生された。

映し出される夕陽の色。

画質は悪いが、あの時のギャラリーが撮ったのだろう。

 

揺れる画面。

 

小さな悲鳴。

 

「大体の人が、前回の大洗…沙織さんの事件で知った方でした」

 

殴られている…ベコ。

 

「…そこから、更にこの動画を見た人達からの、問い合わせが大多数だったの」

 

目が割れ、耳が飛ぶ。

 

…叫び狂っている、あの男。

 

今更、動画を止めてくれって言った所で、どうせすでに見た後なのだろう。

だからの呼び出し…そのまま放置しておいた。

 

ま。下手に隠してもしょうがない。

今、ちゃんと言っておいた方がいいだろう。

この件での報告に、俺は学校に来た訳だし…。

 

 

生徒会室のドアが、ノックされた。

 

 

こちらの返事も待たず、開かれるドア。

…華さん達が、心配してでもくれたのだろうか?

顔を覗かせた。

 

沙織さんの顔が見えた瞬間。

そのテレビ画面が消えた…というか、柚子先輩が消した。

 

……

 

 

「…尾形書記。これは結局、最後まで録画されていた」

 

「隆史ちゃんが、あの男を絞め落とすまでね」

 

「…」

 

「ねぇ隆史君」

 

「なんですか? 柚子先輩」

 

「途中、男の人が隆史君にぶつかっていたけど…あれ、何されたの?」

 

「……」

 

空気が重く伸し掛る…。

はっきりと彼女達に、言葉で言わない方がいいだろう。

防刃チョッキを着ていたとはいえ、結構ショッキングな映像だしな。

 

…ナイフで刺されたとか。

 

でも…これは、分かっていて聞いてきてるよな…。

押し黙っていると、今度は露骨に睨むような目つきになった。

 

「黙ってるって事は、やっぱりあのベコは隆史君だったのね」

 

…あの男の関係で、もうこういった空気は感じたくなかった。

もう全て終わった事。

 

……終わらせた事。

 

「はぁ…分かりました。全部話します。というか、その事で今日来たんですから」

 

「……」

 

真っ直ぐに睨んでくるなぁ…。

 

みほを除いた、あんこうチームにも入室を進める。

まず最初に言っておこう。

 

「沙織さん」

 

「えっ!? な、なに?」

 

「ベコ。あの着ぐるみの中身…知っているんだよな」

 

一瞬、何か驚いた顔をして…俯いた。

 

「……うん」

 

別に責めている訳じゃない。

だから気にするなと言っておこう。

 

…さて。

 

「はぁーー……なら、まっ。安心させる意味でも……話しますか」

 

やっぱりバレてたのか。

大きくため息を吐く。

…今回の俺が、決勝戦の時、裏でどういう事をしていたか、ゆっくりと…話し始めた。

 

全てを。

 

 

……

 

 

逮捕されたあの男。

まぁ…千代さんが、ものすごい笑顔で引き取っていったから…多分、大丈夫だろう。

 

「ふ~ん…んじゃ隆史ちゃん。全部終わったの? あの…男は捕まったと」

 

「終わりました。完全に…綺麗さっぱり、繋がりを切りました」

 

千代さんの家からと、今までの俺の動向を綺麗さっぱりと話した。

ベコの着ぐるみ改造も含め…安全面からしても大丈夫だったと。

 

…やはり、心配させてしまって怒らせてしまったと、思ったからだ。

 

「だってさ。ど~する小山?」

 

先に謝り、彼女達の顔色を伺う。

複雑そうな会長の顔。

だけれども、すぐにいつもの態度に戻り、あっさりと言った。

 

「…なんか、私はもういいや。西住ちゃんだけじゃない。私達の事も思っての事っぽいしねぇ」

 

驚愕…完全に予想外の話…。

ボディガードの手配からして、沙織さん達も呆然としている。

 

「ダメ。許さない」

 

「…ゆ…柚子ちゃん」

 

「……」

 

話をしていく過程で、どんどん柚子先輩の顔が、不機嫌になっていった。

というか、完全に怒りが増している。

はっきり許さないって…言われた。

 

「会長と桃ちゃんは、チョロイからそんな事で許しちゃうかもしれないけど」

 

…チョロイって…言い方…。

 

「いい? 隆史君は、まだ高校生なんだよ?」

 

「……」

 

「あんなに、大人の人が周りにいて。なんで自分で解決しちゃおうとするの?」

 

「…えっと」

 

彼女は、淡々と俺の目を見て喋りだす。

 

「隆史君って、見た目も行動も、変に子供っぽくないから、皆勘違いしてるけどね? まだ17歳なんだよ? 子供なんだよ?」

 

…この人は。

 

「率先して、危ない目に遭うことないじゃない。言おう言おうとは思っていたけど、納涼祭の時もそう」

 

「……」

 

あ~…。

 

「どうして一人で、何でもどうにかしようとするの?」

 

あ~…………。

 

納涼祭の時も結局、最後には桃先輩振り切って、一人で行ったしなぁ。

 

その時から、溜まっていたのかなぁ?

感情的にもならないで、一切俺から視線を逸らさない。

 

「あ~ぁ、隆史ちゃん」

 

「…はい」

 

何、その顔。

嬉しそうに…。

 

「こうなると小山、しつこいよぉ?」

 

「…ぐっ」

 

取り敢えず、みんなが見守る中。

無意識に手が、直立不動の彼女の前に出……。

 

「」

 

音が出るくらいに、強く払われた…。

 

途方にくれ、払われた手で頭を掻く。

どうしたものか…。

 

…正直に言ったほうが…彼女の為になるのかなぁ…。

 

「あの…柚子先輩?」

 

「……」

 

う…動かない…。

 

相変わらず、この人は優しい。

ただの言葉では無く、本当に心からそう思う。

 

そうだ。

 

サンダースの時も「お姉ちゃん」とか、言ってくれたしな。

この人は年下の後輩って、俺をちゃんと見てくれているのか。

…この風体のせいで、まったく見られてなかったからなぁ…近しい年齢の人達には。

体裁もあるし、今まで皆の手前、黙っていてくれたんだろうな。

 

自然に笑みで出る。

 

…それが、変に嬉しかった。

 

 

 

「は? 何 笑 っ て る の ?」

 

「」

 

「私、怒ってるんだけど?」

 

それとは、別に…ここまで、人が変わるものなのか…。

ある意味で、マジギレみぽりんを超えてらっしゃる…。

先程から、表情の筋肉を使っていらっしゃらない!!!

 

「ゆ…柚子…そこら辺で…」

 

あ。珍しい。桃先輩が助け舟出してくれた。

俺を助けてくれるつもりか。それとも、柚子先輩のこの状態をなんとかしたいのだろうか?

 

「…桃ちゃん」

 

「……ハイ」

 

「桃ちゃんも、隆史君に頼りすぎ。だからこんな事になるんだよ?」

 

「わっ!! 私は、頼ってなんか!!」

 

「……」

 

「た…よって…」

 

「……」

 

「」

 

無言の圧力がすごい…。

 

「桃ちゃんの仕事。特に書類処理の関係なんて、8割方、隆史君に押し付けてるよね?」

 

「」スイマセン

 

ま…それは、皆が練習中、俺だけ暇だからってのもありますけど…黙っていよう。

下手にしゃべると…コレは多分、桃先輩にも更に飛び火しそうだから。

 

埒があかない…。

やっぱりここは、素直に謝るか。

 

…だけど。

 

 

「あの…すいません。…柚子先輩」

 

「…は?」

 

こ…こえぇ。

目の光の残像が残るかの様に、こちらを振り向きなされた!

 

 

「確かに無茶しました。でも似たような事があれば…俺は、動きます」

 

「……」

 

「でも…そういった時、俺自身が大怪我を負ったり…とか、どうにかなってしまうのは、なんの意味もない事は理解してます」

 

「……」

 

「今回の事だって、大勢に迷惑をかけて…助けてもらって……そういった事は、ちゃんと分かっていますから…」

 

「……」

 

「特に、柚子先輩には迷惑ばかりかけてしまって…その……心配かけて…すいませんでした」

 

 

いかん…だんだん…気持ちが先走り始めた。

ただの言い訳になってきた…。

 

この状況は初めてだ…やばい…どうしよう…。

訳が分からなくなってきた…。

 

会長を見る。

すっごい笑顔だ!

 

桃ちゃんを見る。

「桃ちゃんと言うな!!」

何故わかった…。

 

あんこうチームを見る。

 

いい機会だから、しっかり怒られたら?

タラシ殿には、いい薬だと思います!!

書記。死ね。

…そして黒い笑顔。

 

なんで考えてる事が、手に取るように分かったんだろう…。

 

はぁ…んじゃ。

思いきって…あの時のお礼も言っておこう。

 

 

「それは…柚子先輩の時でも、同じです」

 

「……?」

 

「もし、そんな事になったら…の、仮定の話ですけどね」

 

「……」

 

「特に、柚子先輩は」

 

「……」

 

「貴女は、少なくとも俺を一度救ってくれた」

 

「…ぇ?」

 

話が変わったと思ったのか、一瞬元に戻った。

 

「1回戦の時…俺が、貴女にどれだけ救われたか……」

 

染み染みと思う。

 

サンダース戦の時。

トラウマ発生で…ちょっと、俺の心が壊れそうだった。

あの時の…目の前が暗くなる感じは、本当に久しぶりだった。

 

助けてくれたのは、目の前の彼女。

 

つまらない言い訳はやめよう。

 

「…あんな事」

 

「あんな事で…です。だから…」

 

腕を掴む。

 

こういう事は、顔を見て…目を見てちゃんと、言っておこう。

逃がさない様に、腰に手を回し…体に引き寄せる。

…だっけ?

 

「た!? 隆史君!?」

 

戸惑うだろうし、セクハラ…だろうなぁ…。

いやぁ…正直、柔らかいのがすっごいから、こっちもちょっと戸惑うけど。

 

「だから」

 

ちと恥ずかいいから、耳元で話す。

あ、ちょっと変な声を出したな。

 

「貴女が言う事も、分かりますので…ちゃんと聞きますので」

 

 

「」

 

 

 

もし、何かっあったら。

 

 

 

「…そんな貴女の為でも、俺の体くらい張らせて下さい」

 

 

「」

 

 

 

……。

 

…………。

 

 

「だから…柚子先輩? あれ? せんぱーい」

 

目を見開いた後…ぐったりとしてしまった。

 

「隆史ちゃん」

 

「え? あ、はい」

 

「お酒。…飲んでる?」

 

…何を言ってるんだ、このツイテ。

 

「飲んでる訳、無いでしょうが…何言ってるんですか?」

 

「…ついに素で、そんな事を言うようになったの?」

 

「いや…柚子先輩って、様は俺が勝手に、一人で何でもしようとしたから、怒ってるんですよね?」

 

「…そうだね」

 

「上げく今回みたいに、俺も危ない目にあったのが、このマジギレの引き金…ですよね?」

 

「……だね」

 

なんだろう…今度は、会長がイライラし始めた?

 

「だから、ちゃんと言うこと聞くって…」

 

「言い方ぁ!! やり方ぁ!! なんで小山を抱き抱えて…というか、抱きしめてんの!?」

 

あ。

もう離した方が、いいか。

 

「いや…こうした方が、いいって…教えて貰いまして…」

 

「誰に!? また蝶野教官!?」

 

「いや…黒森峰で…赤星さんって人から…。言葉は態度と共に、はっきりと言った方がいいって…」

 

「……それは、腰を抱く必要あるの?」

 

「これも教えてもらって…あ、でも」

 

「あ?」

 

な…なんだろう…。

今度は、四方から殺気を感じる

 

「みほには、効果がないから、やめた方がいいって言われました…」

 

「……」

 

なんでかは、教えてもらえなかったなあ…そういえば。

会長がまた、大きくため息…。

 

「…結局、小山が一番チョロカッタナァ。」

 

気がついたら、柚子先輩の腕が、俺の背中に回っていた。

顔は…俺の胸に埋まっちゃって見えない。

耳だけが真っ赤になってるのが、分かるくらい。

 

「「「「「「 …… 」」」」」」

 

「あの…どうしたら……」

 

すごい状況にどうしたらいいか分からず、視線を送り周りに助けを求めてみる。

 

「隆史さん?」

 

「華さん!?」

 

「よくぞまぁ…私の前で、そんな事ができますね?」

 

「」

 

いや…あの…俺はもう、手は離しているんですけどね?

一方的に抱きつかれてるんですけどね?

 

「書記…もう……お前、いい加減にしろ」

 

「なにが!?」

 

 

沙織さんは、なんか…真っ赤になって固まってるな…。

なんか呟いてるな。…ズルイ? なにが? え?

 

 

「あ、ちなみに」

 

「なに!?」

 

「その赤星さんって人から、効果が期待できる人一覧表…ってのも、貰いまして…」

 

「…なにそれ」

 

「この方達なら、セクハラにならないって…」

 

携帯へ、一覧データを貰っていた。

ずらぁ…と、名前が並んでたなぁ…。

その中に柚子先輩の名前があったから…ちょっと恥ずかしかったけどやってみた。

 

って、言い訳したら…いやぁ…リストを会長に没収、削除された…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…タラシ殿が…黒森峰から、バージョンアップして帰って来た…」

 

優花里さんが、呆然として呟きました。

あんな行動、直にするくらいですからねぇ。

 

「…マジギレの柚子ちゃんを…強制的に黙らせた……」

 

桃先輩が絶句してますねぇ…。

 

まぁ…なんにせよ。

ちょっとこれは…この状況は複雑ですねぇ…。

 

「もういいや! 話を進めるよ!?」

 

会長がパンパンと手を叩き、注目する様に促してますね。

この状態を変えたいのでしょうねぇ。

小山先輩は、我に返ったのか…隅っこで小さく体育座りしてますねぇ。

 

「か~しま! 小山もうダメっぽいから、隆史ちゃんに報告!」

 

「は、はい!」

 

「俺に? 報告?」

 

下手に隆史さんを動かさない方が良いと判断され、今は皆さんでソファーに座らせています。

 

動くな…と。

 

久しぶりに会った隆史さんの雰囲気が…ちょっと以前と違っていて、会長も含め、少し対応に困ってしまう為でしょうか?

 

なんでしょう。

ちょっと喋り方が、穏やかになりましたね。

タラシさんってのは、変わりませんが!

 

「まずは、尾形書記。また客人が来ている」

 

「…はぁ。誰でしょう?」

 

「日本戦車道連盟理事長の児玉 七郎氏だ」

 

「……」アノ、ハゲ…

 

「それで、だな…明日、終日お前を借りたいと申し出があった」

 

「…は?」

 

「隆史ちゃーん。なんかしたの?」

 

「…まだ何もしてませんよ。まったく…大丈夫ですよ…。ロクなことじゃないのは確定してますけど…」

 

大きくため息をつきながら、そこで立ち上がりましたね。

 

「で? どこですか? 応接室にでもいます?」

 

「そうだね。結構な時間を待たせちゃってるからねぇ…ま、全て隆史ちゃんのせいだけど」

 

「……」

 

しかし…隆史さん…すごい汗ですね。

そのまま、逃げるように退室して行きましたね!

 

隆史さんが退室し、生徒会長はそれを見送ると…今度は私を見てきましたね。

まぁ…検討はつきますけど。

 

「さて…五十鈴ちゃん」

 

「はい?」

 

「住むとこ見つかった?」

 

「はい、見つかりました」

 

「「「  」」」

 

 

あら? 他の皆さんが、一斉に顔を背けましたね…。

まぁ…隠しても仕方ありませんし。

 

「ど…どこかなぁ?」

 

「みほさん……と、隆史さんのお宅ですねぇ」

 

 

はっきり、言いましょ。

 

 

「そっか西住ちゃんの……ん? と? 隆史ちゃん? ん!? のお宅!?」

 

「はいぃ」

 

「え……えっ!? どういう…えぇ!?」

 

あら、会長が取り乱してますねぇ…。

ま、この方も結構分かりやすいですからね。

 

簡単にですが、沙織さんが会長に今朝の経緯を説明しています。

気がついたら、青くなっている顔が二つになっていますね。

 

…小山先輩。

 

「…いくら親公認とはいえ、同棲はちょっと…風紀的にも…」

 

当然の事をおっしゃってますね。

 

「…問題は、更に華がそこに住むって事もあるんだけどね…」

 

「あら? どうしてでしょう?」

 

「いや…その、完全にお邪魔じゃない」

 

「隆史さんとみほさんの…ですか?」

 

「そうだよ!!」

 

「…そうですねぇ。でも良いんですか? 沙織さん」

 

「……な…なにが」

 

狼狽える沙織さんを尻目に、生徒会長を見ます。

呆然としていますが…まぁ反対されるのは、目に見えて分かっていましたし…。

 

ですから、最初から切り札を出します。

 

 

「では、会長」

 

 

吃る沙織さんを無視し、会長に切り出します。

 

「は…華が足を組むなんて…」

 

珍しいですか? まぁいいです。

 

「…会長?」

 

「はっ!? な…なに!?」

 

「…どうします? 私が住む場所…反対されます?」

 

「流石にねぇ…生徒を預かる立場としては…」

 

もっともらしい事をおっしゃいますね。

 

で・も

 

「隆史さんとみほさん。あの二人を一つ屋根の下、二人きりにする方が、風紀的にもどうでしょう?」

 

「……」

 

「親…特に、女性側の親元からの了解を得てる以上、無碍にもできませんし…」

 

「ぐ…」

 

「みほさんのお母様。完全に隆史さんを…逃がさないおつもりですよ?」

 

「…」

 

ウフフフ。ちょっと楽しいです。

全国大会が優勝に終わり、変に舞い上がっているのか…。

気持ちの折り合いが出来てしまったのか…。

 

「…私がそこの間に入れば…少なくとも進展は、しづらくなると思いますよ? お二人の…」

 

「…なっ!?」

 

皆さんが、絶句してますねぇ。

私だってこういった事にも、縁ができたのですからね。

 

…多少はね。

 

「それに気がつきませんでしたか? みほさんが決勝前、明らかに変わったのを」

 

「…え?」

 

「例の…いつもの様に、隆史さんが無線を垂れ流しにした日。過去、これ以上ない位に、怒って帰って行かれたみほさん」

 

「…いつもの様にって…」

 

「でも次の日、すこぶる機嫌の良かった、みほさん」

 

「……」

 

何か思い当たるのでしょう。

私も思います。

 

なにかアッタノデショウ。

 

「……で、どうでしょう? 手遅れになりますよ?」

 

…ま、もう手遅れかもしれませんが。

 

「…五十鈴ちゃんが、言いたい事はわかるよ?」

 

「はい?」

 

冷静になれたのでしょうか?

いつもの会長になりました。

 

「でも、五十鈴ちゃんの意図が分からない」

 

「……なにがですか?」

 

「そこまでして、二人の間に入ろうとしている意味が。私達の為って訳でもないよね?」

 

「そうですね。コレは、自分の為でもあります」

 

…みほさんを裏切るつもりは、毛頭ありません。

 

「…自分の為?」

 

……ありませんでしたが……。

私も気持ちの折り合い…全国大会が終わったのが切っ掛けで、ある意味心の整理ができてしましました。

 

「そうです。簡単な事ですよ?」

 

「…なにかなぁ?」

 

机の前で、手を組み合わせてこちらを見てきますね。

完全に敵対するような目線ですねぇ…。

流石に気がつきましたかね?

よく分かっていない、沙織さんに一度顔を向けます。

 

「沙織さん…」

 

「え? 私!?」

 

「……ごめんなさいね?」

 

「…え」

 

「…私、隆史さん本人には、伝えてあります」

 

沙織さんに謝罪をし、皆さんにはっきりと宣言しておきましょうか。

 

 

「私、隆史さんが好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大洗ホテル。

 

今回、特設会場が設けられていた。

 

私と河嶋先輩。

大洗学園・戦車道の隊長、副隊長として招かれていた。

決勝戦が終わって二日目というのに…流石に早急すぎないかな?…とは、思うけど。

 

ホテルロビーを抜け、そのまま案内された会場へ。

こういったホテルって、余り来た事がないから、ちょっと緊張する。

 

案内された部屋の前。

 

 

「乙女の戦車道チョコ・企画会場」

 

 

頭を抱える…やっぱりきた…恒例の企画。

去年は去年で、すっごい恥ずかしかったけど…今年は……私隊長だし。

 

…何させられるんだろ。

 

というか、何着させられるんだろ!!??

 

「西住」

 

「え? あ、はい」

 

この企画をよく分かっていないであろう河嶋先輩から、非常に真面目な顔で声を掛けられた。

 

「最初に言っておくべきだったのだが…まぁいい」

 

「…え?」

 

「節度を持った生活をしろよ?」

 

「はい? なんの事でしょう?」

 

「……まったく。男と同棲とはな」

 

「」

 

そのまま一言言い捨て、先に会場内に入っていた河嶋先輩。

改めて言われると、一気に顔が熱くなる。

 

うぅ…。

 

昨日、隆史君から電話が入り、会長に華さんが言ったと報告があった。

かなり憔悴した声だったけど…。

 

その日、隆史君は帰ってこなかった。

また! 帰ってこなかった!!

 

…うぅ。

 

なにか会議? 戦車道連盟の人から呼び出しを食らったとかで、帰って来たばかりだと言うのに、また陸に戻っていった。

まぁ…お母さんも帰ったしで、昨晩はあんこうチームが、私達の家にお泊りだった。

 

皆なんか…すっごく明るかったのが気になった。

特に、華さんのテンションが、変に高かったけど…。

 

学校でなにかあったのかな?

 

……。

 

…………。

 

私達の家。

 

……。

 

エヘヘ…

 

「西住!! 何してる!」

 

「はっ!? あ、はい!」

 

あんまり考え込んでいても仕方がない。

小走りで、会場内に入る…と。

 

私達と過去に対戦した、各学校の代表者達がいた。

皆、指定された席に座っている。

 

入室した私に気がついたのか、一斉に私達を注目した。

 

聖グロリアーナ。

ダージリンさん、オレンジペコさん、アッサムさん。

軽く会釈して挨拶…って、ここ紅茶の持ち込みって、大丈夫なのかな?

 

サンダース付属。

ケイさん、ナオミさん、アリサさん。

ケイさんが、ダイナミックに腕を振ってくれている。

 

アンツィオ高校。

アンチョビさん、ペパロニさん、怖い人…じゃない、カルパッチョさん。

ムチは振っちゃダメですよ?

 

プラウダ高校。

カチューシャさん、ノンナさん。…と、誰だろ?

もう一人、金髪の女性がいる。

 

隆史君が、家にいない事は連絡していたのだろう。

朝、来なかったしなぁ…。

引越しした事は、隆史君の事だから、絶対に言ってるだろうし…。

 

…うん、絶対言ってる。

 

じゃなきゃ、あんな笑顔で、挨拶してこない。

むしろ、その笑顔が怖いなぁ…。

 

……

 

黒森峰。

お姉ちゃんと…エリ…逸見さん。

チラッっと見ただけで、特に何も無い…うぅ…隣が指定席だ。

 

継続高校。

えっと、ミカさん、アキさん、ミッコさん。

 

……。

 

……えっと。

 

あの…なんでミカさんは、虚ろな目で、カスタネットをひたすら叩いているんだろ…。

あ、アキさんに怒られた。

よく、ここに来たなぁ…。

隆史君曰く、こういった催しには絶対顔を見せないって、言ってた気がするのに…。

 

……ん?

 

なんで、この顔合わせなだろ…。

他の学校は?

ひどく限定された様な気がするんだけど。

 

疑問がある中、ペットボトルのお茶が置かれている、用意されていた指定席に座る。

…というか、なんで先頭なんだろ…。

 

宴会場みたいな大広間。

よくある長机に名札が置かれていた。

 

あ。

 

 

「やぁやぁ、皆さん。遠い中、御足労ありがとう」

 

壇上の横、頭が光る人物がマイクで挨拶をしてきた。

やっぱり、私達で最後なんだ。

席に着いたら、すぐに挨拶が始まった。

 

「日本戦車道連盟理事長、児玉 七郎だ」

 

みんな、つまらないモノを見る目で見てるなぁ。

う~ん。

 

 

毎年、優勝校の出身地で、この変な企画会議は行われる。

よって今年は、ここ大洗となる。

他の高校からすれば、確かに遠いだろうなぁ。

 

正直、このお菓子の企画の為に写真を撮られる当人達。

つまり私達、選手達には、すこぶる評判が悪い。

しかも大洗と黒森峰は、試合が終わったばかりだしね。

 

よくある挨拶を聞き流し、皆…わぁ…興味なさそう…。

 

 

「さて、余計な挨拶は省こう。今年から、大きく変わった事がある」

 

…うぅ。また変な事じゃないかなぁ。

 

「一つ、水着撮影が…無くなった…」

 

血の涙を流すくらいな悲痛な顔で、そんな事を発表した。

この人…。

 

「その代わりと言ってはなんだが、コスプレ…ようは、衣装を着込んだ撮影となる」

 

コス…

そこまで発表した後、すぐさま用意されていた、おっきなテレビに電源が入った…。

映し出されていたのは…どこかの控え室の様な部屋…。

 

「それともう一つ…今回から、男性の意見も取り入れる様にした」

 

 

 

その中央の机に、前かがみで突っ伏している男性…。

その机の周りに散乱している、書類らしき用紙類…。

 

 

 

『あぁ? 尾形…なに寝てんだよ』

 

部屋のドアから入室してきた、また見たことのある顔…。

二人いる…。

 

『……戦車道連盟のハゲに、今回の企画押し付けられた書類…徹夜作業で…やっと終わった…』

『後は、決めるだけだろ? ほらガンバレ』

『あのくっそハゲ。絶対時給換算して、請求してやる…』

『あ、俺のも頼むわ』

『…はっ。任せろ林田。…もうブラック企業怖くない…。時給1200円くらいで請求してやる』

『…中途半端に高いのが、みみっちいぞ、尾形…』

 

会場が静まり返っている…。

周りを見渡すと、何人かが目を見開いてるなぁ…。

と…いうか…。

 

「これ…ひょっとして、盗撮…ではなくって?」

 

「そうだよ?」

 

悪びれる事も無く、あっさりとバラした…。

 

「男性のこういった意見は貴重だ。彼…『尾形 隆史』君の友人にも協力してもらい…今回の企画を進めようと思っとるのだよ」

 

「…気に食わんな。ただの犯罪だと思うのですが?」

 

あ、お姉ちゃんが立ち上がった…。

本気で怒った顔をしている…。

 

「犯罪? 違うよ、西住 まほ君。テレビ番組のどっきり企画と同じだよぉ…」

 

「…私は、そういった事には疎いので、知りませんね」

 

「まぁまぁ…」

 

……。

 

…………まずい…。

 

 

『ま、結局。尾形が集計したアンケート結果と…』

『俺らの意見が参考で決定…だっけか? 今回の衣装』

『…そうだけど、お前らがあっさり引き受けたのが、驚きだ』

『ま、戦車道関係してる男子ってのは、少ないからぁ』

『今回って皆、尾形の知り合いだよな?』

『……そうだな。あえてこの学校連中の選別させるのに、悪意しか感じなかったけどな』

『ふーん…。ま、いいけど…つまりはこの衣装選別って…お前の趣味全開になるのか?』

『…俺が、変態みたいな言い方するな』

 

 

「この企画は、一種のお祭りみたいなモノなのだよ…」

 

先日の無線音声漏洩を思い出した…。

この三人の時の、隆史君は危ない!!

 

 

 

「私はね? お祭りってのが…大好きなんだよぉ」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

次回 男子会 Ver,乙女の戦車道チョコ編


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第 2 話~続・男子会です! 聖グロリアーナの場合~

「エリカ。帰るぞ」

 

「はい」

 

お姉ちゃんが、立ち上がったまま踵を返した。

横目で、理事長を睨んでる。

 

「私はこの様な、恥知らずな真似はできない。後日、結果だけ送ってください」

 

「そうですわね。些か度が過ぎてますわね。ペコ?」

 

「…はい」

 

「私達も、流石にどうかと思うわねぇ~。ね? アリサ?」

 

「」

 

周りの皆さんも同じの様で、まばらだけど順番に立ち上がり、帰る準備を始めた。

 

「おや? 君たち…本当に見ていかないのかい?」

 

理事長の声を無視し、何も言わないで背中を向けた。

これが最後だと言わんばかりに、顔だけ半分、テレビ画面に向けた。

そのテレビ画面で、隆史君が…。

 

…ん?

 

 

 

 

『…さて』

『『『 始めるか 』』』

 

 

 

 

三人が向かい合って、手を指で組み、口も隠すように肘をついた。

なんだろ…先ほどと全然、雰囲気が違う…。

なに? この空気!?

 

「まったく…」

 

河嶋先輩も立ち上がり…というか、この後の惨状が若干、予想できるのかな?

そそくさと、帰る準備を始める。

 

……が。

 

 

 

『まず最初に』

『林田?』

 

『…尾形。西住さんとは、どこまでいった?』

 

 

 

ガタン!!

 

 

…一斉に皆、着席した…。

 

皆立ってたよね!? なんで座るの!?

なんで!? 帰ろうよ!!

 

そのまま一気に皆、隆史君達と同じ姿勢になるの!?

そうしないといけない決まりでもあるの!?

 

 

 

『なんでだよ! 今関係ないだろうが! というか、前に聞かれた時より、一週間も経ってないぞ!?』

『……』

『なんか言え!!』

『…林田。話が始まらないから、最後にしろ』

『えー』

『まったく…』

 

 

 

《  チッ!!  》

 

一斉に舌打ちが聞こえた…。

というか…。

 

「お姉ちゃん!!」

 

「なんだ? みほ」

 

「恥知らずとか、言ってなかった!?」

 

「…言ったな」

 

「じゃあなんで座り直すの? 帰ろうよ!」

 

「……みほ」

 

「なに!?」

 

「これも戦車道だ」

 

「違うよ! 絶対に違うよ!! 取り敢えず、それ言っとけば良いとか思ってない!?」

 

「……」

 

「目を逸らさないで!!」

 

ぁぁああ!! 理事長の顔が、すっごい笑顔になってる!!

 

 

 

 

 

『んじゃま、順番に行きますか。大洗との試合順でいいんじゃね?』

『あいよ、まずは…聖グロリアーナっと』

『撮影対象は…えっと、ダージリンとオペ子…じゃない、オレンジペコ。それとアッサムさん』

『というかよぉ。全高校の中で、圧倒的にリクエストが多いな…。こりゃ絞るの大変だ…』

『もうさ、尾形の趣味でいいんじゃね? この人達も、それなら文句いわねぇだろ』

『タラシ君だしな!!』

『……』

『つ…ツッコミが無い…。どうした尾形!?』

 

『 分かった 』

 

『!?』

『…随分とまぁ、あっさりと…』

『力強く頷いたな…』

『今、徹夜明けハイでな。何でもできそうだ』

『おぉ……初っ端から、壊れた尾形だ…』

『アンケート全無視ってのも何だから、集計した俺の意見で判断してくれ』

 

 

 

 

 

 

「ダージリン…オレンジペコ……」

「「アッサム」様、うるさい」」

 

「……」

 

結局…皆、そのまま動こうとしない…。

 

あ…最後にあの質問が来るから!?

その為だけに、皆残るつもり!?

 

「…でも、なんですかね?」

「ペコ?」

「今は…隆史様に、あだ名以外で呼ばれると…ちょっと寂しく感じます」

「……」

 

 

 

 

 

『でもよぉ? ファンタジーだろ? RPGみたいなのだろ? …上手く想像ができないな』

『ここに衣装一覧がある。このクオリティーで…更にオーダーメードで作成されるそうだ』

『……なんだよ、この完成度…映画撮影する訳じゃないだろうに。戦車道連盟って馬鹿じゃねぇのか?』

『俺もそう思う! 本当にそう思う!!』

『ま、いいや。それで? どうする?』

『順番に行こうか。んじゃまず、ダージリン』

『あの完璧超人か』

『…』

『林田?』

『尾形からすると、あの人ってどうなん?』

『は?』

『ほら! 人によってはさ、綺麗系とか美人系とか…可愛い系とかあるじゃんよ』

『綺麗系』

『…即答したな』

『…なんで、んな事聞いてくるんだよ』

『いやぁ…普通に興味出るだろうが。タラシ殿』

『……』

 

 

 

 

「と。いった具合に、スパイを一人送り込んだんだよぉぉ!」

 

「……」

 

随分と…嬉しそうに胸を張る理事長。

…それ、聞く意味ないよね。

意味ないよね!?

 

「……」

 

ダージリンさんが、静かだ…。

 

「アッサム様?」

「あの理事長…撒き餌が、エグイ…」

「あ…皆さんの目の色が変わりました」

「オレンジペコ…、貴女は変わらないのね」

「私は、隆史様の癒し系ですから!♪ はっきり言われましたから!♪」

 

あ…一部で舌打ちが聞こえた…。

 

 

 

 

 

『んじゃ、その綺麗系…なんにする『姫騎士』の?』

『『 …… 』』

 

『 姫 騎 士 』

 

『…どうした尾形』

『被せてきたな…』

『これ! この下がミニスカの姫騎士。甲冑は、白と金の奴。マントは…青で。ダージリンは青!』

『…熱意がすげぇな』

『ま…まぁいいけど…その心は?』

 

『くっ殺』

 

『即答かよ…』

『…そう言われてみると、異常に似合うなこの人…』

『さすが尾形(壊)』

 

 

 

 

隆史君が選んだであろう衣装が、テレビ画面横に、テロップの様に表示された。

白の甲冑に、装飾が金色。ピカピカに光っている。

…なんでコレなんだろ。

 

というか、クッコロってなんだろ?

 

「隆史さんは、随分とまぁ…私に勇ましい衣装を選びましたわね」

「でも、ダージリン様? クッコロってなんでしょう?」

「さぁ? アッサムは知っていて?」

「……」

「アッサム?」

「……知らないわ」

「「 ??? 」」

 

 

「エリカ? どうした? 顔が赤いぞ? というか、何を怒っている」

「…いえ、なんでもありません」バカジャナイノ? アノオトコ、バカジャナイノ!?

「ところでエリカは、知っているか? クッコロとやらを」

「知りません!! 知ったこっちゃありません!!」

「?」

 

……。

 

一部の人が、顔を赤くしているなぁ。

 

うん! 絶対にエッチな事だ!

うん!! 後で問い詰めよう!!

うん!!! 理事長が爆笑してるね!!!

 

 

 

 

 

『んじゃ、次は尾形のお気に入りの人だな。オレンジペ『ヒーラー』』

『だから早ぇよ!! 俺らにも少し選考させろよ!!』

『んじゃ、ヒーラーかプリーストか。どちらか選べ』

『2択じゃねぇか!!』

『……』

『尾形?』

『…オペ子は癒し系。それ以外は認めん。癒されたい…今俺は、とても癒されたい…』

『『 …… 』』

『…疲れた。ここ最近、特に心労が酷い…、胃が…死ぬ…』

『まぁ。うん、決勝戦お前頑張ったよな。動画で見たぞ? お前にテントで、置き去りにされた時には、正直殺意が沸いたが、あれで許せた』

『肉体的には、まだ大丈夫なんだけどなぁ…』(華さんの家に行った辺りから、胃が酷使され始めたな)

『…尾形! 大丈夫! お前頑張ってるよ!! だからその虚ろな目はやめろ! 怖い!』

『あぁ…オペ子に癒されたい…また、お茶入れてくれないかなぁ…』

 

 

 

 

「ハゲ! 隆史様、どこにいらっしゃるんですか!!!?」

「ハゲ!?」

「おやめなさい、ペコ。…お茶のセットを持って行こうとしないで」

「隠すと為になりませんよ!!」

「…オレンジペコ。多分今持って行っても、ロクなことにならないから、後になさい」

「うぅぅぅうう!!!」

 

 

 

 

『あ、衣装はこれだな。白ベースの生地。装飾が…赤もいいけど』

『グロリアーナでセットにするなら、青か金だな』

『金でいいだろ。…っていうか、強制的にヒーラーで採用になってるじゃねぇかよ』

『まぁ、これもまた異様に似合うから良いけど…』

『笑顔で回復魔法、使ってくれそうだろ!? 使ってくれるんだよ!!』

『…お前、コレ終わったら、もう休め』

 

『まだ、この後仕事残ってる…』

『…何すんだよ。内容によっては手伝ってやるぞ?』

『このまま、このホテルでこの後、祝勝会すんだよ。…その準備』

『……女に囲まれて宴会すんのか?』

『その言い方やめて!! 胃がまた痛む!!』

『はい、次~』

 

 

 

 

 

「河嶋先輩…」

「…分かった。皆まで言うな。ちょっと尾形書記は休ませる」

「そうして上げてください」

 

祝勝会の開催と、それが終わったら、そのままこのホテルに宿泊すると、全員にメールで通達があった。

合計すると、結構な金額になると思うのだけど…会長が出してくれると言っていた。

すごいなぁ。

 

 

 

 

『んじゃ、ラストだな。アッサムさん』

『すっごい、いいとこのお嬢様オーラ全開の人だな。この人は?』

『…美人系』

『で、衣装は…なんだこれ。アンケート結果がぶっちぎりで、魔法使いになっとる』

『…それで良いと思う』

『なんだろうなぁ。水魔法とかぶっ放しそうな感じだなぁ…って』

『なんだ尾形、今回はあんまり乗り気にじゃなさそうだな』

『どうした? 尾形』

『あ、いや。…ちょっと青森で合同合宿した時の事、思い出した』

『あー言ってたなそういや。プラウダとアンツィオとだっけ?』

『そうそう。なんでか知らんが、俺も連れて行かれた』

『…お前は、拉致られるのが仕事なのか?』

『……』

 

 

 

 

 

「」

 

「アッサム!?」

「アッサム様!?」

 

涼しい顔して聞いていたアッサムさん。

熱くなっていたダージリンさんと、オレンジペコさんを止めていたのに…。

 

…なんで、顔を赤くしてるんだろう。

……なんで、紅茶を持つ手が震えているんだろ!

この人は違うと思っていたのに!!

思っていたのに!!!

 

 

 

 

『…今でこそ思う。すごい顔ぶれの合宿だよな』

『モゲレバイイノニ』

『…林田』

『んぁ…まぁ人に言うことじゃないな』

『……』

『あれか? 浮気か?』

『その頃はまだ付き合ってないんだから、浮気じゃねぇだろ!?』

 

『……はっ。ボロが出たな』

『つまりは、類似したことか』

『違うわ!!』

『少なくとも、西住さんにバレると怒られる事か?』

『ち…違う…と、思う。…思いたい』

『イケメン君にキイタラドウカナァ?』

『林田。なんだ、その笑顔は』

『判断してやろう。さぁ聞こうじゃないか?』

『……』

 

 

 

 

 

「ハゲッ! 隆史さんは、どこですか!!」

「また言われた!?」

 

 

「…アッサム?」

「アッサム様?」

 

「なっなに!?」

「なにか…聞かれるとマズイ事かしら?」

「…べ…別に!?」

「なら、大人しく聞いていましょうか?」

「」

 

「それに…」

「オレンジペコ!?」

「アッサム様。隆史様の事、今まで苗字で呼んでいませんでしたか?」

「あっ!!」

「……「あ」?」

 

なるほど、アレがブペ子さんかぁ…。

私に怒ってきた時は、素だったんだぁ…。

それが分かるくらいに変わるものだなぁ…。

 

そっか。

 

これは、あれだ。

 

隆史君が、順番に各高校の選手達との事も、暴露させようという…理事長の企みかぁ…。

 

ウフフフフ。

 

 

 

「み…みほ?」

 

「ナァニ? オネエチャン」

 

「…いや、なんでもない」

 

 

 

 

 

『合宿自体は、隣の北海道でやったんだけどさ。土地広いし』

『……』

『…温泉街に、宿泊したんだよ』

『なんだろ、その時点でアウトな気がするぞ…』

『まぁ北海道って、温泉街多いしな。で?』

『……その旅館ってさ。時間で風呂が、男湯と女湯が変わるんだ』

『アウトだろ』

『アウトだな』

『…まだ、何も言ってないけど』

 

 

 

 

「」

 

「あの時かァァァ!!」

 

あ。

横でアンチョビさんが、叫んだ。

 

「ダージリン! そのウサ耳リボンを引き渡しなさい!!」

「カチューシャ。少しお待ちなさい。まだ全部聞いていないでしょう?」

「そうですよ? ノンナさんもちょっと、落ち着いてください。全部聞いてから判断しましょう?」

 

「」

 

「ミホーシャ!!」

 

「え? あ、はい?」

 

「何をボケーとしてるのよ!!」

 

「いえ、まだ話し始めたばかりですし…」

 

うん。ハンダンハ、ソノアト。

 

「あの時のタカーシャ!! すっごい、酔ってたわよ!!」

 

 

「……」

 

 

「み…ミホーシャ?」

 

 

ふーん。

 

 

「カチューシャ。余り、叫ばないでくださいな。音が聞こえませんわ」

「…」

「そもそも、あの合宿の時もそうだけど…。あんた達! 青森から去って、1週間で戻ってくるとは思わなかったわよ!!」

「アンツィオを連れてくるとは、思いませんでしたね」

「あれは例のドウーチェさん達が、私達の船で許可も無く、勝手に商売をしていただけです」

「…密航じゃないの。どうりで合宿なのに、あいつらだけ戦車持ってなかった訳ね…」

「あ、話しますよ!?」

 

 

 

 

 

 

『いやな、殆ど貸切みたいなモノでな。その宿で男って、俺だけだったんだよ』

『死ね!!…と言いたいが…それは……』

『ほぼ強制的に連れてこられてソレか…』

『俺の事、知らない生徒もいたからさ。なにこいつ? って、目ですっげぇ見られる訳なのサ』

『……』

『想像してみろ。例えば女子高の修学旅行。夜のプライベート時間に、その宿泊旅館に男が一人だけ参加させられるとか』

『…地獄だな』

『部屋から…出れなかった…飯も部屋で食ってた』

『…大変だったな』

『まぁ…ノンナさんとか、ダージリンとか来てくれたからまぁ…うん』

『…』ヤッパリモゲロ

『…なんか、大量の飲み物持参して来てたな』

『…………』

『中村?』

『いや…いい。それで?』

『ん? まぁいいや。んで、非常に歩きづらいからさ。男湯の時間ってのを夜の遅くにしてもらって…』

『まぁ…そうだな。最後の方がいいよな』

『んで、夜の…1時頃かなぁ…。他の生徒が寝静まった後にしか、行動できなくてなぁ』

『行動が、完全に不審者だな』

『んで、風呂…温泉に入ってたらさ』

『おぉ』

 

『チヨミン達が、入ってきた』

 

『『  』』

 

『夜中とか、人がいない時に温泉に入りたいという気持ちは、分かるんだけどさぁ』

 

『『  』』

 

『男が俺しかいないの。分かってるしな。時間も時間だからって、男湯ののれんをペパロニが外しやがってよぉ』

 

『『  』』

 

『まぁ…そん時は、逃げるように3人とも出てったんだけど…』

 

『『  』』

 

『その後に、アッサムさんが入ってきた』

 

『『  』』

 

『どうにもペパロニが、のれんを戻して行かなかったようでな。…入ってきた』

 

『後な』

『……なんだよ』

『…記憶が、それ以上無いんだ』

『どういう事?』

『気がついたら、脱衣所で寝てた』

『……』

『ちょっとダージリン達の事で、湯船で話してな。その後…のぼせたのか、記憶が無い』

『…チャッカリ混浴してるし』

『いや…な、真剣な顔で…まぁコレは人に話すことじゃないな』

『……』

『ただ、ちょっと怖いのがなぁ…』

『んだよ』

『たまにアッサムさんに、名前で呼ばれるんだよ』

『…………』

『普段、大体苗字で呼ばれるてるからさぁ。結構驚く』

『…それってよぉ、尾形』

『んぁ?』

『……周りに人が、いない時だろ』

『えっと…ん~…あぁ、そういえばそうだな』

『……』

『んで、どうだろうか? 殆ど事故の様なもんだけど…』

 

 

『『 アウトだ 』』

 

『……』

 

 

 

 

 

「アッサム、後でお話があります」

 

「」

 

「アンツィオの方々も、ちょっとこちらにおこしなさい?」

 

「」

 

会場内が殺伐としてきた…。

 

 

 

 

 

 

 

『さてと、これで一応、グロリアーナは終わったな』

『すげぇ、話が脱線したけどな』

『姫騎士と、ヒーラーと、魔法使い』

 

『…尾形』

『あぁ。…自分で決めといてなんだけど』

『すげぇテンプレになったな』

『…くっ殺』

『……』

『……』

 

『素晴らしいよな!!』

『素晴らしいな!!』

 

『よし! 尾形! 壊れたまんまだな!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、河嶋先輩」

 

「な…なんだ?」

 

「あまり貧乏ゆすりは、しない方が…」

 

「」チ…チガ…タスケテ、ユズチャン!

 

 

 

うん。

 

コレは…私も最後まで聞いていこう。

 

次はサンダースかぁ…ケイさんだね!

 

タ ノ シ ミ ダ ナ ァ

 

 




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第 3 話~続・男子会です! サンダースの場合~✩

今更ですけど、15禁ってどこまでが許容範囲なんでしょ…


『このテンションで!!! 次はサンダース付属高校だ!!』

『 怖い 』

『…尾形』

『 …怖い 』

『だから、なんで中村まで!?』

 

『…前回も言ったけどな、下手にふざけると怒られそう』

『……コワイ』

『……』

『でもよぉ、基本的になんでも、ショーにするアメリカ式なら、こういった事も基本的にいいんじゃね?』

『……』

『……コワイ』

『お前ら…』

 

 

 >

 

 

 画面の中では、何故かタカシ君コンビが震えていた。

 何となく分かるんだけど、ケイさんがそれを、少し寂しそうに眺めている。

 椅子の上に片足を乗せて、膝を抱えていた。

 

「…隊長? 尾形との話は、ついたんじゃないんですか?」

 

「……」

 

「試合会場とかじゃあ…あいつ、特に気にしてる感じじゃなかったですけど」

 

「……」

 

 隆史君を、殴ってしまった事に対してのお詫び。

 本人同士で、話し合っているとは聞いていたけど、もう終わった事だと思っていた。

 

「実際、試合会場に行って、何度かアタックして見たけどね」

 

「……」

 

「実際に私の事を、どんな風に思ってくれているのかも分からない」

 

「それは、大丈夫じゃあ…」

 

「何度か、体も重ねてみたわ…」

 

「隊長!? スキンシップの事ですよね!? 如何わしい言い方しないで下さい!!」

 

「私はね、ハッキリと言葉にして欲しいの。『なぁなぁの関係』じゃ嫌なの」

 

「隊長!!??」

 

「…でも、彼の私への気持ちを聞くのが怖いのよ」

 

「隊長!? 許してくれてるか! ってことですよね!? そうですよね!!」

 

「……」

 

「黙らないで下さい! そんな言い方じゃ、別の意味に取られますよ!!」

 

「……」

 

「黙らないで!! 本気でやめて下さい!! 私が睨まれてます!! ヒィ!!」

 

 うん! アリサさん! なんで私を見て、顔を青くしてるのかな!?

 あ、援軍が周りにいっぱいいる!♪

 

 

 

 >

 

 

 

『そういや、尾形。あれからどうなったんだ?』

『なにが?』

『ケイさんと。俺に間違われて、殴られた後の話』

『んぁ? もう終わったよ?』

『そっか? ん~…』

 

 

 

 >

 

 

「…そっか。彼の中では、私は終わった女なのね…」

 

「やめて下さい!! 本気で!! 本当に!! ワザとですか!? ワザとですね!!??」

 

「……」

 

「やめっ!! まっ! 待ちなさい、西住流!! あんた達、母娘揃ってそれかぁ!!」

 

 キョロキョロしないで下さい。

 落ち着きが無いですヨ?

 

『俺も関与してるから、気になってな』

『あ~…まぁなんだ。気にするな』

 

 

 テレビ画面では、まだ会話が続いている。

 林田君も、事あらましは聞いているのか、邪魔をしないように黙っている…空気読めたんだ…あの人。

 

 

『本人、めちゃくちゃ気にしてる感じが、まだあったぞ?』

『そうか? …すげぇスキンシップしてくるけど』

『不安なんじゃねぇの? 決勝戦の時のテントでも、なんかボヤいてたけど…』

『そうなのか? ふむ…』

『でもさぁ、実際どうなの?』

『何がだよ、林田』

『許してんの? その人の事』

『初っから気にしてないなぁ…。侘びもいらないって言い切ったし』

『だからじゃねえの?』

『『 林田!? 』』

 

 …あれ?

 

『その人…ケイさんか? お前が中途半端にして、はっきりしないから、何時までも気にしてんだろ』

『……は…林田』

『尾形が、気にしてないって言っても、加害者側の彼女がハイそうですかって、なる訳ねぇだろ』

『……』

『侘びを受け取るってのも、彼女の為だろ。ケジメを取らせてやれば?』

 

『『  』』

 

『…は…………林田が…壊れた』

『なんでだよ!!』

『いや…お前、そんなキャラじゃねぇだろ…え? 酔ってる?』

『……泣くぞ』

 

 

 ……本当に空気読んでる。

 的確に隆史君にアドバイスしてる…。

 

 

『実際にどうなんよ。尾形からすると、そのケイさんって人』

『んぁ? そうだなぁ…』

 

 

 あ…ケイさんが、またテレビ画面を眺めた。

 話し始めようとする、隆史君の発言を不安げに待っている。

 

 

『無駄に、って言っちゃ悪いけど…明るいし…。大胆すぎるスキンシップは、少し困るけどな…』

 

 少なくとも、悪印象は持っていないと、少し目に力が入った。

 

『あぁ…そういや、準決勝の時、愛里寿にも気を使ってくれてたな。ありゃ正直助かった』

 

 ぼーっと、口を閉じて眺めている。

 

『俺の状態見て、すぐにシャワー車を手配してくれたり…。すげぇ気が利く人だよなぁ…』

 

 …ケイさんの口が半開きになった…。

 

『あぁ、そうそう。一回戦の時でも見たけど、あのサッパリとした性格も好みだし…。ん? 気立てが良くて、真っ直ぐで…他人の為に怒れる……』

 

 あ…顔が段々、赤くなっていく…。

 

『…こういった言い方って、あまり好きじゃないけどさ』

『なんだよ』

 

『ケイさんって、すげぇいい女じゃないか?』

 

 あ。ケイさんが固まった…。

 顔が上気し、涙目になった。

 

 …私、ある意味リアルタイムで、初めて見た気がする。

 

『おぉ! 改めて考えてみると、すげぇ好きだわ、あの人の事!』

 

「!!!」

 

 あのケイさんが、顔を両手で隠して、机に突っ伏した。

 耳が…真っ赤だ。

 

「oh…」

 

 頭を机にガンガンぶつけてるね…。

 

 …なるほど。

 

 これが、タラシ殿…。

 

 

 >

 

 

『尾形…お前…』

『なんだよ』

『お前…それ、ケイさん本人の前で言えるか?』

『普通に言えるな』

『やめとけよ!! 絶対にやめとけよ!?』

『なんで??』

『……』

『……』

『え…なんだよ』

 

『中村。こいつすげぇな。俺でも分かるわ、このタラシ殿』

『…恥も外聞も無く、ストレートによく言えると思うわ…。西住さんが、ちょっと不憫だ…』

『…だから、何がだよ!』

『尾形…友人として忠告しておく…』

『…目がマジになった……』

『そういう事はな! 彼女の西住さんにだけ言っとけ!』

『…ぉ?』

『……お前、本当にその内、マジで女に刺されるぞ…』

 

『……』

 

『で。もういいか?』

『…なにが?』

『はよ、衣装を選ぼうや』

『……』

『…この空気の読めなさ』

『いつもの林田に戻ったな…』

 

 

 

 >

 

 

 

 はい。

 

 会場の空気が、殺伐としてまいりました。

 中央で一人はしゃいでいる、ケイさんだけが異様に明るい…。

 

「OK!! なんでもウェルカムよ!! なんでも着てあげるぅ!!」

 

 

 イラッ

 

 

 

 >

 

 

『…まぁ本題だし…やるか』

『……あぁ』

『どうする? やっぱり、ケイさんからか?』

『アンケートは…戦士…盗賊職が結構多いな』

『……』

『サンダースって物量で押すイメージが強いから、制服みたいに3人統一とか?』

『……』

『…なんだよ。だから、でかい図体でモジモジするなよ! 気持ちわるいなぁ!!』

『言いたい事があるなら言えよ、尾形』

『……引かない?』

『『 多分引く 』』

 

『……』

 

『すでに経験済だ。言ってみろ尾形』

『…三人統一で…』

『で?』

 

『ニンジャ』

 

『……』

『なぁ…ファンタジー路線だろ? 確かにRPGゲームじゃ、多々でるけど』

『だろ!?』

『…まぁ引くほどじゃないな。どんなの?』

『あの容姿だろ!? よくある、外人がやるエセニンジャ!』

『……エセって』

『鉢金!、篭手! 足当てをやたらと豪華に! そして意味不明に、軽装な胴体装備!!』

『……』

『素肌に、鎖帷子着て欲しい…』

『……』

『ほら!丈下が、不思議とミニスカみたいに短い着物!』

『……』

『そして、鎖帷子風のニーソ!!』

『太秦にいそうだな…』

『でも軍隊とかのイメージも強いから、そっち系はいいのか? お前好きそうだけど』

『なんか、サンダースって和装系統着て欲しいなぁ…って思ったんだ!』

『ふむ。分からんでもない』

『忍者衣装で、はしゃぐケイさん』

『……』

『……アリだな!』

『はい決定!!』

『ここに来て、すげぇ笑顔だな…尾形』

 

 

 >

 

 

「OK!! ニンジャね!!」

 

 …うれしそうだなぁ。

 

「あの…隊長」

 

「なに!?」

 

「…衣装写真が」

 

 テレビに映し出された衣装。

 あれ…スカートとかも下に履くのないよね?

 前に、着物が垂れ下がってるだけだよね!!

 太ももとか、根元から見えるんだけど!?

 

「問題ないわ!!」

 

「…あれ、私達も着るんですけど」

 

 アリサさんとナオミさんの顔が、若干赤い…。

 

 

 >

 

 

『色はどうすんの? 統一?』

『ケイさんが紺。アリサさんが濃い紫、ナオミさんは黒』

『……はえぇ』

『てっきり、ピンクとか赤とか選ぶと思ってた…』

『あんな見つけて下さいって、言ってるような色使うかよ…コスプレじゃねぇんだぞ?』

『いや、コスプレだよ…』

『ネットとかで見てみると…うわぁ…くノ一って検索するとよ。衣装が、基本如何わしい…』

『なんで露出こんなに高いんだろうな』

『……』

『尾形が選んだ衣装だと、太ももがスゲェ事になるけど…コレ、ぶっちゃけ下着が横から見えるぞ? 大丈夫なのか?』

『大丈夫!!』

『…こういう時のお前の大丈夫は、当てにならん』

 

 

 >

 

 

「…隊長」

 

「だ…大丈夫!! ほら!! 水着とかあるし!!」

 

 あ。若干、変なテンションの隆史君に気づいた。

 …今の彼は、オカシイと。

 

 

 >

 

『いや…しかし、これだと紐パンとかになるけど…はっ!!』

『さすが尾形(壊)!! それが狙いか!!』

『……は?』

『…なんだよ。その哀れみの目は…』

『お前ら、ニンジャだぞ? くノ一だぞ?』

『お…おぉ…』

『なら、一体なん『ふんどし』だよ』

 

『 ふ ん ど し 』

 

『『  』』

 

『祭りとかでも、普通にあるだろ!? それなら合法だろうが!!』

『…お前…すげぇな、普通思っても言えないぞ?』

『上が法被で、下がふんどしとかのケイさんも見てみたい!!』

『休め!! 無理すんな尾形!! 一度寝とくか!? な!?』

 

 

 >

 

 

「「「 …… 」」」

 

 あ。サンダース勢が、すこし頭を抱えてる。

 

「…隊長。ナオミが引くって、よっぽどですよ?」

 

「……」

 

「隊長?」

 

「まっ! タカシに見せる分なら、別にいっかな!!」

 

「!?」

 

 

 >

 

 

『アリサさんには…半ズボンみたいなの履かせるか…』

『…なんでだよ』

『いや…なんか、この人。……不憫で』

『……』

『……』

 

『ナオミさんは…あの人、スラッとしてるから、タイツっぽいの似合うよな』

『あぁ、結構無口な人か?』

『そうそう、ベリーショートの』

『この人は、露出は肩から腕だけだな』

『そうだな! この人、足も長いからさ。この方が栄えるんだ』

『……ケイさんだけ、やたらと露出が多いな』

 

 

 >

 

 

「不憫って言うなぁ!!」

 

 ナオミさんは、なんかもう…諦めた表情をしているなぁ…。

 

 …ケイさんの表情は…なんかもう…色々と吹っ切れた顔をしてる…。

 

 

 >

 

 

『こんな所だな!!』

『……』

『今回、中村が大人しい…』

『んぁ? そうか? あぁ…』

『なに? なんかあんの?』

『そういや、中村』

『なんだよ…』

『アリサさんとの事は、どうなったんだ?』

『特に何もないな』

『……』

『……』

『まぁ…いいや。一度、会ってやれ』

『…は?』

『その内、また試合か何かやる時もあるだろ。一度話してみれば?』

『……』

 

 

 >

 

 

「尾形ぁぁぁ!!」

 

「ちょっとアリサ。うるさいわよ?」

 

「もっと言ってやって!!!」

 

「はぁ…」

 

 

 >

 

 

 

『サンダース決定。くノ一!』

 

『あ、中村が誤魔化した』

『まぁ色々と複雑なんだろ』

 

『さてと、次はアンツィオか!!』

 

『そもそも、中村に間違えられたんだろ? 尾形って』

『そうだな』

 

『聞けよ!! お前ら!! 次!!!』

 

『そういやよ、話戻すけど…』

『なんだよ』

『ケイさんのお詫びって、どんなの言われたの?』

『ここに来て…』

『あ、それは俺も気になる』

『……中村』

『まぁまぁ! んで? なにがあったの?』

『いやぁ…』

『……』

 

『「なんでも言うこと聞く券」っての、もらった』

 

『『 …… 』』

 

『…お前』

『これな…しかも回数制限無いんだよ…』

『……』

 

『ん? とか、言わなかったぞ?』

 

『『 …… 』』

 

『…ジャン』

『林田?』

『それ使えば、いいじゃない!!』

『林田!?』

『なんだよもーー!!! エロい事、頼めばいいじゃねぇかよ!!』

『んな事できるか!!』

『聖グロん時も思ったけどさぁーー!! 本当に尾形!! お前、モゲロ!!!』

『あ…林田が壊れた…』

『お前やっぱりホモじゃねえのか!? それとも不能か!? いくつチャンスがあんだよ!! 羨ましい!!』

『少しは、本音を隠せ』

 

 

 

 

 >

 

 

 

「…西住?」

 

「ナンデスカ?」

 

「」

 

 

 ……

 

 

「…大洗の副隊長」

 

「…な…なんだ」

 

「今のみほに、近づくな…そろそろマズイぞ」

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 >

 

 

『…林田』

『な~ん~だ~よ~!!』

『そんな事ばっかり言ってるから、お前は童貞なんだ』

『はっきり言うなよ!!』

『実際にそれで、それこそ手を出してたら、多分…尾形は、この世にいない』

『怖いこと言うなよ…』

『それにな、そんな人間関係無視した様な…エロ漫画みたいな事、できるわけがねぇだろ』

『うっせ!! 妄想するしかねぇだろ!! しかも、そんな餌ぶら下げられたらよぉ!!』

『…これだから』

『童貞なんてそんなもんなんだよ!! そうだろ!? 尾形!!』

『……』

『……』

『…ん? あぁ、そうそう』

『……』

『…おい、尾形』

『ナンダネ?』

『お前…まさか…』

『……ウラ……ギッタ……』

『はい、次はアンツィオだねぇ~チヨミン達だねぇ~』

 

 

 >

 

 

「…みほ?」

 

「……」

 

「なぜ、下を向いている」

 

「……」

 

「なぜ、赤くなっている」

 

「……」

 

「ちょっと、お姉ちゃんと話そうか? ん?」

 

「……」

 

「……」

 

「つ…」

 

「つ?」

 

「次は、アンツィオだね!!!」

 

 

 

 

「よし。表に出ろ」

 

 




閲覧ありがとうございました

さて…どうすっかな。



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第 4 話~続・男子会です! アンツィオの場合~

『……』

 

『……』

 

『さてと。まずは、チヨミンから…どうした?』

『ちょっと、真面目にハナソウカ? オガタ?』

『そこにまず、座れ』

『さっきから座っとるがな』

『…お前、マジで西住さんと、どこまでいったんだよ!?』

『……』

『まぁまて、林田。ハッキリと遠廻しに聞いてやろう』

『…なんだそりゃ』

『…尾形』

『なによ?』

『お前…童貞だよな?』

『……』

『……』

 

『 ソ ウ ダ ヨ 』

 

『嘘だ! なんだその、今の間!!!』

『裏切ったな! 俺を裏切ったなぁ!!』

『…俺はな。嘘が嫌いなんだ』

『ぁあ!?』

『……林田。うっさい』

『その俺が言ってやる。 ボクハ、ド ウ テ イ デス』

 

『『 …… 』』

 

『はい、さっさと次に行きますわよ?』

 

『『 …… 』』

 

 

 

 >

 

 

 

「隆史様は、確かに嘘をつかれたり、騙されたりするのは、とてもお嫌いでしたね」

 

「そうですわね。ですが…」

 

「嫌いだからといって、つかないとは言っていませんね。あ、カチューシャには、まだ早い話ですので、あちらに行っていてください」

 

「???」トコトコ…

 

「……」カチカチカチカチ

 

「……」

 

 に…西住が、取り囲まれた…。

 私の席が奪われてしまったではないか。

 継続の隊長は、なぜ先程からひたすらカスタネットを叩いているんだろう…。

 

 …ま…まぁいい。この瘴気すら出すような、黒い空間に割って入る勇気は、私には無い。

 大人しく、背の小さい組の中にいよう。

 

 なんだ…西住。

 怯えるどころか、猫背になって、俯いてしまったな。

 真っ赤になって、小刻みに震えているな。

 

 ……。

 

 …………。

 

 風邪かな?

 

 

 

「ぅぅ…」

 

 西住姉が、肩を掴んでいるなぁ…。

 

 …うん。怖い!!!

 

「ほっ! ほら! 次! 次が始まるよ!?」

 

 

  ()()()()() ()

 

 

「……」

 

「…なぜ、エリカまでいる」

 

「あっ! いえ…。な…なんと……なく?」

 

「……」

 

 

 …

 

 ……私、帰っていいかなぁ。

 

 

 

 >

 

 

 

『……ふと、思い出したんだけどよ』

『嫌な予感しかしないが、なんだよ』

『蝶野一尉』

『……』

『最初の演習の時、随分とおもしろい事をしたらしいな?』

『……』

『なに? お前。キスのお相手とやらかを、暴露させられた様だな』

『……』

 

『……』

 

(なんだよ! んな事どうでも…よか無いが、他に…)

(まぁ待て、林田。こういう事には、順序というものがある)

(ん?)

 

『今は、それで溢れる興味ほん…いや、好奇心を抑えるから教えてくれ』

『……』

『時期でも、いいぞ? さぁ!』

 

(…それ聞いて、どうすんだよ)

(なに。時期で大体相手は分かるし…何より)

(なんだよ?)

(今の壊れた尾形なら、ズルズルと流れでバラシそうだろ?)

(おぉ! 酔った女をAVに出すみたいな…企画物みたいな流れか!?)

(……お前……例えが最低だ)

(童貞の知識なんぞ、そんなもんだ!!)

(あれ、全部ヤラセだぞ?)

(な…ん……だ…………と)

( …… )

 

『ほらっ、林田しつこいぞぉ?』

 

 

 >

 

 

 

 …マイクが、全部音声を拾っているな。

 まったく! 男というものは!!

 

 西住達は、それどころじゃないと言った感じだな!! 

 

 うむ! 帰りたい!!

 

 

「ほっ! ほら!! 今画面でっ!!」

 

 西住が、画面に指を指してブンブンと腕を振っている。

 別に私達は、もう聞いているので、どうでもいい情報だからだろうか?

 

 その誘導も虚しく、そろって西住をまだ見ている。

 もはや、テレビ画面を誰も見ていなぁ…。

 

「みほ…今は、そんな事よりお前の事だ」

 

 あ。また西住の肩を真正面から掴んだ。

 何処行った机。

 

「サァ。お姉ちゃんと、お話をしようカ?」

 

「」

 

 

 

 

 

 

『…つい最近、思い出したんだけどな』

 

 

 

「…」オモイダシタ?

 

 ん? 西住姉の動きが止まったな。

 

 

 

 

 

 

 

 >

 

 

 

『ふむ? 思い出した?』

『…中2ん時だよ。ある意味…これも事故みたいなものだけど』

『なんだろうか。殺意しか沸かねぇ』

『聞いといてソレかよ…』

『…学校とかで?』

 

『……地元の夏祭りの時』

 

『結構なテンプレで、面白みに欠けるな!!』

『なんか…林田が息してないから、もういいか?』

『そうだな! なんかもう、飽きたからいいや!』

『中村…お前…』

 

 

 >

 

 

 

 新情報だな。

 まぁ、どうでも良いけどな。

 

 …ん?

 

 西住の両肩を掴み、下を向いて震えだしたな…西住姉。

 顔は見えないが、耳がすごい赤いなぁ。

 

 …風邪かな?

 

 

 

「…お姉ちゃん」

 

「……」

 

「なんで、下向いてるの?」

 

「……」

 

「なんで、赤くなってるの?」

 

「……」

 

「中二の夏祭りだって?」

 

「……」

 

「…あの時、何もナカッタッテ、イッテイタヨネ?」

 

「………」

 

 あ。

 

 西住が、自身を掴んでいた西住姉の腕を、素早く横から掴んだ。

 今度は西住姉が、一生懸命に離れようとしているな。

 …なんだ? さっきから。

 

「…ちょっと、お姉ちゃんとお話シタイナァ?」

 

「…………」

 

 姉妹揃って、腕をプルプルと震わせている。

 

 うん! なんか怖い!!

 

 

 

 >

 

 

 

『絶対に最後で、吐かしてやる…』

『そういった執念は、別で生かせよ』

『うっさいな!! んじゃアンツィオ!!』

 

『んじゃ、今回は逆からいこうか。まずは、カルパッチョさん!』

『アンケート結果とほぼ一緒だな』

『ふむ。なんだ?』

『アーチャー』

『随分と今回は、マシだな。尾形、治ったか?』

 

『…のエルフ』

 

『……』

『あんなに、エルフ耳が似合いそうな人! そうはいない!!』

『…衣装は?』

『これ! 緑ベースで、スカートの横が、いくつかの紐で維持されてる奴!!』

『まぁ…似合うから良いけど…』

 

『でもさぁ。なんか敵…というか、モンスター枠もいくつか選べって、書類に記載されてなかったか?』

『…あぁ、あったな』

『……』

『…どうした尾形』

『モンスター枠と聞いて、真っ先に浮かんだのが、一つ…ある』

『ほう? なに?』

 

『……』

 

『分かった!! 引かないから、モジモジすんな!!』

『んで? なによ?』

 

『 サキュバス 』

 

『…なんか、本格的に尾形が、おかしくなってきた…』

『いや、何故か分からんけど、すぐに浮かんだ…』

『……』

『なんでだろうか? カルパッチョさんって、俺の胸の傷触る時、すっげぇエロい顔してんだよ。それでかなぁ?』

 

『『 詳しく! 』』

 

『いやな、俺の胸の傷の話は…したっけ?』

『おぉ。お前が、海で彼女を庇った時の話だろ?』

『そうそう。んで、その後にな、カルパッチョさんと会ったりすると、毎回毎回、頃合見てその傷触ってくんの』

『…また人が、周りにいない時か?』

『んぁ? あ~そうだな!』

『『 …… 』』

『そん時の顔が…なんというか、恍惚というか…惚けているっていうか…とにかくエロい』

『『 …… 』』

『その時々の事も、一緒に思い出したんだよなぁ…』

 

 

 

 >

 

 

「あらやだ、お恥ずかしいですね」

 

「…その割には、どこか嬉しそうだな」

 

「ダメっすよ、姐さん。カルパッチョにタカシの傷関連の話は、何言っても喜ぶだけっすから」

 

「それはそれで、どうなんだ…」

 

 

 >

 

 

『ふ~ん。どんな傷?』

『…林田』

『なんだろ、傷の話を言うと、殆ど傷見せろって言ってくるな…』

『そう言いつつ、素直に服をまくるんだな…』

『結構しつこいんだよ、その手の奴ら。だからさっさと、見せる事にしてんだ』

『諦めてんのかよ…』

『…ぅお! でけぇな』

 

『……』

 

 

『』

 

 

『おい…後ろの花瓶が、砕け散ったぞ……』

 

『破片が、此処まで飛んできた…』

 

『そうそう。誰かが、コノ傷触ろうとすると、大体怪奇現象起こるからな。気をつけろ』

『先に言えよ!!』

 

 

 >

 

 

「…あら。出力間違えました」

 

「……」

 

「……」

 

「ウフフ…やはり私も、どこかで、気にはなるみたいですねぇ」

 

「お…おい、ペパロニ! なんでカルパッチョは、爪噛みながら笑ってるんだ!?」

 

「知らないっすよ!! そのまま…西住姉妹を見てるっすね…」

 

「ウフフフフ……」

 

 

 

 >

 

 

『衣装はどうすんだ?』

『…これ』

『……』

『お前、よく知人にこんなの着せる気になるな…』

『殆ど紐だな』

『だよなぁ…水着と変わらんよな。無理だと思って言ってみただけ』

『……』

『んじゃ、コレ』

『……』

『……』

『ワンピースタイプの水着みたいな…』

『…腹部分、すっごい開いてるな。また…その部分がレースになっとるな』

『……』

『……なぁ』

『なんだ尾形』

 

『…下乳って最高だと思う』

 

『採用!!』

『後、悪魔の羽根の小道具も、ちゃんとあるな…』

『小さいタイプの羽根の方がいいよな!!』

『尻尾!! 尻尾は無いのか!?』

 

 

 >

 

 

「結局、採用するのか…。他の二人も結局、最後には乗り気だな…」

 

「男の子っすねぇ!」

 

「ペパロニは、なんか余裕ね」

 

「あたし、イメージ的にあんなエロい衣装、選ばれないと思うしな!!」

 

「…エロい衣装って。私あれ、着させられるんだけど?」

 

「嫌なら断れば? 着ねぇの? タカシが選んだの」

 

「…着るけど」

 

「じゃあいいじゃん!!」

 

 

 >

 

 

『んで、次はペパロニか』

『アンケートだと、ケイさんと似た結果だな。戦士系統と盗賊系統が多いな』

『でも、各学校毎にイメージを揃えたいよな』

『で? どうだ? 先生』

『お願いします。尾形先生』

『先生はやめろ…』

『どうする? モンスター系でいくか?』

『……』

『尾形?』

『カルパッチョさんとセットで』

『セット…って、え? サキュバス?』

『色違いで!! カルパッチョさんは、ワインレッドで統一! ペパロニは濃いブルーで統一!!』

 

 

 >

 

 

「なぁ!!??」

 

「あら? 着ないの? ペパロニ?」

 

「……」

 

「隆史さんが、選んだのよぉ?」

 

「…ぐっ」

 

 

 >

 

 

 

『ちょっと、イメージに合わなくないか?』

『そうだなぁ…尾形にしては、すこし期待ハズレだ!』

『イメージ的には、少々不具合が生じるかもしれない…だが…』

『だが?』

『彼女の第二形態の戦闘力は…すごいぞ……』

『『 !? 』』

『ペパロニは…着やせするタイプだ…ダージリンにも匹敵する…』

『……』

 

『黒髪、ショートのサキュバス!!』

 

『『 !! 』』

『俺は…見たい…見てみたい…』

『採用!!!』

『先生! 流石です!!』

『先生じゃない! 師匠と呼べ!!』

 

 

 

 >

 

 

「……」

 

「……」

 

「…なぁ、ペパロニ」

 

「…なんすか、姐さん」

 

「ノリと勢いって怖いなぁ…」

 

「私達が、それを言っちゃダメっす…」

 

「…あの3バカ共…。私…なに着させられるんだろ…」

 

 

 >

 

 

『はい、じゃあ最後に隊長殿だな!』

『チヨミン!!』

『ツインテール・ドリルの子だな。尾形のお気に入り』

『そうだな!!』

『…んじゃ、どうする? またサキュバス?』

『いや…あの二人の大将だ。別のにする』

『ふむ。ならなんだ?』

 

『 ヴァンパイア 』

 

『ヴァンパイア?』

『黒マントもそのままでいいし、あの髪の色と…あのツインテ…』

『…衣装は?』

『初めはさ、このカクテルドレスっぽいのも、良いと思ったけど…』

『…あぁ、なる程な。でも違うと?』

『あえて、これを押す』

『……』

 

『 ゴスロリ 』

 

『この肩が露出した、ゴスロリがいいと思うんだ!』

『なるほど!』

『…でもまぁ…なんだ。彼女は、他の二人と極端に違うな』

『なにが?』

『 露出度 』

『あのな…ただ露出度が高ければ、エロいという訳じゃねぇぞ?』

『いや…エロを求めているわけじゃないだろ…この選考…』

『じゃあ、なんだ』

『……』

『……』

 

『エロだな!』

 

『だろ!?』

 

 

 >

 

 

「……」

 

「…どうしたらいいんだろう」

 

 

 >

 

 

『なんか、すっごくチョロい、中ボスキャラっぽいな…アンツィオ』

『そこがいいんだろ!!』

『…尾形。お前の知り合いだろうに…』

 

『なぁ…中村』

『なんだよ、林田』

『尾形の目が、本格的にヤバくなってきてねぇか?』

『…確かに、さっきから、ちょっとおかしいな』

『本当に最後、色々と暴露してくれそう…』

『…もはや、何も言うまい……』

 

『んじゃ、決定! アンツィオ高校! エロ! じゃない…悪魔チーム!!』

 

『…次はプラウダだな』

『あっ!!』

『どうした尾形』

『…今、思い出した…ミカにカンテレ返してねぇ…』

『ミカ? あぁ、継続の隊長か?』

『いつも弦楽器弾いてる人だな。戦闘力が凄まじい…』

『別室で何やら集まるって聞いていたから、一応今日持ってきたんだよ』

『ふ~ん』

『…そろそろ返してやらないとなぁ。あいつ…歌い出すな…』

『禁断症状みたいに言ってやるなよ…。それに歌ったからなんだって言うんだよ…』

『怖い』

『…は?』

『北海道でな。カンテレが一回壊れたんだ』

『北海道?』

『…暫くしたら、ミカが歌いだしたんだ…音楽が欲しいと…』

『…はぁ』

『永遠と…淡々と歌いだすアイツは…一種のホラーいや、怪談だったな』

『失礼な奴だな…お前は』

『…あいつの民謡はホラーだ。ちょっと先に返してくるわ』

『お? おぉ、まぁ小休止か。行ってこいよ』

 

『ん、すまんな。ちょっと待っていてくれ』

 

 

 >

 

 

 

「ミカ!?」

 

 ん? 

 継続の生徒達が、何故か隊長を取り押さえようとしているな。

 口元でなにか、ブツブツ呟いてるな…。

 

『………ヒラク~♪』

 

 その反対方向では、西住姉妹と各隊長達が…なんだ? このカオス状態は…。

 

「…ねぇ、ひょっとして今の会話だと…タカーシャここに来るんじゃない?」

 

 その一言で、全員が我に返った。

 全員が一瞬ビクッと体を硬直させ、完全に固まった。

 理由は兎も角、状況的に非常にマズイ。

 なんにせよ、盗聴、盗撮だ。

 

 あ。

 理事長とやらが、急いでスタッフに指示を出している。

 テレビを布で多い、変に装飾がついたモロモロを片付け始めた…。

 機材を片付け無いので、盗撮は続行するつもりなのだろう。

 

『 ゥ七の子…眠る頃~♪ 』

 

 各学校は、急いで各自の席に戻る。

 地面と椅子の足が擦る音が聞こえる。

 

『 さくらの花は いつ朽ちる~♪ 』

 

 ……本当に私、帰っていいか?

 

「ミカ!!」

 

 静かになった会場では、俯いた継続高校の隊長の…呟きにしか聞こえない…力ない歌声が聞こえる。

 

『…死んだ七の子 昇るころ~…♪』

 

 というか、歌詞が怖い!!

 

 

 

 >

 

 

 

 

 

『……』

 

 

『尾形…ドアぐらい閉めてけよ…』

『…継続の隊長のアンケート。なんでか着物が入ってる。ファンタジーだって言ったろうに…』

『なんで、武器枠が藁人形なんだよ…』

 

『なぁ…中村。さっきから思ってるんだけどさ』

『なんだよ、林田』

『…尾形、ちょっと酒臭せぇんだけど…』

『はっ!?』

『…さっき気づいたんだけどさ。用意されている飲みモノ…ちょっと酒臭いんだよ…』

『……まさか』

『…俺ん家、実家が酒蔵だからよ。何となく分かるんだよ』

 

『……マジか?』

 

 




閲覧ありがとうございました

はい。今回、ちょっと中の人ネタ


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第 5 話~続・男子会です! 継続高校の場合~

年始から頑張って更新!

今回、ちょっと「西住 まほ 正史ルートPINK」が、絡んでいます。
読まなくとも大丈夫な様に…出来たかなぁ…



「分かった。んじゃ、このままロビーにいればいいんだな?」

 

『う、うん! ミカさんが、そっち行くから!』

 

「…なにを焦ってるんだ?」

 

『焦ってないよ!?』

 

「…まぁいいけど」

 

『この会場まで隆史君が来るより!! ミカさんがそこまで行ったほうが早いから!!』

 

「……」

 

『そこに! いてね!!』

 

ロビーに来た所で、部屋が分からないのに気がつき、みほにメールを送った。

 

送信後に即、着信。

 

カンテレを抱き抱えて、ロビーのベンチ…といっても、背もたれの無いソファーみたいなモノに座って待つ事にした。

なんだろうか?

随分と後ろが騒がしかったけど…。

 

「了解…」

 

一言返事を返し、携帯の通話を切る。

 

しっかし…体が重い…。

たかだか1徹したくらいで、ここまでダルくなるか?

前世じゃ、徹夜なんて当然だったから慣れていると思ったのに。

しかも体が、昔より若いし頑丈だというのに…。

 

ぐらんっと一瞬、視界が揺らいだ。

いかん…。

しかし、ちょっとこの感覚も覚えがある…。

 

……。

 

あぁ…あれだ。徹夜後に酒飲んだ後とかに似てる。

両腕を膝に乗せ、人通りが少ないフロント前を眺める。

どこから、ミカが来るかわからないしな。

というか、ちゃんと来たのか…。てっきり逃げると思ったんだけどなぁ…。

 

……。

 

…………。

 

……眠い…。

 

一人になったとたんに、睡魔が襲ってくる…。

またこのソファーも、さすがホテル備え付け。

横になりたくなる様な、柔らかさ…。

 

顔が、上半身共に項垂れる。

すこしボヤけた視界に…青い服装の……

 

 

「……」

 

 

…。

 

 

「……隆史?」

 

 

……。

 

「……」ユサユサ

 

………。

 

「……」

 

…………。

 

「……」ニタァ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…隊長。継続の隊長が、帰って来ませんね」

 

「……」

 

継続の隊長が、部屋を出て、隆史がこちらに来る気配が無い事から、本格的に休憩時間となった。

仕出しの弁当が配られ…少し早いが、食事となった。

しかし、私達は特に食べる気にはならなかった。

 

…継続の隊長が帰ってこないからだ。

 

それは、再開されたテレビ中継にも、隆史の姿が見れなかったからというのもある。

私達、黒森峰と聖グロリアーナは、用意されたものを無視をしていた。

 

一旦、場の流れが変わった為に、みほ(黒)からの追求も無くなった。

…正直助かった…。

みほ(漆黒)は、対処するのに非常に体力を消耗する…。

正直、一試合行う方が楽だ。

 

「…っ!?」

 

「…な…なに? お姉ちゃん」

 

驚いた…。

何気なく見たみほが…。

 

「ピーマンを普通に食べている…」

 

「…隊長、そこ驚く事ですか?」

 

「…幼少より、お母様が激怒して食べさそうとしても、一切口にしなかったんだぞ?」

 

「……」

 

「…っ! 隆史のお陰か」

 

「お姉ちゃん…。私も流石に…普通に食べるよ…高校生だよ?」

 

「…分かった。ならば私は食事はいらないから、私の分もやろう」

 

「!?」

 

みほの弁当に、強引に私の分のピーマンを乗せてみた。

あ。ついでに、エリカの分も。

 

…なにを呆然と眺めているのだろう。

怨みがましい目で見られてしまった…。

 

「……」

 

「…なんだエリカ」

 

「いぇ。平和だなぁ…と」

 

 

 

 

『…なぁ。尾形、帰ってこねぇんだけど』

『まぁ、丁度昼休憩になったし…別にいいんじゃね?』

『いやな…徹夜明けで…本当に酒入ってるってんならさ、どこかで寝てそうで…』

『ま、一時間経っても来なかったら、探しに行ってやるか』

 

 

 

 

テレビから中継の音声が聞こえてきた。

そうか、まだ帰らないのか…。

各高校の連中も、暇を持て余しているのか、ウロウロと徘徊している者が出てきた。

…まったく、落ち着きのない。

 

 

 

 

『そういやさ、さっきの話だけど』

『…どの話だ。今回話の内容が濃すぎて、判別がつかん』

『尾形の中学の時の話。ほら夏祭りでって言ってた』

『あぁ…』

『あれさ…絶対、相手って西住さんだよな…』

 

 

 

 

ガタンッ!!

 

また一斉に着席したな…。

みほ…こちらを見るな。

 

……。

 

……見るな!

 

 

 

 

『さぁ? 俺はそうは思わねぇけど』

『そうなのか? んじゃ誰よ』

『…俺の予想だとな』

『おぉ』

 

『 姉の方だ 』

 

『……』

『……』

『…あの、怖い人か?』

『…あの、怖い人だ』

『……』

『……』

『…確かに、体はエロいけど…』

『エロいな。問答無用でエロいな』

 

 

 

 

「…隊長。赤面してる所、悪いのですけど」

 

「…なんだ?」

 

「あいつら、殺しに行っていいですか?」

 

「……」

 

 

 

 

『…尾形な。あの怖い人の事を、可愛いと言う』

『なっ!?』

『可愛いは無いわな…どちらかといえば…凛々しいとか、綺麗系とかだよな』

『……』

『……』

『エロい体してっけどな!』

『してるな!!』

 

 

 

 

「あ、赤星? 大洗に大至急、マウス搬送して」

 

「……」

 

「は? 修理中? なら、動かせる全車輛を持ってきなさい」

 

 

 

 

『…話を戻すが、尾形は、思い出したって言ってたよな』

『言ってたな』

『もし本当に西住さん相手だったら、んな言葉出てこない。だから姉の方だと俺は睨んだ』

『……』

『……後、俺の勘だがな。少し濁した言い方…あの言い方だと…』

『……』

『多分、それ以上の事も…』

『!?』

 

 

 

「よし、エリカ」

 

「へ!?」

 

「私は、隆史を探してくる。エリカは、ここにいてくれ」

 

「えっ!? はい!?」

 

即座に立ち上がり、出口に向かおう!

よし! 今度は、みほに掴まれなかった!

 

「ちょッ!? え!? 隊長!! この空気の中に置いていかないでくださいよ!!」

 

「…二手に分かれるのが得策だ。隆史が部屋に戻ってきたら連絡をくれ」

 

「」

 

みほは、ロビーと言っていたな。

うむ、後ろがうるさい。

大丈夫だ。逃げるわけじゃない。

みほ(黒)が、怖いだけだ!

 

早足で、会場を後にした。

 

聞こえない。

 

後ろの声は聞こえない。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

……。

 

 

 

そうだな。

 

そうしてここ、ロビーに来てみた訳なのだが…。

即、発見できるとは思ってもみなかったな。

フロントを抜け、ロビーの隅にいたのをすぐに見つけた。

 

はは…。

 

……。

 

見つけた直後、早足をやめ、ゆっくりとソレに近づく。

 

はっ。

 

接近を気付かせる為に、足音を立ててやりたかったが…絨毯廊下では無理だな。

だから…すぐに声をかける。

 

 

「何をしている継続の隊長」

 

「おや、西住流…お姉さんの方だね」

 

「…隆史は、寝ているのか?」

 

「そうだよ。私がきた頃には、夢の中だった」

 

「…そうか。それで、貴様は何をしている」

 

「ん? 見て分からないかな?」

 

…この女

 

「久しぶりだ……ここまで、感情的になりそうなのは」

 

「そうなのかい?」

 

テレビ映像の状態を見ても、隆史がおかしかったのは分かっていた。

徹夜までしたと言っていたな。

 

「…そこをどけ」

 

継続の隊長が到着した時、すでに隆史は寝てしまっていたのだろう。

そこから…憶測だが、彼女自ら体を誘導したのだろう。

 

「そこは、私の場所だ。…私だけの場所だ」

 

「へぇ…それは、決められている事なのかい?」

 

「私が決めた。だからどけ」

 

隆史は横になっていた。

ホテルの備え付けのベンチをベットにして。

 

…ただ。

 

「…それは…お断りだね」

 

「……」

 

「……」

 

この女の膝の上に、頭を乗せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

なんだ?

すっごい悪寒がする。

…ぬ…寝落ちでもしてしまったか。

 

あれ…。

何かに頭を乗せている感触がある。

なんだこの柔らかいの。

 

…んぬっ!? 

なんかスベスベする。

なにか確認しようと手を伸ばしたら、そんな感触。

 

「……」

 

目を開けた視界の先。

 

……。

 

誰?

 

「おや、起きたのかい?」

 

どこかで聞いた声…。

 

「…誰だ?」

 

「おやおや。私の顔を見忘れてしまったのかな?」

 

「…胸が視界を遮って、顔が分からん」

 

「……」

 

「……んっ!? 胸!?」

 

コレは…ひょっとして、膝枕というやつか!?

え!?

流石に声で、すぐに分かった。

寝ぼけというのが、無くなった

 

ミカの膝を枕に、仰向けに寝かされている。

先程から触る、手の感触はミカの膝…か!?

 

 

「痛っ!?」

 

「なんだこの手は」

 

なんか、手の甲を抓られた。

そのまま引っ張られる。

 

「…いつまで、この女の膝を撫で回している」

 

「まほちゃん!?」

 

目の端、昔馴染みの顔が見えた。

 

…うあぁぁ。

 

目元が暗くなってる!!

その割に、目自体はギラギラと…。

 

「…起きろ」

 

寝てしまっていた。

脚を投げ出し、地面で踏ん張り…体は椅子の上。

体を起こそうと、腹に力を入れた。

後頭部の感触が非常に気持ちがいいが…。

 

お…起きないと死ぬ!!

 

―が。

 

「ふぐっ!?」

 

目の前が暗くなった。

前方から、なにか大きくやわらかぁぁあ!!!!

 

「おっと、いけない。靴紐が解けているね」

 

靴紐!?

 

「ちゃんと結ばないとね?」

 

前屈の様に、上半身を倒してきた!?

え!? なんで!? 

息できない!!

膝と上半身で、顔を挟まれた!!

 

「…貴様の靴は、ローファーだ。靴紐なぞ無いだろう」

 

「あぁ…そうだった。うっかりだね」

 

「……」

 

またすぐに、体を…離さない!?

なに!? 一体どういう状況!?

 

んっ!? 襟首を掴まれる感触。

その襟首をひっぱられ、そのまま横にずり落とされた…。

 

「おや。乱暴だなぁ…」

 

「…床は絨毯だ。さして痛くはないだろう」

 

上半身を起こし、周りを確認してみる。

キョロキョロ確認すると、先程座ったベンチ前。

何も変わらない。

ロビー…若干、フロントスタッフのお姉さんが、侮蔑の視線を俺に投げてくるだけ…。

 

……。

 

うん! いつもと変わらない!!

 

……うん。

 

睨む、まほちゃん。

その殺気を、涼しい顔して受け流すミカ。

 

…なにがあったんだ?

 

俺が床に落ちて、立ち上がると、自身の膝を何度かポンポン叩く。

……なんのつもりだろうか?

 

「もう少し休んでいくかい?」

 

「結構だ」

 

その問いに、まほちゃんが答える!?

 

「フフッ」

 

なにが面白いの!? なにがおかしいの!?

なぜ笑ったぁ!!??

愉快そうに小さく笑いながら、俺の持ってきたカンテレを、手に取る。

数日手にしていなかった為か、何度か撫でていた。

 

「じゃ、私は十分堪能したから会場に戻ろう」

 

「……」

 

「お姉さんが怖いからね」

 

「……」

 

いつもの軽口のミカ。

が。

ずっと、まほちゃんの目を…睨んでるのか!?

あのミカが!? え!?

目を細めて、真剣な眼差しで…え?

 

「隆史。大丈夫。…今日は最後までいるからさ」

 

「…えっ!? あ…あぁ」

 

カンテレを抱き上げ立ち上がり…そのまま、ロビーへと歩き出した。

特にもう何も言うつもりは無いのか…無言でそのまま、廊下の奥へ消えていった。

その背中が完全に見えなくなると、まほちゃんがこちらを振り向き。

 

「…隆史」

 

「んん!? なんでしょうか!?」

 

制服のネクタイを掴み、自身の顔元に引っ張ってきた。

鼻呼吸の息遣いが聞こえる…。

 

「…隆史、お前…酒など飲んでいないだろうな?」

 

「飲むわけ無いでしょう!? 昨日から、お茶しか飲んでないよ!!」

 

「……確かに、匂いはしないが…。ふむ」

 

至近距離で目が合う。

相変わらずきっつい眼差し…。

 

「……」

 

「……」

 

「……(オモイダシタ)」

 

「!?」

 

突然、突き飛ばされる様に体を離された。

びっくりしたぁ…。

 

「…み…みほには、黙っていてやろう」

 

「え…」

 

「貸しだな。コレは…」

 

後ろを振り向き、そのまま少し上ずった声で、珍しくそんな事を言ってきた。

まほちゃん、貸し借りなんて普段言わないのに。

……。

あれ?

 

「…お前も用は済んだのだろう? 早く戻れ」

 

「ん? …分かったけど、あのまほちゃん?」

 

「なっ! …なんだ?」

 

「どしたの? 耳がすっごい赤いけど」

 

「!?」

 

あ。

俺の問いを無視して、早足で歩き出した。

あれ~…。

そのままミカと同じ方向の、廊下の奥に消えていった。

 

「……」

 

取り残される俺。

 

それと侮蔑の視線がいくつか。

 

……。

 

…………。

 

訳が分からないよ!!

 

 

 

 

--------

------

---

 

 

 

 

どうやら寝てしまっていたのは、3,40分程度だった。

少し寝たので、体が多少楽になった気がした。

胃は痛いけど…。

 

まぁ、カンテレも返す事もできたし、もう戻ろう。

残りの選考もチャッチャとしたいし。

 

……。

…………。

 

うん。

 

でも甘かった。

 

素直に部屋には帰れなかった。

 

胃のダメージが致死量を超えそうだった。

 

だって…。

 

 

「モテマスネ、タカシクン」

 

 

左肩に手を置かれた。

 

否。

 

掴まれた。

 

 

「タカシクン。ウワキ、デスカ?」

 

 

右肩に手を置かれた。

 

否。

 

握られた。

 

 

膝が笑う。

いやぁー…大爆笑だ。

 

「……な…なんでいるんですか…」

 

「なんでと言われましても…明日、撮影があると聞いていたので、現地入りしただけですよ?」

 

「決勝の三日後だと、聞かされていたのですが? 違いましたか?」

 

「…いえ。合ってます。ただ、ここでやるとは聞かされていませんでした…」

 

「あら、担当者が把握していないのは、どうかと思いますが?」

 

「…あの理事長へは、ここに宿泊する旨を、報告してあったのですが?」

 

あのハゲ!!

 

ふざけんな!!

 

「し…しほさん、千代さん……」

 

いつもの格好の、いつもの二人組が、俺の背後を取っている…。

ギリギリと、両肩に痛みががががが!!

 

「いえね? チェックインの手続きの最中、見慣れた顔が…いえ、人物を見つけたモノですからね?」

 

「まさか、往来の元。堂々とあの様にされるのは…些か遺憾ですね」

 

「ちっ! 違っ!!!」

 

「ここでは、目立ちますし…あちらで、お話しましょうか?」

 

「大丈夫です、あまり時間は取らせません」

 

「」

 

そのまま両肩を軸に、引きずられる…。

 

 

「」

 

 

…多分、今日こそ俺の胃に……穴が空くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

『でもよぉ。あいつ酔ってると思うか? 確かにいつもとは全然テンションちげぇけど』

『おー…あいつ酔っ払うと、ロボットみたいになるんだけど…ちょっと違うんだよなぁ』

『…なんじゃそりゃ』

 

 

 

 

隆史君が帰ってこない。

会場には、怒っているのかよく分からない状態のお姉ちゃんと、涼しい顔してちょっと変な空気のを感じるミカさんは帰って来た。

だって…たまに二人とも、睨み合ってんだもん。

なにがあったんだろ…。

 

 

 

 

『で? どうだった?』

『…用意されたお茶。ありゃ、すげぇ薄めた、焼酎のお茶割りだ』

『……』

『徐々に酔っていくパターンだな、ありゃ』

『…それで、ほろ酔い状態に陥ってんのか、アイツ』

『徐々に酔っていく飲み方するとな、酒って抜け難くなるんだってよ。爺ちゃんが言ってた』

『…毒みたいなモンだな…』

『まぁ、大丈夫じゃないの? 尾形の酔い方、普段と違うんだろ?』

『……』

『どうした?』

『多分…一番最悪な、酔い方してそう…』

『どういう事だ?』

 

 

 

 

……。

 

あ、気が付けば全員が、席に戻っている。

そして物凄く真剣な眼差しで、テレビ画面を見つめてる…。

 

……最悪な…酔い方…。

 

 

 

 

『アイツ…大体、本当にロボットみたいに、言われた事を、実行するだけになるんだけどよ』

『ふむ』

『まぁそれで、大体の選手達が面白がってちょっかい出して、色々と尾形に反撃くらって撃沈してるんだけどさぁ…』

『…それはそれで、どうなんだよ』

『…今回の尾形。自我が結構強く残ってるんだよよ』

『まぁ…普通に話してたしな』

『しかも結構、欲望全開だろ? 衣装選ぶ時とか』

『…そうだな。楽しいけどな!!』

『確かに楽しいな!!』

 

 

 

 

《 コイツラ 》

 

あ。

殺気が増した。

 

 

 

 

『まぁいい…で、だ』

『おぉ』

『欲望全開状態の、タラシ殿状態…といえば分かるか?』

『……』

『今のアイツを、各選手達の前に出さない方が、俺はいいと思う…』

『………』

『あの尾形……何するか分からんぞ……』

『…………』

『はっ…時間が掛かる分、レアな酔い方かもしれんがな!』

 

 

 

 

……。

 

せ…静寂が……。

 

「…確かに、隆史。撫で回していたね。普段なら気づいた時に即、やめるのに…ま。私は構わないけどね」

 

「……」

 

あ。

お姉ちゃんと、ミカさんがまた睨み合いだした…。

ちょっとミカさんの位置が、私から遠くて…何を言ったか分からないけど…。

お姉ちゃんが、敵意をここまで出すのって珍しいなぁ。

なにが…本当になにがあったんだろ。

 

取り敢えず、隆史君被害者の会…の方々は、大体震えてるね!

 

……。

 

うん! 怖い!!

 

 

 

 

『ただいまぁぁ!!!』

 

『『 うわぁ!? 』』

 

『…びっっくりしたぁ……なんつーテンションで帰ってきてんだよ…』

『おぉ、出て行ってキッカリ、一時間だな』

『ちょっと……ごめん……待っててくれ』

『あ…』

『……』

 

……

 

『飲んでるな…』

『一気飲みだな……』

 

……

 

『まだ飲んでるな』

『…大丈夫だろうか?』

 

……

 

『…すまん。再開するか!!』

 

『テンションたけぇなぁ…どうした?』

『いや…ちょっと、大御所二人に絡まれて…』

『…まさか。あの家元か? 二人!?』

『ちょっと誤解されてな!! 殺気をモロに受けた!!』

『…よく生きて帰ってきたな』

『いやぁ! 赤星さん…あぁ、黒森峰で色々教えてくれた人だけどな?』

『…おぉ』

『その教えてくれた事試したら、素直に許してくれた!! 怖かった!! マジデ、イノチノキキヲ、カンジマシタ!!』

 

『……(この状態のタラシ殿だろ?)』

『……(何したら、あの二人の殺気を解除できるんだろうな?)』

 

『どうした!?』

 

『いや…その二人、最終的にどうなったの?』

『許してくれたよ?』

『いや……そうじゃなくて……』

『まぁ、あれだ林田。少なくとも西住さんの母親だぞ?』

『そうだな! 如何わしい事は無いよな!!』

『…お前ら』

 

『しかし…テンション高いな…』

『人間…命の危機を感じると…こうなるんだよ…』

『で? なんで家元さん達いるの?』

『…あぁ。あの二人、今回のLR対象なんだよ』

『…それは、大丈夫なのか?』

『まぁ、撮影明日だし、多少腰抜けてても大丈夫だろ? 明日までには回復するだろ!!』

『いや…そういう意味じゃな…………は?』

 

『待て。今なんつった』

 

『撮影明日…』

『違う!! 腰が抜けた!? なんで!!??』

『え? 俺が誤解を解こうと…』

『だから『 まて! 林田!! 』』

 

(やめとけ! 踏み入るな!!)

(え…)

(好奇心は……寿命を縮める…)

(……)

(…いいか? 冗談でも何でもなく…下手すると……ドイツの山奥辺りで、お前発見されるぞ?)

(……)

 

『…何想像してるかしらんが、変な事はしてないぞ。お前ら』

 

 

 

 

………

 

…………

 

 

「ね…ねぇミカ?」

 

「なんだい? アキ?」

 

「…前の西住姉妹が、揃ってすごい事になってるんだけど」

 

「風の流れを止めてしまったね」

 

「…どういうこと?」

 

「…風すら逃げ出したんだよ」

 

「……」

 

……

 

…………

 

 

 

 

 

『よし!! 今回は、流れを少し変えよう!!』

『そ、そうだな! 林田!!』

『…いいけど。どうした? 二人共…』

『んじゃ、カンテレ…じゃない、継続高校で!』

 

『……』

 

『どうした尾形』

 

『本当に…男だけの空間は素晴らしい!!』

 

『『 …… 』』

 

『…この空間が素晴らしいぃぃ…』

 

『…お前、本当に疲れてんだな……』

『……ホモじゃないのは、わかるから。うん…だから気にするな、もういいから休め。な?』

『まぁ…もう後、半分くらいだから、頑張る…』

『おぉ…』

 

『んじゃ、まず誰から行く?』

『アンケート結果が…というか、ミカ達って普段フラフラしてるからよ。…数が少ない』

『ふーん…んじゃま、また逆からいこうか? えっと、アキさん?』

『おぉ…ロリ枠』

『ふむ。俺の癒し枠。オペ子にも匹敵するな!!』

 

 

 

 

 

「!?」

 

「アキ? どうしたんだい?」

 

「…なんだろう…すっごい見られてる……視線を感じる…」

 

「出処は、分かりそうなモノ…だけどね」

 

「」カタカタ

 

「…そういえば、先程からミッコが静かだね」

 

「ん? あぁミカの分のお弁当まで食べたら、お腹いっぱいなのか、寝ちゃったよ?」

 

「……」

 

 

 

 

『これまた、高校生に見えないなぁ…まぁいいや』

『なんだ? またヒーラーか?』

『…実はな』

『おぉ』

『継続は、またモンスター枠で行きたい』

『ほう?』

『どうせ、アキとミッコは兎も角、ミカは絶対に、吟遊詩人とかになりそうで、面白くないしな』

『まぁ…イメージそのまんまだしな』

『んで、衣装は?』

『今回は、サンダースと一緒で、全員セット』

 

 

 

 

 

「…隆史さん。面白くないって……」

 

「変わればいいってものじゃない。…いつもと同じ…変わらないモノの良さ…というのもあるんだよ?」

 

「…今の隆史さん。何を選ぶか、想像つかないもんね…ま。それ言っても隆史さんには、聞こえないけどね」

 

「……」

 

 

 

 

 

『んで、どれ?』

 

『 獣 人 』

 

『…お前…やっぱりすげぇな』

『モデルは、ワーウルフだな』

『まずな、アキとミッコ!』

『…時間が空いても、壊れたまんまだな、尾形』

 

『旧スク水みたいなのに、毛並みつけたタイプの衣装!!』

『…この猫耳…もとい、狼の耳か。結構でかいな』

『この…アンバランス感!!』

 

『ニーソと長い手袋…ロンググローブにも毛並み!!』

『色は、白ベースの薄い青!!』

『尻尾はちゃんと狼の!!』

『モコモコだな』

『モコモコだ!!』

『なんか、ずっと尾形のターンだな…』

 

『でもこの二人って事は、隊長さんは違うのか?』

『そうだな! 二人は子狼って感じでな!』

『んじゃミカさんは?』

『この後ろは普通の、ハイレグ水着に毛並み!! ちょっと長い毛並みで!!』

 

『『 …… 』』

 

『尾形…』

『なんだ!?』

『ハイレグってなに?』

『なっ!?』

 

 

 

 

「ミカ知ってる?」

 

「…知らないね」

 

「ロクでもなさそうだけど…」

 

「……そうだね」

 

「取り敢えず、前で歓喜に打ち震えてるいる理事長に、怒りを感じるよ」

 

「……」

 

 

 

 

『そうか…今日日、言わないのか…』

『…それを知っている、お前にびっくりだ』

『ただし!! 胸元は、バニーガール仕様!!』

『あの戦闘力を生かさないのは、勿体無いしな!』

『……』

『…どうした? 林田?』

『いや…ネットで調べたらすごい画像が出てきた。なんだこの水着…』

『!!!』

『師匠!!』

 

 

 

 

「……」

 

「…テレビ画面に、すごい写真が張り出されたね」

 

「……」

 

 

 

 

『んでもって…』

『まだ…ここから、なにかあるのか!?』

『武器は、鉤爪の様なこのごっついの』

『・・・』

『あ。後、チョーカーつけないと』

『刺がついた首輪とかじゃないのか?』

『…俺にそっちの趣味は無い!!』

『……』

 

 

 

 

「…隆史さん。はっきり趣味って言ったね…」

 

「……」

 

「…ミッコ、起こして上げないの?」

 

「……」

 

「すごい衣装選ばれてるけど…」

 

「……お弁当」

 

「……」

 

 

 

 

『こんな感じでどうだろうか?』

『まぁ…いや。いいけど…』

『んじゃ! 採用!!』

『結局、尾形はなんでこの…獣人なんて選んだんだ…』

 

『……』

 

『……』

 

『…分かった! 引かないから!!』

 

 

『が…』

 

『が?』

 

『あの三人に「がぉー」って、言わせたい』

 

『……』

 

『……言わせたいんだァ!!』

 

『……』

 

『…お前将来、日本戦車道連盟に就職しろよ…』

 

『…多分、いい仕事できるよ……』

 

『…あのハゲの下には、付きたくない』

 

『『 …… 』』

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

「ん~…あれ? ミカいつ帰ってきたんだ?」

 

「「 …… 」」

 

「ぁあ? なんだ? 隆史も帰ってきてんじゃん」

 

「「 …… 」」

 

「…なんだあの衣装。あの恥ずかしいの、プラウダ着んの?」

 

「「 …… 」」

 

「…どうした、二人共」

 

「あれを着るのは、私達だよ…」

 

「は?……はぁ!?」

 

「…」

 

「……あれを着て、隆史に「がぉ~」って言っておやり。多分喜ぶから…」

 

「……」

 

「……」

 

「ま、いっか。それ言や、隆史喜ぶのか?」

 

「「 !? 」」

 

「ふ~ん。分かった。「がぉ~」ね」

 

「「 …… 」」

 

 

 

 

 

 

『はい、継続は終了…っと』

『次は、流石にプラウダだな』

『そういやよ。なんかプラウダに知らない人がいたな』

『ん? 誰?』

『いや…知らないんだから、分からねえよ…』

『カチューシャ選手とノンナ選手。その横にもう一人いた。金髪の美人』

『…金髪?』

『なんだっけか…クラ……クララ? とかなんとか、ロビーで呼んでいたの聞いたぞ?』

『…クラーラか?』

『そうそう! そんな名前!』

『……』

 

『尾形?』

 

『……』

 

『どうした…頭か抱えて…まさかまた知り合いか?』

『…クラーラさん…本当に来たのか。マジで、留学したのか…』

 

『またタラシ殿ですか?』

 

『彼女は違う…実際に会ったのは一回だけだ。というか「また」とか言うな!!』

『その割には、なんか態度がおかしいな』

『…あの人、カチューシャ・マニアみたいなモノでな…ノンナさんと同じ空気がするんだよ』

『ふーん…で? お前との関係は?』

『あの人は……』

『ふむ? あの人は?』

 

 

『俺の…ロシア語の先生だ…』

 




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第 6 話~続・男子会です! プラウダ高校の場合~

時間短縮の為に今回、ロシア語会話の場合 [ ] 表記にしました


『はい、んじゃ次はプラウダだな』

『『 …… 』』

『どうした?』

『いや…お前、一体どんだけ、他校に知り合いいるんだよ…』

『それにロシア語の先生って、どういう事だ?』

『そのまんまの意味だけど…あ、ちょっと待て。…だから袖を引っ張るな』

『『 !? 』』

 

 

 

[ どういう事ですか? 同士クラーラ ]

 

[ どういう事? …知りませんでしたか? ]

 

[ …初耳です ]

 

[ 以前、留学の為に青森港に下見に出向いた際に、彼と出会いました ]

 

[ …… ]

 

[ 心配なさらないで下さい。彼とは、そういった仲ではありませんので ]

 

[ …… ]

 

[ …ところで…カチューシャ様が、見当たりませんが…? ]

 

[ …カチューシャは今、お昼寝…!? いない!? ]

 

…なんだか、プラウダ高校の席が騒がしい…。

ロシア語で会話をしている為か…何を言っているのか分からないから、少し不安になるなぁ…。

隆史君いれば翻訳してくれると思うんだけど…画面に写ってるしなぁ…。

 

あ。

 

あぁ!?

 

 

 

 

『まぁ、青森に来ていた彼女と会ってだな。彼女はそこで、俺がプラウダ高校…まぁ、カチューシャの知り合いだと知った訳だ』

 

『『 …… 』』

 

『丁度、ノンナさんとカチューシャに内緒で、ロシア語勉強しようと思っていた所でな』

『ちょっと! 内緒にする意味が分かんないわよ!』

 

『『 …… 』』

 

『まぁ色々あってだな。ネットのライブ映像とかで、教えてもらう事になってなぁ…』

『…その色々ってのが、一番重要だと思うのだけど!?』

 

『『 …… 』』

 

『対価が、カチューシャの動画とか、写真とかだったな!』

『はぁ!? それで一時、私の事を携帯でやたらと撮影してたの!?』

『許可取ったじゃないか』

『んな事に使われると思わなかったわよ!!』

 

『『 …… 』』

 

『そういった経緯だ。な? 別に変な事じゃないだろ? 現地の人間に教えてもらうのが一番かと思ったんだ』

 

『いや…尾形』

『もう、そんな事よりな』

 

『んぁ?』

 

『その、膝の上のなんだ?』

『カチューシャだな』

『上のって何よ! 失礼ね!!』

 

『…………』

 

『何よ、タカーシャ』

『いや…なんでいるの?』

『気づけよ!! 流れる様に膝の上に乗せてたぞ!?』

『……記憶にない…』

 

 

 

 

[ カチューシャ!? ]

 

[ 私達に気付かれないように、会場を抜けるなんて… ]

 

…現場に、カチューシャさんがいる。

理事長も予想外だったのか、口を開けて固まっているなぁ。

 

「カチューシャ…。堂々とまぁ…良くあの場に行こうと思いましたわね」

 

「流石に、この状態を暴露するとは、思いませんが…思い切りましたね」

 

「…というか、よく尾形さんの居場所が分かったものね」

 

「「 …… 」」

 

「「隆史さん」…じゃなくて、よろしいのですか? アッサム?」

 

「……」

 

「……」

 

「…というか、よく隆史さんの居場所が分かったものね」

 

「…綺麗に言い直しましたわね…」

 

「……」

 

あれだね! 

周りが冷静じゃないと、自身が冷静になる原理と一緒だね!

喉元過ぎれば熱さを忘れる…って奴かなぁ…。

…麻痺してきた自分が嫌だなぁ…。

 

 

 

 

『会場が暇だったからこっち来たの!!』

『暇って…お前…。この場所良くわかったな』

『廊下で、フラフラしている、元気なのか、疲れているのか、よく分からない状態のタカーシャを見かけたのよ』

『……アノ、アトカ』

『…その後ろを着いてきたわ!!』

 

『『『  ……  』』』

 

『…もう、突っ込み疲れたから…このまま行こうぜ…』

『本人目の前にしてか!?』

『なによ!! 文句あるの!?』

『イエ、ナニモゴザイマセン』

 

『んじゃ、まずカチューシャだな』

『どうするんだ尾形』

『まず、アンケート結果ってな『海賊』』

 

『 海 賊 』

 

『来たな…また被せてきた…』

『でもまぁ、普通だな』

『ちなみに、ヴァイキングも似合うと思ったけど、パイレーツの方な』

『でもなぁ…』

『なんだ? 異論あるのか?』

『いや、プラウダってロシア風だろ? 北欧の方がイメージ強いからな』

『ふむ、言わんとする事は、分かる……が!』

『なんだよ…』

『当時、ロシア人は、ヴァイキングと敵対していたとか、恐れていたとか色々有るけど…そんな細かい事はどうでもいい!』

『…ふむ。その心は』

 

『 露 出 度 』

 

『『『 …… 』』』

 

『即答したな…』

『お前ら。…ノンナさんいるんだぞ』

『『 …… 』』

 

 

『採用』

 

『…あんた達……』

『カチューシャ選手いるのに、ぶれねぇな尾形』

『大丈夫だ! コレはカチューシャにも、ちゃんと関係ある!』

 

 

 

 

[ 尾形サン…、まさかカチューシャ様にも、如何わしい格好させるつもりでしょうか? ]

 

[ 隆史さんなら大丈夫だと思います。むしろ…私ですかね…… ]

 

…その信頼は、どこから来るんだろう…。

というか、なんで今、ロシア語理解できたんだろう…

 

 

 

『んじゃ、まずカチューシャだな』

『お…おぉ』

『まず、プラウダの大将なら、衣装もキャプテンだな』

『そうね!』

『んじゃコレ』

 

『随分とまぁ…真っ赤など派手なコートだな』

『装飾も…金か…』

『ふん! 悪か無いわね!』

『まぁ、カチューシャはこういった派手なの好きだしな』

『……』

『…どうした、中村』

『尾形が、普通すぎてキモイ』

『…お前』

『…俺がこのまま、終わるわけないだろう…』

『いや…無理するな…。幼女にいかがわしい格好させるのは、犯罪になるんだぞ?』

『……あんた、バイカル湖に全裸で吊るすわよ』

『……』

『まぁまぁ。ちょっと移動するぞカチューシャ』

『分かったわ!』

 

『……』

『……』

 

『…なぁ中村』

『…あぁ』

『…尾形。移動するつって、すげぇ自然に肩車させたな』

『その行動に素直にしたがったな、カチューシャ選手』

 

 

 

 

隆史君…座ったままカチューシャさんを肩に乗せて、画面から見切れてしまった。

呆然とその方向を見続ける、残された二人。

画面からは、ガサガサとちょっと大きめな音がする…。

 

プラウダ席からは、ロシア語で色々と会話が聞こえてくる…。

 

[ 尾形サンが、カチューシャを連れ去りましたよ!!?? ]

 

[ 同士クラーラ。その慌てぶりを見て、安心する私がいます ]

 

[ !? ]

 

 

 

 

『お待たせ』

『お…この衣装と同じ…』

『衣装サンプルが全部あんだよ。試用できないと思っていたけど、丁度本人いるしな』

『でも…これ、サイズが普通の奴だぞ? でっかくないか?』

『…まぁ見てろ。カチューシャ、これを着てくれ』

『今そこの男が言ったように、カチューシャにはおっきいわよ?』

『いいから、いいから』

 

『……』

 

『中村…尾形さ。なんで裁縫セット持ってるんだ?』

『あぁ。尾形は、ある意味お母さんみたいな持ち物、いっぱい持ち歩いてるぞ?』

『……』

 

『ほれ、できた』

 

 

 

 

カチューシャさんが、着せられた派手なコート。

腕の部分を少し縮めて、安全ピンで止めたみたい。

 

…ブカブカだ。

帽子もブカブカだ。

少し斜めになってしまい、顔が少し隠れている。

 

袖はキョンシーみたいに、前に垂れ下がり、手が隠れてしまう…。

裾の部分は、あまりすぎて引きずられている。

コレは…。

 

[ カチューシャ!! ]

 

[ カチューシャ様!! ]

 

プラウダ席が…光輝いている…。

長すぎて、折れた袖口のまま、ブカブカの帽子を直しているカチューシャさん。

……。

隆史君…。

 

 

 

 

『後は、微調整でもうちょっと縮めれば…』

『武器が、二丁拳銃…というか鉄砲』

『袖に、ちょっと隠れてるのがいいだろ!!』

『…よくお前、こんなの思いつくな……』

 

『…タカーシャ。ちょっとこれ大きすぎて嫌なんだけど…』

『はっはー。いいか、カチューシャ?』

『…何よ』

 

『…俺知ってる。あの笑い方する尾形は、ロクな事言わねぇ…』

『…わかってきたな』

 

『少し大きめの服着てるとな、体が自然に追いつこうとしてな! 背が伸びたり、足が伸びたりするぞ!!』

『着る!! これ、着るわ!!!』

 

『すげぇいい笑顔で、言い切ったな…』

『……息をする様に嘘をついたな』

『アイツ、すげぇ自然に言うから、たまに嘘か本当か分からん時あるよな…』

『…なにが、嘘は嫌いだ…だ』

 

『……』

 

『なぁ…』

『いやまぁ…正直、あのカチューシャ選手。俺が見ても可愛いと思うが…』

『尾形…一心不乱に写真撮りだしたな…』

『あれだ…七五三とかで、娘の写真をひたすら撮る、お父さんの気分じゃねぇの?』

『あぁ!! すげぇ納得いく!!』

 

『あ。この武器はどうだ!?』

『ちょっと…重…重いぃ!!』

 

『いや…なんだ? でけぇ、斧持ってきたな…』

『すげぇ小道具をサンプルで置いてあるな』

『カチューシャ選手、真っ赤な顔して、斧を持ち上げようとしてるな…』

『それをまた、バッシャバッシャ写真撮ってるな…尾形』

『もう、これで採用でいいんじゃね?』

『…これでいいな。というか、今更無理だとは言えそうにない…』

 

 

 

 

[ ずるいです!! 尾形サン、ずるい!! ]

 

[ 大丈夫です、同士クラーラ ]

 

[ え!? ]

 

[ カチューシャの写真は、後で隆史さんに送ってもらえます ]

 

[ なっ!? ]

 

[ ですから、今は色々とポーズを取っているカチューシャを愛でましょう… ]

 

[ 本当ですか!? 私にも頂けますか!? ]

 

[ あら? 隆史さんのアドレス知らないのですか? ]

 

[ 知りませんよ…。彼は、あくまでロシア語講座の生徒です ]

 

[ 分かりました。では、()()()で送ります ]

 

[ ありがとうございます!! ]

 

 

 

 

 

 

『ふぅ…堪能した』

『……すげぇ笑顔だな』

『ちょっと癒された…』

『で…携帯いじって何してんだ』

『ノンナさんに、全部今の写真送ってる』

 

『『 …… 』』

 

『娘の写真共有してる夫婦か、お前ら』

『……』

『…なんだよ』

『いや…青森で、それ散々言われたなと…』

『 死ね!! 嫌味で言ったんだよ!! 』

 

 

 

 

「今度あの方に、なにか送りましょう」

 

なんで今、日本語で呟いたんだろうなぁ!?

 

 

 

 

『んじゃ、次はそのノンナさんだな!』

『……』

『……』

『……』

 

『何よ』

 

((( 決め辛ぇ )))

 

『ま、いいわ。私、そろそろ会場へ戻るわ』

 

『『『 !? 』』』

 

『どうせ、私がいるとノンナの衣装、決められないんでしょ?』

 

『『『 !!?? 』』』

 

『まぁ? 少しくらいエッチな会話もするって事でしょ?』

『か…カチューシャ!?』

『私は、何も言わないわよ。…男の子って、そういうものでしょ?』

『カ…カチューシャが、お姉さんだ…』

『…あら、知らなかった? 私の方がタカーシャより、お姉さんなのよ?』

『 』オォォォ…

『私からすれば、そんな事で一喜一憂してる方が、どうかしてるとしか思えないし?』

『…どこ見てるんだ?』

 

『…ないしょ。んじゃ私は行くわ』

 

 

 

 

せ…静寂…。

会場から音がしない…。

 

「流石ですね、カチューシャ」

 

日本語で、何かを噛み締めている様に頷いているノンナさん…。

 

「……」

 

お姉ちゃんも、なにか頭を押さえてる…。

う~ん…。

 

「ちびっこ隊長に言われてしまった…」

 

「一本取られたっすねぇ」

 

……まぁ…隆史君が、思いの他、変態さんなのは分かってたけど…。

 

「……」

 

「河嶋先輩?」

 

「ん? いやな、あのプラウダ高校の隊長の言う事も、分かる…」

 

「そうですね…」

 

「…分かるが。限度というモノが、あるだろう」

 

《 …… 》

 

 

 

 

 

『さて。んじゃノンナさんだな』

『…んじゃ、どうする?』

『これだな! コルセットで、腹下から胸元まで、左右紐で締めるやつ!!』

『即決だな! 迷う必要ないのって楽だな!!』

『それにこの時代のコルセットって、すげぇ胸強調するよな!』

『素晴らしいよな!』

『素晴らしいな!!』

 

 

 

 

 

「な? 壊れた尾形書記だぞ?」

 

《 …… 》

 

ノンナさんが、頭抱えてる…。

 

 

 

 

 

『色は、やっぱりプラウダっぽく、赤と黒だな。カチューシャとセットにするか』

『下はどうする? スカート?』

『そうだなぁ…このレースので、いいか』

『いや、ここはズボンだ。その方が体型を強調する!!』

『…本当に、今日の尾形は神がかってるな……ダメな方に…』

『あっ! 後、この眼帯もつけるか!!』

『…なんか似合うな…』

『黒髪だしな!』

『帽子は?』

『…………』

『どうした?』

『いや…、どうしたもんかと』

『おや、珍しい…迷ってる』

『ほら、ノンナさん髪の毛、すげぇ綺麗な黒髪だろ? あんま隠したく無いなと思ってな』

 

『……』

 

『…なんだよ』

『だから…そういう事をサラッと言うな…』

 

 

 

 

「……っ」

 

……。

 

あの、ノンナさんがニヤケテル…。

 

「…なんて顔してんのよ、ノンナ」

 

「お帰りなさい。カチューシャ様」

 

「…やっぱり、ロクでもない会話を始めたわね…」

 

「……っ!」

 

「あ、今。彼女は口を開くと変な声が出そうらしくです」

 

「……」

 

 

 

 

『んじゃ、コレは? 額に巻くバンダナ』

『……はぁ…林田』

『…お前、馬鹿だろ?』

『は?』

『あのエロいおでこ隠して、どうすんだよ。バカじゃねえか?』

『これだから、童貞は…』

『……』

 

 

 

 

「……」

 

あ。今度は微妙な顔した…。

 

 

 

 

『んじゃ…そのままでも、いいじゃねぇか』

『…それしかないか…。少々残念だけど…』

『そうだな…』

『…泣きそうな顔すんなよ』

 

『んじゃ! ノンナさんも決定!! ノンナさんは簡単だったな!!』

 

 

『…今さらだけど、ノンナさんは、ワイシャツも似合うからなぁ…』

『んじゃ、コルセットの下に着てもらうか?』

『でも胸元空いてないと、女海賊じゃねぇだろ?』

『『 そうだな!! 』』

 

『…ワイシャツもそうだけど、服着てる時のさ…』

『お…おぉ?』

『胸の谷間にできる、左右に引っ張られる感じの、服のシワが好き…』

 

『……』

 

『…ごめん、それは分からん』

『……』

 

『んじゃワイシャツで、左右に引っ張られて、ボタンとの間にできる小さな隙間』

 

『……』

 

『『それは、分かる!!』』

 

『だろ!! ノンナさんなら、それが両方とも再現できるんだよ!!』

 

 

 

 

「…西住」

 

「……はい」

 

「あれは、いいのか? もはや衣装の話じゃないぞ?」

 

「……」

 

 

 

 

『あ、そうだ。新顔のクラーラさんは、どうするの?』

『今回撮影枠に入ってないからな。無しで』

『お前なら想像くらい、しそうなものだけどな』

『…んじゃ、時間無いから、さっさと次行くか』

 

 

 

「 …… 」

 

「クラーラ。あんた、なんでちょっと残念そうなのよ」

 

「タカッいえ。尾形さん、私にはあまり興味が無いのかと」

 

「…逆に、この場面じゃいい事じゃないの?」

 

「そうですかね?」

 

「…ノンナ?」

 

「…………」

 

「…ノンナ? なんでクラーラに顔近づけてんの?」

 

「……」

 

「…ノ…ノンナ? 近くない? え?」

 

「……」クラーラ

 

「…………」

 

 

 

『次は、最後の相手の黒森峰……ってどうした? 携帯見つめて』

『…』

『ん? 着信でもあったか?』

『……あぁ』

『でねぇの?』

『…でるけど』

『話の腰折られても何だからよ、先に済ませてしまえよ』

『…分かった』

 

『…はい。尾形です』

《 …… 》

 

『…いえ、そのような事は……』

《 ……!! 》

 

『…おい、また女の声だな』

『…微かに聞こえるな』

『外出て話せば良いのに…』

『あれじゃねぇのか? さっきのカチューシャ選手みたいに、誰かに出くわしたらまずい…そんな相手…とか?』

『…その割には、なんでか敬語だな』

 

 

 

 

《 …… 》

 

また?

今度は誰だろう…。

あんなに隆史君が、他人行儀な喋り方する、知り合いはいないなぁ…。

 

 

 

 

『え!? はっ!? 来るの!? 大洗に!?』

《 ……?》

『そ…その様な事は、ございませんよ!?』

《 ……♪ 》

『 』

 

『…なんで、あそこまで尾形を動揺させるのだろう』

『相手が気になるな。家元達は、もういるって言ったよな』

 

『…えっ!? いつ!? ちょっ!? 詩織ちゃん!!??』

《 …~♪ 》

 

 

『……切られた』

 

『…知らない名前が出たな』

『今度は、何もんだろうな? また戦車道関連か?』

『あ、尾形が頭を抱えた…』

 

『…マジか……』

『どうした尾形? 浮気相手?』

『違うわ!!』

 

『んじゃ、誰よ』

 

『……』

『……』

 

『沙織さんの妹さん……』

 

 




閲覧ありがとうございました
こういった話だと、筆が進む進む……


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第 7 話~続・男子会です! 黒森峰の場合~

知らない名前がでた。

 

テレビ画面の向こう側…。

おに…あの男が、なんとも言えない顔をして、自身の携帯を見つめている。

男共の会話の中…また、酔ってしまっているという事なのだけど…そんな状態だというのに、そんな顔を見せていた。

 

たしか…詩織?

 

「…みほ」

 

「…なに?」

 

「「沙織」…さんと言うのは、みほの友人か?」

 

「うん…あんこうチームの通信手」

 

「……」

 

「……」

 

姉妹揃って複雑そうな顔してるわね…。

 

 

 

 

 

 

『…尾形』

『ちなみにその子いくつ?』

『……15歳って、言ってた』

 

『『 …… 』』

 

『通報したほうが、いいかな?』

『やめろ!! 変な関係じゃない!!』

『…そもそもさぁ…なんで、そんなにビビってたのよ』

『…なぁ中村』

『なんだよ、ロリコン』

 

『……』

 

『まぁマァ、中村。話を聞こうじゃあーないか?』

『林田。半ギレで、言うな。な?』

『中村…。決勝戦のテント前で、愛里寿に言った事、覚えてるか?』

『どれの事だよ』

『……助けた子供に、化物って言われた事』

『あぁ、着ぐるみ着てた時か』

『そう。その言っていた子供が、その娘』

『……』

『…なんか逆ナンされた』

 

『……110番って、何番だっけ?』

『よし林田、落ち着け』

 

『世間って狭いなと、思い知らされたよ…』

『決勝終わって、二日しか経ってねえだろ!!』

『知らねぇよ!! その日から、メールが、もの凄い数を送って来るんだよ!! 質問攻めだよ!!』

『でも、お前ってメールもLIENも殆どしないよな? 電話で済ませる派だよな?』

『あぁ…。電話で30秒も掛からない事を、メールで何分もかけて、繰り返すのって嫌い』

『LIENもグループ入らないしな』

『だから、最近の若い子のメール内容がな…絵文字やら何やらで、暗号にしか見えなくてな…面倒くさくて、電話で済ませたら…』

『済ませたら?』

『…すげぇ頻度で、電話来る様になった…若い子パネェ』

『若い子って…』

『その娘すげぇな。即座に尾形に合わせてきた』

『特に、俺の趣向なんて言ってないんだけどな…』

『で? なんで驚いていたんだ?』

 

『……来るって』

 

『は?』

『今日! ここのホテルに宿泊しに来るんだと。…一人で』

 

『……』

『……』

『…沙織さんに、会いに来るって言ってたけど…夕方には到着すると…()()()俺に連絡してきた』

 

『おまわりさん呼ぶ?』

『取り敢えず、西住さん呼ぼうか?』

『やめろ!! また誤解される!!』

 

『はぁ…というかよ。西住さんに、先に言っておけばいいじゃねぇか。メールとかしねぇの? 』

『殆どしないな』

『…ちょっと送信メール見ていい?』

 

 

 

 

「…そうだね。隆史君、メールの文章すっごい少ないものね」

 

「そうだな。殆ど電話で話していたな。…昔からそうだったな」

 

あれ? 私との時は、普通にメールしてたけど…?

家元のカードの事、聞いてきた時とか…割と普通だったわよね?

 

アレ?

 

 

 

 

『尾形…』

『なんだよ』

『これはメールじゃない…電報だ』

『……』

 

『なんだよ、コレ。「晩飯いる?」だの「今どこだ?」だの。一言って。ハハ、キトクとかじゃねぇんだぞ?』

『………』

『なぁ。これの西住さんの返事って、結構、長文だろ?』

『…割と』

『お前……これじゃ、流石に…』

『あと…』

『あ? あと何だよ』

『付き合いだしてから、たまに顔文字や絵文字とか…ハートが、つくようになった』

 

『『 …… 』』

 

『説教してやろうかと思ったら、ノロケで返された…』

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「少し、携帯を見せなさい。みほ」

 

「!?」

 

「ナゼニゲル。ホラッ」

 

……。

 

イラッ

 

…なんで、私がイライラしてるのよ。

 

 

 

 

『いっ! いいんだよ!! 電話で話す方が好きだから!』

『いや…それでも、もうちょっと…こう…』

『だから、もう! みほの声、好きだから電話で話す方がいいんだよ!!』

 

『『 …… 』』

 

『なぁ、林田。地面に携帯叩きつけていいか?』

『許す。 ヤ レ 』

『やめんか!!』

 

 

 

 

「……」

 

「 」

 

…。

 

両手で顔隠したわね。

 

……。

 

机に突っ伏したわね。

 

………。

 

震えだしたわ。

 

「……」

 

腹立つぅ…。

 

赤くなった耳、思いっきり引っ張りたい…。

隊長は、横から目を見開いて、すっごい見てるし…。

 

 

 

 

 

 

『なんでキレてんだよ!?』

『むしろ、なんでキレないと思うんだよ!』

 

『チッ。もういい!! 次だ次!!』

『まったく…残す所、黒森峰と大洗学園か』

『あ。大洗は、選考やんないぞ?』

 

『『 は? 』』

 

『正確にはな? 大洗学園って、優勝校になったから、衣装がほぼ決まってんだ』

『そうなのか?』

『勇者様御一行になっとる。まぁ…』

『まぁ?』

『衣装は、俺が決めたけどな!』

『…それは、それで気になるな』

 

『優勝校って事でな? PL枠って事で、あんこうチーム全員が撮影対象になったんだ』

『PL? んじゃ、SR枠ってどうなんの? 隊長、副隊長が撮影対象じゃ?』

『……』

『…なんか…撮影対象リクエストで、カメさんチームがぶっち切りで…』

 

『『 …… 』』

 

『だから、SR枠を副隊長…カメさんチームでって事で、撮影対象をあんこうチームと分けるんだと』

『…生徒会長と、小山先輩と、河嶋先輩か』

『柚子先輩と桃先輩…あのスタイルだからなぁ…。後、一部に会長ファンが、すっごい多いんだ』

『この菓子の購入者と、アンケート回答者って……』

『……男性が7割だ』

『『 ですよねぇ… 』』

 

 

 

 

《 …… 》

 

分かってはいたけど…、会場内が理事長の笑い声しかしない…。

 

 

 

 

『ちなみに、大洗側の衣装は、確定してる』

『ほう…。ちなみに何?』

 

『みほは勇者。沙織さんは僧侶。華さんは魔法使い。優花里は盗賊。麻子は踊り子』

 

『……最後だけ異彩を放ってるけど』

『冷泉さんは、黒魔法使いって感じが強いけど…』

『 踊り子 』

『……』

『……』

 

『 踊り子 』

 

『分かったよ!! 何だよ、その謎の押しは!!』

『やる気も踊る気も無い、踊り子になるな』

 

 

『ちなみに衣装内容は、教えません』

『なんで!?』

『どこで、情報が漏れるか分からないしな! 書類も隠してある!』

『…ちなみに…何でだよ』

 

『優花里…辺りになっ!!』

『秋山さん?』

『衣装をしっかり着てもらった後で、「何てもの着させるんですかっ!!」って、真っ赤になった顔で言わせたい』

 

『『 …… 』』

 

『無駄に露出を上げた踊り子衣装で、マコニャンをマジギレさせたい』

 

『『 …… 』』

 

『恥ずかしがって、赤面してモジモジしている みほを、ニヤニヤして眺めたい』

 

『『 …… 』』

 

『理由が限定すぎる…』

『忘れてた…こいつ基本的にS寄りの性格だった…』

『武部さんと、五十鈴さんが抜けてるな』

『すげぇ普通に、着てくれそうだし…』

『着てもらえなかったら、どうするんだよ…』

 

『いいか? 中村。着てもらえなかったら…じゃない。着させるんだよ』

 

『『 …… 』』

 

『はい、んじゃ。黒森峰行くか!』

 

 

 

 

…この男。

 

「隊長? 我々の始まりますよ?」

 

「………」

 

「隊長!?」

 

「んっ。…分かった」

 

肩を揺さぶって、ようやく気がついてくれた。

まだ突っ伏しているみほには、若干腹立つけど…まぁいいわ。

 

…変なの着させないでよ。

他の連中の、衣装の露出の高さに不安しか感じない…。

 

 

 

 

『はい! ではまず!!…どうする? どっちから?』

『…まほちゃん。隊長から』

『隊長からね』

『アンケート結果だと…。すげぇな…ぶっちぎりで騎士だ』

『あの人、凛々しいからねぇ…』

『……』

『黒騎士とか、すっごい多いな』

『……』

『近衛騎士団長とか、そっち系が、まぁ…ぶっちぎりの数だなぁ』

『…こりゃある意味、すぐに決まりそうだな』

 

 

 

 

隊長が顔色すら変えずに、画面を眺めてる…。

なんか、お腹部分が開いた鎧やらの衣装が映し出される。

なぜ微妙に露出度をあげるんだ…。

 

装飾が、大体金か赤で、光り輝いている…。

聖グロの隊長と、真反対って感じね。

 

 

 

 

『 魔 王 』

 

『…は?』

『なんだ尾形…魔王?』

『魔王枠が空いている。みほが勇者枠なら、対でいいだろ』

『いや…いいけど…』

『白い衣装の魔王がいい!』

『…いや、普通に黒系統が、いいじゃねぇの?』

 

『 嫌 だ 』

 

『おや…珍しい…。尾形が意固地になってる』

『どいつもこいつも、まほちゃんに黒い服ばかり着させようとしやがって! もう黒はいらん!!』

 

『…まぁもはや、イメージカラーだしな』

『白がいいんだ! 白が!!』

『ふむ』

『彼女の私服って、白系統が多いんだぞ!?』

『そうなのか?』

『というか…まぁなんで知ってるんだよ…幼馴染たってさ』

 

『大体、俺が選ばされたから』

 

『『 …… 』』

 

『転校しても、連絡自体は取ってたからさ。高校生に上がってから、すっごい聞かれる様になった…』

『……』

『まほちゃんは、白が似合うんだよ!! どいつもこいつも、黒黒黒って!!』

 

 

 

 

「…お姉ちゃん」

 

「……」

 

「高校生になって、急に服のセンスが変わったのってソレ!?」

 

「……」

 

「…目を逸らした」

 

「はぁ…。隊長? そもそもあの男…女性の服なんて選べるんですか?」

 

「…一つ聞くとな。毎回二日後くらいに返答が来るんだ」

 

「……」

 

「結構、悩んでくれてな。周りに聞いたりしたりで…まぁその…」

 

隊長が珍しく言いよどんでいる。

若干、赤みが刺した頬をが…。

 

イラッ!

 

……。

 

…………。

 

あれ?

 

なぜ、私は今…隊長にイラついたんだ?

 

 

 

 

『そんなわけで、真っ白い衣装の魔王!!』

『…魔王ねぇ』

『うん、まほう』

『まほうって…まぁいいや。それでもういい…』

『尾形の目が、いつになく血走ってるな…』

 

『んじゃ衣装は?』

『取り敢えず、この大きな角と…大きな悪魔の羽根を付けて…』

『なぜ装飾から先に…』

『これ着けとけば、魔王っぽいだろ!?』

『…まぁそうだけど、お前さ。ただ単に、西住選手に白い衣装を着せたいだけだろ』

『半分当たりだ!!』

『…言い切った……』

『んで、この…衣装』

『……』

 

『チョーカーは、黒なんだな…』

『すげぇな。胸部分から下…腹下までバックリ開いてるな…』

『肩、胸元まですげぇ開いてるけど…これは大丈夫なのか? 幼馴染として…』

『露出度がすげぇ…。胸と横腹と腕しか、隠している部分が無い…』

『スカートはロングだろ!?』

『いや…そうだけど』

『あと、鳥の羽やら何やらと、真っ白なマントで、肩下から隠す』

『……』

『そうすれば、胸元(谷間)と腹。そして、肩だけ露出する様になるんだ!!』

『……』

『あ。ちなみにガーター装着な! スカートは、前で太もも部分で割れる様になってるから、脚を曲げると見える仕組みだ!!』

『……尾形』

『こうすれば、露出と隠すを両立できる。んでもって、チラリズムも…って、なんだ?』

『…これもう、決定事項で出してるだろ』

 

『 あ た り ま え だ 』

 

『言い切ったな…』

『ほっときゃ、皆して黒い衣装しか、着せようとしねぇからな』

『とは言っても…良くそこまで、熱い情熱を…』

『お前、西住選手好き過ぎるだろ…』

『大好きだな!!』

『妹さんが、不憫だぞ…』

 

 

 

 

「……」

 

「」

 

…。

 

両手で顔隠しましたね。

 

……。

 

机に突っ伏しましたね。

 

………。

 

震えだしましたね!?

 

「……」

 

あ。

 

起きた

 

「……ゥゥ」

 

涙目になってますが…。

 

 

 

イラッ

 

 

 

 

 

『まほちゃん、腹筋がうっすら割れてるから、こういったので腹出したい!』

『…尾形さん。テンションがおかしいですよ?』

『そもそも…なんで、腹筋割れてるとか知ってるんだよ』

『前回の戦車道カードのSRが、水着だったからな!!』

 

『『 !? 』』

 

『お前…持ってるのか…』

『持ってる! 最初に買った時、マホチャンコンプリートしたぞ!!』

『…あれ、LRの排出率と、同じだったんだぞ!? コンプリート!? もう一つのSRもか!?』

『ちなみに、姉妹揃ってコンプリートした』

『……』

『……』

 

『…やらんぞ?』

 

 

 

 

 

 

…隊長。

 

うれしいのは分かりますけど…。

あの男…。

 

家元以外のカードを、全て持ってますよ…。

 

言えないけど…。

 

 

 

 

『んじゃ、これでいいか!?』

『はい…結構デス』

『この姿……魔王の椅子に座ってもらって、足組んで見下した目で見られたいな!』

『林田…気持ちは分かるが……』

『あの人、怖いけどさぁ…慣れてくると、快感になりそうで…』

『……』

『ちなみに尾形は?』

『俺? …むしろこの姿で、デレさせたい! 赤面させたい』

 

『……いや、やってみろよ。お前なら楽勝だろ…』

 

『……』

 

『まぁいいや、次だな!!』

『よかない!! なんだ今の間は!!』

『…林田』

 

『……』

『何だよ中村…。無言で首振るなよ…』

 

『はい、決定! まほう!!』

『…魔王な』

 

『んじゃ、最後の大トリ…副隊長ね』

『……』

『…これも尾形なら、すぐ決まるだろ』

『……』

『どうした尾形?』

 

『…はい。ここで一つの問題が発生しました』

 

『どうした?』

 

『何も浮かばねぇ…』

 

『…は?』

『アンケート結果と照らし合わせた結果。思考が完全に袋小路に入りまして…』

『……』

 

『なんっっにも…思いつかない…』

 

『…嘘だろ? お前が…か?』

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「どうしたエリカ?」

 

「いえっ!! なんでもありません!!」

 

「うん?」

 

「……」

 

「エリカ?」

 

な…何を落胆してるのよ…。

変な衣装着させられないだけマシよね…。

隊長ですら、あの格好だし…。

 

…うん。

 

 

 

 

『まぁ、整理しながら行こうぜ』

『そうだな。隊長が魔王なら、側近とかでいいんじゃね?』

『…』

『んじゃまず、アンケート結果1位の騎士とかどうだよ。これなら側近役でも…』

『……しかし、用意された衣装の騎士って、基本ビキニアーマーだよな』

『そうだな、これならどうだ? アバラ付近まで鎧の…』

 

 

 

『ダメ。露出が多い』

 

 

 

『『 …… 』』

 

『『 は? 』』

 

『胸元開きすぎ。腹部分の装甲が無いとか、意味不明だ。鎧だぞ? 鎧』

『……』

『ごめん…なんつった? 今』

『腹部分の…『 その前だ!! 』』

 

『 露出が多い…? 』

 

『お前…どの口で、それ言ってんだ?』

『なにが?』

 

『『 …… 』』

 

『じゃあ、これ。秘書っぽい、副官』

『ダメ。スリットが、際どすぎる。秘書なのに谷間強調しすぎ』

 

『…これは? 側近ぽい悪魔』

『却下。サキュパスと、どう違うんだ? 腕と脚以外が、殆ど水着じゃねぇか』

 

『『 …… 』』

 

『な? 決まらんだろ?』

『…中村』

『…分かってる林田』

 

『…ちなみに、西住さんの勇者衣装ってどんなのだ?』

『なんだよ、急に。だから内緒だって…』

『ほら、主人公枠だろ? なにか対照的な、何かを思いつくかも知れない』

『う~ん…』

『どんなのだ? 鎧系? 冒険者系?』

『ビスチェ風の鎧だな。あと、ミニスカ』

『……』

『くっ殺、完備!』

『…お前、自分の彼女だろ?』

『そうだな』

『…いいのかよ』

『ダージリンもそうだし…、これは仕事だからな。彼女だからと言っても、優遇しないぞ?』

 

『『 …… 』』

 

『なんか思いついた?』

『…いや、ちょっと待て』

 

 

 

 

なっなに!? え!?

すっごい視線感じるんだけど!?

 

「!?」

 

西住姉妹に挟まれてる!?

姉妹揃って、真顔で見ないで!!

 

「……」

 

「……」

 

無言!?

 

 

 

 

『なぁ…尾形』

『んぁ?』

『これどうだ? ある意味、魔王とのセットだろ?』

『どれだ? あー…なるほど。定番だな』

『ダロ?』

 

『 さらわれた姫 』

 

『…衣装は?』

『コレナンテ、ドウダロウ?』

 

『……』

 

『……』

 

『…………閃いた』

『よし! 戻ってきたな!!』

『…林田』

 

 

 

 

「ご気分はどうでしょう? プリンセス?」

 

「随分と、隆史さんに気に入られていますね?」

 

「聖グッ…!? プラウ……隊長!?」

 

近い!? みんな近い!!

 

「……」

 

「……」

 

近いぃぃ! みほも近い!! 特に隊長が!!

い…息が掛かる!!

 

 

 

 

『この組み合わせは、どうだろうか?』

『……』

『……』

 

『少し、ウェディングドレスみたいだけどな!!』

『全体的にフリッフリだな…』

『なんというか…正統派姫様ドレス…』

『色は黒!!』

『黒って…西住選手の…』

『エリリンは、髪の色とマッチして、黒! というか…』

『あん?』

『魔王が白系だからな。対になるように黒ですね! ブラックウェディングドレス!!』

『…』イッタナ…ツイニ、イッチマッタナ

『やっぱり、まほちゃんとエリリンは、コンビでいると安心するな!! うん!』

『……』

『後は、レースのストールで、肩を隠しゃ完成!!』

 

『……』

 

『林田』

『…ん?』

『いいか林田。正直、姫様案は、俺も思いついた』

『そうなのか?』

『でもな…敢えて、黙っていた』

『なんでだよ?』

『……お前。どう見ても、ウェディングドレスにしか見えねぇこの衣装を、尾形に一人の為に、選ばせた様なものだぞ?』

『だから?』

 

 

『……』

 

 

『…責任とれよ、お前』

 

『…え?』

 

 

 

 

 

隊長の顔と体が、私の右半身に密着するくらいに近い!!

みほの顔と体が、私の左半身に密着するくらいに近い!!

 

は…挟まれた…完全に逃げられない…。

 

画面には、テロップで私が着せさせられるであろう…そのドレスが…

 

「ナニヲ、ニヤケテイル? エリカ?」

 

「」

 

た…助けて…。

 

 

 

 

『さて! 黒森峰も決まったな! やっと終わるなぁ…』

『……』

『…中村? どうした?』

『ん!? おぉ。いや…』

『?』

 

『……』

 

『なんだよ』

『なぁ、LR枠って家元達なんだよな? 西住流と島田流の』

『そだな!』

『…コスプレさせんの? あの二人に…』

『…俺は、まだ死にたくない』

『そうだよな…。お前、責任者だったな…』

 

『30代後半のおばさんに、コスプレは…きついだろ…』

『ばっ!? 馬鹿!! 林田!!』

 

 

 

『……』

 

 

 

『うん。尾形。まぁ悪気は無いだろうし、俺も謝るから、許してやってくれ』

 

『 』

 

『本気の殺気を向けるな…というか…いつ被った、ベコの頭部』

『 タイヘン、モウシワケワリマセンデシタ 』

『…な? ダチをマジで、怯えさせんなよ…』

 

『…はぁ……分かったよ』ツギハ、ナイゾ?

『……』

『ま…まぁ、それはそれとして…。尾形』

『なんだよ』

 

『…お前、家元大好きだったよな』

『大好きだな!!』

『そこは元気いいな…』

 

『もし、家元達に今回の件を頼むなら、どんな格好にすんの?』

『魔王は、まほちゃんに使っちゃったしな。なら…』

『なら?』

 

 

『 大 魔 王 』

 

 

 

 

 

(((( 大 魔 王 )))) デスネ デスワネ ダロウ ダナ

 

多分、この場の全員が納得した…というか、同時に思っただろうなぁ…。

左右の姉妹も、半分諦めた顔で見てる…というか、そろそろ離れて…。

 

 

 

 

『…納得するしかねぇな』

『ちなみにな、衣装はいらないと思うんだ…』

『…ん?』

『ラスボス系って最後、最終形態とかになると思うから、それはそれだけど、普段だったら…』

『…だったら?』

 

『しほさんと、千代さん。二人のいつもの格好に…』

『  』

『この前の伸びる、でっかい角つけるだけで…どうだ』

 

『…い……違和感が全く…無い…』

 

『二人共…普段、力をセーブしてる大魔王って設定だ。って、口に出すと…』

 

『……』

『……』

 

『…なぁ中村。これ、二人に言えるか?』

『……俺に、自殺願望は無い』

 

『……』

 

『なぁ…尾形』

『なんだ? 林田』

『お前、ゲームでも作るつもりか?』

『は?』

『設定が、すげぇな。母が大魔王…。その娘二人が、勇者と魔王…って』

『……』

『白の魔王と黒衣の姫君?って感じか?』

『……』

『ふむ…ちょっと面白いな』

『…いや、偶然だけど…ちょっと理事長に掛け合ってみるか…面白いな!!』

 

『後な…』

『んぁ?』

『俺正直、お前がその大魔王…西住さんのお母さんに、そこまで入れ込む理由が、分からん』

 

『……』コノ、バカ…

 

 

『…ソウカ オマエ オレノ 敵 カ 』

 

 

『いやいやいや!! 変な意味じゃなくてな! 見たこと無いんだよ俺。その家元さん』

『…あぁ。なるほど。それで興味が、沸 い た と ?』

『タラシ殿が、そこまで入れ込むくらいだしな』

『なるほど。なるほど』

『な…なんだ、その宗教団体の勧誘みたいな笑顔は…』

 

『はっはー。俺に、しほさんを語らせると……長いぞ』

 

 

 

 

「 」

 

……。

 

「…あそこの席だけ、別次元ですわね」

 

「時空が歪んでるみたいですね…」

 

「マタ、オカアサン マタ、オカアサン マタ、オカアサン マタ、オカアサン」

「マタ、オカアサマ マタ、オカアサマ マタ、オカアサマ マタ、オカアサマ」

 

……。

…………。

 

「…姐さん」

 

「……なんだ?」

 

「大洗と黒森峰の副隊長…息してねぇっすよ?」

 

「…そっとしておいてやれ…。せめて静かに眠らせてやろう…」

 

「生きてるわよ! 助けなさいよ!!」

 

少し、矛先が変わった為に何とか、声がでた…。

まったく…。

隊長の衣装も凄いけど…なんで私だけ…。

 

……

 

「ねぇミカ」

 

「……」

 

「黒森峰の副隊長…ちょっと、ニヤニヤして気持ち悪いね」

 

「……」

 

「…アキ」

 

「……うん。これはダメだね」

 

「……」

 

…んんっ!!!

 

ニヤけてなんていない!!

 

ニヤけてるのは、目の前の、あのハ……はぁ!?

 

 

「いやいや、これで大体の衣装は決定になったねぇ」

 

顎を摩りながら、満足げにそんな事を言っている。

でも、そんな事は、もはやどうでもいい。

気がついたのは、私だけではないだろう。

 

他の学校の生徒も気がついたのか、目元がくらい。

目が見えないくらい…。

 

「撮影の日取りは、後日お知らせするよ」

 

隊長とみほは、気がついていない…。

ブツブツと生気の無い目で、テレビ画面を見つめている…からだろう!

 

「しかし、ゲームかぁ。若い子は面白い発案をしてくれるねぇ。手間をかけた甲斐があったというものだよ」

 

「…なるほど。これは、盗撮ですか?」

 

「んん~そうだねぇ。先程も言ったように、どっきりみ…たい……な……」

 

理事長の座った席の後ろ。

二人の女性が立っている。

 

一人は、面白そうに画面を見つめ。

もう一人は、理事長の背後を取って…ただ、腕を組んで見下ろしている…。

 

「あら~…随分と面白そうな事を…。詳しい経緯をお聞きしたのですが? あぁ…一緒になって視聴している皆さん。……動かないヨウニ」

 

《  》

 

たった数秒で、この会場の全ての空気を飲んだ。

 

「立場のある人間が、どの様な理由で未成年に対して、ここまでしたか…」

 

「」ガタガタガタガタ

 

 

 

「お聞かせ願いますか? 児玉理事長?」

 

 

 

二人の大魔王が…降臨した。

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

嫌な西住サンド…。

次回、男子会というか、オファー編終了


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第 8 話~続・男子会です! 終焉~

『あ、そういえばさ。男の撮影枠ってどうなってんの?』

『尾形やんの?』

『 ヤ リ マ セ ン 』

『でもさぁ、お前が責任者だろ?』

『関係ない。あんな全国から、一斉に怨念を引き受ける様な役なんぞやらん』

『…一部には需要ありそうだけどな』

『だってな…今回から値上げするんだと…』

『いくらよ』

『…300円(税抜)』

 

『『 たっか!! 』』

 

『殆ど、ソシャゲのガチャと同じだ』

『足元見てるなぁ…』

『そんな金払ってな…出てくるのが、男だぞ?』

 

『『 …… 』』

 

『俺なら破り捨てる…』

『気持ちは分かるが…』

『やりたきゃ、お前らのどっちかやれば?』

『俺らただの観客だぞ? 戦車道に関係してねぇよ』

『…チッ』

 

『んじゃ、尾形の衣装決めるか』

『そうだな』

『やんねえよ! 黒森峰で最後だ! 最後!!』

 

 

 

 

「なるほど、あのいかがわしいカードの件ですか…」

 

「人様を巻き込んで、おもしろい事しますねぇ?」

 

「」

 

隆史君までカードになるのかぁ…。

 

……。

 

本当に一部に需要がありそう。

うん極、一部に。

 

 

「…で? 先程から数秒が経過しましたが…。はやく理由をお答えください」

 

 

「」

 

あれ…お母さんだ。

幻じゃなくて、本物だ。

帰ったんじゃなかったのかな?

 

他のみんなは、とっくに気がついていたみたい…。

考え混んでしまっていた、私とお姉ちゃんは、今気がついた。

 

「3…2……」

 

「早くないかね!? 数秒って!! しかもカウントダウンも短いよ!?」

 

「……1…」

 

「やめない!?」

 

カウントダウンに従って、組んでいた腕をゆっくりと伸ばし始めた。

な…何する気だろう…。

あ。指がコキッて音した。

 

「まぁまぁ、しほさん」

 

「……」

 

「こういった手合いの相手には、目撃者に聞いたほうが、おも…いえ、てっとり早いですよ?」

 

「目撃者…?」

 

「はい。ですので、前科者さんに全て吐いてもらいました♪」

 

島田さんの横に、肩を落とし、完全に怯え切った…アリサさんがいた…。

あれ…まだそんなに、時間経ってないのに。

 

「また、貴女ですか」

 

「 」

 

「…今度は盗撮ですか?」

 

「ちっ! 違います!! 今回は、そこのハゲの単独犯です!! 私は関係ありません!!」

 

「……ふむ」

 

コソコソと、会場の地面を這いながら逃げようとしている…。

いい大人の逃げ方じゃないなぁ。

そのまま無言で、理事長の袴を踏みつけ、逃亡を阻止した。

この状態のお母さんから逃げ切っても、後からもっとひどい目にあうのになぁ。

襟首を掴み、先程まで座っていた席に…力尽くで戻した。

正面に周り、もう一度見下ろしながら…一言。

 

「 次、逃げようとしようものなら…分かってますね? 」

 

「 」

 

あ…島田さんは、理事長にはすでに興味が無いようで、テレビ画面を見上げている。

その手には、アリサさんが捕まったままだ…。

 

「…貴女達」

 

「」

 

「」

 

向い側…生徒の席の並び。

その先頭にいた…私達の前に踵を返して振り向いた。

 

…。

 

矛先がこちら!!

 

「まほ…みほも…。何を考えているのですか?」

 

「…その」

 

「……」

 

いけない…。

先日…普通に話せる様に、少しずつなってこれたと実感したばかりだった。

だからかな…それは、お母さんも同じだった。

ギクシャクした感じが、少しずつ解けていった…。

 

それはいい。

それはいいんだけど…。

 

その為かな? お母さんは、昔…小さい頃に私達に説教する時の様な顔になってる…。

つまり…母親としての説教顔に変わっていた…。

だからだろうか? 

お姉ちゃんも目をそらしている…。

 

「…盗撮に素直に加担するなど…西住流がどうのという話ではありません」

 

「いえ…加担していた訳では…」

 

「……素直に、その映像を視聴している時点で、同罪です!」

 

「」

 

 

 

 

『んじゃ、さっきのが最後だな?』

『そうだ。もう終わり! 男の撮影枠なんざ…『では聞かせろ』』

 

『なんだよ…』

 

 

 

 

テレビ画面からは、会話がまだ続いている。

もはや皆、お母さんの怒気に飲まれ、テレビを見ていない。

 

「まったく……他の高校も揃いも揃って…」

 

だって…お母さんが、色々と溜め混んでいる。

ぐっ…っと、助走をつけるみたいに…。

 

 

「恥を知りなさい!!」

 

 

お母さんの怒号が、会場中に響き渡った。

 

―が。

 

 

 

『西住さんと、どこまでいった?』

 

 

 

ガタァーン!!!

 

「……」

 

音を立てて、私の横に飛び座った…。

 

机を飛び越えたよ!?

 

なんで、最初の隆史君と同じ格好になるの!?

あ…皆、同じ格好になった…。

なんで!?

だから! そんな決まりでもあるの!?

 

え!?

 

さっきまでの空気は!?

 

「あらあら、しほさん…」

 

唯一、普通にしているのは、島田さんだけ…。

 

「お母さん」

 

「……なんですか」

 

「さっき、「恥を知りなさい」とか何とか、言ってなかった?」

 

「…言いましたね」

 

「じゃあ、やめようよ! 帰ろうよ!! やっと終わると思ってたのに!!」

 

「……」

 

「振り出しに戻っちゃったよ!!」

 

「…みほ」

 

「なに!?」

 

 

「これも戦車道です」

 

 

「違うよ!! ぜっっったいに違うよ!! 西住流が心配になるよ!!!」

 

「……」

 

「目を逸らさないで!!!」

 

ぁぁああ!! 理事長の顔が、またすっごい笑顔になってる!!

 

「ほら! いいの!? 理事長の思うツボだよ!?」

 

「…みほ」

 

「なに!?」

 

「あまり、人を疑うものではありませんよ?」

 

…。

 

……縁、切ろうかな…。

 

 

 

 

 

『えっと、男性撮影枠の話だったな!』

『……露骨に逸らした』

『いやいや、そっちはもうどうでもいいから、西住さんとの進行具合をだな?』

『……』

『…どうした、尾形』

『ちょっと電話してくる』

 

 

……

 

 

『…チッ、逃げられた』

『今度は、部屋出て行ったな』

『西住さんに、言っていいか許可もらいに行ったんじゃね?』

『それは、ないだろ。絶対に許可なんてくれないだろうよ』

 

『…なぁ』

『なんだ?』

『イケメン君からすると…どうだろ…アレ』

『…尾形と西住さんか?』

『そうだな』

 

 

 

 

あ、隆史君が退室した…。

私に電話来るの!?

 

「……」

 

皆っ!! 真顔!!!

 

…お母さんが、あっさりと同じ穴の狢になった。

 

 

 

 

『…まぁ』

『……』

『あの感じじゃ! ひょっとすると…ひょっとするかもな!!』

『!!』

 

 

 

 

 

「…みほ?」

 

「……」

 

「なぜ、下を向いているのでしょう?」

 

「……」

 

「なぜ、赤くなっているのでしょうか?」

 

「……」

 

「少し、お母さんと話しましょう? ん?」

 

「……」

 

 

 

 

 

『…アノ、ウラギリモノ』

『まぁまぁ。つき合ってんなら普通だろ。もう、あまり聞いてやるな』

『……』

『林田?』

『…こうなったら、尾形の衣装を……』

『なんだよ』

『これにしてやる…』

『……』

 

『 オーク 』

 

『……ただ、腰巻させて体を緑に塗っただけだな…』

『……』

『…林田』

『ダメだ!! これだと、くっ殺になる!! またチャンスを与えてしまう!!』

『いやぁ…多分、ダージリン選手相手だと…逆に喜んで、鎧脱ぎそうだぞ…』

『……西住さんもだよなぁ…』

『だな!』

『んじゃ…却下!!』

 

 

 

 

「……」

 

「アッサム…何を納得した顔をしてるのですか?」

 

「…はぁ……」

 

「ですから、クッコロっとは、どういった…ん?」

 

「どうしました? ダージリン様?」

 

「いえ、携帯に着信が……ん? 隆史さん?」

 

ぅぅぅ?

 

「はっ…はい。どうしました?」

 

あれ? 私じゃなくて、ダージリンさん?

携帯電話を耳当てている、ダージリンさん。

うん、お母さんは視界に入らないなぁ。

 

「……」

 

あ、苦虫を噛み殺したかの様な顔をした。

ダージリンさんが珍しい…。

 

「はい、確かに存在しておりますね。非常に…不本意ですが…。許可を出したのを、未だに後悔しております」

 

なんの事だろう?

あ…また眉を潜めた。

 

「どうにも、隆史さんを非常に敵視していますけど…本当によろしいのですの?」

 

…敵視。

 

「…なるほど。分かりました、私から言っておきます」

 

…なんなのだろう。

 

 

 

 

 

『ただぁいま!!!』

『ぉわ!?』

『だから、変なテンションで……まて。なぜまたソレを飲む』

『ん? お茶飲むのが、おかしいか?』

『……』

『…まぁいい…で? どうした?』

 

『男の撮影枠が決まった!!』

『は?』

『ちょっとダー様に、電話してきた!!』

『…ダージリン選手?』

『そのダージリンに、親衛隊とやらがいるんだ』

『しんぇ…は!?』

『一人、ロリコンのおかしいのが、いるんだよ。そいつに押し付け…基、オファーを出した』

『……』

『ダージリンから言えば、大丈夫だろうし。何よりナル入ってる奴だったしな!! 喜んで引き受けるだろ!』

 

 

 

 

あ…。

オレンジペコさんと、アッサムさんの目が…。

特に、オレンジペコさんが、あそこまで人を蔑む様な目をするなんて…。

 

「…ダージリン様」

 

「……そういう事だから…、オファーお願いね? ペ・コ?」

 

「嫌です! 絶対に嫌です!!」

 

「ダージリン。隆史さんは、貴女に依頼をしてきたのですから、しっかりと自分でなんとかなさい」

 

「……」

 

「…それに、オレンジペコにお願いするのは、少し酷じゃないかしら?」

 

「そうですよ!! あの人、気持ち悪いです!! 私を見る目が、生理的に受け付けません!!」

 

…はっきりいったなぁ…誰の事だろ。

 

「では、こうしましょう」

 

「なんですか?」

 

「オファーは断られたと。そうすれば、必然的に隆史さんの役目となるでしょ?」

 

「「 それでいきましょう!!! 」」

 

隆史君のカード化が、現実になりそうだ…。

 

 

 

 

 

『そういやよ』

『なんだよ』

『カメさんチームの衣装も内緒なんだろ?』

『そうだな!! 柚子先輩を、いぢめたいから内緒!!』

『お前…昨日呼び出されたばかりだろうに…』

 

『しっかし…こうやってみると、隊長、副隊長だけじゃなくてさ…各学校の選手全員をカード化して欲しくなるな』

『そうだなぁ…キャラが濃い奴多いしな』

『例えば?』

『聖グロだと…ローズヒップとか?』

『ふむ…で? 衣装は?』

 

『 アマゾネス 』

 

『……』

『…驚く程しっくりくるな…一応、お嬢様校だろうに』

『取り敢えず、ドクロの兜な。武器は、斧』

『まぁ…うん…』

『ただ…ローズヒップって腹筋割れてないからな…。ちょっと…鍛えさせるか…』

『……ちょっと待て。それは、なんで知ってるんだ?』

 

『……』

 

『後は、やっぱりプラウダから、クラーラさんかなぁ』

『待て!! 質問に答えろ!! ローズヒップさんって、カード化まだされてないよな!?』

 

『…………』

 

『彼女は、ちょっと海賊から離れようと思うんだよ』

『聞けよ!! 俺の話を!! …って、なんだ!? 中村!!!』

『やめとけ…な? もう、なんか……本当にメンドクセェ…』

『……』

 

『なんだろうか…クラーラさんは…槍騎士とか……』

『…話を一人で進行するなよ……』

『あの金髪デコは、貴重だと思うんだ!!』

『は? んなら、クルセイダーか?』

『それは、愛里寿だ!!』

『……』

 

『そうだ…。愛里寿をクルセにして、大学生達を…近衛兵に…』

『……』

『……』

 

『露出は、できるだけ控えて…あぁ大学生達は、どうでもいいや。腹出しくらいなら、普通にやってくれっだろ』

『……』

『……』

 

『あっ! 取り敢えず、クラーラさんは、エルフ耳確定だな!! っ! んなら、アーチャーもいいな!』

『……』

『……』

 

『なぁ…中村』

『…分かってる…本格的に、尾形が壊れたな』

『西住さんとの事は、もう言わない方がいいか?』

『…やめとけ。下手すると、本当に聞かない方がいい事まで喋りそうだぞ?』

『……』

 

 

 

 

「しほさーん!」

 

「なんですか? 邪魔しないでください、島田流」

 

「おもしろい事、聞きましたよ!?」

 

「…?」

 

「隆史君……酔ってるそうですよぉ?」

 

「…は?」

 

「備え付けのお茶に…焼酎を混ぜたそうです。だから、あの様子なんですねぇ」

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

「…おい、ハゲ」

 

 

 

 

 

「」

 

 

 

 

 

 

 

『あっ! そうだ!!』

『んだよ。林田』

『さ…さっき、言ってた家元!!』

『しほさんか?』

『そうそう!!』

『お前、写真とか持ってる? 見てみたい』

『…どれがいい?』

『……お前の携帯、画像ファイルの数が凄まじいな…』

『普通のでいいか…。これとか?』

 

『!?』

『林田? 何震えてる』

『…これ? この人!? 西住さんのお母さん!?』

『そうそう、西住流家元』

『…彼女の母親のピンでの写真が、携帯に入ってる時点で、ちょっと…どうかと思うけど…』

 

『まじで!? お母さん!? 若っ!! これで2児の母親!?』

『だろ!!』

『なぜ、尾形が嬉しそうなんだろう…』

 

『つか…なにこの美人!! でっか!!!』

『だろっ!!!!』

『尾形が、今日一番の笑顔だ…』

 

『尾形が、西住さんのお母さんが大好きな理由ってこれか!!』

『これだけのはずないだろ!!』

『…どうしたらいいんだろう』

 

 

 

 

「…お母さん」

 

テレビ画面から、隆史君が携帯電話で撮ったであろう写真を、林田君に見せている。

今日一番のテンションで…。

 

隆史君の会話内容が聞こえてきた瞬間、お母さんの動きが止まった。

 

「…お母様」

 

「んんっ!!」

 

咳払いを一つして、取り繕っている。

遅いなぁ…。

 

 

 

 

『というか、うるせぇな! 中村!!』

『なに一人だけ、冷静面してるんだよ』

『いや…、俺どちらかといえば、島田流の家元派だから』

『ん? 千代さん?』

『え!? なに!? 島田流の人も美人なのか!?』

『見るか?』

『写真あんのかよ!!』

 

『…ほれ』

『……』

『な? 俺は、島田流家元派なんだよ。西住流の家元さんは、なんか固そうだしなぁ…』

『…なに? この美人。なに!? この美人!!』

『林田うるせぇ』

『うわぁ…。なんだろう…尾形の気持ちが分かってきた…。まずい…理解できる…』

『…これで人妻ってんだろ?』

『……』

『……』

『いかん…存在自体がエロい…』

 

『……』

『どうした、林田』

『なぁ、尾形』

『なんだよ』

 

『お前は、どっち派なん?』

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

せ…静寂が…。

黙ったまま、お母さんがテレビ画面を睨んでいる…。

あ!! 島田さんも皆と同じ格好になった!!

 

「……」

 

 

 

 

『なんだよ、中村』

『お…お前……なんでそう、聞いちゃいけないことばかり聞くんだよ!!』

『なにが?』

『パワーバランス考えろよ!!??』

『なんの事だよ…』

『二人共、なんでか尾形に入れ込んでるんだぞ!?』

『…だから?』

『だからって…』

『え…ただ、どっちが尾形の好みかって聞いているだけだろ? 何言ってんだ?』

『いやな…そりゃそう…』

『いやいや! なにマジになってんだよ。二人共人妻なんだろ? 変な関係でもあるまいし』

『………』ソウダトイイナ…

『…で、尾形! どっちだ!?』

 

 

『 分からん!! 』

 

 

『は?』

『即答したな…』

『多分なっ!!!』

『ぉお…』

『 それを選ぶと俺は死ぬ 』

『……』

『なぜか知らんが、本能がそう言っている! シ ヌ ゾ と』

『……』

『今まで、その質問が俺に無かったと思うか!?』

『ま。そりゃそうか』

『…本能で危機察知してんのかよ…慣れてるなぁ…』

 

 

 

 

 

「「 チィ!! 」」

 

力強い、舌打ちが聞こえた…。

といか…もう、本当に帰りたい…。

まぁ…、今日はここに泊まるんだけど…コレを早く終わらせたいよぉ。

 

 

 

 

 

『…なぁ、中村。関係ない話していいか?』

『俺? なんだよ』

『…まぁ、林田には分からないだろうからさ』

『ふむ?』

『…俺に分からない事前提ってのが、引っかかる』

 

『まぁ、あれだ。みほとの事だ』

 

『『 聞こうじゃないか 』』

 

 

 

 

・・・。

 

また何か始まっちゃった!!

 

「お母さん」

 

「なんですか?」

 

「…なんでそんなに、真剣な顔をしてるの?」

 

「自身の娘の事です。気にならない、はずがないでしょう?」

 

……。

 

「お姉ちゃん」

 

「…ノーコメントだ」

 

「オネエチャン」

 

「…ノーコメント…」

 

「ちょっとこっちを、ムコウヨ」

 

「……」

 

 

 

 

『…一年の宇津木さんに、教えてもらったんだけどな…』

『あぁ…あの、妙に艶かしい一年か…』

『みほに、壁ドンとやらをしてみたらどうか? と、言われたんだ』

『…唐突だな』

『今時、壁ドン…』

『どうにも、俺達を見ていると、プラトニックすぎるというか、俺が奥手に見えるそうで…試しにやってみたらどうですかぁ? …と言われた』

『……』

『一気に距離が縮まりますよ! と、えらく嬉しそうになぁ…』

『…アワアワする、西住さんが目に浮かぶようだな…』

『俺って奥手に見えるのか?』

『各校の選手達相手に、何もしないヘタレだと、俺達は認識しているな!』

 

『……』

 

『…まぁいい、で?』

『壁ドンなんてやっても、引くか、怯えさせるだけだと思うんだけど…』

『そうか?』

『試しにやってみれば?』

『う~ん…』

 

 

 

 

……。

 

「みほ」

 

「……」

 

「何を期待した目をしている」

 

「……」

 

「ちょっとこっちを、ムコウカ?」

 

 

 

 

『…尾形?』

『どうした? どこに行く…て、お前…まさか』

 

 

ゴ ド ン ッ !!!

 

 

『 うるせぇぇ!!!! 』

 

 

 

『『  』』

 

 

『って、やるんだろ? これでどうして、距離が縮められるんだよ?』

 

『『 違う そうじゃない 』』

 

『…いや…起源は合ってるんだけど…。いろんな意味で、お前知らねぇのかよ…』

『…林田すら知ってるのに…』

『取り敢えず、すげぇ音したな…おもいっきりやったのかよ…。壁、大丈夫か?』

『壁? あぁ、音がでっかく出るようにしたから、うまく衝撃は逃がした』ナレテル

『……』

 

 

 

 

《 …… 》

 

「すごいな…。今時、ドラマとか映画でもやっているのに…」

 

「あ、ダメっすよ、姐さん。タカシってテレビは、殆どニュースぐらいしか見ないって言ってたっすよ?」

 

「…おっさんか」

 

「ですから、ドゥーチェ。恋愛小説みたいな事、隆史さんに期待してもダメですよ?」

 

「なふっ!?」

 

…そういえば、そんな事言ってたっけ…。

 

 

 

 

『……』

『ドア、ノックされたぞ…』

『…隣、人いたのか…』

『……尾形』

『分かった…』

 

『も…申し訳ねぁでした!!』

 

『…ドア開けた瞬間、謝ったな…』

『ドア開いた早々、尾形だしな…』

 

『さ…騒がしくしたづもりは、ながったのだげどぉ』

 

『あれ? ニーナじゃないか』

『えっ!?』

『あら、アリーナも』

『隆史さん!?』

 

『…おい、中村』

『……もはや、ただただ西住さんが、不憫でならねぇな』

 

『いや、ごめん…うるさかったわけじゃないんだ。驚かせたか。申し訳なかった』

 

『おい…尾形の口調が変わったぞ…』

『淡々と説明しているな。なんだ…雰囲気まで変わったな』

 

『び…びっくりしだぁぁ…』

『よがったぁぁ…』

『すまんかったなぁ。んで、どうしてここにいるの?』

『私達、カチューシャ様の付ぎ添いで来だんだ』

『運転手兼、従者って感じだぁ…』

 

『おい…中村、アイツ普通に女の子の頭撫でてるな…』

『…これが、タラシ殿…』

 

 

 

「…ノンナ」

 

「……はい、手配しておきます」

 

「あら、でも、カチューシャ様? ここであの二人に何かすると…バレません?」

 

「「 …チッ 」」

 

まだ…知り合いがいた…。

また、女の子…。

 

 

 

 

『すげぇ笑顔で…手を振って帰っていったな…』

『まぁ、プラウダの生徒だよ。しょっちゅう…カチューシャとノンナさんから庇ってやっていたら…なんか懐かれた』

『お前、雰囲気変わりすぎだろ…』

『そうか?』

 

 

 

 

 

「何ルーブルにしようかしら…」

 

「……」

 

「ですから、カチューシャ様…」

 

「わかってるわよ!!」

 

 

 

 

『まぁいいや、話を戻そう』

『…お前の壁ドンは、脅迫にしか見えんかったな…』

『まぁ随分と慣れたモノだったな…』

『……』

 

『そうだな、口で説明するより実践だろ』

『…は?』

『さっきの子達、呼んでくる?』

『やめとけ…もう迷惑かけるな…』

『んじゃあ、中村。やってどうぞ』

 

『…は?』

 

『あぁ! でも、タッパが違いすぎるか! んじゃ尾形、中村の向かい側に立て』

『?』

『待て!! 話を進めるな!!』

 

『こうして…そうそう、後は中村を追い詰める様にして…そうそう!!』

『おい!! 尾形! お前も何、素直に従って…あぁ! こいつ飲んでるんだった!!!』

 

『…なんで俺は、男相手にこんな格好をしなきゃならないんだ?』

『じゃぁやめろよ!! お前にそれされると、恐喝されてるみたいだろ!!』

『なんだ、このイカツイ壁ドン…』

 

 

 

 

《 …… 》

 

「…みほ…あれは……」

 

「しっ!! お母さん、静かに!!」

 

「えーと…まほ?」

 

「……」

 

「……娘達がおかしい…」

 

……

 

「…隊長が、何かに目覚めようとしてる…」

 

……

 

…………

 

 

 

 

『あ、そうだ。尾形』

『なんだよ…』

『中村のネクタイ掴んでみて?』

『…なんで……まぁいいけど…』

『よくねぇ!! あぁ!! もう本格的に筋モノに絡まれてる感がすげぇ!!』

『んで、ちょっとネクタイ引っ張って』

『…良くわからんな。…こうか?』

 

 

 

 

「児玉理事長?」

 

「な…なんだね、島田さん…」

 

「この映像、録画されてます?」

 

「いや…後を残すとまずいと思って…ただの中継だよ?」

 

「……チッ」ツカエナイ、ハゲネ

 

「舌打ち!?」

 

「あ…島田流の家元は、行けるクチなんだ…」

 

…エリカさん、うるさいなぁ…。

 

 

 

 

パシャッ

 

『おい! 林田!! なんで今、写真撮った!!??』

『え…記念に…』

『何のだよ!!』

『…よくわからん……これが、壁ドン? なんの意味が……』

『尾形! ボケッとしてないで、林田の写真を消すぞ!!』

『は?』

『あんな写真が出回ってみろ! お前も俺も、ホモ認定されっぞ!?』

『…なんで?』

『あぁぁぁ!! もうっ!!!』

 

『…この写真売れねぇかな………』

 

『林田!!!』

 

 

 

 

《 !!! 》

 

「ペコ?」

 

「…はい。手配します」

 

 

 

 

『…チッ、分かったよ…消すよ! まったく…』(ガルーンニ、ホゾンシテオコウ)

『…まったく!!』

『ほら、よく見ろ! はい、消去!』

『お前、いつか痛い目に遭うぞ…』

 

『はぁ…まぁいいや。んじゃこれで本当にお終いだな』

『いやぁ…胃にダメージをモロに食らったけど…ま、面白かったな』

『そうだな…ところでよ、林田』

『ん? なによ』

『今日、初めからだけどもさ。何かしら変だったな』

『ん? どこが?』

『本当に、こんな短時間で尾形と西住さんとの進行状況を聞いたりよ。聖グロの選手達とかの尾形からの印象聞いたりよ…』

『あぁ…』

『そうだな。俺の事を聞くのは辞めて頂きたい!』

『……ま、壊れた尾形はどうでもいいが、どうしたんだ?』

 

『あぁ、始めに聞いてくれって頼まれた』

 

『…は? 誰に』

 

『日本戦車道連盟のおっさん』

 

『『 …… 』』

 

『すげぇハゲてる人』

 

 

『『 …… 』』

 

 

 

 

 

「なぁ!!??」

 

理事長が口を開けた…。

スパイとか言っていたからなぁ…あっさり裏切られたのかな?

ウフフフ…

 

……

 

あ!!!

そうすると、まずいくないかな!? 

あぁ!! 皆がそわそわし始めた!!

 

 

 

 

 

『…意図が分からんな……』

『なんかさ、その方がおもしろいとか何とか言ってたぞ?』

『……』

『別に今更だけど、俺も気にならない訳でもないし…それ知っておいた方が、衣装選び面白そうだったしな』

『……』

『まぁ、あのハゲが考えそうな事だよな…』

(酒を混ぜるといい…この手の入れよう…)

『中村?』

『…なぁ、憶測だけどな…ひょっとして…』

『んぁ?』

 

『この部屋、盗撮とか盗聴とか、されてないよな?』

 

 

 

 

ガタンッ!!!

 

「ペコッ! アッサム!!」

「アッハッハッハッハ!!」「隊長!! 爆笑してないで!!」

「ペパロニ!! カルパッチョ!!」

「ノンナッ! クラーラ!!」 「「はい!」」

「エリカ!!」「はい!!」

 

皆、一斉に皆立ち上がった…。

 

逃げる気だ…。

 

ここまできて、逃げる気だ!!

 

 

 

 

 

『…そんな事してメリットあんのかよ』

『各学校の生徒を、その場に足止めさせるには、いい餌だろ…』

『だから、なんの為にだよ…』

『…修羅場』

 

 

 

 

 

「な!? なんだねあの子は!! 勘が良すぎないかい!?」

 

「…おや、理事長。暴露しましたね?」

 

「しまっ!!」

 

「…子供の人間関係、引っ掻き回して…覚悟なさい……」

 

覚悟って…

 

「フ…フフフ……」

 

「…なにが、おかしいのですか?」

 

「何を言ってるのかね? 先程まで見入っていた、家元お二人も同罪だよぉ?」

 

「「 」」

 

「さぁ一緒に、尾形君に怒られようじゃないかね? んん!?」

 

あ、理事長がヤケになり始めた…。

 

……。

 

あれ? お母さんが小刻みに震えてる…。

目元が暗くなって、動かなくなった…。

 

「ん? しほさん?」

 

あ…そっか。

 

「 オ カ ア サ ン 」

 

「みほ!?」

 

「マタ、正座かな?」

 

「!!」

 

ウフフフフフ…

 

 

 

 

 

 

『まぁ、大丈夫だろ』

『尾形!?』

『昼に、まほちゃんとミカと会ったけど普通だったし…普通なら即、コロサレルダロ?』

『…あぁ、そういえば』

 

『それになぁ…』

『なんだよ』

『盗撮されていたとして』

『されていたとして?』

 

『皆なら、判明した時点で、帰るなり見ないなりするだろ』

 

 

 

 

《 !!! 》

 

あ…皆が、一斉に固まった…。

 

 

 

 

『そんな映像が流れてたとしても、彼女達なら素直に見るような…そんな()()()()()はしないだろうよ』

 

 

 

 

《   》

 

あ。

 

皆、うずくまった…

 

 

 

 

『ま…まぁそうだろうけど…』

『はっはー。大丈夫、大丈夫』

『お前…その信頼はどこからくるんだろ…』

 

『よし、後は報告して終わりだ! 俺は…少し寝る…』

『お…おぉ! 寝ろ! マジで寝ろ!!』

『お前らどうするの?』

『流石に帰るわ…俺らも流石に疲れた…』

『だな…』

 

『んじゃ、お疲れ~ありがとな』

『はいよ~』

 

 

 

 

「…」

 

みんなの顔色が優れない…というか、土気色してる…。

罪悪感が、すごいよ…。

これは、言えない…怒れない…。

 

「だ…だーじりんさま」

 

「ななななにかかしら?」

 

「隆史様…卑怯な真似って言ってましたね…」

 

「一番、隆史さんが嫌う言い方ですよね…あれ」

 

「……」

 

「ば…バレたら…確実に…」

 

「「「 …… 」」」

 

怒るだろうな…それこそ、本気で怒るだろうな…。

それ以前に…

 

「みほ…」

 

「…なに? お姉ちゃん」

 

「墓まで持っていこう…」

 

「…そうだね」

 

 

 

こうして、訳の分からない誓約が、各学校で結ばれました。

 

 

 

 

 

 

 

「…つ…疲れた…」

 

疲労感が凄い…。

今回の決定事項を、提出し終わったので、これで本当に終了。

…なに真面目に仕事してんだろ…。

 

まぁいいや…。

もう何も考えたくねぇ…。

 

昨日から泊まっているホテルの、用意された部屋に向かう。

昨夜は、結局徹夜作業だった為に、荷物を置きに入っただけなのだけどな! 

 

あのクソハゲ!!

 

祝勝会までには、まだ1時間ほど時間があるな…。

先に風呂にでも入るか…。

 

「あれ? 先輩?」

 

あら…。

 

ロビーへ繋がる廊下の先、見知った団体様を見つけた。

流石に、こんな公共の場所では、制服か…。

むしろこちらの姿の方が、違和感があるな。

 

「…どうも」

 

「尾形君、早いねぇ」

 

「随分と疲れた顔してますね?」

 

はい、アヒルさんチーム。

なんだろか…すっごい久しぶりに会話をした気がする…。

 

……

 

河西さんが…すっごい警戒した目で見てくる…。

試しに、少し手を少し動かした。

 

……。

 

「河西さん」

 

「……」

 

「流石に…少し、傷つくんだけど…」

 

「……」

 

あぁ…プラウダのテント前で、結構な事しちゃったけ…。

まぁとにかく、脚を褒めただけだけど!

腰もか! クビレもか!!

 

……

 

…うん、俺が悪いな。

近藤さんの真後ろに、隠れてしまった…。

すげぇ、警戒されてるなぁ…。

 

「せ…先輩は、いつ頃来たんですか?」

 

近藤さん! 相変わらず、気遣いが出来る子!! ちゃんと空気が読める!!

ですから、正直に答えましょう。

 

「…昨日から」

 

「「「「 …… 」」」」

 

「帰ってきて早々…日本戦車道連盟のハゲに拉致られてさ…。そのハゲから押し付けられた仕事が…今さっき終わった…」

 

「「「「 …… 」」」」

 

なんとも言えない…そんな表情で返されましたね。

 

「お…お疲れ様でした…」

 

「ありがとう…」

 

まぁ、それしかかける言葉が無いのだろう。

はぁ…言葉にすると、ドッと疲れが押し寄せてくるな…。

 

「ところで…」

 

「ん?」

 

「その一緒にいる方、どなたです? 家族の方ですか?」

 

「……え?」

 

はっはー…。

誰だろ…。俺は先程まで、ずっと一人でした。

ですから多分、見えてはいけないモノだろうか?

ここに来てホラーですか? やめてください。

 

…違うよなぁ…。

もう何度も経験したから分かる…。

 

どうせ、戦車道の強豪校の隊長クラスだろ…。

 

「先程から、ずっと…先輩の小指を握ってますが……」

 

「……」

 

……

 

…………

 

君は、アレですか?

 

あの人達と同レベルの人ですか?

将来楽しみだね…。

というか、早くない!? もう着いたの!?

 

「えへへ~…」

 

嬉しそうに、俺の小指を、手で掴むように握っている。

少し緑掛かる程の黒髪に、前髪パッツン。ボブショートの女の子。

年の割には背が低く、そのくせヤッパリ遺伝だろう…と納得するしかない…ぼりゅーむ。

 

「…こんにちは、詩織ちゃん」

 

「こんにちは! 尾形さん!」

 

キラッキラのいい笑顔だ…。

 

「ロビーから、見えたので…来ちゃった♪」

 

「…あ、はい。元気そうで…」

 

なんだろうか…。

ある意味積極的なのは良いのだけど、色々な意味で、沙織さんとは真反対に感じたんだよなぁ…この子。

 

「…あの、先輩?」

 

「あぁ…この子…いや、彼女は…沙織さんの妹さん…デス」

 

まぁ微妙なお年頃っぽいし、一応彼女と言っておこう。

子供扱いは嫌がりそうだしね…。

 

「武部先輩の!?」

 

「はい! 中学3年! 武部 詩織です! 姉がお世話になっています!!」

 

あら、しっかりした子。

紹介した矢先、姿勢を正して、深々とお辞儀をした。

 

「…なに? またナンパしたの? こんな子供ナンパしたの?」

 

…きっついなぁ。

 

河西さんの言葉を、詩織ちゃんが反応した。

 

「いえ! 私がナンパしました」

 

「「「「 !? 」」」」

 

あ~…やっぱり。

子供という部分に反応したか…。

一瞬、ムッとした顔したしなぁ。

 

「大丈夫です! まだ子供かもしれませんが!」

 

「……」

 

「 アンタより、胸ありますから! 」

 

「」

 

……え?

 

なんつった!? 今、なんて言った!?

 

「あ、間違えましたぁ…」

 

「貴女より、余程女性のシンボルが、ふくよかですから! ご心配無く!!」

 

………。

 

あれ? こんな子?

こんな子なの!?

 

「ね! 尾形さん!!」

 

「」

 

勘弁して…。

 

「いや! 知らないよ!? なんで知ってる事、前提に言うの!?」

 

「ほら! メールで教えたじゃないですか!」

 

「いやいやいや! 君のメール、暗号過ぎて分からなかったんだよ!?」

 

「あ、そうなんですか? では、改めて…私、もうCカップはありますよ!!」

 

「それを、俺に教えてどうするの!?」

 

ほら! アヒルさんチームが呆気に取られてる!

河西さんだけ、ヘコんでるし!!

 

「大丈夫ですよ? 先輩?」

 

「近藤さん!?」

 

「先輩が、中学生に手を出すような、腐れ外道だなんて…爪の先ほどにも思っていませんから」

 

「……」

 

その言い方は、喜んでいいのだろうか?

ウフフと笑ってはいるのだけど…なんか…怖い…。

なんだこのカオスな状態…。

 

……。

 

詩織ちゃんが、また笑顔で俺の指を掴んだ。

それに反応するかの様に、近藤さんの頬が、一瞬引きつった…。

 

そしてそのまま、膠着状態へ…。

 

助けて…。

 

 

「詩織!?」

 

…来た

 

「え? あんた何やってるの!?」

 

……ご家族の方がいらっしゃってくれました!!

 

みほを除いたあんこうチームが、ホテルロビーより、団体様で来てくださいました!!

 

チッ「 お姉ちゃん!」

 

嬉しそうに姉を呼ぶ、妹。

一瞬の舌打ちは、多分空耳だろう! うん!!

 

「お姉ちゃん! じゃなーい! なんで大洗にいるの!?」

 

「え…詩織ちゃん!? 沙織さんに会いに来たとか言ってなかったっけ!?」

 

「え!? 隆史君!? 詩織を知ってるの!?」

 

「はっ!? え!?」

 

え…どうなってんの?

 

…は?

 

カオスの闇が深くなって行く…。

 

「…詩織」

 

「あ、麻子お姉ちゃん。久しぶり!」

 

「…久しぶりだな」

 

また、元気に挨拶してるなぁ…。

あ、そうか。

マコニャン、沙織さんと幼馴染だっけか。

なら、当然妹の詩織ちゃんと、面識があってもおかしくないか。

ただ…ちょっと、マコニャンの顔色がすぐれないなぁ

 

「っ! ちょっとこっち来なさい!!」

 

「え!? やっ!! お姉ちゃん!! 引っ張らないで!!」

 

取り敢えず、話を聞かせろと。

呆然としている、アヒルさんチームとあんこうチーム…様は、俺らを残して、ロビー方面へ詩織ちゃんは、連れ去られていった…。

 

…実の姉に。

 

「…おい、書記」

 

「なに? 麻子お姉ちゃん」

 

「……」

 

怒られた…

 

「まぁいい。いつ詩織と知り合ったんだ」

 

「んまぁ…決勝で、会場彷徨いてる時だけど…」

 

「はぁ…なんだ? お前は、女を探す探知機でも内蔵されてるのか?」

 

「……」

 

「あいつは…詩織はな。悪い娘じゃないんだけどな…おばぁも気に入ってるし…」

 

「へぇ…あの、婆さんがねぇ…」

 

「だがな。あれは、沙織の妹だ」

 

「そ、そうだな…」

 

なにが言いたいんだろ…

 

「恋愛とやらに飢えてる」

 

「まぁ…うん。なんとなく今ので分かった…」

 

ゼク○ィ詩織かぁ…

 

「その割合は、沙織を凌駕してる…」

 

「」

 

「しかも…」

 

「……なんだよ」

 

沙織さんを凌駕してるって…。

まぁなんとなく先ほどの会話で分かったけど…。

 

「詩織は…私が引くほど……黒い」

 

「……」

 

「そうか…お前は、アレに目をつけられたのか…」

 

「…ちょっと待て。なにその怖い言い方」

 

 

 

 

「精々、気をつけるんだな」

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

さぁ、エンカイ・ウォー!っだ!


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第 9 話~宴会戦争~ 前編

 沙織さんは詩織ちゃんを引っ張って行ってしまい、そのまま帰ってこなかった。

 アヒルさんチームや、残されたあんこうチーム。

 生徒会長から部屋を用意されていたらしく、祝勝会が始まる前に一度部屋を見ておきたかった様で、ちょっと早めの到着だと言っていた。

 あまりこんな廊下でずっと立ち話もなんだというので、取り敢えずはそこで一時解散となった。

 本来の目的である用意された部屋へ向かうべく、ロビー前を通過中…光る頭と出会ってしまった。

 

 ただな。

 

 やたらとテンションの高いハゲ…基、児玉理事長に捕まった。

 どうやらずっと待っていたようで、俺を見つけたとたんにキラキラした光を撒き散らかしながら駆け寄ってきた。

 こんなおっさんに待たれても嬉しくねぇ…。

 つか、目立つからやめてくれ。

 

「ところで、今から部屋に戻るつもりかい!?」

 

 一々叫ばないでくれ…。

 

「まぁ…はい、一度戻って…風呂入って、少し寝る予定ですけど…」

 

「その事だけどね! 勝手で申し訳ないが、部屋を変更しておいたよ!!」

 

「…は?」

 

 そこまで言って、部屋の鍵を指でつまみながら見せてきた。

 荷物もすでに移動させておいたよ! っと、それを俺の手に渡す…。

 ……。

 なんだ? なぜ指が震えている…。

 

「なんのつもりですか?」

 

「…いや、特段迷惑をかけてしまったからね! 部屋をグレードアップしておいたのだよ!!」

 

「…は? 迷惑?」

 

「たっ! 確かに渡したよ!? では、一度私は、連盟本部へ戻らないといけないから!!」

 

 何を必死になっていたのだろうか?

 早口で言うだけ言うと、そのまま逃げるように走って去っていってしまった。

 

 ……。

 

 なんでだろう…少し、親近感が湧いたのは…。

 渡されたルームキーを改めて見てみた。

 …なんだ? 部屋の番号が、極めて若い。

 

 この時はあまり気にしていなかった。

 気にする余裕が無かった…。

 だって…。

 

「隆史」

 

 まほちゃん、登場。

 いつもの様に、その斜め後ろにエリリンがいた。

 相変わらず、めっちゃ不機嫌そうだけど…。

 

 …。

 

 目が合うと、すごい勢いで逸らされた…。

 あら冷たい。

 

「…まほちゃん、お疲れさん。会議だかなんだかって終わったの?」

 

「あぁ。お…終わった。一度、隆史の顔を見ておこうと思ってな」

 

「……」

 

 あれ? 今度はまほちゃんが目を逸らした。

 なんだろうか?

 

「私達で最後の様だな。他の学校の連中はすでに帰ったようだ」

 

「あ、そうなんだ」

 

 一応、知り合いだし、挨拶でもと思っていたんだけど…。

 あぁ、先程の詩織ちゃんとのやり取りの間に帰ってしまったのか?

 

「まぁ…皆、どうも急いでいた様だったのでな…」

 

 ふ~ん…

 

「はっ…まぁ? あんな事の後じゃ、顔合わせ辛いだろうしね…。そりゃ急いで帰るんじゃない?」

 

「あんな事?」

 

「……」

 

「?」

 

「…な、なんでもないわよ!」

 

 エリリンの呟きに反応して聞き返してみたら、今度は顔を背けられた。

 その背けた顔の先、まほちゃんがエリリンの顔を至近距離から真顔で見てたけど…。

 

「エリカ…」

「スッ、スイマセン! ツイ!!」

 

 な…なにが、あったんだろう…。

 

「…隆史」

 

「ん?」

 

「お前はこのまま、このホテルに泊まるのだな?」

 

「あぁ…、学校の催し物を夜ここでやるからね。そのままご宿泊となります」

 

「…なるほど。祝勝会とやらか?」

 

「わざと濁したのに…」

 

「なに…気を遣う事はない。普通の事だろう?」

 

 負かした相手に言う事ではないと気を使ったのに、あっさり言われてしまった。

 ほら! エリリンが不満顔!

 

「…ところで隆史」

 

「なに?」

 

「…明日は、お母様達の撮影日だったな」

 

「」

 

 そうだった!!

 まほちゃん達には、家元水着撮影の件は、言ってあるんだった!!

 みほには、内緒です。言ってありません!

 チカイ、チカイ、チカイ!!

 顔に息か掛かるよ!!

 

「…水着の」

 

「」

 

 ガン開きのまほちゃんの目線から逃げる!

 怖い!!

 逃げた先には、エリリンが…。

 あ……俺をゴミを見る目で見てる!

 

「…どうにもお母様は、お前が来た日から…ジムに通っていたみたいでな…」

 

「そ…そうなんだ……」

 

「…さて、何の為だろうなぁ?」

 

「」

 

 まだ近づいてくる、まほちゃんの顔!

 

「隆史。お前は、撮影に同行するのか?」

 

「……シ…シマセンヨ」

 

「本当か?」

 

「ボク…ウソ、キライナンデ…」

 

 あぁん!? って見上げてくる!!

 鼻が当たる!!!

 

「隊長。近いです」

 

 エリリンが、まほちゃんの両腕を軽く掴んだ。

 少し引っ張っているみたいだ…まほちゃんの接近が止まった。

 

「…往来です。少し自重してください」

 

 ……。

 

 エリリンが!! まほちゃんを本気で止めた!?

 すっげぇ冷静に止めた!?

 サンダースの時は、慌てていただけだったのに!!

 よりによって、まほちゃんに自重しろって言った!?

 

「…そうだったな」

 

 …す…素直に従った…

 

「では、またの機会に問い詰めよう」

 

 何を!?

 

「……」

 

 な…なんだろう…。

 エリリンにすっごい見られてる。

 すっげぇ目を細められて、見られてる!!

 

「な…なに? エリちゃん」

 

「!?」

 

「……」

 

 あ、しまった。

 また昔の呼び方で、呼んじゃった。

 特に怒り出す事もなく、まっすぐ見てくるんだけど…。

 何故だろう…まほちゃんの眉が一瞬動いた気がする…。

 

「…な、なんでもないわよ」

 

 あれ…?

 エリリン呼びみたいに、怒らない…。

 

 それはそれとして、なんで俺は、今。

 黒森峰高校の隊長、副隊長にまとめて睨まれているんだろう…。

 うん…眠気がどこかに行ってしまった。

 

「…では、私達はもう行こう。エリカ」

 

「はい」

 

 一言二言、最後言葉を交わし、いつもの様にまほちゃん達はホテルを出て行こうと踵を返す。

 相変わらず、去り際がさっぱりしているなぁ…彼女。

 だから余計に、次本当に色々問い詰められそう…。

 

「あ、そうだったわ」

 

「ん?」

 

 エリリンが、顔だけ振り向いた。

 …決勝戦での事を気にした様子がなかったので安心していた。

 相変わらずきつい目で見てくる。

 いやぁ…少しは俺への態度を、もう少し柔らかくしてくれると…。

 

「…ちゃんと約束……守りなさいよ?」

 

「…約束?」

 

「!!」

 

 特にとぼけた訳ではないのだけど、なんの事を言っているのだろうか?

 一瞬訝しげな顔をした為か、エリリンが踵を返してズンズンとこちらに近づいてきた。

 あ…なんだろ、おこってる? 怒ってる!?

 

「!?」

 

 ネクタイを掴まれ、強引に顔元に寄せられた。

 あらやだ、近い。

 先程のまほちゃんと同じく、鼻が頬に当たりそうな距離なんですけど…。

 

( カード! トレードの件よ! 忘れたの!? )

 

 あぁ、それでか。

 さすがに本人に聞こえたらバツが悪いのか、俺にしか聞こえない距離に近づいて来たわけか。

 内緒話ね! うん、いい匂いがする!

 

( あぁ、密会の件ね )

 

 いつもの様に少しからかってみようと思い、今となってはちょっと懐かしい事…。

 初めて携帯で会話した時の、最後のセリフを言ってみた。

 

 あ…あれ?

 なんで、怒らないの?

 えっ?

 

「そ…そうよ」

 

 …顔を少し上気させて、なんか赤くなった。

 そのまま目線を俺からそらして、斜め下を向いてしまった。

 

「お…覚えてるなら…その……いいわ…」

 

 ……真っ赤なんすけど。

 

 はい?

 

 え…えっと? 

 

 えりりーん? どうしちゃったの!?

 手は、俺の首元…ネクタイを握ったまま…。

 

 あの…固まっちゃったけど…エリカさん?

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 すっ

 

 

 

 パーン!っと。

 エリリンの肩に、上空から叩きつける様、手が降りてきた。

 

「 エリカ 往来の真ん中で、何をシテイル 」

 

「 」

 

 今、一瞬しほさんが、頭を過ぎった…。

 母娘だね! 

 さっき、それ俺もされたよ? エリリン!

 

「あっ!? いえ、これは!!」

 

「…では、隆史。すまんが用事ができた。すぐに帰らしてもらう…」

 

「え…あ、はい…またね…」

 

「あぁ。またな」

 

「あっ! ちょっと助けなさいよ! 尾形!!」

 

「え~…ヤダ、怖いぃぃ」

 

「ふっ! ふざけるなぁぁ!」

 

 肩を掴まれ、引きずられるようにホテルを出て行く彼女。

 俺はそれを、軽く手を振って見送るしかなかった…。

 

 

 

 

 -----------

 -------

 ---

 

 

 

「…なんだ、この部屋」

 

 まほちゃん達と別れた後、特に誰も通る事もなかった為、素直に部屋に戻る事ができた。

 …できたんだけど…。

 フロントで部屋のある階を聞き、今まさに到着した。

 

 あ…あの。

 

 なにこの部屋!

 シングルじゃねぇ!

 ツインのベットが並んでいる…。

 すげぇオーシャンビューだし…。

 

 部屋に半露天風呂付いてるんですけど…。

 檜の風呂!? マジか!?

 この部屋の…。

 

「……」

 

 プレミアムルーム!?

 はぁ!? 

 上から数えて二つ目のグレードじゃねぇか!!??

 寝れねぇよ!

 今までビジネスホテルしか泊まった事ねぇよ!!

 

 一気に目が覚めたわ!!!

 あのハゲ! 一体俺に何した!!!

 

 ……。

 

 今日みんな、この大洗ホテルに宿泊予定だよな…。

 俺だけ…。

 

 ……。

 

 皆、多分和室とかの大部屋だろうなぁ…。

 

 罪悪感がすげぇ…。

 

 あのハゲ…今度、問い詰めてやる…。

 

 しかし…それはそれとして…。

 

 ……。

 

 風呂…入っとこ…。

 うん…せっかく付いてるしな…うん。

 

 

 ここの部屋の事って、みんなに言わない方がよさそうだな…。

 バレたら、すげぇ目で見られそう…。

 

 はぁ…。

 

 ……

 …………

 

 やー…。

 

 こういった部屋でも、一応ホテル専用の浴衣ってあんのね。

 丈が少し足りない…まぁ、いいか。

 うん、疲れた状態で風呂に入ると、やっぱりそれなりに眠気が襲ってくるのな。

 風呂から出て、何となくベットに横になった。

 

 …うん。

 

 そりゃね。寝るよ。

 こんな疲れた状態だもの…。

 眠気が飛んだと思ったのに、気がついた時には、時間が暫く経過した後だった。

 

 携帯の着信音で目が覚めました。

 まぁ取る前に、切れてしまったのだけど…。

 折り返しますか…。

 

 …2時間程、寝れたみたいだな。

 杏会長から言われていた待ち合わせ時間を少し過ぎている。

 …これでか。

 

「」

 

 ちゃ…着信数がすげぇ…。

 いや、こりゃ合計か…。

 

 みほ…3件

 

 会長…5件

 

 詩織ちゃん…4件…

 

 沙織さん…………38件

 

 こわっ!

 一人怖っ!

 

 前に比べると、みほは控えめだね! うれしい!

 

「……」

 

 …………沙織さん。何があった…。

 まぁ…詩織ちゃんの事だろう…。

 

 うん、移動しながらでも折り返しておくか…。

 

 あ~…腹減ってきた…。

 

 胃は痛いのに…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『あ、沙織さん?』

『隆史君! 今どこ!?』

『…宿泊部屋にいます…寝ちゃいまして』

『あぁ…うん。お疲れだもんね』

『いえ…』

『後、ごめんね! 詩織の事…全部聞いたよ…あの子は…まったく…』

『大丈夫ですよ。彼女どうしました?』

『多分、ホテルの部屋にいると思う…。さすがに祝賀会には出せないよ』

『まぁ…』

『詩織、あぁ見えて空気読める子だから、今日は大人しくしていると思うの』

『……』(あぁ見えてって…)

『明日、私と学園艦へ一緒に行く予定だよ?』

『なるほどね。分かりました』

 

『……』

 

『沙織さん?』

『詩織、なんか変な事言ってた?』

『変な事?』

『……』

『いやぁ…電話で何回か話しましたけど、変に質問攻めで…特に変な事は…』

『わ…私の事は…?』

『いえ別に…あぁでも』

『でもっ!? なに!?』

『メールだとなんか書いてあるかも知れないですね』

『!?』

『顔文字、スタンプばかりで、送ってきますので…正直なんて書いてあるか分からないのが大半です』

『!!』

『そこに何か書いてあるかも…』

『今度、そのメール見せて!!』

『え…人のメールを見せるのは…ちょっと』

『大丈夫! 詩織に許可は取るから!!』

『まぁ…送信者がいいなら…』

『よしっ! じゃあ早く宴会場に来て! みぽりん達、みんな待ってるよ!』

 

『あぁ、はい。今、向かってる所ですよ』

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 大洗ホテルの和室の宴会場。

 すでに全員が集合していた。

 会場に入ると、一斉に視線を頂きました、はい。

 

 大広間の畳の上。

 一つの机に向かい合って、各チーム毎に席が決められているのか、一列に皆座っている。

 その上には、鍋とか刺身とか…綺麗に並べられた会席料理。

 つか…部屋の隅には…なんで花輪が並べられてるんだろう。

 あ…大洗の商店の名前が入ってるな。

 …なるほど。

 

 

 しかし、なんだろう…久々に見た気がする。

 …みんなの顔を。

 一様に、このホテルの浴衣を着ているね。

 …浴衣最高!!

 

 でも、俺もこの祝勝会…というか、祝賀会か。

 それに参加していいものだろうか?

 うん、決勝戦不在だったんだけどなぁ…俺。

 

 一度それを言ったら、またマジギレ柚子先輩になりそうだったから、参加を了承したのだけどね。

 また今それを聞いたらそれはそれで怒られそうだから、素直に参加しよう。

 その正面。

 赤い垂れ幕がかかった壇上に、生徒会3人組が立っていた。

 

「お~! ようやっと来たねぇ、隆史ちゃん」

 

「遅い!!」

 

「まぁまぁ桃ちゃん」

 

 …。

 

 うん! 柚先輩が元に戻ってる!! よかった!!

 苦笑しながら、いつもの様に桃先輩をなだめている。

 

「……」

 

 うん! よかった!!!

 

「…あ、準備の手伝いができなくて…すいません」

 

「それについては大丈夫だよ? かーしまが、隆史ちゃん休ませた方が良いって言っていてね」

 

「え…」

 

「そうそう、なんか桃ちゃん、優しかったよねぇ」

 

「桃ちゃんと呼ぶな!」

 

「桃先輩が? それは…ありがとうございました」

 

「い…いいから、早く来い!」

 

 なんか照れてる、桃先輩。

 いつもだったら、逆なのになぁ。

 

 一応俺も生徒会役員という事で、その三人の横、柚子先輩の横に並んでみた。

 この立ち位置であってるはず。

 

 あれ? 

 

 なんで、顔を近づけるんですか!?

 

 あ、みぽりん。これは勘弁してください。

 

(…会長、大丈夫です。お酒の匂いしません)

(よし、休ませたかいもあったね!)

 

 …ん? なんだろ。耳打ちしてる。

 みほに、会長が親指立ててるな…。

 なんなのだろう…?

 

 それにしても、柚子先輩の雰囲気が少しおかしいな。

 …なんで目が、潤んでるんだろう…。

 

 壇上の上から、みんなの顔を見下ろす。

 なんだろうな…みほが目に入ったが、帰ってきてからまともに話してないなぁ…。

 なんかまた、困ったような顔で笑っているな…。

 

 やはり俺の立ち位置は正解の様で、早速と桃先輩の長い前置きが始まった。

 それにまたいつもの様に、耳元でそれを、長いよ、と制している柚子先輩。

 

「それでは、祝賀会を始めたいと思う。…会長、お願いします」

 

「ほいさっ。いやいや、良かったねぇ~。廃校にならないで済んでぇ」

 

 桃先輩から渡されたマイクで、挨拶を始めた杏会長。

 その横で、腕を組んで頷き続けている桃先輩…。

 というか…

 

「そんじゃ、かんぱ~い」

 

「それだけですか!?」

 

 オレンジジュースだと思われる、飲み物が入ったコップを掲げた。

 

 短い…。

 

「かんぱぁーい!」

 

 杏会長が学校の校長になったら、朝礼に挨拶の時にありがたがられそうなほど程…短い。

 ま、楽でいいか。

 

 各チーム毎に分けられた席からは、各々事に変わった乾杯の声が聞こえてくる。

 …れっつらごーって…。

 いぐにっしょん? しーくえんす…え? なんだって?

 歴女チームはもはや何言ってるか分からん…。

 

「いえ~い!」

 

 横からも…。

 恥ずかしそうにコップを掲げる桃ちゃんが、ちょっと可愛い…。

 あ、睨まれた。

 

「え~、大洗の商工会、町内会からは、花を沢山頂いている」

 

「はい、拍手~!」

 

 ……突っ込みどころも多いけど。

 

「…はい、やめぇ~!」

 

 ま、楽しそうだしいいか。

 先程までの衣装を選ぶ作業より…だいぶ楽しい。

 祝い事だしな!!

 

 あぁ、次だ。

 さすがにもう仕事しないと。

 

 取り敢えずテレビ持ち込めばいいんだっけ?

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 壇上に上げた大画面のテレビの横。柚先輩が出てきた

 画面にはマルの中に祝の文字…。

 なんでこんなの…持ち込んだんだ?

 

「それでは! 祝電を披露する!」

 

 その更に前に、台車の上に乗った沢山の祝電をゴロゴロと音をたてて桃先輩が押して来た。

 運ばれてきた祝電を持ち上げ、読み上げる柚子先輩。

 

『 コングラッチュレーション! ネクストはウィーがウインするからね! 』

 

 デンッと、柚子先輩が読み上げた瞬間テレビ画面から音がし、画面にケイさんの顔写真が表示された。

 

「サンダース付属高校、ケイ様からでしたぁ」

 

 あぁ、このテレビはこんな用途なのね。

 

「サンダースぽーい」

「でも日本語か、英語に統一して欲しいよね」

「かえって分かりにくい」

 

 うさぎさんチームから蟹の足食いながらそんな事を言われましたね、ケイさん…。

 違うぞ一年! 蟹の足の食い方は、それだとうまく身が取れない!

 

「隆史君、これについて一言」

 

「…え?」

 

「 ひ と こ と 」

 

「ゆ…柚子先輩?」

 

「ハヤクゥ」

 

「……」

 

 な…なんで?

 ま…まぁ。

 

「ケイさんらしいと思いますよ? ちょっと外国人タレントみたいになってますけど…」

 

「ウフフフ」

 

「!?」

 

「はい、では次」

 

 な…なに!? 本当になに!?

 なんで笑ったの今!!??

 

「隆史ちゃん、これ運んでぇ」

 

 なんか得体の知れない恐怖に駆られながらも、杏会長の指示に従い、なぜか壇上にマサージチェアを運ぶ。

 

 しかしなんだ? なんなの!?

 あっ!?

 みほと柚子先輩が、なんかアイコンタクト取ってる!!

 

『おめでとうございます。私からは、この言葉を贈ります』

 

 次の祝電を、柚子先輩が手にした。

 なに? …え?

 

『夫婦とは、お互いに見つめ合うモノでなく、ひとつの星を見つめ合うモノである』

 

 デン!

 

「聖グロリアーナ学院、ダージリン代理 オレンジペコ」

 

 テレビ画面に、指を組んで振り向いている様なオペ子の写真が表示された。

 あ、この写真可愛い。ちょっと欲しい。

 

「…結婚式じゃない」

「どなたの結婚式だと思ってらっしゃるんでしょう?」

「でも、私の名言集に入れておきます!! いつか使えるかもしれないし!」

「私の結婚式に、使って! 使って!!」

 

 みほが苦笑してる…。

 

「はい、では隆史君、これについて一言ぉ」

 

「は!?」

 

 な…なんだこの流れ…。

 なんで!? 普段興味なさげな、カバさんチームも興味深々な顔しとる!!

 

「格言とか、聖グロらしく…それでいて、お…オペ子らしく…ちょっと抜けてる所がよろしいかと…」

 

「ウフフフフ」

 

「!?」

 

「あ、柚子。もう一枚あるぞ」

 

「え?」

 

 重なっていた為か、気付かなかったようだ。

 ガサッと、もう一枚を読んでいる柚子先輩。

 

 …あ、あれ? 目元がくらい。

 なんて書いてあるんだ?

 

『 ―ね? 隆史様 』

 

 

 グシャ

 

 

 《 !!?? 》

 

「はい、次ぃ~♪」

 

「……」

 

 み…見なかったことにしよう…。

 

『モスクワは、涙を信じない。泣いても負けたっていう現実は、変わらないから。もっと強くなるように頑張るわ』

 

 デン!

 

「プラウダ高校、カチューシャさんからでしたぁ」

 

 真正面からこちらを真っ直ぐ見てくるカチューシャの写真が、テレビ画面に表示された。

 なんだろう…代理で、ノンナさんからの祝電とかじゃなくて良かった!! って…気がする。

 

「後藤 又兵衛も、次勝てば良しと言っていたな」

「世に生を得るは事を為すにあり」

「部下に必勝の信念をもたせることは容易だ。それは、勝利の機会をたくさん体験させればよい『それだぁっ!!』」

 

 どれだ?

 長すぎて良く聞いてなかった…。

 

「はい、では隆史君、これについて一言ぉ」

 

「…カチューシャらしくて…よろしいかと…祝電と言えるかどうかは別で…」

 

「ウフフフフフフ」

 

「!?」

 

 な…なに? 柚子先輩がおかしい…。

 ま…まだ、あるのか祝電! こんなの続けられたらたまらんぞ!?

 

「その他、知波単学院の西様。継続高校のミカ様。他からも祝電を頂いておりますが、時間の都合上省略させて頂きまーす」

 

「いぇ~い!」

 

 おい! 会長、今あくびしてただろ!?

 というか、えっ!? ミカ? あのミカが祝電!?

 

「なお、アンツィオ高校からは、全員分アンチョビ缶が届いている」

 

「これセール品だよ?」

「あの学校、お金無いからね」

「お金は正直だねぇ~」

 

 半額シールが貼られた、どこかで聞いた事のある赤い缶詰が皆に配られてるな…。

 ま…まぁ。アンチョビ達からすれば、これでも結構な出費だろうな…。

 勘弁してやってくださいね? 皆さん。

 

 それよりも!

 

「あの、柚子先輩」

 

「なぁに? 隆史君」

 

「…個人的に、ミカの祝電って気になるんですけど…」

 

 あのミカが祝電だ。

 なんて文章か正直不安でしょうがないが、逆に見てみたい。

 

「ん~…ミカさんね。納涼祭の時に、すっごくお世話になったから…」

 

「え? はい…なんですか、その前フリ…」

 

「できれば、握りつぶしたくないの♪」

 

「・・・」

 

「…私は読んだけどね。中身は教えな~い」ホトンド、プロポーズダッタシ

 

「……」

 

「二度目は、多分無理ぃ~…」

 

 そう言いながら、ガラガラと台車を押して行ってしまった…。

 なんだ? すげぇ気になる!!

 というか、柚子先輩が本格的におかしいぃ!!

 

「はいはい、隆史ちゃん。ちょっと横ずれて~」

 

「あ、はい。すいません…」

 

 そういえば、今日の杏会長も少し様子が変だ。

 変にテンションが高いと言うか…なんというか。

 別段、お祝い事だから、自然と言えば自然なんですけどね…。

 

「じゃー、場も温まった事だし! そろそろ始めるかねぇ~」

 

「拍手ぅ~」

 

 ま…まぁ一応俺も合わせておこう…。

 パチパチと手を鳴らす…。

 

「やめぇ!」

 

 あぁ…そうか。

 あれが始まるのか…。

 

 

 

 

「それではこれより、各チームによるかくし芸の披露を行う!!」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました
段々と、伏線が回収できてきました。
水着撮影やら…エリリンとか…沙織さんとか…。

やっぱり、ルートPINKと併用すると、文面が崩れる時あるなぁ…

ありがとうございました


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第10話~宴会戦争~ 中編

 チーム対抗 隠し芸大会

 

 …こんなパネルいつ用意したんだろう。

 各チームの得意なモノを禁止し、出来うる限り別ネタで芸の披露となる。

 まぁ各々、分かりきった得意分野があるからなぁ。

 みんな結構、花があるから大丈夫だろうとは思うけどね。

 

 まぁ…俺も言われたけど。

 というか、なんで俺だけ単発なんだよ…。

 生徒会チームに、含めてくれりゃいいじゃんよ。

 まぁ、おかげでちょっと、好き勝手できたけど。

 

 ちなみに俺が禁止をされたのは…筋肉。

 

 …いやまぁ。うん。

 

 はぁ…。

 

「優勝チームには、豪華賞品を用意してあるからなぁー!」

 

 杏会長が、壇上に用意された机に座り、片手を上げる。

 もう一つの余った手の前には、二等の紙が貼られた、銀色の箱。

 

 横に座った、一等の紙が貼られた箱。

 それを手にしている、桃先輩から賞品の説明が入る。

 

「ちなみに3位は、大洗商店街のサマーセールの福引補助券」

 

 3位…まぁ3等だけど、その紙が貼られた銅色の箱の後ろに、柚子先輩が座っている。

 

「2位は、学食の食券500円分。1位の商品は、10万円相当の~…」

 

 2位は、地味にうれしい賞品だけど、1位の賞品の10万相当…という発表で、みんなの歓声が上がる。

 まぁうん…現金なら俺も欲しい。

 

「詳しくは、後で発表する…以上!」

 

 高校生だし、あまり見た事の無い金額だろうしね。

 目に見えて、皆がはしゃぎだした。

 

「現金かなぁ?」

「10万円あれば、ティーガーの履帯が、一枚買えます!」

「私、ボコのぬいぐるみ、買ってもいいかなぁ?」

「いいよ! ボコのどこがいいか、分からないけど~」

 

 あ、沙織さん!!

 

「 どこがいいかが、わからない!? それじゃジックリ教えるね!! 」

 

 …みほの目に火が入った。

 横にいた沙織さんの肩を掴み、真正面に無理やり向かせ…。

 あぁ…布教モードに入った…。

 

「みっ! みぽりん!!?? ちょっ!?」

「あぁ、そっか! 今から隠し芸だもんね! 今日みんなでお泊まりだから、後で! 後でじっくり、ボコのいい所を教えてあげるね!!」

「 」

 

 即座にモード解除となったけど…

 メチャクチャ早口で、逃がさねぇと、釘を刺したなみほ…。

 うん、沙織さん。覚悟しておいた方がいい。

 そのみほは、朝までコースだ。

 

「皆で、温泉行きましょうよ~♪」

「単位が欲しい…」

 

 華さん、マコニャン…つえぇ…。

 その目の前のみほを、無視した…。

 

 

 …まぁうん。

 各チームから、10万相当の賞品を目の前に、期待に胸を膨らませている。

 まぁ、いい餌だろうな。

 

 だから会長には悪いが、皆の期待を裏切る訳にもいかないんだ。

 ここでちょっと、ネタばらしをしておこう。

 

「あー…うん、俺からもいい?」

 

「おや、なにかなぁ? 隆史ちゃん」

 

 手を上げて名乗り出ると、みんなから注目を集めた。

 結構、緊張…というか、一斉に見られるのってやだなぁ…。

 でもまぁ。

 

「ん、実はこの賞品の発注は、会長がしたんだけど…」

 

「うん、そうだねぇ~」

 

「…キャンセルしておいた」

 

 

 

「 なぁ!!?? 」

 

 

 

 目を見開き、口を開け…絶望顔になった杏会長。

 いやぁ~…絶望顔ってゾクゾクしますねぇ。

 

「な…なっ!?」

 

「干し芋1年分なんて、喜ぶの杏会長だけですよ…」

 

 あぁ~…と、落胆と納得の声が響いた。

 そりゃそうだろ。

 例え1位となったって、逆に困るだけだ。

 

「…食べきれなくて処分…なんて事もありえますから」

 

「た…たかs…」

 

 はい。手を前に出して、追いすがる様な仕草をする会長。

 

「んで、賞品は10万円相当という事で、各チームの希望の商品を提供しようと思う」

 

 ザワッと、会場がざわめいた。

 柚子先輩はこちらの味方だ。

 あらかじめ昨日、その事を伝えておいた。

 

「流石に現金ってのは、色々とまずいから無理だけど…優勝したチームに適したものを、できる限り用意するよ?」

 

「ぐ…具体的には!?」

 

「そうだね。例えば…アリクイさんチームだったら、…ネットマネーとか?」

 

「「「 !? 」」」

 

 あ…目の色変わった…。

 

「レオポンさんチームなら、自動車用工具とか…パーツ部品とか…」

 

 ガタッ!

 

 はっはー。

 全員の目の色が、極端に変わった。

 どうせやるなら、本気でやった方がいい。

 

 おーおー…俄然やる気になり始めたな。

 

「隆史ちゃん!!」

 

「はっはー。だからほし芋が欲しいなら、これで手に入れてください」

 

「……」

 

 いやぁ。

 いいなぁ、杏会長のその悔しそうな顔。

 はっはー…マジで変な気分になりそう!

 

「…隆史ちゃ~ん」

 

「なんすかぁ?」

 

 猫撫で声に、猫撫で声で対抗してみました、はい。

 

「それは、なんでもって事だよね?」

 

「…そうですね。法律に触れていないのと、モラルを守るなら、俺が大体用意しますよ?」

 

「……分かった。二言は無いね?」

 

「無いですけど…。なんだろう…嫌な予感しかしねぇ」

 

 言ったね…と、勝ち誇った顔をした会長…。

 な…なんだ?

 

「ふっふっふっ…。んじゃ、生徒会が優勝したら、確かに高級干し芋1年分だ!」

 

「はぁ…そうですか」

 

「それは、隆史ちゃんも一緒に買いに行ってくれるって事で…いいよね!?」

 

「え? はぁ…別に用意するって言った以上は…はい。構いませんが」

 

「よし! わかったぁ!」

 

 な…なんだ?

 なんでそんな事を態々…

 

 

 ゾワッ

 

 

 な…なんだ今の悪寒…。

 

「はいっ!」

 

 元気よく手を上げたのは…レオポンさんチームのナカジマさん。

 

「私達が欲しいパーツとかって、素人には判断できないと思うんだけど!」

 

「まぁそういった場合、聞いて買ってくるとかでもいいですし…領収書も欲しいので…」

 

「それは買い物に、尾形君がつきあってくれるって事!?」

 

「まぁ…ご希望なら……」

 

「分かった!!」

 

 

 いや…本当にわからない…。

 なんで、そこで嬉しそうにしたんだ? ナカジマさん。

 なんだ!?

 一部から、すっごい闘気を感じる!?

 みほさん!? なんで怒ってんの!?

 

「…みほさん」

「はい」

「あれ、隆史さん。ご自分で何を言ったか、お分かりになっていませんね」

「…そうですね」

 

 なに!?

 

 本当になに!?

 

「ねぇねぇ、隆史ちゃん」

 

「なんすか、会長…」

 

「ちなみに、隆史ちゃんが優勝とかしたら、どうするの?」

 

「え…まぁ、特に考えてないですけど…」

 

 なんだろう…。

 特に欲しいものないしな…プロテインくらいしか…。

 

「そうだよね! 男の子だもんね! 言えないよね!!」

 

「……」

 

 ほら、会長。

 そういう事言わないでください…みほが見てるでしょう?

 すげぇ呆れた顔してますけど?

 

「あのですねぇ…。如何わしいモノなんて買うはず…ない……」

 

 はぁ…これから同居する様なものですし…買えるはずないでしょうが。

 あ…今までの、処分しないと…。

 

 ……

 

 …………あぁ。あったな欲しいもの

 

 

「あ…あれ? 隆史ちゃん?」

 

 …………

 

 ま、実費でも構わぬ。

 

 

「……」

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 《 !!?? 》

 

 

「ヒッ! い…一瞬、隆史君が…ものすごく悪い顔した…」

「みほさん…顔が真っ青ですけど…」

「な…なに!? 今の隆史君!?」

「…悪寒が凄かったぞ。おい、一年が怯えてるな…」

「い…嫌な予感しかしないよぉ…」

 

 

「隆史ちゃん…そんな顔もできたんだね…」

 

「は? ナンノコトデショウ?」

 

「今は、詐欺師みたいな顔してるけど…」

 

「はっはー。場も温まったので、始めましょう!」

 

 杏会長を無視し、手をパンパン叩き、開始を宣言する。

 

 

 はい、さっさと始めましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 はい、いよいよ始まりました。

 小山先輩の司会の元、始まりました隠し芸大会。

 幕が上がり、風紀員…カモさんチームから開始となりました。

 

 隆史君は、私の後ろ…磯部さんとの間に、胡座をして座っている。

 壇上から見れば、真正面のど真ん中に座った…。

 変に気合入ってる…。

 な…なんだろう。

 さっきの悪い顔が、気になってしょうがないよ。

 

 カモさんチームは、3人似ている風貌を活かして…ゆ…幽体離脱?

 よくわからない…。

 

「…ふむ。杏会長の真顔が見られたからよし!」

 

 よくわからない出し物に、目が真っ黒になった真顔の生徒会長を見て、そんな事をつぶやいていた…。

 あれ? 審査員って隆史君!?

 ずるくない!? それって、ずるくないかな!?

 

 レオポンチーム…。

 イッツ、ショーターイム! といった掛け声と共に始まりました。

 袖からお花を出したり、シルクハットから鳩さんが出てきたり…。

 

「痛っ!?」

 

 ホシノさんが、体を反らした時に、小声で…「デッカ…」とか言っていたので、抓っておいた。

 

 まぁそれはそれとして、優花里さんに思いの他、受けは良かったみたい。

 立ち上がって手を叩いて喜んでる。

 

「それでは、最後の大ネタ!」

 

「!?」

 

 音を立てて、地面から車が出てきた…。

 え…重量的にどうやって持ち込んだんだろ。

 というか…どこかで見たこと…

 

「俺の軽トラ!?」

 

 あ…隆史君が絶句してる…。

 

「ここにあります自動車を、見事変身させて見せます!」

 

 下から車全体を隠す様に、パネルが上がって来た。

 あぁ…そういえば、自動車部に修理頼んでたっけ。

 

「おい! 自動車ネタ禁止だと言っただろうが!」

 

「いい! 桃先輩!!」

 

 あ、隆史君が中断させようとした河嶋先輩を止めた。

 変身と言った時点で、大丈夫だと早口で説明してる。

 気になるのもあると思うのだけど…必死になってるなぁ。

 

 ドラムの叩く音が響く…暗い部屋の中でも、なんか隆史君の顔が青くなってるのが分かるなぁ。

 

 デンッ! っと最後に響いたドラムの音と共に、パネルが開かれた。

 

 …。

 

 一台の…軽トラックの形の……装甲車があった。

 

「」

 

 …あ、絶句してる。

 

 サイズ的に軽トラをそのまま改造したっていうのが、何となく分かる…。

 軽トラックの車体周りに、装甲を取り付け…タイヤが大きくなっていた。

 元のサイズのタイヤ周りの部分も削られていて、車高がだいぶ上に上がっている…。

 

 はい! っと掛け声と共に…写真パネルだったんだ。

 その装甲車の後ろから、軽トラックのパネルを持って行ってしまった。

 

「はい、じゃあ尾形君! 修理終わったからね~」

 

「」

 

「大破した戦車を見つけてね~。そこの装甲をちょっと流用したよ!」

 

「」

 

「なに!? 戦車あったのか!? 報告せんかぁー!!」

 

「いやいや。完全にひしゃげちゃっていてね。あ、これ戦車だったんだ~って、思うくらいの壊れ方してたから。ま、いいかなぁって」

 

「よくない!!」

 

「ちょっとまって! これ重量ってものすごくなってない!? 軽トラのエンジンで走れるの!?」

 

「あぁうん、一回火を噴いたねぇ…。あ、大丈夫。なんとかしたから」

 

「なんとかって!?」

 

「ちゃんとエンジンもいじったよぉ。時速50キロくらいならでるからねぇ。あ、あんまり無理すると、また燃えちゃうかもしれないから、注意して」

 

「燃える!? なぁ!? 車検がこれで通るの!? え? モロ改造車…というか、え!?」

 

「大丈夫だよ~……トオスカラ」

 

「そういった問題じゃねぇ!!」

 

「あ、ドリフトもできたよ?」

 

「そこでもない!!」

 

 呆然とした隆史君を放っておいて、私語をするなと垂幕を下げられてしまった。

 はい、レオポンさんチーム終了。

 

 あはは…。

 隆史君が、なんか下向いてブツブツ言ってる…。

 

 3番目のチーム。

 アリクイさんチームの出し物…カエルの歌の輪唱。

 淡々と歌っているのも聞こえてないのか…ボケーと眺めてる。

 あ、出し物終わっちゃった…。

 

 隆史君の目に光がない…。

 

 4番目。

 

 うさぎさんチーム。

 澤さんのフエの合図と共に、組体操が始まった。

 サボテン…オウギ…

 

 ピッ! ピッ! ピッ!

 

「がんばれ~」

 

 なんだろう、沙織さんがすごい心配してる。

 1年生達とすごく仲良かったもんね。

 …お母さんとか言われてたよね…。

 

「体育祭みたい」

 

「戦車やれ~! 戦車~!!」

 

「秋山さん!?」

 

「顔が赤いですよ?」

 

「えー…」

 

「……酔ってる」

 

「オレンジジュースで!?」

 

 場酔いというのかな?

 手に持ったコップを振り回してるなぁ…。

 

 ……

 

 

 …フフ…酔った隆史君に比べれば、ぜんっっぜん! 可愛いく見えるよね!!!

 

 

「ピラミッド!!」

 

 最後の大技。

 決まった~と、沙織さんがぴょんぴょん跳ねて、喜んでる。

 それはいいんだけど…横から…。

 

「…なんでブルマって、絶滅したんだろう……」

 

 って、隆史君が相変わず、目に光が無い状態で呟いてる。

 半笑いで、一年生達を眺めてるなぁ。

 

 ……ぶるまって、何だろう…。

 

 

 5番目。

 

 アヒルさんチーム。

 

「それでは、モノマネやりまーす!」

 

 面白そうですね! と、意外にも華さんがすっごい食いついた。

 今ままでに見た事が無いくらいの、いい笑顔だなぁ。

 

 結構みんな、似てるなぁ…。

 まぁ出だしで、華さんが手を上げるとか…本当に楽しそう。

 

 ただなぁ…隆史君が…。

 

『もぅ、ダメだよ柚子ちゃん!』

「わ、笑うな! なぜ笑う!?」

 

 佐々木さんの、小山先輩と河嶋先輩のモノマネ。

 思いの他似ていて、周りから笑いが起こった。

 

 …ただ、隆史君だけ…。

 

「…あれは使えるな」

 

 と、小声で呟いていたのが、怖かった。

 何に?

 何に使えるのかな!?

 

「…今度、頼んでみよう」

 

 だから何にだろ!?

 

 ……。

 

 …………はい、気がついたらあんこうチームのモノマネ。

 

 うん、自分のモノマネをされるなんて思わなかったなぁ…。

 一瞬分からなかった。

 

 他人から見ると、結構分かるモノなのだろうか?

 華さんも自分のモノマネは誰でしょう? って分からなかったみたい。

 

 …ただなぁ。

 

「女子はねぇ、下手にスペックが高いより低い方がモテたりするのぉ! ちょっとポンコツの方が可愛いでしょ?」

 

 ……。

 

 …………。

 

 指を上げて、沙織さんのモノマネをする磯部さん。

 それを見て、隆史君が一言。

 

「スィーツ磯部さん……ありだな!」

 

 ……。

 

 ………うん。

 多分、これまた思った事を、口に出してるなぁ。

 

 

 6番目。

 

 カバさんチーム。

 

「歴史ネタ禁止だと言ったろー!!」

 

 河嶋先輩の怒号が聞こえた…。

 すごいセットだなぁ。

 洋風の室内のセット。

 絵で書かれた背景だと思うのだけど…こんなのどうやって用意したんだろ…。

 

 澤さんが言っていたけど、若草物語の寸劇。

 カバさんチームの皆、ああいったロングスカートも似合うのに…

 

 なんで、帽子やらマフラーやら…そこら辺は何時もと一緒なんだろう…。

 セリフの所々に歴史ネタを挟んで、河嶋先輩が怒っている。

 えっと、おりょうさんだけ…普通。普通に役柄にあった格好だね。

 

 

『分かってます、分かってます』

 

 河嶋先輩の怒号が飛ぶ度に、そんな事言ってる…カエサルさん。

 手の平をヒラヒラさせてるなぁ。

 あれ、隆史君と同じで、分かっているってだけだよね…。

 守る気ないよね…あれ。

 

 セリフの端に、所々歴史ネタを入れてくる。

 …よく、あんなに出てくるなと、感心するくらい。

 というか、ベス役のエルヴィンさん。倒れたはずなのに、ベットで生き生きしてるなぁ。

 

 なんだろ、観客おいてきぼりだなぁ…。

 

「ねぇ、みぽりん。次、私達だからそろそろ準備しないと」

 

「あ、はい。そうですね」

 

「んじゃ、俺も行くか」

 

「あれ? 隆史殿も出るんですか?」

 

「なんかすっごい久しぶりに、優花里に普通に呼んでもらった気がする…」

 

「……で? どうなんですか?」

 

「うん。会長がちょっと脚本弄ったから、もう一度目を通しておいて…」

 

 「「「「「 …… 」」」」」

 

「不安しかないな…」

 

「あぁ…河嶋先輩が、劇に乱入した…ほらっ! もう終わりそうだから急ごう!」

 

 沙織さんに急かされ、皆が移動を開始する。

 

 会場の上では、カバさんチームに向かって、河嶋先輩が叫んでいる。

 

 

「退場!!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 7番目。あんこうチーム。

 

 柚先輩の紹介の口上が終わると、垂幕が上がる。

 そう、あんこうチームの隠し芸の時間だ、

 本来なら、ここでみほ達五人が、並んで登場する段取りだったが…却下した。

 違う…ヒーローショウはそうじゃない!!

 

「みなさ~ん、こんにちは~!」

 

 《 こんにちは~…》

 

 緑の森を背景の前に、不自然に置かれた岩山のパネルが乱立している壇上。

 その壇上の中心に、柚子先輩が立っている。

 

 いわゆる司会のお姉さん!

 

 司会のお姉さん役の柚子先輩が、会場の良い子達に挨拶をしている。

 …うん、良い子達!

 若干、ノリについていけない良い子がいるがね!

 …しかしこういった役に、恐ろしく違和感が無いなぁ…柚子先輩。

 

「ん~。ちょっと元気がないかなぁ。もう一度ね?」

 

 《 !? 》

 

「はい、こんにちは~!」

 

 《 こっこんにちは~! 》

 

「はい! 元気な挨拶ありがとうねぇ~」

 

「 ナ…ナニ…? 」

「 何が始まるんだろ… 」

 

 ふっ。女子ばかりだ。

 違う意味で新鮮だろう。

 まぁ…約一人、速攻気がついて、目を輝かせてくれている子がいるね!!

 

 …といっても寸劇だ。

 あまり時間をかけて、興味が無い子がダレてしまうのも困る。

 呆然としている内に、一気に話を進めよう! 話が進めば、少なくとも見ようという気が起こるものだ!

 

 

 はぁ…はい。以上最後のハイテンションでした。

 

 ぶっちゃけ、俺の格好もあり、やけくそ気味でやらないと心が持たない…。

 

 柚子お姉さんが、良い子達に挨拶をしている途中。

 会場内に、ちょっと重低音の不穏なBGMを流れ出した。

 明かりが少し暗くなり、壇上の地面に白い煙が流れる。

 …ドライアイスまで用意したのかよ…。

 

 まぁ…んじゃ、俺のセリフだ。

 

『フゥーーーハハハァ!! 聞けぇい! 愚民共ぉ!!』

 

「あ、尾形先輩の声だ」

「また会長に無茶言われたのかな?」

「相変わらずだねぇ」

「結構、ヤケクソ気味な声だよね」

「…先輩、かわいそう」

 

 ウサギさんチームからの同情の声が聞こえてきた…。

 やめて…色々と揺らぎそう…。

 

『今日! ここ!! 大洗は、この「悪のセイトカイ」が占拠したぁ!!』

 

 壇上の天井。

 吊り天井がゆっくり降り、そこに隠れていた俺が、飛び降りる。

 ドスンと大きな音と共に、ドライアイスの煙が、俺を中心に霧散する。

 

 ……。

 

 

『そう! この、あんこう怪人(雄)の手によってなぁ!!』

 

 暗い中、俺にスポットライトが当たる。

 当たった直後…会場中に悲鳴が響き渡った。

 霧散する煙の中に、シルエットと共にその姿があらわになってくる。

 

 過去にみほ達、あんこうチームも着たことのあるもの…。

 

 

 あんこう踊りのコスチューム(雄)

 

 

 ただ…思いの他、薄くてピッチリしている。

 桃色に輝くそのスーツは、俺の筋肉の形、筋まで浮き彫りにしている…程、ピッチリ。

(雄)使用な為に、あんこう帽子に目玉と尾ビレとかのみで、提灯はついていない。

 

 要は! ピンクのピッチリした全身タイツ男が、天井から降ってきたんだよ!!

 そりゃ悲鳴の一つや二つ沸くよね!!

 

「た…隆史君、すごい格好だね……」

「…会長がこれ着ろって」

 

 柚子お姉さんに引かれた…。

 あなたも着た事あるでしょ!?

 

 ……。

 

 しかし…これは以外にも動きやすいな…。

 ふむ。

 

「服を着て、全身の筋肉を確認出来るというのも…なるほど! これが機能美か!!」

「…違います」

 

 冷静に突っ込まれた所で、いこうか!

 

 呆然としている、観客席の良い子達に指…の、代わりに着いたヒレを突き出した。

 

『まず第一段階として、人質を取らせてもらう!!』

 

 うん、お約束。

 ただ戦闘員がいない為、自分で行かないといけないけど…。

 

 よし!

 

『子供枠という事で1年生に限定させてもらおう!』

 

 そのまま壇上からジャンプし、一年…ウサギさんチーム前に、飛び降りる。

 畳の上の為、特段痛くない!!

 席の前に降り立つと、結構真っ赤な顔をして、キャーキャー言ってるな。

 

『さて…誰にするかなぁ…』

 

 選ぶようにもう一度、手ヒレ前につき出す。

 …あ、澤さんと目があった。

 全力で目を逸らしたなぁ…。

 

 …いかん、ちょっと変な気分になってきた。

 

「あい!!」

 

 ……。

 

 その澤さんの横から、坂口さんが…目を輝かせて手を上げた。

 すっげぇ勢い良く…。

 

「 あい!!! 」

 

「桂利奈ちゃん!?」

 

 あ~…納涼祭の時にも言ってたな。

 こういったの好きだって。

 

『よ…よし! じゃあ、お前来なさい…じゃない、来い!』

 

「やった~!!」

 

「なんで、人質になって喜んでるの…」

「立候補しちゃったねぇ…」

 

『あ、ついでに君も』

 

「えぇ!?」

 

 目の前の澤さんも指名。

 片腕に、澤を抱き上げた。

 

「ピッ!!」

 

 あ、澤さんが固まった。

 あれだ…愛里寿を抱き上げたように、片腕抱きって奴かな?

 

「なぁ!?」

 

 あ…なんか離れた席と、壇上から声がした…。

 坂口さんは、手をつないで仲良く壇上の上に…。

 すげぇ嬉しそうについてくるんだよな…。

 そのまま壇上に上がり、柚子お姉さんの前に、二人を連れてきた。

 

 …

 

『はい。二人共、危ないからこっちに避難していテネ』

 

 お姉さん。セリフが棒読みですけど…。

 舞台の隅で、人質を司会のお姉さんに管理してもらうというカオスぶりは、置いていおいて…。

 あと、一人…。

 

 ……。

 

 客席の真正面から、すっごい視線を感じる…。

 

『……』

 

 今度は普通に壇上を降りて…その……アヒルさんチームの前に立つ。

 近藤さん…目がすごい輝いてますね…。

 はい、河西さん…引かないで…。

 

『じゃ…じゃあ!! あと一人! 人質を…』

 

 …その河西さんと目が合う。

 

『…そういえば、河西さんとは、筋肉について語り合う約束をしていたな…』

 

「は!? なんの事よ!!」

 

『……あぁ…そうだった。そうだった…君が俺の筋肉を…ナンパ目的の偽筋と罵ってくれた日…そんな約束をしたなぁ……』

 

「何を言って…………あぁ!! 戦車を探してた時の事かぁ!!」

 

『ソウソウ…』

 

「あれは、断っ…妙子!?」

 

 なぜか近藤さんに肩を掴まれた河西さん。

 良く分からないけど……取り敢えず、腕をΩのポーズにし、全力で筋肉を浮かび上がらせてみた。

 最近、筋トレも思いの他できなかったので、今まで使えなかった、筋肉達が音を立てて喜び始めた。

 真正面の磯部さんが、なぜか目を輝かせていた。

 そうか! 筋肉の良さが分かるか!! 脳筋だもんね!! 仲間か!!

 

『サァ…いこぉぉか?』

 

「ちょっ!? まっ…!」

 

 手ヒレを出して、促す

 

『…さぁ空気を読もうか…』

 

「」

 

 ほら、目の前のキャプテン様も退いてくれた…。

 座ったまま、逃げる体勢になったが、もう遅い…。

 さぁ。

 

 ……

 

 河西さんの奥に居た人物が立ち上がった…。

 あ…あれ?

 

「尾形先輩」

 

『え…あ、はい』

 

「私も、一年ですよ?」

 

『…ソウデスネ』

 

「忍ちゃん、嫌がってるじゃないですか」

 

『 』

 

「それとも尾形先輩は、嫌がる女の子を辱める様な趣味でもあるんですか?」

 

 趣味って…

 

『………多少?』

 

「は?」

 

 真顔!!

 

『じ…じゃぁ、近藤さん…』

 

 河西さんを庇うつもりだろうか?

 少し前に出てきた…。

 まぁ…それじゃあと、手ビレを出してみたら…。

 

「はい!♪」

 

 なぜか笑顔で、答えられた…。

 

「妙子ちゃん…人質に喜んでなるってダメだと思うけど…」

「……」

 

 進んで前に出てきて…あれ? 止まった。

 あれ? 両手を広げた。

 

 ……。

 

 あ!

 

 背の差も有り…澤さんとは違い、完全にお姫様抱っこの形で……壇上にお連れしました…。

 首に手を回された…当たる!! 柔らかい!!

 あんこうスーツがピッチリしてるから、直に感触がぁ!!!

 ピンクの全身タイツ男が、浴衣の女の子をお姫様抱っこ…。

 

 ……事案だよなぁ…。

 

 

 

「…」

「隆史君…」

「……」

「人質がみんな喜んでるってどうなんだろ」

「…知りませんよ…」

 

 壇上の上では、目を輝かせている約2名と、なぜかオーバーヒートしている澤さん。

 

「…尾形君。始まったばかりで、すでに瀕死だけど…」

「……怪人が人質選考で疲れきるって…」

 

 自動車部が呆れている…。

 うん…聞こえてるからね…確かに瀕死だけど!!!

 

 げ…劇を進めよう…。

 ヨロヨロと、岩山のパネルの後ろに回る…。

 そこにはカジキマグロの着ぐるみを着た、桃先輩が待機していた。

 あ…なんかイライラしてる。

 

「まったく! いつまでかかっている!!」

「す…すいません…」

「さっさと進めるぞ!!」

「ヘイ…」

 

 岩山のパネルの後ろに設置された、鉄製の足場に二人して立つ。

 はいはい…せーの。

 

『『 がーはーはーはー… 』』

 

『これで、大洗は私達、「悪のセイトカイ」のモノだー!!』

 

『この人質達を盾にすれば、俺達の計画も容易『 そこまで、です!! 』』

 

 姿は見えぬが、声はする。

 会場に…はい、みほの声が響き渡った。

 

『 誰だァ!? 』

 

 桃先輩の声と共に、ヒロイックなBGMが流れ出す。

 坂口さんが、手を目の前で握り締め…目の光が、更に輝きを増させていた。

 楽しそうだなぁ…。

 

 

『『『『『 パンツァー・チャージ!! へんしん!! 』』』』』

 

 

 五人の声が、響き渡る。

 そうそう。これだこれ。

 

「この変身シーンを見せられないので、最初っから変身して登場というチープな演出!!」

「さ…坂口さん?」

「次は!? 次はぁ!!??」

 

 もう一つの岩山パネル…まぁ、高い位置のここから見れば一目瞭然なんだけどね。

 岩山パネルの裏、トランポリンが用意されていた。

 

『とぉ!』

 

 トランポリンから、ジャンプしてパネルを飛び越え、壇上に登場。

 

 緑色の戦隊物の衣装を着て…誰か分からなくなるからって事で、マスクは被っていないけど。

 いや…体つきですぐに分かると思うけど…。

 

 ゆかりん登場!

 

 

『 野ゆき森ゆく…オリーブドラブ!! 』

 

 ……え。

 

 ナニ?

 何、今の動き!!

 キレッキレ過ぎない!?

 良くある戦隊物の名乗りを、ポーズと共にしたのだけど、何だよ今の動き!!

 

 

『…とぉ』

 

 あ…マコニャンの声だ…。

 ……。

 岩山のパネルの脇から…普通に歩いて登場した…。

 相変わらず、眠そうな顔で…。

 

 …え

 

『 海は任せろ、ネイビーブルー 』

 

 タタンッと足踏みをして…腕を突き出し…。

 え~…マコニャンが片足回転開脚…? え?

 だからなんだよ、そのキレキレな動きは!!

 

 

『それぇ!』

 

 今度は華さんの声…。

 あ、今度はちゃんと岩山パネル飛び越えた。

 

 

『 黒い森ゆく…ジャーマングレー! 』

 

 華さんもかよ…。

 酔拳の様な…体を左右に揺らせた大きな動き…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 うん。

 

 キレッキレなんだけど…。

 

 

『とぅ!』

 

 はい、沙織さん。

 こちらもちゃんと、岩山を飛び越えて…ダンッと音を立てて登場。

 

『 砂漠に咲く花っ! デザートピンク! 』

 

 腕を左右に上げて…なんだろう、鳥の羽か?

 上下に体を動かして…これまたキレキレな動きで名乗った。

 

 ……。

 

 …………。

 

「どうした、尾形書記」

「…いえ…なんでも無いっす」

「?」

 

 あのね…特に華さんも、沙織さんも…。

 貴女達、全身タイツみたいな格好なんです。

 そんなキレッキレで、ダイナミックに動かれると…。

 連動してダイナミックに揺れるものに目が行ってしまうので…やめてください…。

 

 ……。

 

 うん! いいもの見た!!

 

 良かった…一応、出来るだけモッコリしない様に、カバーパンツ履いといて…。

 うん、良かった!!!

 

 

『たぁ!』

 

 あ…みほの声だ。

 

 岩山パネルから、飛び出してきて…ちゃんと着地した。

 みほの事だ…コケそうだと、ちょっと心配していた…。

 どうだろう。

 

 …みほもそれなりに大きいし!

 西住家だし!!

 

 両腕を前に突き出し、体全体を振り回す。

 

『 錆から守る、オキサイドレッド! 』

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 うん!! これは!! いいものだ!!!

 

『 五人の力で戦車が動く! 』

 

 今度は全員で、動きを合わせた。

 うん。動く動く。キレッキレだなぁ…。

 

 ……。

 

 うん! ゆ…動く!!

 

『 我ら! パンツァー・ファイブ!! 』

 

 最後のポーズと共に、後ろからクラッカーが、パンッと5人分弾けた。

 …色分け毎に花火とかなんだけど…まぁ室内だし。これは仕方ないだろう。

 

 それよりまず。

 

「桃先輩」

「…なんだ」

「この隠し芸って、撮影とかしてます?」

「まぁ…一応。会長の指示でしているが…」

「……俺にもコピーを下さい」

「別に構わぬが…」

「ホントですか!? 本当ですね!! 嘘ついたら一生、桃ちゃんって呼びますからね!!」

「も…な…何を必死になってるんだ…」

「絶対ですよ!?」

「…シツコイな…もういいだろ。続けるぞ!」

 

 

 よし!!!

 

 

『小癪な! パンツァー・ファイブだと!?』

 

 桃先輩のセリフで劇が再開された。

 うん、坂口さんが歓喜の表情…キラキラした笑顔だなぁ…

 その他の二人は、苦笑しているなぁ。

 

 桃先輩を華さんが指差し…。

 

『あ! あそこに敵キャー!!』

 

 敵キャーって…

 

「た…隆史殿! なんて格好をしてるんですか!!」

「……杏会長に言ってくれ」

 

 一応、話さんの声援に答えて、またΩの腕のポーズ。

 

「まぁ…尾形君のあの格好…初見だと、普通に犯罪者だよね」

「五十鈴さんの気持ちは分からくはないよね…」

 

 わーい。

 優花里さん。今度は自身に、そのセリフを言わせてやる。

 

『あ…悪の組織! セイトカイだぁー…』

 

 ふむ。セリフにキレがありませんよ? 優花里さん。

 

『すでに大洗は我々が占拠した!』

 

『ここは、俺達の本拠地になるのだぁ!』

 

 ちょっと楽しくなってきた。

 

 みほ達は、バッと一斉に胸の前に曲げた腕を掲げる。

 本当に、動きは無駄にキレがあるなぁ…。

 

『そうは、い…いかない!!』

『わ…私達が、お前達を倒す!』

『い…行くわよ、セイトカイ!』

『正義の拳を受けてみよ!』

『…はぁ。行くぞ』

 

 順々にセリフを続けるみほ達。

 が…。

 目が泳いでいる。

 

 この時点で、観客席も妙な熱が入ったのか。

 手を振ったり、パンツァー・ファイブを応援し始めた。

 

 一瞬、電気が消えて、バーンと大きな音共に場面が切り替わる。

 床に着ぐるみの鼻が突き刺さり、身動きがとれなくなってジタバタしている桃先輩(怪人)。

 

 瞬殺ですか…。

 

 その後ろでまた、ポーズをとっているみほ達。

 

 ……。

 

 ……が。

 

 俺だけ仁王立ち。

 

『あっ! あれ!?』

『まだ一人残ってる!?』

 

 はい。ここでやられるなと、指示を受けていました。

 ここで退場できたら楽だったんだけどね…。

 

 ウィーンと、そこでまた吊り天井が降りてきた。

 はい、登場。我らのドン。

 

『パンツァー・ファイブ! このあんこう怪人(雌)が相手だぁ!』

 

 あら、また全身着ぐるみ。

 おっきなあんこうの体から、杏会長の顔と手と足だけ出ている。

 雌のあんこうってでかいなぁ…。

 

『今度は、お前らが鍋になる番だぞぉ『とぉーー!!』』

 

 いやぁ…セリフぐらい言わせて上げろよ…。

 吊りヒモに持ち上げられた、みほ事オキサイドレッドがドロップキックで会長を蹴飛ばした。

 あぁ~れ~って…普通に落ちたぞ…?

 

『よいしょっと…』

 

 みほさん…。

 

 流石に心配になったので、落ちた杏会長の元に走り寄る。

 いくら着ぐるみ着ているからってなぁ…。

 

「ちょっ!? 大丈夫ですか? 杏会長?」

「あぁ…隆史ちゃん。大丈夫大丈夫! そういった作りの着ぐるみだからねぇ」

 

 まぁそれだけ顔が埋もれるくらいに、全体が柔らかく出来てそうですけど…。

 

「娯楽で、あんま無茶しないで下さいよ」

「あはは~…」

 

 まったく。

 ん…。

 

 気が付くと、後ろから…。

 

 《 あんこうを倒せ! 》

 

 あら、腕を振り上げながら、変なコールが始まった。

 

 《 あんこうを倒せ! あんこうを倒せ!! 》

 

 あ、会長がムッとした顔したなぁ。

 でも…。

 

「ダメですよ、杏会長。悪役はここで倒される段取りなんですから」

「むぅ~……」

「後、俺も適当にやられて…」

 

 みほ達の方向を振り向いた時、不穏なセリフが聞こえた。

 

『後は、頼んだぞ~あんこう怪人(夫)』

『…はっ!?』

 

『『『『『 …… 』』』』』

 

「ちょッ!? なんですか、その設定!!」

「今決めた」

「はぁ!?」

 

『はい、では…ガクッ』

『……』

 

 死にやがった。

 とんでもない事言い残して…。

 はい、退場…とばかりにそのまま歩いて、壇上から消えていった…。

 

 …えー…。

 

 …よし!

 

 開き直ろう!!

 もういいや! 人質取った意味すらないけど!!

 

 

 どうしよう…。

 

 

 素直にやられる機会も失ってしまった…。

 

 やっべ…グダグダ…。

 よし!!

 

『お…おのれ、パンツァー・ファイブ!』

 

 

 身構える5人。

 

 

『…お…覚えておけよ!!』

 

 

 逃げよう!!! 

 

 無理!!

 

 そのまま走って、舞台から消える。

 実際殴ったり、蹴ったりする演技とか…戦った方がいいのだけど…。

 なまじ当たってしまったら、困るし…。

 

 なにより…。

 

「…逃げた…よりによって逃げた…」

「それです! 尾形先輩!!」

「桂利奈?」

「無駄に現れ、意味なく敗走! その癖、明らかに次があると匂わせる!」

「……」

「このチープさが! これぞヒーローショウ!!」

 

 そうそう。

 坂口さんならわかってくれると思った、うん。

 大体続かないけどね!

 

『えっと…手ごわい相手だったわ!』

『…ホトンドナニモシマセンケドネ』

 

『大洗の平和は私達が守る!!』

 

 

 最後ポーズを全員で取り、そのまま幕が降りた。

 

 はい、人質救出されていませんね。はい。

 幕が下りた舞台裏。

 人質さん達を席に戻そう…次は俺の隠し芸だし…。

 あ…あんこうチームの皆さんは、俺の方向を見てくれない。

 

 

 

「尾形先輩! 楽しかった! すっごく楽しかった!!!」

 

 坂口さんだけが一人、すごいハイテンションでした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「あの書記の姿…。あれはトラウマを引き起こす…」

「あの時のスーツより、なんか薄くなかったですかぁ? …ちょっとこっちが恥ずかしくなりますよ…」

「そうですねぇ…ま。ちょっと面白かったですけどねぇ」

「……」

 

 うん…もう私は、忘れたいからその会話には入らない。

 それは沙織さんも同じようで、黙々とオレンジジュースを啜っている。

 

 …もう。

 

 ん…あれ?

 

 宴会場に、4名。

 何か大きな荷物を持った業者の様な人達が、舞台裏に入っていった。

 なんだろ…次は隆史君の番だったよね。

 

 少し時間が経ち、いよいよと小山先輩から口上が…あれ? 入らない。

 代わりに…。

 

『はい、では。唯一の男性…今回は少し、お手伝いの方が入ります』

 

「…さっきの業者っぽい人達か」

 

「随分と大きな荷物を運んでいたよねぇ」

 

「…何が始まるんだろ」

 

『今回の順位付を、隆史君が辞退したので、お手伝いが認められましたぁ』

 

「あれ…辞退したんだ…あれだけ悪い顔したのに…」

 

『では、どうぞ~』

 

 

 小山先輩の声で、幕が上がる。

 

 幕が上がった壇上。

 さっきの私達の隠し芸と似たような…背景。

 あれ? 隆史君も何かの寸劇? だから、お手伝いの人が入ったのかな?

 

 あ…舞台袖…左手側から…。

 

「なに? 着ぐるみ?」

 

 どこかで見た…3匹の着ぐるみ…。

 ネコが2匹と、ネズミの着ぐるみが歩いてくる…。

 

 その反対側…右手側から来るのは…!

 

「ちょっ!? みぽりん!?」

「に…西住さんが、見たことない笑顔だ…」

「どうしたんでしょう?」

「さぁ…はぁぁ! とか言ってますね?」

 

 見たことある! 見たことある!! この3匹!!

 

 だから分かる! 反対側からくるのがぁ!!

 その袖から出てきた…包帯がグルグルに巻かれたクマの着ぐるみ…。

 

 

 

 

 

「ボコだぁーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

本当は、パンツァ・ファイブネタだけでいこうと思ったんですが、まぁおまけ程度ですが、他のチームという事で…。

次回、ボコラボ



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第11話~宴会戦争~ 後編★

「あぁ、いたいた」

 

 あんこうチームの隠し芸が終了し、すぐに宴会場をでた。

 流石に着替えたが、あまり外注…様は、発注先の人を、外で待たせておく訳にはいかない。

 前に愛里寿から聞いていた、ボコミュージアム。

 そのボコショーをしていた人達に、ダメ元で問い合わせてみたら、あっさり了承を得た。

 まぁ、時間帯が夜という事は、先方にも都合が良かったみたいだ。

 中の人達が、バイトになってしまうという条件付きだったけど、別にそれは全然構わなかった。

 

 翌日の依頼を即OKってのも、すごいなと思ったけど…。

 ボコミュージアム自体が、かなり経営難で来場客が殆どいないといのもあった。

 様は、暇なのだ。

 

 …。

 

 あぁ…そういえば、昔あったなぁ…。

 裁縫の練習がてら、ボコのぬいぐるみを完治させた事。

 いやぁ…ガン泣きされるとは、思わなかったぁ…。

 呆然自失の後…ガン泣きだからなぁ。

 暫く口聞いてもらえなかったなぁ…。

 そのクセ、目を見開いてずっと…俺の方を真顔で見続けるという、対応に非常に困る事をされた事を一瞬思い出した。

 ボコのぬいぐるみ(大)で、許してもらったけど…。

 

 …ま、いいや。

 今は目の前の事だ。

 

「すいません、お待たせしまし…」

 

「いえいえ、そんなに待っていませんからだいじょ……」

 

 会場外、入口付近の一角に屯していた、ボコミュージアムの人らしき方々に、声をかけた。

 4名程いたが、ボコミュージアムのTシャツを着ていた為、すぐに分かった。

 

 うん。

 

 すげぇ見知った顔だったけど。

 

「…なにやってんすか」

 

「……」

 

「今更、顔逸らしたって遅いですけど…」

 

「……」

 

「い…依頼主って、尾形君だったんだ…」

 

「大洗学園が依頼元って事で、気がついて下さい」

 

「……」

 

 いや、久しぶりに見たなぁ…。

 本当に何やってんの。

 バイトの人って、聞いていたけど…なんでまた、辺鄙な所で態々…。

 

 はい。

 

 愛里寿のストー…基、大学生のお姉様方。

 

「い…いえ…、隊長がボコミュージアムに来てたから…」

 

「メグミさん。来てたから? 日本語は正しく使いましょう。愛里寿が、ミュージアムへ行く事を知っていたからですよね?」

 

「ちっ…違うの! 特に深い意味は…「あぁ…なるほど」」

 

 言い訳で即、分かった。

 察した。

 

「はい、ではアズミさん。あんたら、ショウ担当って事だよね?」

 

「そうだけど…」

 

「…ボコショウね…まぁ愛里寿の事だ。必死で応援とか、声援を贈るだろうな」

 

 「「「 …… 」」」

 

「ボコの着ぐるみを通してでも、あの愛里寿から、キラキラした声と顔で声援を贈ってもらいたかった…んな所か」

 

「ち…違うわよ? 別に隊長に内緒とかにしてないから! 他意は無いわ!」

 

「……」

 

 携帯を取り出す。

 

 ビクッ!

 

 おー…あからさまに慌てだしたな。

 

「……」

 

「やめて! そう! そうだから! 隊長に確認取ろうとしないで!! 無言はやめて!!」

「貴方! なんでそんな変な所、エスパー並に察しがいいの!?」

 

 はぁ…。

 歪んでるなあ…。

 大人しく携帯をしまってやったら、3人同時に安堵のため息をはいた。

 まったく…。

 

「…人の従兄弟にストーキングするの、やめてもらえませんか?」

 

 「「「 …… 」」」

 

「…なんすか」

 

「お…尾形君。なんか、私達にはキツいわよね…。隊長とか…家元には優しいのに…」

 

 

 あ?

 

 

 顔だけ上げて、見下す様な表情で淡々と述べてやる。

 いやぁ…もはや懐かしい。

 

 

「拘束具」

 

 ビクッ!

 

「…スタンガン」

 

 ビクッ!!

 

「……未成年者略取誘拐未遂」

 

 ビク!!!

 

「……」

 

 

 「「「 」」」

 

 

「…愛里寿に黙っていてやっているだけでも、多めに見てると思いますけど?」

 

 ガタガタガタッ

 

 壊れた人形みたいに、顔を縦に振り回している。

 …まったく。

 

「はぁ…まぁいいや。時間が押しているので、お願いします」

 

「わ…分かったわ」

 

「えっと、ルミさん。そちらに台本は、任せましたけど…本当に出るんですか? 一応持ってきましたけど…」

 

「だって、貴方の隠し芸でしょ? 貴方が出なくてどうするの?」

 

「まぁ…」

 

 そりゃそうか。

 

「でもぉ、彼女の祝勝祝いの為にって依頼してきたんでしょ? いいわよねぇ…そういう事する様に見えないのに!」

 

「……」

 

「いいのよ! それでいいの! 贈り物は形に残るモノだけじゃないわ」タイチョウカラ、ハナレテクレレバ!

 

「……」

 

 囂しい。

 

 というか、一気にお姉さん風をふかせてきた。

 

 …うぜぇ。

 

「あら? 貴方も赤面するのねぇ?」

 

 

 ……イラッ

 

 

「…なぁ、ルミさん」

 

「あら!? なにかしら」

 

「人の事はいいでしょうが。…あんたら、愛里寿の尻、追い掛け回しているのはいいですけどね」

 

「むっ!」

 

 言い方が癪に触ったか、ちょっとムッとしたな。

 

「…彼氏とかいるんですか?」

 

 「「「 …… 」」」

 

 まぁいないだろ。

 戦車道で忙しいのあるだろうけど…でも、あんたら花の女子大生だろうが。

 

「あ…相変わらず、生意気ねぇ…」

 

「ご忠告申し上げてるんですよぉ? …身近に具体例がおりますからぁ」

 

「…なによ?」

 

 

「亜美姉ちゃん」

 

 

 「「「  」」」

 

 

「俺はあの人が、大学生の時から、見ているんで」

 

 

 「「「  」」」

 

 

「はい。では納得いったら、お仕事して下さい」

 

 

 はい、3人揃って大人しくなりました。

 目元が少し暗いのは、気のせいだな! うん!!

 

 そういえば、4人目の人…なんで帽子とサングラス…しかもマスクまでしているんだろ…。

 女性の様だけど…。

 

 ……。

 

 …………どこかで…。

 

「お…尾形君……案内して……」

 

「あ、はい。では…」

 

 ま…いっか。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 舞台の幕が上がり、妙にテンポが良いBGMが流れ始めました。

 向かって左側の舞台袖から、何やら人型のネコとネズミの着ぐるみが歩いてきました。

 な…なにやら、西住殿のテンションが先程から異常に高いのですが…。

 

 しかし…。

 

「あら? どうかしました? 優花里さん」

 

「あ、いえ…先程の業者の方…どこかで見た事がある様な…」

 

「そうなんですか?」

 

「ん~…チラッとしか見ておりませんから…なんともいえないのですが…」

 

 どこかで…どこでしょう?

 直接、話した事ある方なら、大体は覚えているのですが…。

 

 

 

「ボコだぁーーー!!!」

 

 

 

 《 !!?? 》

 

 

「ぅわっ! びっくりしたぁ~…」

 

 突然の西住殿の大声で、武部殿がびっくりしてますねぇ。

 というか、私も少し飲み物こぼしそうになりました…。

 

 ボコ? ボコと仰いましたか。

 舞台袖、右側より…なんとまぁ…痛ましい…。

 両腕が包帯でグルグルに巻かれた、青タンつくったクマの着ぐるみが、歩いてきましたね。

 

 

「ボコだぁぁ! 生ボコだぁぁぁ!!!」

 

 

「に…西住ちゃん?」

 

 生徒会長が引いている…。

 いや、他の方々も、舞台を見るより、このテンションの西住殿を凝視してますねぇ。

 

 まぁ普段の西住殿を知っている方なら、大体は驚かれると思います。

 この、はしゃぎっぷり…。

 

 私も戦車の事となると、こう変わるのでしょうか?

 …自覚、余りありませんが。

 

「あれ、みほさんのお部屋にあったぬいぐるみと、同じですね」

 

「あぁ…あったな」

 

 ま…まぁ、西住殿が好きな物です。

 私も大人しく、拝見しましょう!

 

 

『おい! お前ら!!』

 

 

 左右から同時に近づき、正面で向き合って止まりました。

 クマの…ボコでしたね。

 そのボコが、包帯だらけの腕を、3人組につき出しましたね。

 どういった関係でしょう?

 

 

『今! 俺と目が合っただろ!!』

 

 

 《 …… 》

 

 

「め…目が合っただけで、通行人に絡んだよ…」

 

「ガンの付け合いでしょうか!?」

 

「なぜ、そこで嬉しそうなんですか? 五十鈴殿…」

 

 あぁ、いけません。脱線しました。

 西住殿が、かつてない程の笑顔で、その光景を見てますね! 

 よく分かりません!!

 

 

『あぁ!? 何言ってんだ!? コイツ!!』

 

 

 ネコの方が、体を前かがみにして、威圧しましたね。

 

「…そうだよ。まったくその通りだよ…」

「これ、西住ちゃんが好きな奴なの?」

「尾形書記からは、そう聞いてますが」

「ふ~ん」

 

 

『オイラに、因縁つけるなんて、いい度胸してるじゃねぇか!』

 

 

 ず…随分と、血の気の多いキャラですねぇ。

 

「因縁つけているのは、あのクマの方だよね…」

 

「キャプテン。こういうのには、突っ込み入れたら負けですよ?」

 

「何に?」

 

 凄むというか…なんというか。

 少なくとも3人相手に、躊躇なく喧嘩売ってますね。

 

『あぁ!? 生意気だ! やっちまえ!』

『おもしれぇ! 返り討ちにしてやる!!』

 

 ……。

 

 …………。

 

 

「あの…なんか、袋叩きにあってますけど」

 

 3匹の着ぐるみに攻撃したのは、いいのですけど…避けられて、その場に転び…。

 上から蹴られまくってますね。

 3匹に取り囲まれて、ボッコボコですね。

 

 その光景を、嬉しそうに手を前に出して、見ている西住殿。

 …どうしたら…。

 

『みっ! みんな! オイラに力をくれぇ~~!』

 

 蹴られながらも、こちらに腕を出して救済を求めましたね。

 

「自分で喧嘩売って、負けそうになったら周りに助けを求めるって…」

「まぁ、そういう趣向なんだろうけど…」

「いるよね…こういう人」

「…これはどうなの? 桂利奈?」

「ありだね! これもあり!!」

「ヒーローショウって、奥が深いんだねぇ」

 

 ウサギさんチーム…。

 坂口さんは、西住殿と同じく目を輝かせていますね。

 

「が…がんばれ…」

 

 あ、西住殿。

 これは少し恥ずかしいのか、若干躊躇しながら応援を始めましたね。

 

「がっ、がんばれ、ボコ!」

 

 段々と、声を大きくし始めましたね。

 

『もっと! もっとだぁ!!』

 

 よし、西住殿一人に恥ずかしい真似は、させません!

 

「がんばれ! ボコー!! がんばぁれぇー!!!」

 

 あ、坂口さんに先を越されました。

 

「! ッ…がんばれぇ! がんばれ、ボコー!!!」

 

 それに触発されたのか、西住殿の声にも力が入りましたね。

 

「ボコさん、がんばってぇ~」

「……ガンバレ」

「ふっ…ふぁいとぉ~…」

 

 また先を越されましたぁ!?

 

 《 がんばれぇ~!! がんばれーーー!!!! 》

 

 更に触発されたのか、周りの皆さんからの声にも力が入り出しました。

 先ほどの、私達の隠し芸…最後の全員の音頭からも考えるに…皆さん結局、まだ場に酔っているのでしょうか?

 

 段々と楽しそうに、大声で応援し始めました。

 

 

 かんっっっぜんに!! 

 …出遅れてしまいましたぁ…。

 

 

『キタ! キター!!』

 

 あ、両腕を上げて立ち上がりました…。

 私まだ何も、言ってません…。

 

 あ……あぁ!!

 

 西住殿が悲しそうな目で、こちらを振りきました!!

 

 ああああぁぁぁぁぁぁ!!!

 

『みんなの応援が! オイラのパワーになったぜ!! ありがとよぉ!!』

 

 

 まだです! まだパワーにしないで下さい!! 私一人分、足りてませんよ!!??

 

 

『お前ら、まとめてやってやらぁー!!』

 

 

 だから、まだぁ…。

 

 あ…。

 

 

 

 

『あぁー!!』

『おらっ!! おらっ!!』

 

 

 ……

 

 

 あっさり攻撃をよけられて、また袋叩きにアイダシマシタネ…。

 会場が呆然としてますね…。

 

「…なにコレ」

 

「結局は、ボコボコにされるんですか」

 

「それがぁ! ボコだからぁ!!」

 

 西住殿のテンションが、完全に振り切れました。

 すっごい嬉しそうに、こちらを振り向きながら宣言しました…。

 

 …でも、どうするんでしょう…コレ。

 

「結局、隆史さん出てこられませんね」

 

「あぁ、そういえば…」

 

「これ、隆史殿の隠し芸でしょう? おかしいですよね」

 

「はぁぁぁ!!!」

 

 西住殿…。

 すっごい輝いてますね…。

 

 

『そこまでだ!』

 

 

 …釣天井の稼働部分付近でしょうか?

 凄い音を立てて、ドスンッて、音と共に何かが落ちてきました…。

 

 

『なんだ、オメェ!!』

 

 ネコの着ぐるみの方達が、振り向くと、地面に赤い物体が転がって…あぁ……。

 

「ベコだ…」

 

 赤い部分。

 マントを翻して、立ち上がりました。

 黄色いクマ。

 

 ボイスチェンジャーでも使っているのか、録音なのか…、女性のハスキーな声で喋りだしましたね。

 あれ、喋る機能ついてましたっけ?

 

 

『 やぁ! ベコだよ! ボクと力の限りハグしようよ!! 』

 

 

「あ…隆史君が来た」

 

「あぁ、なるほど。そういった趣向ですか。これでボコさんを助けると」

 

「!?」

 

 あ…あれ?

 西住殿が、一瞬微妙な顔をしましたね。

 

「ヒーローっぽい、出で立ちですからねぇ」

 

「…書記、結局ベコの着ぐるみを着こなしてるな」

 

「あれ? でもデザイン少し、変わってるよね? 顔も少し小さくなって…毛並みの部分が減ってる。マントも首に巻くタイプになってるよ」

 

「…沙織。よく変更部分に気がついたな」

 

「……」

 

 なんか目をそらしましたね。

 

 

 

『なんだ、オメェ! こいつの仲間か!』

『こいつもまとめて、やっちまえ!!』

『おぉ!』

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『暴力は何も生まないよ!? だからハグしてラブ&ピース!!』

 

『そんなナリして何言ってんだ!!』

 

 …。

 

 俺は特に、何もしていいない。

 

 今回は録音されている音声が、そのままスピーカーを通して喋っているだけだ。

 いやぁ…セリフ、増えてるし…。

 決勝戦の時には、気付かなかったけど…どうでもいい機能も、結構付け加えてあったようだね…ベコMk-Ⅱ

 視界と音調がメチャクチャいい

 

 しかし…相手の着ぐるみの中に、誰がどういう配役で入ってるか分からない。

 えっと…結局ハグすりゃいいのか?

 いや…セクハラにならないかな? まぁ着ぐるみ越しだから大丈夫か。

 

 なんて、悩んでいると…。

 

『おれらぁああ!!!』

 

 無駄に気合の入った、よく分からない掛け声と共に、殴りかかってきた…。

 

 ドスンッと胸に拳(?)が、当たる。

 …これ割と本気で、殴ってきてないか?

 着ぐるみ越しと、このベコスーツのおかげで、全然痛くはないけど…。

 

『ふぶらぁぁ!!』

 

 はい…じゃあ一人目。

 

『ふぐぇ!?』

 

 ガッツリ脇下で、ホールド。

 …グッと軽く力を入れた。

 だから、ただ抱きしめてるだけみたいな形。

 流石に本気じゃできねぇわな。

 

( あら、隆史君。大胆ね )

 

 近くにいるので、会話は出来る。

 漏れたとしても、BGMでかき消されるだろう。

 

 うん、それよりも。

 

 

( アズミさんか。あんた方が書いた脚本だろうに… )

( でも普通、躊躇なくできるものかしら? )

( …… )

( お姉さんちょっ~と、恥ずかしいわねぇ… )コレハ、タイチョウニホウコク…

( あぁ、大丈夫ですよ? 俺、貴女にあまり異性としての意識…してませんから )

( ……は? )

 

 あ、なんかプライドが傷ついたのか、一瞬怒りを言葉に感じた。

 

 この方、確かにデカいし、おっきしいし…みほ達からイロイロ疑われる感がすごいけど…。

 色っぽい姉ちゃんっていうだけなら、ぶっちゃけ別になんとも思わない。

 

 つか、苦手。

 

( なぁ!!?? )

 

 あ…また声に出てたか。

 そうなんだよなぁ。

 迫ってくるタイプの色っぽい姉ちゃんを前にすると、どうしても疑ってかかってしまう。

 よく知らない人だと特にそうだ。

 女の武器とやらを、前面に押し出してくる人ってどうにもなぁ…。

 

 まぁいいや。

 

(はい、じゃあ退場して下さいネ?)

(ぐっ!!)

 

 ゴトンと音を立て、その場に崩れ落ちたアズ…基、ネコ!!

 まだ何か、思うところが有るのか、倒れた状態で震えている…と、思う!

 はっはー! なんかやっと仕返しできた感があるな! うん!

 

『 ふぐっ!? 』

 

 そのまま二人目。

 誰だ?

 

( おぁ、軽っ! )

( あら、ありがと )

( ルミさんか。ちょっと心配になる軽さですよ…コレ )

( それは…喜んでいいのかしら? お酒でカロリー摂ってるけど…)

( …ちゃんと飯食ってください。まぁいいや、んじゃ後ろのネズミが、メグミさんか )

( 違うわよ? メグミは、ボコ着てるから )

( …ふーん。じゃあもう一人の業者の人か…ま、いいや。退場してください )

( はいはい )

 

 その場に崩れ落ち、動かなくなった。

 演技だというのにな…ちょっと観客席の良い子達…基、生徒達が引いている感がする…。

 

 はい、じゃあラスト。

 

『!!』

 

 最後のネズミを抱き上げる…というか、抱きしめる。

 知らない女性だし、申し訳ないから早めに切り上げるか。

 

( …あら。隆史君、大胆ね )

 

 

 

『    』

 

 

 

 …。

 

 心臓が…止まるかと思った…。

 分かった…声で分かった…。

 

 

( 何してんすか!! 千代さん!! )

 

( あ、もう少し強くても平気よ? )

( んな事、聞いてませんよ!! )

( …いえ、驚く隆史君見たくて…… )

( そのニュアンスは、違いますね。なんですか? 貴女も愛里寿に、構って欲しくてバイトで入ったんすか? )

( …… )

 

 嘘だろ……図星っぽい…。

 

( さ…流石に…バイトじゃないけど… )

( … )

( 愛里寿が、また「母」って呼び出したの!! )

( …… )

( な…なんとか、なんとかしたくって!! 助けて、隆史君! )

( …こんな事してるからじゃないですか? )

(  )

 

 まったく…何してんだ、このお人は。

 お忍びで、子供の学校生活とか覗いてそうだな…。

 

( はいはい。今度聞いてあげますから。今は劇に出た以上、ちゃんと仕事してください )

( で…でも! 隆史君! )

( …仕事をしなさい。島田さん )

(  )

 

 はい、三人目終了。

 着ぐるみ着た、家元(人妻)抱きしめる高校生。

 …普通いないな。

 いてもたまらないが。

 

 …本当に何してんだこの人。

 

 崩れ落ちた三人目を見下ろしながら、そう思う。

 うん! 終わり!

 

 三人を締め落とした演技が、終わったら、取り敢えず元の立ち位置にもどる。

 バッとマントをまた翻し、ボコと向かい合う。

 

 さて、続き…。

 

『さぁ! これでラブ&ピースだね!』

 

 …なんだこのセリフ。

 俺が言ってるみたいでなんか嫌だ。

 

 

『……』

 

 目の前のボコが、震えている…。

 震えた上で…包帯に巻かれた腕を、こちらに突き出して叫んだ。

 

『確か…ベコとか言ったな…』

 

 あれ? 知り合い設定だっけ?

 あれ?

 

『なんて事してくれやがんだ! コノヤロー!!』

 

 …怒られた。

 

『誰が、助けてくれなんて言った!!』

 

 俺は、台本で一度流れを見ているから、大丈夫なんだけど…。

 客席が呆然としてるな。

 

『オイラに恥をかかせやがって! こうなったら、お前をヤッタルァー!!』

 

 殴りかかってきた…。

 

「助けてくれた相手に、喧嘩売ってるけど…」

「なんかもう…すごいキャラクターですねぇ」

「ボコ! 良かったボコ!!」

「…何が嬉しいんだろ、みぽりん」

「これ、隆史殿にまた抱きしめられるんでしょうか?」

「…結局負けるのか」

「それがボコだから!」

「いや、それもう聞いたから…」

 

 

 はい、大体皆さん流れを読みましたね。

 この理不尽にも、負け癖が着いた毛玉は、そういったキャラクターです。

 

 勝てない。

 

 何をやっても勝てない。

 

 初めてみほに、見せてもらったボコの歌の歌詞。

 文字だけで読んだら、どう見ても合体ロボの主人公だったのに…。

「やってやる、やってやる、やぁ~ってやるぜ!」だったか。

 いろんな動物のメカが合体して、黒いロボットになる主人公の人かと思ったのに。

 実際、これだもんな…。

 

 ある意味アレだ。

 ボコを相手にする=負けてはいけない…だ。

 

 …ほら。

 

 なんにも…避けてもいないのに、勝手に殴りかかってきて…倒れた。

 さてと…

 

『ボコー! がんばれボコー!!』

 

 持ち上げようとした腕が止まった。

 少し、観客席を見てみると…うぁぁ。

 みほが、キラッキラの輝く瞳で応援してますね。

 少し、罪悪感が沸くなぁ。

 

 《 ボコー!! ガンバレー!! 》

 

 あぁ、皆さんも趣向を理解して下さったのですね。

 先ほどのあんこう怪人(雌)の時のノリと、同じように声を出してきた。

 

『みんな…まだオイラに、力をくれるのか…』

 

 あれ? こんなセリフあったっけ?

 後は、俺が抱きしめて終わりのはず…。

 

『よし! そこのお嬢さん!』

 

 おい、客席を巻き込み始めたぞ。

 まぁショウとしては、有りなんだけど…アドリブはやめて欲しい…。

 包帯の腕を客席に…ん?

 

「ふぇ!? 私!?」

 

 みほを指したな。

 と…いうか、これ会話って全部録音だったよな…。

 アドリブに行った時点で、俺には会話能力がなくなったも同然なんですが…あれ?

 

『さっきも熱心に応援してくれて、ありがとうよぅ!!』

 

「ひぅ!!」

 

 おーボコと会話が出来て嬉しいのか…見た事ない顔しとる。

 でも…なんで、ボコ側は普通にアドリブが効くのだろうか…。

 

 ……。

 

 あっ!!

 

 この人、空で喋ってるのか!!

 うわぁ…ボコの声そっくりだな…。

 これ愛里寿にやってやったら、喜ぶんじゃないだろうか?

 

 そうだな…それ位なら後で、教え…『でもまだ、足りねぇんだ!!』

 

『最近な…こいつのおかげで、オイラの影が薄くなってきたんだ…』

 

「えぇ!?」

 

 …は? なんか言い出した。

 

 

「あぁ…そういえば、昨日も朝から、ベコの問い合わせが凄かったね」

「そういえば会長。Twitterの方でも、トレンドになってますね」

「…それ、隆史ちゃんの個人情報はどうなってるの? 危なくない?」

「ま、尾形書記の情報は、さすがに出ていませんでしたから、大丈夫だと思いますよ?」

 

 はぁ!?

 昨日の今日で!?

 

 確認したいけど、この格好だし!!

 ネットの情報拡散のスピードが怖い!!

 

『だから、今日! ここで! オイラはこいつと決着をつけたらぁ!!』

 

 おい、ボコ。

 なんのつもりだ。

 というか、自分を追い込んでないか?

 お前さん、勝っちゃダメなんだろ?

 

『おらぁ!』

 

 また殴りかかってきたボコ。

 今度は避けないで、そのまま組み合う形になった。

 そう、会話をする為。

 

( メグミさん! あんたどういうつもりだよ! )

( …… )

( あぁ! そうか! 着ぐるみ内にマイクあるから、俺と会話できねぇのか )

( …… )コクコクッ!

( ひょっとして… )

( …… )

( これ俺に対しての、ただの嫌がらせか!? )

( …… )

( あ…さっきの彼氏がいるいないの件!? )

( … )コクコクッ!

( お…大人気無ぇ… )

( …… )

( あっそ、分かった。せっかくアンタだけ、愛里寿に気に入られる方法、教えてやろうと思ったのに )

 

( !!?? )

 

( そこまで、ボコのモノマネ上手いんだから、言ったら一発のセリフあったのに… )

 

( !!!??? )

 

 

 

 そこまで会話すると、体を軽く突き飛ばした。

 追いすがる手は、やめてください。

 空を切った腕を、今度は悔しそうに曲げた。

 

 まったく。どうすんの? この劇の締めは!

 あ、またみほに腕を突き指した。

 

『だから、お嬢ちゃん! それとみんな! オイラに、元気を分けてくれ!!』

 

 その一言で、完全にみほを味方につけやがった。

 あ! これも嫌がらせか!?

 

「ボコー!! ボコ、ガンバレーー!!」

 

 劇中の流れもあるだろう。

 

 後、ボコは負けるもの。

 それも観客の皆も分かってる。

 その場のノリと勢いもあるだろう。

 

 ……

 

 うん。

 

 分かる。

 

 まぁそれほどじゃないな。

 

 いやぁ…皆の応援も熱が入ってきたね!

 

 …あら。

 沙織さんは、ボケーとこちらを見てるな。

 優花里は…何を必死になって、みほの横で応援してんだろう。

 

 

 

「がんばれぇ!! がんばれボコー!!」

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 

 

 イラッ

 

 

 

 みほは、ボコが小さい頃から好きだからね。

 マニアといっても過言ではない程の、ガチ勢だし。

 

 うん、ダイジョウブ。

 

 キラッキラした目で、応援している。

 まぁそれも、俺が頼んでやってもらった劇だからね。

 

 うん。

 

 こうなるのは、ある程度分かっていたから、まぁいいのだけど…。

 

 すげぇ応援してますね。

 

 

『……』

 

 

 わかってたことだしね。

 

 うん。

 

 中はメグミさんだし。

 

 うん。ダイジョウブ。

 

 ボコはオスだけど、メグミサンハ、メスダシ。

 

 ウン。

 

 

 

「がんばれー!!」

 

 

『キタキタキター!! そこの前のお嬢ちゃんは、特にありがとよ!!』

 

「!!」

 

 ボコと会話する事が、嬉しいのだろう。

 

 すげぇテンションですね。

 

 すげぇ嬉しそうですね。

 

 

 ……。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

『よっしゃー! んじゃ、今度こそやってやるぞ!!』

 

 

 殴りかかってきた。

 しかし、何もない所で蹴躓き…転ぶ。

 

 ハグする為…捕まえる様に、腕を振る。

 

 倒れるボコの顔が、通過するのを見計らい、当たらないように…。

 

 そのまま腕は空を切る。

 

 

 《 …… 》

 

 

『ちっくしょー! まだだ! もう一度だ!』

 

 腕で体を上げて、もう一度起き上がろうとしているボコ。

 うん、ちゃんと脚本に戻ったな。

 

 あれ? 会場が大人しい。

 

「……」

「…小山」

「…はい」

「今…隆史ちゃんが腕振ったらさ…ここまで風が来たんだけど…」

「……」

 

 まぁいいや。

 起き上がろうとしているボコを掴もうと、腕を伸ばす。

 

『  』

 

 《  》

 

 

【挿絵表示】

 

 

 あ、ボコが固まった。

 うん、俺はレイセイデスヨ?

 

 

「ボコー逃げてー!」

 

 

 なんか一年が騒ぎ出したな。

 

 

 

 

 

 

 …

 ………

 

 

 

 

 

『 やっ! やったらー!!! 』

 

 殴りかかってくるボコ。

 実際には、ここで勝手にまた転んで…俺が抱きしめて…それで終わり。

 

 転ぶ手前、俺がスッと前に出てやった。

 

 なんかもう…メグミさんの思い通りになるのが、すげぇ嫌だった。

 

 うん、別にみほに対してではない。

 

 空を切るはずの腕が、俺の胸に当たる。

 

 当たった瞬間、思いっきり地面を蹴り上げて、後ろに飛ぶ。

 そのまま壇上より、幕袖へと吹っ飛んでしまうように…消えていく。

 

『え…』

 

 

 壇上には、取り残されたボコと倒れた着ぐるみ達。

 

 どの様にしても、お約束という物があって、多分メグミさんも俺はそれに従うと思ったのだろう。

 予想外の結果に、呆然としている主人公。

 

 しかし劇は終わらせなくてはならない。

 俺はもう、壇上に上がる気がない。

 

 上がってやんね。

 

 早く戻って来いと、こちらを見ているボコを見ながら…ベコの頭部を外した。

 

『!?』

 

 これはもう自身で外せますからね。

 いやぁ~…なんだったんだ。最後のイラつきは。

 

 まぁいいや。

 ほらほら。アドリブで始めたのですから、アドリブで締めなさい。

 

 はっはー! マゴマゴしてるなぁ。

 暫くすると…仕方がないと、ボコは腕を上げた。

 

 

『かっ…勝ったぞー!!!』

 

 

 ここからでは見えないが、ボコの勝鬨を聞いて…。

 みほの、悲鳴に近い声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

 何故かイラついてしまい、劇の結末を変更してしまった。

 まぁ? 先に変えてきたのは向こう側ですけどねぇ。

 

 胴体だけベコで帰って来た。

 もう沙織さんにバレてしまっているから、気にしなくてよくなったってものある。

 

 次が最後。

 生徒会3人組の出し物デスネ。

 着替えた所は、お姉さま方が着替えているので使用できない。

 よって席に戻る前に、外でこの胴体部分を脱ごうと、取り敢えず袖裏から出てきた。

 

 出てきた瞬間…。

 

「先輩!!」

 

「坂口さん?」

 

 目を発光させた状態で、坂口さんから声をかけられた。

 なんだろ…。

 

「私! 感動しました! さっきも今も!!」

 

「あ~…はい。ありがと…」

 

 パンツァーファイブとボコショウの事だろう。

 喜んで人質になりに来たもんね…。

 

「もっかい、抱っこして下さい!!」

 

 あぁ大洗の納涼祭で、やってやったやつか。

 

「ヒーローショウの最後は、客席で握手! もしくは抱っこ!!」

 

「お約束だな!」

 

「お約束です!!」

 

 やはり分かっている! と、ばかりに満面の笑みを浮かべた。

 この子は…すげぇな! ある意味で!!

 

「そういえば、桂利奈。先輩出てきてから、ボコの応援してなかったよね」

 

 あー…そういえば、坂口さんと澤さんは、黙って座ってたな。

 

「いや、あれは理不尽だよ」

 

「ボコ……桂利奈に真顔で言わせた」

 

「それに! 私は、どちらかといえば、ヒーローっぽいベコ派!」

 

 はい。抱っこしましょう抱っこ。

 たかい、たか~いと何往復かした後、降ろしてやった。

 相変わらず、キャッキャと喜ぶあたり、やる方もやる気がでるな!

 

「せっ!? 先輩!?」

 

 そのまま、澤さんも抱っこして、何往復かしてやる。

 あ、でも浴衣か。

 そろそろやめておこう。

 

 ポスッと、地面に降ろしてやった。

 呆然とする周りから、あんこうチームの会話が聞こえてきた。

 こちらに近づいてきているのだろう。

 

 

「…もう! 隆史君は! ボコが分かってない!」

「いやぁ…そういうモノなの?」

「また、一話から通して見せないと!!」

「…みぽりん」

「そういえば、沙織さんと麻子さん。あまり元気がありませんでしたね?」

「あぁ…私、桂利奈ちゃんと同じ理由かなぁ…。どちらかといえば、ベコ派」

「まぁ…私は…なんかもう、面倒くさかった…」

「沙織さんは…仕方がないとしても、麻子さんもベコさん派なんですね」

「ちっ、違う!!」

「五十鈴殿は、結構ノリノリでしたね!」

「みほさんに釣られてしまいました。たまには大きな声を出すのもいいですね」

 

 

 なんか…派閥が出来始めたな。

 

 ふ~ん。

 

 はい。

 そんな訳で、みぽりん到着。

 

「たっ! 隆史君!!」

 

「ハイ」

 

「ボコ勝っちゃったよ!?」

 

「ソウデスネ」

 

 はい。観客からのクレームが発生しました。

 腕を胸の前で握り締めて、恨みがましい目で見てきますね!

 

 ……。

 

 ですので、こちらも主催側として、大人の対応をさせて頂きます。

 

「……」

 

「……」

 

「…あ……あれ? た…隆史君?」

 

 シレッと、真顔で対応してみたら、何か焦りだしたみぽりん。

 

「何でしょう? 西住さん」

 

「」

 

 普段と違う対応をしたら、あんこうチームが固まった。

 ドウシタノデショウ?

 

「どうしたのですか? 隆史さん…みほさん固まっちゃいましたけど…」

 

「ソウデスネ、五十鈴さん」

 

「 !? 」

 

 目を見開きましたね。

 なぜでしょうか? 普通に対応しているだけですのに。

 

「あ…あの…なぜ…え?」

 

「なぜ? 何がでしょうか? 五十鈴さん」

 

「」

 

 

 …体の前に腕を出した状態で、動かなくナリマシタネ。

 完全に硬直した二人の横で、ツンツンと頬を啄いている沙織さん。

 

「は…華まで…。どうしたの隆史君? なんか怒ってるの?」

 

「何が? 別に怒ってないよ? さおりん」

 

「 !? 」

 

「はっはー。いつも通りだよ? さおりん」

 

「なっ…なっ!?」

 

 今度は、沙織さんが硬直した。

 顔色は何故か赤いけど。

 

「ど…どうしたのでしょう? 隆史殿がおかしい…」

 

「おかしい? どこも、おかしくないですよ? 秋山さん」

 

「」

 

「…書記。お前…」

 

「なに? マコニャン」

 

「……」

 

 何がなんだか分からない。

 そんな雰囲気になってしまいましたねぇ。

 別段、普通なのに。

 

「会長」

 

 マコニャンが、移動し始めた会長を呼び止めた。

 着替えでも入っているのだろう。

 バックを肩にかけているね。

 

「…さっき、会長達もボコの応援してたな」

 

「あぁー。うん、したねぇ。別の意味で面白くなってきちゃってね? なぁ小山」

 

「そうですね。あぁでも、桃ちゃんはジーっと見てただけだったよね」

 

「…あのノリについて行けなかった」

 

「ダメだよ~かーしま。空気読まないと」

 

 ……。

 

「ふむ。では、会長と小山先輩はボコ派。河嶋先輩はベコ派…か?」

 

「いや…まぁ、どちらでもいい! が、…まぁ。納涼祭の時を思えば…尾形書記とは別に」

 

「桃ちゃん、一緒に行動してたしね」

 

「まぁ、か~しまは、そうだよねぇ。私は別にどっちで…『 だ、そうだ。書記 』」

 

 ……。

 

 ン?

 

「え? 何が?」

 

「なんだ? いいのか?」

 

「…え? 何? なんの話? 隆史ちゃん」

 

「なんでもないですよ? 角谷生徒会長?」

 

「」

 

「隆史君!? な…なに!? 急に!」

 

「なにがですか? 小山副会長?」

 

「」

 

 うん、別に怒っちゃいないよ?

 正式名称で呼んでいるだけですよ?

 

「……」

 

 でもなんだろう…。

 

 

 …すげぇいらつく。

 

 

「…尾形書記、お前なんの…」

 

「なんすか? 桃ニャン」

 

「もーーーーー!!??」

 

 なんか、マコニャンとペアーっぽいなぁ。

 

「ろ…露骨だな」

 

 なんだろう。

 結局あんこうチームで動いているのが、マコニャンだけになったな。

 

「書記、お前。結構、ベコに愛着持ってたんだな…」

 

「愛着? 無いよ? 別に」

 

「……」

 

 マコニャンが後ろを振り向いた。

 他のチーム達が見てるね。

 

 うん。

 

 振り向いた瞬間、思いっきり顔を逸らした人がいるなぁ…。

 

「まったく…つまらない妬きモチなんぞ妬くな。でかい図体でみっともない」

 

「…」

 

 妬きモチ…?

 俺が?

 …この年で?

 

「……」

 

「…おい、本気で悩むな」

 

 

 ナイナイ。

 

 そりゃ勘違いだ。

 

 そんな大人気ない…

 

 

「じゃなきゃ、普通にいつも通りに接しろ。…何名か固まっちゃっただろ」

 

「……」

 

 

 

「ほら、まず会長から。隠し芸が始まらないだろ!」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 …ひどいものだったな。

 何名かは、普通の呼び方に戻したら、石化が解けて動き出したが…。

 まぁ約一名を除き、全員が復活したから、また元の空気に戻ったが。

 

 生徒会の出し物…隠し芸。

 

 バレエだった。

 しかし会長は、思いの他、力があるんだな。

 小山先輩を担ぎ上げていたしな。

 

 ……。

 

 ま…まぁ、河嶋先輩も回転が凄かった。

 よくテレビとかでやってはいるが…出来るものなのだな。

 片足でグルグル…と……。

 

「」

 

 ……。

 

「に…西住さん」

 

「」

 

 何故か、書記は頑なに西住さんだけ、呼び方を戻さなかった。

 まぁ、頃合を見て理由は言っていいと…最後には書記も認めたが…。

 何度か呼びかけたら、やっと反応があった…。

 

「あの…西住さん?」

 

「…なんでしょう?」

 

「書記の事なんだがな…今回の事…」

 

 ある程度、掻い摘んで説明した。

 まぁ決勝の事もあり、ダメ元で業者へ連絡を入れてみたら、思いの他あっさりと依頼ができた。

 …ボコショウのオファーが。

 西住さんが、喜ぶと思ったらしいのだけど…思いの他、喜びすぎて…。

 あのテンションだったから…分からんでもないが。

 

「……」

 

 あ。

 

 肩が段々と沈んでいったな。

 顔が徐々に赤くなっていったな。

 …流石に気がついたか。

 

「妬きモチ…」

 

「あら…随分とまぁ…隆史さんも可愛い所がありますねぇ」

「よりによって、ボコに妬きモチですかぁ…隆史殿」

「…まぁ、正直…みぽりんのボコへのテンション…横で見てたらなんか納得かも。その時の敵役が、隆史君だしね」

「書記は、変な空気にしてしまったから申し訳ないと…バラす事を許可した」

 

「妬きモチ…」

 

「あ、そろそろ順位発表だね」

「さて…どうなりま……」

 

「妬きモチ…」

 

 

 「「「「 …… 」」」」 

 

 

「…妬き…も……う…フフフフ…」

 

 

 何が嬉しいのか…下を向いて笑いだしたな…。

 先程までとは全然違う…。

 

 …なぜだろう。皆一瞬、眉毛が動いたな。

 

 ん。

 

 肩の間に顔を埋めた、真っ赤になっていた西住さんを眺めていると、視界が真っ暗になった。

 

 壇上に丸いスポットライトが当たった。

 マイクを持った…書記だった。

 

『えっと…では結果を……はぁ…みほ。ちゃんと前向け』

 

「えっ!? あ、うん!!」

 

 完全に復活したな…。

 …なぜか面白くない。

 まぁいい。

 今回書記が審査をしたという事で、書記が発表をするという事らしい。

 河嶋先輩が、若干不満顔だな。

 

『ん、では結果を発表する。審査内容は、ぶっちゃけ俺の独断だ』

 

 《 えー!! 》

 

 不満声が上がる。

 ま、もっともだが…。

 どうせ、生徒会が一位だろ?

 

『よって。生徒会は候補から外した』

 

「 なぁ!? 」

 

 あ、会長が絶句した。

 

『やる気を出させる為に、会長にあぁは、言ったが…主催者側がこういった事に、出しゃばっちゃダメでしょう? 間違いなく不正を疑われますよ』

 

「 そ…干し芋…買い物…… 」

 

『買い物? はいはい、買い物くらい付き合いますから、黙って座ってください』

 

「!!」

 

 《 !? 》

 

 すとんっと、大人しく席に座った…。

 随分と…また素直に…。

 

「あぁ…だから、隆史君もあっさり辞退したのかぁ」

 

「金額が金額ですしね」

 

「けど…あっさりと買い物付き合うとか言ったよね…」

 

「……本当に意味わかって言っているのでしょうか? タラシ殿は」

 

 

『ちょっと時間も押しているので、ちゃっちゃといきます』

 

『はい、ではまず3位から』

 

 スポットライトが、ドラム音と共にグルグルと会場中を駆け巡りだした。

 どうも、こういった騒がしいのは好きじゃない。

 

 最後。デンッと音が止んだ。

 

『3位は…ウサギチーム!』

 

 スポットライトが、ウサギチームを照らした。

 手を上げて、やったー! と各々が喜びだした。

 まぁ商品じゃないのだろう。…こういう遊びでも入賞したのが嬉しいのだろう。

 

『はい、んじゃ次は2位』

 

 喜んでいる1年の下から、再度スポットライトが動き始めた。

 また、ドラドラとドラム音が鳴り響く。

 

 デンッ

 

『2位は…あんこうチーム!』

 

 おぉ…私達か。

 私の横で、また歓声が上がったな。

 食券…。

 

 ふむ。少し意外だったな。

 書記の事だから、身内びいきはしていないとは、思うが…2位か。

 筋肉痛になるまで、練習したかいがあったな。

 ……あのポーズを。

 

『はい、ではラスト。第1位』

 

 私達の下から、再度スポットライトが動き始めた。

 

 デンッ…と。

 

 

『優勝は…アヒルさんチーム』

 

 おぉー…すごい歓喜の声が…。

 

 あれだろ…? モノマネ…。

 

「優勝!? 10万えーん!!」

「…よしっ!!」

 

 静かに喜んで、ガッツポーズとっている人が役一名。

 微妙な顔している人も役一名。

 

 が。すぐに4人一緒に喜び、歓喜を上げた。

 

 

『…他の人も納得できるように、1位の内訳を言っておくな』

 

 まぁ気になるのだろう。

 一気に静かになったな。

 

『1位にアヒルさんチームを選んだ理由は…』

 

 何故だろう。

 書記を、結構みんな真剣な目で見てるな…。

 

『ちゃんと、隠し芸をしてくれたから…』

 

 ……。

 

 …………は?

 

『身近な人物のモノマネ…普通に芸ですね。…特に約一名。実用可能だと考えました』

 

 じつ…なんの?

 同じことを思ったのか…西住さんが、頭を押さえてる…。

 

『2位のあんこうチーム。チーム外の人もいたので、それがマイナスになりました。ま、俺らな』

 

「あら~…」

 

「まぁ確かに、ちょっとアレですかね…」

 

『…レオポンさんチーム。ありゃ俺への修理完了報告…もとい、改造報告だよ…』

 

 あぁ…あのゴツイの…。

 

『はい、では以上です。特に優勝のアヒルさんチームは、賞品の説明するので、後日生徒会室に来てください』

 

 「「「「 は~い!! 」」」」

 

『無駄に返事はいいな…。では、これにて祝賀会が終了となります。杏会長』

 

『はいさ』

 

 書記の呼びかけで、生徒会役員3人が壇上に上がる。

 4人が横並びになり、こちらを向いた。

 締めの挨拶だろう。

 

『よ~し! んじゃみんな、いくぞ!』

 

『せーのっ!』

 

 

 《 ばんざーーい 》

 

 全員で、万歳。

 

 …はい、これにて終了。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 やっと…終わった…。

 まぁまだ、仕事は残っているが。

 仕事…そうそう。お仕事デス。

 会場を出た所で、業者の方とお会いしました。

 

 はい。

 

「…やってくれたわね、尾形君」

 

「何がでしょう?」

 

「最後! ボコが勝っちゃって、本当にどうしようかと思ったわよ!!」

 

「はぁ…いいですか? メグミさん」

 

「…なによ」

 

「俺。依頼主。お金出す人」

 

「…ぐっ」

 

「貴女が、独壇でアドリブなんて始めちゃうから、こんな事になったんでしょうよ」

 

「……ぐぐっ」

 

「…ま、今となっては楽しかったですから。もう言いませんよ」

 

「…分かったわ」

 

「で? 何の用ですか?」

 

「う…うん。あのねぇ?」

 

 急に猫撫で声になったな…。

 

 後ろでブツブツ呟いている人もいるけど…。

 アズミさん…ちょっと目がおかしくなってますわよ?

 

「ちょ~~とさっきの件でぇ…「あぁ。愛里寿の件は教えませんよ?」」 

 

「……」

 

「…所で、なんでそんな荷物あるんですか?」

 

「…私達もここに泊まるからよ…」

 

 教えないと言った以上、本当に俺は言わないを分かっているのか、あっさりと身を引いた。

 なんだかんだ、よく会うようになったからかなぁ…。

 決勝戦の時も、最終的には俺らと合流していたしな。

 

「いや…戻らなくていいんですか? ボコの着ぐるみ放置ですか?」

 

「家元と会いそうで…」

 

「……」

 

 うん、今貴女の後ろにいますけどね?

 

「そう! そうなのよ! どう思う? 隆史君!!」

 

「…アズミさん?」

 

 あれ……なんでいきなり名前呼び…いや、いいけど。

 なんで? あれ? 腕組んでくるの?

 場所柄、非常にまずいんですけど…。

 

「家元! ボコミュージアムに来るようになったの!!」

 

 うん、知っとる。

 

「で、会う度にお酒に誘われて! …連行されるわ」

 

「……」

 

 ズッと後ろを見てみる。

 フッと顔を逸らされた。

 

「…まぁ、いい大人なんですから…節度を持った飲み方なら…」

 

「……意識が一度飛んでからが、本番だって毎回言うの…」

 

「……」

 

 はい、逸らさない。

 はい、片付け作業開始しましたって急に行動しない。

 

「分かりました。んじゃ明日、千代さんに言っておきますから…取り敢えず、離れてください…死にます。俺の胃が…」

 

「……チッ」

 

 あぁそうか。

 女性として意識してないとか、言っちゃったからか。

 こうい事してるからですけどね。逆効果ですけどね!!

 

 なんか反応をしなかったら、次ね…と、呟いて離れた…。

 何を必死になり始めたのだろう…。

 

「簡単に、今度言っておくって…そのセリフが出るだけで…すごいけど…」

 

「明日って、そもそも家元と会うの?」

 

「あぁ…明日。戦車道チョコの撮影があるので…。今回選ばれたんですよ。LRの」

 

「そうなんだ…。私達が高校生の時も…あの会長のセイで、いい思い出がないわぁ…」

 

「でもさぁ。家元って普段服で撮るの? 結構、あの人多忙だから…すぐに終わりそうね。時間ですからって言って」

 

 多忙なのにボコミュージアムに入り浸ってんのか…。

 

「いやぁ…水着撮影だから…そう簡単に終わらないと思いますけど…」

 

 

 「「「 水着!!?? 」」」

 

 

「…すごいわね。あの年で…」

 

「よく、オファー受ける気になったわね…あの年で」

 

「確かにあの年の割に、プロポーションいいけど…」

 

「………………」

 

 さてと。

 

「じゃあ、俺。今からその撮影の為の業者さんと、会わないといけないので、もう行きますよ?」

 

「え? えぇ」

 

「ですからね、明日がありますので、今日は程々にしてあげてくださいね?」

 

「…はい? 何を言ってるの?」

 

 そのまま不思議がる彼女達を背にし、取り敢えずロビーに向おう。

 うん。撮影場所とか色々。

 昨日の夜は、その関係で遅くまでかかり…衣装選びの書類を選考するのが夜中になってしまった。

 その為…結局徹夜になってしまった。

 

 ですからね。

 

 …徹夜はやめておいた方がいいですよぉ? 千代さん。

 

 スッ

 

 

 

 パーーーン

 

 

 って音がした気がした。

 

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

「あ、隆史君」

 

「…みほ?」

 

 祝賀会の会場前に、あんこうチームを発見した。

 まだいたのか…というか、手荷物が多いな。

 

「どうした?」

 

「……」

 

「?」

 

「すごい普通…」

 

「何を残念そうな顔をしてるんだ…」

 

「スコシクライ、アカクナッタリ、シテクレテモ…」

 

 本当に何言ってんだ?

 

「あの…隆史さん」

 

「華さん? なんですか?」

 

 なんだ? 一瞬顔が輝いたぞ?

 え? 何!?

 

「なんでもないですっ!」

 

「…はぁ」

 

 すげぇ笑顔になったけど…。

 

 あれ?

 

「沙織さん…だけ、いないな。どうした?」

 

 あんこうチーム。

 その通信手だけ、見当たらなかった。

 

「…沙織は…詩織の所に行っている」

 

 あぁ…なるほど。

 

「所で、隆史君だけ、個室なんだよね?」

 

「…あぁ。学校じゃなくて、戦車道連盟で用意された部屋だ」

 

「ふ~ん」

 

 な…なんだ?

 目が一瞬輝いたな…。

 

「あぁ、そうそう。ちょっと今から今日、最後の仕事をするんだけどさ」

 

「え…まだ残ってるの?」

 

「まぁ、すぐに終わるんだけどね…それで、ちょっと優花里に手伝ってもらいたくてな」

 

「優花里さん?」

 

「私ですか?」

 

 あ…でも、あれか。

 風呂にでも行くつもりだったのだろう。

 んで、沙織さんを今ここで待っている…そんな感じか。

 

「私は大丈夫ですよ? 皆さんは、先に行っていて下さい」

 

 何かに気がついたのか、優花里が気を使ってくれた。

 みほでは無く、優花里にお願い。

 

「う…うん」

 

「戦車道連盟ってのが、気になりますし!」

 

「……私は、それが心配…」

 

 ごもっとも!!

 

「なぁ書記。行くなら早くいけ。詩織が来ると面倒だぞ」

 

「そうなの?」

 

「…お前の部屋に泊まるとか、言い出しかねんぞ」

 

 

 「「「「「 …… 」」」」」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 この時、私は迂闊でした。

 

 まさか、あんな事になるなんて。

 西住殿のメールが来た時に、それを思い知らされました。

 

 武部殿を待っていたあの場所から、隆史殿に連れられてホテルの廊下を歩いていたました。

 始め、人と会うのでしたら、一度着替えましょうか? と聞いたところ。

 特に問題が《無くなる》からいいよと仰言いました。

 

 無くなる。

 

 私はそれを聞き逃してしまいました…。

 

 絨毯廊下を抜け、いつしか普通の廊下に変わっていました。

 鉄の扉を開け、更に進む。

 

 なんでしょう…客室ではなく…まるで普通の…。

 

「あ…あの、隆史殿」

 

「んぁ? なに?」

 

「ここら辺って、入って大丈夫なんでしょうか?」

 

「あぁ。大丈夫」

 

 その先…更に扉を開け…あれ?

 

 今、STAFF ONLYのプレート掛かっていませんでした?

 

 ……。

 

 一度待っていてくれと言われ、事務室の様な部屋に入って行きました。

 

 ただ、すぐに出てきました。

 ちょっと疲れた顔をしてますね。

 

「ごめん。ちょっと戻る事になるわ」

 

 そう言ってまた、ホテルロビーまで連れて行かれました。

 

 なんだったのでしょうか…?

 

「まったく…」

 

 たまに、何か呟いてますね。

 

 今度は普通に、エレベーターに乗り、上の階へと登って行きました。

 

 チーンッと機械音がしました。

 5のランプに光が点っていますね。

 5階…。

 扉が開くと…そこは…。

 

 はぁ…普通の客室が並んだ場所ですね。

 

 何を私は、怯えていたのでしょう?

 そうですよねぇ。

 大丈夫です。

 

 隆史殿ですから!

 

 ・・・。

 

 大丈夫ですよね?

 

 プレミアムルームとか、プレートが貼られているんですけど…。

 

 ここに入るんですか!?

 

 高い部屋ですよね!?

 

 じゃなくて!!

 

 なんでこんな部屋!?

 

 

 

「すまんな優花里、ここ俺の宿泊部屋」

 

 

 

「はっ、はいぃぃ!!??」

 

 

 

 なんで謝るんですか!? 

 

 なんで謝るんですか!? 

 

 なんで謝るんですかぁ!!??

 

 俺の宿泊部屋?

 

 戦車道関係じゃなかったんですか!?

 

 なんで、西住殿に嘘ついて!?

 

 私を自室に…

 

 

 じ……し……

 

 

 

「ちょっと、荷物取ってくる」

 

「…え!?」

 

「さすがに、部屋に連れ込む様な訳にもいかないからさ、ちょっと待ってて」

 

「あー……はい」

 

 そう言って、隆史殿は中に入って行きました。

 

 ……。

 

 …………。

 

 び…。

 

 

 びっくりしたぁ!!

 

 

 

 手荷物を持って、すぐに隆史殿は出てきました。

 その彼は、なぜかこんな部屋を用意されたと嘆いていました。

 自分だけこんな個室と、他の方を気にされていましたね。

 

「……」

 

 そうですよね!!

 

 そ~ですよ! そうです!!

 

 隆史殿ですからね!

 

 はぁー…本当にびっくりしました。

 

 ……。

 

 …………。

 

 あれ?

 

 そのまま、すぐ横のドアをノックしましたね。

 同じプレミアムルームですよ?

 

 え?

 

 その時に、携帯がなりました。

 西住殿からのメールです。

 先に確認しておこうと、画面を開いていると…。

 

 前の扉が開き、中から女性の方が出てきました。

 何か、色々な…仕事道具みたいなものを体に付けてますね。

 

「ごめんなさい。ココしか空き部屋なくて」

 

「まぁいいですけど…できれば、事前に連絡欲しかったですよ…。じゃあ、テストお願いします」

 

 テスト?

 

「じゃぁ優花里。お願いします」

 

「え?」

 

 背中を片手で、軽く押され一歩部屋に入りました。

 

 ……。

 

 すぐに携帯の画面を見ます。

 

 西住殿からのメール。

 

 

『 隆史君、まだ少し酔ってるかもしれないから、注意してね? (´・ω・`)ノ 』

 

 

「」

 

 

 西住殿ーーー!!!!

 

 それ一番、重要案件じゃないですかぁ!!!!

 

 酔ってる!? なんでですか!?

 

 あと、最近顔文字覚えたからってぇ!! これですか!? よりによって、これですか!!??

 

 

 

 はっ!?

 

 

 

 後ろから、隆史殿に両肩に手を置かれました…。

 

 ドアが締まる音がします…。

 

 部屋の中…なんか…撮影機材がいっぱい…。

 女性の方しかいませんが…ですけど…。

 

 その横…なんでしょう? 

 色取り取りの…水着!? あれ、水着ですか!?

 

 その横に…あ……あれ!?

 

 

 大洗学園の制服!?

 

 なんで!?

 

 

「優花里、明日の為に、機材チェックが必要でな…今日の内に試しに撮っておきたいって要望あってだな…」

 

 な…なんの事ですか!?

 

 キザイチェック!? え!?

 

 あれは…霧吹き!?

 

 な…なに…。

 

「あぁ、戦車道チョコの第9弾のLR撮影の事…なんだ」

 

 戦車道チョコ!?

 

 え……あ……。

 

 

 

 あああああぁぁぁぁ!!!

 

 

 

 振り向き、隆史殿の顔を確認すると…先程、祝賀会で見た…。

 

 とてつもなく悪い顔をしていた。

 

 

 

 

 

「  さぁ、約束を果たそうか?  」

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

はい、次回!! ……PINKです。

本史は…

撮影会がいいですか?
女子会がいいですか?

まぁちょっとPINKに専念…とうか、今話で、3,4話できそうや。
はい! ありがとうございました!!


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第12話~個人撮影~★

タイトルが

思ったよりも

如何わしい


字余り


 カメラテスト。

 

 隆史殿は、そう言っていました。

 プレミアムルームと、銘打ってあったその広い部屋。

 ある程度の広さも必要だったのでしょう。

 

 簡単なカメラのテストという事で、大規模な撮影機器はありませんでした。

 背景が無いようにと、おそらく和室…らしき畳のある部屋に、バックペーパー…でしたか?

 真っ白い布で、覆われていました。

 

 ハンガーに掛かっている大洗の制服…。

 何着か、ベッドに並び置かれている…水……ぎぃ…。

 

 西住殿の去年のSRカードを思い出しました!

 脳裏に焼き着けて、忘れるはずがありません!

 その姿が、私を追い詰めます…。

 

 その姿がぁぁ…。

 

 

「はい、じゃあコレ。必要書類です。確認をお願いします」

「はいはーい」

 

 隆史殿が、手荷物から…なんか本格的な書類を、二人いる女性カメラマンらしき方に渡してます…。

 ま…まずい。

 

 本当に、まずいです!

 

 西住殿!? 隆史殿が酔っているかも知れないって、メールが遅すぎます!!

 せめて、ロビーで別れる時に言ってくださいよ!!

 

 

「あら…君…」

「はい?」

「いえ…私も、君位の年齢の時には、飲んでたけど…ちょっとお酒臭いわよ?」

「…飲んでませんよ。未成年ですよ?」

「本当に? 私、そういった匂いに結構敏感なんだけど…」

「口に入れたのなんて…祝賀会じゃすげぇ会長……いえ、先輩方にガードされてたし…」

「ガードって…」

「部屋に常備されてる、ポットのお湯くらいですよ? まぁ正確にはお茶ですけど…」

「…そう……あれ? ポットって…プレミアムルームに、そんなの置いてあったかしら…」

 

 

 霧吹きと準備してありますし、完全に再現するつもりですよ!! あの西住殿のSRカードを!!

 

 なぜか、私で!!

 

「はい、では優花里さん」

 

「ひゃい!?」

 

 しまった…。

 焦りすぎて、周りの声なんて何も聞いていませんでした…。

 

 ぅぅ…。

 

 浴衣姿の隆史殿。

 見た目、すっごい普通なのですけど、この方の場合関係ないです!

 酔ってる、酔ってないの判断が、できませんよぉ!

 

「では、約束通りお願いします」

 

「約束って、あの時の…カードを開封した時のですよね!?」

 

「はい、そうですね。俺、優花里はちゃんと、約束を守ってくれる子だと信じてましったヨ?」

 

 い…言い方が、卑怯です…。

 

「すでに撮影する事に、私が承諾したみたいに言わないでくださいよ!」

 

「え…でも、俺に見せてくれるって言ったよね?」

 

「言ってま『 言 っ た よ ?』」

 

「」

 

 ごく自然に切り返してくる…というか、なんでしょうこのプレッシャー…。

 そんな会話はした事自体は、ちゃんと覚えてますよ?

 丁度、PLを見る時だと記憶してますが…。

 

「…そんな証拠…」

 

「えー…だって、優花里が着て見せてくれるって言ったから、ここまでの揃えちゃったけど…」

 

「……言って…いま…」

「言いましたよ?」

 

 

 なぜでしょう…スタッフの方に、助けて欲しいと目線を投げると…すごい楽しそうに見ていますね…。

 若いっていいわ~って!! 何言ってるんですか!? やめてください!!

 明らかに私、なにも知らされていない状態で、連れてこられたって感じがすごいと思いますよ!?

 助けてくださいよぉ!!

 

 あ…隆史殿に肩を置かれました…。

 

「お金も掛かってるし、不確かな事で機材と人を揃えると思う? この…俺が」

 

 

 ぐ…。

 

 

 確かに、ここまで…しかもこんな夜に…。

 悪戯に人様を巻き込むような方では、ないとは思いますが…。

 

 …言いましたっけ?

 

 私、承諾しましたっけ……?

 

 いけません! さも当然の様に言う隆史殿を見ていると、自分の記憶に自信が無くなり始めましたぁ!

 な…なにか、逃げ道を…。

 

「た…例え、言ったとしましても…口約束ですし…」

 

「口約束も約束です。それにその口約束で、大洗学園の廃校が免れたんだよ?」

 

 ぎっ!?

 

「…その…流石に全国に出回る…水着の写真…『それを去年、みほはやったね』」

 

「」

 

「アレモ、戦車道なんでしょう? みほのカードと一緒ですよぉ? ()()…態々、危惧したら「でも水着ですし……」って、容認してるような事、言ってませんでしたっけ?」

 

「」

 

 言いましたけど! 

 

「ダイジョウブ。あくまでテストだからさ。流通はしないよ? アクマデ、テストデスカラ」

 

「…ぃ!? し…しかし!」

 

 あぁ! いつの間にか、壁に追い詰められました!

 スタッフの方が、撮影準備を始めましたし!

 もう時間の問題ねって、何を言ってるんですか!?

 

 諦めないでください!!

 

 こ…こうなったら…。

 この手は、正直卑怯ですので使いたくなかったのですけど…。

 携帯を取り出し…隆史殿に最後の手を使います

 

「…に…西住殿に言いつけますよ? 水着撮影の…『 ド ウ ゾ 』」

 

「……え」

 

 か…間髪入れずに…。

 

「なんなら、この部屋も教えてやれば? 俺は別に、優花里との約束を果たしているだけだし…ヤマシイコトナイカラ」

 

「なっ!?」

 

「まぁ…みほなら、すっ飛んで来るだろ? まぁ…ここに来た所で…」

 

 特に気にする訳でもなく…淡々と…。

 

 

「 被 写 体 が 増 え る だ け だ 」

 

「」

 

 に…逃げ道がぁぁ!!

 

 しかも! 

 

 そんな事で、本当に西住殿が来ようものなら…私が、西住殿を売ったことになるのでは!?

 今の隆史殿なら、怒る西住殿すら、口八丁でどうにでもできそうです!

 

 あ!!

 

 そうです!!

 

「い…いいんですか?」

 

「ナニガァ?」

 

 ぐっ…。

 

 そうです!

 先程、チラッと西住殿から聞いていました。

 多少、あまり話した事もない方を引き合いに出すのは、気が引けますが…。

 もうこうなったら、隆史殿にとってのジョーカー的存在を…。

 

 

「今、西住殿のお母様もこのホテルに…」

 

「知ってるよ?」

 

「!?」

 

「だってLRの撮影対象が、しほさんだから」

 

「」

 

 バラす対象を変えてもダメでした!

 怖い! この隆史殿、怖い!!

 何を言っても、即答で返される気がしてなりません!

 酔ってますよ、コレ!!

 

「まぁ…それとは、別にな…」

 

「な…なんですか…」

 

 なにか…なにか武器はないのでしょうか!?

 

 なんですか! あのゴツイガラス製の灰皿は!

 周りを見渡しても、物理的に武器になる様な物しか、ありません!

 でもこの隆史殿でしたら、あれですら笑って受けそうですから、武器になりそうにないです!

 た…隆史殿が、なにか仰っている内になにか!

 

 ……。

 

「…俺は、優花里の水着姿が見てみたい」

 

「ひゃぁ!?」

 

 な…なんて事、言うんですか!!??

 肩!? 手ぇ!?

 

 近いです!

 

 隆史殿!! 顔近い!!!

 

「こんな事、今の内にしか出来ない事だと、俺は思う」

 

「で…でも、私…スタイル良くありませんし…」

 

「…それは、関係ないだろう? ただ…俺が見たいだけだ」

 

「……」

 

 か…かんけい……あると……おもいますがぁ…。

 耳ぃ…。

 

「ほら、それに高二の夏休みというのは、結構貴重だぞ? 自由が効く、最後の夏だ」

 

「…………」

 

 ま…来年ですと、受験とか……まぁ…

 

 

『あ、あの娘、もうダメね。約束の有無っていう問題から、説得の内容が変わってるの気が付いてない』

『いやぁー! イイわね! 若い子っていいわ! これもある意味、青春よね!』

 

 

 が…外野がなんか、お茶飲みながら寛いでますが…。

 隆史殿の顔が近すぎて、思考がまとまりません!!

 

「エット…アカボシサンハ、タシカ……」

 

 耳元で…なんかボソボソォォ…。

 

 !?

 

 腰にいつの間にか、腕を回されてまぁつぁ」jd!!??

 

 

「たっ!? 隆史殿!? 人前! 人前ですからぁ!!」

 

 

 カメラマンの人達が、お煎餅囓りながら、前のめりになって、すっごい見てますから!!

 というか、止めてください!!

 確信しました! 完全に酔ってます!! 助けて! 西住殿!! お母さ……は、ダメだぁ!!

 

 んん!? 耳元で囁かないでぇ!!

 

「優花里」

 

「ひゃい!!」

 

 

「一夏の思い出…とやらを、()()に作ろうじゃあないか…」

 

「」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「はい、ではこの中から、3着水着を選んでね?」

 

「は…はいぃ……」

 

 よしよし。

 

 優花里はぁ!! 諦めた!!

 

 俺の誠意ある説得に応じてくれました!

 

 うん、良かった。

 

 今は真っ赤な顔しながら、生気のない目で、嬉しそうに水着を見下ろしてますね!

 

「私…君が小声だったから、あの子に何言ったか分からないけど…」

 

 カメラマンらしき女性に、声を掛けられた。

 着替えが終わるまでは、取り敢えず暇である為だろうな。

 

「君…すごいわねぇ…。いくら彼女でも、人前でよくあそこまで出来るわよね…」

 

 腰に腕回した事か?

 

「彼女? 違いますよ?」

 

「え!?」

 

「友達ですよ、友達」

 

「…エー……」

 

 あれ? なんか、信じられないって目で見られてる…。

 

「…あ……ひょっとして君? あの家元達に撮影オファーを出して、OK貰ったのって」

 

「そうですよ?」

 

「…」

 

 な…なんだろう…。

 めっちゃ見られてる…。

 なんだ!? すげぇニヤァってしたけど…。

 

「なるほど…ねぇ!」

 

 水着を選んでいる二人に、声を飛ばした。

 本当になんだろう…。

 

「彼に水着を選ばせたら?」

 

「!?」

 

 あ、優花里の顔が、更に赤くなった。

 スタッフの人とボソボソと打ち合わせを始めた。

 一瞬驚いた顔をして、こちらを向いたな…。

 オモシロソウ! って声が聞こえた…。

 

「そんな訳だからお願い! いつまでも決まりそうにないからね」

 

「え…まぁ、はい。いいですけど…」

 

 優花里は、下を向いてしまった。

 なぜか顔を合わせてくれなくなったなぁ…。

 別に水着を選ぶだけだろうに…。

 

 まぁいいや。

 

 さて…。

 

 ベットの上に置かれた水着の数々を見下ろす。

 その一覧を見て思った。

 水着は、あのハゲがチョイスしたと聞いていたので、即座に思った。

 

 

 うん! あのハゲ! その内一回ぶん殴る!!

 

 

 高校生に着せる水着じゃねぇ!!

 

「……」

 

 いや…ある意味で、使えるな…。

 

 結構下の方に、隠すように置かれていた為に優花里は気がつかなかったのだろうな。

 まぁ、水着と認識できそうにもないし。

 これにしよう。

 

 ……

 

「あ、カメラマンさん。コレなんてどうでしょう?」

「…え?」

「……まぁ要は…」

 

 

 よし。

 

 

「じゃあ、これ」

 

「え…あ、はい」

 

 すこし、ボケーとしていたので、俺の声に少し遅れて返事をした優花里さん。

 その差し出された手に、選んだ水着を渡した。

 

「……えっと、え? どれですか?」

 

「それ」

 

「いえ…これパーツみたいなものですよね…」

 

「いえ、それです。広げてみてください」

 

「…はい?」

 

 言われるまま、それを服を広げる様に、水着の端を持ち、両手を左右に開く。

 

 びろ~んと。

 

「……」

 

 あ、まだよく分かってないな。

 そんな顔。

 

「…………」

 

 あ、顔が赤くなってきた。

 

「……な…なっ!」

 

「な?」

 

「なんですか! これは!!」

 

 その水着を握り締め、腕をブンブンと振り回しながら、抗議してきましたな。

 顔を真っ赤にして、涙目になりながら叫んでいる。

 

 うん…優花里のこの顔はメチャクチャ好きだ。

 だから誠意を持って答えよう。

 

「水着です」

 

「水着じゃないですよ!!」

 

「いえ。マイクロビキニという、レッキトシタ水着デス」

 

「これは紐ですよ!!」

 

「え? ちゃんと隠す所あるよ?」

 

「あれば、いいってもんじゃないです!!」

 

「え~…」

 

「こ……これ……握り拳位の範囲しか、隠す所ないじゃないですか!!」

 

「大丈夫だよ? 似合うから」

 

「大丈夫じゃないです!!」

 

 渡した水着は、まぁ…青い紐…じゃない。水着です。

 もう一度、広げてみて…更に赤くなってきた。

 

【挿絵表示】

 

 ウフフ。

 

「せッ! セクハラですよ!? 訴えますよ!!」

 

「え~…」

 

 スタッフ達が、腹抱えて下向いて震えている。

 まぁ、あらかじめ言っておいたしな。

 それにしても良い性格してるなぁ…日本戦車同連盟って皆、こうなのだろうか?

 

 

「なんですか!! この…」

 

「分かった! 分かったよ…んじゃ、選びなおすわ」

 

「そうして下さい!!」

 

 もう、水着撮影をする事に対しては諦めているのか、忘れているのか…。

 すでに受け入れていた。

 …俺が言うのもなんだけど…優花里は、結構流されやすいのかなぁ…。

 

 まぁいいや。次だ次。

 ()()してあった次だ。

 

 

「んじゃあ、これ」

 

「まったく…」

 

 そっぽを向いて、手を差し出してきた優花里の手に、次の水着を渡した。

 はい。今度は黒いのですね。黒一色です。

 

「…今度はちゃんと布……き」

 

 はい、ビロ~ン。

 

「」

 

 それを着た自分を、また想像したのか。

 ゾクゾクす……心配になる位に、赤くなっていきますね!

 

 

「 ま た 紐 じ ゃ な い で す か ぁ !!!」

 

 

 あ、地面に叩きつけた。

 

「違いますぅ、水着ですぅ」

 

「紐ですよ!! ただの少し太い紐です!!」

 

「スリングショットといった、レッキトシタ水着デス」

 

「これも! 先程のも!! 後ろなんて裸、同然じゃないですか!!」

 

俺は、優花里の水着姿が見たいんだ

 

「限度がありますよ!! しかも! なんで今! 無駄にいい声で言ったんですか!!」

 

 チッ…。

 

 V字の水着…ほぼ紐だというのは認めよう

 だが水着だ。紛う事なき水着だ

 

「そっ! それにですね!!」

 

 あ。スマホをいじりだした。

 

「スリングショットって言いましたよね!? 見てください!!」

 

 そのスマホ画面を、こちらに向けてきた。

 スリングショットで検索した画面を突き出した。

 ズラッと、通販サイトが陳列しているネ!

 

「取り扱いショップが、如何わしい所ばかりじゃないですか!!」

 

 チッ…気づきやがった。

 まぁそれは、それとして…。

 

「優花里」

 

「んっっですか!?」

 

「ショップサイトに飛ばされてるぞ?」

 

「あぁ!?」

 

 画面に指が当たったのか…どこかをクリックしたみたいで、変なサイトの画面が開いていた。

 

「ぅぅ…なんですかぁ…この水着…男性用もあるぅ……」

 

 しっかり見てるな。

 同級生の前でそんなページを見ないで下さい。

 

「こんなの…明日、家元達に着てもらえばいいじゃないですかぁ…」

 

 ふむ。それはそれで、魅力的…。

 だが。

 

「いいか?…優花里」

 

「なんですか!?」

 

「エロい人達に、エロい格好してもらっても、面白くないだろ?」

 

「…面白くないって……」

 

「だから俺は、優花里に着て欲しい!」

 

「なんですか! その笑顔!! じゃあ、なんですか!? 私が着れば面白いんですか!?」

 

「素晴らしいとは思う!!」

 

「……私も怒る時は、怒りますよ?」

 

 あ。

 

 そろそろヤバイな。

 

 うん、引こう。

 

「はっ! いいでしょう! 着ましょうか? それで写真撮られましょう!」

 

「……」

 

「それで、西住殿に報告します! 隆史殿に無理やり、こんな格好させられましたって!!」

 

「……」

 

「ただし! 条件がありますけど!!」

 

「…ほう?」

 

 いや、違うな。

 引き時じゃない。

 

 これは攻め時だ!

 

「隆史殿も、これを着たらですけどね!」

 

 携帯画面を見せてくる。

 うん。

 男性用のスリングショットだ。

 赤くなりながら見せるくらいなら、やめればいいのに…。

 

「どうです!? 嫌でしょう!? 少しは、こんなの選ばれる私の身にも…『 了 解 』」

 

「……」

 

 優花里が固まった。

 

「……」

 

「……ゑ?」

 

「……」

 

「え?…あの…隆史殿…今なんと仰言いました?」

 

「了解っと言ったんだ。みほにも、ドウゾ言っていい。その条件を…飲もうじゃないか」

 

「……」

 

「はい。後、二着だな」

 

「いやいやいやいや!! 待ってください!!」

 

「なに?」

 

「え? …えぇ? 本当に? え?」

 

「いいよ? 着るよ? 後日になるけど…まぁ、優花里の趣味にも合わせよう」

 

「趣味じゃないですよ!!」

 

「後、みほか。そのみほにも、その交換条件を説明してね?」

 

「 」

 

「はい、じゃあ後二着はコレね」

 

 紺色の旧スク水と、ちょっと際どい、迷彩柄の普通の紐ビキニを渡した。

 それを呆然と受け取る、ゆかりん。

 

 はっはー。

 

 棚からぼた餅だな。

 

「え…あの……」

 

「あぁ、カメラマンさん。一度、俺外に行った方がいいですか?」

 

「「……」」

 

 予定外の結果に、スタッフ二人も呆然としている。

 

「あの…」

 

「えっ!? えぇ…そうね…。化粧とかもあるし…準備できたら呼ぶわ…」

 

「了解です。じゃ、廊下か隣の部屋にいますねぇ~」

 

 言うだけ言って、さっさと変更されない様に退室する。

 

 スタッフの方々にも一応説明…というか、俺の狙いを言っておいた。

 

 本当の狙いは、普通の紐ビキニだと。

 

 普通の紐ビキニだとしても、年頃の女の子には恥ずかしいだろうさ。

 特に優花里の場合はな。

 だから、いきなりドキツイのから攻め、順々に露出を下げていけば、こりゃイケルかも知れないと踏んでいた。

 が、予想に反して優花里から条件付きだけど、アレを着てくれると言ってきたんだ。

 

 そりゃあ…乗るなぁ。

 

 多少の羞恥など気にもならん。

 

 さて、自室で()()飲んで待ってよう。

 

「ぁ……あ……あぁぁああ」

 

 はい。ゆかりんは、本当にソロソロ腹を括ってくださいね。

 

 はい。

 

 最後言い出したのは、貴方です。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 …私達は、圧倒的な戦力差に絶望していた。

 

 書記に秋山さんが連れて行かれて、30分程経過したら、詩織を連れてきた沙織と合流した。

 秋山さんを除く皆と、大浴場に来ていた。

 

 この時間の割に、入浴者は私達しかいなかった。

 貸切みたいだと、はしゃぐ沙織。

 うざい。走るな。揺らすな。

 五十鈴さんは、隅っこで西住さんと内緒話の様な事をしているな…。

 まぁ…うん。これからの事もあるだろうからな…。

 

 しかし意外なのは、詩織だった。

 

 外面がいい詩織。

 その割に、西住さんには一切絡まない。

 何のつもりかしらんが、挨拶が済んだ後は、話しかけられない限り、一切口を開こうとはしなかった。

 ただ…ジーっと見ている。

 

 それに飽きたのか、私に絡み始めた。

 うざい。よるな。揺らすな。

 始め、詩織に散々遠まわしに、私の体をチクチクいぢられた。

 まぁ、よくある事だし…特に気もしない。

 

 チッ。

 ……また、でかくなりやがって…。

 

 ……。

 

 そう、気にしない。

 

 

 

 しかし、ニヤニヤした詩織の顔も、一瞬で凍りついた。

 何故だろうか…詩織は、どうにもこの二人を敵視した目をしているな。

 

 

「あら、こんばんわ」

「…みほ」

 

「島田さん…お母さん…」

 

 

 大浴場の湯船。

 二人の家元が私達の後から入ってきた。

 

 一通り挨拶が終わり、無言で湯船に浸かる時間が、どんどんと増えていく…。

 熱い…。

 普

 

「でも…ちょっと意外」

 

 西住さんが、口を開いた。

 

「お母さん…大浴場に来るなんて…」

 

 そこか。

 

「…確かに、部屋に浴槽はついてはいましたが…。こちらの方が、眺めもいいですし…なんですか、島田流」

 

「いいえぇ~?」

 

 なにかニマニマしながら、西住さんのお母さんを見ているな。

 

 ザバッと音を立てて、立ち上がった。

 この二人は、仲がいいのか悪いのか分からない。

 よく書記とセットで…。

 

 ……。

 

 書記と極希に一緒にいるが、喧嘩をしている所をよく見るな。

 

 

 ……。

 

 しかし…なんだこのスタイルは。

 西住さんに聞いた事あったな…主に書記に関係した話だった気がするが…。

 まぁいい。

 いや…30代だと思えない…。

 

 出るところは出て…というか、でかい…。

 対抗できるのが…沙織か五十鈴さんしかいない…。

 呆然としている詩織の目が心地いいな!!

 体にたるみもなければ、シミも無い…。

 その横の島田さんもそうだが…戦車道の家元は化物か。

 

 あれ?

 

 西住さんが、そのお母さんを凝視している。

 

 

 

「 お 母 さ ん 」

 

「なんでしょうか? みほぉ!?」

 

「…なんで、体絞ってるの?」

 

「……」

 

 ピリッとした空気が充満した…。

 あれ? 西住さん…どうしたんだろ…。

 自分のお母さんの、お腹を撫で回してる…。

 

 あ。島田さんが湯船に肩から浸かった。

 

「…会場で言ってた。撮影が明日だって」

 

「……」

 

「…お姉ちゃんが言ってた」

 

「!?」

 

「水着撮影だって…」

 

 あ、目を逸らした

 

「もう…自分の母親の水着の写真が、全国に出回るんだよ?」

 

「…い…いぇ…それは…」

 

「娘の身にもなってよ…」

 

「……」

 

 あ…島田さんが、ゆっくりと後退して行く…。

 

「いくら隆史君に頼まれたからって、年考えてよ…」

 

 

 「「「「「「 !? 」」」」」」

 

 

「ん…? 何? どうしたの?」

 

「…いえ、みほ。貴女知っていたのですか?」

 

「何が? 隆史君に頼まれたって事?」

 

「え…えぇ。まほですか?」

 

「うん、そう。オネエチャンニキイタ」

 

「」

 

 さて。

 …私も離れよう。

 前回の無線垂れ流しの時を思い出した。

 

 

「…その…怒ってますか?」

 

「…なんで? 別に隆史君と変な関係じゃないんでしょ?」

 

 

 「「「「「「 !!?? 」」」」」」

 

 

「お…おい、沙織…」

「な…なに?」

「今、はっきりと言ったな…しかも私達の前で…」

「うん…」

「なにか心境の変化でもあったんでしょうか?」

「あれは釘を刺しましたね…」

「島田さん!」

 

 

「…当たり前です! 何を馬鹿な…」

 

「 お 父 さ ん 」

 

「」

 

「ダメだよ~…」

 

「…アレは、関係ないでしょう?」

 

「フフッ。その言い方は、お父さん可愛そうだよ…」

 

 

 

「こ…こわい! 普段と同じ口調の西住さんが怖い!」

「…どうしたんだろ、みぽりん」

「でも、みほさんから、ちょっと余裕も感じられますよね…」

「……あれは…」

 

 

 

「お母さん」

 

「な…なんでしょう?」

 

 

「 モ ラ ル は 守 ろ う ね ?」

 

「」

 

 

 

「みぽりん! 今度は笑顔が怖い!!」

「やはり、完全に…」

「島田さん! なんですか!? なにか分かりました!?」

「先程も言いましたが、完全に釘を刺しにきてますよ」

「……」

「…しほさんを、完全に女として見てますね」

「いや…女って…」

「あぁ…そうですね。先ほどの会場でも…それで、ですか…」

「……」

「いいですか? 後学の為にも見ておきなさい」

「……え?」

 

 島田さんが、西住さんを指差して一言…。

 

「あれが女の顔です」

 

 「「「「「 …… 」」」」」

 

「はぁ…まぁつまりは、そういう事でしょう…」

 

「!?」

「え!? え!? どういうことですか!?」

「さぁ…。私にはわからん。沙織?」

 

「……」

 

 沙織が呆然としている…。

 今の意味が分かったのだろうか?

 詩織の頭にも?マークが出ているのに。

 

 

「島田さん」

 

「なぁ! なに…かしら?」

 

「島田さんもですよ?」

 

「……」

 

「いい大人なんですから…ね?」

 

「」

 

 どこでスイッチが入ったから分からないが、始終ニコヤカに話す西住さん…。

 なんだろう…。

 島田さんの言っていた意味も、今一わからないが…この西住さんを指しているのだけは分かった。

 

「さぁ、皆さん。もう上がりましょう」

 

「え…あ…うん」

 

 呆然としている私達を背に、湯船から出てしまった西住さん。

 ゆっくりと、脱衣所に向けて歩き出した。

 

「あれ? どうしました?」

 

 振り向いた西住さんを見て、沙織が呟いた…。

 

「み…」

 

 み?

 

 

「みぽりんが、大人の階段を登ってた…」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「お嫁に行けなくなったら、どうしてくれるんですか!!」

 

「大丈夫、大丈夫~」

 

「何がですかぁ!! 頭撫でないでください!!」

 

 無事、撮影も終わった。

 いやぁ~…満足!

 結局終了後、隣の自室でお茶を出していた。

 まぁ、やっと落ち着いてきた所だな。

 部屋に連れ込んだと思われるのも何でしたので、一応断りを入れてみました。

 

 んで、椅子に座って向かい合ってお茶を啜ってますね。

 説教されてる訳ではない。

 断じてない。

 

「ほ…本当に…私、なんてモノを……」

 

 いやぁ……スリングショット。

 本当に着てくれるとは、思わなかったな!!

 

「約束を守るいい子だな! 優花里は!」

 

「嬉しくないですよ!!」

 

「でもさぁ…結局、ノリノリで写真取られてたじゃないか」

 

「ぐ…そ…それは……場の雰囲気って…怖いです…」

 

「いやぁ。可愛かったぞ!?」

 

「撮影中! それ連呼しないでくださいよ! おかげでぇぇ…」

 

「あんな格好までしてな!」

 

「ぅぅうう!!」

 

 本当にな。

 場の雰囲気ってのは怖い。

 

 散々、拒否してた優花里も、最後にはグラビアモデルみたいな格好してたしな。

 谷間強調、前かがみ。足の組み換え等…。

 しかし、カメラマンの人も、やっぱりプロだなぁ…最後には優花里、脱がしちゃうんじゃないかと思ったヨ。

 

 褒める。

 

 とにかく褒める。

 

 カメラマンさんは、どうにも俺が褒めた方が効果が高いという事で、延々と褒めていた。

 ふぅぅ! とか、たまに漏らす、よくわからん悲鳴とかも…とにかく全てを褒めちぎった。

 

 うん。

 

 写真データも貰ったしな!!

 昨日、仕事頑張ったかいが、あったな!

 

 

「…しかしなあ…普通のビキニ着た時の、安心しきった顔がまた…」

 

「当たり前です! あれで正気に戻りましたよ!!」

 

 結局、大洗の制服を使用できる水着は、一着のみだ。

 制服自体一着しかなかったからな。

 それは、ビキニに使わなかった。

 お陰で、ビキニ撮影の時は、すげぇ健全な健康的な撮影だったな。

 

「うん! 優花里は、スタイル結構いいな!」

 

「せっ! セクハラですよ!?」

 

「…特に……ヘソが……」

 

「それですよ! 意味がわかりませんよ! おヘソ褒められまくっても、困るだけでしたぁ!」

 

「そうか? その割には…。まぁ、照れまくる優花里を見れて、俺は満足でした」

 

「……タラシ殿って、基本的に変態ですよね…」

 

「まぁーね!」

 

「否定してください!!」

 

 はぁ…と、ため息をつきボソっと呟いた。

 

「…後、隆史殿が、前段のカチューシャ選手と、ノンナ選手の水着に引いていたのが分かりました…」

 

 スク水。

 

 前回、優花里が理解をしてくれなかった事の一つ。

 マニアックだって言ったのに…。

 だから…更にマニアックで上塗りしてみました。

 

 そう。

 

 制服は、旧スク水に使用した。

 セーラータイプの制服だからね!

 上は制服、下は無し。

 

 そして中はスク水!

 

 いやぁ……スタッフの人に、ドン引きされたなぁ…。

 

 カメラマンの人には、握手求められたし…。

 

 霧吹き使って、お湯で制服濡らしている時…何かに目覚めそうだったのは内緒だぞ!

 

 またお湯を掛ける時、一々反応する優花里が、すげぇ可愛かった!!

 

「はっ! 恥ずかしい事、言わないでください!!」

 

 あ、声に出てた…。

 

 取り敢えず誤魔化す為に、優花里の左右のモシャモシャでモジャモジャする。

 

「ふっ!? ぅぅうう!?」

 

 変な声を上げるのが、楽しい…。

 

「ぬぅぅぁ……」

 

 まだ変な声を出してるな。

 

「…隆史殿」

 

「はい?」

 

「少しは気が楽になりましたか?」

 

「……」

 

「昨日の様子を見て…どうも本当に隆史殿の疲労がピークに達してるって思いました」

 

「……」

 

「で…ですから、少しはお手伝いできるかもって思いまして…引き受けたのですが…」

 

「……」

 

 そうか…顔に出てたかぁ…。

 

「…でも、まさか水着撮影だとは思いませんでした…」

 

「……」

 

「あんな、恥ずかしい格好させられましたし…」

 

「……」

 

「な…なんか、思い出したら段々と、腹が立ってきました…」

 

 手を握り締めてるなぁ…。

 

「はっはー…気を使ってもらって…ありがとな」

 

 真正面から、素直にお礼を言うと、視線を逸らしてしまった。

 

「い…いえ……」

 

「……」

 

「……」

 

「あれ? 今私、誤魔化されませんでした?」

 

「誤魔化したつもりは、ないけど…」

 

「取り敢えず、タラシ殿。いちゅ、お酒飲みました?」

 

 いちゅって…。

 噛んだ事はスルーしてやろう…というか、それカメラマンの人にも言われたな。

 

「…飲んでないよ…」

 

「いえ! 飲んでます! そして、げんじゃい進行形で、酔ってます!!」

 

「…どうした、ゆかりん。噛みっ噛みだけど…」

 

「んにゃ事は、いいんです!」

 

 …いや。

 まぁ…。

 どうした? 本当に?

 

「昨日から、お茶しか飲んでないよ…。ここのポットのお湯とか使ったくらいで…」

 

「お湯?」

 

「そうそう、このお茶とか作る時とか…後は…午前中に仕事中に用意されたお茶くらい…酔っ払う原因がないっすよ?」

 

「うしょです! 普段でしたら、絶対に私の髪ときゃ、気を使って触りゃないじゃないでしゅか!」

 

「あ…ごめん。つい勢いで…本当にセクハラだな。嫌だったろ…悪かった」

 

「嫌なわけないでそ!? おばきゃですか!!??」

 

 えー…。

 

「もっと触ってくらはい!!」

 

「はぁ…」

 

「嫌なんでしゅか!?」

 

「いえ、全然。もっと堪能したいです」

 

「……その即答に、ちょっと引きました」

 

 どうしろってんだ!!

 そこだけ饒舌だな!!

 

「正直でしゅね!! この天ピャが、すっごい、こんぷれっきゅしゅでした!」

 

 噛み具合がソロソロ本格的にまずい…。

 あぁ…眠いのか?

 

 目が半分、閉じてきてるぞ。

 

「だから! うれしぃんです!!」

 

 あー…はいはいと、またワシャワシャし始めた。

 触ると犬みたいに、尻尾振って喜んでる感じが、すっごい。

 

 やべ…楽しくなってきた。

 

「タラシ殿は、この髪しゅきですか!?」

 

「…え? あ、はい。好きですよ? ある意味、優花里らしくて」

 

「そうですか!」

 

 ニマーっと笑ったな。

 敬礼は、何でしたのか分からんけど。

 

「らいじょうぶれす!!」

 

 え…? あぁ……大丈夫ですか。

 俺よりか、優花里の方が酔っ払ってる感じがするな…。

 まぁ…何が大丈夫かしらんが…。

 

「わらしも、隆史殿、らいしゅきれすから!!」

 

 ……。

 

 らいしゅきって…あぁ…大好きね……。

 

「……」

 

 他人だとすぐに判別出来る。

 

 やべぇ。

 

 これ、酔ってるわ。

 なんだ?

 

 原因は、この部屋だけだよな!

 

 

「あー…うん。ありがとうな」

 

 生返事を返しながら、可能性を探る。

 なんだ? …優花里が飲んだのって、お茶だけ……

 

 いや待て。

 

 なんつった今。

 

 大好き!?

 

 二度見する様に、もう一度優花里を見ると…フラフラと体を揺らしていた…。

 ガッと、湯呑を持ち、もう一度仰ぐように喉の流し込んでいる…お茶を!

 

 お茶! それだ!!

 

 なぜ気がつかなかった!?

 

 ポットのお湯かぁ!!

 ここは、戦車道連盟が用意した部屋…。

 

 ってことは……んのぉぉぉハゲ!!!

 

「おら、たらしぃ!」

 

「え…」

 

 ゆ…優花里さん?

 目が…座ってましてよ?

 

「わらしが、告白してんにょに、なんら、その返事わ!!」

 

 えー……ポットのお湯だけ、飲み始めましたけど…熱くないんでしょうか!?

 

「いや…うん……え?」

 

「はっはーん。そうら。どうしぇ、友達としてとか、どうとか…また、にげりゅちゅもうぃ…」

 

 今日日聞きませんよ!? はっはーんとか!!

 もう最後何言ってんのか分からん!!

 

「もう一度、言うろ!?」

 

 上半身を前後左右…グルグル円を描き始めましたね…。

 こりゃ…落ちる寸前だ。

 ゆかりん、絡み酒!!

 

「おろことして!!」

 

 おろこ……?

 あぁ、男か。

 

 ……え。

 

「だ……い……」

 

 あぁ。

 上向いちゃった。

 

「しゅ……」

 

 ダランと両腕を垂らして、体をソファーの背もたれに預け…。

 寝息が聞こえてきた…。

 

 ……。

 

 

 男として…ねぇ。

 

「……」

 

 

 どうしよう!!

 

 この状態!!

 告白されちゃった!!

 

 目に入る、ぐったりとしている優花里さん!

 

 

 いや…貴方、今…。

 

 ……えっと。

 

 

 

 どうしよう!!!

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

「と、いうわけです!」

 

 みほ達の部屋の前…。

 両腕で腕で抱き抱え…優花里さんをお連れしました!

 中途半端に隠しだてると、思いっきり弊害がでそうだったので、撮影以外の事を正直に話した。

 

 流石に撮影の事はちょっと…ネェ。

 

 優花里を俺の部屋に、泊めさせる訳にはいかないから!

 だから説明!

 

 彼女に!!

 

 ハゲ! ポット!! 酒!!!

 

「はぁ…」

 

 ため息一つ吐き、優花里を受け取るみぽりん。

 中から、華さん達も出てきてくれて…優花里の肩を抱き…中へと連れて行ってくれた。

 間違えて酒を飲ましてしまったのもあり…状況が状況だけに…。

 

「うん、大丈夫。何もしてないのは分かるから」

 

「……」

 

「浴衣に乱れもなかったしね…」

 

「」

 

「じゃあ、隆史君も部屋に帰って寝てね?……これ以上、被害者が出る前に」

 

 被害者って…。

 

 というか…。

 

「…飲酒の件、もっと怒られるかもって、思っていたんだけど…」

 

「あ……アァ、ウン。アノ、理事長が全て悪いから、いいの!」

 

「?」

 

 なんだろう。

 なんか、おかしい…。

 

「…いや、まぁ…いっか」

 

 もう戻ろう…なんか……もう寝てしまって、今日一日を終わらせた方がいいと思う…。

 

「あー……そうそう。隆史君」

 

「え…あ、はい。なに?」

 

「明日、午後は予定、空いているの?」

 

「そうだな…仕事は、午前中で終わる予定…帰って引越し終わらせないとなぁ…」

 

「うん。午後は空いているんだね?」

 

「そ…そうだけど。なんで二回聞いたんだ?」

 

 

 

「だって午前中は、お母さんの水着撮影でしょ?」

 

「」

 

 

 

 

「まぁ、いい辛かったのは分かるから、内緒にしていた事はいいの」

 

「」

 

 

 

 

 バ レ テ ー ラ

 

 

 

「ちゃんと、()()には…()()()()帰ってきてね?」

 

「…ハイ」マタ、2カイ…

 

 

「水着撮影…ねぇ…」

 

「…………」カタカタカタ

 

 

 

 

 

 

「タ ノ シ ミ ダ ネ ェ ?」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

女子会は別にやります。
なんか、逆にタラシ殿側にバレていた方が面白いと思ったので

ありがとうございました


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閑話【 番外編 】 オペ子のお茶会 第二回放送

はい。

熱引きました

リハビリがてら、勢いで書きました。
相変わらずのメタ発言OKの番組です。




「はい! 皆さんこんにちはぁ!! 司会のオレンジペコです!!!」

 

「うるさい…」

 

「はい! 自己紹介!!」

 

「はぁ…。島田 愛里寿です」

 

「はい! 今回3回目! ここ不思議時空よりお送りします!!」

 

「…なんでそんなに、初端からテンション高いの?」

 

「そんな事ありません!」

 

「でも3回目?」

 

「正確には、2回目ですね! 初回は愛里寿さんのランキング発表でしたし!!」

 

「まぁ、どっちでもいいけど…。で? 今回のゲストは誰?」

 

「はい! この方です!」

 

「狙う的には百発百中! 撃破率120%のお姉さん!! 蝶野 亜美よ!!」

 

「蝶野さん…」

 

「はい! そんな訳で、隆史様の天敵! 蝶野一尉がゲストです!!」

 

「…う…うるさい…」

 

「いやぁ…でも、本当に久しぶりの登場ですね、蝶野さん…」

 

「裏では結構、働いていたんだけどね!!」

 

「はい! この番組は、メタ発言・裏設定等が、なんでもありです!!」

 

「それは、滾るわね!!」

 

「…か…帰りたい…」

 

 

 

 ― この番組は、綺麗な洗車で明るい戦車 日本戦車道連盟の提供でお送りします―

 

 

「…テロップが、だ…ダジャレ…」

「あ、児玉理事長が考えたそうね!」

「…あぁ、あのハゲですか。ハッ」

「「……」」

「はい! そんな訳で、始まりました「オペ子のお茶会」」

「いえ…貴女、普段と随分雰囲気違うわね…」

「あぁ、これが本性のブペ子。普段は仮の姿」

「違いますよぉ? 適当な事言わないでくださいねぇ?」

「…本当にどうしたの。そのハイテンション」

「……」

「なに?」

「今回の事で隆史様が、まだ私を必要としてくれていたのが、嬉しくて…」

「……あぁ…盗撮での事」

「殿方同士の会話で、あそこまで熱く、私を求められたら…もう!!!」

 

「求めてない。意味が違う。いい? 求めてない」

 

「嬉しくてぇ!!」

 

「聞いて…」

「あらぁ…隆史君、相変わらずみたいねぇ…」

「あ、そういえば蝶野さんは、隆史様を子供の頃からご存知でしたよね?」

 

「そうね! すっっごく! …可愛くない子供だったわ!」

 

「……」

「ま。何というか…本編でも尾形師範が仰っていた様に、結構な子供だったの!」

「ちょっと意外ですね」

「私、当時大学生になったばかりで、尾形師範宅へ下宿してたのよ」

「へぇ…」

「それで当時、尾形師範宅に入り浸っていた私も、お手伝いしたってのが、始まりね!」

「入り浸っていたって…」

 

「尾形師範に、「旦那に色目使ったら殺す」って、真顔で簡潔に一言、言われたわぁ…」

 

「……」

「あの人、隆史君と同じで基本ヘラヘラしてるから、急な真顔って…マジで怖いのよ…」

「震えてる……た、隆史様のお父様って、どんな方なんですか?」

「イケメン」

「…え」

「すっごい優男でイケメン。なんであの二人の遺伝子で、隆史君が生まれたか、分からないくらいのイケメン」

「……」

「専業主夫ね。ある意味、草食系男子の究極体とも言っていい程の…働く女性にとっての理想の旦那様って所かしら!」

「蝶野さんがここまで仰る方…どんな人なんだろ…」

「あ、後。ボコが好きね! ガチ勢。みほちゃんと、仲良かったわね!」

 

「そうなの!!??」

 

「あ、大人しかった愛里寿さんが食いついた…」

「…隆史君の実家には、ボコグッズに埋め尽くされた、ボコ部屋という物があります」

 

「見たい! すっごく見たい!!」

 

「まぁ、極度のマニアで、隆史君が逃げるものだから、彼はボコの知識は思ったより無いのよ。それでみほちゃんが、躍起になる時が屡々…」

「…あぁ、それで隆史様。みほさんのボコのぬいぐるみを、完治させるなんて事したんだ…」

「お兄ちゃんに今度聞いてみよう!!」

「あ…なるほど。こういった事、喋っていい場なのね。ここ…」

 

「オレンジペコさん!!」

「え? はい、なんですか? 愛里寿さん」

 

「今回のゲスト! 当たり!!」

 

「え…えぇ…。まぁ、隆史様の事も分かりますしね…。すごい、いい笑顔ですね…」

「喜んでもらえて良かったわ」

 

 

 

「はい! そんな訳で、恒例になりました! 『愛里寿先生の脅威度ランキング 』のコーナーです!」

「なにそれ! 面白そうね!!」

「蝶野さん…前情報無しで、来られたのですか?」

 

「こういうのはね! 知らない方が楽しめるのよ!?」

「そういうモノですか」

「はぁ…あれ、精神衛生上、よろしくないから嫌なんだけど…」

「あ、テンションが落ちましたね…」

 

 

 ★ 愛里寿先生の脅威度ランキング ★

 

 

「決勝戦が終わって、全員、大分浮ついた状態。結構動いた」

「そうなんですか?」

「そう。…ちょっと胃が痛くなった」

「あぁ、前情報無しでしたね。これは、愛里寿さんが、対お兄ちゃん。つまりは、隆史様争奪戦にて、驚異に思う方ランキグです」

「ふ~ん。なるほどねぇ」

 

「では、どうぞ~」

 

 

【 ランク SS+ 】

 

 

 

 1位 逸見 エリカ ( ??? )

 

 2位 五十鈴 華( 覚醒 )

 

 3位 西住 まほ

 

 

 

「なんですか! このデッドヒートは!」

「あら、まほちゃん」

 

「……」

 

「本当に…ちゃっかり、SS+ランク入りしてる人いますし!」

 

「……」

 

「あら? 愛里寿ちゃん? どうしたの?」

「…き…」

「き? なんですか?」

 

「気づき始めた…気づき始めた…」

 

「気づき始めたって…」

 

「まずい…まずい……まずい……」

 

「遠くを眺めてるような…そんな目をしてますね…」

「んで? 理由は何かしら?」

 

「逸見 エリカ。危険…危険……危険……」

「愛里寿さ~ん。あのー…」

 

「はっ!」

 

「はい、で? 理由は何かしら?」

「逸見 エリカ。決勝戦最後、お兄ちゃんに助けられた事で、色々と気持ちの整理が出来始めた」

「ふむふむ」

「西住 まほ…さん。お兄ちゃんに告白済み」

「あぁ…言い逃げしてましたね」

「黒森峰宿泊の時…何かあったのかしら?」

 

 「「 !? 」」

 

「まぁいいわ! 逸見さんは、兎も角として…まほちゃんね」

「はっ、はい!」

「隆史君。大体の気持ちには、気が付いていたと思うのよ。みほちゃん選んだ時も、そんな事言っていたでしょ? どちらかだって」

「そ…そうですね。最終選考でしたね、あの二人…」

「……」

「これは、愛里寿ちゃんの驚異度でしょ?」

「そう」

「ふ~ん…」

「なんですか!? なんですか!? 言ってください!!」

「私からすると…こうね」

 

 

【 蝶野式 ランク SS+ 】

 

 

 

 1位 西住 みほ

 

 2位 西住 まほ

 

 3位 逸見 エリカ

 

 

 

「なっ!?」

「…………」

「まだ愛里寿ちゃんには、分からないかもしれないけどねぇ」

「…り…理由は…」

「あ、これ。PINKの話もOK?」

「大丈夫です!」

「んじゃ。まずは、みほちゃん。彼女さんね! メインヒロインね!」

「はっ…なにがメインヒロイン…。メインエロインの間違いじゃないでしょうか?」

「ブペ子さん。自重して」

「……」

「まぁまぁ。無駄に義理堅い隆史君からすると…まぁ正直。ほぼ鉄板よね。あんな関係になったら」

 

 「「 」」

 

「多分みほちゃんが、隆史君に対して、余程の事をするか…。もしくは隆史君が浮気でもして、振られない限り…ランク動かないんじゃない?」

 

「は…はっきり言った…」

「」

 

「ま…ちょっと、危ういんだけどね…」

「なにが!? なにがですかぁ!?」

「……」コクコク

「ん~…ちょっとね。まぁいいわ! あんまり言うと、ネタバレとお然りを受けそうだから!」

 

 「「 …… 」」

 

「んで、まほちゃん」

「はい!!」

「正直に言っていい?」

「どうぞ!」

「お願い…」

 

「…怒らない?」

 

「怒りません!」

「怒らない…」

 

「じゃ…。まほちゃんと隆史君の場合はね?」

 「「……」」

 

「ある意味で、理想的なカップルなの」

 

「「  」」

 

「恋人になった時点で、もうどうしようも無くなるわね。横恋慕すら挟ませない。不動ね」

 

「「  」」

 

「隆史君、あれでいて結構考え方が極端だし、危険思考もあるの。保守的すぎるから、引っ張るタイプの年上の女性と、相性がいいのよ」

 

「「   」」トシ…ウエ……

 

「それが大人には皆、分かっていたからね? 家元を始め、隆史君は、まほちゃんと一緒になると思ってたみたいね」

 

「「     」」

 

「まぁ…まほちゃんの場合…。まほちゃんにとって、最悪の障害が出てくるけど…」

「なっ! なんですか!! 連れてきますよ! その障害!」

「予算はいくらでもある」

 

「…予算って。まぁ…どうにかできる手合いじゃないから、言ってもいいけど…」

「なんですか!?」

「なに!?」

 

「隆史君のお姉ちゃん」

 

 「「…え」」

 

「まほちゃんと、これがまた…非常に仲が悪いの。犬猿の仲って感じね。あのまほちゃんが、敵意剥き出しになるわよ?」

「そ…そうなんですか?」

「う~ん。一言で言うと…隆史君のお姉ちゃんってね?」

「…なに?」

 

「極度の…超がつく程の「ブラコン」なの」

 

 「「 …… 」」

 

「あ、ちなみに決勝戦の時ね。本気で犯人、殺しそうだったから、尾形師範に拘束されたまま、実家に放置されてた見たいね! アハハハ!」

「あははは…って」

「いやぁ~…尾形師範の娘さんだけあってねぇ…格闘技の才能もあって……唯一、尾形師範とまともに立ち会える位、強いわ!」

「え…あの、蝶野さんも一応、やってますよね…格闘技。自衛官って本職だし…蝶野さんは?」

「私と隆史君のお姉さん…あぁ。涼香ちゃんっていうんだけどね! まともにやり合うと…多分、秒殺…」

「ほ…本職相手に…」

「血筋とか…才能って…ずるいわ…」

「「 …… 」」

「あ…今度、大洗に行くって言ってわね。その時にでも捕まえたら? 命の保証はしないけど」

「嫌ですよ! 無理ですよ!! どうしようも無いじゃないですか!!」

「あ、愛里寿ちゃんとオレンジペコちゃんなら、大丈夫だと思うわよ?」

「なんでですか…」

「あの子、巨乳は敵。貧乳は仲間だと思ってるから。…そこも遺伝ねぇ」

 

「・・・」ヨロコンデイイノダロウカ

 

「まぁ、それで私もあまり好かれてないのよ! 参ったわね!!」

「…なんで嬉しそうなんですか」

「取り敢えず…西住流は何とかしないと…」

 

「はいはい。んで、逸見さんね!」

「この方…相変わらず強いですね…」

「まぁ、西住姉妹がいなければ、一強って所ね! ある意味で最強」

 「「……」」

「隆史君にとっての保護対象にして、同い年ありながら引っ張る年上女性属性も持って…妹属性も持って…」

 「「……」」

 

「えっとね。可能性の話だけど、まほちゃん以外に本編で唯一。隆史君が本気で…「      」のが、彼女ね 」

 

 「「  」」

 

「ネタバレ? あら。音声消されちゃった」

「え!? 音声消される程のネタバレ!?」

「はい、怒られたくないので次行きましょ!」

「……危険…危険…危険……でんじゃあ…」

 

 

【 ランク S 】

 

 

 

 1位 西住 みほ (中)

 

 

 2位 ノンナ (極)

 

 

 3位 小山 柚子 (極)

 

 

 4位 ブペ子 (微)

 

 

 5位 ケイ (大)

 

 

 

 

「はい、繰り上がりならず」

「ぐぅぅぅぅ…って、なんですか! この横の!」

「大丈夫…」

「何がですか!」

「お兄ちゃんは、大きさこだわらない」

「…それはそれで、どうなんですか…」

「なるほどねぇ。小山さんって大洗の?」

「あ、はい。脂肪の塊です」

「…あ、いや…そういった事じゃなくて…」

「おっきいのは、敵です」

「……やっぱり貴女。涼香ちゃんと話合いそうだわ…」

 

「はい、小山 柚子さん。覚醒」

「……」

「お兄ちゃんが、決勝戦から帰った直後のあの事件。あれでもう…終わった。多分次回、SS+に入ってる…と、思う」

「事件って…。ほんっとに、隆史君って、誰に似たんだろ…お父さんじゃないだろうし…」

「似たかとかじゃなくて、貴女のせいだと思うのですが?」

「いや~ねぇ~…あれは…隆史君に、私が教えた経緯ってのは…って、言っていいのかしら…」

「試しに言ってみればいいじゃないです…か…あ。NGでました…」

「なに? 物語上、関係するの!?」

 

「それは、また今度でいい。取り敢えず…」

「で! どうですか! 教官!!」

「え? 私?」

「はい! 大人の意見!!」

「え~…とっ。未登場の人、出てくるけど…いいの?」

「この際、構いません!! 予告だと思えば!!」

「そういうネタバレは、いいんだ…。んじゃあ…」

 

 

 

【 蝶野式 ランク S 】

 

 

 

 1位 五十鈴 華

 

 

 2位 中須賀 エミ

 

 

 3位 ノンナ

 

 

 4位 ケイ

 

 

 5位 オレンジペコ

 

 

 6位 ダージリン

 

 

 

 「「……」」

 

「はい、んじゃまず…五十鈴さん」

「……」

「この子…怖いわぁ…」

「同感…」

「気がついた時には、笑顔で隆史君を拉致してそう…」

「同感!!」

「まぁ…うん。隆史君の好み、どストライクの子ね。芯も強い…というか、炭化チタンか何かで出来てそうね…」

「……」

「現在、初恋真っ只中って感じで…なんかもう……逆に応援したくなるわ!!」

「ヤメテクダサイ」

「ヤメテ…」

 

「はい。で、この子」

「あ、エミミンってこの人ですか? 本編で名前だけ出てきた…」

「…知らない…」

「そうそう! みほちゃんの小学生の時の友達ね! 後二人いるんだけど、よく連んでいたみたいよ?」

「その頃からの…」

「現在、ドイツに住んでるの。向こうで戦車道やっているわね」

「……」

「あら? 喜ばないの? 遠くに居るー! とかなんとか」

「隆史様だと、安心できません」

「…多分、助けてとか言われたら、すっ飛んで行きそうで、怖い」

「あ! 分かる!? 流石ねぇ~」

「…何かあったんですか」

「あー…いや…ちょっと、ドイツでこの子やらかしてるみたいでね…」

「「……」」

「…ドイツ行く機会があったら教えてって…この前、聞かれたわ」

 

「「 …… 」」

 

「で…この人が、この順位の訳は、なんですか?」

「…そう」

「あ~…一言で言うと」

「言うと…?」

 

「逸見さんの下位互換ね」

 

「「 !? 」」

 

「妹属性が、抜けているってだけの話」

 

「な…」

 

「はい! ネタバレになりますので、ここまでぇ~」

「いつの間にか…蝶野さんランキングになってる…」

「私はそれでも良い。勉強になる…」

 

「はい、ノンナちゃんね!」

「あの方をちゃん付で呼ぶ方って…隆史様のお母様以外に初めて見ました…」

「はい! 無理!!」

「えぇ!?」

「この子に関して、隆史君に対しての弱点が無い!!」

「どういう事…?」

「もし、隆史君が、みほちゃんじゃなく、ノンナちゃんと付き合っていたら、ランク位置が入れ違いに変わっていた! そんくらい!!」

 

「「 …… 」」

 

「このSランクに関しては、正直順位が意味を成さないの。誰とどうなっても、みほちゃんの場所と交換するだけって話で終わるわ!」

「わ…私もですか?」

 

「そうそう! でも、オレンジペコちゃんだけは、特別枠」

「え…」

「分かる? 唯一の年下ってね!!」

「!?」

「まぁ順番にいくわ! ケイちゃん」

 

「「 …… 」」

 

「この子も凄いわよね、弱冠強引すぎて、隆史君が引いてるのを除けば、ある意味理想的ね!」

「……」

「盗撮回…まぁ男子会ね。その時、彼女の魅力を再確認した隆史君。…面白い事になるわよぉ」

「…蝶野さんのその顔は、本気でヤベェって事が起こりそうで怖いです」

「自重して。でなければ、母に報告する」

「わ…私は何もしないわよ! …しないわよ?」

「……」

 

「つ…次! オレンジペコちゃんね!」

「はっ! はい!!」

「はい、隆史君の癒し系」

「 は い !! 」

「…正直に言おう」

「なにその口調…」

「貴女は本来なら…SS+ランクなのよ!!!」

 

「「!!!」」

 

「く…詳しく! 詳しく教えてください!!」

「そうねぇ…貴女は現在、良い意味でも悪い意味でも、そこに留まってしまっているの」

「はい! 教官!」

「……」

「過去編…貴女が、隆史君にプロポーズされた時」

「……あった。そんな事。過去の事。気の迷い」

「うっさいです! 愛里寿さん!」

「酔った席でも言っていたけど、隆史君は本気だったと」

「言っていました!! 酔った戯言だと…思っていましたけど」

 

「アレ。マジよ」

 

「なっ!!??」

 

「あの時までは、本気で女性として貴女の事見ていたけど、今は妹目線で見られてるの」

「……」

「特に、大洗の一年生と触れ合って、その妹目線が強まったんでしょうね。でも、元々女性として見ていた視点の事も、忘れていない」

「……」

「貴女の癒し枠は、すでに隆史君の中で殿堂入り。揺るがない。でも、その反動で女性としての意識が、あまりできなくなってるの!」

「……」

「癒し。それは隆史君の願望の根底。つまり! それをすでに最上位で獲得している貴女が! 色仕掛けでもなんでも! もう一度、完全に女性として意識させれば!」

「ぉぉぉおおお!!!」

 

「ちょっと待って」

 

「あら、何かしら」

「なんですか!?」

「…なんで、お兄ちゃんの…そんな気持ちまで知っているの?」

「あ…」

 

「相談されたからね!!」

 

「「 …… 」」

 

「いやぁ…始め誰と付き合うか~って、話の時に…んな事、大真面目に言っていたのよ!」

「そ…相談内容を、人に話すとか…」

「聞いていてなんですけど……最低ですね」

 

「え? でも、人に話してもいいって言ってたわよ?」

「は?」

「多くの意見を聞きたいって!!」

「…本人に言ってはダメだと思う…」

「いいのよ! 本来なら自分でその事を、ペコちゃんに伝えなきゃならないのよ?」

「…え~…」

「それが告白してきてくれた、女の子に対しての礼儀ってもんでしょ!?」

「こ…コク!?」

 

「そう見えなくなって振るなら、ちゃんと理由を教えてあげるのが、責任ってものでしょう!?」

「まだ振られてません!! 勝手に終わらせないで下さい!!」

「……え」

「え…って」

「告白したんじゃないの?」

「し…して……ませ……ん……」

「…あれ?」

 

「……」

 

「なら忘れて!!!」

 

「ひどい!」

 

「はいはい。次は…」

「話を進めないで下さい!!」

 

「ダージリンちゃんね!!」

 

「だから! 話を…あ。ダージリン様!? B級の!? ここS級ですよ!? どうしたんですか!? 迷子ですか!?」

「ちょこちょこ今日は、ブペ子が顔を出す…」

「尾形師範も一押しね! 私は何となく分かるわ!」

「…」

「巷では、麗人の完璧超人だの言われてるけど…結構抜けてる所もあるのよね」

「えぇ!!」

「うん! 力強い返事ね!! だからね!」

「えぇ!?」

「…何がそんなに不満なのだろうか…この黒いの…」

「綺麗に支え合える関係。そんな関係になれそうなのよね! あの子とだと!」

「……」

「補え合える関係ってのも、結構貴重なのよ?」

「…分かってますけど…」

「近くにいるペコちゃんが、一番それを理解できてると思うけど…」

「……」

「いつの間にか、ペコちゃんになってる…」

「あぁ…なるほど。それでか…」

「!!」

「なんだかんだ…ダーちゃんを、一番危険視をしているのは、ペコちゃんか…」

「ぐっ…」

「ダーちゃんって…」

「ダージリン様。あの方、基本的に隆史様に対して…ずるいんですもん」

「ほうほう…」

「隆史様、押しに結構弱いの知っているからこそ、ワザと強引に無理させるとか…約束取り付けるとか…」

「あぁ…旅行とかもそうね!」

「そうなんです! 断れない事、分かっていて隆史様と色々と…ラーメンとか…」

「あったわね、そんな事。結局作ってもらったとか…だっけ?」

「そうです! その無理難題も、結構隆史様、楽しそうにしているのがまた…」

「なるほどなるほど。隆史君らしいわぁ…」

「えぇ…本当に……」

 

「 イラ立たせる… 」

 

「「 …… 」」

 

「こ…この子も、結構怖いわね…」

「コレが、ダペ子」

「恋愛が絡むと、変わるものね…」

 

「あ、ダージリン様の事は、尊敬してますよ? 本当に」

「ま…まぁ、結局いつも一緒よね?」

 

「…卑怯な真似さえしなければ……」

 

「「 …… 」」

 

「つ…次、行く…」

「そうね…なんか地雷踏んじゃった気分…」

「ソウデスヨ…青森の時も…結局、私と隆史様のお茶会に混じって…最後まで……」

「はい! 次!!」

 

 

 

「と…思ったけど、Aランクがほぼ動かない…ので、私のランクはこれにて終了」

「あら、そうなの?」

「小山 柚子さんが抜けて、そのまま繰り上がりで終了になる」

「ふむ…あの、秋山さんって子も? なんか、前回告白してたけど」

「まだ、動きが分からないから保留。次回動く…かも知れない」

「蝶野さんは、どうなんですか?」

「そうねぇ…。前回の見せて? …ほとんど一緒ね。私からするとAランクも、どっこいどこっこいね」

「…秋山さんって方に、すごい水着着せてましたけど…その順位ですか?」

「あぁ! あれね! いやぁー馬鹿よねぇー!!! 隆史君!!」

「…あれは、酔っていたから」

「なんか…いつか、隆史様。酔っ払って取り返しのつかない事しそうで、怖いです」

 

「あ…なんか、カンペが…」

「なになに? あ~…」

「……」

「ま、いっか。んじゃ、これね」

 

 

 

【 蝶野式 ランク 番外 】

 

 

 ランクA+ 島田 愛里寿

 

 ランクB  西住 しほ

 

       島田 千代

 

 

 「「 !!?? 」」

 

「はーい! 私から見るとこれねぇ」

 

「だ…出した……家元をついに出した…」

「私…? 母より…上?」

 

「本当は、Aランク順位出しても良いんだけどぉ、濁しておきます! ただ、愛里寿ちゃんは第三者目線が、欲しいかと思って!」

「欲しいです!!」

「い…家元…B…B!?」

 

「愛里寿ちゃんは単純明快」

「……」

「妹枠から脱却できない」

「…やっぱり」

「でもまぁ、偽装結婚時でも言っていたけど、そういった関係に将来なる事には、隆史君は構わないみたい」

「……」

「後、三年もすればわからないわよぉ? 16歳なら結婚できるからね!」

「う…うん!」

「ペコちゃんと一緒で、女と認識できる程になれば、どう転ぶか分からない。そんな所ね! 女を磨くのね!!」

「わっ! 分かった!!」

 

「い…いえ……も…」

「あ~…うん。家元ね。家元」

「あぁ…これは私も驚いた。いくらなんでもランクが低すぎる」

「貴女達…隆史君を、なんだと思ってるの…」

 

「「 人妻好き 」」

 

「……」アリスチャンマデ…

 

「そうなるとっ! 先程の秋山さんのお母さんのランクが抜けてますね!」

「そういえば…」

「隆史君を見境ないみたいに言わない…。このランキングって恋愛対象でしょ?」

「そう」

「じゃあ、このランクでいいのよ。あれで一応、隆史君。…常識はあるわよ?」

「そ…そりゃあ…」

「あの二人は、隆史君にとって憧れの年上の女性。それ以上でも以下でもないわ」

 

「「 …… 」」

 

「な…納得してないって顔ね…」

「そりゃ…あの態度を見ていれば…」

 

「 敵 」

 

「」

 

「隆史様の…特に、西住流家元に対して…ちょっと行き過ぎているというか…なんというか…」

「はぁ…まぁ、何となくわかるけど」

 

「 外 敵 」

 

「あ…愛里寿ちゃん…」

 

「…母。この前、またお兄ちゃんに何か買ってた」

「前は…車だっけ?」

「そう」

「字面だけ見てるとすごいですね…完全に若いツバメですね…」

 

「今後のストーリーに絡んでくるので、詳しくは言えないけど…西住流家元に、また張り合ってた」

「…何買ってあげたのかしら…」

 

「 お か し い 」

 

「「 …… 」」

 

「で…でもね。百歩譲って家元のどちらかが、隆史君に迫ったとしましょう」

 

「 敵 」

 

「多分…隆史君…マジ説教始めるわよ…」

「あ…しそう…」

「……」

「恋愛関係のランキングってなら、多分無難だと思うわよ?」

 

「「 …… 」」

 

「わ…分かった?」

「まぁ…いいです。ちなみに…愛里寿さん」

「なに?」

「敵と判断した状態ですよね?」

 

「 し  た  あれは、敵」

 

「ら…ランクの方は…」

「……」

 

 

【 ランク 番外 】

 

 

 ランクSSS+ 西住 しほ

 

 ランクSSS  島田 千代

 

 

「……」

 

「……」

 

 !? ガタッ

 

 ハイ、スタッフ、ウゴカナイ! 本番中デスヨ!

