Fate/Cross Orient × 東方幻聖杯 (馬の羽根)
しおりを挟む

第1話 1日目 運命の夜 (前編)

 戦いとは遊戯である。少なくともこの(くに)ではそうだ。
 ここでは織り成す戦い全てに美しさがあった。しかし、それは似て非なるこの(くに)の話。
 遊戯であったはずの戦いは闘争となり戦争となった。ボタンのかけ違いなどではなく、()()()()()()()()()により美しい遊戯は姿を変えた。欲望とはなんと浅ましきものか。彼女らは願いのために戦う、本来あったはずの美しさに没頭することはなく。欲に溺れてゆく。
 ―――そう、あったはずなのだ。

 幻想であるこの土地で、実在したはずの実在しない者達は何を願い、何を望むのか、そしてどこにたどり着くのか。

 これは、知られることのない運命の話。


 とある少女の話をしよう。

 星を追い家を飛び出し魔導に落ちた少女の物語を。

 その少女は平凡な生まれだった。

 彼女の家を知るものには語弊がある言い方だろうが、幻想が住まうこの土地では平凡、普通と呼ぶのがふさわしいだろう。

 

 ――少女は普通だった。

 

 その土地では名家と呼ばれる霧雨の家に生まれた。その家では長男は生まれず娘が一人いるだけだった、その娘には霧雨家を継ぐための教育を施した。決して抑制するような教育をしていたわけじゃない、しかし、夢見がち(いたいけ)な少女にとってはそれはとてもつまらないものだった。

 

 ある日、少女はその郷で一番の名家である稗田の家に向かっていた。稗田はこの郷の歴史を保管する役割を持っている。霧雨はこの家に定期的に訪れ、近況を報告するのだ、少女もいずれしなくてはならない立場になるのだろう。しかし少女の分岐点が訪れた、稗田の書斎から零れていたとある資料が目に留まった。

 

 ――聖杯戦争。

 

 見慣れない単語を目にした少女はその巻物を手に取った。それはここではない、どこかの街で起こった催し。魔術師という者が使い魔を行使し勝ち抜いたものに万能の願望器を授けるという内容、その詳細は結果はどうであれまるで読み物のような出来事だった。少女は胸を踊らせた。万能の願望器にではなく、魔術師という者達にだ。

 

 ――そう、少女は普通だった。

 

 少女は幻想の土地に住まいながら幻想を知ることは無かった。身近にいる半妖の知人などは生まれた頃から知っているので実感がわかない。夢見る少女はこの時―――このほんの些細な出来事で、魔術師になろうと決めたのだ。本当に幼き頃の話だ。

 

 

 そして幾年月が経ち。2003年夏。

 

 少女の名を霧雨魔理沙。霧雨魔理沙は魔術師になっていた。10年ほど前から魔術を独学で学び始め、数年前に父親に勘当されたその後、魔法の森に居を構えほぼ独学で魔術を鍛え上げる。真っ当な魔術師が見たなら卒倒するだろう。彼女は普通でありながら卓越したセンスを持っていた。

 努力の天才と言うべきだろうか?恐らく環境に恵まれたのは確かだろう。少女には並ぶと決めた頂があり、それを後押しする存在がいた。そこに彼女自身の努力が重なったのだ。

 

 そして、今少女はその頂の元へ向かっていた。

 

 長く続く石造りの階段、その向こうに見慣れた紅白が見えた。

 

「お前から呼び出しって珍しいな、霊夢」

 

 紅白の少女に話しかける白黒の少女の口調は気安さが含まれたものであった。恐らく彼女らは親しい間柄であることは明白だろう、少なくとも魔理沙からは。

 

「そっちこそ珍しいじゃない、わざわざ階段を上ってくるなんて」

 

「今日はわざわざ階段を上る気分だったんだ」

 

 軽口を言い合う二人は確かに親しい間柄だろう、双方ともに友人としての親しみを持っているように見える。

 

「用件だけど大したことじゃないわ。どこか変わったことないかしら?どんな些細なことでもいいんだけども」

 

