カズマとめぐみんをいちゃいちゃさせる小説 (リルシュ)
しおりを挟む

この初々しい爆裂デートに応援を!

------------------------------

 

「エクスプロージョンッッッ!!!」

 

もはや毎日聞かないと違和感を感じてしまうぐらいには慣れ親しんだめぐみんの必殺…もとい唯一の魔法を叫ぶ声。

ドカンっという爆裂音の直後に感じる肌をなでる暴風は、目を見開いているのも困難なほどであった。

 

「う~ん?」

 

爆裂ソムリエの称号を頂戴した俺から言わせてもらうと、今日の魔法は彼女には悪いが今一つといったところだ。

威勢がよかったのは叫び声だけで、目標であった大岩も完全には破壊しきれていないし骨身にズシンとくる振動も物足りないし爆裂する瞬間の光加減もなんだか暗かった。

 

「…どうでしたか。カズマ」

 

それは本人も自覚していることらしく、パタリと魔力切れで倒れこんだめぐみんはいつもより数段覇気のない声を出す。

 

「30点といったところだな」

 

「うぐっ!しかし妥当なところですね…」

 

何かあったのか?

彼女の今までの人生ほぼ全てをかけてきたといっても過言ではないはずの爆裂魔法なのに。

ここまで低い点数を出したのは、俺が覚えている限りでは初の出来事だ。

 

「めぐみん?腹でも痛いのか?」

 

「我が爆裂魔法の威力は腹痛程度では下がりません」

 

地面にうつぶせになりながらふごふごと言われても説得力はないが、もちろんそんなことは知っている。

 

「そうだよな。お前は腹が痛くてもトイレに駆け込むより爆裂魔法を撃ちながら漏らすことを選ぶようなやつだもんな」

 

「おい。私をなんだと思っているのか話してもらおうじゃないか」

 

「トイレには行かないと豪語していた紅魔族」

 

「いっ、いつの話を引っ張り出してきているんですか!しかも女の子にむかって漏らしながらとかホントに最低ですねこの男は!」

 

どうやらトイレに行かない設定の維持は諦めたらしい。

うつぶせのままで、帽子と髪の間からちょびっと覗いてる耳まで真っ赤にしながら弱々しく足をパタパタさせるめぐみん。

…そういえば心なしか前より髪が伸びている気がする。

 

「そんな最低男を好きになっちゃうめぐみんも相当物好きだぞ」

 

「そうですよ。私は物好きなんです。カズマを好きになるなんて私ぐらいなんですから、もっと優しくしてください」

 

からかうつもりで彼女をおんぶするべく近くにかがみこんだ俺は、遠慮のない大胆な発言にビクリと固まる。

コイツの突然こういうドキッとさせる発言はまだまだ慣れそうにない。

ダクネスは?とか野暮なツッコミも今日はしない。

 

「そ、そうか」

 

「はい。おんぶ係のカズマ」

 

「誰がおんぶ係だ」

 

とか言いつつも二人しかいないので仕方なくおぶってやるが。

手慣れた動きでめぐみんを背負い、その温かさを背中で感じながら俺は本題であった今日の爆裂魔法の出来栄えについて再度尋ねてみた。

 

「それにしても今日の爆裂魔法はどうしたんだよ?正直俺はがっかりした」

 

「うっ…それは…」

 

ぎゅっと首に回されている腕に力を込められて、おい苦しいと抗議を上げようとしたが

 

「久々にカズマと二人っきりの一日一爆裂でしたから…ちょっと緊張して」

 

そんな弱々しい告白に、俺は思考回路どころか足まで止まってしまった。

あれヤバい。

すげー胸がドキドキしてなんかもう胸が苦しいんですけど俺の胸ヤバいんですけど!!!

今日はいつもより遠くの人気のない山奥までわざわざ来ていて、聞こえるのは俺の馬鹿みたいにバクバク高鳴る心音以外は微かなめぐみんの吐息と、風が織りなす環境音だけで…

おぉーよく見たら今日は素晴らしい天気だな。

なんてそんなこと考えてる場合ではない。

 

「お、お前が緊張なんかで俺より大大大好きな爆裂魔法を撃ち損ねるなんてことがあるかよ。今度は一体何を企んでるんだ」

 

「企んでなんてないです。それに私は爆裂魔法よりカズマの方が好きですよ」

 

情けなく緊張で上擦った声を出す俺とは裏腹に、めぐみんは堂々とそう言い放った。

もうやめてくださいそんなたまらんこと言われたら、お前が命名した俺の下半身のエクスカリバーが火を噴くよ?

こんな昼間っから猛威をふるっちゃうよ???

 

「…たぶん…カズマの方が…若干…わずかに…好き…かもしれないです」

 

「そうかよく言ってくれた俺も目が覚めた」

 

まったく…コイツはいつもこうだ。

期待だけさせるだけさせやがって、肝心なところでスタコラさっさと逃げていく。

振り回される俺の身にもなれってんだ。

 

「ところでこの後時間あいてますか?」

 

「あいていません。俺は家に帰ってベッドという名の最高の親友とハグをして一日過ごすのです」

 

「ヒマということですね。ならよかった」

 

何もよくないのだが。

背負っているめぐみんの方に振り返りながら、文句を言って足の動きを再開させようとした俺の耳元にふっと温かい吐息がかかり

 

 

 

 

 

「今日は私とデートしてください」

 

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

 

めぐみんにデートです今度こそデートと言われ、仕方なくドレインタッチによる魔力補給によって自力で歩けるぐらいまで彼女を回復させた後、そういえば毎回これ使えば俺がおんぶする必要ないなと言って、隣を歩くめぐみんに意味深なジト目で睨まれながら到着したアクセルの広場にて。

そのジト目に込められている意味を、鈍感系主人公ではない俺がもちろん理解しながら第一声をあげた。

 

「なぁお前俺に襲われたいの?それとも野外の方が興奮する性癖でももってるの?」

 

「なっ!何言ってるんですかこのバカズマ!私たちはまだ仲間以上恋人未満の関係なんですよ!?そういうことはもっとゆっくりじっくり関係を深めてからですね…」

 

バカズマってまた変な呼び名を付けやがったなコイツ。

そんで関係が進めば野外プレイOKなのかそうなんですねだって否定しなかったもん覚えとこ。

 

「だったら俺をあまりドキドキさせるんじゃない。いいか。俺だってなぁお前のことが好きなんだ、好きな女の子にそんな嬉しいこと言われまくったら、いくら屈強な鋼の精神をもつ俺でも…」

 

めぐみんがこちらをポカンと見つめながら頬を染めつつ口をパクパクさせているのを見て、俺も自分が何を口走っているのか自覚し頬が熱くなるのを感じた。

 

「「……………」」

 

あまり人気のない広場に備え付けられたベンチに腰掛けながら、モジモジと手をこすり合わせるお顔まっかっかのめぐみんが隣に座ってるのを、たぶん同じぐらいまっかっかになってる俺はチラチラと盗み見ていた。

というかなんだこれもうカズマさんは甘酸っぱいなんとも言えない心地よい感覚に包まれて安楽死してしまいそうです大変です。

 

「「あ、あの…あっ…」」

 

意を決し声をかけようとすればお約束のハモリイベントを発生させてしまい、あれこれ実際にやると最高に気まずいなとどこかずれた感想を抱く俺に、めぐみんが先手をとった。

 

「カズマがそんなにはっきり好きなんて言ってくれたの…は、初めてですよね?…あ、ありがとうございます…とっても嬉しい…です」

 

最後の方は消え入りそうな声でボソボソと告げる彼女に、胸の高鳴りが抑えきれない俺はもう認めるしかなかった。

あぁ…やっぱり俺コイツのこと、異性として好きなんだな。って。

 

「お、おう…そうか」

 

「…もう。なんですかそれ。もっと気の利いた返しできないんですか?ま、そんなヘタレでだらしなくてかっこつかないところも好きですけどね」

 

「なんだとコラ」

 

おそらくは場の空気をもとに戻すために言って、ニヤリとしためぐみんの頭を帽子ごしにわしゃわしゃといじってやり

 

「そういえばめぐみん髪伸ばしてんの?」

 

とさりげなく聞いてみる。

 

「そうですよ。伸ばしてます」

 

にっこりとほほ笑む彼女に俺は

 

「ふーん。でもめぐみんは髪あんまり長くしない方がいいと思うけどな」

 

そうだ。

わざわざ伸ばすことなんかない。そのままのめぐみんが俺は…

 

「カズマ」

 

…あれ?

なんかひどく冷たい声が聞こえたんですけど?

あれれ?

ここはありがとうと言って照れてうつむくめぐみんを、俺が優しくハグするドキがムネムネなイベントが発生するシーンじゃな…

あら?あらら?爛々と紅い瞳を輝かせためぐみんがあれちょっと待ってそれシャレにならない

 

「ぎゃぁあぁあぁあぁぁああ!!!」

 

「このっ…!私がどんな想いで髪伸ばしてるのか知った上でのその感想なんですか!?こっの…!」

 

「いだいいだいいだいいだい!もちろん知ってますめぐみんが俺の好きなタイプ聞いてきた時からなんとなく察してましたなにせ俺は鈍感系主人公ではないので最近甘やかしてくれることも増えてるのだってちゃんと分かってたしでもめぐみんは短い方が似合うと思うしおっぱいはどうにもならないと思ってあっ痛いですいたいいたいいたたたあぁぁぁぁ!!!!!」

 

その日、自分よりも筋力のステータスが高いアークウィザードが放った渾身のアイアンクローを受けて、街中に一人転がされた俺にまた一つ不評が増えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この激しい嫉妬に安心を!

カズマくんにも嫉妬させてみようとしたお話。
そしてこのすば風のタイトルの付け方がめっちゃムズイことに今更気づきました。
時系列的には「この初々しい爆裂デートに応援を!」の後になります。


イライライライラ…

もうすでに住み慣れた屋敷の中。

火もついてない暖炉をじっと見ながらその前のソファーにどっかりと陣取り、俺は激しい貧乏ゆすりをしていた。

 

「どうしたのカズマさん?そんなに鼻の穴を膨らませたり縮ませたり荒い息遣いでせわしなく脚を動かして…ハッ!とうとうこのアクア様の魅力に充てられて我慢の限界が…!」

 

「それだけは絶対にないから安心してくれ」

 

なによー年中発情期のくせにとかとんでもないことを口走りながらソファーを揺らしてくる駄女神と俺を交互に見ながら、ダクネスが眉をひそめて言った。

 

「心配するなカズマ。めぐみんならちょっと他のパーティーのお手伝いに行っただけじゃないか。あの娘は一途だしカズマみたいにだらしなく他の異性にフラフラ流されたりなどしない」

 

「なぁお前俺を傷つけたいの?ドMで変態のくせに他人を傷つけるの?」

 

「っ!ぅくっ…違う。それに私は真実を言ったまでだ」

 

「ちょっと興奮してんじゃねぇ」

 

「していない」

 

だいたいなんでめぐみんなんだ。

他の優秀な魔法使い職などいくらでもいるだろうが。

 

「爆裂魔法が使える人がパーティーに欲しいなんて怪しさしかない言葉にホイホイついて行きやがって…だいたいこの街で『爆裂魔法使える人募集してます。一人で来てください。』なんて張り紙アイツ個人に声かけてるようなもんだろ。まぁウィズも使えるけどさ。それがまず気にくわねぇ。詳しいことは当日話しますなんて書いてあった備考欄も塗りつぶしてやりたくなるほど不愉快だ。そもそも一人でってなんだよ!俺らは邪魔だってかぁ!?あぁん!?めぐみんをパーティーに誘いたいなら堂々とこの屋敷に…」

 

「カズマは本当にめぐみんが好きなのだな」

 

「っ…」

 

徐々にヒートアップしていってた俺は、そうちょっと寂しそうにダクネスに言われズキリと胸が痛んだ。

だが、振った相手がむやみに優しい言葉をかけても余計に傷つけるだけだろう。

俺はその辺には理解があるつもりだ。…たぶん!

 

「しかしちょっと前までここまで嫉妬するようなお前を見たことなどなかったはずなのだが…もしやこの数日で何か進展でもあったのか?」

 

「何もないです」

 

「そ、そうか」

 

きっぱりと言い放った俺の言葉に嘘はないと信じたのか、ダクネスは苦笑いを浮かべながら引き下がっていった。

 

でも…だとしたらなんでだ?

なんでこんなにもモヤモヤとした悪魔が好みそうな嫌な気分になるんだ。

ついこの間までめぐみんがちょこっと留守にするぐらいなんでもなかったのに。

俺が彼女に寄せる好意がどんどん膨れ上がってとうとう独占欲を発現させてしまったのだろうか。

先日デートしましょうと言われ結局またそれらしいことは何もできずに終わったから欲求不満なのか俺は?

 

「やっぱりあるかも」

 

「どっちなんだ貴様は!」

 

座りかけた腰をビシっと立たせてダクネスが俺に指を突き付ける。

 

「それにしても、めぐみんはなーんでこんなに冴えないヒキニートのことなんて好きになっちゃったのかしら?あの子の男を見る目は最悪ね」

 

「女を見る目がある俺に言わせてもらうと、お前も人のこと言えない最底辺だぞ」

 

「なんですってぇ!?あんたの女を見る目っていうのはスケベな意味でってことでしょ!ちょっとエロい身体した女の人がいれば、めぐみんが隣にいようと食い入るように見つめるくせに!」

 

「それは男の本能だ。男という種族を作ったやつに文句を言え」

 

「開き直ったわねこのクソニート!めぐみんに言いつけてやる!」

 

「おぉー言ってみろや。お前らは気づいていないのかもしれんが俺はめぐみんの身体も舐めまわすようにジロジロ見てる。何も問題ない。そしてもうニートじゃないと何回言えば鳥頭のお前にも理解できるんだ?」

 

「最低!最低よこんな男!」

 

ずかずかと俺の目の前に回り込んできて腕をまくりはじめる鬱陶しいアクアからぷいと視線を逸らしダクネスを見ると、どうしたものかとオロオロするばかりで

 

 

 

「めぐみんもきっとあんたみたいな最低男にとうとう愛想つかして出て行っちゃったに違いないわ!」

 

 

 

その言葉にピクリと俺の貧乏ゆすりが止まりダクネスも時を止められたかのように停止した。

 

「ちょっと俺行ってくる」

 

ガバッと立ち上がり、

 

「大体あんたは…って、は?どこに?」

 

「めぐみんとこ」

 

今の俺には洒落になってないアクアの一言が何度も胸中で響いて、ズシンと身体が芯から重くなるような感覚を振り払い全速力で屋敷を飛び出した。

くそっ!一体俺はどうしちまったんだ?

めぐみんだってこの世界の基準で言えばもういい大人なんだ。

少しは信頼してやるべきだろう?

そうは思っても俺の足は勝手に動く。

 

くそっ!くそっ!

普段自分は浮気まがいなことばかりしてるくせに、気になる女の子がちょっと手元を離れたってだけでこれかよ!

最低だな俺!

カスマとかクズマとか言われてもしょうがねぇなぁぁぁぁ!!!!!

 

気が付くと俺はうぉぉぉぉぉぉ!!!と大声で叫んでいた。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

「…ど、どうするのだアクア。アイツ放っておいて大丈夫なのか?なにかやらかさないか?」

 

あっという間に屋敷を飛び出し、何やら大声で叫んでいるカズマの後ろ姿をポカンと眺める自称女神に私はチラリと視線を送る。

 

「どうって…わ、悪いのはカズマだし!」

 

「確かにさっきの言い合いでもお前以上に最低な発言をしていたが」

 

「ふんっ!少しはめぐみんがいつも味わってる嫌な気分をたっぷり堪能して反省すればいいのよ!」

 

そう言ってごろりと先ほどまでカズマが座っていたソファーに寝っ転がりながらぶつぶつと文句を言うアクアを見て、彼女は彼女なりに仲間のことをしっかり見ていたのだなと微笑ましくなった。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

「なにやってんだ俺…」

 

手がかりもあてもなく屋敷を飛び出した俺は、ぼけーっとこの前めぐみんからアイアンクローを食らった広場に突っ立っていた。

そろそろ日が沈むのではないかと思われる夕焼け時。

ゲームみたいな世界なのにゲームのように偶然ばったり街中で探し人に遭遇するなんてイベントは起こらず、無駄にそこそこ広いアクセルの街を走り回ってしまった。

というか…

 

「爆裂魔法使うのに街中にいるわけないじゃん」

 

がっくりとベンチに腰を落として深くため息をつき頭を垂れる。

あ、いやでもアイツならやりかねないかと自己完結し一人苦笑した。

日に日にめぐみんの存在が俺の中で大きくなっていることを自覚してはいたが、まさかこれほどまでとは。

会いたい。とてつもなく会いたい。

 

「…帰るか」

 

大丈夫。

めぐみんのことだ。

何事もなかったかのようにひょっこり帰ってきて、さぞや派手にぶちかましてきたであろう爆裂魔法の出来栄えを事細かに語ってくれるに違いない。

俺が心配しすぎなだけなのだ。

家に帰って堂々と待っていようじゃないか。

 

「こんなところで1人何やってるんですかカズマ?」

 

ビクリっ!

…え?うそん!こんなことってあるか!?

今一番聞きたかった声がすぐ目の前から聞こえてきて、伏せっていた顔をおそるおそる上げると…

 

「私は今から帰るつもりなのですが、一緒に行きますか?」

 

困惑と嬉しさを足して二で割ったような表情を浮かべ、こちらに手を差し伸べるめぐみんがそこにいた。

とんでもない素敵イベントを引き起こしてくれた自分の強運に俺は心の底から感謝した。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

「「……………」」

 

あれなんで?

なんでちょっと気まずい感じになりながら帰路についてるの俺たちは?

いつもならここでどちらかが声をかけ、とりとめもないけれどどこか自然体で心地よくそれでいてちょっとドキドキするような甘酸っぱい会話が繰り広げられるはずなのだが!

 

「じっー……」

 

めぐみんはじとーっと遠慮するでもなくコチラをガン見してるし。

てゆうか…ちょ、やめてくれ!一度見られてると意識すると緊張して変な汗が出てくる!

 

「何かあったのですかカズマ?今日のカズマはいつにも増して挙動不審ですよ」

 

いつにも増してとはどういうことだと小一時間ほど問い詰めたいが、俺が心配していたという本音を知られるのはなんか…恥ずかしく感じる。

ましてやめぐみんが他のパーティーと行動してたから嫉妬してましたなんて言えるはずがない。

 

「な、なんでもないぞ。そう。マジでなんでもない。なんだか突然夕日を浴びながら大声出してマラソンしたくなったからここまで走ってきた。それだけだ」

 

「そうですか。相変わらずのようで何よりです」

 

なんだろう。

コイツはホントに俺のこと好きなのだろうか。

 

「ところでお前、今日爆裂魔法撃ちに行ったんじゃないのか?なんでそんな元気なの?」

 

「いいえ。パーティーに誘ってきたのがくだらない理由だったので断って適当に街をブラブラしてました」

 

めぐみんのその一言に、何か胸の中のつっかえが取れたようなスッキリしたような気がした。

そうか…じゃー俺の代わりに誰かがコイツをおんぶしたりなんてこともしなかったわけだ。

よかったよかった。

 

「はぁぁぁぁ…ったく、俺はお前がよからぬ男にパーティーに誘われて何かされてないかと思ってだな…」

 

「ほほぅ…もしかしてカズマ、私のことが心配で嫉妬して屋敷を飛び出してきてくれたんですか?」

 

ぎくっ!

慌てて口を抑えるがもう手遅れだった。

クスクスと何度も俺を惑わせてきたあの微笑を浮かべながら、めぐみんがくるりと横から顔を覗き込んできて

 

「大丈夫ですよカズマ。カズマ以外の男に恋愛感情を抱くなんてありえません。それに、誘ってきた人達のパーティーには女性の魔法使い職しかいませんでしたし。安心しましたか?」

 

だからお前はそういう直球な好意をだな…!

いや嬉しいですよ?嬉しいけど、もうどうしたらいいか分からなくなるんだよ!

ついこの間めぐみんを異性として純粋に好きになったという事に気づいた俺としては!

はあぁ~ムズムズするぅ!!!

 

「わ、悪かったな!お前のこと信用しきれてなくて!あぁ安心したよ!めぐみんの気持ちがもう一回聞けてすげー嬉しいし安心したよ!」

 

でも、そんな感覚も悪くないどころか、めぐみんが無事だったと分かっただけで俺は本当に心の底から安堵していた。

 

「いいえ。私こそ、カズマに妬かせてしまってごめんなさい。これからは片時も離れず常に傍に寄り添っていますので!」

 

今までに見た笑顔の中でも1,2を争うぐらい嬉しそうな素敵な表情を浮かべながら、彼女はギューっと腕を絡ませてきた。

そりゃーもう俺の貧弱な腕なんて潰れちまうほどに。

 

「へっ!?ちょちょちょ!おまっ!常にって…!」

 

「さ!帰りましょう!今日の私はとっても気分がいいのです!」

 

「わ、わかった!わかったから腕を引っ張るなって!俺が自分より年下の小柄な女の子に引き摺られてるところを公衆の場でさらさないでくれぇ~!!!」

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

「ところでさ、めぐみんがパーティーに誘われた理由って結局なんだったんだよ?」

 

その後、ひどく上機嫌なめぐみんに結局腕をホールドされたまま帰路についていたのだが…

 

「爆裂魔法で浮気した男の家を破壊してほしいとのことでした」

 

「は?」

 

え、なにそれこわい。

 

「そのぐらい自分の魔法で復讐してくださいと言ってやりましたよ。えぇ、浮気するような人は自分の魔法で痛い目に合わせてやれ…と」

 

そう言って歩く足が震えだしてきた俺に、にっこりと先ほどよりも何か意味深な笑顔を向けてきためぐみん。

俺は引きつった笑い顔でうんうんと賛同し…

 

 

 

その翌日、持っていた例のサキュバスさん達のお店の割引券を他言無用ということですべてダストに押し付けて、俺はどこかの駄女神がうらやむぐらいの神扱いをされていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

好きの意味を教えてください

このすば風のタイトル付けは諦めました\(^o^)/
時系列は前話「この激しい嫉妬に安心を!」(https://syosetu.org/novel/145272/2.html)
の後になります。


「おいどうしためぐみん。なに不貞腐れてるんだよ?」

 

先ほど俺とこいつの二人で朝の日用品の買い出しを済ませ、屋敷に帰ってきたのだが…

がちゃりと玄関を閉めた瞬間、背後から視線を感じ振り返ってみれば、むすっと頬を膨らませたそれはもうご機嫌斜めと誰が見ても分かるめぐみんが、こちらをジロリと睨んでいたのだ。

 

「今日は楽しかったですね?カズマっ!」

 

紅いジト目を鈍く輝かせたまま、乱暴にそう言う全然楽しそうじゃないめぐみんの様子に眉をしかめる。

 

「…俺、なんかした?」

 

「いえ!なんにもしませんでしたよっ!」

 

あぁ、分かった今ので確信した。

めぐみんは買い出しの時何かしてほしかったらしい。

原因の見当がつきほっとした俺は、そのまま彼女に背を向け荷物をよっこらせと床に置く。

何かめぼしいマァジィックアイテェムでも見つけたのかもしれないな。

 

「カズマ。今日は二人っきりだったじゃないですか」

 

「あぁ、うん」

 

ええっとアレはこっちで…これはどこにしまおうか。

あぁったく!トイレの洗剤にこだわりすぎなんだよあの駄女神は!

なんで複数種類の洗剤買って自家製ハイブリッド作ってんだよ!

もう浄化魔法でいいだろうがっ!てゆうかうっかり触れて浄化しちまえ。

よし決めた、今日一日はトイレの女神と呼んでやろう。

異論は受け付けない。

 

「ちょっと!聞いてます!?」

 

「聞いてるよ。それで、何が欲しかったんだ?」

 

アクア依頼の洗剤をポイポイと机に投げ捨て、買い忘れがないか今一度メモ用紙を懐から取り出し目を細めながらチェックする俺の背後からめぐみんの怒気を含んだ声が聞こえたが、話ならこのままでも聞けるから大丈夫だろう。

ダクネスが絶対忘れずに買ってきてくれと頼んできた、何に使うのか知りたくもない「対人用ろうそく」なんて物騒な名前のアイテムを取り出し深いため息を吐く。

 

そして…

 

ツカツカと明らかに普段より足音を荒げさせためぐみんが背後から近づいてくるのを感じ、ここまで来てようやく俺は彼女が割と本気で不満を抱いていることに気がついた。

 

「欲しいもの…?違いますよ!全然違います!そういうことではないのです!」

 

流石にこのまま背を向け続ける度胸もなく恐る恐る振り返ると、そこにはギリギリと歯ぎしりをし瞳どころか頬まで真っ赤にした、予想をはるかに上回る不機嫌顔のめぐみんが降臨なさっていた。

 

「え…えっとぉ…な、何か買い忘れたとか、めぼしいものを見つけたとかじゃ…ないの?」

 

いかん。

俺はそんなに彼女の逆鱗にふれるようなことをしてしまったのか?

あ、いや、何もしてないって言われたんだっけ。

オロオロと視線を泳がせる俺とはうってかわってジロリとこちらの顔をガン見するめぐみんに思わず後ずさる。

 

「だから違います!確かに日用品の買い出しは生活に欠かすことのできない大事な用事ですけど、ほら…あの…さっきも言いましたけど、今日の当番は…わ、私たち二人っきり…だったじゃないですか」

 

「へ?」

 

突然言葉尻が弱くなりモジモジとしだしためぐみんの言わんとすることが今度こそ分かって、俺は安堵からほっと胸をなでおろした。

 

「なんだ…そういうことか」

 

「な、なんだとはなんですか!いいじゃないですか!私はこれでも今日の買い出しを少し楽しみにしていたんですよ!?」

 

めぐみんはぶんぶんと両手を振りながら小さな身体で目いっぱい不満をあらわにする。

 

「いや確かに、そういえばまたとない絶好のデートチャンスだったな」

 

うんうんと腕を組みながら冷静にそう呟く俺に、めぐみんがずいずいと歩み寄…って顔が近い!

 

「なんでそんなに冷めてるんですか!カズマは悔しくなかったんですか!?」

 

「く、悔しいって何がだよ?」

 

視界いっぱいに広がる彼女の端麗な顔に、勝手にドキドキと高鳴り始める男の性が恨めしい。

 

「今日!アクセルの街に新しくできたというお店に行ったとき、店員に言われたことです!」

 

「えっと…なんだっけ?」

 

たらりと頬を一筋の汗が流れるのを感じながら、めぐみんがぐっと口を引き締め心底悔しそうに吐き捨てるように言った言葉を聞く。

 

「兄妹で仲がいいですね…と」

 

「あ」

 

そうだ。確かに言われた。

自分で言うのもなんだが、今や俺たちのパーティーはここアクセルでは良い意味でも悪い意味でもちょっとした有名人集団と化している。

新しくできたお店で店員の人もおそらくこの街には来たばかりだったのだろうから、俺達の関係を知らなくても無理はないのだが…

 

「しかもその後カズマ、自分でなんて言ったか覚えてます?『ははっ、そう見えますか?』って…なんでちょっと嬉しそうだったんですか!」

 

「いやあれはその…仲良さそうに見えたんだなぁって思って嬉しくなってつい…」

 

しどろもどろになりながら必死の言い訳をする俺は、次のめぐみんの言葉に完全に思考が停止した。

 

 

 

「カズマが私に言ってくれた好きって言葉…どういう意味だったんですか?」

 

 

 

プルプルと身体ごと声を震わせながら、今にも泣きだしそうに表情を歪ませた今まで見たこともないめぐみんの様子に何も言えなくなってしまう。

 

「友達としてとか…兄妹愛みたいなものだったんですか?」

 

不安そうな上目遣いで潤ませた瞳からはすぐにでも涙がこぼれそうで、流石の俺もこれはマズいと脳内で鳴り響くアラーム音に胸が痛くなり急いで誤解を解こうと…

 

「カズマさーん!めぐみーん!もう帰ってきたんでしょ?私ね!すごいこと思いついちゃって!」

 

「カ、カズマ!めぐみん!頼む!私の力だけでは止められなはぅぅぅぅぅ!!!」

 

あっと口を開きかけたところで廊下の奥からいつものようにドタバタと騒がしいアクアとダクネスの声が聞こえ…

いつもの雰囲気とはかけ離れてる俺たちの目の前に姿を現した。

 

「とりあえず、話だけでもきいてみましょう。カズマ」

 

やれやれと背を向け二人の方に振り向くめぐみんが瞳を拭ったのを俺は見逃さない。

 

「あ、あぁ…」

 

そんなめぐみんを見てなお、気の利いた返事をできない自分自身に、久々に本気で怒りという感情を覚えていた。

 

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

 

あぁ…やってしまった。

背後からひしひしと感じるカズマの視線。

その部分だけ焼けたように熱くなるのを感じる。

彼から視線を向けられるのは喜ばしいことのはずなのに…

 

「だぁ~かぁ~らぁ~!私の考えに穴は…」

 

「そもそもアクアが言ってることは根本的な部分から破綻しているんだ!」

 

目の前でアクアとダクネスが何か言ってるが、申し訳ないけど今の私の耳は右から左に受け流してしまっていた。

カズマにめんどくさい女だと思われてしまっただろうか。

ただの日用品の買い出しでデート気分になってた私がおかしいのだろうか。

 

でも…

私は許せなかった。

カズマと兄妹という関係に見られてることに。

 

「すいません。話を聞くと言っておいてアレなのですが、私、ちょっと疲れてるみたいです。部屋に行って休んでていいですか?」

 

ふらふらとした足取りで3人の返事を聞かず、自身に割り当てられた部屋へと歩き出す。

背後からカズマの声が聞こえた気がしたけど、私の足は止まらなかった。

それでもぼっーとしながら彼のことを考えてただただ足を動かしていたら、目の前にはもう自分が慣れ親しんだベッドがあって…

私は着の身着のままそこに身を投げ出した。

 

カズマは本当に私のこと、異性として見てくれてるんでしょうか…

 

『俺もめぐみんのことが好きだと思う!』

『お、おいめぐみん、大変だ!俺、本当にお前のことが好きかもしれん!』

『俺だってなぁ、お前のことが好きなんだ』

 

今まで何度かカズマの口から直接聞いた、私に好意を寄せていると思われるセリフを思い出し口元がにやけてしまうのは、きっともう骨の髄まであの男に惚れこんでしまっているからなのだろう。

でも…あれは本当に…

そう思う一方、異性として意識していなければあんな発言や言動はとらないだろうと思い当たることも多く、心が一喜一憂するのがはっきりと分かってしまった。

 

「カズマ…」

 

名前を口に出してみればキュゥと胸が締め付けられるような、それでいてちっとも不快ではない安心感をもたらしてくれる。

私の最愛の…

 

「よし。謝りましょう」

 

次に顔を合わせたら、私から頭を下げよう。

彼とこれ以上気まずい感じには絶対なりたくない。

今日の件は考えすぎだったのだ。

それに私たちはまだ仲間以上恋人未満という中途半端な関係。

デートっぽくなかったからと言って私に怒る権利は実のところ無いのだから。

布団からむくりと上半身を起こした私は、お昼ご飯に遅れないようみんなのもとへ戻ろうとし…

 

コンコン

 

部屋の扉を叩くノック音でピクリと動きを止めた。

 

「あの…俺だけど。めぐみん。今、入っていいか?」

 

「え!あ、ちょ」

 

ぶわっと頬に広がる熱気を感じ、さして乱れていない髪の毛を慌ててわしゃわしゃと整えてから、ベッドの上に座ったままピンと背筋を伸ばし、私はゴホンと一つ咳払い。

 

「い、いいですよ」

 

「お、おう」

 

ガチャリと

恐る恐る遠慮がちに入ってきたカズマがらしくなくて、でもそんな彼の様子に緊張してしまう自分がいて…

トクントクンと、胸が高鳴り音を奏で始めた。

 

「えっとだな…アクアとダクネスに様子を見て来いって言われて…そんでさっきは本当に悪かった」

 

入室早々ベッド脇に来て深々と頭を下げて謝るカズマにはっと我に返った私は、慌てて首をぶんぶんと横に振る。

さっき私から頭を下げようと思っていたのになんという不意打ちだ。

 

「カ、カズマが悪いわけではないですよ!私こそ、意識しすぎていたというか…ですね」

 

言ってるうちに頬がどんどん熱を帯びてきて、無意識のうちに引っ張り上げていた掛け布団で顔を半分ほど隠しながら、チラチラとカズマを盗み見る。

下げた頭こそもとに戻してくれたものの、本当に申し訳なさそうな表情は崩れていなかった。

 

「いや、俺こそ全然気づいてやれなくて…」

 

「いえ!ですから私こそ…」

 

だけどお互いにペコペコ頭を下げるその絵がなんだか実に私達らしくなくて…

 

「「………ぷっ」」

 

吹き出したのはほぼ同時だった。

 

「あはは!もういいんですよカズマ。私たちはまだ仲間以上恋人未満の関係。デートっぽくなかったからと言って怒る権利は私にはないのですから」

 

ほぅと胸のつっかえがとれスッキリとした私は、きっと晴れやかな笑顔を彼に見せられていることだろう。

そうだ。イチャイチャしまくるデートは本当の恋人に昇格してからたっぷりすればいい。

 

「……………」

 

だがそんな私の笑顔を見ても、カズマの顔はなんだかまだ硬さが残るままで

 

「ふぅ…はぁ…よし」

 

パァン!