 

「……愛里寿さん」

「何?」

「西住流家元の方が、上なんですね」

「そう。あの二人の場合、どうあがいても、西住流家元の勝ち」

「そ…そうなんですか?」

「付き合いの長さが違う…チッ」

「でも、これなら私も納得のランクです!」

「若いわぁ…。ま、面白いからほっときましょ!!」

 

「蝶野さんが諦めた所で、これで終了でいい?」

「え…えぇ」

「数値に出した事で…非常に……不愉快…」

「わ…分かりました…。決勝会場の時みたいになってます…」

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

「はい! ランキング更新は以上になりました!!」

「はぁ…疲れた…」

「私は楽しかったわ!!」

 

「はい! では! ここでまた、新たなゲストと電話が繋がってます!!」

「…誰?」

「誰かしら?」

 

「どうぞ!!」

 

 

 

『 どうも…また呼ばれたけど…また説教ですか? 』

 

「お兄ちゃん!!!」

 

「はい! 今回も続けて、隆史様です!」

 

『 今回は、なんか携帯で直接かけてくれって言われたけど…いいの? 』

 

 

「はい! 構いません!!」

 

『 愛里寿とオペ子? んならもう一人、誰かいるの? 』

 

「私よぉ! 隆史君!」

 

 

 

 

 

 ブツッ!

 

 

 

 

「「「 …………… 」」」 

 

 

 

 

「き…切られました…」

「……」

「愛里寿ちゃん…そんな目で見ないで…ちょっと私も傷ついたわ…」

 

「す…すたっふさん。もう一度繋いで下さい…」

 

「…すごい。あんな露骨なお兄ちゃん、ある意味初めて…」

「…あ、繋がった」

 

『 ……はい 』

 

「あ…あからさまに嫌そうですね…」

「お兄ちゃん…」

 

『 何の御用でしょうか? 』

 

「隆史君! 流石にちょっと悲しかったわよ!!」

 

『 はぁ…はい。まぁ…うん… 』

 

「はい、ちょっと我慢して下さいねぇ」

「我慢って…」

「今日は隆史様に、お聞きしたい事がございます!」

 

『 前回もそうだったけど…はい。なんでしょ? 』

 

「また、アラワレマシタヨネ?」

 

『 え……え? 何が? 』

 

「 マ タ デ ス カ ?」

 

『 あ…あの? 』

 

「また、おっきい方ですね?」

 

『 …え…えっと?  あ 』

 

「はい、武部 詩織さん…と、おっしゃいましたね?」

 

『 あ…あぁ… 』

 

「はい。できればスグ…こちらに『  あぁ!! そうだ!  』」

 

「…なんですか」

 

『 お…オペ子! 大洗に祝電くれたろ! 』

 

「え…えぇ……まぁ。ダージリン様の代理で…ですが…」

 

『 ありがとな!! 』

 

「い…いえ、どういたしまして…はっ! そんな事より!!」

 

『 オペ子の写真! 可愛かったぞ!!! 』

 

「…え」

 

『 会長に言って、画像ファイルで貰ったけど、良かったか? 』

 

「……ぇ…えぇ…」

 

「「 …… 」」

 

『 本人の許可も得たし! 携帯に入れておいていいか!? 』

 

「もちろんです!!」

 

『あぁ! 後、詩織ちゃんか! あの子は、友達の妹だ!』

 

「え…」

 

『 中学生の子供相手に、なんだ? 妬きモチか? オペ子!! 』

 

「ち…ちがっ」

 

「…付き合ってもないのに妬きモチとか、言い出したわね」

「なりふり構ってない…」

 

『 はっはー!! 変に今日のオペ子は可愛いな!!』

 

「…ぃぇ……」

 

「真っ赤になってる…」

「隆史君…露骨に言い出すって事は、相当焦ってるわね…」

「そうなの?」

「あの子、追い詰められたと判断したら、取り敢えず相手を褒めるから。覚えておくといいわよ?」

「なるほど…ありがとう。勉強になる…」

 

 

『 で!? 今日は!? 何を聞きたいんだ!? 』

 

「……いえ…あの…」

 

「ちょろいわね。ペコちゃん」

「…お兄ちゃんの矯正箇所をまた一つ発見…」

 

 

 

『 あんた、いつまでも何してんのよ… 』

 

『 あ、ちょっと待って 』

 

 「「「 !? 」」」

 

『 他県まで来て、何やってんのよ… 』

『 急かさないでくれ…ちょっと番組が… 』

 

 「「「 …… 」」」

 

 

『 開店時間が、もうすぐなのよ!! 』

『 どんだけ楽しみにしてんだよ… 』

『 た…楽しみじゃない!! 』

 

「…お兄ちゃん」

 

『 え!? あぁ、愛里寿か? 何!? 』

 

「他県…て、聞こえたけど…今。どこ?」

 

『 …し……静岡県 』

 

「なんでまた…そんな所に…」

 

『 いや…丁度、新幹線で、中間地点だったし…なんか、強い希望で… 』

 

「なんのだろう…」

「誰かと…一緒なんですね? …また」

 

『 またって!? 』

『 ほら! いい加減、早く行くわよ!! 』

 

「他県に…女性と一緒にいる…」

「これ、家元に報告しておいて方がいいかしら…」

「なんか言ってますね…どこかで…聞いた声…西住さんじゃない…」

 

『 目の輝きが尋常じゃねぇ… 』

『 さぁ! 行くわよ!! お兄ちゃん! 』

 

「…は? …………は!?」

「愛里寿…ちゃん?」

「あ…愛里寿さん!?」

 

「お兄ちゃん? え? 私以外に? え? お兄ちゃん!? 誰だぁ!!!」

 

『 げんこつよ! げんこつ! 』

『 ひっぱらんで! ちょっと!! 』

 

 

 ブツッ

 

 

 「「「 …… 」」」

 

「はい、スタッフ集合~……」

「……誰だ…誰だ…」

 

 

 

 

「面白くなってきたァ!!!」

 

 

 

 

 

 

   

糸冬

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制作・著作 ZSR




閲覧ありがとうございました

最後、ネタがわからなかった方は、静岡県 げんこつ で、検索

中須賀 エミは、書籍版ですリトルアーミーです

病み上がりでテンションがおかしい!!!!


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第13話~沙織さんです!~ ☆

 みほ達の宿泊部屋がある3階。

 そのエレベーター前にて。

 

 押したばかりの、発光しているボタンをボケー…っと、眺めている。

 

 ふむ。

 

 どうも今日は、感覚がおかしい。

 いつの間に飲まされていたのか…あのポットのお茶モドキだけではないだろうな。

 感覚が、変に研ぎ澄まされている感じもあれば、変に鈍い感じもある。

 

 ……。

 

 ボケーと、自分のいる階に降りてくる箱を待ちながら、自分自身の状態を確認。

 中途半端に意識がある、酔っ払い。

 多分、それが今の俺だ……ろうか?

 

 タ ノ シ ミ ダ ネ ェ ?

 

 みほの最後の言葉を思い出す度に、背筋に冷たいモノが走る。

 …。

 なんだろう…なぜ、自分の母親を敵視した様な目をするのだろう…。

 変な関係ではないと、言ってあるはずなのに…。

 

 

 ん。

 

 

 小さなベルの音。

 呼び出していた箱が、漸く到着したようだ。

 

 ゆっくりと開く、鉄の扉。

 

 エレベーター内部の室内灯の明かりが、目に入るのと同時に、見知った顔が視界に入ってきた。

 

「あ…」

 

「あれ?」

 

 少しバツが悪そうにした顔。

 俺だと認識したと同時に、少し目を見開いた。

 

 ・・・。

 

 ここで俺、なんかしたっけ?

 こんな、バツが悪そうな顔をさせる程の事…したっけ!?

 など、一瞬思ってしまった辺り…自分自身を少し、情けなく感じてしまった…。

 

「…た、隆史君」

 

 沙織さんだった。

 そういえば、優花里を送っていった部屋からは、沙織さんは出てこなかったな。

 あぁ…。

 詩織ちゃんの所にでも、行っていたのだろう。

 

 …まぁ、身内が突然に来訪すれば…しかも、こんな状況下で同じ宿…もとい、ホテルだしな。

 今まさに、部屋に戻ろうとして、この階まで来た…そんな所か。

 

「あ…あの、詩織の所へ行っていたの…」

 

「え? あー…」

 

 予想通りだった。

 特に聞いてもいなかったが、疑問が顔に出ていたのだろう。

 向こうから、答えを言ってきた。

 

 しかし、相槌くらいしか、口から出てこない。

 

「一応、聞いておきたかったの。隆史君との経緯…」

 

 あぁ、決勝戦会場での事か。

 とっくに話していると思っていた。

 先程、変な初対面…らしきものをした後だからだろうなぁ。

 何か言い訳をする様に、目を伏せながら、そんな事を喋りだした。

 どうしたんだろう。

 

「そっか。とっくに、沙織さんには、話していると思っていたんだけどね」

 

 エレベーターに乗り込み、「開」のボタンを押した。

 彼女は、宿泊の部屋に戻ってきたのであろうから、そのまま降りるのを待とう。

 彼女にはこの後、宴会場で中断されたボコの説明を、みほから散々聞かされるであろう苦行が待っているだろうし…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 あれ?

 

 彼女がこの箱から降り、軽く挨拶を交わして終わり…そんな事を予想していたのに、一向に降りる気配がない。

 固まって動かない。

 こちらを目だけで振り向き…また前を見てしまう。

 それを何度か繰り返していた。

 

 5分も経っていないだろう。

 しかし、何かを迷っている様な素振りは、時間の経過をゆっくりに感じさせた。

 本当になんなのだろうか?

 

 階を知らせるランプが、3階から動かない…。

 

「隆史君」

 

「はい?」

 

「閉めていいよ。迷惑だろうし…」

 

 何か話したい事でもあるのだろうか?

 降りる気配も見せないで、扉を閉める様に指示をされた。

 ずっとこの階で、エレベーターを独占しておくわけにもいかないので、言われた通りに「閉」のボタンを押した。

 すぐに扉は締まり、ゆっくりとその俺達を乗せたエレベーターが、動き出した。

 

「…隆史君が、泊まる階って5階なの?」

 

「え? なんで知って…あぁ…」

 

 彼女は、俺自身が押した行き先の階の、光るボタンを眺めていた。

 なにか…いや、本当になんだろう…この張り詰めた空気!

 その一言の問いの後、また黙って扉を見つめている。

 

 無言のまま少しすると、また小さなベルの音と共に、扉が開かれた。

 5階。

 目的の階に到着した…。

 

「……」

 

 動かない彼女を横目に、取り敢えずエレベーターを降りる。

 ……なんか…初めて見る彼女の雰囲気に、気圧されている。

 普段、明るく。よく笑い、よく喋る。

 そんな彼女が、どこか遠くを見つめて…ひどく大人しい…。

 

 箱を降り、振り向くと…すでに箱の中には彼女はいなかった。

 俺の後ろをついて来たのだろう。一緒に降りていた。

 

「…え…っと…? どうしたの? なんか用ですか?」

 

「……」

 

 彼女の目がとても真剣だった。

 なにか…なんだろう。決意した様な目というか…睨みつけてくる様な目というか…。

 唇を軽く噛みながら、こちらを真っ直ぐに見ている。

 その彼女の背後…エレベーターの扉は、すでに閉じられていた。

 

「た…隆史君」

 

「はい?」

 

「……」

 

「……?」

 

 無言。

 

 ひたすらの無言。

 

 この様子は、やはり何かあるのだろう。

 下手に急かす事もしないで、彼女の口が開かれるのを待つ。

 …いや…なんだろう。

 本当に俺は、気づかない内に、何かしてしまったのだろうか?

 

「あ…ぅぅ…」

 

「……」

 

 胸の前で手を握り、何かを言いかけ始めた。

 何度か、言葉を出そうとするのが分かるが…まぁいい。

 ゆっくりと待とう。

 

 ……。

 

「た…隆史君!」

 

「はい」

 

 

「話があるの。…すこし。時間くれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

『 ヘイ彼女、一緒にお昼どう? 』

 

 

 

 初めて声を掛けられたのが…この言葉。

 

 未だに覚えている。

 

 というか、そのまま私も使っちゃったから、忘れたくても忘れられないよねぇ。

 

 ……

 

 生まれて初めてナンパされた。

 

 まぁ? 着いて行く気なんて、全くなかったけどね。

 

 第一印象が、すごかったから。

 

 怖い。

 

 この一言だった。

 

 なんか仕方なくって感じで、それでも赤くなりながら…困りながら。

 

 しどろもどろに、声をかけて来てくれた。

 

 結局、私も舞い上がてしまい、少しお話して…会話内容忘れたけど…。

 

 まぁ…

 

 それが出会い。

 

 

 それから……

 

 それから…………

 

 

 

 

 

 

 

「で?」

 

「で? って…」

 

「なんで私は、お姉ちゃんの言い訳を、また最初から物語感覚で聞かされてるの?」

 

「…い…言い訳…」

 

「聞いたよ? 何度も聞いたよ! 聞かされたよ!! というか、5回目だよ! その話!!」

 

「…そ…そうだっけ?」

 

「大まかに聞いていたけどさぁ! 結局、その後の事でしょう!?」

 

「ぅ…」

 

「お姉ちゃんが、納涼祭で怖い目にあって! あの尾形さんに助けてもらって!!」

 

「……」

 

「助けてもらった後の、彼の気遣いで、完全にやられちゃった! ってのも、何度も聞いたよ!!」

 

「やっ! やられてない!!」

 

「嘘」

 

「…ぐ」

 

「はぁ…確かに私も、尾形さんと知り合ったのを黙っていたのは、悪かったと思っているよ…」

 

「そっ! そうよ!! そもそも何時、知り合ったのよ!」

 

「決勝戦」

 

「え……」

 

「お姉ちゃんを応援しに行った、決勝戦会場でね? 変なナンパ野郎から助けてくれたの。…ちょっと洒落にならない様な男から…」

 

「あぁ…」

 

「私もびっくりして、助けてくれたのに…あの着ぐるみ見て、最初は化物呼ばわりしちゃった…でも!!」

 

「なによ…」

 

「あの腕はずるい!!」

 

「!?」

 

「あの腕で、お姫様抱っこはずるいぃ…」

 

「分かる!! 着ぐるみ越しだけど、あの腕はずるい!」

 

「なに!? あの安定感と安心感!!!」

 

「そうそう! ガッチリしてるから、余計にすごいのぉ!!」

 

「「 …… 」」

 

 ホテル支給の浴衣を着て、詩織の宿泊部屋のベットに座り、向き合っている。

 みぽりん達とお風呂から出て、一度詩織を部屋に連行し、余計な事をするなと釘を刺していた。

 

 ……はずなのに。

 

 よくよく昔から、姉妹だけで話していると…よく話が脱線するんだよね。

 脈絡もない所から、いきなり別の話題に飛ぶ…なんて事、よくある事だった。

 

 

「…姉妹揃って…腕筋フェチとか…嫌すぎる…」

 

「……」

 

「というか、姉妹揃って抱かれてるとか…」

 

「その言い方やめなさい!」

 

 人に聞かれたら洒落にならいないでしょ!

 特に一部の人達に!

 

「まぁ、いいわ。本題。あんた何しに来たの!」

 

「え? お姉様に会いに…」

 

「………お父さんに確認する」

 

「あぁ! やめて!!」

 

 携帯を取り出すと、追いすがる様に抱きついてきた。

 あんたもう、体付きがいいんだから離れなさいよ! 重いのよ!

 

「うぅ…今日の尾形さんの予定知っていたから…」

 

「…なんで知ってんのよ…」

 

「…今日ここで、うまくアプローチできたらなぁ…。ついでに明日、お姉ちゃんの様子見に行けば、お父さん達には、大義名分ができるかなぁ…って…」

 

「……」

 

 携帯電話で、連絡を取り合っていたのは知っていたけど…そんな事まで話したのだろうか? 隆史君は…。

 いや…でも、決勝戦が終わって、二日しか経っていない…。

 まさか、この子。

 昨日の今日で、ここに来る事を思いついたの!?

 

「今日は、お姉ちゃんのアパートに泊まる事にしてあるの…」

 

「…あんた……」

 

「なに?」

 

「私に散々っ! 彼氏できたって、鬼の首取ったみたいに報告してくるくせに……なにいきなり、人の友達の彼氏、狙ってるのよ…」

 

 そう。

 この子はモテる。

 モテる……モテるんだ……私と違って…。

 それを毎回、彼氏ができる度に報告してくるものだから、この子のメールが一通一通、恐ろしい…。

 

「え~…大体、1週間もたないんだもん」

 

「はぁ!? もう別れたの!? また!?」

 

 な…何人目だろう…。

 中学三年に上がってから…聞いてるだけで…6人だ…。

 

「大体、みんな私の胸ばっか見るし!! 私の胸と会話してるみたいで、本当に嫌になるの!」

 

「……」

 

「バレてないとか、思ってる所がまた…」

 

「……」

 

「だからね? 今度は少し、年上を狙ってみようかなぁ…って!」

 

「は?」

 

 なんでそうなるの。

 脈絡も何も、あったものじゃない。

 

「同級生の子とか、たまに社会人とか大学生とかと、付き合ってるって子もいるけどぉ」

 

「いるの!? ちゅ…え!? いるのぉ!?」

 

 中学生!!

 目の前の妹! 中 学 生!!

 

 その同級生が…って……。

 

「……」

 

 なんだろう…。

 さっきから私のHPとやらが、ガリガリ削られている気がしてならないよ…。

 数字にしたら、後いくつ位残っているんだろうなぁ…。

 

 ア ハ ハ ハ

 

 はぁ…。

 

「ただねぇ…年上に憧れるのは、分かんなくもないんだけどさぁ。私は、中学生と付き合うような、ロリコン共なんて嫌だしぃ」

 

「……」

 

「でも、高校生くらいなら、まあOKかなぁーって!」

 

「詩織!!」

 

 冗談めかして笑ってはいるけど、笑えない冗談はやめて。

 この子、交際経験は何度かあるけど…キスとかは、まだだって言っていたっけ。

 

「ファッション感覚なんかで、男の子達と付き合ってると…その内いつか、酷い目にあうわよ?」

 

 はいはいって、手をヒラヒラしているけど…絶対に分かってないわよね…。

 

「お姉ちゃんの事、初めは応援しようかなぁって、思っていたんだけどねぇ。でも、なんか? 諦めてるみたいだし、もう別にいいやぁって」

 

「なっ!?」

 

「…違うの?」

 

「…ぃ」

 

「まぁ、振られるの前提でも? 気持ちも伝えないで、勝手に自分の中で終わらせてるような…」

 

「……」

 

「そんな人に、何も言われたくないんですけどぉ?」

 

「……」

 

「私もちょっと、今回本気だしね。そんなお姉ちゃんに、兎や角言われたくありません」

 

 何故だろうか。

 何も言えない…。

 

 あ。

 

 ひょっとして…。

 

「あ…あんた、ひょっとして…隆史君に送ったメールって…」

 

「あ、あれ?」

 

「隆史君は、暗号みたいで何書いてるか分からないって言っていたけど…まさか…私の事…」

 

 冗談じゃない…。

 憶測でモノを言っているけど…まさか、そんな事を隆史君本人にも言ってないわよね!?

 

「あぁ、あのメールは、本当にただの絵文字。意味なんて無いよ?」

 

「は?」

 

「意味わからないメール…ちゃんとした知り合いから送られてきたら、電話の一つでも返すでしょ?」

 

「……」

 

「初めはちゃんと、会話しないとねぇ? 思ったとおり、尾形さん電話派の人だったし!」

 

「…ぉぉ…」

 

「なに呆けた顔してんの?」

 

 本当に何を考えているのだろうか?

 妹の謀略が、思ったよりアレがアレで…呆然としてしまう。

 そんな私を見て、何かを察したのか、勝ち誇った顔で…。

 

「お姉ちゃん…そんな事だと、何時まで経っても彼氏できないよ?」

 

「…ぐっ」

 

「お姉ちゃんの場合はさ。まずは伝える事からじゃないの?」

 

「…なにが」

 

「今なんか、尾形さん巡って争奪戦ってのをまだやってんでしょ? 西住さんと付き合っていたとしてもぉ」

 

「……」

 

 詩織は知っている。

 現在の状況を…というか、私が話しちゃったんだだけど…。

 

 現状を事細かく…ではないけど、こういった事に変に敏感な妹だ。

 大方の予測はついているのだろう。

 

 ついているからこそ…。

 

「参戦すればぁ?」

 

「なっ!?」

 

 あっさりと言ってきた。

 

「ま。友達の彼氏だろうが、なんだろうが…さ。今のままの待ち一辺倒だとねぇ…」

 

「どうにもお姉ちゃんは、変な所メルヘンだしなぁ」

 

「メルヘン言うな…」

 

 参加しろと。

 

 バッサリと。

 

「待っているだけじゃ、王子様は現れないよぉ?」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 気持ち。

 

 ……

 

 

 

 その本人と、数分後にエレベーターで鉢合わせる事を、この時の私はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 話ねぇ…。

 

 なんだろう。

 

 沙織さんの…普段とは雰囲気が違うのを目の当たりにしているから、結構真剣だというのが何となく分かった。

 無碍にする事もできないので、取り敢えず話だけは聞く…と、返事をしておいた。

 

 ただ! 場所!!

 

 部屋に連れ込む訳にもいかない。

 そう言って、優花里を連れ込んでしまったという前科があるので、今度ばかりはと、しっかり場所を考えた。

 しかし今はもう、夜の9時過ぎ…。

 1階には確か…カフェラウンジだか何かあったな。

 しかし、ここのホテルには知り合いが仰山おんねん。

 

 特に! 家元達!!

 

 あそこのカフェラウンジ! 酒もたしか飲めるから、鉢合わせる可能性が、かなり高い!!

 バーっぽいのもあったから、そっちに行ってるかもしれないけど…不確定要素は怖い!

 あの大学生達もいるし…。

 

 てな訳で…。

 

 

「よ…夜の海って、真っ黒で結構、怖いね…」

 

 地平線を眺め、風に流される髪を抑えながら、そんな事をつぶやいていた。

 

 ホテルの裏手。

 プールが設置されている前の、海岸に来てみました。

 

 日も落ちて暗い。

 完全な夜ですね。

 ホテルの灯りで、近くにいれば顔は、はっきりと認識できるが、遠目には人影にしか見えないだろう。

 これなら、まぁ……例え上の部屋から見下ろしている人がいたとしても、俺達とは認識できない。

 

 …。

 

 なんか…浮気現場。

 密会しているみたいで嫌だなぁ…。

 

 腕を組んで、俺も同じくボケーっと地平線を眺めている。

 遠くに船か何かの、赤やら黄色やら…小さな光が点滅を繰り返しているのが見える。

 ぐ…。

 …風、強いなぁ…思いっきり潮風に当たっている。

 こりゃ後で、もう一度風呂にでも入るか。

 

 ……部屋にあるし。

 

「なんか、学園艦の近くでも…こういうホテルに皆とお泊り~って…修学旅行みたいで楽しいね」

 

「あぁ…変な特別感とかあるよね」

 

「そうそう!」

 

 ふむ。

 すこし笑顔になったな。

 

 短く笑い…そしてまた、黙ってしまった。

 

 な…なんだろう、本当に。

 怒っているって訳ではなさそうだけど…。

 

 なんだ? 

 

 大きな息遣いが聞こえた。

 横を見ると、沙織さんが少し顎をあげ、深呼吸を繰り返していた。

 しばらくそれを眺めていると、俺の視線に気がついたのか、こちらに体を向けてきた。

 

 そのまま名前を、真剣な声で呼んだ。

 

「隆史君…」

 

「はい?」

 

「ありがとう!!」

 

「……」

 

 深々とお辞儀をされてしまった。

 手を前に出し、かけているメガネが飛んでくるのではないかと思う程、勢いよく…。

 これは、多分…。

 

「納涼祭の時! 危ない目に合ってまで! その…ありがとうございました!」

 

 やはりその事か。

 ベコの中の人…まぁ、俺だけど。

 結局、沙織さんには当日からバレていた様だ。

 昨日の生徒会室でのやり取りの時、確認は取れていた。

 

 正体を知っていると。

 

 頭を上げた彼女の顔は、変に不安げな表情。

 …目を泳がせていた。

 

「色々気を使わせちゃって…その、今までお礼も言えなくて…」

 

「あぁ…沙織さんには、知らないフリをずっと、させちゃっていたみたいだよね」

 

「……」

 

「逆に気を使われるとか…まぁ。うん。今更ですけど、無事で良かったよ」

 

「!」

 

 頭を下げてもらっているのに、腕を組んだままとか有り得ない。

 でもそうすると、変に小恥ずかしい気持もあり…その感情を誤魔化す様に、頭を掻きながら…そんな言葉を返した。

 

 取り敢えず、気にするなとか、もういいとか…下手に言葉を返し誤魔化すより、素直にお礼を頂こう。

 その方が、彼女も楽だろうしな。

 

「隆史君。怖くなかったの?」

 

「何が?」

 

「その…怖い男の人が一杯いたのに…あんな車を止めてまで…」

 

「怖かったよ?」

 

「……」

 

「そりゃ、多勢に無勢だと思うし、あからさまにガラが悪い奴らだったしねぇ」

 

「その割には、言い方が軽いよぉ…」

 

「はっはー…。ま、それ以上に」

 

「…以上に?」

 

「沙織さんを、早く助けてやりたかったしね…」

 

「……」

 

「どうにも俺は、知り合いの事になると…その、頭に血が上りやすいというか、なんというか…」

 

「……うん」

 

「まぁ、ぶっちゃけた話…あの時は、ブチギレてましてね…」

 

「…」

 

「俺の事なんて、二の次だったんだ」

 

「それは…」

 

「まぁ! それが行き過ぎて!? 今回の決勝戦での事で、柚子先輩怒らせちゃったんだけどね!」

 

「……」

 

「ま、思い出したら…改めて思いました。うん、本当に沙織さんが無事で良かった!」

 

 ここで愛里寿とかだったら、頭の一つでも撫でてやるんだけど、流石に同級生が相手ではダメだろうな。

 だから腰に手を置き、普段の様に話しかけてやろう。

 無意識にだろうが、当時の事を思い出した為だろう。

 …あの時と同じく安堵した様な、そんな笑みを彼女に贈った。

 

 その俺の顔を、すこし寂しそうに見てきた。

 

 

「…なんで、そんな風に笑ってられるの?」

 

「え…?」

 

「なっ! なんでもない…」

 

 …なんだろう。

 今度は、目を合わせてくれなくなった。

 あぁ…そうだ。

 丁度いい機会だから、俺からも聞いておこうか。

 

「…ちなみにさ、いつ知ったんですかね? ベコの…その中身」

 

「た…隆史君が、着ぐるみから出されている時…見ちゃった」

 

「あぁ…熱中症でやられていた時か…」

 

 すでにあそこに、彼女はいたのか…。

 

「いつかお礼言わなきゃって、思っていたんだけど…みんながいる前だと、隆史君にも迷惑かなぁって、思っていて…」

 

「ふむ」

 

「それに、私も言い辛いし…。だから今さっき、隆史君が一人でいたから、丁度いいかなぁって…」

 

「うん」

 

 エレベーター内で、固まってしまった時の事を思い出した。

 …なるほど、決めかねいたのか? それで、固まってしまっていたのかなぁ…。

 

 何故だろう。

 彼女は、彼女自身に言い訳をするかの様に喋っている。

 両手を握り締めながら、胸の前で合わせ、上目使いでこちらを見ていた。

 

「うん、まぁ。お礼はちゃんと頂きました。夏の夜っても…海沿いじゃちょっと冷えるし…そろそろ戻ろうか?」

 

 浴衣だしね…。

 ホテルの横だから別にいいかと思って舐めてた。

 夏も、すでにもう後半……潮風が、ちょっと肌寒く感じる。

 

 暗い中、流石にいつまでも、こんな所にいさせる訳にもいかない。

 移動しようと、行動で示すように彼女に背中を向けた。

 ザリッと音。

 彼女の足が、俺についてくるかの様に、一歩前に出たのを音で確認し、俺も歩き始める…。

 

 ん。

 

「別にお礼を言う事が、ついでとか…そういう事じゃないのだけど……」

 

 歩き始められなかった。

 

 

「…本当は、ここからが本題」

 

 

 袖口を引っ張られた。

 もう一度彼女を見ると、顔を俯かせていた。

 

空いたもう片方の手は、まだ握り締め胸の前。

 暗くてよくわからないが、彼女の顔色がすこし変だった。

 

「…私も、妹に発破かけられて決心するとかどうかと思うし…」

 

 妹? 詩織ちゃん?

 

「…みぽりんの事を応援してたし…。だから、このままの関係でもいいとか…思っていた…でも…」

 

 また、なにか言い訳をするかの様に、自分自身へ話すように呟いていた。

 

 ―が。

 

 それもすぐにやめ、俯いた顔を上げて、こちらを真っ直ぐに見てきた。

 違う…なにか…なんていうのか。

 いつもの彼女の顔じゃない。

 

「隆史君」

 

「…は、はい?」

 

 そんな雰囲気に気圧されてしまった。

 引っ張っている俺の袖口を握り締めている。

 

「納涼祭の次の日から、私が変わったの覚えてる?」

 

 変わった?

 

 …あぁ。

 

「眼鏡の事?」

 

 納涼祭の次の日から、彼女はコンタクトをやめて日頃から眼鏡をかける様になった。

 理由を聞けば、気分転換だと言っていたけど…。

 そのくらいしか、分からない。

 後は、なんか俺に対してよそよそしくなったくらいか。

 

「…私、相手に合わせるタイプなの」

 

「え…あぁ…なんか前に言ってたね」

 

「…隆史君、メガネ女子って好きだよね」

 

「好きですね…」

 

 な…何が言いたいんだろう…

 脳内でなにかが、警報を鳴らしている。

 なぜだろう。

 

「……はぁ…鈍感だと思っていたけど……ここまでとは……」

 

 混乱して固まっていると、なぜか呆れられた…。

 本当に分からないって顔でも、していたのだろう。

 まぁ実際に分からないけど…。

 そんな俺を見て、少しいつもの彼女に戻った。

 

「…華から聞いた」

 

 華さん? 

 呟くように、華さんの名前を出した。

 

 なぜ今…。

 

 そして何を?

 

「華は、みぽりんと隆史君の事、邪魔する気は無いみたい。それは私も同じ…だけど…」

 

「…ぇ」

 

「それでも、私の気持ちを…ちゃんと伝えておきたい」

 

 まさか…華さんの言った事って…。

 いやいや! え? 沙織さん!?

 

「きっかけは、初めの生徒会室…。決め手が、納涼祭…助けてくれた事より…その後に気遣かってくれて…もう、ダメでした!」

 

 目に入る手元。

 俺の浴衣を握っている手が、震えていた。

 

「……自分より、私の事なんて…ダメだよ…」

 

 絞り出す様な声で呟いた。

 異常に静かだ。

 

 聴こえてくるのは、心音のみ。

 聞こえているであろう、波の音も分からない程の…音。

 

 俯いた顔を上げ、久しぶりに見たと思える顔は、今にも泣きそうだった。

 

 その顔を笑顔に変え、はっきりと言った。

 

 

 

「 私は、隆史君が好きです 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室のベット。

 大の字に寝転がり、天井を眺めている。

 

 頭の中が、真っ白だった。

 

 優花里に引き続き…。

 

「……」

 

 俺、明日にでも死ぬんじゃないのだろうか?

 

 参った…。

 

 はっきりと気持ちをまた告げられた。

 

 ……。

 

 気持ちの整理がつかない…。

 

 どうしたらいいのだろうか。

 

 沙織さんは、俺に気持ちを告げると、すぐに走ってホテル内へ戻っていった。

 

 俺の返事を待つ事もしないで…。

 

 ……。

 

 みほに…言った方が、良いのだろうか?

 

 いや…多分、それはダメだろう。

 

 優花里は酔った勢いというのもあるだろうから、まぁ…仕方がないにしても。

 華さんと沙織さん。

 

 彼女達は、みほとの事をもちろん知っている。

 それで…あれか…。

 

 女は…分からん…。

 

 だけど…こんな俺を好いてくれたんだ。

 ちゃんと…誠実に…。

 

 …。

 

 ん?

 

 なにか、ドアを叩く音が聞こえる。

 誰か来たのだろうか?

 

 この部屋の事を知っているのは、優花里だけ…。

 でも、彼女はもうすでに寝てしまっているのだろうし…。

 

 彼女達の事もあり、思考が袋小路。

 …一向に寝れるとは思えない。

 

 そもそも今、何時だ?

 時間を確認しようと、携帯を見てみると、メールが届いてた。

 みほからか…。

 5分程前…って、今1時!?

 まだ起きてるのか!?

 

 そのメールを確認すると、一言簡潔に……。

 

『 起きてる? 部屋…どこ? 』

 

「……」

 

 こ…これは…。

 

 どうしよう…寝たフリでもした方がいいのか…な?

 教えるのは良いのだけど…今から来る気か?

 それとも、朝にでも来る気だろうか?

 

 ……。

 

 う…うるせぇ…。

 

 ドンドンと、まだドアを強くノックする音…。

 

 ……。

 

 非常にそれが苛立たせる…。

 八つ当たりだろうけどな…。

 

「…誰だ?」

 

 寝ていたベットから、ドアスコープを覗きに体を起こす。

 

 みほへの返信は、その後でもいいだろう。

 

 ……。

 

 …………。

 

「・・・・」

 

 

 ドアを開けた。

 

 

 

 

「…うるせぇな。なんですかこんな夜更けに…非常識でしょうが」

 

「あぁ! 起きてたぁ…」

「ぅぅ…」

「」

 

 大学生達が、へべれけになって訪問してきた…。

 三人共、フラフラと体を揺らせながら…。

 約二名、半分死んでるよな…。

 メグミさんだけ、かろうじて…って感じだった。

 

「あ、ごめんなさいね。隆史君…」

 

「……はぁ…千代さんまで…いや、しほさんも…」

 

 ドアの横、壁にもたれ掛かっている家元ズ。

 死角になって分からなかった…。

 大の大人5人が、高校生の部屋に…これは怒っていいだろう。

 

「…なんで俺の部屋知ってんですか」

 

「あぁ! ハゲから聞いてたの! 私達の部屋、すぐそこだから! 挨拶にねぇ! 来たの!!」

 

 このクソ酔っ払い共…。

 沙織さんの事もあって、正直心に余裕がない。

 

 ぶっちゃけ…すげぇキレそう。

 

「しほさん…千代さん…なんの用ですか? 正直、すげぇ迷惑なんですけど?」

 

「ちょっとねぇ…部屋の鍵どこかに落としちゃったみたいでぇ…隆史君、知らない?」

 

 

 …………がぁ……。

 

 完全に思考が酔っ払いだった。

 紛失物を、知り合いなら持っていそうって、そんなシラフなら考えられない思考…。

 いるんだ…たまに…こういう酔っ払い…。

 

 確信した。

 

 本当に、意味なくここに来たみたいだ!!

 

「知るわけないでしょう。そもそも、千代さん達がどこの部屋かも知らないのに…」

 

 キレそうになるのを我慢する…。

 この手の手合いに、本気で相手にするとマジで泥沼化する。

 さっさとお引取り願おう…。

 

「私とぉ…しほさんは、そこのスイートねぇ…この子達は、横のぉ…和室ぅ…」

 

 ……まぁ、うん…同じ階かよ…。

 二人の家元は、最高ランクの部屋ね…。

 乾いた笑いしか出やしねぇ…。

 

「はぁ…今、フロントへ電話して上げますから…ちょっと待っていてください…」

 

 鍵を探す事もしない。

 さっさとホテルのスタッフへ、助けを求めた方が楽だし、早い。

 カードキーだし、弁償もないだろうし…。

 

「隆史君!」

 

「…なんすか、しほさん」

 

「部屋にっ! 女の子をっ! 連れ込んだりしてませんね!!」

 

「黙っていたと思ったら…してませんよ」

 

「あ。みほなら、いいですよ!?」

 

「……」

 

 目が座りっぱなしの大人5人組。

 唯一まともだろうと思っていたしほさんも…出来上がってた。

 

 ……。

 

 ………うん。

 

 

「…しほさん?」

 

「なんですっ! か…」

 

 

…もう一度。

 

「シホサン?」

 

 

「……は…はい」

 

 まっすぐ目を見たら、縦横無尽にしほさんの眼球が動き出した。

 

「千代さんも…」

 

「…な…何かしら?」

 

 千代さん、同上。

 

「今俺は、すこぶる機嫌が悪いです」

 

「「……」」

 

 

「どうですか? このまま、この3人連れて帰るなら良し…まだ何かあるなら…」

 

 

「「 」」

 

 

「俺の部屋に泊まっていきますか? ね?」

 

 

「…ふ…普段なら…そんな事いいませんよね? 隆史君…」

 

 普段なら、絶対にしない提案に…完全に後退をし始めた、二人…。

 

 

「えぇ。不謹慎すぎますからね? デモネ? 明日の撮影まで、ずっと正座させておく分なら問題無いと思うのですよ」

 

 

「「 」」

 

 

 

 

 

「 それが嫌なら、スタッフが来るまで…大人しく自室前で待っていてクダサイネ? 」

 

 

 絶句していた酔っ払い達を散らせ、フロントへ電話する為に自室に戻る。

 さっさと寝てしまおう。

 ある意味、今の酔っ払い来襲で、頭が冷えた…。

 

 フロントへ内線電話をかけ、そのままさっさと布団に潜り込む…。

 

 電気を消し、暗くなった部屋の中。

 やっと実感する…。

 こうして、漸く…長い一日が終わると…。

 

 あぁ一応、みほに返事だけ返しておこう…。

 

 ・・・。

 

 はい、送信。

 

 

 

 

『 寝ろ 』

 

 

 




閲覧ありがとうございました

はい! 泥沼化してまいりました!!


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第14 話~長い一日が明けました!~☆

「…おはようございます」

 

「おはよう! 隆史ちゃん!」

 

 大洗ホテルのレストラン。

 さっさと朝食を済ませようと、やって来たのだけど…そのレストランへ入室早々に、会長達と鉢合わせた。

 いつもの3人。

 一つのテーブルを囲んでいた。

 

 基本的に、大洗の生徒達は朝食とった後からは自由だ。

 10時までにチェックアウトすれば、そのまま帰るも良し…そのままどこかへ、遊びに行くも良し。

 各々、普通の休日を満喫すればいいだけの話。

 

 朝食はバイキング方式。

 どうも、俺が一番最後だったらしい。

 会場に入ると、会長の後ろ。

 皆がお盆なり皿を片手に、用意された料理の前で右往左往していた。

 

「俺が最後ですか?」

 

「そうだねぇ。あ、ここ座るかい?」

 

 入口付近のテーブルで、朝食をすでにとり始めていた3人。

 会長が、空いていた椅子を引いてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 促されるまま、その席へ着席。

 まぁ…見事に生徒会役員席みたいになってしまったな。

 

「どうだ~い。よく寝れた?」

 

「ぇ…はい」

 

「その割には、目の下のクマが取れてないねぇ…」

 

 おや。結構心配してくれた。

 会長の小さい指が、俺の目の下を指している。

 

「寝れる時に寝なくて、どうする」

 

「そうだよ? 隆史君。特に桃ちゃん、気にしてたからねぇ」

 

「気にしてない!!」

 

 柚子先輩と桃先輩。

 いつもの漫才みたいなやり取りを、苦笑しながら眺める。

 

 取り敢えず、杏会長の言葉を笑って誤魔化したけど…。

 3時間くらいか? 全然寝れなんだな…。

 酔っ払い来襲と共に、色々とあったからなぁ。

 ま、それでも大分楽になった。

 

 あぁ…そういえば、皆の私服って見るの初めてだな。

 あら、新鮮。

 

「先に何か、食う物でも取ってきます」

 

「あいあい~」

 

 あまりジロジロと見るのも失礼だし、会話をする前に行ってこよう。

 たまには、食うだけってのも良いだろう。

 今日からは、3人分作る事になりそうだしな。

 

 

 ……

 …………

 

 

 積まれたお盆を取り、料理が並んでいる場所に向かうと、また見知った顔達を見かける。

 というか、このレストランにいるのって、大洗の生徒ばかりだしな。

 見知った顔はそこら辺にいるわな。

 一応、朝の挨拶でもして回った方が、いいのかなぁ?

 

 ま、やめておこう。

 それもなんか変だしな。

 会った奴らだけにしておこう。

 今みたいに、目の前で鉢合わせた彼女らを無視するのも失礼だしな。

 

 ……。

 

 うん。

 

 すっごい挨拶し辛い…。

 じゅ…順番に行こうか…。

 

「おはようございます。今からですか?」

 

「あら、おはようございます。隆史さんも今から朝食ですね?」

 

「えぇ、華さん…朝から全力全開ですね…」

 

「そうですか?」

 

 イメージ通り、和食中心の料理を選んでいた…のだけど!

 なに!? その量!!

 ご飯! 山盛り! 皿! 底が見えねぇ!!

 一度に取らなくても…とは思うが、彼女の場合…この量でも完食できるしなぁ…。

 普通に…。

 スタッフの人の、多分残すんだろうなぁ…って顔が、驚愕に変わるのを簡単に予測できるくらいに。

 

 …まぁ…この後、おかわりを3回程繰り返すなんて、そんな未来までは予測できなかったけど…。

 

 あぁ…明日からの朝食どうしようか。

 

「おはよう、隆史君…」

 

「…ぅぅ…書記…」

 

「あぁ、おはようみほ…と、マコニャン。なんか、顔色がすごいけど大丈夫か?」

 

「「……」」

 

 みほは、なんか赤いし…マコニャンは、対象的になんか青い。

 マコニャンが、珍しく髪を結っていた。

 一本の長い三つ編み姿だった。

 

 いいな!!

 

 みほは、洋食中心。

 パンとか、スクランブルエッグとか…。

 基本俺作るの、和食ばかりだしな。

 今度から洋食も考えてみるか。

 

 さて。

 

「…ピーマンが、無いな」

 

「ここまできて!?」

 

 視界を巡らせ、どこかにないかと探すが…チッ。

 

 無い。

 

 食材として使っているものは、探せばあるだろうが…メインが無い。

 

「ま…今日はいいか」

 

「…ホッ」

 

 あからさまに、安堵をした表情をしたな。

 うん…。

 大分食える様になってきたから、若干の寂しさを感じる…。

 なんか、別のメニュー考えるか。

 

 マコニャンは…おぉ。

 和食…あまり朝は食べないのか、ご飯と味噌汁…後、焼き魚…。

 旅館の朝食の様な感じですな。

 …どこか安心したのはなんでだろう…。

 

「書記…お前、沙織に何かしたか?」

 

「………なんで?」

 

 いきなり疑うような目で、いきなり疑われた。

 何かした覚えはないが、された覚えはあった…。

 

 告白サレマシタ。

 

 しかし、非常に青ざめた顔をしていた。

 マコニャン呼びにも反応しないし…なんかもう…。

 

「…今日、たまたま…本当にたまたま、朝目が覚めたんだが…」

 

 朝には目が覚めないみたいに言わないの…。

 

「目が覚めて、初めに見たのが…布団から体を起こしてボケーっとしてる沙織だったんだ…」

 

「…うん? そりゃ寝起きなら…」

 

「そしたらな!!??」

 

「…ぉお…」

 

 鬼気迫る表情に、若干の不安を感じた…。

 何かあったのだろうか…

 

「ニヤけるんだ…」

 

「……」

 

「ニヤけたと思ったら! 赤くなったり、青くなったり!! 挙句!!」

 

「な…なに?」

 

「布団に突っ伏し…気持ちの悪い……絞め殺された七面鳥の様な声を上げ出すんだ…」

 

 聞いた事あるんですか?

 

「怖くて!! 怖くてぇ!! ずっと笑っていて…何か奇病にでも殺られたのかと思うくらいだ!!」

 

「…………」

 

 やられたって…多分…字が違う。

 

「それとも…寄生虫か? ……呪いか……?」

 

「…あの…それは、いくらなんでも…ひど…」

 

「私と話したと思ったら! 今度はずっと、私の髪の毛で遊んでるんだぞ!? 髪型8回は、今朝変えられたんだぞ!?」

 

「ほう…」

 

「結っている間も、後ろから気味の悪い声が響いてくるし…」

 

 …マコニャンが結構ひどい。

 カチャカチャと、持っているお盆から音が聞こえてきた。

 小刻みに震えてるよ…。

 まぁ…うん。

 状態はなんとなく想像できる…。

 俺の方がどうにかなりそうですけどね。

 まぁ、誤魔化しておくか。

 

「…三つ編みは頭が重くなるんだ…」

 

「いいじゃなの? 似合ってるし。可愛い可愛い」

 

「……」

 

 あ、固まった。

 音の止まったお盆をそのままに、なぜか上目使いで睨んできた。

 

「…お前…よくそういった事、言えるな…」

 

「何が? 新鮮で可愛いぞ? とてもメガネをかけて欲しくなるくらい」

 

「……なんだその基準は!」

 

「…隆史君」

 

「みほ?」

 

 何か、目を見開いた顔で、こちらを見てますね。はい。

 えっと…なに?

 

「……」

 

 無言だなぁ…。

 本当になんだろ…。

 まぁいいや。

 

「ふむ。みほも三つ編み似合いそうだよな。マコニャンと同じで、一本のやつ」

 

「…ぇ……!?」

 

 あれ?

 マゴマゴし始めた。

 変な事、言ったか?

 

「た…隆史君は、髪…長い方がいい?」

 

「…いや、特にこだわりは、ないけど…でも、みほなら長いのも似合いそうだから、見てみたいというのはあるな」

 

「……」

 

「逆に、ショートのマコニャンも見てみたくもあるな!」

 

「!?」

 

 いかん…変なエンジンかかってきた…。

 酒、少し残ってるか?

 

「めっ! 目の前でイチャつき出したかと思ったら…なんなんだ! 本当に、朝っぱらから!!」

 

「いちゃついたつもりは、まったくありませんけど…」

 

 ブツブツなんか、呟きだしたマコニャンと…持っている朝食に目を落として動かなくなったみぽりん。

 どうした? 聞かれたから答えただけなんだけど?

 

「ショート……切るのは…いや、でも……」

「…どうしよう…うん……お姉ちゃんも……そうだね…伸ばそう…かなぁ…」

 

 あ…あれ?

 そのまま呟きながら、どこかに歩き出し始めた…。

 前見ないと危ないぞ?

 

 おーい…。

 

 あーらま。

 そのまま自分達が取っていたであろう、テーブル席まで歩いて行っちゃったよ。

 そのテーブル席は、華さんとみほ。それとマコニャンの3名。

 …うん。

 

 残りは3名だな。

 

 …非常に話辛いが…。

 まずは…。

 

「おはようございます、優花里サン」

 

「あ、はい。おはようございます」

 

「……」

 

「ん? どうかしました?」

 

 あれ? 普通だ。

 てっきり避けられるかもしれないと思っていたのに…。

 

 あぁ! そうか。優花里はアレだ!

 酒飲むと、記憶が飛ぶタイプか!!

 ある意味その方が良かったのかもな…。

 

「……」カタカタ

 

 ん?

 

 優花里の持っているお盆が、音をたてだした。

 食器が揺れる音…。

 口を真一文字で結び…無言で、ボーッと見てますけど…。

 

「…………」カチャカチャカチャ!

 

 あ…顔が赤くなってきた…。

 

「ど…どうした優花里」

 

「……………………」ガチャガチャガチャ!!

 

 微振動を繰り返し始めた!?

 赤い! 顔がすげぇ赤い!!

 耳まで真っ赤になってる!!

 

「お…おい」

 

「にゃ!! にゃんでもござらん!!」

 

 …ござらんって…。

 

 そのままフラフラと…逃げる様に、みほ達が座っているテーブルへ歩いて行ってしまった。

 こ…声がかけられない…。

 ありゃ、我慢していただけか…完璧に覚えてるなぁ…。

 ろくに話もできなかった…。

 どうしよう…。

 

「おはようございます! 尾形さん!」

 

「え? あぁ、おはよう詩織ちゃん」

 

 見送るしかなかった俺の後ろから、声をかけられた。

 はい、昨日ぶりですね!

 

「お…おはよう、隆史君」

 

「あ~…あぁ、おはようございます」

 

 その横に立っていた、もう一人のなんて話しをしていいか分からない人。

 沙織さんからも、挨拶を頂きました。

 ボーっとした様な…そんな顔をしている。

 

 き…気まずい!!

 

「尾形さん!」

 

「え? あ、なに?」

 

「一緒に朝食、食べませんか!?」

 

 そんな空気を無視して、めちゃくちゃいい笑顔で、朝食のお誘い。

 この子は、良く笑う子だな…。

 

「あぁ、ありがとう。でも、ごめんな。席、取ってもらってるから」

 

「そうですか…」

 

 う…。

 

 顔を伏せて、あからさまに残念そうに落ち込んだ…。

 先程までの明るい笑顔が、一気に暗い顔になった。

 

 ぐ…。

 

 ちょっと胃に来る…。

 あ…席、移動した方がいいかな!?

 

「あ、いいよ、隆史君。気にしないで。コレも詩織の演技だから」

 

「ちょ!? お姉ちゃん!?」

 

 バッサリと横から切りましたね、お姉さん。

 信じられないモノを見る目で、沙織さんを見上げている。

 

「詩織? 隆史君が、レストランへ入ってきた時から、目で追っていたの知ってるからね?」

 

「…」

 

「ここまでくるやり取りも、ずっと見ていたのも知っているからね?」

 

「……」

 

「あまり隆史君に迷惑かけないの!」

 

「……」チッ

 

 あ…今度はあからさまに、悔しそうな顔した…。

 

「ま…まぁまぁ、沙織さん。俺は別に迷惑じゃ…」

 

「だ~め!! いい!? 隆史君!」

 

「はい!?」

 

「今の許したら、押しの弱い隆史君に漬け込んで、今日! 隆史君家に泊まるって言い出しかねないよ!!? 今、夏休みだし!」

 

 えー…。

 

 少し上を向き、そんな事を言い出した。

 なんで今のやり取りだけで、話をそこまで持っていく事が可能になるんだろ…。

 

「基本的に強引な詩織だし…特に隆史君、年下に甘いからね!」

 

 相性が悪すぎる! って、したり顔で言う、沙織さん。

 お姉さん顔とでも言うのか…ちょっと今まで見た事のない顔だな。

 まぁ、お陰で気まずさが消えた…か?

 

「…いいじゃん別にぃ。お姉ちゃんなんにもしないならさぁ」

 

 ボソっと不貞腐れた様に呟いた。

 それも結構、聞こえる普通の声で。

 

 …なんにもしないって…。

 いや…ちょっと、とんでもない事されましたけど…。

 

 

 

 あ。

 

 

 沙織さんの体が固まった…。

 

「お姉ちゃん?」

 

「……」

 

「…お姉ちゃん。なんで赤くなってるの?」

 

「…………っ!!」

 

 涙目で俺の顔を見てきた!?

 こっち見ちゃダメですって!!

 

 あぁ! 優花里と同じく、微振動を繰り返し始めた!!

 

「いっ…いいから! 皆の所に行くよ!!」

 

「……お姉ちゃん。まさか…」

 

 持っていたお盆で、詩織ちゃんの体をつつき、歩くように促している。

 誤魔化し方が、強引だ…。

 何かあったって、言っているようなモノですよ!?

 

 しかし、それに素直に従い、詩織ちゃんは歩き出した。

 基本的に沙織さんの言う事は、素直に聞くんだな…彼女。

 

 まぁ…すげぇこっちをチラチラ見てくるけど…。

 だから、前見て歩きなさい…。

 

「ごめんね。隆史君」

 

「え!? あ…あー…うん、大丈『 昨日の事っ! …だけど 』」

 

 言葉を遮り…一言だけ…。

 

「私も華と一緒だから!」

 

 それだけ言って、今度は俺の顔も見ないで、詩織ちゃんの後に続いて行ってしまった。

 

 ……。

 

 …華さんと一緒…。

 

 どういった意味だろう…。

 どの事を言っているのだろう…。

 

「……」

 

 沙織さん達も合流した、あんこうチーム席…。

 なんか…非常に変な空気が包んでいる。

 なんだあの光景…。

 赤くなってモソモソと食べている4人。

 詩織ちゃんは、手と口は動かしているが、沙織さんをガン見しているし…。

 

 朝食を食べてる華さんだけが、非常に幸せそうで…逆に異彩を放っていた…。

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

「隆史ちゃんの朝食チョイスって…なんかすごいね…」

 

「あ~いや…」

 

 

 腹膨れりゃいいや! 程度で持ってきた朝食を食べ終わった辺りで、杏会長からそんな事を言われた。

 まぁ…うん。今回はバランスなんて考えなかったからねぇ。

 よく言えば、和洋折衷です。

 悪く言えば、雑。

 考えている余裕が、今回ありませんでしたから!!

 

「まっ! いいや。でね? 隆史ちゃん」

 

「…なんでしょ?」

 

「隆史ちゃんが、暇な時にでもって感じでね? 頼みたい事があるんだぁ」

 

「頼みたい事?」

 

「そーそ! か~しまからね」

 

「桃先輩が?」

 

 少し意外だ…。

 なんだろう…書類整理かな?

 

「…なんだ。意外そうに見るな」

 

 あ~。すいません。

 ガン見しちゃいました。

 

「あれ? 私それ聞いてないなぁ…。桃ちゃん…なに? 書類処理? またぁ?」

 

「ちっ…違う! 違うから!!」

 

 あぁ…柚子先輩も、似たような事を思っていたみたいだ。

 そうだよなぁ…桃先輩って、俺には基本的に頼み事ってしないからな。

 正直、嫌われてるかもって思っていたし…。

 なんだろ? 想像がつかないや。

 

「んんっ!! 尾形書記」

 

「あぁ、はい。なんですか?」

 

 わざとらしく咳払いをして、少し真剣な顔でこちらに視線を投げてきた。

 しかし、テーブルの上のケーキやら何やらのデザート類が、その真剣さをかき消している!

 

「後日な、風紀委員に同行してもらいたい」

 

「風紀委員って…園さん?」

 

「そうだ」

 

 壁際に座っていた園さんに視線を投げると、いつもの風紀委員の二人と一緒に、朝食をとっていた。

 あの三人と…なんだろ?

 

「同行って…どこにでしょ?」

 

「…この学園艦の最深部」

 

「最深部…って、船の?」

 

「実はそこは、不良共の溜まり場になっていてな。そこを取り締まると、風紀委員長が暫く前から言っているんだ」

 

「不良の溜まり場…」

 

「昔は兎も角…今は、男子生徒もいるようでな…女子生徒達だけでは…如何せん危ない」

 

「あぁ…なるほど」

 

 女の子達だけで行く所じゃないと、俺に同行を依頼してきているのか。

 というか、そんな所があったんだな。

 比較的に大洗学園って、素行不良の生徒って、いないと感じていたのにな。

 いるんだ。ヤンキー。

 

「その…不良と言っても、悪い奴らじゃないんだが…風紀委員長もなんというか…結構血の気が多いというか…」

 

 言葉を濁しているが、概ね理解する。

 すげぇ喧嘩腰で、喋る子だしね…園さんって。

 取り敢えず、俺に対しても基本的に睨んでくるしな、うん。

 

 俺、品行方正ナノニナァ。

 

「桃ちゃん。それって船舶科の子達?」

 

「そうだ」

 

「あぁ…去年だったよね? その子達が退学になりそうな時に、庇ってあげたんだよね?」

 

「まっ…まぁ! それも私の仕事の一環だ!」

 

 少し照れながら、柚子先輩の視線を交わしている。

 へぇ…桃先輩がねぇ…。

 沙織さんが拉致された時も、「自分達の生徒を守れないで、どうして学園が守れる!!」って言ってくれたしな。

 基本的にこの人って、いい人って奴だ。

 だからだろう。

 その不良生徒達も心配なのだろうな。

 

「いいですよ。俺が暇な時じゃなく、いつでも構いません」

 

「そうか。助かる…」

 

「行く時が決まったら、言ってください」

 

 それも俺の仕事なんだろう。

 男手ってのは、そういった事にも使えるしな。

 

 どこか安心した様に、コーヒーを口にした。

 しっかしこの人って、そういった仕草は絵になるなぁ。

 ヒステリーさえ起こさなきゃ「できる人」ってのに見えるのに…。

 

 不良とやらの溜まり場。

 園さん達が危険だからと、俺を派遣するんだ。

 その事に関して、柚子先輩は何も言わなかったから、まぁ…大丈夫だろ。

 命の危険性はないのだろう。

 

「あ、そういや隆史ちゃん」

 

「はい?」

 

「さっきロビーで、隆史ちゃんのお客さんと会ったよ?」

 

「あぁ、いましたね」

 

「……またですか…あのハゲですか?」

 

「違う違う! 一度会った事ある人だよ。朝食が終わった後でもいいから、ロビーに来て欲しいってさ」

 

 この会長の警戒心がない言い方…。

 ロビーのソファーで待ってるって、言っていたらしいけど…誰だ?

 一度会った事がある?

 

 柚子先輩と桃先輩は、少し困った顔をしている。

 会長の悪巧み…とも違う様だけど…。

 

「…誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 そんな訳で、ロビーまで足を運んでみた。

 一度会った事があるって事は、見りゃ分かるだろうとは思うけど…杏会長も人が悪い。

 誰か知っているなら、教えてくれてもいいものじゃないだろうか?

 

 頭を掻きながら、適当に視線を投げる。

 朝の朝食時間と言う事で、それなりに人はいるけど…みんな知らない顔だ。

 

 そういや、しほさん達に連絡を入れないと…。

 この後の予定を伝えておかなきゃな。

 結局、朝食のレストランには現れなかったしな。

 

 

「!?」

 

 …急に肩が重くなった。

 

 真横から、どうやら肩を組まれた様だ。

 太い腕が、視界にいきなり入ってきた。

 

 誰か分かった…。

 

 

 

「よぉ! 小僧!!」

 

 

 

 よぉ、クソ親父。

 耳元で叫ぶな。

 

「なんだぁ? 久しぶりに顔を合わせたのに、不景気な面しやがって! もっと喜べ!!」

 

「どうしたんすか…なんの用ですか…」

 

 太い腕。

 浪人の様な着物…。

 頭脳は脳筋。体はスジ者。

 

 華パパさん、襲来。

 

「それに久しぶりって…先週会ったばかりでしょ…」

 

「細かい事気にすんな! な!!」

 

 何がそんなに楽しいのか…。

 うわぁ…本当になんの様だろ…こんな朝っぱらから。

 

「小僧、どうだ? 華と、どこまでいった?」

 

「あんた、いきなりなんちゅう事、言ってんだ!!」

 

「なんだよ~いいじゃねぇかぁ~教えろよ~」

 

「内緒にしてる訳じゃねぇよ!! なんにもねぇよ!!」

 

 うるせぇ!

 いい大人が、耳元ではしゃぐな!!

 

 肩に回している腕に力をいれて、俺の首をロックして左右に振り回し始めた!

 傍目からすると、完全にヤクザに絡まれてる様にしか見えねぇ!

 ほら! ホテルのスタッフさんもオロオロし始めただろ!!

 

 

 

「…なにをしているのですか?」

 

 ゾワッ!

 

 なに!?

 

 なんなの!?

 

 すっげぇ殺気!?

 

 それはこのクソ親父も感じた様で、顔色が悪い。

 体の動きを止めて、じっと動かなくなった…。

 その感じた先に顔を向けると…。

 

「…あら。五十鈴流の…」

 

「ぉ…おぉ! 島田の奥様!!」

 

 その殺気は、しほさんが発していた。

 その横であっけらかんと、このクソ親父を見ている千代さん。

 

「千代さん? なんですか? この男と知り合いですか?」

 

「えぇ。お華の師範ですよ。ちゃんとした家の方ですから、大丈夫ですよ?」

 

「…そうですか」

 

 こ…怖ぁぁ…。

 

 大丈夫と言った千代さんの言葉を聞いても…鋭い目つきで華パパンを睨んでいる…。

 朝食をとる為に、部屋から降りてきた家元達。

 ロビーから回ろうと、ここに来た所…俺の身長すら抜く大男が、俺にヘッドロックをかけている所を目撃。

 …俺がどうも絡まれていると思ったらしいです。

 

 …大学生達は、見当たらない。

 しほさん達、家元だけだ…。

 

「しかし、隆史君。五十鈴さんとお知り合いだったのですねぇ…あぁ。そういえば…」

 

「あ、はい。と…友達の親御さんです…ですから、しほさん! 気持ちはとても嬉しいのですけど! 絡まれてる訳ではないので!!」

 

 いや? 絡まれてるな。

 

 俺の言葉で漸く警戒を解いたしほさん。

 いや…まだ少し警戒色があるな…。

 

「お母さん!?」

 

 みほの声がした…。

 朝食を終えて、しほさん達と同じくロビーから戻ろうとしたのだろう…。

 こんな現場に遭遇したって所だな!

 

 ここに来て、あんこうチームも来襲!!

 

 視線をまた、声がした方に向けると…ぉぉおおおお!!

 

 しほさんを見て、驚いているみほ。

 何がなんだか分からないといった顔をしている、優花里さん。沙織さん。詩織ちゃん。

 眠そうなマコニャン。というか、半分寝てるだろ。

 

 それと…。

 

 ……超…無表情な華さん。

 

 あ。

 

 親父様がすげぇバツ悪そうな顔してる。

 

 片手をあげて…。

 

「よぉ! は…華ぁ!!」

 

 はい、親父のターン。

 できるだけニコやかに話しかけた。

 はい、華さんのターン。

 

 

 

「 ど ち ら 様 で し ょ う ? 」

 

 

 

 凄まじい笑顔で、 社 交 辞 令!

 

 あ。

 

 親父様が泣きそう…。

 

 みほ達が、完全に固まってしまった。

 そりゃそうだろう…。

 この華さん…あの時の五十鈴家でしか、俺も見たことねぇ…。

 

「た…隆史君?」

 

「こ…小僧…」

 

 みほが助けを求めてきた。

 …小僧呼ばわりするおっさんは、無視だな。無視。

 

「こ…こちら、華さんの親父様」

 

 その紹介に華さんと、親父を右往左往…。

 顔をキョロキョロと動かしている…みんな!!

 

「華さん、そうなの?」

 

 あまりの空気の違いに、一応確認と…華さんに語りかけるみぽりん。

 そんなみほに、いつもの笑顔で、ゆっくりと…。

 はい、華さんのターン。

 

 

「 知 ら な い 方 で す ♪ 」

 

 

 ば…バッサリ…。

 

「は…華っ! おじさん、泣きそうだよ?」

 

 あ、そうか。

 沙織さんと華さんは、昔からの付き合いだって言っていたっけ。

 華パパを知っていてもおかしくないか。

 

「沙織嬢ちゃん!!」

 

 

 やっぱり知ってるのか。

 

 ……。

 

 しかし、おっさん。

 マジ泣きしそうにすんな。

 

「はぁ…で? おっさん、マジで何しに来たんっすか?」

 

 フォローしたくねぇけど、話が進まんから、一応話を進めてこの空気を濁してやる。

 

 チッ。

 

 おお! と、笑顔になって、俺に顔を向けた。

 嬉しそうな顔すんな。

 

「明日から、俺もまた出かけなきゃなんねぇからよぉ…」

 

 そういやなんか華さん言っていたな…。

 あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、昔からそんだったって。

 

「…またですか。どうせまた、女性の所でしょうに…」

 

 華さん! 

 周りに聞こえる呟きは呟きじゃありません!!

 みほ達が、驚いてるよ!?

 

 都合のいい耳だなおっさん!

 まったく聞こえないのか、1週間でもう大洗を離れる事になったって、楽しそうに耳元で叫んでる。

 

 う る せ え 

 

「…まったく」

 

 その呟きは、しほさんにも聞こえていたらしく、侮蔑の目でこのオヤジを見ている。

 

 …なんでだろう。

 

 俺も一緒に見られている気がする…。

 

「…なぁ、小僧」

 

「なんですか…」

 

「あの黒い女性って、西住流の家元だよな?」

 

「…そうですけど…なんで知ってるんですか」

 

「まぁ、島田流宅に何度か仕事しに行ってるとな、嫌でも耳に入って来るんだよ」

 

「あぁ…」

 

 まぁ…なんとなく想像はつくな。

 だからって、なんで俺にそれを確認すんだよ。

 

「それでな、仕事場で話題に出していいかとか、色々と調べたりしたんだがなぁ…なるほど」

 

 敵対している様な感じがしたからと、そんな事を言っているな。

 敵相手だったら、その話題は気を使うからとか言っている。

 まぁ…うん、それは何となく理解はするが…

 

「実物見ると…うん、思ったより…」

 

「…なんだよ」

 

 なんだ? しほさんの実物見てって…。

 思ったよりって…。

 

 

 

「なんかすげぇ、可愛い人だな!」

 

 

 

 …この親父……。

 

 

「でしょ!? しほさん可愛いっすよね!!」

 

「綺麗系とか、美人系とかじゃねぇよな! 可愛いよな!!」

 

「内面知ると、余計にそう思うんっすよ!!」

 

 

 

 ちゃんと解ってる人だった!!

 

 

 

「お…お母さんを可愛いって言う人…隆史君以外に、初めて見た…」

「…西住殿が、怒るのを通り越して…引いてる…」

「  ……  」

「華!?」

 

「…しほさん。顔が真っ赤ですけど」

「き…気のせいです」

 

 

「あぁ! そうそう! 脱線したな! 小僧に、渡しておく物があってだな。それで今日来たんだよ」

 

「渡す物? なんすか? プロテインっすか?」

 

「なんだ? 欲しいのか? 国内産の結構良いのあるぞ?」

 

「…ほぉ?」

 

「やっぱり国内産の方が、日本人の筋肉に合わせた成分で作ってあるから、結構いい感じだ!」

 

「あぁ、味もそうっすね。当たり外れあるけど…味覚も合わせてくれているから、飲みやすいんっすよね」

 

「そうそう! 値段は結構するがな! 外れ買って、鍛える時間を無駄にする位なら、多少高くてもそっち買った方がいいんだよな!」

 

 

 楽しい!!

 

 筋肉の話、超楽しい!!

 

 

 

「た…隆史君が二人いる…」

 

 

 

 みほが何か呟いてるけど聞こえない。

 しほさん達すら置いてきぼりにして、プロテインで盛り上がった!

 

 

 

 

「ですから! 親子か何かですか!! 貴方達は!!」

 

 

 

「「!!??」」

 

「いい加減にして下さい! 私にも我慢の限界というものがあります!!」

 

「は…華さん!?」

 

「元お父様!! なんの御用か存じませんが、さっさと帰ってください!!」

 

「華!?」

 

「…不愉快です…えぇ! とても不愉快です!!」

 

「「 」」

 

 何かを溜め込む様に、下を向き…上目使いで思いっきり睨んできてる!!

 華パパは、何かを俺の手に握らせた。

 あんた…そんな図体して、娘にマジ怯えすんなよ…。

 手が思いっきり震えてたぞ…。

 

「小僧! いいか!? 暗証番号は、華の誕生日だ!」

 

 暗証番号…?

 一体なにを渡した…ん……。

 手の感触は硬い。

 

 四角い…。

 

 は!?

 

 キャッシュカード!?

 

「仕送り送っても、受け取りそうにないからな! 小僧に渡しておくわ! 食費の足しにでもしてくれ!」

 

 しょく…っ!?

 

「じゃ! 娘が怖いからお家帰るね!!」

 

「は!? ふざけんなクソ親父!!」

 

 

 逃げやがった!! マジで逃げやがった!! あの親父!!

 手に握らせた瞬間、んな事のたまわって走って逃げやがった!!

 暗証番号が、非常に安易すぎるのも、突っ込めなかったよ!!

 

「はぁーー……はぁーーーー……」

 

 華さんが肩で息をしている…。

 こちらを真っ直ぐ見てくるっ!!

 

 

 

 はっ!!

 

 

 スッ

 

 

 パーーーン!!

 

 

 ……。

 

 

 

「  隆史君  」

 

 

「…はい」

 

 し…しほさんの手が…肩に…。

 

 

 

「撮影の前に……お話ができましたね?」

 

「…え……」

 

 みほへ視線を逃がした!!

 すげぇ笑顔で、首を左右に振っている!

 

 まさか、華さんの事話してないの!?

 

 ……

 

 えっと…えっとぉ!!

 

「し…しほさんが、可愛いって件ですか?」

 

「……」

 

「……」

 

「ち…違います」

 

 顔を背けた…。

 

 やべぇ! しほさんマジ可愛い!!

 

 

 

 スッ

 

 

 パーーーン!!

 

 

 ……。

 

 

「  隆史君  」

 

「千代さん!?」

 

「撮影の前に、お話ができましたね?」

 

「」

 

 

 逃げ場が…無い!!

 しほさん褒めると、千代さんが機嫌を悪くするの!!

 愛里寿!! 助けて!!

 

 助けて!! 天才少女!!

 

 

「じゃあ、隆史君」

 

 みほ!?

 

「午後には、帰ってきてね?」

 

「」

 

 すげぇ笑顔で、んな事言われました!!

 あぁ!! あんこうチームが笑顔に包まれてる!!

 どこ行くの!? 

 

「…尾形さん」

 

「詩織ちゃん!?」

 

「尾形さんって…」

 

 なに!? なに!? 笑顔で俺の顔を見上げてきてる!!

 

 その前に、命の危険を感じる!!

 なんも俺悪いことしてないよな!!

 

 

 

「…年増が好きなんですか?」

 

 

 

 

「」

 

 

 

 

 感じる。

 

 時が止まったのを…。

 

 はっきりとオッシャイマシタネ……。

 

 怒気…もとい、殺気を感じる…。

 

 強大な二つの大魔王の…。

 

 

「」

 

 

 …俺に詩織ちゃんを庇いきれるのだろうか…?

 

 

「大丈夫ですよ?」

 

「何が!? それ以前に逃げて!!」

 

「私が尾形さんを、正気に戻して上げますから!!」

 

「しょ…」

 

 

「若い方が良いに決まってます!! 楽しみにしていて下さいねぇ!!」

 

 

 ……。

 

 そこまで言って…走って沙織さんの後を追っていった…。

 

 言い逃げぇぇ……。

 

 

 

「そうですか…隆史君」

 

「今度はまた……随分と若い娘、捕まえましたねぇ…。…あの若い小娘が、正気に戻すんですってぇ……?」

 

「」

 

「楽しみにしていて下さい……ですかぁ…」

 

「何をするつもりでしょうかねぇ?」

 

 無理

 

 振り向けない。

 

 

 

 すでに俺の両肩は、二人の大魔王に占拠されている…。

 

 

 

 

 

 

 「「 タ ノ シ ミ デ ス ネ ェ ? 」」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

次回、ようやく家元撮影会

あ、第12話~個人撮影~に挿絵追加。
秋山殿が描きたかったんじゃ。

次はPINK更新予定です。


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第15話~家元撮影~ 前編

華さんとの経緯を説明中!!!

 

華さんとの経緯を説明中!!

 

華さんとの経緯を説明中!

 

華さんとの経緯を説明中

 

華さんとの経緯を……「分かりました」

 

 

撮影をする、俺の宿泊部屋の横の部屋。

同じくしてプレミアムルームでの、説明と相成りました。

撮影前なのに!!

 

「はぁー!! ハァーーー!!! はぁぁああ!!!!」

 

すげぇ息が切れてます!

同じ事、何回繰り返して言ったんだろう!!

撮影スタッフの方が、隅っこで丸くなってるよ!?

いい大人なのに!!

 

流石に告白された事は、黙っていたけど…まぁ…うん。

腕を組んで直立不動のしほさん…だったけども! 漸くその腕を下ろしてくれた…。

 

こ…怖かった…。

 

「まぁ、みほの部屋にいたのでしたら、仕方がないかもしれませんね…」

 

友達を引っ越すから、ほっぽり出すわけにもいかないと、渋々納得していた。

部屋はまぁ…余っているから、仕方がない…と。

思いの外、あっさりと了承してくれたな。

 

…うん。

しほさんを知っている人なら納得する程…比較的にあっさりとね…。

 

はぁ…。

 

学校の側からすれば、男女二人。

付き合っているとはいえ、同じ屋根の下…同棲なんて許されない。

ただ、華さんが間に入れば、寮の様な…シェアハウスの様な事で…と、強引に納得させた。

 

杏会長からは、すげぇ眼で見られたよね。

柚子先輩からは、常闇と言えるくらいの眼で見られたよね!!

…目じゃなくて眼で!!

 

ただ…。

 

横で聞いていた、もう一人の家元。

千代さんの殺気が増していくばかりだった!!!

 

「あぁ、そういえばあの家って…家賃いくらなんですか? 賃貸でしょ?」

 

月の家賃。

 

華さん、仕送りを拒否してたからなぁ…。

どうやって生活するつもりか聞いた所…バイトなりなんなりする予定だと言っていた。

貯金も多少はあるそうだから、まぁ何とか、なりそうだと言っていたけど…。

…金持ちの令嬢の貯金って…どのくらいなんだろ…。

多少が怖い…。

 

「4万円ですね」

 

「……」

 

「お得でしたっ」

 

安っ!!

 

お得って!! スーパーの安売り品を、上手く買えたみたいに言わないで下さいよ!!

すげぇドヤ顔!!

 

嘘だろ!? 一戸建てだぞ!? 庭付きだぞ!?

 

「事故物件でしょ…アレ」

 

他に考えられん…。

 

「…事故物件?」

 

「……」

 

そうだ…この人も、結構な箱入り娘だ…。

千代さんもそうだし…今まで縁なんて、なかったんだろ…。

調べましょうよ! 娘を住ませる所くらい!

 

…ダメだ。

 

頭の上に ? が浮かんでいる…。

何を言っても無駄そうだ。

聞いた事くらいあるでしょ!? いい大人なんですから!!!

 

「……」

 

まぁ…いいや。慣れてるし。

なんか出たとしても、どうにかできそうだし。

 

…4万か。

 

後一人、住んでくれれば、綺麗に割れるなぁ。

人数いた方が、学校からすればいいだろ。そうすりゃ、本格的に寮になりそうだ。

…中村辺りに頼んでみるか?

後で、みほに相談しよう。

 

「 隆 史 君 」 

 

「…はい」

 

今度は非常に、にこやかに…すげぇ笑顔だな…。

その笑顔の千代さんから、話しかけられた…。

 

怖い…。

 

「しほさんに、随分と…色々買ってもらったそうですね」

 

「い…いえ、そう言った訳では…」

 

そう。

全ての生活用品が、備え付けだったアパートとは違い、今回は一軒家。

冷蔵庫やら洗濯機やら何やら一式が、あの家についた時には、全て用意されていた。

それこそ、その日から住めるくらいに。

だから引越しと言っても…俺達がやる事は、自身の私物の整理くらいだ。

 

全て最新式だった…。

いくら掛かったんだろ…。

 

後の祭り。

 

もう断りようがなかった…。

 

しほさん曰く、みほの為ですとか言っていたけど…めちゃくちゃ甘やかしてるよ…この人。

…ただ。

なんで、家電の色や機能が、俺好みだったんだろ。

いや…炊飯器とか…冷蔵庫とか…。

 

「……」

 

「……」

 

な…なんで睨み合っているんだろう…。

何故か勝ち誇ったしほさん…。

 

 

「あ…あの~…そろそろ始めたいのだけど…」

 

 

カメラマンの女性から、声をかけられた。

ひどく…憔悴した顔…。

なんで俺に声かけたんだ?

 

「あの二人に言ってもらえますか?」

「無理よ!!」

 

かぶせ気味に即答された。

助けてっ! というような顔…。

まぁそうだろうだな。無理だろう。あの二人の間に割って入るの…。

仕方ない…。

俺が言うしかないだろう…

 

「あの…時間ですので、そろそろ開始しますね…」

 

「…そうですか。分かりました」

「 チッ 」

 

舌打ちは聞かなかった事にしよう。うん。

 

では早速と、部屋の隅にある水着達を指さした。

一応サイズもあるので、二つ並べられている。

無言で、その水着達へ近づく二人。

 

ひどく不機嫌そうに、各々水着が掛けられたハンガーを持ち上げていた。

両手に持った水着達を、交互に見比べながら…。

 

こ…怖い…。

 

というか、今更ながらスゲェ現場に立ち会ってるな俺。

 

一応、水着は3種類の撮影となる。

優花里の時と一緒だな。

 

はぁ…。

 

カチャカチャと、水着を手に取り…戻す…その作業の音だけが、部屋に響いている。

こんなんで、うまくいくのかなぁ…。

仏頂面の写真とか…嫌すぎるぞ…。

 

 

「!?」

 

「!?」

 

 

なんだ?

急に家元達の腕が止まった。

ん…今気がついた。

昨日の優花里の時の水着と似ているな…。

 

まさか…。

 

 

「隆史君」

 

「はい!?」

 

少し赤みが差した様な顔で…しほさんが弱冠怒気を含んだ声で俺を呼んだ。

うん…なんとなくソレで分かった。

千代さんが、ちょっと嬉しそうに…。

 

「この水着らは…隆史君の趣味ですか?」

 

んな事、聞いてきた!!!!

 

「違います!! ハゲです! あのハゲが用意しました!!」

 

見なくとも分かる!

それは…アレだ!!

 

「そうですよねぇ…しほさんには、ちょっと無理ですよねぇ?」

 

「あ?」

 

なんでそこで喧嘩腰!?

そして二人の家元が手にしている水着…それは!

 

 

スリングショット

 

 

「……」

 

まじか! あのハゲ!!

 

しほさん…黒…。

千代さん……赤……。

 

その気持ちは分るけど!!

 

あぁ! 本当に…痛いほど分かるがな!!

 

あの二人に対して、攻め過ぎだろ!!

命が惜しくないのかな!?

 

「いいですよ!? そんな紐なんて、着なくて!!」

 

「…む。まぁ確かに紐みたいですしね…これ、本当に水着ですか?」

 

「千代さんも!! やめてくださいね!!」

 

「あら? 私は別に構わないわよ?」

 

「常識ある女性が、着る水着じゃないですよ!!」

 

流石にアレだ! 止めておこう!

挑発している千代さんに対抗して、本当に着ると言いかねない!!

見たいけど!! すげぇ見たいけどな!!

 

「…ま…流石に…」

 

俺の言葉を聞いて、ちょっと冷静になったのか。

しほさんが、眉間に皺を寄せながら目を閉じ、水着を元ある場所に戻そうとす…

 

「あの子…昨日と雰囲気が、全然違うわねぇ」

「昨日の子には、喜々として勧めて着せたのに…」

 

 

「」

 

 

あんたー!!!

だから、呟きは聞こえるように言っちゃダメなんだよ!!

スタッフの方々は、昨日の俺が標準だと思ったのか…白面の現在俺との違いに驚いている。

 

が!!

 

「…昨日の子?」

 

「あら? 他に水着撮影をした方が、いるのかしら? …隆史君同席で?」

 

「  」

 

 

変な音を出しながら…スタッフに顔を向ける…。

 

くっそ!! 

逸らすなよ!!

俺の目を見ろ!!

 

一瞬…「あっヤベッ」って顔したの、見逃してねぇぞ!

 

「…後、着せたって…言いましたね?」

 

「」

 

「はい~。そこの貴女達も、ちょっとこちらにお越しなさい?」

 

 

「「 」」

 

 

 

 

---------

------

---

 

 

 

 

―はい。

 

白状しました。

 

無理ですよ無理。

ほぼ拷問ですよ。

 

素直に全て吐きました。

 

スタッフ!! すげぇ早口で、詳細に説明しやがって!!

そんなに自分が可愛いかぁ!!

 

「……」

 

「…ふむ。なるほど」

 

 

一応、戦車道チョコでの優花里との会話も説明しました。

はい。吐きました。

 

優花里さん! みほに憧れてる!

戦車道チョコ! 前回のみほのカード!

はい、同じ格好シタカッタミタイデス!!

 

うん! オラ、ウソ、イッテナイ!

 

イカガワシクナイ!

 

 

「…それで…ですか」

 

なにか、しほさんが納得する様な顔をした。

怒ってない! 怒ってないよ!! 良かった!!

よしよし! そうだよ! 健全な撮影会だったよね!!

着替える時とか、俺外に行っていたしね!!

 

如何わしくないよ!!

 

「大洗の生徒ですからね…その残りでしょうかね?」

 

「な…なんの事ですか?」

 

なんか…違う。

話題がずれてる?

しほさんが、どこか安心した顔をしながら、そんな事を言っていた。

 

 

「いえ…大洗学園の制服も掛かっていたので…」

 

「」

 

「まさかコレを着ろと? と思いましてね。その時の物でしたか…」

 

「   」

 

 

ヨシ!

 

ハゲ!!!

 

今度、本気でぶん殴る!!!

 

「あら? でもしほさん。私の所にもありましたけど…これは隆史君の趣味ですか?」

 

「んな趣味ないです!!」

 

無えよ!! そんな趣味は無い!!!!

 

…とは、言い切れないけど!!!!

 

「…ふふっ。そうですよねぇ…先ほどの水着も、()()()()には無理ですよねぇ。やはり誤解でしたかぁ」

 

「は? 私は大丈夫ですけど? 千代さんこそ大丈夫ですか? …露骨に若作りだと思われませんかぁ?」

 

「…随分と面白い事をいいますねぇシホサン。そのままお言葉お返しシマショウカァ!?」

 

「いえいえ、大丈夫デスヨォ? ナンナラ、もう一つ隆史君が選んだ水着も、ダイジョウブデスヨォ? まぁぁあ!? 千代さんには不可能デショウケドネェェ!?」

 

「……」

 

「……」

 

 

カタカタカタ…

 

 

(どうするんですか! この状況! 貴女方が余計なこと言うから!!)

(こんな事になるなんて思ってないわよ!! 君は一体何者なのよ!!)

(…女のプライドに火が付いたわね、家元達…)

 

 

「しほさん? 知っているんですよぉ? 撮影が決まってから、ジムに通いだしたのぉぉ!」

 

「それは千代さんも同じなのではァァァ!?」

 

「さぁぁぁ!? どうでしょうねぇぇぇ!?」

 

 

いかん…本格的になってきた。

ここまで、露骨に言い合うのって…なに気に始めてじゃないだろうか?

すげぇ至近距離でにらみ合ってる…。

ほら…貴女達…胸で押し合ってちゃダメでしょ…。

 

「…」

 

 

 

…あそこに入りてぇ。

 

 

 

(君! 現実逃避しないで!)

(……)

(…なに考えてんのかしらこの子。本当に昨日と雰囲気違うわね…)

 

 

「ではぁ、テストも兼ねてぇ!? 昨日! 隆史君が選んだ! 水着にしましょうかぁ!!??」

 

「いいでしょう!!」

 

 

((( え゛!!?? )))

 

 

着るの!? 本気で!!??

 

「はぁはぁ…そういった訳で、隆史君!」

 

「はい!?」

 

飛び火!?

二人の顔が、揃ってこちらを向いた。

弱冠顔が赤くなってる…これはアレだ…。

羞恥の赤面とかじゃないな…うん。

 

 

「一つはこれで決定しましたね!」

 

え゛……

 

「まぁこれは、最後でしょう。まず最初のを選んでください!」

 

着るの!?

 

スリン…マジデ!?

 

というか、俺が選ぶ事が確定してる!?

う…うわぁ…断れる雰囲気じゃない…。

まさか断る気じゃないでしょうね? という眼光が…。

 

 

……。

 

 

……こうなりゃ、やけだ。

 

 

 

 

---------

-----

---

 

 

 

 

「もういいわよ?」

 

隣の部屋。

そこで待機していた俺に、スタッフの人からお呼びが掛かった。

軽く返事を返し、撮影用の部屋へ移動する。

足取りは…重い!!

 

数に際限がないと、いつまでも終わりそうになかった為に、優花里と同じく全部で3着。

はっ…。

 

選んだ…選んださ…。

 

もう…何を選んでも、角が立つのが目に見えていたから、どうせならと開き直ったさ。

改めて自分で、ハンガーに掛かっている水着郡を見てみたら…もう…酷かったな…。

 

水着…並べられたソレらは…。

 

まともな物が、何一つ無かった!!!

 

きわどいのばっかりだよ!! 

ぶっちゃけスリングショットすら、まともに見えると思える程のあったよ!!

マイクロビキニすら霞むわ!!

 

何考えてんだよ、あのハゲ!!!

 

くっそ!!

 

 

 

「はい! では、撮影を開始しまーす」

 

スタッフの方々も、半分ヤケになっている感が凄まじい…。

なんでもこうなりゃ、撮ってやるってな感じだ。

部屋に入ると、白いガウンを羽織った家元二人。

 

……。

 

いや…その格好も、なに気にすげぇエロいんですけど…。

 

では最初は、しほさん。

 

「…」

 

ガウンをゆっくりと脱ぐ。

 

……うん、エロい。

 

じゃない!!

 

「はぁ…これが、隆史君の趣味ですか…いい趣味してますね…」

 

「ちっ違います!! わかってるでしょ!!?? まともなの選ぶの大変だったっんすよ!?」

 

「…しかし…ですねぇ」

 

ガウンを脱ぎ終え、水着姿になったしほさん。

 

……。

 

ぶっちゃけ、これ一発目で、カード採用を確定させようと、コレを選んだ。

が…これもスゲェ水着だけど…。

 

はい。いわゆるホルターネックの水着。

色彩は黒でございます。

 

下は左右を紐で止めるビキニタイプの仕様。

確かに、弱冠セクシーだけど、問題は上だ…。

 

首から巻かれる様に伸びた、二つの三角形の布。

外側には、背中へ回っている紐がある。

しかし、前を止めるために固定する物が、少々特徴的ですね。

 

少ない数のクロスされた紐。

 

ですから! 

 

胸元が!! 

 

谷間が!!!

 

首元から、一気にお腹までバックり開いている仕様になります!!

狙ったのか定かではないが! 多分サイズが少し小さいのだろう!!

 

溢れそうだ!!!

 

ひゃっほー!! 西住殿は最高だぜーー!!

 

 

 

「……俺の趣味じゃありません」

 

「…なぜ顔を逸らしたのですか?」

 

 

はい、次!! 千代さん!!

 

「はいはい…」

 

同じくガウンを…って。

 

この人のガウン姿って…18禁だろ…。

卑猥だぞ…普通に…。

後ろ姿で、こちらに目線を送りながら、肩から脱ぎだした。

 

…。

 

 

「…年考えろ」

 

はい! しほさんが怖い!!

 

「あら、人の事が言えて?」

 

「少なくとも私は、貴女の様に子供相手に色目は使いません」

 

「色目…って。それに子供…ねぇ」

 

あ…あれ!?

また喧嘩になると思っていたのに…。

なんか、千代さんに余裕がある。

 

「ま、取り敢えず…」

 

ガウンを脱ぎ終えた千代さん。

 

 

はい。もういっちょホルターネックの水着。

本人達は、どうもセットで見られるのは嫌うが、どう考えても貴女達って、コンビですよ。

うん…。

ですから、対になるモノ。

 

しかし!

 

千代さんの場合は、そのスレンダーな体の線が武器!! 腰とかすげぇエロい!!

ビキニタイプより、ワンピースタイプ側だろ!! と、言う事でこっちはサブ案。

 

いや…今更だけど…ホルターネックとは少し違うのか。

下は、しほさんの水着と殆ど一緒だけど、上の! 胸部の使用が全く違いますね!

 

あぁ…あれだ。

これは、チューブトップ水着という奴だ。

 

胸の間は、リングで固定。

 

色は、黒。

布周りの外郭というか、紐部分はワインレッド!

リングもメタルレッドという仕様になります!!

 

そのリングの真ん中からは、深い谷が見えますね! 

 

落ちたら死にます!

 

リングの上部から、首に回る紐が伸びており、ずり落ちない様にと固定されていますね!

 

千代さんも黒って異様に合うな!!

 

うん!! 水着ってなんだろう!!

 

 

「……俺の趣味じゃありません」

 

「…何も聞いてませんよ?」

 

 

先走った!!

 

 

「はい。西住さんは、こちらに来てくださ~い」

 

「あ、島田さんは、こちらへ」

 

 

撮影準備が終わり、早速撮影が開始になりますね!

はい! 変な事、勘ぐってないでお仕事しましょ!!

 

「しっかし、あの子…初回から攻めるわね…」

 

はい!! スタッフ! 仕事しろ!!

 

 

 

 

----------

------

---

 

 

 

 

漸く撮影が開始された。

ここにきて始めて、このスタッフ達がプロであると確信しました。

撮影開始時、めちゃくちゃ雰囲気が殺伐としていた…。

 

撮る側も、それではダメだと、二人をリラックスさせる為か…色々と話をしながらの撮影だった。

バッシャバッシャと、シャッターを切る音が響く中、独特の会話術で…あの状態の家元達を落ち着かせていった…。

 

ふむ…。

 

勉強になるな。

 

「…隆史君が、また何か…インプット…みたいな顔してますね…」

 

「……」

 

なんだ? え? なんでいきなり睨まれたの!?

 

ま…まぁいいや…。

 

しかし…。

 

この二人の水着…。

 

前屈みになった時の姿勢が、凄まじい…。

破壊力が凄まじい!

視界の暴力だ!!

 

あ…部屋から追い出された…。

 

どうにも男の目線ってのが、この撮影には不要なようで…

必要がある撮影とやらもあるそうだけど、今回は邪魔になるとの事。

 

……。

 

まぁ…写真の画像データを貰うことが、この仕事の条件だし…。

後で、もらえると思うけど…。

 

……。

 

なんだろう…すげぇ……悲しい…。

 

いや…うん。

 

ちょっと場の雰囲気に飲まれてきたのだろう。

 

……大人しく待ってよ…。

 

 

 

 

はい、呼ばれました。

 

 

 

2着目の水着の出番です。

はい。

 

しほさんは、白ですね。白。

異論は認めません。

 

白いモノキニ水着。

はい、ワンピースタイプですね。

 

……。

 

すげぇ無難なのがあった。

普通の…超標準…。

 

 

…んな訳ねぇ!!

 

 

胸元バックリ、開いている。

腹部分を隠し! 敢えて胸元だけ強調するかの様な仕様!!

 

後ろ!! 背中に布面積が皆無!!

紐しかない!!

 

次!! 千代さん!!

 

これもシンプル!!

 

連体式水着のワンピースタイプ!

首元からヘソまで、ザックリと割れているけどな!!

お腹の部分に紐が幾つもクロスされています!!

 

ただこっちが本命の千代さんには、小道具!!

パレオ! 腰に巻いてもらいました!!!

 

露出が減る?

 

露出が多けりゃ良いってもんじゃない!!

 

千代さんって、パレオが異常に似合うんだよ!

 

色!?

 

濃いワインレッドっとに決まってんだろ!!

 

なんだろうか!

 

誰と会話してんだろ! 俺!!

 

 

「いえ…本当に誰と会話しているんですか?」

 

「」

 

声に…出てた……。

 

「…あ、いえ、本当に俺の趣味じゃありません」

 

「だから、何も聞いてませんけど…」

 

 

はい…つつがなく……2回目の撮影が終了しました…。

 

俺が部屋を追い出された後に…。

 

なんだろう…この虚無感は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お疲れ様でした~」

 

カメラを持った女性の、終了の声。

…しかし…勢いとはいえ…大変な事になりましたね…。

いえ…今更ですけど…。

 

今の2回の撮影の内、どちらかが採用でしょうね。

先ほどの紐みたいな水着は、流石にちょっと…。

 

……。

 

「あの…千代さん?」

 

「なんでしょう?」

 

同じくして撮影が終わり、ガウンをまた羽織った千代さんへ声を掛ける。

先程とは違い…幾分冷静になりました。

 

次の水着を見てオモウ。

 

「やめませんか? 流石にこの水着は…」

 

「……」

 

握り拳程しかない布面積…。

なんなのだろう…この水着は…。

 

広げて見ると、その布面積が紐状になっているだけ…。

 

……。

 

その場の勢いで、着ると言ってしまいましたが…う~ん…。

同じ気持ちなのか…少し冷や汗でも出したかの様な、変な顔色の千代さん。

 

「あの…家元……」

 

「…はい?」

 

スタッフの方に声を掛けられた。

着替えの催促だろうか?

家元と呼ばれたので、私達二人に声を掛けたつもりでしょうか?

では、一応…返事は貰っていませんが…私から折れれば、千代さんも納得するでしょう。

…やめておくと言ってみましょうか。

 

「あの…男の子。尾形君でしたっけ?」

 

「え? えぇ…」

 

隆史君?

意外な質問…。

 

「子供に見えないけど…あの子から頼まれたから、水着撮影なんて許可したんですよね?」

 

「えぇ…まぁ」

「そうですね」

 

「…ここだけの話……」

 

おずおずと…少し興奮した様な顔で、訪ねてきた。

 

 

「 どんな関係なんですか? 」

 

 

ゴトンと…もう一人のスタッフが、手に持っていた機材を落とした。

顔が…なんとも言えない顔で。

即座に聞いてきたスタッフの首を掴み、引っ張っていった。

 

(あんた! 死にたいの!?)

(え~…だって、あんな水着まで着る事許したのよの? あの西住流の家元が! 気になるじゃない!)

(そりゃ、そうだけど…。世の中には、知らない方が良い事もあるでしょ!?)

 

聞こえてますよ…。

島田流の名前が出なかった事で、一瞬千代さんの眉が反応しましたね。

まぁ、今の言い方ですと…まぁ着そうですよね。千代さんなら。

 

(あのお堅い、西住流よ!? ここまで肌を晒す相手が、あの子なのよ!?)

(…言い方…。まぁ分からないでもないけど…スキャンダルだったらどうすんのよ!!)

 

スキャンダルって…。

 

……。

 

 

(でも、島田流家元なら兎も角、あのくっそ真面目な西住流家元よ!! 本当に若い子囲ってたらさ!!)

(…あんた、地雷原を散歩する趣味でもあったの?)

 

 

島田流家元なら兎も角…。

 

 

(しかも! あの家元達、どうにもあの子の前だと、張り合うみたいじゃない!)

(……)

 

はぁ…まったく。

 

 

「彼は…私の娘達の幼馴染みですね」

 

 

変な噂でも流されたら堪りません。

さっさと説明しておきましょうか。

 

「あと…島田 弥生の息子です」

 

「「 」」

 

そう…。

先輩は、別の意味で有名ですからね。

態々、旧姓で彼の母親も紹介しておきましょうか?

 

…それが分かれば、変な噂も流さないでしょう。

 

物理的に命の危険性を感じるでしょ。

 

「……あぁ…それで」

 

有名ですからね。

大体の予測もつくでしょう。

 

「そうですね。その為、彼は島田流とも交流がありました」

 

そういえば、先程から千代さんが大人しい…。

 

「分かりましたか? 何か邪推しているみたいですが…変な噂を流さないように」

 

釘を刺しておきましょうか。

まぁ先輩の名前も出しておきましたら、心配は…

 

「それと西住家ご息女と、お付き合いされているのよね?」

 

「「 はぁ!? 」」

 

なぜ…それを今…。

なぜ、その言い方…。

 

「本当ですか!?」

 

「え…えぇ、まぁ……」

 

凄い勢いで、初めに聞いてきたスタッフが、詰め寄って来た…。

なにがそんなに…。

しかし、またすぐにもう一人のスタッフに首に手を回されて、連れて行かれた。

 

(ほら!! 聞いちゃダメな事出てきた!!)

(じ…自分の娘の彼氏…。いくら、頼まれたからって……)

(変な想像しない! あの子!! 彼女の母親に水着…っ!! どう考えても、頼む方もどうかしてんのよ!? 忘れなさい! この事は聞かなかった事にするの!!)

(あっ)

(なに!? なんなの今度は!!)

 

「島田さん…」

 

「あら、何かしら?」

 

「この前、公表した…ご息女の偽装婚約の件って…まさか」

 

「えぇ、相手は彼よ」

 

「「   」」

 

 

(なに!! なんなのあの子! 関係性が、ものすごいじゃない!!)

(なにを面白いもの見つけた! って顔してんの!!)

(そ…そうか…それで、家元達のあの態度…今回の件…あの水着……)

(やめなさい! 思考を止めなさい!! もう私、逃げるわよ!!??)

 

 

「おい、ちよきち」

 

「あら、何かしら? しぽりん」

 

「…どういう、つもりでしょうか?」

 

「いぃえぇ…? べっっつにぃぃ?」

 

「その喋り方は、やめろと言ったはずですがねぇ!?」

 

ん?

 

ガチャガチャと、初めに聞いてきたスタッフが、機材を準備し始めましたね。

何か…もう一つのカメラを取り出したみたいですね。

なぜ?

 

「家元!!」

 

「…なんですか」

 

先程と同じくして、興奮気味な顔…。

喜々として…叫んだ。

 

「次の水着!! 彼に撮ってもらいましょう!!!」

 

「「 え? 」」

 

「 タ ギ ッ テ キ タ ァ ァ ! 」

 

…なっ……。

 

「では…」

 

…静かに腰を上げた千代さん。

まさか…。

 

「私は着替えてきましょうか」

 

「…え。着るのですか? あんな水着、隆史君の前で着るのですか!?」

 

「あら? やめます? べっつにぃ? 私は構わないですけどねぇ?」

 

「……」

 

「初めは着るって言ってませんでしたかぁ? 怖気づいたのでしたら、構いませんけどぉ?」

 

 

「…………は?」

 

何故か挑戦的な目。

なにを思っての先程の発言か、分かりませんが…。

 

…この女…。

 

 

 

「しほさん? どうしますぅ?」

 




閲覧ありがとうございました
タラシ殿を絡ませる、絡ませないで全後半に分けました!

ノリと勢いに流されていきますね! はい!

最初タイトルを「人妻撮影」にしようかと思ったんですけど、完全にPINK事案でしたのでやめました。
中身は健全です。思いの外…次回は…健全かどうかは知らない!!


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第16話~家元撮影~ 中編

はい、ある意味、最初からクライマックス


「はーい、分かった?」

 

「……」

 

 撮影の準備ができた為と、先程まで締め出されていた部屋に呼ばれた…。

 

 なんで…今度は呼ばれたんだろ?

 

 いや、呼ばれたのはいいよ…。

 

 なんで俺、カメラ操作の説明受けてんの?

 

 ハイテンションのカメラマンの女性に、部屋に入った早々にカメラを渡された。

 先程まで使っていたカメラとは別だけども、一眼フレームのごっつい奴。

 あ、これ昨日、優花里を撮影していたカメラだ。

 

 今のデジカメって、こんなのもあんのかよ…。

 これ絶対にいい値段するだろ。

 

 うん…。

 

 いや…それはまぁ…百歩譲って良いのだけど…。

 色々と思う所はあったのだけど、睨み合っている二人の家元と…。

 ハイテンションのカメラマンとは違い、もう一人のスタッフの方は、顔を青くして…。

 

「すいません! すいません! すいません! すいません!」

 

 ガウンを羽織った、家元達に腰から上が取れるんじゃねぇか? と思えるほどのお辞儀を繰り返していた。

 なにがあったんだろ…。

 そんな4人を眺めて、少し呆然としています。

 

「これは、カードにならない用のカメラだから、好きに撮ってね!」

 

 予備のカメラらしい。

 最後の水着撮影…なんでかソレを、俺が撮るという事で決まっているそうだ。

 

「家元達の着替えは、すでに完了しているからね! 私達は隣の君の部屋で待機させて?」

 

「…は?」

 

「今から、順番に撮影してもらいます! 制限時間は30分。んじゃ、よろしく~」

 

「はぁ!? まって! 待ってください! どういう事ですか!」

 

 言うだけ言って、部屋を出ていこうとするカメラマン。

 なにいきなり言ってんの!?

 俺が撮影する事に承諾はしていない。

 後、あんた、撮影には俺は、邪魔みたいな事言っていたよね!?

 

「つまり~…」

 

 …今回は、男目線が必要。

 先程の撮影と違い、この撮影の場合、第三者がいると逆に集中できないから、お邪魔虫の私達は退散しますぅ。

 家元達を恋人か何かだと思って、シャッターを切るのがコツね!

 それこそ脱がす位の勢いで~…って、素晴らしく楽しそうに説明をされました。

 

 …いや、恋人って…あんた。

 

「なに淡々と説明してんすか!! は!? どういう事!?」

 

「言った通りの意味だけど…家元達からの了承は得てるわよ?」

 

「俺は、承諾してねぇ!!」

 

 

 しほさんと…千代さん…さっきから一言も発しないと思ったら…。

 すげぇ笑顔で、睨み合いが継続中…。

 

 いつもの事だけど、一体何があったの!?

 

「んじゃ、まずは島田さんからだから! 健闘を祈る!!」

 

「なんの!?」

 

「もう全体的に時間がないからさぁ。さっさと取り掛かってね!!」

 

 もう、聞く耳は持たないと…テーブルに置いてあった、隣の部屋のカードキーを持って出て行ってしまった。

 終始、無言のしほさん…。

 流し目の様に、こちらを振り向き…そのまま一緒に出て行ってしまった。

 いや…いくら隣の部屋だからって…その姿で…。

 

 最後…手を合わせて、顔面の前に祈るように出している…もう一人のスタッフさん…。

 後ずさりしながら、そのまま…部屋を出て行ってしまった…。

 

 俺の前に出した腕が、虚しく宙に浮いている…。

 

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

 パタン…。

 

 ドアが閉まった音がした…。

 

 まじか…。

 

 いきなりかよ!!

 呼ばれた早々に、ガウン姿の千代さんと二人きりにされた…。

 

「さ、隆史君?」

 

「ち…千代さん?」

 

 俺の後ろ…。

 真後ろからの声に、弱冠の恐怖を覚えた…。

 ゆっくりと振り向くと…。

 

「時間もありませんから…さっさと始めましょうか? どこで撮ればよろしいですか?」

 

「」

 

 ごく普通の声で…。

 

 なんで、そんなに冷静なんですか!?

 ちょっ!? ベ…ベットの前!?

 そのベットに視線を投げていた…。

 

 って、そこかよ!!

 

「そうですねぇ…。こんな恥ずかしい格好をさせたのですから、しっかりと責任を取ってくださいねぇ?」

 

「」

 

 えっと…本当に?

 ほんっっとに、アレを着たの!?

 

 二人共!?

 

 ガウンの下って…あの…。

 

「仕方がありませんねぇ…。少しリードしましょうか? これからガウンを脱ぎますので…」

 

 そ…そりゃ、水着撮影だから…ガウン姿を撮っても…。

 いや、そうじゃなくて! 

 

「そこから、隆史君のタイミングで撮り始めてくださいね?」

 

「…え」

 

 そう発言し、背中を見せた。

 先程と同じ様に、こちらに視線を向けて…見せつけるようにガウンを脱ぎ始めた…。

 少し肩を露出した辺り…ガウンを肘関節に掛けて動きが止まる。

 急かすように、目線をこちらに送り…。

 

「時間がありませんからねぇ。早くしてください」

 

「!?」

 

 くっ…仕方ない…。

 そうだよ…。

 あんなの着てくれたんだから、恥ずかしくない訳がない。

 急かされるまま、カメラを構えた。

 

 ファインダーを取り敢えず覗いてみると、その先には白い背中が見える。

 

「……」

 

 マジかよ…。

 本当に着たんですか!?

 あの水着を着ていると確信できる物が見えた…。

 

 背中には、紐しか見えない。

 

 白い背中に赤い線…。

 両肩からVの時になっている…紐…。

 

「……」

 

 ちょっと…すげぇ…見てしまう…。

 俺マジデ、ナニヤッテンダロ…。

 

 いや…でもなぁ…いくら大人とはいえ…こんな水着。

 ある程度の覚悟がなきゃ着れないだろうし…。

 いつまでも狼狽えていちゃ…それこそ、千代さんに失礼すぎるだろ…。

 

「さて…どうしますか?」

 

 少し頬を赤らめて、半身にこちらを振り向いて…。

 

 ぎゃ…逆三角形…。

 

 胸を起点として…それは見事な横乳…じゃない!!

 逆三角形を作り出していた!

 ガウンが邪魔!!

 

「千代さん…」

 

「…あら、なんでしょう?」

 

 えっと…先程の少し見た撮影と、昨日の優花里を撮影した時のカメラマンを思い出す。

 確か、会話をして…褒めながら…。

 

「背中…すげぇ綺麗ですね」

 

「っ!?」

 

 と…取り敢えず褒めてみた。

 

「肌も、すごい綺麗ですし…」

 

「…」

 

 何か、おかしかったのだろうか?

 余裕の表情が消えた。

 取り敢えず、一度シャッターを切ってみる。

 

 カシャッと機械音が響く…。

 

「う…嬉しい事を、言ってくれますね…」

 

「そう…ですか?」

 

 あぁ、これで正解だったのか…。

 くっそ! 顔が熱い!!

 女性を真面目に…それこそ露骨に褒めるのって…こんなに恥ずかしいのか!!

 

「普段なら、隆史君…そんな事言わないですからね。素直に嬉しいですよ? …少し、恥ずかしいですけどね」

 

「こっちも恥ずかしいのですけど…!?」

 

「あ、でも酔っている時に似たような事を言われましたかね?」

 

「ぐっ…」

 

 何か、少し怪しい笑みを浮かべている。

 狼狽えている俺が、何が可笑しいのだろうか?

 それとも、今の会話が、良かったのか…。

 

 その状態が少し続いた…。

 2、3度シャッターを切るのだけど…背中しか撮っていない気がする…。

 いかん…時間だけが過ぎて行く。

 

「…少しお話をしましょう」

 

「え…あぁ! はい!」

 

 気…気を使われてる…。

 無言を貫くのもどうかと思うし…まぁお互い気が楽になるのなら…。

 

「…決勝戦、お疲れ様でした」

 

 ガウンを肘関節に掛けながら…後ろをこちらに見せ、一昨日の事を話題に出した。

 まぁ、迷惑を一番かけてしまったのが、千代さんだと思う。

 

「いえ、大変ご迷惑を…」

 

 またシャッターを切る。

 先程から、上はほぼ裸。下はガウン…そんな千代さんしか撮っていないなぁ…。

 まぁ、これはこれで…すげぇエロいけど。

 

「それで、ですねぇ…今回の事で、改めて思いまして…」

 

「え? 何がですか?」

 

 手を、お腹の前で組み…こちらを向いた…ぁぁああ!!

 胸が凄い事になってる!!

 まっ白な肌に、赤い線がぁぁ!!

 

 ガウンが邪魔をしているが、それでも分かるスレンダーな体の線…。

 それに少しアンバランスかとも思える程の胸!!

 

 い…いかん…。

 

 昨日の優花里が着た、スリングショットよりも、布面積が弱冠広いが…そういうことじゃない!。

 つか…ガウンが、下半身……要は、全体を顕にしない為、チラリズムとも違うけど…これはこれで…すげぇ…事に…。

 

 無意識に顔を逸らし、カメラを少し下げてしまった。

 そりゃそうだろ!!

 直視出来なかった!!

 一瞬見た、大人の女性のスリングショット!!

 胸の形が完全に分かり、尚且つ最低限の場所しか隠さない水着!

 殆ど見なかったけど、一瞬で目に焼き付いた…。

 

「ふふ…」

 

 なに!?

 

 なんか近づいてきた!!

 

「隆史君」

 

「はっ! はい!?」

 

 密っ着!! 密着されたぁ!!

 真正面から、寄りかかるみたいに、上半身を押し付け…ぇ!?

 胸になんかすっげぇー! やわら……あぁぁ!! もう!!!

 

 顔が熱い…。

 ここまで、自分が赤面していると自覚できたのは、久しぶりだ!!

 密着し、下から上へ…上目使いで見上げてくる!!

 

 そんな彼女からの、言葉が。

 

 

 

「やはり、愛里寿と一緒になる気は、有りませんか?」

 

 

 

「はい!?」

 

 少し、頭の熱が下がった気がした…。

 な…なんで今! このタイミングで、そんな話!?

 

 愛里寿!? 

 

 え!? 少なくとも千代さんは、俺とみほが付き合ってるの知ってるよね!!

 意外な問いに、思わず下を向いてしまう。

 

 目に入る…。

 

 …押しつぶされた様に…丸みを更に強化された胸が…。

 

 谷間が…。

 

「…あぁ、将来のお話ですよ? 最終的には…って、事でぇ…」

 

 手っ!!

 

 下を無ていた顔を、両手で掴まれて、強制的に正面…つまりは、千代さんの目線に合わせられた。

 なに!? そのすっげぇエロい顔!! 

 そして、すっげぇエロい声!! 

 熱を帯びたような…なんで? 愛里寿の…えぇ!?

 

「今現在…そうですねぇ…。高校卒業までは、お好きにしてもらって、結構ですから…」

 

 か…顔が…近い!! 近づいてくる!!

 背中に硬い感触がした…。

 いつの間にか壁際に追いやられていた…。

 

 お好きにって…どういう…。

 

「愛里寿と一緒になる前…。それなら浮気じゃありませんし…そうでしょう?」

 

「ちょ!? え!?」

 

 彼女の親指が、俺の両顎に添えられている。

 顔を固定された!?

 

 その為に背伸びをしたのか、俺の胸に当たっている、千代さんの胸が…さらに丸みを帯びた。

 

 丸みを帯びた事によって、肩に掛かっている水着の紐が…少し浮く…。

 

 ぐ…ぁ……。

 

 絶対に擬音はムニッ! か、ムニュッ!! だ!!

 

「……」

 

 …何言ってんだ俺…。

 自己ツッコミに、ちょっと冷静になれた…。

 

「そうそう…しほさんに何か色々と、プレゼントをしてもらったみたいですね」

 

 なんでまたそれ!? なんか話題を戻された!?

 しほさんの名前が出ましたね!? 冷静になったと思った頭がまた混乱し始めた!

 

「では、私も何か…。隆史君は、何か今欲しい物とか…あります?」

 

「そりゃ、ありますけどね! なんで今、こんな時にそんな話をするんですか!!」

 

「…何故?」

 

「そうですよ!!」

 

 随分と不思議そうな顔をしている。

 というか! 完全に、壁際に追い詰められていた…。

 この言い方は、しほさんに対抗して何か俺に買うつもりだ!!

 

 いいよもう! 

 

「!?」

 

 ここまで露骨に近づいてくる千代さんは、初めてだ!!

 気がついたら…ガウンから伸びた…白い脚が、俺の脚の間に差し込まれていた…。

 

 おい…おいおいおい!!

 

 あんた今、すげぇ格好してんだよ!?

 つか、さっきからなんなの!?

 

 言動がまるで…

 

 

「言ったでしょう? 愛里寿と一緒になる前なら、浮気では無い…と」

 

「なっ!?」

 

「それまでなら…私も少しくらい……若い子囲っても、よろしいかと思いまして…」

 

「なぁ!!??」

 

 顔が…近づいて来る…。

 本気か!? え!?

 薄目で、何か熱を帯びた顔…。

 顎を上げて…口を…。

 

 こ…これは……。

 いくらなんでも分かる…。

 

 千代さん…え!?

 

「っ!!」

 

 流石にまずい…。

 

 本気かどうかなんて、この際置いておく…。

 女性に恥を…とかも、どうでもいい…。

 

 おかしい…。

 

 千代さんの熱を帯びた、本気の目もそうだけど…言っている事が、滅茶苦茶だ。

 

 そんな事を愛里寿が、認めるはずなんてないし…。

 

 何よりも、みほが…。

 

「…隆史君」

 

 熱を帯びた目が、近づいてくる…。

 

「……」

 

 千代さんの肩に手を置いた。

 

 …その手に、力を込める。

 

 その手を…。

 

 多少乱暴でも…引き剥がすように、本気の力で前に押し………

 

 

『 ピピピッ! ピピピッ! 』

 

 

 突然、テーブルの上。

 スタッフが置いていった、置時計のアラームが鳴った。

 なんだ…。

 

 あっ! 30分経ったのか!!

 

 …。

 

 電子音を皮切りに、俺の顔から千代さんの手が離れた。

 アラームに驚きでもしたのか、それこそ素早く…もう終わりとばかりに。

 

 いや…もう離れたとしても、先程までのは、流石にないだろう。

 冗談だとしても…愛里寿の名前まで出して…。

 

 一言言ってやろうと、視線をまた向けると、その目の前には…。

 すでにガウンを完全に着て、何か少し申し訳無い様な、そんな笑顔をした千代さんが目の前にいた…。

 違う…これは…。

 

「ご…ごめんなさいね? 隆史君」

 

 ……。

 

「ちょ…ちょっと、私も熱が入っちゃったけど…」

 

 手を先程のスタッフの方と同じように…目の前で合わせて…。

 

「30分経ったし…これで、私の撮影は終わりねっ♪」

 

 …じ…時間稼ぎ…。

 

 そういう事か…。

 

 ただ、からかってきたダケカ…。

 

「……」

 

 やはり千代さんも、こんな水着での、しかも写真を撮られる事には、抵抗があったのだろう…。

 そうだよな…なんか。背中ばかり見せてたものな…。

 そういえば……撮る時も…なんか…誘導…。

 

「いえ…なんか、隆史君の狼狽ぶり見てたら…ちょっと嬉しくなっちゃって、悪ノリしちゃいましたね!」

 

「……」

 

「わ…私も、まだまだ、いけそうですかねぇ?」

 

 冗談めいた言葉を発している…。

 女性として意識された事が、嬉しかったそうだ。

 

 うん…。

 

 なんだろう…。

 

 これは…。

 

 ちょっと…。

 

「あ…あらぁ…隆史君? 大丈夫?」

 

 

 いつもの千代さんに戻っていた…。

 

 

「……」

 

 

「どう!? もういいかしらっ!!」

 

 部屋を開けて…隣の部屋から、カメラマンの方々がお越しになりましたね…。

 

 弱冠不機嫌そうな、しほさんと一緒に…。

 

 部屋に入り、早速と…カメラマンの姉ちゃんが、近づいてきた。

 カメラマンは、俯いている俺の肩をバンバンと叩きながら…嬉しそうに…。

 

「どうだった!!??」

 

 非常に楽しそうに…まだ、顔が赤かったのか…。

 変に勘ぐって茶化してきている。

 

 ……ふ…ふふ…。

 

 アレだ…。

 

 亜美姉ちゃんを…思い出した…。

 

 叩かれる…まだ、肩を叩かれる…。

 

 それに反応して、顔を上げた。

 うん…比較的に笑顔を意識して。

 

「どう!? 本格的なさつ……え……」

 

 顔を上げた俺を見て、何か言い淀み始めたカメ姉。

 

 何、目を逸らしてる。

 

 こっち見ろ。

 

 ……。

 

「ダメですね」

 

「…………え」

 

 カメ姉の後ろにいた、しほさんと目が合った。

 何かあったと察したのか…一瞬目を見開き…。

 思いっきり…顔ごと目線を逸らしたネ。

 

「 カメラマンサン 」

 

「…な…なに?」

 

 

「   延長   」

 

 

「「 え!? 」」

 

 カメ姉と千代さんの声が、綺麗に被った。

 すでに終えたと思っていたのか…安心していたのか…。

 この状態からは見えないが、声から焦りを感じましたネ。

 

「…はい、操作間違えて何もしてないんですよ。先程、漸く開始できたと思ったら、終っちゃいましたネ」

 

 …はい。

 

 振り向きました。

 

 千代さんの顔が、段々と青ざめていきますね。

 カメ姉さんも、何故か青い顔してますね…。

 

 すぐに置き時計へと移動。

 無言で、もう一度置時計のアラームをセットする。

 はい、もう30分。

 

「え…あの……」

 

「はい。では、もう30分したら来てください」

 

 決定事項の様に言い切った。

 

 しほさんは、複雑な顔をしたまま…無言で部屋を出て行った…。

 今度は俺が、しほさんの後を追わせる様に…カメ姉の背中を押す…。

 

「え!? ちょっ!! 今日、そんなに時間無い…」

 

 

 

「カメラマンさん」

 

 

 その行動に、少し現実に戻ったのか…焦った様な声が聞こえる。

 部屋から出る直前、思い出したかの様にそんな事を言い出した。

 

 それに対し…自分でも分かるくらい…恐ろしく冷たい声で対応した。

 

「アンタ。俺の人間関係、かなり微妙なバランスなの…知っているだろ…」

 

「!?」

 

 どうせ、家元達が話したか…それともハゲから聞いたのか…何にせよ…。

 知っている事を前提に、話を切り出したら肩が跳ね上がった。

 

 …それを見逃さない。

 

「 それをおもしろがって、そんな俺に撮影なんて……サセマシタネ? 」

 

「 」

 

 図星なのか…今度は、体が硬直した。

 ぐっ…と今度は、手を両肩に乗せ…軽く…掴む。

 

「 ソウソウ、カードの特別枠でも増やしますかぁ? …俺が責任者らしので、どうとでもナルデショウ? 」

 

「え…」

 

 意外なのか…怯えた声がした。

 まぁ…うん、察しろ。

 

 だから言う。

 

 

 

「 マ イ ク ロ ビ キ ニ 」

 

 

 

「!!??」

 

「ね? ある意味、貴女も戦車道の関係者デショ?」

 

 振り向いたその顔は…蒼白になっていた。

 特別枠の事は、適当に言ったけど…ある程度の決定権は、本当に俺にあるのだろう。

 

 …マジでやりそう………そんな顔を頂きました。

 

 

「30分の撮影延長…対象は…貴女でも構いませんヨォ…?」

 

「わかったわ!! 了解!!! 承りました!! もう30分したらまた来るから!!!」

 

 はい…快く許可を頂きました。

 

 …その後、逃げるように部屋を出て行ったな。

 

 最後、延長の許可から問題を変えたのに、気がついていなかったな。

 

 ア ッ ハ ッ ハ ッ ハ

 

 閉められたドアから、振り向く。

 うん…後ろを振り向く。

 

 一人残された、千代さんに向かって。

 

 

「 千 代 さ ん 」

 

 

「な…なにかしら!?」

 

 

 俯いき、千代さんの名前を呼ぶ。

 名前を呼ばれて返事をした千代さんを無視し…おもむろに近づいていく。

 近づくに従い、一歩一歩後退する千代さん。

 

「」

 

 それでも逃がさない様に近づき…彼女の目の前に立つと…怯えた様な顔で見上げられた。

 

「た…隆史君…その延長って…え?」

 

「……」

 

 無表情で見下ろす…。

 

 その態度で、流石に察したのだろう…。

 

「お…怒ってる?」

 

 うん…目が泳ぎだした。

 まぁ、年下とは言え…俺みたいな男に迫られたら、怖いのだろう。

 部屋には、二人きりだしね。

 ですから、安心させる意味でも、言っておこう。

 ― 笑顔で。

 

「 激 怒 っ て 奴 で す ね 」

 

「」

 

 

 肩を掴む。

 ガウンの柔らかい手触りを感じた。

 そのガウンを掴み…。

 

「流れとはいえ、こんな水着を着せたんです。千代さんが嫌なら、それでやめました」

 

「…え」

 

「俺を囲むとか…度が過ぎた冗談も…まぁ、100歩譲って良しとしましょう…」

 

「そ…それならぁ…」

 

 

 そこまで言って、掴んだガウンを強引に肩からずり下げる。

 

「!?」

 

 腰に縛っていた、ガウンの紐を引き解き…。

 背後に周り、呆然とした千代さんの隙を突いて、ガウンを脱がした。

 

「!!??」

 

 脱がした際、水着がズレたのだろう…前かがみになって、胸元を隠す仕草をした。

 その事を計算し、態々背後に回った…。

 これならズレた時に、見えないだろうと。

 千代さんは、焦りながら…ズレた水着を直しながら、顔だけでこちらを振り向いた。

 

 大人の余裕も無く…何か言いたそうに、口を開いので…。

 

 

「からかうのと同時に…保身の為に、愛里寿の事を出しましたね?」

 

「」

 

 一番俺が、怒っている理由を口にした。

 

「いえ…あれは…その、リアリティを…」

 

「 は? 」

 

「」

 

 もっともらしいといえば、らしい言い訳。

 そうだな、リアリティとやらを出すのには、最適だろうな。

 最近妙に艶っぽいというか、艶かしかった千代さん。

 

 俺も本当の事かと思って、変に焦ってしまった。

 冷静になれば、冗談かと思うだろうが…冗談でも言っちゃダメだろ。

 

 …愛里寿の事は。

 

 はい、顔が青いですね。

 

 はい、手にあるガウンは、邪魔ですねぇ…後ろにほおり投げておこうかね。

 

 振り向いた時、彼女は前屈みのままだった。

 はい、腕を入れます…脚の下に。

 

「隆史君!? ちょ!? えぇ!!??」

 

 彼女を抱き抱え上げ、そのままベットの上にまで連れて行く。

 少し暴れたが、問題ない。

 

「…千代さん」

 

「なっ!? ベッ!?」

 

 ベットの上に、彼女を乗せて…なにを狼狽えているかしらねぇが……一言…。

 

 

 

 

「 正 座 」

 

 

 

 

 ベットの上に、スリングショットの水着を着た女性を正座させた。

 悪いとは思っているのか、素直に…綺麗に正座した千代さん。

 半裸とも言える…というか、ほぼ全裸の彼女を見下ろしている俺。

 正座の為、体が密着している。

 視界が、ほぼ肌色一色…。

 

「あ…あの……隆史君?」

 

 彼女の呼びかけを無視。

 

「本当なら説教の一つもくれてやるのですが、それよりも、撮影が恥ずかしくて嫌なご様子ですのでね?」

 

「あ…当たり前です! しほさんの手前、今更言いませんでしたが……さ…流石に、この格好は私も恥ずかしいですし…写真に残るという…の……は……」

 

 はい、言い訳を始めましたね。

 無駄にエロい体を、くねらせながら…そんな事を言い始めました。

 お仕置き…とも違うがまぁ…。

 

「…ですから、利害が一致しました」

 

「え…」

 

 利害。

 

「撮影が嫌なら撮影します。その為の…延長。千代さんは反省をする意味でも、少し痛い目にあった方がいい」

 

「……え…」

 

 一方的な利害。

 

 

「一つ思い出したのですが…俺はですね……」

 

 

 正座している千代さんの肩を押した。

 強めに押された彼女は、ベットの上に座ったまま横たわった。

 仰向けになった彼女を、立ったままベットの上に乗り…カメラを構えた。

 

 乱れた水着。

 

 少しずれただけで、色々と見えてしまう…。

 

 それが分かっているのか、狼狽しだし体を縮こませ様とする。

 

 ―が。

 

 

「女性のそういった赤面した顔が、好きでなんすよねぇ?」

 

 

 利…俺。

 

 害…千代さん

 

「ほら、一致した」

 

「い…意味が違います!」

 

 

「 ダ カ ラ ?」

 

 

 冷たく言い放つ。

 所詮言葉遊びだ。

 

 露出された骨盤を指でなぞると、こそばゆかったのか…悲鳴に近い声を上げて、肢体をくねらせた。

 

 連射。

 

 バシャバシャとした音が響く。

 

 変な体の動きと、ポーズもあり、撮られた!? みたいな顔をこちらに向けてきた。

 大きく体を動かした為、水着の乱れを手で確認しながら…目を見開いていますね。

 

「…本来なら、恩人とも言える千代さんに、辱める様な事はしたくないですけど…」

 

 流石に恥ずかしいのか…裸同然の格好で正座してモジモジしていた千代さん。

 

 

「ボクモ、ツライ」

 

「な…なら!」

 

 俺の言葉に少し顔を輝かせた。

 その輝きを無視。

 

「今回は騙し方が、最低でしたねぇ…。愛里寿の件を出して…更に俺を囲むとか…」

 

「」

 

 冷たく言い放った言葉に、顔を凍らせた。

 

「 モラルを無視した千代さんには、モラルを無視した痛い目に、あってもらいます 」

 

「」

 

 はい。逃がしませんし、やめません。

 あわあわし始め、今更遠くに投げ飛ばされたガウンを探し始めた。

 

「今回の事…愛里寿が知ったら…」

 

 ビクッと体を完全に硬直されましたね。

 卑怯な真似されたので、卑怯な真似で返します。

 千代さんの弱点…突かれたく無い所なんぞ知り尽くしてる。

 

「呼び方が、今度はどう変わるでショウカネ?」

 

「  」

 

 

 

 

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 -----

 ---

 

 

 

 

 部屋にシャッターを切る音が響く。

 いつもなら、今の彼女を見て、本来ならエロいなぁ…とかしか思わず、狼狽えるだけだろう。

 

 ―が。

 

 現在は思っていても、表情にすらでない。

 

 はい。怒ってます。

 昨日、しほさんに正座させた並にキテます。

 

「そうそう…」

 

「な…なにかしら!?」

 

 愛里寿の名前を出したら、完全に諦めたのか…。

 大人しく写真を撮られている。

 よくある、グラビア写真のポーズとか…寝そべってるとか…。

 

 適当に指示を出すと、無言だけど大人しく従った。

 はい、胸を強調してぇ…脚組んでぇ…。

 

「…………」

 

 30代後半の体じゃねぇ…。

 ジムに通いだしたとか言っていたから、その効果もあるのだろう。

 しかし…適度に引き締まった体は、十分に20代でも通用する。

 

 ―が、言わない。

 

 千代さんも、そんな事を言えば、多少は喜んだり、照れたりしてくれるかもしれない。

 だが、今回は目的が違う…もう違う。

 

 しかし本来なら、リラックスさせたりして、撮影をするのだろう。

 無表情でカメラを構える俺を見て、弱冠顔を強ばらせている千代さん。

 それでも恥ずかしいのか、赤みが差したその顔。

 それはそれで、良いのだけど…。

 

 ―だが。

 

 これじゃあ、ダメダヨネェ。

 

「!?」

 

 撮影を中断し…背中を向ける。

 そのまま、部屋備え付けの冷蔵庫へ向かう。

 その時、彼女は俺の横顔をでも見たのだろう。

 

「た…隆史君!? な…っ! なんで急に、笑いだしたの!?」

 

 別に笑ったつもりは、ありせんよ?

 そのまま無言で移動する際、昨日使ったであろう、霧吹きをテーブルの上から取り上げる。

 

「」

 

 そのまま冷蔵庫を開けて…あぁ、あったあった。

 …水が入ったペットボトル。

 

 霧吹きは、よく100均とかにある奴だからさぁ…。

 ペットボトルの蓋を開け、霧吹きの頭を…あぁ、やっぱりサイズが合ったな。

 ミネラルウォーターが入ったペットボトルの口に、霧吹きの頭を取り付けた。

 はい、完成。

 ふむ…後、15分程しかないな。

 

「…さて、千代さん」

 

「え…な…なに? なんでそんな…」

 

 カメラを片手で構え、霧吹きを後ろへ隠して…千代さんの元に戻る。

 その乗っているベットへ、膝を掛ける。

 俺の重みで、少しベットが傾いた。

 …別に、気取った感じの写真じゃなくても…イイデスヨネェ?

 

「…え……え!!??」

 

 千代さんは、仰向けに寝ていた体の上半身を、肘で支えて少し起こした。

 いや…本当に、ほぼ裸だなぁ…。

 俺を見上げている顔が、すげぇ不安気に眉を潜めている。

 

 素早く、後ろ手に隠していた霧吹きを、至近距離から千代さんのおヘソへ噴いた。

 バシュッとした音と共に、冷蔵庫で冷やされた水が噴出された。

 

「ふっ!!??」

 

 敢えての冷水。

 

 不意打ちと驚きで、無駄な肉も付いていてない、白いお腹をくねらせた。

 はい、写真写真。

 

「たっ!? たかっ!!??」

 

 顔を赤くしていますね。

 いやぁ…。

 

 体を回し、うつ伏せになり逃げる。

 はい、背中の中心にまた冷水を…。

 

「ひゃぁ!!」

 

 今度は背を反らせた。

 

 その瞬間にまた、片手でカメラのシャッターを切る。

 カシャカシャと何度機械音が響く。

 

 今度は仰向けに体を回転させ…逃げようとしたので…。

 

 横腹…いや、アバラ横付近に冷水を…。

 

「んん!!」

 

 

 ……。

 

 体を動かす度に冷水を掛け続けると、千代さんは変な声を上げて体を曲げる。

 曲げる度に、いろんなポーズを取る事となるので、写真を取るこちらは非常に…タノシ……いや、助かる。

 

 ぬ…いかん。

 あまり掛け続けると、ベットがえらい事になりそうだ。

 さて…あぁこうしよう。

 

 霧吹きを、横のベットに放り投げた。

 まだ水が入っていた為に、重りがある様な物なので、綺麗にベットへ着地した。

 さて…。

 

 はぁはぁ息を切らしている千代さん。

 仰向けになってぐったりとしている。

 

 中途半端に水分を含んだ体が、妙に艶かしいが…。

 小さな水玉が、幾つも体の上に乗っていた。

 

 

 だが、そんな感想はアトマワシダ。

 

 

「ぐ…うぅ…さ…流石に私も、怒りますよ!」

 

 羞恥の為か、顔を真っ赤にした千代さんが、睨んでくる。

 まぁ、ほぼ裸の体を、勢い良くくねらせ…散々いろんなポーズ…。

 それこそ、変な格好の姿まで、全て撮られていた本人にすれば、分からないでもない。

 

「!?」

 

 そんな千代さんを、冷たい目で見下ろすと、今度は何かに怯えてた目をした。

 まぁ、この人に睨まれれば…大概の人は、萎縮して固まるだろう。

 ちょっと本気の目をしていたからな。

 

 ま、無視だ。

 

 アラームをセットした時計を見ると…残り5分。

 ラストスパートだな。

 

 うつ伏せから上半身だけを起こし、こちらをまた睨み直した。

 

「っ!?」

 

 カシャっともう一度シャッターを切る。

 重力に引かれた胸が、ベットの上に素晴らし谷間を作り出していました。

 いやね、その格好もひどくエロかったから、取り敢えず撮った。

 

 その淡々と行動した俺に、何を感じたのか…。

 

「あの…隆史君?」

 

 おもむろにまた、近づく…。

 

「わ…私が悪かったから…その…」

 

 何が怖いのか…先程とは違い、完全に怯えた顔と声になった。

 ま、知らんけど。

 今度は、手を使う為に…千代さんに近づく。

 

「ひゃぅ!!」

 

 突く。

 

 横腹を突く。

 

 また体をくねらせた為に、更にカメラのシャッターを切る。

 俺の体の正面に、人体急所や神経が集中した箇所が来た時…。

 

 躊躇なく…やさ~~しく、指先で撫でる。

 

 撫でる。

 

 シャッターを切る。

 

 撫でる。

 

 シャッターを切る。

 

 たまにツツク。

 

 シャッターを切る。

 

 撫でまくる。

 

 シャッターを切りまくる。

 

 最終的には連写だ、連写。

 

 

「やぁ! んっ!! はっ!!」

 

 

 ……たまに、何とも言えない声を上げるけど…。

 

 顔を真っ赤にし、涙目に…いや、もう泣いてるななぁ…。

 最後には体を、ベットの上で暴れさせていた。

 太股を上げ、上半身だけを回す…とか、非常にキワどい格好にもなったり…。

 

 要は…くすぐった。

 

 くすぐりまくった。

 

 人体急所もそうだけど、神経が集中している所には、軽い刺激は擽ったいだけ。

 

 この人も、この歳で…って言い方は失礼だけど、大人になってから、ここまで…それこそ逆撫でするかの様に、くすぐられた事なんてないだろうよ。

 思い出してもらいましょうか? その刺激を。

 

 

 ウ フ フ フ フ

 

 

「ひゃう!!」

 

 最後、グリッとまた横腹付近を突っついた。

 大きく胸を反らし、海老反りみたいな形になった姿に、シャッターを切った所で……電子音が鳴り響いた。

 

 はい、アラームが鳴りました。

 撮影が終了となります。

 

 短時間だけど、散々くすぐられた後だった為…全身の体の力が抜けたのか…。

 くすぐるのを止めたら、脱力し仰向けになって動かなくなりましたね。

 

 はい、胸で息を繰り返してますね…。

 

「……ぁ……は……」

 

 くたぁ…って、してますね。

 両手にも力が入らないのか…半開きにした手を、腕ごと投げ出している。

 

 …正直、溢れた時もあったけど、ほぼ無心でシャッターを切っていたので…その時は何も思わなかった…。

 まぁ、あんだけ体をくねらせて…ここまで際どい水着だからね…。

 

 ナニとは言わないが!!

 

 まっ! 全てファインダーに収めたがな!!

 

 

「……」

 

 冷静になってきた…。

 ……流石にそれは、後で消そう…。

 

 みほに…見つかったりしたら、洒落にならん…。

 

 あ、後。

 しほさんとまほちゃんと…華さんと……優花里と……沙織さんと……杏会長と……柚子せんぱ…………。

 

 

 ……。

 

 なんだ、これ。

 

 自分で自分を追い詰めてないか? コレ。

 

 ……ま、いいや…

 

 

 さてと。

 

 部屋の隅に、投げ捨てられたガウンを拾いに行く…。

 拾い上げたガウンを千代さんに掛けると、ゆっくりと…赤い顔をした千代さんがそれを羽織った。

 

「う…うぅ……」

 

「さて、千代さん」

 

「!?」

 

 こちらをバッと振り向き、完全に及び腰になっている。

 そんな千代さんに、ちゃんと笑顔で問いかける。

 

 

「 反 省 し ま し た か ? 」

 

 

 その問い掛けに、首が取れるんじゃないかと思うほど…何度も縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「どう…? 終わった?」

 

 先程とは違い、ちゃんとドアをノックした後に入室をしたカメラマンのスタッフ。

 …一体何があったか知りませんが…随分と変わりましたね。

 隣の部屋で待機している時も、何故かずっと青い顔をしていましたしね…。

 

「えぇ、今度はちゃんと終わりましたよ?」

 

 それに対して、笑顔で対応している隆史君。

 

 …先程…あれ絶対に、千代さんに対して怒っていましたよね?

 結構な怒り方と感じましたが…大丈夫でしたでしょうか?

 私にも飛び火なんて、冗談じゃありませんよ…。

 

 ……。

 

「ぅ…」

 

 き…昨日の事を思い出しました…。

 一回りも年下の子に…あぁも一方的に怒られるなんて…。

 隆史君の怒り方って、こちらの逃げ道、全て壊して来ますから…どうしようもなくなるのですよね。

 正論ですべて潰されます…。

 こちらは感情的になって言い返そうとすると…その前に、それも潰されますからね…。

『いい大人が! 感情的になって言い訳ですか!?』でしたっけ? こちらが、まだ冷静な内に言われてしまいました…。

 とにかく、終始こちらが感情的にならない様に牽制して怒るというか、何というか…。

 みほ位の年頃の娘には、通用しないでしょうが…何というか…大人に対しての怒り方とでも言うのでしょうか?

 

 ま…忘れましょう。胃が痛くなりますから。

 

 さて、今回怒られたと思われる、その千代さんですが…。

 

「……」

 

 カメラマンの方も、もう一人のスッタフの方も…呆然となって見つめていますね。

 

 …ベットの上の千代さんを。

 

 ガウンを着てはいるものの、自身の体を抱きしめる様にしていますね…。

 顔が完全に怯えてます…。

 近づいて、声を掛けようとしましたら…近づいてから気がついたとでも言う様に、縋ってきました。

 

 ……え。

 

 縋ってきた!?

 千代さんが!?

 

「しほさん!!」

 

「ど…どうしました?」

 

 私のガウンを掴みました。

 やめなさい。

 脱げてしまいます。

 

「怖い! 怒った隆史君、怖い!!」

 

「……」

 

 やっぱり怒られましたか…。

 

「も…もう…淡々とカメラを切るというか…感情が無いみたいで…」

 

「そうなのですか? 私の時とは全然違いますね」

 

「頭から言い訳すらさせない様に…逃げ道塞がれましたし…」

 

 それは一緒ですが…。

 人の話を聞かないで、取り乱した様に喋ってますね…。

 

「も…もう…撮影中なんて、一言も喋りませんし…すっごい悪い笑顔するし…」

 

 …。

 

 …チラッと視線を隆史君に向けると……普通にしか見えませんが…。

 

「この歳で、あんな……あんな……っ!」

 

 ……どんなですか。

 

 …ん?

 

 ベットが湿ってる?。

 

 指で軽く触ってみると、やはり少し湿っていました。

 

「…隆史君?」

 

 少し疑う様な目線を送ると…もう一つのベットを指差してます。

 …あれはペットボトル?

 飲み口に何か付いてますが…。

 

「……」

 

 いや…やはり隆史君が、いつもと違いましたね。

 ただ私は目線を送っただけですのに…妙に察し良く、あのペットボトルを指さしましたね。

 

「延々と、恥ずかしい写真を撮られ続け…」

 

「…自業自得でしょうよ」

 

「…しほさんなら兎も角………もう私、お嫁に行けません…」

 

「おい、子持ち」

 

 まったく…。

 この様子なら大丈夫でしょうよ。

 

 私もさっさと終わらせましょう。

 そもそも、この女に張り合ってしまい、水着撮影なんて許可……挙句…。

 

 

 こんな水着…。

 

 

 ……さ……流石に娘達には言えない…。

 

「さ、ラスト! 西住さんですね!!」

 

 カメラマンの方が…って、なんで声が裏返っていたのでしょうか?

 

 ま…今更…撮影を中止になんて…。

 正直、こんな恥ずかし水着姿…写真になんて撮られたくないですし…。

 

 あ! 

 

 でも隆史君なら、事情を言えば撮ったフリで済ませてくれるかもしれませんね!!

 これはカード用では、ありませんからね!

 そもそも、いつもの隆史君なら、ひょっとしたら上手く撮影進行が出来そうにありませんし!!

 先程の…まぁ……許容範囲ギリッギリの水着も、恥ずかしがって見てましたからね!!

 それを自分で撮るなんて……できるはず…。

 

「しほさん…」

 

「……なんですか」

 

 隆史君の方向へ顔を向けたら…目の前が千代さんでした。

 

 …邪魔。

 

「貴女の魂胆なんてぇ、見え見えなんですよぉ?」

 

「その喋り方はやめなさいと…散々…」

 

「隆史君なら、恥ずかしがって撮影が中々進まないとかぁ…言えば中止にしてくれるとかぁ…そんな事考えてるでしょぉ?」

 

「……」

 

 この…女……。

 

「…でも」

 

「な…なんですか…」

 

 貴女の魂胆もバレバレですよ。

 道連れにしようとしないで下さい。

 

 急に真顔になって、なにを企んで…

 

 

「今の隆史君…しほさんの撮影を中止にしないでしょう…」

 

「…」

 

「そして躊躇無く、しほさんの痴態を撮影するでしょね…」

 

「なっ!?」

 

「私は、ちゃんと撮影しましたよぉぉ!!??」

 

 こ…この女…ヤケになってる…。

 

「ご息女…次期後継者が言っていましたね……決勝戦の最後、言っていましたね?」

 

 な…なんですか! いきなり!!

 決勝戦…? 最後?

 

 

 

 

 

「西住流が、逃げるんでぇすかぁぁ???」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました
PINKにならない様にガンバリマシタ。
ケンゼンデスヨ?



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第17話~家元撮影~ 後編✩

「撮影、やめますか?」

 

 しほさんが、驚いた顔をしている…。

 俺の提案が、そんなに意外…か?

 今まさに、その白いガウンの下に着込んでいると思われる水着。

 千代さんですら、あんな方法を取ってまでやめようとした、最後の水着の撮影…。

 

「え…いいのですか?」

 

「素直に言ってくれれば、こんな際どすぎる水着の撮影なんぞ、やめますよ?」

 

 まったく…。

 そういえば、千代さんが最後に、しほさんを煽っていたなぁ。

 まぁもう勢いが、ついているからカメラを切る事には躊躇しないと思うけど…。

 流石に、強引には撮影しないって。

 

「いえ…なんというか…拍子抜けですね…」

 

 …しんようって、どんな漢字だっけ?

 

 片手でガウンを掴み、何故かそんな事を言ってますね。

 やはりいつもの事といえ、千代さんと張り合って、引くに引けなくなっている状況は目に見えている。

 さっさと開始とばかりに、その千代さんは、二人のスタッフを引きずり気味に部屋を出て行ってしまった。

 部屋に二人きりになった状況で、切り出してみたら…これだ。

 

「いや…しかし、千代さんが…」

 

 珍しく歯切れが悪いなぁ…。

 何か変なプライドが邪魔をしているのかなぁ?

 別に最後の撮影は、人に見せる為じゃないし…というか、千代さんの惨状は見せられないなぁ…。

 

「いや…しかし、千代さんは撮影を済ませましたし…」

 

 だから何、を張り合っているのだろう…。

 

「…西住流が、逃げるなど………」

 

 …今、戦車道関係ないでしょ?

 

 はぁ…。

 

「んじゃ、せめて水着変えます?」

 

「え?」

 

 用意されていた、滑車がついたハンガーラックを引いて来てやる。

 絨毯廊下みたいな床なので、上手く転がらないけど…。

 はい、ズラッと並んだ色取り取りの物を、しほさんの目の前へと移動させた。

 

「し…しかし……」

 

 千代さんが、そんなに気になるのか…。

 その水着の並びを睨み始めた。

 迷っちゃいる事はいる。

 

 ふむ…。

 

「んじゃ、ちょっと千代さんに確認してきますよ」

 

「なっ!?」

 

 だから…なんでそんなに、悔しそうな顔を…。

 

 ん?

 

 ズボンのポケットに入れてあった携帯が、振動を繰り返し始めた。

 誰かからの着信…みほさんでしょうか?

 

 ……。

 

 表示を見るのがちょっと怖い。

 

 ま、無視するのもなんだからなぁ…。

 

「しほさん、ちょっと…」

 

「え? …あぁ」

 

 携帯を取り出して、指を指す。

 出ても良いと許可を貰ったので…って…うん。

 

 優花里さんデシタネ。

 

 流石に…部屋から出よう…。

 あまり会話を聞かせない方が、良さそうだし。

 

「ちょっと、長くなりそうですので…廊下で話してきますね?」

 

「えぇ、どうぞ」

 

 しほさんに背中を見守られ、退室をする。

 部屋から出る時に、少ししほさんの顔が見えた。

 

 …真剣に水着の並んだ、ハンガーラックを睨んでいた…。

 

 部屋のドアが、しっかりとしまったのを確認すると、携帯を操作する。

 どうしたんだろ…。

 優花里も、今日の俺の予定は知っていたと思うのに。

 

 ……いや。

 

 だからだろうか?

 

 まぁいいや…。

 

「―はい」

 

『あ、隆史殿。今大丈夫ですか?』

 

「あぁうん。大丈夫」

 

 至極普通…。

 今朝の微振動を繰り返していた優花里さんとは、思えないほど…普通だ。

 顔を見なければ大丈夫なんだろうか?

 

 声だけだと、なんか俺の方が恥ずかしく感じるなぁ…。

 

『今、西住殿の引越しを、皆さんで手伝っているのですけど…』

 

 あぁ…朝から家へ直行したのか…。

 

「あ~…うん、ありがとな」

 

『い…いえ…』

 

「……」

 

『……』

 

 な…なんだ…。

 やっぱり気まずいんじゃないか!

 

『でっ! ですね! あの…隆史殿の荷物ですが…』

 

 意を決したかの様な声で、会話を強引に再開させたな…。

 まぁ、ここは乗っておくか。

 さて、荷物ね。

 

 みほは、華さんの私物を運ぶのを手伝っており、代わりに優花里が電話して来たと…。

 あぁ…そういや、華さんの荷物って運ばれている訳ないよな。

 

 一階に一室だけ和室があった。

 俺の荷物は、そこに放り込んであったな。

 

『どこまで、整理をして良い物かと…』

 

 あぁ、俺の分まで、やってくれるつもりなのか。

 仕分けして出しておいてくれるだけでも、大分楽になるからな。

 

『プライベートな物ですし…それでも、少しでも整理をしてあげないと、いつまでも片付かないと、西住殿が仰っていまして』

 

「あ~…なるほどな。……あっ」

 

『……』

 

 まずい…。

 

 まずいまずいまずい!!

 

 どれだ!? どれに入れてあったっけ!?

 見られたらまずい物が、一つあった!

 

 乙女の戦車道チョコ……カードバインダー。

 

 しほさんのカード以外をコンプリートしてある…専用のフォルダ。

 箱外しまくっていたら、当たりの印字がされた物が出ましてね…。

 送付しましたら、専用のファイルが、もれなく貰えるって…結構よくある話だよね!

 

 性格なのか…すげぇ整理しまして…ちゃんと綺麗に並べまして……。

 

 第三者が見たら、これ見本ですか? と聞かれる程の完成度になったバインダー。

 しほさんのカード部分のみ、寂しく空いているバインダー。

 

 見つかったら絶対怒られる…というか、引かれる…。

 

 更に、みほのカードとか…持って行かれそう!!

 

『……隆史殿?』

 

 そ…そうだ!

 

「マ…マジックで、赤丸を付けてあるダンボールあるだろ?」

 

『え? え~…と。あぁ、ありますね』

 

「そ…それと、黒の印のダンボール以外なら、何でも好きにしてくれていいよ」

 

 一応、どこに何を入れられたか確認はしておいた。

 適当にそれに、目印を付けておいたのを思い出した!

 それで済むくらいに、すげぇ綺麗に整理されて、ダンボールへとしまってくれてあったんだ。

 

「あと…」

 

 マジックの色で、ダンボールの中身を仕分けしておいた事を教える。

 できるだけ…普通に…。

 声が上擦らない様に…。

 黒は衣服。青は筆記用具とか学校関連の物。緑は…生活用品。

 判断は任せる、好きにしてくれと言っておいた。

 

 赤の印のダンボール…。

 …勝手に開けて見るとかは、彼女達がするとは思えないけどな。

 

 

 

『・・・・』

 

 

 

「な…なに?」

 

『なぜでしょう…隆史殿が、慌てふためいている映像が浮かびました…』

 

「…」

 

『まっ。隆史殿も、男の子ですし…』

 

「ちっ!! 違う!! 如何わしい物じゃない!!」

 

『…どうだか…』

 

 な…なんだ今の声は…。

 初めて聞きましたよ!? 優花里さんのそんな声!

 

 それに、如何わしい物は、ノートPCの中だ! ちゃんとパスワード付きの!!

 …まぁ、見られたら終わるけどね。

 

 ボクモ、オトコノコデスシ

 

「はぁ…包丁とか刃物…調理用具が入ってるの。特殊なのも有るし…入れ方分かってないと、危ないから触るなよ?」

 

『……』

 

 ぐ…できるだけ普通に言ったつもりなのに…。

 なんだ…この…無言は…。

 

 はっ。

 

 だが甘いな、ゆかりん。

 

 …最後に対優花里専用の武器を使おう。

 

「後、無印のあるだろ?」

 

『…ありますね』

 

「それ、開けてみ『セクハラですか?』な」

 

 

「……」

 

 

 

 即座に聞き返された…。

 

「…なんで、ダンボール開けさせるのがセクハラになるんでしょうか?」

 

『いえ? また如何わしい水着でも、出てくるんじゃないかと思いまして。タラシ殿、前科がありますし』

 

「…………」

 

 信用が! 無い!!

 

「い…いいから開けて見てください…」

 

『・・・・』

 

 ダンボールを開ける作業をする音が聞こえてきた。

 半信半疑なのか…無言ですね…。

 

『さて…本当にセクシャル・ハラスメントじゃありませんね?』

 

「……違います。ま、中身はあれだ…。好きなの持ってきな」

 

『好きなの?』

 

「完成品で、良けりゃーな」

 

『…完成品……あっ!!』

 

 はい。

 無印は、娯楽用品です。

 前に趣味で、作った事あるって言っていた物です。

 

 戦車のぉ、プラモデルゥ。

 

 …ふっ。

 

 優花里への、何かあった時の交渉用に青森の実家から、昔作ったの取り寄せておいて良かった…。

 姉さんに説明するの大変だったけど…。

 

『タイガーI型! ティーガー! T-34/85 …ぁ…筆ですか!? これ筆塗りですか!?』

 

 ガサガサと、次々に何かを漁る音が聞こえてきますね。

 

 いやぁ…みほ同様、優花里も分かりやすい。

 餌が楽だねぇ。

 

 …手間は、掛かるけど。

 

 先程とは打って変わり、興奮した声に変わった。

 ぶっちゃけ、名前言われても分かんねぇけどね! 

 店で適当に選んだプラモだけどね!!

 

「ウェザリングだけ筆塗りだな。んで、まだ組み立ててないけど…それでいいなら上げ…『 ありがとうございます!! 』」

 

 はぇぇな…。

 

『でも! いいんですか!?』

 

「あぁ、作っちゃったら後は、しまっておくだけ…だ……し…」

 

 ……。

 

『隆史殿!?』

 

 テンション高く、明るい声が、携帯を通して聞こえてくる。

 機嫌を良くしてもらって良かった…。

 

 うん…本当に良かった…。

 

 隣の人とは全く違って…明るくなってるのが分かるから……。

 

「…何してるんですか? 隆史君…」

 

 ち…千代さん。

 

 隣の俺が宿泊した部屋。

 

 強烈な視線を感じました…。

 その部屋のドアを半身程開き…こちらを覗き見していますね…。

 ドア自体が隣り合わせの様に並んでいるからね…。

 

「30分経ちましたけど? 廊下で何を……まさか…」

 

「え…あっ!!」

 

 しまった…優花里との話に夢中になってた…。

 通話中の携帯電話の画面。

 そのデジタル画面を確認すると…うん。

 そういえば、部屋の中の時計にアラームすら設定してないよ…。

 

「……」

 

 う…すげぇ、恨みがましい目で見てくる…。

 

『ん? どうしました? 隆史殿?』

 

「い…いや…ごめん、仕事に戻るわ…」

 

『え? あぁ! まだ途中だったんですね! すみませんでした!』

 

 あぁ…なんだ、この温度差…。

 

『ではっ! 頑張って下さい!! ………………水着撮影』

 

「」

 

 

 ブツッ

 

 

 先方から電話を切られました。

 さ…最後だけ、非常に冷たい声でしたね、ゆかりん…。

 呆然と、すでにメイン画面に戻った、携帯の画面を見下ろしていると…。

 

「……隆史君」

 

 ち…千代さん。

 目…見開いちゃってますけど…。

 

「いえ…あの、しほさんの…水着の件で、千代さんにお伺いしたく…」

 

「は?」

 

 あ…いかん……こりゃ変更も中止もできそうにないな…。

 まぁ…千代さんには無茶したし…う~ん…。

 

「あ…でも、撮影時間が…」

 

「え? 私にあれだけの事をして…しほさんは、免除するんですか? え?」

 

「」

 

「はい、スタッフさーん。延長お願いしますねぇ?♪」

 

「」

 

 振り向き、後方に向けて、なにか嬉しそうに声を上げた。

 部屋の中で、なにか言っている声が聞こえた気がする…が。

 うん…千代さんの、怒りの混じった機嫌良い声が全てをかき消す…。

 これもある意味、自業自得だろうか…。

 

 カチャッと、また目の前で音がした。

 

 半身程に開かれたドアが、千代さんの顔半分程の隙間に閉じられていた。

 顔はこちらを向き…すごく楽しそうに顔を綻ばしている…。

 

 うん…今なら分かる。

 

 怒りのピークが過ぎ、千代さんにえらい事しちゃったなぁと…実感できる程には…冷静になってるしね。

 

「先程は、流石に私も悪かったと思いますが…だとしても隆史君は、随分としほさんには、優しいですねぇ…」

 

「そ…そんな事は…無いです…よ?」

 

「……私は反省しましたし、ちゃんと恥ずかしい写真も撮られました」

 

「やめて下さい! 人が聞いたら誤解されます!」

 

「 事実デス 」

 

「」

 

 

 こ…。

 

 

 怖い!!!

 

 

 ドアから指が出て…その黒い隙間から…爛々と輝く…瞳がぁ…。

 

「…30分後……」

 

「!?」

 

「……次に何もしてなかったら…流石にぃ…」

 

 スゥゥゥ…と、ゆっくりと閉じていく扉…。

 幸いにして、この人が通り掛からないのが良かった!!

 知らない人が見たらなんて思うか!

 

 

「  本気で怒りますから  」

 

 

 パッタン

 

 

「……」

 

 

 うん…。

 

 撮ろう…。

 

 俺も命は惜しい…。

 

 

 

 

 

 ---------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

 戦車道大会が開始され…あの二人も頻繁に顔を合わせる様になった。

 ある意味で、今までこんなに長時間、あの家元同士が行動を共にする…という事は、なかったみたいだ。

 まぁ…俺が絡んでいるってのが、比較的に大きかったようだけど…。

 

 んで、思った。

 

 千代さん…結構、はしゃぐと子供っぽい。

 まぁそれも彼女の可愛い所でもあると思うけども、どうにもソレが、しほさんと絡むと暴走しやすくなる様だ。

 

 …その間に、俺を挟むのはやめてほしいですけどね。

 

 はぁ…しほさん褒めると、千代さんが怒り…千代さん褒めると、しほさんがキレそうになる…。

 

 昔から、あぁなのだろうか?

 高校生くらいの二人を見てみたくもある。

 

 …やはり、ライバル同士だったのだろうか?

 

 何だかんだで、いい関係だと…思うのだけど。

 みほとまほちゃん。そのどちらか…もしくは両方が、愛里寿ともそんな関係に将来的になっていくのだろうか?

 それはそれで、見てみたい気もする。

 

 ま…今は、目の前の事だ…。

 

 電話に夢中になって、しほさん待ちぼうけさせてしまっているし…。

 結局、水着撮影続行だし…。

 

 怒られそうだなぁ…。

 

 部屋に戻ろうと、ドアノブを捻る。

 

 ゆっくりとドアを開けて、また撮影現場となる部屋に入室する。

 絨毯廊下みたいな物だから、足音がしない。

 

 

 

「 ……………… 」

 

 

 

 別に、忍び入ったって、訳では無いのだけど…。

 

 別に、バレない様に入ったって、訳でも無いのだけど……。

 

 

 入室して真正面に見えた…。

 

 

 短い廊下……。

 

 

 入室すれば、すぐに見える…その先の室内……。

 

 

「 」

 

 

 誰?

 

 

 アレ?

 

 

 長い黒髪を、一本の長い三つ編みにし…。

 

 

 全体像を映し出す、縦長の置き鏡に向かい……。

 

 

 自身を写して……腰を左右に捻りながら…………。

 

 

 とても……それは、とてもとても……楽しそうになされた………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗学園の制服をお召になった……大魔王様が、いらっしゃいました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと着れるモノですね…サイズは…よし…ジムに通った甲斐がありましたね♪」

 

 

「   」ウェスト、キニシテル…

 

 

「しかし…思いの外、スカートが短い…。みほに少し、気をつける様、言い聞かせた方が良いでしょうか?♪」

 

 

「   」スカート、ツマンテル…

 

 

「なるほど…。少し、若返った気になるものですねぇ♪」

 

 

「   」スゲェ、タノシソウダ…

 

 

「まぁ、何故この様な服が置かれていたか、分かりませんが…たまには良いものですね♪」

 

 

「   」キャピキャピ、ハシャイデル…

 

 

「ふむ…私も、まだまだイケそう……で……」

 

 

「   」ドウシタライイノダロウ?

 

 

「……す……」

 

 

 

 

 

 

 スカートの端を両指で掴んで、少し前屈みに体を倒されながら、硬直されましたね。

 はい、俺も暫く前から硬直しています。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……」

 

 

 

 …カシャ

 

 

 

「まぁぁぁぁぁって下さい!!!! なんで今、撮ったんですか!!!??」

 

 

「あ…いえ……私は、これで…」

 

 

「いつからですかぁ!!?? いつからいましたかぁ!!!???」

 

 

 涙目ですね。

 

 顔真っ赤ですね。

 

 そんな貴女、初めて見ました。

 

 大人の女性ってなんだろうな? と思いました。

 

 え、あ、はい。

 

 

 

「あ…お構いなく……」

 

 

 

「構います!! 構いますよ!!!」

 

 やめて下さい。

 

 死んでしまいます。

 

 肩を掴まないで下さい。

 

「何、普通に退室しようと、してるんですかぁ!!??」

 

「……」

 

「消して下さい!! 消してください!!! 消してください!!!!」

 

「いえ…ダイジョウブデス。忘れますので…」

 

「嫌な気の使い方しないでください!! 貴方が忘れても、写真が残ってますよね!!??」

 

 

 俺の両肩を掴み、前後に振り回してますね。

 連動されて頭も前後にガックンガックン動いてますね。

 

 やめて下さい。

 

 そんな事されても何もでませんよ? 俺の魂くらいです。

 

 

 

 …カシャ

 

 

 

「!?」

 

 あぁ、そんなに振り回すから…。

 カメラに添えてあった指が、シャッターを切ってしまった。

 まぁ、こんなに接近されているから、至近距離の写真だと思うけどね。

 

「ぅぅぅう……」

 

 そのカメラから発せられた音に、少し冷静になったのか…。

 そのまま項垂れるように、しほさんが停止されました。

 

 …よかった。

 

 色々な意味で死ぬかと思った。

 

「こ…こんな姿を、見られたからには……」

 

 あ…今度は小刻みに震えだした…。

 あ……まだこりゃ安心できない…。

 

 

「隆史君を殺して、私も死ぬ…」

 

 

 俯いていた顔を上げた。

 

 うん…真っ赤だね。

 

 うん…涙目だね。

 

 ここまで赤面したしほさんは、初めて見るね。

 

 

 殺気がパナイね……。

 

「あの…しほさん」

 

「なんですか!? 遺言ですか!?」

 

 うん…眼がマジだね…。

 

 段々と冷静になってきた。

 あまりのショックで、上手く思考が働かなくなっていたけど…まぁそれは、しほさんも同じだろう。

 いや…貴女アレですよ? いくら俺がアレでも…セーラー服は…ちょっと…。

 だから大丈夫。

 もう冷静です。

 

 はい、まだ死にたくありません、

 

「というか! 隆史君は、なんでそんなに真顔なんですか!!」

 

 いや…だって…

 

「いえ…こんな時、どんな顔すればいいのか分からないんです」

 

 そうだよ。ある意味、選択肢なんて無いだろ…。

 

「笑えばいいじゃないですか!! 嘲笑でもしたらいいでしょ!? むしろそっちの方が、気が楽ですよ!!!」

 

 あ~…うん。

 

 部屋に戻ったら一番最初に目に飛び込んで来たのが、大魔王様が、娘の学校の制服着て、キャピキャピはしゃいでいらっしゃったんですよ?

 

 笑えるわけねえでしょう…。

 

「ぅぅ…ババァ無理すんなとか、言えばいいでしょぉ……」

 

「なんで、そんな定型文…知ってるんですか…」

 

 また項垂れてしまいましたね。

 さて…。

 

「千代さんの説得が失敗しました! 仕方ありませんから、水着撮影しましょうか!!」

 

「あからさまに、話題を逸らさないで下さい!!」

 

 どうしろと…。

 

「…じゃあ、ソレを着た経緯とか聞いて良いのですか?」

 

「……」

 

 顔を逸らしましたね…。

 だから、どうしろというのだろう…俺が死ねばいいのか?

 

 まぁ、確かにあのハンガーラックの水着が並んでいる中。

 一着、異彩を放っていましたが…。

 

 あ…

 

「もしかして…」

 

 ビクッ!

 

 そういえば、スルーすれば良いのに、態々それを話題に出して来たのって…しほさん…。

 

「着てみたかったんですか?」

 

「……」

 

 あぁ…そろそろ、顔が溶けるんじゃないかと思うほど真っ赤だなぁ…。

 

 女性というのは、いくつになっても、こういうモノを着たいものなんでしょうか?

 見た目がいくらキツイと言っても…人がいない時ならば、着てみたかったのかなぁ…。

 

「く…黒森峰では…昔から制服が変わっていないのですよ……」

 

 と…遠まわしに肯定した…。

 

 確かに黒森峰の制服って、なんとも言えないけど…。

 あぁ…そういえば、セーラー服って大洗学園だけだな。

 色は兎も角、こういうテンプレな制服ってのは、憧れるものなんだろうか?

 

 

 …それは、まほちゃんもだろうか?

 

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

 

 取り敢えず、部屋の奥にしほさんを誘導した。

 もしいきなり、千代さん達が入ってきたら…って言ったら、光速すら超えそうな勢いで動き出したな…。

 

 今はベットの上に腰掛けた…。

 それでも制服を脱がない…。

 

 あ、脱げないのか?

 

 俺、もう一度外にでも出ようか?

 

「…隆史君」

 

「ひゃい!?」

 

 まごまごしていたら、突然声をかけられた。

 怖い!

 今、何聞かれても怖い!

 

「本当に隆史君は、こんな私を見ても何も言わないのですねぇ…」

 

 自分自身を、あざけ笑うかの様に笑ってるなぁ。

 いやぁ…マジで何をトチ狂ったのだろうか…?

 

「ここ最近、若い娘達と一緒になる事が多かったせいでしょうか?」

 

 ……まぁ…うん。

 

「あ、俺ですか? 大丈夫ですよ? そういった趣向にも理解はデキマスノデ」

 

「趣向とか言わないでください!!」

 

 あ~…うん。

 正直に言ってしまえば、しほさんのセーラー服姿は、希少価値すらでるだろう思うけど…。

 

 

 …キツイ。

 

 いくら、しほさん推しの我でも、これはキツイ。

 

「はっ…」

 

 あー…力のない笑いだなぁ…。

 水着もそうだけど、もしこの姿を、まほちゃんとみほが見たら…。

 

「……」

 

 

 目のハイライトさんが消え失せ、茫然自失とする、みほ…。

 

 静かにマジ泣きしそうな、まほちゃん…。

 

 

 ……。

 

 

「あの…着替えるなら、外にもう一度出てましょうか?」

 

「着替える?」

 

「いえ…結局、水着撮影しないと、千代さんがマジギレしそうでしたし…」

 

「あぁ…ダメだったとか言っていましたね…。ま、大丈夫ですよ?」

 

「大丈夫?」

 

「はっ…おかしなものですねぇ…。露出の大きい、あの水着より、この姿の方が恥ずかしいとか…」

 

 いや…まぁ、そりゃそうだろうけど…。

 

「それに、水着の上から着ましたら…あぁ…そうでした。いつまで、こんな恥さらしの格好を…」

 

 

 水着の上からね…。

 どうにも、俺がいつまでも戻って来なかった為に、撮影中止が濃厚と思ったらしく…。

 部屋に入ってくる時は、ノックでもするだろうからと、躊躇はしたが試しに着てみたとの事。

 その為、すぐにでも脱げるように水着の上から、そのまま着てみたらしい…。

 

 しっかし、思い切ったな…ソレをよりにもよって着ますか…。

 

「では…さっさと済ませてしまいましょう…」

 

「!?」

 

 

 いや! ちょっと待って!!

 

 おもむろに制服を捲くりあげた!?

 羞恥心が、完全に麻痺したのか、普通に捲くりあげた。

 制服の下の水着も、アレなんですよ!? アレ!!

 

 いや…。

 

 黒いスリングショット…。

 

 制服の下から現れたソレは…その…。

 

 その現状の出で立ちから…余りにもアレで…。

 

 

 エロい下着を着けている様にしか見えねぇ!!

 

 

 …カシャ

 

 

 あ…

 

 

「……隆史君」

 

「…はい」

 

「確かにすでに半分は、水着ですが…何故今、撮ったのでしょう?」

 

 む…無意識に指が動いてた…。

 

 思いっきり顔を背けちゃったよ!!

 

 捲くり上げている途中だった為に、一度その手を止めた。

 胸の上で、少し畳まれた様に…制服が止まっていた…。

 

「はぁ…ま、時間も無いでしょうし……いいですけど…」

 

 え!!??

 

 いいの!?

 

 多分、自分の姿を第三者目線から見れないのだろうけど…。

 しほさん、すげぇ格好してますよ!? 今!!!

 

 スカートのウエスト部分に挟まれた水着が、上半身部分の水着を引っ張っている様になっている。

 

 だからだろう!

 グニッ! って擬音が絶対に発生すると確信できるほどに、制服を脱ごうと腕をあげた瞬間…。

 両方のでっかいのに、M字の谷が作成されていた!!

 

 撮るよ!!

 

 ボクも男の子だもん!!

 

 無意識にシャッター切っちゃったよ!!

 

 ……。

 

 ……いや、ホント…何やってんだ俺…。

 

 まっ! いいや!!

 

 撮っていいって言ってくれましたから、その状態のを連続で撮影する!

 

 カシャカシャと連写する音が、手元から響く。

 

 いやぁ…無意識って怖いわぁ…。

 

 うん、無意識。

 

 

「……」

 

 何を思ったのか、捲くりあげた状態で、動かなくなったしほさん。

 どうしたんだろ…ま!! 捗るからいいけどね!!

 

「いや…あの、隆史君…」

 

「なんすか!!!」

 

「…元気いいですね」

 

 おっといけない…。

 色々と流され始めていた。

 それでも一応、カメラを構えた状態を崩さない。

 

「や…やはり、ちょっと待ってください」

 

「え?」

 

「…これは…ちょっと思いの外、恥ずかしいですね…」

 

 チッ!!

 

 現状、下手に水着だけを着ているより、エロい状態だというのに、気づきやがっ……。

 

 もとい。

 

 やっと気がついてくれましたね。

 

「あと…カメラで撮られるというのも…というか、カメラを向けられるだけでも、結構恥ずかしいですね…」

 

 カメラを遮る様に…恥ずかしそうに、腕を上げて…。

 

 

 …カシャ

 

 

 

「!!??」

 

 

 

「な…なんですか?」

 

 反射的に撮ってしまったけど…。

 すぐにカメラを下に下ろした。

 

「そのポーズは、やめて下さい! シャレにならない!!」

 

「え? え?」

 

 なにが何だか、分からない顔をしている。

 分からなくて結構!!

 

 でもね! 今のその状態…というか、格好で!!

 

 その()()()は、まずい!!!

 

 マジで、まほちゃんとみほが泣く!!!

 

「と…取り敢えず、少し離れてますから…水着に早くなってください…」

 

「???」

 

 本格的に首を傾げている、しほさん。

 いきなり俺が、空気をぶった切って真顔になったからってのもあるけど…。

 

 

 言った通り、少し離れてた。

 

 それを見て、しほさんは立ち上がり…それこそ普通に制服を脱ぎ始めた。

 というか、その姿を俺に見られるのは、もう良いのでしょうか?

 

 ま! その水着姿になる時も、ファインダーに収めたかったが…。

 

 今は、それどころじゃない!!

 

 …。

 

 いや、うん…本当に撮りたかった…。

 

 ゴソゴソと動いているしほさんを他所に…カメラの画像…写真を確認する。

 

 一番新しい写真になるので、すぐに出てきた…。

 

 これは…消さないと…。

 

 今の空気や流れに身を任せていた俺にも、一気に冷静にさせる破壊力…。

 

 ベットに腰掛けて、大洗の制服を着て…前をはだけさせ…キワどい水着がそこから覗いている。

 

 その姿だけでも、結構危ないのに…。

 

 しほさんは、カメラを遮るポーズ。

 正確には、カメラからの視線を隠すように、自分の目を隠した。

 

 手の平を表に返し…顔の目の前で…。

 

 ……。

 

 これ……すげぇ…。

 ブレもなく…すっごいバランス良く撮れてる…。

 

 ……。

 

 

 オレ…本当に何やってんだろ…。

 

 

 ま…まぁいい…消そう……今の内に消しておこう…。

 

 ……。

 

 手…というか……指が動かん……。

 

 後は、削除…する…だ……け……。

 

 

 

 指がつった…。

 

 

 

「さ、用意ができました」

 

「!!」

 

 

 いろんなモノと戦っているうちに、しほさんの用意ができてしまった様だ。

 消せず終い…。

 

 昨日から、何かオレの良心が弱い…欲望がブーストされている様だ。

 

 ……誰のせいだろう…。

 

「どうしました?」

 

「い…いえ…」

 

 

 千代さんの時といい…俺…自分で自分を追い詰めてないか?

 

 

 しかしっ!

 

 これ!! 消さないと!!

 

 

 いつまでもカメラと睨めっこしている訳にもいかない…。

 

 

「……」

 

 

 うんっ!! 後にしよう!!

 

 

 後でいいや! 後で!!

 

 

 

「では、どうしたらいいですか?」

 

「あ…はい、では……」

 

 

 顔を上げると…。

 

 

 

 窓からの逆光を受け、モデル立ちしている…黒いスリングショット姿のしほさんが、目の前に広がった…。

 

 

 

「 」

 

 

「…な…なんですか?」

 

 

 広がったんだよ!!

 日本語がおかしい?

 

 知るかぁ!!!

 

 恥ずかしいのだろう!!

 完全に水着姿だ!!!

 すげぇV字!!

 

 なんか……もう!!!

 

 それでも、冷静になろうと取り繕ってる、しほさん可愛い!!!

 

 

「かッ……かわっ!?」

 

 

 声に出てた?

 

 シラネェ!! シッタコトカ!!

 

 

 はい。

 

 ここから本当に無意識です。

 

 無意識にシャッターを切りました。

 

 

「…しほさん」

 

「な…なんでしょう?」

 

「 腹 筋 が 素 晴 ら し い !!」

 

「……」

 

 千代さんもそうだけど、30代後半の身体じゃねぇよ!!

 テンションが、一気に最高潮にまで引き上がらされた!!!

 

 こんなの見せられて、テンションが上がらねぇ男はいねぇ!

 上がらねぇ何て言う奴がいたら連れてこい!!

 

 ハグしてやる!!

 

 

「ふ…腹筋を褒められても…微妙ですね」

 

 

「しほさん、ジム通いだしたって言ってましたよね!?」

 

「え…えぇまぁ…」

 

「その身体付きなら、筋トレもしましたよね!!」

 

「えぇ……インナーマッスルを鍛えようと…」

 

 

「 素 晴 ら し い 」

 

 

 走るだけでも、いいのだけど中から鍛えようとすると、効率は上がる。

 だからか!!

 しほさん、体つきがバランスがいい!!

 

「外腹斜筋が締まっているいるから、ウエストの引き締まりが良く見えるし!!」

 

「」

 

「後ろ!! 後ろ向いてください!!」

 

「え? えぇ…」

 

「広背筋…あぁ…だから筋も綺麗に見えるのか……」

 

「あの…隆史君!? ちょっと隆史君が怖いのだけど!?」

 

「女性で、ここまで引き締める何て…あ、上腕二頭筋も素晴らしい……ここまでタルミが無いって、やはり筋肉が…」

 

「あ…あの…なんか、一心不乱に写真撮ってますけど…」

 

「しほさん!!」

 

「え? あ、はい」

 

「ナイスバルク!!」

 

「…ぁ? え? あの…意味が……」

 

「腹筋とか、すっごい切れてますよ!!」

 

「はぁ……え……褒められてるんですよね?」

 

 すげぇ…出るとこ出て、引き締まってる所がまた…。

 

 あぁ!! 千代さんもしっかり……くそぉぉ!!

 

 

 …千代さんも、怒りに任せないで、ちゃんと見てれば…

 

「……」

 

 しほさん、すげぇ綺麗な写真になりそうなのに…千代さん、ただエロいだけの写真になっちゃったし…

 

「…………」

 

 …ん?

 

「 隆史君 」

 

「なんすか!?」

 

「…なんで、そんなに輝く瞳で……ま…まぁいいです」

 

「?」

 

「ちなみに、千代さんはどの様にして撮影を?」

 

「え? 水かけました」

 

「……」

 

「?」

 

「なるほど…それで湿って…。ま…まぁ、その位なら…そういった趣向もあると、聞きましたし…」

 

 趣向って…なんの話だろう…

 

「では! それで私も撮影してみますか?」

 

「…え」

 

「千代さんは、ソレで撮影されてたのでしょう? まぁ水着ですし…そんなに不自然ではないでしょうし?」

 

 な…何をいきなり張り合い出したんだろう…。

 

 いや…でも、アレすんの?

 

 いきなりの事で、呆然としていると…しびれを切らしたのか、なんか怒り出されました。

 

 

「嫌なんですか!? 千代さんには、できて私は嫌なんですか!?」

 

 

「い…いえ、良いというなら、しますけど…怒りません?」

 

「怒りません!!」

 

 だから、なんで張り合ってんだろ…。

 腕を組んで、見下ろす様に睨んできた。

 まぁ…その姿も一応撮るけど…。

 

 組まれた腕の中が、凄い事になってたし…これはエロい。

 

 んじゃ、まぁ…。

 

 取り敢えず、ベットの上に、投げ出されていた霧吹きを拾い上げる。

 

 さて…まだ、あったな。

 

「……ん? 隆史君?」

 

「なんすか?」

 

「あ…あの……なんで冷蔵庫に向かうのでしょう?」

 

「え…同じ事っておっしゃいましたので?」

 

「え?」

 

 冷蔵庫から、冷えたミネラルウォーターを取り出すと、温くなったペットボトルと交換する。

 流石に千代さんに使っていたモノは、もう普通に常温に近い。

 

 さて。

 

 後、時間は、どのくらい残されているのだろう。

 

 まぁ、ヤレとおっしゃいましたのでやるけど…。

 

 しほさんには、特に怒る事もないのに…ま、いいや。

 

 

「た…隆史君? なんでそんなに笑顔なんですか!?」

 

 いやぁ…。

 

 僕もツライ

 

「た…隆史君!? たかっ!?」

 

 いやぁ…。

 

 

 

「っああ!!」

 

 

 

 ノリと勢いって怖いなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

「…はい…では、撮影が全て終了しました……」

 

 

 最初のテンションは何処へやら。

 

 消耗しきったみたいな顔のカメラマンさん。

 

 あの後、しほさんの撮影時間は、5分程しか残っていなかった。

 まぁ…すげぇ写真いっぱい撮れたからいいけど。

 しほさんは、肉付きがよろしい…が、あの様に筋肉も素晴らしいので、すっごいバランスが取れていた。

 体の線もクッキリとし、動けば動く程艶かしい線も、一緒に動く。

 

 

 

「……」

 

 

 

 …あれ? また自分の首絞めてない?

 

 ま…まぁいいや。

 

「じゃぁ、はいコレ」

 

「え…」

 

 二つのカメラから、SDカードを抜き出して、カメラマンから渡された。

 その後ろで、すでにいつもの服装になっているが、二人の家元が項垂れているのが見える。

 その横では、もう一人のスタッフさんが、一生懸命お片付けをされてますね…。

 

「じゃあ、後は選考お願いね…」

 

「……は?」

 

 今、なんつった?

 

「はぁ!?」

 

「今回の写真、全てそれに入ってるから。それもそれで好きにしていいから…」

 

「いやいやいや!! 選考!? 俺が!?」

 

「本当は、撮影後に皆でやる予定だったんだけどね。…撮影延長時間が1時間。もう流石に無理」

 

「」

 

「後は、責任者の貴方が、責任もって選考してちょうだい」

 

「」

 

「貴方、PC……まぁ、今の子だったら持ってるか」

 

 まて…待って!!

 

 あるけど!!

 

 いつやんの!?

 

 家で!?

 

 PC使って見ないとって事だよね!?

 

「後は…メールで送って…」

 

 アドレスが書いたメモ用紙を渡された…。

 

 そのままヨロヨロと、もう一人のスタッフさんへと近寄っていった…。

 

 呆然と…する…。

 

 やっばい…。

 

 もう一人暮らしじゃないから…。

 

 よりにもよって、みぽりんいるんですけど!?

 

 バレたら…終わる…。

 

 夜中にやるしかねぇ…かな…。

 

 それ以前にも…消さないといけない写真が山盛り…。

 カメラからカードを抜かれてしまったから、ソレも自分のPCでやらないといけないんか!!??

 

 ま…まずい…。

 

 やはり、確実に自身の首を締めてた…。

 

 

「さ…隆史君」

 

「千代さん!?」

 

 呆然と、手の中のSDカードを眺めていた為に、接近に気が付かなかった!!

 なに? なに!?

 

 すげぇいい笑顔!!

 

「流石に私も、時間を掛けすぎました…すぐにでも、ホテルをでなければなりません」

 

「…は……い」

 

 なに? なんなのでしょうか!?

 

「隆史君の欲しい物…と、やらを聞いておこうと思いまして…」

 

「」

 

 あ…諦めてなかったのか…。

 

 どうしよう…本当に追い詰められてる感がすっごい…。

 

「時間がありません。…ハヤク」

 

 え……え……!?

 

 両肩に手を置き、食い入る様に顔を近づけてきた!!

 こ…これは…ま…いいか。

 

 言ったところで、どうにかできる物じゃないし。

 

「は……」

 

「は?」

 

 学園艦だと、常に移動している様な物だから、日光等…。

 多分、あの住む事になる、家の庭先では無理だろう。

 出来ない事はないだろうが、望むものは作れそうにないし……だから。

 

 

「…畑」

 

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました

次回から劇場版編へ入ります。
まぁ最初は、日常ばかりになりそうですけど。

はい、タラシ殿、正気に戻っていただきます。

ありがとうございました。


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未来編
閑話【 トチ狂イ編 】~魔法少女 まじか#%//a aaaaaaa


 夢の中だろうか。

 

 景色が無い、暗い空間。

 

 なんだろう? 俺は、何かを待っているのだろうか?

 

 ただ、暗闇の先を見つめていた。

 

 どのくらい、経っただろうか。

 

 ……

 

 …………

 

「って! なんでまたこの空間にいんだよ!!」

 

 暗闇の先に向かって叫んだ。

 

 なんだよ!! もう現れないとか言ってなかったか!?

 

 

 

「 また、ここかよ!! 」

 

 

 

「ひゃあ!?」

 

「!?」

 

 叫んだ直後、横から悲鳴が聞こえた。

 悲鳴…?

 

 

 

 どこかで見た、ピンク色した全身タイツ…。

 うさぎの帽子をかぶって…両手に包丁…。

 

「せ…先輩…。いきなり叫ばないで下さいよ! びっくりするじゃないですか!」

 

「え…あ、ごめんなさい…」

 

 左横に、そんな奇抜なファッションの、澤さんが立っていたました。

 俺の声に驚いたと、クレームを頂きまして…反射的に謝ってしまった。

 

 あれ…なんでいるの?

 というか俺自身も、何でここにいるか知らんけど…。

 

「…」

 

 プリプリ怒ってる澤さんへ、顔を向けたら自身の格好も、普段と違うのに気がついた。

 

 ……白スーツ…。

 頭に何かの感触…。

 

 うん、帽子かぶっとる…。

 

「あ…違いました。今は指令でしたね」

 

 …あ、うん。

 

 分かった。

 

 これは、いつか見た夢だ。

 

 夢って続きを見れるものだっけ!?

 

「あれ…澤さんだけ?」

 

 周りを見渡すと、暗い地平線まで誰もいなかった。

 周りが薄暗いから、澤さんのタイツが目立つ、目立つ。

 他のピンクのタイツ姿を探すも…誰もいない。

 

「え? そこに紗希がいますよ?」

 

 何言ってんだって顔で、俺の右横を指さした。

 その先…まぁ、反対側の俺の半身に、同じような格好で、俺にしがみついている紗希さんがいた…。

 

「……」

 

 き…気が付かなかった…。

 小声で、パパを連呼している紗季さん…。

 なんでしょう? この状況。

 

 と、いうか。

 

 前回もそうだったけど…なんで夢の中だと認識できるのだろう?

 …しかも、意識がこんなに、ハッキリとしているのだろうか?

 まぁ何より…。

 

「パパ~♪」

 

 紗季さんだけ、性格が大幅に変わっている。

 

 ……。

 

 だから…俺ってこんなに欲求不満だっけか?

 俺は、紗季さんへ何を求めているのだろうか…。

 

 …特殊な趣味は無かったと思ったけど…?

 

「もう! 紗季! 仕事して!!」

 

 澤さんのポジションは、現実と変わらないな…。

 苦労人にでもなりそうだ。

 うん……優しくしてやろう…。

 

「澤さん…そもそもなんで、ここに俺達いるんだ?」

 

 まず当然の疑問。

 この空間に、夢だとしても俺以外の人物がいる事に、凄まじい違和感を感じる。

 それは、本能というのか…何なのか…。

 どちらにせよ不自然さしかない。

 

「何を言っているんですか? 私達の目的…「例の人物」の反応を観測できたからじゃないですか!!」

 

「え……あぁ、そんな目的だったっけ…」

 

 すでに記憶が曖昧だった…。

 まぁ夢の内容を、事細かにいつまでも覚えているはずも無し…。

 なんだっけ? 例の人物って…。

 時空をどうの…

 

 

 …先輩の子供

 

 

 ……。

 

 

 …そんな事、言っていたっけ?

 

 未来の俺のだっけ?

 

 …ま、そんなのが実際に見れるわけがねぇしな。

 やっぱり夢だ夢。

 

 

「一人や二人じゃない…すごい数の反応が…」

 

「……」

 

 

 は?

 

 

「おかげで総帥達…物凄く……本当に…物凄く機嫌が悪くて…」

 

「……」

 

 明後日の方向を向き…カタカタと、音を立てて震えだした澤さん…。

 

 えっと…これは、俺が悪いのだろうか?

 未来の責任まで、取れという方が無理があると思いますけど?

 

 ま、ほらコレ夢だし! 俺はそんな軽薄は事はしないと…思いますけど?

 

 その澤さんが向いている、何もない空間…。

 

 ポーン

 

 また、どこかで聞いたことのある、銀行とかで鳴る呼び出し音。

 

「……」

 

「……」

 

 静寂…。

 あれ? 前回だと、なんか事務所のお姉さんみたいな声が…。

 

「…わっ……わ!?」

 

 俺と同じく、ぼけ~っと周りを見渡していた澤さんが、突然に慌てだした。

 

 …なんだ?

 

 黒と白のマーブル模様…とでもいうのか?

 オーロラの様な、半透明の壁が発生した。

 カーテンと言っても、差し支えない。

 

「な…なに!? なんですか!? アレ!」

 

 澤さんも、それに気がついたのか…指を指して……あ。

 

 その壁が動いた…というか、近づいてくる。

 

 スーっと音も立てないで。

 

「後ろも!?」

 

 逃げようとでもしたのか、周りを見渡していた澤さんが、もうひとつの壁に気がついた。

 こちらの方が近い…それもまた迫ってくる。

 

 でもなぁ…この空間だしなぁ…夢だしなぁ。

 

 とか思って、特に危機感も持たないで、眺めていると…ほら。

 

 近い方の壁は、ホログラムの様に俺達の体を通り過ぎていく。

 一瞬当たる瞬間、小さな悲鳴をあげた澤さんが、可愛かった!! と思った、くらいかなぁ…。

 

 

 ・・・。

 

 

 抓られた。

 

 

 通り過ぎた壁は、その先…もう一つの壁と折り重なる様にぶつかって…消えた。

 

「……」

 

 そう、壁だけ。

 

 ……壁だけは…っだ。

 

 その折り重なって消えた壁とは別に…新たに別の発生したものがある。

 というか、現れた。

 

 …気がついたら、いた。

 

 仁王立ちをして…不遜。

 

 その現れたモノ。

 …女の子。

 

 黒髪の…ショートカット。

 服装は…なんだ? どこかで見たことある様な…顔…それと、制服。

 

 …うん。

 

 だが、知らない…。

 やはり見た事は無いが、誰かと似ている…。

 

 中学生位だろうか?

 腕を組んで、顎を上げ高圧的な態度…。

 きっつい目元……。

 

 誰だ? 顔が誰かに似ている…。

 

 少なくとも俺が知っている人物ではないな。うん、確信した。

 随分とイライラとしているな。

 

 その女の子は、そんな探るような目の俺を一瞥すると…大きなため息をし…。

 

「アンタ、もういいかしら?」

 

 先程から随分と大人しく、俺にしがみついている紗季さん…を、睨んだ。

 

「いい加減にして。私は、さっさと終わらせたいの。前回は、大目に見たけど…なにあれ?」

 

「……」

 

「…なんで、みんな変身してんの? まっ。趣味は人、それぞれだけどぉ?」

 

 小馬鹿にする様な目で、挑発する様に睨んでくる。

 あっれ~…本当にどこかで見た顔だなぁ…。

 というか、紗季さん。

 貴女のお知り合いですか?

 

「…分かった。まったく…分かったわよ」

 

 え…。

 

 紗季さんの口調が、変わった。

 そのまま諦める様に、俺から離れ…その中学生程の女の子へと近づいていく。

 あ…。

 

「あれ? 私達、格好が…」

 

 先程の壁が通り過ぎた後…だろうか?

 いつの間にか澤さんの格好が、いつもの大洗学園の制服へと戻っていた。

 

「あぁ。あんな色物、いつまでも着ていられても私が迷惑だから、元に戻したわよ?」

 

 目の前の女の子が、その疑問を、時間の無駄だと言わんばかりに…間髪入れずに説明した。

 

 ……あれ?

 

「…俺だけ変わってない」

 

 俺だけ、白スーツに白帽子…といった、出で立ちだった…なんで?

 

「……」

 

 説明をと顔を向けると…顔を背けて無視された…。

 

 ま、いいや。

 所詮、夢だし。

 

 なんだろう…。

 知らない女の子と、紗季さんが並び立っている。

 

「…老け顔だと年取っても変わらないっていうけど…本当ね」

 

 何か失礼な事を言われた気がする…。

 

「ま、いいわ。後がつかえてるから、さっさと始めましょう。」

 

「…はぁ。もう終わりかぁ…」

 

 女の子は、テンションだだ下がりの紗季さんを無視し…そのまま指をこちらに向けた。

 んで…。

 

「アンタ、『尾形 隆史』よね?」

 

 確認事項の様に聞いてきた。

 

「そうだけど…それ以前にまずな、人に対して指を向けるな。失礼だろ?」

 

 なんか知らんが、カチンと来た…。

 そうだった。

 この夢の中だと、変に感情が昂ぶりやすかったな。

 

「チッ…言い方まで…」

 

 なんだ? 年下だと思われる子に注意しただけ…なのだけど…。

 なんかいきなり、泣きそうな顔をした。

 それを呆然と眺めていると、気がついたのか…思いっきり顔を背けた。

 

「うん、パパ。取り敢えず話を聞いて?」

 

 紗季さんに、またパパ呼ばれた…。

 正直、俺の見た目からすると、結構洒落にならんからやめてほしい…。

 街中で言われたら、絶対…特定の制服の方々に、しょっ引かれると思います。

 

 その横から、横目で思いっきりこちらを睨んできた女の子。

 

 澤さんが置いてきぼりだなぁ…。

 

 なにが始まるんだろ…。

 なんにせよ、所詮……

 

「取り敢えず、パパ。これ…この世界。ただの夢じゃないからね?」

 

 …ん?

 

「前回の夢は、この子がアンタと少し、絡みたいって言うから…仕方無しにやったようなモノのよ」

 

 ……ん?

 

「簡潔に…言うとね」

 

 えっと…え?

 

 紗季さんと、女の子が…交互に喋る…。

 

 なんだ?

 

 ちょっと嫌な予感が…鳥肌立つ程の…過去これまでに無い……

 

「しれ…、先輩……顔色…なんかすっごい悪いですけど…」

 

 澤さんが横から、大丈夫ですかと心配の声をかけてくれる。

 軽く手を上げて、大丈夫だと、笑顔で返すが…次に一言で、血の気が引いた。

 

 

 

 

『 転生特典の拒否 』

 

 

 

 ……

 

 

「パパが、これを拒否したせいでね…」

 

 

 て…ん……

 

 

「今じゃなく、未来。要は…将来、確定事項で33歳になったら…アンタ…」

 

 

 33歳…。

 

 なんで、はっきりとした年齢…。

 

 

「……」

 

 

 分かった。

 

 すぐに気がついた。

 

 

 

 

「 死んじゃうのよ 」

 

 

 

 

 それは、俺が前世で死んだ年齢。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ----------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《 あっはっは~!! そんな訳で、ご愁傷様~!! 》

 

 

 

 ……。

 

 

 あ?

 

 呆然とした直後。

 能天気な声が、俺に考える隙を与えない様に、鳴り響いた…。

 

 なんだ…?

 

 すげぇ…癪にさわる…。

 

「あ、女神様」

 

 気がついた様に、何もない…暗い空…? 天井とでもいうのか…。

 見上げながら、紗季さんが呟いた。

 

 

 は? 女神?

 

 《 シリアスになってる所悪いんですけどぉ~。話、聞いてもらえますぅ? 》

 

「……」イラッ!

 

 《 今回起こっている、事項はねぇ~ 》

 

「いや、ちょっと待て」

 

 《 ん? なによ。邪魔しないで欲しんですけどぉ? 》

 

「いやいや…アンタ、そんな喋り方だっけか?」

 

 この頭に鳴り響く感覚は、覚えがある…。

 

「アンタ、あの時の…課題がどうの言っていた奴か? その時に比べると…」

 

 《 あら!? やっぱり、私本人の方が…『 すげぇ頭、悪そうに喋るな 』 》

 

 

 《 …… 》

 

 

「…喋り方が、違いすぎるだろ。なんにせよ、こういった事は、真面目にヤレ」

 

 《 …… 》

 

「……」

 

 《 助けるのやめようかしら…… 》

 

 あ? 助ける?

 

 

 《 (え? あっ! ごめんなさい! ごめんなさい!! やります! 真面目にやりますからぁ!!) 》

 

 

 なんだ? 

 ちょっと潜もった声になった…。

 他の誰かと話してんのか?

 

 《 ちっ、やっと行った…。監視なんかしちゃって! 暇なのかしらねぇ……(アァァ、スミマセンスミマセンスミマセン) 》

 

 

 「 …… 」

 

 

 は…話が進まない…。

 ほら、みんな置いてきぼり感がすげぇぞ。

 

 《 はぁ…もう、この説明2回目なんだけど…。まぁいいわ。あの時の音声はね! 貴方の世界で言う所の、自動機械音声なのよ 》

 

 …はぁ?

 

 《 本来、命を司る水の女神たる私!! この私が!! 担当するはず…だったんだけどぉ…ちょーと、色々あって!! 》

 

 …なんだ? この適当感。

 以前感じた気がするが…。

 

 《 美貌も信仰も! 胸も! む・ね・も!! 何もかも優っている私が!! …後輩のパット神に頼むのが、むっかつくから! 適当に自動音声に任せたのよ! 》

 

 

「……」

 

 

 はぁ…なんで、自分でこいつ喋りながら、勝手に怒ってんだろ?

 水の女神?

 

 …神様ねぇ……。

 

「あぁ…詐欺の常套手段か…」

 

 《 詐欺じゃないわよ!! なんで毎回毎回、信じてくれないのよ!!! 》

 

「あ~…もう、うっとおしい…。結局、何が言いたいんだ? 聞いてやるからさっさと言え」

 

 ……。

 

 …………ん? 毎回?

 

 

 《 先輩…話が進みません… 》

 

 《 えっ!? なんで!? なんでアンタが出てくるのよ!? 》

 

 《 はい。私は、幸運を司る女神…エリスです。では、ここからは私が、説明致します 》

 

 《 ちょっ!? 私のしごっ『  あ、お願いします  』 》

 

 《 》

 

 うん…こっちの人(?)の方が、本能的に信頼できると確信した。

 いきなりの乱入者に、混乱する所か、安心感がすっごい!

 

 後ろのうるさいのは、黙ってろ。

 

 《 尾形 隆史さん 》

 

「はい?」

 

 《  この度は、本当に申し訳ありませんでした  》

 

 …え?

 謝罪…なに? いきなり…。

 

 《 実は…ですね。今回の件は…完全にこちらの落ち度なんです 》

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 世界というのは、色々な可能性で満ちている…。

 色々な世界線とやらの、集合体で、できているそうで…。

 

 上手く言えないが…うん…俺以外の、同じ時間軸で動いている俺もいるそうで…あぁもうめんどくさい!!

 漫画とかで、そんな小難しい話なら読んだ事あるけど! 物によっては解釈がみんな違うから!!

 

 要は、全てがパラレルワールドって事だろ!?

 

 《 本来なら、キチンと「転生の特典」の意味と、受け取らなかった場合のリスクを説明する義務があるのですが… 》

 

 うん…自動機械音声は、特典を受け取らないというイレギュラーは、初めてだったみたいで…。

 素直に俺の意思に従ってくれた…ただそれだけだったそうだ。

 

 《 んなのっ! アンタが、どの世界線でも頑なに転生特典、受託しないのが悪いんじゃない!! わ…私のせいじゃないわよぉ!! 》

 

 お前は、黙ってろ。

 

 《 リスク…それは…… 》

 

 転生特典=その転生後の世界での因子。

 それを埋め込むという事にもなるそうで、これがないと…ほぼ高確率で、前世の死亡年齢が、そのまま寿命になるそうだ。

 

 《 せっかく、いい機会だからって! 前回の夢で、変身なりなんなり! いろんなの見せたげたのにぃ!! 一切、特典欲しがらないし!! 》

 

 紗季さんの希望で、一石二鳥だと…というか、アレ見せたのテメェかぁ!!!

 

 《 …で、ですね…ここから本題でして…… 》

 

 はい。

 

 …はい……はい…。

 

 途中…例え、今すぐにでも、その特典とやらを受託さえすれば、この先問題が無かったそうですね。

 はい…。

 

 

 ― 本来ならば

 

 

 《 …他の世界線で…その…貴方に『 強制的に特典を押し付けた 』…という行為が問題を起こしまして… 》

 

 不具合…その為に、世界規模でエラーが起こり…パラレルワールドも何も関係ない。

 世界線も関係なく…因子を受け取れなくなってしまったという…齟齬が発生した…と…。

 

 この上品に教えてくれた女神様がおっしゃいました。

 

 うん…分かった。

 

 しかも、その押し付けたという行為自体…自分の保身の為だけだと言う事も…聞いた。

 ズルしたのがバレて、降格…神格が下がるという事態を防ぐ為だ……と…かぁ……ぁああ!!

 

 

 《 なんでぇ!? なんで全部、言っちゃうのよぉぉ!! 》

 

 

「  お い、駄 女 神  」

 

 

 《 !? 》

 

「お前…全て、お前のせいかぁぁ…」

 

 《 ちっ! 違うわよ!! 貴方が素直に…『 しかも 』》

 

 

「俺にとっては…一番デリケートな事だっていうのに…。テメェ…保身の為に…澤さんと紗季さんまで引っ張りだして巻き込んで……俺の事までバラシやがって……」

 

 《   》

 

 

 《 あ、尾形 隆史さん。そこは大丈夫ですよ? 我々の声は、彼女…澤 梓さんには、届いていません。時間経過を消しておきました 》

 

 

「え…」

 

 《 ほら、動いてないでしょ? その横の二人も同じです 》

 

 あ…時間経過を消したってのは…よく分からないけど…。

 周りの3人が、マネキンの様にまったく動かない。

 若干…怖いけど…。

 

「 女神様!! 」

 

 神様だ! 本当に女神様だ!!

 ちゃんと気遣ってくれている!!

 

 …それに比べて…。

 

 《 なによ! 卑怯よエリス!! そうやってまた、教徒増やそうとして!! 》

 

 …そういやあの、駄女神。名前すら名乗ってねぇな。

 

 ま。いいや。

 

 

 

 興味ねぇ。

 

 

 

 《 そうよあんた!! あんた、巨乳好きよね!! こいつパッド入りなのよ!? それでもいいの!? パッドよ! パッド!!》

 

 《 ッ!? 》

 

 

「あ、エリス様。話を続けてどうぞ」

 

 《 様付け!? 私は無視ぃ!? 》

 

 

 《 え…ぁ…はい。で…ですね、私達はその救済措置に来ました… 》

 

「ほう…」

 

 《 簡単に言いますと…尾形 隆史さんのお子様から、因子を分け与えてもらうという処置です 》

 

「…は?」

 

 遺伝子。

 

 俺の遺伝子と、この世界の女性との子供。

 転生者ハイブリットお子様から因子をコピー…受諾させる…という、訳がわっかんねえ処置だそうだ。

 その未来の世界線の子供を、過去…つまり今に一時的に送り、その因子とやらを俺に渡すという事…らしい。

 それで、その子供が元の時間軸に戻れば、俺は死なないですむらしい…けど。

 

 ま、何より。

 

「あ~…俺、結婚できたんだ…ん?」

 

 ちょっと…子供という事で…さっき澤さんが言っていた…なんか言っていた!

 

 《 あ、ちなみに母親側…つまり、将来の伴侶となる方にも、ここに来てもらいます。》

 

「…え……は!?」

 

 《 子供と母親…そして貴方が、手を取れば、それですぐに受託完了です 》

 

 その母親との接触は、その人物と一度受託をすれば、別の枝分かれになる世界線にも広がるので、大丈夫との事…。

 いや…それより…。

 

「いやいやいや! ここ!? ここに!?」

 

 《 大丈夫ですよ? ここの記憶は、母子共に全て消します。今後の事には影響しないようにしますので 》

 

「あ~……」

 

 《 すでに皆さんにも、別の説明で済ませて誤魔化してあります。転生等の事は言っておりませんのでご安心下さい。後は呼ぶだけですね 》

 

「ぉぉ…」

 

 す…すげぇ…。

 アフターケアもバッチリだ…。

 

 どこぞの駄女神とは、格が違う…。

 

 《 後、色々と不具合が生じますが、それもこちらで何とかします 》

 

 ぉぉおおお!!

 

 《 ただ…ちょっと… 》

 

 ぉぉお…?

 

 《 人数が……9に… 》

 

 人数?

 

 《 …え? なに? 終わった? 》ボリボリ

 

「……」

 

 《 …… 》

 

 《 ふあぁぁーーあ…。んじゃ、さっさと呼んだけるから、終われせれば? 》ボリボリ

 

「てめぇ、なんか食いながら言ってんだろ」

 

 《 先輩… 》

 

 《 ヘッ。…どうせぇ? 私がいなくたって、どうとでもなんでしょお? んじゃ呼ぶわ。 はいはい、呼びますよぉ… 》ッコイ、ショ…

 

 す…拗ねてやがる…。

 女神が拗ねてやがる…。

 

 《 …あ、最後に。受託をしたら、自動的に皆さんは、元の時間軸へと戻りますが…》

 

「え?」

 

 《 一人だけ、案内役として残しておきますので、後は…… 》

 

 《 えっと…呪文なだっけ……まぁいいや、ほい!》

 

 

「っ……と、え? なに?」

 

 澤さんの声が聞こえた…。

 

 と、同時に…あの脳内に響く声は消えた。

 

 …最後…何を…

 

「……」

 

 あの、くっそ女神ぃ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----------

 -------

 ---

 

 

 

 

 

 

 時間が動き出した…のだろう。

 

 今までの会話は、彼女達には一瞬。

 黒髪の女の子は、何か納得…というか、何となく分かっている様だった。

 もしかしたら、この子が案内役…だろうか?

 

 

「えっ!? あれ? 西住先輩!?」

 

 

 ……あ~…うん。

 

 元に戻った瞬間…あのくっそ女神が呼び出したのだろう…。

 いたよ…また、すげぇ人数…。

 

 マジデ?

 

 …そんな可能性があるって事?

 

 

「あ…あれ? 隆史君? …本当にいた…」

 

 みほ…。

 

 呆然とする…8人。

 

 

 華さん…沙織さん…マコニャン……優花里…。

 

 

 あんこうチーム…。

 

 

 と!

 

 

「…なんで、私まで……」

 

「…隆史」

 

 まほちゃんとエリリン!!??

 

「……」ポッ

 

 

 ……え?

 

 なんで?

 

 なんで紗希さんがいんの!?

 

 え!? あれ!?

 

 ぉ…おお……。

 

「…ママ」

 

 ふ…双子や双子がおる…というか……はぁ!?

 

 黒い空間…いや…今は少し、明るくなって…。

 それでも何もない空間に、突然と現れた8人。

 

 

 

 「「「「「「「「 …… 」」」」」」」」 

 

 

 

 …なんて説明を受けているんだろ…。

 あのエリス様って女神様なら、大丈夫だと確信できる分…気が楽だったけど…。

 

 もし…説明があのクソ女神だったら…。

 

 き…聞くのが怖い…。

 何も言ってこないってこたぁ…うん。

 

 

 

 

 

 >  丸山 紗希の場合  <

 

 

 

 

 

「では、私から行こうかな。丁度良い見本になると思うから…」

 

 先程まで、俺をパパだと言っていた紗希さんが…前に出た…というか…。

 

 マジで俺! 

 

 パパだった!!

 

 ダディ!!!

 

「……」

 

 へ…へこむわぁ…。

 なに? …俺本当に節操がないの?

 

「あ…あの…聞いていい? 君…マジで俺の子? 娘? チャイルド?」

 

「そうだよぉ? 私は「尾形 蕾」っていうの!」

 

 …驚いた…というより…。

 わかっちゃいるけど、抑えられない!! って…殺気がいくつか感じる…。

 

「どちらかというと、私ってママより、パパ似だよねぇ! 性格は!!」

 

 そ…そう? え?

 

 いつの間にか、紗希さんが俺の横に来て…裾をつまんでいた…。

 

 ……。

 

 あの…見たことない顔してんすけど…。

 この子も顔、赤くすんだな…。

 近くに来ら分かった、比べてみると…この蕾と名乗る娘の方が…小さい。

 なる程…娘か…。

 

「…あの…君、俺が33歳の時の子…だよね?」

 

「そうだよ?」

 

 ……。

 

「き…君…いくつ?」

 

「私? 今、12歳」

 

 …。

 

「お…お母さんから、馴れ初めとか…その聞いてる? 俺との…」

 

 き…聞きたい…。

 未来は知らない方が良いって事だと思うけど…この時間軸へと、俺が行くとも限らない…。

 というか!!

 

 この紗希さんと、そんな関係にまで発展すんのかよ!!

 

「ん~…詳しくは…ほら! ママってすっごい無口でしょ?」

 

「……」

 

 ま…まぁ…12歳の子供に聞くことじゃないな…。

 というか…澤さんの顔が……真っ赤…。

 

 意味わかってる顔してる…って事は…。

 いつの間にか、時間止められて、彼女にも説明が行ったって事だろうか?

 

 …彼女も対象だという事でしょうか!?

 

 そうだよ!! じゃなきゃ、ここに連れてこられねぇよ!!

 

 …あ。

 

「…パパ…一昨日…心臓発作で、病院に運ばれて…動かなくて…顔も見れなくて……」

 

 いつの間にか…手を握られていた…。

 何かを思い出しているのか…そのまま震えだした…。

 

「…昨日…夜……変な夢見て…それでこんな事になったの…」

 

「……」

 

 あ…やば…。

 

 これは……まずい…。

 すっごい、抱きしめてやりたくなる程に…力なくうなだれている。

 

「パパが言ってた。言霊って言葉があって…口にしない方がいい事もあるって! だから!」

 

 そう言って、もう一つの手…紗希さんへと伸ばした。

 

 蕾…ちゃん…が、俺の右手を取り…左手に紗希さんの手を取ると…。

 3人の体が発光した…。

 

「うん…これでいいみたい。難しい事は、良くわかんないけど…」

 

「……」

 

「先に戻ってるね。これで、目を覚ましたら…パパは…無事なんだって!」

 

 泣くわけでもなく…ただ、嬉しそうに…薄く光ってる彼女の顔は、嬉しそうに笑ってた。

 

 子供…か。

 

 前世じゃ…考えもつかなかったな…。

 

 

「パパもママも…若い頃からあんまり見た目変わんないね! 面白か……た……よ……」

 

 そこまで。

 

 フェードアウトする訳でもなく…そのまま、光って消えた…。

 あれが…俺の娘だったのか…?

 

 いい子そうだった。

 

 …見た目……お母さんと、殆ど変わんなかった…け…

 

 裾を引かれた。

 

 引かれた先…紗希さんの体も、また発光していた。

 

 あぁ、受託が完了したら、記憶と共に消えていくと言っていたな…。

 

 ん?

 

 裾を強く引かれた。

 

 しゃがめという事だろうか…?

 

 その様にしゃがみ込むと、紗希さんが顔を近づけて来た。

 

 耳元でに顔を近づける。

 

 うっすらと光る彼女は、なんだろう…いつ消えるか分からない程、儚く見えた…。

 

 ま…死ぬわけではないし…俺と違って…。

 

 耳元に口を近づけると…。

 

「 先輩…と、いるの……安心……する 」

 

「……」

 

 その一言で、彼女の気配が…横から消えた。

 彼女の消えていく姿を、見る事ができなかった…。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 

 

「……あんた」

 

「……」

 

 エリカの声がした…。

 見上げると、腕を組んだ彼女が…

 

「…別に死んだわけでも無し…なんで、涙目なのよ…」

 

 あ…

 

「何言われたか、知らないけど…あの…彼女普通に戻っただけよ?」

 

 ……。

 

 く…空気にめちゃくちゃ流された…。

 

 今生の別れみたいに感じちゃった……あぁぁ……。

 

「な…なんだろう……」

 

「なによ?」

 

「めっちゃ、子供ほしい…」

 

 

 「「「「「「「「 !? 」」」」」」」」

 

 

「ばっ…は…はぁ!?」

 

 あら、エリリン顔真っ赤。

 

「隆史君の父性が…全開になった…」

「ふむ…今が好機か」

「…オネエチャン?」

 

 

「ま…丁度いいかもね」

 

 一人残った、黒髪の子が…近づいて来た。

 あ。

 

「…あの声から、何聞いたか知らないけど…今みたいに、すぐに終わるわ。予防注射みたいな物…」

 

 結局この子の正体を知らないままだった…。

 

「じゃ、さっさと終わらせましょ?」

 

 そう言って、俺の手を握った。

 

「次は、私の番ね」

 

 …え

 

 

「……ほら。お母さん。手、出して」

 

 

 エリリンに向かって、手を差し伸べた…。

 

 

 

 



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閑話【 トチ狂イ編 】~ aaaaaツァー エリカの場合 ~ 

はい、前回ちょっと文字化け風タイトル。

劇場版・序章への蛇足。

本編へは、駄女神等、クロスオーバー系はさせないつもり

はい、短いですけどエリリン


 

 >  逸見 エリカの場合  <

 

 

 

 

 

「…は?」

 

 突き出された手を、呆然と見ているエリリン。

 

「ん! …何してんの? 早く」

 

 その手を、急かすように前に突き出した。

 

 あれ?

 

 今更だけどもマジで? エリリンとも、そういった関係…。

 

「じょ…冗談でしょ?」

 

「何がよ」

 

「私が!?…この軽薄な…男と……はっ!! あ…ありえないわ!!」

 

 あくまで可能性の……まぁ。

 うん…なんで、俺…エリリンとそういった関係になったのかも想像できねぇ。

 顔を見ようとすると、思いっきりそっぽ向かれるし…。

 

「なら何で、お母さんは、ここにいんのよ」

 

「いや…なんか、未来の夫と子供が、どうのとは聞いてたけど…」

 

「んじゃ、合ってるわよ。さっさとして」

 

「いやいや! 相手ってこいつ!?」

 

 思いっきり刺し殺す勢いで、俺に指を突き出した。

 …なんて聞いたんだろ。

 

「いや…軽薄って…」

 

「はっ? 寧ろ、アンタのどこに軽薄じゃない箇所あるのかって聞きたいわよ。この状況見て、なおさら思うわ」

 

 腕を組んで、後ろを振り向いてしまわれました。

 はい…まぁ…。

 後ろに並んでいた、あんこうチームを見ているのだろうかねぇ?

 

 ……。

 

 あ、うん。

 

「……うっわ……本当に、こんな感じだったんだ…」

 

 あ…あれ?

 

 黒髪の女の子が…なんだ? ドン引きしてる。

 なんだ? 信じられないと言った表情だ。

 顔がめちゃくちゃ引き攣ってる…。

 

 あ~…うん。エリリンそっくりだ…。

 久しぶりに熊本港で、出くわした時と似てるなぁ。

 取り敢えず…。

 

「あの…ごめんね? 君、名前は?」

 

 いつまでも謎の女の子では悪いし、何より名前を知っておきたい。

 その俺の問いに、顔を逸らした。

 

 なんで?

 

 そういえば、さっきから目を合わせてくれねぇ。

 

「…尾形…エリナ」

 

 うっわぁ…すげぇぶっきらぼう…。

 まぁ、どういった心境か何て分からないけど…え? なに?

 お父さんお嫌いですか?

 

「そもそもね! 私が、33歳の時の子供って聴いてるわよ!? 貴女、大きすぎるわよ!」

 

 あ~…うん。

 まぁ間違いじゃない。

 俺とエリリンって同い年だしね。

 …この体なら。

 

「そういや…エリナ…ちゃん? 君今いくつ?」

 

「ちゃん付け……キモッ」

 

「」

 

 …今度は、吐き捨てる様に言われた…。

 年齢聞いただけなのに…。

 

「ま…いいわ。今私、14だけど?」

 

 

「「  」」

 

 

 せ…静寂が…走った……。

 黙って静観していた、周りのみんなもすぐに気がついたんだろう…。

 

 だから共に、悪寒が凄まじかった…。

 

 …14歳!?

 

 俺とエリリンが、33歳の時で…って事は…。

 単純計算で…この子…生んだのって…

 じゅ……きゅ……

 

 ぉ…みほさん。

 可能性の話です。

 睨まないで下さい。

 

 まほちゃん。

 可能性の話です。

 その殺気を収めてください。

 

 

「はっ…はぁぁぁーー!!!」

 

 エリリンの悲鳴にも似た声が…。

 

 いや…まぁ…。

 

 

「お母さん達、高校卒業したら、すぐ結婚したって言ってた」

 

「「  」」ケッ…

 

「くそ親父は、見た目殆ど変わってないのが、キモイし…」

 

「「  」」キモ…

 

「取り敢えず、お母さんがまったく違う人みたいに見えて…ちょっと怖いわ…」

 

 くそ親父呼ばわりは…まぁいいとして…。

 え…なんで?

 

 高校卒業すぐ!?

 

「エリナ…と言ったな」

 

 あ…ま……まほちゃん…。

 なんで…こっち来たの!?

 足音一つ、しなかったけど!?

 

「…む」

 

 なんで、俺とエリリンの間に入ったの!?

 

「ふむ…そうか。では、聞かせてもらえないだろうか? 君の中の母親はどんな、お人かな?」

 

「あ…家元……? わっか!!」

 

「…ふむ。まだ私は違うのだが…将来はやはりそうなっているのだな」

 

 少し遠くを見る目をしたが、すぐにいつものまほちゃんに戻った。

 というか、なんで俺を見る時は睨むの!?

 

「そうか、私の事を認識できるという事は…」

 

「あ…はい。正確には、次期家元ですが…。私、黒森峰の中等部で…その…戦車乗ってます…」

 

 やはり、まほちゃんは、そっちに進むか。

 …中高一貫で、師範として面倒を見ているとの事。

 若干、エリナちゃんの顔に、怯えが見える…。

 

「ふむ。そうか…未来の黒森峰……か……」

 

 また、ちょっと遠い目をしたなぁ…。

 高校生のする目じゃねぇなぁ…どうしよう…。

 俺…置いてきぼり…。

 

「…というか、まほちゃんにはエリナちゃんは、敬語で話すんだな…」

 

「うっさい、くそ親父。キモイから、ちゃん付けすんな」

 

「……」

 

 ひ…ひどい…。

 パパ、なんで嫌われてんの?

 

「若いけど、西住師範の前だと萎縮しちゃうの! というか、この頃から西住師範もちゃん付け? っっと、キモイ!!」

 

「……」

 

「…なんでアンタ、項垂れてんのよ」

 

 エリリンまで、引いてる…。

 

「では、エリナ」

 

「はっ、はい!」

 

 俺の手を離し、姿勢を正した…。

 なに…? この差…。

 

「エリカハ ドンナ カンジ ニ ナッタ?」

 

「た…隊長!?」

 

「お母さんは…くそ親父…要は、アレにべったりで…」

 

「!!??」

 

「正直最初、あそこまで、アレを邪険にする事に…違和感しか感じませんでした…」

 

「ぇ…ぇ……!?」

 

 

 「「  ク ワ シ ク  」」

 

 

 みほ!?

 いつの間に!?

 

 

「だって! 人目も憚らず…昔っから、ベッタベッタ…イッチャイチャとぉぉ……」

 

 

 「「「「  」」」」

 

 

 もはや最初のちょーと、ミステリアスな感じは……微塵もねぇ!!

 もはや、先生に対して愚痴を聞いてほしいという風にしか見えない!!

 

「いや…ちょっと待て。それは、エリカからか?」

 

「そうです!!! お母さんからです!! お母さんの甘え方が、人様に詳しく言えないくらい、尋常じゃないんです!!」

 

 胸に握った手を添えて…何とか言ってやってください! と、嘆願し始めた…。

 

「なにが、行ってきますのチューよ!! なにが、お帰りなさいのチューよ!! 新婚気分も、いい加減にして!!!」

 

 いや…あの…。

 

「なぁぁにが、ラブラブよ! 死語よ! 死語!! なにが日曜デート行ってくるよ!! バカじゃないの!!??」

 

 支配者のポーズ…とでもいうのだろうか?

 手を開いて…ワナワナと怒りに震えている…。

 歳考えろ、歳!! って、叫んでますね。

 

「こちとら、思春期真っ盛りなのよ!? 娘の前でくらい、自重しなさいよ!!」

 

 あ~…なんか…溜まってたんだなぁ…って感じしかしない…。

 

「な…ぁ……なぁ!?」

 

 エリリン、顔の色がすっごい事になってんなぁ…。

 両手何て、何を掴むつもりなのか…ワキワキと動かしてる…。

 

「う…っ、嘘言わないで!!! 私が!? はぁ!!??」

 

「…私も信じられないわよ。若い頃と今、ぜんっっぜん違うから。…別人にしか見えない」

 

 スッ…と、いきなり冷静になって、遠い所を眺めだしましたね…。

 それがまた、真実味を帯びさせた。

 

「」

 

 絶句。

 

 あぁ…なる程。

 

 エリリン。

 

 鯉みたいに、口をパクパクと動かしてるなぁ…。

 

 

「エリカ…ちょっと」

「エリカさん…ちょっと…」

 

「」

 

 あ、エリリンが拉致られそう…。

 両腕を、西住姉妹から掴まれたねぇ。

 

「あ、みほさん…。いつの間に…」

 

「え!?」

 

 あら、みほの事も知っている…。

 まぁ…うん。この世界のみほは、どうなってるんだろ…?

 

「みほさん!!」

 

「はい!?」

 

 あ、なんだ? 今度は、みほに絡み始めた…。

 

「みほさん! 昔…といっても…今か…」

 

「えっ!? えっ!?」

 

「お母さんから聞きました!! このクソ親父と、付き合ってたんですよね!?」

 

「「  」」

 

 か…過去形にされてる…。

 

 というか…。

 

「エリリン…娘に、なんつー事を言ってんの?」

 

「し…知らないわよ!」

 

「親の交際歴…しかもあの様子じゃ、未来で親交ありそうだけど…」

 

「だから、知らないわよ!!!」

 

 あ…みほの目から、久しぶりにハイライトさんがお出かけしてますね…。

 この現在の人間関係をかき回す様な事、言わないでくださいよ…娘さん。

 

「正解ですよ! 正解!! このクソ親父と別れて、正解です!!!」

 

「」

 

「待て、エリナ。みほとエリカは、未来で親交があるのか?」

 

「え? …えぇ、みほさんも戦車道の師範を兼任してますし…お母さんの友達ですし……。あぁ、後、自衛隊員です」

 

 

「「「  」」」

 

 

 じ…自衛……

 

「そう言えば、それでなんか吹っ切れたって、言ってましたけど…なんの事だろ…?」

 

「……」

 

 みほさん…あの…。

 

「あぁ、そうだ! でっ!! ですね!! このクソ親父!! 未来で何て、言われてると思います!?」

 

「」

 

 いかん…俺でも分かる。

 みほさんのHPが、そろそろ限界だ…。

 泣きそ…とは、違うか……。

 色々と……あぁぁ…。

 そしてエリナの…恋愛がらみの現状に対して。この無頓着さ…。

 

「…さすが、隆史の娘だな…エグイ…」

 

 まほちゃん!!

 

 

「西住キラーですよ!? 西住キラー!!」

 

 

 「「「「 」」」」

 

「日本戦車道連盟に所属してるから、変に色々と私の学校とも交流あるからです!!」

 

 「「「「 」」」」

 

「…黒森峰って、西住流じゃないですかぁ…。西住師範が、クソ親父にすっごい甘いから……それが変に好意的に、取られているらしくて…。っっとに、先生口説くわ、師範口説くわで…」

 

 「「「「 」」」」

 

「毎回毎回…、完全に女性口説いてるって感じにしか見えないのに……自覚がないってのが……また、それが頭にくるし…」

 

 「「「「 」」」」

 

「というか、私の先輩とか!! 友達とか!! 無意識に口説くな!! ロリコン!!」

 

 「「「「 」」」」

 

「クソ親父、私の世界じゃ、…変に若く見られるし、…女子高だから年上に憧れある人達とか…多くて…」

 

 ……。

 

 若い頃、老け顔の人は……年取ると若く見られて、年相応に見られなくなる人いるって、聞いた事ある…けど…それか?

 

 というか、俺…死んだほうが良いじゃ……?

 

「なんだ隆史…。お前、未来でもさして変わらんな」

 

 やめて…娘の前で、やめて下さい…。

 

「え…今も、そうなんですか!?」

 

「そうだ。あまり変わらんな。その…西住キラーとやらも、この前の決勝戦後にも言われていたな…」

 

「え? なに? この頃から!? ……うっっっわ。死ねばいいのに……」

 

 

 娘にゴミを見る目で、見られました…。

 いや、虫を見る目かな?

 

 わー…未来の生き残れるかも知れない俺。

 

 …頑張れ。

 

 ……超ガンバレ。

 

 

 自身の娘に…一通り、ゴミを見る目で見られた後…。

 その娘様が、背筋を伸ばして、気持ちよさそうに…。

 

 

「ふぅーーーーーーーー……すっきりした!!!」

 

 

 

 今まで、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出した事に、随分と晴れ晴れした顔をなさっていた。

 腕を組んで、こちらを向きましたね…はい、貴女はエリリンの娘さんだと、すぐに分かる出で立ちです。

 

 

 《    ――     》

 

 

「あ~…時間かぁ…催促された…」

 

 …あの女神とやらから、電波を受信でもしたのだろう。

 

 

 一コマ目と二コマ目。

 漫画で言えばそんな感じ…。

 

 一瞬で、表情が変わった。

 

「はい! んじゃ、すっきりした所で、さっさと終わらせるわよ!!」

 

 いや…こっちはすでに瀕死ですけど…。

 崩れ落ちるってのを、最近良くやるなあ…。

 

「…ふむ。あれだけの事を言っておいて、結局、助けるのか?」

 

「まっ、これでも親ですからねぇ」

 

 ちゃっちゃと、済まそうと…エリナがエリリンを引きずってくる。

 完全に意識が、シャットダウンされたエリリンの手を掴んでいるね。

 引きずられるって…。

 

「…ほら。お父さん」

 

 そのまま、俺の手を取りあげた。

 …何故か、普通に呼んでくれた。

 手だけ差し出してくる…。

 

 なんだろうか、言う事言えたから、もう帰る…そんな感じか。

 俺と目を相変わらず合わせない…反抗期かなぁ…。

 

 お…。

 

 一瞬目が合った思ったら、すぐに逸らしてまほちゃんとの会話を続けた。

 

「……本当にクソ親父、死んじゃうと…まぁ…うん」

 

「はっ…。なる程、さすがエリカの娘だな…」

 

 

 俺とエリカ。

 

 

「なにがですか?」

 

「…素直じゃないな」

 

「……同じこと昔、西住師範から言われました」

 

 

 …そして、エリナの体が発光した。

 

 

「さ、んじゃ私も、帰りますかね…で、お母さん」

 

「」

 

「…お母さん」

 

「はっ!? えっ!?」

 

 あ、お目覚めになられましたね…。

 完全に意識が飛んでいたのか、顔をキョロキョロと、見渡す様に回している。

 

 目が合うと…あぁ…すげぇメンチ切られてます…。

 顔は真っ赤ですけど…。

 

「まぁこんな、しょうもないクソ親父だけどさ」

 

「……」ショウモナイ…

 

「嘘か本当かは知らないけど…浮気はした事ないんだって」

 

「…………」

 

 すげぇ、疑いの目で見られてますね。

 

 …母娘から…。

 

「まっ。だからさ…私の世界線ってのも、存外悪くないと思うよ?」

 

「!?」

 

「少なくとも、お母さんは幸せそうだし」

 

「なぅ!?」

 

 

「はっはー! 気が向いたらでいいからさ!」

 

 

 …光が強くなった。

 

 

 もはや、言い逃げだな。

 

 エリカと、話をする間も無かった。

 

 先程見た…消える寸前。

 

 

「………またね」

 

 

 最後の一言と共に…。

 

 

 目つきの悪い、黒髪の女の子が…エリカと共に、消えていった。




閲覧ありがとうございました

次回、大洗

次 まほちゃん…と、もう一人

の予定!

ちょっと執筆状況に変化ができまして…。

すいません、PINK少しの間書けないかも…だから暫く健全……だと、思いたい本編


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閑話【 トチ狂イ編 】~夢のつづき~ その1★

 《 な…なにやってるんですか…先輩… 》

 《 なぁにがぁ? 》

 《 あの子! 還しちゃってどうするんですか!? 》

 《 だから、何がよ 》

 《 …尾形 エリナさんに、案内役を頼んだのではないのですか…? 》

 《 ……ぁ 》

 《 …… 》

 《 あはは~! …頼むこと自体、忘れてた…… 》

 《 …… 》

 《 だっ…だぁいじょうぶよぉ! あんだけ人数がいるんだから! 何とかなるわよぉ!! 》

 《 はぁ…そんないい加減な…。尾形さんに、また怒られますよぉ? 》

 《 …… 》

 

 …よし、後で覚えてろよ。

 

「さて…次だな」

 

「……」

 

「みほ…これは、こんな未来もあるという…可能性の話だ」

 

「…お姉ちゃん」

 

「……天文学的な数値でも、所詮は可能性だ。気にするな」

 

 

 …あの…隊長さん。

 結構エグイ事、言ってますよ?

 

 さてと…次は…誰が来る?

 また俺のHPが削られる結果になりそうで、もはや怖い…。

 というか、どの様に現れるんだろ…。

 

 

「麻子!?」

 

 

 沙織さんの声が聞こえた。

 全員が一斉に、その声の方向に顔を向けた…。

 

「な…なっ!?」

 

 いつの間に現れたのか…音もなく、何もなく…。

 

 振り向いた先…いた…。

 マコニャンが、見下ろす程の背丈…。

 そのマコニャンの手に…幼い手が握られていた。

 

 

 

 >  冷泉 麻子の場合  <

 

 

 それは、見た目で…四歳くらいの子供…。

 髪は短く真っ黒な髪。

 眠そうな目をした…男の子だった。

 というか、半分寝ているな。

 

「…」

 

 何か信じられない物を見る目で、見下ろしているマコニャン。

 

「なに!? なにぃ!? 可愛い!! 可愛いぃぃ!!」

 

 ぉぁぁあ…。

 

 沙織さんのテンションが爆上がりですね…。

 

 沙織さんは、しゃがみ込んで男の子の手を取った。

 頭を撫でたり…頬を撫でたり…すげぇ…なんかもう…慣れてる動きだ。

 

「さっ…沙織!?」

 

「この子が、麻子の子かぁぁ!!!」

 

 あぁ…一人なんか楽しそうですね?

 というか、なんでそんなに適応力があるんでしょお?

 

「…隆史君」

 

「はい…なんでしょう、みほさん」

 

「私……そろそろ、胃に穴が空きそう…」

 

 みほの口から、そんな言葉が聞けるとはな!!

 

「まだ、始まったばかりだぞ?」

 

「…隆史君の浮気者」

 

「」

 

 いや…もう…なんか……。

 他の世界線の俺達! まとめて来てくれよ!! ある意味押し付けられた気分だよ!!

 みぽりん! 恨みがましい目で、見ないで下さい!

 

「ボク! ボク!! お名前教えてぇぇ?」

 

「……?」

 

 沙織さんと、マコニャンの顔を見比べている…。

 手を離さないって事は、若いけど母親として認識しているという事だろうか?

 それとも…成長しないのか? 将来…マコニャンは…。

 成長…できないのか!!??

 

 何かを察したのか…俺を睨んできた。

 …ので、目を逸らしました!!

 

「…ぬ…」

 

「……」

 

 その男の子は、ジー…っと、無言でマコニャンの顔を見つめている。

 慣れないのだろう…子供と接する事は、彼女にはそうそうないだろうしなぁ…。

 無垢な目で見上げてきている子供…。

 それに対して、マコニャンは、引きつった笑顔で…

 

「な…名前は……?」

 

「…ふぐっ!」

 

 あ…泣きそう!! すげぇ涙ぐんだ!!

 

「ダメだよ麻子ぉ! ちゃんと優しく聞いてあげないとぉ!」

 

「……ぬ…子供は……苦手だ」

 

「自分の子供でしょぉ!?」

 

「…まさかこの歳で、それを言われるとは夢にも思わなかった……」

 

 なんとも言えない…そんな顔。

 邪険にも出来ないのだろうな…。

 しかし、泣きそうだが、母親だと本能で理解しているのか…。

 握った手を離さない。

 

「!?」

 

 沙織さんが、耳打ちでマコニャンへ何か囁いているな…。

 あやし方か、何かだろうか?

 俺もボケーとしていては、悪いので…その子供に近づいて行く…。

 

「ぐ…ぅぅ…」

 

 マコニャン…何を悩んでいるのだろう?

 頭をグルグルと、小さく回している。

 ぬぅ…と一言呟くと…諦めた顔になったね。

 

 あぁ…相変わらず、愛想笑いが下手だなぁ…。

 

 引きつった顔の、引きつった口を更に引き伸ばしながら…意を決したかの様に、腰を落とした。

 子供の目線と同じ高さになり…聞いた事のない…マコニャンの声が聞こえた来た…。

 

 

「ぼ…ボクゥ? お名前、なんていうのかなぁ? …お…教えてぇくれるかなぁ?」

 

 ……。

 

 …………。

 

 

「が…」

 

 ……カメラ……携帯……動画……ぁぁ……

 

 撮りたかった……撮っておきたかったぁ!!!

 

 なに!? 今の可愛いの!!!

 

 すげぇ、顔が引きつっていたけど!! 

 あの!! 口調のマコニャンをぉ…!!

 

「くっそ! 記録媒体がない!!」

 

「隆史君! 私も持ってない!! いつも携帯持ち歩いてんのにぃ!!」

 

 子供より、寧ろ俺と沙織さんが悶えていた。

 あぁぁぁ…そうだぁ!! 記憶消えるのか!?

 アレを思い出すことも出来なくなるのかぁ!!??

 

 この断末魔の様な声が、マコニャンに聞こえると、間違いなく怒るから…小声で沙織さんと悶え苦しむ。

 惜しい!! 本当に惜しい!!

 

「…おかぁさん」

 

「ぬぉ!?」

 

 !?

 

 しまった! 見てなかった!!

 なに!? どうした…んだ……ろ?

 

「な…なんだ!? なんだ!?」

 

 母と認識したのだろう。

 同じ目線になったマコニャンに…抱きついていた。

 そのまま軽く、尻餅をつくようにマコニャンは、後ろに腰を落としてしまった。

 

 少し倒れ込むように…お子様は覆いかぶさり…。

 

「スー…スー…」

 

 ね…寝息をたて始めた…。

 いや、子供だし、夢を見ている時みたいだし…まぁ…普通に眠いのだろう。

 遺伝…では無いよね?

 

 どうしたらいいのか分からないのか、その状態で動く事も出来ず…固まって目を見開いてるマコニャン。

 

 寝てしまった事に気がついた沙織さんも、後ろを振り向き…口元に人差し指を立てている。

 ま…結局、名前は分からなかったな。

 いやぁ…ま、いつまでも遠目で見ていても仕方ないしなぁ…。

 

「…ど…どうしたら!? どうしたら!?」

 

「取り敢えず…頭でも撫でてやれば?」

 

「しょっ!?…きぃぃ」

 

 起こさない様に、ゆっくりと静かに近づいたのだけど…驚かしてしまったのか、一瞬声を張り上げそうになっていた。

 が、目の前の子に気を使ったのか…我慢した様だ。

 

「 …… 」

 

「…ん?」

 

「…………」

 

 あの…麻子さん…。

 なんで口が、△の形から動かなくなってるんですかね?

 俺の顔を見た瞬間から…小刻みに振動し始めた…。

 

 あの…? 起きちゃうよ?

 

 

「…チッ」

 

 

 なんで、舌打ち!?

 

「うっふっふ~。麻子ね、照れてるのよ」

 

「…沙織」

 

 鬼の首を獲ったかのように…何故か、勝ち誇っている様な沙織さん。

 その一言の後は、何も言わないで、寝ている子供の横に座り、指で頬を突っつきながら…楽しそうにしている。

 

「起こしちゃうのも可愛そうだし…ま、名前は諦めるかぁ~」

 

 なんだろ…沙織さんの、この手馴れ感…。

 特に特別な事はしていないと思うのに…なんだ……この彼女に任せておけば、大丈夫! って言い切れそうな…。

 

 

 《 名前!? いいわ!! 教えたげるわ!! 》

 

 

「!!」

 

 この声…。

 突然、頭に響いたどこか焦ったような、駄女神の声…。

 それは全員に聞こえた様で、澤さんもキョロキョロと周りを見渡している。

 

「なんだよ、いきなり…どういう事だ?」

 

 

 《 ち…ちょっと、手違いがあってね…こっ! この私が!! 自ら貴方達を導いてあげる!! 》

 

 

「…導くって…しかも手違い? お前がただ、エリナに案内役を頼み忘れただけだろうが」

 

 

 《 こ…細かいこたぁーいいのよ!! で? その子の名前、知りたいんでしょ!? 》

 

 

「……」

 

 

 《 ついでに、話せないその子に変わって、その子の世界線も教えたげるわ!! どう!? これは、尾形 エリナ…さん。には、できないわよ!? 》

 

 

「……チッ」

 

 くそ…正直知りたい。

 が…このくっそ女神に頼むのは…。

 

「はい! 私知りたいです!!」

 

 沙織さん!?

 

「わ…私も……」

 

「知りたいですね」

 

「きょ…興味はあります…」

 

「……」

 

 マコニャン以外、全員が手をあげた…。

 

 《 ふっふ~ん! どーよ!! 》

 

「…チッ。まぁいい…んじゃ、教えて……下さい」

 

 こいつの性格上、絶対にこういった言い方をしろと、言ってくるだろうと踏んだ。

 だからさっさと、こちらから折れる。

 時間の無駄だ…。

 

 《 よしよし。最初からそういった、殊勝な態度で…「エリスさん」

 

 《 え? 私ですか? いいですけど… 》

 

 《 待って!! 待ってぇ!! なんでパ「 んなら、はよしろ 」

 

 《 …… 》

 

 はい、時間の無駄です。

 お前さんの性格が読めてきた。

 上げて……叩き落とすのが有効だな、うん。

 

「……はっ…」

 

 皆は声がするのは、上からだと思っているのか…暗い空を見上げている。

 真っ暗な空間なのだが、この緊張感が微塵もない会話に、不安や恐怖感は無いのだろう。

 ま、そうやって、見上げているから気がつかないのだろうな。

 

 今の麻子の姿を。

 

 無意識にだろうが…寝ている子供を、優しく撫で続けていた。

 

 ……

 

 目が合うと、睨んでくるのは変わらないですけどね…。

 

 

 《 その子の名前は「尾形 麻雄」くんって言うみたいね… 》

 

 地面に光が差して、その名前の文字を描いた。

 …麻子の字を取ったのか。

 あさお…ね。

 

 《 その世界線の貴方は…チッ 》

 

 俺の事か? なんで舌打ち…。

 

 《 主夫ね…。稼ぎは、その冷泉 麻子さんのようね。…なっさけない男ねぇ?  》

 

「…え? 麻子がぁ!? 朝起きれるの!?」

 

 そうですね、沙織さん

 嘘…だろ?

 マコニャンが、稼ぎ頭?

 あと、さりげなくディスってんじゃねぇ。

 

 

 《 朝? あぁ朝は、そこの失礼な男が… 》

 

 

 あ?

 

 《 …… 》

 

 なに? この間

 

 

 《 うっわ…エッグッ…… 》

 

 

 駄女神の本気で、引いた声が響く…。

 

 

 「「「「「「「 …… 」」」」」」」

 

 

 《 …貴方、女性に対して、なんて事してんの…? 》

 

 全員の顔がこちらを振り向いた…。

 

「なっ!? 」

 

 具体的な事を、敢えて言わない。

 それにより、皆の中の想像力が、掻き立てらたのだろう。

 

 まほちゃん! ため息やめて!!

 

「…書記……お前……寝てる私に何を…」

 

 青いのか赤いのか…良く分からない顔色で引かないで!

 身に覚えも何も、知る訳がねぇ!!

 

「まっ! 待て! 未来なんか知るわけがないだろ!? あいつが勝手に……あぁ!!」

 

 あぁぁ!! 身に覚えの無い事で、なんで睨まれ…ぁぁあ!!

 なんか納得した顔で、顔を伏せるな、みほ!!

 

「あぁもうっ!! この駄女神!!! お前、んな意味深な事言えば、どうなるか分かって…くっそッ! わざとだろ!!」

 

 《 何の事ぉ? 私は事実を申し上げてるだけですけっどぉ? 》

 

「お前がこの人間関係、知らねぇはずねぇだろーが!! 知っていてワザと、んな言い回ししやがったな!!」

 

 

 

 《 はいぃぃ? 私は知らないわよぉ? 知ってる事だけぇ 》

 

 

 

「 ブ ッ コ ロ ス ゾ 」

 

 

 …転生特典。

 因子なくてもいいから、今からでも…くれねぇかな…エリス様。

 

 …神殺しとか、あるだろ…。

 

 《 次いくわよぉ? 冷泉 麻子さん…持ち前の頭の良さ…適応能力の高さ…で、事業起こして成功してるわね…なに、この子…… 》

 

「麻子が、社長!!?? 女社長!!??」

 

 沙織さん…。

 ま…まぁ意外っちゃ意外か…。

 

 《 まぁ(記憶が消えるとしても)知らなくていい事…知らない方がいい事ってのもあるから、詳しくは言わないでおくわ! 》

 

 触りだけね! とか、絶対にドヤ顔で言っているのが何となく分かる…。

 …まぁ、答えを知っている人生ってのは、どうなのだろうかね?

 まぁ…普段は、こんな人柄だとか、そんなのは良いのだろうとは思うけど…。

 

 《 そして…この…………って…え~… 》

 

 なんだ? 今度は絶句した様な声。

 

 《 あっはっはっは!! そこの男も大概だけど、貴女も結構やるわねぇ!! 》

 

「!?」

 

 《 ね……ネコミミッ! ……ネコォ… 》

 

「なっ!?」

 

 駄女神の、声を殺した笑い声が響く…。

 殺しているのに響くって…どんだけ我慢してんだ…。

 

 《 貴女! 散々渋ってた割には、ノリッノリね!! 20代前半位までは、月一のやくそ……く……んな、約束してたのぉ!? 》

 

 …マコニャンが、マコニャンになりました。

 

 《 若い頃って無茶するものだけ…どぉ……あははははは!! いえね、私の手元に資料が色々あんのよぉ! 》

 

 …い…嫌な予感しかしねぇ…。

 ヒーヒー言いながら、何か捲ってる音がする。

 資料って紙かよ…。

 まぁ、顔真っ赤にして……ごめん、マコニャン。

 後で、あの駄女神はキチンとシメトクわ。

 

 《 いやぁ…若いっていいわぁ…。こっちが恥ずかしくなる位に、ベッタリになるのねぇ…うわぁぁ… 》

 

「なっ…なっ……」

 

 《 子供と父親、取り合うってどうよ! どうなのよ!! 日曜日はお母さんの番だっ! ってキメ顔で言ってるわ!! 》

 

「がががが…」

 

 《 キリッ!! キリッッ!!! って顔してるわぁ!! 》

 

「…ぎ……」

 

 あの…麻子さん……殺気が出てきてましてよ?

 怒鳴りもしないで、言い返さないなぁ…。

 

「…」スー…

 

 …そうか、子供気を使ってるのか…。

 

「あ…あの……麻子さん…お子様、お預かりしましょうか?」

 

 気を使って、怒鳴りやすく、暴れやすい状況をお作りしようかと思いました。

 というか、この子も結構図太いな…もう、結構騒いでるのに、ぜんっぜん起きねぇ…。

 口に指加えて、静かに寝息立ててますね…。

 

「し…しないぞ…」

 

「…はい?」

 

「私はそんな事、絶対にしない……」

 

 …空を睨んでますね…。

 あ、俺は睨まないで下さいね?

 悪いのはあの自称女神ですから。

 

「……あ」

 

 そういや、マコニャン。

 今回の…その、将来の相手が俺という可能性を、エリリンみたいに一切否定しなかったなぁ…。

 

「ふぐぃ!!??」

 

 嫌じゃないのかなぁ……あ、もしかして、気を使って……っ!!??

 

 ガチガチガチッ!

 

 あの…そんなに口を開けたり閉じたりして、疲れないのでしょうか?

 上下の歯が当たって、ガチガチ言ってますよ?

 あの…顔の色がもはや、赤なんてモノじゃない色してますよ?

 

 《 ヒー! ヒー!! 》

 

 駄女神の声が…。

 

「…書記」

 

「……はい」

 

「いい加減、思ったこと……まぁいい、先にアレだ」

 

「アレだな」

 

「あれ…お前なら何とかできるか?」

 

 

 《 なにこれ!! なにこれぇ!!! あっはっはっは!!》

 

 

「何とかとは?」

 

「自衛隊にでもなんでも頼んで…」

 

「……分かった。もっと頼りになる方に頼むわ」

 

「頼んだ」

 

 はい、目に殺気が戻ってきましたね。

 取り敢えず、こんな世界だ。念じてみましょう。

 

( エリス様~…聞こえますかぁ? )

(《 あ…はい。……スミマセン…ホントウニ、スミマセン… 》)

( あの馬鹿、なんとかして下さい )

(《 監視していた上司に掛け合ってみます… 》 )

 

 やればできるもんだな。

 はい、さすが本物の女神様。

 仕事が早い。

 

 《 …ァ…ハイ……スイマセン…… 》

 

 

 即、流れて来た、力ない声が、心地いい…。

 

 

 《 グスッ…私悪くないのにぃ… 》

 

 

 自覚がないのが、またタチが悪い…。

 

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

 《 さて、そこの貴女。この無礼な男が、意識不明になって運ばれた時…物凄い取り乱したみたいね… 》

 

「!?」

 

 

 あからさまに真面目な声になったな。

 しかも内容が、無視できないモノ…この野郎…強制的にシリアスに持ってくつもりだな…。

 

 だからだろう。俺じゃなく、その声はマコニャンを指している。

 いきなりの神妙なトーンの声が、胡散臭いなぁ…。

 

 《 そこの男の子も、そんな母親を見て、子供ながらに気を使って…疲れきったのでしょうね。夢の中でも寝ちゃう程に… 》

 

「……」

 

 何かに気がついたのか…マコニ…いや、麻子の顔が青ざめた。

 どうした?

 

 急に…。

 

「ぅう…」

 

 麻子は、その胸の中の子供を抱きしめていた。

 

「……」

 

 あぁ…。

 

 そうか…分かった。

 

 俺は一度、見ている。

 

 取り乱した彼女を。

 

 だから知っている。

 

 ……。

 

 家族の死…。

 

 麻子が一番恐れている事…だな。

 未来の麻子が、どんな人物かは分からないが…うん。

 

 想像は容易い…。

 

 

 

 《 さぁ、お互いの手を取り、死という運命を覆し……そんな未来の貴女を、安心させてあげなさい 》

 

 

 ……。

 

 急にまとめに入ったな。

 

 なに? その大層な物言い…。

 

 まぁ…いいけど。

 

 そういう喋り方できるなら、終始それでいりゃいいのに…。

 

 怒られたから、真面目にやるって…。

 

「…書記」

 

「…はいよ」

 

 時間の概念は、この世界には無いのだろうが、目の前の寝ている子供を早く戻してやりたのだろう。

 急かすように、俺のズボンの裾を引っ張って来た。

 先程までいた、エリナも蕾もそうだけど…改めて見てみても、実感は余りないな…。

 まぁ、あっても困るけど…。

 

 自分の子供…。

 

 

 うん、この子は男の子だというのに麻子似だよね。

 

「…おい、女神」

 

 《 な…何かしら!? 》

 

 麻子の呼びかけに即反応したな。

 声が若干上ずっているねぇ…余程絞られたか?

 

「この際、私の事はいい。将来の書記はどうなんだ? 普段どんな感じなんだ?」

 

「俺!?」

 

 なんだ? ここに来て、俺!?

 

 《 あぁ…そういう…。まっ! そうね! 一言でいうなら… 》

 

 何かを察した様に、真面目な口調が解けた。

 どうやら、俺だけ一人焦っているみたいで、周りを見渡すと、みんなは結構真面目な顔をしてる…。

 

 なに? なんなの!?

 

 《 かっっわんないわねぇ。いえ? ちょっと違うか… 》

 

「違う?」

 

 《 今以上に、普段からヘラッヘラ、してるわね! …ま、そういう事。良かったわね! 》

 

「はっ…そうか。良いか悪いは知らんが……それでいい」

 

 そこまでだと、麻子は子供の手を握った。

 なんというか…麻子って結構、母性が強いのだろうか…?

 何でか、少し安心した様な顔をしている。

 

 そのまま、有無を言わさないと言った感じで、俺の手首を掴み…子供の手に引っ張る。

 促されるまま、その…子供…麻雄の手を握った。

 

 あ、そういえば…俺はこの子を、撫でてもないなぁ…。

 少しぐらい…。

 

「書記」

 

「えっ? はい?」

 

 子供の体が発光し始め…麻子の体も光り始めた。

 俺を呼んだその顔は、俺を一切見ないで…その腕の中の子供を見ていた。

 

「この際だ、相手がお前だとか色々な諸事情には、目を瞑る…」

 

 それは、俺に話しかけているというよりか…どこか自分に向けての言葉だった。

 

「しょ…いや、た……ぬぅぅ!!」

 

 な…なに? え? 今度は何か歯噛みし始めた!?

 

「たっ…隆史!」

 

「え? あ、え!?」

 

 な…名前呼び!?

 いきなり!? どしたの!?

 

「相手がお前だとしてもな!! わ…私は、どこかで…嬉しかったんだと思う」

 

「…嬉しい?」

 

 戻る時間が、迫っていると感じたのか…声に焦りが見える。

 視界に映る…麻子と子供を包む光が、強くなっていた。

 

「そうだ!! いいか!? 相手がお前だというのは及第点だ! 目を瞑るだけだぞ!!」

 

「いや…それはもう聞いた…」

 

「ぐっ…」

 

 俺にだけする、いつもの舌打ちをし…目を落とし、子供の頭に手を置いた。

 

「…う……嬉しかったんだ。…本当に嬉しかった」

 

「……」

 

 そんな彼女を見て、名残惜しそうに感じたのは、気のせいでは無いだろうな。

 …だが、もう時間がない。

 彼女達を包む光が、最大限へと到達したと感じた時…。

 

 麻子は、笑った。

 

 

「私にも…新しく、家族ができるんだと…実感でき…た……」

 

 

 最後の言葉を発して…子供と共に消えていった。

 

 

 

 

 

 --------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

 《 さっ! 次ね!!! 》

 

 ……

 

「隆史君!?」

 

「隆史!?」

 

 …

 

 ……みほとまほちゃんの声が聞こえた。

 その後次々に、華さん達からも俺を呼ぶ声が…。

 

 どうしたんだろ…何を驚いて…。

 

 《 あ~…あんた 》

 

 

 んだよ、駄女神

 

 

 《 なんで、泣いてんのよ 》

 

 …あ?

 

「……は……初めて見た…」

 

「……」

 

 言われて気がついた…。

 手で顔を隠すように、目を確認すると…うっわ…。

 ぬるっとした感触。

 

 号泣してるよ…。

 

 まだ、出てきてるよ…。

 

 いや…俺、こんなに涙脆かったか?

 麻子が消える直前の、最後の一言にやられた…というのは、何となく分かるけど…。

 人前で…泣くほど…。

 

 《 あぁ! そっかそっか!! 》

 

 後ろを向き、腕と手で、顔を乱暴に拭う。

 目の周りがあっつい…。

 

 《 アンタ、この世界…前回の夢でもそうだけど、結構感情が昂ぶりやすいでしょ? 》

 

 んぁ? そういや…変に怒りっぽくなってたな。

 普段なら、気にも止めない事に…妙にイラついたし…。

 

 《 この世界だと、自我が脆くなる様になってんの!! 素の状態が出やすくなってるみたいねぇ 》

 

「…隆史さんも泣くんですねぇ…」

 

「五十鈴殿…その物言いはちょっと…」

 

 《 全ての本音が、漏れやすい様に、なってんの!! 》

 

「……何の為に…」

 

 嫌がらせ以外に、思い当たらないがな…。

 

 

 《 私に優しくしないからよ!!! 》

 

 

 

「……」

 

 

 

 《 じょっ…冗談よぉ~。ただの冗談なんだから、本気で怒らないで!! 》

 

「……」

 

 《 はい。では尾形 隆史さん。真面目にお答えしましょう 》

 《 また、アンタ!? 出しゃばってこないでよ!! 》

 

「はい、お願いします。エリス様」

 

 

 はい、チェンジで。

 

 

 《 貴方、鈍感過ぎますし、変に気を使いすぎますし、これだけの女性に手を出してるんですから、少しは責任を感じてもらいたく思いまして 》

 

 

「………………」

 

 い…言い方ぁ……

 

 《 先程、冷泉 麻子さんが、未来の貴方の事を、気にしていた理由とか…急に貴方を、名前で呼んだ事とか……何でか分かります? 》

 

 あ、うん。

 驚いたけど…分かるかどうかって?

 

 そりゃあー

 

 

「な…なんとな……く?」

 

 

 《 …… 》

 

 

 「「「「「「 …… 」」」」」」

 

 

 《 …うっわ、アンタ…やっぱり一度、死んどけば? 》

 

 

 駄女神に引かれた…。

 あれ!? なんでかみんなに侮蔑の目で見られてる!?

 というか、わかるよ!? 流石に分かるけど、はっきり言えるかぁ!!

 

 《 はい、そんな訳で…女性の敵である貴方には、ここで少し、学んでもらおうかとも思いました 》

 

 

 …み。

 

 味方だと思っていたエリス様が…結構、キッツイ事を仰られました…。

 

 

 《 私も女神です。いいですか? 女の神です 》

 

「」

 

 《 ある意味、良かったです。貴方があの最後で、泣ける人間で。でなければ見捨てていた…かもしれませんねぇ 》

 

 なんだろうか…にこやかに喋っているって感じはするのだけど…。

 言葉に怒気を感じるのは、なんでだろう?

 

 《 こちらに落ち度があるとは言え、いたずらにこれ以上、仕事を増やされても堪りませんし…はい、では次です 》

 

「いや…あの……」

 

 《 次です♪ 》

 

 ……。

 

 あ、はい。

 

 《 では、その目の前の子を、次はお願いしますね 》

 

 その子?

 

 身長差があるので、軽く見下ろす。

 うん…その目の前に立ってた。

 

 

 

 なんかもう…目をキラッキラさせてんなぁ…。

 

「お…お……おぉ……」

 

 手を握り締め、俺の顔を見上げている…。

 

「すっげ! マジで来た!!」

 

 この非日常感を満喫するかの様に、興奮気味にはしゃいでいた。

 

「ぉぉお!! あんま変わってねぇけど、父ちゃん若っ!!」

 

 と…父ちゃん……。

 

 これはまた…。

 

「まだこの頃は、髪あったんだぁー!!」

 

「」

 

 

 ……な…んだ…と……。

 

 ちょっと個人的に、聞く事ができたな。うん。

 

 うん…この…パンチパーマの男の子に。

 

 

 

「すっげ!! あはは! なんにもねぇ! なんだここ!!」

 

「いや…ちょっと待て、詳しく聞こうじゃないか」

 

 

 今お前、最後なんつった?

 

 

「…みぽりん」

「西住先輩…」

「…うん」

「誰のお子様か、すぐに分かりますねぇ」

「え? 誰ですか?」

 

 

「まず、年齢と名前を教えてくれ…」

 

 一応…俺が親らしいから…坊主とか他人行儀な言い方は避けよう…。

 しっかし…。

 

「は? 何ってんの? 父ちゃん」

 

「いや…だから……」

 

「あ! そうか!! 昔だから知らねぇのか!!」

 

 話が早い…のか、遅いの分からん…。

 というか…顔が完全にガキの頃の俺だ。

 

 髪はパンチパーマだけどな。

 

「俺、隆成! 10歳!! おぉぉ! すげぇ! 地面に俺の名前出た!!」

 

 て…テンションたけぇ…。

 名乗った瞬間、麻雄と同じく、地面に名前が漢字で現れた。

 今度は、俺の名前の漢字を取ったのか…。

 

「よし、隆成」

 

「なに!?」

 

「…俺には将来、髪の毛が無いのか?」

 

 ここ! 重大!! 重要案件!!

 

「ねぇよ? ハゲだなハゲ。一本もねぇ」

 

「」

 

 …お…お子様……少し気を使え…。

 

「うん、なんかたまに、頭剃ってる」

 

 剃ってる?

 

「母ちゃんから、どっちかにしろって言われてるみたい」

 

「…は? どっちか?」

 

「うん! パンチパーマか、ハゲ」

 

「……」

 

 強制かよ!!

 

「どっちもカッケーから、俺は良いんだけどさぁ…お客さん、父ちゃんが店番すると、みんな逃げちゃうんだよなぁ」

 

「…客? いや待て…」

 

 目頭を押さえる…ダメだ…。

 ちょっと衝撃的すぎて…。

 

 将来の俺は…今の証言からすると…パンチパーマか、スキンヘッド…どちらか選べと、奥さんに選択をさせられたと…。

 それに客だと言ったな…。

 何やっての俺?

 

「よし、隆成」

 

「なに?」

 

「まず、俺の将来の風貌…要は、見た目を教えてくれ」

 

「だから、ハゲ…「違う! それはスキンヘッドだ! ハゲとは違う!!」」

 

「ん~…んじゃ、それで…鼻の下だけ、ヒゲ生やして…」

 

 ……。

 

「もっと、筋肉あった」

 

【挿絵表示】

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 よし! 俺の体は、まだ成長できる!!

 

 違う!!

 

 なんだそのイカツイ格好!! 奥さん、何考えてんの!?

 

「後、客と言ったな…何してんの? 隆成ん家」

 

「喫茶店」

 

「…喫茶店? 床屋じゃなくて?」

 

「そりゃ、じいちゃん家だよ。戦車どお? とかのグッズが、いっぱい飾ってある喫茶店やってるよ」

 

「……」

 

 ま…まさかの…

 

 戦車道喫茶、経営者…。

 

「よし…あの中に、母ちゃんがいる…わかるか?」

 

「へ?」

 

 隆成の頭を軽く掴んで、並んでいる女子校生達へ向けた。

 

「おぉぉぉ!! なんか、綺麗なお姉さんいっぱい!!」

 

「違う! そうじゃ……違わないが!!!」

 

「父ちゃん、なに言ってんの?」

 

「俺にも分からん!!」

 

 みほ達が、呆然としているな。

 そのまま、彼女達の前へ連れて行く…つもりだったけど、先行して走り出した。

 この頃の男の子って、本来こんなもんか…。

 とにかく落ち着きが無い。

 

「あー…すっげ。母ちゃん若っか!!」

 

 真っ先に正面に立ったな…。

 

「わっ…私ですかあぁ!?」

 

 

 はい、ゆかりん。

 他に誰がいる?

 

 

 

 >  秋山 優花里の場合  <

 

 

 

 

「うん…隆史君、聞こえてた…将来の優花里って、すごいね…」

 

「わ…私、そんな趣味はないですよ!? パンチパーマは兎も角…」

 

 そっちはあるんか!!

 早速、将来の俺の風貌について色々と、言われてますね…はい。

 …確かにその二択なら、迷わず俺は剃る!

 

「あ~…そういえば…父ちゃんの頭の事で、母ちゃんに聞いた事あったっけ…確か…」

 

「ほっ! ほら! 何かやっぱり理由があるんですよ!! 私も強制的に、そんな…」

 

「 浮気防止 」

 

 「「「「「「 …… 」」」」」」

 

「とか、なんとか言ってたなぁ…意味良くしらねぇけど!!」

 

 あ…うん…。

 まぁ…なんでだろう…なる程って呟きが、何名様から聞こえてきた…。

 

「あっ…後! 喫茶店? お店開いてるんだね!!」

 

 沙織さんに気を使われた…。

 

「しかも戦車道喫茶…個人経営っぽいね」

 

「…隆史さんと、優花里さんなら…まぁ趣味のお店ですかね? 一度見てみたいですねぇ」

 

 まぁ、みほの言う通りだな。

 その風貌のおっさんを、チェーン店なら普通、雇う訳が無い。

 

「母ちゃんが、戦車どおの人達が来るから、父ちゃんの頭変えたって言ってた」

 

 「「「「「「 …… 」」」」」」

 

 また聞こえた! なる程って!!!

 

「お……ぉぉぉお……」

 

「どうした隆成?」

 

「父ちゃん! 今気がついた! わっかい!! わっかい!!」

 

 何をはしゃいでる?

 取り敢えず、頭をワッシャワッシャしてみた。

 

「…なんかもう…普通に尾形先輩、お父さんしてません?」

「…私としては、少し複雑だが…男親とはこういったモノなのだろうか?」

 

 なんだろう…まほちゃんと、澤さんの友好度が上がってるな…。

 

「わっかい! って…何を……あぁ若いか?」

 

 

「この人達、華おばさんと、沙織おばさんだろ!?」

 

 

 「「 …… 」」オバ…

 

 

 うん…。

 

 まぁ…はい。

 

 

 未来でも交流が続いているのですね…。

 お二方…子供の言う事ですから…ね?

 

「…お前、二人共知ってるのか?」

 

「うん? 母ちゃんの友達だろ? 良く店に来るよ? 後、マコニャンおばちゃんって人」

 

「…」

 

「後…あ……」

 

「え?」

 

 みほを見たら、隆成が固まったな…。

 どうした?

 

「あの…」

 

 直立不動で動かなくなったな…。

 まぁ、華さんと沙織さんとも交流があるなら、みほも…

 

「みほさん…」

 

「……」

 

 どうした!?

 

 何があった未来!!??

 

 みほに対してだけ、さん付け!?

 

「す…すいません。ちょっとはしゃぎすぎました…」

 

 敬語!?

 

 カタカタカタ…

 

 震えてる!?

 

 

「…みほ、なにした?」

 

「知らない! 流石に知らないよぉ!!」

 

 まぁそうだろうけど…。

 この位の子供の顔を、青くさせるって…みぽりん…。

 

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

 

「隆史」

 

「ん? なに?」

 

 まほちゃんが、話しかけてきた。

 そういば、エリリンがいなくなってしまって、ある意味でアウェー感がすごいだろう。

 澤さんと、何故か親しげになっていたから、大丈夫だと思っていたけど…さみしいのだろうか?

 

「…正直、初めは色々と…その、どうかと思ったのだが…」

 

「……」

 

 優花里と隆成が、座り込んで話をしている。

 初めは、なんか俺と交互に見比べて、微振動を繰り返していた彼女も落ち着いたのか…今は隆成と笑っている。

 …うん、笑ってるよね?

 

「ヤークトティーガー!? あんなのただの、金くい虫じゃないかぁ!」

「何を言っているんですか! 全てはロマンで始まったんですよ!?」

「母ちゃん、昔からそれかよ! ロマン? ロマンで勝てるか!! あれ一輌のコスト考えろよ!!」

「なっ!?」

 

 ……。

 

 うん! 多分、笑ってる!

 なんの英才教育だよ! 10歳の子供がする会話じゃねぇ!! 

 

「……!?」

「母ちゃん?」

 

 あら…目があったら、俯いちゃった…。

 

 …うん、ゆかりん、何回かバグったしね。

 

 ココココドッ! ってのを繰り返してましたね…。

 

 まぁいいや…その二人を眺めている、まほちゃん。

 

「…なんだろうな…色々な可能性を見ている内に…今は、楽しみになった」

 

「な…何が?」

 

 楽しみって…。

 

「何って…お前との子供だ」

 

「」

 

 は…はっきり言った…。

 やめて…顔が熱くなるから! どうしたのまほちゃん!!

 

「…なる程。結構すんなりと言えるものだな…。普段なら口が裂けても言えないが……」

 

 …いやぁ…? 

 結構、はっきりと爆弾落としてきそうですよ? 貴女…。

 

「これが先程、女神とやらが言っていた、「本音が漏れやすくなる」という奴か」

 

 あの…。

 

 というか、今回は駄女神大人しいな!!

 こういう時こそしゃしゃり出てこいよ!! どうしたらいいの!?

 

「みほとの子も、興味がある」

 

「」

 

「…なる程な。これはある意味で楽だな。スラスラ言える……ちょうどいい……チョウドイイナ、コレハ…」

 

 な…な……っ!?

 

 い…いかん!!

 なんかしらんが、まほちゃんに何かのスイッチが入った!!

 

「…記憶が残る、残らないの問題では、なくてだな……」

 

「」

 

 

 ……。

 

 あ…

 

 …………。

 

 

「…おい、聞いているのか、隆史」

 

 白…。

 

 純白…。

 

 パールほわいとぉ…。

 

 やはり、まほちゃんは白だな、白。

 

 ……というか…。

 

「…お前は私のどこを見て話…を……」

 

 隆成…お前、優花里と話してたよな?

 

「……な…」

 

 まぁ10歳くらいの男の子なら、分からんでもないけどな…。

 やりそうな事…だけどな?

 

「なぁ!?」

 

 相手、選べよ…。

 

 視界に映る、10歳のお子様はまほちゃんの真後ろにいました。

 

 まほちゃんのスカートを捲っておりました。

 

 いや…左右をもって捲るとか…。

 

 はい、全っっ開で……御開帳。

 

 

「ぉぉおお!」

 

 おい、なんだ息子。

 

 なんだ、その満面の笑みは…。

 

 

 まほちゃんは、一瞬…思考が止まったのだろう…硬直して動かなかったね。

 こういった悪戯には免疫がないだろうし…。

 子供の頃からある意味で、恐れられていた彼女は、小学生の時にもこの手の被害にはあったことがなかったな。

 うん…みんな本能的に死を直感していたのだろうね。

 

 いやぁ…今更、スカート抑えても…遅いですよ?

 

 ガッツリ見ました。

 

 隆成の後方で…みほ達全員が、青くなってるな…うん。

 

 では、せ~の…

 

「なにやってんだぁ!!」

 

 しっかり見ていてなんだけど、即座に行動した!

 隆成の腕を引っ張り、こちらに思いっきり引いた!!

 

「バカ野郎!! 死にたいのか!!」

 

「いや…綺麗なお姉さんがいれば…こうするのが礼儀だよね?」

 

「俺に確認とんな!! やるにしても相手選べよ!!」

 

「……」

 

 ま…まほちゃ……ん?

 

「…ま、子供のする事だ。まぁいい」

 

 まほちゃん!!!

 大人だ! まほちゃん!!

 

「これが、公共の場なら……多少? オコッテイタカモナ」

 

 まほちゃん!?

 

「あ…そういえば、この人知らない」

 

「バカ野郎!! いいからまず謝っとけ! 俺も一緒に謝ってやるから!!」

 

「え~……」

 

「良いと言った。…隆史にだけ、見られる分なら…まぁ、許容範囲だ」

 

 や…やめて!!

 普通に怒ってよ!! みほがスゲェ顔して……優花里!?

 どうしたのゆかりん!! 表情が無いよ!? 真顔だよ!?

 

「え…なに? 父ちゃんの彼女? ふりんあいて?」

 

「どこで、そう言う言葉、覚えてくんだよ!!」

 

 何故か、まほちゃんが笑顔で…。

 

「…惜しいな」

 

「惜しくない!!」

 

 なに!? まほちゃんが壊れた!!??

 

「ねぇねぇ、父ちゃん。このお姉さん、本当に誰? ほんとに父ちゃんの彼女?」

 

「ち…ちがっ…!! この人は、みほのお姉ちゃんだ!!」

 

 

「         」

 

 

 な…なんだ?

 隆成の顔が…真っ青に…。

 みほとまほちゃん、交互に顔を見比べていた…。

 

「こ…怖い人?」

 

「みほより数段な!!」

 

「」

 

「…おい、隆史」

 

 まほちゃんは、黙ってて!!

 

「だから、先に謝っとけ…って!?」

 

 お…俺の後ろに隠れた…。

 これは完全に、避難態勢だな?

 

「こ…」

 

 少し顔を出し…泣きそうな顔をして…

 

「このたびは…たいへん、もうしわけございませんでした……」

 

「「 …… 」」

 

 意味は、良く分かっていないのだろう…が。

 物凄く丁寧に…謝意を述べた…。

 

「……」

 

「……隆史」

 

「…なに?」

 

「私はそんなに怖く見えるのか…?」

 

 ………。

 

 丁寧すぎる、子供の怯えに…珍しくまほちゃんがヘコんだ…。

 

「い…いや、そういう訳じゃ…。多分、こいつは、みほが怖いんだと…」

 

「」

 

 あ、今度は遠くで、みほがヘコんだ…。

 まぁ…この分だと、こいつが何か、したんだろうけど。

 子供がガッタガッタと、引きつけを起こしそうになる程だし…。

 一体みほは、何したんだ?

 

「お…おい、隆成。お前、一体みほに何した?」

 

「ま…」

 

「ま?」

 

「前に、父ちゃんの目の前で、スカート捲った…」

 

「…………」

 

「す……すっげぇ怒られた……笑いながら…すっげぇ笑いながらぁぁ…」

 

 

 も…もはや語るまい。

 

 

「…………そうか、怖かったな」

 

「怖かったぁ!!」

 

 

 まぁ…うん。

 優花里が、まほちゃんにすっげぇ謝ってる中。

 頭を撫でてやったら、本気で泣き出した…。

 

 

 

 《 そろそろ次に行きたいんだけど…もういい? 》

 

 

 あ、駄女神がやっと来た。

 

「あー!! はいはい!! この世界の私達が、何やってるか知りたいです!!」

 

 沙織さんが、勢いよく手をあげた。

 そういえば、麻子の時から妙にテンション高いなぁ…

 

 《 え? えっと、武部 沙織さん…は、普通に専業主婦ってのしてるわね! 》

 

「 結婚できたぁぁああ!!!! 」

 

 そら…貴女ならできるでしょうよ…。

 あぁ、そうだ。最近現れてなかったよね、ゼクシィ武部殿。

 いや…本当にどうしたんだろ、そのテンション。

 聞いたら聞いたで、また怒られそうだから黙ってよ。

 

 《 五十鈴 華さん…は、五十鈴流ってなんか華道って、言うのかしら? それの家元襲名してるわね…20代で…… 》

「…え」

 

 うっわ!! めっちゃ怪訝な顔!!

 

 《 異例の早さらしいけど…なに? 嬉しくないの? 》

 

「……いえ…私…結局、家に戻るのですね…」

 

 《 なんか、下克上とでもいのかしら…五十鈴流の乗っ取りがどうの…って書いてあるけど…… 》

 

 ……。

 

「!! …ふむ。ならまぁ…及第点でしょうか? あら? なんですか? 隆史さん」

 

 …やりそう。

 

 と、しか言えねぇ…。

 

 というか、それ聞いて、いい事思いつきましたぁって顔したのが、めっちゃ怖い。

 

「あの…私は……?」

 

 みぽりん!!

 

 《 大学で講師してるみたいよ? せんしゃどーとかいうのの 》

 

「先生!?」

 

 《 一時、すごいもてはやされた見たいよ? 若い頃は、海外遠征……国際強化選手がどうのって、書いてある… 》

 

「わ…私が…」

 

 《 あ、丁度、その男が結婚した時ね 》

 

 ぼくは、だまっていたほうがいいよね?

 

「……………」

 

「みぽりん…結構、ふっきる手段がすごいね…」

 

「先程は、自衛隊…でしたっけ?」

 

 《 んで、お姉さんの方は……まぁ、さっきの子と一緒ね 》

 

「……」

 

 あ、なんか寂しそうな目をした…。

 他の事とかしてみたいのだろうな…。

 

 《 んで、そっちの秋山 ゆか…… 》

 

「はい?」

 

 《 …… 》

 

 なんだ?

 優花里の場合は、息子から聞いて…

 

 《 ねぇ? 尾形 隆史 》

 

「お前、俺は呼び捨てかよ。というか、なんだよその猫撫で声は」

 

 《 あんた……いくら奥さん相手だからって… 》

 

「…は?」

 

 俺のクレームを無視して…またドン引きの声…。

 

 

 

 《  なに? あの紐  》

 

 

 

「「 ………… 」」

 

 

 《 しかも二種類あるし…あ、でも最後位には、奥さんもノリッノリで着ているから…いいのかしら? 》

 

 

「「 ………… 」」

 

 

 《 ここら辺の事は、私には分からいけど……ま、程々になさいね? 》

 

 

 

「紐? 紐とはなんの事でしょ? 優花里さ…」

「やめとこ、華…多分…聞くと後悔するから」

「そうですね。ほっときましょう」

 

 はい、華さん。

 貴女の声は、もはや届いてません。

 

「はい、優花里さん。子供の前でやめて下さい…」

 

「着ません! 流石にもう着ませんよ!!?? なんですか、二種類ってぇ!!!」

 

「あぁ……マイクロ…」

 

「またですか!? またですか!? またアレ持ち出すんですかぁ!!??」

 

「いやぁ…未来の事はなんともぉ…」

 

「なに、笑ってるんですか!!!」

 

「…優花里、多分な…未来の俺は…」

 

「っっんですかぁ!!!」

 

 

優花里の水着姿が見たいんだ

 

 

「その声、やめてください!!!」

 

 

 

 

 ------

 ----

 ---

 

 

 

 

「はい! では、タラシ殿!!」

 

「はい…」

 

「アレか! ついにアレか!!」

 

 なんの事か、分かっていないだろうに…変にはしゃいでいる隆成と、向かい合わせになる。

 

「な…なんかごめんな?」

 

「は? なにがですか!? は!!??」

 

 …ゆかりん、ご機嫌斜め…。

 

「……あの……」

 

 優花里の体が光りだした…って、はや!!

 

「お前…なにしてんの?」

 

「え? なにが? こうすりゃいいんだろ?」

 

「く…空気読めよ…」

 

「おぉぉ! マジで体光った!!」

 

 子供に空気読ませちゃダメだと思うけど…いきなりだな。

 

 すでに隆成の両手には、俺と優花里の手が握られている。

 

「では、優花里」

 

「なんですか? もう着ませんよ?」

 

「……」

 

「冗談です。なんですか?」

 

「…ま、うん。なんだろうな…こんな未来も…その、良いなと…思った」

 

「…そうですねぇ。私もそう思いました。うん、この子と話せて、楽しかったです」

 

「…だな」

 

 だから、時間が残されている内に、その子供と最後の話だ。

 この未来には、俺は行けないかもしれないから…な。

 

「ところで隆成。なんかお前、ずっと元気だったな…。話聞いて理由知ってるんだよな?」

 

「え? 父ちゃんが死んじゃうかもしれないって話?」

 

 光る中…あっけらかんとしていた。

 うん、だからだろうか。

 終始こんなんだったから、こちらもある意味で、楽だった気がする。

 

「だって、俺信じてなかったもん」

 

「…は?」

 

 その割には、この世界に順応してたな…。

 ただ当然だろ? って顔には流石にビックリしたけど…。

 

「車に跳ねられても、死なねぇ父ちゃんだしな!」

 

「「 …… 」」

 

 な…なにがあった未来。

 なんか、すっげぇ笑顔で返してくる隆成を見て…ま、もう余計な事をいうのはやめよう。

 

「ま、いいや。お前と話せて…楽しかったぞ?」

 

「そ? いつもの父ちゃんと話してるみたいで……あ、見た目は違うか」

 

 

 すでに体の光が、最大にまで達していた。

 そろそろだな。

 最後くらい、もうちょっと話して見たかったんだけどな…。

 

「母ちゃんとはどうだった?」

 

「若い母ちゃん面白かった!!!」

 

「はっ、面白いか…」

 

 空いた手で、ガシガシと頭を撫でてやる。

 最後に触れられて、よかった。

 

 

「…じゃあな」

 

 

 二人の気配が無くなった。

 

 




閲覧ありがとうございました

誰の未来かネタバレになりそうでしたので、タイトルに表記しませんでした、
あんこうチーム全員無理でした! はい、嘘つきました、すいません!!
というか、未来へ書いていて面白くて、文字数ばかり伸びてしまうので、もうちょっと続きます

あ、もう時期やっとこさ環境がもどるので…PINKの続きかけそうです



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閑話【 トチ狂イ編 】~夢のつづき~ その2

 《 これで、4人目ね!! 》

 

 能天気な声が、うるさいくらいに脳内に響いた。

 …こっちは、本気で胃が痛くなってきたのに…。

 

 今生の別れとかでは無い。

 …というのは、分かってはいるのだけど…去り方が、もう…。

 みほは、みほで…顔色悪いなぁ…。

 

 《 すごいわね…まだ半分も終わってない…。あんた、どんだけなのよ 》

 

「…………」

 

 《 さって、次は誰にしようかなぁ~♪ 》

 

「おい、ちょっと待て。お前が選んでいたのか?」

 

 《 そうよ? 》

 

「…まとめて複数呼べば、すぐに終わるんじゃないのか?」

 

 《 あ、それは無理よ 》

 

「無理?」

 

 《 そうそう。呼べるのは、対象になった人の世界線の人だけ。もう現在と別世界線を結んでいるから、これ以上混合させちゃうと…大変な事が起こるわ 》

 

「…大変な事?」

 

 《 人間に言っても理解できないわよ。んじゃ、次行くわよ~ 》

 

 

 …話はここまでだ。さっさとしろと、言わんばかりに急かしてきた。

 まぁ、無理なものを強引に通しても仕方がない。

 さっさと、終わらせ………………。

 

「お前が選んでいるって事は…さっきのエリナの時、別の…彼女が、俺に冷たくない世界線もあったんじゃねぇのか?」

 

 《 あるわね 》

 

「 …… 」

 

 あっさり言いやがった、この駄女神…。

 そんな世界線が有るなら、優しいエリナを寄越してくれりゃあいいのに!

 

 《 でも、呼べる世界線は、ランダムだからね…って、もういい? 本当に次に行きたいんだけど… 》

 

 結構真面目に教えてくれる。

 何か、変な事を言ってくるんじゃないか勘ぐっていたので、少々拍子抜けだなぁ…。

 選ばれる世界線は、1つねぇ…。

 

「あぁ、すまん。続けてくれ」

 

 《 …… 》

 

「どうした?」

 

 《 随分と素直…。気持ち悪っ! 》

 

「……」コノアマ…

 

 黙って、真面目に続けるなら、俺だって何も言わねぇよ!

 

 《 ま、いいわ…んじゃ………………あっ 》

 

「…おい」

 

 《 …… 》

 

「今、「あ」って言ったな。今度は何を失敗した!!」

 

 《 し…失礼ね! 失敗なんてしてないわよ!! ただ… 》

 

「ただ…? なんだよ」

 

 《 そのぉ… 》

 

 煮え切らない態度だな…。

 こりゃ、余程の失敗でもしたか?

 

「 隆史君!! 」

 

 沙織さんが、少し焦った声で、呼びかけてきた。

 …そうか。

 

 次は彼女か…。

 

 呼ばれたので、当然そちらを振り向く。

 今度は男の子か…女の子か…。

 そんなどうでもいい事を考えていたのだけども…。

 

「 」

 

 振り向いた彼女は…。

 

「 赤ちゃん! 」

 

 

 少し、興奮した様な顔をして…腕に赤子を抱いておりました…。

 

 

 《 呼び出すには呼び出したけど…若すぎるわよね? 》

 

 

 

 

 >  武部 沙織の場合  <

 

 

 

「……」

 

 うん…まぁ。

 いつもの学生服で、赤ちゃんを抱いてる沙織さん。

 …ある意味で、すげぇ絵だな…。

 しかもちゃんと、自分の子供…。

 

 《 えっと…尾形 愛織ちゃん…女の子ねぇ……生後……三ヶ月よ… 》

 

「お前…」

 

 《 これに関しては!! 素直に謝ります…ごめんなさい… 》

 

 この位の歳の子を呼ぶとか…。

 本当に素直に謝られたので、強く責められない…。

 …俺も甘いなぁ。

 

 地面に漢字が現れた。

 うん…今度は、沙織さんから字を取っているな。

 これで、アイリと読むんだ。知らなんだ。

 しっかし、愛の字を付けるあたり、沙織さんらしいなぁ。

 

 

「………………」

 

 

 なんだろう…。

 麻子の子供の時のテンションを見ていたから、正直もっとはしゃぐかと思っていました。

 しかし、あのテンションはなく…ただ、ただ…すっごい愛おしそうに、赤子を抱いております…。

 口を半開きにして…目をすっごい、キラキラさせて…。

 

「 愛織……愛織ちゃん…… 」

 

 …彼女は、娘の名前を繰り返しているね。

 抱きながら…あやす様に、ゆっくりと体を動かしている。

 その腕の中、赤子はスヤスヤとお寝んねですね。

 

 髪もまだ生え揃っていない…なんか、どこかで見た、黄色いクマの赤ちゃん用の服…。

 

「……」

 

 今までの子供…蕾、エリナ、麻雄、隆成…。

 あの子達の様に、ある程度成長していると、信じていない訳では無いが、現実感が若干薄まるんだと思う。

 話せるからね。

 

 ――が。今回!

 

 

 

 な…生々しい…。

 

 

 背徳感がどうの…ではない。

 完全に…アレデスネ。

 

 女子高生が、赤ん坊を抱いているだけだというのに…。

 

 あ!!

 

 みほは!!??

 

 

「…マバタキ……タノシィ……」

 

 

 いかん! 完全に現実逃避してる!!

 目をパチパチと瞬きを繰り返しながら、なんか良く分からん事を言ってる!!

 お空を眺めてるね!

 

 《 いやぁ…この世界線だと、もう少しおっきい子もいたんだけどねぇ… 》

 

「!?」

 

 《 どうにも、若い子の方が因子が強いから…その若い子の方が、選択されるみたいなのよ 》

 

「いや…え? 他…? え? あの子は?」

 

 《 そうね、あの子は四姉妹の末っ子よ!! 》

 

「そうなんですか!?」

 

 沙織さんが食いついた…。

 そら、兄弟がいても、おかしくはないけども…。

 

「随分と沙織さんの所は、子沢山ですねぇ」

 

 じょ……女系家族…。

 

 《 まぁ…あの子まだ喋れないから、ある意味で良かったんじゃない? 》

 

「なにが…」

 

 《 アンタ、その姉妹の次女以外に…すっごい嫌われてるわよ? 》

 

「……」

 

 《 どうにも未来のアンタって、娘に嫌われる傾向が強いのよ。息子の場合は、逆に好かれてるわね 》

 

 エリナ見て…何となく分かるけど…。

 あ! でも、蕾! あの子は、懐いてくれて…《 あれは、例外よ 》

 

「……」

 

 《 さっきの隆成くんだって、お姉ちゃんいるのよ? 》

 

「隆成に!?」

 

 《 まぁ…そのお姉ちゃんにもアンタ、すっごい嫌われるし… 》

 

「」

 

 …なんだろうか…?

 身に覚え何てある訳ないのだけど…なぜ嫌われてるんだろ…。

 

 未来の俺…そんなんで、女系家族の中でやっていけるんだろうか?

 見える…次女を甘やかす、未来の俺が…。

 

 ガンバレ!!

 

 超!! ガンバレ!!!

 

 

「隆史君?」

 

「……ぁ、はい?」

 

「あら、ひどい顔色ですねぇ? 隆史さんどうされました?」

 

 みほも漸く自分を取り戻した様で、沙織さん達と一緒に俺の方へ来てくれた。

 ちょっと憔悴した様な面でも、してしまっていたのか…心配させてしまったなぁ…。

 

「いえ…どうにも、未来の俺って…娘には嫌われるようで…」

 

 はい、結構ショックでした。

 それでまぁ…うん…思う所がございまして…。

 

 

「「「 …… 」」」アー…

 

 

 三人共なんで今、納得した様な顔したの!?

 

「ま…まぁ…赤ちゃんなら、大丈夫だよ。隆史君も抱っこしてみる?」

 

「……え」

 

「首が座ってないから、こうやって…」

 

 有無を言わさない様な、キラッキラな目をして…そんな提案をされた。

 

 正直…やだ。

 

 めっちゃくちゃ怖い!

 

 落としたらどうしようとか、そんなマイナス思考しか生れない!!

 

「いっ…いや…遠慮しと…」

 

「ほらほらぁ!! お父さんでしょ!?」

 

「ぇ…えぁ!?」

 

 俺の横に付き、抱き方をレクチャーしてくれる沙織さん。

 彼女の手が、子供の頭などに添える、俺の手を誘導してくれた。

 というか、なんで赤ちゃんの抱き方、知ってんの?

 

 …あの…

 

 この位の子供を抱っこするのって…本当に、すげぇ怖いんですど!?

 

「あっ! 沙織さん!! 私も抱っこしたいです!」

 

「私もしてみたい…かな?」

 

「武部先輩! 私もいいですか!?」

 

「私も是非、お願いしたい」

 

 女性陣が集まってきましたね…。

 その赤子を抱きたいと、はしゃぎ出しました。

 まほちゃんまで、顔を赤くして…抱っこの順番に並んでるし…。

 

「 …ゥァ…… 」

 

 小さな声が聞こえた。

 あぁそうだ。

 いつの間にか、沙織さんに導かれ…未来とはいえ、自身の赤子を抱き上げていた。

 

 ……。

 

 目を閉じている…。

 

 鼻が小さい…目が小さい……指が小さい…………。

 

「ゥ……ア…アァ……」

 

 なに!? なに!? なんか呻きだした!!

 怖い! 赤子なんて謎過ぎて、どうしたらいいか分からない!!

 

 

「ァ……ア…アア゜ア゜ア゜ア゜ァァァ!!!!」

 

「え!? ぁあっ!? あの!!」

 

 突然泣き出した…すげぇ泣き出した!!

 

「ア゜ーーーー!!!」

 

「!!??」

 

「あらま」

 

 いや! そんなキョトーンとした表情で見てないでくださいよ!!

 

「どうしたら!? どうしたらいいんですか!!??」

 

「はいはい…」

 

 そう言いながら、優しくまた沙織さんはその、あか…いや、愛織を俺の腕から抱き上げた。

 手つきが滅茶苦茶、慣れてる!!

 

「よしよ~し」

 

「ァ……」

 

 ……。

 

 腕から出たら…ピタッと泣き止んだ…。

 沙織さんに抱かれたからではない。

 

 俺の腕から 出 た ら 泣き止んだのだ。

 

「……」

 

 …ま…まさかな…。

 

「あら…どうしたんだろ? あっさり泣き止んだ」

 

「……」

 

 スッと手を、試しに愛織の前に出して見た。

 その手を見た…見たよな? 目なんて殆ど開いていないのに!

 

「……ア゜ア゜ア゜ア゜ァァァ!!!!」

 

「」

 

「えっ!? なに!? どうしたの!?」

 

 スッ…と、出したてを下ろした。

 

「ァ…………」

 

 

 …泣き止んだ。

 

 

 

 

 -----

 ----

 ---

 

 

 

 《 アンタ…なんで、体育座りなんてしてんのよ 》

 

「……」

 

 思いの外…堪えた…。

 そうかぁ…赤子にまで嫌われてんだぁ…俺。

 

「…むっ。これで…いいのか?」

「そうです、そうです…それで指を…」

「……」

「ぉぉ…」

 

 

 《 向こうは、随分と楽しそうね… 》

 

「……」

 

 大丈夫…うん…。

 

 悔しくなんてない…。

 

 俺の後…順番待ちをしていた、他の女性陣が愛織を抱っこし始めた。

 うん…誰に抱っこされても、愛織は泣かなかった…。

 澤さんが、抱っこした時なんかも思ったが…あの子は人懐っこい印象がする。

 

 ……俺以外に…だけどな。

 

 

 《 ま…まぁ! ほら! アンタ、次女には好かれてんだからさぁ! 》

 

 駄女神に気を使われた…。

 

 

 《 んじゃ、恒例の将来のお話ね! …まず、武部 沙織さんは……あ~らま。タレントになってる 》

 

「タレントォ!?」

 

 《 んで、アンタ…尾形 隆史は…飲食店開いてるわね…あぁなる程 》

 

「…沙織さん……ついに、芸人さんに…ダメですよ? 女を捨てては…」

 

「…華。芸人じゃない。タレント!!」

 

「違うんですか?」

 

「違うわよ!!」

 

「あはは…」

 

 《 夫婦でレストラン経営……んで、武部さんは、料理研究科って名目でタレント活動もしている…っと、んな感じ 》

 

「あぁ~なるほどぉ。沙織さんお料理上手ですからね。……芸人さんでは、ないのですねぇ」

 

「何を残念がってるの!!」

 

 …この世界線の…赤子にすら嫌われている俺は……髪はあるのだろうか?

 

 《 そこの男と一緒にって事で……まぁ順風満帆って感じね…。あれ? なにアンタ…支店の申し出、断ってんの? 》

 

「…なんだ? そこまで売上あんの?」

 

 それなりに成功してんのか?

 

 《 …断った理由がまた、すごいわね… 》

 

「隆史君…」

 

 未来の俺の選択…。

 いや…まぁ、それは何となく分かるな。

「魚の目」のおやっさんと同じだ。

 

 

 《 「分不相応。そんな事に時間を割く位なら、嫁さんとイチャコラしてたい」…って… 》

 

 

 「「「「「 」」」」」

 

 

「あ~…俺なら、言いそうだな」

 

 …欲は出さない。

 

 普通の生活が、手に入ったのならば、それを長く、荒波小波…何もなく続けて行きたい…それだけ。

 事業拡大をすれば、それだけ忙しくなる。

 俺に成り上がるとか…儲けたいとか…そんな野望は、一切無いのだから…。

 

 

「タタタアぁl;あがおp!!??」

 

「…日本語でお願いします」

 

 沙織さんが、壊れた…。

 

 《 つまんない男ねぇ…向上心の欠片もないの? 》

 

「無いな。俺は仕事より、家族の時間を優先させたい」

 

「カゾっ!?」

 

 《 はっ! そういう男に限って、年取ると外に刺激を求めて、簡単に浮気とかすんのよ! 》

 

 見てきたかの様に言うなぁ…。

 

 《 男なんてそんなもんよ! 変に保守的な奴程、外に女囲ってたりするもんなのよ!! 》

 

「お前…過去になんかあったんか?」

 

 《 奥さんが同い年! 4、50にでもなってみなさい!? 絶対若い女に…「ちょっと待て」 》

 

 変にヒートアップしてきたな…。

 あぁ女神とか神様系列って、結構関係がエグいの多いしなぁ…。

 ギリシャ神話なんて、なんでこのクズが祀られてんの? って思う奴の宝庫だしな。

 ま、なんかあったんだろう…察してやるからさぁ…。

 

 俺をソレに巻き込むなよ…。

 また変な誤解を生みそうなので、ハッキリと言っておこうか。

 

 

「俺は4、50どころか、80超えても、嫁さんとイチャコラしていられるだろうと、自身はあるぞ? というかしたい。」

 

 

 「「「「「 !? 」」」」」

 

 あれ?

 女性陣が固まった…。

 

 

「結婚なんてするんだ。当然だろ? それこそ死ぬまで一緒だな」

 

 

 「「「「「 」」」」」

 

 

 《 ア…アンタ。よくもまぁ……この娘達の前で、んな事ハッキリと言えるわね…… 》

 

「は? んじゃ、他の誰の前で、言えばいいんだよ」

 

 《 …誰の前って 》

 

「嫁さんに、なるかも知れない女性がいるなら、その女性に自信を持って、こういう事は言ってやらなきゃならんだろ?」

 

 

 「「「「「 」」」」」

 

 

 …待て。

 

 ちょっと待て!

 

 今、俺は何を言った!?

 何を口走った!?

 

 《 …アンタ…ドヤ顔で…。意味分かって言ってんの? 》

 

「な…なにがよ?」

 

 《 軽く言ってるけど「将来嫁さんに、なるかも知れない女性」相手に今、何て事言ったのよ…その相手全員に… 》

 

 

「……」

 

 

 《 それって…ほぼ、状況的にプロポーズと一緒よ? 言い換えれば、…死ぬまで、貴女を愛しますって事よ? 》

 

 

「………………」

 

 

 顔を抑えた…。

 自分の手から、自分の顔の温度が伝わってくる…。

 

 あっつい

 

 忘れてた…本音が、出やすくなってるって事を…。

 しかもこの世界って、思った事言っちゃう俺と、相性が滅茶苦茶悪いんじゃ…。

 

 《 …なる程……これがタラシ殿。この場でまとめて、未来の最終フラグまで、回収しやがったわね 》

 

 

「いや、ちょっと待て…待ってください」

 

 

「jばやおだsdkf;あjkld」

 

 沙織さん!?

 

 ほぼ全員が、顔を両手で押さえてその場にしゃがみこんでしまっている。

 あらま。耳まで真っ赤だよ…みぽりん。

 澤さんまで…。

 あ、華さんは、微笑を浮かべていつもの通り…………じゃないな。

 微振動を繰り返してますね…。

 

 あぁ!…まほちゃんまで!?

 いつものクールビューティーは、どこ行きました!?

 

 

 《 ……この、クソ女っタカシが 》

 

 

 くっそ駄女神!!

 その呼ばれ方は、初めてだ!!

 

 《 はいは~い。では、次行きますね~ 》

 

 …声が投げやりだ…。

 

 《 五十鈴 華さん、西住 まほさん。ほぼ、前の世界と一緒ね~… 》

 

 あっ! みんな聞いてない!!

 いつの間にか、沙織さんを除く全員が、体育座りしてる!!!

 沙織さんは、子供に向かって、すっごい笑いかけてる!!

 

 《 あ、ちなみに……澤 梓さんは、どの世界線でも普通に専業主婦ね…ごめんね? 忘れてたわ! 》

 

 うん! 多分大丈夫! 

 今度はなんか、全員がブツブツ言い出したから! 聞いてないと思うから!

 

 《 あらあら、ウフフ…西住 みほさんは、お花屋さんかぁ… 》

 

 あ…そういや昔、一度やってみたいって言ってたな…。

 でも、なんでだろう? …ただ、普通に花屋になったと、思えないのは何でだろう!?

 

 まっ。みんな、聞いてねぇけど…。

 

 《 …… 》

 

「……」

 

 《 どうすんのよ、アンタ。…この状況 》

 

「…………」

 

 どうするって…どうしたら、いいんだろう?

 下手に近づくと、今度は更におかしくなりそうだし…。

 

 

 

「 ア゜ア゜ア゜ァァァ!! 」

 

 

「!!」

 

 突然、あの赤子の泣き声が響いた。

 なに!? 今度は俺近づいてないよ!?

 沙織さんが、その泣き出した赤ちゃんを、腕の中であやしている。

 その泣き声で、みんなが正気に戻ったのか、立ち上がって沙織さんへと近づいていく。

 

 泣きじゃくっている子供を前にしても、特に焦ることなく冷静に対処している沙織さん…。

 すげぇ…。

 俺なら絶対にパニックになってると、確信できる!! …情けないけどね。

 

「沙織さん、赤ちゃんの扱いが、随分と手慣れていますね」

 

「昔、近所の子とか…親戚の子とか預かったりした事あってさ。慣れちゃったんだぁ」

 

「へぇ~」

 

 軽口をしながら、体をさすり…何かを確かめている。

 

「オシメ…じゃないか。なら…お腹空いたのかな?」

 

「あら」

 

 そんな俺は、一定の距離を保って彼女達を見守っている。

 うん! 赤子! 怖い!!

 こんな対処ができない相手は、恐怖以外の何者でもない!!

 

「隆史君~!」

 

 沙織さんが、俺を呼んだ。

 その声と一緒に、全員がこちらを振り向く。

 

 …すげぇ。

 全員、さっきまでの顔じゃなくなってる…。

 すでにその赤子の心配しかしていない様な顔…つか、怖い!

 

「えっ!? あ、はい!! なんでしょう!?」

 

「女神様に、赤ちゃんのご飯ってあるか聞いてくれる?」

 

「…え。赤ちゃんのご飯?」

 

「そうそう」

 

 夢の中でもお腹って空くのか、赤子。

 

「えっと…駄女神」

 

 《 …なによ。クソ女っ隆史 》

 

「……」

 

 うん、我慢だ。

 

「赤ちゃんのご飯っての有る?」

 

 《 ある訳ないでしょ… 》

 

「エリス様」

 

 《 なんですか? 尾形 タラシさん? 》

 

「……」

 

 …うん、我慢…だっ…。

 

「赤ちゃんのご飯ってあります?」

 

 《 ありますよ? 》

 

「あ、流石女神様」

 

 《 はぁ!? なんであんのよ!! 》

 《 なんでって…赤ちゃんが召喚された時点で、用意しましたけど? あちらの世界の粉ミ… 》

 《 パットからは、出ないわよ!? そんな事も知らないのかしらぁ? 》

 《 なあっ!!! 》

 《 上げ底した所で、出ないものは出ないんですぅ。残念だったわねぇ? 》

 

 …あの駄女神は、エリス様の邪魔したいだけだな。

 もはや、どうでもいいから、そのご飯を頂けないでしょうか?

 

「……」

 

 まだ虚しく、赤子の泣き声が響いている。

 流石に可哀想だし…早くしてくれねぇかなぁ。

 

 《 まだ、現場にいるあの子達の方が、現実味あるわよ! 》

 《 さっ! 流石に同性とはいえ、セクハラですよ!! 》

 

 赤ちゃんのご飯…ねぇ…。

 

「すごい事言う、女神様ですね…」

 

「ご飯あるなら、早くしてくれないかなぁ」

 

 現場に…ねぇ……。

 

 ………

 

 ………………。

 

「え…なに?」

 

 沙織さんと目が合う。

 

 ……。

 

 

 なるほど。

 

 納 得 !! 

 

 

「  隆 史 君  」

 

 みほ!?

 

「なんで、沙織さんを見ているのかなぁ?♪」

 

 なんで、そんなに笑顔なんでしょう!?

 

「違うぞ、みほ」

 

 まほちゃん!?

 

「 あの娘の ど こ を見ている?」

 

「」

 

 あの…何故みんさん、近寄ってくるんでしょう!?

 澤さんまで!?

 

 は……華……さ……。

 

 詰め寄られる中、その空間にまだ言い争いする、女神達の声が響いている。

 もういいから、さっさと持ってきて!!

 それでこの状況が収まるんだから!!

 

 

 

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

「いや…完成させて、哺乳瓶まで用意してくれているとは、思わなかった…」

 

 《 当然よ! そのくらい…「さすがエリス様」 》

 

 《 …… 》

 

 なに、自分の手柄にしようとしてんだコイツは。

 子供達の様に、気がついたら哺乳瓶が、地面に置かれていた。

 大体こういうモノは、熱すぎたり温すぎたりで、一度失敗するのがお約束みたいなモノなのだが、普通に成功品を頂きました。

 ま、そんなお約束はしないだろ…曲がりなりにも神様らしいし。

 

 《 ねぇ…流石にそろそろ、次に行きたいんだけど? 》

 

「……」

 

 ただ哺乳瓶は、まだあの子には早かったみたいで、沙織さんのハンカチに、ミルクを染みこませて吸わせていた。

 またその姿を見て、可愛い可愛いを連呼している女性陣…。

 円陣を組むように全員で、見守っているな…うん。

 

 だから今回、俺…蚊帳の外…。

 

 《 ねぇ! 聞いてるの!? 》

 

「聞いちゃいるけどな……」

 

 あの円陣の中に割り込む勇気は、俺にはない!!

 

 邪魔すると睨まれそうだし…。

 

 《 なっさけない男ねぇ… 》

 

 何かを察したのか…侮蔑の声が響く…。

 うるせぇな! 俺だってそう思うよ!!

 

 

 《 はぁ……貴女達。そろそろ時間よ 》

 

 俺には無理だと、さっさと諦めたのか、駄女神自信で声をかけた。

 …最初からそうすりゃいいのに…。

 

「あら…ちょっと残念ですねぇ」

 

 なぜだろう…すっごい惜しんでいる華さん。

 というか、みんな。

 いくつかの不満声と、ため息が聞こえた。

 

「じゃあ、隆史君」

 

「あ、はい」

 

 沙織さんが手招きで俺を呼んだ。

 その手招きに従い、またその赤子の前に誘導される。

 

「元々夢の中だけど…今は更にその夢の中…だから、多分泣かれないよ?」

 

 うん…腹一杯になったのか、完全に寝ている。

 ぐ…。

 

 ……現実味が無いのか有るのか…すっごい居たたまれない…。

 

 他の皆は、すでに割り切っているのか…素直にこの子を可愛がっていたな。

 

 その娘の手を、すでに握っていた沙織さん。

 まぁ…後は俺が、この子の手を握れば終わりか…。

 そのまま…手を伸ばす。

 

「…隆史君って、子供苦手?」

 

「……」

 

 その手が、沙織さんの呼びかけで止まった。

 

「苦手ではないけど…怖い……」

 

「怖いって…」

 

「ある程度、成長した後ならまぁ…大丈夫だけど、この位の赤ちゃんは、どうしたら良いのか分からないから…その……怖い」

 

 何か意外だったのだろうか?

 なんかクスクスと、笑いだした。

 

「まー…うん。こういうのはね、その内に慣れるよ?」

 

「そういうモノでしょうか?」

 

「……そういうモノだよ」

 

 腰を下ろして、その赤ちゃんの手を握る。

 小さすぎて、上から被せるような形になってしまったけどな。

 握った瞬間に、また俺達の体が発光した。

 

 眠る娘…愛織。

 

 ぬぁ…なんか…今更、なんとも言い得ない感情が湧いてきた。

 もう少し、見ておけば良かったかな…。

 

「みぽりんの手前…やっぱり、いい辛かったけどね?」

 

 発光する沙織さん…。

 気が付けば彼女の目は、愛織ではなく、俺を見ていた。

 

 

「こういった未来があるのは、嬉しかったの…」

 

 何か照れくさそうに言い切った。

 

「すっごく!!」

 

真正面から見た彼女もまた、麻子と同じく笑っていた。

 

娘を抱いたまま…満面の笑みで…光と共に消えていった。

 

 




閲覧ありがとうございました

…本当は二人書くつもりが…文字数伸び伸び…まだ続きそう…。
というか、何? 今回の話…書いていてめちゃくちゃ恥ずかしかった…

ありがとうございました


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閑話【 トチ狂イ編 】~夢のつづき~ その3

「…………」

 

「隆史…どうした?」

 

 沙織さんと愛織が消えた場所…地面。

 今はもう、何もない。

 

 ただその場所を、呆然と眺めている。

 

 立ちすくんでいた俺に、まほちゃんが声を掛けてきた。

 俺は今、どんな顔をしているのだろう。

 色んな感情が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っている中、絞り出した言葉が…。

 

「…胃が……そろそろ限界…」

 

 いや…本当に…やばい…。

 ぶっちゃけた話…吐きそう…。

 

 胃が痛む…の、レベルじゃない…。

 誰かに鷲掴みにされて、雑巾絞りでもされている様な感じ…。

 

 未来…将来の話。

 記憶が後で無くなるとはいえ、この出会いと別れは…キツすぎる…。

 

「そうか。だがな? そんなお前に、私から言える事は一つだ」

 

 ただ一言…。

 

 先程まで、真っ赤になって微振動を繰り返していた、まほちゃんではすでにない。

 

 いやぁ…久しぶりに見ました…まほちゃんのゴミを見る目…。

 そんな彼女から頂きました、たった一言のお言葉。

 

 

「 自業自得だ、馬鹿者 」

 

 

 お…おっしゃる通りです…ね。

 正直に言ってしまえば、俺ってこんなに見境ないのだろうか? と思ってしまう。

 そら、みほ以外の女性と結婚する確率は、0では無いだろう。

 が…ほぼ……友人やら何やら…関係が近しい人ばかりだ…。

 前世じゃ、結婚なんて夢見る事も無かった程の枯れた日々だったし…。

 

 だからといって…。

 

「まぁ、今回の事で、心を痛める事ができるのが隆史だ。そこは…なんだろうな? 少し安心した」

 

 少し微笑んだが…すぐに真顔に戻った。

 そして休む暇なんて無いだろう? とばかりに…。

 

「次だな」

 

「…はい」

 

 ただ、返事を返すだけしかできませんでした!

 

 はぁ…次は誰だろう? 

 

 みほとまほちゃん。

 …そして華さんまでは、心のどこかでは納得できていた。

 

 ただなぁ…彼女。

 

 澤さんは意外でしかないな…。

 俺と彼女には、そんなに接点ないだろうに。

 

「さて…女神とやら」

 

 《 なにかしら? 》

 

「…ぉぉ…本当に呼びかけに反応してくれるのだな」

 

 《 なに? なんか用? 》

 

 すでに滅茶苦茶フランクになってるな…あの駄女神…。

 神聖な雰囲気の欠片もなく…ただ世間話する様に、まほちゃんの呼びかけに応対した。

 

「すまんが、一つお願いがあるのだが」

 

 《 お願い? 何? 言ってみてよ 》

 

「貴女が、この順番を決めているのならば…私を最後にしてほしい」

 

「まほちゃん?」

 

 《 最後? あら、どうして? 》

 

 彼女のお願い…駄女神との会話は、全員にも聞こえている。

 そのまほちゃんの希望に、残った3人も注目をしていた。

 特にみほが。

 

「みほが、私の子供を見るのは…辛いだろうと思うってな」

 

「…お姉ちゃん」

 

 いや…あの顔のまほちゃんは、ロクな事言わねぇ。

 みほからは、死角になって見えないだろうがな。

 

 うん、そう! ドヤ顔のまほちゃんは!

 

 

「確定事項を目の当たりにするのは、辛いだろう?」

 

 

「おい、姉」

 

 

 ほら…。

 

 みほも、そろそろストレスがすごいのか…普段言わない様な、セリフを吐きましたね…。

 

「なんだ? 妹」

 

「他の子は、か…可能性の話!! 世界線が違うって、女神様達が言っていたって事は…今の私達のいるこの世界線は違うのっ!! ありえないの!!」

 

 あ~…いや、俺は口を出さない方がいいよね?

 ぜったい…。

 そう、絶対に藪ヘビになる…。

 しっかし、みほがまほちゃんに感情的になるのって珍しいなぁ…。

 

「はっ…違う?」

 

「そうだよっ!」

 

「何が違う! 何故違う!? あの隆史を見る目と心と、出し抜く事しか考えない女共の世界で…何を信じ、何故信じる!?」

 

 女共って…。

 あ…そうか。まほちゃんも結構、溜まっていたのか…。

 

「それしか知らないお姉ちゃんが…!」

 

「知らぬさ! 所詮人は、己の知る事しか知らない!」

 

「ち…違うもん! 友達の皆は、違うよ!! 皆、私達の事は知って…」

 

「はっ! あれだけの可能性を目の当たりにしてか!? 友達? 友情か!? そんな甘い毒に踊らされ、一体先程まで、どれほどの未来の可能性を見てきた!?」

 

 どこぞの、変態仮面みたいな事を言い出したなぁ…まほちゃん…。

 

「それにな! いいか! みほ!!」

 

「な、なに!?」

 

「もう私の胃は、限界だ!!」

 

「……胃って…」

 

 …まほちゃんが、胃が痛いとか言い出した…。

 普段なら絶対言わない…すげぇ勢いよく言い切った…。

 

「…みほ…お前にも、私の気持ちは分かるだろう? 分かってくれないのか?」

 

「……」

 

「ハ…ハハ……確定事項。もう、そうでも思わないと…やってられない」

 

「」

 

 乾いた笑いが聞こえてきた…。

 

「隆史!!」

 

「はい!?」

 

 急に呼ばれた…何か、殺気を込めた様な声で…。

 あぁ…なんだろう? すげぇ怖い…。

 

「少し耳を抑えていろ!!」

 

 拒否権なんてありませんね!

 命令通りに、即座に両手で耳を押さえる。

 

 俺が耳を押さえたのを、睨みを利かせた目で確認すると、少し顔を項垂れた。

 疲れた…と、言わんばかりに、肩をも落とす…。

 あんなまほちゃん、見たことねぇ。

 

「…だがな? みほ…」

 

「……なに? お姉ちゃん」

 

「一つだけ、心の底から良かったと…思った事があるんだ…」

 

「……」

 

「良かった…。ここに…お母様がいなくて……ほんっっっとぉ…に……良かった……」

 

「そうだね!!! それは、私も思ってたよ!!! 本当にそう思うよ!!」

 

「…ちゃんと隆史にも、モラルがあったのだと…心底安心した…ゥゥ…」

 

「お姉ちゃん!!!」

 

 急に抱きしめ合ったな…何を言ったんだろ?

 …良くわからない内に、姉妹喧嘩が収束したなぁ。

 

「……」

 

 うん。声なんてかけられない。

 肩を抱き合って、慰め合っている二人に声なんて…。

 

 絶対、こちらに飛び火する…。

 

 《 ……あの世界線は、あの子達には見せちゃダメね…。確実にこの馬鹿は刺されるわ 》

 

 頭に響く、駄女神の声の意味が良く分からなかった。

 

 

 

 

 ------

 ----

 ---

 

 

 

 

 《 はい。んじゃ次行くわよ~ 》

 

 もうどうでも良いと…能天気な声が響いた…。

 まほちゃんも、落ち着きを取り戻したのか、いつもの様に俺の腕を取りに来きますね。

 はい。みぽりんが、お姉ちゃんを抑止してますね。

 はーい…まほちゃんの制服を引っ張っとるね。

 

 …喧嘩、終わったんじゃないのかな?

 

 

 《 はぁ…よっっと… 》

 

 何かをしたかの様な、駄女神の声が響く。

 

 今度は、「あっ」とか、言うなよ?

 

 

 ……

 

 …………

 

 あれ?

 

 何も起こらない…。

 

 みほにも、華さんにも…まほちゃんにも、変化は無かった。

 

 …って、事は…。

 

 唯一の後輩からの声…。

 驚きと不安が混じりあったその声が、後ろから俺を呼んだ。

 

「お…尾形先輩……」

 

 澤さんの手を、10歳くらいの女の子が握っていた…。

 

 

 

 

 >  澤 梓 の場合  <

 

 

 

 

「…そろそろ10分経つな」

 

「あらぁ~……オアツイデスネェ?」

 

「隆史君の浮気者……」

 

「……」

 

「「……」」

 

 う…動けねぇ…。

 彼女とのこの関係が、それに至るまでも含めて…一切の想像ができねぇ…。

 それは彼女も同じなのか、動けないまま固まっている。

 手を繋いだままの彼女を、見下ろすような形で…その…。

 

 《 いい加減、見つめ合うの止めない? 話が進まないんですけどぉ? 》

 

「ひゃっ!? ご…ごめんなさい…」

 

「いや、澤さんが謝るの事じゃ…」

 

「あ、いえ…」

 

 な…何をどう話しゃいいんだよ!!

 

 そんな彼女の横。

 手を繋いだまま、彼女の細い足に、俺から隠れるようにしている女の子。

 …いや、警戒心が強いなぁ…。

 

 目が合うと、澤さんの後方に隠れてしまうね!

 

 《 えっと、その子の名前は…尾形 隆乃ちゃん…ねっ! 》

 

 駄女神の声が響いた。

 タカノ…今回は俺の字か…。

 地面に描かれた、その名の漢字を物珍しそうに眺めている本人…。

 

「え…えっと…隆乃ち…いや、隆乃は今…いくつなんだ?」

 

 腰を落とし、彼女の目線になって聞いてみた。

 エリナの時と同じく、ちゃん付けはやめておいた。

 

「……」

 

 ま…また、隠れられた…。

 澤さんの細い足からは、全体を隠すことなんて出来るはずもなく、何故か焦ったようにキョロキョロと顔を…っていうか…。

 

「た…隆乃ちゃんは、今いくつかな?」

 

 澤さんが、気を使ってくれた…。

 それでも自信の子供だと、流石に思えないのだろう…どこか、他人行儀…。

 

「…10歳」

 

 しかし、俺とは違い…俺とは違って!!

 澤さんの問いかけに対して、ボソッと呟いた。

 

「えっと…尾形先輩…」

 

 指と手振りで、パッタパッタと、俺と隆乃を指す。

 アイコンタクト!! アイコンタクトォ!!

 一応子供なりに、状況は理解してるはずだぁ!!

 

「えっと…分かる? あの人……お……おおおおおおおお!!!」

 

 うん…まぁ、言い辛いよね…。

 俺に指そうとしていた腕を、真っ赤になって上下に振っている。

 

「なに? お母さん」

 

「っはぁ!!!!」

 

 挙動不審な母親を見て、訝しげに頭を傾げる娘さん。

 横目で俺を睨むのは、やめてもらいたい!

 

「…ぁの…分かる?」

 

 目を伏せて、真っ赤になって俺を指さした。

 その姿に何かを察したのか、コクコクと頷くお子様。

 澤さんには、普通に対応するなぁ…。

 

「え~と…隆乃ちゃんは、おお…お父…さん…嫌いなの?」

 

 そう! 聞いて欲しい事は、ソレだったけど!! ダイレクトに聞きすぎだ!!

 

 

「 嫌 い 」

 

 

 は……ハッキリ言われた…。

 即答だったね…即答…。

 

 やぁ、地面。

 また会ったな…。

 相変わらず真っ黒で、元気そうだ。

 俺はそろそろダメだ…。

 

「女の人の知り合いばっかで、気持ち悪い」

 

「……」

 

「お母さんの友達にもデレデレして、気持ち悪い」

 

「…………」

 

「お父さんの、男の人の知り合いって知らない。本当に女の人ばっかで、気持ち悪い」

 

「………………」

 

 この世界の地面も冷たいのだな…。

 ひんやりして気持いい…。

 うん、そろそろ死にそう…。

 

 最後なんて、警戒心を感じられない程バッサリと言ったな。

 うん…まぁ…俺……友達少ないから……さ……。

 

「…尾形先輩。友達いないんですか?」

 

「澤さん…君もハッキリ言うね…」

 

「あっ!! …すいません」

 

「青森の時も、男友達一人だったしね…。バイト先の、おっさん連中を相手にしている方が、気が楽だったんだ…」

 

 というか、この肉体年齢と同じ友人の作り方なんて、もうわからねぇよ…。

 今も中村と林田くらいだし。

 今思えば、よくできたなと思う。

 

 なんだ? 今回が一番きっつい気がするよ…。

 

 まぁうん…。

 エリナが俺を嫌っていた理由も、多分ソレだ。

 似たような事、言ってたし…な……。

 娘からすれば、自信の父親がそんなんだったら、そりゃ嫌だろうさ。

 子供なら尚更なぁ…。

 

 《 はい!! 盛り上がってきた所で、恒例の将来の話、いっくわよ!! 》

 

 こ…この駄女神…。

 すこぶる楽しそうな声出しやがってぇ…!!

 

 《 この男…。何ぃ? また、飲食店…他にやる事ないの? 主夫か、コレじゃないの 》

 

「…」

 

 なんだろう…ちょっと言い返す気力が無い。

 

 《 今回は、普通の喫茶店ね 》

 

「……」

 

 《 チッ…今回は髪がある… 》

 

 そりゃ良かった。

 だが、なぜに貴様が落胆する?

 

 

「はい!!」

 

 《 あら? 五十鈴 華さん? なにかしら? 》

 

 華さんが、元気よく手をあげた。

 また、随分と楽しそうに……でもない!?

 目元が暗い!! なんか怒ってる!?

 

「将来の私達の事は、もうどうでもいいです! どうせ、今までの世界と変わらないと思いますのでっ!!」

 

 みほが、どうなったか気になるのですが?

 

 《 …ま…まぁ、そうね。ほぼ変わらないわね 》

 

「…ですから」

 

 《 な…なにかしら? 》

 

 駄女神が、気押されている…。

 華さんが色々と、何かを溜め込んでいる顔をしている!!

 

 黒い!! 黒いよ! 華さん!!

 

「澤さんとの馴れ初めとかぁ…聞きたいです!♪」

 

 子首傾げて、可愛らしく言ってっけど!! 目が! 笑ってねぇ!!

 

 《 …いや、それは…まぁ…本人達が良いってなら言うけど…… 》

 

 弱いな女神!

 

「…お母さんとお父さんの馴れ初め? 私、知ってるよ?」

 

 隆乃が、小さく手をあげた。

 というか、俺以外には普通に喋れるのか…。

 

「ホントウ…デスカァ?」

 

「う…うん…」

 

 首を動かし、顎を上げ…顔だけで、隆乃を見下ろした華さん。

 貴女の黒髪とか、ある意味ホラーに見える時あるからぁ…その姿勢はやめて頂きたい。

 …ほら、隆乃が怯えてるでしょ?

 というか普通! 馴れ初めの意味を知っている隆乃に、驚く所じゃないの!?

 

 あ…澤さんも、目を見開き隆乃を見下ろしている。

 やはり彼女も、興味は有るのか…。

 そうだよなぁ…接点が…そんなに…。

 

「お母さん、言っていい?」

 

「う…うん」

 

 一応、本人へ確認を取るとか、ちゃんと気を使える子なんだなぁ。

 澤さんも、躊躇はあるみたいだけど、即答気味に了承の返事を返した。

 はい、俺も気になります。

 

「家にお客さんで、その頃のチーム? とか、組んでいた人達が良く来るんだけど…その時に話してたの」

 

 …奥さん、店内でなんて話してんすか。

 

 

「まずお母さん。高校生の1年の時から、お父さん好きだって言ってた」

 

 

「なぁ!!??」

 

 い…いきなりの爆弾発言…。

 澤さんの体が、凍った様に硬直したね…顔真っ赤だね…。

 

「「 いつ頃からですか!!?? 」」

 

 いや…あの……。

 隆乃に詰め寄るように、みほと華さんが近寄った…。

 まほちゃん…無言で背後取らないであげてよ…。

 

「え? …あの…なんか……お母さんの、前の学校の先輩が…大変な目にあった、お祭りの時とかなんとか…着ぐるみがどうの…」

 

 ……。

 

 たかいたか~い…しか、しておりませぬが…?

 というか、大洗タワーでみほとの事を、始終見ていた本人が? え? 

 

「沙織さんの時ですね…」

 

「…いつの間に」

 

「…………」

 

 いや、なんかすっごい神妙な顔付きで相談し始めたね。

 

 ………ん?

 

 ちょっと…何かが、引っかかる…。

 

 

「んで…店先で、その事の話になると、すっごい楽しそうに「りゃくだつあい」がどうのって毎回話してる」

 

 

 「「「「  」」」」

 

 

 あの…気がかりが全て、吹っ飛びました。

 

「意味は教えてくれなかったけど、お父さんの事だから、ロクなことじゃないよね?」

 

 隆乃さん? 貴女、結構饒舌にしゃべくりますね?

 10歳でしたっけ? 早熟すぎやしませんか…ね?

 

「」

 

「……」

 

 あの…澤さん?

 

 真っ赤になって、手で口を押さえ…涙目になっているっていうフルコンボをカマしながら、震えてますね…。

 あの…目を見てください。全力で逃げないで…。

 

「なんか…お父さんと大学で再会したんだって。それが馴れ初め? …ていうのかな?」

 

 そんな阿鼻叫喚的なお母さんを無視して、思い出しながら淡々と暴露を続ける娘さん。

 

「私が知ってるのってこのくらーい」

 

 まぁ…澤さんが許可したしね…。

 あまり詳しくは聞けなかったけど…十分なダメージをもらいました。

 それにしても、大学って…隆乃の年齢考えると…大学卒業してすぐだろ…。

 

 《 補足しましょうか? 》

「「お願いします!!」」

 

 駄女神が余計な事を言った…。

 拒否する間もなく、みほと華さんの声が被った…。

 あ…まほちゃんが、腕を組んで空を見上げてる……。

 

 《 その澤 梓さんが、そこの男と再会した時ってね? 別れちゃ、くっついてを繰り返していた彼女に、丁度振られたばかりだったらしくってぇ… 》

 

 「「 」」

 

 あ…この世界線…俺、振られるんだ…。

 別れちゃくっついてって…なんか……ハハ…。

 

 《 まぁ、西住 みほさんの事なんだけど…ある意味で、それを繰り返している距離感が…なんていうの? 危機感を遠ざけていたらしくて… 》

 

「え!? ちょっと待ってください!」

 

 《 なに? …あぁ、他の娘の事? 皆、その頃には、諦めていたみたいよ? 》

 

「……え」

 

 《 別れた? はいはい、また? どうせ数週間後には、元鞘でしょ? みたいな事を、散々言われていたみたい 》

 

「」

 

 …良くある話なだけに、生々しい…。

 特にみほとだと、ありえそうな話だな…。

 というか、そのセリフって、絶対に沙織さんが言ってるな。

 

 《 その事を知らない澤 梓さんが、その男に告って付き合いだしたらしいわよ? 》

 

「」

 

 《 積もりに積もっていた想いってのが、その男と再会した時に溢れ出したみたいねぇ 》

 

 あ…空気が…死んだ。

 

 《 後はもう、トントン拍子で…って、良くある話ね!! でも、この男に関しては、レアケースかもしれないわね!! 》

 

「」

 

 み…みぽりん?

 

 あ…そうか。

 今までは、そこまでハッキリとした状況説明がなかった分、まだ耐えられたのか?

 今回、具体的な状況説明を、この空気を読めない駄女神が言ってしまったから…ダメージが物凄いのか…。

 背中をこちらに見せているみほの……肩が…震えてる…。

 

「あ…あの…みほさん?」

 

 華さんまでが、みほを気遣っている…というか、怯えてる!?

 泣いてるとかじゃないの!?

 

「隆乃…さん?」

 

 まほちゃんが、隆乃へ声をかけた。

 普段、このくらいの歳の子との接点がないのか…呼び方良くわからないのか…「さん」付けしたよ。

 

「ちなみに、家ではお父さんは、どんな風なんだ? 教えてくれるか?」

 

 あ…余計な事を、今度はまほちゃんが、聞いてる!!

 気になるのは分かるけど、空気読んで!!

 

「お父さん? …お母さんにベッタリ」

 

 「「  」」

 

「…お母さんから…では、なくてか?」

 

「うん。基本的にお父さんが、良くお母さんに甘えてる。店先はやめてって何度も言ってるのに!」

 

 「「  」」

 

 や…やめ……。

 

「た…隆史が……甘える……? 女に……甘える!? ベッタリ!!??」

 

 やめて! まほちゃん!!

 後退る程ですか!?

 というか…これは……今まで一番…恥ずかしい…。

 

「っ!?」

 

 あ…澤さんと目が合った…。

 

「ぁう……ぁぅぅぅ!!」

 

 あの…泣かないで下さい…口を手で隠して、頭をブンブンと振り回さないで!!

 あぁ…そのまま、顔を隠して蹲ってしまわれた…。

 

「……私。隆史君に甘えられた事……ない」

 

 みぽりん!!!

 腹の底から絞り出す様な声で、呟かないで!!

 いいよ! 今度甘えるから!! 

 

 《 尾形 隆史 》

 

「なんだよ!!」

 

 《 …ごめん 》

 

「このタイミングで謝るな!!!」

 

 声のトーンを落とした、駄女神の声が響いた。

 途中で楽しくなったのか、みほの気持ちを考慮するのを忘れていた…って感じだったな!!

 

 

 ど…どうしたら…。

 

 

「 だ い じ ょ う ぶ !! 」

 

 

 パッと表情を変えて…というか、変えたのだろう…。

 みほが、笑顔でみんなに振り返った。

 

「所詮は可能性のお話だから! うん! 私は大丈夫! だから早く次にいきましょう!!♪」

 

 みほの笑顔と明るい声が響く…。

 ただ、そんなみほ見て…華さんが怯えてる……。

 

 うん…所詮って言った……。

 早く次にって…。

 

 暗に帰れって事だろうな…。

 

「あの…隆史さん…」

 

「…はい」

 

「先程…みほさんが、澤さんを見て、最後呟いていました…」

 

「な…何を?」

 

 普段なら絶対に言わないセリフを連発しているみほだ…。

 …何を呟いたのだろう?

 

「この泥棒猫……と」

 

「」

 

 こ…

 

 怖っ!! こっっわ!!

 

 絶対言わない!! みぽりん、そんなセリフなんて、普段絶対に言わない!!!

 

 やだ!! この世界怖い!!

 

 《 …ちなみにね 》

 

「なんだよ!?」

 

 《 この世界線の西住 みほさんは……警察官になってるわ… 》

 

 

「「   」」

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

 

 《 じゃあ、いいわね? 》

 

 駄女神の呼びかけで、澤さんと隆乃…俺が向かい合う。

 うん…ちょっと足が震えてるね…俺も……澤さんも…。

 

 澤さんは、少し落ち着いたのか、顔色も元に戻……ってない…。

 向かいって俺の真正面に立つと…すっごい赤くなって小刻みに振動してるよ…。

 すでに隆乃の手を握っているので、後は俺が合わせるだけだ。

 

「ふ~ん。後は、お父さんと手を合わせればいいの?」

 

「」

 

「……」

 

「」

 

「…お母さん」

 

「えっ!? あっ!! はい!!!」

 

「…はぁ……」

 

 取り乱した若い頃の母親を見て、溜息をつくな…。

 気持ちは分かるけど…。

 

「んっ」

 

 ぶっきらぼうに、小さな手を俺に差し出した隆乃。

 後は俺が手を合わせれば、それで終わる…。

 

 ……今回が一番キツカッタ。

 

「…お父さん」

 

「ナンダネ?」

 

「なに? その口調」

 

 いやね? 貴女のおかげで、一杯一杯な人が多数いらっしゃるんですよ?

 いや…違うか……駄女神のせいだな。

 

「…お父さんが倒れた時…お母さん、違う人に見えた……」

 

「……」

 

「あんなに怖がって、…震えるお母さんなんて、見たくないの……だから」

 

「…あぁ」

 

 隆乃から手を握ってきた。

 小さな手から、体温を感じる。

 あ…この子と、まともに話もできなかったな…そういや。

 

「早く帰ってきて」

 

 光る体。

 

 また手を通して、3人の体が光る。

 

 光りだしてからは、そんなに時間は掛からない。

 

 記憶に残らないとしても…何か言ってやった方が、良いのだろうか?

 

「ぅぅぅうう!!!」

 

 あ…横からうめき声が…。

 

「お…尾形先輩!!!」

 

「はい!?」

 

「…お母さん?」

 

 叫んだ澤さんは、隆乃と俺を交互に見ている。

 もう余り時間は、残されていないからか、キョロキョロと見比べる様に…。

 段々と光は強まり…後は消えるだけ。

 

「い…言いますから!! 私、ちゃんとっ…!」

 

「…うん?」

 

「こ…この子の為にも…覚えていたら…ここの事…ちゃんと覚えていたら!!」

 

「……」

 

「気持ちを……だからッ!!」

 

 

 必死になって、顔を向けたその時

 目がまた合ったな、思ったその時。

 

「ばいばい、お父さん」

 

 隆乃の声を最後に。

 

 二人は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 …ここでの記憶はね? 消えるんだよぉ? 」

 

 

 

 

 

 ------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

 手に残る感触と体温。

 …色々と思う所は有るが…まずは…。

 

( …あの )

 《 な…なんでしょう? 》

( 責任取ってください )

 《 …… 》

 

 あの駄女神の責任を、彼女に取らせるのおかしな話だけど…。

 アレに任せると、またややっこしい事になりそうなんだよ!

 

「ゥ……フ……フフ……」

 

 みほ! 壊れた!

 目に光なんざ、すでに無ぇ!

 澤さん達が消えた直後…みほのセリフがやばかった…。

 その感情の篭らない声が…ハッキリと耳を突き刺してきた…。

 

 《 先輩…呼んでますよ? 》

 《 わっ…私じゃないわよぉ? アンタを呼んでたでしょ? 》

 《 ずるいです! こんな時だけ!! 》

 《 ほらぁ! あの男、エリス教信者ぽいしぃぃ 》

 

「……」

 

 言い争いを始めた…。

 脳内音声でやるな。

 甲高い声が、直に神経を刺すんだよ。

 

 周りを見渡すと、華さんとまほちゃんが、呆然とみほを眺めている。

 残された二人が、戦々恐々としているね。

 そうだね…まだ貴女達は、この後がありますからね!

 

 ……。

 

 今のみほの前じゃ、そら怖かろうて…。

 

 

 ん…?

 

 んん?

 

 その間。

 

 目の前の空間…その一部がモザイク調に乱れている。

 そこの部分だけ、切り取ったかの様に。

 

 なんだ? コレ。

 

『 先輩がデリカシーが、無さすぎなんですよ! 一応、女神なんですから、人々に模範になる行動を…ですね!! 』

『 一応!? あんた私に、一応女神って言ったぁ!? 』

 

「……」

 

 脳内で響く声が、そのモザイク部分から、耳を通して聞こえてくる。

 ハウリング…とも違うな。

 言い争いの声が、ハモって聞こえる。

 

 うるさい。

 

 《『 そもそも、あの男の自業自得じゃないの! 私のせいじゃないわよ!! 』》

 《『 それには概ね賛同しますが! 先程の件は、明らかに先輩の落ち度ですよ! 』》

 

「……」

 

 この女神共…。

 

 段々とその声が、モザイク部分から大きく聞こえてくる。

 …なるほど。

 さすが神様の世界…ってやつだ。

 ま、この世界じゃ死ぬこたぁ…ないだろ。

 

「隆史さん…。あの……みほさんが…」

 

 何をマゴマゴしてるのかと、華さんからお声が掛かりました。

 

「隆史、何をしている…ん? なんだ? これは」

 

 それに気がついたのか、まほちゃんもこちらにやってきた。

 すぐに、このモザイク部分の空間に気がついたな。

 …目立つからねぇ。

 

 

 《『 そもそも! 本音や何やら漏れやすい様に設定したの、先輩じゃないですか! 』》

 《『 アンタだって、賛同したじゃないの! 明らかにその方が面白そうだって!! 』》

 《『 してません!! 巻き込まないでくださいよ!! あの設定だと、一部感情的になりすぎて、危険だと言ったのです! 』》

 

「……」

 

 ふ~ん…。

 

 んじゃ、やってみるか。

 

 

 《『 それを聞いて、面白そうだと言ったのは先輩……じゃ…… 』》

 《『 違うわよ!? 確かに面白そうだとは思った! 思ったけど、口にした訳じゃぁぁあああ!!?? 』》

 《『 先輩!? 』》

 《『 なにこれ!? なにこれぇ!! んぁ!? どこ触って…っ!!』》

 《『 ……先輩 』》

 《『 引っ張られて…腕!? いやっ!? なに!? 離して!! 』》

 

 《『 いってらっしゃいませ♪ 』》

 

 

 《『 なにっ!? 力、強ぉ!? ちょっ…いやぁぁぁぁーー!!」

 

 

 

「…いらっしゃい」

 

「えっ!? なに!? 尾形 隆史!? えっ!!??」

 

 

 なるほど…こいつが、駄女神か…。

 

 

 

 青い髪…変な結い方をした髪…。

 全身を青い色で基調した服……。

 

 なのになんだ。その羽衣は。

 洋風なのか、和風なのかハッキリしろ。

 

 その女は、力無く座り込んでいる。

 

 モザイク調の空間。

 壁一枚隔てて、すぐに女神達の声が聞こえてきたからな。

 このふぁんたじ~の世界だ。

 

 

 うん。

 

 

 腕、突っ込んでみた。

 

 

 んで、釣ってみた。

 

 一瞬なんか、柔らかい感触したけど…ま。気にすんな。 な!?

 

 

「なんて事すんのよ!!!」

 

「元気いいな、アンタ」

 

 なんかスゲェミニスカだな…。

 痴女…か?

 

「また、異世界飛ばされたかと思ってぇ!! 本っっ気で怖かったわよぉ!!」

 

「…わしゃ、んな事たぁ知りませぬ」

 

「というか、アンタ。次元の綻に腕突っ込むとか…無茶するわね。下手したら腕、無くなってたわよ…」

 

 引っ張り出された場所、その入口を眺めている。

 まぁ夢の世界ですし? いいんじゃね?

 

 取り敢えず。

 

 うん、いい加減。

 

 立て

 

「というか、アンタ! どさくさにまぎれて、どこ触ってんの!!」

 

「腕だけだから、分かりませぬ」

 

「…ぬっけ、ぬけとぉぉ」

 

 うん。わからない。

 分からないから、取り敢えず関節をキメようと腕を取らないで下さい。まほちゃん…。

 

「はぁ…まぁいいわ。あの子なんとかして欲しんでしょ?」

 

 おや…話が早い。

 またマバタキを繰り返して、遠くのお空を眺めて薄く笑っているみほを指さした。

 

「まぁ、當てられただけみたいだし…呪いの一種と同じかしらね?」

 

「…おい、ふぁんたじ~世界と一緒にすんな」

 

「この世界の影響だし、似たようなもんよ」

 

 その駄女神は、よいしょと立ち上がり腕を組んで仁王立ち…。

 いかにも後光が差してるでしょ? と、言いたげなドヤ顔…。

 

「隆史…この女性は、誰だ?」

 

「ん? あぁ、頭の可哀想な方だ」

 

「違うわよ!! さっきから、貴女達も私の声は聞いているでしょ!?」

 

 声…。

 脳内で鳴り響いていた声。

 みんなも聞いてた声。

 納得した、気がついたと、華さんとまほちゃんが目を見開いた。

 

「ぉ…おお…貴女が、女神様…か」

 

「随分とイメージと違いますねぇ。思ったより可愛らしい方ですねぇ」

 

 二人の反応がお気に召したのか…ふふんっと鼻を鳴らして胸を張った。

 横目で俺を見てくるけど…なんだそのドヤ顔…。

 

「そうそう! そうなのよ! 偉いの! 私は偉いのよ!! 分かった!?」

 

「あ~はいはい。んじゃ早くなんとかしてくれ、青いの」

 

「偉いの!! 青いのじゃない!! なんでこう…私の元には無礼な男ばっか…ひっ!?」

 

 

 

 

 

「 た か し く ん 」

 

 

 

「みほ!?」

 

 いつの間にか…俺の背後にみほが立っていた。

 そのみほを見て、青いのが青ざめていた。

 はっはー全身青だな、青。

 

 ……。

 

「 ま た ? 女の人?」

 

「」

 

 俺の服を掴み…上目使いで見上げてくる…。

 こ…こんな可愛くない上目使いは、久しぶりだ。

 

「 ま  た ? ま た? ま た ? また?また?」

 

 せ…戦車道チョコを初めて購入した日を思い出した…。

 顔だけ後ろを向き、駄女神を見ると…おい、なに腰抜かしてんだ。

 

 早く! 早く何とかしてくれ!!

 

 

「貴女…誰ですかぁ?」

 

 

「ひぃ!!??」

 

 

 俺の体の影から、頭だけを出して…青いのに向かって問いかけた。

 

「セ…」

 

 おい…なんだその杖…。

 

 いつの間に出した!?

 

 

 何をする気だ!?

 

 何を泣いてるんだ!?

 

 何を杖を構えてんだ!!??

 

 

 

「セイクリッド・ブレイクスペル!!!」

 

 

 

 

 

 

 ------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

 

「あれ…? どうしたの?」

 

 

 生気のあるみほを久しぶりに見た気がする…。

 

 なんか青いのが、呪文らしいのを唱えた後…世界が光に包まれた。

 一瞬、なにが起きたか分からなかったけど…その光が収まったと思ったら、きょとーんとした顔のみほが、目の前にいた。

 

「こ…怖かった……良かった……効いてくれて…」

 

「青いの…お前、なにやった?」

 

「ふ…ふふん! 思った通りね!!! やっぱり呪いと一緒よ!! それを解呪したげたのよ!!」

 

「……」

 

「そもそもね! 青いのって何よ!!」

 

 キャンキャン、うるさい。

 

 …しっかし…。

 

 本当に、元に戻ったな…。

 華さんが近づいて行ったって事はもう大丈夫なんだろう。

 うん…怖かった。

 

「アンタ…今、結構ひどい事、考えてない?」

 

 あぁ、良かった二人してこちらを見て、この青いのを指さしてる。

 俺の代わりに説明をしてくれているのだろう。

 うん。さすが華さん。

 

 

 

「あの…隆史君、澤さんがいないんだけど…いつの間に終わったの?」

 

 

 

 「「「「……………………」」」」

 

 

 

「…おい、駄女神」

 

「…わ…私のせいじゃないわよ!? さっきの呪文も、魔法障壁や呪いを無力化するだけだし!!」

 

「……みほさん」

 

「みほ…」

 

 

 …うん。

 

「あぁ…今さっき終わったんだ…。その…沙織さんと同じで…赤ちゃんだったから…すぐに……」

「そうなの?」

 

 目を…合わせられない!!

 

「…華さん? そうなんですか?」

「そ…そうですよぉ? すぐに終わりましたぁ…」

 

 そうだよな…目なんて合わせられないよな…。

 

「…お姉ちゃん?」

「っ!! …そ…そうだ…」

 

 そうそう! 顔を背けるよな!

 

「…なんで、目を逸らすんだろ? 女神様?」

「え? 私?」

「本当に、もう終わったんですか?」

「えぇ……終わったわ…い…今から、次の人よ…」

 

 よし! 流石に空気読んだな!!

 

「…ふ~ん。ちょっと残念かな? 澤さんの子供も見てみたかった…かな?」

 

 

 「「「「っっ!!!」」」」

 

 

 き…記憶を自ら…。

 この場にいる全員が、憑き物が落ちたような顔のみほを直視できない…。

 

「じゃ…じゃー!!! 次行くわよ!!!」

 

 蓮か? 

 青いのが、その良くわからないオブジェがついた杖を真上にかざした。

 さっさと次に行くと、モニョモニョ何かを唱えだした。

 

 そうだ! 今はさっさと進行して、この場を誤魔化すんだ!!

 

 って、感じだな。

 うん…気持ちは分かるから何も言わない…。

 

 心の準備なんて出来ていないけど、多分…今より遥かにマシだ…。

 

 

「あらっ!」

 

 

 そして何事もなく…今までと同じく…。

 

 気がついたそこにいた。

 

 これはもう、すぐに分かるな。

 

 

「…ぅぅ…? お母様?」

 

 和服の…小さくなった様な、ショートカットの華さんがいた。

 

 

 

 

 >  五十鈴 華の場合  <

 

 

 

 

「あら…あらあらあら!!」

 

 それは、本人もすぐに分かったのだろう。

 目の輝きが尋常じゃねぇ…。

 両手を合わせて、顔を覗き込んでいる。

 

「あ…可愛い…」

 

「ふむ…」

 

 完全に小さな華さんって感じだな…。

 小さい頃の華さんを見なくとも察せれる感じ。

 着物がスゲェ…尋常じゃないくらい似合う。

 

 今は、目線を合わせる為にしゃがみこんでいる華さんと向かい合っている。

 

「お名前! お名前教えてください!」

 

「え…えっと…五十鈴…葵」

 

 ……。

 

 …………ん?

 

「……五十鈴…」

 

 苗字が…。

 

 ま…まさか…。

 

「あおい……葵…さん…。おいくつですか?」

 

「12歳…です」

 

 なんか…もう…。

 華さんの顔が、光り輝いている…。

 

 俺はというと…地面に描き出された文字をボケーと眺めている…。

 

 えー…マジで~…。

 

「では、葵さん? お父様は誰ですか?」

 

「 ア レ 」

 

「……」

 

 アレ…呼ばわり…。

 

 指を指して、一言で終わり…。

 

 ヤァ、地面。

 また会ったね!♪

 相変わらず暗い肌だね!!!!

 

「……」

 

 こ こ で も か ぁ !!

 

 

「あらぁ…」

 

「補足しましょうか?」

 

「駄女神…お前、今度は余計な事、言うなよ…?」

 

「い…言わないわよ!」

 

「どうだか…次やったら…本気で怒るぞ?」

 

「ふっ…ふふーん! アンタが怒ったらどうだって……ごめんなさい! やめて!! 頬を引っ張らないで!!!」

 

 …まったく。

 

「まっ、もう分かると思うけど、この男は婿入りしてるわね!」

 

「へぇ~…」

 

 

 「「「「 …… 」」」」

 

 素直に聞いているみほが、怖くて仕方ない…。

 それは皆も思っている事らしく、なんとも言えない顔をしているな。

 

 …ここまで変わるものか。

 逆に白くなってね?

 素直に葵を可愛い可愛い言っている。

 

「なぁ、駄女神。お前もさっきの解呪を自分にかけたら?」

 

「失礼ね! 女神に呪い如き! 効かないわ!!」

 

 あぁ…素で呪われてるからか。

 気づかないってのも、可哀想だなぁ…。

 

 

「では、葵さん? どうしてお父様が嫌いなの?」

 

「……」

 

 怒られた子供の様に、何か言い淀んでいる。

 と、いうか…相変わらず…ド・ストレートに聞くなぁ…。

 

 あぁうん。胃は痛いよ?

 

「…だって」

 

「「だって」…って、言い方は、あまり良くありませんよ?」

 

「…ぅ」

 

 あぁ…なんだろう…。

 俺は結構使うのだけど、俺には言った事なかったのに。

 自分の娘と認識したら、言い方を直しに掛かるとか…。

 

 すごいね! お母さんだね!!

 

 

「なんでしょう?」

 

 そして笑顔だ…すっごい笑顔だ…。

 すげぇ楽しそうにしてる華さん…。

 

 

「お父様…いつもお家に居ないのです」

 

 

「       は ?      」

 

 ―の、笑顔が固まった。

 

「…いつも、お祖父様と出かけて行って…」

 

 あの…華さん? なんで立ち上がっ…!?

 

「2、3日帰らないのなんて良くある事で……」

 

 なんで!? こっち近づいて!?

 

「ふらっと出かけては、いつの間にか帰ってきて……」

 

 近い! 迫ってこないでくだ…近い近い近い!!

 

「帰ってきたとしても、毎回毎回…女性物の香水の香りが、しますし…………」

 

 

 

「隆史さん」

 

「…はい」

 

 

「とにかく、それが嫌なんです……」

 

 

 

 

 

「 お話が有ります 」

 

 

 

 

 

 笑顔が怖い…。

 

 

 

 

 

「それに…お父様が帰ってくると…」

 

「隆史さん…。娘に嫌われる理由…一度見てますよね? ワタクシノ、ジッカデ…ゴゾンジニナラレタカト?」

 

「ちょっ!? いや、ほら! まだ何か言ってますよ!?」

 

「想像がつきますよ? えぇ、簡単にツキマス」

 

「」

 

 いやいや!!

 あのクソ親父と同じ!? 俺がぁ!?

 勘弁してくれ!!

 

 毎回出かけたとしても、理由しってから!

 俺だったら、絶対に帰ってきてから風呂とか入るよ!?

 

 つか、初っ端からアクセル全開で来たなぁ!!

 

 すげぇ笑顔だ! 青筋立ててるけど!!

 

 が。

 

 

「お父様が帰ってくる度…いつもより必要以上に、早く寝かしつけられるのが…」

 

 

 「「 …… 」」

 

 

 あ、固まった。

 俺もだけど…。

 

「私もそろそろ中学生です。いい加減、夜9時になんて寝かしつけられては、堪りません!!」

 

「「 」」

 

「お父様が帰ってきた時だけです! 何なんでしょう!?」

 

 …何なんでしょうね?

 ハイ、ボクノクチカラハ…チョットネ

 

「……隆史さん」

 

「あの…」

 

 睨まないでください…。

 赤くならないでください…。

 対処に困ります…。

 

「お母様!!」

 

「……え?」

 

「…お父様が帰ってこられて、嬉しいのはわかりますが…毎回毎回…いい加減にして下さい!!」

 

「……」

 

「花を生けるのも中断させられるのは、非常に迷惑です!!」

 

「 」

 

 …ん?

 

「…あの…葵?」

 

「なんですか…お父様」

 

 睨まないでください…貴女、華さんと同じで、目力がすごいんですヨ?

 

「君を寝かしつけるのって…華さん?」

 

「…この頃から、自分の伴侶を「さん」付けですか…まぁ、夫婦の問題ですからいいですけど…」

 

 えっと…え?

 君…いくつだっけ? 夫婦の問題とか理解してんの!?

 

 え!?

 

「えぇそうです。どうにもお父様は、ご帰宅される日をお母様にだけは、教えておくらしく…」

 

 あの…華さん? どしたの!? なんか…え!?

 顔が赤一色ですよ!?

 

 

 

 

「毎日カレンダーを眺めるお母様は、正直どうかと思います!!」

 

 

 

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました

くろすおーばぁぁ…強め!

前々から考えていたクロスオーバーとは別なんすよね…
立ち消えになりそうな予感…765プロ…。

はい、ありがとうございました


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閑話【 トチ狂イ編 】~夢のつづき~ その4

無理でした! 終わんねぇ!! 華さんの場合、文字数すげっえ伸びる!!

…次回は流石に終わります

後、未来編って言い方が多かってので…章の名前を変えました。



「言い辛いから最初に言っておくわね!」

「なにがですか?」

 

「あ、はい。今回の世界線では、西住 みほさんが振られます」

 

「」

 

「どうにも貴女達が破局するのって、パターンが少ないのよねぇ…脱線するけど、聞く?」

「お…教えてください!!」

「…当然だ」

「に…睨まないでよ…。まぁ何? 前回の澤 梓さんみたく、掠め取られるパターンか…貴女、西住 みほさんが、あの男を激怒させるパターン…とか」

「え…」

「……」

 

「内容は影響でそうだから、流石に教えられないけどね。あの男って、かなり身内には甘いわよね?」

「…それこそ、砂糖の様に甘すぎるな。甘すぎで、八方美人になりすぎて…大体自滅しているな」

「あはは…」

「貴女達、姉妹には特に甘いわね。だから例え激怒して破局したとしても、他の娘の世界線で、貴女はあの男と交流を続けている」

「……」

「今後のあの男の人生で、女性に対して、二人だけ本気であの男が怒る。その相手の一人が、西住 みほさん。別れる切っ掛けねぇ…」

「…ほう?」

「な…内容は、教えてもらえないのでしょうか?」

 

「無理ね」

 

「……」

「選択肢を間違えると、そうなるわ。でも人生なんてそんなもんよ! もう一人の娘と一緒で…」

「あ、そういえばもう一人って…」

「それは、教えて貰えても良いか?」

「えっと…まだ、貴女達の世界線では、出会ってもいないわよ?」

「…そうなんですか? ちなみにその人、どうなったんですか…?」

 

「 絶交。完全に縁を切られる。あの男に敵と見なされた 」

 

「…敵って」

 

「その女性は、何度か接触を試みたみたいだけど…無駄だったみたい。今後、一切の交流は無くなるわ」

「………」

「…というか、この男…敵と見なした相手に対して…うわぁ……エグッ…。女で良かったわね、この子…大分甘く見られてこれかぁ…」

 

「「…………」」

 

(あぁ…なる程、前世で人の傷つけ方ってのを、自身で学んでいるのね。いやぁ…エグイわ…というか、あの男…これをやられてきたのかぁ…)

 

「いや? ちょっと待て、女性と言ったな」

「え? えぇ」

「…ひょっとして、その女性とやらは、この世界に来る可能性があったのか?」

「あ…」

「あの男と…って事?」

「そうだ」

「可能性があった…というか、あるわよ?」

 

「「 !? 」」

 

「その女性が、選択肢を間違えなかった世界線ってのも、当然あるし…というか、後…私、何回こんなサポートしないといけないのよ…」

「何回!?」

「えっと、ダージリンさん…ノンナさん……オレンジペコさん…。後…って、リストを見るだけでメンドクサクナル…何人いんのよ!!」

 

「「  」」

 

「はぁ…もうやめても、良いかしら?」

 

 

 

 

 

「「  は?  」」

 

 

 

「」

 

 

「それは、隆史を見捨てるとイウコトカ?」

「……」

 

「うそ!! 嘘ですウソォォ!! やめて!! 本気で怖いから!! 冗談です!!!」

 

 

「「 …… 」」

 

 

「なに!? なに!!?? この悪寒!! なにぃ!? この耳鳴りぃ!! 魔王と対峙した時、思い出したぁ!!」

 

 

「「 ………… 」」

 

 

「ちゃんとやります! やりますから、その眼はやめて!! 近い!! 近い!!!」

 

「…お願いしますね」

「……」

 

「はぁ………息切れする程、怖かったぁぁ…」

 

「…おい、女神。ちなみに…その女性の名前位は聞いても良いか?」

「様が取れたぁ…」

 

「……」

 

「…あ、はい。スイマセン。お答えします」

「…………」

「多分、その位なら、大丈夫でしょうけど…」

「是非、オシエテクレ」

「はい!! うぅ…えっと…名前はぁ…」

 

 

 

 

 

「 鶴姫 しずか 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ~…華さんは硬直するし…。

 

「はぁー…はぁー……」

 

娘は肩で息をする程、疲れきっている。

 

いやぁ…うん、思いっきり対処に困る鬱憤をぶつけられてしまった。

喋っている途中から、段々と感情が昂ぶってきたのは、目に見えて分かってはいたのだけどもね。

 

「…まぁ、今のお父様に言っても、仕方がない事でしょうが…」

 

「……」

 

ちゃんと状況を理解されておいでですね…。

 

「もう…いいです…さっさと終わらせましょう」

 

…いやぁ…スピード解決になりそう。

心底疲れた…そんな顔。

 

「…まったく、こんな良く分からない場所にまで呼び出して…結局、お父様はこの頃から女性に…って、あれ?」

 

忌々しく怨嗟の呟きを吐いていた口が止まった。

トコトコ近づいてきて、何かスンスンと鼻を鳴らし始めた。

 

どしたの?

 

「私、お母様譲りで…鼻は良いのですけど…お父様」

 

「な…何?」

 

すでに父親としての呼び方にも、慣れ始めてしまっているなぁ。

今回のお父様呼びは、ちょっと新鮮だねぇ…うん。

 

 

「 …… 」

 

 

娘。

 

何してる。

 

葵は、なぜか鼻を鳴らしながら、俺の周りを一周した。

先程から、冷や汗は生涯分出し尽くしたと思うけど、そんなに汗臭くは無いと思うけど…。

っていうか、匂いを嗅ぎ回れるってのは、初めてだ…。

 

いやぁ…でもなんだ。

見れば見るほど、華さん似だね。

幼少時の華さんを見なくても、この子を見れば想像できる程に…。

その娘さんから一言…。

 

「女臭くない…」

 

……。

 

何を驚愕しているのだろう…。

というか、未来の俺って。ここまで驚かれる程、女性物の香水の匂いを撒き散らしてんのか?

しかも女臭いって…。

 

…気づけよ、未来の俺。

 

そして多分、帰ってくる度に華さんに怒られてそう…。

 

「…お父様」

 

「はい?」

 

まっすぐ俺の顔を見上げる娘。

両手を上げ、俺に差し向ける。

そのまま真剣な眼差しで一言。

 

 

「抱っこして下さい!!」

 

 

……。

 

…………え?

 

「抱っこ!!」

 

「あ…はい」

 

有無を言わさない、華さん譲りの眼力でご所望されました…。

 

取り敢えず両手を挙げられているので、そのまま腋に手を差込み、たかいたか~いの要領で上げてみた。

俺の顔より、高い位置に体を上げたら…あれ? 不満顔…。

 

プラーンと吊るし上げられた我が娘様が、とても不満な顔をしてはる。

なんか、拗ねたような…。

 

「違います! こう…腕に!!」

 

えっと…なんだ?

 

どうしよう…腕に?

 

今度は、愛里寿を抱き上げた様に、片腕抱っこというか…曲げた腕に座らせる要領で…。

 

「これです!!」

 

あ…そうですか。

 

「むっふーー!!!」

 

そのまま、俺の胸に寄り添う様に、体重を預けてきた。

な…何? その満足気な顔は!?

どしたの!?

胸筋辺りに顔をつけている…。

 

貴女、俺の事嫌ってませんでした!?

 

「た…隆史さん!!」

 

あ…華さんが復活した…。

今の俺の状態を見て、娘とよく似た不満顔…。

 

なにが不満なのだろう?

あれか?

娘と先に触れ合って…とか?

 

「あ…葵さん! 貴女、たか…お父様はお嫌いでしたよね!? な…なんで今は!?」

 

まぁ先程も思ったけど、当然の疑問ですね。

ただ、なんでソコ?

とういか、なんで今?

 

そんな疑問を受けた葵は、ギュッと俺の服を握り締め、少し体を縮こまらせた。

というか、更に俺にしがみついた。

 

「女臭くないお父様は、大好きです!」

 

「なっ!?」

 

 

……。

 

 

…………。

 

 

「ごめん、葵…」

 

「なんですか? お父様」

 

「もう一度言って? 後半だけ…」

 

え? っと、ちょっと迷った顔をしたが、すぐにリクエストに応えてくれた。

 

「女臭くないお父様は、大好きです!」

 

…いや、後半だけで…。

 

「女臭くない!! …お父様は、大好きです」

 

「……」

 

う…うん。

 

まっ!!  まぁいいや!!

なんかすげぇ!! すっげぇ!! 嬉しい!!

 

ちょっと引っかかるけど!!

 

初めて!! 初めてだぁ!!

 

「いつもいつも、お兄様ばかり相手して…たまに帰ってこれば、お母様が独占…たまには私も、このくらいの我儘は、許されると思うのです!」

 

お兄様って…。

 

「なに? 兄ちゃんいるの…?」

 

「はい! 体を鍛えようともしない…筋肉のキの字も無いような……はっ! いかにもそっこら辺に生えていそうな、有象無象。ただの草みたいな兄が」

 

……。

あ…うん。

兄やん、ボロクソですね…。

 

そういや、さっきから胸筋肉をやたらと摩ってるな…。

何この子…。

自分の兄貴を草って…。

 

 

「あぁ…女臭くない…。この頃のお父様…無駄に鍛えすぎてない…バランスの良い…」

 

あの…娘さんが、ちょっとすごい発言を、繰り返しているのですが?

 

「そして、この張り…ずっとこのままで、いればいいのに…」

 

すげぇ顔を擦りつけているのですけど!?

 

「……」

 

あ~…うん。

後、実感した。

この子、確かに俺の娘だわ。

 

とっ! いうか……すげぇ毒舌だな…。

 

あ…でも、なんだろう?

華さんが、なんか葵をじーーーっと見てる。

 

あぁ…そのままスライドして、俺を見てくる…。

 

「…補足する?」

「はい! お願いします!」

「…頼む」

 

なんか少し離れた所で、3人の話し声が聞こえる…。

華さんの熱視線から目を逸らしたいのだけど、その西住姉妹の目も、見たくないしなぁ…。

うぅ…駄女神の補足が聞こえてくる…。

 

まだ娘は、顔を俺の胸に擦り合わせてくるし!!

 

高校卒業後、華さんはどうにも家出を継続していた様だ。

どうにも、俺とみほが別れた…破局したのは、その直後らしく…。

 

「別れた直後、即座にあの娘が、あの男を掻っ攫う様に付き合い始めたわね」

 

「「  」」

 

だからといって、家の無い華さんといきなりの同居は、どうかと思ったらしく…今更だけどね。

家に帰ることを、俺は勧めたらしい。

長い時間かけ…それこそ説得は大変だった。

しかし、頑なに拒み続ける彼女は、条件付きでそれを承諾した。

その条件…俺の同行だった。

まぁ、家出のきっかけには、俺も関与している為に、快くそれに従い…ついていった。

 

……。

 

「んで、後はあの娘の父親が、どうにもあの男を気に入ってるようでぇ…」

 

「「 …… 」」

 

「付き合っているのを理由に、一気に婚約まで持っていったらしいわよ? その 現 場 で」

 

 

「「  」」

 

 

「後は、トントン拍子でぇ…」

 

「駄女神!! 待て!! お前、トントン拍子って言葉で、片付けようとしてねぇか!!」

 

なぜか、ガンの付け合いし始めた母娘は置いておく!!

 

「いいじゃなぁい…実際その通りなんだし……それに、なんかもう…面倒臭くなった…」

 

端折るな!! 結構大事な事だぞ!?

みほ! まほちゃん!! 睨まないで!!

 

 

「隆史さん!!」

 

「はい!?」

 

駄女神の言葉なんぞ聞いていなかった様で…なんか、睨みつけるように俺を見てくる。

なんで? え? 今回、俺なんも悪く…

 

 

「私も抱っこして下さい!!」

 

「は!!??」

 

 

両手を上げて、とんでもない要求をしてきましたね!!

なんか、意地になってる顔してる!

 

「はぁ…お母様。またですか?」

 

また!?

 

「なんですか!? 娘は抱けても、私は抱けないんですか!?」

 

「何を意地になって…葵!?」

 

何か、鼻で笑う様な…変に挑発した顔をした。

その顔を、華さんはなぜか悔しそうに見てる…どしたの!?

 

「葵さん! 貴女は元に戻れば、実物のお父様がいるのですから、もういいでしょう!?」

 

「他の女臭いお父様には、抱かれたくありません」

 

「言い方ぁ!!! 誤解を生む発言は控えなさい!!」

 

すげぇ事、言ったよ!!

音声だけなら絶対に事案だ!!

 

「女臭いお父様なんて大嫌いです。このお父様は女臭くないので、大好きです!」

 

…最後だけ言ってくれれば良いのに…。

 

「あぁ! そういえば!!」

 

「今度は、なんですか!?」

 

…この世界の華さん…そういえば、やたらとハイテンションだ。

……。

 

あっ! そうだ! 爆弾投下型:黒華さんは、この世界じゃ相性が悪すぎる!!

今になって…。

 

「準決勝の時!」

 

「……」

 

「沙織さんも抱いていましたよね!?」

 

「」

 

いや…酔った勢いで、お姫様抱っこ確かにしましたけど…。

 

「考えて見れば…あんこうチームで、私だけ抱かれてません…」

 

「華さん、勘弁して!!」

 

優花里も…まぁ…一度、戦車から落ちそうになった時、受け止める形でした事はあったけど!

麻子も寝てる時に、ソレで運んだ事あったけど!!

みほも準決勝の時、最後に誤魔化す為にソレしたけど!!

 

「…なんですか? 私は抱けないと言うのですか…」

 

「だから、言い方ぁぁぁぁ!!! ご自分の娘に何を張り合ってるんですか!?」

 

「ムッ!」

 

あーあ…頬っぺた膨らませちゃったよ…。

華さん…貴女そんなキャラじゃないでしょうに…。

ぷくーって擬音が聞こえて来そうなくらい。

 

「分かりましたぁ…もういいですぅ…」

 

拗ねた…。

 

華さんが拗ねたよ。

 

頬っぺた膨らませたまま、露骨にそっぽ向いちゃったよ…。

 

なに? 華さんって結構、やきもちやきなの?

感情が高ぶっている為、本音が出やすいのだろうか?

 

後ろを向いてしまった華さんを、俺の腕から見下ろしている葵…。

すげぇ、ご満悦な…それこそ勝ち誇った顔をしている…なに?

 

「つーん!」

 

はぁ…。

口でそれを言いますか…。

変に子供っぽい所があるよな、華さん。

 

……はぁぁ…。

 

無言で葵を地面に降ろす。

地面に降りた所、俺の服を離さないので、軽く頭を撫でてやると納得したのか、ゆっくりと手を離した。

 

「チッ」

 

…舌打ちしないの。

さてと。

仕方がない…。

 

 

人攫いの様に…華さんの足に、手を素早く滑り込ませた。

 

 

 

「いいの?」

「……」

「……」

 

さすがに片腕だと、きっついからなぁ…。

この拗ねた華さん放置しとくと、またとんでもない事を言い出しかねない。

だから…みぽりん、勘弁して下さい。

 

「あの男…あの娘、お姫様抱っこしてるけど…」

「……」

「……」

 

あぁぁ!! くっそ! 髪の毛長いから、なんかいい香りが強い!! すげぇする!!

というか、結構…華さん…重…あぁ…なる程…大きいしなぁ…。

 

「 隆史さん 」

 

「はい!!」

 

「何か不遜な事考えてません?」

 

「いえっ! 滅相もない!!」

 

ま…口が裂けても言えないよな…。

 

 

 

「めちゃくちゃ、あの娘、すっごい喜んでるわよ?」

「……」

「……」

 

本当に、ただ抱き抱えているだけ…なのだけど、なんだこの目の輝きは…。

華さんが、すげぇいい笑顔してる!

 

「これは良い! これは良いですねぇぇ!」

 

「……」

 

いや…なんか、普通に照れるのですけど…。

 

「ずるいです! 沙織さん!! あ…でも…」

 

なに!? なんか、にまぁーとした笑いに変わった!!

 

「確か、これは沙織さんはしていませんでしたね…」

 

「やっ!? ちょっっ!!」

 

近い!! なに!? どうしたの!?

こんな事普段、やりませんよね!? 淑女な貴女はどこ行った…いや、随分前からどっか行っちゃったか。

近い…近い近い!!

 

「首に手を回してるわね」

「……」

「……」

 

うっっわ! 当たる!!! すげぇ当たる!!!

 

「あぁ…これは本当に良い…」

 

「どこに顔いれてんですか!!」

 

回した手を締める…というか、もう抱きつく形に…。

顔!! 真横!!!

 

「いやぁ……なんか、すっごい顔を擦り付けてるけど…猫みたいね?」

「……」

「……」

「…………に…逃げたいぃぃ」

 

 

「ずるいです! 結局、お母様が毎回毎回、最後独占するんですかぁ!!」

 

「~♪」

 

「こっち見を見てください!! なに、首元に顔…ぁぁぁあ!! こっち見ろ、ばばぁ!!!」

 

「な…なぜ、喧嘩に…そして葵? 口調が崩れたよ?」

 

華さんをババァ呼ばわり…。

 

「ぁぁ!! 女臭くないお父様って貴重なのにぃぃ! 雑草が今いないから、私の独占だったのにぃぃぃ!!」

 

「…雑草って…兄ちゃんの事か?」

 

初対面の時の葵は、もういませんね。

俺の事を、アレ呼ばわりしてたのに…。

 

この後、暫くの間…我が娘さんが、地団駄を踏んでいた…。

 

 

 

 

------

----

---

 

 

 

 

「 あっ!! 」

「…なんだ女神」

「……」

「そういえば、あの子が来てから結構経つわよね?」

「…だからなんだ?」

「……」ドウボウネコ…

「そろそろ影響が出そうで…」

「影響?」

「どう言う事ですか?」

 

 

「~♪」

 

「お母様!!」

 

「なんですかぁぁ? 今ちょっと、邪魔しないで欲しいのですけどぉ?」

 

「娘の前でイチャつくなぁ!! 年考えろババァ!!!」

 

「ワタクシ、イマハ、17歳デスヨォ?」

 

「うるせぇぇぇ!!」

 

「…葵」

 

本格的に葵の口調が崩れてきた…。

というか、華さんもなんだろう…えらく挑発的な…。

まぁ…()()の事か。

 

……

 

…………あれ?

 

「お母様、お父様が女臭くても特に怒らないのですから、戻ってからでもいいじゃな!!」

 

「……」

 

「…そういや、俺ってそんなに臭うのか?」

 

「当たり前です!! 女性物の香水の匂いがすごいです!!」

 

「帰ったら、毎回風呂入ってたんだけどなぁ…」

 

「…え」

 

「あぁ、そういや華さんに毎回…なんか出かける前と帰ってから…あぁ風呂入った後も、なんか消臭剤みたいなの掛けられていたけど…そんなに臭うのか…」

 

「なっ!?」

 

何か驚いた顔をしている葵。

変な事言ったか? 当然、知っているのものかと思っていたけど…。

 

「…………」

 

あ、華さんがまた俺の首に頭を埋めた…。

 

「…お母様。なに顔を背けてるんですか?」

 

「……」

 

「まさか! あの香水ってお母様がぁ!?」

 

「え…そうなの?」

 

「……」

 

「華さん、そうなのか? あれ、香水なのか?」

 

「違いますよ?」

 

…子供か。

顔だけ隠す様に、首元から潜もった声が聞こえる。

 

「なら何ですか!!」

 

「…葵に言う必要はありません」

 

「……この…」

 

おー…。

本気で爆発しそうだなぁ…。

両手を握り締めて、俺に抱っこされた華さんを見上げているね。

葵は、こうなると、後々…しつこいし…。

 

「はぁ…。華、あれは何だ?」

 

「…!!」

 

ゾクゾクッ!って、なんか、体が震えたけど…。

相変わらずというか、なんというか…。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「…お父様に、呼び捨てにされる時のお母様の顔って…キモイ」

 

 

…さて、どうしたもんかね。

 

 

 

「…なんだあの、隆史の手馴れた感は…」

「……ずるい」

 

「長い事、あんな風に感情が高ぶった状態で、別世界線の子供と一緒にいるとね…」

「は?」

「え?」

 

「その子供の世界に引っ張られて…人格と記憶が少し、移っちゃうのよ…」

「なっ!?」

「…じゃあ、今の隆史君って…」

 

「多分、あの五十鈴 葵ちゃんの世界線の…33歳の尾形 隆史」

 

「「 」」

 

 

「…で?」

 

「……お…怒りません?」

 

首から頭出して、なぜか叱られた子供の様な顔をしてるけど…。

珍しいなぁ…こんな顔。

…理由が気になる。

 

「怒りますよ!!」

 

「葵には言っていません。聞いていません。黙ってなさい」

 

相変わらず、葵に対して…なぜか厳しいな、華さん。

普段は普通にしてるらしいのに…。

俺が帰ってきた時だけか?