 魔理沙はすこし不審に思った、この博麗霊夢がこんな近況を聞くヤツだっただろうかと。普段の様子だったら軽く茶化してやるだろうが今回は真面目に聞いているように思える。さっきから自分の体をジロジロ見て気色が悪いが……

 

「いいや、別にいつもと変わりないぜ? なんだ、いつもの勘でも働いたのか?」

 

 博麗霊夢は直感で話すことが多々ある、今回もそんなもんだろうと魔理沙は思考を切り替えた。

 

「そうね、勘……まあ何にもないならどうでもいいわ」

 

 そう言って魔理沙を観察するのをやめた霊夢は踵を返し縁側の方へ向かっていった。正直この話題の掴めなさはいつものことなので気にしてはいないが今回はすこしばかり変だ、いつもならこのまま勝手に上がり込んでティータイムと行きたいところなのだが。

 

「そうだ、魔理沙」

 

「あん?」

 

 不意に話しかけられぶっきらぼうに返す魔理沙、それを気にすることなく霊夢は続ける。

 その表情は――真剣だ。

 

「今日明日の夜は出歩いちゃダメよ」

 

 ……何故だか空気が一気に乾燥した気がした。思わず喉に乾きを覚え唾を飲み込む。霊夢が放った言葉には根拠はないが説得力のようなものが感じられたのだ。

 

「な……なんだよ、また勘か?」

 

「そうよ、博麗の巫女の勘」

 

 はっきりと言われてしまった。何か言いたいことがあった気がしたがその言葉は喉から放たれることなく飲み込まれた。返す言葉もなく代わりに強く頷き返すしかできなかった。

 

 

 

 

「―――行ったわね」

 

 しばらくして紅白だけが残った神社の境内に空間の亀裂が走った。亀裂のスキマからは老いも若いもその中間も全てあやふやな少女が半身を乗り出した。

 

「あらあら、お友達は巻き込みたくないってことかしら?」

 

 そして妖艶に笑い霊夢を誘惑するような声色で話しかけた。この妖怪はこういう妖だ。特に気にする事はないのだが今回はなぜだか無性にイラつく。

 

「別に、聖杯戦争に一般人は巻き込みたくないだけよ友人だからってわけじゃあない」

 

「そうなの?でもまだ分からないわよ、まだ出揃ってないクラスの内どれかが彼女の元に行くことだってあるかもしれないのに」

 

「その時はその時よ、少なくとも魔理沙には令呪はなかった」

 

 彼女を観察したところ特に変わったところはなく令呪なども見受けられなかった。だからまだ大丈夫だと思う。そう思いたいのだ。

 

「霊夢、あなたには役割があるのだからどこかに加担するようなことはしちゃいけないわよ? あなたがいくらルールに縛られないからと言って、これから始まる聖杯戦争、初っ端から監督、運営がハメを外しちゃったら示しがつかないんだから」

 

 このスキマ妖怪は……小言がおおいな、私を娘かなにかと勘違いしているのではないか?

 などと考えながら霊夢は「はいはい」と心が一切こもってない返事を返すのだった。

 

 

 

 

 一人魔法の森に帰る魔理沙は、森にかかる瘴気とは別にモヤモヤとしたものを抱えていた。なぜ霊夢の言葉に従おうと思っている自分がいるのだろうかと、普段の自分ならあんな忠告意に介さずに、そのまま神社に上がり込みダラダラ煎餅でも齧ってただろうに……。

 

「まぁなんだっていいか、帰って術式の組み上げの続きでもやって寝りゃあいいさ」

 

 先日制定されたスペルカードルール、あれはなかなか面白いものだ。とりあえず現状で思いつく限りのものはいくつか作ったし、新しく使い魔を使うスペルカードを作ろうとしていたのだ。

 

「使い魔か、私にとっては原点だな」

 

 この霧雨魔理沙が最初に覚えたのは使い魔を使役する魔術だ。しかし適正はこれとはまた別の魔術にあったために、小さな精霊としか契約できずそれも持続しなかった。それ以来あまり使うことがなかったが、最近は隣人の魔術師アリスの指導もあり、複数の召喚術式を覚えることが出来た。とりあえず試してみるが吉、魔法陣を描いて詠唱するだけなのだから簡単なものだ。