 

「え!ちょっと!?何してるんですかカズマ!?」

 

いきなり自分の両頬を挟むように叩いたカズマは、今まで見たこともないような真剣な表情だった

 

「めぐみん。俺と正式な恋人になってくれ。俺が言った好きって言葉はそういう意味だ」

 

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

 

ぎゃぁぁぁぁぁ言っちまった言っちまった!!!

覚悟を決めたつもりだがこれ緊張するってレベルじゃねぇぞ!

心臓が爆発しそうだよ!

仲間以上恋人未満とか中途半端なこと言うなよとか思ってごめんなめぐみん!

お前は大物だ!

 

なんて心の中で今の発言の恥ずかしさを打ち消すように言い訳する俺の目の前で、何を言われたのか脳の処理が追い付いていないのか、めぐみんはあんぐりと口を開けたまま瞳の輝きだけを徐々に増しつつじーっとこちらを見ていた。

…え?もしかしてこれ、もう一度言わないとお話が進まない感じですかね!?

 

「あの…だからめぐみん…俺と…」

 

自分でも情けないぐらい震えて枯れかけているボソボソとした声を精一杯ひねり出し始めた俺に、突然めぐみんががばっとベッドから跳ね起きて…

そのまま俺にダイブするかの如く猛烈に抱き着いてきた。

 

「聞こえています!断るわけないじゃないですか!」

 

ぎゅぅぅぅとそれはもうウルトラディープなハグで背中がミシミシと音をたてそうなのだが、ここは男の余裕を見せつけて俺も抱きしめかえ…

 

「あ…めぐみんめぐみん?あのね?ハグはすごく嬉しい。嬉しすぎてカズマさんのカズマさんが元気いっぱいになりそうだけど、背骨がね?悲鳴をあげているんだ」

 

無理だった。

顔を青くしてそれでも口からの悲鳴だけは懸命に堪えていた俺の表情を見て、めぐみんが慌てて距離をとる。

 

「ご、ごめんなさい…でも、あの、やっぱりもう一度言ってくれませんか?」

 

過去に類を見ないほど爛々と紅い瞳を輝かせ、めぐみんはスタスタともう一度駆け寄り俺の両手を取りながら上目遣いでそう言った。

やっぱりもう一度言うんですね言わなきゃダメですかそうですか!

 

「あ、ちょっと心臓破裂しそうだから待って」

 

正直あんな発言をした後こうして手を取られ至近距離で見られているだけでもういっぱいいっぱいで、そんな余裕は女の子とまともに付き合ったこともない俺にあるわけもなく…

顔から火が出そうな程熱くなっているのを感じながらおろおろと視線を泳がせるのだけで精一杯だった。

 

「…ふふっ…肝心なところで決めてくれないのはカズマらしいですね。私はそんなところも大好きですが」

 

今度は力を加減してくれたらしい優しいハグでふんわりと俺の身体を包み、頬をスリスリと胸元に擦り付けてくるめぐみんはもう色々と堪らないけど

 

「いや、一応俺はキッパリ言ったからな?めぐみんこそまだ断らないとか言っただけで、ちゃんとした返事してないぞ」

 

「なります。カズマの恋人にしてください」

 

「…え?あ、うん。はい…え?」

 

あまりにも早い、そしてきっぱりとした決断に俺の方が面食らってしまう。

そうだ。コイツはこういう好意をハッキリとぶつけてくる奴だったじゃないか!

それで何度ドキドキさせられたことかすっかり忘れてたぜちくしょう!!!

 

「カズマの恋人になりたいんです。今だからもう本音をぶっちゃけちゃいますけど、私も早くカズマと恋人になってイチャイチャしたかったんです。みんなにカズマは私の男だと思い知らせて手出しさせたくないんです。だからなりましょう。なってください」

 

「め、めぐみん!?」

 

なんでコイツはこんな恥ずかしいことを堂々と言えるのだろう。

俺なんてその半分でも途中でどもる自信がある。

 

「そして…ありがとうございます。カズマ。私を選んでくれて」

 

焦って返事をする前に、きゅっと抱きしめる力をわずかに強めためぐみんが頬を擦りつけていた胸元の辺りに僅かに湿り気を感じ、俺はコイツにはホントに敵わんと思いながら

 

「当たり前だろ。お前以外に誰を選ぶってんだ」

 

めぐみんの華奢な身体に腕を回しクイッと抱き寄せてやった。

 

「浮気症のカズマには似合わない言葉ですね」

 

「おまっ!どうしてそういうこと言うの!?まぁ俺もちょっと似合わねぇとは思ったけど!」

 

「でも」

 

俺の渾身の恥ずかしい言葉をいとも簡単に一蹴しやがっためぐみん。

 

「これからは他の女の人に目移りなんかしないようにしてあげますから、覚悟してください。カズマ」

 

ぱっと顔を上げて、涙の跡を顔に残したままのクセに自信満々のドヤ顔でそう言うもんだから、さっきの仕返しをしたいという気持ちも手伝って俺の中でいたずら心がむくむくと芽生えて…

 

「なぁ、確か正式な恋人に昇格するまでえっちなことはお預けって話だったよな」

 

「ぇ?」

 

言わんとしてることが分かったのか、はっとして慌てて離れようとするめぐみんの肩をもう一度優しく引き寄せて

 

 

 

 

俺は唇をそっと重ねた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

爆裂☆チョコレート!

細かい設定や時系列などをお気になさらない方向けです\(^o^)/
前回(R18版)がアレだったので、今回はほのぼの(目指した)回。
R18のは読まなくてもお話が分かるようにしたつもりですが、向こうとリンクしてる続き物なので、お二人は既に恋人で大人の階段登ってます。
カズめぐだけど、カズマさんの出番と甘さは控えめ。
3人娘中心な感じになりました。


 

「とうとうバレンタインとやらの日ですか…」

 

むくりと起床してうーんと大きく伸びをしながら、私は今日が何の日だったか思い出す。

カズマがいたニホンという国であった行事。

親しい男性にチョコレートをあげるとかなんとか…

 

「さ、流石に少し緊張しますね…」

 

私ももちろん、カズマにその話を聞いてから材料を買いこんで、チョコ作りの練習もして今日に備えていたのだが

 

「カズマは甘いもの好きでしたっけ?苦手なら甘さ控えめの方が…」

 

ど、どうしよう…

この直前になって、あの人の好みの味を私は全然知らない事に気がついた。

嫌いだからと言って食べないものは今のところは見たことがないけど、あげたチョコをまずいと言われた日には…

 

「あわわわわ…どどどどうしましょう…!きゅ、急に怖くなってきましたよ!」

 

がたがたと震える身体を抱きしめながらあぁぁぁぁとベッドに突っ伏してしまった。

予想外の事態というか逆境というか…

そういうものにめっぽう弱い私をいつも勇気づけてくれるカズマにも、今回の件は頼るわけにもいかないし…

 

「めぐみんめぐみーん!起きてちょーだーい!チョコ作るの手伝ってほしいんですけどー!ダクネスも台所で待ってるからー!」

 

ハッ

 

「あっ、アクア!?ちょっと待って下さい…!」

 

私の部屋の扉をガンガン叩いて、待ってと言ったのに開けるとズカズカと踏み込んできたアクアが

 

「ほら~!はやくはやく!」

 

年齢を頑なに明かさない彼女だが、私よりは年上だろうに無邪気に腕を引っ張って、安全地帯であるベッドの上から引っ張り出そうとする。

 

「ちょちょ!ちょ!ちょっと待ってくださいと言ってるではないですか!せめて着替える時間を下さいよ!大体アクアもチョコ作るんですか!?誰にあげるつもりですか!」

 

いつの間に彼女も材料を買ってきていたのだろうか。

全然気がつかなかった。

腕を掴まれながらも、普段着を部屋備え付けのクローゼットから取り出し聞いてみた言葉に

 

「え?カズマさんだけど」

 

…は?

え?マジですか!

 

「あ、めぐみんみたいな本命じゃなくて義理よ、ギ☆リ。安心してね」

 

私の驚きの視線を受けて、アクアはちっちっと指を振りながら得意気に答える。

 

「そうだとしても、アクアがカズマにただで何かあげるというのは考えにくいのですが」

 

「めぐみんが普段私をどういう目で見ているのかとてもとても気になるけど、私はただでモノをあげるほど甘くないわよ」

 

パッパッと慌てて着替えた私の腕をズルズルと引きずり部屋を出て、廊下を大股で歩くアクアの後ろ姿を見ながら、自分の考えあってるじゃないかという感想は口にしないでおいてあげた。

 

「一ヵ月後にあるホワイトデーという素晴らしい日のための、こういうのはそう…なんて言ったかしら?自然投資!」

 

「事前投資です」

 

やっぱりそんなことだろうと思った。

ホワイトデーという存在も、以前バレンタインという行事を教えてもらったついでにカズマが言っていたのを覚えている。

貰ったものの三倍の価値のあるものを渡さなければいけないとか…

 

ニホンという国は女性が強い立場なのだろうか。

 

「ところでカズマは今どこに?あまり作っている姿を見られたくはないのですが」

 

「そういえば、冒険者ギルドに行くとかなんとか書置きが残してあったわ。いつ帰ってくるかは知らないけど」

 

ギルド…?

はて?なんだろう。

早起きしているのも珍しいが、バレンタインにチョコを貰えるかどうか緊張してウロウロしているのかあの男は。

心配しなくても、私があげないわけないのに。

そう考えるとちょっとかわいく思えてきて、チョコを作る勇気もわいてきた。

と、カズマのことを想って表情をニヤニヤと崩している間に、アクアは既に台所前まで私を引っ張ってきていて

 

バァン!

 

意気揚々と扉をぶっ飛ばすかのように開け放った。

もう少し加減してくれると、家が壊れた時最終的に修理費を受け持つことになるカズマの胃が、痛まなくて済むようになるのだが。

 

「お待たせダクネスー!めぐみん連れてきたわよ!チョコ作りましょ!」

 

「おっ。ようやくそろったな。めぐみんどうだ。意気込みは」

 

自前の材料なのか、何やら調理台に所狭しと甘い香りがするものを乗せて、ダクネスがエプロン姿で迎え入れてくれた。

 

「ふっ…任せてください。カズマをあっと驚かす、食べた瞬間お口の中で爆裂してしまうようなチョコを作って見せますよ!」

 

私も台所に常設してある料理当番の時ぐらいしか着ないエプロンを、バサッと翻してから身に着け笑みを受かべて返事をする。

そわそわしてるカズマの様子を思い描くと、きっとあの男ならどんなチョコだろうと受け取ってくれるに違いないという甘えの感情が出てきてしまって、すっかり恐怖心など無くなってしまった。

 

「く、口の中で爆裂!?そ、それはいったいどんなチョコなのだ!?わ、私にもちょっとだけ分けてもらうということは…!」

 

爆裂と聞いて瞳を輝かせるダクネスは、きっととんでもない勘違いをしているのだろうが、いちいち訂正するのもめんどくさい。

 

「ダメですよ。爆裂チョコレートはカズマにだけあげる特別なチョコです。バレンタインにはトモチョコとかいうのもあるらしいので、ダクネスとアクアには別に作ってあげますよ」

 

「やったぁ!流石めぐみんね!そうとなれば私も作ってあげるわ!」

 

「そ、そうだな。私達もお互いにお互いの分を作るというのも楽しそうだ」

 

いえーいと3人でハイタッチ。

こうして私達のチョコレート作りは始まった。

 

 

 

…のだが

 

 

 

「ア、アクア…?それはいったいなんの準備なんですか?」

 

パーティーの中で料理スキルを持つカズマが一番こういうことができるという有様の私達なので、多少のトラブルを予想してはいたが、これは…

 

「え?何々?そんなに私のチョコってすごいかしら!?やっぱり水の女神だから、水の様に清らかで滑らかなチョコがらしいかなと思って!」

 

そう言って鼻歌交じりに彼女がかき混ぜてるボウルの中身は、水の様というか水そのものにしか見えないのだが。

 

「もしかして気づいてないとか」

 

「何が…あっー!これただの水じゃないっ!どこから!?あれ!材料まだ余ってたっけ!?」

 

何をやっているんだろうこの人。

面白すぎる。

 

「め、めぐみん。確かお前は以前、チョコレート作りをしていた経験があったはずだな?それで…これは…その…どう思う?」

 

自分の食材袋を逆さまにして中身をあわあわとぶちまけているアクアに生暖かい視線を送っていると、ダクネスがちょいちょいと袖を引っ張ってきた。

って…ぅっ!?

 

「匂いすごっ!あまっ!なんですかこれ!」

 

皿の上から最早異臭とも言えるほどの強烈な臭いを放つ物体を、何故かワクワクしながら見せつけてきた。

…もしかして先程見た甘そうな材料を全てつぎ込んだのでは…

 

「うむ。なにせ私は料理はともかく、お菓子など自分で作ったことがないからな。実家から取り寄せたとりあえず甘くなりそうな食材をこれでもかというほど混ぜ合わせて」

 

「アホですか!?ダクネスもアホだったんですか!?このおバカ!」

 

「はぁううっ!?!?んふっ…と、突然の不意打ちはやめてくれめぐみん!」

 

「頬を赤くしてモジモジしてる場合ではないですよ!作るのはチョコレートです!分かってますか!?」

 

本気できょとんとしている様子を見せながらもはぁはぁする彼女に、額に手を当て大きなため息を吐く。

そういえばこのお嬢様は、私が作ったザリガニ料理をミニロブスターの料理だと適当にでっち上げたら、信じ込んでしまったほどの世間知らずっぷりだったっけ。

 

「チョコは甘いモノだから、こうして甘いものを詰め込めばと」

 

「もういいです分かりました。二人とも、私がまず作って見せますので参考にしてください」

 

これは予想以上だ。

アクアはともかく、ダクネスは普通の料理ならそこそこできたはずなのに。

 

 

 

 

 

………

……

 

「とまぁ…一応これで後は冷やしておけば完成です」

 

アクアとダクネスにじっと見つめられながらだと流石に緊張したけど、何とか完成直前まで漕ぎ着けた。

今回はこめっこもいないし、流石に私の努力の結晶であるこのチョコをつまみ食いする輩はいないだろう。

 

「ねぇねぇめぐみん…これ、恥ずかしくないの?」

 

アクアが何故か微笑みを浮かべて、目線を私と作りたてのチョコレートに交互に向けながら、そんなことを言ってきた。

 

「は、恥ずかしい…ですか?味見した段階では特に問題もなかったはずですが…」

 

もしかして自分で気がついていないだけで、私のチョコも何か変なのだろうか?

ダクネスまで半笑いを浮べながら肩にポンッと手を置いてくる。

 

「味というよりは…見た目というか…形というか」

 

「見た目…?そ、そんなに変でしょうか?」

 

不安を滲ませた私の声に、二人は顔を見合わせて

 

「「思いっきりハート型で、器用にカズマ大好きって書いてあるから」」

 

ハモって告げた。

途端にボッと頬に熱が集まるのを感じる。

そう言えば二人にずっと見られていたというのに、私は作るのに熱中して…!

茶色のハート形チョコの上に、溶かしたホワイトチョコでこの文を書いているところを見られていたのかと思うと…

 

は、恥ずかしい!

ホントのおバカは私じゃないか!

 

「あはははっ!めぐみんったら顔真っ赤にしちゃって可愛いわねっ!やっぱり私、めぐみん見てるとほっこりするわ!確かにこれは爆裂チョコレートね!いろんな意味で」

 

「わ、私もカズマが好きなはずなのに、めぐみんを見てるとなんかこう…胸が甘酸っぱくなってキュンキュンするぞっ…!なるほどこれが爆裂チョコレートなのだな!いろんな意味で」

 

アクアとダクネスが両サイドから頬をぷにぷにぷにぷに突っついて、ばっくれっつばっくれっつとからかってくるもんだから、顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしくなって、んぁぁぁ!!!と雄叫びをあげて振り払い

 

「お、おい!私のことを見てニヤニヤするのは辞めてもら…あっ、ちょ、チョコを見てニヤニヤするのもやめてください!…だ、だからこっちを見るのも…!や、やめ…ヤメロォォォォ!!!」

 

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

 

「うぅぅぅ…」

 

「ご、ごめんなさいってめぐみん!からかいすぎたのは謝るから!この通り!」

 

あの後、どうせなら愛してるまで書けば良かっただの、私たちへのチョコには何を書いてくれるんだの散々からかわれて拗ねた私は、台所の隅っこで膝を抱えて座り込んでいた。

チラリと肩越しに振り返ってみれば、大げさな土下座のモーションでペタペタ謝るアクアと、その後ろでオロオロしながら

 

「ほ、ほら!めぐみんの作ってたチョコを参考に、私たちもチョコを作ってみたぞ!これがめぐみんの分だ!」

 

チョコでご機嫌を取ろうというのか、作りかけのドロドロしたモノを小皿に乗せて私の前に持ってきたダクネスが…

 

「ちょ!顔に押し付けないでください!完成したらもらいますからっ!」

 

ほっぺにチョコがつくから!

小皿をグイっと押し返して、私はもう一度深くため息を吐いた。

まったく…

 

「分かりましたよ。もう吹っ切れました。カズマの事大好きなんだから、ハート型のチョコに大好きって書いて送るのは何も間違ったことではないじゃないですか。恥ずかしがる必要皆無です」

 

ゆっくりと立ち上がり、私はおぉと感嘆の声を漏らす二人の前を堂々と通り過ぎてチョコを冷やすべく…

 

ガチャン…!

 

「…ん?」

 

ハート型の自作チョコを入れ物ごと手に持った瞬間、何か扉が開くような音が聞こえて…

ドタバタ…ドタバタ…!

足音のようなものも接近するのが…って!

 

「あれ!?もしかして!」

 

「みんなどこだぁぁぁ!どこにいるんだぁぁぁ!!!」

 

案の定、カズマが帰ってきて大声を出しつつ徐々に台所へと向かってきているようで…

 

バンッ!

 

先ほどのアクアに負けず劣らずの勢いで扉を開け放った。

彼の声に胸がキュッと締め付けられる、心地よい感触に酔いしれたのも束の間。

慌てて持っていたチョコを後ろの調理台に置いて、我が身で隠したのだが…

 

「か、カズマ!?どどどどうしたのですかその泣き顔は!」

 

それを忘れてしまうほど、飛び込んできたカズマは酷く泣き腫らした顔をしていた。

 

「ぎ、ギルドのみんながぁ…みんなが俺を…うっ」

 

「よし。私のカズマを泣かせやがったのはどこのどいつです?一人残らず消し飛ばしてきますので、ここに名前を書いていって下さい」

 

「はい」

 

料理用にと台所に置いてあるメモ用紙がちょうど置いたチョコの隣にあったので、それをぶんどってカズマの胸元に叩きつけると、彼はペンを取り出しおとなしくサラサラと名前を書いていく。

 

「ちょ!ちょっと待て落ち着くんだめぐみん!カズマも本当に名前を書いていくんじゃない!まずは何があったのか、きちんと説明してくれ!」

 

穏やかではない空気に、顔を青くしたダクネスが慌てて割って入ってくる。

ちなみにアクアは先ほどから我関せずと、自分のチョコの味見をしていた。

 

「ほぅほぅ…あれ?なにやら女性の名前ばかりのようなんですが…」

 

無視するな、となぜか嬉しそうに言うダクネスは放っておいて、私はカズマが書きあげていく名前に視線を走らせながら、少し嫌な予感を覚えていた。

まさかこの男…

 

「そうなんだよ聞いてくれめぐみん! 俺がせっかくこの日のためにバレンタインのことを街に広めておいたっていうのに、女冒険者誰一人として俺にチョコをくれないどころか、作ろうともしていないとはどういうことなんだ!」

 

「それがバレンタインの日に恋人に言う言葉ですか!?本当に最低な男ですねあなたはっ!!!」

 

やっぱりか!

なんだこの人!

朝っぱらから私を放っておいて、他の女の人にチョコをもらいに行っていたというのか!?

信じられないっ!

緊張してフラフラしているだけなんじゃないかと思っていた自分がバカみたいだ!

 

「でもそんなカズマを嫌いになれない…私はどうやら本当に頭がおかしいようです」

 

「そこまで言うこと無いぞめぐみん。本当に頭がおかしいのは、俺に恩があるくせにチョコをくれない女冒険者どもだ」

 

ポンポンと何を思ってなのか、肩を叩きながらニヤニヤとむかつく笑顔を浮かべてむかつくことを言うカズマに

 

「よし。それ以上何かくだらないことをしゃべったら、本気で顔面をぶん殴るので覚悟してもらおう」

 

こうですよとグーの形を眼前に見せつけると、途端に顔を引きつらせながら

 

「い、いやしょうがないんだよこれは!バレンタインにたくさんチョコを貰いたいというのは、男の本能のようなもので…」

 

「…3…2…1…」

 

「すいませんでしたもう二度とこんなバカな真似しません」

 

カウントダウンしながら腕を引いてパンチの準備をする私が本気だと察したのか、カズマは一瞬で姿勢を整え、地に膝と掌を付けて頭を下げた。

…正直ものすごくモヤモヤするし悔しいのだが、こうしてる彼を見てると…

許してあげたくなっちゃう自分はもうホントにダメかも。

仕方ないから、やっぱりカズマに責任とって一生面倒見てもらうしかない。

 

「ねぇねぇめぐみん。痴話喧嘩もう終わった?」

 

「ちわっ…!や、やめてくださいそういう風に言うのは!」

 

ひと段落ついたことを察したのか、アクアがスプーンに乗せた自作チョコをペロペロと舐めながら言ってきた。

それはまだ完成していないはずなのだが、味見しすぎではないだろうか。

 

「あれ?というかお前ら…もしかして…」

 

今更気づいたのか、カズマがくんくんと鼻をひくつかせてぱっと瞳を輝かせると

 

「チョコ作ってるのか!?誰に!?俺に!?どうもありがとう!やっぱりお前らしかいないよ俺には!」

 

「まだ何も言ってないんですけど」

 

ひとりで大げさにガッツポーズをとりながら、うひょぉぉと腹立たしい声をあげて調子の良いことを言うカズマに、アクアが突っ込む。

 

「なんでしょう…何故か今のカズマには絶対にチョコを渡したくありません」

 

私が一歩引いてジトーっと睨むと、 本気で焦ったのか、

はっと振り返って腰を低くしながらこちらに駆け寄って

 

「ちょ、ちょっと待ってくれめぐみん!俺はお前からのチョコを一番楽しみにしているんだぞ!?大好きなお前から貰えなかったら俺は…」

 

そこまで言ってピタリと動きを止めたカズマの青白くなっていた頬が、みるみるうちに赤くなっていく。

…多分私の頬も。

普段好意的なセリフをぶつけてくるのは恥ずかしいからやめろとか言うくせに、最近の彼は人のこと言えないのではないだろうか。

 

「惚気けたわ!カズマさんが惚気けたわ!」

 

わぁぁぁ!!!とアクアが指をさしながら叫ぶのを、真っ赤になったままのカズマが身振り手振りを加えて慌てて止める。

 

「ちちち違う!これはっ!…その…えっとだな…アレだ!」

 

「どれですか。まったく…カズマは本当にズルいですね。そんな風に言われたら、私が意地悪出来なくなるの知ってるくせに」

 

私の一言にシンと場が静まり返った。

あ…ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったかも…

そわそわしながら、あーとか、んーとか声を漏らしてモジモジするカズマを上目遣いで見つめながら、私も胸の前でせわしなく指先をツンツンさせていると

 

「ねぇダクネス。流石の私もこの空気の中にはいづらいんですけど…ダクネス?」

 

「はぁ…はぁ…わ、私はいつまで放置プレイを受けていればいいのだろう…はぁ…はぁ…ぁ、な、何か私に話しかけたかアクア?」

 

「うん。なんだか今ここで『セイクリッド・クリエイトウォーター』を使いたい気分だわって」

 

「なに!?是非とも頼む!」

 

そんな物騒なことを言うアクアとダクネスを背後に、

 

「あとは冷やして固めるだけなので、完成したら真っ先に渡します。だから…それまでもうちょっと待っていてください」

 

後ろ手にもう一度持ったチョコをキュっと抱きしめながら告げると

 

「お、おう。楽しみにしてる。かなりマジで」

 

表情を崩して頬を掻き微笑むカズマ。

 

私のチョコを見たらこの人はどんな反応をするのだろう。

おいしいと言って食べてくれるだろうか。

ありがとうと言って髪を撫でたり抱きしめたりしてくれるかな。

あるいは大好きという文に、照れて真っ赤になってくれるかもしれない。

 

 

実際に渡したときの反応を予想して、私はカズマの瞳をじっと覗き込みながら、しばらくニコニコと微笑んでいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白き誓いの日

カズめぐホワイトデーネタですっ!



き、きた…

とうとうこの日が…!

 

「初めてだ…こんなに緊張し、尚且つ女の子に用事があるホワイトデーなんて…」

 

お…おぉ…!

なんか全身ソワソワしてきたっ…!

 

「や、やばいやばい変な汗も出てきたぞ!渡すもんはもう決まってるって言うのに…おぉふぅぅ」

 

まだ日も登りきってない早朝の暗いうちから、俺は自室のベッドでぴょんぴょん飛び跳ね暴れていた。

まともな手段で家族以外の異性から初めてチョコを貰った先月のバレンタインデー。

本命の女の子から本命のチョコまで貰えて、その日の興奮もそりゃー物凄いものだったけど。

 

「あぁぁやばい楽しみすぎるぅぅ!!!」

 

今日のテンションも先月に負けず劣らずハイである。

あいつら3人の…

特にめぐみんの。

お・れ・の!めぐみんの!

驚き喜ぶ顔が目に浮かぶぜ…ぐふふ…。

 

「さてと…まずは誰にお返しを渡そうか」

 

いきなりめぐみんに渡すというのもありといえばありなのだが、それを実行すると俺の気力が最後まで持たないような気がする。

というか絶対持たない。

それに俺は、めぐみんにお返しを渡してから今日はその後ずっとイチャイチャしていたいのだ。

もしイヤだと言われても、土下座して頼み込むぐらいにはイチャイチャしてほしいのだ。

 

「アクアとダクネスの分を先に渡す…うん。そうしよう」

 

とりあえずは…

 

「そうだな…まずは、チョコの香りがするお湯を飲ませてくれるという、新しすぎるバレンタインデーを堪能させてくれたアクアにお返しをくれてやろうか…フフフ」

 

のそりと立ち上がり、俺はあの駄女神にくれてやるしかえ…お返しを用意するべく、台所に向かおうと、自室の扉を開け…

 

「うおっ!」

 

「ひっ!…あ…カカカカズマっ!?」

 

なんてことだ。

俺の幸運値の高さはこんな所でも発揮されてしまうのか。

 

「おいおいめぐみん。流石にこの時間の訪問はビックリするぞ。どうした?お前の中で迸る俺への愛を、我慢出来なくなったのか?」

 

廊下に出た瞬間。

目の前にパジャマ姿の恋人が現れた!

ひゃっほうと小躍りしたくなるのを必死に我慢して、出来る限りクールに返答するというコマンドを選択すると

 

「べ、別にそんなんじゃないですよ!…ただ、カズマの事が気になって…ちょ、ちょっと様子を見に来たのです!そ、それだけですよ!」

 

「ほほぅ…ほっほぅ…こんな早朝に?ただ様子を見に来ただけ?…そう言うのだね?めーぐみん」

 

実際のところはどうなのか知らないが、両手をぶんぶん振り回し真っ赤になりながら慌てる彼女を見ていると、からかいたくもなるってもんだ。

 

「ほれほれ。本当は何しに俺のとこへ来たんだ?ん~?教えてくれよ~」

 

頭をわしゃわしゃと撫でながら手に絡むめぐみんの髪の感触に酔いしれていると、だんだんと頬を膨らませていた彼女が

 

「むぅ…意地悪なカズマは嫌いですっ」

 

小声でぼそっと。

こちらを上目遣いで睨みながら、心を抉る強烈な一言を食らわせてきた。

 

「ごめんて。謝るから嫌いって言わないで。泣くぞ」

 

めぐみんからのその言葉は、今の俺には堪えすぎる。

これ以上メンタルダメージを負って回復不能になる前に、早めに謝っておこう。

 

「はい!許します!優しいカズマは大好きですよ!」

 

「…あれ?もしかして俺、いいように手の上で踊らされてない?」

 

「えー?気のせいじゃないですか?」

 

真剣に謝罪したその瞬間、ケロリとして笑顔を見せながら先ほどまでの不満さの名残を微塵も感じさせずに調子の良いことを言うめぐみんに、してやられた感が。

でも…

 

「うん。まぁいいや」

 

少し前までならなんとか反撃してやろうだとか、からかってやろうだとか思っていたはずなのに、最近はどうも自覚するレベルでめぐみんに甘くなっている気がする。

これが惚れた弱みというやつなのだろうか。

異性にまともに好意を抱いた経験が初めての身としては、推測するしかないのだけれど。

 

「ところで…カズマこそこんな時間に起きて、いったい何をするつもりだったのですか?私への迸る愛を抑えきれず、夜這いでもしようとしていたのですか?」

 

こ、こいつ!

俺が出会い頭言ったこと覚えてやがったな!

同じからかい方しやがって!

ニヤニヤとこちらの顔を覗き込んでくるめぐみんに、やれやれとため息を吐きながら

 

「それも悪くないけど、残念ながら違う。めぐみん。今日は何の日か分かるか?」

 

「今日…?何かイベントのような事は…あ」

 

俺の問いにハッと何かに気づいたように瞳をキラキラと輝かせると、ぐっと親指を立てて

 

「ホワイトデーですね!」

 

「今の今まで忘れてたろ」

 

「そそそそんなことないですよ!カズマの部屋に来た理由も、ホワイトデーにちゃーんとお返しをくれるかの確認なのですから!」

 

「あっ!それはずるいぞ!さっきと言ってること変わってるじゃねぇーか!」

 

「意地悪なカズマは」

 

「二度目は言わせない」

 

ギュムッ!

 

「いひゃい!いひゃいですっ!ほおを引っ張らないでくだひゃい!」

 

めぐみんめ!

やっぱり言葉のアメとムチで、俺がなんでも言うこと聞くと思っていやがるな!

 

「ごめんなさいは?嘘ついてごめんなさいって言ってみろ」

 

「うしょちゅいてごめんなひゃいぃ!でもホワイトデーのお返しは本当に楽しみにしてますからぁ!」

 

頬をむにむに引っ張りまわされ涙目になりながらごめんなさいごめんなさいと連呼する姿に、出会った当初の彼女を思い出して少し懐かしさを感じながら、俺は手を放してやった。

 

「はいよく言えました。俺も素直なめぐみんは好きだぞ」

 

「ううぅぅ…なら、早くホワイトデーのお返しください」

 

両手を差し出しズイズイと押し付けてくるめぐみんに、素直になりすぎだと思いながらも俺は首を横に振る。

 

「まぁ待て。めぐみんは最後だ。まずはアクアにくれてやろうと思って、その準備をするために起きだしてきたんだよ」

 

「えー。なんで私が最後なんですか?」

 

先ほどまでムニムニされていた頬をぷくぅと膨らませながら、俺の肩を掴んでゆっさゆっさと揺さぶるめぐみんに

 

「そりゃーお前、俺のテンションが持たなくなるからだよ。…その、めぐみんは彼女で好きな女の子だし…さ。なんというかほら…渡す時も1番緊張するって言うか、気力を使うというか…」

 

「っ!…そ、そうですか。そういうことなら…まぁ…待っていますが」

 

見開いた瞳をキラリと輝かせながら、その瞳と同じ色に頬も染めてモジモジと視線を泳がせるめぐみんを見てたら、なんだか俺も照れて恥ずかしくなってきた。

というわけで…

 

「じゃ、じゃー俺はこれで…」

 

「待ってください」

 

ガシッ!

と、袖どころか腕ごと掴まれてその場から一歩も動けなくなり、はたして現在めぐみんとの筋力差はどのぐらい開いてしまっているのかなと、今更ながら彼氏という立場もあって心配していると

 

「わ、私もその…一緒に行っていいですか?」

 

「え?」

 

これは予想外の言葉が飛び出してきたぞ?