 

「こ…この……」

 

「はぁー…怒んないから、言ってみろ」

 

「はぁぁ…!!」ゾクゾクゾクッ!

 

……。

 

なぜか、少し乱暴な言い方すると喜ぶよな…。

うん…まぁ…。

 

「お父様…話が進まないから、普通に話してください」

 

「分かったよ…で? どうなんですか? 華さん?」

 

「……ぅぅう…」

 

泣きそうな…顔。

 

「……」

「……」

 

「む…」

 

「む?」

 

「 虫 除 け ♪ 」

 

 

 

 

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

「…なる程。気持ちは分からんでもないな。女性の香りがする男になんて、普通は…」

「お姉ちゃんも、平気でしそうだよね…そういう事」

「みほには、言われたくないなぁぁ?」

「そうかなぁぁ?」

 

「…止めなくていいの?」

 

「放っておけ!!」

「いつもの隆史君と、あまり大差ないよ!!」

「そうだな! …少し大人の隆史も見ていたいと思うしな…」

「でも…口調は、あんまり変わらないよね」

「成長していないという事だろうか?」

「う~ん…」

 

「本当にいいの?」

「なんだ。何か問題でもあるのか?」

「…なんですか?」

「い…いえ、あの…このままだと…」

 

「だからなんだ? 歯切れの悪い」

 

「い…いや、あの男…このままだと、あの五十鈴 華さんの、世界線の未来に引っ張られるっていうか…」

 

「…え?」

 

「…その…ここでの記憶とか…深層心理へ残っちゃったり…あの世界線に移りやすいというか……」

 

「……」

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「…あの……」

 

 

 

「隆史ーーーーー!!!」

「隆史君ーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隆史!!」君!!」

 

「うぉ!? な…なに!? みほ!? まほさん!!??」

 

「さっ……ん!?」

 

なんだ!? まほさんに、いきなり顔を手で挟まれた!?

 

危な!!

 

抱っこしていた華さんを、思わず落としてしまいそうになっちゃた…。

すっごい息切れしてるね…どしたの?

なんで、泣きそうなの!?

 

「いや…あ? ん?」

 

なんだ? なんか、感覚がオカシイ…。

なんなんだ?

違和感がすごい…。

落とさない為に、ゆっくりと華さんを地面に降ろす…。

「チッ」

う…うん?

一瞬、なんで舌打ちしたの?

 

「た…隆史君?」

 

()()()()呼ばれ方をされた。

 

…その呼んだ本人。

 

……。

 

垢抜けない…幼い…顔…。

 

昔一時……愛した女…。

 

…愛?

 

「み…ほ? あれ? なんで制服…着て…」

 

「え?」

 

「今更…なんで……。大洗? 大洗学園!?」

 

「…え?」

 

な…んだ?

 

「…何のつもりだ!! ぶり返すのか!? なんだその格好は!!」

 

「な…何を言ってるの?」

 

あれ?

思わず怒鳴ってしまった。

思いっきり睨みつけて…。

 

「え? す…すまん…ごめん…ぁ? あ? 悪い? あ?」

 

「……」

 

アヤマル。

 

すぐに謝罪スル…。

 

 

視界に写るのは、混乱したかの様な…驚いた様な……怯える……み…ほ……。

 

……。

 

怯え。

 

なんだ? え?

 

俺が…みほを…怯えさ……せ……。

 

「…隆史……さ……ん……?」

 

華さんも、ちょっと様子がおかしい…というか、え? 本当になんで、大洗の制服…。

 

…目の焦点が合わない。

 

……。

 

「…なんだ? わか…い? え?」

 

横にはいつもの様に…華さんが…? いつも?

華さんの、いつもの艶っぽい感じが少ない…それに比べ…いつか見た…昔の…。

 

「隆史」

 

まほさん…いや、まほちゃんが呼ぶ…。

 

そうだ…まほ()()()だ。

 

()()のみほ…も、おかしくない。

 

なにが? おかしくない? 当然だろう? なぜそう思った?

 

なんだ? 

 

脳が揺れる。

 

視界が振れる…。

 

手を付き、膝が折る。

 

 

吐きそうになる…。

 

 

「隆史…これは…」

 

 

待って…違う…。

 

 

「……」

 

 

これは、オレジャナイ。

 

 

 

 

 

 

 

失敗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、大丈夫。

 

 

 

― 失敗した ―

 

 

 

だ…だい……じょ……。

 

失敗…。

 

失敗した…。

 

 

…俺は、しくじった…。

 

その自責の念だけが、脳内を駆け巡る…。

見上げる…恩人。

みほを見ているだけで辛い。

その顔を見れない。

 

華との付き合いが、そのまま続いているのは知っていた…。

 

だが、俺は頑なに会わない様にしていた…は…ず……。

 

振る?

 

なんで?

 

みほを?

 

は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ふっっん!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「!!??」」

 

 

 

思いっきり…全力で額を地面に打ち付けた。

鈍く大きな音がした。

 

この世界の地面も、硬いな…。

 

 

痛ひ。

 

 

結構、本気でぶつけたから、

 

……。

 

 

「あ~~~…なんだったんだ? 今の感覚…」

 

まだ視界が少し揺れる…。

一瞬、いろんな映像が頭に過ぎったけど…うん。

 

変な意識の揺れが、収まった。

額の痛みが、段々と意識をハッキリさせていく。

 

 

「尾形 隆史」

 

 

「…なん…だ? 駄女神」

 

「今のアンタは、五十鈴 華の未来の世界線に引っ張られてるの。しっかりなさい」

 

「…はっ。らしくないな…なんだ、その口調…」

 

「じゃないと…」

 

「…ぁ?」

 

同じような症状だろうか? 

華さんが、いつの間にか座り込んで、ぐったりとしている。

先程まで怒鳴っていた葵が、心配そうに付き添っている…。

 

くっっそ…なんだ? いったい…。

 

「じゃにゃいとぉぉ!! っていうか、なんとかしてぇ!!」

 

あぁ?

項垂れた顔を上げると…。

 

 

「マホサン…マホサン……ホサン…サン…サンサンサンサン…サンサンサンサン……サササササ…」

「ニラマレタ…タカシクンニ、ニラマレタ……レタ…レタレタ……」

 

 

両肩を、西住姉妹に占拠された駄女神が…怯えていた……。

あらまぁ…ガッタガッタ震えて…青一色だねぇ。

 

…ふむ。

感情が、ちょっと落ち着いてきた。

 

先程まで何をしていたか、記憶が曖昧だけど…。

現状は認識できる。

 

俺は、何をしていた?

 

「邪魔しないでください!!」

 

「あおい?」

 

娘が叫んだ。

こんな大きな声をだす娘…だっけか?

あれ? さっき散々出していたっけ?

 

「貴女! 若いけど、西住さんですよね!?」

 

「サンサン……ン…ん!? 私か?」

 

あれ…みほでは無く、まほちゃんへ指を指した葵。

あ。俺の視線に気づき、その差し出した指を、腕ごと下ろした。

うん…人に指を指しちゃダメだね。

バツが悪そうな顔をしてるけど…。

 

将来、華さんと交流を持っていそうなのは、みほの様な気もするのだけど…。

葵は、まほちゃんと面識があるのだろうか?

しかし、まほちゃんを睨みつけている様だし…良好な関係じゃないのかな?

 

「……お父様を誑かす毒虫…」

 

「…ど…」

 

「」

 

どこで覚えた!! そんな言葉!!

というか、貴女12歳だよな!! なんちゅー……あ。

 

あーーー……。

 

そうか…分かった…。

 

見た目が小さな華さん…葵は、確かに華さんの娘だ…。

この本音が出やすい世界ってのも有るのだろうが…幼いが故、まだ気持ちを上手く、抑える事が出来ないのだろう…。

 

つまりは…。

 

葵は…リトル黒華さん

 

しかも、常時! 黒化状態!!

フルスロットルで、爆弾を撒き散らす!!

 

……。

 

うん…。

 

これは怖い!!

 

「補足しましょうか?」

 

「…た、頼む。流石に子供から、ここまで言われると…将来の私が気になる…」

 

おー…おー…睨みつけちゃってまぁ…。

 

「将来、五十鈴 華さんの父親に、そこのクソ女っ隆史は、そっこら辺に連れ回されます」

 

「……あの…元・お父様…」

 

あ、華さんが復活した…。

そこの部分だけ聞いた様で、ちょっと黒化が進みましたね?

はい、落ち着きましょう。

 

「そこの男…手先が器用な事もあって…花道? っていうの? 模倣でそれなりに腕を上げたみたいで…よく指名とかされていたみたいよ?」

 

「…っ!!」

 

な…なぜか嬉しそうに、こちらを振り向く華さん。

 

「そもそも、指名って…華道だよな?」

 

「いえ…元・お父様も言っていましたが、ホテルや料亭…その玄関先の花を生ける事もしているのです」

 

あぁ…なんか、そんな事言っていたっけ。

 

「そうです! その指名主が…この…西住家…」

 

「……」

 

「熊本くんだりまで、呼び出すモノですから!! 毎回毎っっ回!! お父様が留守にぃ…」

 

「あー……なる程…」

 

「戦車道? の、家元だか何だか知りませんが! 疑われても仕方ない程の数呼び出して!! ご自身の伴侶に申し訳ないと思わないんですか!!」

 

「……」

 

あ、なぜか目を逸らした…。

というか、まほちゃんの伴侶…。

 

……。

 

…………。

 

な…なんだろう…。

どんな人物か、想像してみようかと思ったら…ちょっとイラッとした…。

 

「あの…ちなみに……」

 

みほが、小さく手をあげた。

なに? 何を聞くつもりだ!?

 

「他の指名主って…いるんですか?」

 

「いるわね!!」「いますよ!!」

 

駄女神と娘がハモった…。

オヤメナサイ。それと同類になってはいけません。

 

「指名が結構、多いわね…えっとね分かりやすく言うとねぇ…」

 

待て…ちょっと待て、いやな予感しかしないぞ!?

どこかから取り出した、リストを開きだした!

 

「島田家から始まって…大人になった…ダージリンさん…うっわ…えらい金持ちね…」

 

「」

 

「オレンジペコさん…アッサムさん…この子達も…結構なお金持ちねぇ。後は、戦車道連盟…酒蔵…」

 

「」

 

「あっはっはっ! こりゃ浮気対策されても、仕方ないわねぇ!!」

 

「……」

 

「だからと言って…12歳の自分の子供まで、その対象に見るとか…お母様は頭おかしいです」

 

「え…」

 

頭おかしいって…。

 

「せめて成人してからです!」

 

……。

 

ふんすっ! って…何を意気込んでいるのだろう…。

 

「た…隆史」

 

「なに? まほちゃん」

 

「っ!!」

 

え…なに!? なんで目を潤ませてんの!?

両手を取って…え?

 

「よかった…元に戻ったんだな…」

 

「…あの…」

 

何か安心したかの様に、…なんか胸の前で、俺の手を両手で包みこんだ。

あの…いや? ちょっと突き刺さる視線を感じるので…そろそろやめて下さい…。

 

「チッ…邪魔を…まぁいい」

 

その視線に気がついたのか、手を離して…いや……離して?

 

「あの娘…本気で、そろそろ帰そう…」

 

「……」

 

「あの母親が、対策をとっている理由が分かった…匂い位で、遠ざけれるのだ…それはそうだろう。同じ立場なら、私もそうする」

 

「……」

 

「あの娘の愛は、重すぎる…お前を見る目が……オカシイ」

 

いや…何となく、言っている事は分かるけど…。

取り敢えず、その娘がめちゃくちゃ貴女、睨んでますよ?

 

「ま…まぁ、子供なら良くある事だろ? 父親が好きなら…ほら、小さい頃、お父さんと結婚する~とか…?」

 

 

 

「  私はそんな気持ち、爪の先程も無かったがな  」

 

 

…。

 

うん…常夫さん。

あんたの気持ちが、痛いほど分かった…。

 

痛感している最中です。

 

 

「いつまで握ってるんですか!!!」

 

その娘様が、俺とまほちゃんの間に割り込んできた。

その掴んだ手を、無理やり引き離そうとする様にね…。

 

…う~ん。

 

「葵」

 

「なんですか?」

 

引き離した早々に、俺の足にしがみついて…俺の手を握っている。

まほちゃんと睨み合ってるな…まほちゃんも目力が強いよ?

貴女…隆成に見せた、大人の対応どこいったんですか?

 

ま…まぁいいや。

 

「…お前、学校とかで好きな男の子とか、いないの?」

 

「はっ…」

 

吐き捨てるかの様に…笑った。

父親らしい質問だと思うのだけど!?

 

「…あんなカゼクサみたいな腕の連中なんて」

 

「……」

 

うん…カゼクサってアレだろ?

藪とかにある、細い草…うん! 華道っぽいね!

 

「では、隆史さん」

 

「おぉわ!?」

 

は…華さんがすごい至近距離にいた…。

若干、青筋が出ているのは気のせいだよな!

 

俺の足元で、手を繋がれている娘を見下ろすと…。

 

「…では、葵。()()も、帰りましょう」

 

「嫌です!! まだこの、臭くないお父様といます!!」

 

…いや…ちょっと言い方が、引っかかる…。

 

「……っ!!」

 

「っっ!!」

 

あの…俺の横で、取っ組み合いしないで下さい…。

腕だけですけどね!

あ…まほちゃんが、逃げた…。

 

「あぁ!!」

 

生暖かい目で見守っている中…漸く華さんが、葵の手首を取った。

そのまま、すぐに葵の手を上から握った。

 

これで、俺、華さん、葵の手が繋がった。

 

…うん、一応逃がさない…というか、手を離すとダメだと思い、握った葵の手を逃がさなかった。

 

「いい加減になさい。お父様、死んでしまっても良いのですか?」

 

華さんの体が発光した。

 

「……ぐ…」

 

続いて、不貞腐れている葵の体も発光した…。

 

そして最後に俺…。

 

…あれ?

 

華さん先程、なんて言った?

 

私達? 帰る?

 

手を繋がれたまま…俺の足にしがみつく様にしている葵…。

空いた手で、頭を撫でる。

帰る…それは、この子だけなら…え?

 

「……隆史さん」

 

「…えっ!?」

 

こちらを向いた華さん。

 

どこか遠くを見ている…そんな目。

 

「懐かしい…とても良い夢を見させてもらいました」

 

「え…な?」

 

 

《 先輩!! 》

「なによ。今、漸く終わりそうなの。後にして」

《 後では、いけません! このまま帰してはダメです! 非常にまずいですよ! 》

「…え」

 

 

華さんの顔が…違う…。

いや、そのままの顔なんだけど…なんというか…。

 

大人の顔をしている。

 

 

《 五十鈴 華さんの意識が、入れ替わってます! 》

「なっ!? え!? さっきの!?」

《 元に戻ったのは、尾形 隆史さんだけです! このままだと、現世に影響がでますよ!! 》

「 」

《 未来が全体的に変わっちゃいます!! 因果律がぁぁ!!》

「ま…まずいじゃないの!!」

《 だから、そう言ってるじゃないですかぁ!! あぁ!! もう間に合わないぃぃ!!! 》

 

 

もう何度か見た…。

光が最大限にまで達し…後は…。

 

「私とは、違う未来になるかもしれません」

 

「未来? …私とは? え?」

 

「ですから、()()隆史さんに、しっかり言っておきますね?」

 

どこか他人の様な顔…それでも、彼女は華さんで…。

 

「貴方は…」

 

一瞬見せた、大人の顔が、見間違いだと思わせるほど…。

 

 

無邪気に笑い…。

 

 

 

「 私の青春でした 」

 

 

 

そして、消えていった…。

 

 

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

 

 

「…ふむ、初めての強制送還…いや、帰還だったな」

 

「お姉ちゃん…どこか嬉しそうに…」

 

「いや? 気のせいだ」

 

「毒虫とか言われたの、気にしてるの?」

 

「……」

 

「……」

 

「…してない」

 

 

いやぁ…うん。

なんだ? 今回はちょっと最後、不思議な感じだったな。

今回は、胃にあんまりこなかったね。

よかった、よかった。

あれは、大人の華さんだったのだろうか?

 

……。

 

青春…。

 

そんな青臭いセリフ…ぐ……うん…青臭い……。

 

…嘘だ。

 

キツくない訳ない…。

 

今回が…一番…やばい…今にでも吐きそうだ。

 

なんだったんだ、最後のあの…華さんは…。

 

回数重ねる毎に…段々と…。

 

 

「さて、次はみほの番だな」

「…なんで?」

「先程、言っただろう? 私は最後だと」

 

「…ダメ」

 

「なぜだ?」

「色々と考えてみたの。なんでお姉ちゃんが、順番の最後を希望したか」

 

「……」

 

「これで次に私の番なら…最後、私は消えちゃうよね? 帰っちゃうよね!?」

「そうだな」

「そうするとお姉ちゃん。…隆史君と二人きりになるよね」

「まぁ、必然的にそうなるな」

 

「だからダメ」

 

「……」

 

「それが狙いでしょ? しかも、さっきの隆史君と華さん…子供と暫くいると…引っ張られる、その世界線…」

 

「…………」

 

「だからダメ」

 

「ふっ………みほ。それは考えすぎだ…それは邪推というモノノノだ」

「こっち見ようか、オネエチャン。どもってるよ?」

 

 

何かすっごい距離が近いな。

何してんだろ…みほ達。

 

…。

 

胃痛で段々と、冷静になってきた。

ちょっと振り返ってみよう。

 

先程…澤さんの時から引っかかる。

あの時、隆乃は何て言った?

 

『 え? …あの…なんか……お母さんの、前の学校の先輩が…大変な目にあった、お祭りの時とかなんとか…着ぐるみがどうの… 』

 

…そう、前の学校…の、先輩。

後の学校があるかの様な…。

 

ちょっと華さんの時に感じた目眩もそうだけど…何かが、とても引っかかる。

あの時、俺はみほに対してなんて言った?

 

『 今更…なんで……。大洗? 大洗学園!? 』

 

そうだ…そう言った。

 

今更。

 

なんで、そんな言葉が出てきて…そして俺は怒ったんだ?

 

……。

 

 

まっ。

 

 

…流石に分かった。

 

 

みほに対して、怒った理由は分からんが…そういう事か。

 

では、確認しようか?

 

責任者様に。

 

 

「おい、駄女神」

 

青いのに声を掛ける。

 

…が。

 

「  」

 

何を崩れ落ちてるかは知らないが、目に光が無いなぁ…どうした?

 

「おーい、青いの」

 

反応が…無い。

 

何か口元でブツブツ言ってるなぁ…。

 

「 神位…剥奪… 」

 

あ?

 

(エリス様~)

 

これはもうダメだと、早々に諦め、頼れる女神様を呼んでみた。

 

《  》

 

あ…あれ?

 

何度か呼びかけても反応が無い…。

 

まぁ、じゃあ目の前のに頼るしかないかぁ…。

 

 

 

崩れ落ちたまま固まってるな。

目の前で、手をヒラヒラさせても反応が無い…。

 

……。

 

…………。

 

マジック、持ってなかったかな?

 

 

「あんた、何考えてんのよ!!」

 

「チッ…」

 

意識を取り戻しやがった。

最後、口に出てしまったのか、それに気がついた様だ。

 

「なぁ、駄女神」

 

「………何よ」

 

駄女神呼びに、一切の反応を示さないのが寂しい。

…呼ばれ慣れているのだろうか?

 

「一つ聞かせてくれ」

 

「だからなによ!!」

 

何を怒ってるんだろう…。

 

「今までの将来…って、さ」

 

「将来…はっ、もう有り得ないけどね…」

 

「は?」

 

「今さっき…五十鈴 華さんが、別世界線の意識を持って帰っちゃったの」

 

「え…あぁ。なんか大人っぽかったな」

 

「…だからもう無駄」

 

「……」

 

説明になってない…。

体育座りをして…膝に顔を伏せてしまい…もう話す事は無いって顔してる。

 

(エリス様~)

 

もう一度、呼びかけてみよう。

 

《  》

 

ダメか…。

この分だと…何かしら起こって…彼女もこの駄女神状態になってるって事だろうか?

 

(エリス様~)

 

《  》

 

(ぼかぁ、パット入りも許容範囲ですよぉ~)

 

《  !?  》

 

(それはそれで、可愛…《 何言ってるんですかぁ!! 》)

 

あ…やっと反応があった。

 

《 違います! ナチュラルです! 変な事いきなり言わないでださい!! 》

 

(はい、意識が戻った所で、現状を教えて下さい)

 

《 あ……ぅぅ…… 》

 

あら、またおかしくなりそう。

 

《 …… 》

 

(華さんの世界線がどうのって、駄女神言ってましたけど? なんかあるんですか?)

 

《 …あの…許されない事…なのです… 》

 

(は?)

 

 

 

------

----

---

 

 

 

 

そうして、ゆっくりと説明を始めてくれた。

みほ達にも聞こえるように…。

 

 

現世に異物…。

 

特に華さん自体に影響はないらいしのだが、ありえない別の世界線の華さんが混入してしまった為に、またエラーが起こったそうだ。

要は、別の新たな世界線が生まれてしまった。

 

《 本来なら…世界線の大筋は、大体一緒のなのです 》

 

大筋が決まっている未来の現世に、その先のモノが混入…。

一本の糸がいくつも折り重なって、捻りあっているロープ。

それが世界線。

ロープの中の、一本一本の糸が、別の可能性…だ、そうだ。

 

よくわからんけど!

 

《 よって、均衡を保つ為、その未来の世界線自体を、因果が拒否してしまいまして… 》

 

「ふ~ん」

 

《 いや、ふ~ん…って 》

 

「具体的にどうなるんすか?」

 

《 これは貴方の世界線です。よって先程までの皆さんと結ばれる未来へ、行き着かなくなる可能性が出てきました 》

 

「……」

 

《 新たな分岐点が生まれる…。どこで…かは、分かりませんが… 》

 

「神様でも分からないんですか?」

 

《 え? あぁ…はい。その内、解析が終われば分かりますけど…現時点ではちょっと… 》

 

「ふ~ん。で? なんで駄女神とエリス様は、落ち込んでるんすか?」

 

《 か…監督不行届で… 》

 

「は?」

 

《 世界線とは違い…因果律改変は重罪です…。世界線の主である方に、許しを得ないと許されません…。でも生者に、私達の存在を明かす事も重罪ですので…話す事すら出来ません… 》

 

「……」

 

《 わ…私と先輩…。このままですと…神位剥奪…下手したら…… 》

 

「…極刑……魂の消滅…」

 

あ、駄女神から呟きが…あぁなる程。

それでへこんでたのか。

 

「話す事もって…今、俺と話してるじゃないですか。俺の世界線が変わったんですよね?」

 

《「 !! 」》

 

あ…あれ? 違うの?

 

「そ…そーーよ!! ショック過ぎて忘れてたわ…」

 

《 …… 》

 

「アンタ!!」

 

「…なんだよ」

 

人に指を向けるな。指すな!

元気よく立ち上がった駄女神。

お前は、逆に落ち込んでる時の方が丁度いいのかもな。

 

「あんた! 私を許しなさいよ!!」

 

「……」

 

こ…こいつ…。

 

「ほら! 早く!! 一言許すって言えば、いい事なんだから! それで済むんだから!!」

 

「……」

 

「…ね!? ねっ!? ほらッ! はや……く……」

 

「……」

 

「えっと…え? 嘘よね…? なんで真顔なの?」

 

「……」

 

「ほ…ほらぁ~。いつもみたいに、ヘラヘラしなさいよぉ~」

 

「……」

 

「お…お願いよぉ!! ほんとに殺されちゃうかも知れないのぉ!!」

 

「……」

 

「ここまで、色々とやったげたじゃないのぉ!!」

 

「…いや、今迄のは自業自得だろ」

 

「そうだけどぉ!! ちがうのぉぉ!! 私、がんばったじゃなぁぁい!!」

 

「……」

 

「おっ! お願いしますぅ!! お願いしますからぁぁ!!」

 

「やめろ! すがりつくな!! というか、マジ泣きかよ!!!」

 

曲がりなりにも神様だろお前。

人間に泣きながら、嘆願して縋り付くとか…プライドないの…か……。

 

あぁ、ないのか。

 

「…隆史」

「隆史君…」

 

くっそ! みほ達が俺を、若干引いた目で見てくるじゃないか!!

確かに傍目から見れば、確かに引くよなぁ…この絵じゃ。

 

《 隆史さん 》

 

「はい?」

 

《 今回の事は、本当に許される事ではありません 》

 

「……」

 

《 私もショックで、忘れていましたから…先輩の事は何も言えません…が 》

 

「が?」

 

《 許されないのであれば…私は、それを受け入れます… 》

 

「……」

 

《 ある意味で、貴方の未来を奪い…しかも転せ…んんっ! の…時にもご迷惑をかけ…… 》

 

あ、気を使ってくれた。

 

《 先程まで見せた…伴侶と過ごす…幸せな未来をも…「あ~エリス様」 》

 

まず、一つ確認。

 

「ちなみに今までの未来の…その…つ…妻や子供達ってのは、消えたりすんの?」

 

うん…改めて言うと、ちょっと照れる。

うん…睨まないでください二人共。

 

《 いえ…大きな分岐点ができただけですので、その未来へ行かないとは限りません…。ですから、ちゃんと因子を得た尾形 隆史さんと、その後の人生を続けると思います 》

 

そっか。

 

……ならいいや。

 

「んじゃ、本題」

 

《 はい? 》

 

 

「…今までの将来…未来で…」

 

そう先程、この駄女神に聞こうとっ…って!! 

 

「おい!! お前何、本気で抱きついてんだ!!」

 

「なんでもしますからァ~!! お願いしますからぁーー!!」

 

「ズボンが脱げるだろうが!! 離せ! というか、空気読めよ!!」

 

「空気読めたら許してくれるの!? 許してくれるはず無いでしょ!? 読めたら偉いの!? 青いのって言うくせにぃぃ!! 私は助かりたいのぉ!!」

 

「……」

 

もはや何言ってるか、分からねぇ…。

 

《 …… 》

 

えっと、気を取り直して…。

 

 

「い…今までの未来の世界では…」

 

《 …は、はい 》

 

 

 

 

「大洗学園は、廃校になるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大洗学園!? 廃校になるわ!! これでいい!? 許してくれる!?」

 

 

「おっっ前!! いい加減にしろよ!!?? 結構今、重要な事言ったぞ! 俺は!!」

 

「なりふりなんて構ってられないわよ!! どうなの!? 他に無いの!? なんでも答えるからぁ!!!」

 

「ズボンを掴むな!! 脱げるから!! 一回離せ!! ほんっっとに、空気読めよ!!!」

 

「お願いしますぅぅ!! お願いしますからぁぁ!!! たかじざまぁぁぁ!!」

 

「やばっ! マジで脱げる!! というか、下着まで掴むな!!」

 

《 …… 》

 

「……」

「……」

 

 

「エリス様!! コイツだけ許さないって選択もできますか!!??」

 

《 え… 》

 

「ひどい!! それはあんまりよぉぉ!!」

 

「じゃあ、まずズボンから手を離せ!! 話はそれからだ!!」

 

「絶対!? 嘘つかないでよぉ!? ゆる……あ……」

 

 

あ…

 

 

 

《 》

 

「…ほう」

「ぅぅう……」

 

 

 

 

 

--------

-----

---

 

 

 

 

 

 

 

「おい、駄女神」

 

「…はい、すいみませんでした」

 

正座させた駄女神。

威厳という言葉から、かけ離れてしまった存在となった神様は…なんて言うのだろうなぁぁぁ!?

 

「下着まで一緒に…お前…散々…言ったのに…」

 

「い…いいじゃない!! 別に減るも……の……ごめんなさいでした」

 

日本語が変だぞ、駄女神。

しかし…綺麗に土下座するなぁ…この女神…。

 

 

《 》

 

「さてと…もう面倒だからいいや…エリス様」

 

《  》

 

「だ…大丈夫か、みほ」

「ぅぅう…お姉ちゃん」

「な…なに。私は大丈夫だ…問題ない。3回目だしな!」

「ちょっと待って。え? どういう事?」

「……」プイッ

「プイッじゃ、ないよ。こっち見ようよ? お姉ちゃん?」

「……」

「まず一回目を聞こうかなぁ?」

「…………」

 

 

 

 

「…あの。エリス様?」

 

《 あ、はい!! 》

 

「俺の許しがあれば良いなら、許しますよ? はい、終了」

 

《 なっ!? 》

 

「ホントウ!!??」

 

駄女神…お前だけ、やめておこうか?

なんだその目の輝きは…。

はぁ…。

 

「大洗学園が廃校する…それが確定事項の未来だったのなら…」

 

《た…確かに廃校にならない…そんな未来は存在しませんでした…だけど》

 

「ま、願ったり叶ったりってやつですよ」

 

すべての未来…。

どういった経緯かは分からない。

だけど、誰の将来…誰と一緒になっても。

 

大洗学園が存続した未来は無いそうだ。

 

さて…後は、どうなるか…だな。

 

 

《 …あの…本当に…? 》

 

「終了と言いました。もうこの話は終わりです」

 

変に遠慮がかった声が響く。

これが彼女の素だろうか? 彼女の姿を一度見てみたいものだな。

 

「なんだかんだで、色々面倒見てもらいましたし…何より貴女の事は、嫌いじゃない」

 

《 …… 》

 

「ま…手違いなんかの為に、死ぬこたぁないでしょう?」

 

《 …でも 》

 

「貴女、幸運の女神でしょ? んなら、運が良かった…位に思ってくださいよ。良かったね! ついてるね!! ってね」

 

駄女神も…まぁ、死んでしまう程の事をした訳もなし…。

 

《 …えっと…その…ありがとう…ござ…… 》

「ありがとぉぉぉ!! ありがとうごじゃいますぅぅああああ!!!!」

 

「だから、すがりつくな! 話が進まん!!! 空気を読め!!」

 

 

 

 

「あの…」

 

みほが遠慮がちに手を上げた。

誰に話しかけているかは分からないが、駄女神が即座に反応した。

 

「なにかしら!!」

 

つか…すがっていたのに…随分と早くそんな偉そうな態度になれるな。

 

「いえ…私達の…その…」

 

「そうね! もちろん続けるわよ!! 分岐が出来たとは言え、可能性が無くなったわけじゃないからね! このまま何もしないと、隆史は死んじゃうわ!!!」

 

「……」

 

おい…なんだ? いきなり呼び方変わったぞ?

 

「もう、フルネームで呼ぶの、面倒臭いのよ!!!」

 

 

「……」

 

いや…もう突っ込まない…それこそ面倒臭い…。

 

「さっ!! どっちからにする!?」

 

こいつ…俺に縋っていた状態を解除すると、さっさと話を進めて状況を打破したいのだろうな。

さっさと例の杖を、何処から取り出して構えた。

 

前に突き出し…なんだそのポーズ。

腰に手を当て、ばっちこーい! って…。

 

「みほだ!!」

「お姉ちゃんから!!」

 

あれ? 話済んだんじゃなかったの?

どっちからでも、いいんだけど…。

 

「こういう事は、妹からだと相場が決まっている!」

「どこの理屈だよ!! 年功序列だよ!! お姉ちゃんからだよ!!」

 

あぁ…せっかく白くなったみぽりんが、また黒くなりそうだ…。

 

「あの…どっちでもいいからさ…どうすんの? 隆史ぃ。あんた決めて上げれば?」

 

「やだ!!!!」

 

「即答って…」

 

先が見える未来の世界線には、行きません!!

絶対に揉めるの目に見えてるから!!

 

「二人同時じゃ、ダメなんだよな」

 

「そうね、違う世界線が重なっちゃうからね」

 

キャットファイトしそうな位に近づいている二人を見て思う。

長いぞこれは…。

 

「そうだったな。しっかし、こりゃ暫く続き……おい、駄女神」

 

「なによ。っていうか、いい加減に名前で呼ぶくらいはしてもいいんじゃない!?」

 

「いや、お前。俺に名乗って無いだろうが」

 

「え…そうだっけ?」

 

「……」

 

「……」

 

「まぁいいや、そんな事よりな」

 

「そんな事ってなによ!! 今、名乗ってあげるわ!! ありがたく…」

 

「杖。光ってるぞ?」

 

「えっ!?」

 

先程から、良くわからない…魔法少女立ちとでも言うのだろうか?

そんなポーズを取っている駄女神の持つ杖が、光を帯び始めた。

 

「…まずい…二人同時って言葉に反応した……召喚が始まる…」

 

「は? お前、さっきからなんか呪文唱えてなかったか?」

 

「あんなの……カッコつけただけよ!!!!」

 

……。

 

「エリス様」

 

《 はい? 隆史さん、なんですか? 》

 

「……」

 

呼び方が変わった…。

 

この人もフルネーム呼び面倒臭くなったのか…。

 

まぁいいけど…。

 

「今からでもいいので、この駄女神とエリス様、変わってくれませんか?」

 

「なんでよ!!!」

 

「……」

 

「…あ、はい。真面目にやります…」

 

 

《 …… 》

 

 

な…なんか、エリス様が黙っちゃった…。

 

 

「あ…隆史」

 

「なんだよ?」

 

「…最初に謝っとく」

 

「今度は、何をやった!?」

 

俺の問いに、慌てる訳でも無いが…非常にバツの悪そうな顔をした。

半笑いだけど…どうした…何をした?

 

「…ある意味で、数少ない最悪な未来を引き当てちゃった…」

 

「どういう……」

 

「フォローは、するわ!! …するから、怒んないでよね!!??」

 

 

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 

みほとまほちゃん。

先程まで、言い合っていた二人から…驚きの声が聞こえた。

 

みほと…まほちゃん……。

 

二人…。

 

まさか…。

 

 

「…隆史」

 

「隆史君…」

 

 

二人の横にいる。

 

子供と言う割には…結構…大きめの…。

 

いくつだ…今度はいくつの子供だ!!

 

しかも違う世界線から呼べないってのに、二人いるって事はぁぁ!!

 

 

 

 

「ごめんね隆史。……二人同時召喚出来たって事は…同じ世界線…。って事は、母親の内、どちらかが…」

 

 

 

やめろ駄女神! 言葉にすんな!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「 浮気相手 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

駄女神の、脳内ボイスの再生がすっげぇ楽。

な、ようにできたら良かったです。

次回…10人目登場。

そして終わる。


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閑話【 トチ狂イ編 】~夢の終わり?~

 誰も口を開かない…。

 

 召喚されたとされる少女達。

 

 …二人。

 

 同じ世界線…。

 

 この世界に現れたという事は、確定事項で俺の子供…。

 

 彼女達もソレを理解しているのだろう…。

 …無言を貫く、西住姉妹。

 その目は、自身の娘達ではなく…すっごい俺を見ている。

 すっごい真顔で…。

 

「はいは~い。黙っていても仕方ないから、続けるわよぉ?」

 

 駄女神の呑気な声が響く…。

 まぁ…こうしていても仕方がないからなぁ…。

 

 その召喚された娘達はというと、自身の母親達を見る訳もなく、召喚者同士で見つめ合っていた。

 特に驚く事もなく…。

 

 そこが少し…怖い。

 

 どうなってんの? この世界線の俺は!

 

 

 

 

 

 

「はい! では、氏名と年齢! 教えて頂戴!!」

 

 フォローはする…と、そう言った駄女神様は、司会進行します! と、ばかりに、手を一人の少女に向けた。

 正直…ありがたい…。

 この能天気さは、今のこの空間には必要なのかもしれないな。

 

 あ…違うな。

 若干、笑顔が引きつっている。

 この世界線の全貌を知っている駄女神だ。

 その笑顔が引きつる程の、最悪の将来なのだろうか?

 

「……」

 

 その手を向けられた少女…。

 

 着ている制服は、黒森峰の制服。

 うん…すっごい…中学生の時のみほだ。

 完全に一致。

 見比べるまでもなく…瓜二つ…。

 

 ロングヘアーという所を除けばな。

 

 いや…よく見ると、結構違う所があるな。

 そりゃそうか、娘と言ったって全く一緒って訳じゃないよな…。

 みほと違って、少し目つきが鋭いのも、その為だろう。

 

 …ん?

 

 黒森峰の制服…?

 

 ま…え? 

 

 はぁ!?

 

 

「…尾形 ちほ」

 

 ぶっきらぼうに答えた、みほ。

 

 …じゃない! ちほ!

 

 幾つだ!

 高校の制服を着てるとか!!

 

「黒森峰学園・中等部。…今年で、13歳よ。これでいい?」

 

「……」

 

 13…。

 

 う…うん…なんだろう?

 高校生じゃなくて良かった…。

 変に安心している自分がいる…。

 

 そうか。あの制服は中等部での、制服でもあるのか…。

 というか、中等部なんて設立されたんだ。

 

 あ…みほが、小さくガッツポーズを取った…。

 あ……まほちゃんの顔が、青くなった……。

 

 苗字が「尾形」って事は、結婚したのは、みほの方か。

 

「えっと…ちほ…ちゃん?」

 

「なに? っていうか、お母さん…若い頃から、あんまり変わらないね」

 

 遠慮がちな、若い頃の母親…からの呼びかけに、淡々と答える娘。

 いや…堂々としている。

 

「そ…そう…なの?」

 

「うん。いつも大体、未成年に疑われるよ? 20代後半でも、たまに夜出かけた時とかさ。高校生に間違えられて警察に補導されてたらしいよ?」

 

「……」ホドー…

 

 う…うん。みぽりん、童顔だしね…。

 

「まほ叔母さんも、見た目がほっとんど変わらないや…。そんなんだから、人気があるのかしら? 西住流って」

 

 少し呆れた様に、みほとまほを見比べている、ちほ。

 

 大丈夫だ…うん。

 ちほは、普通にまほ叔母さんと言っていた…。

 骨肉の争いには、なっていなさそうだ!

 叔母さんと言われて、少し俯いたまほちゃんは、スルーだ!

 

 と、いいますかね?

 みほが、ちょっとキツめの口調で話している姿は、貴重…というか違和感がすげぇ…。

 喋り方が、ちょっとエリリンに似ている気がする。

 

 …違う、ちほだ。

 いや…再度、前言撤回。

 見た目、ほとんど…中学生時代のみほだ。

 

 しかし、西住流の名前がでたな。

 それと黒森峰か…。

 

「ちほちゃんは、戦車道をしているの?」

 

「えぇ、そうよ。戦車道を履修する事自体は、許されてるみたい」

 

「ゆ…許される?」

 

 なにか、限定的な言い方をされた…どういうことだろうか?

 

「はっ! はいは~~い!! 次!!」

 

 邪魔をする様に、大声で割り込んできた駄女神。

 ぐるんと体を回し、一旦話はここまでと、もう一人の少女へ手を向けた。

 

「…え? 私?」

 

「そうよぉ!! 他に誰がいるの!?」

 

 そう…もう一人の子供…。

 見た目は完全に、中学生時代のまほちゃん…。

 

 中学生の割に、非常に大人びた顔…キリッとした目つき。

 ちほと同じく、髪を伸ばし…一本の三つ編みにしている。

 

 三つ編みまほちゃんと言っても過言ではないので、非常にうれs…。

 

「ナンデモナイデス」

 

 みほに、ガン見された…。

 

 とか、ちょっと浮ついてしまった気持ちを、もう一人の娘がぶち壊した。

 

 たどたどしく喋る娘。

 

 何というのだろうか?

 

 一言で言うのならば、内気なまほちゃん。

 

 その娘の自己紹介…。

 血の気が下がった…。

 

「あの…かほ…」

 

「…ふむ、かほ……か」

 

 すでに自分の娘と確信しているのか、まほちゃんが噛み締める様に呟く。

 

 

 ― が。

 

 

 

 

 

「尾形 かほ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 >  西住姉妹の場合  <

 

 

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

「その…13歳で、ちほと同じで…中等部……」

 

 待って…。

 

「戦車道を履修して…ます…」

 

 いやいやいや。

 

「は…はい! 良く出来ましたぁぁ!!!」

 

 駄女神のヤケクソ気味な、拍手が鳴り響く…。

 

「ちょっと待て!! どういう事だ、隆史!!」

 

「 」

 

「何を呆けている!!」

 

 まほちゃんが、両手で俺の顔をはさみ、がっくんがっくんと、力いっぱい元気いっぱい揺らしてますね。

 ちょっとゴキッて、首が鳴ったけど…。

 

「姓が、尾形だと!?」

 

「 」

 

 混乱しているようだ。無理もない。

 みほは、みほで…またマバタキを繰り返し始めましたネ!

 それより二人共、同い年なのは気にならないのだろうかね!?

 

 俺? 俺は今…どうやって死のうかとオモッテマスヨ?

 

「いやぁ~…やっぱりこうなったかぁ…」

 

「しみじみ言ってんな!!」

 

 逃げ道が、駄女神しかないですね!

 その、将来の親達のやり取りを、ちほは覚めた目で見て…。

 かほは、オロオロしている。

 

「隆史…お前が聞いてこい…」

 

 若干血走った目を近づかせ…責任を取れとばかりに、迫って来ないでください。

 …いやいや。

 多重婚とかじゃ…ないとは思うけど…。

 日本じゃなぁ…絶対にないだろうしなぁ…。

 

 漸く解放された俺は、フラフラと娘達へ近づく…。

 足取りは重く、多分…いや、絶対にこの世界の俺は嫌われているだろうと、確信を持ったまま。

 

 …二人の前に立った俺を、その二人は、普通に見上げている。

 

 ……。

 

 …………よし。

 

「…あの…」

 

「なに?」

「なんですか?」

 

 

 

 なんて聞けば…。

 

 えっと…あ~…。

 

 

 ……。

 

 

 

「…君達」

 

「だから、なによ」

 

「……」

 

 

「パパンの事、好き?」

 

 

 

 はい、襟首を掴まれました。

 はい、引きずられてますね。

 はい、まほちゃんですねぇ…。

 

「…私もお前に対して、怒る時は怒るぞ? 隆史」

 

 いやぁ…結構、怒ってらっしゃいますよ? 次期家元様。

 はぁーはぁー息を切らすように、呼吸を繰り返しておいでで…。

 

 そのやり取りを、ジト目で見ている娘ズが視界にはいった。

 従姉妹同士でのやり取りは、あまりしな…。

 

()()()…なんか別人みたいね。父さん」

「…あれが、素の性格なんだね」

「そういや、この前の…最後の時に、あんな感じだったか」

「あぁ、そういえば」

 

 

 

 ……。

 

 …………聞こえた。

 

 

「ぬっ!? なんだ隆史! 急に立ち上がるな!」

 

 若干、興奮しているまほちゃんを無視し、迫るように二人の元に戻る。

 俺も変に興奮…というか、何というか…。

 まぁ、混乱しているんだろう。

 

 だから、真面目に意識しての……確認。

 

 

「な…なによ」

 

 その姿に、雰囲気の違う、目つきが少しキツイみほが…じゃない。

 まぁもう、いいや!!

 

「はい! まず確認! さっきの答えは!?」

 

「は? そんな事聞いて…分かった! 分かったわよ!!」

 

 少しずつ整理していかないと、おかしくなりそうだ。

 そんな迫る俺に、引いている娘ズ。

 

 そして多分、そろそろ俺は吐血する。

 

 …胃に穴が開いて!!

 

「父さんの事?」

 

「そう!!」

 

 二人の娘は、一度お互いの顔を見合わせ、答えてくれた。

 

「普通」

 

「普通ですけど…」

 

「っっ!!!」

 

 

 父親を好きか嫌いでの二択で、普通と答える辺り! それが普通だ!!!

 良かった! そう言ったって事は、少なくとも嫌われていては無いみたいだ!!

 気を使った感じはしないからな! ちょっとさみしいけど!!

 

 ……。

 

 ………って、事はだ…。

 

 仲が悪いって訳でもないし…。

 

 マジで重婚…。

 

 いやいやいや…。

 ここで、最後の確認…。

 

「えっと…ちほ?」

 

「なに? …そろそろウザイんですけど?」

 

「……」

 

 腕を組んで、疲れた様にこっちを見上げる。

 そのセリフ…。

 みほの顔で言われると…結構、堪える…。

 

「君のお母さんは、みほだよな?」

 

「だから?」

 

 …うん。

 年頃の娘の反応だ…。

 両手を降参…の様に上げて見せ、数回頷く。

 

 次だ…ここだ。

 

「かほ…」

 

「はい?」

 

「…君のお母さんは?」

 

 そう…あからさまに、まほちゃんの子供だ。

 だが、尾形の姓。

 どういうことだろうか?

 法律が、マジで変わったのだろうか?

 後は…………。

 

 ―が。

 

 そのかほからの答えが、予想とかけ離れたモノだった。

 

 

「どちらの、母ですか?」

 

 

「 」

 

 

 ど…。

 

 

 

 

「何を驚いて…あぁ…そういう事…か」

 

 ちほが、何かを察した様に…薄く笑った。

 だから、みほの顔でそれはやめて! ちょっと癖になりそう!

 

「私のお母さんは、そちら。尾形…じゃない、西住 みほ」

 

「なっ!?」

 

 あ…まほちゃんが、愕然とした。

 みほの苗字を、尾形と呼んだ時点で、確定した。

 

 …これは、みほの未来だ。

 

 娘達からすれば、それが普通。

 特に気を使う訳もなく、普通に言い放った。

 

 さらに…

 

 

「それで、ですね。そちらが、私の…()()()

 

 呼称が少し変わった…。

 まほちゃんが、しほさんを呼ぶ様に…お母様と。

 彼女の方向を向き、淡々と呼ぶ…。

 

 

「西住 まほ」

 

 

 

 これで何回目だろうか?

 胃に多大なダメージを与える、痛恨の一撃。

 そして、流れる静寂…。

 

 信じられない様なモノを見る目で、娘を見つめる…まほちゃん。

 

 ……。

 

 もはや、浮気とかそんな話じゃない…。

 どうなってんだ!? この未来!!

 

 みほは、口を押さえ、呆然とし、まほちゃんは、片手で目元を押さえている。

 二人共何か、ブツブツと呟いているが、俺には聞こえない。

 …何となく想像はつくけどな。

 

 駄女神は…駄目だ!!

 現実逃避で、どこか眺めてる!! なにがフォローするだ!!

 先程までの様に、補足しろや!!

 

 

 

「 補足します 」

 

 

 

 突然、後ろからの声。

 その、何度か聞いた事のある声に、一斉に振り向く。

 

 一人の女性が立っていた。

 

 薄紫のロングヘアーに、白と紺色を基調としたドレス? とでも言うのだろうか?

 白いロングスカート…どこぞの痴女神にも、見習わせたい清楚な格好…。

 

 正統派と言っても過言でもない、美女がいた。

 

「なによ。アンタも来たの?」

 

「…隆史さんのご希望でしたので。そんな訳で先輩? お帰り頂いて結構ですよ?」

 

「はぁ!?」

 

 …痴女神の不満な顔で、すぐにピンと来ました。

 なる程…。

 

 これがエリス様!!

 

「先程までの…もう一つの声。それが私、幸運の女神…エリスです」

 

 みほ達が、驚くなか淡々と自己紹介を済ませた。

 神々しくも感じる彼女に対しては、どこぞの駄女神と違い、すぐに納得したのだろう。

 

 うん…だが、俺の目は誤魔化せない。

 

 そう、あれは確かに。

 

 確かにパッ「…女神に対しての不敬は、厳しい対処をしますよ?♪」

 

「……」

 

 すげぇ、冷たい声で微笑んだ…。

 

「では、補足します」

 

「えっ!? ちょっ!! 私の仕事、取らないでよ!!」

 

「あ、エリス様。お願いします」

 

「なんでよぉぉ~!!」

 

 なんか…このやり取りが、お約束みたいになってきたな…。

 …はっ。

 シリアスっぽい雰囲気が、緩和できて丁度いい…。

 では…と、一言、補足が始まる。

 

「…この未来は、先輩が先程仰った様に、ある意味で最悪と言ってもいいです」

 

「ムッ」

「なによ? 最悪?」

 

 

 あ。

 

 エリス様の物言いに、娘達が少し、睨むように食いついた。

 まぁ、自分の世界を最悪だと言われれば、そりゃそうだろ。

 

「えぇ。最悪です。彼女達からすれば……最悪の()()()()()です。違いますか?」

 

「「……」」

 

 タイミング…強調したかの様に言った、エリス様の言葉に、二人の娘が食い下がった。

 なにか、納得出来る事があったのだろうか?

 

 

「でもぉ? タイミングが最悪って言うけどさぁ…」

 

「なんだ? 駄女神」

 

「なんですか? 先輩」

 

 話の腰を折るように、駄女神が呟いた。

 

「ある意味で、ファインプレーじゃないのぉ? 一ヶ月くらい前の、あの娘達なら…アンタ、助けて貰えなかったかもよ?」

 

「は?」

 

「あ…」

 

 エリス様が何かに気が付いたように、声を漏らした。

 

「西住 みほさんは兎も角、あの娘達…西住 まほさんの事、憎悪してたわよ?」

 

「……」

 

「…憎悪」

 

 俺だけでなく…まほちゃんまで?

 その言葉に、まほちゃんの顔が少し暗くなる。

 

 二人の娘は、その言葉に目を伏せていた。

 事実…なのだろうか?

 

 

 

 

 

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 -----

 ---

 

 

 

 

 エリス様の補足。

 

 この世界線は、みほとの世界線。

 やはり、20代で結婚をしたらしい…。

 ただ、それは円満だとは言い辛いものだった。

 

 そう、俺のせいで。

 

 勘当。

 

 縁を切った。

 

 すでに無関係。

 

 …とは、言い切れなかった様だ。

 

 昔程ではないとはいえ…西住家と、因縁浅からぬ流派。

 

 島田家。

 

 その血族。

 

 俺の事だな。

 

 どうにも良くある権力図。

 …家元の上。

 長老…とでも言うのだろうか?

 引退しても、権力を継続して所持をしている連中。

 

 …俗な名称、相談役。

 

 分家を含めた、隠居した連中が、俺という存在に食いついた。

 それなりに歴史の有る家柄…発言権は、今現在も絶大で…現役家元のしほさんすら、ねじ伏せたらしい。

 

 西住流家元…その次女とはいえ、島田の血族なんかとの婚姻なんて、論外。

 そう言い捨てたらしい。

 西住の家に、島田の血を入れたくない。それが理由…。

 後は、陰謀論ってやつか。

 勘当されたはずの、母さんの息子。

 その息子が、当時の家元…千代さんと、その娘と懇意しているという人間関係。

 

 …なにか、島田家が企んでいるのでは? ってさ。

 

 

「あれ…でも、俺とみほは、結局は結婚したんですよね?」

 

「え? あぁ、それは割と簡単に」

 

「はっ!?」

 

 重々しい雰囲気で語り始めた割に、あっさりと言い放った。

 何故か、ここでエリス様の雰囲気が和らいだ。

 

「私達、ここでの事は、お祖母ちゃんから聞いてる」

 

 ちほが、軽く手を上げて発言した。

 ……うん。

 お祖母ちゃんって…しほさんの事だろうな…。

 なんだろ…すごい複雑…。

 

「呼び出された、お父さんが西住流…それも偉い人達の前で、言い放ったんだって」

 

「うん…私も聞いた。色々と疑われ、散々責められてる中で、空気を読まない様な言い方で…って、お祖母ちゃん、今だに嬉しそうに言うね」

 

 なに言った俺…。

 空気を読まない言い方って…。

 

 

「えっと…『 西住家なんて、どうでもいいから、みほだけ貰ってく 』…だって」

 

「……」

 

「後、確か…その場で、お祖母ちゃんに宣言させたみたいだよね」

 

 宣言させたって…。

 何故か、嬉しそうに説明してくれる娘達に対して…困惑しかねぇ。

 なに!? その新しい、黒歴史! はずっ!!

 

「隆史さんは、どうも…反対の事をする様に、西住 しほさんに嘆願してあったみたいですね」

 

 反対の事?

 何と反対の事だ?

 

 エリス様の言葉に、少し考えてみた。

 俺ならどうする?

 

 ……逆…反対…。

 

 ……。

 

 

 そんな状況なら…そ……あ…。

 

 ちほの少し、楽しそうな声が答えを教えてくれた。

 

 

 

「お母さんと、西住家との絶縁の宣言…だってさぁ!」

 

 

 

 

 

 縁切り。

 

 絶縁。

 

 みほの勘当…。

 

 いつか…しほさんを説得した事…。

 

 それの反対…。

 

 勘当された者同士…グダグダ言われる筋合いなんて無いからな。

 両人、家筋なんぞ関係なくなる。

 

 なにか、楽しそうに喋る女神様と娘ズ。

 

 

「ま、それでも色々と言ってくる人は、それなりにいたみたいだけどさ、後は勝手に籍を入れちゃったんだってぇ」

 

 …。

 

 …………。

 

 そんな無茶をした為、母さんは破門になったらしいが、特に気にしている様子もないようだ。

 戦車に乗る事を禁じられたそうだけど、無視したらしい。

 なにか言ってきても、法律で縛られないし、何より腕っ節で、かなう人類がいなかった為に、好き放題を継続中…らしい。

 西住家を名乗る事は、出来なくなったらしいが、それも特に気にしてない…との事。

 

 オカン…。

 

「……」

 

 将来の自分のしでかした事…とはいえ、なにその行動…。

 恥ずかしさが先行するね。

 はしゃぐ三人を眺めつつ、当人のもう一人。

 先程から、一言も喋らない方がいますね。

 

 まぁ…複雑だろうな。

 

「…なんか、すごい事してるな…俺。なぁ? み…ほ…………ぉ!?」

 

 はい、様子を伺おうとした先…もう一人のご当人様が…。

 

「 ッ! っっ!!! 」

 

 …すごい、真っ赤になってますね。

 あ…あの…すっごい、目に涙溜めてますね…。

 

「ふっ!? た…隆史君! ちょっと今、見ないでぇぇ!!」

 

 目が合った瞬間…しゃがみこんで、ふさぎ込みましたね…。

 すごい、その反応は恥ずかしいのですけど…。

 

 む…俺のする事は……頭を掻く事くらいしか無いですね…。

 

「……」

 

 ま…まほちゃんを見れない…。

 その理由をそんな事で、誤魔化す…。

 

「はぁ~い。感動している所悪いけど…ここからよ…この男のゲスさは…」

 

 青いのが、なんか面白くなさそうに発言した。

 お前、フォローするって言ったよな? なぁ!!??

 

「…西住 まほさんは、そんな状況は全く知らないで、ドイツにいました」

 

「まぁ? だからといっても、全く帰らないはずがない。尾形 隆史がいるなら尚更。…それに日本人なら、お盆や年末とかで、帰国するでしょ?」

 

「…言葉にするのは、心苦しいですが……帰国した時に知るわけです……その現状を……」

 

「はぁ…ほっとんど、現状を知らせる機会も無いまま話がついてしまった」

 

「それに、余計な事で次期家元の勉学の邪魔をするなという、隠居からの妨害…」

 

「だからこそかしら? …ショックは、計り知れなかったと思うわよ?」

 

 交互で喋りだす女神達。

 駄女神ですら、多少は神妙な顔をしている。

 

 …多分、俺はその状況を想像してはダメだろう。

 そんな権利は無い。

 

 まほちゃん…。

 

 娘達は…あれ?

 固まっている……?

 心理的にではなく、物理的に…微動だにしない。

 

 まさか…。

 

「西住 みほさんは、お優しい方…そして、アマイ。…だからこそ許してしまう…いえ、しまった」

 

 唐突に出された名前。

 呼ばれた本人は、不意打ちだったのだろう。

 話を殆ど聞いていなかった様だ。

 少し、ボーっとしている。

 

 …違う!? みほも止まっている!!

 

「はぁーーーーーーーーーーーーーーー~~~~~……」

 

「な…なんだよ、駄女神…」

 

 頭を押さえ…心底呆れた…そんなため息。

 …うん、すっげぇ長いな。

 

「アンタの、色んな世界線を見てきたけど…」

 

「……」

 

「アンタの女性関係は、真面目な世界線と下衆な世界線の落差が、ひっどい…。大気圏から深海の海底程ね」

 

「…どうい「その娘達…誕生日の誤差が、一週間です。……しかも、同い年……意味は解りますか? 」

 

 言葉を遮ってハッキリ言った。

 呆れた顔で、顔を赤らめて…。

 

「ま…まぁ!? それなりのドラマは、あったのですけどね!!」

 

 そして駄女神は、顔を上げ…見下す目で、俺に対して侮蔑の表情で言い捨てた。

 

 

「この…クッッソ、ど変態」

 

 

「 」

 

 

 

 

 

 ―そして、時は動き出す。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

「あれ? 隆史君? どうしたの?」

 

「……」

 

 気を使って、俺以外には聞こえないようにしてくれていたようだった。

 動き出した瞬間、俺はどんな顔をしていたのだろうか?

 いきなり、心配されました…みほに。

 

「…隆史」

 

 まほちゃんにすら、心配する声をかけられ…

 

「……」

 

 ちょっと待て。

 

 声を掛けられた方向を見ると、まほちゃんが…いや! まほちゃんの顔が真っ赤に燃えてる!!

 今にも泣き出しそうな瞳…潤んだ…。

 

「……」

 

 なにか、喋ろうとしているのだろうけど…声がでないて感じか?

 

 はっはーーーーーー!!!!!

 

「あ、西住 まほさんは、通常営業よ?」

 

 駄女神が、ニヤけながら言いやがった!!

 エリス様は、驚いた顔で駄女神を見ている!!

 

 よし! てめぇの独断か!!!

 

「…………」

 

「ま…まほちゃん?」

 

「はっ…。女神達に経緯を聞かなくとも、私がどうしたか…簡単に想像ができてしまった…」

 

「っ!?」

 

「ならば、納得するほかあるまい? …まぁいい。だが、まだ現状の説明になっていないな」

 

 

 そうだな…。

 まだ…まだ……まだぁ。

 というか…なんか、俺って…見境がない…。

 

 自分自身に自信がなくなってきた…。

 

「…そのまま、ドイツへ戻った西住 まほさん…。全てを隠し、そんな体では休学する他ない。…そしてそのまま…ドイツで……」

 

「……」

 

 大分言葉を濁し、端折った。

 ちほ、かほがいる前という事も有るだろうな。

 まぁ…うん。俺でも流石に察することができた。

 

「……」

 

 …俺は……。

 

「…しかし、それもすぐにバレてしまう」

 

「ま、当然よね」

 

 島田との子供。

 しかも、次期家元が…更に西住に弓を引き、その妹を攫った男の子供。

 

 ……。

 

 激怒…それすら生ぬるい。

 西住家の完全な敵となる、俺…。

 

「…ま、後は簡単よね?」

 

「なる程…そうだな。あの老害共なら、殺害まではしなくとも…適当に養子にでも出して…あぁ、なる程な」

 

 まほちゃんは、何か予想が出来るのか…ひどく苦々しい顔をしている。

 

 そんな事をするくらいなば、かほの親権は俺に譲る…そういった運びになったそうだ。

 それに対して、みほはそれなりに悩んだそうなのだけど…まぁ…うん。

 結局は、それも許し…かほも、家族となったそうだ。

 

 娘達が、成長していく上で、しほさんもまほちゃんも、よく顔を出したようだ。

 まほちゃんは、母親だという事を隠して…。

 …いや……でも、週三で来るのはどうだろうか?

 

 その西住流そのモノのお二人様は、娘達にはデレッデレだったようだ。

 我儘させ放題だったらしい…それで、今度はみほと衝突したり…。

 意外だ…。

 まぁ、男でも自身の息子に厳しい人が、孫にはクソ甘くなる人がいる。

 しほさんも、その部類なのだろうな。

 

「ま、その流れも、あの娘達にバレるのだけどねぇ…」

 

「…は?」

 

「尾形 かほさん。…どうにも、実母に捨てられたと勘違いをした様で…その後、色々とありましたね」

 

「……」

 

 その言葉に、顔を伏せるかほ。

 捨てる…とは、違うだろ…。

 多感な時期とは言え…なんで、そんな考えに…。

 

「簡単に言えば、騙されたのよ。分家って奴の男にね」

 

「…騙された?」

 

 

 

 

 娘達からすれば、数ヶ月前の話。

 思春期が始まる時期だ。

 

 その頃までは、多少の歪みがあったものの、それなりに順風満帆。

 俺はなんか…日本戦車道連盟に、ほぼ強制的に就職させられた様で…。

 事務方とか、モロモロ…。

 まぁ、その方が西住家の動きが分かる為に、素直に働いている様だった。

 

 みほは、いわゆる専業主婦という奴らしい。

 こ…ここに来て、みぽりん…漸くまとも…。

 

 異母姉妹の娘達は、その事実は知っていたモノの、それなりに仲良くやっていっているみたいだ。

 かほ曰く。

 若干ちほが、シスコン気味で困っているらしいけどね…。

 

 その頃には、老害共が、高齢だった為、少しずつ数が減り…。

 実績を重ねていった、しほさんの発言力が高くなっていた。

 娘達への風当たりも、大分緩くなり、西住の名前を名乗らなければ良い…くらいにはなったそうだ。

 

 ちほ、かほ達にも、戦車道を本格的に、学ばせる為に黒森峰へと入学させた。

 しほさんの後押しも有り、割とすんなり。

 ま、血筋は隠さなければならなかったけど。

 

 別の事が、そこで発覚…。

 

 …娘達は、いわゆる天才だった。

 

 幼い頃から、現:西住姉妹と西住流家元の教えを、それなりに受けていた様で…。

 それぞれの特徴を生かし…なんというか…。

 

 ちほは、いわゆる…ヤンチャみぽりんが、そのまま成長したって感じだった。

 気が強く、攻撃的。

 しかも、西住流が根本に有り、みほの臨機応変さも兼ね備え…なんか、悪魔とか言われ始めているらしい。

 …なんかね? 容赦が全く無いらしいの…。

 相手のプライドをヘシ折る事に、生きがいを感じてんじゃねぇの? くらいに言われてるって!!

 

「は? 何が悪いのよ。るぅる内の事よぉ? 反則なんて、汚い真似はしてないわよ?」

 

 悪びれる様子もなく…ハッキリ言い切った。

 …何をどうするかは、聞かない方が良いのだろうな…。

 

 かほは、それとは対照的。少し気の弱い、まほちゃんって感じらしい。

 根本には、西住流。…簡単に言えば、迷いが一切無い、みぽりん。

 やはりこちらも、みほらしい戦術を得意とし…更には西住流の家訓を上手く取り入れていた。

 

 育ての親に似たらしく、お姉さん属性を持ったみほ…って言えば良いのか…。

 礼儀正しく、勇ましく…こちらはなんか、天使とか言われ始めているらしい。

 

「……ぅぅ」

 

 あらま、赤くなって…。

 なんか、弱々しく照れた、まほちゃん見ているみたいで…いいな!!

 

「んで、その分家の子供も、たまたま入学。そのせんしゃどーとやらで、ぼっこぼっこに毎回されてるみたいね」

 

「あぁ…なる程。僻まれたか」

 

「大人の方々は、当然その事を知っていましたしね…で、歪んだ情報を直接、吹き込まれたという事ですね」

 

「……」

 

 何を言ったか知らないが…そんな奴が、いるのかよ。

 って事は、現在もいるって事か…。

 

「しかも、若い頃…ま、現時点でのアンタ達ね。…どうにも西住姉妹…特に西住 まほさんに、かなり入れ込んでいたみたいでね…」

 

「…は?」

 

「よりにもよって、二人共まとめてアンタに取られたからさ! そりゃ腸煮えくり返るでしょうよ!」

 

「…言い方…考えろ、駄女神…」

 

 子供の前で、何て事言いやがる…。

 しかし、すでにそっちの話は、娘達の中では消化されているのか…。

 違う意味での侮蔑の視線を感じますね…。

 似てるなぁ…親子だなぁ…。

 

「…あいつか」

「……あっ」

 

 みほ達が、何かに気が付いたように…って、なに!? その顔!?

 二人共、眉間に皺を寄せ…すっごい嫌そうな顔してるよ。

 

「隆史が、転校した直後…やたらと連絡を寄越してきたな…そういえば。その頃からか…」

「お姉ちゃん。…私、あの人…嫌い」

「名前を出す事すら、虫唾が走るな…決勝戦の時にすら顔を見せぬのに、手紙一つで、何が応援していた、だ…気色が悪い」

「でも、見たくはないよね?」

「当然だ。…みほの方へは、お母様が完全にシャットアウトしているから、安心しろ。余計なモノは届かない」

「そうなんだ」

 

「……」

 

 …みほが…人を嫌いだと、ハッキリ言った…。

 あそこまで言うのって、初めて見るな。

 …本当に、どんな奴なのだろうか?

 

「―で、先週。その娘達の世界線での話…で、解決! 万事OKよ! 誤解も解けたわ!!」

 

 ……。

 

「ちょっと待て、駄女神。端折るな」

 

「いいじゃない! 解決したんだし! その子達の誤解も解けて、おーるぐりーん!!」

 

「いや…まず、娘達を騙くらかした野郎は、どうなったんだよ」

 

 いきなり始まり、即終わりじゃ消化不良だろうが!

 見ろよ! みほ達も固まっちゃったじゃないか。

 

「はい! じゃあ、補足は終わり!! 次行こうか!!」

 

「…おい、無視すんな」

 

「いやよ!! アンタ、絶対怒るから! 私関係ないのに、私に絶対怒るから!!」

 

「関係ないなら、怒んねぇよ! 何があったんだよ!」

 

「いや! アンタみたいな嘘つき、信用ならないわ!!」

 

 頑なに喋ろうとしない、駄女神…。

 くっそ!

 

「ふむ…流石に気になるな」

 

「……」

 

 援軍が来た!

 その軍の中から、返答があった。

 …結構、露骨に言いますね。

 

「あぁ、アイツね。アレは、父さんが潰した」

 

 潰したって…。

 

「うん…お父さん、すっごい怒ってた」

 

「勝手に父さん挑発して、勝手に怒らせて…勝手に勝負挑んで、負けて潰れた。間抜けよね」

 

「うん」

 

「俺…なにしたの?」

 

「お父さんの知り合い総動員して、アイツが後に引けない状況した後に、派手に惨めったらしく、大衆の面前で無様な姿を晒させながら、蹴散らしたの」

 

 ……かほ。

 君も、結構言いますね。

 

「いつもお母さんにセクハラして怒られてる、父親に見えなかったわ!」

 

「」

 

「うん、お母様にも結構それやって、怒られてるよね」

 

「」

 

「お母さんは、お尻」

 

「」

 

「お母様は、胸よね」

 

「」

 

「死ねばいいのに! このクソ親父!」

 

「…それは、嫌」

 

 酷い事と、嬉し事を言われた…。

 

「…勝負? ふむ…アイツだとしたら、少なくとも戦車道だろう?」

 

「うん、そう」

 

「未来の隆史は、戦車を扱えるのか?」

 

 あ…そうだ。

 俺、あんな鉄の箱、運転出来ねぇ。

 

「できないよ? だから…」

 

「だから? 隆史は何をした?」

 

「あっはっは! あれは私も笑ったわ!!」

 

 かほとまほちゃんの横で、ちほが爆笑した。

 少なくとも俺、そん時怒ってたんだろ?

 爆笑するような…。

 

「相手は、わざわざ母さんが乗ってた、Ⅳ号戦車持ち出したの! まぁ、流石に母さんの戦車じゃなかったけど」

 

「…やりそう」

 

 みほが、すっごい…なんだろう…生理的に受け付けませんって顔をした。

 俺…この顔されたら、多分立ち直れない…。

 

「父さんは…」

 

 なんだろう…知り合い総動員って事は…でも勝負か…。

 誰かに頼んで戦車に乗って…俺の事だから、装填手辺りか?

 

 

 

「ママチャリで、対戦車ロケット担いでたわ!!」

 

 

「「「  」」」

 

 な…ナニソレ?

 

「直接潰さなきゃ、気がすまないって言ってたわよ!?」

 

 面白そうに、笑いながら…なんかスゲェ事言ってるな…。

 つか、俺の事だよな。

 

「俺…戦車相手にどうやって、勝つんだよ…」

 

「なんか相手がさ、戦車ハッチから体全体出して仁王立ち。んで、父さんを戦車で追い回してたの」

 

「あぁ…あの馬鹿ならやりそうだな…。とにかく自己顕示欲が強いからな」

 

「そうそう、そんな感じの人だったね。だからかなぁ?」

 

「うん。お父さん、そこら辺の石を投擲して、その人を戦車から落としたの」

 

 …あ。

 何となく分かった。

 

「後は、混乱した戦車に、ママチャリで近づいて…」

 

「なる程…後は、ロケットか?」

 

「違うよ?」

 

「なに?」

 

「父さん、戦車に飛び乗って…ハッチから侵入して、車内の人達全員、力尽くで外に放り出したの」

 

「「 …… 」」

 

「後は、もう一つの武器…車内にポテトマッシャー放り込んで…」

 

「「 …… 」」

 

「中を爆破…そのまま、距離とってランチャーで止め……って感じだった!!」

 

「隆史!!」

「隆史君!!」

 

「もはや、戦車道関係ないね! 歩兵一人に、西住流がやられた。しかも! 相手ママチャリ! そいつの面目丸つぶれってね。もう、西住流名乗れないねぇ~ってね」

 

「ギャラリーも凄かったから…その人、実質的に終わった」

 

「よくやった! 隆史!!」

「ありがとう! 隆史君!!」

 

「……」

 

 嬉しそう。

 皆、嬉しそう…。

 

 俺、どういう顔すればいいのだろう?

 

 というか、この姉妹にここまで嫌われるって、余程だぞ? ソイツ。

 

 それに、そこまで俺がやるってのも、余程の事だけど…。

 

 

 

 

「なぁ、駄女神」

 

「なによ」

 

「俺、その男に何言われたの? 俺がそこまでキレるって、そんなにないぞ?」

 

「…」

 

「怒らないから!!」

 

「……ま…まぁ、あの子達に言葉にして、言わせるのも酷よね…」

 

 お、めずらしい。

 先行して気を使ったよ。

 

「ほらぁ…気が使える相手にゃ怒らないからさぁ」

 

「…私じゃないからね? 言ったの私じゃないからね!!」

 

「わかってる、ワカッテル」

 

「ほら、あの子達って、島田家…要はアンタの血を引いてるわよね?」

 

 …ハッキリ言われると、少々照れるな

 

「まぁ、そうだな」

 

「だ…だから…散々、高校生の頃からの事言って、罵って……」

 

「だからって…高校の時? それが、島田と関係が…」

 

「最後にあの子達、指を指して…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 雑種って… 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、隆史!!??」

 

「隆史君!!??」

 

「ほらぁ!!! やっぱり怒ったぁぁ!!!」

 

 

 

「あ~あ…。父さん、またあの状態になっちゃった…」

「まぁ、この事件のお陰で、お母様との関係性も分かって、誤解が解けたんだけどね」

「……」

「……」

「そろそろ、言われてた時間だよね?」

「そうだね」

 

 

「隆史さん!! 落ち着いてください! 終わった事!! 終わった事です!!」

 

「…人間……特に暴れる訳でもないのに……ここまでブチギレてる事が、分かるものなのねぇ…」

 

「先輩! いきなり冷静にならないで!!」

 

「…隆史君…」

 

「……隆史」

 

「ほっ! ほら!! 人殺しみたいな目してますよ!!?? 娘さん達見てますよ!?」

 

 …ムス……メ…

 

 

「…姉さん」

「何?」

「父さん…私達、生まれる前の事なのに…未来の事なのに、あそこまで怒って…馬鹿だねぇ」

「ふふ…そうね」

「まっ…良かったかな。あんな気の多いクソ親父でも。」

「……」

「……」

「…ま、昔から変わんないって分かって……良かった」

「変わらない。…お母さんとお母様…結局、この先もずっと三人なのね」

「……なんだろう。改めて、父さんって女の敵だって思い知らされた気もする…」

「私の将来は……お父さんみたいな人は、嫌だなぁ…普通に浮気しそう」

「はっはー! 私も嫌かなぁ!!」

 

 

 

 ……ぬ。

 

 手に感触がある…。

 

 

 

「ほら、母さんも」

 

「…お母様」

 

 

 

 

 

 

 ---------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

 光…。

 

 頭の中は真っ白だった。

 そりゃ、あんな事言われたら、ブチギレるだろう。

 理性がどうのって話じゃない。

 

 …俺、よくそいつ殺さなかったな。

 

 頭に登った血が、少し下がり…少し冷静になってきた。

 そこで初めて、繋がれた手に漸く気がつく。

 

 みほ。

 

 まほちゃん。

 

 円陣を組むように…丸く、繋がれた手…。

 

 

「…そういえば、何が最悪の未来だったんだろうか?」

 

「隆史君が、浮気する時点で最悪な気もするけど…」

 

 

 ……。

 

 光…。

 

 頭の中は真っ白だった。

 そりゃ、あん「誤魔化すな、隆史」

 

 

 

 …バレてた。

 

 

「タイミングが、最悪だと言ったのです。全てが丸く収まり…これからだって時に、隆史さんが死んでしまう…」

 

「…そりゃ確かにそのタイミングじゃ、俺としても、死んでも死にきれませんね…」

 

「あら、理性が戻ったのね。この嘘つ……睨まないで!!!」

 

 はぁ…最後の最後で…。

 

「…もう少し、話をしてみたかった気もするけどな…」

 

「まっ! しょうがないよね!! 父さんが全部悪いってのが、分かっただけでも良しとしないと!」

 

「うん。お父さんが悪い」

 

「……」

 

 みほに良く似た娘。

 

 まほちゃんに良く似た娘。

 

 どちらも愛娘…。

 笑いながら光輝いていく…。

 

「もう少し、私も話したかったけど…本来なら無理な事だし…」

 

「そうだね」

 

 いや…なんというか…。

 

「若い時点のお母さんが、こんな父さんのどこに、惚れたのか聞きたかった…」

 

 …ひどい。

 

「お母様の気の迷いを、正したかった……相手がお父さんじゃ…」

 

 ……何気に、かほって毒舌の気質あるよね!!

 

「…かほ」

「なに? お母様」

「……」

「……」

「ふっ…いや、何でもない。謝る場面じゃないだろうから…」

「そうだね…」

 

「えっと…ちほ…ちゃん?」

「なに?」

「…えっと……えっと…」

「……」

「え~~と…」

「えっとえっと言わない…。って、子供に言わせないで…」

「…ぅぅ」

「…なに?」

「ぉ…お腹出して、寝ないようにね?」

「………………」

「ぅぅう…気の効いた事が言えないよ…」

「…はっ…あははは!!」

 

 

 

 ―輝く。

 

 

 光輝く。

 

 

 

 

 最後の光。

 

 

 これで、終わり。

 

 

 

「じゃーね。パパ」

 

「さようなら。ダディ」

 

 

 

 うん、このタイミングでか。

 

 お前ら、確かに俺の娘だよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 全てが消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぬっ」

 

「あ…あれ!?」

 

 戻っていない。

 

 戻ってはいなかった。

 

 記憶もあるし、胃の痛みは絶賛継続中…。

 

 

 そこは、何もない空間…。

 

 そこには、俺と…まほちゃんがまだいた…。

 エリス様と駄女神が、こちらを無言で見ている。

 

 

「……」

 

「ど…どういう事だ?」

 

「…………」

 

「みほは!? …いないな」

 

 周りを見渡しても、何もない空間が続いている。

 まほちゃんだけが、俺と共にいた。

 

「ふっ……ふふ……ふふふ」

 

「あの…まほちゃん?」

 

「…」

 

「なんで、腕を組んでるんすか?」

 

「あの…?」

 

「隆史…」

 

「はい!?」

 

「誰もいないな…」

 

「……あの? いるよ? エリス様と駄女神が…そこに」

 

「……」

 

 一瞥すると、すぐに視線を俺に戻した。

 

「誰も…いないなっ!」

 

「いる!! いますから!!」

 

「……」

 

「な…ん…っ!? 何してんの!!??」

 

「……既成事実という、言葉があってだな…」

 

「聞いて!!?? 俺の話を綺麗に無視しないで!!」

 

 だから、先程までの娘達とかぁぁ!!!

 当たる!! すっごいのが、当たってる!!!

 

 

「あのぉ…流石にここでは、困るのですけど…」

 

「猿か何か、アンタは」

 

「助けろよ!!」

 

「…そっちの娘が、睨むから嫌」

 

「っっとに、使えねぇな! オメェわよぉ!!」

 

「カズマみたいな、言い方しないでよぉ!!!」

 

「知らねぇよ!! 誰だよ、そいつは!!!」

 

 なんだよ!

 

 知らねぇよ! 

 

 昔の男か!?

 

 シェ○ブリットか!?

 

 どちらにしろ関係ねぇ!!

 

 

 

「……チッ」

 

 まほちゃんの舌打ちも、そろそろ聴き慣れたかな…。

 流石に興が冷めたのか…腕を離してくれ…「冷静に考えれば…ここでは意味がないな…」

 

「……」

 

 い…や…まぁ…。

 

 

「では、隆史さん」

 

「はい!?」

 

 冷静になれる時間がない…。

 エリス様が、微笑みながら佇んでいるのは、絵になるから良いのだけど…。

 

 

「さて…すべての工程が終了しました」

 

「…はい」

 

 

 

「 今回は 」

 

 

 

 …ん?

 

 今回?

 

 

「…さぁ…後、何回有るのでしょうか…?」

 

「あの…どういう…」

 

「ここからですね…貴方と伴侶となる方が出る度に…この様な事を繰り返さないといけなくなりました」

 

「……え?」

 

 痛い。

 

 腕が痛いなぁ……まほちゃん?

 

 

「現時点でも……まだ……かなりいますよ? えぇ…いい加減にしてくださいね?♪」

 

「」

 

「はい、では隆史さん」

 

「…はい?」

 

「もしかしたら、隆史さんと一生の付き合いをする羽目になりそうですね?♪」

 

「なぁ!!??」

 

「…それはそうでしょう? 自信のタラシ度具合を猛省してください」

 

「あっ! 私は知らないわよ? 今回の事で、私の責任は果たしたんだしぃ…」

 

 自分は関係ない…そう宣言した駄女神。

 いやもう…いいよ、それで。

 多分、放っておくのが一番被害がなさそう…。

 

「先輩?」

 

 なんか…様子がオカシイ…。

 うん、エリス様が変だ。

 

「なによ」

 

「……」

 

「……な…なによ……」

 

「死にたいんですか?」

 

「なっ!?」

 

「現状、大罪を隆史さんに許しを得ている状態…つまり彼は、命の恩人…」

 

「し…知らないわよ!!! 一度許してくれんたんだから、それで…「却下されたらどうするんです?」」

 

「……」

 

 あ…あの?

 

「…やっぱりやめる。その一言で…無に帰しますね?♪ 先輩?」

 

「」

 

 いや…そんな事しませんけど…?

 面倒臭いから…。

 

「ひっ! 卑怯よ! アンタ!! どうせアンタの事だから! 欲望の限り! 私をりょ…「 先輩 」」

 

「…いい加減にしないと、怒りますよ?」

 

「」

 

 

 …どうしたの!? 

 駄女神に、突っ込みすら入れられなかった!!

 

「…西住 まほさんを残したのは、証人です」

 

「は?」

 

「女神…その神が、人間に貸しを作った…それを無視なさるのですか?」

 

「」

 

 なんか話が、勝手に進んでいくんですけど?

 あの…まほさん。

 くっつきすぎ…話聞いてますか!?

 

「さて、隆史さん。何か普段、身につけている物とかあります?」

 

「…はぇ?」

 

 いきなり話を振られたので、結構間抜けな返事をしてしまった。

 なに? どしたんですか!?

 

「…私の……神威の加護を与えます」

 

「なっ!?」

 

 なんだ?

 駄女神の方が驚いてんな。

 加護? 女神様の?

 

「エリス、あんた! 流石に越権行為よ!? 生物に加護!? しかも神威!? あんた、幸運の女神なのよ!?」

 

「…」

 

「処分されるわよ…」

 

「違います。生物では無く、隆史さんが普段身につけている物。大丈夫ですよ」

 

「……」

 

「ここまでされたのです…命ですよ? 人間に神族が、助けられたのですよ?」

 

「……」

 

「もはや沽券の問題です…。意地でも、隆史さんには幸せになってもらいます…」

 

「……」

 

「それに先輩。…エラーが発生したの気がつきました?」

 

「……はぇ?」

 

「……」

 

「んっ!? も…もちろんにょ!!」

 

 にょ…。

 

 噛み方…。

 

「何が起こるかわからない…これはおん…神としての維持です」

 

「…オイ、コウハイ」

 

 女神同士の言い争いは、聞いていてもよくわからん。

 加護?

 

「なぁ、駄女神」

 

「もう、それいい加減にやめて!!」

 

 うん、無視だ。

 

「エリス様って幸運の女神なんだろ? 加護っての受けるとどうなるの?」

 

「…相性が悪すぎる…下手すると、因果改変…」

 

「因果? あれ? それで死にかけてなかったっけ?」

 

「そうよ! あんた、その加護を受けた物持って、宝くじにでも行けば!? 1等以外は、引けなくなるわよ!?」

 

「は?」

 

「神威の加護。…最高峰の加護…しかも幸運!? 因果律すら捻じ曲げて、強制的にアンタの都合の良い未来へ持っていくわ」

 

「ふ~~ん」

 

「ふ~~んって、アンタ…」

 

 なんちゅーもんを…。

 因果律ねぇ…。

 

「エリス様」

 

「…決まりましたか?」

 

「加護って言いましたか?」

 

「はい…」

 

 なんか、覚悟決めた顔してる所、申し訳ないのですけど…。

 

 

「 拒否します 」

 

 

「「 はっ!? 」」

 

 

「うん、いらね。余計なお世話です」

 

「…え? は?」

 

 拒否をされるとは、思っていなかったのだろうか?

 えらく驚いた顔をしている。

 

「い…いらない? 拒否!?」

 

 

「うん! 邪魔!!」

 

「」ジャ…

 

 何を驚くのだろう…。

 転生特典を蹴った俺だぞ?

 

「そんなもん受け取ったら…今までの未来の子供達と、誰とも会えなくなる」

 

「……ぁ」

 

 そう、そんなモンが無い世界。

 例え、大洗学園が無くなって……別世界線とやらに向かったとしても…。

 チート最大級の加護なんぞもらったら…それらが全て消えてしまう。

 

 何より…。

 

「運ごときで、俺の努力…主に筋肉が!!! 無駄になるのは御免被るな!!」

 

 努力…。

 

 報われない事もあるだろうな。

 

 いや、ほぼ人生なんて報われる事があれば…それこそ運が良い方だ。

 

「後…将来の嫁さん。婿になるかも知れないけど…運が良かっただけで、一緒になったなんて言いたくない」

 

 全てが運。

 

 幸運。

 

 いらん。

 

 そんな毒。

 

 麻薬と同じだ、そんな物。

 

「運が悪くて死んだ…それならそれでも良い。原因があれば、それを潰すだけです」

 

「…な…なんでこっち見るの!?」

 

 駄女神、お前が悪運だからだ。

 

「そういう訳で、余計な事するな、駄女神2号」

 

「駄女っ!!??」

 

 はっはー。

 アンタも結構、抜けてそうだしな。

 

 ……。

 

 …………。

 

「…隆史」

 

「えっと…なに?」

 

「ふふ…それでこそだ」

 

「なにが?」

 

 なんか…まほちゃんが嬉しそうに…。

 

「いだだだだ!!??」

 

 腕を決めるっっ!!??

 

「…いや。複雑だな」

 

 なにが!?

 

 

 

 

「…分かりました。ですが…それでは…私はどうしたら…」

 

「えー…」

 

 なんか、落ち込んだ顔した。

 少々顔が暗い…。

 あれだ…これは、ケイさんの時と何か似てる…。

 

 いやぁ……。

 

 

 なんか、気を使うの嫌になってきた。

 長時間…それこそ何年も付き合いがある感覚が、彼女達、女神に感じる。

 

 だからこそ。

 

 敢えて、言おう。

 

 

 

 

「…………めんどくせぇ…」

 

 

 

 

「はい!?」

 

「…いいよもう。これからも迷惑かけそうだから、それでいい。もうそれでいいだろ?」

 

「あの…なんか、口調が…」

 

「エリス、あんた真面目なのは美徳だけどな。いい加減にしろ。鬱陶しい」

 

「」

 

「俺が良いと言ったんだ。それで終わりだ。ケイとは違ってガキじゃないんだ。わかるだろ? 察しろ」

 

 

「…た…隆史?」

 

 

 素を出す。

 

 腐っていた前世。

 

 それなりに謳歌した現世。

 

 どちらも俺。

 

 混じり合って丁度いい。

 

 両方を知る人物だ。

 

 いいだろ。

 

 

「今の俺が不敬と言うなら、好きに罰しろよ。知った事か。…俺の人生に関与したんだ、最後まで面倒見ろ。それ良いだろ?」

 

「………しかし…」

 

 プライドだろうか?

 まだ濁す。

 

 言葉を濁す。

 

 

「じゃあ、何か? 神様が、人間ごときの言う事を聞く? 俺の女になれって言えば、なるのか?」

 

「おんっ!?」

 

「ならなねぇだろうが。なれないだろう!? ……いや…ほんっっっと面倒臭い…俺、元々インドア気質なのに…隠キャラなのに…」

 

「」

 

「はぁ。そういう訳で…もういいですか?」

 

「…分かりました」

 

 少し…なんか、微妙な顔になったな。

 

()()で、良いのですね?」

 

「ぁ~、はいはい。それで良いです」

 

 もう、何でもいいから帰してくれ…寝たい…。

 

 いや? 寝てるのか。

 

「た…隆史?」

 

「あ? すまん、まほ」

 

「まっっ!?」

 

 何を驚いているんだろ…。

 あぁ、久しぶりだな。

 呼び捨ては。

 

 まぁいい。

 

「これが、俺の素だ…多分。嫌か?」

 

「い…いや…」

 

 少し…今までの子供達を思い出した。

 胃が痛む。

 

 違うな…もっと、根本的なモノだ。

 

 だがそれ以上に…安心する自分がいた。

 

 …なんでだろうな?

 

 あぁ…くっそ…。

 

 

「あんた…やっぱり、魅了とかのスキル貰ってんじゃないの?」

 

 駄女神がうるせぇ。

 なんだその顔。

 つか、なんだそのスキル。

 

「まっ! …いいわ。もう少し付き合ってあげる」

 

 いらんなぁ…エリス様だけでいいや。

 

 

「…じゃあーね! クソ女っタカシ!」

 

 なんだ…?

 

 視界が…。

 

 薄まる視界。

 

 まほが…光り輝いた。

 

 …俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《    受諾完了    》

 

 

 

 

 

 

 突然、無機質な声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

 

 

 …。

 

 和室。

 

 和室!?

 

 

 ……あぁ、そうだ。

 

 引っ越したんだった。

 比較的に、学校に近い。

 

 いやぁ…職場に近すぎるのって、すぐに呼び出される可能性あ有るから嫌なんよな…。

 

 ……。

 

 5時前か。

 

 目覚まし…あぁ、初日じゃこんな物か。

 

「……」

 

 なんか、言葉が浮かぶ…。

 

 浮かぶ?

 

 言葉?

 

 なんの…。

 

 エラー…。

 

 二人の子供…。

 

 子供…?

 

 誰の…俺の……子供……。

 

「……」

 

 なんの冗談だろう。

 

 はっ…。

 

 さて、飯作るか。

 

 昨晩、下拵えは済ませてあるからな。

 

 3人分…違うな、5人分だな。

 

 来るんだろうなぁ…あの二人…。

 

 まぁ、歓迎はしよう。

 

 問題ない。

 

 みほも、慣れてきた様な感じはしたし…。

 

 なんだろう…。

 

 次?

 

 次ってなんだ?

 

 そんな呼びかけがあった感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノンナさん…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の顔が浮かんだ。

 なぜだろうか?

 

 ……。

 

 まぁ…今から来そうだし…。

 携帯…。

 

 メールが来ている。

 

 ……。

 

 寝ぼけてんのか?

 

 寝起きじゃ……あぁ、寝起きだ。

 

 寝ぼけんなぁ…。

 

 

「…くぁ……ぐっ」

 

 

 あくびを噛み殺し、携帯を確認。

 届いているメールを確認する。

 …いやぁ…うん。

 連絡くれるだけありがたい。

 

 多くは望むまい。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、来るってメール来たし…。

 

 

 

 

 

 

 作るか。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 違和感がすっごい。

 無意識に顔を触る。

 

 ……。

 

 

「あれ…?」

 

 

 

 

 

 

 なんで俺…泣いてんだろ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《 お父様? 》

 

 《 お父様 》

 

 《 お母様? 》

 

 《 お母様 》

 

 《 お父様? 》

 

 《 お父様 》

 

 《 お母様? 》

 

 《 お母様 》

 

 

 

 《 どちらかが、消えるね? 》

 《 仕方がないよね? 》

 

 

 《 選ぶのは、お父様? 》

 《 違う?  お母様? 》

 

 

 《 消えないかもしれない? 》

 《 消えないかもね ?   》

 

 《  error  》

 《 ERROR? 》

 

 《 選ぶのは、誰? 》

 

 《 MIHO? 》

 《 MIHO  》

 

 《 彼女が私を殺し、貴方を生かす 》

 《 彼女が僕を殺し、貴女を生かす 》

 

 

 《 梨里寿? 》

 《 威里寿? 》

 

 《 リリス 》

 《 イリス 》

 

 

 《 少し休もう 》

 《 多少の休息 》

 

 《 もう少し 》

 《 あと少し 》

 

 

 

 

 タダ…

 

 

 

 

 

 

 《 《    アノ女ハ、イラナイ     》 》

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

はい…うん。

まほVerの未来編は後々。
一番最初に浮かんだのは彼女。
大洗存続後は、その内…。

世界線別の子供は、基本的に全て名前は、同一となります。
性別が異なる場合は、別ですけどね。

ちほ、かほの世界線は、続きがあります。
本来のプロト…というか、最初に書こうと思った作品。
隆史(夫)が死亡し、本格的に壊れてしまったみほを、再起させるべく、
大人になったアンコウチームを、黒森峰に在籍している、みほの子供が、再結成させて、何とかみほを戦車に乗せて、子供達チームと試合し、復活をさせる…的なストーリーでした。

元々は、転生物では無かったのですね。

はい! バッドかグッドか良くわからない未来。

次回は…愛してるゲーム。

で、本格的に閑話…日常会が終わります。

はい、ブペ子さん。オファーですよ。


ありがとうございました


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劇場版編
第01話 新生活です!


はい、お茶会書こうかと思ったんですけど。
愛してるゲーム、本編に絡ませようと思ったのでちゃんとした劇場版編になりました。
また嘘つきました! すいません!


無機質な廊下。

人によっては、ごく普通の病院廊下。

人によっては、ひどく暗い病院廊下。

 

警察病院。

 

面会時間が過ぎ、外で待っているであろう秘書の元へ向かう。

私の足音だけが、廊下を鳴らしている。

ちょっとこんな夜に面会だなんて、真面目にお仕事している方達には、ご迷惑でしたかね?

ですが、まぁ勘弁してください。

忙しいのですよ、私は。

 

ここの所、時間に追われる事が増えてきました。

 

しかしまぁ…面会時間が、5分…忙しないですね。

まぁ? 本来ならば、容疑者である彼への面会なんて、本来は不可能でしょうが…。

随分あっさりと許可が、でましたねぇ。

あの病室にも警察官同行でしたが、まぁ有益な5分でしたねぇ。

彼らも何かしら情報が欲しいのでしょうか?

そうですよねぇ? 下手したら殺人幇助に当たる訳ですからねぇ。

 

さて。

 

ロビーに到着し、玄関を出るとタクシーの様に、私を出迎えてくれる真っ黒な公用車。

見計らっていたかの様なタイミングですね。

 

いつまで経っても開かない車のドア。

 

「……」

 

あぁはいはい。

自分で開けますよぉ。

 

「…私、聞いてませんよ? 今回の事」

 

「今回? どの事でしょうか?」

 

車内へ入り、腰を落ち着け、車のドアを閉めた瞬間。

口を尖らせた秘書から恨み言を言われました。

いやぁ…そういった仕草も相まって…、成人女性に見えないですねぇ、相変わらず。

 

「こんな場所に用があるなんて…次の予定に間に合わなくなるじゃないですか!」

 

「相変わらず、囂しいというか、なんというか…」

 

そんな事ですから、結婚相手の一人も見つか…。

 

あぁはいはい。セクハラになりますね。

声に出していないのですから、良いではないですか。

 

「はぁ…なんでまた、あんな男を見に行ったんですか?」

 

見に行った。

会いに行ったと言わない辺り、この娘も相当あの狒爺がお嫌いですね。

 

「あの日の接待で、切れたんでしょう? 病状を心配する様な、間柄でもないでしょうし…」

 

「いやぁ…貴女、結構冷たい事を仰りますね。一応、心配しましたよぉ? ですからの面会ですしね」

 

えぇ…心配しました。

 

本当に意識が無いのか。

その確認。いやぁ…見事に意識がありませんでしたね。

流石にあそこで、意識が無いフリなんて、出来ませんでしょうし。

 

死んでいてくれたら、非常に助かったのですけどねぇ…。

私がしたのは、情報を与えていた、だけですからねぇ。

そんな事でも、あの爺の口から漏らされでもされたら、少々面倒臭い。

 

勝手に揉めて、両者共倒れ…それが、理想でしたのに。

 

誰か、親切な方が、あの男に繋がれた機材の一つでも、配線引っこ抜いてくれませんかねぇ?

 

……。

 

……………あぁ、いましたね。

 

あの病院にもう一人。

親切な方か、どうかは知りませんが、黙秘を貫いているようで…。

怪我したお陰で、まだあの場所にいられる様ですが…ただのチンピラですし…使えますかね?

いや、しかしここで変に動いて…こんな小さな事で…

 

「…あの局長」

 

「ん…んん? はい、なんでしょう?」

 

「今からの会議って、本来なら学園艦、廃艦の為の打ち合わせですよね? 大洗学園の大会優勝でこの話も無くなって…実質謝罪に向かうような…」

 

「何を言っているのですか?」

 

文科省上層部の連中は、「西住 みほ」に、目をつけた。

まぁ、そりゃそうでしょう。

未経験者が、まともに戦車戦ができるようになるまで…約半年程でしたか?それを、わずか一カ月程度で戦力として動かした。

しかもあの戦車、それでも素人集団の寄せ集めで、並居る強豪を牛蒡抜き。

最終的には、自身のお家。黒森峰…西住流すら撃破し…優勝。

その指揮能力、統率力から何でもそうですけど…まぁ、これからの事を考えれば、喉から手が出る程欲しいでしょうね。

 

「……」

 

何を浮かない顔を…あぁ~…なんですか?

この子も、あんな与太話をまともに受けていたのでしょうか?

 

「本来なら? いえいえ。 廃艦の為の打ち合わせ、そのモノですよ?」

 

「え?」

 

「貴女いい加減、私のやり方くらい覚えてほしいものですよ?」

 

何を意外な顔をしているのですか?

 

「たかが、女子高生達の口約束? 私が守るはず無いじゃないですか…あぁ、失礼。口約束は守りますよ?」

 

えぇ守ります、守ります。約束ですからねぇ。

 

…そう。シテイレバナ。

 

「え…あの…でも……」

 

「何です?」

 

「なら放っておけば良かったじゃないですか…なんでアソコまで…」

 

何を愕然と…。

教育局ですけど…貴女そんな子供思いの性格でしたか?

なんでしょうか? あの子達に、感化でもされましたか?

 

「何がです? あぁ…大洗の生徒達ですか? 最後になるんです…夏の思い出作りくらいは、させてあげたいじゃないですかぁ」

 

キラキラに光輝く、慈悲の笑顔…で、答えた所で…。

 

「これも教育デスヨ? それに教育長局長の私ですよ? それが全て、子供達の為です。彼女達の将来を思えばこそですよぉ」

 

あ~…その目は、信じてませんねぇ。

 

「で…では、尾形 隆史の事は…。あんな犯罪スレスレの事までして…一介の高校生にする事じゃありませんでしたよ!」

 

あぁ…あのガキ。

 

「犯罪? 人聞きの悪い事を言わないで下さいね? あの件については私達は、何も知らされていません」

 

「え…?」

 

車が静かに止まった。

 

「そうそう…あの男が意識不明だなんて、つい最近まで知りませんでしたよねぇ? ですから、ただあの男の指示に、私は従っていたってだけですよぉ?」

 

「……」

 

「それが結果的に、犯罪行為に加担させられていたっていう…むしろ私達も被害者なのですからぁ…気にする必要はありません」

 

「っ!?」

 

目的の場所…会合という名の接待会場。

今からの事を考えると、面倒臭いったらないですねぇ。

しかしまぁ、私に取ってはチャンス以外の何物でもなくなりました。

そう考えると少々、楽しみになってきました。

 

「私にとっても良い方向へ転がっていますし…。逆に欲しくなりました」

 

「なにがですか…?」

 

「これから、この戦車道界隈は、騒がしくなりますよぉ? ですから、私も欲しいのですよぉ…潤滑油って奴が」

 

「潤滑油…?」

 

初めは目障りでした。

えぇ、それこそ夏のヤブ蚊の様にブンブンと。

しかし…あのたかが、チンピラ風情の事だけで、西住、島田両家を動かし…。

 

「…いいですか? これは…これからは、ビジネスの話になっていきますよ?」

 

「ビジネス?」

 

次世代のスター選手との濃い繋がりをも、持っている。

それこそ、国内プロの初代選手となりうる娘達と。

 

…いいですねぇ。

 

おまけに…上から目を付けられた「西住 みほ」選手の恋人。

今はまだ、飛び級していたとしても、お子様ですが…島田流次期家元の天才少女すら、あの男の為に労を惜しまない。

 

行く行くの将来を考えれば…。

 

選択さえ間違はなければ……。

 

まぁ、それはおまけの様なモノですがねぇ。

 

なんにせよ、上からのお達しの第一目的は「西住 みほ」の将来の確保。

あの男も同時に確保できれば、安泰ですかねぇ。

その逆でも、スムーズにできそうですねぇ。

 

 

「いやぁ…楽しみですねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

うん…はい。

帰ってきました、我がNEW自宅。

 

和風家屋というだけあって、まぁ…引き戸の玄関。

開けた瞬間、昨日までとは別のお宅になっておりました。

 

うん…下駄箱の上がさ…やたらと豪華になってるの。

 

花で。

 

あと、ボコで。

 

一つ大きな花瓶に、綺麗に生けられた花。

それはいい。

その下に、小さなボコの置物が、ズラァ…っと並んでるんだぁ。

 

ふぁんしーですね。

 

これって、あれだ。

前にコンビニの前にあったガチャで、みほが無表情でひたすら回していた奴だ。

いやぁ…コンビニの前に、ガチャが設置されてるってあんまり見ないんだけどね。

何故か、大洗には有るんだよなぁ…駄菓子屋とかならよく見るけど…。

 

「あ、やっぱり隆史さん。お帰りになられましたか」

 

玄関真正面にある、二階に続く階段から華さんが下りてきた。

 

「はい、少し遅くなりましたけど…みんなは?」

 

「違います!」

 

「…え」

 

「まず初めに言う事が、あると思うのですけど?」

 

…え? え? なんだろう…。

 

「ここは、どなたのお宅ですか?」

 

あ~…あぁ。

そういう…結構こだわる方なんですかね? この人は。

 

「た…ただいま」

 

「はい! お帰りなさい♪」

 

笑顔で言われた…。

なんだろうか…久しぶりに、こういったやり取りが、妙に心地良い…。

 

「みほさんより、早く言えました…ウフフ…フ…フ…」

 

「……」

 

はい、すこぶる良い笑顔で、つぶやいてますね!

そのまま、華さんに促される様に、しほさんの説教していた広間へ。

はい、一番奥の一番広い和室。

そこにみんな集まっていた。

 

「あ、隆史君、お…おかぇ…」

 

みぽりん、顔赤いっすよ?

普通に言ってください。逆に恥ずかしい。

 

「はぁ…やっと帰ってきたな書記」

 

「あ~隆史君、お帰りぃ」

 

「隆史殿、ご帰還ですね」

 

はい、皆さんただいま。

なんだろうか…このハーレム状態。

 

……。

 

…………。

 

やめよう…考えるのは…意識できるだけしない様にしよう。

優花里も沙織さんも、今は普通に話しかけてくれるし…まぁみほの事もあるだろうから。

うん…普通に。

 

「で? どうでした?」

 

「ん? なにが?」

 

優花里がすっごい笑顔で、睨んでくる。

…器用な事するなぁ…。

 

 

「    紐    」

 

 

「……」

 

 

「まさぁか、私だけ、被害者って事は…アリエマセンヨネ?」

 

と…飛ばすなぁ…。

 

「ま…まぁ…はい。うん…何度か死を意識しましたけど…」

 

「……」

 

「…写真は?」

 

「……業者の方が持って行きました」

 

嘘です!!

 

「……」

 

「……」

 

「…なぁら、良いですけど」

 

な…なに!? え!? 優花里さん、そんな…顔……目っ!? え!?

今までの態度と、ちょっと違いませんか!?

 

「えっ…とっ!!! みんな、手伝いありがとな!? 飯食った!?」

 

よし! ごまかそう! 勢いで別話題に!!

一応、メールでは今の…15時位にはなりそうだと知らせておいたのだけど…。

結局、ホテル出たのが14時頃だったしな…。

 

「はい、皆さんで済ませました。大方、片付けも済みましたし…今は休憩中ですね」

 

「…隆史君、これから大変だよ? ……華の食事は」

 

「さっ! 沙織さん!!」

 

あ~らま。赤くなっちゃって。

まぁ、気にする事無いのにな。

軍資金はあるから…あのクソ親父から貰ったって言わない方がいいな。

 

「沢山食べるのは、健康な証拠ですよ。気にしませんよ? 食べてる華さん、見てるの好きですし」

 

「すっ!?」

 

「「「「……」」」」

 

あ…あれ?

 

「で…で。今、どんな状況? みほ?」

 

「…部屋割り決めてるよ」

 

「…タラシ殿は、一階の和室でよろしいって聞いてましたし…、西住殿と五十鈴殿の部屋割りだけです」

 

「ふっ…ふ~ん…」

 

な…なんだ?

 

えっと…2階の部屋は、全部で3つ。

2階は女子で固め、1階は俺と言う事で、ほぼ決定。玄関からすぐ近くの和室…。

おじいちゃん、おばあちゃん部屋っぽいなぁ…感覚的に…。

ちなみに1階は、この広間含め、3部屋。

全て和室だね。一番奥の大広間の横の和室は、客間扱いで良いだろう。

 

…多分、この3人他…絶対に何人か来そうだしね。

まぁ女性の場合は、二階の空き部屋を客間あつか……い…。

 

「あぁ、そうだ。言い忘れてた」

 

「なに? タラシ君」

 

……。

 

沙織さんにすげぇ自然に、笑顔で言われた。

ま…まぁいいや…。

 

「この家ってさ…空き部屋あるだろ?」

 

「あるね」

 

「他に住みたいって人いたら、住まわせる事って可能かなぁ? って思ってさ」

 

「「「「「 …… 」」」」」

 

「へ…変な意味じゃなく!! しほさんに、ここの家賃聞いたら4人だと綺麗に折半できそうだったから!!」

 

すげぇ、疑いの目で見られてますね!

 

「…まぁ…人に…よるかな」

 

「そ…そうですね……みほさんが、宜しければ…私は……」

 

あ…なんか、くらい顔…。

いやさ! ある程度人数いた方が、健全…

 

「タラシ殿は、おバカですねぇ…」

「書記は、本当に一度死んだほうが良いと思うな」

「はぁ…」

 

……。

 

「ちなみに…誰? どこの女の子?」

 

「お…限定かよ!」

 

「違うの?」

 

「違うわ!!」

 

すっごい、ハッキリ言われた…。

 

「いや…バランス取るために…そうだな…中村か林田あた「「 却下 」」」

 

…。

 

みほと華さんの声が、ハモった…。

 

「無いです。アリエマセン。はい、この話は終了です」

「無いですね。男性とか余計にアリエマセン。はい、この話は終了です」

 

「……」

 

めっちゃ目を見開いてる…。

女の子じゃダメで、男でもダメって…。

いや、男友達…俺、他に林田くらいしかいないけど…。

 

 

「あの…「「 終了です!!! 」」」

 

「いや…会長から、朝言われてさ。なんか余りにも不安だから、あと一人は、住まわせる様にって…」

 

「「 …… 」」

 

「3人じゃほぼ同棲だから、4人なら同居だって認めたげる! って、引きつった笑みで言われたのよ」

 

どういう違いかは、良くわかりませんがね。

 

「あぁ…あれじゃない? 昨日の華の…その…生徒会室での話…」

 

「……ぁ」

 

なんだ?

沙織さんの思い出したかの様な声に、華さんが…。

 

「まぁ、会長の事だからねぇ…みぽりんと華…と、隆史君かぁ…。そりゃ心配にもなるでしょうよ…」

 

「…………チッ」

 

……舌打ちをした。

 

みほは、その事は聞いてないのか、良くわからないって顔をしている。

俺も良くわからな……い……あっ。

 

あれか!? 宣戦布告したってのか!?

 

「はぁぁ~なっ! 余計な事したねっ!?♪」

 

「……」

 

なぜ沙織さんが嬉しそうなのだろう…。

そして、なぜ華さんは悔しそうなのだろう?

 

「じゃあ、4人目は、ほぼ決まりじゃない?」

 

「「「「「 え!? 」」」」」

 

なんだ? 流れるように、沙織さんが陣頭指揮を執り始めた。

決まり? え?

 

「 麻子 」

 

「っ!? 私か!?」

 

「そうそう。朝も起こしてくれるだろうし…3食ついてくるよぉ?」

 

「……」

 

え…ま…まぁ、飯くらいなら喜んで作るけど…。

 

「お…男っ!! しかも書記と住めというのか!? この、私に!!」

 

「大丈夫よぉ、みぽりんと華もいるし…ねぇ?」

 

「え…ま……まぁ、麻子さんなら…」

 

「そうですね…麻子さんなら…まぁ…」

 

あ…あれ?

俺には聞いてくれないの? え?

 

「ほらぁ! 今住んでる所の家賃も上がったって嘆いてたじゃない。仕送りがどうのって!」

 

「そ…それはそうだが…」

 

「ちなみに隆史君。ここの家賃っていくら?」

 

……。

い…言っていい物だろうか?

まぁ…嘘ついても仕方ないし…。

 

「…4万」

 

「「「「「 …… 」」」」」 

 

「え…え? あぁっ! びっくりした。一人、4万って事…だよね?」

 

まぁそりゃ疑うだろう。

一人4万なら、そりゃ納得するだろう、逆に高いくらいだ。

 

が。

 

「いや、総額4万」

 

「「「「「 …… 」」」」」

 

「ほ…ほらぁ! ヨカッタじゃない麻子! 家賃1万だよ? 十分やっすいよぉ?」

 

「じ…事故物件じゃないか!! お化け屋敷だろ!? そうだろ!?」

 

「…ち…違うよ…タブン。みぽりんのお母さんが用意したんだし…その為じゃない?」

 

「そ…そうかもしれないが…」

 

「掃除していた時も、御札とか貼ってなかったでしょ?」

 

「……貼ってあったら、私はすでにこの家にはいない」

 

うん。

 

ごめん、マコニャン。

 

ハッキリ言おう。

 

ここ事故物件。

 

正直に言うと…この部屋以外に、気配が1つ。

 

すっごい濃いのが居る。

 

主に1階をさっきから彷徨いている。

悪意は感じないから、大丈夫だと思うけど…。

 

あれだろうな。

俺って転生した関係もあって、そういうのが感じやすいのだろう。

 

魂がブレているっていうのか…だからだろうか? 

そういうのに敏感な動物の類に、頗る嫌われる。

 

犬…好きなのに…。

 

前みほに、慣れているって言ったのは、その事ですね。

 

…口には絶対に出さないけど。

俺ってば、霊感あるんだぜ!? って厨二病患者っぽいしね。

 

まぁ、これもどこかに原因あるから、それをなんとかすれば…庭先かなぁ。

 

「そ…それに…おばぁ! そうだ! おばぁが、なんて言うか!!」

 

「……」

 

あ、沙織さんが徐に携帯電話を取り出した。

もはや傍観するしかない、我々。

 

「な…何してる、沙織…まさか…おい!」

 

喋っているのは、もはや目の前の二人のみ。

 

「あ、こんにちは。沙織です。お元気ですかぁ?」

 

「!?」

 

あ~…。

 

喋ってますねぇ…。

 

あ~~……。

 

事情を包み隠さず言ってますねぇ…。

 

 

「 OKだってぇ!! 」

 

「なぁぁぁぁぁ!!??」

 

な…なに? え? どうしたの沙織さん!?

えっ!?

 

「大丈夫だよ…麻子」

 

「待てっ! 沙織、携帯を…おばぁ!? おばぁ!!」

 

沙織さんの携帯を奪い取って、電話先のあの婆さんに叫んでいるマコニャン。

顔が…赤い…。

 

「みぽりんに迷惑掛けないように……私も…起こしに、行ってアゲルカラァ…」

 

そのマコニャンの背中に手を置いて…囁くようにマコニャンに声を掛けた。

 

「「「「 !? 」」」」

 

なんだ…笑い掛けているのだろうが…怖い…なんか怖い!!

 

「いいよねッ!? 隆史君!!」

 

「えっ!? あ~…うん、そりゃ勿論…」

 

「ほらぁ!!」

 

すっごい輝く笑顔になりましたね…。

 

「…それが…狙いですか…沙織さん」

「武部殿…昨日の今日でなにが……」

 

なんか、お二方が若干おかしいですね。

 

「どうしたんだろ? 沙織さん…ちょっと変よね? 隆史君」

 

「だなぁ…何を必死になってんだろな?」

 

「ねぇ?」

 

「…余り言いたくはありませんが……西住殿も結構、鈍感ですよね」

「そうですねぇ…私はやりやすくは有りますが…ここまでだと、良心が少し痛みます…」

 

何故か、二人してこちらを見てくる。

え?

 

「おばぁ!? 何!? 負けるな!? なにがぁ!? ひまっ……ごっぉぉ!! 切ったぁあ!!」

 

「はい、けってーーい!」

 

……。

 

家主を置いて、話が進んでいく。

さて…。

 

俺は俺の、宛てがわれた部屋を整理しに……逃げよう。

 

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

夕飯を振る舞い。

みんなが帰った後、俺は部屋で整理を続けていた。

まずはノートパソコンを使用可能状態にまでセッティング。

まぁ、配線を繋ぐだけだけどな。

ネットには、まだ契約していないので繋がれていない。

 

 

現在、夜の10時。

 

 

…さて、整理しよう。

 

 

マコニャンは結局、同居を渋々了承した。

何か華さんが、みんなに一言呟いた時点で、マコニャン以外の全員が同居を彼女に進め出したのが奇妙だったけど…まぁいいや。

彼女の引越しは、流石に後日。

 

それまでには…アレを何とかしてやるか。

 

はい、飯当番は基本的に週置きに変更。

俺とみほ。

華さんも作ると言ってくれたが…沙織さんの猛反対にあい断念。

うん…あれだ。皆まで聞くなと言われたから察しよう。

 

洗濯は、まとめてでも良いそうだけど、不可侵領域とやらが有るBOXができた。

はい、察しましょう。

炊事洗濯は、大体俺とみほは、出来るのだけど、華さんが苦手な様で…俺がなんか教えるって事で、俺の当番とセットになった。

若干、みほの頬が膨らんだけど、まぁいいだろ。

 

風呂は…俺が基本的に最後。

 

入った出たは、俺に報告が来るようになっている。

華さんが入る時は、大体みほがガードするから安心して! って、華さんに言っていたのが若干傷つく。

みほの時は…うん…覗かないよ?

というか、振りなのか? と、勘ぐる位に言われるので、なんかもう…どうでも良くなったから任せる…の一言で終了。

細かい取り決めは、追々だな。

 

…さて。

 

PCに熱が入った。

 

ファイルを開くと、画像がずらぁ…って並ぶ。

うん…まずは、優花里からだな。

 

さぁ…この撮影しゃ……

 

 

「隆史君!!!」

 

俺の部屋。

襖がスパーンと開かれた。

 

うん…目もくれないで…作業中ですよぉ…と、冷静に……操作……操作…。

もう少し、寝静まってからやるべきだったな。……うん。そうさぁぁ。

 

「 だ が じ ぐ ん゜ !!!」

 

パタンと。

泣きそうな声で、呼ぶ声に冷静に…極めて冷静にノートPCを畳む。

よし、あのSDカードにも暗証番号付けたし…これで大丈夫だ。

 

はい、では返事をしましょう。

 

 

「ノックぐらいしてくれ…みほぉぉ!?」

 

 

バスタオル一枚のみぽりんがいました。

 

あらまぁ…廊下がビッショリだね…。

はい、

 

「なんちゅー格好してんだよ!!」

 

「なんがぁ!! なんがぁいるぅぅ!!」

 

なんがぁ…泣くなよ。

俺の言うことも聞いてくれ…。

 

「こっち見てよ!!」

 

「取り敢えず、隠せ!! 体をなんか隠せ!!」

 

「っ!!」

 

少し冷静になったのか…ラッキースケベって奴だろうが…色んな意味で、そんな気になれないわ…。

心臓が…死ぬかと思った。

 

「お風呂場!! お風呂場にぃ!!??」

 

「どうしたんですかぁ…? あら、みほさん…大胆……」

 

「ちがっ!?」

 

先に風呂は済ませたのだろう。

みほの声で、寝巻き姿の華さんが、2階下りてきた。

 

……。

 

いやぁ…改めて思う。

 

一人暮らしじゃないんだなぁ…。

 

 

いいなぁ…寝巻き。

 

 

「わかった、わかった。んじゃ、俺が次に入るから…」

 

 

「ちゃんと聞いてよ!!」

 

「風呂場で、なんか見たんだろ?」

 

「そっ…そう!!」

 

「はいはい。取り敢えず、体拭いて…ちなみに華さんは、なんかおかしな事ありました?」

 

「お風呂場で…ですか?」

 

「なかった!? あったよねぇ!?」

 

あ~…歴女チーム宅での事から、どうにもみほもオカルト関係弱くなったなぁ…。

あんなの気のセイだって思ってりゃ楽なのに…。

 

「いえ…特に…隆史さんが覗きに来たくらいしか……」

 

「……」

 

「覗いてませんよ!! 確定ですか!?」

 

「…違う意味で、ビックリだよ隆史君」

 

怒りが恐怖を凌駕した瞬間って…奴ですかね…ハハッ!

 

「いやいや! みほ、お前なんかガードするとか言ってただろ!? いたんだろ!? 脱衣所に!!」

 

「…そうだけど。隆史君だし…」

 

「……」

 

「では、どちら様だったのでしょう? 脱衣所に誰かいたような…」

 

「……」

 

あ、みほの顔が青くなった。

はい、ではみぽりん。

 

「…ほら、体冷えるから脱衣所で体拭いてこい」

 

「!?」

 

「だってぇ? 俺、信用ないみたいだしねぇ? …ここに居るわ」

 

「ぅぅううう!?」

 

 

 

 

 

はい。

 

そんな訳で、一通りみぽりんをいぢめ抜いたので、風呂場にやってきました。

まぁ…ここに出るって事は、この外付近かなぁ?

 

驚きはするだろうけどねぇ。

 

頭を洗っている最中…特になんにも起こらねぇな。

はぁ…そんなモンだよな。

 

こちとら、ぶっちゃけた話…そんな事はどうでもいい。

今日、家に帰ってくる前に、一度学校へ寄った。

 

生徒会室だね。

休みだというのに、あのトリオからのお呼び出し。

今後の予定を聞いていた。

彼女達もほぼ寄っただけという事で、すぐに帰る手はずだったらしく、本当にすぐ終わった。

 

…頭が痛くなる内容だったけど。

 

取り敢えず、明日、明後日は何も無し。

普通におやすみ。

 

で…だ。

 

3日後が、問題だ。

 

どうすっかなぁ…。

 

つーか、スゲェ事考えるなぁ…会長。

 

 

各高校にオファーを出さねぇと…。

各学校…特に聖グロとプラウダの学園艦は、まだこの近海にいる。

というか、港に入れないって理由だけで。

 

…来るなぁ…。

 

カチューシャとノンナさん。

朝、絶対に来そうだなぁ…。

飯、一応用意しておくか…。

 

 

 

エキシビジョンマッチ

 

 

 

混合チームでの試合ねぇ…。

まぁ面白いとは思うけど、胃がキリキリ痛むのはなんでだろう?

 

電話で…知波単学園だっけ?

そこには、すでにオファーを取り付けたみたいだけど…。

残りの近海にいる連中には、3日後になるけど、また大洗に集合してもらう手はずになっている。

ダー様とカチューシャにも、了承は取れているみたいだけど…絶対になんかありそう…。

 

黒森峰は声を掛けられなかったみたいだね。

 

「……」

 

…一度、顔を出さないとな。

 

しほさんと、千代さんの元に、正式に。

今回の撮影会の時じゃ、余りにもついでっぽくって、失礼だったからなぁ。

 

決勝戦の時の事。

…ちゃんとお礼を言いに行こう。

また、しずかの所で、酒でも買ってくか。

 

…熊本行ったその時にでも、黒森峰に声をかけておこうかね。

エキシビジョンの参加の件を。

 

……。

 

まほちゃんに電話し辛い…からとかではない。

会場で会ったけど…プライベートで何言えば…。

 

あぁぁ…。

 

 

さて…後で考えよ…。

 

 

体を洗い、浴槽に入る為に風呂フタを開ける。

さっさと、入っちまおう。

 

「……」

 

いるな…。

 

なんか……。

 

う~ん…女かぁ…。

 

浴槽の中。

目には見えないけど、なんかいる。

なぜか、女だと感じた。

 

 

……。

 

 

いいや。知らん。

 

 

無視して片足突っ込む。

 

《!?》

 

なんか、驚いてるなぁ…。

なにがしたいか、わからんけど。

 

体全体を浸からせる…。

 

はぁ…染みる…。

まともに湯船って…浸かったの…久しぶりだ…。

というか…ほぼリフォームしてねぇか? 

しほさん…賃貸になんで金かけてんの?

 

…あ、ひょっとして、借り手がいないから、こういった所で…。

 

まぁいいや。深く考えないでおこう。

 

変な声がでそうだぁぁ…。

 

上がったら…どうしようか?

 

今日はあの画像ファイルの整理は…やめとこ…。

下手したら、また眠れんとか言って、みほが特攻かけてきそうだし。

 

《 !!?? 》

 

あ。

 

 

 

……気配が霧散したな。

 

ちょっと、胸元に違和感が有る。

…そうか、胸元の傷にでも触ったのか?

 

馬鹿だねぇ…。

 

あぁ…そうだ。

ちゃんと、アンツィオにもエキシビジョンの事、聞いておくか。

出店側での参加も可能ですよぉ…って。

 

あぁぁ…後、ミカ達だなぁ…。

アイツ等、探すだけで大変なのになぁ…。

 

 

あぁ…眠い…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あんた。なんて時間に電話、寄越すのよ。もう23時なんだけど…」

 

『すいません。メール苦手なモノで…』

 

「まっ…いいけど…」

 

『…ワンコールで出るとは、思いませんでしたけどね…』

 

「た…偶々よ!! で!? どうすんの!?」

 

『あぁ…うん、ちょっと熊本まで行く、用事ができたので…その時で良い?』

 

「はっ!? 来るの!? こっちまで!? 何の用………なに? また家元」

 

『そう』

 

 

 

「………………」ミシッ!

 

 

 

『ちょっと、今回の決勝戦の…あの事で、ちゃんとしたお礼をね? ……したく…って、なんで怒ってんの?』

 

「なんにも言ってないでしょ!?」

 

『いや…なんか、握り締めてなかった? 音が…』

 

「気のせいよ!!」

 

『…んん…まぁいいか…。で、どうだろうか?』

 

「…ちょっと不安ね…それだと…」

 

『不安って…なんで?』

 

「どこで、誰が見てるか分からないし…」

 

『……捜査網でもあるのでしょうか?』

 

「そうねぇ、その道中なら…大丈夫かしら…」

 

『道中って…どっかで合流するって事?』

 

「…いいわ、私も少し位は、行ってあげる」

 

『いや…金掛かるし…』

 

「行ってあげる!!」

 

『…あぁ…はい。アリガトウゴザイマス』

 

「そうそう、素直なのは美徳よ?」

 

『…何を怒っているのだろう…』

 

「というか、アンタ。今日は随分と暗いじゃない」

 

『いやぁ…ちょっと色々ありまして…そういや、エキシビジョンマッチの話って聞いてないの? 俺の会長から』

 

 

「……おれ…の?」ミシッ

 

 

『ごめん、ちょっと噛んだ。俺の学校の会長から』

 

「……」

 

『いや…本当に噛んだだけですけど…なんだろうか…電話越しに不穏な空気が…』

 

「…まっ。いいわ。隊長なら聞いているんじゃない? 私は知らないわ。というか、直接聞いてみればいいじゃない」

 

『いや…なんか電話し辛くて…』

 

「…私なら良いってこと? 甘く見られたものね」

 

『なにが? エリリンだと結構、気さくに声かけられて…』

 

「……舐めてんの?」

 

『違う違う。まぁ、なんつーか…エリちゃんとして話す事が、なかったからねぇ…』

 

「っ!?」

 

『まぁ? 少しづつでも埋めていこうかと…ん? エリちゃん? どした?』

 

「……」

 

『エリちゃんは…やめとくか?』

 

「……ゎよ…」

 

『んあ?』

 

「いいわよ! 別に!! というか、エリリンをやめなさいよ!! 最近、学校でその愛称が広まって迷惑してんのよ!!!」

 

『…あぁ……あ~。はい、んじゃエリちゃん』

 

「っ……」

 

『話戻すけど、どこで落ち合うの?』

「静岡!」

 

『…ぉ…ぉお…即答…』

 

「なによ…丁度中間でいいじゃない。新幹線走ってるし…」

 

『限定だなぁ…』

 

「で、どうなのよ…」

 

『いいけど…そうすると…早くて…明後日になりそう「それでいいわ!!」』

 

『……』

 

「なによ」

 

『…いえ』

 

「まぁ、カードの交換だけじゃ味気ないから? そ…その…」

 

『新幹線の切符取らんと……なに? あぁ、他県まで行ってそれだけじゃあな』

 

「……」

 

『……ん?』

 

「じゃ…じゃあ、その後……ちょっと付き合いなさいよ」

 

『なに? でーと?』

 

「なっ!?」

 

『別にいいけど?』

 

「なぅ!?」

 

『どうした?』

 

「…あ…あんた、みほと付き合ってんでしょ!? よくまぁ……そんな……で……でで」

 

『あの……いつもの軽口…なんですけど……』

 

「…そ…そうね。ああああんたは、そんな軽薄な男だったわよね」

 

『………………自重します』

 

「じゃ、明日…詳しい時間……調べて…メールで送る……わ…」

 

『明日? あぁ……もうこんな時間か…』

 

「そうよ…もう…き…切るわ…」

 

『分かった』

 

「……」

 

『……』

 

「……」

 

『……』

 

「…早く切りなさいよ」

 

『えっ!? あぁいや…こういったのは掛けた側が、相手が切るのを待つのがマナー…』

 

「いいから!!」

 

『…はい。では、ごきげんよう…………何怒ってるんだろ…?』

 

 

ブツッ

 

 

……。

 

で……

 

でー……

 

でーーー!!!!

 

なんで!? 何ニヤけんての!?

なんで、顔こんなにあっついのよ!!??

 

 

「……」

 

 

……。

 

軽口!!!

そうよ!! あの馬鹿も言ってた!! 軽口って!!

 

……。

 

…………。

 

 

 

な…何着てけば…。

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

次回はPINKになりそうです。


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第02話 日常? です!

 

どうだった?

 

それを涙目になりながら、繰り返し聞いてくるみほに対し、俺は一言。

気のせいだと、それを何度も繰り返した。

信じなければ見えていたとしても、いないと一緒だ。

な? だから何もないんだ。

 

昨日からの中途半端な睡眠時間の関係もあって、もう…寝たくてしかたなかった。

同居開始始めての夜…なんて、少し卑猥に聞こえるかもしれんが、俺には感傷に浸る余裕なんて、今回ありません。

それでも、なんとか落ち着かせ…今日は華さんと一緒に寝たらどうかと提案。

その言葉に渋々従う様に…2階へと階段を上がっていった。

 

ま、こうすりゃ今日は、俺の所には来ないだろうよ。

すまんな、みほ。

流石に今日くらいは熟睡させてくれ…。

4時間…4時間で良いから、本気で寝かせて…。

 

それでも23時頃、定例会議…? 戦車道チョコカードのトレードの話。

エリリンと、メールでのやり取りを何度かしている内に…なんかもう、リレーが面倒臭くなって電話を入れた。

なんか、すっごい怒っていたけど…ちょっと非常識な時間に電話してしまったからだろうなぁ…。

悪いことしたなぁ…。

 

ま、それはそれとして、決まったカード受け渡し日。

正確な時間は、明日連絡がくるらしい…が、まぁ多分明後日になるだろう。

 

……。

 

さっさと押入れから布団を引っ張り出し、寝る為にセッティングをする。

六畳間の部屋には、結構大きく感じてしまう布団。

もう何も考えたくないと、そのままダイブし寝転がると、すぐに電気を消して…。

 

……。

 

布団が少し、埃臭い。

アパートの時も、時間があまり無かった為に、放ったらかしだったからなぁ。

一度、しっかりと天気の良い日に干そうかね。

 

ボケーと、そんな事を思っていたが、横になったら、すぐに意識のブレーカーが落ちた。

 

 

 

……。

 

 

 

そして今は、朝の5時半…。

習慣というのは怖いもので、いつもの様に、自然に目が覚めた。

夏場という事もあり、窓から見える外は、すでに明るくなっていた。

2度寝をしても良かったが、朝食を作らなくてはならない。

いつもと違い、それなりの人数分。

 

ただ、それでも早く起きてしまった様で、まだ台所に立つのは早すぎる。

 

…さて、どうしたものかね。

 

あぁそうだ、マコニャンも来るし……アレをなんとかしておくか。

 

この家は、見た目は古い一軒家。

 

その新しい住居の庭周りは、まだ全てを見て回っていない。

ほっとんど、業者さんが荷物を運び入れている所を眺めていただけだったしなぁ…。

 

あぁ、そういえば。

それなりに広い庭先。

千代さんに言った、ほしい物がここに作れるかもしれない。

その確認も兼ねてぐるっと一周回ってみよう。

 

Tシャツとハーフパンツの寝巻きから着替える。

まぁ、寝起きのままボケーっとしていも仕方ない。

襖を開けて、見慣れない廊下を一瞥し、1階部屋の窓を開けて回る。

一通り済んだら、玄関から外へ…そこから庭先へ。

 

 

…俺の欲しい物。

 

畑。

 

普通に耕して、作ろうと思えばできるが、基本的に移動を繰り返している学園艦では、希望の物ができない可能性が高い。

日の当たり具合やら、湿度やら…。

しっかりした作物を作るのならば、ちゃんと腰を落ち着けた所の方がいい。

千代さん…まさか本当に、用意なんてしないだろうな?

…まぁ夢のまた夢だな。 無理だろう。

この庭先で作るとしたら、それはソレだな。

 

ふむ…。

 

庭の広さ的に、簡易的な畑を作るスペースは、申し分ないな。

やっぱりこの庭先に作ってみるか? 家庭菜園。

 

ピーマンとピーマンと……ぴーまん。

 

あ、後、トマトだな、うん。

 

……。

 

………ん。

 

ぶらぶら、家の周りを見て回っていると、簡単に見つけた。

 

うん、あった。

 

浴室の外側に続く、家の裏側。

外塀と家との間の、庭から続く奥…。

 

…地蔵。

 

小さな社の中の、小さな地蔵。

雑草に囲まれていた。

地蔵の前には、いつ備えられたかも分からない、土をかぶった皿。

供え物用だよな…これ。

 

はぁ…地蔵ねぇ。

一軒家の裏にねぇ…。

 

これだよなぁ。

 

黒く汚れ、表情すら分からない…いや、ちょっと悲しそうに感じた。

適当に雑草を抜き、その姿を露にすると……少し変な空気に変わったな。

あれだ…富士の樹海を彷徨っている時に感じた、どこか不穏な空気と同じ。

 

「…ちょっと待ってろ。綺麗にしてやるから」

 

ぼそっと呟くと、少しその空気が戸惑うように止まった気がした。

まったく…。

そりゃ、賃貸の一軒家の裏に、こんなのがありゃ、今まで住んだ人が偶然見つけたとして…ビビって何もしないだろうよ。

不自然すぎるし。

 

「…んじゃ、やるか」

 

あ、でも掃除道具ってどこにあったっけ?

まだ整理しきれていないので、探すだけで大変そうだ。

 

…買ってきた方が早いな。

アレの専用にした方が良さそうだし…。

 

そういや確か、近くにコンビニがあったな。

ここに来る途中に見かけた。

 

…たわしって、売ってるかな?

 

一度部屋へと戻り、サイフをズボンのポケットに入れる。

家の敷地を出ると、すぐその先にあるコンビニへと歩き出した。

 

「……」

 

コンビニマニアのみほに悪いが、コンビニってのは、俺は嫌いだ。

殆ど寄り付かない。

最後に入ったのは…戦車道チョコを買った時だけだな。

 

コンビニ…。

 

死ぬ前は、寄らない日はないくらいに通いつめていたっけな。

大のお得意様って奴だね。

 

…だから嫌いだ。

 

思い出すから。

 

朝起きて、会社へ向かう前に寄り、適当な朝食とタバコを購入。

会社が終わり、朝だか夜だか分からない様な時間に寄り、酒とつまみを購入。

これの繰り返しだったな。

 

毎日…毎日……何年も…。

 

あの店内の雰囲気、空気…やる気の感じられない店員。

 

 

っと。

 

黎い思い出に浸りすぎた。

 

危うく通り過ぎる所だったな。

 

…さて。

 

 

 

-------

-----

---

 

 

 

 

「……」

 

いやぁ…売ってるんだな、タワシ。

結構、日用品が揃っていた。

なんかもう…田舎のコンビニって感じだったなぁ…。

 

はい、そんな訳で家に帰って来ました。

 

現在、その購入したタワシで、お地蔵さんと周りの木製の社をガリガリと洗っております。

水を入れたバケツ。

購入した雑巾を、そのバケツと地蔵へと、何往復かさせていると…バケツの中の水が、すぐに真っ黒になる。

タワシ、雑巾…タワシ…雑巾…。

新品の真っ白い雑巾も、すでに真っ黒だ…。

 

雑巾ぐらい、古着やバスタオルで拵えても良かったんだけど…まぁ?

流石に地蔵に使うなら、新品の方が良いだろう。

 

しかし…なんで地蔵が、こんな所に…。

 

…。

 

どのくらい作業をしていただろう。

結構な時間、集中してしてしまった…。

 

「よし!!」

 

気がついたら、新品の歯ブラシを買いにコンビニまで走ったり…その他道具まで揃えて…細かい部分まで完璧に掃除をしてしまった。

あぁ…あんだけ汚れていると、綺麗になっていく過程が非常に楽しい。

ゾクゾクしますね! 黒いのが白くなると!!

 

……。

 

ある意味で、悪い癖だな…俺の。

時間を忘れてしまった…やべ…飯作んないと…。

 

さて、もういいだろう。

 

地蔵は本来の石の色を取り戻し…社は、古ぼけた味のある社へと変貌を遂げた。

お供え…まぁした方がいいだろう。

後でなんか持ってきてやるか。

 

……。

 

あの変な空気が、いつの間にか無くなってるな。

やっぱりこれだったのだろうか?

あぁ…いかん。

まだ汚れが残っていた。

 

「隆史さん? そんな所で、何してるんですか?」

 

再度、掃除の仕上げだと、雑巾でまた地蔵を磨いていると、華さんの声がした。

作業中の為、声だけで返事をする。

 

「華さん? ちょっと待ってくださいね?」

 

「え? はい…」

 

なんでここが……あぁそうか。

ここ狭い入口に、使い終わった掃除道具を置きっ放しにしていたな。

庭から見れば、すぐに気がつくだろうし、その入口からこちらを覗いた所、俺がいた…って所か。

 

「ふむ。これで完璧…」

 

よし…汚れはもうない…。

次は華さんだな。

この地蔵の事は、一応言っておいた方がいいか。

 

「すいません、お待たせしま…し…あれ?」

 

体を起こし、後ろを振り向くと…誰もいない。

庭へと続く道だけだ。

 

あれ~?

 

確かに華さんの声がしたんだけどな。

 

返事もしたよな?

 

あれ?

 

 

「もう、よろしいですか?」

 

「!?」

 

……。

 

うん…いた。

 

さっきは、集中していた為に気がつかなかったけど、立ち上がったら分かった。

すぐ横…真横おりました。

 

家の壁を隔てて…正確には、窓から顔を覗かせていた…。

ただ…。

 

「…で? 何をされていたのでしょう?」

 

「そ…掃除を…」

 

「……」

 

「……」

 

忘れてた…ここ、浴室の真横だ…。

はい! その浴室から、顔だけを出していた華さんでした!

 

「あの……覗きは、犯罪です…よ?」

 

「違います!! 掃除!! 掃除をしていただけです!!」

 

「ご希望であれば、多少考えましたのに…。いや…しかし、これはこれで…」

 

「何、言ってんですか!!」

 

そうか…朝シャンとか、するのか華さん。

いやぁ…うん、髪を洗っていたのか、濡れた髪をオールバックにしていた。

 

いいね! 濡れた髪!!

 

オールバック華さんとか、すごい貴重だと思うの!!

 

……。

 

とか思わないと、死ぬ…。

 

「と…取り敢えず…窓閉めてください…」

 

「あら。少し私も、大胆でしたねぇ」

 

笑いながら言わないで下さい…。

満更でもない様な言い方、しないで下さい…。

 

「あら? それは…お地蔵様?」

 

「えぇ…これを洗ってたんです…」

 

社から取り出していた地蔵を見つけたのだろう。

まぁ、こんな所にある地蔵なんて、不自然すぎる…っ!?

 

「体引っ込めて!! 窓から乗り出さないで!!」

 

溢れる!! 溢れるから!!

何とは言わないけど!!

 

「あら…ごめんなさい。お見苦しいモノを…」

 

赤くなって、また窓の中へと戻…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タカーシャ。……なにしてんの」

「…隆史さん」

 

 

 

ギャー!!!!

 

 

 

「玄関で声かけても、誰も出てこないから…こっちに回って来てみたら…」

「……タカシサン」

 

 

カチューシャを肩車したノンナさん。

2名様が、もう…ご来店なされた…。

 

玄関で俺が対応できなかったから、庭へと回ったのだろう…。

というか、躊躇無しかよ!!

 

今日、ここへ来るのは、初めてだよね!?

しかも、俺がいる所、なんでわかったの!?

 

「そんなの、ここに何か、いっぱい物が散乱してんだから…想像つくわよ」

「気配で分かります」

 

「……」

 

いや…もう…この癖、本気で治そう…。

 

 

「タカーシャ…覗きは犯罪よ? 本気で女の敵になったの?」

「カチューシャ。隆史さんも年頃ですから…ねぇ?」

 

 

い…痛い…。

二人のジト目が、非常に…痛い…。

 

 

「ノンナ。110番って何番だったかしら?」

「いち、いち、なな、です」

 

 

サラッと嘘を教えないでやってください…。

 

「大丈夫ですよ? 私は訴えませんから?」

 

「華さん!! やめて! ややっこしくなる!! つか、覗いてないです!!」

 

「むしろ、うぇるかむです!」

 

やめて!! なんで嬉しそうに言ってるんですか!!

 

…って……え?

 

はにかんだ笑顔をしたと思ったら…。

 

「ですから……私は、大丈夫ですよぉ?」

 

華さんが顔を、ノンナさん達、二人へと向けた。

 

「……」

 

「……」

 

 

あ…。

 

分かる…。

 

場の空気が変わった…。

 

「…なる程…。そういう事ですか」

 

「うふふふ」

 

うん…なんでか、ノンナさんと華さんが、睨み合ってる。

笑顔で目だけは笑ってねぇ…。

このままだと、膠着状態が続いてしまいそうだ!!

 

「取り敢えず…隆史さん」

 

「…はい」

 

ノンナさんが、その鋭い眼光を、俺へと移動させて来た…。

 

「もう一度、確認します。覗きですか?」

 

「違います!!」

 

「なら…その彼女を真正面から見ていないで…」

 

あ…うん…。

 

カチューシャを肩から降ろして、一言。

 

 

「せめて、後ろを向いたらどうですか?」

 

 

…ごもっとも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝起きて、危うくパジャマのまま、1階へ降りそうになっちゃった。

初日から自分の部屋でなく、華さんのお部屋にお泊りとか…。

もっと緊張や…。

 

うん、アレは忘れよう。

 

その事で、寝れそうになかったのに、結構普通に熟睡してしまった自分が、ちょっと嫌だ…。

ま…まぁ、一昨日は…誰かさんのお陰で、あまり寝れなかったしね。

 

仕方ないね! 

 

……。

 

華さんも朝って結構起きるのが早いのか、私が起きた時には、いなかった。

私が自室で着替え終わって、1階へと下りようとしたとこで、会うことができた。

お風呂に行っていたらしいけど…そうだね、私も後で行こう。

 

そのまま二人でやってきた一番広い和室。

多分、これからはここで食事を取る事が増えそうなきがするなぁ。

 

うん、だってもう、いたからね。

 

あはは…やっぱり来たかぁ。

 

「…おはよう、みほ」

 

「あ、うん。隆史君、おはよう…って、なんで疲れた顔してるの?」

 

「…大丈夫…うん。気にするな」

 

「う…うん」

 

なんだろうか?

その様子を見て、なぜか笑顔になった華さんが気になる…。

 

後…。

 

 

「お…おはようございます。カチューシャさん、ノンナさん」

 

「おはよう! ミホーシャ! お邪魔してるわよ!!」

「Доброе утро」

 

なんだろうか…。

引っ越したばかりだというのに…二人がいる、この光景に慣れてしまった…。

 

そのまま滞りなく、机に並べられた朝食をみんなで食べて…あれ?

 

なんでみんな、無言なんだろう…。

華さんとノンナさんは、見つめ合ってるし。

 

あ…やった。

今日はピーマン無いよ!

 

普通のご飯! 

 

…じゃない…。

ご飯の中に、スライスされたピーマン入ってる…。

 

「うぅ…」

 

「あ、みほ」

 

「…なに?」

 

「俺…あ、明日…というか、今日の夜から…」

 

「…なに? またどこか行くの?」

 

「……はい」

 

 

…ふ~ん。

 

 

「隆史さん、先ほど携帯電話を見て、驚いていましたから…それでしょうか?」

 

先程って、ノンナさん達、…いつ頃来たんだろう…。

まぁ! いいや! そんなコトヨリ!!

 

「…また、お母さん?」

 

「」

 

隆史君の手が、お茶碗持ったまま、固まった。

 

「け…決勝戦の時の事で…ちょっとお礼に…」

 

「……」

 

「後、ついでに人と会ってくる」

 

「……ふーーーーーん。今度はどこの女の子?」

 

「」

 

うん。否定しないなぁ。

私の目を見て話そうよ?

 

「そうですか。隆史さん明日は、いらっしゃらないのですね?」

 

睨んでないよ? 睨んでないけど、固まった隆史君へ、ノンナさんが声を掛けた。

 

「は…はい。多分、明後日くらいまでは掛かると…」

 

「そうですか…では、みほさん」

 

「えっ!? あ、はい」

 

私!?

 

「明日も私達は、ここへ来てもよろしいでしょうか?」

 

「え…隆史君いませんよ?」

 

「えぇ。そうですね」

 

「わ…私は構いませんが…」

 

「ありがとうございます。では、明日の朝食は、私が作りましょう。お台所、お借りしても?」

 

「え!? あ、はい!」

 

びっくりした…。

ノンナさんは、隆史君がいるからこそだと思っていたのに…。

 

「タカーシャ。いいの?」

 

「ん? いいんじゃないか? 友達同士で飯作って食うのなんて、みほも良くやってるし」

 

…とも…だ…

 

「みほ…なにを驚いた顔してんだ? というか、みんな…どうした?」

 

隆史君の発言に、ノンナさん意外が驚いている。

確かに、カチューシャさん達との関係性は、よく分からないモノだったけど…。

 

「…そうですね。みほさん」

 

「ひゃい!?」

 

「カチューシャと私。みほさんと、もっと親交を深めたいと思ってます」

 

「…え」

 

 

「 隆史さんとの事とは別に 」

 

 

あ、はい。

隆史君、目が死んでるなぁ…。

 

 

「そうね! ミホーシャは、数少ない私が認めた奴の一人なんだから! 強豪校と深い交流を持っておく事は、私達に取ってもプラスになるわ!!」

 

「―と、何やらカチューシャは、打算的な事を言っていますが…ただ単に貴女ともっとお話をしてみたいという、照れ隠しですのでお気になさらず」

 

「ちょっ!? ノンナぁ!?」

 

あ…はは…。

 

「でも…強豪校だなんて…」

 

「黒森峰ぶっ倒して…初出場で、優勝した高校が何言ってんのよ」

 

「そうですよ。無論、その戦車道に関しても、お聞きした事もありますし…お嫌でしょうか?」

 

「えっ!? いえ! 嫌だなんて…」

 

友達…。

 

他校に…友達…。

 

隆史君関連の事を考えたらアレだけど…。

正直、お友達が増えるのは…うれしい…。

 

「では、よろしくお願い致します」

 

「ふぇ!? あ、はい!! こ…こちらこそ…」

 

いきなり深々と頭を下げられてしまった。

釣られて、私も…お辞儀…。

こ…これで、友達になれたのかな!?

分からないけど…そうかな!?

 

「あれ…俺、とっくに友達だと思ってたのに…」

 

「隆史さん? この関係性で、よくそういった事をさらっと言えますねぇ?」

 

「やめて…華さん…」

 

……。

 

何とも言えないなぁ…。

 

「戦車道とその事に関しては別よ! それはソレ、これはコレ! 減り張りはつけないと!」

 

仕事とプライベートは、別けるのよ! って、カチューシャさんが胸を張っている。

…顔にご飯粒ついてますよ?

 

「…ノンナさん」

 

「隆史さん? はい、なんでしょう?」

 

隆史君が、その横でノンナさんへと耳打ちしている。

なんだろう?

 

「朝食の中に、必ずピーマンをいれてくださいね」

 

「ピーマン?」

 

隆史君!!

 

 

最初の時とは違い、カチューシャさん達と、結構話す事ができた。

今日も初めはみんな無言だったけど、一度話し出せば後は大丈夫。

それなりに楽しく会話が続いた…。

 

どうもプラウダ高校は、暫くの間、大洗に学園艦ごと停泊する予定らしい。

エキシビジョンマッチの為だと言っていたけど…初耳だよ…。

 

会長が企画しているらしいのだけど、お呼びがかかり、それに参加する為との事。

確定するまでは、夏休みを満喫予定…らしいけど。

勿論、戦車道の練習も欠かさないわ! って、また胸を張ってるカチューシャさん。

 

…うん、なるほど。彼女達とゆっくりと話して気がついた。

隆史君が、カチューシャさんを気に入ったのも、何となく分かる…。

 

「どうせなら合同練習とかも、面白そうじゃない? プラウダと大洗、各車輌の混合したチームとか」

 

「そりゃ面白いな。高校同士とかの共闘とかじゃなくて…個人車輌での混合チームね。突発した事態への対応とかの練習にいいじゃない?」

 

「突発した事態への対応?」

 

ノンナさんが、隆史君へ聞き返している。

でも…そんな事より…。

 

「ほら、何かしらあって、知らない者同士で徒党を組まないといけなくなった時とか…」

 

「殆どありえませんよ? 戦車道の大会は、基本的には各学校のチーム戦ですので」

 

「そりゃそうなんですけどね。臨機応変さを特に求められますから、良い勉強になると思いますよ?」

 

「…ふむ」

 

た…隆史君?

 

「例えば、隊長車輌を交換するだけで、結構、面白い事になると思いますよ? プラウダと大洗なら特に」

 

「どういう事ですか?」

 

「みほとカチューシャの交換。他のチームの癖は分からない…そんな中での戦闘…」

 

「……」

 

「加えて…カチューシャVSノンナさんも実現可能…」

 

「なっ!?」

 

あ、ノンナさんが固まった…。

 

「た…隆史さんが、意地悪を言います…」

 

あ~隆史君…そのノンナさんを見て…わっるい顔になったなぁ…。

 

「ちょっと待ってよ、タカーシャ」

 

「なに?」

 

「…それはそれで、面白そうだけど…副隊長がフェアじゃないわよ」

 

「ふむ?」

 

「大洗の素人副隊長と、ノンナの交換じゃレートが異次元よ。違いすぎるわ」

 

あはは…ちょっと、ひどい…。

 

「その異次元で、みほはプラウダに勝ったよな? みほに出来る事は…なんだっけ? カチューシャ」

 

「ぐっ…」

 

「決勝戦会場で、なんか言ったらしいよな?」

 

「できるわよ!! ミホーシャに出来る事は、私にも出来るわ!!」

 

「はっはー。そうそう! それがカチューシャだぁ」

 

「ふっ…ふん! 当然ね!!」

 

隆史君は笑いながら、カチューシャさんの頭を撫でている。

というか…流れ的に、その組み合わせが実現したら、カチューシャさんが断れない土台を作ってしまった。

 

落として上げる…のではなくて、煽って上げる…。

 

…会話の流れが自然すぎて、びっくりしちゃった…。

今更の再確認だけど…これが昔の隆史君…。

 

華さんも同じ気持ちなのかな? うん…何より驚いたのが…。

 

「みほさん…」

 

「…はい」

 

「隆史さん…。練習の事とはいえ…戦車道に関して口を出してるの…初めて見ました…」

 

「……」

 

そう、隆史君が…戦車道に関して口を出した…。

今ままで、作戦や車輌の事に関しても、余計な事を言うつもりは無いって…一切何も言わなかったのに…。

 

ちょっと…なんだろう…この気持ち。

モヤモヤする…。

あれ…ノンナさんが、私を見てる…。

 

「所で、みほさん」

 

「はい?」

 

「話は変わりますが…」

 

「え?」

 

「みほさんは、隆史さんの浮気同然の行動を、黙認するのですか?」

 

「ふぶっ!!??」

 

「ちょッ!? 汚いわね! タカーシャ!!」

 

あ、隆史君がカチューシャさん頭に手を置いたまま、硬直した。

 

「先程、隆史さんは暫く出かけるみたいですが…西住流家元に会いに行くのは、まぁ…流石に違うでしょうけど…」

 

……。

 

いや。

 

そこが一番、心配です。

 

 

「えっと…」

 

 

と、まぁ言えるはずもなく…。

 

何故か、華さんが隆史君を微笑みながら見つめている…。

誰と会うというのもあるけど…正直に言ってしまうと…嫌。

それに…隆史君は、私と立場が変わったら、どう思うのだろうか?

 

ただ、隆史君の場合、何かしらで動いている場合があるから…なんとも言えないのもあるし…。

 

「う~ん…あのな? みほ」

 

「…なに?」

 

固まった状態から、腕を組んで何か言い倦ねている。

なんだろう…。

まぁいいか。…の一言で、話し始めた。

 

「ええと、小学生の頃…といっても、低学年の時の友達、覚えてるか?」

 

「小学生低学年の時?」

 

本当になんだろう…急に。

 

エミちゃん、瞳ちゃん、千紘ちゃん。

小学生の時の友達って事は、この三人。

でも、低学年の時って事は、彼女達の事じゃなさそうだね。

 

彼女達と会うまで…友達……いなかったから。

 

「……」

 

えっと…なんだろう? まっすぐ見られてる…。

 

「本気で忘れてんのか…。まほちゃんは、覚えていたけど…」

 

「お姉ちゃん?」

 

なんでお姉ちゃんが…。

隆史君も知っている…? 私だけが知らない?

お姉ちゃんと隆史君と私の…共通の友達?

 

大体いつも一緒だったし…

 

「はぁー…。こりゃ、仲直りさせんの大変だ…。本人からすれば、まぁ……怒るわな」

 

「え? えっ?」

 

溜息をつきながら、うなだれちゃった…。

 

「ま、その古い友人に会いに行ってくる」

 

「う…うん」

 

「誰かとは言わない。自分でちゃんと、思い出してやれ。流石に可愛そうだ」

 

「誰か? 可哀想? あれ? じゃあ、私の知っている人?」

 

その言い方だと、今現在で会っているって言い方だよね?

あれ?

隆史君が一瞬、口が滑った…みたいな顔をした。

 

「…そうだな。何度か会って話もしてる」

 

「……」

 

「だから、彼女と会う本来の目的は、そっちだ」

 

「本来?」

 

「…あ」

 

なんだろうねぇ? 

少し、バツが悪い顔したァ。

彼女…やっぱり女の子。

 

……。

 

女の子の知り合い…昔一緒に…。

 

「き…気にするな! しほさんの所にも、お礼を言いに行くだけじゃないから! ちゃんと理由もあるから!!」

 

ナンダロウ? 

急に慌て始めたなぁ…。

 

「…お母さんの事は、聞いてないけど?」

 

「っっっ!!!」

 

掘ってるなぁ…。

一生懸命、掘ってるなぁ…。

 

墓穴。

 

「そういった訳で、浮気じゃない!! いや、第三者目線で見てみると、極めて怪しいけど!! 違うから!!」

 

「……」

 

何も言ってないのになぁ…。

まぁ、こういう言い方してるなら、多分違うんだろうな。

隆史君の、悪い癖みたいな行動かな?

 

「ま、早々に破局して頂くと、非常に助かりますがね…」

 

……。

 

 

ノンナさんの呟きが、聞こえた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやぁ~…久しぶりに平和な一日だった。

うん、朝の事は知らない。忘れた。

 

一頻り、まず地蔵の事を説明。

みほに言えば怖がるから…とも思ったけど、解決された理由を知っておけば、安心するだろう。

なんで地蔵があるかは、考えるなとは、言っておいた。

うん。田舎とかには、たまにあるからね。

 

さて、まずは食料問題。

今日の朝食で、食料が尽きた。

冷蔵庫の中身が無い。

 

…ま、皆でお買い物って奴だね。

カチューシャとノンナさんは、休みだといっても、まだ戦車道関連で、用事があるとかで帰っていた。

比較的に…良好な関係を継続できているのではないだろうか?

 

その後、みほ達3人で出かけた訳である。

 

なんだろうか…いつもは一人だったから、三人でスーパーへ買出しとか…ちょっと新鮮だった。

その買い物自体が、楽しいのかなんなのか。

みほと華さんが、終始楽しそうだったのが、ちょっと嬉しい…。

 

車があれば、もっと楽だったのかもしれないが、まだ学校に置きっぱなしになっている。

…どうしよう、あの装甲車(仮)

 

 

さて…。

 

 

エリリン…いや、エリちゃんの事とは別に、しほさんへと合う理由のもう一つ。

しかし、ちゃん付けは、俺の方が少し恥ずかしいな…。

 

はっ。

 

…学ラン赤T。

 

その内容までは、みほには言わない。

 

…言えるものか。

 

もう、あの姉妹には一切関わらせない。

 

だから、俺だけでいい。

 

すでに、あいつのお仲間も逮捕されている。

そいつらがどうなったか…というのも、聞いておきたい。

電話ではなく、直接…。

 

もう一つ…そいつらの協力者。

 

電話で会話した愛里寿の話だと、どうにも俺達の個人情報を知っているとの事。

そう言われて気がついた。録音された内容を思い出すと、確かにそうだったな。

 

「聞いた」 「教えてもらった」

 

そんな事を、言っていたな…。

 

 

あの爺……島田 忠雄…。

 

そして…その近くにいた…あのクソ七三。

 

あのエロ爺は、学ラン赤Tの家で発見されたって事だから、間違いないだろう。

だけど、意識不明にまで、なんかされているのだから、その後、継続しての協力は無理だろう。

特に、決勝戦の時なんかは、何も出来ないだろうし…。

 

そうなると、残ったのは…。

 

「……」

 

他の協力者の可能性も否定できないが、その線は薄いだろう。

 

後、残る懸念は…。

 

大洗学園の廃校の可能性。

 

あのクソ七三…絶対に約束なんて、守るつもりなんて無いだろう。

所詮は口約束。

何を思って、その口約束は守るなんつー録音データを、俺によこしたのかは分からない。

 

「…全く」

 

自然に意味のない言葉が、こぼれる。

また、柚子先輩に怒られるかもしれないけど…いや、怒られるなぁ…。

一人で動いてみようとは、思っているのだけど、今回の事ばかりは迷う。

 

優勝ムードに水を差したくないってのが、大半だけど…どうすっかなぁ。

杏会長には、もう少ししたら言ってみても良いだろうか?

このまま対策も何もなしにしていたら、結局後で後悔しそうだしね。

 

特に当事者達は、知っておきたいと思う。

 

…うん、帰ってきたらもう言ってみるか。

 

一度、戦車道関係者を調べてみるか。

特に、現状のしほさん、千代さんの立場を。

 

…水着撮影で燥いでる場合じゃなかったな。

 

学ラン赤Tと、あの七三。

何かしら接点がありゃ…弱みを…。

 

……。

 

…………はっ。弱みね。

 

やっぱり根っこの部分。

俺もどこかで、汚い大人が染み付いているのかね。

 

昔は考える間もなく、与えられた…というか、押し付けられた仕事をこなすので一杯、一杯だった。

今の心に余裕がある状況になると…どうにもその時の経験から、考えてしまう。

 

…。

 

ま。

 

汚い真似はしたくないが…綺麗事を言っていられる状況でも無い。

 

武器は、多い方が良いに決まっている。

弱みが出てきたら、使う使わないは、後々考えよう。

捕らぬ狸の皮算用…ってね。

 

まずは、行動だ。

 

 

おっと、もう21時か。

そろそろ寝ないと。

明日は、4時には起きないとな。

 

昼頃、一通のメールが届いた。

エリちゃんから…約束の時間の確定のお知らせ。

初め、新幹線で移動…とか考えていたのだけど、長距離を運転したくなった…。

 

あのマイカーの装甲車(仮)じゃ、無理だしね。

レンタカーを借り、車での移動に決めた。

 

…勿論、カードのトレードも目的だけど…。

やはり、みほとの事だな。

エリちゃんが、何を考え、どう思っているか…聞いておきたい。

多分…電話だと逃げられるからな。

 

…これもタイミング見て聞かないと、怒るだろうなぁ。

 

 

さて…そろそろ、風呂も俺の番だろう。

 

とっと入って…とっと寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…何か、忘れている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

はい、次回エリリン回、突入。


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第03話 密会かい… し で…隆史君…電話……出ない

第03話 密会開始 です!

……

開始です!!


 早朝4時頃に、暗いまだ不慣れな我が家を、できるだけ足音を立てないで出た。

 そのまま陸の24時間対応のレンタカーショップへと向かい、エリリン…じゃない。

 エリちゃんとの待ち合わせの場所…静岡県へと、車を借りて出発した。

 

 まずは東京まで。

 そこで車を乗り捨て、新幹線での移動と考えていた。

 

「あ゛~…」

 

 んでもって今は、高速道路…の、サービスエリア。

 そろそろ7時を回る頃、休憩の為にと立ち寄った。

 

 休憩エリアのテーブルで、サービスエリア特有の、自動販売機でそばを購入。

 朝飯として啜っていた。

 

 いやぁ…なんでだろうかね? 

 こういった所のこういう飯って、すげぇ美味そうに感じるのって。割高なのは分かっちゃいるけど買ってしまう。

 

 汁を飲み終えた後、変な声が出てしまった。

 うん、おっさんくせぇ。

 さて…そろそろ出発するかね…。

 食い終わったプラスチック製の器を、指定のゴミ箱へと捨てると、借りてきた車に向かう。

 

 この時間になると、その中の駐車場はそれなりに埋まっており、チラホラと家族連れが見える。

 結構、朝早いと思うんだけどな…。

 平日の7時なんかで、何でこんなに家族連れが…とか思っていたら思い出した。

 そうそう、世間一般では夏休みだよ…。

 

 …夏休み……ね。

 

 戦車道大会のお陰で、ほぼ動きっぱなし。

 あのクソ野郎の事でもほぼ動きっぱなし。

 んでもって、ガマガエル親父の事でも…。

 

 ……。

 

 言い方変えよう…悲しくなるから…。

 

 戦車道大会のお陰で、ほぼ動きっぱなし。

 みほとまほちゃんの事で、ほぼ動きっぱなし。

 愛里寿の事で、ほぼ動きっぱなし。

 

 うむ、これならば納得できるわ。

 

 でもなぁ…。

 普通、一般的な高校生の夏休みって、こんなのだっけ? 

 今更だし、もはや慣れたといば慣れたけどな。

 

 なんか、それらしい事をやっておきたいと、サービスエリアの家族連れを眺めていて、そんな事を思った。

 昔なんて、連休? 何それおいしいの? 都市伝説だろ? っくらいの枯れた生活だったし。

 

 今は彼女も正式にできて…リア充と言っても差し支え無いだろうと思える現状。

 夏休み…何かないのか? 高校生らしい夏休み。

 

 廃校は免れた…って言っても、それは表向き…杏会長が言っているだけ。

 あの七三メガネが、ご丁寧に高校生のガキとの約束…しかも口約束なんぞ、守る訳がない。

 昔の俺だったら、絶対に守らん。

 

 後半に入った夏休み…その内に何かしらしてくるだろう。

 先手を取りたいけど…俺だけだと今の内は、何もできない…。

 何かない物かと考えれば、結局はしほさんと千代さん…どちらかに協力要請をする事くらいしか、今は思い浮かばないしな…。

 情けない事に人任せ…。またあの二人に頼むしか手がないとか…な。

 

 …はぁ……。

 

 車に乗り込み、エンジンボタンを押す。

 低い音が鳴り響き、車に火が入った。

 レンタカーらしく、何も無い殺風景な車内…。

 

「……」

 

 あぁ違う違う。

 今は高校生らしい、夏休みの方だ。

 予定がない日だって、その内にできるだろうしな。

 みほにも、俺は彼氏という立場だし、何かしらしてやりたい。

 高校2年生。

 一番、青春とやらを味わえる年齢だ。

 

 …大洗学園に転校して来て、友達だって沢山できたんだ。

 思い出とやらを、作ってやりたいよなぁ…。

 

 …昔の俺は、どうしてたっけ。

 

 ……。

 

 あぁ…そうだ。

 

 人と極力会いたくなかったから、家に引きこもっていたっけ…。

 ネットなんて、まだ普及していなかったからな…。

 子供向けに、懐かしいアニメの再放送の特番見て…ゲームやってただけの一ヶ月だったね…。

 良く引きこもりにならなかったな…俺。

 というか、ブラックヤクザな会社だけど、そんな高校時代を経て、良く就職できたよなぁ…。

 

「……」

 

 やめよう…死にたくなる。

 

 今は、みほもいるしな…うん。

 

 ……。

 

 …ふむ。

 

 定番って言えば定番だけど…デートとやら…か? 

 

 してみたいものだろうか? …みほも。

 

 はぁ…まぁいいや。

 取り敢えず、こうして考え込んでいても仕方がない。

 

 ハンドルを握り、アクセルを軽く踏む。

 

 漸く動き出す車。

 先程まで眺めていた、家族連れの車の後ろにつく。

 サービスエリアの出口に車を向けた…ところで……。

 

 家族連れ…。

 

 家族…………。

 

 あ……思い出した。

 

 

 思い出した!! 

 

 

 …詩織ちゃんの事…忘れてた……。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ごめん! ください!!」

 

「…ごめんください」

 

 玄関先で、呼び鈴と元気な声が聞こえました。

 一人は沙織さん。

 もう一人は、あまり聴き慣れていない声ですね。

 

 昨晩、隆史さんが、また他県にまで出かけられると言われていましたので、彼はもちろんいません。

 一応と朝、隆史さんの自室へとお声を掛けて見たのですが、やはりおりませんでした。

 

 …元・お父様と同じにならないか、不安で仕方ありませんが…ね。

 

 あぁ、まずはお客様です。

 その彼の部屋の前を過ぎ、玄関先へ…。

 鍵を開け、お客様へと対応しましょう。

 

「おはようございます、沙織さん。詩織さん」

 

「おはよう、華」

 

「おはようございます!!!」

 

「…お…はよう…」

 

 あら、麻子さんもいましたね。

 また、すごい眠そうな…沙織さんに寄り掛かってますね。

 

「…眠い……」

 

 あ、はい。

 体全体で表現されてますからね…流石にわかりますよ? 

 

 もう一人の……沙織さんの妹さんでしたね。

 お話には聞いていましたけど、改めて見るとやはり似ていますねぇ。

 

「尾形さん、いますか!!??」

 

「隆史さん? おりませんが…?」

 

「……え」

 

 あぁ…沙織さんが、仰っていました。

 彼女…妹さんが不穏な事を考えていると…。

 

「もう、詩織…。隆史君、出かけるって言ったでしょ?」

 

「聞いてないっ!!」

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

「私、尾形さんに、今日行きます!! って、メールしておいたんだけど!?」

 

「いや、私に言われても知らないわよ。隆史君、メールだと内容見ても、ほとんど忘れるよ?」

 

「……はぇ?」

 

「面白いよね。電話で話した事だと殆ど覚えていて、文章として証拠が残ってるのに、メールだと殆ど忘れちゃうって」

 

「」ワス…レ……

 

 ……。

 

 ………。

 

「華…なんかその笑い方怖いよ?」

 

 あぁ、イケマセンネ…笑ってしまっては。

 

「忘れられた!? この私が!? 男の人に!? はぁ!?」

 

「あぁ、あんたモテたっけ。ざまぁみろ」

 

 …沙織さん。

 

「じゃあ今日! 私、何しにここへ来たの!?」

 

「いや、だから知らないって…勝手についてきたのアンタでしょ」

 

「じゃあ今日! お姉ちゃんは、何しにここへ来たの!?」

 

「な…何しにって…麻子の引越しの事で来たのよ。じゃなきゃ麻子、わざわざ起こして、連れてこないでしょ」

 

「……ぐっ」

 

 …あら。

 引越しの一言で、麻子さんの目が覚めたみたいですね。

 若干、顔に赤みが挿しましたし。

 

「昨日言ってた事? 空き部屋の事!?」

 

「そうそう。結局、麻子が住む事になったの」

 

「…………ぅぅ」

 

 あらあらあら! 

 この麻子さんは、見ていて可愛らしいですねぇ。

 段々と顔が赤くなっていきます。

 

「狙ってたのに! それで今日来たのにぃ!!」

 

「…は?」

 

「私、大洗学園に進学するつもりなの」

 

「はぁ!?」

 

「だから、先に住む場所、確保しておこうと思って…」

 

「き…聞いてない…私聞いてないんだけど!?」

 

「は? なんでお姉ちゃんに、私の恋路を一々言わないといけないのよ」

 

「こっ!?」

 

 は…ハッキリ言いましたね…。

 

「…隆史君、彼女いるって知ってるよね?」

 

「知ってるよ。西住 みほさん…だっけ? お姉ちゃんの友達」

 

「あんた…」

 

「それはソレ。コレはこれ。他の皆さんもそうでしょう? ただそこに、私が加わるだけぇ。そもそも、それ以前に、私が地元の高校へ進学して、一体何が悪いのよ」

 

「そ…それは……」

 

「ただでさえ、今後の事を考えると、陸に住んでいる私の方が分が悪いんだからさぁ、多少強引にでも行かないと印象にすら残らないと思うの!」

 

「……」

 

「それに尾形さんが、自分を追って私が大洗に進学して来た……って、思ってくれたら、ポイント高いかなぁって思って!!」

 

「…あんた」

 

 すっごい早口ですね…。

 沙織さんがたじろいでいますね。

 

「いやぁ…尾形さん、悪評がすごいよね。更に同級生と同棲って…でもね? 実際に会って話してみたら、全然違った。私の事助けてくれたし」

 

「決勝戦の時の事?」

 

「そうそう。その時は殆ど話せなかった…今日は結構、お話できると思ったのになぁ」

 

 すごい事を言う、妹さんですね…。

 本当に隆史さんが目的だった様で、一気にてんしょんが下がりましたね。

 えぇ…ものすごく露骨に。

 

「ま、いっか。何か別の手も考えよ。でも面白いよね、この関係性。隆史さん特にイケメンって訳じゃないのにさ」

 

「詩織! アンタ別の手って…」

 

 にやっと、妹さんがほくそ笑みました。

 一瞬…なぜでしょうか? 私を見て…。

 

「まぁ? まだ私、中学生だけど? 胸もおっきくなって来たし? 少なくとも若いよ?」

 

「…は?」

 

「麻子お姉ちゃんまで、落としているなんて正直、予想の範疇を超えてたけどさぁ」

 

「ちょ…ちょっと待て!! 何言ってる!! 詩織!!」

 

「あ~あ~、麻子お姉ちゃん。いいよ、別に言い訳は。麻子お姉ちゃんを昔から見てる私からすれば、即! 分かったしね」

 

「なっ!?」

 

「じゃなきゃさぁ。よりにもよって麻子お姉ちゃんが、他の人がいたとしても、男となんか住む訳ないじゃん」

 

「……ぐっ…」

 

 なんでしょう? 

 この子、喋る度に私を見てきますね…。

 いえ…それよりも、内緒にしているの、見て見ぬ振りしてましたのに…。

 それでも隠そうとしている所が、大変可愛らしくもあったのに…。

 

 …あっさりバラされましたね? 麻子さん? 

 

「ま、それでも麻子お姉ちゃんは、その辺貧相だし? 隆史さんがロリコンじゃなきゃ、スタイルで勝りまくってる、私の方が分があると思うの!!」

 

「ろりっっ!? …し…詩織ぃ!」

 

「え? なに? 私今15歳。バストサイズ、そろそろDに届きそうだけど!? え? 麻子お姉ちゃんいくつ? 言える? ん?」

 

「っっぐぅぅぅ!!!!」

 

 あら…。

 

「私が入学する時になったら、胸の大きさならお姉ちゃんにも匹敵すると思える程の、成長速度だしさぁ…ま、お姉ちゃんお腹回りの成長速度には叶わないけど」

 

「なあっっ!!」

 

「え? 二の腕は? んっ!? 摘んで……掴んでいい? 掴んでいい? 私? 摘むほど無いよ?」

 

「なんで言い直したぁ!!??」

 

 私も、掴むほどはありませんが…沙織さん? 

 

「…この中じゃ、五十鈴さんくらいかなぁ? まともに相手になるのって」

 

「「 …コノォォ 」」

 

 あら…それは、喜んで良いのでしょうか? 

 随分と明るく楽しそうに、お二人に喧嘩売ってますけど…。

 私には、何もないのでしょうか? ちょっとタノシミデシタノニ。

 

「ま、そういう事で、ポテンシャル的に見ても最低、そこの(笑)二人には、勝てると思うの」

 

「「 …… 」」

 

 あらあら…。

 すごい顔で、お二方とも詩織さんを見てますね…。

 あ、沙織さんがお腹を摩った。

 

 う~ん…流石に実妹だとしても、その言い方は、流石にどうかと思いますし…。

 ちょっと止めましょうか? 

 

 

 

「あれ? 皆さんどうしました?」

 

 

 …。

 

 あ、みほさん。

 いけません。結構な時間、玄関前で話し込んでしまいましたね。

 食事の片付けを終えたばかりなのでしょう。

 エプロンをつけた状態でいらっしゃいました。

 

「あの…取り敢えず、上がってください。お茶いれますから…カチューシャさん達も待ってますよ?」

 

 まぁそうですね。

 玄関先で話す内容でもありませんしね…。

 

「…詩織」

 

「なにかなぁ?」

 

 小声で話しかけたのでしょう。

 みほさんには聞こえなかったようです。

 姉妹というものは、こういうモノなのでしょうか? 

 

 いやぁ…睨み合っていますねぇ。

 

 あ、みほさんは、我関せずっといった雰囲気です。

 ほんわかした顔で、家に上がる事を勧めています。

 

「あ…っ。あぁ!! みぽりん。ノンナさんもいる?」

 

「えぇ、来てますけど…」

 

「ふむ…ねぇ、詩織?」

 

「だからなによ? お姉ちゃん」

 

「…アンタ。スタイルがどうの、胸がどうのって言ったけど…」

 

「言ったよ? だからぁ? 実際、お姉ちゃんが中学の頃より、今の私の方がスタイル良いし? 後、1年もすれば…」

 

「じゃあ来なさい。…私じゃないのが、悲しくなるけど……」

 

「は?」

 

「そして隆史君を取り巻く、全貌を知るといいわ。誰に…どんな人達にアンタが喧嘩売ってるのか…」

 

「…ん?」

 

「それで、そんな人達をなぎ倒したのが、みぽりん…」

 

「あの……え? お姉ちゃん?」

 

 

 

「絶望を知るといいわ」

 

 

 

 あらぁ…先行して、ずんずんと中へと進んで行きましたねぇ。

 詩織さんをノンナさんへと、会わせるおつもりでしょうけど…概ね、どうしたいかは理解致しますけど…。

 

「はぁ…私が、他の学校の人達の事を調べないはずないじゃない…。そこを人任せにして…はぁ…」

 

 それへと付いて行くわけでもなく、玄関前で立ちすくんでいる詩織さん。

 麻子さんは、沙織さんに掴まれて、すでに一緒に中へと消えて行きました。

 

「あれ? どうしました?」

 

「あら、優花里さん。おはようございます」

 

「あ、はい。おはようございます五十鈴殿!」

 

 玄関先で残されてしまった、私と詩織さん。

 その私達に、後ろから聴き慣れた声で、声を掛けられました。

 

 はい。優花里さんですね。

 

「あぁ、武部殿の妹さん…。おはようございます」

 

「おはようございます!」

 

 屈託のない笑顔で、挨拶を返しています。

 あれ? 先ほどの自身のお姉さんを気持ちのいい位に挑発していた、ちょっと意地悪な顔ではありませんね。

 

「…五十鈴さん」

 

「はい?」

 

 あら。

 

 なんでしょう? 個人的に話しかけられましたね。

 

「ごめんなさい。お姉ちゃん、普段から…と、いうか…昔からあんなんですし…」

 

「…え?」

 

「やっぱり、昨日発破かけただけじゃ弱いかなぁ…って、思いまして。まぁ? 昨日…その後なんかあったみたいですけど…」

 

 ……。

 

「特に麻子お姉ちゃん、こういった事に縁なさすぎ。うまく行くにしろ、ダメだったにしろ…経験は積んでいた方がいいと思いまして…」

 

 …………あぁ。なるほど。

 

「五十鈴さんにしてみれば、障害が増える…じゃないや。強化される訳ですけど…ま、そこは勘弁してください」

 

「ふふ、お姉さん想いなんですね?」

 

「いやいやっ!」

 

 成る程、成る程。

 二人を挑発していたのは、その為ですか。

 焦りやなにやら…気持ち的に勢いをつけさせる為ですかぁ…。

 変に照れていらっしゃるのか、両手をパタパタと、振っていますね。

 

 兄弟、姉妹。

 

 いない私にしてみたら、ちょっと羨ましいですかね? 

 

「……ま、その方が面白いし…」

 

「え?」

 

「いえっ! なんでも!!」

 

 小さく何か呟いていましたけど…一瞬、先程の少し悪い顔をされましたね? 

 なんでしょう? 

 まぁ、何時までもここにいても仕方ありませんし、家に上がりましょう。

 良くわからない。と、いった顔をしていた優花里さんへも勧め、奥で待っているであろう、そのお姉様の元へと向かいましょうかね? 

 

 

 玄関で靴を脱ぎ、廊下へと上がる。

 すると、詩織さんが今度は別の事で、声をかけてきました。

 

「…ここ」

 

 少し進んだ先、和室の襖の前で、彼女が止まりました。

 

「どうしました?」

 

 少し襖が空いていますね…直立不動になった彼女に、優花里さんが声をかけてます。

 いや…そこ。

 

「そこは、隆史さんの部屋です…っって!? えっ!?」

 

 言い終わる前に、躊躇なく、襖を開けました…。

 いや…それは少々、はしたないですよ? 

 

「…詩織さん。部屋主がいない時に、その様に勝手に…えぅ!?」

 

 私の声を無視…。

 何事も内容に、中へと入室して…んんっ? 

 …テーブルの上に置いてあった、畳んだままの、のーとぱそこんを、躊躇なく開きました。

 

「詩織殿!? 流石にそれはダメですよ!! プライバシーの侵害です!」

 

「あ、お構い無くぅ。私、子供ですから、まだイタズラで済みますのでぇ」

 

「見ている私達が、隆史殿に叱られますよ!!」

 

「いやいやぁ。結構、ヒントになるんですよぉ…こういったのはぁ…。秋山さんも知りたくないですかぁ? 尾形さんのぉぉ…」

 

「なんのヒントですか!!」

 

「あ~…尾形さん。フォルダにロックを設定しただけ…これは…急いで閉めたって感じかな? スリープになってたし……何か焦っていたのかなぁ? これ電源きらなければ見れますよ?」

 

「だから、まずいですって! 私達も怒りますよ!!??」

 

 優花里さんの言葉を、普通に流し、淡々とぱそこんを操作する詩織さん。

 

「パソコン自体にロックがかかってない…。それでこの状態じゃ意味ないなぁ」

 

 

「詩織さん…」

 

 

「大丈夫ですよぉ。部屋を家探しする訳じゃな……いっ!?」

 

「五十鈴殿!?」

 

「…ちょっと……いえ。本当に…はしたいないですよぉ?」

 

「「 」」

 

 はい、目を逸らさないでクダサイ。

 怒りますよ? いい加減にしないと…。

 

「 」

 

「ほっ! ほらっ!! 五十鈴殿も怒ってますし! やめましょう!! って、なんで私も睨まれてるんでしょう…」

 

 睨んでませんよぉ? 

 詩織さんを見ているだけですから、優花里さんは関係ないですよぉ? 

 

「……あ」

 

 なんでしょう? 

 その目をぱそこんの方向へ逸らした瞬間…詩織さんの動きが止まりましたね。

 

「なんだろ…このファイル…」

 

「ほらっ!! いいですからっ!! もう出ましょう!? っていうか、五十鈴殿が怖いです!!!」

 

「…ファイル名が、『 びくとりぃ優花里 』って…。なんだろ…」

 

 

 

 

 ガチンッ!!!! 

 

 

 

 

 あ、優花里さんが思いっきり、力任せに、ぱそこんを閉じましたね。

 びくと…ん? 優花里さん? 

 

「……さて、詩織殿?」

 

「え…えっ!? なんで笑顔っ!? なんで笑ってるんですかっ!?」

 

「いい加減に、出ましょうか?」

 

「」

 

 あ…珍しく、優花里さんが黒い感じがします…。

 どうしたのでしょうか…? 

 詩織さんの肩手を…。

 

「あの…今のファ『   デマショウ    』」

 

 

「……ハイ」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 いつもより、早く目が覚めた…。

 あまり寝られなかったわ。

 携帯を確認すると、デジタル時計の表示が、いつもの目覚ましアラームが鳴る時間より、30分も早かった。

 

 ……。

 

 ベットから体を起こすと、目の前の映る部屋には、散乱した私服の数々…。

 

 な…なんで、私がこんな事で、悩まないといけないのよっ! 

 昨日、結論付けたでしょ!? 

 

 これは、カードの交換!! 

 

 念願の隊長の…しかも水着の写真…じゃない。

 

 カードが手に入るの!! 

 

 そうよ! それだけっ!! 

 

「…ぅ……うん」

 

 だから…早く着替えよう…。

 

 あぁ、その前に脱ぎ散らかした私服を片付けなきゃ…。

 

 ま…まぁ? それでも? 

 

 会うのが、あの変態だとしても? 

 人と会う訳だし? 

 それなりにちゃんとした格好を、しないといけないのも礼儀な訳だし!? 

 

「……」

 

 あ…お風呂入っとこ…。

 変に汗をかいてしまったのか…ちょっとうん…汗の…。

 

「……」

 

 か…髪が…ボサボサ……。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 うん…いつもより早く起きてしまったってだけ。

 だから、時間がかかるのも、時間に余裕があるからってだけ…。

 

 さぁ…誰かに見られない様に、少し早めに出よう。

 

 いつもの…そうっ! いつもの様にシャワー浴びて! 髪を梳かしてっ!! 服を着ただけっ!! 

 

 いや…もう…。

 

 2年になって、個室の寮部屋になってくれて良かったわ…。

 こんな所…誰かに見られたら、何言われるか分からないし……。

 

 荷物を持って、一応戸締りを確認。

 個室と言っても、狭い寮部屋。

 5分も掛からなかった…。

 

 ……。

 

 うぅ…。

 

 今更、出かけってだけで、何をこそこそとしているのだろう…。

 自室を漸く出て、部屋に鍵を掛ける…って、所まで何分掛かるのよ…。

 無意識に、その自室の部屋のドアに頭を当ててしまった。

 

 …意識すると顔が熱い…。

 

 ……。

 

 ………あの変態。

 

 少し思い出した。

 

 真っ赤な景色。

 

 目の前に広がった、その一色を。

 

 頭に置かれる手を。

 

 手を……。

 

 

 ……背中を。

 

 

 はっ…熊だったけどね。

 

 

「 お出かけですか? 」

 

 

「っっっぁ!!!!????」

 

 

 しっ!! 心臓がぁ!! 

 

 飛び上がりでもしたかの様に、すっごい激しく脈打った!! 

 

 はぁ――……

 

 はぁ――ー……。

 

 し…深呼吸……。

 

 

「あら…大丈夫ですか?」

 

「っっ…な…なによ。早いわね、赤星」

 

「いえいえ。日課ですよぉ? 今から、ランニングへ行ってきます」

 

 突然声をかけてきた、この女。

 確かに言うと通り、学校指定のジャージを着ている。

 

 …な…なにか、最近…怖いのよのね…この子。

 主に雰囲気が…。

 

「それで? 逸見さんは、今からお出かけですか?」

 

「ま…まぁ。ちょっとね」

 

 ニコニコと、また人懐っこい顔で微笑んでいる。

 ちょっとあの子を思い出してしまって、嫌な気分になるのよね…この子。

 

「白系統の服って、結構組み合わせが難しいんですよね?」( この前渡した情報が役にたってくれた様で… )

 

「え?」

 

「…成る程…大人っぽい…。エリカさんはそういった服がお似合いですよねぇ」( あの虫が、好きそうですよね )

 

 な…なに? 

 ジロジロ見て…。

 ボソボソとちょっと呟くのが、怖いのよ!! 

 

「頑張ってくださいね?」( 私は頑張ってますよ? )

 

「何がよ! ただ、出かけるだけよ!?」

 

 くっ

 

 何時までもここにいると、他の子にも見られかねない…。

 

 余計な事を言うと、また時間が掛かりそうだし…。

 さっさと行きましょう。

 部屋の鍵をバッグにしまい、赤星を背中にする。

 

「…も…もう行くわ」

 

 …一言だけ口にし、逃げるように早足でその場を後にした。

 

 

 

 

「本当に…頑張ってくださいねぇ……あぁ…隊長にも……」

 

 

 

 

 何か後ろで、声がした気がした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 はい…やってきました静岡県。

 寝ぼけたかの様な顔で…いや、寝ぼけてるな…。

 

 東京で車を返却…そのまま新幹線へ乗り込み…2時間程掛けてここまで…。

 いやぁ…新幹線で、少し寝れたのが大きい。

 

 いびき…は、かかなかったと思うけど…昨夜の睡眠時間と合わせると、それなりに寝れたと思う。

 

 少し体が楽になった。

 

 待ち合わせの時間は…10時30分。

 変に細かい時間だなぁ…10時なら10時で良かったんだけど。

 提案したら、即10時半の返答だったな。

 

 さて…それでも、少し早く着いてしまった。

 新幹線改札を出た所が、その待ち合わせ場所だったな。

 ま、知らない土地で、下手に目標物を決めるより良い選択だろう。

 

 ……

 

 さて…保留音が長いな。

 

 待ち合わせの時間まで少々あった為に、ちょっと確認の為に電話をしている。

 取り敢えず、連絡をして確認すれば、どんな反応でも情報が手に入るだろう。

 

 さて…どうでるか。

 

 ……。

 

 …………。

 

 はっ。

 

 しばらくし、保留音が終わり、事務的な声が返ってきた。

 お役所仕事…みたいな、めんどくさそうな印象が声端に聞いて取れた。

 

『 只今辻は、出張中の為にお取り次ぎができません 』

 

 出張ね…。

 

 俺の名前をフルネームで教え、その答えがソレか。

 自意識過剰ではないと思う。

 ボイスレコーダーへ録音し、態々秘書にソレを持たせ…直接俺に渡したんだ。

 杏会長ではなく、俺に。

 

 そこまでしたんだ。

 なにかあると思って反応してくれれば、幸いだと思ったのにねぇ。

 

 まぁ? あっちは腐ってもお偉いさんだ。立場がある。

 

 出張ねぇ…保留音がそれなりの時間流れていたんだ。

 相談やらなにやら、していたかもしれない。

 本当に忙しかったら…。

 ま、正体の分からない怪電話…って疑われているかもしれないってのが常識かもな。

 

 でもな? 

 

 俺は辻とは、一言も言わなかった。

 

 俺の取り次いで欲しいとお願いした相手は…綾瀬さん。

 あの七三の秘書子ちゃんだ。

 

 直接、あのロリっ子秘書子ちゃんの名前を出した。

 

 あの七三の事は、何も言っていない。

 企業とかでもそうだ。

 

 どこの誰かも分からない一般人が、直接社長と話したいとか言っても、取り次いでくれるはずがない。

 だから態々、秘書子ちゃんの名前で、秘書子ちゃんへと連絡を取りたいと言ったのだけどな。

 何かあったら、いつでも連絡してどうぞと、挑発地味た声で、一度言われたんだけどなぁ。

 

 折り返して欲しいと伝え、一応携帯番号を教えておく。

 …これで、向こうも俺との直接会話できる手段が手に入ったんだ。

 何かアクションを起こしてくれたら、良いのだけどな。

 

 ま、受付の人に、いたずら電話や、怪電話の類だと思われたら、そこで終了だけどな。

 

 ……。

 

 …………。

 

 いやぁ…。

 

 この事は、また後で考えよう。

 

 もうそろそろ、約束の時間だ。

 

 さぁて、切り替えますかね。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 つっ! …不覚…寝てしまった…。

 

 いつ頃かは、分からないけど…独特な揺れに寝落ち…。

 

 に…二度寝まで、してしまいそうだった…。

 

 やっぱり昨晩よく寝れていなかったのが原因…

 

 つまりはっ! あの男のセイ…よね。うんっ! 

 

 てっ…何言ってんのかしら…。

 

 来た…ここまで、来てしまった。隊長に内緒で…この待ち合わせの場所へ。

 

 ただの交換!! ただのトレードよ! だから大丈夫!! それに本当に来ているか…。

 

 わー…わー…。いる…本当にいる。ちゃんと来てくれた…。改札の…その先にあの男が。

 

 に…逃げたい。今更ながら、アイツと会うのが怖くなってきた。

 

 !!!! 

 

 目が…あった。

 向こうもコチラに気がついた様で、改札の出口へ近づいて来てくれた。

 なんというか…本当に今更よね…その時点で変な言葉を思い出した。

 

 前にあいつが言った言葉。

 

 …密会。

 

 新幹線の切符を改札へ通す。

 シュッと、機械が切符を吸い込む音…。

 後ろから他の乗客がついて来ているので、止まるわけにもいかない。

 だから歩く…歩く……。

 

「おはよう、エリちゃん」

 

 違った。

 いつもの軽薄そうな、ヘラヘラとした顔ではなかった。

 昔見た笑顔。

 

 改札を出て、すぐに声を掛けてきた男は、昔の…ちょっと懐かしい感じがした。

 

 だからだろうか? 改札を出て、そのまま素直に…来れた気がするのは。

 …お兄ちゃんの元に。

 

 

「時間的に結構早いと思ったけど…よくこの時間に来れたよね」

 

「なによ…?」

 

 少し敵意を込めた。

 …別の感情が、顔に出そうだったから。

 二人で会う。密会。初めて…男性と。

 

 その言葉が新幹線を降りた辺りで、ぐるぐると脳内を回っていた。

 

「いや…熊本からだろ? 乗り継ぎもあるし…始発でここまで…」

 

「は? あぁ、そういう事? 黒森峰の学園艦は、熊本に今いないわよ?」

 

「あれ? そうなの?」

 

「大洗から熊本まで、学園艦みたいな大きな船が、たった一日で移動できるはずないでしょ? 今は東京に停泊してるわよ」

 

「……え」

 

 

 あ…。

 

 

「……」

 

 

 まずい…変に舞い上がって、ボロを…

 

「まっ、いっか」

 

「…何っ!? 何かもん……え?」

 

「なんか、エリちゃんにも考えがあるんだろ? んで?」

 

「…な…なに?」

 

 先程から、同じ言葉しか繰り返していない…。

 熱い! 耳が熱い!! 

 

 やめろ…。

 今まで見せなかった顔をするな! 

 

 やめ…

 

 

 

 

「これから、どうしようか?」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

敢えてどこの駅かはカキマセン。
エリリンェ…。


ちょっと強引だったかなと思います。
何がとは言いませんが、気づいた方がいたらウレシイデス。

ありがとうございました。


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【閑話】 通算100話記念 オペ子のお茶会SP★

はい、そんな訳で、100話到達となりました。

そんな訳で、今回メタ発言…多め…。
裏設定もちょこちょこ。

会話だけで、話を進めるのって難しい…と、実感させられました。


「はい、皆さんこんにちは。司会のオレンジペコです」

 

「~♪」

 

「今回は記念すべき、本編100回目。緊急特番で送りします!!」

 

「ぅぅ~♪」

 

「前回から、時系列的にはそんなに経っていないのです…が…」

 

「ぁ~…♪」

 

「……」

 

「……」

 

「自己紹介してください。本番始まってますよ?」

「…邪魔しないで」

「邪魔されたくないなら、さっさとしてください。番組が中止になると、その状態も強制的に解除されますよ?」

「…チッ」

「はい、どうせならたまには可愛くやってみてください。一定の大きなお友達が喜びます」

「……」

「隆史様が喜びますよ?」

 

 

「島田 愛里寿だよっ♪」

 

 

「「 …… 」」

 

 

「即、やりましたね…。だ…誰ですか、貴女…」

「やれと言ったからやったのに。…理不尽」

 

「ま…もういいです。では、始めます、緊急特番、『 オペ子のお茶会SP 』すたーとです!」

 

 

 

 ― この番組は、私のKE弾で、アナタのハートをぶち抜いちゃうぞ? 日本戦車道連盟の提供でお送りします ―

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

「…あの、ハゲ……」

「もう意味が分からない…」

「今度、クレーム入れときます。スポンサー? 知った事ではありません」

「……」

「はいっ! では、本日のゲスト!! 今回は初めからの参加になります」

 

「あ、もう俺、喋っていいの?」

 

「お兄ちゃん!!」

 

「あ~…はい。尾形 隆史です…っ取り敢えず…」

「はいっ! 今回は、ここ! 超不思議時空からお送りします!!」

「取り敢えず、愛里寿が可愛かったので満足です」

「お兄ちゃん!!」

「はい、では私達は、隆史様の膝の上でお送りしますねぇ。ですから、愛里寿さんは今回、始めっから機嫌が大変、良好ですね!」

「…もう、番組やめない? このままでいい」

 

「……」イッタソバカラ…

 

「……」

「…だ、ダメです!!」

「あ、一瞬心が揺らいだ」

「そんな事ありません!! …ないですよぉ?」

 

「……」

 

「は…はい!! では、もう一人のゲストをお呼びしましょう!!」

「え…いるの? いらない。お兄ちゃんだけでいい」

「いや…今回特番ですし…何より、隆史様ご本人がいらっしゃいますから、恒例の驚異度チェックも出来ませんからね…」

「二度とやらなければいいのに…」

 

「ですから、今回は本当にメタ発言、裏設定を強調して行こうと思います!! 100回記念ですしね!!」

 

「ま…いいけど」

「はいっ!! ではどうぞ!!」

 

 

 

……

 

…………

 

 

 

 

「あれ?」

 

「んぁ? 誰も出てこないな。中止にでもなったか?」

 

「そんな事はないと思いますが…はい、早く出てきてくださぁーい!」

 

 

……。

 

 

《 いやよ!! いやっ!!! 隆史がいるんでしょ!? やっと出番終わったと思ったのに、またぁ!? 》

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

《 どうせ、睨まれて怒られて!! 結局、最後に私が泣かされるんでしょ!? そうでしょぉ!? そもそも私、世界が違うじゃない!! 場所提供したんだから、それでいいじゃないの!! 》

 

「「「 …… 」」」

 

「…ごめん。愛里寿、オペ子。ちょっと降りて…」

 

「あ…はい」

「……うん」

 

……

 

 

「いやぁぁ!! ちょっとっ!! 引っ張らないでぇ!!!」

「…オペ子が困っているだろ。さっさと来い。この…駄女神」

「いやよ!!」

「元気いいな、お前。そもそも、なんで俺は、お前の事を覚えてんだよ…忘れるって言ってなかったか?」

「この世界を経由したり、この場所だと記憶が蘇るのよ!」

「ご都合主義だな…」

 

「はい…そんな訳で、今回の特別枠。ある意味で、主役の水の女神様です…」

 

「……ナニコノ…ナニ?」

 

「頭の可哀想な人だ、愛里寿。余り見るな。感染る」

「うん、分かった」

「失礼ね!! 私、今回裏方に徹するわ! 世界その物が違うんだから、私は出しゃばるべきじゃないと思うの!!」

「…もっともらしい事を…」

「まぁ…いいですけど。ただ、お仕事だけはして下さいね?」

「勿論よ!!」

「…まぁ、オペ子が良いなら良いけど…この駄女神、今回なんでいんの? エリス様の方が良いんだけど」

「また言ったァ!!」

「いえ、今回はゲストが大人数いますからね。その招待と中継をお願いしてあるんです」

 

「招待? 中継?」

 

「んじゃさっそく。隆史。あんた、あっちの椅子…というか、ソファーに座ってね」

「あ? …あ~…アレか」

「えぇ! 俗に言うカップルシートよ!!」

 

「「 えっ!? 」」

 

「一人で、カップルシート…なんだよこの拷問……で? 座ったけど?」

「よくできました! んで。その横に、準々に召喚、ご退場を繰り返すの」

「……嫌な予感しかしねぇ」

 

「えっ!? ちょっと待ってください!! 私達の席は!? 隆史様の膝の上は!?」

「あ…私より先に反応した…。結局、貴女も満喫していたのね」

「知らないわよ。 それに、そっちに司会席あるじゃない」

 

「「 …… 」」

 

「そもそも、何でアンナノの膝の上…どう考えたって司会席の方が、豪華で座り心地良さそうじゃないの」

 

「「 …… 」」

 

「まっいいわ! 私、裏から指示通りやるから! 戻るわね」

 

「「 …… 」」

 

「……」

 

「「 …… 」」

 

「ねぇ? 隆史? …なんで私、睨まれてるの?」

「いや、知らねぇよ。まぁいいから仕事してくれ」

「わ…分かったわ。ちゃんとお給料頂戴よ!!」

「給料? お前、金なんて欲しいの? 必要ねぇだろ」

「対価は、お金だけじゃないわ!! …この世界のシュワシュワって…すっごいおいしいの!!」

「シュワシュワ? ま…まぁいいわ。話進まねぇから行ってくれ」

 

「はいはい。んじゃあね~」

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

 

 

 

 

 

「オープニングに時間をかけ過ぎました…」

「んで? この嫌な予感しかしない、この状況…。甘んじて受けるけど…どういう事?」

「まぁ、アレです。二人に質問コーナー!」

「二人?」

「…はい。では、一人目」

 

 

『 いつも心にバレーボール! 近藤 妙子さん 』

 

 

「…こ…こんにちは」

「あれっ!?」

「あぁ…召喚ってこういう…。いつの間にかお兄ちゃんの横に現れた…」

「…先輩の横」

「近いっ!! それでカップルシートか!! 強制的にくっつ…当たるっ!!」

 

「……」

 

「あ、すみませんっ!」

「いや…まぁ…ちょっと端に離れよう…」

「……別に、このままでも…」

「っ!?」

「…お兄ちゃん」

 

「はっ…何が心にバレーボール…。そのぶら下がってるバレーボールも、針でも刺せば萎むんですかねぇ?」

 

「…お…オペ子?」

 

「あ、スッタフさ~ん。千枚通しありますかぁ?」

 

「針じゃない!!」

「やめて。番組開始直後、いきなり刃傷沙汰になる。番組枠が違う」

「やめなさい! な…なんで、ブペ子が………って、あぁ!!! ここ駄女神の用意した世界かぁ!!」

「尾形先輩、どうしました?」

「感情の起伏が激しい世界…」

「…え?」

 

「はい、そんな訳で、黒いのがいきなり現れた為に、最初の司会は私が行う」

「オッキイノ…オッキイノ……同い年なのに……」

「……」

「お兄ちゃんのゲスト。二人に答えてもらうコーナーとなる。いい? お兄ちゃん」

「あ…はい」

「お便りが来てる…では。ペンネーム 「カモシカの脚」さんから」

 

『 尾形先輩は、年下の後輩をいきなりナンパして、人として恥ずかしくないのでしょうか? 』

 

「……」イキナリ…

 

『 罰ゲーム? 本当はただ欲望に従っただけじゃないのでしょうか? 友達? 本当にそれは実在している存在なのでしょうか? 』

 

「…………」

 

『 この、ナンパ野郎 』

 

「………………」

 

「はい、お兄ちゃん、どうぞ」

「……愛里寿にそれを、淡々と読まれのが一番辛い…」

「…はぁ…これ、忍ちゃん…」

オッキイノオッキイノオッキイノ…

「はい、特定はやめて。お兄ちゃん?」

 

「青森の友達…います。二人ほどおりました…」

「二人? 一人って言ってなかった?」

「あぁ、男友達はね。ちなみに罰ゲームを言ってきたのは、女友達です」

「……」

「本編で、結構乱暴な言葉使いじゃありませんでした?」

「あぁ、そういう子。なんでか知らんが、よく絡んできていたんだ…。俺の姉さんに憧れていてさ、姉さんと同じ道場に通ってた」

「…どうせまた、おっきい方ですよね!?」

「あ、復活した…」

「…いや」

 

「あぁ!?」

「いきなり叫ばないで。なに? 資料見て」

 

「裏設定になりますが、この女友達…本来なら、ガッツリ本編に絡んでくる役所になる予定だったらしいですよ!?」

「知らないよ!?」

「青森から態々、隆史様追いかけて来る予定だった……Gカップ!!?? ジー!!?? ボクッ子!? えっ!? なんですか!? やっぱりおっきい方じゃないですかぁ!!!!」

「知らないって!!」

「ブペ子、自重して」

 

「はぁー…はぁー…。その役所が、現在の中村さん…男友達の設定に変わったそうですけど…お陰で…男子会…」

「……」

「本来なら、プラウダ戦で、応援団の一人として登場予定だった。その罰ゲームの電話の件で、近藤 妙子さんと接触。イベントが発生予定だったとの事」

「愛里寿!?」

「結果…時間の関係上、ボツ。近藤 妙子さんの出番が大幅に減ったという結末となった…らしいよ」

「ず…随分と冷静ですね、愛里寿さん」

「現在モード切り替え中。…こんなサンプルの宝庫…逃さない…」

 

「「「 …… 」」」

 

「な…ナルホド。こういった趣向か…」

「でも、それだけでしたら、私が呼ばれる意味って…。ま、この状態はすごく良いのですけど…」

「…さり気なく近づかないで下さい」

 

「ある意味で、予告も兼ねて…尋問の場所と思って」

 

「…え?」

 

「近藤 妙子さん。祝賀会のかくし芸大会。優勝おめでとう」

「っっ!!」

「え…なに? 愛里寿?」

「…優勝賞品の件で……何か企てているよね?」

「さ…さぁ?」

「……」

「……」

 

「買い出し…お出かけ……」

 

ビクッ!

 

「…え? なに? え?」

「さぁ? 何だろ?」

 

「まぁいい。時間もないから、次に行く。最後に近藤 妙子さん。お兄ちゃんに何かない? 今なら何でも聞ける…何でも…」

「えっ!? もう!? 早くないですか!?」

「これ以上、危険人物を増やしたくない。さっさと終わる」

「ヒドイ!」

 

「何でもいいから、早くして。…今回は100話到達の番組。今までの事、これからの事。メタ、暴露、何でも良い…場所」

「……」

「ん? まぁ俺で答えられる事なら、答えられる範疇で答えるけど…」

「えっと…では」

「あ、はい」

「尾形先輩に…じゃないんですけど…」

「あれ? まぁ良いけど…いきなり袖にされた」

「では…女神様?」

《 …ん、んっ!? なに? 》

 

 

「私、この後の展開で…女神様に、呼ばれますか?」

 

 

「はいっ!?」

 

「「 …… 」」

 

「…ナルホド…ある意味で、一番の質問。この人……中々…」

「……」

「……」

「青い女神…どう?」

 

《 尾形 隆史との未来の話? えっ!? あぁ…いいの? 言って 》

 

「そう。構わない。対処するから」

 

「…愛里寿が決勝戦後、別の意味で怖いと感じる今日この頃です…」

「おねがいします!!」

 

《 呼ぶわ。ほぼ確定事項ね。…仕事増えたわよ、全く… 》

 

「っっっ!!」

 

「ガッツポーズとってますね…」

「お兄ちゃんは頭抱えてる」

「俺…は? えぇ~…」

 

「はい、では最後に私から。近藤 妙子さん」

「なんですかぁ!!??」

「…凄い笑顔です」

「なんで、近藤さんは喜んでいるのだろう…?」

 

「「「《 …… 》」」」

 

「ま…いい。それがお兄ちゃん。で、近藤さんには、貴重なサンプルをもらったお礼」

「え? お礼?」

「心ばかりの…アドバイス」

「え…なんだろ…」

 

 

「河西 忍さん…彼女に注意して」

 

 

「え…えっ!?」

 

「私としても、これ以上増えるのは困る」

 

「では、さようなら」

 

「ちょっ!? えっ!?」

 

 

 

 

 

 

「…問答無用で、消えていったな。もとい、帰したな…」

「ゲストの扱いじゃないですね…まッ!! 目障りな2つの脂肪がいなくなったので、良いですけど!!」

 

「「 …… 」」

 

「まっ…いい。次のゲストにいく…」

「…なんだろう。ブペ子もそうだけど…愛里寿もちょっと怖い…」

「では、二人目ですっ!!」

 

 

『 特に意味は無い。ただ言いたいだけ! 「灼熱のアッサム・リーダー」 …さん 』

 

 

「……」

「アッサム様…」

「なに? 今の…灼熱? リーダー? そんな事を言われる度に私、呼ばれたの?」

 

「 」

 

「はい、そんな訳でアッサムさん。…疑惑の宝庫」

「やめて頂戴。疑惑? どこぞの政治家みたいに言わないで。特に私には、後ろめたい事なんてございません」

 

「「……」」

 

「」

 

「…な…何かしら?」

「アッサム様。色々と突っ込み所が、満載ですが…まずは…」

「なに、その格好」

 

「…え」

 

「それで、なんで座ってるお兄ちゃんにお姫様抱っこされてるの? ていうか、その首に回した手はなに?」

「ふっ!?」

「隆史様が、凍っている…」

「っ!? いやっ!! いやいや!! なんで、アッサムさん! なんで、バニーガールの格好なんてしているのですか!?」

 

「」

 

《 うさ耳リボンと合わせてみたわ!! 気がきいてるでしょ!? 黒よッ!! 黒!! 隆史の趣味に合わせたげたわ!!》

 

「 アリガトウ!! 」(余計な気を使うな! くっそ、駄女神が!!)

「……」

「…お兄ちゃん」

「あぁっ!?」

 

「……」

「近藤さんの時は、普通に制服だったのに…なんでまた…」

「ふ…ふむ。こういった趣向も…た…たまには、よろしいかと思いますわよ?」

 

「「 …… 」」

 

「ふ…ふだん、この様な格好…する機会もありませんし…」

「アッサム様…普段と性格変わってませんか? 普段なら、はしたないとか仰るのに…」

「……いやらしい。お兄ちゃん、落していい」

「落とさないよ!!」

 

「まったく…ダージリン様なら、隆史様相手だったら、嬉々としてやりそうですけど…アッサム様まで…」

「あ、ナルホド。分かった」

 

「っ!!」

 

「この人、かなり出遅れてる。本来なら青森編で、この人のエピソードもやるはずだったけど…中止になった」

「…アレですか?」

「そうアレ。プラウダ、聖グロリアーナ、臭い学校。その合宿話のメインヒロインは、この人だった」

「…臭い学校って…」

「男子会…そこで、暴露されて、初めてスタートラインに立った。裏で何かしら動いていたのか……だから、表に出された今の現状……かなり焦ってる」

 

「ナンノコトデショウ?」

 

「青い女神」

 

《 何かしら? 》

 

「…正直に吐いて。この格好…彼女自身に頼まれたでしょう?」

 

《 え? そうよ? 》

 

「なぁー!!!」

 

「あっさりバラした…」

「…アッサムさん。ダメですよ…アレを信用しちゃ…」

「なっ……ぁ……あぁ!!」

 

「顔が真紅に染まっていく…」

「はい、ではさっそく質問に行きましょう」

「オレンジペコ!?」

「はい、一人に避ける時間も限られてますからね。とっとと行きます」

「…はい、ブペ子継続中。…本音は?」

 

「とっと答えて、私の隆史様の上から退いて下さいッ♪!!」

 

「いやねっ!」

 

「「 …… 」」

 

「隆史さん」

「えっ!? あ、はい!!」

「あの…青森での、お茶会の日…」

「あ…? え?」

 

「私だけ何もされていません!」

「 」

「…昔の事を掘り出してきた」

 

「なにもって!? えっ!? プラウダでの事ですか!?」

「そうです。あの場に私はいませんでしたからね。…ですから、これぐ『 はいっ!! お便りです!! ペンネーム 「紅茶仮面」さんからです!! 』」

 

「オレンジペ『 男は、自己の秘密よりも、他人の秘密を誠実に守る。女はその反対に、人の秘密よりも、自己の秘密をよく守る 』」

 

「いや…邪魔をし『 フランスのモラリスト、ジャン・ド・ラ・ブリュイエールですね!! 』」

 

「ダージリンじゃない!! 貴女もにも、気を使って…ここまで私は、かなり我慢して『 真夜中の温泉って、どんな湯加減かしら? だ、そうです!!!』」

 

「」

 

「はいっ!! とっとと吐いて、さっさと帰ってください!!!」

「…ブペ子、これがブペ子…。速攻で終わらせるつもり…」

「ブペ…オペ子。ゲストを即座に帰らせる司会者って、どうかと思うのだけど…」

「隆史様も!! なにを普通に、アッサム様抱き抱えてるんですか!? は!?」

「…いや…落とすわけにもいかないし」

「……」

「…なんかいい匂いするし…「 は!? 」」

「アッサムさんが、真っ赤になった…」

「全くっ!! タラシ様は!!」

「また言われた…」

 

「でっ? アッサム様? 結局、戦車道カードの会議の後も、さっさと逃げて…一切、ダージリン様にも、私にも教えて下さらないじゃないですか!!」

 

「黙秘します」

 

「なっ…。この期に及んで…。顔を背けたフリして、隆史様に引っ付かないで下さい!!」

「なんか、いい匂いがぁ!! 当たるっ!! 当たる!!」

 

「ここでの発言は、基本的に本編に絡まない。母の撮影回予告のここでの会話とか…前回のお兄ちゃんの電話での会話も、本編では微妙に変えている」

「…」

 

「だから良い。大丈夫。だから…言っても大丈夫」

 

「黙秘します」

「即答ですね…って、アッサムさん!! だから顔が近いですって!!」

 

「「 …コノ 」」

 

「墓まで持っていきます。諦めなさい」

 

「ぐっ……。あ…そうだ! 女神様!! 女神様ッ!!」

「!?」

 

《 なにぃ? 呼んだぁ? 》

 

「女神様ならご存知ですよねっ!! 隆史様の世界線をずっと見てきたのですから!!」

 

《 ん? 知ってるわよ? 女神ですもの!! 当然よぉ!! しかも日本担当のエリィィートよ!!?? どこぞの辺境の女神のパッド神とは違うわ!! 》

 

「見てきただけって事で、ここまで言うか…この駄女神。…エリス様の方が良かった…」

「…隆史さん。今度、お話があります」

「アッサムさん!?」

 

「この際、そこら辺はいいです!! アッサム様のアレの件って教えて頂けますか!?」

 

《 いやぁ…あの、流石にその子にもプライバシーってモノが…。隆史にも一応……それを喋っちゃうってのは、ちょっと… 》

 

「そっ…そうです! オレンジペコっ!! 侵害です! プライバシーの侵害です!!」

「俺のは、一応とか言いやがったな…」

 

「…報酬のシュワシュワ。ランク上げて、数を倍に増やしま《      喋るわ!!!    》」

 

 

 

 

「なあっ!!??」

「…被せて言いやがったな」

 

「司会者が、買収しはじめた…それに応じる、女神…大丈夫? この番組。放送できる?」

「大丈夫です!! 全権限は、私にあります!! 私の番組です!!」

「いや…流石に、オペ子。それはやりすぎだ。アッサムさんが可哀想…「じゃあ、隆史様が言ってください」」

「え…」

「言ってください!!」

「いやぁ…だから俺、その時の記憶がないからなぁ」

 

「隆史様が悩んでる、今の内です!!」

 

「まっ!! 待ちなさい!!」

 

《 …あ~ 》

 

「さぁ!! 早く!!!」

 

《 いや…あのね? 言っても良いんだけど、今の世界線って本編よね? 》

 

「…は?」

 

 

 

《 大丈夫かしら? …内容が、ある意味でルートPINKだけど…… 》

 

 

 

 

「「「  」」」

 

 

 

 

「なっ……なぁっ!?」

「…なにした……俺は一体、何をした!?」

「……」

「アッサム様!! どういう…アレ?」

 

「……」

 

「……いない」

 

《 あ…はい、呼び出した子達、基本自分の意思で帰れるわよ? 》

 

「逃げられたぁぁぁ!!!」

 

《 はい。前回と違い、今回は深刻な事情もありませんので。彼女達、本人の意思で帰れないと…貴女方の世界で言う…監禁罪にあたりますね?♪ 》

 

「えっ? …誰? もう一つ、声が…」

 

《 はい、隆史さんに呼ばれましたので、来ました♪ …後、先輩の監視役に…強制的に選ばれました……》

《 はぁぁ!!?? 》

 

「あ、エリス様だ。わーーい……これで、駄女神に対しての胃痛が和らぐ…」

「お兄ちゃん…」

 

《 はい、先輩…ダメですよ? 教えては…上に報告しますよ? 》

《ぐっ…》

 

 

 

「…チッ……まぁいいです。アッサム様には、現実で問い詰めますから…」

 

 

 

「…オペ子も解呪とか…できる状態なのだろうか? ちょっと怖い」

「今回、オレンジペコさん…なぜか必死…」

 

 

「はい! では、続きです!!」

「…はい」

「隆史様に質問です!!」

「さっきと変わらなくないか?」

「今回は単独です! 他の女性がいません!! 本当は、ダージリン様とクラーラさんが、この後のゲスト予定でしたが、中止です!!」

 

「……」

 

「おっきいからです!!!」

 

「…いや…あの、何も聞いてないよ?」

「その後は、西住流家元の西住 しほさんでした…が、これも隆史様が喜びそうでしたので中止です!!」

 

「 …… 」

 

「そんなに大きのが…くっ!!」

 

「 …… 」

 

「はい、では次のお便り」

「………はい」

 

『 ペンネーム、「通常の3倍」さん 』

「…ローズヒップっぽいな」

『 隆史さんはダージリン様と、本当に旅行に行く気があるのでしょうか? 約束を違えるなんて、紳士として最低でしてよ? …ですわ!! 』

「…………」

『 続いて、ペンネーム 「もう騙されるか!」さんから 』

「…………………」

『 尾形さんはダージリン様に、そろそろラーメンを、また作って頂けますか? …なさいよっ!! 』

「……文脈が変だぞ」

 

「…オペ子」

「……はい」

「旅行の件は…その…みほに怒られない範囲で、ちゃんと考えてるから…」

「 …… 」

「あと…ラーメンは…うん、こちらから行ってもいいし…来てもいい。作ってやるから…こんな事しないで、普通に言ってくれって伝えといて…」

「…はい」

「……たまにはちゃんと構ってやるか」

「あの方、変な所、恥ずかしがり屋ですからね」

「まぁ、可愛いっちゃ、可愛いけどね…年上なのに…」

「そうですね…私としては複雑ですけど…」

 

「はい、お兄ちゃん」

「っ!?」

 

「今までの発言で、エピソードがまた一つ増えた。いい加減にして」

「……え」

 

《 隆史さ~ん。これ以上、仕事増やさないでくださ~い 》

 

「……」

 

「はい、続いてのお便りです」

「まだ、あるの!?」

『 ペンネーム 「西住仮面」さんから… 』

「……」

『 お母さ…西住流家元の事で、隆史の女性の趣向は何となく…非常に憎らしいが、分かっている。だからこそ聞きたい 』

「…………」

 

『 菊代さんも、守備範囲なのかと 』

 

「  」

 

「はい、隆史様の守備範囲です。はい、終了~」

「オペ子さん!?」

「この方、決勝戦の会場におりました。私達が集まっている所に来ましたから、一度お会いしましたよ?」

「…あぁ。来た。試合が終わった後だったけど…」

「日本戦車道連盟のスカウトもしていらっしゃる様で…少しお話をしていかれましたよ?」

「菊代さん!! 何してるの!?」

「その場の皆さん、満場一致で言ってました」

「な…えっ!? 何を!?」

 

「 内緒です♪ 」

 

「………………」

 

「はい、続いてのお便り~」

 

「………」

 

『 ペンネーム 「春を買われた女」…さん……から…… 』

 

「………………」

 

「あ…。私に携帯を持ってきてくれた人?」

「…ペンネームに関しては、また説教だな…」

「でも、これなに? 怪文章? 質問ですらない」

 

 

 

『 夕紅ノ背中 シカト見タ 』

 

 

 

「…ん? アレ? これだけ?」

 

「良くわからない」

「愛里寿さん」

「なに?」

「…ランク。…上げた方が良さそうですよ?」

「……」

「…この絵、どう見てもベコですよね」

「無駄に上手…あっ」

 

「「 …… 」」

 

「二人して…あれ? なに見てるの? どうした?」

 

「……」

「…危険」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいッ! そろそろ最後のコーナーですっ!」

「今までのコーナーって、なんだったんだ? 俺の胃を酷使するだけのコーナーか?」

「黒いのが全力で疾走しているだけのコーナー」

「違います! 黒くないです! 可愛いオレンジ色です!」

「自覚が…まぁいい。次はなに?」

「ここで、あの女神様達のお仕事の時間です! ですから私、何かもう…帰りたいです」

「司会者…」

「はい、ではさっさと行きますよ…」

「なんだろ…」

 

 

『 V字の形は、勝利の証! びくとりぃぃ優花里ぃぃ! …さん 』

 

 

「……」

「……」

 

「…優花里さん。至近距離からのガンつけは、オヤメクダサイ」

「……」

 

「後、何か仰って下さい…無言での眼圧はやめて…」

「……」

 

「V字の…? 意味が良くわからない…まぁいい。次のゲストは、秋山 優花里さん」

「ある意味で、隆史様(邪)の一番の被害者ですね」

「カップルシートとやらに座っているのに…許せるのは何でだろう…」

 

 

「あ、そう言えば、もう質問コーナーでは無いのですよね? …なんで私、呼ばれたんでしょう?」

「良かった…優花里が元に戻った…」

「…フォルダ名の事は、後日お聞きします」

「 」

 

「はい、では青の女神様。お仕事です!」

 

《 あ~はいはい。んじゃぁ…よっと 》

 

「なんだ…? 目の前に、なんか…どこかの部屋か? テレビ電話みたいな…」

「なんでしょう? あっ!」

 

 

 

『 おー!! すっげっ!! また何か、面白い事になってる!! 』

 

 

 

 

「隆成!?」

「あれっ!?」

 

 

《 はい、現時点で、ここは特殊な空間ですので、召喚は出来ません 》

《 だから、今回は映像のみね。見るだけだから、世界線は交わらないから大丈夫 》

《 では、そういった訳で… 》

 

 

「…未来編の結果報告……の、コーナーです」

「成る程。黒いのが帰りたがったのが分かった…」

 

 

《 丸山 紗希さん、武部 沙織さん、冷泉 麻子さんは、お越しになりません。というか、お子様が返答してくれませんでした… 》

《 丸山 紗希さんのお子さんは、普通に連絡が取れなかったわ! 武部 沙織さんのお子さんは…生後三ヶ月だし…。冷泉 麻子さんのお子さんは、眠いという理由で、冷拒否されたわ… 》

《 後…澤 梓さんもダメでしたね 》

《 この四人の「尾形 隆史」は、ちゃんと蘇生して無事なようよ!! 》

《 後の人達の事は、直接お子様よりお聞きください 》

 

 

「あ~…」

「まぁ…仕方ないですね…」

 

《 ちなみに、澤 梓さんの娘さんは、すっごい顔して…「 嫌 」の一言だったわ。あんた嫌われてるわねぇ… 》

 

「……」

 

『 あ、若い父ちゃんだ! 母ちゃんもいるっ!! 』

「おー…元気いいな、相変わらず…。俺は初っ端から、痛恨の一撃を貰ったけど…」

「…あぅ……」

『 母ちゃんなんで、顔赤くなってんだ? 』

 

 

「…なんでしょう。この司会者なのに、すっごい置いてきぼりにあっている気分は…」

「……」

「はぁ…。ではこのコーナー。特殊な環境ですので、ここからは女神様達が、司会をします」

「……分析…開始…」

「愛里寿さん!?」

 

 

《 はい、ではこの映像も、ちょっと無理をしているので、余り持ちません。ですので、聞きたい事がございましたらお早めにどうぞ 》

《 ま…決まってるとは、思うけどね 》

 

 

「ふむ…隆成。そっちの俺は…元気になったか?」

 

『 なったなった! 治ったんだけどさぁ…病室にダンベル持ち込んで、毎日隠れて筋トレしてっから、それ見つかって、よく看護婦さんに怒られてんな! 』

 

「ふむ…一度筋トレしたら、3日は開けた方がいいのだけどな…どうした、未来の俺」

「そこですか!?」

 

『 母ちゃんにもそれで、良く怒られてるな! 来週には退院できるって喜んでたけどな!! 』

 

「…そうですか」

「本当にあんな事で、回復したのか…因子ねぇ…」

 

『 ん? あ~…なんか、また綺麗なお姉さんがいる…父ちゃんまたかよ 』

 

「またっ!?」

 

『 父ちゃん元気になったらさぁ、すんげぇいっぱい、お見舞いに来てるんだ  』

 

「…いっぱい? それは沢山の人…って事でしょうか?」

 

『 んぁ? そうだよ? 母ちゃん。来る人達って、みんなすげぇ綺麗な女の人達 』

 

「…隆史殿」

「優花里さん。今の俺には、どうしようもゴザイマセン」

 

『 片っ端から、スカート捲ったら怒られた 』

 

「当たり前だ!!」

「…誰に似たんでしょう…あの子」

 

『 父ちゃんの前で 』

 

「隆史殿?」

「…だから、今の俺に言わないで…」

 

『 んでもって、父ちゃんには褒められた 』

 

「……」

「やめてください。本当に今の俺には言わないでください。というか、睨まないでください」

 

『 それで今また綺麗な女の人が、そこにいるだろ? また?って言いたくもなるだろ! 』

 

「…隆成。世の中にはな? 黙っていた方が、幸せになれる事もあるんだぞ? …あるんだよ」

「身に染みたお言葉ですね、タラシ殿」

 

『 あ~…二人共お見舞いに来た気がするな! 若いから良く分からなかった! えっと…ありす…さん? おぺこ…さん?』

 

「…ん? 私…?」

「私もですか!?」

 

『 おぉ! あってた!! 父ちゃんから、挨拶しろって言われたから、何となく覚えてたんだ! 』

 

「ま…まさか、私達が絡んで来るとは思いませんでしたね…」

「意外…」

 

 

『 父ちゃんの前で、ありすさんのスカート捲ったら…怒られないで、なんか褒められた! なんで!? 』

 

 

「 …… 」

 

「何やってんだお前ッ!!」

「…タラシ殿?」

 

『 いやぁ…すげぇおっぱい大きかったのに…この頃は、まだペッタンコなんだな!! 女の人ってすげぇ!! 』

 

「隆成ー!!!」

「……」

 

「…」シッ!

「愛里寿さん? なんでガッツポーズ取ってるんですか? え? 貴女も私の敵ですか? え?」

 

『 おぺこさんは…あんま、変わんねぇなっ!! そういう人もいるんだな!! 』

 

「  」

 

『 牛乳飲むと大きくなるから、飲めば? 』

 

 

「  」

 

「お前、隆成ぃ!! 地雷って言葉知ってるか!?」

「……」

 

「…ンデマス…」

「お…オペ子?」

 

「飲んでますよ!!!」

「……」

 

「もうっ! すでにっ!! 毎朝、毎晩、食事の度に飲んでますよ!!」

「…オペ子さ~ん」

 

『 納豆とか豆腐は? 大豆イソフラボン取るといいよ? 女性ホルモンのエストロゲンと似た働きすっからさぁ。乳腺細胞を増すんだって 』

 

「あぁ…それで武部殿大きいのですね…。あの方、納豆好きですし…」

「……ごめん、優花里。突っ込む所、そこじゃない」

 

「んなこと、知ってますよ!! ネットで調べました!! 本、読みました!!」

 

 

『 あぁ、個人差がそういうのあるからね。んじゃ、体質的にダメなんじゃね? どんまいっ!! 』

 

 

「  」

 

「…黒かったのが、白くなった…真っ白に…」

「…お前…隆成……もう、黙れ。というか! なんでんな事知ってるんだよ!! お前、10歳だろ!?」

 

『 何言ってんだよ、父ちゃん!! おっぱいは、男のロマンだろ!? 歳なんて関係ない!! すっごい調べたよ!!! 』

 

「……」

 

「  」

 

「ほ…ほらっ! お前のせいでオペ子、燃え尽きちゃってるじゃないか! どうすんだよコレ!」

 

『 ぼくは、げんじつを、じじつとして、もうしあげているだけです 』

 

「どこで覚えた、そんなセリフ!!」

「…未来の私…苦労してそうです……」

 

「…ぅぅ……私、あの子嫌いです…」

「……ドンマイ、白いの」

 

 

『 父ちゃん、ところでよー。話変わるんだけどさぁ 』

 

 

「変えるな!! お前には責任って言葉を教えてやる!!」

「…どの口が、言うんでしょうかねぇ?」

 

『 俺が留守番してる時にさ。父ちゃんが入院中…まぁ、元気になった後だったんだけど…。父ちゃん宛に小包が届いたんだけどさぁ 』

 

「人の話を聞「 中身は、なんですか? 」

「優花里!?」

 

 

『 知らね。ただ母ちゃん、病院から帰ってきた時に、それ渡したんだけど…なんか顔、真っ赤にしながら、その小包破り開けてた 』

 

「……」

「……」

 

『 次の日、病院行ってさぁ。母ちゃんが父ちゃんに、なんで新しいの買ったのか? とか、前よりキワどいとか、歳考えてくださいとか…凄い剣幕で怒ってたよ? 父ちゃん、何買ったの?』

 

「 …隆成 」

 

『 なに? 』

 

「はっは~。俺からすれば、未来の事だ、知るわけないだろう?」

 

『 あ、そっか。そうだっけ 』

 

「はい。だから、やめてください優花里さん。ぼかぁ知りません。未来の事です」

「あたっ!! 新しいっ!! のっ!? きわっあ!!??」

 

《 あの…もうそろそろ時間なんですけど… 》

 

「はっはー。未来の俺…ブレないなぁ…回復した途端にソレか…」

「しみじみ言わないで下さい!!」

 

《 あのぉ…聞いてください 》

 

「あぁ、すいません」

「ぅぅ…」

 

『 あれ、もう終わりか……まぁいいや! 今回も面白かったし!! じゃあなっ! 髪のある父ちゃん!! 若い母ちゃん!! 』

 

 

「じゃあな………って、その言い方はやめろ」

 

 

《 はい、んじゃ通信切るわねぇ 》

 

 

ブツッ

 

「「「「 …… 」」」」

 

 

「相変わらず、別れがあっさりしてるなぁ…隆成」

「……」

 

「あ…やっと終わった」

「うぅ…あの子嫌いです…」

 

「…まぁあれだ、優花里」

「なんですか!? 次、良い声出したら、ホンキデオコリマスヨ!!??」

 

 

「……」チッ

 

 

「…やっぱり、また同じ事、同じ声で言うつもりだったんですね…」

「……」

 

《 はいはい。何時までも、いちゃついてないで、秋山 優花里さんも帰すわよぉ? んじゃ、隆史も、もういい? 》

 

「あいよ」

「はぁ…なんか、あの子ともう一度話せたのは良かったんですけど……どっと疲れました…」

 

「……」

 

「あ、私が帰る時は、あの時みたい体が光るんですねぇ」

 

「……」

 

「では、隆「 俺は優花里の水着姿が、ただ切実に見たいだけなんだ 」」

 

「  」

 

《 …… 》

 

 

「なっ!? 耳っ!? 耳元ぉ!? なっ何て事をい ―

   

 

「…帰った」

 

「よし。最後にちゃんと言えたな」

 

「お兄ちゃんの悪乗り…間近で久しぶりに見た…」

「どうにも隆史様…あの方の時だけ、変にはしゃぎますね。えぇちょっとイラッと来ました」

「…あ、灰色になった」

 

《 隆史さん…ですから……仕事を……。あ、でも…秋山 優花里さんは、すでに済んでいますから…しかし…… 》

 

《 …この馬鹿に関わったのが、運の尽きだったのかしら…まだ増えそう…… 》

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ…疲れた…。テンション維持するのでやっとだった…子供って怖い…」

 

 

「…はい…次の方になります」

「目が死んでる。仕事して」

「……」

「グレーの?」

「正直…次の方、呼びたくありません…」

「誰?」

「…ランクSS+の方です」

「…え」

《 はい、んじゃ次ぃ 》

 

 

『 並み居る強敵、全て無視…微笑みのダークマター! ブラックサレナ・華! …さん 』

 

 

 

「 」

 

「 」

 

 

「なんちゅう、二つ名…っというか、まぁ流れ的にはそうだろう…華さん…葵か…」

 

「 」

 

「 」

 

「あれ? 現れないなぁ…失敗したか? 駄女神」

 

《 …隆史。……尾形 隆史 》

 

「んぁ? なんだよ。やっぱり失敗したか?」

 

《 …いや…後ろ、見てみなさいよ…… 》

 

「は?」

 

「 」

 

「 」

 

「   」

 

《 この世界…召喚する時に、ある程度の服装の自由は…効くの… 》

 

 

「 こんにちは、隆史さん 」

「なんて格好してんですかぁ!!」

「 あ、でも夢の世界みたいな所でしたか…?、こんばんは…でしょうか? 」

「んな、こたぁどうでもいいんっすよ!!」

「 はぁい、なんで目をそらすんでしょう? 」

「んな格好、してるからですよ!! そんなの、どこから手に入れたんですか!!」

「 え? 私物ですよ? 」

「…え」

「 隆史さんの♪ 」

「持ってないですよ!!」

 

《 なんていう…隆史…あんた 》

 

 

「持ってねぇ!! そりゃ、大洗ホテルで見ただけ……あぁ!!」

 

 

「 これ、マイクロビキニって言う水着ですよね? 」

 

「水着!? 殆どっていうか…」

「ただの白い紐…」

「は…破廉恥…ハレンチです!!!」

「い…いすずぅ……」

 

「なんで名称まで、知ってるんですか! その格好で、体クネラセナイデ!!」

「 せっかく着たんですからぁ、ちゃんと見てください! 」

「一々嬉しそうに…殆ど裸にしかっ!! ぁあ!? 後ろ向かないで!!」

「 優花里さんには、着させようとしたくせに… 」

 

「  」

 

 

 

-------

-----

---

 

 

「 ~♪ 」

「……離れて……離れてください…あの……」

「 嫌です♪ 」

「…近いとか…くっついてるとかの、問題じゃないです」

「 では、なんでしょう? 」

「膝の上なんですよ!?」

「 そうですねぇ? 」

 

「 」

 

「 」

 

 

「その状態で、抱きついてる…っていうか、抱きしめてこないでください!! どうしたんですか!?」

「 深い意味はございませんよぉ? 」

「近い近い!! たにっ……紐が浮いて……あぁ!!!」

 

 

「……」

「…なんという、破壊力…これが…ランク…SS+」

「五十鈴…華ぁ……っ」

 

 

「耳っ!? 顔っ!! 近いっ!! 腕…腕!! う…腕に挟まないで!!」

「 …何をですぅ? 」

「大胆とか、そういった問題じゃない!! 柔っ!? 華さん!! どうしたんですか、貴女!! なに、トチ狂ってるんですか!!」

 

 

「はっ…ここまで攻められると…怒りというか…怨念で人が殺せそうです…」

「……」

 

「 はい、顔逸らさないで、くださぁ~い 」

「動けない!! 色々と諸事情で動けない!!」

「 はい、こっち向いてくださぁ~い 」

「手で顔を挟まないで!! 力強っ!?」

 

 

 

「…止めます。流石に止めます!!」

「……」

 

 

《 …… 》

《 …先輩 》

《 わ…私のせいじゃないわよ!!?? 》

《 …前回の影響ですか 》

《 そうみたいね… 》

 

 

「いい加減にしてください!!」

「……」

 

「オペ子!?」

「愛里寿さんも、何やっているんですか! スタッフッ!! カメラ止めてください!!」

「オペ子…カメラって…」

「隆史様も、隆史様です!! 放送できませんよ!!」

「……録画映像は、欲しい」

「はっ!!?? 今、なんて言いました!?」

「…イエ、ナンデモナイデス」

「 ウフフフ… 」

 

 

「愛里寿さん!! 先程から何黙ってるんですか!?」

「……」

「ほら! 愛里寿さんも止めて……くだ……」

 

「……」

 

「愛里寿さん? …愛里寿さん!?」

 

「愛里寿!?」

 

「 あらあら 」

 

 

 

 

「  ハ ナ レ ロ  」

 

 

 

 

「…すっごい目、見開いちゃってますね…」

「あぁ…もう、せっかく防いだと、思ったのに…」

「完全に許容範囲を超えちゃってましたからね…アレ」

 

 

 

 

「  ソ コ 。 ド ケ  」

 

 

 

 

「あ…完全に、暗黒面の愛里寿さんになっちゃった…」

「暗黒面って……」

「決勝戦会場の時…隆史様がいらしていなかったら、最終的に、こうなってしまった…って、事でしょうかね…」

「……」

 

 

 

「 ふぅぅん? 離れろ? どけ? なぜでしょう? 」

 

 

 

「華さん!?」

「…すごい…あの愛里寿さんに対して、見下した表情で返した…」

「というか、なんで俺の顔に手を添えてるんですか!? 顎っ!?」

 

「 そこまで、怒られるほどですかねぇ? 何がダメなんでしょう? 」

 

 

「 ウ ル サ イ 。 ド ケ 」

 

 

 

「 はい? 自分の夫にくっついて…何が、いけないのでしょうか? 」

 

 

 

「  ハ?  」

 

 

 

「 何か問題でもありますかぁ? ありませんよねぇ? 隆史さん? 」

 

「いやいやいやっ!! 顔っ!! 近いっ!!! 口触れそうっ! って、いうかその格好で、これはまずい!!」

「 ウフフフ… 」

「なにこの華さん!! 怖っ…ていうか、エロッッ!!! 流し目まで、すげぇエロい!!!」

 

 

《 あ~~…隆史。ごめん 》

 

 

「なにっ!? なんだよっ!! ちょっ!? どこ触って!!」

 

 

《 その五十鈴 華さん 》

 

 

「だから、なんだよ!!」

 

 

《 …中身、33歳 》

 

 

「はぁ!?」

 

《 前回、中身入れ替わったまま戻しちゃったから…多分その影響 》

 

「最後の時のかぁ!!!」

 

「 若い…あぁ…いいですねぇ…。あ、でもこうして近くで見ると、顔つきが結構、変わっていますかね? 」

「 」タッケテ…

 

「 あ、女神さま? 葵との映像通信は、結構ですよ? 未来の隆史さん。回復して、十分お元気ですので 」

 

《 え…あ、でも、一応…『   結 構 だと、言ったのです   』》

《 あ…はい 》

 

 

「…こ…こうも変わるもの…なのでしょうか?」

 

 

「 敵… テ キ ……  」

 

 

「 あら、敵? 構いませんよぉ? 」

 

「 …ナ ニ ? 」

 

「 この頃は…13歳…でしたか? ただの小娘に、何ができるのでしょう? あ。暴力ですか? いいですよぉ? 」

 

 

 

「 ! ? 」

 

 

「あ…すっごい早口で、押さえ込んだ…」

「……」

 

「 あら? どうしました? お相手になると言っているのです。ただ横恋慕して、威圧で邪魔者を退けさせようなんて…ただ、それだけでしたら、怖くも何ともありません 」

 

「……ぐっ…」

 

「 嫉妬と怒りに感情を任せる程度なら、誰でもできます。そんな未熟なお相手…はっ。そうですねぇ…島田家総出で、お出でなさい。そんな事しても、ただ隆史さんに、嫌われるだけでしょうし? お好きにどうぞ? 」

 

「…ぅぅぅ」

 

「…やり口が、隆史様に似ている…」

「……」

 

「 関係ない。そんな一言を言って、私を亡き者にしようが、なんであろうが……所詮、力で押さえつけるだけならば…分かっていますよねぇ? そんなやり方なら、隆史さんは、そんな相手にどうするか… 」

 

 

「ぐ………」

 

 

「 今の貴女の場合…何をしても、隆史さんに嫌われますねぇ。…それこそ、縁すら切られますよ? 口すら聞いてくれなくなりますよぉ?  」

 

 

 

「…ぐ……うぅぅ…」

 

 

「 嫌われたいですか? 一度私、見た事ございますけど…本気で怒った隆史さん見たいですか? えぇ…彼女と…同じになりますよ? 」

 

 

「……ゥッ!」

 

 

「 ……………みほさんと同じに 」

 

 

「ぅ……ゥ゛ッ! …グスッ」

 

 

「あっ!!」

「ゥッゥゥゥッ…!!」

 

 

「 あらあら…お可愛いこと 」

 

 

 

 

「はい、そこまで」

 

 

「隆史様?」

「…取り敢えず、華さん。膝の上から、降りてください」

 

「 …… 」

 

「……」

 

「 ふぅ…はい、分かりました…。少し、やりすぎましたねぇ? 」

 

「まったく…。ほら、愛里寿」

「うぅぅぅ…」

「あ…五十鈴さんと…居場所を交換した……」

「まったく。変な所、まだ子供だな…さて…」

「 …… 」

「あら…本当に決勝戦会場の時みたいに、抱きついて動かなくなっちゃいましたね…」

 

「大人の華さんだったとしたら、いくら何でも、大人気なさすぎでしょうよ…」

「 そうですねぇ? ちょっと燥ぎすぎちゃいましたねぇ 」

「…分かってやっていたって、途中で気づきましたから…。本気で言って、愛里寿泣かせたんなら、それこそ本気で怒ってましたよ」

「 ウフフフ 」

 

「…えっ…えっ!?」

「オペ子。俺の沸騰点を知っている人が、あんな挑発する訳がないだろうよ」

「……あ」

「それこそ、華さんが言っていた通り、んな事いう人間とは縁切りだよ…。華さんなら、愛里寿を傷つける為だけに、意味無くあんな事は絶対に言わない」

「 …ぁ、隆史さん! ちょっとキュンっ! て、来ましたよ! 」

 

「…オコルゾ?」

 

「 …ごめんなさい 」

「いや…あの…それよりも…」

 

「グスッ……この女……嫌い」

 

「五十鈴 華さん…この人、暗黒面の愛里寿さんを…文字通り潰した…」

「 あら、人聞きの悪い…。よろしいですか? オレンジペコさん。隆史さんへの嫉妬絡みでなる、あの程度の状態なんて…本気になるまでもありません。どうとでもなります 」

「あの程度……」

「 大人になった、島田 愛里寿さんに比べたら…本当にもう…どうでも良いくらいの状態ですよ…アンナノ 」

「……え」

「 いえ…本当に、この方には、散々煮え湯を飲まされました。…えぇ……本当に……今の内に、なんとかしておこうかと思うくらい… 」

 

「……」

 

「 今でも思います…良く、私…この方に勝てたと… 」

 

「……」

 

「 正直、この時代での西住流家元…島田流家元すら、可愛く見えるくらいですから… 」

 

「……え…」

 

「 自他共に認める、バケモノですね。…なに気に結婚した今も、虎視眈々と人の夫を狙ってますから… 」

 

 

「「 …… 」」

 

 

「 愛里寿さん…多少? いじめてしまったのは、謝ります。…先程までのは、正直に申し上げますとご忠告です♪ 」

 

「「 …… 」」

 

「 ただ無闇やたらに、感情的になっても良いことありませんよぉ? と、言う事ですね。…一度助けて頂いた、お礼だと思ってください 」

 

「助けた? 愛里寿が?」

「 それを言ってしまっては、強制送還されそうですから、黙ってます 」

「……お礼が、アレ…」

 

「 ですから、そろそろ人の旦那様から、離れて頂けますかぁ? 」

「…華さん、結構根に持つタイプなんですね…」

 

 

《 あの…そろそろ良いかしら? あまり未来の人間が、現世の人間と交わるのは良くないのだけど… 》

 

「 まだ、交合ってません!! 」

 

《 い…意味が違うし、文字も違うわよ!! …何この子…吹っ切ると、すっごい怖い… 》

 

「……あの…華さん」

「 なんでしょう? 」

「なんで葵との通信…」

 

 

「 あぁ。我が娘ながら、とても変に育ちましたから 」

 

 

「」コエガ…スゲェ、ツメタイ…

 

「 あ、隆史さんは、回復してお元気ですよ? 」

「…あぁそうですか…良かった…のか?」

 

「 元気すぎて、体が持ちませんが 」

 

「「  」」

 

「ワザとだ!! 絶対にワザと言ってますね!? それを今、この場で言う意味を理解しての発言でしょう!?」

「 それに…病院内でも、ちょっと… 」

「オコリマスヨ!!??」

 

「 …位なら、良いではないですかぁ! 」

 

「華さんからかよ!!」

 

《 …… 》

 

「…はい、ではソロソロ、今のゲストには、ご退場願いマース」

「 あら? もう少し、いいではないですか? もう少し、若い隆史さんとお話を… 」

「今の貴女は、教育上、大変有害です! 放送できません!! 帰ってください!!」

「 むっ! 失礼な! 」

 

「…帰れ」

 

「 まぁまぁ…そう言わずにぃ。島田 愛里寿…さぁん? 」

「ヒッ!」

 

「 あら…人の旦那様を隠れ蓑にしないで、イタダケマスカァ? 」

「っ!!」カタカタ

「…華さん。愛里寿をいじめない」

「 あらあら 」

 

「愛里寿さんが…あの愛里寿さんが、怯えてる…」

 

 

「 あ…体が… 」

 

「…光り出しましたね。…やっと帰ってもらえる…」

「…帰れ」

「 まぁ、若い隆史さんの体を堪能できましたから、良しとしましょう 」

「またですか!? 言い方考えてくださいよ!!」

「 いえいえ…流石に、愛里寿さんにはやりすぎました。反省します 」

「…帰れ」

 

 

《 今回は、ほぼ強制送還です。精神の中身もちゃんと戻しておきます 》

 

「エリス様、流石に気づいてましたね…このまま帰せないの…」

「 …チッ 」

「今、舌打ちしましたね!? 反省したんですよね!?」

「 それはソレ、これはコレです♪ 」

「……」

「 あぁ…別れのお言葉はいりませんし…最後によろしいですか? 」

「な…なんでしょう?」

 

「 どちらの女神様なのでしょう? 」

 

「…え?」

「 前回の騒ぎの発端は… 」

 

「「「 ………… 」」」

 

「お…おい、駄女神」

 

《 わ…私だけど… 》 

 

「 そうですか♪ 」

 

《 え…な…なに? 》

 

「 良かったです。なんとか夫も助かりまして、また普通の生活に戻れそうです 」

 

《 え…えぇ 》

 

 

「 もう、意識も無くなってきましたので……そんな貴女へ、最後に一言申し上げますね? 」

 

《 な…何かしら? 》

 

「 助かったからいい様な物…。…あんな下らない理由で…夫が本当に危険な目にあいました……ですから、女神様? 」

 

 

「「「  っっ!!??  」」」

 

 

 

 

「な…なんだ!!?? 空気が変わった!?」

「愛里寿さん!?」

「 」ガタガタガタッ

「何っ!? 耳鳴りがすっごい!!」

 

 

 

 

 

― 恨 み ま す ―

 

 

 

 

 

《  》

 

 

 

「お…おに……おにっいっ!!」ガタガタガタ

「よしっ!! よしっ!!大丈夫だ! ちゃんと帰った!!! 華さん、ちゃんと帰ったからな!! 俺も怖かった!!」

「た…たかっ!! 隆史っさっ!!」

「よ…よし!! オペ子も来い!! 大丈夫!!! 大丈夫だ!!」

 

 

《 たかっ!! たかぁあ!! 》

 

 

「…駄女神……人間にビビるなよ…」

 

《 まぁ…本来なら、あぁなって当然の事を、先輩はしたんですよねぇ…先の皆さんが、お優しかっただけで… 》

《 が…頑張る! 私頑張る!! 》

《 是非、頑張ってください… 》

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ。一息ついたな…」

「こ…こんな事で、お茶を入れるなんて…」

「……」

「……」

「大人の華さん…なんか、すげぇ人だった…」

「…嫌い」

 

 

《 補足します 》

 

「エリス様…」

 

《 彼女の名誉の為に、言っておきますが…あの方は普段、あんなエキセントリックではないですよ? 》

 

「……」

 

《 えぇと…真の大和撫子と謳われているみたいですね… 》

 

「大和撫子が、あんな卑猥な格好しないと思うのですけど……」

 

《 そこは文字通り、はしゃいでいたのでしょう…隆史さんの前ですと、普段からあんな感じになるそうですけど… 》

 

「エロいって事ですか?」

 

《 エロッ!? い…言い方考えてください…大胆になるとか…甘え方が尋常じゃないとか… 》

 

《 昼は良妻賢母、夜は娼婦…って奴じゃない? …その言葉が、すごいしっくりくるのよね……怖いくらい 》

 

「復活した駄女神さん。…なんで、そんな言葉知ってんだよ」

 

《 ググッた 》

 

「おい、ファンタジー」

 

《 …ちなみに彼女。現状…ぶっちぎりで、一番嫉妬深いから注意しなさいよね 》

 

「…は?」

 

《 さ…さっきの時みたいに、その矛先が相手の女性に向けられるから…未来のあんたは、別の意味で怖くて浮気してないわよ 》

 

「……」 

 

《 ……恨みって……怖いのよね…… 》

 

 

「……」

 

「…オレンジペコさん」

「……なんでしょう? 愛里寿さん」

 

「もう、帰りたい…」

「私もです…」

「俺も……」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

「…番組は、続けないといけませんけど」

「後、少しだな…」

「ボコ……ぼこ……」

 

《 さぁ次よ!! 最後! まとめて召喚するわよっ!! 》

 

「駄女神? …元気だな」

 

《 テンション上げないと、怖くて仕方ないのよ!! 呪いって本当にあるのよ!? 》

 

「「「 …… 」」」

 

「あ…」

「なに!? 次はなに!?」

「…今、まとめてって、言いましたね?」

「…言った……まさか…」

 

《 さぁ、いらっしゃあ~~~い!!!! 》

 

「最後の二人もランクSS+です…」

 

「 」

 

「あれ? 二人?」

 

《 はいっ! 隆史は、さっさとソファーに座りなさい!! 》

 

「……読む」

 

 

『 西住流家元 継承者 西住 まほ …さん 』

 

「……」

「……」

「…もう少し、何かないか? 少し、楽しみだったのだが?」

 

「 無 い 」

 

「……そうか…」

 

「まほちゃんが、ショボーンって擬音が出そうなくらい…寂しそうだ…」

「次」

 

 

『 ワンワン! キャンキャン! わんわんおっ! エリカッ!! …さん 』

 

「ちょっと待ちなさいよ!? なにそれ!!」

「……」

「はぁ………西住流は、贅沢」

「ため息!?」

「あ、愛里寿さん。この方達は大丈夫なんですね…」

 

「せめて普通に呼びなさいよ!!」

 

『 本当はゴリゴリの、フリフリ好きの少女趣味 フリリン! …さん 』

 

「 」

 

「…あ、固まった」

「あぁエリちゃん、小さい頃は、そうだったなぁ」

「うっ…うるさい!!!」

「いやいや、可愛い可愛い。今の姿でも見てみたいや」

 

「 なっ!? 」

 

「エリちゃんも、白が似合うとは思う。というか、本気で見てみたい」

「 」

「まぁ…ずっと見ていてやれなかったしな…」

「……お兄ちゃん」

 

「!?」

 

「愛里寿さん?」

 

「というわけで、フリフリを見せて……愛里寿?」

「おま……おま……」

 

「なによ。指ささないで」

 

 

 

「 お前かぁ!! 」

 

 

 

---------

-----

---

 

 

 

「はい、そんな訳で最後のゲストになります。黒森峰のお二人です」

「……」

「あれ? 最後? みほは?」

「呼んでません」

「…え」

 

「 あの方は、18禁です 」

 

「……」

「…はい、まぁ冗談ですけど」

「…一瞬、目がマジだったけど」

「よく知りませんけど、みほさんと愛里寿さんを、本編以外でも会わせるのは、駄目みたいなんです」

「ふ…ふーん」

 

「……」

 

「……」

 

「…心当たりがお有りですか?」

「いやっ!? 無いよ!! まったく無い!!」

 

「……」

 

「もういい? なんか…あの天才少女が、すっごく睨んでくるんだけど…」

「愛里寿…」

「で…私達はどうしたら…というか、ちょっと離れなさいよ。狭いのよ、このソファー」

「まぁ、そうだけど…」

「ならば、そこからどけばいい。違うか? エリカ」

「…それは…その…番組がどうのって、言ってましたし…」

「何? この黒森峰サンド」

「隆史様の左右に、態々現れなくとも…」

 

「あ、愛里寿さん、今回は冷静ですね」

「…二人共、普通に制服。……だからまだ、許容範囲…」

「……」

「……」

 

 

《 は…はい!! んじゃ、さっさと映像だすわよ!! 》

 

 

 

『 あら、父さん。…と、伯母さん 』

『 お母様 』

 

「ふむ…かほ と ちほ…また会えたな」

「相変わらず、母親にそっくりだなぁ」

 

『 お母さん…あ、後、クソ親父 』

 

「エリナ!? あれ!? 同時!?」

「……」

 

《 今回は召喚じゃなくて、映像通信だからね! やり方によってはこんな事も可能よ!! 》

 

「別窓の、映像が向かい合ってますね」

「……今更だけど、お兄ちゃんの子供って…こんな映像、私達見ていてもいいの?」

「もしものお話ですからねぇ。私の未来もあるようなんで、まぁいいです!! 怒りません!!」

「…あ、白いままだ」

「…とか思わないと、やってられませんから…」

「……」

 

《 はい、んじゃ近状報告!! 》

 

『 …… 』

『『 …… 』』

 

《 …あ…あれ? 》

 

 

『 ねぇ、クソ親父 』

「 ねぇ、尾形 」

 

「……」

 

「お…お兄ちゃんが、ヘコんでる…」

「隆史様が、あそこまで露骨にショックを受けてる姿って、見たことないです…クソ親父って…」

 

 

「なんか、前回より言い方がきつい…しかも二人揃って…。ま…まぁいいや。な…何?」

 

『「 あの場にいたから、目の前の子達が、他の未来の可能性ってのは分かるわ。でもね? 」』

 

「…あぁ」

 

『 彼女達が、西住師範とみほさんの子供ってのは、即分かったわ 』

「 彼女達が、西住隊長とみほの子供ってのは、即分かったわね 」

 

「…はい」

 

『「 でも、同じ世界に二人って、どういう事? 」』

 

「……いえ、あのですね…」

 

 

「母娘のステレオボイスですねぇ」

「…何故だろう。今は、あの母娘を応援したくなる…」

 

 

「あの…その件は、すでに解決してまして……」

 

『「 …… 」』

 

『 はっ。やっぱり簡単に浮気するんじゃない。このクソ親父。死ね 』

「……」

 

「 」ナニモ、イエネェ…

 

《 あの…あの後、どうなった教えて…? 》

 

『 ……ま、いいわ。私の世界じゃないし。でもね? 信用は一気に下がったわね。死ね 』

「…………」

 

「あの…エリちゃん? なんで涙目…」

 

「………………死ね」

 

「!?」

 

《 あのぉ~… 》

 

『 え? あぁ、うまくいったわよ。翌日にはケロッとしてたわ。現在は検査入院中ね 』

「……」

 

「まぁ…はい」

 

『 …病院抜け出して、ダンベル病室持ち込んで、隠れて筋トレしてるけど 』

「……」

 

「……」

 

『 あ…あれって、逸見師範との子供って事? 』

『 嘘…信じられない。お父さんをアソコまで毛嫌いしている師範との未来って… 』

 

『 …ちょっと、あれってなによ、失礼ね 』

 

「ん…そうか、私…というか、私達の世界では、エリカは師範になっているのか」

「……」

「しかし、そのエリカは、隆史を毛嫌い? ふむ?」

 

『 …何かしら…みほさんにそっくりなのは良いのだけど…そこはかとなくムカつくわ 』

 

『 は? どっちが失礼よ、三白眼 』

『 ちほ…駄目 』

『 そもそも、逸見師範との未来? はっ。アソコまでお父さんにキツいのに…信じられないわよ 』

 

『 あ? 何? 信じられない? 私の存在が気に食わないっての? このタレ目 』

 

『 んな事、言ってないでしょ? 信じられないって言ったのよ』

『 ちほっ! 』

 

 

「…おい、喧嘩し始めたぞ」

「まったく…みほの子供にしては、少々血の気が多いな」

「見た目が完全に、中学の時のみほとエリちゃんって感じか…」

「ふむ…少し、新鮮だな。はっきりと物を言う、みほというのも」

「あの…隊長。しみじみ言ってないでください…止めましょうよ」

「ただの子供の喧嘩だろう? 放っておけ」

 

「…俺に言う権利は、ナイトオモウノデス」

 

「…アンタの子供でしょうが!」

 

「しかしまた、黒森峰の制服を着ているのが、少々感慨深いな」

「…エリちゃんが、転校しなかったら、有り得てた未来だったのかもな」

「……」

「後、アレだな。みほの性格が変わらなかったら…と言う事もあるのか」

「あぁ…小学生の時から変わっていたからなぁ……やんちゃみぽりんの成長か…」

 

「「「 …… 」」」

 

「…恐ろしいな」

「あぁ…怖いな」

「………」

 

 

『 大体、何が信じられないのよ!! 』

 

『 言った通りの意味よ!! 逸見師範、お父さんと口も聞かなければ、いっつも睨んでるし! 』

 

 

「…それは、そう。未来の逸見 エリカの気持ちは分かる…」

「あの世界の隆史様…完全に浮気してますしね。しかも…西住姉妹…」

《 そうねぇ。補足するとね? あの世界の彼女は、隆史を心底恨んでいるわね。結局、西住流を掻き回しちゃったしねぇ 》

「ある意味で、未来の逸見 エリカは、完全にお兄ちゃんを憎んでいるって事?」

《 いやぁ~。複雑なんじゃない? だから仕事上とはいえ、付き合いはまだ持ってるし 》

「……そう。恨みはするけど、憎んではいない…と。そんな感情もあるんだ」

《 いやぁ…別の世界線同士の子供との会話…。面白そうだとは、思ったんだけどねぇ…あ、お菓子食べる? 》

「あ、じゃあ。またお茶入れますねぇ」

「甘いのある?」

《 あるわよぉ 》

 

「駄女神!! 和んでんな!!」

 

 

 

『 アンタの世界のお母さんが、どんなのかは知らないけどね!! 私の世界のお母さん、舐めんじゃないわよ!? 』

 

『 は? それこそ知った事じゃないわよ。舐める? どういう… 』

『 ちほ! 喧嘩は駄目 』

 

『 クソ親父が、回復したら、それはもうっ……もう……も…… 』

 

『 何よ 』

『 ? 』

 

『 ゴメンナサイ。冷静になったわ…喧嘩腰で、悪かったわね 』

 

『『 !? 』』

 

 

「…え……なに? え?」

「エリナが、顔をうなだれたな」

「…嫌な予感しかしない」

 

『 な…何よ急に。いや…私も悪かったけど… 』

『 うん。お互い悪かった。それで終い。異母姉妹みたいな人だし…仲良く 』

『 …姉さんは、変な所、すっごい寛容よね… 』

 

『 …はっ。そっちクソ親父は、どうなったの? 』

 

『 いや…同じよ? 回復して検査入院してる 』

『 うん。同じで、隠れて筋トレしてる 』

 

「…隆史」

「尾形…」

「……あ、はい、自重します」

 

『 お見舞いの人…来た? 』

 

『『 …… 』』

 

『 来たでしょ…大人数 』

 

『 …来た 』

『 ……来たね 』

 

『 …女性ばっかり 』

 

『『 …… 』』

 

「……」

「……」

「…あっ! ありがたいよね!?」

 

 

『 来たなぁ…もう…本当に沢山… 』

『 泣いて抱きつく人もいたよね 』

『 まぁ、そこら辺は…まぁうん。父さん心配してくれて、有難いとは思うけど 』

『 正直、引くよね…というか、引いたよね 』

『 島田流の家元が来た時は、一瞬空気が張り詰めたけどね… 』

『 怖かった… 』

 

 

「これ…美味しい」

「本当……紅茶に合いますね」

《 でしょう!? この世界には無い、焼き菓子だからね! 食感が良いわよね! 》

 

「その島田流家元…に、なる予定の人物は…駄目だな」

「…うん。いいや。もう聞いちゃいねぇ」

「……」

 

『 まぁ? 後は、母さんと伯母さんにセクハラして怒られてる程度かな? 』

『 それは些か、どうかと思うけど 』

 

『 …クソ親父 』

 

「…死ねば?」

「……未来の俺に言ってください」

 

「…隆史」

「はい…ですからね? 未来の…」

 

「私は構わないぞ?」

「まほちゃん!?」

「寧ろ、そういった事など、お前は酔わないとしてくれないからな。素面でも構わん。どんどん来い」

「なっ!? 何言って…エリちゃん!? 」

「……尾形…お前……」

 

 

『 はっ…まだましよ。私の世界だとね…寧ろお母さんね 』

 

『 逸見師範? 』

『 やっぱり、想像つかない… 』

 

「私っ!? あっ!! 何言う気!?」

「…そういば、エリカの未来だと…」

 

『 …個室の病室とはいえ…もう……あの目が覚めたクソ親父にべったりで…… 』

 

『『 …… 』』

 

『 宿泊なんて、出来ないって言ってるのに、泊まるとか言って聞かないし… 』

 

『『 …… 』』

 

『 お母さん!! 』

 

「 !? 」

「あ、こっち向いたな」

 

『 あ~ん!って何よ!! それも、もう死語なのよ!! 』

 

「 」

 

『 一緒に寝ようとかしないで!! 子供か!!?? 恥ずかしいの!! 本当に恥ずかしいの!! 一緒にいる娘の立場になってよ!! 』

 

「 」

 

『 看護師さんに何度注意されたと思ってんの!? 何度、顔から火がでるかと思ったか!! 』

 

「…エリカ」

「しらっ!? 知らなっ!!?」

「…エリちゃん…んな事してきたの?」

「アンタは黙ってなさい!!」

 

『 本当にどうしようかと思ったわよ…………口移しとかしようとした時は… 』

 

「っっ!!?? 」

「……」

「……」

 

『 …まぁ…他の患者の人の目もあるし…お父…クソ親父も、流石に引いてたわ 』

 

「  」

「「 …… 」」

 

 

『 逸見師範… 』

『 全然、想像がつかない… 』

『 こうも人って、変わるものなんだ… 』

 

『 …お父さん回復して、嬉しいのは分かるんだけどさ…うん。身体全体で表現するのは…ほんっっと……やめて… 』

 

「やめっ!!! やめなさい!! 嘘言わないでよ!!!」

 

『 嘘…? ハッ…ハハッ! …嘘なら、どんなに良かったか… 』

 

「エリナの目が、完全に死んでる…」

「すごいな、エリカ…流石に私は、そこまでやる勇気はまだないぞ?」

「やめてください!! しません!! この私がするわけ……あぁぁ…」

 

『 …苦労するわね 』

『 本当に… 』

 

『 いいの…うん。愚痴を言えただけでも、少し楽になったから… 』

 

『『 …… 』』

 

『 女神様…もう良いかしら…そろそろ胃が限界… 』

 

《 ふぉ!? ほう? いいふぁよ! んんっ!! 》

 

「口に物いれてしゃべるな…」

 

『 うん…私達も、もういいや。報告自体はできたし 』

『 そうだね 』

 

『 じゃあね、クソ親…お父さん、お母さん。…本当に、お母さんは自重して……頼むから……本当に… 』

 

「 」

「あ…あーうん、元気でな、エリナ」

 

『 母さんに会えなかったけど、まぁいいや。父さん、伯母さん。さらばでござる 』

『 ん…。父さん、お母様。あでゅー 』

 

「…あぁ。息災でな」

「……俺の子供だと認識させて別れるのが、お前達の仕事か? はぁ…元気でな、ちほ、かほ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい! そんなこんなで、全コーナーが終了しました!」

「…最後、私達はお茶していただけだけ」

「……つ……疲れた…本当に疲れた…」

「ふむ、私は2度目だが、こういったのもたまには良いだろう」

「ウソ…ウソ……」

「……」

「約一名が重症ですね…」

 

「取り敢えず…まほちゃん」

「ふむ、なんだ?」

 

「 アリガトウ! 」

 

「「「 …… 」」」

 

《 ご希望でしたから、服装を変えてみましたけど… 》

《 えらく限定的な衣装よね…スリットがすごい… 》

 

「隆史の希望だったからな。折角だから女神に頼んでみた」

 

「チャイナ服……」

「あぁ、なんか前にお兄ちゃんが、言ってた…」

「あっ! じゃあ私も着替えた方が…」

「モウ、時間だからダメ」

「…え~」

 

《 今回、本当に私は裏方要員でしたね…出番が少なかったです。本来はこれで良いのですけど…まぁいいです 》

《 出しゃばるのもねぇ…しっかし、隆史あんた。西住 まほさんの脚をすっごい見てるわね… 》

 

「み…見てない! すっごく見ては…ない!!」

 

《 チラチラ見てる方が、どうかと思うけど…? 》

 

「…これが男の性って奴か……見るなという方がキツイ気がする…」

「しかし…これは随分とスリットが…その……」

「捲らないで!!」

 

「西住 まほさん…ボディラインがすごい…」

「あの服って、すごく強調されるから…私ももう少し大きくなったら、着てみよう」

「……」

 

「はいでは、今回はゲストが、過去最多でしたね」

「本来なら、もう少し出る予定だった…けど」

「時間の都合ですね!」

「…いや、確か…オレン「 時間の都合です! 」」

「……」

 

「今回、スポットライトが余り当てられていない方を、お呼びしようかと思ったのですけど…」

「だいぶずれた…殆ど、一番最初の近藤 妙子さんだけ…うさ耳は、知らないけど…」

「角谷 杏さんも、今回候補だったんですけどね! あの方、劇場版編で大きく動きそうなんで、今回はパス!!」

「オレンジペコさんのお仲間…」

「…あの不遜な男の、呼び方なんてしないで下さいね?」

「林田…さん?」

「…あの方も当初、出す予定ではなかったそうです。男子会での会話の都合上、欲望に素直な方が必要だった…との事です」

「……ひつ……よう?」

「いりません!!」

「……」

「……」

 

「さて、エリカ、そろそろ戻ってこい」

「  」

「エリちゃん…顔真っ赤だなぁ…」

「  」

「これは…ダメか」

 

「はい、ではそろそろお別れのお時間です」

「次回以降は、通常の番組に戻る…驚異度ランキングって必要? もう意味が余り無い気がする…」

「大丈夫です! 私が知りたいですから!!」

「…」

 

 

「はい!! では100話記念! 「オペ子のお茶会SP」これにて終了!」

「…お疲れ様でした。帰ってボコ見よう…」

 

「お相手は、オレンジペコ、島田 愛里寿でした! でごきげんよう~!」

 

 

 

 

 

 

 

   

糸冬

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制作・著作 ZSR

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 隆史。ねぇ、隆史!! 》

 

「ん? どうした駄女神?」

 

《 聞いてっ!! そして褒めなさい!! 敬いなさい!!! 》

 

「はい、おつかれ~…」

 

《 帰ろうとしないでッ!! 聞いて!! 聞きなさいよ!! 》

 

「んだよ…」

 

《 よし! 聞きなさい!? 因果律……分岐点の解析が完了したわ!! 》

 

「……」

 

《 ピンポイントじゃ教えられないけど、貴方に悪くない未来になりそうよ!! 》

 

「…そうか」

 

《 そのキーとなる人間、それも分かった。だから後は、隆史の努力しだいね 》

 

「ふむ…その言い方だと、分岐点…完全に大洗学園の廃校かどうかって事だろうよ」

 

《 一端は担っているけど…それが全てじゃないわ! ま、内緒!! 》

 

「いや…まぁいい。やる気になった。まぁ記憶は消えるんだから、あまり意味がないかもしれないけどな」

 

《 ま…まぁ現実に戻ればそうよね 》

 

「で? ついでにキーとなる人間って、誰?」

 

《 言っていいの? 》

 

「いや、俺に聞かれても…」

 

《 ぶっちゃけちゃうと、その子が大洗学園の未来…それを握っている 》

 

「……」

 

《 あんたの行動次第で、それが全て変わるのよ。かんばって口説けば? 》

 

「…は?」

 

 

 

 

 

《 逸見 エリカさん。彼女が全て 》

 

 

 

 

 

「……エリ…ちゃん? は? なんで? 黒森峰だぞ? 大洗と関係ないだろ」

 

《 んな事、私は知らないわよ 》

 

「……」

 

《 そして、エラーの原因は…まだわからない。ま、もう少し待って 》

 

「…分かった。まさか、お前からそれらを聞かされるとは思ってなかったわ」

 

《 エリス? あの子、現界しちゃってるから、暫くは出てこないわよ? 》

 

「ふ~ん。他の世界にかね?」

 

《 さて、私はもう戻るわ。次回予告っぽい事しろって言われてたけど…こんなんで良かった? 》

 

「……あぁ。助かった。気が楽なったわ……ありがとよ」

 

《 ……うっっわ…素直……キモッ…… 》

 

「……」コノヤロウ

 

《 さぁ!! 帰って報酬でも楽しむわ!! じゃーねぇー 》

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

エリカ…が、鍵…ね。

 

 




閲覧ありがとうございました

エリナは苦労人…。

はい、では次回からは普通に続けます。
閑話ばっかりでしたので、流石に…。

PINKも頑張っていきます。

ありがとうございました

追記
久方ぶりに描きました。
個々人の方の作品のイメージもありますので、閲覧するしないは注意してください。
ボールペン描着色。んなわけで…。

主人公 
【挿絵表示】


尾形ちほ&かほ 
【挿絵表示】










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第04話 エリカさんです! 前編

この小説始まって以来…初めてのロケハン…。
あ、これ下手に細かい事、書かないほうが良いや! と、思ったので察してください。
何とはイイマセンガ


 改札前を離れ、取り敢えずと、そのまま駅を出た。

 一先ず駅前の広場まで来たのだけれど……。

 

「……」

 

 む…無言…。

 

 最初は元気だったエリリン。いや、エリちゃん。

 改札を離れた辺りから、何も喋らない。

 しかも目線を伏せている。

 たまにこちらを見上げてくるのだけど、目が合うと、また逸らしてしまう。

 

 その駅前広場に到着すると、俺の横で動かなくなってしまった。

 誰かと待ち合わせをしていて、それを二人でただ待っている……そんな構図の完成ですね。

 

 違う…いつものエリちゃんじゃない。

 どうしたんだろうか…。

 

 チラッと目だけで視線を落とすと、背の差も有り…前髪で目元が見えない。

 口元は…なんだ? なんか真一文字になってないか?

 

「ぅ……ぅぅ…」

 

 そして、なんか呻いている。

 

 初めて…でもないか。

 改めて、久しぶりに見たエリちゃんの私服…といっても、小さな子供頃に見たのが最後だった。

 成長したエリちゃんの私服…ふむ。

 

 白を基調とした、ロングスカートで…ワンピースタイプで…何て言って良いか分からん!

 まほちゃんに私服を選んでいた時も、女性の服の名称を何て、今になっても良くわからないからなぁ。

 ワンピースタイプとやらも、それだけで形が違う服がいっぱい…。

 

「…なにジロジロ見てんのよ」

 

 俺の視線に気がついたのか、久しぶりに口を開いてくれた。

 

「ん? いやいや…」

 

 だから、下手に細かく言うよりも、ただストレートに言ってやった方が良さそうだ。

 知ったかぶりすると、バレそうだしね。うん。

 はいでは。

 

「そういう服着ると、印象が随分と、変わって見えるものだなぁと、思いまして」

 

「……っ」

 

「大人の女性って感じだな!」

 

「……」

 

 あ…あれ?

 なんか、顔赤くしてまで、睨んできてる…あれぇ?

 いきなり怒らせたか…?

 

「な…何を言ってるのよ」

 

「…いやね。俺って、服装のセンスとかって恐ろしくないみたいでな…。普通に印象を変えられる程、自分自身に似合う服装選べる人ってすごいなぁ…とか、思うわけでして」

 

「……」

 

 うむ。俺にセンスは無い。

 壊滅的とまで言われた。無い!!

 

 青森でオペ子が選んでくれた服の似たような服を、ただ変え替えしている様な状況だしな!

 どこか出かける時だけ…。

 

 ……基本、Tシャツとジーパンやしね。

 

「…はっ。それが…ア、アンタが良く使う手?」

 

「使う手って…」

 

「何よ。私まで口説く気?」

 

 あらま、反対を向かれてしまった。

 

「…ただ服、褒めただけで、ここまで言われるんか」

 

「……」

 

 まほちゃんとかに選んだ時とか…他人には多少、マシなのを選べるみたいだけどね…。

 会話の突破口が欲しかっただけなんですけどねぇ…。

 そうそう。昔、まほちゃんに…。

 

「は? 隊長?」

 

 いきなり可愛いとか言うと、軽薄に感じるって言われたから、遠まわしに褒めてみたのに…。

 内面を褒めろとか…なんか色々と練習させられたっけ…まほちゃんに。

 

「……隊長、何をしているんですか…」

 

 特に、俺が転校する日付が決まってからが、凄かったなぁ…なんか、みほに隠れて毎日毎日…。

 ちょっと亜美姉ちゃんが絡んでたみたいだけど…なんだったんだ、あの日々は。

 

「・・・・・」

 

 まぁ…いいや。

 エリたんも、少し調子が戻ったみたいだし。

 

「エリたんは、やめて!! 本当にやめて!! お願いだからやめてぇ!!!」

 

「……」マタカ…

 

「…なるほど…これか…。アンタ、お酒といい…無意識の発言といい……その内、身を滅ぼすわよ?」

 

「……」

 

 酒は兎も角…この癖ってどうやったら直るんだろう…。

 今度、病院でも行ったほうがいいかなぁ…

 

「ア…アンタ…そう言えば、いつもと私に対する態度が…全然違うんだけど…なに? なんのつもり?」

 

「あぁ、エリちゃん」

 

「……な…なによ」

 

「そう、呼んでるからじゃないか?」

 

「…は?」

 

「エリリン呼びと違って、エリちゃん呼びだとね…どうしても昔呼ばれたみたいにさ。「お兄ちゃん」として、格好をつけたくなる。んな所じゃない?」

 

「……」

 

 そうそう。

 どうしてもね。

 

「そして、連想して思い出して……今になっても思う」

 

「…な…なにがよ」

 

 

 

「…今のみほ。よくぞあの性格に、変わってくれたと」

 

 

「……」

 

 

 最初は意味が分からなかった様だ。

 みほの名前を急に出した時に、一瞬眉を潜めた。

 その不可思議な色を出していたエリちゃんの顔は…青い色になり…安堵にも似たため息を吐いた。

 

「…そうね。それは私も…そう思うわ…………ある意味で、心から…」

 

 はい。昔語り。

 

 お兄ちゃんとしての、大体の役割が……大体、無茶してくる、やんちゃみぽりんから庇ってやっていた事だったからな!

 連想して、わかってくれたね。うん。

 今のみぽりん、常識がありますからね?

 あの頃の様に、無茶はもうしないよ?

 

 もう、ザリガニを投げてこないよ?

 

 もう、ヘビを首に巻こうとしないよ?

 

 もう、バケツいっぱいに、カエル取ってこないよ?

 

「……」イモウト…

 

 もう、戦車の車外に生身の子供を乗せて、全速力で疾走させないよ?

 

 もう、体に縄縛り付けて、戦車で引きずり回そうとしないよ?

 

 もう…戦車で…。

 

 もう……戦車で……戦車で…………。

 

「……お…思い出しちゃった…」

 

「…すまん」

 

 ま…まぁ、青くしてしまったエリちゃんを見て思い出す。

 

 今回の本当の目的。

 

 1つ。

 

 みほとの間を取り持ちたい。

 折角、また揃ったんだ…。

 

 …あの頃の彼女達に戻したい。

 

 戦車道チョコカードの事は、2の次。

 直接、彼女と二人きりで話す機会なんて余り無いだろうからな。

 …良い機会だろう。

 

 あ、トレードはするよ? うん。 トウゼンダロウ?

 

 2つ。

 …ある意味、これが本題…。

 それは…。

 

「ま…まぁ、いいや。何時までも、こうしていても仕方ない。少し早いけど…」

 

「……アノ、……イモウトォォォ」

 

「……あの…エリちゃん?」

 

「…クッソ、イモウトォォォ」

 

 あ…なんかスイッチ入っちゃった。

 なんか、震えとるね? うん。

 

「おーい」

 

「なに!? お兄ちゃん!?」

 

 必死な形相で、呼びかけられた事に応えてくれた。

 が…振り向いた彼女の目の色が、ちょっと違う。

 まだブツブツと、怨嗟の声を漏らしている…。

 

「す…少し早いけど、折角だ。昼飯…なんか食いに「分かったわ!!!」」イカナイカ…

 

「……」

 

 え?

 

 な…なんだ?

 

 待ってましたとばかりに、すげぇいい笑顔で了承のお返事?

 

 即答したよね…。

 

 …被せたよね?

 

 うん…それはもう…輝きすら見える笑顔じゃった。

 

「じゃ…じゃあ、ど「さぁ行くわよ!! お兄ちゃん!!」」コニイキマ…

 

 あれ?

 

 腕を引かれた。

 

 あの…なんで迷いなく、タクシープールへと行くのでしょう?

 

 車で移動すんの?

 

「ここからなら、10分程度で着くと思うから、開店前に並べるわ!!」

 

 …ん? 着く? 並ぶ?

 

 あれ?

 

 駅前だから、そこら辺に飯屋…アレ?

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

「…いや…あの、エリちゃん?」

 

「なによ、お…尾形」

 

 変な興奮が覚めたのか…。

 呼び方が戻ってしまいました。

 

 うん…寂しい。

 

 

 それはそれとして、炭火焼…ん? はんばーぐ?

 

 連れてこられたのは、駅から少し離れた…ファミレス? っぽい、チェーン店。

 

 …なに…この行列…。

 

 到着した、そのお店…開店前なのに、すでに行列が出来ていた。

 店の前の刺された、肉々しい写真と共にフェア中とか書かれた幟。

 

 店の前には、すでに駐車場に車が停まっている。

 だから…開店前…。

 家族連れが多いのか、余計に大人数に感じる。

 並んでまで飯屋に入るのって…何年ぶりだろうか?

 

 開店時間が過ぎても、店内にすら入れなかった…まぁ…大人しく待っていよう。

 だって…エリちゃんの目の輝きが、尋常じゃねぇ。

 下手な事を言うとまた睨まれそうだし…。

 

 なんだろう…そのまま1時間近く待たされている。

 流石にそろそろ自分達の番になりそうだ。今は店内の待合ベンチに座って、大人しくその順番を待っている。

 変に興奮気味だったエリちゃんも、少しは待ち疲れたのか、先程までのキラキラ~…が弱まってるね。

 向かい合わせに座っている、若い夫婦が子供をあやしているのをボケーと眺めている。

 

「チッ…夏休みだから、人が多い…出遅れたわ」

 

 エリちゃんの呟きが聞こえた…。

 

 爪を噛む程ですか…?

 

 多分…というか、確実に此処へと、来たかったのだろう。

 あの笑顔と、躊躇が無い行動で…流石に分かった。

 タクシーまで使ったしね…高校生が。

 

「…なによ」

 

 はい、そんな彼女の横顔を見ていたら、その視線に気づいたのか、ちょっとバツが悪そうに睨んできたね。

 まぁ察して、気づかない振りをしてあげよう…うん。

 そんな訳で店内を見渡し、気づいてないですよ~? と、アピール…

 

「なに? 落ち着きがないわね。キョロキョロしないでよ、恥ずかしい」

 

 …したら、怒られた。

 

「え? あぁ、こういった店って、殆ど来ないからなぁ。ちょっと珍しくてな」

 

「…珍しいって…」

 

「殆ど自炊だしな。外食しても、殆ど蕎麦屋とか…定食屋とかだし」

 

「…ふ…ふ~ん」

 

「駅前とかだと、高確率で立ち食い蕎麦だな。早いし楽」

 

「……おっさんか」

 

 …いや、うまいよ?

 

「みほとは…その…どうなのよ」

 

 お、みほの事を話題に出した。

 なんだろうか? 少し…本当に少しは、距離が近づいているのだろうか?

 まぁ俺は、エリちゃんとみほの間…特にエリちゃんの問題に気がつき始めている。

 …その原因。

 

「…どうなの? 行かないの?」

 

 しかし…なぜそれを聞きたがる…。

 まぁ、待っている時間も暇だしいいけど。

 

「ないなぁ…。そういえば……こうやって、デート自体した事がないな」

 

「デッ!!?? だから、違っ!!」

 

 あ…立ち上がっちゃった。

 ほらぁ…注目浴びてますよぉ?

 

「大きな声を出さない…他のお客様のご迷惑になりましてよ?」

 

「アンタが、変な事…っっ!?」

 

 向かいの家族連れ、横の他のお客。

 目線に戸惑ったのか、大人しく座りましたね。

 

 それはそれとして…ふむ。みほとねぇ…忙しかったしなぁ…。

 休日も殆ど、戦車の練習だったしね。

 ここまで、新人生で一番と言っていいほどの濃い内容だったしね、

 しかし…これが…?

 

「…というか、デートと言ってしまった手前なんだけどさ。…正直、これがデートとやらに、当たるのかすら疑問だ」

 

「あんた…」

 

「…正直に言ってしまえば、デートとやらが良くわからない。今、デートちゃんと出来てる?」

 

「しらっ!! 知らないわよ!!」

 

 オペ子と服を買いに行ったのは…あれは、どうなんだろう?

 全力でノンナさんと、ダー様からは否定されたのだけど…んんっ?

 

 いや…でもこれ、デートと言った時点で、浮気にならんか?

 すげぇ…。本当にすげぇ今更だけど。

 ……いや、でも飯を食うだけだし…。

 

「二人きりで、女性と食事をする」

 

「女性っ!?」

 

 エリちゃんが、なぜか赤くなったけど…。

 これがデートに当たると、浮気になるのだろうか?

 えっと…確認してみよう。

 

「…これって、デートなの?」

 

「だ、だから、知らないわよ!! アンタが言い出したことでしょ!?」

 

「いや…だから、確認……」

 

 普通に聞いてみたのだけど、怒られた…。

 何故だろう? 

 向かいの若い夫婦が、クスクスと笑っている…。

 

「わ…私だって、こうやって男と二人でなんて…初めてなんだから、知るわけ……っっ!! 何、言わせるのよ!!!」

 

「いや…あの、何も聞いていませんけど」

 

 あ…隣に並んでいた、二人組の若い女性も、クスクス笑いだした。

 何か、面白いこと言っているのか?

 

 その笑い声に、エリちゃんが気づいたのか、顔が更に赤くなったね。

 更には小刻みに震えだしたね…。

 そもそも、俺達の事で笑ってるのか? 普通に会話してるだけだけど…。

 

 丁度その時、俺達の順番が回ってきた。

 即座に立ち上がり、そのまま顔を真っ赤にして、エリちゃんは逃げるように……店員さんに案内されて行ってしまった。

 

 ……。

 

 あれ? 置いていかれた?

 

「お兄さん、お兄さん」

 

 んぁ?

 

 その若い女性達から、肩を叩かれ…すっごい涙目で声をかけられた。

 大体呼ばれ方が、熊かオジさんだからね?…お兄さんと呼んでくれたのは、久しぶりだ…。

 まぁいいや。

 

「なんでしょう?」

 

 

 なに? その笑顔。

 なんで親指立ててるの?

 

 

 

「頑張って!!」

 

 

 

 …何を?

 

 

 

 

「おがぁ…たぁ…」

 

 

 あ、はい。

 

 先行したエリちゃんの後を、俺が着いていかなかった為に、呼びに来てくれたのだろう。

 が、なんか顔がすっごい赤い。

 んでもって、消え去りそうな声…。

 

「あの…お客様。他のお客様のご迷惑になりますので……クッ!!」

 

 …店員のお姉さんも、なんか笑いをかみ殺しているね。

 なんなのでしょう?

 

 もたついてしまい、他の並んでいるお客さんに迷惑を掛けてしまった。

 掛けてしまったのだけど…お客さん達から、引きずられるようにエリちゃんに連行されている俺を…皆が…。

 

 とても微笑ましい笑顔で、送り出してくれたのは、なんでだろう?

 

「……」

 

 なんで?

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…お母様」

 

 黒森峰の学園艦。

 西住流家元として、この学園艦へと滞在する事は特段珍しくもない。

 

 その別荘とも言える、別宅にまだいる。

 この別宅は、執務室としての用途も兼ね備えている為に、この場所で過ごす事が多い。

 本日から長期休日に入る。練習すら無しの、珍しい日が続く。

 …だから報告へと来た、娘と向かい合わせになっている。

 

「年甲斐もなく、若い者に混じり、水着撮影までした西住流家元のお母様」

 

「…そ…それも仕事です。なぜ言い直したのですか…」

 

 …いい年をしてあの様な格好…。

 特に制服なんて…気の触れた様な格好までしたのです。

 し…死んでも喋れませんね。

 

「先日の大洗学園とのエキシビジョンマッチ依頼の件、お断りしました」

 

「…そうですか」

 

 静かに報告を聞いている。

 …他校との混合試合。益がない訳ではない。

 それも強豪校達との。

 それは、私もそうだが、まほも興味がない訳が、ないでしょう。

 

 ……が。

 

 それは私達個人の話。

 名門校として日々、練習に練習を重ね…世間様では夏休みだというのに休日など殆ど無かった。

 生徒達、普通の学生としての夏休み。

 全国戦車道大会が終わった今、漸くその残り数少ない、連休が始まる。

 …ここでまた、試合なぞ入れようものなら、士気に関わる。

 帰郷を予定していた者もいるだろう。休ませる時には休ませないといけません。

 

「そういった訳で、生徒達の予定もあるでしょうから、仕方ありません」

 

「…そうですね。前から決まっていた事ですからね。今更予定を変更する訳にもいかないでしょう」

 

 あぁ…そうだ。

 少し、親として…話をしてみるのも良いでしょう。

 …前までは、そんな考えにすら至らなかったと思います。

 

「貴女は、休日…どうしますか? まほ」

 

「私ですか? 私は…例のエキシビジョン。見学だけにでも、行こうかとは思っています。エリカ…副隊長も同行すると言っていましたので、明日か明後日にでも…」

 

「…そうですか」

 

 なる程。固い。

()()という事をしないのですね。

 これも私の…

 

「明日にでも出て…そうですね。みほの様子でも一緒に見て……どうしました?」

 

「い…いえ…」

 

 しまった。

 

 みほの…みほ達の事を、この子に言うのを忘れていた!

 

 続けて喋る、まほの言葉に、少々動揺してしまった…。

 多少、顔にでも出てしまったか…そんな私を見て、眉を潜めた娘。

 う…私譲りの鋭い眼つきで見つめられている。

 

「……」

 

「……」

 

 無言。

 探るような目が…段々と冷たく…。

 

「お母様」

 

「…な…なんでしょうか?」

 

「隆史の事なんですが。隆史が大洗に転校した際、住まいはお母様が用意したと聞きました」

 

「はい?」

 

 また…古い話を…なぜい……ま……あ。

 それも言っていませんでしたか!?

 

「…何故みほと同じ、建家の賃貸へと住まわせたのですか?」

 

「え…?」

 

「……隆史も年頃です。何か間違いが…お母様? どうしたのですか?」

 

 大洗の準決勝を見学に行った際…そこでバレたのでしたね…。

 いえ…本当に失念していました、その事も!

 

 …娘に睨まれている……。

 

「あ…あぁ、それは悪い虫対策と言いますか…なんと言いますか…」

「隆史が、その悪い虫になりましたけどね」

 

「  」

 

 そ…即答。

 いえ…私としては、悪い虫ではないのですが…。

 

「…だ…大丈夫です。みほは、引越しをしました」

 

「みほが? …引っ越した?」

 

「え…えぇ。今は前までいた賃貸アパートにはおりません」

 

「……」

 

「みほは、引っ越した。それは分かりました。では隆史は?」

 

「隆史君も…あっ」

 

「もっ? …あっ?」

 

 しまった…。

 おもむろに携帯を取り出すわが娘。

 後ろを向き…。

 

「まほっ!?」

 

 操作、操作、操作。

 

 無言で操作をはじめた…なぜでしょう…電話のコール音が聞こえます。

 なんでしょうか!? この悪寒にも似た感覚は!!

 

『 は…はい 』

 

「みほ。今、大丈夫か?」

 

『 う…うん。久しぶりでビックリしちゃった…お姉ちゃんから電話なんて 』

 

「そうか? ふふっ…そうだな。前までは、みほにいくら電話しても、出てくれなかったからな」

 

『 ぅ…ごめんなさい 』

 

 微笑ましい会話になりそう…ですが!

 横目で見てくる娘が怖い!

 こんな目をして見てくる子でしたか!?

 

「みほ」

 

『 …なに? 』

 

 

「そこに、隆史はいるか?」

 

 

『 隆史君? いないよ? 』

 

 

 よ…良かった!

 そうですよ。隆史君は本日、私に用がある言っていましたし…。

 こちらに向かっている最中なのでしょう。

 

 みほの言葉を聞いて、安堵のため息を吐く、目の前の娘の肩が下がった。

 

 

「…ふっ。そうか…それは…」

 

 

『  今は  』

 

 

「…い…ま……は?」

 

 ……。

 

『 うん、お母さんに会いに熊本まで、朝早く出かけて行っちゃった。また…お母さんだよ…うん 』

 

「……」

 

 熊本!?

 

『 あぁ…そうか、だからかなぁ? お姉ちゃんも聞いたから…その……電話、してきたんだよね? 』

 

「聞いた…? お母様にか? 何をだろう?」

 

 ……。

 

『 私も決勝戦から、大洗に帰ってきて知ったから…びっくりしちゃった… 』

 

「……」

 

 

『 まさか、隆史君と同居させるなんて…… 』

 

 

「  ド ウ キ ョ  」

 

 

 

 みほっ!!!

 

 

 

 困った様なみほの声が、携帯を通してき聞こえてきていますね…。

 えぇ…いつの間にか成長した様で…あからさまに困った声で、まほに返していますが…それは、その声は…。

 

 あぁ…困った様な……そして勝ち誇った声。

 

 

「……みほ」

 

『 なに? 』

 

「…私は明日、そちらへ行こうと思う」

 

 !?

 

『 えぇ!? 来るの!? 大洗に!? 』

 

「……なに、黒森峰の学園艦は、現在東京に停泊中だ。距離的にも問題ない」

 

『 う…うん 』

 

「すまんな。ちょっと…別に用事ができた。短いが切る」

 

 

『 わ…分かった。あれ…お姉ちゃ― 

 

 

 

 …窓辺から見える、青い空。

 カラスでしょうか? 黒い影が元気に飛び回ってますね…。

 

 えぇ…いい天気。

 

 

「と…いう訳で……私の想像をはるかに超えていた訳ですね? お母様」

 

「……」

 

「どこを向いているんですか? こっち見てください」

 

 …私の娘は、この様な気迫…と言いますか、圧を発するまでになっていたのですね…。

 

「後、なんの要件かは存じませんが、隆史は今、お母様に会いに熊本へと向かっているそうですね」

 

「え……は?」

 

 そういえば…言っていましたね…熊本へ…ん?

 

「熊本? 確か…連絡は…。学園艦にいる事と、東京に泊まる事も…ちゃんと…」

 

 …どういう事でしょう?

 大洗のホテルで…ん? い…言いませんでしたか?

 

「隆史は熊本へ、お母様に会いに…では、目の前の方は、誰なのでしょう?」

 

「ま…まほッ!?」

 

 お母さん!! お母さんですよ!?

 なぜ私は、娘に怯えて…!?

 

「更に、島田 愛里寿が、言っていました」

 

「しっ…島田…!? あの娘と連絡を取っていたのですか!?」

 

「えぇ…メールのみですが…。お互い、母親で苦労していますから」

 

「 」

 

 ち…ちよきち…。

 

 

「そうそう…こう…言っていたました…」

 

 

 

「 お母様に注意しろと 」

 

 

 

「 」

 

 娘が…近づいてくる…。

 音もなく…ゆっくり…まほっ!?

 

「では…みほの件で、これまでの経緯とお考えを……洗い浚い、全て…包隠さないで話して頂けますか?」

 

「ま…まほ? まほっ!?」

 

 

「 さぁ…吐いてください。 母 」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ダメね…暫くの間、運行は見合わせるみたい」

 

「そうか…」

 

 現在の運行状況を見に行った、エリちゃんが帰ってきた。

 まぁ、ここで待っていろと言われたので、大人しく駅ナカの店舗並び。

 その端の店を物色して、暇を潰していた。

 

 運行状況…新幹線が止まっていた。

 先に帰りの切符を買っておこうと、駅に戻った際にこの様な状況だと知った。

 …移動が出来ない。

 まぁ俺は、レンタカーでもまた借りて移動すりゃ良いのだけど、エリちゃんはそうはいかない。

 免許を持ってきていないそうだった…。車を運転できない。

 

 そのトラブルの原因は良く分からないが、動かない物は動かないので、気にしても仕方がない。

 

「…ところで尾形。なに? アンタ、それ買うの? どんなセンスしてんのよ」

 

「……」

 

 

 北海道フェアとかでもやっているのか…隣の県であった青森でもよく見かけていたモノ。

 懐かしいと思って、手に取っている所へと帰ってきたエリちゃんでした。

 はい。

 

 黒いTシャツ。

 

 

 

 胸無部分に「熊出没注意」のイラスト…。

 

 

 

「…自己紹介して、どうすんの」

 

「……」

 

 ドン引きした目で…見られた…。

 

 …よし。

 

「お姉さん。これ、2着下さい」

 

「あ、は~い」

 

 はい、即座に店員さんを呼びました。

 買うと!!

 

「うっわ…マジで? しかも2着…」

 

「SサイズとXLサイズですね。お間違いございませんか?」

 

「お願いします。あ、分けて包んでください」

 

「かしこまりましたぁ」

 

 テキパキと、商品を包む目の前の店員さん。

 

「…Sサイズなんてアンタ着れる……あぁ……」

 

 みほのお土産にでもするのだと、思ったのだろう。

 …少し目を逸らした。

 はっはー! いくら俺でも、静岡まで来て、これをお土産にしねぇよ!!

 商品を包み終わり、お金を渡して売買完了。

 

「はいっ♪」

 

「……は?」

 

「プレゼント♪」

 

 その包装されたTシャツを、即座に! おもむろに! エリちゃんへと突き出す。

 反射的にそれを受け取った彼女は、少々呆然としましたね!!

 

「はぁ!? コレ!? よりにもよってコレ!?」

 

「はいはい、お店の前で、コレとか言わないの。店員さん笑ってるよぉ?」

 

「ちょっ!?」

 

 はい、ご迷惑になりますから、移動致しますよぉ?

 そんなに広くない通路を抜けて、また駅構内へと戻ってきた。

 

 若干、眉が釣り上がっているが、ブツブツ言いながらも、店舗並びを歩きながら着いてきてくれた。

 …しっかりと、渡された包みを持ちながら。

 

「よりも…よって……」

 

 はいはい。

 

 しかし…これが、先程までレストランにいた、同じ娘には見えねぇ…。

 キッツイ目を継続させていらっしゃいます。

 いや…んん~。

 

 いやぁ…うん。

 あのレストランは、ハンバーグの専門店みたいな店だったんだね。

 

 注文は、なんかエリちゃんが、ものすごく真剣な目をしていたから…うん。

 多分、何かしら有るのだろうと思い、彼女と同じのメニューを頼んだ。

 初めて入る店には、レギュラー品を頼むのが吉だ…と、青森港で教わった。

 

 メニューを頼んで、待っている間に…そう…トレードは恙無く終了いたしました。

 丁度良かったしね…。

 流石に中身をチラッと確認しただけで、その場で見るなんて…そんな真似はできなかった。

 しほさんは兎も角…まほちゃんは水着のカードだったしね。

 

 満足そうな、エリちゃん。

 夢にまで見た…とか言っていたのは、聞き流そう。うん……俺もそうだから、突っ込まれるのはキツイだろうと判断した。

 

 そうッ! 見たっ! 夢にまで!!

 

 カードトレードという、大きなイベントの筈が…こんな状況も相まり…麻薬の売買の様にあっさりと終わった。

 ちょっと…思い描いていたトレード会と違う。

 

「……」

 

 回想が…逸れた…。

 

 暫くすると…注文した物が運ばれて来た。

 お皿に乗せられたハンバーグ……ではなく。

 

 鉄板皿に乗せられたハンバーグ。

 なんかすげぇ、その挽肉を焼く音が聞こえてくる。

 

 はい、一つ目。ここでまず、エリたんの目が輝く。

 

 小声で、来た来た言っていたのは、聞こえました。

 なにこのカワイイノ。

 

 店員さんが、ハンバーグを真っ二つ。

 ハンバーグなのに中身はレア。

 それをナイフとフォーク? だろうか…鉄板に押し付けた。

 …といった、作業工程を目で追うエリたん。

 

 はい、二つ目。エリたんの口が、半開きになる。

 あ、オススメはオニオンソースね…はい、選ばせていただきました、エリカさん。

 

 最後に、自身で選んだソースをかける…と、鉄板皿の内側にソースが溜まり、沸騰するかの様に湯だつ…。

 あ…はい。ランチマットみたいなので、ガードすんすね…はい。分かりましたエリカさん…。

 

 はい、三つ目。エリたんが、フォークとナイフを握り締めた。

 

 あ…はい。ここではレアで食うのがディフォルトなんですね…。

 しっかり焼こうとしたら、怒られたました…。

 

 鍋奉行ではなく…ハンバーグ奉行……いや。番長…か?

 

 こういった事で、世話を焼くのも楽しいのだろう。

 睨みを効かせてくるが、その目は輝いていた。…見たことが無い表情をしていますね…。

 素直に従い、そんなエリちゃんを眺めている。

 

 ……。

 

 …………。

 

 うん…まだちょっと…いや、あるんだけど…なんかもう…終始、それを見ていた。

 この子、こういった事で、はしゃぐんだ…。

 好きなんだろ…ハンバーグが…。

 

 大体、飯屋に入ると会話が続くものだけど…なんかもう…めちゃくちゃ真剣な目だったし…。

 そこからのはしゃぎ様を見ていると…余計な事を言わない方がいいと思いました。

 

 はい、食事を終えた今は、もの凄く幸せそうな顔をしている。

 というか、食べている最中がすごかった…。もう…口に運ぶ度に唸っていた…。

 いや…この子、こんなにはしゃぐのかぁ…。

 

 

 

 …いやぁ…写真に撮りたかった…。

 

 

 

 

「アンタ…何か、とてつもなく失礼な事を考えてない?」

 

「メッソウモ、ゴザイマセン」

 

 

 

 下から睨まれていますね。はい、大丈夫です、もう慣れました。

 ……怖いけど。

 行き交う人々を二人して眺め…不意にエリちゃんが、口を開いた。

 

「…尾形、アンタ。本当は今日、トレードだけの用事で私と会ったんじゃないのよね?」

 

 いきなり本題をぶつけてきたな。

 

 駅の改札口の正面。

 柱に背を持たれ…少し睨みながら、聞いてきた。

 隠しだてする必要もないので、その問いに素直に答える。

 

「ん~。そうだな」

 

 その返答に、少し目を伏せながら、吐き捨てる様に言った。

 

「どうせ…みほの事でしょ?」

 

「そうだな」

 

 これも素直に言ってみる。

 

「…まっ。そうよね…」

 

 何か寂しそうに。

 

「もっと早く聞いてくるかと思ったのにね」

 

「……いや、あんな輝く笑顔で、はしゃいでいらっしゃったら、何も言えねぇっすよ…」

 

「は…はしゃいでない!!」

 

「ハンバーグ…お好きなんですね?」

 

「なっ!? わ…悪い!?」

 

「俺も今度、作ってやろうか? プラウダでの美味かったって言ってたろ?」

 

「…はっ。私に? なに? 喧嘩売ろうっての?」

 

 何故それが。喧嘩を売ることになる…。

 ま…なんか楽しそうになったからいいけど。

 

「…ま、エリちゃん。熊本じゃなくて、東京方面へ行くんだろ?」

 

「そうね。学園艦そっちだし」

 

「熊本方面なら、その道中同行して…そん時、話そうかなぁって思ってた」

 

「……」

 

「こりゃ暫く動きそうにないなぁ…」

 

「アンタは…先に行けばいいじゃない。家元…待ってるんでしょ?」

 

「流石に、エリちゃんを知らない土地なんかに、置き去りに出来ないなぁ……」

 

「……なによ」

 

 …ふむ。

 今度は顔を伏せてしまった。

 

「よし。ちょっと、しほさんに電話してくるわ」

 

「……」

 

「先にエリちゃん送ってく」

 

「はっ!?」

 

「コレ…本当に何時になるか分からないしな。車借りて、東京まで送っていけばいいや」

 

「……」

 

 俯いている為に、どんな顔をしているか分からない。

 黙ってしまっている為に、嫌ではないのだろうな。

 なら、話は早い。

 しほさんには、遅れる旨を伝えておこう。

 話した事、話しておきたい事は、車内で話せばいい。

 下手に畏まって話すよりも、その方が彼女も気が楽かもしれないしな。

 

 …よし。

 

 逆にエリちゃんに気を使わせてしまい、この案を否定される前にさっさと行動に…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 き…気付かなかった…。

 いやまぁ…電源切っていたから、気付きなんてないのだけど…。

 

 初めにしほさんへと、連絡をしようと携帯を取り出した。

 そこで初めて、携帯の電源を切っていた事を思い出す…。

 

 電源を入れた携帯。

 光る画面……通知……が。

 

 携帯に夥しい数の…着信数&メール数…。

 

「みほ……12件。し…しほさん、89件、…………まほちゃん……160件……? 160ぅ!?」

 

 まさかの三桁…。

 

 呆然と自分の携帯に目を墜とす。

 

 思わず…声が…。

 

「隊長!? 56件っ!?」

 

 …エリちゃんの声が。

 同じく自身の携帯電話を確認していた。

 これもまた同じく、電源を切っていたのだろう。

 

 電源を切っていても、着信数をカウントする機能…いらね…。

 

 呆然とする二人…。

 なんだ? なにが起きているんだ?

 

「は…はい!? 隊長!?」

 

 呆然としていたエリちゃんの携帯に着信が入った様だ。

 多分…まほちゃん…連打でもしているのかの様に、かけ始めた時だったかな?

 反射的に出てしまった彼女の口が、相手を…まほちゃん。

 

「あ…いえ、そんな事は……いえっ!! え…は!?」

 

「どうした、エリちゃん?」

 

「あっ!! 馬鹿、尾形!!」

 

 あ……

 

「いやいや!! 違います!! いません!! いませんから!!! 声!? 気のせ……一緒になん…え……えっ!? 赤星が!?」

 

 ……聞こえてくるセリフから…嫌な予感しかしねぇ…。

 

「隊長!? 隊長!!?? にしっ…………」

 

 切れたであろう通話。

 持っていた携帯電話を力なく下ろすエリちゃん…。

 乾いた笑いを繰り返している…。

 

 目に光がありませぬ。

 

「……行く…行くって……尾形」

 

「はい?」

 

「アンタの所に、明日行くって言ってたわ!! 大洗に!! 私も…確認する為にって……」

 

「」

 

「まずい…。下手な事、言っちゃった…………せめて、私も大洗にいないと……他県でなんか……バレたら……」

 

 ……。

 

 …………。

 

 途切れ途切れの聞こえてくる単語…。

 

 

 恐怖しかない。

 

 

 !?

 

 こ…今度は、俺の携帯が…振動を繰り返している…。

 

 誰……だ……。

 

「はっ…はは……隊長じゃない? …口裏……合わせなさいよね…」

 

 力ない、エリちゃんの声…いや、まぁそれくらいなら…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 は?

 

 ……え? なんで?

 

 バイブ音を繰り返す音…携帯。

 

 その画面に表示されている、見慣れた番号…と、名前…。

 

「もっ!! もしもし!?」

 

「…尾形?」

 

 血相を変えた…そんな顔をしたのだろう。

 エリちゃんが、訝しげな顔で見てきた。

 

 が! 今は! こっち!!

 

 携帯を通して聞こえてくる……懐かしい声。

 

 俺のある意味での恐怖の対象…。

 

 

『 あ、タカ君? 久しぶり』

 

 

「……あぁ…うん。久しぶり…」

 

『今、大丈夫?』

 

「大丈夫……ではない」

 

『そっか! んじゃ、一応手短に済ませるけど』

 

「……」

 

 いつもの様に…単純明快。

 脳筋の血筋…。

 ある意味で分かりやすくて楽だけど……。

 

 

『明日、タカ君の、一人暮らしをしているであろう! …お家に行くわねぇ?』

 

 

「  」

 

 

『私も今、夏休みだしぃ。あんな事件があった後だしね。一度、見に行こうと思っていたの』

 

 

「  」

 

 

『そんな訳だからね、楽しみにしててねぇ~。じゃあね~』

 

 

 本当に本題だけ言って……切られた。

 

 ……。

 

 マズイ

 

 まずいまずい!

 

「エリちゃん!」

 

「…なによ」

 

「車借りて…直接…大洗まで帰る」

 

「……」

 

「んな訳で、一緒に行くぞ…すぐに! 今すぐ!!」

 

「…えっ……はっ!?」

 

 確定事項とばかりに、彼女の手首を掴む。

 腰を落とし、彼女の顔を真正面に見る。

 

「まほちゃん…大洗に明日行くんだよな?」

 

「…そ…そう言っていたけど」

 

「俺ん家に来るんだよな!?」

 

「…えぇ…直接、本人に電話すれば?」

 

「怖いから嫌!」

 

「…あんた」

 

 俺が声をかけてしまい、それに即座に反応して名前を出してしまったエリちゃん。

 それの声を拾ったであろう…まほちゃん。

 多分…一緒にいる事が、バレたのだろう。…赤星さんは知らんが。

 

「だから、エリちゃんも大洗にいないとまずいと。まぁ大洗なら幾分まだ、言い訳が立つと!!」

 

「……ぐっ…」

 

「なら一緒に行けばいい」

 

 そこまで言うと、その細い手首を引っ張る。

 多分…大洗に来て、ある意味で初めての拉致ですな。

 

 されるのでは無く、する方の…。

 

「ちょっ! 確かにそうだけど、なによ急に!!」

 

「……」

 

 駅の近くに確かあったな。

 携帯で、レンタカーショップと…道路の渋滞状況を調べる。

 高速道路が……うっわ……すげぇ混んでる。

 

 ここから、大洗までの予測時間……。

 

「……明日の朝方になりそう」

 

「なっ!?」

 

 正確には夜中にでもつきそうだけど、エリちゃんいるから安全運転で…無理しないで行けばそのくらいか。

 よし!! ここまで調べたらもう用は無い!!

 よし!! 怖いから電源を再度OFF!!

 

「さ…流石に…明日……泊まり……」

 

「大丈夫!! 車内泊も慣れれば楽だ!」

 

 新幹線、何時になるか本当に分からないからな!!

 

「いや…さすがに…着替えないし…」

 

 車内泊にツッコミがない…。

 

「…あぁ。ゴメン…女の子だもんな…」

 

「そういう問題じゃ「そこはおっちゃんが、一式買うたる!!」」

 

「アンタは誰なのよ!!」

 

 すまんがもう、選択肢が残されていない。

 さっさと移動、朝までに家に戻らなければならない…。

 

「…細かい事情は車内で言うけど、簡単に言えば…」

 

 鉢合わせになる前に…なんとか……なんとかしないと…。

 まほちゃんと合わせるのだけは、回避しないと…いや…もう。

 本気で体張らないと…。

 

 来る…。

 

 もう一人…未だに単純な力で、勝てない相手…。

 

 

 

「姉さんが来る…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第05話 エリカさんです! 後編

「ブツブツと、うっさいわね…何をそんなに青くなってるのよ。」

 

 東名高速道路へ入り…予測通りの大渋滞へとハマっている。

 前方には長蛇の車の列…赤白黄色…色とりどりできれいだね!!

 まぁ、最悪の場合を想定しての即帰宅。

 事故なんて起こさなければ、最悪早朝までには到着するから特にイライラはしていない。

 それが救い…。

 

 …姉。

 

 尾形 涼香 19歳。現在、花の女子大生。

 

 アレが…今のあの家に…やってくる…?

 あんな人間兵器、普通の人間じゃ対応できるはずないだろ!?

 …冗談じゃない。そこにまほちゃんが来るなんて…。

 

 鉢合わせたら、洒落にならない!!

 

「…あの…尾形。ゴメン、この状況で遠い目をして笑うのやめて。真面目に怖いから」

 

「んっ!? あぁ…悪い。エリちゃんが、この話に乗ってくれて助かった」

 

「別にいいわよ…。私も助かったし…」

 

 助手席から声を掛けてくれたエリちゃん。

 結局、一緒に大洗へと俺と共に戻る事を了承してくれた。

 背に腹は変えられない…とか、ブツブツ言っていたけどね…。

 

 車に乗り込む時、長時間車に乗る事になるので、後部座席を勧めたが…。

 

『 …今回、私は運転できないし…なんかアンタに悪いから、こっちで良いわよ 』

 

 と、助手席へと勝手に乗り込んでしまった。

 そして現在へと至る。

 

「で? 理由はなんなの?」

 

 俺と同じく、流れない車の列を眺め、ぶっきらぼうに聞いてきた。

 あぁ、急ぐ理由だな。

 

「アンタのお姉さんとやらが来るだけで、なんでこんな事になったのよ」

 

「……」

 

「…後、西住隊長の事もなんか言ってたけど…」

 

 まぁ…いいや。

 ちゃんと話そう。俺がしたい話は後でもできる。

 黒森峰に滞在した時に、少し聞いたけど…。

 

「エリちゃん、俺のオカンに会ったんだよな?」

 

「え? …えぇ。隊長の胸、揉みしだいてたけど…」

 

「  」

 

 

 

 

 

 あ の バ バ ァ !!!!

 

 

 

 

 それは初耳だ!! 

 

 大変な時に、何やってんだ!!

 

 

 

 

 

 

 俺でもまだ「  マ  ダ  ?  」

 

 

 

 

 

 

 あ…いえ、なんでもないっす。

 睨まないでください。お約束ってやつです。

 咄嗟にでた言葉です。

 

「…で、なんか不審者共を、空き缶をゴミ箱に捨てるみたいに投げ飛ばしてたわよ」

 

 大きな溜息と共に吐いた言葉。

 

 ため息は…まぁ、うん。

 

 ただ、…その目には、少し怯えが見えた。

 それは、オカンに対してでは無い。

 

 思い出してしまったのだろう。

 アレらは、全てエリちゃんを見て、監視して…そして狙っていた。

 今はそれが、はっきりと分かってしまっているから。

 

 …。

 

 話を続けて終わらせよう…。

 

「…母さんの事、どこまで知ってる?」

 

「い…一応、西住隊長に教えてもらったけど。すごい人ね…色々な意味で…」

 

「じゃあ、分かるな」

 

「なにがよ」

 

「…姉さんは、ぶっちゃけた話…。現状、母さんより強い」

 

「  」

 

「…姉さんは、年齢も相まって、脂が乗っている状態……本気でやり合えば…だけどな」

 

 そりゃ年老いた…とか言ったら、ぶっ殺されるけど、肉体的にピーク時な姉の方が、現状……我が家で最強。

 オカンの方が、やり方とか技とか汚いからなぁ…。

 それで、まだ姉には勝てていて、力関係の均衡が保たれている状態。

 …そもそも何言ってんだ、俺は。

 

「い…いや、それはそれで驚いたけど…だからなによ。強い人が来るってだけでしょ? アンタの家庭事情って奴…『 でだな!! 』」

 

 そう…一番の問題だ。

 

「 まほちゃんと異常に仲が悪い 」

 

「……」

 

 非常にじゃない。異常だ。

 

「想像できるか? あのまほちゃんが、相手の胸ぐら…積極的に掴みに行く姿…」

 

「…ぇ」

 

「まぁ原因は、姉さんにあるんだけどな…」

 

「…なによそれ」

 

「…姉さんの俺を見る目が、気持ちの悪い位に異常でな…。ありゃ弟を見る目じゃねぇ…」

 

「……………………」

 

「高校生に上がった弟が、風呂に入ってる所に、全裸で! 一緒に入るぅとか、猫なで声で入ってくるんだぞ!?」

 

「うっっわ…」

 

「待て!! 俺はソッチの気はない!! ある程度、変だとは思うが、そこまでの特殊性癖はないぞ!!??」

 

 本気で引いた、エリちゃんの目が怖いかった…。

 

「まぁ…青森の高校でもそうだったんだけどさ…1年の教室に3年の姉が、毎回毎回、昼休みに来るとか…」

 

「結局、一緒に入ってるじゃない、このシスコン」

 

「……だって」

 

「否定しない…」

 

「…単純に力で捩じ伏せられるのだから…逃げるに逃げれねぇ…」

 

「…ぇ。は?」

 

「俺以上の筋力で、オカン譲りの技で…俺は……無力だ……」

 

「なに? …その筋肉って見せ筋なの? うっわ…」

 

「…ちがっ!!」

 

「じゃあなに? アンタと一緒で、熊みたいなガタイでもしてんの?」

 

「…違う。容姿…見た目は文学少女というか…それこそ、図書館にでも入り浸っていそうなインドアな感じなんだけどな? その…華奢に見える腕に…捩じ伏せられるんだよ……俺」

 

 想像できるだろうか?

 前髪パッツンの…体型は線が細い…華奢。

 美人と言われる部類に多分入るだろう。

 知らない人には、姉弟だと信じてもらえない様な…儚げな感じ…。

 華さんと姉妹とか言われたら、疑いもしないで信じてしまいそうな見た目。

 

 でも、中身は、オカン。

 

 流石母娘だと、納得できるほど…根本的な部分が瓜二つ。

 敵だと判断したら、そんな相手には容赦がない。

 

 …要は脳筋……。

 

「いたなぁ…昔…そんな見た目に騙された奴」

 

「騙された?」

 

「あぁ。オラオラ系とでも言うのかなぁ…。強引に迫って来た奴…」

 

「…何処にでもいるのね。クズッて」

 

 俺を見ないでください。なぜ、ジト目なのでしょう?

 僕、強引に迫った事なんて…。

 

 ……。

 

 大洗ホテル以外じゃありませんよ?

 

「…ま、結局そいつ…片手だけで、無傷で拘束された挙句、全裸で校舎の屋上から、吊るされたけどな」

 

「……」

 

「雪の降る中」

 

「…………」

 

「そりゃ、問題になったけど…「人権を無視されましたから、人権を無視しました」って、笑顔で返してたなぁ…」

 

「………………」

 

「怪我はさせていませんよぉ? って、言っていたのを今でも覚えてる。やり方も、エグいんだよ…」

 

「あ、ちなみに。報復されると面倒くさいって、親族含めて全員の、心を折りにアフターケアまでやり抜いた…のを、大々的にやったんだぁ…俺を含めて一気に有名人になりましたぁ…」

 

「それは、アフターケアとは言わない…」

 

「やり方もそうだけど…姉……。本気で握力測定すると、測定器具ぶっ壊すから…普段は適当にセーブしてるって言ってたなぁ…」

 

 全身、ピンク筋肉で出来てるんじゃないだろうか…。

 とにかく…勝てない…。

 一時ついたアダ名が、サ○ヤ人。

 

 …今、思った。

 俺に友達できなかったのって…姉さんのせいでは?

 話す時に、怯え方が尋常じゃない人も結構いたしなぁ…特に女子生徒に…。

 まぁ…今更だけど…。

 

「俺さ…青森の港で、住み込みのバイトしてたんだけど」

 

「…あぁ、なんか隊長が言っていたわね」

 

 

「ぶっちゃけた話。姉さんから逃げる為」

 

 

「……」

 

 今だから思う…良く、ノンナさんと鉢合わせにならなかった…と。

 

「熊本にいる時から、そうだったんだ…。兎に角、胸の大きな女性が大嫌いでな…それも相まって、まほちゃんと良くぶつかっていた」

 

「……」

 

 まほちゃん…中学から凄かったからなぁ…。

 

「まほちゃんも、まほちゃんで、本気で生身の人間相手に、戦車持ち出そうとするし…あの…まほちゃんがだぞ?」

 

「……」

 

「最悪、出会ってしまったら……俺が間に入らないと、どうなるか分からん」

 

 全寮制の体育大学に入学したから、安心してたのに…。

 あぁ…そうだそうだ。

 何回目かなぁ…これ思うの。

 電話切る前にも言っていたっけ…。

 

 

 世間様では、現在夏休みだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 今、大体どこを走っているのだろう。

 流れる代わり映えのしない景色を、目で追っているだけの時間。

 眠気を誘う…ただ単調な景色。

 まぁ…渋滞も多少は緩和され、車もある程度のスピードで走れる様にはなっている。

 

 尾形の姉の話も、すぐに終わった。

 ただコイツが、余り詳しく話したくない…と、いった感じも見て取れるので、敢えて深く聞かなかった。

 

 …だって…遠い目で、段々とその目から生気が失われて行くのだから。

 車の運転中にはやめて。

 普通に怖い。命の危機を感じる…ってのもあった。

 

 その後、暫くは無言が続く…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 聞いてこない。

 

 道中で、何か話があると思っていた。

 

 ―みほの事で。

 

 言い倦ねているのか何なのか…。

 分からないが、余り聞かれたくない事なので、別にそれ自体は構わなかった。

 ただ…何か、焦らされているみたいで、正直落ち着かない。

 

 …車内からは、カーナビの音声と音しか、聞こえてこない。

 

 すでに夜も遅くなってきた。

 同じく高速道路を走る車からの光が、少々眩しくも感じる。

 …代わり映えのない景色が、更に単調になり…もう…

 

 ……。

 

「エリちゃん」

 

「っ!」

 

 …危ない。

 

 危うく、寝てしまう所だった…。

 久しぶりに開いた口からは、変に鈍い声がでてしまう。

 

「な…なによ」

 

「あぁすまん。起こしたか?」

 

「…大丈夫よ。寝てはないから」

 

 …危なかったけど。

 

「それに寝るつもりもないわよ」

 

「別に良いのに…」

 

「はっ。こんな所で寝ちゃったら、アンタに何されるか分からないからねっ」

 

「信用が…ないなぁぁ…」

 

 苦笑。

 

 特に怒った感じでも、気にしている感じでもない。

 いつもの軽口。

 

 …私はまだ、こんな事しか言えないのだろうか?

 

 こんな所。

 

 二人きりの車内。

 

 そして、今の状況。

 

 夜。

 

 なんだかんだ、不埒な事なんてしないだろうと、確信はしている。

 確信はしているからの、同行…移動……。

 しかし、何故かイヤミの一つも言いたくなるのは…何故だろうか?

 

「いや…もしあれなら、後部座席に移動しても構わないよ? 助手席より楽だろ」

 

「お断りね」

 

 ……。

 

 こいつが、長時間運転しているのだから、私が寝てしまったら…その悪いと思うし…。

 

 何より…

 

「寝顔なんて、見られてたまるものですか…」

 

 ただそれだけ…。

 

「…はっ」

 

「なによ…」

 

 思わず声に出てしまった。

 それを聞いて、なにやら面白そうに…少し、笑った。

 

「さて、そろそろ一度、飯にしよう。何処かで下りるか?」

 

「…サービスエリアで良いわよ。それに今のご時世、どこのサービスエリアでもコインシャワー位あるでしょう?」

 

 …そう。

 流石にちょっと…。

 

 夏場と言うのもあり、汗が気になる…。

 何より…匂い…。

 

「そ…それに、サービスエリアとかで、食事をした事ないから…ちょっとね? 気になる」

 

「場所によっては、その地の特産品での食事提供をしているしな。一概にもう馬鹿に出来ないよなぁ…」

 

 静岡に来る時は、サービスエリアに設置されている、自販機のお蕎麦を食べたとか言っている。

 …そんなのあるの? 自販機?

 

「…じゃあ、いい加減に話しなさいよ。サービスエリアに着く前にまでは、聞いてあげるから」

 

「なにが?」

 

「アンタが私に話したい事…落ち着かないのよ。こんな状態で、食事とかは嫌ね」

 

 …。

 

 何かにつけて言い訳を付け加えてしまう。

 

 ……結局。私が気になるだけだ。

 

「あ~…あー…うむ」

 

 先に言われたと、今度は苦笑した。

 ま…どうせ、わかりきった話だけどね。

 …さっさと終わらせたい。

 

「流石に言い辛かったんだよなぁ…。でもまぁ…こんな機会、作らないとないしな…。特にエリちゃんと二人きりの状況なんてなぁ…。次はいつ作れるか分からないし…」

 

「ま…前置きは良いのよ。さっさとして」

 

 …二人きりの状況という言葉に反応してしまう。

 一瞬、目線をこちらに向けたが、すぐにまた前を向く。

 まぁ、よそ見運転されても堪らないしね。

 

「駅でも言ったけど、みほの事だ」

 

「…はいはい。アンタの…彼女ね」

 

「あ~うん。まぁそうだけど…」

 

 ……。

 

「……」

 

 だから…なんで、こういう言い方しか…。

 性格の悪い自分が嫌になる。

 

 まったく…完全に目が覚めたわ。

 

 …と、同時に…決勝戦。

 特に、試合開始前の事を思い出した。

 

 あの野原。

 

 西住隊長が珍しく、私を嗾けてきたあの…。

 感情的になってしまい、絶対に言わないと決めていた事まで、あの子にぶつけてしまった時の事を。

 

 ……。

 

 …………。

 

 当然と言えば、当然なのだろう。

 だけど…その事に対しても腹が立つ。

 熊本港に、コイツがやってきた時もそうだ。

 

 あぁ…腹が立つ。

 

 この男が、みほを酷く気に掛ける事に。

 

 この男が、隊長を酷く気に掛ける事に。

 

 

 

「……」

 

 

 

 ぁ…ぇ? え? 隊長を?

 

 

 ここで、なぜ西住隊長が出てくるのだろう?

 

 

「そ…そういえば、アンタ。前から、言ってたわよね」

 

「…何を?」

 

「みほと、私を仲直りさせるだとか、なんとか」

 

 何故だろう…本当に…なんで…。

 話を聞くと言ったのに、こちらから話しかけてしまった。

 

「まぁ、今回の目的の一つだったな」

 

「…はっきり言うわね。そもそも、仲直りも何も、黒森峰の時からそんな関係じゃないわよ」

 

「ふむ? でも結構、みほからのメールとか、エリちゃんの事が多かったぞ?」

 

「……そ…そんなの知らないわよ」

 

 言い淀む。

 思考を誤魔化す様に…口から適当な言葉が溢れる。

 

 何故だろう。

 気づいてはいけない。

 気づいては駄目な事に、片足を入れた気がする。

 

「そ…そもそも…もう、私はそんなに怒ってはないわ。だから、仲直りも何も無いのよ」

 

 …。

 

「…怒ってない」

 

 ………。

 

 怒り。

 

 怒っていない。

 

 …もはや、どうでもいい。

 

「はっ。試合前の事もどうせ、アンタの差し金でしょう? 西住隊長に余計な事でも言ったんでしょう?」

 

 フラッシュバックする、あの時の、あの子の困った顔。

 フラッシュバックする、あの時の、隊長の嬉しそうな顔。

 

「……」

 

 助手席の横。

 車窓に映る自分の顔…。

 その映る、自分自身からの目線からも逃げていた。

 

「…余計なお世話よ」

 

 気が付けば、見えるのは自分の握りしめた手…。

 

「…前回の決勝戦。あの子が黒森峰として戦った、最後の試合。敗因がどうのってのも、もはや私はどうでもいいのよ。…負けを糧に次に勝てばいい」

 

「……」

 

「…初めはあの子が、周りから逃げ出した事に、どうしようもないくらいの怒りを感じた」

 

 …逃げた事。

 

「…西住流が…黒森峰の副隊長が…」

 

 その事に関しては、私はもう何も言えない。

 私自身、逃げ出してしまったから。

 あんな事、位で…。

 

「誰より…も、誰よりも…そして何よりも…」

 

 …悔しかった。

 

 大見得を切った挙句、よりにもよって、あの子に負けた。

 何もできず、隊長の援護すらできなかった…。

 気が付くと歯を食いしばっていた。

 

「はっ。一番腹が立ったのは、あの子が戦車道に復帰した事ね…他校なんかで」

 

 アンタトイッショニネ

 

 吐き捨てる様に笑い、あの時あの子に言った、同じ様な事を繰り返して口に出す。

 ……意味なんてもうないのに。

 

 違う…思い出せ。

 

 …情けない、自分。

 何もできなかった、一番辛かった気持ち。

 ただ感情的になり、私怨に駆られ…気持ちばかり先走った、何も出来なかった試合。

 

「……」

 

 ゴマカス。

 

 感情を誤魔化す。

 

 繰り返し繰り返し、何度も何度も同じ事を言い訳に、その場面を思い出す。

 そんな…試合の事も…もはや、どうでもいい。

 感情と、口に出す言葉が噛み合わない。

 

 黙って聞いている尾形に、顔を背け…もう一度、窓を…映る自分自身を見つめる。

 何を言っているのだろう? 私は。

 

 決勝戦の事はもう…反省はした。

 

 シミュレートもした。

 

 練習もする。

 

 次に勝つように。

 もう二度と負けないように。

 もう一度、あの子と戦ったとしても、完膚なきまでに叩き潰せる様に。

 

「でも、もう怒っていないのだろ?」

 

「…ぇ?」

 

 黙って聞いていた尾形。

 前を向き、私の愚痴にも似た言葉を、黙って聞いてた。

 酔っ払いの様に、ただ同じ事、同じ話を繰り返してしまったかもしれないのに。

 しかも、怒っていない。

 

 久しぶりに開いた口から出た言葉に、間の抜けた返事を返してしまった。

 

 その言葉すら忘れていた。自身で言ったのにね…。

 

「…ふむ。んならさ、何に対して怒るのをやめたんだ?」

 

「なにって…戦車道に決まって……」

 

 そう…他に何がある。

 

 結局、あの子に負けたと同時に、認めてしまった。

 

 あの子を認めてしまった…。

 

 殲滅戦ならば、勝てる見込みなんてないだろうけど…全国戦車道大会はフラッグ戦。

 だからの敗北…でも、それは言い訳になる。

 あんな戦力で、あんな素人集団で、万全を尽くした状態の黒森峰に勝てたんだ。

 

 最後、あの場所で、一対一の場面。

 あの場所で、みほが隊長に負けたとしても…多分………許してしまったかもしれない。

 経緯を見て、聞いて、感じて…。

 

 

 

「…なら、エリちゃんはさ。何に対して…みほに、そこまで怒っているんだ?」

 

 

 ……。

 

 人の話をちゃんと聞きなさいよ。私はもう…別に…。

 

 

 

 喉から出そうになった言葉が止まった。

 

 喋らない。

 

 声にならない。

 

 言いたくない。

 

 ……。

 

 一度、言った言葉だけど、今度は何故か言いたくなかった。

 

 続く無言の時間。

 目に映るのは、変わらない風景と窓に映る自分。

 そんな静かな時間。

 ただ、それでも…尾形は何も言わなかった。

 

 たまに振り向くと、たまに目が合う。

 

 その繰り返し…。

 

 昔…意地を張り続けていた、可愛くない子供。

 そんな子供を見ていた顔で、根気よく…私の言葉を待っている。

 

 …なんで…こうも、いつもと違うのか?

 格好をつけたくなるとか、言っていた。

 …お兄ちゃんとして。

 

「……」

 

 窓に薄く映る、私が見える。

 目つきも悪く…無愛想な顔。

 

 …。

 

 ……。

 

 なんのホラー映画だろうか?

 ほら。私はもう喋る気なんてないのにね…。

 

 …その窓に映る、私の口が動き出した。

 口の動きでわかる。

 こう言っている。

 

 お兄ちゃんの問いに答える。

 

 その答えは簡単。

 

 

 

 ―裏切られたから。

 

 

 

 そう、何もかも。

 

 まだアイツは、忘れている。

 

 アイツだけが忘れている。

 

 隊長はハッキリとは言わないが…アルバムの写真を見せてくれた。

 その一枚を探して…一番最初に見せてくれた…。

 何も言わなかったけど、ただ…普段見せない笑顔で応えてくれたんだ。

 

 …。

 

 アイツは忘れている。

 

 お兄ちゃんも思い出している。

 ハッキリと聞いている。

 全裸での告白だったけどね…。

 最悪な告白だったけどね……。

 

 …。

 

 助けてくれた。

 

 あの時と同じように。

 

 あの時、以上に…。

 

 でも、あの女は忘れている。

 

 …まぁ、それは別にいい。

 覚えていないと知ったのも、中学の時だから。

 

 …西住流家元のご令嬢だ。

 私は忘れるはずもない。

 

 だから、彼女も忘れるはずもない。ただ勝手にそう思っていただけだから。

 ただの期待だったしね。

 

 ……しかし思いの他、ショックだった。

 

「 はじめまして 」…の、一言は。

 

 でもまだいい。それはいい。

 また始めれば良いだけの話だ。

 

 ―裏切られた。

 

 引越し先で、まず履修したのが戦車道。

 唯一の繋がりが戦車だった。

 だからできた、だから続けられた。

 

 昔は大嫌いだった戦車が、好きになっていた。

 …なれていた。

 

 好きになれたのに……

 そう…一人、足りないけど、戻ったと思った。

 戻れたと思えた。戻れそうだと思えた。

 

 黒森峰高等部に上がり、西住先輩にも追いついた。

 無類の強さを誇った西住姉妹…。

 そして彼女は、副隊長。

 

 当時の彼女を、心の何処かで認めていた。

 憧れの先輩なのではなく、ただの同級生の彼女を。

 それは、西住隊長にも感じるモノと同じだったのかもしれない。

 

 口が裂けても言わないけどね。

 

 

 …。

 

 

 

 …そんな思いを…あの女が、全てぶち壊した。

 

 

 

 

 これが本音。

 ただの女々しい、私の身勝手な本音。

 理由なんて、いつも単純…。

 

 …戦車道から逃げた。

 

 黒森峰からではない。戦車道から逃げたんだ…。

 

 勝手に期待して、勝手に裏切られたと感じるのは、筋違いかもしれない。

 しれないが…あの女が、戦車道から逃げた事で、思い知った。

 

 何もしないで、ただ全て捨てて…逃げ出した。

 周りの期待も、私の期待も、何もかもを…捨てたんだ。

 

 ただ一度の事だけで…。

 今までの私は、なんだったのか…何もかも引っ括めて…確信した。

 ここまでの集大成。

 私が一番、許せない事。

 

 

 

 この女は、私を見ていない。

 

 

 

 

 幼馴染みと覚えていなくとも、友人だと思っていられなくとも…。

 仲間だと…少なくとも「戦友」だと、そう思っていたのに…。

 

 挙句。

 

 ……新しい学校で、新しい仲間を引き連れて……私達の前に現れた。

 

 初戦から準決勝まで…彼女を見るのが、辛かった。

 彼女の実力を見せ付けられる。自分との事を嫌でも比較してしまう。

 …そんな話でもない。

 簡単だ。

 

 楽しそうにしている、あの子が憎かった。

 

 全て捨てて…黒森峰までの事を全て捨てて置いて。

 新たに…よりにもよって、私の全てだった戦車道で、敵として現れた。

 裏切り…それ以外の言葉が思い浮かばない。

 

 何より…一番、腹立たしかったのが…。

 

 後で判明した事だけど、よりにもよって、お兄ちゃんと現れた。

 …最後のピースだったのに…。

 挙句…恋人? は?

 判明した時…本気で不抜けたあの女の顔を、引張叩きたいと思ったわよ。

 

「…俺か?」

 

 …そうよ。

 

 ふざけるなと、思ったわよ。

 

 嫌な事から全て逃げたしておいて、一番おいしいとこだけ持っていく…。

 西住隊長なら、まだ良い…。

 黒森峰の頃のあの女でも、まだマシ……。

 

 ただ…今のあの子では、どうしても…許せない…。

 

 お兄ちゃんとの関係で、西住姉妹の関係は修復しつつある。

 西住流としても、家元との関係も……。

 戻っていく…全て戻っていく……今のあの子を周りが受け入れて行く…。

 西住隊長は卒業する。

 あの女の横には、お兄ちゃんがいる…。

 

 

 

 …そして私は、また一人になる。

 

 

 

「ふむ…」

 

 ……。

 

 …………小さい。

 

 本当に小さい、理由。

 言葉にすると、自分の矮小さが嫌になる。

 

 ただの…嫉妬だ。

 

「…それが、エリちゃんの本音か」

 

 そうよ。くだらない…本当にくだらない理由。

 戦車道だってそう。

 なんだってそう…私の全てを…。

 

 逃げ出した女が、もう駄目だと思っていた…ただの思い出になり始めていた、そんな相手と。

 …人の初恋相手と現れた。

 これが、頭に来ないはずがないでしょうよ。

 

「……ぇ…?」

 

 はっ!

 …まぁ…とんでもなく変わっていたけどね。

 まぁーゾロゾロ女引き連れて。

 戦車道界隈で、男が有名になるんなんて殆ど有り得ないのにねぇ?

 西住キラー? 光源氏の再来? …聖グロリアーナ? アンツィオ? プラウダ? はっ!!!

 挙句…島田流の天才少女と婚約だとか…。

 ロリコンにまでなってるとは、思わなかったわよ。

 

「いや…あの…それはね? 色々とございまして…」

 

 所詮、男なんてそんなモノかと、思っていた。

 

 …でも嫌でも思い出す。

 

 西住隊長を拉致した時の事。

 …よりにもよって、家元に姉妹の為だけに喧嘩を売りに行った事…。

 

 何より…私を覚えていてくれた事……。

 

 

 ……決勝戦…。

 

 

 周りを巻き込んで…結局、見えてきたのは、昔と変わらない芯の部分…。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …だから……結局、今日だって…他県にまで……。

 

 ……。

 

 ……あぁ……そうか。

 

 結局…私は……この人が…。

 

 これからも見てくれると、あの時あの場所で断言してくれた。

 

 …尾形が…。

 

 

「…俺の事? 何?」

 

「……」

 

「…なんでしょう? いきなり、睨まれた」

 

「アンタ、さっきからブツブツと……独り言が、うるさい」

 

「……え?」

 

「いや…え? 独り言? え? 何言ってんの?」

 

「は?」

 

「あの…ずっとエリちゃんと、話してたよな? あれ?」

 

「何言ってんのよ。…いいから、黙って運転…しな……さ……」

 

「あれ…会話してたよな…俺が勝手に? え?」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いや、でもエリちゃん。ちゃんと返事を返して…あれ?」

 

「  」

 

「エリちゃーん…あの……耳真っ赤ァァ!!!??」

 

「  」

 

「ダメだって!! ここ、高速!! なんで、急に暴れだ…危ないからぁ!!」

 

 

「    」

 

 

「ほらっ!!! もう着く!! サービスエリア着くから!! やめて!! マジで! 事故るから!!!」

 

 

「         」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ……。

 

 どうしろと?

 

「  」

 

 サービスエリアのフードコートにて、白くなって突っ伏している、エリちゃん。

 

 動きませんね。

 耳真っ赤ですね。

 余計な事は、言わない方がいいですよね。

 

 ……。

 

 あぁ…テーブルにコツコツ、額をぶつけてるなぁ…リズミカルだなぁ…。

 

 車止まった瞬間、ドア開けて逃げようとしたのには、流石にビビった…。

 ロックかけていて正解だったね…。

 こんな夜の見知らぬ土地でなんて…更には高速道路上で鬼ごっこなんて、冗談じゃない。

 

 ……。

 

 ま、結局。腹は空いていたみたいで…素直にここまでついてきた。

 

 …素直にね。

 うん…多分。

 

「   」

 

「あの…エリちゃん? そろそろ食券買わないと…店閉まるよ?」

 

「   」

 

 ギリギリに来た客…そんな感じですからね。

 カウンターから、スタッフらしき方が、こちらを見ている…。

 

「…地元肉を使った、ハンバーグとかあるけど?」

 

 あ、肩がピクッと反応した。

 …やれやれ。

 

 

 

 

「……」

 

 買ってきた食事…。

 結局、反応はしたけど動こうとしないエリちゃん。

 

 まぁ、その例のハンバーグですが…。

 モコモコと結局、食べてくれましたしね…まぁ大丈夫だろ…・。

 めっちゃ涙目でしたけど…顔の色が凄まじかったですけど…。

 

 一言も喋ってくれませんでしたけども!!

 

 食事が済み、食器類を片付け…お茶だけ置いてあるテーブル。

 さて…どうしたものか。

 俯いたまま、微動だにしない。

 

 …今、本題とやらを話した方が良いか?

 

「…結局」

 

 ん?

 

「今回の事って…アンタは何がしたかったのよ。まさかただの本当に…カードトレード…なんて言わないわよね」

 

「……」

 

 ある程度、触りの部分は話していた為…だろうか?

 俯いていた彼女から、本当の目的を教えろと…力のない声で問われた。

 …まさか、エリちゃんから切り出されるとは思わなかった…。

 

「…はっ…無意識に全て、よりにもよってアンタに言ってしまった。だから、アンタも本音で話しなさいよ」

 

 いやぁ…うん。

 気持ちはわかるよ? 俺も同じ様な体験は…………腐る程したから…。

 感傷的になり、思っている事を車の中で、全て暴露してしまった。

 

「…じゃなきゃ…不公平…」

 

 ……。

 

 随分と一方的だな。

 

「ふぅ…さて、エリちゃん」

 

「……なによ?」

 

「んなら、ご希望に沿って…今回の俺の目的の、本命を言っておこうと思う」

 

「…本命?」

 

 下を向いていた顔が、少しこちらを見上げた…。

 目があった彼女…あぁ……泣いてるし…。

 まぁ…うん。それでも…今言っておこう。

 

「短い間だったけど…もう、エリちゃんと呼ぶのはやめようと思うんだ」

 

「…そ…そう」

 

 その目線を逸らし…何故か少し落胆した…声?

 

「だから、もう…ある意味での……兄妹ごっこは終わりだ」

 

「……ごっこ…」

 

 昔からの記憶…。

 気分や感情が高まると、俺を「お兄ちゃん」と昔の呼び方で呼ぶ。

 まぁ…俺も昔の呼び方で、彼女を呼んでしまっているから…それも連動してしまったのだろうけどな。

 これは…少々、危うい。

 だから…。

 

「随分と迷ったけど…今日のエリち…エリカの話で、何となく…分かったから。聞いたからこそ…踏ん切りがついた」

 

「…っ」

 

 何を思っているのか…何を考えているのかが、俯いた彼女からは上手く読み取れない。

 

「このままじゃ、良くない」

 

「……」

 

 エリカの本心を…話を聞いて思った。

 

 思ったより…根が深い。

 

 アソコまで、みほが忘れている事を気にしているなんて、正直思わなかった…。

 俺とまほちゃんが、思い出しているってのも…まぁあるのだろう。

 

 単純な理由なだけに、ある意味で難しい…。

 しかも今更、みほが思い出した所で、解決するとも…なんかもう、思えないしなぁ。

 本当に、戦車道に関しては許せる…許せたのだろう。

 みほの実力を見たからだろうか? ここら辺は、戦車を通じている彼女達にしか分からない。

 みほへの喋り方が、大洗ホテルの時に見た時…心なしか、少し穏やかになっていたしな。

 

 …何が、後…引っかかっているのだろうか?

 

「……はっ……それは…みほの為?」

 

 少し…震える声をだした。

 嘲る様な笑いも、今はキレがなかったな。

 

 ……。

 

「違うなぁ…みほは、今は関係ない」

 

「……」

 

 エリカの俺に対する態度が、少し変わった。

 お兄ちゃんと呼ばれるのは嬉しかったが、多分…これは昔の俺を見ている。

 エリカの本音を聞いた所……このまま続けると……みほの二の舞いになりそうだった。

 

 みほは思い出していないし、その場にいない。連絡も取る気なんてまったくないだろう。

 そして…まほちゃんも、いなくなる。

 

 結果…唯一の俺…。

 

 彼女は、思いの他…脆い。

 …そう感じる。

 一番、俺達の中で…過去に固執しているのは…彼女だ。

 

 だから…聞こた。

 俺の言葉が、何かの言い訳か何か…誤魔化す為の言葉に聞こえたのだろうか?

 絞り出す様な声が…。

 震える肩で、小さく呟いたのを…。

 

 

 ―お兄ちゃんも私を置いていく―

 

 

 これだ…。これが根っこ。

 やはりどこで、俺に期待していたのだろう。

 昔の関係を…続ける為に。

 

「決勝戦会場…あそこで俺は、これからは見ていてやるって、言ったんだ」

 

 ちゃんと見ていてやるって…。

 

「だから…君を昔からの…妹とかじゃなく…。ちゃんと、同世代の女性として、見ていこうと思う…」

 

「 」

 

「昔からの兄妹みたいな関係じゃなく……って……あれ?」

 

 カップが傾いていた。

 テーブルに広がる…液体から湯気が上がっている。

 あ…何か久しぶりに顔を見た気がする。

 しっかりとこちらを見ていた。

 

「じょっ……あ? せい!?」

 

「ん? まぁ…はい。そうです」

 

「…はっ……はぁ!? アンタ…今まで…も、そんな事ばかり言ってたんじゃないの!?」

 

 ……。

 

 何を顔を赤らめているんだろう。

 対等に見るって話なのだけど…。

 いや、しっかし…元気になったなぁ…急に。

 

「そもそも何よ! 見ているって!? ストーカーか、何か!?」

 

 やめてください…こんな公共の場で…視線を集めてしまいそうです。

 

「別に、特別な事じゃない。…俺が今まで、まほちゃんやみほに、してきた事と同じ事をするだけだ」

 

「なっ…」

 

 そう…あの4人で過ごした日々。

 俺が最大級…全力で…人生すら賭けたっていい人物。

 

「俺にとって君は、最後の恩人なんだ」

 

「……」

 

 ま…他の恩人様が、思いの外に手が掛かり…最後の恩人様の事は疎かになってしまったのは、素直に謝ろう。

 あの夏の日々は…俺の心を穏やかにしてくれた。

 腐った俺を、塗り替えてくれた日々。

 

 …だからこそ、全力で応える。

 

「…はっ…何よ…隊長達と同じ? じゃあなに!? 私が、隊長と同じで! 助けてって言ったら、来るの!?」

 

「行くなぁ~…多分…海外でも行きそう…」

 

「私が失踪して…どこか、別の学校に転校してたら…そこにまで…「ああ、行くな。行ってやる」」

 

 気がついたら、手を握り…頭を垂れて…叫びに近い声が聞こえる。

 

「…尾形、アンタ……八方美人も大概にしなさいよね…。今までの私の態度見てなかったの!? 普通ならっ!!」

 

「八方美人ね…はぁ……よく言われる…」

 

「当たり前でしょうが!」

 

「…別に誰に対しても、いい顔なんてしてる気なんてないのになぁ…」

 

「…ど…どの口がぁ…」

 

 ……。

 

 ま、そんな事を言う為だけに、ここまで来た。

 今は、まぁ……かなり予定とズレているけどな。

 

 気がついたらエリカは、俺の目を真っ直ぐに見ていた。

 先程までの、赤い顔はもうない。

 至極、真剣な眼差しで。

 

「尾形…」

 

「ん?」

 

 

「今から私、とんでもなく卑怯な事、言うわよ?」

 

 

「なんだろ?」

 

 立ち上がり、今度は俺を見下ろすような…少し、キツイ目。

 

「アンタは、私を見てくれると言った。…言ってくれた」

 

「言ったね」

 

「昔の事…何もかも、どうでもいい…アンタは、私を助けてくれると言ってくれた」

 

「言ったな」

 

 睨みつける様に…確認を取る様に…。

 

「…なら」

 

 一呼吸置き…ハッキリと言った。

 

 

 

 

 

「みほと別れて、私と付き合って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、んじゃ次は、寝る用意をしましょうか?

 

 この状態じゃ、このまま先に進むのはキツいだろうしね…。

 3時頃には、うまくいけば大洗に着けそうだったけど…まぁ仕方がない。

 

 …傍から見れば、ある意味俺は不審者だったよな…。

 まぁ…いいけど…。

 

 もう一つの目的である、コインシャワーのご利用を、エリちゃんがしております。

 はい。男性用と女性用…分かれている訳でもありませんので…見張り要因として、シャワーステーションと銘打つ部屋の前。その外におります。

 鍵が締まるので、問題ないと思うのだけど…時間も時間だし、そこから車にまで戻るのも…女の子一人では怖いのだろう。

 と、いうか。俺が心配。

 

 …しかしよく、俺に見張りなんぞやらせたな、エリちゃん。

 

 いや…エリカ。

 

 いつもの様に覗くなとか、色々言われると思ったのに…すごく…喋ってくれません。

 

 …というか、目すら合わせてくれません。

 

「……」

 

 …助けてくれたお礼。

 それでもいい。なんでもいい。

 

 そんな、足された言葉。

 

 先ほどの言葉が、頭をぐるぐると巡り巡る。

 

 

 

 窓から映る、ゆっくりと走りだす車や、その奥で木々の間から見え隠れする、車のヘッドライトの光を見て思い出す。

 それこそ数分前の言葉。

 

 

 …付き合って……か。

 

 ……。

 

 

「……出たわ」

 

「あっ…あぁ、はい」

 

 声をかけられた。

 コインシャワーから出てきたエリちゃん。

 

 高速道路に上がる前、チェーン店の安い服屋で、購入した服を……着てない…。

 

 ハーフパンツッぽいのを履いているのだけど…上が「熊出没注意」だった…。

 あれ? 買って押し付けておいてなんだけど…なんか、他の買ってなかったっけ?

 

 その出で立ちに、後ろで髪の毛をまとめていた。

 

 いや…本当に雰囲気が変わるものだ…。

 

「…なんで、ガッツポーズ取ってんのよ」

 

「ポニーテールって、結構好き…」

 

 ……。

 

 …解かれた。

 

 少しはまともに、話せる様になったのだろう。

 が、どこかまだ様子が変だった。

 

 車まで同行し、今度は助手席ではなく、後部座席へ。

 少なくとも、ここなら横になれるだろう。

 

「…アンタは、どうすんのよ」

 

「あぁ、俺も一回シャワー浴びてぇ…何処かで少し寝る」

 

「…は?」

 

 財布から小銭入れだけ取り出して、車の鍵と貴重品をエリちゃんに預ける。

 着替えは…正直、同じく「熊出没注意」でいいや。

 と、いうかソレを端から着るつもりだったので、服は購入していないしな。

 ズボンは、ジーパンだし、履きっぱなしで構わないだろ。

 

 3、4時間も寝れれば大丈夫だろ。

 若い体っていいね。

 

「…ちょ…は? 何処かって、何処よ!」

 

「フードコートとか? 休憩室のソファーとかかね? トラックの運ちゃんとかと枕を共にします」

 

「……なっ」

 

「慣れてるから、大丈夫」

 

 

 その一言だけ言って…後はさっさと車を離れた。

 何か言いたそうだったけど、他に選択肢はありませんからね?

 同じ車の中でなんて、流石にちょっと…ないよなぁ?

 人気の無い…そんな休憩室へと向かう…。

 

 

 

 

 -------

 -----

 ---

 

 

 

 

 なんて事が…昨日の最後の記憶…。

 

 ソファーに寝転がって、腕を枕に寝たはずが…耳元に何故か、別の柔らかい物を感じる。

 この柔らかさは、俺の腕じゃねぇ。

 …こんな柔い…あたた……

 

 と…取り敢えず、時間だ…。

 ズボンから携帯を取り出すと画面を確認。

 …朝の……4時半。

 視界に映る、携帯画面。

 

 …と……何か白いのが…。

 

「チッ…もう起きた」

 

「…何してん」

 

 エリちゃんが、膝枕でオコシテクレマシタ。

 

「…わ……悪かったわね。起こしちゃって…」

 

「……いつからでしょう?」

 

「30秒前」

 

 ……。

 

 …………は?

 

 体を起こし…周りを見渡すと…トラックの運ちゃんっぽい人達が2、3人いた。

 みんな寝ている為に、ここは静かだった…。

 並んだソファー…その隅っこで寝ていたのが、ある意味で幸い…したのだろうか?

 

「…なんか、頭をお越して…膝に乗せたらアンタが目を覚ましちゃったのよ」

 

「……30秒前」

 

 もう少し…なぜ……俺は、寝ていられなかった……。

 

 

 

 …違う。

 

 

 

「体が痛い…車の中で寝るのって…結構大変なのね…余り寝れなかったわよ」

 

 …ま、そうだろう。

 短時間なら大丈夫だけど、慣れないと後部座席でもね…。

 普段寝ない姿勢で寝るからだろうか?

 ……。

 

 さ……て。

 

 他に寝ている人もいる。

 騒がしくすると迷惑だし…目が覚めてしまったら、さっさと行動にでよう。

 エリちゃんは、4時頃に目が覚め…俺の様子を見に来たそうだ。

 二度寝もできない状態だしね…。

 

 即座に出発…ってのも、寝起きだとちょっと怖い。

 せめて眠気覚ましと、取り敢えずは、外のベンチへ。

 

 夏本番ということもあり、日の出が早い。

 …すでに紫色にも似た空が広がっている。

 

 ふむ…体がガタガタ言っているね…。

 

「ふぅ…さて、エリカ」

 

「……なによ?」

 

 彼女はベンチに座り…カップ自販機で購入したコーヒーを、ゆっくりと飲んでいた。

 夏場とは言え、大分と北まで来たんだ。

 早朝の気温が、少し肌寒く感じる……ので、ホットで。

 座っている彼女を見下ろし…ちゃんと言っておこうか。

 

「寝起き早々で、申し訳ないのだけど…」

 

「……」

 

「この分なら、多分…8時くらいには、大洗には到着できると思う」

 

 ま…正確には、学園艦の俺の家の前…にだけどな。

 車も返さないといけないしね。

 

 カップの湯気を遮り、上目使いで訝しげに見上げてくる。

 うむ。時間を開けた甲斐があり、ある程度…ちゃんと普通に会話してくれる。

 

「…そっ」

 

 …前言撤回。

 すげぇそっけない。

 

「なんて顔してるのよ。私の事、振っておいて? 優しく声でも掛けられると思ったの?」

 

 膝枕してくれたのに…。

 

 

 ……睨まれた

 

 

 昨日のあの言葉。

 

 俺は即答した。

 

 みほが、いるから無理だと。

 

 即答。

 

 迷いもなにもなく、ただ答えた。

 

 …初め、彼女は卑怯な事だと言っていた。

 

 俺達の関係性を何もかも、ひっくるめての発言だった。

 

「……」

 

「……」

 

 そんな返事を返した俺を、彼女は無表情に…見下ろしていた。

 そして先程と、同じセリフ…

『そっ』

 その一言で、会話が終了した。

 

 はぁ…。

 

 こうしていても、仕方がない。

 …さっさと出発しよう。

 座っていた椅子から、立ち上がり…彼女に声を掛ける。

 

「んじゃ、飯食って出ようか?」

 

「えぇ」

 

 ……。

 

 …………?

 

 彼女は立ち上がらない。

 返事を返した姿勢から動かないで、ただ俺の目をまっすぐ見ていた。

 

「尾形、一つ聞かせて」

 

「…なに?」

 

「昨日の事、アンタは…()()()()()()()無理だと言った」

 

「そ…そうだな」

 

 …まさか、はっきり言われると思わなかった…。

 

「…じゃあ、もし。みほと付き合っていなかったら…どうしたの?」

 

「……」

 

「西住隊長もいる。他の高校の連中もいる。それら引っ括めて…どうなの?」

 

「……」

 

「全てバレているから…もう恥も何もない。だからはっきりと聞く。…アンタはもう、妹を見るみたいな目線で、私を見ないと言った」

 

「……」

 

「…女性として見るとも言った。だから、しっかりと答えなさい」

 

 どうなのか?

 

 …ま。こりゃ、誤魔化せないな。

 いや…誤魔化しちゃいけないな。

 

「…正直…分からん。その場合…やっぱりチラつくのは、あの二人の顔だと思う」

 

「……」

 

「ただ…」

 

「ただ?」

 

「…エリカとそう言った関係になれるのは……正直、嬉しく思う」

 

「……」

 

「んぉ? 言い方がダメだな…有り? いや…楽しい……違う……」

 

「…何言ってるの、アンタ」

 

「……」

 

 上手く言葉が見つかりません…。

 

「じゃあ…アンタが、みほと付き合った理由……私にも当てはまる?」

 

「理由…? 自然体って奴か?」

 

「そう…」

 

 いや…まぁ……なんでそんな事…。

 しかし…エリカか…。

 

「結構…しっくりくる…」

 

「……」

 

「でも、なんでまた、そんな事聞くんだ?」

 

「別に…ただの確認…」

 

「確認?」

 

 

 

「………………」

 

 

 

「エリカ?」

 

「いえ? なんでもないわ。…後、これ。返すわ」

 

 …封筒を差し出された。

 それは、俺が用意した物。

 

「…あの…トレード……」

 

「大丈夫よ。家元のカードは、アンタにあげる」

 

「は?」

 

「その…あれよ!! やっぱりっ! 自分自身で買って…出したくなった…の…」

 

「は? いや…でも、そろそろ販売が終わるぞ?」

 

「……そうね」

 

 話はそこまでだと、エリカは後ろ姿を俺に見せた。

 急になんなんだ?

 

「いいから。あぁ、後、アンタは私を好き勝手呼ぶから、私も好きにアンタを呼ぶわよ?」

 

「…ぇ? なに!? 本当になんなの!?」

 

 一人でフードコートへ向けて歩き出すエリカ。

 何か最後に口が動いていたから、何かを呟いていたのだろう…が、それは聞こえなかった。

 夜が開けて、新しい一日が始まるというのに…悪寒にも似た…何かを感じた。

 少し振り向き、こちらを見るエリカは、何故か微笑みにも似た、表情を浮かべていた。

 

 …また…口が動いたが…それもまた、距離もあって、聞こえたなかった。

 

 

 

『 やっぱり…あの子は邪魔 』

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「おはよう、華!」

 

「おはようございます、沙織さん。なんだか、今日も…その……元気ですね!」

 

「意味なく言い含むのは、やめて!」

 

「……」

 

「おはようございます! 五十鈴殿!」

 

「はい。おはようございます」

 

 朝、8時頃。

 寝ている麻子さんを連れて、沙織さんが訪問してくださいました。

 今日は、詩織さんが同行していませんねぇ?

 この前までは、元気でしたのに…。

 

「…あぁ、詩織? ノンナさん見て、絶望してたわよ? いい気味よね!!」

 

「沙織さん…」

 

「いいの……えぇ……もう…」

 

「……」

 

 複雑なのでしょうね!!

 

「…なぜそんなに、楽しそうなのでしょうか? 五十鈴殿は…」

 

「そんな事ないですよぉ?」

 

「隆史殿、やっぱりまだ帰ってきてませんか」

 

 大方の事情は、皆さん知っています。

 昨日、熊本へまで、はるばる出かけて行った家主様は、まだご帰宅にはなっていません。

 

 ですので…。

 

「本日は、もう一人、お客様ですね」

 

「あはは…。隆史君、いないんだ…」

 

 優花里さんの後ろ…見慣れたもう一名様のお客様。

 

「おはよう。ごめんね? 朝早くに」

 

「いえ。大丈夫ですよ? 隆史さん、早起きですからねぇ。慣れましたよ?」

 

「ウフフ…まだ、同居開始後、1日しか経ってないよね? 慣れるものかなぁ?」

 

 

「「「 …… 」」」

 

「…なぜ、小山先輩がいるんだ……」

 

「あ、麻子。起きたの?」

 

「…この濃い意識のぶつかり合いの中…寝ていられるほど、図太くない…」

 

 はぁい。

 

 本日のお客様は小山先輩です。

 

 なんの用で来たやがりましたの……

 

 

 

 

 何の御用で、いらっしゃったのでしょう?

 

 

 

 

「今日はね? 隆史君に連絡事項を伝えに来たの。例のエキシビジョンマッチの件で、会議…というか、他校の生徒達と話し合いの場を設けたので…」

 

「聞いてません」

 

「後、同居住まいの確認。それと…風紀委員のお手伝いの日取りが決まったので、その報告ね?」

 

「聞いてませんよぉ?」

 

「ほらっ! 私、お姉ちゃんだし!!」

 

「関係ないですよねぇ?」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

「い…五十鈴殿…。あの小山先輩と…よく張り合えますね…」

 

「小山先輩の目が、段々と濁っていくな」

 

「ん…あれ?」

 

「なんですか?」

 

 

 優花里さんの声で、気がつきました。

 いつの間にか立っていた女性。

 格好は…あら…白いワンピース。

 清純って漢字が当てはまりそうな…とても清らかな女性…。

 そんな女性が、敷地の入口…表札の前に立っていました。

 

 あ…私と目が合いました。

 

 

「「「「「 …… 」」」」」

 

 そして、優花里さんの一言が、皆さんを納得させました。

 

 

 

「またですか? タラシ殿…」

 

 




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第06話 おねえちゃんず です!

 …白い薄手のワンピースを着た、黒く長い黒髪の女性。

 その黒い髪を首の後ろ辺りで、まとめています。

 ひまわり畑とかの前でしたら、絵になりそうですね。

 その女性の存在に、皆さんが気がつき、視線を一心に浴びています。

 

 優花里さんが、またですか? と仰っていた様に…なんというか…。

 隆史さんがまた、すごく好きそうな出で立ちの女性ですね。

 線が細く…儚げで…。

 

「おはようございます」

 

「…あ、はい…おはようございます」

 

 いけません。

 初対面の方を、ジロジロと見るなんて失礼な話です。

 私達の視線を特に気にする事もなく、先に声を掛けられてしまいました。

 

「朝早くに、ごめんなさい? 少々お伺いしたいのだけど、ここって尾形…さんのお宅よね?」

 

 見た目に反し、気さくな感じの喋り方をする方ですね。

 見た目は私達とあまり変わらない…。

 

「えぇ、そうです。間違いございませんよ?」

 

「…そう」

 

 問いかけに私が答えると、やっぱり…といった、小さな声が聞こえました。

 優花里さんと麻子さんは、少しため息を吐きました。

 沙織さんと、小山先輩は顳かみ抑えています。

「…また増えた」

 そんな、呟きが聞こえました。

 

 

 …しかし…この方…。

 

 ブツブツと何か唱えるような声で、優花里さん達は呟いて…隆史さんをどうの言っておりますが…。

 私、そちらの事よりも…少々、この方が薄気味悪いです…。

 何と言いますか…存在感…? いえ…気配がまったく感じません。

 

 目の前に立って、実際に話しているのですが…本当に人と話しているのでしょうか?

 …と、いった…大変失礼な事を感じています。

 

「ふ~~ん。…貴女」

 

「はい? 私ですか?」

 

 笑顔で、私を指名されましたね。なんでしょうか?

 う…。

 えぇ…とても優しい笑みを浮かべていらっしゃいますが…目が座ってますね…。

 何故でしょう?

 …この方…その目が、私の顔を見ていません。

 どこを見てるのでしょう…か?

 

「先程、この家から出てきたけど…どういう事かしら?」

 

「え…」

 

 その目線が…とても強まりました…。

 笑みは崩さないのですが…若干、青筋が立っている様に見えるのですが…。

 これは、怒ってます。いえ、私の答えを聞くまでは、我慢している。…といった感じですかね?

 

 やっぱり、そういう…。

 

「…隆史君の家を訪ねてきて、その家から女の子が出てきたら…まぁ…そうよね」

「知らない方からすれば、ショックですよねぇ」

「…見た目が完全に書記好みだな。もはやこれは、疑うまでもない」

「まだいるのかぁ…。また戦車道関連の子かな?」

「まったく…」

 

 はい、皆さんも同じ意見…といいますか、同じ結論に辿り着きましたね!

 …私…この方とは別に、2、3人現れても驚かない自信があります!

 あ、ようやく私の目を見ましたね。

 

( 華… )

( なんですか? )

 

 あら、沙織さん。

 問い掛けた方の目の前で、耳打ちなんて…その様な真似をしないでください。

 ですので、思いっきりガンをつけられてますから、こちらも目を離す訳にもいきませんし…声だけ返しました。

 

( この人、絶対に隆史君を訪ねて来たよね… )

( そうですね。「尾形」と、お聞きになりましたし…私の事を真っ先に聞いてきましたしね )

( …華。分かってるわよね )

( はい、そうですね。隆史さんご本人もいらっしゃいませんし…適当にお茶を濁しておいた方が、良さそうですよね? )

( そっ! そう!! よかった…ここの所、華って変だから…またとんでもない事、言っちゃう気がして、ちょっと怖かったよ… )

( あら、沙織さん。それは少々失礼ですよ? 変ってなんですか? )

( まぁまぁ! ほらっ! 待ってるよ? 早く! )

 

 少々待たされてイライラでもしてるのでしょうか?

 目線が右往左往してますね。

 私だけではなくて、沙織さんも凝視してました。

 あら? 小山先輩も?

 まぁいいです。

 

 では、さっさとお答えしましょう。

 

 

 

 

「 一 緒 に 暮 ら し て ま す 」

 

 

 

「はぁなぁぁぁぁぁーー!!!???」

 

 

 

 

 あら。普通に答えてしまいましたねぇ。

 

 てへっ♪ 

 

 …とか、やると隆史さん喜びそうですね!

 

 

 

 

「 ………… 」

 

 

 

 

 

 あっっらぁ…。

 今度は、しっかりと気配を感じました!

 

 一瞬、殺気めいたモノを感じました。

 えぇ…とても良い、心地よさです。

 小山先輩以外は、青くなっていますが…ダメですよぉ?

 女性が、「ひぃ!」とか、声に出しては。

 

 しかし…。

 

 怒ってますねぇ! 怒ってますねぇ!!

 

「はっ…華!! なんで、はっきり言っちゃうの!? すっごい怒ってるよ!? アレ!!」

 

「いえ…こういった事は、ハッキリと申し上げないと…ねぇ?」

 

「さっきと言ってる事が違うよぉ!? 後なんで一瞬、小山先輩、横目で見たの!? ひぃ!!」

 

「……」

 

 あらあら。

 

 

 ……。

 

 

 

 あらあらぁ!!!

 

 

 

「冷泉殿。…五十鈴殿、なんであんなに、楽しそうなんでしょう?」

 

「……私に聞かれても困る」

 

 楽しそう…ですかぁ?

 そんな気なんて、更々無いのですが。

 何というのでしょうか? この感覚…。

 この方…第一印象から、どうにも不穏な感じ…。

 目が…どこを見ているか分からない…その目が、兎に角気に入りません。

 

「沙織さん、いいですか? 名乗りもしない、見ず知らずの方なんかに、兎や角言われる筋合いなんて、ございませんよ?」

 

「華っ!! 段階、色々と飛ばしてるから!! まだ何も言われてないから!!」

 

「どうせ言われるのですから、一緒です」

 

「そりゃ言われるだろうけどっ!!」

 

 先手を打つ…という事を、最近学びましたぁ。

 戦車道って、色々な事を教えてくれるのですねぇ?

 では、どうでしょう? どうでますぅ?

 

「………ふむ。そうね…まず……タカ君いる?」

 

「「「 タカ君!? 」」」

 

 おや…また親しげに…。

 明らかに、隆史さんの事でしょうけど…。

 普通に呼べば、誰しも分かると思うのですけど…敢えて、そんな言い方で言いましたね。

 

「おっと…隆史の事ね? で? いるの? ()()タカ君は、今いますかぁぁ???」

 

 

「「「「 ワタシノ… 」」」」

 

 

 あからさまに、敵対心を向けて来ました…。

 態度に出るという事は、余程の事なんですねぇ。

 呼び方といい…そうですかぁ。

 まぁ……なんであれ…。

 

()()()…隆史さんは、この家どころか、大洗にはいらっしゃいませんねぇ。そもそも存在しませんよぉぉ???」

 

「……へぇ…」

 

 なんでしょう? 

 言い返されて、更に怒る所か、薄ら笑いを浮かべました。

 ウフフフ…。

 

「…ど、どうしたの華!? えっ!? 何か、怒ってるの!?」

 

「別に怒っては、ないですよぉ?」

 

 …えぇ…怒ってはいません。そもそも怒る理由がありませんし。

 ただ…なんでしょうか?

 この方…とても癇に障ります…。

 

 あら? なんで優花里さんと麻子さんは、座り込んでしまっているのでしょう?

 ダメですよ? 女性が直接、地面になんて座っては…。

 

 …しかし、この女性…なぜか嬉しそうな顔してますね

 

「…いいわね貴女。あの女以来よ? 私にそこまで喧嘩売ってくるの…」

 

「あら、失礼な。誰も喧嘩なんて売っていません。…喧嘩腰で来られた方に、それ相応の態度で接しているだけですよぉ?」

 

 そもそも、あの女って誰の事ですか?

 存じない方を引き合いに出されても、困るだけです!

 

 …沙織さん。腰が抜けたみたいに、私に縋り付くのやめてください。

 私、スカートなんですよ?

 

「…あわ……あわ……」

 

 何を震えて…風邪ですか?

 

「…ちょっといいですか?」

 

 あら? 小山先輩?

 手を上げて、彼女に光の無い目を向けましたね。

 

「私は「小山 柚子」といいます。隆史君の学校の先輩…兼、生徒会仲間です」

 

「タカ君の? あぁ…」

 

 何か、納得した顔をしましたね。

 

「取り敢えず、初対面でコレは流石に…そもそも、貴女…。隆史君と、どういったご関係なんですか? まず名前くらい…」

 

「私?」

 

 そうです、貴女です。他に誰がいますか。

 しかし…やはり小山先輩…結構、言いますね。

 真っ先にこういう時は、仲裁に入る方ですのに…。

 不審者を見る目で見ています。

 えぇ…とても良い目…。

 

「…あ、まだ名乗ってもなかったか。まぁいいわ! まず…私とタカ君は…」

 

 しかし…この方…見た目と違い、結構ハキハキとモノを言いますね…。

 小山先輩から聞かれた事に答えようとしてますね。

 さて…この方……隆史さんと…どの様なかん…

 

 

「 一緒にお風呂くらい、気軽に入れる関係ね!! 」

 

 

 

 お…ふろ……

 

 

 

 

「「    HA ?    」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 

 

 

「あ、皆さん。おはようございます。もう来てたんですね」

 

「みっみっっっ!! みぽぉぉリィィン!!!」

 

「にし!! じゅみ!! どにょぉぉ!!!!」

 

「   」

 

「わぁぁ!! 何ですか!? 何ですか!?」

 

 

 後ろが少々、騒がしいですねぇ。

 しかし…何をこの方…勝ち誇った顔を…。

 そんな妄言、信じませんが…気に食わない…えぇ…本当にっ!!

 

「華がぁ!! おかっ!!! おかしくなっっちゃってぇ!!」

 

「怖いです!! もう、普通に命の危機を感じます!! あの方達、なんであんなに至近距離で、睨み合ってるんですかぁ!!??」

 

「  」

 

「何を言って………………あっ」

 

 ん…みほさんの声が聞こえた気がしました。

 いえ…気のせいではなく、ご本人がいらっしゃいましたね。

 

 あら?

 

 手に持っていた、お布巾……落としましたよ?

 何を顔を青くされてるのでしょう?

 

 怖くない。

 怖くないですよぉ? 

 

 沙織さん達は、何故かそんな状態ですが…ほら、小山先輩も元気に、この女と睨み合ってるじゃないですかぁ?

 

 ……。

 

 目。

 

 そうです…。

 

 目です…この目……。

 

 先程からの視線…分かりました。

 何故か知りませんが、私の胸元をずうぅっと…見ていたのですね。

 またその視線…。

 

 私を全否定するかの様な…目。

 

 これが…とても癇に障る…。

 

「え…あ……涼香…さん?」

 

「あら、みほちゃん?」

 

 ……。

 

 え?

 

 みほさんが、硬直しました。

 この失礼な方と、面識がお有りな様で…。

 

「みぽり…ん? え? 知り合いなの? 知ってる人なの!?」

 

「あ…はい…」

 

 困惑した顔。

 よく分かりませんね? この態度では。

 みほさんと、隆史さんのお知り合い…って、事でしょうね。

 で、あの呼び方…。

 これはまた…。

 

「あ~らま! 随分と女らしくなったわね!!」

 

 硬直してしまったみほさんが、皆さんの視線を集めています。

 …随分と親しげに、みほさんに話し掛けるこの方。

 本当に…何といいますか、姿格好と雰囲気がアンバランスすぎて、少々戸惑います。

 

 ……。

 

 ん?

 

 この喋り方…雰囲気……何処かで…。

 

 

 ドサッ!

 

 

 …と、今度はまた後ろから、何かを落としたような音。

 あら…後ろを振り向く前に視界に入った、みほさんの顔が…蒼白…。

 

「……チッ」

 

 このみほさんに、「涼香さん」と呼ばれた女性。

 突然、顔を物凄く顰めかせ、大きく舌打ち…。

 まるで、後ろの物音の正体が分かっている様な…その後ろの気配に威嚇するかの様な…。

 

 

「色々と、言いたい事…聞きたい事は、それこそ山程あるが…」

 

 

 あら…? あらあら…。

 

 みほさんが、泣きそうな顔になりましたね…。

 どうしたのでしょうか?

 

 少し聞き覚えがある声…。

 

「みほ…。なぜ、この女がここにいる」

 

「お…お姉ちゃん…」

 

 みほさんの声で、一斉に振り向きました。

 麻子さんは、青くなって震えてますが…どうしました?

 

 はい、そこには決勝戦で対峙した…みほさんのお姉さんが、立っていました。

 あらぁ~…物凄く、睨みを効かせていますねぇ…。

 厳しい方の様に感じましたが、ここまでの気迫といいますか…こんな雰囲気の方では無かった様な…。

 

「はっ! こっちのセリフよ。何で、この駄肉の塊が! ここにいるのよ」

 

「黙れ。相変わらず、開口一番それか? 薄い…。人間性が薄いなぁ。薄いのは、その胸部だけにしておけ」

 

「いきなり他人の人間性がどうのって、言う人の方こそどうなの? それに私は無駄がないだけぇ。体脂肪率って知ってるぅ?」

 

「……」

 

「……」

 

 あらぁ…。

 

 優花里さん達の腰が、完全に引けてますね。ですから、地面に直接座らないでください。

 

 あって数秒しか経っていないと言うのに…完全に睨み合ってますねぇ。

 あ…小山先輩が、胸の前で、両手を握り締め…何かお姉さんを見ていますね。

 なる程…では! 私もお姉さんを応援しましょう!!

 

「なに? それにその格好。まぁぁた、男に媚び売る様な格好して」

 

「…似たような格好をしている、貴様に言われたくはないな」

 

 そうですね。

 似たような格好をしていますね。

 まぁ…随分と突起が違いますが…本当に……隆史さん好みらしい格好…。

 白を基調とした…随分とまぁ…。

 

「私は清楚を地で行く女ですからぁ? 似合うからいいんですぅ! 肉なら肉らしく! 普段みたく、その垂れ下がった脂肪を、見せつける様なビッチな格好でもすればぁ? 母娘揃って、タカ君誑かしやがってっ!!」

 

「垂れっ!!?? お母様と一緒にするなっっ!!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

「それに、何が清楚だっ!! 熊を素手で挽き肉にする女の、どこが清楚だ!! 笑わせるな!! 隆史が思いっきり引いていたぞ!!」

 

「淑女の嗜みですぅ!! それに、たかが熊殺し程度で、タカ君が引くわけないでしょ!!」

 

「諦められているんだろうっ!!」

 

 ……。

 

 …………えぇと…。

 

 どうしましょう。応援し始めた手前、なんですが…。

 完全に場を乗っ取られました…。

 すごい至近距離から、罵りあってますねぇ。

 

「チッ!! いつもだったら、真っ先に胸ぐら掴んでくるのに…なに? 日和ったのぉ!?」

 

「掴み合いなんて、していられるかっ!! 態々、貴様の土俵に上がる訳がないだろう!!」

 

「ケッ! 本気で日和やがった!!」

 

「……はっ…。それにこの服は、隆史が選んだ服だ。貴様の様な、下卑た変態に触れられたくないだけだ」

 

「だめよ……タカ君…。豚は服を着ないのに……」

 

「…この……」

 

「あ! 豚は、体脂肪率が極めて少ない動物だったわ、豚! 失礼だったわね、豚! ごめんなさい、豚!!」

 

「よし、マウスの修理が、そろそろ終わる頃だったな!」

 

 あら、楽しそうですね。

 こうまで感情むき出しにして怒鳴り合う場面、ちょっと…えきさいてぃんぐですね!

 みほさんのお姉さんって…もっと冷静な方だと思いましたのに、結構! 熱い女性なんですね!!

 好きになれそうです!!

 

「ど…どうしよう…。私じゃ止められないし…」

 

「あらぁ…? みほさん、止めてしまわれるんですか?」

 

「…華……何で、心底残念そうなのよ…」

 

「西住殿…」

 

「ぇ、あっ! はい!!」

 

「あ…あの西住 まほ選手が、アソコまで露骨に…あの方、誰なんですか? 西住殿ともお知り合いの様ですし…」

 

「うん、私も気になる。冷泉さん…寝起きでアレだから、萎縮しちゃってるし…」

 

 驚く程に普通になりましたね、小山先輩。

 冷静に、麻子さんを介抱されていますね。

 …その麻子さんは、小山先輩の胸に埋もれて苦しそうですが。

 

「あ…うん…彼女は…その。もう一人の私達の幼馴染みと言いますか…その……あの人は…」

 

 酷く言い淀んでいますね?