 

「いっ……たぁ……なんだ? 枝にでもぶつけたか」

 

 急に右手に痛みを感じ手を持ち上げる、そこにあったのは赤く滲んだ痣のような模様。枝に引っ掛けたにしては奇っ怪な形だ。また新しくヤな胞子でも撒き散らすキノコでも生えたのだろうか?ともかく原因はあとにしてキノコの毒であれば少し急がなくては。

 そして魔理沙は気づかない、既に何者かにつけられているということを。

 

 

 物で溢れかえった部屋を足でかき分ける。少女は手に抱えたスクロールと詠唱が書かれたメモとその他材料を少し開けた床に撒き散らす。先程の痣は特に体に支障をきたす訳ではないことがわかり放置して、今は次のことを考えていた。

 

「使い魔かー、どうせだったらかっこいいやつがいいなぁビーム出せたりな」

 

 などと適当なことを呟きながら道具で溢れかえっている床を足で広げていく。久しぶりに見た床に石灰で魔法陣を描いていく。慣れない作業に悪戦苦闘しながら右手の痣が熱を帯びていく。それに気づかないほど熱中し、魔法陣が出来上がる。

 

「えーっとなんだっけなぁ、みたせーだったかな」

 

 手に持ったメモ書きを見る。そこにはアリスが書いたきれいな字が載っている。実に読みやすい字だ、注釈まで書いている、器用なやつだこんなのは適当でいいのに。その思考を最後に普通の魔術使いは肺の空気を全て吐き出し新しい空気を吸い込み―――。

 

 

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

祖には我が大師魅―――」

 この術式に関わった者、そして私の最大の恩人に祈りを。

 

「降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 魔力を込め、知恵を絞る。全ての始まりと終着に意識を向ける。

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する」

 魔力の高まりを感じる、マナが震え何かを形作ろうとしてる。右手が熱い、何かと呼応しているのだろうか。

 

 

「―――――Anfang(セット)

 魔力は満ちた。あとはイメージを結ぶだけ。

 

 

「――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 私を守る剣となり願いを叶える聖杯を……ん?聖杯?

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者」

 まあなんだっていい、この詠唱が終わったなら使い魔に聞いてみるといいだろう悪魔の召喚術式出ないことはわかってる。もしそうだとしたらアリスを恨む、末代まで。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!っと、うわぁ!」

 詠唱に結びをつけた瞬間に右手から何かが抜け落ちたかのような感覚が襲う。だいぶ魔力が持っていかれたようだ。

「う、うおぉ……何が起きてんだ」

 そして逆巻く風と舞う薔薇の花びら。目を開けていられないほどの風圧の中、召喚の紋様が輝きを放った。

 

 

 

 その場に現れたのはまるで伝説の顕現、なにかの資料で見たようなローマ彫刻の美女が悠然と笑顔を向けていた。その立ち姿と真っ赤な装いはどこか男性のようにも思えるが、顔は幼く胸は性が女であることを主張している。

 魔理沙は呆然と突然現れた人物を眺めていると、美女は楽器のような音色で告げる。

 

 

「問おう、少女よ。其方が余のマスターか?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 1日目 運命の夜 (後編)

「問おう、少女よ」

 美女の艶やかな唇から美しく弾むような音が響き渡る。いつの間にか開かれていた窓から差し込む月明かりに反射し、音は魔理沙の中へと染み込む。

 ―――あぁ、なんと麗しき赤色なのだろう。

 そして美女は陶器のように繊細な手を少女に向ける。

「そなたが余のマスターか」

 

「へ?」

 

「『へ?』ではない、貴様が余のマスターかと聞いておるのだ」

 

 つまり、この美女は使い魔ってことか?使い魔ってもっとこう異形のようなものだと想像していたのだが……ならば目の前のこいつは自分をたらしこむ悪魔か何かか?などと思考を巡らせた魔理沙。