 

「構わないけど…そんなに面白くはないと思うぞ?」

 

アクアへのお返しは既に決まっている。

それを作る作業を見ていても、めぐみんが楽しいと思えることは何も無いと思うのだが。

 

「それは…暇だからです」

 

彼女の方に振り返ると、視線を逸らされながらぽつりとそう言われた。

 

「まぁ駄目とは言わないけどさ。なんだ?そんなに俺と一緒にいたいの?」

 

手を離してくれたので台所へと向かいながら、はははと笑いそうからかう俺に

 

「当たり前じゃないですか。恋人と一緒にいたいと思うのは、普通のことでしょう?」

 

「っ!…そ、それはそうだな…う、うん」

 

とてとてと小走りで横に並ぶと、今度はギュッと手を握って嬉しそうにそう告げるめぐみんに、こちらの頬もかぁぁっと熱くなる。

そうだよ俺!

こいつはこういう時やたら素直になるから、反撃に注意って何回も自己忠告してたじゃないか!

こんなんじゃアクアに学習能力が無いとか言えねぇぞ!

 

しかも…

 

「はわぁ…これが噂に聞く【恋人繋ぎ】と言うやつですか…た、確かに幸せな気分になりますが、なんというか…その…」

 

手に力を込めたり緩めたりしながらソワソワするめぐみんが気にしてるのはそう。

手の繋ぎ方である。

 

うん!そうですね!

甘酸っぱい心地良さでなんか恥ずかしいですね!!!

なんで俺は、こんな朝早くから恋人と手を繋いでイチャイチャ恥ずかしいこと言い合ってドキドキしてんだ!

幸せすぎんだろありがとうございますっ!

うぉぉぉ…めぐみんと指を絡ませあってる左手が熱い!超熱い!

 

俺達は男女の一線をも超えた仲なのだが、それでも付き合ってまだそんなに長い時がたってないせいか、まだまだ手を繋ぐという行為だけでもお互い真っ赤になるほど緊張してしまって…

結局あれから一言も会話が無いまま台所まで来てしまった。

 

もちろん気まずい感じなどではなく、むしろ俺の胸中は心地よい暖かさに包まれているのでなんの問題も無いのだが。

 

「アクアへのお返しは食べ物という事ですか?」

 

隣にいためぐみんが今いる場所から推測して、繋いだままの手をぷらぷらと振りながら聞いてきた。

もうなんか仕草一つ一つがたまらなく可愛く感じるのだが、そこを一々詳細に語っていてはいつまで経っても話が進まないので、普通に返事をします。

 

「食べ物というか飲み物というか…まぁ見ていろ。なぁーに材料は事前に用意してある。5分もかからねぇから」

 

「カズマ。顔がとても邪悪な表情になってますよ」

 

ふふふと口角を釣り上げ顔を歪ませていたらそう突っ込まれたが、これからやろうとしている事を思えば仕方ない現象だ。

 

 

かくして宣言通りの5分後…

 

 

「さ、流石にこれはどうなのでしょうか…」

 

作業するのに手を繋ぎっぱなしというわけにはいかないので、仕方なく離れためぐみんが完成したモノを見て頬を引き攣らせながらドン引きしていた。

 

「いや。アイツにはこれぐらいのお仕置きが必要だ。大丈夫大丈夫。チョコレートの香りがするお湯という謎アイテムに比べたら、これは3倍どころか30倍ほどの価値はある」

 

俺がめぐみんの言うところの邪悪な表情でニタニタとしながら持ち上げた白いカップ。

その中には、湯気を放つ茶色のドロドロとした液体が並々と注がれていた。

そう、これは液状チョコレートというやつだ。

ただ溶かしたチョコレートにお湯を混ぜただけとも言う。

つまりはアクアがやった事と、お湯とチョコの比率が入れ替わってるだけだ。

 

「た、確かにチョコ濃度は30倍どころでも無さそうですけど、これを見て私は自分へのお返しが不安になってきましたよ」

 

相変わらずドン引きして1歩離れたところからこちらをジトッーと見てくるめぐみんの言葉も今はスルーだ。

実際に用意してあるお返しを見せたら、そんな不安なんて吹き飛ばしてやる自信があるからな!

 

「まぁちゃんとしたチョコレートを作っていたのに、味見と称してほとんど自分で食べてしまったアクアにも非はあるかもしれないですけど…」

 

そう言えば俺が先月台所に駆け込んだ時も、アクアは視界の隅でひたすらチョコを食っていたような気がする。

 

「でも、こんな早朝では渡す頃には固まってしまうのではないですか?」

 

そろそろとゆっくり歩み寄ってきためぐみんが、恐る恐るカップの中を覗き込んで眉をしかめながら呆れたようにそう言う。

 

「何言ってんだ?今から渡しに行くんだよ」

 

「え…?まさかアクアに夜這いするんですか?カズマが彼女の事をそういう目で見てないことは理解してますし信じてますが、流石にそれを見過ごすというわけには…」

 

「違うわ!お前は1回夜這いというワードから離れろ!アイツは酒が入ってない日は大体早起きだから、多分もうこの時間には起きてるはずなんだよ!」

 

少なくとも昨日の夕飯の時点では飲んでなかったし。

まぁアクアの事だから、自室に隠し待ってる秘蔵の酒とやらを寝る前にがぶ飲みしてる可能性が全くない訳では無いけど。

 

「む…アクアのこと、よく知ってるんですね」

 

少し面白くなさそうな顔をしながら、唇をとがらせるめぐみんにちょっと驚いた。

 

「お前まさか、アクアに対して嫉妬してるのか?よく考えろ?アクアだぞ?」

 

「…私のことも、もっと知ってほしいと思っただけです」

 

「ぶふっ!」

 

なにそれどんだけかわいいのこの娘!

可愛すぎて吹いちまったじゃねぇか!

あぁダメだぁ!ニヤニヤが止まらねぇ!

 

「そうかそうか。じゃー手始めに今日履いてるパァンツ!でも確認させてもらおうかなぁ~!」

 

「あ、そういう変態チックなことはやめてください」

 

…そ、そこで真顔になられると、このワキワキさせていた手の行き場に困るのだが…

 

「仕方ないですよ。カズマのパーティーは私が加入するまでアクアと二人でしたし、それなりにお互い知ってることも多いんでしょう?でも…」

 

そこで一旦言葉を切ると、すぅーと息をのみニヤリとドヤ顔を決めためぐみんが、

 

「いつか私が一番になってみせます」

 

これまた遠慮なくド恥ずかしい言葉をくれやがった。

 

「ぇ!?…あ…お、おう…」

 

一番になって見せるというが、いろんな意味でお前はすでに俺の中で一番だぞ。

…という恥ずかしいセリフを言う勇気はめぐみんと違って俺には無く、いつものように情けない返事になってしまった。

だ、だって仕方ないだろ!

それが俺なんだから!

 

「…まぁいいです。そのヘタレな返事がカズマらしくて。では、アクアに渡しに行きましょうか」

 

「いやなんでめぐみんが先陣切ってるんだよ。あとヘタレって言うな」

 

渡すのは俺だろというツッコミも無視されて、仕方なくカップを持ったまま彼女のあとについて行き台所を後にした。

 

 

 

------------------------------

 

 

 

「アクアー!この前の仕返しにきたぞー!」

 

「今から喧嘩でもするつもりなんですか?」

 

最早隠さずに仕返しと言い切り部屋の扉をドンドン叩く俺に、めぐみんのため息交じりのツッコミが入る。

するつもりはないが、もしかしたらすることになるかもしれないね♪

 

「何!?朝から何よ!?敵襲!?このアクア様の屋敷に襲撃とは、とんだ命知らずがいたものね!天界まで殴り飛ばしてくれるわ!」

 

おっ、やっぱり起きてたなアイツ。

しかしなんだかアホなことを口走っていたような…

 

バァン!!!

 

と、扉を勢いよく開け放ったアクアが、突然の事にビクリと身体を震わせる俺とめぐみんの前で

 

「先手必勝っ!ゴォォォッドブr…ってあら?カズマとめぐみんじゃない」

 

「危ないわバカ!声で分かれ!」

 

自然とめぐみんをかばう形で前に出ていた俺の目前で勢いが止まった拳に、戦慄しながら怒鳴り返してやった。

幸運値と知力以外のステータスは飛び抜けて高いコイツのゴッドブローを、顔面で受け止める事態はなんとか避けたわけだが

 

「ねぇねぇ知ってるカズマ?声だけで誰なのか判断するのはとっても危険なの」

 

なんで仲間を殴り飛ばす寸前だったってのに、得意げに説教たれてるんだコイツは。

やはり1度きっついお灸を…

 

「まぁ確かに、ドッペルゲンガーなんて厄介な存在もいましたから、アクアの言うこともまるっきりデタラメというわけではありませんが…」

 

めぐみんが俺の背後から肩越しにちょこんと顔を覗かせてボソリと言った言葉に、ビクリと肩が震えた。

やめてやめて!

その件のことはあまり思い出したくない部類に入る事件だから!

ていうかこの屋敷にはアクアの結界張ってあるんだから、無傷であの手の敵は入ってこれないんだから!

 

「そうね…確かにあの時のカズマはとても気持ちわr」

 

「そーだアクア!今日はこれを渡しに来たんだよ!ほら!ホワイトデーだろ?」

 

これ以上傷付く過去を掘り返される前に、アクアの胸元にカップをグイッと押し付けてやる。

 

「ちょ!おっぱいが熱い!何すんのよこの変態!」

 

「うるせぇ!黙って受け取れ!そんで一気飲みして喉つまらせろ!」

 

「なんですってぇ!?ロリコンヒキニートの分際で、よくもこの私にそんな口が聞けたものね!」

 

「おい。カズマをロリコン呼ばわりする理由。そこの所を詳しく話してもらおうじゃないか」

 

ロリと言う言葉にピクリと眉を反応させためぐみんが、ズイズイと俺の背後から現れアクアと対峙した。

 

「カズマと付き合ってるめぐみんがロリっ娘だからだけど?」

 

まぁアクアはそんな事で怯むようなやつではないので、堂々と理由を述べやがる訳だが。

 

「なっ!なにおう!!!言いましたね!?ハッキリと言ってくれやがりましたね!いいでしょう!紅魔族は売られた喧嘩は買う種族。その発言を後悔させてやろうじゃないか!!」

 

「よし行くぞめぐみん!俺達のツインクロス爆裂拳を食らわせてやるぜ!」

 

「え!?その技はちょっと気になるんですけど!」

 

液状チョコの入ったカップをわちゃわちゃ押し付け合う俺とアクアの争いにめぐみんも参戦し、途中何度も辺り一面に中身をぶちまけそうになりながら廊下で暴れ回ること早数分

 

「ぜぇ…はぁ…く、くそ…無駄に疲れた…結局アクアのやつちゃっかり受け取ってるし」

 

「朝から物凄い汗をかいてしまいました…お風呂入りたいです」

 

肩で息をしながら汗をダラダラと流す俺とめぐみんと違って、アクアはムカつくほど優雅に髪をなびかせると、俺がプレゼントした液状チョコ入りカップを掲げながら

 

「まぁ、どうせカズマの事だから大したものじゃないんでしょうけど、これは戦利品として受け取っておくわ!」

 

「おい。それはお湯に比べたら、比較するのも憚られるほどのレアアイテムだぞ」

 

ゴクゴクゴク…

ってすごい勢いで飲んでるし聞いてないし。

 

「っ!!!こ、これは…!」

 

「あ、アクア…?どうしたのですか?」

 

ぷはぁ、とオヤジ臭い息を吐きながら、一瞬だけ口周りを茶色にしてすぐに透明な水に浄化したアクアが、

 

「美味い!これよこれ!私が作りたかったのはこういうチョコレートなのよっ!水のように滑らかでしっとりとしたのど越し…完璧!完璧だわっ!」

 

「「は?」」

 

何やら無駄に表情を輝かせながら、うっとりと瞳を細めるアクア。

その姿に唖然として口をあんぐり開ける俺とめぐみんを彼女は交互に見ながら

 

「正直カズマを見くびっていたわ!これほどのモノを作ってくるなんてね!ちょーっと冷めちゃってるけど、それを差し引いても女神の私に貢献する価値のあるものね!よくやったわカズマ!」

 

「そ、そうか…気に入ってくれたならよかったよ。じゃー俺はダクネスのところに行くからこれで」

 

「あっ!ま、待ってくださいよカズマ!」

 

「このチョコだったらまた作ってくることを許可してあげてもいいわよー!」

 

冷めたのはお前と取っ組み合っていたからだという反論すら起こす気にならず、俺は上機嫌なアクアの声を背後にその場からそそくさと逃げるように走り去った。

 

「クソっ!なんであんなもので喜ぶんだアイツは!?やっぱり理解できねぇ!」

 

仕返しして涙目にさせてやる大作戦のつもりが、喜ばしちまったじゃねぇか!

 

「プレゼントで相手を喜ばせておきながら、そこまで悔しそうな顔をするのはカズマぐらいだと思うのですが…」

 

アクアの部屋から十分距離を取ったところで、俺は向けどころのないモヤモヤを手の先でわしゃわしゃと表現していた。

 

「そういえばアクアは当初、自分でも水のようなチョコレートを作ろうとかなんとか言っていたような…」

 

「そうか。じゃー来年のお返しは固形物にしてやろう」

 

アイツは液体ならなんでも喜ぶのかよ。

液体フェチか!

 

「まったくカズマは…それで?ダクネスにあげるお返しというのはなんなのですか?」

 

「ん?あぁ。くくく…これだ」

 

「…なんですかそれ。また液体ですか」

 

ゴソゴソと俺が懐から取り出した、ドロリとしたえんじ色の液体が入ってる透明なビン状の物を瞳を細めて見ながら、めぐみんが胡散臭そうに聞いてきた。

 

「火傷クリームだ」

 

「は?火傷…?火傷治しではなくて、火傷ですか?」

 

「うん。火傷」

 

俺がニタニタと笑いながらチラチラさせる火傷クリームというアイテムを、眉を顰めためぐみんがジトっーと見つめてくるので、その効能を説明してやることにする。

 

「こいつはだな、塗られた所からヒリヒリとした痛みが広がり、しばらくの間肌が焼けるような感覚を味わうことが出来る…というアイテムらしい」

 

もちろんこんな変態御用達アイテムを自分で使って試す訳が無く、購入時に受けた説明をそのまま言っただけだが。

 

「えぇ…」

 

「ふっ…俺が無駄に値が張るこれを買う時、店員から送られた生暖かい視線による恥ずかしさが分かるか?」

 

この街のお店は早く配達サービスを実装するべきだと思う。

あの時心底そう感じた。

 

「知りませんよそんな事。しかし、ダクネスが喜びそうなものという点を否定は出来ませんね…」

 

はぁ、と頭を抱えながらため息を吐くめぐみんは、もしかしたらまた自分へのプレゼントを心配してるのかもしれない。

…うん。まだだ。まだ我慢だ。

冷たくあしらわれた事もなかったことにしよう。

 

「それじゃー早速行くか。アクアとのやりとりでだいぶ時間もたったし、ダクネスももう起きてるだろ」

 

「あっ、はい…えっと…じゃあその…」

 

ダクネスへの部屋へと歩き始めようとすると、モジモジと足をすり合わせためぐみんがチラチラと意味ありげにこちらに視線を送ってきた。

 

「なんだ?トイレなら行ってきていいぞ。ここまで着いてきてくれたんだ。待っててやるから」

 

はっはっはと笑いながら、ぽんぽんと頭を撫でてやると

 

「バっ…!ちっっっがいますよ!どうしてそう空気が読めないんですか!また手を繋いで欲しいんですよ!察してくださいよ!」

 

真っ赤になっためぐみんが、ペしりと手を払い除けて俺の胸ぐらを掴みながら怒鳴りつけてきた。

 

「へ?あ、そ、そうか。すまん。いやだって脚もじもじさせてたし、我慢してんのかなって」

 

「うっ…だ、だって…は、恥ずかしいから…」

 

「何を今更。手を繋ぐくらいで」

 

まぁこうして照れてるめぐみんも可愛いので、俺としては何も問題ないしむしろ眼福なのだが。

 

「そ、そういうカズマこそ、繋いでる時は真っ赤だったじゃないですか!」

 

「は、はぁ!?真っ赤になんてなってねぇよ!手繋ぐくらい余裕だっつーの!おまっ…おい!俺の顔ジロジロ見るのはやめろよ!恥ずかしいだろ!」

 

「何ですか今更!顔を見られたぐらいで!」

 

「いやなんか意識すると恥ずかしくなるから、俺が意識してない時だけガン見してくれ」

 

「そんなの寂しいじゃないですか!嫌ですよ!」

 

とにかく手は繋ぎますからねと、可愛いセリフに言動を重ねながら俺の理性の耐久値をゴリゴリと削ってきやがるめぐみんの手が、また左手に絡まった。

 

「お、おう…」

 

うぁぁぁ…!

やっぱりこれ何回やっても照れくせぇ!

 

「やっぱり赤くなってるじゃないですか」

 

「うるさい。お前も人のこと言えないぞ」

 

歩き始めたばかりだと言うのに、手に込める力をぎゅぅっと増しながら、めぐみんが立ち止まりながらそう言ってきたもんだから、俺も彼女の方に振り返り返事をして…

 

「「…………」」

 

あ、あれ…?なんだこれ。

なんか真っ赤になって上目遣いでじっとこちらを見つめるめぐみんを見てたら、すげードキドキして…

 

あ!

なんか顔が近づいてきてる!

近づいてらっしゃいますよめぐみんさん!

何瞳閉じてるんですかめぐみんさん!

それはキス待ち顔というやつでしょうか!!!

いっちゃっていいんでしょうかっ!?

 

「か、カズマ!?めぐみん!?こ、こんな朝から廊下で何を…!」

 

俺がもう辛抱たまらんとグッと彼女の肩に右手を置いて抱き寄せたところで、これから会おうとしていた人物の声が聞こえて

 

「そ、そんなに接近して絡み合って一体…!ハッ!そ、そうか!カズマがめぐみんを部屋から無理やり引きずり出し、嫌がる彼女をいつ私やアクアの目に触れるかも分からないこんな廊下で、朝早くから一日中ねっとり辱めるつもりだったのだな!おのれけしからん!私も混ぜろぉぉぉ!!!」

 

「うるせぇぇぇ!!!なに一人で興奮してバカな事口走ってんだこのド変態が!せっかくの良い雰囲気を邪魔しやがって!」

 

「んんんん!!!!くぅぅぅぅ!!!!!ど、ド変態だと!?いいぞ!もっと言ってくれ!」

 

ダメだコイツ早く何とかしないと。

 

「ちがいますよダクネス。カズマはあなたへホワイトデーのお返しを持ってきたんですよ」

 

自らの身体を抱きしめながらハァハァと荒い息を吐き頬を染めるダクネスにドン引きしていると、ちょびっとだけ寂しそうに、けれどクスッと笑いながらめぐみんが代わりに返事をしてくれた。

 

「ホワイトデー?…あ」

 

どいつもこいつも存在ごと忘れてやがるな。

まぁ、こっちの世界にはそんな習慣なかっただろうし無理もないが。

 

「そ、そういうことならそのお返しとやらを貰おうか…いったいカズマはどんなエロティックで鬼畜なプレゼントを渡してくれるのか…い、今から胸のドキドキが収まらないぞ…!」

 

もうなんかあげる気がどんどん失せていくんだけど、渡すために来たのだから仕方ない。

 

「そんなに期待してるとこ悪いが、別に大したものじゃないぞ」

 

と、先ほどちらりとめぐみんに見せたドロリとした液体が入った瓶を見せつけると、とたんに瞳の輝きを増して

 

「お…おぉ!!!そ、その液体はなんだ!?もしや先ほどもめぐみんとのプレイにそのいかがわしいアイテムを使って彼女を淫らにさせてかr」

 

「頼むから黙って受け取ってください」

 

投げつけてやりたくなるのを必死に我慢して、モジモジするのをやめない変態の手を取り無理やり握らせた。

 

「お、おいカズマ!いきなり渡されても使い方がわからないぞ!こ、これはどういう時に使えばいいのだ!飲めばいいのか!?グイっと!!!」

 

「流石のお前でもそれはやめた方がいいと思う!」

 

ハァハァしながら瓶の蓋をクイクイっと回して開けようとするダクネスに慌てて忠告した。

 

「それはな、身体に塗るものなんだ」

 

「ぬ、ぬる…!ぬりゅものだとぉ…!!!」

 

「うんもう試そうとしてますね」

 

パカリと、早くも蓋をあけ放ったダクネスが、その瓶からドバッとまだ鎧を着こんでいなかったため素手の掌に…って!

 

「あああああちゅぃぃぃぃ!!!はぁぁぁんんん!!!

 

「ちょ!ダクネス!?」

 

今の今まで一歩引いたところから傍観していためぐみんが、慌てて駆け寄ってきた。

 

「お、おい!それそんなにぶちまけたら…」

 

「はぁはぁ!こ、これはたまらんぞ…!肌が焼けるような、それでいてちょっとくすぐったいような痒いような…ぁぁああんっ!」

 

あ、全然平気そう。

 

俺とめぐみんがポカンとして見守る中、このド変態は自らの服の中に手を突っ込んで身体中をまさぐって全身に塗りたくって膝から崩れ落ちビクンビクンと震えていた。

…というか、非常に目のやり場に困るのですが!

 

「れ、礼を言うぞカズマ…このような極上の品をくれt」

 

「よ、喜んでくれたみたいでなによりだよ。それじゃー俺はこれで」

 

「あ、わ、私もダクネスの時間を邪魔しては悪いので、し、失礼します…!」

 

アクアの時とは別ベクトルの居づらさを感じ、俺は甘美の声をあげて廊下に肢体を擦り付けるダクネスから逃げるようにめぐみんとその場を去った。

 

 

 

------------------------------

 

 

 

「まだ今日という日は始まったばかりなのに、すでに疲れ果てたんだが」

 

「私もカズマについて行くだけのはずが、色々と疲れてしまいましたよ」

 

俺の部屋まで戻ってきてベッドに並んで腰かけためぐみんと一緒に、はぁぁと深いため息を吐いて濃厚すぎる午前中の出来事を振り返る。

 

「う、うん。そうだよな。…えっと…こ、これからがメインイベントだっていうのになぁ?」

 

だがここで疲れている場合ではないのだ。

むしろこの後が俺にとっては一番大事なシーンとも言えるわけでありまして

 

「あ…は、はい…」

 

いきなり背筋をピンと伸ばしてゴホンと咳払い交じりにわざとらしくそういう俺に、めぐみんも慌てて最近伸ばし始めていた髪に指を絡ませ落ち着きなくクルクルと弄って整えていた。

 

…お…おぉふ…やっぱり好きな女の子相手だと、緊張の度合いが全然違う…!

 

「え、えーっと…ちょっと待っててくれ。お前へのお返しは、ここに大事に…」

 

緊張と彼女からの反応の期待が入り混じって震える脚をなんとか動かして、ベッド脇の何重にも鍵を掻けてある引き出しをカチャカチャっと開けて…

 

「え…えぇぇ!?か、カカカカズマ…!?も、もしかして…そ、それは…!」

 

俺が慎重に取り出した、掌にちょこんと乗るサイズの箱。

その中身を察したのか、めぐみんはみるみるうちに頬を赤くしてあわあわと慌てて座ったり立ったりを繰り返していた。

 

「お、落ちつけめぐみん!お前がそんなだと、俺の緊張も限界突破しちまうだろ!」

 

「そそそそんなもの見せられて、落ち着いてられるわけないでしょう!だ、だってそ、それって…そのサイズの箱に入ってるものって婚約ゆび」

 

「だぁぁぁ!!!なんでお前はそうやって先に言うの!?やめて!俺の覚悟が砕け散る!」

 

「ご、ごめんなさいっ!ででででもまさかそんな…びっくりして…嬉しすぎて…な、なんてい言えば…どう反応すればいいのか…わ、私…わた…し…」

 

あぁもう!

まだ箱を見せただけだって言うのに、今度は泣きそうになって瞳をうるうるさせてるし!

 

「…ったく。しょうがねぇなぁ」

 

照れくさいから彼女に開けてもらうつもりだったのがこうなっては仕方がない。

パカリと

箱を開けて、真っ赤な宝石…実は小さくカットされたマナタイトなのだが、それが中央に爛々と輝く銀の指輪を取り出して、

 

「えっと…だな…め、めぐみん!」

 

下唇を懸命に噛んで涙がこぼれないようにしてる彼女の手を取る。

そう。箱の中身はめぐみんの予想通り、婚約指輪ってやつで…

俺は一か月前から今日のためにこれを準備していたのだ。

ホワイトデーという機会。これほど渡しやすい日もないと思って。

 

「これを…あの…受け取ってくれ」

 

だからいざ渡すときの決め台詞も何通りも考えてシュミレートまでしてたのに。

ダメだなぁ俺。

本番になったら頭真っ白になっちまって、なんにも残ってねぇや。

ホントに決めるべき時に決まらない自分が情けない。

 

「はいっ…!」

 

それでも、そんなところも好きだと言ってくれるめぐみん。

俺のダメダメなところ全部ひっくるめて好きだと言ってくれた彼女にかける想いは本物だと自信を持って言える。

 

「カズマカズマ!」

 

「え?な、なに?」

 

だからその何よりの証である指輪を、彼女に手渡ししようとした矢先。

おもむろに突き出された左手を見て、身体が固まってしまった。

もちろんその行動が何を意味しているの分からないほど俺は鈍感じゃない。

 

「指輪。今ここで、カズマに付けてほしいです」

 

うん!

ですよね!

 

「わ、わかった。めぐみんがそう言うなら」

 

アクアやダクネスと絡んでいた時のおちゃらけた空気がウソのような、張りつめた…だけれど心地よい緊張感が漂う空間で、俺は指輪をそっと…

 

 

 

めぐみんの左手薬指にはめ込んだ。

 

 

 

いつかのような呪いの指輪なんかじゃなくて、今度こそ本物の、自前で用意した婚約指輪。

そのまましばらくめぐみんは、指輪をはめられた薬指を見たままじっとしていて…

 

「…こ、これがその…俺の気持ちだ!ど、どうだ?びっくりしたろ!俺のプレゼント見てびっくりしたろ!期待外れなんかじゃなかったろ!」

 

俺がシンとした空気に耐えられなくなって慌てて喚きだすと、ゴシゴシと目元を拭っためぐみんがクスクスと微笑んだ。

 

「びっくりなんてもんじゃないですよ。カズマのくせに、かっこつけすぎです」

 

「な、何言ってんだ!俺だってやるときはやるおとk」

 

ギュッ…

 

と、静かに強く抱きしめられた。

 

「めぐみん…?」

 

全身に暖かい彼女のぬくもりが広がって、ドキドキと心拍数が上がり始めてきた俺に、

 

「いっぱいいっぱいで今は何も考えられないんです。しばらくこうさせてください」

 

掠れた小さな声で、めぐみんはそうつぶやいた。

 

「…おう」

 

こんな時ぐらい彼氏らしく…

そっと、両手を彼女の身体に回して抱き返してやる。

ちょっと震えてしまってるのは今だけは大目に見てもらいたい。

 

 

すでに登り始めていた朝日の光が、窓越しに部屋に差し込む。

めぐみんの左手に収まった指輪がその光をキラリと反射して、俺の影を優しく照らしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カズマさんが風邪を引きました

前半は三人娘に心配されるカズマさん。後半はイチャイチャラブラブする甘々なカズめぐでお送りします。


「はぁぁぁ……くそっ……」

 

ゴロリと寝返りをうって、窓から外の景色を伺う。

目を背けたくなるほどの眩しい光が、まだ眠る時間ではないということを証明していた。

 

「あつい…」

 

モゾモゾと布団をかぶり直しながらボソリと呟いた言葉と共に吐き出された吐息が、心無しかいつもより熱を帯びているように感じた。

重い瞼をだるさに任せて閉じながら、俺は今朝の出来事を思い出す。

 

 

…嫌な予感は朝のうちからしていた。

体の疲れがとれていないような気だるい感覚。

最初は気のせいだろと自分の身体に言い聞かせて、朝食を食べるべく既に起きているであろうみんなの元へと向かったのだが…

 

まず最初に俺の異変に気がついたのは、せっせとテーブルに皿を並べていたアクアだった。

 

「どうしたのカズマ!?あんた、大好きだったアニメの最終回を寝落ちして見逃した挙句、翌日うっかりSNSでネタバレ見ちゃった時ぐらい死んだ魚のような目をしてるわよ!?」

 

…確かこんな感じのことを言っていたと思う。

 

「…声がでかすぎて頭に響く…もうちょっと静かにしゃべってくれ」

 

そう言って力なく椅子に座り込む俺にズカズカとアイツは遠慮なく近づいてきて、額に手を押し当ててきた。

 

「ちょっ!熱すごい!めぐみん!ダクネス!こっち来て!カズマが大変なの!」

 

まるで腫れ物でも触ったみたいに手を引っ込めたアクアがパーティーメンバーの2人を呼んでいる間、ぐらつく視界の中で俺はこのだるさがやっぱり気のせいでは無いことを察していた。

 

「カズマ!大丈夫ですか!どうしたんですか!?」

 

次に声をかけてくれたのは、アクアから呼ばれてすっ飛んできたくれたのであろう料理当番のめぐみんだった。

慌てて来てくれたのは、エプロンを着たままであった事からすぐ分かる。

「いやちょっと…風邪かも」

 

「本当にただの風邪なのですか?それにしてはとても顔色が悪いのですが…」

 

「そうだぞカズマ。無理はしない方がいい。病気ほど恐ろしいものは無いからな」

 

心配そうに眉を顰めオロオロするめぐみんの背後から、普段の変態性はどこへやら。

険しい真剣な表情を浮かべたダクネスが現れた。

 

みてくれだけならトップクラスの俺のパーティーメンバー美女3人が、じっとこちらを見ながらちょっと過剰に心配するという一見羨ましい状況になっているのも無理はない。

 

…この世界の病気には回復魔法が効かないのだ。

それだけじゃなく、病気が原因の死は寿命扱いとなりリザレクションでも蘇生不可能。

つまり[病死=ゲームオーバー]ってわけだ。

 

既に天界規定とやらを破って何度も蘇生させてもらってる身としては、万が一何かしらズルで生き返れるような方法があっても頼みにくい。

というかこれ以上エリス様に迷惑かけられない。

 

「とにかく医者を連れてくるのよ!あと念のため薬も!」

 

「そ、そうですね!ではその間カズマには安静にしてもらわないと!」

 

「では私がカズマを部屋まで運ぶ!アクアとめぐみんは医者と薬を!」

 

何か大騒ぎになってきたな。

 

慌てて屋敷を飛び出して行くめぐみんとアクアを見て、めぐみんのエプロン姿は他の奴に見せたくないから脱いでから行ってくれないかなとか、医者ってやっぱりあの呪術師のおっさんのことだよなとかぼんやりしながら考えていたら、ぐわんと視点が一転して…

 

「おいダメネス。お前病人を運ぶのにこのやり方はどうなんだ?」

 

なすすべなく肩に担がれ、まるで馬小屋に敷く藁のような運び方をする力自慢のクルセイダーに俺は思わずツッコミをいれてしまった。

 

「文句をいうな。これが一番楽でいい。あとこれ以上変な呼び名をつけるのはやめろ」

 

自分たちだってカスマだのクズマだの好き勝手に散々言ってるくせに…

 

「お前は楽かもしれないけど俺は結構きついからなこれ。せめて腰の辺りを持ってくれない?後ろに比率が偏ってでかいケツがおでこにバンバン当たるから痛いんだよ。お尻の筋肉まで鍛えてるのかよお前は。女の子の柔らかさじゃねーんだよ」

 

「ぶっ殺すぞ貴様!体調が悪いからって言いたい放題か!」

 

「お?なんだ?病人に手を出すんですか?え?ララティーナお嬢様!」

 

「こ、このっ…!…はぁ…もういい」

 

一瞬動きを止めて俺を投げ飛ばそうとでもしたのか、妙な浮遊感を感じてやばい言いすぎたかと血の気が引いたが、どうやら寸前で思いとどまってくれたようだ。

 

「まったく…アクアも前に言っていたが、めぐみんは本当にどうしてこんな男を…」

 

「お前人のこと言えるの?」

 

俺の言葉を無視して、相変わらずブラブラと病人の身体を肩に担ぎながらダクネスがガチャリと扉を開く音と共に、逆さになっていても見慣れていると感じられる部屋の景色が視界に飛び込んだ。

 

うん。俺の部屋だ。

 

「よし。じゃー二人が戻ってくるまで横になっておくとするか。ダクネスありがt」

 

「もう…お前だけの身体じゃないんだ。めぐみんの為にもしっかり休んでおくんだぞ」

 

どっかりとベッドに俺の身体を下ろしてくれたダクネスに感謝の言葉の一つでも言ってやるかと口を開こうとしたら、なんだかとんでもない発言が聞こえてぶわっと全身に汗が噴き出してきた。

 

「おい…え…お前何?俺とめぐみんがどこまでいったか知ってるの?なんで?めぐみんが言ったの?『私とカズマは大人の階段登りましたけどダクネスはまだなんですか?』とかドSな事言ったの?あいつが?」

 

「は?…いや…私はただカズマとめぐみんが付き合ってるということは知っていたからそれで…え?その言い方だともしや…」

 

うわぁぁぁ!!!