 何か、言い辛い間柄なんでしょうか? でも…幼馴染みと仰言いましたし…。

 

 一体、何者なのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「…あの…エリちゃん?」

 

「…呼び方」

 

「あ、はい。エリたん」

 

「 コ ロ ス ワ ヨ 」

 

 はい、現在はここ。

 大洗学園のある、学園艦へと帰ってきました。

 先行してスタスタ歩くエリカの後ろを、トボトボと着いていっています。

 

「はっ…アンタ……達の家…ねぇ?」

 

「……」

 

 はい、掻い摘んでですが、現在の状況を説明させて頂きました。

 華さん…後に、マコニャン…との同居。

 同棲ではありませんよ?

 ルームシェアみたいなモノだと、今節丁寧に…。

 

「どうせアンタの事だから、家元が用意したからって理由が、大半でしょ?」

 

「」

 

「まっ…私が兎や角言うのも筋違いだけど…大概にしなさいよね」

 

「……」

 

 不機嫌…すこぶる不機嫌!!!

 彼女のゴミを見る目は、非常に…その…一部の方には、とてつもない人気が出そうな気迫を感じます!

 

 車に乗り込み、宿泊したサービスエリアから出た時には、すでにいつもの感じに戻っていたのに…。

 例の告白とやらも、今になればはっきり言える。

 冗談だと…言っていた。

 アンタを試したのよの、ごめんなさいねぇ? とか、悪びれる事もなく、淡々と言われました。

 たかが小さかった頃の事。…昔の思い。

 

 子供の頃の「初恋」を、現状でも継続してると思うなよ? このカス。

 

 …だそうです。

 

 えっと…流石に俺でも鵜呑みにはしなかった。

 早朝の会話で、全てバレてしまったとか、言っていたしな。

 それに…。

 

 ただの言い訳だと思っておいて…と、最後に呟いたのが、少々心に来る。

 

 

「…で? そっちの…貴女はどう思う? この…カスの状態」

 

「わっ!? 私か!?」

 

 はい、そんな訳で、カス呼ばわり継続中。

 はい、もう一人いらっしゃいますねぇ。

 学園艦に入り、すぐに出会ったもう一人の隊長さん。

 いつもと違う服装に、エリカは初め、信じていなかったけど…。

 でかい一本の三つ編みに髪を纏め…非常に俺好みの地味な格好をしております。

 

「隆史」

 

「…はい」

 

「……えっちなのは、いけないと思うぞ?」

 

「なんでそうなるんだよ! チヨミン!!」

 

「近しい年齢の男女が、一つ屋根の下とか…憧れ…違う!! 非常に…その…どうかと?」

 

「…えっちでは、ないと思うのですが?」

 

「……隆史。説得力って漢字を書けるか?」

 

「……」

 

 信用がっっ!! ない!!! まぁ!! そうだろうけどさぁ!!

 

 はぁ…。

 

 どうにもチヨミン。俺に用事があったようで…まぁ……その時の出店の件で、会長と接触。俺の自宅を聞いたそうだ。

 アンツィオは、エキシビジョンには参加しない…金が無くて。

 その試合会場で、商売をするつもりではいたらしい……金がないから。

 ちゃんと働いて稼ぐのは、いい。すごくいい!!

 ミカに見習わせたい。あぁ!! 本気で見習わせたい!!!

 

 

 …ま、まぁそれで、俺に何か頼みたい事があった様で…俺の自宅へと赴く中…その家主の俺が、トコトコと歩くチヨミンを発見確保したと言うことです。

 

『 …自己紹介してどうする 』

 

 はい…俺の格好を見て、開口一番そう言った…。

 はい、熊出没注意のTシャツを見て、エリカと同じセリフをオッシャイマシタ。

 …ただなぁ…何故かエリカの事をジィーと見て、大きくため息をついたのが、強く印象に残っている。

 

 そのエリカが、昨日購入したのは、パーカーだった様で、昨日から俺が押し付けた熊出没注意の上から羽織っているといった格好。

 前をファスナーで閉めているから、変な熊も見えないし…そんな変な格好ではないと思うのだけど…。

 

 そんなこんなで、3人で自宅へ帰宅中…。

 チヨミンが、一瞬眉を潜めたが、「隊長への言い訳に使えそう…」とか、淡々と言っていたのが少々怖かったヨ?

 

 

 

「まぁ、それが普通の反応よね。アンツィオは、比較的に隊長()()がまともだからね。それが一般論よ」

 

「比較的ってのは、余計だ!!」

 

「あの…カルパッチョさんは?」

 

 

「 アレが一番 オ カ シ イ 」

 

 

 

「……」

 

 

 力強く、否定されてしまいました…。

 あの人も常識人だと思うのだけど…変か?

 ペパロニは……ゴメンナ?

 

「はぁ…。例えば…そう。例えばだけど!!」

 

 エリカが、顔を赤らめて…なに?

 腕を組んで、後ろを向いてしまった。

 

「あ…アンタが大人になって…その…私との間に子供がいたとしましょう。それが娘だとしましょう!!」

 

「「 …… 」」

 

 えっと…。

 

「なに? どしたの、エリカ? え?」

 

「…突然、何を言い出すんだ。この黒森峰の副隊長……」

 

 なんか、トチ狂った事を言い出した。

 は? 子供?

 

 反応に困る!!

 

 

 

 ……。

 

 

 …………でも何故だろう。

 

 

 その子供とやらを簡単に…それこそ、見た目まで、想像できてしまったのは…?

 多分、名前は…。

 

 

「その娘が、高校生なんて多感な時期に、男と同居なんてしたら…どうする?」

「え? 相手の男、ぶっ殺すけど?」

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

 

「…な…なんだ? 即答の割に、言葉に重みがあったな…」

 

「本気の殺意を出したわね…ちょっと怖かった…」

 

 特におかしな事を言った気はないけど…。

 まぁ? うん。 裂くよね? 取り敢えず。

 それに耐える事ができたら、始めて命乞い位は聞いてやる。

 

「そ…それと一緒よ!」

 

「ぬぅ…」

 

 そう言われてしまうと、そうだなぁ…。

 しほさんは、何故か強引にこんな事を実行したけど……常夫さんなら、怒り狂うだろうなぁ…。

 でもなぁ…。

 

「家元がその家を用意したって言っても、その…男親は知らなさそうだし…ちゃんと聞いておいたら?」

 

「ぐ…んん…。まぁ…今度聞いてみるわ…」

 

「そうね。そうしなさい」

 

 何時までも内緒でってのは、一番まずいだろう。

 なんだかんだ、大洗に来れたのも…俺に転校をお願いしてきたのは、常夫さんだ。

 それとなく…しほさん通してでもいいから、聞いてみよう。

 それで…少し。ちゃんと彼の話も聞いてやろう…聞いた上で…まぁ?

 しほさんに怒られない程度には、庇ってやろう…。

 

 あの人、まだキャバ行ってるのかなぁ…。

 風俗に手を出してなきゃいいけど…。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

「…なに? どうした、チヨミン。驚いた顔して」

 

「…隆史……お前が素直だ…と……?」

 

 …失礼だな。

 

「普段から、人の言う事はしっかりと聞くようにしてるぞ?」

 

「じゃぁ!! 私の事をチヨミンと呼ぶな!! ちゃんとアンチョ『  ヤ  ダ  』」

 

「なんでぇー!!??」

 

 

 今日はツインテールでは、ございませんので振り回せないため、取り敢えず頭を撫でる。

 両手をパタパタさせている姿は、まぁ……うん。

 

「漫才はもういいから……その気持ち悪い笑顔は、やめなさいよ」

 

 気持ち悪いって…。

 いやぁ…侮蔑の顔ですね…。

 チヨミンと絡み出すと、どうにも機嫌が悪くなるエリカ。

 

 ……。

 

 ん?

 

 

 ……。

 

 んん!?

 

 チヨミンで遊びながらの帰路は、それなりに時間を忘れさせてくれて…。

 気がついた時には、家の近くにまで来ていた。

 

 ……。

 

 家がある方向から…直感だけど…変な特殊能力とかないけど!!

 すっごい悪い気配というか、意識というか!! なんかよくわからないモノがぶつかり合う、衝撃的な何かを感じた!!

 とうか、振動!? は!?

 

「なぁ、黒森峰副隊長」

 

「…なによ、アンツィオ隊長」

 

 急いで携帯を取り出して、電源を入れる。

 着信数とメール数が増え続けていく、携帯の惨状を確認する為ではない。

 時間!! 時計!!

 

「学園艦の上だと、海に浮かんでいるし…地震とか、すぐに分かるモノでは、なかった気がするけど…なんか揺れてないか?」

 

「…そ…そうね」

 

「なんだろうな? 結構強い地震って事か? あぁ、今は停泊してるからかなぁ?」

 

「ありがとう…そういった日常会話を振ってくれて」

 

「何を言ってるんだ?」

 

 何も知らないチヨミンが、可愛くてしかたないな!!

 そういった会話は、安らぎすら与えてくれるんだなっ!!!

 俺にはすでに、原因が分かってるから、余計にそう思う!!!

 

「」

 

 じ…時間……9時20分…。

 

 着信数…しほさんには、昨日寝る前に、連絡をしておいたから、増えてはいない。

 まほちゃんは、途中で諦めたのか、200件付近で、止まっている…。

 

 みほ……431件……。

 

 ……。

 

 

 …………怖っ!!

 

 

 めっ…めーるぅ!!!

 

 

「…………」

 

 あ、はい。

 この着信数の理由が分かりました…。

 俺と同じ様な、中村曰く、電報みたいな文章が多数。

 

「エリカ」

 

「…なによ」

 

「みほからの着信が、430件以上ある…」

 

「よっ!?」

 

「…同じくメールも多数来ていてな…一言二言の簡潔な文なのだけど…」

 

「……」

 

「こりゃ、SOSだ。メールの文章が、助けての文字でほぼ、埋め尽くされている…って、怖ぇぇえよ!!!!」

 

「普通に、ホラーじゃない…」

 

「こりゃ…多分…いるな。まほちゃんも…………姉さんも」

 

「まだ9時頃じゃない…流石に隊長も…」

 

 あ、目を伏せた。

 東京からの移動時間を考えたのだろう。

 けど、ハッキリとこんな時間にいる訳がないと…言い切れないのだろうね。

 

「ん? まほ? いるのか? 後、姉さんって?」

 

 あぁ…チヨミンの無垢な顔が安らぎをくれる…。

 

「隆史…目がキモイぞ…」

 

「……」

 

 …うん。

 

 

 

「まっいいわ。どちらにしろ会って、誤魔化さないと…。早く済ませちゃった方がいいでしょ!?」

 

 エリカ、声が震えてるね?

 

「もっ…もう! この辺りなんでしょ? アンタの家!!」

 

 足も震えてるね?

 まぁ…先程からの近くから感じる、濃い意識。

 もうわかったのだろうね? 

 …すでに戦いが始まっている……。

 

 さぁ…もう……どうなるか…。

 そろそろ腹を括るか。

 

 ……。

 

 …………。

 

 …ん?

 

 なんだ? 足元に…何かが触れている。

 目線を足元に移すと…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 一番奥の大広間…。

 皆で食事をしている場所…。

 

 普段なら、もう少し賑やかなのだろうけど…今は……静寂が支配しています!!

 怖いです!! 普通にこの静かな空間が、怖くてしかたありませんっ!!

 

 …はい、この方。

 今は出されたお茶に口をつけている、この…。

 

「あの…涼香さん。スカートで胡座は、ちょっと…」

 

「大丈夫、大丈夫! 女同士で何言ってるの!? みほちゃん!」

 

「いやぁ…そういった意味ではなくてぇ…」

 

 部屋の中心…。

 胡座をしたまま、出された麦茶を啜っていますね…。

 いやぁ…なんでしょう! 本当に!!

 

 尾形 涼香殿…と、西住殿より、紹介された彼女。

 まさかぁ…隆史殿のお姉さんだとは、思いもしませんでした。

 しかし…この方、見た目と行動と言動が、見事にミスマッチしてますね…。

 違和感しかありません。

 見た目はすごい清楚ですのに…行動がや言動が…全然…。

 

 他の方々は…。

 いやぁ…睨んでますねぇ…。

 あの場では、隆史殿の姉だと言う事で、驚きが皆さんは先行したようで、あの睨み合いは中断となりました。

 立ち話では、何なのでって事で、皆さん全員がこの部屋に通されました。

 まぁ…家先で、あんな状態を放置させておくのも色々な意味で、ダメですよね!!

 

「……」

 

「……」

 

 しかし…一番、意外なのは…五十鈴殿と小山先輩。

 隆史殿のお姉さんだと、正体が知れた時も、驚きはしましたが、この状態を崩しません。

 特に驚いたのが、小山先輩…。

 この方、普段すっごく優しいですのに…なでしょうか?

 

「…五十鈴さん。隆史君のお姉さん…どう思う?」

 

「……私…初対面の方に、これほど嫌悪感を持つのは、生まれて初めてです」…アノ、オトコイジョウ……

 

「うん。私も……なんでだろう……すごく……目だけで存在その物を否定されてる気分」

 

「あっ! それです! まさにそれ!!」

 

 西住 まほ選手と同じく…すっっっごい! 

 …敵意丸出しです…どうしたんでしょう?

 二人共、目に光がありません!! 表情もありませんよ!! なんでしょう!?

 

「…みほ」

 

「なっ!? なに!? お姉ちゃん!!」

 

 尾形 涼香殿と、西住 まほ選手の間に座る、西住殿。

 完全に板挟みの状態ですので…動くに動けない…そんな感じでしょうか?

 少々声が上擦いていますねぇ…。

 

「 今のこの現状。お母様から全て聞いた 」

 

「…っ!」

 

「…我が妹ながら…こうも大胆な行動に出るとはな…」

 

「あ…あのね? あの…」

 

「まぁ。私も同じ立場ならそうするだろう。…同居人が複数いるとも聞いている……二人きりよりマシだと、自分に言い聞かせているのが、現状だ」

 

「ぇあ……うん…」

 

 あ~…はい。

 何となく何が仰りたいのかは、理解しますが…。

 西住 まほ選手は、同居状態になる生活をご存知になっているのですね?

 

「…どういう事?」

 

「…え? はい…あの」

 

 その姉妹の会話を、口につけたコップの上から睨んでいる…尾形 涼香殿が、西住殿に声をかけました。

 西住殿には、普通の態度ですね。…姉の方は、すっごい睨んますけど…。

 しかし…ちょいちょい、その視線を私達にも向けますね…。

 私達には、睨みつけるといった事はしてこないのですが。

 

 はい。私と武部殿、冷泉殿は、一番部屋の隅っこで、小さくなっています。

 

 怖いですから!! あの渦に巻き込まれたくありません!!

 

 何か言いたそうな、西住 まほ選手。

 しかし、本当に尾形 涼香殿の事が嫌いなのか…視線を外し、喋りたくもない…といった態度を露骨に出してますね。

 

「ねぇねぇ、ゆかりん」

 

「えっ? はい、なんですか?」

 

 ボソボソと同居の説明をしている西住殿を眺めていると、武部殿が耳打ちをしてきましたね。

 顔が若干青いです…。

 

「ぅぅ…なんでか、隆史君のお姉さん…。私を睨んでくるんだけど」

 

「そうか? 私は何かすごい、優しい視線を感じるのだけど…」

 

「そうですか? 特に普通ですけど…」

 

 私を含めた、この三人。

 彼女からの視線が、一様に違う様ですね。

 そんな器用な事できるんでしょうか?

 

 

 

「ふ~~~~~~ん。ま、タカ君らしいっちゃ、らしいけど……チッ! あのババァ」

 

 

 胡座をした膝に肘をつけて…すごい顔してますねぇ。

 大きな溜息の様な、納得できない…といった返事が、聞こえました。

 あからさまに許容できないって感じですね!!!

 五十鈴殿を思いっきり見てます!!

 

 ババァって誰のことでしょう!?

 

「……あっ」

 

 ん?

 

 あれ?

 

「…あれ、どうしたんです? 涼香さん」

 

 突然、崩した脚を上げて…正座に座り方を変えました。

 

「…下品な」

 

 一瞬、苦虫を噛み殺したかの様な顔をした西住 まほ選手。

 いや…まぁ普通に見えますよね。スカート短いですから…。

 なんか…すっごい派手な……その…。

 

「……」

 

「…あ…あれ? 涼香さんが、お姉ちゃんに言い返さない…」

 

「……」

 

「……」

 

 その様子を見て、今度は西住 まほ選手が、周りをキョロキョロと目だけ動かし始めました。

 こ…怖い。

 お互い、見もしないで無視し合っているのに…牽制し合っているといった感じしかしませんよぉ。

 再び訪れる静寂が…また……。

 

 んっ?

 

 縁側の先…庭の奥から、何か声が聞こえてきした。

 土を踏む音と共に…あれ?

 

 

 

 

「こっちか!!」

 

 

 

 

 

 家の中に上がらず、そのまま玄関前から、外から回ってきたのでしょう。

 はい、おかえりなさい。

 

 隆史殿。

 

 熊本にまで出向いたと聞いていたのですが…随分とお早いご帰宅ですねぇ。

 西住殿も、驚いて……あれ? すっごい安堵の表情…。

 

 …って。

 

 

 少々、顔を青くした隆史殿。

 ラフな格好はいつもの通りなのですが…。

 

「姉さんも…本当にこんなに早く来るなんて…」

 

「……」

 

「マジで、まほちゃんまでいる……」

 

「ふむ、隆史」

 

 この現状を分かっていた…かの様に、仰っていますね。

 普段通り、軽い口調で縁側まで歩いて来られた隆史殿。

 色々と思う所はありますが…。

 

 でも取り敢えず。

 

「なんだ、その服は。自己紹介してどうする」

 

 

「…………」

 

 

 はい。皆さんもそう思っていましたね。

 一斉に頷いてますね!!

 

 さて…この状況…どうなるでしょうか…?

 

 少し、楽しみにしている自分がいますよ!

 

 ……人間って…慣れる生き物なんですねぇ…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「タァァァカくぅぅぅん!!!」

 

「…やめろ、姉さん。首に抱きつくな」

 

 家についた早々…また、懐かしい呼び方で、はしゃいで来る姉さん。

 縁側に近づいた瞬間に、抱きついて来ましたね。

 はい、まほちゃん。すげぇ目で姉さん見ないでやって…。

 

「お…お帰り、隆史君」

 

「あぁ、ただいま。みほ」

 

「……」

 

「しかし…これは一体、どういった状況……あれ? 柚子先輩?」

 

「……おはよう、隆史君」

 

「お…おはようございます」

 

 え…益々、状況がわからない。

 華さんと並んで座り…目がすごい座ってる…。

 

「…みほ。何をにやけている」

 

「う…ウフフ…お帰り……ただいま……」

 

「みほ…ちょっとこっち見ろ」

 

 あっちの姉妹は、姉妹で…何か至近距離だし…。

 しかし、よかった…思いの外、事態が安定していて…。

 まぁ、いつもの様に睨み合いの硬直状態が続き、みほがどうしていいか分からなくて困っていたって感じだろうか?

 

「小山先輩…」

「何? 五十鈴さん」

「あの方…隆史さんが来る事をまるで分かっていた様ですね」

「そうね…あからさまに、座り方を変えたものね」

「……」

「……」

 

 あ…うん。

 あの二人…なんで仲良くなってんだ?

 

「ま…まぁいいや。華さんも…その、ただいま」

 

「はい! 隆史さん!! おかえりなさい!!!」

 

「…チッ」

 

 あ…はい。一応、もう一人の同居人へ挨拶すると……あれ?

 気のせいか? 華さんの機嫌、悪い様に感じたんだけど…パァァ! って明るい顔に変わったな。

 柚子先輩と仲良くなったと一瞬感じたんだけど…すっごい光の無い目で、華さんを見だしたし。

 

 …あれ? 首が苦しい…。

 

 部屋の中を見渡して、人数を確認していると、首が段々と絞められていく…。

 

 はい。

 

 首元に抱きついている姉が、その手に力を込めていた。

 そのまま耳元で…でっかい声で…。

 

「ねぇ? タカ君? いつもの様、私に甘える前に、一つ聞きたい事があるの」

 

「あ…甘えた事なんてないだろ!!」

 

 強引に腕を解こうとするが…くっそ!! ビクともしない!!!

 

《 …… 》

 

 あぁ!! もうッ!! 全員が生暖かい目で見てくる!!

 

 首にぶら下がった姉をそのままに、庭に踏ん張れるように立つと…思いっきり力を込めてみる。

 足腰だ!! 腹に…丹田に力を込めて、全身の筋肉を意識する。

 腕の力だけじゃない。多分、それだとダメだ!

 膨張する筋肉を意識!! 限界を…限界を超えろ!!! 俺!!!

 

 

 ……

 

「動かねぇぇぇぇ!!」

 

「いやぁ~まだまだねぇ」

 

 楽しそうな声がするのが、また腹立つ!!!

 あぁぁぁ!!! くっそぉぉぉ!!!

 

「書記の奴…顔真っ赤だな」

 

「なる程。あれが車外の血暴者の後継者…」

 

「ゆかりん…」

 

「隆史君。相変わらず、おばさんと涼香さんには、勝てないんだね…」

 

「みほ…あれは人外なんだ。言ってやるな。隆史が可愛そうだ」

 

 ギャラリィィィ!!! 

 可哀想はやめてっ!! 普通に泣きたくなる!!!

 

「みほちゃんに事情を聞く前ね? タカ君が、初め本当に女連れ込んで、一軒家でハーレム構築なんて…そんな、ゲスな事してると思っちゃったの」

 

「似たような物じゃないのか?」

「麻子…」

 

 マコニャン!!!

 

「諸悪の根源は、()()、あのババァだったから…。それにそこの駄肉と違って、みほちゃんなら……まぁ…許容範囲ね…」

 

「何言ってんの!?」

 

「…本当に、ただのゲスになってたら、責任を取ってタカ君殺して、私も死のうかと思ったけどね」

 

「本当にやりそうで怖いんだけど!!」

 

 強引に振り解こうとしても、びくともしない!!

 くっそ!! ちょこちょこ、耳に息かけてくるし!!

 

 

 

「…何時までも待たせて、なにやってんの?」

 

 

 なに!? 今度は!!??

 

 首を決められている顔の正面。

 …玄関前で待っていてくれと言って…放置していた二人が、引いた顔で立っていた。

 

 あぁぁ!! もうっ!! 考える暇もない!!

 

 顔を動かした矢先、違う人が次々と現れるよ!!

 

「……またぁ…増えたぁぁ……」

 

 その新たな来訪者に…まほちゃんが反応した。

 まぁそうだよな! 副隊長だものな!

 

「…エリカか……んっ? 安斎?」

 

 

 

 

 この場が段々と、混沌と化していく気がする…。

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました
でぃすり合いが、次回すごそう…
マイルドにできればいいなぁ…。
ああ…後……


平穏ってなんだっけ?


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第07話 ターニング・ポイントです!

あい、姉が来りて…。

活動報告にも書きましたが、主人公。ちほ&かほのイラストを描いてみました。
特に主人公のビジュアルは、各々イメージがございますので、見る場合は注意してください。

というか、こんなんじゃねぇ! と思う方は、それはそれで良いと思います。

あ、PINKの次回が、女子会と決定、ちょっとしたアンケートしてます。
…もう少し、まってみます。



「「 」」

 

 玄関前から、庭先へ…回り込んで来た二人を、そのまま睨みつけている姉。

 いきなりの圧をぶつけられ…萎縮してしまっている二人。

 ただ何も言えずに立ち竦んでいいる。

 

 ゴメン、チヨミン。

 特に君は、何も知らない状況で、ここに来てしまったから…ほんっとうに、意味が分からないだろう。

 そのまま、その視線を順々に、この場にいる皆に送っていく、姉。

 ゆっくり…そのまま…あ、止まった。

 

 そしてそれに対抗するに様に、睨み合っている形となった…。

 まぁ…華さん、大きいしな…うん。

 しっかし…強いなぁ華さん…。

 この姉と真っ直ぐに視線のみで、やり合っている。

 姉さんと。ここまでできるのって、まほちゃん位だと思っていたのに。

 大体の人は気当たりしてしまい、どうにかなっちゃうんだけどなぁ。

 

 

 そして、みほを見た時は…少し違った。

 

「やっぱり、みほちゃんなら…まぁ……うん…」

 

 何を納得しているか知らんが、その目は諦めにも似た…そんな目。

 そう、昔から姉さんは、みほには優しかった。

 まほちゃんには、酷いのに…何故だろうか?

 胸の大きさ…多分、関係ないと思うんだよな…みほに関しては。

 

「所でタカ君…あの女…………なに?」

 

「は?」

 

 柚子先輩に視線を移した時…華さんと同じ様な射殺す目。

 いや? 特に酷いか? ビームでも撃てるんじゃないのだろうかと言う感じですね。

 そもそも、いきなり人の先輩、睨みつけるなよ。

 それにあの女って…。初対面でその言い方は、どうかと思うのだけど…その言葉は、まほちゃんと同等の怒りにも似た感情を感じる。

 

 しかし…柚子先輩も負けてねぇ…。

 姉のその視線、それに無表情で応える柚子先輩…うん、怖い。

 

 ……。

 

 怖い!!

 

「…さっき、玄関先で…なに? お姉ちゃんが、どうの言ってたけど…は? どういう事?」

 

「……」

 

 あ…あぁ…うん。

 まだ言ってくれるんだ…。

 

「あのニュアンスだと…え? タカ君を指して言ってた様に聞こえたんだけど…」

 

 話の前後を知らないから、どういった事で、それを言ったのかが分からない!!

 自然と柚先輩に視線を投げると…なんだ!? えっ!? すげぇ優しい笑顔になった!!??

 

「…私を差し置いて、どういうつもりなのかしらねぇぇぇ?」

 

「」

 

 い…いかん。結構キテル…。

 そういや…そうだ。

 一つ思い出した。

 

 昔…小さい頃、まほちゃんが、すでに身長が高かった俺に対して、何か悔しかったのか…私の方がお姉さんだと、言い張った時期があった。

 そういや…それからか。この二人の仲が、酷くなっていったのは…。

 

「私の方が、お姉ちゃんらしいと思うの」

 

「は?」

 

 柚子先輩!?

 

 睨み付けられてるを気にもしないで…ボソッと呟い……というか、聞こえるように言ったよな…。

 シレッとした態度で、目を伏せた…。

 

「…あまり、そう言ってやるなよ…。私も隆史のお姉さんの気持ちは分からないでもないぞ?」

 

 チヨミン!?

 

「何となく、彼女が機嫌を損ねるのは理解するぞ? 私も弟がいるからな。他人に当たり前の様に言われるのは、あまり気分は良くないぞ?」

 

「……」

 

 チヨミン!! 空気を読んだ!!

 あの姉が! 黙って話を聞いてる!!

 上手く仲裁する様な形だ!! 立場が似てると姉さんの気持ちを組んで、フォローしながら…。

 

「少し違うが…私の弟なんてな……私の事、呼び捨てで呼ぶ癖に…。隆史の事はお兄ちゃんとか、隆兄ィとか呼ぶんだぞ? …私も、お姉ちゃんとか呼ばれたい…」

 

「…は?」

 

 ん? チヨミンの弟?

 

 …。

 

 知らない…。

 

「結構、悔しいんだぞ!! アレ!!」

 

「ちょっと待て。俺、チヨミンの弟さんと会った事、あったっけ? 記憶にないんだけど…」

 

「…え。…あっ!」

 

 なんだ? あっ! って…。

 

「いや…本当に……あれ? 俺の事、隆兄とか…呼ぶ奴って…合宿の時の…」

 

「…わっ!!! 忘れろ!!! 失言だ!!!」

 

 …いや、そう言われても。

 確か、前に迷子に…「 隆史 」

 

 ……。

 

「…なんでしょう? まほちゃん」

 

 回想なんてさせやしないと、まほちゃんがいつもの様に…まぁ…そろそろ慣れた。

 いつでも関節をキメれる様に、俺の腕に絡みついてきた…。

 

「お前…安斎にも、手を出してたのか?」

 

「出してない!! っていうか、安斎!? まほちゃん、千代美を知って…「  名前で呼ぶ仲か?  」」

 

「 」

 

 プラウダ戦での時…一緒にテントにいたよね…?

 ある程度、関係性は理解してくれていたんじゃなかったの!?

 痛い!! キリキリと、ジワジワと関節をキメないで!!

 

 

 

 

 

「…母さんに聞いていた以上に、最悪ね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ---------

 ------

 ---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい! では仕切り直し!!

 

 

 怯え続ける、約一名を除いた、あんこうチームから…姉が来襲した時の状況を聞いた。

 いやぁ…いきなり約二名様に喧嘩腰だったようで…。

 沙織さんは、完全に腰が引けてしまい…ダメだ…。

 まぁ…あの怪物は殺気だけで、小動物でも殺してしまいそうだしな。

 はい…でも、すがりつくのはやめてください。別の殺気をいくつか感じますから…。

 

 ……。

 

 みゃーみゃー言ってる、沙織さんを見下ろす…。

 

 ぐ…。

 

 昨日の夜の事を思い出してしまう…。

 しかし、今はあの姉の件だ。

 

 庭の縁側に腰を下ろして…俺にすがりつく沙織さんを笑顔で睨んでるからね!

 

 

「姉さん」

 

「なぁにぃ?」

 

 笑顔で応える姉が…怖い。

 この顔は、結構見慣れているので、すぐに分かる…。

 

 キレる寸前だ…。

 

 結構、短気だからな…コレ。

 

「自己紹介すら、まともにしてない様じゃないか。みほにさせないで、自分でしっかりしろよ」

 

「……」

 

 うっわ…すげぇ、嫌そうな顔…。

 こりゃ…この場にいる何人か、敵認定したな…。

 それでも礼節は、ある程度はオカンから叩き込まれている。

 …少し訂正。

 あの…オカンだから、中途半端に叩きこまれている……本当にある程度だな…。

 

「へいへい」

 

 だからだろうかね…。

 それでも腰を上げて、立ち上がる。

 はぁ…少し、アシストしてやるか…。

 

「コレ……俺の姉…」

 

 手を軽く上げると、それに応対するかの様に、姉さんが着ている、短いワンピースのスカートを少しつまみ…お辞儀を……。

 

 

「 尾形 涼香! 17歳よ!! 」

 

 

 佇まいは優雅に…元気に…そして乱暴に言い放った。

 相変わらず、雰囲気がアンバランスだ…。

 

「隆史の姉が、隆史と同い年な訳が無いだろう…。算数もできんのか、この脳筋が」

 

 まほちゃん!?

 俺にツッコミすら入れさせない程の即答!?

 

「はっ!! 女子は、永遠に17歳なのよっ!!」

 

「…隆史は、20歳を超えても、自身を女子だと言い張る女が嫌いだと聞いたが?」

 

「私は永遠の17歳ですから、そんな妄言を吐くババァ共とは違いますぅぅ!!」

 

「やめんかぁ!!」

 

 ひ…久しぶりだ…この感覚。

 暫くぶりに会ったはずだよな? この二人。

 それなのに昔と、やり取りが変わらない。

 

 昔の様に、二人の間に立つと、取り敢えず…。

 

「はぁ…まほちゃん。昔から疑問なんだけど…」

 

「……」

 

 アカン。

 俺の体で見えないのに、その俺を無視して、後ろにいるであろう姉を睨んでいる。

 …これだと、俺がまほちゃんに睨まれているみたいで、ちょっとヘコみますね…。

 

「…なんで、そこまで姉さん毛嫌いすんの? まぁ…うん。確かに常識外の人だけど…」

 

「タカ君、ひどい!!」

 

 うっさい、後ろの姉。

 

「毛嫌い? …少し違うな。これは警戒だ。そして威嚇だ」

 

「威嚇って…。あの…少なくとも俺の目を見て言って…」

 

「まぁいい…ちょうどいい機会だ。お前は気がつかないかもしれんがな…あの女の顔はオカシイ」

 

「…顔って」

 

「ふむ、間違えたな。…頭。 いや…性根…。これも違うな。あれは腐っているだけだな」

 

「…コノ、ダニク……」

 

 やめて…バシバシ俺を、殺気で板挟みにするのは…。

 あからさまにワザと言っているね? まほちゃん…。

 まほちゃんが、ここまで人を露骨に貶すってのは、多分あの姉だけだなぁ…。

 

「うむ。概ね賛同はするけど、少なくとも俺の姉ですよ?」

 

「……ぐっ」

 

「あまり、人を罵倒するまほちゃんは…見たくない」

 

「…………」

 

 そうハッキリと言うと、少しバツが悪そうに目を逸らした。

 小声で何か、ブツブツ言っているが、こう…拗ねた顔のまほちゃんは珍しいな。

 

「しかし…な、隆史」

 

「…なに?」

 

「…露骨に人の胸を罵倒してくるのもどうかと思うが…あの女。お前を見る目は…オカシイ」

 

「……」

 

「家族…姉弟を見ているといった、そんな類いの視線ではない」

 

 …いや…それは…。

 

「失礼な駄肉ね…。私の慈愛に満ちた眼差しの、どこがおかしいってのよ」

 

「全てだ。慈愛? ふざけるな。あれは欲望の類いだ、変態め」

 

 だから…俺の体を挟んで、喧嘩するのやめてくれ…。

 収束できたかもしれないって思ったのに…。

 というか、姉弟そろって変態みたいに言わないでくれ…。

 

「やめろって…。まったく…そもそも姉さんは、一体何しに来たんだよ…」

 

 また喧嘩を始めそうな二人を、質問を切り出す事で誤魔化そうとする。

 まぁ…疑問って言えば疑問だけど…。

 彼女の場合、ただ会いに来たってのも考えられるけどな。

 

「隆史。分かりきった事を聞くのは質問ではないぞ? 確認と言うのだ。大方、お前に近づく女の皆殺しだろう。」

 

「……」

 

 …まほちゃん。

 姉さんには本当に容赦ねぇな…。

 俺の注意で、遠まわしに姉を攻撃し始めたよ…。

 

「……」

 

 おい、姉。否定しろよ!

 何無言で、真顔になってんだっ!

 

「まっ!! この際、無駄肉は、どうでもいいわ!! 何しにって!?…決まってるじゃないの!!」

 

 あ…今度は、はっきり無駄って言った…。

 縁側から立ち上がり、こちらを指差してハッキリと言った。

 

 どこかで…いや…前に聞いた言葉を。

 

 そうだね……アンタの母親からだね…。

 俺の母親でもあるけどね…。

 

 

「見に来たのよ!! タカ君の将来の嫁候補を!!」

 

 

「…なっ!?」

 

「私!?」

 

 その言葉を聞いて、先程まですっごい元気良くおしゃべりしていた、まほちゃんが固まった。

 目を見開いて、それこそ信じられないモノを見る目で…姉を見ている。

 そして、みほは小刻みに震えだした…。

 

「本当の目的は、タカ君と会う…って言うよりか、みほちゃんに会いに来たのよ!!」

 

 ……。

 

 は?

 

 え……はぁ!?

 

「まさか、複数人と同居してるとは思わなかったけどねぇ…。母さんから聞いて、思ったものよ…なに、一人で面白い事してるのよっ!! ってね!!」

 

「…な……は? え? んじゃ…」

 

「母さんから全て聞いてるわ!! …その他大勢が、近づくのは面白くナイケドネ……」

 

 そう言って、マコニャンを除く他の皆に、分かりやすい敵意を向ける姉…。

 

 …いや、本当に分かりやすいなぁ…。

 敵意を向けられていないマコニャンだけ、周りのどこか張り詰めた表情の皆が、なぜその顔をしているのか? それが良く分からないようだ…。

 露骨だ…。

 

「おんやぁ? なに、面白い顔してるのよ、無駄肉ぅ?」

 

「 」

 

 完全に予想外。

 

 そんな驚愕の表情のまほちゃんに、心底楽しそうな笑顔で声を掛ける。

 なんだろう…本当に楽しそうだ…。

 今まで、この瞬間の為に黙っていた…そんな感じ。

 

「私が、弟を異性として見てるとでも思ったぁ? んな訳無いじゃない。今までのだって、ただの家族としてのスキンシップよ。スキンシップゥ」

 

 …家族のスキンシップで、風呂を一緒に入らせるとか…虐待にならないか?

 変な噂流れても、ただ嬉しそうにしてた、あの高校時代はなんだったんだよ!!

 

「何が変態よぉ…。そんな? 下卑た? 妄想をしている無駄肉の方が、よっぽどよねぇ?」

 

「」

 

 うっっっわ!! すげぇ楽しそう!!

 ここに来て、漸く好き勝手言えるって顔だ!!

 

「まぁ? 周りから…物凄く昔から、ブラコンだと言われているのは否定しないわ!! 私は極度のブラコンよっ!!」

 

 やめて…やめてくれ…。

 

「お風呂ぉ? 家族で入るのが何が悪いのぉ? 触るのだって別におかしかナイワヨォ?」

 

 その弟の前で、その発言は本気でやめて…。

 

「弟の体の成長を触診で確認して…何が悪いのぉ?」

 

 なに鬼の首取って、それを天高く掲げる程の顔で、その発言はヤメロ。

 

「…いや、それは悪いだろ」

 

 チヨミンが…ぼそっと突っ込んだ。

 まぁすぐに姉に睨まれて、慄いてるけど…。

 

「昔からそう…。弟に、アンタみたいな毒虫がつかない様に…それはそれは…大切に……それこそ全身全霊で見守ってたのぉ」

 

「毒むっ!?」

 

 体を前に倒し…なんでか上半身をブラブラと揺らし始めた姉さん。

 顔だけは前を向き…その目は完全に、まほちゃんをロックオンしている。

 

「そうよぉ? なんでか、母さんもあのババァも、アンタを推しているからねぇ…それが酷く気に入らなくてねぇ? だったら私は、みほちゃん側につこうと…思ってたのよぉ」

 

「なんだと…」

 

「みほちゃんなら、良いかなぁ…って、昔から思ってたのぉ…。でもアンタはダメェ…私の弟は、上げなぁぁい…」

 

「……このっ…」

 

 アカン。

 これはまずい。

 

 楽しそうに喋っている内に、テンションがガンガン上がったのだろうな…。

 

 何度か見た…。これ…格闘技の試合の時にしていた構えだ…。

 ノーガード戦法とでもいうのか…自信満々に突っ込んでくる相手を、力尽くで叩きのめすの好きだからなぁ…。

 カウンターとか、絞め技とか…そんなのばっかり得意だもんな…。

 ただの力だけ圧倒できるのに、敢えてそんな戦法ばかり選ぶ、性格の悪さ…。

 それが今出ている。…それがその構えに現れている。

 

 つまり…本気の臨戦態勢。

 

 ちょっと…本気で止めるか。

 

「あっ…あのっ! 涼香さん!!」

 

 今まで黙っていたみほが、叫ぶように姉を呼んだ。

 立ち上がり、ゆっくりだけど、目がギラギラ鈍く光っている姉に近づいて行く。

 いやぁ…怖いのだろうなぁ…足……震えてる。

 

「なに? みほちゃん」

 

「!?」

 

 ……。

 

 みほに対して体を向けると…ケロッとその態勢を解除した。

 

 ……。

 

 いや…なんで?

 先程も、やっぱり、みほならどうの言っていたしな。

 昔から姉さん、みほを猫可愛がりする程、気に入っているからな。

 理由を一度尋ねてみたが、何となく? としか、教えてくれなかった。

 …本能のみで生きている感じがする姉さんだから、変に納得したけど…相変わらず露骨だ。

 

「あの…本気で……喧嘩は…その」

 

「あぁ…」

 

 流石に察したのだろう。

 漸く仲直り…というか、話がまた出来始めた姉との喧嘩だ。

 止めるに決まってる。

 

「本気でなんてしないわよ? そもそも暴力沙汰にしら、タカ君マジギレしそうだし…即座に嫌われるだろうし…それは嫌だからね」

 

「…そ…そうですよ」

 

「なんだかんだ、他の子も、タカ君の性格を良く分かっているのか…。特に黒髪の無駄肉と馬駄肉の子。遠慮無しに私に敵意を向けてくるからね」

 

「え!?」

 

「暴力なんて振るってくるはずがないだろうと、確信を得ての犯行でしょうよ。チッ。みほちゃん以外は認めませーん」

 

 また…ギラギラと目を鈍く輝かせ…後ろに控えている皆を睨みつけた。

 そして逆に輝く気配も見せない、どす黒い目で返す約二名…。

 華さんは兎も角、なんで柚子先輩まで…。

 

 …うん。華さんもなんかオカシイよな。

 

「でも何でかしらねぇ? みほちゃんも、私の許容範囲を超えた胸囲なのにねっ!!」

 

「ちょっ!? 涼香さん!?」

 

 おい、姉。

 

「ちょぅ!? やっ!!」

 

 グリンと上半身を回転させ、瞬きの一瞬で場面が変わるかの如く…。

 

「どこっ!?」

 

 胸を両手で鷲掴みにした。

 

 はい、みほの。

 

「…アンタの家族は、どうかしてるわよ」

 

 エリカさん!!

 

「……アンタ含めてね」

 

 エリリン!!??

 

「なぁぁぁ!!!???」

 

「ふぇ!?」

 

 …胸を鷲掴みした直後…奇声を発した姉さん。

 そのつかんでいた手をそのままに、何度か後ずさりをすると…その場に崩れ落ちた。

 ドサッと…。

 

 人の彼女の胸掴んでおいて、奇声を発するな、姉。

 

「な……せ……え? は……?」

 

「なんですか!? というか、何するんですか!! いきなり!!」

 

「は…は…………はち……」

 

 信じられない…絶望…そんな表情。

 …というか、その顔は今まで見たことないぞ…。

 みほの胸掴んでおいて、何を言って……ん? 絶望?

 

「はちじゅう、ごせんちぃぃ!? 成長!? 成長期だからぁぁ!?」

 

「なっ!?」

 

 あ…みほが、こっち見た。

 いやぁ…顔真っ赤だけど…そうか。みほは、85cmか。よしよし。

 

「おい、隆史」

 

 あ、はい、スミマセンまほさん。

 

「なっ!? えっ!? 本当ですか!?」

 

 何故か、優花里が食いついた…。

 正座から勢いよく立ち上がり…みほにズンズンと近づいていく。

 

「優花里さん!?」

 

「西住殿!! ちょっと動かない……で……あ…」

 

「ヤゴ…ヤゴ……」

 

 85をヤゴと呼ぶな、姉。

 

「ほ…本当だ…。……前回は82cmでしたのに…たった数週間で…」

 

 …ほう?

 

「優花里さんもやめてください!!!」

 

 なる程!! そうか!! 優花里は見ただけで、体の採寸を測れる素晴らしいスキルをお持ちでしたね!!

 教えてくれって言ったら、すげぇ良い笑顔で断られたのを、今でも覚えてます!!

 あ…みぽりんが、胸を両腕で隠してしまった。

 ちぃぃ!! 確認が取れない!!

 

「…おい、隆史。この状況で、すごいなお前」

 

 …ハイ。

 チヨミンさんもできるんですね。ゴミを見る目…。

 

「……」

 

 無意識に目を逸らした先…はい、真正面に目を見開いた、エリたんがオリマスネェ…。

 

「…みほちゃんが、暗黒面に……はっ!!! まさかっ!!!」

 

「えっ……えっ!? なっ!? ひゃぁぁ!!」

 

 ……。

 

 …………。

 

 はい。

 

 ゴキッて良い音が、首元から聞こえました。

 折れてないよな?

 一瞬、目の前が真っ白に光ったけど…。

 

「…みほ…お前……」

 

「……うっわ」

 

 はい。

 両頭を掴んでいる、黒森峰のお二人から、ため息にも似た声が聞こえました。

 

 何が起こっているのだろう…そして、何をされたんだろう。

 

「なんで、スカート捲ったんですかぁ!? やめてください!!」

 

 …。

 

 何してんだ!!!

 

「あらぁ……みほさん。大胆…」

「……」

「西住殿ぉ…」

「…みぽりんが、一人で大人の階段を駆け上がって行くよぉ…」

 

「みなさんも、何言ってるんですかぁ!!」

 

「お…大人…ショー……」

 

「い…言わっ!! 怒りますよ!!??」

 

 なにやってんの、アレ。

 好き勝手やりすぎだ。

 いい加減にしないと…力で勝てなくても、そろそろ本気で、ありがとう!!!

 

 ……。

 

 はい、間違えました。

 分かっています。分かっていますから、そのままアイアンクローはやめてください、お二方。

 いくら俺でも、普通に痛いです。

 

「……なる程。そういう事か…」

 

「何を納得してるんですか!!」

 

 頭を戻したら、ゆらぁって、立ち上がった姉がいた…。

 …スカートはしっかりと掴んでますけどね。

 はい、みぽりん。スカート真っ赤になって抑えていますね。

 はい、みぽりん。睨まないでください、見てません。

 

 …。

 

 本当に…なんだろう…ふと思った。

 前と違い、みほと付き合いだしたら、みほに対しての遠慮が、結構薄らいだなぁ。

 前ならここまで、欲望がダダ漏れになる事もなかったのに…。

 

 いやぁ…なんだろうね?

 

「おい、貴様」

 

「なによ、無駄肉」

 

 はい、貴様発言また来ましたね…まぁ妹さんに対してのアレじゃあ、流石に怒るよね。

 さて、もう一度止めますか…体を張って…。

 

「人の妹に何をする…。そもそも、隆史との事もそうだ」

 

「…は? 何が? 姉が弟の心配しちゃダメだっての? いい加減にしないと…本気で…」

 

「本気で…なんだ?」

 

 

「 ツ ブ ス ワ ヨ ?」

 

 

《 !? 》

 

 

 一気に本気の殺意とやらが、この家を包んだ。

 …何もしてないのに、庭木から…小鳥が飛び去ったぞ…。

 カラスすら逃げ出したぞ!? だからいい加減、みほのスカートから手を離せよ!!

 

 …そりゃ姉さんが、暴力を働くとは思えないけど…その言葉には確信めいた何かを感じる。

 が…それすら、涼しい顔で受け流すまほちゃん。

 

「はっ!! やってみろ。全力で、隆史に隠れてやる」

 

 まほちゃん!?

 

「貴様程ではないにせよ、それなりに身体能力には自信がある。…逃げ一辺倒ならどうとでもできよう。隆史こみで」

 

 あの…。

 

「隆シールドだ!」

 

「……」

 

 うん…やっぱり、ドヤ顔のまほちゃんはロクな事、言わねぇ…。

 言い放ったのは良いのだろうが…即座に耳が赤くなったね…。

 変に涙目に俺を見上げてきたけど…なに?

 

「…そ…その。隆史の様に、洒落を効かせて見たのだが…どうだろう?」

 

 あの…モジモジして赤面するくらいなら、言わないで欲しかった…。

 

「ま…まぁいい。でだ、貴様も弟にかまけてないで…自分の事をだな……」

 

 あ、誤魔化した。

 

「は? あぁ…そういう事…」

 

「ん? なんだ?」

 

 一瞬…にたぁ…と微笑んだ…。

 微笑んだとは、言わないかも知れないけどね…。

 

「いるわよ? 私」

 

「…は?」

 

「いや、だから。私、彼氏いるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、何を言ってるか、ワカラナカッタ。

 うん…意識…飛んだ。

 

 

「「      」」

 

 

 はい、まほちゃんとみほが、文字通り絶句している…。

 うん、ここで俺まであの状態じゃ、話が進まん。

 がんばった。おれ、がんばってゆ。

 

 …る。

 

 

「…ごめん、姉さん」

 

「なに? タカ君」

 

「……もう一度言って」

 

「あんらぁ? 寂しい? 寂しい!!??」

 

 何を…嬉しそうに…。

 

「…いや……マジで……ね? 誘拐? 略取? 空想上の人物デスカ?」

 

「失礼ね。いくらなんでも、それは流石に傷つくわよ!?」

 

「……」

 

「マジな目で、哀れみの表情は、やめなさい…。普通に堪えるから…」

 

 いや。姉さん、性格は兎も角…確かに、見てくれは良い…。

 良いのだけど…これを許容できる人物って…どんだけ寛容なんだろう…。

 そもそも、姉さんが許す相手ってのも……。

 

 

 

「「     」」

 

 

 

 うん…更には、嘘が俺とは違って、本当に死ぬ程嫌いな彼女だ。

 それを分かっている、まほちゃんとみほ。

 

 …だからの硬直…だからの絶句…。

 

「まず…どこで知り合ったの…」

 

 

 

「合コン」

 

 

 ……。

 

 

「う…嘘だろ? 姉さん、そういった事する奴ら自体、毛嫌いしてたじゃないか…」

 

「そうね。今でも殺したい程嫌いね」

 

「…あの…は?」

 

「よくあるアレよ。私もそうだったけど、付き合いとか、人数合わせの為だけ…更には引き立て役で、連行されてきたって人だったわね! 物静かな男性よ!!」

 

 なる程…。

 あるけど…そういった人は、許容範囲なのか…。

 まぁその場では、ただの被害者だしな…。

 

 そこまで話したら…目の色が変わり…ノロケを連発する様になった…。

 やれ、馴れ初めはどうの…だの…普段はどうの……だの…。

 はい…そうですか。見てくれは優男ですか…はい。親父と一緒で、草食系なんですね…。

 はい…そうですか。社会人の方ですか…はい。サラリーマンですね…営業? はぁ…。

 はい…そうですか。次男…は? はぁ!? 主夫!!??

 

「婿養子もOKらしいから、タカ君は将来の事を気にしなくても良いわよね!? 好きにしなさい、長男!!」

 

「ちょっと待て!! そこまで話……はぁ!? 姉さん、まだ学生だろうが!!」

 

「は? 私と付き合うなら、死んだとしても、地獄まで一緒に付いて来これなきゃ、話になんないわよ。将来設計まで提示して、始めてスタートなのよ?」

 

「重っ!! いや、わかるけど!!」

 

 付いて行く…ではなく、付いて来い。

 姉らしいっちゃ、らしいけど…。

 目がハートの姉なんて…人生で拝めるとは思わなかった…。

 いや…本当にいるのか、そんな人…。

 

「あ、今何時?」

 

「え…?」

 

 話している途中、思い出したかのように尋ねられた。

 時間を聞かれ、反射的に携帯を取り出す。

 その様子を、何か懐かしい目で見られている。

 

「…相変わらず、腕時計とか着けないのねぇ」

 

 ……。

 

 姉さんの相手…サラリーマン……営業。それでまた、少し思い出してまっただろうが。

 …その内、そうも言ってられなくなるだろうけどな。嫌でも就職活動とやらが始まるだろうし。

 言ったって分からないだろうし、そういう主義だと言い張っている。

 

 腕時計。

 

 …昔を思い出すから、着けないようにしてんだよ。

 時間に縛られた糞みたいな日々を。

 …不思議と腕時計以外は、平気なんだけどな。

 

「今…11時だけど…」

 

「あ…まずい。そろそろ行かないと」

 

「行く?」

 

 帰るの!? 帰ってくれるんですか!?

 当初、絶対に泊まってくとか言い出すと思ってた!!

 

「えぇ、今回は本当に、みほちゃんの顔を見るのが第一目的だったから。次は第二目的」

 

「第二目的?」

 

「そうそう。彼氏のご両親に会ってくるの」

 

 

 

 

「  」

 

 

 

 え…はっ!?

 すげぇ軽く言いやがった!!

 

「ちょっと待て。親父と母さん、それ知ってるのか!? そこまで話が行ってるの知ってるの!?」

 

「知ってるわね。なんか手を叩いて喜んでたわ。父さん、涙目になって喜んでた」

 

 ……。

 

 …………まぁ……そりゃ…そうだろうけど…。

 

 知らなかったの…俺だけ……。

 

「母さんから、逃がすなとかも言われたし…いいんじゃない?」

 

 …なんていっていいやら…。

 

「はぁー!! タカ君の困った顔も堪能できたし! それなりに楽しかったから、まぁ来てよかったわ!!」

 

 あ…締めにかかった。

 本気で行くの? 架空の人ではないの?

 

 マジで亜美姉ちゃんの二の舞になるであろうと、確信してたのに!?

 

 よりにもよって、この姉が!? はぁ!!??

 

「んじゃ、そろそろ行くわ。みほちゃん」

 

「  」

 

 あ…まだ目が死んでる…。

 

「…お姉さん…傷つくわぁ」

 

「ぇあ!? あ、はい!!??」

 

「はいはい。んじゃ最後に一つ、警告…というか、忠告」

 

「え?」

 

 みほからの質問すら挟ませない…いつもの様に、強引に場の流れを力尽くで引っ張る姉。

 

 …忠告? 警告?

 

「実は私。タカ君の今までの人間関係…然り、他の学校の娘の事も私は知ってるの」

 

「はい!?」

 

「母さんから聞いた事もあるし…実際に見に行ったしね。……タカ君にとって、益虫か毒虫かの判断を付ける為にねぇ?」

 

「どちらにしろ、虫なんですね…」

 

 というか、何してんだ!!

 

「みほちゃんは、タカ君と相性は悪くない。悪くないけど、それ以上に相性が良い子が周りに溢れているの」

 

「……え」

 

 一瞬…まほちゃんと……? え? なんで、エリカを睨んだ?

 俺には分かった…。

 本人達は気がつかない様だったけど、本気で目に力が入っていた。

 

「現状に胡座かいて、安心してると……すぐに取られるわよ?」

 

「……」

 

 ここで、全員の前で堂々とそんな事を言い始めた。

 そういった事は、隠れて話す事じゃないのだろうか?

 

 うっ!?

 

 なに!?

 

 周りを見渡すと、全員が全員…真顔になって姉さんを見つめている。

 だから、なんで柚子先輩まで?

 

「他の子からすれば、面白くないでしょ? 何よりみほちゃんに、タカ君を取られるのが、一番嫌でしょうね?」

 

「……」

 

「だから諦めない。だからのこの現状…だからのこの関係」

 

「あの…姉さん?」

 

「タカ君は黙ってなさい。これは女の会話よ?」

 

「じゃあ…俺のいない所でやってくれ」

 

「それじゃあ、意味ないのよ」

 

「…どうしろと」

 

「黙って聞いてなさい」

 

 縁側から、いつの間にか靴を履き…庭先に下りた。

 というか、いつ取ってきた? 玄関になかったか? ソレ。

 

「みほちゃん、はっきり言うわね?」

 

「…な…なんでしょう?」

 

 

 

「 貴女は、ただ運が良かっただけ 」

 

 

 

「たまたまね。本当にたまたま。タカ君が大洗に引っ越した時から…上手く歯車が噛み合っただけ。言い切れる。だからさっきの言葉が言えたの」

 

「涼香さん…」

 

「状況からすると、追い詰められたタカ君が、誰か一人を決めるしかなかった様にも感じるしねぇ」

 

「……」

 

「その時に一番だったのは、みほちゃんってのは間違いない。けどねぇ…今のみほちゃんじゃねぇ…」

 

「ぇ…」

 

「なんだかんだ…タカ君は、芯がしっかりとしている子が好きよ? みほちゃんがいるのに、周りにはそれすら気にしない子が溢れている」

 

「……」

 

「だから、鍛えなさいな。主に内面を。心を。精神を。じゃなきゃ……今のままだと、みほちゃん。盗られるだけでは済まない。」

 

「…はい?」

 

 

「タカ君が「本気で嫌いな女」に、成り下がるわよ?」

 

 

「!!!」

 

 

「私は、みほちゃんの味方!!! だからの警告…そして忠告!! 精進なさい!! 文字通り!!」

 

 

 腰に手を掛け、息を吸った。

 エールを贈る様に…そして大声で。

 

 

 

『 醜い嫉妬は、気にするな!! 』

 

 

『 むしろそれをも、糧としろ!! 』

 

 

『 怨嗟の声すら、血肉に変えろ!! 』

 

 

 怨嗟って…。

 

 …仁王立ちになって、胸…らしきものを張った。

 口を挟ませない…数年に一度あるか、ないかのマジ口調姉だった。

 …まほちゃんすら、今までの言葉を、黙って聞いていた。

 

 言ってる事は、脳筋発言っぽいのだけど…一言一言で…何故だろうか?

 みほもみほで、昔から姉さんには素直に従っていた。

 寧ろ、どこか慕っていた。

 

 だからだろうか? 

 

 本気の姉の言葉だと思ったのだろう。

 

 …みほの顔つきが変わった。

 狼狽していただけの…そんな顔から、一瞬で…。

 

「恋愛は正直、私には無縁だと思ってたけどね!! まぁ縁があったし!! タカ君の事なら、なんでも…それこそ、いろんなサイズまでわかるし!! 」

 

 ちょっと待て。今なんて言った。

 そして、どこを見てる。

 

「私はね…本気で、みほちゃんの事は気に入ってるの…。あそこの無肉達なんかに、渡したくないのぉぉ…っ!!」

 

「…はっ。無肉は、貴様だろう」

「絶壁って、お言葉をご存知ないのでしょうか?」

「あれは、ただの醜悪な嫉妬よね? 五十鈴さん」

「そうですねぇ。僻みにしか聞こえませんよねぇ?」

「…そうだ。アレは昔からそうなんだ」

「お可哀想に……」

「哀れですね」

 

 ……。

 

 一部3人が、かなり仲良くなってますね…。

 いや…哀れって…。

 

「そんな訳だから!!  暴力沙汰な事なら大歓迎!! なんでも協力するからね!! いつでも何でも、お義姉さんに聞いてね!!」

 

「はっ!! はい!!!」

 

 …姉があの三人の事を、見もしねえ…。

 みほが、変な方向に流れている気がする!! なんで手を取り合ってるの!?

 暴力沙汰発言も、スルーした!!

 

 

「じゃぁタカ君!! 私は、もう行くわね!!!」

 

「ぇあ!?」

 

 グルッと、腕を回し…首を軸に回りながら視界から消えた。

 言った瞬間…俺の両肩に両足乗せて…って、いつの間に上に上がった!?

 いきなり掛かる、体重に足が少しよろめく。

 両足で踏ん張る…要は、姉が飛び上がり、俺の上に乗った…文字通り…仁王立ちで…。

 

「…こんな事で、体のバランス崩すなんて…。やっぱりまだ甘いわねぇ!!」

 

 嬉しそうに…アンタ、今スカートだろうが!!

 某国雑技団みたいな真似、即座に対応できるはずがないだろうが!!

 

「じゃーーね!!! 私は、私のダーリンに会いに行くから!! タカ君もたまには、里帰りしなさいね!! 私が寂しいから!!!」

 

 ぐっと、踏ん張る様に、少し前かがみになっている…であろう、姉。

 

 おい…まさか…。

 

「ぐっ!」

 

 そのまま、俺を足場に、人様の家の天井上。

 要は、瓦の足場に屋根の上に飛び乗った…。

 まさに軽業師…とでも言うのか、身軽に柔く…。

 

 猫か、アンタは。

 

 というか、アンタ、すかーと!!

 

「最後に…五十鈴 華…小山 柚子……顔と氣…覚えとくわ」

 

 …胸じゃないのか…。

 

「じゃぁーねーー!!」

 

 ……。

 

 …………。

 

 更に人様の家伝いに…文字通り、飛んで…消えていった…。

 他の散々、殺気を振りまいていた人々には、なんも挨拶もしないで…。

 

 その姿を呆然と見つめる…。

 

 ……あれが…姉? 

 

「快刀乱麻とは良く言ったものですが…嵐の様な人ですね…隆史殿のお姉さんは…」

 

 呆然と呟く優花里の声が、虚しい…。

 

「みほ…塩はないか? 塩」

 

「あぁ、そうです。荒塩がよろしいかと」

 

「食塩では、効果なさそだよねぇ」

 

「……」

 

 何とも言えない、みほの顔が印象的だ…。

 

「ふむ…では、今度はこちらの番だな…。ではエリカ」

 

 さっさと忘れたい。

 二度と会いたくもない。

 そんなまほちゃんが、即座に切り替えた。

 

 呼ばれた、エリカは…あれ? 微動だにしない…。

 

 静岡で、散々慌てていたのに…静かに向きなおした。

 

「安斎もそうだが…携帯での会話の続きを…しようじゃないか…」

 

「……」

 

 あ…あれ?

 

 エリカが、本当に……それはもう…普通にまほちゃんと向き合っている。

 ふ…雰囲気が…なんか、違う…。

 

「その前に隊長」

 

「なんだ?」

 

「流石に暑くなってきたので…上着脱いでいいですか?」

 

 

 

 !!??

 

 

 

「それは、別にかまわないが…何故、そんな事の確認……をっ……!?」

 

 まほちゃんが、言い終わる前に…買ってきた上着を脱ぎだした。

 スルッと…何も躊躇しないで…。

 

《 !!! 》

 

 あの…その服…見られるの嫌がってませんでした……か…?

 

 パーカーを脱ぎ、腕に掛け…その姿を顕にする…。

 そう…静岡で、ほぼネタ目的と、いつものノリとやらで購入した服…。

 

 

「…そうそう。隆史と、何をしているか…でしたか?」

 

「…!」

 

「隆史…だと?」

 

 堂々と……その視線は、その少し隣にいた…みほをも捉えていた…。

 

 後、呼び方にも息を飲んだ気がした…。

 エリカが、俺の呼び方を好きに呼ぶといった、次の時点で変わっていた。

 アンタ。もしくは、隆史と呼び捨てになっていた。

 

 …まぁ、たまにカスか、クズとか言われますけど…。

 

「何をしていたか…そうですね…。簡単に言いますと…」

 

「……」

 

 …睨むのではなく…いつもの様な、キツイ目も無く…。

 それこそ、まほちゃんに対して、普通の顔…いや。

 少し…ほんの少し、微笑みながら…それこそ嬉しそうに…言い放った。

 

 

 

「 デートです 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▲▼▼▲▼▲▼▼▲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い…事務的な…病院の様な廊下。

 壁、地面、天井。全てが白い色で統一されているというのに、どこか黒々としたイメージを強制的に感じさせる。

 廊下の先…窓から射す光すら、青白く反射させて、逆に視界に映る全てがコントラストと一緒に、真っ暗い部分を強調させている。

 コツン、コツンと…足音しか響かない。

 

 …。

 

 これが、隆史君のお願い。

 

 こんな事が?

 

 大丈夫なのだろうか?

 

 まほに、全てがバレ…というか、白状させられた翌日…。

 私もほぼ連行気味に大洗にへとやってきた。

 まほに聞いたのだろう…。その日の内に彼は私に会いに来た。

 

 また、ホテルの一室へ。

 

 水着撮影とは違い、気安くも…日常的な何かもない。

 

 ただ真剣な顔で、彼はやってきた。

 

 …そして、そのお願いを私は…聞いてしまった。

 

 二つ返事で…。

 

 本当は断るべきだったのかもしれない。

 いや、断るべきだった。

 

 後悔はしても、一度返事をしてしまった手前…約束を反故にする訳にもいかず…。

 何度か、やめる気はないかと聞いては見たが…軽く…本当に軽く拒否をされ…それが逆に聞く耳すら持たない、といった拒絶にしか感じられなかった。

 私に頼むという形ではあった為、隆史君自身、それでも何度か会話自体はしてくれた。

 …が、やはり平行線。

 放っておけば、千代へとこのお願いとやらを、頼みに行ってしまうと私は考えた。

 

 …あまり、それはよろしくない。

 

 仕方なし…私が同行するという条件付きで、結局は許してしまった。

 

「…しほさん」

 

「はい」

 

「……まほちゃん、大丈夫なんですか?」

 

「……」

 

「姉さんと対峙した後…ずっと家へ入り浸ってますけど…」

 

「……むぅ…」

 

「俺としては、一向に構いませんけど…黒森峰…大丈夫なんでしょうか? 隊長でしょう?」

 

「まぁ…後は卒業を待つのみですが…。ご迷惑をかけます…」

 

「…エリカもエリカで…怖いし…みほと睨み合う事も、最近増えたし…どうしちゃったんだろう…二人共…」

 

 

 それは多分、自業自得でしょうよ。

 

 

「まぁ、エキシビションが終われば、流石に帰ると思いますが…あぁ、後。まほの着替えを持ってきたので、後で持って帰ってください」

 

「……変な所は、お母さんしてますね…」

 

「……」

 

 

 怖い。

 

 

 …少し、笑いながら話している隆史君。

 いつもの通り…何も変わらない。

 

 この場所、この先、この後の事。

 

 全てがある意味で、彼のトラウマすら刺激すると思うのに…いつもの通りなのが…怖い。

 

 たまに思います。

 

 彼は普通ではないのだろうか? と…。

 

 ただの…子供に。

 

 精神状態が分からない。

 

 今も彼のお姉さんが、家に来た時の事を…苦笑しながら話している。

 それも…笑顔で。

 

「ん? ここですか?」

 

 もう一人の同行者。

 先行する係の方が、一室で脚を止めた。

 また…事務的な、真っ白い扉。

 

「はぁ…お願いしておいてなんですけど…さっさと終わらせましょうか?」

 

「この後も、予定があるのでしたね?」

 

「はい。学校へ戻って…はぁ……例のエキシビションの会議です。俺は遅れて参加となりますけどね」

 

「…そうですか」

 

 彼に合わせ…静かに、できるだけ普通に答える。

 嫌そうに…この先の事を話す彼を見ると…一瞬やせ我慢でもしているのではないか? と、思いました。

 

 ―が。

 

 係の方が、ドアノブを手に取ると…一瞬見せた顔。

 

 子供の頃から見ている、隆史君。

 

 初めてでした。彼に対して、ここまで思ったのは。

 

 酷く…醜悪だと感じた笑みは…。

 

 

 

 …。

 

 

 

 

 

 案内された部屋。

 

 

 

 

 

 

 …薄暗く…机と椅子だけがある小部屋。

 

 違いますね。

 

 中心には、厚い…プラスチックの壁。

 透明な…壁。

 

『 ご協力感謝します 』

 

『 あれから、一言も喋らなく… 』

 

 係の者から、社交辞令とも…感謝とも言える言葉が聞こえた。

 

 …そう。

 

 ただ一言、彼の名前を呼んだだけだった。

 

 それ以降…無表情で、黙秘を貫いているだけだった。

 

 …協力要請。

 

 彼が発した人物なら…と。

 

 全て断りましたけどね。

 門前払いでしたのに…。

 

 しかし…その彼からは、その協力要請と利害が一致する。

 …そう、してしまうお願いを聞いてしまった。

 

 透明なプラスチックの壁の向こう。

 

 力なく…項垂れている人物。

 

 同じ空間へと入ってきた…そんな私達を見もしない。

 ただ…目の前の机を眺めて……い…。

 

 

 

 

 

「 ぁ 」

 

 

 

 小さな呻き。

 

 

 

「……」

 

 

「 ぁ …ひ……はっ……」

 

 

「……」

 

 

「 ひっ……ぅ…ふっふふううううあ ぁ っ …ぁ っ !! 」

 

 

「……」

 

 

 違う。笑っている。

 嗚咽の様に笑っている。

 

 肩を震わせ…目を…。

 

 

 

「はっ…ひゃやっ!! はぁあぁああああぁぁ!!!! げっほっ!! ぐっ!!」

 

 

「……」

 

 

「ふぅ…ひゅはぁ……」

 

 

「……」

 

 

「あ゛ーーーーー…久しぶりに声出したぁぁ……」

 

 

「……」

 

 

「カッ! かふぅ…相も変わらずぅぅ……あ? 遠路遥々、首輪つけてお散歩ですかぁぁ? ぇえ?」

 

 

 

 

 

「…よぉ、元気?」

 

 

 

 

 相手…挑発でしょうか? 散歩? 

 今一意味が分かりませんが、彼はそんな言葉を無視し…くつろぐ様に、向かいに用意されていた、パイプ椅子に腰を下ろしましたね。

 

 

 

「んな所に来てる暇あんならぁぁさぁぁ!? バター犬なら、バター犬らしくお仕事に励んでればァァァ!?」

 

 

「それはそれで、ちゃんと励んでるから心配される事ぁねぇな」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「そもそもさぁ…」

 

「あぁ? なんですぅぅ?」

 

「学ラン赤Tとしか、呼んでなかったから忘れちまった」

 

「は?」

 

 

「 お前の名前、なんだっけ? 」

 

 

「……」

 

 

「まぁ、んな事はどうでも良いから、質問に答えてくれればいいや。えっと…あぁそうだ。名前、知らねぇんだった」

 

 

 透明な壁が揺れた。

 

 …男が動いた。

 

 顔を…手を……ベッタリと…打ち付ける様に付けていた。

 

 向かい側の警官が、その男を止めに掛かるが、それを手で隆史君が静止た。

 

 やめてくれと。

 

 

 響く声。

 

 たった一言、押し殺した声。

 

 恨みがましく、妬むような目。

 こんな男に何を聞くつもりなのだろうか?

 

 

 

 

 事件の事、大体の事は自白は取れなくとも、判明しているというのに…。

 

 

 

 この会話自体は、数分で終わった。

 

 

 

 何の確認が取れたのか、分からないが…隆史君は満足気だった。

 

 

 

 …あの会話から、何が分かり、何を知ったのだろう?

 

 

 

 

 

「 おがぁぁたぁぁあああ!! たかぁしぃぃぃ!!!! 」

 

 

 

 

「…はいよ」

 

 

 

 

 

 

 私には…分からない。




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閑話【 未来編 】~夢のつづき~ その5

 

 

《 解析が完了しました 》

 

 

 

 無機質な声が、また頭の中に響く。

 

 どこかで、聞いた声…。

 

 いつか、聞いた声…。

 

 

《 新たな、世界線の変動を確認 》

 

 

 あぁ…そうだ。最初に聞いた、あの時の…。

 目を開く前、脳内で響いたその声。

 その声が言い終わるやいなや…。

 

 

 

《 んな訳で、いらっさっっっい!!! 》

 

 

「……」

 

 暗い、何もない空間…。

 

 地面が、どこからか当たる光で分かるくらい…。

 冷静になって見渡すと、結構細かい部分もあるのだな。

 地面には白と黒。正方形のオセロ模様が刻まれていた。

 

 前に来た時は、余裕なんて何もなく…ただ、驚くばかりだ。

 結構、気づかないものなんだな。

 

《 ちょっと!! 無視しないでよ!! 》

 

 他にも何かないものだろうか?

 奥まで続く、何も無い空間。

 地面は続いているのだから、進んでみたら、何かあるかもしれない。

 

 

《 ガン無視!? 泣くわよ!! 結構、無視って堪えるんだから!! ほら! 泣くわよ!! 》

 

 

 

「…………………………」

 

 

 椅子が二つ…向かい合って置かれている。

 そこにだけスポットライトが当たっている為、とても目立つ。

 装飾の細かい…金と…

 

 

《 うわぁーーーーーん!!!! 隆史が無視するぅ!! 》

 

 

 …。

 

 はぁ…鳴き声が…脳内に響いて、本気でうるせぇ。

 

「わかったよ!! マジで泣き始めるなよ!!」

 

《  どうでもいい事、意味ありげにぃー!!! 露骨に無視するぅぅ!!! 》

 

 うっわ…グスグス、言ってるのが聞こえる…。

 本気で泣いてやがった…。

 

 …まったく。

 

 何も無い空間。

 そこに一人、ポツーンと、佇んでいる。

 早くないか? 何か分かったら云々言ってはいたけど…。

 まさか、こんな早く呼び出されるとは思わなかった。

 

 …呼び出されるって言っている時点で、どうかとは思うが…。

 

《 スンスン… 》

 

「悪かった…悪かったって!! はぁ…今回は何の用だよ」

 

《 グス…世界線の解析が完全に終わったの… 》

 

「あぁ…因果律がどうの言ってたな? その先の世界線って事か?」

 

《 ふぅ……そうよ!!!!!! 》

 

 

 …立ち直り、早いな…。

 

 

「んで? それだけで、俺呼び出されたの?」

 

《 今回は、アンタの為じゃないのよ。そっちの子の為!! 》

 

「んぁ?」

 

 ……。

 

 そっちの子。

 

 それを言われた時、特に方向を指示された訳でも無いのだけど、誘導される様に顔を動かしてしまった。

 向けた瞬間、視界に現れた。

 いつの間に、気づいたら…先程からそこにいたかの様に…。

 

「む…隆史? …ここは……ん?」

 

「…まほちゃん」

 

《 はい、いらっしゃい 》

 

「…なんだこの格好は…。隆史…何故嬉しそうなんだ?」

 

 黒森峰の制服…ではなく、何故かしほさんと同じ。

 西住流家元が何時も着ているスーツ…らしき物を着ていた。

 いやぁ…これはこれで…いいな!!!

 

 まほちゃんは、スーツが異様に似合うな!!

 

《 はいはい。そこのド変態は、置いておいて…今回は西住 まほさんの為に、この場を設けました!! 》

 

「私の為?」

 

《 そうよ!! 》

 

 …はい、駄女神さん。

 聞かれる事に答えるのは良いのだけど、説明が無い。

 今回は、エリス様は、いないのか?

 あの人の方が、話が早く進んで良いのだけど…。

 

《 おっ!! 遅くなりました!! 》

 

 あ…。

 もう一人声が響いた。

 何か息を切らしている様にも感じる声。

 

《 …チッ 》

 

《 あぁ! もう始まってる! ダメじゃないです先輩! 私がいない時に進めては! 私、先輩の監視役なんですよ!? 》

 

《 いらないわよぉ。私、もう真面目にやるって決めたから。だから帰っていいわよ? 》

 

《 …前回の五十鈴 華さんで、懲りましたか? 》

 

《 か…関係ないわねぇ? 》

 

《 …… 》

 

《 なによ、その目は。アンタ、露骨に現界してた癖に! そもそも簡単に戻って来れる…は…ず…。あぁ、そうか…そこの世界線にいるのか… 》

 

《 …な…なんの事でしょう? 》

 

《 古今東西、神が動物の姿で現界するってのは…まぁ多いけど……ふぅぅん。そっちの趣味があんの《 ありませんよ!!! 》 》

 

《 どうだか…ねぇ? 》

 

《 ……呼びましょうか? 33歳の五十鈴 華さん 》

 

《 やめて!!! ほんとにやめて!!! 》

 

 ……。

 

 女神同士盛り上がってないで…説明…。

 

「…女神。いい加減にしろ」

 

 あ、我慢出来なかったのか、俺よりも先にまほちゃんが口を開いた。

 若干、イライラしているのか、腕を組んで、少し眉を傾けている。

 

 …あぁ、ここ…感情出やすいから…。

 エリカとの件で、まだイライラしてるのか…。

 

《 ごめんなさい。今回はですね? 因果律が変わったせいで作られた、新たな未来の世界線が出たんです 》

 

《 そーそ。ぶっちゃけ因子は、もう関係が無いのだけどね。まぁ…前回が前回だったから… 》

 

「どういうことだ? 未来の行き先が変わったんだったら…」

 

《 元になる隆史さんに、伴侶となる方の因子と、未来お子様の因子がもう混じっているので、その伴侶となる方との世界線でしたらもう大丈夫です 》

 

《 世界線毎に、こんな事してたら私達、過重労働で死ぬわよ 》

 

「よくわからんが…前回済ませた、まほちゃんとなら、どの世界線ならもう大丈夫って事か?」

 

《 そうそう。あれは、西住 みほさんの世界線だったけど、その世界線にいた西住 まほさんの子供からも因子を貰ってるからね 》

 

「…では何故、私は今回呼ばれたんだ?」

 

 あー…イライラしてるぅ。

 前回の最後みたいに、変に俺に絡んでこないし…すっごい不機嫌オーラが…。

 

《 あぁ…前のある意味で失敗しちゃったからね…私が。だから、もう一つの世界線を見せたげよう! って事ね 》

 

「…もう一つ?」

 

《 はい…流石に浮気相手になっている未来しか…というのは、申し訳ないので…… 》

 

「……むっ!」

 

《 今回は、ちゃんと隆史との世界線よ!! 浮気じゃ無いわよ!! 選んだわよ!!! 》

 

「……」

 

 あ…急にソワソワし始めた…。

 傾いた眉が、別の角度に変わったぁ。

 オーラの色が、多分変わったなぁ…。

 

《 今回も、子供と手を繋いだ時点で、その子は帰っていくからね!! んじゃ、早速呼ぶわねぇ 》

 

「待て。待ってくれ女神様」

 

 …様が、ついた。

 

《 なに? 》

 

「一つ、お願いがあるんだ」

 

 …俺も言う。

 

 待て。待ってくれ!!

 

 まほちゃんが、ドヤ顔した!! ロクな事を言わないのが確定した!!

 

《 なんでしょう? 》

 

 

 

 

 

「  みほとエリカを呼んでくれ   」

 

 

 

 

「 」

 

 

 

《 え? 別に良いけど… 》

 

《 …………………… 》

 

《 エリス…アンタ、なんで顳かみ押さえてんの? 》

 

《 ……いや…あの… 》

 

 なんで!? この場になんで態々、みほ達呼ぶの!?

 

「まほちゃん!? 呼ぶ意味なんて無いよね? なんで態々呼ぶ《 まぁいいや。呼ぶわね!! よっっと!! 》

 

 

 駄女神ーーーーーー!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「ふむっ! これで役者が揃ったな!」

 

 いや…例の如く、一瞬。

 気がついたら、そこにいた…。

 が、マネキンの様に動かない。

 

 少しすると…二人の目玉が、ギョロッと動き…俺をその視線で射抜く…。

 というか…怖いよ!!

 

「…隆史。なんで私達呼ばれたのよ。前回、済んだわよね? エリナからも報告を聞いたわよね?」

 

「……いや、その…まほちゃんが…ね?」

 

「えぇっ!! 今、聞いたわ!! 説明聞いたわよ!!」

 

 じゃあ、なんで改めて俺に聞いたんだろ…。

 

「…隆史君」

 

「はい!!!」

 

「これ…多分、お姉ちゃんのあてつけ…だよね?」

 

 先程までの動きが停止していたのは、エリス様だな。うん…エリス様が説明してくれていたのだろう。

 エリカとみほは、その説明を聞いたのだろうけど。

 

 眼球運動のみで、こちらを見たみほの顔と…すでに違っていた。

 口元に指を曲げて添えて…。

 

 

「ウフフ…お姉ちゃん……可愛いね?」

 

 

 ……。

 

 

 こっっっわっっ!!!!

 

 笑った!? この場面で、何故笑う!?

 すげぇ穏やかな笑顔のみほが、ここまで…。

 

「…涼香さんの言った通りだぁ…覚悟決めると、結構……うんっ」

 

 あのくっそ姉貴の影響かぁ!!!

 その二人を、何故か笑みで見守っているまほちゃん!!??

 両手を上げて、天に叫ぶように…

 

「さぁ、もういいぞ! 呼んでくれ!」

 

《 ……あ、はい 》

 

《 先輩…今更何したか気がついたんですか? 》

 

《 …… 》

 

「早くしてくれ!!」

 

 …催促したよ。

 

《 よ…呼びます… 》

 

 

 

 もはや止められない…。

 安心できるのは、現実世界に戻れば、ここでの記憶は無くなる事くらいだ…。

 

 …。

 

 何故だろうか? 気休めにしか聞こえない…。

 

 

 ……

 

 …………。

 

 

「…あれ?」

 

 

 俺とまほちゃんの間。

 少し離れた所に、一人の少女が現れた。

 

 髪は短く、幼い顔立ち。

 

 現れたその子は、みほとの世界線の子供…かほと年齢も違うのだろう。

 

 いくつ位だろうか? 

 酷く無表情な顔で、こちらをじ…っと、見つめる子供は小学生程にも見える。

 …大人びた顔立ちもあり、中学生にも…。

 

「…そうか。あの子か」

 

 まぁ…うん。

 今回は対象は一人しかいないからな。

 しかし…。

 

「あの子が隊長の子供…。前回のかほ、だったかしら? 子供とは…雰囲気が違うわね」

 

「う…うん。すごく警戒してる…」

 

「……アンタには話してないわよ」

 

「そうですか。でも、私はエリカさんに話してますよ?」

 

「…チッ」

 

 …みほが…少々変わったな。

 エリカとのやり取りを、積極的取り始めた。

 …何かあったの……ん?

 

 目があった。

 その娘と目が。

 

 瞬間。

 

 俺とまほちゃんを交互に、目の動きだけで見ていた彼女の顔が、パッと綻んだ。

 

 

「 お父様ぁ~!! 」

 

「!?」

 

 両手を上げて、パタパタと満面の笑みで走り寄って…っぶ!?

 

「 お父様だぁ! 若い、お父様だぁ!! 」

 

 ず…頭突きで、腹に突っ込んでくるのは、やめなさい…。

 何故今、飛んだんだ? 結構身長差があるんだけど…良い跳躍力ですね。

 

 取り敢えず、両脇に手をいれて、同じ目線までこの子を抱き上げる。

 真正面に顔を見合わせると、先程までの警戒心をどこへやったのか…すっごい笑顔だ。

 

 うん…まほちゃん似だ。

 

 本当に、昔のまほちゃんそっくりだ。

 俺の遺伝子、どこへやら…。

 

 …まほちゃん。すげぇいい笑顔ですね。

 その笑顔を何故、みほとエリカに向けているのでしょうか?

 それを笑顔で返すみほが、怖い!

 

「まず…名前と歳を教えてくれ…るかな?」

 

 子供に向けての言葉使いが良くわからない…。

 その言葉に、特に疑問を持つ事もなく、彼女は答えた。

 

「西住 かほっ! 9歳!!」

 

 …そうか。

 嬉しそうにしている子供見て思う。

 

 …この世界でも、かほと…そう名付けるのか。

 ただ、性格が真反対…すごく活発そうな娘だった。

 

 ふむ…では最初に、これだけは聞かないとな。

 この態度なら、大丈夫だと思うが…

 

「かほ…」

 

「なぁに?」

 

 …。

 

 うん。

 

 

「パパンの事、好き?」

 

 

「…隆史君」

「…アンタ」

「……隆史」

 

 見えません!! 哀れみの視線なんて感じません!!

 

 大事な事です!!

 

 これは非常に大切な事何です!!

 さぁ!! どうだ!!

 

「 大好き!! 」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

「…隆史君」

「はぁ…泣く程の事?」

「初めて普通に言われたモノだからか…」

「華さんとの子供の時も、言われたけど…あれは…」

「あの娘は少々、特殊過ぎたからな」

 

 はい!! 抱きしめてます!! 抱きしめられてます!!

 外野!! うっさい!!!

 

 ここに来て!!

 

 ここに来てぇ!! 初めてっっ!!!

 

『 補足しましょう…か? 』

 

「あれ? 女神様」

「…来たの?」

 

『 多少、心配でしたので…不足の事態にも対応出来る様にと… 』

『 本当は、逃げたかったけど…下手したら、更に酷くなりそうだったしね… 』

 

 エリス様の姿が見えたが、今は娘を天高く掲げて、グルグルと俺の体を回して遊ぶ事に忙しい!!!

 

 キャッキャ喜んでくれるので、更に回すよォォ!!!

 

「た…隆史がはしゃいでる…」

「隆史君のここまでの笑顔は、見た事ない…」

「…ふっふふ……」

「なんで、お姉ちゃんが喜んでいるんだろう?」

 

『 ええと…補足どうします? やめますか? 』

 

「お願いする!!!」

「お姉ちゃん…」

「隊長……」

 

『 えっと…この世界では…その…澤 梓さんと同じね…。要は、別れた直後…掻っ攫ったわ。しかも初回で 』

 

「姉が、泥棒猫って事ですか?」

「みほ!?」

「おい、妹」

 

『 …で…その…一度、そういった関係になったら。後はもう…言わなくとも分かるんじゃない? ……自分達の母親の事なら 』

 

 

「「 …… 」」

 

 

 きこえなーい。なにもきこえませーん。

 かほが、可愛くて仕方ありませーん!

 

 

「でも、前回の世界線での話ですと…問題が発生したんじゃないのですか?」

 

『…今回はなかったの。寧ろ歓迎ムードだったみたいでね 』

 

「どういう事だ? 死にぞこないの老害共が黙って見ていたとは、考えられんが…」

 

「…隊長」

 

『 少しはあったようですけど…隆史さんは、どうも西住 まほさんと共謀…とでも言うのでしょうか? なんとかしてしまったみたいです 』

 

「共謀って…」

 

『 隆史の実績って奴が、結構すごかったみたいでね…有無を言わさなかったみたい 』

 

『 そうですね。高校生時代からもそうです。…大洗学園の廃校阻止…そこから、成人になってからも、有力選手の排出…後に… 』

 

「ちょっと待ってください」

 

『 なんでしょう? 』

 

「は…廃校阻止? どういう事ですか? え? 前回も言っていましたけど…え?」

 

『 あぁ…この世界線はね? 大洗学園の廃校が阻止された世界線なのよ 』

 

「……」

 

『 その一旦を担ったのが、アレ。まぁ、その事件のおかげで、貴女も物凄く有名になっちゃったけどね 』

 

「有名…」

 

『 詳しくは言えないけど…まぁ? そういった未来も出来てきたのよ 』 

 

「……」

 

『 あまり深く考えないでくださいね? その事件の主役は、貴女でしたし… 』

 

「事件……私…」

 

『 あ、ちなみにあのクソ女っ隆史ね? 日本戦車なんたらの組織運営に就職……スカウト業みたいな事してるわよ? 』

 

「「「……」」」

 

『 まぁ…はい。ご想像の通りだと思います…。すごい敏腕らしいですよ? …後、西住 みほさん、逸見 エリカさん。二人共、西住流師範となっていますね。…皆さん熊本を中心に活動してます 』

 

「…今私達の事、誤魔化す様に言わなかった?」

 

『 き…気のせいです! 』

 

「…で、私は家元を継ぐのだな」

 

『 そうね!! 』

 

「……」

 

『 この世界線。最後…形は変われど、結局は隆史さんの夢見、描いた未来になりましたよ… 』

 

「「 …… 」」

 

「ん? どういう…」

 

「…みほは…しっかりと、考える事だ。今この場にいる、この4人が…隆史の夢見る未来だと…女神様言ったんだ」

 

「…え?」

 

「……チッ」

 

『 …… 』

 

 

 楽しい!! めっちゃ楽しい!!!

 はっはー! 肩車!? したらぁ!! 父ちゃん、何でもしたる!!

 

 

「「「 …… 」」」

 

『 …今回、隆史の奴…すごい緩みっぱなしの顔してるわね。きもちわるぅぅ 』

 

「こちらの話…なんにも聞いてなかったわね…アレ」

 

「……」

 

 なに? なにがぁ!?

 知らねぇ!! 知ったこっちゃねぇ!!

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

「ふむ…まぁいい。では、私も()と、少し戯れてくるか…」

「「……」」イラッ

『 …あー…全部聞く前に行っちゃったわね 』

 

「何がですかぁ?」

「何がよ」

 

『 え…笑顔で睨まないでよ…。いやね? 基本順風満帆なんだけどね? 』

 

「「 …… 」」

 

『 睨まないで!! 』

「まぁいいわ…なによ」

『 …あの子ね? 』

 

 

 まほちゃんが、こちらに歩いてきた。

 お話は終わったのでしょうかねぇ? 

 そういや、この娘と一言も喋ってないからね。

 自身の娘だ…少し、話したのだろう。

 

「隆史」

 

 少し良いか? と、目の前まで来た。

 視線は、かほに向けられている。

 そのかほは、抱き上げる様にした俺の曲げた腕に乗り、肩を手で掴み近づいたまほちゃんを見つめている。

 

「…お母様」

 

「んっ…」

 

 親子の会話? だろうか? 

 言葉少なく、何か意思疎通をするかの様に…差し出された まほちゃんの手を見る かほ。

 

『 戦車道界では、過去類を見ない天才らしいのですが…それこそ、島田 愛里寿さんを遥かに凌駕する程の… 』

 

「あの化物みたいな天才少女を?」

 

『 練習試合ですが、成人の現役選手にすら、何度か勝利した事があるようです。ほら…門下生とかいらっしゃるでしょ? 』

 

「…あの子、さっき9歳って言ってなかった!?」

「そうか…戦略に歳は関係ないもんね…」

「だからって!!」

 

『 …どうにも隆史さんのお子様って、どの子も、戦車道に関しては、イロイロとその…まぁ有るみたいでして…。まぁそれは置いておいて、問題は… 』

 

 聞こえてくる、エリス様の補足。

 

 ウチの子なんすよ、ソレ!!

 俺の娘なんすよ!!

 

 …いやいや。今は目の前ですね。

 

 近づくまほちゃんの腕。

 それを見続ける かほ。

 

 そして…一言。

 

「 嫌っ!! 」

 

「」

 

 あ…まほちゃんが、固まった。

 

「 お母様は嫌っ!! 嫌い!! 」

 

「 」

 

 …え?

 

 はい?

 まほちゃんの、ここまでの何とも言えない顔は…初めて見る。

 すっごい、ショックを受けてますね…。

 

 えっと…えーーと!! ふぉろー!!!

 

「えっと…かほ? その…なんというか…お母様…嫌いなの?」

 

「嫌い!! 大っきらい!!」

 

「  」

 

 ……。

 フォローが出来ない程の、即答な拒絶…。

 そのお母様、泣きそうだけど?

 

「お小言ばっかりだし!! にしずみりゅうが、どうのうるさいし!! 鉄臭いし!! 油臭いし!!」

 

「  」

 

 

 

「 何より、戦車に乗せようとするから嫌い!! 」

 

「   」

 

『 …彼女……戦車道が…というよりも、戦車が大嫌いみたいで… 』

 

 

「「 …… 」」

 

 聞こえてきた、エリス様の補足…。

 それを聞いて…まほちゃんが、遂に崩れ落ちた。

 

「に…西住流の跡継ぎが…戦車嫌い…」

 

「そう! それ!! なんでも跡継ぎとか言うの嫌なの!!! もう嫌なの!! 鉄臭いのヤッ!!」

 

『 …なまじ、才能が凄まじいのもアリ…まぁ…察してやって下さい 』

 

「…そりゃあ無理もないわね。乗せようとするでしょうね。そんな才覚があって…西住流家元跡継ぎなら…余計に」

「お母さん以上にしつこそう…」

 

 う~ん…。

 周りからも言われてそうだよな…。

 練習試合とはいえ、大人相手に勝ってしまう程の技量。

 それこそ、家以外でも言われ続けるだろう。

 …そりゃあ息が詰まりそうになるだろうなぁ…しかも9歳。

 

「隆史ぃ…」

 

 泣きそうな目で見上げてくるまほちゃん。

 なんか…すげぇ縋るような…。まぁうん。

 

「ま…まぁ? こんな感じじゃ、外でもイロイロと圧迫されてそうだし…家でくらい、多めに見てやれば?」

 

「…しかし…跡継ぎが……これでは…」

 

「嫌いだって言ってるんだし…無理にやらせるのも、かほの為にならないだろよ。もう少し、大きくなってからでも…」

 

「…なる程」

 

「色々な、体験させて…それからでも…」

 

「……なる程な!! 分かったぞ!! そうかっ!! お前が甘やかしているんだな!!」

 

「いやいやいや!!」

 

 元気よく、立ち上がりましたね!!

 

「経験!? それはそれで、必要な事だろうがなっ!! だが、それは別問題だ!!」

 

「いやぁ? そうかぁ? 戦車嫌いな一端は、周りからの事もあるんじゃないのか? だったら他の事でガス抜きを…なぁ?」

 

「そうだよ!! お父様! 色々連れってくれるし! 遊んでくれるから大好き!! ……お母様、戦車の事ばっかり言うから嫌ぁぁい」

 

「なっ!?」

 

 

 ……。

 

 

『 あ…。そろそろまずい 』

 

 

 ………………。

 

 

「ほっ…ほらぁ!! かほも喜んでるし!! 子供は遊ぶのも仕事の内だと思うんだ!!」

 

「た…隆史が、何時もそうやって甘やかすから!! 西住流家元の子にしては、些かオテンバだと思ったのも…結局は、あなたがっ!!」

 

「い…いやぁ? 違うと思う…けど? ほっほら! みほも昔はっ!!」

 

「…みほは今、関係ない」

 

「みほ叔母ちゃんは、優しいから好きィ」

 

「……ミホ」

 

「まっ!? お姉ちゃん!? 本気で睨まないでよ!!」

 

「ちなみに隣の、エリカはどうだ?」

 

「……あの人、戦車ばかりに乗せようとするから嫌い」

 

「あの人!?」

 

 …めっちゃ他人行儀…。

 

「お母様と殆ど変わらないし…お父様に、すっごい近づいて…何かにつけてベタベタ触るから……すっごい嫌い」

 

「…なっ!?」

 

「「 …… 」」

 

 

「…そうか。やはりか。…どうにも最近、みほだけじゃなく、エリカも怪しいと思っていたが……そうか」

 

「何が!? それよりも、今のかほの発言が、どう聞いても9歳児じゃないよな!? あれぇ!?」

 

「誤魔化すな!! 昔からこうだろうが!! …あなたは、どうにも…みほとエリカに対してだけは、結婚してからもあまり態度が変わらないのが…物凄く……こう……ものすごぉぉく…」

 

「ま…まって!! まほ!? なんで手をコキコキ鳴らしてんの!?」

 

 

 

『 …… 』

「「 …… 」」

『 さて、そろそろ帰しましょうか? 』

『 そうね! 流石に今回はしっかりと、消しておきましょう!! もう…因果律改変は…嫌…』

 

 

「りほはっ!? りほが、成長してからでも、西住流を継ぐ継がないは、それからでも良くないか!?」

 

「…誤魔化すな。今は浮気の類いを言っている。それに りほもあなたが甘やかすから、そんなに変わらないっ!!」

 

「……そ…そんな事はない……よぉ?」

 

「……」

 

「……」ガタガタ

 

「おいっ! 女神!!!」

 

『 はいっ!? 』

 

「…一つ教えてくれ」

 

『 な…なに? 』

 

「私の夫は、現行で浮気をしているか?」

 

「まほ!?」

 

『 し…してないわ。貴女と結婚してからは、してない… 』

 

「ほっ…ほらっ!! してな「  し て か ら は ?  」」

 

「 」

 

「さぁ…夫。いつだ……そして誰だ?」

 

「  」

 

「……みほか……エリカか……どっちだ?」

 

「アクアッ!! お前っ!! 余計な事をっっぉぉ!!??」

 

 かほが…スルッと降りて…その場を走り去っていった。

 一定の距離を取って、スッと座った…。

 

 慣れてる!!

 

「 ……まさか…あの女神……カ? 」

 

『 ヒィ!? 違うわよ!! こっちを巻き込まないで!!! 怖っ!! なにその圧はっ!!?? この前の五十鈴 華さんが可愛く見える!!! 』

 

「結婚する前もしてなっ…アクアッ! お前、何時も言い方考えろって言ってるだろうが!!!」

 

「イツモ…? 妻でも無いのに……オマエ?」

 

「 勘弁してくれ!! 」

 

 

 

『 収集がつかなくなりましたので…もう帰ってもらっていいですか? 西住 かほさん 』

 

「え? …はい、分かりました。若い二人を見られましたので…大変満足しました」

 

「「 !!?? 」」

 

「では、みほ叔母様。エリカ師範。これで私は失礼致します」

 

『 …変な所、隆史さんと似たようでして…彼女、外と中では態度がガラリと変わるのです 』

 

「言い方を悪くすれば…外面と言う物ですね。お嬢様…と、良く言われますが…正直、肩が凝って仕方有りませんよ。お父様とお母様位しか、気が抜けませんしね…はぁ…」

 

「…あの…とても9歳児には、見えないのですけど…」

 

「では…最後に…………みほ叔母さんは、もう少し自重してね!!」

 

「!?」

 

「エリリン師範は、いい加減しやがってねっ!!!」

 

「なっ!?」

 

『 で…では……帰しますね…… 』

 

 

「 ばいびーーー!!!!! 

 

 

 

 ……。

 

 …………………。

 

 

 後ろで会話は聞こえ来ていたが、一瞬目の前が真っ白に光った。

 

 

 

 そして…俺の意識はなくなった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『 …つ…疲れた……。本気で疲れた……今回が一番だったわ… 』

 

「…あの…隆史君も強制送還したんですか?」

 

『 アレがいなくなったら、すぐに解決するでしょうが!! 』

 

「そうね…隊長も強制送還よね…今回」

 

『 怖いじゃない!!! 』

 

 ……

 

『 怖いよねッ!!!?? 』

 

「なんで、ひと呼吸置いたのよ…」

 

『 ま…まぁまぁ… 』

 

「呼び出した本人達が消えて…なんで私達は、まだいるのよ」

 

『 一応…聞いておこうかと思いまして 』

 

「何です?」

「は?」

 

『 貴女方も、この世界線の未来…は、見たいですか? 前回の世界線に比べると…結構、皆さんお幸せそうでしたので…どうかと思いまして 』

 

「見たいです!!」

「……」

 

『 即答ね…ま、まぁ西住 みほさんは、そうよね。前回…結局浮気されてる未来だし 』

 

「そうです!!!」

 

『 わかったわ。んじゃ、解析しとく。そっちの逸見 エリカさんは? 』

 

「見たいわね。えぇ……見たいわ!」

 

「……」

 

『 おや以外。てっきり片意地張って、拒否するかと思ったのに 』

 

「そういうのはね…もう…やめたのよ」

 

『 ふ~~ん。まぁいいけど 』

 

「……」

 

『 それでは、お二人共に解析をしておきます。他に何か質問ござますか? 』

 

「はい!!」

 

『 …どうぞ 』

 

「最後、未来の隆史君がいっていた「りほ」って…」

 

『 あぁ、妹よ。西住 かほさんの 』

 

「…妹」

 

『 …ちなみに…先祖帰りとでもいうのかしら? 西住流家元……西住 しほさんにそっくりよ 』

 

 

 

 

「「            」」

 

 

 

『 大丈夫大丈夫!! マジで、違うから。本当に先祖帰り 』…コノセカイセンハネ

 

「そうだよねっ! 未来のお姉ちゃんが…その事に触れてなかったし…」

 

「……」

 

『 ただ一時…西住 みほさんが、本気でDNA鑑定を考えていたわ 』

 

 

「「 ………… 」」

 

 

『 さぁて…そろそろ次の人……準備しないと… 』

 

「次?」

 

『 そうです。今回の件、因子は本当にまったく関係ありませんからね。ただの先輩の恐怖に駆られた行動です 』

 

『 ……アンタ 』

 

「き…聞いていいかしら?」

 

『 なんでしょう? 』

 

「相手……当然いるんでしょ? 次は誰よ」

 

『 それを聞いてどうする……はぁ……まぁ気になりますよね? 』

 

「……」

 

『 えっと…先輩? 』

 

 

『はいはい…えっと次はね……3人いるわ!! ……前回の9人より大分……ましよね』

 

 

「……さん…」

 

 

 

『 ダージリンさん…と、オレンジペコさん……そして… 』

 

 

「 …… 」

 

 

 

 

『 ノンナさんね!! 』

 

 

 




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第08話 黒幕

 でーと

 

 ハッキリと言い切ったエリリンは、俺が買って…ほぼ押し付けた様な熊のTシャツを着ている。

 静岡県で…って事も、何もかも普通に…そう。

 

 ごく普通に報告をした。

 

 その後、夜通し車で帰ってきた事…。

 サービスエリアで車内泊をした事…。

 携帯電話で、まほちゃんと会話を済ませた後の経緯すら、普通に話している。

 …はい。

 

 文字に起こせば、一行。

 

 他県で待ち合わせして、飯食って、服買って…そのまま二人で、車でここまで長距離運転…ってだけ。

 

 場の空気が重い。

 重圧が凄まじい…。

 

「…隆史。一泊? 泊まった?」

 

 まほちゃんが、組んでいた腕を離した…。

 スッと…。そのままダランと、腕を下ろした状態で、過去ここまで睨まれた事ないよな…って感じの鋭い目つきで見上げてくる。

 サービスエリアでの事に、即座に反応をしていた。

 

 その視界の先…みほは、顔を俯かせて…下唇を噛んでいた。

 思いっきりだろうか? シワが見える程…。

 客観的に見れば、そうだね…浮気だよね? 完全に…。

 

 事情が事情だったし、口裏合わせなさいよ? と言っていたエリカから、まさかの大暴露。

 

 周りのみんなの顔は見えないが…ただ一人…。

 

 この現場で、非常に合わない表情の人が一人。

 華さんが…とても輝く笑みを浮かべていた…。

 

 すっごい、キラキラしてるぅ…。

 

「したな? …遂にしたな。父と同じか? お前は。普段浮ついているが……肝心の所は、真面目だと信じていたのにな…」

 

 みほに変わってか…まほちゃんが、押し殺したか声で、口を開いた。

 信じていたって…あの…。

 常夫さんや。娘さんに、引き合いに出されてますよ…。

 

 

「ま…まほち「 裏切ったな? これは完全に浮気 『 違いますよ? 』」」

 

 

 俺の発言を、被せて断罪してきたまほちゃん。

 それを更に被り気味で…エリカが、ハッキリと言った。

 ここで、みほも少し顔を上げた。…が、前髪に隠れ…目が見えない…。

 

「……」

 

 華さんは…何か、余計な事を言うなと言った、顔をしているけど…さぁ…。

 

「違う? 何がだ? 何が違う! エリカ。よもや、お前に「 私が、隆史と会っていたのは、カードを渡す為です 」」

 

 もう、怒りを抑えきれない…といった感じのまほちゃん。

 そのまほちゃんに臆する事もなく、発言させまいと、淡々と口を開くエリカ。

 

「カード…だと?」

 

「えぇ。戦車道チョコカードです」

 

「…何をくだらない。…言い訳をするならば、もっとマシな…「 家元のカードですけど? 」」

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

 

 

 あ。

 

 西住姉妹の体が、硬直した…。

 そして怒りと殺気が、一気に霧散した…。

 別の怒りは感じますけどね! またか? と言った視線を感じますけどね!!

 

 

「それに後…西住隊長は、すでに昔の事を思い出されているはずですし…お分かりになりますよね?」

 

「な…何が…だ?」

 

 本当に事務報告の様に…淡々と話すエリカ。

 何故だろうか? 目の色が違う。

 迷いも何も無い…まほちゃんをまっすぐと見ている。

 

 まほちゃんの怒気と、みほの不穏な気配に何も感じない。

 そんな姿勢に、今では逆…まほちゃんがそのエリカの態度に、圧倒され始めている。

 しほさんのカードの後、攻守が一気に逆転した…かの様な感じ。

 攻守も何もないのだけど、そんな風に思ってしまった。

 

 …そして、言った。

 

 

「みほと私の……関係を修復させたかったみたいです」

 

「…………」

 

 それ言っちゃうのですか…。

 まぁ…うん。別に良いけどさ…どうしたのだろうか、エリカは。

 あそこまで、聞く耳持たないって感じだったのに。

 

「…はっ。今更ですけどね。人に見られたくなかったんでしょう?」

 

「なる程…そうか。そういう事か」

 

 まほちゃんだけは、その言葉に即座に反応…納得した。

 肩が下がり、完全に怒りは収束している様に見える。

 俺を見る目が、一気に変わった。

 

 またお節介か…と、呟きが聞こえた気がした。

 

 …早いなぁ…。

 

 浮気を疑われるよりマシだけど、家元のカードって発言だけで、即座に負の感情を霧散。

 エリカが遠まわしに言った…みほとの事で、完全に元に戻った…って感じだ。

 

「確かにサービスエリアに宿泊しましたが…こいつは、そこの休憩室のベンチ。私は鍵が掛かる、車の中で寝泊りしただけです。疑われる様な事なんてありません」

 

「……むっ」

 

 止まらない。

 何故だろうか? 淡々と話す事実が、遠まわしにこの姉妹を、責めている様に感じるのは。

 いや…エリリン、本当にどうしちゃったの?

 

「そもそも、変な誤解を招きたくない事。それと後、隆史の姉が、ここに来る事がアレに掛かってきた電話で判明した為、その姉と西住隊長と鉢合わせしないようにと、多少無茶してでも、急いで移動する事にしたってだけです」

 

「そ…そうか」

 

「…先程までの、あの姉と隊長のやり取りを見ていれば、嫌でも心配になるでしょうね? 分かりますよね?」

 

「……ぅ」

 

 た…畳み掛けている。

 すっごい早口で、なんだろう…何をどう畳み掛けているか分からないが、すっごい早口だ。

 あのエリカが、まほちゃんに対して、焦るわけでもなく…感情的になる訳でもなく…。

 ただ普通に喋っているだけなのに…そう感じる。

 

「この趣味の悪いTシャツも、隆史がいつもの様にはしゃいだ…アンツィオじゃないですが…ノリと勢いって奴じゃないですか?」

 

「……」

 

 何故だろう。その言葉で皆が納得してました。

 初め、ペアルック…とか、呟いていた柚子先輩も、なんでか頭を押さえていた。

 …好きなんすか? そういうの。

 

「少なくとも私は、必要でなければ、こんな趣味の悪いの購入すらしませんよ」

 

 趣味が悪い…。

 否定はしないけど…着てるよね?

 その趣味の悪い、熊さん着てますよね? 昨晩から……あ、睨まないでください。

 

 

「そんな訳だから…みほ」

 

 

「…っ!?」

 

 

 まほちゃんではなく、今度はみほに対して声をかけた。

 すでに頭を上げ、顔が見える。

 目が少し赤くはなっているが、何か納得したのか…普段と変わらない表情だった。

 

「…エ…エリカさん」

 

「……」

 

 みほが、エリカの名前を呼んだ瞬間、一瞬顔を顰めたが、すぐに戻り…。

 

「だから、昔の様に呼ぶなと……まぁいいわ。その方が隆史が喜びそうだし…我慢してあげる」

 

「…………」

 

 なぜ俺を見る…そして、なぜそこで俺の名前を出すんだ…。

 

「ま、だから? 変な事もないし、ましてや浮気とやらからは、到底程遠い一日だったから…それで、アレを責めるのはよしなさいよね」

 

「…は…はい」

 

「西住隊長も…ですよ?」

 

「わ…分かった」

 

 

 な…何?

 

 

 何!? 今までの流れ!!

 

 

 エリカは、俺の代わりに事情の説明を淡々としてくれた。

 

 有無を言わせない。そんな力技にも似た、静かな迫力…。

 そんな態度だったので、説得力があるのか…それに対しては誰も口を出さなかった。

 

 …出さなかったけど!!

 

 なに!? え!?

 

 すごい悪寒を感じる!!

 

 庭に立つエリカは、ヤレヤレといった、気怠そうな溜息を吐きながら…それでもキツイ目で俺を横目で睨んできた。

 

 ……。

 

 違う。

 

「はっ…」

 

 そして周りに聞かせる様な呟きを、いつもの吐き捨てる様な、そんな笑い方と共に吐き出した。

 

「…こんな事位で、右往左往…一々怒ってたら、身が持たないじゃないの?」

 

「……」

 

「あっさり、浮気してる。…なんて、そんな考えに辿り着くなんてね。信用してないのねぇ…。 ねぇ、隆史」

 

「俺っ!?」

 

 いきなり振られた…すでに目が楽しそうですね!! 隠そうともしねぇ!

 今の言葉は、みほに向けていた……んだよな?

 まほちゃんが、少し目を逸らしたのが、目端に見えた。

 

「……」

 

 もしかして、まほちゃんに対しても言っているのか?

 

「い…いや、まぁ…。みほからすれば、状況説明無しに聞いていれば仕方がないだろ…。俺が逆の立場なら多分…激怒するだろうし」

 

「……フーン」

 

 若干言い訳地味た物言いに、みほが少々目を見開いた。

 激怒するって所…だろうか? 少し嬉しそうだけど…。

 

 あ…。

 

 反面、エリカの目が細くなった…。

 

 なにっ!? 何、この状況!!

 昔の4人が、今この場で集まれているといった状況。

 みほは、まだ思い出していないかもしれないけど…なんだろう! すっごいデジャヴを感じる!!

 

 …なんか……昔あったような…。

 

 

「まっ、こんな所です。もういいですか? 隊長。くだらない事で、これ以上時間を取られたくないです」

 

「あぁ…」

 

 くだらない…はっきりと言ったエリカは、いつものエリカで…でも、なんだろうか?

 どこか嬉しそうなのは…。

 話はここまでと、体を動かした。

 それに釣られ…座っていた皆も腰を上げ、何か呆然としているみほへと向きだした。

 まほちゃんは…そんなエリカをじっ…と眺めている。

 

 酷く…無表情で…。

 

「(…はっ…こんな関係なら…簡単そうね)」

 

「なに?」

 

「なんでもないわよ。それよりいいの? あの子、玄関に置きっぱなしだけど」

 

「あ…そうだった。姉さんの殺気で、逃げてなきゃ良いけど…」

 

「それは、分からないけど…玄関の中に入れておいたんでしょ? 逃げはしないでしょ」

 

 まぁ、あの大きさなら、家の中にも入れないと思うけど…。

 

「…そうだな。一区切り付いたし…連れてくるか」

 

「日本語は正しく使いなさい。一区切り、付けて上げたんでしょう?  ワ タ シ が 」

 

「…そうっすね。ありがとうございました」

 

「そうよ。感謝なさい」

 

 口元を緩め、そんないつもの、どこかキツイ発言。

 

 …気が付けば、エリカと普通に話す事に慣れていた。

 誂う事もしなければ、大げさに茶化す事もしない。

 

 …軽口を叩ける程に。

 

 そんな俺達を、じっ……と、見ている。

 

 みほと…まほちゃん。

 それと……華さんと柚子先輩…。

 

 …。

 

「な…なに?」

 

「…なんでもないよ。ただ、涼香さんに言われた事を思い出していただけ」

 

 ど…どれの事だろう!?

 いかん…空気がまた澱んで来た!

 みほには…まぁ、今晩にでもちゃんと俺の口から話しておこう…。

 

「とっ…取り敢えず!! みほ、華さん、マコニ……麻子」

 

「おい、書記。なぜ今回はちゃんと呼んだ」

 

「……い……いや…ほら…お客様いらっしゃってますし」

 

 何故だろうか。

 まほちゃんと、エリカの前だと、その愛称で呼ぶのは避けた方が良いと…本能が呼びかけいた!

 

「…なに? 隆史君」

 

「なんでしょう?」

 

 呼ばれた二人が、俺に向き直してくれた。

 

「今言うのも、なんですけどね? というか…言わないといけないのだけど…」

 

 正直、この三人以外の前で、こういうのは何ですけどね…。

 でもちゃんと、同じ空間で暮らしていくのだから、しっかりと聞いておかないと。

 

「…同居人。増やしていい?」

 

 

「「「 は? 」」」

 

 

 はい、聞こえました。大きな溜息。

 

 複数だな…。

 

「先程の物言いからすると…エリカは知っているのか?」

 

「えぇ。一緒に来ました。玄関で待たせてますね」

 

「……また女か」

 

「そうですね」

 

 

《 …… 》

 

 

「え…えりかさん。言い方…」

 

「何が違うのよ。その通りでしょ? えぇ可愛い、女の子でしょ?」

 

「そうだけど!! チョッ!? まって!!! イロイロと違う!!」

 

「さっき、随分とベタベタと、擦り寄られてじゃない」

 

「…ぐ…」

 

 否定出来ないけど! ワザと? ワザと、んな言い回ししてんの!?

 すっげぇなんか、楽しそうですけど!?

 

 

「隆史君」

 

 

「な…なに?」

 

 みぽりん!!

 

 …あれ?

 

 普通だ…。

 態度…というか、特に気にする様子もなく、普通の状態だ。

 何かを悟った? そんな感じ…。

 先程から、コロコロと表情を変えるなぁ…。

 

 そんな彼女は、笑顔で…。

 

 

 

「取り敢えず、連れてきて?」

 

 

 声とは裏腹に…視線は、シレーとしているエリカを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 例の隆史君のお姉さん襲撃事件より、3日後。

 

 大洗の生徒会長室で、久しぶりに…本当に久しぶりに生徒会役員だけの空間が出来上がっていた。

 そろそろお昼休憩が終わる時間…漸く、隆史君は登校をしてきてくれた。

 

 本日、戦車道強豪校。その各学校の代表者達を招き、集まっている、エキシビジョンマッチの為の会議が、大洗学園で行われていた。

 また…また! 昨日まで隆史君は、他県へと出かけて行ってしまっていたのだけどね…。

 今日の予定の事は、伝えてはあったのだけど…それでも申し訳がないけど…って、言ってはくれたけど…。

 

 なんとか、午後には参加できるって事だったので、それなりに安心はしてたのだけど…うん。

 …変に詮索なんてしたくないけど…また無茶してないのかな?

 

 ……まぁ。また西住さんのお母さんとお出かけだったみたいだけど…。

 

「…隆史ちゃん」

 

「尾形書記…お前な……」

 

 生徒会室のソファーに座り…同じく向かい合って座っている私達。

 いつもの違う隆史君に、どんな言葉をかけていいか、分からなかった…。

 

 …だって。

 

「なんですか?」

 

「なぜ、学校に犬を連れてきている!!!」

 

「可愛いでしょ!!!!!」

 

「んな事は、聞いとらん!!!!」

 

 

 はい…隆史君が、犬を抱いて座っていました。

 言い辛かった事を、桃ちゃんが大声で言ってくれた…うん。

 

 真っ白い…少し紫掛かった綺麗な毛並みの子犬。

 

 

 種類は分からないけど、どこか品のある顔立ち。

 野良だったのかな? その顔の右側に、少し傷がある…。

 それすら気にすることもなく、すでに溺愛しちゃっている隆史君。

 

 一昨日も見たけど、改めて見ると…少し柴犬に似てる…でも、それでも違うだろうし…。

 

 …なんて犬種だろう? 

 

 一昨日の彼が西住さんへ紹介した、隆史君宅への、新しい同居人。

 正確には、同居犬? …日本語が変だね。

 あのギスギスした、何とも言えない空気を、この子がかき消してくれた。

 

 彼が玄関から連れて来た時、周りの反応がすごかったしね…。

 うん…女の子だもんね。可愛い可愛いの連呼だった。

 

 ただ…西住さんと、そのお姉さんが…すっごい驚愕といっていい程の…口を開けたまま驚いていたのが印象的だった。

 

『 た…隆史が、犬を抱いてる… 』

『 初めて見た…噛まれてない…隆史君が動物に懐かれてる… 』

《 え… 》

 

 はい…。どうも隆史君は、昔から動物と言った類に頗る嫌われる体質らしくて…。

 猫は一定の距離を保って、尻尾を振り…犬は唸り、噛み付いてくる。

 

 動物園とかの、そういった施設なんて、行こうモノならすごい事になるって、その時西住さんから教えてもらった。

 猛獣と言われる種類は、もう…ずっと興奮して唸っているし、温厚な像とか…そういった種類は、裏に隠れてしまうんだって…。

 

 でも、隆史君自身は、動物がすごく好きらしく…特に犬。

 その体質のセイで、毎回本気で落ち込んじゃうらしくて…。

 西住さんの実家で飼っている犬にも、手を本気で噛み付かれながらも、それを囮に頭を撫でるという行為を昔からしているって、ちょっと悲しくなるエピソードを聞いた。

 

『 この子、飼っていい!!?? 』

 

 その前の事は、すでに忘れたかの様に、その子犬を掲げ、同じく同居人の3名に聞いていた。

 …その…初めて見る、すっごい純粋な子供の様な隆史君のキラッキラ光る目に、黙って頷くしかなかった3人でした…。

 後は…もう、すっごいはしゃぎっぷりだったんだよね…。

 この隆史君が、あそこまで喜ぶ姿って…多分この先見れない気がする…。

 

 そして今は、隆史君の頭に、帽子の様に乗っている子犬。

 そのまま短い尻尾をブンブン振っているのが、可愛い…。

 

「…ぬっ…」

 

 あ、桃ちゃんが目を逸らした。

 

「ふ~ん。隆史ちゃん、犬好きだったんだぁ」

 

「大好きですね!!! この子以外に、唸られた事位しか思い出ありませんけど!!」

 

「……」

 

「ほら…ホームセンターとかでも…ペット扱ってる所って、あるじゃないですか」

 

「あるねぇ」

 

「動物自体、…癒してくれるから、すっごく好きでしてね…よく見に行ってたんです…」

 

「あ~。奥とかにあるよね。ショールームっての? いるねぇイッパイ」

 

「そうそう…。でもですね? 入店して…そこに近づくと、売られている子犬達が…一斉に吠え出し…威嚇して…猫もフーフー言い出して…」

 

「あらぁ…」

 

「…青森にいる時に、その為、店から出入り禁止を喰らいました…」

 

「……」

 

「こんな風貌も相合わさり…何かしてるのでは? って疑われた結果です…」

 

「……そ…それは…」

 

「だからッ!! この子拾いました!! だって怯えません!! 威嚇しません、吠えません!!! 懐いてくれるんです!! 懐いてくれるんですよぉ!!??」

 

「あ~~~……」

 

「昨日! 東京行ってて、会えませんでしたから連れてきました!!! 今、夏休み!! 学校!! 休み!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「か~しま…」

 

「は…はい」

 

「ま、なんか悲しくなっちゃったから…今日だけは、勘弁してやって…」

 

「会長がそう仰るなら…まぁ…」

 

 デレデレな、締りのない顔になってるなぁ…隆史君。

 今までの動物に嫌われ続けている経緯を聞くと、なんか…かわいそうになってくる。

 今日だけはって事で、会長も許しちゃったね。

 

 あ、そうそう。

 

「隆史君、その子の名前、決まったの?」

 

「あ、はい! 決まりました!!」

 

 そう。この子を連れて来た当日。

 名前が一切、決まらなかった…。

 飼っていいって事で、ではまず名前を…って、当然なる。

 なったのは良いのだけど…彼。

 

 ネーミングセンスが……ひどい。

 

『隆史殿、この子の名前は決まってるんですか?』

『ん? まぁ候補程度だけどな』

『え? そうなの? って…なんで私の顔見てんのよ…』

『…なんで、逸見殿と私の顔を見比べてるんですか?』

 

『 深 い 意 味 は な い よ ? 』

 

『『 ?? 』』

 

『と…取り敢えず、予防接種しに行かないとな!』

『お医者さんに連れて行くなら、最初に名前つけないとダメだよ? 隆史君。診察券とか作る時も必要だし…何より名前が無いのは可愛そうだよ』

『みほは、流石に慣れてるな。まほちゃんもか』

『で? 名前はどうするんだ? 候補があるって言ってたな?』 

『えっと…。まずは……ちょろまる…ちょいちょい……ちょへろう…』

 

《 …… 》

 

『剛雷号……質実剛健丸…ちょびぃ……ちょむす「まって!! 待って隆史君!!!」』

 

『なに?』

 

『ちょびぃってなんだ!? なんで、一瞬私を見た!!』

『アンチョビさん…』

『二つほど、毛色が全く違うのがでたな…』

『…相変わらず、こういった事のセンスがひどい…』

『そうか? 和式で攻めてみたんだ!!』

『名前で、攻めちゃダメ…。子犬がなんか、震えてるよ?』

『……』

 

 

 …流石に可愛そうだよ…。

 本気で、何が悪いか分からないって顔してたけど…。

 聞いておいてなんだけど、決定した名前を聞くのが、怖くなってしまった…。

 

 

「…俺が和式で考えると、一斉にブーイングというか、青い顔が並んだので…」

 

 まぁそうでしょうね。

 

「洋式でつけてみました。カタカナですね!!」

 

「う…うん」

 

「なんでか…それが一番しっくりきまして…。というか、なんか皆が即答で、それが良いって頷いたので、決定しました」

 

「そ…それで、なんてお名前なの? この子」

 

「クリスです」

 

「…………」

 

 まともだ!!!

 

 まとも過ぎてびっくり!!!

 

「い…いい名前!! それがいいっ!!! 良かったね! クリスちゃん!!」

 

「……うん。決めた時、みんなが一斉に、今の柚子先輩と同じ顔をしたのを覚えてます…」

 

 それはそうだよ!!

 

 和風と洋風で、こうも違いがあるのにもビックリだよ!!!

 頭の上にいるクリスちゃんが、小刻みに震えてるよ!?

 

「その…スカーフみたいなのは、首輪の変わり?」

 

「いや、この下に首輪はしてますよ? 飼い犬に首輪を着けるのはマナーです!! これは…ただのおしゃれです!!」

 

「…へ…へぇ」

 

 隆史君がおしゃれとか、言い出した…。

 

「しかもその首輪中に、ICチップを入れましたから、迷子になっても安心!!!!」

 

「……」

 

 あ…ダメだ。これ暫く続きそう…。

 しかし、変に熱弁する隆史君の頭の上を見ている桃ちゃんが、それを止めてくれた。

 

「器用な犬だな。頭から落ちんのか……はぁ…もう、犬の話はいい。尾形書記…もうすぐ午後の会議が始まるから、そこからお前も出席しろ」

 

「はい~」

 

 キリがないと、桃ちゃんが話を締めてくれたけど…隆史君…。

 器用に、頭の上のクリスちゃんの頭を撫でてる…。

 

「ねぇ…小山」

 

「なんです?」

 

「隆史ちゃん…将来、すっごい過保護な親馬鹿になりそうだよね…」

 

「あはは~、あの様子じゃ、目に浮かびますね」

 

「だねぇ~」

 

 あはは~…杏の私を見る目が、少し笑ってないぃ。

 あ、いけない会長だった。

 

 …うん。流石にね…私も露骨すぎたから、会長にはバレバレだよねぇ。

 おっといけない。

 今は、真面目な話になりそうなんだよね。

 

「…どこまで話が進んだんですか?」

 

「うむ。現時点で、参加するのは…プラウダ、聖グロリアーナ、知波単学園…そして我々だ。場所は大洗町だ。使用許可は降りているからな」

 

「ふ~ん…知波単ってのは、よく知らないなぁ…。後でちょっと挨拶しておくか」

 

「結局、他の学校にも事情があるらしく…見学を希望している。まぁこれは、尾形書記の方が詳しいだろう」

 

 あ、桃ちゃんが呆れてる…。

 …見学を希望してきたのは、サンダースと黒森峰。

 でもなぁ…まさか会議を見せてくれと言ってきたのにはびっくりしたけど…。

 会長の面白そうだからって理由で、それも許可してしまった。

 

「チミヨン…アンツィオは、出店での参加を希望してきましたけど…いいんですか?」

 

「いいよぉ。ただし、保健所には自分達で許可を取るってのを、条件にしておいたけどね」

 

「まぁ…そうだな。なにを出すかわかりませんもんね。まぁ…パスタだろうけど…」

 

「で…だな。午後の会議…お前が帰ってくるのを、正直待っていたのだ」

 

「俺を?」

 

「うむ…少々、チーム分けで揉めていてな…話がつかない」

 

「揉める?」

 

「こちらとしては、参加4校という事なので、2校対2校といった割合にしたいのだがな…どうにも上手くいかない」

 

「なんでまた…」

 

「どの高校も、大洗と同じチームでやりたがっている。西住の指揮を、間近で見てみたいそうだ」

 

「なる程…」

 

「後…聖グロリアーナのオレンジペコ…と言ったか?」

 

「オペ子?」

 

「…私と小山に、弟子入りしたいと言ってきている」

 

「 は? 」

 

「何の事か分からないから、一応は断ったのだがな。今度は丁度居合わせた、五十鈴と武部にも同じ事を言っていた」

 

「……」

 

「牛乳と納豆以外に、何か秘訣はあるかと聞かれたが…全くもって、皆目検討がつかん。何が言いたかったんだ?」

 

「……………………」

 

「そこでお前だ。責任を取れ」

 

「いや、なんの責任ですか…」

 

「言わせるつもりか?」

 

「…えー」

 

「お前の言う事ならば、知波単は兎も角、他の2校は聞くだろう。さっさと決めてしまえ。我々は、どの高校でも構わん」

 

「無茶言うなぁ…」

 

「オレンジペコ選手の事は、どうせお前の痴情だろう? なんとかしろ」

 

「…痴情って…」

 

 ま…そうだよね。

 聞くよね…特にあの2校なら…。

 

「ま、いいですよ。遅れて来ましたし…少し、話してみます」

 

「頼むぞ」

 

 そのまま、ソファーを立ち上がる隆史君。

 クリスちゃんを頭の上に乗せたまま…って、あれ? …クリスちゃん……寝てる…。器用だなぁ…。

 

 …ん?

 

 立ち上がった隆史君。

 少し顔が真剣になった。

 会長をじっ…見つめて…なんだろう?

 

「…ぁ……ん~…」

 

「なに? 隆史ちゃん」

 

「……いや…」

 

 何かを言い淀んでいる。

 

「まっ…いいや。エキシビジョンが終わったらで…水を差したくない」

 

「なに? 終わったら?」

 

「えぇ、昨日…俺が東京にまで行っていた理由。エキシビジョンが終わったら話します。まぁ…あまり良い話じゃありませんので」

 

「そこまで言われると、逆に気になるんだけど?」

 

「まー…うん。それまでは、いつもの会長でいてください。ちゃんと話しますので。…柚子先輩にまた怒られそうだし…」

 

「分かった…けど…」

 

「あ、それもそうだけど、桃先輩!」

 

「なんだ?」

 

 すごく真剣な顔だった。

 言い淀んでいる内容は気になるけど、言い方でずうっと内緒にする訳じゃなさそうだし…。

 …誤魔化す様に、桃ちゃんにまた話を振ったけど…。

 

「録画映像! 下さい!!」

 

「は?」

 

「祝賀会の!! かくし芸の!!!」

 

「…ぇ……あぁ。あれか」

 

 祝賀会? かくし芸?

 そういえば、なんか固定カメラで、思い出って事で撮影してたっけ。

 それをなんで、隆史君が桃ちゃんに?

 

「ふむ…そうか。だがな、尾形書記」

 

「なんすか?」

 

「す…すまんが、ダメになった」

 

「…………」

 

 あぁ…あの映像記録…。

 確かに録画してたんだけど…。

 

「んぁ? あの祝賀会の映像って…か~しまが、間違えて消しちゃった奴?」

 

「なっ!?」

 

「そ…そんな訳だ。写真としては、いくつか残ってはいるのだが…な……尾形書記!?」

 

 あ…隆史君が…桃ちゃんに詰め寄ってる…。

 クリスちゃんは、まだおネム…。

 

「ちなみに、どうして間違えて、消したんですか?」

 

 誰に聞いたのか分からないけど…一応、私が答えておこうかな?

 

「えっと…桃ちゃんが、タメにタメたお仕事を、焦って処理してる時に…誤って消してしまったみたいなの」

 

「…そ…そんな訳だ。すまん…」

 

 うん、そうそう。

 いつもの様に…ね。

 最近までは、隆史君が色々してくれていたから、あんまり焦る事はなかったのにね。

 いなくなったら…すっごい量が、一気に…。

 

「はぁ……まぁいいや。消えてしまったものは仕方ありません。いい加減、テンパって仕事する程、溜めないで下さいよ…他の生徒会員が、泣きそうになってるんですから…」

 

「…うっ…うるさいな!! 私は私でやる事がある……ん……なんだその顔は? なんだ、その笑顔は!?」

 

「 約束デスカラネ? 」

 

「な…なにを…」

 

 隆史君が、桃ちゃんの両肩に手を置いた。

 最近は、隆史君が近づいても、前みたいに逃げる事をしなくなった桃ちゃん。

 

 …その桃ちゃんが、全力で逃げようとしてる…。

 

 私と会長の顔を、泣きながら見てくる…桃ちゃん…何を約束したの…。

 

 

 

「じゃあ、そろそろ会議に行きましょうか? …桃チャン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▲▼▼▲▼▲▼▼▲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無機質な部屋。

 俺がその部屋から、出ろという指示はまだない。

 その机の上に突っ伏し、看守の言葉を待っている。

 さっさと俺専用のVIP部屋に戻してくれませんかねぇ?

 寝たいんですけどぉ?

 

「ヒューー…」

 

 喉元から、笛の様な息が漏れる。

 ここの所、体が上手く動かない。

 例の会場でもそうだ。本当に痛みを感じない。

 視界からも色が消えた。

 

 …ま。なんでもいいけどねぇ。

 

 しかし…尾形 隆史が、何の用だったんだ?

 現れないであろう、尾形 隆史になら口を開いてやるよ…って、あまりにしつけぇから、ニヤニヤしながら答えてやったら、本当に連れてきやがって…。

 恨み辛み…あの姉妹の事でも聞いてくると思ったが…一切、それを口にしなかった。

 どうせ俺のこの後の人生なんて、決められてしまった様なもんだ。

 だったら、何もしたくない。

 

 警官の言葉も無視した。

 取り調べ? 

 俺の生い立ちまで調べて、知ってんだろうが。

 分かっている事を、確認する為だけに聞いてくんじゃねぇよ、クソ共が。

 

 かっ。殴られようが、何されようが、痛みすら感じないんだ。意味がねぇよ。

 全てが、麻痺してんだよ。

 

 

 しっかし…なんだってんだ?

 彼此、10分以上、放置されているけどさぁ…職務怠慢じゃないんですかぁ?

 ただサボりたいだけなんでしょうかぁ?

 さっさと仕事してくださいよぉ、おまわりさぁん。

 

 ん…?

 

 目の前の奥…向かい側のドアノブが、軽い音を出して捻られた。

 なんだ?

 

 もう一人、面会者がいたのか?

 でもいいのですかぁ? こんな犯罪者に、一日何回もぉ?

 めんどくせぇんだよ、訴えますよぉ?

 

 ……。

 

 あ?

 

 誰だ? コイツ。

 

 てっきり、面会者なら…もう一人の赤ババァかと、思ってたのに…。

 黒ババァはもう、オタクの入れ込んでいる愛玩動物と一緒に帰りましたよぉ?

 今頃、バターでも舐めてるんじゃないですかぁ? って…言ってやろうと思ったのにねぇ。

 

 はぁ…適当に無視すっか。だりぃ…。

 

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

 

 ……。

 

 は?

 

 俺は、テメェなんぞ知らねぇけどぉ?

 馴れ馴れしいんだよ、んだ? その挨拶は。

 

 まぁお高そうな、スーツだことぉ…。

 上流階級の方ですわねぇ? あらやだ、美形! …って、心底気に食わねぇ面しやがって。

 若い…男。

 

 俺よりかは多少、下…か?

 20歳前後に見える若造…。

 

 んだ? この優男。

 

 

「あぁゴメンゴメン。君は僕の事は、覚えていないかもしれないね? 会った事があるのは一度だけだし…」

 

 

 体を起こし、頭を上げ…目だけで下を見る。

 

 会った事がある…?

 

 中坊の時から、あの件のおかげで、殆どの連中は離れていった。

 …家族も…壊れた。

 ま、あんなクソを塗りたくった商売女のババアなんぞ、どうでもいいけどぉ…。

 

 ……。

 

 肘を机に付き、手を口元で組んでこちらをジッと見てくる…。

 

 …気に食わねぇ…。

 

 温和な笑顔って奴だろうけど…コイツの見下した様な感じ…。

 こいつにとっては、路傍の石っころにでも、話しかけているってなもんだろ?

 …それでも声と顔は、お優しくってな。

 

 

「…どちらさまですかぁ?」

 

「ふふっ! やっと口を聞いてもらえた…」

 

 カチャッと…後ろで音がした。

 …布がすれる音…何かを取り出す音…。

 

 後ろを見ると、看守の耳にはイヤホンが…おい、仕事しろや。

 防犯カメラだろう…そのカメラには、その姿が映らないのだろうか?

 

「まぁ? 金を積めばどうにかなる人間がいるのは、どこの組織にもいるよね?」

 

 …嬉しそうに何言ってんだ?

 目的が分からない。

 本当に誰だ? コイツ。

 

「君と会った事があるのは…ずっと昔。そうそう、君が初めて捕まった日だね」

 

「……あ?」

 

「覚えてないかなぁ? …アレをどうにかして欲しいって頼んだのは……誰だっけ?」

 

 初めて捕まった日…?

 

「僕と君はね? 同い年なんだ。だから変に親近感が沸いてしまってね? どうだろう? 分からない? ほらっ! 熊本でっ!!」

 

 親近感なんて微塵もねぇだろ、こいつ。

 ただの軽口が癇に触るんだよ、クソが。

 こう言う奴は、大体が会話の始めと終わりに本題を入れてくる。

 

 …同い年? 熊本?

 

 最初に…捕まった……頼んだ…。

 

 

「……おまえ」

 

 自然と目を見開いていた。

 過去の映像が、何度も頭の中に見える。

 

 思い出した。

 

 思い出した。思い出した。

 

「思い出してくれたみたいだね!」

 

 昔の友人にでも会うかの様に…嬉しそうに口にした。

 

 …この……野郎。

 

「あん時…中坊如きに、見た事もない大金をチラつかせてくれた、胡散臭い親子じゃないですかぁ?」

 

「そうそう!! いやぁ正確には、アレは僕の父親じゃなくて、爺やなんだけどね!」

 

「…んなこたぁ、どうでもいいんですぅ。何の御用でしょうかぁ? 口封じにでもいらっしゃいましたぁ?」

 

 喋っていない。

 

 …あのガキの時に捕まった時もそうだ。

 

 未成年だから、すぐに出れると思っていたから。

 バレなければ…あの大金は、俺のモンだと思ったから。

 

 いつもの様に、屯する場所へ向かう途中…出会った。

 妙に胡散臭い…その割に身なりのいい…二人に。

 

 一人は…初老…。

 もう一人は、その男に連れらた…子供。

 その時の紹介で言っていたっけ? 俺と同い年くらいだと…。

 

「実は、昔から僕もあの男に辛酸を舐めさせられてきてねぇ…アイツのセイで、全てが狂っちゃったよね!」

 

 そうそう…本来は、あそこまで…酷く怪我をさせる様な事を言われていなかった。

 ただ、あの姉妹を怖がらせろ。それだけ。

 ガキだった俺は、もう一人のガキが乱入…あまりにしつこかった為に…はいキレちゃいましたぁ。

 

 ……。

 

 …その内、この男が割って入るから……って、良くある擬似ヒーロごっこだねぇ。

 

 関わりたくなかったから、適当に悪態を付いてズラかろうと思っていたのにな…。

 現ナマで札束を見せられちゃあねぇ…。

 金の無い中坊にとっちゃ、クソくだらねぇ演技ってだけで大金が入るんだ。

 

 前金で、200万…程だったな。

 本当にくれたモノだからね…。

 

 だから…喋っていない。

 

 胡散臭いと思っても、深く考えもしないで飛びついちゃったねぇ…。

 ま、捕まった後の、生活費で消えちまったけど…な。

 

 しっかし…目の前の男は、相槌も何もしてないのに…ベッラベラと喋り続けている。

 

 …うるせぇな。

 

「おまえさぁ…結局、何しに来たのぉ? 後ろの野郎を買収してまでぇ。今更、何の御用でしょうかぁ?」

 

「ん? あぁそうだね! 早速本題に入ろう! …一つ、いい話があるんだ」

 

「あ? ここから出られない俺にいい話? 出してでもくれるのでしょうかぁ? ぶっちゃけ、外に未練も何もないんでぇ? 他所当たって貰えますぅ?」

 

 めんどくせぇ。

 

 …これに尽きる。

 

 殺人未遂らしいし? 俺。何したって、出れる訳ねぇだろお金持ちさん?

 

「…尾形 隆史をどうにかしたくない?」

 

「……あ?」

 

「その内に、色々起こるんだけどさ…その時に、証言して欲しいのさ…それで、あの邪魔者が消えるんだぁ」

 

 ……。

 

「へぇ…」

 

 俺が声を漏らすと…食いついたと思ったのか…。

 嬉しそうに頬を上げた。

 

 

 

 どこの誰かも分からない。

 

 名前すらコイツは、名乗らない。

 

 ただ、なんかの計画とやらをベッラベッラ食っちゃべっている。

 

 復讐。

 

 それを執拗に繰り返している。

 

 …コイツは一緒だ。

 

 あの野郎共と。

 

 

 …すでに俺には、何もやる気なんて無い。

 

 ただ…。

 

 

 あのガマ蛙といい…七三といい……。

 

 

 利用され、それが誰かの利益になるってのだけは……二度とゴメンだねぇ。

 

 それに…

 

 

「…いいよぉ」

 

 

 ボソッと出した言葉。

 内容なんて聞いちゃいねぇ。

 ただ昔のコイツを思い出していただけだ。

 

 それでも了承の返事をする。

 

 その俺の返事を、更に嬉しそうに笑う男。

 

 

 復讐……ねぇ?

 

 お前は分かっちゃいえねぇな。

 

 アレはアレで、腹立たしいが…本当の原因はテメェだ。

 

 ありがとうございますぅ…それを思い出させてくれてぇ……僕にも火がもう一度つきそうですぅ。

 

 どこの誰かも分からない奴より…分かりやすかったが、あの小僧だ。

 居場所も身元も分かり安かったからねぇ。

 

 

 

 だがねぇ?

 

 

 

 …お前はある意味で、尾形 隆史 以上だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぅ」

 

「隊長!!」

 

「隊長ぉ!!」

 

「おかえりなさい、隊長ぅ!!!」

 

 短い面会が終わり、自室に戻ろうと思ったのに。

 オキャクサマが、私を訪ねてきた。

 案内された応接間で、とても実にならない会話を数分続けただけ。

 

 その建物の玄関先で捕まった…。私を待っていてくれたのだろうか。

 それは…その好意自体は、素直に嬉しく思うのだけど…少々、いや…とても暑っ苦しい。

 

「…一々、抱きつくの…やめて」

 

「結局、誰だったんですぅ?」

 

「練習中でも呼び出すなんて…余程の方だったんですか?」

 

「うん、聞いて…抱きつくの…やめて。暑いから」

 

 そこまで言って、私の顔色が苦しそうな赤色だったと気がついてくれたのか…。

 三人共、渋々だけど離れてくれた…。

 

「ふぅ…」

 

 まったく…。

 …安堵の溜息もでる。

 

 午後の演習が始まると、すぐに中止の無線が入った。

 携帯にも、お客様とやらが私と面会したいと、連絡が入り…仕方なくそれに応じる事にした。

 

 一度、戦車で郊外に出てしまうと、戻るのもそれなりに時間がかかるというのに。

 それでも応じた…。

 何の用だろう…と、私も気になってしまったから。

 

 だが違った。

 

 初めに聞いた名前から、予想した人物ではなかった。

 

 …その男に会った時、正直、騙された気分だった。

 

 その男は、私でも分かるくらいの、高価なスーツを着て…髪を適度に整えていた。

 人が見れば、人当たりも良く、丁寧に身なりを整えた紳士に見えるだろう。

 

 が…私は別の印象を持った。

 

 下品。

 

 …成金趣味…というのだろうか? お母様が特に嫌悪する雰囲気。

 

 ……。

 

 違った。

 

 あの母が、特に嫌悪する雰囲気。

 

 無理して私と話しているのが、何となく分かった。

 お兄ちゃんが言っていた、特に気をつけろと言っていた…なんだろうか? 

 普段から訪問販売みたいな奴には、特に注意しろと言っていたな…うん! 愛里寿、注意した!!

 

 ……。

 

 お兄ちゃんいないから、ちょっと虚しい…。

 

「…はぁ…」

 

 プロリーグ…為…ね。

 先程会ったあの男は、それを連呼していた。

 話の内容なんて、殆ど覚えていない。

 

 だって、分かっている事を、何度も何度も…私が何の為にここにいるのか、知っているはずなのに。

 

 …ま。

 

 すでに終わった話だからどうでもいいけど。

 

 

 お兄ちゃん。

 

 うん、気持ちを切り替えよう。

 

 うん、お兄ちゃん!!

 

 もうすぐ連休が取れる!

 

 …家に帰るつもりは無い。

 

 母に会う前に、頼みたい事があるから。

 

 …いい加減に、約束した場所へ、連れて行って欲しい。

 決勝戦で忙しかったというのは、分かるから今までは、我慢していたけど…約束は約束。

 

 うん、大洗に行こう。

 

 …お兄ちゃん!

 

「それで、誰だったんですか? 隊長」

 

「そうです。真面目に聞きますが、隊長が練習を中断してまで会うなんて…あ…まさか…」

 

「…違う。お兄ちゃんじゃない」

 

「ほッ…。でも…それなら…余程のVIP客って、事だったのでしょうか?」

 

「違う…あんな男。もう、どうでもいい」

 

 どうでもいい…本当に海馬から消したい程、時間の無駄だと思える会話から…少し引っかかった言葉を思い出す。

 

 うん…何が、もうすぐお兄ちゃんが…………だ。

 

 助力? 

 

 ふん…。

 

 あの男…身なりは整ってはいたけど…正直に言ってしまえば、生理的に受け付けない。

 私がここまで思うのなんて…初めてかも…。

 

 ……。

 

 

 …………しつこい。

 

 

 メグミ達が、話の種でも欲しいのだろうか?

 まだ聞いてくる…。

 

 あ…そうか。

 男と言ってしまったからか?

 

 しかし、そんなに私が練習を中断して会った事が珍しいのかな?

 

 …はぁ…。

 

 

「名乗ったから」

 

「…え?」

 

 そう、男だとは思わなかった。

 だから騙された気分…。

 

 最初、係の方言っていた。

 

 その客人が言った…その姓を。

 

 

 

 

「…西住流を名乗ったから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽△▽△▽△▽△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…タイミングは、この時でよろしいと思います」

 

「そうですか。まさかですが…こんな事で、ご協力頂けるとは思いませんでしたよ」

 

「いえいえ。僕も正直、多々思う所がございまして…ね?」

 

「ふむ…まぁ、深く詮索はしませんが…よろしいのですか? いくら…」

 

「あぁ構いません。西住流は勝つ事が常。もう、彼女に魅力は感じません」

 

「…魅力」

 

 そう…どうでもいい。

 例え、一緒になったとしても、アレは言う事は聞くまい。

 

 …家元と同じく、無駄に意思が強い。

 邪魔だよねぇ…女には不必要な程…。

 

 子供の頃は、父の言う事が上手く理解が出来なかったが、大人になれば分かる。

 

 あの時、上手くいけば…アレと立場が逆になっていたと思うと…余計に。

 本来なら、それは俺の立ち位置だったというのに…。

 現在進行形で、その成功例を見させられ続けていいる様なモノだ。

 …更に、あの場で、上手くいっていれば、男の怖さという物も植え付けられたと思うと…余計に腹立たしい。

 幼少時の時に手を打っておく…あの父の言い分が何となく理解ができる。

 

 そうそう…上手く……本当に上手く行ってさえいれば…従順にさせる手間も省けたのに…くそ。

 思い出す度に、奥歯を噛む。

 

 

 邪魔だ…あぁ、邪魔だ。

 

 しかし…妹の方は上々だ。

 あの性格…トラウマらしき物もあった。

 そしてあの…戦車道大会の決勝戦。

 

 姉に勝った…あの…ゴミみたいな素人連中と、廃車同然の戦車で。

 

 たった数ヶ月で…黒森峰…西住流家元継承者を…。

 

 そうそう、もういいや。

 

 だから、もう姉はどうでもいい。

 勝てなくなったら、体しか魅力なんてない。

 

 しかし…。

 

 妹は良い……。

 

 とても良い、非常に良い!

 

 とても良い具合に成長した!

 

 あの…素人集団を育て上げたノウハウ…それをうまい具合に、文部科学省へ宣伝した効果もあった。

 元々廃艦予定だったんだしな。それが少し早まっただけだ。

 何事も迅速にねぇ…。

 

 そして、あの指揮系統…。少々、西住流から型外れだが、それはそれ。勝てば良い……勝てば官軍だ…。

 文部科学省の連中も…これからの事を考えれば、それが喉から手が出るほど、欲しがるだろうよ。

 プロリーグの為の人材育成…それに大いに役立つだろうよ。

 

 そんな人材が、こんな片田舎の学園艦にこれからも燻るなんて…戦車道会の大損失だろう。

 だからこれが成功すれば、僕の名前にも付加価値が付く。

 

 だって、そうだろう!?

 現・家元すら見捨てた、妹を…西住の名前と共に、大きく売れる!

 これからのプロリーグ! それを一から鍛え上げられる人物を俺が発掘、斡旋した!

 それに妹なら、どうとでもコントロールできる。

 

「……」

 

 しかし…一応と、昔からあの姉妹には、目をかけてきたというのに、靡かない…。

 他の女共は、どうとでもできるのに…あの姉妹だけは…昔から…。

 

 そうだ、そこも俺は落ち度は無い。

 

 そもそも、あの尾形 隆史が異常なんだ。

 

 なぜ、家元もあそこまで、あんな男に固執するのだろうか?

 親もあの男も、所詮は島田家の血筋…あいつらが、西住流本家の娘と、一緒に一緒に成れるはずもなし。

 

 老害共…死にぞこない達が、黙っているはずが無いだろう。

 容認するはずがないだろう? それを予想できないはずないだろうに。

 

「……カッ!」

 

 だけど…僕は違う。そう! 俺は違う!

 

 今回の事で、実績を積み…分家という立場だが、西住の血筋…。

 

 そうだ…上手くやれる。俺は上手くできる。

 昔から、親父にも言われ続けている…協力も惜しまないだろう。

 

 金もある、実績もできる!

 そうだ、幼少時は失敗したが、今はもう大丈夫…。

 親父にも出来なかった事…。

 分家だろうが、なんだろうが…

 

 

「 …俺なら……本家も食える 」

 

 

 土台作りは順調だ。

 

 まず過去の事…態々、拘置所にまで、脚を運んだ甲斐があった。

 あの虫が、俺の事を覚えていたという事実が分かったから。

 何が思い出しただ、白々しい…。

 

 協力要請をしておいたが、それもまぁ出任せだ。

 アレを後は処分すればいい。

 親父が勝手にやったとしても、バレてしまったらどうしようもない。

 …そうだな。虫なら、虫らしく潰してしまおう。

 

 …例の天才少女にも、一度接触できたしな。

 今回は、ただの顔を売っただけ。

 島田流と口を聞くだけで、吐き気がしたが…アレは上手く運べば、良いコマとなる。

 

 特に…尾形 隆史相手なら…。

 

「……」

 

 あのクソ虫が。

 思い出すだけで、腸が煮えくり返る。

 

 

「食え…? あの…聞いていますか?」

 

「え…? あぁ…失礼…少々、考え込んでしましました」

 

「ふむ…考え込んで…。ナルホド? 貴方は結局の所、彼女をどうしたいのですか? こちらとしても非常に助かりますが…」

 

 あぁそうか。

 妹…「西住 みほ」の事を話していたな。

 

「あぁ、簡単ですよ…最終的に…」

 

「最終的?」

 

 

 妹なら…。

 

 あの妹なら、どうとでもできる。

 尾形 隆史と恋人とやららしいが…廃艦になってしまえば、関係ないだろう。

 物理的にも阻害してしまえばいい。

 女関係が派手だと聞いていたが…スキャンダルでも捏造して…。

 

 後は、妹を強引にでも俺のモノにすれば終わる。

 

 はっ…恋愛感情? そんなもの、それこそ犬にでも食わせてしまえ。

 

 …政略結婚の何が悪い。

 

 一度、…一緒になってしまえば、後は俺なら、どうとでもできる。

 

 次女? 関係ない。

 

 西住流は、勝つ事が全て。

 

 …たった一度の勝利でも…誰もが理解するはずだ。あの戦力差だぞ?

 

 もし、同じ戦力で、あの二人がぶつかっていたらと考えてみろ…。

 

 答えは明白だろう?

 

 申し分ない。どうとでもできる。

 

 俺が、あの女のコレからを…作っていけばいい。

 

 思い通りになる様に…。

 

 だから、この辻という男も使えるだろう。

 

 これからの事に役に立ってもらおう…。

 

 だから伝えておく。

 

 俺の目的の一部を口にする。

 

 

 

「 西住 みほを、西住流次期家元にするのです 」

 

 

 

 




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第09話 会議です!?

はい、シリアスは一旦、ご退場下さい。


「 モモチャン 」

 

「 」

 

 柚子先輩が、先程からものすごい至近距離から、桃先ぱ…桃チャンをガン見している。

 うん、あれ完全に鼻先が、彼女の頬を押し込んでいるね。

 

 いやぁ…百合はあんまり趣味じゃないんだけどなぁ……うん。

 でも、あれはあれで…。

 

「…隆史ちゃん、なんで? え? かーしまと、そんなに仲良かったっけ? え?」

 

 うん…で、会長は俺を、同じようにガン見している。

 身長差あるでしょうよ…。

 

 各学校の隊長さん達が集まる、会議室へと到着いたしました。

 その隅っこ…書記だし、ホワイトボードへ書き込む作業くらいは、しようと思っていたのですが…その我が校のTOP様に阻害されてますがな。

 ホワイトボードの横に用意されていた、パイプ椅子に座らせて頂いている為、身長差はカバー。

 現在、そういった訳で、桃チャンと同じ様に鼻先でサクッと、頬を刺されている訳です。

 

 左側ですねぇ。まいったねぇ…頬に息が…。

 

 はい…後ね?

 

《 ……………… 》

 

 現行して全員の視線が…痛い…。

 

「漸く来たと思ったら…隆史君。何かしたの?」

 

「い…いや? 特に思い当たる節は、無いけど…」

 

 はい。

 そんな俺を見て、みぽりんは怒るわけでもなく、ただ呆れております。

 はい。

 いるよね…貴女、隊長様ですしね…。

 

「西住ちゃん」

 

「はい?」

 

「隆史ちゃんが、かーしまを、いきなり桃チャンって呼び出した」

 

「…………」

 

 はい…右頬も刺され始めました。

 

 ……。

 

 痛い!!

 

 プラウダと、聖グロリアーナの視線が痛い!!

 

「 モモチャン 」

 

「   」

 

 桃チャンが、泣きそうな程、目に涙を貯めて…って、殆ど白目剥いているじゃないか…。

 その真っ白い目をこちらに向けた。

 

 …いや。無理っす。

 

 俺にはどうしようもござんせん。

 

「 モモチャン…アイコンタクト? 」

 

「    」

 

 あ…こりゃ完全にダメだ…。

 怯えきっちゃってる…。

 

「あの…会長。そろそろ始めないと…」

 

「大丈夫。まだ後、3分程時間があるから。こういった事は、時間を厳守しなくっちゃねぇ…」

 

「」

 

 お昼休み…というか、食事休憩。

 全員が食べ終えたであろう…学校が用意した、仕出しの弁当が入っているであろう、ダンボールに目が行った。

 あ…結構、いい所のだ…。

 

 いやぁ…うん。

 そういや、俺まだ飯食ってねぇや。

 

 会議をみたいと言う事で、許可をもらったとされる方々は、一番隅っこの席に鎮座しております。

 特に口を挟む気もないのでしょうけど…なんで俺をガン見してんだろ。

 

 …サンダースからは、ケイさん。

 あんれ、一人だけだ…珍しい。

 会議室へ入室した瞬間、一番最初に俺の頭の上のクリスへ反応を示したのは彼女だった。

 いやぁ…すっげぇ、輝く目になりました。

 犬好きなんですねぇ…。

 貴女、ゴールデンレトリバーとか一緒にいるとすげぇ絵になりますしね!

 いつまでも、クリスを頭に乗せて置いても仕方がないので、彼女にクリスを預けている状態。

 

 …俺のこの状況を、クリスとじゃれながら、笑顔で見ている。

 

 はい! では、黒も…………はい。

 

 まほちゃん…腕組んで、すっごい見てくる…。

 今現在、我が家にて宿泊中の方ですね…。

 今は客間へお泊りですが、初日はまだ、引越しの準備が完全に終えていなかった為に、物置の様になっていた。

 ですから、その日に限って…みほのお部屋へお泊りしました。

 

 ……。

 

 その日…というか、その夜って一体姉妹で、どんな話をしたのでしょうか?

 朝…黒い私服着てた…。いや? 特に意味はないのですけどね!? なんか…目が怖かった。

 

 翌日の朝食…例の雪国コンビがいらっしゃいましたので、もう…すごい空気でしたよ…。

 いやぁ…和気あいあいと、明るく楽しい食卓でしたね!

 だから、結構実感しました! 

 

 …胃って…案外丈夫なんですね…。

 

 そういや、ベコの開発元…というか、発案者って内科のお医者さんだっけか?

 …今度、見てもらおうか?

 消化器内科もやってるみたいだし…。

 

 ……。

 

 え…りぃ……りん……。

 

 腕を組んで、顔だけ背け…すっごい興味なさそうに…部屋の窓から、外を眺めている…。

 その横顔は、ごく普通…視線も野外へと固定されている。

 

 

 ……様に見える。

 

 

 が、エリカと目線を合わせると…眼球だけ…見下ろす様に…すっげぇ睨んでくる。

 逸らすと、普通に戻る…合わせると、呪われそうな程の眼圧で睨まれる…。

 

 はい、5回程試してみたので、間違いございませんね!!

 

 …はぁ。

 

 エリカは、どこぞのホテルへ現在宿泊中らしい。

 一度、学園艦へ戻ったのか、一時姿を見せませんでした。

 

 …ちょっとフリルがついた、白い服。

 いやぁ…いいね。彼女も白って似合うよね!!!

 

 ……。

 

 

 

 えー…。

 

 うん…怖いし、埒が明かねぇや。

 そもそも、呼び方変えた位で、ここまでされる謂れはないよね?

 

「あの…会長?」

 

「…なに?」

 

「桃チャ……桃先輩の件は…ですね?」

 

「……ん?」

 

「彼女が、俺との約束を反故いたしましたので、俺は約束をしっかりと守っている…と言いますか…」

 

「……」

 

「会長?」

 

「なにかなぁ?」

 

 あれ?

 俺の説明中…みほが、割って間に入ってきた。

 

「…会長、本当は隆史君の、河嶋先輩の呼び方なんて、どうでもいいでしょ?」

 

 え!?

 

「ただ…今のこの状況を持続させたいポーズですよね?」

 

「……」

 

 ん?

 会長の体が、一瞬硬直したぞ? 

 

「はい、離れてくださ~い」

 

「…チッ」

 

 んん!?

 至近距離だからこそ聞こえた…なんで、今舌打ちしたんだろ!

 みほがそこまで言うと、目を伏せて顔を離した…のと、同時にみぽりんも離れて行った。

 

「あっ! やっぱりねぇ~!」

 

 何故か、ケイさんの楽しそうな声が聞こえた。

 目線を送ると…はい。クリスとずっとじゃれているますねぇ…。

 

「隆史君は…どうも、会長には弱いなぁ…」

 

 みほが、すげぇ俺の目を見て言って来ました…。

 言い終えると、そのまま元の席へと戻って行きました…。

 なんか…姉さんが来た日から、みほの態度…というか、雰囲気が少し変わったと思うのは気のせいだろうか?

 

「…いい加減にして」

 

「もう宜しいですか? …なんでしょう、この茶番は…」

 

 カチューシャ!? ノンナさん!?

 

「なんだか…隆史様、一度時間を空ける度に…なんか……こう…」

 

 オペ子!?

 

「…『 短い不在は恋を活気づけるが、長い不在は恋をほろぼす 』。大丈夫。まだ短い方でしてよ? オレンジペコ」

 

「フランス革命 初期の中心的指導者 ミラボーですね」

 

 ダージリン…も…。

 

 なに!? 結構、本気で空気が悪い…。

 俺のせいって…だけじゃないようなぁ…。

 

「小山も、もういいでしょ? 午後の会議、そろそろ始めるよぉ」

 

「 …… 」

 

「 」

 

 先程までの不機嫌オーラは、何処へやら。

 いつもの会長に、すぐに戻りましたね…みほさん曰く…ポーズ。

 

 柚先輩は…ケロッと、普通に戻ってる。

 桃チャ…やめとこう…。

 桃先輩にも被害が及びそうだし…普通に呼ぼう。

 たまにからかう時に呼ぶ位で、いいや。

 

「はい! では、会議を再開します! ここからは、生徒会書記の尾形君も参加致しますので、よろしくお願いします!」

 

 柚子先輩の音頭と共に、全員の姿勢が少し正された。

 いやぁ…柚子先輩に、苗字で呼ばれるってのは、なんか新鮮だ。

 

 あれ…そういやぁ…彼女。

 

 目の前…俺の一番近くの席に座っている…背筋を伸ばし、どこか緊張をした面持ちをした女性。

 長い黒髪が特徴的…前髪を片方分けている。

 そして…見慣れない制服。

 

「あ、隆史君は初めて…よね? 彼女が、知波単学園の隊長さん。西 絹代さん」

 

 俺の目線で気がついたのか、柚子先輩が横から紹介を……と、いうか! なんで「よね?」って、疑問形だったのだろう。

 

 柚子先輩の紹介が、終わるや否や、ガタッと音と同時に、勢いよく立ち上がった。

 おでこの横に手を添えて…って、なんで敬礼?

 

「ごっ…ご紹介に預かりました! 知波単学園、隊長 西 絹代であります!!」

 

「…あ、はい」

 

 …なんで、少し声が上ずったんだろう。

 

「尾形です。どうぞよろしく……」

 

 

 

 別に握手を求めた訳ではない。

 

 

 ただ、挨拶をしながら、一歩前に出ただけ。

 その勢いで、少し腕が前に出ただけ…。

 

 なのに…

 

 

「 っ!! 」

 

 

 彼女は飛び退いた。

 

 

「………………」

 

 前に出ようとして出した腕が…虚しい。

 

 

《 …… 》

 

 

 

 体を後ろに引き…その顔は、少し引きつっていた…。

 ちがう? 怯えている?

 

「…ちょっと、アンタ。流石にそれは失礼じゃない?」

 

 先程から不機嫌オーラ全開のカチューシャが、そんな彼女に噛み付いた。

 小さな腕を組み…西さん、だったか? その西さんを睨んでいる。

 普段なら、俺に矛先が向けられるというのになぁ…。

 

 ま た 何 か 、 や っ た の か ? と…

 

 

「あっ!! もっ…申し訳ありません!!」

 

「あ…いえ」

 

 すぐに、ものすごく深いお辞儀で、謝罪をされてしまった。

 いやまぁ…結構慣れているから、俺としては構わないのだけど…。

 

「…あの…俺、初めてお会いしてますよね? なにか…」

 

「い…いえっ!! 流石に今の態度は、私としましても…その…どうかと…」

 

 段々と、意気消沈していく彼女。

 よーし、カチューシャ。落ち着け。目を見開くな。

 

 …はっ。大体、検討はつく。

 

「カチューシャ、怒ってくれるのは、非常に嬉しく思うが…まぁあれだ。…戦車道関係者で、俺に怯えるって事は…どうせロクな噂を聞いていないのだろうよ…」

 

 あぁ…と、ちょっと納得の声が漏れた…。

 

 悪い噂…。猫田さんから、初回に言われた…。

 インターネット上で、囁かれている誹謗中傷…まぁうん、一度覗いてみたね。

 

 さぁ…どれだ?

 

 この様子だと、アレだ…触れると妊娠するとかか?

 逃げられたし…。

 

「…いえ…そういった訳では…」

 

「は……ははは…。気を使われなくても良いですよ? …慣れましたか…ら…」

 

「いっ…いえっ!! むしろ…逆で…ありまして…」

 

「……は?」

 

 逆? どういう事?

 あれ? ピリッとした空気が、更に張り詰めたぞ?

 

 んん?

 

「…今、知波単では空前絶後のぶーむ? と言いますか…流行りが来ていまして…」

 

「ブーム?」

 

「恥ずかしながら…少々、緊張してしまして!!」

 

 んんん!?

 

 なに!? 流行り!?

 違うっ! なんか、先程と態度違うぞ、この人!!

 

「我が校の皆に、土産まで頼まれ! すでに一通りの品は、購入済です!!」

 

「なに!? 何が!? 土産!? 品!?」

 

 今度は、興奮気味に手を握り締め、胸元にまで迫って来た!!

 

「やはり、本場!! 生徒会長殿から、お安く譲ってもらいまして!!」

 

「だから、何がですか!?」

 

「そんな折、更にご本人まで…っ!! もうっ! 嬉しく…えぇ! とても嬉しく思いまして!!」

 

「会話して下さい!! 嬉しい!? 何が!?」

 

 迫る!! すげぇ!! 一直線に迫ってくる!!??

 近い!! すげぇ近い!!

 

 

「 ベコ殿、ご本人とお会いできるのが!! 」

 

 

 ……えーと…

 

 

 

「 は? 」

 

「現在、知波単ではベコぶーむが、到来中であります!! その中、私…決勝戦の会場で購入した、この! すとらっぷを持っているいうのが、誇らしく…」

 

 いやいや!? なに、誇らしげに掲げてんの!? その黄色いの!!

 あ…

 

「杏会長!! 安く譲ったって……もしかして…」

 

「需要があったから、供給しただけだよん!」

 

 悪びれる事もなく、笑顔で言い切った。

 それ…売れなくて、捨てるしかほぼなかった商品を、ただ売りつけただけ…。 

 というか、ベコぶーむ!?

 

「あの…」

 

「ベコ殿、なんでしょう!?」

 

 ベコ殿…は、やめて…。

 なんてキラキラした目で…。

 

「貴女達…そもそも知波単って、本拠地は何処ですか?」

 

「千葉になります!!」

 

「…ローカルすぎる、アレを…千葉の方が、何で知ってるんですか?」

 

「ベコ殿は、戦車道界ですでに有名です!!」

 

 ……。

 

 

 

 え?

 

 

 

「あの突撃は、最高でした!!」

 

 

 

 は? 突撃?

 

 

「隆史ちゃん! 実はベコにスポンサーが、付いたんだよ」

 

「…杏会長……どういう事ですか」

 

「気が付けば、ベコはその新スポンサーと、内科の先生との共同って事になってる状況なんだ。有名になったのって…その為」

 

「は? いやいや。そんな事で、有名って…そもそもベコを知ってる……あ」

 

「……」

 

「まさか…新しいスポンサーって……」

 

「そ…そう」

 

 え…でも、そうなると…いやいや!

 

「 新しいスポンサー様は……島田流の家元さん… 」

 

 …千代さん。

 

 また、愛里寿に母って、呼ばれますよ…?

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 大会に参加していた知波単学園。

 当然、彼女達も決勝戦会場にいたそうだ。

 試合自体が終わり…帰る準備をしている最中、どうもあの現場に彼女は、居合わせたそうだ。

 

 エリカが襲われた現場に…。

 

 彼女は、人集がすでに出来ていたと、興奮気味に喋り始めた。

 丁度、あの男が警棒を振り上げた時だったと…。

 そこに、赤いマントを靡かせて、人の間を潜り抜け…その間に割って入った着ぐるみ。

 ほぼ体当たりをする様に、エリカの横に止まっていた車にぶつかって体を止め、あの男の棒を受け止めた。

 

 …ベコ。

 

 その現場を見ていた人間が、今この場で急に話し始めた。

 それは、みほを含め…杏会長達も動画でしか知らない。当然他の皆も。

 

 知っているのは、俺と…エリカだけ。

 

 やめて…本気で、興奮して喋らないで!! ただ恥ずかしいだけだから!!

 なんで、先程までピリピリしていた空気が変わったんだよ!!

 すげぇ興味深々に聞いてんの!?

 

 エリリン、顔が赤くなって来てるけど、止めねぇの!?

 

 所々、突撃がどうの…あの…。

 

「アレは、知波単魂に通じる物があります!!」

 

 ねえよ!! なんだよソレ!!

 

 ただ、今日は都合上、彼女だけで大洗に来たそうだが、そこ居合わせたのは彼女だけでは、ないそうで…。

 その光景を、学校で同じく皆、興奮気味に話し…更には携帯で撮られていた動画を、全員で見たそうで……。

 更に同じく、突撃がどうの…知波単魂がどうの……興奮は最高潮…。綺麗に皆…それにハマったそうで………。

 

「勘弁して!!」

 

「いやいや! ご謙遜なさらずに!!」

 

「謙遜じゃない!!」

 

 そう…そこで、ベコのストラップ…。

 

 何気なく買ったソレが、その着ぐるみ…。

 後で気がつき取り出すと…唯一持っている、彼女が…って事らしく…。

 

「そういえば、いんたーねっつの活動写真では、声が良く聞こえていませんでしたが…」

 

 …いんたーねっつ……つ? 活動写真って…。

 どうにも、学園艦に住まわれている方々って、特徴的な方が多いですね…。

 

「凄かったです! 『 ただの犯罪者として処理されろ。俺達は、お前の事なんて忘れてやる 』『 俺は、お前が期待する事は、何一つ叶えてやらない 』など! 何か、因縁めいた物を感じました!!」

 

「……」

 

 は?

 

「ちょっと待って。ソレ…聞こえてたんですか? 聞いていたんですかぁ!!??」

 

「私、耳は良いもので!!」

 

 うっっっわ!!! 恥ずかしい!! なにそのセリフ!!! いや、俺が言ったんだけどな!!

 アドレナリン出まくりで、結構変な事…

 

「それで、最後ですね!! アレが凄かったです!! 知波単の皆も、そこに興奮してました!! 本当に活動写真…映画の様で!!」

 

「…は? 待て。待ってください? それも聞こえたんですか!?」

 

 新たな黒歴史だと、思っていたのに!? 聞かれた!? アレを!?

 というか、いんたーねっつとか、活動写真とか言ってる癖に、携帯でネットからの動画引っ張ってこれるっておかしくねぇか!?

 

「はい! 一時一句、覚えております! 『最後に俺、個人としてお前に一言』って所ですよね!? 同い年の男性とは、思えない…すばら「 まって!! 」」

 

 両手を前に出し…彼女に待ての合図…。

 ? を頭の上に出し…本気で何故? といった表情…。

 

 アレ…マジで? あれって着ぐるみ越しだし…聞こえてた!? いやいやいや! 

 あれ? でも、彼女…先程から正確に…。でも…アレ? あの男位にしか聞こえない距離だっ…「なんて言ったの?」

 

 会長!?

 

 

 

「『 人の女、泣かせてんじゃねぇよ 』って、言っておりました!!」

 

 

「  」

 

 

 マジで一時一句、正確だな、アンタ!!!

 なに、マジで嬉しそうに即答してんだよ!!!

 分かる!! 顔が段々と熱を帯びていくのが、分かる!!

 

 ただ、全員がそれを聞いて真顔になった!?

 

 笑えよ!!

 

 笑えばいいだろ!!

 

 やめろよ!! 真顔はやめて!!!

 

 …が……ぁ…。

 

 エリリンっ!! すげぇ真顔!!!

 

 みほ…は……? 

 

 逆にみほには、爆笑されたら、流石に…。

 

 

「……」

 

 

 あ…あれ?

 

 

 いない…。

 

 

 先程までいた場所に、みほはいなかった。

 

 トイレかな?

 よ…良し!! 聞かれていなかったか!!??

 

「…おい、タラシ」

 

「ま…ほ…ちゃん?」

 

 貴女も…すっごい、真顔っすね…。

 

 

「良かったな? みほは、知波単の隊長の言葉はしっかり聞いていたぞ?」

 

「」

 

 何かを察するかの様に、みほの現状を説明して下さりました。

 ふぅ…と、腕を組みながら、ため息を吐きましたね…。

 

「聞いた直後、音もなく、部屋を飛び出していったな」

 

「」

 

 取り敢えず、まほちゃんに初タラシを頂きました。はい。

 

「俺の女を泣かすな…か。さすが…「女を助けるのが、漢であり隆史」だな?」」

 

 

「    」

 

 

 

 昔 の 黒 歴 史 を 発 掘 サ レ マ シ タ 。

 

 

 

 …ま……また、懐かしい事を…。

 だから、女の子限定じゃ、ないって…小さい頃言わなかったか?

 

 それにその言葉は、どこぞのマウンテンに埋めて来たのに……ヒゲはついてないのに…。

 

 すでに顔の温度はわからない…ただ…暑い。熱い。あっつい!!!!

 

「あ…あの……ベコ殿。何か、私……」

 

 この空気を察したのだろう…。

 何か仕出かしてしまったと思ったのか、恐る恐る俺に聞いてきた。

 だから、ベコ殿はやめて…。

 

(…まっ。ある意味でタノシミだよねぇ…その対象を、自分に移せるかも知れないって考えれば…)

 

《 !!! 》

 

 !!??

 

 なに!? なに!!??

 会長が何か呟いたと思ったら、一斉に全員の目の色が変わった!?

 ケイさんだけが、クリスと戯れながら…いや!? クリスの尻尾が脚の間に…どうした!?

 

 

「…………」

 

 

 ビクッ!!

 

 び…びっくりしたぁ……。

 視界の端に…みほが映った? と思ったら、すでに席に彼女はついていた。

 戻ってきたのか…。

 だからさ…気配……させて。

 

「………………」

 

 すっごい…真顔だけどね。

 見ると…すっごい、勢いで顔を逸らすけどね!

 耳が…スゲェ色になってますね!!

 

 …。

 

「あの…ベコ殿」

 

「…はい……なんすか?」

 

 崩れ落ちている俺に、ものすごく気を使う様に声を掛けてきましたね…。

 ぶっちゃけ暴露しまくってくれた、貴女のせいなんですけどね!!

 

「ベコ殿は…その…そうだ! 鳥を飼っているのですかね!?」

 

「…は? いや? 犬は先日、飼い始めましたが…」

 

 鳥? なんで?

 すでにもう、思考回路が上手く働かない為…すげぇ素直に答えてしまいましたね…。

 

「いえ…ベコ殿の事を調べていくと…どうにも嫌な噂に突き当たりまして…」

 

「…あぁ、そうっすね」

 

「あの様に、ただ体一つで、人の為に突撃できるベコ殿が、不埒な事をするはずがないと思うので、信じていないのですが…」

 

 流暢に喋るなぁ…。

 彼女の話を聞きながら、周りを見渡すと…なんだ!? すげぇ、こっちを皆が見てくる!!

 

「…小山。アレ…やっぱり、今日やろうか。あの二人呼んでおいて」

「そうですね…私も少し、ダメージが…。校内にいるでしょうし…呼びましょうか」

 

 何かまた不穏な事を言ってるなぁ…約2名。

 はぁ…。

 会議がまったく始まらない事に気がついた…。

 ただただ、ダメージが蓄積していくだけだ…強引にでも…始めた方がいいかな…。

 顔は熱いけど!!

 

「…それで、なんで鳥を飼っているかって…」

 

「いえ…な…何と言いますか…触ると、どうのって…」

 

「あぁ…触ると妊娠するって奴っすね?」

 

「っ!!!」

 

 …あぁ、はい。アレですね。

 ハッキリ言ってしまって申し訳ないけど…。

 

「ですから…飼っているのかなぁって…それであの噂が流れているのだろうか? と…」

 

 ……。

 

 え?

 

 まさか…。

 

 

「コウノトリを…」

 

 

 ・・・。

 

 いやぁ…結構、純朴そうな方だと思っていたけど…。

 だからって…。

 

 本当にすげぇな、知波単の隊長さん。

 この状態の俺を見かねて、強引に世間話を仕掛けてきたって所だろう。

 うん…ペットとかの話なら、話題へと入りやすいだろう…。

 

 でも…貴女の発言は、色々とカオスへと持って行く…。

 また、はっきりと通る声で仰るものですから尚更…。

 

 

 

 …会議はまだ始まらない。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

「大変申し訳ございませんでした!!」

 

 はい、2度目の謝罪…。

 全員が席に戻り…会議ができる状態に、漸く戻った。

 戻った早々に、コレ。

 

 はぁ…。

 

「では…はい、んじゃチーム分け。決まった? お二方さん」

 

 もういいからと、会長が会議の開始を、決めかねていた内容を口に出すことで開始した。

 そうだった。ソレで揉めていたんだっけ?

 

「決まりましたわ」

 

 アレ?

 

「…そうね。食事しながら…なら、結構すんなり決まったわ」

 

「そうですね。カチューシャ」

 

「あらら。あんだけ、揉めていたのにねぇ」

 

「確かに、みほさんとのチームを組み…今後に生かすのも、宜しいかと思いましたが…」

 

「今回は、雪辱を晴らす事を優先したの」

 

 …ん。ちょっと、引っかかる。

 でも、その場にいたと思われる みほは、何も言わないって事は、双方納得済なのだろう。

 

「どういう事だ?」

 

「………………」

 

 …みほに聞いてみた所。

 

 

 

 

 無視された。

 

 

 

 思いっきり、そっぽ向かれました。

 

 …この部屋に来て、全然会話らしい会話をしていない…。

 

「はぁ…いい? タカーシャ」

 

「ん?」

 

「組み合わせはこう。私達、プラウダ高校と聖グロリアーナのチーム」

 

 得意げに、指を振りながら説明してくれるカチューシャ。

 …カワイイ。

 相変わらずだねぇ…。

 

「そして、大洗学園と知波単学園のチーム…と、分かれましたわ」

 

 カチューシャとダージリン。二人の隊長は、何故か俺に説明をした。

 俺…ただの書記なんっすけど?

 まぁいいや。オシゴトしましょ。

 一応、簡単にホワイトボードへと、その名前を書き込む。

 

 ……。

 

 あぁ…なる程。

 

 雪辱を晴らすね。

 

 その書き込んだ文字を見て、組み合わせに納得がいった。

 

「私達からすれば…全国大会での雪辱。大洗学園からすれば、一番最初の練習試合の雪辱…各々、それを晴らそうってワケね!」

 

「…なる程。西さん」

 

「はい! なんでしょう!? ベコ殿!!」

 

 ……。

 

 うん……もういいや。

 

「貴女方は、コレで了承済?」

 

「はいっ!!」

 

 …うん、いい返事。そして、何故敬礼?

 ただ…俺をキラキラした目で見るの、やめて欲しい…。

 

「まぁ? それは私が提案したのですが…」

 

「ダージリンが?」

 

「だって…その方が、面白そうでしょう?」

 

「面白いって…。って、だから何で俺に言うんだよ…」

 

「うふふ…アッサム。説明してあげて?」

 

「ダージリンのその笑いは、嫌な予感しかしない…」

 

「尾形さん、ある意味この組み合わせは、面白いですよ?」

 

 今まで黙って座っていた、アッサムさん。

 目をまっすぐこちらに向けて…どこか嬉しそうに言ってきた。

 

「あら、アッサム?」

 

「アッサム様?」

 

「……」

 

 それを横から妨害されたな。

 約2名のお嬢様が。

 

「隆史さん、ある意味この組み合わせは、面白いですよ?」

 

 …いや…あの…何で綺麗に言い直した?

 そして約2名のお嬢様が、舌打ち…。

 そんな遠まわしに言われても、分からんよ…組み合わせ?

 

「どうでしょう? そちらの生徒会長さん。せっかくです。チーム名…決めませんこと?」

 

「んぁ? チーム名? …確かにそうだねぇ。混合チームじゃ味気ないしねぇ」

 

「そうですわね」

 

 …ん?

 ダージリンの目が光った…様に感じた。

 

「んじゃ、まずは大洗は…どうする? 西住ちゃん」

 

「え? 私はなんでも…。あ、でも知波単学園さんもいらっしゃいますし…」

 

「私達は、何でもかまいません!!」

 

 はっきり言った。

 元気いいなぁ…。

 

「いつもみたいに、何か…まぁいっか!! んじゃ大洗と知波単は、大波さんチームって所で」

 

 なる程ね。

 確かに感じを合わせれば…大波ね。

 

「ふ~ん。いいのか? みほ」

 

「………………」

 

 …無視…。

 …声かけると、すげぇ顔赤くするけど…。

 

「あら、そう。では、こちらは…」

 

「ちょっと待って! 待ちなさいよ! チーム名!? なんでそんな大事な事、この偉大なるカチューシャ様をさしおっっムグっ!?」

 

 !?

 

 いつもの様…本当に、いつものカチューシャ。

 ノ…ノンナさんが、そのカチューシャの発言を、物理的に止めた…。

 口に手を抑えてまで…。

 なんか、ダージリンに目線で訴えかけているけど…。

 

「……なんです? 隆史さん」

 

 なんて鋭い眼光…。

 うわぁ…この視線って、どこか懐かしく感じるのはなんでだろう…。

 

「あ…いや、クラーラさんが、今日はいないなぁ…って思って…」

 

「………………残念…デスカ?」

 

「いやっ!? んなことないよ!!??」

 

 なに!? なんなの!?

 今日、このセリフばっかり言ってるよ!!

 

「そうですわね。そちらも「大洗」なんて、土地名を入れていますし…こちらもそれに習いましょうか? ね? カチューシャ?」

 

「むぐぁ!! …はぁ!? 土地名!? そんなのつまらない…………あぁ、なる程。…いいわね。すっごくいいわ!!」

 

 

「 で し ょ う ? 」

 

 

「では、会長さん? 私達は…「青森チーム」で…」

 

「青森? まぁ…いいけど」

 

「なら…それで」

 

 ……。

 

 あの…ダージリン達が、頗る楽しそうなのが、すっげぇ引っ掛る。

 ノンナさんも、ニヤけているカチューシャをもう止めない。

 …ん?

 

 チーム名が決まったと同時に、オペ子がすっごい良い笑顔で、俺を見ている…。

 違う…全員がすっげぇいい笑顔だけど!?

 

 

「では! …これで、会議は終了かしら?」

 

「思ったより早く片付いたな…俺、来た味あったのだろうか? まぁ仕事だから意味も何も無いけど…。いや…黒歴史を暴露されただけ……」

 

「黒…? 良く分っかんないけど、大丈夫だよ? 隆史ちゃん。むしろ…ここからだね」

 

 ここから?

 

 そこまで言うと、会長が椅子から立ち上がり、手を叩いた。

 パンパンと小気味いい音が響く。

 

 注目しろ…と。

 

「はぁい! では、今日の会議はここまで。午前中に決めた日取りで、エキシビジョンマッチを執り行うよ!!」

 

 締めの挨拶だろうか?

 でも、ここからって…。

 

「ふむ…あの日取りならば、もう少しいられそうだな」

「今度はアリサ達も連れてこないと」

「あぁ~んじゃ、その日までに食材準備しないとな!!」

「そうですねぇ。でも、少し時間はありますし…少し観光しませんか? ドゥーチェ」

「観光? …ふむ。いいだろう! するか! 観光!!」

「いいっすね! 土地柄的に、どんな料理がヒットするか、リサーチも兼ねての観光っすね!?」

「え…ペパロニ? は? お前、ペパロニだよな!?」

「そういうのも大事って、タカシに襲われました!!」

「「 …… 」」

「おい、アンツィオ。どういう事だ」

「まほっ!! 待て!! コイツはいつもこうだ!」

「ただの言い間違いっすよぉ」

「…最近、ペパロニは分かって言ってるんじゃないかと疑い始めましたわ」

 

 

 

 ……。

 

 

 

「…ミカァ。お弁当……ない」

「そうなんだ。残念だね」

「…ミッコ。ミカ、手を後ろに回してるね。カンテレ持ってないね」

「あっ! 一個隠してる!!」

「ほら! ずるいよミカ!!」

「ちがうよ? 隠してないよ? このお弁当が、恥ずかしがり屋さんなんだ」

「意味が分からないよっ!!」

 

 

 ……。

 

 多分、それ俺の分…。

 

 ……というか…。

 

 …なんで、お前らいるの?

 

 

 

「では…そんな訳で……一応フェアにって思ってねぇ。サンダースもいるしね!!」

 

 

 良くわからない事を…フェア?

 

 

「では、ここから…少しの時間、レクリエーション…まぁ、軽いゲームだね? ちょっとそれで、皆で遊ぼうってワケなのさ」

 

「ゲーム?」

 

 こんな人数…そうそう集まれない。

 見学をしている学校も含め…丁度いいと、言い出した。

 

 各学校の代表者達が、訝しげな表情…。

 

 

 

 

 トントン。

 

 

 

 軽くドアを叩く音。

 その音に全員が、ドアに視線を集中させた。

 

「来たねぇ! どうぞぉ!」

 

 杏会長の許しの声と共に、会議室のドアが開かれる。

 今までの空気をぶった斬り…なに? 誰?

 

 それ以前に、何が始まろうというのだろう?

 

 ゲーム?

 

 

「失礼しま~す。何の用でしょ……う…か?」

 

 

 多分、呼び出したのだろう。

 何でいるかは知らないけど…予想外の人物が現れた。

 入室してきた…人物。

 

 

「…………」

 

 

 全員の視線を一身受け…硬直している。

 

 俺と視線が会うと、あ、笑顔になった。

 

 

「失礼しました~~」

 

 

 そのままドアを閉めて、退室しようとしたよ…。

 まぁ? 後ろから来た、もう一人の人物にぶつかり、退室を妨害されたけど。

 

「わっ!! 馬鹿!! 逃げろ!! お前は特に逃げろ!!!」

 

「は? なんでだよ。小山先輩に呼ばれたんだろ!!! じゃあしっかりとあの、お……っぱ」

 

 

 ……。

 

 

「馬鹿野郎……」

 

 はい、押し出される様に、見事にお二方が入室致しました。

 完全に固まってしまった、お二人。

 はい、…なんでいるんだよ。ここに。

 

 

「……………………」

 

 

「はいは~い。私達、やった事がないゲームだしねぇ。司会者が必要かと思って呼んだんだよ。あくまで司会者としてね!!」

 

 逃げろ…。

 

 今からでも遅くない…特にお前だ!!

 

「あの…尾形……なに? この……え?…」

 

「……林田。骨位は拾ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………オブツ」

 

 

 

 

 

 

 

 はい、オペ子が、すっごい目を見開きましたねぇ。

 そんな表情できたんですねぇ…口元が笑っているのが、更に…。

 

 

 青い瞳が、まぁ綺麗。

 

 

 はい、大丈夫だ…。取り敢えず、間に立ってやったから…。

 林田…流石に分かったろ? この…殺気。

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

「 」ガタガタガタッ!

 

 

 はい…中村。

 

 良かったな…今日はアリサさん…いなくって。

 わぁ…すげぇ震えてるぅ。

 

 

「隆史ちゃんの友達って事で、男の子だし…知ってるかなぁって聞いてみたら、やっぱり知ってたみたいでね?」

 

 いや…流石にこのメンツに、こいつら呼ぶって…鬼ですか、貴女。

 …あっ! そうか、知らないのか…あの現場にいたのって、大洗側じゃ桃先輩とみほだけだ!

 

「何を…嬉しそうに……というか、何のゲームですか」

 

 完全に硬直状態に入った室内。

 よく分からないって顔で、ニコニコしている西さんだけが異質に感じるな…。

 

「ちょっと、興味があってさぁ…この戦車道強豪校達で執り行う…罰ゲーム有りの…」

 

 ニヤニヤした顔で…そして悪い顔で…。

 杏会長が、俺の問いに答えてくれた。

 

 

 

 そして思う………最悪だ。

 

 

 

 

 

「愛してるゲームって奴さ!!!」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

西さんの本領は次回…に、したい。
というか、彼女…書いてみて結構難しい…そう思いました…。
これから…これから……

ありがとうございました


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第10話 愛してるゲームでタイマンです! 前編

はい。今回、ちょっと書き方変えてみました


『  い や だ  』

 

 

 

『はぁぁい! 尾形の真顔の一言。そんな拒否すら拒否し、始まりました! 「愛してるゲーム」と言う名の、タイマンゲーム!』

『司会進行は私、中村 孝と』

『林田 優(スグル)で、お送りします』

 

『いやぁ…始まりましたねぇ。中村さん』

『はい、始まりましたねぇ…。司会進行! …拒否権なんて、端からありませんでしたね!』

『しかし、なんで、司会が私達なんでしょうか…』

『尾形の唯一の男友達…って、だけみたいですね!』

『とばっちりですね?』

『とばっちりです』

 

『おや? すっげぇ、嫌そうですねぇ…尾形選手』

『そりゃ、ここのメンツのほぼ全員に、愛してるだの言わないといけませんからねぇ…そろそろ胃に穴でも空いて、血でも吐きそうですね!』

『中村さん…私は、すでに血の涙でも流しそうです…嫉妬で狂いそうです!』

『はい! ではルール説明!』

『はい! 無視ですか! そうですか!!』

 

『はい、ここまでの流れを簡単に説明します!』

『まずは、すでに席に座り、スタンばっている尾形選手』

『えぇ! 「合コンとかでのゲームだろ? アイテシルと強制的に言わされて、すっげぇ嫌そうな顔される、ドM御用達のゲームだろ?」 との事でしたね!』

『まるで、合コンした事がある様なセリフでしたねっ! 尾形選手、ありゃ多分、経験者ですね!』

『ばっ! 林田!!』

 

《 ……… 》

 

『はぁぁい! 殺気充満して、開始前から、盛り上がってまいりましたぁ!!』

『…ぉぁあ…。尾形が小刻みに振動している…。お前、ワザとか……』

『……うるせぇな。こんな役回りだ…この位の権利は、あるだろうが…』

 

『……』

 

『はぁぁいっ!! では、簡単にルール説明します!』

『はい! やはり中村さんも、俺と同じ気持ちですね!! 尾形選手! 睨んでも無駄です!!』

『結局、了承したのだから、すでに貴方に私達に対する、発言権はありません!』

 

『はい! では、簡単に説明します!』

『ルールは単純明快! 「愛している」…に、類似したセリフを交互に吐いてもらい、照れた方が負けとなります! 制限時間は、各々3分!』

『タイマン・ルールを適用、机に向かい合って座ってもらっております。勝負が着くまで行ってもらいます! 先攻は、全て女性陣から!』

『そして、負けた方は罰ゲーム! 相手の言う事を一つ! 何でも聞く…と言う事になります』

『「ん?」 …と、ならない様、ゲーム開始時に、まずは女性側から尾形選手にお願い…という名の、強制労働を発表してもらいます!』

『常識の範疇と判断され…周りの了承が取れれば、ゲーム開始となります! というか、彼女の西住さんの許容範囲がボーダーとなりますね!!』

『逆に女性側が負けた場合は、相手である、尾形選手のひん曲がった性癖を叶える為に、そのドス黒い欲望を聞かなければなりません! まとめてしまえば、負けた方が勝った方の奴隷になる。そういった趣向です!!』

 

『あ? 違う? 何が? どーせ、エロい事でも頼むんだろ? この変態』

 

『はぁい!! そういった訳で、尾形選手は無視ですね!』

『そもそもこれが、尾形選手がこのゲームに参加を了承した理由となります!』

『ここで、特別ルールを追加。どうも尾形選手の発案…というか、条件ですが、相手の女性のお願い内容によって、勝った場合にのみ発表…と、なります』

『女性陣のお願いって奴が、規格外の内容ですと、それに比例して、尾形選手のお願いもまた、変態地味ていくといった事ですね!!』

 

『しかし、こんなルール…良く全員が呑みましたねぇ…。どうやら尾形選手、このゲームに凄まじい程の自信を持っていましたが…』

『いやぁ…寧ろ、良くこんなゲーム開催を許しましたねぇ、西住さん…』

『彼女も彼女で、何かお願いでもあるのでしょう。…基本、朴念仁の尾形だし』

『普通に、浮気禁止とかじゃね?』

『いやぁ…どうだろ。彼女、ほんわかしてるけど……闇が深そうだし…。俺は単純に興味があるわ』

 

 

 

『『 …… 』』

 

 

 

『はぁぁぁい!! 以上!!! ルール説明でした!!』

『順番は、各学校の隊長達に先陣を切ってもらいます! 後は各々、希望なりジャンケンなりで決めてください!』

『大体いつも聖グロから始まりますからねぇ…』

『聖チュートリアル学園ですからね。流石に毎回では不平不満が出ますねぇ』

 

 

『はぁい。順番も決まりそうですので、本格的にそろそろ開幕と相成りますね!』

『……』

『どうしました? 林田さん?』

『いやぁ…どうして、彼女達…なぜ態々、こんな茶番に参加したのかと…ある意味で、傷つく…というか、虚しくなるだけではないでしょうか?』

 

『…………』

 

『ん? どうしました? 中村さん』

 

『お前は…たまに核心をつくな…酔ってるか?』

『…泣きましてよ?』

『それはですね? 全員が同様の事を仰っておりました。……本気で自分達に照れる、タラシ殿が見てみたいそうです』

『……』

『寧ろ俺は、林田が我慢してまで、こんな司会を引き受けた事に疑問を感じるが…』

『いやね!? 美少女達が、真っ赤になって悶える姿を、ただ見たいと思ったんだ!!!』

 

『……』

 

『相手が尾形だし…虚しいのは分かるが、それはそれだ!!』

『……』

『……』

『…理解はする』

『 中村!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁい! 順番が決まったようです! 一人目の犠牲者が、席につきました!!』

 

『…………』

『…………』

 

「…ふむ。このゲームとやら…これはこれで、楽しみだな」

 

『ま…まさかのラスボス…』

『いきなりかよ…大丈夫か? この番組…構成考えてる?』

 

『はっ…はい! そんな訳で、西住流家元 後継者! 西住 まほ選手!!』

 

『…いやぁ…なんでまた』

『あぁ! なる程!! 頭の良い彼女です! なんの考えもなく、こんな馬鹿なゲームの、一人目を希望するはずがありません!』

『なんですか!? 中村さん!?』

 

『この手のゲームは、回を重ねる事に、慣れてしまっていくモノです。彼女達一人一人は、一回ずつですが…尾形選手はこの後、アホみたいな回数をこなさなければなりません!』

『…あ、各選手が一斉に、西住 まほ選手を見ましたね』

『ですから、初手! 慣れていないこの一回目が、明らかに有利と踏んだのでしょう…』

『……あ、あの冷静な西住 まほ選手が、思いっきりドヤ顔を披露しましたね…』

 

『『 …… 』』

 

『おい、中村…尾形の奴……すっげぇ無表情だけど…』

『…おかしい…いつもだったら、この周りの空気に右往左往しているだけだったんだけど…』

『では…』

 

『西住 まほ選手のお願い…「()()膝枕をさせて欲しい」だ、そうです!!』

『……』

『はいっ! 林田さん!! 気持ちはわかりますが、細かい事は省いて、仕事に集中しましょう!! この先、まだまだ有りますよ!?』

『…会場中が、ざわついてますね…またって、言いましたね…』

『ジャッジは…………OKでました!! 妹さんが、生徒会長に抗議しておりますが…他の全員は微動だにしません!』

『……今後の事を考えての事でしょう…。あの会長は会長で、何を頼むつもりなんでしょう…』

 

『では、試合開始です』

 

「ふぅ…私からだな…では……」

 

『余裕の表情で、尾形選手を見つめ出しましたね…』

 

「……」

 

『相変わらず、きっつい目ですねぇ…。涼しい顔で……おぉ!?』

『西住 まほ選手、微動だにしなくなりました!! では…の、後、小刻みに振動を始めましたね!!』

『こんなに早く、試合が動くとは思いませんでした!! いざ「愛してる」の一言を言わないといけない事を、まるで今! 思い出したかのように!!』

『先ほどのドヤ顔は、どこへ行ったのでしょう!!??』

 

「ぅ……うぅ……んんっ……」

 

『声が艶っぽい!! というか、エロい!!』

『また顔が赤いのが、素晴らしい! この人のこんな表情、見れるなんて思いませんでしたね! すっごく言い倦ねております!!』

『本来は、攻め側も照れてしまったら、負けですが…まぁ!! 今回のゲームには、適用されません!! 勿体無いですから!!』

 

……

…………

 

『斜め下を向いてしまいましたね…』

『右腕で左腕を抱きしめる様に掴みましたね…なんでしょう、中村さん。冷たい印象しかなかった彼女が、めちゃくちゃ可愛く見えます』

『そうですね!! えぇ、そうですね!!! しばらく見ていたいですが、持ち時間は3分しかありません………後、私達の命もその位でしょうか? 逸見選手にすっげぇメンチ切られてます』

『…あっ! 彼女の口が開きましたね!』

 

「た……隆史…その……」

 

「……」

 

『…尾形選手が、すっげぇ無表情で、相手の目をまっすぐ見てますね…』

『……あいつ、このゲームの有利に運ぶ方法…知ってんじゃねぇか』

『んん!! 言いますよ!! すごくソワソワして来ました!!』

 

「ぁ…愛して……いる…ぞ?」

 

『……』

『……』

『最後、上目使い! 上目使いで、言いましたね!!! 中村さん! 私、なんか悶えそうです!!』

『なんでしょう!? この破壊力!!! 正直、こんな役回りどうかと思いましたが、役得ではないかと思い始めました!!』

『さぁ! 相手の尾形選手は!?』

 

「…………そうか」

 

 

『『 ………… 』』

 

『ひ……一言…。微動だにしない…というか、顔色すら変えませんね…』

『うっわ…西住 まほ選手が、軽くショックを受けていますね…』

 

『では、ここで尾形選手のターンです』

『…さぁあの朴念仁…。何分、言い淀むのか…マゴマゴした尾形見ても、キモいだけですけど…』

『さて…どうでますでしょうか?』

 

 

 

「……まほ」

 

 

 

《「!?」》

 

 

 

「 愛 し て ま す 」

 

「!!!??」

 

 

『……』

『……』

 

『…今…すごい音したな…』

『西住選手が、思いっきり机に額を打ち付けましたね…あぁ……顔を両手で隠してる…』

『あいつ…速攻で勝負をつけた……あれだ……。そっけないフリして、呼び捨て……しかも彼女に対して敬語で、愛してますって……。落として上げるって奴の良い見本だったな…』

 

『…西住選手、ハァーハァー息切れしますね…ここの司会席にまで聞こえます…』

『ある意味で、幼馴染の為に彼女の性格を知っていての作戦だったのでしょうか?』

 

「ぁ……う……」

 

『たかがゲームで、西住選手……虫の息です…』

『はい…勝負有りですね』

 

『尾形選手の勝利です…』

 

「ぁぁ…う……」

 

『では!!! 鬼畜先輩から、敗者である「西住 まほ選手」への奴隷勧告をどうぞ!!』

『…林田。その言い方は、やめよう…マジで逸見選手から刺されそうだから』

 

『…………』

 

『どうぞ!!!』

『やめない!?』

 

『 「乙女の戦車道チョコ・カード。撮影枠追加。……白バニーガール」 』

 

『…あ…あいつ、ある意味で容赦ないな…』

『どうにも、カードにはしないけど、撮影自体はできるそうだから…との事です。職権乱用ですね!!』

『素晴らしいと思います!!!』

『はい!! 素晴らしいです!!!』

 

「……」

 

『西住選手……聞いていませんね…顔真っ赤です…』

『……でもなんでしょう? すっごいニヤケテマスネ…』

『……』

『……』

 

 

 

 

 

 

『続いて、二人目の犠牲者の着席です!』

 

『……』

『……』

『…いやな? だから番組構成を考えろよ』

 

「あぅ…」

 

『大洗学園、優勝への立役者!! 西住 みほ選手!!!』

『いきなり、姉妹が犠牲者となります!! …というか、現彼女だろうが…。いくら今回、隊長達から先だとしても…いいのでしょうか? …最後にしなくて』

『はぁぁい!! 西住 選手! 完全に場違い感がすっごいです!! 拉致されて来た感が、しっくりくるほど、オドオドしてますね!!』

『…ある意味、周りは尾形選手とのノロケを見せつけられ、彼女からすれば…それを見させられる……こんなの得するの、尾形選手だけですね!』

『……あぁ、あいつ辱めるの好きだからな…』

 

『……』

 

『はい、尾形選手。 ウ ル セ ェ 』

 

『では…さっそく、気になる西住 みほ選手の要望…』

 

『『 …… 』』

 

『「朝昼晩のお料理に、もうピーマンを入れるのは、やめて下さい」…だって』

 

『  』

 

『…ふ…普通だ……なんだこれ。……ん? 中村さん? どうしました?』

 

『 こ… 』

 

『こ?』

 

『こっっっわっ!! 怖っ!!!』

 

『は?』

『ここに来て、態々日常会話をぶっ込んで来た…』

『いやいや…何が?』

『これってさ……こんな要望、普通に普段言えばいいだろ? 周りを見てみろよ…』

 

『!!??』

 

『な? 全員の表情が消えてるだろ…』

『えっ!? な…なんで!?』

『多分彼女達は、俺らと同じで、尾形の現状を知っているんだろ…。その事も西住さんも気がついている。……それを踏まえて、この要望…』

『……』

『…要は……あからさまに、見せつけているんだろ…』

『…………………』

 

『同居していますって…』

 

『  』

 

『怖い!! 女って、どうしてこうっ…!! 西住さんすら、例外じゃなかった!! 女怖い!! 超怖い!!』

『西住さんの目に、光がない…って、なんか呟いてるな……』

 

「怨嗟の声すら、血肉に変え……なる程……」

 

『『 …… 』』

 

『ゲ…ゲームを続けましょう!!!』

『そうですね!! 見なかった事にしましょう!!!』

『ではっ! 西住選手のターン!!!』

 

「……」

 

『……』

『……あの…』

 

「え? あ、はい!」

 

『……』

『……』

 

「え~と…えっと……ぅぅ…」

 

『…やっと、現状を認識しましたら、いつもの西住さんに戻りましたね?』

『安堵…という意味を、今…改めて理解しました…』

『さぁ…現在の彼氏相手にどう出るでしょうか!?』

 

「ぁ……ん……ぅあ……」

 

『マゴマゴし始めましたねぇ…相変わらず、エロ住姉妹は、エロいですねぇ…』

『…中村さん。尾形選手と言っていた、彼女がエロいというのが、最近理解できてきましたよ! 姉妹揃って、言い倦ねている声が艶っぽい!』

 

「あ……あい…」

 

『おぉ!! 結構、素直に言いそうですね!! 負けても今回の目的は果たしたと、お考えなのでしょうか!?』

『…林田』

『……すまん。忘れよう…目的なんて無いよな…』

『そうだ…』

『しかし…微動だにしない尾形も、若干怖いな…』

 

「あいっ!!」

 

『『 あい!? 』』

 

 

「愛してまっ!!……すぅ……ぅぅ……」

 

 

『『…………』』

 

『良い!! 良いですねぇ!! 林田さん!!』

『はいっ! 素晴らしいですね!!! 胸の前で握り締めた両手の拳すらも、赤くなっています!!』

『意気消沈して、消え去る後半のセリフが、彼女の性格を明実にしてますね!!』

『素晴らしいですね! 悶える女性は!!』

『分かります!! 分かりますが…………俺達の寿命が短くなっていくと感じるのも分かります!!』

『さてっ! 尾形選手の反応はっ!?』

 

 

「…そうか」

 

「 」

 

『『 …… 』』

 

『また一言!!!』

『あいつ、どうかしちまったのだろうか…』

『あれか? また落として上げる? って奴か?』

『どうだろう…取り敢えず、西住さんが固まってる…』

『さぁ! 尾形選手のターン!!』

 

「……みほ」

 

「な…何?」

 

 

『相変わらず、微動だにしませんね…。西住選手、名前を呼ばれた瞬間…思いっきり身構えましたね…』

 

 

 

「…みほちゃん」

 

 

 

「ぅっ!?」

 

 

 

「 俺 も だ 」

 

 

「!!!!????」

 

 

『カウンター!!??』

 

『まさかのカウンター!!! 愛してると同義語と認めます、これは有効!!』

 

「ぁ……いや……あ……」

 

『あーー…』

『そうですねぇ…あれはダメですね。勝負アリです』

『さすが尾形選手……やり方が汚い』

『態々、呼び方を2回目は、変えてきましたしねぇ…そこからのカウンター。しかも現状付き合ってる二人だからの、あのセリフ…汚い』

『あぁ…こりゃ、西住選手、再起不能ですなぁ…』

 

「あいっ!? あい……あい!!??」

 

 

『…めっちゃ、キョロキョロしてますねぇ…何を…逃げる気でしょうか?』

『逃げる理由がありませんが…なんでしょう? 蓄積されたのが、一気に放出されたと感じる程の……あれ、大丈夫なんでしょうか? 顔の赤さが異常ですよ?』

『ドクターストップします?』

『…いやぁ……もういいでしょう。 ……では』

 

『 尾形選手の勝利です!! 』

 

『では、日常の要望に比例した、西住選手の罰ゲームを見てみましょう』

 

 

『 バニーガール衣装への着替え。色は赤…丸一日 』

 

『……』

『…エグいな…』

『…姉と違って、指定日が無い…』

『比例してこれか……さっき表情には出さなかったけど、結構、内心焦ってたんだな…』

 

「ぁ……う……あ?」

 

『いやぁ…姉妹揃って、バニーですね。素晴らし!!』

『それにしても、姉妹揃って話を聞いていませんねぇ…まぁ!! いいけど!!!』

『周りの気配が、もの凄く濃いですが…無視です!!』

『では未だアワアワしている、西住 みほ選手の退場でーす…』

『これが、西住キラー…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はいっ!! ここで、物言いが入りました!!』

『はいっ!! 当然ですね!! 先程から、どうもおかしい人物がいますから!!!』

『今、その尾形選手が、機械に向かって息を吹きかけています。飲酒の疑いが持たれました!!』

『…なんで、この学園…アルコールチェッカーが、あるのだろう…』

『ぉあ!? 尾形選手!! 機械に引っかかりません!! シラフです! シラフでした!!』

『……あいつ、素で…ついにあんな真似、出来る様になってたんか』

 

『あ? なんだよ、尾形』

『『 …… 』』

『はい、では尾形選手の言い訳です』

 

『 無だ。…余計な事を考えないで…ただ、からかわれている…そう思うだけ。だ、そうです!! 都合のいい現実逃避ですね!! 』

『西住姉妹が、不憫ですねぇ…しかし、これは案外、手強いですよぉ!? この男、何故かこういった縁が無いと、暫く思っていたそうですから!!』

『もげれば良いですね!!』

 

『そういや、尾形。お前、ゲームが始まる前に携帯ずっと弄ってたけど…なに?』

『…なにを読んで……ん? 「赤星マニュアル」? なんだこれ』

『…なんでしょうか…逸見選手が睨んでますけど…』

 

『では!! 飲酒の疑いも晴れましたので、次の相手に参りましょう!!』

 

『魅惑のホットパンツ!! サンダース・ケイ!! 選手…って、どうしました!? 中村さん!?』

『……』カタカタ

『すでに、トラウマ化してますね…』

 

「OK! ちゃっちゃと済ませるわよ!!」

 

『いやぁ…結構な常識人な彼女が、こんなトチ狂ったゲームに参加するなんて、結構意外ですね、中村さん』

『……』

『結構、オープンな彼女ですが、どうでるでしょうかねぇ? 中村さん』

『……』

『一人で喋ってるみたいで、寂しくなるから戻ってきて下さい、中村さん!!』

『…………』ハイ

 

「ふふ~ん。私は、マホやミホみたいに行かないわよ?」

 

『…振りでしょうか? 中村さん』

『振りですね』

 

「……」

 

『…ケイ選手。中村が怯えるので、真顔で見るのは、やめて下さい』

『 』

『では、まずは尾形選手への要望…』

『 』

「いいわ! 自分で言うから!!」

『え…あ、はい。お願い…します』

 

「ねぇ? タカシ」

 

「はい?」

 

『…賢者モードでしょうか? 尾形選手が、別人に見えます…』

『その例えは、遠慮して下さい。…あれは、完全にある意味で現実逃避してますね…自分が、んな対象に見られるはずがないと…』

 

「私のお願い! それはね? 質問に答えて欲しいの!」

 

「質問? …ですか?」

 

「タカシから見て、私は他の誰よりも、何かのNo.1になってるかしら?」

 

「…No.1?」

 

『む? 質問の意味が分かりかねますね?』

『……』

『中村さん?』

『……ケイさんの意図が分かりました…』

『お? その心は?』

 

「ちょっと、考えてみて!? そして私が勝ったら、それを教えてね!?」

 

「……」

 

『要は…今、尾形選手に…ケイ選手という存在を…再認識させた…』

『尾形…あれでいて結構、真面目だからな…言われた通り考えてる…あっ! そういうことか!!』

 

「司会者は、余計な事は言わないの! んじゃ行くわよ? タカシ! ちゃんと…考えてくれた?」

 

「…………ん? え…えぇ」

 

「それじゃあ! 司会者? Here we go!」

 

『はい!! では、先行はケイ選手のターン!!』

 

 

「う~ん、普通に「I LOVE YOU」じゃ、つまんないわよね…」

 

「……」

 

『ケイ選手! 開始のゴングが鳴った直後! 考え込みましたね!』

『彼女なら、すっげぇフランクに即、攻勢に出ると思っていたのですけどね』

『さぁ…両者、考え込んでおります。ん? …尾形選手…少し、落ち着きがないように見えますね』

『ブツブツと何か呟いてますねぇ…律儀にケイ選手の言葉に従って、何かを考え込んでいる様に見えます!』

『おぉと!! ケイ選手が、机に肘をつき、両手で頭を持つような体制に移った!!』

『…あぁ…あの格好って、結構卑怯ですよね…。真正面で向き合うとか…特に、ケイ選手の場合、嫌味がありません!』

 

「まっ! いっか!! 私らしく行きましょ! Hey!タカシ!」

 

「ぇ? あっ、はい」

 

「…タカシ」

 

 

『……』

『……』

 

 

「 私は、貴方を愛してます 」

 

 

「……」

 

 

『…散々、フランクに話しかけて…私らしく行くと、宣言しておいて…』

『スッと、背筋を伸ばして…すっごい、真面目に言い放ちましたね…』

『ギャップという名の武器を、最大限使ってきましたね!』

『…いやぁ…すごいですねぇ…彼女。毎回毎回、尾形と会う度に、進化していく感じがします』

『そういえば、「彼女は自分をしっかりと理解している」…と、尾形選手は言っておりました!』

『さぁ…その尾形選手は!? 一言か!? 無言か!?』

 

 

「………」

 

「…………」

 

「……ぐっ……」

 

 

『デレたぁぁぁ!! ここに来て、初めて尾形選手! 顔を背けましたぁ!!!』

『熊が赤くなっても、キメェだけですね!! 誰得だっって、話です!!』

 

『……』

『……』

 

『…あいつ、マジで照れてるな…。俺、ぶっちゃけ尾形無双にでもなると思ってたのに…』

『こういったゲームは、朴念仁がある意味で、無敵だからな…しかし……きめぇ』

『目元抑えて、横向いてしまったな…』

 

「HAHAHA!! 私の勝ちね!!!」

 

『はい! 尾形選手、戦闘不能とみなし、サンダース・ケイ姐さんの勝利!!』

『仁王立ちで、勝利のポーズですね! でかいです!! 揺れまっ…あ、すいません…』

『今回は、ケイ選手が初手に言った、考えて見て? の、言葉が、決定打ですねぇ…試合前から、先制攻撃を仕掛けていました』

『そうですね、中村さん。私でも分かりました。あれは…現実逃避中の尾形選手を、思考させる事によって、現実に引き戻したのですね?』

『そうです! いやぁ…………女って怖い…そこまで考えての行動ですね……アレ』

 

「ん? でも、私の勝ちって事は…タカシの…」

 

『え? あ、はい。そうです。尾形選手の攻撃はございませんね』

『これで試合、終了となります』

 

「えーーーー!! んじゃ、私はタカシからは何も言われないのぉ!?」

 

『言われません。その代わりの勝利者権限ですから』

 

「…そう。それは……残念ね……うん……残念……」

 

『……』

『ケイ選手、マジで落ち込んでますね…』

 

「まっ!! 良いわ!! でっ!? タカシ!! お願い聞いてくれるかしら!!??」

 

「……ぅぐ…」

 

『まだ、復活してませんね。…あの熊』

『尾形選手! 後がつかえてます! さっさと、勝利者様にお答えしろ!』

 

「……くっそ、お前ら…」

 

「はやく! はやく!!」

 

「……」

 

「…………」

 

「ケ…ケイさんは…」

 

「!!」

 

「なんだろう…ぶっちゃけ、恥ずかしいのですけど…ここで言わないと…」

 

「そうね! 言って! 今、言って!!! 私、うぃなぁ~!」

 

「……ぐっ…」

 

『なんだろうな…。最終的に、尾形が一番、頭が上がらない相手って、ケイさんじゃなかろうか…』

『尾形選手の中での、ケイさんのポジションって奴が、イマイチわからんな』

 

 

「…ケイさんは、俺の中で…マジで結構……一番、甘えたくなる人…? とでも言うのだろうか…そんな……人……」

 

「・・・・・」

 

『…林田さん』

『…はい、中村さん』

 

「なんていうのか……姉ポジション? 違うな……アレと同じにしてしまっても失礼だし……。うまく言えないけど…」

 

「・・・・・・・・」

 

『林田さん!』

『はい! 中村さん!』

 

「俺、結構…甘えたいとか…人に対して、そんな感情は、滅多に持たないのですけど…初戦の時から…今までの事で……うん。そうですね。やはり、単純に言いましょう!」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「ケイさんは、俺が甘えたい人、No.1ですね!」

 

「            」

 

「…あれ? ケイさん?」

 

 

『尾形ぁぁ!! てめぇ、んな事をサラッと言うなって、毎回毎回言ってるだろうが!!!』

「!? なんだよ、いきなり! なにキレてんだよ!!」

『やっぱり、一回刺されろ!! 小山先輩と西住選手が、すっげぇドス黒いオーラ放ってるぞ!!??』

『そりゃ、ケイさんって姐御肌気質だけどよ!! それを…甘えたいとか……言うか!? 普通!! んな。はっきり!!』

「…いや、罰ゲーム…」

『そうだけど!! 濁せよ!! せめてもう少し、言葉を濁せ!! とばっちりは、もうゴメンだ!!!』

 

ガタッ!

 

ガタガタッ! 

 

『『「 ………… 」』』

 

『…ケイさん。部屋…飛び出して行っちゃったぞ…』

「……」

『なんで、敗者のお前が普通で…勝者の彼女が、瀕死なんだよ……』

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁぁい!! 続いての挑戦者ぁ!! 観光組合所! アンツィ…………あれ?』

「……」

『席に、ついておりませんね…どうしました? アンチョビさん?』

 

「私は、参加しない!!」

 

『おや…』

 

「隆史に、正直勝てる気がしない!! そもそも罰ゲームが怖い!! バニーガールなんて、恥ずかしい格好したくない!!」

 

『……まぁ…ちなみに、尾形選手。彼女に着せるなら…?』

 

「黒だな」

 

『即答…』

 

「そもそもな!」

 

『え? あ、はい』

 

「あっ……あぁああ愛してるとか! 恥ずかしくて言えるかぁ!! それにそんな大事な言葉! もっとこう…夜景とか前に…」

 

『『 …… 』』

 

「大事な時に、言ってほしいんだ! こんなゲームなんかで…言われたくない!!」

 

『うっわ…ドゥーチェ…すっげぇ可愛い事、言い出しましたね? 林田さん』

『結局、尾形に言って欲しいのですね…もげろ……』

 

「ちっ!! 違っ!!」

 

「私も遠慮するよ?」

 

『あ、るろうに盗賊のミカさん』

『でも、貴女達もゲームの為に呼ばれたんですよね?』

 

「違うわ!! 私は、戦車道の会議と聞いていたぞ!? こんないかがわしいゲームをするとは、思わなかった!!」

「そうだね。私も知らなかった。タカシがどんな愛を囁いてくれるか…それは興味がある。あるが…こんなゲームに、意味があるとは思えない」

「そうね…癪だけど、その泥棒の意見には賛成よ」

 

『あれ…カチューシャ選手。貴女も不参加ですか?』

 

「当然よ! 意味が分からないもの! ノンナはやるみたいだけど…」

 

『『 ・・・・ 』』

 

『隊長枠が、一気に減りましたね、林田さん』

『そうですね、中村さん。何しに来たんでしょう? この人達』

 

「騙されたと言っとろーが!!」

「私はちがうよ? 私はただ…風「アンタはどうせ、食料に惹かれたんでしょ?」」

「…」

 

「わっ! 私は参加した方が、宜しいでしょうか!!??」

 

『知波単学園の…あ……』

 

「…やめとけば?」

「やめておけ!」

「お勧めはしないね」

「やめておいた方が賢明です!」

「やめておいた方が、当然…良いですわね」

「 や め ろ 」

 

『…各学校の隊長達が、一斉砲撃を始めましたね……』

『まぁ……なんでしょう。火を見るより明らかですからね…ベコファンでしたしね』

『これ以上は、いらないのでしょう!』

 

「では、インターバルもこの辺で…最後、私ですわね」

 

『あぁ…そうですね。では、席について下さい』

『隊長枠ですが、珍しく…いや、本当に珍しく最後を飾るのは、この方になりました』

『なぜでしょう…気合の入り方が、他の方達とは、ぜんっぜん違いますね! そう! 目の色まで違う!!』

 

『ポンコツ完璧超人! 聖グロ隊長…ダージリン選手!』

『さぁ! 彼女は、何色のバニーへ強制換装されるのでしょうか!? 青か!? 白か!?』

 

「……」

 

 

 

『ではっ! 選手、入場…もとい、着席です!!』

 

 

 

 




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第11話 愛してるゲームでタイマンです! 中編

『さぁ! インターバルも挟み、続いての挑戦者です!』

『そうですねぇ。続いては私もファンの、聖グロリアーナのダージリン選手。どんな散り様を見せてくれるのでしょう!?』

『両者、席に着き…ン? オレンジペコ選手が近づいて行きますね? 激励でしょうか?』

 

「ダージリン様」

 

「ペコ? どうしたのかしら?」

 

『おぉ! 激励の割に、不安そうな表情! 一瞬こちらを見ましたが、ゴミを見るような目で見られました!!』

『…お前は、前回が前回だったからな…。思いっきりバレてたし…』

『それに関しては、私…諦めております。ですから、思いっきり開き直りたいと思います! おぉっと、舌打ちをされました』

『楽しんでるなぁ…』

 

「ダージリン様…大丈夫なんですか?」

 

「あら、心配?」

 

「それはそうです…。バニーガールの衣装って、ご存知なんですか? 下手したら、お嫁にいけませんよ?」

 

「ふふ…なぁに。勝てば良いのです、勝て『 負けると分かっていて、勝負をするのは、無謀というのですよ? 』」

 

『……』

 

『隆史様、変に悪乗りしてしまっていますし…正直、聖グロリアーナの隊長がする格好では、ないと思うのですよ』

『ペ…ペコ。…オレンジペコ? 貴女は、私が勝算も無しに挑むと…それ以前に、私の勝利を信じてないのかしら?』

 

 

 

 

「 はい、微塵も 」

 

 

 

「 ………… 」

 

 

『即答!! オレンジペコ選手、即答!! いやぁ…彼女の引きつった笑み…というのも、また格別ですなぁ! 中村さん!!』

『そうですね!! オレンジペコ選手に、バニーガールの格好をさせられるの前提の激励をもらって、嬉しそうですねぇ!!』

 

 

「もうこの際、諦めて棄権した方が…」

 

「…だ…大丈夫よ? 私、今回…少し本気を出そうと思って…『 付け焼刃って言葉をご存知ですか? 』」

 

「 …………………… 」

 

 

『きっつい!! オレンジペコ選手、本気できっつい!!』

『ダージリン選手に、諦めさせる気満々ですねっ!!』

『中村さん! これは、私の推測なんですが…』

『聞きましょう!!』

『オレンジペコ選手…ダージリン選手が、例え負けたとしてですね?…あれって、遠まわしに、尾形選手にダー様のバニー姿を見させない為の……ひぃ!?』

 

 

「 …少し……黙っていて下さいますか? 」

 

 

『いやぁ…珍しく、林田さんが、鋭い発言をしたと思った矢先…眼力で止められましたね…』

『…まさか年下の女の子に、ここまでの圧を感じるとは思いませんでした…………がっっ!!』

『はい! そうですね!!』

『もはや、時間です!! そろそろ試合開始となります!! はぁぁい、オレンジペコ選手は下がって……下さい』

『彼女、今舌打ちしましたね…。林田さん。その年下の女の子に…ビビリすぎです…』

 

 

「ふ…ふ……ふふっ! 大丈夫です! なぁに、例え、負けたとして…それならそれで、少々恥ずかしいですが…その衣装で、悩殺……」

「……」

「ぺ……ぺコ?」

「…もう、いいです。知りません」

 

 

『いいですね!! 「悩殺」と言った所での、ダー様・前かがみ!!! 是非、バニーで谷間………を…』

『…林田。気持ちは痛いほど理解してやるが……お前、もうオレンジペコ選手の前でしゃべるな。めっちゃ睨まれてるぞ』

『……』

『…で、では、試合開始です!!』

 

 

『まずは、ダージリン選手からの…お願いですが…』

「よ…よろしくてよ? 自分で言います」

『あ…はい、お願いします』

 

「ん…んんっ!! 私からは…隆史さんに、「私の一日専属執事」を、お願い致します」

 

《 !? 》

 

 

『…なにそれ』

『林田さん! 素! 素になってます! 私は分かりました…アレですね…。大洗学園準決勝後の…アレ』

『は?』

『島田家の執事の格好をさせられてたんだよ、尾形。んで、どうにも女の子って…ああいうの好きだよな?』

『はぁ? 良くわからんが…尾形のんな格好…八九三か、シークレットサービスにしか、見えんだろ』

『同意はするが……彼女に聞いてくれ』

『なんか、その手があったか…って、顔してる連中がいるけどな…NG……も、出ないな』

『はぁい!! それじゃぁ、それで試合開始』

 

「……」

 

『さぁ! 尾形選手、身構えたぁ!! 先程のケイさんの件をまだ引張ているのでしょうか!?』

 

「では、それで隆史さんも、宜しくて?」

 

「あぁ…構わない」

 

「一日執事……私が起床、睡眠する迄ですからね!」

 

《 !!?? 》

 

「分かった」

 

「試合開始が、宣言されておりますから、変更はもう効きませんよ!?」

 

「ず…ずるい! ずるいです、ダージリン様!!」

 

「ペコ? こう言ったチャンスは、最大限に活かすものよ?」

 

「…ぐっ……」

 

 

『…あれに起こされて、何が嬉しいんだろ』

『まぁ…人それぞれだ…。はいっ!! では、ダージリン選手の攻撃です!!』

 

 

「ふ…では。こ~~んな、言葉を知っていて?」

 

「ダージリン」

 

「あら? 流石に今回は、邪魔は許しませんよ? 淑女の愛の言葉を、遮るなんて…「先に、宣言しておく」」

 

「……何かしら?」

 

「ダージリン。お前の格言は今回潰さない。好きに言え」

 

「ふむ?」

 

「だが…格言を何かしら言った時点で…俺からの要求レートを、5倍に跳ね上げる」

 

「なっ!!??」

 

「…では、どうぞ」

 

 

『尾形選手! 今回、先手を取ったぁ!! 攻撃では無いので、これは有効!! ジャンケンで言えば、出す手を宣言しているのと同じです!!』

『少し違いますが…まぁいいや。 おや?…ダージリン選手、いきなり狼狽えだしましたね』

 

『林田さん。そう言えば、尾形が前に言ってましたね』

『そうですね、中村さん』

『格言を言う事は、彼女自身の趣味でもあるが……勝負前は、一種のルーティン様なものだと!』

『要求倍率を上げる宣言で、それを封じに掛かりましたねぇ。そしてそれを、言う言わないの選択をさせ…更には調子を整えさせない』

『そうですね! しかも! 皆さんの要求の返しが、バニーガールの衣装です! 更にその5倍!! 尾形選手! 一体、何を要求するつもりでしょうか!?』

『これは一種の脅迫ですね! 素晴らしいですね! あのクズ野郎!!』

『はい!! 素晴らしいです!!!』

 

「なっ…えっ……こ…こんな……言葉……いえっ!!」

 

「……」

 

「5倍…」

 

「……」ニタァ…

 

『ダージリン選手!! 持ち時間が、もうありません! 完全に迷ってしまって、オロオロし始めました!!』

『はぁい!! そして、今一瞬、尾形選手が微笑みました! あの尾形選手の笑顔は、絶対に尾形(邪)になってると思われます!!!』

『なんで、あんなのがモテるのでしょう!? 理解に苦しみます!!』

 

『……あ』

 

『どうしました!? 中村選手!!』

『…オレンジペコ選手の林田さんに対する態度で、確信したのでしょう…』

『はい?』

『…あからさまでしたからね……。先日の盗撮現場。そこにいた事を、白状しているのと、一緒でしょう…』

 

 

「「「  」」」

 

 

『あ……聖グロの選手達が、絶句した…』

『あぁ最後、カメラ握り潰し前になんか言ってたなぁ…』

 

「ほら…どうした、ダージリン。時間がないぞ?」

 

「…くっ!」

 

「どうする? 格言を言うの? 言わないの?」

 

「……ならばっ!」

 

「……」

 

「こ…こんな言葉を知っていて? 『愛とは信頼。人を愛するときは。完全に信じ…」ピピピピッ! ピピピピッ!!

 

「………………」ニタァァァ

 

「」

 

『決死の覚悟で、格言を口にした所で、すでに遅し!!』

『ここで、アラームが響きました!! ダージリン選手の時間切れです!!』

 

『最後、尾形選手に、完全に目的をすげ替えられましたね!! 格言を言う事ではなく、今言う事は、「愛している」の一言でしたね!!!』

『取り敢えず、言っておき…尾形の攻撃に耐えれば、次の攻撃ができたでしょうに!』

 

「!!」

 

『尾形選手が、すげぇ邪悪な笑みを浮かべてますね…』

『いやぁ…あっけなかったですね』

『そうですねぇ…。尾形(邪)選手…彼女に、何を着させるつもりなのでしょう…』

 

 

「なっ!? まっ! まだ、勝負の決着は、ついていませんわよ!?」

 

 

『『 …… 』』

《 …… 》

 

 

「なんですか!? その哀れむような…「ダージリン」」

 

「ひぅ!?」

 

『はい。では、尾形選手のトドメのお時間でーす』

『尾形選手のターン』

 

 

「な…なんですの? なんで、いきなり真顔に…」

 

 

 

「 こんな言葉を知っているか? 」

 

 

「!?」

 

「『 愛とは、二つの肉体に宿る、一つの魂で形作られる 』…だそうだ」

 

「 」

 

 

『おい…なんか、尾形がトチ狂ったぞ…』

『…あいつ…変なスイッチ入ったな……』

 

 

「ア…アリストテレス……」

 

「そんな訳だ。…だから、ダージリン」

 

 

 

「 愛してる 」

 

 

「 」

 

 

『…殆ど、プロポーズだな…』

『頭の良いダージリン選手ですしね。意味は即、理解したのでしょう。今までのエグイ方法を取られた事すら、忘れていそうですね』

『完全に動きが固まってしまってますね! 真っ赤っかですね!』

 

「 」

 

「…………」

 

『オレンジペコ選手の顔が無表情すぎます! というか、この部屋の空間怖い!!』

『あっ! 西住さん…息してるか?』

『最初の尾形の攻撃が、まだ響いてるみたいだな…真っ赤になったまま、壁に向かってブツブツ言ってる』

『なるほど…全ては、こういった場合の為に、西住姉妹を先鋒にしたんだな…すげぇな、会長』

『はい、では…』

 

『 尾形選手の勝利!! 』

 

 

「  」

 

 

『いやぁ…大きなため息しか聞こえてきませんねぇ…。あぁやっぱりか…と』

『しかし、尾形選手。相手の格言を封じておいての、自身からの格言攻撃』

『汚い! さすが尾形、汚い!!!』

『なまじ、格言慣れしている彼女には、痛恨の一撃でしたねぇ』

『さぁ! 尾形選手! 彼女になんの要望をするのでしょうか!?』

 

「 」

 

「ダージリン」

 

「ひゃぁ!? な…なんでございますですか!?」

 

「…日本語が変だぞ?」

 

『なんだろう…青かな? 確かカードの衣装の時も、ダー様は青! っとか、嬉しそうに言ってたよな?』

『そうだな。そこからの5倍ってなんだろ?』

 

「ダージリン。大丈夫だ。バニーガールの衣装なんて、言わないから」

 

「えっ!?」

 

「5倍と言ったが……そうだな、水着でも着て見せてくれ」

 

「水着? え…ちょっと拍子抜けですわね…」

 

「どうだ?」

 

「ま…まぁ、去年もそれで写真を撮られましたし…そんな事で宜しければ構いませんが…」

 

『バニーの5倍が、水着…』

『なんという、微妙差…。人によっては、そっちの方が嫌かも知れないけどな』

『尾形にしちゃぁ、普通だな』

『そうだ…な……』

『中村?』

『そうだ…相手は、尾形(邪)だ……。普通の水着だと…到底思えんぞ…』

『…ビキニかな?』

『……』

 

「ん? あぁ、それそれ」

 

「ビキニ? ま…まぁ? それくらいなら…少々、恥ずかしいですが…」

 

「……」

 

『はい! では、本人の了承も取れた所で、試合終了!!』

『いやぁ…尾形選手…最後、微妙でしたね。バニーの5倍がビキニ水着とはねぇ』

『…………』

 

 

「はぁ…こんなにも、恥ずかしいとは…嬉しくはありましたが」

 

「ほら。だから言ったじゃないですか。ダージリン様」

 

「ぐ…ま……まぁ!? よろしいのではないでしょうか!? ビキニ水着が、あの衣装の5倍の罰ゲーム。許容範囲でしてよ?」

 

「はぁ…まったく」

 

「隆史さんも、結構……いえ。何でもありませんわ」

 

「では、席に戻りましょう」

 

「そうね」

 

 

『いやぁ…立ち直り、早いですねぇ、ダージリン選手』

『……』

『中村さん? 先程からどうしました?』

『…邪さが……あまりないのが、非常に気になる…』

『…ビキニ水着着ろってのが、邪さ無いか?』

『いやまぁ……考え過ぎか?』

『ほら! 次だ次! 今度は隊長達以外の番だぞ?』

『…あぁ』

 

 

 

 

 

「……………(マイクロビキニだがな…)」ボソッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁぁい!! では、続いての選手、着席です!!』

『 』

『はい、林田さん! 息してください! 生きてますか!?』

『な…中村のケイさんに対する態度が、何となく理解してしまった…怖い……あの幼女怖い…』

『はい!! 林田さん!! 幼女とか言うものですから、更に睨まれてますよ!?』

『いや…あのサイズは、幼女だろ……ヒィィ!!??』

 

『はい! では林田選手は無視して続けましょう! 頭文字B!! 聖グロリアーナ所属! オレンジペコ選手!!』

 

 

「B?」

 

「き…気にするな、オペ子」

 

「はぁ…隆史様がそう仰っしゃるのでしたら…」

 

「ペコ…散々、私に言っておいて…結局、自分も参加するんじゃないの…」

 

 

『はぁい! 今回はスムーズに進みそうです!! まずはオレンジペコ選手の要望から……んだよ、林田』

『いや…オレンジペコ選手って言うの……結構名前長いし…俺らも縮めて言えば? お前、噛みそうだぞ?』

『俺らも、「オペ子」って、呼ぶって事か?』

『そうそう。オペ子選手』

『マジでな? 林田…それは、やめておけ。その呼び方で、尾形以外が呼んだら……彼女。多分じゃなくて、確実に本気でキレるぞ』

『やめよう!!』

『早いな!!』

 

「あ、汚ぶ……いえ、司会者さん。少々宜しいですか?」

 

『……』

『お前の方、じっと見て言ったな、今』

『……な…………なんで、ございましゅる?』

『俺も、ケイさんの前だと、こうなるのだろうな…』

 

「先攻後攻の順番は、変えてもよろしいのでしょうか?」

 

『はい? オレンジペコ選手が、後攻になりたいと?』

 

「そうです!」

 

『別に構いませんが…。いきなり終わる可能性とか…延長戦になった場合、そのままですので、攻撃回数が減って不利になりますが宜しいのでしょうか?』

 

「はい、かまいません」

 

『お…? 尾形が動揺した…ふむ。面白いですね…いいでしょう! 認めます!』

『では、オレンジペコ選手のお願い発表は、後回しです! 終わった後に発表とします!』

『はい! それでは、尾形選手の攻撃です!!』

 

「……」

 

「……」

 

『あれ? 今までとパターンが違う…』

『あ、そうか。今までは、彼女達のお願いを聞いての攻撃だから、ある程度腹が決まっていた状態だからな』

『オレンジペコ選手…ニッコニコしながら、尾形の言葉を待っている…』

『あぁなるほど。これはやり辛い』

 

 

「…ふぅ」

 

「ぅっ!!」

 

 

『あ、尾形選手! 漸く覚悟を決めたか!? まっすぐ彼女を見つめたぁ!!』

『時間もあまり残されていません! さぁ…何と言う!!??』

 

 

「…オレンジ…いや、オペ子」

 

「はっ…はい!!」

 

 

『おや…オレンジペコ選手、背筋を伸ばした!!』

『態々後攻…何か、考えがあるのでしょうか!?』

 

 

「…う……その……」

 

「……」

 

 

「お前を……あ…愛してる」

 

 

「っっっ!!!!」

 

 

『きめぇぇぇ!!! 尾形選手、顔が真っ赤です!! 小細工がない!! すっげぇ、スタンダード!!!』

『本来ならこの時点で、負けが確定ですが、今回はそのルールは適用されない!! ですがぁぁ!!』

 

「ふっ……ぅぅう…うううう…」

 

『あの一言で、同じく真っ赤になって俯いてしまった、オレンジペコ選手の負けぇ!!』

『尾形選手の、勝利です!! 速攻!!! すげぇ早く、試合が終わってしまいましたぁぁ!!』

 

「こ…これは……良い……これは良いです…」

 

「ぐ…無欲で来られると…すげぇ言い辛い…」

 

『瀕死!! 両者瀕死!!!』

『がっ!! オレンジペコ選手!! どこか……じゃないな。すげぇニヤケテル…』

 

 

「ふぅ…落ち着いてきました…」

 

「オペ子…? どうして後攻を選んだんだ?」

 

「え? あぁ…私が勝てると、思いませんでしたし…」

 

「……ギ…」

 

「あ…愛してっ!! …なんて、恥ずかしい事、まだ私には言う勇気はありません…」

 

「……」

 

「ですが……まぁ…言われては……見たかったので…」

 

「………………」

 

 

『カワイイ!!! 何、あの天使!! すげぇハニカミながら!! すげぇ照れながら、白状してます!!!』

『尾形の汚れ具合が、余計に浮き彫りになる程の真っ白!!! 一瞬見せた、黒いのはどこへ!?』

『更に!!! オレンジペコ選手の要望がこちら!!』

 

『 「また、一緒にお茶会をして下さい」 』

 

『純!! すっごい、お願いらしいお願い!! 他の方と違い、汚れてません!!! 純  粋!! 他の方!! 睨まないで!!!』

『ではっ!! 続いて、勝利者の尾形選手!! このお願いを聞いての要望を言ってください!!』

『……これで、バニー着せたら、マジでただの屑だよな…』

 

「着させねぇよ!!」

 

『いやぁ…でも、尾形だし…』

『だな』

 

「こ…これが終わったら、覚えとけよ…お前らぁぁ」

 

『はいはい。いいから、続けろよ』

 

 

 

「はぁ……では、オペ子」

 

「はい!!」

 

「俺の要望は…」

 

「は…はい」

 

「また…お茶でも入れてくれ。…オペ子のお茶が飲みたい」

 

「は…………はいっ!! 喜んで!!」

 

 

『…空気読んだな、尾形』

『チッ…つまらん』

『オレンジペコ選手。すっっげぇ、いい笑顔だ…』

『しっかし、すげぇな彼女。尾形(邪)を尾形に戻した』

『だな』

 

 

 

「あっ! では、隆史様」

 

「なに?」

 

「あの衣装を、着ましょうか? その格好で、お茶入れます?」

 

「はい? 衣装?」

 

「 メイド服 」

 

「…………」

 

 

 

『『 …… 』』

《 ……………… 》

 

 

 

「あ…あれ? 言っていませんでした? 私にメイド服、着て欲しいって…」

 

「…言ったっけ? ……あれ?」

 

「や…やめておきますか?」

 

 

「  オ ネ ガ イ シ マ ス  」

 

 

 

『あ…あいつ、即答しやがった…』

『気持ちは分かるが…彼女、すげぇ似合いそうだしな』

 

《 ………… 》

 

 

「あ、バニーガールも着ます? 私は構いませんが」

 

《 !!?? 》

 

 

「   オ ネ ガ イ シ マ ス ! !   」

 

「はいっ!♪」

 

 

『……』

『……』

『…中村さん』

『はい…。彼女……お茶を入れる、衣装を着る…今の会話で、最低2回は、尾形と会う約束を取り付けましたね』

『瀕死とはいえ…西住さん、目の前にいるのにな。あえて今、それを聞いたよな?』

『……女……怖い……』

『今……試合には負けたけど、勝負には勝った。そんな言葉を思い出しました…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さ…さぁ、次行きましょう』

『はい……はぁい!!! では、続いての挑戦者!!!』

『見た目が完全、エルフ顔!! 意味が分からない人は、感じろ!! イメージしろ!!!』

『アンツィオ高校、数少ない常識人!! カルパッチョ選手!!!』

『……』

『…なんで、逸見選手が顔を左右に振ってるんだろう…』

 

 

「楽しみです!!」

 

「…お前は、やっぱり出るんだな」

 

「なんか、すげぇ笑顔っすね、ドゥーチェ」

 

「こんな機会、中々ありませんからね!」

 

「そうそうあってたまるか!!」

 

「あら、ペパロニ? ドゥーチェは兎も角、貴女は出ないの?」

 

「アタシか? あ…アタシは、恥ずかしいから遠慮しとく…」

 

「言うのが? でしたら、オレンジペコさんの様に、後攻でも…」

 

「言うのも、言われるのも恥ずかしいんだよ!!」

 

「……ヘタレねぇ…」

 

「…おい、今、なんてった? よりにもよって、この私に対して、ヘタレだ…「なら、参加すれば?」」

 

「……」

 

「……」

 

「ヘ……ヘタレッす…」

 

「ペパロニ…」

 

 

『はぁぁい!! カルパッチョ選手!! すっげぇ、やる気ですね!!』

『では、彼女のお願い……』

『…中村?』

『修正…もしくは、NGが連発して…最終的には、お願いが……無い』

『…は?』

 

 

「私は、ただ参加するだけで、結構です!! 隆史さんからのどんな要望にも、しっかりとお応えしますので大丈夫です!!」

 

「え…んなら、俺も要望なんて出さな…「  大丈夫です!!!  」」

 

「……」

 

 

『彼女…ただ、参加したいだけか…物好きな…』

『いや…だから、NGになったお願いが多すぎて、最終的にはお願いが、尽きたって話しなんですが…』

『…何頼んだんだろ。いやっ! 知らない方が良さそうだ!!』

『そうだな!! 正確には、どんなお願いも会長が拒否しだして、結局は参加のみって話で、落ち着いたみたいなんだ』

『……』

『……常識人?』

『ま……まぁっ!! 今回は、ギスギスしないで、良さそうだ!!! では、試合開始となります!!』

『はぁい!! カルパッチョさんからの、攻撃です!!』

 

 

「これ…今回の試合、なんぞ意味があるのか?」

 

「隆史さん! では、行きますよ?」

 

「あ、はい」

 

 

『カルパッチョ選手、背筋を伸ばして構えたぁ!』

『さぁ今回、ある意味で気が楽です!! どんな攻防に…』

 

 

「隆史さん! 愛してます!」

 

「…はい」

 

 

『すんなり言ったぁぁ!!』

『笑顔です! フランクな感じが、とても良い!!』

『尾形選手も、あまりに軽く言われ、戸惑ってますね!!』

『では、尾形選手の攻撃に移ります! どうぞ!!』

 

 

「で…では、カルパ「愛してます」」

 

「…え?」

 

「愛してます。愛してますよ?」

 

「あの…カルパッチョ…さん?」

 

 

『……』

『…あの、カルパッチョ選手? 今は、攻……』

 

 

「はい、愛してます。ですから、「ひな」ってちゃんと呼んでください」

 

「いや…あの……それは、確か二人「今はいつでも結構です!!!」」

 

「……あの…なんで、手を握ったんですか…なんで前かがみに、なってるんですか!!??」

 

「大丈夫です! 私は、愛してます!!」

 

「あ…あの、ありがとう?」

 

「はいっ!!」

 

 

『……』

『……』

 

 

「…カルパッチョさ……ひなさん!?」

 

「そうです……愛してます…ワカリマセンカ?」

 

「ゲームですよ!? これ、ゲームですよね!!??」

 

「そうですよ。そう…愛してる……愛してる……アイシテル」

 

「」

 

「アイシテル…アイシテマス……アイシテマス…アイシテマス……」

 

 

『尾形の手を、両手に…包み込むように握り…何かブツブツ言い始めましたね』

『……アカン』

『中村さん?』

『コレ…アカン奴ヤ…』

 

 

「アイシテマス…アイシテマス……」

 

「ひぃなさん!! どうしたっ…乗り出してこないで!!」

 

「アイシテマス…アイシテマス…アイシテマス…アイシテマス…」

 

「ちかっ!? 近いっ!!」

 

「アイシテマス…アイシテマス…アイシテマス…アイシテマス…アイシテマス…アイシテマス…アイシテマス…アイシテマス…」

 

「こ…こわぁ!!」

 

「アイシテマス…アイシテマス…アイシテマス…アイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマス」

 

「」

 

 

「カルパッチョ…スイッチ。入っちゃったな」

「そっすねぇ…アタシ、止めたくないんすけど?」

「私だって嫌だわ!!」

 

 

「手を摩らないで!!」

 

「アイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマス」

 

《 ………… 》

 

「息遣いが、荒い!! ハァハァ言ってる!!」

 

「アイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマスアイシテマ…………」

 

「 」

 

「……なぁぁんですかぁ?」

 

 

「離れなさい」

 

 

 

「邪魔しないで、下さいます? ノ ン ナ さ ぁ ん ? 」

 

「……離れろと言っている」

 

「はぁいぃ?」

 

 

 

「 」

 

 

『情けない!! 完全に怯えてしまっている、尾形選手!!!』

『……いや、ありゃ…誰でも怖いだろ』

『そこに、ノンナ選手が乱入ぅぅ!!』

『……』

『いやぁぁ! 私は、ノンナ選手の方が怖……どうした、中村』

『…………西住さん、見てみろ』

 

 

 

『   』

 

 

 

「司会者の方」

 

『 』

『……』

 

「…司会者?」

 

『あっ!! はいっっ!!』

『ワラッテル……ニシズミサン……ホホエマシイ、カオデワラッテル……』

 

「…これは、ルール違反では?」

 

「はぃぃ? るーるぅ?」

 

 

『そっ…そうです!! 直接体に触れるのは、ルール違反です!』

『メモト……メモトニダケ、シワガ……』

『あくまで、言葉のみでのゲームですからね!!』

 

「………げぇぇ……ム。ゲーム!」

 

『よって! カルパッチョ選手の反則負け!!』

『ナニ……ナニアレ…』

 

「あ……あぁ! そうでした、ゲームでした!」

 

『いい加減、戻ってこい!! 林田!!』

『はっ!!!』

 

「ごめんなさい…少し、熱くなってしまいましたぁ」

 

「…少し? 貴女は、前からそうです。少し自重してください」

 

「いえ…そうですね。お恥ずかしい」

 

「 」

 

「後……いい加減、隆史さんから、離れなさい」

 

「エー」

 

「……」

 

「はいはい…まったく」

 

 

『カルパッチョ選手…怖いくらいに、即普通に戻りましたね…』

『…まさか、罰ゲーム無しの試合が…ここまで…』

 

 

 

「隆史さん」

 

「あっ!!! はい!!!」

 

「はぁ…いつまで呆けているのですか」

 

「こ…怖かった……あの状態、久しぶりに見た…」

 

 

「まったく…。さて…西住 みほさん」

 

「…はい?」

 

「……今。何故、貴女は動かなかったのでしょう?」

 

「カルパッチョさんの時ですか?」

 

「そうです。隆史さんのアノ状況です」

 

「…そうですねぇ…一言で言うと、これは、あくまで「ゲーム」ですからぁ」

 

 

『……こんな修羅場になるなんて…』

『見てる分には、面白んだけどな……巻き込まれるとは…』

 

 

「隆史君を信じてますから!」

 

「信じる?」

 

「…隆史君のお姉さんと、お話して……色々と…はい、色々と考えさせられまして…」

 

「……」

 

「隆史君は、無線で…私に振られない様に、頑張るって言ってました」

 

「…言ってましたね」

 

「でも、違うんです。寧ろ……それは逆で…」

 

「……」

 

「そう。私が、頑張らないと…」

 

「………」

 

「だから、取り敢えず…ヤキモチは、我慢しようと思っているんです」

 

「…………」

 

「はいっ! だから…ガマンシマシタ 」

 

 

 

『なぁ…くだらないゲームが、一気に怖く感じ始めましたよ、中村さん』

『……いやぁ……久しぶりだなぁ…ここまで、濃い修羅場は…』

『聞けや』

 

 

 

「はぁ…。理屈は、わからないでもないですが…みほさんは、それで……」

 

「はっ…」

 

「…エリカさん?」

 

「黒森峰?」

 

「もう良い? 次は私の番なのだけど?」

 

「…あぁ。「ゲーム」の」

 

「あの、オカルトじみたのも、自分の席に戻ったし…アンタ達も戻ったら?」

 

「…ふむ」

 

「……」

 

「不自然…」

 

「は? 何がよ。プラウダ」

 

「いえ…あそこまで、隆史さんに冷たい態度を…と言いますか、邪険にしていた貴女が、こんなゲームに参加するなんて…」

 

「…エリカさん」

 

「なに? 何か、企んでいるとでも言いたいの?」

 

「……」

 

「ま、なんにせよ、次は私の番。席で見てれば? …二人揃って…………ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁぁぁい!! 中断していたゲームも再開!! 次に行きますよぉぉ!!!』

『ぶっちゃけ、もう帰りたいです!!』

『これで! こんなに頑張って、司会しても無報酬ぅぅ!!!』

 

「まぁーま。干し芋あげるから」

 

『やっっす!!』

『…中村。もういいから、さっさと終わらせよう。後、少しだ』

『そうだな…次が逸見選手…会長…小山先輩…で、終わり…………ん? ノンナ選手…棄権? は?』

『そうなんだよ!? 見たかったのに!! あの真っ白い肌が、赤くなるのを!!!!』

『…んな事、言ってるお前がいるからだろ』

 

「そうです」

 

『ほら…』

『俺のせい!?』

 

 

「……」

 

 

『なんで、西住さん見てるんだろ…』

『…………』

『中村?』

『…女心ってさ…複雑そうに見えて、…結構、単純な事もあるんだよ』

『は?』

『…ノンナ選手が棄権した理由……分かった』

『おっ!? さすが、モテ男! なに!?』

 

『 死にたくないから、言わない。尾形にも教えない 』

 

『…分かった。ゴメン。俺も知らない事が良い事もあるって、実感してたから分かる。もう…聞かない』

『……成長したな、林田』

『嫌な方面にな!!! 今真夏なのに、ブリザードって言葉が何故か浮かんだ!!』

 

 

「漫才はもういいから、早くして」

 

 

『…あ、はい。スイマセン、逸見選手』

『すでに席についてますね…。お?』

『尾形選手!! かんっっぜんに、目を…というか、顔を逸らしてます!!』

『なんでか知らんが、すげぇ汗ですね!! ざまぁみろ!!!』

 

『では、次の試合!!』

『わんわんお! 逸見 エ「    ハ ?    」』

 

 

『 く…黒森峰 副隊長…逸見 エリカ選手です… 』

『…あの、ツンしかない人…なんで、こんなゲームに参加したんだろ…』

 

『では、逸見選手のお願い!!!』

 

 

『 「また行きましょう」 』

 

『……』

『……』

『何か、隠語でしょうか? 言った瞬間、尾形選手……真っ青になりました』

『いい気味ですね!』

『いい気味です!!』

 

 

 

「はっ…そういった訳で…いい? 隆史」

 

《 !!?? 》

 

「は……はい。よろしい…です……」

 

「ん? 何か…あぁ!! 私が、隆史を隆史と呼び捨てにしたのに、驚いてるのね!!??」

 

「あの…なんで、態々…大声で…」

 

「ぽっと出の女…なんて、思われたくないからよ」

 

「……」

 

「はっ…アンタ達とは…年季が違うのよ…」

 

 

『い…逸見選手? 流し目で…というか、完全に周りを睨んでおります!!』

『また!? また修羅場ァ!!??』

 

 

 

「さて……楽しみねぇ? 隆史」

 

「え…何が? ……で、ございましょう?」

 

 

「 数日前、()()()()()()()()()!!に、対して!! …()()()()がっ!! どんな愛を囁くのか… 」

 

 

「     」

 

 

 

 

 

 

 

「 ね? タノシミでしょう? 」

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

ダー様格言は、マリリンモンローです。

次回で終わり。が、乱入者有り。

ありがとうございました。


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第12話 愛してるゲームでタイマンです! 後編

『中村さん…』

『……』

 

『会場中が、静寂に包まれております…。全員が逸見選手を驚愕の表情で見つめています』

『私……尾形選手。もはや、ただの馬鹿なんじゃねぇの? って、感想しかありません…』

『尾形選手、完全に呆けております…チーンって音が聞こえてきそうですねぇ…』

 

『あぁ…昔の自分を見ているかの様で…少々、感傷的になっております…』

『私だけモテません!! しかし、なんでしょう!! …今の尾形選手を見ると、微塵も羨ましいとは思えません!』

『しかし…逸見選手…。顎を上げながら、腕を組み、足も組んで……尾形選手を見下ろしていますねぇ…』

 

 

「ねぇ、そこの変態」

 

『ヘン……ど…どちらでしょう?』

 

「あら、ごめんなさい。二人と……いえ、3人いたわね」

 

『『「 …… 」』』

 

「誰でもいいわね…。私も後攻でいいわ。リスクも承知」

 

「 」

 

『『 …… 』』

 

「早く始めて」

 

「 」

 

『…下手な事、言わない方が吉だよな……』

『それで正解だ。…この際、尾形の自業自得だろ。見捨てよう!!』

『そうだな!! よし! テンション戻ってきたぁ!』

 

『では…。逸見選手!! すっごい余裕の表情!! でもなぁ…こういうのに限って、即堕ちすんだよなぁ』

『馬鹿野郎! 余計な事言うな! …さ……さぁ、どうでしょうか? では! 試合開始です!!』

 

「……」

 

「……」

 

『さぁ、尾形選手!! 頭を抱えております! ザマァ!!』

『ん? 尾形選手!! こちらを睨んでおります!! 俺らに当たるな!!』

 

「…ほら、時間ないわよ?」

 

「……ぐっ…」

 

「ゲームよ? げーむぅ。気楽にやれば?」

 

「……」

 

「…私は、とても気楽になんて、言えなかったけどね」

 

「  」

 

『…あいつを神社に連れて行って、おみくじ引かせたいな』

『凶だろうが、大吉だろうが、絶対に女難の相が出そうだよな』

『その神社の信憑性が分かるな』

 

「くっ! …エ……エリ……」

 

『おっ!? やっと、尾形選手が動きました!』

『さぁ、どんな言い訳…じゃない、どんな愛を囁くのか!?』

 

「エ…エリリ「エリリン禁止」」

 

「 」

 

『おぉぉと! いきなり初手を潰されたぁ!!』

『尾形選手得意の、お茶を濁す作戦がいきなり終わりかぁ!?』

 

「エ…エリちゃ「その呼び方、やめるんじゃなかったの?」」

 

「  」

 

『……』

『……』

『俺…尾形が口で、圧倒されるの初めて見た』

『俺もだ…』

 

「……」

 

「ふ……ふぅー…よしっ」

 

『尾形選手! オレンジペコ選手の時にも見せた、深呼吸!』

『覚悟が決まったかあ!?』

 

「 エリカ 」

 

「なによ」

 

「あ…愛してる」

 

「………………」

 

『言った!! 一言だけど言ったァ!!』

『よく、あの空気で言えましたねぇ!! 意地を見せたかぁ!?』

『顔が! すげぇ青いです! 赤いのもキメェが、青いのもキメェ!!』

『さぁ、逸見選手の反応は!? チョロイか!? チョロイのかぁ!?』

 

 

 

「どもった。40点」

 

 

「  」

 

 

『真顔!? 表情の色すら変えない!! あっさり、言葉を受け流したァ!』

『即堕ちは、免れましたねぇ…。逸見選手、防衛成功! 続いてエリカ選手のターンです』

 

「…………」

 

「はぁー…はぁ…」

 

 

『おっとぉ!? 逸見選手、だんまりです! 尾形選手の息切れしか聞こえません!!』

『尾形選手、息切れするほどでしたか!!』

『これは意外!! ひどく辛そうです!! しかし、なぜしょうか!? 先程から司会者席は、笑いが耐えません!』

 

 

「……」

 

「……」

 

 

『同じ格好で、微動だにせず、息切れの激しい、尾形選手を見下ろしてますねぇ…しかし…言わない!!』

『彼女、特に恥ずかしがる訳でもなく…普通に、だんまりですね…』

 

 

「……」

 

 

『あ…あれ? 逸見選手? 貴女の番ですよ?』

 

 

「……」

 

 

『逸見選手~? 時間がありませんよぉ?』

 

 

「…そうね」

 

 

『……』

『中村さん?』

 

「……」

 

『まだ、だんまり…って、どうした中村』

『…いや…』

 

 

 

 ピピピピッ!! ピピピピッ!!

 

 

 

『おっと! ここでアラーム!! 時間切れです!! 尾形選手へ、攻撃権が移ります!』

『……』

『ここに来て照れでしょうか!? 逸見選手攻撃のチャンスをモノにできませんでした!!』

 

 

「さっ…隆史の番ね? どうぞ」

 

「!?」

 

 

『攻撃ができずに終わった、逸見選手!! 余裕の表情!!』

『…では、尾形選手のターン』

 

 

「う…ぐっ……よ…よし!」

 

「……っ」

 

 

『今回はすぐに動きそうですねぇ…尾形選手、真剣な表情!! まっすぐ逸見選手を見ています!』

『お、これは逸見選手も少し動揺しましたね』

 

 

「逸見 エリカ…」

 

「……」

 

 

「 君を、愛してる 」

 

「……」

 

 

『尾形選手! 作戦を変えてきました!! フルネーム呼び!!』

「普段、ヘラヘラして馴れ馴れしい尾形選手! 突然の真剣な愛の言葉! さぁ! これはどうだぁ!?」

 

 

「…胡散臭い。45点」

 

「   」

 

 

『胡散臭い!? 確かに!! 逸見選手! 余裕の表情!!』

『尾形選手! 結構、気合が入ったセリフだったのでしょう!! あっさり弾かれて、ヘコんでます!!』

『しかし…逸見選手の表示に、一切の変化がありませんねぇ…というか、目がすげぇ冷たい』

『……』

『中村さん?』

『…いや。次で分かる。では!! 逸見選手の攻撃です!!!』

 

 

「……」

 

 

『……』

『……』

 

 

「……」

 

 

『あの…逸見選手?』

『やっぱりか…』

『中村さん?』

『林田さん。すでに何人かは気がついてますよ? いやぁ…怖いですねぇ……』

 

 

「はい! 一時ちゅうだ~ん!」

 

「……チッ」

 

 

『会長?』

 

 

「ちょ~~と、それはずるいんでない?」

 

「……」

 

「エリリンちゃぁん?」

 

「…エリリンって言うな」

 

 

『ずるい? え…えっと、どういう…』

『俺は分かった』

『え? 何が?』

 

『林田。要はな? …攻撃側が3分の時間制限有り…って事は、黙っていれば時間切れで、愛してるなんて、小っ恥ずかしいセリフを言わなくて済む…』

『え? あぁまぁ…』

『そうすれば、毎回毎回、尾形の攻撃を一方的に受ける事ができるんだよ』

『そうすれば? できる?』

『しかも…今回は、攻撃側がテレても負けにならないルール…』

『言い換えれば、彼女からすれば…何度も尾形から、愛してるって言ってもらえる…って事だな』

『え~でも、それってリスクが…』

『ま、自信があったんだろ。それよりも、毎回毎回、自分を照れさせる積りで、あんなセリフを態々考えて、尾形が言ってくれる…って、そこじゃね?』

 

「…思ったより、早く気づかれたわね」

 

『…逸見選手が、すげぇ悔しそうな表情』

『………………ダージリン選手が、すげぇ爪を噛んでる…』

『多分、最初に気づいたのって彼女だろうな…』

 

 

「そんな訳で、この攻撃からは、彼女に関してのみ時間制限は無し…って、事で続行ね!」

 

「続行? …結構、甘いわね。即退場だと思ったけど?」

 

「そだね。退場させないと…周りの子達が納得しないかもしれない…」

 

「はっ。なら、さっさと…」

 

「 で も 」

 

「…なによ」

 

「んん~? だって、エリリンちゃぁん。…隆史ちゃんからの言葉に、組んでいる腕を、力いっぱい握り締めてるよね?」

 

「!!」

 

「我慢してるのバレバレだよねぇ。ずっこい事したし、隆史ちゃんに言われっぱなしで、逃げ得みたいな事させないよぉ?」

 

「……」

 

「ちゃぁんと、同じく恥ずかしい思いしてもらわないとねぇ……私が納得しない」

 

「…………チッ」

 

「はぁぁい! そんな訳で、司会者! 続行ね!!」

 

『え?』

 

「ぞ・つ・こ・う」

 

『……』

『……』

 

『『 ……らーじゃ 』』

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

『はぁぁい!!!! んな訳で、逸見選手からの再度攻撃です!!!!』

『強引にテンション上げていきましょう!!!!』

『時間は無制限!!』

『理由はどうあれ!!2回も尾形選手の攻撃に、あそこまで耐えてきた彼女です!!』

『今度は、どこまで続くでしょうか!? ではッ!! あたっくちゃんす!!』

 

「……チッ。まぁいいわ。負けなければいい事だし」

 

「……」

 

「…さて。隆史?」

 

「はい」

 

『……中村さん』

『はい、林田さん』

『尾形選手の雰囲気が変わりましたね』

『はい。会長の話も、黙って聞いてましたしね』

 

 

「……隆史」

 

「……」

 

 

『おっとぉ!? また膠着状態か!? しかし、今回は時間制限はありません!!』

『逸見選手!! プルプルと震えだしました!!』

 

 

「…た……たかっ……たっ!!」

 

「……」

 

 

『『 …… 』』

 

 

『…中村さん』

『はい、林田さん』

 

 

「あっ……あいっ!! してっ! あい!?」

 

「……」

 

 

『人間…仮面が外れるとモロいものですね…もう、結果が分かりました』

『そうですね』

『噛ませですねぇ~。典型的な』

『ある意味、彼女らしいといえるでしょう』

『はぁい、ちゃんと言ってくださぁい』

 

 

「うっっさいわね!!」

 

「……」

 

「あっ…あいっ……ぐっっ! 愛しちてるわよ!!!」

 

「……」

 

「ぁぁあああ!?」

 

 

『噛んだぁぁ!! ここ一番! 今までのやり取りは、なんだったんでしょう!?』

『言えば良いってもんでは、ありませんよね!!』

『いやぁぁ!! ここに来て、顔が真っ赤です!! 2重の理由で顔がすげぇ色をしてます!!』

『いいですねぇ!! 普段ツンツンしまくっている、彼女のこの恥辱にまみれた、あの表情!!!』

『周りの隊長達も、すっごいニヤニヤしてますね!!』

 

 

「うっ…うるさいわね!! ちゃんと言ったんだから、いいじゃない!!」

 

 

『噛みましたけどね』

『噛みましたね』

 

 

「ぶっっ殺すわよ!!??」

 

 

『いやぁ…あの表情で言われても、アレはもはや、一種のご褒美ですね』

『今回の報酬がアレだと思うと、納得できますね』

 

 

「こ…この変態共…」

 

 

『では! 尾形選手の反応は!?』

 

 

「………………そうか」

 

「 」

 

 

『はぁぁい!! 来ました!! 言い捨てる様な一言!!』

『先程とは打って変わり、完全に冷静さを取り戻した様です!! 怒ってはいなさそうですが…』

『ありゃ、完全に躊躇がなくなった顔ですね!!』

『尾形選手の防衛成功!! では、後は止めですね!!』

『もはや死体蹴りにしか見えませんが、尾形選手の攻撃です!!!』

 

 

「く…大丈夫よ。耐えればいいだけ……今までも耐えたんですもの…大丈夫」

 

 

『振りですかね?』

『振りですね』

 

 

「だから、うるさいのよ!!」

 

 

「 エ リ カ 」

 

 

「ヒッ!?」

 

 

『愛を囁かれるのに、悲鳴ですね』

『愛を囁かれるのに、怯えてますね』

『完全に尻込みしてますねぇ』

 

 

「…な…なによ」

 

 

 

「 昔 か ら 」

 

「 ──―っ!!?? 」

 

 

 

「 愛 し て る 」

 

 

 

『はい! 尾形選手!! 今度は躊躇なく言ったァ!!!』

『逸見選手、机に頭を打ち付けました!!! 隊長と一緒です!!! 本当に何だったんでしょう!? 先程までの工程は!!!』

『逸見選手、チョロイ!!』

『メッキが剥がれたら、即堕ち!!! 期待を裏切りません!!』

『ゴッツンゴッツン、音がしますねぇ!!!』

 

 

「ぁ……か……」

 

 

『はぁい!!! 隊長様と同じですね!! 虫の息です!!!』

『その隊長さんは、すっげぇ深い溜息!! 何か呟きましたね!?』

『エグイ? 何が!? まぁどうでもいいです!!』

 

 

「む……か……」

 

 

『さぁぁて!!! 例の衣裳決めの時もそうでしたが、変に逸見選手には甘い尾形選手!!』

『罰ゲームですよ!? ゲーム!!』

『林田さん、誰の真似でしょう!? リボンが本体の人でしょうか!? ぶっちゃけキモかったですが、確かにそうです!! 罰ゲーム!!』

『さぁ! 尾形選手、発表しやがれ!! ここで生温いと、ダー様がブチギレちゃうぞ!?』

 

 

「……」

 

 

『…はぁ…疲れた。急にテンション上げるモノじゃないな…』

『急にテンション下げるな、中村』

『んお? 尾形、やっぱり躊躇してるか?』

『黙っちゃったな』

 

 

「な…なによ!? 好きな格好、させればいいでしょ!? 何!? 脱げばいいの!? 脱ぎゃいいんでしょ!?」

 

「…本来なら、罰ゲームでやらせる事じゃないのだけどな」

 

「何!? バニーガールの事!? メイド!?」

 

「少々、危険だけど…」

 

「危険!? はっ! アンタの事ですからぁ!? 無駄に露出の高い、ナースとか水着とかかしらねぇ!?」

 

 

 ……

 

 

「…………チガイマス」

 

 

『あ、一瞬迷ったな』

『目を逸らしたしな』

『しかし、逸見選手…もうダメだな』

『完全に泣いちゃったな。うん』

『……』

『……』

『…下手な事言うと、尾形がキレそうだから、やめておこう』

『そうだな』

 

 

 

「…エリカ」

 

「だから、なによ!!」

 

「エキシビジョンが、始まる前に…一度」

 

「うぅぅ!? 」

 

 

 

 

「みほと、デートしてこい」

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

『な…なんでしょう? 中村さん』

『…これは、流石に俺にも分からんぞ?』

『なんで…え? デート? 西住さんと、逸見選手が? え?』

『完全に真顔になってしまいましたね…逸見選手…。腕組んで、そっぽ向いてる…。西住さんは、いつもと違ってオロオロしてねぇし…』

『………』

『ちょっと不貞腐れた顔してるなぁ…珍しい。西住選手は、何故か嬉しそうだし…』

『デート………これは、ひょっとして…アレか?』

『ん? なんだ?』

 

『 百 合 展 開 』

 

『はぁぁぁい!! 続いては、我らが学園の生徒会長!!!』

『聞け』

 

「はいさぁ!!」

 

『細いツイテを武器にして、やって来ました、やって来た! 今、着席のと……き……って、小山先輩?』

『いやな? だから、聞いて?』

 

「会長、今…事務の方からですが…」

 

「んあ? なに?」

 

「会長にお客様がみえられているらしくて、至急来て欲しいそうです。ですから、会長の番は中止です」

 

「お客様? 今!? …後、小山。最後…」

 

「他の学校の方が、いらっしゃっている様で…ですから、会長の番は取りやめです」

 

「いや…ちょっと待ってもら…」

 

「ダメです。至急と言ったじゃないですか。行って来て下さい。…ですから、会長の番は、未定です」

 

「いやいや! 私じゃなくても…あぁ! んじゃ、小山。私の代わりに行ってき「  嫌です  」」

 

 

『『 …… 』』

 

 

「桃ちゃん」

 

「!?」

 

「…これは、お仕事なの。会長、連れて行って。なにか、イベントの関係らしくて…」

 

「いや…あの……」

 

 

「  ハ ヤ ク  」

 

 

「…ハイ」

 

「か~しま!? 小山!?」

 

「ソウソウ…持ち上げれば、運べるから…」

 

「 」

 

「会長…諦めてください…分かりますよね」

 

「こ…小山が裏切ったぁ…」

 

「人聞きの悪い事を言わないでください! お仕事です!!」

 

「んなら、小山も!「 有休使います 」」

 

「んなもん、無いよ!!」

 

「使います」

 

「だから、無いよ!! そもそも、学校!?」

 

「マジノ女学院の方です。どうやら、隊長自らお出で下さっていますので、学校の代表が直接会わないのは失礼ですよ?」

 

「!」

 

 

『…林田さん』

『えぇ、中村さん』

『一瞬、尾形の肩が跳ね上がったな…』

『…あいつ、どんだけ外に知り合い居るんだよ』

 

 

「…マジノ女学院? 大会前に、練習試合した?」

 

「そうです。しかも…」

 

「しかも?」

 

「…真っ先に、隆史君の名前を出したそうです」

 

 

 

《 ……………… 》

 

 

 

『はい、かくてーい』

『死刑もかくてーい』

 

「分かった。ちょっと行ってくる…」

 

「はいっ♪ お仕事お願いします!」

 

「行ってくるね……たかぁしちゃぁん?」

 

「……イッテラッサイ」

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

「まだ、いましたね…ダージリン様」

「他校にまで来て、そこの代表ではなくて、個人名を先に出した……何の御用か知りませんが…ま。そういう事でしょう」

「…おっきい人でしょうか…」

「……ソコ?」

「そういえば、先程からアッサム様が大人しい…」

 

 

「姐さん。マジノ女学院って…」

「大会の一回戦の対戦相手だったな」

「……」

「カルパッチョ?」

「…隊長……確か…」

「……」

「…アンチョビ姐さん」

「うん、最近カルパッチョが、遠い国の人に思えてきた…」

 

 

「み…みほ」

「…なに? 隆史君」

「会長が、大会前の練習試合って言ってたけど…俺…ソレ知らない…」

「……」

「はぁ…。マジノ女学院の方々とね? 全国大会が始まる前に、一度練習試合をしてるの。…ダージリンさん達の負けてた後にね」

「いや、本当に知らないや…何時? 」

 

「…隆史君は、例の如く!!! お母さんの所に、行っちゃってた時だよ!!」

 

「 」

 

 

『中村さん。そろそろ避難しておきましょうか?』

『良いですねぇ、林田さん。判断が素晴らしく早いです』

 

 

「…そういば、隆史が一度、大会前に実家に来ていたな。随分とお母様が嬉しそうだったが…」

「何時の…え……?」

「…隆史君の青森での事、夜通し聞いた日、覚えてる? …次の日から、開会式まで2.3日出かけちゃったよね?」

「青森…。あぁ!! みぽりんが、女豹のポ 痛ぁぁぁ!!!」

「もうっ!」

 

『…ここまでは、ただイチャついているだけにしか、見えませんねぇ』

『大丈夫ですよ、林田さん。尾形選手は、俺らの期待を裏切りません!!』

 

 

「えっとね? 隆史君。西住さんと会長と話して、内緒にしようって事になっていたの」

「ゆ…柚子先輩? …なんでまた」

 

『はぁぁい!! ここで、各学校から一斉の溜息!!』

『全員が全員、納得の顔です!!』

 

「な…なに!?」

 

 

「…タラシ様だからじゃないですか?」

「オペ子さん!?」

 

「タラシさんでしょう?」

「……」ダー

 

「タラシだしね!!」

「……」ケーネエサン

 

「タラーシャ…やっぱり、しっくり来ない…」

「無理に合わせるな、カチューシャ…」

 

「タラシさんですしね」

「……」ノンナサーン

 

「タラシ君だし…」

「オイ…カノジョ…」

 

「タラシらしいしな!!!」

「まぽりーん…」

 

 

 

「はぁ…だから、隆史でいいだろうに…」

 

 

「チヨミン!!!!!」

 

 

「わっ! わっ!! 席を立つな!! 髪で遊ぶな!!!」

 

 

《 …… 》

 

 

「卑怯者!? だから、なんでぇ!?」

 

 

『中村…大人しいと思ったら…。いつの間にか、ケイ姐さんが帰還してますね』

『……』

 

 

「ベコ殿!!」

「西さん!?」

「僭越ながら!! ベコ殿は、タラシ殿なんですか!?」

「あの…西さん、無理に空気読まなくていいです…意味わからず言ってるでしょ!?」

 

「……で? なんで、隆史君は…エクレールさんを知っているの?」

 

「ぐっ…か…彼女は、優花里と同じで…」

 

「優花里さんと?」

 

「ネット上だけの知り合いだったんだけど…決勝戦会場で、探索中に初めて顔を合わせたんだ」

 

「ネット上…決勝戦会場…」

 

「彼女とは、どうにも馬が合ってね…簡単に言うと…」

 

「言うと?」

 

「彼女とは…胃痛仲間です。すごいぞ彼女! 胃薬常備してるし、胃薬のみだけど、知識量が半端じゃない!!!」

 

「胃痛って…なんで、そこは嬉しそうなの?」

 

「あと…」

 

「まだ何かあるの?」

 

 

「彼女は…………しほさんの大ファン」

 

 

《 ………… 》

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

『はい! そんな訳で、会長は棄権となりました!!』

『長いインターバルでしたねッ!!』

『…やめよう…もう、考えるの…』

『そうだな…うん。尾形、お前いい加減にしろ』

 

『はぁぁい!! 気を取り直して行ってみましょう!!!』

 

『よし!! ではっ!! 次の挑戦者!!!』

 

『対プラウダ用、決戦兵器!! 大洗学園きっての核弾頭!!』

『我ら副会長!! 小山選手の入場です!!!』

 

 

「やっと私の番だね!」

 

「げ…元気いいっすね…」

 

「あ、そういえば、隆史君にもお客様来てるよ?」

 

「は? 俺に? …あのハゲかな……んじゃ、ちょっと行ってきますね」

 

「ん? いいよ別に。待ってもらってるから」

 

「…え」

 

 

 

「 待 っ て も ら っ て る か ら 」

 

 

 

《 …… 》

 

「わ…分かりました」

 

 

『うむ! 学習してるな、尾形!!』

『…小山先輩に逆らうのは、やめたみたいだ…』

『では! これがラストですけねっ!?』

『そうですね!! 余計な事がなければ、これで終わりです!!』

『はぁい!! では、小山先輩のお願い!!』

 

 

 

『 お 姉 ち ゃ ん と 呼 ん で 』

 

 

 

「 」

 

『……』

 

《……》

 

 

 

『 そ し て 甘 え て 』

 

 

 

「くれてもいいのよ? 遠慮しないで!!」

 

「………あの…柚子先輩?」

 

「……」

 

『2段構え…。小山先輩…意味が分かりません…』

『良くわからないのですが、試合直前で、お願い事を変更してきました…ケイ選手が、涼しい顔をしています!! 目だけ笑ってねぇ!!!』

『いや…甘えるって…どうやって…。まぁ? 小山先輩なら、余裕でできそうだけどな! 赤ちゃんプ『 だから、ブレーキ。林田 』

 

「ぬ……ん?」

 

「うふふ…」

 

『尾形選手、小山先輩のお願いが、マジで意味が分からない…欲が有るのか無いのか…そんな顔です』

『欲だらけだと、俺は察する』

『俺からすれば、羨ましいだけだけどな!!』

『はぁぁい!! では、試合開始ですぅ!! 小山選手のターン!!』

 

 

「んん~。やっぱり、いざ言うとなると、ちょっと恥ずかしいよね?」

 

「俺は、散々言わされてきましたが…」

 

「えっと…隆史君は、「無になる」って、言っていたっけ?」

 

「ソウデスネ。大体…言った後で、すげぇ嫌な顔されると思って、言ってました!!」

 

「…それはもはや、鈍感とかの問題じゃ無いと思うよ」

 

 

『小山先輩…会話は良いのですが…時間…』

 

 

「あっ! ごめんなさい! では…」

 

「……」

 

「…ん? いけないっ! 靴紐解けてる…ちょっと先に結んでおくね」

 

「え…あぁ、は……いっ!?」

 

 

《 ……………… 》

 

 

『はい、靴紐が解けていましたので、彼女は結ぶ為に、座ったまま前屈みになりましたねぇ』

『はい、尾形選手、顔ごと背けましたねぇ…真っ赤になってますが、これは無効です。裏山死ね』

『彼女が、こういう手を使うとは思いもしませんでした』

『はい、真正面にいるのに、普通に前に屈みましたね。えぇ顔は背けましたが、まぁ見るでしょう。横目ですげぇ見てますねぇ。男らしくない!! 男なら男らしくガン見しろ!!』

『ヤケクソですねぇ、林田さん』

 

 

《 ………… 》

 

 

『その体制から、すっごい、上目使いで尾形選手を見ています』

『あれは、破壊力ありそうですね裏山死ね』

『しかし、ここで問題発生!!』

『はい!! そうですね!!』

『靴紐と仰言いましたね!!』

『はい! 靴紐です!!』

 

『しかし、私達の学校指定の靴は、ローファーです!!』

 

 

「あ、そうだったね。うっかり」

 

 

《 ………… 》

 

 

『 あ ざ と い ! 』

 

『ふっるい作戦ですが、男は基本的に馬鹿です!! すっごい有効な手段!!』

『えへへ~と、笑っている小山先輩が、カワイイ!! 揺れる!! が、これも愛してるゲームに関係がないので無効!!!』

 

 

「分かってやってる分…タチが悪いです…不潔デス」

 

 

『…オレンジペコ選手。急に黒くなりましたねぇ…疲れないのでしょうか?』

『しかし…小山先輩、こんな事する人だったかなぁ…』

 

 

「あ、時間が無いかぁ…急がないとね!」

 

「あ……はい…」

 

「では……はぁ……ふぅ…」

 

 

『小山選手、精神統一の為でしょうか!? 深呼吸を繰り返しております!! がぁ!!!』

『…あの人、ただの深呼吸が、なんであそこまでエロいの?』

『深呼吸する度に、揺れる…』

 

 

 

「 隆史君 」

 

「…あ、はい」

 

「……」

 

「!!??」

 

 

『髪を解いた!!??』

『うわぁぁ…』

 

 

 

「私は、貴方を…す……違った」

 

「!!??」

 

 

 

「私は、貴方を………愛してます♪」

 

 

 

『はにかんで言ったぁぁ!!! 小首傾げて言ったぁぁ!!』

『この人、どんどん、あざとい手段!! どこで覚えたのか!! 素直にカワイイ!! 年上だけど、可愛い!!』

『髪を解く辺り、特にそう思いました!!』

『あれは、一種の変身です!!』

 

 

「……っっ!!!」

 

 

『尾形選手が、ダウーン!!』

『机に肘をつき、頭を抑えたぁぁ!! 真っ赤です!! きめぇぇぇ!!』

『これは有効打撃!! こいつ、負ける時はアッサリ負けやがって!!』

 

 

「あら…勝っちゃった…」

 

 

『何故か残念そう! 小山選手!!』

『尾形選手のターンが、ないからでしょうか!?』

 

 

「ぐっ…ず…ずるい…」

 

 

『髪を解く所でしょうが、ずるい? どの口が、言うのでしょうか!?』

『はぁぁい!! 勝負ありです!!』

 

『んな訳でっ!! 小山選手の勝利!!!』

 

 

「まぁいいか…。じゃあ隆史君」

 

「」ビクッ!

 

「みんなの前じゃ、アレでしょうし…今度、約束通り…後日でいいから、しっかりと…呼んでね?」

 

「………………ハイ」

 

「甘えてねぇ?」

 

「……いや、それは……」

 

「アマエテネ?」

 

「……ハイ」

 

 

『……なぁ中村』

『分かってる…。尾形を気遣うのと同時に、二人で会う約束を取り付けたな…』

『…女って変わるんだな』

『打算的な女になったみたいな言い方、してやるな…怖いけど』

 

「ウフフ…」

 

『ケイ選手が笑ってる…』

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

『はいっ!! 愛してるゲーム! 全ての参加者が終了しました!』

『意外にも勝者は二人!! お姉ちゃんズですね!! ケイさんが、非常に嬉しそうです!!!』

『では尾形選手! 感想をどうぞ!!』

 

 

「オマエラ……オボエトケヨ」

 

 

『はぁぁい!! お楽しみ頂けたようです!!』

『満身創痍ですね!! ざまぁみろ!!』

 

『では、西住 みほ選手へのインタビューです!! どうでしたか、このゲーム!!!』

 

 

《 ……………… 》

 

 

『すげぇな、林田…よく彼女に聞けるな…。他の選手がドン引きしてるぞ…。お前、そんなんだから……』

 

『いや、敢えて聞いてやれよ。ここまで自分の彼氏が、他の女にポンポン「愛してる」なんて言ってるの、見させられたんだぞ? ゲームだって割り切らせてやらねぇと、可哀想だろ』

 

『……ハ?』

 

『怒るにしろなんにしろ、ケイ選手の時もそうだけど…区切りをつけてやらねぇと、何時までも引きずるぞ?』

 

 

《 !? 》

 

 

『なぁ、林田?』

『なによ』

 

『 お前は、尾形と同類だ 』

 

『失礼な奴だなっ!! お前は!!』

『お前、普段からそのキャラでいろよ。多分、彼女くらい作れるぞ?』

『なんでっ!?』

『はぁ…まったく…では、愛してるゲームこれにて終了だな。尾形、お前いつまで席に座って…る……』

『…………』

『尾形…いや、尾形選手!! 顔が、真っ青です』

 

 

 

「   」

 

 

 

「随分と、面白い事をしていらっしゃいましたね? はしたないです、ずりぃいです!!」

「ずりぃいって…五十鈴殿…。色々とツッコミは、しませんよ!?」

 

「あの…いつからそこに…いらっしゃったのでしょう? お二人共…」

 

 

「アマエテネ? からですね」

「アマエテネ? からです!」

 

「 」

 

「師匠!!!」

「あら、オレンジペコさん。師匠はやめて下さいね?」

「ペコ!? 師匠!?」

「だから、私はツッコミませんよ?」

 

「…なんでいらっしゃるのでしょう、お二人様」

 

「あ、タラシ殿! クリスちゃん、連れてきちゃダメでしょう!? …尻尾振ってますけど」

 

「あの…聞いて?」

 

「私は会長に頼まれていた事がありましたし…五十鈴殿は、午前中に用事は済みましたけど、お客様が見えるという事で、学校へ残っていただけですよ?」

 

「……」

 

「……華さんの顔見て、誰か分かった…あの、親父殿か…」

 

「なんか…まぁ、現状のタラシ殿のお家……って事で、お分かりになりますよね? 親なら、当然かと思いますが…」

 

「そ…それで、渋々残っていた…と…」

 

「…また、余計な事をされては、堪りませんからね」

 

「華さん…」

 

「で。向かっている最中にコレですよ。外まで聞こえますよ?」

 

「  」

 

 

『ここで、我らがクラスメートの秋山選手!! そして、駆逐戦艦・五十鈴選手が乱入!!』

『林田!? 急になんだ!?』

『んな、家庭の事情はどうでもよろしい!! 新たな参加者が現れましたっ! ていうか、参加しましょう!?』

 

 

「あら、いいのですか?」

 

 

『はぁい!! もうとことん、やりましょう!! 尾形は色々と、痛い目を見ろ!!!』

『…いや、いいけど……。まぁ…うん……よし!! では、お二人共、こちらへ一度来てください! ルールを説明します!!』

 

「わぁい!」

「わぁい! じゃ、ないですよ…。五十鈴殿、お父上殿がお見えになっているって…」

 

「私の父は、遠い国で他界しております」

 

「…ハナサン」

「いえ…まぁ、私は構いませんが…。そのお父上殿が、会長とお話になるんですよね?」

 

「……」

 

「あ・の…会長と…。今、他の方とお話されているみたいですが…いいんですか? 会長とお会いする前に、釘を刺しておかなくて…」

 

「…………」

 

 

『…五十鈴さんの目がヤベェ』

『尾形なんて、完全に外見てるなぁ…哀愁が漂ってくる程…』

 

 

「…分かりました。非常に口惜しいですが…あぁ…本当にあの元・父。邪魔しかしない…」

 

「ワー…」

 

「では、即アレの……を、止めてきます」

 

「何をですか!?」

 

「では、優花里さん。後で感想、お聞かせて下さいね?」

 

「…え。えぇ!? 私!? 参加しませんよ!! こんなゲー…「みほさん」」

 

「はい!?」

 

「沙織さん、食材買いに戻りましたけど、後でご相談があるそうです」

 

「食材…あぁ! はい、分かりました」

 

「ではぁ……」

 

「五十鈴殿ぉ!?」

 

『秋山さんに…有無を言わさず出て行ったな…』

『…相変わらず、嵐の様なお人だ』

『そういや残り二人がいないな』

『そういえば…あぁ、はい。では、秋山さん。おこしやすぅ』

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

『はぁぁい!! そんな訳で、番外編!!!』

『我らがクラスメ──トォ!! …秋山さんです』

『急にテンション下げるな』

『いや…やりずれぇ…』

『散々、渋っていた割に、なんでもお願いって所で、参加を即決めたな』

 

 

「…タラシ殿。こんなゲームして…何考えてるんですか。まぁどうせ、会長の仕業でしょうが」

 

「察して頂いて、ありがとうございます…」

 

 

『えっと…彼女の、尾形選手へのお願いは…』

『書いてないな…。自分で言うのでしょうね!!』

 

 

「そういや、沙織さんとマコニ…麻子は?」

 

「武部殿達なら、クリスちゃんのご飯開発の為に、食材を買いに行きましたよ?」

 

「あぁ…みほ言い出した奴か」

 

「ドックフードだけじゃ、味気ないですからね!」

 

「なる程、それで後で、みほと相談か…ありがたいな」

 

 

『あの…そろそろ…』

『今は、日常会話は、やめてください』

『お願いを発表して、試合開始してください』

 

「あ、はい。というか…中村クンと林田クンは…夏休みに一体、何をしているんですか…」

 

『…クラスメートとしての発言は、極力控えてください!!』

『折れそうです!! 心が折れそうになりますから!!』

 

「はぁ…まぁ、いいですけど…三人共、女子達の間で、良い噂を聞きませんから、変な事しないで下さいよ?」

 

「えっ!? 俺も!?」

 

「悲しくなりますが、私…仲の良い方、余りいませんが…。それでも、女子同士の会話と言うか噂って、どうしても耳に入ってくるんです。この前の登校日の日にも、散々聞きましたし…」

 

 

『『「 ………… 」』』

 

 

「な…何を?」

 

『馬鹿、尾形! 女子同士の噂を聞くな!! 立ち直れなくなるぞ!?』

『開始!!! 試合を開始して下さい!!!』

 

「取り敢えず、タラシ殿は…どうも例の島田流との事が、一般に流れたらしく………あのガタイで、ロリコン」

 

「  」

 

「中村クンは…なんていうか……戦車道決勝戦会場で、女性を侍らせていたとか…」

 

『してない!! マジでして…あああぁぁ!!! 大洗のテントでの事かっ!? ここにいる人達の事じゃないか!! 尾形の関係者だろ!? 意味が違う!!』

 

「林田クンは………………。はい! 強く生きてください!!」

 

『何!? なんなの!?』

 

 

 

『『「 ………… 」』』

 

 

「一般の方は、詳細なんて分かりませんからねぇ…えっと。では、いいですか?」

 

 

『はい…結構でございます…』

『お願いを、どうぞ…』

 

「はい! …それでは…って、隆史殿! 聞いていますか!?」

 

「  っは!!」

 

「ちゃんと聞いてくださいよ!? 私が勝ったら…ですねぇ…」

 

「意識が飛んでた…なに?」

 

 

 

「 消して下さい 」

 

 

 

「…はい?」

 

「 消して下さい! 」

 

「…えっと…何を?」

 

「態々、遠まわしに言っているのですけど? はっきり言いますか? この方達の前で」

 

「……」

 

「隆史殿のレート倍率は、こちらのお願いに対しての倍率。なら、負けたとしても、大した事ないでしょう! ダメ元です!!」

 

 

『…お前、クラスメートに何したんだよ』

『どうせ、如何わし…………なんだ!? 尾形が一瞬で臨戦態勢に入った!?』

『何の事か分かったんだろ』

 

 

「なっ!? なんで、そんなに気合入れてるんですか!!」

 

「優花里…。君は、自分を過小評価しすぎだ」

 

「なっ!? えっ!?」

 

 

 

「………本気で行く」

 

 

 

『尾形選手!! 目がマジです!!』

『これは楽しみになってきましたぁ!!』

『ではっ!!! 秋山さんのターン!!』

 

「……」

 

「……」

 

「……あ…」

 

「……」

 

「あい……あ……あああああいいいっ!!??」

 

「……」

 

「なっ!? えっ!! はず…これは、恥ずかしいです!! ただ言うだけだと思ったのに!!」

 

「……」

 

「まぅぅぅ……まっすぐ見ないでください!! あっち向いて!!」

 

 

『尾形選手、マジで容赦しないようです!! 先程も使った手を駆使しています!!』

『しかし、秋山選手!! 考えが足りなさすぎです!! 自分が言うというリスクがスッポリ抜けていた模様!!』

 

 

「ふっ…ふー!!! 私も覚悟を決めたはず…よ……よし!!」

 

「……」ジー

 

「隆史殿!!」

 

「……ハイ」

 

 

『おぉ!! 行くか!? 思いの他、早く動いたっ!!』

『なんでしょう、中村さん!! クラスメートが、真っ赤になって涙目です!! なに、この背徳感!!』

『それは、言っちゃダメでしょう!! 私も我慢していたのに!!!』

 

 

「愛してっ!!」

 

「……」

 

「まっ!!」

 

「……」

 

「す……ぅ……」

 

「……」

 

「……ぅ……ぅうううあぁうあうあ!!」

 

「……」

 

「ダメですっ!! やっぱり、恥ずかしいです!! 皆さん、よくコレ言えましたね!!」

 

「……」

 

「なんでまだ、見てるんですかぁ!?」

 

 

『はぁぁい、秋山選手。頭を両手で掴み、振り回しておりますカワユス』

『完全に、墓穴を掘った結果になりましたねぇカワユス』

『はぁぁい、彼女がここに来た意味、あったのでしょうか?』

『ただ、犠牲者が増えただけに思えますねぇ』

『罰ゲーム…あいつ何にする気だろう…』

『お願いの意味が、俺達には分かりかねるから、予想もつかねぇな』

『あ、忘れてた。はいはい、尾形選手の攻撃です』

 

 

「なっ!! なんで、終わった気になってるんですか!!」

 

 

『…フッ』

『…フッ』

《 ……ハァ 》

 

「なんですか、その同情したような目は!! っていうか、皆さんもぉ!?」

 

「…優花里」

 

「ひゃい!?」

 

 

 

「 優花里 」

 

 

「 」

 

《 !!?? 》

 

 

 

『…尾形選手。本気で秋山選手を潰しにかかってる…』

『なんだ、あの声…』

 

 

「な…なんで呼び直し…それより、その声やめて下さい!!」

 

「 俺は、秋山 優花里を… 」

 

「 」

 

「 愛してます 」

 

 

「   」

 

 

 

 

『はぁい、勝負ありぃ。つか…あれ、秋山さん大丈夫か?』

『信じられない程、赤い顔してるけど…』

 

 

「はわっ! あぁわぁぁぁぁ!!!」

 

 

『あーあ…髪の毛、ガシガシしちゃってまぁ…』

『まぁ分かってはいたけど……はいっ!! では、尾形選手の勝利です!!』

『では、時間もないので、罰ゲームをどうぞ!!!』

 

 

「そうだなぁ…そんじゃ、優花里」

 

「ひゃぁぁぁぁああ!!!」

 

「あの…優花里さん?」

 

「ずるいです、隆史殿!!」

 

「…え…何が?」

 

「前回もそうでしたが、なんで私の時だけ、その声出すんですか!!?? 他の方の時、出してませんよね!?」

 

「 優花里 」

 

「!!??」

 

「これ?」

 

「そ…そうです!!」

 

「あぁ、これは優花里専用。だから他の人には使ってないな」

 

「 はい!? 」

 

《 !!?? 》

 

「ちなみに、みほ専用も有るな。笑われそうだから、使わないけど」

 

「隆史君!! つ…使って!!! 今度、使って!!」

 

「え…。あぁ良いけど…」

 

「やったぁ!!」

 

 

『……アイツ…馬鹿だろ。だから、なんでそういう事を全員の前で言うんだよ…』

『嫉妬という名の怨念が…拡がってゆく…。特に黒森峰がヤベェ…』

 

 

「んじゃ、優花里」

 

「んですかぁ? もう…」

 

「今度は、Xね?」

 

「…………は?」

 

「前回が、びぃくとりぃだったから、今度は、えっっっくすね? サテライトだよ?」

 

「な…え……」

 

「ええっとねぇ…こういうの」

 

『尾形選手…携帯を取り出して、秋山選手に見せ「  っっった、紐じゃないですかぁ!!!!!     」』

 

『『 …… 』』

 

「ちがいますぅ。れっきとした…「ここにいる、全員に言いますよ!?」」

 

「あ…ダメだ……被害者が増えますぅぅぅ…」

 

 

ダージリンは、約束守るぞ?

 

 

「…だ……から……その声ぇぇ…って、えぇ!? ダージリン殿!!??」

 

 

 

 

「はい、けって──い」

 

 

 

「なぁぁぁ!!??」

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

『はい、ではプチ女子会で~す。私達は、少し休憩デース…』

『はぁぁぁ…マジで疲れた…』

 

 

「ダージリン殿!! というか、皆さん!! あのタラシ殿に、何を言われたんですか!?」

「え…何を…って、水着を着て欲しいと言われましたが?」

 

「  」

 

「私は…というか、私達はバニーガール…らしいな」

「私も…」

 

「西住殿も!?」

 

「そうですわね。確かに水着と言われましたが、少し大胆な……まぁ、頑張ったのでしょう? 私にビキニ水着を指定してきました」

 

「 ビ キ ニ !!?? 」

 

「何を驚いて…。少々露出が有りますが…まぁいいでしょう。頑張りますわ」

「私はメイドです!! …あれ? アッサム様がいない…」

 

「ふむ…ダージリンもそうだが…まぁ、隆史の事だ。本気で着させる様な事は、しないだろう」

「ふふ…すぐにドキマギしますからね。そもそも、水着は兎も角、バニーガールなんて衣裳…簡単に用意できる物では無いでしょうし…」

「そうだな。私はカードの撮影の時と言われたが…まぁ、場所も限られるだろうし…」

 

 

 

「 甘いです!!! 」

 

 

 

「やると言ったら、やりますよ、あの男!!!」

「優花里さん!?」

「どこに依頼するか、分かりませんが!! 衣裳! 場所! 機材!! 全て揃えて、万全の態勢で、やりやがりますよ!!??」

「なんか、格好良さげに言ってるけど…ロクな事じゃないよね…」

 

 

《 …… 》

 

 

「彼女の西住殿!! よく考えてください!! アレは!! タラシ殿ですよ!?」

 

「 ………… 」

 

「しかも!! それプラス、飲酒なんてされたら、本当に……それにダージリン殿!!!」

「な…何かしら?」

「ビキニ水着と仰言いましたね…。どんな水着か見せてもらいましたか!?」

「いえ…。罰ゲーム決定としか…」

 

「………お可哀想に」

 

「!!??」

 

「 ユ カ リ 」

 

「!!!」

 

「被写体…増やそうか?」

 

「ぐっっっ!!!」

 

 

《 …… 》

 

 

 

 

『え…あ、はい。それは結構ですが…』

『マジですか? あの惨状見て、まだやりますか?』

『…まぁ…いいですが…では、皆さん呼びましょうか』

 

『 はい、皆さん!!! 』

 

 

 

「…っっ! びっくりしましたわ…」

 

「オブ…司会者の方! 突然、大きな声を出さないでくださ…………アッサム様!?」

 

「……」

 

 

『 またまた、乱入者!! 新たな挑戦者です!! 』

『 もう一度、皆さん! 観客席に戻ってください!! 』

『 おぅら、尾形選手。死刑台へ上がれ 』

 

「…オマエラ……」

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

『これが最後!! 本当のラストバトル!!! 時間がない!! もう帰りたい!!!』

『はぁぁぁい!! 最後の元気を振り絞って行きますよぉぉ!!』

 

『もはや、何を着ても、バニガッ!! ウサ耳装備のお嬢様!! アッサム選手!!!』

 

「ふふ…やっと、データが揃いました」

 

「…アッサム様…随分と静かだと思ったら…」

 

「虎視眈々と…」

 

「当たり前です。こういった事は、最初か最後。どちらかの一番が、それこそ一番有利なのです」

 

「では、アッサム。貴女には、勝算があるとでも言うのかしら?」

 

「…今までの対戦相手で、隆史さんの出方は全て把握しました。ダージリン? オレンジペコ? 貴女達もよ?」

 

 

「「…………」」

 

 

「それに勝算? そんなもの…決まってましてよ?」

 

 

 

『では、アッサム選手!! 入場という名の着席をお願いします!!』

 

 

「はい、分かりました…。まず司会者さん」

 

 

『はい? なんでしょうか?』

『後攻にします? また…』

 

 

「いえ…ただの確認です。これで…私で本当に、最後ですね?」

 

 

『はい! もう、次の乱入者は、会長でも認めません!!』

『ただ、切実に思っております!! 帰りたい!! と!!!』

 

 

「…結構。では、始めましょう」

 

 

『では、お願いを発表してください!!』

『…昔の事もあるし…何を言うのだろう?』

 

 

「隆史さん」

 

「…はい」

 

「例のカード衣裳選考時の盗撮…その事を踏まえてお聞きします」

 

「…ぬ?」

 

「西住 みほさん。…交際(仮)を、していらっしゃいますが…どうにも隆史さんは、彼女とプラトニックな関係らしいですわね?」

 

「…………ソウデスネ」

 

『…中村さん。今、交際と言った後ろに、なにか漢字が見えたのですが…』

『そですね林田さん…。彼女もかぁ…堅実にハーレム構築してくなぁ…尾形』

『…もう尾形に嫉妬しねぇ…。ここまで来ると、執念じみてコワイ』

 

 

「では、私のお願いはこうです…隆史さん」

 

「は……はい!!??」

 

 

「 「西住 みほさん」と、()()()を、して下さる? 」

 

 

「なっ!!??」

 

 

《 !!?? 》

 

 

「プラトニック…そう仰言いましたよね? 手を繋ぐ…くらいでしょうか?」

 

「……ソ……ソッスネ…」

 

「手を繋ぐ!! その位でしたら、西住 みほさんも、お許しになって頂けるのでは?」

 

「   」

 

「では……始めましょう?」

 

「     」

 

 

「嘘がお嫌いな… 隆 史 さ ん ?」

 

「       」

 

 

『こ…これは、面白い事になったぁぁ!! 不利です!! 尾形選手!! 明らかに不利!!!』

『はぁぁい!! 尾形選手!! 顔が土気色になりました!!』

『では、アッサム選手の攻撃!!』

 

「では……んんっ!!」

 

「 」

 

「……」

 

「……」

 

「…な…なる程。これは…恥ずかしい…いざ言おうとしても、言葉が出てきませんわね…」

 

「……ふぅっ……」

 

 

『アッサム選手が、躊躇している間に、尾形選手! 調子を整えつつあります!!』

『ある意味で、これは絶対に負けられない戦いです!!』

『アッサム選手…試合開始前に、勝算がどうの言っておりましたが…どうでしょうか!?』

『…スマホを見て、なんかを確認していますね…』

 

 

「まぁ…こうですわね」

 

「………」

 

「隆史さん」

 

「……はい」

 

 

「私は……貴方を…愛して………も……もう一度行きます!!」

 

 

『失敗!!! しかし、まだ言い切ってない!! 無効!!』

『さぁ態勢を整えたアッサム選手…すでに顔が赤い!! このゲーム! 本来のルールなら、殆ど初手で決着がついてましたね…』

『まぁたスマホを操作!! 何かのデータを見ているのでしょうか!?』

『余り意味を成さない行為と思いますが…』

 

 

 

 

「わ…私は……貴方を、愛して……います?」

 

「……ん?」

 

 

『聞いたー!!?? 聞いちゃったぁ!!!』

『完全にミスですね!! アッサム選手のやっちまった感がすっごいです!!』

『誰かさんと同じです!! 別の意味で顔が真紅へ燃え上がっております!! 何あの人!! 年上だけど、かーいー!!』

 

 

「く…無様な…」

 

「……」

 

『しかし、言葉を言い切ってしまった為に、これは有効!』

『尾形選手!! 無傷!!』

『では、続いて尾形選手の攻撃です!!』

 

 

「ふぅっ……」

 

「あ、隆史さん」

 

「え…はい?」

 

「リクエスト良いですか?」

 

「リク……え?」

 

 

『なんか言い出しましたけど…』

『リクエスト? 何をでしょうか?』

 

 

「ダージリンや、オレンジペコの時の様に…名前を言って頂けます? カナラズ」

 

「え…えぇはい。構いませんが…」

 

「では、どうぞ♪」

 

「や…やりづらい…」

 

 

「……」

 

「…………」

 

 

 

「アッサム…さん。いや…」

 

「……」

 

 

「 アッサム 」

 

「!!」

 

 

 

「 お前を…愛してる 」

 

「──!!!」

 

 

『尾形選手!! お前呼ばわり!!』

『大打撃!! アッサム選手、のたうち回りそうです!! いやぁ…ここまで普段冷静な人が、取り乱すかぁ…』

『素直にすげぇと思えるな…尾形』

『我慢しているのでしょう!! 下唇を思いっきり噛んで、耐えてます!! がっ!! すでに顔が真っ赤!!』

 

『これは痛恨!! 勝負アリです!! 尾形選手の……』

 

 

 ピロリンッ♪

 

 

『……』

『……なに、今の電子音』

 

 

「っか!! はぁ──!! はぁ──ー!!!」

 

「あの…大丈夫ですか? アッサムさん…」

 

「た…隆史さんに呼び捨てられるのが、こんなに堪えるなんて…」

 

「あぁ…すいません」

 

「はぁー…はぁ……ダージリン。ずるい…。お前呼び…良かった…」

 

「…ずるいって…」

 

「まぁ、いいですわ。隆史さん、これからは呼び捨てて頂いて結構です。というか、さん付け禁止」

 

「えー…」

 

「お姉さんの言葉は聞きなさい」

 

「…はい」

 

 

『…一瞬、小山先輩が反応したな……』

『何を張り合って…というか、どこで張り合ってんだろ…』

 

 

「まぁ、大きな収穫がありましたし…満足です」

 

「収穫?」

 

「…えぇ…」

 

『…アッサム選手…先程から手元に置いてあるスマホを持ち上げま……分かった…アッサム選手の狙い…なる程…スゲェ』

『は?』

 

「後半の雑音は、編集で消しましょう…。再生っと…」

 

「は?」

 

 

『 アッサム オマエヲ…アイシテル 』

 

 

「  」

 

 

「はい、保存。あぁ…ネットに保存もしておきましょうねぇ」

 

「なぁ!? 消してくだ……優花里さん!? なんで睨むの!?」

 

「アッサム!!!」

「アッサム様!! ずるい!!!」

 

「姦しいわね、二人共? あぁ最初、ダージリンが言っていたわね…勝算だったかしら?」

 

「!?」

 

 

 

「 勝算なんて、あるわけ無いでしょ 」

 

 

「「 ………… 」」

 

 

「私が最後。えぇ最後よ? 誰も真似なんて出来ないでしょう?」

 

「アッサムゥゥ…」

「アッサム様…だから最後に…」

 

「全てはデータから導き出した作戦…無理に勝たなくとも、私は良かったのよ。ただ、真似されるのは癪ですからねぇ…」

 

「「 くぅっ!! 」」

 

 

『…全選手が、打ちひしがれてるな…でも、罰ゲームをするの前提の作戦だろ、アレ』

『…そうだな。だからこそだろ』

『は?』

『彼女のお願い…思い出してみろ…』

『………………あっ』

 

 

『な? 女って怖いだろ?』

 

 

「さっ。罰ゲームですわね? どうします? 隆史さん」

 

「 」

 

「ちゃぁぁんと、私は従います…よ?」

 

 

『彼女が初手で、勝ったとして…プラトニックしろ、そうでないにしろ…彼女には…』

『 』

『負けたら、負けたで…西住さんとの進行状況が周りにバレる。本当にプラトニックな関係ならば、そんな大きな罰ゲームなんて言われないと踏んだのだろうよ…』

 

『   』

 

『あぁ…西住さんが、すげぇ赤くなってる…』

 

 

 

「さっ! どうしますぅ? 隆史さん?」

 

「…………」

 

「バニー。着ます? それとも…」

 

「分かりました。んじゃ罰ゲーム」

 

「あら、結構お早い決断」

 

 

『はい、その罰ゲームの比重で、現彼じ……あ、すいません!! マジですいません!!! ずぅぅと、彼女の!! 西住さんとの進行具合が判明しますね!!!!』

『……』

『さぁ尾形!!! 吐け!!!!』

『簡潔に言ったなぁ…』

 

 

「アッサムさん」

 

「   ハ?   」

 

「ア…アッサム…」

 

「はい?♪」

 

 

『……』

『…あぁ、いい。続けろ尾形。ちょっとお前に同情し始めてるから…』

 

 

「はぁ……うん! アッサム!!」

 

「はい?」

 

「…過去の事…教えてくれ」

 

「…はい?」

 

「記憶が飛んだ……北海道での合同合宿…。その事を…というか、俺って何したんですか!?」

 

「…………チッ。はい。 わ か り ま し た ぁ」

 

 

『尾形選手!! うまく誤魔化したぁぁ!!』

『なる程!! これは、レートが分かり辛い!!! アッサム選手! 舌打ち!!』

 

 

「ま、それならば、二人きりの方がよろしいですわね」

 

「…え」

 

「人前で話す事では、ございません」

 

「   」

 

《 ………… 》

 

 

『『 …… 』』

 

 

『は…はぁぁぁぁい!!』

『これにて、全過程が終了しました!!! というか、終わらせて!!!』

 

 

「私は、この後でも構いませんが…ただ、二人きりの状況を作れるか…」

 

「なにしたの!? 俺、一体なにしたの!!??」

 

 

『終わりだって言ってんでしょ!!!』

『全員退室して下さい!! あっ尾形!!』

 

「……?」

 

『お前、客が来てるって言われてただろ!? そっちに行け!!』

 

「え……いや……」

 

『(逃げろっつってんだよ!! 理由が有るんだから行け!!!)』

「(お…おぉぉ!!!)」

 

 

『はぁぁい!! では!!!』

 

 

 

『愛してるゲーム!! これにて終了です!!! おつかれ────ーしたぁ!!!』

『後は各々、ホームで、やってくれ!!! 出ってください!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 地獄だった…。

 

 なんだったんだ、あのゲーム。

 

 先程とは打って変わり…人の気配が無い廊下を、一人で歩く。

 

 結構、来客の人を待たせてしまった…まったく。

 

 しかし、誰だろう…エクレールさんは、会長と面談してたみたいだし…それとは別…。

 戦車道連盟の関係者か? ハゲとは違うと言っていたし…。

 

 …。

 

『 元・お父様!! 余計な事をしないでください!! 』

『 いやいやいや!!! これは、お前の事を思ってだな… 』

『 冗談じゃありません!!! もういいから、ほっといてください!! 何処ぞの女性の所にでも転がりこんでいればよろしいでしょう!? 』

『 だからなっ!? そういった… 』

『 いい加減になさらないと、ちょん切りますよ!? 』

『 何を!!?? 』

 

 

 たまたま通りがかった…だけだと信じたい…。

 来客が来ている部屋の隣…すげぇな…華さん。結構大きな声で…というか、夏休みで良かったね…廊下まで丸聞こえですよ…

 まぁ、親子の問題だ。俺が口を挟む……いや、挟んだ方が言いのだろうな…。

 多分、責任は俺にもあるのだろうし…。

 

 華さんのお母さんは、正直俺は苦手だ。

 ヒステリー気味で、感情的になりすぎる女性は、話しても基本無駄。

 あの親父様の方が、まだ話自体は聞いてくれるだろうよ…。

 

 ……。

 

 筋肉で会話をするの一種のコミュニケーションだ。

 

 華さんに言ったら、怒られたけどな…。

 

 ま、何時までもお客様を待たせるのも失礼だ…。

 先に俺の方を片付けようか…。

 

 3回程、見慣れた木製の扉をノックすると、即座に返事が帰ってきた。

 

「はい、どうぞ」

 

 …と。

 

 さてと…誰だ?

 

 ドアノブを掴み、捻り…開ける…。

 横からはまだ、華さんの元気の良い声が聞こえてくる…。

 来客に聞かれては無いだろうけど、バツが悪いなぁ…。

 

 扉を開け、すぐに入室すると、即座にドアを閉める。

 当たり前だ…響く声を聞かせたくない。

 

 入室したら、来客用のソファーに座っている人物が目に入った。

 そう、知らない人物だったから、特に気になった。

 

 どちら様…でしょうか?

 

「あぁ…すいませんね。お忙しいところ…」

 

 若い男だった。

 20代前半…くらいだろうか?

 

「尾形…隆史君…かな?」

 

 う…。

 

 男性用だろうが、キッツイ匂い。

 この男性自身は、香りと思っていそうだが……臭い。

 つけすぎだ…ホストじゃねぇんだぞ? 高校に来る類の人物に見えない。

 

 軽薄…第一印象はそんな感じ。

 

 見た目…整った顔立ち…手入れしているであろう、眉毛…がちょっと、気持ち悪い。

 まぁイケメンの部類に入るのだろうが…なんだろう。

 

 胡散臭い。

 

 営業マン。

 

 そんな感じの…マネキンの様な笑顔が印象的だった。

 政治家とかに、多数いそうな…。

 目玉を動かすな。全体を見ろ。

 

 

「こんにちは。はい、尾形です!」

 

 

 …警戒度を上げる。

 

 表情に出すな。

 態度に出すな。

 

 ただし…友好的な態度で…。

 

 見た…。

 

 何度も見た。

 

 何度も何度も何度も。

 

 

 以前に腐るほど見た。

 

 

 先ほどの死にたくなる様なゲーム、それを幸せだと感じろ。

 

 思い出せ。

 

 …思い出せ。

 

「どうも! 僕に何か、御用でしょうか?」

 

 

 冷静になれ。

 

 相手は…俺の全体を見ている。

 すでに警戒されている。

 それを感じろ…。

 

 その成金趣味の、やたらと豪華な服装…格好。

 目の奥で、明らかに俺を見下している。

 

「散々お待たせしてしまし、申し訳ありませんでした! えぇと、どちら様でしょうか?」

 

「あぁ! 名乗ってもいなかったね」

 

 白々しい…。

 

 典型的な…詐欺師。

 

 そんな感じだな。

 俺全体を見て、対応を変えようとでも思ったのか…目線でバレバレなんだよ…。

 舐める様に見やがって…。

 

「僕はね? といっても…まぁアレか…」

 

 いきなりだな。

 

 年上だから…といった、態度に変更してきた。

 

 敵対心を見せるな。

 ただの高校生として接しろ。

 馬鹿になれ。

 

「うん! そうだね! 名刺…でも良いけど、ちゃんと名乗ろうか!? 僕はね?」

 

 誰だ?

 そもそも、何でいきなり、ここまで思考が…。

 

 ここまでの警戒心を持った? 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は、西住 渉。…君の大好きな、西住流…その分家の人間だよ」

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

ある意味で、アッサムさんの一人勝ち

次回……過去編


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第13話 タ ス ケ テ

 悪臭に我慢。

 

 不快な声に我慢。

 

 濃すぎる香水の臭気に、鼻の息を止めて我慢はしている。

 …しているが、口呼吸でも、口を通して鼻の奥にその匂いが当たる。

 微かに感じるだけでも、凄まじく不快に感じる。

 

 この香水も多分、お高いのでしょうがね? 先程も思ったが、つけ過ぎだ。

 

 それに終始笑顔なこの男。

 一人でずっと喋り続けている。

 

 お客様と、柚子先輩に言われ…応接室に来たらコレだ…。

 先程までの地獄の様なゲームも終わり、安堵していたら、強制的に昔を思い出せる輩のご登場。

 応接室の合皮製のやっすいソファーに腰掛け…脚を組んで、偉そうに何かを口から吐いている。

 

 あぁ…言葉ですね。

 

 日本語ですねぇ、すごいですねぇ!!

 

 どうでも良い事をベラベラと…。

 

 …長いんだよ、自己紹介が。

 

 名前は、西住 歩 22歳。

 

 いくつかある、西住流分家で、その中の一つ。

 戦車道とは別に始めた商いで成功……ホテル経営? 分かった、分かった。

 はいはい、スゴイネェ。…年収はどうでもいいから、次に行ってくれ、七光り。

 …いやぁ…こりゃ、本気で何しに来たんだろう…この男。

 会話の端々で、俺の事を調べてきている事が伺えた。

 家柄とも、言ったなぁ…。

 島田家の名前は出さなかったが、それらしい事を漏らした。

 

 いやぁ…しっかし。

 本当に、いつまでこいつは、自分の事を喋っているんだ?

 

 人に対して、ここまでの不快感は、久しぶりだ。

 いや? 初対面では初めてじゃないだろうか?

 

 着ているスーツや、不快な香水もそうだが…こう言った人種と話した事が、まったく無かったわけじゃあない。

 逆に、ここまで分かりやすい自己顕示欲の塊の様な人、…慣れていたのになぁ。

 

 まぁ何となく、その不快感の正体は分かるけどな。

 

 もう少しさ…隠せよ。

 こう言った手合いは、誰に対してもこんな感じなんだろうが…露骨すぎるなぁ…。

 高校生相手にだろうが、なんだろうが…少なくとも俺とアンタは初対面だろうが。

 

 垣間見える、俺個人を明らかに見下した態度。

 

 俺とお前は違う。格が違う。

 身なりも違うし、家柄も違う。

 だから何でしょうか? って言ってやりたが、俺自身、今は相槌の返答をするだけのロボットと化している。

 

 接待対応…ひっさしぶりにやるなぁ…。

 

 ソウナンデスカ? スゴイデスネェ? ハァイ。

 

 …反吐が出そうだけど、この手の輩の意味のない会話は、適当に相手するのが一番だ。

 こいつの目的なんて知らないけど、楽しそうに自分の個人情報を教えてくれているんだ。

 役に立ちそうな情報だけを拾って、本題が始まるまでは、我慢しよう…はぁ……。

 

「…」

 

「ん? 聞いていたかい?」

 

 聞いてねぇよ。

 聞いてなかった為に誤魔化そう。

 機嫌を損ねると面倒臭そうだ。

 そもそも、聞いていたか? と、お問い合わせを頂きましたが、そんな言葉が出るって事は、やっぱりコレ。

 誰に対しても、こんな感じなのだろうな。

 

「…失礼、考え込んでいました」

 

「んんっ! そうだろうねぇ!」

 

 だから、何を楽しそうに…。

 さて…この男は一体何を言った?

 

「確認の為に、もう一度よろしいですか?」

 

 基本的に喋るのが好きなのだろう。

 嬉しそうに、同じ事を繰り返してくれた。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 は?

 

 

 

 

「そうそう、転校だよ、転校。栄転…と、言っても差し支えない」

 

 

 

 

 ナニヲ、イッテイルンダ?

 

 

「は…はは。なんの冗談ですか? 転校? 俺が!?」

 

 

 …そして聞いた内容だけど……何を言ってるんだろう、この男は。

 というか、その上…と、やらは。

 

 この男、どうやら文部省にもそれなりに顔が効くらしい。自称だけどな。

 たかが22歳程度の若造が、何を言っているんだろう。

 多分…知り合いが居るだけだろうな。

 

 こいつから感じるのは、自身が上に行きたい。

 自身を売り込みたい…そんな感情。

 

 そこはまぁ、否定はしない。別にそれ自身、悪い事ではないからな。

 

 言い換えれば、向上心。

 

 俺には無い物だね。

 

 だけどな…

 

 俺を利用しようとしているのが見え見えだ。

 

 

 で…だ。流石に分家とはいえ、西住流。

 戦車道の未来の為とか、曰わっているが…我欲の為だろうな。

 

 

 全国戦車道大会…大洗学園の優勝。

 

 無名校、素人集団…。

 圧倒的な戦力不足……。

 

 誰もがこの大会で、ただ消えていくだけだと、そう思っていたであろう、我が校。

 

 

 それが、まさかの優勝。

 

 まだ言ってんのか? とも思ったが、簡単に捨てておけない組織というのもあるのだろう。

 …というか、アンタらの西住流。その家元の家系が加担していると思うのが普通だろう?

 

「西住 みほ」では、無く……

 

「……」

 

 ペラペラと早口で、うまくまとまらない。

 

 ……整理しよう。

 

 つまり…

 

「他の学校に無く…俺達の学校にはあるモノ…。戦車道に関わる、男子生徒。それを他校でも取り入れたい…と?」

 

「そうそう! 試験的にだけどね!」

 

「いや…でも、数は少ないですが、その他校にもいますよね?」

 

「そうだね! でもね!? だからこそだよ!! 大洗なんて、無名校が、優勝した…いや、させた。と、いう実績があるだろう!?」

 

「実績って…俺には関係ないでしょう? ただの裏方ですよ? 実際に頑張ったのは彼女達だ」

 

「あるよ! 実際問題、君は非常に注目されているからね!! それは「君」自身にもプラスになる。将来、絶対に有利に働く武器にもなる!」

 

「……」

 

「うまくすれば、それが色んなモノに繋がっていく。まだ君は高校2年生…時間は、まだあるんだよ?」

 

 

 無えよ。

 

 

 来年受けるかどうか決めてないけど…普通なら受験の為に、その準備に入るんだろうが。

 その受験生相手に、何言ってるんだ、コイツ。

 戦車道会の為…と、チョコチョコ言ってはいるが…。

 

 …本当に何言ってんだ?

 

「それに…実は話を、少しずつだけどね? 進めておいてあげたよ?」

 

「…は?」

 

「だぁてぇ!! 断る理由なんてないだろう!? 君に取っても、メリットしかないしね!!」

 

「……はぁ!!??」

 

 そんな胡散臭い話なんて、デメリットしかないだろうが!

 

「来年度の試合で、優勝までいかなくとも…それなりに活躍さえさせれば、それで良いんだから!! いや! 試合に出場さえすれば、周りが勝手に称賛してくれるからさ!!」

 

「何言ってんですか、貴方!!」

 

「そうすれば、戦車道に関わる大学になら、どこにでも進めるだろうよ! 文部省からの推薦状まで付くんだし、就職先ですら安泰になるよ!?」

 

「なる訳ないでしょう…ただの高校生相手に。…それに俺、本人の意思は、無視して…「 何を言っているんだい!! 」」

 

「知り合いに官僚もいるのだけど、君をどうもエラく気に入っていてねぇ。その来年度に付くであろう「実績」さえ有れば、後は…どうとでもしてくれるそうだよ! 良かったね!!」

 

 よくねぇよ。

 俺の意見すら、無視すんじゃねぇよ。

 

 ぐっ…ダメだ…コイツ。

 

 完全に喋りながら、それが一番良いだろう? と、こちらの言う事を全く聞いてねぇ。

 良い提案!?  ふざけるな。

 こいつ、自分が良いと思う事が、他人にも良い事だと思ってでもいるのか!?

 

 その歳で!?

 

 しかも官僚!?

 そこまで、話が本当に流れているとしたら、本気か? この馬鹿。

 

 …おかしい。

 

 色々とおかしい。

 

 頭の悪い高校生相手に、豪華なエサをぶら下げて、それに食いつくのを、ただ楽しそうに眺めている。

 しかも、絶対に食いつくと思い込み、横着してさっさと次の工程に移っている…。

 

 なんだコイツ…。

 なまじ金と…力。…も、それなりにあるのだろう。

 …余計に、タチが悪い。

 

「だから…近い内に辞令が下ると思うよ!? 君、もはや一員の様なモノなんだろう!?」

 

「辞令!? なんの!? どこから!!?? 一員!?」

 

 もう、言っている事が滅茶苦茶だ。

 ただの高校生のガキに、何言ってんだよ。

 

「 日本戦車道連盟 」

 

「」

 

 あ…の、ハゲ……。

 

「だからもういいよね!? 話をこのまま進めちゃっても!」

 

 な…んなんだ…一体。

 こんな本人の意思を無視して、こんなやり方!

 

 

「冗談じゃない! 話にすらならない!! お断りしますよ! ふざけるな!!」

 

「え? 何が?」

 

「何を強引に…。法律に触れるんじゃないのか!? 未成年に対して…「 でも 」」

 

 あ?

 

 なんだ、この野郎…。

 ニヤニヤと、こちらの神経を逆撫でするかの様な…。

 そんな、いやらしい笑い方しやがって…。

 

「君の…転校先。その学校もすでに、決めてしまっているけど?」

 

 

 

 ……。

 

 

 

 …………。

 

 

 

「……………アンタ」

 

 

 これは…。

 

 

 初対面…しかも、こちらの事を一方的に調べて、この…。

 ただの善意じゃない。俺が転校する事で、この擬似ホスト野郎にメリットがあるのだろう。

 しかも、小金が入る程度じゃない。

 

 なにか…大きな…。

 

 西住流の…分家とか言ったな…。

 

 新しい生活…それも、とんでもない生活だけど…それをこんな野郎に、いきなり潰される謂れなんてない。

 

 彼女に、また頼ってしまうのは、申し訳ないが……手段なんて、もう選ばない。

 

 

 こいつ…ツブスカ

 

 

「ちなみにぃ。転校先の学校は…ベルウォール学園。女子高だよ! 良かったね!!」

 

 もういい…喋るな、黙ってろ。

 立ち上がり、見下ろしながら睨みつける。

 

「特別枠な為に、男の君でも転入可能。オファーを無差別に出していた、先方様にもすでに通達済み」

 

 

 通達済? 知るか。そんなもん、こっちから断ればいいだけの話だ。

 

 だから…そのニヤケた顔を…。

 

 

「 柚本 瞳さん 」

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 

「…なに?」

 

 聴き慣れた…いや、ひどく懐かしい名前に、体が反応してしまった。

 

 まぁ、つい先日…決勝戦の事を知らせて…久しぶりに顔を合わせたが…。

 

 だから違う…違うだろ。流石に同性同名……だ……ろ…。

 

「いやいや、何を驚いた顔をしているんだい? 柚本 瞳さん。…オファーを出していた張本人だよ。知っているだろう? 幼馴染みなんでしょ?」

 

「…………」

 

「彼女は知っているよ? 君 の 事 を 。 君 の 現 在 の 実 績 ま で 。丁寧に…教えて上げたからねぇ……… 僕 自 ら が 」

 

 一字一句。

 何かを強調するかの様に…。

 お前が? 何を…あいつに吹き込んだ?

 しかし、なんで、そこで自分を強調しているんだコイツは。

 

 

「…報告をする際、君の名前を出したら、ひどく喜んでね。こっちが嬉しくなってしまったくらいだよ!!」

 

 こいつの事は、もう知らん。無視だ無視。

 

 まぁいい…。

 

 瞳だったら、逆にやりやすい。

 

 

「嬉しそうに…本当に嬉しそうにねぇ…こう言ってたよ」

 

 

 みほと疎遠にならない為に、ちょこちょこ連絡も取っていた彼女だ。

 

 事情を説明して、丁寧に話せば、わかってくれ……

 

 

 

「 『 隆 史 君 が 、助 け て く れ る 』 って、ね? 」

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

「どうしたんだぁい? 手なんて握り締めて…。それに言ったじゃないか。これは君にメリットばかりの事だって」

 

 

 分かった…。

 

 この野郎……確信犯だ。

 

 じゃなければ、ここで…それこそ、鬼の首を取った様な…。

 

 相手を追い詰めたと、こんな勝ち誇った顔をしない。

 

 ニヤニヤと…

 

 

「現在、そのベルウォール学園は、戦車道自体はあるモノの、ある意味で…大洗学園より酷い惨状でね? …だからさ。君の出番って訳…良かったね」

 

 

 

 こ…こいつ…

 

 

 本気で…俺の事を、調べて……どうしてそこまで…ぐっ。

 

 

 

 

 

 

「だから…助けて上げなよ? 隆 史 く ぅ ん ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「…聞いていますか、隆史さん」

 

「っっ!? あ、すいません…」

 

 大洗の外れ…隆史さんの趣味ですか…。

 店内に入ると、小さくジャズが聞こえる。

 エアコンの風が頭に当たり、少しリボンが揺れました。

 …熱い路上を歩いてきたので、余計にその温度差を感じます。

 

「まったく…珍しく、私が褒めてあげましたのに…」

 

「いやいや。ちょっとボーと…ん? 褒めてくれたんですか?」

 

 私達、高校生には少し不釣り合いな、店内の雰囲気。

 個人経営でしょうね。

 …モダンで、落ち着いた雰囲気。

 

 そんな喫茶店。

 

 このお店の店長の趣味でしょうか?

 所々に、アジアンテイストの置物が設置されている。

 それでも、全体的にモダンな雰囲気な店に、よくマッチしている。

 …ナルホド、趣味が良いですね。

 

「もう言いません。聞き逃した隆史さんが、悪いのです」

 

「…ぅ」

 

「そもそも、私と二人きりだというのに…なんですか? 別の女性の事でも、お考えでしたか?」

 

「チ……チガイマス」

 

 しかし…何故でしょう?

 

 店の扉を開けて、入店した時…女性の店員の方が、隆史さんの顔を見た途端に、すっごい目をしてましたわね。

 なんでしょうか? その直後に、私の事を同情にも似た目で見てきたのは。

 

 ……。

 

 ま…まぁいいですけど…。

 

「さて…では、隆史さん。どちらに座りま「店の一番奥で!」」

 

 ……。

 

「では、こちらの外を見えやすい席に致しましょう」

 

「 」

 

 はい、外は良いお天気です。

 ガラスから差し込む光が心地良いでしょう?

 

 ……誰か、知り合いでも通りが駆らないかしら?

 

「さて、次は…」

 

 隆史さんは、私が何を言いたいか分かったかの様に、テーブルの端からメニュー表を取り、開いて見せてくれました。

 慣れてますねぇ…。

 

「ふむ…珈琲ばかりかと思いきや…。ナルホド、紅茶も取り揃えていますのね?」

 

「……」

 

 それを見てメニューを取りに来てくださった店員さん。

 …すっごい目で、隆史さんを見ていますねぇ?

 

「…再度のご来店。アリガトウゴザイマス。…今度は、お若いのですね?」

 

「  」

 

 お知り合い…の方でしょうか?

 ある意味でフレンドリーですね。

 

「私は…ダージリンで」

 

「で…は、俺はアールグレイで…」

 

 ……。

 

 アールグレイ。

 

 …………。

 

 ……アールグレイ…ねぇ。

 

 

「少々、お待ちください」

 

 笑顔で、私にだけ接して下さってますねぇ…。

 隆史さん。なにか、お店にご迷惑でもおかけした事でもあるのでしょうか?

 

「ま…まさか、覚えられてるとは、思わなかった…」

 

 …やはり、何かしたのでしょうか?

 

「では…隆史さん?」

 

「はい?」

 

「…何か、お悩みでもお有りですか?」

 

「あぁ…いえ、すいません。有るっちゃ有りますが…こればかりは、俺の問題ですから」

 

 ふむ…しかし、珍しい。

 隆史さんが…ねぇ? お悩みですかぁ…。

 

「 あぁ! 女せ「 女性関係じゃありませんからね? 」 」

 

 ……チッ

 

 

「では…アッサムさん」

 

 

 ……。

 

 

「あ…あっさむ…」

 

「はい? なんでしょう?」

 

「早速、何ですが…」

 

「はぁ…。良いですか? 隆史さん。お店に入って早々…無粋ですよ?」

 

「そ…そういうものですか?」

 

 はい、そうです。

 せっかくダージリン達を出しぬ…もとい。

 

 行動パターンと予定。それらを予測をし…何とか、この日、時間を割り出して…。

 そして今! この状況!!

 

 いきなり罰ゲームでは、寂しいじゃありませんの。

 

「しかし…アッサムさ……アッサムが、ダージリンを頼むなんてね…ちょっと以外…」

 

「そうですか? ただの紅茶でしてよ? 特に深い意味はございません」

 

 ふふ…すぐに、別の話題に切り替えましたね。

 ま…敢えて、ダージリンティーを注文しましたけどね。

 

「知り合いの名前だし…ってのが、ありますでしょう?」

 

「…その割には、隆史さん」

 

「……」

 

「良くもまぁ……アールグレイだなんて…。まぁ…宜しいですけど。相変わらず年上がお好き…」

 

「い…意味なんてありませんよ!」

 

「あら、そう? でしたら、アッサム…でも、宜しかったのでは? お嫌い?」

 

「アッサム? 好きですよ?」

 

「…………」

 

「……」

 

「…今回は、流石に狙った訳では、ありませんよ?」

 

「……」

 

 ふぅ…ちょっと、不意を突かれました。

 もう…頬が少し熱く感じるでは有りませんか。

 

「…紅茶が来てからでも宜しかったですけど…まぁ良いでしょう。無粋な事を、始めましょうか?」

 

「…お願いします」

 

「罰ゲーム…とやらを」

 

「…………モウシワケナイ」

 

 まったく。

 それこそ、バニーでも本当に宜しかったのですが…あ。

 でも、着てはいけないとは言ってませんよね?

 …よし。データをまた収集しましょう。

 

「でわ…隆史さん。どこから、どこまで覚えていらっしゃるの?」

 

「いや…殆ど覚えてはいるんですが…」

 

「殆ど…」

 

「はい。青森を聖グロ御一行が離れ…しばらくは会えないだろうなぁ…とか、ちょっと感傷的になってしまっていた俺を…」

 

 ……。

 

 はい、それは正直…申し訳ありませんでしたわ。

 

「一週間後、ちゃっかり帰って来た聖グロの学園艦に……連行される所から始まり……」

 

 ……

 

「アッサム? …目を見て話しましょう」

 

 見てますわよ? えぇ見てます。

 

「一応…帰ってくる所まで、覚えてます。ただ…やっぱり」

 

「夜の…」

 

「そうですそうです」

 

 ふむ…今、考えてみれば、こんな所でお話する様な事では…。

 まぁ、ご希望ですし…罰ゲームとやらです。

 話さない訳には、いきませんものね。

 

 …ま、ある意味で良い機会かもしれません。

 

 

「……」

 

「考えてみれば、私達、人攫いみたいですよね?」

 

「みたい…ではなく、人攫いです」

 

「見解の違いでは?」

 

「…ダージリンみたいな事、言わないでください」

 

「なっ!?」

 

「……後、ミカもよく、んな感じで言い返してきますけど…」

 

「人攫いでしたわね! もう訳ありませんでした!!」

 

「…手の平返しが、早いなぁ…」

 

 あの二人みたい!? 冗談じゃありません!! あそこまで、黒く…

 

「…はっ。今となっては懐かしく感じますよ…」

 

「隆史さん?」

 

 何でしょうか?

 少し、様子がおかしい…。

 そういえば、悩み事がどうの…

 

「俺…そういえば、こういった事を…思い出を共有している…そんな人と話すって事…。殆どないな…」

 

 ……。

 

「みほと、まほち…西住姉妹と…あの3人位か…まともに話せるの。友達…少ないなぁ……俺」

 

 本当に何でしょうか?

 遠い目をしている…。

 

 ……。

 

 しかし、これは…。

 

「隆史さん」

 

「……あ。ちょっと、これは失礼でしたね。目の前にアッサムさんがいるのにね」

 

 相変わらず、変な所で鋭い。

 流石にムッと、してしまいました。

 しかし、察して謝られては、こちらも何も言えない…。

 

「人前なのに、変に感傷に浸ってしまった…これは、ないな。うん」

 

 はぁ…。

 

「思い出を共有…ですか。では、罰ゲームの場面まで、少しずつですが、お話しましょう」

 

「…え」

 

「はい、思い出話…ですね」

 

 …えぇ。

 やはり丁度いい機会ですね…。

 

「あ、その前に「アッサムさん」に戻ってます。次言ったら、ペナルティです」

 

「 」

 

 …さて…。

 

「白状してしまいますと…私の、貴方の見方が変わったのが…あの合宿でした」

 

「見方?」

 

「えぇ…まぁ…その合宿まで、良くもまぁ、人様の隊長様と後輩を誑かしたと…少々、良くない感情がありました」

 

「タブ…」

 

「別に貴方を、まったく信用していなかった訳では無いのですよ? ……しかし、最後のお茶会…」

 

「 」

 

「ま…まぁ!? アレもアレで、私にも落ち度がまったく無いとまでは、言いませんが……ねぇ?」

 

「ソ……ソッスネ」

 

 目の前に湯気が。

 

 スッ…と、横から注文品が、お待たせしましたの声と共に届けられました。

 少し、話が中断してしまいましたが…まぁ気を取り直しましょう。

 

 …琥珀色の液体に、自分の顔が映る。

 

 ふふっ…我ながら、少し緩んだ顔だと、見て取れますね。

 …正直、こんな会話でも楽しい…。

 

 今までは、本当に…3番手だという理由で、オレンジペコに…そして、ダージリンにも気を使って何もしてこなかった。

 

 まぁ? バレてしまっては致し方ない。

 でしたら、私は私で、もう思う様に動こうと思う…。

 

 ……。

 

 まぁ…この人は、それでも…何をしても「西住 みほ」さんを裏切らないだろう。

 

 余程の事が無い限り…………。

 

 それは、他の皆さんもお分かりのはず…しかし、全員が諦めない…。

 

 …だから皆、その隙を伺っているのでしょうかね?

 あの女性も、結構分かりやすい性格…だからでしょうね。

 

 皆…期待してしまっている。

 

 アレがもし…姉の方だったら…。

 

「西住 まほ」さんだったとしたら…他の方はどう動くのでしょうかね?

 

 諦めるでしょうか? それとも、同じく虎視眈々とチャンスを伺うのでしょうか?

 

 ……。

 

 …妹さんを、決して軽んじている訳では、ないのですが…。

 

 しかし…あの「西住 みほ」さんは、不安定。

 

 えぇ…余りにも、不安定です。

 

 

 ……。

 

 それが、皆さんに…黒い希望を与えてしまっているのでしょうか?

 

 …私も…。

 

「…失礼。私も人の事が言えませんね」

 

 感傷に浸る。

 目の前の彼を見て。

 

 

 ……そして昔の事。

 

 

 数ヶ月…たった数ヶ月前が、ひどく遠くに……遥か昔の事に思える…。

 

 

 合宿…思い出で…話ですね…

 

 

「まったく…あのアールグレイ様にまで、ちょっかい出すとは思いませんでしたわ」

 

「出してませんよ!?」

 

「あぁ、出されたから、返り討ちにしたのでしたか?」

 

「してませんよね!? あの荒唐無稽な人に、何をどうしたらいいかなんて、今でも思いつきませんよ!!」

 

「…その割に…」

 

 

 彼の前にも、湯気。

 

 ゆっくりと…薄く…。

 

 ……。

 

「…あの人……雰囲気が姉に少し似ていて…すっげぇ苦手なんですよ…」

 

 

「そうなのかい!?」

 

 

「「 ………… 」」

 

「まっ! 君の姉君の事は、知らないが…それは、素敵な方なのだろうね!!」

 

 

 ……。

 

 

「…この喫茶店で……何か頼んでも、誰かに盗られる……」

 

 

「…アール…グレイ様……」

 

 聖グロリアーナ…OB。

 

 元隊長…先輩……。

 

 隆史さんが、何に嘆いていいるか分かりませんが…あぁ…アールグレイ様が、アールグレイを啜っている…。

 紅茶を啜らないで下さい。それ以前に…それ……隆史さんのでしょうに……。

 

 どうして…こう……邪魔者ばかり…。

 

 漸く…せっかく…。

 

「…なんで…大洗にいらっしゃるのでしょうか?」

 

「はっはー!! 久方ぶりに顔を合わせるのに、一言もなしかね? アッサム!」

 

「……オヒサシュウ」

 

 適当でヨロシイデス。

 後、その笑い方は、やめてください、このOB。

 

「いやね? 面白そうな催しが行われるって聞いてね? それならば、見学に来ないなんてありえないだろう?」

 

「開催は何時だと、思ってるんですか!?」

 

「ふふっ…古い二つ名だが、疾風アールグレイ! 早く着きすぎてしまってね!! 暇をしていたのさ!」

 

 ……。

 

「アッサム? …今、この暇人め! とか、思わなかったか?」

 

「……思ってません」

 

 

「まぁいいっ!! せっかくだ!! 私は途中で合流したんだ! …そのプロローグまでは、知らないのさ!」

 

 

「……チッ」

 

 

 傍若無人、荒唐無稽…それを絵に描いた様なお方…。

 見た目は、お嬢様を…それこそ、絵に描いた様なお方ですのに…。

 

 聖グロリアーナを卒業し…イギリスへ行ったのでは?

 

「大学生の夏休みは長いのさ!!! 学費返せって具合にね!!!」

 

 …何も聞いてません。

 

「では、そこでなんでか知らぬが、打ちひしがれている尾形 タカちゃん!!」

 

「やめて!! タカちゃんは、マジデヤメテ!!! 思い出すから!!」

 

「……………アッサムと、できてたんだね。タカちゃん」

 

「やめろっつってんだろうが!! できてるとか、言わないでくださいよ!!」

 

「外から見て驚いたよ…。私は、ダージリンとでも、くっつくと踏んでいたんだが…私もまだまだだ…。デートを邪魔して悪かったね!! が、続行するのが、我が正義!!!」

 

 

 はぁ…。

 

 もはや、終わりでしょうか? 隆史さんとの…。

 

 ここまでくい込まれては、この方…制御なんてできませんしね…。

 

 

「さぁっ!!! 話してくれ!! 尾形 タラシ君!!!!」

 

 

 ……アレ? タラ…え?

 

 

 




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次回から本格的に過去話。

ぶっちゃけ、聖グロ回になりそう…


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第14話 昔語りと小休止

過去編、開始


「はいはい! 帰れ!!! 酔っ払い共!!」

 

 店前から、明るい太陽の下…千鳥足で帰っていく、最後の客を見送る。

 海に落ちるなよ…。

 

 はい、本日のバイト…お店の営業が終了しました。

 はい、もう閉店時間ですよ~と、客も全て店先から追い出してしまえば、俺のお仕事は、ほぼ終わりです。

 

「二度と来るな!!」

 

 ま。愛嬌って奴だ。

 その乱暴な物言いを、笑顔で叫ぶと…また酒臭い息と一緒に、また聞かせろよ~…っと、一言言って帰っていく。

 

 こんな日々の繰り返しだった。

 

 大体の客は顔見知り。

 いつもの顔ぶれ。酔っ払い。

 その酔っ払い達は、タカ坊と…慣れなれしく呼んでくる。

 

 んで、俺が店に立つと、その酔っ払い共に、こんな酒の肴は無い…とばかりに、客達の話が俺の話に変わる。

 

 その会話の内容は、ほぼ100%の確率…って、確率って言わないな。ただの確定事項だ…これ。

 まぁ、その確定事項で、俺に対する話の内容は決まっていた。

 大体が、それに纏わる下世話な話だったけどな…いやぁ…酔っ払った、おっさん共だし、仕方がないとも割り切っていた。

 下ネタ好きだしね…この人達。

 大体、最後には女将さんがブチ切れて、その話も終わるというのもお約束という奴だったね。

 そして、おやっさんの小遣いが減る…ここまでがデフォルトですね。はい。

 

 …が。

 

 その内容に変化が見えた。

 変に酔っ払い共に慰められてしまう内容へ…そして、これはもう一択だろう。ほぼ決定だろう。…ってな内容に。

 酔っ払い共の話に付き合い、一度冗談半分で、二択じゃねぇの? 

 と、言った事があったが…このロリコンと罵られて、一部の熱狂的なファン層から、頼むからやめてくれと、懇願されました。

 

 彼女達とは、そんな関係とかでは無い…と、毎回毎回説明する手間も、そろそろ無くなりそうだな。

 

 ……。

 

 しかし今日は、おやっさんの様子がおかしかった。

 いや…いつも大体おかしいけど…特に変だったな…。

 逆に女将さんが、俺に対して、始終笑顔だったのが、余計に気味が悪い…。

 …店が終わった後、俺も店を追い出されてしまった。

 それも女将さんの指示。…何故か今日は、明日の仕込みすら、やらなくて良いとまで言われて。

 でも…明日から3連休だし、常連客以外にも、結構お客さん来ると思うのだけど…いいのか?

 

 最終的には、子供が気を使うな! と、何故か怒られ…店を追い出される始末。

 

 そんな事繰り返していた、一日のスタートを切り、学校へ登校し…終わり。

 特に部活にも入っていない俺は…また繰り返していた一日を、また同じように行動する。

 

 繰り返していた一日。

 みほからの連絡が、また無かったと、女々しくも思い…日課として通っていた場所へとまた向かう。

 

 …そう日課。無意識にまた…この場所。

 店前の広場…その端の資材置き場の前、その一角へと脚を運んで来てしまった。

 

 日課……ね。

 

 日が落ちるのが、遅くなってきた。

 まだ少し青い空。

 くっそでかい学園艦が二つ並び、少しそれを邪魔しているが、夜へと移る為に、少し薄紅掛かった空が目に入る。

 

 思う。

 

 変に感傷的にさせる空色を見て…思う。

 そろそろ、春が終わるな…と、どうでもいい事を。

 季節の終わりなんて、一々気にしていた事なんてなかったのにな。

 

 春…。

 

 昔からそうだ。

 この俗に言う、別れと出会いの季節とか言われる…この春が、俺は余り好きじゃない。

 

 たった一度の転校だけど、()()()との別れというものを、強引に思い出させてくるからだ。

 別に春に転校をした訳ではないが、出会いと別れ…そのフレーズを世間一般様からよく聞き見たりする羽目になるから。

 

 つい先週…その「別れ」を、また一回、経験したしな…。

 

 …だからと言って、別に思う所なんてのも、特に無い。

 これから、そんなモノ、腐るほど経験していくのは分かっているから。

 経験を繰り返してきたからだろう。

 はっ…まぁ? 

 アチラの時は、別れと出会いなんて、特に気にもしていなかったからか。

 寧ろ、別れは良い事、出会いは警戒する事…でしかなかったから。

 

 …港町に不釣り合いな、そして無駄に座り心地が良く、金色の刺繍などで豪奢な装飾。

 その赤く長い、長椅子へと腰を掛ける。

 彼女達、学校の備品なのだろうか?

 

 ……。

 

 こんな事、昔ではありえなかったのに。

 彼女達だけではない。

 今のバイト先でもそうだ。

 その内に…この港町の人達とも、別れとやらが訪れるのだろうか?

 

 はぁ…変に感傷的になっているな。

 

 長椅子の前に設置されている、丸く白いテーブル。

 そこに置かれた紅茶を、何気なく啜る…。

 

 

「ですから、隆史様? 紅茶は啜るものでは、ありません」

 

 

 うん…。

 オペ子の幻聴と、幻覚が…。

 

 

「しかし、長い前置きでしたわね」

 

 

 無駄にドヤ顔がデフォルトになり始めそうな、ダー様の幻聴と…幻か……く……。

 もういいよ!!

 

 そうだよ!! 港に嫌でも目に入る、でっかい船が二つもあったんだ!!

 どうりで見慣れた風景だと、思ったよ!!!

 

「……」

 

 真面目に無表情な…アッサムさん…。

 色々と思う所はあるけど…口から出た言葉は、普通のモノだった…。

 当然思うだろうよ。

 

 

「…………なんでいるの…?」

 

 

 

 

 

 一週間前に青森から去ったはずの…お嬢様方が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「ご機嫌よう、隆史さん」

 

「…はい、ご機嫌よう」

 

「お久しぶりですわね?」

 

「えぇ…ソウデゴザイマスワネ」

 

 何度も見た…まぁ、たった一週間で変わるものでもないだろう。

 ないだろうけどさ!! すっげぇ普通に、午後のティータイムとやらをしていますね!

 制服で、優雅…と、いうのだろうけど…。

 相変わらず、この場所には、あまりにも不釣り合いな彼女が、お茶を楽しんでいる…ナニシテン。

 

「隆史様! 隆史様!!」

 

「あぁ…オペ子も久しぶり…」

 

「はい!!」

 

 いやぁ…すごく元気いいな。

 ここまで輝く笑顔されると、嬉しくなるけど…あの…。

 ニッコニコして、お皿に乗った、焼き菓子を差し出してくれるオペ子さん。

 これもまた、いつもの通り。

 いや…例のプラウダでのお茶会以降、たった数日だけども、明らかに様子が変わったオペ子さん。

 呼び方もそうなんですけど、なんか…すっごい世話を焼いてくれるようになったんだけど…。

 

 差し出された、スコーンを軽く齧り思う。

 

 …ナニシテン。

 

「……」

 

 そしてこの方は、いつも通り…では無く、少々不機嫌…なのだろう。

 すっごい、無表情のアッサムさん…。

 

「ご機嫌よう…尾形さん」

 

「ご機嫌よう……アッサムさん」

 

 ちょっと彼女の事が、分かってきた。

 まぁ、その分かってきたと思った矢先に、彼女達は…出港していったのだけどね。

 

 しかし…なんか、目を見てくれない…。

 先程から、ずっと目を伏せている。

 

「ひっさしぶり!! で、ございますわね! 隆史さん!!!」

 

「ローズヒップ…お前は…相変わらず元気いいな…ご機嫌よ……」

 

 俺の座っている椅子の手摺。

 そこに手を置き、俺の挨拶すら食い気味に、上半身を前のめりにしてきた。

 顔を突き出して、頭突きでもしてきそうな勢いだ。

 

「って…なんでございましょう? オレンジペコさん」

 

 そのローズヒップの制服の端を、オペ子が掴んでいた。

 体を少し、引っ張られる形になり、ローズヒップが離れてくれた。

 

「ローズヒップさん。近いです」

 

「…え?」

 

 

「 近 い デスヨォ?」

 

 

「ア……ハイ……」

 

 ……。

 

 ん?

 

 な…なんだ? 今のオペ子…。

 

 

「ふぅ…では。隆史さん?」

 

「ダージリン?」

 

 ティーカップを口から離し、流し目でこちらを見てきたダージリン。

 なんだろう…一瞬、ゾクッとした…。

 

「少々急いでおりますの。時間がありません。色々と思う所はございますでしょうが…一度、胸に締まっておいて下さいな」

 

「時間がない? …その割には、フルセットでのティータイムだな」

 

「ふふ…それが、聖グロリアーナ。何時いかなる時でも、ティータイムは欠かせませんわ」

 

 いや…悠長すぎるだろ…。

 

「まず…隆史さんに、ご質問」

 

「質問?」

 

 なんだろう…変な汗が出てきた…。

 確かに時間が無いのだろう。

 少し、ダージリンの喋り方が早い。再会を喜ぶ…という事も余りしないで、話を進めたい。

 そんな意思を感じる…。

 

「明日から連休になりますわよね?」

 

「え? …あぁそうだな。3連休だな」

 

「…隆史さん。何かご予定はございます?」

 

「予定?」

 

「そうです」

 

 なにを薮から棒に…。

 予定…う~~ん。

 

 

「彼女とデート」

 

 

 

「「     」」

 

 

 

「…とか、普通の高校生ならするのだろうけど…相手もいないしな」

 

「「 ………… 」」

 

 ダージリン? オペ子? 

 震えちゃってどうした?

 

「だから予定なんて、悲しいかな、何も無い。バイト位か?」

 

「け…結構」

 

「ダージリン? カップを持つ手が、プルプル震えてるけど、大丈夫か?」

 

 完全に固まって、震えてるな。

 確かにつまらない冗談だったけど…そんな固まる程か?

 

「隆史様…」

 

「オペ子?」

 

「次に、そんな冗談言ったら、本気で怒りますからね」

 

「……え…」

 

「ペコ?」

 

「…はい」

 

「ふ…ふふっ。まぁ、そう言うものではありませんわ。……今の悪趣味な冗談で、罪悪感という躊躇が消えましたわ」

 

「そうですね!♪」

 

 …え?

 

「では、隆史さん? 行きましょうか?」

 

「…は?」

 

「隆史様!! 行きましょう!!」

 

「あの…は?」

 

 ダージリンが立ち上がるのと同時に、どこかの物陰から数人の…何あれ? どこかの業者さん!?

 サングラスをし、同じ黒服を着込んだ、明らかにSPですぅって、方々が突如現れ、お茶会のセットを片付け始めた。

 

 ……なんで、俺の両腕掴んだんでしょう?

 

 サングラスで顔を隠しているけど、絶対に強面だよね? 睨んでますよね!?

 

「あぁ、彼らは私の家の者ですので、ご安心を」

 

 ……。

 

 ダージリン。

 

 やっぱり、お嬢様だったんだね…それも多分…規格外の…。

 

『 お嬢様を誑かした糞が 』

 

 …って、耳元で、すげぇ…囁かれてますからね…。

 何度も繰り返されてますわね。

 

 ……。

 

「あの…ダージリン」

 

「はい? なんでしょう?」

 

 今度は『 様を付けろよ、糞虫が 』って、言われましたネ。

 愛されてますね、ダージリン。

 あー…うん。

 

「ダージリン」

 

「はい?」

 

 あ、今度は腕を掴む手に力が入ったネ!

 まぁいいや。

 

「…行くって、言ってたけど…どこに?」

 

「北海道ですわ」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 は?

 

「連休中。隆史さんには私達に付き合って頂きます」

 

「すげぇ…はっきり言ったな…。いきなり県外か…」

 

「移動手段は、私達の学園艦から船を出しますので…。ですから…隆史さんを、我が学園艦へと、まずはご招待いたしますわ」

 

「前回は、できませんでしたからね」

 

「でもな? 俺、バイト有るんですけど…」

 

「隆史様? 魚の目の店主様から、すでに了解は得ておりますよ?」

 

「…オペ子さん?」

 

「特に女将様。随分と快く了承してくれました! 頑張れって!」

 

「オペ子さん!!??」

 

 頑張る!? なにを!? それに女将さん!?

 

 …だから今朝、仕込みとかしなくて良いって…。

 

「簡単に言いますと、3日間、プラウダとの合同合宿を致します。それに付き合って頂きたく…」

 

 合同合宿…って、泊まり込みかよ…。

 そういや、黒服が持ってる、ボストンバッグ…見たことあると思ったら、俺の私物だ…。

 俺の泊まりの着替え等、すでに用意済と…これも女将さんだな…。

 

 

「…隆史さん」

 

「あ、はい?」

 

「そ…その。本当に…お嫌でしたら、やめておきますが……」

 

 ……。

 

 これは珍しい。

 

 しおらしいダージリンが見れたよ。

 

 少し顔を背け、腕を軽く組んでいる。

 

 …。

 

「一度…私達の戦車道を、拝見したいと仰っておりましたわね…」

 

「え? …あぁ」

 

 言ったな。

 

 この何度も開かれたお茶会。

 その会話で、ポロッと口から出た事を思い出す。

 そういえば、その言葉に随分と皆、驚いていたな。

 

 …男性なのにってな。

 

 それに対して、嬉しそうな顔で、了承をしてくれたのを、ちゃんと覚えている。

 特に、基本的にしたり顔のダージリンが、小さく口元を綻ばしたのが印象的だった。

 

「…今後、この様な機会…いつ訪れるか、分かりませんしね…」

 

 …

 

 ま、そうだな。

 

 俺はプラウダ高校の生徒じゃない。

 いくらカチューシャ達と親交があろうとも…な。

 試合会場へ応援へ行けば、彼女達の事も見られるかもしれないが…それはそれだな。

 

 いや…しかし、本当に珍しい…。

 

 恐る恐る、俺に最後のお願い…とばかりに、俺の顔色をここまで気にする彼女は。

 

 いざ、俺を連れて行こうという、この場面で躊躇し始めたのだろう。

 悪趣味な冗談で、躊躇が消えたと言っていたのも、強がりだったのかもしれない。

 ダージリンだけではない。オペ子も不安気な顔を見せている。

 

 …うん。消えてないな。躊躇。

 

 そうだよなぁ…完全に拉致だしな。

 

「はぁ…」

 

 女手だけでは、大変だったのだろう。

 彼女の家の者まで、引っ張り出してのこの状況。

 

 …。

 

 彼女達が青森を離れて、たった一週間。

 

 されど、一週間。

 

 正直、また彼女達の顔が見れて……俺は、嬉しかった。

 …もう、しばらく会える事は、無いと思っていたから。

 

 すぐに一週間前の、彼女達に対する態度に、自然に戻れたのが、その証拠だろう。

 

 …。

 

 変に感傷的になってしまっていたしな…。

 …ま、何か考えがあるのか?

 

「ここまで、準備されてちゃ…まぁ…仕方が無いな」

 

「っ!」

 

「女将さんに了承を得ているのなら、まぁ…いいや。店に迷惑掛ける心配が無いなら、付き合うよ」

 

 と、…言った瞬間。

 

「やりまし……っ!! た…隆史さんなら、そう言って頂けると思いましたわ」

 

 ダージリンさん

 …最初のはなんだろう。

 一瞬、ローズヒップっぽかったけど…?

 

 うっわぁ…オペ子さん。すげぇ良い笑顔ですね。

 頭を撫でたくなるほどの、キラキラの笑顔ですね!

 

 …腕を黒服に掴まれて、不可能だけどね

 

「では、出発は明日の早朝。宿泊施設を用意してあります。…今夜は学園艦で、お泊りになって下さい」

 

「……は?」

 

「所で…貴方達。何故、隆史さんを拘束する様にしているのかしら?」

 

 まさに今、気がついたかの様に…言いましたね。

 ダージリンの言葉で、オペ子も気がついた……かの様に、黒服達を見始めた。

 

 

「…それは、私の客人に対して失礼とは、思いませんの?」

 

 

 ……そして、怯え出す黒服。

 

 

「 …お離しなさい 」

 

 

 こ…このダージリン様も、初めて見るな。

 一気に、何かが変わった…。

 

 彼女…怒ってるのだろうか?

 あからさまに怒気を上げている。

 感情的になる様な娘では、無いと思っていたから、この急激な変わり様は驚くな…。

 

 …すげぇ怯えてますね、黒服さん達。

 

「いえ…あの、お嬢様が…」

 

「確かに逃がさないようにと、お願いは致しましたが…その様に罪人の如く扱えとは言っておりませんが?」

 

「 」

 

 ダー様の言葉に従い、大人しく腕を離した黒服達。

 いやぁ…多分、この人達、ダー様の言う事を素直に聞いただけだと思うよ?

 …ちょっと可哀想になってきた。

 

 俺の拘束を解くのを確認すると、小さく息を吐き、スッと目を細めた…。

 

 

「…結構」

 

 

 うん…。

 

 調子に乗って、からかって…ダージリンを怒らせないようにしようか。

 

 うん、決定。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 …………えっと…なんでだろう…。

 

 

 なんか、すっごいデジャヴを感じた……。

 

 でも、なんでこの場に無い、黒塗りの車…を連想したんだろ…。

 

 

「……」

 

 

 まっ!! まぁいいや!!

 

「しかし、結構タンパクな反応で、少々…残念でしたわ」

 

「えっと…何が?」

 

「たった一週間とはいえ…ほぼ毎日顔を合わせていた私達に、久しぶりに会ったというのに…なんでいるの? の、一言でしたでしょう?」

 

 ……。

 

 なんで、ちょっと睨んでるんだろう。

 そしてなんで、オペ子は顔を背けたんだろう…。

 

「こ~んな、言葉を知っていて?」

 

「……」

 

「……」

 

「…どうした?」

 

「…隆史さんが、余計な事を言って、邪魔をしてこないのが珍しいのですわ」

 

 あぁ…最後の方、結構、途中で遮って彼女の格言録を潰してたからな。

 なにを警戒してるのだろう…。

 

「ま。久しぶりに聞いてみたいと思ってな」

 

「聞いてみたい…」

 

「そうだな。それこそダージリンが言ったが、ちょっと呆気に取られてな。久しぶりだと言うのに、変な反応だったと思ったよ」

 

「そ…そうですわよ」

 

「本当にたった一週間だったのにな…。ちょっと感傷的になる程、寂しかったんだと思うんだ」

 

「な…………なに…が…でしょう…」

 

 いや…何がって…。

 

「ダージリン達が、いなくなったって事実がだよ。他に何があるんだ? 正直、あっさりともう一度会えて、嬉しかったんだ」

 

「……」

 

「改めて思ったよ。もう…ダージリン達は、俺の生活の一部になっていたんだなぁ…ってな」

 

「っっ!!」

 

「喪失感っての、結構はっきり感じるモンだなぁ…って、思い知らされ…て……って、どうした? 下向いて」

 

「……」

 

「あの…」

 

 

 あ…あれ?

 なんで、後ろを向いたんだ?

 口を押さえて、震えだした…。

 細い髪から除く、彼女の耳の端が、真っ赤に…あれ?

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

「……はぁ。新手の格言潰しですか? 尾形さん」

 

「アッサムさん?」

 

 着々と片付け作業を続けている、他の業者様達を眺めていると、背中を軽く触れられ、声を掛けられてた。

 ここに来て、初めてまともに俺に対して、口を聞いてくれた。

 何か諦めにも似た、溜息と一緒に…。

 

「毎回思いますが、言って良い事と、悪い事を考えてください。…生活の一部とか…喪失感とか…」

 

「はい?」

 

「馬鹿なんですか?」

 

「はい!?」

 

 変な事言ったか…?

 また会えて嬉しいって事を、伝えただけなんだけど…。

 確かに言いかけていた格言とやらを、途中で放棄し…今は、なぜか一生懸命に黒服さん達に激を飛ばしている。

 

「ダージリン…それは、八つ当たりでしてよ…?」

 

「えっと…」

 

「はぁ…合宿に彼を連れいく事のリスク…ちゃんと考えているのでしょうけど…大丈夫でしょうか?」

 

「リスク?」

 

「…まぁ、それは聖グロリアーナの問題であって…プラウダ高校と尾形さんには、関係がないのですが…」

 

「何が言いたいのでしょうか?」

 

「失礼。余計な事を喋りました。忘れてください。杞憂だと思いますので…」

 

「?」

 

 なんのだろうか…。

 

「ところでアッサムさん」

 

「なんでしょう?」

 

「ダージリンは、時間がないと言っていましたが…何がですか?」

 

「あぁ…それは、彼女達からすればそうでしょうね」

 

「はい? 達?」

 

「そろそろ来そうですからね」

 

「…えっと…何がですか?」

 

「その問は、誰が? …と、いった質問が最適でしてよ?」

 

「 アッサム様? 」

 

「オレンジペコ!?」

 

 話をしていた俺達の後ろから、オペ子が声をかけてきた。

 それに、なぜかたじろぐアッサムさん。

 

 …特に大声で声をかけられた訳でもないのに…なにをそんなに驚くのだろうか?

 

「 ご準備ができました。そろそろ参りましょう 」

 

「え…えぇ、分かったわ。ありがとう。オレンジペコ」

 

 一言だけ言って、またダージリンの元へ戻っていくオペ子。

 やはり別におかしな所なんて…。

 それを二人で見送ると、アッサムさんが静かに口を開いた。

 

「…尾形さん」

 

「はい?」

 

 

「 全責任は、貴方にありますからね? 」

 

 

 ……。

 

 

 …………え?

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

「…隆史君」

 

「なんですか?」

 

「君は、馬にでも一度蹴られた方がよさそうだな!! …僭越ながら、私が用意しようか?」

 

「なんでっ!?」

 

 話せと言うから話したのに…いきなり辛辣だった。

 店内のBGMと、真逆の空気へと変貌していくのに、戸惑いを隠せないのですけど…。

 相変わらず、神出鬼没に現れる、戦車道隊長格の皆さんが怖くて仕方がない。

 その内にとんでも無いタイミングで、それこそ空気を読まずに現れそうだし…。

 

 …人の事を、鋭く睨みながら、人の紅茶を啜る…。

 共食い…とは、違うのだろうけど、貴女と同じ名前の飲み物ですよ? ソレ。

 

 …まぁ、なんだ。

 

 結構、言葉にして話すと、当時の情景が色濃く思い出す。

 …そんなに昔の事では、ないのだけれどな。

 

「はぁ…なる程、なる程…アッサム」

 

「なんでしょう? アールグレイ様」

 

「君達みんなは、私にとって、可愛い後輩だ。だから、私は…一部誰かの味方はする気はない。……ないが」

 

「……」

 

「流石にダージリンが、可哀想だと思ったよ! この男は一度、通り魔にでも、刺されれば良いと思うね!!」

 

「同感です」

 

「犯人は絶対に女性だろうがな!!」

 

「異論はありませんね」

 

「」

 

「それに、まだ何かあったのだろう? 特に…聖グロリアーナ学園艦にて、この唐変木が!!」

 

「そうですわね。ありましたわ。…いきなり釣り上げましたから、今でも覚えています」

 

 つ…釣り上げたって…人聞きの悪い…。

 何かあったっけ?

 

「彼女達…。いえ? 特に彼女は、初回から、全力全開でしたからね」

 

「ほぅ?」

 

 彼女って…誰の事……。

 

「イギリスをモチーフとした、私達の学園艦…その街並みにて、異彩を放っていた……屋台」

 

「…ち…チヨミン達デスネ?」

 

「えぇ、ご明察。…密航だけでも、問題というのに…余程の厚顔振りでしたわよね? 大通りで、無許可で商いをしているとは…まったく」

 

「それは…面白いね!! いいね! その行動力!! 称賛にあたい…「アールグレイ様?」」

 

 おい…一人、興味を持ったぞ…。

 

「それに、えぇと…カルパッチョさん…でしたか?」

 

 ……ビクッ!

 

「彼女だけ…。完全に答えを、出している様でしたね。ある意味では、一番厄介だと私は踏んでいるのですがね? どうでしょう…隆史さん?」

 

「い…いえ…どうでしょう…」

 

「彼女達との過去の事は、次に致しましょう。その密航者にも甘い隆史さん。…その内にお聞きしますわ」

 

「 」

 

「会って早々、貴方の胸を撫で回していましたしね。えぇ、恍惚の顔で。…更には横目で私達を牽制……。人の学園艦だと言うのに…まったく密航者の分際で」

 

 ……アッサムさんが、分際とか言い出した…。

 

「チッ……アノ…金髪。特に私を睨みつけて…」

 

「でも、アッサム。カルパッチョさんって雰囲気的にも聖グロが合ってると思ったんだけど…」

 

「 イ リ マ セ ン 」

 

 …いかん。

 段々と話が逸れてきた…というか、敵対心が見え隠れし始めてた…。

 

「ま、要は…折角、私達の学園艦へ彼をご招待した矢先、その3人組と出会い…あわよくば…と、企んでいたダージリンの計画が水泡に帰す…って、感じでしたわね」

 

「……」

 

 そうだよな…。

 ある意味で助かったわ…。

 

 まさか女子寮へ連行されそうになるとは、夢にも思わなかった…。

 客室がありましてよ? って…そういう問題じゃねぇのに。

 …その客室も、これ賃貸なら家賃って、お幾らでしょう? って思わずにはいられない程らしいけどな。

 豪華な客室を、説明されても、泊まりたいと思う所か、庶民は普通に萎縮してご遠慮願いますよ…まったく。

 

 結局、安いホテルに避難したな!

 

「あっ! そういえば、タラシさん。…そのアンツィオの生徒達。結局その日ってどうなさったんですか?」

 

「…チヨミン達は、屋台で寝泊りするって言い出したからさ。聞いてしまったからには、俺としても若いオナゴを、野宿させる訳にもいかないし…」

 

「……まさか」

 

「空いているホテルって、俺が泊まったやっすいホテルしか無かったんだよ。だから仕方がないし、俺の泊まっているホテルへ、三人共、無理やり押し込んだ」

 

「「 …… 」」

 

「俺が代わりに部屋代を出してやるって言ったら、すっげぇ遠慮してくれたけど…まぁ、この場合しょうがないだろ」

 

「「 …… 」」

 

「な…なに?」

 

 だから聞かれたから答えたのに…すっごい目で見られてる…。

 

「部屋は…別でしたわよね?」

 

「当たり前だろう」

 

「はぁ……。タラシさんの事ですから、他意は無いのでしょうが…言葉。選んでください。ここ。公共の場でしてよ?」

 

「…?」

 

「昔の事を話しているからでしょうか? 最近、少しマシになったと思っていた唐変木度が、元に戻った気がします…」

 

「……なんで俺、女性の店員さんから、ゴミを見る目で見られているんだろう…」

 

 ちょっと怖いのですけど?

 

「ふむ…しかし、尾形 タラシノスケは、密航者に甘いのか…」

 

 いや、タラシノスケって…。

 

「尾形…タラシ之助平……いやいや。これだと長いな」

 

「オイ」

 

「はぁ…。アールグレイ様? 今度は時代劇でも拝見されたのですか?」

 

 そういや、言ってたな…この人、見た映画とかに影響されやすいとか…。

 今日は普段着を着ているから、普通だと思っていたのに…。

 

「先程から、言動も多少、大げさなのは、その為でしょうか?」

 

「さぁ、どうだろう!? 確かに昨日、○影って映画を見たけどね!!」

 

 ……。

 

「すごいね、彼は!! 忍者のクセに、ど派手な赤い仮面をつけて!! 隠れる気がないのかな!?」

 

「アカ…なんですか? それは…」

 

 …いや、わかるけど…チョイスがヒドイ…。

 しかもそれ旧作…。

 

「ちょっと、真似をしたくなってね!! 大洗の学園艦で、少々活動を…」

 

「何してんだ、アンタ」

 

 アッサムが、完全に頭に?マークだ!!

 

「凧の移動は、流石に無理だったからねっ! 取り敢えず、忍者らしく民家の上を移動してみたよ!!」

 

 …犯罪だろ……そこまで来ると…。

 戦車道の履修者だろ? アンタ…。

 

「いやぁ…屋根伝いに移動って…結構、面白いねっ!! 結構走れるものだねぇ!!」

 

「だから、何やってんだアンタ!!」

 

「…面白い出会いもあったしね」

 

「なに、アンニュイな顔してんだよ!? 出会い!? んな犯罪者…」

 

「凄まじい覇気を放っていたね!! …一戦交えたが、軽くあしらわれてしまったよ!!」

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 ちょっと待て。

 

 

「いやぁ…今思えば、私も密航した様なモノだったし…あの御仁もそうだったのだろう!!」

 

「…何やってるんですか、アールグレイ様…」

 

「しかし、凄かった。見た目は可憐な少女だと言うのに…呼吸投げなんてマスターしているなんてねっ!! ぶん投げられたよ、屋根の上で!!」

 

「…はぁ。現実と空想の境目が無くってこられたのですか? そんな人、いる訳ないでしょう。常識外れの仲間がいないからって、妄想へ逃げないでください」

 

「辛辣だね! アッサムっ!!」

 

 

 ……。

 

 …………民家の屋根の上…。

 

「…んっ!? どうしたんだい!? 尾形 タラちゃん!?」

 

「その縮め方は、色々とまずいです」

 

 

 いたな…。

 

 数日前にいたな!!!

 

 んな奇抜な行動とる奴が!!!

 

 …まさか……。

 

 

「本当にどうしたんだい? 顔が青いけど…」

 

「…アールグレイ様が密航なんて、なさったからでは?」

 

「え…でも、彼は密航者には甘いんだろう!? だから吐いたのに!!」

 

「はぁ……彼は密航者に甘いのではなく、知人全てに……って、どうなさったんですか? 本当に顔色が…」

 

 

 目の前の荒唐無稽な、御仁を見る…。

 

 それなりに心配してくれているのだろう…少し、顔が曇っている。

 

 まぁ…うん、なんだ…。

 

 

 

「…通報はやめておきますから、普通に来てくださいね」

 

「わ…分かったよ!! 君に変な迷惑はかけない様に努力しよう!!」

 

「…本当でしょうか?」

 

 

 

 …エンカウントしてやがった…。

 

 

 

 詳しい事を聞いておくは、やめておこう…マジで、知らない方が良さそうだ。

 

 

 

「っっ!!??」

 

 なにっ!? 今度はなんだ?!

 

 ズボンのポケット…。

 激しく打つ携帯のバイブ振動に、腰が浮いてしまった。

 マナーモードにしておいたので、余計にびっくりしたぁ…。

 

 ヴーヴーとなる音が聞こえているのか、アッサム達の察してくれた。

 

 

 誰だ? 振動時間から、メールとかでは無く、着信を知らせるモノだとすぐに分かった。

 取り敢えず、ズボンから携帯を引っこ抜き…携帯画面を確認…。

 携帯画面に明かりが灯っている。

 

 …その登録され、相手の名前。

 

 

 

『 柚本 瞳 』

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ちょっと電話をしてくる。

 

 そう言って、一度席を立ってしまった。

 誰からだったのでしょう?

 

 彼の顔付きが、冗談とかではなく、一気に険しいものへと変わった。

 

 …いや?

 

 険し…とも違いますわね。

 なんでしょうか? 少々悲しそうな…それでいて…。

 

 

 ……。

 

 

 見たことありませんでしたわね…あの様な彼の顔を…。

 変にいつも道りに、からかう事もしないで、素直に彼を見送った。

 口を挟んではいけないと、なぜか…理解しましたから。

 

 ……。

 

「すいません。おかわりを頂けて?」

 

「私もいいかな?」

 

 彼が戻ってくる間。

 この天真爛漫な先輩と二人きり…。

 一度、気を取り直す為に、店員さんへとご注文。

 

 さて…紅茶が運ばれて来る間…どうしましょう?

 

 

「ま。彼がいなくなって、丁度いいか…」

 

「…なんでしょう?」

 

「ちょっとね…。君には、言っておこうと思うんだけど…大洗学園艦へ密航した目的って奴だね」

 

「……」

 

 この方に目的とか有るのでしょうか?

 ただ、面白いからって理由が大半では?

 

「…また結構、辛辣な事を考えていないかい? あぁ…一年の時は、好きなだけダージリンと一緒に、私にスカートを捲らせてくれた間柄だと言うのに…」

 

「公共の場。ここは公共の場でしてよ? …隆史さんに、そんな余計な事、言わないで下さいね?」

 

 …まったく。

 

「まぁ、なんだ。ここにはエキシビジョンマッチを見学しに来たってのが、本来の目的」

 

「…なんでか? 急に普通に話し始めたかと思ったら…」

 

「もう一つ。これから本格的に始まるであろう、合同合宿で何度か聞いた…()()の事」

 

 ……。

 

 彼女。

 

 まぁ…アールグレイ様もご存知ですわよね。

 彼から聞いていましたし…というか、聞かれておりましたしね。

 

「いやぁ…どんな子か、見る為だけに行ったんだけど…思いの他、おかしな流れになってね?」

 

「おかしな流れ?」

 

「…会ってきたよ。君達の恋敵に」

 

「…………」

 

「いやぁ!! 屋根から滑り落ちてしまってね!! 滑り落ちた家が、彼女のお宅だったのさ!!」

 

 …今度……謝罪をしておきましょう…。

 普通に迷惑を掛けているではないですか…。

 

 ……?

 

 そこまで言って、アールグレイ様の顔から笑みが消えた。

 

 

「…怖いね。彼女はコワイ」

 

「怖い?」

 

 珍しい…。

 

 いえ、初めてではないでしょうか? アールグレイ様が…怖い?

 この荒唐無稽な…それこそ、OGの方々にも水を掛けて挑発する様な方が?

 

「なる程…隆史君が、気にかけるのも分かる…と、理解してしまったよ」

 

「…彼女。西住 みほさんは、怖い…とは少々感じが違うと思うのですが?」

 

「……」

 

「……」

 

 否定しない。

 

 西住 みほさんと、はっきり名前を出したというのに、何も言わない。

 …本当に会ってきたのでしょうか?

 

「ある意味で、彼女は真っ白だ。純真。純朴」

 

「…ま……まぁ」

 

「彼女の優しい性格もあるのだろうが…少し抜けていそうな所とかね!」

 

「…昔から知っているかの様に言いますね」

 

 まぁ…姉の「西住 まほ」さん経由で、中学の時の事を調べたのかもしれませんが…。

 姉を怖いと思うのは、理解はしますが…西住 みほさんを…。

 

 

「彼女の戦車道が、彼女を物語っている」

 

 

 

 ……。

 

 

 

 はい?