………ともかく………。

 

「あ、あぁ……あんたが私に呼ばれた使い魔と言うなら、私があんたのマスターだ」

 

 この暫定使い魔の言葉を借りるなら私はこの美女のマスターになるというわけだ。契約はこれでいいのだろうか?だとしたら随分と簡素でわかりやすい。私向きだ。そういう風に考えた魔理沙は様々な疑問をうっちゃって答えた。その返答に満足したのか、魔理沙の目の前の美女は満面の笑みで。

 

「うむ!良い、そなたは良いカードを引き当てたぞ!なにせこの余を呼び出したのだから此度の聖杯戦争は必勝であろう。しかし、使い魔という呼ばれ方は好かん!余のことは…」

 

「ちょちょちょちょ!!!!ちょっと待て!!!今なんつった??聖杯戦争?」

 

 思わず遮ってしまった、私の出発点とも呼べる単語が出てきたことに耳を疑う。聖杯戦争だと?なんで今それが出てくる?

 

「なんだァ?まさか嬢ちゃん聖杯戦争を知らずにサーヴァントを召喚したってぇのか」

 

 次から次へと問題が流れ込んでくる。世界は私に思考の機会を与えることは無いのか?まさかの第三者の登場にその声の発生源に目を這わせる。

 ――そこにいたのは素人目にでもわかる歴戦の勇士、体の線がはっきりと分かる青い装束は戦闘のために無駄を省いた故だろうか。

 壁に体重を預けた男の細身ながらもしっかりと鍛え抜かれた体躯は魔理沙の体を軽く吹き飛ばすことが出来るだろう。そうでなくてもサーヴァント相手に普通の人間が太刀打ちできるわけがないのだが……。

 

「下がっていろ、マスター。

 其方が聖杯戦争を知らずとして余を呼び出したのもなにかの縁だ、サーヴァントとしての余を奏でることを許そうではないか」

 

 いつの間にか大剣を携えた赤色の美女が魔理沙の前に立つ。

 

「ほう、あんたがセイバーか。なら話は早ぇ……早いうちに会えて良かったぜ。

 早速だがこの朱槍の餌食となってもらおうか」

 

 対称的な青色の益荒男はその手に持った赤く朱い槍で空を切る。こちらに浴びせるのはいつでも葬ることが出来るという殺気めいた自信。

 魔理沙は色々な思考が頭を巡っていたがどれも言葉にならない「こいつらは何なのか」「あの本で見た聖杯戦争なのか」「自分がそれに参加しているのか」「今からここで何が始まるのか」その全ての思考が声帯を震わせることはなく―――武器の重なり合う甲高い音でかき消されてしまった。

 そう、戦いの火蓋は魔理沙の関せずところで勝手に落とされていた。

 

 互いに赤色の閃光を翻しながら交差させる。

 ―――奇妙な形をした燃えるような真紅の大剣は、朱の一閃を踊るようにいなす。

 

 ―――敵をまっすぐ睨みつける血のような朱槍は、真紅の一振りを荒々しく抑え込む。

 

 一瞬にして幾度も行われた攻防により部屋はいつも以上に散らかっていく。

 

「ふん、やるじゃねぇかセイバー。その剣術どこの英霊だ?」

 

「当ててみるが良い。ひょっとしたらセイバーなどではない、また別の余であるかもしれないぞ」

 

 剣戟の合間に挟まれる軽口は魔理沙と別世界の住民であるとわかる内容だ。つまり魔理沙には理解ができなかった、新しく制定されたスペルカードルールでだってこんなふうに涼しい顔して避けることは少なくとも今の魔理沙にはできない。目の前にいる二人はそよ風の中にいるように感じたのだ。

 

「このままでは埒が明かぬ……マスター!出るぞ!」

 

「え?ちょっ…おわぁあ!!何すんだよ!!」

 

 赤色の使い魔は魔理沙を抱え窓から飛び出る。宙を舞うガラスが魔理沙の瞳に映る。

 