しまった早とちりしたぁぁぁ!!!

なんだコイツお前だけの身体じゃないとか紛らわしいこと言いやがって!

 

慌てて寝がえりをうってダクネスに背を向け掛け布団に全身すっぽり隠れてみたが、一瞬でそんなものは剥ぎ取られた。

 

「お、お前とうとうめぐみんに手を出したのか!ヘタレのお前が一線を越えたんだな!カズマ!どうなんだ!ん!?どんな鬼畜なプレイでめぐみんの小さな身体を苦しめたんだ!言ってみろ!」

 

「ちょ!なにとんでもないこと口走ってんだこのド変態が!顔赤くしてはぁはぁして、その世間知らずなドM思考脳味噌でお前こそいったいどれだけ卑猥な姿になってるめぐみんを妄想してんだ!俺にもちょっと教えてください!」

 

「お前もだいぶひどいことを言ってるぞ!?だが私の事をド変態と罵ってくれたことには感謝する!さぁ!もっと罵倒してくれて構わないぞ!」

 

「…二人とも仲良く元気そうで何よりですね」

 

「「あ」」

 

わーわーぎゃーぎゃーと具合が悪いことも忘れていつの間にか取っ組み合いながらベッドの上でじたばたしていたら、走っていたせいか頬を汗で光らせためぐみんが大きなため息とともに、呆れたような視線で俺たちを部屋の入口から交互に見ていた。

 

「扉も閉めずに何をやっているのですか?それだけ大騒ぎできるなら平気でしょうけど、一応カズマは体調悪いん…ですよね?」

 

「ああああ当たり前だろ!見てわかる通り、俺は病気で弱ってるところを発情したダクネスに襲われる寸前だったところだ!」

 

「あーっ!貴様はまたそうやって…!」

 

疑わしそうにジト目で睨むめぐみんに慌てて弁解しながらダクネスに胸倉を掴まれていたら、身体が不調であることを思い出したかのように視界が歪み始めてきた。

 

「うっ…やば」

 

上半身を起こしているだけでも辛くなり、どさりと枕に向かって倒れこむ。

 

「お、おいカズマ!?大丈夫か!めぐみん医者は?」

 

「じ、実はその件で報告に来たんですけど、あの人今遠くに出かけているらしいのです!数日の間帰ってこないと…」

 

「なんだと!?」

 

マジかよあのおっさん。

こんな時に限って…

 

「では薬は?」

 

「それならもうすぐアクアが持ってくるはずですが…」

 

そう呟いて廊下まで様子を見に行っためぐみんが、こちらに向かってグーサインを出した。

どうやらもうすぐそこまで来ているようだ。

 

「待たせたわねカズマ!私が来たからにはもう大丈夫よ!安心しなさい!」

 

なんて言葉だけなら頼りになる事を言いながら、足音と鼻息を荒くしたアクアが無遠慮に部屋に飛び込んで来たと思ったら、フンっと枕元に紙袋を置いてきた。

 

「買ってきてくれたことには感謝するし、お前が1人で無事にお使いを果たせた事に感激もする。けど残念だったな。もう少し静かにしてくれたら満点だったのに」

 

「やーねーカズマさんたら可愛げ無いこと言って照れちゃって。まぁこんな美人3人に囲まれてチヤホヤされてちゃ無理もないけどね!」

 

「3人…めぐみんとダクネスに…あとひとりはどこだろう?」

 

無言でもみあげをひっぱって抗議してくるアクアから俺が視線を逸らしている間に、めぐみんが紙袋の中身をゴソゴソと確認する。

 

「とりあえず解熱剤でも飲んで、しばらく横になっていましょう。症状が悪化するようでしたら、あのお医者様をどんな手を使ってでも連れてきますので」

 

ポンポンと優しく頭を撫でながら言ってくれる彼女は確かに心強くはあるのだが、あまり無茶はしないで欲しい。

めぐみんは爆裂魔法で脅して強制連行ぐらいの事は平気でしそうだからな。

 

「カズマが何を考えてるか、手に取るようにわかりますよ。ホントに分かりやすい表情をする人ですね」

 

「ほー。じゃー言ってみろ」

 

「どうせ私が爆裂魔法で脅して無理やり医者を連れてこようとするのではと心配していたのでしょう」

 

「ブッブー。ゼンゼンチガウヨ」

 

ドヤ顔で自信満々に言い放っためぐみんに何を言おうが間髪無く否定の言葉を差し込むつもりだったので言ってやったら、瞳をキラリと輝かせてノシノシと大股で接近してきた。

 

「なんですかその棒読みは!図星でしょう!あなたの考えていることなんて、私にはまるっと全てお見通しなんですよ!」

 

そんな胸の大きさと実家の懐事情が共通してるどこかのマジシャンみたいなことを言いながら、めぐみんがもう片方のもみあげをグイグイと引っ張って…!

 

「おぉぉい!お前らそれ地味に痛いからやめろ!分かった!分かったから!お前らの言い分は認めるから!ダクネスもさっきから何黙ってハァハァしながら見守ってんだ!ちょっと手伝ってくれ!ぬ、抜けるっ!髪の毛が抜けるからぁぁぁぁぁっ!」

 

 

…ってな感じで、いつもとそう大差なくドタバタした朝だった。

という所で話は冒頭に戻るわけだ。

わざわざ体調不良でも食べやすいよう俺の分だけ朝ごはんをアレンジしてくれためぐみんに多大な感謝をしつつ、みんなが俺の部屋で食事をしていってくれたあと。

彼女達にずっと見守っててもらうわけにもいかず、かと言って今日は特にやるべき事があるわけでもなかったので、解散して自由に過ごしてもらっている。

アクアは『カズマが動けないあいだにたくさんお金でも稼いで驚かせてあげるわね!私、実はとてもいい方法を思いついちゃったの!上手くいけば明日には別荘ができてるかも!というわけで行ってくるわ!』とかなんとか言っていたかもしれないが、多分気のせいだ。

俺は何も聞いてない知らない大丈夫。

自分の金は自分でしっかり管理してあるしな。

 

もし翌日あいつにお金貸してと言われても絶対に貸さないようにしようと胸に誓い、瞳を閉じてさぁ夢の世界に行って身体を休めるぞって時だった。

 

コンコンッ

 

「…あい?」

 

扉を軽くノックする音。

閉じかけていた瞼でパチパチと何度か瞬きをして、俺は気のこもっていない声で返事をする。

 

「わ、私です。入ってもいいですか?」

 

まぁ実は何となく予想はついていたのだが、めぐみんの声だった。

 

「あぁ、めぐみんか。いいよ」

 

布団から頭だけすっぽり出して、おずおずと部屋に入ってきた彼女の姿を確認する。

 

「どうした?俺がいなくて寂しくなっちまったか?」

 

はははと乾いた笑い声をあげながら半分冗談で聞いてみたのだが、彼女は無言でコクリと頷きながら部屋にある椅子をベッドに横たわる俺の目の前まで運んできて、そこに腰掛けた。

…パンツ見えそうですとか指摘する空気では無いことぐらい俺にも分かるが、正直目のやりどころに困ります。

 

「それもありますけど…本当に心配なんです。カズマは今まで何回も死んでますけど、病死だけはアクアのリザレクションでもどうにもならないんですよ?」

 

膝の上で組まれていためぐみんの手が若干震えていることに気がついて、俺は思わず彼女の顔を見上げる。

めぐみんは…そう、例えるならダクネスが自分の盾になって死の宣告をくらってしまった時や、ウォルバクに爆裂魔法でトドメをさしてしまった直後のそれに匹敵するぐらい顔面蒼白だった。

…こいつ、そんなに心配してくれてたのか。

アクアとダクネスの前では、ここまで態度に出していなかったのに。

 

「…っ!…ご、ごめんなさいっ!なら早く体調を戻してもらうために寝ててもらった方がいいですよね!私とした事が迷惑をかけてしまいました!」

 

「ま、まぁ待てよ!お前が俺に迷惑かけてるのは今に始まったことじゃないだろ?」

 

黙ったままの俺に何を思ったのか、勢いよく立ち上がっためぐみんが回れ右をしたところを慌てて止める。

 

「え?」

 

「良いからここにいろって言ってんだ。その方が…その…俺も嬉しいからな」

 

言ってるうちに恥ずかしくなって天井にぷいっと視線を逸らしてしまったが、頬が熱くなってるのは自覚出来た。

というかマジではずかしい。

何言っちゃってんだ俺。

…いやでもめぐみんとはもう付き合ってる男女って関係なんだし、このぐらい言い合うのは普通なのか…?

んんん!?どうなんだ!?わからん!

 

「…ぷっ」

 

「おい。何笑ってんだ」

 

「いえ。やっぱりカズマとこうして一緒にいると、すごく心地いいなと思いまして」

 

そんなドキドキさせるようなことを言いながら、そっと手を添えてくるのは本当にずるいと思う。

 

「で、でもほらあれだ。ずっとここにいたら俺の病気が移るかもよ?無理すんなよ?」

 

「私こそ、ホントにここにいて良いんですか?眠りたくないですか?」

 

「本当に寝たかったらお前がこの部屋にいたって俺は眠るぞ。何があろうと自分が眠りたい時に好きなだけ眠る。それがポリシーだからな」

 

「そのポリシーとやらはあまりかっこよくないですね」

 

余計なお世話だ。

 

「「…………」」

 

めぐみんはそれっきり黙ると、添えた手を握る力だけを強めてじっと俺の瞳を覗き込んでいた。

彼女の紅い瞳にくっきりと俺の顔が移り込んでいて、それを確認したことで初めて自分もめぐみんのことを見つめていたことに気がつく。

 

「あの…めぐみん?そんなじっと見つめられると、なんか凄く照れくさいというか恥ずかしいんですが…」

 

そういえば前にもすぐ隣に座っていた彼女に、こうしてじっと見つめられたことがあったなと思い出す。

 

「そうですか?私は今とても満ち足りた気持ちですけど」

 

俺ですらめったに拝むことができない見惚れるようなふわりとした柔らかい笑みを浮かべながら、めぐみんは視線をちっとも動かさない。

それどころかグイっと顔を近づけてきて色気溢れるようなことを…

 

「そういえばカズマ。ちゃんと薬は飲みましたか?」

 

「あ」

 

そういうわけではなかったらしい。

だがすっかり忘れてたな。

ちゃんと飯も食わせてもらったんだから、ここはしっかり飲んでおかないと。

 

「それにしてもめぐみんの料理は本当に美味いよな。こう…家庭的な味って感じで。すごく優しい味がする。実はお前もこっそり料理スキルとかとってたりしないか?」

 

「今更何を言わせるのですか。私はアークウィザードですし、そもそもスキルポイントは全て爆裂魔法関連の項目に突っ込んでいます。あなたが私の進むべき道を示してくれたあの日から、そのことに迷いを感じたことはありませんよ。つまり私の料理の腕はスキルに頼らない実力ということなのです。でもそんな風に褒めてくれるのはとても嬉しいですね。ありがとうございます」

 

なんだろう。

二人っきりだからだろうか。

普段は恥ずかしすぎて面と向かって言えないようなことでも、ポンポン口に出してしまう。

その空気ですごく幸せな気分になり始めてきてる俺は、もうめぐみん無しじゃ生きていけないのかもしれない。

 

「そっか。良いお嫁さんになるよお前は」

 

そんなピンク思考に脳をやられていたからだろう。

思わずラブコメ作品のお約束みたいなセリフを言ってしまった。

流石に照れくさすぎると思って固まってしまったが、ふふんと薄い胸を懸命に反り返らせて私すごいでしょうアピールをしていためぐみんはそのまま得意げに

 

「それはよかったですねカズマ。そんな良いお嫁さんの旦那さんになれるのですから」

 

なんてことを恥ずかしげもなく言ってきやがった。

…最近こいつの大胆発言にも少し慣れてきたんじゃないかと思っていたが、それは気のせいだったらしい。

明らかに体調を崩しているのとは別の理由で高まる頬の熱に耐えきれなくなり、ばさりと掛け布団を頭からかぶる。

 

…やばい顔がニヤケるのも止まらねぇ。

 

「おや?照れているんですかカズマ?どうしたんですか?カズマの可愛い照れ顔私にしっかりはっきり見せてくださいよ!」

 

「うるせぇー!見せられるかこんなだらしない顔!余計に体調が悪化するわ!」

 

「おっと。それは大変ですね。では早く薬を飲みましょう。私が準備してあげますので」

 

クスクスと小さな笑い声が聞こえてまた一本取られたちくしょーと思いながらも、でもこいつやっぱりかわいいとか感じてしまうあたり、俺はもう本当にダメだな。

 

「ところでカズマ。こういう時男性は好きな女性に口移しで飲ませてもらうと特に元気になるらしいのですが、本当ですか?」

 

「お前はたまにとんでもない知識を持っていることがあるけど、そういうのはどこから吸収してきてるの?」

 

こっそりと目元だけ布団から出して、紙袋の中からいかにもこれは薬ですといわんばかりの液体が入った小型三角フラスコのようなものを取り出すめぐみんの後ろ姿を見ながら、本当にそろそろ教えてもらいたいので聞いてみる。

というか、口移しなんてされたら元気になるのは体調だけじゃすまないからな。

 

「私だって、カズマに喜んでもらうために日々勉強しているということです」

 

…勉強ぅ~?

 

「…なんのだよ。いかがわしい本でも読んでるんじゃないだろうな?」

 

「は!?ち、違いますから!ただの恋愛指南本ですよ!…あっ」

 

………

いや、ちょっとからかっただけでそんなすぐに暴露するとは思いませんでした。

とゆうか普通の恋愛指南本に本当にそんなことが書いてあるのか。

俺も後日是非読ませてもらおう。

 

「そそそそんなことより早く薬を飲みやがれください!」

 

「待て落ち着け!お前テンパりすぎて言葉遣いおかしくなってるぞ!俺のためにそんな本まで読んでくれていた事は素直に嬉しいから!」

 

「あああああ!!!言わないで!言わないでくださいっ!恥ずかしすぎて死んでしまいますっ!」

 

例の三角フラスコを俺の胸元に押し付けて、顔を両手で覆い隠すとめぐみんは俯いてしまった。

…そこまで恥ずかしがる必要はないと思うのだが、どうやら彼女にとっては俺に知られたくない秘密だったらしい。

フム…これはまたからかう材料が出来たぞ。

 

「何をニヤニヤしてるんですか!そんなに口移しして欲しいんですか!?」

 

「それは俺が健康な時に薬以外でぜひ頼む。病気を移したくはな…ってお前、なにしてんの?」

 

やけくそになっているのか、一度は俺に押し付けた薬を再度むんずとひったくると…

 

「カズマ!先に言っておきますけど、抵抗するとこぼれてしまうので大人しくしていてくださいね!んむっ!」

 

「は?っておぉぉい!?だから何やってんだお前やめr…むぐっ!?」

 

いきなりそれを口に含んだめぐみんに手で両頬を抑え込まれたと思ったら勢いよく口づけされた。

というかコイツマジで口移しするつもりかよ!?

 

「んっ!…んんん!!!」

 

上手く口内に流し込みきれなかった薬が口端からトロリと流れ出すのを感じる。

それでも大半はヌルッと挿し込まれてきためぐみんの舌に乗って、彼女の唾液と共に俺の喉を通過していった。

…なんて冷静に状況判断してる場合じゃねぇ!

あぁくそダメだ!こんなことしてたらめぐみんに病気が移っちまう…!

そう…頭ではわかっているのに…苦みの強い薬だったのにめぐみんの唾液は甘く感じるしでもう…わけわかんねぇ…脳が壊れそうです!

 

「んっ!…はぁ…っ!」

 

「ちゅぷっ!んはぁ!はぁ…はぁ…!かず…まぁ…ん!!!」

 

薬はとっくに飲み干していたが、それでもめぐみんの口付けは止まらず俺の口を蹂躙し続けていた。

やばいやばいって!これは危険すぎるキスだ!この空気に流されちまう…!おおおお落ち着け俺落ち着け落ち着け!!!

 

「…ちゅっ!」

 

舌が絡み合い吸いあう快感に頭と視界がぼーっとしてきたところでひときわ大きなリップ音を鳴らしながらやっと解放してくれためぐみんが、てらてらと光る口元をペロリと舐めとる妖艶な姿に心臓が期待と興奮でバクバクと高鳴る。

 

こんなの無理だ。

こんなことされてそんな姿見せつけられて、我慢なんてできるわけないだろ!

ずるい!女って本当にずるい!

 

「ごめんなさいカズマ。どうしても試してみたくて…だけどこれ以上は体調を悪化させてしまうかもしれません。今日のところはこの辺で…」

 

そうやってまた俺の理性を溶かすようなことをめぐみんがいっt…ってあれ?

 

「え?これでおしまい?」

 

続きをする意思はないらしいめぐみんの言葉に思わず期待を口にしてしまった。

…いや確かに健康状態とは言えない身体でこれ以上はやめておいた方がいいのかもしれないが…

 

んんん…でも…えぇぇぇぇ……

 

「それじゃーカズマ。また元気になったら…続きをしましょう。薬も飲んだことですし、今日はゆっくり休んでいてください」

 

「へ?あ…お、おぅ…その…今日はありがとな」

 

「いえいえ。あなたが危ないときは私がいつでも助けに来ますよ」

 

そんな嬉しい事を言ってくれながら立ち上がると、めぐみんは悶々としている俺に気が付いているのかいないのか、そのままとことこと部屋を退出してしまった。

 

…………バタンッ

 

「あああああちくしょうぅぅぅ!!!ほらみろあんな色っぽいキスするから、俺のマイシンボルだけ既に元気いっぱいで大変なことになっちまったじゃねぇか!!!早速ピンチだよ!助けてくれよ!」

 

めぐみんが部屋の扉を閉じた瞬間。俺はベッドの上をゴロゴロと転げまわりながら文句を言いつつ、この鬱陶しい病原体が死滅したら彼女ですら恥ずかしがっていやいやという凄いことを、それこそいやというほどしてやると誓った。

 

 

…結局俺の症状はただの風邪ですぐに直ったのだが…。

まぁ…お約束というかなんというか。

めぐみんに移ってしまっていて看病することになるのはまた別のお話だ。

 

 




※薬の口移しは色々危険なので実際にやるのはやめましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕限定クエスト

数日遅れの七夕ネタ。
オリジナル設定多し。
カズめぐ要素は後半に集中しています。
でも、もっとイチャイチャさせてもよかったかも…


「さーて、午後に起きるのが当たり前だと思っているニート気質が抜けないカズマさん。今日は何の日でしょう!」

 

「知らん。アクシズ教が設立されちゃった残念な記念日か?」

 

まだまだ脳に眠気が残るお昼過ぎ。

あくび混じりに居間のソファーに腰を下ろす俺の回りを落ち着きなくグルグル歩きながら、アクアが鼻息を荒くして言ってきた言葉に気のない返事をしてやる。

 

「違うわよ。そんな私の誕生日とほぼ同じ意味の大切な日だったら、今頃アクシズ教徒達の子が世界中の街でお祝いの飾り付けをしているわよ」

 

そんな恐ろしい日は一生来て欲しくないのだが、既にこの世界で1年以上の時を過ごしていてまだ見ぬ光景であることを考えると、流石に嘘だろう。

あの人達ならやり始めてもまったく驚かないけど。

 

「あとアクシズ教設立の日が残念っていうのは取り消して。今すぐ取り消して」

 

「はいはいごめんごめん。それで結局なんの日なんだよ」

 

「あんたほんとにいつか天罰を与えてやるからね…七夕よ!今日は日本で言うところの七夕なの!」

 

なるほど。

最近クソ暑くて気にしてる余裕が無かったが、確かにそんな時期かもしれない。

ソファーにふんぞり返ったままあくびを絶やさず聞き流す俺に、アクアはピクピクと眉を痙攣させながら話を続ける。

 

「今年はアクセルの人達に私が事前に伝えておいたから、ギルドで限定クエストが発行されているはずなのよ!」

 

そう言えば去年はこっちの世界じゃ無かったもんな。

バレンタインデーとホワイトデーの事を俺がアクセルの街中に言いふらしたみたいに、アクアは七夕について言い回っていたのだろう。

コイツはこういう時だけ手回しが早くて用意周到だよな…って言うのは人のこと言えないか。

でも俺にはギリギリまで教えてくれないし。

それに…

 

「アクアはなんでそんなに七夕にこだわるんだ?」

 

正直彼女が楽しみにするような理由が分からなかった。

 

「織姫と彦星の事はむかーしお世話してあげててね。だから毎年この日は願い事をしてるの」

 

「…なんだって?」

 

「去年は誰かさんのせいでそれどころじゃなくなっちゃったけどね!」

 

織姫と彦星って実在するのかよ!?

しかもアクアがお世話してあげてただと!?

あの二人の話はかなり昔から伝わってると思うんだが…

 

「お前ほんとに何歳なの?」

 

「次同じ質問したら、貴方の男としての機能を全停止させますよサトウカズマさん。私のいた場所は貴方のいた世界と時の流れが違うと言ったはずです」

 

「わ、分かったよ謝るよ。…ところでめぐみんとダクネスは?姿が見当たらないんだけど」

 

ニッコリと微笑み表情に影を差しながら似合わない丁寧な口調で喋るアクアがちょっと怖かったので、話題をうちのパーティーメンバーの事に移しチラチラと部屋を見回す。

あの二人ならこの時間帯には起きてるはずなのだが。

 

「ギルドで限定クエストが発行されてるって言ったでしょ!めぐみん達は今部屋でその準備をしてるのよ」

 

「あぁそれそれ。限定クエストってなんだよ?みんなで笹の葉に吊るす願い事を用意しろとかそんなのか?」

 

「何をあまっちょろいこと言ってるのかしらカズマは?その笹を討伐して用意するところから自分たちでやるに決まってるでしょ」

 

七夕だしそんな危険なことは無いだろうという俺の考えは、よく分からない分かりたくもない理由であっという間に打ち砕かれた。

 

「笹を討伐という理解に苦しむワードまでは100万歩譲って良しとしよう。俺ももう慣れた」

 

自分で言ってて頭が痛くなるが、そういう常識に囚われてはいけないのがこの世界だ。

それに畑から秋刀魚が取れることに比べたら、野菜が飛んで跳ねるこの世界で笹に襲われるなんぞまだ分かる方なのかもしれない。

 

…大丈夫だよな?

俺変なこと言ってないよな?

 

「でも去年まで七夕なんて習慣がなかったこの世界で、どうして都合よく笹が現れてしかも討伐なんて事になるんだ?」

 

「あー、それなら笹に似てた植物型モンスターを私がたまたま見つけて、勝手にそいつを笹ってことにして話を広めたからよ」

 

「とんでもないなお前」

 

おおよそ女神とは思えないアクアの言葉で、そのモンスターに同情を覚えてしまう。

 

「あっ!カズマ!やっと起きたんですか!相変わらず寝坊助ですね」

 

俺がドヤ顔のアクアにドン引きしていたら、めぐみんの嬉しそうな声が上から聞こえてきた。何やらいつもよりダボダボで露出の少ないローブを羽織りながら、2階からニコニコと俺の傍に走り寄ってくる。

 

「寝坊助で悪かったな。早く起きて欲しかったら、俺が喜んで飛び起きるぐらいの凄いことでもやってみろ」

 

「どうせエッチなことでしょう」

 

「…そ、そこで即答すんなよ」

 

カズマの事なんてなんでもお見通しですよと言いたげな微笑みをクスクスと浮かべるめぐみんが、ソファーに沈み込むように座っていた俺の腕を引っ張りあげて立たせてくるほど密着してきて、頬の熱が増していくのを感じた。

そんなこと言われると健全な思春期の男子である俺は、期待で色々と妄想してしまうんだが。

 

「そしてその格好はなんだ。夏だってのに暑くないのか?」

 

彼女の頭をグリグリと撫でつつ押し返して、照れと内心を誤魔化しながら聞いてみる。

肌を露出してるのが顔ぐらいしかないし、見てる方が暑くなるぐらいの格好だ。

しかし俺の疑問にはめぐみんの方が小首を傾げた。

 

「笹の討伐に行くんですよね?カズマこそ普段の格好では軽装すぎないですか?貴方の装備の制限がキツいのは知ってますが、怪我しちゃいますよ。まぁそうならないように私が全力で守りますけど」

 

「ちょっと待て。めぐみんの守ってあげる発言は男として複雑な気持ちになるし、笹ってそんなにやばい奴なのか?聞いてないんですけど」

 

俺の不安そうな声に眉を顰めためぐみんがアクアの方へと視線を動かしたので、それを追ってみる。

 

「そりゃーヤバイわよカズマ。何せカッターみたいな葉っぱ飛ばしてきたり、ムチみたいな蔓を地面から生やして振り回したりするんだから。めぐみんみたいな後衛にもいつ攻撃が飛んでくるか、油断出来ないの」

 

「それを早く言って欲しかったかなぁ」

 

もう本当に行く気が失せてきたのだが、座り直そうとしてもめぐみんがさりげなく掴んでる腕を離してくれそうにないし、俺だけ反対しても女性陣は何故かやる気満々みたいだし、コイツらだけで行かせたらろくな事にならないからな…

 

でも、そんな物騒な化け物が本当に笹に似てるのか?

既に不安もいっぱいなんだが。

というかめぐみんもその情報知ってたってことは、もしかしてうちのメンバー最後の1人ダクネスも…

 

「待たせたなみんな!さぁ!早速限定討伐クエストに行こう!」

 

「おっ、来たか…って」

 

バタンと扉を勢いよく開けて、足音荒くちょうど良いところで姿を表した変態クルセイダーの格好はというと…

 

「おい。目のやり場に困るぞ痴女ネス」

 

「そうですよエロネス。ちゃんと服を着こんで来てください」

 

「私だって、ずっとお肌を傷付けたダメネスに付きっきりは嫌だからね」

 

ノースリーブのキツキツなへそ出しシャツに、下着の生地がはみ出るんじゃないかと思うぐらいのショートパンツという、めぐみんとは対照的に露出度の高い格好だった。その中で一切露出してないのに白いシャツの生地に締め付けられて強調されているお胸が、そりゃーもう大変なことになっていらっしゃる。

夏場だということを考えればそこまで浮いた格好ではないかもしれないが、戦う時の彼女は鎧姿とどこか俺の中で決めつけていたイメージと違うのはなんだかダクネスらしくないと感じてしまうし、何よりさっき聞いた笹の話から考えるとその軽装は違和感しかない。

コイツが笹の事を知っているならの話だが。

 

「わ、私だって好きでこんな格好をしているんじゃない!それとせめてまともな名前で呼んでくれ!」

 

「じゃーなんでだよ。クソ暑くて鎧は蒸れるのか?それこそお前なら喜びそうだがな」

 

俺の言葉にめぐみんとアクアも両隣りでうんうんと頷いてるのを見て、ダクネスが何故か嬉しそうに身体をくねらせ始めた。

 

「そ、そうだろう?だが私は今回考え直してみて迷ったのだ。笹という怪物に力及ばず嬲られるのと、鎧の中でじわじわと蒸されるのはどちらがより快感を得られるかt」

 

「もういいぞ黙ってろ」

 

どうやら笹がどんな相手かはめぐみん同様知っているらしい。

つまりこいつはいつも通りのドM脳により、敢えての薄着で参戦するということか。

思いっきり好きでその格好してるじゃねぇか!

って突っ込むのもめんどくさい。

 

「自分から聞いておいてその仕打ち…流石だカズマっ!ハァハァ…」

 

「はいはい。んじゃーもう行こうぜ…ってあれ?アクアは?」

 

薄着のくせに既に額に汗を浮かべて恍惚とした表情を浮かべる変態に構ってやっていたら、いつの間にか傍にはめぐみんしかいなくなっていた。

 

「ついさっき、もう我慢出来ないと言った感じで出ていっちゃいましたけど…」

 

彼女の視線の先を見ると、開け放たれていた屋敷の入口から土煙をあげて走ってるアクアの後ろ姿が見え…って!

 

「おい待て止まれ駄女神!ダメだアイツ1人で行かせたら失敗して大泣きしてる未来しか見えない!俺達も急ごう!」

 

 

----------

 

 

「はい!確かに!それではお気を付けて行ってらっしゃい!」

 

冒険者ギルドにて、アクアの予想通り七夕限定クエストで盛り上がる冒険者たちの波と熱気に揉まれながら、俺たちは何とか受付を済ませ終えた。

 

「しかしすごい人数だな。めちゃくちゃ暑いし!」

 

クエストに行く前から熱中症を引き起こしそうなんだが!

 

「そりゃー願い事がひとつ叶うんだから、誰だって受注するわよ」

 

「願い事が叶うかどうかなんて分からないだろ?」

 

「私が織姫と彦星に連絡さえ取れれば大体の願い事は本当に叶えて貰えるんだけど、今は誰かさんのせいでこの世界から出られないからねぇ…」

 

「え?」

 

チラチラと鬱陶しく視線を流してくるアクアが、今さりげなくとんでもないことを言ったんだが!

アクアが織姫と彦星に頼めば確実に叶えてくれるって言うのか!?

お前がしてるのも普通のお願い事だと思ってたよ!

どんだけお世話してあげてたんだ!

…いや、コイツの事だから何か弱みを握ってる可能性もあるな…下手するとあの二人が1年に1度しか会えなくなっている原因に絡んでいたり…

うん。可能性を否定しきれてやれないのが残念だ。

俺の後を着いてきていためぐみんとダクネスも目を見開いて驚いてるぞ。

 

「ちょっと待ってくれ。冒険者たちは皆、本当に願いが叶うと思っているんだぞ。もちろん私もそう聞いていたのだが?」

 

「私も願い事が1つだけ確実に叶うと聞いていたのですが!どういう事なんですかアクア!」

 

二人がノッシノッシと両サイドからアクアに詰め寄る中、俺はなんでコイツが今回妙にやる気を出しているのか察しがついていた。

願い事が1つ確実に叶うならこのやる気も理解できる。だが、アクアは自分で彦星と織姫に連絡が取れないから今年それは無理だと断言していた。

つまり…

 

「お前、七夕は誰でも確実に願い事が1つ叶う行事だって盛って話をしたまではいいものの、予想以上に広まりすぎてクエストにまでなっちゃったから、収拾つかなくなってあとで真相がバレて冒険者たちにボコられるのが怖くなってきて、自分たちで笹を独占して誰にも願い事させないつもりなんだろ」

 

「…う…」

 

「う?」

 

「うわぁぁぁぁ!!!たすけてカズマさぁぁぁん!!!そのとおりなのよぉぉぉ!!!」

 

俺の言葉に笑顔を凍らせて固まったと思ったら、ワンワン泣き崩れ始めたうちの女神様がズルズルと這い寄って来る姿を見ながら、深いため息をつかずにはいられなかった。

 

「アクアにしてはうまくごまかしてた方だけどな。ほら、泣いてないで立ち上がれ」

 

さて…コイツが俺のパーティーメンバーだという事を知らない人は、もはやこの街の冒険者の中にはいないだろう。

つまり、彼らの怒りの矛先がこっちにも向かう可能性があるわけで…

うん。よし。やっぱり俺はこのクエストに参加しないわけにはいかないらしい。

 

「めぐみん。ダクネス。協力してくれ」

 

「当たり前じゃないですか」

 

「うむ。もちろんだ」

 

考えを察してくれたのか、今までの経験が生きているのか。

願い事の件で少し残念そうにしながらも、めぐみんとダクネスは二つ返事で快く引き受けてくれた。

 

「ありがとう!ありがとうねみんな!お礼に私の祈りを込めたまんまる石をあげるわね!」

 

「「「それはいらない」」」

 

 

----------

 

 

アクアの事情を聞いたあと出遅れればそれだけ不利になるので、急いで笹が出現すると言われているまばらに木々が生えた草原まで赴いたのだが…

 

「うわぁぁぁ!!!そっちに攻撃飛んでいったぞ!」

 

「なんだってぶへぁ!!!」

 

「ちくしょぉぉぉ!!!こんなデカいなんて聞いてねぇぞ!」

 

この時期の木陰は涼しくてありがたいなんて呑気な事を考えられたのは最初だけ。

先にクエストの場所までたどり着いていた冒険者たちが右往左往しながら対処していた笹の姿を見て、俺のやる気はガリガリ削がれていた。

 

「なぁ、やっぱりもう帰らないか?願い事はどうせ叶わないんだろ?」

 

笹は…

めっちゃ大きかったのだ。

それこそ背丈で言うならデストロイヤー並で、周りの木々よりひと回り飛び抜けていた。

冒険者たちの言葉と開いた口が塞がっていないうちのパーティーメンバーを見る限り、アクアが発見した時は多分ここまで大きくなかったのだろう。

ということはなんだ?成長したのか?

それともコイツ1体しか見当たらないことを考えると、合体でもしたんだろうか?