 

 

「前回の戦車道全国大会を、私も見ていた。まぁ当然だろう?」

 

「……」

 

「…で……だ。思った。彼女の戦車道は怖い。ゲリラ戦を主に置き…奇抜な発想と作戦で、相手を倒す…そこに他の学校の連中も、興味を持っているようだけど…」

 

「…まぁそうですわね。特に決勝戦、黒森峰のマウスを撃破した時も、ダージリンすら驚きを…」

 

 

「私が怖いのは、彼女の攻撃性だ」

 

 

 ……。

 

「本来、戦車道は、試合中。…その人間性が、浮き彫りになる時が多々ある。少し話した所…彼女の性格から、あの試合の数々を想像したが…どうにも結びつかない」

 

「結びつかない?」

 

「多分…彼女は、戦車に搭乗をすると、性格が大なり小なり…変化するタイプだろうよ」

 

「ま…まぁ、いますね、そういった方々は…」

 

 思いの他、真剣に話すこの方に、少し気圧される。

 その彼女が、言うとおり…軽いパンツァーハイとでも言うように、攻撃的になるタイプは、少なからずいる。

 我が校で言えば…ルクリリかしら?

 

 しかし…何をいきなり…。

 

「彼女達も、負けない為に必死だったのだろうが…普通、ありえるだろうか?」

 

「…何がですか?」

 

「ど素人を、全国大会…しかも黒森峰にすら、勝利する程の実力を持たせる事が」

 

「…………」

 

「試合中にも思ったが…彼女は、勝つ為に手段を選ばない傾向がある。作戦…と、言えば聞こえが良いが…それを躊躇無く、尚且つ冷静に行えるだろうか?」

 

「……それ…は」

 

「ただ仲間を信頼しているだけかもしれない……が。皆、素人だ。指揮をする人間が、それを一番理解しているはずだ。にも関わらず…」

 

「……」

 

「戦車に搭乗時、性格が変化する連中は、それがその連中の本質だ。言っただろう? 浮き彫りになる…と。ただのノウハウで、素人を教育しただけで、連勝出来る程、戦車道は甘くない」

 

「……」

 

「そこで、彼女の本質…攻撃性。人を撃つ事に躊躇いがない奴が、結局の所…ここぞというチャンスを逃さないのさ。だから勝てている…と、私は思うよ? 彼女の攻撃性は、強みだよ」

 

「それを、アールグレイ様は…」

 

「…あの二面性も怖い。彼女と会って実感した。初めに言っただろう? 彼女は真っ白だ。今は…分からないが、隆史君と付き合い始めて、色々と変化はなかったかい?」

 

「……」

 

「あの男、どんだけの娘に粉かけてるんだろうね? また…? と、開口一番言われたよぉ? …一瞬、私を見る彼女の目。その目に尻込みしてしまったよ」

 

「そんな…」

 

「私は彼女を敵にしたくないね。彼女が何かの拍子で、そっち方面へ傾いたらと思うと、寒気すらする…まったく。隆史君は何をしているのか…白いのが黒くなっちゃうよ。いい子なのになぁ…」

 

 椅子の背凭れに、背中を預け…大きくため息を吐いた。

 言わんとしている事は、何となくわかりますが…一つ疑問が。

 

 何故…ここまでするのだろうか? っと…。

 

 

「…さて。本格的に面白くない話をしようか」

 

「え…」

 

「上の連中…戦車道をその男共に、理解なんて出来やしない。西住 みほ君を見て、その理解できない男連中は思う。これから発足される戦車道プロリーグに欲しいと」

 

「プロリーグ? 噂では聞いた事が有りますが…ん? 欲しい? 西住 みほさんを?」

 

「そうそう。その…彼女が持っているであろう…と、勘違いしている、「ノウハウ」って奴をさ」

 

「……」

 

「いいかい? 世代的には君達が主役になり得る。しかし現在の戦車道履修者の人数では、どうにも足りない…だから喉から手が出るほど欲しいのさ」

 

「…ノウハウ」

 

「…短時間で素人を、玄人へと成長させるマニュアル。そして、育成要員としての彼女」

 

「しかし、それはそれで、悪い事では…」

 

「はっ…。彼女が、どんな扱いをされるか分からないのに?」

 

「え…」

 

「利権だよ、利権。上の戦車道をまったく理解していない連中は、さっさとプロリーグを発足し、実用化できるレベルにしたいのさ。その利権を握る為に、男連中は、必死こいてるってわけ」

 

「利権…って…」

 

「その為に彼女を囲って、飼い殺しにしたいみたいなんだよねぇ…。分かる? 欲にまみれた連中に、飼い殺しにされるって意味が」

 

「……」

 

「彼女の家柄…西住流家元。しかも次女だから、本家には影響が少ない。スターとなる素質もある。…よって、彼女の人生なんて関係ない。好きに彩って、使い潰す気満々だよねぇ」

 

「アールグレイ様…」

 

「よって…今の彼女の現状と生活を、上のクソ野郎共は、壊したくて仕方がない…まぁもう、分かるよねぇ。…戦車道乙女が、利権の食物になんて…とてもじゃないけど見逃せない」

 

 

 

「エロ…違う。…良い、パンツを穿いていたしね!!!!」

 

 

 …謝りましょう。

 

 今日にでもすぐ、謝罪に行きましょう!!

 

 本気でうちのOGが、大変ご迷惑をオカケシテマス…。

 

 しかし…。

 

 

「…あの」

 

「隆史君には、今日…それとなく忠告するつもりだったんだけどね…。ま、後で話してみよう」

 

「あのっ!!」

 

「…なんだい?」

 

「どうして…それを、私に話すのでしょう? というか、何故、アールグレイ様…学生の身分のでそこまで…」

 

「学生? 違うよ?」

 

 ……。

 

 …………え?

 

「日本戦車道連盟に、私は所属している」

 

 

「…………は?」

 

 

「私のお家柄ねぇ…海外でもどこでも、うるさくてねぇ…最近じゃ結婚話も出てきて…もう…鬱陶しくて…。隠れ蓑が欲しかったんだよねぇ…」

 

「いや…あの…イギリスへ留学したんじゃ…」

 

「それは世を欺く仮の姿ぁ!!!」

 

「真面目な話をしているのですが?」

 

「……チッ」

 

「そもそも、そこまで…深く…」

 

「戦車道連盟のハゲに頼まれてね。隆史君と多少なりとも親交がある、私が選ばれたのさっ!!」

 

「……あぁ、あのエロ親父」

 

「…どうにもねぇ…その利権関係で、西住流の分家とやらも、動いているみたいでね? 分家とはいえ、名家が動けば…すぐにわかるのにねぇ…馬鹿だね!!!」

 

「……」

 

「あぁそうそう。後ね? 尾形 隆史君には、大洗に所属していてもらわないと、困るみたいなんだ。あのハゲ」

 

「……り……理由は…。ただの学生にそこまで肩入れするなんて、前代未聞ですわよ?」

 

「あぁ…なんか……」

 

 

 

 

『 乙女の戦車道チョコの発売が、中止になってしまうじゃあないかぁ!!! 』

 

 

 

 

「…って、必死な形相で言ってたね」

 

 

 …………。

 

 ……あの……ハゲ……。

 

 

「後、君に言ったのは、ダージリンへ直接言うよりも、ワンクッション入れたかった…ってのが、大きいかな?」

 

「ワンクッション?」

 

「情報の選別は、君がしてくれ…。得意だろう? データの選考は」

 

「…なる程」

 

 確かに、直接ダージリンに言えば…冷静に見えて、結構暴走しやすい彼女だ。

 余計な目論見で、自滅する危険性が高い。

 

 策士、策に溺れる…を、体現しそうだ…。

 

 ……特に、隆史さん関連だと…。

 

 

「ま、そんな訳で……アッサム」

 

「…はい」

 

 

「隆史君が、帰ってくる前に……細かな概要を伝えよう…。うまく行けば、タラちゃんのポイント高いよぉ?」

 

 

 

「 お願いします!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『 お馬鹿なの!!?? 』

 

 

 …ほぼ、開口一番怒られた…。

 

『 隆史君とみほちゃんの事、聞いたよね!? というか、隆史君、自らが言ったよね!? 』

 

 店の外…真夏の日でした。

 もう一人の幼馴染みに、いきなり説教を喰らい始めました…。

 

『 隆史君…今、どこ? 』

 

「え…大洗の…路上ですけど…」

 

『 正座 』

 

「はい?」

 

『 正座ぁ!! 怒られる時は、正座なの!! 』

 

「あの…炎天下のアスファルトなんですけど…」

 

『 は? 』

 

「…あ、はい。正座させて頂きます…」

 

 アツイ…。

 炎天下…店前で、携帯に向かい正座している男が出来上がりました…。

 

 

『 昔から私とちーちゃん、みほちゃんの気持ち知っていたんだよ!!?? みほちゃん良かったなぁ…って、ちーちゃんと喜びあったばかりにゃんだりょ!!?? 』

 

 

「噛んでますよ…?」

 

『 うっしゃい!! 』

 

 

「ヘイ…」

 

 

 ……。

 

 

『 それに、私でも分かるよ!! そんな事言われても、確認すればすぐにバレる事だって!! 心配して電話してみて良かったよ!! 信じたの!? あんなセリフ、信じたの!? このお馬鹿!! 』

 

 ……ヘイ

 

 そう。

 

 あの擬似ホスト野郎は、本当に…実際に、瞳の元へ訪れていた。

 だからだろう…電話をして来てくれたのは…。

 

『 確かに、隆史君が来てくれれば、それはそれで嬉しいけど!! 今のみほちゃんから、隆史君を取り上げる様な真似!! できるわけないでしょう!!?? 』

 

 あー…。

 

 普段、みほ以上に、のほほんとしている瞳さんが、大激怒ですね…。

 確かにあの、「隆史君が助けてくれる」発言はしたそうです…したそうですけど…。

 

『 あんなの殆ど、言わされているみたいなモノだったよ!! あの臭いのに!! 』

 

 ですよねぇ~臭いよねぇ~。

 

『 本当に私が!! 本気でそんな事言ったと思われる事に、私は怒ってるんだよ!!?? 聞いてぅ ゲッホゲッホ! 』

 

 …噎せてますね…すいません。

 

『 あ~…はぁ……、落ち着いた… 』

 

「ハイ…ご迷惑をおかけしてます…」

 

『 もう…確かに、今は私達大変だけど…そこまで迷惑を掛けようとも思わないよ…というか、まず隆史君本人に、確認するよ!!! 』

 

「……デスヨネェ」

 

『 昔っからそう!! 隆史君、変に詐欺とか、人を騙す手法に詳しいくせに、自分の時はあっさり引っかかって!! おじいちゃんか!! 私のおじいちゃんですか!? 』

 

「……スイマセン」

 

『 まったく…それさ。そのもう一つの……えっと… 』

 

「日本戦車道連盟のハゲ」

 

『 ハゲ? 変な名前…まぁいいや。その人にも確認取ったほうがいいよ? 』

 

「そ…そうします」

 

『 詮索される前に、言っておくけど…今、私達の所は大丈夫だから…オファー受けてくれてた子、ちゃんといる……あ…… 』

 

 なんだ?

 

 激怒中なのに、バツが悪そうな声に変わった…。

 

 まぁ…いいや。

 

 そうだよ…冷静に考えてみれば分かることだ。

 ハゲ相手にもそうだけど、本人に直接、俺が連絡を取らないはずがないだろうが。

 

 すぐにバレる嘘を…敢えてついてきた。

 意図が…分からない。

 俺に不信感と嫌悪感しか持たれないと言うのに…。

 それに西住流…分家でもわかるだろう。

 あそこまで、俺の弱点…というか、弱い所を露骨についてきたというのだ。

 そこまで調べたのなら…俺が、しほさんと連絡が取れる事を知らないはずがないだろうに…。

 

『 …あの…隆史君? 』

 

「え…あ、はい」

 

『 後で…その……連絡をとってみて? 』

 

「どうした、いきなり…。そのハゲにはすぐにでも…」

 

『 違うの! その…取っていたんでしょ? ずぅぅっと… 』

 

「なにが? え?」

 

『 その…帰ってきてるの…というか、私のオファーを受けてくれたというか… 』

 

 なんだ?

 何か要領を得ない…。

 バツが悪い時とか、大体昔からこうなるな、彼女は…。

 

『 ベルフォール学園に転校してきてくれたの…その…… 』

 

 …はい?

 

『 エミちゃんが… 』

 

「………………え?」

 

『 誰にも言わなかったって、言っていたから……後…… 』

 

「…ハイ」

 

 はい…確かに中須賀 エミ様より、お便りは頂いておりません…て……え…。

 

『 私達は嘘だって知ってるけど…その……隆史君、有名だよね? 主に悪い方に… 』

 

「  」

 

『 エミちゃん…隆史君とみほちゃんの記事読んで………………表情が消えたの… 』

 

 えっと…あの激情型の方に、アレの記事を読まれたの?

 

 …え?

 

『 …後…学校にある、月間戦車道の記事…根こそぎ読み漁って……一日中、砲撃練習をしてたよ? 』

 

「   」

 

『 だから…その……がんばってね!! 』

 

 

 …………。

 

 

 通話が切れた…。

 

 

 フォローしてくださいよ!!

 そこまで知ってるなら、あの赤髪に何とか…。

 

 …………。

 

 頑張れ!? 何を!?

 

 そういや…エミから何も連絡が来なくなって、しばらくが立つな…。

 

 ……。

 

 

 

 …少し、瞳の話を聞いて…安心した自分。

 

 ……あの擬似ホスト野郎が何を企んでいるかという疑惑感。

 

 それを遥かに上回る恐怖感が…背筋から襲って…。

 

 

 …………。

 

 

 よ…よし!! ある意味で、安心した!!

 

 これで、気兼ね無く、昔の事を…。

 

 事を……。

 

「……」

 

 …窓ガラスの向こう側。

 先程までいた席で、俺を待っている二人が、俺を手招きしている…。

 

 はぁ…。

 

 ハゲへの連絡は後で、良いだろう。

 今は…ちょと、昔の事を思い出したい。

 

 思い出しているからだろうか? 少し頭がスッキリし始めた。

 

 

 …。

 

 どこまで話したっけか。

 

 ……じゃ。

 

 

 

 店内へ、戻りますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、次回、北海道。

青森編の様に完全に分別しないで、本編も絡んでいきます。
昔のタラシ殿の鈍感度って…今書くと今のタラシ殿らしくなってしまい、書き直すこと数回…。

閲覧ありがとうございました


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第15話 昔語り と 女の戦い(序章)

はい、病み上がり2回目。

新キャラとーじょー


「さぁ! 続きだ! 続き!! 翌日から、どうだったんだいっ!?」

 

 俺の電話相手の事を、聞くこともしないで、戻ってきた早々に楽しそうな声ですね…。

 俺が席を外している間にでも頼んだのだろう。

 テーブルの上には、湯気が立つ紅茶が二つ…。

 炎天下で正座させられたせいもあり、ホットなんぞ飲めやしない。

 

「すいません…店員さん。俺にアイスコーヒー下さい」

 

「……畏まりました」

 

 その二つを見て、俺も何か頼まないといけないな。と、思い注文するも…

 はい…苦笑する店主らしき方と、嫌そうに声を出しはしないが、めちゃくちゃ冷たい声で反応する店員さんが、応えてくれました。

 

 はぁ…。

 

 先程まで座っていた場所へと、再び座り直す。

 はい、アールグレイ様のお隣ですわね。

 

 …ちょっと、アッサムさんの眉が動いた気がした。

 あれ…俺って、この場所に座ってたよな?

 

「結局、プラウダ勢とは、いつ会ったんだい?」

 

「翌日でしたわ。合宿場の北海道でしたわね」

 

 俺が席に座るのと同時に、さっそく続きとばかりにアールグレイさんが、口を開く。

 ただ、なんだろう…。

 雰囲気が少し先程と違った。

 …上手くは言えないけど…なんとなくそう思う。

 まぁいいや、続きね。

 

「め…めちゃくちゃ、ノンナさんに至近距離から、睨まれたのを覚えております…。あ、カチューシャには蹴られたな」

 

「…あの方、睨むフリして、隆史さんに胸を押し付けているだけに思えましたけどね…まったく、イヤラシイ」

 

 そのセリフで、何故にして俺を睨むのでしょうか?

 

 北海道で、顔を合わせた時…めちゃくちゃ文句を言っているカチューシャと、それを受けて涼しい顔をして受け流しているダージリンを思い出す。

 その横で、ノンナさんに睨み続けられている俺……の! 横で、ニッコニコしているオペ子さん。

 密航して捕まって…どうせだからと、参加したアンツィオ高校の三人。

 

 …出稼ぎとか言っていたが、あれは偵察とかそういった部類の事だったのだろう。

 ダージリンも当然気がついていた。

 後で聞いた所、見られて困る事などございませんし…今は、現状の確認の方が優先事項です。

 …って、なんか言われたな。なにを確認したのだろうかね。

 

 まったく…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 今はもう、少し懐かしく感じる…。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 北海道。

 

 特に遮蔽物もなく…広く続く青く茂る大地。

 この場で現在、行っている、聖グロリアーナとプラウダ高校の、合同練習…そして合宿。

 昔ならば、とてもではないですか、考えられませんでした。

 

 ダージリンとカチューシャさん。

 

 否。

 

 聖グロリアーナとプラウダ高校。

 

 共に強豪校と言われている二校が、こんな事…。

 良好な関係だったのは、私も当然知っていました。

 当然、練習試合位ならば、幾度かはございましたが、泊まり込みまでしての事は、初めてです。

 しかし、ここまでの大規模な事までは、しませんでした…と言いますか、できるなんて、考えもつきませんですからね。

 

 確かに結意義な事でしょう…。

 お互いの実力を上げるには、もってこいの……ですが、それよりも相手の内部情報を少なからず提示してしまうような行為とも思えます。

 …まぁ、ですから?

 当たり障りのない…それこそ、本当に基本的な練習しか、できそうにありませんけどね…。

 当然、それはダージリンも分かっているらしく…MK.Ⅵ 軽戦車しか持ってきていませんしね。

 

 そして現在…お茶会の様な席を設け、そこで各生徒達の様子を眺める総隊長達。

 

 乱戦。

 

 各々の実力を、自身で確認する為、もしくは…各自の判断能力向上の為に、総隊長を排除し、各戦車事での生き残りを賭けた試合をしている。

 無線機からは、各戦車からの声が、次々と入り…それをまた各隊長達が、聞き入る。

 混乱をしたかの様な、叫び声から始まり、相手車両を撃破した歓喜の声から、様々…。

 

 もう一度…そう。

 

 これは、乱戦。

 

 噂には聞いた事がございますが…これではまるで…野試合の様…。

 なんと言いましたか?

 

 ……

 

 そうそう…タンカスロン。

 

 

「…でも、意外ねぇ。ダージリン」

 

 ダージリンと私…。

 向かい合わせに座っている、合宿相手…その総隊長が、口を開きました。

 相変わらず、猫舌なのでしょうか? ゆっくりとティーカップを口に運んでいますね。

 

「あら、何がでしょうか? カチューシャ」

 

「貴女が、私達に戦車を貸すなんて…。それが、練習用の戦車だとしても…だけどね」

 

 …そうですね。

 戦車を貸すなんてね…。

 しかし、流石にバレていますわ…貸出した車体が、練習用だと。

 

「…そう? でも、今回はそれも仕方ありせんわ。保有車輌数が違いますもの」

 

「はっ! 流石に資金のある学校は、違うわよねぇ…」

 

「…………一概にそうとは、言い切れませんが」

 

「…ン? 何か言った?」

 

「いいえ。なんでも」

 

 ……。

 

「にしても…」

 

「何がよ、ノンナ」

 

「私は、それよりもこの案を通した事に、疑問を感じます…こんな演習…」

 

「そう? 私は何となくわかるけど」

 

「カチューシャ?」

 

「タカーシャの案…。この乱戦の目的を、口にはしていたけど…それはそれ。納得もしている」

 

「各々の判断能力…臨機応変に対処する為の訓練…」

 

「そうね。指揮系統の言う事を聞くのは前提条件だけど……私は、私のいう事を聞いているだけの、人形はいらないわ」

 

「…何が起こるから分からないのも、戦車道。孤立する事も当然考えられますからね」

 

「そうそう。ウサ耳リボンが言うとおりよ。命令がなければ何もできない…そんなんじゃ困るのよ。でしょう? ダージリン」

 

「そうですわね。全員の能力向上が、この合宿の目的で…「 後、もう一つ 」」

 

 

「……」

 

 

「特に、ダージリン。アンタの事よ。…他に目的もあるのよね?」

 

「目的? さぁ? なんの事でしょう?」

 

「…タカーシャに練習内容を打診したのは、その為よね?」

 

「……」

 

「幼少から「西住姉妹」と、幼馴染み…。はっ! 娘に指導しないなんて、ありえないしね!」

 

「幼馴染み? そういえば…そうでしたわね」

 

「なにをすっとぼけてるのよ。…戦車道の練習なんて、素人…しかも男なら、見る機会なんて皆無に等しい。でもタカーシャなら確実に、西住流…しかも、その家元指導の元…西住流の練習を、見た事がある」

 

「……なる程。隆史さんが、あの姉妹が練習をしているのを、何度か見ていたと言っていましたからね。…しかもご実家で」

 

「そうよ、ノンナ。要はね? …人間、知っている事しか知らないのよ。聞かれれば、その知っている事からしか、答えられない」

 

「……」

 

「…西住流の練習方法…それを、タカーシャから引き出したいのよね? 素人のタカーシャなら、それがどんな価値があるかも知らずに、ベラベラ喋るでしょうよ」

 

「黒森峰では、練習を一部公開はしていますけどね…。それでも細かい所は分からない…だから。…と、いった所でしょうか?」

 

 気が付けば、糾弾するかの様に、プラウダ高校のお二人は、ダージリンを睨んでいます。

 

 …まったく。

 

 睨まれたからなんて理由ではないでしょうね。

 カチューシャさんの話の途中から、酷く顔色が悪い。

 いつもの様に、シレッとした、トボけたような顔ですらする余裕がないのでしょう。

 誰が見ても、分かりやすく動揺していますわね。

 

 えぇ…本当に、分かりやすい。

 

「…アンタが、なにを思って、どうしようが関係ないけど…タカーシャを、ただ利用するつもりってだけなら…………許さないから」

 

 確かに西住流の練習方法を取り入れる、もしくは把握をしていれば、大きな利益になるでしょう。

 普段の練習…演習……それは、素人が見れば分からないかもしれませんが、実際に戦車道を履修している者からすれば、大きな価値がある情報。

 幾らでも、そこから…それこそ、色々なデータを絞り出す事ができる。

 

 しかしですね。カチューシャさん。

 

「…………」

 

「ダ……ダージリン? アンタ、なんて顔してるのよ…」

 

 見れば、お分かりでしょう?

 そうですよ…今のダージリンに、正直……そんな事を画策する余裕は、ないでしょうね…。

 ほぅら、手に持つティーカップが、音を出し始めましたよ。

 

「ノ…ノンナさん」

 

「はい? 私ですか?」

 

「…変な所が鋭いですわよね? …隆史さん」

 

「……そうですね。分かって練習内容を仰ったのか…それとも、その時は兎も角、今はもう気がついているか…」

 

「そ…その様に、打算的な嫌な女と思われてしまっていると!?」

 

「はい? あの…ダージリンさん? ダージリンさん!? 熱くないのですか!?」

 

「己が利益の為に、人の善意を食物にしていると!?」

 

「そこまで、言ってませんが…」

 

「ちょっと…。それ以前に、なんで私じゃなくてノンナに確認とるのよ」

 

 あぁ…ガッタガッタ震えてますわね…。

 バッシャバッシャ、紅茶をこぼしてますわよ…。

 

 はぁ…。

 

「カチューシャさん、ノンナさん」

 

「何よ、ウサ耳」

 

「なんですか?」

 

「今のダージリンに、余計な事を考える余裕なんてありませんわ…それ以前に…」

 

「」

 

「「 ………… 」」

 

 私の言葉に合わせ、ダージリンを見る二人が、絶句した…。

 虚空を見つめ、信じられない程に青くなっているダージリン。

 

 まったく…

 

「ど…どうしましょう……。特にあの姉妹を引き合いに出した…とか……特に怒りそうな…」

 

 ブツブツと独り言を漏らすダージリン…。

 こんな彼女は、そうそう見れない…見れない…ですけど…。

 

「…ちょっと、ダージリン…? 貴女…」

「あぁ…なる程」

 

「いいですか? ダージリン…ただ、単に尾形さんとこの場に来れる事を、楽しみにしていました…。特にダージリンは…」

 

「「 …… 」」

 

「へ…下手な言い訳…いやっ! でも…しかし……」

 

「この手のお話に置いて…………ズブの素人…」

 

 

「「 ………… 」」

 

 

 尾形さん風に、言うならば…ポンコツ…。

 

「…後ですね? 少々、グロリアーナで問題が発生しまして…。そんな折…私は尾形さんを合宿に…いえ、合宿自体に反対でしたから。それでもって、強引に進める程ですよ?」

 

「なんか、同情する程、動揺してるわね…見たこと無いわよ、こんなダージリン…」

 

「ですね。まぁ…何となく理解はしますが…」

 

「ダージリン…ただ、尾形さんが、私達の戦車道に関与…関係してくれる事が、嬉しくて仕方がないみたいで…ここ2、3日ですが…気持ちの悪い笑みを、何度かしていましたわ」

 

「……ノンナと一緒か…」

 

「…!?」

 

「ですから、本当に今回、私達の隊長様に、裏表はありませんでしてよ?」

 

「「 ………… 」」

 

 小刻みに震え続け、完全に動きを止めた姿勢で、虚空を光のない目で見つめるダージリン…。

 それをまた、見つめる私達四人。

 

「あの~…」

 

 はい、その四人目。

 

 今まで黙っていたアンツィオの隊長さんが、小さく手を上げた。

 貴重ですよ? 空気が読める方って。

 

「黙って聞いていたけど…隆史って…え? 西住流? あの黒森峰の姉妹と、知り合いなのか?」

 

「あら? 聞いていませんの? 幼馴染みらしいですわよ?」

 

「……初耳だ…。まほも特に…」

 

 あら? 何か一瞬、考え込む仕草を…。

 

「ふ~~む。なぁ、ダージリン」

 

「ドウシマショウドウシマショウ…」

 

「…いやな? 聞いて? …その当の本人だけどな?」

 

「シマ……はゥ! はい!?」

 

「はぅって…。まぁいいや、隆史の事なら、大丈夫だろうよ」

 

「なっ!! なんでそう言い切れますの!? 隆史さん、特にこういった事を嫌うと…」

 

 ……。

 

 別人じゃないでしょうか? この隊長…。

 少々、必死過ぎやしませんか?

 

「だってなぁ…あれ見ろ」

 

 はい、その当の本人。

 

 少し離れた所、数名の生徒に楽しそうに声を掛けている。

 ズラッと、並んだ生徒…。

 ここにいない、オレンジペコ。それにカルパッチョさん…でしたか? 私を随分と見ていましたが…。

 まぁいいです。

 その戦車に乗り溢れた方…特に装填手の選手を集めて…。

 

「きつい!? 大丈夫だ! 成長への産声だから!!」

 

《 …… 》

 

「喜んでいる! それは今! 君の筋肉が歓喜の声を上げているんだ!! 後一回! できる!! 君なら後二回はできる!!」

 

 数が増えている所がひどい…。

 砲弾を片手に持たせ…筋トレというのをしていますわね。

 ダンベルの様に、反復運動を繰り返し行う訓練をしております。

 その一人一人の横に、並んで付いて…なぜでしょう? とてつもなく輝く笑顔で、応援してますわね…。

 

 筋力は確かに、装填手には必要不可欠…でもですね? なぜ見学者の彼が、名乗りを上げたのでしょう?

 

「あの…隆史様…。これ…本当に必要なんですか? 砲弾を持ち上げる程度の筋力があれば、十分かと…」

 

「いいか!? オペ子!!」

 

 徐に、地面に転がっている、別の練習用砲弾を片手で少し放り投げ…近くにある練習用の装填装置に対し…。

 

「ほれっ!」

 

 一瞬で、ガコンと…音を立てながら、放り投げ入れました…。

 本来、砲弾を持ち上げ、構え、挿入…装填……の工程があるのですが…何段階かをすっ飛ばしましたね。

 

「本来なら!! こんな事しちゃ、危ないからダメだけどな!? 軽く持ち上げられれば、装填スピードも上がるんだ!!」

 

「り…理屈は、分かりますが…」

 

「しほさん…西住流の家元様からの、お墨付きだ!!」

 

「そう…なんですか?」

 

「まぁ!! んな事は、二の次だけどな!! なんか、諦められた目をされたし!!!」

 

 

 

 ……。

 

 …………なんでしょう? あれ。

 

 

「…な?」

 

「……」

 

「無駄に機嫌がいいし…アイツなら、悪意を持って、他者を巻き込まなければ、特に怒ったり、嫌ったりしないだろ」

 

「え…しかし、その他社である、西住姉妹を巻き込んだと……思われていなければ良いのですが…」

 

「あぁ~。直接、本人に聞いてみれば?」

 

「…ぇ。そんな…聞ける訳…」

 

「例え、そう思われていても、素直に謝れば、ダージリンならアッサリ許してくれるんじゃないか? そう言う奴だろ? ちゃんとメリハリはつけているだろ」

 

「ア…アンチョビさん…」

 

「お前の態度見ていたら分からるよ。他意はないんだろ? んなら、誤解だって私からも言ってやるからさ!」

 

「ドゥーチェさん!!!」

 

 

 ……おい、隊長。

 

 ですが…。

 

 

「しかし…隆史さん…」

 

「なんすか!? カルパッチョさん!!!」

 

「明日…筋肉痛がすごそうです…」

 

「だいじょうぶ!! それは、筋肉が成長する証!! 産みの苦しみ味わうは必然!!!」

 

「多分…言っている意味が違うかと…」

 

「超回復!! 強くなる!! それは、成長の証!! 筋肉は成長し続けるんです!!! しかも!! ……慣れれば、その痛みも快感になりますから…」

 

《 ………… 》

 

「裏切らない!!! 筋肉は裏切らない!!!!」

 

 全員がすっごい引いてますね…。

 プラウダ高校の生徒も含めて、すごい顔をしてますわね…。

 彼の体格を見て、体育教師だとかと、思っているのでしょうか?

 ここまでは、渋々ですが、言う事を聞いてましたが……。

 

 

 まぁ…良いですけど…。

 あちらは、あちらで…。

 聞こえてくる無線機の音声からは、不安感をやたらと煽られますわね。

 

『リミッター!! 外しちゃいましてよ!?』

『リミッター? んなもん、ついてんのか? この戦車』

 

 …無線機から、戦車内の音声が聞こえてくる…。

 ダージリンの変わり様と態度で、その聞こえてくる席は、凄い事になってますが…聞いてませんね。

 あぁ…アンツィオのペパロニさん…でしたか?

 溢れてしまったので、一輛だけ設けた、混合チームでしたか?

 

『この戦車にはついてませんわ!!』

『…は? 運転に集中したいからよぉ。適当な事、言うなや』

『外すのは、私!! 心のリミッターでしてよ!?』

『聞け。そして、何言ってんだ? オメェ』

『何事も…その気になれば、なんでもできる…』

『……』

『どんな無茶な状況でも!! 心にあるリミッターさえ外してしまえば!! 私は最速にして最強でしてよ!!!』

『…リミッター…』

『この、不利な状況も、それでなんとかなりますわ!!』

『…なる程! いい事、言うじゃねぇかオメェ!!』

『分からない!! 分からないぃぃ!! どしてそれで、会話が成立するだ!?』

 

 ……。

 

 なまりのある声が、絶叫してますわね。

 尾形さん風に言えば、突っ込みが不在…って、やつですかね?

 

 はぁ…。

 

 ダージリンも…そろそろ、その気になってくれませんでしょうか?

 時間…でしてよ?

 

 …昼過ぎには本当にお越しになりそうですから…。

 

 

 あの方々が…。

 

「…しかし、タカーシャ…。生き生きしてるわね」

 

「そうですね」

 

「んぁ? なんか用か? カチューシャ」

 

「…なんでも無いわよ」

 

 全員で注目をしていると、その視線に気付いたのか、無駄に輝く笑顔で見てきましたね。

 

「ん? どうした、ダージリン。人の顔ジッと見て」

 

「ふふっ…私の視線が、お気になりまして?」

 

「いや…なんで、いきなり勝ち誇った顔をするんだよ…」

 

《 ………… 》

 

(急に、いつもの様になりましたね)

(取り繕うのは、得意だな。ダージリン…)

(先程の狼狽ぶりを、教えて…やめましょう。なぜか危険信号を感じました)

(あぁ~…隆史、そういうギャップ? とか、そういうの好きそうだしな)

 

「あぁ、そうそう。ダージリン」

 

「なんでしょう?」

 

「練習内容の件か? 今の話、聞こえてたけど…」

 

「なっ!?」

 

「お前がそういった事で、俺を利用するとか考えてないから、気にするな」

 

「…ぇ」

 

 草原の中。

 少しこちらへ近づき、腰に手を置きながら…また、笑顔でそうおっしゃいました。

 

「ダージリンが、腹黒い事は知ってるけどな? 自身の利益の為だけに、何かする奴じゃないって事も知っているつもりだからな」

 

「……」

 

「というか…そうか。練習内容とかも、余り話さない方がいいのか…」

 

 はっはーと、いつもの特徴的な笑い方をしながら、今度は……。

 

「あぁ後…千代美も、ありがとな」

 

「んんっ!?」

 

「お前のそういった性格。結構、好きだぞ」

 

「なっ!?」

 

 いつもの様に変に軽く、人によっては軽薄にも取れる態度。

 ダージリンへと気遣った、彼女に対しての事でしょうが…。

 

「…………」

 

 ありがとう…お礼。

 その言葉の効果は、アンチョビさんに対しても有りますが…あの言い方ですと、ダージリンに気を使ってくれてありがとう。

 つまりは、ダージリン側としての発言。

 深読みしすぎでしょうが、変に思考を繰り返す事が癖になっているダージリン。

 昨日の生活の一部発言も相まり…。

 

「」

 

 …それは、今のダージリンにとって、痛恨の一撃…。

 自覚は無いのでしょうが、弱っている所を、狙いすましたかの様な攻撃ですわね…あの男。

 アンツィオの隊長にもそうですが、他意も何もなく、素直に言うので、またタチが悪い…。

 

「ノンナ。…なんか、面白くないわね」

 

「…同感です、カチューシャ」

 

 あぁ…もう…。二時間程前のダージリンに、今のダージリンを見せてやりたい…。

 中身がないティーカップを、楽器の様にカチャカチャと…。

 …言葉が出ないのか、押し黙ってしまいました。

 

 腹黒いとか、言われたのに聞いていませんね。

 …ここまで、人を変えてしまう様なモノなのでしょうか? 恋とやらは…。

 

「あっ! そうだ。お前らもやるか? アレ」

 

「はい?」

 

 腕を一生懸命に曲げている集団を指して…今度は、宗教勧誘をする方の様な笑みを浮かべましたね…そのダージリンのお相手。

 

 はぁ…。

 

 変な宗教にしか、思えませんよ…あの集団。

 そもそも、思いつきで話を変えないでください。

 私達は、装填手では、ございませんので、寧ろ余計な筋りょ……

 

「二の腕、痩せるぞ?」

 

《!!!》

 

「たるみが無くなって、引き締まるな。それと…やり方によっては、腹筋も使うから…ウエストを引き締めるって方法もあるしな」

 

《!!??》

 

「ダンベル…あぁ、今回は砲弾を利用してるけど、ああいった筋肉の付け方って、部分、部分を集中して鍛えられるからな。効果もでかい」

 

《  》

 

「あぁ~…でもまぁ。戦車道には関係ないな」

 

《 やります!! 》

 

 やります。

 

「え…やるの? …思いの他、食い付きが良くてびっくりだ…」

 

「それは、普段日常でもできますか!?」

 

「アッサムさん!?」

 

「できますか!?」

 

「え…あぁ、はい。ダンベル持ってなくても…ペットボトルに砂入れたり、水入れたりで…」

 

「後は方法ですね!! 教えて下さい!!!」

 

 二の……腕……。

 

 

 …早く。

 

 

 早く!!

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「あっはっはっは!! それで全員で、筋トレしてたのか!!!」

 

「……ぅ」

 

「天下に轟く、お嬢様校の聖グロリアーナッ!!! それがっ!! 北海道にまで来て! 青空の下!! 皆揃って、筋トレ!!!」

 

「……くっ」

 

「どこのブートキャンプだい!!??」

 

 いやぁ…なんか、アールグレイさんのツボに入ったみたいだ。

 涙浮かべて爆笑してるよ…アンタ、一応お嬢様の部類に入るんだろうが…。

 手を叩いて、爆笑するなよ…。

 

 アッサムさんは、なんか外向いて、真っ赤になってるし…。

 別に、恥ずかしい事じゃないと思うけどなぁ…。

 

 そうだなぁ…一応フォローいれとくか。

 

「アールグレイさん」

 

「なっ…なんだい!? はっーはっー!!」ヒィー!! ヒィー!!

 

 …そこまで笑うか。

 

「 筋肉は素晴らしい 」

 

「 」

 

「……」

 

「……」

 

「素晴らしいのですよ?」

 

「は……はい。すいませんでした」

 

 なんだろう…にこやかに言ったのに、なぜかアールグレイさんの笑顔が消えた。

 あぁ…そうだ。

 

 彼女にも教えてあげよう…。

 

 

 筋肉の素晴しさを…。

 

 

 

「えっ!! 遠慮しとくよ!! なんだい、その凄まじく悪い笑顔は!!!」

 

 

 

 …口に出す前に、拒否された。

 

 あぁ…。

 

 まぁいいや。

 

「戦車道連盟に所属してるなら、あのハゲに聞けば、居場所なんてすぐに分かりますからね?」

 

「あの…マジな口調は、やめてほしのだけど…」

 

 

「 逃がしませんからね? 」

 

 

「 」

 

 

 よし。

 

 一名できそうだ。

 まずは、どこを…あぁ……今は、違う。

 それは今度だ。

 

「ま…まったく」

 

 あ、アッサムさんが、帰ってきた。

 バツが悪いのか、目の前の紅茶に口をつけましたわね。

 

 ……。

 

 ……彼女の私服…半袖から出て見える白い肌。

 

 その腕…。

 

「……なる程。続けてますね」

 

「どっ! どこ見て言っているのですか!!」

 

 

「 筋肉です 」

 

 

「……隆史さん。貴方もそろそろ、戻ってきてください」

 

 む…。

 言われて気がついた。

 少々、熱くなってしまっていたか…やれやれ。

 

「…やれやれは、私のセリフだよ…隆史君が、少々怖く見えた…よ……どこ見てるんだい!!??」

 

「 筋肉です 」

 

「それは、もういいよ!!」

 

「…二の腕………上腕三頭筋にたるみが…後、二頭筋も……これは…」

 

「なっ!?」

 

「ふ…ふふっ! 鍛え甲斐がありそうだぁ…。アールグレイさん。ちょっと腕を上げて、左右に振ってみてくださいよ」

 

「嫌だよ!!! なっ…一体、何なんだい!?」

 

 

 

「 確認です 」

 

 

 

「もういいから! 次に行ってくれ!!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「…なんですか、これは」

 

「……」

 

 一頻り、隆史さんのおっしゃる方法で、皆で砲弾を一生懸命に動かし続けた後…。

 いつの間にか、二人のお客様が現れました。

 

 …忘れてた。

 

 見学に、お越しになるかもしれないと、予め一報を受けていたと言いますのに…。

 豪奢な出で立ちの婦人…日傘を挿して、私達を呆然と眺めています。

 その隣には、見覚えのある御仁…。

 あ…よかった。昨日は変な動画をご覧にならなかったようだ。

 特に奇抜格好もしていない…我が校の…。

 

 OG達。

 

 ダージリン含め、他の生徒もその来客に気がついたのか、浮ついて、緩んでいた思われる気分が、一気に張り詰めた。

 スッ…と目を細めこちらを睨んできている。

 

 即座に、ダージリンが反応しました。

 他の生徒が怯えてしまっているのもありますが、今回此方にあの方達がお越しになった理由は、分かりきっていますからね…。

 ゆっくりと近づく彼女に、気を使ってくれたのか…従者の様に横に立っていたお方が、口を開いてくれました。

 

「ご機嫌よう、ダージリン。お久しぶりですわね」

 

「えぇ…お久しぶりですわ。アールグレイ様も、お元気そうで…」

 

 ピリッとした空気が、周りの風の音を大きく感じさせる。

 その緊張感が入り混じった二人の会話に、プラウダ校の生徒の方々も息を飲んでいますね。

 カチューシャさん、ノンナさん。涼しい顔をしていますが、その高校の代表すら空気を呼んでいらっしゃいますから。

 

 ……。

 

 一応、尾形さんも気を使ってくれているのでしょうか?

 口を開かず、黙って作業をしています。

 

「……」

 

 …使ってくれているのですよね?

 

 転がっている砲弾を、整理する為なのか…拾い集めてますけど…。

 すっごい笑顔で…。

 

 さて…。

 

「アッサムさん」

 

「はい、なんでしょう? ノンナさん」

 

「あの方々は…? あのダージリンさんから、緊張の色が見えますが…」

 

 ダージリンが挨拶を交わした方……アールグレイ様。

 

 私達を直接指導して頂いていた先輩…。

 一応、現状では通常の状態…とでも、言うのでしょうが、まともな状態で…本当に良かったです…。

 

 そしてその、アールグレイ様が従者の様に付き添っている方。

 豪奢な格好の、聖グロリアーナ卒業生にして、すでに20台半ばのご婦人…。

 今は「クルセイダー会」の方…でしたわね。…最近、特に口うるさく関与してくる我が校の先輩。

 

 我が校は、OGの権力が凄まじく…。

 資金提供などしてくれてはおりますが、その分…発言権も強く、現在の顧問、教師…時代によっては、現場の隊長各の方よりも強い。

 作戦、戦車の編成にまで口を出し、現場の意見は聞かない場合も少なくはない。

 

「ふ~ん」

 

 あら、気がついたら尾形さんも、此方に来てましたわね。

 カチューシャさんと、ノンナさんと肩を並べ、私の話に相槌を打っています。

 

「しっかし、編成にまで口出してくるの? うっざいわねぇ…」

 

「えぇ…まったく」

 

 はい、とても賛同いたします。

 

 その皆の視線の先…。

 ダージリンは、先ほど見せていたポンコツ具合(尾形さん談)は、見せておらず、真剣な目で微笑を浮かべながら、社交辞令を交えて…会話をしております。

 とてつもなく牽制した喋り方…いつものダージリンへと戻りましたわね。

 

「ふむ…なぁ、アッサムさん。あれ、ダージリンの奴、結構怒ってないですか?」

 

「…え。あぁ…アレは怒っていると言いますか、ダージリンのOG会の方々と話す際の癖と言いますか…会話術の様なモノです。女性同士…更には、あれ程の方との会話は、結構気を使うのですよ」

 

「ふーん。…でもなぁ…あれは、威嚇にも見えるんだけど…」

 

 威嚇…まぁ分からなくもありません。

 今回いらしたのは…例の件でしょうね…。

 その豪奢な格好をしたOG…現役時代は、確か、キャンディー様と名乗っておいででした。

 各紅茶のソウルネームと言われる物を、ある程度選ばれた選手へと命名するのも、我が校の伝統…。

 あの方は、何世代か前の聖グロリアーナの隊長を務めたお方。

 勿論、その名はあります。

 

「ま、要は何かしらした、ダージリンに何かクレームを言いに来たって事? こんな所まで?」

 

 カチューシャさんが、特につまらなそうに言い捨てました。

 

「まぁ…現状の聖グロリアーナの視察も兼ねていると思いますが、概ねその様な所ですね」

 

「はっ…暇なのかしらね?」

 

「お暇なのでしょう」

 

「アッサムさんも結構言いますね……」

 

 そうですか?

 少し苦笑して、その様な事を言われてしまいました。

 しかしですね? そんな嫌味の一つも、言いたくもなりますよ…。

 

「苦労していたダージリンを間近で見ておりますから…新しい戦車を導入した位で、ここまで来ますか? まったく…」

 

「新しい戦車って…この前の練習試合で出した、アレ? クロムウェル巡航戦車の事?」

 

「そうです」

 

 そう…特に、「マチルダ会」「クルセイダー会」「チャーチル会」の内、特に口うるさいのが、最大派閥の「マチルダ会」。

 前回、漸く購入をし、お披露したクロムウェルを見て、余程気に食わなかったのか…伝統伝統と、まくし立てて来ました。

 あぁ…もう。窓口になってしまった私の苦労も、誰か理解してくれませんでしょうか?

 

 でも…しかし。

 その「マチルダ会」の方がいらしたのでしたら、分かるのですが…何故「クルセイダー会」の、キャンディー様がいらしたのでしょう?

 

「…あぁ…なる程。そういう…」

 

「尾形さん?」

 

 私が呟いた疑問が、耳に入ったのか…しかもソレを聞いて何故か納得した顔をしましたね。

 何を…その後、根掘り葉掘り、クルセイダー会の事をお聞きに…あの…答えた私が言うのもなんですが、本人がそこにいるのですが…。

 

「ふ~ん。大変ねぇ、お嬢様学校ってのも! でもアンタ、自分の学校の内情をバラしちゃって」

 

「愚痴だと思って、聞いてください。結構、このお話は有名ですからね。調べればすぐに分かる内容ですし、問題ありません」

 

 はい。愚痴です。

 

「アッサムさん」

 

「尾形さん? なんです?」

 

「その「クルセイダー会」って、三大派閥の中で、規模が中間でしょ」

 

「え? えぇ…そうですが…先程呼んだ順番が、その規模の順番ですが…」

 

「やっぱりなぁ…どこにでもいるなぁ。そういった連中」

 

 尾形さんは、なぜか知った様な事を言い…遠い目をして…「ふ~~~ん」と、目を細めました。

 どこにでもって…そうそう、お会いできないと思いますが?

 

「…はい?」

 

「「 …… 」」

 

 なんでしょう?

 何か納得した様な言い方をした尾形さんに対し、カチューシャさんと、ノンナさんの顔色が少し変わりました。

 

「タカーシャ。余計な事しちゃダメよ…」

 

「そうです。隆史さん。流石に内政干渉になりますよ」

 

「内政干渉って…。しないよ。する訳がないだろう?」

 

「そうかしら? あのダージリン見て、なんとかしてやろうとか、口出しそうだけど?」

 

「そうですね。プラウダではそうでしたし」

 

「しないって…」

 

 疲れた様に項垂れましたね。

 今のこの三人の会話は、少し何を言っているか分かりかねます。

 まるで…。

 

「タカーシャ……正直に言ってごらんなさい?」

 

「な…なにが」

 

「……」

 

「ノンナさん? …なんで、まっすぐ見てくるんですか…え? 俺も見た方が良いですか?」

 

「……っ!?」

 

 愛想笑いを浮かべ、誤魔化す様にノンナさんを見つめ返す様にしました。

 天然…とでも言うのでしょうか?

 

「……」フイッ

 

「目を逸らしたんすか…」

 

 …真正面から、態々体まで向きなおして…。

 少し非難する様に見つめていたノンナさんを、正面から捌く…と、言いますか強引にやめさせましたね…。

 

「た…隆史さんなら、アレ…どうにか、できそうな言い方しましたから。…計算しましたでしょう?」

 

「ん? あぁ…まぁそうですね。あの…キャンディーさん…でしたっけ? 後は、どんな方かさえ知れば…簡単に、追い返すくらいならできそうですけど?」

 

「 はっ!? 」

 

 …何を…簡単!? 言うに事書いて簡単!?

 ごくごく、普通に言い放ちましたね…。

 あんなめんどくさい、ヒステリー気味の女性を?

 しかも伝統、伝統…そんな事ばかり言っている、頭の固い方なんですよ?

 

 …できる訳がないでしょう。何言ってるのでしょうか、この…

 

「…ま。戦車道に、ほぼ関係していない俺だから言える…出来る…って、事ですけどね。まぁ関係者だけでは、まず無理だろうな」

 

「…隆史様」

 

「オペ子?」

 

 一年という事もあり、暫く黙っていたオレンジペコが、ここで口を開いた。

 不安な顔と、信じられない顔…入り混じった…。

 

「あの方…特に気難しい方で…でも……あの…」

 

「あぁ、しないしない。できる、できないを言っただけだ」

 

「……」

 

「そうだなぁ…まず……戦車購入なんて、学校資金とはいえ、大変だろ? それをそんな、御局様みたいな人達に対し、全くの内密にできるなんて思えない」

 

「ま…まぁ」

 

「でも実際に購入はできている。…一部、協力者を作ったりとか、したんだろ? …それを含め、ダージリンやアッサムさんも苦労したろ?」

 

「……しましたね…えぇ……物凄くしました…」

 

「だから俺が、簡単だと言ったのも、鼻で笑うかもしれないですけどね。…あの手の立場の人間でしたら…まぁ?」

 

「…それは、口八丁のタカーシャだから、可能なだけじゃないの?」

 

「詐欺でしょか?」

 

「詐欺ね」

 

「……泣くぞ」

 

 漫才はいいです。取り敢えず苦労した事ばかりが、脳内を駆け巡りますよ…。

 えぇ…ダージリンの無茶を聞いて…ダージリンのワガママを聞いて……。

 まぁ…交渉はその隊長様でしたけど…。

 私は主に、資金繰りと尾形さんが言うように、協力してくださる方々への交渉…。

 全く…裏工作というのは、物凄く神経を使うのです…。

 

 ただ、そこまでと打って変わり…ヘラヘラした顔を、顔を引き締め…。

 

「これは、聖グロリアーナの問題だ」

 

 オレンジペコに向かい、はっきりと言いました。

 

 

「だからこれは、代表者のダージリンが、最後までやるべきだ。第三者が口を出すべきじゃない」

 

 

「「「「 …… 」」」」

 

 ……。

 

「まっ。アドバイスくらいなら、聞かれば教えるけど…」

 

 彼が言っている事、言いたい事は分かります。

 ですけど、それは精神論です。

 

 私は、好まない。

 

 本当に彼が可能だと言うのならば、手段を選ばず頼むべきでしょう。

 しかし、不確定な与太話としてしか思えない、彼の話を鵜呑みになんて…。

 ですから、ここはダージリンに頑張ってもらうしか…。

 

 私の目線の先…お茶為に、先程まで使っていた席にも座らず、立ち話を続けているダージリン。

 二人のOGへと、愛想笑いを浮かべ…遠まわしに。そのまま交渉でもしているのでしょうか?

 

 …しかし、アールグレイ様があちら側とは…。

 少々以外ですわね…。

 ある意味で、ダージリンが苦手とする先輩でしたからね…分が悪いのでしょうか?

 

「……」

 

 後は、ダージリンまかせ…。

 ここまで私も関係してきたのです…ただ、眺めているだけと言うのも…。

 

 …先程までの喧騒もなく…今はただ、風の音だけ。

 静かにダージリンの姿を、全員で眺めているだけの時間…。

 

 そう…時間が、ただ過ぎてゆく…。

 

 

「……」

 

 

 ……。

 

 こうしていても、何も変わりません。

 …仕方がありません。今はどんな手を使ってでも、あの方をなんとかしなくては。

 

「尾形さん」

 

「はい?」

 

「……本当に、貴方でしたら何とかできますか?」

 

「え…まぁ、あのキャンディーさんの立場なら…少なくとも追い返す位なら…」

 

「……」

 

 いとも簡単に、また言い放ちました。

 そこまで言うと、協力はしないとばかりに、再度、また転がった砲弾を拾い集めに行ってしまいました。

 それを追う、オレンジペコ。

 少し心配そうに、此方を振り向きながら、尾形さんと話しながら、彼を手伝い始めた。

 

 ……。

 

 あの様子では、協力は無理そうですね。

 あそこまで、彼は頑なな方でしたでしょうか?

 ダージリンが最後までやるべき…そう仰っていましたけどね…少々、冷たいかと思いますわね。

 

 …まぁ宜しいですわ。

 初めから余り、期待はして…

 

 

 

「ウサ耳」

 

 

 

「…その呼び方は、酷く限定すぎます。やめて頂きたいですわ」

 

 リボンって、だけではありませんか。

 プラウダの隊長様から、耳打ちの様に話かけられました。

 尾形さん気がつかれない様に…? なぜまた?

 

「ダージリンならプライドが邪魔をして、こんな内部の事なんてタカーシャに何も言わないわよね」

 

「そうですね。あの現状を見られる事すら嫌がりそうですが…」

 

 …ですが、今回は合宿。それを優先した。

 身内の恥を晒してまで…。

 まぁ、キャンディー様がまさか練習中にお越しになるとは、思わなかったのでしょうが…。

 

「アンタなら、結果を優先させるわよね」

 

「…まぁ」

 

「……正直、ダージリンへ借りもあるし…いい事、教えたげる。私達でも滅多に使わないし…使えないけど」

 

「あら、なんでしょう?」

 

「本気で貴女達が、参っている………ならね」

 

 上からの圧力。

 それを痛いほど理解している彼女ですからね。

 変に同情してくださったのでしょうか? 借り…と、仰っていますけどね。

 

 

「 助 け て 」

 

 

「…はい?」

 

「………タカーシャに、言ってごらんなさい」

 

「尾形さんに?」

 

「本当の意味での「手段を選ばない」という言葉を理解できるわ」

 

「…え」

 

 バツが悪い見たく、今度は後ろ向き…誰に言う訳でもないように呟きました。

 ノンナさんのいる場所へと、戻っていく最中…最後に。

 

「ある意味で、本当に……本気で、タカーシャに対して卑怯な方法。だから、今回だけよ?」

 

「どういう…」

 

「…そう今回だけ。まぁ…アレだし、ダージリンが本気で困っていそうだから良いけど…。最初に言ったわよね?」

 

 

 

 地吹雪のカチューシャ。

 

 

 その二つ名を嫌でも、思い知らされる程の…圧…というのを感じました。

 半身…此方を振り向いて…此方を睨みつけてきました。

 そしてこれからの事だろうか? 色々な意味を含めての一言でしたのでしょう…。

 ですから…これは、素直に従おうと思います。

 

 

「ただ、利用するだけなら……()()で許さないから」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 アドバイスだけ…そう言ったのに…。

 

 そのアドバイスを言った直後…アッサムさんに手首を掴まれて、ダージリンの元へと連れて行かれてしまった。

 その聖グロOG連中と、話す気も全くなかったのに…。

 まぁ…俺を引きずれるなんて、あの細腕からは思えなかったから、特に何もしなかったけど…案の定。

 顔を真っ赤にして、両手でウンウン言いながら、動かない俺を引っ張るアッサムさんが、流石に可哀想になって…同行してしまった。

 

 はぁ…。

 

 

 ……助けてください…ねぇ?

 

 頭を下げられてしまった…あのアッサムさんに。

 本当にこの件は、ダージリン達だけで解決するのが、今後の為にもなると思うのだけど…。

 

 甘いなぁ…俺。

 

 結局はソコだ。その言葉に動いてしまった。

 

 それに…ダージリン。

 微笑を浮かべながらも、真剣な目をしている横顔を暫く見ていた。

 それに水を差すのも悪いからなぁ…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ま…少し、様子見…だな。

 あのキャンディさんとやらの、為人を見て…判断するか。

 どうするかは、それから決めよう。

 

 …まずは、現状。

 

 そう思っていた。

 

 OGのお二方からは、まず不審者を見る目で見られる。

 まぁ当然だなぁ…女子校の合宿に野郎が、混じってるんだから。

 

 はい、では、お互い自己紹介。

 

 俺が名乗れば、相手も名乗る。

 …キャンディーさんとやらは、汚物を見る目を向けてきましたけどね。

 

 綺麗な顔立ち…まぁ、美人と言われる部類に間違いなく入る。

 ショートカットの栗色の髪…いやぁ…目は、キッツいなぁ…。

 どこぞの貴婦人? ってな感じの服装で固め…俺と口すら聞きたくなさそうに、不機嫌を絵に書いたようお顔をされていますね。

 はい、一通り、何考えてんだ、この野蛮人。…みたいな悪口を遠まわしに、何度も頂きました。

 自己紹介ですらねぇ…。

 

「初めまして…尾形…さん?」

 

「あ、はい。初めまして…」

 

 そしてこちらの方も、お嬢様を絵に書いた様な女性。

 アールグレイさん…と、おっしゃいました。

 風に、細く長い金髪をなびかせながら、丁寧に腰を少し落とした挨拶をされてしまった。

 微笑を浮かべ、…社交辞令という名の、言葉と顔を向けられた。

 

 …。

 

 物腰も言葉も柔らかだが、警戒の色を。少し俺に見せている。

 白を基調とした、嫌味のない服装…お淑やか。

 そんな言葉を彷彿とさせるも…この服も高いんだろうなぁ…お嬢様だし。

 

「まったく…男連れとは……はしたない」

 

 そのアールグレイさんとの挨拶…その横から、キャンディーさんの呟きが、何度も聞こえてきた。

 侮蔑顔を一切崩さないなぁ…。

 すっごい顎を上げ…強引に俺を見下す様な位置に目を持っていく。

 …疲れませんか? 首。

 

「ですから、彼は…」

 

 荷物持ち…雑用…。

 男手が必要だとして、雇ったと…苦しい言い訳で対応して頂いたダー様。

 …。

 うん…やはり、この時の彼女は、怒っていたのだろう。

 言い方は柔らか出し、特に言葉には棘がない。

 

 …が。

 

 なんとなく…俺には分かった。

 特に俺の事を、このキャンディーさんが言葉にすると、特に反応して…くれた。

 まぁ…ほぼ悪口だったしね。

 

 ……。

 

 後…そのダージリンを見て、アールグレイさんと名乗った女性が、たまに優しい目をしていたなぁ…そういえば。

 そんな彼女を見ている俺と、目が合うとまた…少し優しい目に変わる。

 その繰り返し。

 

(…尾形さん、先ほどのお話)

 

 すぐに、アッサムさんから耳打ちをされた。

 確かに俺の立場なら有利だとは、思うけど…彼女にも言ったが、これはダージリンやるべき事だ。

 …じゃなきゃ、学校代表として…伝統とやらに逆らってまでした、彼女の立つ瀬がない…。

 ない…が…。

 

 女の子に頭を下げられた。

 

 藁にも縋る思い…という奴だろうか?

 俺の戯言だと、普通は思うだろうが、それでも…って、感じだったのだろう。

 なら…少しは、答えてやらんと…俺の意思は、別にどうでもいい。

 

 そうだな。ダージリンの顔を潰さない程度に…。

 

「はぁ…じゃあ、ダージリン」

 

「隆史さん? …なんでしょう?」

 

 俺が言いたい事を、アッサムさんは理解してくれてはいたが…副隊長が、隊長の顔を立てないでどうするよ…ってね。

 だから最終的に、直接ダージリンへとアドバイスする為…という条件で、俺は彼女の同行に応じた。

 俺が、ダージリンへとアドバイスをし終わるまで、アッサムさんが代わりに彼女達に対応し、時間稼ぎをする…といった作戦だった。

 

 ……。

 

 結果から言おう。

 

 聖グロリアーナOGにして、クルセイダー会とやらのキャンディーさん。

 

 

 ……。

 

 

 チョロかった…。

 

 

 すげぇ簡単に篭絡できた…。

 

 ある意味で、助かった…卑怯な手を使わないで済んだ…。

 

 

 後、ダージリンの対応も凄かったってのもあるのだろう。

 俺が言った事を即座に理解、利用…そして使用した。

 というか、一瞬にして悪い顔になったしな…ダージリンさん。

 

 俺が思っていたシナリオが、かなり広がった。

 だから、俺もダージリンの話の流れに乗ろう。

 

 伝統伝統言ってる、キャンディさん。

 

 他の会からすれば、立場が微妙な、キャンディさん。

 下の会からの、追い越しを警戒し、上の会からの、無茶ぶりをなんとしたいキャンディさん。

 

 まぁ両方から色々言われてんだろ…。

 彼女の話を聞いていて、中間管理職を連想していたしな。

 

 だから俺からのアドバイス。

 ダージリンへと言ってやった。

 

 

 

 現在、導入したばかり。

 だから資金援助人、または会とやらが、今の所は無しだろ?

 

 ……伝統をやたらと重視している、中間管理職に…新しい伝統を用意してやれば? と…。

 

 …後は、ダージリンとの畳み掛け。

 よくわからない言葉も出てきたが、今まで頑なに守っていた伝統がまた増える…と。

 

 最初は勿論渋っていた…が、ここで俺だ。

 素人丸出しで、キャンディさんに質問攻め。

 

 当然分かっている事もあったが、敢えて言わないで伝統とやらの問題点を指摘。

 

 ダー様達が、お茶会にて嘆いていた事もあった火力。

 …簡単な事。聖グロリアーナの火力不足。

 

 その火力不足を補える…更には主力火力しての看板になり得る事。

 

 なにがダメなのか? どうしてダメなのか?

 素人が疑問として聞きまくれば、最終的には「伝統だから」の一言に終着する。

 火力不足は、この人が現役の時にも問題になっていただろうよ。

 ここで伝統やらが、邪魔をする。

 

 …しかし、今はある。

 

 前回はその…えっと、クロムウェル? とやらを出せたが、これから他の会やらが邪魔をしてくる可能性がある。

 しかし、貴女が代表になってくれさえすれば、なんとかできそうでしょう? と、いつの間にかクロムウェル会が、あるかの様に発言を繰り返す。

 

 ゆっくりと…着実に、話をずらして行く…。

 

 

 伝統を守る事を常にし、新しく「伝統」を開拓できる事に気がつかない。

 それが餌になる事も、現時点での聖グロリアーナのダージリン達ですら、思いつかなかった事。

 ダージリンは、思い付きはしたが、現状の伝統が邪魔をして、それが成せない。

 頑張っても単発で新戦車を導入するのが、せいぜい。

 

「なら、クロムウェル会ではなく…」

 

 素人が発言する。

 臨機応変に対処できる会を発足したらどうかと。

 

 それにダージリンが食いつく……振りをする。

 伝統に縛られない、伝統。

 訳が分からないが、ある意味で実績が一番付きやすく…最終的な聖グロでの発言権は、一変するかも知れない…。

 

 俺も途中から火が入り、キャンディさんが想像を呟く度に面白くなってきてしまった。

 またその、ダージリンの説得する言葉もまた凄かった。

 彼女もまた面白くなっていたのだろう…だってキャンディさん。この人…心配になる程、素直だったから…。

 

 

 中途半端な発言権を持つ「クルセイダー会」。

 その代表者でもない、彼女が…新しい権力を持てる「会」の代表になれる。

 野心を煽り、現状を打開した彼女へと新しい選択肢。

 

 敢えて具体的な事を言わないで、彼女の想像力を煽るだけ煽り…最後には安全策。

 

 失敗したとしても、名前は出さない…成功した時だけ、代表として祭りあげますから。

 ですから、それとなし…ご協力を…。

 

 耳元で煽る…。

 

 ゆっくりと…真綿に水を染み込ませる様に…。

 

 時間を掛けて…。

 

 彼女の選択肢を狭めて行く…。

 

 

 

 

 はい、大丈夫です。

 

 はい、ここにサインを。

 

 はい、簡易的ですが契約完了です。

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

「やっぱり、詐欺じゃないの!!!」

 

「…違います。僕は現実を事実として、申し上げてただけです」

 

「えぇ。嘘は言ってませんわ。実際に彼女が、協力さえして頂ければ、実際に代表となりえる事ですわ」

 

「…契約書にサインまでさせておいて、どの口が言うのよ…」

 

「書かせてません…。あれはダージリンの悪乗りだ…いやぁ…喜々として言っていたな。そんな紙無いのに…」

 

「まぁ…退ける事は、成功したし…俺も、強引な手法取らなくてすんだし……良かったんじゃない?」

 

 あ~はい、そんな物、書かせられるはずがないでしょうよ…。

 実際に紙が、あったとしても…。

 ダージリンが変に悪乗りして、そんな事を口走っていましたけど…。

 

「ダージリンが、すぐさま理解して、合わせてくれたに驚いたな…アッサムさん。それであの場に俺を連れて行ったのか…。素直にすごいと思い知ったよ、ダージリン」

 

「ふ…ふふ…隆史さんとの共同作業……楽しかったですわね!!」

 

「…ダージリンさん。その言い方は、気に食わないですね」

 

 楽しそうなダージリン。

 なんでしょうか?

 …尾形さんは、ダージリンと相性が非常に良く思えました。

 ほぼアイコンタクトで、話の流れを作り、状況で変え…約束まで取り付けてしまった。

 

 確かに強引と言えば強引…。

 しかし、あの話が本当に成功していれば、キャンディー様にご協力して頂け、クロムウェルだけでは無く、他の新しい戦車も購入しやくすくなるでしょう。

 相手方の内部に協力者を作る事ができた…確かに大きな戦果です。

 …尾形さん、本当にあの御仁を、丸め込んでしまいましたよ…。

 

 はい…そんな訳で、尾形さんの部屋…。

 

 結局、筋トレで一日が終わった合宿初日。

 宿泊部屋での、事後報告と相成ります。

 狭い和室に、プラウダ、聖グロの隊長各様達が、何故か集合しています。

 

 …何故、男性の部屋に集まるのでしょう…。

 

 はい…それと、もう一人。

 

「そうですわね。間近で見ていましたが…固執している伝統を、逆手に取るとは思いもしませんでしたわ」

 

 …はい、なんでいるのでしょう?

 

「…なんで、アールグレイ様は、ここにいらっしゃるのでしょうか?」

 

 はい、オレンジペコ。その通りです。

 

「キャンディ様をお送りした後…予定もありませんでしたから。…ここに宿泊する事にしました」

 

《 …… 》

 

「そうそう…。ダージリンが固執している彼…が、送った彼女が帰ったからですわね」

 

 …要は暇だと…暗にそう言っているのでしょうね? 

 この方なら…そんな理由で好き勝手しそうですし…まだ、メッキはつけたままですが。

 

「…いや、あの…」

 

 はい……そうですね。

 キャンディ様は、思いの他…機嫌よく帰っていただけ……たハズなんですが……。

 あんな所にヒールでお越しになるからです。

 …どこか石でも踏んだのか…折れてしまいまして…。

 

「彼女…旦那様と喧嘩した直後でしてね…頗る機嫌が悪かったんです…が」

 

《 …… 》

 

「はい…仕方無いと思うのです! あの場には戦車しかございませんでしたから!? 市道へ許可もなく走る訳にもいかないですよね!? 後…男が俺けだったし…あんな格好の人…おんぶもできないし……で…はい」

 

 物凄く早口で、言い訳を並べてますわね、この男。

 

「まさか…お姫様抱っことは…恐れ入りましたわ。尾形さん」

 

「…一応、許可は取りましたよね…」

 

「いえ…流石に、あの方口説くとは思いませんでしたけど…」

 

「口説いてませんよ!! ただ、心配しただけじゃないですか!!」

 

「…人妻相手に…よくもまぁ、あそこまで口が回るものですわね」

 

「聞いてくださいよ!!! 後、その言い方、如何わしい!!」

 

《 …… 》

 

 ……。

 

 はぁ…まぁ…いいですけど。

 

「……」

 

「…そもそも、なんで貴女が、ここにいるんですか…幾らここに宿泊するとしても、俺の部屋に来る意味が…」

 

「…………」

 

 あ…。

 そのアールグレイ様が、微笑を浮かべたまま固まった。

 

 

 

「………………」

 

「あの…アールグレ…」

 

 

 …これは…。

 その微笑のまま、一言…。

 

 

 

「 飽 き た 」

 

 

 

「は?」

 

 やっぱり…。

 

 

「もぉーいいや!! もういいよね!?」

 

「は…え?」

 

 先程までの、私達の模範となり得る程の振る舞いをしていた方は、今の一言で死にました。

 もういません、帰ってください。

 はい、浴衣であぐらをかかないでください、はしたない。

 

 

「いやぁ!! 肩が凝って仕方がなかったよ!! 幾らお目付役とはいえ、あのヒス女の相手はねぇ!!!」

 

「 」

 

「あぁ!? 私!? そうそう! あの紅茶なのかお菓子なのか、分かり辛い人が暴走しない様に見に来てたんだよ!! それももう終わったけどねぇ!!!」

 

「  」

 

 はぁ…。

 

 私とダージリンのため息が被りましたわ。

 この方の正体を知らない、他の方々の唖然としている顔が、少々面白いですが。

 

「……」

 

「おやぁ? 尾形君!! 何を打ちひしがれているんだい!? お姉さんが、急にフランクになったから嬉しいのかな!?」

 

「……アンタ…それが地か…ここまで…」

 

「いやいやいや! オールマイティ!! 清楚からボクっ娘、なんでもござれ!! ちょっと大胆なお姉さん!! それが私だよ!!」

 

「…………俺、アンタみたいな人…一人知ってる…」

 

「そうかい!? それは一度会ってみたいね!? 連絡先を教えてくれるかな? タカくん!!」

 

「その呼び方は、やめてください…いや…マジデ…ホンキデ…」

 

 …本気で頭を抱え出しましたわね…尾形さん。

 なんでしょうか? こんなあた…基、おかしい方がこの世に二人といるとは、信じがたいですが…。

 

「まぁまぁ!! で? いいかなぁ!? タカ……はい。やめます」

 

「……」

 

 あ…結構、本気で睨みましたわね。

 アールグレイ様が、尻込みしました。

 

「でぇ!? いいかな? 隆史君の連絡先を、カモン!!」

 

「…いいっすけど…なんで?」

 

「(ダージリン達の近況を、第三者から知りたいのさぁ)」

 

「(…まぁ気持ちは分かりますけど、俺…青森に住んでるんですよ?)」

 

「(そうなのかい? まぁ、それはそれ……)」

 

「って!!! どこ触ってるんですか!?」

 

「胸筋だね」

 

「…摩る意味有るんですか……ちかい…近い近い近い!!」

 

「あぁぁら、赤くなって。顔に似合わず、初だねぇ!! おや…これは良い腹筋…」

 

「だから、指でなぞるな!! 痴女!? 痴女ですか、アンタは!!」ソックリダナ! ホントウニ!!

 

「はっ!! 離れて下さい! はしたないです!! 聖グロリアーナの卒業生とは、思えません!!!」

 

「何よ、コイツは!! このぉ…」

 

 オレンジペコ…貴女も少々はしたないです…。

 カチューシャさんは、張り合おうとしないで下さい…。

 

 しかし…完全にアールグレイ様のペースに、なってしまいましたわ。

 先程の報告から、一転…ここまで場の空気が変わりました…。

 何故か尾形さんの体を撫で回す、アールグレイ様…あぁ…横目でダージリン達を見てますね。

 …なる程。

 

 ん…?

 

 ダージリンと、ノンナさんが…物凄く大人しいですわね。

 ただ…正座して、その様子を凝視してますわ。

 

 まぁ…もういいです。

 

 この場を収めましょう。

 

「はぁ…そろそろ、御夕飯となります。…この場はもう、お開きとしますわよ」

 

「あ…もう、そんな時間…」

 

「大広間で…との、事ですからね。合同合宿の一日目の締めとなります。学校の代表者が、いないなんてありえません」

 

「チッ…まぁ、そうね。ノンナ! …ノンナ?」

 

「……」

「……」

 

「ダージリンも…あら…」

 

 真顔…二人共真顔ですわ…。

 ピクリとも動きませんね……。

 

「あの…アッサムさん」

 

「…はい?」

 

「俺…は? 行かない方が良いよね?」

 

「あぁ…そうですね。流石に…ここへと、お食事を運んで貰うように手配しますわ」

 

 そう…筋トレ指導を受けていなかった生徒以外は、尾形さんの事をまだ、不審者と思ってる生徒もいるでしょうし…。

 面倒事になりそうですしね…申し訳有りませんが…。

 

「私もここまで、運んでもらっていいかな!? タカく……隆史君とたべ『 ダメです 』」

 

「…アールグレイ様は、OGとして、挨拶をしてもらいます。……もう一度取り繕って下さい」

 

「まぁまぁ! 私は途中参加だったんだから!! 後は一介の旅行者として、ここに…」

 

「アンタ、フランクすぎるわ!! 部屋戻ってくださいよ!!! 幾ら、なんでも冗談がすぎますよ!?」

 

「いやぁ…若い子、からかうの面白くて…ねっ!!」

 

「……ハッキリ、からかうって言いやがったな…」

 

 はぁ…話が進まない…。

 そういえば、アンツィオの方々は、どうしたんでしょうか…。

 てっきりこの場に来るかと…まぁ、よろしいですが。

 

 後…そうそう。

 

「では、尾形さん」

 

「え? はい、なんすか? アッサムさん」

 

「食事の後で結構ですが、少し時間を頂けて?」

 

「えぇ、構いませんが…」

 

「はい、お願いいたしますわ。ま、今回のお礼も兼ねて…と言いますか…少々お伺いしたい事ができました」

 

「……はぁ」

 

「この皆の前で、こんな事を言っているのですから、浮いた話ではございませんからね? 期待しないで下さいまし」

 

「…俺はアッサムさんの中で、どういった扱いなんだろう…」

 

 ……。

 

 …………あら。

 

 ここまで言ったのに、先程から固まっている二人が、まだ固まっているのか…何も言われませんね。

 いいですけど…では、そろそろ移動しましょうか?

 

 …アールグレイ様も…何時までも尾形さんにくっついてないで…。

 

 

 

 

 

「ノンナさん」

「…はい、ダージリンさん」

「隆史さんが、アールグレイ様に対しての態度…。どうお思い?」

「……」

「…あそこまで、露骨に照れている隆史さん…初めて見ましたわ」

「そうですね。私が多少密着しても、あそこまで取り乱しませんから」

「……なにしてますの?」

 

「例のお茶会の後…あぁ、あの事件が起こった…」

「そうですわね…。確かに事件でしたわ…」

「正直に申し上げますと…特段……あの後も彼の態度は、通常でした……私は顔を見る度に、顔が熱くなると言うのに…」

 

「……」

「……」

 

「…アールグレイ様に対しては、あの距離で赤面してますわね」

「そうですね…」

 

「……」

「……」

 

「アールグレイ様に対しての、彼の反応を見て思いました。…まさか……私達……異性として見られてないのでは? …と」

「……先程、私も…その可能性を意識してしまいました」

 

「「 ………… 」」

 

「私…彼のおかげで、一つの問題が解決し…少々、気が楽になりまして…アンツィオではありませんが…勢いって大事だと思うのです…」

「…ダージリンさん?」

「例の…お茶会……再現…」

「!?」

「…そして……意識してもらおうかと…思いまして……」

「女性として…ですか? …確かにあの状態の隆史さんなら…いや…危険ではありませんか?」

「私…ノンナさんと違い、時間が余りありませんの」

「ま…まぁ……」

「よ…用意はしてあります。食事の後で構わないと思うのですが…丁度……お一人ですし…」

「…なぜそれを、私に知らせるのでしょう?」

 

「ちょっと、怖いですから!!」

 

「…巻き込まないで下さい」

「……」

「……」

「……」

「…乗りましょう」

「ノンナさん!!」

「女性として、意識してもらう…その一点のみ共感しますから…まぁ……はい」

「非常に悔しいですからね…」

「…はい、まったく」

「では! 決行は、今晩!」

「カチューシャは、早く寝かしつけましょう!」

「ペコもそうですわね!」

 

 

 

 …ロクな事を話してないわね…。

 ダージリンの企みは、今更ですし…特に気にはしませんでした。

 いくらなんでも、聖グロリアーナの隊長ですし、節度を持った行動を常にしてました。

 まぁ…基本的に、彼に対して臆病な彼女です。

 …変な事は、しないでしょう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 まさか…この企みで…私だと……。

 

 

 夢にも思いませんでした…。

 

 

「では、折角ですし? ……勝負と行きましょうか?」

「いいでしょう…どちらが…」

「どちらが、先に意識して頂けるか…」

「勝負ですね」

 

 

 

 このくだらない勝負の被害者に。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……あの時の隆史君は、この二人のセイだったんだね…人が変わったと思ったら…」

 

「アールグレイ様が、思いの他に純だと判明した事件でしたわね。結局全員が、またあの場に集合するハメにもなりましたし…」

 

「この男……将来、お酒で失敗しそうだよね…。酔うとあそこまで、人が変わるものなんだね…怖いねぇ……お酒って…」

 

「そっかぁ…どんな風に、隆史さん変わるんだろ」

 

「……」

 

「まさにタラシ殿って、感じだね! しかし、異性として…女性としての意識かぁ…ダージリン達も凄い事を思いつくものだね」

 

「…最近では、大分変わりましたわね。西住 みほさんと付き合いだしてから…でしょうか? それまでは、青森勢含め…まるで同性と接する様でしたし」

 

「そうなのかい!? あの人数に囲まれていて!?」

 

「えぇ、最低限は、異性として接してくれましたけど……それはそれで、酷いですわよね? …西住 みほさんと付き合うまでは…」

 

 な…なんで、2回も言ったのだろう…。

 いやね? それ以前にね?

 

「あぁ…なるほどぉ…。それで周りの女の人達を、一斉に意識しだしたって感じかな? そう? 隆史さん」

 

「…いや……あの…」

 

「そっかぁ……お姉ちゃんも、それで苦労してたんだなぁ…」

 

「…………いやね? 聞いて」

 

「「 …… 」」

 

「……物凄く自然に会話に入ってきたね…この子…」

 

「タラシさん。この方は私存じません。どちら様でしょう?」

 

「…ぇあ……彼女は…」

 

 流れる様にシレッと、言いましたね…。

 アッサムさん…大分、キレがあります…。

 

「武部 詩織!! 15歳です!!」

 

 …あ、はい。

 

「……あぁ…会場で隆史さんに、電話を掛けてきた…」

 

「あ、はい。そうです…」

 

 なんでいるのでしょう?

 俺が紹介をする前に、元気よくポーズを取っての挨拶アリガトウ…。

 

 ここ…流石に女子中学生が、一人で入るには勇気がいる喫茶店だと思うのですが…。

 というか、喫茶店って、入っていいの? 中学生。

 …その考えが古いのかなぁ…。

 

「外から隆史さんが見えたので、躊躇しませんでした!!」

 

「…はい、いらっさい」

 

「15歳…中学生ですか?」

 

「そーですっ!!」

 

「…いや……すごいね、隆史君…。流石に中学生は………犯罪だよ?」

 

「いい加減になさって下さいます?」

 

 ですからね? 俺はべつ…「そのやりとりは、何度か見ました! 流石に飽きましたよぉ」

 

「……」

 

「にしずみりゅう? しまだりゅう? の!! 家元さん達といい…隆史さん」

 

「な…なぜに今、ここでその二人を「 年増趣味を早く治しましょうね!!! 」」

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 お…思いっきり、アールグレイさん見て言ったな…。

 すげぇ真顔!!! 見たことねぇよ! 感情が止まったこの人!!

 

 

 

「後…そちらの、聖グロさん……あぁ………………はっ」

 

 

「……………………」

 

 

 

 アッサムさん見て…胸を……張った…。

 

 そして、鼻で笑った…。

 

「いやな…詩織ちゃん。余り、喧嘩を売る様な事を……ただの嫌な子に見えるから、やめような?」

 

「はぁい♪」

 

 ……分かっているのか、いないのか…。

 思いっきり良い笑顔で……また取られた…。

 俺のアイスコーヒー飲みだしたし…。

 

「関節キスですねぇ…ウフフ…」

 

「「 ………… 」」

 

 胃…。

 

 胃ぃぃぃ…。

 

 

「はっ…大きければ良いというモノでは、ありません」

 

 アッサムさん!?

 

「…間近におりますから。貴女よりも、その大きいのが。別段、どうでもよろしいです。それに…」

 

「あぁ、いますよねぇ? 形とかに逃げる人」

 

 アイスコーヒー啜りながら…意にも止めない様に淡々と…。

 あ、うん。

 止めとこ「逃げではありません。武器です」

 

 アッサムさん!?

 

「……へぇ」

 

「ただ大きいだけでしたら、将来を見越せば……はっ」

 

「……」

 

「見ただけで分かりますわ。貴女、運動も何もしていませんわよね?」

 

「…ぅ」

 

 ……。

 

 あ、電話が鳴った。

 

 ポケットの中で、ヴゥーヴゥーいってますわね。

 分かりやすく、取り出しましょうか?

 

「隆史君…まさか、君…逃げ…」

 

「…あ、また…」

 

 画面には、先ほどの名前が表記されている。

 電話を切ったばかりだ。何か他にあったのだろうか?

 

 …そうだね。急ぐ用事だと困るよね!

 

「では、お姉様」

 

「っ!?」

 

「俺、ちょっとまた電話してくるから…後は、お願い致しますわ」

 

「まっ!! この手の話は、私も良くわからな…」

 

 あぁ…貴女もおっきいですから…。

 瞳ちゃんが呼んでますので、僕は行きますね!

 

 ……エリカとの事もあり…逃げると言うのも、大事だと思い知ったばかりですから。

 

 人間…成長するモノなんですよ。

 

「ちょっ!! まっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ▼ これが…間違いだった… ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度、炎天下の路上に戻ると、手に持っていた携帯に即座にでる。

 目線を店内へと移すと…あぁ、はい。睨み合ってるなぁ。

 

 詩織ちゃん、まだ大洗にいたのかぁ…ひょっとして…休み中ずっといる気だろうか?

 

 呼び出しコールが止まり、また先ほどの幼馴染みの声を待つ。

 あ、その前に。

 

「はい? もしもし」

 

『 ………… 』

 

 …あれ?

 

 反応がない。

 何時までも声すらしない。

 

 あぁそうか、即座に理解する。

 先程まで通話をしていた人に、たまにある事。

 ただどこかに触れて、リダイヤルしてしまっただけか。

 

 まぁ、かけ直して教えてやるか。

 ふむ…時間が余りかせ……もとい、素早く済んだので良しとしよう。

 ま、一応…。

 

「当たっただけか? 切るぞー…『 違うわよ 』」

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 どこかで聞いた…お声……え…?

 

 

『 瞳に借りて、今電話してんのよ。携帯…まだ、日本に合わせてないから 』

 

 何故だろう…血の気が引いたのは…。

 

 炎天下の下だと言うのに…なんか…寒い…。

 

『 さっきの今だから? すぐにアンタが出ると思ってね…どう? 私が分かる? 』

 

「エ…エミミ~ン…」

 

『 殺すわよ 』

 

「 」

 

 …なんだろう…。

 声色が違う、前のエリリンと話してるみたいだ…。

 

 中須賀 エミ。

 

 …最後の幼馴染み。

 

『 ずぅぅいぶんと、まぁ? ……派手にやってるわね 』

 

「いいいいぇ!? そんな…事……は…」

 

『 砲弾演習……的にアンタの写真パネル作って、使っていい? 』

 

「 」

 

『 瞳から聞いているんでしょ? 私の現状…そんな訳で、今…私日本にいるから…戻ってきたから 』

 

「……は…はい」

 

『 みほとの約束、果たす為に… 』

 

「…あぁ…あの『 その前に一つ 』」

 

 …………。

 

 ハイ。

 

『 ドイツの時のパンツァージャケット? 見たいからって送ってやった写真。まだ残ってんの? 』

「はい」

 

『 …なぜ即答。まぁいいわ 』

 

「な…なんでしょう?」

 

『 隆史…アンタの口車に乗って、あんな恥ずかしい写真送った件… 』

 

「 」

 

『 そして…今の現状…なんかもう…色々と……だから… 』

 

「だ…だから?」

 

『 まぁ? 雑誌記事が、丸ごと全て真実では無いでしょうよ。でもね…火の無い所に、煙は立たないのよねぇ? 』

 

「    」

 

『 命乞いと、言い訳と、命乞い位は聞いてあげるわ。じゃなきゃ今の気持ちがおさまらない!! 』

 

「なんで二回も言ったの!?」

 

『 だ…だから一度。じ……時間、作りなさいよね! 』

 

「じ…時間? わ…分かったけど」

 

 

 なぜだろうか?

 最後の一言だけ…頗る嬉しそうに…。

 

 

『 みほとの約束の前に…アンタを一発、ぶん殴る!! 』

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

あぁ…結構、過去話がきつかった…。
結構な話数になりそうでしたので、まとめて見たのですが…きつい…。
文字数がすげぇ…。

はい、エミミン初登場。
時系列的には、劇場版とTV版の間付近でしたので頃合かと。

次回で過去編が終わります。

はい、ありがとうございました。


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第16話 昔語り と 女の戦い(覚醒)

はぁい! やっとこさ投稿…文字数すげぇや! はっはー。

・・・

熱に…やられたんすよ……。

頭が……熱に……。


「……」

 

 

 やる事が…ない…。

 

 その一言に尽きる。

 

 ダージリン達が退室していった後…旅館の中居さん達に、食事が運ばれて来た。

 何故か…酒付きで……。

 

 大変ですね、引率の先生も…なんて、そんな言葉を何度かかけられた。

 

 俺の事は、なんて宿の人に言われているのだろうか?

 学園艦の戦車道…いや、学園艦の生徒達は、このような合宿といった、催し物も基本的に生徒達だけで開催する。

 よって教師等は、殆どお飾り。

 引率…という役割も、名目上だけで有って無い様なモノ…らしい。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 わし…一応、まだこの体は17歳なんすけど…。

 まぁ…もう慣れたから、今更気にもしませんけどね。

 

 運ばれてきた酒…ビールを横にどかせて、食事を取る。

 まぁ…ダージリン達と同じメニューなのだろう。

 

 中居さんも言っていましたしね……いやぁ…なんだろう。

 金持ちのお嬢様高校は、すごいね…そんな感想を素直に感じる程に、素晴らしい料理達でござんした。

 さすが北海道。

 飯がうまい……。

 

 ……。

 

 ちょっと、聖グロの学食とか、気になるなぁ…。

 どんなのがでるんだろ。

 あ…でも、イギリス風の学校だっけか。

 前に、主食がフィッシュ&チップスとか、なんとか言っていたな。

 というか、嘆いていたな…。

 まぁ半分は冗談かと思うけど。

 刺身や蟹など並べられた…学生の食事とも思えない料理を食しながら、んな事を思い出した。

 

 そんな、一人で済ませた食事が片付けられ…本格的にする事がない。

 テレビなんてのも、こんな所でまで見ようとは思わないしな。

 

 まだ、20時前だ。

 

 この旅館街に立ち並ぶ中で、比較的大きな旅館。

 風呂もさぞかし立派なのだろう…と、思いつき、行ってみようかとも思ったが、こんな女の子の巣窟…。

 廊下を闊歩する気も起きない。

 

 それに旅館内を、こんな俺がウロウロしていても、不審者以外の何ものでもない。

 宿泊客が、女子高生しかいいない中…下手に彷徨くと、あらぬ誤解を受けそうだし…。

 

 …入るなら、夜中だな。

 

 そうだな。

 

 時間で男湯と女湯が入れ替わるそうだから、男湯の時にでも行ってみるか。

 

 ……。

 

 どうしよう…。

 

 …何時もの様に、みほからの返事がないのを確認すると、本当にやることがなくなった。

 寝るにしても、早すぎる…老人でさえ、起きてる時間。

 無理やり寝ても良いのだけど、後でアッサムさんが俺に話があると、言っていたし…それも悪い。

 

 ま、大人しく待っているか。

 お茶を入れ。部屋の中心に置かれた、大きな座卓の前に座る。

 そこに置かれたリモコンを手にして、正面に置かれていたテレビへと向ける。

 やはり、適当にテレビでも見てるかなぁ…。

 

 そうそう、明日の予定も聞いておかないと。

 アッサムさんに、呼ばれた時にでも、一緒に聞いておこう。

 今日は、変に嬉しくて、なんでか女子校生達に筋トレ講座とかしてしまったので…うん。

 明日は、大人しくしていよう。

 素直にダージリン達の練習風景とやらを……

 

 

 ……。

 

 暫く、地元のニュースとやらを眺めていると、そのテレビから、夜の22時をお知らせしてくれた。

 いくら暇だからと、ボケーとしすぎた…。

 この時間にまで起きているというのが、結構久しぶりだった。

 大体、21時には寝るからなぁ…朝早いし。

 

 ま、たまには良いだろ。

 

「ん?」

 

 トントンと…この部屋の入り口のドアが、ノックされた。

 スリッパが置かれた、部屋玄関前…部屋側の襖は、開けっ放しにしておいた為に、すぐに気が付けた。

 アッサムさんが、態々呼びにでも来てくれたのだろうか?

 携帯に電話でもしてくれれば、こちらから出向いたのに…ま、寝る前の最後のイベントとやらを終わらせよう。

 しかし…一体、なんの話だろうか?

 

 腰を上げ、すぐに来客へ対応する為に、ドアへと向かう。

 特に気にする事も無く、ドアを開けると…。

 

「こんばんわ。ご機嫌如何でしょうか?」

 

「…こんばんわ」

 

「少々…お部屋に、お邪魔しても宜しいかしら?」

 

 そこには、ダージリンと同じく、ギブソン…なんだっけ。

 まぁ、そのダージリンと同じ髪型をして、初対面の時と同じ様に、お嬢様らしさを前面にだした…。

 

 

「あの…部屋は流石に、時間的にまずいと思うので…と、言いますか? 何か御用ですか? アールグレイさん」

 

 

 旅館の浴衣を着た、アールグレイさんが立っていた。

 

「何を言ってますの? 私、ダージリンでしてよ?」

 

 

 ……。

 

 …………なんか、言い出した。

 

 

「私をあの凛々しくもお美しい方と、お間違えになるなんて…嬉しくは思いますが…少々、失礼かと…」

 

「……」

 

 なんだろう…。

 

 

「こんな夜中に、若い女性が、男の部屋に来るなんて…何考えてんですか…」

 

「おや、私を若い女性だと…それは嬉しい事を言ってくれ……いえ、仰って頂けますわね」

 

 

 だから、似せる気あんのか……。

 

 はぁ…。

 

 あぁ…もう…後、アッサムさんの話聞いて、寝るだけだと思ったのに…。

 風呂に入った後なのだろう…薄紅かかった色の顔を、楽しそうに綻ばせ…少し体をくねらせながら…はぁ…。

 聖グロって、後輩の真似…というか、変装(笑)をするのが、伝統なのでしょうか?

 

 

 うわぁ~…。

 

 オペ子の変装(自称)をしていた、ダー様思い出したァ…。

 あの時の様に、からかう気すら起きない…。

 いやぁ……うん。

 

 

 

 め ん ど く せ ぇ 

 

 

 

 

 パタンッ。

 

 

 

 アッサムさんには悪いが、明日にしてもらおう。

 

 さ…寝よ。

 

 

『なんで、閉めるんだい!? 女の子が! 勇気を振り絞って、夜夜中に恥を忍んで会いに来ていると言うのに!!!』

 

 ドンドンと、ノックするのをやめろ…。

 というか、大声で叫ぶな…口調、戻ってるぞ。

 

 はぁ…。

 

 

 

 

 

「……いや…もういいや。なんの真似っすか、アールグレイさん」

 

「ですから、ダージリンでしてよ? その淑女たるダージリンが、隆史さんのお部屋に、夜に遊びに来ましたの」

 

「…説明口調になってますよ、アールグレイさん」

 

「ですから、ダージリンでしてよ? その淑女たるダージリンが、隆史さんのお部屋に、夜に遊びに…「 それはもう、聞きましたよ!! 」」

 

 余計な事を叫ばれても困る…仕方がないので対応すると、すぐにまたダージリンの口調に戻った。

 だから、体をくねらせるなよ…。

 あんた結構、スタイル良いの分かってるのか? ちょっと目のやり場に困るんだよ。

 

「はぁ……ダーといい…髪型しか一緒の所が、ないでしょうが…。あぁいや、こんな事するノリも一緒か…聖グロって…」

 

 

(隆史さん! それは少々、失礼でしてよ!?)

(…また、懐かしい事を…)

(本当にあの方に任せて、大丈夫なのでしょうか?)

(…隆史さんなら、こんな時間ですし…部屋になんて招いてくれませんでしょうし…何より成人が、あの方しかおりませんでしょう?)

(まぁ…確かに購入して来ては、くれましたが…近くのコンビニですか?)

(そうでしょうけど…はぁ…私も、さっさと終わらせて床につきたのですけど…)

(なら、もうお部屋に戻っても構いませんわよ? アッサム)

(…このメンツで、止める人間がいなくなるのは、逆に心配で眠れません)

(…………私も含まれているのでしょうか?)

 

 

 ……。

 

 うん…多分…近くにいるな。

 廊下の角だろうな。この部屋、角部屋だし。

 ダー様とアッサムさん。それとノンナさんか…。

 

 こんな時間に、なにしてん。丸聞こえや。

 

 

(しかし…ダージリン。よりにもよって、アールグレイ様に相談とは…)

(ですから…成人の方が…)

(部屋に招き入れられる様にと、先陣切りましたが…アールグレイ様ですよ? 引っ掻き回されるだけでは?)

(こ…………この際、手段は選びません)

(…本当にあの方で、大丈夫なのでしょうか?)

(…大丈夫でしてよ。多分)

 

 はぁ…。

 夜に男の部屋に、入ろうとするなよ…。

 ある意味で、異性として見られてないのだろうか?

 

「一緒の所がない…そうでしょうか?」

 

「…んっ? そうでしょう?」

 

 いかん…バック音声に集中して、目の前のこの……えっと……コレを忘れそうだった。

 

「隆史さんと私の仲ですわ……目にした事がございますでしょう?」

 

「はぁ…なんすか…てぇ!?」

 

 スッと、少し指で浴衣を掴み、その間から…太ももを、ゆっくり出しながら…。

 

「昔から愛用している…私のこの下着…ラペ○ラのショーツ(推定価格99,800円)、こんなモノ…そうそう着用できる訳が…おっと。どうして、私の膝を抑えているんだい?」

 

 高ッ!? たかが布切れに…じゃない!

 

( )

(…ダージリン)

 

 冗談じゃねぇ!!

 場所、時間、色々と不味すぎるだろうが!

 アールグレイさんの膝を、無理やり元に戻そうと押し込む!!

 

「あんた、人目につく廊下でなにやってんだ!! 痴女か!?」

 

 

 

「痴女? おや、おかしい。野外で人の後輩に、自身でスカート捲れと指示を出した人間とは思えない発言だね!!」

 

 

 

「 」

 

 

 い…いや…まぁ…確かに。

 だけども…アレは…あぁぁぁ!!!

 なんだその、勝ち誇った笑顔は!!

 というか、後輩とか言っちゃってるし! 本当に何がしたいんだ、この人は!!

 

「口調、戻ってる!! というか、何を口走ってんだ!!」

 

「おっと、いけない」

 

 

(ダージリンさん)

(…なんでしょう?)

(……あの方。本当に大丈夫なのですか?)

(……)

(取り敢えず、隆史さんにお聞きしたい事ができました)

(……)

 

 くっそ! 確信犯だ!

 こんな廊下で、とんでもない事言い出した。

 真似をする気もすでに無いのだろうよ…両手を広げて凄まじく悪い顔をしている。

 ニタァ…と笑い、トドメとばかりに…。

 

 

「さぁ…私を部屋に招きなさい…。でなければ、大声で暴露しようか? 君が、プラウダでのお茶会で……」

 

 

「   」プ…ラ……

 

 

「人の後輩に如何わしい事を「 どうぞお入りください!!! 」」

 

 

 ちょっと…待て…なんでんそんな事を、この人知ってるんだよ…。

 ハッキリとプラウダでのお茶会って言った…。

 誰が、言ったのだろう…あぁぁあ…すでに勝負は決してしまった。

 

 まぁ…廊下で言われるよりは、マシだろうよ…。

 

「そうかい!? それはよかった!! 君達! よかったね!!」

 

 パッと変わった笑顔で…横に隠れていたであろう、3人に向けて言った…のだろうな。

 バツが悪そうに、廊下の影から現れた、彼女達。

 俺と交互に見比べ、満足そうに笑みを浮かべているアールグレイさん。

 

 

(…何故か、うまくいきましたわね)

(結局、貴女も半信半疑でしたのね? ダージリン)

「もう、普通に話せばよろしくないですか? お二人共」

 

 

 

 ……。

 

 

 一体…何が、したいんだろう…この人…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「…………」

 

 

 こんな夜中に、男性の部屋になんて…。

 幾らなんでも、はしたないでしょう。

 

 …ですが、この尾形さんを酔わす気、満々の二人を頬っておくこともできず…。

 頃合を見て止めようかと思ったのですが…。

 態々、別容器に入れ替えてまで…まったく。

 液体の正体を、さっさとバラしてしまえばよろしいかしら?

 

 …と、思ったのですが。

『流石に未成年に飲酒を勧めるのは、気が咎めるからね? 中身は普通の清涼飲料水のままだよ。…ダージリン達には、内緒だよ?』

 と、アールグレイ様から私にこっそりと全容を教えて頂きました。

 騙すつもりが、騙されているダージリン達。

 アールグレイ様に協力要請をされた際、思いっきり乗り気で対応していらっしゃったのは、裏で更に誤魔化して、丸く収める為…だそうで。

 

 ……よかった。この方も一応は、常識というものがあったのですね。

 気の使い方も、しっかりとして下さっているみたいです。

 

 さて…。

 

「んで? 何か御用ですか…」

 

 私達と座卓を挟み、あぐらを掻いて疲れきった顔で、言葉を吐きました。

 まぁ…はい。後で誤っておきましょう…今の彼は、完全にただの被害者です…私達のOGの…。

「まったく…年頃の娘が…」とか、小さく嘆いていますが、一体どこの保護者の方でしょうか?

 

「いえ…」

 

「……」

 

「おや…二人共、先程の勢いはどうしたんだい?」

 

 その彼と、目線を合わせると、必死に顔を背けて変に取り繕っている、お二人。

 いざ本人を目の前にして、意気消沈する位なら、初めからこんな事、しなければ宜しいかと…。

 えぇと…異性として自分達を見ているかと、それとなく気持ちを確認するのでしたか?

 

 あと…違うのならば、強引にでも意識させると…何を馬鹿な冗談をと、鼻で笑ってしまいました。

 

 ……が、この二人…思いの他、本気…。

 

「まぁいい、取り敢えず、飲みたまえ! 私の奢りだよ!?」

 

 アールグレイ様が、用意してあった紙コップを尾形さんに渡し、渡した直後、拒否させない様に即座に液体を注ぐ…。

 

「私にお酌をしてもらえるなんてね!! 幸せだと思いなさい!!」

 

「…どうも」

 

「……」

 

 尾形さんのコップへと、ペットボトルの液体を注ぐ手が止まりましたね。

 何をジーっと、彼の手元を見つめているのでしょう…。

 

「……どうしたんですか?」

 

「………いやぁ…勢いとはいえ、異性にこういう行いをするのは、初めてだなぁ…って。、思ってね…少々、恥ずかしい…」

 

「いや…そこで恥ずかしがられても、困るだけですけど…って、溢れる!!」

 

「あぁっ! すまない…」

 

「「「 …… 」」」

 

 たかがお酌程度で、なぜあの方は赤くなってるのでしょうか?

 

 …。

 

 そのままの流れで、用意してあった、別のペットボトルから、ダージリンとノンナさん。

 そして私のコップへと、液体を注ぐアールグレイ様。

 

「…なぜ、俺とダージリン達とは、別の物を注ぐのですか…」

 

 …あからさまに怪しいですからね。

 ダージリン達は、尾形さんに注がれたのはお酒だと思っているので、自分達に注がれた飲み物が、尾形さんと違う事に何も言わなかった。

 当然、尾形さんはその行為に疑問を持つでしょう。

 

 …ほら…ダージリンとノンナさん。

 挙動が不信でしてよ…バレますよ?

 

「ん? あぁ、私達のは紅茶だよ。尾形君のは日本茶だね。…なんなら、私のと交換するかい?」

 

「いえ、まぁ…大丈夫です」

 

 聖グロリアーナ=紅茶。

 それに変に納得したのか…それと、用意してもらった事に対して、変な疑念を持つ事が失礼だと思ったのでしょうか?

 思いの他、尾形さんはあっさりと引きました。

 

「あっ! 一度、口を付けた後の方がいいかなっ!?」

 

「大丈夫だと言ってるでしょ!?」

 

 アールグレイ様…。

 

「……」

 

「今度はなんすか!?」

 

「いや…実際に想像してみたら、思いの他、恥ずかしい…」

 

「なら、なんで言うんですか!? というか! 俺に対して、下着露出しようとした人の言葉に思えないのですけど!?」

 

 …ごもっとも。

 

 と、言いますか…アールグレイ様も…男性の免疫があまりお持ちではないでしょうに…彼に対して、私達に対する様に接するので、地味に自爆するのでは?

 

「…つ…つかめない…この人のキャラとやらが分からない…」

 

 あ、はい。そうですわよねぇ。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 そこからは、たわいのないお話…。

 

 明日の予定…今上の報告の様な物。

 

 ギクシャクした空気の中…私から尾形さんへと、話しかけました。

 

 …先日までのこの方の暴走を含めて、アールグレイ様には、彼の為人をお伝えしておきました。

 そこからでしょうか? 彼に非常に興味をお持ちになったみたいで、今回のこの簡単なお茶会の経緯を、嘘八百ならべて説明しながら、彼の事を聞いています。

 

 ……あ、はい。バラしたのは私ですわ。

 

 尾形さん、その顔はなんでしょう? 泣きそうでしてよ?

 

 自業自得ですよ?

 

 

 

 というか! なぜ、私だけ話しているのでしょう!?

 

 コップの液体をチビチビと口にしながら、尾形さんをずぅぅと、無言で眺めている二人。

 えぇ! この計画の立案者の二人!! 一っっ言も、喋りませんわね!!

 何か、話そうとすると、躊躇し…コップの飲み物を飲み干す…その繰り返しだけ!!

 

 私自身も、用意された紅茶…まぁ、市販のモノでしょうが、この際なんでも構いません。

 その紅茶をコップへと注ぎ、頂く…その行為の繰り返しと、気がついたらなっていましたわね。

 

 …私を含め…ダージリンとノンナさん。

 

 何杯目でしょうか?

 

(ノ…ノンナさん)

(なんでしょう?)

(隆史さん…特におかわりございませんわね…)

(そうですね…もう、結構な量を、飲んでいると思うのですが…もう少しでしょうか?)

(…わ…話題が切り出せませんわね…)

(そうですね…以外に勇気が……)

(ですわね…)

 

 …何しに来たんでしょうか? この二人。

 

「…そうか。隆史君は結構、顔が広いのだね」

 

「いや、んな事ないと思いますけど…」

 

「西住流…その家元と懇意にしてるなんてね。そのうちにそれは、大いに役に…「そういう言い方は、好きではないです」」

 

「おっと、そうだね。謝ろう。……すまない、失言だった」

 

「いえ…まぁ、変な他意はないのは分かりますので、いいですよ」

 

 いつの間にか、アールグレイ様と尾形さんの会話だけが聞こえますね…ぅ…。

 呼び方も変わってますし…尾形さんは、この荒唐無稽な方にもすでに慣れたようで…ぁ…。

 

「ふぅ…もう、そろそろ12時を回るね」

 

 腕の時計を…確認している、アールグレイ様…。

 そうですか…もう、そんな時間…。

 

(……)

(……)

 

 この二人…ただの置物になってますわね…。

 コップを仰ぐだけの動きしかしてません……わ……。

 

「ん…んなら、ここら辺で、お開きに…「じゃぁ!! 場も温まったし! 本題だね!!」」

 

「…は?」

 

「我が可愛い後輩! ダージリン!!」

 

「……」

 

 ほら…呼んでますわよ? ダー。

 

「えっと…え? ダージリン?」

 

「聞きたい事が、あるんだよね!?」

 

「何故、いきなりのハイテンション…。あの…? すげぇ、フラフラしてますけど…眠いのか?」

 

「………ふっ…」

 

「あの…なんで、這い寄って来てるんでしょう…あの…ダージリン!?」

 

 隊長様が、前屈みでズリズリと…四つん這いのまま、隆史さんに近づいていきます。

 畳の擦れる音が、何故かとてもクリアに聞こえますねぇ

 様子がおかしいのは明らかですが…あら。

 

「お…おぉ…ダージリン、目が虚ろだけど…眠いなら、部屋戻って休めば…」

 

「ふっ…ふふ…隆史さん…」

 

「な…なに? っって!」

 

 這い寄っている為でしょうかね?

 膝で浴衣が引っ張られたんでしょう。

 

「隠せ!! 浴衣っ!!」

 

 胸元をバックリ、乱れた状態のまま、隆史さんの胡座をかいた、両膝へと両手を乗せました。

 そのまま、上半身を後ろへと引き、顔を背けている彼に、ズッと顔を近づけ…。

 

「隆史さん…少々、おききしたたい…ん? お聞きしたい事がぁ…」

 

「なに!? なんですか!? というか、メチャクチャ噛んでるな!!」

 

 目だけは、ダージリンを見てますけど…というか、しっかりと見てるではありませんか。

 

 これだから、男性というのは…

 

 ん…ノンナさんが、それを黙ったまま見てますね。

 コップを口に運びながら、座った目で…。

 いえね? 即座に反応して、ダージリンの足でも思いっきり引っ張ると思いましたのに。

 しかし、アールグレイ様。

 

 …笑顔ですね。

 

「お前、襟が下に引っ張られて…あぁぁ!! 頼むから取り敢えず、浴衣直せ!! なっ!?」

 

 まぁ? アレ。大きいですからね。

 真正面から見ている彼の目には、彼からするれば、大変宜しい光景が広がっているのでは、ございませんでしょうか? ケッ

 

「随分とぉ…アノ…アレとは、私に対する対応が違うと…思いましてぇ…」

 

「アレ? アレって…あぁ…アールグレイさんか…」

 

「ちょっと! アレは酷いなぁ!!」

 

 目だけで、彼女を指したのでしょうか? 私には陰になって見えませんが。

 即、それに気がついたと言う事は、やはりしっかりと見てますね。

 

「ふにゅっ!」

 

「ふにゅっ…って…。と言いますか、何をしてんの? このお嬢様?」

 

 変な掛け声と共に、隆史さんの胡座をした脚を枕に、横になってしまいましたね。

 

「何してるのと言う割には、枕にしやすい様に…っ! 脚を投げ出したでっ! は…ないですか…」

 

「…ノンナさん。コップで口元隠れてるその状態での睨みは…些か恐ろしいのですが…」

 

「……コノ、スケコマシガ」

 

「凄い事、呟かないで! 意味分かってないでしょう!?」

 

「おら、隆史。今は私と話している最中でしょうが」

 

「っっ痛っ! ダージリン!?」

 

 分かりやすく脚を抓ってますわね。

 横になって脚を小さくパタパタ前後に動かして…今度は何を。

 あぁ…指を円状に、クルクルと回し始めましたわね……人様の膝の上を。

 

「んっ…ふぅ…はぁ……」

 

「その吐息やめて!!」

 

「っ…ん? まぁいいです」

 

 今度は膝を抱きしめる様にしましたわね。

 脚をパタパタさせているのは、止めませんのね。

 

「では、隆史さん…一つ…質問がございまして…」

 

「…なんだ、このダージリン。…寝ぼけてるのか?」

 

「随分とぉ…いい年して人のスカート捲る変態と、私に対する対応が違うと…思いましてぇ…」

 

「……同じ様な事言い出した…2回目だぞ、ソレ。というか、スカートめくりって…」

 

「淑女の嗜みでございましてよっ!?」

 

「…やっぱアンタか…」

 

 えぇ。被害者多数でしてよ?

 

「っっ!?」

 

 今度は寝たまま、両手で尾形さんの顔を掴みましたわね。

 そのまま、グッと自身へと向けさせ…。

 

「まぁぁぁた…アレと話して……」

 

「 」

 

「では、お聞きします」

 

「どうしたんだよ! 様子が変とかそういう問題じゃないぞ!? 酔ってんのか、おま……酔ってるのか!?」

 

 何かに気がついた様に、目を見開いた尾形さんに対し、横からアールグレイ様がアッサリと…。

 

「んっ? 酔ってるよ?」

 

「はぁ!?」

 

「彼女達が飲んでいたのは、君がプラウダで飲んだモノと同じだよ? ね? 紅茶だろぅ?」

 

「何やってんだよ、アンタ!!」

 

 また、アールグレイ様と会話を始めた尾形さん。

 お馬鹿ですねぇ…ほら。

 

 

 

「 オ キ キ シ マ ス 」

 

 

 

「ア…ハイ」

 

 ダージリンにまた力ずくで、正面を向けさせられましたわね。

 

「先のお茶会……私に…あんな事までしておいて…」

 

「 」

 

「寧ろ、ソレがあったから思いました。…私、女性として見られていないのか…と…」

 

「はい?」

 

「同性感覚…ですから、あの様なハシタナイマネをあんな簡単に…」

 

「簡単じゃなかったよ!? それに同性感覚って!!??」

 

「隆史さんの様な、特に必要以上に体を鍛えていらっしゃる方には、多いとお聞きしまして…」

 

「風評被害!! 謝りなさい!! それはいけません!!」

 

「あら、違うのですか?」

 

「違います!! 俺はノーマルです!!!」

 

「……複雑ですわね」

 

「なにがっ!!??」

 

 あぁ…そういえば、誰に借りたかは存じませんが、何か一生懸命にアレを読んでましたわね。

 

 薄いの。

 

 はい…誰に借りたかは、存じませんねぇ。

 

「はぁ…寧ろ、俺の方が男として、意識されてないと思ってた位なんですが?」

 

「…ひゃい?」

 

「ひゃい? って…。まぁいい。こんな女性しかいない、旅行地味た事に、異性の俺を引っ張ってくる位だし…」

 

「……ぁ」

 

「い…今、気がついたみたいな顔をするな…まったく…」

 

「…お馬鹿でしゅわんぇ…」

 

「今まで饒舌に話してたのに…」

 

 取り敢えず、強引に見つめ合う格好の状態を継続はするのですわね。

 ノンナさんが、私の横でアップを始めましたわよ? …そろそろ限界でしょうか?

 

「……」

 

「こ…この状況もそうだけど…変に言うのもアレだしな…あ…そういや」

 

「…?」

 

「俺が年上に対して、タメ口で喋るのって…カチューシャとまほちゃん位だな…あぁ、西住姉の方な?」

 

「っ!?」

 

「ダージリンに対してもそうだろう? …俺がダージリンを、異性として見ていない? んな訳ないだろう」

 

「っっっ!!!」

 

 

《 …… 》

 

 

「だから、無理して…って…あの…」

 

「んっ!! んっっふふふふ…」

 

 

《 …… 》

 

 

「…頬ずりは、やめてほしいのですが…」

 

「んふふふふふっっ」

 

 脚を素早くパタパタさせて…色々と…。

 あぁ…浴衣が更に乱れて…。

 

「いやぁ…ダージリン…。酔うと、甘えるタイプなんだねぇ…子供みたいだね!」

 

「普段色々な事から、抑圧されている立場ですからねぇ…あぁも変わるのですね」

 

「おや、アッサム。君はあまり変わらないね」

 

「…やはり、私にも」

 

 手元のコップの中の液体に、視線を落とす。

 琥珀色の液体が、小さく揺れてますね。

 このOG…。

 ダージリンとノンナさんに協力すると見せかけ…その計画自体を本人達に…。

 最初に飲み物を尾形さんと、別の物に分けた時点で、すでに裏切ってましたのね

 

「…正直に申し上げますと、思考に乱れ…それも普段でしたら、許容しない事を…気に止めなくなっています」

 

「うっわ…自己分析できてる…。つまらない酔い方してるなぁ…」

 

「初めてアルコールとやらを摂取しましたが…なるほど、あまりコレは宜しくありませんわね」

 

「自己分析は結構だけど…それじゃ、ハメも外せれないよぉ?」

 

「外さなくて、結構です」

 

 はい、そうですね。

 本来、抑止、抑制する為に私は来たのですが…その思考判断すらままならない。

 流れをただ、眺めているだけ。

 

 厄介ですね、アルコールというのは。

 …美味しいというのが…思えるというのが、更に厄介…。

 

「未成年者に飲酒をさせた犯罪者様? 貴女は、酔っていらっしゃらない様で…いえ? 普段から酔っ払っている様なモノでしたか?」

 

「……君は酔うと、毒舌に拍車がかかるね…」

 

「ですから、思考に乱れがあると、申し上げましたでしょう?」

 

「はぁ…まぁいいや。私は、あまり酔えない体質なんだよ。…だからお酒の席というのが、あまり楽しめる部類の人間じゃないんだ」

 

「…だから私達を酔わせて、その反応を楽しむと?」

 

 

「まさにそう!!!」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

「だからな? ダージリン。俺はちゃんと、数少ない異性の友人としてだな…ん? どうした、ダージリン」

 

「……」

 

「ダージリン?」

 

 あら…大人しくなりましたわね。

 

「さぁっ!! もう一人のノンナ君は、どうだろう!?」

 

「彼女の場合、酔ったとしても、もさして変わらないと思いますけど…先程から大人しいですからね」

 

「そうだねぇ。あのダージリンを見ていても、余り変化…は……」

 

 

 

 ゆらぁ…と、立ち上がり…フラフラと、隆史さんに近づき…。

 

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

 

「ふぐっ!? ぅぅううう!!?」

 

 

「……隆史君…苦しそうだね」

 

「……どうしてこう…胸の大きな方は、恥じらいを持てないのでしょうか?」

 

 

「ぅぅぅんんむぅ!!!???」

 

 

 ダージリンと、同じくして、衣服…要は、浴衣の前が、少しはだけた状態のノンナさん。

 えぇ…ほぼ一直線に、腰帯までバックリと…。

 

 

「プッッハっ!!! ……し…死ぬかと思った」

 

 

 ダージリンが、膝枕で脚を占領している為に動けないのか、そのままの状態の尾形さんに対し…。

 

「…どうでしょうか? これで、私も異性として、見てくれるのでしょうか? と、いいますか、見てくれていたのでしょうか?」

 

「見てるに決まってるでしょう!? 何するんですかっっって、離れてぇ!!!」

 

「そうですか。それは良かった」

 

「 当然でしょうがっ! だから離れ……て……」

 

「えぇ…よかった。本当によかった」

 

「やわっ…離れて!!! ちょっと、洒落にならない!!!」

 

 胸元で、思いっきり抱きしめてましたね……頭を。

 えぇ…服の部分がほぼない場所で。

 

 ……チッ

 

 その尾形さんは、なんとか頭で振りほどき、大きく呼吸を繰り返していますね。

 …窒息してしまう程ですか。

 

 はい、お望み通りに、尾形さんから離れたノンナさん。

 

 そのノンナさんの全貌を見て…。

 

 

「見えそう!! 見えそうですから、隠してっ!!!」

 

「?」

 

「何をキョトーンって、不思議そうな顔してるんですかっ!?」

 

「見えそう…? 下着はしてませんよ?」

 

「だから余計に、まずいんでしょうが!!!」

 

「見ますか?」

 

「見ませんよ!!」

 

「そうですか。構いませんのに」

 

「なっ…ノンナさんも酔ってるのかよ!! 淡々と…大胆なんてもんじゃ…ぁぁああだっ!?」

 

 今度は、ノンナさんに両手で顔を挟まれましたね…。

 強引に顔をまた、正面に向けられて……痛そうですね。

 

「ゴキッていった!! ゴキッて!!」

 

「なら、次です」

 

「あの…顔…なんで近づけるんですか…」

 

「?」

 

「不思議そうな顔しないで!!」

 

「奪われたから、奪い返そうと…」

 

「何を!? 話聞いて…あぁもう!! 何か、まほちゃん、思いだしたぁ!!」

 

 

 

「    は ?    」

 

 

 

「」

 

 

 あの男は、やはり馬鹿じゃないでしょうか?

 確かに、お世話には成りましたが、あの状況でよく西住姉妹の名前を出しましたね。

 

「…では、もう一度」

 

「まってっ!! 本当に待ってください」

 

 

「  ……  」

 

「痛だだだだっ!!」

 

 …そのノンナさんの手には、彼女の全力が込められていますねぇ。

 尾形さんの皮膚が、指の形にヘコみ始めてますからね。

 

 …おや。

 

「ん…ダージリンさんが…」

 

 はい、このやかましい尾形さんの声をBGMに…小さく寝息を立てておりますね。

 …思いっきり、寝顔を殿方に晒してますが…よろしのですか?

 

「……」

 

「ノ…ノンナさん?」

 

 その寝ている、ダージリンを見下ろし…一言。

 

「これは、ずるいですね」

 

「はい?」

 

「では、私も…」

 

「はいっ!!??」

 

 ……。

 

 …………はぁ…。

 

「……」

 

「あの…ノンナさん? 何故反対の膝を枕にしてるのですか?」

 

「…………」

 

「その格好で、横向きになりますと、すごい光景になりますので、せめて衣類は正して頂けると…」ワー、オヤマダァータニダァー

 

「………………」

 

「あの…」

 

「……………………スー」

 

「 」

 

 おやまぁ…以外。彼女は、お酒に弱いのですかね?

 横になった途端に、お休みですか、そうですか。

 尾形さんが、完全にどうしたら良いか分からない。

 そんな顔で、此方に助けを求めていますね。

 

 

「「 スー スー 」」

 

 

 二つの寝息を、今度はBGMに…。

 

「はぁーーーはぁーー……くっそ…。責任、取ってくださいよ…アールグレイさん…」

 

 当然といえば、当然の…尾形さんの、恨みの篭った声が聞こえました。

 …まったく…当の本人は、頭の後ろに手を置き、口笛吹いてますけど。

 

「…体育会系の場合、よく後輩に酒飲ますとか、ありますけど…流石にこれは…どうするんですか」

 

「ま…まぁ? 最悪、私が運んで…「 はい、取り敢えず脚をどけて下さい 」」

 

 

 

 

「 隆 史 様 」

 

 

「 」

 

 ……。

 

「はぁい、仕方ありませんねぇ、ダージリン様は…っっしょと」

 

「お…おぺこさん?」

 

「ノンナさんも…っと」

 

 素晴らしく手際良く…と、言いますか…流れる様に座布団を二つに畳み、ダージリンの頭をその座布団へと移動させましたね…。

 同じく、ノンナさんも…。

 素晴らしく…本当に素晴らしい手際…。

 

 な…何故でしょうか?

 

 あの背の小さな、可愛らしい後輩が…怖い。

 お顔を顔の表情筋で、無理やり作っています。といった、感じですかね…。

 

 ですが、まずは…。

 

 

「オレンジペコ…? いつの間に…」

 

「まったく! アッサム様がいらっしゃって、なんですか? この状況は!」

 

「いや…貴女、どうやって…」

 

「え? この部屋、鍵かかってませんでしたよ? 普通に入ってきましたけど」

 

「わ…私が、気配を感じなかった…だと…」

 

 アールグレイ様が、呆気に取られている…信じられないといった顔で…。

 そのドアへと私達の視線を集めている時、今度はしっかりと、部屋の襖で、影になって見えないドアから、確かに開閉された音が聞こえた。

 

「…ぇ…今度は、誰だ…」

 

 ペチペチと足音を立て、このオレンジペコとは違い、ハッキリとした気配で…。

 寝ていたのでしょうか? 眠そうな目を擦りながら…。

 

「たかーしゃぁ…ノンナァ…しらなぁい?」

 

 クマの着ぐるみの様な、真新しいパジャマを着た…地吹雪さんが、ご入室。

 全員の視線を独占するも、即座に尾形さんの膝下に目線を動かし…。

 

「カチューシャ!?」

 

「んん~~…? あぁ……やっぱり、ここにいた…んしょ」

 

 はい、そして一直線。

 

「私も…ここで…寝るぅ…」

 

 お子様パジャマを着た、その大隊長様が添い寝を始めた…。

 

「あぁぁ!! くっそ! なんだこの絵!!」

 

 はい、そうですね。

 

 聖グロリアーナ…その戦車道・大隊長。

 その…ダージリンが、寄りにもよって、男性の部屋で…畳んだ座布団を枕に寝ている…。

 その横で、あられもない姿で、同じく畳んだ座布団を頭に、強豪・プラウダ高校の副隊長様が…。

 

 そんな絵が出来上がっております。

 

「はい、ではアールグレイ様?」

 

「えっ!? あ、はい。なにかな…?」

 

「原油はどこですか?」

 

「原油?」

 

 ……。

 

 オレンジペコ…まさか…。

 

「あぁ…原し「 原油です 」」

 

 お酒。

 原酒とは言わせない…まぁ不謹慎ですけど…有無を言わせないオレンジペコの雰囲気に、OG様がたじろいで、おいでで…。

 無言のまま、部屋の隅に置かれている、コンビニ袋を指差すと…。

 

「オペ子? 何してんの…?」

 

「隆史様」

 

「いや、あの…」

 

 尾形さんの呼びかけを、呼びかけで返し…。

 

 小さな体で、尾形さんの視線を隠し、同じくコンビニ袋に入っていた紙コップに…その原油とやらを入れた。

 それをなに食わぬ顔で…。

 

「まったく…何をなさっているんですか?」

 

「いえ…あのですね?」

 

「隆史様の事ですから? また、ダージリン様の無茶に付き合って下さったと思いますが…」

 

「いやぁ…どちらかと言えば、その先輩様に…」

 

「はぁ…もう、いいです。そんなに焦らなくとも、大体の想像はつきますよ。…取り敢えず、これでも飲んで落ち着いてください」

 

「あぇ…?」

 

 ……渡した。

 

「あの…コレ、ひょっとして…」

 

「お茶です」

 

「いや…あの…ちょっと琥珀色…してるの「 お茶です 」」

 

 ……。

 

 …………はぁ。

 

「尾形さん。オレンジペコは、前回の被害者筆頭ですわよ? ソレなのに、尾形さんにお酒を渡すとお思い?」

 

「 」

 

 助け舟をダシマショウ。

 気まずく思ったのか、コップの中身にもう一度視線を落としましたね。

 ちょっとオレンジペコが、私に視線を投げ、微笑みかけてきました…ちょと…たじろぐ程の…。

 

 まぁいいです!

 

「飲み物を一度口に入れれば、少しは精神も落ち着くでしょうよ…ですから、それから考えましょう」

 

「…え…なにを?」

 

「…この二人の処遇ですわよ。ちょっとやそっとでは、起きそうもございませんしね」

 

 えぇ…随分とまぁ…お幸せそうにご就寝になっている、我が隊の隊長様達を…ですね。

 あぁ…もう。だらしない…。

 浴衣がはだけて、胸元と太ももを、殿方の前でここまで晒すとは…。

 

 ・・・・・・。

 

 チッ。

 

 

 特にノンナさんは、すごい…えぇ。凄いの一言ですわね。

 同性の私から見ても、そう思います。

 

 

 

 ……泣きたくなりますわ。

 

 そうですわね。

 写真とって、明日ご覧になって頂きましょう?

 えぇ…暫くコレで持ちそうですね。暴走しそうになったら、これで止めましょう。

 

「…隆史様?」

 

「な…なに?」

 

「 凝視…して、おいでで… 」

 

「見てませんよ!!」

 

 ……。

 

 そうですね。

 この二人…と、言った時に、確かに見てはいましたが、今は、しっかりと顔を背けていましすし。

 凝視…という程では…。

 

「はぁ…でしたら、それをちゃんとお飲みになって…しっかり考えましょう? ……考えましょう?」

 

「わかった! わかったよ!! …はぁ…オペ子が怖い…」

 

 もう此処まで…その様な感じに諦めたのでしょう。

 手に渡されたコップを天に仰ぎ……一気にソレを飲み干しましたわね。

 

 ……。

 

 …………。

 

「…アールグレイ様」

 

「な…何だろう!?」

 

 オレンジペコの行動に、特に驚いておいでだったのでしょうね。

 呆気に取られていた、その先輩にお声を掛けると…若干声が上擦りましたわ。

 

「私の先程、思いついた作戦が今…完遂しました」

 

「んんっ!?」

 

「普段の事もございましょう。ハメを外したいのも分かります」

 

「……いや…」

 

「此処まで、私達を心配して…キャンディ様に同行して来て頂いたアールグレイ様。それに、素直に感謝致します…」

 

 ほら…隆史さん。

 様子が変わってきましたわね。

 

「…ですので、アールグレイ様には、少々痛い目にあって頂いた方がよろしいと思い……貴女に今回は、ご協力いたしました」

 

「……え……あの…。それより、あのオレンジペコって後輩…」

 

「最終的には、尾形さんも酔わしてしまう、おつもりでしたのでしょう?」

 

「白状してしまえば、そうなんだけどねっ!? いやいや! あの子、隆史君にドンドンお酒継いでるけど!? それをまた、すごい普通に飲み始めたよ!?」

 

「……では、私、これで小一時間程、部屋に戻りまして…ダージリンを回収する手筈を整えますわ」

 

 はい。

 

 被害を被りたくないですわ。

 

「あの…いやね? 後輩、聞いてくれるかな? っ!? あの娘…隆史君の膝の中に、普通に座ってるけど!? うわぁ! 良い笑顔だ!!!」

 

「まったく。本当はこうなる事を恐れて…前回の件を、素直に教えて差し上げたと言うのに…」

 

「なんで、立ち上がるのかな!? 本当に出て行くつもりかい!? この場に私を置いて!?」

 

「…シラフのオレンジペコもいますし…。地吹雪のカチューシャさんが、そこにおいでですので、如何わしい事にはならないと思います…ですから」

 

「ですから!?」

 

「貞操は死守してくださいね?」

 

「!?」

 

 

 やはり、尾形さんもお酒に弱いのでしょう。

 無言のまま、ボーッと、言われるがまま、キラッキラに輝く笑顔のオレンジペコを胡座の中に座らせていますね。

 もうすでにあの時の状態なのでしょう。

 

 …一言も喋らなくなりましたわね。

 ですから、逆に一言…この先輩に、この言葉を送りましょう。

 

 

 

「自業自得と、知ってください」

 

 

 

「えっと!? なんか言っているが、変だよ!?」

 

 

 

 

 はい、では。

 

 さっさと、逃げましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……は…はは…あれは、酷い目にあったね…」

 

「……」

 

「隆史さん」

 

「な…なに? 詩織ちゃん…」

 

「楽しみですっ!」

 

「なにがっ!?」

 

 静かな店内…特に大きな声を出している訳では無いのだけど…目線が痛い…気がする。

 まぁ実際に俺達の話が、聞こえているとは思えないが…な。

 

 店員さんをもう一度呼び、侮蔑の視線を感じながらも、もう一つアイスコーヒーを注文。

 まったく…何故、こうなった…。

 

「面白半分で、手を出していい領域ではなかった…」

 

「何かしたんですの? いえ…されました? 奪われました?」

 

「如何わしい言い方、やめてくださいよ!!」

 

「隆史さんには、前科がございますでしょう?」

 

「」

 

 したり顔で、紅茶に口をつけるアッサム様に何も言えませんでございました…。

 いやなぁ…まだ、ここら辺までは覚えてるんだよなぁ…。

 あの時は、確か……。

 

「オレンジペコ君が、ハシャギにハシャイで、幸せそうだったよね!」

 

「あ…あぁ…何故か俺の膝の上から、どこうとしてくれませんでしたけどね」

 

「あの時のあの3人を見て…君は、異性としては判断しても、アレを恋愛対象として見られていると、感じなかったんだよね?」

 

「あ、はい。まったく」

 

 

《 ………… 》

 

 

 な…なに?

 

 

「馬を用意しよう」

 

「やめてください!」

 

 ため息…すっごいため息を吐かれてる…。

 いやね…まぁ…今はもう、思い出せばどういう事か、わかりますけどね…。

 

「所でアールグレイ様は、結局このタラシさんに何をされたのでしょうか?」

 

「お姫様抱っこだね」

 

「…………あぁ…定番の」

 

「定番って言わないでくださいよ! 俺の背だとオンブの方が、難しいんですよ?」

 

「あ、それで…決勝会場で、私にもしてくれましたよね!」

 

 し…詩織……さん。

 今、言わないでください…。

 

「…タラちゃん…犯罪…」

 

「違いますから!!!」

 

(どうでした!? あの腕でって、ずるくありませんでした!?)

(おやっ!? 分かるかね!?)

(あの安定感と、包容力と、力強さ!! 並みの男子じゃ、無理ですよね!!)

(そうだね!! 不覚にも、あの時、顔の熱で動けなくなってしまう程だったよ!!)

(…後)

(おっ! アッサムも乗ってくれるかい!?)

(…首……首の…がっちり感…)

((分かりる!!!))

 

 

「……目の前で、内緒話はやめてください」

 

 はぁ…。

 そういえば、この後……か。

 

 俺の記憶の最後…あの……温泉……露天風呂……。

 

「そういえば、アッサムはあの時、なんで私のそばにずぅぅぅっと、付き添っていたんだい?」

 

「…隆史さんの前で、片っ端から戦車道乙女のスカートを捲りそうでしたので。浴衣も含めて…」

 

「…………流石に私も、男の子の前では、やらないよ」

 

「誰の前でも、やめてください」

 

「いやぁ…しかし以外だったなぁ…。タラちゃん、酔っていても…」

 

「なんですか」

 

 

 

「寝ているダージリンとノンナ君に、いたずらしなかったよね」

 

 

 

「する訳ないでしょうが!!!」

 

「少しくらい、捲っても良かったのに…すぐに押入れからタオルケット取り出して、上に掛けちゃうし…」

 

「当たり前でしょうが!!!」

 

「変な所、紳士だよねぇ…なんだろう。本人の許可があれば、鬼畜の所業をするのに…プラウダのお茶会の様に!!!」

 

「見てきたかの様に、言わないでくださいよ!!」

 

「もうちょっと…こう…思春期の少年らしく、甘酸っぱいのはないのかな!?」

 

「……」

 

「……」

 

「…おや…気持ちの悪い位に、動きが止まったね」

 

「い…いや、甘酸っぱくはないのですけど…その」

 

 

「 お風呂ですね 」

 

 

「っっ!!」

 

 しれっ…と、同じように紅茶に口をつけながら、ボソッと…もう一人の当事者様が、発言なされた。

 か…体が一瞬、浮いた気がしたなぁ…。

 心音と一緒に体が、アッサムさんの言葉に飛び上がってしまった…。

 

「……ふ~…」

 

「あの…」

 

 人心地着いた…そんな感じで、ティーカップをゆっくりと置く…そして一言。

 

 

 

「 では、つづきです 」

 

「……」

 

 ま…まぁ、ここからだからなぁ…本当に俺が聞きたいのは…。

 

 …確か。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 まったく…えらい目にあった。

 

 夜中…漸く解放されたね。

 なぜか? 皆、力尽き寝てしまったから…。

 

 男の部屋で寝るなよ…。

 結局、アッサムさんは、すぐに戻って来なかった為に、どうしようもなく…。

 俺が運んでもよかったんだけど、その最中に夜中に廊下で、年頃の娘さんを運んでいる…なんて姿見られたら、一発で通報されそうだったからね…。

 そりゃ…泊まっている方々の大将様達を、酔わせて運んでいる…どこぞに連れて行く…そんな絵が出来上がりますがな

 

 部屋に何時までも、いる訳にもいかない。

 女の子しか、他にいなかったしね!!

 

 暫くして、動かなくなったアールグレイさん共々、途方にくれていると…丁度一時間後…漸くアッサムさんが戻ってきてくれた。

 …うん。何も如何わしい事は致しませんでしたので、大丈夫ですよ? と、ジト目で俺の言い訳を聞いてくれたアッサムさん。

 アールグレイさんを文字通り、叩き起こし、全員を一緒に…搬送いたしました…とさ。

 

 ……。

 

 結局、本当に自由の身になれたのは、夜中…丑三つ時間近でした。

 そうして漸く、一人で…一人で!! …温泉に来れたという訳でごんす。

 女生徒人口が、99%を占めるという事で、男湯の時間は今…と、相成りました。

 まぁ、女将さんに頼んでそうしてもらったんだけどね。

 

 …余計な事! 変なイベントフラグはいらない! と、マジな目で頼んだら、事情を察してくれました。

 針の寧ろなんすよ?

 

 とぉぉ!! 言う訳でぇ!!

 

 しっかりと、のれんが男湯になっているのを確認!!!

 

 あぁ! 確認だ! 指差し確認!!

 

 …くだらないトラブルは、極力避けたいですからね。

 

 はぁ…やっと、本当に一人になれる。

 

 のれんを潜り、脱衣所へ。

 はい、よくある銭湯の脱衣所ですね。

 脱いだ衣服を置く、編みカゴが並ぶロッカーに、でっかい扇風機と鏡。

 

 変な忘れ物とか、あってくれるなよ…。

 

 一通り何もないか? と、脱いだ衣服を入れる、網カゴを確認する。

 良かった…何もない。

 これで、心置きなく風呂へと入れる…。

 

 …先程、俺も寝てしまったのだろうか? 俺も意識を失っていた。

 変に足がうまく動かないので、変に寝ぼけてでもいるだろうか?

 まぁ、特に支障はないから、風呂にでも入ってしまえば、元に戻るだろう。

 

 …露天風呂。

 

 特段普通の露天風呂。

 

 さっさと衣服を脱ぎ、中へ入ると……なんだ? 湯気で真っ白だ。

 露天風呂だし、こんなに真っ白く曇るもんか?

 

 その為、効能がどうの書いてある、立て看板があるが、湯気でよく見えない。

 北海道だし、夜の気温がグッと下がる為ってのもあるのだろう。

 お湯からの湯気がものすごい、ちょっと霧じゃないか? と、思うくらい…。

 少し、肌寒いしな。

 

 ……。

 

 違う…北海道の気温差等で、コレ…マジで霧だわ。

 夜中…朝方になると、こうなるのか?

 

「……」

 

 さっさと入ってしまおう。

 そして、さっさと出てしまおう。

 

 取り敢えずと、体と頭を洗い、熱いお湯を頭からかぶる。

 ここら辺は、特段何もない。…普通だな。

 備え付けのシャワーの前に、椅子、桶……まぁいいや。

 そこら辺は、どうでもいい。

 さっさと、してしまおう。

 

 

 岩の地面を進み…化粧岩に囲まれた、湯船の前まで来ると…。

 

 

「……ふっ…と」

 

 体を伸ばし、腕を伸ばす。

 関節の動き、筋肉の伸び…体のメンテナンスとやらを行う。

 運動不足に、ならない程度には、筋肉を酷使しているつもりだけどな。

 …筋肉痛と言うものが、最近ないので変に寂しく感じてしまう俺がいますね…。

 

 昼のみんなは、明日大変だなァァァ!! 羨ましい…。

 

 まぁ……いいや

 なんか、悲しくなるから…。

 

 しかし…いやぁ、広いから、思いっきりできて、少し楽しい…。

 折角だし、湯船に立ったまま入り、即座にギシギシと音が出そうな位に体を伸ばし…回す。

 ふむ…一度、湯に使って…筋肉を温めたからの方が、良いか?

 

「…ん?」

 

 ぬ…

 

 ちょっと頭がクラッとした。

 

 湯気なのか霧なのか…良く分からないこの状態でも見える星空がすごい。

 …頭が真上を向いてしまった。

 

 湯船にすら入っていないので、のぼせるなんて事は、まだ無いと思うのだけどなぁ…。

 上半身を、左右にブラブラと…適当に回すと…えっと…。

 顔の正面が、脱衣所にへと、向けられる…。

 

 

 ……向けられるのですが…。

 

 

 向けた瞬間……ガラッと音が響いた。

 

 

 ……。

 

 

「おぉぉぉ!!! 姐さん!! 露天風呂っすね! 露天!!! まぁ、真っ白で良く見えないっすけど!!」

「ペパロニ? はしゃぐと、転ぶわよ? 誰かいたらどうするの?」

「いいじゃねぇか。こんな時間だしよぉ、貸切みたいなもんだろ?」

「…しかし、のれんが、入口に掛かっていなかったけど…大丈夫なのか?」

「でぇーじょうぶっすよ、姐さん!! この旅館、隆史以外に、男の客っていないみたいっすから!」

 

 

「       」

 

 

「そう…だなッ!! たまには良いよな!! こういうの!!」

「そうですねぇ…夜中にペパロニから起こされた時は、びっくりしたけど……はぁ…」

「んだよ、カルパッチョ」

「今日…殆ど、隆史さんとお話できませんでした」

「そっか?」

「そうですよ。久しぶりだったのに…ドゥーチェだけ、ずるいです」

「ず…ずるくない!!」

 

 いや…もう…。

 誰が入ってきたとか…のれんの話とか…突っ込み所が満載だけど…。

 

 えっと…

 

「…ペパロニ」

「なんすか? 姐さん」

「お前…また、大きく…」

「はい?」

「と…取り敢えず、バスタオルは巻け…幾ら同性でも…何も着けないのは、やめてくれ」

「いいじゃないっすか!! 誰も、見てないんっすか!! ほらほら姐さんもぉ!!」

「私達から、思いっきり見えるだろうがっ! 少しは、恥じらいを持て!! というか、捲る……返せぇ!! 取るなぁ!!!」

「…姐さん。意外にスタイル良いっすよね」

「意外とはなんだ 意外とは!!」

「開放的になればいいんすよ!! カルパッチョもなぁ!!」

「ちょっ!? ペパロニ!?」

「いぇ~い!! タオルをどーーん!!」

「投げるなぁ!! お湯にタオルを入れてはダメなんだ…ぞ…」

「…ぁが…」

「あらぁ」

 

 ……。

 

 そんな訳で…夜中だと言うのに、騒がしく…いつもの3名様がご来店…。

 湯気が濃いとはいえ、シルエット位は、わかると思うのだけど…。

 会話からして、ペパロニが二人のタオルを奪い…俺がいる湯船にへと、投げ入れてきた…と、いった所でしょうか?

 すげぇズンズンと、此方に話しながら歩いてくるモノですから、何もできなかった。

 

「なっ…なっ! なぁぁぁぁ!!!!」

「……タカ…シ」

「あら、隆史さん、こんばんは」

 

 

 あ、はい。

 流石にこの距離なら分かりますよね?

 いやぁ…自然体のカルパッチョさんの方が、違和感を覚える出会いですねぇ。

 

 …いや、ほんとに…

 

 ぉあ…一瞬で、唯一一人だけ持っていた…というか、投げなかった自分の小さなタオルで…ペパロニが体を、隠した。

 いやぁ…うん。

 そのまま、ゆっくりと座り…湯船に完全に浸かる。

 ぐるっと、体を回転させ…彼女達に背中を見せようか?

 

 …はぁ…こういったイベントを、避ける為に態々夜中に来たと言うのに…。

 彼方さんから、鳥さんがネギしょって、やってきた…。

 そして、あらぬ誤解と更なるイベントを起こさせない為に、コレだけは言っておこう。

 

 髪が濡れない為だろう…髪の毛を後ろでまとめた、アンチョビとカルパッチョさん。

 いやー似合いますね。

 

 ……。

 

 …………うん、違う。

 

 

「色々と言いたい事は、あると思うが…今は、男湯の時間だ」

 

「 」

 

 

「俺が入ってくる時には、しっかりと男湯ののれんは、掛かっていたからな?」

 

 あぁ、アンチョビの絶句が聞こえる…。

 いや、言葉がないから聞こえるはずがないのだけどね? 聞こえるんだよ…。

 多分、ペパロニに詰め寄ってるなぁ…。

 

「…そういや、あったな。隆史も来ないと思って、外しちまった…」

 

「ペ…パ…ペパァ!!」

 

 闇夜を切り裂く、乙女の悲鳴…の、様なモノは上げないでくれて、ありがとうございます。

 第三者から見れば、俺が完全に犯罪者です。ハイ。

 

「…まぁ、うん。俺…出ようか?」

 

「待てっ! 今出るな!!! こっちを絶対に見るなよ!?」

 

「見ません」

 

「でもすでに、しっかり、真正面から見られてますしねぇ」

 

「っっあああ!!」

 

 あ、はい。流石にアレでは、言い訳のしようがないですから。

 敢えて細かくは、感想を述べる事はやめておきますね?

 

 ……。

 

 

 …………やめておきます。

 

「では、ドゥーチェ?」

「んにゃ!?」

「折角ですし、ご一緒します?」

「するかぁ!! する訳が、ないだろう!?」

「え~~~~」

「え~~じゃない! …他の男も入ってくるかもしれないぞ」

「でもぉ、隆史さんだけしか、この宿には…」

「ペパロニがやらかしたんだぞ? 男性の従業員とかも来るかもしれないだろぉ!!」

「あ~~…う~~ん…そうですねぇ…それは嫌ですねぇ」

「そうだろ!? そーーだろぉ!? じゃあさっさと出るぞ!? というか、ペパロニが大人しい…」

「…もうすでに、出て行きましたよ? というか、入り口で顔だけで覗いてますよ?」

「…………アイツ」

 

「姐さん! ねーさん!! 何してんすか!! 早く!!」

 

「手招きしてますね」

「はぁ…んじゃ出ようか…」

 

 あ、話つきました?

 いやぁ…結構、湯加減良いし…やっぱり俺が出て行って、彼女達に譲った方が良さそうだなぁ。

 でも…まぁ、もう無理だろう。

 千代美達、すでにもう入る気何てないだろうなぁ。

 

 っっ!!??

 

 なにっ!?

 

 ムニっ!?

 

 なに!!??

 

 なんか、そんなの…が……。

 

 今、一瞬冷たいのが…というか、なんか背中に、やわらかい……感触…が…。

 

「では、隆史さん」

 

 み…耳元で…カルパッ…。

 首元に、彼女の垂れた前髪でくすぐる様な感触が……。

 それ以上に背中の感触がすげぇけど!! ダメでしょう!? カルッ

 

「…………」

 

 あ、すいません。ひなさん。

 

「私達、失礼しますが…今度また…機会があれば…」

 

 はっ!? はい?

 なにが!? なにを!?

 

「「なにやってんだぁ!!! カルパッチョォ!!!」」

 

「ドゥーチェダメですよぉ? ペパロニもっ! 夜中何ですから、叫んじゃ」

「あぁ、もう! いいから、行くぞ!!」

「あぁ、もう…ひっぱらないで下さい…」

 

 

 それが、最後の彼女達の言葉だった…。

 はぁ…。

 

 バタバタと分かりやすい擬音を奏でながら、漸く……また一人になれた…。

 はぁ…こりゃ、逆に彼女達が脱衣所から出ない限り、俺もまた出れないな。

 振り向くと、入り口の曇りガラス越しに、彼女達のシルエットが見える…。

 

 ……。

 

 あかん。

 

 

 髪の色と、肌色。そのシルエットだけだ。

 こっちの方が、逆にあかん。

 

 

 ……はぁ…。

 

 

 岩肌を見ていてもつまらん。

 

 今度は、空でも眺めてるか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 ・・・・・

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

「 ぶっっはぁぁ!!! 」

 

 

 立ち上がり、大きく息を吸う…。

 頭全体をお湯で濡らし…顔に垂れてくるお湯を、口元から腕で拭う…。

 体がお湯の熱で、温められ、熱く熱を帯びた体の温度を感じる。

 ボーっとする、頭を振り、自身の状況、状態を確認…。

 

「 」

 

 …

 

 ……

 

 あ~…死ぬかと思った。

 

 まさか、温泉で寝落ちするとは…うん、完全に寝ていたわ…。

 マジで、死ぬ直前だった気がする…。

 

 湯気が少し、晴れていた。

 風が出てきた為だろうか? 若干、冷たい風が心地良い。

 

 ……いやぁ…結構、本気で危なかった…。

 心臓がバクバク言っている。

 

「 」

 

 まだ頭がボーっとする…こりゃやばいかな…。

 息が荒く、無意識に空気を吐き続ける。

 

 

 はぁ…もう、上がろう…。

 

 

 一度、熱を冷まして…後は、さっさと寝てしま…………。

 

 

「 」

 

 

 両手で顔を拭く拭き…。

 

 

「  」

 

 

 体を脱衣所の方向へ、向けると……。

 

 

「……と…」

 

 

 肩まで湯船に浸かり…あ~…うん。

 温泉のお湯のセイだけでは、ないのだろうな…うん。

 

 

「取り敢えず…お聞きします」

 

 

 信じられない程、目を見開き…そして信じられない程、真っ赤になった…。

 いやぁ…うん。前は一応、腕で隠してください。

 

 固まるのは、わかるのですけど…困ります。

 

 そうそう、取り敢えず…冷静になって下さいね?

 

 あ、はい。

 

 なぜか眼球が、一点を見つめるように動きを止めてますね。あぁ……動けないのか。

 

 そして……ボソッと、はっきりと聞かれました。

 

 

 

「これは、通報案件でしょうか?」

 

 

 

 はい。

 

 

 やめて下さい、アッサムさん。

 

 




閲覧ありがとうございました

今回で過去編が、ほぼ終了。
次回は、また…別の過去編が絡む……かも?

ありがとうございました。








ちょっと濁したネタバレ。
…あの謎の彼女の設定は、あの説でいこうかと思います。
隆史との関係性ですと、あの考察設定の方が面白くなりそうだと考えました。
あの設定が嫌いな方は、申し訳ない。
あの決勝戦会場でも、敢えて会話を一切させませんでした。



…はい、姉妹になりそうです。


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第17話 昔語り と…昔の話

 エキシビジョンマッチ。

 聞いてきた通り、この大洗町には関係ない連中が、道路脇に時たま目に入る。

 まぁ、あの連中は後日だな、後日。

 

 目的の人物は、そうそうお目に掛かれないそうだよ?

 めんどくせぇなぁ。

 ただでさえ、余りこんな田舎にいるのは、気が滅入ると言うのに…まぁ、ここに今日はいるという情報を掴んでいる為、仕方なし車を走らせる。

 

 グルッと町内を3週。

 それで見つかれなければ、まぁいいや。

 次の機会だ。

 

 

 非常に目障り。

 

 あの男の血筋を、何年か前に聞かされた時には、怒りで体が震えたねぇ。

 汚らわしい一族の分際で、人の計画を邪魔しやがって…。

 母親はどうしようもない。…あんな化け物を相手にした所で、損害しか出ないしな。

 何もしなければ、西住流を謳っている段階で俺に手出しはできまい。

 …頬っておこう。

 

 情け無いが、無理な物は無理。

 諦めは肝心だよねぇ。

 

 息子に危害を加えれば、また面倒だからな…逆に言えば、危害を加えなければいい。

 どうとでもできる…が、最後だな。

 そうそう…危害さえ加えなけりゃいいだけだ。

 

「…ふぁぁあ…」

 

 流れる風景は、似たか寄ったか。

 古ぼけた建物が続く商店街付近に目線を流す…。

 飽きてきたなぁ…眠気だけが、襲ってくる。

 

「若」

 

「…なんだよ、内海」

 

 運転手兼、執事の男が声を出した。

 必要な事以外は喋るなと命令をしていた。

 だから、これは必要な事だろう。

 

「…それらしき人物が、そこに」

 

「ん…ぉ」

 

 路上を背の低い小娘と歩く女。

 3人組み。

 帽子を被り、良く顔が見えないが…まぁ、アレだろう。

 チューリップ帽子というのか…バックリ、後ろ側が割れ、白い紐が交差されている。

 お手製の修理でもしたんでしょうかねぇ? みっともない。

 買い換えろよ、そんな安物…。

 結構、簡単に見つかったね…さっすが、俺。持ってるなぁ。

 

「まぁいいや…んじゃ、行くか」

 

「若」

 

「んん?」

 

「質問をお許し頂けますか?」

 

「お前が? …ふ~ん。言ってみな?」

 

 俺に対して絶対服従…と、言う訳でもないが、必要最低限の事しか口を開かないこいつが、質問?

 興味があった為、答えてやる事にした。

 

「…尾形 隆史と直接面会といい…あの少女といい…何か意味があるのでしょうか?」

 

「意味?」

 

「尾形 隆史の転校の件も含め…態々、警戒される様な真似をするのは、どうしてでしょうか?」

 

「あぁ…なるほど。まぁそうだな…普通、分かるわけないよな」

 

 転校の件、あの男の幼馴染みの件…。

 直後に調べれば、すぐに分かる事を、敢えて盛大に大袈裟に言った事…だよな。

 

「そうだな、意味は…殆ど無いね」

 

「意味は無い…の、ですか?」

 

 ゆっくりと歩く3人組に近づく車。

 少し追い越し、10メートル程離れた時点で、ブレーキが掛かった為、車体が揺れた。

 さて…行くか。

 

「内海」

 

「はい?」

 

 俺の一連の…これからの行動は、ただ一つ。

 あの小僧の感情を、俺に持ってくる事。

 

「俺…っと…。僕はね?」

 

 感情を切り替え、一人称も切り替え…この執事に答えてやる。

 暫く続きそうな…そしてすぐにでも終わりそうな目的。

 

 

 

「僕は、尾形 隆史に嫌われたいんだよ。それこそ……憎悪されるくらいにねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 取り敢えず、胸元を両手で隠し、この目の前の変質者(仮)の様子を伺う。

 その上で、何故この男が、こんな場所…しかもこんな所にいるのか? と、思考を巡らす。

 この野外…露天風呂は、時間で入浴時間が、男女公転するのは存じてましたが…。

 

 まさか、変更されるまでお湯の中で隠れて待っていた…という、訳でもなさそうですしね。

 明らかに同様していますし、目元を手で押さえて此方を見ないようにはしていますしね。

 

 …なんでしょうか?

 

 何か、大切な事を見落としている気がします。

 

「…アッサムさん」

 

「なんでしょう? 悲鳴の一つでも上げた方が、よろしいですか?」

 

「……」

 

 この方の事です。どうせ、何か手違いがあったのでしょうがね?

 冗談でも何でもなく、その位の事はしそうだ…と、いった顔で見下ろしていますね。

 

 流石に冗談で言ったつもりですが、お望みならばそうしましょうか?

 現在、湯船を照らす人工的なオレンジ色と、夜の暗闇のコントラストの中、お湯が動く水音だけが聞こえる程の静寂が包んでいます。

 まぁ…その中で、真っ裸の男性が、目の前で青くなっていますが。

 私の冗談を無視し、会話を続けてきました。

 

「あの…男湯の、のれん…掛かっていませんでしたか?」

 

「…あ」

 

 …それだ。

 尾形さんは、酔いつぶれているだろうと決めつけ、女性しかいないと頭にあったので、何もなく普通に入ってきてしまいましたね。

 ふ…普段ならこの様なミスなぞ、しないのですが…まだ、アルコールが大分残っているのでしょうか?

 

「あっ……て。はぁ…ペパロニ……戻してけよ…」

 

 私のたった一言の呟きに、全て察したと秤りに肩を落としましたね。

 しかし…ペパロニさん?

 

「…先程ですが、アンツィオの連中…と、ペパロニの奴がですね…?」

 

「なるほど…分かりました、もう結構です。察しが付きました」

 

「…アッサムさんは、察しが良いので、ものすごく助かります」

 

「あの三人との混浴は、済ませたと…」

 

「違いますよ!! 分かっていて言っているでしょう!?」

 

 はぁ…まぁ分かりますけどね。

 あの姦しい、ペパロニさんの事ですからね。

 どうせ、誰もいないと思って、男湯ののれんを外してしまったのでしょうね。

 でも、女湯ののれんも掛かっていませんでしたけどね…ある意味で、そのおかげで尾形さんは、今この時まで無事でお過ごしでしたのでしょうね。

 

「あっ! あぁ…すいません」

 

 今気がついたかの様に、私に背中を向けましたね。

 全裸で私の前に、ほぼ仁王立ちでしたしね…。

 

「……」チッ

 

 あぁ…違う。

 いえ……しっかり見てはしまったのですが…いや? えぇっと…。

 妙に顔が熱いですね。

 …相手は、たった一つしか違う…しかも年下。

 その、明らかに年下に見えない…とはいえ、男性の全裸というのをじっくりと見てしまった…あぁ、いや。これも違う。

 なにを言っているのでしょうか?

 うまく考えがまとまらない。やはり、私も動揺をしているのでしょうね。

 

「で…ではぁ…」

 

 尾形さんが、背中を見せたまま、横歩きでお湯を移動し始めました。

 こちらまで、小さなお湯の波が何度か訪れて来ました。

 

 ……。

 

 エグい…とでも言うのでしょうか?

 3本程…斜めに大きな線が、彼の背中にはありました。

 傷…生々しい程、大きな傷。

 余り古くないのか…塞がったばかりの様な…。

 

「俺、もう出ますから…。後で言い訳聞いてくれると助かります…。で…ですから、ゆっくりしていって…「お待ちなってください」」

 

「…?」

 

 っと、いけません。

 変に見入ってしまいますね。

 

 取り敢えず、こんな状況ですが、先程少し…場違いにも思ってしまいました。

 この状況。

 

 …都合が良い。

 

「丁度良い機会です。そのまま、此方を向かずに座って頂けます?」

 

「…は? 何を言って…それに、丁度良い?」

 

「先程、お部屋の方で言っていた「お話」…を、するのには、丁度良いと言っているのです」

 

「……あぁ。でも、あの…流石に、この状況では…」

 

「明日もダージリン達が、貴方に構って欲しいと押しかけると思いますし…邪魔されず、二人きりの状況に、この合宿中に慣れると保証もありませんからね」

 

「構ってって…」

 

「私と湯を一緒にするのは、お嫌でしょうか?」

 

「んな事は、ありませんけど…」

 

 なにをマゴマゴと…煮え切らない。

 確かに、躊躇しても可笑しくは御座いませんが、女側の私が良いと、言っているので良いではないですか。

 私としても、恥ずかしいのですから、さっさと座ってくださらないかしら?

 

「それとも何ですか? 私より先に脱衣所に行き…誰もいないのを良い事に、私の衣類…「ご一緒させて頂きます!」」

 

 …全部言い終わる前に、勢いよく湯船につかりましたね。

 最初からそうしていれば、私も変な事を言わないで済むというのに…まったく。

 

 ……。

 

 …こんな風に考える事なんて、今までまったく無かったと言うのに…何故?

 視線を自分の胸元の湯船に落とし、波を打つお湯を眺めながら、浮かぶ疑問に即座に答えを出す。

 

 …………はい、自覚しました。

 

 私、まだ酔っていますね。

 思考回路が変です。おかしいです。

 

 ……ま、いいでしょう。

 この位の方が、逆に宜しいと思いますし。

 自分から異性を…その…混浴に誘ったりするのも、多分アルコールのセイですね。

 

 

「…で。なんでしょうか?」

 

 言われた通り、此方を振り向く事もしないですね。

 年頃の男の子と言うのは、思考と体は別物だと聞いていたのですが…何故でしょうか?

 こんな状況下で、チラチラと見ることもなく、早く終わらせましょう? という、態度…言い方の尾形さん。

 

 ……。

 

 

 ……なんか、悔しいですね。

 

 

 はぁ…まぁ、いいです。

 

「正確には、貴方に私から言っておきたい事がある…と、言う事なのですがね」

 

「言っておきたい事?」

 

 ……。

 

 何故でしょうか?

 

 今更になって…躊躇が出てきてしまった。

 しかし…頭の中が、少し…熱い。

 

「ひ…昼間の事ですが」

 

「昼?」

 

「我が校のOGが、来訪された時の事です」

 

「あぁ…はい」

 

「ありがとうございました」

 

「いえ…どういたしまして。え? そのこと?」

 

 私のお礼に素直に返す。

 特に吃ったり、動揺は感じられない。

 いきなり切り出した内容ですが、まぁ普通の反応。

 

「…助けてください…と、言った手前も御座いますが…いつもああなのですか?」

 

「ああ?」

 

「助けを求められたら、誰でも出しゃばるのですか? と、言う意味です。カチューシャさんに助言を頂きまして…それで、貴方に救助を願いました」

 

「あー…はっはー…言い方、ちょっとキッツイっすねぇ…」

 

「…そうですね。ごめんなさい」

 

 確かに少々…嫌な言い方でしたね。

 笑ってはいますが、素直に謝りましょう。

 

「…別に、誰でもって訳では、ないですよ?」

 

「…そうなのですか? あぁやって、女性を口説いて回っているのではないのですか?」

 

「はっはー…きっつ…」

 

「今日の事で、ダージリンもまた更に…ですから、先程の様な行動に出たのですよ?」

 

「えっと…何がですか?」

 

「…言っていましたでしょう? 女性としてどうの…」

 

「あー…言ってましたね。なんであんな事、言ってきたか分かりませんけど」

 

 …この男。

 

 

 ですが、ここです。

 

 …私が言いたかった事。

 

 ダージリンは、男性慣れしていないのもありますが、彼との青森での生活で変わっていった。

 …それは、彼女の格言好きにも、少し変化が出た。

 色恋、恋愛…その関係の格言の本が、まぁ…増えたこと。

 

 オレンジペコは、何となく分かりますが、ダージリンが何故? という、疑問が強かった。

 何故、彼に惹かれているのか…。

 彼が鈍感なのは、十二分に知ってはいますが…でしたら、彼なりに彼女への気持ちをハッキリさせ、ダージリンにもハッキリと言って欲しいと思いました。

 大きなお世話かもしれません……が、色恋などで余りフラフラと隊長様にしていて貰っては、困るのですよ。

 

 そう、彼女は聖グロリアーナの隊長なのですから。

 

「まぁ…ちゃんと女性と見てると言いましたし…それは、もういいでしょう」

 

「…本当ですか?」

 

「いやいや! アッサムさんもいたでしょう? あの場に!」

 

「…いえ、私が疑問に思っているのは、ソコではありません。本当に彼女を…ダージリンを女性と見ているのですか?」

 

「はい?」

 

 では…どうせです。

 

 アルコールに任せ……本音で言いましょう。

 どうにも先程から、この人に対してはスラスラと言えますね。

 若干、快感にも似たモノを感じ始めましたし。

 

「…言い方を変えましょう。ダージリンを、恋愛対象として見ていらっしゃるのでしょうか?」

 

「……」

 

「……」

 

 余計な事は言いません。

 ストレートに聞いておきましょう。返答によっては…。

 

「アッサムさんの顔を見ていないので、わかりませんが…結構、真剣に聞いてます?」

 

「はい、至極真剣にお聞きしてます」

 

 目線を彼に動かすと、そのまま太い腕を上げ、頭をバリバリと音が出るほど掻いていました。

 さて…。

 

「では…真面目に答えましょう」

 

「……」

 

「分かりません」

 

「…は?」

 

「女性としては、ちゃんと意識してますよ? 失礼ですしね。ですけど、だからと言って、それが恋愛対象かどうか何て…別問題では? とも思います」

 

「そうですか?」

 

「そうですよ」

 

 ……。

 

 変な言い回しは無しで。

 彼はハッキリと言わないと、分からないでしょうしね…かなり酷い事を、強めに言う位が、丁度良いでしょう。

 

 …例え本心ではないとしても。

 

 えぇ…これはダージリンの為…。

 

「私は…はっきりと申し上げますと…」

 

「はい?」

 

 …ぐっ。

 

 また、普通に…。

 

「わ…私は貴方が、邪魔です」

 

「お…おー…」

 

 

 ……。

 

 

「ダージリンは、貴方と会って、完全に変わりました。えぇ…それはもう…見事な程に」

 

「そうなんですか?」

 

 私から、あの様な事を言われても…特に彼は態度を崩さない。

 

「…ですから、本気では無いのでしたら、ハッキリとそれをダージリンへと伝え…彼女をかき乱す様な真似は、やめて欲しいのです」

 

「……ふむ」

 

「あ…貴方は、彼女を不安定に…させる…」

 

 体が熱い…。

 湯の温度が、上がった気がした。

 段々と頭も…。

 

 …慣れない事を、するモノではありませんね。

 

 人を傷つける為だけの言葉を吐くというのは、存外……キツイ。

 

 気づけば頭を垂れ…目線はまた、湯船の波を見つめていた…。

 

「アッサムさん」

 

「…はい!?」

 

「では、正直に言いましょう」

 

「正直に?」

 

 …今更、何を?

 先程の事でしょうか? 分からないと仰った…。

 

「俺には…恋愛が分からない」

 

「は?」

 

「恋…とか、小っ恥ずかしいですが…愛とかが、一切理解ができない」

 

「……」

 

「まぁ…その…それに、ダージリンが俺なんかに、恋愛感情なんぞ持ち合わせているとは、到底思えないのですけど…」

 

 は?

 

 はぁー!?

 

 あそこまで、あからさまなのにですか!?

 馬鹿なんですか!? 馬鹿なんですね!?

 

 …こ…言葉を飲み込む。

 

 これを私が言ってはいけない…。

 彼女の気持ちを、暴露する様なモノです。

 

「い…いやね? 好きや、嫌い…といった感情は、流石に分かるのですけど……」

 

「…はい? 西住姉妹と交流をしてきたと言うのに…ですか? その歳で? え?」

 

「えっと…あの二人が何故、今出てくるのだろうか…」

 

「…やはり、貴方は馬鹿ですか?」

 

「 」

 

 彼から聞いていた、二人の話を聞いた所…殆ど惚気にも似た感じでしたのに…。

 まぁ…また、そこから役何名は、暫く機嫌が悪くなる…といった、お約束でしたね。

 

「はぁ…尾形さん」

 

「な…なんでしょう?」

 

 

 

 

「はぁ…貴方、人を本当に好きになった事がないのですか?」

 

「…………」

 

 

 ん?

 ため息混じりで、愚痴っぽく言った言葉に、尾形さんが固まってしまった。

 後頭部しか見えないのですが、完全に肩が硬直…。

 言い訳すらしなくなってしまいましたね。

 

 …。

 

「私も正直に言いますと、貴方がダージリン達を、女性として意識しているかどうかも、まだ疑問なんです」

 

「……」

 

「今もそうでしょう? なんですか、その落ち着いた態度は」

 

「………」

 

「ダージリンやノンナさん達が、貴方に密着すれば、確かに貴方は動揺する。動揺しますが、それも一時だけ。すぐにその状況を受け入れてしまう!」

 

「そ…そんな事は、ないと…」

 

 状況を変えようとしたのですが、今度は私の語尾が段々と荒くなっていく。

 それに合わせ、尾形さんの態度が、徐々に戻ってきました。

 

「ですから、今もそうでしょう!? 私…近しい年代の女性と裸でお風呂に一緒に入っている…という状況だと言うに!」

 

「アッサムさん!?」

 

 何故…私は怒りを感じているのでしょうか?

 

「貴方の態度からは、幼児…年端もいかぬ、子供といるみたいに感じます!! 犯罪者ですか!?」

 

「アッサムさん!!??」

 

「それはダージリン達も、焦るでしょうよ! 端から相手にすらされていない様な…そんな不安感しか感じられない!」

 

「……」

 

「確かに異性としては、感じているのかもしれませんが、貴方の態度では…彼女達が可哀想ですよ…」

 

「そ…そうです…か」

 

 いつの間にか立ち上がり、彼を見下ろしていた。

 彼は……たまに見せる、困った様な顔を私を見上げている。

 もう、訳が分からない…。

 

「「 はっ!! 」」

 

 少々熱くなってしまった…。

 勢いよく湯船に体を隠すと、そのまま彼に背中を向ける。

 彼もまた、後ろを振り向いたのでしょう…湯船がまた揺れる…。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 どの位、時間が経ったのでしょうか?

 

 そろそろ上せてしまうと、感じる位には時間が経過したのでしょうか?

 

 …尾形さんから口を開いた。

 

「アッサムさん」

 

「な…なんでしょう?」

 

「それを含めて…ですか?」

 

「はい?」

 

「あのOGの方が来られた時…助けてくださいと、俺に言ってきた時…かなりアッサムさん、参っていた感じがしましたから」

 

「…何を……」

 

 参っていた?

 予測と違う事を言われてしまいました。

 確かに、アレのせいで疲労は溜まっていましたが、表に出すような事は絶対にしません。

 しかし…なぜそれを…。

 

「OG会の事と、今の事。複合してアッサムさんの心労になっていたとしたら、すいませんでした」

 

「ちょっと待ってください!? ち…ちがっ」

 

「じゃぁ……俺の事は、さっさと終わらせます。明日にでもダージリンには、今の事を言っておきますね?」

 

「今の事!?」

 

「いや…ダージリンを恋愛対象として見れるか、よくわからんと…」

 

「馬鹿ですか!?」

 

「えー…」

 

 あ…いえ…。

 

 それで、正解…? そう、正解です。当初の目的です。

 

 そうです…それで、彼女に落ち着きが戻れば……でも、それでは、あまりに…

 

 ???

 

 うまく考えが、纏まりません…どうして…。

 

 彼と話していたのが、原因なのか…それとも、時間の経過で冷静になれたのか…。

 

 別の疑問が頭に浮かぶ…。

 

 痛い…。

 

 頭痛が…。

 

 

 どうして、私は…そんな人の恋路を邪魔する様な事を思いついたのでしょう?

 

 いえ…聖グロリアーナの為…。

 

 しかし…それは…え?

 

 厄介です……アルコールというのは、厄介です!

 

 じ…時間を…。

 考えをまとめる時間を…。

 

「少し待ってください…いきなりすぎます。そもそも、ダージリンを助けて上げた直後になんて…」

 

「ダージリンを? はい? そういえば先程も言ってましたけど、俺は別にダージリンは助けてませんよね?」

 

「…はい?」

 

「今回の事は、俺は初め、何もする気はなかったんです。それこそダージリンから言われても」

 

「……え」

 

「そもそも、あの場に俺が出て行かなくとも、ダージリンなら自力でなんとかできたでしょうよ。あの話を間近で聞いていたら余計にそう思いました。あれは端から、脚本が出来ていた流れでしたよ?」

 

 …頭痛が段々と…。

 

「俺が助けてやりたいと思ったのは、アッサムさんですよ?」

 

「…………」

 

 痛みがリズミカルに…襲ってきました。

 これは…警報?

 

「顔が明らかに、考えすぎて袋小路に入ってる感じでしたしね。」

 

「待って…」

 

「あ~…こりゃ、完全に参ってるなぁ…って、感じでしたし。俺が少し入る位で、楽になるならって思いまして…」

 

「待ってください! 私は…確かに疲労は溜まってはいましたが…それを表に出すような事なんて絶対に…」

 

「そうですね。隠してましたねぇ…ダー様とオペ子は、まったく気がついてませんでしたけどね。アッサムさんに、甘えすぎだなぁ…あの二人」

 

「な…なんですか…貴方は、わかっていたという、言い方ですね」

 

「え? あ、はい。魚の目の前で、会った時に、すぐに気がつきましたよ? 小さく、眉間に眉寄せたりしてたし…」

 

「なっ!?」

 

「え…おかしいですか?」

 

 おかしい……おかしい…何かがオカシイ…。

 

 気づいては、いけない…。

 

 いけない? 何に?

 

 頭の中で警報が、物凄い勢いで鳴っている。

 確かに、青森での生活でも…いえ……あの…。

 

「お…おかしいですよ! なぜ、ダージリン達にすら、気取られなかったのに…よりによって…」

 

「そりゃ、分かりますよ」

 

「何でですか!!」

 

「何でって…」

 

 ダージリンとオレンジペコに、気を使い…できるだけ彼と接点を持たせてきた…。

 お茶会然り、午後のティータイム…。

 期間限定だと思い、特にオレンジペコにできるだけ時間をと思い……あ…?

 毎日毎日…学園艦から離れるのも、裏工作もしてきた…け…ど…。

 

 ボー…とする…。

 頭に力が…意識がはいらない…。

 しかし、頭痛の痛みだけは、はっきりと分かる……。

 

 

「俺は、俺なりに…アッサムさんを見てきたつもりですよ?」

 

「見て…」

 

 

 見てきたって……そういえば…結構、彼にはできるだけ、冷たく接する様にしていましたね…。

 私を構うくらいなら…彼女達と…と、思って…。

 

 ……

 

 何故…だったんでしょうか?

 

「いつも大体…無茶させらるのって、アッサムさんでしたよね? …一度、言いませんでしたっけ?」

 

「な…にを…」

 

「もう少し、周りを頼ったらどうですか? って…その時と同じ顔してたんですよ」

 

「…………」

 

 鳴る。

 

 …大音量で、脳内に響く警報。

 

 ……わかっていた。

 

 結局、毎回毎回…気がついてくれたのは、彼だけだったから。

 

 ──だから、理解はする。

 

 何かすれば、なぜ気がつくのか? と、思えるほどの細かい事まで労ってくれた。

 

 ──理解はするが、容認ができない。

 

 だから反対だった…この合宿は…久しぶりに会って…話してしまえば、完全に意識してしまうと分かっていたか…ら…。

 

 

 ──気がつくな。

 

 思い出す…。

 

 ──そうだ、ダメだ。

 

 数ヶ月前から…今までの事…。

 

 ──ダージリンがいる…オレンジペコがいる…。

 

 港…潮が香る場所での……お茶会。

 

 ──だから、ダメだ。

 

 毎回、冷たくあしらっても、声を掛けてくる彼を…結局、待ちどうしかった…自分を。

 

 

「ブラック企業で頑張る方の味方ですよ? 俺は。アッサムさん…自分にも厳しいから、特に気がかりでしたしね…」

 

「………………」

 

 警報が……アラームが……。

 おかげで周りの音が良く聞こえない…。

 ブラッ…? え?

 

 顔を湯船に当てる…顔全体を熱が覆うと…少し冷静に…。

 

「……そうですか。私も結局…毒されていたんですね…ダージリン達と同じく…」

 

 湯船から少し…顔を出して口を開く。

 ポタポタと顔を伝って、落ちてゆく…お湯の水粒。

 

 はっ……はは……は…。

 どこかで、白旗が見えた気がしました…幻覚だろうが、なんでも良い。

 

 …意識してしまえば……頭痛が収まっていました。

 

 ……。

 

 

「なんですか…急に…」

 

「数ヶ月に及び…ゆっくりと日常の中で……いや…あの日常こそが毒…」

 

「怖いこと言い出した…」

 

 冷静になったら、警報が一気に止まった。

 逆に周りの音が、非常にクリアに聞こえます…。

 

 あの二人がいるというのに…。

 

 いや…理解はした。

 認識もしました。

 

 後はそれをまた…潰すだけ…。

 

「…尾形さん」

 

「な…なんでしょうか?」

 

「…もう…なんでも良いです…当初の目的……」

 

「目的?」

 

「言い方を変えましょう。ダージリン…彼女は、貴方の好みの女性ですか?」

 

 もう…ここだけでいい。

 見目麗しい彼女です…嫌う男性は少ないでしょう。

 彼の彼女に対する態度は…それとは、違う…。

 

「アッサムさん。俺には…ですね? 女性の好みのタイプとか言うのが、殆ど無いんですよ」

 

「……」

 

「そりゃ、見た目とかそういったのは、細かく言えば…まぁ無い事は、無いんですがね?」

 

「…何が言いたいのですか?」

 

 苦笑…したように感じました。

 

「俺は、俺を好きになってくれた人が、好きなんですよ」

 

「…………は?」

 

「まぁ、その…場合、な…んで俺を? 俺の…どこが? とか…あります…けど…」

 

「それは遠まわしに、誰でも良いって事じゃないんですか?」

 

「違いますよ!?」

 

「まぁいいです…で?」

 

「あ、でも…それって…ダージリ…ンへ、言った方が…良い……ですかね?」

「 ダメです 」

 

 ……。

 

 …………あ。

 

「え……ダメ…ですか? ま…まぁ、ありえないから…? 良い…ですけど…」

 

「な…なんですか!? その好みのタイプの理由は!!! では…」

 

 即答で拒否してしまった。

 もはや、私は…何がしたいのだろう?

 手助けをしたいのか? それとも……邪魔をしたいのか…。

 まくし立てる様に、質問をして……ごまかす…。

 

 自分を。

 

 

「 私が貴方を好きだと言ったら、どうするんですか!? 付き合いますか!? 」

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 

 

「アッ…サムさん…が? 俺を?」

 

「そうですよ!! 例えばの話!! ……ですけど!!??」

 

 

 

 何を言っているのだろう……私は。

 …怒ったように言った所で、結果は……

 

「 アッサムさん…が、良ければ… 」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 頭が……真っ白に…。

 

 

 思考……って……なんでしたっけ? え?

 

 

「元々、アッサムさんの…事は…好きですし」

 

「すぅ!!??」

 

 か…彼は、ハッキリと……こういう事を言う……タイ……プ……。

 鵜呑みに…なんて…。

 

「に…西住……姉妹は……」

 

 

「み…ほ……と……まほ……ち……」

 

 

 

 ボチャ…と、音がしました。

 

 後方からですね…。

 

 私の問いかけに…結局、彼は答えてくれませんでした。

 

 そうでした。

 

 口調が流暢だったというのもあり…彼もまた…アルコールを摂取していたのを忘れていました。

 

 しかも長時間の温泉に浸かっていたと言うのもありましたしね。

 

 

 つまりは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「尾形 隆史く~~ん」

 

「……」

 

 店内に響くBGMを聞くのに忙しいので、後にしてくれませんか? アールグレイさん。

 淡々と話していたアッサムさんは、既に紅茶を飲み干したのか…シレッとした顔で、此方をガン見…。

 

 …。

 

「君はアレだね!! 馬鹿だね!! 紛う事なき大馬鹿者だね!!!」

 

「…じ…自覚は、最近しました…」

 

「自覚はあるのかい!? それでも、最近かい!!!」

 

 …いやね? ツッコミはいらねぇ。

 

「温泉…あの夜に、そんな大きなイベントが…同じ屋根の下で行われているとは!!!」

 

「まぁ、貴女、あの時は人の部屋で、イビキして寝てましたからね」

 

「嘘はよくない!! イビキはしてない!!」

 

「あぁ…歯ぎしり…」

 

「怒るよ!?」

 

 はぁ…でもなぁ…。

 そこまでは、俺も覚えているんだよ。

 俺が聞きたいのは、その後の事。

 湯にたはずの俺が、何で脱衣所に…。

 

 詩織ちゃんは、高校生ってすごい…って、さっきから呟いているし…。

 ごめんね? これは例外中の例外なんすよ?

 

「…で? 隆史さん、どうです?」

 

「え?」

 

 アッサムさんが、瞬きもしない目で、此方に声を掛けてくれましたね!!

 

「記憶は?」

 

「あ…あぁ、此処まではあります」

 

「そうですか…結局、その後…隆史さんは上せて、意識を失くされました」

 

「あ…やっぱり。酒入ってる状態で、お風呂はまずかったなぁ…」

 

「えぇ、まったく。おかげで私も、思考がおかしな方向へと飛び回りましたから。…肯定と否定の繰り返しでしたわ」

 

「……じゃあ…この後か…」

 

 そう…この後だ。

 アルコールが微量でも入っている状態の俺が…何をしたか……だなぁ…。

 

「はい、この後です。ですから…」

 

「ですから?」

 

「この話は、ここ迄です」

 

 

「「「 !!?? 」」」

 

 

「…隆史さんだけでしたら、お話をしますが…部外者はご退場する気は無いのでしょう?」

 

 ……。

 

 目を伏せ、ハッキリと申しました…。

 二人の前では話せないと…。え?

 

「何だい!? 私達には内緒!?」

 

「それは消化不良ですよ!!」

 

「はい、内緒です。無理な物は無理です」

 

 ……聞かない方が、良い気がしてきた…。

 

「なぁんだい!? エロいお話かな!?」

 

「…ご想像にお任せします」

 

 否定しない!?

 

「隆史さん、本当に続きを聞きたいのでしたら…路傍の石達が、踏み潰され、粉々の砂に変わった後にでも…夜中まで掛かっても構いませんわよ?」

 

「「「 …… 」」」

 

 シレッとした顔で申してますけど…あの…。

 

「アッサムさん…」

 

「は?」

 

「…アッちゃん」

 

「……なんでしょう?」

 

 あ…コレは良いんだ。

 

「あの…結構、怒ってます?」

 

「えぇ、怒ってます。大激怒です。隆史さんとの喫茶店デートを邪魔されて、頗る機嫌が斜めです」

 

「「「 …… 」」」

 

 なんか…もう…。

 

 しかしなぁ…本当になにしたんだろ。

 

 そんな状態じゃ、例え酔っていたとして…俺がアッサムさんに何かしたとは思えないんだけどなぁ。

 暴走状態だとしても、状況的に…。

 アッサムさん、もう喋る気はないのか、完全に口を紡いじゃったし…。

 そんな彼女に、体を乗り出してブツブツ言っている二人。

 

 

 

 

 

 

 バン!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 …と、突然俺達の席の大きなガラスが揺れた。

 

 両手、顔…というか、額をベタァ…と、つけ…俺を見る顔。

 また…知り合い…。

 熱くないのかな? ガラスも熱を吸って、結構な温度だと思うのだけど…。

 

 はぁ…何故か、今日は知り合いがやたらと襲来す…る………。

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

「アッサム」

 

「え? あ、はい」

 

 特に何もない。

 普通に声を出したつもりだった…が、何故か顔が少し、不安気な色に変わっていた。

 だから、少し明るい声で、喋りだそう。

 

「一応、金を渡しておくよ。帰ってくるつもりではあるけどな、もし待ちきれなかったら、これで支払っておいてくれ」

 

 財布から一万円札を取り出して、彼女に渡す。

 高校生が、万札…まぁ、お嬢様のアッサムさんなら、特に疑問に思う事もないから大丈夫だろうよ。

 

「ごめんな? 詩織ちゃん」

 

「え……えぇ! 大丈夫で…す」

 

「RGさんも」

 

「どこぞのプラモデルみたいな略し方は! …まぁいいや」

 

 どうした? 変に…いや、それこそまぁいい。

 席を立ち、店の玄関を再度開く。

 ドアに着けられたベルの音が響くと同時に、周りを見渡す。

 

 俺が出てくるのを、分かっていたの様に、すぐに俺の元に駆け寄ってくる。

 その表情は、相方の役目だろう?

 その襲来者の頭を撫でつつ、何時もと顔色が全然違う、彼女に問う。

 

 

 

「 何があった、ミッコ 」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ! 久しぶりだね」

 

 こんな生活をしていると、たまにこんな人から、声を掛けられる。

 何を思ったのか、大体は興味本位…。

 特に、スタイルも容姿も良いミカの場合に多いんだよね。

 ただ、隆史さんを探して、ご飯ご馳走してくれないかなぁ…って、徘徊していただけなんだけどね。

 私以外は!!

 

 …ただ今回は、少し様子が違った。

 ミカの知り合いなのかな? って、思わせる程、妙に馴れ馴れしく、昔の知り合いの様に手を上げて…。

 

「ん? 知らないね。申し訳ないのだけれど、人違いじゃないかな?」

 

 いつもの様に3人…町を歩いていたら、車から降りてきた男性に声を掛けられた。

 そんな男性に、ミカはいつも通りに足らう…。

 

「何を言っているんだい? まぁもっと小さな時に会った…まぁ、話した事は無かったけど、顔は合わせているよ?」

 

「そうかい? でも、申し訳ないのだけれど、私は貴方の事は、記憶に無いんだ」

 

 たまにいる…知り合いを装ったナンパ。

 ミカの場合、特に多い…。

 3人一緒の時は、余り無いのだけどね。ミカ以外…要は、私とミッコ狙いのナンパっぽい人の場合、犯罪者? って言うと、大体逃げていくのにね。

 …悲しいけど……。

 

 でも…この人…すっごい、臭い…。

 香水なのか、なんなのかは知らないけど…すっごいヤダ。

 

「悪いけど、他を当たってくれないかな?」

 

 拒否。

 

 やんわりと断るのは、ミカは得意だ。

 大体の人は、本当に興味…意識すら向けられていないのを、自覚させられるのか、大体はすぐに諦めるんだけど…。

 

 ただ…この人は、違った。

 

 避けて通ろうとすると、立ちふさがってきた。

 いつもの事か…と、流して見ていたミッコも、その行動に反応を示した。

 

「お前…うっざいなぁ…」

 

 殴り掛かりそうなくらいの、意識をこの人に向ける。

 それこそ睨みつけているのだけど、それこそ気にも止めないで、会話を続けている。

 

「いやぁ…尾形 隆史君の知り合いと、出会う事を目的にしていたんだけどね…」

 

 …。

 

 隆史さんの名前を、掲げるように出した。

 思わず反応してしまった私達を、嬉しそうに見てくる…。

 

 ヤダ…この人……気持ち悪い。

 

「まぁいいや。で? どうだろう、ミカさん」

 

 ……。

 

 知っている。

 この人は、ミカを知っていて声を掛けてきた。

 ただのナンパでは無かった。

 隆史さんの知り合い…でもなさそう。

 

「ミカ? 私の名前とは、違うよ。 やはり人違いのようだね」

 

「違う?」

 

 咄嗟に…というか、普通に嘘をついたなぁ…ミカ。

 まぁ、素直に名乗るのも嫌だろうけど…。

 

(ミッコ)

(…んだよ)

(さっき曲がった角の喫茶店に、隆史さんがいた)

(はっ!? 見つけてたのかよ!!)

 

 うん。

 迷惑にならないように、分かっていたけど黙っていたんだよ。

 …だって、これ以上は変にお世話になるのも、悪いし…でも。

 

(…この人、ちょっと変だし…呼んできてくれる?)

(タカシをか?)

(うん…なんか、ミカ…様子が変なんだもん)

(あぁ…そうだなぁ。ちょっと変だよな。こういった輩、あしらうの得意なのにな)

 

 そう…変に、ミカの表情が変わらない。

 何時もの様に微笑を浮かべてはいるのだけど、緊張しているというか…警戒しているというか…。

 

「んん!? そうかい!?」

 

「…そうだね」

 

「僕の事も知らないのかい?」

 

「知らないね」

 

 そこまで言った直後…。

 

「嘘は良くないなぁ。交流試合に時…何度か顔を合わせているよ…ねっ!」

 

「!!」

 

 体を回しながら、躍けながら…。

 

 

 

 ミカの帽子を、素早く奪った。

 

 

「…ほら。見知った顔だ」

 

「……」

 

 特に帽子は、顔を隠す為ではない…為ではないけど…この人。

 躊躇する事もなく、こんな行為。

 

 まぁ、いつもの様に、ミカも適当に流してノラリクラリ交わすだろうけど…。

 

 

 

 

 

「何度か、お会いしてるよねぇぇ!?」

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

「思春期真っ盛りだね! 中学生の時に、家出とかさぁ!? なに!? 隠してるの!?」

 

「……」

 

 奪った帽子を指先に掛け、くるくると回して弄んでいる。

 

 

「いいよっ! いいよぉ!! 別段それは構わない!! そんな君に提案なんだけど…」

 

「……」

 

 ミカが、固まった…。

 

 

 違う……変わった!?

 

 目を見開き、手を握っている。

 小刻みに震えながら…睨む訳も無く、ただ…。

 

 

(っっ!?)

(ミカっ!?)

(…ミッコ)

(お…おぅ!?)

 

 

「どうだろう!? 君を! 特に君を、実は探していたんだァ!! 提案が会ってねぇ!!」

 

 

 見た事が無い…こんな……ミカの顔…。

 

 目の下にシワが寄っている。

 いつもだったら、こんな事をされても、アッサリと何とか何とかしてしまうのが、ミカだった。

 ただ、今回……うん、今回だけは違った。

 

 何ていうのか…余裕がない…。

 

「どうだろう!? あの、隆史君!? 欲しくないかなぁ!?」

 

「……ナ」

 

「女としてぇ!? 欲しくなぁぁい!? 分かっているんだよぉぉ!? 調べたからねぇ!!」

 

 まずい…。

 

 此処までのミカは、見た事がない。

 なんで一瞬で?

 

(わ…私が行くより、ミッコの方が走るの速いでしょ!? 行ってきてよ!!)

(で…でもさ)

 

 嫌な予感しかしない。

 隆史さんがいないと…ダメな気がする…。

 ミカが、違う人になっちゃう気がする!!

 

「僕に協力してくれないかなぁ…」

 

「……ルナ」

 

 腕を出し、帽子を取り返そうとする。

 しかし、それもアッサリと避けられてしまった。

 

 脚を広げ、本格的に…ミカが…。

 

「んっんー!? 聞いてるかなぁ!?」

 

 ミカの帽子…。

 パックリと割れた、帽子を繋ぎ留める、編むように並んだ紐に指が掛かった。

 

 

 

 掛かった瞬間。

 

 

 

 

「お前が…っ!! 私の帽子に触るな!!!!!」

 

 

 

 

 知らないミカが、目の前にいた。

 

 知らない。

 

 此処まで感情をむき出しにする、ミカは…知らない。

 

 そんなミカを、嘲笑うかの様な…この男性…。

 

(ミッコ!!!)

(わっ…わかった!!)

 

 あまりのミカの変わり様に、ミッコも焦った様に走り出してくれた。

 その姿を目にも止めないで…そのミカの恫喝すら無視し、勝手に話を進めていく。

 初めから、私達の意見なんて聞く気も無いように。

 

 

「妹さんからは、遠まわしに断られちゃってさぁ…お姉ちゃんはどうだろう?」

 

 

 …妹?

 

 ミカには、姉妹なんていないって聞いていたけど…なんだろう…この人。

 

 

 

「…返せ……」

 

 

「っっと、ダメだよぉ…。身長が違うし、僕の話を聞いたら返して上げる。…寧ろ、もっと良いのを買ってあげようかぁ?」

 

「返せっ!」

 

 本気で、ミカが飛びかかっている。

 フラフラと、それを交わしながら、ミカを馬鹿にしたかの様に、うすら笑いを浮かべている男性。

 

「あ…貴方は、何なんですか!?」

 

 私の声で、少しでも動きを止めたら…と、思ったのだけど…。

 

 

「あぁ…雑草に興味ないんだ。黙っててくれる?」

 

 

 意にも止めない…。

 雑草って…この人…。

 

 

「なら、この帽子は返そうか? こんな安物、何がそこまで、必死になるか、分からないけどぉ!!」

 

「っっ!!」

 

「あぁ! 何か…あの男との思い出の品だったのかなっ!?」

 

「このっ…!!」

 

 

 

 

 

「島田家同士、仲が良いねぇ!!」

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 何か…言った。

 

 

 

「 何してる 」

 

 

 見慣れた大きな影が、男の人の手首を、後ろから掴んで止めた。

 その人は、大きく息を切らして…走って? 急いでくれたんだ…。

 

「…ちょっと、遊んでいただけだよぉ?」

 

 腕を固定され、動き回れなくなったのか…漸く、動きを止めた。

 それでも、楽しそうに…何かをばらす様に…大声で言い切った。

 そこで、これも初めてだった…。

 

 あんな……ミカの顔。

 

 

 うん…初めて見た。

 

 

 

 …泣きそうな程に、顔を歪ませるたミカを。

 

 

 

「この逃げた、島田流…時期家元とさぁああ!!!」

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

はぁい。次回は更新遅くなりそうです。
久しぶりに挿絵を描くつもりです。
あと描きではなくて、ちゃんとセットで。
できるだけ早く更新はしたいと思います


ありがとうございました


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第18話 分岐点です!

挿絵…無理でした!!

しかしノリにノって、気がついたら、2話分になりました。

今回の話は、分岐点。

未来編が、ここで変わります。

未来編の時間線へ行く場合、この話は無かったって事とですね。



「なによ…。うるさいわね」

 

 お店の入り口付近の席だろうか?

 ちょっと騒がしいと思えるほど、女性の大きな声が聞こえてきた。

 落ち着いた店の雰囲気なのに、それが少し害された気分だ。

 

「……」

 

 チッ。

 

 無意識に舌打ちが出てしまいそうになった。

 幾らこの子でも、流石にどうかと思い、何とか我慢をした。

 

 少し俯き加減の頭。

 何を考えているか、よくわからない顔。

 多分、困っているのだろうけど、なんだだろう…黒森峰の時とは、少し違った。

 上手く言えないけど…雰囲気が違う。

 

 昔の様に、ただ自身が、なさそうだとか…そういった事ではなく…。

 あぁ! もう! 上手く言えない!!

 そんな彼女は、私と二人きりと言う状況に戸惑っているのか…先程から注文した紅茶に、時間をかけて少しずつ口をつけている。

 

 少しモダンな喫茶店。

 その店内の隅、一番奥の固執っぽくなっている、壁で隣席とは区切られた席。

 

 …入ったは良いけど、すでに1時間は、この状態だ。

 

 

 デート…ねぇ…。

 

 

 あのふざけたゲームの罰ゲーム。

 隆史に言われて、一応…と、素直にソレに従ってみた。

 

 …昔なら、ふざけるなと一蹴して、こんな事なんて、しなかったのに。

 

 まぁ…アレね。

 結局の所、私もこの子と話をしてみたかった…って、事なのよね。

 一度、話を…ね。

 でもダメね。言葉が上手く出てこない。

 …それはお互い様なのかしらね…みほも何を話していいか分からない…って、顔をしている。

 

 はぁ…全然ダメね。文字通り、話にならない。

 

「な…何を話したら…」

 

 お見合いじゃないのよ?

 何をマゴマゴと…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 大洗についてから、一人になって気持ちの整理をつける事ができた。

 

 …まず自分の気持ち。

 

 一度、意識をして…あの気持ちを認めてしまったら…もう、ダメだった。

 何をどう考えようとしても、あの変態の顔がチラついて、思考が飛ぶ…。

 悪い所すら、許容し…でも、だとしても、だから…と、最終的には、悪感情すら全てを否定し、覆した感情へと行き着いてしまう…。

 

 …何度ベットで、脚をバタバタした事か。

 

 だから開き直った。

 もういい…それならそれで、仕方がない。

 変に意地を張ることよりも、その方が建設的でしょう? …って。

 恥ずかしいけど…ね。

 

 

 そしてそこから派生した、もう一つの感情。

 

 

 まずは、その感情から出た結論。

 何をどうしても覆る事がない…結論。

 

 

「西住 みほ」が、許せない。

 

 

 その気持ちに、正直に言ってしまえば…私も、何故ここまで? と、疑問をもった。

 あの車内で、隆史に無意識に吐露してしまったけど…そう、もう…戦車道については、この子の事を認め…そして心のどこかで、許してしまっていると…思う。

 そうよ…だから、私はもう、変な意地を張るのをやめると決めたのよ。

 

 転校し…この子なりに、考え…悩み…それなりに、苦しんでもいたのだろう。

 あの、他人を心配しすぎ、それこそ常に他人の顔色を伺っていた。

 はっ…堂々としろ、西住流家元の娘だろう? って、…口を酸っぱくして言ってたわね。

 

 そんな彼女が、復帰し私達の前に顔を出したんだ。

 それなりの覚悟もあったのでしょうよ。

 そして…私達を…あの、西住隊長を破った。

 

 ハッキリと言いましょう。

 

 その時点で、私は…彼女を許してしまっている。

 …しまって…いるんだ。

 彼女の性格を知っているからこそ、みほが何を思い、私達を相手にしたか、嫌でも分かってしまったから。

 

「……」

 

 頼んだコーヒーに口をつける。

 

 苦い…。

 少なめに入れた砂糖は、余り仕事をしてくれていない。

 クッソ甘い、目の前の彼女と全然違うわね…。

 

 …みほを見て、確認する。

 どんなに好意的に、擁護する様に無理やり考えて見ても、やはり変わらない気持ち。

 

 …許せない。

 

 許してしまったからこそ、許せない。

 

 何故?

 

 それは全て一言で、片付いてしまう。

 悩み、苦しんでいただろうが…そう、一言。

 

「お兄ちゃん」が、傍にいたから。

 

 転校までして…傍に来てくれていた…。

 

 

 …私の時とは、違う…。

 

 

 子供の…それも小さい頃の話だろうけど、理屈ではない。

 

 

 許せない。

 

 許せない。許せない。

 

 許せない。許せない。許せない。

 

 

 単純な、その一言。

 それが派生し、実感し、認めてしまったもう一つの感情。

 

 …嫉妬。

 

 醜い嫉妬。

 

 この目の前の…元副隊長への嫉妬だった。

 

 ……嫉妬…嫉妬。

 

 

 ほら…理屈じゃなく…ただの感情。

 

 

 決勝戦で…負けてしまった時に、その感情が更に強く、そして深くなっていった。

 認めてしまったからでしょうね…。

 嫉妬と認めてしまえば、許せなかったという気持ちに、全て納得がいった。

 

 だから、ごめんね? 隆史。

 

 貴方が何をどう頑張ろうが、もう、私は…。

 

 

 

 みほを許すという事は…ない。

 

 

 

「……」

 

 

 はい。再度、意識してしまえば、この茶番も、ただの時間の無駄にか思えない。

 約束通りに、二人で喫茶店に入り、こうしているのだから、もういいわよね。

 さっさと終わらせましょうか。

 

 

「みほ」

 

「…はい」

 

 ……。

 

 何かしら…やっぱり違う。

 

 私に名前を呼ばれ、顔を上げた彼女の顔。

 やはり、相変わらず変にビクついた雰囲気なのはそうなのだけれど…。

 

「どう? 私、ちゃんとデートできてる?」

 

「…そ、そうですね」

 

 どこかの変態と、同じ事を聞いてしまった…。

 この時間を終わらせようと口を開いたけど、今は無意識に、弱弱しく返答をくれた彼女を、探る様に観察してしまっている。

 違う…どこか違う。

 

「…じゃあ、これで私は、隆史との罰ゲームとやらの約束を、果たした事になるかしら?」

 

「……」

 

 

「っ!?」

 

 

 ……。

 

 分かった。

 

 彼女の事を知っている者なら、すぐに分かるだろう。

 そこまで分かりやすかった。

 

 そういえば、今日初めて口出して呼んだわよね…隆史の名前を。

 

 力ない目は、相変わらず。

 顔も自身がなさそうに、内気な性格をよく表している。

 そして少し暗い。

 

 …が。

 

 これは…私の知らない「西住 みほ」だ。

 私と二人きりだからだろうか?

 

 

 

 …す…少し、気圧されてしまった。

 

 隆史と名前を呼んだ時に…変わった。

 

「…そうですね」

 

 返事をする際にも、崩さない。

 …黒森峰の時に作戦の事で、多少、口喧嘩っぽくなってしまった時も…こんな露骨に出してきたりはしなかった。

 表情は変わらないのだけど、この子をよく知っている人が見れば、多分分かるだろう。

 

 

 ここまで明確な…敵意ある目は。

 

 

「……」

 

 

 …上等よ。

 

 

「じゃあ、私はもう行くわ」

 

「…はい」

 

「……」

 

 目線が曖昧だった。

 どこを見ているか知らないけど、明らかに()()()()()()

 

 …黒森峰の時には、ここまで見なかった癖に。

 

「あっ…あの!」

 

 …最後。

 

 ここに来て、漸く私に対して、声を発した。

 行くと言って、帰る意思を示したら、焦ったのか…これね。

 …本当にこの子らしい。

 

「…なに?」

 

 立ちがろうと、隣の席に置いておいた、手荷物持った手を離した。

 真っ直ぐに見つめると、昔とは違うと、少し感じた。

 …同じく真っ直ぐ見つめ返してきた。

 

「…エ…エリカさん」

 

「だから、何よ」

 

 さて…言いたい事は、何かしら?

 言い淀んではいるけど、その目を見たら、聞きたいことがあるのが明白よね。

 

「そ…その…隆史君に…」

 

「…隆史?」

 

「こ…告白したって…本当ですか?」

 

「……」

 

 はっ。

 

 乾いた笑いが出る。

 

「したわね。だから?」

 

「……」

 

 私とサシで話す機会があって…結局は、ソレか。

 

「…ま、ほぼ即答で、貴女がいるからって、振られましたけどね」

 

「……」

 

 真顔で返した私に対して、露骨に安心した様な顔をしたわね。

 

 何かしらこの子…。

 

 戦車道全国大会で優勝して…廃校の危機が去ったとたんに不抜けたのかしらね。

 …戦車道や私達、黒森峰の事ではなく…ソレか。

 

「諦めるつもりなんて、全くないけどね」

 

「…ぇ」

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 イラツク

 

 

「みほ」

 

「…なんですか?」

 

「隆史の周り…女、ばっかりね」

 

「…え…はい…そうですね」

 

「貴女と付き合っているっていうのに、誰も諦めるつもりなんてないのかしらね?」

 

「……」

 

 私もそうだろう? って顔ね。

 ま、そうね。認めてあげる。

 

 認めた上で…。

 

 

 

「それはそうよ。相手が、貴女だもの」

 

 

 

「…っ!」

 

 

 

 言葉が…溢れてくる。

 

 幾ら私でも、ここまでハッキリとは、普段言わないでしょう。

 ここまでの言葉は…。

 

 ……

 

 見られない…?

 

 何故だろうか?

 

 みほの姿を、真っ直ぐ見れなかった。

 

 はっ…どこかで私も、この子に気を使っていたって事なのかしらね?

 

 でも…しかし、やはり言葉が止まらない。

 

 

「ハッキリ言うわ。隆史が西住隊長と、そういった関係なら…私はすぐにでも諦めていた」

 

「……」

 

 事実…そうだったからね。

 誤解した西住家での事を思い出す。

 頭には来たのだけれど…まだ、お兄ちゃんとは分からなかったのだけれど…。

 知っていたとしても…多分。

 

「何故だか分かる? 分からないわよね…」

 

 気持ちが高ぶる…。

 なぜだろう…言葉を口にする度に…段々と。

 

 …言って…良いのだろうか?

 口にして良い言葉かどうか…判断する思考を、感情が壊していく。

 

 みほの敵意のある目を…潰したくてシカタガナイ。

 

「…私は隆史が、貴女を選んだのが、理解できない。えぇ、理解できないのよ」

 

「……」

 

「なぜ同じ時間、彼と同じように過ごしてきた貴女なのにね…。西住隊長なら理解できるのに」

 

「…………」

 

「これは私の正直な疑問。…本当に隆史は、貴女の事が好きなの?」

 

 …敵意ある目の色が、違う色に変わった。

 

「たまに冗談っぽく言っていた、保護者目線って奴では、ないのかしらねぇ?」

 

 否定するけど、否定できない。

 何よ…やっぱり隆史は、貴女には、ハッキリと言っていなかったのかしらね?

 段々と、顔色が変わっていった。

 

 …でも分かるわよ。

 

 好きよ。

 

 間違いなく、あの男は貴女が好き。

 

 これも私の正直な気持ち。

 私には、隆史が惹かれる気持ちが嫌でも分かるから。

 なまじ…私だけ…一方通行とはいえ、みほを見続けてきた私だから分かる。

 

 じゃなければ、幾らなんでも転校してまで傍にいようと思わない。

 ただ、あの鈍感が、気持ちを常にセーブしていただけって話。

 

 分かっているのに、こんなこと…。

 我ながら…嫌な女ね。

 

 それでも…言葉にしてしまう、言ってしまう。

 だから、最初に言ったでしょう?

 

 嫉妬だって。

 

 

 …チッ。

 

 

「貴女が、転校をして…逃げた事」

 

「…え?」

 

 急に話を変えられたと思ったのか、戸惑いの声を漏らした。

 大丈夫…変わってないわ。

 

「その事はもう…いい。責めないし、同じく逃げた私は責められない」

 

「にげ…え?」

 

 一人口の様に呟く。

 同じくして逃げた…。

 なんの事か分からないでしょうけどね。

 

「許している…えぇ。もう、許してるのよ」

 

「…エリカさん」

 

 今更止められない。

 今までのは、建前みたいなモノだ。

 

 …これが本音。

 

「ただ……認めない」

 

 ……そう、本音。

 

「…え?」

 

「ただ彼に甘えているだけの…卑怯な貴女は、認めない」

 

「…!!」

 

 

 何に対してか…わかったのだろう。

 

 目を見開いた直後…顔をゆっくりと、伏せてしまった。

 

 何を今更、気がついたみたいに…。

 

 …こんな言葉を吐いているからだろうか?

 

 何故だろう…頬が少し……目も少し……熱い。

 

 

「ただ貰うだけの卑怯者。私は…絶対に、貴女だけは認めない」

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 あぁぁぁっ!!! もうっ! くっそ!!!

 

 感情的になりすぎてしまった。

 あの子の分も含めて、支払いを済ませて、店を漸く出れた…。

 

「……」

 

 言うだけ言ってしまったのは良いのだけれど…ひどく俯いてしまった彼女に対して、少し罪悪感を覚えてしまった。

 …い…いい気味よ。今までのツケを思い知れば良い…。

 

 ……。

 

 ここの支払い位はって、注文伝票を勝手に奪って…さっさと支払いを済ませた。

 …安い。

 ……冷静に考えると、やっすい償い…。

 罪悪感からとはいえ、これでは私は、馬鹿なんじゃないだろうか? と、自信を疑う。

 

「…はぁ…暑い…」

 

 エアコンが効いていた店内とは違い、店内を出た瞬間に、ジリジリと私の肌を焼く太陽を直で感じる事ができた。

 …温度差ってのが、即分かる様な日差し…。

 

 その原因の太陽を八つ当たり気味に睨みつける…。

 真上にある太陽。そろそろお昼だというのに、特にお腹も空かない。

 喫茶店だったのだから、そのまま何か食べておけば…って、嫌ね。

 

 今更、あの子と食事なんて。

 

 …ま、昔はよく一緒だったけどね。

 

 店の出口で、見たことのある顔と出会った。

 聖グロリアーナのアッサム…さん? だったわね。

 連れなのかしら? 大人の女性と一緒だった。

 後、妹…いえ、違うわね、多分。

 顔も似てなければ、身長の割に不自然に大きな胸してたし。

 

 私を含め、バツの悪い顔で、顔を見合わせてしまった。

 同じく、お互い即座に周りを見渡す。

 

 まぁ、あの男の確認でしょうね…。

 

『そういえば、まだ、翌朝のダージリンとノンナ君の、慌てふためく姿を聞いていなかったねっ!』

『私は、その時の様子は知りませんよ? …私だけいませんでしたから』

『……モーニングコーヒーだったのかい?』

『? …意味が分かりかねますが、碌でもない事を言ってますよね』

『…………そうか…今の若い子は、この意味が分からないのか…』

『何に打ち拉がれておいでか、分かりませんが…』

『まぁ、いいじゃないですか! 取り敢えず、探しましょう』

『そうだねぇ…まだ、私の話は済んでいないからねぇ』

『…お釣りも返さないといけませんしね』

『お礼も言わないといけませんしねっ!』

『んじゃ、探しがてらブラブラしようかねっ!!』

 

 此方をチラチラ見ながら、そんな会話。

 …失礼ね。言いたい事が有るなら言えば良いでしょう?

 特に私を、相手にする気が無いのも分かったので、さっさとその店先を離れた。

 

 …敢えて、彼女達と反対方向に進む。

 何も考えないで、特に目的もなく…あの3人とまた、下手に鉢合わせにならない様に…。

 

 すると…。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 …………迷った。

 

 

 迷った!! ここ住宅地じゃない!!

 

 何もない、ただの家が立ち並ぶ住宅地。

 

 知らない町で…知らない場所…。

 

 

 …迷子……この歳で迷子…。

 

 

 はぁ…まぁいいわ。

 

 来た道を戻れば良いだけよね?

 

 …そう歩いて来た道を確認するべく振り返ると……何かしら?

 

 今、電柱に何か隠れたわね。

 …というか、隠れたとでも思っているのかしら?

 この強い日差しの中、自身の影すら色濃く写す。

 

 …その電柱から、大きな黒い影が見える。

 はぁ…まぁいいわ。

 足音を立てて近づくと、明らかに動揺した様に、その影が震える。

 

 

 

 後で聞いた話…。

 大洗に黒森峰である、私がいた事で、不自然に思ったのか…後を着いてきたそうだった。

 すると、ずんずんとお店すらない、住宅地へと進んで行く私を、不審に思ったのか…ここまで着いてきたそうだった。

 不審って…人をなんだと思ってるのよ。

 何なのよ…この子達。みほは、後輩の教育すらできないのかしら。

 まぁ…このお陰で、私は無事に帰れた訳だけど…。

 

 

「何やってるの。私に何か用かしら?」

 

「…み…見つかっちゃった…」

「桂利奈が、先走るから…」

「この電柱に、5人は流石に無理があったねぇ~」

「……」

「あはは…こんにちは…」

 

「……こんにちは」

 

 

 大洗の…一年生。

 

 みほの5人の後輩達だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ミッコが、普段見せない慌て方をしていた。

 

 …何かあった。

 

 理由を聞こうにも、要点を掴まめない、飛び飛び内容だった為にすぐに諦め、その場所へと取り敢えず連れて行ってくれと指示。

 ミカとアキが、その場にいなかった為に、多分…どちらかに何かあったのだろう。

 先程までの、昔の話で、変に浮ついていた気持ちを即座に切り替える。

 

 …どうしたのだろうか? どちらかが、怪我でもしたのか。

 

 この天気で、しかもこの日差しだ。

 熱中症にもなったか? その場合、取り敢えず救急車か。

 金も持っていない、携帯も持っていない彼女達からすれば、ちょっとマズイかな?

 

 …とか、初めは考えていた。

 

 飛び飛びで、話すミッコの内容からは、「男」という、言葉が出てきた。

 またナンパ野郎か? とか、思ったら…その男と対峙したミカが。突然豹変してしまったと言っている。

 

 なんだろう…あのミカが?

 

 昔の男かなんか? と聞いたら、真面目に話していると、怒られた。

 …結構、真面目に話しているのだけど?

 そっち関連の痴情の縺れなら、割と面倒くさい状況だと判断したからだった。

 ある程度、考えて…準備も必要だろうと思ったのだけど…その事を言ったら…。

 

 

「タカシは、ほんっっっとに、馬鹿だなっ!!!! 私でもすぐに分かるのに!!」

 

 

 走りながら…本気で怒られた。

 

 さて…現場に到着するまで、それこそ何通りか、トラブルを想定してみた。

 男絡みのトラブル。

 一番は、やはりナンパ野郎だろう。前例があるからね。

 この様子では、拉致ではないにしろ…相当だろう。ミカが怒鳴ったと言っていた位だ。

 

 だから…。

 

 到着後、即座に動けた。

 

 予想の範囲外とはいえ、本当に碌でもない状況だった。

 冗談で言う訳ではなく…意味が分からないし、繋がりなんて考えられない。

 

 

 …擬似ホスト野郎がいた。

 

 心配そうにミカを見つめるミッコ。

 まぁ彼女の場合、こんな状況に飛び込んで行くなんてできないだろう。

 

 腕を上げて、それに向かって行くミカを見つけた。

 

 見た事がない…本気の憎しみを込めた顔で。

 

 腕を上げていたその手には、見慣れた物を持っていた。

 青の帽子…。

 

 北海道で遭難中…バックり裂けて壊れてしまった帽子。

 

 余程大事な物だったのだろうと、俺が修理して…ちょっとデザインの変更を余儀なくして、形が変わってしまった帽子。

 

 なるほど…。

 

 

「あぁ! 何か…あの男との思い出の品だったのかなっ!?」

 

「このっ…!!」

 

 叫ぶ男。

 茶化す様に、ミカを躱している。

 まったく…俺との思い出というか…な?

 前に、俺が地面に落ちた、その帽子を拾ってやる際…触れただけでも、俺に対して睨みつけてきた品だ。

 …大事な物なのだろうよ。

 察しろよ。

 

「タカシ?」

 

 そのまま歩いて近づくも、俺に気づく様子は無い。

 

 …ミカだけは俺に気がついた。

 目があったからな。

 一瞬、安心した様な目をしてくれた。目の周りが、綻んだ気がしたから…。

 

 

 ――が、その目が次の一言で、大きく見開かれた。

 

 

「島田家同士、仲が良いねぇ!!」

 

 

 …初めてだった。

 

 あんな彼女の顔は。

 

 島田家同士?

 

 

 その言葉に反応した様だった。

 

 …ま、意味は良く分からんが…取り敢えず。

 

「 何してる 」

 

 思いの他…低く…重い声が出た。

 すでに警戒対象になっている、この目的が良く分からない男。

 それが、ミカとトラぶってんだ…当然と言えば、当然…。

 

 擬似ホストの腕を後ろから掴み、動きを止める。

 できるだけ、力を込めないで…下手に怪我でもさせたら、この手の輩は、それを逆手に取ってくる。

 しかし、ミカとは違い、タッパがある俺だ。…結構簡単に掴めたな。

 

「…ちょっと、遊んでいただけだよぉ?」

 

 俺よりかは、少し背の低いこの男は、俺の顔を見た瞬間…気持ちの悪い位の笑みを浮かべ…此方を顔だけ振り向かせた。

 

 そして…。

 

 

「この逃げた、島田流…時期家元とさぁああ!!!」

 

 

 ……。

 

 

 …何?

 

 

「あぁ!! 元が、つくけどねぇ!」

 

 逃げた? 島田流…時期家元?

 

 元?

 

 反射的に、ミカを確認してしまう。

 顔を向けたその先…見慣れた彼女はいなかった。

 

 …目元を隠す為の帽子は、今は被っていない為にハッキリと見えた。

 

 なんとも言えない…泣きそうな彼女の顔を。

 

 目の下にシワなんてなぁ…ミカには、ある意味で一番似合わない。

 いつもの余裕のある彼女とは違い、何かを諦めてしまった様な…力なくそこに立ち竦んでいた。

 

「…取り敢えず」

 

 さて…。

 下手に疑問に思って、動きを止めると…多分、この野郎の思う壺だろう。

 だからさ、まずは。

 

「この帽子は、返して貰いますね」

 

 有無を言わさないで、手に持っていた帽子をひったくる。

 特にもう、意味を成さないのか、素直に…特に抵抗する事なく、俺に帽子を渡した。

 

「さぁ、帽子は返したし…この手は、そろそろ離してくれないかなぁ?」

 

 ニヤニヤと、ワザとらしいイヤらしい笑みで、俺を見上げている。

 

 ……。

 

 この腕…。

 握り潰したい…。

 

「……」

 

 手の力を少し緩めると、ゆっくりと擬似ホストは腕を下ろした。

 手首を擦り、俺との距離をとっていく。

 下がって行く擬似ホストの後ろ…気付かなかったが、もう一人いた。

 

 この擬似ホストの秘書か、何かだろうか?

 まぁ、西住流分家…と、名乗ったし、別に可笑しくもない。しほさんで言えば、あのスーツを着た男性は、菊代さんに当たるのか?

 

 

「さて…落ち着きましたか? 西住さん」

 

 …なぜだろう。

 

 こいつに対して、西住の姓で呼びたくない。

 

「んん? 僕は、最初から落ち着いているよ? 彼女の方こそどうだろう? 僕を先程から熱い視線で、睨みつけているけど?」

 

 初対面の時みたく、半分ふざけた様な喋り方。

 …ワザとか? この野郎。

 

 その彼女…ミカは、完全に立ってはいるが、顔を真下に向けている。

 俺の顔を見たくないのか…顔を少し背けながら、呆然としている。

 心配そうに寄り添っている、ミッコに気づかない程に…。

 

「んっん~…そうかぁ、そうかぁ! 気づかなくてごめんねぇ! 内緒だったのかなぁ?」

 

「……」

 

 これもそうだ。

 分かっていて、ワザと言葉にして確認してきた。

 

「ねぇ? …島田 ミカさぁん?」

 

 …島田。

 

 ここに到着した時もそうだ。

 俺の存在に気がついた後、態々俺の顔を見て言ってきた。

 

 ミカは、ただ棒立ちで動かない。

 

 彼女にとっては、そこまでショックを感じる程の事なんだろう。

 擬似ホスト野郎の言葉にも、すでに反応はしない。

 にやけた顔で、ミカを見ている擬似ホストは、反応が無いのを知ると、すぐにその姿をつまらない物を見る様な顔になり…俺に向きなおした。

 

「昔はさぁ…知っての通りね? 今の西住流家元になる前は、西住流と島田流の仲が非常に悪くてねぇ…。親善試合と言う名の、潰し合いが多々行われていたんだよ」

 

 そのミカには、すでに興味を無くしたのか、俺に対して嬉しそうに喋りかけてきた。

 

「当然、分家である俺も…まぁ子供だったけどね。その時の事で、僕は彼女の事を知ってはいたんだよぉ? 勘当されているとは、知らなかったけどねぇ」

 

 …勘当。

 

 時期家元と言っていたな…って事は…。

 

 …まぁいいや。考えるのをやめてやろう。

 ミカが、島田の姓で呼ばれた時に、見た事もないような顔をしていた。

 俺には、知られたくなかったのだろうか?

 なら…黙っていてやろうかね。

 

「いやいやっ! 本当にゴメンねぇぇ。今も言ったけども、ぼかぁ知らなかったんだぁ!」

 

 ミカにまた顔を向きなおし、白々しい事をのたまう。

 俺に聴かせる様に、認知させる様にチラチラと俺を見ながら…。

 

 この喋り方…今までの流れ。

 こいつ…全て知っていて、俺に聞かせている。

 

「そうそうっ! なんで勘当されていたと言うとだねっ!?」

 

 知らなかったって嘘すら、即バラす。

 …舌が乾かぬ内に、アッサリと暴露しようとしている。

 

「あぁ、それは言わなくて良いです」

 

 聞かれたくない話なら、聞かない。

 それを知るとしたら、ミカの口からだ。アンタの口からじゃない。

 

「あれ? 聞きたくないの? 同じ島田の事だよ? 興味ないの?」

 

「俺は尾形です。島田じゃない」

 

「親が勘当されてるから? …血はそんなに、単純な話ではないよ?」

 

 血…と、ハッキリと言いやがったな。

 

「単純な話ですよ。…俺には関係ない。島田家とは、友人として現在のお付き合い。それ以上でも以下でもない」

 

 あったとしても、親達の話だ。

 

「そして、ミカともだ」

 

「…ふ~ん」

 

 言い逃げ…でも、する気なのだろうか?

 段々と車の方向へと、後ずさっていく。

 誤魔化す事もなく、ハッキリと拒否をした俺に、また少しつまらない顔をした。

 

 …お前…。

 

 俺もソロソロ限界だぞ…。

 

 拳を握るのではなく、腕に力を入れる。

 握り絞めていれば、我慢しているとコレにバレてしまい、またそれをネタにしてきそうだったからだ。

 手は…軽く開いておく。

 

 ここまで、俺達をおちょくり…露骨に挑発してこなかったら、すでにブチ切れてる案件だ。

 

「まっ! いいやッ! 僕の提案は、彼女にもアッサリと断られてしまったからねっ!」

 

「提案?」

 

「そうそう提案。ダメだったからねぇ…まっ! 内緒だけどね!!」

 

 ……。

 

 提案…と、言った時点で、その内容をバラした様なモノだ。

 何を目論んでいるか知らないが、後でミカに、何を言われたか聞けばすぐに分かる事だしな。

 …それを理解して、「提案」と言ったのだろう。

 

 何がしたいんだ、こいつは。

 随分とまぁ…あからさまに、警戒して下さいと、言っている様なモノだ。

 

「じゃあ…僕はもう、帰ろうかなぁ」

 

 帰ると言い、またミカを見始めた。

 

 …ゆっくりと、ミカと擬似ホストの間に移動する。

 あいつの視線は、もはや不快感しか生まない。

 せめて、ミカとの間に入って遮てやろう。

 

 こいつの発言は、ただ…からかう…かき回す為だけの言動…にしか、聞こえない。

 

「人の友人…こんな顔にさせといて、逃げる様に帰るんですか?」

 

 こいつに、謝罪しろとか、そういった部類の話は持ちかけない。

 どうせまた、余計な事を喋るだけだろうからな。

 ただ、確認して起きたかった。

 こいつは俺に敵意を向けている。その相手が……逃げるの言葉に、同反応するか…。

 

 こいつ…前回の話の時もそうだが、俺の神経を逆撫でするポイントを知っている。

 こういった事に関して…俺はひどく短気になってしまうのを、分かっている。

 ワザとらしく、大袈裟に、俺の事を調べておいたと、言っていた様な言動をしていたしな。

 

 瞳の件に関してもそうだ。

 

 分からん。本当に俺を挑発し続けて、なにがしたいんだ?

 

 …少し、冷静になれた。

 

「んっ? んんっ! 逃げる!? そうだねぇ…逃げようか!!」

 

 特に反応する訳ではないが、また大袈裟に…。

 

 そしてまた…ワザとらしく…。

 踵を返して、背中を見せた。

 …本当に帰るのか?

 

 

「あぁ、そうそう!」

 

 

 大袈裟に腕を開いて、体を回転させ、俺の正面に体を向けた。

 

「帰るんじゃ、なかったんですか?」

 

「例の件は、考えておいてくれたかぁい!? 転校の件ですよぉ?」

 

 言葉遊びはしない。

 そうハッキリと言っている様に、俺の言葉を無視した。

 転校の件……はぁ。さっさと終わらせたい。

 こいつと話していると、気が滅入るだけだ。

 

 色んな考えをしてみたが、今は切に思う。

 

 帰れ。

 

 

 

「…お断りしたはずですが?」

 

「はっはー! 欲がないねぇ! 君は!」

 

 …。

 

 俺の癖…同じ様な笑い方をした。

 

 これもワザと。

 

 まぁここまで、俺に対して挑発をする真似をしているんだ。

 …それは逆に、俺をまた冷静にさせてくれる。

 

 ただ、俺の真似をした笑い方をした時、アスファルトを擦る音がした。

 目だけで、確認すると…ミッコが、半笑いし始めた。

 

 あ、いかん。ミッコがキレそうだ。

 

「…貴方は一体、俺に対して何がしたいんですか」

 

「んん~? 親切心だよ、親切心」

 

「……」

 

 反吐が出そうな程の笑顔だな。

 

「だって君は、僕の親族になるかもしれないんだろう?」

 

 ……。

 

 ………。

 

 

「…は?」

 

「妹のみほちゃんと、付き合っているんだろう? しかもそれ以降の事も、家元にハッキリと言ったと、聞いているよ?」

 

「……プラウダの時のか」

 

 こいつ…あんな身内だけでの話の場の内容まで知ってるのか。

 最後ですね! ゴールですね! って…見た事ない程に興奮した、しほさんを思い出した。

 

「よかったよぉ~。お陰で…」

 

 それは、まぁ置いていおいて…お前がみほの名前を呼ぶな。

 本当に比喩でも何でもなく、反吐がでそうだ。

 コレに親族になるってだけでも…

 

 

「義兄弟になるかもしれないからねぇ!!!」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

「 あ? 」

 

 

 以外すぎる言葉に…思わず、素が出てしまった…。

 何をこいつは言っている。

 

 義兄弟?

 

「今は、保留になっているけどねぇ? まほちゃん…その許嫁候補なんだよ、僕は!!」

 

「……」

 

「何故だが昔、家元が物凄い剣幕で我が家へ乗り込んできてねぇ…。まぁ色々ありましてぇ。現在は、保留という事になっている状況なんですよぉ?」

 

「…………」

 

「いやぁ、君がみほちゃんとくっつくなら、問題がないよねぇ。…西住流の後継は、必ず必要になる。…血統的に、分家の中から選ばれるのが、妥当というか…当然だよねぇ」

「西住流の資金源である、僕の家だからね。家元も強くは言えないらしいんだよぉ。でも、許嫁の件は、物凄く強く反発してきた。…まぁ、君がいたからだろう」

「でも、それもなくなるんだよ。君がみほちゃんと一緒になるならねぇ。ならほらっ! 義兄弟になり得る話だろう!?」

「なんで僕かって言えば、同じく他の分家の男衆は、年齢的にも不可能だ。そうなると、ほぼ! 僕一択になるんだよ!!」

 

 ……。

 

「ベッラベラと…よく喋るなアンタ」

 

 気が付けば、手を握り締めていた。

 

 爪が肌に刺さる。

 

 手の熱さすら…痛みすら感じる事もなく…ただ、思いっきり。

 

 …みほと付き合っている俺からすれば、まほが他の男と恋仲になる事に対して、どうこう言える立場にない。

 

 ないが…コレはダメだ。

 

 コレは、ありえない。

 

「つまりは! 僕は…西住流家元になる。…ほぉうらぁ…僕は君のお義兄さんになるだろう? 義弟になりえる君になら、世話を焼くのは当然だろう!?」

 

「…家元?」

 

「おっと、いけない。その家元本家の人間になるってだけの話だったね」

 

 ……。

 

 西住流家元の旦那である人間の立場が、どういったモノになるかは分からない。

 今度、常夫さんにでも、聞いてみるかね…。

 一瞬見せた真面目な顔…家元と言った瞬間だった。

 

 つまり…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 こいつ…。

 

「…立場が欲しいだけか?」

 

「えっ? そうだよ?」

 

 悪びれる事もなく、ハッキリと、言いやがった…。

 

「男の君なら分かるだろう? 僕はもっと、上に行きたい。分家と言う立場を本家に変えれば、僕ならば更に西住流を発展させる事ができる。今の家元は甘すぎるんだよ」

 

「…まほの事は」

 

「んっ?」

 

「…しかもそれを俺に言うとか…」

 

「あっ! あぁぁ!! そっか!! そーーかぁ!!!」

 

 楽しそうに…本当に楽しそうに、それこそ俺に対して演説をしている様に話してくる。

 手を合わせ…思いついた様に…。

 

 

 

「ある意味で、まほちゃんも、君が囲っていた女だったね!!」

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 

 

「そこは気にしなくていいよぉ! 僕も男だ、分かっているよぉ!」

 

「…何が…わかっ…」

 

 呼吸が荒くなる。

 上手く言葉を発する事ができなくなってきた。

 

「流石に後継は、僕の遺伝子でなければダメだけどねっ!! それ以外は、もうどうでもいいよ!?」

 

「………どう…でもいい……だと?」

 

「女は一人じゃ、飽きるからね! 学生の頃は、僕もそうだった! そうだった!! 邪魔だったから、飽きたら適当に、当時の後輩やらに回してやっていたっけぇ」

 

 

「……………」

 

 

 

「あの体だしねぇ…いいよぉ! 君になら、飽きる前でもいいやっ!! 妻になった後でも好きにしていいよ?」

 

 

「……ぁ?」

 

 ……。

 

 

「 つまり…貸してあげるよ!!!」

 

 

 

 …………。

 

 

「……今、なんつった」

 

「僕の前なら、特に格好をつけなくってもいいよ! 同じ男だ! 理解できる!!」

 

 

 思考が止まる。

 この擬似ホス…いや、もう…面倒くさい。

 

 

 

「女はバラエティだ! そうだろうっ!? だから君は、そこの「島田 ミカ」すら、囲っているんだろうっ!?」

 

 

 

 思考が…できなく…なってきた。

 

 

 

「各高校の生徒…まぁ特に戦車道会は、女性だらけだしねっ!! いいよねっ!! 分かる分かる!! その点君は、すごいよね!! スター選手ばかりだ!!」

 

 

 

 ここまで…キタのは…あの、男以上だ…。

 

 

 

「おやぁ…どうしたんだい? 図星だったかなぁ? あぁッ! まだ計画段階だったのかなっ!? なら申し訳なかったね!!」

 

 

 力を込める。

 

 腕に…背中に…拳に…。

 

 

「しかも、一人は中学せ…いや、一応大学生だったかなっ!?」

 

 

 いや…久しぶりに聞いたな。

 

 

「西住姉妹に、島田姉妹かぁ…いい趣味してるよねぇ!! 君もぉ!!」

 

 

 沙織さんの時以来か…。

 

 

 決勝戦会場では、ある程度の覚悟があったから、大丈夫だったんだな。

 

 

「そのうち誰か、貸してくれないかい!?」

 

 

 …あぁ、本当に久しぶりに聞いた。

 

 

 

 

 

 

 頭の奥の、何が切れる音を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を…してるのかなぁ? 君は…」

 

 

 顔を拳で、本気の力でぶん殴る感触。

 今の今までの怒りを込めて、それこそ殴り殺す程の力を込めた。

 

 ……。

 

 頭で拳を衝撃を押さえつける様にまた、力を込める。

 

 痛みなんて感じない。

 

 ただ…ただ…。

 

「いや、何…。俺がただの、ドMってだけですよ」

 

 

 口内に広がる、鉄臭い匂い。

 

 口の中に、液体が充満してきた為に、路上に唾を吐く。

 

 真っ赤な唾を。

 

 

「…アンタ、そこまでして俺を挑発して、なんのつもりだ。しほさ…西住流家元と、俺の繋がりすら知っていての事だろ?」

 

「おや、意外と冷静…。特定の条件を満たすと、ただの馬鹿になる君らしくないねぇ」

 

 挑発した事に対して、否定はしなかった。

 

「…そのアンタの車。車載カメラ着いてるよな? しかも、エンジンが掛かっている」

 

「……はっ! 本当に…冷静だねぇ」

 

 指を指した車の正面が、此方を向いている。

 そうだ、真正面に。

 

「その女の他に、君と出会えたのは、本当に幸運だと思ったよ。何段階か、飛ばして進めるって思ったのにねぇ…まぁ、これも失敗だったかな」

 

「…思いの他、本性表すの早かったな」

 

「君が、僕を殴ってくれると、手間が本当に省けたんだけどなぁ…」

 

 殴ったさ。

 

 あんたを殺すつもりで、本気の殺意を込めて…自分の顔を。

 

 まだ、理性が多少なりとも残っていたんだろう。

 熱い温度を感じる頬のおかげで、すぐに冷静に戻れた。

 この擬似ホスト野郎に近づく事もしなければ、指も触れていない。

 

 …でも、結局はあの姉妹に迷惑を掛けてしまうと、頭を過ぎったからだ。

 

 俺が踏み止められたのは…な。

 

 俺個人だけ問題なら、間違いなく本気でぶん殴ってる。

 

「あ~~~あっ!! つまらないねぇ…。本当につまらない。…まぁいいけど」

 

「……」

 

「その無駄に膨れ上がった、立派な筋肉が泣いてるよぉ? 見せ筋なのかい?」

 

 悪いが、正直もうアンタの顔すら見たくない。

 ミカには、悪いが帽子を借りるわ…。

 

 ミカの帽子を被り、視界を少し遮った。

 

「………人を殴る為に、鍛えてきた訳じゃない」

 

「これでもダメかぁ…はぁ…もう本当に帰るわ…面倒くさくなって来た」

 

 もう、俺は喋らない。

 

 ただ黙っているだけの方が、このクズ野郎は、さっさと帰るだろうよ。

 うなだれる事もなく、スーツの男が開けた、車のドアに向かい、歩き出した。

 

「まったく…所詮は島田家か。ヤブ蚊の様にうっとおしい…そこの女も含めてね」

 

「……」

 

 

 

「あぁ、そうそう。島田 隆史君。俺が言った事は、全て本音だよ?」

 

「…尾形だと、言ってるだろうが」

 

 俺も本音で話そう。

 もう、遠慮はしない。

 

 久しぶりだ。ここまで明確に特定…判断できる奴は。

 

 

「僕はねぇ? 分家の立場で終わる気なんて、さらっさらないんだよ」

 

 

 …コレは、俺の敵だ。

 

 

「ま、島田に対して、俺が何もしなくても、西住流の死にぞこない達が、君を放っておくなんて、考えられない。……初めから君は積んでいるだよ?」

 

 死にぞこない?

 

「…姉は最終的には、自分の意志とは関係なく、後継を作らなくてはならない」

 

 もう一度、唾を吐く。

 

 まだ…赤い。

 

「西住流家元を継承する人間が、特に…島田の男となんて、不可能だね…妹の方は、知らないけどねっ! よかったね!!」

 

 ついに名前すら呼ばなくなったな…こいつは。

 もう、いい…さっさと帰ってくれ。

 

 

 

「だから僕の事を、姉の方にバラしても、痛くも痒くもない。邪魔だろうが何だろうが…好きにすればァ?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「んっっっだっ!!! あいつっっ!!!」

 

 ミッコが、酷く憤慨している。

 地団駄を踏んで、腕をパタパタさせながら。

 あの男性と、隆史さんが話している最中…なぜだろう? 声をかけてはいけない気がしていた。

 それはミッコも同じようで、車に乗って去っていくさっきの男性が見えなくなると、急に騒ぎ出した。

 

 多分、隆史さんが黙っていたから、我慢したんだろうな。

 あの子は、ああ見えて、ちゃんと空気が読めるんだよね。

 

「タカシも!! なんだよっ!! ぶん殴っちまえば良かっただろう!!」

 

「……ふぅ」

 

 隆史さんは、腰に手を置き、大きく息を吐いた。

 近寄ってきたミッコの頭へと、手を置くと、わしゃわしゃと髪を弄んでた。

 

「聞いーてんのかよっ!!」

 

「んっ? あぁ、まぁ…俺としても、脊髄引きずり出したくなる位だったけどな…」

 

「…やっちまえば良かったんだよ!!」

 

「いや、なぁ…あからさまに、俺に手を出させたくて仕方がないって感じだったろ? 思惑に乗る方が癪だろうよ」

 

 怒りが収まらないのか、パタパタとしているミッコ。

 ちゃんと、隆史さんが我慢したのを分かっているのか、それ以上は言葉にしなかった。

 

「っっだけどさぁ!! 言ってる事も、良く分かんなかったし! …なんだよ、貸すとか…」

 

「分からなくていい。…そのままの君でいてください」

 

 頭を撫でながら、なだめる様に隆史さんはミッコへと、喋りかけている。

 その効果が、即効性が高かったみたいで、ミッコは段々と、表情の色を変えていく。

 

 ……。

 

 チョロイ…。

 

 

「タ…タカシ」

 

「ミカ? どした?」

 

 

 ミッコが落ち着いたのを、見計らい、ミカが漸く口を開いた。

 さっきまでは、地面しか眺めていなかったのに…。

 

「…そ…その……」

 

「……」

 

 島田 ミカ。

 

 私達も知らなかった、ミカのフルネーム。

 学校とか戦車道大会とかへ出す、ミカの名前は、毎回同じだった。

 

 ミカ

 

 下の名前だけ。

 

 何故か毎回、それで通っていたのは、疑問には思っていたけど…。

 

「……」

 

「…はぁ…島田…か?」

 

「……」

 

 話しかけては見たものの、何を言っていいか分からない。

 そんな感じだった。

 その顔は、先程同じように、今までに見た事がないほどに曇っていた。

 

「き…君には、君にだけには…知られたくなかったんだ」

 

「ふーん」

 

「…大洗に君が転校して…戦車道に完全に関わってしまっているのを知った時…しかも…その…島田 愛里寿…と…」

 

「へぇー」

 

「……同じ…血筋だと、知られた…く……」

 

「ほぉー」

 

「………………」

 

 か…完全に話半分に、聞いてる…。

 ミッコの頭を…というか、いつの間にか、両手を使い、ミッコの小さなおさげで、ずぅぅっと遊んでる…。

 

 

「……………………」

 

 

 あ…ミカが、引いてる…。

 そうだよね…なんか、重要な事を告白する様な感じだったのにね…。

 隆史さん、ミッコで遊んでるしね…ちょっと酷いかなぁ。

 完全にどうしたら良いか、分からないって感じだなぁ…ミカ。

 

 あっ! あぁ~…そうか。

 

 見方によっては、隆史さん、ミカに怒って無視してる感じにも取れる。

 やっぱりミカは、そうとったのか…顔が段々と青くなっていった。

 

 

「…はぁ……大分癒された…ありがとなぁ、ミッコ」

 

「……セクハラされた気分だ…別に良いけど」

 

 黙ってしまったミカに、隆史さんは漸く体を向けてくれた。

 顔は…特に怒っているみたいには、見えないけど…。

 

「さて…ミカ」

 

「っ!」

 

「俺が、島田の血筋って知ったのって、何時だ?」

 

 名前を呼ばれたミカが、怒られる子供みたいな顔をした…。

 

 怯えている。

 

 うん…あれは、本気で怯えている。

 

「お前ら、確か…準決勝戦の時は、いなかったろ? その後の話で、有名になっちまったけどさ。どうにも腑に落ちない」

 

「…さ」

 

「んぁ?」

 

「最初…初対面の時……さ」

 

「初対面!? お前ら…否。お前が、俺の荷物、奪っていった時か!?」

 

「…そう、荷物の中に、携帯があっただろう?」

 

「あぁ…それが欲しくて、あんな事になったんだけど…」

 

「その携帯を返す時…丁度、着信があったね?」

 

「んっ…? あ~…? あぁ! あったあった…あったけど…あぁぁ…それでか」

 

「携帯の画面に…「島田 愛里寿」の名前を見てね…」

 

「あぁ…その時の会話を聞いて…」

 

「なるほど…なぁ。あの時からかぁ…」

 

「興味が沸いた。ただ、それだけだった…はずなのにね…」

 

「…いや、興味本位かよ…あ~…うん。なるほど、それでか」

 

「そう…愛里…いや。じゃなければ、見ず知らずの男と、半月も一緒に寝食を共にするはずがないだろう?」

 

「……それで、夜寝る時とか…戦車の中に入れてくれたのか…ン? それでも、どうかと思うぞ?」

 

「熊もいたしね…流石に命に関わりそうだったしね…」

 

「あ~~いたなぁ…」

 

 少し懐かしい話が、出てきた。

 それでもやっぱり、ミカの顔は晴れない。

 ミッコは、よくわからない顔をして、二人を見上げている。

 

「あ~うん。 謎が解けた。はぁ…んじゃ、もういいや」

 

「……え」

 

「アキ」

 

「えっ!? あ、はい!」

 

 び…びっくりした…。

 急に振られたよ…。

 

「今日の事、詳しく話を聞かせてくれ」

 

「え…でも…」

 

「飯でも作ってやるから、家に来いよ。ミカもミッコも」

 

「え…」

 

 いや…あの…ミカの話…本当にそれで終わりなの?

 完全に別人になっちゃってるけど…ミカ。

 

「あぁ…そうだ、一度、食材買わないと…何人分になるんだ…あっ! 庭あるし、なんか…全員で一緒に食える物…」

 

「タカシ?」

 

「なんか、食いたい物あるか?」

 

「いや…なんでも良いけど…」

 

 すでに話は終わりだと、隆史さんはミッコに何か聞いている。

 ミッコも、私と同じで少し訝しげに、隆史さんを見上げている。

 …でも、行くのを前提に返事している辺り、どうなの?

 

「…肉でも焼くか」

 

「  に く  !!」

 

 あぁ…目の色が変わった…。

 

「待てっ! 待って欲しい、隆史」

 

 本当に話が終わってしまたと思ったのか、ミカが変に慌てだした。

 やはり、何か話したい事とか…まぁ、あるよね?

 でも、隆史さんは一言…。

 

 

「 やだ 」

 

 

 断った…。

 

「なっ…」

 

「ミカの島田の話なら、もう聞かない」

 

「……」

 

 

 隆史さんは、そこで本当の意味でも、ミカと向き合い…少し、腰を落とした。

 

「なんでミカが、俺に知られたく無かったとか、どうでもいい」

 

「ど…どうでも…」

 

「詮索もしない」

 

「……」

 

「俺が北海道で会ったのは…ただの「ミカ」だしな」

 

「…なにを…?」

 

「…内緒なら、最後まで内緒にしていろよ。…俺に取ってミカは、ミカだ。島田の姓が本名だとしても、変わらないし、知った事ではないな」

 

「……」

 

「島田の俺に、知られたくない理由ってのは、色々あると思うけど…まぁ、特にアレだろう?」

 

「アレ…とは?」

 

「んな事で、お前を見る目を、変える筈がないだろうよ。変わらず、説教するのも変えない。変えてやらない」

 

 

「……そ…そこは変えてもらって構わない」

 

 

「はっはー。そうそう、んなふうにさ、なんか何時もみたいに、それらしい事でも言ってみろよ」

 

 

「………………」

 

 

「お題………掌返した発言でもしてやろう。そうだな……ミカの昔の事を教えてくれ」

 

 

「……はっ…はは…」

 

 

 なんでだろう。

 

 一体、何がアソコまで…人が変わって見えていたミカが、段々と戻っていた。

 なんで隆史さんに、姓を隠していてたかは知らない。

 …隆史さんは、少し分かった様な事を言っていたけど…まだ私には、やっぱり分からなかった。

 

「君は…デリカシーがないね…」

 

 見る目を変える筈が無いだろう…と、言った時だろうか?

 明らかにミカの目に、光が戻った気がしたのは…。

 

 その目を伏せ、いつもの様に…ゆっくりとしたり顔で言い切った。

 

 

「女の過去を詮索するなんて…無粋というものだよ」

 

 

 その言葉に隆史さんは、満足したのか…曲げた腰を伸ばして…腕を上げた。

 

「はっはー! そうそう! そういうのだ! まだ、ちょーっとキレが、なかったけどな!!」

 

「言わせておいて、それは無いだろう…」

 

「あ…あぁ、コレがないからか? いつものなら、いつもの格好じゃなきゃな」

 

「…なにかな?」

 

「ほれ、帽子」

 

 上げた腕を自分の頭に…かぶってたミカの帽子を、そのまま頭へと被せた。

 少し…乱暴に…ミカの頭が、その為に少し下がってしまった。

 

「どうにも、お嬢様って連中は、色々問題抱えてるなぁ…」

 

 ボソッと呟いた隆史さんは、その被せた帽子を、何度か髪の毛ごと、揉む様に指を動かし…ゆっくりと手を離した。

 

「そうだな、このセットだな。何だかんだで、そういつものミカの方が、俺は一番好きだ」

 

「……」

 

「あの野郎の事なんて、忘れちまえ。平常心だぞ? 平常心」

 

 先程までの、怖かった隆史さんも、もういない。

 いつもの見知った彼は、首を何度か、音を鳴らすように動かすと…。

 

「…どうしたミカ?」

 

「……」

 

 今度は、別の意味で固まってしまった

 両手で帽子の端を掴むと、顔を隠すみたいに、深く頭に被るみたく押さえ込んでいる。

 

 あぁ…もう。このミカも見た事ない…。

 また知らないミカになっちゃった。

 

「あの…ミカ?」

 

 はぁ…。

 

「んぁ…帽子の修理した部分が、少し解れてるな。後でまた直して…」

 

 手を前に出すと、逃げる様に後ろに飛び退いたね…。

 

「…隆史さん」

 

「…なんだい? お母さん」

 

「………隆史さんのお家…後で行くから、場所だけ教えて」

 

「いや…あの、貴女の娘さんがね?」

 

「……怒るよ?」

 

 状況を良く分からないのか…相変わらずだけど…。

 ミカが別の意味で、壊れ始めてちゃったよ!!

 

「いいからッ! それまでに何とかミカを戻しておくから!」

 

「あぁ…うん。まぁそれはそれで、助かるんだけど…」

 

「だけど、なに!?」

 

「……あのな?」

 

 どうして、こう…変に手が掛かりそうな顔をする時にばっかり、私を呼ぶんだろう?

 …まぁそれはソレで、良いのだけど…もう…。

 

 

 

「どうしよう…血が…止まらん…」

 

 

 

 隆史さんは、口を拭って……少し困った顔をして言った。

 

 

「……」

 

 

 あぁぁっ! もうっ!!

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「昔の西住隊長って、そんなんだったんだぁ~」

 

 ……。

 

 大洗学園の一年生…その5人組に捕まった…。

 

「エリリンさん! エリリンさん!!」

 

 両手を掴まれ、根掘り葉掘り…昔の事を散々聞いてくる…。

 自分達の隊長が、転校してくる前とか気になるのは分かるんだけどね…。

 あまりにしつこいから、ボソボソと答えてしまったのが、運の尽きね…その後は、質問攻めだ…。

 

 帰り道だけ教えてもらおうかと思ったのに…「迷子なんですか?」の、一言に変に見栄を張ってしまい…。

『違うわよ!』の一言から、何故かこの5人の、同行を許してしまった…。

 まぁ…その内に飽きて、どこかに行くでしょう…。

 

 私なんかを相手にしてるんだし…余計に……ね。

 

 

 …とか、思ってたら!!

 

 

「エ…エリリンは、やめなさい」

 

 

 なんか、すっごい懐かれてるし!! 

 腕を組まれて、逃げられない様にされているとも、思えるけど!!

 

「え~でも、尾形先輩は、そう呼んでますよね?」

「そうだねぇ。タラシ先輩は、そう呼んでるよねぇ~」

「……」

「私、その名前しか、知らない!!」

「…みんな」

 

 あの…男……っっ!!

 

 

「…そっか…タラシ先輩、エリリン先輩にも手を出していたんだ…」

 

「エリリン先輩もよして!!」

 

「えぇ~でも、西住先輩の同級生なら、先輩ですよね?」

 

「そこじゃない!!」

 

「……手を出されていた事には、突っ込まないんですね」

 

「出されてもない!!」

 

 な…何なのよ…ほんとに…。

 

 まぁいいわ。

 聞かれっぱなしってのも癪だったしで…みほの事を聞いてみた。

 

 ……。

 

 ある意味で、あの子は変わていなかった。

 良くも…悪くも…。

 楽しそうに喋るこの子達…やっぱり違うわよね。

 黒森峰とは…。

 隊長が、大洗に見習うべき点は、後輩…つまりは、1年を見れば分かると言っていた事があった。

 2年生もそうだけど、それに合わせて、西住隊長は、何か画策をしている。

 

 …1年を見れば…ね。

 育てゆく後輩……。

 

 …でもね。

 

 腕をガックン、ガックンと引っ張るのは止して…。

 こういったタイプの後輩は、黒森峰にはいないからね…新鮮と言えば新鮮…なんだけど!!

 

 特にこの…あいあい言ってる子は、なんで私の腕にぶら下がろうとするのかしらね!!

 なんか、おっとりしてる子は、思いの他普通何だけど…逆に怖いわ…。

 …あと、メガネの子は何かしら、ニヤニヤと見てくる時あるけど…主に隆史の事で…。

 無口な子は…うん。なんだろう…えっと…。

 それで、まとめ役みたいな子…たまに……。

 

「でも、エリリン先輩、見かけに寄らず、優しいですよね!」

 

「見かけに寄らずって…」

 

「ちゃんと私達の質問に答えてくれますし! 教えてくれますし!」

 

「アンタ達が、モノを知らなすぎるのよ! それで本当に、私達に勝ったの!?」

 

 作戦にしろ戦車にしろ…この子達は、知識がなさすぎる。

 まぁ、元々素人だったというのもあるけど…自分達の戦車の事すら完璧に覚えていないってどういう事よ。

 あまりの無さに、なんで他校の生徒に、しかもその他校が所有している戦車の説明をしなきゃならないのよ。

 

「自分達の乗っている、戦車の事位は完璧に知っておきなさいよ。…相棒、みたいなモノなんだから…」

 

「「「「「 は~い 」」」」」

 

「…はぁ、スペックもそうだけど、歴史もそう。そこから別の戦車にまで、役に立つ事もある。知識は武器よ?」

 

「「「「「 は~い 」」」」」

 

「…返事は良いわね」

 

 ため息がでるわ…。

 

 でもね…黒森峰には、やっぱりいないタイプよね。

 規律を主にしている黒森峰とは、やはりまったく色が違う…。

 違う学校を手本にした所で…いえ、でも。

 

 違う……か。

 

 ……。

 

「と…ところで」

 

「はい?」

 

「た…隆史って、貴女達から見て……どうなの?」

 

「尾形先輩?」

 

「私も知らない奴では、ないし!? …唯一の男でしょ?」

 

「たまに無線を垂れ流します!」

 

 …即答で、なんか言われた……。

 

「…いや、そういう事ではなく。って、なにやってんの…アイツ」

 

「あい! たまに、ご飯くれます!」

 

「…ご飯!?」

 

「あいあい!! お菓子も作ってくれます!!」

 

「……なに、餌付けしてんのよ、アイツ」

 

「面倒見は良いよねぇ~筋肉とかのフレーズ出すと、話長いけどねぇ」

 

「……それもどうなの?」

 

「頼りになりますよ?」

 

「…頼り?」

 

 まとめ役の子…車長だっけか。

 その子が、結構真面目な口調で、喋りだした。

 

「ウチの生徒会って、所々で暴走するんですけど…特に会長が…」

 

「会長? あぁ、あのツインテールの?」

 

「そうです。…うまい具合に、誘導してくれるというか……結局、ちゃんと私達の為になる事にしてくれるんです」

 

「…じゃあ、その会長さんっての…貴女達の為になる事をしてくれないのかしら…」

 

「いえ…なんていうか…余計な事が、付くというか…それを上手くまとめてくれます」

 

「……」

 

「納涼祭の時とかも、そうですし…ちゃんと…その…なんていうか…」

「……安心できる」

 

「紗季ちゃんが、喋ったっ!?」

 

 

 

「そう! それ! ちゃんと見守ってくれているというか…」

「……うん」

 

 

「「「 …… 」」」

 

「あとっ! あとっ!! 知らない所で、ちゃんとフォローしてくれるとかっ!!」

「……うん」

 

 …なんか、二人でマゴマゴし始めたわね…。

 そこまでの事は、聞いてないんだけど…

 

「エリリン先輩」

 

 メガネの子が、私の袖を引いた。

 内緒話するかの様に…耳を貸せと行動で示してきた…わね。

 取り敢えず、エリリン先輩はやめて…。

 

「だから…あぁもう…なに?」

 

「ちょっと、びっくりしました!!!」

 

「何がよ」

 

「こんな身近にっ!! …………被害者がいました」

 

「……」

 

「二人も…」

 

 同時に、その先へと視線を移すと、まごまごしながら、なんか言ってる…。

 無口な子も、喋る度に何度も頷いてるし…。

 

 

 ……。

 

 

 なんかもう…。

 

 ここで、始めて思った…というか、同情した…。

 散々言ってしまった、あの娘に…。

 私もアレだけど、あの男は、見境がないのか何なのか…。

 

「…白状していい?」

 

「なんですか?」

 

「……私、迷子なのよ」

 

「あ、はい! 分かってました」

 

「うん…だとは思う。だからね…?」

 

 はぁ…もう、今日は疲れたの…。

 結構、みほにも言ってしまったし…それはソレで、私もね…色々と思う所があるし…。

 隊長にも聞かないと、いけないこともできたし…で。

 

 

「もう…帰りたいから…道…教えて…」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 一応…みほ達には、連絡をしておいた。

 

 ミカ達の事を。

 

 飯を食いにくるよぉ~ってね。

 ショッピングモール…なんて言ったか…また、名称を忘れてしまったが、そこまで脚を運んできた。

 

 まほちゃんもいるし、今の冷蔵庫の中身では、流石に足りないだろう。

 …学園艦に戻る前に、どこかで食材を買っていった方がいいだろう。

 丁度、陸にいるし、学園艦では購入できないモノでも、買っていくかね。

 

 …口の中が、まだ痛い。

 

 あの野郎が、なんでアソコまで大っぴらに、俺に対して言ってきたか、まだ理解に苦しむ。

 すでに、碌な性格ではないのは分かったけど…だからといって、対策を取ってくれと言っている様なモノだろう…アレは。

 

 分家の事だし、余り立ち入るのもどうかと思って、みほ達には、確認を取っていなかった。

 もう、そうは言ってられない…また、周りの関係ない人間にまで、被害が及ぶ可能性がある。

 

 …あの手の人間は、基本的に手段は選ばない。

 

 立場がある為に、学ラン赤Tとは違い、強行手段には、そうそう及ばないだろうが…ね。

 意味がわからない行動をしているアイツが、なにをするかが、想像つかない…。

 

 防犯対策を取っておいた方が、良さそうだ。

 その後で…しほさんに…だな。

 彼女達から見て、どういった人間か位は、知っておきたい。

 

 ミカ達が丁度いるし…というか、来るし…あの野郎の事を聞いてみよう。

 もはや被害も出てるしな。

 

 さて…後は、帰った後だ。

 

 

「…ん?」

 

 

 ……あれ?

 

 日が少し傾いて来たとはいえ、炎天下。

 街路樹の下に設置されたベンチに、見慣れた顔を見つけた。

 

 先程、連絡を取ったばかりの相手だった。

 

 丁度、日陰になっている為だろうかね? そのベンチに座っている。

 

 …一人だった。

 

「みほ?」

 

「……」

 

 近づいて、声を掛けてみたが、反応がない…。

 

 ボーっと、地面の蟻の行列を、眺めている。

 

 …ここが、小さな公園なら…うん。それの経験は俺にもある。

 なんでか、ボケーと見ちゃうんだよね…蟻の行進…心がやばい時に特に。

 落ち着くというか、何というか…。

 

 ……。

 

 …凝視しているその目は、ちょっと不安になる程に虚ろだ。

 

 こりゃ、久しぶりに見たな…完全に参ってる表情だ。

 …今日は、エリカとのデートだったし…なんか、あったか?

 無傷で済まないとは、思ったが、一度二人きりで話してみるのが、最良だと思ったのだけどな。

 俺が間に入ると、また変な事になりそうだし…。

 

 最悪、喧嘩になったとしても、それはそれで、よかった。

 女同士は、良く分からんが、俺なりに考えた結果がソレだった。

 

 …。

 

 結構近づいたのに、まだ気がついてくれない。

 

「おーい、みほ」

 

「っぅ!?」

 

 ほっぺたをペチペチと、軽く何度か触れてみた。

 まぁ彼女様だから、これくらいのスキンシップは良いだろうよ。

 

「た…隆史君?」

 

「どうした、こんな所で。一人か?」

 

「あ…うん」

 

 周りを見渡してみると、確かに誰もいない。

 …大丈夫か? このモールは…。

 まぁ熱さが凄まじいから、店内に逃げいているだけかも知れんが…人が疎らすぎるな。

 

「…リストラされた、サラリーマンみたいだったぞ?」

 

「……」

 

 おや、無反応。

 …取り敢えず、横に座ってみたけど、相変わらず、蟻の行列を眺めている。

 

「…ん? そういえば…久しぶりじゃないか?」

 

「……?」

 

 やはり、話は聞いてくれてはいるようだ。

 久しぶりの言葉に、少し反応してくれた。

 

「いや…二人きりだというのがね?」

 

「…は…はは。そうだね…大体、いつも…女の人いるしね」

 

「……」

 

 あ、うん。御免なさい。

 先ほどのミカの件もあるのだろうが、ちょっと嫌味っぽい事を言うみほさんは、珍しいですね。

 

「…エリカさんに、言われちゃった」

 

 自分が返した言葉が、嫌味っぽいのが分かったのか…すぐに言葉を繋いできた。

 

「エリカ?」

 

「……うん」

 

 

 ポツリ、ポツリと…途切れ途切れにだけど、喋りだした。

 大分、掻い摘んでだろうけどな。

 

 まぁ女同士の会話を、全て聞いてしまって良いものかとも思ったけど、みほが大分追い詰められてる気がしたので、結局は聞いてしまった。

 付き合い始めて、まだそんなに経っていないというのにな。

 

 …まぁ、俺のせいだけどな……。

 

「…話せるのは、コレだけ」

 

 許したと、言ってくれた事。

 認めないと、言われた事。

 

 

 言葉は足りないが、許していると言えたのか…エリカは。

 そこから、別の許せない事が出来たしまった事も。

 認めないって……まぁ…うん。その事だろう。

 

 

 後は…。

 

 

「私は、隆史君に甘えているって…分かっては、いたんだけどなぁ…」

 

 声が、少し変わった。

 

「他の人に言われて…改て…思い知らされちゃった…」

 

 顔も段々と、下がって行く。

 

「…私は、私に…自信が……ありません」

 

 膝の上で、手を握り締めた。

 

「隆史君は、私が…す……好きだと言ってくれた…言ってくれたけど…」

 

 すでに、涙声になってしまっている。

 

「変な妬き持ち、妬かないとか…色々と、考えたり…決意したけど……ドンドン、別の……嫌な感情が湧いてきちゃって…」

 

 スッ…と一度、息を吸って。

 

「…もう…何が何だか、分からない」

 

 …人が少なく、静かこの場所が、更に静かに感じた。

 

「そんな私に、資格なんてあるのかな…?」

 

 肩を震わせているみほが、普段より一回り小さく見える。

 

 そのみほが…ハッキリと言った。

 

 

「 私は、隆史君と付き合っていて良いのかな? 」

 

 

 …。

 

 だから。

 

 一度、忘れよう。

 

 今日、今までの事を全て。

 

 問題を置いて、みほの為にだけ、感情を集中しよう。

 

 …嫌だねぇ…。

 

 何をしても、どこかで、変に計算していた自分。

 

 今日も今日で、色々ありすぎて…結局、みほの事だけを考えてやるって事が出来なくなっていた。

 

 …だから、ちゃんと気持ちを込めて言ってやろう。

 

 

「 バ カ か ? 」

 

 

 意外な言葉だったか?

 ショックを受けたと言うよりか、キョトーンとした顔で此方を振り向いた。

 あ~あ…やっぱり泣いてるし…。

 

「バカですか? お馬鹿ですか? 本当に、昔から変わらんな、みほは。頭だけで考えるなよ」

 

「…ぇ…え?」

 

「甘えている? 大いに結構。むしろ行動で、たまには、甘えて欲しい物ですけどね? というか、甘えてくれませんか?」

 

「あの…え?」

 

「奥手なのは、分かるんだけどね? もっとこう…あるだろう!?」

 

 普段喋らないトーン。

 ちゃんと素で、喋ってやる。

 気持ちを伝えるというのは、やはり恥ずかしい。

 

「資格っ!? アホか?」

 

 恥ずかしいが、今回はちゃんとしよう。羞恥心なんて殺してやる。

 

「…寧ろ、俺が聞きたい。なんでみほが、俺の事なんて好きなのか…ってな」

 

 エリカに言われたって言っていたな。

 保護者目線? 

 はっ…。

 

「…まったく。保護者目線なら、あんな事するか」

 

「ぅぅっ!?」

 

 はい、赤くなったね。

 

「俺が本当に、みほの事が好きかって?」

 

 では、もっと赤くなってもらいましょうか?

 糞みたいな羞恥心は、既に殺している。

 

「俺はな? みほ」

 

「…な…なに?」

 

「みほの、性格が好きだ。付き合いたいって思った決定打だな」

 

「っ!?」

 

「みほの、その細い髪も好きだな。触っていて心地良い」

 

「なっ!? えっ!?」

 

 おぉー…分かりやすい程に狼狽し始めたな…。

 

「みほの、変に子供っぽくなる所とかも好きだな。…素直に可愛いと思うぞ?」

 

「ひゃっ!?」

 

「みほの。声も好きだな。…あぁ、これは前にバレてるか」

 

「っ!?」

 

「みほの、人ちゃんと想ってやれる所が一番好きだ。……俺には無かったモノだ」

 

「…たか…」

 

「みほの、お尻が好きだね。あぁっ!! 大好きだ!!」

 

「っっっ!!??」

 

 …まずい。

 

 楽しくなってきた。

 

「みほの…「まって!!」」

 

 待て? なぜ? やっと、エンジン掛かってきたのに…。

 

「…恥ず…恥ずっ…」

 

「恥ずかしいか? 言ってる俺は、恥ずかしくないけど」

 

「っっ!?」

 

「はっ…ちゃんと言葉にして言うのは、初めてだしな…この際しっかり言っておこうか?」

 

 はわはわ言い出しな…みぽりん。

 

「みほの、恥ずかしがる所とか仕草も好きだな。もっと、いぢめたくなる」

 

「いきなり如何わしくなったよ!?」

 

「みほの、狼狽する所とかも好きだな。もっと、はわはわ言わせたくなる」

 

「にゃっ!?」

 

「む…いかん。最初の性格が好きとやらは、抽象的か? 具体的に言うとだな…」

 

「いいッ! もういいよ!! といか、心臓が持たないよぉ!!」

 

「…言うなって事?」

 

「そうだよ!! 恥ずかしくて死んじゃうよ!? どうしたのいきなり!? もういいよ!!」

 

「だが断る」

 

「はわっっ!!??」

 

 既に涙目が別の涙に変わっていた。

 いやぁ…真っ赤だね。

 

「まだ一杯あるけど?」

 

「ひゃぁあ!!」

 

 手を顔をの横…横髪の上から添えると…って、悲鳴はないだろう…悲鳴は。

 みほの体温が、物凄く伝わってくる。

 髪の毛を通してでもハッキリと分かるくらいに熱い。

 

「俺が、みほと付き合いたいから、付き合っているのに決まっているだろう? 一体…どんだけ悩んだと思ってんだ」

 

「…っ!」

 

「そういえば、資格だったか? …まだ若いのに、何を言ってるんだか」

 

「いや…でも」

 

「高校生なんてガキなんだ。若気の至の感情で…それで、付き合って何が悪い。好きなら自然な事だろう」

 

 もう片方の手を、反対の横髪の上から、頬に添える。

 …頬を両手で包み込む。

 

「ぇ……えっ!?……えっ!?」

 

「逆にそうだな…俺は俺で、少しは自重する事を覚えないとな…みほに振られないように」

 

「あ…あのっ!? 隆史君っ!? 外っ…! ここ外っ!!??」

 

「そうだな。野外だな」

 

「言い方っ!!」

 

 顎を持ち、顔を少し上げる…。

 手の中の温度が、更に上がっていく。

 

「えっ…ぇう!? ほん…と…に?」

 

「まったく…ここまで言えば、少しは納得するか?」

 

「ぇ……あ…」

 

 目が段々と、閉じていくみほ。

 

「たまには…ちゃんと、態度と言葉で示さないとダメだな」

 

 そう、たまにでいい。

 

 でないと、不安になったり、疑ったりしてしまう。

 

 …前の人生で、そんな言葉を耳にした気がする。

 

 ……縁なんて無いと思っていたから、鼻で笑っちまったけどな。

 

 さて…。

 

「……ぅ……ぅう……」

 

 完全に目を閉じてしまった。

 

 だから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 びろ~んって…。

 

 

 

 

 

 みほの左右の横髪を、開いて開けた。

 

 

「……?」

 

 なぜだろう。

 こうしないといけないという、使命感に襲われたのは…。

 しかし…反応がない。

 

 待ち顔というのだろうか?

 目を閉じて、じぃぃっとしている。

 非常に申し訳無いと思う反面…いやぁ…良いなぁ。

 

 いつまでも何もないのに疑問を持ったのか…ゆっくりと薄目で目を開いていっている。

 

 …そして、目があった。

 

「…っっ!?」

 

 あ…気づいた。

 

「ふぇ? ……ぇ……ぅぅううう!?」

 

「…この横髪も好きだなぁ」

 

 いやぁ…すっげぇ顔が赤くなっていくなぁ…。

 

「あ…その顔が一番好きかも…」

 

「っっっっ!!!!!!!!」

 

 ぉー…。

 

 おーーっ!!

 

 

「まっ…足りないモノが有るならば、補っていけばいい…一緒にな」

 

「っっ!!?? っっ!!!???」

 

 あっ。

 

 聞いちゃいねぇ。

 

 …まとめられなかた。

 完全に目玉が、右往左往してる。

 いやぁ…うん。

 

「流石に、お外ですよ?」

 

「っっ!!!! っっ!!!!!」

 

 いやぁ…うん。

 しばらくモフモフと、させて頂こう。

 

 ……。

 

 …………。

 

 柔らかく、少しボリュームのある横髪を揉む感触が、非常に心地よい。

 

 ……。

 

 モコモコと揉んでいる最中は、みほは動かないで大人しかった。

 うん…完全にフリーズしているね。

 

 ……。

 

 い…いかん。何かに目覚めそうだ。

 

「……癒される。…これは非常に癒される…」

 

 

「隆史君!!??」

 

 

 あ…正気を取り戻した。

 

 

「た…隆史君、こう…付き合い始めてから…たまに、えっちな事言うようになったよね…お尻とか…」

 

「ん? あぁ、付き合う前は、出来るだけな? みほだけじゃなくて、異性として皆を見ないようにしていたからな」

 

「異性として見ないようにって…」

 

「付き合い始めたのがキッカケで…そして段々と…色々な物が、外れていっているのですよ」

 

「……」

 

 しかし、ここまで好きにさせてくれるななぁ…。

 

 ずぅぅと、なんか揉んでいた…い…。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 ……………………ぬ。

 

 

 

「いかん」

 

「なっ…なに?」

 

「…変な気分になってきた」

 

「隆史君!!!」

 

 …ので、ここで手を離した。

 まぁ、少しは安心…というか、分かってくれただろうか?

 

「みほが、俺を好きな理由は、今度聞かせてくれ」

 

「なっ…えっ!?」

 

「あれ…? 無いか?」

 

「……」

 

「…そうか…無いか…」

 

 ここで少し、残念な顔をしてみる…と。

 

「あっ…あるっ!! いっぱいある!!」

 

 …今度は頭に手を置き、軽く撫でてやる。

 

「んじゃ、楽しみにしとく」

 

「う…うん」

 

「ここで聞くのは、恥ずかしすぎるし」

 

「っ!?」

 

「いやぁ…ね? 人前でしょう?」

 

「したよねっ!? 今、その恥ずかしい事を今、したよねッ!?」

 

「う~ん…大洗タワーと一緒な状況な訳だし」

 

 

「………………ぇ」

 

 

「さて…食材買いに行かないとな…行くか? 一緒に」

 

「ちょっと、待って? えっ!? どういうこと!?」

 

 もう、どんだけ来ても一緒だな。

 バーベキューでもするかなぁ…鉄板とかもあったか?

 まぁそんなに高いものでも無いし…ついでにそのセットでも買っていくか。

 

「おーい、一年。お前らも良かったら飯食いにくるか?」

 

「っっ!!??」

 

 あ、うん。結構前からいましたよ?

 結構、露骨に気配だしてましたよ?

 柱の影から、チョコチョコ見えてたし。

 

 …あぁ、みぽりん真後ろだから、気が付かなかったんですね?

 

 モールの柱の影から、別の影が疎らに動き始めた。

 

 

「ご…ごめんなさい…先輩」

「おしいっ!!」

「タラシ先輩、ヘタレですかぁ…?」

「……」

「……」

 

 はぁい、仲良いねっ!!! 相変わらず…顔、物凄い真っ赤だけど。

 ……役2名は、なんで真顔なんだろう。

 

「ひっ…」

 

「みほ?」

 

 

 

「ひゃっ…!! ひゃぁぁぁああああ!!!!!」

 

 

 

 …だからみぽりん。

 

 

 悲鳴はやめてください。

 




閲覧ありがとうございました

…PINKも並行して書いているので、結構頑張った!!

時間軸的の続きは、次回 ド ン ゾ コ



閑話になるかもしれませんがね!!
愛してるゲームの家元編。もしくは…ランキング更新。


ありがとうございました。


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閑話【 番外編 】オペ子のお茶会 第三回放送 Aパート★★

 

【挿絵表示】

 

 

「皆さん、おはこんばんわ。司会のオレンジペコです」

「…なにその挨拶」

 

「久しぶりのお茶会…と言いますか、現行での出番で、胸を撫で下ろしています」

「聞いて…」

 

「まずは、自己紹介をどうぞ」

 

「はぁ…もういい…。講師の島田 愛里寿です」

「…そうでした。愛里寿さん、講師でしたね」

「今更?」

 

「前回の100話記念は、特番ですので、数に数えません。ですので、今回が第三回の放送となりますね」

「また疲れる時間が始まる…。あ、でも…」

「なんです?」

 

「今回は、普通…白い……」

 

「白いって…なんの事ですか…」

「過去編が少しあったから、漂白された?」

「…あぁ。あの端折り方が、露骨なお話ですか?」

「そう。ブペ子の片鱗が垣間見える回」

 

「見えてません」

「…いや…真顔で返さないで」

 

「はぁぁい!! では、今回のゲストです!!!」

 

「…急にテンション上げないで…びっくりする」

 

「はい! では、どうぞ!!」

 

 

 

 

『 通常攻撃が一撃必殺で、多段攻撃のお母さんは好きですか? 尾形 弥生よっ!!! 』

 

 

 

 

「…人、それをオーバーキルと言う」

「は…はい。今回のゲストは、隆史様のお母様です」

 

「はぁぁい!! こんちゃー!!!」

 

「……お久ぶりです…お義母様」

「愛里寿さん。漢字が違いますよぉ?」

「違わない。確定事項だから」

「は?」

「はいはい、喧嘩しないの。…久しぶりねぇ愛里寿ちゃん。…チッ…13歳なのに出会う度に成長して…」

「え? 子供だから…段々と大人に…「尾形さんは、今回の大人枠のゲストになります!!!」」

 

「……何故、被せたんだろう」

 

「あぁ、ペコちゃん。弥生でいいわよぉ? 分かり辛いでしょう?」

「はい、ありがとうございます」

「ん? 大人枠?」

「そうです! 今回は、2名ゲストがいらっしゃいます。続いては、学生枠…」

「また…現場が荒れそう…はぁ…まぁ、もう今更、誰でも良いけど…」

「ランクSS+枠から、この方!!」

 

 

 

 

『 闇に煌めく一輪の花! ブラックサレナ・華! …この名乗りは、一体何でしょう? 』

 

 

 

 

「  帰  る !!!! 」

 

 

「はいは~い。早々に、逃げようとしないでくださぁい」

 

「 やだっ!!! 帰るのっ!!! 」

 

「可愛らしく駄々をこねないでくださいよ…」

「あら~…」

「今回は、中身がちゃんと17歳ですから、危険はないですよぉ? 安全ですよぉ?」

「扉がない!!??」

「無視して逃げようとしないで下さい…ここ、超不思議時空ですからね。逃げ場はありませんよ? ……無いのですよ…」

「私、何かしてしまったのでしょうか…」

 

「あら、隆史の好みドストライクの娘さん」

「隆史さんの…。こんにちは~♪」

 

「女神!! 女神!!! 出てこいっ!!!」

 

「…はい、そんな訳で、こんな状況からのスタートになりまぁぁす…。私…まとめられるかな…」

 

 

 

 ― この番組は、戦車の事なら、まかせんしゃい! 日本戦車道連盟の提供でお送りします―

 

 

 

「「「 ………… 」」」

 

 

「一気に、冷静になれた……」

 

「あの…弥生さん…」

 

「ハゲに、今度会った時に言っとくわ…」

 

「っっ!! っっっ!!!」

 

 

「「「 ………… 」」」

 

「五十鈴さんだけが、ウケている…」

 

 

「…あの…愛里寿ちゃん? なんで私の影に隠れてるの?」

「これぞ、最強の盾…」

「なんの事?」

「はぁぁい!! では、早速のランキングッ!!!」

 

 

「…ちょっと待って…切り替える」

「愛里寿さん?」

「……」

「…ふー…ふー…」

「五十鈴さん、やっと落ち着いたみたいですね」

「お腹が痛いです…」

「…笑いのツボが分からない。…ダージリン様と何となく似ていますね、この方」

「あ、愛里寿ちゃんが、切り替わったわよ?」

 

 

「……では、行く」

 

 

 

 ★ 愛里寿先生の脅威度ランキング ★

 

 

 

「…はい。では、久しぶりに発表」

 

「いえ…本当に久しぶりですね…では、どうぞ!」

 

 

 

【 ランク SS+ 】

 

 

 

 1位 逸見 エリカ ( 覚醒 )

 

 2位 五十鈴 華( 覚醒 )

 

 3位 西住 まほ ( 仲間 )

 

 

 

「…順位変動はない。だけど…。ぅぅ…近づかないで…」

 

「私、本当に何かしたのでしょうか? えっと…愛里寿さん? に…」

「あ、この二人、本編でもまだ、面識がありませんでしたね」

「ふ~~む」

「弥生さん?」

「ん? いやいや。話の腰は折らないわよ? 次行って頂戴」

「分かった。説明…逸見 エリカ…さん。……完全に気がついた。…非常に不味い……手遅れになる前に何とかしないと…」

「手遅れって…」

「本心を自身で確認、そしてお兄ちゃんにバレた。…というか、ほぼ告白した。…そして今…暴走気味に開き直っている」

「…開き直り……」

「この人…甘えたいという願望が強すぎる。…後、もう一段階の変身を残していそう…」

「……」

「……」

「ふーん」

 

「五十鈴 華…さん」

「えっ? あ、はい?」

「…着々と、距離を縮めている…背後から…ゆっくりと…」

「……人を、お化けみたいに言うのは、やめてもらいたいのですが…」

「思いの他、欲望に忠実…エロインの座すら、西住 みほさんから、ほぼ奪っている状況…」

「エロッ…なんですか、それはっ!?」

「…………怖いから次」

「怖いからって…」

 

「西住 まほさん…仲間」

「……」

「……」

「お互い、母親で苦労している。同志…」

「遠い目で…」

「お義母様」

「……んっ? あ、私っ?」

 

「 二人の後輩を、本気でなんとかしてほしい 」

 

「えっと…え? しほと千代?」

 

「 切 実 に 」

 

「「「……」」」

 

「次」

「えっ!? もうですか?」

「この人については、語る事が、殆ど無い。強敵ではあるし、同志でもある…ただ……」

「ただ?」

「羞恥心を捨てて、なりふり構わない状態でお兄ちゃんに迫る……とか、考えるだけで恐ろしい」

「「 …… 」」

「SS+3位と位置付けてはいるけど…この「西住 まほ」さんの存在は、お兄ちゃんからすれば、ジョーカー的存在」

「……あの…愛里寿さん」

「…なに? 司会者」

「その話…五十鈴さんが、物凄く輝く笑みで聞いてますけど…」

「ほら…背後を取ろうと目論んでる…」

「背後って…」

「一度、お兄ちゃんにも宣言している。この人の場合、西住流家元だろうと何だろうと…強敵すら餌にするから…手に負えない」

「……」

「…ストッパーが、西住 みほさん。ある意味で自分で、それを外せないから、外してくれる人を本気で期待している」

「…………」

「言い換えれば、私達にとって、この人がジョーカー的存在」

「………………」

「以上、SS+ランクでした」

「…何故か不安感が、もの凄いです」

 

「では、次に行く…」

 

【 ランク S 】

 

 

 1位 ノンナ(大)

 

 

 2位 ケイ(大)

 

 

 3位 ダペ子(小)

 

 

 4位 小山 柚子(大)

 

 

 5位 ミカ(大)

 

 

 6位 秋山 優花里(V)

 

 

「…右カッコ書きが、単純化されて、余計に……くっ」

「あまり時系列は進行していないけど、大分動いた」

「……」

「……」

「あの…前回のお話で「ノーコメント」」

「…あ、はい」

「あら、ミカちゃん。なに? 隆史と会ってたんだ」

「「!!??」」

「そりゃ、私が知らないはずないでしょうよ。…小さい頃は、オシメも変えた事あんのよ?」

「お…お義母様。空気…読んで…」

「空気読む事が、一概に良い事とは言えないのよぉ?」

「…では、自重して下さい」

「んぁ? まぁ良いけど…子供には子供達の世界もあるかぁ…」

 

「ノンナさん…特に何もしてないけど、不動。弱点が見当たらない」

「…………」

「そして今でこそ話せるメタ発言」

「…何でしょう?」

「青森編…最後の一週間で、ノンナさんが本気動いていたら…未来は変わっていた」

「はい?」

「………あの人…思いの他に情熱的」

「え? あ…あぁ。準決勝の時の…とかですか?」

「…ロシア語だったけど…直接に的に言う事に、彼女は躊躇しない。あの頃のお兄ちゃんなら…多分…」

「…………え」

「隆史? あぁそうね。ぶっちゃけた話、あの頃なら、さっさと告白した者勝ちよね」

「「 っっ!? 」」

「あのバカ息子。好意を寄せてくれた娘が、好みって言っていたでしょ? 実際にその通りよ。それに、後出しだけど、みほちゃんが最初じゃない? 結局ちゃんと好きだって、告白したのって」

 

「「「 あっ 」」」

 

「だから華ちゃん? みほちゃんの前にアレ言っていたら、華ちゃんと真面目にお付き合いしようとか、思考が行ったと思うわよ? 目の前の好意しか見えない、馬鹿だからね」

 

「     」

 

「まぁもう、すでに遅いけどねぇ~あっはっはッ!」

 

「         」

 

「五十鈴さんが、微笑のまま固まった…」

「でも、五十鈴 華さんの場合は、大洗納涼祭の件があったからこそ…。一概にそうとは言えない」

「まぁねぇ」

 

「はい、では2位。何気にジワジワと、順位を上げているケイさん」

「はぁ………ついに追い抜かれました」

「ん…以外に冷静…取り乱さない」

「私…何もできていていない状態ですし…ケイさんは…」

「そう。愛してるゲームで、認識を再確認。ケイさんは、少し距離を置いて、お兄ちゃんと接する部分があるから、それが効果が高い」

「……」

「でも…そろそろケイさんも動きそう。…それがどう転ぶか…」

「……」

「……」

「取り敢えず、五十鈴さんが、すっごい真顔で、愛里寿さんの分析を聞いているのが、怖いのですが…」

「勉強になります!!」

 

「「……」」

 

「オレンジペコさんは、自覚症状があるようなので、飛ばす。そのままリタイアして」

「……御免被ります」

「ま…いいけど」

 

「小山 柚子さん。姉ポジションに固執し始めた。…はっ。お兄ちゃんに姉属性はないのにね」

「はっ! 涼香がいるからねぇ! …あの娘の事、一時…本気で…心配したわよ……アレ、真性じゃないのかしら? って…」

 

「「「 …… 」」」

 

「実際、まだ彼氏連れてきた事、信じられないわよ…。しかも学生結婚とか…」

 

「「「 !? 」」」

 

「…あの」

「なに? 華たん?」

「華たん…」

「あぁ、そうそう、ウチの娘が迷惑かけたわね。今度襲撃してきたら言ってね? …無力化するから」

「あ…いえ」

「んで?」

「…あの…本気で、ご結婚されるのですか?」

「そうねぇ…この前、挨拶にも行ったし……。ご実家が酒蔵の次男坊でね? …いやぁ…マジで存在してたわ……私達にだけ見える男性じゃなくて良かったわぁ…」

 

「「「……」」」

 

「そういや…そこの三男の子が、大洗学園に在学してるって聞いたわ」

「大洗学園に?」

「あ…でも、これは関係ない話よね? ごめんなしぃ」

「……」

「…………」

「酒蔵…何故でしょう? 愛里寿さん。嫌な鳥肌が立ちました…」

「……」

 

 

「次…」

「ふ~ん。ミカちゃんねぇ…どうなの? そこんとこ、愛里寿ちゃんからすると」

 

「 敵 」

 

「…い…言い切った…」

 

「母と変わらない。迷惑この上ない。以上、終了。次っ」

 

「…まぁ、ちょっと洒落にならないネタバレになりそうですしね…はい。では次行きましょう…か」

 

 

「「「「 ……………… 」」」」

 

 

「…今度…菓子折り持って、謝りに行かないと…」

「…優花里さん」

「「 …… 」」

「…もう、言わずもがな…。お兄ちゃんが、アソコまで悪ノリできる相手は、数が限られている…西住 みほさんと…冷泉 麻子さん…それと赤いの」

「あの…ダージリン様も、それなりに遊ばれてますよ?」

「…正直言っていい?」

「なんです?」

「愛してるゲームの罰ゲーム」

「…………はい」

 

「…阻止しないと、オレンジペコさん。……終わるよ?」

 

「なっ!?」

「流石に私も、無視出来なくなってきた。…蝶野教官、ありがとう」

「…………」

 

「…でもねぇ…隆史って、アレなのよねぇ…」

「なんでしょう!?」

「五十鈴さん!?」

 

「あぁいった、露出がすっごいのより…体の肌が隠れてる方が好きなのにねぇ…まほちゃんの私服見たでしょ?」

「………」

「だから、華ちゃんも、隆史に対しては、すっごい有利なのにねぇ。本当に好みの娘なのに…あの優花里ちゃんに対してだけは何で…」

「……」

「ギャップってヤツかしら…変な所、お父さんと似ちゃってまぁ…」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

「まっっ!! 息子も思春期、真っ盛りだしね!! しょうがないかっっ!!」

 

 

「…悩んでいた割に、即座に答えを出しましたね…」

「思春期の一言で片付けた…」

「…………」

 

「…五十鈴さんが、スマホを弄り始めた」

「隆史さんのお母様! これなんか、どうでしょう!?」

「…あら、大胆な水着。…隠す所、ほぼ無い。華ちゃんの場合、基本的に大人し目な服装が多いから、逆にいいのか…な?」

 

「「 …… 」」カタカタ

 

「しっかし、見た目の割に、スマホ使い慣れてるわね」

「はい?」

「すっごい、機械音痴に見えるのに…」

 

「あ…武部 沙織さんから、教えて貰ってるのでしょうか? あの方、そういったの詳しそうですし…」

「…あぁ、あの、お兄ちゃんが助けてあげた…」

「いえ、沙織さんには教えて貰っていませんよ?」

「え…」

「隆史さんに教えて貰いました! いんたーねっとと、カメラの使い方は、もう完璧です!!」

 

「「「 …… 」」」

 

「…次、行く…」

「はい…あっ! でも…」

「…最後」

「…はい」

 

 

 

 

【 ランク A + 】

 

 

 1位 冷泉 麻子(ニャー)

 

 

 2位 アンチョビ(ドリル)

 

 

 3位 武部 沙織(眼鏡)

 

 

 4位 角谷 杏(微ツイテ)

 

 5位 アッサム(茶2)

 

    ペパロニ(臭)

 

 6位 カルパッチョ(怨)

 

 

 7位 鶴姫 しずか(大)

 

 

 8位 ダージリン(茶1)

 

 

【 ランク A 】

 

 

「なぁーー!!??」

「変動が大きい…」

「あら、麻子さんと沙織さん」

「ふ~むふむ」

 

「冷泉 麻子さん。Sランクにするか迷った…」

「ダダダ…」

「…完全に、お兄ちゃんの懐に潜り込んでいる…どうしよう」

「…」

「ツインドリルさんは、マイペースなのが強い…あの人…結構、胸もある。危険度が徐々に上がってきた」

「ダーッ!! ダダッ!!??」

「角谷 杏さんは、何もしない、本当にしない。黒子さんと一緒。赤いのも一緒。よって、揃って順位ダウン……が、まだ監視対象」

「ダダッダー様!!??」

「…先程、言った言葉」

「はい!?」

「…同じ番組をしている好み。武士の情け…まぁ何でもいいけど…だからの忠告。黒子は、少しは危機感を持ったほうがいい」

「 」

「………プラウダと聖グロリアーナ。特に、ダージリンさんが、エキシビジョンで、何か企んでいる…」

「な…なにか、そういえば会議の時に、言ってましたけど…」

「同じくして、アッサムさん。…どちらかといえば、こちらの方が驚異。怖い…カルパッチョさんと、同じ感じがする…」

 

「あと、未来編で呼ばれた後輩二人は、まだお兄ちゃんには知られていない…よってまだ、有象無象。脅威ではない」

「…どうしましょう。アッサム様に連絡…して…いえっ! それもそれで…」

「…ランクAは、まだ特出して言うべき事は無い。…よって以上となる」

「何か、対策を…何か…何かぁ……」

「聞いて…」

 

 

 

 

 

「以上、ランキング更新終了」

「…なんか、大幅に変わりましたね」

「時系列は、そんなに経っていないけれど」

 

「ん~…愛里寿ちゃん、終わったの?」

「はい、お義母様。整理が終わりました」

「…整理って」

 

「ふ~ん。…んじゃ、私の番ね!!」

 

「え…?」

「はい!?」

「……」

 

「いや、そういう趣旨ならって事で、依頼されていたのよっ」

「それで、大人枠…?」

「まぁ…ランキングが一種類しかないけどね…聞く?」

「あ…はい。では…なんか、嫌な予感しかしないですが、お願いします」

 

「怒らないでねっっ!?」

 

 

 

 

 

【 息子 嫁候補ランキング 】

 

 

1位 ノンナちゃん

 

   ケイちゃん

 

2位 まほちゃん

 

3位 ダーちゃん

 

4位 かいちょーちゃん

 

 

 

「  」

「  」

「  」

 

「あ~ら、固まっちゃったっ!」 

 

「ぇ…あ? えっ!? こ…こうにん? 公認ですか!?」

「ペコちゃん落ち着いて?」

「り……理由っ!? おば様! 理由はっ!?」

「愛里寿ちゃん、素に戻ってるわよ?」

「 か…いちょ……う… 」

「あ~うん。一度、話しただけだけどねぇ~」

 

「まずは、気になると思うけど…まほちゃん!! 西住姉妹だからって、無条件で~! …なんてしないわよ?」

「で…でも…愛里寿さんのランキングだと…」

「えっと、この番組って、他の子達も見るの?」

「え…えぇ、見る方は見ると思いますが…五十鈴さんは、ご覧に…?」

「……あ、はい…見ました…」

 

「じゃあ、内緒!!」

 

「ナァァっ!?」

「ペコちゃん? 女の子が出す声じゃ、ないわよ?」

「 会長…会長…… 」

 

「あら~…収まりつきそうにないわね…じゃっ! ヒントだけよ!!??」

 

「「「 お願いします!! 」」」

 

「この娘達にはね? 全員に共通点があるの。そこがポイントね。…初めは、ダーちゃんの方が、ケイちゃんより、上だったんだけどねぇ…」

「共通点…。胸でしょうか? でも…会長では、お話になりませんし…」

「結構、きついわね…華ちゃん」

「……」

「愛里寿さん?」

「私には、何となく分かった。…なる程、なら私も遠慮しない」

「えっ!? えっっ!!?? なんですか!? 教えてください」

 

「 嫌 」

 

「ここまで来て、それはないですっ!!」

「まぁまぁペコちゃん。あくまでこれは、私の好みでもあるの。基本的にはペコちゃん含めて、みんなウェルカムよ?」

「本当ですか!?」

「本当、本当。マジの内訳言っちゃうと、みんなの隆史に対する態度が、あからさまに変わりそうだから、内緒ってだけ。他の娘も個性があってみんな好きよ?」

「よ…よかった…」

「…涙目にならないで」

「……」

「ん…? 五十鈴さん?」

 

「あのぉ…島田 愛里寿さん」

「ヒィッ!!」

「五十鈴さん?」

「…怯えないで下さい」

「な…なに?」

「何故、隆史さんのお義母様のランキングでもそうですけど、何故いないのでしょう?」

「はい?」

 

「あの…みほさん…」

 

「……」

 

「はい、そうですよね…不自然です。先程は、最後と仰っていましたけど……何故ですか? 愛里寿さん」

 

「……」

 

「んっ~…みほちゃんねぇ。愛里寿ちゃん。難しいのよね? ちなみに私のランキングだと7位よ?」

 

「……」

 

「えっ? あの、でも…前回までは、ランク付いてましたよね?」

 

「正直に言う」

 

「あ…はい」

 

「彼女の事が、全く分からなくなった」

 

「えっと…え?」

 

「前回の話前までは、不安定すぎて、ランクBまで降格になりそうだった…。けど、お兄ちゃんが前回の告白をしたお陰で、その危険度が跳ね上がった」

 

「…………」

 

「涼香さんとの出会いで、完全に終わると思ったのに…。あの状態が続けば、確実に破局へと流れていったのにっ…なんで…」

 

「あ…愛里寿さん?」

 

「現在、測定が不能…。彼女の行動で、これからどう転ぶか、全く分からなくなった…よって…」

 

「よって…?」

 

「保留…。本来なら、問題の後回しは、好む所ではない…けど、どうしようも無い」

 

「保留ですか…」

 

「…あの分家」

 

「え…?」

 

「分家の男。……あの臭いの…アレのセイだ…。お兄ちゃんが、本気で動く…」

 

「あ…あの、愛里寿さん?」

 

「ただでさえ、西住姉妹に対して、度が過ぎる程、心配性のお兄ちゃん…」

 

「愛里寿さん? 愛里寿さん!?」

 

「お兄ちゃんの好意とか…保護欲とか…色々な感情が、一気に「西住 みほ」さんに…注がれ始める…」

 

「弥生さんッ!? どうしましょう!? こんな愛里寿さん、始めてです!」

 

「あら~。流石、実の娘。変なスイッチ入ると、まっくろねぇ…若い頃の千代に似てる、似てる!」

 

「ほのぼの言わないでください!!」

 

「…良いですねぇ~」

 

「なんで五十鈴さんは、楽しそうなんですかっ!?」

 

 

 

 

「西住流の分家……邪魔だ」

 

 

 

 

 

 

 

【 ランク Z 】 西住 みほ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そんな訳で、ランキング更新、終了」

 

「いえぇ…やぁ…なんて言っていいのか…」

 

「アレが、お兄ちゃんに危害を加える可能性が出てきている…ベコの調整を急ぐ」

 

「ベコって、あの着ぐるみですか? 調整?」

 

「お兄ちゃんは、自身の危険より、他者の危険回避を優先する。それこそ、自分を顧みない…危険」

 

「…カ…カルパッチョさんの時みたいにですか?」

 

「西住姉妹の…文字通り、人生が掛かっていると判断している為に……それ以上」

 

「………」

 

「現在、再調整中。今、お兄ちゃんの所にあるのとは別で、一から作成中。…ベコMk,Ⅳ」

 

「ベコって、私が着た奴のもそうよね?」

 

「そう。現在、試験的に学習型、人口知能を搭載予定」

 

「AI!?」

 

「発展型論理…非論理認識装置。お兄ちゃんの感情的な行動等から、機械に学習させる。最終的には、自己が危険だと判断した場合、即座にベコの主導権を奪い、安全な対応、行動に移る様にするのが目的」

 

「えっと…え?」

 

「ただ現在、自己犠牲が過ぎるお兄ちゃんの感情等、人間のソレらを理解、学習させていくには、まだCPが大型過ぎる。改良の余地がある」

 

「あの…ただの着ぐるみ何ですけど…主導権って…」

 

「違う。今度のベコは、ただの着ぐるみじゃない。ちなみに、このAIは一番硬度が高い、特殊カーボン仕様の頭部に内蔵予定」

 

「あの……愛里寿の分野て…そっち系でしたっけ?」

 

「…違う。違うけど、私はまだ子供…学習中。何にでもなれるし、どこにでも行ける……って、お兄ちゃんが言ってくれた」

 

「多分…意味が違うと思うのですが…」

 

「現行で開発段階。システムが稼働した場合、どう動くか予想がつかない為に通常状態と差別化……システム稼動時は、目部が赤く点灯させる予定」

 

 

「聞いてませんね…愛里寿さんが、今度は生き生きと輝き始めました…」

 

「愛里寿ちゃんって、勉強自体は好きだからねぇ…説明も好き。だから、たまぁぁに、この状態になるのよぉ」

 

「お腹空きましたぁぁ…」

 

「五十鈴さんっ!? 飽きてませんか?」

 

「ただ…」

 

「えっと…ただ? なんです?」

 

「私は、このシステム名を装置名の頭文字と、私の名前から取って命名…」

 

「はぁ…そうですか…」

 

「命名……しようとしたら…お兄ちゃんに止められた…」

 

「止められた?」

 

「…なぜか、それは不味いって…」

 

「そうですか…名前で止められるって、そっちですか? って、思いましたけど…」

 

「…制作も止められている。開発費の明細見せたら、白目になっちゃった…」

 

「……」

 

「ちょっと、悲しい…ただ、これ作る位なら自立型ボコにしろって言われて、ちょっと別のやる気がでた。…楽しみ」

 

「…………」

 

「だから、現在、ベコは別の方向で制作・調整を行っている状態」

 

「…ちょっと、愛里寿さんの別の顔を見た気がします…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁい! では、そろそろお別れの時間となりました!」

「…あれ?」

「何故でしょうっ!? 今回、終わる事への開放感が、凄いです!!」

「あの…オレンジペコさん。お兄ちゃんは?」

「はい?」

「大体、新たなゲストって、お兄ちゃんが…それで、違うコーナーが…」

「今回は、ありませんよ? これで終わりです」

「…………来るんじゃなかった」

 

「では、尾形 弥生さんっ!」

「はぁいはい」

「どうでした? 感想と…何か最後に、ござますか?」

「んぁ~…若い子と話せるのは、結構面白かったわねっ!! あと、そ~ねぇ~…」

「? どうしました? 空見上げて…真っ黒ですよ?」

「…そう、誰かさんと一緒」

「ダージリン様ですか?」

「……」

「ねぇー!! 青い方の女神さんいるぅ!?」

「青い方?」

 

《 ………… 》

《 先輩、呼んでますよ? 》

 

「お~~い! …どっか、適当にぶっ壊せば、出てくるかしら?」

 

《 やっ! 止めてっ!! 》

 

「あら、いるんじゃない」

 

《 …先輩、五十鈴 華さんがいたから、大人しくしていたみたいです 》

《 … 》カタカタ

「…気持ちは理解する」

「愛里寿さん…」

 

《 な…なんの御用でしょう? 》

 

「う~ん…まぁ、色々あるんだけどね? 貴女のセイで、息子が死にかけたって聞いて…」

 

《  》

《 あ、私が言っておきました。転生云々は、ちゃんと理解が及ばない様にしましたよ? 隆史さんには、ご迷惑にはなりません 》

《 私が迷惑よっ!! 》

 

「あ~あ~っ!! 責任をちゃんと取ったて聞いたから、私はもう良いけどね?」

 

《 フォローもしておきました 》

《 黙っててくれれば、よかったじゃない!! 》

《 嫌ですよ。あの方、普通に怖いですから 》

《 …… 》

 

「この番組って、まだ続けるんでしょ? んならさぁ…」

 

《 あ、はい… 》

 

「涼香だけは、ゲストに呼ぶの止めておきなさいねぇ」

 

《 …え 》

 

「貴女、普通に殺されるわよ? この世界なら、それも可能なんでしょ?」

 

《     》

 

「昔さぁ、隆史、いじめられていた事があってね? 本人、気づいてなかったけど…」

 

「「「 っ!!?? 」」」

 

「熊本の頃ね? ほらぁ…みほちゃんと……まほちゃん。特に、まほちゃんファンの子からねぇ…」

 

「「「 ………… 」」」

 

「まぁ…それで、その事をしった涼香がねぇ…そのいじめてた相手、文字通り半殺しにしちゃって…まぁ…大変だったのよぉ…。あ、私が気づいて止めたから半ね? 気づかなかったら、首へし折ってたかもしれないし!!」

 

《 ……………… 》

 

「相手の心をへし折ってからが本番って……教え通りってのは、良いんだけど…」

「…流石、車外の血暴者の後継……」

「普通に言ってますね…」

 

「私、流石にもう年だし、本気のアレは、止められないからね? 涼香、本気にさせちゃ駄目よ?」

 

《 わ…分かったわ!!! 》

《 …次回、呼びましょう 》

《 何て事いうのよっ!! さっすが、隆史の雌犬ねっ!! どうせ、尻尾振って、媚び売ってんでしょ!!??》

《 めっ!? 止めてください!!》

 

「んな所ねっ!!」

「……軽く、意外なエピソードが聞けましたね…」

「気づかない辺り、お兄ちゃんっぽい…」

 

「はっ…はいっ! では五十鈴 華さんっ!! 何かございますか!?」

「……」

「あの…」

「……お腹…空きました…」

「……」

「…何しに来たの? ローズヒップさんと同じ?」

 

「早く()()()…隆史さんにっ!! …何か作って頂きましょう」

 

「「 ………… 」」

 

「あ、ソレが言いたくて来ましたぁ」

 

「「 ………… 」」

 

「もう、いいですよ?」

 

「「 ……………… 」」

 

「で…では、この辺で…」

 

「はぁい、締めてくださぁい」

 

「……」

 

「短いセリフで全て持っていった…」

 

 

 

「お相手はっ!! 隆史様の癒し役!! オレンジペコとっ!!」

 

「お兄ちゃんの婚約者…島田 愛里寿でした…」

 

 

 

 

「元が抜けてますよぉぉ???」

「近づかないで!! 抜けてないっ!」

「若い子っていいわぁ…」

 

 

「はぁ……次回…どうしましょう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

 

…………。

 

 

 

 

 

「…お姉ちゃん」

「……なんだ、みほ」

「私達…なんで、こんなソファーに座ってるの?」

「分からないが……すでに終わっている…のか? 誰もいないな…隆史は、何か聞いているか? 番組のだろう? このソファーは」

「番組? …隆史君?」

 

 

「おぉぉらっ! 駄女神っっ!! 出てこいっ!!!」

 

「隆史君が、本気で焦ってる…」

「……」

 

『 うっさいわね、隆史 』

『 お待ちしておりました 』

 

「エリス様っ!?」

 

『 なんで、私を呼んでおいて、無視するのよっ!! 』

 

「あ、女神様」

「ん…やはり、女神達か…」

 

『はぁいっ! んな訳で、独断で新コーナー!』

 

「おい、青いの」

 

『司会者交代っ! 短いコーナーだけど、お付き合いしてねっ!!』

 

「聞けよ!! 駄女神っ!!!」

『 あ、隆史さん 』

「っっ!? っと、エリス様?」

 

『 これは貴方への、お詫びだと思ってください 』

 

「…は? お詫び?」

 

『 そして、西住姉妹は…御免なさい 』

 

「…え?」

「なに?」

 

 

 

 

【 女神達の戯れ 】

 

 

 

『 はぁいっ! んな訳でっ!! どうせ番組なら、私達のチカラで、常軌を逸したコーナーにしようって、出張って来たのよぉ!! 』

『 まぁ、今回は、ストッパー役で西住姉妹に来て頂きました 』

 

「どういう事だろう…」

「ストッパー? 訳が分からないが…」

「なんか、俺に対するお詫びとか言っていたのに…おい、駄女神」

 

 

『 んな訳で、最初のゲストォォ!! 』

 

「聞け。だから、俺の話を聞け」

 

 

 

 

 

 

「……………なんですか? ここは」

 

 

 

「  」

「  」

「  」

 

「…ん? みほ? まほ? …と、隆史君?」

 

「  」

「  」

「  」

 

「あの……どうしました? 三人揃って…なんて顔しているのですか?」

 

【挿絵表示】

 

 

 

『 はぁぁいっ! 記念すべき第一回のゲストォっ 』

『 …はい、すみません。これを読んでいただけますか? 』

「え…まぁ…はい」

 

 

 

 

「 諸悪の根源 西住 しほ …って、なんですかコレは」

 

 

「  」

「  」

「  」

 

 

『 のぉぉぉ!! …17歳バージョン!! 』

 

 

『 はい…若返らせて見ました…この空間限定ですが… 』

 

「…は? なにを言って……隆史君? この娘達は…」

 

「  」

 

「帰ろうっ!! 隆史君っ!!」

「帰るぞっ!! 隆史っっ!!」

 

 

 

「  」

 

 

 



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閑話【 番外編 】オペ子のお茶会 第三回放送 Bパート

『 そんな訳で、一発目ッ! 某家元様を若返らせて見たわよッ! どぉぉよっ!? 隆史っ!』

『 はい、巻き込んでしまって、御免なさい… 』

「…若返らせたって…」

 

 

「うごかなぁぁいぃぃぃ!!!」

「みほっ! 同時に引っ張るぞっ! 取り敢えず、腕を…」

「    」

 

 

『 17歳の高校2年生ヴァージョンッ! 例のカードを参考にしたわ! 』

『 御免なさい。ほんとぉぉに、御免なさいっ!』

「…確かに、体が軽いですが。んっ…関節も…」

 

 

「あ…でも、どこから帰ればいいんだろ…」

「みほ! とにかく、アレから離そうっ! 話はそれからだっ!」

「う…うんっ!!」

「    」

 

 

『 何してんの、この人? なんで体捻ってんの? 』

『 …あの 』

「…筋力、関節部…本当に昔の状態ですね」

 

 

『 …なんで、身体機能で確認取るのかしらね 』

『 あ、今、鏡出しますから… 』

「あぁ…どうも」

 

 

「どうしよう、お姉ちゃんっ! お母さんが、思いのほかに脳筋だよっ!? 見た目より体の状態で確認するとかっ!」

「気にするな、みほっ! それが西住流だっ! そんな事より、隆史の身柄だ」

「やっぱり、西住流が心配になるよっ!!」

「    」

 

 

『 うっっわ。…でかいわ…この人。間近で見るとすっごいわねぇ…ねぇ? エリス? 』

『 ……………… 』

「むっ。本当に、昔の私ですね」

 

 

「隆史君っ! いい加減に動いてぇぇ!!」

「隆史ッ! いつまで呆けているっ!!」

「 …はっ!!! 」

 

 

『 ん? どうしたの? …固まっちゃったわね 』

『 さ…さぁ? 』

「…瑞々しい…肌の張り…小皺も無い…心無しか…胸も軽い…」

『 …なんで落胆してんの? この人 』

『 …… 』

「時というのは残酷ですね…こうも違いが、分かりやすなんて…若い…わか……」

『『 …… 』』

 

「若さとは…なんでしょう…」

 

『 振り向かない事じゃない? 』

『 …先輩 』

 

「な…え?」

「やっと、気づいたっ!!」

「隆史っ! 逃げるぞっ!」

「いや…あの…はい?」

 

 

『 あ、隆史が、やっと気づいた 』

『 アソコまでオカシクなるものなんですね… 』

「ん…? 隆史君?」

 

 

「お母さんが、こっち見たぁっ!!」

「くっ…。落ち着けみほ、まずは退路の確認だ!」

「…何故、私は娘達に化物みたいに、言われているのでしょう?」

 

「はぁーー…すごいな。戦車道カードと一緒だ…しほさん若っか…」

 

「「 ……………… 」」

 

「隆史君が、お母さんを視認した…」

「む…? 思いの他、はしゃがないな」

「うん。飛びついて行くと思ったのに…」

「一度、呆けたのが、良かったか?」

 

「はぁ…うん。落ち着いた。というか、酷いな、二人共…俺を何だと思ってるんだ…」

「あ…隆史君? 大丈夫? 息してる? お母さんでも、今は若いからね? 飛びついたら犯罪だよ?」

「……みほ。明日の朝昼晩の飯。みほだけ全部、ピーマンだけのサラダな?」

「  」

 

「まったく…」

「待て、隆史っ! 近づくなっ!! 危険だぞ!!」

「なんで!?」

「…まほ。お母さん、泣いちゃいますよ…」

 

 

『 あれ…隆史、普通に西住 しほさんに近づいたわね 』

『 …西住姉妹含め…先輩も、隆史さんに対する評価が酷いですね… 』

『 でも、その姉妹…まだ腕にしがみついてる… 』

『 普通に引きずりながら、近づきましたね… 』

 

「……」

「…あの…隆史君?」

 

「…見つめ合いだしたね…お姉ちゃん」

「……」ギリギリ

「お姉ちゃん…歯噛みは、止めて…」

 

 

「いや、しっかし…本当にすごいなぁ…」

「…あの…隆史君?」

 

「その感想も、どうかと思うよ…」

「…ま…まぁ、変に興奮しない分、良しとするか…大丈夫そうだ…」

 

 

「すごいなぁ…最近のVRは…」

 

 

「「 ………… 」」

『『 ………… 』』

 

 

「なに?」

 

「思いの他にダメだったよっ!!」

「完全に現実逃避をしているな…」

 

『 隆史っ! 私が若返らせたのよっ!! 褒めなさいよッ!! 感謝しなさいよっ!! なによ、その感想ッ!!』

「何言ってんだ? ファンタジーじゃねえんだぞ?」

『 ファンタジーなのよっ!! 私、命を司る女神だから、一時限定ならこういう事も出来るのよっ!! 』

「はっはーっ! 何言ってんだ、駄女神。お前、女神なんてガラじゃないだろう? 夢見るのは程々にしとけよぉ? 恥ずかしいだけだぞぉ?」

『 ぶっ殺すわよっ!? 今、不本意だけど「駄」が付いたけど、女神つったじゃないッ!! 』

「そもそもなぁ……しほさん、17歳バージョン? だったか?」

『 聞きなさいよっ!! たくっ! …そうよ! アンタが後生大事にしているカードから、その年齢まで遡らせたのよ!! 』

「…の、映像だろ? わかってるっ! わかってるってぇ」

『 違うっってんでしょうがぁぁ!!! 』

 

 

「…重症だね、お姉ちゃん」

「隆史…目の焦点がオカシイな…どこを見ているんだ…」

 

 

「っっ!?」

「お…すごい、映像なのに、触れる…」

 

「頭、撫でた…。躊躇しなかったねっ!!」

「…おかぁぁさまぁぁ………」

 

「おおぉ…感触もある…。すっげ、サラサラ…」

「 …… 」

 

「…お姉ちゃん。お母さん…黙って動かないけど。というかっ!! 隆史君も動かないっ!!」

「…それは私ですら、してもらってないぃ」

「…わ…私は、何度か」

「よし、みほ。少し、お姉ちゃんと話そうか?」

「冷静に私へ矛先向けたっ!?」

 

『 ほらっいい加減、認めなさいよっ!! 収集つかなくなってきたじゃない!! 』

「はっはー。いいか? 駄女神」

『 あぁ!? 』

「いくらなんでも、そりゃないだろ。若返り? んなら、娘のまほちゃんより、若いってのか?」

『 そう言って、いる……じゃ……ぅ… 』

「いやいや、そうなったら、しほさんじゃ、ないだろ」

『 いや……隆史、アンタ…本気で大丈夫? 目がすっごい怖いけど…どこ見てんのよ…西住 しほさんじゃなきゃ、誰だってんのよ… 』

 

「あー…………しほちゃん?」

 

「っっ!!」

 

「「 ………… 」」

 

 

『 エリス 』

『 …はい 』

『 素直に謝る……ゴメン 』

『 ………… 』

 

 

「…お…お母さんを…ちゃん付け……」

「……」

「お姉ちゃん!?」

「…………」ギリギリギリギリ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 …セイクリッド・ブレイクスペルが、効果あるとは思わなかったわ…。あれ…混乱を治す効果は無いのに… 』

『 お疲れ様でした… 』

 

『『  …………  』』

 

「あの…隆史君? もう良いですから…もう良いですから、頭を上げてください! …ね?」

「死にますっ!! 死んで詫びますっっ!! というか、殺してくださいッ!!」

 

『 取り敢えず、綺麗な土下座するわね、アレ 』

『 あの姉妹…すっごい目で、見下ろしていますね… 』

 

「取り敢えず、母」

「な…なんでしょう? まほ」

「…先程、何故、隆史が接近したら大人しくしていたのですか?」

「特に意味はありませんが…この年に戻ると、隆史君との身長差も、大きくなってですねぇ…ちょっと見上げる状態が新鮮でしてね…」

「……下手な言い訳を…」

 

「…母」

「な…なんでしょう? みほ…」

「…………チッ」

「みほ!?」

 

『 …そうね。この空間って、感情の起伏が激しいから… 』

『 あの大人しい方が、母親に向かって舌打ち… 』

『 前話本編で、せっかく白くなる兆しを、見せたのに… 』

 

「しほさんっ!! 本当に17歳なんっすねっ!?」

「え…あ、はい?」

「しほさんの女子高校生時代っ!! まさにJK!!」

「あの…同じ意味ですよね?」

 

「 素晴らしいっ!!! 」

 

「「 …… 」」

 

「ボブカットッ!! 新鮮っ!! 黒森峰のパンツァージャケット姿っ! 可愛いっっ!!! カード写真が現実にィィ…」

「えっと…。あ…ありがとうございます? ジャケット姿を可愛いとは、初めて言われましたけど…」

「エェ!? 何故ですかっ!?」

「いえ…昔から、女性の後輩には、とてもモテましたけど…大体、格好良いとか…凛々しいとか…」

「なる程っ! テンプレッ!!」

「男性からは、キツそうとか…」

 

「……はっ。カス共が…」

 

 

『 …吐き捨てる様に言ったわね 』

『 侮蔑の表情…ですね… 』

 

「「 …… 」」

 

『 しかも…隆史。土下座姿で何ってんの? 引くわぁ… 』

『 …この世界の影響、全開ですね。での世界線でも見せなかった程の、はしゃぎっぷりですね… 』

 

「多少ッ! キツく見えるかも知れない顔に、まだ残る幼さを感じる表情っ!! それをキツそう? 死ねクズ共が!! 可愛い以外の感想が湧かぬわっ!!」

「あの…た…隆史君?」

「後輩達も見る目が無いッ!! 格好良い、凛々しいという印象から漏れる、甘さや優しさを何故感じ取れぬっ!! 恥を知れ俗物ッ!!」

「…ぅぅ……ぁ…」

「あぁぁぁ…あの表情に、幼さが入るという事が、これ程の破壊力と攻撃力を生むとは…まだ俺も甘い…っっ!!」

「…ぁの……ぇっと…」

 

「お姉ちゃん…」

「なんだ、妹」

「…お姉ちゃん」

「だから…いや、まぁ…うん」

 

『 うっわ…彼女の母親、口説き始めたわよ? 』

『 ……………… 』

『 エ、エリス? どしたの…眉間に皺… 』

『 いえ… 』

 

「しほさんが、しほちゃんに変わるだけで、ここまで別の色での、表現になるとはっっ!!」

「…た…隆史君…そ…その辺で……」

 

『 ついに、表現とか言い出した… 』

『 …… 』

 

「あの…隆史君?」

「なんすかっ!? しほちゃんっ!?」

 

『 ん…? 』

『 家元さん、表情が固まりましたね 』

 

 

 

 

「 結局…貴方 () 若い方が、良いのですね? 」

 

 

 

『 あぁ…旦那さん、若い子に夢中だからかしら 』

『 で、あの質問ですか… 』

『 あの姉妹が、すっごい笑顔になったわね 』

『 まぁ…もう…私には、何も言えません… 』

『 さぁ…あのオンナッ隆史。どうす… 』

 

 

 

「    は?   」

 

 

 

『 …… 』

『 …すごい、真顔になりましたね 』

『 あの姉妹が、焦りだした… 』

 

 

「はぁ…まったく…。いいですか? しほさん」

「はい?」

 

「きのこ・たけ○こ戦争と言うのをご存知ですか?」

「…は?」

 

『 今度は意味が分からない事、言い出したわよ? 』

『 …ストッパー役さん、仕事… 』

 

「しほさんと、しほちゃん。どちらが良いか? という質問は、戦争の引き金になりうる事案なんですよ?」

「はぁ…。ん? あの…意味がちょっと…」

「どちらが良いか? と、問われれば、どちらも良いと答えるに決まっているでしょう? 決まっている事を聞くのは、質問ではなく、確認というのですよ?」

「………………」

 

 

『 エリス。私、帰るわ 』

『 帰らないでくださいよっ!! 』

『 いえ…はっきり言いましょう。逃げるわ 』

『 逃がしませんよッ!! 』

 

 

「しほちゃんは、しほちゃんで、また素晴らしい。それもまた良し」

「いぇ…あの……そろそろ…」

 

俺は、しほさんが、良いんですよ

 

「っっ!?」

 

 

『 完全に口説いてるわ… 』

『 ……あ 』

 

 

 

「隆史君」

「隆史」

 

「みほっっ!? まほちゃんっっ!?」

 

「…嬉しそうだね、タカシクン? 何? その声」

「緩みきった顔だな、タカシ? 何だ? その声」

 

「そ…そんな事…ないよぉ?」

 

「……そうだね。殺し文句は、真顔だったね」

「そうだな。その最後の真顔が、特にタチが悪いな」

 

「 」

 

 

『 あの…。あのっ! 先輩っっ!! 』

『 …周りが全然、見えて無いわね 』

『 先輩っっ!! 』

『 何よ、うっさいわ……ひぃぃぃ!!?? 』

 

「…誰のセイダロウ?」

「……女神。お前達……」

「…………ダレノ、セダロウ?」

「今まで、隆史の事を見てきたのだろう? なら、こういった事態は考えられたハズだろう…にぃぃ」

 

『 ちょっ…ちょっと待ってっ!! なんで、私ばっかりぃぃ 』

『 でっ…ですから、貴女達をストッパー役にですねぇ!?』

 

「そもそも、そこがオカシイです。少なくとも。こんな茶番を見せられる事、前提のお話ですよね? ね? ね?」

 

『  』チカイチカイチカイッ!

『 いえ…まさか、あそこまでの状態になるとは、予想もしてなくて…ですね? 』

『 そ…そうそう。ただ、隆史が気持ち悪い照れ顔を、披露するってだけの話で、終わる予定…だったんだけど… 』

 

「 甘すぎます 」

「 話にならんな 」

 

『『  』』

 

「そもそも、なんで私達なんですか。人選が最悪です」

「そうだな。本当に話にならん」

 

『 だって、他にいないじゃないっ!! 逆に下手すると、隆史の息の根ストッパーに、なりそうじゃない!? 』

『 …約3名が、怖いですね…。と、いいますか…隆史さん 』

『 アンタ、なんで黙ってんの!!?? 』

 

「 こういう時は、黙って貝になるのが良いと、僕は学んでいるんです 」

 

『『 …… 』』 

 

「…なら、まったく関係ない人が良かったんじゃないのですか?」

「そうだな…。後、母にまったく動じない人物…」

 

『 い…いないじゃないの…そんな人 』

 

「いますよ?」

「そうだな、いるな」

 

『 誰よ… 』

 

 

 

「「 島田流家元 」」

 

 

『『 …………………… 』』

 

 

「島田さんなら、お母さんに変に張り合って、うやむやにしてくれそうだよね」

「そうだな。あの二人をぶつければ、大抵…なんだ?」

 

『『 …………………… 』』

 

「「?」」

 

「なに? なんで、俺を見るんだ?」

 

『 西住姉妹 』

『 西住 みほさん…まほさん… 』

 

「はい?」

「なんだ?」

 

 

 

『『  その人選が、一番最悪  』です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ…なる程。いきなりの事で驚きましたが…まぁ良しとしましょう」

 

「「 ………… 」」

 

『 ま…まぁ、特に呼んだ所で、どうこうないのだけど…ね? 』

『 漸く、番組が再開ですね…長い…すっごい長い、前置きでした 』

 

「みほと、同学年の時ですね。…いえ…本当に体が軽い…」

「「 ………… 」」

 

『 17歳ね。ちなみに…娘さん達? 』

 

「…なんですか」

「……なんだ?」

 

『 に…睨まないで… 』

『 えっと、この頃ですね。当時整備士だった、旦那様とお知り合いになられたのは 』

 

「あぁ……そういえば…」

 

『 3年生に上がり、18歳になった時くらい? この人の猛アタックは 』

『 そうですね。それで、高校卒業後に、入籍ですか…凄いですね… 』

 

「……」

 

「え…そうなの? お母さんからっ!?」

「初耳だ…」

「なんだろう…常夫さん…に、初めて殺意を……いえっ!! 何でもないですッ!! 黙ってますっ!!」

 

『 …隆史。アンタ、綺麗な正座するわね 』

『 小さくなってますねぇ… 』

『 現状から、想像できないわよねぇ…。この人、奥手に見えて、すっごいわね… 』

『 そうですねぇ…思いの他…大胆…… 』

『 殆ど、押しかけ女房みたいな事まで、してるわね… 』

『 ま…まぁ。それで今に至るって訳ですけど…どうなんです? 西住 しほさん 』

 

「そうですね…。思えば私も若かった…としか…」

 

「お母さんが、照れてる…」

「そう言えば、初めてだな。そういった類の話は」

 

「……まぁ、今はソレも、若い娘に夢中ですがね」

 

『『 …… 』』

「「 …… 」」

 

「しかし今は、私も若い娘。…はっ。皮肉な話ですね…」

 

「……」

「お姉ちゃん?」

「…いや、この頃のお母様と、今の私。…試合をしたら、勝てるかどうか、気になってな」

「あ…うん」

「今の中身は年増だが、本当に若い頃のお母様なら…とな」

「と…年……」

「現代戦車道と、お母様の若い頃の戦車道とでは、少々違うらしくてな?」

「……ハイ」

「それに見ろ、みほ。若作りしたお母様を。パンツァージャケットも、少々デザインが違うだろう?」

「…そ…そうだね。襟元とか…」

「昔のデザイン……いや、古いデザインなのだろうな?」

「…せ…攻めるね、お姉ちゃん。お母さん、震えてるよ?」

 

「いいでしょうっ!!!」

 

「なんですか? いい年して、高校の制服姿のお母様」

「オ…オネエチャーン」

 

「コノ…。女神達っ!! 戦車出せますか!?」

 

『 止めて頂戴っ!! 一応、ここ神域の世界だからっ!! ドンパチしようとしないでっ!! 』

『 同じ目線の状態ですからね…。西住 まほさんの発言に遠慮がない… 』

 

「チッ…」

 

『 舌打ち…って。ほら、隆史、アンタもなんか言いなさいよ…というか、止めなさい 』

 

「 プリプリ怒ってる、しほちゃん可愛い… 」

 

『『 …… 』』

「「 …… 」」

 

 

「はっ! …そうですね」

 

「お母さん?」

 

「一時だけとはいえ、今はまほより若い状態…みほと同級生…」

 

「そうですね。白黒写真の世代から、脱している状態ですね」

「お姉ちゃんっ!?」

 

『 西住 まほさんの感情が、暴走状態になってるわね… 』

『 お陰で、一番怖かった西住 みほさんが、冷静になってくれてますね… 』

 

「青い女神さん」

 

『 あ、はい。なんでございましょう? 』

『 …先輩 』

 

「確か服装は、自由になるのでしたね?」

「……母」

「あ、呼び方が戻った」

 

『 え…ええ。それくらいなら… 』

 

 

「ならっ! 私の服装を、変えてくださいっ!!」

「…はっ。恥の上塗りですか?」

「……」

 

 

『 い…いいけど… 』

『 なんの服装ですか? 』

 

 

 

「 大洗の制服にっ!! 」

 

 

 

「ぶっっ!!」

「「 …… 」」

 

「そうですよ…えぇ…今なら…」

 

「私に飛び火した…」

「まったく…ん? どうした、隆史」

 

「……」

 

「隆史君?」

「何を呆然としている」

 

 

「…気にしてたのか」

 

「え? なに?」

 

 

『 え~と…はい。んじゃ…ちんからほいっ!』

『 …先輩 』

 

 

「…あ…本当に、制服に…」

「「 …… 」」

 

「セーラーしほさんっっ!!?? 否っ!! しほちゃんっっ!!!」

 

「「 …… 」」イラッ!

 

「…これは…みほの制服のサイズですか?」

「っっ!?」

『 えぇ。良くわかったわね…取り寄せみたいになっちゃったけど… 』

 

「いえ…胸周りがキツイ…。服が押し上げられて、お腹が…」

「……お母さん」

 

「後、腰周りが少し緩いですね…」

「お母さんっっ!!」

 

 

「さぁ、どうでしょう!? 隆史君っ!!」コンドハッ!!

 

 

「 素晴らしいぃ!!! 」

 

「「 …… 」」イラッ!

 

「…ふっ」

「…なんですか、母」

「いえ? 別にぃ? 隆史君が喜んでくれたみたいでぇ? 喜ばしぃと」

「……年相応の口調にしてください」

 

「 今は、まほの方が年増ですよぉ? 」

 

「っっのぉぉ!!」

 

「…一番の被害者は、多分私だよ」

 

「では、青い女神さん。オプションを」

『 …え。オプション? 』

 

 

「はい。メガネを」

 

 

「 !!!??? 」

「汚っっ!!」

「それは、ずるいよ、お母さん!!!」

 

 

『 んじゃあ…ぽぽぽぽ~ん 』

「「 あぁ!! 」」

 

 

………

 

 

 

「ふむ。伊達ですね」

 

 

「          」

 

 

 

『 隆史が…静かに咽び泣いてる……引くわ…本気で引くわぁ… 』

『 …先輩。分かってやったんじゃないんですか? 』

 

「や…やっぱり、しほさんは…フチなし…黒髪のフチなし…」

「隆史君…」

「何を泣いている…隆史っ!!」

 

「ふむ…少し、回ってみますか」

「つま先で回りだした…」

「母っ!! 年、考えてください!!!」

 

「今は17歳ですよぉ?」

 

「くぁぁぁぁ!!!」

「お姉ちゃん…」

 

「では、こんなのは…」

「前屈み!!!」

 

「母ぁ!!!」

 

 

『 満喫してるわね… 』

『 何よりですね 』

『 …… 』

『 …あ、はい。私も諦めました 』

 

「ふむ…隆史君?」

「なんでしょうっ!!??」

 

「…今度は、何を言うつもりだ」

「大洗のパンツァージャケットは遠慮してほしいなぁ…」

「…みほ」

 

「何か、リクエストはありますか?」

「ありますっ!!!」

 

「隆史君っ!!」

「…即答したな」

 

「ふむ…なんでしょう? 制服ですか? どこの…」

 

「青師だ…「「   は?    」」」

 

「……」

 

 

 

 

「…あの……なんでもないっす…なんでも素敵です…」

 

「ふむ…なら…片っ端から…。青い女神さん」

 

『 …… 』

 

「青い女神さん?」

 

『 …やけよ。もう、こうなったら、なんでもしたるわっっ!!! んじゃ行くわよっ!!! 』

『 先輩! 考えるのを諦めないでくださいっ!! 』

『 どうせなら、全員まとめて、変えてくれるわぁぁ!!! 』

 

「「 えっ!? 」」

 

「あ、駄女神。みほは、ボストンの黒フチ。まほちゃんは、スクエアの赤フチな」

 

「隆史君っ!?」

「隆史っ!?」

 

『 んでもっっ!! いいわよっ!!! ファンファ○ファイン ランランレ○ン プロミネ○スドレスアップ!! 』

『 もう、なんでもアリですね… 』

 

 

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

 

「…お母様」

「あ…はい。冷静になりました…御免なさい…まほ」

「いえ…」

「ぅぅぅ…」

 

「まほちゃんの、アンツィオの制服は、大変! 素晴らしかったです。白っっ!! ニーソッ!!」

「…そ…そうか」

 

「みほの、聖グロ・パンツァージャケット…赤……素晴らしかったっっ!!」

「…す…素直に喜べないよぉ…」

 

「しほちゃんは……その…アンツィオの、パンツァージャケット姿のハマリ具合に…ちょっと、引きました…」

「…なんとも言えません…後、いい加減、ちゃん付けは…」

 

 

 

「NEXT」

「「「 うっ… 」」」

 

「メイド」

「「「 …っ! 」」」

 

「看護婦」

「「「 っっ!! 」」」

 

「大正小町」

「「「 っっっ!!! 」」」

 

「ウエイトレス」

「チア」

「婦警さん」

 

 

「そして…今はバニー……」

 

 

「「「「 … 」」」」

 

『 はぁ…はぁ…はぁ… 』

『 …先輩。なんで、私まで… 』

 

「いやぁ……母娘揃って、何してんの?」

 

「いきなり冷静にならないでくださいっ!!」

「誰のせいだッ!!」

 

「ぁう…もう、お嫁に行けな……あ、隆史君いるから大丈夫か」

「みほ? こっち向け、みほ」

 

『 どうよっ!! 隆史っ!! これが私の本気だァ!! 』

「はぁ…駄女神」

『 何よっ!! 』

 

 

「 ありがとうございました 」

 

 

 

『 …… 』

 

「エリス様も大変、素晴らしゅうございました」

 

『『 …… 』』

 

「もう、この世に未練はござんせん。如何様にも好きにして下さい」

 

『 …いや……もう…いいや…疲れた…… 』

 

 

「あ、まだあった。しほさんVer…」

 

『 勘弁してっ!! 』

『 …私も、そろそろ怒っていいですかね? 』

 

『 さっ!! んな訳で、そろそろお時間ねっ!! 』

『 軽い気持ちで始めたこのコーナー。思いの他……修羅の道でした 』

 

「強制的に、締めに掛かった…」

「終わる…この姿も終わりですか…」

「…終われ。……さっさと、終わってくれ…」

「心の底から、そう思うよ…」

 

「しほちゃん、可愛かったっっっ!!」

「「 …… 」」

 

『 …アンタ、実際の彼女の…その親で良く、そこまでハッキリ言えるわよね 』

 

「あん? そりゃ、言うだろ。みほとまほちゃんは、何だかんだ、俺の事わかっているしな」

「隆史君っ!?」

「隆史っ!?」

 

「怒っちゃいるけど、本気じゃないし…しほさんの事は、昔からだしな。ある意味で、二人の前だからこそ、ここまで燥げるというか、なんというか…」

「…ぐっ」

「その言い方は、ずるい…」

 

 

『『 ………… 』』

 

「なんだよ」

 

『 卑怯者が 』

『 姑息な 』

 

「!?」

 

『 まぁいいわ。西住 しほさん。最後、なんかある? …ございますでしょうか? 』

『 …先輩 』

 

 

 

「千代は、呼ばないようにして下さい」

 

 

 

『『 …… 』』

 

 

「駄女神…なんで、俺を見るんだよ」

 

 

『 に…西住姉妹は… 』

 

「 恨みます♪ 」

「 覚えておけよ? 」

 

 

『 …… 』

 

「…だから! なんで俺を見るんだよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…しっかし、即座に還したな、3人共…」

 

『 下手に話を伸ばすと、収集つかないのが目に見えてるからね 』

『 はぁ…流石に今回は、疲れました… 』

 

「んで? 結局、今回は何がしたかったんだよ」

 

『 意味なんかないわよ 』

 

「……」

 

『 せっかくだし、好き勝手したかっただけよ 』

『 まぁ…ほぼ、先輩の思いつきでしたね 』

 

「いや…まぁ、うん…」

 

『 そうよねぇ。あんだけ燥いでたんだし、何も言えないわよねぇ? 』

『 …… 』

 

「ぐっ……」

 

『 んじゃ、隆史もそろそろ還すわよ? 』

 

「いや、ちょっと待て。このコーナーって、まだ続くのか?」

 

『 まぁ…好評なら続くんじゃない? 』

 

「…いやな? 続いたとして、何すんだよ。ある意味で、切り札を出しちゃった状態だろ?」

 

『 若返りなら、島田 千代さんとか? 』

『 逆も有りでは? 』

『 え~…でも、年取りたい子いるの? …まぁ、この変態には有効かも知れないけど… 』

『 いえ、大人になった島田 愛里寿さんとか… 』

『 あぁ…なる程 』

 

「…結局、エリス様も楽しんでる…」

 

『 あと、隆史の言う、やんちゃ西住 みほさん(高校Ver)とか? 』

 

「やめろッ!! 本気でやめろっ!!!」

 

『 何にせよ、ストッパー役は必須ですね… 』

『 そうね…今回は、ちょっと失敗したわ… 』

 

「なぁ?」

 

『 なによ 』

 

「今回の事なんだけどさ。俺の事で、上手く言えないけどよ。ストッパー役って、他に適任いただろ」

 

『 …あの姉妹以外で、誰がいんのよ 』

『 失敗していたら、隆史さん刺されましたよ? 』

 

「……」

 

『 んで? 誰よ。思い当たるから、言うのでしょ? 』

『 そうですね。ちょっと気になりますね 』

 

「いや、いるだろ。ある意味で西住流最強の人」

 

『 は? 』

『 はい? 』

 

 

「菊代さん」

 

 

『『 ……………… 』』

 

「あの人、しほさんですら、怒らせると何も出来なくなるぞ?」

 

 

『『 ……………… 』』

 

 

「おーい」

 

 

『 ではッ!! お相手は!! 命を司る女神ッ!! アクア様とっ!? 』

『 幸運の女神っ!! エリスでしたぁっ!! 』

 

「おいっ! 誤魔化すなっ!! というか、駄女神! お前の名前、初めて聞いたぞ!?」

 

 

 

 

 

『 お疲れ様でしたぁぁ!! 』

『 お疲れ様でした! 』

 

 

 

 

 

「 誤魔化すな!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

糸冬

---------------------

制作・著作 ZSR




閲覧ありがとうございました


しほちゃん…気が向いたら、絵に描きます。

なんぞ、女神達の戯れコーナーで、リクあったら活動報告に下さい。

ありがとうございました


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第19話 ドンゾコへの入口

 早朝…雀が鳴き始めた頃。

 例の改造…というか、改悪された軽トラが、自宅の前へと到着した。

 あまりに重装甲すぎて、荷台が使えないという、本末転倒過ぎた車体をなんとか元に戻してもらった車で…だ。

 いや…うん、訂正。

 ほぼ装甲車は変わらないけど、一般車検に通るくらいに戻してもらった車で…だな。

 今は現在、朝の7時頃になるか?。

 低血圧と自己紹介をしてくれた頃が、すでに懐かしく感じるその人物。

 

「はい、到着」

 

「麻子? 着いたよ?」

 

「……スー…」

 

「麻子っ! 着いたってばぁ!」

 

 軽トラは、3人乗りというのもあるが、俺の体格とかモロモロのお陰で、ひどく狭く感じる車内。

 運転席の横に座る、マコニャンを助手席側に座る、沙織さんが一生懸命揺らして起こすという、見慣れた行動をリアルタイムで体感させてもらっている。

 結構激しく起こすんですね、沙織さん。

 車体が少し、揺れてますよ?

 

「うぅ…五月蝿い…。そもそも……朝の5時…なんかに来る方が……常識外れだろうが…」

 

 そう、本日…漸くマコニャンのお引越しの日。

 朝早くから、沙織も手伝ってくれたお陰で、そうそうに済みそうだった。

 …というか、済んだ。

 日常雑貨や、諸々は少しずつ運んでおいて、本日大きな荷物を運び入れる事で、全ての作業が完了する。

 

 するというのに…まだ眠そうな、というか寝てるな。

 目を開ける事すらしない。

 んで、取り敢え、ず夢なのか現実なのか…どちらか判断つかない沙織さんの声に答えている…と言った声だな、そりゃ。

 正直、荷物を運び入れる事よりも、車へとマコニャンを乗せる方が苦労したねぇ。

 

 ぼけ~っと、その声達をバックミュージックに、窓から我家を眺めていると、玄関が開かれた。

 早朝の車のエンジン音。…その音で気がついてくれたか、みほが顔を出してくれた。

 

 …しかしこの家。

 

 今更だけど、大丈夫だろうか? 

 マコニャン…来て…。

 引っ越してきた初日に、思いっきりアレ出たけど…。

 風呂場の外の、小さな社は、掃除して大分綺麗にした。

 綺麗にしたお陰で、特にあれから怪奇現象は起きていないし…まぁ、大丈夫か。

 

「んにゅ…」

 

「……」

 

 …うん。

 

 なんか…朝焼けに向けて、吠えてしまいそうな程の、破壊力のある声が聞こえたので、我に戻った…。

 

「ほらぁっ! 変な声出してッ! 隆史君、嬉しそうだよ!?」

 

 沙織さんっ!?

 

「……にゃ…しょ…き?」

 

「あ、やっと反応した。そうだよぉ? 隆史君だよぉ? その彼の前で、麻子は寝てるのぉ?」

 

「っっ!!!」

 

「…無線機……漏洩……」

 

 あの…沙織さん?

 なんすか、そのセリフ。

 あと、なんで最後だけ、耳打ちしたんすか?

 

「っっだぁぁ!! …書記っ!? 書記っっ!!」

 

「あ、はい。おはようございます」

 

 強引に大声を上げ、無理やり目を覚ませた…って、感じだなコリャ。

 そして目を見開き…顔を真っ赤に蒸気させ…ブンブンと顔を振り回す。

 周囲を確認しているのは、何となく分かりますけどね? 

 

 なぜ、俺を睨むのでしょうか?

 

「…ふっ…ふっ…?」

 

 …あの、何故…ご自分の体を確認されているのでしょうか?

 一通りの確認が済んだのか、此方を見て一言。

 

「一度無理やり起こして、無理やり寝かしつけてないな!?」

 

「なんじゃそりゃ…」

 

 だから、なぜ赤面して睨んでくるんだろう…。

 

「はぁ…麻子。寝ぼけてないでよ」

 

「ま…まったく…まだ頭がボーっとする…なんで、朝の5時なんかに…」

 

 そこは相当恨みに思っていたのですね?

 しっかりと来訪時間を覚えてらっしゃる。

 

 …なんで? と、聞かれれば…。

 

「何でって…運び終わった後の事もあるだろう? 殆ど終わっているけどさ…。朝からやってしまえば、午後から必要な物とか買い出しに行けるだろ? というか、言い出しはマコニャンだろう?」

 

 …華さんのお引越しもそうだったなぁ。

 時間に余裕があるのは良い事だ。

 

「それは、確かに私も言ったが…だからと言って…五時って…本当に来るとか…」

 

「…麻子。昨日、時間は言ったでしょ? それに、隆史君は以上に早く起きてるんだから、文句言わない」

 

「……」

 

 自分の事で、手伝ってくれる沙織さんや、みんなに悪いのか…午後からにしてくれと言わない辺り、ちょっと嬉しく思う。

 …俺を睨む事はやめないがね…。

 

「まぁ、沙織さんも朝早くから、ご苦労様。助かったよ」

 

「いっ! いいよ…麻子の事だし。それに……流石に隆史君に見られると不味い物もあるしね」

 

「ぐっ…」

 

 自分を引き合いに出さないが、同じく沙織さんも早朝から出張ってくれた。

 こういう事に労を惜しまない沙織さんを、凄いとも…羨ましくとも思ってしまう。

 

 …そういった友達がいるという事に。

 

「んじゃさっさと、荷物を運んじゃうかね…あまり時間無いし」

 

「…まだ、早朝だぞ? 時間がない?」

 

「ちょっと、用事があってね。でも、大丈夫だ。やる事はやるから」

 

「……」

 

「…ん? 隆史君、出かけちゃうの?」

 

「あぁ。でもこっち優先だよ。重いものは全てセッティング完了してから出かけるよ。…んで、悪いけど衣類とかプライベートな物は、沙織さん達に任せる」

 

「うん…それは、いいけど…。どこに行くとか…聞いていい? また他県?」

 

「どうせ、また女の所だろ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 いや…まぁ…。

 

「た…他県じゃないです。…ちょっと、桃先輩からの依頼で、風紀委員さん達…というか、園さんのお手伝い」

 

「むっ…」

 

 なんだ?

 マコニャンの目に力が入ったな。

 目が完全に覚めたか?

 

「…やはり女じゃないか。しかも、よりにもよって、そど子とデートか?」

 

「違うよ!?」

 

 見下したかの様な目で、吐き捨てるかの様に言った!?

 すぐにその顔を伏せたけどさ…。

 

「まっ…そうだな。書記は、そど子に凄まじく嫌われているからな」

 

「……ぇ…そうなの?」

 

 き…嫌われる様な事…したっけか?

 確かに余り話をした事なんてないけど…。

 

「沙織さんっ! 麻子さんっ! おはようございますっ!」

 

 

 少し心当たりを考えてみようとしたけども、運転席側の車窓から、元気よく挨拶をする声が響いた。

 

「お…おはよう、みぽりん」

 

「おはよう…西住さん」

 

「はいっ!!」

 

 そう…元気よく。

 機嫌が良いと、すぐに分かるような、弾んだ声で。

 まぁ、ニッコニコした顔みれば、その表情だけでもわかるほど、みぽりんは昨日の機嫌が、ここ一番で凄まじく良いです。

 

 …うん。

 正確には夜だね。

 

 …はい。夜からです。

 

「隆史君、それじゃ後ろの運んじゃうよ?」

 

「あぁ、大丈夫だ。俺が運ぶ。みほ達は、運んだの整理してくれ」

 

 早速と動き出し、荷台へと回ろとするみほを止める。

 軍手もしないで、怪我したらどうする。

 運転席を開き、外へと移動しようとすると…。

 

「ほらっ! 麻子っ!」

 

「…ぬ…ぅぅ…」

 

「ん? なに? どうかしたか?」

 

「……」

 

 何か言い辛そうに…何かを言いたそうに俯いた。

 まだ顔が赤いのは継続しているが…どうした?

 

「す…すまん」

 

「ん? 何が?」

 

「…これから…よろしく頼む…」

 

 あぁ…なる程。

 麻子は麻子なりに、考えてここに住む事を承諾したんだろう。

 その、挨拶だろうな。

 

「お……ぉ…」

 

 何かを絞り出して、言葉にしようとしている。

 俺に対して、こう奥手になるのは、少々珍しいな…。

 そうこうしている内に、華さん…まほちゃんまで、家から出てきてくれたの見えた。

 はっ…通りの奥から、優花里も…。

 

「おっっ!!!」

 

「お?」

 

「お邪魔…します…」

 

「……ふむ」

 

 少し前にも言われたな…俺自身が。

 パタパタと、相変わらず温和な笑顔で近づいてくる彼女に…華さんに。

 

 少し俯き、やっと絞り出したのソレ。

 麻子らしからぬ、俺に対して、珍しく丁寧な言葉。

 

 だから…。

 

「麻子」

 

「まっ!?」

「まっ!?」

 

 真面目に言う時は、真面目に呼ぶよ。

 あぁ、ちゃんとな…って、突然の呼び捨てに、マコニャンが目を見開いた…のは、良くあるからいいんだけど。

 …なんで沙織さんが驚いているんだろう。

 あぁ、麻子って呼び捨てにするのって、彼女達の前では無かったからな?

 マコニャン呼びが、ディフォルトになっていて、喜ばしい限りだな、うん。

 

「…俺も華さんに、一度言われてな?」

 

「五十鈴さん?」

 

「ルームシェアとはいえ、ここは麻子と俺達の家になるんだ。初めは恥ずかしいが、慣れてくると良いもんだぞ?」

 

「……何を…?」

 

「ほれ、取り敢えず、こっちに来な」

 

 車から降りてもらい、まだ少し寝ぼけた顔をしている、彼女の手を取る。

 

「っ!?」

 

 赤みがかった顔が、更に赤くなったが、今は取り敢えず目の前の事だ。

 こちらを見るみほ達。

 手招きをして、彼女達もこちらに呼ぶと…華さんは、すぐに気がついてくれた。

 

 その彼女達も一緒に、その小さな手を引き…麻子を玄関先へと連れてきた。

 みほ達も気がついたのだろうか? 特に何も言わないで、麻子の後ろで、静かに立っている。

 

「昨日までは、お客様。今日からは…麻子は、なんだ?」

 

「…え…? い…居候?」

 

 ……。

 

 あ、うん。そうなんだけど、俺が言いたいのはそうじゃない。

 …みほが、小さく溜息を吐いた。

 遠まわしに言いすぎたか?

 

「麻子さん」

 

「西住さん?」

 

「隆史君は、言って欲しいのだと思います。…特に麻子さんに」

 

「…私に?」

 

「はいっ!」

 

 …彼女の前で、話す事ではないからな。

 みほと華さん。麻子が、この家に加わると決まった時から、二人とはちゃんと話し合っていた。

 普段はちょっと、恥ずかしいしと思うだろうし、この変な…傍から見れば、なんて言われるか分からん状態。

 でも、婆さん以外は、もうそう言った人間がいない彼女には、必要だと思った。

 だから余計に、言葉にして、しっかりと言ってやりたかった。

 

「はいっ!」

 

 トン…と、麻子の背中を、華さんが軽く押した。

 押された彼女は、前に押され、玄関先にその足が入る。

 

「はい、おかえりなさい。 麻子さん」

 

「なっ…」

 

 嬉しそうに言ってくれた。

 後ろを振り向き、驚いた顔で華さんを見返している。

 よくわからない顔をしているな…。

 

「ちゃんと言えば、応えてくれるぞ? 当然っ! 俺も応える」

 

「っ!?」

 

 流石に、何を言いたいか分かったのだろう。

 その顔が、少し狼狽えだした。

 言っていいものか? と、言った顔だろうか?

 確かに、この変な共同生活は、ごっこ遊びみたいな物かもしれない。

 

 でもな?

 

「細かい事は、どうでもいい。要は本人達がどう思うかだ。そうだろう?」

 

「……」

 

「俺はそう思うし、みほも華さんも当然、そう思う」

 

 一緒の釜の飯を食うんだ。当然だろう?

 

 …俺の目を見れないのか、目を伏せ、少し恥ずかしそうに俯いた。

 少し俯き、手を握り締め…そして、小さく口が動いた。

 

「わ…私が、「お邪魔します」とか言ったからか?」

 

「そうだな」

 

「はっ…書記は、変な所で遠まわしにしすぎだ…一瞬、なんの事かわからなかったぞ…」

 

「ま…まぁ。みほ達はすぐに気づいてくれから、助かったな! …フォローありがとう…すんません…」

 

 ちょっと、格好つけた手間、アレですが…情けなく小さくお辞儀をする。

「はぁ…隆史さん、格好付けるなら最後まで…」とか、小さく嘆きが聞こえたのは無視しよう。

 麻子は、…婆さんが陸で暮らしていた為に、一人暮らしだった。

 小さな六畳一間の平屋建て。

 それでだろうか? 心配して定期的に、沙織さんが通い妻をしていた。

 料理は出来るのだろうが、この性格だから、頬っておけば作りもしなかったかもしれない。

 だからだろうか? 沙織さんが置いていったと思われる、作り置きとかの料理類が、大量に冷蔵庫に入っていた。

 

 …。

 

 生命線が沙織さんか…そりゃ、うん…まぁ。頭が上がらないだろうな…。

 納涼祭の時、攫われてしまった沙織さんに対し、物凄く取り乱した彼女を、今でも覚えている。

 

 それでも、家に帰れば一人。

 

 出迎えてくれる人はいない。

 

 そんな訳で、しばらくそんな言葉を言った事は、なかっただろう。

 

 俺もかつては、そうだった。

 

 応えてくれない、そんな挨拶…言葉は、虚しいだけだ。

 

 だからこそ言わせたい。

 

 言わせてやりたい。

 

 尚の事、彼女に。

 

「…書記。なんだその…絶対に、言わせてやるって顔は…」

 

「……」

 

「顔を逸らすな」

 

 顔に出てた…。

 

 そんな俺の顔を見て、大きく一つため息を吐いた。

 

 それが、照れ隠しなのか、本気で呆れているのかは、分からない。

 

「はぁ……」

 

 スッ…と、小さく鼻を鳴らし。

 背中を向け、家の中を眺めながら…小さく。

 

 

 

「た……ただいま…」

 

 

 少し、嬉しそうに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

「じゃあ、タラシ君。麻子の事、お願いね?」

「は…はい」

 

「出来るだけ、私も協力するからっ!!」

「お…お願いします」

 

「……」

「……」

 

「あの…ところで沙織さん?」

「…………」

 

「沙織さん?」

「………なぁにぃ?」

「あの…なんで、頬を膨らませてんすか?」

「べっっっつにぃぃ…?」

「いや……あの…? え?」

「はぁ…後、私だけ…私だけなんだけど?」

「…え? えっ?」

「いいなぁぁっ! 麻子はぁぁ!!」

「…な…何がで…しょう?」

「あと私? 私だけぇ!? さん付けなのにぃぃ…何時までもぉぉ!!」

「…………いや…あの…華さん…も…って、そういや、華さんも出かけるって言ってましたよね?」

 

 

 

「は? 今、私と話してるよね? なんで、華の事が出てくるの?」

 

 

「 」フッテオイテ…

 

 

「それに私、知ってるの。たまぁぁぁに、華の事も、呼び捨てにしてるのってっ!!」

 

「 」

 

 

「もういいやっ!! みぽりんの手伝いしてくるっ!」

「……いや…あの…」

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 この後しばらく、沙織さんのこの状態が続く…のだけど、なんで!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

「…と、言うことがあったのですが…なんで怒ってるのか、分かるか? 中村」

 

「死ね」

 

「……林田は?」

 

「苦しんで死ね」

 

「……」

 

 時間通りに待ち合わせ場所へと行けば、その待ち人…桃先輩は居らず、今回俺がお手伝いをする園さんしかいなかった。

 依頼の張本人がいないって…どうなんだろう。

 電話で確認を取ると…「詳しい事は、本人へ聞けっ!!」と…丸投げ…。

 まぁ、伝言ゲームをするよか、マシだけれどもさ…。

 

「…よろしく頼むわ」

 

 ぶっちょう面・園さんの感情が篭っていない一言。

 

 あ、園先輩か…。

 …そうそう。忘れる事が多いけど、この方先輩です。

 背の低さも相まり、年相応に見てあげられな時がある。

 いつも一緒の他の二人は、場所が場所な為、どうにも心配だった様で、今回は個人で行くつもりだったらしい。

 まぁ…桃先輩からすると、一人で行かせる方が余程心配だろう…んな訳で、俺参上。

 

 ……。

 

 あ、うん。

 

 それと中村と林田。

 

 今回の探索に手伝ってもらう話になっていた。

 

 まずは林田。このツアーに同行すると言って聞かなかった。

 理由は知らんが、ちょっと危ないかも知れないぞ? と、言っても着いて行くと言って、結局それを許した。

 

 もう一人の同行者。中村は、学園艦の内部…しかも、一般的に入れない所も見れるという事で、連れて行けという嘆願された。

 これも林田と、同じくして引かなかったから、すぐに諦めた。

 …まぁ、人数はある程度いた方が良さそうな場所だから、正直助かるがね。

 

 初め、園さんは、二人の同行者に驚いてはいたが、すぐに同行を許可してくれた。

 これから向かう先が、怖い…とかではなく、すでに俺を含め、数に入れていない様な感じだった。

 今更、一人増えようが、二人増えようが一緒だと…そんな感じ…。

 

 いや…マジで、俺って彼女に嫌われてるなぁ…。

 プラウダ戦の時に話した時と、イメージが違う…。

 

 まぁ…いいや。悪意…とも違うしな。

 

 慣れてる。

 

 

「しっかし…地下が、そんなに珍しいかね? 結構、俺来るけど…」

 

「…そりゃ、お前が生徒会役員だからだろ」

 

「普通だったら、別学部とかへは、許可がないと入れないからな」

 

 鉄の梯子を、並んで仲良く降りていく。

 

「…所でよ」

 

「なんだよ」

 

 学園艦内部は、機関室やら何やらの他に、自給自足の為に養殖場等の設備も兼ね備えられている。

 主に普通の学生は、入れない場所。

 まぁ、そりゃ一般公開している状態で、変な事されれば、大惨事になりそうな場所もあるしな。

 今も、鉄の廊下の下。

 大きな円状の生簀の中を、グルグルと…ありゃカツオか? その魚が元気よく泳ぎ回っている。

 

「…ここってよ、水産科の縄張りだよな?」

 

「縄張りって…」

 

「尾形…こんな所の子にも、お前…手を出してたのか?」

 

「出してねぇよ!!」

 

「じゃあ、なんで、あの子。お前に手を振ってんだ?」

 

「……」

 

 その水槽の前…ゴムエプロン姿の子が、俺に向かって大きく手を振っていた。

 無視するのもなんだから…こちらも手を振る…。

 まぁ、役3名の視線があるから、出来うる限り、小さく…で、だけど。

 

「なに、あの日焼けが眩い子」

 

「す…水産科の…」

 

「お前、ポニーテールとか、好きだったよな」

 

「…ま…まぁ」

 

「また浮気かな?」

「また浮気だな!」

 

「またとか言うなよッ!!」

 

「…あのな? 他の科の子となんて普通、そんなに接点ねぇだろ」

 

「なのに、あの笑顔…」

 

「いやな? 魚って、市場に出回る前の方が、遥かに安いんだよ。…ある程度まとめ買いは、必要だけどな?」

 

「…何言ってんだ?」

 

「だから、水産科に直接買いに来てんだよ」

 

「「 …… 」」

 

「まぁ、結構交渉とかモロモロ必要だけどな? 杏会長に口利きする条件で、売ってもらってる」

 

「あの会長に口利きって…」

 

「同じく、同条件で農業科にも…」

 

「「 …… 」」

 

「農業科からは、ピーマン一箱、安く売ってもらった」

 

「「 …… 」」

 

「まぁ口利きって言っても、大した事じゃないけどな。結構、現場の意見ってのは、お上には伝わらない様でな? 作物とか育てる上での細かい事…って、なんだその顔」

 

 二人揃って、苦虫を噛んだような顔しだしたな。

 別に変な事を言っている訳ではないのだけど…。

 

「…お前、職権乱用って言葉、知ってるか?」

 

「乱用って…してねえよ。例えば…店を持ってる人達って、お得意さんの業者とか個人で人脈持ってるから…それと同じだ。不正は一切してない」

 

「……」

 

「その場合、物品、金品等をタダでもらえばアレだけどな? 市場に個人的に参入させて貰ってるって感じだ。ちゃんと金を払って買ってるぞ?」

 

 言い訳ではない、ちゃんとした訳を説明しながらも、先行して歩く園さんに着いて行く。

 というか、ほぼ迷路の様な、この地下。

 一回、沙織さんと一年連中が、迷子になった事を思い出してしまった。

 段々と、通路も狭く薄暗くなっていく。

 それでも、ただ黙って歩くのが嫌なのか、中村達は会話を続けたいようだ。

 

「…とは言ってもな…そこまで食費に困ってるのかよ…」

 

「はぁ…お前ら……」

 

「んだよ」

 

「…華さんいるんだぞ」

 

「「 ………… 」」

 

「…朝から、すげぇ食うんだ……あの人」

 

「「 ………… 」」

 

「…その栄養が全て、あの胸に行くと考えると、非常に納得が行く程の…」

 

「なら仕方ないなっ!!」

「頑張れ、尾形っっ!!」

 

 お前ら…。

 最近、中村もノリが軽くなってきたなぁ。

 

「まぁ、食費もあるが、時間が立つ前の食材を、直接購入出来るからな。味もいいしな。中村、これ終わったら飯、食いに来るんだろ? 違いを教えてやる…」

 

「…お…おぉ。男の手料理を食いにお邪魔するってのは、正直思う所があるが…」

 

「あぁ、そういや、ホテルで言ってたな。ついでにダー様のカードか?」

 

「そうだッ!! 念願のっっ!!」

 

 

 

 

「 うっさいわねっ!! 」

 

 

 お…おー……。

 園さんが、怒鳴った…。

 いつものノリで、中村達と話し込んでしまって、彼女の事を頬っておいてしまった。

 

「…そろそろ、つくわよ」

 

 此方に半分顔を向け、立ち止まった。

 覚悟しろと言いたげな、雰囲気

 

 ここから先の通路は、色々とカラフルになっていくのが、見えるね。

 

 何もなければ、普通の壁。

 

 そう…何もなければ…。

 その左右の壁は、禍々しい七色の絵の具で描かれている現代アート仕様だった。

 まぁ…アメーリカのスラム街とかで、よく見かける現代アートだ。

 

「ここが、大洗のヨハネスブルグ…ねぇ…」

 

 まぁ、一応…普通とは少し違う場所だ。

 同行する旨を言われた際に、二人には多少、誇張してどんな場所か伝えてあった。

 その二つ名で呼ばれる場所に、いつの間にか到着していた。

 

「さて、改めて聞くけど…いいのか? 危険かもしれんぞ?」

 

「はぁ…まぁ? 事情聞いてしまったらよ。その先輩を一人で行かせる訳にもいかんだろうよ…お前もそうだろ?」

 

「まぁな」

 

 中村は淡々と、答える。

 こいつ、別に園さんと面識がある訳でもないのにな。

 

「林田は?」

 

「……」

 

「林田?」

 

「…俺は…出会いが欲しい…」

 

「「「 ………… 」」」

 

「あぁっ!! 少しヤンキー娘でっ!! ある意味でツッパてる、巨乳の彼女が欲しいっっ!!!」

 

「……」

 

「…お前…すげぇわ。素直に感心する…」

 

 何かを決意している目をしてるな…。

 

「徐々に更正させて行く上での、体と共に発展していくロマンスを「Okブレーキ、林田。話が進まん」」

 

 動機はアレですけど、こいつは自分に素直なだけだな…。

 ポジティブすぎる思考が、本気で羨ましく思う。

 ある意味で、これはコレで、こいつの魅力であり、武器なのだろう…。

 

 モテるかどうかは、別として。

 

 さて、虫を見る目をしている彼女に、一応聞いておこうか。

 

「園さん」

 

「なによ」

 

「ここの連中を取り締まるって名目で来たけど…何か策でもあるの?」

 

「片っ端から、取り締まってッ!! 更生を促すわっ!!!」

 

 無い胸を張って、得意げに言い切った。

 

 要は…無策ですね。

 でもなぁ…この手の連中って、頭から押さえつける様に言っても反発するだけ…

 

「貴方達と、まとめてねっ!!」

 

「「「 …… 」」」

 

 うっわ…達って、言ったな。

 

「丁度良い機会よっ!! 反省させて、猛省させてっ! 更生させてあげるわっ! 風紀委員の名に掛けてっ!!」

 

「「「 …… 」」」

 

「まず、貴方っ! 林田 優っ!!」

 

「え…俺っすか?」

 

「見る限り…成績は良いみたいね」

 

 どこからか取り出した、アイパッド? かな? を、操作し始めた。

 アレの中には、在校生のデータが全て入っているらしいね…。

 

「…遅刻も無い。特に特出して、悪行もないみたいだけど…」

 

「悪行って…。あぁ、そういや林田って、在校男子生徒の中では、成績1位だっけか」

「全然そうは、見えないのにな。人は見かけによらないな」

「お前ら、酷くないか!?」

 

 

「 ただ、女生徒からの苦情が酷い 」

 

 

「  」

 

 

「セクハラは犯罪よ? 主に視線がいやらしい…って、苦情が最多数ね」

 

 

「   」

 

「次に、中村 孝」

 

「…俺っすか?」

 

「…同じく、特に学園生活に置いては、問題ないけど…出席日数が、そろそろ危ないわ」

 

「あ…あぁ…」

「お前、いい加減に学校サボってまで、戦車試合見に行くのやめておけよ…?」

「まぁ、大洗学園にも戦車道できたし…まぁうん…自重するか…」

 

「後…痴情の縺れの相談がすっごいわ」

 

「「「 ………… 」」」

 

「遊ばれて捨てられただの、なんだの…その手の話を良く相談されるわ。その内に刺されるわよ」

 

「…お前、人の事言えないだろ…」

「ちっ…ちがっ!! 俺、今付き合ってる彼女いねぇっ!!」

「…今……」

「あ、林田がアップを始めた」

 

「…まぁ正直、ちょっと目が怖い子が多かったし…本気で生活改めなさい? その内に刺されるわよ?」

「2回言われたっ!?」

 

「なぁ、林田」

「あぁっ!?」

「怒るなよ。まぁアレだ…今度、中村にそれとなく聞いてみよう」

「何がだよっ!!」

「中村…よく私物がなくなるって言ってたろ?」

「お…? おぉ、なんか家でも封開けたばかりの物がどうの、言ってたな」

「…多分その、風紀委員相談相手って…ストーカーか、何かだろ」

「……」

「あの手の男に多いんだよな…」

「……」

 

「そして、特に貴方っ!! 尾形 隆史っっ!!!」

 

「え…俺っ!?」

 

 俺に向かって、目を細めて、睨みつけてきた…。

 

「…風紀を乱す元凶……」

 

「……」

 

「人前で…キッ……キキキキキ……スとかっぁぁあああっっ!!!!」

 

 あ~…プラウダの…ノンナさんの…いたっけ…そういや、この人。

 顔真っ赤にする位なら、濁して言えば良いのに…。

 

「いや…あれは…」

 

「…女性関係? 不純異性交遊っ!? がぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 あ…壊れた。

 

「なにこの人数っ!? 何股かけてるのっ!? 女の敵っっ!!!」

 

「……」

 

 あ…うん。なんだろう…ちょっと、その意見が久しぶりで、ほっこりしております。

 懐かしいなぁ…。

 

「なに笑ってんのよっっ!! 粛清よっ! 粛清っ!!」

 

 更生じゃなかったのかよ…。

 カチューシャみたいな事言い出したな…。

 

 中村と林田が、一歩下がった…。

 こいつら、俺をそど子の火の粉の盾にする気かっ!

 …言いえて妙だが。

 

「会長も何を考えているのかぁぁ…こんな、男を生徒会に…更には役職までぇぇ…」

 

 あ~…なるほど、なるほど。

 こんな感じで、この人に俺、嫌われていたのか。

 

「生活指導…生活…コレを矯正…更生……」

 

 ……。

 あ、目がちょっとやばくなってきた。

 なら出来るだけ、普通の態度で…。

 

「でも、それって今、ここでする事ですかね? 目の前の汚れ切った廊下を見て思う…取り敢えず、先に行きませんか?」

 

「はんっ! そう言って逃がすわけには行かないのよっ!!」

 

 でもなぁ…。

 

「奥で、髪型がとても奇抜な娘達が、こちらを見てますけど…」

 

「……」

 

「後、片っ端からってのは、やめときましょう?」

 

「はっ!? なんでよっ!!」

 

 よし、食いついた。

 

「あの手の連中って、大体リーダーというか、そういったまとめ役がいるもんです、そちらをまず、納得させた方が早いっすよ?」

 

「……」

 

「こういった事は、一朝一夕に出来ないでしょう? 時間を掛けて徐々にって、事で…また、後日様子を見にこれば良いじゃないですか」

 

「………」

 

 俺の話を、頭から否定すると思ったけど、しっかりと聞いてくれているみたいだ。

 目が少し右斜め下を向き、何かブツブツと呟いて…まぁ、脳内で会議してくれているのだろう。

 ふむ…なんだかんだ、結構冷静なのか?

 感情的な性格だと、感じていたけど、人の話をしっかりと聞ける人だな、この娘は。

 

「…そうね。貴方に言われるのは癪だけど…身近に模範となる人物がいた方が…」

 

「そうそう…まぁ、面会は難しいかもしれませんが、小さな事からコツコツと…ある意味で初対面同士、どんな生活をしてるかも分からないでしょう?」

 

「まぁいいわ。手始めにそれで行きましょう。まずは、あの子達のリーダーに会いましょう……そこから生活指導の幕開けね…ふ…ふふっ…」

 

 そこまで言い切ると、我先に…と、そのヨハネスブルグに脚を踏み入れた。

 着いてこい…って、背中で語ってますね? 園さん。

 その年で背中で語れるのって、結構凄いと思いますよ?

 

「…話をすり替えたな、尾形」

「いや、あの先輩もチョロすぎだろ…」

「数多の修羅場を潜り抜けて来たからの余裕か? 尾形」

「冷静に対処対応してたな…」

 

「本来の目的に戻しただけですわよ? 他意は御座いませんわ」

 

「オネエ言葉のお前は、背筋に悪寒が走るからヤメロ」

「下手すっと本職に見える…」

 

「……」

 

 

 ダージリンの真似は、今後控えよう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 …歩き、進むに連れて、足元のゴミ…壁の現代アートが段々と酷くなっていく。

 通路に座り込んでいる生徒とかも、段々と増えていき…。

 ゴミも、なんか割れた瓶とか散乱してるし…危ないなぁ…。

 現代アートも上塗りされすぎて、壁が真っ黒になっている。

 お陰で、薄暗い通路…というか、廊下が更に薄暗くなっているな…。

 

 掃除したい…白一色にしたい…。

 

 進んでいく内に、通路の様子が変わってきた。

 ただの壁から、ポッカリと穴が…というか、空洞が出来ている。

 教室…なのか?

 

 窓ガラスが割られている為にできた空洞。

 …その向こう側から、何名かの生徒に、めっちゃ見られてる。

 というか、ガン飛ばされてるなぁ…。

 

「ほら、林田。好きな子選べ」

 

「……」

 

「あ…こいつ、マジで物色しはじめたな…」

 

 中村と林田。

 意外と余裕だな。

 しかし…女生徒しかいない。

 こじらせた男子生徒も、何名かいるって聞いていたのな。

 

 あ、男女比率が違いすぎて、逆に女生徒に淘汰されたのだろうか?

 

「しっかし…奇抜なデザインというか、何というか…」

 

「海賊っぽい髑髏の落書きが多いな、流石、船舶科」

 

 んぁ? そういや、そうだな。

 船舶科のハングレは、海賊…ね……。

 

 

 ……。

 

 

「…どうした、尾形。青い顔して」

 

 先行して歩く、園さんを追い掛ける様に、どんどんと奥へと進んでいるけど…。

 

 その壁。

 

 中村と林田の会話に釣られ、何となく現代アートを眺めていたら…えらくファンシーな落書きを見かけた…というか、見つけた。

 

 大体は、小さく書かれているのだけど、真新しい落書き。

 

 しかも、結構な数…。

 

「なんで…ベコが…」

 

 そう、小さく黄色く…簡単に書かれている。

 特にこんな場所に、縁なんてないだろうに…。

 

 

「ちょっと、待ちな」

 

 

 ん…園さんが、立ち止まった。

 危うくぶつかってしまいそうになる程の急ブレーキ…。

 

 俺達が進む通路を、二人の生徒に遮られていた。

 

 なんか…まぁ、なんだろう…すごい髪型…というか、色。

 

 真っ赤な原色を使った、ストレートの髪の女生徒と、真っ青な原色を使った、オールバックの女生徒。

 

 …セット…コンビかな?

 

「アンタらさぁ…誰に断て、ここ通ってんの?」

「………」

 

 おーおー…めっちゃ威嚇してきてるなぁ…。

 周りの他の女生徒達も、ニヤニヤと此方を眺めてるな。

 

「ここは学校よっ! 誰に許可を取れって言うのよっ! 通行は自由よっ!!」

 

 …怯まない。

 寧ろ喧嘩腰で、相手を睨み返したなぁ…園さん。

 あ~…やっぱり血の気が多い…。

 

「アンタ達っ! 何その髪の毛っ! 校則違反よっ!!」

 

 まぁ…うん。いきなりカヨ。

 

 でもな?

 そういった髪の毛…しかも結構、見かけよらずに手入れをしているタイプのヤンキー姉ちゃんに、その言葉はちょっとまずいぞ?

 特に真っ赤な髪の子。

 見事なほどに真っ赤だけど、綺麗と思える程に髪の艶が素晴らしい。

 あんだけ長いと大変だろうに…色も何もかも維持するのって。

 

 

「あっ? 髪?」

 

 あ、ほら…食いついた。

 

「そうよっ! それにスカートが長いっ!! 後、この辺、ゴミだらけじゃないっ!! しっかり掃除しなさいっっ!!」

 

「「……」」

 

 体全体でダイナミックな動きをしながら、捲し立てる園さん。

 それは朝の校門前と同じで、ある意味で皆に公平だとも言える。

 …けど、この場所では些かどうかと思う。

 

 その赤髪の女生徒。

 髪を指摘された時、明らかに不機嫌になった。

 

 ジャラッと、腰からスカートのポケットに繋がれていた、チェーンが動く音がした。

 体を前屈みして、目を見開いたまま…すげぇ園さんにガン付け始めた。

 

 しかし、一切怯まない園さん。

 腰に手を当てて、まっすぐその目を見返している。

 

 …ふむ。ちょっと流石にマズイな。

 

 おや、中村と林田。

 流石に気がついたか? ちょっと真剣な顔つきになったな。

 まぁ、頭数がないと、こういった場所だと特に舐められるからな。ある意味で、無理して来てもらってる様な感じだし、彼らを動かせる訳にもいかんだろ。

 しかし中村も林田も、こういう時に、怯まないなぁ…ちょっと意外だ。

 

「…ケイさんに比べれば、可愛いもんだよ」

 

「…オレンジペコさんに比べれば、そよ風の如し」

 

 あ…うん。鍛えられたなぁ…。

 

 

「はいはい、ちょっとスイマセンね?」

 

「ちょっとっ!!」

 

 園さんと、その赤髪の子の間に割って入る。

 俺の背中から、園さんのクレームが聞こえてくるね。

 それよりも…だ。

 男が急に出てきた為か、横に居た青い髪の女生徒も、体を少し構えた。

 そして俺の顔を、下から覗き込む様に嬉しくない、上目使いでガンを飛ばしてくる。

 

「……」

 

 ちょっと、ピリッとした空気になったが…俺はそんな事もお構いなく、ある一点に視線を集中させていた。

 

 先程から、一切喋らない、青い髪の女生徒もそうだ。

 腰からスカートのポケットにチェーンが伸びている。

 時代錯誤っぽいとか、そういったのはどうでもいい。

 その根元…キーホルダーが見えた。

 

 二人共…そろって黄色いのが。

 

 ……。

 

 いや…見なかった事にしよう。

 

「悪いね、別に君達に喧嘩売る気はないんだ。君らが言う、許可とやらが欲しいからさ、君らの代表に会わせてくれないか?」

 

「ちょっっとっ!! ムグッ!?」

 

 勝手に話を進めようとしたのが気に食わないのか、園さんが抗議の声を上げようとした。

 が、その後ろから中村に口元を押さえつけられ、後ろに下がらされいる。

 よしよし、流石に分かってくれたか。

 

 にこやかに話し掛けて見ているので、この二人も、出かかっている矛を収めてくれないかなぁ…。

 この場所のルールとやらもあるだろう。

 それらを無視し、一方的に上から目線で話す、園さんにはもう話させない方が、良さそうだ。

 

「アッ!? …あ?」

 

 一瞬、胡散臭い…って、目で眉を曲げたね…。

 そりゃ、取り巻きの様に後ろに控えていた俺が、いきなり出てこれば、そうなるだろ。

 …う~ん…。

 しかし、威嚇の様な「あ」の後に、別の意味のニュアンスに感じる「あ」に変わったな。

 

「…あっ!?」

 

 今度は、何かに気がついた様な「あ」に変わったぞ…。

 嫌な予感しかしねぇ…。

 

 

 ……。

 

 あ~…今度は、スマホを取り出したな…。

 

 ……。

 

 会長…杏会長?

 ………帰ったら問いただしマスネ?

 一体、ベコをどうしたんだと…商品開発してんじゃないよ…。

 

 …その赤髪の娘のスマホは、黄色い見慣れた熊のケースだった。

 

 うん…ヤンキーっぽい娘だけど、遠目で見れば、ファンシーな見た目。

 年頃の女の子だと、実感させてくれる。

 何かに焦っているのだろうか? いそいそ、スマホを操作している彼女。

 その指の爪が当たるのが聞こえてくる…。

 何をしているんだろう…。

 そんな様子を、他の生徒達は、まだ俺達から距離を取って、見守てっている。

 

「なぁ、尾形。アレ…あの子のスマホケースって、ベコだろ?」

 

「…多分、そうだな」

 

「……」

 

「…………」

 

「まっ、ガンバレ尾形」

 

「諦めた顔で、言うなよっ!!」

 

「島田流がスポンサーに着いた時点で、諦めろ」

 

「………」

 

 ま…まぁ、商売しちゃいけないって訳じゃないけどさ…。

 幾らなんでも、流通が早すぎる…。

 いつから…あ、もしかして…ベコの着ぐるみを愛里寿に預けた時辺りからか!?

 それでも生産ラインの確保とかさぁっ!! 色々あるだろう!?

 

「こっ…これっ!!」

 

 ん?

 

 操作が終わったのか…スマホの画面を、俺につき出してきた。

 あら綺麗な画面。バッキバキに割れていそうだとうか、ちょっと失礼な事を思っとりました。

 

 ……。

 

 あ…うん。

 

 そこには、小さな男の子がおりました。

 

「これっ! 私の弟ですっ!!」

 

 敬語になったね…。

 何故かその顔は…キラッキラに輝いてますね。

 

「覚えてますかっ!?」

 

「…あ~…はい」

 

 見慣れた着ぐるみも写っていた。

 小さな男の子が、その見慣れた毛玉に抱っこされていた。

 

 そのツーショットの写真。

 

 …これ、初期のベコだ。

 

 この子も覚えている。

 沙織さんを救出後、テントへと戻る最中、一度だけ子供に抱っこを要求されたから。

 一度だけだったから、覚えている…。

 

 その時の子供に負けない位の輝く目で、俺を見上げて来る赤髪の娘。

 

「あの…中身が、俺って事を…知っていて言ってますよね…今」

 

「はいっ!!」

 

 またスマホの操作操作を始め…もう一度画面をつき出してきた。

 バッ! っとね…。

 目の前の画面の中には…。

 

「半裸の俺がいる…って、なにこの写真ッ!? あっ! 納涼祭の時のかっ!!」

 

 そこに映っていたのは、倒れたベコから、体を引きずり出された後の写真…なんだろう。

 …ベコに俺が喰われていた見たいな言い方しちゃったけど…何人かの手で、俺の着ていたインナーを脱がされている時の写真だった。

 結構な野次馬いたし…おっさんの手だけど、しぼんだベコと一緒に、画面端に写ってるから間違いないだろう。

 …意識あんまし無かったし。

 

 これが撮れているって事は、あの場にこの子もいたの!?

 こんな派手な髪の毛してるなら、印象に残らないはずないのだけど…。

 あの子供を抱っこした時も…黒髪の…あ。

 

「あの時、私…弟の前でしたし…良いお姉ちゃんで通していたんで…髪黒くしてたんです」

 

「あ…はい。なる程…」

 

「あの時、車での…女一人、数人で攫うような…ゲス野郎共……をっ! ぶっ殺してくれた時の動画も! ちゃんと撮りましたっ!!」

 

「…殺しちゃいないけどね…というか、動画撮ったのね…」

 

 スマホ世代…。

 ちょっと怖いな…。

 

「すげぇ~なぁ…すげぇ気合入っってんなぁ…とか、思いましてっ♪ どんな人なんだろう…とか、気になってぇ~」

 

「……」

 

 気合とか…気になるとか…言い方と、ニュアンスに彼女の人となりが現れてるなぁ…。

 しかもあの場に、俺を追っかけて来るとか…中身バレてるし…。

 

「その時の動画っ! ネットに上げて見たら、再生数すっげー事になりましてっ!!」

 

「!!??」

 

「あ、大丈夫ですよ? あのゲス共を、抱き潰してくれた時のしか上げてませんからっ! 肖像権の侵害になっちゃいますぅ!!」

 

「………………」

 

 わっかんない…。

 この赤髪の娘の性格が、よくわっかんない。

 肖像権とか普通に言ったね…まぁ動画をネットに上げる位だから、最低限の知識はあると思うけど…。

 というか!! ネットにベコの動画上げたの、この娘かよっ!!!