「来るがよいランサー。余の乱舞、其のような狭苦しい劇場ではちと贅沢というもの」

 

「人の家捕まえて狭苦しいとはなんだ!これでもそんなに日はたってない新居なんだぞ!」

 

「との事だ、これ以上貴様が余のマスターの居城を汚すのも看過できぬ!さあ心ゆくまで!」

 

 この赤色の美女は……言葉を借りるなら……まるで劇場に立つ舞台役者のような振る舞いでランサーを呼び出す。その居城を荒らしていたのはランサーだけではないのだが……。

 

「いいだろう、セイバー。その誘いに乗ってやろう」

 

 朱槍の男は律儀にゆっくりと玄関から現れた、その様子からは余裕を感じられいつでも刺しに行けると言わんばかりだ。

 

「ではランサーよ、ひとつ指摘させてもらおう。先程も申したが余をセイバーと決めつけるには少し早計と言うものではないか?」

 

「……!!」

 

 魔理沙は気づいていたいつの間にか浮かんでいた黄金のパイプの存在に、そのパイプに自分の魔術に似たエネルギーが収束していることにも。

 パイプから放たれたのは純粋な熱量を持った魔力。ランサーなる男に直撃するかと思われたその砲は脅威的な瞬発力によって躱されてしまった。

「ハッ、あんた真っ当なクラスで来たって訳じゃあねぇな、なんのクラスだ?本命はライダーか、アーチャーか……大穴でキャスターなんてこたぁねぇな?」

 

「ふふん、七分の一だ当ててみるが良い!余が答える義理はないがな」

 自信満々に胸を張る赤色の美女は魔理沙に目配せをすると同時に語りかけてきた、魔理沙は身を震わせた。何故ならば脳内に直接語りかけてきたのだから。

 

『マスターよ、此度の余はキャスターの霊基にて顕現した。

 恐らくそなたに寄せられたのだろうな、今は真名は明かさぬがランサーを退けた後に好きなように呼ぶが良い』

 

『なんだよ、念話ができるなら最初からやってくれ。……魔術師(キャスター)か……

 おそろいじゃないか。私は魔理沙だ、同じ職の好、ここは頼んだぞキャスター』

うむ!とキャスターは満足げに頷いた。

 

「して貴様、仕掛けてこぬのか?ならばこちらから往くぞ!」

 

「いいや、今日はここまでみたいだ」

 先程までの殺気は嘘だったかのように引っ込めて男はこちらを眺めていた。決してこちらに興味を失った訳ではなく、別の用事が入ったかのような様子だ。

 

「何?貴様逃げるのか!」

 

「そう言われると背を向けたくなくなるのは戦士の性ってやつだが、こちとらマスターの命でなぁ。ここは一旦引かせてもらうぜ」

 

 そう言って彼。―――ランサーはキャスターの砲台を槍ではじき飛ばして魔理沙の家の屋根に飛び乗った。そうしてこちらを見下ろしながら声高らかに宣言した。

 

「今宵の戦い、貴様と再戦の誓いをもって預からせて頂こう!我が身をこの世に留める器はランサー、誓いを果たすその時。この身、朽ち果てるまで戦うと誓おう!」

 

 ランサーは、そのまま満月が照らす闇に沈んでいった。

 

「追わなくていいのか?キャスター」

 

「魔理沙が良いならば余もそれで良い……そもあの英霊を追うのは骨が折れそうだ。

 それにマスターから離れるわけにも行かぬからな。

 改めてサーヴァント、キャスター。この剣、この術、この身。マスターに捧げると誓おう」

 

 魔理沙は首尾よく――首は良くなかったが――使い魔を召喚をすることが出来たことよりも、問いただしたいことが山ほどあったがそれはまとまらず。とりあえず目先のことを済ませることにした。

 

「よしじゃあキャスター!私と一緒に部屋の片付けだ!」

 

 よもやキャスターも部屋の片付けなんて雑用を命じられるとは思わなかっただろう。先程までの交戦が風に掻き消えるかのように二人は平和な時間を迎えるのだった。

 

 ――具体的にはキャスターが小一時間ごねることになった。

 