クエスト詳細には笹複数体って書いてあったし。

 

「いてぇぇぇ!なんかムチみたいなので叩かれたぁ!」

 

「危ねぇぇぇ!!!笹の葉で兜の先っちょがっ!」

 

正に阿鼻叫喚の地獄絵図。

近寄る冒険者たちが暴れる笹に迎撃されてるという目を疑いたくなる光景に、こめかみが痛くなってきた。

 

「ダメだホントにもう帰りたい」

 

あんなサイズの笹の葉がカッターみたいに飛んできたら、身体が上半身と下半身で確実におさらばする。

 

「ちょっと待ってよカズマ!私嫌よ!またギルドのみんなに嘘つき偽女神とか言われるの!」

 

「何も間違ってないじゃん」

 

しかも今またって言ったな。

前にも言われたのか。

 

「間違ってるわよカズマのバカぁ!めぐみんめぐみん!爆裂魔法であの笹を爆殺しちゃって!私が見た時はあんなに大きくなかったから、これだけ人数がいれば楽勝だと思ったのよぉ!!!」

 

「えーっと…」

 

アクアと俺の顔を交互に見ながら困った顔をしているめぐみんの言いたいことは分かる。

冒険者たちの目的は笹の葉に願い事を吊るして叶えてもらうこと。

めぐみんの爆裂魔法なら確かにこのデカブツを仕留められるだろうけど、その場合は恐らく加減しても跡形も残らず消し飛んでしまうことになる。

そうなれば結局叩かれるのは俺たちだ。

そういう事だよな?という意味を込めてアイコンタクトを送ってみると、コクリと頷きながら

 

「あのおっきいので、このうずうずして辛抱たまらない欲求を満たしていいのですね!」

 

違うそうじゃねぇ!

俺の意見を尊重してくれるからこっちを見ているのかと思ったら、ただ爆裂欲が高まっていただけらしい。

やっぱりめぐみんはめぐみんだった。

 

「それは最終手段だからとりあえず待ってろ。そんで落ち着け。モジモジすんな」

 

しかし最近大人の関係になった恋人の彼女が言うこととはいえ、ここで後先考えず甘い判断を下してやるわけにもいかない。

めぐみんと違って俺はそんなにチョロい男じゃないからな。

 

「またお預けですか?どうしてもダメですか?」

 

しょんぼりと俯きローブの上からでも分かるくらい身体をくねらせながら、上目遣いで頬を染めて暑さのせいか息荒く頬にキラリと光る汗を流し、俺の袖を掴む彼女の紅く光る瞳を見たって…

……見たって……

………

 

「なんかめんどくさいしもうそれでいっか」

 

「待て待て二人とも!確かにあのサイズの敵は脅威だから排除することには騎士として賛成するが、爆殺してしまっては冒険者たちは結局不満を抱くことになるぞ!?あとアクアの顔が涙と鼻水で大変なことになってるからその辺に…」

 

じっと見つめ合う俺たちの代わりにストッパー役になってくれたダクネスが珍しくまともな事を言いながら指さす先を見てみると、周りの目なんて気にせず大声で泣きわめきながら座り込むアクアが俺の名前とバカという単語を交互に連呼していた。

ちなみに周りの冒険者達は既にこんな光景には慣れているので、誰も声をかけようとしない。

 

「し、仕方ない!私があいつの注意を引いて攻撃を受け続ける!その間にみんなで私ごとやつを攻めるんだ…!!!」

 

「お前も早まるな。ちょっと待ってろ」

 

コイツも自分の願望を叶えたいだけだろうが。

ダクネスならその格好でほっといてもやられることは無いだろうけど、目的は奴を倒すことだからな。

 

「まったく…お前らはホントにダメだな。ダメダメだ」

 

これだから俺がいないと成り立たないんだよこのパーティーは!

しょうがねぇなぁぁぁ!!!

 

「俺が凄腕冒険者の本気というものを見せてやろう」

 

「カ、カズマ…」

 

バサっと服を翻らせてゆっくりと笹に向かって歩く俺に、キラキラとした敬意と愛のこもった眼差しを送るめぐみんの存在を感じながら…

 

「ティンダァァァ!!!」

 

「え」

 

俺は火属性の初級魔法を放っていた。

 

植物型モンスターに火の攻撃が効くというのはRPGのお約束!

差し出した右手から、ボフッという音と共に魔力を込めて練り出された火種がやつのからだを…からだ…を…

 

「あれ?全然燃えないな」

 

元々攻撃用の魔法とは言えないので威力に期待はしていなかったが、それでもそこそこ多めに魔力を込めたつもりだ。

点火さえしてしまえば、あとはどうにかして弱らせられると思ったのだが甘かったらしい。

火がつくどころか、奴の敵意がコッチに向いてる気がする。

あ…まずい!

全身にビリビリとした危険信号が…!

 

「ダ、ダクネスゥ!出番だぞ!」

 

「よし!任せろ!『デコイッ!!!』」

 

笹が葉っぱを振りかぶったのが見えて、少しヒヤリとしながらうちの優秀な盾役の名前を呼ぶと、すかさず発動される囮スキル。

俺の敵感知スキルにすらほぼ存在を知らせてくれないぐらい、笹の敵意がダクネスに向いていくのが分かる。

 

ふぅ…とりあえずこれで暫くは時間稼ぎができるが…

 

「バカですか!?カズマもやっぱりバカなんですか!?貴方の魔力をいくら込めたって、初級魔法で笹を焼き尽くせる火力は出せませんよ!大体焼いてしまったら爆殺するのと変わらないでしょう!」

 

安心して暑さとは別の理由で額に湧き出した汗を拭っていたら、瞳を爛々と輝かせて興奮しためぐみんが俺の肩をゆっさゆっさと揺さぶりながら文句を叫んできた。

 

「それは分かってるけど、この短い時間でよーく考えた結果、俺に出来る最良の行動はちまちまとティンダーで奴を炙るという結果になったんだよ。少しぐらい焦げても木っ端微塵にするよりはマシだろ?あ、そうだ。風属性の魔法と絡めたら少しは火力が上がるかもしれない」

 

「この男は…!肝心な時に役に立たないですね!好きな人のかっこいい所が見れる。今回はどんなすごい方法でアイツをコテンパンにしてくれるんだろうと、ドキドキしていた私の気持ちを返してくださいよ!」

 

「そ、それはお前が勝手にドキドキしていただけだろ!めぐみんだって爆裂魔法が使えなきゃ何もできないじゃねぇか!このだめぐみん!」

 

「なっ…!い、言いましたね!よりにもよって私のかっこいい名前を絡めてバカにしてくるなんて許せません!いいでしょう。カズマのケンカ、受けて立とうじゃないか!」

 

俺の名前はかっこいいと思いますとか言いながらさんざんネタにしてるくせに!

さっきもダクネスのことを俺と一緒に名前で弄ってたくせに!

 

「ちょ、ちょっと!二人で争ってる場合じゃないんですけど!ダクネスのおかげで攻撃が他の人に来なくなったから、冒険者たちもドンドン笹を攻めてるんですけど!このままじゃ他の人に持ってかれちゃうんですけどっ!」

 

俺たちがお互いの頬を引っ張り合い始めたのを見て、アクアが涙で顔を濡らしたまま間に割って入ってくる。

確かに笹に向かって群がる冒険者たちがここぞとばかりに集中攻撃を仕掛けているのが見えるな…。

あと蔓のムチっぽいもので肌を打たれて気持ちよさそうな顔してるダクネスも。

冒険者の何人かはそんな彼女に目を奪われているようで、まだ笹に致命傷を与えるに至っていないようだが。

 

「ちっ…仕方ない…めぐみんとの決着は後回しだ。ここは他のやつの攻撃で弱ってきた笹に、トドメだけ刺して美味しいところ持っていく作戦に」

 

「『 エクスプロージョンッッ!!!』」

 

それは俺がめぐみんのほっぺたから手を離して、どうにか手柄を立てられるように練った考えを喋ってる時に起こった。

 

まさに電光石火の早業。

一瞬の自由を得た、爆裂魔法プロフェッショナルのめぐみんによる無詠唱のエクスプロージョンが笹の体を中央から粉砕したのだ。

 

冒険者たちの悲鳴と突然吹き荒れたものすごい熱波に目も口も開いているのがやっとだったが、俺は一言叫ばずにはいられなかった。

 

「こんの大バカ野郎ぉぉぉ!!!」

 

 

----------

 

 

「最近は少しまともになってきたと思っていた俺が馬鹿だったよ。お前はどうしていつもいつもダメだというところでぶっぱなすんだ。次やったらホントにきっついお仕置きをくれてやるからな」

 

具体的には俺が許可を出すまでクエスト同行中は手足を縛ってお手製猿ぐつわを噛ませてやる。

 

「結果的に助かったんだからいいじゃないですか!私は今回カズマよりよっぽど役に立ちましたよ!」

 

そう言われると何も返せないのが悔しいが、確かに俺は今回活躍できなかったからな…。

笹が木っ端微塵に爆殺されてしまったので、予想通り『頭のおかしい爆裂娘がまたやりやがった!』とか、『サトウカズマのパーティーは何をしでかすか分からない!』だのブーブー文句を言われながらも、俺は満足そうに緩んだ表情を浮かべるめぐみんを背負って、わーわー泣き続けるアクアとビクンビクン身体を震わせるダクネスと共に、すっかり暗くなってしまった空の下ギルドまで戻ってきたのだが…

 

こんな結果も予想していたのか、はたまた笹を狩れなかった人の事を考えてくれていたのか。

ギルド側が雰囲気だけでも味わえるようにと、細工職人に頼んで常識的なサイズの偽笹を用意してくれていた。

プラスチックのような材質だから、植物で無いことは確かだが詳しい素材は分からない。

 

「ふんふんふふーん♪…あれ?どうしたの二人とも?願い事書かないの?」

 

それで上機嫌で鼻歌を歌いながらステップを踏んで、先ほどとは一転してニコニコ笑顔のアクアはこうして元気いっぱいに振舞っているのである。

 

「偽の笹なら願いごとが叶わなくたって、アクアが責められることは無いもんな」

 

「そうそう!はぁ~。安心しちゃったらお腹すいてきちゃったわ!今日はたくさん食べるわよー!」

 

嬉しそうに拳を突き上げながら、偽笹と一緒に配布された短冊に何やら書き込むアクアを見ていると、天界に帰れるまで毎年この日は笹を狩り続けないと嘘がバレるのではという俺の考えは、今は言わないでおいてやるかという気持ちになった。

来年からは危険な笹狩りなんてやめて、どうにか作り物の偽笹でアクセルの冒険者達には満足してもらうようにしないとな。

ちなみにダクネスは一応1番ダメージを受けた人物ということで、治療を受けることになったため今この場にはいない。

行く前のあの満足したような顔を見る限り、心配の必要は全くないと思うが。

 

「せっかくですし、私も何か書いてきます」

 

「俺も書くか。書くだけならタダだし」

 

ワイワイと賑やかに騒ぐギルドのテーブルから、美味しそうな匂いを放つ料理の隙間に分厚く重ねられている短冊を1つ手に取る。

 

「ただ、めぐみんはまず冒険者の皆さんに謝った方がいいと思うけど。あれだけ近くに人がいて、誰も爆裂魔法の直撃に巻き込まれなかったのは奇跡だからな?俺は正直お前が今度こそ殺人者になるんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ」

 

「失礼な!ちゃんと誰も巻き込まない位置を計算して撃ち込みましたから怪我人なんて出る訳ありません!カズマが私の爆裂魔法をそこまで理解してくれてないなんて軽くショックですよ!」

 

めぐみんは俺の脇からひょいっと短冊を取りながら、コツンと肘で脇腹をつついてそんなことを…

 

「なんだ。そこまで考えてたのか。成長したなめぐみん。俺の願い事は『めぐみんが成長しますように』にするつもりだったんだけど、変えてよさそうだ」

 

「カズマこそ、たまにはカッコイイところ見せてください。私の願い事を『カズマが成長しますように』に変えた方が良さそうで…おい。なんで私の胸をじっと見ているのか、詳しい理由を聞こうじゃないか!」

 

お互いにそんな憎まれ口を叩きながら、さて何を書こうかと備え付けのペンをクルクル回し椅子に座ってめぐみんの成長が芳しいとは言えない胸を見ながら考えていたら、彼女はまたも瞳を輝かせて俺の胸倉を掴み怒りを顕にしていたが、

 

「…そう言えば、織姫と彦星と言う人の話をアクアから聞きました。お互い想い合っているのに1年に1度しか会えないなんて、とても悲しいですよね」

 

喧嘩するだけバカバカしいとでも思ったのか、溜め息をついて隣にピタリと寄り添って座りながらめぐみんはぽつりとそんなことを呟いた。

 

「…お、おう。そうだな」

 

左腕に感じる暖かさが全身に巡り回って、心地よい安心感のようなものが俺を包み込む。

…いきなり大人しく密着されると、意識しちゃって胸のドキドキが止まらなくなっちゃうんだけど。

 

「私だったら耐えられずに、爆裂魔法で天の川とやらを蒸発させてしまうかもしれません」

 

じっーと。

こちらを見上げる視線を感じた。

それは、俺に何かを言って欲しいと期待する眼差し。

 

…ったく。

そんな話に自分を重ね合わせて考えるなんて、めぐみんにはホントに乙女要素があったんだな。

 

「俺だって我慢出来ないと思う。…どんな手を使っても会いに行くよ。絶対」

 

素直じゃない思考をする脳みその代わりに俺の口は素直な意見を吐き出していた。

…む、ちょっと恥ずかしかったな。

いや、かなり…

ヤバい。顔熱くなってきた。

嬉しそうな笑顔でニマニマしながらこっち見ないで欲しいんですけど!

 

「確かにカズマなら、誰にも思いつかないようなセコい方法で会いに来てくれるかもしれないですね」

 

「セコいとか言うなよ」

 

「ふふ。ごめんなさい」

 

せっかく正直に自分の気持ちを言ってやったというのに。

クスクス笑いながら机に向き直るめぐみんを横目に、俺もつい今書きたいことが決まった短冊へとペンを走らせた。

 

俺の願い事は…

 

「【めぐみんとの子供が欲しい カズマ】…これだな」

 

「これだな…じゃないですよ!せっかく良い雰囲気だったのに、何をドヤ顔でお願いしてるんですかあなたは!これは暫くギルドに飾って人目に晒されることになるんですからね!?」

 

口に出してから満足して自分の短冊を掲げて見てたら、頬を瞳と同じぐらい真っ赤にしためぐみんが立ち上がりながらそれを奪い取ろうと、抱きつくみたいに腕を伸ばしてきた。

 

「なんでだよ!良い雰囲気になったからこそ書けたんじゃないか!俺はお前との間に生まれる可愛い子供が見たい!あとめぐみんは俺のものだっていうアピールもしたい!それにお前だって、お風呂一緒に入ってるだの同じ布団の中でごにょごにょしただの他人に言いふらしてるじゃねぇか!」

 

「ぎゃあああ!!!大声でそんな事を叫ばないでください!恥ずかしいですから!自分で言う時は覚悟してから言ってるから良いんですよ!」

 

ガヤガヤとうるさく賑わうギルド内でも、今のやり取りが聞こえていた周りの冒険者がニヤニヤとコチラを見るのがわかった。

…短冊の取り合いで抱き合ってるようにも見えるので、一部嫉妬にかられて『リア充爆裂しろ』とでも言いたげな人もいたが。

 

「じゃーそういうめぐみんは何を書いたんだよ。見せてくれよ。ほーれほーれ」

 

「…別に良いですよ。見られて困るような願い事ではないので」

 

そうかそうか。

潔いな。

では遠慮なくペラリと…

 

 

【いつまでも今のパーティーにいられますように めぐみん】

 

………

 

「ちょ!なんですか!?何を泣いているんですか!?」

 

願い事を見た瞬間机に突っ伏し肩を震わせ始めた俺に、めぐみんが慌てて声をかけてきた。

 

「いや…俺の欲望丸出しの願い事が恥ずかしくなってきてな…」

 

「た、確かに欲望は丸出しですけど、私は嬉しさも感じましたよ?」

 

背中を擦りながらフォローしてくれるめぐみんの顔がまともに見れません。

 

「でも、そういう願い事は自力で叶えたいと思ってます…その…つまり…」

 

すっ…と。

暖かくて優しい彼女の手の動きが止まって、俺の頭にポスンと乗せられた。

 

 

 

「私もカズマと同じこと、願ってはいますから」

 

 

………

 

「…あ…えっと…」

 

なんでそんな嬉しくなっちゃうことを唐突に告げるんだコイツは。

ハグして口を塞いで黙らせてやろうか。

 

「…な、何を照れてるんですか。最初に言ったのは貴方ですよ」

 

そんな事言われても、まともに頭が働かないというか…

ゴクリと生唾を飲み込んでカラカラに乾いてしまった喉を潤しお互い顔中真っ赤にしながら見つめ合う中、俺は願い事を書き換えようと決心していた。

 

 

『一生今のパーティーの面倒を見れますように』

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この爆裂娘の生誕に祝福を!

めぐみんお誕生日おめでとう!!!
このすば新作ゲーム発売決定祝いも少し絡めて、前作に当たることになるパンツ裁判ゲーのネタもちょびっと仕込んでいます!
でも読み返してみたら中身あんまり誕生日と関係ねぇ!!!
最後の部分以外はいつも通りカズめぐがグダグダイチャイチャベタベタチュッチュしてるだけです。
糖分高め。
物語の都合上、誕生日前日の話から始まってます。

あと僕が前に書いたカズマの風邪ネタの話の直後みたいなノリになってますが、そちらの続きというわけではございません。
読んでくれた方には時系列がややこしく感じるかもしれないですが…


「こほっこほっ…ううっ…なんで今日に限って…」

 

我が名はめぐみん!

明日誕生日を迎えし者!

 

…なのだが…

 

「…だるいです…」

 

最悪なことに、私は風邪を引いてしまったのだ。

みんなが色々とお祝いの準備をしてくれているのは知っている。

ダクネスはなにやら実家と連絡を取り合って物凄いものを準備してるみたいだったし、ゆんゆんも誕生日プレゼントあげるからってやたらしつこく宣言してきてた。

ついこの間親から届いた手紙にも、今年はプレゼントを用意してあるから楽しみにしててという内容が記載されていたし…

あ…アクアはなにやらアクシズ教団がどうのこうのと嫌な予感しかしないワードを連発していたので、少し不安かもしれない。

 

でもなによりも楽しみなのは…

 

「うぅぅ…かずまぁ…」

 

熱く火照る頬を枕にぎゅぅぅっと押し付け、私は愛する男の名前を口に出す。

 

彼は私が絶対に喜ぶものを用意しておいてやるから楽しみにしてろという宣告を、先週あたりから会う度に言ってくれていたし、誕生日が本当に合っているかどうかもしつこい程確認してくれるのが、寧ろたまらなく愛おしかった。

 

「……へへへっ……」

 

こうして体調が優れないときですら、彼のプレゼントは何かを考えるだけで顔がにやけてしまう。

ホワイトデーの時なんか本当に嬉しすぎて気絶するかと思ったし。

 

「なんとか明日までにこの風邪を治して最高の誕生日を迎えたいものですが…」

 

朝ごはんは食べた。薬も飲んだ。

あとは早く寝て休んで、体調を万全に回復しておいた方が良い。

うん。そうしよう。

 

興奮冷めやらぬまま瞼を閉じて、私はなんとか夢の世界へ旅立つことにした。

 

………

……

 

 

「…んんっ」

 

…あれからどれくらいたったのだろう。

現実世界への帰還と共にチラリと窓へ視線を向けると、カーテンの隙間から夕焼け色の光が差し込んでいた。

寝起きの脳がその鮮やかな色を認識し、意識がハッキリと覚醒してくる。

 

「お腹すきました…」

 

食欲があると言うことは、そこまで重症ではないのかもしれない。

ポジティブ思考で私はまだ少しふらつく身体を動かして、ベッドの上から移動する。

熱があるせいで肌寒いと感じる空気の中、パジャマだけでは風邪が悪化してしまいそうなので、いつものローブを手に取り部屋を出た。

 

 

--------------------

 

 

「なるほど。パジャマントか…中々マニアックな格好だな」

 

何か食べるものは無いかとリビングに向かった私を出迎えた言葉は、カズマのその一言だった。

 

「…他にかける言葉はないんですか?」

 

体調を崩した恋人を前に、第一声がマニアックな格好してるとか言う人はそうはいないだろう。

言うほど変な格好もしていないはずだ。

…たぶん。

 

「えーっと…いつもと違う姿のめぐみんに見惚れてました」

 

「はいはい。ありがとうこざいます。…ところで、もう既に料理が出来ているようですが」

 

せっせと机の上に出来たてだと思われる料理を並べていくカズマの姿を見ながら、私はその匂いにつられて近づいて行った。

油断したらお腹なりそう。

 

「そりゃー夕飯の時間だからな」

 

そうか。

もうそんな時間だったのか。

 

「アクアとダクネスにはもう声をかけてあるから、少ししたら来るはずだぞ。めぐみんの事も呼ぼうと思って部屋に行ったんだけど、幸せそうな顔して気持ちよさそうに寝てたからな。後で直接持って行ってやろうと思ってたんだよ」

 

ある程度の準備は既に済ませのか、ズラリと並ぶ料理たちを見てうんうんと頷きながら、彼は私の方に振り返ってそう言った。

 

「ところでお前、体調まだ回復してないみたいだけど皆と同じもの食えるか?しんどいなら簡単な別メニューを作ってもいいけど。もしくは俺がアーンして食わせてやってもいいぞ」

 

冗談なのか本気なのか私にも判断が難しいカズマのニヤケ顔が、心無しかいつもより心配気な影を含んでいるように見えるのは、流石に願望のせいだろうか。

 

「では、別メニューをアーンで食べさせてください」

 

「…言い出しっぺはこっちだけど、両方要求されるとは思わなかった」

 

正式な恋人に昇格する時にもう遠慮しないでカズマに甘えまくってやるって決めたのだから、そこは欲望のままになってしまっても許して欲しい。

 

「ま、いいけどさ。それじゃー冷えないようにして待ってろよー。なんなら部屋に戻って横になっててもいいぞ。全部完成したら迎えに行くから」

 

ヒラヒラと手を振りながら再び背を向けるカズマの優しい言葉に、既に胸中はポカポカとあったかくなり始めてきていたが、

 

「いえ。カズマの傍を離れたくないので、ここで待ってます」

 

だからこそ自然と口をついて出たその言葉に、彼はピクリと動きを止めてこちらには振り返らずに頭をかき始めた。

…それがカズマの照れ隠しの動作であるということを、私はもう知っている。

 

「流石にそう何度も直球をくらうと恥ずかしいんだが…」

 

「いい加減慣れてくだs…いえ、慣れないなら慣れないで面白いので、やっぱりそのままで良いですよ」

 

「よし。絶対慣れてやる。次にお前から甘い言葉を囁かれても、俺はクールに切り返してやるからな。リアクションがあっさりすぎて泣いたりするなよ」

 

「そうですか。それは楽しみです」

 

耳元で好きですと言うだけで、未だに頬を真っ赤に染めてろくな返事が出来なくなるカズマがどこまで対応できるのか…

私の楽しみが、こうしてまたひとつ増えた。

 

--------------------

 

結局彼が簡単な別メニューを完成させた頃にダクネスとアクアはやってきて、二人の目の前でアーンを強請ったら恥ずかしそうに俯きプルプルしていたカズマに完全勝利したことを噛みしめながら夕食を終え、私は自室へ退散していった…のだが。

 

「…で、どうして貴方が着いてくるんですか」

 

「そりゃーめぐみんに用事があるからだが?」

 

私の後ろを一定の距離を保ったまま、カズマが付いてきていたのだ。

てっきりさっきの復習で何か企んでいるのかとも思ったが、表情を見る限りそんな雰囲気は感じ取れない。

となると…

 

「あの、言っておきますけど、流石に今夜カズマの相手をしてあげるのはしんどいのですが…」

 

「誤解を招いているみたいだから一応断っておくが、別にエロいことが目的じゃないぞ」

 

「え…そうなんですか…?」

 

「待って。なんでしんどいとか言っときながら若干残念そうなの?そんな風に反応されると、やっぱりその気になってきちゃうんですけど」

 

「…体調が万全に回復したらまたいくらでも相手してあげますよ」

 

「うわっ、でた。魔性のめぐみん。期待だけさせやがって!」

 

「魔性言うな!」

 

「しかし、これは尚更めぐみんには早く良くなってもらわないとな」

 

鼻息をふんふん荒くして欲望丸見えの分かりやすいカズマの言動に頬が緩んでしまうあたり、私は本当にこの男を心の底から愛してしまっているのだろう。

 

「それで、結局どうしてついてきたんですか」

 

「ん?ほら、お前せっかく誕生日前日なのに、体調崩しててかわいそうだと思ってな。大サービス。俺だけ前日からプレゼントをあげようかなと」

 

カズマからのプレゼント…

その言葉だけで、足の動きがピタリと止まる。

 

「そ、それはもちろん嬉しいのですが、少し複雑でもありますね…。た、誕生日プレゼントというものは、当日にもらってこそですから!」

 

期待で裏返る声がバレないよう早口になってしまったが、吃ったし逆に勘づかれたかもしれない。

 

「まぁそう言うなって。内容を知ったらお前も涙を流して喜ぶはずだ」

 

背後から聞こえたきた声に笑いが含まれてるのを感じながら、私はやはり嬉しく思っているのがバレたことを確信する。

…ちょっぴり悔しいけど、カズマからのプレゼントが嬉しくないわけないのだから仕方ない。

 

「前例があるので泣くのを否定はできないですし、ここまで来たら気になってしまいます。何をくれるのか、教えてもらってもよいですか?」

 

となればあとはとことん素直になるだけだ。

ゆっくりと振り返った私の目に映ったのは、ニヤニヤとイタズラに成功した子供のような笑顔を見せるカズマの姿だった。

 

「もちろん。プレゼントはな…これだぁ!」

 

私へのプレゼントを取り出してここまで嬉しそうにしてくれるカズマを見ていると、彼と恋人になれたんだなという実感を改めて感じ、とても幸せな気持ちに…ん?

 

「『カズマが一日なんでも言う事聞いてくれる券』…なんですかこれは?」

 

手書きの文字が記された1枚の小さな紙。

それをドヤ顔で目の前に突き出してきた。

 

「おっと心配するな。一日っていうのは明日のことも含んでるからな。その辺は大丈夫だ」

 

「聞きたいところはそこじゃないですよ!…えっとその…ほ、本当ですか?なんでもって…」

 

「うん。エロみんのどんな願い事でも誠心誠意叶えるよ」

 

「その呼び方はやめてください!あと、今のでカズマの意図が分かったんですが!本当にエッチな人ですね!」

 

しかも自分は受け身で、あくまで私からの要求に応える形にするのが彼らしいというかなんと言うか…

最早それじゃーカズマへのプレゼントになるじゃないですか!

と突っ込みたい。

 

「そうなるかどうかはめぐみん次第!」

 

「ちょっと黙っててください」

 

「はい」

 

やけに素直だけれど、これはもうこのプレゼントが効力を発揮し始めていますよということなのだろうか。

 

「ふむ…」

 

受け取った瞬間は頭にハテナが飛び交ったこのプレゼントだが、よくよく考えてみると…とても…

 

「ありですね」

 

「ん?」

 

実は先程のアーンしてもらう作戦はいつぞやの変態指輪事件の時に、カズマがおしおきを受けることになったらやってもらおうと思っていた事のひとつだったのだ。その他にも、色々として欲しい事を当時は考えていたのだが…

 

これを使えば全て実現できる!

 

こんなもの無くても大抵のお願いなら、なんだかんだ優しいカズマは最終的に折れて聞いてくれそうだという考えは口に出さないことにした。

 

「でも今日はもう遅いですし、明日たっぷり…」

 

「明日たっぷり…?なんだろう。すごく甘美な響きがする」

 

この欲望に忠実な男がどんな妄想をしているのかはあまり詳しく知りたくない。

けど…

少しぐらいなら、カズマが喜んでくれることをしてあげてもいいかもしれない。

私だって別に嫌というわけではないのだから。

むしろこの前は…

 

「めぐみーん。そのプレゼントの活用法に思考を凝らすのもいいけど、そろそろお前の部屋に着くぞ」

 

「はっ!…あ、そ、そうですね」

 

いつの間にか自室の前まで辿り着いていたようだ。

カズマの事になると夢中になりすぎて周りが見えなくなるのがいけない。

…治せる気はしないのだけれど。

 

「さて、まずはどうしようか」

 

「ちょ…!何で上着を脱ぎ始めてるんですか!私はまだ何も言ってないですよ!それどころか今晩はしんどいってちゃんと言いましたよね!」

 

部屋に入って扉を閉めた瞬間、早速ガサゴソし始めるカズマから慌てて距離をとる。

 

「えー。だってさっきは残念そうにしてたじゃん」

 

「…体目的だと思われて嫌われたくないと言っていたカズマは、どこに行ってしまったんでしょう…こほっこほっ!」

 

彼の突拍子もない行動に体調が悪いことを忘れそうになっていたが、そう言えば私は風邪を引いていたのだ。

唐突にイガイガとした違和感を喉に感じて漏れだした咳に、カズマが慌てて駆け寄り背中をさすり出してくれた。

 

「だ、大丈夫かめぐみん?ごめん。ふざけすぎちまったか。ただの風邪だって悪化したら大変だもんな」

 

やっぱりふざけていただけだったのか。

それはそれでなんとなく寂しい気もするけど、心配してくれるのは素直に嬉しかった。

彼の手を借りながらベッドにポスンと腰掛けて、ダルさを感じる身体を横たわらせないように踏ん張りながら、私はベッド端に置かれていた籠から1枚のタオルを手に取る。

お風呂に入れなくても、汗をかいた身体を清潔にはしておきたい。

カズマがいる前なんだし。

 

「あの…身体を拭きたいのですが」

 

「よし任せろ」

 

案の定ノリノリでそっちの方向に勘違いする彼がなんとも予想通りすぎて、ここまでくると焦りすら感じなくなってしまう。

 

さっきの真面目な心配ぶりを見る限り、これも演技なのかもしれないが。

 

「違いますよ。カズマに拭いてほしいという意味ではないです。ちょっと…そ、そっぽを向いていてください」

 

「…裸見るぐらい、今更じゃないか?」

 

「そ、それはそれ!これはこれです!身体を拭いてるところをじっと見られるなんて、なんか…は、恥ずかしいじゃないですか!」

 

「ふーん…そういうものなのか…?」

 

彼はまだ納得いかないようだったが、深く追求してくるつもりも無いようだ。

 

「ま、嫌なら仕方ない。部屋からも出た方がいいか?」

 

「あ、そこまではしなくていいです。傍にいてください」

 

ポンポンとベッドを叩いて、あなたの座る場所はここですと知らせる。

 

「ほう。傍にいろと言うくせにこっち見るなとかいう生殺しプレイを要求するなんて、やっぱりお前悪女だな」

 

「悪女呼ばわりはやめて欲しいのですが!それにどうせ見ても良いと言っても、そんな度胸なんてないくせに!」

 

「おいおい。俺を以前のようなヘタレだと思ったら大間違いだぜ!めぐみんがあの時もう遠慮しなくて良いと言ってくれたんだから、ガン見してやr」

 

「そうですか。じゃー別に見てても構いませんよ」

 

バサッ!