 

 …ちょっと待て。

 

 周りがザワザワ言い出したぞ…。

 ここにいる全員が…まさか…。

 

「最新の動画も見ましたっ!! アレ、マジっすよねっ!?」

 

「あ…はい。マジっす…」

 

 決勝戦の時の…か…。

 先程から、一切しゃべらない青髪の子も、目を輝かせてるし…。

 

「ファンっす!! 握手してくださいっ!!!」

 

 お辞儀して、手をつき出してきた…。

 

 えー…。

 

「あ~…うん。どうも…」

 

 仕方がないから手を握ると、ブンブンとそのまま上下へと振られた。

 いつの間にか、両手で握られ、青髪の子が、赤髪の子の後ろへと…あ、これ、並んでいるつもりか?

 まさか、この子も!?

 

 マジカァ~…えー…。

 

 知波単の西さんもそうだけど、何がそんなに良いの? この毛玉。

 

「ありがっとしたっ!!」

 

 あ…はい。

 

 嬉しそうに手を離した赤髪の子は、スッとそのまま青髪の子へと場所を譲った。

 すでにこの青髪の子の行動が分かっている見たいに…。

 

 待て…まってっ!! なんで、ゾロゾロその後ろに並んでんのッ!?

 どこから…あぁっ!? ギャラリーがこっちに移動してきてるっ!!

 

「あの…ファンです……デザインは、初期の方が、好きです…」

 

「……」

 

 な…なんつー…声。

 初めて口を開いたと、思ったら…見た目と違い、思いっきり綺麗で透き通る様な声…。

 ヤンキーっぽいから、この声自体が、コンプレックス…と、見た。

 だから、一切喋らなかったんだろうなぁ…。

 

 …と、いうか初期って…。

 

「え~…2番目の方が、カッケーだろ。マントとか、少しボロい所がワイルドでよぉ。3番目はないな」

「確かに3番目のモヒカンは、どうかと思うけどよぉ。あれは別の人が入ってんだろ?」

「あたしは、シンプルに初期だな!」

 

 …後ろでベコ談義が始まった…。

 というか、この子達全員が、握手待ちかっ!? はぁ!?

 

「あ~…中村」

 

「知らん」

 

「助けてくれ…」

 

「だから知らん」

 

 助けを求めて後ろを振り向くと、諦めろとばかりに視線を投げられた。

 …見捨てられた…。

 園さんは、林田に押さえられて、まだ暴れてるけど…う~ん…。

 

 その後、何故か握手会に発展し…その際に一人一人、ベコについて熱く語ってくれました。

 ここの船底で、なんか流行ってるらしく…というか、動画を赤髪の子が見せて、そこから布教。

 あっと言う間に、船内へと広がっていった様だ。

 うん…男気がどうのとかも、言われたけど…特に気にした事もないんだけど…。

 

 ベコグッズは、船内の売店で売ってる? あ…そう…。

 

 ……。

 

 会長っっ!!!!!

 

 

「あ…あの、赤い髪の…えっと…」

 

「はいっ! 鬼怒沼! 鬼怒沼 真希って言いますっ!!」

 

「あ、はい…鬼怒沼さん…いくつか聞いていいですか?」

 

「真希でいいですっ!!」

 

 ……。

 

「赤鬼が…名前呼びを許可した……」

 

 …………。

 

 なんか、ベリーショートの子が、驚いた様に、呟いた。

 赤鬼って…。

 

「あの…んじゃ、真希さん…」

 

「呼び捨ててくれて「真希さん?」」

 

「あ、はい!」

 

 ……。

 無理…初対面の娘を呼び捨てとか、無理。

 拒否るすかの様に、被せて呼んでみたら、思いの他に素直に返事をくれた。

 

「…ここって、男子生徒もいるって聞いていたんだけど…」

 

「あー…ボコッて、追い出しましたッ!」

 

「……」

 

「女相手だって、舐めやがりましてね? 女だと思って、好き勝手できるとでも思ったんじゃないんすか? ちゃんと絞めときました」

 

 ……。

 

 あ、うん、まぁ…いるね。

 そういった輩は…。

 その事に関しては話したくないのか、それとも思い出したのか…すっごく嫌そうな顔で返された…。

 

「見た目ばっかりの、モヤシ野郎ばっかりでしてね…はっ!」

 

 …周りの全員が頷いてるな。

 どんな奴らだったんだろう…ちょっと気になる…。

 

 …。

 

「んじゃ…次。取り敢えず、やっぱり掃除は必要だと思うんだ」

 

「…そっすか?」

 

 一応、園さんの意見を言ってみた。

 周りを見渡しながら、足で転がっている便をコツいて言ってみる。

 あからさまに、嫌な顔をしたな…感情に素直なんだろう。

 ダリィ~って、顔からして言っているな。

 

「特にこのビン類は不味い。割れているのもあるじゃないか。…釘とか…」

 

「……」

 

 説教ぽく言ってしまうとまずい。

 …白けるというのだろうか? すでにちょっと、退屈といった様子が伺えた。

 だから…。

 

「…怪我したらどうする。特にガラスとかで切った場合とか…後々傷に残ってしまうんだぞ? 女の子だろう?」

 

「お…」

 

「木の枝とかでもそうなんだ。刃物見たいな物じゃなくて…こういった物での傷は、ふさがりにくいんだ。見ろ」

 

 一応、例として、腕を捲って見せてみる。

 昔、ミカと遭難した際、裸のまま戦車から体を出して、森の中を疾走するというバカみたいな行為をした事があった。

 その時に出来た傷を、余り見せたくないが、見せて説明してみる。

 傷を肉で無理矢理塞いだような、そんな傷を…。

 

「…な? 汚いだろ? だからせめて、怪我しない様にゴミを…だな……ン?」

 

 あの…青髪の子が、腕をさすりだしたんすけど…。

 なんか、うっとりしてるんですけど…。

 

「いや…心配してくれるのは、嬉しんっすけど…ここまでの量だと…」

 

「あぁなる程。方法か…そうだな。汚し過ぎてしまった場合、取り掛かりがわからんか。なら良し。俺も手伝おう」

 

「マジっすかっ!?」

 

 ……

 

「言った手前、責任は取るよ。…どうせなら全て掃除しよう。そうしよう。清潔という名の暴力を見せてやる」

 

「意味わっかんないっすけど、マジっすかッ!? ベコ様、また来てくれるんっすかっ!?」

 

 …………

 

「あ…あぁ。君らがよかったら…だけどな。後…様…いや、ベコ呼びは、やめて下さい…本気で」

 

「でもなぁ…掃除かぁ…」

 

 やはり面倒臭いのか、明らかにやる気を感じない。

 でも、普通に危ないし、白くしたいしで…。

 

「あ、もしかして、心配してくれてんすか?」

 

「…は? 当たり前だろう。年頃の娘なんだから、特にこういった…なに?」

 

 なんだ…目がまた輝き始めた?

 おっさん臭い言い方って、ボソッと後ろで聞こえたけど、無視だ無視。

 

 ………………うん。

 

「あの…ところで、この子…なんで俺の二頭筋を摩ってんの?」

 

「あ、そいつ腕筋フェチなんっす」

 

「……」

 

 どうしよう。

 なぜか、先程から脳内アラームが止まらない…。

 現状が完全に膠着してしまいそうだから、さっさと本題へと移行しよう…。

 うん…逃げたほうが良さそうだ。

 

「じゃ…じゃあ、君らの代表へ会わせてくれないか?」

 

「ベコ様なら、ぜんっぜん良っすよ! あ~…でも、親分……今の時間、いるかなぁ…」

 

 …親分?

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 …思いの外に……あぁ、本当に心外な打ち解け方をしてしまった。

 素直に良かったとは思うし、掃除をするという約束も取り付けた。

 何名かは、どこか不満気だったが、特に本気で嫌がっているとも思えなかった。

 そりゃ誰だって、綺麗な方がいいだろうよ。

 部外者に言われてするのは、やはり不満なのか…後はただ、面倒なだけだろうよ。

 ここの代表に取り付いで、上から言えば、多分ありゃ従うな。

 上下関係が、結構ハッキリとしていたし。

 

 赤髪の娘と、青髪の娘。

 

 彼女達二人は、現場監督…見たいな役所だったらしい。

 周りの生徒へと、一声掛けると素直にそれに従った。

 髪を逆立てている女生徒と、ベリーショートの髪型をした女生徒だけは、妙に犯行的だったけど、最終的には素直にソレに従った。

 

 …そして今。

 

 その赤髪…鬼怒沼さんに案内され、言われるがままに、通路を進んだ。

 どんどんと、薄暗くなる通路。

 何故か、登ったり下ったり。まぁそういう作りなのだろうが、よくわからない進み方をされてしまたった。

 最終的には、ポッカリと口を開いた奈落へ続くと思わせる空洞。

 その中心に設定されていた、ポールに捕まって降りろって言われたけど…。

 

 他の3人も、すでにイベント盛りだくさんだった為に、疲れてしまったのか…考えるのを諦めたとでも言うのか。

 特に何も疑問を口にしないで、すべて案内されるがままに従った…結果。

 

 石壁に囲まれた部屋に、俺達は到着した。

 

 

「…」

 

「………」

 

「あからさまに怪しいな」

 

 石の壁の何も無い部屋。

 その壁の中心…ここが入口ですよと、言わんばかりに通路が開かれている。

 ただ工事中なのか、その入口横に、何か資材が積まれている。

 

「まぁ…進むしかないな」

 

 鬼怒沼さんは、そこまでは着いて来なかった。

 何か理由があるのだろうが、後は道なりに進めばok~っと、キャラちゃうやろアンタって、感じで見送りの言葉をくれました。

 さて…この先に、ここの代表者様がいるのかね。

 …廊下の先、少し明かりが見える。

 

「…はぁ…なんか…疲れた」

 

「林田。園さんは、まだまだ元気そうだぞ?」

 

「…なによ」

 

 腰に手を置き、さっさと行きたいとばかりに、俺の顔を見上げている。

 先程の事もあり、ちょっと強めに叱ってみたのが、効果があったのか…一人で突っ込む様な真似を控えてくれている。

 そりゃなぁ…幾らなんでも、いきなり喧嘩腰は良くない。

 その後に考えうる展開を、何パターンか提示し、対応を聞いてみた。

 暴力を振るわれたらとか、後方にいた、同行者を背後からいつの間にか拉致られたらどうすんのか…とか?

 はぁい。…大体、力技の回答を頂きました。

 

 一人では対応出来ない事態を考えて、行動してくださいな。

 

 ツッコミどころ満載でしたので、全ての彼女からの案を、口で潰した。

 …ちょっと涙目にしてしまったのは、悪かったと思っている。

 

 はぁ…この子って…見た目通り融通が利かないというか、自身が正しいと信じ込んでいるから、ちょっとタチが悪い。

 というか、危ない。

 …桃先輩の言う通り、一人で来させなくて本当に良かった。

 鬼怒沼さん達は、多分…大丈夫だと思うが、普通に裏路地とか本当に危ない場所、連中の前であんな事してしまったとしたら?

 しかも一人だけなら、即、袋叩きにされていてもおかしくないぞ…。

 

「だから、なによっ! 貴方の言うことに従ってやってるんだから、文句ないでしょ!?」

 

 …う~ん。

 やっぱり睨まれるな…。

 ま、嫌われてもこの際、仕方がない。

 彼女の安否が第一だ。

 

「そういや…この先に待ち受ける、ラスボスを前にちょい良いか?」

 

「林田…ラスボス前って…死亡フラグ…」

 

「……」

 

「まぁいいや。んで?」

 

「俺よぉ。この後、すぐに実家に戻んないといけないんだよ。バタバタしそうだし、今聞いとく」

 

「バタバタしそう?」

 

「…顔合わせするんだと」

 

「顔合わせ?」

 

「兄貴がよぉ…今度、結婚すんだよ」

 

 結婚…。

 その少し困った顔をした表情を見て、園さんが反応した。

 

「なによ。おめでたい話じゃない」

 

「え? …あ~そうなんですけど…」

 

 彼女も女の子だ。結婚という二文字に憧れでもあるのかね。

 ちょっと、興味を持ったようだ。

 

「兄貴…あぁ、真ん中の兄貴なんすけど、真面目な性格すぎて役所に就職して……お陰で、今まで女っ気が皆無だったのに…。いきなりってのが、気になりましてねぇ」

 

「別に良いじゃない。就職先も安定してるし…真面目なのは良い事よ?」

 

「まぁ…う~ん…」

 

 なんだ? いきなり、んな話…。

 

「ん? 林田。お前の実家って、酒蔵だったよな?」

 

「あぁ、3人兄弟なんだよ。一番上の兄貴が、家を継いでる。んで、俺も最終的には兄貴手伝うつもり」

 

「…就職先、決まってんのかよ」

 

「まぁ嫌いじゃないし…って、それは別にいいんだよ!」

 

 本当に、何が言いたいんだ?

 

「んで、本題。…尾形」

 

「なんだよ」

 

 ここで、林田が妙な顔して、一呼吸置き…。

 

 

「尾形」

 

 

「だから、なんだよ」

 

「尾形なんだよ」

 

「だから、なん…」

 

 

 

「相手の姓が、尾形だ」

 

 

「「「……」」」

 

 

 …血の気が引く。

 

「フルネームは、まだ聞いてないんだけどな? お前、姉ちゃんとか、いねぇ?」

 

「……いる」

 

「親御さんは…戦車道の師範してるって聞いてよ…。まさかって思って」

 

「……俺の姉さんも、今度…結婚する…」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……んじゃ…行こうか…」

 

「そ…そうだな。さっさと済まそう…」

 

「なんだ、この妙な雰囲気…」

 

 色々な事を、後回しにする事を、俺は林田と決めた…。

 アイコンタクトって、本当にできるんだな…。

 

 さぁっ!! あの海賊旗を掲げる先に…今は……い……。

 

 

 

 

 

「…なぁ、林田」

「…なんだよ」

「もし…相手が俺の姉さんならな? 胸の事には、絶対に触れるな」

「…は?」

「死ぬぞ?」

「………はい?」

「……死ぬからな?」

「…………」

 

 

 

 

 ため息しか出ねぇ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オモシロイコトヲ、オモイツイタ

 

 そうだねぇ。

 

 別にアレらに義理立てする気も無いし、別に悪いとも思っちゃいねぇ。

 

 俺としては、両方が共倒れになってくれる事が、一番良い事だしぃ。

 

 餌は、たぁくさぁぁん…あるしねぇ…。

 

 優先順位は、あのお坊ちゃまが、一番。

 

 アレが、一番、オカシクなる方法…。

 

 オモシロイコトヲ、オモイツイタ

 

 俺専用のVIPルームに運ばれてきた、スチール製の飯の器。

 

 その端を指で弾く。

 

 小気味良い音と共に、色々とオモイツイタ。

 

 まずは、どうコンタクトを取るか…。

 

 思いの外早く、尾形 隆史との面会が叶った。

 

 今、どんな面してるか、一度見ておきたかった…って、淡い恋心だったのにねぇ。

 

 …かっ。

 

 同じ方法でいけるか…。

 

 さぁ、誰にしよう。

 

 家元のババァじゃ、面白くない。

 

 そうそう…。

 

 尾形 隆史。

 

 アレにも、知られていない…情報。

 

 ソレを誰に。

 

 アレをどの様に。

 

 ソレを教えるか。

 

「……ヒッ」

 

 味のしない飯を、口へと掻き込み、その飯をゆっくりと噛み砕く。

 

 何を口に入れたかは、興味が無いし知った事ではない。

 

 ただ…うまい。

 

 そう感じた。

 

 噛めば、噛むほど…面白い事に成りそうな予感に、心が躍る。

 

 ただ、噛むだけで、こんなにうまいと感じる事が、出来るようしてくれたねぇ。

 

 こんな場所で、こんな気持ちになるなんてぇ…ありがとぉぉね? お坊ちゃま。

 

 カッ……。

 

 何をどうしても、鑑別所にいる俺には手出しできねぇだろう。

 

 圧力や金を使えばどうにかなるかもしれんが、直接的には手が出せない。

 

 上手くいけば、その内に飛んでくるだろうけどよぉ。

 

 だから好き勝手やらせてもらおう。

 

 どんな顔を見せてくれるかなぁ?

 

 …さて、あのお坊ちゃまと面会している時にいた警官。

 

 あれに言えば、言うことを聞いてくれるよねぇ。

 

 いっぱいお金貰ったらしいし? 僕の希望も聞いてくれるだろうよぉ。

 

 あのお坊ちゃまも、ソレを内部にいる俺に教えるとか、馬鹿じゃねぇ?

 

 んじゃ、ありがたく、その警官様に、面会の希望…名指しでお願いしますかぁ。

 

 それに全てを話す…と言えば、結構あっさりと連れてきてくれるかもねぇ。

 

 文字通り…すべて。

 

 

 二人。

 

 そうそう、二人。

 

 

 

 

 島田 愛里寿。

 

 

 

 そして…西住 みほ。

 

 

 

 

 

 あの二人に教えて差し上げるのが、一番…面白い。

 

 西住 まほは、ダメだね。

 

 ショックは受けるだろうが、面白みに掛ける。

 

 だから、あの二人。

 

 島田 愛里寿は、尾形 隆史に対してだけは、面白いほどに暴走してくれる。

 

 お電話で会話した時に、強く思ったねっ!

 

 あぁ。こりゃおもしれぇって、本気でモット、お付き合いしたかったねっ!!

 

 うふっ…どう、暴走してくれっかなぁ。

 

 西住 みほは…どうだろう?

 

 ガキの頃に助けてくれた、王子様。

 

 本当は、何もしなければ、誰も怪我なんてしなくてすんだ。

 

 実際は、その王子様が、俺の前に、勝手に立った…それだけだ。

 

 だけどねぇ? あのお優しい、みほちゃんが、そう…結論付けられるでしょうかぁ? って話だねぇ。

 

 物は言い様だぁ。

 

 だから、そう思い込ませりゃいい。

 

 あぁ…そうだ…。

 

 島田 愛里寿にも…道案内をしてやろう。

 

 焚きつけてやろう。

 

 引き金を引いてやろう。

 

 ここには、一人で来るようにしてやれば、誰にも邪魔はされないしねぇ。

 

 前回の様に、尾形 隆史も出てこれない。

 

 みほちゃんにも教えてあげよう。

 

 誰が悪かったのか…。

 

 結局はお前らが、狙われたのが悪い。

 

 家が悪い。

 

 西住が悪い。

 

 誰が悪い?

 

 お前が悪い。

 

 お前達姉妹が悪い。

 

 って、ねぇ…。

 

 

 俺が一番、悪いに決まってんだけどさぁぁ!!

 

 

 ふぅ…さて。

 

 どんな顔をするだろう?

 

 どんな表情を見せてくれるだろう?

 

 

 怒るかなぁ? 

 

 

 泣くかなぁ?

 

 

 

 

 …壊れるかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 




納涼祭回の追伸通り

ベコ・ブーム到来


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第20話 Bar 「どん底」

時間が掛かりました…頑張りました…。
活動報告にて記載しましたが、過去話。
挿絵、追加しました。


 足が止まった。

 

 人、一人分の薄暗い通路。

 先程までいた、石壁の部屋から伸びている。

 オレンジ色の光を放つ、古ボケたライトが、その通路を照らしている。

 突き当たりの左側。その壁からピンク色の光が放たれている。

 いや、違うな。壁…では、ないな。アレは扉だ。

 透明なタイプ…なのか? 中からの光を通してのピンク色…?

 

「……」

 

 後、この壁には特に落書きがない。

 

 今まで散々、汚れに汚れた壁を見てきたので、ここが特別な場所だと伺える。

 鬼怒沼さんが、言っていた「親分」…まぁ、彼女達のリーダー。

 その人が、この先にいる。

 

「……」

 

 うっわ…。

 

 真面目に、注意して周りを観察してみたものの…すぐに分かった。

 普通の高校生には縁がない物を…久しぶりに感じる。

 タバコ…の匂いはしないが、独特な香り…と、いうか、その空気を。

 

 つかこれ…おもいっきり、夜の店だろ。

 通路もそれ用の赤絨毯仕様…はぁ…なんだろ…。

 

 スナック? バー?

 

 なんにせよ、たまり場みたいになっている所だろうな。

 微かに音楽…? 歌も扉の隙間から漏れているのか、聞こえてくし…。

 

「ちょっとっ! 急に止まらないでよっ!」

 

 一人分の通路な為に、並んで通行中。

 先頭を歩いていた俺の真後ろで、急に立ち止まってしまった為に、ぶつかりそうになってしまったのだろうか?

 園さんから、クレームを頂きました。

 

「すいません…」

 

 振り向き、そのクレーマーさんに謝罪を入れると、その頭の上から、後にいた中村が妙に小声で話しかけてきた。

 そう、俺が先頭。

 これは俺が言い出した。中村や林田は、同行者だし…うん。

 

 やっぱり俺がやるしかないだろう?

 

 …彼女は、正式な場。

 公の会議やら交渉とやらなら、その持ち前の潔癖とも言える性格は、とても相性がいいだろう。

 が、逆にこういった「正しさ」が通用しない、アングラ的な現場での相性は、最悪だ。

 先程の鬼怒沼さん達との会話でもそうだ。…彼女の言う事は、間違っちゃいない。

 間違っちゃいないが…言い切ってしまえば、一方通行なんだ。

 …相手を見ていない。

 良くも悪くも、相手の事を考えられない「正しさ」や「正論」は、ただ敵を作るだけなのにな…。

 

 …。

 

 直感だけど…ふと、思った。

 

 ギャーギャー言っている彼女を見て…このままフォローして顔を立ててやっても良いだろう…とも思ったが…。

 風紀委員としても、先輩としても…先程から、更生させたい俺にお株を奪われたとでも思っているのだろうか?

 俺が話すと言った時点で、恨みがましそうに見上げてきた。

 

 ……この先輩。

 

 何気に、大洗で今一番、危険なんじゃ…ないだろうか?

 何かの拍子にポッキリ折れてしまう…そんな感じがする…。

 

 とか、それらしい事を言ってみたけど、ただ普通に心配なのだ。

 そのまま本人へと報告しても構わないと思うけど、それじゃ彼女のプライドとやらを傷つける。

 何より更生させる対象に、俺も含まれているのなら、何を言ったって嫌味か何かに捉えられかねない。

 彼女と一緒……逆効果だ。

 

 それに彼女の様子。

 

 アノ上の連中のまとめ役がこの先にいる。

 それらをまとめて一気に更生できる…とでも、思っているのか。

 目を爛々と輝かせ、鼻息荒く、勇み足で駆け出そうとしていた。

 すっげぇ楽しそう…。

 

 んな所だったから、即座に両脇に手を入れて、持ち上げた。

 ぶら~んと…。

 …しかし、この園さんへの対応…前に一度した事があるよな気がする。

 

 俺先に行くと言い出した直後、やっぱり即答で拒否された。

 

 だから…

 

「今は、貴女が俺らの大将なんですから、俺らを顎でこき使えば、いいんですよ」

「そうはいかないわよっ! というか下ろしなさいよっ! そもそもっ! 風紀い…」

 

 何か言いかけたが、即座に中村がフォロー。

 

「そうですよ。こういう役目は、卑怯者の尾形に、丸投げすりゃいいんです」

 

 …フォ…。

 

「適材適所って奴ですよ。こういった事、この卑怯者は得意ですから」

 

 ……おい、お前ら。

 

「風紀委員長なんすから、最後にまとめて全体的な事を取り決めればいいんですよ。…相手、女でしょう死ね」

「そうそう。それまでは、このタラシ殿にやらせて、ふんぞり返ってりゃいいんっすよ。…慣れてるでしょう死ね」

「…お前ら、後で泣かす」

 

 悪意が見え隠れするフォローが、後ろから届いた。

 …いや、隠れてねぇ。

 

 愛想笑いしか、出来ない…。

 風紀委員が、普段どんな感じかは分からないが、こんな事で納得してもらえませんでしょうか?

 少しウンウン、腕を組んで悩んだ挙句、漸く許可を頂いたという現状でござんす。

 

 …。

 

 あ、はい。下ろしましたよ?

 

 …そうだね。カチューシャと何となく、被るんだよ…この娘。

 

 

 

 

「尾形、どうした?」

 

 …っと、考え込んでしまった。

 そうだな、こんな場所だ。

 急に止まれば当然、なにかあったと思うか。

 

「ここは店…なんだろうよ。扉から、カウンターが見える」

 

「店?」

 

 そうだな、完全に店だ

 透明の扉から見える、その店内。

 木製のカウンターの奥に、酒瓶と思われる物が立ち並んでいる。

 こりゃ…BARかな?

 なんで、こんな所に…まぁいいや。

 ここで、奥しても仕方がない。

 

 さっさと入ろう。

 

 軽く扉を押すと、少し軋んだ音がする。

 奥へと開かれていく扉…微かに聞こえていた音楽が、ハッキリとした音に変わった。

 正確には音楽ではなく、歌だ。

 奥からスピーカーを通しての歌声が、耳に入る。

 

 歌詞からすると、船乗り…いや、これも海賊か?

 その様な少し、ゆっくりなテンポの歌。

 

『 海を行け、~七つの海を越えて…… 』

 

 入口に体を遠し、店内へと脚を踏み入れた。

 

 髪も何もかも真っ白な女…生徒なんだろう。制服を着ているしな。

 その歌っていた女性と目が合うと、歌を止めてしまった。

 

「……」

 

 …すっごく、まっすぐ見られてますな。

 

 まぁ、俺みたいな男が、急に入ってきたら、何かと思うわな。

 気にせずに、そのまま進む。

 

 歩きながら周りを見渡すと、まず最初に、天井のシャンデリア…その橙色の光を、磨かれたカウンターが反射していた。

 

 その反対側には、ソファーとテーブルが並ぶ、別席が見える。

 帽子で、目元を隠した様に、腕を組んで座っている女性がいる。

 あぁ、アイマスクの代わりにしてるのだろうか? 寝ている様に見える。

 が…すぐに、少し帽子を上げた。

 そこから見えた片目で、俺を警戒した視線を刺すように向けてきた。

 

 後は…あれは樽…か? オブジェ用であろう樽が、店の隅に数個、積まれている。

 後は、壁にサメの頭部の作り物。

 ん? 海図…? 絵画の様に額に入って、壁に掛けられている。

 全体的に、やっぱり海賊のイメージが強調されている店内。

 

 カウンターの中には、シャカシャカとリズミかるな音を、両手に持っているシェーカーで奏でながら、少し眠そうな目をした女の子が立っている。

 蝶ネクタイにベスト姿…彼女、バーテンダーか?

 目を細め、こちらを見ている。

 

 その前の席に…。

 

「…………」

 

 どしたんだろう…。

 爆発した様な…すっごいパーマをした…髪の毛の色も凄いな…。

 そのすごいヘアースタイルの…背の低そうな、女の子がカウンター席に座っている。

 あぁ…失敗したんだろうな…でも女の子だ。

 

「…なっ!?」

 

 切ることもできないんだろう…うん。

 触れないで上げよう…うん。

 ほら…半分此方に顔を向けて、視線を俺に投げてきている。

 おっちゃん、気にしないよ? 触れないで上げるから、そんな目をしないでね?

 

「…コノ……」

 

 何故か目を見開いて、すっごい睨んできたけど…なら視線を逸らしてあげよう。

 見られてると思うからだよねぇ。

 

「ガッ…ッ!!」

 

 さてでは、気にせず、まとめに入ろう。

 まぁ…まとめるまでもないか。

 

「…BARか」

 

 壁…柱…何もかもが、少し古ぼけているが、全体的に綺麗な店。

 先程までの通路とは違い、落書き一つ無い。

 少し…懐かしく感じた。

 はっ…人の少ないBARは、昔の……逃げ場でもあったからな。

 

 そう、カウンター席の一番奥。

 此方を見ようともしない、その女生徒。

 ロングコートを羽織り、赤いリボンでシンプルに髪を後ろに纏めている。

 

 ……。

 

 昔の自分と、少し重ねてしまった。

 まぁ…よく俺が座っていた席と同じ場所…って、だけなんだけどね…。

 

 古く…常連しかいない様な、流行りすら気にしない…商売気なんて無いようなBAR。

 

 人が多い大衆酒場なんて、人から逃げたかった俺には無理だった。

 だからと言って、家で一人で飲み続けると、その内に………死にたくなる。

 

 だから、客へ話しかけても来ない。客も少なく、ただ飲ませてくれる店。

 そんな店を見つけ…飲みいける時間があれば、そこに入り浸ていた。

 

 BARなり…居酒屋なり。

 

 あの女生徒の様に…カウンターの一番端で…壁際で。

 

 …彼女含め、全部で5人。

 

「…はっ」

 

 変に感傷的になってしまった。

 渇いた笑いが出た所で、切り替えようか。

 

 …んじゃ、本来の目的に戻ろうかね。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

「何してんだ、お前ら」

 

 園先輩に一応意見を求めようと、後ろにいるその方へと振り向くと…誰もいなかった。

 開かれてた扉の前で、店内に入る事を躊躇している3人がいた。

 正確には入口前に、両手を広げ、中村と林田の入店を阻止している園さんの三人。

 

「大人のお店だったら、どうするつもりなのよっ!! 未成年は入店禁止なのよ!?」

 

「……」

 

 園さんが、なんか言い出した。

 頭を押さえて、少しため息がでた…。

 まったく…融通が利かないってのも、大変だな。

 

「謝って出りゃいいだけの話でしょうよ…。大人の店じゃないですから、さっさと来てください」

 

「……」

 

 俺の言葉で、漸くその状態を解除し、ゆっくりと此方に近づいてくる。

 おや、思いの他に慎重…。

 

 …でもなかった。

 

 すぐに船舶科の制服を着た、女生徒達を見ると、その脚を速め、ズカズカと俺の下にまでやってきた。

 特にバーテンの娘を見た時かね。

 生徒が店員だと分かったからだろうか?

 

 釣られて中村達もご到着。

 

「ぉぉ…夜の店風…」

 

 小さな林田の呟きを他所に、残りの3人が集合。

 その様子を見て、これで全員だと分かったのか、シェーカーを振る手を止めて、バーテンの娘が無愛想に一言。

 

「店に入ったら、まず注文しな」

 

 店員としての一言だろうが、その警戒した目を向けたままだった。

 その目にも気づかないのか、わかっていての行動なのか。

 俺の前へと、脚を出し…手を腰に置き、元気よく…。

 

「私達は、お客じゃないわよ!」

 

 そうハッキリ言い切った…。

 だから、園さん…。

 …会話の流れとか、色々とあるでしょうよ…一応、ここお店。

 

「冷やかしなら、帰んな」

 

 バーテンの娘が、目を伏せ、冷たく言い放った。

 

「冷やかしでもないわよ!」

 

 はぁ…。

 

「俺がやるって言ったでしょうに…まったく」

 

 中村に目配せをすると、園さんを少し後ろへと引き下がらせる。

 いや…こいつら、連れてきて良かったわ。

 二人きりだと、多分…暴走させたままになりそうだ。

 人手が多いと、こういった時に助かる。

 

 っっと、そうか。

 

「だから…報復とかそういった事をする連中じゃないから大丈夫ですよ?」

 

 男の俺が、まず最初に入ったからだろうか?

 鬼怒沼さんが、男連中は、追い出したって言っていたしな。

 まぁ…先に言っておこう。

 

「俺らは、生徒会の者です。あぁ俺は、生徒会役員書記の尾形って言います」

 

「生徒会~? しかも役員?」

 

 失敗したヘアースタイルの娘が、訝しげに此方を振り向いた。

 

「失敗してないっ!!!」

 

 ……。

 

「優しい目で見るんじゃないっ!!」

 

 大丈夫大丈夫。

 顔を真っ赤にしなくてもいいからねぇ?

 

「……あれ、大丈夫か?」

「…尾形が全力で、喧嘩売ってる」

「本人自覚ないみたいだけど…?」

 

 モコモコしている小さな子の横から、なんか踊りながら白い娘さんが、視界に入ってきた。

 

「ふ~ん。でぇ? その生徒会様が、何しにアタイの縄張りに入ってきたんだい」

 

 まぁ当然と言えば、当然の質問ですね。

 その後ろにゆっくりと、後ろに座っていた、もう一人の少し大きめの娘さんが……。

 

「……」

 

 …座っていたから分からなかったが…分からなかったがっっ!!!!

 

「…ん?」

 

 っと、いけない。

 じーと見ては失礼だ。眉を潜ませてしまった。

 先に本題を済ませよう…。

 

 …うん。

 

「簡単に言えば、生活指導って奴です」

 

「生活しど~?」

 

 はい、鼻で笑われましたね。

 まぁそうだろうな…。いきなり来て置いて、何言ってんの? って感じだろう。

 白い娘が、先程まで使っていたマイクを此方に向けて、ブラブラと先端を降っている。

 

「なっ!!」

 

 その態度を見て、後ろで憤慨している、約一名が容易に想像できるねぇ…。

 

「えぇ。ですから、上の他の船舶科連中も含めて、一応君達のまとめ役というか、リーダーに話がありましてね」

 

「オヤブンに?」

 

 ヘアースタイルが失敗した子が、「失敗してないって言ってんだろっ!!」

 

 …

 

「だから、その目もやめなっ!!」

 

 あの子、ストレートとかに髪型変えれば、かなり可愛くなるんじゃないだろうか?

 

「なっ!?」

 

 うん…だからスルーして上げよう。

 

「なによアレ」

「アレが噂のアレです」

「中村…俺、リアルタイムでは、初めてだ」

「はっ…その内に慣れる」

「「 …… 」」

 

 何を言っているんだろう…まぁいいや。

 んじゃ、こっからだな。

 

「オヤブン…ね。まぁそうです。そこの隅に座っている方に少々、要件がございまして」

 

「「「「 …… 」」」」

 

 まぁ、一発で分かるよね。

 

 先程からの騒ぎにも、一切関与しない…そんな風体で、一人で飲んでいるコートの娘さん。

 

 彼女が、リーダーだ。

 

「…どうしてそう思う」

 

 ここでバーテンの娘さんが、口を開いた。

 作業する手を止めないで、目だけをジロリと此方に向けて。

 

「いやぁ…ここって、ほら。海賊を基準にしているだろ? んならさ、隅っこで座っている娘さんって、コートを一人だけ羽織っているし…」

 

「尾形…いきなり口調が崩れたな」

 

 中村。ここまで来たら、変に取り繕わない方がいいんだよ。

 敬語ってのは、上から目線に感じる口調にもなんだよ。だから目線を合わせる。

 

「同じく帽子に一人だけ羽をつけてるしな。海賊ならっ! これこそキャプテンの風貌だろうっ!?」

 

 言い切った。

 大声で、それこそ勝ち鬨の様に…。

 おや、全員がぽか~んと、口を開けてるな。

 

「尾形…お前、めちゃくちゃな理論を、たまに言うよな…」

「んな、格好だけで決め付けるなよ…」

「大丈夫かしら、貴方に任せて…そもそも理論ですらないわよ?」

 

「うるさいなっ!! 浪漫ってのは、理屈じゃねぇんだよっ!! 良いじゃないか海賊風っ!!」

 

「…気に入ってたのか、この場所の雰囲気」

「まぁ、うん。何となく分かるがね」

 

 本当にうるさいなっ! いいだろうっ!?

 

「肩にオウムがいないのが残念だが、どうだっ!?」

 

「「「「 …… 」」」」

 

 おやっ? 奥の娘さんが、楽しそうに口を歪ませたね。

 というか、他の四人も開けた口を閉じて、少し悔しそうな顔を…え…当たったの?

 自分でも結構、適当な理論だと思ったんだけど、本気で!?

 

「で? どうだろう。取り次いで欲しいのだけど?」

 

「……」

 

 あら…当たってた。

 否定をしない。

 奥の彼女を見る、俺の視線を遮る様に彼女達が、並んで壁となった。

 

 まぁ、強引に、直接本人の前まで、行ってもいいのだけど、多分それは悪手だろう。

 オヤブン…親分か。

 んなら、この娘達はその子分だろう。

 彼女達のメンツもあるだろうし、彼女達から言ってもらうのが、一番だ。

 う~ん…どうしたもんかね…。

 

「あ、ちょっと失礼」

 

「…中村?」

 

 先程まで傍観していた中村が、俺の腕を引き、少し顔を近づけてきた。

 なんだ?

 

「河嶋先輩からの事を、言った方が早くないか?」

 

 あ~…まぁそうだな。

 何か彼女達を庇ったそうだけども、それなら桃先輩が言えば、話くらいは聞いてくれそうな気はする。

 それが一番、てっとり早いとは、俺も思う。

 彼女本人に連絡を取れたら、簡単だったのだけど、今日は終日大切な用があるみたいだから、俺に園さんの同行を依頼してきたんだろうしなぁ。

 なんの用事か、分からないし、邪魔をしては悪い。

 本来は、朝の出発する時に一度顔を出すという話だったのに、来なかったし…本当に何か大事な要件なんだろう。

 

「…実はな、俺…今回の同行は、会長に頼まれてるんだよ…」

 

「……何?」

 

 会長?

 そこまで言うと、ポケットから見せるように携帯を取り出した。

 

「ただの地下を見たいってだけで、同行する訳ないだろうよ…林田もそうだ」

 

 取り出した携帯を操作して、そのまま耳に当てた。

 って、事は…誰かに電話をかけている?

 

「…お前の実用可能…って、言葉を会長も思っていたみたいでな」

 

「何を言ってんだ?」

 

「細かい話をしたり、話させるとバレる可能性があるから…お前、ちょっと年下に叱られてみろ」

 

「は?」

 

「要は、お前と河嶋先輩の繋がりを、提示してやれって事らしいよ? 後で口裏合わせて……あ、もしもし?」

 

 中村の耳元の携帯から、明るい声が漏れて聞こえる。

 先方と繋がったって事だろう。

 中村が、一言…例の事を頼むな? と、言うと…その手の携帯を此方に向けてきた。

 その画面表示は、スピーカーになっている。

 

『 またかぁ!! 尾形書記ぃ!! 』

 

《 !!?? 》

 

『 これで何度目だァっ!!! 』

 

 携帯から突然聞こえた怒号。

 俺だけでなく…後ろに構えている、船舶科の娘さん達も反応した。

 聞き覚えのある、特徴的なその声に…。

 半身で後ろを振り向くと…うろたえている船舶科の娘達。

 

「あれ…今の声って、河嶋先輩?」

「そうですね」

「ん? あぁ、尾形は、そもそも「河嶋 桃先輩に頼まれて」…ここに来たんですよね? 園さんの手伝い自体が、「河嶋 桃先輩のお願い」でしたし?」

 

 

《 !!?? 》

 

 

「何を今更、言ってるのよ」

 

 …分かった。

 提示する様に…少し大きな声で話す中村。

 説明口調が、ややワザとらしいが、確かに…まぁ有効かとは思うけど…。

 

『 聞いているのか、尾形書記ぃ!! 』

 

「え? あぁ、はいはい。ちゃんと…聞いてますよ?」

 

 一応、会長がお膳立てをしているので、即座に切り替え…その会話に合わせた。

 

 その電話口の声に、明らかに動揺し始めた彼女達。

 

「え…桃さん?」

「桃さんっ!?」

 

 俺の人間関係を提示するには、これが手っ取り早い方法だったとは思う…けどなぁ…なんか、騙してるみたいでやだなぁ。

 まぁ…俺達が、桃先輩との関係を言った所で、怪しまれて、信じてもらえないかもしれない。…だったらって、説得する手間が省けている…とも考えられるけど。

 中村がボソッと言っていた、実用可能発言。

 例の宴会で、その言葉は俺も言った…よって、この電話相手は…。

 

「…佐々木さん……だね?」

 

 小さく、電話口に内緒話をする様に、近づけて話しかけると…。

 

『 あ、そうでっ……そ…そうだッ!! わかったか!! 』

 

「……」

 

 …やっぱり。

 会話の流れは、周りは分からないとは思うけど、勢いで誤魔化してないか?

 ちょっと、素が出たし…。

 

 チラッとまた、後ろを振り向いて見る。

 

 …あ~…あの顔は信じてるなぁ…。

 船舶科の娘さん達が、目を見開いている。

 でも、そこまで彼女の…桃先輩(偽)の声だけで、驚く事だろうか?

 

 しっかし…。

 

 やっぱり実用できたよ! 彼女のかくし芸で見せてくれた、モノマネッ!!

 佐々木さんに迷惑を掛けてしまうから、俺はこの方法は、取りたくなかったけんだけどね。

 杏会長に先を越された…。

 

「…あ、大丈夫です。なんとかなりそうです」

 

 彼女達の俺を見る目が、一気に変わったな。

 例のリーダーっぽい娘さんも、驚愕の表情をしているしね。

 

「さて、河嶋先輩、もういいですか? 尾形もヘコでるし…」

 

『 むっ! よかろうっ!! 』

 

 …下手に長引かせると、逆に不味い…話をさせてくれとか言われたら、即座にボロが出そう。

 さっさとインパクトを与えている内に、電話を切ろう…とでも、思ったのだろうかね? 中村は…。

 

 …なんだ中村、その顔は。

 ドヤ顔すんな。

 

『 …… 』

 

「…河嶋先輩?」

 

『 では、例の約束っ! 忘れるなよっ!! 』

 

「…えっ!?」

 

「…は?」

 

 中村が驚いて、携帯の画面を反射的に見た。

 なんで、今更驚いて…あ、小さく呟いた。

 

「……打ち合わせのセリフと、違うセリフが入ってきた」

 

 ……。

 

 ……え? アドリブ?

 

 

『 新製品っ! 楽しみにしているからなっ!!! 忍ちゃ…河西には、内緒にしておくから安心しろっ!!!』

 

「待ってっ!? 何を急に言っているんですかっ!? えっ!?」

 

 何を言って…楽しみ…新製品…? あっ!!

 

 例の1位の賞品の事か!?

 

 いやいや、まぁ…それは、楽しみにするのは分かるけど、ここで今言う事…か?

 そもそも、河西さんに内緒って、それに安心? どういう…

 

 

『 しっかりデートする様に!!! 』

 

 

「はっ!? えっ!! ちょっ!?」

 

 

 ブツッと…。

 

 そこで電話が切れた…。

 

 デー……は?

 

《 ……………… 》

 

 中村の手に持つ、携帯を呆然と、見つめる…。

 

 店内が、一気に静寂に包まれている…。

 そしてここにいる全員の視線を、俺が独り占め…。

 

 彼女達の……み…見られている目が、もう一段階変わった気がする…。

 なん……え? 何っ!? 

 それと全員が、青い顔してるけどっ!?

 

「…はーい、尾形。お前、ちょっとこっち来い」

「おら、さっさとしろ」

「こっちに来なさい」

 

 ……。

 

 即座に状況を判断…変な所、頭が回るようになってきた自分に、嫌気を最近、感じます…。

 

 はい…では、バレない様に、小声で釈明会です。

 

「…どういうことだ? あ?」

「マジで浮気か? あ? あのおっぱいと浮気か? あぁ!?」

「…私が刺して上げましょうか?」

 

「待てっ!! 待て待てっ!! 誤解だ!! 本気でッ!!!」

「何が誤解だ。ハッキリと言い切ったじゃねぇか。デートって…あの河嶋先輩が。あのっ!! 河嶋先輩がッ!!」

「なんで2回言ったんだよっ!! 強調すんなっ!! 林田は知らんのか!? 今の桃先輩じゃないんだよっ!!」

 

 林田は今回の件は、知らなかったのか…いや、どっちにしろスゴイものお持ちですけどっ!!

 だから説明ッ!! あれはバレー部の一年の佐々木さんだったと、懇切丁寧に。

 

 その説明も…あのかくし芸を見ていた園さんは、即座に理解を示してくれたのが幸いした。

 が…。

 

「…お前…一年は、そういった対象に見てねぇって言ってたよな? お得意の嘘か? あ?」

「ちがっ!!」

「ここなら、アイスピックとかなら、ありそうですよね、園先輩」

「そうね。アッサリと貸してくれそうね」

「聞いて? 本当に知らねぇの!!」

 

 はい…今度は、かくし芸の優勝賞品の解説をさせて頂きます。

 彼女達の希望は、予想通り、バレー部復活でしたが、これは却下。

 お金でどうこうなるものでは、ございません。…協力はするから…と、その場では納得して頂きました。林田、睨むなッ!!

 それで…その…10万円分の賞品は、バレー用品。まぁスポーツ用品とも言います。その新製品。

 結構、物によっては、良い金額しますからね? ああいったのって…。

 ソレを、一緒に購入、荷物運びとして、俺が駆り出される事になった…そういった話です、はい。

 

「…中村先生どうでしょう?」

「はい、林田さん。俺にはすべてが、解りました。多分…相手は佐々木さんじゃ、御座いませんね」

「でも、あの嬉しそうな言い方だと、あの子じゃないの?」

「…河西さんに内緒だと言っていたのが、ネックです」

「と…言うと?」

 

「ありゃ相手は、近藤さんだ」

 

「「「 …… 」」」

 

「…なんでわかった。…その件な? 何故か彼女が言い出して…なんか、二人で行く事になった」

 

「「「 …… 」」」

 

「お前…マジで、一度死んどけ」

「!!??」

「園先輩。…確か、刺されても致命傷にならない人体箇所って、ありましたよね?」

「あるわね。今度、詳しく調べておくわ」

「なんでお前ら、仲良くなってんだよッ!!」

 

 はいっ!! 快く弁解が釈明できて、平和的解決ができましたッ!!

 

「何、言ってんだ」

「何も解決してねぇよ」

「…それより、彼女達見てみなさいよ」

 

「 ………… 」

 

 後ろを振り向くと、彼女達の目が…見えませんでした。

 影に隠れて、目元なんて真っ黒…。

 

「ね…寝不足かな?」

「余裕あるな、お前」

「一応、河嶋先輩って、彼女達にしたら恩人なんだろ? そりゃ…いきなり、あんなんじゃなぁ……ははっ!!」

「林田…なんで、お前嬉しそうなんだよ」

「はぁ…どうするのよ。…私でもわかるわよ」

「殺気に満ちてるなぁぁぁっ!!! 素晴らしい誤解でも与えたんじゃねぇ!!??」

「だから、なんで嬉しそうなんだよっ!!」

「…責任とれよ」

「小細工なんてするからよね。いってらっしゃい」

「逝ってらっさい♪」

 

「……」

 

 うっわ…すげぇ、睨んできてる…。

 

「…恨むぞ、中村」

「う~ん…ちょっと、角谷会長の私怨も感じたな…。俺に内緒で、別台本があったのかも…」

「なんでだよ…お前が…」

「……」

「…な…なんだよ」

 

「どちらにしろ、身から出た錆だな」

 

「……」

 

 重い足取りで、また彼女達の元へと、ゆっくりと歩いていく。

 さぁ…どうしよう…。

 では一応…片手を上げて、にこやかに…。

 

「で……で? ど…どうでしょう?」

 

 お…おー…睨まれておる睨まれとる…。

 まぁ、釈明させてもらえば、分かってくれるとは思うけど…今の状態じゃ…無理だよなぁ…。

 俺が発言する前に、白い娘が口を開いた。

 

「…オヤブンに会わせてもいい…だけどね…その前に…」

 

「アタイらと、勝負しなっ!!」

 

 ……。

 

 え?

 

「な…なんで?」

 

 ちょっと、予想とは別の提案…てっきり死ねとか、殺すとか、言われると思ったのに…。

 

 いきなり勝負…って。

 

「アンタが勝てば、アタイらは何も言わない…オヤブンにも、アンタが言うようにナンデモ聞いてやるよ…」

 

「あ~…はい。…ん? ナンデモ?」

 

 あー…頭に血が上って、とんでもない事、口走ってるね…。

 あ、でもこれで釈明できれば、御の字か?

 

「でも…負けたら……サメの餌にシテヤル…」

 

 ……。

 

 もう一度言おう。

 

 あー…頭に血が上って、とんでもない事、口走ってるね…。

 

 全員が気合を入れて、構えたね…暴力は嫌なんだけど…何するんだろ。

 モノによっては、即座に降参でもいいや。

 

 …今は、こっちよりアッチだ。

 

 学校にすっごい、戻りたいっ!! 佐々木さんに会いに行きたいっ!! 杏会長に詰め寄りたいっ!!!

 そして、理由を…理由をっ!!

 

 何考えてるんだろッ!!??

 

 

 

「さぁっ!! 勝負だっ!!」

 

 

 さっさと、帰りたいっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「じゃ、まずアタイからだよ」

 

 スラッと、伸びる…細く白い腕に巻かれた太いロープ。

 細く、スラッとした子が、尾形の目の前に、突き出していた。

 …何?

 その腕に巻かれたロープから、四つ程作った結び玉が出来ている状態で、垂れ下がっている。

 

「あの子…そっち系の趣味…」

 

「は…そっちの趣味? 何言ってんの?」

 

 おい、林田。せめて聞こえない様に口走れ。

 まぁ気持ちは分かるが…取り敢えず、園さんも頭の上に?が、出ているな。

 あ、バーテンの娘が、少し赤くなってため息を吐いた。

 …あの無口な娘さんも、勝負とやらをするのだろうか?

 

「コレを解いてみな」

 

 ドヤさっ! といった顔で、自信の腕から垂れ下がるロープを、指さした。

 う~ん…意図が分からんぞ?

 

「解く? …コレを?」

 

「そうさっ…出来ないなら…」

 

 細い子が言い終わる前に、尾形がスッと腰を落とした。

 そして無駄に太い腕が、そのロープに伸びていく…なんだアノ絵。…如何わしい…。

 

「これでいいのか?」

 

 指を伸ばし、難なくスッスッと、いくつにも緩く玉になっている、結び目を解いていく。

 

 特に苦もなく。

 

 回す様に…。

 

「なにっ!?」

 

「ほい、終わった」

 

 解き終えたロープを摘み、目の前の彼女へと渡した。

 いやぁ…なんだったんだ? 今の…。

 

「尾形、今の良くわかったな」

 

「んあ? フィッシャーマンズベンドだろ?」

 

「いや、名称なんて知らねぇよ」

 

「結び方の名称だよ。船の碇を結ぶ、結び方だ」

 

 林田が少し感心した声で、話しかけていた。

 ソレを他所に、自信の手の中のロープを、悔しそうに目を落としていた細い子。

 徐に白い娘さんが、また手にロープを巻きつけた。

 

「こ…これはッ!!」

 

「はい? また?」

 

「うっさいねっ!!」

 

「…まぁ、いいけど」

 

 尾形に勝負って言った時点で、あ…結構ヤバイか? とも正直思った。

 でもなぁ…考えてみれば、アノ体格の男に、本気で喧嘩売る訳も無し…ちょっと思いの他、平和的勝負で安心したな。

 こんな事なら、全然大丈夫だったわ。

 

「…やはり、そっちの趣味…」

「林田。自分の首を絞めてるぞ」

 

 まったく…自重しろ。

 

 尾形は、また垂れ下がったロープを、普通に外す…。慣れた手付きでスルスルと。

 

「な…え…?」

 

 また外されたロープを見て、驚愕の表情。

 

「…尾形書記」

 

「園さん? あぁ…今のは、ボーラインノットって言いましてね? もやい結びとも言って、船の…」

 

「いえ、なんでそんな事知ってるのよ…。貴方、そんな特技あったのね」

 

「特技? いや、特技というか…転校前に、港町で漁師相手の店で、バイトしてましてね? 客…酔っ払った漁師のおっちゃん連中に、遊び半分で教えてもらったんすよ」

 

「あぁ、なる程」

 

「一般の人は、あまり知らない結び方でしょう? 面白がって…まぁ、俺も面白かったし、散々からかわれながら、教わりました」

 

「…お前、おっさんと仲良くなるのうまいしな。友達作るの下手なのに…」

 

「林田。最後のは…泣きたくなるからやめてくれ…」

 

「…あ、ああ…」

 

 結構、本気で凹んだ尾形の表情に、林田がちょっと引いてた…。

 

 さて…呆然と崩れ落ちた白い子。

 その前に、パーマの子が、庇うようにその前に、立ちふさがった。

 次は、この子か?

 

「次はコレだねぇ…」

 

 その立ち塞がったパーマの子。

 両手に赤と白の…小さな旗を持っていた。

 紅白手旗って奴だったか?

 

「…今度はどうだい? 解読してみな」

 

 言った直後…パタパタと、左右に持ったその旗を上下させ始めた。

 あぁ、手旗信号って奴か? 解読してみなって言ってたし。

 流石にこりゃ、素人には無理だ。

 

 尾形も、ボケーとその姿を見ている。

 

 しばらくバタバタすると、バッと両手を下ろした。

 

「どうだいっ!!!」

 

「え? 何が?」

 

 スッとぼけた声で返した、尾形。

 

「今、アンタ見てたでしょ? …今のを解読し…」

 

「君さぁ…」

 

「あんっ? なによ」

 

「良い床屋、紹介しようか?」

 

「……は?」

 

「秋山理髪店って、言うんだけどさぁ…あぁ、でも、女の子だから美容院か…」

 

「何を言って…はっ!!」

 

「大丈夫っ! ストレートに戻せるよっ!」

 

「 失敗してないって言ってんでしょっ!!!! 」

 

 尾形…デリカシー…。

 

「……」フッ…

 

 めちゃくちゃ、優しい目をしたな…。

 

「その目をやめなっ!! これは、こういったヘアースタイルなのよっ!!」

 

「ストレートの方が、可愛いと思うけど…」

 

「かわっ!?」

 

 だから…お前…露骨にそういった事を言うなと…。

 ん? 今回林田は、大人しいな…あぁ…守備範囲外か。

 

「あ、ごめん。そんな事思ってたら、見過ごした。もう一回やって貰っていい?」

 

「…………カ…」

 

「おーい…。もう一回宜しいでしょうか?」

 

「…し…仕方ないね」

 

 なにこの茶番。

 こいつの…尾形の可愛いとか平気言う、言い方ってのは、裏表がない。

 本当に自然に言うから、タチが悪い…。

 ほら…パーマの子もなんだかんだで、もう一回やってくれるみたいだし…って、他の連中がちょっと引いてるな。

 はい、園先輩。震えないでください。後で如何様にも料理してくれて良いですから。

 

 はぁ…一度、アンケートでも取ってみたいなぁ…各学校の選手達に。そうすりゃ、俺も被害を…あ。

 

 ……。

 

「…中村」

「あぁ…俺も分かった…」

 

 …尾形が、一瞬…悪い顔した。

 

 あぁ…。

 

 パタパタと手旗を左右に動かし始めた、パーマの子。

 本当に律儀にやり直してくれた。

 目線を合わせるように、尾形がその場にしゃがむ…そして両の手を目の前で、開いた。

 そのまま、それに合わせて…。

 

「 !? 」

 

 パンッ! パンッ! と、尾形が手拍子を始めた。

 それと一緒にブツブツと…小さく、そして段々と大きく、聞こえる様に喋りだす。

 口自体は大きく開けている為か、その口元をパーマの子が、注視してるな。

 

「 赤…て……白……て……」

 

「!? !?」

 

「赤、下げてっ! 白、上げてっ!」

 

「!? !? !?」

 

 その声に段々と釣られて、段々とパーマの子の腕が、その声に合わせて動き出した。

 傍目に見ていると良く分かる…尾形…お前…。

 

「赤、上げてっ! 白、上げてっ!! 白下げてっ!」

 

「っ!! っ!!」

 

 …簡単に引っかかってるな…マジカァ…。

 見た目の割に、すっげぇ素直だぁ…。

 

「白、上げないで……白上げないっ!!」

 

「!!!!」

 

 あ、はい。

 バッと腕が、天に掲げられた。

 

 …白いのが高く上げられるな。

 

「あぁぁっ!! 負けたぁ」

 

「はい、俺の勝ちっ~」

 

「くそー!!!」

 

 …いや。

 

 いいのか、それで…。

 

「はっ! ち…ちがっ!! これじゃないっ!」

 

 はい、尾形のターン。

 

「今、君は負けを宣言した」

 

「っ!!」

 

 はい、尾形のターン。

 

「そして、俺の勝ち宣言に悔しがったって事は、ソレを認めた」

 

「っっ!?」

 

 はい、尾形のターン。

 

「んじゃ、俺が勝ったから、今度ストパにしてみてね?」

 

「それは、関係ないだろうっ!?」

 

 はい、尾形の…って、もういいや…。

 

 色々と問題をすり替えている…。約束って…お前、またここに来るつもりかよ。

 四つん這いになる様に、崩れ伏せているパーマの子。

 その姿を見ながら、尾形が立ち上がった。

 

 

「 次 」

 

 

 お前…もはや、楽しんでるだろ…。

 立ち上がり、格好でもつけてるのか? 背中をバーテンの子に向けたまま、顔を半分振り向けた。

 そして、それに応える様に、バーテンの子が、カウンターへ腕を伸ばし、肘をつけた。

 

「…こっちきな。次は、これだよ」

 

 …なにこの空気…。

 

「……ぇ…本気で?」

 

 その格好を見た尾形が、少し驚いた顔をした。

 頭を少しかき、いつも腕まくりしている長袖の制服を、更に捲る。

 相変わらず、引くほどの太い腕に力を込めたのだろう…少し、筋肉が膨れ上がった。

 

「  」

 

 あ…ドン引きしてる…。

 そっりゃ、初見じゃ驚く所か、引くわな…。

 

 その表情を他所に、尾形はカウンター席へと腰を下ろす。

 そのまま…ゴトンと音が出るほど、肘をカウンターへ打ち付けた。

 至近距離で、しかもこんな人の影が、濃く映るライトの下…。

 バーテーンの子からは、その暑っ苦しい、腕しか見えないだろう。

 

「…腕相撲は、久しぶりだァ…」

 

 ニタァ…と、楽しそうに笑った…。

 いや、本当に楽しそうに…。

 

「」

 

「…誰も相手してくれないんだ……こんな、目の前で、筋肉の膨張が繰り返される素晴らしい競技なのに、誰も…」

 

「 」

 

「漁師のおっちゃんとか、兄ちゃんとか…一通りなぎ倒したら、みんな逃げる様になってしまってな…」

 

「  」

 

「大丈夫、大丈夫…手加減するから…」

 

「    」

 

 バーテンの子が、腕を引っ込めた…速攻で…高速で…。

 そりゃそうだ…腕の大きさとか、長さが全然違うし、目の前の大男は、気持ち悪く笑ってるし…そりゃ逃げる。

 

「ち…違う。指相撲…」

 

 怯える声で、か細く、可愛く言ったな…。

 

「ぇ…」

 

 尾形…泣きそうな顔するな…。

 

「そうか…そうだよな…。女の子だしな…」

 

 …今度は、悲しそうな声を出すな…。

 

「まぁ…いいや…やろうか…」

 

 …あぁ…明らかにやる気なくしてるな。

 手を悪手の様に、差し出した。

 あ…断られ慣れてるのか、切り替えが早いな、尾形…。

 

「…う…」

 

 バーテンの子が若干…いや、滅茶苦茶警戒の色を出しながら、その手に大人しく、手を合わせ、親指同士が出るように握り合う。

 その握り合う手に、全員が注目を…。

 

 …

 

『 はぁいっ! 始まりました指相撲対決ッ! 』

『 いきなりですね、林田さん 』

 

『 ここは、ナレーションをしろとの、天の声が聞こえましたのでっ!! 』

『 まぁ、いいですが…結局、腕相撲…から、指相撲へとシフトチェンジしただけですね 』

『 はぁいっ! 白い胸の薄い方のマイクを借りての、実況となりますっ!! 』

『 今回は、ゲストが居りますね 』

『 はいっ! 今回のゲ… 』ア…ハイ……スイマセン、ゴメンナサイ

『 怒られるのが、分かりそうなモノですのに…はい、では今回のゲスト 』

『 えっ!? 私もやるのっ!? 』

 

『 はぁい、園 みどり子さん…先輩ですね 』

『 よろしくお願いしますっ! 』

『 わ…わかったわ 』

 

『 はい、両者にらみ合って……ないっすね 』

『 …バーテン子さんが、若干頬を赤らめているのが、何となく気に食わないですね 』

『 なぜでしょう? 流石に初対面でしょうに… 』

『 はぁ? 貴方達、馬鹿なの? 』

『 おぉっ! 直接、シンプルな罵倒っ! 』

『 園先輩は、分かるんですか? 』

 

『 そ…それは…。私も女ですもの… 』

『 は? 』

『 幾ら初対面とはいえ…その… 』

『 あぁ…結構、乙女なんですね、園先輩 』

『 うっさいわねっ!! 』

『 …中村。どういう…何が? え? 』

『『 …… 』』

『 要はな? 林田…。バー・テン子さんは、尾形と手を繋いだような状態だろ? 』

『 そうだな… 』

『 それが、恥ずかしいんだろ 』

『 はぁ? 』

『 単純に照れているって、だけよね? アレ 』

『 …ぇ? は? 』

 

「っっ!!!」

 

『 あ、睨まれましたね…図星だったようですね 』

『 …顔真っ赤じゃない 』

『 林田、お前だって女の子と手を繋いだら、少し照れるもんだろ? 童貞のお前なら尚更… 』

 

『 照れる? 何故? 俺なら直後に撫で回す 』

 

『『 …… 』』 

 

『 そのまま肌の感触を…『 はいっ!! では、試合を開始してくださいっ! 』』

 

「レディー…GO!!!」

 

『 開始の合図が、パー子選手から発せられましたっ!! 』

「ぶっ殺すわよっ!!??」

 

『 おっとっ! バー・テン子選手っ! 牽制しながら、尾形の親指の根元をチクチクと攻撃っ! 』

『 尾形書記は、微動だにしないわね…。指を動かそうともしない…まぁ、指の大きさとかあって、彼女の細指では、難しいかしらね 』

『 尾形の根元を、舐め回すかの様に先端で刺激してますねっ! 』

 

『『 …… 』』

 

『 そのまま刺激する様に…『 林田、お前もう喋るな 』 』

『 ナレーションなのにっ!? 』

 

『 でもよぉ…大丈夫か? あの子… 』

『 何がでしょうか? 』

『 尾形…指だけで、ゲーセンのコイン曲げれるよな? 』

 

「 っ!? 」

 

『 結構、あの子、指で畳もうとしてるのに、微動だにしねぇし…尾形、本気出したら、あの細指折れない? 』

『『 …… 』』

『 あ、バー・テン子選手が、固まりましたね… 』

 

「大丈夫だ。手加減する」

 

『 …そのセリフが出る時点で、勝負が着いたように感じますね… 』

 

「なに…彼女の手。握るだけで分かる…ちゃんと「作る」側の手だ。そうだ、分かる。この手は結構、努力しているってな? …傷なんてつけないさ」

「っっ!?」

「手のタコで分かる…だから、努力できる人は、例外なく俺は尊敬できる。そんな人に対して…アレ?」

「…………」

 

『 きめぇぞ、尾形選手 』

『 普段出さない声出しやがって… 』

『 女の敵… 』

 

「園さんっ!?」

 

「…………」

 

「あの…バーテンさん?」

 

『 …予想以上ににチョロかったすね。ね? 園先輩 』

『 あの子…顔真っ赤じゃない… 』

『 努力を評価されない環境…だったのかな? 俯いてしまった… 』

 

「………私の負け。棄権する」

「え?」

 

『 棄権したわりに、手…離さないっすね、中村さん 』

『 完全に硬直してますね、林田さん 』

『 なにあれ… 』

『 園先輩は、初見ですか? アレが、タラシ殿です 』

『 はい、女性の弱点を無意識に、ピンポイントで攻撃。しかも男慣れしていない女性限定。クズですね 』

『 …でも、彼女って、戦車道関係ないだろ? 戦車道乙女キラーだろ? 尾形って… 』

『 さぁ? 』

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

「…尾形」

 

「なんだよ」

 

「……死ね」

 

「なんでだよっ!!」

 

 なんだろう…速攻でケリがついてしまった。

 一心不乱に、シェーカーを振り回すバー・テン子さんと、信じられないモノを見る目をしているパー子さん。

 呆然としている、細い子。

 

 …現時点で、初期の殺気は、微塵も感じられない…。

 

 まぁ…次で最後か…。

 

 先程までの工程を、真顔で見ていた最後の生徒。

 

 …大丈夫か?

 

「面倒ね」

 

 このタイプは、口八丁…タラシ殿では、どうにもならないだろう。

 完全にパワータイプ。

 一言、呟くと尾形の後方に、仁王立ち。

 それに対して、牽制するかの様にカウンター席から、尾形は立ち上がり同じく仁王立ち。

 

 …そして、その仁王立ち…同士、睨み合う形に自然となっていった…。

 

 女性が、口を開いた。

 

「えぇ…面倒ぅ…ねぇっっ!! アンタもこっち側でしょ!? 腕っ節で勝負よっ!!!」

 

 叫んだ直後…その右腕を大きく振りかぶった。

 …ちょっと、これはまずい。

 

 先程までのちょっと、浮ついた空気がぶっ飛んだ。

 本気で、尾形に殴りかかって行った。

 

 

 突き出される拳。

 

 

「ちょっと!!」

 

 明らかな暴力…。

 反射的にだろうが、焦った様に叫ぶ、園先輩。

 

 ……。

 

 …………。

 

 尾形は、その拳を、先程の様にまた…難なく…しかも、横からその手首を掴んだ。

 

「なっ!?」

 

 腕を取られたのに驚き、反射的に腕を引くが、ソレを尾形は逃がさない。ガッツリ掴んで振りほどけない様だった。

 ならば…と、反対の腕も振りかぶり、即座に振り下ろす…が、その拳を正面から、手で掴むように受け止めた。

 反射的に、左腕を引き、逃げようとしたのだろうが、右腕は離されていない。

 

 尾形が、右手をそのまま大きく開くと、それに合わせる様に指を交差し、手の平同士で組み合った。

 同じく反対側の腕と手。それに合わせる様に手の平同士で組合った。

 

 力比べ…。

 

 違う…正確には、それは力比べではなかった。

 

 両手でねじ伏せよと、全身の体重もかけて尾形を押す、体格の良い子。

 両肘と肩を上げ…って、おいおい…女の子の腕じゃないぞ…。

 膨れ上がる筋肉が、嫌でも目立つ。

 

 が、踏ん張る事もしないで、普通に立っている尾形。

 

 …微動だにしない。

 

 全身を使って、ねじ伏せようとしている彼女に対して、尾形は腕だけで制している。

 素人目でも分かる…その圧倒的な差。

 

 目を丸くして、信じられないといった顔をしてながら、目の前の微動だにしない尾形を見上げている彼女。

 同じく、周りの崩れ落ちている子達が、目を丸くしてその光景を眺めている。

 

「くっ!!」

 

 どのくらいの時間が経過しただろう…一方的に尾形に対して押していた彼女に変化が出た。

 

 力で敵わないと思ったのか、上げていた肘を引いた。

 一度距離を開けようとでも、思ったのだろうか? 押し込んでいた体勢を後ろへと引いた…が。

 

 動かない。

 

 今度は強引に、両手を振り解こうと暴れるも、尾形のその手を掴んだまま。

 その状態をキープする様に一切微動だにしない。

 

 全力で離れようとする、体格の良い娘。

 尾形の体勢を崩す為に、蹴りを入れるなどの行為がない。

 プライドなのかな? 兎に角、腕の力と体重だけで、手を離そうと藻掻いている。

 

「くっそっ!! 気味が悪いっ!!」

 

 そうだな、気味が悪い。

 

 なぜなら…真顔。

 

 尾形の顔が、先程までのヘラヘラした顔ではなく…終始、真顔だった。

 

「いや…これ、ちょっと不味くないか? 尾形、キレてね?」

 

「えっ!?」

 

 林田が呟いた。

 そうだな…尾形って、基本的に暴力を振るってくる相手に対して、容赦がないように思える。

 ベコを着ていないが、アレの事件とか決勝の時とか…あの動画を見ると、何となく林田言う事も分かる。

 

 …その林田の呟きを聞いた、船舶科の子達が、向き合っていった。

 その尾形に対して、焦りの表情が浮かび上がる。

 直接的な暴力を働いてきた彼女に対して、先程までヘラヘラしていた尾形が、表情を消したのだから…そりゃ焦る。

 あの娘は、ここでの文字通り、腕っ節代表なのだろう。

 その代表を、あの体格の男が、圧倒的な差を見せつけているのだからな。

 

「こっっのっ!!」

 

 周りの空気を察したのか、体格の良い子の足が遂に出た。

 蹴るとかでの行為ではなく、尾形の腹に足を添えた。

 そのまま脚に付け踏ん張りをつけ、体を思いっきり離そうとする……も、ビクともしない。

 

「……」

 

「っっ!?」

 

 本格的に彼女が、焦り始めた。狼狽…とも言えるかもしれない。

 そりゃそうだ…。

 受身も何もない…完全に全力を出しているのだろう。

 

 ……が、それを見下ろす…真顔で一言も喋らない尾形。

 

 怖いのだろうか? うん…正直、この尾形は、俺でも普通に怖い。

 もはや、一旦距離を取る目的ではなく、完全に尾形から逃げる為だけの逃避行動になっていた。

 彼女の足が、更に高く上がっていた。

 すでに全体重を後ろへと集中させ、片足でぶら下がる様な体勢になっていた。

 

 しかし動かない…。

 人一人の体重と力を受けて、それでも微動だにしない尾形。

 

「中村。止めようか。ちょっと洒落に、ならんかもしれん」

 

「そうだな、園先輩、下がってて下さい」

 

 園先輩の返事が帰ってくる前に、林田と一緒に、尾形の元へと足を出した。

 林田は、こういった事でもそうだけど、結構決断が早い。

 自分が、優柔不断な分、決断ができる人は尊敬する…だったか?

 尾形も、それを頼りにしていると言っていたしな。

 ハッキリと、頼りにできるとか…尊敬とか…その、小っ恥ずかしい事を、林田本人へ直接言ったからな。

 

 俺には……は、まぁいいや。思い出すだけでハズいしなぁ…。

 

 あいつ、身内には、男でもタラシ殿が出るからタチが悪い。

 んな事だから、ホモ疑惑だ出るんだ。まったく…。

 

「……」

 

 …ま、んな訳で、俺も変な所、頼りにされてるみたいだしな。暴走寸前の悪友を止めてやるか。

 その悪友を見ると…ちょっと、本気で洒落にならなくなっているしな…。

 まっずいなぁ…。

 

 ソレからぶら下がる彼女の顔が……完全に怯えていた。

 

「おい、おが…」

 

 俺達が声を掛ける前に…

 

 怯え切った彼女に対して、漸く尾形が口を開いた。

 

 

 

 一言。

 

 

 

「 美 し い っ !!! 」

 

 

 ……。

 

 

 ………は?

 

 

 

 意外すぎるその言葉に、俺達を含め、船舶科の子達も口が開いた…。

 

 ぽか~んと。

 

 変わらず真顔で、言い切る尾形。

 

 張り詰めていた空気が、何とも言えない空気に変わった…。

 

 

《 ………… 》

 

 

 …まー…そうだな。

 

 大体、こういう時の役目って、俺だよな…はいはい。

 聞きゃいんでしょ…聞けば…。

 

 だから、見るな! 林田、園先輩。

 

 でも溜息の一つくらい、許されるだろう?

 

「はぁーー…………尾形。今、なんつった?」

 

 後頭部を、少し痛みを感じるくらい強く掻きながら、いつもの様に聞いてみた。

 あ~…うん。

 

「美しいと言ったんだっ!! さっき、チラッと思ったが、やはり思った通りだった!! 美しいッ!!」

 

 何言ってんだ、こいつ。

 

 片足を尾形の腹にかけたまま、体格の良い娘すらも、口をポカーンと開けた。

 

「中村、いいか? 人間、持ち上げるよりも、思いっきり引く時の方が、筋肉の膨張率が高いんだぞ?」

 

「……」キン…

 

 あ…すぐに分かった。

 

 これは大丈夫な尾形だ。

 別の意味では、大丈夫じゃないかもしれんが。

 

 …確信した。

 目が輝いてるしな…しかしなぁ…。

 

「何かこの子は、しているんだろう…じゃなきゃこんなに均等が取れた、スジからして形成された「美」は、完成しないんだっ!!」

 

「……美って、お前…」

「何言っての、アンタ…」

 

「鍛えていいなくとも、自然と筋力を使う仕事とか…あぁっ! そういや、船舶科かっ!! 力仕事類は、この子の担当だろうなっ!!」

 

「…尾形、落ち着け。何を言ってるか分からん。思いついた事を端々で言うな…。目の輝きが、段々と増し…」

「っ!?」

 

「いいかっ!? 肩から手首にかけてのラインとかっ!! 具体的には、三角筋から上腕二頭筋にかけての流れる様なこのラインとかなっ!?

 すっごいっ! 綺麗だろ!? 裏の上腕三頭筋も絞られて…この窪みとかッ!! 女性でここまで美しいのは、久しぶりに見たっ!! いや、初めてかもしれんっ!!

 前腕屈筋群とかのへの流れとか、すっごいだろっ!? 何気に肘筋とかマニアックなトコロまで…」

 

「……」

「……」

 

 はぁ…。

 

 こいつの病気が発症した…。いや? していたのか?

 何を言っているか、さっぱり分からん。

 

「彼女は、体全体のバランスが、素晴らしく良いっ! この娘の場合、これなら体全体に! この美しいラインが!! 流れているのだろうよっ!!!」

 

「お…尾形…」

「………………」

 

 いや…あの…な?

 これは、ちょっといつもと違う、パターンだ。

 

「女性は体脂肪が、男より多いからな!! 女性のビルダーとかの場合、その女性らしい体脂肪を落としてしまう方が、多いんだが……。

 あぁ、もちろん、当然、美しくもあるとは思うのだけど、それはソレだと思うんだ。彼女の場合、その体脂肪からしてバランスが良い。肌の質も良好。総じて全てが美しいッ!!」

 

「いや…あのな? 流石にそこの子も、引いてるぞ? …いや、ちょっと怒ってるけど…」

 

「怒るっ!? 何故っ!?」

 

 うっわー…こりゃ酷い。

 本気で、ここまでの尾形は、初めて見るな…あ。

 

「いやな? 彼女も年頃の女の子だ…。確かに体格は良いと思うけど、そんな筋肉筋肉いっちゃ…」

 

「素晴らしく、美しいじゃないかっ!!」

 

 

 

「アンタ…馬鹿にしてんのか…」

 

 ほら…、女性に対して、そりゃまずいだろ…。

 怒ってるよ…先程までの怯えていた顔はもうないな。

 

 

「馬鹿になどしていないっ!!」

 

「っっ!?」

 

 あっ!! …あ~……。

 

 何故だろう…気づいてはいけない事に、気づいてしまったと、本気で思えるのは…。

 そ…そういや…初めてでは、ないだろうか?

 

 そうだ…そうだよ…。

 こいつ、女性に対して綺麗だとか、可愛いとかを直で、ドストレートで言うのは何度か見た…。

 あの西住流家元ですら、可愛いとか言い切るしな…でもな?

 

「美しモノを、美しいと言って何が悪いっ!!」

 

「なっ!?」

 

 アイツが、女性を「美しい」と、表現するの…初めて見た…。

 

「断言しようっ!」

 

「ヵ……は…」

 

「いや、断言したいっ!! 君は美しいっ!!!」

 

「 」

 

 すっげー真顔でなんか言ってるけど…。

 いや…人間の本気ってのは、何となく分かるモノだ。

 それこそ、必死な言葉ってのは、結構心に来る…特にあの真顔だ。

 本心だというのも、あの体格の良い子にも、伝わるだろう…伝わる……だから、タチが悪い。

 

 ほら…。

 

「はっ…離せ……離せっ!!」

 

 別の意味を持った逃避行動を取り始めたな…。

 

「久しぶり…本当に久しぶりに癒された…。美というのは、人の心を穏やかにしてくれるものなんだな…」

 

「聞けっ!! 離せっ!! マジで離せっ!!! 離してぇ!!!」

 

 手…繋いだままだしな…。

 

「あ…、すまない…。いつまでも握っていたら、流石にセクハラだよな…」

 

「セクッ!?」

 

 …そして今の発言。

 

「…中村。ありゃ大丈夫そうだな」

 

「そうだな…いつもの尾形だ、タラシ殿だ」

 

「ホント…尾形、男慣れしてない女性に対して、無意識だろうけど…弱点にピンポイントで、パイルバンカー打ち込むよな…」

 

「お前でも分かったか…」

 

「ワカライデカ」

 

 多分…彼女自信、こんな吹き溜まりで過ごしてきたんだ…しかも周りは女性だけ。

 あんな体格…性格もあるのだろうが、異性との接点もあまりなさそう…で、今のこの尾形だ。

 

 セクハラ…。

 

 完全に、女性として見ているって、扱いをしている証拠だしな…。

 

 ゆっくりと手を離した直後…彼女は飛離れる……事はしないで…その場に崩れ落ちた…。

 ツンツンとした、その髪から除く耳が、コチラが心配になるほどの……赤い色を放っていた…とさ。

 

「そういや、尾形。お前、さっき良く捌けたな」

 

「何が?」

 

「いや、殴り掛かってきた腕を掴むとか…」

 

「あぁ…………母さんと姉さんに比べたら、止まって見えたし…」

 

「……」

 

「はっ…アレらは、ペ○サス流○拳をリアルで、再現できるんだぞ? 俺は、それを受け続けて来たんだ…」

 

「…………」

 

「……」

 

「…ゴメン」

 

 尾形の家庭事情は、頬っておいて、周りを見渡してみる。

 結果が出たな。

 この場に、立っていられたのは、思いの他被害がなかった…細い娘さんだけ。

 背中に哀愁背負って、呆然とお仲間達を見下ろしているな…マイク持って。

 

「しかしな…尾形…。流石に、俺もそろそろ匙を投げるぞ?」

 

「何が?」

 

「お前は、自覚がない分、非常にタチが悪い…本気でそろそろ、普段からあのベコを着てろ」

 

「なんでだよ!」

 

「はぁ…どうしてそう、人の弱い所をピンポイントで打てるんだ…」

 

「 ??? 」

 

 

 ……はぁ。

 

 パイルバンカー尾形。

 

 そんな字名が、浮かんだ瞬間だったな…。

 

 

 

 

 そんな瞬間…。

 

 

 突然、ずっと黙っていたコートの娘から、押し殺した様な笑い声が聞こえた。

 

 

「くっくっく…。やるねぇ…」

 

 持っていたグラスをカウンターへ、トン…と、落とす音が聞こえた。。

 

「アンタ達……いや、アンタ。キャプテン ブラック・バード並にやるじゃない」

 

 楽しそうに口端を上げ、此方にゆっくりと振り向く、コートの娘。

 

「…根こそぎ持って行くとか、まんまだね…。まぁ…キャプテン ブラック・バードには…」

 

 カウンター席から、腰を上げて立ち上がり、尾形に真正面から向き合った。

 そして…。

 

「 会ったこと…ないけどね! 」

 

 ……。

 

 あ、はい。

 ちょっと全員が、またポカーンと口を開けてしまってるけど…。

 

 携帯を取り出して、一応確認。

 ブラック・バード…バーソロミュー・ロバーツ…人員すら略奪対象にする、海賊…って、書いてあるな。

 あぁ…なる程ね。…うん。

 細い子は、多分被害を受けておりませんから、根こそぎでは無いですけどね?

 

「いや? 今、上の子達の流行り…だったかい? アレと同じか…」

 

「は…流行り…」

 

「…ベコって、言ったかい?」

 

 はっ。尾形が肩を落とした。

 アンタもか…と、小さく嘆きが聞こえたな…。

 

「まっ…そのベコとやらにも、会った事……ないけどねっ!」

 

「………………」

 

 …会っとる。

(会ってる…)

(今、目の前よね…)

 

 心の声が、聞こえた気がした…。

 いやまぁ…諦めろ、尾形。

 

 言った直後、カウンターに置かれていた瓶を…頬り投げた。

 それを受け取った尾形を見て、一言。

 

 

「最後…私だよ」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 誘われるまま、カウンター席へと腰を下ろした。

 これから何をするか分かっているかの様に、他の船舶科の子達も集まってきた。

 俺達を取り囲むように、後ろへ着いている。

 

「どん底名物、ノンアルコール・ラム酒。ハバネロ・クラブ…」

 

 スー…と、カウンターを流れて来た、グラスが俺の前に止まった。

 上手く滑らすものだなぁ…。

 同じく離れて座った、コートの娘さんから、送られてきました。俺なら途中で翻そう。

 

「ドレイク船長も裸足で逃げ出す、地獄のペッパーラム…」

 

 そのグラスには、少し赤みが強い、茶色の液体が入っている。

 ハバネロっていったか…。

 

「飲み比べよ」

 

 自分の手で持っていたグラスを掲げ、挑発する様に此方を見てくる。

 …飲み比べねぇ…。

 

「…これで最後、私に勝てば…言う事を聞いてやろうじゃない」

 

「聞いてやろう…ねぇ。貴女が、やっぱりリーダー…つまり、親分さん?」

 

「まっ、そうだね」

 

 あっさりと白状した。

 

 ……。

 

 ま、いいか。

 

 注がれたグラスに、指を入れ、少し舐めてみる。

 

「……っ」

 

 舌に遅れてやって来る、刺すような辛さが襲う。

 たった、これだけの量で、舌が痺れるのかよ…。

 

 なる程…なる程。

 

 これで最後か…。

 

 スッと後ろを目だけで見てみると、期待する様な眼差しを送ってくれる、園さん。

 頭が痛いのかな? こめかみを押さえている中村。

 …美しい(筋肉)の女性の胸を凝視している、はやし…あ、頭を掴まれた。

 ……女性は、目が合うと、顔更空したけど…。

 

 はぁ…。

 

「名物…って、言ったよな? 貴女は、コレを普段から飲んでるの?」

 

「…まっ、そうだね。怖気付いたのかい?」

 

 う~……ん。飲み比べ…ねぇ。

 コレを飲み比べ…んなら、すげぇ量を飲まされそうだ。

 俺が逃げるとでも、思ったのか…更に挑発する様な目を向けてくる。

 なら…

 

「んじゃ、いいや。やめる」

 

「はぁ!?」

 

 うん、逃げよう。

 冗談じゃない。こんなの大量に飲めるか。

 今は、無理する時じゃない。

 俺の言葉が、意外だったのか…背筋を伸ばして驚いている。

 

「ちょっ!? ちょっとっ!! 今回、貴方から言い出した事でしょ!? やめるって!?」

 

 園さんから、ラブコール。

 

「ま、もういいでしょ。上の子達も、掃除はしてくれるって言ってたし。目的は果たしたと判断しました」

 

「果たしきってないわよっ!」

 

 カウンター席から、腰を上げた。

 立ち上がると、足元から更に熱いラブコールを貰う前に…。

 

「順序ですよ、順序。ここの大将も分かったし…今回はここ迄でって事で。勝負に勝って、無理に言う事聞かせた所で、本当の解決にはならんでしょ?」

 

「…そ…そうだけど、これじゃ此処まで来た意味がないじゃない!!」

 

「今が、引き時ですよ。今回は意識を持たせる事ができた…って事でも、大きな収穫ですよ。今日来た意味は、十分ありましたよ。後は、コミュニケーションです」

 

「……ぐ」

 

 まぁ、彼女も更生させるって事の難しさってのを知っているはずだ。

 今日だけで、全てを解決させる事なんて無理…って事も分かっていたと思う。

 

 よってっ!! 撤収っ!!

 

「…はっ。本当に怖気付いたのか…。ムラカミ達を一蹴した時は、骨のある奴だと思ったのにね」

 

「ムラカミ?」

 

 周りを見渡すと、手を上げている人物がいた。

 

「…サ…サルガッソーのムラカミ」

 

 目が合うと、少し吃りながら自己紹介をしてくれた。

 あぁ…あの美しい(筋肉)の女性が、ムラカミ…さん。

 ここまでの、癒し系の女性は久しぶりだ。

 

「うつっ!?」

 

 何故か、中村達が深いため息をした…園さんまで。

 まぁいいや。

 

「ム…ムラカミが、癒し系…って…」

 

「? まぁいいや、君は? ヘアー「失敗してないっ!!!」」

 

 ふてくされた様な顔で、自己紹介。

 

「…爆弾低気圧のラム」

 

「やっぱり、ストレートにした方が、可愛いよ?」

 

「う…うるさいねぇっ!!!」

 

 怒られた…。

 

「はぁ…大波のフリントよ」

 

「…生しらす丼のカトラス」

 

 何故か諦めた様な口調で、残りの二人に自己紹介をされた。

 

「フリント…さんと、カトラス…ちゃん。ね」

 

「…ちょっと、待って。なんで、私だけちゃん付け…」

 

「え…他に何かあるの? ないでしょ? ないよね?」

 

「何故、力強く三段活用…ま。いいけど」

 

 良いんだ…しっかし…何故だろう。

 彼女も、マコニャンに匹敵する物を感じる…何か……何かないかっ!!??

 マコニャン同じく、心震わせられる、ニックネームはっ!!!

 

「…あぁ。私に「さん」付けはやめて頂戴。気持ち悪いから」

 

 フリントさんが、俺の思考の他所に別方向からの提案を頂いた。

 

「え…ちゃんの方がいい?」

 

「はっ! このアタイに向かって、呼べるものなら呼んでみ……あ、やめて。アンタ、普通に呼びそうだから、やめてクダサイ」

 

「……チッ」

 

 変に和気藹々とし始めてしまった所で、最後の親分さんが、グラスを少し強くカウンターへ置いた。

 ゴツンと、音をだしたな。溢れるぞ?

 

「…アンタ、また此処へ来るつもりかい?」

 

「え? あぁ、はい。来ますよ? 掃除もしないといけないし」

 

「…勝負をしに来るってんなら歓迎だけどね? その勝負を逃げ出す、腰抜けに…「逃げ出すっていいますか」」

 

「……なんだい」

 

「いやね? 俺、料理とか結構作るんですけど…そういった人間からすると、アレは非常にまずい。味覚が可笑しくなりそうでして、口に入れたくないんですよ」

 

「はっ…言い訳なら…「貴女、アレを常に飲んでるって言いましたよね?」」

 

 もう、面倒臭いとかではなく、ちょっと普通に心配になったので、会話を上から被す。

 この人、結構遠回しに言う様な感じがするからなぁ…本題をさっさとぶつけよう。

 

「チッ…。本題って…まぁいい。言ったけど、それが何?」

 

「下手すると味覚障害になりますよ?」

 

「………は?」

 

 激辛好きなら、まぁ…常飲していても可笑しくないからなぁ…。

 障害って事に、少し目を見開いた。

 

「えぇと…ですね。唐辛子とかの刺激物は、味覚ではなく、痛覚で感じるモノなんです」

 

「……痛覚」

 

「痛みは、自ずと慣れてくるモノですよね? ですから、慣れ…と言いますか、舌がそれに伴ってマヒしてくるんですよ。多少の辛味は大丈夫ですけど、あそこまで強いと…しかも内蔵にも悪いし…」

 

「そ…それがどうかし…「ですから、最終的には味が、感じられなくなります。いや、分からなくなるって言うのか…?」」

 

「…………」

 

「例に挙げると、ソレを飲んだばかりは、何を食べても鈍く感じません? それが、強くなて更には、常になりますよ?」

 

 お…自覚があるのか、ちょっと青くなったな。

 

「酷くなると、甘味とかの味自体が、分からなくなります。…まぁちょっと大げさに言いましたけど」

 

 グラスを持っていた手が、震えだしたな…。

 激辛好きって、そこら辺を気にしない人多いんだよなぁ…辛い方の刺激を求めてしまう。

 でも、彼女の場合、そっち系では、なさそうだ。

 

「ですからね? 作る側の人間からすると、ソレは毒以外の何物でもないんですよ。飲みたくない。…カトラスちゃんもそうだろ?」

 

 軽く目線で確認をすると、何故か顔ごと目を逸らされた…。

 頷いてはくれたけど…。

 まぁ、彼女も作る側の人間だろうしね。分かってはくれただろう。

 

「なっ!?」

 

 …ほら、ちょっと焦りだしたね。

 えっと…確か…。

 

「軽度なら、たしか…食事で治るそうですから…俺なんか作りますか?」

 

「!?」

 

「えっと…確か…」

 

 携帯を開いて、味覚障害…って、検索。

 ふむ…。

 

「親分は、まだ大丈夫…そんな頻繁にアレは飲んでない」

「…慰めのつもりかもしれないけどね……勝負を挑んだ相手に、嘘をバラさないで欲しいものだよ…」

「それでも、予防ぐらいはした方がいいと思うけど…」

「…そ…そうだね。コレをまだ飲まないといけない時もくるだろうしね…」

 

 検索中、ちょっと微笑ましいやりとりも聞こえたけど、気にしなぁい。

 作ると言った手前、なんだけど…。

 

「カトラスちゃん」

 

「な…なに」

 

「今度来る時、なんか考えて、メニューレシピ持ってくるから、親分さんに作って上げて。どこの馬の骨か、分からない俺が作るより良いだろ」

 

「分かった」

 

「どうも、亜鉛が一番良い見たいだ。サプリでもいいけど、予防程度なら、美味しい方が良いだろ?」

 

「…そりゃあ」

 

「親分さん、なんか嫌いな食べ物ってある?」

 

「え…あぁ、そうだね…得にはないね…」

 

 チッ…。

 

「なんで今、残念そうな顔したんだい?」

 

「んじゃ、なんか考えて来るから…。あぁそうそう、親分さんとの勝負は、別の形式なら受けるからさ。それならまた来てもいいですよね?」

 

「そ…それなら、仕方ないねっ!!」

 

 …。

 

「まぁ、このハバネロクラブ…気付薬とかには、なりそうだけど、あまり飲みすぎなのは…何?」

 

 少し話す事に夢中になってしまった為か、中村達を忘れてた。

 頭を押さえて、呆れた様な顔で、俺を眺めている。

 園さんまでだ…。

 

「…尾形。もういい…帰ろう」

 

「え…あぁ、帰る事は帰るけど…ちょっと今…」

 

「あぁもうっ!! お前は、どうしてそうやって無作為にフラグ建築しようとするんだよっっ!!」

 

「何もしてないだろ…」

 

「結局、ここに来る事、容認させてるしっ!!」

 

「それの何が問題あるんだ?」

 

「ないけどっ!! そうじゃねぇっ!!」

 

「まったく…いいよ。わかったよ…」

 

「…後な、西住さんに今日の事は、絶対に詳しく言うなよ…」

 

「なんで…?」

 

「いいからっ!!」

 

「?」

 

 良くわからんが、そう言うなら従うけど…なんでだろう…。

 

 さて…もう一度、親分さんに振り向き、ちゃんと目を見る。

 どうにも、この人…ちょっと食わせ者に感じるしな、最初はしっかりとしておこう。

 

「んじゃ、ここいらで、お暇します。また来ますわ、親分さん」

 

「……」

 

「親分さん。結構、楽しかったです。今度来る時、一応予定表持ってきますからね。…あと、桃先輩とはナンニモナイデス」

 

「…………」

 

「親分さん。さっきの声は、後輩の声真似ですか……なんなら今度証拠持ってきますから。…あと、桃先輩とは普通に先輩後輩の仲です、はい」

 

「…はっ…はは…もういい、分かった分かった。面白いね…アンタ」

 

 何か面白かったのか…コートのポケットの中から、パイプを出して、口をつけた。

 煙が出ていないから…まぁ、本物ではないのだろう。

 

「まっ…桃さんとの事は、置いておいて…。今度ちゃんと、アンタと話してみたくなったよ」

 

 何をだろう…。

 

「この子達をなぎ払ったアンタに、親分と呼ばれるのは悪い気はしないがね…。私の事は、ちゃんと呼びな」

 

「…ちゃんと?」

 

 あぁそうか。

 親分さんからは、自己紹介を受けていなかったな。

 

 値踏みする様な目をやめ、今度は真っ直ぐに俺の目を見返してくれる。

 上のハングレ船舶科達のまとめ役。

 こんな場所に店を構えている、その親分。

 コートの襟を但し、パイプを口から離して名乗った。

 

 

 

「竜巻のお銀」

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

「つ…疲れた…本気で疲れた…」

「は…いいじゃねぇか、中村。このあと、俺にはまだイベントが残されてんだぞ? まだ…疲れるんだ」

「…俺は、結構楽しかったけど…」

「「 ………… 」」

 

「中村君。林田君。…貴方達が来てくれて…本当に助かったわ…色々な意味で…」

「「でしょうっ!?」」

「はぁ…尾形書記も、一応ありがとう」

「俺は、一応ですか…」

「ま…私一人じゃ、こうはいかなかったとは思うし…」

「結局、再訪問、掃除…は、約束取り付ける事までは、できましたからね」

 

「「「 ………… 」」」

 

「なぁ、尾形。今度ベコ着て行ってやれよ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 空に開会を知らせる花火が、何度か上がった。

 良かった…いい天気。

 真っ青な空の下、遂にエキシビジョン試合が始まる。

 

 早朝、みんなで学園に集まり、ダージリンさん達と始めて練習試合をした時と同じ様に、皆でそろって、陸へと戦車を走らせた。

 戦車道大会は終わって、始めての試合。

 

 聖グロリアーナ。

 

 プラウダ高校。

 

 知波単学園。

 

 学園館から降りる際、他の学校の洗車が、大洗タワーの下、その集合場所へと向かって集まってくるのが見えた。

 その周り…朝早くから、この試合を見ようと集まってきてくれた、観客の人達。

 垂れ幕があり、出店があり…お祭りの様な賑わいを見せている。

 

 ……。

 

 私達もその横を抜け…大洗タワーへと、向かう。

 

 大洗タワーが、太陽の光を反射させて、眩しく輝いている。

 

「沙織さん」

 

「なに? みぽりん」

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

 …。

 

 あの場所を通り掛かった時、少し心配になって声をかけてみた。

 特に気にした様子じゃなかったけど…だから余計に…。

 

「あぁ、うん! 大丈夫っ! 全然、平気っ!! うん、寧ろ…」

 

「寧ろ?」

 

「あぁっ! 何でもないっ! ただなぁ……あそこで、みぽりんがなぁーっ! って、思ってっ!!」

 

「沙織さん!?」

 

 思い出の場所。

 

 思い出すと、今でも顔が熱くなる。

 

 始まりの場所…決意した場所…。

 

 沙織さんに、背中を押してもらって、少しだけ前に進めた場所。

 

 ……。

 

 …………。

 

 暑い…。

 

 色々な暑さを感じる。

 

 でも、この暑さも、そろそろ終わる…。

 

 真夏の戦車内の温度を、肌に感じる。

 

 ……。

 

 この試合が、この夏…最後の試合になりそう。

 

 

「みほさん、着ましたよ?」

 

「えっ? あ、はい! すみません!」

 

 いけない、ボー…っとしちゃった。

 …うぅ、なんで皆、微笑ましく笑いかけてくるんだろう…。

 体を伸ばし、ハッチを開ける。

 はぁ…もう、皆さん集まってる…。

 

「…ん?」

 

 戦車から外へと体を出すと、ちょっと変な光景だった。

 いくつもの戦車が並ぶ中、一角に皆が集まっている。

 

「どうしました?」

 

「あ…いえ」

 

「ん? …なんだ?」

 

 戦車から体を出し、上から見ると…全貌が見えた。

 人集りが、二つに分かれていた。

 

 今回のチーム分…私達大洗学園と知波単学園の、大波さんチーム。

 

 そして、プラウダ高校と聖グロリアーナの、青森チーム。

 

 ……。

 

 その先頭…。会長達と向かい合っている…ダージリンさん。カチューシャさん…を、肩車しているノンナさん。

 そして、その脇に…お姉ちゃん達、見学の各学校の隊長達…。

 ここにまで伝わってくる、この…重い空気。

 

 …お姉ちゃん、怒ってるなぁ…。

 

「…あれ、準決勝の時に着ていた奴だろ」

 

「何故、あんな格好をされているんでしょう?」

 

「…みぽりん。今回のチーム名…ダージリンさんが、つけたんだよね?」

 

「…そうです」

 

「武部殿? どうしたんです?」

 

「ダージリンさんの…狙いが、解っちゃった」

 

「私も解りました」

 

 学校の集合場所には、一緒にいたのに…何故か今は向こうにいる…。

 

 

 そして此処まで響く様な、うさぎさんチームの叫び声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「「「「 先輩が裏切ったぁぁーー!!! 」」」」

 

 

 

 

 ダーリジンさんと、カチューシャさんとノンナさん。

 

 その間に…あの時、準決勝戦の時に着ていた服。

 

 それを着て、私達の対戦者側に、立っている…。

 

 

 執事服を着た、隆史君が。

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

文字数がまた増えていく…。

連載開始当初の時の様に、◆マーク等で、各章区切りで掲載すれば、もっと早く更新できると思いますが、更新日が空いても、出来るだけまとめて掲載しいです。
どっちがいいんだろ…。

んな、訳で漸くエキシビジョンマッチ開始

ありがとうございました


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閑話【 未来編 】~夢のつづき~ その6 ダージリン編

 

『 エリス、何やってんのよ。そろそろ来るわよ? 』

 

 

『 先輩。あの…西住 まほさんの未来…辿りつく事は、できます…。…………が、よくあの未来を引っ張ってこれましたね 』

 

『 いきなりなによ。…前回の事? 』

 

『 えぇ…世界線の不安定な状態が…すごいのに… 』

 

『 まっ…最後、隆史にちゃんと話してあげるんでしょ? 』

 

『 少しでも覚えていてくれると良いのですが… 』

 

『 無理ね 』

 

『 …そういった、はっきりした所。私は、結構好きですよ? 』

 

『 し…真相意識には、残る可能性はあるんだけどねぇ…そこに期待すれば? 』

 

『 …… 』

 

『 ま、ソレがクリアできれば、『 運命 』が、補修補強…全てを一つの流れに変えてくれるから…それを聞けば、隆史も頑張ってくれるんじゃない? 』

 

『 くれる…というか、死に物狂いになりそうですよ… 』

 

『 …… 』

 

『 …殺さないと良いけどね 』

 

『 …そうですね。その場合では、収束はしてくれませんでしたから 』

 

『 人物自体が、エラー…しかも二人……めんどくさい事になったわよね 』

 

『 …… 』

 

『 でもある意味で、分かりやすいかしら? …0か100ってとこが… 』

 

『 はぁ…この事、先輩が言ってくださいよ 』

 

『  絶 対 に 嫌  』

 

『 …… 』

 

『 ……私はある意味で、馬鹿やってるだけの方が良いのよ。そういった事は、アンタに任せる 』

 

『 先輩、体良く逃げていませんか?』

 

『 逃げるわよ? 当たり前じゃないっ!! 学習してるのっ!! あのもう一人の馬鹿とさんっざん… 』

 

『 あ… 』

 

『 ちっ…もう来た。はぁ…んじゃ、お仕事しましょうか 』

 

『 …そうですね。なんて言おう… 』

 

 

『 はい…んじゃ、んな訳で……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無機質な声が、また頭の中に響く。

 

 どこかで、聞いた声…。

 

 いつか、聞いた声…。

 

 

《 新たな、世界線の変動を確認 》

 

 

 あぁ…そうだ。最初に聞いた、あの時の…。

 目を開く前、脳内で響いたその声。

 その声が言い終わるやいなや…。

 

 

 

 

 

 

 

《 んな訳で、いらっさっっっい!!! 》

 

 

 

「あー…うん。前回と、同じやりとりしている時点で気づいてくれ…というか、察してくれ」

 

《 いや、もう…貴方もそろそろ、慣れなさいよね…私は諦めた… 》

 

「…慣れてないじゃねぇか」

 

 黒く、何処までも続く空間に響く、すでに聴き慣れてしまったその声。

 響いてくる声主を探す為に見渡してみるが、やはり何処までも続く空間が、広がっているだけで、その主は見当たらない。

 見当たらないが、それでも一方的に聞こえてくる声が、耳を刺す。

 

《 さぁっ! 今回は、救済措置の続きよっ!! テンション上げていきましょうっ!! 》

 

「続き?」

 

《 そうよっ! アンタが無節操に、私達の仕事を増やし続けてくれたおかげでねッ!? 終わりが…わからないの… 》

 

「…自業自得だろう」

 

《 さて、今回は…あ~…どうなのかしら? まぁ…いいや。取り敢えず呼ぶわね? 》

 

「聞け。俺の話を聞け」

 

 都合の悪い事は聞こえない、そんな都合良い耳なのだろうな。

 聞けと言った、俺の言葉を無視し、パチンッ!っと、指…だろうか?

 指を鳴らした様な音が響いた。

 

 

『 だから、勝手に始めないでくださいっ!!! 』

 

「うっわっ!?」

 

 鳴らした直後、いきなりの怒号。

 真後ろから、もう一つの聴き慣れた声で、思いっきり叫ばれた…。

 驚きながらも振り向けば、もう一人の女神が、そこに立っていた。

 青を基調した、ファンタジーな衣装。シスター帽? …見たな物まで被って…。

 いやぁ…白く長い髪と良くニアイマス。

 

 さぁ、現実を直視しよう。

 

「……」

 

 えっと…本気で?

 

《 …なんで、アンタが召喚されるのよ 》

 

『 なっ!? し…召喚されてませんっ!! 先輩も此方に来てくださいよ!』

《 嫌よっ!!! 》

 

 すっごい即答…且つハッキリとした意見だな。

 

『 たっ…隆史さんも、なんて顔しているんですかっ! 違いますよ!? 私は自ら来ましたよっ!? 』

 

 そ…そりゃそうか。

 びっくりしたぁ…。

 

『 今回は…そこの女性達です… 』

 

 …達。

 真正面に立っている、可愛らしい女神様から、目配せをされもうした。

 

『 ハイ、「達」ですからね? 』

 

 一瞬見せた、焦った様な顔は既に引っ込んでおり、少し青筋を立てながら微笑みましたね…。

 

 ……。

 

 じっ…と、微笑んだ顔で見つめてくる、エリス様。

 さっさと、後ろを向きやがれと、無言の圧でお知らせしてくれていますね…はい。

 うん…いるね。後ろに何人か…気配はするので気がついてはおります。

 おりますが…目の当たりにする事実が、怖くて仕方ありません…。

 

「ここは…? ん…カチューシャは、見当たりませんね」

「……」

「何も御座いませんわね? まぁ…取り敢えず…隆史さん?」

 

 あ、はい。

 真後ろから聞こえて来た、その声で解りました。

 役一名、息遣いしか聞こえませんけどね…

 

 

「 こ~んな、言葉を知っていて? 」

 

 

 聴き慣れたセリフ…。

 

 

 もう、腹を括ろう…。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

「事情の大体はお聞きしていますが…本当に、この様な事があるのですね…」

 

 はい、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回す、見慣れた制服姿のノンナさん。

 

「女神…様…ですか。俄かには、信じられませんでしたが、まぁ…えぇ…みほさん達の映像を魅せられたましたし…納得するしか御座いませんわね?」

 

 はい…早速、言い始めた格言を、即! …潰したので、少々ご機嫌斜めな、制服姿のダージリンさん…。

 

 …ん?

 

「みほ…達の……映像? えっ!?」

「前回、行われた、女神様達の救済措置とやらを、先程拝見しました」

「はい、私も見ました。…あんな直接脳内に現れる映像…。少々気味が悪かったですね」

「あ…あ~…な…なる程…ね」

「……」

 

 ダージリンだけではなく、ノンナさんも見たのか…。

 まぁ、アレ見せれば一発だろうしな…しっかし、映像って…あぁ、エリス様が怖い笑顔を向けている…。

 

「でもなぁ…。アレ見たからって、よく協力してくれる気になったな…ダージリン」

「まぁ…!? わわわ…私にも!? 縁が合ったと言う事ですし? し…少々……。いえ…こんな場です。正直に白状しますわね?」

「…お…おぉ」

 

 目を逸らし、声が上ずったぞ、ダージリン。

 正直に白状って…無理しなくとも…

 

「大変…興味が、ありますわ」

「ぐ…」

 

 いきなり冷静にならないでくれ…。

 俺としても…って、なんだ? 目を細めた…。

 

「ダージリンさんの仰る事も最もです。…自分達の未来の事ですよ? 気にならないはずがないでしょう? 隆史さん」

「ま…まぁ、そりゃそうかもしれんけど…」

「何よりも、隆史さんの生命の危機となれば、致し方ありませんわ」

「最優先ですね」

 

「あ…ありがとうございます…」

 

 い…胃が…。

 今回、みほがいないのが、救いといえば、救いか…お互いに…。

 

『 お呼びしましょうか? 』

「やめてくださいっ!!」

 

 

「まぁ? 一抹の不安もございますが…ね?」

「えぇ、ありますね。事実として、「ソノ未来」が、存在し…有ったわけですから」

 

 何故だろう…ノンナさんとダージリンが、アイコンタクトでも会話している…気がしてならない。

 こんなに、仲良かったっけ!?

 

「…ん? ソノ未来? 存在した?」

 

 なんだろう、ちょっとノンナさんの言い方に、トゲが…

 

 

「 みほさんと、まほさんの件 」

 

 

「 」

 

 

「「  こ の 浮 気 者  」」

 

 

「    」

 

 

 う…ぁぁ…すっごい真っ直ぐ見てきますね…。

 直立不動で…真っ直ぐ射抜くように…。

 二人揃ってっ!!

 言い回しも何もなく…あのダージリンですら、詰る事もしないでザ・シンプル…な一言…。

 あの様子では、多分…あの状況を理解してでの発言だろうなぁ…。

 すごく…あぁ、とても楽しそうに、言い放ったからなぁ…あぁ、胃が痛い。

 

 

「 隆 史 様 」

 

 っっ!!??

 

 び…ビックリしたぁ…。

 先程から、一言も喋らないオペ子さんが、俺の真横から服の裾を引っ張った。

 あ…今回俺、制服着とる。

 いやいやっ! んな事より、オペ子だ。

 

 見下ろすと、彼女…は…。

 

「……」

 

 顔を俯かせ、目元が影になって見えない…。

 そして…まったく動かない…。

 

「あ…あの…オペ子…さん?」

 

 そんな状態だけど、名前を呼んだら応えてくれた。

 その俯かせた顔を上げ…俺の顔を見上げたその顔は…。

 

「オペ子!?」

 

 

 …満面の笑みだった。

 

 

「…フフ…フ……ウフフ…」

 

 

 笑みだけではない…小さく笑いが聞こえてくる…。

 

 

「…ペコ? だ…大丈夫?」

 

 余りに場違い。

 会話の流れからしても、この真っ黒い異常な空間にからしても、その笑顔は余りに不自然…。

 浮気者呼ばわりされたのもあるし、オペ子の事を知っているダージリンからしても、心配して思わず名前を呼ぶ程の…。

 

 そして、その口から放たれた言葉…。

 絞り出す様に、歓喜に満ちた口調…そして、声色。

 

「…ぃ……フ…フフッ…じゃ……せん…ありま…せん」

 

 こ…怖っっ!!

 

 混じりけない、本気の笑顔で、その笑いは怖いっ!!

 

 どうしちゃったのっ!?

 

「…な…ない? 何が…」

 

 俺から言えたのはコレくらい…。

 が、その問いに、オペ子が更なる笑顔で答えた。

 

 

 

 

「私っ! 司会じゃありませんっ!!!」

 

 

 

 ……。

 

 

 

 は?

 

 

「やっとですっ!! 漸くですっ!!! 待ちに待ちましたっ!!!!」

 

 ……。

 

「私の番っ!! 私の番ですっ!!!」

 

 はい?

 

「散々っ!! あんな訳のわからない番組やらされてっ!! ただ眺めているだけの傍観者から、漸くこの場に立てましたっ!!」

 

 あ…あの…オペ子さん?

 

「この空間なら、本当に記憶って蘇るんですねッ!! いないっ!! 今回は、愛里寿さんがいないっ!! ちゃんと私の物語っ!!!」

 

「愛里寿? 愛里寿がなんで今…」

 

「はぁぁいっ!! 司会のオレンジペコ……って、セリフじゃないっ!! 私、今っ!! 司会者じゃないっ!! こんな発言も許されてますっ!!!」

 

 な…オペ子が、なにを言っているのか、分からない…。

 

 司会者? え?

 

「ペ…ペコ? オレンジペコ?」

「ダージリン様っ!? 浮気っ!? あんなの、私がやり続けさせられた時間! 散々、見させられきた物に比べれば! どーー……でもっ! いいですっ!! 終わった事ですっ!!」

 

 オペ子さんが、本気で喜んでいる…。

 先程のは、逆上した笑いではなく、本気の笑い…。

 

「もう、茶番は結構ですっ!! 早く始めましょうっ!! 青い女神様っ!! 青いのっ!!」

 

 な…何を? って、オペ子は駄女神が、青いのって知ってるのか?

 アレ?

 

 

《 隆史…隆史… 》

 

「なんだよ…」

 

 脳内に響く、駄女神の声…俺にだけって聞かせているのだろう。

 はしゃぐオペ子に、本気でたじろいでいるダージリンが見える…ノンナさんですら、どうしていいか分からない様だ。

 

《 この空間って、全ての世界線の交わりを、度外視する場所なのよね…前回の映像とかそうでしょ? 》

「映像? …あれか? ちほ、かほと…エリナとの映像同士の会話…の事か?」

『 そうです…。ある程度は、大丈夫なんですけど…今のオレンジペコさん…少し、別の世界線の記憶が、入って来てますね… 』

「エリス様?」

《 余程、強く願ったりしないと、無理なんだけど…可哀想に… 》

「可哀想? え?」

『つ…つまりですね? オレンジペコさんは…』

「オペ子は?」

 

 

《『 かなり溜まっていた…のでしょう…』んでしょうね? 》

 

 

「????」

 

 

 

「女神様っ!! 買収されない女神様っ!!」

 

『 え…私ですか? 』

《 …… 》

 

 …買収?

 

「因子譲渡後、私ちょっと……こう……」

 

 ん? 慣れた様に、オペ子がエリス様にゴニョゴニョと、耳打ちをしている。

 

『 …え。ですが、それですと後々… 』

 

「いいじゃないですかぁ…前例があるのですからぁ……」

『 いや…あれは証人として…それに、一応ですね? 規則としましては… 』

「…………」

 

 オペ子が、グリンッと…ちょっと怖い動きで、頭だけ俺に向けてきた。

 そして、明るい笑顔で…。

 

「あ、隆史様っ!! ペットを飼われ始めたとか?」

『 !? 』

「ん? あぁ、子犬を飼い始めたんだけど…」

「…そうですか。今度、見てみたいですっ!」

「ん? あぁ、いつでもいいぞ? …って、どうしたんだ? いきなり」

 

 エリス様と話していたと思ったら、急に俺に会話を振ってきた。

 クリスの事を聞いたと思ったら、すぐにエリス様に顔を向けてしまったな。

 今の……なんだったんだ?

 

「で? どうでしょう。なんとかお願いできませんか? ね? ね? ……ネェ…?」

『いえ…あの…』

 

「 ネ!? い・ぬ・の! ……女神様? 」

 

 

『  』

 

 

「…あれ? エリス様って、幸運の女神だった気が…犬?」

『 …… 』

「駄女神? いつの間に来てたんだ?」

『 あの世界線の彼女…よっぽど溜まってたのね… 』

「は?」

『 ある意味で、私達にとってジョーカーになっちゃった…。いえ、あの立場でしょうし…嫌でも全体を把握しているのだから……同等… 』

「お前、何言ってんの?」

 

 

「では、開始しましょうっ!! ……今の私を還した所で、後日わかリますからね?」

 

『 ……は…はい 』

 

 

「なぜ、オレンジペコさんが仕切っているのでしょう?」

「え…えぇ、何故かある程度の事を、把握している感じですわね…」

 

『 ダペ子……。ブペ子とは違う…。これがダペ子… 』

 

 エリス様?

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

「さて…。未来の子供を、呼び出される前に…一つ、よろしくて?」

 

『 えっと、なにかしら? 』

 

 すでに、何時もの様に、どこか余裕を持った雰囲気へと戻ったダージリンが、駄女神に質問。

 

「ここでの事は、全て記憶から無くなるのですよね?」

『 えぇ、綺麗さっぱり無くなるわっ!! それは、隆史でも例外じゃないわねっ!!』

「隆史さんでも………結構」

 

 自慢げに胸を張る、駄女神。

 一瞬、オペ子の眉がピクッと動いたけどな…。

 しかし、ダージリンの、質問の意図が分からん。

 記憶が無くなるって事の確認を取ると、少し嬉しそうな顔をした。

 

「でもな? ダージリン、記憶を無くしても、ここを経由し…って、どうした?」

 

 俺と向かい合わせになると、人差し指を曲げ、口を元に添えた。

 とても真剣な眼差し…とも言える、目を俺に向けてきた。

 

「隆史さん、少々、お手をお借りしてもよろしいかしら?」

「手?」

 

 手…って、比喩的な事ではなくて、物理的な事なのか?

 手と言われて、思わず上げた俺の手を、逃がさない…といった感じで、即座に両手を添えてきた。

 

 なんだろう…ここまで、俺に触れてくると言った事は、今までなかったので少々驚いた。

 ノンナさんとオペ子も、露骨に俺に接近、そして手を取ったダージリンに対して、訝しげな表情を向ける。

 

「な…なに?」

「……」

 

 添えられた手から、ダージリンの体温。

 目の前に掲げる様にされている自分の手。

 細く長い…そして真っ白な指が添えられている。

 

「ふ…ふふ……き、記憶が無くなるのでしたら…と、思いましてね…ね?」

「な…なにが? どうしたんだ、いきなり。ここまで…」

「えぇ…これは、はい、チャンス? とも違いますが、しかし…これならば? この状況ですので…」

 

 俺の手を持つダージリンの顔が、段々と赤く染め上げられていく…いや、恥ずかしいなら何で、こんな事したんだよ…。

 先程から、ブツブツと自分に言い訳をする様な内容の一人事を繰り返している。

 

「…」ギリギリ

「…」ガリガリ

 

 ……。

 

 う…後ろからの視線…が、痛い…。

 何かあるのだろうか? と、その二人も特に邪魔をする事もなく、俺達をガン見しとりますね。

 いや…まぁ、俺が離れれば良いのだろうけど、ここまでしてくるダージリンが、少々珍しく、何の目的か気になる。

 

「あの…ダージリン? 一体、何がした…」

「え? 手を握りたかっただけですわ」

 

「…………」

 

「「 ………… 」」

 

 胃が…胃が…。

 

「多少? 大胆な真似をしても、後々記憶が無くなるのでしたら…そうです。旅の恥はかき捨て…といった言葉もあるくらいですし? 多少…私も…」

 

 ……。

 

 目を逸らして、赤い顔を更に赤くした…。

 

 …………。

 

 や…ば…、え? 純…というか、奥手なのは知っていたけど…え?

 

「えぇ…隆史さんは、鈍感ですからね。この様な場でないと、とてもとても…」

「鈍感、関係なくないか…? 普通わからんぞ…手を握りたいだけとか…」

 

「…私が…この私が、異性の手に触れたいと、思わせられる殿方が、何を言っているのでしょう? 本当に、この場の意図がお分かりになりませんか?」

 

「   」

 

「将来、結ばれる可能性がある相手…。そのお相手…が…こ…この私では…そ…その、何か、ご不満が…ございますか?」

 

「   」

 

 

 な…え……はい?

 あの…

 なぜ、俺の手を胸元に抱きしめたのでしょう?

 なぜ、顔を埋める様に、すっごい俯いたのでしょう!?

 

「ぅ…ぅぅう…」

 

 ちっさ…。

 ダージリンの体って、こんなに小さかったか?

 体を縮こまらせ、更には少し、震えだした…。

 

 握る手。

 そこから物凄く熱い…それこそ火傷でもしそうな程の体温が伝わってくる…。

 

「ま…まぁ!? タラシさんは、タラシさんですからっ!? この様な手を握るられる位、今更かもしれませんねっ!!」

「あの…ダージリン?」

「わ…私は、それこそ顔から火が出るかもしれませんのにね…」

「……」

 

 な…なぜ、今…このタイミングで…こんな事を…そして、そんな事を…。

 

「っっ!!」

 

 ダージリンの手が動いた…。

 俺の手を誘導させる為に、その手を動かした…。

 

 ダージリンの顔へと…。

 

「ほ…ほら…」

 

 

 手の平から、別の体温が…。

 

「あ…熱い…でしょう?」

 

 

 …俺の手の平が、ダージリンの頬を包む様に添えられた。

 

 

 目の前の彼女の顔を…頬を持つ様な形。

 

 顔を上げ、俺の顔を見上げるられた。

 

 熱っぽい…彼女の顔もこれで確認が取れた…。

 

 涙が滲む…いや、うるませた熱っぽいダージリンと、視線が絡んだ。

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 

「 …相変わらず、子供の前でいちゃつくのは、止めてくれよ 」

 

 

 

「っっ!!??」

「っっ!!??」

 

 

 

 

 

 

 > ダージリンの場合 <

 

 

 

 

 

 

「はぁーー!! はぁーー!!!」

 

 突然、声を掛けられ…俺から飛び下がる様に、高速で離れたダージリンさん。

 肩から息をされてますね…。

 いや…先程まで彼女の顔に触れていた手に目を落とす。その手の平には、まだ体温が残っている様に感じる。

 

『 やめて…この空間で、マジのラブコメは勘弁してっ!! 背筋がむず痒いっ!! 』

『 はぁ~い…では、最初は彼女からですねぇ… 』

 

「はぁー…。はぁはぁ…はぁ…」

「……………………」

「……………………」

 

 …悶え苦しむ駄女神と、ジト目をダージリンへと向けている…役2名。

 何故か、エリス様の声が冷たかった…。

 

「はぁ…はぁ…。ひ…人前で…ワタクシ…人前デ…ここまでする気は…なかったのですが…」

 

 あ…うん。

 なんだろう…ダージリンが一瞬、別の女性の様に見えてしまった…。

 あれが…素という、奴なんだろうか…?

 

 最後には流石に……彼女が何を言いたいか、分かったけど…。

 

『 よ…よく我慢できたわね。私でも途中でわかったわよ? 』

「まぁ…ダージリンさんのお気持ちは、理解できます…」

「…アレは、邪魔しては駄目でしょうしね…。流石に野暮過ぎます」

『 空気を読んだのね… 』

「まぁ、限界は近かったですが」

「ノンナさん、決壊寸前でしたね? 私もですが…」

『 …… 』

 

 な…なにを言っているのかな?

 

「 あれ? 俺は、放置っすか? 」

 

 おっと…忘れてた…。

 ダージリンと俺の真横から、急に声を掛けてきたこの……。

 

 この…え?

 

『 では最初の子供ねっ!! 』

 

「え? やっと息が……私との…えぇっと…」

「…不本意ですが、ダージリンさんとの……え…」

「…わぁ…」

 

 全員の視線が、漸く自分に向けられたと、自覚したのだろう。

 放置され、座って待っていたのだろう。…その腰を上げて、立ち上がった。

 

 ……。

 

 幾つだ……今回の子供…。

 

『 あ、自己紹介してください 』

「 んぁ? あぁそうか、俺の事は知られてないのか…めんど… 」

『 あの… 』

 

「 はいはい。尾形 一隆…11歳 」

 

 ……。

 

「カズタカ…さん。…11歳」

「あの…とても見えませんね」

「一瞬、中学生かと思いました…ある意味で少し…安心しました…年齢的な意味で」

 

 …………。

 

 体は細いが、明らかに俺の子供だと、分かる風貌…容姿…。

 立ち上がったその子供は…かんっぜんに…ガキの頃の俺だった。

 

 但し、ダージリンの子供でもある為、少し違う。

 

 ……金髪碧眼……。

 

 背が高く、明らかに似合わないとか、間違えらるととかの理由で、ランドセルをしないだろう想像がつく程の小学生が…そこにいた。

 

「ひゃぁー…隆史様、そっくりですねぇ」

「ここまで…しかし、いぇ…」

「………」

 

「えぇと…一隆…さん?」

「ん? なに? 若いお母様」

 

「」

 

 その息子をダージリンが、呆然と見つめていたが、お母様と呼ばれた直後、完全に固まった…。

 いや? 何故か、小さくガッツポーズを取っている。

 

「「 ………… 」」

 

 う…ノンナさんと、オペ子が俺と息子を見比べている…。

 

 しっかし…ダージリン。

 

 嬉しそうだなぁ…すっげぇ笑顔だなぁ…。

 俺としては…いや…まぁ、先程までの空気というか、雰囲気が消し飛んだので、もういいっす…。

 というか、その外見でお母様って…なんか俺…マザコンぽっくって、イヤダナァ…。

 

 え? 胃? 別に痛くないよ? 麻痺してんじゃね?

 

 …ってくらいに思わないと、多分そろそろ、本気で穴空く…。

 

 

「ダージリンさんの未来は気になりますね…。やはり補足をお願いしたいのですが…」

「そうですね。11歳って事は、22歳の時…ほぼ大学卒業して、すぐじゃないですか…」

 

「 おっ!? ノンナさんっ!? オペ子さんっ!? 若いっ!! 可愛いっ!! すっげぇー!! 」

 

「っ!?」

「っ!?」

 

 …俺の息子にしては……軽い……軽すぎる…。

 隆成もそうだけど、息子連中は、何故に毎回テンションが高いのだろうか?

 

「 いや? でも、オペ子さんは、あんまり変わらないなぁ…すごいな、ずっと若いって」

「そ…そうなんですか?」

 

 …なに?

 

「 いやぁ…ノンナさん、この頃から相変わらず…」

「ん? 何がでしょう?」

 

 おい、息子。どこ見てる。

 

 目線で結構、バレるモノだぞ? バレるんだよ、バレたんだ。

 

 ヤメテオケ。

 

「…オペ子さん。睨まないでください」

「言い回しまで、隆史様そっくりですね…」

 

 よし、やはり隆成と同じノリか。

 ほら…オペ子が、すっごい顔しただろうが。

 やはり、俺経由とこの頃からの付き合い…特にオペ子は、将来的にも交友関係が続いていくのだな。

 俺の真似をしての、オペ子呼び…だろうな? ノンナさんも、それは同じなのだろうな。

 

 しかし…隆成と同じでは、多分またオカシナ流れになりそうだ…。

 一言先制をしておくか…。

 

「よし、一隆」

 

「 んだよ、親父 」

 

「「「 ………… 」」」

 

 ……。

 

 すげぇ、ぶっきらぼうに言われた…。

 なんだ、このダージリンとの差。

 

「ちょっと待て、お前。ダージリンはお母様で、俺は親父呼ばわりか?」

 

「 スキンヘッドの父親を、お父様と呼びたくねぇ 」

 

「  待  て  」

 

 マ テ

 

 マ ッ タ

 

「 見た目完全にヤクザだし…そんな相手にお父様なんて呼んでるの見られたら、何を言われるか分からないだろ? 」

 

「…………」

 

 待てと言うのに…。

 本当に嫌そうに言い捨てやがった。

 なまじ俺の顔で言うから、本気で嫌だ。

 

 なんかもう…色々と…。

 

 

「エリス様……補足…お願いします…」

『 あ…はい 』

 

 ダージリンは、何故かまだ浮ついていて、熱っぽい顔をしているので…なんかダメそうだっ!!

 

『 ダージリンさんは、イギリス留学後…まぁ色々とありまして… 』

 

「色々って…」

 

『 あのね? 彼女…癖が強いでしょ? かんたすろん? とか言う競技を含めて…戦車道界自体を、大学在学中から引っ掻き回したみたいでね? 』

『 少々度が過ぎた様でして…ほとぼりが冷めるまで、大人しくしていろという、名目で…ご両親が、その…お見合い話を…その… 』

「…お母様ですね」

『 あ…はい。戦車道界には、それこそ革新的な事だったらしいのですが…どうにも目立ち過ぎたらしく…』

「はぁ………」

 

 あ、ダー様。

 大きな溜息と共に復活。

 

「どうせ、保守的なお母様の事です。身を固めて一度落ち着けとか…その様な事を、仰しゃたのではございません?」

『 あ…はい。そうですね…概ね… 』

「はぁ…まったく…」

 

「オレンジペコさん。…ほとぼりが冷めるまで、身を潜めておけって事ですよね? 結婚までさせようとして……何をしたのでしょう?」

「そうですね…ダージリン様の事ですから、無茶をしたとは思いますが……そこまで両親から言われる程とは…なんでしょう? 想像もつきません…」

 

『 あ、なんかね? 「おーびー会」ってのに、喧嘩売って回ったみたい 』

 

「「……」」

 

『 あぁ、えぇと…ダージリンさんのご実家は、資産家ですよね? ですから…えっと、チャーチル会? そこへの所属は簡単みたいでした 』

「ダージリン様…OGとして、チャーチル会へ、所属はしていたんですね」

「オレンジペコさん?」

「それで、喧嘩売って回ったとか…」

「なる程…大体、将来私の考えが分かりましたわ」

「…獅子身中の虫」

「ま、そういう事ですわね」

 

 あ、そもそも…この世界線って、どちらの世界線なんだろ……。

 大洗学園の廃校か…在校か…。

 少し退屈そうにしている一隆を見てみる。

 ……ぬ。筋肉が足りない。

 

『 え…えぇ、何故か全OG会の解散…しかし、資金援助はストップさせない…その様にしていましたね 』

「近年、そのOG会の学生戦車道への横槍が、ものすごいですからね…。1年の私でも、例年と比べれば分かるくらいに…」

『 そこの卑怯者と結託して、文字通り潰したみたいよ? 』

 

「「 …… 」」

 

 おーい、一隆。ちょっとこっち来い。

 嫌な顔するなよ、お父やんやで?

 うん…二つの視線は気にするな。…な?

 

『 私利私欲で寄付金を餌に口を出し、学生すらも駒として扱い私物化している…と、全国メディアを利用し謳いまして… 』

「……ダージリン様」

「ま、概ね間違いではございませんね」

 

 

 ちょっと腕に思いっきり力入れてみて? 

 そうそう。

 おとん、上腕二等筋掴んでるからさぁ…。

 

「権力や圧力が、どこかで絡んで来そうですから、言うほど簡単ではないと思うのですが…。寄付をして頂いている方も、あっさり流される程、愚かではないでしょう?」

「そうですよねぇ…。ちょっとご都合主義っぽいです」

『 はぁ……あまり言いたくありませんが… 』

「なんですか?」

「なんです?」

 

『 本気のダージリンさんと、本気の隆史さんが起こした事ですよ?  』

 

「「 …… 」」

 

『 一部に物凄く恨まれたようで…そこからでしょう 』

 

「「 …… 」」

 

『 下準備中に、目を付けられた…ってトコでしょうね? で…お見合いなどの縁談を持ってこられてる中…内緒で付き合っていた彼を両親に紹介… 』

『 …ちなみに、ダージリンさんが隆史を謀って、いきなり両親に会わせたわ。サプライズがどうの言って… 』

『 物凄い顔してましたね…。お父様が、殺気しか放っていなかった様で… 』

『 面白い顔してたわよっ!!?? 』

 

「「 …… 」」

 

『 で…そんな場所で、近状のお見合い話等を薦められて、強引に結婚させられそうだと、初めてそこで隆史に暴露 』

『 …ま、あの男の事だし、後は想像できるでしょ? 』

 

「「 ………… 」」

 

『 まぁ…直前で、ダージリンさんも余りに強引な方法だったから、尻込みしてしまったのですけどね…そこでまた… 』

『 あんなのただの、泣き落しよね? 実際、そうだと断言できそうだったし… 』

『 え…えぇ。しかし、隆史さんの性格なら…と言いますか、例の無線前で皆さんにハッキリと言ってましたよね? その時は、西住 みほさんが対象でしたけど… 』

『 はい、ダージリンさんの勝利 』

 

「あら、素敵ですわね」

 

「「 …… 」」

 

『 あ、ちなみに…ダージリンさん 』

「なんでしょう?」

『 貴女の母親って、美人よね? 実年齢よりも、大分若く見られる程の 』

「ま…まぁ…。今でもたまに姉妹と間違われますが…」

 

 

 

『 隆史と異常に仲が良いから気をつけてね? 』

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

『 保守的と先程、おっしゃられていましたが、そこら辺の感覚が、どうにも隆史さんと合った様で…つまり… 』

 

「「「 …… 」」」

 

「…ち…ちなみに、それはいつ頃からでしょう?」

 

『 出会った時くらい? 即、気に入られた見たいね。…父親とは、犬猿の仲だけど… 』

 

「……」

「…ダ…ダージリン様?」

「凄まじく青い顔しましたね…」

「ちなみに…ダージリン様のお母様って、おいくつ…なのでしょう?」

「……」

「…ダージリンさん?」

 

 

「こ…今年で…35歳になります…」

 

 

「「 」」

 

「…えぇ、ペコ…ノンナさん。お父様を軽蔑しても構いませんわ…」

 

「……」

「……」

「そ…そうすると、22歳の時に出会う……」

「…」

 

『 そうね。今の西住流家元さんと、同年齢ね 』

 

「 隆史さん、此方にいらしてください 」

「 隆史様、此方にどうぞ 」

「 隆史さん…Иди сюда 」

 

 

 ん? お話終わったな?

 あれ? なんで揃って、手招きしてるんだろう?

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

「……ふぅ。落ち着きました」

 

 なぜ俺は、怒られたのだろう…。

 一体、何対して怒られたんだろう…。

 しかも三人に…。

 

 

「所で…みほさんは…」

「……」

「あっ! そうですっ!!」

 

 ……。

 

 なんでこう…畳み掛けるように…。

 いやまぁ…俺も気になるけど…。

 

『 え? あぁ…この世界線だと、隆史が振られるわよ? 』

 

「……」

 

『 まぁ、澤 梓さんの時と同じパターンですね。ダージリンさん、留学していても、隆史さんとの交流は続けていたみたいですから。狙いすました様に、ダージリンさんが掻っ攫いましたね 』

 

「  」

 

『 フリーになったとたん、他の女性と、くっつくとか…クズよねクズ 』

 

「駄女神…よぉぉぉ!!」

 

『 ちなみに、この世界線だと、西住 みほさん…弁護士になってるわ…… 』

 

「「「「 ………… 」」」」

 

 み…みぽりん、色々と才能があるんですね…。

 多種多様な職業にオツキデスネ…。

 

「さて…あまり、時間を掛けられないからね? 聞きたい事、他にある? 直接、その子供に聞いてみたら?」

 

 一隆は、完全に飽きてしまったのか…ボケーっと、俺らを眺めていた。

 俺らの視線に気がつき、こちらに顔を向けた。

 その子供に、ダージリンが、妙に緊張した口調で話しかけた。

 

「んんっ!! では、一隆さん」

「 なに? 」

 

 咳払いを一つ…。

 やはり聞きたい事があったのだろう。

 ダージリンが、少し興奮気味に一隆に詰め寄る。

 

「未来の隆史さん…そ…その、お…おおお父様は、どのような感じ…なのでしょう!?」

 

「 親父? え? ハゲだけど? 」

 

「………………」

 

 よし、さっきも言っていたが、今度は間髪入れずに即答しやがったな。ハゲつったなっ!!

 すげぇ事、すげぇ普通に言ったけど!! ダージリンが聞きたい事って、そうじゃねぇだろ、多分ッ!!

 ちょっと、腰を落ち着けて、話を聞こうか? ん?

 

「ハ……え?」

「 まぁ、お母様が浮気対策って事で、剃らしているみたいだけどね。髭だけは好きに伸ばさせてるけど… 」

 

「…なる程」

「…なる程」

「…Нару-э」

 

 

 ……。

 

 …………またか。

 

「 あ、親父 」

「…なんだ?」

「 涼香叔母さんに、言ってくれない? 」

「…姉さんに? 未来の事だから、未来の俺に言えよ…まぁいいや、何を?」

 

「 俺を2Pカラーって呼ぶのやめてくれって… 」

「…………」

 

 いや…確かに、ガキの頃の俺の生き写しだけどさ…。

 言い方…。

 

「 ちなみに、一隆。…姉さんとダージリンって、仲は…」

「 良いと思う? 」

 

 

 

「…思わない」

 

 一隆が、静かに頷いた…

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

『 ほ…補足を続けるわっ!!! 』

 

『 将来の隆史さん。婿入りはしませんでしたが、ダージリンさんのお父様から、お仕事の一つを任されてまして…結構裕福なご家庭ですよ? 』

『 逆玉には、違いないけどねっ!! しねっ!! 』

「裕福って…俺が? 何しているんですか?」

『 …無視された 』

「…で?」

 

『 えぇ…と、サラリーマンですね 』

 

「…は?」

 

『 ダージリンさんのお父様の経営している会社で、一から働いてましたね 』

『 娘の相手として、相応しくさせるって、息巻いてるわ。隆史も負けじと働いてるみたいだけどね 』

 

「ふ…ふ~ん…」

 

 なんにも言えない…。

 多分、親父さんに色々と言われたのだろうが…まぁ、うん。

 

『 後は…オレンジペコさん。貴女もお見合いで…ですが、ご結婚をされています 』

「わ…私ですか」

『 もちろん、隆史達との友人関係は続いてるわ。…ま、もう流石に、吹っ切れてるみたいね。良い思い出として隆史の事は、消化してるわ 』

「…ふ…複雑ですね」

『 酔わなければ… 』

「え…」

『 オレンジペコさん。お酒は飲まない様にしてくださいねぇ…この頃には自覚がありますから、一切口にしてませんけどねぇ 』

「はいっ!? えっ!?」

『 はい、つぎぃ。ノンナさん 』

「ちょっと、待ってくださいっ!! そこまで言って…」

『 知らない事が、良い事もあるのよ? 』

「…………」

 

『 はい、納得してもらった所で、ノンナさん 』

「………………お酒」

「オレンジペコさん…」

 

『 ノンナさん。貴女も結婚はされてます。33歳では海外移住してますね…まぁ、ロシアだけど 』

「あ……はい」

『 隆史との交流は、もちろん続けてるわ。あ、貴女は… 』

 

「…もう結構です」

 

『 ノンナさん? 』

「そちらの話は、聞きたくありません。現状の…今の私のゴールを目指すだけです」

『 …… 』

 

「違う未来の話は、私には不要な異物です」

 

『 …おーう、言うわね 』

『 初めてですね…拒否されたのは… 』

「 なるほどねぇ 」

 

「流石…ランクSS+…」

「ランク?」

「あ…いえ、こちらの事です」

「?」

 

 …あ、はい。俺に発言権はないと思うのです。

 

「…………」

 

 うっ…。

 どこか楽しそうに、ノンナさんから、流し目を送られた…。

 お…?

 ダージリンが、なんかむくれてる…。

 眉を斜めに、俺とノンナさんの視界の間に立った。

 そしてそのまま、会話を切り替える様に、すぐさま一隆へと話しかけた。

 

「所で…一隆さん」

「 ん? なに? 」

「お父…いえ、貴方のお父様と、お祖父様…仲はよろしいかしら? 少々、そこが心配…」

「 親父とお祖父様? あぁ~…すげぇ、仲悪いよ? お祖母様とは、すっげぇ仲いいけど 」

「…………」

 

 な…なんで、目を見開いてこっちを見たんだろう…。

 

「 俺にはお祖父様、すげぇ優しいんだけどさ。親父にだけ、すげぇ態度冷たい。まぁ、親父も大概だけど…会う度に喧嘩してる 」

「……」

「 まぁ、なんか楽しそうだけど。喧嘩も何故か、ほとんど腕相撲で白黒つけてるみたいだしな 」

 

 でも、楽しそう? どういう事だ?

 それを言っている一隆も、どこか楽しそうにしてるし…。

 

「 お祖父様、親父に負けない為とか何とか…いい歳してジム通いだしたりな? 最終的に、親父と一緒に同じジム通ってるし… 」

「……まったく、仲が良いのか、悪いのか」

「 良いんじゃない? ただ…二人揃って、俺にも薦めるのやめてほしいけど…俺、まだ小学生だぞ? 」

「 ………はぁ 」

 

 何か、想像がつくのか…大きく溜息を吐きましたね、ダー様。

 まぁ彼女の父親だ。何か理解が出来る所が、あるのだろうな。

 

「 問題は、お母様 」

「え…? 私?」

 

 …お、流れが更に変わった。

 矛先が、ダージリン…そうだな、彼女の将来も気になる。

 

「 聖グロに進学を薦めるの止めてくれよ 」

「え…」

「聖グロリアーナか?」

「そうそう、親父ん時は、知らないけどさ。今は中等部があって、そこに進学させようとお母様、躍起になってるんだよ」

 

 心底嫌そうに、ため息をついた一隆。

 ダージリンって、結構、そういったの気にするタイプなのかな?

 自分の通っていた学校に薦めるとか…まぁ、たまにいるよな

 

 

「 俺さ…どうせ学園艦に入艦するなら黒森峰に入りたいって、言ってるんだけど聞いちゃくれねぇんだ 」

 

 ……。

 

 いや、小学生で親に反発してまで、将来の進路まで考えている。

 そこまで考えられるってのは、ある意味すごいけど…ここで黒森峰? は?

 

「 あ、そうか…親父ん時は、違うのかな? 黒森峰高校って、今は共学なんだよ 」

 

 黒森峰……高校…?

 共学になった?

 

「…黒森峰?」

 

「そうっ!! 西住流家元っ!!」

 

「……」

 

 なんだ…一隆が、すげぇ嬉しそうな顔した…。

 俺と同じで、子供っぽくない見た目だから、それこそ苦労しているだろうとは、思う。

 が、ここで子供らしい…非常に子供らしい、嬉しそうな顔をしたな…。

 

 確かに黒森峰は、西住流のお膝元。

 そう、西住流の…。

 

 …だけど、お前……家元って、はっきり言ったな。

 

「か…一隆さんは、戦車道に興味がお有り?」

「 そりゃ、嫌いじゃないよ。男だから戦車できねぇけど。親父に連盟本部とかに、連れて行ってもらう位には好きだよ 」

「…え…本部?」

「 親父、一応仕事しながら、連盟に所属してるしね 」

「あら」

 

 ……まさか…。

 

「…一隆」

「 なに? 」

「お前の言う、西住流家元って、まほちゃん…いや、「西住 まほ」か?」

 

「 そう!! まほさんっ!!! 」

 

 

「「「 ……………… 」」」

 

 

「 まだ、次期ってのが、付くらしいけどね。親父と本部行くと、大体いるよねっ!! 」

 

 

「「「 ……………… 」」」

 

 

 静寂…。

 

 呼吸の音すらしない、そんな静寂…。

 

 あ、ダージリンが、目を閉じて顔を顰めている。

 …ず…頭痛かな?

 

 

『 あ、うん。ちなみね 』

「…だ…駄女神?」

 

『 その連盟本部? とかに行く時は、隆史がその子連れて行くっていうよりか、ダージリンさんが、絶対にその子を連れて行かせてるってのが、正確ね 』

 

「「「 ……………… 」」」

 

「はぁ…ダージリンさん。気持ちは理解致します」

「ノンナさん…ありがとう…。未来の私の事ですが、痛いほど納得がいきますわね」

「……」

 

 ここで漸く、ため息の漏れた音…。

 

「 ただなぁ…戦車道やってる子、一杯いるだろ? ちょっと、そこは嫌だなぁ… 」

「あら、どうしてかしら? 一隆さん、戦車道はお好きなんでしょう?」

「 戦車道はね? でもなぁ…戦車道してる女の子って…どうにも… 」

「私もペコも、ノンナさん。皆、戦車道を…」

「 あ、違う違う。同い年位の女の子が、苦手なんだ 」

「苦手? あぁ、一隆位の年齢の男の子って、女の子が苦手な奴多いな。思春期が近づいてきている証拠だよ」

「隆史さん? そういうモノですか? …ふむ」

「 なんかさ、俺って親父とそっくりらしくて…その…見た目以外に、行動というか、なんというか…良くわからないけど 」

「そっくり?」

「……」

「ノンナさん?」

「 普通の子は大丈夫なんだけど…戦車道してる子とかと、少し仲良くなると…」

 

「…まさか」

「……」

「……」

 

 な…何?

 なんで、いきなり俺を見たの?

 

「 やたらと、ベタベタしてきて嫌 」

 

 

「「「 ………… 」」」

 

 

「 なんか知らんところで、あっちこっちの女子と…って、すぐに噂たてられるし…まほさん一筋なのに… 」

 

 

「「「 ………… 」」」

 

 

「 親父、戦車道乙女キラーって言われてたんだろう? それの息子か…とか、すっげぇ詰られるから嫌 」

 

「 」

 

「 だから、まほさんが良いっ!! 」

 

 西住流キラーなら、呼ばれた事ありましたけど…それはない…。

 

「親子…揃ってぇぇ…」

「遺伝って…すごいですね」

「隆史様と、同じ行動とかとそっくり…無意識に…」

「父親の背中を見て…とは、良く言いますが…まったく…」

「挙句……西住流家元…」

「まったく…」

「はぁ…まったく…」

 

「  」

 

 

 ……。

 

 あ…すっげぇ見られてる…すっげぇジト目で見れてる…。

 いやな? お前も見られてるんだぞ? 一隆。

 

「…ん?」

 

 一隆が何か聞きたそうな顔で、俺を見上げてきた。

 あ~…うん。

 

「どうした?」

「 なぁ、親父 」

「ん…なんだ?」

 

 

「 若いまほさんも、あんなに可愛いの? 」

「可愛いなっ!!」

 

 

「「「 ……………… 」」」

 

 

「よしよし、まほちゃんを、綺麗だとか凛々しいとか言わない辺り、お前も分かってるな」

「 当たり前だろっ!! 俺みたいな小学生でもわかるくらいなのにっ!! みんな揃ってなぁっ!! 馬鹿だよなぁ 」

「だよなぁ!!」

「 髪はっ!? 今みたいに長いのっ!? 」

「その今が、俺には分からん…というか、伸ばすのか…」

「 親父っ!! 」

「え…? あぁ、短いぞ? ショートカットだ。長いのも似合いそうだけどなぁ…」

「 似合うよっ!! 似合わないハズがないだろっ!? 」

「だよなぁ!!」

「 戦闘力は!? 」

「すっごいぞっ!!」

 

 

「「「 ……………… 」」」

 

 

「 みほさんは、あんな美人なのに…どうしてこう、姉妹のイメージが違うんだろ… 」

「み…みほ…?」

「 そうそう、まほさんと同じで、髪の毛長いのに、すっごい印象が違うんだ 」

「そ…そう……か…」

「 職業柄、凛々しいってイメージが強んだよねぇ…厳しいっていうか…。その割には父ちゃんには、優しいのに… 」

「そ……う、ですか…」

「 …う~ん 」

「ど…どうした、一隆」

「 いやね? なんでだろうなぁ…って 」

「…何が?」

 

 

「 なんで親父、お母様と結婚したの? 」

 

 

 ……。

 …………。

 

 

「お…おまっ…! お前…」

 

 

「 いや、だってさぁ…。まほさんと、結婚できたかもしんねぇんだろ? まほさん言ってた 」

 

 

「  」

 

 

 空気が…死んだ。

 

 何度目だよっ!!

 

 キョトーン…とした顔で見上げてくんなよっ!!

 

 痛い痛い痛いっ!!!

 ダージリンさんっ!? なんで抓るの!?

 俯いてるから、顔色わっかんねっ!!

 

 

「色々と、大人にはあんだよっ!!」

「 そうそう、そうやって大人って言葉使って、いっつも誤魔化すんだよなぁ…みほさんともそうだったんだろ? 聞いたら、すげぇ顔したけど… 」

「いや…子供って残酷だな…。お前、結構まともに会話出来るから、忘れそうになるくらいなのに…」

 

 みほにまで聞いたのか…。

 

 な…なんか…。

 なんかないかっ!?

 えっとっ!!

 

「綺麗な母ちゃんいいじゃないかっ!! ダージリン、美人だろっ!?」

「っっ!?」

「 まぁ…そりゃ…。子供の俺から見ても思うけど…結構、友達から羨ましがられるし 」

「じゃあ、いいじゃねぇかっ!! 父ちゃん、母ちゃんが、好きだから結婚したんだよっ!! そういうもんなんだよっ!!」

「っっ!!??」

 

「 まほさんよりも? 」

「そ…そうだよっ!!」

 

「 みほさんよりも? 」

「そうだよっ!! 二人よりダージリンの方が、好きだったんだよっ!! 」

「  」

「 ふ~~~ん。そういうもんか… 」

「そういうもんだよっ!! 納得してくれよっ!! 頼むからっ!!」

 

 怖い…子供怖い…。

 

 すっごい遠慮なく、ぶっ込んできます…。

 

「 お母様…結構、面倒臭い性格してると思うのになぁ… 」

「…おい、息子」

 

 やっと…渋々だが、納得してくれた様だ…。

 そういや、抓られていた部分が、痛くない。

 

 …代わりに、服を下へと引っ張られている。

 

「ダージリン? …ダージリンッ!!??」

 

「………っ…ぁう…」

 

 どうした、ダージリンッ!! ちょっとキャラ違うぞっ!?

 泣きそうな…って、いや、すっげぇ顔色赤いなっ!!

 縋り付くように顔を上げたダージリンが、過去例を見ない程に真っ赤っかっ!!

 

「…ノンナさん」

「え…えぇ、我慢です、我慢」

「………」

「………」

 

 目を見てくれない…すっごい逸らしながら…両手で手を握られた…。

 

 あの…。

 

 

「 そうそう、後ソレ。子供の前で、ベタベタするのやめて 」

 

「 」

 

 

 ……えっと。

 

「 お母様、親父を尻に敷いてる様に見えるんだけど、あくまで見えるだけ…もう、なんか…キモイ 」

「きも…」

「 親父のどこかを、そうやって、大体指で掴んでんの。服の端だったり、なんだり…言葉と態度だけなんだよ…親父に対して横柄なの… 」

「っっ!?」

「 いや、あからさますぎて…子供に気を使わせちゃ、ダメだろ… 」

 

『 子供に見透かされてますね… 』

『 …そうね。あの様子じゃ、仕方ないか 』

「どういう事です?」

「それは、キニナリマス」

 

『 将来ね? これまでの鬱憤を晴らすかの様に、ダダ漏れになります 』

『 逸見 エリカ(33)さんに、匹敵する程ねっ!! 』

 

「なっ!? アレと一緒ですかっ!?」

「アレとか言いましたね…」

 

 あの…話してないで、ダージリン何とかしてください…。

 完全に動かなくなりましたけど…あの…そろそろ手を離してもらえると…。

 

『 あぁ。今のそんな感じですね。人前以外は、基本的にダダ漏れね 』

 

 ん…

 

「ダダ漏れって、何がよ…取り敢えずだな…この状態を…」

 

『『 ………… 』』

「「 …… 」」

 

「え…何?」

 

 まとめて、信じられないモノを見る目で見られた…。

 ただ、単純な質問をしただけなのに…。

 

「隆史様…いえ…それが、隆史様ですが…。想像つきませんか?」

「え? 想像?」

「アレだけ普段から、ダージリンさんの態度から、漏れていると言うのに…」

「えぇ…まさに現在進行形の様に…」

 

 えっと…

 

「何が?」

 

 

『『 ………… 』』

「「 …… 」」

 

 あ…あれ? 黙っちゃった。

 

『 あぁっ!! もうっ!! めんどくさいっ!!! この男!! 面倒っ!! 』

『 …これが、将来まで続くのですよね… 』

 

「いや…だから…」

 

 なんでお前が憤慨してんだよ…。

 

『 良いっ!? しっかり聞きなさいっ!! 』

 

「んぁ? なんだよ。指差すな」

 

 ビシッ! って、感じで片手を腰に添え、俺に対して指を突き刺してきた、駄女神。

 

 

『 言い切っても良いわっ!! この、ダージリンさん!! アンタに甘えたくて仕方がないのよっ!!! 』

「っっ!?」

 

 お、ダー様が意識を取り戻した…か?

 一瞬、肩が跳ね上がったな。

 

「…は? ダージリンが?」

 

『 この娘、結構溜め込む癖があるのよっ!! 隊長としてとかっ!! あんなお嬢様学校出し? その周りの目とかっ!! OG連中からの圧力とかっ!!! 将来もそんな事ばっかりで、すっごい事になってるのよっ!! 』

「あー…うん。ストレスとか凄そうとかは、何となく分かるな。結構、参ってる時とかも…」

 

『 も~~っ!!! 面倒っ!! 本当に馬鹿じゃないのっ!!?? 分かってんなら、分かりなさいよっ!!』

「意味がわからん…」

 

『 他にもあるでしょっ!? 見た目のイメージとか周りの目とかっ!! 何よりこの娘のプライドもあるでしょっ!!?? 素直になれないってテンプレが通りじゃないっ!! ググりなさいよっ!!』

「ググれって…いや? 素直?」

 

 

 

 

 

 

『 この娘めちゃくちゃ、オレンジペコさんが、羨ましくて仕方ないって顔してるじゃないの!!! 』

 

 

「  」

 

 

 

 オペ子…? 羨ましい?

 あ…ダージリンが離れた…お…おい。

 

『 あんなに、素直に甘えられたらとかっ!! 同じ様に膝の上に座りたいとかっ!! 午後のティータイムを、あんたの膝の上でしたいとか、思ってるわよっ!!! 』

 

「  」

 

「…え…えっと…え?」

 

 取り敢えず、フラフラとした足取りで、駄女神へと歩いていくダージリン。

 両手をゾンビの様に、前に上げて…。

 

『 お茶請けのお菓子とか、食べさて欲しいとか…こう…手とか繋いで見たいけど、恥ずかしすぎて無理だから…せめて小指だけでも…とか、思ってもそれすら無理だと、顔赤らめたりっ!! 』

 

「   」

 

『 あそこまで青森の時から、ダダ漏れ全開…言いえて妙ね…。まぁ良いわっ!! あの時散々、我慢して気づいたらアンタは、転校っ! そしてなんか女できとるっ!! でもどうにか出来ないかしらっ!? 少々大胆に…でも、流石にっ…とか、ヤキモキしてっ!! 』

 

「   」

 

『 例の頭のおかしいゲームでも、頑張って執事依頼したら、アンタあっさり勝っちゃうしっ!! 馬鹿なのっ!? 馬鹿なんでしょっ!? 負けろよっ!! 負けたげなさいよっ!! 』

 

「   」

 

『 将来、付き合ってからもそうよっ!! 彼女が、奥手すぎるの重々承知でしょうがっ!!! 日中はプライドが邪魔してるかも知れないけどっ!! 』

 

「     」

 

『 漸く結婚して、家族の前位なら、いいかなぁ~♪ とか、思って、それでも頑張ってっ!! 少しくっつく位は、許してあげなさいよっ!! 』

 

「      」

 

『 わかぁぁっったかっ!! このクソ女っ隆史っ!! 』

 

「あ…はい」

 

 

『 …はぁ…はぁ…はぁ… 』

 

「        」

 

『 はぁ…はぁ……ふぅー… 』

 

「           」

 

「あ…うん。いえ、はい。わかりました」

 

 すっごい勢いで、それこそマシンガンの様に喋り…もとい暴露し始めた、駄女神様。

 肩で息をして、汗だくなりながら、ダージリンを庇護…したのだろう…本人的には…。

 

『 はぁ~…まぁ、後そうね。彼女、別のアレは、すっごいから…まぁ…アンタと性格的にもガッツリ当てはまるから… 』

 

「…は?」

 

『 ストレス解消…してあげなさいよっ! 』

 

 親指立てて、ウィンクされた…。

 いや…まぁ…うん。

 

 

 ああっ 駄女神さまっ

 

 

 いろんな意味で、お疲れ様です。

 お前も結構、ストレスあったんだな…ちょっと優しくしてあげよう…。

 

 

『 なにを呆然としてるの…よ… 』

 

 あ、はい。

 

 すっ……パーーーン!! って、ちょっと懐かしい音がしましたね。

 

 

「…女神…と、仰言いましたわね?」

 

『  』

 

 

「 暴露…えぇ、暴露……お覚悟…あっての事ですよね? 」

 

『   』

 

 あ、うん。呂律が回ってないな、ダー。

 

「…えぇ、流石ですわ…。ほんっとぅぅに…見事に言い当てててたぁがぁるぁ!!」

 

『   』

 

 駄女神さまっ…の肩に、手を落としたダージリン。

 ギリギリと、こちらまで音が出そうな位、手に力が入っているのが分かるな…あ~…。

 泣きそうな…いや、泣きながらこっち見るな、駄女神。

 

 

「よ…りにも…よって…ペコの前で、ペコの…ぉぉぉおお!!!」

 

『  』

 

 

 ほらぁ…ダー様、真っ赤になって…すげぇ顔してるな…美人が台無しだぞ?

 照れてるのか、怒ってるのか…うん、全部だろう…。

 腹から声を出してますね…はい。

 

『 だがっ…だがじ…ざまぁ… 』

 

 あ~…うん。怖いのは理解する。

 今のダージリンには、俺でも近づきたくない。

 

 はぁ…仕方ねぇな…。

 なんでだろう…色々と、普段なら焦るのだけど、何故か冷静でいられた。

 ダージリンの本心…と、いうか、あるんだな…ダージリンにも、人を羨ましいと思う事が。

 

「ダージリン? そこの駄女神も…な? ダージリンの為を思って……といか、俺が大体悪いんだと思うけど…」

 

 俺が声をかけると、完全に涙目で俺を見上げた…。

 肩から手を離さず…。

 

「ぅぅぅぅ…」

 

「……」

 

 真っ赤ですね…。

 

 さぁ…どうしようか?

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

「 …お母様、青い女神さんが言った通り、すっげぇ親父にベッタリだしなぁ…。この頃は違うのか…段々変わって行ったんだなぁ…ふ~ん。なるほど、なるほど… 」

 

 腕を組んで、何度も頷いてるけどさ…。

 今、君のお母様が大変ですよ?

 

「 んじゃ…ほれ。親父 」

 

 いきなり、手を差し出された。

 

「なんだ?」

 

「 いや…この場合なら、さっさと終わらせた方が良いだろ? 」

 

 よく見てみると、すでにダージリンの手を握っていた一隆。

 俺達の横に立ちながら、何度か左右に首を振り、俺とダージリンを見比べている。

 

「 因子ねぇ…。良くわからないけどさ 」

 

 自分の手を握っている息子に、ダージリンも漸く気がついた。

 握られた自分の手と、一隆の顔を何度も交互に見ている。

 

 …そして、この隙に駄女神が、カサカサと逃げ出した。

 

「 はぁ…これで終わるか。さっさと、終わらせた方が良かった気もするけど… 」

 

「…お前、言動や言い方が、小学生じゃねえぞ…」

 

「 は? 誰の息子だと思ってんの? 」

 

 それ、関係あるか?

 

 カッと、少し笑い…低い声で呟いた。

 

「 親父が倒れた時の、お母様の取り乱し方が、すごかったしな 」

 

「取り乱した? ダージリンが?」

 

「 いや…ちょっと違うかな? 親父、俺達と一緒にいる時に倒れたんだけどな? 病院に一緒に行ってからが凄かったんだよ 」

 

「病院…」

 

「 ずっと震えてた。椅子に座り込んだら、立てなくなるくらいに…そのまま横にいた俺を抱きしめて、ずっと動かなくて…ずっと震えてんだよ 」

 

 一隆が、俺の手を取った。

 呆然としてしまっていた、中途半端に出された手を。

 ダージリンが、何か言おうとしたが…押し黙って一隆の話を聞いていた。

 

「 で、いきなりその夢の中でコレだろ? 」

 

「…」

 

「 まぁ、半信半疑だったけどね。青い女神さん、胡散臭いし。でもまぁ…このままだと、明日死ぬとか言われちゃあなぁ… 」

 

 話しながらも、自分の体の様子を確認していた。

 光りだした体が、ゆっくりと広がっていく。

 繋がれた手から、子供の体温が段々と熱くなっていった。

 

「 面白い体験できたから、別に良いけどね 」

 

「はっ…面白いか」

 

「面白いよ。俺、別に親父が死ぬとか信じてないし。…車に跳ねられても無事だったんだぜ?」

 

 ……。

 

 息子が産まれると、俺は車に撥ねられるのか?

 

 まったく…。

 

 ここで漸く自我を取り戻してくれた、ダージリンは黙って一隆をじっ…と、見つめている。

 

「 ほんと…隆史さん、そっくり… 」

 

「お母様?」

 

「くれぐれも、えぇ、くれぐれも! 女性の扱いに注意して下さいね? お父様と同じになってはいけませんよ? 」

 

 ……。

 

 あ、うん。

 

 シリアスになりきれない…。

 

「 はっはー。それは毎回、小言と一緒に言われてるから、大丈夫っ 」

 

 チラチラと、目だけで俺と一隆を何度も、何度も見ているダージリン。

 いつもだったら、最後まで二人と話そうと思うのだが…すでにもう遅い。

 

 そして、何度か体験した…消える直前の最大の光。

 一隆の体が、光に包まれ、その強さが最高潮に至った。

 

「…これで、私も。記憶がなくなってしまうのが、惜しくて仕方がありませんわね」

 

 ……。

 

 

「 んじゃな、お父様。お母様 」

 

 

 最後の声が聞こえ…手から伝わる息子の体温が…なくなった……。

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれっ!?」

 

「え…」

 

「なんで…いるの? ダージリン」

 

「あら…消えていませんわね」

 

 同じく呆然と立ちすくむ、ダージリンが正面にいた。

 本来なら、ここで消えて元の場所へと、意識が戻るはずなのだけど…何故か消えていない。

 

「えっと…エリス様」

 

 責任者に詳細を聞こうとすると…。

 

『 …… 』

 

 えっと…。

 何故か顔を横に逸らされた。

 

「あ…あの?」

 

『 こ…今回は、特別です 』

 

「特別?」

 

「はいっ! そうですっ! 隆史様っ!!」

 

「オペ子?」

 

 なんでオペ子が答えるのだろう?

 いや…別に事情を知っているのなら、教えてほしいのだけど。

 

「っっ!?」

 

 な…なにっ!?

 スッ…と、突然オペ子の表情が消えた…。

 そして…物凄い棒読みで…。

 

 

「  散々、見せつけられたのですから、今度はコチラが見せつける番だと思うのです  」

 

 

 え…っと…え? 何が?

 怖いよ? 顔。

 

『 ねぇねぇ、オレンジペコさん!! ちょーっと、私…いい事思いついたんだけどぉ 』

「…なんでしょう? 今、私は隆史さんとお話を…」

『 まぁまぁ、聞いてよ。…こんな……に……って、できるけど…どお? 』

「なっ!?」

『 まぁ、さすがにノンナさんの時にもしないとフェアじゃないけどね。ダージリンさんは…時間的に申し訳ないけど、諦めてもらうしかないけどね 』

「い…」

『 あのノンナさんの、ポーカーフェイス…すっごい崩して見たくない? 次、貴女だけど…その時も呼んで上げるからさぁ… 』

「いいですねっ!! すっごくそれは良いですっ!!! お願いしますっ!!」

『 で…でねぇ? それで、なんだけどぉぉ… 』

「報酬ですね。前回と同じので良いですか?」

『 ありがとうっ!!! 私、頑張るわっ!! 』

「是非頑張ってくださいっ!!」

 

 

 

 …不穏な空気が漂いだしたな。

 

 …。

 

 

 それよりも。

 

 非常に気になる事がある。

 

 …さすがに…な。先程は聞けなかったけど…。

 

 

「……なぁエリス様」

 

『 あ…はい、なんでしょう… 』

 

 ……。

 

 なんて生気の無い目をされてるのでしょう。

 

 ま…まぁ…いいや。

 

「まほちゃんと、みほ。二人の将来の事なんですけどね…相手って…」

 

 そう…それが一番気になったこと。

 

 前までは、知らなかった為に、ここまで不安にはならなかったが…出会っている。

 

 出会ってしまった……。

 

 あのクソ野郎に。

 

『 あ……あぁ、なるほど。大丈夫ですよ? 』

 

「…大丈夫?」

 

『 隆史さん以外との未来は、他の方との恋愛結婚です。お見合い…というのもありますが、皆さんお幸せですよ? 』

 

「…そうですか。…良かった」

 

 笑顔で答えてくれるエリス様に、少し安心した…。

 でもな…。

 そんな俺の不安な気持ちを汲み取ってか、ハッキリと言ってくれた。

 

『 あの分家…ですよね? 』

 

「……」

 

 そう…あいつが、どうにも引っ掛かる。

 

『 あの方が、西住姉妹との…と、いう未来はありません 』

 

「…………」

 

 全ての世界線の彼女達を守りたいと思うのが、傲慢なのだろうか?

 

 しかし…枝分かれした未来なら、それがありうる未来…といのも、あるのではないのだろうか?

 

 …胸糞悪い未来も…あるのではないのだろうか?

 

 

『 ありえない未来。どう足掻いても、どうにもならない未来というのは存在します 』

 

「それは…さすがに」

 

 ご都合主義すぎるのではないか?

 

 …俺の疑問を遮って、よく聞くフレーズを口にした。

 

 

『 それを『 運命 』といいます 』

 

「…胸糞悪い言葉が、出てきましたね」

 

 その運命とやらは、どうやら俺の都合のいい未来へと導いてくれている最中らしい。

 その為に、あの分家は、あの姉妹と一緒になる事がない…と。

 

 世界線何やら、枝分かれして、多種多様な未来を魅せられている最中にソレか。

 

「隆史さん…?」

 

 ノンナさんが、声を掛けてきた。

 …また俺は、顔に出ていたのだろうか?

 少し心配そうな顔をしている。

 

「あ…いや、大丈夫です。今行きます」

 

 まぁ、運命論者でも…否定派でも何でも無いが、人の努力を根底から覆す、運命って言葉は大嫌いだ。

 

 あぁ…努力に至る全ても、運命とやらからの差金かと思うと、反吐が出る。

 

 

『 隆史さん 』

 

「あ、はい」

 

『 …よく聞いて下さい? あの姉妹がアレと一緒になる…という、未来は無いです。が、無いだけです 』

 

 …。

 

 少し…鳥肌が立った。

 

「…どういう事だ」

 

 無いだけ…無い…。

 一緒なる事がない…だけ。

 

『 私はあくまで傍観者。貴方に対して何も出来ないし、してはいけない。貴方が拒否しましたからね 』

 

 嫌味にも似たセリフで、返された。

 

『 が、私は意地を通します。ダメ元でも、記憶が無くなるとしても、アドバイス…位はいいでしょう? 』

 

「…ぐ」

 

 一瞬、力がこもった声がしたが、すぐに緩め…笑った。

 …笑ったけど…それは…少し…寂しい笑い方だった。…それをさせてしまった。

 

『 因果律…いいですか? 最大の分岐点が訪れます 』

 

「分岐点?」

 

『 大洗学園の廃校…廃艦。そんなの貴方にとって、そんな事どうでもよいと思える程の…そんな分岐点 』

 

「どうでも…いい?」

 

『 エキシビジョンマッチ…いよいよ明日…始まりますね? 』

 

「え…あ…あぁ、はい。そうです…ね」

 

 いきなり話題を変えらた…? いや違うな。

 確かに明日は、エキシビジョンだけど…いきなり?

 

『 …私達は、大洗学園の在校、廃校が分岐点かと思っていましたが…違いました 』

 

「…え…は?」

 

 どういう事だ?

 

 明らかにソレの様な…いや、それしか無いみたいな…。

 

『 …… 』

 

「…エリス様?」

 

『 いえ…今回の事が全て終えたらにしましょう。さすがに彼女達に、申し訳ありませんから… 』

 

「…」

 

『 だから、今はあの残りの二人の為に、集中して上げてください 』

 

「え…はい」

 

 何を言おうとしたから分からないが、彼女達に申し訳ないと言われてしまったら仕方ない。

 確かに彼女達からすれば…未来の事を、俺の為に来てくれている状態。

 

 心、ここにあらず…では、余りに失礼だ。

 

「ま、今は切り替えます。後で、一応教えてくれるんでしょ?」

 

『 えぇ、間違いなく 』

 

「…分かりました」

 

 笑顔で返してくれたエリス様。

 ならば、今は彼女達の事…。

 んじゃ…行きますか。

 

 




閲覧ありがとうございました

次回後半、オペ子とノンナさん。


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閑話【 未来編 】~夢のつづき~ その6 オレンジペコ編

この三人の場合…前後は無理やった…。


『 さぁっ! 張りっきって、次に行くわよっ!! 』

 

「……」

 

 エリス様の元から戻ってきたら、戻ってきたで、駄女神が随分と気合を入れていた。

 手を握り締め、こちらに振り向けた顔が、随分と輝いて見える。

 

「……」

 

『 何っ!? 隆史っ!! 』

「お前…また碌でもない事、企んでねぇか?」

『 …そ…そんな事ないわよぉ? 』

「…………」

 

 お前にポーカーフェイスは無理だ。

 すでに白状した様なものだな、その顔は。

 

 オペ子と話していたのが、非常に気になるが…。

 

『 そ…それじゃあ、呼ぶわねぇ 』

「……」

 

 非常にニッコニコしているオペ子が、隣にいるので…なんだろう。

 チクショウ…強く追求できない。

 

『 んじゃあっ! 次はオレンジペコさんの番ね 』

「はいっ!!」

 

 駄女神が杖を上げ、また何かブツブツ唱え始めた。

 お前…ソレって、ただ格好つけてるだけだって、前に言ってなかったか?

 さっさと…呼べばいいだろうが。

 

「隆史さん」

「…はい?」

 

 ダージリンが、俺の服の袖を引っ張った。

 …初めてだな、こういった行動をするの。

 

「先程から気になっていたのですが、あの青い女神…様には、随分と…その」

「あぁ、あの駄女神?」

「えぇ…と…」

 

 何が言いたいんだろう? 

 言い淀んでいるが、いつもと変わらないその表情だから、うまく判別がつかない。

 いや? 若干、顔に赤みが…。

 

「…そっの…んん……」

「……?」

 

 言葉にしようとすると、何故か途中で止めてしまう。

 

「……」

「……」

「…っっ!!」

 

 次の言葉を黙って待っているのだけど、黙ってしまった。

 

「………ぅぅ…」

「なんで、声かけておいて、顔を逸らすんだよ…」

「ぅぅう…」

 

 目と目が合った瞬間、すっごい高速で顔を逸らされたよ…普通に傷つくぞ。

 

「ぎ…逆にお聞きしますが、よく先程の件の後…平然としていられますわね」

「…はい?」

「み…未来の…その…私と、隆史さんの…」

 

 あれ? 話が変わった。

 まぁいいけど…先程の件って…。

 

「ダージリンと俺の? あぁ、子供の事か? …一隆?」

「っっ!! …そ…そうですわ。」

 

 ……。

 

 うぁ。真っ赤になっちまった。

 小さく縮こませながら、自分の体を抱きしめてしまったな…。

 う…う~ん。

 ちょっと無神経な発言だったか?

 

「わ…私との…ここ…ド…モ……ウッ……フフ……」

 

 ……。

 

 いや、小さく笑ってるな…特に怒ってる訳では、なさそうだけど…。

 なんか…なにを言ってもダメそうだ…。頭を掻く事くらいしか、やる事がねぇ…。

 あの…なんで、ゆっくりと近づいて…あの…?

 

「隆史さん」

 

「はい!?」

 

 ノンナさんが、ちょっと強く、服引っ張ってきた。

 …相変わらずの無表情。

 

「…チッ」

 

 何故このタイミングで、ダージリンは舌打ちを…。

 

「流石は隆史さん。この状況に、随分と慣れていますね?」

 

「…………」

 

 …うっ…すげぇ真っ直ぐ、目を見てくる…。

 

「な…慣れては…ないのですけど…」

「……」

 

 じ──────っと、俺を見る顔…目を動かさない。

 

 …なぜだ…? 汗が止まらんっ!

 

「まっ…もういいです。もう終わった事ですから」

「終わってませんわ。未来の事…で・す・の・で」

 

「……」

 

 ダージリンが、復活をしたな…って! だから、タイミングが分からんっ!!

 ノンナさんの発言に、間髪入れずに即答で返した。

 

「ダージリンさん。先程から…些か、はしたないと思うのですけど?」

「あら、そう?」

「露骨すぎではないでしょうか? まぁ、気分が高まっているは理解しますが、人前だというのをお忘れですか?」

「人前? それを言うなら、ノンナさん。準決勝戦の時の事でも思い出してみたらどうかしら? あれに比べれば…」

 

 

 …あ…嫌な予感。

 

 

「私は良いのです。聖グロリアーナの隊長としての事を言っているのです」

「それは今、関係ございませんわよね?」

 

「……」

「……」

 

 

 

「あぁ…羨ましいのですね」

「いえ? まったく?」

 

 

 

 ……。

 

 こ…。

 

 怖っ!!!

 

 基本的に感情が昂ぶりやすい空間だってのは、知っていたけどっ!!

 双方、普段と変わらない表情と、口調だってのが、余計に怖いッ!!

 

 いや…違う…。

 

 ノンナさんが笑ってる……。

 

 普段、滅多に見せなかった微笑を浮かべてる!

 んでもって、ダージリンもダージリンで、すこぶる機嫌が良い時の顔してるっ!!

 この状況と、セリフ! 全てにおいて、その表情はおかしいだろ!

 

「羨ましいと思うのでしたら、ご自分も『行動』…と、いうモノを? お起こしたら如何でしょうか? あぁ…その様な勇気は、ありませんか」

「勇気? 勇気とはまた、随分と的外れな…。いえいえ…淑女として、あの様な? はしたない真似なんて、とてもとても」

「ふっ…人前で露骨に、男性に対して体を何度も、何度も、密着させようとするのは、はしたなくないと?」

「程度の問題ですわ」

「はっ…アレのどこが…」

「……」

「……」

 

 な…なんで、いきなり、牽制しあってんの、この人達っ!

 なんか、会話の内容が、一周して回ってきてないか?

 

 

『 あっ!! やっっばっ!! 』

 

 今度は、あっちかっ!!

 駄女神が、またなんか叫んだ!?

 やばっ!? 今度はなにをやらかしたっ!!

 

「隆史さん。なにを自分は関係ないって、顔をしているのですか?」

「隆史さん。なにを自分は関係ないって顔で、よそ見をしているのでしょう?」

 

 こっちからも、矛先を向けられたしっ!!

 

「待って!! ほっ…ほらっ! 向こう向こう!!」

 

 先程から、一切喋らないオペ子もいるしっ!!

 駄女神がね? また何かやらかしたと思うしっ!!

 というか、今のこの二人に絡まれたくない!!

 

「「チッ…」」

 

 誤魔化す様に…いやもうっ! 白状してしまえば、誤魔化す為に、何やら騒がしい駄女神を指す。

 二人も俺と同じく、変にテンションが高かったオペ子が気になるのか、すっごい目を細めながら指された方向に顔を向けた。

 舌打ち付きで…。

 

「「  」」

 

 と…思ったら、動きを止めてしまわれました。

 駄女神…やっぱり何かしたか?

 

 ……。

 

 …………。

 

 召喚…されたのだろう…。

 

 オペ子の横に、子供が立っていた。

 

 

 

 立っていたんだよ…二人。

 

 

 

 女の子が…二人。

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

「タラシさん」

「タラシさん」

 

「     」

 

 

 ノンナさんが、右。

 ダージリンが、左。

 

 …腕をロックされました。

 

「まっ!! いやっ! 本気で、待ってくれっ!!! 痛った!! 痛い痛い痛いっ!!!」

 

「…この…」

「まさか、ペコの時にまで…」

 

「反対方向っ!! 腕はそっちには、曲がらないからっ!!」

 

「…見損ないました」

「見損ないましたわ」

 

「  」

 

 みほとまほちゃんの時と…同じ…。

 同じ世界に、二人…。

 う…怖くて、左右の二人の顔が見れない…。

 

 

 

 エ────ー…………マジでぇ…。

 俺…え? 浮気? また?

 

「 …… 」

 

 そ…それと…。

 この状況で、一切言葉を発さなくなった、オペ子が非常に気になる…。

 少し、顔を俯かせ…目が見えない…。

 電池が切れてしまったかの様に、一切…微動だにしない…。

 

 ブツッ!

 

 ……。

 

 何かが切れる音がした…。

 

 …それと同時に、彼女の足もとに、何かが落ちた。

 

 び…びっくりした…。

 

 オペ子の堪忍袋がぶち切れた音かと思ったのだけど、どうも違うようだ…。

 彼女の頭の左右…結った髪を止めていたリボンが、切れて落ちたみたいだ。

 …それでも、良く音が聞こえたな。

 

「オ…オペ子?」

 

「 … 」

 

 俺の呼びかけに何も反応しない…。

 ボーとした目で、一点を見つめて動かない。

 一瞬目を見開き…大きく頭を振った。

 フサっと…結われていた髪が、柔らかい動きと一緒に解かれていく…。

 

「…さすがに、どうかと思いますが…隆史さん?」

「…あの、ペコに何かございませんの?」

 

 …うっ。

 世界線…自分達とは違うとは言え、ダージリンにとっては、大事な後輩。

 ノンナさんにとっても…良い友人。

 そのオペ子の未来で、コレだ…。

 

 …俺……ゲス。

 

『 ん~…ま、いっか! 』

 

 駄女神も駄女神で、自分の持っていた杖をボケーと眺めていたが、その一言で我に返ってた。

 何も気にしていない、その一言…。

 

「良か、ねぇよっ!! またかっ!」

『 何がよ? 』

「何が…って…あぁっ!! もうっ!!」

 

「…そうですね。ここで、あの女神様に対して、怒ってしまえば、完全に人のせいですからね」

「呼び出す世界を間違えたとしても、その数有る未来の中に、実際に存在する世界ですしね…この……」

 

「「 浮気者 」」

 

「 」

 

 あ…うん。

 確かに、この世界は感情が昂ぶりやすいのだろう。

 ここまで、敵意…というか、怒ったような顔の二人は、初めて見るヨ…。

 

 いや…うん……何も言えない…。

 

『 あぁ…そういう事ですか。お二方、そちらのお子様は、確かに隆史さんとオレンジペコさんのお子様ですよ? 』

 

「「 …え 」」

「っ!!」

 

 エリス様が、俺達の様子を見て仲裁をしてくれた。

 そして、俺とオペ子の子供だと、はっきりと言った。

 

『 一度、説明しましたが、呼び出す方は、その世界線で一番若いお子様になります…年齢が同じならば、当然…… 』

 

「あ…」

「なる程…という事は…」

 

「双子か!!」

 

 焦ってしまったが、よくよく見てみると…ある。

 どちらかと言うと、二人共揃って、オペ子の面影が強い。

 というかまただな…。何処へ行った俺の遺伝子…と、思えるほどに、二人ともオペ子に似ている。

 よ…よかったぁっっ!! 俺、浮気! してないっ!!

 

「はぁ…そうですか。良かったです」

「……ま、前例がございますし…少々、驚きましたが…はぁ…」

 

 ……。

 

 

 うん、漸く腕を解放してはくれたが…ここは、貝になるべき場面だネ。

 しかし…。

 

「彼女、自分とのお子様がお二人現れても、気にする様子もありませんね」

「寧ろ…ペコが大人しいというのが、少々怖いですわ」

 

 …。

 

 

 

『 ぷぅ~くすくす。隆史、焦ってんのぉ。面白い顔してたわよ? 』

 

 こ…このヤロウ。

 

「じゃあ、駄女神よぉ。お前、今度は一体、何に失敗したんだよ」

『 し…失敗!? 何の事かしらっ!? 』

「何誤魔化してやがる…。思いっきり失敗したって言っていただろうが」

『 空耳じゃなぁい? 』

「……」

『 頭と顔だけじゃなくて、ついに耳までおかひぃぃぃいふぁいふぁいっ!! 頬をひっふぁらないでっ!!! 』

 

 このまま、釣り上げてやろうか…。

 駄女神の頬を、引っ張るだけの為に、オペ子の横にまでくると…ぐっ…。

 目の前にいる子供達に、物凄く不信な目を向けられてしまった…。

 

 や…やめよう。

 

「 まぁまぁ、そこら辺で… 」

 

「…オペ子?」

 

 いつの間にか、俺の横に立っていた。

 漸く声を出したと思ったら…いつもの様に…………いや? なんか…違う。

 俺の顔を見上げる事もなく、腰骨付近に手を触れてきた。

 

「はぁ…分かった」

「 そうですよ? 子供達も見てますしね? 」

 

 な…なんだ?

 少し、寝ぼけた様な喋り方…。

 

「…オレンジペコさん。なんか…変ですね」

「そう…ですわね」

 

 しかし…オペ子、結構、髪の毛が長いんだな。

 何時ものヘアースタイル姿しか見た事がなかったから、非常に新鮮に感じる。

 腰にまで届きそうな程の髪が、小さく揺れながら光沢を放っている。

 下ろされた髪…ロングヘアーオペ子。

 

「 お…おぉぉ!! 父さんかっ!! 」

「 お父様…! 」

 

 っ!?

 

 いきなり、両足に二人の子供が抱きついてきた。

 先程まで、警戒心丸出しの顔だったのに、今は…オペ子と同じ顔で、笑っている。

 …あぁ、そうか。

 オペ子が、俺に触れてきた事で、少し警戒心を解いた…んで、俺だと分かった。

 そんな感じだな。

 

「なんだ? 分からなかったか?」

「 うんっ! わからなかったっ! 」

「 分からなかった…です 」

 

 双子だしな…そっくりだ。

 

 性格差がはっきりと分かる位に喋り方の違い。

 後は、服装か…?

 半ズボンを履いたコペ子と、ロングスカートを履いたコペ子…。

 完全に髪が黒い、オペ子だ。

 

 …コペ子…。妙にしっくりくるな…。

 

「 髪あるしッ!! 」

「 髪の毛…ありますし… 」

 

 

 いやぁ…。

 

 ……。

 

 …………うん。

 

 

「 ヒゲ無いしっ!! 」

「 お髭…ないです 」

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・・。

 

「…一応聞く。なんで俺に髪がないの? 自然にハゲた…か?」

 

 間髪入れずにある意味で、予想通りの答えが返ってくる…。

 

「 浮気対策って、母さん言ってたっ!! 」

「 浮気…予防って…お母様…… 」

 

 またかよっ!!

 いやぁ…すっげぇイイ顔で言ったなっ!!

 

「浮気対策で皆揃って、俺の髪の毛狙うのやめてくれよっ!!」

 

「…Не можете помочь?」

「仕方ないのでは、なくって?」

 

「………」

 

「Что вы получаете」

「自業自得です」

 

「……………」

 

 す…すげぇ真顔で言われた…。

 ノンナさんと、ダージリン…見事に言ってる事が同じだ…。

 

「 …あぁ、なる程 」

 

 そんなやり取りに参加する事もなく、オペ子がキョロキョロと周りを見渡している。

 何か納得したかの様な呟きが聞こえると、そこで初めて俺を見上げた。

 

 ……。

 

 と…特におかしい所はないけど…なぜだ?

 ちょっと、違うと思うのは…。

 見上げてきたその顔は、何かを期待している様な顔。

 見つめ合う様な形になってしまい…何故か気まずく感じ…自然に目を逸らしてしまった。

 

「し…しかし…オペ子が、髪を下ろしている姿って、何気に初めて見るな」

 

 少し誤魔化す様に、先程の感想を口にすると、普通に喋り…返答をしてくれる。

 変な違和感は、気のせい…だったのだろうか?

 

「 そう…ですね。お嫌いですか? 」

「すこぶる可愛いと思うけど?」

「 ふふ…ありがとうございます。あ、ポニーテールもお好きでしたよね? 変えましょうか? 」

「い…いや? 今のが新鮮だから、しばらく見ていたい…と、思うけど」

「 はい…。でしたら、このままで… 」

「あ…あぁ…」

 

 何かを噛み締める様に、目を伏せ…静かに微笑んだ…。

 というか、ポニーが好きなのって、オペ子に言ったっけ?

 

「…さらりと、まぁ…。可愛いなどと…女性に簡単に…ん?」

「……」

「どうしました?」

「いえ……やはり、ペコがおかしい…」

 

 なんか…変な空気に…。

 

『 はぁい! はい!! んじゃ、次に行くわよっ! まずは自己紹介ねっ!! 』

 

 能天気なその声が、手を叩く音と一緒に響いた。

 そうだ…子供、頬っておく訳にもいか…

 

「 ノンナさんだッ!! 」

 

「…え、私ですか?」

 

 半ズボンのコペ子が、その声をガン無視…。

 今分かったと、ノンナさんに全速力で走って行った。

 子供が知っているって事は、将来、彼女との関係も繋がっているのか。

 

「 わ あ あ つ !! 」

 

 …。

 

 …何もない所で、躓いたぞ…。

 前に転びそうになった所、ノンナさんがしゃがみ込み、それを抱きとめた。

 なんか…すげぇ態とらしい叫び声に聞こえたけど……。

 

「 はぁ………また…コレだから… 」

 

 ……。

 

 あの…。

 

 スカートのコペ子が、侮蔑…と、すぐに分かるようなの声で、そんな言葉を言いましたね。

 

 

「あの…大丈夫…ですか?」

「 うんっ! ありがとっ!! 」

 

 …子供を心配して声を掛けてくれるノンナさん。

 それに対して、子供らしい返事を返す、半ズボンのコペ子。

 

 …。

 

 なんだ…この。

 

「…しかし、貴女が、私の事を知っている…と言う事は…」

「 うんっ!! 母さんの友達ぃ!! 」

 

 ……。

 

 抱き止められた状態で、会話を続ける二人…。

 しかし、娘。

 

 何故、ノンナさんの胸に顔を埋めているんだ。

 抱きしめる様に、してるし…明らかに故意でやってるだろ。

 

「…ふむ。ちなみに、そちらの……」

「 ダージリンさんっ? 」

 

 

 ……。

 

 

「あぁ、やはり彼女の事も…。やはり、そうですよね」

「 はぁ…そうそう 」

 

 

 …………。

 

 

「あの…もう、立ち上がっても大丈夫ですか?」

「 あ、お構いなく。コノママデ 」

 

 

 ………………。

 

 

「あの…」

「 はぁぁぁ…あ、オカマイナク 」

 

 

 …確信した。

 

 

「いや「 オカマイナク 」」

 

 

 

 襟首を掴んだ。

 

 

「 父さん、何すんだよっ! 」

 

 そのまま片手で、持ち上げると…こちらを強引に向かせ、ズッ…と、顔を近づける。

 …おい、なぜ目を逸らす。

 

「あの…隆史さん? さすがにソレは、どうかと…」

「そうですわよ? 女の子に対する持ち方では…」

 

 ……。

 

「 そ…そうだよ、父さん。つか、顔が怖い… 」

 

 悪かったな、生まれつきだ。

 

 ぶら~んと、吊るされる様にされているコペ子に対して、確認をする意味も込めて聞いておく。

 

「…お前、名前は」

 

「 や…やだなぁ、今更ァ? 」

「俺からしたら、未来の事だ。知るわけがないだろう」

「 そ…そうだけどぉ 」

 

 なにを言い渋ってやがる。

 子供らしい言い方が、逆に態とらしい。

 

 …やっぱりお前。

 

「 …いい加減にして、クソ兄 」

「 あっ!! 馬鹿ッ!! 」

 

「「 !? 」」

 

 ……ほら…やっぱり。

 スカートのコペ子が、教えてくれたな。

 

「 …毎回、毎回…ほんとに…死ね  」

 

 ぶ…侮蔑だね?

 …その言い方は、完全に侮蔑と言うのを込めてるね?

 

 まぁ…それは後だ…。

 

 

「…お前…やっぱり、男か」

「 い…いやぁ… 」

 

 ……。

 

 今日日、両手の指先を合わせて、気まずそうにするなんて、しないぞ。

 なにを焦ってる。

 

「 お父様 」

「ん?」

 

 スカートのコペ子が、俺のズボンを引っ張った。

 

「 そのクソ兄。男。…尾形 礼史。10歳。女の敵。死ね 」

 

 …礼史…ね。

 淡々と、一言一言区切る様に、説明してくれた。

 そして最後に、死ねの一言。

 

 …死ねって。

 

「 それで、私にソックリなのをイイ事に、私のフリして、女子更衣室とに入ろうとするクズ 」

 

「…………」

 

「 はっ…入ってないっ! まだ、入ってないっ!! 」

「…まだ?」

「 …い…いやぁ…だから、顔が怖いって!! 」

 

 だから、生まれつきだ。

 

「お前……犯罪…一番、最悪な犯罪…」

「 大丈夫っ!! まだ子供だから、イタズラで済まされるんだっ!! 」

 

「…は?」

 

「 ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! 顔が怖いっ!! 」

 

 この…誰に似たのか…。

 顔を近づけると、必死になって逃げようとしているな。

 というか、オペ子の顔で…コレはヒドイ。

 

 ま…取り敢えず、もう一人のコペ子。

 最初のビクビクした様子は、もうすでになく…吊るされた双子の兄を、ゴミを見る目で見ている。

 

「教えてくれてありがとなぁぁぁ…」

 

 優しく…あぁ、本当に優しく、スカートのコペ子の頭を撫でてやる。

 一応、お礼として、頭を撫でたのだが…その手に、上から小さい手を添えてきた。

 

「 …フフッ 」

 

 嬉しそうに、小さく笑う声が聞こえた…。

 

「……」

 

 …何故だろう。

 

 この行動で、この世界線の子供には、嫌われていないと確信が取れたのだけど…。

 かほの時の様に、はしゃぐ気分には、ならなかった。

 

 …なぜなら。

 

 

 一瞬……葵を思い出したから…。

 

 

 よ…よしっ! 忘れようっ!!

 まずは、目の前の事だ。

 

「では、礼史。…お前、ノンナさんを知ってるんだな」

「 そうっ!! 若いっ!! そして、でっかいっ!!! 」

「 …毎回毎回、ノンナさんとダージリンさんが、来ると大体アレをやる 」

「……」

「 父さん 」

「なんだよ」

「 そこにマシュマロと言う名のクッションがあるじゃろ? 」

「……」

 

「 あったら…行くじゃろ? 」

 

「お前、何言ってんだ?」

 

「 行くだろっ!? 行くよねっ!? 行かないわけがないっ!! 」

 

「お前、10歳だろっ!? 本当に何言ってんだ!!」

 

「なんだよ、父さんっ!! おかしいかっ!? それが男の本能って奴だろっ!? あのノンナさんだぞっ!? JKのっ!! ちくしょー!! ダージリンさんにも行きたかったのにっ!! お前が邪魔しなきゃ、JKダーさんにもっっっ!! いっつもいっつも邪魔しやがってぇっ!!」

「……」

 

 

 

「 死  ね 」

 

 

 

 

 ……。

 

 すっごい喋る兄に対して、すっごいシンプルな一言。

 あ…ノンナさん、頭を押さえてる…あ、ダー様もだ。

 

「…そ…そういえば…」

 

 もう一人の子供の名前を聞いていなかった。

 見下ろせば、すぐに分かったのか…すぐに教えてくれた。

 

 …が。

 

「 私…尾形 凛。その汚物と同じく10歳です 」

 

「…あ、はい。」

「同じ…という、表現は非常に、不本意ですが」

「…………」

 

 10歳……10歳ぃぃ…。

 

 ダペ子と同じにしか見えない…。

 というか! 俺の子供、みんな個性が強すぎるっ!!!

 

 早熟かもしれんが、まともな子供っていたっけ!?

 

『 補足ができない… 』

『 今回は、楽できますね 』

『 …いや、無理でしょ 』

『 …………ですね。先輩のお陰で 』

『 …… 』

 

 …ほんとに何やった、駄女神。

 

「 そりゃ、父さんは母さんと結婚したし…そっち趣味だとは思うけど… 」

「…おい、礼史」

「 俺の味方は、優おじさんしか…いない…母さんっ!? 」

 

「「 あぁ、あの汚物 」」

 

 …。

 

 あぁ…やっぱり、林田の兄貴の相手…姉さんだったか…。

 いや…まぁ、突っ込みたかったんだけど、母娘の声が、被ったのが怖かった…………。

 

 というか、いつの間にか、オペ子が隣にいた!!

 

「 か…母さん? なんで手を握ってるの? 」

「 ………… 」

「オペ子…さん? なんで笑ってるの? あ…」

 

 有無を言わさず、すでに俺の手を握り締めている。

 俺と、オペ子と…礼史。

 

 要は…。

 

 

「 ちょっ!? えっ!? 待ってっ! もうちょっと、若いノンナさっ…怖っ!! 母さん、顔、すっ―    

 

 

 礼史の強制帰還…。

 

 

 …うわぁ…。

 

 体の発光も、いつもよりも早くて…強かった。

 パッと付いて、パッと消えた…。

 こんなに簡略化できるモノでした!?

 

「 …はっ。ざまぁみろ、クソ兄 」

 

 ……。

 

 あの…凛さん?

 

「 そういった訳で…ダージリン様 」

「……」

 

 娘が、吐き捨てる様に出した言葉に呆然としていると、オペ子が俺ではなく、ダージリンへと顔を向けていた。

 釣られ、ダージリンを見てみると…あれ?

 なんか…少し、笑っている。

 

「 娘にお名前…頂きました 」

 

 笑った。

 

 笑って、ダージリンへと…え? 名前?

 

「 しっかりと、許可は頂きましたよ? …将来…ですが 」

「あぁ…なる程」

「…今の言葉で、全て分かりました。どうりでペコの雰囲気が違うと…」

「 ふふ… 」

「…本名で呼んだ方が良いかしら? さすがに歳上…ちょっと、変な感じですわね… 」

「 いえ、ペコと呼び捨ててください。…その方が懐かしい…それに、嬉しいです 」

「分かりました」

 

 ……。

 

 空気が和らいだ。

 談笑をするかの様に、落ち着いた雰囲気…。

 

 …いや、まぁ…。

 取り敢えず、その…凛は、オペ子の手を握って、その会話を間近で聞いている。

 すっげぇつまらなそうに…。

 

『 あ~…隆史 』

「…なんだよ」

『 さすがにもう、分かったわよね? 』

「はぁ……。まぁ、会話の流れでな」

 

 わからいでか。

 

 会話の流れと、妙な雰囲気のオペ子。

 …繋がった。

 奇妙な違和感が消え、今は大分落ち着いた。

 

『 本当は、33歳のアンタを呼びたかったんだけど…対象を直前で間違えちゃったっ!! 』

「…何してんのお前。というか、何をしようとしてんだよ」

『 いやぁ…オレンジペコさんに、さっき提案したんだけどさぁ…。彼女達も見いたいかなぁ…って、思って 』

「何をだよ…」

『 勝ち取った、自分だけの賞品を 』

「…は?」

『 アンタには、分からないわよねぇ~…馬鹿だから 』

「……」

 

 なぜだろうか?

 強く言い返す気にならなかった。

 

 …納得させられるだけの、説得力が、変に楽しそうにしている駄女神から……何故かあった。

 

「 では…凛 」

 

 オペ子が、娘の手を引いて、俺の下にまで連れてきた。

 凛は、少し不満な顔をしているな。

 

「 クソ兄が、還ったんだから、私はもう少しいてもいいんじゃ… 」

 

 クソ兄って…。

 他の世界線で、娘に嫌われている俺…への感情が、礼史に向けられてる…って、感じか?

 あ、後…リンとレイジ。

 今更だけど、将来の俺。名前の感じを合わせたのか。

 んで、俺の名字を取った…。

 

「 お母さん、ちょっと話があるから先に帰ってて 」

「 ぅぅ…お父様 」

 

 う…涙目で、見上げられた…。

 

「 駄目です 」

 

 う~ん。オペ子が、お母さんしてる…。

 愚図る娘を、淡々と説得してるけど…なんだろう。

 子供の我が儘を無視とか…も、特有だよね…。

 

 しばらくすると、おずおずと、凛から手を挙げてきた。

 握れ…という、事だろう。

 

「 …では 」

 

 

 オペ子も、俺に向かって手を挙げてきた。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

「 はぁ…あの子も、父親離れ…そろそろしてもらわないと… 」

 

 ……。

 

「そんなに…ですか?」

「 えぇ、べったりです 」

「あら、可愛いらしく思いますが?」

「 ダージリン様は、知らないから言えるのです。いや…ちょっと、あの子…父親を見る目が、おかしいと感じる事が度々… 」

「…?」

「良くわかりませんわね…」

 

 ……あの。

 

「 …礼史は、いい加減に…させないと… 」

「あぁ…結構、すごいお子様でしたけど」

「 あ…はい、お恥ずかしい… 」

「でも、二人共、ペコそっくりね」

「 よく言われます 」

 

 …あのぉ…。

 

「そういえば、将来の…あ、失礼。今のオレンジペコさんは…」

「 あぁ、気を使って頂かなくても、結構ですよ? 合わせますので 」

「はい。では、オレンジペコさんは、今でも戦車道は…」

「 妊娠した時に、引退しました 」

「そうですか…」

「 いえ、まぁ…色々ありましたが、まったく関わっていないって訳ではないのですよ? 」

「あら」

 

 …えっと、え~…。

 

「 現在、青森の…えぇ、「魚の目」を継いで…新しく改装して、お店を新たに開いて切り盛りしております 」

「あ…結局、隆史さんは青森へと、戻ったのですね」

「しかし…ペコがあのお店で…」

「 あ、いえ。改装…というか、改築ですね。店自体を変えて、紅茶専門の喫茶店を営んでいおります 」

「…なる程。何故か納得しました」

「紅茶専門…」

「 はい、店主様達も一緒になって頑張ってます 」

「居酒屋飯処…から、紅茶専門喫茶店ですか…」

「ペコらしい…でも、ご実家…結構な、家柄でしたわよね? よく、隆史さんとの結婚をお許しになりましたわね」

「 あ、はい。反対されましたね 」

「軽くおっしゃいますね…」

「ペコ…それで、どうやって…」

 

 

 

「あ、はい。「駆け落ち」しました」

 

 

 

「「 詳しくっ!!! 」」

 

 

 

 …あっれ~?

 すげぇ無視されてるぅ。

 すっごい、衝撃的な事連発してるね。

 

 オペ子さん(32)は、普通に残ってるし…井戸端会議始めるしで…。

 というか「駆け落ち」の言葉に、ノンナさんとダージリンの食い付きがすっごい…。

 

『 隆史、なにやってんのよ 』

『 そうですよ? なぜ、一人だけ、立っているんですか? 』

「いや…」

 

 そうだね。

 全員、懐かしいお茶会セットの椅子に座ってますね。

 

『 あ、これ美味しい… 』

『 あの方…入れ方一つで、ここまで味…風味が変わるものなんですねぇ 』

 

 はい、オペ子が入れたお茶を飲みながら。

 

『 いやぁ…思い違いだったわ。今回、すんごい楽 』

『 そうですねぇ。嬉しい誤算ですね 』

『 あの子ちゃんと、大人をしてくれてるしねぇ…五十鈴 華さんほど、暴走しないし… 』

『 あ、はい。今度呼びますねぇ~ 』

『 なんでよっ!! 』

 

 いや…ね?

 子供を還した理由は、わかったよ? 駆け落ちとかなんだの、聞かせられんわな。

 だけどね? なんで、まだいるの? 32歳、オペ子さん。

 

 今は、将来の駆け落ち話に花を咲かせ…すげぇキャーキャー言いながら、盛り上がてるし…。

 あ、うん…場所はバレていたから、本当の意味での「駆け落ち」ではないようですね。

 あ…はい。おやっさん達が、味方に…あ、はい。

 

 ……。

 

 俺…居た堪れない…。

 

「 まぁ、それこそ色々ありましたが…、子供が生まれた辺りで、勘当が解けましたので? 結果オーライです 」

「このオレンジペコさん…話す内容の重さと反比例して、言い方が軽いです…」

「後…何か、もう…嫉妬心も沸かきませんわ」

「 あ、なくなりましたね。おかわり入れましょうか? 」

「お願いします」

「お願いするわ。…ここまで美味しいお茶を飲めるとは思いませんでしたわ…素直に感服しました」

「 プロですから♪ 」

 

 ……。

 

 …………。

 

 あっ──ー!!!

 

 ニッコニコしてる、オペ子が、非常に可愛いんだけどっ!!

 なんだこの、…何!?

 

 なんとも言えない、もどかしい気持ちが、溢れてくるっ!!

 

「あの…西住 みほさんは…?」

「 え? えぇ…まぁ…大変でしたけど…なんとか、勝てました 」

「…勝てた…と、言うのですから、直接…」

「 はい、流石に喧嘩などはしておりませんが…話し合って、話し合って… 」

「「 …… 」」

 

「 最終的に、諦めてもらいました 」

 

「「っっ!?」」

 

 

 ……。

 

 胃……。

 

『 あぁん? 隆史、なんて顔してんのよ 』

『 気持ちはわかりますが… 』

『 ちなみにね? オレンジペコさんだけね。本当の意味で勝ち取ったってのは 』

「………………」

『 すごかったですよね。…二人共。隆史さんの知らない所で、もう…何度も何度も… 』

「……………………」

『 そうねぇ…殴り合いとか、罵り合いとかじゃなくて、ただ純粋に想いってのを… 』

 

「  」

 

『 まぁ、それも今じゃ、本当の意味での友人関係になっているってのが、驚きよねぇ 』

『 戦車道師範になって…たまに、隆史さんのお店に来ていましたからね 』

「  」

 

 

 ……。

 

 あ、あははぁ。

 

 なんか…口の中が、鉄臭い……。

 

 

『『 …… 』』

 

「……」

 

『 アンタ、どうしたのよ 』

『 あの…大丈夫ですか? 』

 

「 」

 

『 エリス。この量の血を吐いて、大丈夫な訳ないでしょう? 』

『 えっと…えっと…閉じた口から、ダラダラ溢れてきますね 』

『 はいはい、「ヒール」ッ! …これでいいでしょ 』

『 …… 』

 

 

「っっはぁ!!」

 

 …い…意識が、この変な世界ですら…飛んでた…。

 呼吸も止まった気がするっ!!

 

『 あっはっはっ! 胃に穴でも開いたんじゃない? 』

『 見せてください? あ…いえ、本当に開いたみたいですね 』

「…………」

『 現実世界でも、限界が近かったみたいね。良かったわね…私がいてっ! 治しとたわよ? 』

「……」

『 ……なによ 』

「あ…ありがとう。助かった…」

『 きっもっ!! 素直にお礼言われたっ!!?? 』

 

 …このやろう。

 

 ……。

 

 ついに……逝ったか……俺の胃…。

 

 …。

 

 かんばった……お前、がんばったよ…。

 

 なんど、無茶しやがって…って、思ったよ…。

 

 あぁぁ…。

 

 

「癒されたい…非常に、今現在、癒されたい…」

 

『 まぁ? あんたの癒し系とやらが、アレの状態だしねぇ 』

『 あはは……お話に夢中ですね。まぁ…背中向けていましたから気づかなかったのかもしれませんが… 』

 

「還ったら、取り敢えず…クリスに癒してもらおう…」

 

『 んん? アンタの飼い犬だっけ? 』

『 …… 』

「そうだけど…って、知ってるだろ?」

『 そういえば、首輪は? 買ってなかったわよね? 』

「あぁ、だからこの前買ったな。散歩用のリールに着けてあるから、家じゃ基本的に外してやってる」

『 散歩? んじゃそん時だけ? 』

「そうだな。散歩専用の首輪って感じだな。その時だけ、クリスに首輪つけて散歩に連れてく…け…って、エリス様? 顔が凄い事になってますけど…」

 

『 ワザとっ!! ワザとですねッ!? 』

『 っっっ!!! っっ!!! 』

『 声にならない程、笑ってるじゃないですか 』

『 いや…隆史、飼い犬の事だと、饒舌になるわねぇぇ 』

『 …次回、尾形 涼香さん呼びますよ 』

『 なぁっ!? 』

『 五十鈴 華さん(33)も、つけましょう 』

『 !!?? 』

 

 ……。

 

 何なのだろう…?

 そして、向こうは向こうで、盛り上がってるし…。

 

「 あ…。流石に、そろそろ時間ですね。このままだと…この身体に意識が、定着してしまいます 」

 

 そ…そんな事まで、わかるのか…。

 そのセリフって、全て理解して言えるセリフだよな…。

 

「意識?」

「 えぇ、今の私が消えてしまいます 」

「…それはちょっと恐ろしいですわね」

 

 事態が、事態だ。

 引き止める事もしないで、ノンナさんが最後だと一言加え、まだなんか質問を…。

 

「では…最後に一つ、聞いてよろしいでしょうか?」

「…ノンナさん?」

「 はい? なんでしょう? 」

 

「プロポーズ…されたのでしょう?」

「!!」

「 え…それは、まぁ…はい。結婚する時に…あぁ、なる程… 」

 

「…なんて……言われたのでしょうか?」

「…そ…それは、気になりますわね」

「 ふふ…ノンナさんも女の子ですね 」

 

 っっ!?

 

「 そうですねぇ…今となっては懐かしく思いますが…一字一句、はっきりと覚えていますよ 」

「「 っっ!! 」」

 

「ちょっと待ってっ!!」

 

「なんですか、隆史さん。うるさいです」

「なんでしょうか? 隆史さん。喧しいですわ」

 

 ……。

 

 あ、うん。

 

 余り、このオペ子と話をしていないが…まぁそれでも、流石にその事を言われるのは恥ずかしすぎるっ!!

 

「お…おぺ子…。それは流石に…」

 

「 …… 」

 

「あの…オペ子?」

 

「 は……ぁぁ…。その呼ばれ方…とても懐かしい…。そういえば、この頃からあなたは、余り変わりませんね? 」

 

 あ…あの。

 とても長く…噛み締める様に…。

 

「 今のあなたも、娘が好きな男の子が出来たと言えば、対戦車ロケット担いで、カチ込みに行くのでしょうか? 」

「空気読んでっ!!! 今言うエピソードか!? ソレっ!!??」

 

 カチ込みって言葉をなんで知ってるのっ!!

 

「あなたは…何か、今の私に、聞きたい事…ありますか?」

 

 …よ…呼ばれ方。

 コロコロと笑い、からかう様な表情。

 

 話を中断させてしまったのだけど、それでもノンナさんとダージリンは、何も言わない…。

 

「…あの…ぐっ…やり辛い。…なんで、スキンヘッドに…将来の俺は、そんなに浮気性なのでしょうか?」

 

 取り敢えず、一番の疑問を口にした。

 そろそろと言っていたので、特に手を握る事もしていないのだが、オペ子の体が薄らと光始めていた。

 

「 かっこいいじゃないですかっ!! 」

 

 だから…空気読んで。

 即答で…興奮気味に…言わないで…というか、オペ子さんの趣味……って。

 

「 戦車道連盟のハゲとは違って、渋いんですっ!! カッコイイんですっ!! 」

 

 あ…はい。

 

「 もうっ! そんな事聞きたいんですか!? 」

 

 …いや…違う。

 

 違うが、結構大事な事なんですよ!!

 

 はぁ…。

 

「お……いや、ちゃんと呼んだ方がいいか?」

「 いえ? オペ子で宜しいですよ? いえ…オペ子が良いです 」

 

 ……。

 

「んじゃ、オペ子」

 

「 はい 」

 

 はっきりと…先程から聞きたかった事を…。

 

 前回、華さんには聞けなかった事を今度は聞こう。

 

 

「今のお前は…幸せだろうか?」

 

 

「 …… 」

 

 ……。

 

 ソレだけ。

 

 ただ単純に、ソレだけは知っておきたい。

 

 

 

 言葉を待っていると、その……体の光が段々と、強くなっていく。

 

 

「 …カウンター 」

 

「カウ…ん?」

 

「 もう一度…と、前置きがあって…ですね? いきなりお店のカウンターへ座ってと、言われて何がなんだか、わかりませんでした。それにあのカウンター…改築してもまだ残ってるのですよ 」

 

 なに…を…?

 

「…『 さて、本番も明日となりましたが、オペ子さん 』」

 

 …あ。

 

「 …本番? なんの? って…思いました。ですが、すぐに分かりました。えぇ…分かりましたよ…当然じゃないですか 」

 

 顔が…ここまで、熱く感じる事なんて、今までなかった。

 わかった…俺がしたこと…。

 

 

「 と、言いますか、とても久しぶりに呼ばれました…オペ子って。ですから…まぁ…私は『 はい、何ですか? …やっぱりその愛称は、やめてくれないんですね 』…って…言いました 」

 

 

 …あぁ…。

 

 

 

「結婚してください」

 

 

 そうか…過去でも、未来でも…俺は、オペ子に…。

 

 

 今度は、応えてくれた…。

 しっかりと応えてくれた…。

 

 

「 『 はい 』 」

 

 

 

「 そう答えたのです 」

 

 

 

 

 

「 だから……。幸せに…決まっているじゃないですか ──―

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃっっぁぁ!?」

 

 

「………」

「………」

 

 

『 はぁい、んじゃ、次行くわよぉ 』

 

 

「ぁ…ぁあ……」

「………」

「………」

 

『 ノンナさんの番ねぇ…って… 』

 

「ぁ…」

「………」

「………」

 

『 隆史? いい加減、抱きしめるのやめたら? …死ぬわよ? 』

 

「ぁぁ…」

「ま…いいです。次は私の番ですから…」

「…………」

 

『 あ、後、オレンジペコさん。ごめんね? …間違えちゃった 』

 

「構いませんっ!! 報酬、ランク上げますからっ!! ありですっ!! コレはアリですっ!!」

「…どうでもいいですから、私の番ですよね? 早くっ!!」

「……」

 

『 んじゃ、呼ぶけど…いい? 』

 

「はぁぁ…もうなんでもいいです…」

「……」

「……」

「後は、好きにしてくださぁい…」

「………」

「………」

 

『 あの… 』

「早く…して…ください…限界……が……」

「32歳は許せましたのに…」

 

『 わ…わかったわっ!! 』

 

「…む…漸く、私の番ですね」

「……隆史さん。いい加減に…」

 

 

『 あぁっ!!! 』

『 あ……あぁ… 』

 

「なんですかっ!! また何か、失敗したのですかっ!?」

「…またって」

 

『 ノ…ノンナさん 』

「…なんでしょう?」

『 コレが、貴女にとって…当たりか、はずれ…どちらか分からないのだけど… 』

「ん?」

 

『 隆史が、西住 みほさんでは、なくて… 』

「…はい?」

 

 

 

 

 

 

 

『 隆史が……貴女を選んだ。…その未来を引き当てたわ 』

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました
名前を頂いた…わからなかった人は、田尻と組合わえて検索!

……んな訳で整いました。

PINK編とリンク。

ルート:ノンナ

PINKの方は、挿絵…描けたら書きます。
一応、下書きは終わっとる。

…エロ絵は…いらんのでしょうか?

ありがとうございました。


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閑話【 未来編 】~夢のつづき~ その6 ノンナ編★☆

今回は、PINKルートとリンク話。
そちらの方を読まなくとも、わかるようにはしたつもりです。

初めに、どちらからの話を読むので、印象が変わると思い、どうせならと同時に掲載。
任せます。



「どういう、意味でしょう?」

 

 

 静かな空間に響く、ノンナさんの声。

 う~~む…と、駄女神の唸る声の二つしか聞こえない。

 よし、黙っていよう。

 

 今、余計な事は、絶対に言わない方が良いと思う訳です…。

 

 みほではなく、ノンナさんを選んだ世界…。

 そりゃそうだろうよ。

 結婚して、子供まで作っているのだから、最終的には、そういう事になる。

 ただ…態々、ソレを口に出したってことは…違う意味が含まれているって事だろう。

 

 ダージリンとオペ子も、それは分かっている様で、ノンナさんから発せられた疑問の回答を黙って待っている。

 

 …待って……。

 

「……」

 

 正確に言いましょう。

 

 あ、はい。まずは俺。

 我に返ったので、俺はもうオペ子から離れてます。

 感情が昂て、抱きしめてしまった。

 そのせいだろうな…。

 

「……ハァァァ……」

 

 先程出された椅子に腰掛けているオペ子は、熱に浮かされた様に、ぼ~…っと、しているな。

 たまにため息までついて…。

 

「……………………」

 

 あ、はい。ダー様からは、すっごいガン見されてます。

 横から…ティーカップを口につけた状態で、目だけ……至近距離で…。

 

 よって! …とても静かな空間です。

 

「…それに、私にとってアタリか、ハズレとは?」

 

 そんな二人を無視し、疑問の続きを口にするノンナさん。

 まぁ…先程から俺の方を、チラチラと見てきますけどね…。

 しかし…アタリ? ハズレ? …んな事も言っていたのか。

 そこまでは聞いていなかったなぁ

 

 …。

 

 しかし、質問をされた駄女神が、自分の杖の先をジッ…と眺めていた。

 目を細め…真剣な目で。

 

『 …おかしい。こんな失敗…するはずないのに… 』

 

「…言い訳か?」

 

『 そういえば、一瞬何か…ノイズの様なモノが… 』

 

 俺の声すら聞こえてないな…こりゃ。

 そんな駄女神に、しびれを切らしたのか…ノンナさんが、もう一度呼んだ。

 

「…女神さん」

 

 その言葉でやっとこさ気づき、質問の答えを話だした。

 

『 え? あ~…うん。この未来線の場合…様は、今の貴女にね? 別の現実を、見せつてしまう様なモノなのよ 』

『 あぁ…ちょっと、酷かもしれませんね 』

 

「今の…私? 別の現実?」

 

『 今の貴女の未来線。このまま行って、アレと結婚した未来…ソレも勿論あるわよ? …あんのよ、隆史 』

『 そうですね。……あるんですよぉ? 隆史さん 』

 

「………」

 

 何故俺は、二人の女神にいきなり、ジト目で見られているんだろう…。

 

「…そうですか」

 

 顔をほんのり赤らめたノンナさんが、俺を一瞬見て目を伏せました。

 会話が順調に進んでいますね? 変に横槍が入りませんから。……俺以外には。

 

 ですから、ダージリン。

 そろそろ、前を向いてくれ…。

 

『 先輩。そろそろ、お子様が召喚完了しますよ? 』

『 あ~…来る前の方が良さそうね。…そんじゃ、言うけど…アタリかハズレは、貴女が判断してね? 』

 

「はい」

 

『 …今回呼んでしまった世界線…それは 』

 

「それは?」

 

 青いのが、腕を組んだまま、突然カッ! …っと、擬音が聞こえてきそうなほどに目を見開いた。

 

『 隆史が…大洗に引っ越す前に… 』

 

 片手を腰に、もう片方の腕…というか、指をノンナさんに、突き出してハッキリと叫んだ。

 

 

 

『 もうすでに! 貴女と付き合っていた! と、いう未来線なの!! 』

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 し…静かだ…。

 

 誰も言葉を発しない…。

 ノンナさん…。

 

 恐る恐る、彼女を見ると…手を握り締め、肩が震えている。

 当然、駄女神の言葉に驚いたのだろう…。目を見開き、表情が固まってしまっている。

 

 後は、格好を着けて叫んだモノの、誰も何も言ってくれないので、突き出した指をどう収めて良いか分からず、そのままの格好で硬直している駄女神。

 先程と一緒で…いやぁ…静かだね。

 

 いや? ちょっと、先程と違うな…。

 

「ノンナさん…抜けがけですか? 抜けがけですか?」

「…知りません」

 

 座っていたオペ子が、ノンナさんの横に立ち…。

 

「あの、暗黙のルールを…。あの、均衡を…」

「ですから、知りません。違う世界の私の事です」

 

 俺を横からガン見していたダージリンが、ノンナさんの横に立っている。

 

「……」ハンッ!

 

「「…………」」イラッ!

 

 そして、何故かノンナさんが、やけに嬉しそうに笑ったね…。

 ダージリンとオペ子に微笑み掛けたね?

 いやぁ…久しぶりに見るなぁ…そのくっろい笑顔。

 

 ……。

 

 取り敢えず…大洗に引っ越す前? って事は…青森にいた時の事か?

 え…いつ? あれ?

 

『 そ…そろそろ、腕下ろしてもいいかしら? 疲れてきた… 』

 

 勝手に下ろしゃ、いいだろうよ…。

 考え込んでいると、駄女神がプルプル震える腕で、静寂をが崩した。

 

 それを合図にした様に…。

 

「 なに? …此処 」

 

 一人の女の子が、俺の横に現れた。

 

 

 

 

 > ノンナの場合 <

 

 

 

 

「 尾形 アンナ! 10歳です! 」

 

 突然現れた少女は、こちらの事情を察しているかの様に、自分から自己紹介をしてくれた。

 行儀よく、深々とお辞儀する姿を、ただ呆然と見つめてしまっている。

 

 今回の遺伝子も、俺は圧倒的に劣勢だった様だ。

 似ている…めちゃくちゃノンナさんの面影が強い。

 黒く艶のある、長い三つ編み一本にまとめいる髪の毛が、とても特徴的で…見た目は、小さくなったノンナさんそのモノだった。

 

「え? ……じゅ……さ…い……?」

 

 ……。

 

 取り敢えず、オペ子の顔が絶望に染まりきる程に…10歳には見えない程、身長は高く…その…余り言いたかないが、発育が大変よろしい。

 愕然と、その子供を見て…目のハイライトさんが、ご退場したネ。

 こちらは違う意味で、呆然と両手を空中の何かを掴むように前に出され…呆然としているネ。

 どちらが歳上でしょうか? と、クイズを出されたら、まず間違いなくアンナ…と、名乗る娘を指す程にな。

 

 ただ…ノンナさんと、明らかに違う所がある。

 

「 へぇ~…お母さんっ! 若いっ!! 」

「…この年で、ソレを言われるとは夢にも思いませんでした」

 

「 お父さんも、すっごい若いねっ!! 」

「あ、はい…」

 

「 ダージリンさんも、この頃からすっごい綺麗!! 」

「あら、ありがとう」

 

「 …オペ子さんは、余りこの頃から変わらないね。ある意味、若いままってのが、すごいっ!! 」

「…………ハイ」

 

 表情が、物凄く豊かだった。

 コロコロと表情を変え、全員を見渡しながら、順に感想を言って回っている。

 なんというか…例えるなら、向日葵の様な、暖かく明るい笑顔を振りまいている。

 

 すごいな…場の雰囲気を一気に変えた。

 無邪気…その、一言に尽きる。

 その顔が、幼いノンナさんだというのが、ちょっと違和感…。

 体をダイナミックに動かしながら、何もない空間の中を、楽しそうに動き回っているな。

 …というか、ダージリンとオペ子に、将来彼女は面識があるのか。

 更に、というか? 娘さん。貴女もオペ子呼びですか。

 

 ……。

 

 

『 補足しまし「お願いします」

 

『 近っ!! 』

 

 ノンナさんの食い付きがすごい。

 駄女神との距離がほぼ、零距離ダヨ…。

 

『 わかった! 分かったから、ちょっと離れて……く…だ…さい 』

「早くしてください」

 

 ……。

 

 ありゃ、至近距離のノンナさんの眼光にやられたな…。

 言葉の最後が、段々と弱っていってるし…。

 ノンナさんが、駄女神の顔…というか、頬を両手で掴んでいる。

 …逃がさない気だな、アレは。

 

 駄女神からのヘルプにて、取り敢えずノンナさんを引っペ剥がした。

 話が進みませんからね?

 

『 まずっ!! 鬼門の…西住 みほさん。あの娘さんの世界線では、隆史との関係が、幼馴染以上に進展する事はなかったわ 』

 

「「「 っ!!!! 」」」

 

『 一応…ノンナさんと、恋人関係で大洗に引っ越した訳だしね 』

 

 ……。

 

 ま…まぁ、その関係で引っ越したのならば当然だと思うけど…。

 そうかぁ…俺、彼女とそういう関係になるって可能性があったわけか。

 

 …しかし何故、全員が驚いているのだろう。

 

「…そうですか。浮気は、しなかったのですね」

 

 ノンナさんっ!?

 

『 ア、ウンウン。ニシズミ ミホサントハ、ツキアワナカッタワ 』

 

「「「 ………… 」」」

 

 会話のキャッチボールができてないぞ、駄女神。

 その返答は誤解を生むゾ?

 

 さぁ、言い直せ。

 

 なんだ、その笑顔は。

 なんだ、その笑顔はっ!!

 

 ナンっ「 隆史さん 」

 

「はいっ!?」

 

「付き合わなかったという、事実しか、あの女神様とやらは、仰ってくれませんね?」

 

「……なぜ、その疑問を俺にいうのでしょう?」

 

「オッシャッテクレマセンネ?」

 

「駄女神ッ!! フォロー!! フォローォォ…って、なに爆笑してやがるテメェェ!!」

 

 腹を抱えて爆笑してやがるッ!!

 うんっ!! ノンナさんの息が鼻に掛かるっ!!

 

「エリス様っ!! たっけてッ!!」

 

 駄女神には、さっさと見切りをつけるっ!

 あの馬鹿、完全にこの場を引っ掻き回す気だろ!

 

『 あ~…はい。ノンナさん? 』

 

 エリス様の助け舟っ!! ノンナさんへと声を掛けてくれた!

 よしっ! 苦笑しながらだけど、あの顔は助けてくれるっ!!

 駄女神、テメェは後で覚えてろよっ!!

 

「…なんでしょう?」

 

『 大丈夫ですよ? 』

 

「……」

 

『 彼は、浮気はして………ません…?? 』

 

「…………」

 

 エリス様ッ!!??

 

 なんで、最後ちょっと言葉を濁したのっ!? そして何故、疑問文っ!!

 そして、何故顔を逸らした……あれっ!?

 

 俺にだけ見える位置で、ちょろっ……と、舌を出した…。

 

 そして、そんな彼女と目があった…。

 

「……」

 

 アンタもかぁぁぁっ!!!

 

「・・・・・」

 

 ノンナさんっ!! 目っ!! 赤いっ!!発光してますよっ!!??

 近い近い近いっ!!!

 みほの世界線での浮気を知っているから、俺に説得力はないがっ!

 流石に、今回は想像もつかないっ!

 

『 …してませんが 』

 

「…が?」

 

 あ…空気を呼んでくれた…。

 一瞬見せた茶目っ気で、この世界線で、俺は浮気はしていないと判断したが、流石に人が悪すぎますよっ!?

 

『 新たな鬼門…いえ、()()()にとって、危険人物ができます 』

 

「…この分岐された世界線では、私に障害となる人物が他にいると?」

 

『 えぇ… 』

 

「…ま。今の私には、たどり着かない世界でしょうし…それは別に知らなくとも……」

 

『 いえ。今の世界線でも、隆史さんとの未来に傾いた時、かなりの障害になりますよ? えぇ…ある意味で、西住 みほさん以上ですね 』

 

「……」

 

『 …あ、貴女方、3人に言えますよ? 』

 

 ダージリンとオペ子に顔を向けて言い切った…。

 そういや、貴女達とか言ってたたな。

 

「どなたでしょう?」

 

『 …どなたでしょうかねぇ? 』

 

 なんで二人揃って、俺を見るのだろう…。

 今回、エリス様、ちょっと意地が悪いっ!!

 

「…カチ『 違います 』…ャ

 

「西ず『 ちゃいます 』」…マ…

 

「……」

 

『 …… 』

 

 あ、はい。

 ダージリン?

 オペ子?

 なんで、顔がそこまで真剣なのでしょう?

 娘が、一人で走くりまわってるのですけど?

 

「…Представления。誰でしょう?」

 

 降参…って、あっさりと睨めっこの、負けを認めたな…。

 負け、という言葉では、少し違うかもしれんが、ちょっと悔しそうな顔なので、多分…そうなのだろう。

 

『 西 絹代さん 』

 

「……」

 

 …は?

 

『 はい、では補足を続けます。この世界では、隆史さんは「魚の目」を継いでますよ? オレンジペコさんの時と同じですねぇ 』

 

 あっさりと一言、その人物の名前を言うと、さっさと次だと話を進めだしてしまった。

 その人物の名前…って!

 

「チョッ!? えっ!? 待ってくださいっ!?」

 

『 お店を改造、改築…ノンナさんと切り盛りしております 』

 

「西さんっ!? 知波単のっ!? 俺、そんなに面識な『 ヤ カ マ シ イ デ ス ♪ 』

 

「 」ヤカ…

 

『 …私の仕事を増やすのが、貴方の仕事なんでしょうか?♪ 』

 

 え…笑顔だ…。

 すこぶる…良い笑顔だ…。

 

 あの駄女神ですら、押し黙ってしまっている…。

 

『 特にダージリンさんにとって、天敵…と、言える程でしたね 』

 

「わ…私?」

 

『 では、補足を続けますねぇぇ。ご息女が置いてきぼりですのでぇぇ 』

 

《 ………… 》

 

 …怖い。

 

 初めて、エリス様に対して、恐怖を感じた…。

 基本、見た目も何もかもが、真っ白いイメージだったのに…今は、反転して真っ黒に見える…。

 最後名前を出された、ダージリンですら質問ができないほどに…。

 

『 …と、言いますか…アンナさん? 』

 

「 え? なに? 」

 

 突然名前を呼ばれた、む…娘が、エリス様の呼びかけに反応した。

 きょとーんとした顔をしているが、この何もない空間のどこを探す? と言う程に、バタバタと縦横無尽に駆け回っていた脚を止めた。

 

『 貴女のご両親の質問に、答えてあげてください 』

 

「 質問? 」

 

「「!!??」」

 

 …いきなり振られた。

 補足を続けてくれるんじゃ…。

 

『 この方が良いと、判断しました。勿論、補助は致しますので 』

 

 俺の心を見透かされた気がする…。

 まぁ、召喚して頬って置かれても、娘も困るだろう。

 先程から置いてきぼりで、ちょっと不憫だしな。

 

 それは、ノンナさんも感じてくれたみたいで、ス…と、小さく手を上げた。

 

「 お母さん? 」

 

 まぁ聞きたい事は、あるだろう。

 エリス様の流れに、従った。

 

「あの…アン…。…ぅ…少し、気恥ずかしいものですね」

 

 自分の娘の名前を呼ぶだけなのに、緊張した顔のノンナさん。

 少し前に出した手が、宙に浮いている。

 すぐに、その手をグッと、握り締め…改めて挑戦。

 

「で…では、アンナ」

 

「 ん? なに? お母さん 」

 

「……ぅっ!」

 

 …あ、今度は耐えた。

 

「…えぇ…と、将来…私は、何をしていたのでしょう?」

 

 ……。

 

 辿たどしく、口にした自分の将来への疑問。

 

「 え? お店やってるけど? 」

 

「あ、いえ…貴女のお……お父さんと…その…」

 

「 結婚する前? 」

 

「そうですっ!」

 

「「……」」

 

 空気を読みすぎだ…娘。

 しかし、ダージリンオペ子も興味が沸いたのか、その質問を黙った聞いていた。

 変な横槍も出さないで、ただ…「 学校の先生って言ってた 」

 

 ……。

 

 女教師…。

 

 ……。

 

『なんで、アンタ嬉しそうな顔してんのよ』

 

「いや、別にっっ!!??」

 

 いかん…想像してしまった…。

 ワイシャツ、タイトスカート…教鞭…メガネ……。

 その姿の想像が、一瞬で構築できてしまった。

 

 …女教師、ノンナさん…。

 

 男子高校とかには、絶対に就職させたくないなっ!!! 絶対にだっ!!

 

「…着れば良いのですか?」

 

「」

 

「……まぁ、別に如何わしい格好ではないので、構いませんが…」

 

 …声……にぃぃ。

 如何わしいです…貴女が着ると破壊力が凄まじくなりそうです。

 あぁ…慣れてしまったのか…特に突っ込みもしないで、冷たい目線で俺を見る全員目線が痛いっ!!

 

「しかし、先生? …教師ですか?」

 

「 あ~うん。戦車道の先生! 」

 

『 正確には講師ですね 』

 

 ……。

 

『 やはり貴女達は、この道に進まれる方が多いですね…。西住 みほさんも他の世界線では、結構多かったでしょう? 』

 

「そうですか…私が、教える立場になるのですね。ん? そうすると、現行の私は…」

 

『 あ~そうね。最終的に、貴女がプラウダ高校の講師として招かれた時点で、コレとまた距離が近づくのよ 』

 

 ……。

 

「私は、高校卒業後…やはり」

『 そうですね、この世界線でも、ロシアへと留学していますよ? 』

「やはり…大きく離れてしまうのですね…」

 

 あ、はい。

 

 疎遠…とも違うけど、遠距離恋愛とやらが、しばらく続いたそうだ。

 そうだな。人生そんなモノだ。

 特に高校生同しの恋愛なんて…高校生の恋愛なんて…思い出になるのが殆どだろうよ。卒業してしまえば、殆どそれまで…というのが、多いらしい。

 男女共に、社会に出たり、大学へ進んだり…世界が大きく広がるのだ。

 新たな出会いや、学業…仕事……。自分自身の事で、ソレ所ではなくなる人も多いだろうよ。

 仕事…。

 

 まぁ…前の俺の場合………。

 

「……」

 

 いや、やめよう。

 

『(…そうね、アンタの場合、もうあまり昔の事は思い出さない方がいいと思うの)』

「…?」

 

 駄女神も、俺の心を見透かしたかの様な言葉。

 俺にだけ聞こえる様に、脳内へと語りかけてきた。

 

『(気付いてないかもしれないけど、アンタの性格って、徐々に変化しているのよ)』

「(変化…そうか?)」

『(アンタの場合、肉体が精神に追いつくのではなくて、精神が肉体に追いついているのよ。段々とそれなりに? 年相応に見られ始めたでしょう?)』

「……」

『(それで、周りの世界や社会との均衡を保ってるの。アンタの異常性をゆっくりと自然へと戻すみたいにね。まぁ経験や記憶は簡単には消せないから、面倒くさい事にもなってるんだけどねぇ)』

「(異常性って…お前…)」

『(…まぁ、大体はアンタの事ですからぁ? 卑猥で、邪な事ですけどぉ? なまじ、クソ見たいな経験があるから…別の世界線で、大暴れしてるけど)』

「(オイ)」

『(なんで刺されないか、心配になるくらいよ?)』

「…………」

 

 その言い方だと、俺が刺されるのを待っているかの様だな? オイ。

 

「隆史様は、どうなさったのですか?」

 

 オペ子の声で、我に返った…。

 ま…そうだな。この駄女神様の言うとおり、昔より今だな。現在を大事にしようか。

 

『 隆史さんは…青森に戻り、無事、高校を卒業。その後、あのお店で修行に入りました。この頃には、すでに継ぐ気になっていた様ですね 』

「あら…進学は、なさらなかったのですね」

『 はい。中途半端は宜しくないと、すぐに 』

 

 ……。

 

 あの言い方だと…俺が、青森へと戻った後に、高校を卒業していると言っているな。

 しかも、学園…という、言い方じゃなくて…高校。

 

 そうか…。

 

『(この世界線は、今の貴方では辿りつく事がない世界です。お気になさらずに)』

『(そもそも、全ての世界線の彼女達を救うとか、傲慢なのよ。神様じゃないでしょ、アンタは)』

「……」

『(あ、でもアレですよ? 西住母娘の関係は、すでに修復していましたから、その後も大丈夫ですよ?)』

『(そうそう。西住 みほさんも、熊本へと戻る事が出来てね? まぁ? アンタが、大洗に行った意味は、ちゃんとあったわよ)』

「…………」

『(…なによ、その顔)』

「(だ…駄女神に、慰められた…。今、ちょっと…救われた気がした。アリガトウ)」

『(……なんか、素直に喜べない)』

 

 クラーラさんと同じく、ノンナさんとはパソコン等通じて、連絡を取り合っていたとの事。

 俺自身、調理師免許の取得や修行とやらで、忙しかったらしく、それでもお互いに連絡を取り合っていたそうだ。

 長期休みになれば、ノンナさんから会いに来たり、俺から行ったり…なんなり…。

 

 ……。

 

 なんか…うん。

 しっかり遠距離恋愛してるな…俺。

 

『 その後、大学を卒業後…彼女…ノンナさんは、青森が拠点であり、母校であるプラウダ高校へと講師として、戻ってきた 』

「…まぁ…ノンナさんでしたら、その位は……無理をしてでもやりそうですわね」

「ロシアから、いきなり日本…しかも、ピンポイントでプラウダ…」

『 後は、もう…近場に来たのだから、分かるわよね 』

「「……」」

『 …即、入籍したわよ 』

 

「естественно」

 

 …そうですか。

 当然ですか…。

 

 ん? …待てよ?

 

 アンナは、10歳と言っていた…。

 って事は、ノンナさんが、24歳の時に…って、事は…。

 

 新任講師が、2年目で産休…。

 

 ……。

 

「あの…俺って、ひょっとして…ノンナさんの将来、邪魔した…のか?」

 

 少し…血の気が下がる…。

 女性が、社会に出てからの事は、よくわからんが…なんとなく、そう思ってしまった。

 夢…だったのかどうなのかは、聞いてはいないが…講師になって、これからって時に…。

 

「してません」

 

 ノンナさんが、即答してくれた。

 

「違う世界線とはいえ、私の事です。その位は分かりますよ」

 

 そして…何処か嬉しそうに、こちらを振り向いた。

 

「えぇ…分かります」

 

「……」

 

 そして、少し噛み締める様に、慰める様に言ってくれた…。

 

「…ダージリン様」

「……えぇ、ペコ」

 

 …あ、うん。

 

『 まぁ、実際、その通りよ? 』

「なに?」

『 ギリッギリまで、その子…バリバリ仕事してたわ 』

「…でしょうね。私ならそうします」

『 出産後も子育てしながら、仕事もしてたわよ? 』

「でしょうね」

 

 …それはそれで、どうなんだろう

 

「ノンナさん…」

「はい?」

「自分の体…もう少し、勞ってください…多分、未来の俺、気が気じゃなかったと思いますよ?」

「……え……ぇぇ…」

 

 …何故、心配したのに赤くなって俯いたのだろう…。

 

「…野暮……ここで、口を出すのは、野暮です…今は、ノンナさんの番んん…」

「えぇ……えぇ、ペコ。そうです。我慢しなさい。私も我慢しますから…」

 

 …あ、はい。

 

『 アンタの大好きな、西住 しほさんだって、子供二人抱いて、子守しながら、バンバン戦車乗ってたらしいし… 』

「…いや、あの人なら、すげぇ想像つくけど。それはないだろ…」

「隆史さん」

「え? あ、はい?」

「大好きな…という、部分は否定しないのですね?」

「ノンナさんっ!?」

 

『 あ、隆史 』

「…なんだよ。あ、ノンナさん? 抓るのヤメテクダサイ」

 

『 現状では、五十鈴 華さんが一番だけど… 』

「華さん? なんで今、彼女の名前が…」

『 その子…そういう関係になったら、あんたが出会った娘の中で、一番嫉妬深いから気を付けなさいね? 』

「……」

『 付き合った後だと、ぶっちぎりね。ちなみに、2番が、島田 ミカさん。3番が、西住 みほさん。4番目が五十鈴 華さんね 』

「…なんで、順番つけた…んっ!? ミカっ!? はっ!?」

『 いやぁ…ノンナさんの、ジェラシーストームはすごいわよ? 』

「聞け…な? 俺の話を聞け」

『 ちなみに、逸見 エリカさん、アンチョビさん、カチューシャさん、ダージリンさん、ペパロニさん 』

「千代美ッ!? カチューシャっ!? ペパロニっ!?」

「また、私!?」

『 この子達は、怒る…というよりも……泣くわ 』

 

「…………」

「…………」

 

『 物凄い、号泣ね… 』

 

 ……。

 

 

 エリカの場合、殺されるんじゃないかと思うほど、怒りそうだけど…。

 ペパロニも…というか。

 

 新たな人物が…。

 

「…女神さん」

『 !!?? 』

「今は、私の番です。他の女性は関係ないのでは?」

『 そ…そうねっ!! ごめんなさいっ!! 』

「…カチューシャは、許します」

『 ……あ、はい 』

 

 自然と項垂れていた頭を上げると、またノンナさんが駄女神の顔を掴んでいたな…。

 うん…胃がまた痛くなってきた…。

 

「……ん? でも、私は講師をしていたのですよね? でもアンナは今、隆史さんと一緒にお店を…」

 

「 そうだよ? おじちゃんとおばちゃんが、引退しちゃったから、人手が足らなくなったって、お父さん言ってた 」

 

「おじちゃん? おばちゃん?」

 

「あぁ…ナルホド。多分、おやっさんと女将さんだろ。また3人で、やっていたのか…あの店」

 

『 えぇ、あの店主が引退と同時に、あのお店を隆史さんへと完全に継がせた…のと、同時にノンナさんも講師を引退。お店へと入りました 』

 

「…それで、今に至ると」

 

『 そういう事ですね。ちなみに、結婚した直後…居酒屋から、大衆食堂へと変わりました 』

 

「大衆食堂?」

 

『 そうですね。店主さん達からの、心使い…見たいなモノでした。これから生まれてくるであろう子供…アンナさんの為に改築したみたいです 』

 

 そうか。

 あの店、時間が不定期…というか、朝が早すぎるからな。

 アンナの事を考えて、時間を一般人に合わせたのだろう……と、すぐに分かった。

 おやっさん…。

 

『 ちなみに、ノンナさんがお店に入ったら、客数が一気に増えましたね… 』

 

「……」

 

『 …男性客ばかり…。たまに男子生徒もチラホラ… 』

 

「………………」

 

 プラウダも…共学になってたんか。

 ニュースでもやってたけど、子供不足ってのも原因に、あるのだろうか?

 

 ……。

 

「 お父さん、若くても同じ顔してるぅ 」

 

 少し楽しそうな娘の声が聞こえた…。

 キャキャと、俺達のやり取りを先程から、見ている。

 

「同じ顔……ですか?」

 

「 うん。お母さん目当てのお客さん来ると、怒った顔する時あるよ? 」

「そうですか」

 

 だから、なんで嬉しそうなんだろう…。

 

『 これで一応、補足は大まかに終わりました。ある意味で、隆史さん好みの世界かもしれませんね 』

『 事件も何もない、平凡っちゃ、平凡な人生よね。この世界じゃ、アンタは戦車道に殆ど絡まなくなるしね 』

「…そうか」

 

 殆ど、戦車道に絡まなくなる…。

 ノンナさんが、いるので完全に切れる訳では、ないのだろうけど…何故だろう?

 …少し、寂しく感じたのは。

 

『 そーいや、隆史からは、何か娘さんに質問ないの? もう、あまり時間ないわよ? 』

 

 そうか…もう、時間か。

 半生を聞いていただけな気はするが…まぁ、俺も娘と少し話してみたい。

 

 

 んなら……。

 

「あ~…アンナ?」

 

「 …… 」

 

 頭を掻きながら、なんとなく呼んでみた…ら、ものすごい変な顔をされてしまいました。

 うぇ~って声まで聞こえそうな…。

 

「 お父さん… 」

 

「……」

 

 そうですね…あの明るい笑顔から、苦虫を噛み潰したかの様な…。

 ……マタデショウカ?

 

「 いっつも「ちゃん」付けで呼ばれてるから、いきなり呼び捨てで呼ばれると、変な感じだよ… 」

 

「あ! そうなのっ!?」

 

 あ、そっち? 

 

 そっちですか!

 

 ちゃん付け、良いんですねっ!!??

 

「…隆史様の顔が、すっごい、暗くなったと思ったら、すぐに安堵の表情に変わりましたね。というか、嬉しそう」

「そうですわね。…今の会話に何処か変な所、あったかしら?」

『 隆史、娘達に嫌われる傾向が強いからねぇ…逸見 エリカさんの娘さんに、初めて会った時、思い出したわ 』

『 あぁ…あの… 』

「そういえば、映像で見る限り…すごい言われ方、されてましたわね」

『 あ。今気づいたのだけれどっ! 隆史! それ以降、娘さんと初対面の時、ちゃん付けして呼ばなくなったわよね! 』

『 トラウマになってますね… 』

『 まぁ、キモイの一言だったしねっ!! 』

「青い女神。随分とまぁ…楽しそうに…」

「ダージリン様。この方は、こういう方です」

 

 ……。

 

 俺が娘とのファーストコンタクトの件で、なんか盛り上がってますね…。

 また、お茶飲み始めたし…。

 ま…まぁいいや。

 

「…では、アンナちゃ…ん?」

 

「 そうそう、それでいいの。それで、なに? 」

 

 …よかった…キモイと言われなかった…。

 

「 お父さん? 」

 

 …っと。

 では、まず…。

 

 

「将来の俺は、髪の毛がありますか?」

 

 

《 ・・・・・・ 》

 

 

 うるさいなっ!! 周りからの何ともいえない視線がうるさいっ!!

 重要っ!! ここ重要っ!!!

 毎回、毎回、浮気対策で頭剃らされてたまるかっ!!

 

「 髪? よく分からないけど…普通にあるよ? 」

 

 

 よしっっ!!!

 

 

「隆史様、ガッツポーズとってますね…」

「その割に何故か、哀愁が漂ってき来ますわね…」

 

 

 後は…そうそう。

 先程からの俺に対する態度で、この娘の様子じゃ大丈夫だと感じていた。

 だからの後からの質問ッ!

 

 そうっ! 何時もの質問っ!!

 

「アンナちゃん?」

 

「なぁに?」

 

 あぁ…ノンナさん似の幼い顔で、たのしそうに小首を傾げてる。

 よしっ!! 大丈夫!!

 

「アンナちゃんは……パパンの事…好き?」

 

《 ……………… 》

 

『 …また 』

『 はは…仕方ないとは思いますが… 』

「あ…そういえば…。後、基本的に男の子には聞きませんよね?」

「男親とは、娘に好かれたいモノ…らしいですわよ?」

「何故でしょう? …ちょっと、隆史様が可愛く感じました」

「そうですわねぇ………ギャップ。というモノなのでしょうか?」

『 娘に一挙一動してる熊の、どこが可愛いのよ… 』

 

 うるせぇなっ!!

 大切な事なんだよっ!!

 

 さぁっ! どうだっ!!

 

「 えっと…普通? 」

 

 ……。

 

「ふ…普通?」

 

 よしっ!!

 

 普通なら良いっ!! まだ

 

 

「 うん。普通に、嫌い 」

 

 

 

「…………………………」

 

 

《 ……………… 》

 

 

 

 あ…うん。

 

 …っと…どっこいしょっと。

 

「隆史さん…」

 

「なんでしょう? ノンナさん」

 

「…何故、急に寝転がってるのですか?」

 

「……いえ、お気になさらず」

 

「カチューシャが見ていた、マグロみたいですよ?」

 

 いや…もう、立っているだけの気力がない…。

 あの…無邪気な顔で言われた…。

 過去で一番、クル…。

 

 あー……もう…。

 

「死のう…」

 

《 ………… 》

 

「はぁ…。アンナ?」

「 なに? お母さん 」

「お父さんは、家では何もしてくれないのですか?」

「 え? よく遊んでくれるよ? 」

「…それなら…」

「 私の男友達と、本気で遊んでくれるわぁ! とか、言い出すくらい遊んでくれる 」

「……」

「 お店、休んでまで色々してくれる時もあるし… 」

「そ…それなのに、貴女は何故、お父さんが嫌いなのでしょう?」

 

 

「 え? なんとなく 」

 

 

「……」

 

 バッサリダナァ…。

 すっげぇ普通に言ったなぁ…。

 

『 なんとなくって…。し…思春期入りたての女の子、そのモノですね… 』

『 隆史から段々と、生気が抜けてくわね…日曜の疲れたお父さんみたいに、寝てるわ… 』

「…お父様。ごめんなさい……」

「…ペコ。今の隆史さん見ながら、反省するのはおやめなさい…」

 

 ほらぁ…オペ子でもそうだったんだから、仕方ないよねぇ。

 死ねばいいのかなぁ…。

 パパって、なんとなくで、嫌われる生き物なんだぁぁ…。

 

「…ちなみに、わた……お母さんはどうでしょう?」

「 だいすきぃ! 」

 

 あ…。

 ノンナさんが、カチューシャに向ける笑顔を見せてるぅ…。

 ガッツポーズとってるぅ…。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 俺……なんとなく嫌いだって…アハ ハ  ハ   ハ   ハ。

 

「 あ、お母さん 」

 

「なんでしょう!!??」

 

 …うん。

 

「 私のクラスの、男の子もそうなんだけど… 」

 

「はい?」

 

「 どうして男って、金髪の女性が、好きなんだろ… 」

 

「…どういう意味でしょう?」

 

「 たまに昔の知り合い…まぁ、お母さんの友達で、金髪の女の人が来るの 」

 

「 詳 し く 」

 

「 …お母さんに会いに来ているのもあるんだけど…子供目線でもお父さんにも会いに来てるみたいなの 」

 

「………」

 

「 こう…スタイル良いし…デレデッレしてるお父さん…キモイの 」

 

「………………」

 

 

 うん…子供が言うセリフじゃないね…。

 さっきまでの無邪気さが、もうないね…。

 

 女の子は子供でも、女……と、どこかで聞いたのをオモイダシタ。

 敵と判断した同性に対して、キツくなるのが、女性だよね…。

 

「 お母さんの方が、スタイルは良いと思うんだけど… 」

 

「…その女性は、背がそれなりに高いのですか?」

 

「 え? あ、うん。スラッとしてる。背が高くて…手足が長くて… 」

 

「タラシサン?」

 

「 」

 

 あ…やっぱり来た…。

 グリンッと長い髪を振り…こちらを振り向いた…。

 …だから、近い近い近いっ!!

 

「クラーラですか? クラーラですね? クラーラでしょう!!??」

 

「まっ!! ちょっと、まってっ!!」

 

 尻餅着いた見たいな格好になって、後ずさりするしか俺に手がないっ!!

 寝転がってしまったのが、痛いっ!!

 更に視線を逸らさせない為だろう…両手で顔を挟まれて固定されてしまった…。

 冷静に考えれば、未来の事なのだから、俺が知るわけがない。訳がないが…。

 

「…この前の戦車道カードの時も、思いましたが…詳しく、貴方から聞かねばならない事が、更にできました」

 

「ちょっと待ってっ!! 乗らないでくださいッ!!」

 

 そうだよね…。ノンナさんって以外に、嫉妬深いんだよね…。

 冷静な判断ができないのだろう…が、冷静な行動はしてきた!

 

 逃がさない為だろう…腹の上に馬乗りで、体の動きを抑えられ…ストーンと落ちてきたっ!!

 腹に掛かる衝撃がっっ!!

 

「おっもっ!!」

 

「………………重?」

 

「いやいやいやっ!! 変な声が出ただけですッ!! 重くないですっっ!! 鍛えてま…」

 

「そうですか…鍛えてないと、私は重いですか…そうですか…」

 

 痛だだだぁあっ!! 爪を立てないでっ!!

 ギリギリと聞こえそうなほどに、両手に力が入ってますよっ!!

 

「…ま。事実、私は? 一般女性に比べれば、肉付きが良いので…それなりの体重ですが…」

 

「……………………」

 

 …あぁ、納得………ぅぃぃいいい痛い痛い痛いっ!!

 目線でバレた…。

 

『 あ~…そろそろ、まずいわね。時間をかけ過ぎた 』

『 今回、特殊でしたからねぇ…色々と、混じり始めましたね… 』

 

 なんだろうっ!! すっごい、デジャブっ!!

 

「 クラーラさん? 違うよ? 」

 

「…違う? では何処の…アッサムさん…? カルパッ…」

 

 アンナのノンナさんの予想を否定した声が響いた…。

 今の若い、お父さんとお母さんのやり取りを、少し慣れた目線で見ている娘が、少し悲しい…。

 

 ……が、クラーラさんを否定して、出したその人物の名前…。

 

 

「 カチューシャさん 」

 

 

「カッ!!??」

 

「…んぁ? カチューシャ?」

 

「 うん 」

 

 アレ? ノンナさんの動きが…止まった。

 段々と、小刻みに振動してはじめ…絶望の表情で、顔だけ娘に向け始めた…。

 

「た…確か、背が高くて…それなりにスタイルが良いと…」

 

「 あ、うん 」

 

「手足が長く…スラッとしてるとも…」

 

「 そうだね。モデルみたいな人だったよ? 」

 

「   」

 

「 だから余計に…って、お母さん? 」

 

 今まで、み…見たことが無い程に、青い顔を…というか…ノンナさんの絶望顔とヤラを初めて拝見しました…。

 めちゃくちゃ至近距離から…。

 そして、自身に言い聞かせる様に、呟き始めた…。

 

「う…嘘…です。あの愛らしいカチューシャがががが…」

 

『 ん? カチューシャさん? なんか、留学先で一気に背が伸びたみたよ? 』

『 あ、そういえばそうですね。成長痛の痛みが、非常に嬉しそうでしたね 』

 

「  」

 

 いや…まぁ、遅い成長期…とやらだろうか?

 小刻みに震え初め…カタカタと歯を鳴らしている…。

 そこまで、ショックを受けなくとも…。

 

「そ…そういえば、アンナちゃんは、カチューシャ以外にも…ク…クラーラさんも知っていたんだな」

 

「 うん。昔、お母さんが、先生辞めた後も、たまにスカウト? に、来てたんだって 」

 

「スカウト?」

 

『 補足するわ 』

 

 あ…やっと、駄女神が仕事を始めた。

 咳払いを一つ、指を振りながら別の二人の将来を語り始めた。

 

『 カチューシャさんと、クラーラさんは、ロシア戦車道のプロ団体って奴を設立してるのよ 』

『 そこで、引退したとはいえ、ノンナさんを選手補佐として、スカウトに何度か、隆史さんのお店を訪れていたみたいですね 』

 

「…プロ団体」

 

 プロリーグとやらは、結局発足されていたのか。

 

『 講師になった時は、何度か選手としてもスカウトしに来ていたみたいだけどね 』

『 結局、隆史さんとの道を選んだみたいですけどね… 』

 

「…………」

 

 嬉しいと思う反面…やはり…。

 ノンナさんにとっての戦車道というのを、取り上げてしまったのではないだろうか?

 

「そこら辺は、もういいですっ!! カチューシャッ! カチューシャはその頃にはもう、成長してしまったのでしょうか!?」

 

 あ、復活した…その辺って…。

 

「私が戦車道の講師になっている時点で、両方を手に入れた様なモノですから、そちらの人生に悔いはありませんっ!!」

 

 …両方って…。

 いや…ノンナさんが良いなら、良いのですが…けど、気になるのそっちですか…。

 成長してしまった…とか…。

 

『 え…えぇ、大学卒業する頃には…今のダージリンさん位の背にはなって… 』

 

「あああぁぁぁぁぁ!!」

 

 …俺の上で打ち拉がれるのは、やめてください…。

 

 [ 隆史さんは、それで良いのですかっ!? カチューシャがっ!! あのカチューシャがっ!! ]

 

「…いや、まぁ…本人も大きくなりたいみたいですし…」

 

 [ 肩車できませんよっ!? ]

 

「そっちですかっ!? というか、なんでいきなりロシア語で嘆きだしたんですか!!」

 

 [ 娘に聞かせられませんっ!! ]

 

「変な所、冷静ですね!!」

 

 この格好を見せている方が、どうかと思う…。

 

「 ……… 」

 

「…お?」

 

 気がついたら、娘が横に立っていた。

 少し、眠そうな顔で、こんな状態の両親を見下ろしている…。

 

「 お父さん… 」

 

「…な…何?」

 

「 ロシア語で、話すのやめて 」

 

「……」

 

「 日本語で話してよ 」

 

「…あ、はい」

 

 将来の事だから、なんとも言えんが…両親が分からない言葉で言い合いしてたら、そりゃ怖いだろうな…。

 いや…大体、怒られるのは俺だろうなぁ…。

 それよりも、ノンナさんの事だから、娘にロシア語教えてそうなんだけど…わからないのか。

 

「 …… 」

 

 涙目の……って、涙目になってんのかい。

 そのノンナさんと俺を交互に見始めた。

 そして、一言。

 

 

「 飽 き た 」

 

 

「「 ………… 」」

 

 

「 お父さんと、お母さん…若くても余り変わらないし、つまんなーい 」

 

 いや…本当に感情豊かだな…この娘。

 先程とは打って変わって、今度は心底つまらなそうに言い捨てたよ…。

 というか、変わらないのね? 将来も…こんな感じですか。

 

 はぁ…とため息を一つ…吐き…口を開いた。

 

「 ちなみにね? お父さん倒れたのって、お母さん知らないの 」

 

「…なに?」

「え… 」

 

 知らない? どういう事だ?

 

「 お母さんが、カチューシャさん達の団体を見に、ロシアに行っちゃってる時に、お父さん倒れたの 」

 

「…そ…それは」

「 …… 」

 

『 あ~…うん。そうね 』

 

 また補足が入る。

 

 結局スカウト自体は、カチューシャ達もすでに諦めていたらしい。

 ただ、それでも。

 その時のカチューシャ達が、作り上げ、鍛え上げた戦車道チームを、実際に見てもらいたかった。

 …大体いつも、一緒だったからな。

 それが大学を卒業後、各々別の道を行き……そして、将来、始まりの場所でもう一度集まった。

 …

 ノンナさんには…特に見てもらいたかっただろうさ。あの、カチューシャなら…な。

 

 当然、俺も誘われたが、店もあるのでお留守番…その夜に倒れたそうだ。

 おやっさん達が、その場にいたので、その場はなんとか収まったそうだけど…そのノンナさんは、夜に出立したので、その時は飛行機の中…。

 完全に連絡がつかない状態らしい。

 

 ……。

 

 うっわ…最悪のタイミングだ…。

 

 これで、俺が死んだら…ノンナさんだけじゃない…。

 連れ出したカチューシャ達も…。

 

 ……。

 

「 だからさ、お母さんと連絡着いた時に、大丈夫って言って上げたいって思ったの 」

 

「……」

「 …… 」

 

「 車に跳ねられて無事でも、病気は別でしょ? 」

 

 そう言って、両手を上げてきた。

 目の前に差し出される、その小さ……くもないな。

 成長がノンナさん似で早いのか…もう、立派な手だ。

 

「はっ……そっちは、共通してんのかよ…」

 

 苦笑して、片手を上げる。

 

「……」

 

 想像……でも、してしまったのだろうか?

 顔が蒼白なっている。

 …聞いていただけで、俄かに信じていなかったのかもしれない。

 将来…俺が死ぬと。

 

 救済の為に現れた子供……娘。

 

 少し、震える手でノンナさんも、その手を取った。

 素早く…すがり付くように。

 

 掴まれる両手…。

 

 光り始める体。

 

 

「 あ、そうそう。お父さん 」

 

 体が光に包まれ始める中、最後に…と、娘に呼ばれた。

 

「 面と向かって、本人に好きとか聞く方が、頭おかしいと思うの 」

 

 頭おかしいって…。

 

 

「 私、お父さんと同じで、嘘つきなの 」

 

 

 そして笑う。

 

 

「 だから、きら~い。お父さんきら~い 」

 

 

 最後だろうに、笑った。

 

 …将来だろうか?

 

 もう判断がつかないが、いつか聞いた事。

 ノンナさんが好きだと言っていた…その花を思わせる様な。

 

 …ひまわり見たいな笑顔で。

 

 

 

「 ばいばーーい 」

 

 

 

 

 消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

「…いつまで、そうしているつもりですの?」

 

 ダージリンの、ちょっと拗ねた様な声が聞こえた。

 イライラしている…と言うよりかは、そうだ…拗ねた様な声。

 そうだなぁ…。流石にこの格好は、まずい…。

 

 俺の腹の上。

 

 ノンナさんは、まだ馬に乗る様に跨ってます。

 

「気持ちは、わかりますが…もう終わりましたよ? …私も今回はあまり強く言えませんが…」

 

 オペ子もまた、少し拗ねた様な声。

 強く言えない…ね。

 確かに…いや、でもオペ子の場合…俺からだったし…。

 はぁ…。

 

『 これで、一通り終わりましたね 』

『 はぁ…疲れた… 』

 

 女神達は、特にこちらを気にする様子もなく一息ついていた。

 

 ……。

 

 なんだろう…。

 

 本来、因子譲渡後に、子供一緒に帰還する…という、セオリーが今回はない。

 3人ともまだ残っている状態。

 コレ…が、理由だろうか?

 

 先程から、少し違和感を感じる。

 腹の上から降りてくれないノンナさんは、降りてくれない所か、動かない。

 微動だにしないで…顔を俯かせている。

 

 …ん?

 

 違和感は、コレだろうか?

 ノンナさんの…

 

『 隆史さん 』

「あ、はい? なんすか?」

 

 …っと。

 違和感を散策中、エリス様が声を掛けてきてくれた。

 そういえば…分岐点…いや、運命がどうの言っていたな。

 

『 一息ついた所、申し訳ないのですが… 』

「えぇ」

『  』

『 …次です 』

 

 …ん? あれ?

 深刻そうなお話では、なさそうだ…。

 だって…完全に目が笑ってねぇ…。

 あ…この目知ってる…。

 

 生前、会社勤めしていた時の俺の目と同じだァ。

 

「つ…次?」

 

 

 えー…と。

 

 え?

 

 

「あの…前回と含めて…今回で12人、終わりましたよね? 流石にもう…」

 

『 はい、終わりましたねぇ。今回! …の、解析終了分は… 』

 

「…………」

 

『 まだまだ、反応があるんですよぉ? 』

 

「………………」

 

『 次は……アンツィオ高校の皆さんですね 』

 

「アン…っ!? は? え!? 皆さん!?」

 

『 はい、皆さんです。また複数ですねぇ…文字通り、尻に敷かれた タラシさん? 』

 

「  」

 

『 はぁ…次回、また3人ですかぁ…9人呼んだ時に比べれば、いくらかマシですけどね 』

 

「あの…エリス様?」

 

『 …なんですか? 』

 

「…………」

 

 あ…。

 

 エリス様は、ニコヤカな笑顔とは裏腹に…やはり、目だけは笑っていません。

 にこやかに責めるような目線の…エリス様…。

 

 ……。

 

「…アンチョビさんと、カルパッチョさん…それに、ペパロニさん…」

 

 オペ子さん? 指折り数えるのやめてもらえますか?

 と言いますか、俺…本当に節操無しですか…?

 

 しかし…。

 

「隆史さん、なんでしょうか? その顔は…」

 

「い…いえ」

 

「信じられない…と言った、お顔ですわね」

 

「……」

 

 いや…まぁ。

 カルパッチョさんは、熱烈に好意を頂いておりますので、それに応えた…というのは、なんとなく想像つくのですがね。

 後の二人は…。

 いや、ペパロニはアンツィオで…あれ?

 千代美も? え?

 

「……はぁ」

 

「……はぁ」

 

 ため息!?

 

『(隆史さん)』

 

 スッ…と、エリス様の顔が引き締まり、脳内へと直接言葉が響いた。

 アレだ…。ダージリン達には聞かせられない話…まさか。

 

「(ふぁい)」

『 …… 』

「…なんれぇふぅふぁ?」

『(…なんで、両の頬を引っ張られてるのですか?)』

「……」

『(…まぁ、いいです。そのまま聞いてください)』

「ッ?」

 

『 最大の分岐点…その事なのですけどね? 』

 

 ……。

 

 え~…。

 

 まさかとは思ったけど…この状態なのに今、ソレを話すの?

 

 最初、結構深刻そうに言ってなかったか?

 左右から頬を抓られてる…という、結構特殊な状況なんですけど…俺。

 ノンナさんは動かないし…オペ子は怖いし…ダージリンは、新たな一面を見せるしで…ちょっと、色々と余裕がない。

 こんな間抜けな絵面だけども、エリス様…真面目な口調を崩さないし…。

 

『(エキシビジョンマッチ)』

 

「(はい?)」

 

 急に無言になり、エリス様と向き合いだした為に、察してくれたのか、顔の違和感が消えた。

 あ…やっと頬っぺたを離してくれた…。

 これで少しは話に集中できる。

 

『(その試合終了後が、最大の分岐点…そう、確信していたのですが…)』

「(ですが?)」

『(様子が少々おかしいです)』

「(おかしい?)」

『(ノンナさんの、今現在の世界線とは別の未来が、先程現れました)』

「(え…えぇ。アンナの事ですよね)」

『(そうです。過去の分岐点の未来なんて、そうそう引っ張ってこれるモノではないのですから。先程のは貴方の世界線…というよりかは、ノンナさんの世界線でした)』

「(……)」

『(それに本来、召喚失敗など、先輩なら普通にしてしまいそうですが…。偶然とはいえ、それが出来てしまった 』

『 オイ、パット 』

『(こんな事…普通、意識して強引にでもしないとできない…。もしくは、横槍が…エラーの原因も完全には解析出来てないと言うのに…)』

 

 

 

 話の最中。

 

 突然…カランッと、音が響いた。

 何か、金属辺でも地面に落ちたような音。

 

「ぁ……ぁぁ……」

 

 小さく聞こえる、駄女神の声。

 何か…嘆きの様な……。

 

 また何か、失敗したのか?

 

「ぁぁぁぁああああああっっ!!! 取れちゃったァァァ!!」

 

 項垂れている、声の主が目に入る。

 ペタンと、尻餅をつきながら…ピンク色の小さな板の様な物を摘んでいた。

 

『 たがぁぁしぃぃぃぃ!!!! 』

 

「っっ!!??」

 

 なんだっ!? なんだっ!?

 

 肩を掴まれ、ノンナさんごと、強引に体を起こされた。

 そのままガックンガックンと、体を揺らされる…。

 

「っさいなっ!! なんだよっ!!! ありがとうっ!!」

 

『 何言ってんのっ!? 』

 

 ……。

 

 いや、硬直状態になり、左右の二人と腹の上の一人の空気を、どうにかしてくれたので、反射的にお礼を言ってしまいました。

 

 ありがとう。

 

 お前の空気の読めなさは、ある意味素晴らしいと、最近思い始めた。

 

『 これっ!! 見てぇぇ!!! 』

 

「あん?」

 

 突き出された、駄女神ハンド。

 その指には、先程まで持っていた杖…の、先に咲いていた蓮。

 

 ……の、花びら。

 

『 壊れたァァ!! 私のっ! 取れちゃったぁぁあ!! 』

 

 おー…見事に、花びらだと分かるほどに、根元から逝ってるな…。

 ピンク色の一枚の蓮の花びら。

 

『 わ…わたしのぉぉ… 』

 

 ふむ…。

 泣きながら、杖と取れてまった部分を見つめているな。

 まぁ…あの程度の造形なら…。

 

「いいか? 駄女神。まずはヤスリ掛けだ。できるだけ隙間が出来ないように、頑張れ」

 

『 …は? 』

 

 スンスンと泣き始めた駄女神に、アドバイスを送る。

 

「後は瞬間接着剤とパテを買ってきてだな…あぁ、先に周りのホコリや小さなゴミを取る意味も込めて、しっかり接着面を洗浄しろよ? 手の油分とかも敵だぞ?」

 

『 …… 』

 

「接着が完了して完全に乾いたら、パテで表面を整えて…これも完全に乾いたら、その後にペーパー。3000番くらいがいいだろ。んでもって次に、サーフェーサーを掛けてだな……あぁ、その時に何回かに分けて…」

 

『 なにを言ってんのよっ!! 』

 

「……あ、いや。駄女神じゃ多分、できそうにないな…そうだ。米粒でも着けて…」

 

『 いきなり、適当になった!? 』 

 

 …しかし…座り込んで、その膝の上で、小さくなっているノンナさん。

 相変わらず、なんか…俺の体にシナダレカカッテマスネ。

 

 …なんだろう…ノンナさんが、大人しい…というか、後、今度は耳が痛い…。

 古典的な方法を知ってますね、聖グロさん。

 耳たぶが痛いですよ?

 

『 ぅぅ…修理に出さないと… 』

『 ………… 』

 

 修理する所あるんかい。

 嘆き苦しんでいる駄女神の杖を、エリス様が黙って…睨んでる?

 

『 お…おかしい。神器が壊れるなんて…通常ありえないのに… 』

『 ぅぅ…今回の件…これが原因……? 』

『 原因不明…エラー… 』

 

 ボソボソと、呟き合う女神達…。不安になるからやめてほしいんだけど…。

 

『 あっ! 葉っぱも折れてるッ!? あぁ…どうしよう 』

『 …コレハ…デモ… 』

 

 二人揃って、考え込むような独り言を、ブツブツと繰り返している。

 ボケーとそれを、耳を引っ張ってくる2人と眺めていると、エリス様が、パッと顔を上げた。

 脳内音声へと、今度は隠すことなく口にだした。

 

『 申し訳ありませんが、ちゃんとした報告は、もうしばらく待ってください 』

 

 ま…まぁ、気にはなっていたが、未来を知る事なんて…例えヒントだとしても、できないのが普通だ。

 記憶が無くなろうが…残ろうが…な。

 ワガママは言わない。

 

 ……言わないから、そろそろ耳を引っ張るのをやめてほしいのだけれど?

 

『 では、最後に…先輩? 』

『 …… 』

 

 あれ? 嘆いていた駄女神が、真面目な顔して、俺の脚の中で座っているノンナさんを見つめている。

 しかし…この状態。

 ある意味でハーレム状態なのに、微塵も嬉しいと感じないのは何故でしょう?

 

『 …ねぇ、エリス 』

『 なんですか? 』

『 この子達見てきて思うけど…なんで、こんな男が良いのかしら? 』

『 …先輩 』

 

 うるせぇな。真面目な顔して、考えてるのがソレかよ。

 んな事、俺が一番知りたいわ。

 

『 …あ~…。ちょっと、まずいかも 』

 

 そのノンナさんの顔を、しゃがみこみ覗き込み、んな不安になる一言を吐いた。

 

『 コレ…別の世界線の映像見てない? 目に魔法陣が写ってるけど… 』

『 あっ!! 』

 

 魔法陣?

 そっと、俺の首を曲げ、彼女の顔を覗き込むと、虚ろな目の奥…。

 漫画とかでよく見る、魔法陣とやらが、光って写っていた。

 

『 まぁ、現世に影響はないけど…大丈夫かしら? 』

『 先程のお子様との接触で発動したのでしょうか…? 大人しいと思ったら… 』

「…まずいって、どういう事だ?」

『 ちょっと、待って 』

 

 駄女神が俺の質問を無視し、ノンナさんのオデコに熱を計るかの様に、手を当てた。

 う~ん…と、唸りながら、目を閉じると…すぐにパッと目を開けた。

 

『 …彼女が、成功した起点を見てる… 』

 

「え…」

 

『 えっ!? 』

 

『 この世界で言えば、もしもの…ifルートって奴ね。夢と現…判断が出来てな……あ 』

 

 一瞬…ノンナさんの背筋が、ビクンと大きく波打った。

 

 

「……ぁ……な…っ!?」

 

 そして…。

 

 …………カタッ

 

 ……カタカタッ

 

 …カタカタカタカタッ!!

 

 

「……なぁっ!! あっぁああいっ!?」

 

 

「ノンナさんっ!?」

 

 

 いつもと違い、瞬間湯沸かし器の如く…一気に顔が真紅…というか、やべぇと思える程に真っ赤に茹で上がった。

 両手を頬で覆い…体を俺から離し…一定の距離で、真っ直ぐ…じーーーー…と見てくる。

 

「こっ…こくっ…はっ!!! 私からッ!? 私からですかっ!?」

 

 ……はい?

 今度は、声高く叫んだ。

 何が…え?

 

「なっ…ッ!? えっ!? いくら、隆史さんが、朴念仁でも…いくら時間が……なっ……でっもぉっ!!??」

 

 あの…。

 

「ひぅ!!??」

 

 あ…自分の体を抱きしめちゃった…。

 見たこともない聞いたことも…って姿を、今日はよく見るなぁ…。

 

『 …… 』

 

 なんか…すっごい熱っぽい目に変わっていくのですが…。

 体をクネラセ…硬直しているというのに、小刻みに振動している…様にも見える。

 ど…どうしたんだろ…。

 

『 どうしよう、エリス…。彼女…1日目の夜と、3日目まで、一気に見ちゃったっぽい 』

『 なぁっ!? 』

『 いや…まぁ! ほらっ!! 大丈夫よっ! 自然な事でしょう!? それに、ほ…ほらっ! この世界線の隆史、まだ比較的にまともでしょっ!? 』

『 今の彼女には、刺激が強すぎますっ!! 』

 

「「 ………… 」」

 

 急になんだ?

 

「青い女神様?」

 

『 は…はい 』

 

「あの冷静な彼女がアソコまで…。彼女は…一体、何を見たのですか?」

 

『 いやぁ…彼女の成功例…。アレと彼女が、付き合うきっかけの所を… 』

 

 アレって言うなや。

 

『 ちなみに、彼女から告白して、ソレをアレがあっさりと了承した未来ね 』

 

「「 はいぃぃ!!?? 」」

 

『 いやぁ…現行じゃ、アレだけ西住 みほさんとの事をこんがらかせたのに… 』

「……あ…あっさり? え?」

『 えぇ。あっさり。ほぼ、即おっけー! 出したわね 』

「  」

「し…しかし…それを…アソコまで取り乱すものです…かぁ?」

『 えっ!?  えっ!? なんで、近づくのッ!? 』

「いえ? ただ、どの様な内容か、知りたいだけですわ?」

 

 オペ子…。

 

「 今回、私悪くないわよね!? なんで捕獲されるように持たれてるの!? 」

 

 …ノンナさんが、あのノンナさんが…。

 

 心配して近づいた俺の胸に、頭を打ち付ける様にぶつかって…顔を隠した…。

 駄女神達の事になんて、目にも入らない…そんな様子で。

 

 あの…傍から見れば、抱きつかれてるようにしか見えないのですが?

 なんで、腰に手を回すのでしょう!?

 黒髪から除く…耳タブが…すげぇ…林檎の様になってる…。

 取り敢えず、肩に手を置いてやる事くらいしかできない。

 

「ぅぅ……」

 

 カチューシャが泣いた時みたいな、唸り声を出し始めたし…。

 ノンナさんと付き合う起点…とか、言ってたな…。

 ふむ。

 

「なぁ、駄女神」

 

『 なにっ!? 助けてくれるの!? 』

 

 ……。

 

 完全にダージリンとオペ子に詰め寄られて、青い風貌が、更に青くなっている駄女神…。

 いきなり助けって…。

 

「その時の記憶って、俺も見れるのか? どうせ忘れるってなら、一度見てみたい」

 

「っっ!!??」

 

 なんだ? 俺の言葉に反応するかの様に、ノンナさんの体が大きく脈打った。

 

『 ……え? まぁ、アンタ視点でなら見せられるけど… 』

 

「んなら、見せてくれ」

 

『 助けてくれるなら、別に良いけ「  Заткнись!!  」』

 

『 ひっぃ!!! 』

 

 あ…ノンナさんが、俺の腹の上から、瞬間移動した…。

 ついに今回、呼ばれた3人が、一人の女神の元に集結…。

 ノンナさんが、一言…「黙れ」って…。

 

 一気に現実に引き戻らされた、という顔をしてますね。

 寝ぼけているのに、強引に意識を取り戻そうとしているというか、なんというか。

 

「見せるっ!? アレを、今の隆史さんに見せるつもりですかッ!!??」

 

『  』

 

「許しません。えぇ…見せたら……分かってますね…。例え女神だろうが、何だろうが…絶対にユルシマセン」

『 隆史っ!! 隆史ぃぃ!! 』

 

 いやぁ…まぁ、アソコまでノンナさんを、取り乱させる内容ってのが、気になるには気になるが…。

 本人があそこまで強く拒否してるからなぁ。無理には見ようとはしまい。

 …うむ、諦めよう。

 と、言いますか? 多分…見たら絶対にイベントが発生してしまうと、確信が持てる。うん。

 

『 見せないっ!! 見せないからぁっ!! って、隆史っ!! 助けなさいよっ!! 』

 

 と、駄女神が、俺の名前を呼んだ時、ノンナさんは釣られて、こちらを見てしまったのだろう。

 髪を振り乱して、ハァハァと荒い息を吐き、眼光が残像となって流れて見える…。

 その目が、俺の目が合った瞬間…。

 

「ふっっ!!!」

 

 ……。

 

 思いっきり目を見開き…バッと両手で顔を隠した。

 両手を顔に添えたまま、更には後ろを向いて俺から顔を見せまいと隠すようにしてしまった。

 そのままストーーンと、脚を曲げ…しゃがんでしまいました…。

 

 ……。

 

 何があった……その時の俺…。

 彼女がアソコまで…。

 

「なっ!?」

 

 その様子をダージリンが、まさに驚愕…といった表情で、見ている…。

 あ…? 何故か彼女の顔も真っ赤になっていった。

 どうした? 何かに勘付いたみたいだけど…?

 

「私にも、そういった未来はあるのですかっ!?」

『 ダージリンさんっ!!?? あるっ!! ちゃんとあるからっ!! 怖い怖いっ!! 』

「……私のは」

『 オレン…ッ!? だから、あるって言ってるじゃないっ!! 揺さぶらないでっっ!!! 』

 

 

「…………」

 

 

 今…気づいた。

 毎回毎回、因子譲渡後に、母子共に帰還させていたのって…エリス様の気遣いではないだろうか?

 ほら…現状、残っていられるという、選択肢もある訳だし…。

 もみくちゃにされている、駄女神様を、哀愁漂う目で眺めていると、そんな事を思った…。

 

 だって、これ…どうやって収集つけんだよ…。

 

 ……。

 

 

 …………あぁ、力技か。

 

「…………」

 

 さっっ!! 全員が、漸く終了したなっ!!

 

 ノンナさんとは、また後で娘の…アンナの感想を、聞いてみよう。

 

 次回は…まぁ…うん。

 

 その時に考えよう…。

 

 

『 たかじぃぃぃぃ!!!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ………。

 

 えぇ…一時の夢…。

 

 その程度だと、思っておきます。

 

 今はもう、辿りつかない未来。

 

 だとしても、少しでも…。

 

 はい、少しでも…そんな未来が存在すると…。

 

 私を受け入れてくれる…そんな貴方がいたと…。

 

 ただ…。

 

 はい…ただ、それが嬉しい…。

 

 アタリかハズレ。

 

 そう、あの女神は仰っていました。

 

 即答できますよ。

 

 えぇ、断言もできます。

 

 …アタリです。

 

 今の世界が、ハズレだとは思っていません。

 

 全てが、アタリのクジを引いた。

 

 貴方と会えた…ただ、それだけで…全てが……。

 

 その一つの可能性を見せてもらえただけ…えぇ。

 

 それだけです。

 

 …………。

 

 

 ……。

 

 

 また、この世界に呼んで欲しいモノです。

 

 この世界でだけ…その未来を思い出せる…。

 

 …。

 

 それは、懐かしむ事でもなく、後悔する為でもなく…。

 

 ましてや、幸せだと思える世界を繰り返し、繰り返し…。

 

 ソレだけを見たい訳でもない。

 

 …。

 

 …………。

 

 えぇ…頑張ります。

 

 頑張りましょう。

 

 これは、活力。

 

 それは、希望…。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ふふ…それに…ですね?

 

 私は、存外…自分でも信じられないほど…嫉妬という感情が、強いみたいです。

 

 その世界も…

 

 今も…

 

 未来も。

 

 ですから…。

 

 

「 これからです 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

「……あの」

『 はぁ…漸く皆、落ち着いてくれたわ…隆史にどう責任とってもらおうかしら? 』

「…あの」

『 え? あぁごめんなさい。 なにかしら? オレンジペコさん 』

「何故、私達…誰一人帰らないで、ここに居るのでしょう?」

『 何が? 』

「何故…」

『 ん? 』

 

「何故、見慣れたソファーが、用意されてるのですかっ!!」

 

『 え? 』

 

『 ………… 』

 

「そして…。私達は何故ここに、座らさせられているのでしょう!?」

 

『 あぁ、そういう事。 いやねぇ? オレンジペコさんいるし…丁度いいかなぁって思ってね? 』

 

「丁度いいって、何がですかっ!!」

 

「あの…オペ子? 俺は…椅子見た瞬間、記憶とか色々とまぁ…分かったから…。取り敢えず、落ち着け。な?」

 

「あ あ あ ああぁぁぁぁ!!!!」

 

『 わ…私は、反対しましたよ? 』

『 あっ!! ずるっ!! さすがパット神は、その心もパット付きねッ!! ズルいっ!! 卑怯! あっさりと裏切ったっ!! 見てくれ騙してる分、嘘はお上手ねっ!! 』

『 パッ!? パッドじゃないですっ!!! 』

『 …隆史? 』

「紛う事なき追加装甲だ。寄せて上げて、更にはプラスだ」

『  』

『 ほれ、見たことかぁぁ!!! この…「 それはソレで、いじらしくて素晴らしいと思うッ!! 」 』

 

『『 …… 』』

「「「 …… 」」」

 

『 良かったわね。コノ変態には、大絶賛みたいよ? 』

 

『 ………… 』

 

 

 

 

 

 

 > オペ子のお茶会【 出張版 】<

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

「…結局、これは一体何なのでしょう?」

「さぁ? 取り敢えず、ここに座っていろとの事ですが?」

「……あ、そうか。二人は、初めてか…」

 

「…………」

 

「隆史さんは、ご存知なのですね?」

「え…えぇまぁ…何度か…」

「それにしても…ペコの顔色が優れませんね」

 

 

「……はぁぁぁ………」

「…長いため息ですわね」

「目に生気が、感じられませんね」

 

『 ほらっ! 早く、早くっ! 何時もの挨拶! 』

「…いつもなら散々、渋っているのに…なんでまた今回は、そんなにノリ気なんですか? 今回、何も用意してませんから、私には何もできませんよ?」

『 いやね? 自分のコーナー持てたってのが、こんなに良いとは思わなかったのよぉ 』

「……前回、私達がいなくなった後の…西住流家元の…」

『 そうそうっ!! 結構なストレス発散になるのねっ!! 待ち遠しかったのよ 』

「最後、アレだけ焦っていたくせに…。要は、ご自身のコーナーをやりたいってだけですか…」

 

『 そうねっ!! 』

 

「隆史様。次回のゲストが、決定しました。いえ、確定しました」

「あ、うん。アレを呼ぶのは構わないが、俺は次回辞退するから頼むな?」

「はい」

 

『 ………… 』

 

「オペ子…まぁ、アレだ。無理してやるこたぁないだろ」

「そうですね…。アレって結構…初めからテンションを無理に上げないと、恥ずかしくて無理です」

『 えー! せっかく、用意したのにっ! 』

「んっとに、やかましいなお前は…。エリス様を少しは見習え。さっきから物凄く…」

『 なんで、私がパット入れなきゃ自我を保てないような、豆腐メンタル女神を……って、どうしたのよ隆史。顔が青いわよ? 』

「……」

「…隆史様? あの…本当に顔色優れませんが…?」

 

「…い、いくらエリス様だとしても…静かすぎる…。この静けさは、ロクな事が起こるとは思えない…」

『 失礼ですね 』

「白い女神様?」

『 いいですか? オレンジペコさん 』

「はい?」

『 私達のコーナーは、あくまでも隆史さんに対するお詫びです 』

「はぁ…それが…」

「……まずい。目が…笑ってない…」

 

『 つまりは隆史さんの欲望を「女神ぱわー」全開で、叶えるコーナーとも言えます 』

「……」

「エリス様!?」

 

『 オレンジペコさんは、知りたくありません? 』

「…なにを…ですか?」

「エリス様、反対してたんですよね!? していたんですよねぇ!!??」

『 …隆史さんが、異性に望む事と言うのを 』

 

 

 

「 はぁぁい!! 司会のオレンジペコですっ!! 」

 

 

 

「オペ子ッ!?」

「ペコ!?」

「…黙って、成り行きを見守っていたのですが…何なのでしょうか…?」

 

 

「今回、出張版と言う事で、愛里寿さんはおやすみです…ですので! 短い時間だと思いますが、お付き合いお願いしますっ!!」

 

「……」

「ペコが…あのペコが、あんなテンション見せるなんて…」

「元気が大変よろしい様で」

 

「取り敢えず、隆史様!?」

「あ…はい。なんでしょう?」

「…ノンナさんと、お付き合いされた未来が、ございましたね?」

 

「…………」

「………ふっ」ポッ

 

「…ノンナさん?」イラッ

「…ノンナさん?」イラッ

 

「い…いや、それはね? ほら…結婚した未来があるのだから、特段不思議じゃ…」

 

「それは、話が少し違いますわ」

「ダージリン!?」

「そうです。…西住 みほさんと付き合わない世界…の事です」

「お…オペ子…」

「…しかも、告白してあっさりそれを……とぉ…かぁぁ…」

「……」

「ふむ。あっさりと言われると、確かに少し…思う所がありますね」

「ノンナさん!?」

「確かに、即断してからね。…記憶として見る限りでは。あの現場でのアレは…まぁ? 私も感極まってしまっていましたが…」

「…俺、一体何をしたんだ…というか、どんな返事をし…ノンナさん?」

 

「………………」

 

「あの…なんで、ソファー裏に隠れたんですか? なんで、しゃがんで顔隠してるんですか?」

 

「……」

「……」

「…」

 

「ダージリンもオペ子も、なんで急に真顔に…。んでもって、ノンナさん……。ソファーから頭半分出して、見ないで下さいよ…」

「…お構いなく」

「……」

 

『 そうねっ!! そろそろ、いいかしら!?』

 

「今、ちょっと良い所なの。…少し、黙ってて頂けます?」

『 そうは、いかないわ! 流石に、まだ別世界線の話を続けられると影響が出そうだし 』

「お? 駄女神が、ダージリンの眼光にビビら……あぁ、ビビってるな。膝が震えてる…」

『 あの頃の隆史さん。誰も良い…と、言う訳ではないのですが…。そうですね…。 ノンナさんの好意に、全力で応えた…だけ…という、お話ですよ? 』

『 エリス? 』

『 先輩。話が進みませんし、気にするなと言う方が無理ですよ。影響が出ない程度で、補足して上げたほうが良いと思いますよ? 』

『 そりゃ、そうだろうけど…。んなら…ノンナさん 』

「…はい?」

『 あの時の状況なら、コレの性格上…納得行くんじゃない? 状況、場所。更には時間。ある意味で、一番良いタイミングで、会心の一撃ってのを、貴女が放ったのよ。……物理的にも 』

「……」

「物理的にもって、俺は何をされた」

 

『 似た様なタイミングで、ダージリンさんとオレンジペコさんも、コレに告白していたら、成功していたと思うわよ? 別れ際ってのは、ある意味でずるいわよねぇ 』

「「  」」

『 …まぁ、別の世界線の…しかも、過去のお話ですがね 』

『 隆史って、他人への感情の切り替えが、どこかロボットみたいに、冷たいわよね。ある意味で残酷。だから逆に、一度型にハマってしまうと…まぁ、うん。ノンナさんの表情見れば分かるわよねぇ? 』

『 特にこの頃は、他人からの好意を基本、疑っていましたからね。ですから、その好意をハッキリと認識すると…と、言うことです 』

 

「「 ………… 」」

 

『 …過去に一度も、そういった経験がありませんでしたからね…まぁ、はい。取り敢えず、この世界線では浮気は一度もありませんでしたよ? 』

「…この世界線では…ねぇ」

「……西住 みほさんの世界線」

「  」

 

『 いやいや。コレ、長い事アレで、アレだったから? 色々とこじらせていてね? しっかも、長い事、我慢していたみたいだから…一度ソレが開放された後とか引くわよ? あ、でもまぁ…それが今の現状よねぇ? 』

「おまっ!!??」

 

「……開放…されてるんですね。なる程」

「……」

「ッ!?」

 

「今度、みほさんを問い詰めてみましょう」

「そうですね」

「お手伝いします」

 

『 ………… 』

 

「駄女神……お前…」

 

 

 

『 さっ!! そんな訳で! 現状、今のコイツには、色仕掛けは、かなり有効よっ!! 』

「おい」

 

「「「 …なる程 」」」

「!?」

 

『 さて、漸く私のコーナよっ!! さぁ…アンタの歪んだ欲望を晒して上げるわっ!! 』

「…ゴッドキラー。因子いらねぇから、すぐに寄越せ」

 

 

 

 

【 女神達の戯れ 】

 

 

 

『 はいっ! では、第二回目!! 』

 

『 …と、言っても…ロッドが壊れちゃったから…全力じゃできない… 』

『 今回は、時間がもう殆ど残っていないので…。前回と同じく、衣装を変える程度でどうでしょう? …隆史さん、お好きみたいですし? 』

「……」

 

『 …アンタも、すでにノリノリじゃない 』

『 そんな事ないですよ? 』

『 …… 』

『 憂さ晴らしとか、ガス抜きとか…一切考えてません♪ 』

「エリス様!? 闇堕ちとかしてませんか!?」

『 してませ~ん♪ 』

『 …いや、まぁ…良いけど…。堕天とかしないでよ? 』

『 しませんよぉ。私、天使じゃありませんから 』

「……」

『 ………… 』

 

「ん? 衣装…ですか? あぁ、ナルホド。……前回、すごかったですね…隆史様?」

「…いや…あれは、俺が望んだ事じゃ…」

「前回? …それは知りませんわね、何をサレタのでしょう?」

「そうですね。その映像は拝見してないですね。何をシタのでしょう?」

 

「…い…いや、特に…」

 

『 17歳に若返った西住 しほさんと、西住姉妹をコスプレさせて、ハァハァ言ってたわ 』

「 」

「「 ………… 」」

 

「(…エリス様。もういいから、ゴッドキラーのスキルください。アレ、ぶっ殺しますから)」

『( はは…。スミマセン…… )』

 

『 んなら、アレね。同じ衣装とか行ってみる? バニー? 』

「やめろっ!! 如何わしいの前提で来るなっ!!!」

『 んなら、何がいいのよ? 競泳水着とか? 』

「なんでだよっ!!」

『 え? 何? 童貞を殺す服とか? これなら三人三様で… 』

「駄女神……お前、なんでそんなにピンポインで、マニアックなチョイスすんだよ……」

『 ノンナさんは、胸開きタートルね。ダージリンさんもサイド開きとかの、セーター系が似合うと思うの! オレンジペコさんは、ゴスロリ風のチュールスカート… 』

「ナルホド、テンプレ。分かってるな、駄女神…じゃないっ!! 童貞殺戮マシーン、三体も製造してどうすんだっ!!」

『 え~…んじゃ、裸エプロンとか? あんた…いくらなんでも、うら若き乙女達に対して、女神に何をさせる気なのよ 』

「何も言ってねぇよっ!!!」

 

「一切合切、分かりませんわ。なんですの? どうて……」

「…ダージリン様。それは、口に出しては駄目な言葉です」

「……胸開き……隆史さんの秘蔵フォルダに入っていましたね」

 

「なっ!? えッ!? ノンナさん!? フォルダって、言いましたか!?」

「えぇ、別世界線で拝見させて頂いております」

 

「  」

 

「隆史さん…」

「…………ひゃい」

 

「……」

 

「…………」

 

 

「…えっち」

 

「んがぁぁぁぁ!!!!」

 

『 あ~…そっか。まだ、あの時の記憶、残ってるからねぇ… 』

「ロシア語でもない端的な一言がぁぁぁ!!!」

『 あっはっはっは!! 』

「笑ってんじゃねぇ!! そもそも、どこで仕入れた、んな知識っ!! またググったか!?」

 

 

『 いや、アンタの世界線見てたら、自然と覚えた 』

 

 

「………………」

 

 

『 あの…先輩。時間が…後、もうちょっとソフトに… 』

『 んあ? まぁ、そうね。実際、あの子達、着させられる世界線もある訳だし…どうせなら、定番の制服とか行きましょうか? 』

 

 

「…隆史さん」

「…隆史様」

「…隆史さん」

 

「………………」

 

『 …隆史、なに面白い顔してんのよ 』

 

「………………ハッ。はは……はっ……」

 

『 え? 何? はっきり言ってよ 』

 

「はっ! よし分かった!! 乗ってやる! 乗ってやらァ!!」

 

『 ……あ 』

『 …黒いのが、入っちゃいましたね 』

 

「んじゃ…。行け、駄女神」

 

『 …わ…わかったわよ…それじゃ…行くわよっ!!! 』

『 ……あ、コレ…コノ流れ…… 』

 

『 まとめていったらぁぁぁ!! 』

 

『 先輩ッ!! 私は、やめてくださっ……あぁ!! 』

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

「ダージリン。黒森峰のパンツァージャケットが…何故にそんなに似合うのだろうか…」

「…あ…ありがとうございます。でも…ですね?」

「キリッとした感じが良いよなっ!!」

「あの…いえ、それよりも…」

 

「ノンナさんは、アンツィオの制服! 良いっ!! 白タイツっ!!! 可愛いっ!!!」

「そ…そうですか?」

「……ノンナさんも、以外に白が似合う……ナルホド…」

「いえ…それよりもですね…」

 

「オペ子は、継続っ!! ジャージッ!!」

「………」

「なんだろうな…この異様なハマり具合…というか、安心感…安定感…」

「…………」

 

『  』

「あ、エリス様も大変宜しかったです! 聖グロ制服エリス様っ!!」

『  』

 

『 あははははっ!! 聞いちゃいないわっ!! 』

「……」

 

「「「 …… 」」」

『 』

 

「……」

 

「えっとな…? 流石に、リクエストで着させる勇気は…俺には、ありませんの事よ?」

『 何言ってんのよ。アンタ、執拗に話題へ、出してたじゃない 』

「…思っても、言えないよ? な? 俺を引き合いに出すのやめてくれ」

『 アンタの欲望の元に、衣装が生成されんだからアンタのセイよ 』

「違っ!!??」

 

『 何が違うのよ。あんた、若い家元にもリク出してたじゃない。この…… 』

「……」

 

 

 

『 青 師 団 高 校 の 制 服 』

 

 

 

「………くっ」

『 …表情と、そのガッツポーズが合ってないわ 』

「……」

 

「あら…案外、動きやすい…」

「ですが人前で、これは流石に…」

【挿絵表示】

 

「…………」

 

「…オペ子の手が、虚空を彷徨っている」

 

「……影が…できせん…」

 

「……」

『…………』

「どうすんだよ…駄女神…」

 

『 で、でもっ!? それに、さっきから…ダージリンさんとノンナさん。アンタ見て、モジモジしてるわよね? 』

「誤魔化すな。はぁ…そりゃ、恥ずかしいからだろ? あの制服って、ただワイシャツ着て、前をはだけているだ…け…」

『 …それと良い事、教えて上げましょうかぁ? 』

「は?」

『 あの服ってさぁ、前を開くのが制服として正解みたいなの。だからね? 』

「……まさか」

『 構造上、着けるのが………無理なのよ 』

「っっ!!!!」

 

『 おー…一発で理解した。しかも、思いっきり顔を逸らしたわね 』

「見れるかっ!! …くっそ、どうりでいつもより…ゆ……」

『 何よ。しっかり見てるじゃない。スケベ 』

「……くっ!!」

 

『 もっと、マジマジと見たらァ? 彼女達も、それなりに嫌がってないし、許容範囲なんじゃない? 』

「……」

『 あーら、なにをマジで顔を逸らしてんのよ。今の内だけよぉ? 』

「……」

 

「…背中向けてますね」

「…そうですわね」

 

『 アンタ、散々男同士で、あの制服での話で、盛り上がってたじゃない。今まさに実現してるのだから、しっかりと見とけば? 』

「男同士の会話のノリを持ち込めるかっ! ただの制服ってだけなら兎も角…見ないっ!!」

 

「……」イラッ

「……」イラッ

 

『 アレ? この世界の影響下での結構、マジな反応…。この変態、ああぁいったの趣味じゃなかったかしら… 』

「普段、露出が少ない服装の二人が、あの様に普段絶対に着ないような、大胆な服を着て、恥ずかしがる姿は、大変好みです」

『 …あらそ? じゃあ、何がいけないのかしら 』

「…」マタ…

『 …隆史の趣向に慣れてしまったのか…ツッコミすら出来なかったじゃない…チッ!! 何、まだ顔を背けてんのよっ!』

 

「……」

「……」

 

『 ほらほらっ! この徳高い女神様が、ここまでアンタの為にサービスしてんだから、しっかり見なさいよ!! 』

「くっそっ!! 俺にはお前が、悪魔にしか見えねぇよ!」

『 はぁ!? あんな人のマイナス感情餌にしないと生息すら困難な、寄生虫と一緒にしないでっ!! 』

「今のお前と、どう違うか答えろ」

『 …あぁ!! ナルホド、ナルホド。この世界線のアンタ… 』

「んだよっ! 掴むなっ! 顔を掴むなっ!!」

『 た・と・え・ば…例えばよ? あの制服を着たのが… 』

「は?」

 

 

 

『 西住 みほさんだったら? 』

 

「 ガン見だな 」

 

「…………」

「…………」

 

『 即答したわね 』

「あっ!! しまったっ!!」

 

「「……」」

 

『 なによ。結局、見たいんじゃない 』

「い…いや、流石にな? 彼女相手ならある程度は許されると思うのだよ。な? そうでもない女性の、通常装備がない姿を見るなんてのは、流石にどうかと…」

『 言い訳が長い 』

「……」

『 はぁ…相変わらず、変な所…律儀ね。そして、ある意味で、彼女様とやらには容赦ないわね… 』

「 … 」

『 んでもって…馬鹿ね! 』

 

「殿方に、大変な人気だと言うのは知っていましたが…」

「……実際に着てしまうとは、夢にも思いもしませんでした」

「…………」

 

「そもそも…露出が高いと言われますが、前を閉めてしまえば、普通のワイシャツでしょう?」

「そうですね。態々、開けている理由がありません。このサスペンダーも、何か意味があるのでしょうか?」

「……」

『 …… 』

 

『 …ほら。彼女達、変な対抗意識持ち出したじゃない 』

「……」

 

「…そうおっしゃる割には、前を閉めませんのね? ……ノンナさん」

「え? …先程から隆史さんが、チラチラと横目で、熱心に見てきますからね。…それを実感している最中ですので」

「…………」

『 …… 』

 

『 …というか、オレンジペコさんとエリス。さっきから一言も口開かないわね 』

「…胸……摩ってるな…」

 

「あら、変に誤魔化しませんのね。…まぁ…そうですわね。私も正直言いますと…………悪い気はしませんわ」

「…隆史さんは、見て欲しい時に見てくれない。見られたくない時に熱心に見てくる…など。今はそれなりに…」

「……」

『 …… 』

 

『 …はっ 』

「なんだその目は!! ぐっ…仕方ないだろ!? くっそ、本能がっ! 本能がっ!!」

『 男って基本馬鹿よね 』

「あぁ…もう…体が勝手に…。あぁ…もう…動く度に…」

『 …彼女達、すっごい流し目で、しかも良い笑顔してるわね 』

「…………」

 

「隆史様」

「はいっ!?」

「………」

「……はい?」

「…………」

「なんか、言って!?」

「…………」

「はぁ…オペ子」

「…はい、なんでしょう?」

「あ~…はい。そういった制服は…取り敢えず、前のボタンを締めて」

「っっっ!!」

「…忘れてたな」

「……ぅぅ…」

 

「……」

「ぅ…?」

『 …隆史、なんで露出が少ない彼女を、マジマジと見てんのよ 』

「み…見てないっ!!」

「…」

『 あぁ…そうか。アンタ変態だったもんね 』

「なんで、ソコに至った!?」

『 …羞恥に染まり、真っ赤になって…速攻で前を隠した彼女をどう思う? 』

「素晴らしく可愛いと思う」

 

《 ………… 》

 

「あっ!!!」

『 即答… 』

「…この世界……やっぱり、俺と相性が最悪だ…」

『 素晴らしいわね! 』

 

「ぐっ…エ…エリス様も…」

『 ぁ…はい… 』

「まぁ…き…気にする必要は、ないと思いますよ…というか、なんで駄女神。エリス様まで巻き込んだ」

『 意味なんてないわっ!! 』

「……お前、意味ない事をやりすぎだ…」

 

 

 

 

『 さぁて、そろそろ、まとめたいと思うの 』

「…この流れで、どうまとめるんだよ」

『 あの二人…先程のオレンジペコさんで、また対抗意識を燃やし始めたわね。もう、時間だから終わりたいんだけど? 』

「……」

『 チラッチラ、あんたを見てるわね 』

「…………」

 

「…存外…動きやすですわね」

 

「…流石に、公衆面前での着用は、遠慮しますけどね」

 

「……」

 

『 …ドンマイ! …としか言えないわね… 』

「しかし…。あの二人を見て、オペ子が、見た事がない顔をしてる…」

 

『 あっ! 隆史っ! 』

「…なんだよ」

『 知ってる! 私、知ってるわ!! こういうのって確か! 』

「だから、なんだよ…なんで、3人を見比べてんだよ」

 

 

『 格差って、言うのよね 』

 

 

「こ……この馬鹿…」

 

 

『 隆史さん 』

「ひぃっ!?」

『 …「ゴッドキラー」が、欲しいと仰ってましたね… 』

「エリス様!?」

『 えぇ…与えましょう……更には…女神の加護も強制的に差し上げます 』

「  」

『 後は……神殺しの剣も差し上げましょう。最上級なの差し上げます… 』

「え…遠慮しときます…」

 

『 はっ! 本人嫌がってるのに? まぁた、スキルを強制的に上げるの? エリス。まぁた、めんどくさい事になるわよぉ? 』

『 ……ふ……ふふ…全開、差し上げたの……先輩じゃないですかぁ… 』

「やめろ…駄女が……いや、アクア。やめておけ。マジだ…これは色々……本気でまずい目をしてる…」

『 は? 何がよ。パッド神の嘘を暴いて… 』

 

「彼女は今、全開のカルパッチョさんと…同じ目をしている」

『 …… 』

「よし、理解したな」

 

「白い女神様…」

『 はい 』

「次回のゲスト…もう一人が確定しましたね」

『 そうですねぇ。正直、呼ぶのは、避けていたのですが…致方ありませんね 』

 

「…ほら、次回カルパッチョさん呼ぶってよ」

『 ………… 』

 

「…大人枠、どうしましょう?」

『 島田 千代さん辺り、どうでしょう? 事情を説明すれば… 』

「愛里寿さん、ごめんなさい」

『 …前回の西住 しほさんの事も、話しておきますか? 』

「そうしましょう」

 

『  』カタカタカタカタッ!

「…自業自得だ」

 

『   』ガタガタガタガタッ!

 

 

「はい…では、後は終わらせるだけですね…」

『 では、最後にどうぞ 』

 

「ちょっと、お待ちになって。…私、この格好の感想を、まだ隆史さんより頂いておりません」

「そうですね。ここまでしたのですから、しっかりと…」

「やめてくださいっ!! この世界で聞かれると、自白剤を常時飲んでる状態みたいで…」

「好都合ですわね」

「好都合です」

「 」

 

「ではまず……ワタクシカラ…」

「あ、いや。ダージリンは、普段の時と違って… 」

「本当に、あっさり喋り始めましたわね…これならっ!」

「……」ワクワク

「…ノンナさん」

 

「…ワクワク目を輝かせているノンナさんといい…。ソファーの裏に隠れるノンナさんといい…。この世界のノンナさんは、どうしてこう…可愛いと思えるのか…」

「っっ!!!」

「あっ!ノンナさん、横取りは、ずるいですわ」

 

「 はぁぁいっ!! では、オペ子のお茶会【 出張版 】!!! 」

 

「ッ!?」

「っ!?」

 

「 お相手は、隆史様の癒し系…オレンジペコとっ!! 」

 

「あ、ペコ! もうちょ…」

 

『 幸運の女神、エリスと… 』

『  』ガタガタガタ…

 

『 …でした♪ 』

「……」

「隆史さん?」

 

「エリス様が、濁っていく…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……エラー。

 

 青い女神も、白い女神も、そう私を呼ぶ。

 

 世界線…完全では、ないけど…多少? 分かった。

 

 相互空間に干渉、刺激する。

 

 はじめの9人。

 

 特に、逸見 エリカ…いや。

 

 尾形 エリ…ナ。

 

 あの子が、初回に世界線に干渉してくれたお陰で、偶然だけど…現れた。

 

 訳の分からない夢のお陰で…ね。

 

 そして、今では私も…一定のタイミングで会える。

 

「 お母様 」

「 お母様 」

 

 二人の子供…。

 

 男の子と女の子。

 

 小さな手を、両手を広げて結び合う。

 

 子供…。

 

 …私の子供。

 

 二人に会える。

 

 …不思議な気分。

 

 母性…と、世間ではいうのだろうか?

 それを今、感じている。

 手をつなぐ子供達は、甘えるように私の手を強く握り…少し恥ずかしそうに私を見上げている。

 

 ……。

 

 そうだ。

 

 女神達は、エラーを特定できないと言っていた。

 

 わからないと、なんども、なんかいも……。

 

 無能が。

 

 分からない? 解らない? 

 

 何故、分からない。なんで、解らない。

 

 自分達で招いた癖に。

 

 蒔いた癖に。

 

 

 

 ……ま。

 

 私自ら、どうこうしようとは思わない。

 

 今は「西住 みほ」を…。

 

 あの男が言っていた。

 

 それが真実かどうか何て、すぐに分かった。

 

 ……。

 

 過去の事件…犯人の証言。

 

 ……。

 

 クダラナイ。

 

 本当に、クダラナクテ、ワラッテシマッタ。

 

 ソレが……あんな事、真相か? 西住流。

 

 運だ。

 

 本当に運だけだった。

 

 なんだあの女は。

 

 

「……」

 

 この世界でだけ、私のこの記憶……思考は蘇る。

 

 私の…子供達も姿を現す。

 

 ……。

 

 本来、こんな場所を知る事も…ましてや、来る事なんてありはしない。

 

 所詮は、自分達が蒔いた種だ。

 

 自業自得…。

 

 それ以外に、言葉は見つからない。

 

 私に責任はない…と、判断。

 

「……」

 

 何も無い空間。

 

 二人の子供がいるだけ。

 

 二人の名前を呼び、頭を撫でる。

 

 …。

 

 

 昔…お母様が私にしてくれた様に。

 

 

 ……。

 

 

 あの二人が、未来の…いや、別の世界の可能性を呼び出す度に、ワタシが濃くなってゆく。

 お陰で、意識を…意志を持つ時間が、長くなっていく。

 それでも、今回はもう終わりそう…。

 薄れゆく意識の中で…前提条件が、この世界に滞在する事。

 

 柔らかい髪が、掌を滑る。

 

 そして、聞く。

 

 この子達は、やはり少し特別。

 

 違う、世界線だと言うのに、共存している。

 いや、同時に存在できている。

 

 …そして、私が知らない事を知っている。

 

「梨里寿」

 

「 なに? お母様 」

 

 …何が「エラー」だ。

 

「 威里寿 」

 

「 お母様、何? 」

 

「ERROR」は、貴女達。

 

 そう…女神達。

 

 特に…青い女神。

 

「…次に、お兄ちゃ…いえ……違う」

 

 そうだ。

 

 違う…この子達にとっては、違う。

 

 

 

 

「 次にお父様は……何時現れる? 」

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

はぁ…バランスや辻褄合わせで、調整に時間がかなり掛かってしまいました。
二度とやりたくないリンク話…。

ありがとうございました


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第21話 集結です! ★

 大洗タワー。

 

 その前に広がる、芝生公園に集まる各学校。

 確かに各陣営…駐屯場所へと、移動する前に、一度と集まる取り決めでした。

 えぇ、そのお話通り、各陣営が各々集まり、向かい合うという形になっています。

 

 一年生達の、仲良く揃った叫びが聞こえましたので、取り敢えずと…少し離れた所に私達の戦車がを止めました。

 Ⅳ号から急ぎ、降車し…その集まりの中へと足を赴けました。

 えぇ、余計な事は言いません。急いでましたから…ネッ!!

 

「先輩!!」

 

 私達の姿を、その集合場所に見せると、先程叫んでいた一年生たちが一斉に駆け寄りました。

 皆さん、少し楽しそうにも見えるのですが、どうにも澤さんだけは、何処か焦っている様に見えますね。

 

「えっと…おはよう」

 

「あ、おはようございます…じゃないっ! アレッ! アレ、見てください!!」

 

 焦っている様子でも、しっかりと挨拶を返す辺り、可愛く感じますね。

 すぐに取り乱したかの様に、手を彼へと向けて、ブンブン振っています。

 

 …アレ…ですかぁ。

 

 二チームの間に、審判の様に立っている、みほさんのお姉さん…と、逸見 エリカさん。

 サンダースとアンツィオの方々は、見当たりませんね。

 

 東には、大洗、知波単。

 西には、聖グロリアーナ、プラウダ高校…そして……隆史さん。

 

「隆史先輩が! 対戦者側にっ!!」

 

「さ…澤さん、落ち着いて下さい」

 

 みほさんが、詰め寄られてますが、気になる事が、もう一つ。

 えぇ、何故、隆史さんが、あの準決勝の時と同じ格好をしているのだとか…何故、対戦者側に居るだとか…。

 それも勿論、とても気になりますが…まず…。

 

「…書記、ついに一年にも手を出し始めたか」

 

「冷泉殿…言い方が…」

 

 澤さん…名前の呼び方に変えたのですねぇ。

 尾形先輩……ではなく、()()先輩ですかぁ、そうですかぁ。

 あ…近藤さんが、すごい顔してますね。

 真顔で、口を真一文字に結び、澤さんをじっ…と見てますね…。

 バレー部の皆さんが、何故か頭を抱えてます。

 あれは…なんでしょう? あの顔…。

 何故、この場面で、隆史さんと近藤さん。特に接点…ぁ…あ。

 

 無線機垂れ流し事件の時…隆史さんの会話を思い出しました。

 ぴんっ! っとキタって奴ですねっ!! 嬉しくないですけど!!

 

 …

 

 ……そうですか。

 

「…ほら、否定できんだろう」

 

「ま…まぁ、特に隆史殿が…え、あ、でも…え~…」

 

 ……。

 

 優花里さんが、頭を抱えてしまいましたね。

 一年生達は、完全にのーまーく…というのでしたからね…。

 いや…まさか…朝から色々と…。

 この短時間で、次々と起こりますねぇ…。

 

「西住ちゃん、おはよう」

 

「…会長」

 

 駆け寄る澤さんに釣られ、生徒会の面々もこちらに起こしになりました。

 残された、他のチームの方々は、呆然と隆史さんの出で立ちを含め、眺めています。

 

「いやぁ~! …やられたよ。正直な~んか、企んでるなぁとは、思ってたんだけど…」

 

「…青森」

 

 …つまりは、チーム名。

 

 青森チーム。

 

 向こう側が指定してきたチーム名は、隆史さんを呼び込む為。

 先程、戦車の中で沙織さんに説明をしてもらいましたが…それでも…。

 

「そんなチーム名ぐらいじゃ、突っぱねる気だったんだけど…隆史ちゃんの事を忘れてた…」

 

「隆史君?」

 

「…そう。まったく、お人好しというか、何というか…」

 

「お人好し?」

 

「そ~そ。それで、小山がヘソ曲げちゃって、大変だったんだよ…」

 

 ダージリンさん達の、朝一からの提案は、青森チーム…彼を含めて、初めてそう呼べると…ですから、隆史さんをこちら側のチームとして拝借する…と。

 

「な…なんですか、その理由」

 

「そうです、ゆかりんの言う通りです!」

 

「りっ!? 五十鈴殿っ!?」

 

「言っている事が滅茶苦茶です!」

 

 転校前の事を仰っているのは、分かりますが…強引過ぎます。

 あ、後、優花里さん? 一度、沙織さんみたいに呼んでみたかっただけですよ?

 

「あ~うん、そりゃそうだ。でもねぇ…その当人が…」

 

『 彼女達は三年生だし…こんなエキシビジョンの様な混合試合なんて、彼女達が卒業前にまた行えるか分からない。俺が彼女達のチームにいたって、特段試合に、変わりないだろうし…まぁ良いのでは?

 別に俺が、転校する訳ではないし…もう一つ、別の興味が沸きまして。…それに、親善試合見たいなモノだし? …その…みほも…まぁ、許容してくれると思いますしね。

 俺がいない所で、勝敗に影響ないとも思いますしねぇ…。何より、青森にいた時、バイト忙しくて、彼女達の試合って、あんまり生で見た事ないんすよ 』

 

「……だって」

 

 会長の説明を聞きながら、彼に視線が集中しました。

 あら珍しい…。整髪剤で髪を全て、後ろに流してで固めていますね。

 開会式の時以来ですかねぇ…彼も、結構髪の毛伸びましたね。

 その頭を、バリバリと音がしそうな程に掻いている隆史さん。

 

 ……。

 

()()は、隆史ちゃんとは同じ学校だしね、卒業までは一緒に戦車できるけど…って、考えたら、譲るしかなかったんだよね…」

 

「…会長、言っている意味、分かってますよね?」

 

「まぁね。塩を送る立場じゃないけど…それでもね? ダージリン、カチューシャ達。…高校卒業後、海外に留学する予定らしくて…ね」

 

「留学…そうなんですか」

 

「それ聞いたら、納得した。まぁ…アレだよ。思い出作りって奴じゃない?」

 

「思い出作り…」

 

「そうそう。簡単に言えばこれは、彼女から私達への…………強引な懇願だよ」

 

 会長は両腕を頭の後ろへと回し、苦笑しながら…しょうがない。…と、そんな風に仰言いました。

 

「ま、あっちの勝負は、まだ諦めていないみたいだけど…それはソレ。戦車道に関わる隆史ちゃんってのは、彼女達からすれば、信じられないみたいなんだぁ」

 

「……」

 

「私達が羨ましくて…それでもそれが、嬉しくて仕方がないみたい」

 

 みほさんは、先程から会長の話を黙って聞いていました。

 しかし、特に怒った様子でもなく、普段と同じような顔。

 苦笑しながらも、まだ少し考えている見たいな…。

 

「みほさん」

「え…はい?」

 

 

「では、ご本人からの釈明も、聞いてみましょう」

 

 

「え…華さん?」

「五十鈴ちゃん?」

 

 スッ…と手を上げて…。

 

「は~い!! では隆史さぁん!?」

 

「「 !? 」」

 

 手を上げて、大きく手を振って彼を呼んでみます。

 あ、気がついてくれましたね。皆さんがそれに注目してますが、それはそれ。

 ちょっと、バツが悪い顔してますが…まぁ、コレもコレですね。

 では…できるだけ大きな声で。

 

「みほさんにぃ~!」

「…私?」

 

「隆史さんが~! 私の~! 実家に呼び出された理由、喋ても良いですかぁぁ~~!?」

「!!???」

 

《 !!?? 》

 

「はっ!? え!? 実家!?」

「あ、そういえば、理由聞いてなかったかも…。親子喧嘩したってだけじゃないんですか?」

 

 思いの外に、会長の方が驚いていますね。

 うふふ…。

 物凄く、腕を振り上げながら、走ってきますねぇ。

 すっごい形相してますねぇ♪

 

「華さん、何か特別な理由でもあったんですか?」

 

「はぁい。まぁ、実は隆史さんが、私を妊し……むぐっ!?」

 

「勘弁してくださいっ!! 何、叫んでるんですかっ!!」

 

 あら、お早いご到着で。

 上げていた腕の手首と、口元を抑えられてしまいました。

 隆史さん、結構脚が早いのですねぇ。

 

 …チッ。

 

「順を追って説明しないと、また変な誤解されるでしょうっ!?」

 

「そぉふふぁ? ふぉふぇふぁらふぉふぇふぇ、ふぁふぁふぁふぁふぇふぁふぃふぉれふぅふぁ?」

(そうですか? それならそれで、構わないのですが?)

 

「構いますよっ!!」

 

「ふぇ~…。ふぁっふぁふぉ? ふぉふぁふぁふぃふぃふぁふぁふぁい、ふぁふぁふぃふぁんふぉ、ふぁふふぃんふぁぁ…」

(え~…。でもぉ? 早くお話にならない隆史さんも、悪いんじゃぁ…)

 

「そりゃそうですけどね!? 決勝前で色々と…」

 

「あれで会話が成立してる…」

「そこかい、西住ちゃん…。でもまぁ…隆史ちゃん。その格好じゃぁ、まるで誘拐犯…」

 

 誘拐っ! 犯人が隆史さんなら、いいですね!!

 

「……」

「…華さん?」

 

「ふぁふぃ、ふぁれふぁふんふぇふぉ…?」

(なに、されちゃうんでしょう…?)

 

「何もしませんよっ!! というか、誘拐なんぞしま…杏会長!! 誘拐犯とか言うのやめてください!」

 

 あら…みほさん、少し笑ってますね。

 

「みほ! 後で、ちゃんと順を追って説明するから!! じ・ゅ・ん・を追ってっ!! 華さんに任せると、またそこら辺に爆撃跡地を作りそうで怖い…」

「ふぃふふぇいふぇふ!」

(失礼です!)

 

 そんなやりとりも、みほさんは、特に怒ることも焦る事もなく…。

 

「ふふ…うん、分かった。後で教えてね?」

 

「「 ………… 」」

 

 笑って流した…。

 

 あまりの呆気なさに、隆史さんですら動きが止まりました。

 え…って、小さく呟く程に意外でしたか…。

 

 そして、一言。

 

「一昨日から、みほがおかしい…」

 

「そっ…それは、ひどいよ!?」

 

 

 

 むっ…。

 

 そんなお二人のやり取りを見て…少々、悔しいと…思ってしまったのは何故でしょう?

 隆史さんの表情と、焦り具合…とでも言うのでしょうか? 何かソレから読み取ったように…。

 何時もの彼と言えば、彼らしい振る舞いに、何処かで察したのでしょうか?

 特にみほさんが、怒ったりしないので、会長も特に何もしないで、苦笑してるだけ…。

 

「でしたら、その方から手を離されたらどうでしょう? というか……近いですわ」

 

「…あ、はい。そっすね…」

 

 あら…開放されてしまいました。

 後ろからの声で、隆史さんが両手を離して少し、離れてしまいましたぁ…。

 

「五十鈴さん…と、仰りましたか? 私達! の、チームメイトを拉致しないで頂けます?」

 

 あ、元・お父様が染めている髪と同じ色の毛の方。

 拉致とは、失礼な…お呼しただけですぅ。

 それに貴女は、お呼びしておりませんよぉ?

 

 …む。

 

 ゾロゾロと、聖グロリアーナの方々が、隆史さんの前に何故か庇うように立ち塞がりましたね…。

 

 はぁ…他の方々も、釣ってしまった様ですね。

 プラウダ高校の方々も、こちらに来てしまって…あぁ…もう!

 結局、全員が集まり、この場に集合してしまいましたぁ…。

 

「ごきげんよう…みほさん」

 

「あ、はい。おはようございます…」

 

 プラウダ高校の方々は、今朝……また、朝食を取りに来ましたからね。

 特に話す事もなく、ダージリンさんの動向を見守っていますね。

 

「まずは、少々強引でしたが…隆史さんを今回お借りしますわ」

 

「…はい」

 

「ごめんなさいね」

 

 あ…! 返事をしてしまっては、ダメです、みほさん…。

 

「みほ。それでいいのか?」

 

「…お姉ちゃん。うん…まぁ、気持ちは分かるから…」

 

「そうか…そうだな。あの隆史が、戦車道だ」

 

 みほさんのお姉様も、みほさんの言葉に何処か納得したのか、先程から放っていた心地よい気配を消してしまいました…。

 みほさんが、了承してしまったら、もはや何も言えません…。

 

「では、次は黒森峰だ「 ダ メ 」な」

 

「みほっ!?」

 

 …みほさん?

 お姉様が物凄い、顔してますよ?

 

「え…いや、しか「 ダ メ 」」

 

「それなら「 ダ メ 」」

 

「…………」

 

「ダメだよぉ?」

 

 いえ…そのお姉様の抗議をさらりと笑顔で交わしました…。

 ダメ…の一言で。

 何か言おうとすると「ダメ」の一言で潰す応酬を、繰り返し始めました。

 …終始笑顔のみほさんが、少々怖いです…。

 

「おい、書記」

 

「…はい」

 

 それを横目に、麻子さんが隆史さんに当然の疑問を投げかけましたね。

 

「…何だ? その格好は」

 

「……」

 

 そうですね。島田 千代さんのお宅の執事服でしたね。

 そうそう、何故ソレを着ているのでしょう?

 

「えっと…いや、なんか…ダージリンが、コレ着ろって…」

 

「違いますわ!!」

 

 あら、間髪入れずに否定されましたよ?

 

「えぇ…確かにそれを着て欲しいというのは、私のしゅ……いえ、お願いですが、違うと言ったのは、其方じゃございません」

 

「…ならなんだよ」

 

「言葉使いが、落第点ですわ」

 

「……」

 

 何か言い出しました…。

 

「マニュアル御座いましたでしょう? お渡しした筈ですわよね? ならば、執事なら執事らしくして頂けますこと?」

 

「……」

 

 他の方々の大きい溜息が聞こえましたね。

 あ…隆史さんが、頭を抱えました…。

 あぁ…そういえば、例の準決勝の時にそれらしい事を…。

 

「…みほさん」

 

「はい? えっと…オレンジペコさん」

 

「申し訳ありません。アレ…ダージリン様の、ただの趣味です」

 

「…………」

 

「例の準決勝戦の…その…テント前での後、どうにも隆史様に、アレを着せる事に躍起になっていまして…」

 

「…………」

 

「そして今、念願かなって…あのはしゃぎ様……ご迷惑おかけします」

 

「あ……はい…」

 

 本当に申し訳なさそうに頭を下げている、オレンジペコさん…。

 

 ……。

 

 しかし…あの頃はまだ、私自分の気持ちに気がついていませんでした。

 なる程…ならば、今あの時のを受けてしまったら…どう感じるのでしょう。

 …というか、ダージリンさんが隆史さんに耳打ちを始めましたね。

 ノンナさんの目が、若干細くなったのが、素晴らしく感じます。

 

「はぁ…はいはい、分かった。んんっ!!」

 

 一言呟いて、咳払いを一つ…。

 あ…隆史さんが、背筋を伸ばしました…。

 

これで、宜しいでしょうか? ダージリン…お…お嬢様

 

《 !!?? 》

 

「…け…結構」

 

 …あ…優花里が、何故か頬を膨らませましたね。

 むっ…とした顔ですけど、どうしたんでしょう? というか…声。

 

「…も、もう一度、呼んで頂けますこと? な…名前を…」

 

ダージリンお嬢様

 

「っっ!!」

 

《 …… 》

 

 キュッ…と、自分の体を抱きしめる様にした、ダージリンさん。

 何処か恍惚の顔なのが、とてつもなく…苛立ちを覚えますねぇ…。

 

もうそろそろ、試合の準備に取り掛からないとなりません。ご移動を…

 

「そ…そうですわね…。では、そろそろ参りましょうか?」

 

 …一瞬で、周りの視線を独り占めにした隆史さんが、もっともらしい事を仰って、逃げようとしてますね。

 背筋を伸ばし、ドラマでたまに出る、執事さんの動き…というのでしょうか?

 腕を折り、お腹の前で曲げ…すっ…と、お辞儀をしました。

 声を変えた直後に、即退散とか…。

 

 ですが、さすが付き合いの長い方。

 その様子に、即座に反応…声を掛けました。

 

「…おい、隆史。まだ私には話が残ってる。先程、その娘が言った…」

 

 ん? あら、私?

 

なんでしょう? まほお嬢様

 

「っっ!!」

 

《 …… 》

 

「い…いや、なんでもない…すまん…」

 

 即座に反応…即座に敗退…。

 お嬢様と呼ばれた直後に、目が泳ぎ始めました…。

 

「…隊長…少し、顔がにやけてますよ?」

「き…気のせいだ、エリカ」

 

 何時もの悪乗り…というのが、でたのでしょうか?

 隆史さんが、他の方達にも同じような声で…。

 

「はぁ…というか、隆史。アンタ、ちょっとキモ…」

ちょっと…? ちょっと、なんでしょう? エリカお嬢様

 

 

 

「………………」

 

 

 

「エリカ…お前」

「にやけてませんっ!!」

「何も言ってないが…」

 

「お姉ちゃん…エリカさん…ずるい…」

 

 みほさん…こういう所は、今まで通りなんですね…。

 すぐに、悪乗りする辺り、隆史さんは、今まで通りを貫きすぎてますがねぇ。

 

「エリリン先輩、ずる~い!!」

 

「っ!?」

 

「ずる~い」

「……ずるい」

「結局、最後に持っていくねぇ~」

 

「なんの事よ! 後、その呼び方…」

 

「エリリン先輩…ずるい…」

「貴女まで、それを言うのっ!? 貴女だけは、比較的にまともだと思ってたのに!」

 

 あらぁ…。

 一年生達が、随分と親し気に、逸見さんへと抗議し始めました。

 どちらかといえば、からかっている様にも見えますねぇ。

 いつの間に、仲良くなったのでしょう?

 

エリカお嬢様は、随分と年下にはお優しい…

 

「なっ!? やさしくないっ! 兎に角、その声やめなさいよっ!」

 

いえいえ、ご謙遜を…

 

「ちがっ…! 今のやり取りで、どう見たら優しいとか思えるのよ!! 後、微笑ましい目で見るなぁ!!」

 

「そうだな、隆史の言う通りだ。エリカは、後輩の面倒見は、良い方だと思うぞ?」

 

「隊長!?」

 

 呆然…と、そのやり取りを眺める皆さん。

 

 …そして、気がつきました。

 

 現在大洗へ滞在しているとは言え、随分と他校の皆さんと親しい会話が出きる様になっています。

 …良い、傾向なのでしょうか?

 皆さん生活圏が、学園艦の中ですが…隆史さんという接点で、比較的に顔を合わせる機会が、ここの所増えています。

 その代表例…とでも言うのでしょうか? この一年生達と、黒森峰の副隊長さんまで、ここまで砕けた話し方が出来る程になっているなんて…。

 そして、戦車道…いえ、みほさんという、色々な意味での好敵手という接点…というのもあるのでしょうか?

 ですから、この…エキシビジョンという試合が行われる…。

 

「……」

 

 あら…。

 何故でしょう? 先程から優花里さんが、妙に悔しそうな顔しておりますけど。

 

「ゆかりん…さっきから、どうしたの?」

 

「え? な…何がです?」

 

 沙織さんも、気がついていたみたいですね。

 何とも言えないようなお顔をしてましたし…。

 突然、声を掛けられて、驚いたように沙織さんを見ましたね。

 

「あ…ひょっとして…アレ? あの声? 隆史君が、ゆかりん専用声使って…「 違います 」」

 

「「「……」」」

 

 間髪入れずに、即答しましたね。

 わぁ…すっごく、良い表情になりましたぁぁ!

 

「え…いや、で…「 違います 」」

 

「……」

 

「声のトーンが、若干違います」

 

「「「 ………… 」」」

 

 …あ、そっちですか。

 

「…わ…私には、判別つかないぞ」

「私もですけど…」

「ゆかりん…結局、あの声気に入ってたんだ…」

 

「ああっ! ち…違いますっ!! 気に入ってませんっ!!」

 

 今更、何を口走ったか気がついても遅いですよ?

 はぁ…。私も沙織さんも…麻子さんまで気がついてますし…バレバレですよ。

 しかし…考えてみると、隆史さん…結構、すごい環境にいますよねぇ…。

 

 目の前で、一年生に対しても、お嬢様と…しかも下の名前で呼んで遊んでいる彼を見て思いますよ…まったく。

 なに普通に要望に応えているんですか。

 澤さんなんて、固まっちゃったじゃないですか……あぁ…近藤さんも参戦しそうですし…。

 

 しかし…私、そういえば「お嬢」と呼ばれた事はあっても、「お嬢様」とは呼ばれた事ありませんね。

 しかも…傅く隆史さんに、名前でお嬢様…ですか。

 ……。

 

 ダージリンさんの気持ちが、少し理解できてしまいました…。

 あの格好は、趣味ではありませんが…しかし…。

 

「……」

 

「…華?」

 

 …むぅ…ちょっと、私も呼んでみて欲しくなりました。

 

 ずりぃです。

 

「隆史ちゃん」

 

 …と、いけない。

 変に考え込んでしまいました。

 いつの間にか、会長が隆史さんの真横に立っていました。

 

はい? 何でしょう…杏会長

 

「……」

 

 

「わ…私には、普通に話してちょうだい…調子が崩れるよ…」

 

「はい、杏お嬢様」

 

「っっ!! そ…それもやめて…ね…」

 

「……」

 

 …会長。

 

 顔真っ赤ですけど…何時もの口調も崩れてますよ?

 

 

「す…少し、引っかかったんだけどさ。さっき「もう一つ、別の興味も沸いた」って、言ってたよね?」

 

「ん…? あぁ、杏に言った…杏会長に初め言った時の事ですか?」

 

「あ、そうそう。後、会長も取ってくれていいよ?」

 

「…いや、これはさっきの執事モードの…」

 

「 会 長 命 令 。 取 れ ♪ 」

 

「……」

 

 執事もーど。

 

 言いえてまた、変ですが…その時の癖というか、流れで会長を呼び捨て…。

 話を脱線させてまで、それを逃がさないとか…会長もまた、みほさんの前で、攻めますね。

 

「柚子先輩が怖いので、ちょっと…。後、桃先輩もすっごい顔で睨んでるので…」

 

「…チッ。んじゃ、二人の時だけね」

 

「変な流れにする様な事、言わないでくださいっ!!」

 

 それは、ある意味で何時もの流れ…隆史さん特有の、タラシさん。

 でも…みほさんは、またそれを普通の様子で見ています…。

 …沙織さんが、その横で少し青くなっているのが非常に対照的で…。

 

 

 う~…ん。

 

 私やはり、あの様な格好は、趣味ではありませんね…。

 周りの方々が浮き足立つ気持ちが、よく分かりません。

 

 はい、ワカリマセン。

 

 はぁい、わからないですよぉ?

 

 …何時もの様に、彼は皆さんの間に立ってはいるのですが、あの隆史さんは…どうにも違和感が…。

 なんでしょうか…この感覚は…。

 

「んんっ! 話が逸れた…。隆史ちゃん。で?」

 

 取り繕っても、逸らしたのは貴女です。

 

「え…あぁ、興味ね。まぁ…あれっすよ…折角の機会ですし、見てみたくなったんです」

 

「見てみたくなった?」

 

「えぇ…まぁ、俺は裏方だから余り、感じられないかもしれませんが…」

 

「…が?」

 

 

 

「相手側…つまり、敵としての大洗学園を」

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

「…では、みほさん」

 

「え? あ、はい」

 

 最後に…と、でしょうか?

 軽く指で合図をすると、周りの皆様が一斉に動き出しました。

 黒森峰の方々は、まだ…隆史さんと遊んでいますが…。

 

「……」

 

「ダージリンさん?」

 

 先程から、あのやり取りを見ても一切の動じを見せないでいるみほさん。

 前までの彼女からは、少々不自然な程に落ち着いている…それが少し彼女は気になったのでしょうか?

 …訝しげな目をされてます。

 

「…随分と落ち着いていらしていると」

 

「はい?」

 

「…い…いえ…例えば…隆史さんの…」

 

 違いますねぇ…アレは、やはり気になって仕方がないといった、顔ですね。

 

「ん~…まぁ、隆史君の事だから、ダージリンさん達に気を使っただけだと思いますけど…」

 

「…………」

 

「私は別に構いませんよ?」

 

 

 あの、みほさんの変わり様が…。

 

 

 しかし…敵として…ですか。

 面白そう…とも言っていましたし、なんとなく気持ちはわかるのですが、それを言われた此方側は少々面白くありません。

 会長が、一瞬、むっ…と、しましたが、どこかで納得したようです。

 …まぁ、あからさまに機嫌が悪くなりましたが…。

 

「後…実際に見て…どうでしょう? 隆史さんの格好は…?」

 

「え?」

 

 あら、話題を変えられましたね。

 今ここで話しても、答えが得られないと判断したのでしょうか?

 …この方の考えそうな事が、なんとなく分かってしまうのは…何故でしょう?

 

「見知った方が見た場合…すぐに分かるかもしれませんが…よく知らぬ方が見た場合、すぐに誰かお分かりになると思いますか?」

 

「なんでそんな事を?」

 

「…いえ、せっかくですからね…」

 

「?」

 

「で? …どうでしょう?」

 

「そう…ですね。戦車道全国大会の開会式の時でも、そうでしたけど…サングラスとか…そういったのをつければ、わからないかも…」

 

「そうですか!? そうですわよねっ!! わかりませんわよね!!」

 

「だ…ダージリンさん?」

 

 何を…言っているのでしょう?

 よく聞いていませんでしたが…何故か、オレンジペコさんから、鼻で笑った様な声が、聞こえた気がしましたね。

 

 えっと…それよりも…もう一人。アッサムさんが、先程からまったく口を開いていませんね。

 少し真剣な目で…先程から周辺を見渡していています。

 

「ふぅ…では、ですね? 変装とは相手を騙す為のモノで、騙される方は仕方がない…と、判明した所で……一応、念の為で「ダージリン様、悔しかったのですね?」すが…」

 

 …あらぁ…オレンジペコさん…。

 貴女もまた、結構良い顔されますねぇ。

 対照的に、少し悔しそうな顔のダージリンさん。

 

「…そんな事はありません」

 

 …なんのことでしょう?

 横のカチューシャさんと、ノンナさんも若干目を逸らしてますけど…。

 

「まぁ? ()()()()()()を、すぐに分かったの…私とローズヒッ「 私もすぐに分かったぞ 」」

 

 今度は、みほさんのお姉様が、少し離れた所で手を挙げられましたが。

 

「ふむ…当然だろう。一目見て、即座に分かった」

 

「そうですよねっ! まっ!! 普通に一目見れば、分かりますよねッ!!」

 

「そうだな。わからない方が……まぁ? そういう事なんだろう?」

 

「ですよねぇ~♪」

 

「「「…………」」」

 

「ふっ……しかしな? オレンジペコ…だったな。余り言ってやるな…」

 

「はい?」

 

 あ…物凄く嬉しそうに…勝ち誇った顔されました。

 

 そして一言…。

 

 

「 可 哀 想 だ ろ う ?」

 

「はぁい♪」

 

 

 

「「「 グッ……ギッ……!! 」」」

 

 

 ですから、何の事なのでしょうか?

 ダージリンさんとカチューシャさん、ノンナさんが同じ呻き声を上げてますが…。

 何故か、オレンジペコさんと、みほさんのお姉様が随分と仲良くなってますね。

 

「あの…」

 

「はっ!!」

 

「えっと…念の為って?」

 

 あ、そうでしたね。

 すっかり忘れてました。

 

「し…失礼…」

 

「あはは…」

 

 念の為…何に、念を入れるのでしょう?

 口元に手を添え、コホンッと……え?

 

 急に顔付きが、変わりました。

 とても真剣な顔に…。

 ダージリンさんのその雰囲気に合わせ、カチューシャさん達までも…。

 あまりの変わり様に、みほさんのお姉様も息を呑みました。

 

「偽名…」

 

「え?」

 

「これより、隆史さんを…「伊集院 田吾作」さんと、コチラではお呼します」

 

「いじゅっ!?」

 

 …なんでしょう、その突拍子もないお名前は…。

 真剣な顔で、なにをいきなり…。

 

「あの時の偽名か…」

 

 あ。麻子さんが、大きなため息を吐きましたね。

 

「…すごい名前ですね」

 

「私は、姓が「伊集院」なら、名は「隼人」とかの方が、良いと思うのですが…。隆史さんに将来禿げそうと、良くわからない理由で、強く反対されまして…」

 

「はぁ……え? 禿げ?」

 

「あ・うんの呼吸の如く、即座に浮かびましたのに…」

 

「ざ…残念そうですね…」

 

 …真剣な顔で何を言っているのでしょう?

 

「ですから…みほさん」

 

「え…あ、はい!」

 

 少し、目を細め…更に真剣な顔つきになりました。

 それは、ダージリンさんだけではなく、プラウダ高校の方々もまた同じく…。

 横目でも端目でもそうですが…一斉に、みほさんに視線が集中しました。

 

 そんな視線を感じ、少し戸惑うみほさんを一度見てから、静かに振り向き…背中を見せながら…そして。

 

 念を押すように言いました。

 

 

「ちゃんと………合わせてくださいね?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 青森チーム。

 

 大洗とは違って…まぁ、俺の事とを知っている連中もそれなりにいたとしても…この両校のど真ん中では、男というだけで目立つ。

 しかも、こんなふざけた格好をしていると、逆に…余計に目立ってしまうのではないだろうか? …とも思ったのだけどな…。

 初めは俺だというだけで、すでに何度も殺気を食らっていたのだが、変装…というか、この格好をさせられた後のダージリンからの紹介。

 

 俺は、ダージリン様専属のお付き。

 

 …らしい。

 

 それで全てが、丸く収まっているって…。

 

 そのおかげて、別人扱いらしく…寧ろ、恐れ多い…みたいな感じで、遠くから眺められている。

 あと…何故か、何名かに懐かれた…。

 なんか、設定が色々あるみたいなのだけど、教えてくれない。…本人が知らないって、大丈夫なのか?

 

 やはり男手があった方が、色々と楽らしい。それは、大洗学園で散々知っていた事なので、率先して他の生徒達の手伝いを…特に雑用だと思われる事をしてあげた。

 今は一応、青森チームの人間だし、ダー様専用らしいし?

 

 まぁ、砲弾やら何やらを運ぶ事や、不要機材搬送やら掃除やら…細かい事だけど、積み重なると、結構億劫な事らしいしな。

 特に聖グロリアーナ…なんでか、知らんが紅茶常備。

 知識がないので、彼女達の指示を仰いで。

 なんか、更に恐れ多いとか何とか言われ…青くなっている子が、多数いた気がするけど大丈夫だろう。

 

 しっかし…あの親衛隊とやらは、雑用を一切合切やる気はないらしい。

 それだからだろうか? 同じく男の俺が、小間使いみたいな事を、率先してやっているのが、信じられないといった目で見られたのは。

 

 …ただなぁ…少し、離れた所に…何だろう? あの戦車。

 マチル…なんだっけ? 名前、忘れた。

 

 まぁいいや、その戦車。

 装飾がすっごい…。

 

 …俗いう痛車。

 

 いや、痛戦車か? 

 

 ダー様の顔とか名前とかのシール? ペイント? それで車体が綺麗に埋め尽くされていた。

 ダージリン専用機…みたいな感じで。

 アレだと、ダー様が自己顕示丸出しっぽくって、なんか嫌だなぁ…。

 

 …後、無駄に派手な装飾されてるし…金とか銀とかで…戦車にLEDを付けるな。

 

 まぁ、あいつらだろうよ。ダー様親衛隊とか何とか、言ってたし。

 

 俺に顔を見せないって事は、なんか…してるのだろうかね?

 真っ先に突っかかて来ると思っていたんだけどなぁ…。

 

 はぁ…まぁいいや。

 

 先にテントの準備しちまうか。

 

 ん…。

 

 向かいのテント。

 

 いつもならば、俺はそこにいる。

 

 しかし…俺の変わり…だろうか? 今回は、中村が俺の、何時ものポジション…そのパイプ椅子に座っていた。

 

 うん、中村。

 

 すまんな…うん。軽く挨拶程度に、小さく手を上げたな…。

 

 …引きつった顔で。

 

 しっかし…集合場所近くに用意された場所なだけあって、ここからでもまだ全高校が目にはいる。

 おー…カチューシャが、張り切ってんなぁ…。

 腕をブンブン回して、周りに大声で指示を出して…あ、目があったら回している腕の元気がなくなった…。

 えっと…あれ?

 

 そういや…「Доброе утро」

 

 

 俺が思い浮かびかけた疑問に、ロシア語で後ろから答えられた気がした…。

 

「…あ……はい、おはようございます」

 

 貴女のチーム…向こうで準備してますが…こんな所に来てよろしいのでしょうか?

 

「…クラーラ先生」

 

 [ 先生は、やめてください。…と、言いますか…日本語で返すと言うことは、まだ… ]

 

 そうです。クラーラさん。

 今回から、参加すると今日の朝食の時に、貴女の大将からお聞きしてましたよ。

 見当たらないから、おっかしーなー…とは、思っていたんだけどね。

 

 後…気配を殺して背後を取るのはやめてほしい…。

 なんで、皆さん俺の背後取るの好きなのでしょうか?

 

「あ~…すいません。上手く発音出来なくて…」

 

 [ よろしい。また、今度……えぇ、また今度… ]

 

 ……。

 

 あ…挨拶だけか…な?

 一言二言話すと、そのままカチューシャの元へと、歩いて行ってしまった…。

 ちょっと、拍子抜け…。

 

 ロシア語教えて貰っていた時とかに比べると、俺と話す時の笑顔が最近、少ないと思う。

 怒らせる様な事、なんかしちゃったかな?

 ほら…尻目で、すっごい俺の方見ながら、歩いてるし。

 前見て、歩いてくださいよ…あっ…ほら…躓いた…。

 ……あの…ノンナさんは、その先からじー…と、俺を見てるし…。

 

 あ~…後、うん。

 

 中村。

 

 距離を開いてのその視線は、やめてくれ。

 言いたい事は、なんとなく分かるから。

 

 ……。

 

 取り敢えず、テントに隣接されれている、その屋台はなんぞ?

 関係者以外、立ち入り禁止区域の外…。ほぼ、大波さんチーム側テントの裏。

 売り物だろうか…? 様々な、真っ黄色の物体が、いくつも並べられている。

 

 …はっ。

 

 乾いた笑いしかでねぇよ。

 

 くっそっ!

 

 ベコかよっ!! また、あの毛むくじゃらかよ!!

 会長、一体何種類にグッズ作ってんだよ!!

 

 というか、中村…お前。売り子までさせられてんのか…。

 すでにお客さんも来ているのか…何人かが、その屋台の前で、物色して……い……。

 

 ……。

 

 待て。

 

 ちょっと待て。

 

 そのお客様達、どこかで見覚えがある方、ばかりなのですけど?

 

 取り敢えず、西さんっ!! 確かに、まだ集合時間前ですけどね!?

 アンタ、こんな所で何してんのっ!? みほ達、試合開始場所にもう行っちゃったよ!?

 隣にいる…何その、すっげぇでかいメガネの小っちゃい子…。マコニャンよか、幼く見えるけど?

 

 後…決勝戦会場で見かけた子…というか、絡まれてた子がいる。

 ぱっと見、やはりダージリンだな…そっくりだ。

 まぁあの時は、ダージリンに間違えただけなんだけど…まぁそれよりも…だ。

 

『 よしっ! 尾形ぁぁ!!! お前の客だぁ!! 見てんだろっ!! こっち来い!!! 』

 

 すまんな中村。

 

 俺は伊集院 田吾作だ。そりゃ、人違いだ。

 

 いやぁ…また、飯食わせてやるから、頑張れ。

 

 それより…もう一人。

 

 意外や意外、予想すら出来なかった娘。

 その隣で、友達…だろうか?

 金髪の細い娘さんが、気圧される様に、小さくなって眺めている。

 

 というかさ? 何でいるんだよ…。

 

 その見覚えのある、お客様達。

 

 …一斉に此方…というか、俺に振り向き…視線を向けた。

 

 会話の途中だったのだろう。

 何を話していたかは、わからないけども…俺を含めて、その場にいた全員に対して…。

 

 少し離れていても分かる。俺の目をじっ…と見ている。

 

 そして、宣言するように…言い放った。

 

 

「…ならば──

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…西隊長」

 

 えきしびじょんまっちの集合場所前、私達の連絡本部となるテント前にて…まさかこの様な罠があるとは…。

 

「分かっている! 分かっているから、もう少し待ってくれ!」

 

 しかし、見ろ福田。

 この眩しいばかりに、並べられたベコ殿をっ!

 出店は数多あるが、この様な専門店など見た事がない!

 昨日購入した、すとらっぷを初め、筆記用具から何まで…ぬいぐるみ迄あるではないか!

 ぐ…しかし、この歳でぬいぐるみは流石に…。

 

 皆に購入…あ、いや。

 軍資金が心許無い…しかし、この様な出店…次にいつ現れるか…。

 ぐっ…。

 

「店主!」

 

「ぇ…? あ~はい?」

 

 …どうにも同年代に見える、この店主。

 随分とやる気のない…日雇いか何かだろうか?

 それに、どこかで…見た様な…………まぁ、いいっ!! 

 

 今は、そんな事よりベコ殿だ!

 

「店主…この専門店は、次にどこに現れるだろうか!?」

 

「現れる? …あぁ、屋台ですしね」

 

「でっ!? いつだろう!?」

 

「さぁ?」

 

「…さ……あ?」

 

「今回だけじゃないっすか?」

 

 こ…この、店主…いや、店員。

 やる気が微塵も感じられない…。

 売る側という立場でありながら、他人事の様な…。

 

 いや、それよりも! この店員の様子では、二度とこの素晴らしい専門店が…。

 

「 失礼。宜しくて? 」

「…はぁ…」

 

「あ、はい。いらっしゃい。……マジかよ、また客だ…って!?」

 

 むっ! 他にもお客人が!

 余りここに陣取っていては、他の方々のご迷惑に…しかし…。

 ここは皆の為に、安価なモノを多数…いや、それだと鉛筆しか…。

 

「…ふむ」

「あの…キリマ…」

「ちょっと、静かにしてちょうだい」

 

「えっ…あれ? ダージリンさん!? あ…え? ちょっと違う…別人か…?」

 

 ん…ん?

 ダージリン殿?

 

 いや、しかし…先程、敵側陣地にて、聖グロリアーナ学園の…んんっ!?

 テントの後ろに、ダージリン殿が見えますし…んんっ!?

 

 ベコ殿!? 随分とハイカラな格好をされてますが…。

 

 ……。

 

 良くわからなくなってまいりました…。

 

 

「 店 主 」

 

「あ~はいはい。なんでしょう?」

 

「ここから、ここまで…」

 

 ダージリン殿(仮)が、人差し指でベコ殿ぐっずの上を、右から左へ動かし…

 

 

 

「 全 て 包 ん で 頂 戴 」

 

 

「なぁぁ!?」

「はぁぁ!?」

 

 買い占め…買い占め!?

 そ…それは、あまりに…悪虐非道…残酷至極…。

 

「…支払いは、コレで…」

 

 かーどっ!?

 

 それは巷で噂のくれじっとかーどという物でしょうか!?

 アレが…くれじっと…魔法の…。

 アレだけで、この世の全てを購入できるという、魔法のかーど…。

 

「あ、ダメっす」

 

「何がかしら?」

 

「うち、クレカ対応してないんで。現金でお願いします」

 

「…………ぇ」

 

「……あの?」

 

 む? どうした事でしょうか?

 魔法のかーどは、通用しなかったという事でしょうか?

 しかし…随分、真っ青になりましたね。

 

「モ…モカ?」

 

「ないです」

 

「 」

 

「私は今、着の身着の侭です。…私の準備が終わる前に、急かして引っ張り出したの、キリマンジャロ様じゃないですか」

 

「……」

 

 あ…崩れ落ちましたね。

 

「あの…お客さん。なんか通販もやってるみたいなんで、そっちなら多分…」

 

「ダメです…こういった物は、現地で購入するから意味が…あるのです…」

 

「変な所、拘りますね」

 

「何とか、なり「 なりませんね 」」

 

「手間ですし、俺の一存じゃ何ともなりません。諦めてくださいメンドクセェ」

 

 むっ!! やはり、魔法のかーどは、使用できなかった模様。

 

 ならば、今ここが好機! もはや迷っている時間もない。

 後は、私が捨て身の突貫…軍資金も後でどうとでも…。

 

 っっ!!!

 

 ……。

 

「西隊長? 体を触って…どうしたのでありますか?」

 

 …………。

 

 に…西 絹代…一生の不覚…。

 

「さ…財布、忘れ………た…」

 

「あ、こっちも、真っ青になった…」

 

 ベコ殿が…ベコ殿が、一つも購入……できず…。

 気が付けば、ダージリン殿(仮)の横に、同じように崩れ…ん?

 店員殿が、呆れた様な顔で私を見下ろしている…。

 

「はぁ…。西選手? そんなに欲しけりゃ、尾形にでも頼めばどうですか?」

 

「え…?」

 

「あ…こりゃ、俺の事忘れてるな…」

 

 私の事を知って……いる?

 

「お…がた…?」

 

 む…一瞬、ダージリン殿(仮)の肩が、動いた様な…。

 

「いや、ベコグッズが欲しければ、ベコ本人に頼めばどうっすか? 販売元がウチの会長だから、口利きしてくれるでしょ」

 

「ほ…え? 本当…で…」

 

「あの…俺の事、忘れてます? 大洗に会議室で一度見てるでしょ? 一応、尾形の友人の…」

 

「あ…あっ!! あの妙に恥ずかしい遊戯の司会をしていた! ベコ殿のご学友!!」

 

「あ~…はい、ソレですソレ…」

 

 なる程なる程っ!! 見覚えがあるはずですねっ!!

 私とした事が、ベコ殿のご学友を忘れてしまうとはっ!!

 

「失礼しましたっ!!」

 

「あの…いいですから。頭を…って、なんですかっ!?」

 

 ダージリン殿(仮)が、勢いよく立ち上がりました! 元気ですね!

 そのまま、店員殿の胸ぐらを掴むと、強引に引き寄せ…。

 

「大洗…の、尾形…?」

 

「は……え?」

 

 むっ!! やはり、元気がよろしいですね! 青筋立てて、店員殿を睨みつけています。

 よし! 止めたほうが良さそうですね!

 

「お…尾形……隆史!?」

 

 …そういえば、福田は…。

 思えば福田は、皆が夢中になっているというのい、ベコ殿に余り興味がない様子だったな。

 と言うのに、ここまで連れ出して…少し、申し訳ない事をしたかな?

 

「あ…の…くそ、女ったらし…。ダージリン様を誑かした……怨敵…」

 

「よし、分かった!! 尾形ぁぁ!!! お前の客だぁ!! 見てんだろっ!! こっち来い!!!」

 

 ふむ…どこに行ったか…。

 流石に呆れて、先に行ってしまったのだろうか? それならソレで、少し寂しく…おぉ! よかったいた!

 

「西選手!? 切り替え、早くないですか!? こっち! こっち!!」

 

「どこ…どこにいる…。私自ら、裁い……捌いて、差し上げますから…う…ふふふ…」

 

「尾形ぁぁ!! てめぇふざけんなよぉ!! さっさと…あ…あぁ!?」

 

 おや? どうした、福田。風邪だろうか?

 青くなって震えているな。

 なんだ? 腕など出して…後ろ?

 

 差し出された指の先、出店の前…。

 もう一人のお客人が、立っていた。

 ぬ…なにか、禍々しい…? とでも言うような…いや? 違う?

 

 

 

「 尾形 隆史…と、申したな? 」

 

 

 

「なん…ですの?」

「また…増えたぁ…」 

 

「ちょっ…ま! え!? 修羅場っぽいよ!? 後にした方が…」

「なに…。少し戯れるだけ…」

 

 その二人のお客人。

 

 一方の方が、屋台に置かれたベコ殿を、順に遊ぶように、持ち上げては置き…持ち上げては置き…。

 あ…私が欲しかった…ぬいぐるみ…。

 あぁ、戯れるとは、そういう意味ですかっ!!

 

「ククッ。女の敵…」

 

 突然笑い出し、とんでもない事を仰りました!

 余りに突然の事でしたから、お連れの方が、驚いてますね!

 

 …。

 

 しかし…よく聞く言葉ですが、女の敵とは、具体的にはどういう事なのでしょう?

 

「光源氏の再来…は、流石に腹が捩れるかと思ったわ…」

 

 ん? どういう意味なのでしょう?

 

「噂は、噂。しかし、真も確かめず…ただ怨嗟を吐くだけ者なぞ、ただの草…ただの雑兵」

 

 ダージリン殿(仮)を見ましたね。

 

「本能…何より、それは特に…女人は侮り難し」

 

 ?

 

 何故、私を見たのでしょう?

 

「…しかし、本当に面白い御仁…。噂と真実が、実に真逆」

 

 両手で、ベコ殿のぬいぐるみを弄んでますね。

 ま! ベコ殿のフアンに、悪い方はいないと思いますので、あの真っ黒いのはきのせいでしょう!

 

「ただの下見…。そのつもりだったのだが、気が変わった」

 

 すっ……と、ぬいぐるみを元の場所へと戻し…あ!

 購入するのですね? なる程! 私は、今あなたが取り出した、財布を忘れてしまったので不可能です!

 口惜しいですが…しかたありませんね…。

 

「まさに、ここは戦場の中心。すべての御仁が揃っている…まさに合戦地」

 

 腕を組み、実に面白そうに仰りましたが、戦場? 私には意味がよく分かりません!

 それより、そのベコのぬいぐるみ、良いですよね!!

 ん?

 何処を見ているのでしょう? ベコ殿御本人…側?

 いつの間にか、この場が注目されてますね…。いくつもの視線を感じます。

 

 ?

 

 

「恋とは戦場…疎い私の口から、その様な言葉……よくぞ吐けたものよ」

 

「恋ぃ!? えっ!? はっ!?」

 

 

 何故、プラウダ高校、聖グロリアーナの皆様は、こちらを見ているのでしょう?

 …あれ? 何故皆様、戦車から降りて…あの…。

 あぁ!! べこ殿専門店を今、見つけたのですね!!

 

 

「…ならば── 我もその戦…」

 

 

「ひ…姫!?」

 

 

 

 

「 参 戦 也 」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 




閲覧ありがとうございました。

空気は読まない西隊長。
…彼女は書いていて難しい…。

挿絵…。
そういや、ヒロインの、みぽりんをまともに描いてないや…。
PINKは、描いたけど…本編ェ。

今年もがんばっていきたいです。

はい、鶴姫様。いらっさい。


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第22話 私の始まりの話をしよう―

……遅くなりました。
気がついたら、連載2年目。

ありがとうございます。

遅れた言い訳は、あとがきで。
……俺…単行本派なんす。

あ、姫様達は、まだテケの修理が完了していない、出会って間もない時系列。


 もう間もなく、試合が開始される。

 

 余り時間は残されていないのだから、取り敢えず西さんは、急いで集合地点へと向かうべきだと思うのですよ。

 よく状況が分からないと言った顔で、キョロキョロと顔を動かしている。

 あぁ…見える。頭の上のクエッションマーク…。

 

 距離が少し離れているし、大声なんぞ出せないと、携帯電話を取り出した。

 

 ……。

 

 あ、速攻で出やがった。

 

 

「あ、中村? 俺今回、青森チームという事で、大波さ…大洗側のテントに、近づく事が出来ないからな」

 

『 第一声がソレかよ! 嬉しそうに言いやがって… 』

 

「後、俺今は「伊集院田 吾作」な? 尾形って呼ぶな」

 

『 は? 』

 

「あ、先に…ちょっと西さんへ変わってくれるか?」

 

 ギャラリーは、観戦席へ行っているので、今ここには、聖グロとプラウダの制服を着た女子高生しかいない。

 まぁ…ある程度は、大丈夫だろうと思ったが、俺が大洗のテント側に居ては、こんな格好をした意味が、全くない為に、一応ある程度の距離を開けておく。

 そういった訳で、関係のない中村には悪いと思ったけど、中継地点としての役割を担ってもらおう。

 

 あの小っ恥ずかしいゲームの時の、復讐とかでは、断じてない。

 

 …ないぞ?

 

「えっと…西さん」

 

『 はっ! ベコ殿、なんでありましょう!? 』

 

 …でかい声。

 

 携帯で話している意味が余りない…こっちまで聞こえてきたからな。

 まぁ、名前で呼ばれない分、ある意味マシか。あと、携帯片手に、こちらに向かって、敬礼はやめて下さい。

 …普段は辞めて欲しいけど。

 

 ん?

 

 ダージリンのそっくりさんの顔が、真っ青になってるな。

 先程、中村が俺を尾形と呼んだ時は、すっげぇ睨んできてたのに…。

 まぁいいや…。

 

「試合…そろそろ行かないと間に合いませんよ? 油売ってないで…急いで集合場所に、向かってください」

 

『 はっ! 申し訳ありまっ!! ……せん 』

 

 何を後ろ髪引かれているのだろう…。

 屋台の商品をチラチラ見ている。

 嘘だろ? まさか、まだここにいるのって、ソレの為か? え?

 

「はぁ…ベコのグッズ。欲しけりゃ、会長に聞いてみますか『 本当でありますか!? 』ら……」

 

 …うっわ…マジか。

 嬉しそうに即答したよ…。

 それに、迷いが消えた…って、顔が、ここからでもはっきり見えた。

 だって…輝いてるしな。

 

「えぇ…はい。だから早く行ってください。そんなのいくらでも…ん?」

 

 横に居る、小さなめんこい娘さんが、何故か俺をジ……と、見つめてるな。…多分。

 丸いメガネに光が反射して、どんな目をしているか良くわからない。

 話した事もないし、睨まれてるって事はないと思うけど…まぁいいや。試合が終わったら少し話してみよう。

 

『 西隊長は変わられた… 』

『 ん? 福田、何か言ったか? 』

『 …… 』

 

 …はい? 何か小さく聞こえたな。

 

 何を言って…。

 

 

『 …隆史殿。我の言葉を、流すのはやめてくれ 』

 

 通話主がまた変わった。…今度は、もう一人の来客の声がした。

 中村の携帯が、シェアされてますな。

 取り敢えず、しずかの一人称が、我になってるから…また、なんか戦国武将スイッチでもONになってるのか?

 

「あ、うん。なんか言ってたな。すまないが、この場所から離れられないから、少しこっちに来てくれ」

 

『 し…承知した 』

 

 すっごい気迫で、なんか言ってたけど…距離が開いていた為に、よく聞こえなかった。

 手招きしてやると、ゆっくりと大洗テントとの中間辺りに脚を運び始めてくれた。

 ゾロゾロと…中村以外の全員で…。

 あ、いや…西さん達は、大きくお辞儀をすると、どこかへと駆け足で去っていった。

 …やっと、集合場所に向ってくれた…。

 

『 流石に距離があったか…出鼻をくじかれた気分だ… 』

 

「…先に、携帯を中村…持ち主に、返してやってくれ」

 

『 むぅ…承知 』

 

 だから、こっち来てから話してくれ。

 ボソボソとしか聞こえん。

 しかし…むぅ…って、変な唸り声まで発し始めたな…どうかしたんか?

 

 両チームのテントの中間。

 漸く声がまともに届く距離に立つと、そのまま俺の方向へと向き直す。

 腰に手を置き…ニマァと、笑いながらも、コチラを真っ直ぐに見てきた。

 でもまぁ…その前に。

 

 ダージリンのそっくりさんは、茫然と…なんか、俺の事をお化けでも見るかの様な目で俺を見てくるし…。

 そんな様子で、なんで態々こっちに来たの…。

 その横で、頭を押さえて大きくため息をつく…友達だろうか? 小さい子が立っている。

 

「あ…あの、お嬢さん?」

 

「お…がぁ…た……え? ベ…ベべ……べ?」

 

「おがたあえべべべ…?」

 

 復活の呪文だろうか?

 ペ じゃないですよ? …しかし、復活する兆しが見えんな。

 絶望した様に顔を青くしてるけど…俺、なんかやったっけ?

 

「あの、すいません」

 

「あ、はい」

 

「貴方、尾形 隆史さんですか?」

 

 小さい子が、引きつった笑いをしながら、俺の名前を確認。

 まぁ、ここは変に誤魔化さない方が良いだろうと…その後の質問にも流れで答えた。

 

「はい、そうです。…今は、あんまりおっきな声じゃ言えませんけど」

 

「はぁ──…で、あのクマですか? えっと…」

 

 屋台の上に鎮座する、黄色いぬいぐるみを指さした。

 あ、視界に入った中村が、逃げるように体を影に隠しやったな。

 

「ベコですか?」

 

「それそれ。それ着て、戦車道大会決勝戦で……」

 

「あぁー…貴女方、やっぱりあの時の人達ですか」

 

 肯定の意味を含めた俺の言葉に、座り込んでしまっていたダージリンのそっくりさんの肩が大きく跳ねた。

 呼びづらいな…長いし。

 

「…先日は、どうもありがとうございました」

 

 その女性の代わりに…とでも言いたげに、小さい子が大きく頭を下げてお礼を言ってくれた。

 ただ、顔は少し引きつっていたけどな…。

 

「あ、いえ…お気になさらず」

 

「……」

 

 いや、すぐにその顔は、何か不思議そうな顔に変わった。

 期待はずれ…? 人違い? …とでも言うような、訝しげな顔…。

 

「……」

 

 っっ!!??

 

 いきなり目の前に、しずかの顔だけが広がった。

 というか…両手で顔を持たれ、強引にそちらを向けさせらた…というのが、正解か。

 

「さて…久しぶりよな? 隆史殿」

 

 ジト目…とでも言うのか、不満気な顔ですね、貴女。

 出会った頃に比べると、随分とまぁ…表情豊かになりましたね。

 

「い…いや、決勝戦の会場で会ってるだろ」

 

「何を申しておる。中々、家に顔も出さず…あの会場とて、すぐに別れ、そのまま帰ってしまったというに」

 

「いや…帰っちゃったのは、悪かったけど…」

 

「まぁ、それは良い。あの様な事が起こった後だ。仕方なかろう」

 

 …じゃあ、なんで態々言ったのだろう…?

 エリカの…あの男の事を知っている様な口ぶり。

 なんか動画サイトにも上がっていたし、知っていてもおかしくは無いけど…

 

「しずか…んなら、なんで口にした」

 

「なぁに、いぢわる…と、言う奴よ」

 

 変に楽しそうに笑いながら、いぢわる…って…。

 こいつ、俺と話す時、たまにこういった顔するな。

 

「な…呼び捨て!?」

 

 …なんだ?

 ロングヘアーの金髪…なんていうか、今風? の女の子。

 …今風とか表現するあたり、俺ってどうなんだろう…まぁいいや。

 その金髪の女の子は、しずかの友達だろうか? 友人はいないと言っていた気がしたけど…できたのだろうかね?

 しずかと同じ格好。制服姿をしているのだから、学校の友達か。

 それと、その娘さんは、何で目を見開いて俺を見ているのだろう…。

 貴女とは初対面のはずだけど…。

 

「…ひ…め? あの…どういう意味?」

 

「ん? …意味とは?」

 

「いやいや、恋だの戦だの…」

 

「その通りの意味だが?」

 

「…え……えっ!?」

 

 しずかの横で、両手で空気を掴むかの様に前に出し、あわあわと慌てふためきだした。

 恋? 戦?

 戦ってのは、しずかが、好んで使いそうな言葉だとは思うが…。

 

 

「 その女はね、私達の前で啖呵を切ったのよ 」 

 

 

 向かい合わせのテントの中間。会話をぶった切る様に、苛立ったような声で乱入。

 …その場所に、もう二人現れた。

 

「えぇ、そうね。とても見事に、ハッキリと言い切りましたわよ? 隆……伊集院さん?」

 

 自身達が乗って行く、戦車をバックに現れた。

 

「『 恋とは戦場 』ですってよ、タカーシャ」

 

「『 勝ち取ってこそ意味がある 』らしいですわ? 伊集院さん?」

 

 いきなり現れて、俺の方には目もくれず…二人揃って、しずかに真っ直ぐと視線を向けている。

 

 しっかし…

 

「さっきも似たような事言ったらしいけど…それがなに?」

 

 

「「……」」

 

 

「はぁ…そうね。それがタカーシャね」

「…ある意味で安心…そして、そろそろ怒りすら覚えてきますわ」

 

 …なんか、ボヤきだした…。

 

「で・も。カチューシャ? 今はその呼び方、相応しくありません。今朝方、お話しましたでしょう?」

 

「…チッ。そうだったわね」

 

 その視線に対して、また先程見せた妙に楽しそうな笑い方で返す、しずか。

 俺の前から二人へ…体を正面に向けて、真っ向から受けている。

 

 なに? この空気。

 

「んで? アンタ。一体、何しに来たのよ」

 

「無論、この試合を拝見しに」

 

「……それだけ?」

 

「ハッ! そうよな…後は、少々…そこの奇抜な名前の御仁に、報告があったのでな」

 

「あら、合わせって頂けてどうも…」

 

 会話の内容で分かったのか、俺の名前を「奇抜な名前の御仁」と変えて来た。

 空気……読めたんだね…。

 

「…何か、失礼な事でも考えてはおらぬか?」

 

「いえ…別に」

 

 横目で睨まれた…。

 

 しっかし…ピリピリと、肌が少し痛く感じる…。

 そこまで、誰一人口を開く事がなくなった。

 しばらくの間、ただ、にらみ合う…様な視線が、交差しているだけ。

 しかし、何時までもこうしている訳にもいかないし…多分、また俺に関してだろうし…で。

 

「ダージリン…様?」

 

 一応、執事らしいし? また様を付けて彼女を呼んでみる。

 あ、一瞬、目が輝いた…。

 取り繕う様に、一つ咳払いをすると、漸く時が動き出した。

 

「コホン…。んん~…ま、よろしいですわ。試合を見に来たと仰るのでしたら、好きなだけどうぞ」

 

 ダージリンが踵を返し、しずかに背中を向けた。

 

「カチューシャも…時間ですわ。…そろそろ行きますわよ?」

 

「…ま、そうね。今は、試合の事だけ考えましょ」

 

 おぉ…思いの外、あっさりと…。

 ダージリンが、流し目を俺に送ると静かに歩き出し…。

 

「待たれい」

 

 ……たのを、しずかの声が二人の脚を止めた。

 二人共、そのまま振り向き半身傾け、しずかと対峠した。

 その姿に少し満足気な様子で…コキッと、首を鳴らすと、また先ほどの様に、少し目に力が入った。

 取り敢えず、女の子が首を鳴らすなよ…。

 そのまま、またニタァ…と笑い。

 

「御二方。我は本当に…この試合を、純粋に楽しみに来た」

 

「……そっ」

「…それは、ご苦労様」

 

 その言葉に対する二人の声が…酷く冷たい…。

 

「あぁ…楽しみだ。強豪校と謳われる二校と、あの大洗学園の戦」

 

「「…………」」

 

「見取り稽古…という奴だろうな。……参考にさせて頂く」

 

 その言葉に嘘はないのだろう。

 それはその、しずかの表情ではっきりと分かった。

 というか…なに、その邪悪な笑みは。

 これも多分…女の子がしていい笑顔じゃねぇ…。顔にすげぇ濃い影ができているようだ。

 

 

「しかとこの眼で、拝見仕る」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 そのお客人。

 

 初めは、人手が足らず、珍しく店番をしていた徳藏が漏らした言葉を拾い、興味を持っただけ。

「お得意様の西住様」それだけで、どこの西住様かは、即分かった。私にも多少の縁はあったようだ。

 …その「使い」がいらっしゃったと。年も近い…らしいが、その見た目は、高校の制服を着ていなかったならば、同年齢とは、まず思うまい。

 西住家…西住流の使いの者。

 あの()()の…家の者。

 

 物資、人員、何もかもが、素人目でも分かる程に、まったく足らぬ。

 絶望的な状況であっても、あらゆる手段、方法で勝ち進み、現在快進撃を続けいる御仁。

 その姿は、燻る我に…火を灯し始める事になったのだが…まぁ良い。

 

 …今は、お客人の方よ。

 

 その御仁の家の者。…興味がわかぬ訳が無い。

 ダメ元だと…少しでもと、話を聞けたらと、思ってしまったのが切欠だったな。

 

 今迄、この薄暗い蔵に眠り…日の下へと出る事は無かった、後の…我が愛馬。

 その前でなら、少しは…と、思ったのだが、返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

『…掃除しましょうか?』

 

 お客人は軽く…本当に、軽く言い放った。

 

 しかし…何故、そうなる。

 

 そして…ここからだったな。

 

 聞けば彼は、やはりあの大洗学園の生徒だという。

 徳蔵がしためていた領収書の名義を見て分かったのだがな。

 

 しかも…生徒会へと所属し……戦車道を男ながらに履修していると。

 大方、整備関係を担当しているとも思ったのだが、それも違う…ただの雑用だと笑っていた。

 それでも出来る事は、多種多様にあると言う。

 …例えば、今この時点で、出来る事は、この戦車の足りぬ所…動かす為にまずは、問題点の洗い出しだと。

 整備士でないのならば、その問題点も分かるはずが無かろう? と、鼻で笑ってしまったのだが…彼は携帯を取り出した。

 

『俺には戦車の整備なんて、分かりませんが…分かる人に聞く事はできますよ? あ、写真取って良いですか?』

 

『…ぬ? 構わぬが』

 

 …何を言っている。

 簡単な事だと…人に聞く?

 許可をだした直後、その携帯を使い、何枚かの写真を撮り始めた。

 車体の内部、下…横。駆動部分…そして、一頻り撮り終えたら、今度は…。

 

『あ…中島さん? 今、大丈夫ですか?』

 

 誰かに電話を掛け始めた。

 一頻り話終えると、すぐに携帯を切り、また少しの間、その携帯電話を操作をし始めた。

 よく状況が分からぬまま、事態が進んで行く様な気がしたな…。

 

『これで、ある程度は分かると思います。部品とかは…柚子先輩に見積りだしてもらうか…』

 

 まぁ…確かに簡単な事だった。

 私の許可を取り、彼は先程まで撮っていた写真を電話相手に送った…。

 彼の知り合い…詳しい者に聞いてみるという、ただ単純な事だった。

 友人がいない私には…思いつかぬ手だったのだろうな。

 

『よし、では…後は掃除だな!』

 

 …しかし…その一言を言う時が、一番の笑顔だったな。

 張り切って、掃除の準備を始めた…。

 

 さて…。

 

 時折、特に細かい部分を掃除する時、少々気味の悪い笑顔だったのだが…まぁ、裏表がない、彼の好意だと分かっていたので、そのまま彼に任せる事にした。

 初めは手伝おうかとも思ったのだが……いや、しかし。何故、戦車を洗車するのに、歯ブラシやら、割り箸やらを使うのだろう?

 少々特殊な掃除の仕方に、私は理解が及ばぬゆえ、余計な手出しは返って邪魔になるだろうと思い、黙って見ていた。

 掃除をしながらも、話してくれた…。

 初めは、御仁の事が気にはなったが、それ以上に興味が湧き、面白かった。

 

 …あの今までの試合の裏側を。

 

 彼女達は、少し…私と立場が似ていた。

 いや、それは少し言いすぎか…? まだ私の場合、始まってもいないのだから。

 

 彼女達は、何もない所から…戦車を探し、見つけ…。更には運用出来るまでに整備し、復活させ…。

 あの御仁を筆頭に、今の…あの場に立っている…と。

 

 ……。

 

 話す内容も尽きかけ、少し無言の時間が伸びて来た時……そうさな。

 日傾き、それが夕紅色に染まる時か…? 心行く様な結果となったのだろう。

 満足気に微笑みながら、その鉄の車を眺めていた後ろ姿を、今でも覚えている。

 先程まで、鉄の地肌を磨いていたデッキブラシを肩に掛け、片方の手を腰に当てた姿だったな…。

 …掃除が終わった。

 

『…お客人。申し訳無い。助かり申した』

 

 それを見計らい、もう流石に結構。…と、終りを告げるお礼を口にする。

 日も傾き始めた、この様な時間までなど、流石に申し訳ない。

 

『あぁ、いいですよ。どうですか? 俺もかじっただけだから、ちゃんとした人が見たら、もっと予算かかると思いますけどね』

 

 その事への礼ではなく…いいや、それも勿論含めての礼だったのだけども…。

 ならば、改めて…と。

 

『まさか、洗車まで…。この様な時間まで申し訳ない…』

『気にしないで下さい。まぁ、趣味みたいなモノですからね。後…正直、今の西住家に戻りたくないしな…』

『む? …如何なされた?』

『い、いや!! なんでもないです!!』

 

 はっ…。

 変に焦る姿が、妙に可笑しく…変に笑ってしまったな。

 話す内に、呼び方も変えてしまった。

 …初対面だというのに、馴れ馴れしくも、下の名前で呼ぶ様になっていた。

 

『しかし、隆史殿。…正直、これでは軍資金が足りぬ…何とかならぬものか…』

『まぁ…うん。金が無いならば、働いて稼げばどうでしょう?』

『働く…?』

『バイトでも、してみたらどうですかね? 素直に堅実に…結局それが何げに一番の近道ですよ』

『……うむ』

 

 あぁ…そうだ。

 洗われ…綺麗になっていく戦車を見て…妙に興奮していたのを、思い出す。

 変な高揚感にでも襲われていたのか…。

 

『ならば、春でも売って…少しでも足しにできぬものか…』

 

 妙な事を口走ってしまった。

 お陰で…まぁ、ひどい目にあってしま…。

 

「……」

 

 笑いながら怒ると、器用な真似をしてみせてくれたな…。

 夏場だから乾くの早いからと…楽しそうにも言っていたな…。

 

『 で は 説 教 だ 』

 

 私の言い訳を真っ向から潰して掛かり、有無を言わさない…。

 更には、人格否定ギリギリを攻める様な、貶める言い方というか…うむ。

 もう、隆史殿の説教はいらぬな…気を付けよう…。

 

 しかし、初対面だと言うのに、遠慮がなかったな。

 頭を片手で掴まれるとか、少々貴重な経験だったか。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 せめてもの礼だと、購入された商品以外にと、酒樽でもと渡そうとしたが…拒否されてしまった。

 私に礼として渡せる物など、コレ位しかないというのに…。

 

『……懲りてませんか?』

 

 そうすると、私に残された…礼として渡せる物は「春」位しか…と、言った矢先、ものすごい顔で、睨まれてしまった…。

 冗談だと、顔を力の限り左右に振ると、大きくため息をつかれた。

 いや…本当に冗談だったのだがな…よく、まだその春とやらは、この時は知らなかったが…。

 まぁ…未成年というのもあるが…何より物での礼など要らぬと、ハッキリと言い切った。

 

 すでに言葉で貰ったと言う台詞と共に、それを笑顔で言われてしまっては、もう何も言えなかった。

 ま、それもコレまでだと…一期一会。

 多少、縁があっただけだと思っていたのだがな…。

 

 いや…驚いた。

 

 まさか数日後、見積り書を持参して、また来てくれた時は…。

 その日は、余り時間が無かった様で、余り長いはしなかったのだけれどな…。

 そうだ…確かこの日は、大洗学園が準決勝戦を勝ち抜いた後…だったか?