 

 

 

 薄く霧がかかる湖、その畔に佇む目を引く赤き居城。名をば紅魔館、その門には4人ほどの少女と――館とは対称的な青い装束の男、ランサーがいた。

 

「ランサー、よく来てくれた。今宵は幾人と出会えた?」

 

「そうさなぁ、今のところは二騎ってところかねぇ。そんなことで呼び出したのかいオジョーサマ」

 

 ランサーは門の前で待っていた4人のうちの1番小柄な人物――否、ヒトではない。一人の妖怪に声をかけられた。その口調はまるで後ろの館の主であると言わんばかりの尊大な雰囲気を含んでいた。

 対するランサーはからかうような口調で。――実際からかっているのが顔に出ているのだが――小柄な妖怪に対応した。

 

「うー、クーフーリン!ちゃんとマスターって呼びなさいよ!せっかくこっちはマスターらしく接しているんだから」

 

 ランサーのことをクランの猛犬(クー・フーリン)と呼ぶ小柄な妖怪の名はレミリア・スカーレット。

 紅魔館の主人にして自称ツェペシュの末裔――というのもその身が吸血鬼などという得意な性質を宿した妖の類であるからだろう。紅魔館の唯一無二の主、高潔な吸血鬼、永遠に紅き幼い月。このレミリア・スカーレットは一ヶ月前にこの紅魔館でランサーを召喚した。

 

 そしてこのランサーの真名は言わずもがな、ケルトの大英雄、アイルランドの《光の御子》クーフーリン。太陽神ルーの息子は何の因果か紅き月に引き寄せられたのだ。太陽と月、本来ならば相反するものかもしれぬ存在は決して険悪な仲ではなく……。

 

「はははっ!すまねぇなぁマスター。ところでバーサーカーはどうした?見たところ霊体化してる訳でもなさそうだが」

 

 こうして良き間柄になっていたようだ。ランサーは自らの主の頬をふくらませた抗議を意に返さず、隣にいる興味なさげにその様子を眺める紫色の魔術師に気になっていたことを問いかける。

 

「あぁ、バーサーカーなら人里の方に偵察に行かせたわよ。

――貴方みたいに全員と戦うって訳にも行かないからね」

 

 ははぁ、そりゃあ。とランサーは理解したのか否かよくわからない返答をした。

 この魔術師の名をパチュリー・ノーレッジ、《知識》を名に宿した日陰の少女はこの聖杯戦争の参加者にしてバーサーカーのマスターである。

 

「はぁ…ランサー、またからかわれるのも面倒だから引き続き他のサーヴァントに適当にふっかけてきて頂戴」

 

「はいはい、んじゃあまた行ってくるぜ幼いマスターさん」

 

 クーフーリンに命じられたのは他の陣営の偵察。好きなように戦っても良いが宝具の封印と相手のクラスが推測できる程度に判明した時点で撤退することを条件に幻想郷中を歩き回っていたのだ。彼が今宵まで出会ったのは同じ陣営のバーサーカー、そして恐らく敵になるであろうアサシンそしてキャスター。

 次に出会うのはどのクラスだろうか。

 

 

 

 

 

 そして時を同じく霧の湖の近く、魔法の森の魔力溜まりに豪風と呼べる魔力の奔放が発生した。自然の変化には機敏な妖精はその様子を一部始終見守っていた。

 

「召喚に応じ、参上仕った。クラスをアーチャー!うむ……まずは腹ご………むむ?」

 

 現れたのは朱の着物を纏い、はだけた着物から覗くのは度重なる鍛錬により鍛え抜かれた体躯の精悍な偉丈夫。勝鬨をあげるかのような腹からの名乗りを聞き届けるはずだったマスターは目の前には居らず、居るのは自らを怯えた目で見る女子供。見た目は人と多少差異がある程度、この英霊には大したことではない。

故に―――

 

「うむ!やはりまずは何はともあれ腹ごしらえからだな!」

 

 そう言って豪胆な人を惹きつける笑顔を向けた。この英霊はそういう男だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 1日目 『人里の幻想種』