 

「!!!」

 

わざと音が出るようにパジャマをはだけさせた瞬間に、バッとそっぽを向くカズマにニヤリと口元が綻ぶ。

 

「おや?どうしたんですかカズマ?ガン見するのでは無かったのですか?」

 

「…お前の風邪が治ったら、絶対今までで1番すごい事してやる」

 

「ふふふ…それは楽しみですね」

 

結局私の隣に座って明後日の方向を向いたまま、彼は静かにしていた。

やっぱり何も変わっていないカズマが微笑ましくて愛おしくて、居心地の良い空気の中、手に持っていた乾いたタオルで………あ

 

「あの…カズマ」

 

「ん?今度はどうした?」

 

「すいません。水を用意するのを忘れてしまったので、このタオルを濡らしてもらえませんか」

 

 

--------------------

 

 

「あのさめぐみん。…もしかして、誕生日プレゼント不満だったか?」

 

「え?」

 

ドジっ娘属性なんていつの間に身につけたんだという訳の分からない事を言うカズマに即席のあったかい濡れタオルを用意してもらってから体を拭いて、2人でベッドに横になってから数分。

天井を見上げたままだった彼が唐突にそんな事を言って私の方に振り向いた。

 

「めぐみんに何をあげようか迷った結果がこれだったんだが…ほら、もう婚約指輪も渡しちまったし、他の人には絶対無理なことでなおかつお前が喜んでくれるようなものと言ったら…俺自身かな…って…」

 

流石に自意識過剰だったかとぼそっと付け足すカズマに、私は思わず吹き出してしまった。

この男は本当に何度こちらの気持ちを告白しても自信を無くすのだから…。

 

「他の人には無理で、カズマに貰うからこそ嬉しいプレゼントという条件だったら、すべてクリアしていますが」

 

「本当?」

 

「本当です」

 

「証拠は?」

 

不安そうな顔で私と目を合わせた彼の頭をよしよしと撫でてあげながら、にっこりと微笑んで

 

「証拠ですか…分かりました。プレゼントのお礼に思いっきりぎゅーってしてあげましょう!」

 

「えぇ…」

 

「ちょっと!なんですかその不満げな態度は!恋人にぎゅーっとされるのが嬉しくないのですか!?」

 

膨らんだカズマの頬を指でグイグイ押しながら、私はむすっと顔を近付ける。

 

「いやもちろんそれはそれで嬉しいけど…もっとすごいことを期待してました」

 

「む」

 

まったく…

遠慮する必要ないですよとは言ったけど、本当に素直な男だ。

最近は二人っきりの時なんて特にベタベタ甘えてくる気がする。

もちろんそれは私にとっても嬉しいことなのだが…。

カズマには好きな人にハグされるのがどれだけ嬉しいことか、身をもって思い出してもらうとしよう。

 

というわけで、私はまだふくれっ面をする彼の身体に素早く腕を回して、ぎゅっとおもむろに引き寄せる。

 

「私からしてみれば、好きな人に抱きしめてもらうのは十分凄くて嬉しいことなのですが…カズマは違うのですか?」

 

「っ!…あ、あぁ…そうだな。俺が間違ってたごめんなさい」

 

そう言うカズマの腕も恐る恐る私を抱きしめ始めて、そっと体を密着させてきた。

 

…あったかい。

 

「ふふっ…強いて言うなら、カズマがこうして近くにいてくれるだけでも私は嬉しいんですよ」

 

「お、おぅ…」

 

胸元に額を密着させながら告げた私の想いに、カズマは抱きしめる力を少しだけ強めて応えてくれた。

チラリと視界の端に映る彼の耳がほんのりと紅く染まっているのが分かって、私もドキドキしてきてしまう。

 

「その…俺もめぐみんが傍にいてくれるだけで…う、嬉しいからな」

 

彼なりに頑張ったセリフなのだろう。

指先で髪の毛も撫で始めてくれた。

優しく梳いてくれる感触が心地よい。

 

私の髪が大好きだと言ってくれたカズマのために例え風邪の時でもそこだけは手入れを欠かしていないし、髪を彼に撫でてもらえるのは心身ともに物凄い満足感を得る事が出来る。

それこそ、風邪を引いていることなんて忘れそうな勢いで。

 

「カズマ…今夜はそのまま、離れないで抱きしめてて下さい」

 

「うん。それは頼まれないでもそうするつもりだった」

 

「…あの、ならもうひとつ…おねだりしていいですか?」

 

私もカズマの髪に指を突っ込んで撫でながら、更に密着しつつ聞いてみる。

 

「ん?いくらでも言ってくれ、こんな大サービスは誕生日の時だけだぞ。今のうちに俺にやってほしいことは全部…」

 

「貴方とキスをしながら日付を超えたいです…つまり、誕生日を迎えたいという事なのですが…」

 

私の発言に、瞳を閉じてキメ顔を見せつけていたカズマの動きがまるで時を止められたかの如く静止した。

 

「えっと…しちゃっていいの?」

 

「さっきからそれ以上に凄いことを求めていたカズマが、今更何を言っているんですか」

 

ここまでベタベタ密着しておいて今更かもしれないけど、ちょっとだけ心配な事があるのでそこだけ確認を…

 

「まぁその…風邪を移してしまっては申し訳ないなと思いますので…」

 

「いや、それこそもう今更だろ。これだけイチャイチャくっついてるんだし」

 

あ、やっぱり突っ込まれた。

でもカズマに移してしまっていたら、私がまた責任もって看病しなくては。

 

「だからその…キスするか」

 

「はいっ!」

 

横になったまま、髪に絡められていたカズマの手にクイッと少しだけ顔を引き寄せられる。

そのまま彼に身を任せてじっと瞳を覗き込むと、ワクワクした表情の自分と目が合った。

 

「「……………」」

 

……えっと?

 

「…カズマ?どうしたのですか?」

 

「いや、分からん」

 

「はい?」

 

「タイミングだよ…その、いつガッといけばいいの?」

 

「ぷっ…ふふっ!本当に面白いですねカズマは。そういう変に慎重なところ、すごく好きですよ」

 

眉を顰めて真剣に悩むカズマを見て、声を出して笑ってしまった。

本当に、彼と一緒だと私の笑顔が絶えない。

 

「そんな事言われても、いざやるぞとなると…いつもめぐみんの方から唐突にちゅっ、とくるかその場の流れというか勢いでとか…だったからさ、ほら…」

 

「そう言われてみればそうだったかもしれませんね。でも今日は…」

 

カズマから受け取った誕生日プレゼントをヒラヒラと振って、その存在を示す。

 

「私の言うことを聞いてもらいましょう。カズマの意思と任意のタイミングで、私にキスしてください。タイムリミットは日付が変わるまでです」

 

「うっ…!なるほど…そういう使い方もあったか…」

 

自分からグイグイいくように仕向けられるのは想定外だったのか、まいったと言わんばかりの苦笑いをするカズマの顔をニコニコと見つめて、私はその時が来るのを待った。

バッチリと目を見開きながら。

 

「あの…せめて目を閉じてくれないか?」

 

「嫌です」

 

「…あああぁぁぁ!わかったよ!キスぐらい余裕だし!覚悟しろよ!」

 

彼の要求を即否定したら、やけくそ気味に叫ばれてグイッと顔を更に抱き寄せられた。

 

それでもそっと優しく触れたあたたかい感触を唇で感じながら、頬を染め瞳を固く閉じるカズマの表情を脳裏に焼き付け、私もゆっくりと瞼を下ろす。

 

静かに口付けを交わし合いながら、私は希望通りに最高の誕生日の始まりを迎えていたのだった。

 

 

------------------

 

 

「「「めぐみん誕生日おめでとう!!!」」」

 

「わっ!な、なんですか!?」

 

翌朝、珍しく早起きしていたらしいカズマに起こされて、絶対に何かを企んでると分かる顔の彼に腕を引かれて屋敷のリビングにたどり着いた瞬間、数多の歓声が震わせてきた。

部屋を見渡せばアクアやダクネスはもちろん、ゆんゆんに私の家族までその場にそろっていた。

 

「実はな…今日サプライズをしかけておくっていうのは事前からみんなで打ち合わせしておいたんだ。本当はクリスとかアイリスとか…あと、お前がちょくちょく一緒にいるって言うプリーストのお姉さんとかにも声かけようと思ったんだけど、みんな色々事情もあるしあんまり人数が多すぎても大変だからってことで」

 

唖然として屋敷にいるメンバーを見渡す私の背後から、カズマがその理由を説明してくれた。

誕生日プレゼントを用意してくれていることは知っていたが、事前に連絡をくれていた全員が朝からこの場に集まるとは思っていなかった。

 

「びっくりしすぎて声も出ないみたいねめぐみん!」

 

こういう事に参加するのは慣れていないであろうゆんゆんが、何故か得意げに言い放つ。

 

「そうですね。あなたがこの場に居ることが1番の驚きですよ」

 

「え…それってやっぱり…私邪魔だったかな…」

 

私の発言をどうネガティブに捉えたのか知らないが、キョロキョロと周りを見渡す彼女にやれやれと首をふる。

邪魔ならそもそも最初から誘われていないだろうという事を、言ってあげるべきなのだろうか。

 

「ねーちゃんの男は料理が上手い!」

 

「むむ…確かに…これだとうちの娘は食べる専門になってしまうな」

 

「まぁまぁ。料理ができる旦那さんなんて、羨ましいですね」

 

…そして私の家族は何をやってるいるのだろう。

朝食にしては張り切って用意してある食事に釘付けになっており、主役がまだ席に着いてもいないのにこっそりつまみ食いをしていた。

しかもねーちゃんの男だの料理ができる旦那だの聞こえてきているんだが。

 

「ねぇねぇめぐみんめぐみん!プレゼント楽しみでしょ!?そうでしょ!」

 

身内の行動を苦笑して眺めていたら、アクアが隣からゆっさゆっさと肩を揺さぶってきた。

 

「え、えぇ…まぁ…」

 

「じゃーほら、これをあげるわね!」

 

私が一番乗りと張り切りながら、アクアが後ろ手に持っていた梱包もされていない剥き出しのプレゼントを手に取らせ押し付けてきた。

 

「おいおい。めぐみんはまだ完全回復してないんだから、あんまり無茶させんなよ」

 

「大丈夫大丈夫。風邪なんて嬉しさで吹き飛んじゃうわよ」

 

というより、実はもう今朝の時点でだいぶ体調は回復していた。

今は特にだるさや熱も感じないし。

…昨日のカズマのおかげだと言ったら、またバカップルだのなんだの言われるのは目に見えているので、私の心の中だけに秘めておいた。

 

「心配ありがとうございますカズマ。でも、私なら大丈夫です」

 

「そうか?お前が大丈夫だって言うなら良いけどさ」

 

カズマが少し離れながらアクアが押し付けた手の中のプレゼントを見ていることに気がついて、私もそちらに意識を移す。

 

そこにはキラキラと光る蒼い石…いや宝石?のようなものがピッタリと収まっていた。

 

「アクア、これは?」

 

「ふふん!聞いて驚かないでよ!それはね…持ち主の最大保有魔力を底上げする、貴重なアイテムなの!しかも1度使っても暫く時間がたてば魔力が充填されて、何回でも使えるお得仕様よ!」

 

「えぇ!?」

 

驚きすぎて思わず地面に落としてしまいそうになったプレゼントを慌てて掴む。

正直、そんな貴重品だとは思っていなかった。

 

「アクシズ教の子達に用意してもらってたのよ。まぁ、間に合わなかったら別の物にする予定だったんだけどね。女神アクアに捧げる物だと言ったらあっという間に…流石は私の可愛い信者達…優秀すぎてめぐみんが羨ましいぐらいよ!」

 

そうか…前からアクシズ教がどうのこうの言っていたのは、このためだったのか。

変なプレゼントじゃないかと疑ってしまっていた自分が恥ずかしい。

 

「ありがとうございますアクア!すごく嬉しいですよ!これで爆裂魔法が1日2回ぐらいは撃てるということですか!?」

 

「あ…えーっと…そんなには…増えないんじゃないかしら…」

 

え?

 

「でも、私は爆裂魔法しか使えないんですが…」

 

「うん…そう…ね…」

 

「「………」」

 

「えっと…あ!余剰分の魔力をつぎ込めば、威力を更に底上げする事が出来るかもしれませんね!あ、ありがとうございますアクア!」

 

「え、えぇ!どういたしまして!」

 

そこまでは考えていなかったのか、ソワソワと視線を泳がせるアクアにそう伝えてあげると、慌ててうんうんと頷いて便乗してくれた。

何より私が喜ぶであろうプレゼントを彼女なりに選んでくれたのが本当に嬉しかったので、感謝の気持ちが本物であることは伝わって欲しい。

 

「あはは…私のプレゼントも、アクアと似たような感じになってしまったんだがな」

 

私たち2人の様子を隣で眺めていたダクネスが、アクアがくれた手乗りサイズの宝石よりも一回り大きいサイズの箱を、料理に挟まれていた机の上から持ってきた。

 

「さぁ、開けてみてくれ」

 

「はい…お?…こ、これはっ!」

 

丁寧に梱包を解いていくと、眩いばかりの紅い光を放つ宝石がそこに…!

 

「ま、マナタイトじゃないですか!しかもかなりデカい!」

 

ダクネスからのプレゼントは、私が今まで見たこともないような超極大サイズのマナタイトだった。

めちゃくちゃお金がかかってそうで、少しだけ受けとるのが怖くなってしまうほどの。

 

「喜んでくれたようで何よりだ。アクアのものとは違って消耗品だから、使ってしまえば形が残らないのが少し残念だが…それでも1日2回…いや、もしくは3回ぐらいなら爆裂魔法を…!」

 

「本当にありがとうございますダクネス!これで日課の爆裂散歩がさらに楽しみになってきましたよ!ね!カズマっ!」

 

「え…そ、そうだな…やっぱりクエストの時に使おうとは思わないのか…」

 

カズマがため息を吐いて何か言ったみたいだが、きっと気のせいだろう。

 

そしてダクネスが実家と何やらやり取りしていたのは、これを用意するためだったのか。

アクアもそうだが、私のためにそこまでしてくれていたのが本当に心底嬉しかった。

 

「えーっと…めぐみん。今大丈夫かな?」

 

パーティーメンバー全員でガヤガヤしていたからだろうか。

ゆんゆんが背後から遠慮がちに袖を引っ張り声をかけてきた。

 

「ゆんゆん。あなたはもっと堂々としてても良いと思いますよ。無理やり来てるわけじゃないんですから」

 

「そ、そうかな…」

 

「そうなんです!まったく!なんで今日の主役である私にこれだけ言われて自信を持てないんですか!それより、あなたもこのタイミングで声をかけてきてくれたということは、プレゼントをくれるという解釈でいいんですよね?」

 

「う、うん。そうよ。これ、あげるわね」

 

そう言ってカチャカチャと金属音を響かせながらゆんゆんが取り出したものは、装飾がやたら豪華な一本の短剣だった。

 

「…武器…ですか?」

 

私が爆裂魔法しか使えないアークウィザードだという事は、もはや言うまでもないことだと思うのだが…

 

「ほら、私だっていざという時のために一本持ってるし!結構役に立つときあるし、ライバルが同じ武器を持っているっていうのも…紅魔族的には燃えるんじゃない?」

 

なんで最後が疑問形なのだろう。

自分も紅魔族だろうに。

でも…まぁ…

 

「確かに私はステータスだけ見ればカズマより力もありますし、武器があればあの男が…いえ、パーティーメンバーが危ない時助けてあげられるかもしれないですね。ありがとうございますゆんゆん」

 

「良いのよ別に!ライバル兼…し、親友の誕生日だもの!」

 

当のカズマが見たら、爆裂魔法使わないでそれで戦ってくれとか言われかねないので、本当にいざと言う時だけ使おう。

という私の考えは、親友親友と嬉しそうに表情を崩しながら静かに連呼するゆんゆんには黙っておいた。

 

「皆さんからのプレゼントはもう貰ったみたいね」

 

短剣を装備していたら、ゆんゆんの背後から入れ替わるような形で我が母ゆいゆいが顔をのぞかせる。

父の方は、放っておくと食べ物を食い尽くしかねない妹を何とかなだめようとしているようで、こちらに手だけ振っていた。

 

「私たち家族からは…報告のプレゼント、という感じかもしれません」

 

「報告…ですか?」

 

なんだろう?

私にとって嬉しい情報という事だろうか?

そう疑問に思っていると、カズマの時と同じように1枚の紙をペラリと渡された。

彼の時と違うのは、そこに文字が結構ぎっしりと書かれているという点だ。

私がそれらの内容を詳しく読み取ろうとする前に、母が言葉を発する。

 

「あなたとカズマさんの結婚式を、私たちの里で開くという手続きがほぼ完了しました。あとはあなたのサインだけです」

 

………え

 

「えええぇぇぇ!?」

 

結婚式ってそんな急に!?

大体カズマと相談すらしていないのに!

 

「カズマさんになら前々から話を通して、許可ももらってますよ。その時に婚約指輪は渡してあるだのという類の話も聞いていますので、めぐみんが嫌がることはないと思うという意見も彼から言われてます」

 

いつの間にそんな!

 

少し離れているところでアクアやダクネスと話をしていたカズマの方に視線を向けると、わざとらしく背を向けられる。

正直、彼がこの手のことでまったくそんな素振りを見せなかったことに凄く驚いた。

 

「えっとそれはその…日程とかは…」

 

「ある程度自由にしていいけど、来年のあなたの誕生日までには式を見たいわね」

 

むしろそんなに猶予期間があるのか。

確かに心の準備をする時間は欲しいけど。

 

「これがプレゼントってことでいいかしら…?」

 

実家が裕福でないことは知っているので、プレゼントと聞いてもむしろそんな余裕あるのかと心配してしまったがこれは…

 

「はい…最高の誕生日プレゼントですよ…ありがとう。お母さん」

 

「ふふふ…あとでお父さんとこめっこにもお礼を言ってあげてね。あの二人も色々と手を回してくれたんですから」

 

こめっこまで協力してくれていたのか…!

私が彼女の方へ視線を向けると、ニコニコと口周りを食べ物で汚したまま笑顔を向けてくれた。

 

「本当にありがとうございます…みんな!」

 

私の大きな声に、集まってくれたメンバーが全員こちらに視線を向ける。

その中で代表するようにカズマが一歩私の方へ踏み出してきた。

 

「めぐみんも本当に…」

 

背後の人の方へ振り向き、何やら合図を送ると一斉に祝福の声が聞こえてきた。

 

「「「誕生日おめでとう!!!」」

 

 

END



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この人騒がせな付喪神と共存を!

お久しぶりのカズめぐ

ある特殊な力をもった付喪神がめぐみんの帽子に憑依していろいろやらかすお話です


 

「カズマっ!カズマっ!起きてください!」

 

んぁ…なんだよ…まだ眠いんだけど…

体をゆっさゆっさと激しく揺さぶりやがって誰だ…って

 

「あぁ!おはよう愛しのめぐみん。朝からお盛んだな」

 

眠気で重くなる瞼をなんとか動かして、気怠い体に馬乗りになりながら揺さぶってくる人物を確認する。

そういえば昨日は一緒に寝たんだっけ。

 

「おはようございます。でも馬鹿な事言ってないで話を聞いてください」

 

俺の目覚めを確認するや否や、めぐみんは腕を勢いよく引っ張り無理やり体を起こさせてきた。

グイッと身を乗り出すようにして顔を近付けてくる彼女の真剣な表情を見て、お互い上半身裸のままだしとりあえず服着ようぜという喉まで出てきた言葉をグッと飲み込み我慢する。

 

「私の帽子が無いんですよ!」

 

「なに?帽子?」

 

「はい…おかしいです…昨日は夕食の後にカズマの要求に応えた服装でこの部屋に来て、ゴロゴロしながらそのまま寝るまで一緒に過ごしてしまったので、私が着ていた衣服は全てここにあるはずなのですが」

 

顎に手を添え眉を顰めながらうんうん唸って真剣に悩むめぐみんとは裏腹に、いまいち緊急性を感じられなかった俺は1つ特大の欠伸をかましてしまった。

目ざとくそれを見つけた彼女が、むっと頬を膨らませてずいっと更に距離を詰めてくる。

 

「まさかとは思いますけど、カズマがこっそり盗んだりとか…」

 

「流石の俺もお前の帽子に欲情するほど特殊な性癖は持ち合わせていないぞ。下着ならともかく」

 

「盗む理由で真っ先にそういう事を思いつくのも酷いですけど、最後の一言が最悪ですね」

 

とまぁ、冗談はさておき。

俺はめぐみんの虫けらを見るような視線に気付かないふりをして、のっそりとベッドから体を起こし周囲をぐるりと見渡してみた。

既に彼女が見ているだろうけど念の為だ。

……うん。

しわくちゃに脱ぎ捨てられた俺達の衣服しかないな。

それ以外はいつも通りの風景だ。

昨日はお楽しみに夢中になりすぎて寝巻きに着替える暇もなかったとはいえ、これはちょっとばかしだらしなさすぎる。

 

「よし。とりあえず洗濯しないとな」

 

めぐみんの手前、若干カッコつけて前髪をかきあげながらそう言ったものの、

 

「それは後で私がまとめてしてあげるから大丈夫ですよ。それよりやっぱり帽子だけ見当たらないのがすごく不安です…すごくお気に入りだったので……」

 

頼れる主婦な発言で返事をされてしまった。

ただ、心無しか表情に元気がないように感じるし、深いため息が彼女がいかにあの帽子を大事にしていたのかを物語っている。

確かにあれは、めぐみんのトレードマークと俺の中でも認識されているぐらい馴染み深いものだしな。

 

「カズマぁ…」

 

…やれやれ。

そんな悲しそうな顔で掠れた声を出されたら、何とかしてやりたくなっちまうだろーが。

 

「分かったよ。俺も探すのに協力する。とりあえずめぐみんの部屋から見て回ろうぜ。そもそも夕飯のあとに来たんだから、最初から帽子を被ってなかった可能性の方が高いだろ?」

 

「それは無いです。だって、『冒険の途中で野宿した時風のプレイがしたい』とか意味の分からないことを言うカズマに付き合うために、わざわざ私は部屋に帽子と杖とマントを取りに行ったんですから」

 

あっ…そう言えばそんなことを調子に乗ってお願いしたかも…

昨夜の無茶振りを思い出してしまい、頬に一筋の冷や汗が伝う。

 

「さっきもちゃんとカズマの要求に応えた服装で部屋に来たと言ったでは無いですか。忘れたんですか?だからあなたが盗んだのではないかと聞いたんですよ」

 

「ホントに変なこと言ってごめんなさい」

 

 

------------------------------

 

 

その後、今になって昨日のアホな要求を謝るハメになった俺は、カッコつかないまま最低限の身支度だけしてめぐみんの部屋に向かうことになった。

 

「でもなんだかんだ言ってめぐみんは俺のしたい事全部受け入れてくれるからな。つい甘えたくなっちまうんだよ」

 

「私がチョロいから悪いみたいに言わないで下さいよ!」

 

「いやそれは真実だし」

 

「な、なにおぅ!」

 

フンフンと鼻息を荒くして瞳を紅く煌めかせるめぐみんがポコポコとじゃれついてくるのを、満更でもない気分で受け流す。

うーん。やっぱりコイツ相手だと、こういう馬鹿なやり取りも楽しいんだよな。

 

「そんなことよりほら、着いたぞ。お前の部屋だ…って、なんか扉開いてるけど」

 

「えっ?そんなはずは…」

 

俺を叩いていた手を止めて、ぎょっと瞳を見開き自室の扉を確認しためぐみんが言葉を詰まらせた。

確かに彼女の性格を考えれば、自分の部屋の扉を開けっ放しで来るなんて考えにくいが…

 

「まさか泥棒とか?」

 

「えぇ!?こ、困りますよ!カズマ!なんとかしてください!!」

 

「いやでもめぐみんの部屋に盗みに入るなんて、相当な物好きだよな。ないない」

 

「…なんか釈然としないんですが」

 

それに敵意のある奴がこの屋敷に潜り込んでいれば、俺が敵感知スキルで真っ先に気付くはずだしな。

 

「おいめぐみん。怖いのは分かるが、掴むなら服の袖なんかじゃなくこう…ガッツリ腕でも組んでくれないか?その方が俺もやる気が出る」

 

やっぱり自分の部屋の扉が覚えもなく開いてる状態というものは不気味なのだろう。

微かに震える彼女の指先が、ちょこんと袖を摘んでいた。

 

「…分かりました」

 

あれ!?

今の冗談のつもりだったんですけど!?

 

なんて口に出す暇もなく、ゆっくりと腕が絡まってめぐみんの細い体が密着する。

同時に最近申し訳程度に育ってきていたお胸の柔らかい感触が…

 

「……カズマ?」

 

「あ?…お、おおっ…じゃー…えっと、覗いてみるか」

 

変にドキドキした影響で眠気が完全に吹き飛とんでしまった俺は、頭が覚醒し冴え渡るのを感じながらそっとめぐみんの部屋を覗きこんだ。

 

……っておい。

 

「めぐみん。やっぱりお前の部屋に帽子あるじゃないか」

 

あっけないにも程がある。

お目当ての物は、彼女のベットの上に堂々と鎮座していた。

正面から見るとどこか顔にも見えるあの特徴的な魔女っ子帽子は、めぐみんのもので間違いない。

部屋が荒らされた形跡もないので泥棒が入り込んだ線も薄いだろう。

 

「え…そんなはずは…カズマだって昨日私が帽子かぶってあなたの部屋に来たとこ見ましたよね?」

 

「だから昨夜はめぐみんのアレな姿を脳内に焼きつけるのに必死で、それ以外のことは何も覚えてません」

 

「ええっ!む、夢中になってくれるのは嬉しいですけど、それぐらいは記憶しておいて下さい!」

 

真っ赤になっためぐみんが胸元を掴んでガクガク揺さぶってきたけど、覚えてないもんは仕方ない。

お前があんな姿を見せるのがいけないんだ。

 

「うるさいですよバカップル。何を朝からイチャイチャしているのですか」

 

………え?

 

思わずめぐみんと逸らしていた顔を見合わせる。

聞き間違えるはずがない。

今のは彼女の声だ。

 

「お前何自己分析して発言してんの?」

 

「自分自身をバカップルだなんて、そんな恥ずかしい事言いませんよ!」

 

眉を顰めためぐみんが俺の肩を軽く叩いて反論し、ベッドの上に鎮座している帽子を指さす。

 

「というか、今帽子が喋ったような気がするんですが…」

 

耳元でひそひそしつつ、そーっと背後に隠れるように移動する彼女の言葉に思わず吹き出した。

 

「おいおい。流石にその嘘は苦しいだろ。恥ずかしがらずに正直に」

 

「あ、私は付喪神のつくもんです。どうぞよろしくお願いします」

 

…………

今度ははっきり帽子の方から聞こえた。

しかも何かもごもごしてたのも見てしまった。

あれだ。「ハ〇ー・ポッ〇ー」に出てくる組分け帽子みたいな感じで…

 

めぐみんも確信したのだろう。

ぎゅっと腕をつかむ力が強まったのを感じる。

名前とか声とか色々とツッコミたいことはあるが、とりあえずこれだけは言っておきたい。

 

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」

 

「うるさっ!いきなり叫ばないでください!なんなんですか!」

 

あ、今突っ込んできたのはびくっと震えて離れためぐみんの方だ。

声が一緒でややこしいが。

 

 

------------------------------

 

 

「間違いないわね。付喪神よ」

 

めぐみんの帽子はこちらに危害を加えるような様子はなかったものの、油断して痛い目を見たのはこの世界に来てから一度や二度ではない。

命を落とすような経験はもうこれ以上得たくないので、俺はこの手のものに詳しい(はずの)アクアを部屋に呼び出し鑑定してもらっていた。

 

うむ。

どうやらこの帽子、嘘はついていなかったらしい。

 

「でも付喪神っていうのは、憑依までにとてつもなく長い時間をかけるって話を俺は聞いたことがあるんだが」

 

聞いたのは日本だから、異世界の基準は知らないけど。

 

「そうね。うっかりしてたんじゃないの?」

 

うっかりって。

そんな適当でいいのかよ。

俺とめぐみんの帽子を見る目に、胡散臭さを感じる色が加わったぞ。

 

「いやー気がついたらギシギシアンアンとうるさかったあの部屋へ吸い寄せられていましてね…どうしてこの辺りに来たのかは思い出せないのですが」

 

「ギシギシ…?」

 

「大丈夫だ。気にするところじゃない」

 

アクアが小首を傾げたが、その線の話題に持っていきたくないのでやんわりとごまかした。

どうやらこの世界では人ならざる者の目も気にしないといけないようだ。

 

「ということは、私たちが寝た後にカズマの部屋からあなたは移動したということですか?」

 

つくもんが引き寄せられたという理由を聞いてちょっぴりだけ頬を染めためぐみんが、アクアに聞こえないようヒソヒソ声でした問いに帽子が先端を垂らし頷いた…ように見えた。

自分で移動出来るのか。

だからめぐみんの部屋の扉が少し空いてたんだな。

…体当たりでもして開けたのだろうか?

 

「で、なんでつくもん…だっけ?つくもんはめぐみんと同じ声なんだ?」

 

もういい加減紅魔族風の名前に俺は慣れてしまったが、名前がつくもんで声までめぐみんにそっくりとは偶然にしても出来すぎている。

 

「私が宿ったのが彼女の帽子なので、色々と影響されているのですよ」

 

「ふーん。持ち主の性格が反映されるとか?ということは本名じゃないの?」

 

「まぁ簡単に言えばそういうことですね。というか、正式な名前は物に宿るまで無いですし、宿る前の記憶もほとんど残らないんですよ。とりあえずつくもんと呼んでください。何故だか妙にしっくりくるのです」

 

そりゃーめぐみんの中身が反映されてるなら、そういう名前にさぞ胸踊ることだろう。

…ん?

ということはもしかして…

 

「もしかしてお前、俺の事好きになってたりするんじゃないか?」

 

「ちょ!何言って…!」

 

アクアと一緒に黙ってつくもんを観察していためぐみんが、俺の言葉に慌てて手を振りこちらに迫る。

…が

 

「別に貴方の事なんてなんとも思ってないですけど。そもそも私に性別はありませんし」

 

「あ…はい」

 

なんだろう。

めぐみんが言ってる訳では無いのに、声が同じだから『なんとも思っていない』発言にグサグサ胸を抉られるんだが。

 

「…あ、あの!念のために言っておきますけど、私はカズマの事大好きですからね!」

 

つくもんの言葉に顔を引き攣らせるのを見かねてか、俺の言葉を止めようとしていたはずのめぐみんが腕を取りながらフォローを入れてくれた。

 

「ありがとうめぐみん。愛してる。もっと言ってくれ」

 

「ダメです。流石に最近あなたを甘やかしすぎていたので、追加分はお預けです…あ、愛してると言ってくれるのは嬉しいですが」

 

手を握ろうとしたら、複雑そうにニヤニヤされながらもペちっと軽くはたかれてしまった。

もしかしてチョロいと言われたことをまだ気にしているのだろうか。

可愛いやつめ。

 

「とりあえず、付喪神が宿っていようとこれは私の大切な帽子ですし、被っても問題ありませんよね?」

 

帽子を両手にとっためぐみんが、アクアの方に振り返る。

 

「まぁ…危険ではないけどね…」

 

待て。

なんだその含みのある言い方は。

 

「私は装着してる人の本心を読み取る力を得ているのですよ。ふふふ」

 

「ふふふじゃねぇよ。さとり妖怪の一種かお前は」

 

つくもんがアクアの代わりにニヤリと口端を上げた…ように見える皺の動きをさせながら答える。

なんて恐ろしい能力なんだ。

絶対被れねぇ。

…特にコイツらの前では。

 

「私がカズマ達に隠している事なんてもうありません。別にいいですよ」

 

「すごい自信だなお前」

 

めぐみんはこの付喪神の恐ろしい能力を聞いても怯むことなく帽子を被った。

 

…うん。やっぱりめぐみんに良く似合う。

このいかにも魔女っ子って感じが。

本人は魔女っ子なんて可愛い言葉で片付くような大人しい奴ではないとしてもだ。

 

「お、おぉ…これは…すごいですねあなたは!」

 

「ふっ…そうでしょうそうでしょう。私の中に隠したくなるようなやましいことなど…」

 

「昨晩あれだけそこの男とイチャイチャしていたくせに、まだ足りないんですか?」

 

つくもんがそう喋ってる途中で、めぐみんは既に勢いよく帽子を地面に叩きつけていた。

 

「おい。そう言うのはもっと早く言ってくれよめぐみん」

 

「ち、違います!今のはこの付喪神が適当言っただけですよ!」

 

「めぐみんめぐみん。残念だけど、この子の能力は本物なの」

 

なるほど…

これは思ったより使えるな。

いいぞもっと聞かせてくれ。

 

「アクア!どうにか付喪神を引き剥がす方法は無いのですか!」

 

「うーん…」

 

さっきとは打って変わって冷や汗を額に浮かべながら、めぐみんがアクアの肩を掴んでガクガクと揺らして問う。

 

「分かんない」

 

一応腕を組み考える素振りを見せていたが、アクアは呆気なく諦めて首を振った。

 

「そんなに嫌なら、諦めて同じデザインの帽子を買うなり作るなりするしかないな」

 

俺としてはむしろ、今みたいなめぐみんの本音を聞けるならずっと被ってもらってても構わんのだが。

 

「いやー本当に凄かったです。カズマさんへの愛と、仲間への信頼と友情で溢れていましたよ。危うく私も影響を受けて、ヒトじゃないのにあなた達のことを好きになっちゃいそうでした」

 

「え?今仲間への信頼と友情って言った?めぐみんってやっぱり私のことも大事に思ってくれてるって事ですよねカズマさん!私仲間だもんね!ねぇねぇ!」

 

「当たり前だろアクア!コイツはパーティメンバー随一の仲間思いキャラなんだぞ!でも1番想われてるのは俺だ。間違いない」

 

「お願いですからつくもんはもう永遠に黙ってもらっていいですか!」

 

 

------------------------------

 

 

その後、

結局あの帽子への愛着でどうしても手放したくないと言うめぐみんは、上手く付喪神と共存しなければならないという話で渋々納得せざるを得ないことになった。

情報提供の対価を要求してきたアクアに、こんなこともあろうかとその辺の川辺で拾っておいた変な形の石をあげるというイベントも起きたが、それは些細なことだ。

 

そんな形で話が一段落着いたところで、俺達は日課の爆裂散歩へ出発したのだが…

 

「めぐみんさん。彼と腕を組まなくても良いのですか?」

 

「お?なんだめぐみん。もしかして毎日そんなこと考えていたのか?ん?」

 

「あぁぁぁ!!!うるさいですよ!黙ってて下さいと言ったではありませんか!」

 