 これから決勝戦に向けてと…その様な貴重な時間を裂いてまで、約束だからと、来てくれた。

 

 …約束などした覚えは無かったのだけれどな。

 

 軽口の会話の中で、次回にでも持ってくると言っていたのだが、本気になぞしてはいなかった。

 こんな片田舎の古いだけの酒蔵…その娘の世迷言だと、思うのが普通だと思うのだけどな。

 

『これ見積り書です。参考にでもしてください。…あ、後、中古ですが、工具とかも一通り…あぁ…でも、下手に素人がバラさない方が、良い思いますから…この後は、分かる方見つけて…』

 

 我が家の店…ではなく、今回は裏側…玄関先。

 ガサガサと音を出しながら、持ってきた紙袋を漁っりながら…それでも此方を見ながら、早口で説明をしてくれている。

 

 その時は、驚くばかりで、疑問すら口に出来なかった。

 いきなりの訪問だったからな。

 

『鶴姫さん。経過が気になるんで、また様子見に来ていいですかね?』

『あ…あぁ、勿論、構わぬが…』

 

 呆けた様な、変な声しか出なかったのを覚えている。

 うむ、はい、分かった。…その様な返事しか返せなかった…。

 

『 んじゃっ! 』

 

 片手を上げて、また無駄に良い笑顔で去ろうとする隆史殿向い、何故その言葉が出たか分からなかった。

 ただ一度、数日前に出会っただけだというのに。

 

『…隆史殿』

 

『ん? なんですか?』

 

 我が家の蔵に、先代の残した戦車があった。

 

 私の…燻り其の物にしか見えぬ…鉄の塊。

 

 動かず、物言わず…ただ廃れていくと思っていた、その燻り。

 

 それを動かしたい…などと。

 

 徳蔵達は何も言わぬが、学業を疎かにして、この様な真似…。

 …それは、家の者からすれば、ただの私の我侭。

 

 その我侭に付き合ってくれるのだろう。

 

『隆史殿、一つよろしいか? 疑問が一つ…』

 

『ん? なんでしょう?』

 

 単刀直入に聞こう。

 

『何故、ここまで、できるのか…とな』

『はい?』

『…初対面の。しかも、自分で言うのもなんだが、この様な小娘に対し、何故そこまでの労を、費やす事ができるのか…と』

『あ…やっぱり…いきなりでしたし、ちょっと俺、気持ち悪いですかね?』

『いや、そうではなく…無論、感謝はしている』

『それでしたら、良かった』

『しかしな? 私などに、恩を売っても仕方がないぞ? ここまでしてもらっても、何もできず、ただソレを眺めているだけ…だ』 

 

 そうだ、ただ前に進めず、地団駄を踏んでいるだけ。

 自分の言葉に歯噛みし…手に掛かる、着物の袖口を握り締めてしまう。

 目端に映る隆史殿が、そんな私を見兼ね、困り果てたか…頭を掻きながらも、黙っている。

 それでもその顔は、ジッ…と私の顔…いや、目を真っ直ぐに見つめていた。

 

 …そうして縛らくの時が流れ、口を開らかれた。

 

『ここまで…と言っても…俺はただ、あの戦車を掃除しただけだぞ?』

 

『…は?』

 

 突然…砕けた話し方に変わった。

 軽い冗談だと、また頭を掻いた…そして。

 

『んじゃ、真面目に話しましょうか?』

 

 本音で話している…とでも言いたげに、笑っていた。

 

『まぁなんだ。正直に言えば、鶴姫さんが、戦車を俺に見せてくれた時の顔…って奴だな。それ見たからかね?』

『…顔?』

 

 持ってきた荷物を、玄関先に置き腕を組んだ。

 

『思い詰めた顔…? いや、違うな。何ていうのかなぁ…ちょっと今みたいな、どうして良いかわからない…って顔というか…?』

 

 今みたいな顔…。私は今、どの様な顔をしているのかと、無意識に両手で頬を触ってしまった。

 その仕草にまた、隆史殿は笑う。

 

『鶴木さん。俺が、大洗学園の生徒だって分かったから声掛けたんでしょ?』

『ぬっ…』

『しかも俺、あの時、西住の名前も出したし…更には男だけど、戦車道履修生。それで、アレを俺に見せたんだろ?』

『…如何にも』

 

 例え男でも、そこまでの情報がありゃ、役満だよな? そりゃ聞くわ! と、笑った。

 男の俺に、戦車の事聞いたんだ。俺を整備士にでも思ったのだろう? とも、見透かしたかの様に仰る。

 

『まぁなんだ。切羽詰た鶴姫さん見て、まぁ…ちょっと、力になってやるかと思ったのが切欠…あっ! あ~…』

『……』

 

 何故か、ここで少し目を瞑り、考える出したが、すぐに…

 

『ん~…まぁ、いいか』

 

 ―の、一言で考え事を済ませた。

 この御仁…これが素なのだろう。思いの外、軽い。

 

 

『鶴姫さんや、もし今の記憶のまま、生まれ変わったらどうする?』

 

 

 …は?

 

 あ…もしや、隆史殿は…アレだろうか?

 

『あの隆史殿。……すまぬが…宗教は…』

『ちっ…違うっ! 宗教じゃない! 勧誘でもない!』

『……』

 

 焦りだした為、非常にこの御仁を胡散臭く感じてしまったな…。

 また大きく息を吐き、頭を掻き出した。

 すぐにそのバツの悪そうにしていた顔を、真剣な顔に変え…この様な事を言った。

 

『俺は何ていうか、結構…後悔ばっかりしてきたからさ…。そんな事に例えなったとしたら、できるだけ全力で…もうこれから後悔しないように生きようって思っているんだ』

『それが生まれ変わりと、どう関係が…』

『いや……余計な事言いました…。忘れてくださいお願いします』

 

 手を前に出して、謝るように頭を下げた。

 真面目な顔が、数分も持たぬな、この御仁。

 

『…ま、なんだ。藁をも掴む思い? と、言うのかな? そんな顔で、俺を少しでも頼ってくれたんだ』

『藁をも掴むと…いや、そこま…』

 

 そこ迄ではない……と、言葉に出来なかった。

 あの時の事を思い出した直後、その言葉を飲み込んでしまった。

 

『俺に出来る事が、ありそうな話だったしな。掃除とか? …ここで知らんと、流す事もできたけど…また後悔しそうだったしな』

『…後悔』

『そうそう。後であの時、俺には出来る事があったのに…ってね。鶴姫さんを見捨てた結果、思い詰めた様な酷い顔が、更に酷くなってしまった…とか?』

『……酷い顔』

 

 だから、私はどの様な顔を…。

 普段、あまり私は、感情を顔に出したりしないというのに。

 

『はっはー! まぁ、んな感じだよ。結局は、俺の自己満足。…嫌がったり、余計なお世話だと拒否されたら、即座にやめるつもりではあったんだけどね』

『…自己満足』

『結果、後悔する羽目になっても…だ。行動を起こさないで後悔する位なら、行動を起こして後悔したい。まぁ、単純な話だけど』

『……なに?』

 

 この隆史殿の言葉が……癪に触った。

 …単純な話…。

 

『余計な事をして、後悔する…という事もあるだろう?』

 

 起こしたくても、起こせない…。

 そんな私には…羨む事位しか…と、少々意地の悪い返しをしてしまった。

 

『ま、そういう事もあるだろうな』

『…私には無理だな』

『あ、俺今、その余計な事してるか?』

『いや…余計な事とは思わぬが…』

『なら、良しっ!』

 

 意地が悪い、私の言葉を気にする事もなく…ただ笑う。

 私の考えを否定する事もなく、言い返す事もなく…ただ…。

 

『ま、それはあくまで俺のやり方。押し付ける気はない、そういった考えもあると思っていてくれるだけでいいや』

 

 まぁそういう事だと、それが理由だと、笑顔で話す。

 

 …。

 

 この御仁は、よく笑う。

 …軽薄な男は好かぬが、何故だろうか…隆史殿には、その様な印象は受けない。

 ヘラヘラとした様にも見えるが、嫌な気にはならぬのが、不思議だ。

 

 …まったく。

 

『…私は、こう見えて…その…それなりに血気盛んというヤツでな?』

『え…あ、そうなの? 良い所のお嬢様にしか見えなかったけど…』

 

 …お嬢様…な。

 これは、同学年の学友達にも言われた事があったな。

 まるで人形の様だと…。

 

 人形…。

 

 そうか…隆史殿も、その学友同様に…私をその様に見るか…と思ったのだが…。

 

『 春を売るとか、言い出さなければな 』

 

『…………』

 

 バッサリと…一刀の元、斬り伏せられた…。

 

『はっ…まぁ、人様になぞ、その様な私は、見せれるモノではないのでな…しかし…』

『誤魔化したな?』

『……』

『まぁいいや、どうぞ続けて?』

 

 やり辛い…。

 この隆史殿は、やり辛い…。

 

『さ…先程、生まれ変わったなら…と、申されたな?』

『ン? …あぁ、言ったな』

 

 自嘲気味に、変な笑いが出てしまう。

 話を変えたと思われたか…次の言葉を不思議そうな顔で、待っている。

 少し…ほんの少し、私の本音を吐露してしまった…。

 

『生まれ変わりなどには興味が無いし、分からぬ。私は、それよりも…』

『…それよりも?』

『もっと…遥か昔に、生まれたかった…』

『…昔?』

 

 滾る想いが、滞り…燻り続けていた。

 何故かは、彼には言えなかった…。

 私にも恥ずかしいという、感情はあるのだ。

 大洗学園の快進撃を見て…見続けていたからとなぞ、言えるものか。

 

『その血気とやらが、滾って仕方なし…』

『滾るって…』

 

 私も、我もと…その想いが、滞りが私を、いつも苛立たせていた。

 だから思う。故に思う。昔…ずっと前から想い続けていた。

 たまに冗談めかして、言ったことはあったのだが…隆史殿という、大洗学園の生徒を間近で、見た為だろうか?

 何故かこの時は、心の底からそう思った。

 

『私は、生まれてくる時を間違えた……と…』

 

 ……。

 

 その、嘆きにも似た呟きを聞いたであろう、隆史殿は…。

 

『あぁ…なる程。ソレで戦車ね』

 

 また…笑った。

 

『…なに?』

 

 幼稚じみた私の「もし」を、否定し、馬鹿にする様な真似はなく。

 …本当に、無邪気に笑った。

 

『んじゃ取り敢えず…そう、取り敢えず、試合に出せる程にまで、動かせるようにする。それが、今後の目標という事でいこうか』

『…いや、ちょっと待たれい』

 

 今の私の言葉で、何故そうなる。

 即座に、目標を定められてしまった。

 

『後は、友達とかでも誘って、戦車やればいい。その熱く滾る若きリビドーを、それで発散すると…』

『だから、待って欲しい。それに、わ…私と隆史殿は、同い年だと言わなかったか?』

『おっさんぶりたい、年頃なんですよ』

『……素の隆史殿は、扱いづらいな』

 

 わからん…この御仁が、一気にわからなくなった。

 いや、元々付き合いがあった訳でもないのだが…。

 

『…その…隆史殿は、笑わぬか。その…私の…』

『いや、生まれ変わったらとか聞いた俺に、そんな権利はないと思うのですよ』

『……』

『…勧誘じゃござんせんよ?』

『…………はぁ』

 

 比較的に、真面目な御仁だと思っていたのだが…間で間で、ふざけてくるな…。

 かと思えば…突然に真剣な顔をする。

 

『鶴姫さんは、血気盛んな方なんだろ?』

 

 そう、この様に、突然…。

 その顔で、じっ…と、私の顔を真っ直ぐに、射抜くように見てくる。

 

『正直、今の鶴姫さん見てると、まったくその姿が、想像できない』

『………』

『でも、自分で言うほど何だから、本当の鶴姫さんは、よっぽど血の気が多いんだろうよ』

『…待たれ。その言い方は引っかかるぞ。まぁ…否定はせぬが』

 

『随分と普段は、我慢しているんだな』

 

 私の非難の声を無視し、見透かした様な事を仰った。

 

『君が今の自分から変わりたいのか…それとも、本当の自分ってやつを出したいのか、それは分からないけどさ』

『……』

『取り敢えず、好きに…思うがままに、やってみれば良いさ』

『思うが……まま…』

『それが青春って奴だろ。謳歌してみれば? 俺も引き続き手伝うから』

 

『…………』

 

『す…すまぬ…話が逸れた。元々は、何故ここまで、隆史殿が手伝ってくれているか…と言った、主旨だったな』

 

 誤魔化した。

 

 …話を戻す振りをして、自分らしからぬ誤魔化し。

 

 少し…肩が軽くなった気を…誤魔化す為に…話を…。

 

『ん? あぁ、そうだったな』

『…そうだ』

『正直…俺には戦車道って奴が、良く分からん。…が、でもな? その戦車道のおかげで、毎日笑える様になった奴は知ってる』

『……』

『…しんどそうな鶴姫さんが、俺の知っている奴と同じく、そうなってくれたら良いな…と、思ったのが理由だな』

 

『………』

 

『まぁ後、アレだ。生まれてきた時? まぁ時代か。それを間違えたとか…俺はそうは思わん』

『思わない? …何故?』

 

 思わず吐露してしまった本音の言葉に反論してきた。

 この次の言葉に期待した。何をどう言うつもりなのだろうか? …と。

 その様子は、軽く…私の事を、何も知らないというのに、何故その様な言葉を簡単に言えるのかと、少し不快に…いや?

 不快とは違うな。…不思議に思った。

 ここまでしてくれていた、目の前の御仁が、この状況、あの言葉に対して何を言うのかと。

 知ったような口で、慰めてくるか…それとも、やはり呆れたような類の……と、言った類とは斜め上の言葉を頂いた。

 

 

『俺は鶴姫さんと出会えて、良かったと思ってる』

 

 

 ―口説かれた。

 

 

『まだ、2回目だけど、そう思えるんだから…まぁ、少なくとも俺は、貴女が生まれてきた時が違うとかは、思えない』

『…………』

『時代が違えば、まぁ…こういった出会いはなかっただろ? こんな言い方じゃ、俺にだけメリットがあるんだけど…』

 

 私はまた、その時にはどの様な顔をしていたのだろう。

 

『だからな? まぁ、余りそういった寂しい事は、言う…な…って…』

 

『…クッ』

 

『…鶴姫さん?』

 

 良くわからない感情が、湧き上がる。

 それよりも何よりも…。

 

『ククッ…』

 

『あの…』

 

『クッ……ハッ! アハハハッ!!!』

 

 久ぶりに、腹の底から笑った。

 

 隆史殿は、文字通り、腹を抱え笑い続けている私を見て、どうしたらいいか分からぬ様子。

 涙目になる目を拭いながら、その呆然としている御仁に答えようか。

 

『…はっ!! 何ともまぁ! 青春とは、また青臭い事を仰ると思えば!!』

『ぐっ! い…いや、俺も勢いで、言った手前、恥ずかしいから、あまり言わないで下さい』

 

 …たった2回。

 それしか話した事がないというのに…。

 お節介という言葉を体現した様な…御仁。

 

『そこから、よもや、私なんぞを口説こうとするとはな!!』

『……え』

『さすが、女の敵と揶揄される御仁!! 手の早い事だ!!』

『なっ!?』

『ハー! ハァー!! なんだその、鳩が豆鉄砲を食ろうたみたいな顔はっ!』

『鳩………今日日言わないよな、ソレ。…じゃないっ!! 口説いてないですよッ!?』

『出会えた事が、時を違えなかった運命…の様な事を口走っておいて何を申す』

『いやいや!! んな事、言ってないですよ!!??』

『はぁ~……いや、生まれて初めて、殿方より口説かれた…』

『だから口説いてないっ!! というか、女の敵とか…不本意な事言われてるの、なんで知っているんですかっ!?』

『いや、月間戦車道などの雑誌でな? 大洗に関する記事になると、隆史殿、絶対に出てくるぞ?』

『  』

『まぁ、大洗の尾形 隆史殿なら、お主しか居らぬと、先程気がついたのだがなっ!!』

 

 顔押さえて、嘆かれてもなぁ。

 言葉もない…と言った感じかの!?

 

『はーはー…安心めされ。私は、その様な記事は信じておらぬ』

『息切らす程、爆笑しておいて…』

『そもそも、ただ色を好む、軽薄な男ならばな? 初対面の時、私の提案に素直に乗ったであろう?』

『…ぐっ』

『なんとなく理解した。隆史殿…随分とまぁ…損をする性格のようだ』

『た…たまに言われる…』

『なんならば、今からでも我の春を買うか?』

『買わねぇよ!!』

 

 漸く、私の息が整い出し……いや、無理だったな。

 一度思い出せば、また腹が捩れそうになる。

 

『クッ…クク…我の様な、無骨な女を口説いても面白くはあるまいて…』

『まだ、笑うか…』

『私としてもあの様な一言で篭絡されたと思っては、たまらぬからな』

『…だから』

『まぁ、隆史殿とは、前回一度話しただけだが…人柄は何となく分かっておるからな。ただの軽薄な男なら、すでに斬り伏せておるわ』

『…手段があるかの様に…』

『無銘だが、一振り…業物があるのでな』

『手段あんのかよっ!!』

 

 楽しい…と。

 からかってしまっている様だが、素の御仁と話すのは本当に楽しいと、ここで思った。

 私に気を使わず、打てば響く様に遠慮なく返してくれる。

 

『…そ、そもそもな…口説く口説いた言ってるけどな…』

『ふぅー…ん? なんだろうか?』

 

『一応、俺…彼女いるからな?』

 

『……ほぉ?』

 

 ふむ…。

 その一言で、自己判断するまでもなく、一瞬にして頭にに上がっていた、血というか…熱が落ちた気がした。

 ほぼ初対面と変わらぬ御仁。彼には彼の生活があったのだから、別段、不思議な事ではないのだが、なんだろうか…。

 

『…では、恋人とやらがおるのに、息をする様に女子を口説く隆史殿?』

『なっがっ!! 呼称が長いっ!! そして酷い!』

『…一つ、願いがある』

『なんだよ…。はぁ…もう、本来の主旨が、空の彼方に見えるぞ…』

『隆史殿の趣旨趣向は、分かったので、そちらはもう良い。納得した』

『…あれで? 俺も言っていて、苦しいと思ったのに…』

『何を言う。その後の隆史殿が私を口説いてくれたのを発端に、全てが納得いったと申しておる』

『クドッ! …ご丁寧に、また言いましたね…。』

『あの様な記事が書かれる隆史殿、そして反する隆史殿の性格…何となく察した。要は、他の女子達にも同じような真似をしているのだろう』

『…い…いや、そんな事は…』

 

 春を売る。

 

 意味を知り、初対面の女にそれを言われた後、その女に本気の説教を垂れる御仁だ。

 各、強豪校…そのよりにもよって、猛者共からだ。

 ただ、色狂いの軽薄な男ならば、あの人数から言い寄られまいて。

 

『クク…。女子達…の部分には、突っ込まぬのだな』

『…ぐっ! …男友達、少ないんだよ』

 

 ……。

 

 前回とは違い、私の言葉にたじろぎ続ける隆史殿。

 もう少し、詰りたいと思うのは性分だ。勘弁して欲しい。

 

 しかし、面白い。

 

 この御仁をもう少し、いや。もっと知りたくなった。

 恋人が、誰かまでは記載されてはおらなかったが…面白い。

 かの猛者達をも、あそこまで惹きつけ、更にはその恋人とやらがいるのにも、諦めず奪おうとさせる程。

 しかも、全ては戦車道に関わる者達。

 彼の周りは、戦の真っ最中…という事だろう。

 

 私の憤り、燻りを払う術……戦える術を、与えてくれる。

 これからもまだ、お力添えを頂けるという…。

 

 日々の変わらぬ日常に、嫌気がさしていた中。

 腑抜け、腐り始めていた私に、もう一度、火が灯った気がしたのは気のせいではあるまい。

 

 滾る…。

 

 …これはこれで、何をどうすれば良いか分からぬ……が、何故か愉悦にも似た想いが湧き上がる。

 

 戦車はまだ…後少し、先送りになりそうだが、コレは仕方があるまい。

 

 ならば、私には私の出来る事を…まずは…と、この戦に参戦してみるのも悪くないだろう。

 

 さすれば、彼の事も順に…知っていける。

 

『はぁ…で? お願い…って、なんですか』

 

 では、まず…まだ見ぬ彼女達と、同じ土俵に立たねばならぬ。

 

『…まずは、私と同じくしてほしい』

『は?』

『隆史殿は、アレを…戦車を直す為に、私の協力者…相棒とやらに、なってくれるのだろう?』

『……相棒って、なんか言い方が…違う気が…』

『そうか…違うのか…』

 

 即座に反応し、少し寂しそうな顔をしてみた。

 普段…いや、今までの私ならば、この様な真似、死んでもしなかったと思うのだがな。

 隆史殿に対しては、何故かこうして、からかいたくなる。

 ハッ! …即座に気まずそうな顔をして、頭をまたバリバリと掻き出したな。

 

『あ…いや、まぁ…手伝う意味なら、そういう事に…なるのか……な?』

『…真か!? あ、いや。当然だろう』

 

 言ってみるモノだな…しかし、思いの外、上擦った声が出てしまった。

 その時の私の顔を見て、隆史殿は怯んだ様に一歩下がった。

 

『ぎぃ…ぐっ! …はぁ…分かった。相棒ですね、相棒』

『おぉ素直だな。な…ならば、私も構わぬ。「しずか」と、気軽に呼び捨てるがよい』

『…え? あ、いや、いきなり女性のファーストネームを呼び捨てるとか…』

『 相 棒 』

『グッ…』

『 私は、構わぬと言った 』

『がっ……ぁあ、もう…会長といい、どうして…。はぁ…わかった。分かりましたよ』

『うむっ!』

『んじゃ…しずか。で?』

『……』

『…なんだよ』

『いや…思いの外、あっさりと言われ……つまらぬ』

『……段々、しずかちゃんの性格が掴めてきましたよ?』

『…いきなり馴れ馴れしくなったな』

 

 し…しかし、ここからだ。

 

『で、ではな…』

 

 学校の教室…そのクラスメイトが話していた内容が頭を過ぎったのだろうか?

 

 色恋の話を、好き好んで姦しく騒いでいた。

 

 嫌でも耳に入った言葉を思い出した。

 

 これが、初手…だとも言っていたな。

 

 まぁ、当然と言えば当然。聞いておく事で、この先役に立つ。

 

 …すでにかなりの出遅れ…武器は多い方が良い。

 

 しかも、かの御仁達は、当然知っていると思われる。

 

 ならば……自分に言い訳をしながらも、取り繕うように…何かのせいにしながらも、漸く出た言葉が…。

 

 

『れ…連絡……先を、教えては……貰えぬか?』

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ま、大まかに言ってしまえば、これが出会いと言う奴よの」

 

「・・・・」

 

 よ…予想より斜め上を飛び抜けていた…。

 姫が、少し変わってるのは、何となく分かってはいたけど…。

 よりにもよって…あの…。

 いやいやっ! それよりも、気になるに決まっているでしょう、あの人との関わりを!!

 素直に白状する辺りが、余計に信憑性を増させたというか、なんというかっ!!

 

 …試合が開始される為に、関係者以外は、あの本部テント前から追い出されてしまった。

 要件はすでに済んだと、一般の観客席へと二人して向かう最中…どうやって知り合ったかと、聞いてみた結果がコレだ…。

 

 嬉しそうに語る、姫の横顔の出来上がり。

 

 ぅぅ…。

 

 報告…。

 

 …私を紹介し、そして同じようにした報告。

 簡単に言えば、戦車の整備できる私…の紹介。イコール、アレを動かせる目処が立った…。と、そういった報告…。

 姫の実家で見た、あの掃除が行き届き、古ぼけてはいるけど、ピッカピカに磨かれた九七式装甲車…。

 まだ手は着けていないのだけれど、工具、部品。共に…殆ど揃っていたので、すぐにでも整備に入れそうな環境だった。

 その状況、環境を整えたのが彼。

 あの「尾形 隆史」…さんが、あのテケ車に関わっているとは、夢にも思わなかった。

 それが…あの悪評の塊。女の敵。光源氏の再来、ロリコン、西住キラー、人妻キラー、悪食…等、散々なキャッチフレーズを所持されている御方が…。

 

 しかも…恋の戦とか…この姫に…しずか姫に言わしめさせるなんて…。

 いや…それも誤解だと、言われても火のない所に煙は立たないし……素直に信じられなかった。

 でも、あの…特に聖グロリアーナのダージリンさんの反応を見る限り…本当に噂なんだと納得させられる。

 

 それよりも…一周回って、このしずか姫様だ。

 

「…姫、尾形……さんが、付き合ってる女性いるの知っていたんだね…」

 

「ん…そうだな。先程も言ったが、直接本人から聞いておったから」

 

 ……。

 

「ま、誰かは教えて貰えぬかったが、十中八九、この中の誰かだと…」

 

 あっさりと言う姫様だけど…それで、よくも知らないフリして、あの怖い人達を相手に、知らないふりして啖呵切ったよね…。

 姫って、普段は物静かだけど…結構、度胸というか…大胆というか…。

 

「…姫…あぁいった男性が好みなんだ…」

 

「好み? いや? まったく?」

 

 ……。

 

 …………は?

 

「実はな? 松風さん。…私にはまだ、そういった…主に恋愛とやらは、よく分からぬ」

 

 ……。

 

 まさか…まさかとは思うけど、面白そうだから…とか、そういった理由だけで、あの闇鍋みたいな関係の人達の中に飛び込んだの?

 初めて見る、はしゃぐ姫様を見て、ちょっと不安が…。

 

「…ただ」

 

 …ん?

 

「…隆史殿の事を、知っていきたいと思った」

 

「……」

 

「もっと…もっと…深く…」

 

「………」

 

「それと同時に、何故か腹立たしさと、疎外感が酷くてな…」

 

「…………」

 

 あの…それって…。

 

「決勝戦のテント前の時など、妙にその感情が抑えられず…余計な事を言ってしまい…また説教されてしもうた…」

 

 あ…顔が青くなった。

 

「あの御仁の説教はな? …同じ事を、何度も何度も……まさにボケ老人かと思える程に、同じ話を繰り返してな…」

 

 うっわ…ウザ…。

 

「しかし、それはワザとそうしていると、途中で気がついた…。それが分かって以降…これが生き地獄かと…」

 

 …確信犯ってやつだぁ…。

 

「ま…松風さんは、そういった経験はお有りか?」

 

 っっ!?

 

「なっ!! 無いよ!! どっちもない!!」

 

「……そうか」

 

 あっ! あからさまに期待はずれって顔されたっ!

 むしろ、こっちが聞きたい…というか、参考にしたいよ!!

 

 はぁ…。

 

 何故か、非常に悔しいという気持ちになるのは、なんでだろう…。

 それにしても……姫がもしそう言った感情を、あの男性に向けるって、理由が弱い気がする…。

 確かにテケの事で、手伝ってくれたっていっても、それだけじゃなぁ…

 ソレはあくまでキッカケ…って気がするなぁ。

 

「あっ…」

 

「如何なされた?」

 

 一つ…すっとばされてる気がする。

 そうだ…たしか。

 

「今の話って、2回目までと、決勝戦の会場での話だよね?」

 

「如何にも」

 

「3回目の時の話、飛ば「 隆史殿にも報告ができた故! 後は心置きなく、この戦に集中できるよな!? 」」

 

 ……姫が被せてきた。

 

 誤魔化すように叫んだネ。

 耳が少し、赤みが刺している…。

 くっそう…。姫もこんな顔するんだ…本人は、まだ上手く理解していないって感じだけど…恋だの戦だの…。

 聞きかじった言葉を言っているって感じもする。だから、さっき…参戦也って。

 無理やり、かじりつこうとでもしてるのかなぁ…。

 それでも…。

 

「あの、怖い人達の中に…割って入ろうとしたね…」

 

「…怖い人達?」

 

 一瞬、本気でわからないって顔をして、すぐに分かってくれたのか、表情が戻った。

 真っ赤になり始めた顔も、いつものお人形さん見たいな顔に…。

 

 でも…。

 

「怖いか…。確かにそうかもしれぬ…が、あの御仁達は、良い。…本当に良い」

 

「えっと…姫?」

 

 その一言が、姫の口から出た直後、また姫の顔つきが変わった。

 それは豹変…と、言っていい程の変わり様だった。

 口の端を上げ、本当に楽しそうに言った。

 

「松風さん。見たか? アレが強豪……猛者と言われる人物達だ」

 

「……猛者?」

 

「いざ戦を始めんと、心を決めたであろう、直後のあの者達の……気迫」

 

「…う、うん」

 

「浮ついた気持ちなぞ、即座に切り替え、己が相手に対してのみに意識を向けた顔付き…フッ……フフッ。武者震という奴かの? 未だ指先が震えている」

 

 ……。

 

 そう、変わった。言葉にはしなかったけど、一瞬にして肌を焼いてしまいそうな感覚が、全身を襲った。

 物腰柔らかだった、ダージリンさんも例外ではなかった。

 顔は笑い、目は座り…それでも現状を楽しむかの様な笑い。

 

 …あの伝説を打ち立てた人達と、戦うのが怖くないのだろうか?

 あれはそんな顔じゃなかった。

 エキシビジョンとはいえ…これから始まる試合が、楽しみで楽しみで仕方がない…そんな…笑顔。

 

 ……。

 

 それは…今のしずか姫と、同じような…笑顔…。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

「失礼。お嬢さん方」

 

 

 

 …?

 

 

 突然、声をかけられた。

 

 姫は、これから赴く場所への邪魔をされた…そんな考えが手に取る様に分かるほどの…不機嫌な顔になった。

 観客席へと進む私達の前に、邪魔をする様に立ちふさがる。

 

「あぁ、申し訳ない。突然、声をおかけしてしまい…少々お尋ねしたい事がございまして…少しよろしいでしょうか?」

 

 ニコやかに、笑顔で声をかけられた。

 テンプレートの様なスーツ姿のサラリーマン風の男性。

 その男性の声に、無表情で…しかも無言で応対している姫。

 明らかに、邪魔された…といった感じの不満顔だ。

 …ちょっと…怖い。

 

「ほら…不審がられているじゃないですか。やっぱり、私の方が良かったでしょう?」

 

「そ…そうでしょうか?」

 

 あからさまに警戒心が、顔に出てしまったのか…少し、バツが悪そうにしている。

 

「女性には女性。大の大人が女子高生に…って、下手すると即座に通報されますよ?」

 

「至極普通に接したつもりでしたのに…声を掛けただけで通報ですか」

 

「このご時世ですから」

 

「世知辛いですねぇ…」

 

 スーツ姿の背の小さな女性に、窘められた男性。

 肩を落として、ハンカチを取り出して、額を拭い始めいた。

 

 …でも。

 

 

「さっき、君達…学校テント本部前で、何かおしゃべりしてたよねぇ?」

 

「あっ!?」

「ほらぁ…綾瀬君が、モタモタしてるからぁ…取られてしまったではないですか」

「…取られたって…そんなに若い娘と話したかったんですか? 通報しますよ?」

「…最近、君は僕に対して酷く冷淡じゃありません?」

「ソンナコトアリマセン」

 

 うっ…。

 

「あれ、大洗学園の…生徒さんだったのかなぁ?」

 

 漫才みたいなやり取りを余所に、声を掛けてきたもう一人の男性。

 失礼な話だけど、顔を顰めそうになってしまう。

 

 香水…なんだろうけど、刺激臭とでも言いそうになる程の匂いが鼻を突く。

 たまにこういった男性いるけど…ちょっと苦手だ。

 

「いやいや! ほらぁ! 今はもう、関係者以外、あそこ近づけないでしょぉ? ちょー…と、知り合い探していてねぇ?」

 

 馴れ馴れし口調。

 片手を上げ、ニヤニヤとした顔で近づいてくる。

 うっ…匂いが強くなる。

 

「遠目で見るしかなくてねぇ? どお? 君達が話していた男って、知り合いと、同じような体格だったものでねぇ?」

 

「……」

 

「大洗学園の男子生徒なんだけどね? …そこに居たのかなぁって、確認なんだぁ」

 

 先程のサラリーマン風の男性と…同僚だろうか? 少し背の低い…少々幼い印象を持つ顔立ちの女性。

 同じくスーツ姿なのだが、このニヤケた男性から見えないと位置にいる為に、ハッキリとその顔を顰めていた。

 …これ、私達に近づいて来るのを見てるのだろうけど、彼女も近づきたくないのか…一定の距離をキープしている様に見える。

 

 うぅ…でもどうしようか。

 この人達が言う、知り合いって…誰の事だろう。

 

「違いますよぉ?」

 

 姫っ!?

 

 黙っていた彼女が、突然…聞いた事も無い、普段の彼女から想像も出来ない、猫撫声を突然出した。

 にこやかに笑い…なんか…キャッキャしてるというか、なんというか…。

 え…え…? どうしちゃったの…別人みたいだよ?

 早口でペラペラと、状況を説明し始めたけど…なにその口調。

 両手の指を胸の前で、交差させながら…。

 

「実はぁ、私達も大洗の男子学生を探していましてぇ。ご存知ありませんかぁ? たまぁに雑誌にも取り合えげられてるぅ…」

 

 ここで、スッ…と。口調を崩す訳もでもないのだけど…横に居る私まで怯えちゃいそうな程の迫力で。

 

「大洗の「尾形 隆史」という、()()()を…」

 

 …と、そのニヤニヤした男性を睨みつけた。

 あ…うん。何となく姫が何をしたいか分かったけど…なんだろう、ちょっと言葉に刺が…。

 

「…あの背の高い…君達が話していた男は、違ったのかい?」

 

「違いますよぉ…アノ男性が「尾形 隆史」なら…」

 

「なら?」

 

「…五体満足で、あそこにいるはず…ないじゃないですかぁ」

 

「……」

 

 ひ…姫の迫力がすごい…。

 笑顔は崩さないのだけど…崩さないって、だけだよね?

 逆に恐怖感がましていく!?

 

 臭い男の人の顔が、一瞬で凍りついたよ!?

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『…不愉快だ。非常に不愉快だ』

 

 先程、別れたばかりのしずかより、すぐに着信があった。

 その着信音を鳴らす携帯にでると、即座にその一言が聞こえた。

 どうやら、しずか達はあの分家と接触があったようだ。

 何やら、俺を嗅ぎまわっていると感じた為、即座に誤魔化したと…すっげぇ不機嫌な声でのご報告。

 

『折角の気分を害された…チッ。台無しだ…』

 

 聖グロ側のテント内。

 やたらと豪華なパイプ椅子に座り、黙ってその報告をお聞きしている最中です。

 豪華なパイプ椅子ってなんだろう…自分で言っておいて、首を傾げそうになるな。

 まぁ…実際、クッション部分とか…脚回りとか…色々イジってあるんだけどね…。

 

 …まぁ、そんな事はどうでもいい。

 

 どうにもあの七三メガネ、秘書子ちゃんを連れて、この会場に来ているみたいだった。

 

『隆史殿が、珍妙…いや? 面妖な格好と偽名を使われているのは、あの者達のせいだろうか?』

 

「まぁな。ちょっと面倒臭い事になってるんだよ」

 

 聞いた…大体の経緯を。

 初めは知らない電話番号からの着信だった為に、出るのを躊躇していたのだが、思い切って出てみれば、しずかの声がした。

 連れていた友達の携帯電話で、俺に電話をくれたみようだ。

 なんでそんな事を? …とも思ったのだが、それよりも…。

 

 あの分家……七三と繋がってやがった。

 

 初対面の時、官僚とも付き合いがあるって言っていやがったが、あの七三との事だったのか。

 いや、それ以外にもいるのかもしれない。

 

『…西住さん。まぁもう、いいじゃないですか。今回の目的は済ませたのでしょう』

『ん~…もうちょっとかなぁ』

『……』

 

 会話を録音…していた様だ。

 その音声を電話越しに聞かせてくれている。

 

 …録音データを送ってくれれば…とも思ったのだが…ダメだ。

 しずかの携帯は、未だガラケーだったのを思い出した。

 だから、おとなしく聞くことにした。

 

『私達は、そろそろ出ないと仕事に間に合いませんので……局長。もう行きますよ?』

『綾瀬君? いや…まだ少し、時間はあ……はい、睨まないでください』

『お仕事、大好きなんでしょう? この後も一杯ありますから。良かったですね』

『……冷たいなぁ。しかし…彼も大変ですねぇ…。あ、君達? 一応僕は、教育する側の立場ですから、一応言っておきますよ? 暴力はダメです』

 

 あ…これ、しずかに対して言ってるな。

 空返事をする、しずかの声が聞こえてきた…。

 

『…西住サンも。例の方々の接待が残っているのでしょう?』

『まぁね。いやぁ…しかし君は、どうにも僕が嫌いみたいだねぇ』

 

『 は い 』

 

『はっきり言ったねぇ…』

『…基本的に、若い男は嫌いです。しかし、仕事は仕事。割り切ってますからご安心を』

『親父趣味か…すごいね、その年で。今から会う連中、紹介しようか?』

 

『 セクハラで、訴えますよ? 』

 

『お~け~、分かった、やめよう。君は、目がマジだから…本気でやりかねんからねぇ』

『……まったく。子供の前で、なんて事口走るんですか』

 

 …いや、本当に。

 ある意味で、子供だと舐めているという感じが、凄まじく感じる。

 それも含めて、しずか様がご機嫌斜めなのか…な?

 しかし…秘書子ちゃんの声が、七三に対しても終始冷たい。

 事務的…とでも言うのか、なんなのか…。前は…特にボイスレコーダーを俺に渡した時とは別人だと思える程に、声に熱がない。

 少なくとも、あの七三に対しては、もっとこう…。

 

『…隆史殿?』

 

「あ、すまん」

 

『いや…大体は、ここまでだ。後は、私達に礼を伸べ…行ってしまった』

 

「…そうか」

 

『役に…たったであろうか?』

 

「…あぁ、大助かりだ」

 

『なら良いが…これ…盗聴…』

 

「しずか、いいか? 相手が…特に不審者と思われる奴らと接触した場合、会話内容を録音しておくのは自己防衛と同じだ。何かあった場合…こういった音声データは証拠になる」

 

『う…うむ』

 

「今は裁判でも有効だしな。更には公共の場での会話だし…もう一度言うがソレは、自己防衛だ、気にするな」

 

『承知した…』

 

「ゆるい喋り方する、しずかも新鮮だったので、俺としても満足だ。ありがとう」

 

『!?』

 

「あ、後…しずかの友達の……松風さん? だったか?」

 

『いや、ちょっと待て。隆史殿はどうしてそう…「電話変わってくれるか?」』

 

 

 

『……』

 

 

 ……。

 

 あれ?

 黙っちゃったぞ…どうした?

 

「あの…しずか?」

 

『…何故だ?』

 

 …いや、なんでそんなに声冷たいの。

 

「いや、迷惑かけたみたいだし…一度、謝っとこうかなと…」

 

『ふむ…では、息をする様に、女子を口説く隆史殿?』

 

 ……オイ

 

「……なぜ、フルネームの如く俺の名前を呼んだ」

 

『すまぬが、電池が切れそうだ。流石に人様の電話故、長話も悪い。…すまぬが切るぞ』

 

「え…あ、いや──ブッ

 

 ……と、切ると言った直後に、宣言通りに一方的に電話を切ってしまった。

 ツー…ツーと、電子音が耳の奥に流れる…。

 はぁ…後で、また電話を掛けてみるか…流石に試合開始だ。

 何時までも、私用の為の電話を、このテント内でしているのもどうかと思うしな…。

 

「……」

 

 七さん達はこれから、仕事…ね。

 まぁ…これで、あいつらの事は、取り敢えず今日は大丈夫だろう。

 流石に気にしない訳には、いかなかったしな…一つ、心配事の種が減ったので良しとしよう。

 決勝戦から、まだそんなに立っていないが…動きは早い方が良いだろうさ。この試合の話を土産に…やはり、しほさんに会いに行こう。

 七三は兎も角、あの分家の事なら、彼女に聞くのが一番だろうよ。

 

「…………」

 

 ま、取り敢えず…今は目の前の事に、集中しようか。

 だから…な。

 

 

「おっっっ茶が、入りましたわ!!!」

 

 

「あ、うん…ありがとう…でもな? それはソレとして…」

 

 そう、テントの中には、椅子とセットで…また、無駄に豪華な机がある。

 その机の上に、ドンッ!!! …と、ティーカップが割れそうな勢いで…あぁもう…今回は、酒は入ってないだろうな。

 

「なぜ此処にいる………ローズヒップ」

 

 そう…いた。

 

 赤髪のお嬢様候補生様が…。

 

 そのまま自分用のティーカップを持ったまま、俺の椅子の横に座った。

 いやな…。

 

「隆史さんは、おかしな事をおっしゃりますのね? この場所でのお仕事は、本来2名で行いますのよ?」

 

「いや…俺の聞きたい事は…」

 

「あ、そうでございました! 大洗学園は、人手が足りない! ですから今までは、隆史さん一人で…あぁ! 今回もそうでございますですね!!」

 

「いやいや!! お前、何やってんの? 試合、出ないのか?」

 

「出れる訳ないでございましょう? 試合に使う戦車台数は決められてるんですのよ?」

 

 ……会話…してくれ…。

 すこし、ズレてる返しが…ローズヒップらしいけど…。

 

「ダージリン様から、今回はここで、隆史さんを見張ってるのが私の仕事だと、お聞きしてますわ!!」

 

 …見張り…。

 いや、ダージリンよぉ…後輩には経験積ませてやれよ。

 本人は楽しそうにしてるから、別に良いけどさ…でもなぁ。

 

「なぁ、ローズヒップ」

 

「何でございましょう!?」

 

 …いやぁ…返事からして元気良いな、相変わらず。

 

「いや…お前、一応は車長なんだろ? …出なくて良かったのか?」

 

「まぁ…私も後学の為に、参加したかったのですが…まぁ、仕方ありませんわ!!」

 

「……」

 

「年下の私に、頭まで下げて、お願いされては…」

 

「お願い? はい? ダージリ…ん…がぁ!!??」

 

 何気なく顔を前に向けると、設置されていた大画面が目に入る。

 各、試合開始位置へと向かう、各高校の戦車達が走り…流れて行く映像。

 大洗…知波単……プラウダ高校…そして、聖グロリアーナ。

 

「えっ……いや、確かに今朝いたけど…」

 

「急に立ち上がらないでくださいまし!! …って、どうしたんですの?」

 

 戦車に疎い俺でも、一目で分かる程に…異色…というか、違う戦車が一輌紛れていた。

 

 …嘘だろ。

 

「あら、ダージリン様から何も聞いていませんの?」

 

「聞いてないっ!!」

 

 不思議そうに俺を見上げるローズヒップを余所に、先程しまった携帯電話を取り出した。

 これも私用だけど…悪いが、んな事気にしてられんっ!!

 

『んっ…どうした、隆史』

 

「まほちゃんっ!!」

 

『何を焦った声を……あぁ…見たか』

 

「俺、聞いてないぞ!?」

 

『言ってないからな』

 

 がっ…。

 

 俺のコールに即出てもらえたが、俺の焦った様な声を涼し気な声で流している。

 このテント前にも来ないから、どこぞの観客席で見るつもりだとは、思っていたけど!!

 いや…いいんだ。別に彼女達の世界の事だから、俺が口を出すつもりは一切ない。

 

 …ないが…。

 

『…いいか、隆史。今回のフラッグ戦、規定の戦車車輌数を守っていれば、特に今回の事は問題ではない』

 

「そりゃ…まぁ、今さっき聞いたけど…だからってさ、まぁ…俺も悪いんだけど…様子が、ちょっとおかしかったんだぞ?」

 

『無論知っている。…私を誰だと思っているんだ?』

 

 黒森峰の学園艦も、近くに停泊している…すぐに用意できたとしても、おかしくはない。

 …おかしくはないけど…。

 

『聖グロリアーナとしての参加だ。…なに、ダージリンも承諾している』

 

 走る戦車…。

 

『だから…聖グロリアーナのパンツァージャケットまで、しっかりと着ているだろう?』

 

 カメラもその車輌を映している。いや、映し続けている。

 この場所にも、会場からのざわめきが聞こえてくる位に、観客も意外だったのだろう。

 

 …黒森峰の…確か、名前は…。

 

 

 VI号戦車ティーガーⅡ。

 

 

 その車輌のハッチから、聖グロの…真っ赤なパンツァージャケットを着た体を出し、その戦車の行き先を真っ直ぐに睨んでいた。

 

 

「…エリカ」

 

 

 自然とその名前が、口から出てしまった。

 

『ふむ…少々寂しくは思うが…ちゃんと似合ってるだろう?』

 

「 うん。可愛い 」

 

 

『……』

 

 

「……」

 

 

『………………は?』

 

「あ、ゴメンナサイ」

 

 あ、いかん…また自然と、声が出てしまった

 そして、反射的に謝ってしまった…。

 あ…変な視線を感じて下を見ると…ローズヒップ。お前もジト目って出来るんだな…。

 

『まったく…まぁいい。…隆史』

 

「なんだよ…」

 

『みほとエリカの事、私がお前に丸投げで、何もしていないとでも思ったか?』

 

「い…いや」

 

『私とて、今の関係が良しとは思わない。だからお前には、思いつかない方法で…だ』

 

「だからって…」

 

『完全な相互理解は、無理かもしれない…しれないが、あの子達なら何か感じられるかもしれない』

 

「……」

 

 まほちゃんは、彼女なりに考えての事だろう。

 事だろうけど…。

 

「でもな!? 一度…『 お前は、みほとエリカの事を、舐めすぎだ 』」

 

「…な『腫れモノを扱う様にして、どうにかなったか?』」

 

 …こ…言葉もない…。

 

『いいか? 隆史。多少…いや、本気で一度やり合わせた方が良い。ソレであの子達が、どうにかなるとでも思っているのか?』

 

 言い返そうとしても、結局何も進んでいない様に感じていたので、何も言えない…。

 みほの様子では…デートは失敗に終わったと思っていたからな。

 

『ふふっ…お前には分からないだろう…がな?』

 

「……」

 

『隆史。…結局の所、私達はコレで話すのが一番だ。私達だからこそとも言える』

 

 結局、決勝戦では直接対決は叶わなかった…私が取ってしまったからなと、まほちゃんは言う。

 楽しそうに……いや、楽しいのだろう。

 そしてハッキリと…俺に向かって…だけではないのだろう。

 

『…いいか?』

 

 彼女達二人に対しても言っている様に、俺は感じた。

 

 

 

『 これも戦車道だ 』

 

 




閲覧ありがとうございました

…誤算でした。
リボン編の序章っぽい感じで書きたかったんですが…ヤイカも出そうとか思っていたんです…が!!
……書き終わる直前で、リボンの武者13巻出てたんで買って読んだんです。
ネタバレになるので、内容書きませんが…あかん、話オカシクナル…って事で、中盤から全て書き直しました…。
遅くなりました、すんません。

あ、聖グロ:エリカさんの挿絵も描こうかなぁとか、思ってたんですが…先に話を上げようと思い、やめました。…気が向いたら描きます。

ありがとうございました



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【閑話】 ~乙女の男子会です!~

はい、分かってます! 

閑話ではなくて、本編進めなくてはと、分かっちゃいるんです!!
でも、一日遅れてしまったけど、この手のイベント関係を書きたかったんです!
思いつきで即興…本編、PINK両方の執筆途中で止めて…時期もの書いてみました。


…………ちょっと未来のお話



『もう~♪ いくつ寝るとぉ♪ …ば~レ~ん…タ………イン…』

『……』

『……』

 

『…死にたい』

 

『…さて、そろそろ帰るわ。お邪魔したな尾形』

『そうだな。来たばっかだけどな』

 

『聞けっ! 聞くんだ! 特に尾形!』

『 ヤ ダ 』

『お前に教えて欲しいんだ!』

『ヤダって、言ってんだろ』

『来月、バレンタインだろう?』

『そうだな、だからなんだ』

 

『バレンタインでチョコ貰えるって…どんな気分?』

『……』

『……』

 

 

『 唐突にお前、何言ってんの? 』

 

 

『あ、お前はいい。中村は言うな。普通に死にたくなるから』

『人様の家に来て、第一声がソレか?』

『いや、だってよ、中村。普通に興味沸かね?』

『お前こそ俺の話を聞け。それに興味? 別に沸かねぇよ』

『尾形の性格…人間関係上…どんなバレンタインを送ってきたか』

『……む』

『俺は、もう…こいつに嫉妬はしない。そう…去年の糞みたいなゲームで思い知った。よって…いや、むしろ…』

『…………』

『こいつの修羅場エピソードを楽しむ事に専念したいんだ! あんな面白いバラエティは、他に無いだろう!?』

『…俺は、お前のそういう腐った所、結構好きだぞ?』

『キサマラ』

 

『さっ!? どうだ、尾形っ!!??』

 

『無えわ!! なんで、修羅場前提の話なんだよっ!』

『うるせぇ!! モテない俺の心の砂漠に、オアシスをボランティアで設置しやがれ!!』

 

『よし、ちょっと待ってろ。ベコ、換装フル装備で着てくるから』

 

『ベコ、兵器になりかけてるじゃねぇか』

 

『いや…なんか、愛里寿が、どんどん機能を付け始めてな…この前…AI搭載して…もう、訳が分からない仕様になってんだ…』

『あぁ、お前の親戚の…あの天才少女か。なんだよ、機能って…AI? ただの着ぐるみだろ…』

『なんか自分の名前付けたみたいでな…「ALICE」って、システムなんだけど………気が付くと着ぐるみの動き、乗っ取られてる』

『勝手にって…普通に怖いぞ。どこのセンチネルだよ』

 

『んな事、どうでもいいんだよっ!!!』

 

『チッ…』

『チッ…』

 

『ダー様とか、ノンナさんとか!! あのメンツのマジモン本命チョコってのが、どんなのか知りてぇんだよぉぉ!!』

『ふむ…なるほど。それは、興味あるな。尾形、どうなんだ?』

『中村……あっさり手の平、返しやがって…』

『どんな表情で渡すとか! 渡し方とかも知りたいっ!!』

『うるせぇなっ! 昔っから…青森の時も、あんまり縁なんてなかったわ』

『嘘つくなっ!!』

『マジでバレンタインなんぞ、縁がなかったんだよ。時期的には…まぁ、カチューシャとか、ノンナさん達とは出会ってたけど…その頃、ノンナさんには特に嫌われてたしな』

『あ~…なるほど。それに聖グロ連中とは、4月、5月頃だっけか? 出会ったの』

『そうそう。オペ子が入学してからだしな。むしろ…バレンタインは、掻き入れ時だったな』

『掻き入れ時?』

 

『学校の女子共に頼まれて、有料でチョコを俺が作ってた』

 

『『 …… 』』

 

『バイト先の取材記事でな? 変にそっち方面で有名だったから…まぁ、頼まれる事、頼まれる事…ラッピング含めて全て込みで、結構稼がせてもらったな』

 

『『 …… 』』

 

『既製品と間違われる程のクオリティを出す事に、心血を注いだ。包装リボン作る姿を見て、バイト先の客連中に、気持ち悪いを連呼されたけどな』

『あぁ…お前、変な所、器用だったな…というか、商売すんな。金のやり取り、嫌いじゃなかったか?』

『いや…有料にしたら、諦めるかと思って言ってみたんだけどな? …迷いもなくほぼ全員、了承しやがってなぁ…引くに引けなくなった』

『…女子って』

『…後、制作にバイト先の店を借りていたからな…カチューシャに、哀れみの目で見られたのは、忘れない…』

『『…………』』

 

『ノンナさんには、ゴミを見る目で見られた…』

『ご褒美かな?』

『ご褒美だろ』

 

『クッ…! ま、まぁ…かと言って、金取るからには、手は一切抜かなかったけどな…。あ、因みにフェイク用のチョコで、男子連中にも頼まれたな』

『気持ちが……わかるぅ…』

『林田…』

『よって、貰った事なんぞないわ。特に本命なんて有り得ん』

『…そのチョコをもらった野郎共が不憫だな…』

『待てっ! 待て、中村! 一つ忘れてるぞ!?』

『……あ、なるほど…………西住姉妹っ!!』

『あ? あ~…そういや、転校してからも、毎年送られて来たな』

『『 ………… 』』

『なんだよ』

『死ねッ!! しっかり、貰ってるじゃねぇか!』

『いや…まぁ、普通に、義理だと思ってたし…』

 

《 ド ン ッ ! ! 》

 

『なんだ、今の音』

『……』

『中村?』

『…今この家、お前しかいないんだよな?』

『お? そうだな。というか、だからお前ら来たんだろ?』

『…まぁ、流石に俺らも、其処ら辺には気を使っ…じゃない。とにかく居ないんだろ?』

『あぁ。まほちゃん遊びに来て…そんでクリス連れて、皆でどっかに出かけて行ったな』

『因みに…この居間の横の部屋って?』

『俺の部屋だ』

 

『…………』

 

『中村どうした? 壁なんか見て』

『…もしかして、全員…まだ家にいるんじゃね?』

 

《ガサガサッ!!》

 

『……』

 

『何を……あぁ、さっきの音か。んなら、多分違うから気にすんな』

『違う?』

『俺一人でいる時が多いんだけどな? この家、たまにラップ音するからソレだろ』

 

『『ちょっと待て』』

 

『引っ越してきた当初、少々居ちゃダメなもん居たから、その名残だろ。気にすんな。ただの怪奇現象だ』

 

《ゴトッ! ガタッガタッ!》

 

『お、久しぶりに今日は元気だな。…まぁ、麻子に言うと、取り乱しそうだから言ってないがな? まぁ、もう大丈夫そうだし、無害だ、ほっとけ』

『…元気って』

『…ほっとけって…』

 

『…それ以上に怖いモノ、見てきたからな…この程度、何ともないし、どうでもいい』

『『…………』』

 

『…因みに、尾形。毎年、最低2個は確保できる尾形』

『林田…何故、二回言った』

『さすが林田。空気を読まない』

『彼女達のチョコってどんなの?』

『は? いや…まぁ、普通?』

『そぉのぉ! 普通が分からねぇんだよっ!!』

『林田、お得意の妄想すれば?』

『……妄想って』

『そうだな…例えばっ!! 西住さん』

 

『『 どっちのだ 』』

 

『可愛い方』

『両方だろ…?』

『…本気で言いやがった、コノヤロウ』

 

『んじゃ、エロい方』

『みほか』

『…即座に判別しやがった』

 

『そうそう妹さん。あの妹さんなら…まぁ、うん。結構、ファンシーなの用意しそう』

『あぁ~…まぁ、そうだな。ボコが好きなんだっけ? …容易に想像できるな…ボコのチョコか…』

『…普通に会話に交じるな中村』

『彼女、購入派か、手作り派か…どっちだろう』

『手作り派に一票。ボコのチョコなんぞ売ってないだろ?』

『ボコチョコ確定で言ってるな…まぁ、毎年…クオリティが、やたらと上がっていったな』

『普通に毎年とか言いやがった』

 

『…そんでもって…』

 

 歩く二人…合わない歩幅…。並んで歩いていたのに、気が付けば立ち止まっていた。

 俯く彼女…。無言の時間。呼びかけにすら応えなかった彼女が…漸く小さな決意をした…。

 

「 …こ…これっ!! 」

 

『…とか、耳まで真っ赤にして、渡して即去って行きそう!!』

『いや、まぁ、取り敢えず、林田の妄想がキメェ。なんだそのキャッチコピーみたいなの』

『あぁっ!! すっげぇ、分かるわ! 絶対、モジモジして渡しそうだな!!』

『…中村』

『朝から、一日中そわそわして…渡すタイミングを何度も逃しそうだよなっ!』

『うっわ…すげぇ簡単に想像できる…。結局、渡し倦ねて…放課後まで引っ張ったりしそう…』

『あ~…まぁ、うん。中学の時はそうだった。学校の帰りとかに貰ったな』

『『 …… 』』

『あと…なんか、まほちゃんと話している時とか、やたらと間に入ってきたな』

『『 …… 』』

『その日に限って、やたらと校内で出会ったんだけど…毎回毎回、顔赤くして、なんかモジモジして…何もしないで去っていったな。そうか…あれ、そうだったのか…』

『『 …… 』』

 

『…妹さんが、不憫だ…』

『容易に想像できるのが、また彼女の魅力だろうか…めちゃくちゃ可愛いと思うのだけど…』

『いや、取り敢えず…二人揃っていきなりアクセル全開だな…。俺だけじゃなくて、中村も吐けよ』

『…コジラセタ女性の好意の…文字通りのその塊は、猛毒にもなるんだよ。聞くな。思い出したくない』

『…あ、はい』

 

《 》コッチミロ、イモウト。オネエチャント、オハナシヲシヨウ。

 

『……』

『…どうした、中村。また壁見て。ナニモイナイダロ?』

『いや…まぁ…気づかない振りするのが、優しさか…』

『はい?』

 

『それよりも…』

『林田?』

『めちゃくちゃ綺麗なお姉さんは、どうなんだ…まったく想像できん…』

『まほちゃん?』

『めちゃくちゃ、高価そうなチョコ用意しそうだ…』

『購入派にしか思えんな…。その中身も、すげぇ大人っぽいのチョコで』

 

『まほちゃんの? 手作りだったぞ?』

 

『『 はっ!? 』』

『お…おぉ。やたらとハートとかの多い可愛めのチョコが多かったな。…どうにも、菊代さん…あぁ、西住家の人な? その人に教えて貰いながらとか、何とか言ってた』

『『 …… 』』

『確かに、包は黒い箱に、赤い十字で巻いたリボン付けただけのシンプルな奴だったけど…中身とのギャップが結構凄かったぞ?』

『…殺意しか沸かねぇ…』

『…こいつ、シレッ…と』

『ただ…』

『あ? なんだよ死ね』

『シンプルな殺意だな、林田』

『彼女、普通に…いや、確かに放課後とかだったけど…全員が見ている前で…』

『……』

 

「 隆史、バレンタインだな 」

「 …そ…そっすね、西…まほ先輩 」

「 隆史は何故、学校だと先輩と、敢えて呼ぶんだ…。呼び捨ててくれて良いと言っているのに…まったく。…次は……ナイゾ? 」

「  」

 

『…ってな? 何故か彼女、昔から西住先輩って呼ぶと怒るんだ。まほ先輩でも、怒るし…』

『話の腰を折るなっ! んで!?』

『俺は、理解した。…彼女、分かっていて公衆の面前で、渡す気だ』

 

「 そら…()()の分だ 」

「 あ、うん。ありが…と……おぅっ!!?? 」

「 菊代さんに、頼んで…教えて貰って……まぁ、少し…私なりに努力をしてみた 」

「 はいっ!! はいっ!? 」

「 そ…その。見て、不格好なモノでも…笑わないで…くれると嬉しい… 」

「 っ!? っっ!!?? 」

 

『…と、全校生徒…男女共に含めて、一心の殺意を向けられる受託式が、その年も行われました…とさ…』

『税金みたいなモンだろ。当然だ』

『…林田』

『まほちゃん、ファンクラブとかも有ったから、その後、数ヶ月は下駄箱一杯に、不幸の手紙が届くんだ…』

『このご時世に…また、古風な…』

『俺も一筆、認めて良いか?』

『…虚しくなるから、やめておけ林田』

『はっ! もう遅いっ! …すでに俺のライフは、0だっ!』

『はぁ…涙目で言うなよ…』

 

『あぁぁ…尾形との繋がりで、義理チョコくらい、来年は貰えるかなぁ…』

『…切実だな。俺繋がりでって…誰にだよ』

『誰でも構わんっ! …敢えて言うなら…』

『言うなら?』

 

『武部さんだ』

 

『…まさかのあんこうチーム。いや、お前の趣向どストレートだな…。お前、ノンナさんのファンじゃなかったか?』

『身近な人の方が、リアリティがあるだろ!?』

『お前に限っては、無いな』

『無い』

 

『彼女、絶対に手作り派だろ!!』

 

『聞け。俺達の話を聞け』

『まぁ…容易に分かるよな。彼女ならそこら辺、滅茶苦茶凝りそうだよな』

『…中村よぉ。頼むから、あっさりと裏切るのやめてくれ。はぁ…まぁいい。乗ってやる』

『それに彼女なら! 絶対に友チョコとかも大量に作りそうだろ!? 戦車道の履修者全員に配るほどに! その中の一つ!! 一つ、ぎぶみーちょぉぉこ!!』

『…ま、まぁ…そうだな。彼女、そういうイベント、好きそうだしな…』

『味の心配も、まったく無いのも魅力だな』

『ピンクと、赤のど派手な包装しそうだけどな…。まぁ、武部さんらしいけど』

 

 教室…席の机の上。コトンッ…と、彼女は置いた。

 

「 はぁい、チョコね! 」

 

 皆に言うように、明るい笑顔…ただ、振り向き…去り際に言うセリフだけが、自分だけは特別だと感じさせてくれた。

 

「 …ちゃんと…本命だよ♪ 」

 

『とか、言われてぇぇぇ!!!!』

『…いや、林田。いい加減、マジできめぇぞ』

『絶対に、最初フランクに言うんだっ!! んで、最後に真顔か、照れ顔で、一瞬マジ声で言ってくれるんだっ!!』

『…林田。戻ってこ~い……って、尾形? どうした』

『……』

『尾形?』

『…想像しちまった…。なんだその破壊力…』

『だろぉ!? 彼女らしいだろ!?』

『…尾形に、林田の毒が回ってきたな…』カベノムコウガ、サワガシイ…

『なんだろう…そういった経験がないからか…まずい…俺も林田と変わらないのか…?』

『あぁ……例のゲームの時でもそういや、そうだったな。ケイさんと小山先輩…結構、アレだったし…お前、結構そういったテンプレ好きなんだな…』

『……割と』

 

《 ガサガサッ!! 》

 

『……』

『中村?』

『あ、いや、気にするな…。あぁもう…俺も馬鹿になった方が、いいのか?』

 

『さぁぁてっ! エンジン温まってきましたよっ!!』

『…だから、なんでお前は、そんなに秋山さんの真似が上手いんだよ』

 

『んじゃぁ、その秋山さんでいってみようか!!』

『優花里か? あ~彼女は、購入派っぽいよな。いや? 戦車型のチョコとか、作りそうだしな…』

『いつの間にか、妄想大会になってる…。はっ…もういいや…俺も乗る』

『よしよし、中村も同じ穴の狢になったな』

『…俺からすると…彼女は両方だな』

『ほぅ…? その心は?』

 

『一生懸命、作ってはみようと思うが、失敗しまくって、結局既製品を渡すタイプかと』

 

『…これもまた、容易に想像できるな』

『ん~…優花里がねぇ……』

『無難作取ってきそうだよな。中村、経験があるかの様な言い方だな』

『まぁ…結構いるからな、そういった子。俺は普通に既製品貰ったけど…尾形ならどうすんだ?』

『……』

『尾形?』

『ん? ぁ~…そうだな。どうせなら、失敗したの食ってみたいとか、思うかもな』

『あ、よくあるジゴロヤロウの言葉。そういって、不味くても美味いって、言ってタラシ込む気だな!?』

『何故そうなる。俺は、不味い物を、お世辞でも美味いとは、死んでも言わんぞ? 不味かったら不味いと、正面から本人に言う』

『…お、ちょっと意外だ。あからさまに不味いと分かっているのも食うのか?』

『それが、ちゃんと頑張ったモンならな。頑張ったのなら、その頑張った過程を、ちゃんと知っておいてやりたいと、俺は思うがね』

『…尾形が、真顔だ…。こいつ、食物に関してだけ、変に誠実だな…』

『うるせぇな。食品扱ってた立場だと、こうなるんだよ。ま、不味かったとしても、次に上手く作れるように、手伝ってやれる事はあるだろ? だから改善点を…って、まずは食して模索してきたんだ』

『……ん? してきた?』

『なんだよ』

『…その言い方だと、秋山さんが作ったの…食った事ある様な言い方だな』

『何度か、あるな』

 

『『 ………… 』』

 

『優花里、結構努力するタイプだからな。失敗したとしても、全部食って……って、どうした』

『経験済じゃねぇかっ!! ふざけんなっ! 女の子の手料理!? はぁぁ!?』

『い…いや、みほもその事は、知ってるし…。色々あって…まぁ、手料理っていや、確かにそうだけど…』

 

『知ってりゃ良いってもんじゃねぇよっ!!!』

『林田、今日は輝いてるなぁ…』

『普通に、戦車道関連で食った事がある…て、聞いてねぇなこりゃ…』

 

 片手で渡すチョコ…。後ろ手に隠す、もう片方の手…。その手には幾つもの、絆創膏が巻かれていた…。

 その手を見せないように、少し寂しそうな笑顔で…

「 ど…どうぞ。ちょっと、頑張ってはみたのですが…今年は…コレで… 」

 

『みたいな事だろ──!?』

『なんでチョコ作るのに、指切る程、包丁使うんだよ』

『その妄想だと、秋山さん、既製品を渡すのには、躊躇しないのな』

『突っ込みは、いらないっ!!』

 

『…あのさ、尾形』

『なんだよ、林田。というか、テンションいきなり下げるな』

 

『お前の浮気相手って、秋山さんか?』

 

 

《 ゴドンッ!!! 》

 

 

『してねぇよっ!! 段階すっ飛ばして、浮気相手特定しようとするな!』

 

『…あ~…俺も何となく、林田が聞いた事、理解するわ』

『何がだよ!!』

 

『だって最近、彼女すげぇ身だしなみに気をつけてね?』

『…は?』

『髪だって、アレ、完全に手を加えてるだろ。家が床屋だからって、去年まではまったく、その傾向なかったのにオカシイヨナ?』

『ま…まぁ…聞いても適当に誤魔化される気が…。そういうや…私服もスカート履いてるのが、増えた気が…』

『基本的に、ボーイッシュな服装、多かったのにな』

『……』

『…何故クラスメイトの私服を、貴様らはさも当然の様に、知ってんだよ』

 

『後…そうだな、西住妹さん』

『…みほか?』

『あれ…髪の毛、伸ばし始めてるだろ』

『…お…おぉ。流石に肩まで伸びてるから、気がついてるわ。…聞いた事あるけど…はぐらかされた』

 

『お前の事だから、何かアッサリと言ったんだろ。お前自身、気がついてなくてもな? 女子って、言われた何気ない一言でも、結構何時までも覚えてるぞ?』

『………』

『他の3人は、あんまり変わらないのにな。どうして、その二人だけ、変化があったんだろうなぁ?』

『…………グッ』

『はっはっは。…少しは、自分の発言に気をつけるこったな』

『くっそ、何も言えない…』

 

『はぁい、では次行きまぁす!!』

『林田…だから、少しは空気を…』

『お前ら、俺の話無視するから、俺も無視しまぁす』

『はぁ…いや、私服を知ってるのは、俺も尾形も、戦車道の…』

 

『 次は生徒会長!! 』

 

『購入派!!』

『尾形!?』

 

『え~…でも、生徒会長って、料理上手そうだよな?』

『そうだな。和食とか、すげぇ作るの上手そう』

『あぁ、だからか? 洋菓子って苦手なのかね』

『でも、基本的にチョコって、湯煎して、溶かして…後は形を整えるだけだろ? 苦手も何もないだろ』

 

『…いいか、お前ら。…あまり、人の事を悪く言うのは気が引けるが…』

『あん?』

『華さんは、ダークマターを作製できるお方だ』

 

『『 ………… 』』

 

『俺は、砂糖と塩…。ナチュラルに間違える人、初めて見た』

 

『『 ………… 』』

 

『切る事は、ある程度出来る様になったのに…。何故、そこでアレンジするんですか…? なんで、煮汁が紫色してんですか…? 適度に味見してください…』

 

『…尾形が遠い目をし始めた』

『帰ってこい、尾形』

 

『…はっ!!』

 

『よし、帰ってきたな…では、尾形』

『秋山さんの時に言ったセリフ、もう一度、言ってみろ』

 

『…………』

 

『…食ってるさ…』

『…何?』

『全部、食ってるさっ!! 遠まわしだけど、正直に言ってるさ!!』

『…お前』

『また、あの人! 滅茶苦茶前向きだから、めげないんだよっ!! だから、俺が投げ出す訳には、いかないだろ!?』

『…………』

『次、頑張ります! …の一言が、またすっげぇ~…いい笑顔で言うもんだから…。俺も諦めない…頑張る…頑張りますから…』

『あ…うん。頑張れ…』

『この尾形は、初めて見るな…』

 

『包丁持ってる時にあんまり、近づかないで下さい……胸押し付けるのやめて下さい…危ないですからっ!!』

 

『…ほっとこう』

『…楽しそうだしな』

『はぁー…はぁー…ち…違う…落し蓋は、豚肉を上から落とす事じゃない…』

 

『さて林田。彼女、結局どっちだと思う?』

『…………』

『林田?』

『彼女の場合…本当にテンプレをしてくれそうで…手作り派』

『…何のテンプレだよ』

『ほら!! 良くあるだろ!?』

『は?』

『全裸でっ!! リボンだけ体に巻いて!! 赤っ!! 赤いのをっ!!』

『…あ、なるほど。後、谷間か?』

『そうだっ!! 挟むなり、置く!! そしてぇ!! シーツの上でぇ!!』

 

「 私と一緒にどうぞ♪ 」

 

『──の!! 一言だけの破壊力っ!!』

『はっはっは。…いやぁ…引くわぁ。お前も童貞特有のテンプレだな。』

『あの生徒会長なら、やってくれるっ!!』

『…いや…たまにはと思って、黙って聞いてりゃ…何言ってんだよ、お前。あの華さんだぞ? んな事する訳がない…………と、オモウゾ?』

『最後、なんで濁した』

『うるせぇムッツリッ!! 尾形だって……』

『あ、馬鹿、林田!』

 

『彼女が、やってくれりゃ嬉しいだろ!?』

『うむ』

『……』ア~…バカヤロウ…

 

『ほれみろっ!! 即答じゃねぇか!』

『しまったっ!!』

 

《  ゴドンッッ!!!!  》

 

『……』

『…な…なんだ? 滅茶苦茶、背筋に悪寒が走った…』

『お…俺もだ…』

『林田お前、来月…家に来い…せめて、匿ってやるから…』

『…何から?』

『な…え? 風邪ひいたかな?』

『尾形は知らん。自業自得だ、自分で何とかしろ』

『…は?』

 

『まぁ…いいや。さ、んじゃ最後か…冷泉さん』

『麻子かぁ…』

『えっと、彼女の場合…』

『ちょっと待て、林田。お前、彼女で想像できるのか?』

『え? なんで?』

『……いや、お前…オレンジペコさんの時と、大分違うな…』

『???』

『いや…もう、いいや。ぶっちゃけた話、彼女胸ないぞ?』

 

『はっはー。いいか? 中村』

『尾形の真似をするな、真似を…で?』

 

『貧ヌーは、尊いのデス』

 

『…は?』

 

『女性を胸の大きさで評価スルナド……イケナイコトデスヨ?』

 

『…林田が、壊れた…どうしたっ!? 何か辛い事でもあったか!?』

『……林田…お前…』

『よ、よしっ! 今度奢ってやるから、話してみろ! な!?』

 

『巨ヌー……アレハ、シボウノ、カタマリデス、ムダナニクナノデス』

 

『……』

『目に光が…ないな…』

『…林田。お前……姉さんに、何か言っただろ』

 

『  』ビクッ!!

 

『…やっぱりな。姉取り扱い説明書を渡してやったのに…お前、目を通さなかったな?』

『は…? お前ら何言ってんの?』

 

『 オネエサマハ、オヤサシイカタデシタヨ? 』

 

『…………』

『……ま、いい。その内に治るだろ。はい、マコニャンの番だな』

『なんなの、お前ら…目が死んでるぞ?』

 

『で? 中村はどう思う?』

『いや、彼女は…購入派だろ…どう見ても』

『まぁーな。でも、なぁ…麻子、俺には黙っているけど……料理、普通に作れたみたいだぞ?』

『そうなのか?』

『あぁ、麻子のお婆さんに聞いた。和食オンリーらしいけど……どうにも、嫁入り修行って事で、昔から仕込んでいたみたいだ』

 

《 ガタッ!! 》オバァ!!

 

『へ…へぇ…意外だな』

『俺も初めは、沙織さんが麻子の生命線だと思っていたんだけどな? …普段は、サボってるだけだな、ありゃ…。今度、婆さんに相談してみるか…』

 

《 ガタガタッ 》マコッ! ドコイクノッ!

 

『…………』

『どうした、中村』

『…い…いや』

 

 

 なんの変哲もない…ただの板チョコ…。

 開封され…半身を出したソレを、顔に近づけて来た…。

 

 

『…お、復活したか』

『いや…どうだろう』

 

 

「 食べろ 」ポツリと呟いた言葉に従い、小気味良い音と共に、その角を一口齧る。

 すると、すぐに差し出していた…そのチョコを引っ込める。齧られて掛けた場所を、今度は彼女自身が口にし…また小気味良い音がした。

 冷静を保った顔のまま…それでも、耳は赤く…そして一言。

 

「 来月…期待するからな… 」

 

 

『おかえり、キモイノ!』

『いやぁ…想像以上に、きめぇな! あ、お前の事だぞぉ?』

『うるせぇなっ!!』

『いやいや、褒めてるんだぞ☆』

『どこがだよ!! ウインクするなっ!』

 

『まぁ…確かに、彼女は購入派だとは思うけど…板チョコはないだろ…』

『イメージ的に、なんかしっくり来たんだよ!』

『ふむ…俺が思うに…』

『お、なんだ兄弟』

『…兄弟は、やめろ』

『…そうか。お前ら、もう親戚だったな…で? 尾形的には、彼女はどうだ?』

『いや…作った物じゃなく、購入した物なら…なんだろう…一緒になって食べそうな気がする』

『あ~…それもすぐに想像つくな…あの状態で甘えてきそう…』

『麻子は、クーデレだしな』

『異論はない』

『そうだな』

 

《 ドンッ!! 》シャー!

 

 

『…なんだ、今の』

『はっはっは。尾形』

『なんだ?』

『……もう、俺にフォローは無理だ』

『…?』

 

 

 

 ▼

 

 

 

『さ、散々話してきたけど…。結局、尾形は最低2個は、毎年確保していたと確認が取れました』

『なぁにが、青森でも……だ。しっかり確保してるじゃねぇか! 死ね!』

 

『……』

 

『…どうした、尾形』

『あ、お前…もしかして、2個じゃないのか!? はぁ!?』

 

『い…いや、まぁ…青森にいる時もそうだけど…。大変ありがたい事に…毎年4個は、頂いておりました…』

 

《 !? 》

 

『…誰にだよ。現地妻にか?』

『その言葉はやめろ!!』

『チッ…まぁ、俺らが知らない子だったら、ツッコミ様がない…。せめて西住さんにチクるか…』

『やめろっ! 後ろめたくはないが、なんか怖いからやめて!!』

 

『…………』

 

『中村?』

『尾形…その様子だと…西住姉妹が知ってる人物だろ』

 

『………』ビクッ!

 

『…誰だ。悪い事は言わん。今の内に言っておけ』キイテイルダロウシ

『……』

『下手に隠すのは、為にならんぞ? マジでナ? 今なら、フォローしてやる……まだ、できるぞ?』

『ま…まぁ、お前が言うならそうなんだろうが…』

『あっさり…。この手の話で、尾形の中村に対する、信頼度がすげぇな』

 

『えっと…な? みほ達には、言うなよ?』

『その言葉で、大体想像が付いたけど…誰だ?』

 

『いや…幼馴染だけど…。あ、みほともそうだ』

『死ねっ!!』

『林田、まだ早い』

『そのフレーズが出ただけで、殺意が沸くわ!! バレンタイン+幼馴染!!! ナニコノ最強装備!!』

『それはそれで、意味が分からんが、理解はできる』

『できるのかよ…』

『しかしそれ…彼女、怒るか? 幼馴染なら、逆に知ってるんじゃね?』

『いや…なつーか…な? ドイツから、態々送って来てくれてな…? それ言っていいもかどうか…』

『……』

『流石に…とも思って、ホワイトデーで、なに気に一番気を使ったのを…送ってたとか…言ったら怒りそうだろ?』

『…今、お前は非常に、高水準濃度の「余計な事」を言った』

『?』

 

『あ…ひょっとして…前に試合した、ベルウォール学園の子か!?』

『………そう』

『中村…なんでその情報だけで、特定できた』

 

『たしか…なか…な…そうそう、中須賀って子か?』

『いや…だから、何故分かる』

『いいか、林田。直接俺は、その場に居たから分かるのだがな? 他にも尾形の幼馴染の子が、2人いた』

『…は? はぁっ!?』

『どうにも、西住さんを応援している様な感じだから、外れる…よって、その娘にしか当て嵌らないんだよ。お前も一度、会ってるぞ?』

『…き…記憶に…どの子だ?』

 

『ツイテの巨乳』

『あぁっ!! 蟲を見る目を俺に向けてきた、あの乳!!』

『……』

『……』

『あ、ごめん尾形…今のセリフは、彼女に言わんでくれ…また毟られる…』

『何されたんだ、お前…』

 

『はぁ…まぁ、いい。あの子なら、何とかなりそうだ…。西住さんも分かってくれるだろ……んで、次』

『あぁ…まぁ、もう一人は、大丈夫そうだしな…えっとな?』

『誰だ。今度は、どこの幼馴染だ』

『誰だ。今度は、どこの戦車道乙女だ』

『偏ってるなぁ…いや、普通だ。普通に…』

 

『 しほさん 』

 

『……』

『……』…サンハイ

 

 

《 ゴドンッ!!! 》

 

 

『いや、まぁ、まほちゃんとみほと一緒に、毎年貰ってたよ?』

『…お前、家元との事語る時、なんでそんなに嬉しそうなんだよ…』

『別に、おかしくないだろ。幼馴染のお母さんに貰うのって…変か?』

『いや…まぁ、大人の女性だし…含みも何もないんだろうけど…』

『そうだな。テンプレ通りの義理チョコだったな!』

『まぁ…それは、そうだろうけど…。彼女達からすれば、複雑だろうな…』

 

『……』

 

『林田?』

『なぁ、尾形…一昨日、秋山さんの店の前でさ…誰かと何か、話してたよな?』

『ん? なんだよ、いきなり。まぁ、ちょっと立ち話したけど…あぁ、あの人が優花里のお母さんだ!』

『…ふむ、なるほど…。何話してたのか聞いていいか?』

『いや、本当に唐突だな…別に優花里の学校での事、聞かれたから話しただけだよ』

『…普段から、あぁやって話すのか?』

『は? まぁ…あんな感じだけど…なんだよ、急に』

 

『…………』

 

『中村』

『今度は、俺か? なんだよ』

『…尾形…秋山さんのお母さんから、甘い物好きかとか…聞かれてたぞ』

『この時期にか?』

『この時期にだ』

『邪推…ではなさそうだな…』

『後で、会話内容教える。…どう考えても、同級生の母親との会話じゃなかったから…』

 

《 カリカリカリカリ 》ユカリンッ! ミポリンモッ!!

 

『…え…普通に話してるだけぞ?』

 

『もういい、尾形っ! 飯食いに行くぞ!!』

 

『は? なんだよ、急にお前まで。飯なら俺が…』

 

『いいからっ!! たまには、どっかの店で食うぞっ!!』

 

『いや…まぁいいけど…』

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

「西住殿♪ 本日は一度帰りますね♪ …バリケード作りたいので」

 

「あ、私も手伝います」

 

「ふむ、ならば、私はトラップを仕掛けるとしようか」

 

「ありがとうございます!!」

 

「…みぽりん……お姉さん…」

 

「…違う…デレてない…デレてない…私は、デレてない…」

 

「あらぁ…。麻子さん、重症ですねぇ」

 

「五十鈴さんは、なんでそんなに冷静なんだ…。あんな妄想、聞かされて…普通に引いたぞ…男というのは、あぁなのか?」

「私? えぇ、大丈夫ですよ? それに…」

「それ…に…?」

 

 

 

「とても良い……ヒントを頂きましたから♪」

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

ツヅカヌ…。

次回からは、おとなしく本編進めます

ありがとうございました


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第23話 開戦と決意

はい、久々…スピンオフからの新キャラ登場。


「茶柱が立ったわ」

 

 何時もの様に、小さく聞こえる駆動音。

 狭い戦車内の中。これも何時もの様に、ダージリン様が思いついたかの様に口を開きました。

 いえ…まぁ…試合中だとか、そういった事は無粋ですし、癖の様なモノ。無意識にその言葉に耳を傾けてしまう…。

 

「イギリスの、こんな言い伝えを知ってる?」

 

 顔をダージリン様へと向けると、これもまた…彼女は何時もの様に、微笑を浮かべながらも口にする。

 

「茶柱が立つと、素敵な訪問者が現れるって」

 

 手荷物紅茶を口に進めながら、そんな事を仰言いました。

 

「お言葉ですが、もう現れてます」

 

 えぇ…そんなお言葉。

 私としても、これこそ何時もの様に、ダージリン様のお話のお相手になりたい所ですが…今回は本音が溢れてしまいました。

 

「素敵かどうかは、さておき…」

 

 まずは現状。ゴルフ場のバンカーの中へと陣取り、防御で固めた陣形。

 私達、チャーチルの周りを、マチルダⅡで取り囲み…。バンカーでの遮蔽のお陰で、戦車を傾け、避弾経始が意識できる。

 ですから、多少の本弾は受け流せる…というのは、分かりますが、それでもこう…一方的にポンポン撃たれ続けるというのは、あまり心境的にも宜しくありません。

 

 ギンッ! …と。

 あぁ…また天井から砲弾が弾かれた金属音が耳を刺しました…。

 

「……」

 

 この素敵な訪問者。

 

 大洗学園と知波単学園に、完全に方位されている現状。

 正面には、西住 みほさんが指揮するフラッグ車。開けた場所だから、はっきりと目視できますが…他の車両は周りの林の中に数輌。

 バンカーへと入ってしまい、ゴルフ場の芝生の地面その物が、遮蔽物となってしまい…正確な数までは分かりませんね。

 

「いくら親善試合とはいえ、油断しすぎたのでは…?」

 

「この包囲網は、スコーンを割るように簡単には砕けません」

 

 ダージリン様は、私とアッサム様の言葉を特に気にする事もなく、また何時もの様に紅茶を口にへと運ぶ…。

 

「落ち着きなさい。いかなる時も優雅…それが聖グロリアーナの戦車道よ」

 

 …そうですか。

 

 

「違います」

 

「…違う?」

 

 はっきりとした私の物言いに、アッサム様が驚いた様なお声を上げました。

 ダージリン様は特に気にする様な顔をせず、ゆっくりと私に口を開きました。

 

「ペコ。何が…違うのかしら?」

 

 どうやらダージリン様は、私の言葉の後に続いたアッサム様の言葉で、少々勘違いをされたようです。

 

「いえ、私の言い方が悪かったと思いますが…私の質問の意味を、ダージリン様は、履き違えてます」

 

「…履き違っている?」

 

「はい。現状に関して、特に私は疑問に思っていません。今は…大まかに言えば、私達が囮役…の様な物で、ここに陣取り…別働隊を集結させて、現状取り囲んでいる大波さんチームを、後方から撃破。…と、いう所でしょうか?」

 

 まぁ…少々、厳しい状況ですが…。

 

「ふむ…70点と言った所かしら」

 

 私の言葉を、少し楽しそうに聞いているダージリン様。

 でも…私が気にしたのはソコではありません。

 

「…ですから、今の現状に疑問を持った訳ではないのです」

 

「なら、何かしら?」

 

 更に面白そうに…いえ、すでに私の疑問に勘付いていらっしゃるのでしょう。

 ですから、私も遠慮なく、その疑問を口にします。

 

「…何故、あの方の参入を、許可されたのですか?」

 

 …単刀直入に聞いてみた。

 

「親善試合とはいえ、連携も取れるとは思えない方が参入。慣れない方を入れてとか…明らかに油断としか…」

 

 ここまで言えば、私が誰の事を言っているかは、誰にでもわかると思います。

 ダージリン様は「あの方」…と、言った瞬間理解をしてくれたみたいですが。

 

「あら、ペコは反対かしら? 黒森峰の戦い方…西住流を間近で。しかも、味方側として見られるのよ?」

 

「…い…いえ。勉強にはなると思いますが…ですが、ローズヒップさんの代わりにクルセイダー隊を任せるなんて…」

 

 ダージリン様の手が、口につけていたティーカップと共に下がる。

 微笑を浮かべたまま、諭すように私にへと視線を投げてくる。

 

「黒森峰の副隊長。…特に役不足…という事はないは思いますが…」

 

 少々キツめなフォローになってしまいましたが、私は別に、あの方を過小評価も過大評価もしていません。

 まだ良く知らない方ですし、なにより…この疑問を投げかけたのは、本当に。純粋に。…ただ、分からなかった。

 

「まほさんと私。同意見でした」

 

「…え?」

 

「ですから今回のお話を受ける事にしたの」

 

 黒森峰の隊長…西住 まほさん…。

 たしかに、逸見 エリカさんからすれば、無断で戦車を借用する訳には行きませんし、何よりもあの方が黙っているとは、確かに思えません。

 思わず顔を向けたしまった、私の目を見て、ダージリン様が、小さく微笑んだ。、

 

「えぇ、そうよ? 良い? ペコ。…例えばこれから先。貴女達はお互いに、慣れない指揮者、慣れない仲間に、当たるかもしれない」

 

「……達」

 

「それこそ…今回の様に、他校との合同…しかも混合試合とかね? ありえない話では、ないでしょう?」

 

「まぁ…」

 

 砲弾を弾く音が響く中、ダージリン様は続けて言葉を続ける。

 

「何事も経験。お互い先輩として、後輩に残せる物は、幾らでも残しておきたいのよ」

 

 そして少し、寂しそうに口にした言葉…。

 経験を積ませたい。ただソレだけだと、後継に残してやりたい貴重な経験だと…仰られました。

 

「それに…もう、私の時間は、あまり残されていませんからね」

 

「……」

 

 いつの間にか、アッサム様も口を閉ざし、目の前の相手に顔を向けていました。

 何時ものダージリン様なら、その方が楽しそうでしょう? とか、平気で言いますのに…今回ばかりは、本気の様に思えました。

 

 時間がない…ですか。

 

 それは黒森峰側も同じでしょう。

 …そうですね。ダージリン様達、3年生の引退が…近い。

 

 それとして…。

 

「でも…挨拶の時、すごい空気でしたよね」

 

「ふふっ。そうだったわね、みほさんと彼女。やはり何かしらあるようね……誰かさんのせ~いで」

 

 そう…なんですよねぇ…。

 開始挨拶の時の、あの張り詰めた空気と言ったら…。

 お互い二言、三言と言葉を交わしただけだと言うのに、一瞬でその場の雰囲気が変わってしまいました。

 ただ、少し意外でしたのが、西住 みほさん。…何か…ちょっとこう…上手く言えませんが、彼女の印象が変わっていました。

 

「……」

 

「ふふっ…時間が残されていない…。やはり私も、何時までもこのまま…という訳には、いかないわね」

 

「ダージリン様?」

 

 

「決めました。…この試合が終わった後にしましょう」

 

 後?

 

 いつの間にか、思い出し笑いでもした様に、薄く口元を綻ばせて、手に持つ紅茶へと視線を落としていました。

 その目をスッ…と閉じ…。

 

「 男の幸せは「我、欲す」。…女の幸せは「彼、欲す」 」

 

 何時もの趣味…何時もの格言。

 それを私にではなく、自分自身に言い聞かせている様でした。

 しかし、このタイミングで何故、その言葉を?

 

「ドイツの哲学者、ニーチェですね。でも、なぜ今その…」

 

「正解…。そうね…私自身、何かしら決心に至る覚悟が欲しかったの。将来の事を考えると、余計にね」

 

「決心? 将来? …あの、仰っている意味が…ひゃっ!?」

 

 ガコンッ! …と、一際大きな音が、車内に響いた。

 砲撃、着弾の音の感覚が、徐々に短くなってきていたのは、感じていましたが…。

 

「ですから、年功序列。…先鋒は、私です」

 

「先鋒? なんの事…です…か?」

 

 横の車両のマチルダが、一輌撃破され…いよいよという所で、ジッ…と、ダージリン様が、私の目を見つめているのに気がつきました。

 真剣な…本当に真剣な目で。

 

「…ペコ。私も人並みには「女の幸せ」を、掴みたいと思うのよ」

 

 女の幸せ…。あっ。

 

「そ…それって…」

 

「ダージリン」

 

 私の言葉を遮って、アッサム様が口を開いた。

 何を指して、ダージリ様を呼んだのか…それはすぐにダージリン様が、答えを呟いた。

 

「あら…勝手にスコーンが、割れたわね」

 

 やはり即興チームという事なのでしょうか?

 

 …大洗学園と知波単学園。双方のチームが割れました。

 知波単側が何を考えているか分かりませんが、単独で各々こちらに向かい始めてきました。

 それに合わせ、私も私の仕事に取り掛かろうと、砲弾に手を掛けた時…。

 

「まぁ、その話は後にしましょう」

 

「あと、ダージリン。そのお話だと、私の「 後になさい 」」

 

 アッサム様の言葉を今度は、ダージリン様が遮って…楽しそうに。

 

 …本当に楽しそうな声で、ダージリン様の命令が飛んだ。

 

 

「 砲 撃 」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程行われた試合開始前の挨拶…。車長のみで行われたから、私は遠目で見るしかなかった。

 …見るしかなかったから、この程度で済んだのかな…。

 まだ足がちょっと、震えてる…。日本の戦車道が、荒れているのは、かなり昔の事だと聞いていたのに…。

 

「付き合わせて…悪かったわね、赤星」

 

「いえいえ~」

 

 その挨拶が終わり、戦車前に帰ってきた逸見副隊長。

 すでに殺気と言って、間違えのない様なドス黒い物は発してはいないけど…怖い。

 さっきから赤星先輩と、逸見副隊長の会話の声しか響いていないし…怖い。

 

「…貴女」

 

「っっ!?」

 

 睨まれた訳では、無いのだけど…その力が入った目を向けられて、一瞬体が硬直し…悲鳴すら上げそうになってしまった。

 そんな私の様子を見て、逸見副隊長が…。

 

「ん? …何よ、緊張してるの?」

 

 いえ、貴女が怖いだけです。 

 

「でも…黒森峰としての初陣が、コレで…悪かったわね」

 

「い…いえ」

 

 怖い怖い怖い。

 

 でも…初陣。正確には、混合チームとしての参戦。

 

「で…通信手としての経験はあるのね?」

 

「あ…はい。向こうでも一通りの事は…」

 

「…ま。ある意味で貴女も災難ね」

 

「はぁ…」

 

 本来、私はこの日本の夏休みが、終わった2学期から正式に黒森峰学園へと編入予定だった。

 しかし、たまたま見学に来ていたこのエキシビジョンマッチ。

 観戦会場で、西住隊長に見つかり、一度挨拶をしただけだといのに、しっかりと私の顔を覚えていた。

 

 そして一言…。

 

 

『 何事も経験だ。君も行ってこい 』

 

 ……と。

 

 初対面の先輩方のチームに、投げ…いや、叩き込まれた…。

 

「西住隊長の言うとおりね、これも経験。早いか遅いかの違いよ」

 

「そ…そうですが…」

 

「ある意味で、特等席ね。…西住流を間近で体感し…感じなさい」

 

 ま…まともに目が見れない…。

 

「でも、試合中…何かあったら、即、周りに聞きなさい。出来るだけフォローはするわ」

 

 …え。

 

「…といっても、貴女も素人じゃないんでしょ? 余計な心配かもしれないけどね。…自分が慣れない隊にいる事を忘れないで」

 

 え…えっと…あれ? 見た目と違って、案外…優しい…。

 

「エリカさん。年下の後輩には、優しいですねぇ」

 

「…うるさい、赤星」

 

「他校の後輩に、したわれる事ありますねぇ…ね? エリリン先輩?」

 

「うっさいわねっ! あれは、勝手にあの子達が…あぁ!! もうっ!!」

 

 …へぇ…黒森峰の隊長クラスともなると…やっぱり憧れる子が、他校にもいるのかぁ。

 

 あ…ちょっと、かっこよく見えてきた…。

 

「…あら、キラキラした目にさせちゃっいましたねぇ」

 

「……ぐっ」

 

 いや、かっけー! 

 

 翌々、考えて見るとこの雰囲気もクールだしっ! 

 

 大人びた雰囲気とか、それでいて少し尖った感じもっ!!

 

 

 

「……」

 

 

 

 ……仲間を捨てて…。

 

 …チームを崩壊させたエースとは、大違いだ…。

 

 これだけで、留学してきて良かったと思える…。

 

「はぁ…そろそろ、行くわよ。聖グロ連中にも、筋は通しておかないと…クルセイダー隊、任されちゃったしね」

 

 お…おぉ…他校の部隊まで…。

 

「あ、そういえば貴女。いつ西住隊長と出会ったの? 隊長、今はちょっと…ある意味で特殊な所に…」

 

「え…えっと、赤星先輩?」

 

「そう、赤星。名前、覚えてくれたね」

 

 や…やさしいっ!! この人、すっごい、優しいっ!!

 笑顔がっ! お母…ちがった…。

 

「い…いえ、私…ここに見学に来たんですが…思いの他、人が多くて迷っちゃったんです」

 

「あぁ~そうだね。大きなイベントだしね…」

 

「…で、親切な大人の方がいまして…観客席まで案内されていたんです。その時に会いました」

 

「あら…外国の方ってだけで、日本人って結構遠慮しちゃうのに…。良かったですね」

 

 歩きながらも、ここに至るまでの話をする。

 逸見副隊長も、歩きながらチラチラとコチラを見てくれるので、気を使わせてしまったいるのだろうか?

 

 ……。

 

 でも。

 

「はいっ!! その方…すごく丁寧に話してくれて…」

 

「うん」

 

「こんな子供の私も、ちゃんとレディー扱いしてくれてっ!」

 

「うん」

 

「はいっ! なんかこう~…大柄で、顔は怖かったんですけど…」

 

「う…ん?」

 

「ちょっと変わった格好でしたけど…仕事中だったのかな? …執事みたいな格好で…」

 

「…う…う~ん」

 

「でも、優しかったですっ!!」

 

「……」

 

「…あ…あれ?」

 

 どうしたんだろう…二人共、足を止めてしまった。

 

「……あ…あのね? その時の西住隊長って、どんな雰囲気だった?」

 

 え…隊長? …えっと…。

 

「なんでか分かりませんが、その男性を見て…」

 

「見て?」

 

 

『 またか 』

 

 

「…って、ため息をついてました。お知り合いの様でしたね」

 

 

「「 ………… 」」

 

 

 あ…あれ?

 

 

「そうです……かぁ……」

 

 あ……あれあれ? 赤星先輩の笑顔が……な…何か……まっくろく…

 

 

「…貴女も……私のお手伝いを…してくれそうですねぇぇ~…」

 

「  」

 

 ち…違う。1秒前の先輩じゃない!?

 

「誰でも…えぇ、誰でも構わないのですよぉ…若いっていいですよねぇ!?」

 

 笑顔がッ!? その笑顔が、今は…。

 

 

「 ツェスカ 」

 

 

「は…はいっ!?」

 

 あ…なんだろう…。

 

 逸見副隊長から、初めて名前で呼ばれたというのに、全然嬉しくない!!

 

 半身を向けて、コチラを射抜くように…目だけで…目だけで…。

 

「…会ってたの。まぁ、これも早いか遅いかの違い…ね。あの野郎…ほんとに手が早い…」

 

「えっと…え? 逸見副隊長…ひょっとして知ってる人…ですか?」

 

「はっ…知ってるも何も…」

 

 日本人って…男女共に、シャイだと聞いていた。

 聞いていたのに…はっきりと、私に言い切った。

 

 それは…威嚇にも近い…宣言。

 

 

「 私が、好きな人よ 」

 

 

 




閲覧ありがとうございました

ツェスカ。リトルアーミーからの新キャラとなります。

…好きなキャラ、そして次世代要員だったのに…登場回数が…。

本編の様に、サクサク書けなくなってきたので、ある程度は表現を省いたりなんだり。
小説…文章って難しい……。

PINKの44話で、アンケートしてますんで、よろしかったらドゾ。

あ、なんか私。文字通り親父になるみたいで、投稿時間が、更に開きそうです。
それを短縮する為に、文字数が減りそうですが…お付き合いください。
コロナとかの、この時期に…。

ありがとうございました。


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第24話 本気喧嘩と書いて、アイサツと読むのです!★

時系列が少し戻ります。


《 よろしくお願いします!! 》

 

 

 隊長から、全車長が一列に並び、向かい合う。

 

 大洗タワーより、少し離れた広場。

 

 一種のお祭りの様なこの試合…色々と、初回からトラブルが続いたけど、なんとかまぁ、ここまで来たわね!

 一斉の挨拶の声と、お辞儀…それが終われば、各々の戦車へと戻っていく。

 まぁ、例の黒森峰の副隊長様は、ダージリンが預かるって事で、決まったのだけど…私が欲しかった。

 

 単純な話、味方側での他校の意見というのは、トラブルの元にもなりやすいけど、作戦や戦車の運用…それらの扱いの考えが、凝り固まってしまいがちな学校では、良い刺激となる。

 今回ダージリンに譲ったのは、彼女もそれなりに、苦労してそうですし? このカチューシャ様の懐の大きさは、その位なんでもないわ!

 関節的にでも、味方である事は変わらないし、そこから十分に盗ませてもらいましょう!

 

「…って、ことよ!!」

 

 [ 分かりました、カチューシャ可愛い ]

 [ 流石です、カチューシャ様可愛い ]

 

 ……。

 

「日本語で喋りなさいよ! 何て言ってるか、分からないじゃないの!」

 

「分かりました、カチューシャ」

 

「理解しました、カチューシャ様」

 

 …真顔で話すから、上手く感情が読めないわ…。

 でもまぁ、分かったのなら良いのよ!

 

 [ 得意げなカチューシャ。超可愛い ]

 [ 日本に来て良かったです、生カチューシャ様超可愛い ]

 

「だから、日本語で喋りなさいよっ! 真顔で分かんない言葉で話されると、不安になるでしょ!?」

 

「了解です」

 

「善処します」

 

 …このっ…。

 

 毎度毎度…。今みたく真剣な顔して言われるから、対処困る…。

 今度、そこら辺をどうするか、本気で考えましょ。

 

 それにしても…。

 

「…タカーシャが味方……ね。今はテントにいるのよね?」

 

「そのはずです。嬉しそうですね、カチューシャ」

 

「……」

 

 相変わらず、誂う様に、直球で言ってくるわね…。

 自分だって、嬉しいくせに、私に先に言わせようとする辺り…意地が悪いわよ、ノンナ。

 

 ……。

 

 青森じゃ頑なに、コチラ側の陣営に来なかった。

 せっかく、カチューシャ達の活躍を、間近で見せたげようってのに、まったく…。自分は、ただの一観客だと言ってきかなかった。

 学校関係者じゃないってのが、タカーシャの言い分だけど、最もな事を言っていたっけ。…隊長の私が良いって言うんだから、大丈夫なのに…。

 

 ……。

 

 ミホーシャも関係しての、今回の参加…でしょうね。大洗を敵側から見てみたいってのも、言っていたけど…分かる。

 私には分かる。…タカーシャ、私達にも気を使ってる。

 流石に、今のタカーシャなら、あの頃に誘った私や…ノンナの気持ちも理解してくれているだろう…ミホーシャとの事で、ある程度は鈍感が治ったからだってのが、気に入らないけど。

 戦車道関係者になったのだから、もう気にする必要はないとか何とか…言い訳地味た事も言っていたけど…そこよね。お詫び…とは、口には出さなかったけど、そういう事よね。

 

 …馬鹿にしてる。

 

 正直、イラッと…今更? とかも思ったけど…あの、タカーシャだしねぇ…。裏表のない素直な気持ちなのでしょう。

 現在の「彼の状況」も、ダージリン達から聞いているからってのもある。

 

 …彼の中で、何かが変わりつつあるのかしら? …と、思ってしまう…。

 

 まぁ、いいわ!! ソレは、ソレ。コレは、コレ。今は余計な事をゴチャゴチャ考えないで、試合に集中しましょう。

 ある意味で、私達のテントにいれば、大丈夫でしょう。

 例のアレは、黒森峰との関係はあるけども、今回に関しては突然の発表の様なモノだし、時間もすでに過ぎている。

 

 あのテント…聖グロリアーナも絡んでいるから、まったく関係のないアレは、近づけない。

 

「カチューシャ?」

 

「…えぇ、嬉しいわ……嬉しいわねッ! 漸く! タカーシャに私の凄さを見せつける事ができるもの!」

 

「あら、今日は素直ですね」

 

 はんっ!! …素直にもなるわよ。

 もう、正直…そちら方面じゃ、なりふり構っていられない。

 感情を恥ずかしがらずに、少しずつでも表に出していかないと…このタカーシャを取り巻く環境から、置いていかれる…。

 

 …何故か、直感だけど…そう確信していた。

 

「何よ。ノンナは、嬉しくないの?」

 

「嬉しいですよ? もちろんです。…引っかかる所は、多数ありますが…今は、現状を堪能しようかと思います」

 

「堪能ねぇ~…。まっ、特にタカーシャが何かする訳でもないけどねぇ~」

 

「そうですが…後ろにいてくれるというのは…存外、心強いものです」

 

「…はっ。否定はしないわ」

 

 ノンナを知らない人なら、この顔は今、真顔…に、見えるでしょうが、嬉しそうに小さく口を綻ばしているのを分かる人は、限られてるでしょうね。

 あの男…こういう所は、見逃さないから、困るのよねぇ…このノンナが、完全に…。

 

「…カチューシャ様」

 

「っと…なに?」

 

 青森での事を知らないクラーラを、完全に置き去りにしてしまった…。少々悪い気もするけど、こればっかりはね。

 そういえば、クラーラとタカーシャとの関係は、結局あまり教えてくれなかったわね…。

 ノンナ曰く、まだ安全圏だと言っていたけど…意味分かって言ったのかしら、この子…。

 

 

 そのクラーラが、後ろを振り向きながら、指を指した。

 それに従い、視線を送ると…

 

「あれは…」

 

 挨拶が終わり、各々戦車へと足を向けている中、一人だけその場で動かなかった。

 いや…正確には二人。

 ミホーシャが、逸見 エリカに向かって、何かを言いたげに佇んでいた。

 逸見 エリカが、それに気がついたのか…同じくミホーシャに対峙する様に、体を正面に向けた。

 

 …ただ、それだけ。

 

 それだけだと言うのに、周りの子達も気がついたのだろう…何故かその場の全員が、その二人に注目していた。

 ダージリン達も…大洗の車長達も……。

 

 …私達も含めて。

 

「エリカさん」

「……なに? 大洗学園の隊長さん」

 

 逸見 エリカの返事で、一瞬にしてその場の空気が張り詰めた。

 敵対心を隠す事もなく、ただ冷たい返事。いや…嫌味もすごいわね。

 

 でも…ちょっと変。

 

「あはは…」

「…その愛想笑い、やめなさいって前にも…まぁ良いわ。もう、私には関係ない」

「もう、癖みたいになっちゃって…確かに、昔も言われました…」

「……」

 

 ミホーシャが、普段と変わらない。

 彼処まで露骨な態度と、あからさまな嫌味を吐かれたと言うのに、それを気にもせず、話しかけている。

 少し困った様な、愛想笑いも、また…いつも通りに。

 

「…で、何よ。この前、散々貴女に言った私が、この試合に参加する事に、不満でも言いたいのかしら?」

「あ、いえ。不満とかじゃないです」

「じゃあ、なに? というか、注目されてるけど、いいの?」

「はい。構いません」

「……ふ~ん」

 

 あら、会話は聞いていても良いみたい。

 一瞬、注目している全員に視線を泳がせたわね。

 あの様子じゃ、私達、全員に聞かせたい話…でも、あるようね。

 

「その…この試合で、見てもらいたいんです」

「見てもらいたい?」

「はい」

 

 …静けさ…。

 

 誰も動こうとしないで、ただその会話を聞いている。

 風と、遠くに聞こえる喧騒だけが耳に入る。

 

「見てもらいたい…?」

「はい!」

「一体、何を見ればいいのよ…」

 

「私をっ!!」

 

 

「 ……なんですって? 」

 

 手を広げ、胸を抑える様にしたミホーシャ。

 張り詰めていた空気が、今度は重くなった。

 逸見 エリカの体が、硬直した…とでも言うように、力が入ったのが、遠目でも分かる。

 

「はい! 喫茶店で、この前にハッキリと言われて…」

「…はっ。結局は、ソレ?」

 

 ミホーシャの言葉を途中で遮り、いかにも分かっていた…と、心底呆れた様に、小馬鹿にした表情。

 

「え?」

 

「…何が、あったか知らないけど…アンタが、少し変わったのは分かる。それを見ろ? そういう事?」

「ちっ…違っ…!」

「えぇ…そうね! 違うわよね。どうせ喫茶店で、私が言った事でしょうよ」

「違いますっ!」

 

「…この馬鹿女…。ここまでズレてると、怒りを通り越して、笑えてくるわ…」

 

 違うと言うミホーシャの言葉を、逸見 エリカは聞く耳を持たない。

 初めから答えは分かりきっている。此方から言ってあげましょうか? と、ミホーシャを睨みつけていた。

 

 はぁ…ダメね、あの子。話は最後まで、まず聞くものよ…。

 

「要はアンタは、私が言った事に対しての答え? 『 私は、隆史君に甘えてない。頑張ってる。此処までできた、できている 』それを見ろ!? そういう事でしょう!?」

 

 

 まったく…次は、分かりやすく…怒気を言葉に含めた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…うわ」

 

 ある意味で、恐れていた事になってしまった。

 大画面には、そのやり取りが映し出されている、二人の会話が、無線を通して聞こえてくる。

 試合開始前から、揉めている様に見えるんだけど…大丈夫か? コレ。

 

 しっかし…感情的になりやすい、エリカの事だ…。試合にしてしまえば、こうなる事は目に見えていた。

 彼女達を一度、本気でぶつけてやらなくてはとも、思ってはいたんだけど…。

 

「元気良いですわねぇ~」

 

「ふむ。思ったより、早く動いたな。いや、まだ、試合も始まってないと言うのに」

 

「……」

 

「む? どうした、隆史」

 

 い…いや……。

 

「まず、まほちゃん…。なんで、ここにいるんだよ…」

 

 相変わらず…だ。

 気配を殺して、いつの間にか接近されていた…。

 というか、すでにテント内の椅子に座り、ローズヒップが出してくれた、俺のお茶を啜っている。

 流石に正装…というか、私服ではなく、黒森峰の制服姿で…だ。

 

「何を言っている。エリカが参加した時点で、私も完全に関係者だ。問題なかろう?」

 

「…ダージリンとカチューシャの許可は…?」

 

「無論ないな。が、大洗の生徒会長の許可は取ってある」

 

 ……。

 

 …何も言うまい…。

 

「…いや……もう、なんでもいい…それよりも、何で音声が拾えてんだよ…」

 

 そうだ…二人の会話が、設置された無線機を通して、ハッキリと分かる位にクリアに聞こえる…。

 いや…流石にお金持ち学校の設備…大洗とはまったく違う、明らかに新品の様に光沢がある、立派な無線機。

 みほ達が、喋る度に赤い色のランプが点滅を繰り返している。

 

「赤星に頼んだ」

 

「はっ? 赤星さん?」

 

「今、丁度画面に写っているだろう? ほら…みほとエリカの足元に…」

 

「あっ!!」

 

 

 ……。

 

 まほちゃんの言った通り…みほとエリカの下…ほふく前進! …みたいに、無線気背負い…伏せながら、少し離れた位置で、マイクを少し掲げている赤星さんがいた。

 いや、確かにあの無線にランドセル見たく背負うタイプだけど…結構、重くないか? というか、なにを頼んでるんだ、まほちゃん。

 

 しかし…。

 

「…なんか、すげぇ楽しそうだな」

 

「ふむ、結構な事だ」

 

「ちなみに、この盗聴まがいの許可は…」

 

「無論、取ってある」

 

「こっちは、あるの!?」

 

「エリカには、取ったな。みほとの対戦だ。何かあるかもしれないからと、一応言っておいてよかったと思っている」

 

 腕を組み、胸を張るまほちゃん。

 

「何故か、諦めた様な顔をしていたがな。…ため息混じりで、お好きにどうぞと言われた時は…少し寂しかった…」

 

「まほちゃん…隊長としての株…最近、どんどん落としていませんか?」

 

「……」

 

 エリカと静岡より返ってきた後、どうにもエリカのまほちゃんに対する態度が変わった。

 どこかよそよそしく感じているのは、気のせいではないだろうな。まほちゃんも気が付いているのか、少し寂しそうな顔するけど…今度聞いてみるか。

 

 …って。そうそう、今は目の前のことだ。

 まほちゃんは、すでに気持ちが画面向こうにあるのか、今は目を輝かせて、みほ達を見てるけど…。

 続けて、その無線から音声が響く…。

 

 

 >

 

『 お…落ち着いて下さい 』

『 はっ。戦車道じゃなく……結局は男絡みの話…? 』

『 …おと!? 』

『 私の参加許可も、どうせ隆史が出したんでしょう!? 』

『 戦車と通せば、何とかなるとか? 分かり合えるかもしれないとか!? そんな浅はかな事でも、考えてでもいたんでしょうよっ!!」

『 話を聞いてください! 』

『 それに…言うに…事欠いて……アンタがぁ…私に対して…見ろ…とかぁ 』

『 ……… 』

 

 >

 

 

 かなり感情的になってるなぁ…。

 手は出さないと思うけど、エリカの何か…逆鱗にでも触れたのか…いきなり彼女の感情が爆発した。

 

「…………」

 

「あら、どうなさいましたの?」

「…いや…気にしないでくれ…」

 

 ……。

 分かりやすく落ち込んだ、まほちゃんに対して、ローズヒップが声を掛けていた。

 いや……まぁ、うん…。後輩に、浅はかとか、言われちゃいましたからね、お姉様。

 

 はぁ…。

 

 さて、これは…本格的に参ったな…。試合開始前から、コレか…。

 

 これは失敗だったよ、まほちゃん。

 お祭りムードだと言うのに、コレはなぁ…。やはり音声が客席に届いていないのが、本当に幸いだ。

 でも、これ…この後、試合できるのか?

 

 しかし、俺の心配を他所に…。

 

 

『 違います 』

 

 

 

 突然無線機から…はっきりと。…そして強い声がした。

 

 

 

 >

 

 

『 違う? 何が、違うのよ! 』

 

『 まず、エリカさんからの参加許可は、私が会長に薦めて、出してもらいました 』

 

『 …アンタが? 』

 

 

 >

 

 

「…えっ…はっ!? そうなのか!?」

 

「どうした…何を驚く…」

 

「いや…最終決定権は、杏会長にあるけど…みほが、自らってのが…」

 

「そうだろうか? まぁ、聞いていろ……アサハカ…」

 

「…取り敢えず、まほちゃん…元気出して…な?」

 

「あ…浅はか……私が浅はか…」

 

 

 >

 

 

『 確かに、隆史君は関係あります。…あの日…エリカさんが帰った後…ちょっと色々あって…私の中で、本当の意味での、覚悟を決めました 』

『 覚悟…ね。何度目の覚悟かしら? はっ…周りを蹴散らす覚悟でもしたの? 』

 

『 そうです 』

 

『 …… 』

 

 

 >

 

 

「…ほぅ」

 

 蹴散らす…その言葉で、まほちゃんが愉快そうに笑った。

 いや、そういえば、最近…物事をハッキリと言うように変わったな。

 それでも、あの乱暴な言い方は、みほらしくない。

 

「どうした、隆史。何を不安に思う」

 

 俺の表情を読み取ったのか、まほちゃんが俺の様子も…また、楽しそうに言い当てた。

 ただ、みほは何か…憑き物が落ちたかの様な顔…。

 姉さんに言われた時の、こちらが不安になる様な…なんて言うか…黒い要素が、まったく見受けられない。

 真っ直ぐにエリカの目を見て、目を逸らさないではっきりと自分の意見を口に出している。

 

『 もう、ごまかさない。皆さんと向き合い…そして… 』

『 そして? …はっ。やっぱり結局は、男じゃないの…そんな… 』

『 ですから、私の話を最後まで聞いてください 』

『 聞かなくても分かるわよ…。少なくとも、試合前にする話じゃないわよね? 』

 

『 …… 』

 

 

 エリカが、みほの話も聞かないで、一方的にまくし立てている。

 言葉を荒げる事はないが、その一言一言に力を入れていた…あぁ、みほの場合、あの手の言い方をされると、何も言えなくなってしまう。

 ある程度、付き合いが長いエリカはそれを知っているのか、いないのか…責める言い方で、みほを攻撃する。

 

 …その態度に みほは、俯き…手を握り締めてしまった。

 言いたい事があるのに、聞いてくれない。そんな悔しさが、握り締めた拳から感じ取れた。

 

『 何よ。また? 』

 

 あ、これは、本格的にまずい。

 エリカも感情が暴走してしまっている。また? と、何時もの、俯いてしまった内気な みほを指しているのだろう。

 全国大会の開会式。その後に寄った、戦車道喫茶でのエリカを思い出してしまった。

 あの時と…。

 

 …………って…

 

 

 

 

『 …隆史君とお揃いのティーシャツ着て、喜んでたくせに 』

 

 

『 っっ!? 』

 

 

「ふむ…エリカの石像が出来上がったな」

 

「 」

 

「……こちらの石像は、口だけは動くんだな」

 

 画面を指差して、口をパクパクさせる事位しか、俺にはできない…。意外すぎる、みほの返し…。

 

 俯きながらも、はっきりと聞こえる様に、大きな言葉で呟いた。いじける様に、顔を少し背け…口を尖らせて…あの…なに、その言い方…。

 意外にも、意外…いきなりの発言に、エリカが硬直した…。あ、顔が段々と赤くなってく…。

 あの熊出没注意の黒ティーの事だろうけど…喜んでたっけ? 一歩的に馬鹿にされてたんけど…まぁ、結局着てはくれたけど。

 まほちゃん…いや、それよりも…ね? み…みほが…あのみほが…。

 

 

『 か…関係…! 今は、関係ないでしょ!? 』

『 そうかな? 』

『 そ…それにっ…よ…喜んでないっ! あんな趣味の悪い服っ! 』

『 私だってまだ…お洋服とか、買って貰った事、ないのに… 』

 

『 …… 』

 

『 …ほら、得意気な顔した 』

『 し、してないっ!! 』

 

 ……。

 

 みほ…気にしてたのか…。素直に申し訳ない…。

 

 後、まほちゃん。腕を抓らないでくれ。

 

 

『 喫茶店の時もそうでした。一方的すぎて、エリカさんは卑怯です。私の話を一切聞いてくれない 』

『 そ…それは、貴女が… 』

『 今もそうです。先程言おうとした事は、戦車道の試合で、今の私を…「私の戦車道」を見てもらおうってっ!! …言っておこうと思ったのに……一切合切、話を聞いてくれないじゃないですか 』

『 …… 』

『 昔の私がダメなら、今の私を…って、私の本気を…って… 』

『 ………… 』

『 そう、思ったのに… 』

『 なによ…。貴女が言う、見てほしい「私」ってのは…… 』

 

 落とし所が見つかったのか…。エリカも、話を遮っていた事に、多少の罪悪感を感じてくれたのか…。強い口調が少し収まった…。

 

 俯くみほに、少し近づく。やはり、どこかでエリカも、みほと話すことを…。

 

 

 

『 あっ。でももう、どうでもいいです。忘れてください 』

 

 

 

『 は!? 』

 

 

 あの…みほさん?

 

 随分、バッサリと…。

 

 

『 何が、男に固執してる…ですか。結局、男に…隆史君に固執してるの、エリカさんじゃないですか 』

『 な…なんですって… 』

『 私、知ってるもん。私達の家に来た時も、出来るだけ隆史君の横の位置をキープしようとか、細々動いてたのとか… 』

『 なっ!? 』

『 位置、視線、態度…エリカさんが、一番隆史君に甘えたいっていうのが、見え見えです 』

 

『  』

 

 

 

 >

 

 

 

「ふっ……はっ…はは…あはは!」

 

 まほちゃんっ!?

 どうしたのか、いきなり笑いだした…いや、声を上げて笑うのって、本当に珍しい…。

 

「いやな…みほの奴…怒ってる。…本気で怒ってるなぁ」

 

「怒ってる…って…」

 

「何を言っている、お前も何回か、見ただろう? …相当に昔の事だけれど…な?」

 

 あ……あぁ……そうだ…。

 

 アレは、子供の頃……みほの性格が変わる前…。

 西住家のお嬢様…。そんな姿は微塵もなく、口を尖らせただ拗ねる様な怒り方。

 …子供らしいっちゃ子供らしいけど、しほさんがどうにもソレが気に食わなかった様で、必死になって治そうとしてたな。

 内気になったみほは、怒ることは滅多にしないで…あ、真っ黒いオーラとか、俺に対してだけは、分かりやすく怒ってくるのに。

 

「…そういや、一瞬、子供見たいな言回ししたな…。あの言い方て、俺とまほちゃん位にしか言わないよな?」

 

 知ってるもん…って、な。子供の様な言い方は、みほは基本的に他人に対して使いたがらない。

 元々、童顔…というのもあるし、どこかで気にしているのか、出来るだけは避けていた。

 ソレが出てしまった…言う事は、子供様に…ただ純粋な…怒り…って事か?

 

「まぁ、我慢の限界が来たのだろう。ある意味で、みほに取っては、今の状況は、理不尽極まりないだろうよ。隆史との事で、これだけ周りから言われ続ければな」

 

「……」

 

「そうだろう? お前が答えを出して、みほと付き合いだした…その後は、みほが優しすぎたから、周りに気を使っての泥沼の現状だろう? 私だったら…そうだな。他の女が、お前に近づくだけで威嚇する」

 

「……えっと…あの…」

 

「面白い…。みほは、最初の敵を思い出しかの様だな」

 

「いや、敵って…」

 

「何を言う。恋敵という奴だろう? アレも一種の威嚇だな。見てみろ。私は、みほが、ここまで意見を口にしているのは、久しぶりに見たぞ?」

 

 た…確かに、そうだけど…。

 

 

『 そもそも…喫茶店で言いましたが? 何が「私を認めない」…ですか。別に、私と彼との事で、エリカさんに認めて貰う必要なんてありません 』

『 っっ!? 』

『 私と隆史君…だ・け・の、問題です。部外者が、出しゃばらないで下さい 』

『 ぶ…部外者ですって… 』

 

 

 >

 

「ふふっ…」

 

 ……。

 

 げ…現場が騒然となっとる…。

 

 あ…余りに淡々と、いきなりエリカに対しての逆襲を始めたみほに対して、呆然としてしまっている…。

 …ここ最近、みほの態度が、どうも変わったと思ったけど…豹変と言って良い程の変わりようだ。後ろで、あの杏会長ですら、呆然としている。あの場の全員が、完全に固まってしまい、事の成り行きを見守っている。

 

 いや、見守るしかないのか? 

 

 俺らだって、あんなみほは、滅多に見られない。

 …他の連中は、驚くだろうよ…。

 

「私は…やはり家族だ。何処かで、遠慮してくれていたのだろう」

 

「なんの事だ?」

 

「隆史、いいか? もう一度言うぞ?」

 

 嬉しそうに…いや? 懐かしむ様に笑いながら…はっきりと言った。

 

「エリカが、みほの…最初の恋敵だ」

 

 思わず画面を見上げてしまった。

 

 いじけた様な感じを捨て、今度は…何かを決意したかの様に、真っ直ぐにエリカを見据えているみほ。

 

 はっきりと、濁さないで、エリカに対して、自分の気持ちを言葉にしている。

 

 

 …みほ。

 

 

『 それに私。隆史君に好きだって、ちゃんと言ってもらいました! 』

 

 

 みほーー!!??

 

『 この女… 』

『 あの、喫茶店での後に…後…に…… 』

『 何、今更、赤くなってんのよ! 』

『 あ、後に! ちゃんと、ハッキリ好きだーって…言ってくれました! す…すごく良かった… 』

『 ぎっ!! …ぐっ…ふ…ふん。あの男の事だから、可愛いだの好きだの…軽く言って回ってるんでしょう?』

 

 ちょっ!? エリリン! それだと、俺ただ節操ないみたいじゃないか!

 

「その通りじゃないか」

 

 ……まほちゃん。

 

 

『 どーせ、ソレと、似たようなモノじゃないの? 』

『 …… 』

『 私だって、言われたわよ。…それが、何の… 』

『 ハッ…負け惜しみですか。…私はエリカさんとは、立場が違うもん 』

『 あぁ!? 』

 

 みほが、エリカに対して鼻で笑ったっ!?

 

『 「好き」の、意味も思いも、重さも違いますぅ! 』

『 こ…の…… 』

『 私、彼女ですし。それに事細かく、詳細に……ウッ…ウフフ… 』

『 ……ガッ… 』

 

 

 >

 

 

「…何をしてる、隆史」

 

 おもむろに立ち上がり、無線気にへと腕を伸ばそうとした所、まほちゃんに袖を掴まれた…。

 

「止めるんだよ!! もうありゃただの口喧嘩だっ!! 戦車道関係ないし、試合っ!!」

 

「何を言っている。どうせならば、ここで一度、全てを吐き出させてやればよいだろう。…そこの聖グロリアーナの一年。手伝ってくれ」

 

「…ほふぁっ!?」

 

 ローズヒップ…完全に飽いて、俺の常備クーラーボックスから、勝手にプリンを取り出して食ってるし…。

 いや、配る様に、作ってあったけど…。

 

「いや……でも、隆史さん、何故か嫌がってますし…」

 

「私の分のプリンもやろう」

 

「犬とお呼び下さいまし!!」

 

 薔薇尻!!!

 

 即座に腕に、しがみつくなっ!!

 

 

 

 >

 

 

『 こ…このぉぉ…タレ目… 』

『 そうです。そのお陰で私の中で、踏ん切りが着きました。私は今の私でも、良い『 アンタの心境の変化なんて、どうでもいいわよ!! 』

『 …言葉でハッキリと言われるのって…結構大事なんだ~って、分かりました 』

『 聞きなさいよっ!! 』

『 私の性格も…何も…ほら…隆史く……か……ウフフ 』

 

『 ちょいちょい、中途半端なノロケを混ぜるな!! あったま来るわねっ!! 』

『 …… 』

 

『 はぁ、はぁ…。あぁもうっ!! あの喫茶店の後!? アンタが何時言われたかと!? そんな事どうでも良いわよ! 黙ってなさいっ!! 』

『 …い、つ? 』

『 あ、言うな。言わなくていい! 』

 

『 ………… 』

 

『 思い出すなっ!! どうでもいいって、言ってるでしょ!? 』

 

『 ……ぅぅ… 』

 

『 あ…赤くなるなぁぁっ!! 』

 

 

 >

 

 

 …っ!! っっ!!

 

「…どうだ。こう、関節を決めてしまえば、このように大の男でも拘束できる」

 

「お…ぉぉ…。隆史さんが、動けないでおりますわ。青森港でのリベンジが、今こう…出来るとは夢にも思いませんでしたわ…」

 

「 」

 

 くっそ、完璧に関節決めやがって! それよりも!!

 

 ど…どうしたみほっ!! いくらなんでも、おかしいだろっ!!

 心境の変化!? 何にせよ、変わりすぎだっ!!

 と…止める…無線機で…いや、直接…。

 

「…………」

 

 くっそっ! ローズヒップ、物覚え良すぎるだろ!! まほちゃんの教えを忠実に、即再現しやがってっ!

 マジで腕動かねぇっ!!!

 

「しかし妙だな…隆史。お前、みほに一体、何を言った? 本当に今言ってる妄言だけか?」

 

「言ってる事だけだよっ! だから、恥ずかしいんだろ!! というか、妹に結構辛辣だぞ!?」

 

「お前が、恥ずかしがるとはな…。正直に話せ。いや、吐け。本当にアレだけか?」

 

 くっそ、中村っ!! 遠目でも分かるぞ!! 向かいのテントで、爆笑してやがってっ!!

 

「そ…そうだよ。みほがエリカと会った日にな…? 随分、自信というか何と言うか…大分落ち込んでいたてな?」

 

「……」

 

「俺と付き合う資格が無いだの、自分に自信がないからって、どうの言ってたから…」

 

「…言っていたから?」

 

「誤魔化し無しで…真面目に…本気で、みほに…その…好きだと、言ってみた」

 

「……そうか」

 

「んで…まぁ、余り言いたかないけどな…」

 

「?」

 

「俺の…一番、弱い部分ってのを、正直に白状した」

 

「…お前の…弱い部分?」

 

 そうだ。弱っている相手に、漬け込む様な真似に感じたんだ。

 

 ここの所、そんな感情も薄れてきて、あまり感じなくなっているが……相手は大分年下だ。

 

 だとしても、彼女。恋人…と、言える相手。一度…包み隠さず言っておこうかと…資格とか、くだらん物なんて無いと…俺達は対等だと言ってやりたかった。

 

 だから…俺の根底に有る…弱い部分を、みほにだけは、さらけ出した。

 

 

 

 あの夜に…。

 

 

 

「まぁ…それは、昔からの事を含めだけど…な。みほは、周りを気にしすぎだ。…それを…って」

 

「……」

 

「まほちゃん?」

 

 少しだけ、白状した。あの日にみほに言ってやった事を。

 プライベートな事だ。…流石に全部…なんて言える訳は、ないだろう。

 それでも、まほちゃんだけには…って、あれ?

 

「…隆史。それは私にも教えてくれないか?」

 

「い…いや…流石に、それは…俺も言えない事くらいはあるって…」

 

「だろうな…」

 

 だが、それを「みほにだけ」は言った…と。まほちゃんは、俯き…そして納得したかの様に、顔を上げた。

 

 ……。

 

「…なる程…それで、あのみほか……やはりな。…これは、厄介な…」

 

「厄介って…」

 

「みほは、理解している。他ならぬ、お前の事だ…」

 

 理解…? なんの事だ?

 

「それとは別に。…私に対して、そこまでハッキリ言うお前のデリカシーの無さに、腹が立つ!」

 

 吐けって言われたから、吐いたのに!?

 

「気づかないか? あの二人を見て、真顔な者が数人いるだろう」

 

「え…」

 

 言わるがままに、画面を見上げると…。

 

 

 

『 ほんっっとに、腹立つわ! 話しかけておいて、なんのつもりよ!! この…脳内ピンクがっ!! 』

『 のっ…!? は…始めに、人の話を遮ったのに、何言ってるんですか!! 』

 

『 分かり辛いのよ!! アンタは、昔っから回りクドイ!! 』

『 エリさんは、ズケズケと言い過ぎですっ!! もう少し、人の気持ちを考えた発言をして下さい!! それで大体、他の人と衝突してたじゃないですかっ!! 後でルームメイトって事だけで、私がどれだけ代わりに謝ったと思ってるんですかっ!!』

『 知らないわよっ! 私だって、アンタが毎回毎回、バレない様に作戦無視するのをどれだけ誤魔化してやったと思っての!? 継続との試合の時とか、どれだけ大変だったと思ってんよ!!』

 

『 私は、作戦をより良く、効率的にしようとしただけですっ!! 』

『 だから!!! まずは、隊長に打診してからにしろって、毎回毎回言ってたでしょうが!! 後先考えないで行動に移すなバカ!!』

『 バカって言わないでくださいっ!! 』

 

 

 ……。

 

 

 真顔な人物を探すよりも先に…今にも掴みかかりそうに、接近している二人に目が入る…。

 

「…なぁ、まほちゃん」

 

「………」

 

「あの二人…本当は、すっごく仲良くないか?」

 

「はぁぁ……エリカ…みほ」

 

 いやもう…うん。ため息しかでませんね。

 あの姿は、少し懐かしくもあるのだけど…流石にどうなんでしょう、高校生。

 

 ……っと。あ…れ?

 

 確かに、まほちゃんに言われて二人以外をも見てみると…。

 ダージリン…と、ノンナさん。それと…アッサムさんが、始終真顔だった。

 いや…後、杏会長。手を後ろに回し、口は苦笑をしているかの様に笑っているが…目が笑ってない…。

 

「なぁ…隆史。今まで、口にしなかったが、みほの弱点を知っているか?」

 

「…えっと、あ~…」

 

 …思う所はあるけど…話に乗ってやろう…。

 

「弱点?」

 

「それはな…迷いだ」

 

「……あ、まぁ…なんとなく分かるけど…」

 

「戦車道に関してもそうだ。準決勝…プラウダ戦の時に見せた、迷いを捨てたみほは、凄かった…」

 

「……」

 

「…お前は本気で……私にも言えない事を、みほにだけは言ったのだろう?」

 

「……あぁ」

 

「みほは、お前の「特別」だと、確信した」

 

「えっと…はい? いや、そりゃ…彼女だし、特べ……ん? それが…いや、それだけで、あぁも変わるのか…?」

 

「馬鹿者が…女はな? 男が思っている以上に、単純な部分もある」

 

「…まほちゃん?」

 

 コチラを見て、先程までの懐かしむ笑顔は消え…真剣な眼差しで、画面越しのみほを…睨んだ!?

 

 そして、一言…今度は俺を睨みながら、言い切った。

 

「言葉一つで、女は化けるぞ?」

 

「……」

 

 厄介だ…と、自身の妹に向かって呟いた彼女だが、何故か嬉しそうだった。

 言い合いをしている二人が映る画面を見て、少し目が優しくなった。

 

 ……ん?

 

 …あれ? さっきみほ…エリカの呼び方が…。

 

「隆史」

 

「え? あ、うん」

 

「あのみほを…エリカと正面からぶつかる みほを見れば…分からないか? いやまぁ、お前は分からんな…。それに気がついた数名が、真顔で警戒の色を出していると言う事だ」

 

「……えっと…」

 

「みほは…事、お前の事に関して、もう絶対に譲る気はないのだろうよ」

 

「…………」

 

「変わるモノだな……あの様子なら、みほは、変な気にもならず…今の様に真正面から、正々堂々と。私…いや、私達と対峙するつもりなんだろう…」

 

「まほちゃん…」

 

「みほから…迷いが完全に消えた」

 

 

 >

 

 

『 バカにバカと言って、何が悪いのよっ!! 』

 

『 バカって言う方が、バカなんですっ!! 』

 

『 テンプレの返し方してんじゃないわよっ! 頭使え、ばーかっ! 』

 

『 また言ったぁ!! 』

 

 

 >

 

 

「……」

 

「……」

 

 …えっと…。

 

 >

 

 

『 何度だって言ってやるわよ! バーカ!! バーーーカ!! 』

『 子供ですか!! そもそも、なんですか、その髪型!! 』

『 はぁ!? …ただ楽だから、こうしてるだけでしょ!? 』

『 普段ポニーテールになんかしないのに!! どうせ、ポニー好きの隆史君に対してですよね!? あざとい!!』

『 あざっ…!? あんたにだけは、言われたくないわよっ!!!』

『 あ、認めた。隆史君に対してって所は否定しない 』

 

『 …そ…そうよっ!! だから何!? 悪い!? 悔しかったら、アンタもすればいいじゃない!! 』

 

『 くっ…悔しくないもんっ!! 』

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 >

 

 

 …なんだろう。

 

 もはや話の方向が、何処に向かっているかさえ分からなくなってきたな…。

 

 とりあえず、二人の背後に見えちゃダメなモノが見える気がする…。

 

 

 迷いが消えたとか、まぁ…色々とあるのだろうけど…。

 

 …取り敢えず、画面に指を指してみた。

 

「…お姉さま?」

 

「……こ…今回の事は、全員に対しての宣戦布告の様なモノなんだろう…」

 

「いや、まほお姉ちゃん。もう、無理しないでよいです。…貴女の妹さんが…子供の頃の様に、はっちゃけてますけど…」

 

「…すまん、隆史。色々と散々言ったが、正直、懐かしさが先攻してしまう…。あれもはや、ただの子供の喧嘩だな…」

 

「だよねぇ…俺も正直…ちょっと、この喧嘩は見ていたくなってきた…」

 

 そうだな…昔よく見た、ツーショット…。

 

 

 

 >

 

 

『 私、知ってるんですよ!? さっきエリちゃん! ベコの抱き枕用のおっきいぬいぐるみ買って嬉しそうにしてたの!! 』

 

『 チョッ?! はっ!? なぁぁぁぁ!!?? 』

 

『 ベコショップにあれ! 一体しかありませんでしたからね! なんですか!? あれ使って寝る気ですか!? やらしいっ! 』

 

『 やっ…やらしいってなによっ!! 抱き枕なんだから抱いて寝るのは当然でしょ!? それに買ってなんか…なっ…いぃぃ……くっっそぉぉ!! 大洗の個人情報管理どうなってんのよっ!! 』

 

 

 >

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 …あのでっかいの買ったの、エリカですか。…そうですか。

 

 いや…そろそろ、止めた方が良いか?

 二人共、顔真っ赤だけど…。

 

 

 

 >

 

 

『 アンタだって、人の事言えないじゃない!! どうせ!? まだお腹出して寝てるんでしょ!? 夜中に何回直してやったと思ってんの!?』

『 なっ…お腹なんて出してませんっ!! 人聞きの悪いこと言わないでくださいっ!! 』

『 その時みたいにっ!! 』

『 なんですか!? 』

『 デコだか、バコだったかしら!!?? 』

『 ……はい? 』

 

『 なんか包帯ぐるぐる巻の気味の悪いパンダのぬいぐるみを!! 枕元いっぱいにして、悦に浸ってんでしょうがっ!!?? 』

 

『 ………… 』

 

『 …はぁ…はぁ… 』

 

 

 

 

 

『   あ゛??   』

 

 

 

 

 >

 

 

 

「OK、止めよう」

 

「うむ、異論はない。そこの聖グロリアーナの一年、無線機のマイクを取ってくれ」

 

「えっ!? 急になんですの!?」

 

 

 

 >

 

 

『 もう一辺…言ってみやがってください 』

『 何がよ 』

『 ワザと…ですか…ワザとですね? 』

『 は? だから何がよ! 』

『 アレだけ懇切丁寧に、ボコの良さを知ってもらおうって、頑張ったのに……。ワザと名前を間違えて言いましたね? はっ…はは…それに…ボコを…パンダ? 』

『 名前なんて覚えちゃないわよっ! むしろ! 私のカバンやら筆記用具やら私物にまでっ!! キーホルダーなり、ちょこちょこ忍ばせるのやめなさいよっ!! 』

 

 

「…赤星」

『 あ、はい、隊長…どうしましょうこれ…愉快な……いえ、困った事になり始めました… 』

「……隆史、変わってくれ。お前の方が良さそうだ」

 

 

 早いな、ヘルプ…。

 始めは携帯電話に掛けようかとも思ったけど、出てくれないかもしれないし…画面に映ってる手前…あまり見目麗しくない。

 …今更の様な気もするけど…音声は会場には届いてないから、無線機の方が都合がいいだろう…。

 

 

『 寝ようと思ってベットに横になったら!! その天井一面に小さなアレが、びっっっ…………しりっ! 吊るされてるの見た時は、思わず悲鳴が出たわ!! 何のホラーよ! 』

 

『 ホラーっ!? 可愛いじゃないですかっ!! 』

 

『 大怪我したパンダが! 異常な数! 天井から首吊りで並んでる絵面が、可愛いとは思えるはずないでしょーが!!! 』

 

『 ひどいっ! パンダじゃなくて、クマさんです!! ボコがそれだけ並んでいれば、喜んでくれると思ったのに!! 』

 

『 あんな猟奇的なモノ見て、誰が喜ぶのよっ!! トラウマになりそうだったわよっ!! 』

 

 

「あの…赤星さん」

『 あ、害ちゅぅ……いぇ、尾形さぁん♪ 』

「ん? がい?『 彼女達、止めてもらえますかぁ? 誰も止めようとしてくれないんでぇ… 』

「あ~…んじゃ、取り敢えず無線機を、スピーカーに切り替えて貰えますか…んで」

『 はぁい 』

 

 

「よし、取り敢えず落ち着け、二人共」

 

『 なんで、アンタみたいなのと…さっさと別れちゃいなさいよ!! 』

『 嫌ですっ!! 絶対に別れない…っっ!! 』

 

 

「……」

 

 会話の流れは、もはや関係ない…ただ感情的に叫び始めてるな…。

 

 

「 みほちゃん、エリちゃん、落ち着けッ!! 」

 

『 !? 』

『 !? 』

 

 無線機のマイクを持ちながら、大画面を見上げる。

 二人共、漸く我に帰ったのか…俺の音声が流れたであろう無線機…を、背負った赤星さんを見下ろした。

 

『 た…隆史君!? 』

『 隆史っ!? 』

 

「…まったく…周りを見てみろ…騒然としてるぞ。試合前になにやってんだよ…」

 

 俺の言葉で、周りを素早く首を動かして確認し始めた二人…。

 状況確認ができたか? …できたな。なんとも言えない程に真っ赤になっていく…。

 

 はぁ…。

 

「まず…エリちゃん…」

『 な…何よ 』

 

「お買い上げありがとうございます」

 

 

『『 …… 』』

 

『 …………あ…んたねぇ… 』

 

「よし、冷静になったな」

『 ぐっ…がぁ… 』

 

 はっはー。取り敢えず、これでみほを攻撃はしまい。

 だった、無線機睨みながら、頭抱えてますからね。今はこの場を収める事が優先だ。

 

 …試合が始まらねぇ。

 

 

「んで、みほ」

『 は、はい… 』

 

「……」

 

『 …ぅ… 』

 

「…………」

 

『 ……ぅぅ… 』

 

 黙る俺に、怒られるとでも思ったのか…シュンと、肩を落とした。

 しかし…流石に人前ではなぁ…。

 だから、無言で伝える。…それで多分、何が言いたいか分かるだろう。

 

「何が言いたいか分かるな?」

『 う…うん 』

「ならいい…。寧ろ、あまり恥ずかしい事を叫んでくれるな」

『 ぅぅう!? 』

 

 はぁ…肩を落としたいのは俺の方だってのに…。

 第三者が強制的に介入したお陰で、二人の距離が少し離れた。

 この子供の喧嘩が、漸く収束を…

 

「…隆史が話しただけで、ここまで簡単に喧嘩が収まるとはな」

「ん…?」

 

 まほちゃんが、関心したかのように…それでも少し、複雑そうな顔をして腕を組んだ。

 

「……これが、正式な戦車道の試合でなくて良かった…お母様が見たら激怒していたな…」

「…怖いことを言わないでくれ」

 

 俺達の心配を他所に、ローズヒップは4つ目のプリンへと手を伸ばしていた…。

 もういいや…全部食え。

 

 はぁ…これでお互い、二人共収まってくれただろうよ…。

 

 ……。

 

 …………ん? 待てよ。

 

 さっきの子供みたいな喧嘩で…。

 

 

『 えっと…隆史君 』

「ん? …なんだ?」

 

 引っかかる…。

 

 何かみほが…。

 

『 なんで最初に、エリカさんから声かけたの? 』

 

「  」

 

 お…収まってなかった…。

 

「ふ…深い意味はないけど…」

『 ふ~…ん 』

「勘弁してくれ! …なんでいきなり、千代さんとしほさん見たいな事言い出すんだよ」

『 ……なんで今、お母さんの名前が出てくるの? 』

「  」

 

 し…しまったぁ!!!

 

 

『 そうね、ある訳無いでしょ? なに子供みたいな事、言ってるのよ 』

『 ……エリカさんには、聞いてません。なんですか、その得意げな顔… 』

『 気のせいじゃなぁい? 』

『 …… 』コノ…

 

 エリカッ!?

 

 

 そもそも無線って、発信、受信をボタンで、切り替えないとダメなのに…すげぇ自然に会話する様に切り替えてる赤星さんがすげぇ!

 

 また、おっぱじめそうだ…。

 

「みほ…エリカに当たるな。言っただろ? …意味なんて…」

 

『 ………… 』

 

「みほ?」

 

『 昔からそうっ!! 』

 

 ん?

 

『 隆史君は、いっつもエリちゃんばっかり庇って…ずるい!! 』

 

 

 

「「 ……は? 」」

 

 

 

『 …え? 』

 

 いじけた様に足先で、地面に円を描き出した、みほ。

 思わず声を出してしまった、俺とまほちゃんと………エリカ。

 言ってた…そういえば、さっきその名前で叫んでいた。

 

 …かぶる…昔の…思い出が、映像として…かぶる…。

 

『 私、ばっかり悪者… 』

 

「ちょっと待て、みほ!」

 

 マイクを横から奪い取り、普段の冷静さを捨てて叫ぶ、まほちゃん。

 彼女も彼女なりに、真剣に考えていたから、当然だとは思うが…。

 

『 …なに? 』

 

「エリちゃんって…エリカの事を言ったのか?」

 

『 何を驚いてるの? お姉ちゃん? 』

 

「いや…みほ。エリカを…知っていたのか?」

 

『 お姉ちゃん? 知ってるに決まってるよ。突然どうしたの? おかしいよ? 』

 

「いや、違うっ! 昔馴染みだと…知って…小さな頃…」

 

 さも当然の様に…

 

 

『 え? 当たり前だよ 』

 

「「 ………… 」」

 

 呆然と…まほちゃんと二人、固まってしまった。

 

『 …う…嘘… 』

『 エリちゃん? あ、エリカさん…? 』

 

 呼び方…を気づき、すぐに変えた。

 それ以前に、エリカかの様子がおかしい…口を開け、後ずさりをしてしまっている。

 

『 アンタ…最初…会った時……私に「ハジメマシテ」って… 』

『 え? 中学の頃? それは…そうだよ。まだ確認取ってなかったし…初対面かもしれないし…思い違いで、もし同姓同名で間違えたら、は…恥ずかしいし… 』

『 …… 』

 

 モジモジし始めた…みほ…えっと…。

 

 え?

 

「い…いや、なら何時…気がついたんだ?」

『 気がついたって…言うよりか、名簿で経歴見ればすぐにわかるよね? 』

「 」

『 えっと…始めチームを組む人の出身校と、どんな戦車道をしてきたかを調べるのって、当然でしょ? 連携取れない……って、それ以前にお母さんに散々言われてたよね? 』

「……」

『 西住流として、戦車、人員。…戦力の情報は、頭に叩き込みなさいって。…嫌なるほど昔から…それこそ、癖になっちゃう程に言われてきたよね? 』

 

 …あの…まほちゃん? 西住流後継者さん…妹さんに言われてますけど…。

 

『 本当に何言ってるの? お姉ちゃん? 』

 

「っっ!!」

 

 あ…崩れ落ちた…。

 

『 …い…言いなさいよっ! 気づいた時点で言いなさいよね!! 』

『 え…? だって、エリカさん、私に気がついてくれていないと思ってましたし…今更、とても言えませんよ、恥ずかしい… 』

『 あ…アンタの性格なら、そうでしょうね……でも、む…昔の呼び方で呼べば、一発で… 』

『 エリカさん。小さい頃も隆史君以外に、エリちゃんって呼ぶと怒ったもん。言えないよ 』

『  』

 

 エリカも、混乱している。何をどう言葉にしていいか分からず、頭を抱えてだした。

 それはそうだろうよ…。

 

「あの…みほ。…みほさん? みぽりん?」

 

『 隆史君? なに? 』

 

「…最初から…気づいてたんだな…?」

 

『 気づく? …普通に知ってたよ。そもそも知らなかったら、エリカさんが隆史君の事を「お兄ちゃん」って、呼んでる事にまず何か言うし、尋ねるよ。……って、本当に皆、何言ってるの? 』

 

 

 ……。

 

 

 ごもっとも…。

 

 

 …………。

 

 頭が…真っ白になってきた。

 

 俺と…まほちゃん…それとエリカ…。

 

「あら、どうしましたの?」

 

 能天気な薔薇尻の声が、何故か小さな…変な安らぎをくれる…。

 

 彼女から見れば、無線機の前で、二人揃って両膝付いて崩れ落ちている俺達を見て、疑問に思うのは当然…だ…ろう……。

 

 な…なんだったんだ、今までの事は…。

 

 みほ以外、完全に空回り…直接、さっさと聞いておけば、すぐに済む話だった…。

 

 いや…でも…えっと…。

 

 上手く考えが纏まらない…。

 

 一度…無線越しじゃなくて、しっかりと話そう…4人で…ちゃんと…。

 

 今はその考えしか、浮かばない…。

 

 取り敢えず、この場はこれで良しとしなくては…俺達の事で、他の学校連中にこれ以上、迷惑は…。

 

『 あ、それより、隆史君! なんでお母さんの… 』

『 こ…この… 』

『 エリちゃん? 』

 

 どうしようもなく、また無線機から聞こえてきた声で、顔を上げれば、肩を震わせるエリカが画面に映っている。

 彼女も彼女で、今更どうしていいか分からないのだろう。

 

 昔の呼び名で…。

 

 昔の…幼馴染へと、声を掛けるみほに対して…

 

 

『 エリちゃんって呼ぶなぁーー!!! 』

 

 

 桃先輩見たいな事を叫ぶしか、手がなかったんだろう…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「会長、随分と長い挨拶でしたね…何か揉めてたんですか?」

 

「あ~…うん、大丈夫、大丈夫」

 

「すごい空気でしたが…」

 

「いやぁ~本当に大丈夫だよ、か~しま。寧ろ、良かったのかもしれないねぇ」

 

 試合前の挨拶が終わり、戦車へと戻ってきた。

 

 隆史ちゃんの声が聞こえた時も、あ~…こりゃ多分、邪魔しちゃダメだなぁ…って思って、ずっと黙ってたけど…。

 

 何か黒森峰の副隊長さんも、憑き物が堕ちたような顔してたし…アレで良かったんだろうねぇ。

 

「えっと…『 西住ちゃん 』」

 

 無線を飛ばしても良かったけど、少しプライベートな会話。携帯で彼女に連絡を取ろうか。…うん、一応の確認。

 よしよし、すぐに出てくれたね。

 

『 あ…はい 』

 

「いやぁ~! 元気、良かったねぇ~」

 

『 うぅ…すみません… 』

 

「まぁ、私としては面白かったけどぉ」

 

『 あぅ… 』

 

 ふぅ…もう、何時もの西住ちゃんに戻ったみたい。

 会話ですぐに分かるのっても、すごいけど…さっきの彼女の様子を見たら、他の皆なら絶対びっくりするよね。

 

 …まぁ、私は驚きはしなかったけど…。

 

 黒森峰の参戦を許せば、何かしら絶対に起こるとは思っていたけどね。

 

 このエキシビジョン…隆史ちゃんが、初めて生徒会室に来た事を、少し思い出しちゃったのが原因。

 

 西住ちゃんは、本当は戦車が好きだと…言っていた言葉。

 

 まぁ…今日の試合は、全国大会と違って…わだかまりもない、彼女が楽しめる試合になればと思って企画したけど…思いの外、あったね…わだかまり。

 

 これは、彼女に対してのお礼の意味もある試合…西住ちゃんが、望んだから、あの副隊長さんの参加も許可したんだけど…良かったのかなぁ…ってね。今更だけど。

 

「ねぇ、西住ちゃーん」

 

『 はい? 』

 

「…この試合…楽しみかな…?」

 

『 えっと…どういう意味ですか? 』

 

「裏表も、深い意味もないよ? ただ単純な疑問」

 

 いやぁ~…今までの、私の行いの反動が、ここで返ってきたねぇ~。疑われちゃったよ。

 

 …廃校を阻止できた、一番の立役者は、西住ちゃん。

 彼女には足を向けて寝れないよねぇ~。

 

「うん、楽しんで…もらえてるかなぁ…ってね」

『 …… 』

 

 ……。

 

 騙しちゃったり、脅迫地味た事もしてしまった。

 だから、お詫びも込めて、お礼も込めて…彼女には、せめて…私が卒業するまでは、出来るだけ学園生活を謳歌してもらいたい。

 

『 あはは…いきなり、ちょっと…ありましたけど… 』

「うん、そうだねぇ~」

 

 隆史ちゃんの事は、また別の話。

 それは、ソレ。今は、西住ちゃんの為にね…。

 

『 すっごく…楽しいです! 』

 

 

 …今は、頑張ろう…。

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

さぁ、物語が一気に動き出します。
そろそろ、愛里寿……が。

隆史の「あの夜」は、正史PINKだなぁ…。

挿絵描こうかと思ったんすけど、なっとくいくのが描けませんでした…。
もうちとがんばります。聖グロ、エリリン描こうと思ったんすけど…ね。
もっと…感想貰えるようにがんばります。

現行アンケ……同票で動かない……PINKのアンケートが同票の場合の時の事を考えてなかった…どうしよう。何か追加加筆でもしてみるかと考案中……。

ありがとうございました。


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第25話 インターバルです

 音。

 

 弾く様に、流れる様に。時折音楽の様なモノも、ゆっくりと流れていた。

 …風乗って聞こえてきたその音に誘われる様に…誘導された様にこの場所へ。

 私達の後ろにある車…。普通乗用車ではない…少々古い型の…えぇ~…なんとい「 設備車。ベットフォードWHGって言うんだって 」

 

 ……。

 

 その設備車から伸びている、足場。その手摺りに腰掛けている御仁。もう一人いた、小さなおさげの可愛らしい御仁。その二人の会話が聞こえてきたのが切っ掛けだった。

 君達も一緒にどうだい? …と。

 一度だけの面識しかなかったが、それでも…だ。何か妙な絆を感じる御仁。

 その御仁もそう思ってくれているのか…。こう…快く同じ足場へと案内され…こうして、見晴らしの良い場所を確保できたと言う訳だ。

 

「…姫。それって…要は…」

 

 …だから、ここに迷い込んだわけではない。断じてない。音に誘われたと言うのだ。

 そら…ここからでも、観客席含め、大きなテレビジョンの映像がよく見える。

 もう一度言う。迷っていた訳ではない。

 

「はぁ…。変な所、意固地だよね…姫って」

 

 むっ。人聞きの悪い。

 

 しかし、この物静かな御仁。

 ここへと誘ってくれたのだが、だからといって特に声を掛けられる訳でもなく…ただ眼前で繰り広げられている試合をただ眺めている。

 どちらかといえば、松風さんとおさげの娘。この二人がいつの間にか、仲睦まじく会話を続けていた。

 

「エキシビジョンって、なんかかっこいいねぇ~」

 

「かっこいい…? かっこいい…かなぁ…?」

 

「うん、かっこいいよ。…イメージ的にだけど」

 

「格好良い。それは、戦車道にとって大切な事かな?」

 

「それは結構、大切な事だと思いますっ! エキシビジョンはよくわからないけど…」

 

 ふむ。松風さんが、思いの外食いついたな。

 格好…確かに、お味方様…もしくは自身を奮い立たせるのに、見た目を勇ましくするのは鼓舞する意味でも有効だと私も思うが…。

 

「えぇ? じゃあミカは、なんで戦車道やってんの?」

 

「戦車道は、人生の大切な全ての事が詰まっているんだよ? でも…殆どの人が、それに気づかないんだ」

 

「また、大げさな…」

「なによ、ソレ」

 

 松風さんの意見と同じく、おさげの娘が、心底分からないと言った表情。

 

 しかし…この場所ならば、本当によく見える。

 あの、ゴルフ場での攻防。

 私…いや、我が望むのは、戦車道ではないのだが、心動かされ…奮起させてくれたのもまた事実。

 その切っ掛けになる御仁が、あの中心にいる。

 

 ここから見える、少し離れた観客席から時折、歓声の様な声が何度も響き、聞こえてくる。

 会話をしながらも、画面より目を離さず見入っていると…突然その歓声が、一際大きく響いた。

 

「…変なの」

 

 …おさげの娘が小さく呟いた。

 砂場を陣取っていた、えぇ…と…青森チーム。それを包囲する、大波さんチーム。

 聖グロリアーナの車輌が一輛撃破…されるのを皮切りに、膠着状態が続くと思われていた試合が動き始めた。

 

「なんであそこで、突っ込んじゃうかなぁ」

 

 ふむ…確かに。

 

 知波単学園…だったな。その6輌の戦車が、砂場に陣取る青森チ…聖グロリアーナへと一斉に接近していった。

 全体的な戦略に疎い我でも、これは悪手だと気が付く。意味がない。確かに援軍を待つより、各個撃破…あの3輌を早々に潰しておきたいのは分かる。

 分かるが…。

 

「…功を焦ったか?」

 

 私も思わず呟いてしまった。

 その呟きとほぼ同時に、一斉に砲撃音が鳴り響き…青森チームの援軍が現れた。

 現れたきた戦車。…プラウダ高校。ふむ…隆史殿の古巣か。

 

「へぇ…脚の速いのがいるね」

 

「クルセイダー巡航戦車…だっけ? …っと…え…ティーガーⅡ!? えっ!? 黒森峰!? なんで!?」

 

「なんか…一人だけ追加で参加したみたいだよ? …どうせ、隆史さん絡みだろうけど」

 

「あぁ…あの男の子…子? ま…まぁいいや。でもなぁ…一輌だけ火力がダンチなんだけど…。それにクルセイダーが並列して…あの車輌の種類でチーム?」

 

「機動力…足回りの差が絶望的だよね…バランス悪いなぁ。あぁやっぱり即席チームかぁ」

 

「ねぇ」

 

 ……。

 

 本当に仲良くなってるな。知識としては、正直彼女達の話についていけないから任せよう。うむ。

 話を聞く限りで、なんとなくだが、現状が見える。

 それに、隆史殿が言っていた。餅は餅屋。その場で分からないなら、後で知れば良い。専門家に任せ、分かる範囲で補い、後は任せよう。

 現状ダメでも後で追いつけば良いと…。

 

「…………」

 

 …しかしそれは、丸投げというのではないだろうか…。

 

 ま…まぁいい。

 

 あの…青いのがクルセイダー…。ふむ、その黄土色の戦車を置いて先攻していったな。

 しかし妙だ。大波さんチーム…接近し、先行した車輌は知波単の戦車のみ。大洗学園側は何も動かない。

 囮にした…? いや、それも意味がない。知波単の先行した6輌に釣られて…更に動き出した他の戦車も、ほぼ撃破されてしまった。

 

「うあぁ…瞬殺…。…一気に動いたね…」

 

「あらぁ~…包囲していた側が、逆に包囲されつつある…」

 

「他の援軍も、そろそろ到着する頃だろうしね」

 

 ……。

 

 それは大波さんチーム側も気がついているのだろう。

 旋回し…その場から撤退するようだった。…なるほど。

 

 あっさりとその包囲を解き、撤退を開始する大波さんチーム。確かに包囲は瓦解したが、判断が速い。

 

「もぉ~、せっかくのチャンスを不意してぇ。何やってんのよぉ」

 

「人は失敗する生き物だからね。大切なのはソコから何かを学ぶ事さ」

 

「…ふむ」

 

 なるほ…

 

「ミカさんって、なんか達観した様な事を言うね…」

 

「そーなのっ! たまに、なにを言いたいか分からないんだよ!?」

 

 ……。

 

 何故か…出鼻をくじかれた気がした。

 

 ん…?

 

 気が付くと…おさげの娘が、私をじっと見つめている。

 

「何か?」

 

「ん~…以外だなぁって思って。ミカって私達の他に知り合いいたんだなぁ」

「それはいるよ…ちょっと酷いね、アキ」

 

「でも、巻き髪お姉さん? ミカと大会の決勝戦で初めて会ったんでしょ?」

 

「いかにも。大洗のテント前でお会いしもうした」

 

「ふ~~ん」

 

 少々不思議そうな顔をして、私に聞いてくる。

 何をそんなに…。

 

「あ、そういえば、姫って人の顔とか覚えるの苦手だったよね。ミカさんの事は覚えてたんだ」

 

「まぁ、ミカって一度会うと忘れられないインパクととか有りそうだしね。訳わかんないこと言うし」

「そ…それは、普通に酷いね、アキ」

 

 …これは説教をされた仲だとは、言わない方が吉か…。

 

「……」

 

「…なんだい? アキ。突然黙って」

 

 む。

 

 ミカ殿が言われる通り、アキ殿が突如黙り…ジッ…と、真剣な眼差しで彼女を見上げていた。

 試合が映し出されている画面を見もせず…静かに…。

 

「…アキ?」

 

「はぁ~~…」

 

 息を止めているかの様に、静かに見つめ続けていた彼女が、今度は大きく息を吐き出した。

 そして手摺に肘を着き、その手に顎を乗せながら、今度はため息と共に言葉を吐き出した。

 

「その様子なら…ミカ、もう大丈夫そうだね」

 

「……」

 

 なにを言いたいかは、余所者の我々には分からぬが、その一言でミカ殿は察したのだろう。

 少し焦った様な顔を止め、静かに目を伏せ…その膝の上に乗せた弦楽器を少し…鳴り響かせた。

 

「はぁ~…あ…。大波さんチーム、あの様子だと…市街に移動してない?」

 

「…そうだね」

 

 余計な事は言わぬ方が良いだろう。

 今度は、今の話はソコまでだと…また会話を打ち切り、視線を試合へと向けた。

 釣られ、同じくその画面へと視線を向けると、市街へと続くアスファルトの上を、数輌の戦車が進む映像が映し出されていた。

 

 徐々に建物がいくつか目に入ってきた。上空より映し出されているその絵が…住宅街にへと近づいてきている。

 市街戦…か。

 

「…ねぇ、ミカ」

 

「なんだい?」

 

 その映像から目を離さず…アキ殿がまた…真剣な口調で口を開いた。

 

「…火事場泥棒は犯罪だからね?」

 

「……」

 

「……」ジ~

 

「人聞きの悪い事を言わないでおくれ? ほら、お客さんが2名、固まっちゃったじゃないか」

 

 ミカ殿の言葉を無視して…無人の住宅街を指差し…。

 

「……行っちゃダメだからね?」

 

「…………」

 

 弦楽器の音が止んだ…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…1輌撃破。まずまずね」

 

 ハッチから上半身を出し、戦車周辺…現状を確認する。

 聴き慣れた重い音を繰り返し鳴らしながら、現場へと少し遅れながら到着…と。

 ゴルフ場、バンカー周辺に放置された知波単の戦車見て思う。

 

 …相変わず意味がわからない。

 

 弱いのなら弱いで、それなりに問題点が分かるものだけど、この学校の連中に関しては理解が不能だ。

 …なんで無策で突っ込んでくるのよ…。ただの的じゃないの。

 

「……」

 

 巡航戦車…クルセイダーMkⅢ。

 …なるほど。この戦車…確かに脚は早いわね。ただ、火力が少々心許ない。

 火力、装甲が高い私達のティーガーⅡとは対照的ね。

 

 ……ふ~ん。

 しかし、思っていたよりも素直に、彼女達は言う事を聞いてくれる。

 現に今も、私達の戦車の周りで、聖グロリアーナの戦車が止まり次の私の指示を待っている。

 先程は、スペックだけじゃなくて、実際の戦力を把握したいという事で先攻させてみたけど…結構、良い仕事をしてくれた。

 …首元の咽頭マイクを抑える。

 

『 ご苦労様。大体は把握できたわ。引き続き追撃する。貴女達の大将に続くわよ 』

 

『『『 了解です! 』』』

 

 ……。

 

 本当に素直ね…。

 

『 0番っ! すごいです!! 』

 

『 え? 何がよ、1番 』

 

 …0番。それが私の名称。

 少なくとも隊を任された小隊長。司令塔の意味を込めての0番。

 …そう、名前も何もない。ただの即席チームだ。即席でチームワークも何もない…ならば下手に名前で呼び合うよりも、番号で呼び合った方が効率が良いと判断した。

 各々番号で呼び合い、ただそれに従う…それで今はいい。

 

『 そうですよっ!! 流石黒森峰ですわ! 』

 

『 …3番まで…。だから何がよ。私はただ… 』

 

 

『『『 私達取り残されていませんっ!! 』』』

 

 ……。

 

『 彼処まで連携取れたのは、初めてですわ! 』

『 更には撃破まで!! 』

『 勉強になります…お紅茶も溢れてませんわ! 』

 

 あ…頭が痛くなってきた。

 

 軽く、この隊のデータを見てみたけど…部隊長が独断先攻…というか、暴走して突っ込む癖がある様で、殆ど散り散りで彼女達は普段動いている様だった。

 今回、連携なんて取る必要もない指示をだしたのだけど…? 

 …ていうか、本当だったのね…。この喜び様なら、疑う余地はない…。

 何故かツェスカが、目を輝かせながら無線を聞いているけど…なんなのかしら…。

 

『 ドリフト…しなくてよかったの…初めてかも… 』

『 無傷ですわっ! 快挙ですわよっ!? 』

 

 …知波単みたいな事、言わないでよ…まったく。

 

『 いい? これから指示が有るまで、基本的には隊列を組んで進むわよ? 』

 

『『『 はいっ! 』』』

 

 …基本中の基本なんですけど?

 

 

『 独断は許さない。隊を任されている以上、貴女達も不本意でしょうけど、私に足並を揃えて頂戴 』

 

『 リミッターはっ!? リミッター! 』

 

『 …解除する意味が、市街戦じゃほぼ意味がないから、しないで頂戴 』

 

『『『 はいっ! 』』』

 

 はぁ…そこで、なんで嬉しそうな声を出すのよ…。

 

 ……。

 

 取り残されたゴルフ場。

 他の連中が残した、履帯の足跡を見て思う。

 

 みほ…。

 

 私達は、最後尾を行く。今回の私には…焦りはない。

 認めたくないけど私は今、挑戦者の立場よ。

 だから、油断もない。驕りもない。…あの決勝戦とは違う。

 

 

 そして、西住隊長もいない…。

 

 

 だから…私の力で今度こそ…。

 

 ……。

 

 …不思議と肩の力が抜けているのは、なんでだろう?

 彼女が私の事を覚えていた…。それは分かった。…ただそれだけの事。

 だからと言って…。

 

「……」

 

 ま…いいわ。今は目の前に事に集中…。

 

『 それじゃ、行くわよ? 』

 

 もう一度強く、咽頭マイクを押さえて指示を出す。

 普段、彼女達がなんて言っているかはわからないけど、私は私のやり方で…。

 

 

『 パンツァー・フォー! 』

 

 

『『『 はいっ! エリリン隊長!! 』』』

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

『 は? 』

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました

PINK編挿絵追加しました


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第26話 変わっていくモノ

 ここの所、知波単は少々おかしな事になっていました。

 

 全国戦車道大会、決勝戦。

 

 あの日から…狂い始めた…。

 

 それは、ぶ~む。流行りと言われるモノで、それこそ流行り病の様に、知波単へ浸透していった…。

 

 あの…黄色い悪魔。

 

 腑抜けてしまわれた様に…先ほども売店での西隊長を拝見しました。

 

 変わられてしまった…と。

 

 そう、確信を得るには十分な…あのお姿…。

 

 …目を輝かせ、まるで乙女の様に…あの様なモノを…と、思っていたのですが…ですがっ!!

 

「 突 貫 ! 」

 

 西隊長!

 

 防衛線を張るも、数輌に取り囲まれているこの状況で、西隊長が先陣を切りました。

 建物より単騎、勇ましく突撃。これぞ知波単魂!

 

 ベコなるモノに夢中になるも、流石は西隊長!

 

 相手は数はあるも、臆せず、勇敢に! 一矢報いるためにっ!!

 

「あいたぁーー!!!」

 

 …が。

 

 その戦果は無く。突撃空しく…目の前で、撃破され…戦車横転…。

 

 私もその仇を取るべく、西隊長に突撃を続こうとするも…敢え無く前を遮られてしまいました。

 

「止めないでくださいっ! このままでは面目が立ちませぇんっ!!」

 

 遮られた大洗勢の…アヒルのマークの戦車の方がおっしゃいました。

 

「今ここでやられちゃったら、それこそ面目立たないよ?」

 

「後でしっかり、仕返しすればいいじゃない」

 

 私を説得させる為に、笑顔で仰られましたが…しかし、私だけ単騎生き残って…これ以上生き恥を晒すのも…。

 

 

「 ソウダヨ。後デモ、ドウトデモナルヨ? 」

 

 

「……妙子…?」

 

「なにも無理しなくても…チャンスは、その内にやってくるの。待つ事…我慢する事も大事なの。そう、先輩が言って…イタカラ」

 

「」

 

 この時思いました。

 

 …あ、この方の雰囲気が、一気に変わったと…。

 隣の体の細い方も、青い顔をされましたし…何より、周りの砲撃音も止んだような…静けさを何故か感じました…。

 

 そして、思いました…。

 

「後は根性なの。ソウ、コンジョウ。そうすれば、良い結果にも繋がるって………ソウ…先輩ガ、イッテイタヨ? ダカラ、ワタシモソウスルノ」

 

「  」

 

「ね? 忍ちゃん!」

 

「…あ、はい」

 

 

 あ…この方に逆らわない方がいいな…と。

 

 

 

 …と、経緯はこの様な感じでしたが…後にこれが、この出会いが宝物になりました。

 

 発砲禁止区域に入り込む様な真似は、考えもしませんでした。

 

 あんな売店通りを、戦車で走行するなど…・

 

 …突撃。それは勇ましく、伝統でもあり…知波単の魂。

 

 しかし、それだけでは勝てない。

 

 アヒル殿の指示に従い、一瞬騙し討ちの様な真似もそうです。感じてしまいましたが…この私が、聖グロリアーナの一輌を撃破する快挙に繋がりました。

 

 この私が…。

 

 価値観…とでもいうのでしょうか?

 それが変わっていくのが…分かりました。

 

 ですから、変えてくれたアヒル殿は、大好きです。

 

 ですから、変えてしまった黄色熊は、大嫌いです。

 

 

 あの熊のせいで…西隊長が…おかしくなっていく…。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…なんですの…この空気」

 

 いや…すまんな、ローズヒップ。

 俺とまほちゃんが、机に手を…肘を着き、顔を覆って落胆している。

 …明らかに暗くなってしまっているこの状況に、さすがのローズヒップも困っている様だった。

 

 そうだな…何時までも気にしていちゃダメだ…。

 考え様によっては、数段階すっとばして、ある意味で最大の問題がなくなったと考える事ができるしな。

 逆にどう次に動くか、考える事にもなりそうだけど…。

 

 はぁぁぁ…。

 

 俺も人の事を言えんな…ため息しかでねぇ…。

 

「そういや、ローズヒップ」

 

「なんですの?」

 

「お茶…入れるの上手くなったな…」

 

 目の前にあるティーカップが目に入ると、それを先程から普通に頂いている事に気がついた。

 普通に彼女が出してくれたお茶を飲んでいた。

 これ…なんのお茶…。

 

「頑張りましたわっ! この「アッサム・ティー」の入れ方だけ! …そのアッサム様にすごく…とてもとても…丁寧に…教えて頂きまして」

 

「アッサムさんが?」

 

 とても丁寧に…と、言っている割に顔色が優れんな。

 

「アッサム様…私が、テントでの係に決まった直後に…これをと…これをお出しなさいと…」

 

 ふ~ん…。そういや、アッサムティーって初めて飲むな。結構独特な…って、まほちゃん?

 

「……」

 

 いつの間にか項垂れる事を止め、せっかく入れてくれたと、その紅茶に口を着けていた。

 でも…ん~…。ローズヒップの話が気になるのか、顔をローズヒップへと向け…視線を送った。

 

「……顔が…マジでしたわ…一切の油断も許されない…彼処まで集中してお勉強したのは、入学試験以来ですわ…」

 、

 一点を見つめながら、早口でブツブツと呟きながら、青い顔でカタカタ震えだした…のだけど?

 お茶の入れ方…ってだけだよな? あ~でも、お嬢様学校って、そういったにも厳しいのか?

 ま…いいや…。下手な事聞かない方がいいか? この見た事のない…ローズヒップのテンションを、見続けなければならないだろうし。

 

「が…頑張ったな。ちゃんと美味しいぞ?」

 

「ありがとうございます…」

 

 い、いかん、青森チーム・テント内のテンションが、どん底になりつつある…。

 そうだな…流石に試合にそろそろ集中しないとな…。画面の向こうで頑張ってるみんなに失礼だ。

 

「……」

 

 …まほちゃん? あれ? 

 ティーカップを片手に上げ、その中の琥珀色をただ、じー…と、見つめている。

 

「まぁ…お茶には罪はないな」

 

 そう呟くと、ゆっくりとまた口を着けた。

 美味しいと、しっかりとローズヒップの目を見て感想を述べると…珍しく優しい目をした。

 どうにも薔薇尻さんは、俺の感想よりもまほちゃんの感想の方が嬉しいらしく、小躍りする程喜び出したから…まぁ、もう大丈夫か。

 

「さて…どう思う、隆史」

 

 カチャッ…と、小さく音をさせてカップを置くと、今度は真剣な声になり、俺に視線を向けた。

 どう思う…ねぇ。

 

「いや…正直言ってしまうと…みほもエリカも、先程の影響がまったくなくてびっくりしてる」

 

「先程の事?」

 

「まぁ…喧嘩」

 

「…当然だ。彼女達も素人では無い。しっかりと切り替えは出来るだろう」

 

 そうだな…若干、怖いくらいに切り替わってると、現在感じている最中です。

 これは、今だけ言える事じゃなくて、前から…そうだったんだろうか? 全国大会の時とかもか?

 

 画面を見上げると、アスファルトを並んで進む戦車達が見える。

 いつの間にか、大洗の街に入っていた様だ。

 音は聞こえないが、あの映像だけでガリガリと音が鳴り響いているのが容易に想像がつく。

 

 ……。

 

 エリカのチームが、遅れて画面にへと映った。

 

 エリカの戦車は…ティーガー? だったか。その戦車の前を少しサイズが小さな戦車が先行して走っていた。

 街外れの空き地付近に差し掛かると、ティーガーのハッチが開き、エリカが体を覗かせたのが見えた。

 指示を飛ばしたのか…エリカが手を突き出すと、すぐに前を先行して走っていた、3輌の小さな戦車のスピードが一気に上がり、走り出した。

 

 …。

 

 スピードが上がった3輌の戦車が、うねうねと…路上アスファルトを車線関係なく走る。

 

 …。

 

 ……。

 

「あら、どうしましたの?」

 

「いや。なんでもない」

 

 黙って集中して見入ってしまったな…。

 

 …あ、うん。

 

 なんか…エリカが手を突き出して出した、合図と共に動き出すサイズの小さな戦車を見て…。

 

 ファ〇ネルみてぇ…とか、失礼ながら思ってしまいました。

 

「…なんだ、隆史。やはり、市街戦は嫌いか?」

 

 

 …少し勘違いだけど、黙り込んでしまった俺を気にしてか、まほちゃんが少々懐かしい事を聞いてきた。

 

 そういや…昔、言った事あったな。

 

 確か…市街戦事態、莫大な金銭が必要になる可能性がある為に、有人の都市での試合は、あまり行われない。

 施設や家がぶっ壊れれば、新築できるとか…だっけか? そのくらいの保険金がそっこら辺で発生するかもしれないしな。

 どこぞの都市のお祭りの様に、その保険金が発生する為、住人は市街戦が行われる事に反対は少ないらしい。

 まぁ…それを含めて、金食い虫の競技だと、昔から言われていたな…戦車道は。

 

「まぁ、そうだな」

 

 俺が少しずれているだけなんだろうか? いや…この世界の価値観…なんだろう。と…俺は無理やり納得した事。

 

 …何度か昔…みほや、まほちゃんの試合を見学した時にも思った。

 砲弾や、戦車が突っ込んで、ぶっ壊れた家を見て、保険金が下りると…新築できると歓喜し、叫んでいる住人を見ると…正直良い気分がしなかった。

 

 その事を昔…この二人に言った事がある。

 二人共、その俺の言った事に対して、不思議そうな顔で返してきただけ…。

 しほさんには…なんか、怖くて聞けなかったけど…。

 

 熊本…西住家がある付近で、市街戦が行われたら? とか、聞いてみても、過去にあったとか、何を気にする? とか、まほちゃんに言われてしまった。

 まぁ、二人とも現場の人間だし…そんな事を気にしていたら試合にならないかもしれない。

 

 でも…なぁ。

 

 もう、あの家は俺にとっても大事な場所になってるし…砲弾の跡やら何やらで、あの場所…付近が荒れてしまうのは…嫌だった。

 思い出だってあるだろうよ。大切な物もあるだろう? 金なんかに換えられない…そんなモノが。

 家だって…建てる前の事や…建ててくれた人。作る側からすると…何か…切なく感じてしまう。

 

 …ま。その事を正直に言った所で、俺のその意見に、何故か嬉しそうな顔で返してきたけどな…。

 

 あぁ…もう、これは根本的な価値観が違う。…と、これはしょうがない事だと。…それ以降、その事を口にするのをやめてしまった。

 

 現に今も、アスファルトを踏み鳴らし…ヒビを作り、砲弾で穴を開ける。

 空き地の土を巻き上げ…ガードレールを突き破り、信号や看板を薙ぎ倒す。

 

 あれ一つ作るのが、どれだけ大変か知っているか? とか…言ってやりたくもなる。

 

 …。

 

 ある意味で、修理の為に経済が回るかもしれない…でも…見ていてやはり…少々辛い。

 これがもし、俺が作った物なら? 俺の今の家で起こった事なら? とか、連想してしまうと、更にな。

 まぁ、俺が住人なら家の周りで行われる事に許可なんぞ絶対に出さないんだろうな。

 

「相変わらず…変な所がロマンチストだな」

 

 また少し優しく笑い、そんな事を言われてしまった。

 …ロマンチスト…と言うよりか、感傷的なだけだろうよ。

 

 まぁ、ソレも随分と前に結論を出してしまった事だ。

 本人達が…両人納得済なら、俺から口を出す事でもないだろうよ。…そう納得した。

 だから、今回のエキシビジョンマッチも、どこでやろうと、俺は何も言わなかった。

 

 …はぁ…まほちゃんの言葉で、思い出してしまったじゃないか。

 

 …ん?

 

 そのアスファルトを踏み進む戦車が…2方向かに分かれた。

 どうしたんだ? 大波さんチームが、バラバラに進み始めたそ。

 

「なぁ、まほちゃん。アレって…」

 

「ふむ…。あれは、みほが戦力の分散を狙っての行動だろうな。それに相手が引っ掛からなかったという…」

 

 中村よりもレベルが遥かに高い方に解説を頼むと…。

 

『 黒森峰なら兎も角、その手には乗りませんわ 』

 

 無線機から突然ダージリン声が…。

 微笑んで、俺に説明をしてくれていたまほちゃんの頬が、その声にピクリと動いた…

 

「……」

 

「…あの……」

 

 解説が途中で終わってしまったのですけど…? その解説者が腕を組み…眉を少し釣り上げて…。

 

「ダージリンめ…。ワザとオープンチャンネルで言ったな」

 

 …。

 

 ……。

 

 あ、うん。黙ってよう。

 

『 気のせいですわよ? 』

 

「……」

 

 あ…はい。なぜか無線機から喋ってもいないのに、返答が来ましたね……黙ってよ。

 

『 黒森峰なら兎も角!! 挑発に乗っちゃダメ! フラッグ車だけを追いなさい!! 』

 

「………」

 

 混合し始めた交差点に差し掛かり、あんこうチームの車輛が、ダージリンの車輛へとすれ違い様に砲撃。

 すると…無線機から今度はカチューシャの声が響いた。

 

「………」

 

 あ、うん…涼しい顔してるけど…結構気にしてるよね? って顔ですね。

 

 よしっ! 画面見よう、画面っ!!

 

 …あ。

 

 いつの間にかウサギさんチームが…あぁ、ありゃノンナさんの車輛か…?

 正面から組み合う様に接近していた。一年達は、砲身の短さ利用して何時もの様に…てな感じか? でもなぁ…それは多分…ノンナさんには通用しないだろ。

 押し合っている様に見えるけど、ノンナさん体を戦車から出したままだし。

 

 あ…ほら。

 

 すぐにウサギさんチームの戦車が弾かれた。負けじと再度接近するも…砲身で止められてしまったな。

 

 あぁ…。その様子を静かに見降ろされてる…。

 …というか…ノンナさん…。空からの映像だから、表情は分からないけど…絶対に無表情だろうなぁ…。

 

 はい、摘んだ。

 

 と…思った瞬間。零距離で砲弾を撃ち込まれ、文字通り吹っ飛ぶウサギさんチーム。

 煙を吐いている見慣れた戦車が横たわる姿が出来上がっていた。

 

「…なんというか…大洗は何時もこうなのか?」

 

「げ…元気いいだろ?」

 

 いやぁ~…敵側として見てみたいと思ったが…結構、これは辛いな。

 

「まぁ…それよりも…だ」

 

「?」

 

 まほちゃんの視線に釣られ…画面を見上げると、その映像はカメラを意識してだろう…空を飛ぶ撮影用飛行に向かって顔を上げているノンナさん。

 あれ…まっすぐ上を見ないと撮れない絵だろ…。

 それに反応してか…カメラの映像が、そのノンナさんをアップで写した。

 

「っっ!?」

 

 …瞬間…。

 

 口元に手を…って…はい?

 手を投げ出すように、カメラに向かって…。

 

 

「…ノンナさんが、投げキスを…した!? …はぁっ!?」

 

 

 無表情で投げキスって…。する事やって、満足したか…すぐに戦車の中へと入っていった…。

 その撃破後パフォーマンスで…観客席から、ここまで聞こえる地響きの様な歓声が…。

 

「………エー…」

 

 ノンナさん…あんな事、死んでもやらなかったのに…。

 

「…隆史。誰に…だろうなぁ?」

 

「は…い…?」

 

「…誰に向かってだろうなぁぁ…?」

 

「え…いや、たまに…あぁ! ケイさんとか、たまにしているパフォーマン…ス…じゃ…」

 

「……」

 

「 」

 

「…最初の話に戻ろう」

 

「あ…あの…まほちゃん…?」

 

「あったな」

 

「………」

 

 あの…なんで睨むんでしょうか…?

 

『 遅れてるわよっ!? ノンナッ! どうしたの!? 』

『 いえ。思ったよりも、恥ずかしかったです 』

『 はぁ!? 』

 

 …。

 

 みほと、エリカの事もそうだ。

 

 あのノンナさんもそう…。

 

 …なんか色々と、関係が変わっていく気がする…。

 

 

「みほ達の…喧嘩の影響が、しっかりとあったな!」

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。



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第27話 面会 ~前編~

一方その頃…。


 カツン、カツン…と、無機質な廊下に響く足音。

 白く、灰色の廊下。薄い緑…ともいうのだろうか? 人に寄っては感じ方が違いでる特有の通路。

 

 まったく…珍しくヒールなんて履かせられたものだから、歩き辛くて仕方がない。

 いつものとは違うスーツ…というのも、また動き辛い。確かに服を用意してもらえたのはありがたいが、いつもの恰好で構わないと思うのだけれど?

 まぁ…色々と彼女は彼女で、面子というか、色々と柵があるだろうしね。黙って言われる通りに従った。

 

 …その彼女には、借りがある。

 ならばと、この頼み事…にも、二つ返事で了承した。まぁ私にもメリットはあったしね。

 

 そしてもう一人…。

 

 同じくして同じ様な頼み事をしてきた。

 すでに、その頼み事通りの事を、仕事として受けていたが…たまには? と、意地悪ついでに条件だして、引き受けてやった。

 まぁ…真面目に言ってきたから、真面目に聞いて…最後に冗談交じりに言ってやったから多少、アレも気が楽になったでしょうよ。

 

 前を先行している、歩く少女に目を落とす。

 

 本来ならば、遊びにでも行くつもりだったのかしらね。

 大学の制服ではなく、ゴリッゴリの…母親の趣味を全面に押し出した、黒いスカートが可愛いワンピース。

 同じく黒いリボンで、長い髪を左右でまとめた姿は、年相応に…いや…ちょっと幼く見える。

 歩く度に、まとめられた髪が、ぴょこぴょこ動く姿が非常に…いや、異常に可愛い。

 

 …。

 

 はぁ…。

 

 しみじみと…思いますわ…。こういう女の子が、欲しかったと…。

 

 歳も歳だから今更、子供なんてねぇ…。

 

 …。

 

 時々、私の顔を不安げに横眼で見てくる姿がまた…あぁぁ…。

 

 この娘、私にくれないかしら…。

 

「こちらです」

 

 更にその先を歩く警官の足が止まった。

 これまた、無機質な扉。その前でこちらを振り向き、ドアノブを掴むとそのまま開いた。

 どうぞ、お入りくださいってね…。

 

 某日、某場所、某時刻。

 

 あの男が収容されている場所。

 

「…はい」

 

 その少女が口を小さく開き、周りと同じく無機質な返事を警官に返す。

 

 …。

 

 頼まれた仕事…それがこのお嬢様の付き添い。

 殆ど護衛見たいなモノだけれど…ね。

 

 開かれた扉の中は、廊下と同じくして、無機質な飾りっ気のない狭い部屋。

 本当は倍の広さの部屋だろうに、その部屋の中央に透明な壁で引かれている仕切りが見える。

 目の前のお嬢様が、返事を警官にへと返しても、動かず…そんな部屋に入る事を躊躇している様だった。

 そりゃそうよね。普段普通に生活している善良な市民様だったら、こんな場所になんか、普通縁がない。

 飛び級して大学生といっても、まだ14歳の女の子。そんな子供がこんな場所に、足を踏み入れているのだ…仕方ない。

 

「隊長…」

 

 もう一人。

 

 心配そうに、少女の肩に手を置いた女性。

 3人いた彼女の知り合い。彼女達も少女に同行しようとしたが、面会できる人間は3人まで。

 私は確定しているので、彼女達の中から一人だけ同行を許した。…まぁ、この…アズミさん? だったからしらね。

 会話の中…他の二人と比べたら、比較的に冷静に対処できるだろうと思ったのだけれど…この娘に対しては、酷く過保護ねぇ…。

 

「……」

 

 一瞬…私の顔を見ようとでもしたのだろう。少女の髪が動いた。

 どんな言葉をかけて欲しいのか…。すがる様な目を私に向けてきた。

 

 

「私はただの付き添いです。ですから、貴女の指示に従います」

 

 

 その目を冷たく、突き放す。

 私に意見を求めるな…と、意味を込めた言葉。

 

 すると私の言葉に、小さい肩を小さく跳ねさせた。

 その少女の姿を見て、アズミさんが私に対して顔を向け、そんな言い方はあるかと…睨みつけてきた。

 あぁ…しくじったわ。この子を選ぶんじゃなかったわ。というか、残りの二人もこんな感じになりそうよねぇ…。

 

 まったく…。

 

「会いますか? 止めますか?」

 

「……」

 

 急かす様な言葉に、アズミさんの私を睨む目が強まった。

 まぁ、気にもならないけど。

 

「…親の…島田流家元の反対。どの様な会話をしたか存じませんが…それを押し切り、決めたのは貴女です」

 

「……」

 

「貴女が決め、人を巻き込み…大人の世界に足を踏み入れたのです。…これは貴女の責任」

 

「……」

 

 そう、責任。そしてもう一度言おうかね。

 

 彼女はまだ、14歳の女の子。

 

 飛び級していようが、大学生だからだろうが…彼女はまだ子供。

 後に聞いた話だが、複数いた犯人達の一人を確保したのは彼女だというではないか。

 なまじ、その成功があるから、こんな場所にまで来た…来れてしまった。

 天才だからこその判断力。そして行動力を持ち合わせている。故に…危ない。

 

 …危なすぎる。

 

 そして、この子の親は甘すぎる。

 戦車道に関しては厳しいかもしれんが、はっきり言ってバカが着くほどに甘い。

 というか、子供に押し切られてんじゃないわよ。

 まぁ…他所様からの言葉の方が、良いという事も知っている…から、今回私にこの仕事が回ってきたのだろう。

 それとは関係なく…私は私なりに彼女が心配だったからね…。

 

「今更、私に…大人に、意見を求めようとしないで頂きたい」

 

「…っ」

 

 …だから。

 

「貴女の我儘に、()()()()()を、巻き込んでいるのですから」

 

「…周り…の…」

 

「ですから最後まで自分で決め、自身の責任を果たしなさい」

 

「……」

 

 主犯に会う、会わない。たったそれだけの事だが…恐れ、目前でその選択を、私に求めようとした。

 尻込みするのも分かるけど、敢えて冷たく突き放す。

 頭の良い彼女だ…すぐに私が、何を言いたいか分かるだろう。

 

 私をまっすぐ見上げ…次にアズミさんを見上げる。

 

 ただ黙って、周りを見渡す。

 

「…貴女っ!」

 

「アズミ」

 

 そんな私に対して、即座に噛みつこうとしてきた彼女を制し、まっすぐ顔を上げた。

 そしてすぐに、それでも強く口にした。

 

「会う」

 

 …怖かったのだろう。

 

 全国戦車道大会での録音を、彼女と合流する前に聞かせてもらった。

 彼女からすれば、アレは出会った事がなかった人種。

 汚い大人は、彼女は見て来ている。打算的な大人。欲望、野心。何にせよ…天才少女であるこの娘を利用しようとする輩なんて、いくらでも見て来ただろう。

 しかし…利害も何もない。ただ、人を傷つける為だけに動く人間に初めて出会ったのだろう。

 大人なら、あの会話の録音を聞いたらば、この少女とアレが会うのを反対するのは当然。

 しかし、彼女はそれを押し切り、アレの指名を…面会を受け…ここにいる。

 

「そうですか」

 

「…うん」

 

 彼女が初め、何をどう思い、この面会に踏み切ったかは分からない。

 正直私も、彼女が面会をする事には反対だった。しかし、この入口で躊躇した彼女に安心した。

 

 …それは、恐怖が見えたから。

 

 彼女がただ、一つの目的の為だけに、周りすら気にしない様になっていたらと…彼女が手段を択ばなくなってしまうのが、一番の怖い。それが不安で仕方がなかった。

 アレが捕まっていたとしても、彼女なら…と。

 本当に躊躇せず、もう一人の犯人を捕まえた時の、彼女のままだとしたら…。そんな彼女がアレとの面会で、本当に変わってしまったら…と。

 彼女の意思を尊重し、ここまでは来たが…最悪、力ずくで面会を中断させ様とも思っていたのだけれど…この様子ならば大丈夫だろう。

 

 目の前の事だけでなく、私達を見て、決めたというのなら…大丈夫。

 自分の行動で、多少なりとも人に影響すると、認識してもらえたのなら…。

 

 島田 愛里寿は、周りに意識を向けられた。

 

 ならば後は、私の方。

 

「なら…頑張りなさい」

 

 やさしく手で髪を滑らせると、少し…笑った。

 

 さて、それでも相手が相手。

 少しでも危ういと判断したら、即座に止めましょ。

 

 あぁ後、アズミさん。

 いい加減、鬱陶しいから睨みつけるの止めて欲しいのですが?

 ま、いいけど。

 

 

 あの決勝戦会場…今はもう戻っているとは言え…あの時は、周りすべてを敵だと思い込み始めていた、この娘。

 そんな不安定な状態で、携帯電話と通して話した…あの相手。

 

 

 さて、この荒療治…どうなるか…。

 

 

 …さ、お仕事しましょ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 狭い面会室。

 

 そこへ通されてから、どのくらい時間が経ったか…。

 アクリル板の仕切り。その前に用意されたパイプ椅子に座る隊長。…ただ静かに目を伏せている。

 

 そして…家元の要請か何か知らないけど…なに、この女性。

 

 家元と同じ位の年齢だろうけど、その恰好。

 スーツ姿で、髪を肩まで降ろしているその恰好が、妙にラフな格好に見える。

 特段、変な格好ではないのだけど…妙に胡散臭く感じる…というか、なんでサングラスなんて掛けてんのよ。

 隊長の後ろの壁。腕を組み、そこへもたれ掛かっているその女性が、この現場にいる事を楽しんでいる様に感じ、どうにも気にくわない。

 

 なんでこんな人が…。

 

 隊長の気持ちも知らないで、冷たく言い放った言葉。

 私達も詳細までは聞いていないけど、隊長の変わりようで大変な目にあった事は分かる。

 その隊長に対して、逃げ道を塞ぐ様な事をよくも…。

 

 何が頑張りなさい…よ。

 

 これが終わったら、家元に直々に報告…抗議してやる。

 

「…来た」

 

 その女性が口を開いたのと同時に、仕切りの反対側のドアが開いた音がした。

 隊長と私が、その方向へと顔を向けると…。

 

「……」

 

 妙に大人しい男。

 まぁ捕まっているのだから、当然だろうけど…。

 付き添いで来た警察官の方が、男を椅子に座らせると、そのまま部屋の脇にある椅子にへと座った。

 気のせい…? 何かすごく目が泳いでいる様に見えたのは、何故だろう。

 

 まぁいい。問題はこの男。

 

 隊長に面会の指名をしてきたという。

 

 囚人服…とでもいうのか、シンプルな服装。

 

 聞いていた話だと…歳は20代。少し俯いている為に、頭が見える。

 

 白髪…。

 

 黒い髪が一本もなく、染めていると思える程に、真っ白。

 

 ゆっくりと頭を上げると…見えたその…痩せこけた顔が見えた。

 頬骨がうっすらと浮かんでいる。

 細い目は虚ろで…どこを見ているか分からない。

 

 先ほどから一言も喋らないこの囚人は、どこか爬虫類を印象付ける。

 

 隊長に何の用か知らないけど…こんなのと、会話ができるのだろうか?

 

「…隊長?」

 

 隊長は顔を上げ、その囚人をまっすぐと見ている。

 睨みつける訳でもなく、普通に…。ただ、少し視線を落とすと…手が軽く震えている様に見えた…。

 

「…ご希望通りに来た。なんの用?」

 

 先に口を開いたのは隊長。

 

「……」

 

 男は顔を上げ、寝ぼけた様な…そんな顔で、コキッ…と、首を鳴らした。

 ただ…口は開かない。

 半開きな口のまま、目玉だけをグルグルと回しているだけ。

 

 …気持ち悪い。

 

 ただシンプルに、そんな嫌悪感を抱いた。

 

「……」

 

「………」

 

 そんな男に対して、隊長は動かず…男の発言を待っている。

 

 この男…喋る気があるの? ただ隊長を舐める様に見ているだけじゃないの。

 私はあくまで付き添い…同行してきただけ。私に発言権はないのでしょうが…言いたい。

 隊長に帰りましょうと、言いたい…。

 

 数分…。時計の針がただ鳴る音だけが響く。

 

 …。

 

 ……。

 

 そして、漸く男が口を開いた。

 

 

「…まぁ…いいやぁ…」

 

「え?」

 

 口を開いた瞬間、興味なさそうにギョロギョロと動かしていた眼球を、隊長に向け…止めた。

 

「ママと来ると思っていたんですけどぉ~…いやぁ? 敢えてこの場合…都合がいいかなぁ~?」

 

 ぶつぶつと一人言。

 

 絞りだした様な声。

 しかし、妙に甲高い声が不快ね…。

 ただ…喋りだした瞬間。先ほどまでと違い動く。大きく顔が…動く。

 

 ニタァ…と口を大きく歪ませたまま。

 

「やぁ~! 初めましてぇ、天才少女。覚えてますぅ? お電話のお相手ですよぉ?」

 

「……っ」

 

「後ろの方は、護衛の方ですかねぇ~? でも、大丈夫ですよぉ? ほらぁ~僕ぅ、ここから出られませんからぁ~~?」

 

「………」

 

「安心してくだちゃいねぇ~」

 

 小馬鹿にする様に、両腕を広げた。

 先ほど、入室してきた時と、同じ人間とは思えないほど、大きな声で叫ぶように…。

 そんな囚人に対して、後ろの警官は動か……はぁ!?

 

「…ぁあ、そこのビッチ」

 

 ビッ!!??

 

 私の目線で気が付いたのか…ゴキゴキと首を鳴らしながら、とんでもない事を言い放った。

 目線の先…。その警官の耳にはイヤホン。こちらの会話を聞く気がない。それどころか、これは…。

 

「そこのお巡りさん。買収されてんだよねぇ~~まぁ、したのは俺じゃないですけどぉ~~」

 

「なっ…」

 

「まっっあっ!? チクっても良いよぉ? 俺には痛くも痒くもないですからぁ~~でもねぇ? 警官買収できる奴ってのが、相手ってのはぁ~~覚えておいてねぇ?」

 

「……」

 

「えっとぉ、監視カメラも、会話録音もぉ~機能してないから、よろしくどーぞぉ」

 

 い…いきなり…これ? 隊長が相手にするの…って、誰を…え?

 軽く言っているけど、どういう事…?

 

「だぁぁか~ら~ですねぇ? ……お前は口開くな。黙ってダッチワイフにでもなって転がってろ、糞ビッチ」

 

「…こ…の…」

 

「あぁ! 部外者様は風船の置物にでもなってろっ!! って、事ですからねぇ~~?」

 

 ヘラヘラと…さっきから…隊長の耳に入れたくない単語を…それに…。

 

「もういい。で、何の用?」

 

 思わず立ち上がってしまいそうになったのを、隊長が止めた…止められてしまった。

 

「おや、天才少女」

 

「…何度も言わせないで。要件を早く言って」

 

「つれないねぇ~~。まぁ、いいですけっどぉ。要件ね、要件。お手紙に記載してあったと思いますがぁ?」

 

「謝罪したい? そんな気、全くない癖に」

 

「本当にですよぉ? 嘘ついてごめんねぇってね。それにぃ、外に宛ててのお手紙って、全部読まれちゃうからねぇ? 僕、嘘書けないの」

 

「……」

 

「ですから誠心誠意、嘘偽りない言葉です。ですから…謝罪の意味を込めて、一つ…良い事を教えて差し上げようと思った次第でございます」

 

「…良い事?」

 

 この男…先ほどから、口調が一切安定しない。

 ふざけて話したり、乱暴な口調になったり…急に真面目に話したり…。

 …人に対して、ここまでの嫌悪感を感じた事なんてない。

 

「あぁ、えっとぉ…あ~…。いっぱいお喋りしてぇ~…なんかもう、面倒くさくなった…」

 

「…は?」

 

「あぁーあー。いいよいいよ。駆け引きなし。本題を言おうか?」

 

 手の平をヒラヒラと…振り、そんな事を宣く。そして…。

 

「尾形 隆史」

 

「…っ!?」

 

「西住 まほ」

 

「……」

 

「西住 みほ」

 

 一人一人…人物の名前を急に呼び出した。西住姉妹は有名…大学に上がった私達の耳にも入ってくる程に…。後は、あの男の子の名前。

 その名前を出し始めた男に対して、隊長が黙ってしまった。

 それが、こいつの言う「良い事」…に、繋がると容易に想像できるから…。

 

「よかったねぇ~…あの姉妹が襲われた…というか、俺が襲ったんですけどね? その事ですガァ。知ってる? 知ってるよねぇ? だぁい好きなお兄ちゃんの事ですからねぇ?」

 

「…それがなに?」

 

「その真相ってのを、教えてあっげるぅ! 当時とっ捕まった時にもゲロしなかった、貴重な体験談ですよぉ?」

 

「真相?」

 

 ここまで冷たい隊長の声は…初めて聞いた。

 隊長は返事で肯定し、早く次を話せと催促をする。

 

「アレっさぁ…実はぁぁ………頼まれてした事なんですぅぅ」

 

「…は…? 頼ま…れた?」

 

「そうそう。お金貰ってお願いされちゃったのぉ。当時捕まった時、言わなかったけどぉ」

 

「……そう。それが? それはもう過去の事。そんな真相…私にはどうでもいい」

 

 だるそうに話す男。

 

 隊長の言葉を聞くと…また…笑った。

 

 そして…。

 

 

「依頼元が、西住流だけど?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 …嫌で嫌で仕方がない感情が、胸の奥で膨らみ…どうしようもなくなっていた私。

 

 決勝戦会場で、お兄ちゃんに言われ、一か所に集めだ女性達。

 

 邪魔だった。

 

 邪魔で邪魔で邪魔で…どうしようもなく…憎い。

 

 不思議と…その理由が、思い浮かばない。

 

 でも邪魔だった。憎かった。邪魔だった。憎かった。

 

 でも理由なんてない。ただ…嫌悪感だけしか感じない。

 

 正直、喋るだけでも嫌だった。

 お兄ちゃんの性格上、彼女達に対して行う事には納得がいく。

 でも、納得ができなかった。

 自分でも肯定否定が曖昧に…意味が分からない。

 口を開くと、そんな彼女達に対して、何を言ってしまうか分からなかった…だから、必要最低限の事以外は喋らなかった。

 

 その時…誰かが言った。

 

 私を、天才少女だと。

 

 …嫌になるほど聞いた言葉。

 そして、その呼ばれ方が2度目だと。気が付き…その時点でこの感情に納得がいった。

 あぁ…この人達も今までの人間と変わらないのか…と。

 そんな事、今まで何度も感じ、何度も思った感想。…何度も呼ばれてきたのに、なんで今更気にしたのか。

 

 そして…あの電話。

 

 お兄ちゃんと同じ事を、別の意味で言われた、あの言葉。

 嫌悪感しか感じないあの言葉。

 

 同じ言葉で、同じ様に…違う意味を私を突き刺した。

 

 

 〈 化物 〉

 

 

 真っ黒い感情が、私を押し潰しす。

 真っ黒い思考が、私を突き動かす。

 

 何が天才少女だ。

 

 何が化物だ。

 

 オマエ達は、他の大人と変わらない。

 

 オマエ達は、他の奴らと変わらない。

 

 オマエ達が、お兄ちゃんの名前を呼ぶな。

 

 オマエ達が、声にするな。出すな。見るな。

 

 周りと私は違う。

 

 そんな事は分かっている。

 

 私は他の人達が、できない事ができる。

 

 同世代の人達が、できない事がやれる。

 

 でも私は、そんな事で周りを見下したり…馬鹿にしたりする事なんて、今までなかった。

 

 する必要もなかった。

 

 …だってそれが、普通の事だったから。

 

 ごく自然な事。

 知っていたから。

 それが普通だと教えてくれたから。

 お兄ちゃんが、教えてくれたから。

 …私よりできない人は、私よりできる事があるかもしれない。

 私が感じ取れなかった事を、他の人は感じ…それを形にできるかもしれない。

 私は子供。…飛び級や、天才少女と言われたと…大人の世界を垣間見ていたとしても……子供。

 同然な事…それを私は理解していた。

 

 理解していたはずなのに…。

 

 

 …この時私は…初めて人を見下した。

 

 

 中継映像に映るあの女!

 

 集められているオマエ達!

 

 オマエ達が一体何をした!? 何ができる!?

 

 お兄ちゃんの邪魔になっているだけじゃないか!!

 

 何も知らないなら、黙っていろ。

 

 何もできないなら、邪魔をするな。

 

 我慢できない。

 

 そんな有象無象…今までの人間と同じ様な奴らが、お兄ちゃんに近づくのが…守られてるのが…。

 

 …。

 

 ……。

 

 分かっている。

 

 肯定と否定。

 

 否定と肯定。

 

 幾度も繰り返す思考の中で、彼女達が…お兄ちゃんが選んだ人達なのだと…。

 

 だから嫌。

 

 絶対に嫌。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃなって…訳が分からない。

 

 

 …呼ぶな。

 

 

 私を天才少女と呼ぶな。

 

 私を異物と見るな。

 

 私は私のできる事を、ただお兄ちゃんの為にしていただけ。

 

 できる事しか、私はできない。

 

 オマエ達だって、やれる事はするはずだ。

 

 貴女達だって…彼の為に…何かできるはず…。

 

 だから呼ぶな…。

 

 私を化物と…呼ぶな…。

 

 やれる事をやってるのに…それだけなのに…。

 

 そんな目で見ないで…。

 

 違う。

 

 嫌だ。

 

 やだ…。

 

 何も…変わらない…。

 

 

 

 

 …。

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

「…チーズ臭い。離れて…」

 

「酷いっ!?」

 

 個性…。

 

 当たり前で、簡単な言葉。

 

 ただ言われるだけ…ではなく、誰に言われるか…それもあるんだろう。

 

 ぐっちゃぐちゃに混ざり合い、何が何だか分からない感情が、一瞬で晴れてしまった。

 嫉妬…も、もちろんあるのだけど…それでも、なんだったのだろう、あの感情は。

 

 化物でも良い…そう思って、そう考えていたのに…。

 

 だから、私は私のできる事…驚かれたって、怖がられたって構わない。

 お兄ちゃんの為に…って、頑張ってきたのに…なんでそれを後悔したのだろう…。

 

 お兄ちゃんがテント前から去った後、集められたお兄ちゃんの知り合い。

 

 …そう、知り合いの方々にもみくちゃにされた。

 

 ケイさん…には、特に…。なんでだろう…? ずっと抱きしめられてしまっていた。

 私…ぬいぐるみじゃない。

 

 アンチョビさん…には、やたらと頬ずりされたから、正直…嫌だった。される事は嫌ではなかったけど…兎に角、チーズ臭がヤダ。

 あ、チーズ臭って言い方は、本気の涙目でやめてくれと言われたから訂正。…臭い。…で。

 

 カチューシャさん…は、何故か初めおびえた目で見られたけど…しばらく話したら治ってくれた。ノンナさんへの肩車要請がスムーズ。

 

 ノンナさん。…。……。なるほど。これが化物と呼ばれた由来だろう。影の大きさが凄い。

 

 ダーさん。やたらと格言とか、ことわざとか言って来たけど…全部知ってると、言い終わる前に言ってみたら顔をちょっと引きつらせていた。

 …何故か気分が晴れた。

 

 オレンジペコさん。 …何故だろう…魂の共鳴を感じる…。

 

 巻き髪さん…は、気が付いたらいなくなってた。…どうしたんだろう。

 

 あ…あと、もう一人…は。

 

 ……。

 

 そこでずっと、正座してカスタネットでも叩いてたらいい。

 逃げたら、お兄ちゃんに即報告。

 母…お母様には、黙っていてあげる。…武士の情け。

 

 …。

 

 楽しかった。

 

 戦車道抜きで…人と話すのが、ここまで楽しかったの…初めて。

 すぐに分かった。簡単な事…。

 私が意固地になっていた。ただそれだけ。

 

 天才少女? …化物?

 

 周りから言われ、それを意識し…一番特別扱いしていたのは、私…。私自身。

 

 …大丈夫。

 

 お兄ちゃん抜きで、考えてみれば良かった。

 

 だから、大丈夫…。

 

 彼女だって…西住 みほさんにだって大丈夫…。

 

 会ってみればいい…。

 

 話してみればいい…。

 

 心の底から思う…。今度こそ思う。

 

 ばけもの。

 

 私は化物。

 

 お兄ちゃんのモンスター。

 

 それだけ。

 

 …他の人なんてどうでもいい。

 

 こればかりは譲らない。

 

 …こればかりは…私以外に…なれる人はいない。

 

 

 …。

 

 

 ……。

 

 あの男と会うと決めた時に覚悟はできた。

 

 私は揺るがない。

 

 付き添いに来てくれた二人の為にも、私は冷静でいられる。

 

 私だけの問題じゃ…ないもの。

 

 だから…。

 

 だ…から。

 

 大丈…夫……。

 

 

 

「あっるぇ~!? どうしたのぉ? 大丈夫ぅ?」

 

 

 

 …。

 

 ……だい…。

 

「…そ」

 

 喉元から声を絞り出す。

 違う…普通に出す。

 

「そ?」

 

「それがどうしたの」

 

「いやいやいやいやいやぁぁ…。いいよぉ? べっつにぃ、気にならないなら、ならないでぇ?」

 

 …。

 

 ……。

 

「天才少女だものぉ。すぐに色々と、推測してるでしょぉ? 多分、それで合ってる合ってるぅ」

 

 すいそ…く。

 

「あの家元様の糞ババァがぁ、アレにご執心なの分かってるよねぇ?」

 

 この男の言葉が…パズルのピースになる…。

 嫌な推測しか浮かばない…。

 

 コレが嘘だと、簡単に判別できるのに、なぜか…耳に残る…。

 

「すっごいよねぇ、自分の娘使ってまでぇ…欲しい物かね? あんなの」

 

「…あんなの?」

 

「あぁ、あんなの呼ばわり、ごめんねぇ? それでもねぇ? 実際問題どうよ。俺に大金渡してまでする事かねぇ?」

 

 切り替える…。

 

 気持ちを切り替える…。

 

 冷静に…あの時の様に…。

 

「…それはない。あり得ない。嘘を吐かないで」

 

「ありえない? うそ?」

 

「そう…。事件の事は聞いた。調べた。推測もできた。幼児に対して、そこまでするメリットもない」

 

「おにいちゃん欲しかっただけじゃね?」

 

「…まだ、子供。そこまでする程に、おに…彼に、価値は無い」

 

「あらあらあら、大事なお兄ちゃんの事ぉ、価値がないとか言っちゃったねぇ?」

 

 …安い挑発。

 

「事実は事実。…特別扱いする理由はない」

 

「いやいやぁ、なんか忘れてね?」

 

 アクリル製の仕切りに…顔をべったりとつけて…バンバンと音を出しながら、喋る為に叩いてくる。

 先ほどから、この囚人の話す事は、断片的。それを私を呼び出しておいて、態々言う意味もない。

 

 …まだ、私には関係のない話。

 

「島田の血が欲しかったんじゃねぇのぉ?」

 

「…」

 

 血…? なんでコイツが、そんな事を…。

 

「あぁ~戦車…道? とやらに関してぇ、あの真っ黒ばんばぁ、容赦ないみたいじゃん?」

 

 …。

 

「計画的だよねぇ。自分の娘には軽傷…あのお兄ちゃんには…まぁ、大怪我させちゃったのは、誤算だったろうねぇ? 僕の頭に血が上っちゃったってだけぇ」

 

 ……。

 

 ゴドンッ…と。

 

 机に体を乗り上げ、仕切りにへと額を強く打ち付けてきた。

 目を見開き…眼球すら壁に接触させている様に…。

 

「薄々、感づいているんじゃなぁ~ぁい?」

 

「人工製のきずなぁ? あの姉妹、どっちかとくっつきゃ良いとか思ってるんじゃね?」

 

「よく知らねぇけどぉ…どっちみち、決められてた見たいだねぇ。ひっどいねぇ~。人の人生なんだと思ってんだろうねぇ?」

 

「戦車道って、そんなに大切? 人様の人生ぶっ壊す程のモノォ? お前ら家元とやらって、どんだけ偉いのかねぇ? 尾形 隆史には、同情するよ実際っっ!!」

 

 …。

 

 ………。

 

 早口でまくし立てる。

 何度も何度も、仕切り板にへと鈍い音を立てながら…。

 私の口を挟む事すらさせない。

 

 大丈夫。やはり、私は大丈夫。

 

 正直白状してしまえば驚いた…と、思うが私は冷静。

 周りに誰か…味方がいるというのは、ここまで心強いとは思わなかった。

 私が一人で突き走ってしまえば、誰かに迷惑をかける…そういう事も考える余裕もある。

 分かりやすい…。

 

 分析すらする必要を感じない。

 

 これは分かりやすい…

 

「 嘘 」

 

 はっきりと言えた。

 

「嘘ぉ~?」

 

 

 私はもう…真っ黒い感情に潰されない。

 

 

 

「話が支離滅裂。すべて貴方の想像に過ぎない」

 

「ん~~?」

 

「…これじゃ、態々足を運んだ意味がない。そんな事を言いたくて呼んだの?」

 

 そう…敢えて、思考を誘導しようとしているのが目に見えて分かる。

 うん…やっぱり、私は大丈夫。

 この男が私に、何をどう思わしたいのか分からないけど…コイツに、お兄ちゃんが小さい頃に襲われた事が、誰かに依頼されたというのも、正直眉唾。

 鵜呑みにしない…何が西住流が…コイツの言う事をする程、馬鹿じゃない。

 それにあの、家も…

 

「んっっじゃぁ、ここで俺が言う「良い事」って奴の本ぁぁ題」

 

「…何?」

 

 私はコレから、大学にへと送られてきた手紙にしるされた、典型的な謝罪文。

 そして直接、謝罪をしたいという内容すら、信じていなかった。だからここに来たのも、すべてはお兄ちゃんの為…。

 何か…何か、有る。だからここに来た。

 これが話す内容に、何か役に立つ情報があるのと踏んだから。

 …何か…あるのだろう。

 

「まずは前置きぃぃ。僕さぁ…知っての通り、あの会場にいたんだよねぇ」

 

 本題…と、言っておきながら前置き…。

 

 面倒臭くなってきた…。

 本題と言われて、思わず身構えてしまったのだけれど…まぁいい。

 

「はぁ…なに?」

 

 全国戦車道大会の会場の事だろう。ずっと、コレは隠れていたのだから、当然。

 そんな事を態々初めに…。

 小さく溜息を吐いて、少し肩の力が抜けた。

 面倒…なに? なんで今、笑ったんだろう?

 

「そこぉでぇ…見かけたんだけどぉぉ…」

 

 仕切りに顔を張り付けたまま…ニタニタと口を歪ませている顔。

 そして…。

 

「…なんで、お前。他の女共といたの?」

 

「…は?」

 

 他の女共?

 

「聖グロ、サンダース」

 

 ツラツラと、読み上げる様に…抑揚のない声が響く。

 

「アンツィオ、プラウダ…」

 

 …だからなに。

 

「お前、馬鹿だろ。俺にはわっっかんね。お兄ちゃん掻っ攫う可能性ある奴と、なん~で…仲良しこよしって…できるんでしょ~~~か?」

 

 叩く。

 

「……」

 

「言ってやったろ? 教えてやったろ? わっざわざ、手間暇掛けて、危ない橋渡って? 携帯渡して、お話ししたよねぇ???」

 

 叩く。

 

「い…一々まわりくどい。…何が言いたいの?」

 

「潰せって言ったろ? 奪えって言ったよね? え? 馬鹿なの? 仲良くなってどうすんの?」

 

 叩く。

 

「……」

 

 喋る度に、バンバンと仕切りを叩く。

 音と共に、あの時の会話…妙に耳に残る、声がもう一度…。

 

「…貴方には、関係ない。それは私の…」

 

 バンッ!!! …と私の声を、音で潰した。

 

「あ~…ごめんねぇ…君みたいな、天才少女に対して、馬鹿はないよねぇ~…化物だもんねぇ~~?」

 

 …。

 

 ……。

 

 大丈夫…。私は大丈夫。

 

 殺し文句の様に、ただ化物と私に言えば、取り乱すとでも思っているのだろう。

 安い…安い挑発。

 

「アレかぁ…仲良くなったフリだったんだねぇ~ごめんねぇ。ワタクシィ…勘違いしてたみたいですっ!!」

 

「…違う。また勝手な妄想しないで」

 

「いいっ! いいよぉ~。ここは今、撮影、録音。何もされてないからぁ。下手したら、俺との面会記録すら消されるかもしれないよぉ? だから、隠さなくてよいよぃ」

 

 ドンッ!! …と、拳を作り…仕切りを殴った。

 

「…後ろから刺すつもりだったんだねぇぇぇ…」

 

 …。

 

 …話にならない。

 

「はぁ…だから違う。的外れも大概にして」

 

 誘導尋問にしか聞こえない。

 

 何が、良い事…だ。もういい。

 時間の無駄と判断。

 これ以上の会話は不要。無意味。…時間の無駄。

 私がもう一度、呆れた溜息を吐き、立ち上がろうした瞬間…。

 

 

「  なぁぁらさぁぁ!!!!!  」

 

 

 …大声で怒鳴る。

 それは嬉しそうに…まぁ、これもどうせ、歪んだ妄想…だろう。

 

 

「なんで、お前が家から追い出した!! …「 お 姉 ち ゃ ん 」がぁ! …あそこにいたんですかねぇ???」

 

 

 …。

 

 ……。

 

 ……な…ぇ?

 

 

「島田 ミカちゃん。お姉様、おねぇちゃん、なんでもいいけどぉ!?」

 

「…ぁ」

 

「お前が優秀すぎて!? 居場所すべてをぶっ壊してぇ!? 可愛そうに勘当までされちゃったお姉ちゃんっ!!」

 

 …。

 

「妹がお姉ちゃんの居場所を取っちゃったんだねぇ!? すごいね、天才少女!! 西住ちゃん達とは正反対だねぇ~~!!! あ~~あ、お姉ちゃん!! お家、追い出されちゃったぁ!!!」

 

「ち…」

 

 喉が…乾く。

 

 ……思考が…追いつかない。

 

 何故知っている。なんで…え…?

 

「そんなお姉ちゃんがぁ…だぁいじな、お兄ちゃんの傍にいるのが許せない。うんうん、わっかるよぉ~ぼかぁ分かる!!」

 

 …こ…この男。

 

「…待って」

 

 漸く…絞り出した、そんな言葉。

 

「カッ…ヒッ! ヒヒヒッ!! ッハハハァアア!!! すげぇわ、お前!! 流石、規格外!! さっすがぁぁ化物!!!」

 

 呼吸が…うまくできない…。

 

 椅子から立ち上がり…机に力の限り、手を打ち付ける。

 

「はぁはぁ言っちゃって…どしたの? 興奮した? でも僕、ノーマルなんですぅ。幼女がハァハァ言っててもねぇ」

 

「……何で知ってるの」

 

 どうでもいい事は…無視…。

 何を言っているかよくわからない…。

 

「はぁぁ? 何がぁ? あぁ、君のお姉様のことぉ? 君が優秀すぎて、お姉ちゃん逃げ出しちゃった事ぉ? お前が追い出した様なモンだろ? なんで知らねえぇのデスカネ?」

 

「…違う」

 

 胸のリボンを掴み…力を入れる。

 

 西住流…島田流…お…お母様…。

 

 知らない…島田の私が知らない情報を、何故コイツが知っている…。

 

「あっっあ~~!! お母様、親しいねぇ…そこは、黙ってて上げたんだぁぁ」

 

「違う!!」

 

「違わねぇよぉ!! えぇ!? 天才少女!! お前、化物だろ!!?? 化物だよなぁぁぁ!! んなら、容易に想像つくだろうよ!!」

 

 

 

 ば…け…。

 

 

 

「お前が島田の全てを! 可愛そうなお姉ちゃんから奪って!! 追い出してっ!! んでもってお兄ちゃんも取り上げちゃうんだろぉぉ!! すげぇなバケモン!!」

 

 

「アレはもう島田は名乗れない! …要は!!」

 

 …。

 

「お前が、島田!! …ミカを殺したんだろぉ!!!」

 

 ……。

 

 

 

「あっるぇ~? どしたの、黙っちゃって身内殺し。あぁそうそう、俺にみたいなのが、なんで知ってるって事だよね? うん、うん。 …んなん、決まってんだろうが」

 

 先程から、喋る度に強く手と、額をぶつけているこの男…。

 急に頭を離し…ゆっくりとまた…密着させた。

 

 

「俺に依頼した、西住流の野郎が言ってたんだよ」

 

 

「…西住…流…」

 

「捕まってしまった僕ちゃんに? 最後にぃぃ…って、嬉しそうに勝ち誇って言ってたよ? いるよねぇ~あぁいう奴。まぁ、俺がお前に、バラしちゃうとか考えなかったんかねぇ?」

 

「……」

 

「ま・ぁ? ここの公務員さん買収してるのも、さすがにもう分かるつくよねぇ? お金持ちだものねぇ??」

 

 

 ……。

 

 

「だっからぁ!! 西()()()()は、こう思ってんじゃね? お前が…化物が…。化物如きがぁぁ!!」

 

 

【 尾形 隆史に、近付くなって 】

 

 

 

「…………」

 

 

 近付くな?

 

 私が?

 

 私が、化物ダカラ?

 

「そりゃそうだろ化物。一般人からすりゃ、迷惑だろうよぉ? 迷惑この上ないよねぇ!? 当然だよねぇ!!?? 当たり前だよねぇ!!!」

 

 な…ん…

 

「 害 悪ぅ 」

 

 なんで?

 

「 邪 魔ぁ 」

 

 ナゼ?

 

「 見るな 」

 

 ドウシテ?

 

「 話かけるな、喋り掛けるな、近寄るな、視界に入るな、いれるな 」

 

 

 ワタシハ……

 

 

「 お前は、いらなぁぁ~い 」

 

 

 西住…流…。

 

 

 西…住…み……

 

 

「ぁ…」

 

 

 あぁ…

 

 

「ぁ…あ…」

 

 

 あアああああアアア!!!!

 

 

「た…隊長…? 隊長っ!!」

 

 

 邪魔っ!! 害悪っ!!

 

 なんで? 

 

 なんでっ!?

 

 ただ、ただっ!! 私はっっ!!!

 

 

「止めてください、…ダメですっ!! たいち…えっ…!?」

 

 

 ゴツゴツと!!

 

 何度も、何度も何度も何度もっ!! 男が額を、仕切りに打ち付ける音が耳から離れない!!

 こいつが言っている事なんて、真実じゃない!!

 

 嘘!!

 

 ウソバカリ、ウソっ!!

 

 でも!? なんでっ!? お姉様の事を知っていた!! 知っていた…知っていた。

 

 全部知ってるっ!? 知ってる!!

 

 なんで笑うのっ!? なぜ笑うっ!!

 

 笑うな!

 

 笑わないでっ!!

 

 何がおかしいっ!!!

 

 ナニガッ…!!

 

 

 

「あ~…もういいわ」

 

 

 

 …真後ろから声がした。

 

「愛里寿ちゃん、動かないでね?」

 

 瞬間…風が吹いた…。

 パンッ…と乾いた音が響き…。

 目の前の男が、視界から消えた。

 

 そして仕切りの板が、小さく細かく振動していた。

 

「…え」

 

 でもすぐにその男は、また視界に入る。

 ただ…先ほどまでと違い、黙り…力なく…一番奥…。

 

 椅子から床に落ち…壁にもたれ落ちていた…。

 

「…アンタさぁ」

 

 ひどく懐かしと思える声がした。

 先程までの、感情を殺した声じゃなくて、厳しい声じゃなくて…。

 

「 少 し 黙 れ 」

 

 髪を後ろでまとめ…手を上げ…。

 聞きなれた声で、いつもの、おば様が後ろに立っていた。

 

 

 

 

 ▼▼

 

 

 

 

「なっ…え…何した…の?」

 

 取り乱した…。

 

 うん、私は取り乱していた。

 声を出してくれた事で、横で私の肩に手を添えていてくれたアズミに、今更ながら気が付いてしまった。

 

 私も驚いている…のだろう。

 呆然と…先程まで目の前で、嬉しそうに、楽しそうにした歪んだ笑顔の男が…ベッタリと顔を着けていた、その仕切りを眺めるしかなかった。

 その奥で、その男が、へたり込んでいる。

 あまりの衝撃で、私は我に返った。…変える事が出来た。

 

 できたけど…別のショックが…大きい…。

 

「もうちょいっと、普通に喋れんかね? 最近の若いのは。というか、人の話を聞きなさいよ」

 

 上げた右手をプラプラとさせながら、私の頭に手を置いた。

 

「やっぱ、愛里寿ちゃんも、まだまだねぇ~。相手の術中に嵌っちゃって。まぁ…仕方ないか。経験が足りないのねぇ」

 

 前置きと言っておいて、本題ぶっこんでくるとか、良く分からない言葉を次々に言ってくる…。

 ぶっこむ…て、なに?

 

「え…あの…」

 

「あぁ、アレ?」

 

 親指で、吹き飛んで動かない男を指さした。

 

「鎧通し…遠く当てとか? まぁ色々名称はあるけど…その応用ね!! この仕切りで振動ついて、倍率ドンッ! 気持ち良いくらいに吹っ飛んだわねぇ」

 

「いえ…そうではなく…て」

 

 そして…入室する時みたく、やさしく撫でてくれる…。

 でも…

 

「ちょっと、待ちなさいよ!!」

 

「あら、取られちゃった」

 

 アズミが、おば様の前から、私を抱きしめる様に胸元に引き寄せた。

 その行動が、心配しての行動だとすぐに分かったから…ちょっと嬉しく…ちょっと…く…苦しい。

 

「あ…貴女…今、何したの…」

 

「え? 何って、魔法」

 

「…は?」

 

「私ぃ。魔法少女なの♪」

 

「ふっ…ふざけないで! 武術っぽい事今、言ってたじゃない!!」

 

 両手をパッと開きながら、満面の笑みで答えるおば様…。

 うん…流石に落差がすごい…別人見たい。

 

「…なに、この人…雰囲気がさっきと全然違う…」

 

 おば様。

 

 尾形 弥生。

 

 お仕事する時は比較的に真面目になるってお母様が言っていた。

 その真面目…が、常に怒っているような雰囲気だったから、この何時もの彼女を見ると…なんだろう。

 

 この…ものすごい安心感は…。

 

「いくら囚人とはいっても…殴って怪我させて…どんな事になると思ってるの? …これが、隊長にどれだけ迷惑を掛けると…っ!!」

 

「殴ってないわよぉ? 怪我もしてない。魔法よ、魔法」

 

「このっ…」

 

 両手をまたヒラヒラさせて、軽く言い放った…。

 呆然と見上げる私に、笑顔を向けてくれるおば様。

 

「…この部屋はまず、監視されていない」

 

「…は?」

 

「録音すられていない…とか? アレが言ってたでしょ? それに…どうやら面会記録すらつけられてないみたいだしねぇ」

 

「あの男が、嘘を…あ、いえ…」

 

「そうそう。アレの会話の内容聞けば、それが真実って分かるわよね? それに…どうやら買収されてる警官…まだいそうでしょ? たった一人でそこ迄は、できないわよ」

 

「……」

 

「あら、不思議。仕切りの向こうで、囚人が勝手に吹き飛んだ。私は、アレに触れてもいない」

 

「……」

 

「ね? 魔法でしょ?」

 

 …も…ものすごい理屈を…いや、理屈ですらない。とんでもない事を、平気で言っている。

 だからと言って、これが問題行動にならない訳じゃない…おば様…どうするつもり…。

 

 ドンッ…と、また大きな音がした。

 

「がぶっ…ぱっ…ぁぁあ!!!」

 

「ひっ…!」

 

 血走った目と…顔を真っ赤に染めてながら、また仕切りに顔を密着させている男がいた。

 お…思わず変な声がでちゃった…。

 うまく喋れないのか…それでも、どこかギラギラとした目をおば様に向けている…。

 その姿を見て、アズミも少し腰が引けてしまったようだ。。

 それでもおば様は、そんな男に目もくれないで、アズミに抱きしめられている私をずっと見ている。

 

「ごめんね、愛里寿ちゃん。もうちょっと、早く止めてやろうかとも思ったんだけど…」

 

 男を親指で指差し…世間話をするかの様に話しかけてくる。

 

「えっとね? ミカちゃんの事。ありゃ、天性の風来坊だからねぇ…。逃げたってのは間違いないけど…ただ単に、家元業が嫌なだけよ」

 

「…え」

 

「ちなみに、ミカちゃん勘当されてないわよ?」

 

「はっ!?」

 

「表向き、世間体的によね? いや…まぁ、家元継ぐのが嫌で、妹に押し付けたとか? 普通に言えないわよね…だから、千代と愛里寿ちゃんから逃げ回ってるのよ? まぁ、私はあの子嫌いじゃないけど!!」

 

 じょ…情報量…というか、新事実をここで聞くとは思わなかった…。

 

「あ、ちなみにコレ。隆史も知ってるわよ? というか、一昨日言った。まぁた、アレの変な部分に、火が付いたっぽいから覚悟しててね?」

 

「  」

 

「…よし、目の色戻ったわね…。んじゃ次」

 

 し…思考が…気持ちが追い付かない…。

 次々と飛び出す、知らぬ情報…というか、真実…。

 今までお姉様の事を聞いても、お母様がはぐらかしてきたのって…え?

 

「えっと…アズミさん? だったかしらね?」

 

「…はっ!! なっ…何よ」

 

 横で騒いでいる男を無視して、普通に話すおば様…。

 文字通り、一撃でこの部屋の流れを掌握した彼女に対して、ものすごい警戒心を出しているアズミ。

 

「貴女が心配する事も分かる。コレ、確かに直接ぶん殴ったら、問題よね? でも、これは魔法よ? …魔法」

 

「……」

 

「あら、また仕切りにへばり付いているわねぇ~…どうする?」

 

「…も」

 

「も? 何?」

 

 どうする。…その一言が妙に冷たく…、一瞬先ほどのおば様と重なった。

 そんな雰囲気に戻ったおば様に対して…アズミが少し考え…。

 

 

「 もう一発、お願いします!!! 」

 

「あら、そ?」

 

 

 …え?

 

 

 ………。

 

 

 今度は大きな音がして…また男が吹き飛んだ。

 

 えっと…お兄ちゃん。

 

 助けて、お兄ちゃん。

 

 世の中良く分からない…。

 

 物理法則ってなんだっけ…仕切りを無視して、大の男性が簡単に体ごと吹き飛ぶものなの?

 

「よしっ!!」

 

 アズミがガッツポーズを取った…。

 

「あっ! よし! …じゃないっ!!」

 

 …お兄ちゃん。

 

 今日は…混乱する事ばかり…。

 今の会話の流れで…どう…何故それに繋がるのか…えっと…。

 アズミ…さっき、反対してたような…。

 

「ね? 私、魔法少女♪」

 

 訳が分からない…。

 

 なんで、ウインクしたの? なんで、ポーズ取ったの?

 

 支離滅裂。

 

 また…その言葉を思い出した…。

 

「愛里寿ちゃん」

 

「…え、あ…うん?」

 

「化物呼ばわりを気にしない…なんて事、無理でしょ?」

 

「……」

 

「それも何年も何年も、気にしてたのに、すぐに消化なんてできやしないわよ。隆史が言っていた事なんて、お薬程度に考えて起きなさい」

 

「み…見ていた様に言う…」

 

「いやいやっ! どうせ、愛里寿ちゃん口説いただけでしょ? 何となく分かるわよぉ!! 何年母親やってると思ってんの!?」

 

 カラカラと笑うおば様…。

 アズミが、一瞬驚いた顔をしていたけど…それでも、この人の言う事は…変に安心できる。

 

「ゆっくり…消化していけばいいの。…言われて傷ついたら、怒ればいい。怒るってのも、大事な事よ?」

 

「…うん」

 

「ただし、自分は保ちながらね。…我慢できなかったら、ぶん殴ってやんなさい。自衛の為の暴力は正義よ?」

 

「…う…ん??」

 

「なんなら、今の教えたげましょうか? アレを眉間にでも、ぶち込んでやれば、二度と喋れなくなるわよ!?」

 

「え…喋れなく…?」

 

「隊長に変な事、教えないで!!」

 

 …。

 

 …あれ?

 

 さっきまでの…ゴチャゴチャになってた感情が…いつの間にか治ってる…。

 ずっと笑っているおば様が、今度は髪をかき混ぜる様に…撫でてくれる。

 こんな時でも、冗談を言ってくれる…。

 

「あ、どうせなら私ん所に入門する!? だぁじょうぶ! 護身だから、西住流とは関係ないからっ!!」

 

「あの…えっと…」

 

「前から思ってたのよぉ! でもねぇ…千代が、すっごい反対してきやがってね!? 個人的になら問題ないわよね!?」

 

 …あ。コレ、冗談じゃない…。

 

 目が本気だ…。

 

 ちょっと、怖い…。

 

「…と、いけない」

 

 おば様の顔がすぐに引き締まった。

 そして…。

 

「そうそう…我存ぜぬって、他人事みたいな顔してる、そこの警官」

 

 顔…というが、実際は、机に背を丸めて座っているお巡りさん。

 おば様の一言に、肩が大きく跳ねた。

 

「応援、呼ばなくていいの?」

 

「……」

 

 目の前の、とんでもない出来事ですら、振り向きもしないで固まっていたお巡りさんが…こちらに初めて顔を向けた。

 顔は青冷め、脂汗…だろうか? 額がテカテカと光っている。

 その下で、苦しいのか…楽しいのか…。笑い声の様な息を吐き続けている男。

 

「早く呼んだら? でも、貴方。…どう言い訳するのかしらねぇ?」

 

「っっ!?」

 

「監視機能の故意での停止。面談記録の隠蔽。…賄賂の受託。さて…これが明るみにでたら、面白い事になりそうねぇ~?」

 

 目に見えて狼狽えるお巡りさん。

 下に座り込む男とおば様を、交互に視線を往復させている。

 

 あ…。

 

「…は…はは…。そっかぁ…オマエ、尾形 隆史の…」

 

「あら、思ったより根性あるのね。意識飛ばしたつもりだったけど?」

 

 ゆっくりと顔を上げて、こちらに男が視線を向けてきた。

 苦しそうな顔…ではなく…楽しそうに…心底楽しそうな顔…。

 

「訴え…ませんよぉ?? これはぁ…僕が、顔を壁に押し付けて勝手に怪我しただけですぅぅ」

 

「…なんのつもり?」

 

「だって、つまんねぇ…つまんねぇよねぇ?」

 

「…」

 

 ペチペチと…床に手を叩きながら、小さく声を上げている。

 

「これからが、面白くなりそうなのにぉぉああ!! こんなんでリタイアは、ねぇヨなぁ!?」

 

 顔を拭い…大きく叫ぶ。

 

 そして…その男をおば様は、無視して…私に対して体を向けた。

 スッ…とすぐにしゃがみ、目線を合わせてくれた。

 

「さて、愛里寿ちゃん。どうする? 私が変わろうか?」

 

「……」

 

「ある意味でこの面談は、愛里寿ちゃんのトラウマ回復を目指した荒療治だったんだけど…まぁ、だからこそ千代も黙認したんだけどねぇ~…でも、もう無理? 止める?」

 

「…なんで、今更…部屋に入る時と、ちょっと言ってる事が違う…」

 

「私は、貴女の意思を尊重しているだけっよ~?」

 

 おば様…意地が悪い…。

 

 …。

 

 ……。

 

 うん…逃げない。

 

「いい…私が最後まで話す」

 

「…そ?」

 

 ただ単純なショック…物理的インパクト。ここまでありがたく感じたのは事は初めて。

 別方向に向いていた意識が、ゆっくりと戻ってきているのを感じる…。

 

 トラウマ回復と、おば様は仰った。

 

 …トラウマ…やっぱり、どこかで…この男が私は怖かった。

 

 …認める。

 

 私は大丈夫じゃない。

 

 喉は乾くし、顔も熱い。

 

 心臓の鼓動も早くなっているし…手の指先まで震えている。

 

 何をどう言っても、この男からシンプルな悪意を向けられる。

 それは私に対してというだけじゃないのが、怖かった。

 

 この人は、私なんて本当はどうでもいい。利用する為。通過点。触媒。

 本当の目的の為に、他人を傷つける事を厭わない。迷わない…そして、それを楽しめる最低の男。

 娯楽…ただの娯楽。

 

 だから…負けない。

 

 負けてやらない。

 

 もう、取り乱さない。

 

 そんな私を見て…おば様が…。

 

「なら…頑張りなさい」

 

 また…やさしく頭を撫でてくれた。

 

 先程もそう…昔から、背中を押してくれる。促してくれる。

 特別扱いしないで、私をちゃんと正面から…後ろから見守ってくれている。

 だから…安心できるんだ。

 

 …。

 

 お兄ちゃんに対しては、崖とか…ヘリコプターから背中を蹴飛ばして、強引に押している様に見えるけど…。

 

 お…おば様もまた、お兄ちゃんと同じように…私の知っている人達の中で…数少ない心を許せる人。

 

 だから…。

 

 …頑張る。

 

 焦らない…急がない。

 

 ゆっくりと考えて、…アレと対峙しよう。

 

 そう…コレだけあれば十分。

 

 

「30秒ください」

 

 

 




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第28話 面会 ~後編~

「30秒ください」

 

 顔を上げた隊長は、踵を返し、またあの男と向かい合った。

 自分の気持ちを整える為…もしくは、頭の中を整理する為の時間だろうけど…大丈夫だろうか?

 

 正直言ってしまえば、一刻も早く、この男から隊長を遠ざけたい…いや、遠ざけた方が良い。

 隊長には、こんな…歪んだ人間と関係を持ってほしくはない。敵対しての会話だけど…先ほどの隊長の事もある。

 …このまま話せば、どんな影響があるか分からない…。

 

 ここは…無理にでも…強引にでも…。

 

 

「 西住 あゆ…あゆみ? …つったか? 」

 

 

 隊長が対面の椅子へと座った直後…男の口が開いた。

 顔にまだ痛みがあるのか…顎を摩りながら…また癪に障る声で、一人の名前を出した。

 

「そうそう! 西住流分家 西住 歩!」

 

 隊長を無視して、会話を再開し始めた男を、思わず睨んだ。

 …しかも…あからさまに「西住」の名前を出して…。

 そんな私の睨みに気が付いたのか…こちらに目線を送り、心底つまらなそうに…。

 

「いいですかぁ? 糞ビッチ。…30秒? 待ってあげると言ってませぇん。僕ぁ、せっかちですからねぇぇ?」

 

 このっ…。

 

「わかった」

 

 無視をすれば良いですのに、隊長はそんな糞野郎の声に応じる様に、顔を上げ…あの男と視線を合わせた。

 先程大暴れした後ろの女性は、また壁に背を預け、そんな隊長を見守っている。

 

「アズミ、もう大丈夫」

 

 こちらを向いてはくれなかったけど…何時もの隊長の声で、声を掛けてくれた…。

 何故か…いつも通りに戻ったと、少し…安心してしまった。

 

「頭の中でボコをイメージ。そしたら…お兄ちゃんが出てきた。…と思ったら…黄色い熊も出てきて…余計に混乱したけど…何となく合体させたら、頭の中がスッキリした」

 

 …なんですか、その精神統一方法。

 

「システム「ALICE」開発……急ごう…」

 

 その結論に何故至ったのでしょう…と言いますか、思いの外…余裕ありますね…。

 それになんですか? …そのシステム。

 

 隊長は機嫌が良さそうに鼻から息を少しだすと…この目の前の男を呼んだ。

 

「では…橋爪 高史」

 

「…なんですかぁ?」

 

 あ…。

 

 …止めるタイミングを逃した。

 

 会話が始まってしまった。

 

「ありがとう、待ってくれて。今の彼女との会話で、きっかり30秒」

 

 あ、隊長…。あの隊長が嫌味を言った…。

 

「……あ?」

 

 よしっ! 今の言葉で、一瞬不快そうな顔をした男に、少し気が晴れました!

 後ろでもあの女性が、声を殺して笑っているのが分かるっ!

 

「まっ…いいですけどぉ? でぇぇ…? 何かお聞きになりたい事でもございますでしょーー…ヵ?」

 

「ん…随分と素直になった。また人の神経逆なでする様な事、言ってくると思ったのに」

 

「化物サマの覚醒イベントに、付き合う気は御座いません。前座は全て終了いたしましたぁ…気が向いたら答えてやるから言ってみろや」

 

 何を思ったのか…本当に男は、だるそうに椅子の背もたれに体を預け…ニヤニヤとした笑顔で隊長を見ている。

 そのニヤついた笑顔を、隊長は逆に不思議そうに見つめている。

 …というか!! そんな目で私の隊長を見るなっ!!

 

「なら…「んじゃまず「西住 歩」。こいつが、ガキの頃に「尾形 隆史」「西住姉妹」を襲う様に依頼してきたんですぅ」

 

 答えてやるから…と言って、隊長の言葉を遮って話し出した。

 ワザとだ。ワザと…ッッントに…腹立つっっ!

 

「知らないかなぁ? 島田家とも交流がある様な事言ってたよぉ?」

 

「…知らない。まだ私は、あまり島田流として、西住流との交流は無い。…というか、知らないから聞いている」

 

「化け物産の情報網は凄いんじゃないのぉ?」

 

「興味もなければ、必要も感じない対象を調べる程、暇じゃない。本家なら兎も角、西住流の分家なんてどうでもいい。興味すら湧かない」

 

「ふ~…ん。ま、でもこれで興味が湧いたよねぇ? どうせこの後、調べるでしょう? ね? その依頼者の事はぁ…今ここで聞いておけば楽じゃね?」

 

「それは自分で…ん? そういえば…依頼…。当時、見ず知らずの中学生に、西住を名乗ったの?」

 

「違いますよぉ? 当時は素性を隠してましたねぇ……って、何を考えてんだか知らねぇが、先日俺に面会に来た時に…嬉しそうに得意そうに…偉そうに…その時の事を、教えてくれましたぁぁよぉ? その時初めて名乗ったの。その分家さんとやらは」

 

「その時に名乗った…今更になって…?」

 

「そうそう、今更になって。あ、僕の動機? あの頃の僕は、若くてねぇ~。前金で200万持って来やがったモノですから? 馬鹿な中坊達は、まんまとソレに釣られちゃいました!♪」

 

「襲う理由は、何か聞いた?」

 

「あぁ~…当時も聞いてねぇなぁ…。お家騒動って奴じゃないのぉ? お金持ちの考える事は、一般庶民には理解が不能ですからぁ~」

 

「………」

 

「そん時もぉ…重体もしくは、間違って殺しちゃっても、隠蔽してくれるって言ってくれましてねぇ? そんなアフタ~ケアも充実した提案でしたぁ」

 

 ベラベラと…ふざけた口調は相変わらずだけど、この男は先程とは打って違い…ポツリポツリと喋る隊長の言葉に対し、素直に話している。

 

「なぁんか、本家とやらの確執が、云々かんぬん非常に悔しそうに言っていたねぇ。それじゃね? コンプレックスの塊みたいなノだったよ?」

 

 いや、それ以上だ。聞かれていない事まで、その時の様子を口に出していた…そして。

 

「あぁっ! そうそう…その「西住 歩」が、僕に面会に来る前に? お兄ちゃんも、態々会いに来てくれたよぉ?」

 

「…え」

 

 ソレこそ鬼の首を取ったかの様に…また一層ニヤニヤとした目つきで隊長を見下ろす。

 …尾形 隆史が、あの事件後にこの犯人に態々…。

 

「そうそう…相変わらず首輪着けて、西住さん家の家元さんとねぇ~」

 

「それは言わなくてもいい。時間がない。…次に行く」

 

 アッサリとその事は話さなくとも良いと一蹴。…興味を持たない隊長に対して一瞬だけど、この男の目が鋭くなった…気がした。

 あの子に事だというのに、この隊長の応えは、この男からしても意外だったのだろう…か?

 

「現状の優先事項が違う。余計な事、情報は入れたくない。…今は邪魔なだけ」

 

「……ふ~ん。でもぉー? 時間ならまだまだいっぱいあるよぉ? ここ治外法権だしぃ」

 

「どんなに延長をしたとしても、面会時間と言うものは概ね決まっている。時間を掛けすぎれば、他の…ちゃんとした、通常の。真面目な。警察官が…何かしらの異常事態かもしれないと、不審に思うのが当然」

 

「ふむふむ」

 

「…何時、他の買収何てされない真面目な警官が、ここの様子を見に来ても、何ら不思議じゃない」

 

「あらら。言われちゃってるねぇ~~? こんな幼女にぃ」

 

 隊長の言葉に、地面に項垂れていた警官が、肩を跳ねあがらせた。

 まぁ…当然の報いだろうけど…というか、ここの部屋に入ってどれだけ時間が経っただろうか?

 

「……でも、もういい。大体の事は分かったから」

 

「んん~? まだ触りの部分しか言ってないよぉ? もう聞きたい事ないのぉ? 気分が良いから何でも上げるよぉ?」

 

 そこまで言うと、スッ…とその椅子から隊長が立ち上がった。

 もう会話は終わりだと、言わんばかりに。

 

「なら…最後に一つ…。いえ、二つ、わからない事がある。その答えを聞かせて」

 

「なぁんだぁ、まだあるじゃないのぉ」

 

 手をパタパタと、こちらに煽ぐ男。

 

 …無性に腹立つ。

 

「…西住 歩。西住流の分家を名乗るその男は、結局貴方に何をしに面会に来たの?」

 

「……?」

 

「ただ、昔の事を話す為だけじゃないでしょう?」

 

 この男、最後の質問に対してだけは、すぐに答えなかった。

 

 一瞬、眉を顰めたが、すぐに…その質問に対し…。

 

 

 

「…っ!?」

 

 

 

 ニタァ…と、酷く…深い皺と一緒に、頬を歪ませた。

 

 

 その歪んだ笑顔に、この状態…。あの男が言っていたふざけた名称。天才少女モード? とか言う…淡々とした冷静な彼女。

 それは戦車に搭乗している彼女が、本当に集中している時と似ていた。

 今のその状態の隊長が…少し怯んだ。

 

 

「 復 讐 」

 

 

 そして…一言、男が…楽しそうに答えた。

 

「前回は失敗した。その復讐…らしいよぉ? それでぇ、俺にも協力しろとか言ってきやがったのぉ」

 

「……そう」

 

「俺も西住姉妹に対して、恨みがあるだろう? …とかねぇ~…鬼の首取ったような勝ち誇った面してねぇ? …それに」

 

 ある意味で予想通りの理由なのか、小さくうなずいた。

 その隊長の仕草を見て、何が嬉しかったのか…その後、マシンガンの様に、次々と言葉を吐き出した。

 

「西住姉妹はもちろんだけどぉ、あの時邪魔した「尾形 隆史」も復讐対象ぉぉ。ほらぁ、化物発進のお膳立てもできてますよぉ? 危ないよ? あのお兄ちゃん!」

「あの姉妹は、自分の為に邪魔ぁ~。尾形 隆史は自身の計画の邪魔をした張本人んん~~」

「あぁ!! そうそう!! 塀の中の俺にぃ…何ができるって思うよねぇ? 出来ない事もないのぉ。…まぁ簡単に言えば、過去に俺が西住家ご令嬢を襲った「過去の事件」と「今回の事件」…その首謀者の俺」

「そして今回戦車道の…全国大会会場でやった「今回の事件」。取っ捕まった僕がぁ…その「過去の事件」の復讐に? 暗に…人権を無視した扱いを、あの家元様達から受けたとか?」

「ある事無い事、囚人という弱者側からの意見で吹聴してくれって話ぃ。弁護士に話せって話ぃ! そして今回の報酬は…俺の自由。どうにかこうにか…執行猶予付きの釈放を促してくれるって話ぃ」

「馬鹿だよねぇ!? 世間知らずすぎるよねぇ!? んな事言った所で、どうにもならないし、俺がそう簡単に出れるはずねぇぇだろぉうがボケェカスがぁ!!」

 

 良く…舌が廻る男。

 

 話している内に、熱が入ってきたのか…こちらの声を遮る様に喋り続けている。

 

「それかぁ!? そう言う事で、西住流家元様に、少なからず言及が…「 もういい 」」

 

「…大体分かったから、もういい」

 

 隊長は顔を少し歪ませ、心底軽蔑するかの様な顔で目の前の男を見ていた。

 そんな顔の隊長を、男は嬉しそうに…舐めまわすかの様に目玉を泳がした…って気持ち悪いわね!

 

「はぁっ…ぁぁ~…あ。もういいのぉ? 漸く火が付き始めたんですけどぉ?」

 

「…いい。最後の質問」

 

 立ち上がったまま、男に対して背中を向ける。

 

 無理もない…。

 

 隊長は天才少女と言われてはいても、まだ13歳の女の子。

 多感な時期に、ここまで歪んだ異常者を目の間にすれば、生理的に受け付けなくなるのも分かる。

 先程のやり取りもあるけど、これ以上見たくないと、終わらせようとするのも当然でしょうね…私だって、一刻も早くコイツを視界から消したい。

 それでも、最後の質問と…自身の仕事をこなそうとする。隊長は…この質問が終われば、この部屋を退出するつもりなのでしょうね。

 

 そして感情がこもらない声で、確認する様に口にする。

 

「大洗納涼祭「西住 みほ」…の、友人拉致事件」

 

「ふぁい」

 

「大洗高校 戦車道準決勝の事件…」

 

「あい」

 

「そして、全国戦車道大会決勝戦の、貴方が捕まった最後の事件」

 

「はいはい」

 

「貴方は基本的に、…敢えて本人達を狙わず、精神的な傷を関節的に負わせる事を好む…卑怯者」

 

「あら酷い」

 

 …こ…コイツ。

 

「そんな異常者が…何故私を呼び出してまで、そんな事を教えてくれたの? 西住流分家は、どちらかと言えば貴方の味方だよね?」

 

「あぁ~…そんなつまらない事、最後に聞きたかったんですかぁ?」

 

 先程までの歪んだ笑顔が、本当につまらなそうな顔をに萎んだ…。

 

 あ~…と、唸る様な音を喉から響かせながら、少しの間なにかを考える様に頭を揺らし始め…ゴキっと首を鳴らす。

 

「…そん時の俺のパトロンの話とかは良いのかねぇ?」

 

 小さく…本当に小さく呟いた。

 

「……もう、それはいい。大体の予想は着く。答え合わせは、今する事じゃない」

 

「ふ~~~ん。…正直真っ先に聞かれると思っていたから、どうからかってやろうかと思っていたのにぃ」

 

 どちらも不愉快だけど、こちらの方がまだマシね…。

 

 さらにゴキッ…と、こちらに聞こえる程に強く首を鳴らし…こちらを見下すような目で見下ろす。

 そのまま…首の骨でも折れちゃえばいいのに。

 白髪交じりの髪を、手で上げながら、またあの歪んだ笑顔になる。

 

 これが本音。

 

 

「 楽しいだろ? 」

 

 

「…は?」

 

 そう…確信付ける静かな口調。

 

「人の人生、弄繰り回す側…は、楽しいだろぉぉ?」

 

「……」

 

「俺は楽しみたい。娯楽が欲しい。ただそれだけぇ。お前も俺を好きに利用すればぁ? 俺もお前を利用しますからぁ」

 

「利用…」

 

「…あのクソ分家…。俺の人生、弄くり回した人間に? 逆に弄くり回される気分はどうかと、最後に聞いてやりたいのぉ! 生活水準高い奴を、泥水啜るド底辺な生活に堕として差し上げたいだっっ!! けぇ~~」

 

「……」

 

「それだけですがぁぁ?」

 

「……」

 

「あら、気にくわない?」

 

 笑い続けている男が急に、ピタッ…と動きを止めた。

 顔は天井を向き、心底楽しそうに叫んでいた男が、電池が切れたおもちゃの様に止まった…。

 そして…口調を変えて…コレが素だと言わんばかりに。

 

 

 

「 復 讐 」

 

 

 

 そう、先ほどと同じ言葉を吐いた。

 

 

「…復讐?」

 

「なぁ、お嬢様よぉ…。お前さんにゃ想像もつかんだろう、この糞みたいな底辺な俺の人生は…ある意味で、自業自得だと理解しちゃいんだよ」

 

「……」

 

「…でもなぁ~…ガキの頃の俺を利用してぇ…その原因になった奴が! また…今になって、餌ぶら下げて? この俺を利用しようとする糞野郎なんぞに…協力する訳ねぇだろ」

 

「だから…裏切った?」

 

「裏切りぃ~? 今回は、初っっから!! …俺が利用する側なんだよ。前提が違ってんだよ、脳内お花畑ですかぁ? …今度は、アレ…あいつが…俺に利用して糞みたいな人生歩めばいいいいいぃぃぃ」

 

「……」

 

「はっ…ああぁぁ…もう、久しぶりに大真面目に語っちゃじゃないの」

 

「………」

 

 ソコで、会話が完全に終了した。

 

 もう話す事は話した。隊長は、最後に二つと言っていた。

 その二つ目が終わると男は力なく椅子に座りこんだ。虚空を見つめ…抜け殻の様になっている…。

 先程の狂気じみた感じは…すでにない。

 

「…分かった。ありがとう」

 

 隊長がそう…小さくお礼を口にすると、部屋を出る為に出口に向かう。

 こんな奴にお礼を言う事なんてないのに…とも、思うけどコレもまた隊長の良いと所。…敢えて何も言わない。

 隊長の言葉に連れられて、付き添いの女性も、私も…部屋を退室…す…。

 

 

 

 

「 あぁ、最後に愛里寿ちゃぁ~~ん 」

 

 

 

 

 

 突然…また声がした。

 

 

「 僕からも一つ良いかなぁ??? 」

 

 

 振り向き…また二度と見たくもない顔に視線を向けると…また…あの歪んだ笑顔だった。

 

 

「…なに?」

 

「あの分家をぉ…知らないんだよねぇ? 西住 アユミを見た事も、会った事も、話した事もないんだよねぇ?」

 

「知らない…と言った。それがなに?」

 

 こんな質問、無視をすれば良いのに、律義に返事を返してしまった。

 

「ぼくねぇ? …一言も、分家が男だと言ってないけどぉ?」

 

「…っ!!」

 

 どうでも良い言葉。

 

 今回の話では、男か女なんてどうでも良い話。

 

 しかし隊長は、一瞬目を見開き…小さく唇を噛んだ。

 

「アユミなんて名前、普通は女の名前だと感じると思うけどぉ?」

 

「……」

 

 

 一瞬見せた隊長の悔しそうな顔を、この男は見逃さなかった。

 

 

「…ま、嘘を付いた理由は、分からないけどねぇ~~? どうでもイイケドネェェ!!」

 

「……」

 

 私は、その顔を見せないように、ただ部屋の扉を閉める事しか…出来なかった。

 閉まりきる間際になっても、ただただ嬉しそうなこの男の顔は、しばらく夢に出そうなくらいに……醜悪だった。

 

 

 

「んじゃぁ今回は、ここまでぇ…またおいでぇぇぇ…」

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 腹立つわぁぁぁ…

 

 …最後まで人の事、ビッチとしか呼ばないあの男の事を何時までも考えていたくはないが、腹が立つのだから仕方がない。

 

 

 

 先程までソコにいたのか…と、何気なく振り向くと、静かで無機質な外観が目に入る。

 犯罪者を収容する施設と言う事で、当たり前だけど敷地を取り囲む格子付きの壁が、妙に非日常感を強調してくれる。

 再度思うけど…私達は面会の為とは言え、あんな所の中にいたのね…。

 やっと面会時間が終わり、一生縁なんて持ちたくないその建物からやっと出る事ができた。

 

 こんな所…二度と来たくないわね。

 

「隊長…大丈夫ですか?」

 

「うん。大丈夫…ありがとう」

 

 あ…もう…無表情の様に見える、小さな笑顔が天使…。

 

 …違う、そうじゃない…。

 

 あの変な女性は、まだ少し用事があるとして、建物に残っている。

 こんな場所だけど、ルミとメグミもまだいないので、隊長と二人きりという時間は物凄く…物凄く貴重…。

 それでも自分の事ではなく、あんな異常者と会ったのだから、隊長の疲弊がどれ程のモノか…心配だった。

 

 しかしその時間も短く…後ろから少し高い音がして、門が開く音が響く。

 

「はいは~い、おまたせぇ」

 

「…チッ」

 

 そしてソコへ入る前と、完全に雰囲気が変わっている女性。

 隊長と私に少し遅れて出て…合流。

 もう出てきた。

 

 腰を曲げ…一つ大きな深呼吸をして…。

 

「んじゃあ、愛里寿ちゃん。自分でやってみて…どうだった?」

 

「うん…。おば様に任せて貰えて…良かった。やっぱり冷静なのが一番だと勉強できた」

 

「そ? 良かったわね…普通でいれた」

 

 普通…ね。

 

 正直、あの時は何を言っているのだと思ったのだけど…確かに隊長は最後まで…取り乱す事はなかった。

 

「感情を制御できるようになったら、一人前よ? 意外に出来ない人って多いのよぉ?」

 

 …。

 

 なんでこっち見た。

 

「大丈夫…大きな収穫があった」

 

「収穫…ですか? 隊長」

 

 ニヤニヤした目で見てくる女性を、睨みつけながら無視。

 

「うん…まず、あの男が言っていた事…多分、7割程は嘘」

 

 アレだけ長時間話して、あそこまで感情的になっていた会話が…嘘?

 あの男は、異常者だ。それを断言できる。その異常者がアソコまで感情的なって叫んでいた。

 …明らかに本音をブツケテきた…と、思うのですが。

 

「隊長、アレら全てが嘘…だったと?」

 

「そう。アレの性格上…素直に全てを話すとは思えない。私は話半分に聞いていた。五月蠅かったし」

 

 隊長には失礼だけど…私にはとても嘘を言っている様に…いや、嘘を付ける様に冷静には見えなかった。

 何を根拠に嘘だと、隊長は断言したのだろうか。

 

「後は、嘘と真実の選別。…コレは後で行うから…」

 

「あの…7割じゃなくて、全て嘘だって可能性は…?」

 

 隊長が、スッ…と腕を頭の付近にまで上げ、人差し指を上げた。

 あ…隊長が、講義…というか、人に対してモノを教える時に見せる癖ね。

 私はこの時の隊長を見るのが、とても好きぃ…。

 

 

「お兄ちゃんが言っていた」

 

 

 …あ、なんか違う。

 

 人差し指を照らす逆光が、変な演出をプラスしてる。

 

「人を利用しようとする輩。…特に嘘のつくのがうまい詐欺師は、嘘の中に…濃度の高い真を混ぜてくる…って」

 

「……濃度の高い真?」

 

「一つの確信に近い真実を、嘘の中心に混ぜる事で…全てを疑うか、全てを信じるか。最終的には人の思考は、そちらへと誘導されてしまう」

 

「……」

 

「たとえ小さな嘘に気が付いても、それを段々と忘れていくか、もしくは気にしなくなる。どうしても真実のインパクトが強いから。…私は今回の会話…その典型だと思った」

 

 あ…珍しく隊長が興奮し始めた。

 

「あと、さっき言った大きな収穫。…過去の事件話の時…あの男は、こちらが話題に出さなかった、あの男の協力者の話を出してきた」

 

「そ…そうですね」

 

「そして確信。あの男のお兄ちゃんに対する「復讐」は続いている。同じくして「西住流分家」もターゲットの一つに入っただけ…。更に…その「協力者」に対しても私を利用して「復讐」を遂げようとしていると思えた」

 

「あ…あの? 隊長?」

 

「その「協力者」が、私は気になる…おそらくあの言い方なら、現状野放し状態。アレだけの無茶を支援した…それなりの社会的地位がある人間かもしれないというのを、視野に入れるべき…」

 

「あのぉ…」

 

 フンフンと、鼻息を少し荒げて説明をし始めた。

 隊長の可愛い所っ! 多分、説明と同時に情報の整理をしていんだろうけど…私達は蚊帳の外…。

 

「会話の終了間際。あの男は私達から聞いてほしかった事を、全然聞かれなかったら…最後…と、態々強調して言ってみた。そしたら…まくしたてる様に…面白い程、吐いてくれた…フフッ」

 

 …。

 

 あの…隊長? なんで笑ったんですか?

 

「…相手の冷静さを奪えば、会話でも結構…相手を思い通りに動かせる。…うん、実戦で一つ勉強になった」

 

「あっ! あのっ!!」

 

「……なに?」

 

 説明を続けていく内に、自分の思考に夢中になっていく隊長…。

 

「あの…最後…あの男が、言っていた性別の話で、隊長は何をそんなに悔しかったのですか?」

 

 そう、何かこのまま止まらなくなるのではないかと思い、私は疑問に思っていた事を口にした。

 この隊長が、感情を表にだした行動。

 

「悔しい? …私が?」

 

「そうです…唇まで噛んで…」

 

「あぁアレ…」

 

 スッ…目を細めて、簡単に言い放った…。

 

 

 

「  演  技  」

 

 

「………え」

 

 本当に…私が思っていた通り、西住流分家とやらを隊長が知っていたかどうかなんて、彼女からすればどうでも良い事だった。

 どちらにしろ後で分かるかもしれないし、そんな情報どうでもいいと…。

 何故隠していたか、どうして悔しがったか。そんな小さな情報を与える事で…

 

「面白い位に引っかかってくれた……フッ…フフ。精々勝ち誇って、間違った解釈をすればいい。私が悔しがるフリをする事で、変な深読みでもすると思うから」

 

「………」

 

「あの男には、考える時間はあっても、情報を選別する方法はない」

 

 隊長も…この女性と同じくして、この施設へと入る前と後で大分変ったと…思わずにはいられない。

 薄く笑う隊長も可愛い…じゃなくて!

 

 隊長が…あの男を、手の上で転がそうとしてる…。

 

 

「あ、おば様? あの警官…どうでした? ふむぅ!?」

 

「ん? あぁ、ちゃんと言って来たわよ。ここの所長様にね」

 

「そ…そうですか」

 

「すぐにでも逮捕するって。そっちの細かい事は…知らなくても良い事ね」

 

「わかりました」

 

 室内で話した内容…あの買収された警官とは別に、もう一人程いるであろうと思われていた警官。

 やはりいたらしい…ただ。この女性がここの所長から聞いた話では、協力者のふりをしていた調査員だった…との事。

 しかしそんな内容を、この外部の女性に話すなんて…そんな身内の恥を晒すような真似を良くしたわね。

 

「でもね? 愛里寿ちゃんのお願い…やっぱりあの警官を泳がしておくのは無理だったわ」

 

「…そう。さすがに無理…か」

 

「私達にバレちゃったしねぇ~。私も立場柄、言わない訳にもいかないしね」

 

「大丈夫です。…一応、言ってみただけですから」

 

 現職の警官が、職場と立場を利用して、こんな事をしでかしたのだ。

 先程の面会で、あっさりとあの男が私達にバラされたというのに、上からのお咎めがないのならば…恐怖以外の何モノでもないでしょうね。

 捕まる前に逃亡…も、勿論考えられるけど…一番怖いのが、自殺だという。まぁ…そうよね。

 罪の意識に苛まれ…とかではなく、今後の事を考えればそちらへと()()()可能性は、勿論あり得る。

 

「でね? なんか話を聞く限り、ココも既に疑っていたみたい。今回の事で確定で…お礼言われちゃった」

 

「そうなんですか?」

 

「もう一人いるって推測していた買収された警官。確かにいたわ…でもそれ、内部調査の人だったみたいよ? 買収相手と証拠掴む為に、協力者のフリしてたみたい」

 

「…成程」

 

「さっきの会話も、しっかりと録画録音されてたわね」

 

 …ん?

 

 あ…れ? そうすると…。

 

「隊長…それって、あの男…詰んでいませんか? 全部芋蔓式に…」

 

「違う…どちらかと言うと、あの男…というよりも、西住流の分家」

 

「まっ。アレ聞いていて私も分かったわ…今回の面談の目的…」

 

「あっ…この買収話を、隊長にバラすって…事ですか?」

 

「一番はそうだと思う。分家からすれば、橋爪 高史が裏切り…警官を買収した事を話すとは思っていない。…その楔を打つ事」

 

「あの島田 忠雄といい…金持ちって、どうしてこう金で何でも出来ると思ってるのかしらねぇ?」

 

「…ま、何かしら手は打ってあるとは思うけど…多分、またあの男に会いに来ると思う…」

 

「そうそう! それよ、それっ! 愛里寿ちゃんの提案! その調査員が引き継いで続けてくれるみたいよ? …買収されたフリしてね」

 

「そうですか、よかった…あと、おば様…暑い…下ろして…」

 

「あぁ~~~…いい匂いがするぅぅ。愛里寿ちゃん、ちょっとスカート捲っていい?」ハァハァハァ

 

「やめて…」

 

 …。

 

「………」

 

 それはそれとして…この女性…隊長をぬいぐるみか何かと勘違いしてないかしら?

 出てきて早々…隊長を抱き上げて抱きしめて、頬擦りしている。

 しかし隊長も口では嫌がってはいるが…本気で振りほどこうとしない辺り…ちょっと…こう…。

 

「…いい加減にしてくれないかしら」

 

「ん? なに? アズにゃん」

 

「アズにゃんっ!?」

 

 くっ…変な愛称で呼ばれた…。

 それに対して、怒ったりする歳でもないけど…流石に変わりすぎでしょう、この人。

 

「隊長…」

 

「まに?」

 

 まに…って。なに? か……。

 頬擦りが酷い…隊長がまともに喋れなくなってるじゃないの。

 

「…くっ。隊長…この人、一体誰なんですか? …妙に隊長に慣れ慣れしぃ」

 

「あれ…さっきの会話で分からなかった?」

 

 あぁ…尾形 隆史の…母親っぽい事を先ほどの面会の時に言っていましたね。

 親子そろってぇぇ…。

 

「いえ…あの子の母親というのは、何となく分かりましたけど…」

 

「あら…そういえば、自己紹介してなかったかしらねぇ~」

 

 私と隊長の会話に割り込んで、ほんとーーーに今更、そんな事を言って来た。

 もうこの時間も終わるから、どうでも良いのだけど…ま、隊長を下ろしたので良しとしましょう。

 

「アズミ…この方、西住流師範で…私の親戚で…」

 

「西住流!? えっ!? それで親戚!?」

 

 え…なんで、隊長と西住流の師範が…あの子繋がりだとは思うけど…アレ?

 でも確か…最初…家元からの要請で、隊長の付き添いに今日同行したとか…言ってなかったかしら?

 

「そうっ! そして永遠の魔法少女でっ! 永遠の17歳でっ!! あとっあとっ!!」

 

「おば様…色々とオカシイ…そして長い」

 

「愛里寿ちゃんに突っ込まれちゃったぁ♪」

 

 …そ…そうだ…。

 

 しかも、隊長がおば様と呼んでいる…。

 

 初め、尾形 隆史関連だからだと思い込んでいたけど…。

 

 尾形…島田流家元の…島田…。

 

 ……。

 

 

 ま……まさか…。

 

 

 

「 尾形 弥生よっ!! 」

 

 

「 」

 

 …。

 

 し…島田の血縁者…。

 

 そっ…そうよ…。

 尾形 隆史を連行した時は知らなかったけど…あの男も島田の血縁者…。

 

「あ…あの…隊長の親戚って…事は…旧姓は…」

 

「島田ねっ!!」

 

 

 

 て…こと…は…。

 

 

 あ…あの…車外の血暴者…。

 

 

 

「あら? どしたの?」

 

 

 ウインクして、舌だしてるこの人が…? え?

 

 生ける伝説…人間兵器…。

 

 素手で戦車を破壊できる化物…。

 

 あの…島田 弥生…?

 

 え…私…

 

 

 あの家元達…西住流家元と島田流家元…その先輩にして…唯一、頭の上がらない人……に、何言った?

 

 私っ!! なんて口を利いたっ!?

 

 

「お~~い。固まっちゃったわね」

 

「…?」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「メグミ…全車輌、投入しない?」

 

「そうね、ルミ。遠征中だろうが関係ないわね」

 

「カール自走臼砲の試運転に丁度良いわ」

 

 

「やめてっ!!!」

 

 

 …どうしたんだろう。

 

 ルミとメグミも合流して、おば様にまた抱き上げられて、抱きしめられてる私を見て…いきなり物騒な事を言い出した。

 それを必死になって止めているアズミ。

 

 …。

 

 おば様…スカートは捲らないで。

 

「…おば様、これ…普通にセクハラ。やめて…」

 

「えぇ~…セクハラ~?…んじゃ、残念だけど、やめる」

 

 あ…セクハラって言われたら、あっさりと下ろしてくれた。

 降ろした後も、頭は撫でてくる…い…良いけど。

 

「愛里寿ちゃんは…この後、どうするの? 千代に、報告にでも行く?」

 

「「っ!!??」」

 

 …ん?

 

 どうしたんだろう…ルミとメグミが驚いた顔をしている…。対照的にアズミは顔が青い。

 

「い…家元を呼び捨て…」

「今日会った時も思ったけど…この人何者…? 家元の部下じゃないの?」

 

 良く分からない…まぁいい。

 

「…行かない。母には電話で済ます」

 

「あら~…まだその呼び方なのねぇ」

 

 …最近、母は何かをしている。

 何か…良く分からない事…仕事だとは思うけど…。

 

 ここでお兄ちゃん関連の話を、入れるとまた遊び兼ねない。

 

「今日の仕事は、午前中で終わるって言ってたけど…」

 

「あ、そうなの?」

 

「…本当かどうか知らない」

 

「…千代……」

 

 母 仕 事 し て

 

 私は、この後…大洗に直行。お兄ちゃんに会うつもり。会って…色々聞く。

 今日の情報と、お兄ちゃんから聞かせてもらう予定の情報。その選別、判別。…考察。

 

「ふ~ん、まぁ…んじゃ私は、もう必要ないのね?」

 

「うん…ありがとう…ございました」

 

「どういたしまして。まぁお仕事だしねっ!」

 

 少し強く…頭を撫でる。ちょっと男の子に撫でる様なこの撫で方は…好き。

 

「あ~~…私はどうすっかなぁ~…思ったより早く終わったし…」

 

 カラカラと笑いながら、首を少し鳴らした。

 …あ、アズミの肩が少し跳ねた。

 

 

「…う~~ん。そんじゃあ~~…貴女達ぃ!」

 

 

「 は い っ ! ! 」

 

 

 おば様が、アズミ達に声を掛けた。

 

「ちょっと、アズミ…どうしたのよ」

「メグミ、アレじゃない? 家元呼び捨てにしてたから…やっぱりお偉いさんなんじゃない?」

「あぁ…アズミ、一緒にいたものね。どんな人か知ってるのね」

 

 それだけなのに…アズミの動きがおかしい…。

 どうしたんだろう。動きもキビキビし始めた。

 

「お酒好き?」

 

「……え」

「え? はい、まぁ…」

「たしなむ程度には…」

 

 …。

 

 …おば様…。

 

 

「そ? んじゃ、今回の打ち上げ込みで、飲み行きましょう。奢るわよ?」

 

「………」

「えっ!? 良いんですかぁ?」

「なによ、怖い人かと思ったら、いい人じゃない。そういえば、朝と喋り方違うわね」

 

「ん? どうする? 私この後、暇なのよ~……さぼる予定の事務仕事しか残ってなくて」

 

「行きます、行きます!! ごちそうさまです!!」

「どうしたのよアズミ。アンタも行くでしょ?」

「………」コレハ、シゴト。コレハ、シゴト!

 

「せっかくだし、それなりに良いとこ連れて行ってあげるわ!!」

 

「あ、やっぱりお偉いさん!?」

「正直、嬉しいです! この前…家元に合コン潰されて…」

「んぁ? 千代に? 馬鹿ねぇ~! 若い子の出会い潰すなんてぇ。今度私から言っといてやるわよ」

「っ!? やっ…やめ「 ホントですかっ!? すごっ! 話分かる人!! 家元、合コン否定は何ですよっ! 考え方、古くないですかっ!? 」

「ほんっっとに、そうなんですっ!! 私達、女子大だから…出会いが本当になくて…」

「 」

 

 …何言ってるか、良く分からない。

 

「別に本人達次第なのにねぇ~~。私の娘、今度結婚するんだけどねぇ? 合コンで相手見つけてきたみたいでぇ~」

「そうなんですかっ!?」

「お子さんいらっしゃるんですねぇ~」

「薄っっすい娘と、でっかい息子がいるわね」

 

 え? …涼香さんが、ご結婚?

 あの人も…おば様と一緒で、私を良くぬいぐるみ代わりにするから…ちょっと苦手…。

 

「息子さんっ!? どんな人なんですか!? いくつなんですかっ!?」

「バッ!!?? ルミッ! やめなさいっ!」

「あ~…息子? まぁ…ガタイは良いわね…まぁそれだけの脳筋だけど…年齢っても、高校生よ? 17の高二」

 

「紹介してくださいっ!!」

「あっ! ルミ、ずるい!!」

 

「 」

 

 ……。

 

 …………。

 

「んぁ~…別にいいけど…最近、なんか連盟のハゲ…あぁ、戦車道連盟の理事長ね? アレに妙に気に入られてねぇ~…なんかめんどくさくなるわよ?」

「お…男でっ!?」

「理事長に!?」

 

 …。

 

「わ…私、大丈夫ですっ! 2歳しか歳が変わりませんからっ! 年下っっ!! 私、年下大丈夫ですっ!!」

「わっ…私も!!」

 

「  」

 

 

「でもなぁ~…紹介するっても…」

 

「なんでしょうっ!?」

「なんですかっ!?」

「   」

 

 …コキッ

 

「貴女達、会った事あるわよ? 話した事もあるわよね?」

 

 

「え?」

「え?」

「    」

 

「って、いうか~~貴女達がうちの息子、前に拉致したって千代から聞いてるけど?」

「…ぇ」

「…ぇ」

「      」

 

「大洗学園にも行ったって聞いてるけど…尾形 隆史って…知ってるでしょ?」

「…ぇ…ぁ…は? い?」

「な…まさ…か……ひっいい!?」

 

 

「 ル ミ  」

「  」

 

「 メ グ ミ 」

「  」

 

「 オハナシ…シヨウ? 」

 

「 」

「 」

 

「待っ…待ってくださいっ!! しらなっ…知らなかったんですっ!!」

「そうですっ! 知ってたら…って、アズミッ! アンタ知ってたわねっ!?」

 

 …。

 

 ……。

 

 …はぁ~…もういい。

 

 おば様のあの言い方だと、多分分かっていての言い回しだろうし…。

 ほら…私を楽しそうに見てる。

 ルミとメグミから視線を外すと、二人とも逃げる様にアズミに食って掛かり始めた。

 

「酷いじゃない、アズミッ!! それでさっきから、妙に大人し…どうしたのよ」

「あの人…尾形 弥生さん…」

「なによ、いきなり。あの子の親って事でしょ? それが何が…」

「旧性…島田」

「…それが何よ…あの子も元・島田でしょ? そんなの…あ」

「……」

「……」

「  」

「  」

 

 …なにか…面白い位に、顔色がコロコロ変わってるけど。

 

「私ら…車外の血暴者の…ご子息…」

「 」コロサレル…

「 」カイタイサレル…

 

「あ、別に気にしてないわよ?」

「ひぃ!?」

「ひゃぁ!?」

「ヒッ!?」

 

 …おば様が、ルミとメグミの間で、肩を組んだ。

 あ…完全に怯えてる…。

 

「経緯は聞いたし…あ、そうそう。ヘリで搬送する時ね? せめて、簀巻きにして逆さ釣りするくらいしないと」

「」

「」

「」

 

「んじゃ、もういい? お店に予約入れないといけないし」

「ハイ…」

「ハイ…」

「ハイ…」

 

「あ、そうそう…せっかくだし」

 

 そう言って、おば様は携帯電話を服のポケットから取り出した。

 少し操作して…携帯電話を左耳に当てた。

 

「あ、出た出た。千代、今暇ぁ?」

「!?」

「!?」

「!?」

 

「ちょっと、今からアンタんとこの若いの3人と飲み行くのよ~…そうそう、その3人」

「えっ…ちょっ!? 尾形さん!?」

「ま…マジで家元、呼び捨てにするあたり…本物…」

「…私はさっき…その実力を生で見たわ…」

 

「 アンタも来なさい 」

「」

「」

「」

 

「は? 仕事? ふ~~ん……アンタ、よりによって、私に嘘をつくんだ。あ? パワハラ? 何言ってのぉ♪ …立場的にはアンタの方が上でしょ」

「あ…あの…尾形さん…?」

「お…恐ろしく冷たい声…だした…」

「…もう諦めよう…」

 

「………」

 

 あ、おば様が固まった。

 

「…良い事思いついた」

 

 あ、おば様が悪い顔をした。

 

「ねぇ、貴女達?」

「「「 はいっ!! 」」」

 

「千代の学生時代の話…聞きたくない?」

「「「 っっ!!?? 」」」

『 ちょっ…尾形さん!? 』

 

 あ…母の声が聞こえた。

 

『 行きますっ!! 行きますからっ!! 』

「いやねぇ…無理強いはしないわよ? 仕事なんでしょ? 社会人なら仕事を優先させなさいよぉ」

『 さっきと言ってる事、違いますよね!? 』

 

「あぁ、千代ね? やっぱり結構な箱入り娘だったからぁ~…黒森峰と合同合宿した時の夜ね? じつ…『 行きますから、余計な事言わないで下さいっ!! 』」

「あ、そう? んじゃ、何時もの…そうそう、接待とかに使う店ね? まぁ今回は私が出すわ」

「…携帯の奥から、家元の断末魔が聞こえてくる……」

「決めた…私、この人に逆らわない」

「物理的にも立場的にも…勝てる要素が見つからないわよね…」

 

 …もう、放っておこう。

 大人の言っている事は、たまに分からない。

 あ…そう言えば…分からない事が、一つあった。

 

「ねぇ、アズミ」

 

「」

 

「アズミ?」

 

「あ、はいっ! なんでしょう!?」

 

「あ、うん…あの男との会話で、一つ分からない事があったの」

 

「え…隊長がですか? なんでしょう?」

 

 そう…一つだけ。

 

 言葉の意味が分からなかった。

 

 

 

「 ビッチって何? 」

 

「  」

 

「ダッチワイ「 隊長っ!? 」」

 

「…アズミッ!? アンタ、隊長に何を教えてるのっ!」

 

 …どうしたんだろう。

 

 皆が一斉にアズミに対して、怒り始めた…。

 両肩を持って、ガックガックン前後に振っている…。

 アズミがあの男に言われて、怒っていたから、侮称だとは思うけど…

 

 

「あ~…愛里寿ちゃん?」

 

「え…はい。なに? おば様」

 

「彼女達も若い女の子だし…口にしたくないのよ。そういう類の言葉。…だから、貴女も人前で、その言葉を口にしちゃダメよ?」

 

「う…うん分かった」

 

 あ…やっぱりいい言葉じゃなかったのか。

 おば様が優しく教えてくれた。

 

「お…大人ッ! 返答が大人だっ!」

「流石、二児の母…その手の質問に慣れてるのね…あの…男の親だし…」

「隊長が素直に従ってる…」

 

 ネットで検索してみようと思ったけど…やめておいた方が良さそう。

 

 

「だから…そう言う事はね?」

 

 ん? おば様?

 

 

 

「 隆 史 に 聞 き な さ い 」

 

 

 

「「「  ・・・・・ 」」」

 

 

 お兄ちゃんに?

 

「あの子、そういう事に…すっっっ………ごく、詳しいから」

 

「詳しいの? 分かった」

 

 うん…お兄ちゃんなら大丈夫。

 聞く事増えちゃったけど、それはそれで楽しみ。

 

 …ん?

 

「…悪魔だ…悪魔がいる…」

 

「なんであのセリフを、微笑ましい笑顔で言えるのよ」

 

「え…私達、あの人とこれから飲み行くの? え?」

 

 

 

 …どうしたんだろう…青い顔して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁやぁ! 元気かねっ!?」

 

 

「……チッ!」

 

 

 殆ど車輛が、市街へと向かう映像を…一度見たら忘れられない顔が邪魔をした。

 光る頭っ!…に、まほちゃんの対応が…。

 

 

「まほ君…舌打ちは、ひどくないかいっ!?」

 

「……何しに来たんですか? 児玉理事長」

 

「いやぁ~…ちょ…ちょっと野暮用で…」

 

「暇人め」

 

「辛辣!?」

 

 …こ…ここまで嫌味なまほちゃんは、珍しい…というか、物凄く機嫌が悪くなった…。

 腕を組み…脚まで組んで、目に見えてイライラしてるぅ。

 

「あの…まほちゃん…ローズヒップが、怯えてるから…マジ怯えしてるから…」

 

 あ、はい。

 ローズヒップは椅子の後ろに回り…怯えた猫の様になっている。

 アレだね…部屋の角に避難するように…だ。

 

「隆史がつまらない事を聞くからだろうっ!!」

 

 …怒鳴った。

 うっっわ…此処まで露骨に不機嫌になっているまほちゃんは…ある意味で初めてだ。

 貧乏ゆすりまでしそうな感じ…。

 

「尾形君、ど…どうしたのかね? 助けてくれんかね?」

 

 いきなり来て、いきなり俺に助けを求めるな。

 

「まほちゃん、俺が理事長とここで会う、約束していたんだ」

 

「……」

 

 そっぽ向かれた…。はぁ~…参ったな…。

 

「ま…まぁ、先に用事をすませようか…ほら。頼まれていた物だよ」

 

 そう言って、USBメモリを差し出した。

 …戦車道連盟の家紋の様なマークが付いたメモリ。

 

「一応、公式に見れるものばかりだから、余り力になれないかもしれないがね」

 

「いえ、助かります。…では、俺もコレを」

 

 交換…と、ばかりに俺も胸の内側ポケットから、USBメモリを取り出した。

 

「…隆史、何だソレは」

 

 まぁ…目の前での交換だし…聞かれてもしかたがないけど…。

 こういった事に、ここまでハッキリと聞いてくるのは…相当頭に来てるの…か?

 ヒステリックなまほちゃんは、初めて見る…外聞すら投げ捨てて、感情的になってる。

 

「…いや…ちょっと」

 

「なんだ。私には言えない物か? …児玉理事長…ふむ。どうせ如何わしいものだろうなっ!!」

 

「違うよ!?」

 

 どうしたものかなぁ~…。

 

「いや…本当にどうしたんだね…? こんな彼女は初めて見るが…」

 

「あ~…はい。実は俺もです…」

 

 …。

 

 初めは、少し遠回しに聞いていみた。

 

 しかし、それでもすぐに眉を顰め…忌々しいと言わんばかりに顔を歪ませた。

 

 それでもぶっきらぼうに、ポツリポツリと答えてくれてたのだが…。

 

 何度か聞くと…。

 

「思い出したくもないのに……全く…せっかくの気分が、台無しだ…っ」

 

 …5回目くらいで…ブチ切れた…。

 

 とても分かりやすく…。

 

 ある意味でそれは、嬉しくもある。

 嫌いなモノを共有して安心感を得るのは、正直人としてどうかとも思うが…。

 まぁ…ちょっと正直に話してみるか…。

 

「このメモリはね」

 

「……んっ?」

 

「西住 歩が、俺に対して…戦車道連盟に出した提案一覧なんだ」

 

「隆史…に…? どういうことだ? なぜお前がアレと関わっている!!」

 

 そう…例の分家の事を、まほちゃんから聞いてみた。

 すでにしほさんには、ある程度聞いていたが…彼女の視点からのアレを聞いてみたかった。

 嫌っているというのは、しほさんから聞いてはいたが…ここまでか…と、今まさに実感中です。

 

「しかも…連盟に…だと? 一体、何を言っているっ!!」

 

 名前を聞く事すら、忌々しい…そんな感じで立ち上がり、俺を見下ろした。

 

「ん~…公式に出されたものだし…本人だからね? コレの閲覧は、私が許可を出したんだ」

 

 児玉理事長が、助け舟を出してくれたが、それはまほちゃんからすれば訳が分からないだろう。

 俺からある程度は、彼女に話していると踏んでの言葉か。

 …そんな理事長を睨み…その目のまま俺を睨む。

 

「…どういう事だ。説明しろ…隆史」

 

 あ~……。

 

 試合中なんだけど…ここで誤魔化すと、多分…まずいよなぁ…。

 

 …。

 

 ま…仕方ない。

 

 まぁ…あそこならば、問題はないだろう。

 アスファルトが踏み割れる音と、砲弾の音が聞こえる中…。

 名指しで来た事…あのゲームの後の事…。

 あの男が、俺に面談をしに来た話を少し掻い摘んで説明した。

 話を聞いている内に、段々とまほちゃんの顔が、怒ってくれているのか…赤くなっていく。

 …聞かせられない話…。ミカとの事…アレの西住姉妹への認識等は流石に言えなかったけどな…。

 

 …俺が真夏のアスファルト上に、携帯電話へ向かって正座した所まで…。

 

 

「ま…まぁ、そう言う事。な? 俺だって、さすがにどんな奴か聞きたくなるだろ?」

 

「……あの…屑め」

 

 …わー…。

 

 コレも初めてだぁ…吐き捨てる様に言ったねぇ…。

 

「…すでに私には、興味は失せたのだろう」

 

 …え?

 

「アレの考えそうな事だ! …奴の狙いは…みほだ」

 

 あの…まほちゃん?

 

「はっ…!! 下衆が考えそうな事だっ! どうせ「敗れた西住」より、「勝った西住」なのだろう! さらに…御しやすそうな…みほに鞍替えかっ!!」

 

 面談した時の話をしただけ…なんだけど。

 

 何か…物凄く納得していた。

 

 それに…みほ?

 

 迷う事もなく…ハッキリと断言した…。

 

「転校…か。みほから、お前を遠ざけたいのだろう。しかも、みほとお前の共通の友人を人質にして…お前の性格上、友人の話が本当だったのならば、お前はかなり動きが制限されたろ?」

 

「……」

 

 みほを優先するに決まっている。

 

 …決まってはいるが…アイツらを頬っておく…というも…多分、俺はできないだろうな…。

 何かしらするとは思う。だから制限されたという推測は…正しい。

 だから、まほちゃんの言葉には黙って応えた。

 

「……成程。だから隆史は私に、あの屑の事を聞いてきたのか」

 

「そ…そうです」

 

 あ…ちょっと怒気が和らいだ気がした…。

 納得してくれたのか…な?

 

「隆史…怒鳴って、すまなかった。ある意味で自衛の為だったのだな…」

 

「あ…はい」

 

「ならば…私も私で、少し…調べる。何か解ったらすぐに知らせる」

 

 す…すげぇ…。アッサリとした対応に驚くなぁ…。

 あの話だけで、殆ど把握したって顔だ。

 

「それに? どうせお前の事だろう? お母様にはすでに話してあるのだろうな!!」

 

 …あ、はい。懐かしい怒気に変わって嬉しいです…。

 

「…はぁ。聖グロリアーナの一年。悪かった…私が大人げなかった。だから…出てきてくれ」

 

「も…もう、よろしいのですの?」

 

 …。

 

 顔半分だけ、恐る恐る顔を出したローズヒップ…。

 まほちゃんの、この対応。うん…完全に戻ってくれたか…良かった。

 

「だが…今は、試合を…「 あれ? 尾形君の転校話は、正式に要請されるよ? 」」

 

 

 …。

 

 なんだと…?

 

「…どういう事だ」

 

「まほ君っ!?」

 

 漸く区切りが付きそうな話に、燃料投下しやがった。

 俺は何も聞いてないぞ? 正式…に? だ?

 

 いや…でもな…アッサムさんから聞いた話と、少し…違う。

 それに…話をある程度してある理事長が、こんな事言うのもおかしい…。

 

「さぁ…言葉を選べ……返答しだいでは…西住として…本気で私は動く…ぞ」

 

 あ…あかん。

 

 まほちゃんが、何かに覚醒しそう…。

 

 すでに年上に対しての敬語すら忘れてる…あの分家の事もあるから余計だろうな…。

 

 そして何故か俺は思いの外…冷静。

 

「なるほど…では、今ここで…正式に要請しようか?」

 

 更に…そんなまほちゃんに対して、何時もの様にビビると思っている理事長が…真顔?

 

 スッ…と背筋を伸ばし…真剣な顔で、俺に向き直した。

 いつもの変なおっさんじゃない。

 

「尾形 隆史君」

 

「え…あ、はい」

 

「君に「ベルウォール学園」への、()()()()をお願いしたい」

 

 …短期転校。

 

 ん?

 

 短期転校?

 

「実際、君が言われた通りでね…あの学園から要請が来ていたのも事実。…戦車道活性化の為に今は、あらゆる手をつくしたいのだよ」

 

「ちょ…ちょっと、待ってください? 短期転校…って、なんですか?」

 

 ここで理事長は、かたっ苦しい表情を崩した。そしていつもの様に…。

 

「まぁまぁ、簡単に言えば、一週間くらい他の高校で、戦車道体験っ! って感じだねぇ。夏の優勝校のマネージャー! その敏腕を振るってくれたまえ!」

 

「いや、体験って…それに俺は、別にマネージャーって訳じゃ」

 

「…実際的に、君の評価は凄いんだよ? まぁ家元との繋がりが一番目立つけどねぇ~だから余計だよね!」

 

「話が…見えないんですが」

 

「ふぅ~…ま、お上も必死なんだよ。あらゆる要因を取り入れて、どんどん戦車道を広めたい…ま、それは悪い事じゃないだろ?」

 

「………」

 

 ここで…まほちゃんが放っていた殺気が消えていたのに気が付いた。

 

「はぁ~…後は実績ですか?」

 

「ん?」

 

「お上…って言いましたよね? 連盟側としての努力って奴を、見せておきたいって所もあるのでしょう?」

 

「…まぁ…そうだねぇ」

 

「それ…やり始めたら、下手するとドロ沼化しますよ」

 

「ははは…分かっちゃいるんだけどねぇ?」

 

「戦車道連盟の理事長といっても…ある意味で中間管理職と立場は変わらない…ってとこですか?」

 

「…変に理解があるね…君」

 

 まぁ…うん。

 

「因みに、断る事は?」

 

「それは勿論可能だよ! 時期が時期だからねぇ…これもあくま自由意志! 教育の一環! って、意味もあるんだよぉ」

 

「…それなら返事は後日で構いませんか? 流石にすぐには決められませんよ」

 

「勿論だよっ! 受ける事によってのメリットも勿論あるからね! 良い返事を待ってるよ!」

 

 

 …しかし…短期転校って…そんな制度があるのか。

 

 

「はぁ~…まぁ、みほと相談した方が…いいよなぁ…ちなみに、メリットってなんですか?」

 

「戦車道連盟! その就職有利だよっ!? 私としては、寧ろ高校卒業したら君を、すぐにでもスカウトしたいくらいだよっ!!」

 

「はっはー! 素人の男子高校生に何言ってんですか~? どうせ俺なら、しほさん千代さんとか家元と? まほちゃんとかの、時期家元からの弾除けになるとか考えてませぇ~ん?」

 

 

「  ………………  」

 

 

 …。

 

 

「おい、こっち見ろハゲ」

 

 

「そっ…そもそもだね? 勝手に学生の意思を無視してでの強制転校とか、在り得ないだろう!?」

 

「いきなり話を戻すな。あの野郎の会話の話はしてねぇ」

 

「それにっ! 君が転校してしまったら、乙女の戦車道チョコの企画がダメになるだろう!?」

 

 …あ、それ、アッサムさんが言ってたな。

 そんなふざけた理由かよ…とかも思っていたのに…マジか?

 

「…因みに…何故ですか?」

 

「アレは君が、夏の優勝校の生徒! その要望!!! …というのが建前にあるお陰で、コスプレ衣装を通す事ができたんだよ?」

 

「おい、ちょと待て、初耳だぞコラ」

 

「その発案者である君が! 転校してしまったら企画倒れになってしまうじゃないかっ!!!」

 

「俺を発案者にするな!!」

 

「私は…ね? 恥ずかしい衣装を無理やり着せられて、恥ずかしがる姿を見るのがとても好きなんだっ!! しかもコレは合法だよ!? 合法!!」

 

「……」

 

「君は嫌いかね!?」

 

「………」

 

「こっちを見ようか? 何故目を逸らすんだい?」

 

「くっ…それにっ!!!」

 

「なにかねっ!? 話を逸らすのかね!?」

 

「俺の名前を出さないって約束でしたよねっ!? しほさん達に言いますよ!?」

 

「はっはっは!! 好きにするがいいさ!! ならば私は、そこのまほ君に全て話そうか!?」

 

「くっ…!!」

 

 

「死なば諸共だよぉぉ、きみぃぃ!!!」

 

 

「くそがぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

「「 ………… 」」

 

 

 

 

 

 

 …。

 

 ………。

 

 

 

 

「実際問題だよ? 尾形君は自身の事を考えないとダメだよ? 君の人間関係は特殊すぎるんだよぉ?」

 

「俺の人間関係?」

 

「西住、島田…両家元とプライベートにまで渡り懇意にしていて…現世代の各強豪校の代表格とも親密な仲だ」

 

「言い方が気になりますが?」

 

「これから発足されるプロリーグ。その第一世代の代表になり得る人物達との事だよ? しかも西住の者の…親公認の恋仲だ。良くも悪くも…君を利用とする輩は大勢出てくると思うよ?」

 

「どこぞのハゲみたいにですか?」

 

「…誰の事だね…とりあえず…だね?」

 

「なんすか」

 

「…まほ君に…なにか言ってくれないか?」

 

 

「………無理です」

 

 

 

 …正座…最近、良くするなぁ~…。この懐かしい殺気は、むしろ安心するなぁ~…。

 

 映像…見辛いなぁ~…執事服で正座は夢にも思わなかったなぁ~…。

 

「………」

 

 理事長に渡したUSB。

 

 誰と誰の写真の入ったデータだというのは、理事長も理解かっているのか…。

 

 俺と同じく拷問されても吐かないだろう…。

 

 

 …さて。

 

 そろそろ試合も終盤だな…。

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました。
次回から通常に戻ります

本編閑話アンケ。
その内に書きます。だから6月中まで。

1、尾形っ! ナンパ行こうぜっ!ナンパ!! え? 各高校連中が大洗にいる? …だから? は?編 

2、会長…お宅訪問編

3、なぁ…尾形…お前に客だ。お前に恋愛相談だってさ…あ? 知らんが…一年の…宇津木選手の彼氏だってよ編

4、蝶野式、人生は所詮…修羅場よ…ボードゲーム編

5、オペ子のお茶会

挿絵付き…の、予定


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第29話 消えた未来

はい! エターナってません!

…すいません、ここまで投稿開けたの初めてだ。

対馬観光、人斬り道中が面白すぎて、全クリするまで書けなかった…。




『〔 Ⅳ号、今のうちに回り込んでチャーチルの背後を突くという事は、ありませんか? 〕』

 

『〔 みほさんならありえますね、クラーラ 〕』

 

 ロシア語での会話が、無線機を通して聞こえてくる。

 あのプラウダの副隊長の会話だろうけど、態々オープンチャンネルを使ってする会話をしているのだろうか?

 それにしては、一部の人間にしか分からないだろう言葉を使っているのだから、意味が分からない。

 

「逸見先輩」

 

 エリリン先輩やら、エリたんやら、どこぞの誰かさんのせいで、余計な名称が増えていく中での普通の呼ばれ方。

 通信手としてその無線機の横に座る、見慣れない後輩から…普通に…久しぶりに普通に名前を呼ばれたような気がした。

 懐かしく感じてしまったので…私も毒され始めているのだろうな…。

 

「…なに? ツェスカ」

 

 呼ばれた方向へと、返事と共に普通に視線を向けたつもりだったのだけど、目があった瞬間、その後輩はたじろぐ様に目を少し逸らした。

 

 コレもまた懐かしい…。

 

 そう言えば、後輩…と呼ばれる黒森峰の1年は、私の目を余り見てくれない。

 私の言い方がキツく感じられてしまっているのだろう。西住隊長といる時が多いからか…隊長含め、二人揃って怖がられている節があるのを私は知っている。

 しかし隊長の場合は私と少し違う。厳しい方なので、あの眼光に萎縮してしまう後輩は多いのだけど…非常に人気が高い。…稀に見せる優しさに、気が付く者から隊長のファンになっていく。

 あの立場…実力。そしてあの、どんな時にでも動じ………戦車道に関してどんな時にも動じず、余裕を感じさせられる人柄にやられる後輩は少なくない…というか、多すぎる。

 正直に言ってしまうと、隆史と似たか寄ったかだと思えるのは、黙っている。あの人の場合…同性に対して無意識に、凄まじいタラシぶりを発揮しているのを、本人は気が付いていないのだろう。

 

 …。

 

 私とは違う。

 

 次期隊長として私が候補に挙がった時、まず初めに西住隊長と自分を嫌でも比べてしまった。

 …私の他に候補がいないあたり、それはもう…ほぼ確定事項。

 それは隊長として選ばれた嬉しさ…よりも不安が勝り、黒森峰隊長としての重圧を嫌でも感じさせる。

 

 …私とは…違う。

 

 見下ろす後輩の態度は、自身を写す鏡の様に感じてしまい…お腹の下辺りが…妙に痛む。

 

 そして見慣れた…ツェスカのその少し怯えた様な態度が、先程あの女に言われた事を思い出させる…。

 

 

『 エリさんは、ズケズケと言い過ぎですっ!! もう少し、人の気持ちを考えた発言をして下さい!! それで大体、他の人と衝突してたじゃないですかっ!! 』

 

 …。

 

 …うるさいわね。

 

 言いたくもなるわよ。アンタもその被害者だったじゃないの。

 

 人間、誰しも弱音は吐く。私は死んでも吐かなかったけどね。

 …自衛隊員の訓練じゃないの? と、錯覚させる程の1年生の授業の厳しさは、余裕を持たせなくなっていく。

 そしてそれは、入学したばかりの、黒森峰への憧れだけを持った1年の浮かれた気持ちをぶち壊し…徐々に追い込んでいく…。

 だから…自暴自棄からくる弱音だと、理解していた。弱音はいい…好きに吐けばいい…。

 

 だけどそれを、西住隊長のせいにするな。

 

 何があの人とは違うだ。何があの人の様になれないだ。

 それは、みほにも及ぶ。なんだかんだ…あの子は慣れているのか…普通に授業に着いてこれたからだろう。

 西住流家元の名前を言い訳に使い、…自分が諦める理由にする。

 

 それが腹が立った。怒りを感じた。だから言った。ハッキリと言ってやった。

 

 …。

 

 …だから頭にきただけ。

 

 その子の事は、別に嫌いな訳じゃなかった。少なくとも同じ世代…それで持ち直せば…と、思ってしていた事…言った事…。

 

「エリカさん?」

 

 …。

 

 突然赤星が、自分の眉と眉の間に人差し指を付けて、声を掛けてきた。

 

「…眉間に皺が寄ってますよ? ダメですよぉ? 後輩怖がらせちゃ」

 

「ぐっ…」

 

 …いけない。声を掛けられたというのに、少し…昔の事を思い出してしまった。

 少し負い目を感じ、顔に出てしまったのでしょうね…そんな私の顔を見て、赤星は笑った。

 

『 ちょっと貴女達! 日本語で話しなさいよっ!! 』

 

 …。

 

 

 妙に楽しそうな赤星の声のすぐあと…あのちびっこ隊長の何時もの文句が流れて来た。

 

『 ノンナッ! 先鋒!! 』

『 はい 』

 

 …どこかの誰かさんとの付き合いのお陰で、このやり取りも聞きなれてしまったわね…。

 

『〔 フラッグ車の護衛、よろしく 〕』

『〔 了解 〕』

 

 …。

 

 はぁ…もう…調子が狂う…。

 

「…で、何? ツェスカ」

 

 妙に気恥ずかしく顔が熱くなってくるのを感じ、誤魔化すようにもう一度…後輩の名前を呼ぶ。

 

「顔、赤いですよぉ?」

 

「うっさいわね!」

 

 だから、なんでそんなに楽しそうなのよ!

 …結局、私が余り飾らないで素で話せる…数少ない同級生になっているわね…この子。

 そんな私と赤星のやり取りを、少し戸惑った表情で見ている後輩が、恐る恐る口を開いた。

 

「あ…あの、ただ追いかけているだけで…その…良いんですか…?」

 

 その疑問に答えようと、見下ろすと彼女は…。

 

「あぁ、別に……って、貴女…なんでそんなに、怯えてんよ」

 

 私の顔を見ながら…ビビってた。

 

「エリリン先輩が怖いからですよねぇ~?」

 

「だからうっさいのよ赤星っ! …って…貴女普段、そんな性格だった?」

 

 何を思ったのか…操縦手で今回参加…。普段車長を務めている彼女からすれば、何を思っての参加なのかしらね。

 でも赤星…今日は変にテンション高いわね、この子…。真正面から、からかうタイプじゃなかったでしょうに。

 

「~♪」

 

 妙に機嫌も良いし…何なのかしら。

 

「はぁ…別に今は良いのよ。だから現に今も、こんな軽口を叩いている余裕があるんでしょ?」

 

 まぁいいわ…、今は赤星はおいときましょう。

 とりあえず、疑問を投げかけて来た後輩に答えて上げる。

 

「あ…はい、でも…その…フラッグ車が…目の前にいるのに…」

 

 

 …。

 

 

 私達の前方…今回の試合の、フラッグ車であるⅣ号戦車が一定の距離を保ちつつ走行中。

 

 その戦車から見知った顔が、戦車ハッチより上半身を見せ、横目でこちらの様子を窺う姿が見える。

 蛇行運転をしながらこちらを警戒し、睨むようなその目が…腹立たしというよりも…何故か妙に懐かしく感じてしまった。

 

 …みほ。

 

 相変わらず、二重人格を疑う程、戦車に搭乗すると目つきが変わる…。

 先程くだらない事を思い出してしまったお陰で…その顔は、黒森峰の時の彼女とダブって見えてしまった。

 

 クルセイダー巡行戦車…確かに脚が速い車輌。みほを発見した際、1番から3番で一気に取り囲もうとした所、あっさりと車輌の間を抜けられて逃げられた。

 そして現在、何時までも鬼ごっこをしているお陰で、気が付けば住宅街にへと迷い込んでいる様だった。

 迷い込んだ…とは違うか。…まぁ、あの子の場合、迷い込んだというよりかは誘い込んだって感じでしょうね。

 地図などで、知識としてはあるかもしれないけれど、土地勘がない私達。そんな相手ならば、地図上では知り得ない情報を有している自分達の方が有利…とでも思ってここに逃げ込んだのでしょうよ。

 まぁ…定石よね。自分達が有利な場所での戦闘は。

 そんな狭い住宅街の道路で、そんな戦車のお尻を追いかけまわしている()()の、私の采配に対しての疑問を、ツェスカは口にしたのだろう。

 私に対して、変に萎縮している様に見えるけど、ハッキリと自身の疑問を口に出せる彼女に…その姿勢に少し…好感を持てた。

 

「さっきから、一発も砲撃してませんし…何より、何故一番脚が遅い我々が、先頭を走っているんですか?」

 

 狭い住宅街。一本の道路に並んで走る戦車群。

 先頭は私達ティーガーⅡ。その後ろに1番から3番のクルセイダー達が追随してくるこの状況。

 いえ、追随していた…ね。

 

「発砲するだけ弾の無駄よ」

 

「え…無駄?」

 

 …ある程度小回りが利くⅣ号相手に、しかもこんな場所で、いたずらに発砲なんてできやしない。

 …下手に発砲して、外れた弾が建物にでも当たって見なさいよ。ただ障害物が出来上がるだけ。

 走るだけで道路幅が埋まってしまう程に大きいティーガーⅡじゃ、ちょっとした障害物が出来るだけで時間が掛かってしまう恐れがある。

 特にこの子は、足回りが不安だしね。そんなつまらない原因で、彼女を逃がしてしまう恐れが高い。

 

 せっかく大将首の後ろを取っているのに、冗談じゃない。

 それに…決勝戦とは同じ轍は踏まない。

 

 憎ったらしい、あのポルシェティーガーが、目に浮かぶようだわ…くそ。

 あの時とは違う…しっかりと冷静に…。頭に血が上りやすい私を、しっかりと律しなくては…。

 

「先頭を走っている私達は、盾の役割でもあるわ。…そして目隠し」

 

「盾? …目隠し?」

 

「そうよ。Ⅳ号も砲身をこちらに向けてこないでしょ? 走りながら適当に撃った所で、この装甲を抜けるはずないのをあの子が知らないはずがない」

 

 コンコンと軽く壁を叩く。

 そうよね…知らないはずがない。だから今も、着かず離れず戦車の走行速度を制限したかの様な走り方をしている。

 入り組んだ道を、まるで誘導するかの如く。

 様子を見て…私達の隙を伺い…装甲の薄い所を狙い撃ちする腹積りなんでしょうよ。行進間射撃じゃ難しいでしょうしね。

 

「それに…そろそろね」

 

「はい?」

 

 質問に答えながら、首元の咽頭マイクを押さえる。

 

『今、最後尾は何番?』

 

『 3番ですっ! 』

 

 私の無線に対して、すぐに返答が来た。

 彼女達には、少し車間距離を離して着いてくるように命令は出しておいた。

 

『では3番、次の路地を左折。大通りから回り込みなさい』

 

『 了解ですわ! エリリン隊長 』

 

『エリッ!? それはやめなさい! 0番って決めたでしょ!!』

 

 …。

 

『 ……… 』

 

 ……。

 

 これは無視!?

 

『 お…大通りから回り込んで。フラッグ車が横道にそれる様なら、その時再度指示するから… 』

 

『 はいっ! ですわ! エリリン隊長! 』

 

『 だからその呼び方は、やめろって言ってるでしょっ!? 』

 

『 ……… 』

 

 

 …。

 

 

 

 どぉ…いつもぉぉ……!

 

 はぁ…その無線でツェスカも解ったのでしょうね。もう口を開くこともなく、前を見ていた。

 敢えて車間の幅を広げて…道路幅を埋める程の大きさのこの車輛。追走してくる車輛数を減らすのを隠す為。

 

 みほならば、車輛が減っている事になんて、気が付くかもしれない。…が、時間は稼げるでしょ。

 こんな入り組んだ住宅街とは違って、あの車輛なら大通りを使い全速力で飛ばせば…間に合う。

 脚が速い車輌の機動力の活かし方は別に、遊撃だけじゃない。こういった使い方だって定石だ。

 

 この先の住宅街…その出口へ…。

 

 

 …挟み撃ちにしてやる。

 

 …。

 

 ………。

 

 今度こそ…今度こそ…っ。

 

 少しでも時間を稼ごうと、砲身を動かしながら…仕掛けるフリをし、こちらに注意を向けさせる。

 Ⅳ号も砲身を揺らし、回転をさせながらフェイントをかけてくる。

 

 そんな、やり取り。

 

 そんな、追いかけっこ。

 

 …。

 

 

 いつか、どこかで…こんな事…したような…。

 

 熱い日差しと、妙に耳につく蝉の鳴き声が…気になる…。

 

 

「…ん?」

 

 …。

 

 鬼ごっこを続ける中…妙な違和感を感じた。

 

 みほも、適度にスピードを落としている…の?

 視線を彼女の後頭部に移した瞬間、みほは、こちらに一瞬視線を向けた。

 

 目線は後ろ…今ので、車輛数が減ったのを知られてしまったと判断。

 私の狙いも解ったのか、私達との距離を離そうとでもしたのでしょうね。エンジン音が一瞬高く響くと、一気にスピードが上がった。

 

 その周りに映る流れる景色。

 家並み、街路樹……どこかで見かけたような……。

 

 

 …。

 

 

 …あ。

 

 みほが一瞬、こちらを見た。

 

 …その顔は…いえ。その目は…何度も見て来た…目。

 

 そして確信した。

 

 …ここで仕掛ける気だ。

 

『1番、2番、減速!』

 

 そう確信を得た瞬間、突然Ⅳ号戦車が目の前から消えた。

 反射的に、喉元に指を添え指示を飛ばす。

 

 …。

 

 顔を下へと向け、操縦手に叫ぶ。

 

「赤星、加速!!」

 

 私の狙いなんて、知る由もないだろうが、即座に反応してくれた赤星。

 急な加速で車体が少し揺れるなか、ハッチから体を隠す。

 

 …地図上では、知り得ない情報。

 地図表記は、区画や道路等を、線による記号により区切っているのが一般的だ。

 建物も線で囲っている四角や何やらで。だから大まかな表記のみ。

 だから地元の人や、見知った人間にしか分からない細かいスペースが存在するを…私達は知らない。

 

 何か飲食店の駐車場で旋回をするつもりだろう。手前の建物が陰になり、一瞬消えたかと思った…。

 小さな洋食店…個人経営のお店。それなりに広さのある駐車場のお陰で、楽に旋回する事ができるだろう。

 

 先行走行していたお陰もあるだろうし、そこまで深く考えていなかったかもしれないが、土地勘やこういった細かい事まで知らない私達には、この様な行動は虚を突かれる。

 一瞬でも良いから、停止射撃する機会でも窺っていたんでしょうが…。

 

 案の定、Ⅳ号の横っ腹が見えた。変なピンクのマークが妙に腹立たしい。

 反射的に言ってしまった加速指示。タイミングは微妙だった…。

 

 余り…こういった戦車の使い方はしないのだけれど、この際良しとする。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 あのタイミングじゃ、こちらも戦車を止めて、狙い撃つ…なんて暇もなかったしね。

 

 そして単純な思考…。ならば、ぶつけてしまえ…と。

 

 駐車場で旋回するⅣ号に向かって、車体を突撃させた。

 

 大きなブレーキ音と、ガリガリと車体同士が擦れ合う音が響き、火花が散る。少し車体が跳ね、ハッチの下…車内からも少し鉄の軋む音が聞こえる。

 チッ…少し失敗した。やはりタイミングが、少し遅かった。

 ぶつかった衝撃で大きく振動する車内で、各々が体を支えるのが見えた。

 

 旋回がすでに完了していたⅣ号。…の、右方を削る様に車体同士が交差する。

 正面衝突でも構わなかったが、みほも私の狙いが分かったのでしょうね…うまく避けられてしまったようだ。

 ブレーキのタイミングが早かった…ドリフトするかの様な半円描き、真正面からの衝突だけは回避させてしまった。

 やはり加速もあの距離では不十分だったお陰で、今は少しずれて…並ぶ様に停車してしまった私達。

 

 

 履帯を破損できれば動きも止められる。…後は減速指示を出し、後ろから遅れてくる2輌で、棒立ちになったフラッグ車を撃破できるだろう。

 

 …って、思ったんだけどね…。

 

 …。

 ………。

 

 

「情けないわね…。3輌で仕掛けて、シュルツェン1枚しか被害を与えられないなんて」

 

「こちらは一輌、やられてしまいましたね」

 

 ハッチから再び体を出して、少し手の焦げたような匂いが鼻を刺してくるが、とりあえず外観を軽く確認する。

 

 …チッ。完全に失敗した。

 

 ぶつけるまでは良いが、相手が旋回を完了させてしまっていたのがまずかった。

 遅れてやってきた後続車輌の先頭を走っていた2番が、正面を向き終えていたⅣ号にタイミング良く撃たれてしまった…。

 煙を吐き、鎮座する車輌…その横に伸びていた路地を使い、悠々とみほ達は走り去っていってしまった。

 

 こちらが与えた被害は、ぶつかった際に弾け飛んだ、シュルツェン装甲のみ。このティーガーⅡの機動性じゃ…もう、追いきれないわね。

 

「あ…後…履帯…が。あはは…ぶつかったショックで…でしょうけど」

 

 …。

 

 赤星が、苦笑しながら報告してきた…。

 

 やっぱり、こういった事に不向きよね…この車輌。…足回りに安定感がない。

 

 はぁ~…まぁいいわ。まだやられてた訳じゃない。

 再び車内へと戻ると、そのまま首元に指を添える。

 今は反省するよりもまずは…。

 

『…3番』

 

 別れてしまった車輌へと、無線を飛ばす。

 

『 あ、はいっ! もうそろそろ到着しますわっ! 』

 

 テンション高いわねぇ~…それでも、聖グロ特有の話し方ってのが…この隊の特徴なのかしら。

 

『…もう良いわ、失敗した。私達もすぐに動けそうにないから…近くの別動隊と合流しなさい』

 

『 えっ… 』

 

『作戦でも何でもなく、ただ孤立するくらいなら合流しなさいって言ってるの』

 

『 りょっ…了解! 』

 

 そこまで言うと、無線を切る。また不本意な名前で呼ばれて溜るモノですか。

 はぁー…ため息しかでないわ。

 

「んじゃ、さっさと履帯直すわよ」

 

 今腐っていてもしかたない。全員でやれば少しは早くできるでしょ。

 出口に一番近い私が、さっさと戦車を出ようとすると…。

 

「あの…い…逸見先輩」

 

 ツェスカがまた、小さく手を上げていた。

 

「…なに?」

 

「色々と聞きたい事はあるのですが…あのタイミングで良く分かりましたね…」

 

「は? なにがよ」

 

「いえ…フラッグ車の動きに対して、咄嗟に…」

 

 あぁ…。

 

「別に…。み…いえ、フラッグ車の車長が、昔馴染みなの。それで……何となく分かったのよ」

 

「昔馴染み?」

 

「……」

 

 …昔馴染みという呼び方が…何故かすんなりと言えた自分に少し驚いた…。

 腐っても1年はチームを組んだのだ。それなりに彼女の癖は覚えている。…一瞬、こちらを確認する時に見せたあの顔は、何か行動を起こすサインだった。

 …それを私が覚えていた事が、すこし…腹立たしい…。

 

「あの店は駐車場が、それなりに広かったのを覚えていてね…。あの先に抜けれる道なんて当然ないし、あの場面で隠れる訳もないし…何かしらこちらに仕掛けてくるって思ったのよ」

 

 誤魔化す様に、早口で…言い訳をする様に言ってしまった。

 

 ……って、何よその目。

 

「この土地の事、知っていたんですか?」

 

「…え? …えぇ…まぁ…試合会場が指定された市街ですもの!? 下見するのが当然よね!?」

 

 ……。

 

 こ…声が上ずってしまった

 

「た…隊長自ら…」

 

 ………。

 

 や…。

 

「逸見先輩って、次期隊長候補っすよね!? そんな人が足で…自らでなんて…」

 

 や…やめなさいっ! 

 何がそんな気にさせたのか分からないけど、そんなキラキラした目で見ないで!!

 

「すげぇー…こっちのエースって、ちゃんと地道に…これが日本人…」

 

「いっ…いいから、さっさと履帯、直すわよ!? アンタも手伝いなさい!!」

 

「はいっ!! …履帯修理までするんだぁ…」

 

 ……。

 

 …………。

 

 い…言えない…。

 

 先日…喫茶店での帰り道…迷子になって散々迷った時に、たまたま通りがかったから…とか…今更言えない…。

 

 しかも? あの店の店先を見た時、ホワイトボードに書かれていた、当店のおすすめメニューに、ハンバーグステーキがあったから特に覚えていたとか……。

 

 …。

 

 情けなさ過ぎて言えない…。

 

「あ…エリカさん、今回は履帯修理手伝ってく……」

 

「うっさい、赤星! アンタも手伝いなさいよ! 他の連中もっ!!」

 

 

 …。

 

 逃げる様に戦車内から飛び出すと、一気に目に強い日差しが刺して来た。

 ジリジリと…装甲の上が熱を帯び、少し空気が、ゆらゆらと揺れている様にも見える。

 そしてまた胃が痛くなる…。

 

 こんな序盤…まだ始まってもいないのに…考えてしまう。これからコレが日常と化すのだろうか?

 

 強豪校、黒森峰女学園…その隊長。

 

 …隊長。

 

 後輩と同期達からの視線…期待。

 西住隊長に到底及ばないだろうが、同じようなモノを、あの人も感じていたんだろう…感じ続けていたんだろう。

 いや、私自身…その期待や憧れ…羨望の眼差しで見ていた一人。…加害者の様なモノだ。

 

 胃が…痛い。

 

 あの西住隊長だからこそ、耐えれたのかもしれない…いや…違う。

 あの人も我慢し…周りからのプレッシャーと日々戦い続けていたんだ。

 今…それを痛いほど、感じてしまっている。この真下にいる後輩の期待や憧れにも似た視線で…実感した。

 

 失敗できない…勝たなくてはならない…その脅迫にも似たプレッシャー。

 

 …そして…耐えられなかったんだろう。

 

 あの…決勝戦。連勝を止めてしまった、あの敗北で…壊れかけた。

 当然だろう…って、今は…思う。西住隊長も人の子なのだ…。

 ただ単純に言葉にすれば短い…が、それは複数から…全方位からくる視線。

 

 私は気が付かなかった…いや、誰も気が付かなかった…。

 

 たった一人を除いて。

 

 そこの所を、あの男は見抜いていた。何故見抜けたのか分からないが、突然熊本港へと姿を現したのは…。

 

 ……。

 

 もうすぐ…私は、隊長になる。

 

 もし…私が潰れかけたら…耐えきれず、壊れかけてしまったら…来てくれるだろうか?

 

 あの人は来てくれるのだろう…か? 

 

 私の為に…為だけに…。

 

 お兄ちゃんは…私を助けてくれるのかな…?

 

 

 …。

 

 そして…嫌でも比べてしまう…。

 

 本来ならば、この場所に…その椅子に座るはずだったであろう、あの女。

 悔しくて思いたくなかった想像…。それでも…嫌でも考えてしまう。もし黒森峰に残っていたのならば…と。

 それは確信めいた…そうなるのが、当然とばかりに解ってしまう。

 

 …みほ。

 

 アンタなら…貴女だったら…どうした?

 

 あの何も考えていないような顔で、のらりくらりとやっていけるの?

 

 …そうよ…あの子だって無理よね…。入学してから、姉の跡継ぎ…みたいな感じで、凄まじかったから…。

 

 でも、死んでも口に出さない。

 

 思っても出してやらない。

 

 あの子に逃げるなんて…絶対に嫌。

 

 期待なんてしない。

 

 もう、裏切られたくない。

 

 …そしてもう、それを考えるのをやめよう。

 

 

 だって…。

 

 …それは、消えた未来だから。

 

 

「…あ、先輩……見た目と違って、可愛い下着…」

 

 

 …。

 

 

 とりあえず、足を下に…突き出しておいた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 あ…危なかった…。

 

 殆ど勅勘、思わず声を上げてしまったのが幸いしたよ。

 はじけ飛んで無くなってしまい、裸になった右方履帯を見て、安堵のため息をつく。

 本当に紙一重だった…。まさか、エリカさんがあんな風に体当たりしてくるなんて、思いもしなかった…。

 

 …。

 

 ……何故だろう…。ちょっと懐かしく…ちょっと…楽しい。

 

「っ!」

 

 後方から大きな音が響いた。

 クルセイダーを見かけた時は、もう追い付いてきたの? …とも思ったけど、どうやらあの追いかけっこの最中、いなくなった車輌みたい。

 建物にぶつかりそうになったT-34/85の後ろに、勢いよく接触している…。

 あぁ…でも、今は先に…カチューシャさんと、ノンナさんに追われてる状況をなんとかしないと…。

 車体越しに、もの凄くプレッシャーを感じる…、明かに不利な状況…囲まれる前に…。

 街角を曲がり、相手の砲撃を何度か交わしているけど…ここら辺の道は、さっきの住宅街と違って、抜け道が良く通りも…。

 

 …。

 

 挟まれた。

 

 直線通りに入り、大きな鳥居が見えた瞬間、脇道から先ほどまで後ろを走っていたT-34/85に、前を奪われてしまった。

 この二人を相手に、この状況は怖い…。

 

「麻子さん」

 

「…?」

 

 …神社。

 

 妙に頭がスッキリしている…。

 さっきエリカさんと言い合ったからかな…久しぶりに大きな声出した…。だからかな?

 

「右にフェイント入れてから、左の道に入ってください」

 

「ほ~い…」

 

 私の声と共に、車体と共に体が揺れる。

 前方のカチューシャさんは、フェイントにうまく引っかかってくれた。曲がり角に隠れたので、下の道に取り残せた。けど…やっぱり後方からは見えやすかったよう。

 神社へと昇る長い坂に入ると、ノンナさんもまた、私達後ろから着いてきた。

 エンジンに少し高く響く。…何とか挟み撃ちの状況は打破できる事が出来た様だ…後は…。

 

「…西住さん」

 

 上がり始めた時に、下から私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 少しの間は大丈夫…かな?

 

「はい? 呼びました?」

 

 …麻子さん?

 

「実はな、今朝からギアの調子がおかしい」

 

「おかしい?」

 

「うん。ちょっと硬いというか…違和感がある。坂道を上る時に切り替えたら…確信した」

 

 確かに麻子さんが、ギアを動かす仕草に違和感が見えた。

 何かに引っかかるというか、ぎこちない動きに見える時がある。

 整備不良…は、自動車部の方達からすれば、信じられないし…さっきの衝突の衝撃のせいかな?

 

 直前に言うよりかは良いか…な?

 

「はい、解りました。そうですね…麻子さん」

 

「…?」

 

「この後、神社の参道…石階段をこのまま降りてほしんですけど…できますか? いけそうですか?」

 

「階段っ!?」

 

 優花里さんが驚いた様に声を上げた。

 麻子さんの操縦技術なら、大丈夫だと確信しての提案だけど…どうかな?

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「麻子…本当に大丈夫なの? この子の調子、変なんでしょ?」

 

「…なんとかする」

 

 殆ど即答での返事を聞くと…妙に安心感が芽生えた。

 …そっか。簡単でも…すこしでも良いから、初めから聞いておけばよかった…。

 エリカさんが激怒する顔を何度も思い出しちゃった…。

 

 初めからお姉ちゃんに言う事を諦め…自分で何とかしないとって…気負っていた私。

 大洗に転校してきても…どこかでソコは、変わらないまま…。むしろ、唯一の経験者の私が、なんとかしないとって、気負いすぎていたかも。

 できるできないじゃなくて…一度、ただ聞くだけで、ここまで安心感が生まれるなんて思いもしなかった。

 沙織さん、優花里さん、華さん、麻子さん。こんな狭い車内にいて、距離が近くたってそうだよ。

 

 話さなくちゃ分からない。

 

 …そうだよ。

 

 大丈夫…。

 

 誰だってそうだ。

 

 言葉にしなくちゃ、分からない事は多い。

 

 あの…隆史君だってそうだ。

 

 …そうだった。

 

 話してくれたから、解った事。

 話してくれないと、解らない事

 誰もが思って、誰もが怖い事。

 

 アノ時の辛そうな…別人にも見えた彼の顔を思い出してしまう。

 

「……」

 

 彼の事を、少し理解できた…気がする。

 

 うん…私もそう。

 誰に対してだって、誰だってそう。

 だから…どんな簡単な事だって良い。

 

 …話そう。

 

 いろんな事を話そう。

 

 エリカさんとだって…ちゃんと…話そう。今度は喧嘩じゃなくて…あの時の喫茶店の時みたくにならないように。

 

 言わなくちゃ分からない事だらけだもん。

 

 だから…少しずつ変えていこう。

 こんな些細な事…数分先の事を言う。これからの事を言う。

 簡単な事に過ぎない事を、今更こんな時に、こんな場所で思うなんて…。

 …私に一番、抜けていた部分が、今…分かった気がした。

 

「現地で無理そうだと思ったら、言ってください。別の手を考えます」

 

「了解」

 

 前を見ながら返事を返してくれる麻子さん。

 そんな…なんでもないやり取り。何時ものやり取り…。

 良く分からない…良く分からないけど…何故だろう…楽しい。

 

 とても…楽しい。

 

 …やっぱり…楽しい。

 

 さっきは勢いも手伝って、出した事もないような大きな声だしちゃった。

 思い出すと恥ずかしくなるけど…そんな私を間近で見ていたはずの皆は、何も言わないでいてくれる。

 ただ微笑いながら、目を合わせてくれて…顔を合わせてくれて…背中を軽く叩いてくれた。

 話してくれないと、解らない事もあるけど…これは別だよね? 彼女達からの私へ無言のメッセージ。それが解る事が……解る事が出来た事が、とても嬉しかった。

 

「…そろそろ境内…麻子、ほんとに大丈夫?」

 

「知らん。…やれるだけやる」

 

「もー!」

 

 思わず笑っちゃいそうな程に、いつも通りな二人…やっぱり仲良いよね。

 そんな二人を見て…ちょっとまた、こんな時なのに考えてしまう。

 うん…大洗学園に転校してきて…もうどれくらい経ったんだろって。

 全国戦車道大会前だから…ほんの数か月のはずなんだけど、随分と前からいるような感覚になってしまう。

 

 こんな友達が、できるなんて想像すらつかなかった。

 

 こんな日々は、私には無理だって…諦めていたのに。

 

 

 …。

 

 …

 

 諦めていた。私は諦めてしまっていた。

 

 友達…か。

 

 …エリカさん。

 

 そういえば…彼女だけ…だったな。

 

「…っ!」

 

 耳の奥に冷たい感触が刺す。それと同時に思い出す…言葉。

 

 

「西住 まほ」の妹。

 

 次期黒森峰隊長、有力候補。

 

 …西住流家元の娘。

 

 姉と競う…次期家元候補。

 

 レッテルだらけだった。

 

 私がお姉ちゃんの作戦の、小さな隙間に別の作戦を挟んだりしても、誰も何も言わなかった。

 本当は…規律違反で処罰される程の事なんだけど…誰も言わない。あのお姉ちゃんが、気が付かないはずないのに…黙っていた。

 後になれば分かってしまう事なのに…何も言わない、誰も言わない。

 

 好待遇、特別扱い、特権階級。

 

 だんだんと増えていく、レッテ…あはは…これは、陰口か。

 

 …。

 

『 だから!!! まずは、隊長に打診してからにしろって、毎回毎回言ってたでしょうが!! 後先考えないで行動に移すなバカ!!』

 

 うん…エリカさんだけだった。

 私に対して、遠慮なく言ってくれたのは…彼女のだけ。

 軽くげんこつとか…されて怒られた時もあったっけ…。

 

 それでも毎回…ちゃんと突然の私の作戦に付き合ってくれた。

 

 …まだ少し、髪が短かった彼女を思い出す。

 

「……」

 

 黒森峰の最後の日を思い出す。

 その短かった髪が、肩を隠す程に伸びた彼女を思い出す。

 私が、黒森峰から…に……逃げ出した…忘れたかった思い出。

 

『 アンタっ!! なんで残って、周りを見返してやろうと思わないの!? 』

 

 お母さんは、表情すら変えなかった。

 

『 このままじゃ、ただの負け犬よ!? 』

 

 お姉ちゃんは、少し悲しそうな顔をしてくれたけど…特に何も言わなかった。

 

『 こんな…こんな事くらいで、逃げるのっ!!?? 』

 

 唯一怒ったのは…怒ってくれたのは、彼女だけだったよ…。

 

『 目を…こっちを…ちゃんと私を見なさいっ!! 』

 

 …。

 

 ただ顔を隠して泣くだけの私に、彼女は…。

 

 …。

 ……。

 

 うん…話そう。

 

 エリちゃんと、しっかりと…話そう。

 

 今度は感情的にならないで…あの時の事も含めて話そう。

 

 唯一の…黒森峰の友達…だったと言っていいのかもしれない、彼女と。

 

「西住殿?」

 

 パツンと、両手で頬を挟む様に叩く。

 

「みぽりん?」

 

 …思ったより強くやっちゃった…。

 ヒリヒリ痛む頬を、思わず摩ってしまう程に痛い…。

 

「…」

 

 私は大洗学園が好き。

 だから、ちょっとした…浮気なのかもしれない。

 

 だから一瞬…想像しちゃったのが、ちょっと心苦しいな。

 

 もう少し私が強かったら…。

 

 もしあの時…私が、黒森峰に残っていたら…。

 

 …彼女の事をしっかりと見ていたら…って。

 

 隊長と副隊長。

 

 お姉ちゃんが引退した黒森峰を、彼女と…。

 

 そんな未来もあったかもしれない…。

 

 さっきみたいに、大声で言い合うって事が日常になっていたかも…。

 

 そう…思ってしまうと、少し顔が綻んでしま『 …そ…そうよっ!! だから何!? 悪い!? 悔しかったら、アンタもすればいいじゃない!! 』

 

「…………」

 

 

 …。

 

 ……。

 

 

「…沙織さん、ヘアゴムって持ってます?」

 

「え? あ…あるけど…」

 

「よかったら貸してもらえますか?」

 

「…あ…はい」

 

 

《 ………… 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

 

「…んっ」

 

 喉元を、冷たく苦いだけの液体が通り過ぎていく。

 誰もいないとはいえ、こういった休憩所に来るのは…本当に久しぶりね。

 ホント…こんな場所でゆっくりするのは…それこそ学生の頃以来。

 

 カコンと、小さな音が響く。

 

 空になった缶を、ゴミ箱に捨てた時に、漸く一心地付けた。

 今は缶コーヒー独特の、香りが少ない苦みしか口の中に残っていない。

 

 微糖にしとけばよかった…。

 

「…はっ」

 

 そんなどうでもいい感想と後悔。

 

 …なんてね。

 

 自身を笑う様な声が、自然に零れてしまう。

 そんなどうでも良い後悔では、こんな不安を塗りつぶす事なんて無理だった。

 

 怖い。

 

 怖くて仕方がない。

 

 そりゃ…私だってもう子供じゃない。

 綺麗事じゃない事も、世の中にはあるとは思っていた。

 思っていた…が、まさか自分自身が、その当事者になりそうになっている、その事実が…怖い。

 

 …今更過ぎる、今更な後悔。

 

 遠くから歓声が聞こえ、思わずそちらへと顔を上げた。…こんな学園艦の上だというのに聞こえる、熱狂的な声。

 砲撃と砲弾の音が、何度も聞こえると、彼女達をたたえる様に何度も、何度も…。

 

「……」

 

 生徒は誰もいない、大洗高校の小さな休憩所。

 

 自販機とベンチがあるだけの、そんな場所。

 

 居たたまれない。

 

 この場所にいる事が、どうしようもなく申し訳なく…。

 

 どうしようもなく…怖い。

 

「………」

 

 別に犯罪を犯した訳じゃない。

 

 今回、ただ…少し…汚れ仕事ってだけだ。

 

《 ワァァァァァ!! 》

 

 また聞こえて来る…丘からの歓声…。

 距離が在り、良く聞いていないと分らない程に小さく聞こえる…声。

 

「…………」

 

 胸が締め付けられる…。

 

 …。

 

 こ…。

 

 こういう時は、仕事!!

 

 そう仕事よ!!

 

 何も考えないで、ガンバッテ…。

 

 そうね。そうそう! 自分の仕事に集中すればいい。

 

 休憩所のベンチを立ち上がり、自分の仕事場へと勇んで向かう。

 そうよ。理想と現実のギャップ何て、社会に出てから嫌になるくらいに見て来た。

 それを今さら、何を迷うの。

 

 余計な事を考えなければいい。

 

 …ただ脚を進めれば良いのよ。

 

 局長だって、別段これは犯罪じゃないって言っていたじゃないの。

 

 大丈夫…うん。

 

 どうせ戻れば、否が応でもクタクタになるまで働くだけ。

 

 いつもの事…帰ってお酒飲んで…一日が終わるだけの…。

 

 だけの…。

 

 

 

 

 仕事…。

 

 

 ……。

 

 渡り廊下が作る、その木陰に差し当った時…。

 

 どうしようもなく…顔が熱くなって来た。

 

 なんで…。

 

 

 なんで…私、ここにいるんだろう…。

 

 道を示してくれた恩師の様になりたくて、教員免許を取ろうと思った。

 でも、私の性格上、教師になんて向いていない…そう、教育実習の時、思い知ってしまった。

 でも…それでも、子供達の為になりたくて…どうせならその恩師を超えたくて…がんばって…がんばって…がんばってガンバッテバンバッテ…。

 教師がダメでも…子供達の為に…そう思って、教師ではなく、この道に進んだというのに…。

 

 少し離れた場所から、こんな学校とは不釣り合いの声が聞こえてくる。

 仰々しい業者の方達を遠目に見て…もう一度思う。

 

 何故、私は…こんな場所にいるんだろう…。

 

 …。

 

 初め…局長が言った事は、ただの趣味の悪い…何時もの冗談だと思っていた。

 

 もう一人の尊敬に値する人の、知らない面をこの一月で…嫌という程。見せられた気がする。

 

 約束は約束。

 

 そう言ったのに…。

 

 一回は仕事だと、無理やり自分を納得させるしかなかった。

 

 この学校の様子が、どんどん変わっていく。

 

 まるで差し押さえられた様に、各入り口に張られていく黄色い線。

 

 健気に…必死でがんばった…あの子達をあざ笑う様に…本当に…本当に、ただ現実になっていく。

 

 無くなる現実に。

 

 …。

 

 ………。

 

 私は、手を握り絞めるしかない。

 

 …こんな残酷な事に一旦に…加担してしまっている。

 

 その現実にも…

 

 

 

『 でも僕は、今回ばかりは仕方ないと思うんですよねぇ~ 』

 

 

 っっ!!!

 

 先程までいた休憩所から、突然耳障りな声が聞こえた。

 

『 随分と都合が良い話じゃありませんか? 』

 

 西住 歩と、局長の声…。

 

 あの男…接待かなにかと、あの会場より何処か行ったはず…なんでこの場所に?

 それと、局長は戻ってきた戦車を、差し押さえする為にって…戦車倉庫に向かったはずじゃ?

 二人の声に驚き、思わず校舎影に隠れてしまった…。

 

『 まぁ? 僕は家元と違って、臨機応変に柔軟に対処できますからねぇ…だから今回は大目に見ますよ 』

 

 ガタン…と、自販機から物が落ちる、独特な音がした。

 そしてもう一つ、ガタンとした音…。

 

『 貴方も、そういった物を購入するのですねェ…、あぁどうも 』

『 まぁ、この炎天下じゃ贅沢は言ってられませんよ 』

 

 …。

 

 缶を開封する音がすると同時に、ベンチの足が地面を少し擦った音。…腰掛けたようだ。

 

 …って! …私、何を盗み聞きしてるの…。

 

『 随分と機嫌良さそうですねぇ…面会は、うまく行ったようですね 』

『 えっ? そうですね。僕の話に気持ち良く食いついてくれましたよ、あの髭 』

『 あの髭…ねぇ 』

 

 …髭?

 あの男が会っていた人だろうけど…髭…。

 盗み聞きは趣味が悪すぎるけど、止める為にどこかに行く…という選択肢は端から浮かばなかった。

 

 …この男もそうだけど、局長もそうだ。

 不審…その言葉しか浮かばない。

 

『 あぁそうそう、先ほどの話ですが、今行われいる試合での勝敗が非常に重要なんですよねぇ~ 』

『 勝敗が重要…。それはそうと、こんな場所で話して大丈夫なんですか? 』

『 構いませんよ。別に聞かれても困る話じゃないですしねぇ。あくまで僕の希望…的な話ですから。聞かれた所で、困る事じゃない 』

 

 壁に背中を付け、彼らからすれば陰になって見えないだろうけど…隠れる事に集中し始めてしまった。

 …もうこうなったら…毒を食らうなら、皿まで…よね。

 

『 そんな訳で…今回の試合、大洗には負けて貰わないと困るんですよ 』

『 ふむ…それですと、彼女を家元にしたいという貴方の思惑から外れるのでは? 』

『 西住流は常勝しなくてはならない。でもそれはケースバイケース。今回、公式じゃありませんし、僕は僕の為になるのでしたらなんでもいい。ですからこの試合は僕の為には重要なんです 』

『 こんなただの、バカ騒ぎの試合ですのに? そんな重要な試合だとは思えませんが… 』

 

 …。

 

 最後の思い出に、黙っててあげますよ…とか…嬉しそうに言っていたのに、バカ騒ぎの試合って…。

 

『 電話口でも言いましたよねぇ~~? 今回は、彼女を崩すのに打って付けなタイミングなんですよ 』

『 ふむ? 確かにこのタイミグ好ましい様な事を言ってしたが… 』

『 廃校確定の話。それが大前提。…ってな感じですねぇ~ 』

『 …まぁそれは良いとして…今回、彼女達が負けるとは限りませんよね? 』

『 負けますよ 』

『 その確信の理由は? 』

 

 …何をあの男は言って…

 

『 彼女のⅣ号戦車ってね? ギア周りに難点が、多々あるんですよねぇ~ 』

『 ……… 』

『 故障が多いんです。聞いた事ありません? 』

『 ま。私はあいにく、戦車には疎く…まぁ? 西住の方が言うのでしたら、その通りなんでしょう 』

『 そうですよぉ 』

 

 …。

 

 ………。

 

 確かにこの学校…余りそちら方面の設備が無いけど…この男…まさか…。

 

『 まぁ? その後は此方でしますんで、ご心配なく。ご迷惑はかけませんよ 』

『 それだけで、あの髭…失礼。あの大先生様が良く納得しましたね。うまく行くとは思えませんが… 』

『 あの髭、昔から…それこそ若い頃から、家元にご執心でしてねぇ~。昔、セクハラ紛いの事をしようとして? 指へし折られたんですよね? 』

『 いきなりなんですか? …まぁ、それは有名な話ですね。…あの家元、若い頃から過激だったようですね 』

『 それで益々ご執心になった話ですよねぇ~どうやら屈服させたくて仕方ないみたいじゃないですかぁ 』

『 まぁ、その事件が切っ掛けで、戦車道界隈のそちら方面が、大分クリーンになりましたけどね。島田流家元と根絶を今現在も目指しているようですね 』

 

『 それを餌にしました♪ 』

 

『 …はい? 』

『 古き良き時代ってのを、復活させようって話ですよぉ~。僕の計画がうまく行けば、戦車道界を、また男がしっかりと運営管理できる時代到来って訳です。あぁ選手から、何もかもね 』

『 その為に彼女を家元にすると? 飛躍しすぎでは? それでよく、あの疑り深いあの男を納得させられましたね 』

『 あぁ、あの手の男はね? 身内を差し出すと、結構信頼してくれるもんなんですよ 』

『 身内を…差し出す? 』

『 まぁ? コレは貴方お得意の「口約束」ってだけですけどねぇ~ 』

『 …… 』

『 学生だから許されてますけどね? 島田の男との婚姻なんて、家の老害共が黙って許すハズないでしょ? 』

『 あぁ…彼ですか。あのお家の娘とですと、まだ高校生だというのに、そう言った話も現実性を帯びてしまうのが…少々気の毒ですね 』

 

 …思ってもいない事を…。

 

『 それなりの年齢の男は、そんなに西住には、いませんからねぇ~……僕に話が来ています 』

『 言い切りましたね 』

『 えぇ、簡単だったしね 』

『 ……簡単()()()…ですか 』

『 だから……今回はその為に、身内になる…いえ、彼女に「何でも言う事聞かせる理由」ってのを、今回作るって話をしたら納得して頂きました 』

 

 …。

 

『 家元との親子関係を鑑みれば、大いに食いついてきました。弱みが無ければ作ればいい。ビジネスにて、ライバル会社を負かす定番ですよねぇ~ 』

『 深くは聞きたくありませんが…まぁ…成程 』

『 性格上、その後の彼女の舵取りは、簡単でしょうし? 後は…プロリーグへの先人として、学生デビューでもさせれば良い 』

『 …話題性も凄そうですね 』

 

 …き…聞くに堪えなくなってきた…。

 あの男…。

 

『 確かに現在、利権争いに躍起なお偉方は、廃校後の彼女を、どう確保するかを必死になって模索していますからね 』

『 ね? その彼女が、自ら…ネギしょってやって来るんですから、食いつくはずでしょ? 』

『 でも良いのですか? 』

『 はい? 』

『 貴方の言い分ですと、妻になるはずの女性に…ですよ? 』

 

『 だ か ら ? 』

 

『 ……… 』

 

 一人の女の子…女性を商品としてしか見ていない…。

 

 辻局長は…そんな男に対して何も言わない。

 

 …。

 

 

『 では…貴方のメリットって、なんでしょう? 貴方は家元の夫になる。そんな事が目的じゃないでしょう? 』

『 … 』

『 西住さん? 』

『 辻局長…僕はね? お金が大好きなんですよ 』

『 …はい? 』

『 あぁ、別に金自体って訳じゃないですよ? お金は力です 』

『 今までの話じゃ…確かにあの髭先生から、いくらかは融通してもらえるでしょうが… 』

『 面白い冗談ですね! そんな、はした金じゃ勿論ないですよ! 』

『 では…? 』

『 古今東西、どの時代も、何が原因で、何の商売が一番儲かったと思いますか? 』

『 ……貴方 』

『 はい、ワカリマスヨネ? それは戦争…武器商人ですよ 』

『 …… 』

 

 携帯を取り出して、見慣れた番号画面にへと携帯を操作する。

 

 そして思う…思い出す。

 

 一人ではしゃいでいる、いい歳の男の声が聞こえてくる。

 

 戦車道…ね。

 

 …尊敬した恩師は、経験者だった。

 この件が無ければ、昔から余り興味はなかったので、その時は詳しく聞かなかった。

 そんな事を、今になって思い出すなんてね。

 私も…あの子達に感化されてでもいるのかしらね…。

 

『 戦車道 』

 

 そのままその場を、バレない様にゆっくりと離れる…それでも、馬鹿みたいに大声で話している為、嫌でも聞こえて来る。

 そして、妙に心に…そして耳に残っている言葉を思い出した。

 

『 人殺しの道具で、戦争の真似事をしている馬鹿な女共と、それに群がる連中…それに対して売ってやるって、話ですよぉ 』

『 …戦車道連盟が、現在そちらを管理しているではないですか。運営、管理、販売権の全てを 』

 

 

『 武器は、兵器だけじゃないでしょぉ? 』

 

 

 最後に聞いた言葉に、それに付き合う辻局長にも…これで踏ん切りが付ける事ができた…。

 何より…その言葉が信じられなかった。

 どの道を通ったかも覚えていない…。すれ違う人もいない校庭を通り、離れ…校門の前付近になって、漸く画面の発信を押すことができた。

 

『 はい 』

 

 数コールの後、数回聞いただけの声が、耳元に聞こえた。

 たまには此方から仕掛けてみる…か? もし聞かれたとしても、それがフェイクにもなるだろうし。

 

 ま…もう、この学校には私達以外、誰もいないけどね…。

 

「…あ、誰か解る? 適齢期にリーチを掛けている、お姉ちゃんですよぉ?」

 

『 ………該当する方が複数いまして、特定できません。後、当店は泥酔された方はお断りしておりまして… 』

 

 あ~ら、相変わらず小生意気…。私に対して、こう冗談めかして挑発してくる人間って少ないのよね。

 見た目から舐められたくなかったら…出来るだけ威嚇して人と接してきたから…ね。

 2度目以降…何時までも態度を変えない人間は、正直珍しい…。

 

 でも…可愛くないわ。

 

「…手短に言う。家元に会わせて」

 

『 はい…? 』

 

 先程の聞いた内容。

 

 …数日前に、彼から突然電話が来た時の事を思い出す。

 

 初めは鼻で笑って終わりだった。

 

 少し同情もしていたといのもあり、今回だけなら聞かなかった事にしてあげると電話を切った。

 

 …やはり、私も感化されている。

 

 …大洗が初戦を突破した時だったな。

 

 すぐに負けると思って、観戦していたから…特に印象に残っている。

 

 …。

 

 最後…サンダースの娘が言ってたわよね…。

 

 戦車道は戦争じゃない…だっけ。

 

 …ある意味で戦車道の…道としての根本。

 

 その言葉を…よりにもよって、あの立場の人間が否定した。

 

 暗に戦車道は戦争だと…はっきり断言した。

 

 ……胸糞悪い。

 

 だから、あのふざけた話の返事を…してあげる。

 

 

「貴方の話…乗るわ」

 

 

 




閲覧ありがとうございました。

本気の屑を書けたかどうか…まだヌルいだろうか…。

あ、はい。

PINK編の挿絵、2話分を先月更新してありますので、見てない方はどぞ~。

ありがとうございました


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【閑話】野郎達の挽歌 その1

…一話で終わらそうとしましたが無理でした。
はい、リク対応。


まとめ絵をpixivにまとめる様にしました。


「お~~が~~たぁ~~くぅぅーーーん」

 

 

 午前中だというのに、うだる程に熱い夏の日。

 エキシビジョン試合の前の、尾形にとって最後の休日だと言う事で、林田の提案により野郎だけで遊びに行くと言う事になった。

 というのも、俺は基本的に戦車道の夏の全国大会を、全て観戦してきた為に、ある意味で尾形頻繁に顔を合わせていた。

 しかし、林田は金銭面や例の家庭内事情により、夏休みだというのに、ずっとボッチで過ごして来たから、高校2年生の夏を最後くらい人と過ごしたいという。

 

 …この意見に対し…尾形は、非常に共感していた。

 

 よって、船の下にまで遊びに行こうという運びだ。

 車を…というか、2人乗りの軽トラだが、出してくれるというので、こうして尾形の家にまずは集合という事に…。

 初めて来た時、尾形の家は…なんちゅーか…酷く古風で、懐かしい感じがする家だなぁ…というのが、第一印象だったな。

 これで何度目かにはなるが、西住さんが一緒に住んでいるというのもある…正直、来辛い…。

 しかし…玄関前も全開で開けてある辺り、完全に田舎の家だよな…。というか、若い女の子がいるというのに、コレは危なくはないかと…ちょっと思う。

 まぁ、お陰でこうして、呼び鈴ではなく、林田は尾形本人を呼び出す為に、小学生辺りの…ガッコ行こ~~~! 的なノリで、少し間延びした大きな声で…。

 

 

「ナンパ行こぉぉ~~~!!」

 

 

 すっげぇ軽く、とんでもない呼び方を、友人とその彼女が住まう家に対して叫んだ…。

 

「……林田…おまえ…「 林田ぁ!!!! 」」

 

 真顔で言った辺り、確信犯だろうな…とか、思っていたら、家に入りすぐ横の襖から家主が俺の言葉を被せる程の即ご登場。

 いやぁ~…すげぇ勢いで、襖開けて来たな…。

 転がり出る様に出て来た家主に対して、親指立てて、今度はすげぇ良い顔で言った。

 

「尾形! ナンパ行こうぜっ!」

 

「行かねぇって言ってるだろ!! 野球しようぜ! みたく、軽く言うな!!」

 

 相変わらず、変な所でノリが良いな…尾形。

 まぁ…実際、コイツは気が付いてないだろうな…。ボッチ救済にマジになってる辺り、友達付き合いが良いというか…律義というか…。

 林田提案の元、行先は海…。大洗サンビーチ海水浴場…。

 

 野郎同士で海に行くと決定した時点で、林田の狙いは完全にナンパ目的だろうから、ある意味で嘘はついていないだろう…。

 

「お前…みほ達いたら、また面倒な事になってただろうがぁ…」

 

 頭を押さえて、肩で息をする尾形に対して…

 

「あぁ、さっき西住さん達とすれ違ったら大丈夫だ」

 

 …しれっと、林田は言い放った。

 

 林田の言葉に対して…確信犯か…とか、尾形が呟いたが、ここは黙っていようかね。

 尾形曰く、俺らと出かける事を西住さんに報告したようだ。それに対して男友達と遊びに出かける…という行為に対して、酷く喜んでいたらしく…逆に、その彼女の保護者目線の喜び方に対して、若干悲しかったらしい。

 ならば…と、彼女は彼女達、いつもの5人…プラス、西住さんのお姉さんとで、同じく女同士で遊びに行く…という事になったとの事。

 

「んぁ? 行先? 一応言っておいたけど…みほとまほちゃんが、少し驚いてたな」

 

「…あぁ…まぁそうだろうな。特にあの姉妹は知ってるだろうし…」

 

 

 …海に行く。

 

 最初、その行先に尾形は渋った。

 つるむ事は良しとしても、何故そこで渋るのか。…まぁ、尾形の体ならば、本人からすれば行きづらくなるのも解る。

 乙女の戦車道カード衣装選考会の時に少し見たが…あの体つきで、あの体の傷。

 まーー…目立つだろうなぁ…。

 

 しかし、少しずつそれも薄くなってきて、よく見なければ分からない程になってきたから大丈夫! …と、西住姉妹の後押しと共に渋々承諾してくれた。

 彼女は彼女なりに、尾形に男友達が出来ている…という、事が非常に喜ばしいらしく、野郎同士で遊びに行くという行為を特に押していた。完全に母親目線だな…。

 

 …。

 

「そういや、西住さん達は何処いったんだ?」

「知らん。そこは余り詮索するもんでもないだろ。というか、聞きづらい」

「………」

「中村?」

「なぁ尾形。お前は一応、行先報告したんだろ?」

「あぁ、別に黙っておく事でもないしな」

 

「……………」

 

「んじゃ、戸締り確認してくるから、先に車乗ってろ。あぁ…クリス用にエアコン付けとかんと…連れいけないのが口惜しい…」

「…犬馬鹿」

「うるせぇ林田」

 

「…」

 

 はぁ…まぁ…面倒くさい事になりそうだと思いながらも、こんなやり取りに付き合う辺り、オレも人の事は言えない。

 結局、オレも同じ穴のムジナ…戦車好きなお陰で友人はやはり少なく…野郎同士でつるむのが、やはりどこかで嬉しく…そして楽しかった。林田のある意味で向こう見ずな行動は、尾形やオレの様な、自分から「他人と一緒に遊ぶ」という事をしない人種にとっては何処かありがたい。

 それを尾形も解っているのだろうな、結局の所、林田に付き合ってしまう。

 誰に対しても尾形は何処か、他人行儀な喋り方をする。

 しかしこの少し乱暴な言い方をするのが、俺らにだけってのが、何気に結構…あぁ。気を許しているというのが分かり…少し嬉しく感じる。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 …。

 

 

 ………。

 

 尾形の軽トラに揺られ…いや、正確に言うと、我が高校自動車部によって完全に魔改造された装甲車に揺られて到着した、海水浴場。

 駐車場は、ほぼ満車…。一番外れだが、運良く止める事が出来たのが、信じられない位だ。

 男の水着なんぞ、殆どズボンと一緒だ。初めから着替えて来たのは正解だったな。流石に上は羽織ったが、ここまで特に問題はなかった。

 着替えやら何やらが入った荷物を肩に担ぎ、だらだらと歩いて到着したビーチは…。

 

「なんだ、この人込み…」

 

 お盆も過ぎ、人なんてそんなにいないだろう…と、踏んだのだけど…なんだ、この込み様は。

 海の家しかり、所々に設置されている屋台群…満員御礼だというのが、遠目に見ても分かる。

 人込みが嫌いな尾形は、すでに若干疲れた表情を浮かべている。その横の林田は、特に気するわけでもなく、その光景を見渡して…どこか嬉しそうだ…。

 

「なぁ、中村」

「なんだ尾形」

 

 開いていたスペースに、適当に荷物を置くと尾形が話しかけて来た。

 

 家族連れやらカップルやらが目の前を通り過ぎていく。少し遠くに海が見えるが…色とりどりのパラソルが並んで、良くある賑わいを見せている海水浴場。

 尾形は地味なサマーパーカーを羽織ったまま、その場にしゃがみ込んでしまった。

 

 まぁ言わんとしている事は、何となく分かる…。さっそくとばかりに、いつの間にかレンタルしてきたパラソルを、砂浜に刺している林田。

 そのままシートを敷いたり…明らかに野郎三人で来たとは思えない程の陣地を形成してく…。

 

 そんな林田を見て…。

 

「…林田…あいつ…さっき、マジでナンパするとか…言ってたのか?」

「この込み様見て、何も言わない辺り…そうかもしれん。すべて解っていて此処にお前…いや、俺達を誘ったのかもな…」

「……………勘弁してくれ…」

 

 尾形が本気で、項垂れた…。それはそうだろう…特に尾形の場合、これが発覚したら命に係わる。

 

「ふっ。今回、俺はマジだぜ!」

 

 林田は…それはもう…輝く笑顔だった。

 ここに陣を置き、通りすがる女性に片っ端から声かけようぜっ!! …と、作戦とも言えない作戦を口にした。

 

「んじゃぁ! さっそくレッツ! ナンパッ!!」

 

「「 嫌だ 」」

 

 俺と尾形の声がハモったな。

 

「え? なんで?」

 

「「素で返すな、素で」」

 

 俺と尾形の声が、またハモった。

 

「あのな…林田。前にも言ったが、そういうのは嫌いなんだ。後、一応…彼女持ちの俺が、ナンパなんぞすると思うか?」

 

 至極もっともな事を言ったな。

 

「それに今! …この大洗には…エキシビジョンマッチの関係で、俺の知っている高校の方々が多数いらっしゃってんだぞ?」

「そうだな。だから? え? なに、自慢?」

 

 …林田。

 

「み…見られてもしてみろ! 高確率で俺の命がなくなるだろうが!!」

 

 …あぁそうだな。

 そうなったらオレも、もう擁護なんぞできん。巻き添えにならない様に逃げるだけだ。

 

「もういいから…諦めて、中村と砂浜で追いかけっこでもしてこい」

 

 …なんだ、その地獄絵図。

 

「俺は巨乳の彼女が欲しい!!」

 

「「 突然、何言ってんだ 」」

 

 

 相変わらず、人の話を聞かない奴だな。

 

「高校二年は…本当なら青春の黄金期なんだ…俺だけ…俺だけ…」

 

 いや、オレも今は、彼女いないぞ?

 

「船底に付き合ってやっただろ?」

 

「…ぐっ!!」

 

 あ。

 

 例の園さんの時の事を出したな。

 

「本来なら、こんな事を言いたくはないがな? …でもさ…俺の用にも、付き合ってくれても良いじゃねぇか…」

「…ぎっ!!」

 

 あー…。

 まずいな。これは尾形には有効だ。

 尾形に対して、こういった軽い脅迫地味た事を言う辺り…林田…今回本気か…。

 

「だ…だめだ! 他の事にしろっ!」

 

 あ、踏みとどまった。

 

「んじゃ、いるだけ」

「は?」

 

 …林田。

 

「着いて来てくれるだけでいい」

「……」

「喋んなくても、話しかけないでも…何もしなくていい」

「……」

「それならいいだろ?」

「ぬっ…んん~…」

 

 あぁ~…。

 

「そうそう大丈夫! お前と中村は、俺の後ろにいるだけ! …で、いいんだよぉ」

「………」

「こういった所だと、相手もグループの場合が多そうだろ? 頭数揃えた方が、成功率が良いんだよっ!! …って、ネットに書いてあった」

 

 妥協案を提出した。

 林田…なりふり構ってねぇ…というか、ネットの情報鵜呑みにすんなよ…。

 尾形も無駄に義理堅いから、マジで悩んでるな…頭激しく掻きだした…あぁ…もう、こりゃだめか?

 

「それに最終的に、俺が言えば、お前らその場で解放…ならいいだろ!?」

「……」

 

 腕を組み、しばらく悩んだ末…出した尾形は…。

 

 

 …

 

 ………

 

 

「良いのか? 尾形」

「中村…しょうがないだろ…はぁ~~…まぁそれに? 俺がいたら逆に上手く行くものも、いかないとも思うしな」

「…言ってて悲しくならんか?」

「…なる」

 

 まったく…こりゃオレも付き合う流れになってるじゃねぇか…。

 悩んだ末に出した結論は、本当に後ろでマネキンになっていると言う事だけ。俺もそうだが、渋々その条件で承諾をした。

 その…了承とも取れる発言に、林田がはしゃいでいる…。それ…ナンパするのと一緒だぞ? と、敢えては口にしなかった。余計にこんがらがるだけだしな。

 海に来て、海に入らず何やってんだろうな…と、嘆いているが…こういった所を西住さんではなく、こちらを取るのが尾形らしいというか何というか…。

 

「後、そうそう、林田。一番の重要案件だ」

「なんだっ!? なんでも言え!!」

 

「もしも…()()()にバレたら、体張って…いや、命を賭して誤解を解けよ?」

 

「………」

 

「そこで黙るなよっ!!」

 

「んじゃさっそく行ってくるわっ!! そこのおねぇ~~さ~~ん」

 

「返事っ!! 返事寄越せ!!」

 

 …。

 

 …まぁ…コレも野郎同士で可能な事…なんだろう。

 尾形の了承を取った後…即座に駆け出した林田を、追いかけていく尾形。

 お前らが気色悪い追いかけっこしてるじゃねぇか。

 

 はぁ…。まぁ…コレも夏の思い出とやらになるのかね…?

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「お姉さん達こんにちは~!」

 

 

 俺の一番の重要案件を無視し、さっそくとばかりに、さっさと道行く人に声を掛けた始めた林田。

 ある意味で、良くそんなに知らない女性達に軽々しく声を掛けれるもんだと、関心する。

 まだ午前中だというのに、すでに砂浜は熱く、素足で移動も難しいというのに、この俊敏さ…。

 通りがかった女性に行き成り突撃を掛けていた。

 

 まぁ…万が一でも成功する可能性は少ないと、徐々に実感し始めるのだけどな…。

 林田に声を掛けられる女性達は、一様に一瞬顔をしかめる。…まぁほぼ無視だけどな。当然だろう…こんなところにまで来て、あからさまにナンパだと解る声かけに応じるとかありえん。

 友人たちと遊びに来ていそうな方々は、邪魔をされて気分を害したと…そんな感じ。

 ただ無視をしなかった、女性達の反応は、ほぼ一律してこうだ。

 

 顔をしかめる。林田よりも後ろの中村を見て、一瞬目を見開き…迷うような感じを見せ…俺を見て、「ひっ」…と怯えた声を漏らす…。

 まぁ…終始、眉間に力を入れていたからな…。それで大体、愛想笑いをして、逃げる様に立ち去っていく。

 

 …。

 

 それはいい…。

 それはいいんだけど…皆一様に、ハイエースされるとか、訳の分からない言葉を呟いているのが、非常に心に刺さる…。

 そして今更気が付いたんだけど…これって、傍目から見ると、俺もナンパしている様に見えないか…?

 しかし…めげねぇな、林田…。

 何度も羽虫を追い払われるが如く拒否されているというのに、また道行く女性達へと突貫している…というか、いい加減疲れて来た…。

 海に来て、海も入らず、なにしてんだ…俺達は。

 

 …。

 

 はぁ…いい加減、やめよう…一日こんな事をしていたら、無駄に日焼けして終わりだ…。

 パタパタと走り回っている林田に、声を掛けようとしたら…もうすでに次の女性にへと声を…あ。

 

「…はい?」

 

 林田に声を掛けられた3人の女性は、律義に脚を止めて、あの馬鹿へと顔を向けていた。

 …少し戸惑っている様にも見えるが…ま…まぁ、それはソレで…良いのだけど…さっさと終わるし…ただ今回は違った…。

 突然現れた俺に対して、一瞬たじろいだとも思ったが…すぐにその顔が変わったが…。

 

 …。

 

 マジデスカ。

 

「は…林田、やめろ」

「なんだよ、まだ挨拶しかしてねぞ?」

「…知り合いだ」

「…は?」

 

 黒いワンピースタイプの水着の女性と、水玉の控え目な水着の女性。

 こちらの二人は、名前こそ知らないが、ある意味では知り合い…。

 そして、もう一人…。

 

 ウェーブが少し掛かった、癖毛。赤の布地に、白い水玉の水着を着た…女性。

 

「あら、害…いえ、尾形さん」

 

 あ…赤星さん…。

 

「こ…こんにちは」

 

「はい、こんにちは」

 

 明るい笑顔で返してくれるのが…逆に…。

 

「えっ!? なに!? 尾形の知り合い!?」

「(何嬉しそうに言ってやがる! 流石に言い逃れできんし、下手したらみほにバレる! 終いだ、終い!!)」

「えっと、僕ぅ! 尾形の友人でぇ~!」

「(止めんかっ!!)」

 

 林田は、俺の静止を聞かず、少し話した事がある程度…の、知り合い2人と、がっつり話した事のあるもう一人に対し、気持ちの悪い程、愛想よく話しかけ始めた。

 

 こいつ…慣れやがった…。

 

 いいかげん、そこまで躊躇せず話しかけられるなら、一人でやれよ!!

 女性二人は、林田の陰から、頭だけ少し伸ばし、俺を視界に入れて来た。

 

 そして一言。

 

「あ、西住キラーの人」

 

「隊長と副隊長に、二股掛けてる人」

 

 

 ………。

 

 あ…頭痛てぇ…。

 

 一泊した黒森峰で、散々質問攻めをしてきた二人だった…。

 だから名前は知らなくても、顔だけはしっかりと覚えている。…とは言え、彼女達も事情を既に知ってはいるので、あくまでからかい半分で、俺を不本意な名前で呼ぶんだけどもね…。

 そんな彼女達は、黒森峰らしく…やはり体をかなり鍛えてはいるのだろう。

 引き締まった体は、出るところを強く強調した体つきで…林田のテンションが爆上がりだった…。

 

「尾形さん」

「は…はい?」

 

 余計な事を言わないか、ハラハラし始めた所…即座に息の根と一緒に止めるか、本気で悩み始めた所…赤星さんが俺のパーカーの裾を軽く引いて声をかけて来た。

 

「尾形さん遊びに来てたんですね。あの…みほさんは…」

「あ…はい。今回、俺の友人だけで…ですけど。みほは、みほの友人と何処か出掛けていきました」

「あら、そうですかぁ…」

 

 ん? ちょっと、表情が曇ったな。

 まぁ…昔からの友人らしいし、会いたかったのだろう。

 

「も…って事は、赤星さんも遊びに来たんですね」

「え? はい。せっかく停泊してますし…稀な休日ですからね。たまには浜を素足で歩きたくて」

「な…なるほど…」

 

 完全な社交辞令というか…世間話だ…。よし…よし…これでいい。

 後は不自然ではない程度に、林田が余計な事を言う前に…さっさと離れよう!

 林田は林田で、一生懸命、女性と二人に話しかけてはいるが…脈はなさそうだ。あからさまに引きつった笑いをしてる。

 

 …ん?

 

 あれ? …そういえば、中村がいない。

 一緒についてきてはくれなかったのか? 先ほど居た場所を見てみると…中村が手を…いや、腕を振っていた。

 声に出さないで、口を大きく開き…なんだ?

 

 に…?

 

 げ…?

 

 …なんだ? 何を口をパクパクさせている。

 

 

「何やってんのよ、隆史」

 

 

「  」

 

 …。

 

 

 ………。

 

 口から心臓が出そう。

 そんな驚いた時の例えが、恐ろしくしっくりくる様な…心臓の跳ね方したぞ、今…。

 はい…突然、後ろから聞こえて来た声は、非常に聞き覚えがある声でした。

 ギリギリと音が出る程に…ゆっくりと振り向くと…。

 

「あ…いや、たまたま?」

 

 見慣れた顔の方がいらっしゃいました…。

 黙っていると、また何か言われそうだったので…強引にそんな言葉を喉から絞り出した。

 

「…は? ま…まぁ良いけど。き…奇遇ね」

 

 こんな場所特有のカラーをしている、少し大きめの紙コップ…。

 それを持った、エリカが立っていました…。

 

「こ…こんにちは、エリリン」

 

「その呼び方、止めるんじゃなかったの? …なんか、怪しいわね」

 

 外側と紐のみが赤で、布地が黒一色のビキニタイプ…。

 腰にパレオを巻いている。…いやぁ…初めて見たな…彼女の水着というのは…フリフリは付いてないが…。

 

「な…何を見てんのよ」

 

 じっ…と、見ていると、持っていた紙コップから伸びているストローに口を付け、横目になりながらもそれを啜りだした…。

 

「…な…なに?」

 

 余り凝視するのも失礼かとも思いましたので、少し顔を逸らしマシタ。

 

 い…いかん…。

 

 ここの所…昔みたく、同年代を高校生…子供だという様な認識が、露骨に薄れて来たので意識をしてしまう。

 それは、誰に対してもそうで…多分、青森にいた時とは違い…例えば、カチューシャやダージリン達に対しても、今なら女性として完全に見てしまいそうだった。

 偶然出会ったりしてしまえば、それを嫌でも感じてしまいそうで…俺の体とは別に、それを認識したくなくて、海に来たくなかったのに…。

 

 何時もだったら…例えば、目の前のエリカに対して、エリリン、フリフリじゃない。…とか、ふざけながらもリクエストできそうなのに…いやもう…無理。

 普通に見てしまいます…。

 

「エリカさん」

 

「ん? あぁ、待たせて悪かったわね赤星。はぁ~…ダメね。ここまで込んでると、飲み物一つ買うのに時間が掛かっちゃうわ」

 

「あはは。そうですね…エキシビジョンが近いですから…集客も凄いでしょうし」

 

「はっ! 優勝校様のお膝元での試合でしょうしね」

 

「またぁ…そんな嫌味を」

 

「事実でしょ? ね? 優勝校様?」

 

 エリカさん…睨まないで下さい。俺の困った表情に満足したのか…エリカはまた、ストローに口を付けた。

 しかしまぁ…エキシビジョンでの集客…ね。泊り客もいる為か、だからこんなに人がいるのか…。

 まぁ…学園艦も何船か止まってるし、そこからの人もいるのかね。

 

「…なんか言いなさいよ」

 

 黙り込んでしまった俺に対し、顔を少し顎を上げ…横目で何かを待っているかの様に見てくる。

 何処かしら頬を赤らめてながらする、その仕草が、少し拗ねた子供みたくもあり…変に可愛らしく思えるのもあり…。

 あ。完全に顔を逸らしてしまった。

 

「(尾形さん、尾形さん)」

「(え、あ、はい?)」

 

 目線を逸らした先に林田が……って、一方的にしゃべってるけど…それじゃ、多分…ダメだと思うぞ?

 …っと、んな事はどうでもいい。赤星さんが内緒話をするかの様に耳元で小声で話しかけて来た。

 

「(こういう時は、ちゃんと感想を言わないとっ! 褒めてっ! 褒めてください!)」

「(はい? 何が…って、感想?)」

「(水着っ! 水着姿をですっ! この基本的に、全方向攻撃型のエリカさんが、稀に見せているデレって奴ですよ!?)」

「(……たまにキツイよね…赤星さん)」

 

 確かに今やエリリンは、こちらを完全に見なくなり、目を伏せてツーンって感じで斜め上に顎をお向けになっておられる…。

 水着の感想…褒める…。

 あ…いや、そう言うモノなんだろうか…。いや…しかし、まずいな…これは未体験だ…。

 

「(ほらっ! エリカさん、完全に尾形さんの言葉を待ってますよ!?)」

 

 褒める…褒める…う~~ん…。

 

 ここは赤星さんに従った方が吉だろうけど…。

 

「えっと…エリカ?」

 

「な…なによ」

 

 …。

 

 話しかけられるのを待っていたごとく、薄く目を開け…顎を下げ…。

 

 …。

 

 そしてなぜか、上目使い…。

 

 …。

 

「……」

 

 ……あかん…一瞬、ドキッとしてしまった…。

 

「だから…なによ」

 

 なにを言うのが正解なんだっ!?

 すでに林田を既にガン無視で、何故か微笑ましく見ている二人! と…同じ笑顔なんだけど…何故か邪悪という二文字が思い浮かぶ笑顔の赤星さん…。

 軽く腕を組んで、更に見上げて…といいますか、完全に俺の言葉待ちの表情のエリリン…。

 

「えーー…と、エリカ」

 

「…なに?」

 

 えっとっ!! 褒めるっ!! 褒めるっ!?

 

 …よ…よしっ!

 

 頭ン中ごっちゃになって、何をどう言や良いか、やっぱり分からんがっ!

 

「エリちゃん」

 

 …この場は素直に感想を述べた方が良いだろう…。

 

「…な…に、よ…急に昔の呼び方で…」

 

 昔の呼び方をした事に、少し戸惑った表情で返してきたけど…って…なんか、すげぇ期待したような顔…。、

 肩に手を置き…俺は、俺にできる出来る限りの、輝く笑顔で…。

 

 

「大人になったねっ!」

 

 

 正直に述べた。

 

 

「赤星。そこら辺に…釘バット落ちてない?」

 

「…はぁ…」

 

 あ…あれっ!?

 

 赤星さんが思いっきりため息吐いた!?あ

 

「い…言うに事欠いてぇぇ……何処を見て言ってんのよ!!」

 

「ぜっ…全体的にっ! 全体的だよ!?」

 

 あ、いかん。…こりゃ選択を誤った!!

 完全に怒っちゃった!? 貴女結構、すげぇプロポーションしてるの気づいてますか!? だから素直に…

 

「あーはいはい! どうせ、西住隊長に比べれば、私は貧相よっ!! 悪かったわね!!」

「まっ…まほちゃん!? …は…今、関係ない…よね?」

 

 …そういや、まほちゃんの水着姿って…カード以外でなら、小学生の時以来見てないな…。

 

「……」

「エ…エリリンさん?」

「今、一瞬、頭ン中で比べたわよね?」

「滅相もございませんっ!!」

 

 た…助けっ!! 助けて赤星さん!? 胸倉っ! 胸倉掴まれちゃってます!!

 

「そもそも!! …隆史。アンタ、こんな所で何やってんのよ。偶然にしちゃ…」

「いや!? その!! 林田…アレ! アレと…ほらっ! 野郎同士で遊びに…」

「……ハヤシダ?」

 

 俺の言葉で、視線を俺から林田に向けた……って、お前、なに敬礼してんだよ…。

 あ、お前既にこの場の力関係理解して、逃げる準備してやがるなっ!?