 満月の夜、魔術の世界では魔力が満ちる特別な一時。しかし魔術の世界だけでなくまた別の裏の世界――人外の世界でも重要な時間だ。

 

 月光が揺蕩(たゆた)たう人里の一角、里に唯一ある寺子屋には――歴史が満ちていた――

 東方の幻想種『白澤(ハクタク)』吉兆の獅子、暦の牡牛、神秘の総てを知る妖獣。神代中国史において、最初の皇帝に師事をしたその聖獣を半身に宿す一人の少女。その傍らには灰色の騎士が少女がなぞる紙に歴史が浮かぶ様を静かに見守っていた。

 

 時は遡ること一刻、魔法の森に新たな参戦者が生まれる少し前。人里にて召喚の儀が執り行われていた。決められた詠唱は既に終えあとは英霊が像を結ぶのを待つのみだった。

 生命の息吹を感じさせるマナの流れは大気を震わせ、その場にいるもの全てに不思議な高揚感を持たせるだろう。しかし、そこにいる二人は神妙な面持ちで召喚陣を睨みつけている。

「慧音、何度も言ったが聖杯戦争なんて碌でもないものだ。あんたが召喚するサーヴァント、特に反英霊が現れた時には――」

 燃えるような白銀の少女はあからさまに殺気を漏らしている。それを(いさ)めるように少しだけ前に進み出たのは薄緑の少女、その手には東洋の龍にも似た令呪を宿していた。

 そして、今の彼女の特徴とも言うべきもの――その双角、側頭から生える異形の主張は彼女がただならぬ存在であることを知らしめている。

「分かっています。だからこそこの満月の夜を選んだのだから。もし私の手に余るようならその時は……頼みます」

 今宵の彼女は特別な存在(ワーハクタク)となる、混血と似て非なる彼女は一種の呪いをその身に宿している。後天的に(あやかし)へと変性した彼女は満月の夜だけ聖獣の権能の一部を得ることが出来る。この幻想郷にある全ての歴史が流れ込んでくる、それはサーヴァントとて例外ではなく……。

「呼び寄せる者が人類を守った英雄であるというのなら、私の願いを叶えてくれるでしょう……。

 ワーハクタクの能力で知り得た幻想郷の歴史、聖杯戦争の歴史―――そしてその秘匿された歴史の闇。

 私がそれを見て見ぬ振りはできるわけが無い。私利私欲で人を傷つけるなど言語道断だ」

 彼女の誓いともとれる独白、それを言い切る前に召喚陣の上には徐々に魔力の像が結ばれていた。

「例え一人になっても、私は()()()()()()()()()()()()

 視界が白に染まる、それを目を閉じるわけでもなく受け止めるのは決意の表れか。

 召喚陣から顕るるは鬼か蛇か……。

 

 

「召喚の招きに従い参上した……我が運命はあなたと共にあり、我が剣はあなたの剣だ」

 

 光の奔流から顕現せし者は――竜だった。

 

 

 そして時は現在に戻る。

 現れたサーヴァントはジークフリートと名乗った。『ニーベルンゲンの歌』に謳われる万夫不当の《竜殺し(ドラゴンスレイヤー)》たる英雄。この幻想郷において知るものは少数――他の英霊も例外ではなく――少なくともマスターの慧音も知らぬ存在だ。しかしそれも召喚する前までの話。現在ワーハクタクの姿である慧音は、幻想郷の地を踏む名も知らぬ誰彼であろうとその能力で総てを識ることが出来る。

 無差別とも取れる能力を行使し彼女は幻想郷の歴史の編纂を行っているのだ。

 

「見ていて楽しいか?それ」

 

 襖越しに白銀の少女――藤原妹紅がジークフリートに問いかけた。慧音はジークフリート……セイバーを呼び寄せた際に二、三問いかけ、すぐに月に一度に行われる作業に戻った。その間セイバーとのコミュニケーションは妹紅に任されていたのだが。