自分の帽子をワシャワシャと弄り回しながら、めぐみんがチラッとこちらを見つつ頬を染める。

絶対いつも通りにはいかないだろうなとは思っていたが、早速これだ。

 

「そんなに嫌なら、被らず手で持ち歩けばいいじゃん」

 

「それはなんか負けた気がするので嫌です」

 

その勝負は勝ち目が無いからやめておいた方がいいと思うが。

 

「じゃーやっぱりつくもんに喋るのを我慢してもらって…」

 

「私は気になることに口を出さずにはいられない性格なので嫌です」

 

そしてこの付喪神は能力との組み合わせが最高にえぐい性格だな。

そういう所も、少なからずめぐみんの影響を受けているのかもしれないけど。

 

「くっ…どうしてこんなめんどくさい事に…」

 

唇をぐぬぬと噛みしめて、めぐみんが深いため息をつく。

 

「というか、なんで今更腕を組むのを恥ずかしがってんだよ。そのぐらいお安い御用だぞ。あとお前がものすごく仲間思いな奴なんて事は、もう随分前からバレバレだからな」

 

「自分じゃなくて他の人の口からそういう事を告げられるのが恥ずかしいんですよ!心の準備が出来ないんです!」

 

まぁ実際爆裂散歩のときは、人気がなくなったところまで来たらたまーに腕を組んだり手をつないだりはしていたからな。

その行為自体は別に良いんだろう。

 

それにしてもコイツは妙なところで恥ずかしがる癖がある。

普段は両想いだと分かっていてもこっちがドギマギしてしまうぐらい、グイグイ迫ってくるくせに。

 

「あっ、そうだ」

 

なんだかんだで結局手を繋ぐことに落ち着いた所で、ふと1つの案を思いついた。

 

「どうしたんですか?」

 

「アクアがあれだけ詳しいなら、同じ女神のエリス様なら他にも何か知ってないかなぁーって…」

 

「…知ってたとしても、どうやって聞きに行くんですか?またカズマが死ぬのは絶対に嫌ですよ」

 

「いたたた手を握る力が強い!落ち着け自分から死ぬつもりはねぇよ!」

 

しかめっ面になっためぐみんが不安気にこちらを見上げながら力を込める。

それだけ心配してくれるのは嬉しいけど、俺との筋力差をコイツには改めて教えてやりたい。

 

「ダクネスやクリスはエリス教徒だろ?ならエリス様本人程ではないにしろ、何か知ってるかもしれない。それにお前だってやっぱりこのままじゃ嫌だろ?」

 

とか言いつつ、クリスなんてもろ本人だからな。

絶対何かしら知恵を授けてくれるはずだ。

 

「なるほどそういう事ですか…では、今日の爆裂魔法を撃ち終えたら早速聞きに行きましょう!」

 

「カズマはやっぱり頼りになりますね!ありがとうございますっ!…のセリフを忘れてますよ」

 

「あっ…!わ、私が言う前に余計な口出しをしないでもらおう!」

 

完全に付喪神にペースを握られて帽子と格闘するめぐみんを見て、俺は早めになんとかしないとこの娘はストレスでところ構わず爆裂しかねないなという危機を本気で感じるのだった。

 

 

------------------------------

 

 

「と言うわけでダクネスとクリス。相談に乗ってくれ」

 

冒険者ギルドにて、

どでかい爆裂魔法を放った後のめぐみんは、ストレスによる集中力不足を見逃さなかった俺の80点という採点に不満と疲れを滲ませた表情を浮かべながらも、隣に座ってペコりと向かいの2人に頭を下げた。

 

「なるほど話は分かった。まずはその効果を試してみたい。1度…わ、私が…はぁはぁ…か、かびゅってみてもいいかっ!!!」

 

「やっぱりお前は退席していいぞ。あとはクリスに聞くから」

 

「ぁぁぁっっ!!!…さ、さすがカズマ…一切の容赦も遠慮もないっ!」

 

自らの欲望を付喪神によって俺達に暴露されたいという願望が見え見えの変態クルセイダーに、俺は本気でそう思った。

コイツを呼んだのはクリス1人だけを呼んで、何故最も身近のエリス教徒を呼ばないのか怪しまれないようにするためだし。

 

「ま、まぁまぁ…で、付喪神…だっけ。確かにエリス様なら、何か知ってるかもしれないね」

 

クリスが隣で身をくねらせ息を荒くするダクネスに苦笑いを浮かべながらも、俺にだけ分かるように目線で合図を送ってきた。

こういう言い方を彼女がするという事は間違いない。

心当たりがあるということだろう。

 

「ほ、本当ですか?この付喪神は思ったより厄介でして…このままではこの街が爆裂魔法で廃墟と化すのも時間の問題なのです」

 

「一応皆さんに伝えますと、めぐみんさんはかなり本気ですよ」

 

そんなことはつくもんに言われなくても、青白い生気を失ったような表情をしているのに瞳だけギラギラと紅く輝かせているめぐみんを見れば分かる。

 

「めぐみんの発言に関しては言うまでもないけど、つくもんもちょっとは発言を我慢しようとかいうそういう意思は無いの?」

 

「ありません。口が勝手に動いてしまうんです」

 

もうやだこのコンビ。

相性最悪じゃねぇか。

…いや、心を丸裸にされちまう相手に対して相性もクソもないか。

 

「あはは…どうやら話を聞くよりも大変な事態みたいだし、二人ともとりあえず教会まで一緒に行こっか」

 

 

------------------------------

 

 

エリス教会

頻繁に来ているわけじゃないけど、入った途端に空気が変わるというか、そういうのを肌で感じることが出来るぐらいには、

『あ、なんか場違いな所にいるな』

と感じられる場所。

そんな神聖な空気の中、俺には何に使うのかよく分からないやたら長い蝋燭やキラキラとした装飾が配置されている豪勢な横長の机の中央に、まるで贄のような感覚でぽつんと置かれているつくもんが、先程からクリスがボソボソと何か囁く度に淡い光に包まれて輝きを増していた。

所々エリス様うんぬんかんぬん言ってるのは聞き取れたが、これは…

 

「自作自演ってやつですよね」

 

「しっ!静かに…!せっかく天界で行方不明者が出てるって言う話を思い出して、もしかしたらって憑依する前のこの子の記憶を呼び覚ましてるのに!」

 

耳元でボソッと呟いた言葉に、クリスが慌てて振り返りながら小声の早口でまくし立てる。

この女神様は意外とおちゃめな一面があるからな。

 

「お…なんでしょう…なにか大事なことを思い出しそうな…頭の中の霧が晴れていくような…気持ちいい感じです…あぁぁ…いいですねぇ…いいですよぉ!」

 

光の勢いが強くなり、いよいよ直視するのが辛くなってきたレベルになる頃。

つくもんもまるで爆裂魔法詠唱中で気分が昂っているめぐみんのような声で、ボソボソと言葉を発し始めた。

 

「こんなことが出来るなんて、私は初めて知ったぞクリス」

 

その様子を見て、今日はヒマだからとモジモジしながら着いてきていたダクネスが眉をひそめて驚く…というよりは訝しんでいた。

そりゃーただのエリス教徒にこんな芸当は出来ないだろうしな。

 

「私は勘づいていましたよ。彼女は特別だって」

 

めぐみんの瞳は相変わらず爛々と紅く輝いており、いつか一緒に盗賊活動をした時のような憧れの色をそこに滲ませていた。

どうやらあの時の姿と重ね合わせてクリスのことを見ているようだ。

真の正体を隠すには、逆にちょうどいい隠れ蓑なのかもしれない。

 

「あのー…めぐみんの視線をビシビシと感じるんだけど…ちょっと恥ずかしいな」

 

「どうぞお構いなく」

 

何を期待しているんだコイツは。

これからクリスが行う行動一挙一動全てを見逃さないように網膜にでも焼き付けるつもりなのか、ちょっと妬けてしまうぐらい彼女のことをガン見していた。

 

「えっと…少しこわいぐらいなんだけど…」

 

めぐみんのただならぬ気迫に押されて、ひそひそ声を出しながら俺の影に隠れようとするクリス。

 

「………」

 

その姿を見ためぐみんが彼女を追うように…

バッと勢いよく飛び出してきたかと思ったら、大人しく鎮座していたつくもんを取り上げ間髪入れずに俺の頭にストンと…って!

 

「おぉい!何しやがんだめぐみn」

 

「あぁぁ思い出しました!」

 

俺が自分の置かれた状況で焦りもがいて両手を頭に当てるのと同時に、つくもんも大声で叫んだ。

声が脳内で反響するような感覚に頭痛を覚える!

とゆうかマジでうるさいっ!

あとめちゃめちゃ眩しい!

 

「私まだ降りてくるのは早かったんです!もう少し修行を積むつもりがうっかり足を滑らせて…って、おや?」

 

「まてまてまてもういい喋るな!」

 

付喪神の修行って何やるんだとか、足を滑らせてなんでこっちに来るような事になるんだとか色々と聞きたい事はあったが、今はそれどころではない。

感情の昂りのせいか、つくもんはぎゅーっと頭を強く締め付けやがるので、慌てて脱ぎ捨てようとしても全然上手くいかないし!

 

「どうやらこのままつくもんはいなくなってしまいそうなので、最後にカズマの本音を聞きたいと思いまして」

 

そしてこの現状を引き起こした張本人のめぐみんは、ニマニマと悪笑いを浮かべながら肩にぽんっと手を置いてきた。

 

「ちょ!なんてことしてくれてんだ!」

 

「か、カズマ…なんて羨ましいんだ!次は私に被せてくれ!」

 

「うるさいお前は黙ってろ!」

 

とにかく早く脱ぎ捨てなければ…!

こうしてる間にも、つくもんには俺の頭の中身が次々と読まれてしまっているはずっ…!

勘弁してください!

今すぐ隣でヨダレを垂らしそうになってるド変態の頭の上に飛び移ってください!

 

「私の本音だけ聞かれるなんて不公平ですよ。恋人なんですから、お互い様です」

 

慌てる俺の様子を見てクスクスと笑い続ける小悪魔めぐみん。

クソっ!完全に油断してた!

クリスの行動に興味を持っていると思ったのに、最初からこれが目的だったんだなコイツ!

 

「おー…」

 

つくもんは少し落ち着いてきたのか、頭の締め付けが緩くなってきた。

このチャンスは逃せないっ!

 

バサッ!

 

「はぁはぁ…」

 

勢いよく脱いだつくもんをもとの場所に設置しなおし、額からあふれ出ていた冷や汗を拭って一息。

 

「む…そこまで慌てるなんてちょっと予想以上です。カズマは何か私たちにバレてはマズイ様なことでも考えていたのですか?」

 

最初こそ面白いものを見るような視線を向けていためぐみんだったが、あまりに慌てる俺を見てか、それも徐々に曇りを見せ始めていた。

 

「いやいやいやそんなことはあるはずないだろ。ところでつくもんよ。お前は早く帰った方がいい。さぁさぁ」

 

「おーっと待ってください!最後にしっかり聞かせてもらいますよ!カズマが何を考えていたのか!このまま『はいさようなら』なんて絶対に許しません!」

 

つくもんがめぐみんの大声にくるりと振り返ったところで、俺はすでに教会の出口へダッシュする準備を済ませていた。

よし…何か一言でもこの付喪神が言葉を発したら、俺の逃走スキルが火を噴くぞ。

 

「えーっとですね…」

 

「なんですか!早く早く! あとダクネス!カズマが逃げないように取り押さえておいてください!」

 

「分かった!」

 

ガシッ!

 

「いたっ!おいこの筋肉女!離せって!腕がもげる…!いたたたっ!」

 

「諦めろカズマ!そして恥ずかしい心の声を暴露された羞恥の味を後で私に教えてくれ!」

 

ダメだこの変態。

連れてきたのが間違いだった。

 

「一言で言うと、めぐみんさんに負けず劣らずでした」

 

------------------------------

 

「え?」

 

紅魔族随一の天才を自称する私でも、

つくもんの一言が何を意味するのかすぐに は理解できなかった。

 

「おいダクネス。今手を離してくれたら、屋敷に戻ってから新調したミスリル製のロープで全力魔力をこめたバインドをお見舞いしてから一日放置してやる。どうだ?」

 

「な、なんだと!?それは本当か!」

 

カズマ達の方を振り返って、アホなやり取りをダクネスとしながら顔を真っ赤にして必死に逃げようとする彼と、視界の隅でこれまた赤くなりながら何かを察したようにあっと小さな声をあげて視線を逸らすクリスを見て、私の頭が徐々に理解をし始める。

つくもんのことばを咀嚼し飲み込むようにゆっくりと…

 

「貴方の事…それから仲間のことでいっぱいでした」

 

シーン…と、場が静まり返った。

 

ポカンとするダクネスはすでに拘束を解いているにもかかわらず、カズマは顔を真っ赤にしたまま気まずそうに頭をかくだけでその場を動かない。

 

「貴方たち1人1人のことをとても丁寧に考えていましたが、特にめぐみんさん。あなたに関しては…あなたがカズマさんを想うよりも、下手したら強い気持ちでもごっ!」

 

「ク、クリースッ!はやく!はやくその付喪神にお帰りになられて!」

 

もう逃げることは諦めたのか。

逆に私の隣まで走り寄ってきたカズマはつくもんの口として作用していたっぽいところを抑え込み、近くにいたクリスに催促をした。

 

「えっ…あ、う、うん!」

 

慌てて謎の儀式を再開させる彼女の動きに連動して、つくもんの身体に再び光が纏わり始める。

 

「めぐみんさん。心配しないでください。そこの男は素直じゃないですから、あなたや仲間を大切に想ってることを知られたくなくてですね」

 

そこまで言ったとき、帽子から湧き出る光が一層強くなり…

そして、刹那の閃光を最後に消えた。

同時にくたり…と、何か憑き物が落ちたように私の帽子が机の上に残る。

 

「なんですか。隠す必要なんて全然ないじゃないですか」

 

それを拾って頭に被りながら、私は口元のゆるみが抑えきれない状態で真っ赤になったままのカズマの方へと振り返った。

 

「いやなんのことだい?実は俺は今意識が覚醒してな。ついさっきまで夢の中にいたような感覚で…」

 

「そうやって本当は優しいのになぜか隠そうとするんですよね。あなたは」

 

素直じゃないんですから。

慌てて身振り手振りを加え言い訳をする彼に走り寄って、周りの目があることも忘れてぎゅーっと正面から腰に手を回して抱き着いた。

もしかしたらよからぬことを企てているのでは…

なんて考えていた自分が恥ずかしい。

カズマのことは、誰よりも自分が信頼しているはずなのに。

 

「…お前らに知られたら、絶対からかわれるだろ」

 

「そんなことないですよ」

 

ねっ、とダクネスの方を振り返る。

 

「そうだな。後でアクアにも教えよう。カズマはやはり私たちのことを大事に思ってくれていると」

 

「いやだからアイツに一番知られたくねぇんだよ!絶対それをネタに色々と要求してくるだろ!」

 

うわぁぁっとハグから逃れ頭をかかえてかがみこみながら、カズマはボソボソと文句を言い続ける。

 

「大切に思ってることをからかわれたって、堂々としていればいいじゃないですか。それで何か要求されても動揺することなんて無いですよ」

 

「めぐみん…そんな事言ってドヤ顔してるけど、お前も本心暴露されて動揺してただろ」

 

「そ、そんなことはありません!さぁカズマ!家に帰りましょう!」

 

「私の愛している…が、抜けてますよ。お互い変なところで素直になりきれないバカップル」

 

「「「え?」」」

 

ジトーっと絡みつくようなカズマの視線を慌てて振り払って、彼の手を取り立ち上がったその時だった。

頭の中で反射するような奇妙なところから聞こえた今の声は…

つくもん!?

 

「あ!その付喪神!帰ってきたの!?」

 

今の今まで生暖かい視線で私達を見守っていたクリスが慌てて駆け寄ってくるのと同時に、どこか得意げな雰囲気すらする口調でつくもんが喋り始める。

 

「天に昇る途中で考えたのですが、このまま天界に戻っても大目玉を食らうだけです。なので…もうしばらくこっちにいて、ほとぼりが冷めて私が忘れ去られたころにひょっこり戻ろうかなって思いました。流石私。いやー知力が高い紅魔族の方の持ち物に憑依できるとは、ラッキーでしたね…と、いうわけで…これからしばらくよろしくお願いします。めぐみんさん」

 

プツンと、

私の中で何かが切れたような音がした。

もう我慢の限界だ。

 

「…黒より黒く、闇より暗き漆黒に」

 

「ままままって!ダメダメめぐみん!落ち着いて!教会で爆裂魔法は絶対にやめてぇ!!!」

 

「そうだぞめぐみん罰当たりな!やるなら外で私に向かって…!」

 

「だぁぁぁ!!!せっかく良い感じにまとまりかけていたのに、どうして毎回毎回こうなるんだぁ!」

 

今日はもう爆裂魔法を撃った後だという事を忘れてしまっているのか、それとも私の様子が迫真だったからか、はたまたつくもんに振り回されて余裕が無かったからなのかは分からないが、無意識に口から出てきた言葉にカズマ達が右往左往して慌てふためくのを見ながら頭上から聞こえる楽しそうなクスクス笑いをする付喪神の声に、私は心の中で大きなため息をつきひとつ決心するのだった。

 

この帽子はしばらくカズマに被ってもらおう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この新婚夫婦に祝福を!

カズめぐ新婚さんネタ!
時系列的にオリジナル要素とweb版のネタバレを少し含んでいますので、ご注意を!
まだまだ書きたいことはあったのですけれど、キリがないのでここでいったんストップ!
機会があれば、まだ追加執筆するかもです!


 

「サトウカズマさん!サトウめぐみんさん!ご結婚、おめでとうございます!」

 

ついに…ついにだ。

魔王を屠ってから数ヶ月。

それからもまぁこの世界は色々と退屈させないイベントを提供してくれていたが…

 

「えへへ…カズマ♪︎」

 

紅魔の里に用意された結婚式場。

同郷の仲間とこの日のために呼び寄せた冒険者の友人達に囲まれて、腕を組み隣で幸せそうに微笑むウェディングドレス姿のめぐみんを見ながら、俺は過去最高に幸せな気分に浸っていた。

 

そう。俺とめぐみんはやっと結婚することになったのだ。

大体の知り合いは『待ちくたびれた』だの、『やっとかよ』だの関係が進展しないことにやきもきしていたような連中が多かったけど、俺達にだって色々と予定があったのだからその辺は許して欲しい。

紅魔の里での結婚式がどんなものかは知らなかったけど、実際やってみるとアクセルの街で以前見たものとそう大差は無かった。

普段黒や紅を基準とした衣装に身を包む紅魔族が白一色に染っているのは、中々面白い光景ではあったけど。

 

「えっと…こんな俺だけど、これからもよろしくお願いします」

 

「こちらこそ。さっきの宣言通り、ずっとずっと私のことを支えてくださいね。頼りにしてますよ」

 

身体を密着させて互いが互いを抱き寄せて、俺達はそっと唇を重ね合わせるのだった。

 

 

------------------

 

 

その日はせっかくだからと俺とめぐみんは紅魔の里で一泊することになった。

アクアは意味深な笑みを浮かべながら

 

「私は空気の読める女神ですから!カズマとめぐみんの邪魔はしないわよ。こっそり見守ってこの魔道具でイチャコラする様子をカシャカシャ撮ってそれをネタにアレやコレやなんてこと絶対しないわ!」

 

なんて事を言いやがって、

 

「…カズマ、めぐみん。アクアは私が責任を持ってうちに連れて行く。それにその魔道具はもっと…す、すごい使い道があるはずだ。そ、その時は私が被写体になってやるから!さぁアクア!帰るぞ!今すぐ!はぁはぁ…!」

 

と、いつも通りのブレない様子を見せるダクネスとひと通りどんちゃん騒ぎをした後、仲良く帰宅して行った。

 

『私達が結婚しても、皆が良ければこれまで通り一緒に暮らしたいです』

 

というめぐみんの希望によって、こちらの世界に降りてきている時は最初からそのつもりだったらしいアクアはポカンと今更何を言ってるのと笑っていたし、貴族という立場や俺達との複雑な関係をそのまま顔に描いていたようなダクネスも、

 

『できる限りの間でよければ…』

 

という事で同居することになっている。

 

まぁあの屋敷は2人っきりで住むには広すぎるからな。

アクアとダクネスもいて、更に俺とめぐみんの子供が出来て住人が増えるぐらいがむしろちょうどいいんだ。

アイツらに素直にそれ言うつもりはないけど。

 

 

ともあれ、あの2人以外にも皆からのお祝いや報告などで1日中あたふたと忙しくしていたので、めぐみんの家で一緒に寝る頃になっても夫婦になったという実感があまり湧かなかったのだが…

 

「……あれ?」

 

やはり意識してしまっていたのだろうか。

翌日、かなり早起きしてしまった。

まだ光も差し込まない暗い部屋の中で隣から静かな呼吸音が聞こえ、横になったままチラリと視線を向ければ俺を抱き枕にスヤスヤと寝ているめぐみんがいるわけで…。

 

「………」

 

自然と彼女の頭に手が伸びて、もはやクセと化してる動作で撫で回してしまう。

俺の好みのタイプになりたいとかいう可愛すぎる理由で伸ばしていたらしい濡れ羽色の髪の毛は、立っていれば肩甲骨の辺りまであるほどに長くなってきていた。

その艶やかなめぐみんの一部が指の間をサラサラと流れていく感触が心地よい。

 

…しかしどういうわけか。

結婚する前もこうした状況になったことは何度もあるというのに、俺はこれ以上はないという程緊張してしまっていた。

手先以外身体が呪いで固まってしまったかのように動かないし、胸もドキドキと心臓が暴れているかのように高鳴っている。

隣で相変わらず心地よさそうな寝息をたてるめぐみんの吐息を耳に感じるくすぐったさと、肌が触れ合っている箇所がどんどん熱を増していくことにしか脳の理解が追いつかないみたいだ。

こちらからもそっと抱き寄せたいと思っても、その行動を想像しただけで頭の中が真っ白になってしまう。

それでいて今すぐ思いっきり密着したいという自分もいる。

 

なんだこれヤバい。

 

なんかふわふわしてる妙な浮遊感にも似た幸せな気持ちが絶え間なく湧いてくる。

 

世の中の新婚さんはみんなこうなってしまうのだろうか。

正式にお付き合いを始めた時とか、初めて一線を超えた時も似たような感覚を体験したけれど、これはそれ以上になんて言うかその…強烈だ。

 

「えへへ…あふふ…かじゅまぁ…」

 

悶々とする原因になっている当のめぐみんはモゴモゴとこれまた幸せそうに、俺の名前を呼びながら身体を寄せてくる。

 

だらしなく表情を歪ませて、いったいどんな夢を見ているのだろう。

 

最近は彼女の事を考えているだけでも満たされた気持ちになる事が多くなってきた俺にとって、その思考は時間を浪費させるのに十分だった。

 

「でっへっへ……わたしのかちぃ……は…あれ?」

 

だからめぐみんが瞳を開けた時に俺が真っ先に抱いた感想は、

『終盤ゲスい声に変わってきてたな。俺となんの勝負してたんだ』

と、どこか第三者的観測によるもので…

 

「あ…あっあっ…!」

 

至近距離から真顔でガン見してしまっていることに気がついたのは、口をぱくぱくさせながら頬を真紅に染めためぐみんの様子を見てからだった。

 

気づいてしまったらあとはもうほぼ反射での行動。

 

「っ!ご、ごめん!」

 

慌てて飛び起き彼女の方から視線を逸らす。

 

「い、いえ…あの…嬉しかったです。私が寝ている間も、カズマが近くにいて見守ってくれていたんですから」

 

そんな俺の背中からボソボソと愛らしいことをつぶやく嬉しそうなめぐみんの小声に、脳みそが溶けそうなほどの熱を感じて目の前がクラクラした。

 

「じゃ、じゃーえっとその…起きるか?」

 

「え?もう起きるんですか?」

 

あ…

そう言えばそうだった…

もう一度窓の外をちらりと覗いたが、まだ一寸先も見通せない濃い漆黒の闇に覆われている。

あきらかに深夜帯と言うべき時間だ。

 

「そ、そうだよな。起きるには早すぎるよな」

 

「…もう、カズマはさっきから何を緊張してるんですか。ほら、もっと近くに来てください」

 

早くも調子を取り戻しためぐみんが、笑顔でグイグイと袖を引っぱってきた。

 

「いやなんか…俺達ついに結婚したんだなって…色々と考えちゃってさ」

 

もちろんそれはとても嬉しいことであることに間違いはないのだが、イマイチ実感がないのもまた事実だ。

 

「夫婦らしい事ってなんだろうな?」

 

特に恋人の時との違いについて詳しく求む。

 

「ふーむ。夫婦らしいことですか…」

 

顎に人差し指を当てて考えていますポーズをとるめぐみんが、しばらくしてからニコッと微笑んだ。

 

「それはこれから見つけていきましょう」

 

「え?」

 

「だってまだ私達、昨日結婚したばかりじゃないですか。これからゆっくり進んでいけば良いんですよ」

 

「お、おぉ…そうだな…そうだよな」

 

そりゃーそうか。

確かにいきなり夫婦らしく変われと言われても、いやどうすればいいの?って話だ。

恋人になる時ですら、両想いだと分かってからも物凄い遠回りをしてたぐらいだし。

俺達は俺達らしく…ゆっくり進んでいけば良い。

 

そう考えると、無駄に高まっていた緊張感が薄れていくのを感じた。

途端にひどい眠気が再来してくる。

 

「…もう一眠りするか」

 

「ふぁ〜…そうですね。まだ眠いです…」

 

口全開の大きな欠伸をかましためぐみんは、こてっと俺の胸に頭を預けるとすぐに静かな寝息を立て始めるのだった。

 

…この状態でお前を起こさず再び横になれと言うのか。

 

 

------------------

 

 

 

「カズマさん。私の孫にはいつ頃会えそうですか?」

 

「はい!近いうちには必ず!」

 

翌日の早朝。

俺達が起きてくるのを待ち構えていたかのように、リビングに居座っていた相変わらずブレないめぐみんの母親…ゆいゆいの質問に、俺はハキハキと答えていた。

 

この家に来る度にめぐみんと同室にされるので彼女がそういう意図満々なのはもう昔から分かっていた事だ。

まぁ昨日は流石に疲れすぎてしまい新婚初夜だと言うのに(今となっては珍しく)ただ一緒に寝るだけで特に何もせず終わってしまったけど。

 

「もう!恥ずかしいからやめてください2人とも!」

 

隣で俺の影に隠れるようにして座っていためぐみんが、グイッと腕を引っ張ってきた。

 

「何を言ってるのです。そんなにイチャイチャくっついてるところを実の親の前で見せつけて、期待するなという方が無理というものですよ」

 

その向かいでニコニコと穏やかな笑みを浮かべながら、ゆいゆいさんは目ざとく組まれた腕に注目する。

 

「カズマさんも今日アクセルのお屋敷に帰るまでは…いいえ、これから先ずっと、私の事は遠慮なく『お義母さん』と呼んでくださいね」

 

「はい!お義母さん!」

 

「カ、カズマ!ちょっと一緒に出かけませんか!いい天気ですし、二人っきりで朝の散歩でもしましょう!今日の夜にはアクセルに戻ってしまうのですから、紅魔の里をひと通り!ね!ね!」

 

「お、おい!分かった!分かったから引っ張るなって!自分の足で歩くから…!あ、お義母さん!そういう訳でちょっと出かけてきます!」

 

「はい。行ってらっしゃい♪︎」

 

昨夜の言葉ですっかり緊張感を蒸発させた俺を半ば引きずるようにして、めぐみんは母親の暖かい視線に見送られながら表に出ていくのだった。

 

「もうカズマは…なんで昨日の今日でそんなに対応できちゃってるんですか」

 

朝早くでまだ紅魔族の人達もほとんど外にいるのは見受けられない里を散歩しながら、彼女はこちらを振り向かずにズカズカ歩きぶーぶー文句をたれる。

 

「お前が自分らしく進んでいけば良いって言ってくれたからだが?」

 

「確かに言いましたけれども…むぅ」

 

ふーむ…

乙女心は未だによく分からんな。

複雑そうな心境の面持ちを浮かべるめぐみんの横顔を見つめる。

まぁこいつが喜ぶことと言ったら…

 

「で、散歩って何するんだ?爆裂魔法でも撃ちに行くか?」

 

「…それだと本当に結婚する前と何も変わってないですよね。もちろん爆裂には行きますけど」

 

結局こうなっちまうんだよな。

ゆっくり自分たちのペースで進んでいけば良いと言ったのはめぐみんだし、俺もそれについては異論ないんだけど。

なんかこう…身も蓋もない言い方をすれば、もっとイチャイチャしたい。

 

「…お?何やってんだあの人達」

 

と、そこでせめて良い感じの空気にしたいというお互いの要望で、恋人繋ぎをしながら手頃な爆裂スポットでも探して赴こうと里中を歩く俺たちの目に、1組の紅魔族の男女が映りこんだ。

 

「…こんなに朝早く待ち合わせてすまないな」

 

「ふっ…構わない。1対1の状況を作るには絶好の時間と場所だ」

 

なんだなんだ?

何か物騒な事を言ってるけど。

 

「カズマカズマ!早くこっちに!邪魔しては悪いですよ!」

 

「めぐみん?な、なんだよ。邪魔ってどういう…いてて!だからお前は俺のこと引っ張るのを止めろって!」

 

言われるがまま、広場の中央で互いに睨み合う紅魔族たちから少し離れた場所で、俺達はガサゴソと茂みに隠れる羽目になった。

 

「なぁ。あれ止めなくていいのか?決闘でもおっぱじめそうな雰囲気だけど」

 

「止めるなんてとんでもないです!いいですかカズマ。あれはですね…」

 

「「愛してるぞォォォォ!!!」」

 

めぐみんが指を立てながら得意げに説明していたが、彼女の説明が終わる前に自分の耳で彼らの行動の意味を捉えることが出来た。

 

「…紅魔族流の告白という訳ですよ。アレは大分昔の風習だったはずなので、今どきやる人はかなり珍しいですが」

 

答え合わせも済んだところで、大きなため息が漏れる。

長い付き合いではあるはずだが、まだまだ紅魔族については知らないことが多すぎる。

俺もめぐみんを嫁に貰ったからには、もっと彼らの事を知るべきなのだろうか。

…彼女には悪いが、まだ何かとんでもない秘密を抱えていそうで怖いというのが本音だったりするのだが。

 

「む…俺の方が愛してる」

 

「いえ!私の方が愛してるわ!」

 

「子供か!」

 

大声で告白しあったと思ったら、今度はどっちの気持ちが上かを争い始めた。

思わず突っ込んでしまったが、どうやら言い合いに夢中でこちらの声は届いていないようである。

 

「あのさ、めぐみん」

 

「はい?なんですか?」

 

「お前ももしかして、あんな告白に憧れたりとか…してた?」

 

「いえ全然。あのやり方を知った当時の私はそういうの興味無かったですし、カズマに恋愛感情を抱いてからは貴方に告白してもらえるならどんな形でも良いなって思ってました」

 

「お…おぉ…そうか」

 

あまりにもあの男女のやり取りを真剣に見守ってるもんだから、てっきりあんな風に告白されたかったのかと思ったのだけれど、そうでは無いらしい。

あとコイツは本当に油断した頃にドキッとさせやがる。ずるい。そしてそれが満更でもないと感じてる自分がちょっと悔しい。

 

「カズマは…紅魔族のこと、嫌いですか?」

 

「は?突然なんだよ?」

 

唐突な質問に、思わず率直な疑問が口に出てしまった。

今更何を言ってるんだか。

 

「私達のこと、変な奴らだとか思ってません?」

 

「そりゃー思ってるよ」

 

「えぇ!?何の躊躇もなく断言しましたよこの男!紅魔族の私をお嫁さんに貰っておきながら!」

 

自分から聞いてきたくせに、めぐみんは目を見開いて俺から距離をとり驚きを露わにしていた。

信じられないものを見るような視線をこちらに投げかけてドン引きするのはやめて頂きたいのだが。

 

「ん?おい!そこにいるのは誰だ!」

 

「なに!?誰かいるのか!」

 

「ほーらみろ。お前の声がでかすぎて今度こそ気づかれちまったぞ」

 

心なしか頬を染めた紅魔族の男女ペアがこちらに向かってきているのを見て隠れ続けるのは無駄だと悟り、俺は素直に立ち上がって姿を顕にした。

ふむ。遠目から見ただけではマントに阻まれよく分からなかったが、この2人めぐみんよりちょっと年下ってぐらいかな?