 

「……ねぇ、そこの変態」

「ハッ!! お呼びでしょうか!?」

 

 ……林田。

 

「私の質問に答えなさい」

 

「麗しい! 彼女達とお茶をしたく! 声を掛けさせて頂きました!!」

 

「 」

 

 ばっっっ!!! おまっっ!!!!

 

「…お茶? こんな場所で? どういう事? 端的に、分かりやすく、一言で………吐け」

 

「 ナ ン パ し て ま し た ! ! 」

 

「   」

 

 

 死が……確定した。

 

 林田っ!! 躊躇もしないで、あっさりと吐きやがった!!

 ナンパなんてしてな…あ! いや…近くにいるって約束したから、今回まったくの無関係だと、言い訳できねぇ!!

 しかし、言い訳っ! せめて言い訳を!!

 

「………」

 

 近い…

 

 近い近い近い近い!!!

 

 胸倉を手前に一気に引き寄せて、鼻が当たる程の距離でガン見っ!!

 

 顔が近くて恥ずかしいとか、そんな感情すら湧かないっ!! エリリン、目のハイライトさんがいないですよ!?

 

 

「……………」

 

「」

 

「……………」

 

「なんか喋ってっ!!」

 

 過去これ以上見た事ない程に、目を見開いて、すっげぇ近づいて来たっ!!

 痛くないのでしょうかっ!!

 

「林田! てめぇワザと言ってるだろっっ!!!」

「俺は西住さんにバレたら時は、庇うって話はしたが、その他の方は例外だよねっ!」

「今ッ!!! その誤解を生むような発言をするなっ!!! その言葉も完全にワザとだろっ!! 俺はお前に…「 オイ、タカシ 」」

 

 は…はい。

 

「今、私と話してるわよね?」

「…なんで笑顔なんですか…」

「……みほは、この際どうでも良いけど…ナンパ? ハ? ドウイウコトカシラ? …ナンパ?」

「あ…いえ、そこのバカがどうしても彼女が欲しいからって…一応借りもありましたので…仕方なくですね!? たまたま偶然、あの糞が声かけたのが赤星さん達だったって話です!! 俺は全然、そんなつもりなんてありませんから!!」

 

「 長い。一文字にまとめなさい 」

 

「一文字っ!? って、痛っっ」

 

 突然…エリカが持っていた飲み物を…というか、そこに突き刺さったままのストローを口に強引に突きさして来た。

 

「お茶? お茶だったわよねぇぇ…。ほぉぉぉらぁ…お望み通り、お茶をくれてやるわぁぁ…」

 

「喉っ!! 喉にあふぁるっ!!」

 

 歯でストローを噛んで防御…する事もできずに、コップの底に手を当てて、押し付けて来てるしっ!!

 いつの間にか周りにギャラリーもできて、痴話げんかだの何だの聞こえて来てるってマジで痛いっっ!!!

 

「ほらほらぁ~ウレシイデショウォォォ? 紙コップさら綺麗に平らげればぁぁぁ……ぁぁ…」

 

 ここから…久しぶりにエリカの笑顔が見れましたが…全然嬉しくねぇ…。

 

「まっぶっ!? 痛い痛い痛いっ!! 笑顔で言わないでく…っったぁああ!」

 

「ほぉぉぉぉらぁぁ!!!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「…っったくっ!!! 本気で死ねば良いのに!!」

 

「あはは…それでも、しっかり許して上げましたね…」

 

「あぁっ!? ……まぁ、どうせ他の変態に乗せられてした事でしょうよ!!」

 

「なんだ、ちゃんと信じてるじゃないですか。その調子デスヨォ?」

 

「信じてる!? そんなんじゃないわよ!! …ったく…それに赤星…貴女たまに目が怖いわよ…」

 

「気のせいです」

 

「…まぁいいけど…」

 

「………」

 

「………」ジー……

 

「………」

 

「………」ズッ…

 

「ストロ…あ、飲んだ。……副隊長」

 

「な…なによ」ズズッ…

 

「……副隊長。あ、また飲んだ」

 

「だからなによ。交互で呼ばな……」

 

「「 結局、ソレで飲むんですね 」」

 

「……っっ!!?? べ…別にこんなの、気にする歳でもないでしょ!?」

 

「「 ……… 」」

 

「ニ……ニヤニヤするなぁっ!!」

 

「「 ……… 」」

 

「なに微笑ましい顔してるのよっっ!!!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……人の頭って、掴んで引きずれるんだな…」

 

 まぁ…分からんでもない…。

 せっかく「 に げ ろ 」…と、口パクで教えてやったんだが…まぁ、わからなかったようだ。

 散々逸見選手になじられた後…漸く解放された尾形が、林田の頭を鷲掴みにして引きずりながら帰ってきた…。

 尾形達…いや、尾形が解放されたのは…結構速かったな。

 逸見選手が、尾形の口にストローぶっさした後、すぐに踵を返して無言で去って行ってしまった。

 ま…まぁ、終始ゴミを見る目で見てたけど…。逸見選手…ありゃ完全に…アッチの感情で怒っていたよな…。他の選手達が随分と微笑ましい顔でいたのが…何となく理解できなくもない。

 

 …さて。

 

「ひ…久しぶりに、本気で殺意が湧いた…」

「…まぁ尾形の気持ちは分かるが…」

 

 そんな林田は、頭を掴まれているというのに…腕を組んで海の方向を向いている…たくましいというか、なんというか…。

 

「…っと、尾形。まだ顔青いが…逸見選手…そんなに怖かったのか…」

「怖かったという部分は否定はしないが…まぁ、ここん所、寝不足気味でな…この日差しは、少しきつい」

 

 恐ろしほど、自分の影が濃くなるような日差しだしな。普通に辛いよな。

 あぁ…まぁカード衣装選考会の時もそうだったけど…こいつ、オーバーワークを無意識にしすぎだよな…まぁ、それだけの理由だけじゃないだろうが。

 アレから碌に寝ていないのか…? なんだかんだ、この時間を取るのも、結構苦労したとか言ってたしな。

 

 林田は林田で、俺らの前を通り過ぎていく人…まぁ、主に女性を凝視してるが…なにを…?

 

 …。

 

 あぁ…胸を見てるのか…。

 

「おっ! …ぉ…ぉぉ…はぁ…」

「お前…通行人見て、ため息吐くなよ……失礼極まりないぞ? どうした?」

「いやぁ…すっげぇ美人いたと思ったんだけどなぁ…」

「あ? …あぁ…あの黒髪の女性か?」

 

「胸が惜しい」

 

「……お前」

「あとなぁ、さすがに子連れに声かけるのはなぁ~…まぁ尾形なら喜んで行ってくれそうだけど」

「……林田…本気でこのまま頭部、握り潰していいか?」

 

 頭を掴まれたまま…めちゃくちゃ普通に話すコイツが、逆にスゲェ奴なんじゃないかと感じて来たな…。

 その落胆した視線の先…黒く艶光する、長い髪をまとめたスレンダーな女性が、子供と遊んでいた。

 大人しめの、少し柄が入ったワンピースタイプの水着だな…あ~…ありゃ尾形が好きそうな…タイプだなぁ。

 すっごい優しい笑顔で、ビーチボールを投げ合っている。

 

「すげぇ微笑ましい光景だよな…。お前、その女性の胸しか見てねぇとか…自分に正直すぎるだろ」

 

 そういう所だぞ? と、一応釘をさしておくか…分かってくれるか分からんが。

 

「うるせぇな! ヤレヤレ系主人公みたいな面しやがって…俺はお前と違って必死なんだよ!」

「特徴無い、量産型エロゲ主人公みたいな面してるお前に、面の事を言われたくない」

 

「……………」

 

「……マジで傷ついた顔をするな…」

「うぅ…っ…ううぅ…エロゲの主人公になれるモノならなりたい…」

 

 …そっちかよ。

 

 はぁー…。

 

「……」

「…尾形?」

 

 そんな不毛なやり取りの最中、尾形が妙に大人しい…。てっきりナンパにもう付き合わないって言いだすだろうと思っていたのだが…。

 ん? …黒髪の女性をジッ…と、真顔で見つめている。

 そして十突に口を開いた。

 

「…なぁ、アレって…鬼怒沼さんじゃないか?」

「…は?」

「鬼怒沼さん? …あ~…船底の髪の毛真っ赤だった娘か?」

「そうそう…多分、あの子供って、言っていた弟さんじゃないか?」

 

 なるほど。確かに言われて見ると、そんな気がしてきた。

 ただ顔つきや、目つきが…全然違う…。超清純派、おしとやか系の優しいお姉さんにしか見えねぇ…。

 う…うまく化けたなぁ…。これだから…女は怖い…。

 

「…あの子…あんなに胸がなかったのか…」

「林田…」

「パ……パッドだったのか…う…裏切られた…」

「そこで本気で落胆する当たり…お前らしいわ」

「ん?」

 

 話声が聞こえたのか…彼女が俺達に気が付いた。

 すげぇ可愛らしく、そして上品に微笑みながら…あからさまに尾形に手を振った……。

 ただ、こちらに来ることはなく、ただ弟さんと戯れている。

 手を小さく振替してる尾形が、少し引きつった笑みを浮かべていた。何となく気持ちは分かるけど。

 

「でもアレだけベコ様、ベコ様言ってたのになぁ~…こっち来ないな。またすげぇ勢いで来るかと思ってた。あの偽乳」

「…お前…」

「ま…まぁ…アレだろ? あの弟さんに、ベコに中の人がいるって現実を知られたくないんじゃね?」

「俺の事か?」

「年齢的にまぁ…そうじゃねぇか? いやしかし…良く気が付いたな尾形」

「ん? そうか? 顔見たら、すぐに分かったけど」

「…俺は言われた後でも、まだ良く判別つかねぇ。本当に……ぁ」

 

 ビーチボールが、男の子の頭の上を、通り過ぎ…奥へ小さく跳ねながら飛んで行ってしまった。

 それを追いかける男の子…。

 

 …直後。

 

 尾形に向かって軽く会釈をすると…林田に向かって……。

 

「………」

 

 鬼の様な形相で睨んだ…。

 

「  」

 

 そして一言…声に出さずに…それでもハッキリと聴覚を通して聞こえて来た…気がした。うん。

 

「  」ブッ…コ…ロ…ス…

 

 おー…やっぱりあの子だ。本職だ。

 半分、前髪で隠れた顔…それこそ睨み殺さんと、林田オンリーを睨みつけている。

 なんとなく、髪の毛も真っ赤に染まっている様に見えるのは幻覚かな? 炎髪灼眼になってると確信デキルゾ?

 

 …。

 

 そして…パっ! とまた表情を元の優しいお姉さんに戻し…そのまま男の子を追いかけて行ってしまった…。

 

「 」

「…しっかり聞こえてたみたいだな」

「 」

「お前…二度と船底に行くなよ? 間違いなく殺されるゾ?」

「こ…怖かった…」

「上手く弟さんから、見えない角度で睨んできたな…」

「胸の話しかしないから…お前、あからさまに言いすぎだ。んだから…」

「お前なぁー…胸のサイズを気にしすぎだ…」

 

「うるせぇな尾形!! お前だって、おっきいの好きだろっ!?」

 

「俺はアレくらい、背が高くて、スレンダーな女性の方がタイプだ」

「中村には聞いてねぇよ!!」

「…もう普通に、道行く水着のお姉さん眺めてるだけ我慢しろ。というか諦めろ」

「そうだぞ、林田。中村とそうしてこい。俺はここで寝ながら荷物番してるから…」

「…日曜日のお父さんか」

 

 

 ……。

 

 そして、一瞬流れる静寂…。

 

「だ…だいたいな!」

「…無理して、話を続けようとするな林田…」

「そうだな…むなしくなるだけだぞ?」

「うるせぇっ!」

 

 周りでは、カップルやら家族連れが、このレジャーを楽しんでいるのに…何やってんだろうか、俺たちは…。

 そんな悲しくなる現状と、我に返るには十分な静寂だった…。

 

「ちっ…今回もまた…尾形の知り合いだったが…ぁぁあっ! もういいっ! 次だ、次っ!」

「次は…もう、永遠に訪れないんだよ、林田」

「きしょいから、優しい顔すんな! 結局、お前なんにもしてくれねぇし」

「何もしねぇって約束だっただろうが」

「…よし、もうこうなったら、次に通る人にしよう…誰でもいい! なりふり構っていられねぇ!」

「フラグ構築か? どうせお約束で、また尾形の知り合いが通りかかるだろ」

「中村。怖い事言うなよ…」

 

 はぁ……。

 半分意固地になってるな…涙目だし…それに次って言ったってなぁ…。

 本当に何してんだろうな…。強い日差しの下…俺達の味方はこのパラソルだけ。

 作られたちいさな日陰の狭い中で、野郎三人が縮こまっている…という、非常に汗臭い状況。

 こんな中で聞こえる音は…波の音と、すこし騒がしい喧騒と…

 

「男だけの空間は素晴らしい…」

 

 …尾形のまた、あの気色悪いセリフぐらいだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 あー…本当に、どうするかなぁ…。

 ここん所、久しぶりに、まともに寝れる時間なかったという事もあり、クッソ暑い中だというのに、本気の睡魔が襲って来た。

 筋トレ…最近ガッツリ、出来ないのも寂しい…。

 

 林田が…よりにもよって、いきなり知り合い…しかも、エリカを引き当てるなんて事してくれたお陰で、目が完全に覚めたと思ったのにな…。

 

 

 …。

 

 

 いかん…変にあのエリカの仕草とか、水着姿にどうにも動揺してしまった。

 いかんせん女性としての魅力とやらを前面に押し出してくる姿ということもあり、無意識に見ちゃうんだよなぁ…部分的にやっぱり…。

 妙に視線が行ってしまうのを、強引に逸らしていた。久しぶりのこんな感覚に、どう対処していいものか、分からん。

 みほに非常に申し訳ないが…これは男の本能と言うべきモノだろうからなぁ…。

 …ナマジ、昔の…少し枯れ始めた大人の体と言うものを知っている分、17歳という若さになっている今の体から出てくるリビドーというモノがハッキリと体感し比較してしまう。

 知識も変に偏って在る為、後…まぁ俺がアレなだけだろうが……思春期の体…スゲェ…という訳だ。

 まぁ逆に言えば、昔を知っているお陰で、自制心が強く持てるから、さっきみたく妙に焦ってはしまうが、どうとでも対処できると言え…ん?

 

「なぁ尾形」

 

 林田に肩を軽く叩かれて、気が付いた。

 少し自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。

 

「また知り合い見つけたぞ…俺らの」

「……だ…誰だっ! 何処だ!?」

「…尾形…」

 

 誰だ…今度は、誰だ!? というか! こいつはただ、俺に嫌がらせしたいだけなんじゃないのかと、本気で疑った方が良いだろうか?

 しかし、はしゃぐ事もしないで、妙に林田は真剣な顔で報告をしてきた。

 

「あれ…小山先輩じゃね?」

 

 …。

 

 

 ……よいしょと。

 

 

「パーカーを頭から被るな」

「お前のガタイじゃ、隠れるなんて無理だろ…」

 

 …。

 

「…尾形が震え怯えてる…」

「お…怒られる…またあの漆黒の闇と言わんばかりの…深淵すら除くことが叶わぬ目をされる…」

「お前が何を言ってるかが分からない。なにを急に、厨二病発症してんだ」

「お前、登校日に呼び出されてなにされたんだ…。普通に気になるぞ」

 

 どうせ林田が、余計な事言って! どうせまた俺が怒られる展開が予想できるだろうが!!

 だから…遠回しに忠告…。

 

「お前ら…柚子先輩だけは…怒らすなよ…絶対に怒らせるなよ…」

「…尾形…本当に何された…」

 

 仏の小山先輩だろ? 怒ったところで、ソレはソレで可愛い…動くたびに胸揺れる…だの、言い合っている二人は頬っておこう。

 理解はしてくれなかった。

 正直に言ってしまえば、俺が怒らせた方の面々で、しほさんよりも怖かった…現状、№1だ。

 普段の時とのギャップが凄いから余計にだろうけど…。

 

「はぁ~…やっぱり見た目すげぇから、歩いてりゃナンパもされるわな」

 

 …。

 

「なに?」

「お、復活した」

 

 体を起こして周囲を見渡してみると…あ、いた。

 確かにいた…柚子先輩だ。人込みの間…真っ白いビキニ姿で、真っ黒いビキニ姿の桃先輩と砂浜に立っている。

 会長の姿が見えないが…一緒じゃないのか?

 

「あ…考えてみれば、別に小山先輩に突貫掛けても…寧ろ知り合いと言うのがアドバンテージでっかくないか?」

「……先客いるがな」

 

 確かにその二人の前に、二人組の男が彼女達に話しかけている。少々迷惑そうにしているが、波風立てない様に苦笑しながら断っている…というのがすぐに分かった。

 男の一人は金髪の日焼けして…それなりのガタイをした体つき。もう一人はその真逆で少し白い色した…サラリーマン風の男。

 此方からは背中しか見えないが…何、あのアンバランスな二人組…。

 

 まぁ…いいや。

 

 …その姿を見て、すぐに立ち上がる。

 

「ナンパしてる俺らが、人のナンパ邪魔しちゃダメじゃね? …気持ちは分かるけど…その権利ないと思うが」

 

 林田が俺が立ち上がったのを見て、なんとなく察した発言をした。

 

「ナンパしてるのは、お前だけだ林田。…というか、尾形。あの二人、ちょっとシツコイな。というか、一人か」

「………」

「…おーい」

 

 ただのナンパだといのならば、柚子先輩なら普通に断る事もできそうだし…俺も頬っておくのだけどな。

 金髪の男を、もう一人の男がなだめているというか、止めている様な風にも見えるが…まぁ、それも演技かもしれない。

 …桃先輩…固まってるしなぁ…明らかに柚子先輩は困って周囲に目線を投げているので、誰かに助けを求めている様にも見える。

 あの二人ならば、会長とも来ているだろうから、会長を探しているのだろうか。…あの人ならナントデモできそうだしな。

 

 …とか思っていたら、柚子先輩と目が合った。まぁ…すでに体は動き出していて、すぐソバにまで来ていたしな。

 これだけ近づけば、嫌でも気が付くだろうよ。特に俺のガタイならな。

 その目が合った瞬間、一瞬笑顔になってくれたので、完全に俺に気が付いてくれたんだろう。

 

 さて…。

 

 男達真後ろに立つと会話が聞こえる…。

 一人の男は、20代前半位だろうか…。

 演技でも何でもなく、本気で困った様子で金髪の男をなだめる様に止めていた。

 

「西住さんっ! もうやめましょうよ…彼女達困ってますよ!」

 

 …。

 

 ……ん?

 

 

「馬鹿野郎っ! 若いうちから消極的になってどうすんだっ!」

 

 ……。

 

「攻めろっ! 後退なんて文字はないんだ!」

「いや…普通に迷惑ですから…」

 

 …おい。

 

 どっかで聞いた声したぞ。

 

 その男達の真後ろに立った俺に向かって…。

 

「お…尾形書記っ!」

「隆史君っ!」

 

 二人揃って俺を呼んでくれた。

 柚子先輩と同じく、桃先輩までも助かったと言わんばかりの、安堵の表情が少々嬉しくも感じるが…それよりも…もう。

 

「……」

 

 その俺を呼ぶ声を聴いて、金髪の男の動きが止まった…。

 それはもう…一瞬にして石化したかの様に…。

 

 ある意味で同姓同名かもしれない。しかし、まったくの同じ名前を聞けば、普通ならば考えるだろう。

 そしてその行動が、石化だろうな…。その石化した男は…ギリギリと軋む音をさせながらこちらをゆっくりと振り向いた…。

 …ガタイは良くても、絵に描いたように誠実で、真面目な風貌をしていた彼はいなかった…。

 髪を染め…なんか…もう…金のネックレスとかして…もう…あぁ…もう。良い歳したおっさんが、はっちゃけた結果、こうなったと言わんばかりの…チャラさ。

 だから、声を絞り出すのが精いっぱい…。知らない人が見たら、別人に見間違う程の…変わりよう…。

 

 はい。

 

 

「………なにしてんすか、常夫さん」

 

「  」

 

 一ヶ月…。たった一ヶ月程度で、こうも変わるか…。

 俺に向かい…スパナを持って追い回して来た彼の姿は、もう…見る影もない…。

 

 はい…西住父…。

 

「えっ?」

「はい?」

 

 そんな俺の言葉に先輩ズが、きょとんとした顔をされましたね。

 

「や…やぁ、隆史君…久しぶり…」

 

 口調が一気に戻りましたね。

 めちゃくちゃバツの悪い顔をしながら、愛想笑いを浮かべている。

 その口調にもう一人の男性も、少し驚いている様だった。

 

「柚子先輩」

 

「な…なに?」

 

 とても良い笑顔で、単刀直入に質問をしてみます。

 状況から一転。全然違う空気に変わったのが、彼女も分かったんだろうね。先程の様に困った感じではなくて、困惑した感じになってます。

 プラス…常夫さんの肩が跳ね上がった。

 そう…彼女の名前の後ろに、先輩と付けた時点で、常夫さんの顔が絶望に染まった。

 

「…ナンパされてました?」

「え…あ、うん」

 

 うむ、可愛らしく頷いてくれましたね。

 

「桃先輩」

「…な…なんだ」

「困ってました?」

「別にっ! …い…いや、多少…怖…いやっ! 少しっ! 少しだぞ!?」

 

 …。

 

 よし。

 

「柚子先輩。会長は?」

「え? え~と…今から合流予定だけど…」

 

 学校じゃ変に見慣れてしまっていた彼女の水着姿だけど、ちゃんとした…あぁ…ちゃんと必要な場所での、正式な姿だと思うと別の段良く見える…。

 学校で水着とか、変な背徳感が生まれそうだけど…王道は必要だと思う訳ですよ。

 だからだろうか…気が付いたら林田が、近く…ちゃんと少し離れた所で、真顔で見入っている…。

 まぁ…白一色の水着だけど…明暗が凄いからな…真正面から直視できない程の垂直線。…何処のとは言わないが。

 

「彼…えぇ…あのオッサン、すごい不本意ですが…顔見知りでして…」

「そうなの!?」

「言って…えぇ…えぇ…言って聞かせますから…いや? 聞かせて貰いますの方が正確か…」

「ん?」

 

()()()()()()()()…の言葉に、彼の顔が青から白に変わったな。うん。逃げるなよ?

 みほの親父さんだと言うのは、伏せてやるのは武士の情けでも何でもなく…みほに対しての配慮だ。

 溜らんだろうからな…。

 

「桃先輩」

「な…なんだ」

 

 何時もの声より、力がないなぁ…。

 

「水着、似合ってますね。奇抜な水着より、普通のそういった方が、似合いますよ」

「なっっっ!!??」

 

 よしよし、少し声に力が戻ったな。

 

 何時も誰かさんの趣味か分からんが、きわどい水着着てたしな。

 ビキニタイプだけど、そういった普通のシンプルな方が、真面目そうな桃先輩の見た目に対して、絶妙なアンバランス感が出てとても良い。

 」

 

 

「 」

「………」

 

 …あれ。なんか今度は声が消えたな。…柚子先輩がすっげぇ桃先輩を見てるけど…。

 そして林田は相変わらず真顔……。

 

「はい、そんな訳で桃先輩、会長と合流してください」

「 」

「…桃先輩?」

「 」

「ももちゃーん」

「 」

 

 …ダメだこりゃ。なんか固まった

 

「んじゃ、柚子先輩」

「………なに?」

 

 …。

 

「か…会長と合流してください。この人の後始末は…しますので」

「……分かりました」

 

 な…なんで、急に不機嫌に…。

 

 

 




閲覧ありがとうございました。

水着回を書きたかった…。



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【閑話】野郎達の挽歌 その2

文字数を目標に各話を投稿いたんですが、投稿時間の間がかなり開いてしまう場合が増えて来たので…前中後で終わらそうと思っていた話なのですが、出来るだけ細かく投稿する事にしました。




 …。

 

 さ…寒い…。

 

 アレ? 此処って真夏の海…じゃなかったか?

 汗ばむ額を、ジリジリと炙る様に照らす日差し。

 真っ青だと思える程、濃く青い色をした空…。

 

 …なのになんだ、この寒気は…。

 

「………………」

 

 ピシッ! と…家鳴りでもしたかのような…そ…そんな小さな音が、耳の奥で聞こえた…気がした。

 な…なに!? 柚子先輩! 真顔っ! めっちゃ、真顔っっ!!!

 先程までの男に声を掛けられて、困惑していた様な雰囲気とは、180度違うっ!!

 通り過ぎる通行人が、修羅場? 修羅場? って、好奇の視線を向けてくるのがうっざいっ!

 

「(あの…な? 隆史君…)」

 

 状況が一気に変わり、真夏の咽る様なクソ熱い空気ですら…凍てつく波動で凍りつかせている彼女。

 先程までナンパしてた相手の変わった様子が、俺にあると思ったのか…常夫さんが、肩に手を置いて小声をかけて来た。

 思わず振り向いてしまいそうな衝動を抑え、少し顎を上げて、その呼び声に答える。うむっ! 答える!!

 

「(常夫さんうるさいっ!! 後で処分内容を発表しますから、少し黙っててっ!)」

 

 …今はアンタよりも、目の前の柚子先輩だっ!

 

 目だ…目を逸らしたら…殺られるっっ!!

 

「(君は相変わらず、思ってる事を口にする癖…抜けてないんだね…)」

 

 …。

 

「(えっ!?)」

 

 …負けた。常夫さんのその言葉に、完全に振り向き…彼の顔を見てしまった。

 その顔は昔のまま…いや、真っ黒に日焼けってるけど…つか、アンタどうしたんだよ本当に…一応、まほちゃん、みほに対しては優しいお父さんだった気がしたけど…。

 っっとに、痛い中年チャラ親父になってるし…。

 

「(が…学校の…先輩…で、知り合い…なんだろ…?)」

 

 …。

 

 絞り出すかの様な声を出すな。

 

「(君からすれば無意識だろうが、思いっきり口にして、そのメガネの娘さんを褒めてたろ?)」

 

「  」

 

 こ…声に…出てたぁぁ…ソレで、桃先輩、バグってんのか…。

 白目剥いてるし…。

 

「(ん? ひょっとしてポニテの彼女…隆史君に気があるんじゃないのか? …成程…連れだけべた褒めで…ほうほう)」

「(なに言ってるんだ、オッサン)」

「(いやぁ~でもねぇ…じゃなきゃ、他の女性を…しかも真横にいる女性を褒めて、自分は何も言われなかった。…そんな状況に、何もないならアソコまで不機嫌にならないよ?)」

「(だから適当言わないで下さいよ。…それにアンバランスで気持ち悪いから、その見てくれのまま、昔の喋り方しないで下さい)」

 

 目を見開いて、すっげぇまっすぐ見てくる、柚子先輩!! こんなめちゃくちゃ高いポテンシャル秘めた人が? ありえん!!

 

「(…なら、試しに褒めて上げみればいい! 喜ぶかもよっ!? さっさとみほと切れろっ!)」

「(……本音がでましたよ。というか…流石に知ってたか…)」

「(アァ、月間戦車道の記事で知ったんだヨォォォォォ!! 読んだ時は、殺意しかわかなかったねっ!!)」

 

 …今も絶賛、殺意向けて来てますけど? 思い出したかの様に軽々しく向けないで下さい。

 

「(しほさん経由で、聞いた訳じゃないんですね…)」

「(電話出てくれないんだよぉぉ!! 隆史君からも、なんとか…あ、いい。今はワスレヨウ)」

「(…………)」

 

 このオッサン…。

 

「(そうだぞ尾形! お前が言っていた意味が解った! 無理っ! この小山先輩は無理っ!! さっさと褒めて、褒めて、褒めて千切れ!!)」

 

 …。

 

 中村…何時の間に…。

 林田は…真顔で凝視している体勢を崩さないし…というか、なんでお前、正座してんだよ。

 なんで俺…野郎に挟まれて、耳打ちされながら柚子先輩と対峙してんだ?

 

「(明かに君の言葉待ってるだろう? …というか、あの子…言われるまで此処を動く気ないだろうよ)」

 

 …た…確かに「わかりました」とは、言ってくれましたけど、ジッ…と、俺の顔を見上げている…。

 

「(尾形ッ! はよ小山先輩を正気に戻せっ!)」

「(褒めるったって、エリカの時、失敗しただろ!? 桃先輩の時は、完全に無意識に思った事を言っただけだしっ!! 良く分からん!!)」

「(はぁ…それをそのまま、彼女にも言えば良いだろうよ…思った事というのを…)」

「(お前…馬鹿だろ)」

 

 …。

 

 なにタッグ組んでんの?

 

「(言えっ! 言うんだっ! 西住流に後退の二文字は無いぞっ!?)」

 

 …よし。後でどう、しほさんに報告するか…本人のリクエストを…聞くだけ聞いて、拒否してやろう。

 

「(…とりあえず、エロい体とかそっち系はやめておけよ? 林田の二の舞だ! 火の粉を此方に飛ばすなよっ!?)」

 

 それは助言じゃないぞ。保身からくる言葉だろう。

 

 思った事って…いや…まぁ…。

 

「隆史君」

 

「はいっっ!!」

 

 か…感情の籠らない声と目で…呼ばれた…。

 あの時の生徒会室と同じだ…。

 

「………はぁ…それじゃ、桃ちゃん連れて行くね?」

 

 …ん?

 

 とか思ってたら、急にその態度を崩した…大きくため息を吐いて、いつもの彼女に戻った…気がする。

 両肩を落として、少し諦めたかのような薄い笑い顔…。

 

「まぁ…隆史君に他意はないだろうし…今に始まった事でもないし…一種の病気だと思ってあきらめよう…」

 

 …病気って…。

 

「…今の所、私に怒る権利も何もないし…はぁ…私が怒るなんて…自分勝手で、筋違いだよね…はぁぁぁ…」

 

 …えーと。

 

「た…ため息吐くと、幸せが逃げます…よ?」

「誰のせいかなぁ?」

 

 何時もの様子に戻った彼女は…何処か残念そうで…寂しそうだった。

 肩を落として、少し困った顔をして…笑った。

 あ~…うん。変に躊躇するより、本人に直接聞いた方が良いか? …いや、水着姿の感想言った方が良いですか? って聞くんか? 馬鹿だろ…。

 

 

 …はぁ…んじゃ。

 

 …正直…あの少し寂し笑顔を向けられてしまっては…流石にな…。俺が感想言えば良いだけならば…うん。

 

「あぁ~…柚子先輩」

「ん? なに?」

 

 頭を掻きながら、歩き出そうとした彼女を呼び止める。

 思った事言えば良いのか? 良いんだよな? 少し眉を潜めながら、笑顔を向けてくれた。

 すでに先ほどまでの事を、忘れている様な感じで…。

 

「え~~…」

 

 …えっと…こりゃ言った方が良さそうだなぁ…。ある意味で何も…考えない方がいいのか…な?

 そうだな…あのアホみたいなゲームの時に、ケイさんに言った時の様に…すればいいのだろうか?

 いや、もう…いいやっ! 正直にだよなっ!

 

 

 

「目の毒です」

 

「…え?」

 

「柚子先輩の水着姿は、非常に目の毒です。似合いすぎて何て言っていいか良く分かりません。というか、卑怯です」

 

「なっ!? えっ!?」

 

 さて。

 俺の突然の言葉に、少し体を硬直している。

 まぁ…突然すぎるだろうけど…ん…。正直に感想を口にする…この感じ…何処かで…。

 続けてみよう。そう、確認するかの様に一気に感想を述べる。

 

「普段だってどれだけ俺が、目線逸らすのにどれだけ自分を御してるか分かりますか? というか、白というのが、清純さと可愛らしさを強調し、柚子先輩らしくて凄く良い。とても良い!」

「なっ…なにっ!? 急に何っ!?」

 

「「……」」キメェ…

 

 なんか後ろの二人が呟いたけど、この際無視だ無視っ!

 

「今回…何時もの様に会長に流されて着たのじゃないですよね?」

「…あ、うん…自分で選んだ…の…あんまり派手なのはちょっと…」

「そうですよっ! 柚子先輩はそういった少し控え目なデザインを着てもらうとより可愛いっ!!」

「そ…そうか…なぁ?」

 

「「……」」キメェ…

 

 だからうるせぇ後ろっ!! お前らが思った事言えっつったんだろ!?

 

「…というか、毎回思いますが、柚子先輩って結構…大胆なタイプの水着を普通に着ますね」

「い…いつもは会長に流されちゃって…でも、あまり肌を露出するタイプとかって、本当は苦手で…」

「ま。可愛いですけど」

「ひゃっっ!!??」

 

「「……」」

 

「…あの…なんでそこで驚くんでしょう…。柚子先輩可愛いでしょ? その先輩の水着姿とか、男からすれば凶器の域ですよ? 視界の暴力です」

「えっあの…隆史君っ!? 何で真顔なの!?」

「ただ、余り公共の場とか…男性の視線に触れると所では、着ない方が良いですよ?」

「…え?」

「基本的に男は馬鹿なんです。肌露出が多いと…あぁいった輩にナンパとか声かけられやすいんですからね?」

「……ぅ」

 

 あ、ちょっと動揺した…というか、常夫さんを見たな。あ、そのオッサンが、全力で顔を逸らした。

 柚子先輩、スタイルが物凄いから…んな恰好で出歩きゃ、絶対に声かけられるだろ…。というか、実証済みだよな…。

 まぁ、スタイルの下りはセクハラになりそうだから言わんが。

 

「柚子先輩、そういった格好はプライベートか…特別な相手にだけ見せる様にしてください」

「…と…特別な相手…」

「ですから、一般人の男には非常に目の毒です。見ちゃいます。当り前じゃないですか」

「特別…」

 

 ……。

 

 ……あれ?

 

「た…隆史君は…その…私のこういった水着を着るのは…その…その…」

「はい?」

「私がっ! こういった水着を! 見せる様なこういった場所で着るのは嫌っ!?」

 

 …なんだ? すっごい真っ赤になって、普通の事を聞いてきた。

 あの…真っ赤になってる所悪いのですが…その姿で前屈みは、非常に…その…バツが悪く…すげぇ…一直線のアレがアレでして…。

 

「嫌か…って、嫌に決まってるでしょ? 基本的に有象無象になんて、見せたくないに決まってるでしょ?」

「んぅぅっっ!!!」

 

「「……」」モダエタ…

 

 …はい?

 いや…うん、なら良いのだけど…。

 ほら…さっきからガン見の林田の様な輩もいるしね…。

 

「な…なら…ほらっ! 隆史君がいても…その…学校とか? そういった場所なら…良い?」

 

 …。

 

「個人的で…プライベートなら…良いんでしょ?」

 

 な…何故上目使いで、小首を傾げたんでしょう…。

 

「いや…柚子先輩がいいなら…俺は願ったり叶ったりですが…」

「うんっ!! ならそうするわねっ!!」

 

 あ、元気になってくれた…。

 

「(………すごいな、彼女…女の武器を最大限活かしている…)」

「(…忘れてた…小山先輩って…案外、あざといんだっけな…)」

 

 め…めちゃくちゃ良い笑顔…。あの寂しそうな笑顔は何処へやら…。

 不機嫌な風は、どこ吹く風か…なんか…幼子の様な純粋な笑顔でした…。

 …。

 なんか…とんでもない事言ったのではないだろうか…。

 ま…まぁっ! 機嫌が完全に良くなってくれたみたいだしっ! こ…これで良かったのだ…ろうな…。

 なんか…背筋に悪寒が凄まじく走るけど…。

 

「うふふ~」

 

 …。

 

 …ま…まぁ…いいや。

 

 

 

 ▼

 

 

「なんか…うまく行った…」

 

 取り合えず、思った事を言っていたら…柚子先輩が上機嫌になって…桃先輩を引きずって行ってしまった…。

 掴んでスキップは、危ないっすよ…。

 

 ま…まぁっ!! 今回! 林田が大人しかったお陰で余計な誤解を与えないですんだっ!!

 そこだけは、良しとしよう…。

 

「う~~ん、僕としては、もう少し行けた気もするよ? まだ会話に硬さが見えると思うよ? 所々押しが足りないねぇ」

「いや、アイツ別に小山先輩、口説いていた訳じゃ……いや、口説いてたか…?」

「いやいや。最後の方なんて、有象無象になんて~…じゃなくて、俺だけに! …とか言っていれば、行けたんじゃないかなぁ」

「ドコニデスカ。…いっや…しかし…小山先輩までも…アイツ…高難易度の人ばっかり…」

「おっ!! まだいるのかな!?」

「…アイツ…学校でタラシ殿とか、言われてるんですよ…」

「あっはっは。相変わらず、無意識にかな? …変わらんなぁ」

「あ、昔からですか…。それでも、やっとこさアレ、彼女作ったんですよ?」

「 シ ッ テ ル サ ァ 」

 

 …いつの間にか仲良くなってるし…あと、本人の目の前でそう言った事を話すな。

 

「尾形」

「…なんだよ、中村」

「お前…何故、さっき逸見選手の時も、それをしなかった…。それしてたら、アソコまで殺意の波動を向けられなかっただろ」

「…いや…良く分からなかったし…」

「その割には、スラスラ言ってなかったか? …キメェ事を」

 

 一言余分だ。

 

「ちょっと、感覚的に似たような事を思い出したんで…思い出しながらその通りにしたら、上手くいった」

「上手く…は、どうか分からんが…似たような感覚?」

 

 そうそう、彼女に対しては結構グイグイ行ける。

 

「しほさんに話す時と同じ感覚」

 

「……」

「……」

 

「だから、もう一度エリカと会ったら、ちゃんとできそうな気がする。今回成功したし…こんな感じで喋れば良いのか…よし」

「まて、尾形っ! そっち方面は、まずい気がするぞ!?」

「大丈夫っ! もし次に会ったら、もっと上手くできそうな気がする」

「やめとけっ! …だ…大丈夫じゃない気がする…から…。まずい…尾形が、変な学習をした気がする…」

 

 …何を青くなってんだ。

 

 さてと…脅威は去ったので、本題だ。

 

「…相変わらず君は、人の妻が好きだね」

「如何わしい言い方しないで下さい、常夫さん」

 

 そうだ、このチャラ男ッサン。

 連れのもう一人の男…いや、青くも見える、生白い肌の男性は、事情を察するに…俺と中村と同じ立場なんだろう…。

 完全に肩を落として困り果てている。明かに常夫さんに振り回されている被害者だろうな。

 

「尾形、この人誰だ? 普通に話しちゃってたけど…結構イカツイ…」

「ん? あぁ、みほの親父さん」

「………は?」

 

 アッサリと言う俺に、中村はポカーンと口を開けた。

 

「え…マジで?」

「…まぁ、気持ちは分かるが、昔はこんな風貌じゃなかったんだ」

 

 ま…まぁ、この今の見た目じゃ、あの姉妹の父親だと言うのが、結びつかないのだろう。

 

「あ、うん。友達と話し中みたいだから、僕はもう行くね? みほに宜し…」

「逃げても良いですけど、即しほさんにチクりますから」

「 」

 

 片手を上げて、さっさとこの場を去ろうとするオッサンに釘を刺しておく。

 古典的な方法で去ろうとしてんなや。

 

「今、しほさん、大洗に…というか、そこのホテルに宿泊してますからね? 電話すれば、即来るんじゃないですかぁ?」

 

 軽く指でさす、大洗ホテル。その指の先を見つめて物凄い顔色シタネ。

 

「今日、漸く休みが取れるとか言ってましたし」

「な…何故君は、夫の僕より、妻の行動を把握してるんだね?」

「貴方の娘さん絡みで、色々あるんですよぉ。その娘の先輩ナンパしてたとかバレたら…普通に殺されるんじゃないですか?」

「  」

 

 …まぁ、俺の寝不足の原因に、しほさんに付き合わせてしまっているので、申し訳ないとは思うが…それはソレか。

 全部片付いたら、ちゃんとお礼をしないとなぁ…。

 

「…みほ達には、黙ってますから…というか、言えるか。中村も黙っててくれよ? 人様の家族が崩壊するから」

「わ…わかった」

 

 しかし…こんな場所じゃ、目だって仕方ないな…。一度、テント…じゃない。荷物の場所に戻るか。

 そこなら、少しは落ち着いて話せるだろうよ。

 現に今も、先ほどのまでのやり取りは注目を集めてしまっていた…。

 

「林田も…」

 

 口止めと移動すると言う事を、林田に言おうと顔を向けた瞬間…。

 

「いよぉぉぉぉ!! 小僧っっ!!」

 

 …。

 

 肩に物凄く重い何かが……というか…この声の主から…また、物凄く面倒くさい事になりそうな予感しかしない…。

 日焼けし、真っ黒い肌…。無駄に膨れ上がった腕に首を絡められた。

 

「…アンタは、なんで一々、俺にじゃれついて来るんですか…」

「気持ちの悪い事言うんじゃねぇよ! 男なんてこんなモンだろ!? スキンシップだっ! スキンシップッ!」

 

 …仕事があるとか…他県行くとか言ってなかったか?

 そんな珍客が、真後ろに…いた。また来やがった…華パパさん…。

 

 俺より身長が高いので、こういった風に肩を組まれるのは正直珍しい。

 海らしく上半身は裸…なのだが…目立つ…目立つだろうがぁぁ…。

 

「というかっ! なんでアンタ、海でフンドシ姿なんだよっ!」

「日本男児たるもの、海でフンドシは基本だ! 基本っ!!」

 

 豪快に笑いながら、腕の力を強めてくるこのオッサン…。

 白いフンドシ一丁で、思いっきり絡んでくるのが、暑っ苦しいのなんの…強引に腕を振り解く。

 

「…ん? 小僧、お前なんで海で上着なんて着てんだ? 男のくせに見せるのが恥ずかしいのかぁぁ?」

「………目立ちたくないからですよ」

 

 顎を摩り、ニヤニヤしながら一言。

 

 

「あぁ、自信が無いのか」

 

 

 即パーカーを脱ぎ捨て、思いっきり地面に叩きつけた。

 

 

「お、なんだ? 無理スンナヨォ」

 

 

 遠回しに言ったつもりだろうが、俺にはすぐに解った。

 

 …乗ってやる。

 

「……今のやり取りは、女の子だったら嬉しいのに…。暑っ苦しい男が二人出来上がったてる」

「お、林田。復活したか」

 

「腕だけでも、筋肉の付き合た見りゃ一発で分かるぞっ! オッサン、無駄な筋肉付けすぎなんだよっ!」

「バッカ野郎っ! 仕事柄の筋肉だっ!! それに無駄な筋肉なんぞねぇんだよっ!!」

「華道で、どこの筋肉がつくってんだボケッ!!」

 

「…なんで尾形、急にキレて脱いだんだ?」

「知らねぇ…というか、なんで二人揃って、ポージングしてんだ?」

「尾形の沸点、たまに意味不明だな」

「だな。とりあえず…おーい、尾形」

 

「自信が無いっ!? 少なくとも、オッサンよりはあるわっ!!」

「おぉ!? 見せ筋の自信かぁ!?」

「見せっっ! このっっ!! 確かめてみるか!!??」

「おっ!? なんだ、やるかぁぁ!?」

 

「尾形!!」

「あぁっ!!??」

 

 うるせぇな! 今、このオッサンに…

 

「俺にキレるな。俺に…というかよ…暑苦しくて気色悪い事この上ないから止めろよ…」

「…後、砂浜で腕相撲をしようとするな。熱くないのか?」

 

 …。

 

 おっさんと一緒に、砂浜にうつ伏せになった瞬間、中村と林田からストップが掛かった。

 ちょっと待ってろ。今、このクソ親父に…。

 

「…ぉぉ? 西住さんじゃないの」

 

 …。

 

 は?

 

 そのクソ親父が、俺達のやり取りを、生暖かい目で見ていた常夫さんを見上げ呼んだ。

 え? 知り合い?

 

「お~…元気良いねぇ…尾形君」

 

 っっ!?

 

 聞いた事のある声で、呼ばれた方向に顔を向ける。

 俺も…熱くなって気が付かなかった…。このオッサンは、一人で此処にへと来た訳ではなかったようだ。

 

「えぁ?」

 

 思わず変な声が出てしまった…。

 見上げた先に…地味な水着姿の…中年男性らしい恰好で、パンチパーマの男性が立っていた。

 

 うん…見慣れた顔…そう、優花里のお父さんが立っていた…。

 

 …ど…どうなってんだ?

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

「…ここは…地獄だ…」

 

 

 荷物を置いてあった、パラソル基地。

 林田のつぶやきも、まぁ…分かる。だってここにいるのは…。

 

 中村と林田…と、俺。

 そして、オッサン、オッサン、オッサン。

 

「 」

 

 野郎しかいねぇし、林田が息してねぇ…。

 しかも、通る人が遠目に見て避けていく…。そうだよな…考えてみれば、ガタイの良い男と、パンチパーマのオッサンが屯ってるパラソルだ。

 …なんの組織だよ。

 

「……」

 

 よ…よし。整理しよう。

 

 …常夫さん。

 

 どうしてこうなったか。

 

 まぁ…まぁ…うん。

 

 要は、キャバに行っていた事を弁明しようと、しほさんに何度も電話を掛けるが出てくれない。

 俺に掛けても、俺は出ない。…当たり前だ。高校生に夫婦仲を取り持ってもらおうとするなよ…とも思うが、まぁ…しほさんに直接連絡できる人って限られるからな。

 しほさんは、その時って…まぁ捕まったあの男のお陰で、忙しかったというのもあるので、仕方がないとも思う。

 その、いざこざも終わり…漸く常夫さんにへと、しほさんから電話が来たらしいのだが…今度は逆に、時間が経っている為に怖くて出れなかったそうだ。

 

 …何してん…。

 

 みほと同じの指名キャバ嬢は、本当に偶々だったらしい。そうそう、あのしほさんの携帯にへと、残っている音声だ。

 自分の娘と同じ名前の嬢を指名する時点で、問題しか無いと思うが、思わず指名してしまったようだ。

 それを説明したくとも、どうにもならない状況が、現在にまで続いていると…でもその格好には、関係ない。

 

 その後、まぁ…仕事の付き合いで、またキャバクラへと行っていたそうなんですがね? 酒も入り、愚痴も入りで…どうにも一人のキャバ嬢にお熱を上げてしまったようだ。

 あの手の仕事は、客の愚痴を聞くのも仕事。まぁ…そこで優しくされて、コロッといっちゃったんだね…。

 

「人聞きが悪いよ!?」

 

 今まで、真面目一本で生きて来た常夫さん。若い頃、遊ばなかったという事らしく…そういった場所が、妙に新鮮だったらしい。

 数を重ね、後はまぁ…はい。そしてハマってしまったと…遊びを覚えたと…。典型ですね…本当に典型的な展開…。

 女系家族の親父様だからね…。女性にアソコまで優しくされたのは、初めてだと…言い訳は見っともないですよ?

 

「しっ…仕方ないじゃないかっ! 小さい頃から、まほもみほも隆史君の事ばかりでっ!!」

 

 …。

 

 で、まぁ…その一人。お熱を上げているキャバ嬢さんの意見通りに…好みの恰好へと、現時点の様に変身を遂げたと…。

 ワイルドな人が好きぃ~とか…言われたら、そこまで自分をよくぞまぁ…改造できるもんだ…。

 

「なんか、誤魔化してないかい!?」

 

 で、このもう一人の男性は、職場の若い人らしく…彼女がいないというので、キャバ嬢と言う名の若い女性との付き合いでどうにも変な自信を付けたオッサンが、調子に乗ってナンパをしに来たと…。

 あ? 複数で来た? だから? ナンパしていたという事実は変わらないですよね?

 …ちなみに、まほちゃんも今大洗にいますよ? バレたら死にますよ?

 

「  」

 

 それにナンパの相手が…よりにもよって高校生…未成年…。

 

「いっ…いや! 彼女達、どう見ても女子大生にしか見えなくてっ!」

 

 挙句…みほの先輩…。

 

「 」

 

 はぁぁぁ…。

 ため息しかでねぇ…。

 

「まぁ常夫さん…とりあえず…しほさんにどう言い訳するんですか…」

「いやまぁ…結構しほって根に持つタイプだからねぇ…下手に言い訳しないで、正直に言おうかと…」

「…とりあえず、恰好を元に戻してからにした方が賢明ですよ?」

「えっ!? 恰好良くないかい!?」

 

「…歳考えて下さい…正直…イタイだけです」

 

 あかん。拗らせとる。

 

「それに他の女性の趣味趣向に合わせた夫の姿を見せられても、しほさん憤怒するだけですよ? 死にますよ?」

「…なんか、君に言われても釈然としないな…」

 

 …。

 

「あっ! ゴメンっ! 携帯取り出さないでくれないか!?」

 

 取り合えず、このオッサン何とかしないと…。みほの件で、俺の携帯に連絡してきた時とは違いすぎて別人にか感じない…。

 喋り方は一緒なんだけど、妙に軽く感じる…。

 

 で…次。

 

「ん? 小僧、なんだ?」

 

 こっちのオッサンだ…。

 

「なんで、こんな場違いな所にいるんですか?」

「俺か? あぁ、まぁこんど戦車の試合あるだろ?」

「…えぇ、大洗主催のエキシビションマッチが行われます」

「その保護者会みたいな集まりだ。それの前にってな…秋山さんも、その付き合いでなぁ~…そん時に小僧見かけたからちょっと遊んでやろうと…」

「そうそう、学園艦住まいと陸住まいの保護者親睦会…みたいなモノだよ?」

「んっ? じゃあ、優花…秋山さんのお母さんも来てるんですか?」

「もちろん。娘には言ってないが…親睦会だからね。意外に皆さん、海に水着で来るのをね? 若い頃に戻ったみたいだって、楽しんで…どうしたんだい?」

 

「………」

 

 …。

 

「尾形君?」

「いや、なんでもないです」

 

「…尾形…お前…」

「相変わらず…」

 

 中村と林田が、疲れた顔でこちらを見てきたが知らんっ!!

 

 …ん?

 

「って事は、常夫さんも本来は、その親睦会で来たんですか?」

「そっ…そうだよっ!!」

 

「 し ほ さ ん は ?」

 

「いや、来てないよっ!? …仮に案内が行った所で、しほは来ないだろうよ。…そもそも君の方が、しほの予定知っていた分、詳しいだろう!?」

 

 …チッ。 そういやそうだ。その事は、しほさん言ってなかったし…まぁ…行くわけないか。

 

「あの若いのは、どうにも妹さんがいるみたいでね。親御さんが遠くで暮らしているみたいで、代わりにって事で…あ、何時の間にかいない…」

 

「逃がしましたよ。あの方に迷惑しか掛けませんから。可哀想ですから。同情しかありませんから」

 

「……」

 

 ん? って事は、さっきの若い、気弱そうな男性って、誰かのお兄さんって事か…。 

 苗字を聞いておいた方がいいか?

 

「俺らの事は、いいじゃねぇか! んで小僧! お前らは何しに来てたんだ?」

「いや、普通に遊びに…」

「……男三人で、海にか…?」

 

 …可愛そうな人を見る目をするんじゃねぇ。

 

「違いますよっ!!!」

「ぉ? 立ち上がって、どうした兄ちゃん」

 

 俺には小僧なのに、林田には兄ちゃんって…。

 じゃないっ! 林田っ!? なにやけくそ気味になってんだ!?

 余計な事言うなっ!! 同級生の保護…

 

「ナンパしに来たんっすっ!!」

 

「「「 ……… 」」」

 

 …。

 

「頭押さえてどうした、尾形。頭痛か? …奇遇だな、俺も頭痛だ…」

「この…馬鹿…」

 

 中村は分かってるらしい…保護者…しかも同級生…身近な…ヒトノ…親に…。

 3匹の親父が、完全に黙っちゃったじゃねぇか…というか、ハッキリとデカい声でいうなや。

 

「隆史君…」「小僧…」「尾形君…」

 

 …なんで俺を見る? しかも呼ぶんだよ…。宣言した馬鹿は、こっちじゃねぇ…。

 

 

「「「よしっ! 手伝おうっ!!」」」

 

 …。

 

 何言ってんの?

 

 何膝叩いて立ち上がってんの!?

 

「隆史君も人の事を言えないじゃないかとか、この際置いておこう!」

「いや、置かないでくださいよ! 持ち上げましょうよっ!!」

「大丈夫っ!! みほとサッサと別れてくれさえすれば良いからっ!! 死ねっ!!」

「どこも大丈夫じゃねぇっ!! 本音を少しは隠してくださいよっ!!」

 

 何、輝く笑顔で言っんだよっ!!!

 

「大丈夫っ! 男の子ならしょうがないよ!!」

「しょうがなくは、ないですよっ!! …っ!!」

「優花里とはまだ付き合ってないんだろぉぉ? ならまだセーフだよっ!!」

「…この匂い…貴方飲んでるでしょっ!? 海で飲んじゃダメでしょっ!?」

「私も若い頃は、ブイブイ言わせていてねぇ~。女性の扱いは任せてくれ! 大いに役に立つよ!!」

「 」

 

 何、決め顔してんですか!?

 今日日、ブイブイって、言わないですよっ! …中村と林田が、ポカーンとしてる…絶対意味分かってねぇな…。

 

「まぁコレも人生勉強だ、小僧!!」

「テンション高っ!!」

「これも芸の肥し!!」

「俺関係ねぇ!!」

「まぁ…華にはバレんようにしろよ? アイツ、結構母親に似てるから…」

「分かってるなら、止めろよっ!!」

「華なぁ~…昔から母親の名前の通り、百合の様だと…白百合だ何だと、よく花に例えられてきたんだよぉ」

「な…なんで今…」

 

 …最近、黒百合がとてもしっくりとくるけど…じゃないっ!

 

「母親の…あの奥底に潜む攻撃型な性格は…まるで刺々しくも大きく開く彼岸花…」

「…」

 

 …い…いかん…想像してしまった…

 

「父親の俺から言わせれば、母親に似ている華は、まるで…黒い彼岸花…」

「こえぇぇよっ!!!」

 

 真っ黒な彼岸花が咲き誇る平原に…その中央に立つ、華さんを…。

 

 い…違和感がねぇ…。

 

「だからまぁっ!! 華にだけはバレるなよ!?」

「ふざけんなっ!!!」

 

 言い出しっぺの林田が、完全に置いてけぼりのハイテンションの親父組。

 

「頭数合わせは基本ですよね…。奇を狙い…お二方、どうだろうっ!? あの売店の娘達はっ!!」

 

 さっそくとばかりに、周りを見渡し始めた! やめろっ! いい加減、下手すると通報されるだろ!!

 売店っ!? しかもただの営業妨害に…し…かぁぁぁl!!!!

 

「…あ、アンツィオだ」

「勤労意欲だけはスゲェな」

 

 勘弁してくれっ!!

 

 ……ま…まさか…今までの全部見てたのか…?

 カルパッチョさんが…すげぇ…笑顔で手を振ってる!!??

 チヨミンとペパロニは…あ、はい。真面目に働いてますね…何故気が付かなかった俺っっ!!

 

「しかしですなぁ…。仕事の邪魔をするもの悪いのではないでしょうかねぇ」

「ふむ…秋山さんの言う通りだな。邪魔はいかん。邪魔は。小僧の趣味も…あ、そこの兄ちゃんの好みってどんなんだ?」

「巨乳の可愛い子っ!!」

「あはっはっは! 欲望に素直だな!!」

「この頃は、そうでしょうなっ!!」

「若いっていいなぁ…」

 

【 … 】

 

 …あのっ…いえ…そうではなくてっ!!

 

「…尾形が突っ込みもしないで、カルパッチョ選手に手振りで言い訳してる…」

 

【 …♪ 】

 

 ちがっ!! 違いますっ!! 違いますからっ!!

 

「手…疲れないか?」

 

 必死なんだよっ!! あの真っ黒い笑顔は、完全にブチ切れてる顔だっ!!

 む…胸の傷が変にうずく…。

 

「よしっ! 決まったっ!! あの子達なら良いだろっ!!」

「ふむ、歳も…まぁ一緒位でしょうから? 丁度良いかもしれませんねっ! どうでしょう西住さん」

「…よいのではないでしょうかっ! …後は上手くいかせれば、ちゃっちゃと終わる…」

 

 …はっ!?

 

「まずは単体で突撃…こちらを振り向かせて…こういった挨拶で…」

「了解っすっ!!」

 

 何勝手に話進めて…っっ!!!??

 

「よし、兄ちゃん! 突撃!!」

「こちらも了解! …って、お…おぉ…」

 

 待て…待て待て!! アンタら分かって俺に嫌がらせしてんのかっ!!??

 ま…まぁ…いい。林田も分かってるだろう…。

 

「…ま、アドバンテージがあると思って…よしっ! んじゃ行ってきますっ!!」

「おぉ、頑張れよ~」

 

「尾形…骨は拾ってやるからな?」

 

 声が出ない悲鳴って…久しぶりに出した…。

 元気よく…本当に元気よく飛び出していた林田の…その先…見慣れた…複数の人達が…ぁぁぁ!!

 

 見慣れた顔…見慣れた…4人組ィ…。

 楽しそうに…歩く、いつもの四人組…完全に行楽に来ている…同級生と…後輩…。

 

 

 バレェェェ…部ゥゥゥ…。

 




閲覧ありがとうございました。
次回、最近影薄い…組み。見られてる中での決行になりんす。



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【閑話】野郎達の挽歌 その3

閑話となりますが…今回、本編でも重要な伏線が含まれます。
おまたせしました。




…やっと投稿で来た…。

追伸、pixivの方では、挿絵とは関係ないけどそれらしいのは更新させてます。
PINK編で描けないあっちの方面のとか…


 見える…人込みの間、妙にハッキリと確認が取れるその一同。

 

 その彼女達の水着は、至極一般的な水着を着て、何やら話しながら何処かへと向かっていたみたいだった。

 …傍目から見れば、普通に行楽に来ている様に感じる。…現に俺も一瞬、本気でただ遊びに来ているだけで、相変わらず仲良いなと思ったくらいだ。

 しかし、あからさまに一運動し終え、良い感じに額に汗を滲ませていた、そのバレー部一同。

 ビーチバレーでもして…まぁ…してたんだろうな。この行楽地に不釣り合いな程の、ガチな競技用ボール持っていたしなぁ…。

 何にせよ、ソレこそいつもの様に、いつもの通りに…仲良く談話しながら楽しそうに歩いていた。

 

 はっはー…。

 

 考える事なんてないな。俺ができる事は、さっさと行動に移す事だ。

 一度、こめかみを押さえ…そして、天を仰ぐ…。

 

 うむ。

 

 …よし、行くか。

 

「……尾形」

 

 中村の飽きれたような声を無視し、全力で脚に力を入れる。

 そうだな。それよりもまずは、もう一人の問題を解決する事だ。

 

「ちょっと待て、小僧。どこ行く気だ」

「おっさん、離せっ!!

 

 オッサン3人組みは、その場に座り込んで…というか、完全に鎮座しやがったな。

 …そんな状態で、遠目に林田を見送ると、経過を楽しむ気満々で眺め始めていた。即断して林田とは逆方向へと走り出そうとした俺…の行動が分かっていたかの様に、クソ親父1号が俺の足首を掴んだ。

 そのお陰で徐々にしか前に進めんっ! 更には、強引に進む俺を楽しそうに見上げているクソ親父!

 

「おっ! おもしれぇ事するなぁ! 小僧ぉ!」

「うるせぇ! 今! こっちは必死なんだよっ!」

「大の男を引きずる程に必死か…砂浜に線を作るなよ」

 

 文字通りなっ!!

 掴んだオッサン無視して、強引に退路を進む為に、クソ親父を起点に大きな線が砂浜に引かれていく…。

 

「いやいや隆史君。お友達は大切にしないとぉ。今、ガンバッテくれてるんだよぉ?」

「常夫さん! なんで、んな嬉しそうな顔してんすかっ!!」

「新しい彼女を連れて来てくれそうだよぉぉ」

「色々と端折ったセリフを吐かないで下さい!!」

 

 …常夫さん…アンタ、自分の置かれている立場を理解してんのかよ…。

 いや、それ以前にっ!

 

「というか秋山さんも! 貴方だけは一般常識があると思っていたのにっ!!」

「んぉぉ? なんだいお義父さんで良いと言わなかったかねぇ?」

「だからっ!! 色々と端折る…な…って。その右手の銀色の缶は何ですか…。それに足元にいくつか空き缶に変わってるのも見えるんですが? 俺の幻覚ですか…?」

「んん! 麦茶だね!!」

「…………」

 

 …完全にくつろいどる…。座り込んで、いつの間にか購入し、作り上げた空の空き缶が数個…。

 地面に横たわり、その銀色の肌を照りつける日差しに晒していた…。

 真っっ昼間…いや違う。午前中から飲み始めている、非常に青森では見慣れた酔っ払いが…そこにいた…。

 

「別に逃げるこたぁねぇだろ、小僧」

「逃げる事なんだよっ!!」

 

「そうだよ、隆史君。僕と契約して、同じ穴のムジナになろうよ」

「だから、段階色々すっ飛ばした発言しないでくださいよっ!! というか、そちら側に引きずり込もうって魂胆、少しは隠してくださいよ!」

 

 駄目だこいつら、なんとかしないと…。

 

「でもねぇ、尾形君。可愛い女の子とおしゃべりしたいって、男としては普通の事だと思うよ?」

「それ……奥さん聞いたら、怒られませんか…?」

「今はいないから言っているんだよぉ?」

「………」

「だいじょーぶだいじょーぶ! 別に浮気してるわけじゃないんだしね! ただ、お話をちょこーーと、するだけだろう?」

「…その考えが危ねぇ…フラグって言葉しってますか…? そ…それにっ! 林田が単体でする分なら、好きにしたら良いとは思いますが! 俺を巻き込もうとしてるのが見え見えでしょうがっ!」

 

 見える…満面の笑みか…もしくは死んだ目をして、こちらにゾロゾロ引きつれて戻ってくる林田の顔が…。

 

「何言ってるんだい、コレも縁だよ、縁!」

「会話してくださいよっ! 実際問題、優花里…さんに、彼氏がいたとして、その彼氏が、ナンパなんぞしてたらどうするんですかっ!」

「優花里に彼氏っ!? 君じゃないのかねっ!?」

「だから、俺じゃねぇ…ってっ!! 色々と支離滅裂に破綻してるっ!!」

 

 顔真っ赤にしながら、手をヒラヒラしている優花里パパ…。あかん…完全にできあがってる…。

 会話が少しづつズレ始めてる…。あぁ…もう、優花里が酒弱かったのって、遺伝だろうな…こりゃ。薄められた焼酎、たった湯飲み一杯ぐらいでベロンベロンになってたしな…。

 この人も、そんなに経ってないのに、ここまでか…。

 

「…尾形」

「なんだよ、中村っ!! …って、というか、いい加減に離せクソ親父っ!!」

「…小僧、お前俺に対してだけ呼び方きつくないか?」

 

 ズリズリと微々たるものだが、その場から離れようと動く俺の横で、比較的に真面目な顔で声をかけて来た中村。

 …その中村の後ろ側で、すげぇ笑顔でこちらを凝視しているカルパッチョさんが見える…。

 

「毎回思うんだがな? カルパッチョ選手は…まぁ、解からんでもないんだけどよぉ」

 

 腕を組み、ヤレヤレと言わんばかりのセリフゴマでも出そうなくらいの大きな息を吐いた。

 一呼吸を置き、そして飽きれたように口にした…。

 

「マジな話……お前、別に何股も掛けている訳じゃないんだろ?」

「当たり前だっ!! 確認するかの様に言い方するなよっ!」

 

 畜生! こうしている間にも林田…が…。

 あぁもうっ! いつの間にか、林田がバレー部の元に到着してやがるっ!!

 一瞬視界に入ったあの馬鹿の姿が、妙にくっきりと見える!! 後…遠目に見ても分かる位に…河西さんが林田を見る目が…ゴミを見る目だ…。

 林田…女の子が絡まなかったら、普通にいい奴なのに…どうして態々、自分の株を下げる様な真似をするんだよ…。

 

「だろう? んじゃよぉ、堂々としてればよくね?」

 

「……なに?」

 

 ふーー…と、大きなため息から1段階下がったかのようなため息を、さらにまた一つ吐いた。

 

「お前の慌て方ってさ、明かに浮気した男がな? 各、浮気相手にバレない様に疾駆八苦している様にしか見えねぇよ」

 

「………」

 

 な…なんか、心に刺さる言葉だな…。思わず動きを止めてしまった…。

 

「あの彼女達にも、理由を話せば大体察してくれるだろうし? なまじ知り合い同士な分、西住さんに言った所で、あまり影響は無いと俺は思うんだけど?」

 

「「「 っっ!!?? 」」」

 

 ビクッッ! …と、オッサン達が同時に、体を強張らせた。

 あぁ…そうか…俺が勝手に慌てているだけで、まだオッサン達、彼女達が思いっきり大洗の…しかも、戦車道関係者だと知らないのか…。

 おーおー…。特に常夫さんの顔色が、徐々に真っ青になっていくな…。

 今の中村の言葉で、明かに関係者…少なくとも知人だという事が分かったからな。

 

「…自分の男が知らん所で、まぁ…ナンパしてましたって聞いたら、普通なら怒ると思うぞ…。まほちゃんも…まぁ…すげぇ顔して睨みそうだし…」

 

「本気でやってたらそりゃそうだろうが、特殊すぎるお前の関係性なら、西住さんも本気で怒る事はない。……と、俺は思う」

 

 そんな様子を気にもしないで、中村が話をそのまま続けた。

 

「俺の経験上言うけどな? 下手に慌ててると、変に邪推されてドンドン飛んでもない方向へ話が流れてくぞ?」

 

「い…言わんとしている事は、まぁ…理解はできるが…」

 

 ど…どうしても一部…知り合いの気持ちを知ってしまっている以上…こういった事をしていたという、事実を知られるのはどうにも…。

 現に今もカルパッチョさんから、熱烈な視線を送られている最中なんですけど? チラッ…と、中村の後ろを見ると…あ…ペパロニが腕振ってくれてる…チヨミンは、接客中だな…。

 

「だから堂々としてろよ、堂々と。水着褒めたのだって、社交辞令をするとでも思ってろよ。大体なんとかなるって、なんとかさ」

 

「そ…そういもんか? 逆になんか軽すぎないかソレって…」

 

「お前が言っても、今更か? としか言えんぞ、俺は」

 

 慌てる俺に対して、ある程度気遣ってくれての言葉だろうが…。

 

「適当に流せ、適当に。ほんで西住さんにだけ、ちゃんとしてやれって」

 

「……」

 

「ある意味で、西住さんを信じてやれよ。それに区別って言い方は悪いが、ちゃんと他の娘との落差もつけてやれよ…じゃないとまた、俺に火の粉が降り注ぐだろうがぁ…」

 

 

 最後のセリフだけ、妙に力が入ってたな…。

 

 …。

 

 いつの間にか、身体の力が抜け、今の位置に佇んでしまっていた。

 中村の言葉でもそうだけど…ある意味で、みほをちゃんと信じてやれね…。

 まぁ…誰にも言っていなかった、俺の最悪に情けない部分を曝け出しても、みほは……しっかりと受け入れてくれた。

 今回のこの騒動になっている事も、ちゃんと話せば…大丈夫なのだろうか?

 

「き…君。中村君と言ったね? 話の最中に悪いけど…。あの…あそこの彼女達…その…大洗の生徒なのかな?」

「そうですよ? というか戦車道の…って…」

「 」

「あの…秋山さん家のお父さん? …貴方、何回も試合の応援に来ていませんでしたか…?」

「…………」

「…………」

 

 うー…ん。なら、中村が言う様に、堂々としていれば良いか? まぁ林田の事も、バレー部も知っているだろうし…ちゃんと理由を言えば、呆れられたとしても…まぁ…最悪には思われない…かなぁ…。

 …取り合えず、華パパさんと常夫さんが、すげぇ大人しくなったな。

 

 

 

「せんぱぁ~い♪」

 

 

 

 …。

 

 あ…あかん…時すでに遅し…。

 やたらと明るい声で、こちらに聞こえてくる…。

 やはり彼女達も林田の顔を覚えていたらしく…解りやすい表情で俺に視線を送って来てますね…。

 そして、近藤さんが一人、満面の笑みで、こちらに腕を振って小走りに走り寄ってくる。

 彼女達、皆が同じ水着だった。あからさまに赤と白のスポーティーなワンピースタイプの水着。

 ただ彼女の場合、ワンピースタイプだと言うのに、視線が分からない様に目を逸らしてしまう程に、一部分が上下に激しく自己主張を繰り返し…。

 

「隆史さん」

 

「っっ!?」

 

 真横から聞きなれた声がした…。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

「変な事に巻き込んで申し訳ないっ!!」

「あ、いえ、大丈夫ですよ! 頭上げてください!」

 

 取り合えず頭下げた…あからさまに彼女達は、巻き込まれただけだ…この変な連中に。

 

「取り合えず、隆史先輩がこういう事する人じゃないって分かってますから…ね?」

「近藤さんっ!!」

「また、巻き込まれただけですよね」

 

 またってのが、非常に気にはなるが、さすが近藤さんっ! 変に物分かりが良くて非常に助かるっ!

 例の喫茶店の時でもそうだけど、この娘ってしっかりと、周りを見ているんだよなぁ…いやぁ…本当に…助かる…。

 

 助かる…。うん、助かる…が…この状況…。

 

「ほら尾形、さっきも言っただろ? 堂々としてろ、堂々と。後輩達と一緒に同じテーブル席についてるだけじゃあーないか」

 

「うふふふふふふふふふ」

 

 …。

 

 そう…思うなら、この俺の席の左横に座ったカルパッチョさんを何とかしてくれ…。

 さっきからずぅぅ…と、笑顔なのがすげぇ怖いんですよ?

 

「先輩も海に来てたなんて、偶然ですね」

 

「そ…そうだね…」

 

「それにしても…強引な客引きって、違法…………じゃなかったでしょうか?」

 

「」

 

 

 出店…というか、屋台式の何時もの移動販売カーの前に、あの戦車道全国大会開会式と同じく、専用の円状の真っ白い、テーブルとイスが用意されていた。

 …そして俺の右横の席にに座っている、めちゃくちゃテンションの高い近藤さんも、なんとかしてくれ…。

 最後…明らかに俺に向けた感じで声を発してないですよ…ね? 視線が俺を通り越して、反対に座っている人物に……というか! 二人とも顔が近い近い近い!! 

 

「あら、人聞きの悪い。お知り合いの方に、来店して頂いただけ…という話ではないでしょうか?」

「なら、お仕事してください。そのお客さんと同じ席に着くって…お店側の対応としてはどうなんでしょうか?」

「これもお仕事の一環ですよぉ? ちゃぁーんと、売り上げに貢献していますから」

「……むぅ」

 

 そんなやり取りを見て、向かいのオッサンが一言…。

 

「まぁ…そういったお店もあるしね、一概には…」

「え?」

「はい?」

「…マジで黙ってろオッサン」

 

 常夫さん…アンタ、なんで自分から穴堀りに行くんだよ…。

 

「…それでも先輩の横の席に座るって…普通に同行している方に席を譲りませんかぁ? ほら、中村先輩が寂しそうですよぉ?」

「あ、いや、別に俺は…「  ネッ?  」」

 

「……あ、はい」

 

 ………はい、これらの会話は…現在、満面の笑みで繰り広げられてオリマス…。

 現状、二つのテーブルが用意されており…俺の席には…カルパッチョさん。近藤さんを左右に、向かい側に常夫さん。その横に中村…そして…河西さんが絶賛俺をゴミを見る目で眺めてます…の、計6名が席についております。

 はい、ではその横を見て見ましょう…はい。林田の左右に秋山さん、華パパさん…そして磯部さんと佐々木さん…が、こちらをとても楽しそうに眺めておりますね、はい。

 佐々木さんの向かい側になった林田は…とても幸せそうに顔をほころばせておりますね? …この野郎。

 しかし…近藤さん…例の祝勝会以降、なんか雰囲気変わったな…。どん底に出向いた時、佐々木さんに声真似依頼していた件を訪ねる為だけに家に来たり…最近行動力も増して来た気がする。

 彼女の笑顔が怖いと感じたのはその時が初めだったな…今も怖いけど…。いや、可愛らしくは感じるのだけど…妙に迫力があるというか、なんと言うか…。

 親父共は、もうすでに開き直ったのか…自分の娘の同級生、後輩と席を同じくしているというのに、もう何時もの様子に戻ってますね…ちくしょう…。

 

「モテるねっ! 隆史君!!」

「常夫さん…だから、なぜ嬉しそうなんですか」

 

 俺の向かい側に座るこのオッサンも、終始満面の笑み…。貴方にとってもこの状況は非常に危ういというに…。

 おっさんズは…あっさりと俺達と一緒にいる事の理由を白状した。

 常夫さんの事は置いておいて、優花里パパは既に顔が割れているし、華パパさんも、華さんとの誤解の件の時、俺の事を散々聞いて回っていたというので、こちらも顔が割れていた。

 よって唯一怪しい、このチャラいオッサンは、この二人の友人と言う事で話を推し進めた…よって…。

 

「………」

「河西さん…卑下した目を辞めて…」

 

 ナンパ目的で大人を巻き込んだ俺達…という構図とでも見ているのか…。

 何時もにも増して鋭い目つきで俺を睨んでますヨ。

 その怪しいオッサンも、河西さんから非常に不審者を見る目で見られていると言うのに…気が付かないとか…。

 

 しかし…何故か牽制しあう、近藤さんとカルパッチョさん…。

 その二人に河西さんの言葉に仕切り直すかのように、近藤さんがコホンと小さく咳をすると…というか、あの…余り近づくと色々と目に毒ですのでやめて欲しいのですけど…。

 …近藤さん…。この娘、本当に16歳か? 確かに顔には幼さは結構残っているのだけど、柚子先輩と宜しく傍から見ると女子大生にしか見えねぇよな…。

 そのまま、俺に体を押し付ける様に更に近づけると、顔を俺だけに見せる様に上げた。

 

「…」

 

 ぐっ…前はこんな事なかったのに…近藤さんだけじゃない。何故、こうも露骨に彼女達を女性として意識し始めてしまっているのだろう。

 …河西さんのサクッと、俺の心へメスを入れる視線に何も言えねぇ…。

 

「あ、そういえば…これで先輩にナンパされるの、2回目ですね」

 

「近藤さんっ!?」

 

 いや、君もなにサクッと、言ってんの!?

 場の空気を換えようともしてくれたのだろうが、若干赤身を帯びた顔で言われると別の意味に取られかねない…。

 …あ、一瞬目が横を向いた…その視線の先…。

 

「…隆史さん」

 

「ちっ…ちがっ!! カルパッチョさん、違いますからっ!!」

「……ふ~ん。そうですか、先程から見てましたが…やはり…」

「ぜっ! 前回も、今回も…アレのせいというか、なんというかっ!!」

 

 な…なにこの状況…。

 普段ふ~んなんて、言わないでしょ貴女!

 

「妙子ちゃん…」

「尾形君、サイテー」

「傍から見てる分には、楽しくって仕方ないけどな」

「兄ちゃん良い趣味してるな…まぁ実際にその通りだけどなぁ!」

「う~…ん、子供もいるから、お酒は控えておこうか…。店員さん!」

 

 隣の席っっっ!!!!

 

「いやぁ、両手に花で楽しそうだねぇ、隆史君」

 

 この野郎っ!!

 正面の常夫さんが、実に微笑ましく見守っている体が、非常に頭にくるっ!!!

 中村は中村で、呆れ果てた顔しやがってっ!! あぁもうっ! 胸の傷が滅茶苦茶疼くっ!!

 

「しかし…テーブルを囲むこの状況は、まるで…アレだね!? 隆史君!」

「…なんすか」

 

「アレだよ、アレッ! 合コン!!」

 

「…アンタ、マジで黙ってろ…」

 

 常夫さん…。

 何がそんなに楽しいのか…それとも感覚マヒして、自分の置かれている状況を把握してねぇのか…さっきから言動がヤベェぞ。

 

 

「ほれ見ろ、尾形。林田が言う様にな? 傍から見ると、お前の態度は大分…アレだぞ? アレ」

「くっ…」

「二人ともアノ林田見てんだ…解っていて、んな話してんだよ。まぁ…終始、自分にドギマギしてくれるお前を見るのが楽しいって、二人の気持ちもなんとなく分かっちゃいるけどな…それでもだ」

「楽しいって…」

「……」チッ

「……」チッ

 

 敢えて…敢えてだろう。

 近藤さんとカルパッチョさんとの前で、先ほどの話を持ち出した。

 …一瞬聞こえた舌打ちは、多分空耳だろうね…。

 

「そうですねぇ~最近は昔みたく、朴念仁に足が生えて歩いているだけではなくなりましたので…ちょっとその反応が嬉しくて…というのはありますね」

 

 カルパッチョさんっ!?

 

「……2回目ですよ…もう一度」

 

 …あ、はい。ひなさん…。

 だから、頭の中にまで突っ込むのはやめて…。

 

「そ…そうですね。白状してしまうと…ちょっと…はい。そこは私も嬉しくは…ある…かなぁ…」

「近藤さんまで!?」

「だから、ちょっと…いえ、かなり? 例の優勝賞品の…日、楽しみではありますっ!」

 

 な…なんかキラッキラした顔で此方を向き直したけど…。ただの買い出しだよ? え?

 

「はぁ…だから言ったろ? 変に変わったお前の態度が新鮮なんだろ。んだから、堂々としろって言ってるだろ?」

 

 説教にも似た中村の言葉は、カルパッチョさんと近藤さんに少し、軽い影を落とした。

 なんでだろう…ちょっとイタズラが見つかった子供の様な顔…と、表現した方が良いのか? そんな中村を、少し意外そうに見ている河西さん。

 常夫。おい、常夫。アンタ…なんでそんなに残念そうな顔してんだ。

 

「ほら…」

 

 中村は何かを言いたげに、眉を潜めた。その視線…いや、目の動きで何となく何を言いたいかは分かった…。

 俺を見て、左右の二人に目線を投げたからな…流石に今までの流れで何をするかは…。

 

「…あ、私の事は無理に水着を褒めて頂かなくても大丈夫ですよ? そういった事は、二人きりの時、名前を呼び合う様な時ににして頂けます?」

 

 ま…またあらぬ誤解を呼びそうな言い方を…。

 水着を褒める褒めないって事まで、事情を知っているように言ったな、今。

 

「それに無理に褒められたとしても、嬉しくありませんっ!」

 

 ぷいっと…顔を背けてしまった…。あ…でもこういう拗ねた感じのカルパッ…ひなさんは新鮮かもな…。

 フリルの付いたビキニタイプとでも言うのか…下がスカートタイプの…なんつー水着か分からんが、白と黄緑、2色の水着。

 そういう割には、なんか…変に強調していませんか? …なんつーか清純的な水着なんだけど…貴女が着ると、変にこう…。

 

「私も…あ、いえ…でもなぁ…次の機会がいつ来るか分からないし…でも出来るだけ攻めた方が…このままだと何時まで経っても…」

 

 あの…近藤さん? 君は君で、何を真顔で攻めるとか言っているんでしょうか?

 なんか…一人事でブツブツと言い出したけど…あの…近藤さん?

 

「攻めるって…何を?」

「あぅ!? あ、いえ何でもないですよ!?」

「……」

 

 ひなさん…何故にそんなに笑顔なんすか。

 

 中村は中村で、また深いため息を吐くし…林田は林田で、なんか知らんが現状を満喫しているようだし…なんだこの膠着状態。

 そんな様子を、にやにやとした視線の常夫さん。何がそんなに楽しいんだよ…少しは危機感持てよ。

 そして相変わらず…まっすぐ俺を睨む河西さん…。

 

「あ、うん…そういえば、忍ちゃん」

「………」

「忍ちゃん?」

「…んっ? あ、ごめん。何?」

 

 一度、その呼び声にすら気づかない程いに、あまりに真剣に睨んでくれていた彼女に対して、近藤さんが声を掛けた。

 どこぞの司令官みたく、テーブルに肘を着き、口元を隠す様に指を汲んで、まっすぐ目だけで俺を睨んでたからな…一言も喋らないで…。

 

「すっごい目に…その…? 力が入っているけど…大丈夫?」

「大丈夫」

 

 すこし言い淀んで、言葉を選んでくれたのだろう。しかしその声に即答して…すぐにまた、俺を睨み始めた…。

 彼女が俺を快く思っていないのは、なんとなくわかるんだけど…今回は態々俺と同じテーブルに座ったし…なんなのだろう。

 ただずっと…真剣に俺に視線をブッ刺してくるYO…。

 

「「「 ………… 」」」

 

 そういえば、今日は彼女の口からは、素敵なお便りを貰ってはないな…。

 特段、何を言われる訳でもなく、ただただ睨まれるだけ…って、どうしたんだろう。

 

「よぉ」

 

 そんなどうしていいか分からない空気に変わった瞬間…後ろからコレまた聞きなれた声がした。

 

「あら、ペパロニ? お店はいいの?」

 

 水着の上にエプロン…といった姿のペパロニが、俺の真後ろに立っていた。

 頭を少しボリボリと掻きながら、俺を見下ろしている。

 それと…横にいるドゥーチェさんが、肩を落として佇んでいますね…。

 

「カルパッチョ…お前がサボり始めたのと、タカシ達のせいで、客足が途絶えちまったんだよ」

「あら、ごめんなさい」

「もう少し、悪びれて言いやがれ」

 

 …あ、うん。気が付くと、俺らのテーブルに足していくつか視線を感じるね…。

 感じるけど…華パパさんと、俺…そして常夫さんを見ると、その視線が霧散するな。

 ま…まぁ…店前に設置されている簡易テーブルの前に、こんなオッサン達が鎮座すりゃぁ…客足も途絶えるか…。

 

「な…なんか、悪いなペパロニ…」

「いや、アタシは別に良いけどよぉ。ただ…ほら、ドゥーチェ落ち込んじゃったじゃないか」

 

 あ…本当だ…チヨミンの目に光が無い…。

 

「大丈夫…。今は隆史もお客さんだから、別に…いいんだ…」

「ご…ごめん、千代美…」

 

 飲み物しか買ってないしな…既製品飲料販売って、あまり儲けがないんだよな…。

 とは言ってもなぁ…。直接売上妨害になっているのが、分かってしまった今…此処に鎮座しているのは、迷惑以外の何物でもないしな。

 まぁこの変な空気を変え事も出来そうだし、ナンパという名目で引っ張て来てしまった彼女達を開放するにも、丁度良い機会かもな。

 

「よし! んなら解散だな、解散っ!!」

 

 俺の言葉に即座に後ろからめんどくせぇ声がした…。

 

「え~…何もしてないのにもう解散かぁ? 小僧、お前なにもしてないだろぉ?」

 

 …オッサンは俺に何を求めてるんだよ。彼女らに迷惑だろうが

 

「んん~…でも五十鈴さん、さすがに営業妨害になりそうですしねぇ」

「まぁ、そうだけどなぁ。でも、秋山さん。俺らは場所を移すだけでも良いんだけどよぉお? 小僧達のパラソルんとこに戻るだけですむ訳だし…」

「大所帯になってきまししねぇ」

「え…それ、私達も入っているんですか?」

「キャプテン、私は別に構いませんよ?」

「ん…んん~…どうしよっか…」

 

 それプラス、まだ俺らに着いてくる気が満々だと、普通に言いやがった。

 俺らって…アンタらも解散してくれよ。磯部さん達も相談始めないで下さいよ…。

 

「でもなぁ~…今回の功労者の兄ちゃんがねぇ…」

「あぁ…」

 

 あ? 林田の事か? 何言って…。

 

「尾形………林田、見て見ろ…」

「………」

 

 さ…さっきから大人しいと思っていたら…こいつ。河西さんと同じく…どこぞの司令官と同じ格好のまま…。

 

「兄ちゃん…そこまで必死だと、すげぇな…」

「おかまいなく」

「君、戦国武将の様な顔してるよ?」

「おかまいなく!」

 

「……アンタ、気にならないの? 先輩としてそろそろ止めておきたいんだけど…」

「なんの事ですか?」

 

 向かいに座っている、佐々木さんの胸を凝視してやがる…。

 失う物なんて何もない…ただ今のこの時を謳歌したい…ただその一心…といった面持ちだな…。

 

「あけびちゃん…視線に慣れちゃって、気づかなくなっちゃってるんだ…」

 

 …あ、うん。近藤さんの呟きに、何が言いたいか分かった…。

 皆まで言わない方が良いだろうよ…。

 アイツ…あの行動で嫌われるとか思わねぇのか…。欲望に素直なのは結構だけど、実直すぎて逆に突っ込めねぇ…。

 はぁ…。

 

「おい、林田。解散だ、解散」

「………嫌だ」

 

 お…俺の声に一発で、反応した。

 

「チヨミン達に迷惑だろ?」

「ぐっ…」

 

 よしよし反応が鈍った。さすがに人様に被害が出ている以上、林田も何も言えまい。

 ここで無視するような奴ではない事くらいは、さすがに解るしな。

 

「なら…バレー…だ」

 

「「「っ!!」」」

 

 ……往生際が悪いな。何てこと言い出してやがる。

 そのバレー部の人達が、反応しちゃったじゃないか。

 

 …あ…あれ? 河西さんだけ、変わらず俺を睨み続けてる…。ここは君も反応するとか思ってたんですけど…。

 ブツブツと俺を睨みつけるのが、そろそろ本気で怖くなってきたんですけど…。眉間に皺まで寄せている分、憎しみでも籠っているかの様に感じてしまうんですが…。

 しかし、常夫さんも大人しいなと思ったら、その隣の河西さんをジッ…と見てるな。聞き耳を立てる様に、たまに耳に手を置いてる。

 

「常夫さん…セクハラ…」

「えっ!? ちがっ…違うよっ!?」

 

 絵面的にヤベェ…。写真撮っておこうかな…しほさん様に…。

 

「兄ちゃん、突然何言ってんだ?」

「バレー?」

「そう…結構なメンツがそろってる…ならばやる事は一つでしょう? 海、砂浜…そしてボール…ならビーチバレーをするのが必然かと思う」

「…兄ちゃん…文字通り、本当に必死だな…」

「気持ちは分かるよ? 分かるが…」

 

 こっちはこっちで……まぁ…ある意味で、声かけて此処まで一緒にいてくれているのは、知り合いの好とはいえ彼女達だけだ…。

 だから必死なのだろう。オッサン達でさえ、ドン引きしている現状を見れば明らかだろうな。…しかし…中村は眉間を押さえている。

 もちろん俺もだ。こいつ…解っていて、言いやがったな…。

 

「キャプテン…一理ありますね」

「そうだね…私達意外の人とバレーなんて、久しくしてなかったものね…」

「戦車の練習で皆疲れちゃって、誰もしてくれませんでしたからね…」

 

「姉ちゃん達も面白いな…」

「今の若い子って凄いねぇ」

 

 ……やはり…食いついちゃった…。

 いつの間にか近藤さんも、その輪に加わってるし…。

 はぁ…流石に彼女達にも迷惑だよな。本気で止め…

 

「…なぁタカシ」

「ペパロニ?」

「タカシのせいって言っちまったけど、別に気にしなくて良いんだぞ?」

「そういう訳にいかんだろ」

 

 俺達が来るまで、どれだけお客さん来ていたからは知らないが、さすがになぁ。

 

「ん~…なんつーか、一概に悪い事だけって訳じゃねぇんだ」

「どういう事だ?」

 

 俺を擁護してるのか、ある意味ですげぇ恰好のペパロニが此処に居ても良いとは言ってくれる。

 チヨミンも軽く手を上げて、その言葉に賛同しているな。

 

「なんつーか…まぁ、客によぉ…やたらと声掛けられるもんだから、あんまり商売になんねぇんだよ」

「…あぁ…まぁ…」

「ナンパなら他所でヤレッてんだ。仕事してんのにって、見てわからねぇかな。しつこいのなんのって…いい加減手が出そうになった時にオメェ達、って訳だったんだ」

「………」

 

 も…もはや人の事は言えんので、何とも言えない顔しかできねぇ…。

 …おっさん達も反応していたし…言わんとしている事は分かる。

 分かるが…そう…なんつ-か…。

 

「いやまぁ…チヨミンはまだ…良いんだけど…特にお前の恰好が…。そうだな…ちょっと」

「あん?」

 

 ふぅ…しかしまぁ、一応言わないとダメだろうな…。

 席から立ちあがり、回り込み…ペパロニと対面する様に立つ。そう…せめてと、林田達にはペパロニの後ろ姿しか見えない様に少し誘導を掛ける。

 つられてチヨミンも、ペパロニの横へと並ぶ。

 一度林田を見た時から思ったんだが…ここにいると、周りからの奇異の目での視線が集中する。しかし、その中には少し違った視線を感じる事があった。

 

「い…いいか?…お前も悪いんだぞ? その格好じゃ、色々とまずいだろ…少し気を付けんと…な?」

「あん? アタシ達の恰好の、どこが悪いんだってんだ」

 

 ちょっと野暮かとも思ったので黙っていたのだが…まぁ…ペパロニも女の子だ。特に彼女はそういった視線には鈍いだろうからちゃんと言っておこう…。

 

「普通に水着着て…」

 

 ペパロニは水着をちゃんと着ていた。まぁ…海だし特段、変って訳でもない。

 変じゃないけど…なぁ…。

 

 

 

「飯作るから、エプロンしてるだけだろ?」

 

 

「それが問題なんだよ!」

 

「あ? エプロンしなきゃ危ねぇだろ。それに姐さんと一緒だろ? アタシが駄目で、何で姐さんはOKなんだよ」

「チヨミンは腰からのエプロンだろ!? お前のは首から下げるタイプだろうが!」

「んぉ?」

 

 …お前の水着…ビキニだろうが…。

 エプロンに隠れて見えんが、紐部分…本当にただの紐タイプで…なんつーか…。

 その姐さんもビキニタイプですけどね? まだ健康的に健全に見える訳ですよ。

 

 …黒い紐ビキニ…結構似合いますね、千代美さん…。

 

 あ、違う。そうじゃない。

 

 ペパロニ! お前の場合、真正面から見ると、裸エプロンにしか見えねぇんだよっ!!

 身体を大きく隠すタイプなら良いんだけどね? 微妙に…小さいから…もう…。

 

「下はハーフパンツタイプだから、大丈夫だけどな!? お前の姿、角度が揃うとすげぇ事になってんだよ…」

「お…おぅ? よく意味は分からんけど…」

 

「………あっ!」

「………ぁあ、そういう…」

 

 よし、チヨミンは気が付いたな…。顔を少し赤くして、ペパロニを凝視した。

 カルパッチョさんも気がついたのか…苦笑をしているな。

 その格好に、チラチラと林田の目玉が動いていたしな…一瞬見間違いかとも思ったのか、二度見する人が結構多かったんだよ。

 

「エプロン…ん?」

 

 しかし…マジで分からないって顔してやがるな…。

 直接的に言うと、完全にセクハラになるので言いませんがね? 君、スタイルかなり良い方なんですよ?

 これにチヨミンは兎も角、カルパッチョさんなら気が付きそうなモノなんですが…?

 

「いいか、ペパロニ…お前も女の子なんだから、そっちの組み合わせは気をつけろよ。な?」

「おっ…おぉ! そういう事か! つまり、アレだ」

 

 おっ…漸く気が付いてくれたか…。

 顎に手で摩りながら、笑ってくれた。

 

「タカシは私に脱げと」

 

「なんでそうなるっ!!!」

 

 …気がついてなかった…。

 

「隆史…お前…」

「千代美さん? 普通に引いた顔はやめてくれませんかね?」

 

 くっそっ!! ペパロニの後ろに見える席で、オッサン連中が爆笑し始めやがった。

 

「ん? エプロン脱げって話じゃねぇのか?」

「違うわっ!! せめてエプロンの下にティシャツかなんか着ろって話だ!!」

「順番的に、エプロン脱がんといけねぇじゃねぇか」

「会話のきゃっちぼーるしよう!? 後、せめて取るって言ってくれませんかね!?」

「一緒のこっだろ? それにオメェ達の話の流れ的に…アレだ、アレだろ?」

 

 …こ…こいつが、話の流れとか言い出した…。

 

 

「タカシは、私の水着姿が見たいと」

 

 

 ……。

 

 

「……そ…それは、ソレで別の話です。後……大分語弊がアリマスヨ…?」

 

「語弊? ゴヘイってなんだ…モチか? まぁいいや。つまりはそういう事だろ? 相変わらず、回りくどいなぁタカシ」

 

 あ…危なく「違うわっ!!!」と、突っ込みを入れそうになってしまった…。

 まずソレを言ってしまったら…彼女も女の子だ…怒るかもしれないし、傷つけるかもしれないと、変に頭が働いた。今までならなかったな…こんな考え…。

 それに間違いなく、また変な方向に話が行くと思って、一瞬冷静になれた自分を褒めてやりたい…が。また、別の方向へ話が流れソウデス…。

 

「いや…違うんですよ、ペパロニさん。ただ、ぼかぁね?」

「んだよぉ! 早く言やぁいいじゃねぇか!!」

「あの…聞いて?」

「別に見られて減るモンじゃねぇし!」

 

 

「「「 ……… 」」」

 

 

「そっか、そっかぁー!! タカシがねぇ~、アタシのをねぇ~へぇーー!!」

「いや…もう…なんつーかぁ…」

 

 言葉を選ぶのって大変だよな…

 しかし…えっらい嬉しそうに笑うな…。って…お前…。

 

「…あれ? 固く縛り過ぎたか…」

 

 早速とばかりに、後ろ手でエプロンの紐を解き始めたペパロニさん…。

 ……のぉ…後ろで…手叩きながら爆笑してれるクソ親父共をぶん殴りてぇ…。

 

「…ま、いっか。めんどくせぇ」

 

 紐を解くのが上手くいかなかったのか、早々に解くのを諦めた。

 よ…よし…。これでまた少し話ができる。こういうところも彼女の短所でもあり、長所でも…。

 

「よっ…と。引っかかるな…」

 

 …って、思ってる傍から、今度は服を捲り脱ぐ様にエプロンに手を掛けた。

 ツッコム余裕すら与えてくれないっ!! 捲られたエプロンが…胸の下側に引っかかった…。

 何とも言えない…つか、行動が早いよっ!! 視界にお腹が、飛び込んできた…あ、やっぱり結構、良い腹筋…。

 

「隆史…お前…」

「はっ!! いかんっ! つい腹筋に目を奪われた!」

「この筋肉馬鹿が…というか、なにやってる、ペパロニ!」

 

「よっ…とっ!!!」

 

 ドゥーチェが…声を掛けた瞬間…引っかかった部分が、スルッ…と上に…。

 

 

 

「 あ 」

 

 

 

 エプロン…が…水着ごと上に上がった……。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し開けた砂浜…俺…の横に座る、尾形、西住さんの父親、五十鈴親父さん、秋山さんのお父さん…。

 キャッキャウフフと、聞こえんばかりに…その前方でビーチボールで戯れる高校生達を眺めている…。

 

「尾形…」

「…なんだよ」

「あ、うん…なんか…ごめん」

 

 何となく、謝ってしまった…。ある意味では尾形には良かれと思って言った事なんだが…先ほどからどうにも尾形が少しやつれている様にしか見えねぇんだものさぁ…。

 さっきのか…? ペパロニ選手自身は、気が付かなかったのだろうが、アンチョビ選手、カルパッチョ選手が、あの瞬間…光速かと思う程の動きで、捲れたエプロンを強引に下げた。

 よって、()()には見えなかったようですね。まぁその本人は、尾形にに対して気にもした風には見えないので…まぁ良かった。

 

 …。

 

 まぁ…アレだ。

 

『 なにしてんだバカァ!! 』

『 …ペパロニ… 』

『 二回目だし別に気にしてねぇっすよ? 』

『 ……… 』

 

 

 …アレ…絶対に尾形には見えてたよな…真正面だったしな…。

 林田は気が付いていないのがある意味で幸いしたのかもしれない。五十鈴親父さんが陰になって見えないかっただろうな。

 

 あ、うん。コメントに困るよな…。

 尾形の目が点になってる顔ってのは、初めて見たなぁ…。

 

 その後…もう色々と諦めてしまったのか…その本人達はもうすでに店を閉め…今目の前で、うちの高校の後輩達とビーチバレーを楽しんでいる。

 相変わらず、人と仲良くなるの早いなぁ…アンツィオの人達は。尾形にもソノ秘訣をマジで教えてやってほしい…。

 

「…よくもまぁ、うまく続くもんだな…」

 

 ガチのバレーではなく、ビーチボールを手で、ポンポンと跳ねさせるだけのラリーを繰り返すだけの遊び。

 …そのビーチボールも、これまた光速の動きで、どこからか購入して来たんだよな…。

 

 

 林田が…。

 

 

 もはや林田に付き合い、ナンパに繰り出すよりも、こちらの方が遥かに健全なのに気が付き…俺も尾形も、こうして了承をした訳だ。

 最初は俺も混じっていたんだけど…いかんせんコレ…見た目よりも実際にすると、疲れる…。体力ありそうな尾形は、寝不足気味の上、この炎天下でもう無理…と珍しくギブアップした。

 俺もソレに付き合い、早々にリタイアして、こうしてお休みしています……同じく体力を理由に早々にリタイアしたオッサン共と一緒に…。

 

 あぁ…林田が泣きながら輝いている…。楽しいそうだな…ホントに楽しそうだ…。

 アイツもかなり疲れていると思うのに…よくあのバレー部の体力についていっていると思う。いやはや…もはや、執念しか感じねぇ…。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「え…あぁ、大丈夫」

 

 たまにこうして、近藤さんが休憩がてらやって来て、横に置いてある私物のバッグから取り出した水筒で水分補給をする。

 遊びとは言え、名前にバレーが付く以上真剣…らしく、海にも入っていないのに汗だくだった。

 そう言っては、ついでにと……尾形に何度か水筒を渡すのだけど…。

 

「先輩も一度、熱中症になっているんですから…気を付けてくださいね」

「あ…はい。承知しております…はい。ご迷惑おかけしました」

「ふふっ、なんですか、それ」

 

 変にかしこまった言い方に笑うと…またすぐに目の前の輪に戻って行ってしまうのを、もう何度か繰り返している。

 これ…あれ…やっぱりそうだよなぁ…。あからさまにこちらを見ては、申し訳なさそうな視線を送っては来る。だって尾形にだけ水筒渡しているので…まぁなんつーか…。

 流石に尾形以外は、気が付いているようで…その視線に対して、輝く笑顔で親指を立てて、彼女にエールを送ると変なシンパシーで現在の状況が成り立っているという訳だ。

 まぁ、俺としては…西住さんに悪いという気持ちも湧くが、かといって彼女達の気持ちをもないがしろにする訳にもいかないし…という訳で、見て見ぬフリを決め込んでいた。

 

「アレで。隆史君は気が付かないとか…みほとまほ…そりゃ昔から苦労するはずだ…」

 

 西住さんのお父さんの呟きに、思いっきりため息を吐いてしまった…。昔からか…まぁ…そうだろうな。

 あ、そうそう。眉を潜めていると…流石に体力的に参ったのか…死にそうな野郎が戻って来た…。

 

「ヒュー…ヒュー…」

 

「…林田、お前…運動なんて普段しない癖に、運動部ガチ勢についていこうとするから…」

「しかし、そのガチ勢に普通に着いて行っているアンツィオすげぇな…」

 

「ヒュー…ヒュー…」

 

「「……」」

 

 目の焦点が合っていない…。吐く息が笛の様に聞こえるぞ…。

 しかし…なんつー満足したかの様な顔してやがる…。そのまま、同じくして俺らの一列に加わった林田。

 お陰で…野郎共が一列に並び…ビーチバレーを楽しんでいるJKを眺めているという怪しい構図が出来上がりました。…と、さ…はぁぁぁ…事案だよな…完全に…。

 

「いやぁ~…しかし立派だねぇ。しかし、ウチの子も負けてはいない!」

 

 …娘さん達が聞いたら、二度と口聞いてくれなくなりますよ?

 

「ウチの娘も、結構立派になってくれてなぁ…良かったな小僧っ!!」

 

 …あ、珍しい…尾形が反論しない…シオシオのまんまだ。

 

「すごいなぁ~最近の若い子は。優花里が少し不憫に感じてしまうよ…あれは遺伝だからしかたないかぁ」

 

 そして………尾形を見る秋山さんちのおとーさん。

 

 しかしオッサン共…。高校生…というか、アンタらの娘さんのお仲間に向かって、そのセリフを吐くとかすげぇな。

 まだ自分達の関係性を言っていないから…完全に開き直っているのだろうか?

 

「突然何を言い出すんですか…人様に聞かれたら、通報される案件ですよ」

「何言ってんだ? 素直な感想だろ? 子供の成長を実感してんだよぉ?」

「…華さん聞いたら殺されますよ」

 

 尾形の口調に覇気が全く感じられないな…。

 

「ふぅー…しかしアレだね、昔ならこういった場所ですと、アレが行われてましたよねぇ~。時代の流れかなぁ~いつの間にか開催されなくなっていますよねぇ」

「ん? 秋山さん? なんの事ですか?」

「西住さんは、熊本出身でしたよね。昔はですねぇ…ここでステージが設置されましてね?」

「おぉ! あったあった!! いつの間にかやらなくなったなぁ~…」

 

 オッサン共が昔話をし始めましたね。

 流石に疲れたと見える。こういった昔話をし始めた時点で終わりが近づいてきたという証拠とも言えるだろう。

 

「昔…な…なんか…してたんすか…?」

「お、漸く言葉がでたな兄ちゃん。無理すんなよ?」

「ふむ、私が君達くらいの時にはね? さっきも言ったけど、簡易的なステージが作られて…飛込みOKのサバイバルが行われていたんだよ」

「サバイバル?」

「あぁ、成程…。熊本でもありましたよ! 眺めていたら、妻にゴミを見る目で見られましたが…1週間は口を聞いてくれませんでした…」

「あっはっは! 良くある話ですねぇ」

 

「「???」」

 

 オッサン共の話を、興味なさげに聞き流している尾形…それ、もう…ポンポンと宙に浮くボールを眺めている姿に哀愁が漂ってるぞ…?

 

「今じゃ簡単に携帯で写真を取れましねぇ~そういった事もあってか、開催できないのでしょうね」

「時代ですねぇ。昔はテレビも結構おおらかだったんですけど…」

「あの…なんの話ですか?」

「…あぁ、昔は良くあった…」

 

 

 

 

「水着コンテストって奴さ」

 

 

 …。

 

 

 ………なんだろう…その言葉で、心の中が一瞬で切り替わった気する。

 

 

 

 

『さぁ、始まりましたね中村さん。第一回大洗戦車道乙女水着コンテスト』

『はい、始まりましたねぇ。林田さんの復活が思いの外に早くて、私びっくりしております』

 

 

 …。

 

 

『私、水着コンテストなんて都市伝説と思っていたのですが…まさか地元で開催されていたとは思いもしませんでした』

『そうですねぇ~。まぁ今回は外から眺めているだけのコンテストですが、尾形さんの!! 感想を生で!!! …聞いてみたいと思い、私もこのノリに乗りましたよぉ』

『はい、そうですねぇ。しかし、私水着コンテストなんて見た事もないので、よくわかりません。アナウンサーが上手くできるかどうか…』

『大丈夫ですよ林田さん。今回は実際にご覧になった事がある方をお招きしております』

『はぁい、視聴者の方も、これで安心ですねぇ! ともに審査員もお願いしております』

 

『どうも。若い頃、妻に一度コンテストに参加してみないかと言ってみたら、顎骨を粉砕されそうになりました。西住 常夫です』

『おー…俺は、妻に貝殻ビキニで参加して貰ったら、義父殿に石を枕に海へ沈められたな。はっ!! まぁ自力で脱出したがな!! っと、五十鈴 征十郎だ』

『お二方…すごいですね…。はっはっ…………私には言う勇気はありませんでしたな…。秋山 淳五郎です』

 

『以上、3名のゲストをお招きしてお送りしたいと思いますっ!!』

『では、お三方お願い致します』

 

 …。

 

 俺と林田の変なノリスイッチが入ったの見て…例のゲーム経験者達がこちらを見て、ビーチバレーやめてしまった。

 それは俺らが尾形をイヂる合図でもあり…内容で強制的に尾形に水着姿の彼女達の感想を言わせようとしているのが即、伝わったようだ。眼球を光らせ…まぁカルパッチョ選手が代表みたいなモンだけどな…。

 磯部さんと佐々木さんは苦笑してはいるが…彼女達も此処まで付き合ってくれ多分、結構ノリが良いと思う。…あ、はい。河西さんは、めっちゃ目を見開かれて尾形を見ているが…。

 近藤さんとカルパッチョ選手は、やっぱり尾形の感想を聞きたいんだろう。さっきのは強がりの様なモノだろう。アンチョビ選手ですら、チラチラと尾形を見ているしな…。というか、彼女が一番わかりやすいなぁ。

 

 し…しかし…。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

《 ……… 》

 

 

 

 

 お…尾形が無反応…。

 

「ど…どうした尾形…。俺らが言い始めたから言うのも何だが…」

「いつもの…つーか、さっきまでのお前なら、慌てふためくのが通例だろ!? なんだよ、その反応…」

 

「………」

 

 

「…た…たかしくーん?」

「いや、小僧よぉ…結構とっておきの話したんだが、無反応は悲しいぞ?」

「隆史君?」

 

「はっ……」

 

「おが…た?」

「どうしたお前…」

 

「いいさ…乗ってやる…乗ってやるがな…?」

 

「お…おぉ」

 

 

 

「さっき…此処に来る前にさぁ…俺…パーカー取りにパラソル元に戻ったろ?」

 

 

 …そう言って語りだそうとする尾形…。

 

 

 まずい…嫌な予感しかしねぇ…。

 

「…そうそう…」

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

「わかった…。でもちょっと待ってろ…パーカー取ってくる」

 

 そう言って、取り合えずその場を離れ、刺してあったパラソルの元へと、重い足取りで近づいていく。

 結局、みんなでビーチバレーという流れになった。いや、ぶっちゃけ林田に付き合ってナンパに付き合わせるよりも数億倍良い流れと言えよう。

 

 …が…身体に疲労が溜ってでもいるのだろうか? 徐々にネガティブな考えに繋がっていく。

 何してんだろうなぁ…俺は…。気持ちに整理をつけたはずなんだが、やはり他人の……。

 

「………」

 

 パラソルが作る日陰が顔を覆うと、無意識にため息と一緒に泣き言で出てしまう…。

 

「疲れた…マジで疲れた…」

 

 ナンパ…ねぇ。

 

 一瞬…幻聴だろうとは思うが…ザッ…と、ブラウン管テレビが流す雑音が耳を刺した…。

 

 

 …。

 

 

 はっ…何がナンパだ。ありゃただのキャッチだ。

 

 昔から設置されている古いネオンと、真新しい最新型のネオン。

 蛍光灯とLEDの光が入り混じる、嫌と言う程見ていた夜の風景が、目の裏に映った気がした。

 

 …。

 

 目の疲れが溜った時特有の…あの刺すような痛みまで感じる。

 似たような事をやらされていた時に比べれば、先程までの事なんて平和その物だ。解ってはいるのだがどうにも思い出と結びつき…思い出す。

 今、思い返してみれば、あの会社ってのは何をしていて、俺は一体何をアホみたいな種類の仕事をやらされていたのだろう思う。

 考える余裕がない時は、ほぼ洗脳状態…。ブラック企業とボヤキ…塞ぎ込み…自暴自棄になり…。

 

 …。

 

 

 ……はぁ…止めよう。終わった事だ。

 

 今の俺には関係ない。

 

 …。

 

 関係ないが…どうして今更…景色まで鮮明に思い出すようになったんだろう。

 

 全国大会までは、思い返す事はあっても…ここまでハッキリと思い出す事なんてなかったのに。

 そうだ…全国大会までは。…アレが終わった後、それこそ発作とも言える程に、その思い出が不意打ちで蘇る様になった。

 何が切っ掛けだったんだろう…トラウマって奴は不意に蘇るような物だというのは理解はしていたが、突然すぎる。絶対に原因があるはずなんだけど…な。

 

 はぁ…お陰で…とでもいうのか…みほには非常に情けない姿を見せてしまった。誰にも言わなかったし、イエナカッタコト。

 …ま…それは、良い方向へと転がってくれたけどな…。心底救われたと思ったのは…あのサンダースの試合の時以上…だった。

 

 っっと…今はやめるんだ。せっかく行楽に来てんだ。

 …今までにない体験とも言える。

 

 …結局…アイツらとバカ騒ぎするのが、俺は楽しいんだ。

 こんな気持ちで何時までも居たくない。胃痛は激しくなるだろうが…はっ。さっさと行くか…。

 パラソル元へ放り投げてあったパーカに手を伸ばす。

 

「ただ疲れたというのなら、簡単な事だ。…少しで良いから止まれば良い」

 

「………」

 

 …。

 

 はっ…なんつーか…。

 

「相変わらず神出鬼没だな…。んでもって、意味深に普通の事を言うなぁ…」

 

「そうかい? …隆史は少し、生き急いでいる気がしてならないからね。そんな人間は、総じて脚を止める…なんて、簡単な事に気が付かないんだ」

 

 パーカーを羽織りながら、後ろから声がした主に向かって振り向こうとすると…先に回り込み、俺の正面に座った。

 はっ。生き急いでいる…ねぇ。

 

「いつものカンテレはどうした?」

 

「あの子にとって、潮風は毒だからね」

 

「…そうか」

 

 なんつー…か…良いタイミング…。あぁ本当に良いタイミングで現れてくれたもんだ。

 気持ちが沈んだ時には人と話すのが良いってのは、本当だなぁ…。

 

 そういえば…。

 

 見知った二人がいない事に気が付いた。

 ミカ本人がいない時は多々あったが、このパターンは少しめずらしい。

 

「あれ…?」

「ミッコとアキは、私が置いてきた。ハッキリ言って、この戦いにはついていけないからね」

 

 周りを見渡していると、俺に察してくれたのか、んな事を言ったきた。

 ま…まぁ…気にした事は正解なんだけど…。なんつーーか…。

 

「…お前はどこの三つ目だ」

「そういった訳で、日の私はソロ活動だね」

「珍しいな。…お前のその言い回し…というか、戦いってなんだよ」

 

 えらく上機嫌だな。

 

 ただパーカーを取りに来ただけなので、すぐに準備は終わる。

 改めて、腰を下ろし脚を並べて投げ出し…なんつーか…完全にくつろぎ始めた、その珍客を見下ろし、ちゃんと視線を合わせた。

 うー…ん。少々今日は出で立ちが違うな。何時ものチューリップ帽子を被り、何時もの学校指定のジャージを来ているが…スカート履いてないな…。

 野外活動が主な癖に、まったく日焼けをしていない真っ白い脚をブラブラと遊ばせている。

 

 ミカ。お前…水着なんて持ってたんだな…。

 

「どうした。今日は俺、何も食糧持ってないぞ?」

「……私の目的が日々、それしかないと思われていると少々心外だよ?」

「おぉ、珍しい。違うのか」

「それは今、ミッコ達が…」

「……」

 

 それでいないのかよ…。

 

「ただそれだけの理由なら、水着なんて貴重品、態々用意なんてしないよ」

「…水着って貴重品なのかよ」

「海に狩…海に入るのに、水着なんて意味があるとは思えない」

 

「お前…普段、どんな生活してんだ…密猟は犯罪だぞ…」

 

「全ての生命…その母なる海………そしてこの世は弱肉強食…」

「…段々と言い回しがおかしくなってないか?」

 

 そんな事を聞きたい訳じゃねぇ。

 

「まぁ今回は、隆史に聞きたい事があったからね。だからのこの恰好だよ。さすがに往来の人前で、何時もの恰好をするような趣味ないよ」

 

 お前…相変わらず面に言動だけじゃなくて…意味深な表情も作るから、たまに困るんですが?

 

「あぁ、それは隆史の趣味だったね。ならご期待に沿おうか?」

「…皆して俺をなんだと思ってんだ。冗談でも人に聞かれたらヤベェ事を往来で発言すんよ…」

「隆史が望むなら私は構わないよ?」

「おまっ…。はぁ…俺は構うし、その発言は更にヤベェのですけど?」

 

 人が聞いたら、洒落にならん事を次々に発言すんな。

 そして、ジャージのファスナーに手を掛けるな!

 

「……はぁ…で?」

「…で? とは? 私はただ…「この前の事、聞きに来たんだろ?」

 

 頭を掻きながら、ミカの発言に被せて聞く。

 

「…何故、そう思うんだい?」

 

 この間…。

 …あの分家との時の事だろうよ。態々この場でってのは、良く分からんが…多分そうだろう。

 島田の事を気にしていたからなぁ…。そのままよく会話も出来ずにいるからだろうか?

 

「ミッコとアキを、態々置いて来たからだ。んで狙いすませたかの様に、俺が一人になった時に声かけて来ただろ?」

 

「………」

 

「…随分と前に、ミカ。俺に気が付いてだろ」

 

 あれだけ目立っていりゃぁなぁ…知り合いならすぐに俺に気が付いても不思議じゃない。だから…俺に気が付いた人…もっといそうで胃が痛くなる。

 ミカは、図星…なのだろうけど、何故上目使いで楽しそうに笑う。

 

「まっ…最初はそうだったんだけどね…。ただ、久しぶりに水着を着て、ここに来たら…もうどうでも良くなってしまってね」

「はっはー。…そうだろうな。ここじゃ野暮すぎるだろ」

「ふふ…そうだね。…毒気が抜かれてしまった」

 

 こんな行楽地、周りが笑い、はしゃいでいる中でする話じゃないしな。

 その場の雰囲気で、そんな気もすぐに失せるだろうよ。

 

「本当に君は変わらないね…」

「んぁ? 何が?」

「あの北海道旅行の時の様に、私に遠慮がない」

 

 旅行じゃなくて遭難だけどな。

 

「女性に対して、君はどうにも…その軽薄さに拍車がかかる様だからね」

「…女性限定はやめてれませんかね?」

 

「だというのに、私に対しては相も変わらずなのはどうしてだろうね?」

「お前さんが盗人から足を洗ってくれれば、考え直しますよ?」

 

 はっ…まぁ、そんな軽口を繰り返すミカのお陰で、沈んだ気持ちが完全に持ち直った。

 しかし…本当に今日は上機嫌だな、お前さん。

 

「本当に…私を見る目が変わらない…。私にまともに付き合ってくれているのは、ミッコとアキだけだったのにね」

「そうか? …というか、盗人発言に少しは食いついてくれませんかね?」

 

「そうだよ。どうやら世間様では、私は「変わり者」と見えるらしいからね」

「スルーかよ……はぁ…。まぁ、こんだけ放浪生活続けてりゃ、そら見られるわなぁ」

 

「私の顔を知らない後輩もいるらしいよ?」

「…お前…一応隊長だろ…。というか、学校の出席日数足りてるか?」

 

「出席に日数…それは人生に「追及されて都合が悪いなら余計な事は言うな」」

 

 

 一言一言、言葉を交わす度に、一呼吸置くように静寂が走る。

 

「…」

 

「…」

 

 どうにも…この雰囲気は気に入ってはいるのだけど…そろそろ戻らんといかんな。

 ただなぁ…どうやら、俺に会いに来たようだし、ここでミカだけ置いていくというのは、ちょっと酷いだろうなぁ…。

 …林田辺りが、またはしゃぎそうだけど…連れていくか?

 

「…隆史」

 

「ん?」

 

 少し帽子で目元を隠す様に、顔を傾けた。

 見える口元が、軽く結ばれていた。

 

「正直に白状しよう。…隆史は私に対して変わらない。それは嬉しくもあるが…」

「あん?」

 

「…少々、怖くもある」

「怖い?」

 

「……君は…嘘つきだからね」

「………」

 

「冗談ばかり言うしね…」

「………はぁ…」

 

 …あー…成程。

 本来の目的はソレか。あの時も言ったが、島田だからと言って、見る目なんざ変えてやる気何てさらさらないのですが…。

 それでも不安は取り除けなかったのだろう…な。

 ならば俺も…。

 

「まぁ…本音を言えば?」

 

「………」

 

「ミカが島田と言うのが、結構すんなりと納得がいった。それ位か」

「…納得?」

 

「まぁ、ミカの性格…だろうな」

「性格…? すまないが、納得の理由が良く分からないのだけど…」

 

「いやまぁ…似てるだろ」

「…ん?」

 

 似てるなぁ~…本当に似てる。

 愛里寿は、全然似てないと思っていたが、こっちだったかぁ~ってな。

 

「ミカ、千代さんに性格がそっくりだなぁ…って」

 

「………………」

 

「荒唐無稽、何考えてるか分からない所とか…それでいて、変な所は大胆とか…」

 

「………………」

 

「だからミカが、島田だったと聞いて、あぁ…そっかー…くらいか?」

 

「………………」

 

「千代さんの娘さんだと、とても自然に…って」

 

 なんか、口元が更にきつくなった気が…。

 

「フッ…フフッ…」

 

「ミカ?」

 

「…フフ…フフフフ……やはり…」

 

「や…やはり?」

 

 

 

 

「アハハハハハッ!!! ヤッパリ!!」

 

「 」

 

 あの…貴女、そんなに大きな声で笑う人でした…か?

 キャラ変わってます………よ?

 

「タカシッ!!」

 

「はい!?」

 

 あの…顔を手で掴む様に挟むの、止めて頂けませんか?

 普通に痛いんですが…って近い近い近い!!

 

 

「……君は…疲れているんだね? あぁ…ソォダァ……なら仕方ない…疲労困憊なんだね?」

 

「」

 

 

 瞬間…バッと離れて…ゆらゆらと体を揺らし始めた…。

 めちゃくちゃ俺をガン見しながら…。

 

 

 

「じゃなければぁ…そんなツマラナイ冗談なんて言わない…ダロォォ???」

 

 

 

 ぶち切れた…。

 

 

 どしたの急にっ!!

 あの…また顔だけ…って、その顔が近いんですが?

 見た事がない、表情なんですが!? 目がすげぇ見開いて、すっげぇ怖いんですけど!? 

 

「はぁー…はぁー…また…また…。アレもう振り回されるのは沢山だ…」

 

「あの…なにをブツブツ…」

 

「アレと似てる? 在り得ない、アリエナイ…アリエ…」

 

 

 そこから数分間…小さく唇を動かしながら、ずっ……と何かを呟き始めました。

 あの…あからさまにトラウマ再生中になってるよな…これ。

 …俺の目をすげぇ見ながら…そしてまた顔が近い…鼻が当たりそうなんですけど…。

 

 …千代さん…ミカをも振り回すのか…。

 昔何があったんだろう…初めてミカが出ていった理由を知りたくなった気がしました…。

 何時もの口調すら崩れ、目の焦点が合っていない…のですが?

 

「っっ!!」

 

「み…みかさん?」

 

 一瞬…こちらを見てもう一度目を見開くと…。

 

「ふぅ~~~………うん、おちついた」

 

 …と、息が整った…様な顔をしました。口調は戻りう、口元は笑っていますが…目をガン開きしている時点でどうかと思います。

 

「隆史、やはり君は憑かれているんだよ。だからそんな妄言と空想と虚言を混合したような発言をするんだよ?」

 

「………」ダレニデショウ

 

 ぜ…全然落ち着いてねぇ…もはや何を言っているか分からねぇ…。

 こ…ここまでミカが、取り乱すような発言だったんかい。

 眼球がちょこちょこ動くので…もう…本当に冗談でもなんでもなく、恐怖を感じます。

 

「だから、ここで休んでいく事を強せ……お勧めするよ?」

 

「……」

 

 な…なんか、その気迫に、俺の拒否権が発動されない気がします…。

 

 そのままストン…と、…脚をお姉さん座り…とでもいうのか、少し足を崩して身体が落ちる様に座り込んだ。

 しゅっ…と肌が擦れる音がすると…太股を合わせ…。

 

 

「そう…少し横になって休むと良いだろう」

 

 

 目を少し細め…なんだろう。挑発するような目つきになる。

 これは結構見る表情なんですけど…ね? なんか若干、執念染みている様にも見えるその…眼。

 

 

「…今なら、私は枕を提供しよう」

 

 …。

 

 

 ………は?

 

 ジー……と、羽織っていたジャージのファスナーをゆっくりと下ろすと…前だけ開くという少々マニアックな…。

 あ、コレ見た。乙女の戦車道カードで見たヤツだぁ…。

 

 

「…なに、これも2度目。何も遠慮することはないさ」

 

 

 …。

 

 いや…あの…。

 

「隆史も先日の写真選別会で、気に入ってくれたようだし…私としても歓迎しよう」

 

 …。

 

 ミカさんや。ここで膝枕をしろと…そういった事でしょうか?

 話の流れ的に物凄く強引に誘われている気がするのですが…?

 ポンポンと膝の上を手で軽く叩くミカ…。さっさとしろと催促までしてきた…。

 

「いや…あのね、ミカさんや…」

 

「なにかな?」

 

「あの会場での事は不可抗力と言いますか、ミカが勝手に…」

 

「 ん‶ ? 」

 

「」

 

 …。

 

 あかん……眼が笑ってねぇ…。

 

 

 そして圧がすげぇ…。

 

 

 …だから改めて思う…。

 

 

 千代さん、ミカをどういう風に育てたんだ…。

 

 

 どうする…どうする。先ほどまでの心の安定が取れ始めたのが、懐かしく思える事態になってる。

 これじゃ何時もと変わらん…。

 

 あ…そうだ、中村が言っていたな。

 

 堂々と…そう堂々と…だ。

 

「い…いや、非常に魅力的なお誘いではあるのですがね?」

 

「へぇ…魅力的…かい?」

 

「で…ですが非常に申し訳ないのですが…一応、僕にも…かの…じ」

 

 

 …そこまで言って後悔した…。

 あぁもう…ここ最近は無かったので、すっかり忘れていた…。

 そう…何でか知らんが…。

 

 

 戦車道乙女の隊長格は、なぜか…気配を消せる。

 

 

 

 

 

 

「 た か し  」

 

 

 

 

 

 …。

 

 あ、はい…とても聞きなれた声が…真後ろからシタネ。

 

 

 

「 」

 

 

「まずは………継続の隊長」

 

「なんだい?」

 

 

 ギリギリと…動かない首を強引に後ろへと持って行くと…。

 

 

「黒森峰の隊長さん」

 

 

 ま…まほちゃんが…腕を組んで…立っていた。

 

「先日、貴様に警告はしただろう」

 

「覚えがないね」

 

「…そこは私だけの場所だと言ったはずだ」

 

「それを私が聞く理由がない。…そもそもその宣言に意味なんてない」

 

「…………」

 

「 」

 

 あ…あれ…この二人って、面識あったよな。ここまで仲悪かったっけ!?

 完全に睨み合いだした。

 

「あぁでも、君にも感謝はしているんだよ? …君が視界に入った時、冷静さを取り戻させてくれたんだ。アリガトウ」

 

「…なんの話だ?」

 

 …。

 

 はい?

 

 …ま…まさか…目線が定まらなかった時って…俺の背後に、まほちゃんを視認していたって事か!?

 ワザとか!? ワザと黙ってたなっ!? …そ…そう言う事するから…。

 くっ…それよりも…。

 

「あの…まほ…ちゃん?」

 

「なんだ浮気者」

 

「」

 

 …こ…こちらを見もしねぇ…。

 

「なんで…ここに、いらっしゃるのでしょうか?」

 

「隆史がみほに、今日の行先を報告したからだな」

 

「…こ…答えになっていないんですが…」

 

「なぁに…お前を驚かそうと思ってなぁぁ…。彼方此方探した結果……逆に、こちらが驚かされてしまったという訳だな。隆史はサプライズが随分と上手なようだ」

 

「  」

 

 ……。

 

 い…いる…。

 

 まほちゃんだけじゃねぇ…ここに…全員…。

 

「もういいかな? 隆史、では遠慮なく私を使うと良い」

「言い方ぁ!!」

 

 華さん思い出しちゃったじゃないかっ!

 

「結構だ」

 

「君には聞いていないね」

 

「結構だと言っている」

 

「……」

 

「……」

 

「いやあの…俺の意思は………っっ!!??」

 

 っっっ!!??

 

 さ…殺気…。

 同時に振り向くのはやめてくれっ! ミカが…完全に変わった気がする。

 

「…まぁそうだね。ここは本人の意思を尊重しようか。すべては隆史に…だね」

 

「なに? ………成程。一理あるな」

 

「ま、そういう趣向だね」

 

「…面白い。乗ろう…受けて立つ」

 

 ………。

 

 まほちゃんが、スッ…と動き…ゆっくりと腰を落とし…ミカと向かい合って座った。

 し…白いビキニが眩しいね…。

 

 …。

 

 ……ダメだっ!!

 

 現実逃避も出来やしねぇ!!

 

 あ、うん。もはや周りの情景とかどうでもいいや。んなもん見てる余裕なんて蒸発したわ…。

 ミカとまほちゃん…この二人を見ていると、どうにも思い出す二人がいる。

 

 変に張り合う二人…。

 

 

 

「「さぁ…隆史」」

 

 

 

 

 主張する様に…太股を見せつけ…これまた綺麗にハモって喋る。

 

 似てる…本当に似てる…。

 

 

「「何方が良いか…選べ」」

 

 

 

 しほさんと…千代さんと二人が被って見える…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …なんて…事が…恐怖の序章に過ぎなかった事に…すぐに気が付く事になった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

「はい。んな事がありましたとさ」

 

「「「「  」」」」

 

「To be continued…」

「お…お前…尾形…何て目で海を眺めてやがる…」

 

「はっ…離せ隆史君っ!! 海パンを掴むのは卑怯じゃないかい!?」

「……」

「まっ…! まほがいるんだろう!?」

「常夫さん…。今更逃げようなんて思わない事ですね…俺は逃げれなかった……」

「え…」

 

「まぁ正直に言ってしまえば? 膝枕…その二人の出した選択肢に対して、堂々となんて…できるはずもなく…」

「そ…そりゃそうだな…俺でも無理だ…」

「物理的に逃げようとした訳さ…走ってな」

 

「「「「「………」」」」」

 

「……で、だ…。こっから本当の恐怖だ」

「尾形…西住選手に、ここまで着けられたのか!? そりゃ大丈夫なの…ヵ…って…」

「…いいか、中村。もはや常夫さんの現状を、まほちゃんとみほに隠す…とかそういった次元の話じゃねぇんだよ…」

「どうい…」

 

「最終兵器がやって来た」

 

「は?」

「いやぁ…これは俺も完全に予想外でな…。まぁ、あの人ならすべて裏で丸く収めてくれるだろうから、俺としては西住家はもう心配してねぇから良いんだけど…」

「どういう事…だ?」

「ずるいよなぁ~…ここに来て、安全なのは提案者の林田だけだ…つまり…」

 

 

 

 

「中村…林田…そしてオッサン共……もはや俺らに、逃げ場はないと理解してくれ」

 

 

 

 

「…ど…どいう事だ? 小僧、お前の言う娘さんって、西住さんの娘さんの事だろ?」

「そうだよ、尾形君。それは少なくとも僕と五十鈴さんには…」

 

「 …優花里さん 」

「 了解です! すでに電話は繋げてありますから!! …『 …あ、お母さん? 今……どこにいる?』

 

「「 っっっ!!!?? 」」

 

「……なぁ尾形…すげぇ聞き慣れた声が…真後ろからしたんだけど…二人揃ってすげぇ冷たい声出した!!」

「……」

 

「振り向くのがすげぇ怖いんだけどっ!!??」

「…林田。お前は今回は安全圏だ。むしろ…」

「…ぉ…ぉお!?」

 

「…Hye、色男…」

「っっっっ!!!???」

 

「今回は中村だな…」

「うっ……わぁ…」

 

「……さて最後に、常夫さん。覚悟してください」

「しほ…かっ!? しほが来てるのかっ!?」

 

「……はっ。しほさんの方が数倍マシですね…」

「…え……いやいや! ここ大洗だよ!? ありえな……」

「……」

 

「 」

 

 …。

 

 ……。

 

 

 

「オヒサシブリデス、旦那様」

 

「    」

 

 

 

「さて…笑えよ…何時も通りに笑って、あのふざけたコントを続けろよ…。今回は俺も乗ってやる…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこう…出発直前に限って、ご来客の方がいらっしゃるのでしょう。

 

 本来ならば、業者の方に来て頂くはずでしたのに、急遽…との事でしたので、郵便局へと赴こうとしていた。

 全ての荷物をまとめ、配送の手続きをしに出ようとした矢先、聞きなれたお屋敷の呼び鈴が響きました。

 

 あ、そういえば…この前来ていたお便り、一緒に送付しておきましょうか? 連絡入れるのは簡単ですか、こういった事は直接その場で知った方が…っと。

 まぁそれは後にして…えぇ…と、今のは裏口の呼び鈴でしたね。本来、その裏口の呼び鈴を鳴らされる事はあまりない。今現在留守中の家主か、そのご家族…もしくは、親しくされているご友人の方々にほぼ限られる。

 用意していた荷物に視線を流し…少し考えましたが、まぁ…大丈夫でしょう。通常のお客様などは、本家正門の呼び鈴を鳴らす。

 この裏口の存在を知っている方でしたらば、問題はないでしょう。それに、この荷物を送り届けるのも、本日中に手続きをすれば良いだけの話。

 私自身は特段急いでいた訳でもなく…何時ものように特に気にせずに、その来客主へ返事を返す為、廊下に設置されている電話の受話器へと向かう為に腰を上げた。

 

 襖を開け、家主のいない…その広い屋敷の廊下に出る。誰もいない、物音もしない、私だけがいる現在のお屋敷。

 もう流石に何年も奉公していれば慣れているとはいえ、どこか物寂しさを感じてしまう、これもまた見慣れた…いつもの廊下。

 

「……あら」

 

 …いえ、少々違いますね。

 

 廊下に出た時に、先ほどまで聞こえていた声が更に大きく聞こえてきました。そのお陰で来客が誰なのかが、なんとなく察しがついてしまいました。

 何時もは全くと言っていい程吠えない、来客方全員に尻尾を振り、愛想よく振舞う屋敷唯一の番犬…。

 空き巣や泥棒など来たとしても、尻尾を振り懐いてしまいそうで心配なのですが…まぁ、その我が家の番犬様が、全力で威嚇の咆哮を上げていました。

 

 …隆史君でしょうかね?

 

 唯一、彼にだけは昔から懐かない。外からでも解るのか、玄関外で扉が閉まっていようが唸り声を上げだす程…。

 彼が動物好きなだけに、噛まれようが何されようが、頭を撫でるので…何か涙ぐましいものを毎回感じてしまうのですよねぇ~。

 ですから、我が家の番犬が唸り威嚇し吠える。それがイコールとして、彼が来たのだと察しが付いてしまうと言うもの。

 ん~…でも彼は今、大洗にいると思うのですが…と、言いますか、あの荷物を送る理由が彼であり、いくら急いでいるとはいえ、取りに来るとは考えにくいのですが…。

 なんにせよ、何時までも来客のお客様を放っておくわけにも行きませんので? 最近になって、またよく顔をだしてくれる彼に…。

 

 

 …。

 

 

 到着した玄関。

 

 彼でしたら……と、何時もでしたらば、すぐに開けるその裏口玄関。

 その後すぐに鳴る、2度目の呼び鈴に視線が動く。

 玄関ドアのガラス越しに映るシルエットを見て…彼ではないと、すぐに解りその足を止めた。

 

 

 …。

 

 さて…どうしましょう。

 

 別の意味で、誰だか解ってしまいました。

 そのシルエットを見て、隆史君ではありませんが、あの言葉…そう、一つの気持ちしか浮かびません。

 

 ダルイ。

 

 …面倒くさい…のが来ましたねぇ~…としか思えませんねぇ。

 

 …。

 

 えぇ、そうなると行動は一つですね。

 普段でしたらば、どのような方がいらっしゃっても、対応するのが当たり前ですが…現在、家主様も居ませんしこれ位の怠けでしたらば許されるでしょう。

 えぇ、えぇ…無視しましょう。居留守を決め込みましょう。

 

 キャンキャンと吠える目の前の家族は、珍しくその名の通り、番犬としての役目を果たしくれました。

 なんの御用でこの場所にいらっしゃたか存じませんが、一回対応すると…それはもう、鬱陶しい事この上ないですからねぇ~。

 お誂え向きに、固定電話に着信が入ったようです。ジリリンと、ベルの音が鳴り響き始めました。まぁ…電子音でなんですけどね。

 

『 どうやら、お留守の様ですね 』

『 面倒なご機嫌取りに来てやったってのに、まったく 』

 

 これ以上玄関に近づくと、居留守を使っているのがバレてしまいそうですし、元気よく吠える番犬様を眺めてながら黙っていたら、玄関外での会話が聞こえてきました。

 …早く諦めて立ち去ってはくれませんでしょうか?

 あ…電話が切れてしまいました。

 

『 今更ですが…何故、裏口からなのでしょうか? 』

『 んん? あぁ…此方は居住区と直結してますから。…ですから、さっさと家元と会えると思いましてね。犬がやかましいからあまり来たくはなかったんですが 』

 

 はぁ…またご機嫌伺いですか…。

 昔から偶々近くまで来たと、見計らったかのように来ていらっしゃいましたが…今日は残念。外れましたね。

 あ、そういえばいましたね。この子が隆史君以外に吠える人がもう一人…。

 これは子供の頃からですが、なぜでしょうか。…とても共通点があるとは思えないのですが。

 …あ、また電話。

 

『 犬? あぁ、先ほどからギャンギャンと吠えてますねぇ~。西住さんは動物はお嫌いですか 』

『 えぇ嫌いですね。…まぁ僕自身、昔から動物の類に頗る嫌われるみたいですから面倒がなくて良いですが 』

『 おや、こんな話に乗ってくれるとは思いもしませんでしたよ。ふむ、動物に嫌われる…ですか 』

『 えぇ、古今東西、あらゆる動物に嫌われますね。お陰で近づく事もないので、ある意味では感謝しているんですよねぇ~この変な体質 』

『 体質? 』

『 ほら、動物園とかあるじゃないですか。子供の頃とか行った事あるのですが、園内の動物が一気に騒ぎ出すんですよねぇ 』

『 それは…すごい体質ですね…いるのですねぇそのような方 』

 

 …世間話し始めましたね…。

 誰かしら出てくるまで居座るつもりなのでしょうか? はぁ……面倒くせぇ…って奴ですね…。

 …はぁ…また電話が切れましたね。

 

『 はは。特に犬が嫌いでしてね…。この今も吠えてる、やかましい毛玉のお陰で、この裏口に来るのが非常に嫌だったんですけどねぇ… 』

 

 …あら、この子、本当に番犬としての役目を果たしてくれていたのですねぇ。

 帰りに良いご飯でも買ってきてあげましょうねぇ。頭でも撫でて上げたいのですが、これ以上近づけませんので、後で褒めてあげましょう。

 …しかし…先ほどから電話が何度も掛かっては切れてを繰り返してますね。…あの方達のお陰で、電話を取る事もできませんよ…まったく。

 

『 先程から中で電話の音がしますが…誰も出ない様ですし… 』

『 ………チッ。キャンキャンと…やかましい 』

『 …ふむ。誰も出られませんね…本当にお留守のようですね 』

『 はぁ…でしたら、さっさと次に行きましょう 』

『 おや、決断がお早い 』

 

 むっ。漸く帰ってくれそうですね。

 

『 正直やかましくて溜まりませんよ…今回は特に重要な用事でもありませんし、さっさとこの場から立ち去りたいだけです 』

『 そうですか…本当に犬、お嫌いなんですね 』

『 えぇ。……特に…ここの犬はね…… 』

『 はい? 』

『 いえ、なんでも。では大洗に行く前に、先に例の男に会っていきましょう 』

『 …本当にお会いになるんですか? 』

『 まぁ? どちらかと言えば、そちらの方が重要な用事なんですよねぇ~。ですから辻さんにも態々ご足労願ったんですよぉ? 』

『 …ふむ 』

 

 …。

 

 その会話を最後に、玄関ドアからシルエットが消えました。

 …最後…少し気になる事を言っていましたね。最後、名前を出していましたが…辻…ですか。

 

 …。

 

 っと、考え事すらさせてくれないのでしょうか?

 次は、家の電話ではなく、私の携帯電話が鳴り始めました。

 あぁ…やっぱり。でしたらば、先ほどの切れた電話の相手も…。

 

 着信の画面に映し出される名前に、察しが付きました。

 此方はお仕事ですからね…荷物の件の確認か何か…でしょうかね? 携帯の画面をスライドし、対応した瞬間…。

 

 

 

『 菊代さん! 』

 

 

 

 …何か焦ったかの様な奥様の声が聞こえて来た。

 この方…私にだけは、たま~~に、子供の様な事を言い出す。ある意味ではガス抜きの様なモノだと思いますので、素直にお相手するのですが…。

 私の名前を「さん付け」してきた辺り、今回もそうなのでしょう。携帯では珍しいですけどね。

 

「どうされました?」

 

 …この様子なら、やはり先程の電話も奥様で間違いありませんね。

 今の時間でしたら…仕事の休憩中…なのでしょう。今度はどの様な愚痴を聞かされる事やら…。

 はい、案の定ですね。普段の彼女から想像もできない程に、早口に何やら喋り始めました。

 

 奥様は奥様で、周りからのストレスと日々奮闘されていますしねぇ…えぇ…。

 

 ……。

 

 ………。

 

「えぇ…えぇ…」

 

 本音で話す事が出来るのが、私しかいないのは解ります。

 ですが、毎回毎回…業務や睡眠時間に支障が出る程に長くなるのはご勘弁願いたいですね…。

 このタイミングであの長さでのお話ですと…荷物を送るのに間に合わなくなってしまいます。

 

 

 …あ。

 

「奥様?」

『 なんですかっ!? 』

 

 一度、私が聞きだすと、本当に喋る機会もなりますからね…。ならばと、山のような愚痴が始まる前に、一つ確認を…と言いますか、釘を刺しておかなければ。

 

「今、頼まれていた物を送ろうと、お屋敷を出るところなのですが…」

『 えっ…あ…、はい。お願いしますね… 』

 

 …ふむ。ちょっと荷物の言葉に、冷静さを取り戻されたのか…口調が大人しくなりましたね。

 ですが…。

 

「少し古い物でしたので、探すのに苦労しました…。隆史君がそういった気になってくれたのが、奥様が嬉しいのは解りますが…あまり浮かれないで下さいね?」

『 う…浮かれてなどいません。確かに隆史君が… 』

 

「 水着撮影の件もあります 」

 

『 』

 

 まったく…あの後、話を聞いて愕然としましたよ…。

 戦車道連盟に私が所属しているの…奥様が知らないはずないでしょう…。理事長から奥様を宥める方法を聞かれた時に知ったのですが、開いた口が塞がらないとは、まさにアレ…。

 

「はぁ…隆史君も男の子です。みほお嬢様とお付き合いされているのですから、尚更に気を付けて下さらないと、今度はお嬢様ら勘当を言い渡されますよ?」

『 あの…菊代さんは、何を言っているのですか…? 水着撮影の件でしたら、まほとみほにも… 』

「…状況が最悪だったではないですか?」

『 …… 』

 

 …。

 

 この声は、何を言いたいか本当に解らないという感じですね…はぁ…。

 

「お嬢様達に隆史君と、ホテルの一室で二人きりで水着姿で撮影をしたと言えますか?」

『 そ…それは… 』

「疑われても仕方がないと、私は言い切れますが」

『 さ…流石にそれは…。隆史君はみほと同い年ですよ? 娘達も、それを変に勘繰るなど在り得ないと… 』

 

 幼少時期から、お嬢様方の一番の不安の種は、ソレだったのですが?

 隆史君が奥様と話している時なんて…光が無い目をしながら真顔で見られていた事に気が付いてなかったのでしょうねぇ…。

 

「 若 気 の 至 り 」

 

 …という言葉をご存じではないんでしょうか…? はぁ…。

 

「その様な言葉もある位です。彼もそろそろ本格的に、男の子から男性と言える年代になってくる頃ですよ?」

『 そ…そうですね…、昔から背は高い方でしたし、体つきもかなり…「今、そういう話をしているのではありませんっ!!」 』

『 』

 

 奥様も隆史君を昔から可愛がるあまり、感覚的にちょっとおかしいのではないでしょうか?

 甘い甘いとは思っていましたが、みほお嬢様の新居に、借家とはいえ一軒家を用意させられた時には、頭大丈夫でしょうか? この主人は…とか、正気を疑いました。

 むっ…ダメですね…。私もお説教を長々としてしまう流れになりそうです。

 はぁ…それに流石にもう時間もありませんし…最後に。

 

「そういえば…奥様?」

『 な…なんでしょう? 』

「これらを送るのは良いのですが…今現在は何処で隆史君に? 奥様もお仕事でお忙しいでしょう?」

「そうですね…大体終わるのは夜になってしまいますね。ですから…」

 

 …まぁ…彼の自宅でしょうか? みほお嬢様…あ、今はまほお嬢様もいらっしゃるから大丈夫でしょうね。

 むしろ、隆史君…ある意味で、とても贅沢な先生達に…

 

『 仕事が終わってからですから…私の宿泊ホテルの部屋ですね 』

 

 

 …。

 

 

「  は?  」

 

 

 今、何て言いました? この家元。

 

 

『 隆史君が娘達には内緒にして欲しいと言われていましたので…他にする場所がありませんしね 』

 

「  は?  」

 

『 まぁ…それはそれで、とてもいぢらしいじゃないですか…。今の状況下ですので、みほ達に、心配や手を煩わせまいと… 』

 

「  は?  」

 

 …………。

 

 冷静に…冷静に…。

 

「…あの…奥様…」

 

 此処でお説教を本格的に始めてしまうと…夜中にまでなってしまいそうですし…ね…。

 

『 はい? 』

 

 冷静に…えぇ…。

 

「……モォ…ラルってぇ…言葉をご存じですか?」

 

『 …菊代さん? 』

 

「ただでさえ、今…隆史君、月間戦車道の記者連中に目を付けられているのですよ…」

 

『 何を言って…彼は男の子ですよ? 何故あの連中が注目… 』

 

「はぁーー…。はぁぁぁぁぁ…」

 

『 菊代さん? 』

 

 ため息しかでません…はい……胃痛が酷くなってきました…。

 

「島田家の偽装婚約から始まり…現役の強豪校のスター選手との関係性…。更には西住流家元のご息女との交際相手…目を付けられていない方がぁぁ…不自然でしょう? この業界、ゴシップに飢えている連中が、どれ程いると思っておいでですか…」

 

『 …菊…よ「 いいですかっっ!! 」

 

「どれだけ奥様達の無茶に付き合わされてぇ…連盟本部での私の仕事が増えたと思っているんですか!! 特にマスコミ連中のしつこさなんて…あぁぁぁもうっ!! 」

『  』

 

「そもそも、私の連盟所属部署はご存じでしょう!? スカウト業務ではなく、何故奥様の水着審査やマスコミ対応等の仕事を回されなければならないんですかっ!? あの理事長、私に丸投げしてくるだけではないですかっ!!」

『 そ…それは流石に私は知らな… 』

 

「やっと全国大会も終わり!? 落ち着き始めた矢先に、奥様が娘の交際相手との不倫現場とかなんとか言われて、写真に撮られてごらんなさいっ!! 隠居連中に即!! 呼び出しされますよっ!!」

『 あの…き…菊代さん…落ち着いて… 』

 

「隆史君が戦車道の勉強を、本格的に始めたのが嬉しいのは理解します!! がっ!! しっかりと考えて行動してくれませんか!? 思春期の男の子を、夜部屋に引っ張り込んで何考えてるのですかっ!!」

『 如何わし言い方しないでください…。い…言いたい事は解りましたが、あの隆史君に限ってありえま… 』

 

 何も解ってないっ!!!

 

「 あの隆史君だから不安なんでしょうっ!? わかっていますか!? 理解しておいでかっ!? あの天然ジゴロを私も幼少から見ているのですよ!? 更には、小さい頃から奥様にベタ惚れだったではないですかっ!!」

『 ベタ惚れって… 』

 

「なに嬉しそうな声だしているんですかっ!! それですよ、それっ!! 見っともないっ!!」

『 …なっ!? 』

 

「今回の追加教材を送るのは、まぁ良しとしましょう…ですが…その状況を作り出す手助けをしていると思われるのは心外ですので!? これはみほお嬢様のお宅へ送らせて頂きますっ!!」

『 待ってくださいっ! それでは、たか「甘いっ!!」

 

「甘すぎるっ!! 奥様は隆史君に甘すぎますっ!! ですから、あらぬ疑いを掛けられても、此方からは何も言えないではないですかっ!!」

 

 …えぇ…えぇっ! 私も隆史君には甘かったっ!! お嬢様方の顔を見ていれば、大体の事を許してしまう。

 結局の所、住まいを用意する旨も、みほお嬢様の事を考えてしまったら…受託してしまった。

 隆史君にも一度…みっちりとお説き…いえ、お話をしなければナリマセンネ。

 

 …まったく…私が大きい声を出すなんて…奥様くらいなものなのに…。

 

『 しかし…ですね? 』

「しかし!? しかし、ではございませんっ! はっきりと言わせて頂ければ、今の奥様には旦那様の事は言う権利はございませんっ!!」

『 …なっ!? 』

「たかだか、女性が接待するお店に行かれた位で、浮気がなんだと言われたら、むしろ旦那様がお可哀そうです!!」

『 菊代さんは、あの浮気者の肩を持つのですかっ!? 』

「肩を持つとかそういう問題ではありませんっ! 男、仕事の付き合いも御座いましょう。たかだかキャバクラ位で何を言っているのですかっ!!」

『 たっ!! たかだかっ!? 』

 

 男性に免疫…という問題でもない…。

 女性が主な競技の中…それこそ蛆のように、下衆な男共は沸く。例の髭とか…ですね。よくその様な連中相手に、そんな調子で渡り合ってきたものだと…。

 張り詰め、上から下から押さえつけられて、それでも結果を出さねばならない家元という立場の中ならば仕方がないとも思えるのですが…。

 奥様は昔からそう…一度心を開いた男性には、とてつもなく弱く…そして酷く脆い。

 だからその相手…旦那様の行動が、裏切り行為とも取れてしまわれたのは、無理もないとは思います。

 

 そして…何故か隆史君は、奥様の芯を子供の頃から見抜いていた。ですから…そんな奥様の事を「可愛い」と言う。

 私も初めは、子供言う事ですから表現方法が少ない為の言葉と思っていましたが……後にあの子…本気言っている…と分かった時は、少々薄気味悪くも思ったくらいですよ。

 それらに拍車が掛かっていく…お嬢様型に厳しく接する事しかできなかった奥様ですが、子供を可愛がりたいという、母親らしい欲求も当然あったのでしょう。

 

 …それらが全て隆史君へと流れてしまっていた。

 

 うまくその甘さが、お嬢様方へにも流れ…丁度良いバランスが出来上がってしまったので…どうにもならなかった…。

 そして可愛いを連呼する、あの天然ジゴロ…。

 

 周りには張り詰め、威嚇している女性が、特定の男性には甘い。それは男性からすれば、可愛いと感じ取れるもの…いじらしく感じてしまうのでしょうか? 

 

 奥様を少しでも理解している様な隆史君…それがまた、奥様はどこかで…感じ……

 

 

『 結婚もしていない菊代さんには、理解できませんよっ!! 』

 

 

 …。

 

 

 …………。

 

 

 ……ミシッ!

 

 

『 菊代さんも一度、お相手を見つければわかりますよ!! 』

 

 

 ………。

 

 

 ……………。

 

 

「…………」

 

『 それがっ!! どれだ…け… 』

 

「…………」

 

『 つら…い…ものか…と……あの… 』

 

「…………」

 

『 あの…えぇ…と…菊代…さん? 』

 

「…………」

 

『 ……… 』

 

 

 ……。

 

 

 

「  奥  様  」

 

『 は…はい… 』

 

「私、2、3日お暇を頂きますね? ご了承頂けますか? そうですか、ありがとうございます。…あぁ、なら丁度宜しいですね。丁度時間ができましたので? この荷物…直接そちらへと私自らお届けに上がります、そうします」

 

『 っ!? 』

 

「久しぶりにみほお嬢様のお顔を見たいとも思っていましたので? あぁ、隆史君にも…特別、特大な!!! …要件も御座いますし、できましたし、ありますので? ……此方も丁度都合が良ろしいですネ。では、今すぐ大洗へと出立いたします」

 

『 菊代さん…あの…落ち着いて…それは流石に…大変で…しょう? ですから… 』

 

「だぁぁいじょうぶですよぉ? ………所詮、私独り身ですから」

 

『  』

 

「…ついでに旦那様にも私あってきますから…えぇえぇ、ですから奥様……」

 

『 は…はい…? 』

 

 

 

 

「首を洗って、待っていてクダサイネ?」

 

 




閲覧ありがとうございました。

河西さんの変化は次回。

次回閑話終了。
今後しばらくは本編を書いていきたいと思ってますエロいの書きたいけど。

ありがとうございました


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【閑話】野郎達の挽歌 その4

はい…物凄く久しぶりに投稿…。
詳細は活動報告にありますが、非常に執筆が難しい状態です。
本来は今回の「その4」で終わらせる積りでしたが…余りにも投稿日を開けるのも申し訳ないので、本来の半分の文字数ですがと投稿にしました。

…絵を描くのは大丈夫なんや…。そういった訳で挿絵を何枚かと、ピクシブでみぽりんいじめる、アナザーifを何枚か投稿はしています。

本編…進めたいねん。安易に閑話を入れない方が良かったかも…。

そんな訳で菊代さん始動回です。




「…えぅっ!?」

 

 喉から変な空気が声と一緒に出てしまった…。

 真夏の熱い日差しの元、あまりにも不釣り合いな和風な日傘が目の間に…あぁもう、本当に鼻先にあった。

 

 さぁ、選べ。

 

 …と、かなり殺気が籠った声を出しながら、その長い脚…太股を見せつける様に伸ばし、向かい合って似たよう姿勢で座る、まほちゃんとミカ…。

 特にミカさんや。…貴女、そんな人でしたか? 非常に分かりやすく睨みつけるまほちゃんに対し、口を上げ、微笑を浮かべているミカ。しかしその目は…完全に臨戦態勢。

 すでに俺を見てもいやしない…。女としてのプライド…なのだろうか? よく見かけた、貴女方のお母様達の後継を在り在りと思い出させる程に…静かに睨み合っていますね…。

 

 うん、まほちゃんもミカも…お二方、お母様方にソックリデスヨ。

 

「……」

 

 その二人を前にして…うん、ぶっちゃけよう。

 

 俺は逃げた。

 

 中途半端に現実逃避し、変な言葉と感想を脳で考える…それが何時もの俺の行動。

 しかし、そんな事をする余裕すらある訳がない。ただもう…本能に従い、逃げる。それしか俺に取れる行動は御座いませんでした。

 

 もう一度言おう。

 

 戦略的撤退とか何とか、下手な言い訳はしない。あぁ、俺はただ逃げただけだ。

 こんな…下手なグラビアアイドルが裸足で逃げすようなプロポーションの二人から、贅沢すぎる選択肢を与えられたら…もう「逃げる」以外のコマンドが浮かび上がらなかったんすよ。

 出るとこ出て、引き締まる所は、綺麗にバランスよい筋肉で引き締め…なんかもう…。

 無理だろ、無理無理。下手にこの場に居続ければ、必ず何方かは、選ばざる終えなくなるのが目に見えていたからな…。

 後々、まほちゃんに怒られるだろうが、今この場よりかは遥かにマシだろうて。

 情けない事この上ないが、もう少し二人とも冷静な時ならば、俺にも対応ができますが、この状態の二人にはムリ。

 

 ので…此方を見ないで、睨み合っている隙を見て、全力で彼女らに背中を向け、反対方向に全力疾走をかまそう! と、決めた矢先…。

 

 …なんかどっかで見た、レトロな日傘が目の前に飛び込んできた。

 

 それはこの砂浜、そして海では酷く場違いにも見える日傘…。

 

 真夏の砂浜に不釣り合いすぎるコレを見た時…本能で察したのか、目の前に立つ人の全貌を確認しようと、その場で一歩下がってしまった…。

 そして分かっちゃいたのに、全体像を確認する行動をして、俺は激しく後悔をした…。

 日傘を上げ…隠れていた顔を見せ………いや…すぐに解ったんだ。そのウグイス色の…和装姿の女性…。

 俺と目が合った瞬間、漸く気が付いたか? とでも言わんばかりに、何度も見た事がある温和な顔と口調で口を開いた。

 

「お久しぶりですねぇ~………隆史君」

 

「 」

 

 ま…マジカヨ。

 

「お…久しぶりです…菊代さん…」

 

 ちょっと前に、西住家でお会いしましたよね? とか…まぁ、色々とツッコミ処もあるのですが…それよりもだ。な…なんで此処におられるのでしょうか?

 しかし、そんな言葉も出て来やしねぇ…。直感的にもそうだが、俺はすぐに解った。菊代さん…その今の表情が、彼女のご機嫌を物語っていた。

 その見慣れた温和な笑顔…に、普通の方々ならば騙されるかもしれないが、ここでもう一つ。俺にはすぐに解った事がある。

 

「あら、私が此処に居る理由を、いの一番に聞かれると思っていたのに…少し残念ですねぇ」

 

「い…いえ…挨拶はちゃんとしないと…」

 

 

 …。

 

 ………めちゃくちゃ怒ってる…。

 

 これはまずい! …非常に不味い。

 

 脳内にアラーム音が鳴り響く! 

 

 まずい!

 

 この菊代さんはまずいっ!!

 彼女は、何より誰よりも! …怒らせてはダメな人だ。

 

 静かに怒る人だからぁ…。気が付く人は少ない為、後々に彼女を怒らせた人は大変な目を見させられる…。

 …俺とまほちゃんは、彼女のこの状態には、結構簡単に気が付くのだけど、他の人が気が付いたのを見た事が無い。

 しほさんは…まぁ、菊代さんが分かりやすい態度の時以外、気が付かないから…後から大体ひどい目にあったりしていた。

 …付き合いが長いと、色々と大変だよなぁ…。

 

 情報は武器だと、よくぞ言ったものだ。

 

 …しほさんが、他人に知られたくはない事を、非常に付き合いの長い彼女は、知っている。

 情報収集担当でもある彼女ですから? どこまで知っているかを、此方が把握できないのが恐怖だ。…と、しほさんは一度漏らしたな…。

 

「隆史君」

 

「っっ!?」

 

 そ…その、彼女の陰から、ぴょこんと彼女が顔を覗かせた…。

 

 

「…書記」

「タラシ殿…」

「あらあら…顔色が大変………よろしいようですねぇ…隆史さん」

「…華、なんでそんなに笑顔なのよ」

 

 ……。

 

 え~…と、うん。

 

 

 前門の虎、後門の狼とはこの事か?

 

 …。

 

 

 逃げ道がねぇっっ!!!

 

 何よりも何故、俺は気づかなかったっ!!! まほちゃんが居れば、近くに彼女達がいる事は簡単に予想できたはずなのにっ!

 俺の図体で、こんな場所を走って逃げれば、いやでも目に入るだろうよ…。つまり…俺に逃げる事は初めから…。

 

 …。

 

 …詰んだ。

 

 

 脚の力が抜け…崩れ落ちそうになる…。

 

「隆史君?」

 

「菊代さんっ!? なっ! …なんでしょう?」

 

 相変わらず温和な口調だけど…油断しない…。あからさまに顔を近づけ、内緒話するかの様に小声で話しかけてくるっ!

 一瞬声が上ずりそうだったのを、途中で修正…上手く普通の口調で喋れたはずだっ!

 何に怒っているかは分からないが、余計な事をしない方が絶対に懸命だ…。言葉を選ぶんだ、俺っ!!

 

「みほお嬢様…と、そのご友人達。彼女達は今、水着姿でいる」

 

「そ…そっすね…」

 

 な…何が言いたい!?

 

 あんこうチームを後方に従えていたが、その言葉と共にスッ…とその場から体をずらした。

 まさに、彼女達を見ろと言わんばかりに…。

 

「先日の全国大会で優勝を果たした彼女達は、現在この地元、大洗では大変、知名度を上げています」

 

「は…はい」

 

「物見遊山や好奇心もありますでしょう。しかし、何よりも魅力的な彼女達です。不埒な輩から声も掛けられる事もある…でしょう?」

 

「…ハイ」

 

「ですが、私の様に海水浴場で和服姿という? 無粋な恰好の保護者…的な人間が居れば、そうそう声を掛けられません…まぁ防犯ですね」

 

 顔色を変えず…め…めちゃくちゃ早口で言い切ったな…。

 

「それが此処に居る私の理由です」

 

「」

 

 違う…絶対に違うっ!! 無茶苦茶に無理があるでしょ、それっ!

 熊本くんだりから、それのみの理由で…。

 

「…ですが? 本来それは、貴方の役目ではないでしょうか?」

 

「」

 

 …ま…まさか…。

 

 袖口で口をスッ…と隠し…俺にだけ聞こえる様に…小さく呟いた。

 

「…その隆史君が…まさか、その不埒な連中と同じ目的だとは………ねぇ? どうなんでしょ」

 

 

 

「       」

 

 

 

 なっ…なっ!? 今朝決まった事だぞっ!? 林田がいきなり言い出した事だぞっ!?

 この言い方はあからさますぎるくらいに、俺らの目的を知っての発言だっ!

 本当に何しに来たんだ、この人っ!!

 

「では、隆史君。…せっかくみほお嬢様方が、水着姿なのですよ? 感想でも言って上げてください♪」

 

「  」

 

 すっ…と顔を離し…薄目で有無を言わせない様に淡々と物事を進め始めた…。

 俺に考える隙を与えない…そんな…。

 

「…先ほどまでと同じように…」

 

「  」

 

 み…てたぁ…。

 

 この口調は完全に今までの俺達の行動を…って事はっ!? 常夫さんの状態もこの人知っているんじゃないのか!?

 

 …詰んだ仲間ができました…。

 

 うっ…ぁ…。

 

「……女性に恥を掻かせるきですか?」

 

 薄目の…その奥の瞳が…俺に拒否権を与えてくれない…。

 

 なぜだ…何故他の皆も待ち遠しい様な目線で俺を見てくるんだ…。

 

 

 …。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「はっ!? なっ…なっ!? 今朝決まった事だぞっ!? 林田がいきなり言い出した事だぞっ!? なんで知ってんだっ!?」

 

「ぉう、中村。それと全く同じ事を、俺も思った」

 

 横でガヤガヤしている中、ここまでの経緯を尾形から聞いていた。

 

「菊代さん曰く、西住流として、遠征先の情報を一番ふれっしゅ♪ …な、状態で確保するのは、基本中のキホンなんだそうです」

 

「西ず…っ!? 戦車道関係なくないかっ!?」

 

「笑顔で、ふれっしゅ♪…とか言われたら、何も言い返せませんでした…」

 

「……」

 

 その尾形は、光が消えた目で、虚空を眺めながら、乾いた笑いを出している…。

 いつの間にか正座になって、この炎天下…俺と尾形…並んで座っている。

 

 何故正座か…? 決まっている…。

 

 俺の目の前で仁王立ちになっている彼女のお陰だ。

 

「タカシもタカシだけど…そこの色男さんは、アリサから逃げて、な・に・を…してんのかしら?」

 

「」

 

 …。

 

 その一言で、自然とこうなったんだよ…。

 それに釣られて、尾形もまた正座…。

 

「あ…あの…別に俺は、アリサから逃げてる訳じゃ…」

 

「…じゃあ、なんで毎回、私の顔見て逃げ出すのかしら?」

 

「 」

 

 怖いからですよっ!!!

 

「…正直…貴方とは一度…本気で話をしないといけないと思ってたんだけどねぇ~…」

 

「そ…そうなんすか…」

 

「…えぇ、別段、貴方が一方的に悪いとは別に思ってないわ。でもね…寄りにも寄って…ナンパ…」

 

「 」

 

 尾形っ! 助けてくれ尾形っ!! お前が言えば、多少和らぐ…。

 

「宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光…」

 

「何いきなり唱えてんだっ!!」

 

「はぁ…まったく。タカシもタカシで…大人に混じって何をしてるの…」

 

 ケイさんはため息を一つ履くと…現状を確認するかのように周りを見渡した…。

 

 俺、尾形…西住さんのお父さん。そして五十鈴選手と、秋山さんのお父さんと…野郎達が女性に囲まれて並んで正座…。

 こんな絵面…注目を浴びない方が嘘だろうよ…。通行人達の奇異な視線が痛い…。

 

「元・お父様…よい歳をして…」

「まっ…待て、華っ!! そのハサミをまずしまえっ! どっから出したんだっ!?」

「一族の恥は一族の者が…」

「一族って、お前! また変な映画見たなっ!?」

 

 いやぁ~…五十鈴選手…怖い怖いとは思っていたけど…すごいなぁ…。

 

「………」

「………」

「………お母さん、まだかな…」

「……っっ!!」

 

 秋山さん…あんなゴミを見る目できたんだな…じっ…と見降ろして視線を動かしやしないな。

 お父さん、完全に青くなっちゃってるよ。

 

 

「たいへんだなぁ~おまえら」

 

 くっ! 林田が少し離れた所で、まったく感情のこもらないセリフを吐きやがったっ!!

 何もかもが、お前のせいだろうがっ!

 

 

 そして…。

 

「……………」

「……………」

 

「………」

 

「……………」

「……………」

 

「………あの…ま…ほ? みほ?」

 

「…みほ。この男性は、『何故か』…私達の名前を知ってるな。どこかで会った事があったか?」

「………お姉ちゃん」

「私は見た事はないが…なぁ…」

「あ…はは…は…」

 

「」

 

 西住さんと西住選手…。その西住姉妹に見下ろされてるな…。

 あのお父さん、昔はあんなチャラい姿ではなかったらしいし、しばらく会っても居なかったようだし…まぁ、久しぶりに見た父親があんな恰好では、当然の反応と言えば当然なんだろうな…。

 

『 オヒサシブリデス、旦那様 』

 

 …あのお父さんの真後ろから…首を盗る様に呟いたあの和服の女性…。

 全身硬直し、ギリギリと首を動かすしかない彼…西住さんのお父さんがその女性に向かい首を動かした時。そうだな漸く彼女を視界に入れられると思った瞬間…彼女が避ける様にその場から動いた…。

 そして、後ろから娘さん方が姿を現し…いやぁ…一瞬意識が飛んだんだろう…白目を剥いちゃったな。

 ま…まぁ…聞いた限りじゃ、本当に久しぶりに顔を合わせたんだろう…。尾形曰く、変わりに変わったらしい、このお父さんを見て…二人揃って真顔になったな…。

 …。

 

 姉の方は兎も角、西住さんって結構表情が豊かだから、急な真顔は結構な恐怖を感じた…うん、こえぇ。

 しっかし…西住選手の方が、やばいなぁ…めちゃくちゃ見下ろしながら、蟲を見る目で見てるし…。西住さんは、そんな姉を宥めている様に話しかけている。

 

「ほら、お姉ちゃん」

「なんだ、みほ」

「お姉ちゃん有名だし…西住流も有名だから、「 知らない人が 」私達の事を知っていても、何にもおかしくないよ?」

「ふむ…そう言われてみればそうだな。ならば…コノ…コレは、ストーカーという奴か?」

「怖いねぇ」

「怖いな」

 

「        」

 

 …。

 

 

 きっつ…。

 

 ツッコミ処が多彩だけど…きっつ…。

 

 

 

「ほら、中村」

 

「…なんだよ、尾形」

 

「あのふざけたコント続けろよ…」

 

「できるかっ!!」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「…私は放置か? 隆史、少し悲しいぞ」

 

 …。

 

「まぁまぁ、まほお嬢様。…私が責任をもってキッカリ…選ばせますので」

「…き…菊代さんが言うのならば、待とう…」

「そ…そうだね、ハッキリさせてくれるのならば、私も待つことにしよう…ヵ…な…」

 

 …はい、やはり逃げられませんでしたね…次回予告が見えました…。

 まほちゃんもやはり菊代さんの状態に気が付いている。素直にその言葉に従った…。ミカですら若干引いている。

 

 …あぁ…もう、膝が砂浜の熱を吸って熱いっす。

 

「では、隆史君…すたんだっぷ♪」

 

「……はい」

 

 膝から崩れ落ちた俺に向かって、菊代さんは立てと言う…。

 この状態で…

 

「元気がありませんねぇ~……ねぇ?」

 

「はいっ!! 立ちますっ!!」

 

 脚の筋が悲鳴を上げたが、強引に脚に力を入れて立ち上がるっ!!

 脚っ!! いや、筋っ!! 悲鳴を上げたいのはこっちの方だっ!!!

 

「はぁい、やればできますねぇでは、どうです? 彼女達」

 

 …と、立ち上がった俺に、流れるように言い放ち、視線を促した…。

 

 その先、目の前にいる…華さん…。

 目が合うと、少し笑ってくれたので、まぁ…うん。

 そうだっ! できるだけ、今までの…何時もの俺で…そうだ堂々とするんだよなっ!

 

「ど…どうでしょう?」

 

 いや…しかし…あの華さんが、ま…まさかの黒ビキニ…。

 シンプル故、その破壊力を妙実に表している…。

 

「素晴らしいです」

 

「そ…そうですか…」

 

 …。

 

 いかんっ!! 林田達といた時の感覚まで蘇ってしまった!!

 普通に…素直に言ってしまった…。

 

「…隆史君…華、見過ぎ」

 

「ちっ…ちがっ!!」

 

 そんなに見てはいないのだけど、何故か沙織さんが横からクレーム…。

 

 …。

 

 というか…。

 

「なんつー奇抜な水着…」

 

「可愛いでしょっ!!」

 

 …と、ぐっんっっ!! と胸が…すげぇな沙織さん。ワンピースタイプなのだが…歯車? 車輪? よくわからんマークが胸元にある。

 その間から肌色が見えるのがまた…。

 貴女、自分自身のスタイル分かってますかっ!? 

 

「正直言いますと…可愛いかどうかは分かりませんが…素晴らしいとは思います」

 

「なんで敬語…ま…まぁ良いけど…。華と同じ感想ってのは、ちょっとふまーん」

 

 不満…と、おっしゃる割に結構な笑顔ですね…。

 いかんっ! こんな状況だが見入ってしまうっ!! 即座にバレない様に視線を逸らすと…その横のマコニャンに…。

 

「……なんだ」

 

 目線を俺と逸らしつつ、しっかりと見てくる。

 白いワンピース。これもまた、シンプルが故に……。

 

「わ…っ! 私は、学校指定ので良かったんだが、沙織が…」

 

 …。

 

「マコニャン。それはダメだ。一定の大きなお友達が大喜びする」

 

「……なんだ、それは」

 

「多分、それには俺も含まれている」

 

「………キモイぞ書記」

 

 …あ、はい。すいません。

 

「余裕ありますね、タラシ殿」

 

 無いよっ!! 中途半端に現実逃避してるだけだよっ!

 

 …って、優花里…。らしいっちゃらしいが…。

 

「なっ…なんですか…?」

 

「びくとりー優花里じゃない…」

 

「なっ!! あっ…当たり前じゃないですかっ!! あんなの人前で着れる訳ないでしょっ!?」

 

 迷彩柄のスポブラタイプの水着…。

 非常に健康的でよろしいのですが…結構いい腹筋してるんだよなぁ…ゆかりん。

 

「ヴィクトリー…」

 

「心底残念そうに………本当に余裕ありますね、タラシ殿」

 

 ありませんよ?

 

「…隆史君」

 

「」

 

 いつものノリ戻りそうだったのだけど、菊代さんがすげぇジト目で見てくる…というか、貴女が促したんじゃないですかっ!!

 

「…なるほど。暴れまわっているとは聞いていましたが…ここまで…矯正箇所を複数確認」

 

 こ…怖い事をブツブツと…。

 なんだろうか…この体の芯から湧きおこる恐怖心は…。

 しかし…ある意味で俺が、彼女にここまでの恐怖を感じる理由が分からん…。確かにしほさんからすれば、ジョーカー的存在になるのだけど、俺にはそこまで…。

 

 

「隆史君?」

 

 

 漸くとばかりに、俺の正面に立つみほと視線が合った。

 ぶっちゃけた話、菊代さんとまほちゃん達が怖くて、彼女達をまともにその姿を見る余裕がなかった。

 改めて見ると…みほ…ビキニを、よく着れたな…。恥ずかしがって着そうにないのになぁ…。

 ぴ…ピンクのフリルが装飾のビキニ…。

 

 …。

 

 そういえば、此処に居る理由とか何やらを一切聞かれていない。ま…まぁ…まほちゃんが言ってしまった手前、サプライズは失敗に終わったので、敢えて黙っているのだろうか?

 

「ち…ちょっと…うん。がんば…たぁ…かな?」

 

 がんばった…という時点で、見せてくれる気が満々だったのだろうなぁ。

 

 俺にじっ…と見れら、後ろに回していた腕をくねらせ、少し体をモジモジさせ始めた。

 …菊代さん…何処から出した、そのハンディカムカメラ。

 まほちゃんもいつの間にか、携帯のカメラを向けてるし…。

 

「ど…うぅ?」

 

 不味い…本当に俺は最近オカシイ…ここまで女性としての彼女達を意識した事なかったのに、最近じゃあ、年相応に胸が鳴ってしまうのが分かる。

 というか、みほが直接俺に感想を聞くあたり…彼女もまた変わって…。

 

「   」

 

 …。

 

 恥ずかしがっていた、その羞恥心が最高潮に達したのか…腕を前に出して来た。

 そして少し体を隠すように…腕に持っている…あぁ…も…持っている…ぬいぐるみをギュッと抱きしめた……。

 

 …。

 

 …海に…こんな所まで持ってくるとか、そういう事は置いておいて…なんていうか…。

 

 そのぬいぐるみが…。

 

「ボ…コ…」

 

「…え? あ、うんっ!! 菊代さんにお土産で貰ったんだよっ!? 地域限定ボコなんだっ!」

 

 …。

 

 弾ける笑顔で説明してくれるみぽりん…。

 

 悪いが…そのボコは…。

 

「最近、ボコの制作陣が活動的になってねっ!? 観光地とかの主に新幹線が止まる様な駅とか、各地域のご当地ボコのぬいぐるみが発売されているんだ!!」

「私、存在はもちろん知っていたんだけど、通販とかだとボコに悪いし、何よりもこういうのは現地で買わないとあまり意味ないよね!?」

「でもお土産で貰う分には正義だと思うのっ! だから菊代さんが買ってきてくれたのが本当にうれしくて、うれしくて、恥ずかしいけどすぐに開けちゃった!」

 

「ぉーう、みぽりん全開…」

「西住殿のハイテンション再びですね」

「とても可愛らしいと思いますが…」

「この西住さんは、長くなりそうだな」

「みほ…。だが、こうなる事を知っていて、ボコの話題を振った隆史が悪い」

「人は好きなモノを語る時は饒舌になるモノだよ」

 

 …。

 

 あぁ…知ってる…知ってはいる。というか、ソレは現地で見た…。

 良くある特産物や有名人のコスプレとでもいうのだろうか? コラボ作品とも…。

 

 楽しそうに…いや、嬉しそうに突き出したそのボコは…。

 

 ウナギに脚から丸飲みにされた様に、ウナギの口から顔を覗かせているボコのぬいぐるみ…。

 な…何故ソレをお土産に…確かに熊本からの道なりではあるのだけど…何故…。

 

「ふむ…因みに私にも、ご当地物だったな」

 

 まっ…まほちゃんっ!?

 

「レトルトのお茶カレーという物だ素晴らしいありがとう菊代さん」

 

 …声に楽しみが溢れて満載ですね…。

 

「私達も頂きましたよ」

 

 華さんっ!? 何を…いや、何処のをっ!?

 

「うなぎ○イって凄いネーミングだよね」

「うなぎとパイって、全然イメージが結びつかないですよね」

「…美味しければ何でも良い」

「後で、私にも少し分けてくれないかな?」

 

 

「          」

 

 駅で…なんか売ってた…。

 変なネーミングだったので、何となく覚えいたのが悔やまれる…。

 というか、ミカ…さりげなくねだるな。

 

 

 

「隆史君…ここ一年の貴方の行動を調べさせて頂きました」

 

「っっっ!!」

 

 

 

 き…菊代さん…。

 

「主に…西住家と関係ない所での、貴方が大洗を離れた理由を…詳細に…ね?」

 

 

 肩に…手が…あからさまに強く掴んで…

 

 

「…時に隆史君。彼女…恋人と呼べる方がいる男性が…」

 

 

 …そして、耳元で語り掛けてくる…。

 

 

「理由はドウアレ…その恋人に内緒で、他県にまで旅行と言える行動をとる男性を…」

 

 

 そのボコを指さして…。

 

 

「………どう、思いますか?」

 

 

 

「   」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ケイさんに睨まれる状態で今度こそ完全に沈黙した中村の姿を見て冷静になれた…。なんか悪いな、中村…。

 

 みほ達を「お土産」を使って懐柔し味方につけ…その「お土産」で俺に牽制を掛けて来た…。

 こ…これが大洗に来た、本当の目的かっ!!

 

 し…しほさんが菊代さんを恐れる理由が、本当の意味で今、理解したっ!!

 

 本当にどこまで知っているんだ、この人っ!! 俺がエリリンと静岡に行った事は、誰にも言ってねぇのにっ!!

 

 微笑ましい笑顔で自己紹介している、その後ろ姿が、恐ろしい何かに見えてしかたねぇっ!!

 

「まぁまぁ、皆さん。それ位にしておきませんか?」

 

 もの凄くカオス渦巻く空気を…というか、その空気を運んできた菊代さんが、笑顔で中断させた。

 …こ…今度は何を言う気だっ…もう、彼女が何を何に対しての発言をするのが怖くて仕方ないっ!

 青森での俺が泥酔して、オペ子やノンナさんに対してやらかした事まで、なんか知ってそうで怖いっ! アレは流石にみほには言えない…っっ!

 

「折角の行楽地ですよ? なんでしたら私が皆さんの荷物番でもしますので…そちらの海にでも行ってきては如何でしょうか?」

 

《 …… 》

 

 き…菊代さん…?

 

「私の本来の目的は…ソチラの旦那様に対しての要件と、隆史君に五寸釘を打ち込む為ですので、今しばらくは時間はありますので、楽しんできてください」

 

「 」

 

「 」

 

 

 ご…五寸の文字はいらないと…。

 というか、あっさりと本来の目的を吐いてくれましたねっ!

 

「…あの…き…菊代?」

 

 あっ! 馬鹿野郎っ! 常夫さん、今の菊代さんに下手に声かけるなよっ!

 

「………なんでしょうか?」

 

「「…………」」

 

 …ほ…ほら…路上の死にそうな羽虫を見る目で見られた…。

 それにつられて、みほとまほちゃんまで…。

 

 

「君は…その…何にをしに来たんだい?」

 

「今、申し上げた通りですが?」

 

「いや…本当の事を…」

 

 …まぁ…あの理由なら、冗談か何かかと思うのが普通…。だが、俺には解る。

 

 

 アレは、 マ ジ だ 。

 

 

「具体的に申し上げれば、旦那様がお使いになられた、カード支払いの明細書を奥様に提示する為ですが、なにか?」

 

「ちょっ!?」

 

 常夫さんや…あんた、ソコで慌てるって事は…何に普段使ってるんだ。

 利用明細に如何わしい場所への支払いとか在る訳じゃないよな!?

 これ以上、ややっこしい状態に持って行ってくれるなよ!?

 

「では…それはそれとして…」

 

 これ以上、話す事は無い。…と言わんばかりに、露骨に視線を常夫さんから外した。

 正座するオッサンを見下ろしながら、感情のない顔でハサミをチョキチョキ動かしている…ってこっちも大分来てますね…。

 そんな華さんへと、体を向けた。

 

 

「五十鈴 華さん…は、えぇ、気持ちは本当に理解しますが、物理的な制裁はお勧めしません。こういった事は、裏から誰も知られずしなければ、本当の意味がありません」

「そうでしょうか…」

「はい。宜しければ、後日…色々と処理の方法を教えて差し上げますよ?」

「っ! お…お願いします!!」

 

「 」

 

 

 …淡々と温和は口調ですげぇ事を話してるな…。オッサンの顔が本気の焦りで彩られていくな…。

 何をどうお考えか知りませんが…一応は、この場を収めに…。

 

「えぇと…後、秋山 優花里さん」

 

 え…優花里?

 

「はい?」

 

 まさか振られるとは思っていなかったのか、素の表情で菊代さんに返事を返した。

 よ…よかったっ! こちらは何時ものゆかりんのまま……

 

「お母様を呼ばれたみたいなのですが…。 コ レ が い る …場所に呼んしまわれるのはどうかと」

「はっ!! しまったっ!!! 怒りで我を忘れてましたっ!!」

 

 き…菊代さんに…暗に…いや、ハッキリとコレ呼ばわれされた…。

 それを言った瞬間、優花里が携帯を取り出して、電話を始めたね…。

 何を慌てて…あ。

 

 

 

「…なんなかしら、この状況…優花里? ……アナタ…なんで正座してるの」

 

 

 

 非常に大人らしい、落ち着いた花柄のワンピタイプの水着を着た、優花里さんママがいらっしゃいました。

 

 

 

「…お…遅かった…」

 

 

 

 と、同時に何故か優花里さんの顔が絶望一色に染めあがった。

 

 

 

 

 




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【閑話】野郎達の挽歌 その5

はい、お久しぶりです。
なんとか再度投稿できました。…漸く次回から本編が続けられる…。




 

 

「それじゃあね、兄さん」

 

 

「…本当に、送ってかなくていいのかい?」

 

 …いい加減、この扉…閉めたいんだけど。

 半分ほど閉じた部屋と間から顔を覗かせ…いや、体全体を使って閉めようとするのを阻止してる、この心配性な兄。

 

「だから…私ももう高校生なんだから、一人で帰れるよ」

 

「高校生というのだから、余計に心配なんでしょうっ!? 今ッ! 外! 真っ暗ッ!!」

 

「…はぁ…。このやり取りって何回目なのよ…いい加減、恥ずかしいんだけど…」

 

 ホテルの一室。その部屋の前に立ち竦んでいるみたいで、変に目立って嫌なんだけど。

 夏休みというだけあって、それなりにお客さんもいる様で、先程からチラチラ通行人に見られてなんか落ち着かない。

 部屋前で、言い合いでもしている様にでも見られているんだろうか? 

 後、いい加減に妹にまで対して敬語で話すのやめてくれないかなぁ…。そんなんだから、兄妹だというのに、痴話喧嘩に間違えられるんだよ。

 流石に何回も続くと嫌なんだけど…。

 

「………はぁ…」

 

 これもまた何度目のため息だろう。頭でも掻きたかったんだけど、両手が塞がっているから掻くことも出来ず…頭を下に項垂れるしかない。

 仕事の為に来られない両親の代わりに、後日行われる私達の保護者と呼べる人達の親睦会に参加するらしいのだけど……兄さんも大洗の学園艦に住んでいる癖に、なんで態々ホテルになんて宿泊してんだろ…。

 整備士の人達って、陸に戻るとこうやって、態々陸のホテルとかに宿泊するみたいだけど、そんな面倒な決まりでもあるのだろうか。

 

 ま…大人には大人の世界があるから、何とも言えないけどね。

 

「…変なのと出くわしたら、走って逃げるから大丈夫。私の脚に着いてこれるとは考えられないでしょ?」

 

「そういう問題じゃあないんですっ! そもそも、今っ!? 大洗には酷い変質者出没しているって聞きましたよっ!?」

 

「………」

 

「危ないじゃぁないですか!!」

 

 

 あぁ…そうだった。

 …噂に帯びれが付いて、結構な事になっているんだった…。

 

 …。

 

 変態…ねぇ…。それで誰を指しているか。…が、すぐに解る辺り私も毒されているのだろうか…?

 

 

「…ハッ」

 

「ん? どうしました?」

 

 …。

 

 ………。

 

「なら、余計に早く帰りたいんだけど…こうしてると更に遅くなりそうよね? お陰でソレと遭遇する確率が上がる訳だけど?」

 

「ぐっ…! あっ! なら、いっそ泊って行けば…そうですよっ! 昔みたいに兄妹仲良…「 却  下 」」

 

 冷たく言い放つと、泣きそうな程に顔を歪めた…。

 

「もういい歳なんだから、妹離れしてよシスコン」

 

「シスッ…!」

 

 …あ、崩れ落ちた。

 

 自覚はあるのだろうけど、いい加減に私もこの兄を相手にするのは面倒になってくる。

 そもそも、なんで今の言葉にソコまでダメージを受けるのよ。

 膝が崩れ落ち、項垂れている兄を見下ろして何時もの様に思ってしまう。…心配してくれるのは、ありがたいとは思うのだけど…小学生の時から扱いが変わっていない様に感じるのが、非常に面倒くさいなぁ…と。

 …私の事よりもさっさと、彼女をつくりなさいよ。

 それに、その変態が通学している高校にいるって知ったら、このシスコン兄はどうするつもりなんだろう…。

 

「じゃあね」

 

「はっ!! 待っ―― 」

 

 項垂れてくれたのをコレ幸いと、強めにドアを閉めた。

 ドアを押さえていた兄の手は離れていた為に、すんなりとそのドアは閉める事が出来た。…ちょっと、シスコンを挟んでしまったが元気に転げまわっていたので問題ないだろう。

 すぐにシスコンが私を追いかけて来そうだし、出入口が塞がれた部屋を背中に向け、さっさと絨毯廊下を歩き出した。

 

「……」

 

 

 …そうだ。

 

 下手にエレベーターから降りるより、階段の方が良いわね。

 あのシスコンが追いかけてきても、多分真っ先にエレベーターへと行くでしょうし…その場に居なかったら諦めるわよね。

 そうと決まれば、そのまま逃げるように、廊下の角を曲がり、階段がある方向へと体の方向を向けた。

 すぐに足音の代わりに、サクサクと絨毯が鳴る音が下から聞こえる。多少速足で歩いても、派手に音が響かないから丁度良い。

 

 サクサクと…。

 

 音が…。

 

「…………ッ」

 

 先程の兄さんの言葉が、どうにも耳に残っている。

 

 

 …結構な変態…ねぇ。まぁ、否定はしない。

 

 

 …。

 

 くそっ。

 

 …いい加減に忘れたい。

 

 一人になり、無言で廊下を歩いていると、どうしても考えてしまう。

 更に…妙に目蓋の裏にこびり付いて剥がれないあの映像。

 兄の言葉からすぐに誰の事を言っているか分かり、まず最初に…あの時の映像を思い出してしまった。…また。

 

 あの着ぐるみを、強引に剥がされ、脱がされる姿。立ち上がる水蒸気。

 

 そして祝勝会の後に見せられたあの映像。

 小山先輩は、アレが退室した後に、もう一度宴会場に集まる様にとみんなに指示していた。

 最初はなんの事だろうかとは思ったが…集まった私達に向けて、何時もの優しい口調には不釣り合いな、真剣な目をしていたのを覚えている。

 

 そして…『 どうせ後々、バレる事だから…先に皆に、見せておくね… 』と一言置き…動画を見せて来た。

 

 まぁ…そりゃ…あそこまで拡散されていれば、いずれ誰かが気が付くだろう。変な誤解を生まない様にってのは分かるけど…。

 

 …。

 

 ………。

 アノ時の宴会場の空気が…空間が凄かった。

 誰もが喋らず、ただ無言で流れたテレビの映像を眺めていた。

 

 真っ赤な…夕日の色から始まり…流れる悲鳴。

 

 揺れる画面。

 

「……チッ」

 

 知らない。

 

 知った事じゃない。

 

 アレが今、変にネット上でも有名になり始めてる「黄色い着ぐるみ」の中身。…と知れたら、世間はどんな反応すんのかしら。

 

 だからその事が、少し引っかかっただけ。それが理由。決勝戦の後の事も、自業自得。勝手にアレがしてる事。

 何故か、個人名や何やらは不明なままだけど…あそこまで派手にしてんだから自業自得。身からでた錆びだし、私の知った事ではないわ。

 だから連想して、また思い出してしまったのは、そういう事。それ以外に無い。あってたまるか。

 

 …。

 

 そ…そもそもがっ!! …皆、アレを過大評価しすぎなのよ。

 歳もたった一つしか違わない…だけなのに、右往左往して…みっともない。アレだって、世間様ではごく一般の男子高校生なんだから。

 ただ置かれている状況が少し特殊ってだけで…。

 

 

「 ありがとうございました 」

 

 

 ん…?

 

 階段の小さな踊り場にまで来た所で、どうにも聞いた事のある声がした。

 静かな廊下なので、はっきりと聞こえた。

 

「…では、寄り道などせずに、真っ直ぐ自宅へ帰ってくださいね」

 

「小学生ですか、俺は…」

 

 …まさか。

 

「いえ…前例がいますので、少々心配になっただけです」

 

「前例って…」

 

 何故か即座に、壁の陰へと隠れる様に腰を落としてしまった。

 その壁の陰から、ゆっくりと顔を覗かせると…嫌でも目に入るあの巨体が見えた…。

 誰かの部屋の前…だろうね。いつもの様にヘラヘラしながら、あの男が立っていた。

 そして聞こえる一人の女性の声。

 

 ……。

 

 ここからでは陰になり、半身しか見えないが…その端から見える綺麗な黒髪…の、大人の女性。

 スラッと腰は締まり…横から見ている為だろうか、あからさまに強調されて見える、胸部が目に入っ……。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 チッ!!

 

 

 

 あのクソナンパ野郎!!

 

 

 そんなにデカいのが良いかっ!! 男ってのはこれだからっ!!!

 脂肪の塊だろうがあんなのっ!! 動く時に邪魔になって仕方がないでしょうよっ!!

 

 …私には無いから実際には解らないけどっ!!!!

 

 

 …。

 

 

 ……なんだろう…一瞬、誰かとシンパシーを感じた…。

 

 ですよねぇ~…とか、オレンジ色の、どこかで聞いたような声で賛同を受けた気が……

 

 

「何処にも寄りませんよ…ただでさえ、みほ達に内緒で家を抜け出してるのに…」

 

 

 …。

 

 ……ん?

 

 一瞬、この現場の全てを浮気の証拠として録音し、西住先輩に即座に報告してやろうかと頭を過ったけど、その西住先輩の名前が出た…。

 いや? そうすると、相手も西住先輩を知っている人…夜…内緒で家を抜け出して…って言ったわね。

 そう言えば、噂で聞いた事がある…まだ高校生だというのに、あのクソナンパ野郎は、寄りにも寄って西住先輩…基、女性と同居…。

 

 

「えぇ。ですから、コレ幸いにと如何わしいお店などには、行かないように」

 

「しほさん……未成年なんすけど、俺…」

 

 

 あっ、名前が出た。

 

 しほ…ん? どこかで聞いたような…。

 

 あっ! そうだっ!! 

 喫茶店と……納涼祭の時に一度会っている。

 あの時も確か…私達へ…学校で見せる顔とはあまりに違う、緩み切った顔を同じ様に見せていた。

 そして何より…あの凶悪な胸で、確信した…。

 

 あの女性…西住先輩のお母さんだ。

 

 

「夜、寝るフリして抜け出して誰かと密会している…と、知れたら? 浮気を疑われても、隆史君は何も言えませんよ?」

「…その場合…浮気相手って、しほさんになりますけど…」

「ふふ…ですから、私と会っていると知った時点で、その疑惑が晴れてしまいますから…少々面白味には欠けますよね」

「面白味って…。はぁ……貴女の娘さんに疑われた時点で、かなり俺の胃はダメージを受けるのですが…」

「そこは自業自得という事ですね」

「では…はい…。その…怒られない内に帰ります…。また…ぜひっ! お手柔らかに…ご教授お願い致します…本当に! お手柔らかにっ!!」

「それは…隆史君次第ですねぇ。今日のような体たらくでは、約束しかねます」

 

「は…………はい。精進します…」

 

「はい」

 

 

 

 …。

 

 西住先輩には申し訳ないけど…厳しく怖そう。そんな感想しか、あの女性から浮かばない。

 あのクソナンパ野郎はどうでもいい。急に真っ青になったけど、知った事ではない。…が、西住先輩のお母さんは、目を伏せ…冗談めいた事を口にして、小さく…そして柔らかく笑った。

 あの怖い女性も、あんな風に笑うんだ…。あのクソナンパ野郎と会話を楽しむ。どこか、そんな雰囲気を感じ取れた。

 そういう事を一切感じ取れないような人にしか見えなかったけどね。

 

 チッ…。

 

 昔からの知り合いらしいし…特段、不思議とも思えないし…何よりも…。

 

 …浮気じゃなかったか。

 

 さっきから舌打ちばかりでるわ…。

 

 決定的な証拠を押さえようと出していた携帯を、そのままそっと…ポケットにしまう。

 我ながら無意識に取り出していたわ…。

 

 はぁ~…。

 

 そもそも、なんで私が? こんな真似をしなくちゃいけないのよ。反射的に隠れてしまったが、隠れる必要なんてモノもない。

 堂々としていて何ら問題ない。…なにしてんのよ、私は。

 大分、こんな場所でこんな事をしていたお陰で、時間を盗られてしまった。

 はぁ…バカバカしい…。さっさと帰ろう…。

 舌打ちの次は、ため息か…。何度目かのため息を吐くと、これもまた…いつの間にか真下に垂れていた頭を上げる。

 壁に添えていた手に力を入れ、体を起こすと、そのまま階段に視線を移す。こんな所でまた顔を合わせてしまえば、また面倒な事になるので、さっさとその階段へと進むことにした。

 

 …。

 

 ……。

 

 とか思っていたら…。

 

 いや…もう、しくじった…。あの出くわしてしまった階から、私は階段…この変態はエレベーターで下ったという思うのだけど、階段を急ぎ駆け下りてしまった為…変にタイミング合ってしまい…。

 

「あれ…河西さん?」

 

 思いっきり鉢合わせしてしまった…。

 

「えっと…こんばん…わ?」

 

「…はい、こんばんわ」

 

 特に時間も時間。…普通ならばこんな場所で会ったというのに、私に対してこの男は、特に詮索するかの様な事もしないで、普通に挨拶をしてくる。

 むしろ、あからさまにバツが悪そうに挨拶を返してしまった私に対して、苦笑をしていた。

 

 そろそろ23時を回る。…流石にこんな時間だし、ロビーとはいえ人気が少ない。

 そんなロビーで同じ学校の高校生二人…。

 お陰でホテルロビー前で、相手は違うがまた変に誤解を生んでしまうような状況になってしまっている。

 こんな場面、先ほどの相手にでも見られたら、また面倒臭い事になってしまうわよ…はぁ…。

 

「あ~…どうすっかなぁ…」

 

 挨拶以上、特に会話をする事なく…ある意味でどうしていいか分からない状況。

 …この男もバツが悪いのか…外を見ながら一人事を呟いた。釣られ外を見ると…明るい玄関内から見えるその外は、ホテル向かいの海が夜の暗さを強調するかの様に黒一色だった。

 

「河西さん」

 

「…何でしょう、尾形先態。いえ、先輩」

 

 目の前の変態…先輩が、私にも聞こえる程強くガリガリと頭を掻きながら、声を掛けて来た。

 声を掛けられ、変に警戒心が出てしまったのか…少々失礼な言い間違いを、苦笑と共に聞き流された。

 …普段なら、絶句するか動揺するというのに、なんだろう…変に何時と雰囲気が違う様に取れる。

 

「俺…は、まぁ所用が合って此処に来て…今から学園艦へ帰るんだけど…」

 

 …所用ねぇ…えぇ存じておりますわ、このナンパ野郎。

 

「河西さんも…かな?」

 

 …。

 

「…そうですけど」

 

 あ。

 

 一瞬、そんな質問に警戒色を強めてしまったが、こんなホテルの、こんな時間に…手荷物を持ってロビーにいるのだから、そう取られても仕方がないか。

 だからと言って、それを聞いてくるのは、なんのつもりだろう。

 

「あ~…うん。河西さんが、俺を良く思っていない事を前提にお聞きしますが…」

 

「はい? …なんですか」

 

 敢えて否定もしないで返事をすると、また苦笑しながらもこう、口にした。

 

「…せめて学園艦の…明るい所までは、送りましょうか?」

 

「………」

 

 私がこの男に対して、良く思っていない…。それを前提に置いて聞いてきたのだから、この発言はただの善意だろう。

 

 はぁ…まぁ、アレね。私に対してまでナンパですか? 見境ないんですか? 頭おかしいんですか? …とか、色々言いたくなったがすぐに飲み込んだ。

 その善意に対してそれらの言葉を吐いてしまったら、私はただの嫌な奴だ。

 …えぇ解っている。本当に見境いがない男だったら、妙子がアソコまでこの男に固執しないだろうしね。

 

「ぇあ~…う~ん。まぁ警戒するに越した事ぁないか…」

 

 だから、黙ってしまった私に対し、また苦笑を浮かべているこの男。

 

「あ~…なんだ…。余り心配にさせるような事を言うのは心苦しいけどね? 最近、学園艦で変な輩が出没しだしたって聞いていてね?」

 

「…変質者ですか?」

 

「まぁ…」

 

 自己紹介? 大体噂の真相はアンタなんですけどねぇ~。

 

 …はぁ。兄といい…どうしてこう…。

 言い辛そうにしているが、どうにもどこかズレている。これもまぁ何時もの事と言えば…何時もの…

 

「数件、生徒会にも報告が上がってきていてなぁ…」

 

「…え!?」

 

 思わず声が出てしまった。

 意外…この男だと思っていたら、本当に変質者と呼ばれるような輩が出没していた…の?

 

 

 …。

 

 

 外を見ると…やはり、さっきと変わらないで真っ暗のままだった…。

 

「杏生徒会長が、真顔で対応していたのを見てるから、あぁ…こりゃマジモンだってな。さすがに心配になる訳ですよ」

 

「………」

 

「そんな訳で…一応、君の先輩としては、帰宅へ同行させてもらえると、助かるんだけど…」

 

 悪魔で下手な対応で…しかし目は真剣なままで、私を見てくる。

 

 そしてもう一度聞かれた。

 

 

「どうだろう?」

 

 

 

 ◆

 

 …。

 

 

 ………。

 

 

「…ねぇ、妙子」

 

「ん? な、なに?」

 

 さっきまで何もする事なく、ただひたすらに尾形先輩を睨んでいただけだったのに…突然名前を呼ばれたので、少し驚いてしまった。

 …いえ、そうじゃない。なんだろう…特に珍しい事でもないのに、この時ばかりは何故か慌てる様に返事を返してしまった。

 だって…変にこう…お腹の底から絞り出すような声だったんだもの。

 此方に話しかけているのに、顔を動かさず…前方に首を固定したまま…。

 握る様に合わせている両手に、うっすらと血管が浮かび上がっている様に見えるのは、多分目の錯覚だろうと思うの、うん。

 

「バレー部、復活の件…ほぼ確実になったのって…聞いてる?」

 

「「「えっ!?」」」

 

 復活!? なんで今言うのだとうとか、色々と思う所はあるんだけど…何よりも気になるのが…。

 

「ま、正確にはまだ、保留になっているって言っていたけど…」

 

 …尾形先輩を睨みながら言っているのが、一番気になる。

 それに言っていたって…その視線の先の人が…?

 

「ど…どういう事!?」

 

「…キャプテンも知らなかったんですか」

 

 …キャプテンも知らなかったのか…ある意味で一番驚いていた。

 あけびちゃんも、素直にその言葉を受け取れば、喜んでも良いと思うのだけど…やっぱり驚きの方が勝っていたんだろう。…眼…見開いちゃってるよ。

 

 …。

 

 ……。

 

 一通りの設備、バレーに必要な物は揃っているのだからすぐに復興する事自体は問題ない。

 でもバレー部は、一度廃部になっているから、人数集めるだけじゃ厳しい…らしい。

 現在の体育館の利用時間や、他の部活との折り合い。小さい問題だけれど、結構な量の調整が必要になってくる。

 何よりも…顧問の先生。

 同好会ならば特に問題らしいのだけど、正式に試合に出たり、部活動を続けていくって事を考えると、素人の先生が顧問に就くよりも、経験者を顧問に置く方が現実的になる。

 …それが無理な場合、外から招くのがセオリーなんだけど、そうそう都合良くいるはずもなく…。

 それに妥協したとして、その素人の先生だとしても、簡単に見つからない。そもそも顧問に就く事を非常に嫌がられるっていうのが一番大きい…。

 バレー部復活は、非常に厳しい物になるって事は…ある程度の事情を含め理解はしていた。だからキャプテンは…取り合えずまずは、人数を集めなきゃ始まらないって事で、諸々問題を置いておいんだだけど…。

 

「…必要書類等は全て済ませてあるって。時間の調整も……顧問の問題も…なんとかなりそうだって言ってた」

 

 なんか…悔しそうに、それらの問題は、殆どクリアしていると、忍ちゃんは言う。うん…言っていたって…。

 

「ですからキャプテン…後は、本当に部員数を揃えれば、いつでもバレー部は復活する……らしいですよ?」

 

「河西…え…? えっと…え?」

 

 驚くキャプテンを他所に…初めて自身の胸元へ目線を落とし…自分自身へと言う様に…呟いた。

 

「はっ…いつの間にか、私達が初めの目標にしていた部員数の確保…それが最終的な問題に変わっていたわ…」

 

 それは喜ばしい事だと思う。何歩も、何歩もバレー部復活へと近づいていたんだから…うん、いつの間にか…。

 

 

 …いきなりすぎて現実感が湧かない。

 

 呆然と…ただ忍ちゃんを眺めるしかなかった。

 

 

「ちょっと、待って河西。言っていたって…生徒会長がそう言ってたの? 直接聞いたのっ!?」

 

「…違いますよ」

 

「なら、本当かどうかなんて…というか、誰に聞いたの!」

 

「……」

 

 無理もないと思う…信じられないと、キャプテンが忍ちゃんに詰め寄った。

 そして、忍ちゃん…。落としていた目線を上げ…真正面を向き直して…吐き捨てる様に言った。

 

「アソコのクソナン…生徒会役員にです」

 

 …。

 

 全員…その言葉と同時に砂浜に正座をしている彼を見る。

 

「尾形君…から?」

 

「えぇそうです。決勝戦が終わった後、すぐに諸々の手配を済ませたって言ってました」

 

「…決勝戦終わってから…一週間しか経ってないけど…」

 

「ですね」

 

「…祝勝会とか…後なんか、よくわからない会合とかに呼ばれてなかった? …彼、結構忙しかったと思うけど…」

 

「でしょうね。ここ数日間、まともに寝てないみたいですよ? 見て下さいよあの目の下の隈」

 

 淡々と、感情のない声でキャプテンの問いに答えている忍ちゃん。

 

「確かに、戦車道で優秀な成績を収めたらバレー部の復活を認める…って会長と約束したけど…こんなに早く?」

 

「…帰って来てから、空いた時間で? 話を進めてくれていたみたいです」

 

「へ…へぇ…」

 

「へっ。私達は? ガンバッテ条件をクリアしたそうですから? 今度はコッチの番だ…とか言ってましたよぉ?」

 

「…」

 

「…何なの? 本当に訳わかんない。んな事してくる位なら、西住先輩を…くそっ!」

 

 最後のキャプテンの言葉には返さず…一人事の様に呟く。

 先輩の全てのスケジュールなんて勿論知らない…知らないけど…学校が夏休み中でも。登校日から含めてずっと活動をしていたらしいし…。

 …先輩…かなり無理したのかなぁ…。例の祝勝会隠し芸優勝賞品の件の時だって、朝から学校にいたし…。

 

「アレがあのナンパ野郎の手口って訳っ!?」

 

「なっ、何の事っ!?」

 

 静かに…というか、何かを溜め込む様に喋っていたと思ったら、急に叫ばれた…。

 さっきからどうしたの忍ちゃん…情緒不安定なの?

 

 そう言いながら力ずよく腕を前に突き出し…その前方の尾形先輩を指さした。

 あ、うん。いつもの様に…でもないか。

 西住隊長のお家の方の前で、青い顔しながら正座をしているね。その横に…うん。会話の流れからすれば、秋山先輩のお母さん…だよね?

 お父さんの間に立って、困った顔で…いえ、違う…満面の笑みで秋山さんのお父さんを尾形先輩とまとめて見下ろしてる。

 

「やってる事、毎回毎回、誰に対しても同じじゃないのっ!」

 

「えっと…なにが?」

 

 赤い顔して、どうしたんだろ。

 

「今回マジでナンパしてるしっ! だから訳わっかんない関係が出来上がってくのよっ!!」

 

 し…忍ちゃん?

 

「…なんなのよ…くそっ!」

 

 ……。

 

 ……………。

 

「河西」

 

「なんですか、キャプテン」

 

 ……。

 

「尾形君に、お礼…言った? 絶対に苦労したと思うよ?」

 

「…言ってる暇なんてありませんでしたよ。そ…そりゃ、一言くらい言った方が良いとは思いましたが…」

 

「そうだね。一応、会長との約束事とはいえ、実際に動いてくれたのは彼だしね」

 

「そうですよ…」

 

「……うん」

 

 ……。

 

 …………。

 

「…あの…た…妙子ちゃん?」

 

 ……。

 

「ちゃんと言わないとね…。まぁ…今度私から言っておくけど」

 

「いいですよ、聞いた私がちゃんと言っておきますから」

 

「いや、そこはキャプテンとして私が…ちゃんと内情も聞いておきたいし…」

 

 

 …。

 

 

「妙子ちゃん? 妙子ちゃーん!? どうしたの!?」

 

 ……。

 

 ………。

 

「佐々木、さっきからどうしたの」

 

「そうよ」

 

 ………。

 

「いえっ!! 妙子ちゃんの目が死んで…って…!?」

 

 ……………。

 

 

「…二人はなんでそんなに光輝いて…」

 

 ……。

 

 

 …………チッ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「あら、先ほどはどうもぉ」

 

 

 …。

 

 ……。

 

 優花里さんのお母さんが、現れて早々()()()、と…気になる一言を入れ、菊代さんに軽く会釈した。

 そしてその娘さんの目からは、光が去っている…。

 

「あ、いえいえ」

 

 じょ…情報量が多すぎる…っっ! 何をどう…いや、どこからどう対処して良いか全く分からないっ!!

 会釈に対して会釈で返す菊代さんは、すでにもう見慣れた優しい笑顔なのだが……先程からの対応を想像すると、ここから何を言い出すかが、余計に分からず恐怖以外の感情が湧かない。

 …先程は…と、言ったのだから既にもう、外堀は埋められているのだろう…。

 この分だと華さんのお母さんとも既に、挨拶は済ませてあると思って間違いはないだろうよっ!

 

「アナタッ!」

 

「っっ!!」

 

 …そんな挨拶を交す奥さんを尻目に…いや、四つん這いで尻を向けて這いながらその場を去ろうとする、ゆかりんお父さん…。

 あっさりとバレて、捕まってしまった。

 

「急にいなくなったと思ったら…こんな所で何をして…あ、お酒っ! アレほどダメだって言ったのに、隠れ飲んでたのっ!?」

 

 彼の座っていた砂浜に転がっている空き缶を見て、即座にそう判断したんだろうね。

 

「はぁ~…それで突然、優花里から連絡が来たのね…」

 

 そしてその現場を押さえた娘さんから連絡が来た…と、一連の流れを把握したようだ。

 こめかみを押さえながら大きくため息を吐いて、呟いた。

 …しかしその娘さん…。

 

 

 …表情が無い。

 

 

 

「子供の前で良い大人が何をしているのっ!! 海水浴場での飲酒は禁止でしょう!?」

 

「はいっ!? …はいっ!!」

 

「西住さんも…って、五十鈴さんも…全く…」

 

「うんっ! 今回ばかりは僕達が悪かったっ!!」

「そ…そうだなぁ! 奥さんすまんね! 俺らも悪乗りしちまってなっ!」

「申し訳ないっ!」

 

「…え? …そ…そうね」

 

 あ……うん…。

 

 ゆかりんパパは気が付いた様だ…。勘違いしていると…。

 

 …こんな状況、場所で、飲酒をしていたから怒られている……と。

 

 だから変に言い訳しないで即座に謝った。

 他の…常夫さんやら華パパさんも「勘違い」に気が付いたのだろう。即座にゆかりんパパに援護射撃…と。

 自然と正座になって、一緒にゆかりんママさんの説教を受けている…と、いった形になっている。

 

「そっ! そうだねっ!! 僕たちもソロソロ皆さんの所に戻ろうかなっ!!」

「お…おぉ! 賛成だっ! 何時までも子供達と一緒にいるってのも気が引けてきたしなっ!!!!」

 

 

 

 このまま誤魔化す気満々の親父達。

 

 

 

「「「「「「 …………… 」」」」」」

 

 

 

 …そして…すでにそんな父親達の考えが解っている娘さん達。

 

 

 全員…無表情で見下ろしてるな……。

 

 

 …お父さんって、大変っすね…。

 

「…みほさん」

「あ、はい。色々と思う所は、多々…えぇ…いっぱいありますが…」

「そうだな。…この場での危険分子が、このまま去ってくれる流れだ。…みほの友人には悪いとは思うが」

「構いません。この際、目を瞑ります。さっさと父達を連行していってくれさえすれば…もうドウデモイイデス」

「英断だな。書記は気が付いていないようだし…」

「み…皆、さすがに神経質になりすぎじゃ…」

「はっ…武部殿も当事者になれば理解できますよ…」

「…Why? 貴女達なにを言っているの?」

 

 

 …はい、プチ女子会が開かれております。

 いつの間にかケイさんも加わり…解放された中村が、ぜぇぜぇ息を吐いていますね。

 そして俺は、今現在もニッコニコしている菊代さんが怖くて仕方ない。

 

「…えっと…。優花里のお友達に迷惑かけて…」

「はいっ!! そうだねっ! 僕たちが全面的に全体的に悪かったっ!!」

「さぁ! もう行こう! すぐに行こう!」

「ほらっ秋山さんの奥さんっ!!」

 

 

「………」

 

 ひ…必死過ぎるだろ…オッサン共…。

 

 まぁ…娘さん達の視線で、色々な物が、ソロソロ致死量に達しそうなのは理解はするが…。

 余りに必死過ぎて、ゆかりんママさん…すげぇ怪しそうに貴方達の事、見てるけど…。

 

「じゃ…じゃあ、私達はもう行くけど…皆さんにもご迷惑おかけして…」

 

 訝し気な感じではあるが、少し困った様な笑顔で、こちらに顔を向けたゆかりんママ。

 この…あまりに見苦しい父親達…。こんな状況を何時までも作って置きたくないのだろう。

 軽い会釈を俺達にした…うん。このまま連行してこの場をお開きにするつもりだ。

 

「あ、はいっ! 大丈夫ですっ!」

「問題ない。そこの…ソレを、できれば吊るしてくれると有難いのですが」

 

 みほさん、まほちゃん…何で俺の前に立つの?

 

「だっ…大丈夫っ!! だからお母さん速く!」

「そうだな、問題ない」

「はぁい」

「あ…うん。じゃあ私も一応…というか、貴女達なんでそんなに必死なの?」

 

 …だから何で、俺の前に立つの…。

 空気読んでケイさんまで俺の前に立つし…。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 あ、いや。だからという訳じゃないのですが、正座してるから目線が自然と…。

 いや直線状になるから嫌でも目に入る訳でしてね?

 眼前に色取り取りの…桃っと。あ、うん。流石に悪いので顔を背けた…。

 

「……林田。おめぇ…なんで此処にいるんだよ」

 

 …背けた顔の視線の先…。

 しれっ…と、林田が、俺の横で正座していた…。

 

「バレー部連中の場所が、なんか雰囲気が凄くてな。…非常に居づらくなって戻って来た」

「逃げるの速いな、お前…」

「いや…これはコレで…いっぱい並んで…成程、成程。おっぱい派の俺だったかが…先に尾形が記した、西住さんの戦闘力の値を……俺は今っ! 漸く理解した!」

「…………」

「俺はもう…ひと夏の出会いから眼の保養にと、今回は捧げようと切り替えただけだだだっ!!!!!!」

「………」

 

 …。

 

 一応アイアンクローをしておいた。

 

「…尾形」

 

 あ、中村も復活した。

 

「そして何故当然の如く俺の横に座る?」

「俺も一応、男の子だ」

「…」

 

 …なんか…俺と中村と林田。そろって並んで正座しているって状況が…変に落ち着く様になってしまった…。

 

「うむ。素晴らしい」

「おっさん臭いな、お前。人の事言えねぇだろうが」

「しっかしなぁ…この状況で林田の頭握り潰さなくて良いんか?」

「そういや、頭蓋骨はまだ握りつぶした事ないな」

「怖い事言うなよっ!!! 尾形も何ソノ気になり始めてんだっ!!」

 

 …まぁ林田の視線の事だろうが…中村が言わんとしている事は解る。

 

「いやまぁ…彼女達、水着でいるからなぁ…見るなと怒るのも…なんか…無粋で違うと思うが…」

「…だからお前、カード選考の時もそうだったけど…変に理解あるな。彼女さん達がエロい目で見られている訳ですよ? 尾形君」

「ですからこう…あからさまな害悪な視線は潰そうと、こうして落ち着いている訳なのだよ、中村君」

「成程、お前が特殊性癖って訳じゃないんだな」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あら? 尾形くん?」

 

 

 …あ、はい。

 

 優花里のママさん。

 

 そんな俺と中村のやり取り…というか、騒ぎで俺気が付いた様です。

 中村? 中村は俺の手の中で悶えてます。

 両手に頭蓋骨を掲げている俺を、みほ達の体の横から、体を少し「くの字」に曲げて、顔を覗き込む様に此方へと視線を投げてくれた。

 そんな仕草が少し可愛らしい。

 

《 …………チッ!!!!!!! 》

 

 …そして何故か…一斉に鳴り響く舌打ち…。

 

「ほっ…ほらっ! お母さん、速くっ!!」

「優花里、ちょっと待ちなさい。さすがに挨拶くらい…」

「速くっ!!」

「待ちなさいってばっ」

 

 背中を押すように…両手を前にだして、母親を急かす娘さん。

 流石に目線も合って、黙っているのもなんですので…。

 

「あ…ど…どうも…コンチニワ…」

 

 立ち上がり、軽く会釈。

 何故だろう…普通に挨拶しただけ…いや、つもりなのにどもってしまった。

 

「…書記と遂に出会ってしまた…」

「だから、貴女達は一体…。はぁ…もう…タカシの体格で、気が付かないはずないでしょ?」

「だ…大丈夫! まだ私のお母さんが、いないだけまだマシ!」

「みほ…恐ろしい事を呟くな。言霊という言葉を知らんのか?」

「……マホまで…。貴女達、タカシを何だと思ってるの…その子のお母さんなんでしょ? 何を心配してるの…ダージリン達とかなら兎も角…」

「え…みぽりん達、まさかアレ…本気で思ってたの?」

 

《 …………ハァ 》

 

「何も解っていないって、哀れみの目はやめてくれないかしら…」

 

 

 ですから君たちは一体何と戦っているんですか?

 そういや…ミカは……。

 

「……」

 

 気が付けばアンツィオ連中と飯食ってるし…。

 アレ? ………カルパッチョさんが…いない。

 

「こんにちは、尾形君」

「お久しぶりです」

「最近、顔を見せてくれないから、優花里と喧嘩でもしたのかと思ってたわぁ」

 

 な…何故だ…。

 ゆかりん、絶望顔で前に出した両手をワキワキしているし…。

 脇にいるみほ達は、すっげぇジト目で見てくるし…あ、ケイさんと沙織さん以外は…か。

 普通に…ごく普通に社交辞令を重ねているだけなんですが…?

 

「…流石にいきなりは、口説かないか」

「みほさん、まだ分かりませんよ? 隆史さん、素でやらかしますから…」

「気が休まらないな」

「絶対にロクな事考えてない。なんだあの締まりのない顔は」

「アレを店前で…」

 

「ふ~~~ん…」

「はぁ…みぽりんに信用無いなぁ…隆史君…あれ、ケイさん?」

「………」

 

 し…しかしっ!

 

「あ、でも一緒に遊びに来てるって事は、そんな事もなかったのかしら?」

「え…えぇ、それはもう…」

 

 水着姿というだけで、目の毒だというのに、更には汗やら何やらで、うなじに掛かる髪の毛…が…。

 ため息交じりで安堵し、肩に掛かるタオルを握りながら、もう片方の手を頬に添える姿とか。この人…一々仕草がすげぇな。

 話をすると、普通の大人の女性なんだけど…なんつーーか。フェロモンがすげぇ…。

 正直、一々そういった目で見ていた訳じゃないけど、いつもの店先のエプロン姿からこの姿だからなぁ…うん。一言で言うと。

 

 

 ザ・人妻って感じです。

 

 

「…中村」

「なんだ林田」

「ちょっと…新発見が多いな。尾形が言わんとしていた事を、徐々に色々と理解し始めてきた」

「お前は一体、どこへ行こうとしてんだ…気持ちは分からんでもないが…」

 

 イカン。ちょっと目線を逸ら……親父共。…おまら、何で逃げようとしてんだ。

 さっき居た場所から、徐々に遠ざかってるぞ。

 

 

「………………」

 

 

「……優花里さん? あの…」

 

「………………」

 

 

 

 挨拶もそこそこに…という所で、誰か近づいて来てると思っていたら、優花里さんが気が付けば横に…。

 

 

「お母さん」

「ん? 優花里、なに?」

 

 

 あの……優花里さん? あの…ハイライトさんが無い目で、満面の笑みは正直どうかとおも…。

 

 

「お父さん、ナンパしてた」

 

「「「 」」」

 

 優花里さんっ!!??

 

「…………は?」

 

 おっさん連中、完全に固まっちゃったじゃないか!!

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

「ゆ…優花里さん?」

「もう…形振り構ってないな…秋山さん…」

「あ、でも? この場では最適の答えかと…」

「ソウダナ。…菊代さんが笑みを浮かべて頷いてる…な」

 

「…………」

 

「ケイさん?」

「成程成程。OK、理解した」

「…ケイ?」

 

 あ…優花里ママさんの目に陰が…。

 先程、妙に素直に謝った親父連中に対して、納得した…といった顔だな。あ~…って小さく言ってるしっ!

 

「尾形くん」

 

「はいっ!?」

 

 とか思ったら…妙に…いや、露骨に普通な顔で…否、笑顔っ! 余りに普通の笑顔っ!!

 知ってる! この顔知ってる! 社交辞令で事務的な笑顔だ!

 

「また、遊びに来てね? あ、勿論お客様としても歓迎よ? ウフフ」

 

「あ、はい…」

 

 …感情を殺して、取り合えず今は乗り切ろうって大人の顔だ…。

 会話を終わらせる気、満々だな…。

 

「では…私達はこの辺で戻るわ……ねぇ?」

 

「「「 」」」

 

 

 い…一瞬見せた…えっと…。

 

 何ソノ…すげぇ眼光…。親父共を流し目で見た時の目が…一瞬青白く光った。

 見た…この…眼光もどこかで見た…。

 俺が陰になって見えないだろうみほ達は、なんかすげぇ安堵してるんだけど、その眼光の先の親父共が……白目になった。

 

「五十鈴さん」

「おっ…おう!? いえ、なんでしょうっ!? あ、いえねっ!? コレにはっ! 俺達…いえ、私達にも事情が…」

 

「奥さんに報告しますね?」

 

「  」

 

 う…有無を言わせねぇ…。簡潔に一言、言い放った…。

 温和な笑顔のまま…首を動かし…常夫さんに目線を落とした。

 

 …。

 

 しかし…常夫、多少余裕の表情。

 そうだね…しほさん、此処にはいないようだからね。あの菊代さんの様子では、本当にこのビーチには居なさそう。

 菊代さんから、後で報告が行くと思われるが、そんな考えすら思い浮かばないんだろうね…。

 

「そうですっ! タイミングもバッチリでしたよぉ?」

「…必死でしたから…ハァ…ハァ…」

「怒りを殺して、実を取る事が一番です。切り札は、初手で使うのも有効でしょう?」

「でも…結構…しんどいです…」

「慣れますよっ」

 

 その菊代さんは、優花里に近づいて褒めちぎっている…何故?

 

「西住さん」

「はいっ!!」

 

 あ、いかん。今はこっちだ。

 少し薄ら笑いを浮かべている常夫が少しだけイラッとしたが…まぁ、アレは恐怖からくる笑みだろうな…。

 しほさんの事抜かしても、さっきの眼光は怖かった…うん。

 

 しかし…本当に何処かで…特有な感じの…。

 

 

「 しほさんに連絡しておきます 」

 

「「………え」」

 

 …。

 

 えっと…え?

 

 思わず、常夫さんとハモっちゃった…。

 そして…思い出した…あの眼光…。

 ブチ切れたしほさんと同じだ…。

 

「えっ!? ちょっと待ってくださいっ!? 貴女、しほ…いや、妻…」

 

「で、アナタ」

 

「ん~…違うわね。貴方達」

 

「「「 」」」

 

 常夫さんの問いかけを無視し、旦那さんに視線を移して…真顔になって一言。

 

 

 

「 Aufstehen 」

 

 

 

 …。

 

 

 英語じゃない…ロシア語でもない…。

 一言…立った一言だったんだけど…意味は分からんが理解した。

 尻もち付いてるオッサン連中が、一斉に直立した…。

 

「…立てって」

 

 …ボソっとみほが呟いたね…。どこの言葉とかもうドウデモイイネ。

 俺もしほさんとの繋がりを聞きたかったけど…そんな雰囲気じゃねぇ…。

 優花里も、あんな母親見た事なかったのか、明らかに驚いた顔してるし…。

 

 そのママン…。

 

 

 一瞬、菊代さんに会釈して…そのまま軍隊行進の様に…去って行ってしまった。

 

 …うん。

 

 一気に最後持って行った…。

 

 

 一言で言うならば、嵐が過ぎ去っていった…。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 はぁ…常々コイツの女性関係に? 多少なりとも嫉妬をしていた。…というのは認めよう。

 だけど今回の件は、それとは別。

 

 というか…戦車道してる女子って執念地味ていて、最近じゃぁ恐怖を覚えて来たしたな…。愛してるゲームの時なんか、何度か背筋に走るモノがあったし…。

 まぁ…徐々にその嫉妬も同情に変わり…コイツの性格上、普段の生活から西住さんの為にかなり無理をしているのも知っていた。

 だってよぉ…大会辺りのコイツの行動聞いてたら、この肉ダルマ、いつ寝てんだよ…って生活してんだ。寝てない自慢、うぜぇとか最初思っただろ? でもよコイツの場合…マジの嘆きだと気が付いた時は、この馬鹿、死ぬんじゃねぇかとも思った。

 西住さん以外にも知り合いの関係とかも、何でも噛んでも首突っ込んで…挙句には俺の家の問題もだ。…馬鹿だろ。

 

 あっちゃこっちゃ、他県にまで飛び回って、高校生のガキが取れる行動じゃねぇ。思いついたって、普通やるか?

 ただなぁ…寝た時間なんぞ、言ったと所で俺らと同じく、寝てない自慢ですか? ハイハイ。とか、思われるだけだろうけど、西住さん達には言わんといてくれと釘を刺された。

 この事を喋ったのは俺と中村だけだろう。生徒会長もその事は知らないだろうなぁ…じゃなきゃ祝勝会とかも? あんな無茶させんだろうし。

 …まぁ…ある程度、信頼してくれてると思えたから、正直それはソレで嬉しくも思った。野郎同士で気持ちは悪いがな。

 

 そもそもなぁ…。

 

 普通、尾形に彼女が出来たとか聞きゃ、その時点で諦めるなり、なんなりするもんんじゃねぇの? コワイヨ。キョウフダヨ。諦めきれないとか色々あるだろうが…変わらず尾形に接しているのが…正直気色悪い。

 ケイさんの事を尾形に言った事もあったが、それと同じで…戦車道は戦車道って事で、割り切って西住さんと接しているんかね? そこら辺は正直分からん。

 愛してるゲームの時。…最後に、一言西住さんに対してのフォローをしておいてやったけど…尾形にだけじゃなくて、他の人達に対して言ってやったのに、皆気が付いてねぇなアリャ。

 戦車道乙女とか言われてるが、中村が恋愛対象に見ねぇって言ってたの何となく理解する。

 ただ、あぁそうそう。逸見エリカさん。あの人だけ、この関係性の中で唯一納得いくんだよなぁ……西住さんに敵意むき出し、奪う気満々。

 

「楽しいんじゃねぇの?」

 

 …楽しい?

 

「まぁ…俺りゃ何となく理解してる。西住さんの人柄含めて…今のこのゴタゴタが、なんだかんだ…楽しいんだよ」

 

 モテ男さんのお考えは、俺にゃ分からん。

 

「ある意味で非日常なんじゃねぇのか? 普段の鉄臭い生活からすりゃ、息抜きになってんだろ」

 

 ドロッドロの関係になってるのにか? まぁ非日常っちゃそうだが。

 

「強豪校と呼ばれる彼女達の一日なんぞ、ほぼ学校の授業以外、軍隊みたいなもんだぞ? 聖グロだって、その息抜きでのお茶会だろ?」

 

 そういうもんか?

 

「そういうもんだろ。恋愛を息抜きになんて、俺にゃ無理だが」

 

 経験がナイノデワカリマセン。

 

「…お前…結構、人を見てるのになぁ…。その欲望押さえりゃ、彼女もできるだろうに…」

 

 おっぱいは譲れないっ!

 

「……そこはぶれねぇな…」

 

 …。

 

 ……。

 

 で…その尾形は…。

 

 

 

 

「はぁい。では、次のイベントを消化しましょう」

 

「…………」

 

 秋山さんのお母さんと…えぇと、その他…保護者の方々がご撤退した後、菊代…さん? という方は、とても…あぁ、とても良い笑顔でそう宣言した。

 そう、尾形に向かって…。その尾形と言うと…もう、覚悟を決めたのか、遥か遠くの景色を眺めている。………ような目をしていた。

 こりゃ、覚悟を決めたっていうか、考えるのを止めたんだな…。

 

「そりゃさっきまでの事を、イベントの一言で片付けられ…次とか言われちゃな…」

 

 …。

 

「後、お前そろそろ、その変な喋り方止めろ。俺が一人で喋ってるみたいだろ」

 

「尾形の真似してみた」

 

「…それの何が楽しい…っっ!?」

 

 

 

 

「Hey 貴方たち、さっきから隅っこで何をしてるの?」

 

 

 待て。

 

 即座に逃げるな中村。俺を一人にしないでくれ。

 取り合えず海パン掴んでホールドする。

 菊代さんを取り囲んでいた人並から、ケイさんが抜け、こちらに歩いてきた。

 

 いやぁ…相変わらず戦闘力高いっすねぇ。嫌味無くビキニ着こなせる女子高生…って素敵!

 

「」

 

 いや、フランクとは聞いていたが…そのまま普通に中村の横に座った…。

 尾形だけじゃなかったんすね。

 

 そして…

 

「…中村。起動停止…」

 

「はぁ…sorry! 私も変に威圧掛けちゃって悪かったわ」

 

 少し眉を上げ、呆れ気味に…相変わらず動きを停止する中村に対して、素直に詫びを入れた。

 まぁ、毎回これじゃ会話もできないっすからねぇ。

 そのまま膝に手をついて、少し真面目な顔で尾形達を眺め始めた。

 

「ねぇ、今回の件って貴方が発端なんでしょ?」

 

 此方を見ず、さっそくと口を開いた。

 

 …。

 

 ………アレ? これって俺に言ってるのか?

 

「タカシをナンパに誘ったの…」

 

「」

 

 ワー……めっちゃ、眼を見開いてこっち見たぁぁ…。

 中村っ! 中村っ! 何とかしてくれっ!!

 

「…ハヤシダ? だっけ?」

 

「ハイ!」

 

「私…正直に言えば、貴方そこまで愚かではないと思ってるの」

 

「な…何がでしょう? つか、その眼止めて貰っていっすか!?」

 

 そこで俺の態度を見て…少し笑って、また尾形に視線を移した。

 

「ハヤシダ。タカシの知り合いと出くわさないとも限らないビーチへナンパ…」

 

「」

 

「少し貴方達の会話が聞こえてたんだけど…貴方、タカシの状況を理解しているんでしょ? どにも態々こんな事をイタズラ半分でしたとは思えないの」

 

「…えっと?」

 

「だってぇー! ナンパ成功してたら、タカシ……ミホに刺されてたわよぉ?」

 

「「 そうですね!! 」」

 

 …あ、いかん。尾形に話すノリで、中村と一緒に同意してしまった。

 冗談言うタイミング…この人うめぇな。…そんな俺らの同意に、心底楽しそうに笑っている。

 

 

「……で?」

 

 

 …と一緒に、本題を聞いてくる時の目は死ぬほどマジだ。

 ……なるほど。尾形と中村がこの人は怒らせちゃダメだと言っていたのが分かった。

 良い意味でも悪い意味でも常識人。あぁ…こりゃ結構マジで聞いてきてるなぁ…。若干、ナンパと言い出した俺に対しても、怒っちゃいるんだろう。

 で…コレね。うん…こえぇ…。

 

「お…怒りません?」

 

「ふっふっ~♪ 内容によるかなぁ」

 

 …あ~。

 中村…小声で早くお答えしろって耳元で言うな。

 お前、得意分野と不得意分の明暗がはっきりしすぎだ。

 

 

「いや…あの…ですね」

 

「なに?」

 

 頬杖ついて、心底楽しそうに…しかし眼はマジだ…。

 

 …はぁ。

 

「…楽しいからですよ」

 

「んん~…?」

 

「その…俺が」

 

「………」

 

 …。

 

 

 怖い怖い怖いっ!! 眼が更に見開いたよっ!?

 尾形なら口八丁で躱せるだろうが、俺には無理っ!!! 正直に吐くしかねぇ!!

 

「いやね…尾形、西住さん居るし、ここんとこ生徒会で忙しそうでしたし…中村、戦車の事ばっかりでしたし…」

「ん?」

「おぁ? 俺?」

 

「そりゃ、あわよくば…運良ければ彼女できたらいいなぁ! とか思っちゃいましたが、それは結果的にと言う事で、ソレとは別でして…」

「what?」

「何言ってんだ、お前」

 

「夏休み終わるし、結局今年、兄ちゃんの結婚やら何やらでコッチもゴタゴタしてて…こいつらはコイツらで、帰ってこりゃ試合見に他県行ってるし…で…」

「………」

「…何が言いたいんだ、林田」

 

「尾形にゃ悪いと思ったけど、いつもの事だし、息抜きにもなるかなぁ~…って…」

「……ん?」

「……つまりなんだ。ハッキリ言え」

 

 ……。

 

 

「や…野郎同士で、つるんで馬鹿できたらなぁ……っって…」

「………」

「………」

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 だ…段々顔が熱くなってきた…。

 

「……林田、つまりお前」

 

「……なんだよ」

 

「寂しかったんだな」

 

「ブフッッ!!!」

 

 くっそっ!! ケイさんがおもいっきり噴出したし!!

 俺だって言いたくなかったわ!! くっそっっ!!

 手を叩いて声を殺して爆笑し始めた!!

 

「…良かったな林田。ケイさんに、受けたぞ」

「うれしかねぇわっ!!!」

 

 

「…林田。尾形と一緒のポーズ取るな。orzのポーズなんて、リアルでできるのお前らだけだ」

 

 

「はずっ!! なんだこれっ!! 恥っっず!! 性癖暴露するよりキッッッツっっ!!!」

「比較対象がお前らしいな。…まぁー…なんつかーか…俺も悪かったな」

 

「謝んじゃねぇぇよ!!!! 余計に俺が、ただ本当に寂しかっただけみたいだろうがっ!!!」

 

「いいよ、いいよ。明日から毎日遊ぼうな!!」

「良い笑顔してんじゃねぇ!! ブチ殺すぞっ!!」

 

 耳があっっついっっ!!!

 

 あー…もう…。

 

「フー…Hey、ハヤシダ」

「なんすかっ!?」

「笑っちゃって悪かったわね…馬鹿にしたわけじゃないのよ?」

「………くっ…」

 

 その割には、涙目になってんのは何故でしょうかねぇ!?

 泣きたいのはこっちなんすけど!?

 

「良いわ、貴方達…。タカシと3人。すっごく良い感じよ?」

「……なんか気色悪い事言われた気がする…」

「大丈夫、大丈夫。なんていうか…バランスが取れてるっていうか…」

「三馬鹿とか言われてますけど…」

 

「ぶふっ!!!!」

 

 あ…また変なツボに入ったのか…めちゃくちゃ噴出した。

 今度はヒーヒー言いながら笑ってるし…。

 

「はぁ…もう、いいんですか? なんかアッチで凄い事になってますけど…」

 

「ハー…ハー…what?」

 

 そうだよ。この人も一応はアッチ側だろ?

 尾形の方向を指さすと、相変わらず色取り取りのおし…否。方々が、完全に目が死んでいる尾形を取り囲んでいる。

 なんだ? その尾形の前、西住さんちのお姉さんと…チューリップハットを被った戦闘力が素敵なお姉さんが並んで立っている。

 

「あ~…なんかさっき言ってたな…。西住選手と継続の隊長さん…どっちの膝枕か選ばせるって…」

「…というか、あの菊代さんって人…マジで選ばせてるのか…贅沢な選択だな」

「どうした。その割には大人しいな林田」

「…いやもう…正直あの状態の尾形を、微塵も羨ましくねぇと思えるのは、俺も成長したってことだろうか?」

「それは成長とは言わねぇ」

 

 …。

 

 ケイさんはあいかわらず、俺と中村とのやり取りを聞いて爆笑を続けている。

 何が楽しいんだ、こんな会話…。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「笑いすぎです。…というか、本当にいいんですか? 参加しなくて」

「はぁ~…え、えぇ。私は遠慮しておくわ。アレはマホとミカの戦いだから」

「…そういうもんすか?」

「えぇそう。ミホだって黙って見てるでしょ?」

「……あの位置に居る西住さんが不憫でならねぇ…」

 

「………」

 

「ケイさん?」

 

「どうにも…ミホの様子が変わった様に見えるのは何故かしら…う~ん…ちょっと前なら…」

 

 …やっぱりこの人も例外じゃねぇな。淡々となんか分析してるし。

 スッ…と露骨に態度が変わったのが薄気味悪いなぁ…。

 

「まっ! いいわ!」

 

 パンッと膝を叩くと、その場に立ち上がった。

 脚から砂浜の砂を軽く叩き落とすと、座り込んでいる俺達を見下ろした。

 

「私、そろそろアリサ達の所戻るわね」

 

「…えっと、アレは本当にいいんですか?」

 

 あさっりとした態度に、むしろ不安を覚えたのだろう。中村がもう一度尾形を指さした。

 その場所を見て苦笑して…ケイさんが言った。

 

「えぇ。もう私は満足したから」

 

 …おー…本当にあっさりしてるなぁ…。

 でも何に満足したんだろう…。この人、あんまり尾形に今回絡んでないよな?

 

「そもそもタカシとは今回偶然会っただけだし…あんまりあの娘達またしてるのも悪いしね」

 

「そ…そっすか」

 

「…いろいろ情報も手に入ったしね…」

 

 …。

 

 なんかボソッと呟いたね…。

 

「んじゃ、タカシ忙しそうだし…私は行くわ。宜しく言っといて……っと、そうそう。ハヤシダ」

 

 …え、俺っすか? 中村じゃなくていいんですか? …とか言おうとしたら中村が余計な事を言うなと…俺に耳打ちはやめろ。

 男に耳打ちされても嬉しくねぇ。つかキメェ。

 

「貴方、そっちのタカシと私は同意見。ちゃんと人様を見てるって思ったの」

 

「はぁ…」

 

 いや…普通にしているだけなんすけど…ってっ!?

 体を倒し、顔を俺に近づけた!? 前屈みっ!!?? 女の子に、ここまで接近されるのって初めなんすけど!?

 

「…もっと誠実になれば、本当に彼女くらいできるわよ?」

 

「………」

 

「いい? 誠実さよ?」

 

 ケイさんの体が、陰になって俺に掛かる距離…っっ!!

 体が硬直して動かねぇ…さっきまで怖いと思っていた真っ青な目を、見どうしても見入ってしまう…。

 

「そうだぞ? お前に一番無いものだ」

「うっせぇなっ!!!」

「帰りにコンビニ寄ってみるか? 売ってるかもしれねぇぞ?」

「売ってたら苦労しねぇわっ!!」

 

 俺と中村のやり取りを、また声を押さえながら笑うと…スッ…と体を離した。

 

「素直に寂しいと言った貴方、結構可愛かったわよ?」

 

「っっ!! …い、言ってませんよっ!?」

 

 こっちはコッチで…ノリ良いなこの人…。

 そのまま後ろ向いて、本当に最後にと言い逃げみたいに…。

 

 

「そんじゃぁねぇ~~♪」

 

 

 

 後ろ手に手を振りながら…この場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

「なんか、痩せたな尾形」

 

 …これは痩せたんじゃない…多分、やつれたんだよ…。

 あの地獄の様なビーチから…漸く学園艦の艦内にまでは来れた…。

 家でみほ達にどういう顔していいか分からん…。

 

「…帰りたくねぇ」

 

「そのセリフは、海からの帰り道に男から一番聞きたくねぇな」

 

 …俺も言っていてそう思った…。

 

「そういやよ、尾形」

 

 中村が心底疲れたように声を掛けて来た。

 

「…お前、結局どっちの膝枕選んだんだ?」

 

 ………。

 

 菊代さん……確実に俺を逃がす気はなかったな…。

 中途半端に誤魔化そうと思ったが…眼が「ワカッテンダロウナ?」って言っていたからな…。

 両方とか…どちらも選べませんとか言っていたら、多分…俺の命はなかっただろう…。だから…。

 

「ま…まほちゃん」

 

「ほーー!!! 逃げずにちゃんと選んだのかっ!! すげぇな尾形……大丈夫だったか?」

 

「……………胃が…」

 

 選んだ瞬間…まほちゃんが、今まで見た事ねぇ程の笑顔になった…のは、良いんだけど…ミカが…。

 あのミカが…超真顔になった…。

 怒る訳でもなく何でもなく…何時も微笑を浮かべていたミカが…眼を開いて真顔だ…。一応フォローをしようとは思ったんだけど…。

 菊代さんがソレを許してくれなかった…。あの人…本当に何しに来たんだ…。今夜、しほさんとこ行くの滅茶苦茶怖い…。

 

 絶対にいるよあの人…。

 

「…ミカの最後の言葉もなぁ…何する気だ…」

 

「…何言ったんだ?」

 

「…言えねぇ…」

 

『 何事も待てば良いってモノじゃないね。その結果がコレ…なら、次は少し過激に行こうか 』

 

 過激ってなんだよっ!!!

 どうにも…まほちゃん、ミカに対してだけ…ちょっと様子がおかしいんだよな…。

 ミカもミカで、どうにもまほちゃんに対しては多少、挑発的というかなんというか…。

 

 はぁ…。

 

「…ま…まぁいいわ。そういや、その後だっけか? 西住さん、なんか全力疾走でどっか走って行ったけど…どうしたんだ?」

 

 …あぁ…アレか。

 

「き…菊代さんに…」

 

「…あの人か…」

 

「みほにだけ…その…水着の感想言ってないから、ちゃんと言えって…」

 

「………色々すげぇなあの人。完全にお前を逃がす気ねぇな」

 

 誤魔化させる気もな…。

 

「だからもう…色々と諦めてな…もう正直に…」

 

「正直に…?」

 

「『俺の彼女超可愛い』って、どストレートに…」

 

「………お前、普段「超」とか、「俺の」…とか、言わねぇのに…」

 

「…もうな…恥ずかしいとか、そういう感情はなかったんだ」

 

「…だから余計にか…具体的にとかどうの…とかじゃなくてだなそりゃ。西住さんその事知ってるから、余計に会心の一撃だったって訳か」

 

 まぁ、みほが逃走したからソレを追いかけて、その場は解散…となったので、なんとかあの無限ループしそうな空間が終わりを告げてくれたのだが…。

 カルパッチョさんが戻ってこなかったのが滅茶苦茶気になる。

 

 あぁ…あと、なんか…バレー部連中が妙に俺によそよそしくなったな…。逃げる様にどっか行っちゃったし。

 …。

 

 軽蔑されてしまった…とかではないとは思うんだけど…ちょっと寂しかった…。

 

 

 はぁぁぁぁ!!!! もうっ!!

 

「…帰りたくねぇ…今になって恥ずかしくなってきた…」

 

 ……。

 

 野郎同士の車内が、本当に安らぐ…。

 

「そういや…林田が妙に大人しいな…。いつもならすげぇ食いついてくるのに…」

 

「……」

 

 …なんだ? 頭抱えてるな。

 

「…しまった…」

 

「んぁ?」

 

「せっかくケイさんが、俺の目の前で…眼の前でっ!! ……前屈みになってくれたのに…」

 

「あぁ…あの時の……」

 

 

「谷間を凝視するの忘れた……」

 

 

 …。

 

 ………。

 

「あ、うん…それがお前だ」

 

「ちょっと安心したぞ?」

 

「…………」

 

「…林田?」

 

「なぁ、尾形、中村」

 

 

 

 

「…ケイさんのSRカード持ってたよな?」

 

 

 

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。

いや、本当に久しぶりに文章書いたら…もう。
次は…本編よりPINKの方かなぁ…大分放置していましたし…。

ちなみに更新頻度か高くなってる、ピクシブの方は、完全にこちらの小説とは設定も何もカモが違います。ただエロ特化なだけですので、そちらはそちらで楽しんでいただけると幸いです。

ありがとうございました。


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【閑話】それは、絶望すら生温い

はい、今回はリハビリ回です。
全く文章が書けなくなっていた為、思い出す為に日常回。
というか、時間系列的にすでに辻褄合わせが厳しすぎるので、エキシビジョンまでの最後の日常回になります。

いやぁ…やっぱり書く時間が少ない…。



 朝。

 

 特にする事もなかったから、一人居間で暇を持て余していた。

 今日ぽっかりと空いてしまっている予定をどうしようか…と、その居間の縁側から外を眺めながら考えてしまう。

 本当にする事がない。久しぶりだよね、こんな時間。ルームシェアとも言える今の生活は、騒がしくも楽しくて…こんな風に一人きりになるって事がそんなにある訳じゃなくなっていた。

 

 不思議だよね…ほんの一年前とは、正反対…。

 

 西住流…家元の娘。お姉ちゃん…西住まほの妹…。小学生や中学生の時とは違い、それがとても強く浮き彫りになっていた。

 派閥なんてモノが私を中心にできるなんて、夢にも思ってもいなかった。…それは先輩達も巻き込んで、学校全体に及んでしまっていたなんて…多分、沙織さん達に言ったら、驚かれちゃうだろうなぁ…。

 おかげで本当の意味で私はずっと…一人だった。

 

 …だから思うの。

 

 あの頃の私に友達って呼べる人…いたのかな? って。赤星さんは優しかったけど…どうなんだろう。

 

 エリカさんは…

 

 …。

 

 今でも思い出すとゾッとしてしまう。

 何よりもあの…決勝戦の後。

 

 派閥…なんて言うものだから、上辺だけでも私の味方はいた。味方…なんて呼び方が正しいのかは分からないけど、とにかくいた。…いたんだと思う。

 決勝戦の敗因としての私に対して、すでに何かしらを諦めてしまったんだろう。

 それでも「私の味方」を謳った人達は、その私に対して落胆をするとか、そういう事ではなく、ただ、ただ…。

 

 他にも色々な嫌な言葉がしっくりとくる様な事が…もう、たくさんあったなぁ…。

 何もかもが嫌になって…ワカラナクなって…。

 

 

 

 逃げだして…。

 

 

「………」

 

 ふふっ…

 

 

 うん!

 

 逃げちゃったっ!

 

 

 …。

 

 強調してもう一度強く思う。

 

 あの時だなぁ…。

 

「逃げ」という言葉を肯定してもらってから、私の中の奥の…本当に奥の部分がすっごい軽くなっ…………。

 

 

 なっ…って…。

 

 

「………」

 

 

 

 ぅぅ…。

 

 前は繰り返して思い出しちゃっていたけど…あの日の夜から、どうにもこうにも…思い出しちゃって…。

 

 嬉しいやら、恥ずかしいやら…で…ぅぅぅ…。

 

 う…うん。

 

 そっ! …そんな私が転校して…。

 

 友達ができて……。

 

 た…隆史君が転校してきて…それから生活が、何度も何度も一変して…。

 

「………ふふっ」

 

 自然に笑みが零れてしまう。

 日が当たり、白く光る庭先の芝を眺めながら、縁側から少し投げ出している脚を、ぶらぶらといつの間にか揺らして…遊ぶ。

 妙に熱くなった顔や、なんとも言えないこの感情をごまかす様に…。

 脚の指先で、芝を摘まんで…引き抜いちゃう様にもて遊びなから…いっぱい、いっぱいどんどんと思い出す。

 少しでも思い出してしまうとそれにつられて、どんどんと。

 いくつも…大変だった事がいくつも思い出してしまう。けど…それと一緒に起こった…楽しい事や嬉しい事…それも一緒に思い出して…。

 

 

 

「…あれ、みほ?」

 

 

「っっ!?」

 

 …びっ…くりしたぁ…。

 

 に…庭の…というか、隅っこの家の影から、突然隆史君が顔を出した。

 思わず脚の指先で…ちょっと子供っぽい遊びをしてしまっていた状態を隠すように脚を閉じる。

 

「隆史君…なんでそんな所にいるの…」

 

 ちょ…ちょっとはしたなかったよね…うぅ…。

 

「あぁ~…家の裏に小さな社あってな? 引っ越して来た時から、たまにこうして掃除していたんだよ」

「それから朝食の後から見えなかったんだ…どこか出かけちゃったかと思ったよ」

 

 そう言うと、あぁ…成程…とすぐに思える程に…なんていうか…。

 

「後…なんか隆史君、用務員のおじさんみたい」

「まぁ…うん。こういった格好、掃除の時楽なんだよ…というか、笑わないで欲しいんだけど…」

 

 頭にタオル。その上から麦わら帽子被って姿で、手に持った掃除用具一式を此方に見せるように上げた隆史君の姿。

 そして少し遅れてクリスちゃんが、足元から私に尻尾を振りながら顔を出した。私の第一印象を口にすると、少し困った顔で笑ってくれた。

 つられて…私も笑ってしまう。

 

「だって妙に似合うんだもん」

 

 …。

 

 あぁ…なんか、すごく良い…。

 

 久しぶりに、なんて言うか…こういった時間。すごく…。

 ちょっと先に片付けてくると行って、玄関前へと庭から出て行った。

 その後ろをテコテコ、小さな足で歩いて後ろをついていくクリスちゃん。

 わ~…本当に隆史君に動物が懐いてる…。もう何度も見た光景だけど、私とお姉ちゃんは、見るたびに驚いちゃう。

 少しすると、手を洗ったのか、ハンカチで手を拭きながら戻ってきた。

 

「んで、みほは今一人か?」

 

 戻ってきて私の後ろ、誰もいない居間を見ながら聞いてきた。

 

「え? あ、うん。みんな出かけてるみたいだよ? お姉ちゃんは、登校日で…あ、そういえば戦車道の練習…今どうしているんだろう…。ずっと家にいるけど…」

「夏休みだからじゃないのか? その為の登校日だろ?」

「まぁ…うん」

 

 …隆史君は黒森峰での生活は知らないものね…。

 お姉ちゃんの現在が、どれほど異常なのか解らなくても仕方ないか…。お姉ちゃん、もう引退だから大目に見てくれてでもいるのかなぁ…。

 

 …。

 

 それはありえないか…。

 

「んで?」

「え? あ…うん、それで麻子さんは、お婆さんの様子を見に行ってくるって」

「あぁ、あの婆さん、一人暮らしの状態だしな」

「うん。そ…それで、華さんは…」

「華さんは?」

「他界したはずの…」

 

「もういい………了解。…解った…」

 

 あ~…うん。そ…そんな感じかな。

 華さんが出かけた理由を話し始めてた辺りから、頭を押さえた隆史君…。なんだかんだ、華さんのお父さんと仲良い様に見えるんだけどなぁ…。

 両手に持っていた掃除道具…バケツとかを地面に下すと、ふ~…と少しだけ深く息を吐きながら下を向いた。

 そのまま自分の足元を見ながら、現状を確認するかのように…。

 

「んじゃ、今この家にゃ、オレとみほだけか…」

「うん、そうなるね」

「みんなの用事を考えると、しばらく帰ってきそうもないな」

「…え? そ…そう…だね」

 

「…そうか」

 

「う……うん」

 

 

 …。

 

 

 ………。

 

 

「…………」

 

 へ…変な静寂…。

 

 だ…黙ちゃった…。

 

 な…なんでだろう…変にドキドキするんだけど…。

 

 おもわず周りを見渡してしまう…。いつもだったら、ここら辺でお姉ちゃんが帰ってくるんだけど…。

 

「……そうか、二人きりか」

 

「……ぅ」

 

 あ…二人きりの状況って…その…久しぶりかも…。

 

 

「あ~…みほちゃん?」

 

 

「はいっ!?」

 

 

「なんでそんなに顔、赤いんだ?」

 

「………っ!」

 

 だっ! 誰のせいだとっ!

 

 い…いや、それは私が勝手に思い出していただけで、わかるはずないだろうけどっ!?

 その原因を作った人が、本当に訝し気な顔で聞いてくると…もう…こうっ!

 さらに熱くなってしまった顔を彼に向けると…どうにも聞いてはダメな事を聞いてしまった。そんな感じで誤魔化すように…。

 

「まぁいいや…」

 

 …と、いつもの様に呟いた…。

 

「良くないですっ!」

「…えっと…んじゃ、詳しく聞いて良いのか?」

「そ…それも、ダメっ!」

「んじゃ…どうすりゃ良いんだよ」

「知りませんっ!」

 

 もう…。

 何がそんなに面白いのか…隆史君は、思わず顔を背けてしまった私の反応を見て、小さく笑い出した。というか、笑うのを堪えている。

 我慢してるのわかるもん。口端が上がるの、強引に抑えてるしっ!

 あ…まずい、ここで変に意固地になると、今度はそれはソレでってことで、隆史君が悪乗りしてしまいそう。

 

「あぁ~まぁ、なんだ。みほさんや、話は変わるが…」

「なっ…なにっ!?」

 

 あ…アブナイ。まだその気ににはなっていなかったみたいだった…。

 頬っておくと、本当に今状況を吐かされてしまいそうで、彼の2回目の誤魔化しに即座に乗った…。

 

 ……。

 

 あぁ…うん。

 

 妙に冷静な私もいる。

 

 こういったやり取りも…楽しいかも…。

 

 うん…たのしい。

 

「あの…みぽさん?」

 

 っっと…危ない、危ない。

 今度は私が、笑ってしまうのを我慢しなきゃ。口端が上がってしまいそうなのを、我慢する。

 よほど変な顔をしてしまっていたのかな…妙に微笑ましい顔で見てくる隆史君が、ちょっと小憎たらしいかも…。

 

「な…なに?」

 

 もう一度同じセリフを口にする。

 

 …。

 

「みんな出かけちゃって、誰もいないならさ」

 

 

 ………。

 

 少し言い辛そうにした隆史君を見て、足元にずっといたクリスちゃんが一度隆史君を見上げた。…すぐに私に近づいて…縁側を身軽に飛び上がり…ポンと膝の上に飛び乗ってきたね。

 

「…………」

 

「…………」

 

 …うん。言い辛そう。

 

「みぽりん。いや、あのですね? 何故、そんなジト目を出されたのでしょう?」

「…出してませんけど」

 

「みほさんや…体を隠すようにクリスを抱っこしてるのは何ででしょう?」

「普通に抱っこしてるだけ…だもんねぇ~?」

「ワンッ!」

 

「…………」

 

 私の声に、気持ちよく返してくれるクリスちゃん。

 若干、隆史君を睨んでいるように見えるから、ちょっとおもしろい…そして妙に心強い。

 

「まだ何も言ってないんすけど…」

 

「……だって隆史君、結構な変態さんだし」

 

「ふむ…ソコは否定できんな」

 

「そこをしようよっ!」

 

「ワフッ!!」

 

 また気持ちよく同意してくれたみたい。

 クリスちゃんが完全に私の味方になってくれたようで、隆史君が大きく肩を落とした。

 

 …。

 

 ふふっ…隆史君の困った顔が、ちょっと嬉しい。

 

 

「みほ、なんで悪い顔して………んっ? あ、ちょっとごめん」

 

 

 突然の携帯電話の呼び出し音。

 

 初期設定なままの着信音な為に、すぐに隆史君のモノだと分かる。

 すぐに私に断りを入れて、隆史君がズボンのポケットに手を入れると、携帯を取り出し画面に映ったであろう先方の名前を見て、すぐに対応していた。

 

「…と。どしたんだ? こんな朝はや…」

 

 あ…珍しい。

 

 基本的に最初の電話口では、私や沙織さん達にですら敬語で始める彼が、とてもフランクだった。

 何よりも顔つき…。なんか…すっごく優しそうな……。

 

 …あれ?

 

「………」

 

 最初の一言を途中で止めて…そのまま黙っちゃった。

 その優しそうな顔だった彼の顔の眉間に、徐々に皺が寄っていく…。

 

 う…。

 

「…わかった。今、どこにいる?」

 

 何か私がいると話辛そうだし、電話の内容を聞いちゃっているみたいで気が引けて、席を外そうとクリスちゃんを抱っこしたまま立ち上がると、それに気が付いた隆史君は無言で大丈夫だと、表情と手を前に出して私を制してくれた。

 それでもとても悪い気がして、ゆっくりと縁側から居間の中へと移動しようとすると…。

 

「あぁ…あそこの…。わかった。すぐに行くから待っていてな?」

 

 そんな返事をする彼を横目で見てしまった。

 いつかどこかで見た、とても真剣な目をしている横顔。少し眉間に皺を寄せながら、携帯を切った。

 

 …。

 

 彼の中の何かが切り替わったみたいに顔つきが変わった。

 彼が大洗に転校してくる前…お姉ちゃんの所へ青森から飛んで行っちゃった時も…麻子さんの時も、納涼祭の時も…決勝戦の時も、あんな顔をしていたのかな。

 最後の言葉で、すぐにわかっちゃった。

 

 また何処かへ行く気なんだって。

 

 …。

 

 うん…彼の転校初日、生徒会室での事をすぐに、鮮明に…思い出しちゃった。

 あの時もあんな顔…。

 

「みほ」

 

 じっ…と見てしまっていた私の視線に気が付いたかのように、此方に顔を向けた。ただ、その表情はいつもの様に柔らかく笑っていた。

 ただ…眼は真剣なまま。

 

「すまんな。ちょっと出かけてくる」

「あ、うん。わかった」

「……」

 

 あれ…彼の報告に普通に答えただけなんだけど…ちょっと訝し気に驚くような顔をした…。

 

「どうしたの?」

「あ~…いや、なにか聞かれるかと思ったんだけど…」

 

 あぁ…そういう。

 

「隆史君の悪癖については、諦めました」

「悪癖って…諦めたって…」

 

 ちょっと思う所があるのか、苦笑した。

 

「あ、ごめんね。悪癖とかは…言葉はちょっと酷かったかな。まぁ…今回はどっか行っちゃう報告も聞けましたので良しとします」

「は…はは…」

 

 毎回毎回、黙って遠くまで行っちゃっているのを自覚しているのか、苦笑を続けている。

 うん、私が別に責めている訳ではないのが、解っていてもらってちょっと嬉しい。

 

「まぁ…大洗の町に行くだけだから、外泊等はしませんので…」タブン

「わかりました…いってらっしゃい」

 

「…あ…はい」

 

 …。

 

 あれ? 彼はまだ少し驚いた顔を継続していた。

 なんでまだ、驚いてんいるんだろう…。

 

「なに?」

「いや…正直また「女の子?」とか、聞かれると思って…」

「だって女の子でしょ?」

「確定事項の様に………いやまぁ…そうだけど…」

 

 …うん。多分、誰かしらから彼へのヘルプ要請が入ったんだろう。

 彼の口調からしても、ちょっと誰からかは分からないけど…あの顔をした隆史君だ。何を言っても行っちゃいそうだし、行ってくれる彼の方が…私は嬉しい。

 

「助けて…とか、言われちゃったんでしょ?」

 

「…あぁ」

 

 少し、神妙な顔に戻った。

 私の目の前での事だったから、私に気を使ってくれているんだろう。

 

 …。

 

 でも、もう大丈夫。

 

「…私の中で、隆史君への事は確信は得ているの」

「確信…? 何が?」

「それは内緒です」

 

 …少し笑いながら答える。

 

「誰かに助け求められて、それに応えない隆史君とか…見たくないから」

「…そうか」

 

 ま…まぁ…あ…あの夜の時に言っちゃったから、ある程度はわかってくれていると思うけど…ね。

 改めて言うのは恥ずかしすぎます!

 

「ただしっ! メリハリはつけてくださいね?」

 

 ちょっと気恥しくなって、誤魔化し、顔を隠すようにクリスちゃんを向かい合わせに抱き上げる。

 

「女の子を助けるのが、漢であり隆史君だもんねぇ~~?」

 

「…………」

 

 私の言葉に賛同するかのように、クリスちゃんが鼻を舐めてくれた。

 

「何故…君達姉妹は、僕の黒歴史をチョコチョコ採掘するのでしょうか?」

 

 肩を下げ、耳を少し赤くしながら項垂れたね。

 うん、この隆史君見るの好きだなぁ…何時も隆史君ペースからね! たまには…ね!

 

 …。

 

 それに私達にとって、それは黒歴史…なんかじゃないよ。

 

「…くっそ。はぁ…まぁもう…いいや…んじゃ、ちょっと…」

 

 少しゲッソリとした表情を映した顔を、また少し引き締めた。

 毎回思うけど…ちょっとこのギャップは卑怯だと思うの…。

 

 

「…行ってくる」

 

 …。

 

 

 

 

 その一言で、彼は小走りに急ぎながら…中庭を出て行った。

 

 それを小さく手を振って送っていた私。

 

 …。

 

 それをどこか嬉しくも…恥ずかしくも感じてしまい、手を急いで下した。

 ある意味で嵐の様に去っていった彼がいなくなった庭先が、妙に静かに感じる。

 

 …さてと…。

 

「どうしよう…ねぇ?」

 

 またクリスちゃんを抱き上げると、小さく短い尻尾をブンブンと振っていた。

 クリスちゃんのお散歩にでも行こうかな? 

 

 …あ、そういえば…隆史君二人きりって後…何を言おうとしたんだろう…。

 

 

 帰ってきたら聞いてみようかな。

 

 

 …。

 

 

 

 

 …

 

 ………。

 

 

「あ…あれ?」

 

 着信音。

 

 今度は私の携帯から着信音が流れてきた。

 聞きなれたボコの歌が後ろへ置いていた携帯から聞こえる。

 

 体を捻り、少し離れた場所へ置いていた携帯へと手と体を伸ばす。

 特に携帯画面を見る事もなく、急いでその呼び出しに応えると…聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 …この電話で…私達姉妹の運命が変わってしまったと…この時は思わなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「はい」

『 ……みほ 』

 

「アレ? お姉ちゃん? どうしたの? わすれもの?」

『 今、そこに…周りに隆史はいるか? 』

「隆史君? いないけど…今でかけてる」

『 …そうか…なら良かった 』

 

「ん?」

『 まぁ…正直、隆史には聞かせられ…いや…しかし…話した方が…良いのだろうか… 』

「どうしたのお姉ちゃん」

『 すまん。私もまだ動揺しているんだ… 』

「…なにかあったの?」

 

『 ………… 』

 

「…お姉ちゃん?」

『 ………… 』

「……黒森峰で何かあったの?」

『 …あぁ…最悪な事が起こった 』

「最悪?」

『 ……… 』

「えっと…」

『 正直、電話をかけておいてなんだが…みほに話して良いか今もまだ迷ってる 』

 

「………」

『 …… 』

 

「話して」

 

『 みほ…? 』

「大丈夫…私なら大丈夫…。うん、隆史君にも話した方が良いかもしれない内容なんだよね?」

 

『 …… 』

 

「ね? それに聞いてみないと、結局何も言えないよ。迷っているから帰ってからじゃなくて、今電話でこうしてお話しているんだよね?」

『 …… 』

「お姉ちゃん」

『 ……あぁ…そうだな…やはり、みほには話しておかなければならない…な 』

「うん、そうだよ。隆史君に相談はとりあえず二人で考えよ?」

『 …あぁ、わかった 』

 

『 …ならば、結論から言おう 』

「…結論」

『 事、私だけではなく、みほ。お前にも言える事かも知れないから…な 』

「う…うん」

 

『 私は…いや、多分みほもだろう… 』

「えっ…」

 

 

 

『 私達はもう……西住流を名乗れないかもしれない 』

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 …。

 

 ……。

 

 近くのコインパーキングに停め、無駄に重い扉を閉める。…この運転席のドアはもう、扉と言っても差し支えないだろ…。あまり一人で出かける時は目立つってしまうので、あの重装甲の軽トラは使わないのだが、今はそんなことは言っていられない。

 そしてこの待ち合わせした店は、もう何度か訪れており、特に迷うこともなく此処まで来ることができた。

 

 他県に俺を呼ぶよりも、自ら来た方が早いと思ったからだろうか…? 今回は本拠地…ではなく、態々この大洗にまで来ているって事は、相当切羽詰まっているのかもしれない。

 そもそも…今まで無かったからな…。彼女は頭が良い分、俺の役割…とでも言うのだろうか? 出来る事、出来ない事なんて把握している。

 だから自らの事…個人的な件で、俺に助けてくれなんて…言ってくる事なんか…。

 

「…っと」

 

 考え込んでいないで、さっさと会えば良いだろう。なんの要件か聞いてみなけりゃ分からん。

 俺に助けを求めた時点で、彼女には俺ならなんとかできる事だと判断したからだろう。…もしくは本当にどうにもならなくて、どうにかしたくて…藁をも掴む想いなのかもしれない。

 どちらにしろ…急ごう。彼女は目の前で待っているのだから。

 

 何度も訪れた、その喫茶店の扉を開けると、カランカランと小気味良いベルの音が響く。

 トビラに付けたらベルの音に、店員が此方へと気が付く。

 

「いら…しゃいませ」

 

 …。

 

 俺の顔を覚えているんだろう…な。営業スマイルが、一気に無表情にと変わる女性の店員。

 まぁ…毎回何かしら騒ぎを起こしてしまっているから、仕方がないな…軽く営業妨害に当たっていたかもしれないしな。

 一言、謝罪でもしておいた方が良いのかもしれないが、それはまた今度だ。今は…。

 

「ツレが待っているはずですので…」

 

「…どうぞ」

 

 …と一言言うと、小さくため息のようなものを吐いた気がする。

 好きに探せと言わんばかりに、店内へ促された。

 

 相変わらずモダンな雰囲気の店内は、それなりに混雑していたが、少し店内を進めば…うん。すぐに見つかった。

 家族連れは珍しく、相変わらずカップルか、本当にお茶を楽しむために来ている様な客ばかり店だ。

 そんな客層の中では少し異彩を放っていると言っても良い彼女は、すぐに分かった。

 

 …というか…彼女達…か。

 

 まぁ…正直、いるだろうとは思っていたがな。

 

 此方に気が付いたのか、俺を見上げる3人。

 その一番奥…。俺を呼んだ張本人は、口を付けていないであろう、湯気もなくなったティーカップの中を俯いたまま眺めている。

 俺に気が付いてもいないな、こりゃ…。小さくブツブツと…何か口にしている。

 

 さてどうしたもんか…このその他3人は、明らかに俺から彼女をガードする為に着いてきたであろうが…今回は彼女からの救援要請だ。

 何かしら妨害してきたら…ちょと…本気で相手をして…。

 

「…待ったてわ」

「遅いのよ」

「…んじゃ、こっち座って」

 

 …あれ…。

 

 思いの外、歓迎されている…のか?

 一人は彼女の向かいに座っていたのに、此方に座れと場所を誘導された。

 

 …。

 

 これは…本格的にまずい事にでもなっているのか…?

 彼女達3人からも、まるで何とかしてくれ…助けてくれと言わんばかりの…懇願するような目で見られているに、今さらながらに気が付いた。

 そのまま促される様に、6人が向かい合わせで座れる大きな席に腰を掛けた。

 

 一番奥…壁際の…俺を呼んだ張本人の正面へと…。

 

 まだだ。

 

 彼女はまだ俺に気が付いていない。

 

 ふぅ……さて…。

 

 

 

「…お待たせ愛里寿」

 

 

 …。

 

 俺の呼びかけに、一瞬体を硬直させ、一気にその俯いたままの頭を上げた。

 漸く見えた彼女の顔は…とてもじゃないが、生気というものを感じられなかった…。

 

 そんな虚ろのままだった彼女の目は、俺と目が合うと…漸くその光を取り戻していった。

 

「お兄ちゃん…」

 

「はい、お兄ちゃんですよ~」

 

 …。

 

 変に神妙にならず、いつもの様に軽口で返すと、段々とその顔に赤身も取り戻していってくれた。

 はぁ…と、その様子を見ていた、愛里寿の横に座っていたメグミさんが、少し悔しそうにため息を吐き、その横に座っていたルミさんが同じように俺から目線を外した。

 

 しかし…まぁ…愛里寿…。

 

 あ~…こりゃ相当参っているな…。

 

 最近では、そう呼ばれる事が多かった為に忘れがちだったが、こういった世間一般様の場所では「お兄ちゃん」と、俺を彼女は呼ばない。

 …公私をちゃんと彼女は分けられる。

 

 それが、コレだ…。

 

 俺が席に着いたのを見計らったかの様に、店員さんが俺達の席にへと注文を取りに来た。

 

「珈琲で良い?」

 

「はい」

 

 余計な時間を取られたくないのか、それに俺の真横の席に座ったアズミさんがすぐに対応してくれた。

 一瞬店員さんは顔をしかめた…気がする。女性だらけのこの席にはあからさまに野暮で、むさっ苦しい男が座ればそうりゃそうだろうが、明らかに重い空気に気が付いたのか…営業スマイルへとすぐに変わり、かしこまりましたと離れていった。

 

 …。

 

 さてと…どう切り出したものか…。

 

 …そこから訪れる無言の時間。

 

 愛里寿もどう切り出していいか、迷ってでもいるのか…?

 

 …家にいる時に掛かってきた、愛里寿からの電話を思い出す。電話口でもそうだったな…初めは少し無言で…少しして、彼女は明らかに泣きそうな声…絞り出した声で、「お兄ちゃん、助けて…」と…一言だけ吐き出したんだ。

 後は、今いる場所を言うだけで精一杯…。この愛里寿は…うん。初めて会った時…以来だ。あぁ…そんな感じ…だったな。

 

 その頃の様に…年相応の子供のまなざしで、今もまた俺を見ている。

 

「お…お兄ちゃん…」

 

「おうさ」

 

 …っと…。

 

 切り出し兼ねている俺に、愛里寿から口を開いた。

 

「……私…」

 

 正直、彼女が切り出すまで待っていても良かったのだが…悲しいかな…彼女の頭の回転は、早すぎる。

 黙っているのが正解も場合もあるだろうけど、この場合早く言ってしまうのが得策だと判断したのかもしれない。

 黙っているのは時間の無駄…俺を困らせるだけだと思ったのかも…な。

 …たまにこういった邪推をしてしまう俺自身が嫌になる。

 

「その…」

 

 口を開いたは良いが、何をどう言い出したら良いか迷っている。

 そんな感じにとれる愛里寿を見て、余程言い辛い事なのかと思っていると…ゆっくりとソレを声にした。

 

 

 

「島田流…やめる……」

 

 

 

 …。

 

 ……。

 

 

 一瞬、愛里寿が何を言っているか、解らなかった。

 まほちゃん…いや、「西住 まほ」も、そうだ。彼女の「家柄」は、ソレこそ生まれた時からのついてまわってきた事。

 それを彼女達は受け入れ、むしろ誇りとして戦車道に打ち込んできたんだ。ある意味で今の彼女達があり、彼女達自身の根底ともいえる事だ。

 

 ソレを止めると言う。

 

 

「…そうか」

 

 そんな彼女の発言に、俺はそう一言返した。

 そして、すぐに黙った。

 

 …。

 

 店内の静かなBGMと、隣の席の人の声。

 そして店内を歩く人の足音…。

 

 それだけが少しの間流れるだけだった。

 

「…止めないの?」

 

 俺の否定とも肯定とも取れない返事から黙ってしまった事に対して、彼女からしたら当然の言葉を発した。

 まぁ…普通の人間は止めるだろう。顔を少し伏せている、もう3人にも話している事なんだろう…そして止められた。

 それで、この状況だろう。

 彼女達3人からしても、俺に愛里寿をどうにか説得してほしいといった感じだろう?

 

「そうだな。…まずは話を聞いてからだ」

 

「……」

 

「どうしてそんな結論になったんだ?」

 

 彼女自身、まだ悩んでいるんだろう…。

 そりゃそうだろうな…。今までの人生から大きく変わりそうな事だ。

 思春期真っ盛りの彼女からすれば、一時の気の迷いかもしれない。しかし、若いから…の一言で片づける程、事は簡単じゃあないだろう。

 

 だからまずセオリー。

 

 その原因を聞こう。

 

「……」

 

 口にはしないが、聞いてほしくて…どうにかしてほしくて「助けて」なんて言葉を、彼女が吐いたんだ。

 

「いやまぁ…正直に白状すれば、俺には判断が難しいだろう」

 

「…うん」

 

 そう…難しい。それを隠す事もなく、彼女に白状した。愛里寿もそこら辺を理解しているのか、特に表情を曇らせる事もなく返事を返した。

 何とかしてやる…なんて、前に見たいに断言してやりたい。してやりたいが、情けない事に愛里寿が、島田をやめるというのは相当に大きな問題になっていそうな事だ。

 全貌を把握してもいないし、軽はずみな事なんて言えない。

 

 言えない……がっ!!

 

「愛里寿に頼られたんだ。…全力に力になるし、俺は愛里寿の味方でいる」

 

 …それが今回の俺の役目だ。

 あの七三の件や、分家の件もあるが、それはソレ。オーバーワークになろうが知った事か。

 慣れてんだよ、んな事。

 

「どのくらい時間が掛かったって構わないから…うん、話してみてくれ」

 

 下手したら千代さん敵に回すかもしれないが…ソレもソレだな。

 

「頼られて、お兄ちゃんは嬉しいんだよ」

 

「お兄ちゃん…」

 

 小恥ずかしい事を口にすると、少し笑ってくれた。

 そうそう、愛里寿はそれで良いんだよ。そんな目に涙溜めて、今にも死んでしまいそうな顔なんかするな。

 愛里寿は…普段無表情に見えても結構、よく可愛く笑っている。そんな顔でずっといさせてやりたいんだ。

 

「話してくれ」

 

「…………うん」

 

 俺の言葉に覚悟を決めたのか…少し真剣な顔になったな。

 テーブルの上に手付かずに置かれていたティーカップに漸く口につけた。小さく「温い…」と不満げに呟いた姿に、少し和んでしまったのは黙っていよう…。

 忌々し気に除いてた視線を、ティーカップから此方に向け…。

 

「アズミ…アレ…見せて」

 

「はい」

 

 俺の横にいたアズミさんに、指示を出した。

 

 ん? アズミさん?

 いや、それだけじゃなくメグミさんとルミさんも、今まで心配そうに愛里寿を見ていた状態から、ゆっくりと姿勢を正した。

 

「尾形君」

 

「…はい?」

 

 いつもとは違い、真剣な眼でアズミさんが俺を見てきた。

 

「私は貴方に()()を見せるのを、正直まだ躊躇しているの」

 

「……」

 

 …そうか、今から見せられるのが全ての原因だろう。…なんだ? 愛里寿にアソコまで言わせた原因というのは。

 

「なぜなら、コレを見て貴方がアチラ側になる可能性があったから…」

「…アチラ側?」

 

「でも…隊長の味方でいる…。そう言った貴方のその言葉を信じるわ…」

 

 先程までずっと黙ってみていたのは、俺を見極める為…だろうか? 

 

 コトンと音を出して……愛里寿の携帯だろう。ボコのスマホカバーが着けられたスマホを俺の目の前に置いた。それはすでにロックが外された状態で画面に光が点っている。

 すでに準備してあったんだな。

 

 愛里寿はそのスマホを見て、少し目を伏せた。

 ……何を見せられるんだろうか? ここまで言ってくるという事は…何かしらの秘文章か…書類か…さて…。

 そう言いながら横から自身のスマホを操作した。スッスッと、彼女の細い指がスライドされていく。

 愛里寿は、不安げな視線を俺に向けているから、大丈夫だと軽く静止するように手を上げて笑いかけておく。

 

「 見 て 」

 

「はい」

 

 アズミさんの声にもう一度スマホに視線を落とすと…そこには一枚の写真が映し出されていた。

 

 

 

 

 

「 ……………… 」

 

 

 

 

 

 とり…あえず…あぁ…。

 

 頭ん中を整理しよう…。

 

 ………あぁぁ…もう。

 頭を押さえるしか、とりあえず今はできる事はなかった…。

 惨状…そう、惨状と言って間違いないであろう。

 

「解った? 理解してくれた? 隊長の言わんとしている事が」

「…えぇ…と…一つ良いですか?」

「…なに?」

 

 その写真…には、よく知る人物が写っていた。

 いやもう…なんつーか…。

 

 

 

 

 

「…千代さん、なんで…大洗の制服着ているんですか?」

 

 

 

 

 

 もうね? めっちゃ良い顔の千代さんが……セーラー服を着て…なんかもう…ポーズを取っていた……。

 すっごい、いつものキメ顔というか、ドヤ顔なんすけど、あからさまにはしゃいでいるのが目に見えてわかる程に…。

 

 挙句…眼が黒い棒線で隠されていた…。

 

 …。

 

 ……いやもう…そっち系のにしか…。

 

「私が知る訳ないでしょ」

 

 いやもう、なんて言っていいかワカンネェヨッ!!!

 覚悟して見たのが…いやもう、確かに覚悟が必要だったけどっ!!

 

「じゃあ、なんでこんな写真持ってんすか!? いやもう…え? どういう状況?」

 

「これは隊長が…家元の秘書室から入手したみたい」

 

 愛里寿っ!?

 

「…母に所要為に会いに行った時…いつもの秘書室に母はいなかったか。代わりに机の上のパソコンの画面の中に………母だったモノがいた」

 

 俺が愛里寿を見ると、すぐに経緯を話し始めてくれたネッ!! 察しが良いな相変わらず!!

 というか、千代さん過去形にされてるよな!?

 

「一つのファイルから選ばれていたこの………コレが画面に出されていたって事は、すぐに母…だったモノが秘書室に帰ってくると思った私は…」

 

 ……淡々と状況を説明する度に…愛里寿の目のハイライトさんが薄く…。

 

「 即座に自身の携帯に、コレのデータを移した 」

 

 …………フェードアウトしていく…。

 

 

 えっと…。

 

 

 

「………証拠」

 

 

 

 まぁ…千代さん…いや、母親のコノ…えっと、姿を辛いと思うなら何故? と、聞こうとしたら色々な意味が取れ、一瞬で納得できる回答が返ってきた…。

 ソレは多方向で使えそうな証拠になるな…。

 

「…ねぇ、尾形君」

 

「なんすか、メグミさん」

 

「初め、コレを撮ったのは貴方だと私達は思っていたのよ」

 

「………」

 

 メグミさんの目で解った…。余計な事は言うなよ…と。い…家元…千代さんを俺が、個人的に写真に収める機会あった稀有な例を彼女達は知っている。

 俺としては即座に否定したかったが、水着撮影の件を敢えて口にしないって事は…愛里寿に気を使っての事だと思って歯を食いしばって口を閉じた…。

 

「まぁ…写真の撮影データの日付見たら、明らかに違っていたから…まぁ、仕方なく容疑から外してあげたわ」

 

「………」

 

 …愛里寿にウケる、ボコのセリフを教してやらなかった事…根にもってやがるな…。

 ハァ…と、小さくため息を漏らしながら一瞬、悪い顔しやがった…。

 

 

「この家元見てどう思う? 正直な意見を聞きたいわ」

「…正直に?」

 

「えぇ、正直に」

 

 …。

 

 同じく、とてもわかりやすくため息を吐きながら、アズミさんが少し俺の顔に近づいて聞いてきた。

 まぁ…良いけど…正直に…ねぇ…。

 

 

 

 

「ぶっちゃけ、引きました」

 

 

 

 はい、ドン引きです。

 

 

「……そう、良かった」

 

 俺の真顔で答えたその答えに、安堵のため息を…全員から吐かれた気がする…そう、愛里寿にまで…。

 

 あぁもう……頭痛ぇ…。

 

「はぁ~……解った。…愛里寿が言わんとしている事は理解した」

 

「っ!」

 

 とりあえず口にした言葉に愛里寿が輝く顔で頭を上げて俺を見た…。

 娘からすれば…まぁ…言わんとしてる事は理解する…けどなぁ…。

 

 どうしよう…。

 

 完全に俺の中で、シリアス脳が解けて消えた…。いや、ある意味で思春期が始まる子供のメンタルケアをしないといけないという、重大な案件に切り替わった訳なんだけどね?

 ここはまぁ…千代さんのフォローもしてやらないと…本気で別の意味で…深刻な西住流の時とは別の種類の…親子問題が勃発する。

 

 目の前に最初に出されたグラスの水を一気に飲み干す。

 さてどう切り出したものか…。

 

「いやぁ~…本当によかったわ、尾形君がこちら側で」

「…何言ってんすかアズミさん…。あ、そういや、最初にアッチ側につくとかどうの言っていたな」

 

「そうよ? だって貴方…」

「なんすか?」

 

 千代さんのこの写真見て、どう言葉にするかで判断する気だったな…何が信じるだ、クソ。

 俺がドン引きしたのを本気だと思ったのか、先程までの張りつめた空気はもうなくなっている…千代さんの写真…踏み絵にされてますよ…。

 

 

 

「 こういったキワ物好きでしょ? 」

 

 

「言い方っ!!」

 

 

 すげぇ事言い出しやがったな、この人っ!!

 

「そうそう、君。こういった如何わしいの好きそうだし」

「年増好きとか、マニアックな趣味持ってるし」

 

 ルミさんとメグミさんも参戦してきやがったっ!!

 愛里寿が言葉の意味を解りかねて頭ひねってるぞ、オイッ!!!

 

 

 

 ………ゾクッ!!!!

 

 

「……えっ…な…なに、今の…」

「…すっごい悪寒感じたんだけど…」

「わ…私も…」

「?」

 

 …俺もだけど…なんだ今、一瞬物凄い…殺気地味た…気配というかなんと言うか…。

 愛里寿以外、俺を含めて顔が一気に青冷めた。

 

 …まっ…まぁいいっ!! 今は目の前の事だっ!

 

 

「如何わし…いや確かに如何わしいけどっ!! というか、この写真の目線の隠しってアンタ達が加工したんだろっ!?」

 

「そうね」

 

 …わ…悪びれもせず…。

 

「往来でこんな如何わしい写真出している訳だもの。横から誰かに見られて特定されたら大変でしょう?」

 

 もっともらしい事、言いやがって…。

 

「そう。私がルミ達に頼んだ」

 

 愛里寿っ!?

 

「見る人が見れば分かると思うけど…目を隠したことの、何が如何わしいの? お兄ちゃん」

 

 

「         」

 

 

 ……この加工のせいで…如何わしさが倍増しているのを、愛里寿に言えない…教育上大変ヨロシクないぃ。

 

「お兄ちゃん?」

 

 や…やめろ…やめてくれ…そんな純粋な眼差しで見ないでくれ…。

 

 完全に固まってしまった俺を、ニヤニヤして見始めている、3人っ!! 分かった…今回のコレ完全にワザトだっ!!

 そこに…。

 

「はい、おまたせしまし……」

 

「っっ!!??」

 

 

 …て…店員さんが、俺の珈琲を寄りにも寄って、今持ってきた…。

 机に置く瞬間…俺の前に置かれた携帯の画面が、目に入ったのだろう…途中で言葉が止まった…。動きもついでに止まった。

 4人の女性…まぁ一人は女の子だけど…。一緒に座っている席で唯一の男が、女子高生の恰好をし、目を黒棒で伏せられた写真を携帯に映しているというこの構図。

 

 

 ………。

 

 

「……ゴユックリ」

 

 

 一言…言って…文字通り…ゴミを見る目で去っていった…。

 

 お…俺もう……この店…来れない……。

 

「ねぇ? 言ったとおりでしょ?」

 

「…あんたら、今度絶対泣かしてやる…」

 

 笑い堪えながら、真顔で言うな…。

 

「アラ、女性に対して泣かしてやるとか…いやらしい子ね」

「ねぇ、隊長? 本当にコンナノが良いんですかぁ?」

 

 ……こ…の……。

 

「………んっ? お兄ちゃん?」

 

 落ち着け…落ち着け俺…。

 先程までの俺を取り戻せ…。

 

 ふぅ…。

 

 

 …。

 

 出された目の前の珈琲を、熱いのすら我慢して飲み込むと…胃の中に直行する熱で少し切り替える事が出来た…。

 よし…何とか…。

 

「愛里寿…」

 

「なに?」

 

「と…取り合えづだな…千代さんの事だ」

 

「元・母?」

 

「………」

 

 …華さんみたいな事…言い出した…。

 

「ち…千代さんも、女性だ」

 

「うん、経産婦」

 

 

 

「……………」

 

 

 

 お…落ち着け俺…。

 

「む…昔を懐かしがってな? こういうのを着てみたいって思う人も多いぞ? 個人の趣味みたいなモノなのだから…き…着た事なかったとかっ!?」

 

「経産婦なのに?」

 

 

 

「………………」

 

 

 …きっつ…愛里寿さん、キッツいです…。

 

 

「確かに元・母。…学生時代、学校の制服はブレザーだったみたいだけど…」

 

「そ………そ…うか…。あとな? たっ! …例えば他にも一人、知って……」

 

 

 あの、しほさんですら、隠れて鏡の前でポーズを…

 

 …。

 

 

 ………あ。

 

 

 全身の血が下がるのを感じる…。

 

「お兄ちゃん?」

 

 お…思い出した。

 

 まず最初に、千代さんがなぜ「大洗学園のセーラー服」を着ているか…ソコに気が付くべきだった。

 そして、なぜセーラーチヨさんが誕生したか?

 

 あのセーラーシホさんは、水着写真撮影の際、反射的に俺がカメラに納めてしまった…が、あのハゲに渡す用のモノとは別にしてある。

 ネットに繋がっていない方のノーパソに保存してあるのだから、だから流出はまず考えられない。ありえん。

 だからそうだ。あそこでセーラーシ…じゃない。しほさんが大洗学園のセーラー服を着ていたというのが全てだ。

 

 あの時、写真を撮ったのは、俺だけじゃなかったんだ。

 

 もう一人…そう、本人がいたっ!

 

 あの二人をよく知る人物ならば、この時点で気が付くだろう。

 

 ……。

 

 ほぼ憶測だが、完璧に確信を得る答えにたどり着いた…。

 

 しほさん…。

 

 あのセーラーシホ姿を自身の携帯で撮影をしていたという事だ。鏡あったし…自撮りセーラーシホさん。

 まだ自分でそのセーラー服姿をイケると、楽しそうに呟いていたからなぁ…。水着姿の為、一度体を絞るとジムに通っていたと聞いていたし…。

 

 …嬉しかったんですよね? えぇ、まぁ気持ちは解らなくもないですが…でもね?

 

 

 それを……よりにもよって…千代さんに見せたな…。

 

 

 はぁもう、その後の展開は見なくとも分かる…分かってしまう…。

 

 …。

 

 ………。

 

 俺もガッツリ、この件に絡んでいた…。

 直接ではないとはいえ、さすがに全く関係ないとは言い逃れは出来んだろうなぁ…。

 何かフォローできないかと、考え…もう、頭痛い…。蟀谷を押さえながら、また携帯の画面に視線を落とす…と…ん?

 

「あれ? アズミさん」

「なに?」

 

「コレ、俺が撮ったって疑ってましたよね?」

「まだ疑ってるけどね」

 

「…………」

 

 くっそ…シレッと言いやがって…。

 目を伏せて、何を今更と言わんばかりに彼女達も冷めたであろうお茶に口をつけた。

 

「まぁいいわ、で?」

「俺じゃなかったら、コレ誰が撮ったんです? 完全に自撮りじゃないですよね?」

 

「知らないわよ。貴方が撮ったと隊長含めて、そう信じて疑わなかったし」

「………愛里寿」

 

「………」

 

 愛里寿さん。フイッと顔を逸らさないでください。

 

 まぁ…自撮り用の台とかあるし…ソレだろうな。

 

「ハッキリ言って…」

 

 ルミさん?

 

「事は、隊長にだけって訳じゃないのよ」

「そう。これは私達…選抜チーム全員にも関係あるの。だから強く隊長を止める事なんて出来なかった…」

 

「いや…愛里寿の気持ちは、痛いほど解りますが…アンタら関係無いだろ」

 

 そうそう。うちのオカンがこんな格好したら、俺でも縁を切る選択肢が思い浮かぶだろうな。

 

「いきなり言葉使いがぞんざいになったわね…」

 

 うるせぇな。ぞんざいにもなるわ。

 

「そうね…いい? 隆史君」

 

 ………。

 

 あの…アズミさん? なんで片寄せてきたんですか? 肩を俺にくっつけて…アンタの制服姿ってモロ谷間見えるから、非常に面倒くさいんですが。

 あからさまに…見せつけるように寄せたな。…ワザとだろうな、こりゃ……。

 

 後、名前呼びに変わった…。まぁ良いですけど。

 

「…なんすか」

 

「………」

 

 そんな彼女の行為を鬱陶そうに表情に出して、返事を返すと…特に話の続きをする訳でもなく、黙り込んでしまった。

 なに人の顔をじっと見てんすか。こっちも普通に彼女の目を見ていると…。

 

 

 

 

「っっ!! 私がここまでしてるのに、顔色一つ変えないっ!!」

 

 

 

 

「…何言ってんだ、アンタ」

 

 なんかいきなり悔しそうに俺から体を離した…。ルミさんと、メグミさんが口元押さえながら顔逸らして…肩を震わせている。

 爆笑してるな、アレ。

 

「くっ…クク・・いやね? 尾形君がアズミの事、苦手とか…」

「そうそう、女として見れないとか言ったでしょ? それでアズミ、ちょっと意地になっちゃってっ…ククッ…」

「…そこまで言ってないっすけど」

「んでね? 隊長に許可取って、君にかる~く女として意識させてやるって…」

 

「俺の話を聞け」

 

 手をパタパタしながらルミさんとメグミさんが、謎のアズミさんの行動の説明してくれる。……非常に楽しそうに。

 あの祝勝会の時の事を言っているんだな。まぁ…確かに苦手とは言ったが、女として見れないとか、流石に失礼すぎて言ってねぇ。

 

「……アンタら愛里寿がこんな時に、なに遊んでんだよ」

 

 内容は…まぁ複雑だが、愛里寿が真面目に俺に助けを求めた相談をしている最中だというのに…

 

「大丈夫、お兄ちゃん」

 

 愛里寿?

 

「これも予定通り」

 

「………」

 

 愛里寿がとても満足そう教えてくれた。というか、若干嬉しそうに口元を緩ませている。

 この茶番も今日、この時にやる気だったんかい。

 

 …はぁ…もういいや。

 

「で? なんすかアズミさん。もういいから、話進めてください」

 

「………」

 

 あ…ダメそうだ。頭抱えてブツブツ言いだした…。

 

「はいはい。要はね? 尾形君…」

 

 はい、メグミさんが後を継いでくれましたね。

 彼女達から見ても、アズミさんが再起不能になったと感じ取ったからだろうかねぇ…。どんどんシリアス脳が解けていく…。

 

「何故私達もか…それは私達も島田流だからよ」

「あぁ~…そうらしいですね。って…それが?」

「これじゃ、分からないか…えっと…この写真の家元、奇麗すぎるのよ」

 

「そうですね、千代さんは奇麗です」

 

 

「「「「  …………  」」」」

 

 

 あ…あれ? 普通に答えただけだけど…なんで愛里寿さん、睨むんでしょう?

 

「即答…なんて純粋な目で言ってんのよ…」

「はぁ…そうじゃなくて。家元がこんな格好したの、この子にも一端があるんじゃいないの?」

「お兄ちゃん、この写真…写りが奇麗すぎるの」

 

「だから千代さんは奇れ「「「「 そういう事じゃない 」」」」」

 

 …だ…だからなんなんでしょう? ハモらなくとも良いと思うんですが…。

 

「構図とか…一応デジタル写真だけど、そうね…まるで宣材写真の様でしょ?」

 

 メグミさんが、コツコツと携帯の前を指で叩く。

 ふむ…言われてみれば、あからさまにはしゃいではいるのだけど…ポーズ等を考えても言わんとしている事は理解する。

 多分、しほさんが関与しているのを知らない彼女達からすれば、まぁ…そう取られても仕方がないだろうな。

 

「……これ…次弾の『乙女の戦車道チョコ』に出ないわよね…」

 

 …。

 

 ………。

 

 お…恐ろしい事を言い始めた。

 

「い…いやぁ…」

 

 愛想笑いで、LR枠は水着で確定していると言おうとしたが…一瞬あのハゲがチラついた…。

 採用する…あのハゲはコノ写真がアレば、確実に採用する…それこそ、新しいレアリティ枠すら作っても…。

 

 …お…思わず写真にまた視線を落としてしまった…。

 

「ねぇ? 家元って、今…何歳か知ってる?」

 

「38歳ですね」

 

「…そうね。っていうか、それも即答って…」

「貴方、本気でその趣味どうにかした方が良いわよ…」

「……」

 

 どうしろと? しほさんと同級生だし、過去に聞いてたら分かるだろうが。

 

「うん…お兄ちゃん」

「なんだ?」

 

 …なんかアズミさんもいつの間にか復活して…どこぞの変態司令官の様にテーブルに上に両肘を着き両手の指を、口元の前で隠すように組んだ。

 

 そして…愛里寿が一言。

 

 

 

「 38歳のセーラー服デビュー 」

 

 

「 」

 

 

 とんでもなく強烈なパワーワードをブッ込んできた…。

 

 

「とてもじゃないけど、こんなモノが世間様に出まわったら…隊長じゃなくても、恥ずかしくて島田流を名乗れないわ」

 

「 ………… 」

 

 ぐ…ぐうの音も出ねぇ…。

 

「だからね、隆史君。家元を貴方に止めてほしいの」

「…いや、出るの前提で話してますよね、ソレ」

「企画だとしても商品として出回るのよ? 永遠に今後言われ続けるわ…」

「………」

 

「例えば、これがね? 隊長とか…私達ならまだまだ、イケると思うのよ」

「そうそう、なんなら差し替えるかでも可能よ?」

「愛里寿なら可愛いと思うが…いや、アンタらの場合、如何わしさよりか…」

「なによ」

「…いえ、タイヘンオニアイデス、オネエサマガタ」

 

「 でしょうっ!!?? 」

 

 アズミさんが…めちゃくちゃ何か、ヒントを得た…みたいな顔しやがったな…。

 まったく……ノリで思わず言いそうになってしまったが、流石に愛里寿の前だ…踏みとどまった…。

 

 アンタらの場合、如何わしさよりも…別の意味でのリアル感が増すんですわ…。

 女子大生のセーラー服とか…まったく。

 

 しかし…これで何となく、解決案が浮かんだ。

 

「要は、この写真が俺がいつの間にか責任者となった、例のチョコ菓子。それにこの写真を採用するのを何とかしてほしい…と?」

「そうそう…」

 

「さらには千代さんに、癖になる前にこのコスプレ趣味を諦めるように言ってほしい…」

「そ…そこまでは言ってないけど…」

 

「私はソレでいい…本当に勘弁して…」

 

「…隊長が勘弁してとか言い出した…」

 

 

 う~…ん。

 

 

「例のチョコ菓子に関しては、ハゲに言っておくとして…。まぁ俺としても…コレが世間一般に流れるのは倫理観にどうかと思うしな」

「あ…ありがたいけど、倫理観って…。隆史君は家元に甘いの? 厳しいの?」

 

「趣味の方は…愛里寿」

「なに?」

 

 お姉さまの戯言は無視して…とりあえず…。

 

「まずは俺よりもさ、お父さんに頼んでみたら?」

「……父?」

 

 …おや? 嫌な予感がするぞ? お父様…じゃないの?

 

「アレはダメ…。話にならない」

 

「………え?」

 

 あれれぇ? また愛里寿の目からハイライトさんがいなくなったぞぉ?

 いや…マジで嫌な予感しかしない…。

 

「あ~…えっとね? 尾形君?」

「は…はい?」

「ちょっと、その写真…次にスワイプしてみて?」

「………」

 

 

 …その言葉で、即座に()があると言っているようなモノだった。

 

 …。

 

 ………。

 

 もう黙って言われるとおりに動かし…た…ヵ。

 

 スワイプする度に新しい千代さんが…もう…滅茶苦茶良い笑顔で映し出されて…。

 

 

 …シンプルなフリル…ゴスロリ風の…肩出して…ミニスカの…

 

 

 

「メ…イド…」

 

 

 か…彼女の私服…だろうか? 千代さんもフリルが好きなんだろうな…愛里寿が来ている私服もそっち系が多いしな…。

 うん…いやね? 千代さんの私服ってこんな可愛らしいモノが多いの?

 

「次」

 

 愛里寿が感情の無い声でつぶやく…。ジッ…とマジマジと見ると、本能が危険を察知して脳内にアラームが鳴り響かせているので、素直に従う…。

 次…って…。

 

「水着…」

 

 白く透けたストールを腰に巻いた…俺の時に撮ったのとは別の…

 

「次」

 

 あ…はい…。

 次という度に、愛里寿の目がドス黒くなっていくと思うのは多分、気のせいじゃない…。

 

「ぶっっふっ!?」

 

 赤いビキニの水着姿…ただ…あからさまにただの水着姿とは一線を画していた…。うん…赤い肩まで掛かるフードを被って…それ以外は水着…。

 これ…時季外れだけど…サンタ水着だ…。

 

 …。

 

 でけぇ…。

 

「お兄ちゃん」

 

「はいっ!!!」

 

「次」

 

「は…はい」

 

 な…なんだ今の一瞬感じた気配…。

 千代さんに通じるモノを感じたんだけど…。

 

 えっと…。

 

「  」

 

 パ…パジャマ姿って…。

 白いフリッフリが付いた…胸元バーンの…。

 

「ダメです千代さん…プライベート姿切り売りしちゃ…」

 

 後はもう…娘に見せちゃダメな姿が続いた…。

 

 いや、ドレスは良いよ? カクテルドレスですね? 素晴らしいと思います。

 しかし、なんでその後にキャンペーンガールみたいな恰好してんすか…スタイル良いのがまたすげぇんですけど…。

 

 後はなんか…黒い女子プロレスラーみたいな恰好してたり…。

 

 

 あっ…

 

「こっ…これは?」

 

「…どれ?」

 

 一応これなら大丈夫だろうと、ボコにフードの…着ぐるみみたいな良くわからないモノを着て…めっちゃくちゃご機嫌な千代さん…。

 ボコならっ! ボコなら、愛里寿もっ!!

 

「…ある意味でそれが一番癇に障った」

 

 …。

 

 ……眼に光がねぇ…。

 癇に障ったとか…愛里寿に言われちゃダメでしょ…千代さん…。

 

「元・母がボコ? 無理。…出会う相手全て虐殺しそう」

 

「……………」

 

 ま…まぁ…あの人とまともに立ち会えるの…オカンかしほさん位だけど…。

 ガチのボコファンの琴線に触れたようですね、千代さん…。

 

 なんつーか…全ての写真に目を黒い棒で隠されておりますので…なんつーか…まじでヤベー絵…とやらになってるな…。

 

「あっ!! これはっ!?」

 

「どれ?」

 

 …こ…これなら比較的にまともだろう。

 大丈夫っ! 大丈夫!!

 

「…私達と同じ制服…」

 

 そうっ!! 選抜チームとやらの制服ってやつだろ? パンツァージャケットか? どっちでもいいけど、これならっ!!

 

「こ…これならそんなに違和感ないだろ!?」

 

「………」

 

 良しっ! ちょっと如何わしいが、軍人ぽくて何となくまだセーフなのか、愛里寿が少し複雑そうな顔したっ!!

 何に対してセーフなのか、もはや何を選抜してるかわかんなくなってるけどっ!!

 

「こ…このくらいなら、良いだろ!? あんま違和感ないよ!? それこそ、今のチームに黙って内緒で潜り込んでいても…」

 

 …そこまで言った瞬間。

 

「「「 恐ろしい事、言わないでっ!!! 」」」」

 

 …。

 

 ……ガチで青くなったお姉さま方に怒られた。

 

 いや…でもすげぇな…千代さん、30代前半って言われてもまったく疑わないぞ、コレ…。

 ふむ…バニーはまだないか…。

 

「お兄ちゃん」

 

「は…はいっ!!」

 

 

「父と同じ顔してる。……やめて」

 

「……え」

 

 ど…どういうこと?

 

 

「あのね…?」

 

「アズミさん?」

 

「隆史君に家元止めてもらう前に、当然隊長から旦那様に止めてもらうよう嘆願しに行ったのよ」

 

「え…まぁ…そりゃ…自然の流れだろうけど…」

 

「…そしたら…写真を見た旦那様…とても嬉しそうにしてたわ」

 

「………」

 

「男って全く…」

 

 き…聞きたくないな、その話は…。

 吐き捨てるように呟くのは良いのですが、なぜ俺をまっすぐ見るんでしょうか?

 

「家元に意見できる人なんて、限られるわ…。もう、貴方くらいしか残ってないのよ…」

 

 …ま…まぁ…。

 それでこの3人も今回の件で、俺が関わるのを了承しているって訳か…。

 

 

「……はぁ…もういい…で…次…」

 

「は…はい…」

 

「最後………極めつけ」

 

 な…なんか、懐かしい殺気に包まれている気がするのですけど…。

 いやもう、やっぱり親子だねぇ…愛里寿…。

 

 ま…まぁ…最後…っていうなら…。

 

 …。

 ………。

 

 

 わー…

 

 

 うっっわーー……。

 

 

 

 

 

 

「う…うえでぃんぐどれす…」

 

 

 

 

 

 えっと…え~…と…。

 とても純白なドレス…ブーケを手に取って…はにかむような笑顔ヲ…シタ…。

 

 

 

 

「…本当…勘弁して……」

 

 

 

 

 愛里寿の目から…完全にハイライトさんが職場放棄しました。

 

「…お兄ちゃん」

 

「な…なんでしょう?」

 

 虚空を見つめながら…俺をまた呼んだ…。

 もはや、コレ…俺にどうにかできる問題じゃないんじゃないでしょうか?

 

「私…島田は、そうそう簡単に縁切りなんてできない」

 

 きゅ…急に現実的な話をし始めた愛里寿。スッ…と変わった顔色に…アレだ。天才少女モードが発動したんだろうよ。

 そう…したんだろうが…眼にハイライトさんがいねぇ…。

 

「…隠居した…どもが……ってないし…」

 

「…」

 

「………がっ……ゃまする……未成年に……」

 

 

 …そして思う。正直に言おう。

 

 怖い…この愛里寿はめっちゃくちゃ怖いっ!! だって…。

 

 

「でも一つ、解決策を発見したのっ!」

 

 天才少女モード発動中にも関わらずっ!! 

 

 

 ……すげぇ優しい笑顔で笑い出しんだ。

 

 滅茶苦茶嫌な予感がする…というか、ソレしかさっきからしねぇ…。

 こんな愛里寿、見たことがない。

 

「多分…元・母がトチ狂ったのは、お兄ちゃんが問題だと思うの」

 

「そ…そうなの…か?」

 

 トチ狂ったって…。

 

 

 

 

「  そ  う  」

 

 

 

 だ…断言された。

 

「いや…いつもの通り、しほさんと千代さんが張り合ってるだけだよ…な?」

 

 …ただ、言った瞬間…全員からまた大きなため息を吐かれてた。

 

「その張り合う原因そのモノが何を…」

「女の意地って言葉知らないのかしら」

「…焚きつけてる本人が言う言葉じゃないわね」

 

 え~……。

 

「だから、お兄ちゃん」

 

「…な…なにかな?」

 

 あ…あれ…ハイライトさんが、いつの間にか戻っている。というか、一転して先程とは真逆…逆に曇りなき眼と言わんばかりに澄んだ瞳をされてます。

 とても良い事を思いついた…これは逆転の一手、発想の転換…とか、連なって言葉にし…最後に…。

 

 

「責任取って」

 

 

 ……。

 

 なんだろう…華さんとの誤解の一件を思い出した…。

 徐々に彼女と似ていく気がしてならないのですけど、愛里寿さん。

 

 ……。

 

 いや、考え過ぎた。

 14歳の女の子だぞ?

 

 流石に…。

 

「前例もある。ある意味で…違う。一番のコレが解決策」

 

「前例? …な…にが?」

 

 さっきから冷や汗が止まら……。

 

 

 

「お兄ちゃんの所に、私がお嫁に行けば解決」

 

 

 

「  」

 

 ガタッ!!!

 

「「「 なっ!!?? 」」」

 

 …と、周りの3名様が多分…物凄い顔をして、勢いよく立ち上がった音だろうよ…。

 多分というのは、想像に容易く…というか、そちらを振り向く余裕すら、今の俺からはない…。

 彼女達も気が付いたのだろう…何か愛里寿に言おうとするのだけど…彼女の顔を見て、グッ…とその言葉をかみ殺した。

 

 …だって…愛里寿…。

 

 とても輝く微笑を浮かべ…少し…なんつーか…うっとりした様な顔というか、なんというか…。

 

「た…隊長が女の顔をしている…」

 

 完全に固まってしまった俺の横から…アズミさんが言い切った…。

 

 …。

 

 ちっっっかいっ!! ここに来て、お姉さま方めっちゃメンチ切って来て、顔近いっ!!!!

 女性三人が急に立ち上がって、コレだ! 周りの他のお客さんの注目を嫌でも集めてしまっている。

 

 

「絶縁されているとはいえ、結婚相手が島田の血族。これなら島田を説き伏せられる」

 

「  」

 

「私も元・母と縁が切れてwin-win」

 

 ウィンウィン…って…どこで覚えた、そんな言葉…。めっちゃ良い笑顔されてますが…

 

「win-winって…用法違って…」

 

「……お兄ちゃんは、私がお嫁に行くのはwinじゃないんだ…」

 

 

 

「win-winだねっ!!」

 

 

 

 しっかり理解していたよっ!!

 まわりうるせぇ!! しょうがないだろっ!? マジ泣きしそうだったんだからっ!!!

 あからさまに変な集まりのこのテーブル席だっ! ある程度周りにも会話が聞こえていたんだろうけどよっ!!

 

 ヒソヒソと、ロリコン、ロリコン、小声で言うなっ!!! 

 

 くっ…くそっ!

 ど…どうする…。もはや完全に話が最初とは別方向に向いて爆走し始めている。

 ま…まずは…。

 

「いや…あのな? と…とりあえず、責任をもって…千代さん止めるから…その案は…一端保留にしてくれ」

 

 一応完全に否定するのも憚られ…一応言葉を選んで発言すると…。

 

 

「 や だ 」

 

「 」

 

 …。

 

 即答で返された…。

 

 ……くっ!

 

「い…いや、愛里寿はまだ14歳だろう? まだ法律的には…」

 

「婚約という形ならば可能。現にソレは、偽装とはいえ成功した。これも前例がある」

 

「  」

 

 スッ…と…天才少女モードに切り替え…とても冷静な反論をされた…。

 なんだろう…この愛里寿には、口ですら勝てる気がしねぇ…。最初の相談内容へ戻そうとするもアッサリと弾かれてしまった…。

 一端保留にしてくれという、俺の言葉にお姉さま方も取り合えず賛同の言葉を発しようとするも、すでにこの愛里寿に呑まれてしまっているのか…完全に顔を蒼白と言っても良いくらいに真っ青…。

 

「……お兄ちゃん」

 

「は…い?」

 

 完全に手詰まりだった。何をどう発言しようも…今の愛里寿からの返答で、即座に逃げ場を奪われてしまう事になりそうなのが、簡単に予測がついてしまう。

 それは愛里寿も同じだろう…。先程から小刻みに眼球が動いている。…深く思考を繰り返している時の彼女の癖なんだ。俺の言葉を予測し…その返答の答えを今まさに計算している…といった感じだ。

 全国戦車道大会の決勝戦…あの犯人の対応を俺に教えてくれている時に、何度も見たから流石に覚えた。

 

 ……。

 

 …やべぇ…どうしよう。

 

 完全に膠着状態に陥っている……俺だけがっ!!

 

 

「…お兄ちゃん」

 

「え…あ、はい」

 

「私は子供。それは自覚しているし理解している。…でも」

 

 とても鋭い目で睨まれている気がする…。

 

「開口一番、「西住 みほ」さんの名前を出さない時点で、私をどう見ているか理解した」

 

 あ…いや、それは…。

 

「よって…16歳。…取り合えずは先程の提案に乗ってあげる。その年齢に達するまでは我慢する」

 

 …ん?

 

「ただ、あの言い方だと、16歳になればお兄ちゃんは、ちゃんと・しっかりと・真面目に・真剣に…」

 

 …あの…瞳がまあ怪しく光っているのですが…その割には口元がとても楽しそうに…。

 

 

 

 

 

 

「  ()()()くれるんだよね?  」

 

 

 

 

 

 

 

「………はい」

 

 

 こ…恍惚の笑みを愛里寿がしている…。

 否応無しに答えさせらました…というか…他にこの場を収める方法が思い浮かばない…。

 

 み…みほの…彼女の名前を出さなかった事は、確かにまだ愛里寿を子供という目線でしか見れないって事だ。

 本来ならば、ハッキリと言えば良いのだけど…無意識だったとはいえ、愛里寿に対してそれは、とても失礼な事だったな…。

 愛里寿のこの言葉も、好意も…昔のあの姉妹と同様に、憧れにも似た感情だろうとしか思えないってのがあったんだけど…。

 

 

「お兄ちゃん?」

 

「はいっ!?」

 

「ちゃんと()()()くれるんだよね?」

 

「…はい」

 

 な…なんで二回も。

 

「お兄ちゃん?」

 

「な…なんでしょう?」

 

()()()くれるんだよね? しっかりと返答は言葉にして返して」

 

 ……そ…そういう事か…。

 

「ハイ…しっかりとその時に()()ます」

 

「うん…なら良い。今回はこれで納めて上げる」

 

 

 …。

 

 

 ………なんだろう…すげぇ愛里寿の手の中の気がするのは…。

 

「…貴女達も聞いていてくれたよね?」

 

「「「………」」」

 

 スッ…と周りを見渡す愛里寿。

 お姉さま方3人は…なぜ小さく震えているのでしょうか? もう黙ってコクコクと頷くしかない3人。

 それを見てとても楽しそうに…。

 

 

 

「うっ…ウフフ…()()()くれる…言質は取った」

 

 

 

 

 最後……愛里寿が怖い事を呟いた…。

 

 

 

 

「…計算通り」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 いやぁ~…本気であの店には二度と行けないかもしれないな…はぁ…あの時間は何だったんだろう。

 漸くあの場がお開きになり…今は学園艦…我が家にへと延びる帰路をトボトボ歩いている…。

 愛里寿達は、あの後…人に会う様があるという事で、また4人仲良く帰っていった。

 流石に千代さんではないと思うが、一応誰か聞いて良いか? と尋ねてみると…少し迷った挙句…しほさんではないが、西住流の…俺がよく知っている人物だとしか答えてくれなかった。

 

 …。

 

 おかんか…。

 

 それ以上は蛇足になると思って黙ったけどな…。

 

 はぁ…。

 

 

「………そういった訳で…千代さん」

 

『 なっ…なにかしら? 』

 

「今夜…良いっすか?」

 

 電話口で話す千代さんは…愛里寿の件を簡単に伝えると…もう、あからさまに動揺していた…。

 多分…他の写真も存在するだろう…。

 頭っから否定するのも失礼だしな…取り合えず、厳選してセーフかアウトかの判断をしないと話にならん。

 

 …決して俺が見たい訳じゃない。

 

 違うよ? チガウチガウ。

 

『 ………ハイ 』

 

 消え去りそうな声で、お答えを頂きました。

 

 いつもの彼女なら、俺の今の発言に何かしら絡んでくるだろうが…すでにそんな余裕すらないのだろう。

 そりゃ、愛里寿に元・母呼ばわりされたんだ。マジで焦っているんだろうね…。

 なぜ俺も炎天下で、千代さんとこんな電話しなきゃならんのだ。

 

 今夜…。

 

 はい、しほさんとの戦車道勉強会…あの地獄の指導を、今回ばかりは予定変更させて頂きます。

 はい、ゲストに千代さんをお招きして、写真の選別会をさせて頂きます。

 

 …千代さんがアレだけの種類の写真撮影をしていたんだ…。

 

 張り合って、しほさんも絶対にしているだろう。

 

 

 …。

 

 うん、俺が見たい訳じゃない。

 

 

「んじゃあ、しほさんには俺から話を通しておきますから…お願いしますよ?」

 

『 …でっ! でもねっ!? 隆史君っ!!  』

 

「あ~…言い訳は現地で聞きますんで…全部写真持ってきてくださいよ?」

 

『 ……いや、あのね? 私もさすがに恥ずかし… 』

 

「……良いから…全部持ってきてください。……愛里寿にバレる前に」

 

『  』

 

 全部消してしまえというのは、さすがに酷だろう。

 彼女も彼女で楽しんでいた……っぽいしな。絶対にノリノリだっただろうね…。

 見た写真はすべて言ったが、千代さんがそれ以外に恥ずかしがる写真だと? 愛里寿に見られたら、確実に絶縁されるだろう。

 せめて選別して、取っておいても良い写真、悪い写真。カードにして流通させても良い写真の選別をしなければならないだろう?

 

 …だからしつこい様だが、決して俺が見たい訳じゃない。

 

「わかりましたね?」

 

『 わ…わかりました… 』

 

 そこまで言うと、一方的に電話を切った。

 

 …そりゃそうだろ、これから似たような話をしほさんにも、しなきゃならんのだ。

 自宅で出来るはずもなく…漸くついた、この車でどれだけ時間が掛かるか分からん会話を…。

 

 

 …アレ?

 

 

 車内に入り、いざ電話をしようとスマホを見ると…何件か着信が入っていた。

 

「まほちゃん?」

 

 先にこっちに掛けた方が良さそうだな。…本当にどれだけ時間が掛かるか分からんしな…。

 すぐに操作し、此方から折り返しの電話を掛ける。

 

 …しばらくのコール音がすると…彼女が出てくれた。

 

「まほちゃん? どうした?」

 

 家で話せば良いかもしれないが、逆に電話をしてくる位なのだから、急ぎの様かも知れない。

 

 

『 隆史… 』

 

「…まほちゃん?」

 

 俺の名前を呼ぶ声に力がない…。

 

 …こんな呼び方は、久しぶりだ。

 

 青森で…俺に助けてくれと…呟くように嘆た時…以来だ。

 

『 …隆史 』

 

「…あぁ」

 

 もう一度、呼ばれる。やはりその声に力がない。

 なにか言い辛い事なのだろうか? 言い淀んでいる様に感じた。

 話始めるの大人しくしばらく待っていると…。

 

『 みほと相談して決めたんだ 』

 

「みほと?」

 

 どういう事だ? 相談?

 

『 隆史…私達を助けてくれ… 』

 

「わかった。今、家にいるのか?」

 

 本日二度目の救援要請。

 こんな力ない、まほちゃんは本当に久しぶりだ。二つ返事で応えると、すぐに車のエンジンを掛ける。

 

「ちょっと運転するから電話切るけど…良いか?」

 

『 …あぁ…構わない 』

 

 …こりゃ…まずいか?

 彼女がここまでになるくらいの事…一体…。

 

「…最後に一応聞いておきたいんだけど、何があったんだ?」

 

『 …… 』

 

「いや、いい。言い辛い事なら帰ってから…」

 

『 …大丈夫だ。隆史にも心構えはあった方がいい。正直、隆史に話すかどうかも悩んでいた事だしな 』

 

「そうか…あぁ、そこに今みほもいるのか?」

 

『 あぁ…しかし…余程ショックだったんだろう…。先程から放心して畳の目を数えている 』

 

「………はい?」

 

 いや、本当にどういう事だ? 何があった? しほさんに何か…。

 

『 いいか、隆史…心して聞け 』

 

「あ…あぁ…」

 

 呼吸を一度止め…彼女の言葉を待っていると…。

 

 

 

『  元・母が乱心した  』

 

 

 …。

 

 

 ………。

 

 

 ………OK、理解した…。

 

 

 

 




はい、閲覧ありがとうございました。
西住姉妹の絶望編も書いた方が良いのだろうか…。

戦車道大作戦も6周年すねぇ…ガチャ回してるだけですけど…しほさん欲しい。

次回は、PINK編が完全に止まっているので、そっちを書きたいと思います。
ただ、ソッチもリハビリ回になりそう…。pixivでエロいのばっかり書いてるから、こっちよりも書きやすそうだなぁとか思ってます。だからコッチでアンケ取るのもおかしいかもしれませんが…希望に沿おうかなぁと思ってます。

1.PINKで以前取ったアンケ通りの上映会
2.人妻編IFの、この日の夜の話
3.人妻編IF【宴編】の、この日の夜の話
4.PINKで以前取ったアンケで僅差だった、限界突破・華さん
5.この小説【宴編】版の淫〇度MAXみぽりんのpixivで描いてるコ〇チャレシリーズ話

11/21まで

ありがとうございました
追伸・PINKのルート壊 【宴編】※来客万来です!~修正 加筆版の挿絵を描き直しました。


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第30話 努力は報われるのか?

お久し振りです。

PINK…一年以上放置してるよ…会社コロナで傾いたり、そのコロナ掛かったり…pixivえエロばっかり描いてたら文章全く描かなくなってたり…PINK編描く予定だったのに文章エロいの書きつらくなってたり…まぁアレですわ。


復活です。


 

 目の前の大画面から、無限軌道を唸らせながら走りまわる何輌もの戦車。それに合わせる様に、少し離れた一般ギャラリー会場から、何度も大きな歓声が何度も聞こえてくる。

 本格的に戦車同しの鬼ごっこが始まっていた。

 

 フラッグ車…みほのⅣ号を追いかけるカチューシャ達とは別に、他のチーム達へと送られる歓声も聞こえる。

 追いかけている…というと、優位的な言葉に聞こえるが、実際には完全に大波さんチームのペースだった。

 そんでもって思った…。各チームは、ただもう…みほの指示を待つだけじゃないんだと。

 模範となるのが、近くにみほしかいなかった…というのもあるが、どこかしら…みほの行動に似てきていると思うのは、気のせいだろうかね…?

 彼女達も何度も試合や練習を繰り返し、場数をこなしているのもやはり良い経験になっているんだろう。流石に慣れた…といえば、それまでだけども、各々がちゃんと考え、その場の状況を読み取り行動している。

 見ている方は、面白いと感じるかもしれない。

 

 …が。

 

 コレって対戦相手からするとどうなんだろう…。大洗以外の娘達って、少なくとも昔から戦車道を嗜んでいる者達ばかりなんだろう? 

 否が応でもそのセオリー…基本ともいうモノが精神的にも染み込んでいるだろうし、大洗側からの突発的に起こる、そのセオリー無視の行動は予想しかねるだろうし何よりも一種の恐怖すら感じるんじゃなかろうか?

 アレだ…。全国大会出場時の「ド素人」の大洗ではなく、現時点は「全国大会優勝校」として大洗だろう? 優勝はまぐれだと言う連中はまだ沢山いる。が、まぐれだろうが、なんだろうが…事実彼女達は強豪校達をなぎ倒し、優勝を勝ち取っている。

 つまり実績を伴っている現状で、訳わからん行動してくる大洗。

 

 …。

 

 ベテラン…強豪チームと呼ばれ、その隊長格の人物とならば、今まで考えようとも思わなかったであろう行動で返してくる大洗に対して、新鮮で…面白い。…と感じるのかもしれない。

 事実、ダージリンを始め、あのカチューシャですら偉くみほが気に入っている様に感じるしな。

 でもな…それはあくまで、隊長格。なまじ経験浅くない一般の選手にとっては、黒森峰すら撃破した連中が、セオリー外の行動で何をしてくるかわからんってのは…恐怖でしかないんじゃなかろうか…。

 だからこその…この鬼ごっこ状態だろうな…。

 はぁ…最近勉強し始め、ある程度知識が入ると、変に分析をしてしまう辺りが軽く自己嫌悪を招く。何を偉そうに、齧ったばかりの素人の俺が…ってね。

 

『 ずるいぞ! ここは発砲禁止区域だっ!! 』

 

 よほど焦っているのか、怒っているのか…聖グロリアーナの車輛からアヒルさんチームへと叫んだその声を無線が拾った。

 大丈夫だよー…中継の音声もしっかり拾っているから…。

 ショッピングモール内へと逃げ込む、大波さんチームの2輌を追いかけて、叫んだ…えっと、ルクリリさんだっけか? その彼女の車輛もまた、建物内へと消えていった。

 発砲禁止区域の為に、上空からの映像しか映らない為…建物内へと入られてしまうと動きが分からない。

 

 少し経つと…建物内…いや、正確にはその屋根から顔を出した、アヒルさんチームとルクリリさんが、中庭の…なんだろアレ…噴水か?

 その周りをぐるぐると廻っているだけ。コレは追いかけている立場のルクリリさんからすれば、仕掛けるに仕掛けられない状況なんだろう。

 逃げられ、見失わない様にするのが精一杯って所か…。

 

 …ほいほい。

 

 別に今回は撮影禁止という訳ではないのだろうから、適当にスマホで検索。

 まぁ多分いるだろうしな。…ってあったあった。即座にUPする辺り、小慣れているなこの人…中村みたいな人達というは結構いるんだろうか。

 

「…隆史」

 

 …ん。試合中、急にスマホをいじりだした為、少々嗜めるように俺を呼んだまほちゃん。

 まぁ…せっかくだし…俺のスマホ画面を一緒に見る様にと、分かりやすく少し彼女に肩を寄せると、一瞬躊躇するもすぐに視線を落としてくれた。

 

 今も一生懸命、バターにでもなりそうな位に噴水周りをグルグルと周っている彼女達のつい先ほどまでの……あ~……。

 。実況配信している人だろうな。丁度グルグル回っている横に設置されるエスカレーターを利用し、知波単の車輛が2階から降りてきた…。

 戦車事利用したって訳だけど…あぁ…もう。当然戦車なんぞ乗り訳もなく…手すりの上に起用に乗りながら下ってきた。結局その重量に耐え切れず手すりごとバキバキと音を立ててぶっ壊れた…。

 

「これは…あの現場か? 隆史、この映像はどうやって…」

 

「あぁうん、前に教えたネットでの生配信って奴なんだけど…あ~…思ったよりひっどいなコリャ」

 

「ひどい? …あぁまぁ、隆史からすればそうだろうな」

 

「はは…」

 

 壊れたエスカレーター見て、そう言ってくれたのだろうが…ソレはソレで当て嵌まるのだろうが、ソレだけじゃないんだがね。

 休日のショッピングモール。…子連れも多くいるだのろうに…本来、通るべきではない場所に、通ってはいけないモノが走れば、どれだけ危ないか…。

 

 …。

 

 とか思っても、その現場にいる方々も…今現在進行形で戦車に乗っている誰に言っても、その部分だけは理解されないのだろうが…な。

 たまに思う。価値観で片付けられてしまえない程の事も、フィルターを通しているのではないかと思える程に大きな境が稀にある。

 それは、ここ最近大きく感じる。しほさんに戦車道を教えてもらい始めてから、それをより強く感じるのは何故だろうか…?

 

「………」

 

 苦笑する俺を横目に見て、少し頬を膨らませる…と言うと語弊があるか? ちょっとご不満そうな顔のまほちゃんが俺の顔を下からのぞき込んできた。

 

「今日はあまり私に解説を求めないな」

 

 えっと…え?

 

「発砲禁止区域に侵入するのは良いのか? とか…聞かれると思って楽しみにしていたのになぁ…」

 

 …割とマジで残念そうな顔をされましたね…。

 

「えっと…確か、発砲禁止区域は字の如く発砲禁止で…戦闘区域外に出る訳じゃなかったら、別にOKじゃなかったっけ?」

 

「……そうだな」

 

「まぁ…故意に時間稼ぎとか、避難とかで? だったら~…ペナルティはあった様な…なんだっけか」

 

「………」

 

 っっっ!!!

 

 いかんっ! 悪寒がっ!!! なんだっけ!?

 

「…隆史?」

 

 あっ! た…たしかっ!!

 

「戦車撃破・走行不能以外、戦車の搭乗員がすべて降車してしまった場合同様! 敵前逃亡…つまり試合放棄とみなされ失格となるとされる…だっけっ!?」

 

「……………」

 

「あれ? 違った!?」

 

 まほちゃんの目が鋭くなったけど!?

 

「…正解だ」

 

「おっしっ! っっぶねぇっ!!」

 

 無意識にガッツポーズを取ってしまった…。

 いかんいかん…いつもの癖で、間違え=説教が身に染みて…

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 いやぁ~…下手にここら辺…つまり失格案件間違えると、しほさんマジで怖いからなぁ…。特に敵前逃亡とか西住流にあるまじきとか…まぁ…長くなるし…。

 ここ最近じゃないかしら…人生で一番正座していた時間って…。しっかし、何度も思ったなぁ…しほさん、まほちゃんと、みほに…一体どういった風に戦車道を…

 

 っっっ!?

 

「ふふっ…隆史? 戦車道を学んでいたんだな?」

 

「えっ…あ…うん、少し勉強を……ぉぉ!?」

 

 おぉっ!? なんだ今の悪寒はっ!? そしてすっげぇ優しい笑顔になってるまほちゃん!?

 貴女、そんな笑顔滅多に見せませんよねっ!? そして、絶対表情と内面反比例してますよね!? 目だけ笑ってねぇんだものっ!

 コレ…あの分家の野郎の話をしていた時の比じゃねぇっ!!

 

 …………ガチ切れされておられる。

 

「あの…まほちゃ「 誰に教わっている? 」

 

「………え?」

 

 な…なにを…。

 

「私…いや、百歩譲って、みほ。共に暮らしている私達を除外して、誰に戦車道を教えを乞っているんだ? 隆史? ん?」

 

 か…可愛らしく笑顔で小首を傾けたが…擬音が絶対「こくんっ」とかじゃかくて、乾いた音で「カクッ」だなっ!! 絶対っ!!

 

「 」ガクガクガクガク

「 」カタカタカカタ

 

 …ローズヒップと、ハゲがいつの間にかテントの隅に避難して小刻みに振るえていた…。

 

「それは独学で…「…というのは、通用せんぞ。貴様の部屋にはその手の書籍類も無い。それに貴様は効率的な方法を求める傾向にある。だから良くも悪くも人に頼むという事に抵抗は見せない。畑の違う分野に関してはエキスパート…その手の分野に精通している者に教えを受けるのが最も適しているのを理解している」

 

「」

 

 超早口で俺の分析結果を口にされましたね…。

 

「よって隆史は戦車道を独学ではなく…私達姉妹ではなく、寄りにも寄って、どこぞの馬の骨に教えを乞っているという結果になる訳だが誰だ?」

 

 …呼吸苦しくないですか? と聞きたくなる程に一息でおっしゃいましたね…。

 

 

「 誰 だ 」

 

 

「」

 

 いや、どこぞの馬の骨ではなく、貴女のお母様なのですが…とも言えず…。結局、俺が彼女のプライドをひどく傷つけてしまったのだろう。まぁ勉強しているのバレたので、言っても大丈夫か? とも思うのだけど…何故だろう…脳内ハザードランプが煌々と大活躍しておる…。

 理由からしても、君達姉妹に負担…もあるが、結局知らない所で勉強して、ちょっと格好つけたかった…ってだけなのに、逆にこのタイミングで理由を話してしまうのは、結果的に格好悪すぎだろ俺。

 まぁ…しほさんに教えてもらっていると言えば、彼女も納得してくれるとも思うんだけど…菊代さんに絶対に言うなとごっつい杭をぶち込まれているので…やっぱり喋れないし…それにやはり脳内ハザードランプが大活躍しているのでどうしたもんか。

 

「えっと…き…」

 

「…き?」

 

 あぁもうっ! 下手なウソつくと泥沼していくのは解っちゃいるけどっ!! もう他に手が思い浮かばないっ!

 

 

 

「菊代…さん」

 

「………なに?」

 

 まぁそうだなっ!! ある意味完全なウソじゃないっ! あの海の後、しほさんと一緒に、どんだけ悲惨な説教を食らったかっ!

 ついでに教わった事の復習とばかりに今度は、しほさんと一緒にどれだけ過酷な問題をっ!!

 

 一瞬、まほちゃんの目に力が入ったかと思ったけど、菊代さんの名前を出したら俺から少し体を離してくれたから効果はあったんだろう!

 よしっ!

 

「ふむ……」

 

 まだ疑った目をしているが、ある程度腑に落ちるのかっ! 何か考え込んでるっ!

 

「あの動画は本物だったのか…」

 

「いや、ちょっと待て」

 

 まほちゃん…今…なんつった…?

 余りに場違いな単語に、思わず真顔になっちまった。

 

「音声は入ってなかったのだがな? なぜか菊代さんを背に乗せて半裸で腕立てをしている隆史の動画が、菊代さん本人から証拠だと送られてきていてな…? 隆史に確認しなくてはと、思ってはいたのだが…」

 

「……………あ、うん。ソレダネ、ソレ。出題問題間違えたら、その数掛ける10回…菊代さん乗せて腕立てさせられた…」

 

 

 説教の後でなっ!!! 復習問題の難易度高すぎなんだよっ!! というか、動画…あぁ…そういや、しほさんずっとスマホ持ってたけど…ソレか…。

 あの時なんで二人揃って、恍惚な笑みを浮かべていたんだろ…。

 

「なるほど。なるほど…ならば良し」

 

 え…あっさり納得したね…。変身するかのように、パッと態度と表情を変えたのですけど…。

 それ以前にそんな怪しい動画届いていたら、イの一番に俺に確認取らんか? というか、消して欲しいのですけど?

 

「実はな…菊代さんからすでに聞いていた」

 

「………は?」

 

「状況的に詰め寄った時の隆史の態度が、そのまま浮気をした男の態度だから、観察してよく覚えておくと良いと教えてもらってな」

 

「菊代さんっ!?」

 

「戦車道関連で私を蔑ろにし、別の女に教えを乞うてた隆史…が、その蔑ろにした女に詰め寄られる……なるほど。状況的にはそのままだなと。いや、良いシュミレーションになった」

 

「違うよ!?」

 

「違わないな。私にとってはそのままだ浮気者」

 

「………」

 

 …わ…割と声が本気のトーン。プライドを傷つけたと言ったが、本当にそうだったんだろうな…。

 

「ふぅ…私としても、乗り気ではなかったのだが…。まぁせっかくだったので、このタイミングだと思ってな……熱が思った以上に入ってしまったが」

 

 …絶対ウソだ…。

 

「目が良く泳いでいたなぁ…まぁ、比較的早めに白状したのもあって、あまりサンプルは入らなかったが、良い経験にはなった。今後参考にする」

 

「…………」

 

 サンプルって…。

 

 今後って…。

 

「隆史は…負い目がある状況で追いつめられると…なるほど…そうだな、昔からそうだった。あと…」

 

 ぶつぶつ小声でなんか言ってるけど…ホクホクとした顔に変わったので、ある意味じゃ危機を脱したと考えて良いのだろう…か?

 

「……」

 

 …ん? ちょっと待て?

 

 菊代さんから聞いていたって事は…この状況を予想していたって事か!? 

 追いつめられた俺が、苦し紛れに導き出した答え…菊代さんの名前を最後に出す事まであの人把握していたって事ですか!?

 確かにごっつい杭をパイルバンカーされていはいたけど…本当の事を俺が言うかもしれないとか…別の人名前を出す事だって………いや待て。それすら…。

 じゃなきゃ、まほちゃんはあんなにあっさり納得して…聞いていた事まで白状して……。

 

「……………」

 

 こ…こえぇぇぇ…。

 

 何あの人!? 俺の思考パターン把握されてんじゃんよっ!!!

 

「まぁ正直に隆史が白状したから、今回は良しとしよう」

 

「……」

 

「他の女の名前を出したら、どうしてくれようかと思っていたが…ふむ」

 

 ……女って…。

 

 わかった…。まほちゃん、全部答えを知っていた上であの追及だったか。マジ切れしていたと思っていたが、やはり間違いではなかったな。

 まほちゃん、他の人は意外に思うかもしれないが、結構な激情型なんだよな…ため込んで、ため込んで…ここだと思った時に全身全霊をもって畳みかけるタイプだよな…うん。

 逃げ道ふさいでおいて、確実を取りに尋問開始したのだろうなぁ…アレ…。

 なんか最近そんな事ばかりされてるから、よくわかるんですよ、はい。流し目で見ないでください。本気ですっきりしたような顔しないでください。

 

 ローズヒップが…おい、なんでスマホのカメラ向けてんだよ。

 

「いやぁ……尾形君。君の日常は毎日楽しそうだね…」

 

 このっ…。無事だと判断したのか、ノソノソと児玉理事長が這い出てきた。

 何楽しそうだ、この野郎。胃が3回転半するくらい捻じれた痛みが走り続けたわ。

 まほちゃんもまた観戦モードに完全に切り替えたし…なんか俺、背中の汗がすげぇんですけど…。

 

「…まだ、いたんですね。児玉理事長」

 

「…あぁ~いやぁ……って、まほ君…私に少々きつくないかね?」

 

「気のせいでは? お立場的にこの場にいる事態、よろしくないと思いご忠告申し上げただけですが?」

 

「…あ、はい」

 

 …睨んでるなぁ…まぁほぼ俺と会う為だけに来ただろうから、それは理解する。理解すから、用が済んだらさっさと帰れと暗に目力たっぷりに言ってるなぁ…まほちゃん。

 

「ほら、隆史も」

 

「えっ?」

 

 俺の目を見え、軽く顎で俺の目線に誘導をかけてきた。というか、中継画面を見ろとでも言っているんだろう。

 いやぁ…すっかりスイッチ切り替わっているまほちゃんに少し…あ、いいです。文句とかアリマセンから真っすぐ見ないでください。

 

「おぉ!?」

 

 目線を画面に切り替えると…プラウダ高校の車輌が道路、交差点の中央近くで煙を吐いて止まっていた。

 すのすぐ上…道路高架の上で、カメさんチーム上のカモさんチームが…って文字道り、カメの親子みたいく戦車が戦車の上に鎮座していた。

 高架の上から、コレもまた文字通り砲弾を降らせたんだろう。戦車のハッチ横付近が少し炎上していた。

 

 …。

 

 

「一輌撃破されとる…」

 

「隆史、アレは…んっ?」

 

 思わず声に出してしまった、俺のつぶやきに先ほどの事などなかったか様に、いつもみたく説明を始めようとしてくれたまほちゃん。

 それを遮る様な電子音が響いた。マナーにするの忘れたか…?

 出る出ないは別にして…また中村が俺を煽る為にでもかけてきた…違うな…くっそ。反対側のテント内で両手鳴らしながら爆笑してやがるからなっ!!

 

「…誰だ?」

 

 取り合えず上着の内ポケットから取り出そうと手を突っ込む。執事服って動き辛いんだよなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 自身の携帯の着信画面を見た後、一応こちらに笑顔で目配せをしてきた。

 試合中…このテント内での事なので、正直あまり褒められた事ではないのだが、私はその目配せに応えた。

 

 相変わらず、隆史はわかりやすい。その画面を見た瞬間の目つきが明らかに変わったのを私が見逃す筈がないだろう?

 私の許可が出たと思ったのか、隆史はすぐにその着信に応えた。

 

 笑顔のまま。

 

 

「 は い 」

 

 名乗る訳でもなく、ごく自然に口に出した返事…なのだろうが、私には酷く冷たく感じた。

 こういった時の隆史には…正直あまり話しかけたくない。その口調で私と会話をしてほしくないからだ。みほも同じだろうな。

 一度大洗に転校してきた時…友人の冷泉麻子さんだったな。彼女に対してのそのような対応をしたとみほから聞いていた。

 その後謝罪はしたみたいだが、同じ勢いでみほを泣かせたと聞いた時には、思わず夜中だろうが、叩き起こして弁解を聞かせてもらったから…まぁ…良いだろう。

 

 

「 ………該当する方が複数いまして、特定できません。後、当店は泥酔された方はお断りしておりまして… 」

 

 

 機械地味た、とても丁寧な喋り方。

 傍から聞いていれば、ただの業務連絡か何かに思える。今のもいつもの軽口なのだろう。…その口元は笑ってはいる。目も何もかもいつも通りだ。

 普通の表情、普通の顔。

 

 その「普通」が、私から見ると…ひどくキモチワルイ。

 人には上手く説明できない。もうそう感じるとしか。

 

 

「 はい…? 」

 

 

 児玉理事長は涼しい顔して扇を仰いでいるだけだ。まぁ、横目で見てはいるのだが、隆史の会話を邪魔しないように黙っている。

 

「 」

 

 ほぉ…。

 

 聖グロリアーナの赤髪の一年がそんな隆史の顔を見て、固まってしまっている。口がヘの字になっているぞ?

 なるほど、…この隆史の変わり方を察する事ができるのか。この一年も少し注意しておこう。

 

「 …それは構いませんが…どういう心変わりが? 」

 

 その一言の後、しばらく無言が続いた。

 小さく携帯から声が漏れてきているので、相手が一方的に喋っているのだろう。

 一瞬、分家の長男からかと、まさかとは思ったが…どうやら女性の様だった。いつもの様に揶揄する事もあるまい。

 

「 …手土産? なんの情報…え? 」

 

 

 …この隆史の対応は、本当に嫌悪している相手にだけ…だからだ。

 

「……」

 

 あぁ…嫌だな。

 

 …本当に嫌だ。

 

「 …面白い話ですね。録音は…まぁある訳ないですよね 」

 

 笑った。その笑い顔も…何というか醜悪に見えてしまう。

 

「 先方の予定も御座いますし、日取りは此方で決めさせて頂きますが宜しいですか? 」

 

 テントからも出れない状況では、私から逃げる事もできない。

 

 この隆史は見たくない。

 

「 えぇ… 」

 

 

 短い通話だったのだろうが、ひどく長く感じる時間がもう少し続いた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『 ばっかじゃないの!? ミホーシャ、無茶しちゃって!! 』

 

 …どんな動きで来られても、対応できるから強豪校…その隊長達とも言えるのだろう。同じく、カチューシャが叫んだ声も、無線を通して聞こえて来た。

 ハッチの上に出てるよな…アレ。それでも聞こえてくるって、どれだけデカい声で叫んだんだろう…。

 …兎も角…別画面に映っている彼女達。

 神社の石階段を下りだしたみほ達の後ろを、カチューシャ達がまたガタガタと戦車を揺らしながら追随している。

 

 …はっ。

 

 あんな石階段の傾斜を下る鉄の車。石段をガリガリと削る音が、此方まで聞こえてきそうな程にその大きな車体を上下させている。

 

 ……。

 

「はぁ…」

 

 先ほどまでの通話の内容が頭の中をグルグルと駆け回っている。業務用態度で話しては見たが、横にいたまほちゃん達に、動揺が隠しきれたか不安だ。

 さて…あの問題発言をどうしようかね…。

 此処まで皆が皆…試合を頑張っているというのに…特に、カチューシャ達や、ダージリン達の事を考えると…余計にな。

 

「んんっ~…随分と立て込んだ内容だったみたいだねぇ」

 

 児玉理事長がいつもの様に笑いながら声をかけてきた。

 まほちゃんとローズヒップが少し様子がおかしかったから、すこし助かる。

 

「…えぇまぁ」

 

「いやぁ~! 君達の試合は、本当に目が回りそうになるくらい、いろんな事が起こるねぇ。…本当にいろんな意味で」

 

 この人もこの人で、まぁー…タイミング悪く来てしまったな。

 試合が継続している状態なので、テントから出るに出られない。よって…結構な立場の人間なのだろうが、テントの隅っこに座り、扇子を仰いでいる。

 

『 馬鹿め! 二度も騙されるかっ!! 』

 

 …。

 

 ………。

 

 無線機から最後の断末魔の様なセリフが、聞こえて来た。

 そう、多分「断末魔」と言って語弊はあるまいて。…何時もの俺なら……フラグって知ってるか? とか彼女に聞いてみたいと思うかもしれないけどな…。

 はぁ…先程までなら、こんな状態も慌てながらも楽しんでいられた。…しかし、あの話を聞いてしまった以上、そんな気分でなんていられる訳がなかった。

 

 そして今、まさにフラグ構築して、いきなり回収した彼女もそうだ。

 

 …知波単も残り一輌。誰が乗っているかなんて、知らないけど…その子もそう。

 

 カチューシャ達も…ダージリン達も…みほも…そうだ。

 

 何故か参戦したエリカも…だ。

 

 …。

 

 ………。

 

 …そんなモノは無いと、解っているのに、どこかで他に打開策を考えてしまう。

 考えれば考える程、試合は現に今も進んでゆく。

 

『 ダージリン? 頼れる同志の元に誘き出して!! 』

 

 カチューシャの声が響く。

 それに応えるダージリンの声も。

 必死になって、思考を巡らせ…彼女達は…。

 

「……ふぅー…」

 

 思わずため息を吐きそうになる。強引に…そしてワザとらしく息を長く吐き捨てる。

 少し落ち着いた。…そうだ。あくまで俺は、サポートだけ。いやサポートというのもオコガマシイ。ここにいたって、試合中はただ観客と俺は変わらない。

 …男だからというのは言い訳だ。何もできない。彼女達の…あの戦場には踏み込めない。

 

 いや…。

 

「彼女達には彼女達の世界が在り、俺になんて邪魔なんてされたくねぇ~だろうな」

 

 …踏み込んじゃいけない。

 

 

「隆史? 何を言っている?」

 

 今までの両チームの選手達。

 彼女達の事を…気持ちを思えばこそ…だな。

 

「余程先ほどの通話が重い内容だったのかな?」

 

「…児玉理事長」

 

 どうにも俺の通話相手が気になるのか、児玉理事長は俺との会話を続けたいようだ。

 それに対して、静かな声で…まほちゃんが俺を庇うように威圧した。

 しかし会長はそれを気にする様な素振りを見せない。…どうしたオッサン。

 

「…私は耳は良い方でね」

 

「盗み聞き…とは言えないか。まぁある意味丁度良かったかもしれないっすね」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 …と、申し訳なさそうに俺に対して…笑った。

 まほちゃんの威圧の為か、遠回しに聞いてくるのをやめ、ストレートに答えを言った。

 まぁ…あの姉さん声でけぇしなぁ~。

 

「ソレは君の案件だよね~。でもねぇ…立場的にも見過ごすのできないんだよぉ~。だから私としては…何をするにもまず、君の判断を先に聞かせてほしいんだよね」

 

「聞くねぇ…俺の判断で良いんですか?」

 

「良いか悪いか…じゃないよ。そこまでの問題、途中からこんな大人に取り上げられ、その後は蚊帳の外じゃ悔しすぎるだろう?」

 

「へぇ~…」

 

「まぁ…それにおかしな君の事だ。すでに決まっているだろうし、もう気付いているだろう? 色々と足りないよね」

 

「そうですね」

 

 おかしな…は一言余計だ。

 

「こんな界隈じゃ、昔っから何処にでも沸いてくる話でもある。どうする? 私に全て投げるってのも手だよ?」

 

「すると思います?」

 

「しないだろうねぇ~♪」

 

 おや? ちょっとこのオッサン見直しそうだぞ?

 

 決まってる…ねぇ。そうだな、方法は決まっている。ただ後は腹を決めるだけだ。

 あの糞野郎に対しての嫌がらせだけだったら、こんなに迷わない。

 これが最善だと思いたいが…多分…間違いだ。間違いだけど…黙っている事なんてできやしない。

 

 訝し気な顔で、少し心配そうに見てくれるまほちゃんに、目線を合わせた。

 別に無視をしていた訳ではないのだけど、彼女に目が合うと少し、安堵した表情に変わった。

 いきなりオッサン同しの会話が始まってしまって困惑していたんだろうなぁ…下手に口を出さずにいてくれたのも助かる。

 

 …おし。

 

「どうした隆史。先程の電話から、様子が目に見えて変わったぞ?」

 

「あ~…そうだな。ちょっと考え事してた。んで、今決めた」

 

「…決めた?」

 

 先程のまほちゃんの様子もある。

 あの男の話は今は特にしない方が良いだろう…が、省いて話した場合、彼女の事だからすぐに納得しないだろう。

 …特に、昔の みほの事もあるしな。

 

 でも…。

 

 

「この試合を中止させる」

 

 

「……なに?」

 

 俺の提案に眉をすこし動した。

 組んでいた腕を解き、立ち上がって…こちらに体を向けた。

 

 真正面から見る、彼女の真剣な顔…。

 

 無表情の中にある、特徴のある彼女の一面。

 

 

「…何故だ」

 

 

 戦車に搭乗している時の…目の色に変わった。

 

 明かに場の空気が変化した。肌を刺すようなピリピリとした空気…。

 俺の提案に端的一言。頭から否定せずに理由だけを求めて来た。…まぁ当然と言えば当然だろうな。

 

「危険だからだ」

 

「…危険?」

 

 俺の答えが以外だったのか、眉が傾く。

 戦車道で危険という言葉は、ある意味で日常茶飯事、普通の事。

 そりゃそうだ。戦車内が特殊カーボンでコーティングされているとはいえ、あんな乗り物で走り回って、砲撃し合っている競技だ。

 それが今更何を言う…てな、感じだろうな。

 

「…隆史。カチューシャ、ダージリン。特にこの2名…いや、4名程か。ある意味で今回は本当に特別な試合だと解っていての発言か?」

 

「そうだ」

 

「本当にか? …言いたくはないが、お前が原因でもあるんだぞ? 朴念仁」

 

「あぁ」

 

 …流石にもう解ってるさ。

 でも、それとコレとは別問題だ。

 

 今回の件は、みほとまほちゃんに関わらせたくなかった。だから…多少無理しても、なんとか裏で動いていたというのに…あの野郎のせいで、まったく関係のない連中にまで被害が及びそうになっている。

 七三の動向探るだけでも大変だっていうのに…更にこんな真似しやがって…。

 

「俺がこちら側…青森チームで参加するって決めた時のアイツらが喜んでくれたのは、今でもしっかり覚えてる」

 

「………」

 

 …青森にいる時からずっと言われていた事だったしな。

 否が応でも…な。

 

「でも止める」

 

 だから朴念仁…その言葉にも、いつもの様に動じる事もなく…素直に返事ができた。

 その俺を見て、ここでまほちゃんが大きくため息を吐いた。

 長い事にらみ合う形になりそうだと思ったのだけど、存外早くまほちゃんが折れた。

 

「はぁ……いいか、隆史。一度試合が始まってしまえば、基本…試合中断なぞ出来ないぞ?」

 

「あぁ、分かってる」

 

「分かっている? 本当に分かっているか? 試合の中断は………選手の生命を脅かす事故…及び、自然災害が発生し時に限られる」

 

 …。

 

 事故。

 

 あの決勝戦…みほが黒森峰から出ていく切っ掛けの事故は、その生命を脅かす事故ではなかったのか。…と、彼女がしほさんに、噛みつきたくて仕方なかった事だったんだろう。

 …みほの行動を思い出してしまったのか、言い辛いのか…少し言い淀んだ。

 

「…現状、その様な事故は起こっていない」

 

「もう一つあるだろ」

 

「……」

 

 俺の言葉に、まほちゃんが目を細めた。

 彼女がその理由を知らないはずがない。しかし、まほちゃんも、カチューシャやダーリジン達の事を知っている。

 更には自身の妹の学校からも、その様な事をするはずがないと、信じていくれている為だろう。想像すらつかないだろうよ。

 

 …だから…。

 

「隆史…いくら何でも…それは…ないだろう?」

 

 本当に…心底落胆したかのような、それでいて…久しぶりに見せる…俺に対しての怒り。

 それでも…本当に泣きそうな程に、顔を悲しそうに歪ませた。

 

「…今回の3年生は夏の大会が終わった以上、実質コレが引退試合になるだろう。そんな彼女達が寄りにも寄って…」

 

 …。

 

 ……。

 

 …それはそれで…あぁ。とても嬉しいけどな。

 

「確かにルール上、それはそれで可能だがな」

 

「……」

 

 もう一つの理由。

 

 それは…試合に対して…妨害工作や、アリサさんがしたような、グレーゾーンの盗聴ではなく…。

 

「不正行為を働いた場合。隆史、それをお前はハッキリと言えるのか? 彼女達に宣言できるのか?」

 

 掛け試合、金銭のやり取り…勝敗の決められた八百長試合…等だな。だから、まほちゃんは怒っている。あぁ、怒ってくれている。

 知らないとはいえ、そんな疑いを掛ける事に対しての俺に対して…な。だから、変にもったいつけるみたいにならない様に…ある意味で安心させてやりたい。

 

「まほちゃん、違うよ。彼女達の不正なんて、疑ってもない…というか、想像すらしないよ」

 

「…ならば…なんだ」

 

 そう。

 

「まほちゃん。みほやダージリン達は被害者だよ。さっきの電話は、そのタレ込み」

 

「…なに?」

 

 例の電話の事を頭に言い…結論から言っておく。秘書子ちゃんからの電話は、その事だった。

 …俺の話に乗ると言った後…直後にまず最初にと、教えてくれた。

 

 西住の男が、彼女達の戦車に細工した…と。

 

 まぁ…直後に慌ただしく、後でまた詳しく教えるからと、ほぼ一方的に通話を切られてしまったけどな。

 しほさんとの面会の日付が後日連絡…となった時点で、速かったなぁ~…あの自暴自棄っぽい話し方が、少し気になったけど…。疲れたリーマン女性の感じがまた…すごかった。

 

 

 

「第三者が、自己利益の為に…みほ達の戦車に細工した」

 




閲覧ありがとうございました。

シリアス回は疲れる…。
おペコのお茶会でしほちゃん書こうかと思いましたが…いい加減本編進めんと…って事で。

ありがとうございました


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第31話 異変

ある意味でのこのタイトル。

pixivと交互で書いていくつもりですので、投稿日が少し開いてしまうかもしれませんが、書き・描き続けていきたいと思っとります

原作視聴推奨で書き続けていたとはいえ、なんというか…戦車描写難し…。




 

「んんっぬぅぅ!!」

 

 ガガガァー!! …って、すごい音。

 建物の横から貫通するみたいに…火を上げながらズガガァー!! ボーン!! …って。

 

「……う~ん」

 

 大きな音って、まだ慣れないなぁ…普通にびっくりしちゃう。

 

 神社の石階段を戦車で下る…なんて事、人生であるなんて思ってもみなかったよ…。お尻痛いし…。

 追いかけっこ状態が続いたんだけど…市街戦ってやっぱり視界が悪いよね。後、ほとんど車道を走るしかないからこうやって追われる立場になると、後ろからの砲撃が結構コワイ。

 ほとんど孤立しちゃってる状態だし…建物で周りが見えないのあるし…無線から状況報告が入る度、さっきのレオポンチームみたく「やられちゃった」の報告も相まって…どんどん不安になってきちゃう。

 だから他のチームと合流できた時は、その不安が安心に変わった。

 

 …結局、追いかけっこは続いている訳だけどね。

 

 って、え……ちょっと待って。

 

 戦車って潜水もできるものなの? ハッチから外の様子を見てみようかと思ったら、なんかおっきなのが海からザパァ~って出てきたんだけど…。

 背の高い、頭でっかちの戦車…プラウダのマークがついてる。

 

「大丈夫、砲身よく見て」

 

 即座にみぽりんの声が聞こえて来たのと同時に、それに反応する麻子。

 戦車が前後に揺れて…あの戦車の射線をずらしているんだろうけど…小さく麻子から息が漏れていた。

 

 …なんか変。

 

 華もなんか調子悪そうだ。

 今はもう大丈夫そうだけど、試合開始直後は砲撃した後に何か呟いていた。決まって外した時だけ。

 いつもは例え外したとしても、なにか言ったりしないのに今日は違った。…どうしたんだろ。

 

「 …チッ 」

 

 …。

 

「は…華ぁ?」

 

「え? はい、なんでしょう?」

 

「し、舌打ちは乙女として…ど…どうかなぁ?」

 

「あら私、無意識に…ごめんなさい」

 

 こ…コワイ。はっきり言って今日の華は、すんごい怖い…。

 今も前方のチャーチルへの砲撃が少しハズレ…その車体横をカスった。

 他の車輛への攻撃に少し外したりしても、そんな反応ないのに…チャーチル相手だと、さっきからコレだヨ。

 

「どうしたの? 今日ちょっとお…おかしいよ?」

 

「いえ…どうにも照準が…それより」

 

「それより…?」

 

 

 

「泥棒猫さんが目の前にいると思うと、つい♪」

 

 

 ……。

 

 た…隆史君…恨むよ。

 

 こんな華、初めて見たんだけど…私は眼を逸らすしかできなかった…。

 

 

 

「わっ!」

 

 

 突然の大きな音で、現実に引き戻されたような気分…まぁ…この華もずっと見てられないけど…。

 

 でも…ち…ちがう。普通の戦車の砲撃と違うよ…。そもそも発砲した時に何時もよりも音や振動で、空気が少し震えたのがわかるくらい。

 あの海から出てきた戦車の砲撃で、大洗ホテル1階の一角が吹き飛んじゃった…。

 

 ずかーんって…大きな煙と火柱が上がっているよ…。

 

 えっと…あの戦車…って確かノートに描いたよね、アレ。…えっと、何て戦車だっけ。かーべー…あぁ、KV-2だ。

 続いて大きな衝撃と大きな音を立て、大洗シーサイドホテルの外壁が一発で穴開けちゃった…。中の部屋を貫通してたんだよね? アレ。

 またガガーとか大きな音を立てて、ホテルの反対側までドドーッて火柱が突き抜けていっちゃった…。

 

 …。

 

 止まっている訳にも行かず、またすぐに走り始めるⅣ号戦車…私達。

 思わずハッチから頭を出して、後ろを振り向いてしまった。そして確認して…危ないし怖いからすぐに車内へ戻る。

 

 …。

 

 

 それで、思わず大きなため息が零れてしまった。

 

「……はぁ」

 

 まだ大きな黒い煙を立ち上げていた場所…を見て安堵した。

 隆史君が前に市街戦はあんまり好きじゃないって言っていた事を少し思い出した。

 特徴的な建物の曲がり角。その手前に着弾したようだった。被害は出ているかもしれないけど、直撃したって訳じゃなさそうだし…煙でよく見えはしなかったけど…うん。

 

 アソコ…私が告白した場所すぐ横だ。

 

 よかった…無事そう…。

 

「あたっ!」

 

 少し額に冷たい感触…。思わず頭を無線機に寄せてしまったんだけど…振動でゴツンと音がした…痛い…。

 いけない、いけない。変に感傷的になっちゃった。

 

「沙織?」

 

「あ、ごめんなんでもない。ちょっとおでこ、ぶつけちゃっただけ」

 

「…何やってるんだ」

 

 …。

 

 隣から麻子の少しあきれた声。

 返事するついでに、何気なく彼女の様子を伺ってみた。

 

 …やっぱり変。

 

 何度か隙間から麻子の様子を覗いて見てはいるけど、明らかに普段以上の力を込めて操縦してます…的な感じで、疲れてきてる。戦車の操縦って車と違って複雑で…一度やらしてもらったけど、すんごい疲れちゃった。

 だとしても、もう運転に慣れているだろうし、確かに麻子は体力がある方じゃないけど…今までやってきた試合とか比べと、明らかに疲弊しているって感じだよね…。

 

「…んっ」

 

 さっき、みぽりんにギアの調子がどうのって、言ってたけど…。

 また小さく踏ん張る様な声が漏れた。戦車の操縦って、車とか違ってアクセル踏めば動くモノじゃなかったよね。

 一度一度、操縦するごとに、麻子の声が大きくなっていく気がする…

 

「ちょっと麻子、大丈夫?」

 

「…大丈夫だ。問題無い」

 

 小さな汗をかきながらも、いつもの様に少しぶっきらぼうな返事。…頑張ってるっていうのが伝わってくる…。

 前の麻子だったら考えられなかったよね…。大体「眠い」…の一言でサボっていたのにね。なんだかんだ、あんこうチームの中で、一番変わったのって麻子かもしんない。

 

 …ちゃんと、良い意味でね。

 

 でも…流石に…どんどん目に見えて辛そうになっていく麻子。この状態、一応みぽりんにも伝えておいた方がいいかも。

 みぽりんの位置からじゃ彼女の姿は見えないだろうし、麻子の今の様子はわからないかもしれない。

 

 振り向くと脚が見えた。みぽりんがいつもの様にハッチから体を出してるだけみたいだけど…アレ? ゆかりんも?

 どうしたんだろ…。

 

「…エリカさん達も到着した。この状況は良くない…」

 

「やっぱり、ティーガーⅡに後ろ取られると、プレッシャーが凄いですねぇ…………あっ…」

 

 …ん? ゆかりん?

 なんだろ…一瞬、声が凍り付いた気がしたけど…なんかあったのかな…。

 私も一応…。って、ハッチから少し覗いてみると、さっきの頭でっかちの戦車の付近まで、聖グロリアーナの平べったい戦車と一緒にてぃーがーⅡが迫って来ていた。

 というか、試合の車輛が一斉に集まってきているかも……っとぉ、先にみぽりんがまた、考え始める前に先に麻子の状況伝えておかないと…。

 一度考え始めたら、みぽりんすっごい集中するから邪魔しちゃ悪いよね。

 

「みぽり…」

 

 

 声を掛けようとしたその時、無線から音がした。

 

『 あ~…こちら大波さんチーム本部。あんこうチーム応答して下さい 』

 

 その前に私のお仕事が来たよ…。もうほぼ無意識にヘッドフォンを装着してしまっている辺り、私も板についてきたのかなぁ。

 本部…テント側からの無線って、初めてかもしれないよね…そういえば。あ、違うか。1回、隆史君の全体点呼があったよねぇ。

 今となっては懐かしいけど、あの話すると今でも隆史君、顔少し赤くして「勘弁してください」って嘆くんだよねぇ…っと、イケナイイケナイ。

 

「はい、こちらあんこう」

 

『 えっと…なんて言えば…えぇ~とっ 』

 

 …なんだろう?

 電話と違って無線機って、喋る方の一方通行だから言い淀んで仕舞われると滞っちゃうんだけど…。

 戦車の走行音とかで、ちょっと聞き取り辛いしね。でもこれもちょっと懐かしい…初め私もそうだったからね。

 

『 Ⅳ号戦車…試合開始時から何か不具合はありませんでしたか? 』

 

 …。

 

 ……ん?

 

『 被弾等の被害ではなく、故障もしくは……何? あぁ…えっと、普段に比べての違和感みたいなモノはありましたか? 』

 

 コレ…今、なんで聞いてきたんだろ…。しかも本部から。

 今までにはこんな事なかったよね? そもそもテント側からの無線使用って、緊急時以外にはダメだったような…。

 

 …。

 

 なんだろう…すごく嫌な予感が…。

 

 

 ………。

 

 

 

「みぽりんっ」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ふっふ~ん♪」

 

 鼻歌…なんて無意識にでも試合中するものじゃない。

 いや、無意識にでもこんな事今までに一度もなかった。というか、勝敗を抜かして、無条件にこんなに楽しく感じる事なんて…。

 ミホーシャには悪いけど、無意識ですから? 仕方ないわよねぇ…。

 

 現状、数では負けいても…このまま試合には負ける気がしなわねぇ。

 高台の車道から砂浜を進むミホーシャ達を見下ろして……改めて思うわ。

 

 ずるいっ!!!

 

 何この高揚感っ! 確かに青森の時、タカーシャも私達の試合を応援しに来てくれたわ。でもね…同じチームとして試合に参加するって事がここまで違うとは思わなかったわっ!

 変に張り切って、良いとこ見せようとか…そんな事するほどもう、未熟じゃないわ。でもね…こう…理屈じゃないのよ。

 

 …んっ?

 

 突然震えたジャケットのぽっけ。

 確かに試合中、チーム同士の携帯での通話は禁止はされてはいないけど、あまり褒められたモノではない。

 

 

「…なによ?」

 

『 あら、随分なご挨拶ですわね 』

 

 せっかくの気分に水を差された感がすっごいけど…まぁいいわ。

 

「なにが挨拶よ。で? 何の用? 無線じゃ言えない事でもあんの?」

 

 ミホーシャにお掛けられているのに時なのに、随分と余裕あるわね。

 

『 いえ? カチューシャが鼻歌交じりにご機嫌なご様子……の、様な気がしまして 』

 

「鼻歌なんてしてないわよっ!!」

 

『 浮かれるのは結構ですが…ちゃんと着いてきていますわよね? 』

 

 …この…一々変に感が良いというか、なんというか…。どこかに盗撮カメラでも仕込んでんじゃないわよね…?

 ダージリンならやりかねないし…。

 走行しながらだというのに、この憎ったらしい声は良く通るのが癪だわ。

 絶対良い顔して、ほそく笑んでるわ、あの娘!

 

 ……ん?

 

 そうね…そうよねぇ?

 

「浮かれてるのはどちらかしらぁ? …貴女普段、そんな軽口程度で試合中電話なんてしてこないわよねぇ?」

 

『 ……っ 』

 

「あら図星ぃ? 聖グロリアーナの隊長様がそんな事で良いのかしらぁ?」

 

 一瞬息を飲んだ様な息遣いが聞こえてきたので、間違えではないようね。

 嫌味たっぷりで来られたので、嫌味たっぷりで返してやったわ。いい気味なので、また嫌味で返される前に本題に入ったげる。

 

「…で? 何の用よ」

 

 ダージリンが、本当に軽口程度の要件で、態々電話なんてしてこないでしょうし。

 

『 …まぁいいですわ。ねぇカチューシャ、お気付きなっていて? 』

 

「何がよ」

 

『 相手のフラッグ車、少し様子が…と、言いますか…動きがおかしくありません? 』

 

「ミホーシャ?」

 

『 えぇ 』

 

 …一概に違うとはいない。神社へ上がる辺りから、どうにも動きがぎこちないというか、なんというか…。

 でも、人の予想外の行動するのは相変わらずだし…。

 

『 みほさんのチームの操縦士…冷泉麻子さんでしたわよね? 』

 

「あのちっこいの?」

 

『 貴女に言われたくはないでしょうに… 』

 

「うっさいわねっ!! でっ!? なにっ!?」

 

『 調子でも悪いのでしょうかね? 』

 

「…なによ、そんな事?」

 

 相手の調子なんて知らないし、知ったこっちゃない。試合中どっか損傷したかもしれないし…よくある事じゃない。

 んな事で一々、このカチューシャに電話…。

 

「…」

 

 いや。ダージリンがそんな事を気にするって事、自体が変。あの娘、他人を過大評価も過小評価もしない。

 なんだかんだ…一番最初の大洗としてのミホーシャ、その相手が聖グロリアーナ。夏の全国大会も彼女達の試合をずっと追って見ていたようだし…ある意味で大洗の成長をリアルタイムでずっと見てきた。

 そんな彼女が、態々個人的に私に連絡を取ってきた。杞憂かもしれないし、あくまで憶測。無線を通して全員に聞かせるのも…って感じかしらね?

 

 だって…。

 

「しかたないわねっ」

 

 体を戦車外へと出し、直接目で砂浜を並走する彼女達を見下ろしてみた。

 暗にこちらかも、ミホーシャの動きを確認してほしい…そういった事なんでしょう。確かに少し高台にいる私なら、全体的にその彼女の動きを確認できるからね。

 

 …。

 

「…そうね、貴女が言わんとしている事が、なんとなく理解できたわ」

 

 ぎこちない。

 

 そう言った理由がなんとなく解った。そう…なんとなく。

 下手に双眼鏡なんかで拡大してみるより、視野を広く全体的に見てみる方がはっきりと分かった。

 

「でも…ほぼまっすぐ走ってるから、見ている分には一概にそうだとは言えないわ」

 

 所々建物に視界を遮られるけど、特におかしくない…とは断言できない。

 今もその前を走るダージリン達を追いかけているだけなのだけど…でも…なんでしょうね…。

 たまに動きが引っ掛かると言うか、何と言うか…射線をずらそうと蛇足運転を繰り返してはいるのだけど、これはもう感覚としか言えない。

 追いかけられているダージリン達は、ある意味で一番近くにいる。近距離で見ればその違和感が得に色濃く見えるのだろう。

 

『 …そう 』

 

 後はもうミホーシャ達を誘導し、追いつめるだけ…という所でコレだ。

 

 …薄気味悪くてしかたない。

 

「演技…とも考えられるわよね」

 

『 今のみほさんなら、どんな手も使ってきそうでしょう? 』

 

「は? 今のミホーシャなら?」

 

 どういう事よ。いつも通り、ワケわっかんない事してきそうじゃない。

 

『 小心者の私としましては、戦々恐々と… 』

 

「あ、もうそういうのいいから、どういうこと? 時間がないの。早くして」

 

『 …… 』

 

 誰かさんに似て、軽口が今日はいつもより多いわね。

 やっぱり浮かれてるじゃないって、喉元までその言葉が出かかる。でも、そろそろ目的地に到着しそうだし割愛する。

 めんどうじゃないの。

 

『 試合開始前のみほさん 』

 

「開始前? あぁ、今預かってる娘の事?」

 

 黒森峰の娘よね。だからなによ。

 

『 どうも…いつもの彼女とは違うような…そんな気がしましたわよね? 』

 

「あぁ…まぁ、えらく攻撃的というかなんというか…ちょっと驚いたわ」

 

『 私達の砲手が言うには…どうもアレがみほさんの「本質」…らしいですわ 』

 

「砲手って…あぁ、あのウサミミの事?」

 

『 ウサ…ふふっ。まぁ合ってますわ 』

 

 …本質?

 

『 先にカチューシャが言ったように、一言で言うなれば「攻撃的」。でも彼女…自身の事になると酷く冷淡になると私思いますの 』

 

「……冷淡ねぇ…」

 

『 まぁ戦車搭乗時に限りますけど…言い換えれば冷静とも言えますが、私から言いますと…事、戦車道に関しますとみほんさんは… 』

 

「まどろっこしいわねっ! 結局何が言いたいのよっ! 時間がないって言ってるでしょっ!?」

 

『 …… 』

 

「ダージリン?」

 

 一呼吸置いて、ミホーシャから随分とかけ離れたイメージをダージリンが言葉にした。

 

 

『 冷酷 』

 

 

 本当に何言いたいの、この娘。

 

「…はぁ?」

 

『 やはり彼女も西住流…その根本にあるソレが、今の彼女を彼女と言わしめている 』

 

 ……本格的に意味不明なこと言いだしたわね…。確かにミホーシャが戦車搭乗時、いつもと雰囲気が変わるのは私も見てるわ。

 去年の決勝戦の時は、姉の方が表立っていたから目立ちはしなかったけど…そりゃ当然、彼女も西住流よね? 黒森峰は完璧な統率力と物量。

 でも今の彼女には少なくとも物量はないし、統率力も…まぁ悪くはないけど、完璧には程遠いと思うし…何を今さら。今必要な事はミホーシャの話をする時じゃないわよ。

 もうこの通話切ろうかしら。

 

『 …西住流…その根本ってご存じ? 』

 

 戦車道を履修している者は、一度は調べるでしょ。現状最古にして最大の流派ですもの。

 でもねぇ…なによ、今さらお浚いって訳? こんな時に?

 

 大体、そのミホーシャは相変わらず……ってっ!?

 

 黒森峰…?。

 

 ティーガーⅡがⅣ号戦車の真横に付き、何度か砲撃している。しかしミホーシャは砲撃を返す処か完全に無視。執拗に目の前のダージリン…チャーチルを隙あらば砲撃している。

 …が、そんな事、この場面で基本やらない。黒森峰側からすれば、フラッグ車を目の前にしている状態だから、多少の無茶はできるだろうけど…ミホーシャ側からすれば危険極まりない。

 

 一言で言えば…勝利至上主義。

 

 どんな犠牲を払ってでも、勝利する事。

 

 今のミホーシャのみたく、チームワークとか…一丸になるとかの言葉とは程遠い…要は最後に勝てば良いって流派よね。

 現に今みたく、ティーガーⅡは自身の存続よりもフラッグ車であるⅣ号を刺し違えてでも堕とす…っていうのが目に見えてるけど…ただ…今のミホーシャは違う…なんだろう。

 何か…執念地味て見える…。

 

 いつの間にか、それなりにチャーチルとの距離を詰め始めていた。その現状でほぼ真横のティーガーⅡをほぼ無視したかの様な形で、執拗に前方のダージリン達を砲撃している。

 もちろんティーガーⅡの動きに注意しているのも分かるのだけど…。

 

「なによ。つまりミホーシャが怖いっての? 泣き言を言う為に態々電話してきたのかしら。なっさけないわねっ」

 

『 正直申しますと、このまま目的地に進むだけの状況…特にする事、ございませんの 』

 

 

 

 

 

「暇つぶしで試合中に電話してくんじゃないわよっ!!!」

 

 

 

 

 

 私の声が聞こえたのか……後ろから「ごもっともですね」って、突っ込みが聞こえたわよ…。

 

「もういいっ! 切るわっ!!」

 

『 いつもと動きが微妙に違う彼女 』

 

 私の声を無視して、突然真面目な声に戻り、当然負ける気は毛頭無いと頭につけて呟く様に言続けた。

 

『 みほさん、今は邪道の西住流とか言われてましてね? それは言い換えれば新しい西住流。私のみほさんへの印象…それを軸に考えますと… 』

 

『 「勝利」の為に、仲間と一丸になって、なりふり構わず、どんな手でも使う 』

 

 …。

 

 どんな手…と言うのがすっごく引っ掛かった。

 確かにミホーシャの発案する作戦とやらに準決勝で目の当たりにした。狡猾でもあり…かといって突然信じられない程、大胆でもあり…。

 

『 加えて…ほら。私達、サプライズとして半場騙すような形で、隆史さん引き抜いてますわよね? 』

 

「……だっ…だからなによ!」

 

『 いやね? みほさんちょ~…と、オコだったかしらぁ~って… 』

 

 オコってなによ、オコって。貴女段々おかしくなってない?

 そもそも確かにそんな形になっちゃったけど…ミホーシャは特に何も言ってなかったじゃない。

 むしろ仕方がない…てな感じで、許してもらったわよね…。

 

『 そんな状況で後ろを取られているのは…少々、恐怖を感じますわ 』

 

 ……。

 

 思わず視線を下に戻すと…今度は何かハッチから体をだして、黒森峰の娘となんか睨み合ってるし…。

 …あ、いや、オカシイ。あの娘、そういうタイプじゃないわ。

 挑発にも乗りそうもない程、試合中は冷静になるタイプ。今日の彼女は…試合前から色々といつもと違う…。

 

『 カチューシャ 』

 

「なによ…」

 

『 私、この状況が楽しくも感じますの 』

 

 楽しい? …若干、ミホーシャがこわ…怖くないっ!! ちょっと不気味に感じて来ただけだけどっ!!

 ソレを提示して来たダージリンが、急に真反対みたいな事を言った。

 

『 残念ながら大洗学園との試合はもう…私には無理でしょうね 』

 

「ダージリン?」

 

『 今のみほさんと、本当に本気で試合をしてみたいと… 』

 

 

 

 

 〈 ザッ…… 〉

 

 

 

 

 ダージリンの声を無線の雑音が邪魔をした。

 

 彼女が何を言わんとしているか、解りかけた所で…「邪魔」が入る。

 

 テント側からの無線は、基本緊急事態以外は禁止されている。それはタカーシャも当然解っているはずだ。

 

 

 

 〈 ザザッ… 〉

 

 

 

『 えっ…… 』

 

 

 ダージリンから小さく声が漏れた。

 どやら彼女達にもその「邪魔」が入ったようだ。

 

 

 無線から流れてきた「 邪 魔 」が。

 

 

 




はい閲覧ありがとうございました。

PINKも書かな…


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