さっき子供かと突っ込んでしまったが、本当に子供だったとは。

 

「いいんですよ!こんな誰にも見られていないような時間帯でしか告白できない意気地なし達は!それよりも紅魔族について貴方がどう思ってるのか詳しく!」

 

「意気地なし!?」

 

あ、名も知らぬ紅魔族の御二方がショックを受けて跪いた。

というか、愛の告白は普通他人に見せつけるようなものではないと思うんだが。

 

「それじゃー言わせてもらうけど、まずお前らは名前からしてツッコミどころ満載だし、生い立ちだって…いやここはある意味可哀想だし被害者か?まぁそれは置いておくとしても、やたらカッコつけたがるし中二病だし危ないし頭おかしいしとにかく変なやつらだよ」

 

「…随分ボロクソに言ってくれましたけど、私もその、へ・ん・な!紅魔族なのですが?」

 

ぷくっと盛大に頬を膨らませ、いつの間にか紅く煌めかせていた瞳でこちらを睨みつけるめぐみんの意思を酌んで、俺は言葉を続ける。

 

「そんな事は百も承知だ。…何を拗ねてるのか知らないけど、別に嫌いだとは言ってないだろ」

 

「…では、好きなんですか?」

 

ふむ…

これはチャンスじゃないか?

常日頃めぐみんからの唐突な愛を感じる発言や行動に対する反撃の。

まぁ大抵失敗というか寧ろクロスカウンターをもらうわけだが、なんだか今日は勝てそうな気がする。

コイツどんな返事が来るかちょっと緊張してるみたいだし、必死だし。

 

「めぐみんの事は好きだな」

 

「…え?は?な、何言って…!」

 

流石に俺も面と向かってこんな事を言うのはちょっとばかし恥ずかしかったが、照れて慌てふためくという珍しいめぐみんの姿が見れたので良しとしよう。

コイツはいつもこういう姿の俺を見てニヤニヤしてるんだろうし、たまにはこっちが見る側になってもいいだろう。

 

「おぉ…これが夫婦になった男女のイチャイチャ…あの魔王を倒したパーティーの一員なのに、それでも残念紅魔族とまことしやかに噂されてるめぐみんさんが、嬉しそうな乙女の顔してる!」

 

「やかましいですよ!あなた達は魔神の丘で衆目に晒されながら告白しあえるぐらい覚悟を決めて出直してくるといいです!あと私のことを残念紅魔族と噂してるのは誰ですか?今日の爆裂魔法のターゲットはそいつの家で決まりです」

 

「えぇ!?」

 

照れ隠しの流れ弾を貰ってる若い紅魔族のカップルが少し可哀想ではあったけど。

 

「ほらめぐみん。その辺にしといてやれよ。爆裂しに行くんだろ?もちろん人の家はなしだけど」

 

「…カズマのくせに、あんなセリフをサラッと言うなんてズルいですよ」

 

「くせにってなんだよ。俺はやる時はやる男だって何回言わせんだ」

 

その言葉には返事せずツーンとそっぽを向いてしまっためぐみんは、それでも俺の手を離さず歩き始めるのだった。

 

 

------------------

 

 

めぐみんに手を引かれるままにたどり着いた場所は、里からそう遠く離れていない少し開けた場所にある高台だった。

見通しがよく景色も申し分ない。

うーん普通のデートでのんびりピクニックなんかするのに最適そうな場所だ。

俺らがこれからやろうとしていることは、そんな穏やかな出来事とは寧ろ正反対のことなんだけど。

 

「ふむ…この辺で良いでしょう。ちょうどあそこにいい感じに大きくて硬そうなモノがあります」

 

めぐみんが指さす方には、確かにやたらテカテカとして存在感を放つドデカい黒岩がぼんっと突き出ていた。

それにしてもあんな平原のド真ん中にポツンと岩があるのは少し不自然な気もするのだが…

森に囲まれてるのにあそこだけ平原なのもよくよく考えると…いや、流石に考えすぎか?

 

「そう言えば前に里の近くで爆裂魔法撃った時俺ら捕まったけど、今回は大丈夫なんだろうな?ちゃんと事前報告とか、最悪言い訳でもいいから考えておけよ?」

 

「……」

 

「待て。なんで黙ってる。無言で杖を構えるなおろs」

 

 

「エクスプロージョンッ!!!」

 

 

あぁコイツ!

面倒になって無詠唱でぶっぱなしやがった!

 

「…ふぅ。やっぱりカズマとこれをヤらないと私の1日は始まりませんね!はぁ…ぱたり」

 

「出来ればそのセリフはもっと別の所で使って欲しかったよこのおバカ!」

 

とはいえ撃ってしまったものは取り消せない。

紅魔族の皆さんも今日ぐらいは結婚したばかりで浮かれてたからって理由で、里中に響き渡って睡眠阻害をした爆裂音を許してくれるだろう。

…許してくれるはず。たぶん。

 

「ところでカズマ。今の爆裂の採点をお願いしますっ!」

 

「無詠唱による威力と前置きが無かったから減点。俺の言うこと無視したから減点。なのに何故かドヤ顔なので減点。反省の色も見えないので減点。よって60点」

 

「うっ…手厳しいですね」

 

と言っても満更でもなさそうな顔をするあたり、この採点に不満は無いらしい。

自覚があるという証拠でもあるのが厄介なのだが。

 

やれやれと、ぐてーっと地にひれ伏すめぐみんの向こうで爆裂魔法の被爆地に広がるもくもくとした煙が晴れていくのをぼっーと見ていたら…

 

「…あれ?」

 

先程からチクチクと感じていた違和感が大きく膨れ上がりはじめる。

 

「おいめぐみん。あの岩まだ残ってるぞ。というかほぼ原型を留めているような…」

 

「え゛!?」

 

うつ伏せのままモゴモゴと言葉を発する彼女が、ピクピクと足を痙攣してるかのように動かす。

 

「そ、そんなはずはありません!無詠唱による威力の低下を鑑みても、あの程度の大岩ぐらいなら」

 

ゴゴゴゴゴ…

 

「な、なんだ?地震…?」

 

いや違う…!

僅かだが、俺の敵感知スキルに何かが引っかかった!

 

「ヤバい!あの大岩、多分生きてる系の奴だ!」

 

「生きていようがいまいが、私の爆裂魔法に耐えるなんて許せません!くっ!もう1発…!我に力をっ…!」

 

「バカ!そんな事言ってる場合か!ほら見ろありゃ…」

 

ズゴゴゴゴ!

と地面を砕き振動させる物凄い音を響かせながら、人型の大岩が正体を表した。

どうやら地上に出ていた身体はほんの1部分だったらしい。

 

爆裂魔法が命中した肩に該当する部分はボロボロに欠けていたが、メタリックな塗装で全身岩のような体を覆っているその姿を、早くも俺におんぶされためぐみんが見て…

 

「は、はぐれジャイアントメタルゴーレム!はぐれジャイアントメタルゴーレムですよカズマ!略してはぐれジャイアン!」

 

興奮気味にそう叫んだ。

 

「名前長っ!あとその略称は色んな意味で危ないからやめろ!メタルとゴーレム要素皆無だし!」

 

はっ!

こんなアホなやり取りしてる場合じゃねぇ!

 

「こっちに気がついたみたいだ!敵感知スキルにビンビン来てる!」

 

「グォォォオオアアァァ!!!」

 

空気を震わせるような激しい咆哮が辺りに響き渡った。

こわっ!めっちゃこっち睨んでるし!あ、目っぽいところが金色に輝き出した!

 

幸いまだ距離はあるし、それに実は一つだけ突破口があるっちゃあるんだが、本当に最終手段なんだよな…

 

「カズマカズマ!こうなったら私達でアイツを退治してしまいましょう。メタル系のモンスターは総じて経験値が美味しいのが特徴です」

 

なんでコイツはもう何も出来ない状態でこんな呑気な事を言ってる余裕があるんだ。

 

「というかメタル系の経験値が美味しいモンスターなら、大人しくスタコラサッサと逃げやがれよ!それが相場だろうが!」

 

魔王を倒した後に経験値の塊が出てくるなんて、隠しボスのフラグみたいですごく嫌なんだけど!

あとどうせ出るならもっと借りやすくて元も美味いカモネギとかにしてくれよ!

なんでゴーレムがはぐれメタル化してるんだよ!

 

「何を言ってるんですか。メタル系のモンスターは気性が荒く好戦的なことで有名なんですよ?まったくカズマは…いい加減この世界の常識を覚えてくださいね?」

 

「うるさいわ!その常識とやらをろくに守れていないお前に言われたくねぇ!とにかく今はピンチだって事を自覚しろよ!」

 

「カズマが一緒なんですよ?きっと貴方ならこの状況を突破出来る作戦を思いつき…というか、ひょっとしてもう心当たりあるんじゃないですか?だから私は安心しているのです」

 

「っ…!」

 

「私の夫はここぞという時に頼りになる男ですからね。現状がピンチだとはこれっぽっちも思ってませんよ」

 

「わかったわかったよ!なら力貸してくれよ!ほらっ…!」

 

ええいクソ!

なんだよ可愛いこと言いやがって!

そんな風に言われたら、もうこの手を使うしかないじゃねぇか!

 

こんなこともあろうかと、ある日を境に運搬スキルを応用して常に1つは懐に忍ばせることにしていた秘密兵器…人の頭サイズはあるマナタイトの塊を取り出し、仰向けに寝転がらせためぐみんの胸元にポンッと置いてやる。

 

「こ、これは…ふ、ふふふ…さすがです!流石ですよカズマ!こんないい物をまだ持ち歩いていたなんて!はぁぁぁ染み渡ります…!」

 

みるみるうちに溶けるように縮小していってしまったマナタイトだが、めぐみんはまだ片手にピッタリと収まる程度の質量を残しているそれを持ち、よいしょと立ち上がった。

 

「ふむ…いけます!これならもう1発、今度は全力本気のドでかいのをくれてやりますよ!」

 

よし。これで後はめぐみんに任せておけば大丈夫だろう。

瞳を興奮で爛々と輝かせながらこちらを振り返る彼女にGOサインを…

 

「カズマカズマ!まだマナタイトは残っています!これぐらいあれば、貴方も爆裂魔法が撃てるのではないですか!」

 

「え?」

 

グイグイとマナタイトの塊を押し付けてくるめぐみんの言葉に身体が固まった。

ヤバい。そこまで考えが及んでいなかった。

 

「確かにギリギリ撃てないことも無いようなそうでも無いような…え?もしかしてこれ俺も撃たないとダメな流れ?お前1人でも十分だと思うんだけど」

 

「ダメです!だって私、まだ魔王を仕留めたという貴方の爆裂魔法を1度も見ていないんですよ!」

 

「いや一生見なくていいよそんなものは!」

 

「いいですかカズマ!私の詠唱に耳を傾けて、意識を集中させて下さい。前よりもっと高威力の爆裂がぶっぱなせるはずです。ではいきますよ…すぅ…」

 

「話を聞けよ!」

 

俺の反対意見などまるで耳に入っていないかのように、マナタイトごと手を握りしめてきためぐみんが耳元に口を寄せながらボソボソ喋るもんだから、距離の近さを意識してドキドキしてしまう。

くっ!正直な俺の体め!

 

「っ…一応準備だけしておく。撃つ時になったら合図してくれ」

 

しかもそこまで嬉しそうに言われたら、もうやるしかないだろうが…!

ボソボソと詠唱を続けるめぐみんが、俺の言葉にコクリと頷く。

指示通り彼女の声に耳を傾けながら、のっそのっそと徐々に距離を詰めてきている標的を視界に捉える。

それにしても、やつの動きが遅くて助かった。

これなら爆裂魔法を使う余裕もある。

使い方なんてめぐみんの隣で死ぬほど見てきた。

魔王と戦った時もなんの不安もなく放てたんだ。

…よし、いける。

 

「…今ですっ!」

 

手の先が熱くなっていく感覚と同時に、その力がめぐみんを経由して杖に流れていくのを感じる。

彼女の飛びっきり嬉しそうな笑顔を横目に、俺はマナタイトの力を借りて貯めこんでいた魔力を一気に開放して叫んだ。

 

「「エクスプロージョッッッ!!!」」

 

ドゴォォォンンン!!!

 

ゴーレムが現れた時のそれを上回る豪快な爆裂音が辺りに響き渡り、爆風に乗って鼓膜と肌を振動させる。

一発目と違い集中力を込めて放った二人分の爆裂魔法が直撃した対象は…

 

跡形もなく、消え去っていた。

 

と、同時に全身の力が抜け出ていくような脱力感。

 

「ふっ…カズマの爆裂魔法はまだまだへなちょこでしたが、2人で力を合わせたものは素晴らしい威力でしたね!ぜひ、私たちのオリジナル必殺技、『双紅碧星壊式爆裂魔法』と命名しましょう!」

 

「うわ…ちょっとカッコイイとか思ってしまった自分が嫌だ」

 

「んなっ!?何故ですか!良いじゃないですか!双紅碧星壊…」

 

「長いんだよっ!いちいちそれ言うのめんどくせぇ!なしなし!」

 

「えー…」

 

というかそんなことを言ってる場合ではない。

もうマナタイトの残量はないというのに、二人してまともに動けない状態なのは…

 

「なぁめぐみん。お前これからどうやって里まで帰るのか、もちろん考えてるんだろうな?」

 

「いえ、全然、カズマの爆裂魔法が拝めるなら…と、それだけしか考えていませんでした。まぁでもここから里は近いですし、誰か迎えに来てくれるのを待つとしましょう」

 

二人してぶっ倒れたまま、それでももぞもぞと顔だけこちらに向けるめぐみんのふやけた満足そうな表情を見て、俺は何も言えなくなってしまうのだった。

 

 

------------------

 

 

「で…何やってるのよめぐみん…と、カズマさん」

 

しばらくすると、彼女の予想通り爆裂音を聞き紅魔族の方達を何人か連れてきてすっ飛んできたゆんゆんが、野ざらしの状態で倒れ込む俺たちを見てドデカいため息を吐きながらそう言った。

 

「おぉ!その声はゆんゆんですか!ちょうどいい所に来てくれました!里まで運んで欲しいのですが…」

 

うつ伏せで倒れてしまい背後に立つ人物を目視で確認できないめぐみんがふごふご喋る中、ゆんゆんは俺に視線を向ける。

 

「めぐみんが倒れてる理由はさっきの音からして聞くまでも無いけど…カズマさんまでまさか…?」

 

そう言えばゆんゆんは俺が爆裂魔法を習得している事を知っているはずだ。

なら、ここは下手に誤魔化しても意味が無いだろう。

 

「実は『はぐれジャイアントメタルゴーレム』がいてな…つい狩ろうとして爆裂魔法を…冒険者カードを見てくれれば嘘じゃないと分かるはずだ。こっちのポケットに入ってるから」

 

というとっさに思いついた言い訳に眉をしかめながらも、ガサゴソと俺の持ち物から冒険者カードを取り出ししげしげと眺めた。

 

「ホントだ…こんな所にメタル系のモンスターが居座ってたなんて、全然気付かなかった」

 

よしよし。

これでまた牢屋行きになることは避けられるだろ。

 

「まぁ…爆裂魔法以外が使えれば使う必要が無い事実は変わりませんので、結婚したてで浮かれる気持ちも分かりますけど程々にしてくださいね?」

 

お許しの言葉を投げかけてくれているゆんゆんの後ろで眠そうに光る瞳を擦る紅魔族の方々には申し訳ないが、結婚した翌日に牢にぶち込まれるような思い出を作らずに済んで本当に良かった。

 

その後、族長でもある彼女の指示で、仕方なしと渋い顔をされながらも無事めぐみんの家に運んでもらえた。

 

着くなり騒ぎを聞きつけて出てきたお義母さんは、『2人で動けなくなるまで楽しんでいたんですね』と意味深な冗談を言って、今起きたと言わんばかりに彼女の後からのこのこと出てきたひょいざぶろー…お義父さんの頭をスッキリ覚醒させていたが。

 

「いやー。思わぬ収穫を得てしまいましたね。おかげでまたレベルが上がりました」

 

「これ以上レベル上げてももう覚えたいスキルはあらかた取り尽くしたし、ステータスも全然伸びなくて落ち込むんだけどな」

 

魔力切れでまともに動けないので、めぐみんの部屋でゴロゴロと寝っ転がりながら、自らの冒険者カードに刻まれた「はぐれジャイアントメタルゴーレム」の名前を恨めしげに睨みつけながら、加算されたスキルポイントをどう割り振ろうか頭を悩ませる。

 

「なら私がオススメのスキルを教えてあげますよ。これです」

 

コイツがオススメするスキルなんて分かりきっていることだ。

どうせ爆裂魔法の威力上昇とかそんな類の…

 

「真愛夫婦…スキル?なんだこれ」

 

めぐみんが指さす予想外の文言。

こんなカテゴリあったっけ?

 

「私もつい先程見つけたのですが、解放条件を見て納得がいきました」

 

ご丁寧に解放条件まで記載されてるのか?

解放した後に解放条件が見れるなんて、ますます異質なスキルカテゴリだな。

 

で、その解放条件は…なになに?

 

1、冒険者カードの所有者同士で結婚していること

2、結婚相手と真に愛し合っていること

3、浮気相手がいないこと

※なお、何れかの条件が破綻した場合、このスキルの効果は失われる

 

…って!

 

「なんでカードにそんな事が分かるんだよ!?こわっ!」

 

冒険者同士が結婚してこのスキルが解放されなかったら、条件2か3を満たしていないって事だろ!?

闇深すぎだろ冒険者!

 

「私の名前欄にもいつの間にか『サトウ』の文字が加わっていますし、このスキルの存在は学校でも習いませんでした。不思議ですねぇ…」

 

「いやいや不思議ですねっていうかもう不気味というか」

 

「条件も面白いですけど、スキル内容自体も面白いですよカズマ!」

 

瞳をキラキラさせながらカードを弄りまくるめぐみんが俺の言葉を遮るかのように早口でまくし立てる。

コイツが爆裂魔法系統以外のスキルに興味を示すなんて確かにただ事ではないけど、

いったいどんなスキルがあるんだ?

 

ポチポチとカードを操作して、格納されているスキルをズラっーと眺めていく

 

「この、『結婚相手に触れている間、魔法の威力が激増する』という『夫婦MAGブースト』なんて私にピッタリではないですか!」

 

「結局お前はそれしか頭にないのか!」

 

道理でやけにワクワクしてるわけだ。

新しく爆裂魔法の威力を底上げする手段がまだ他にも隠されているのかもしれないのだから。

 

めぐみんの事はしばらく放っておくとして、俺も何か有用なスキルが無いかどうか探して…

 

「お?」

 

あった。これはすごい。

『冒険者』という職業の為にあるようなスキルだ。

 

「なんですか?なにか面白いスキルでも…」

 

「喜べめぐみん。これでお前も残念紅魔族卒業だ」

 

「は?」

 

「1日につき1つだけ習得しているスキルを共用できるスキルシェアリングっていう」

 

「却下です!」

 

最後まで言い終える前に、力強く反論されてしまった。

 

「爆裂魔法を極めるという道を迷うことなく突き進むという道標を建て直してくれたのは貴方では無いですか!それに、私が爆裂魔法以外の魔法を使う姿をカズマは想像できますか!?」

 

「今必死に想像してるよ。なかなか難しいな」

 

「しないでください!やだやだいやですよ!貴方に爆裂魔法以外の魔法を使う姿を見られてしまうなんて、恥ずかしすぎて死んでしまいます!」

 

「だからお前の羞恥心の基準はおかしいんだよ!」

 

まぁめぐみんの爆裂散歩に付き合うのは俺も楽しいから半分冗談のつもりだったとはいえ、本人が承認したスキルしか共用できないとあるしやはり無理なのか…

 

「そうなると平凡なスキルしか残されていないけどな…」

 

「ふむぅ…私も魅力的なスキルを見つけはしましたが、カズマが傍にいてくれないと発動しないものばかりですからね…どうしましょうか?」

 

チラチラと、急に何か言ってほしげに視線を寄越すめぐみんの言いたいことはもちろん理解している。

 

「一生貴女を傍で支えて生きていきます…なんてクソ恥ずかしいことを結婚式の時言ったの忘れたのか?」

 

「もちろん忘れるはずないじゃないですか。ですがあれはあくまで式の一環。私はカズマの意思でもう1度同じ事を言って欲しいのですよ」

 

唐突に良い感じの雰囲気に包まれた部屋の中、ゴロゴロと転がりながら距離を詰めてくるめぐみんを抱きとめる。

本当に俺たちは何がきっかけでこう…甘い空気になるのか自分でも予想がつかんない。

 

ったく…しょうがねぇなぁ!

 

「俺ならずっとお前の傍にいるから、好きなスキルを取ればいいさ」

 

「分かりました!では、爆裂魔法の威力上昇スキルに割り振りますね!」

 

「おぉぉいまてまてまて!!!言わせといて結局はそれか!なんなのお前!ドSなの!?」

 

「確かに親愛夫婦カテゴリのスキルを魅力的だとは言いましたが、それを習得するつもりだなんて私は一言も言ってないですよ?」

 

1人恥ずかしいことを言わされ頬が熱くなるのを感じていた俺に、続けてめぐみんは

 

「それにスキルなんかに頼らなくても貴方が傍にいてくれれば、私はいつも以上に…いえ、1人の時とは比べ物にならないぐらい強力な爆裂魔法を放てますよ。これは確実ですね。間違いありません。なので…」

 

ニコッと眩しい笑顔を見せながら、めちゃめちゃ狡いことを宣った。

 

「真愛夫婦スキルなんて、もう全部習得してるようなもんですよ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝
二人の子供


短めのネタ。
以前プライベッターにあげたものです。
時系列が今までの投稿物よりかなり未来なので、外伝という扱いにしました。
カズマとめぐみんの娘という設定のキャラが登場しますので、オリジナルキャラ要素が苦手な方は注意。
Web版のネタバレも含んでいます。
前半謎の三人称視点ですが、後半からはいつも通り登場キャラ(カズマ)視点。


ここは始まりの街アクセル。穏やかな午後の昼下がりに、とあるお屋敷から今日も元気な話し声が溢れ出していました。

 

「…そして結局俺は1人で母さん達を守りながら、バッサバッサと魔王軍を斬り倒していったのさ…フッ」

 

ポカポカとした気持ち良さそうな日差しに照らされている中庭の中央で、口角を上げながらニヤニヤ胡散臭い笑顔を浮かべてそんな事を口走ってるのは、アクセルの有名人であり最強の最弱職の称号をもつ冒険者、サトウカズマさんです。

 

「わぁ〜!お父さんすごーい!」

 

そんな彼の周りをグルグルと元気に走り回りながら無邪気にはしゃぐ少女が1人。

歳の頃は恐らくまだ5か6といったところでしょう。

綺麗な黒髪を真っ直ぐ肩まで伸ばし、カズマさんを見上げるキラキラと輝く瞳は左目だけが鮮やかな紅色に光っていました。

オッドアイ…中々珍しい特徴です。

 

「そうだろうそうだろう。お父さんはすごいんだぞ。だからたまには『パパ大好き』て言ってみてくれ」

 

「じゃーお父さんも私の前でお母さんに大好きって言ってあげてよっ!」

 

「よし、この話は無かったことにしよう」

 

「…最近お母さんに冷たいよね。嫌いなの?」

 

綺麗に踵を返して歩き去ろうとする父親の手を引いて止めた娘の、無邪気で悲しそうな声がカズマさんの胸に突き刺さりました。

 

「そんなわけないだろ。お前と同じぐらい好きだし…愛してるよ。ただ子供の前でベタベタすんのは流石に恥ずかしいというかカッコつかないというか情けないというか…」

 

「ふーん…そうなんだって!良かったねお母さん!」

 

「えっ!なんだと!?」

 

少女の視線がいつの間にか自分の背後に向けられていた事に気がついたカズマさんがその言葉に慌てて振り返ると、そこには少女によく似た綺麗な女性が立っていました。

 

「ま、カズマの事ですからどうせそんなことだろうと思って、あんまり心配はしてませんでしたけどね」

 

ふわりと

彼女はその容姿の中でも一際目立つ見惚れるほどに長く美しい濡羽色の髪を手でかきあげながら、言葉とは裏腹に嬉しそうにはにかんでいました。

 

「め、めぐみん!いつからそこにいたんだ!?」

 

「今日はその子にいい話が聞けると誘われて、ずっと中庭の隅で待機していたのですが…この陽気に負けて眠らずに正解でした」

 

どうやら最初から少女の作戦通りだったようです。

末恐ろしい子ですね。

 

「お前今の話を引き出すためにわざわざ俺もここに誘い出したのか…我が娘ながら既に大物になる予感しかしない…ってあれ?という事はつまり、さっき俺の部屋に来た時言ってた『今日はパパと遊びたーい♥』って語尾にハートがつきそうなぐらい甘えた声で言ってきたのも、もしかして…さ、作戦のための演技…ですか?」

 

娘に甘えられたのが相当嬉しかったのでしょう。

その行動が本心からでは無かった可能性の示唆に、カズマさんの顔色がみるみるうちに青白くなっていきます。

 

「そうだよ」

 

残念ですが結果は彼の危惧していた通りでした。

 

「パパ泣きそう」

 

「流石私の娘です。賢い子ですね」

 

ガクリと膝から崩れ落ちる父親の前で、娘の頭を撫でながらめぐみんさんが笑います。

 

「めぐみんの家系の特徴である魔性の女属性の片鱗も既に見えていて、俺は少し不安だがな」

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか。カズマだって嘘をついていたのですから」

 

ポンポンともう片方の手で、めぐみんさんが跪くカズマさんの頭を撫で始めました。

 

「はぁ?俺がいつ嘘ついたって言うんだ」

 

ゆっくりと復活して立ち上がった彼が、唇を尖らせながら不満げに言い放ちます。

 

「魔王軍を1人でバッサバッサと斬り倒していったなんて、娘にそんな嘘をついて面白いですか?」

 

「…チッ、そういえば最初からいたんだったな」

 

その話が嘘だと聞いても少女は両親が会話しているのを見るのが嬉しいのか、ニコニコと微笑んだ表情を崩しませんでした。

あるいは既に、嘘だという事を見抜いていたのかもしれないですね。

 

「ちゃーんと私が爆裂魔法できれいさっぱり魔王ごと一味を爆散させたという情報を伝えてくださいよ」

 

ここぞと言わんばかりに娘の前で大きく胸を逸らし、ニヤリとドヤ顔を決めるめぐみんさん。

 

「お前こそそれ嘘の塊情報じゃねぇか!」

 

「爆裂魔法で魔王にトドメをさしたのは嘘ではないでしょう?それに、私が一味を爆散させたというのも嘘ではありません」

 

「めぐみんは嘘の隙間を突いて話すのが本当に上手いな…確かにお前は一味を爆散させていたけど、魔王に爆裂魔法でトドメをさしたのはお父さんだからな?お前はお母さんみたいなずる賢い女の人になっちゃだめだぞ」

 

そう言って娘の手を引き母親から遠ざけるカズマさんを見て、めぐみんさんも激昂します。

 

「ちょっと待ってください!カズマにだけはずる賢いと言われたくありません!」

 

「俺だってめぐみんには言われたくないぞ!お前がゆんゆん相手にしてきた数々の勝負を思い出してみろ!」

 

二人が一見仲良くは見えないように話していても、少女は相変わらず嬉しそうにそんな両親を眺めていました。

 

「同じ魔法を使うなんて、仲良しだね!」

 

その悪意のない純粋な言葉に、カズマさんとめぐみんさんは途端に言い合っていた口を閉ざして視線を逸らしてしまいます。

 

「私もばくれつまほー…使えるようになりたいなぁ」

 

「もちろん使えるようになりますとも!なんといってもあなたの両親は爆裂魔法の使い手なのですから!ね、カズマ!」

 

しかし爆裂魔法と聞いた瞬間めぐみんさんの瞳がカッと紅く光り始め、凄い勢いで喋り始めました。

 

「そんなにキラキラした目でこっちを見るな二人とも。俺の魔力保有量じゃマナタイト無しじゃ使えないし、もう二度とあんなの使う気はないぞ」

 

「あんなの!?何を言ってるんですか!これからは日課の爆裂散歩に我が娘を同行させて、爆裂魔法の素晴らしさを少しずつ教えていき…!」

 

いくつになっても爆裂魔法への想いが衰えない彼女はもう止まりません。

その勢いにはちょっとした恐怖すら感じます。

 

「ダメだダメだ!いろんな意味で危険極まりない!俺は断固として反対する!お前の爆裂散歩には付き合ってやるから、娘は今まで通りその間アクアかダクネスか…誰かしら知り合いに面倒見てもらう!」

 

「お父さん!ほんとは私も行きたい!ばくれつさんぽ!」

 

ぴょんぴょん飛び跳ねながら元気に手を挙げる娘にカズマさんの顔が引きつるのに反し、めぐみんさんの顔色はどんどん輝いていきます。

 

「ほら見てください!この子も行く気満々ですよ!それにそろそろ我が娘もおしゃれに気を使ってもいい年頃です。帰りに色んなお店を一緒に回りましょう」

 

「…はぁ…俺は本当に勘弁して欲しいんだけどな…本人が行きたがってるならその要求には応えてあげたい。…が、おしゃれはまだちょっと早くないか?」

 

「そんなことはありませんよ。もっと腕に包帯巻くとかですね…」

 

「おい。なにどこぞの決闘者みたいなこと言ってやがる。お前の痛い中二ファッションを可愛い娘に押し付けるな」

 

「でゅ、でゅえr…な、なんですか!?カズマが言うことはいまだに時々訳が分かりませんよ!それと私のセンスを痛いと言ったな!それは取り消してもらおう!」

 

「いやでーす!俺は本当のことを言っただけでーす!」

 

「な、なにおう!」

 

あっかんべーをしながら逃げ回るカズマさんと瞳を輝かせながら腕を振り回し彼を追いかけるめぐみんさんは、自分達の娘の前だというのにまるで子供の様にじゃれあっています。

それを本物の子供特有の純真なキラキラした瞳で見つめながら、わーわーと叫んで母親の背中を追いかける少女…

 

どうやら今日もこの世界は平和みたいです。

 

 

--------------------------------------------------

 

 

「はぁはぁ…なんで朝からこんな疲れなきゃならんのだ」

 

結局一緒にはしゃいでた娘が疲れて眠りこけるまで、俺達もじゃれあっていたのだが…

 

「ふん!カズマがくだらないこと言うからですよ!」

 

「だからお前にはいわれたくな…いや…もういい」

 

とにかく疲れた。

中庭の隅でズルズルと壁伝いに腰を下ろし、深くため息を吐く

 

「嫌ですねぇカズマ。言動がおっさんくさいです」

 

じゃーそう言いながら隣で同じように座り始めるお前はおばさんだな。

 

…なんて言葉は流石に口に出せないので、華麗にスルーを決めてやる。

 

何より実際俺たちはまだ若い!

 

「…で、何さり気なく肩に頭を乗せてきてるんだお前は」

 

「別にいいじゃないですか。こうしてこの子もぐっすり眠っている訳ですし」

 

たしかにめぐみんの腕の中で気持ちよさそうな寝息をたててはいるが…

…実は寝たフリじゃないだろうな?

この子の場合有り得るのが怖いところだ。

 

「今なら誰も見ていませんよ。カズマ」

 

「…だ、だから?」

 

「私の事、愛してるってさっき言ってくれましたよね?」

 

ニヤニヤと勝ち誇った顔でコチラを見上げるめぐみんに、ちょっと悔しくなってぷいっと視線を逸らす。

 

「娘が見てる前だから、ベタベタしてくれないってことm」

 

「わかったわかった俺の負けだよ!なんだよめぐみん。そんなに俺とイチャイチャしたいのかよ」

 

「はい!たまには私もカズマに思いっきり甘えたいです!最近とても寂しかったんですよ?」

 

子供を抱えながら器用にギューッと抱きついてくる彼女に、何度高鳴らせたか分からない心臓の鼓動が早くなる。

流石に結婚してからはめぐみんにくっつかれるのにも慣れてきたと思うのだが、自分からグイグイいくのはいまだにドキドキするものだ。

 

「分かったよ…これでいいか?」

 

「ん…はい…カズマ…大好きです」

 

肩に腕を回してそっとめぐみんの体を抱き寄せると、安心したような満足したような…ほぅと吐かれた息が胸に伝わり熱くなる。

俺の手が彼女の髪を撫で始めるまで、そう時間はかからなかった。

 

この世界に来て嫌になった事や帰りたくなったことは正直何回もある。

けれど今は…

 

「俺、この世界に来てめぐみんに会えて本当に良かった。こんな俺に今までついてきてくれてありがとうな」

 

ちょっと前までなら絶対こんな事は言わなかったのだが、この良い感じの雰囲気と今まで付き合ってきた慣れのせいだろうか。

視界の隅で驚き瞳をパチパチさせているめぐみんの事を恥ずかしすぎてまともに見ることが出来ず、抱き寄せる力を強めて火照る体を誤魔化した。

 

「ふふ…カズマ、『今まで』じゃないですよ。『これからも』です。…一生カズマの傍にいさせてくださいよ。ね?」

 

「…ったく。しょうがねぇなぁ!!!甘えんぼうのめぐみんは!」

 

腕に感じる体温と下げた視線に映る娘の寝顔を見ながら…

 

俺はこの素晴らしい世界で1番祝福を受けた人物に違いないと確信していた。

 

END

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。