「楽しい、というよりは興味深い」

 互いに多くを語らぬ性格ゆえに会話が続くはずもなかった。

 慧音との会話ですら――。

『私はあなたのマスターとなる上白沢慧音だ、あなたのクラスと真名を』

『俺の名はジークフリート、クラスはセイバーだ』

『率直に聞きましょう。聖杯を得た曉には何を願うつもりだ』

『聖杯にかけるほど大それた望みはない』

『……そうか……私は今からある作業に戻ります。

 その間詳しいことはそこに居る妹紅……藤原妹紅に訊ねてください』

『了解した』

 などといった事務的な内容だった。慧音に至っては月一度しかできぬ作業故に気がたっているというのもあるが……。

 

「お前は――」

 もう1度妹紅が訊ねる。

「お前は聖杯戦争をぶっ潰すと言ったら、私たちを止めるか?」

 それは聖杯によって顕現したサーヴァントにとっては敵対するか否かと聞く内容だった。次第によってはここで戦いが起こることになるだろう。

「それがマスターの望みであるならば、俺は止めない。

 マスターが協力を申し出るのなら俺はできる限り協力しよう」

「それじゃあアンタは何を希望に召喚に応じたんだ。私にとっちゃサーヴァントという存在自体が信用ならない」

 妹紅の言葉には何故だか実感があった。それもそのはず、この幻想郷で聖杯戦争が起きたのは今回限りではないのだから。

「……希望か……。

 俺が聖杯にかける願いはないが……(心臓)すら捧げても良いと思える希望ならある」

「――命すらだと?」

 不老不死たる彼女は彼の言葉にほんの少しだけ、彼女自身にも分からぬ憤りを覚えた。妹紅の口から零れ出た音にはその一抹の憤りの感情が漏れ出してしまった。しかしセイバーは気にすることなく彼の望みを口にした。

 

「俺は、正義の味方になりたいんだ」

 

「正義の……味方……?それが英霊様の願いだって言うのか」

 

「あぁ」と呟き、セイバーはその短い音で会話にピリオドを打った。

 妹紅には理解出来なかった、いや理解はしているのだ。悠久の時を過ごした妹紅も本来の目的とは別に同じような願いを持ったことがある。妖怪を退治し人を守る、困っている者に肩を貸す。そういったことが正義だというのなら妹紅には素質があったかもしれない。

 ――だが英霊が歴史に名を残した英雄の影法師だと知っている妹紅には、死後に至っても命をなげうってまで正義の味方になりたいという願いを持つ者が理解出来なかったのだ。死んだ後には何も残らないというのに……。

 

「なぁ、あんた――」

 妹紅は自らの命題の答えを知っているかもしれぬ者に心からの疑問をぶつけたくなった。しかしそれは襖の向こうの強い叩音により遮られた。

「慧音!?どうかしたか!!」

 慌てて襖を開け中の様子を伺うとそこには作業に没頭していたはずの慧音が立ち上がっていた。

「……サーヴァントがくる」

 

 

 

 人里の門には一人の男が門番に止められていた金色の髪に翠色の瞳を持つ落ち着いた風貌の整った顔立ちの青年だ。

 

「外来人だな、どこから来た?」

 

「あ、あぁ……。最初にいたのは湖で、そこから森を沿って歩いてきました」

 

「霧の湖か……そんな遠くから災難だったな。

 いや幸運だったか?満月の夜に妖怪にも襲われず来るなんて……あんた見かけによらずやるんだな」

 

 青年の見た目は荒事などしたことがないといった何方かと言えば机の上で格闘する学者然とした風貌であった。いや見た目の若さからしたら学生と言っても通るだろう。

 そもそも幻想郷においては見た目年齢など宛にならないがそれでも村人にとって驚愕するに値する要素だ。

 

「いいや、今の僕は一般人並のことしかできない……。今日は本当に運が良かったのかもしれない」

 

 戦闘が行われたような傷や汚れはなく、妖怪に対抗できるような武器も持っていないのを見ると本当に運が良かったのだろう。門番は青年の態度は謙遜ではなく事実として受け取った。

 

「ははは、そうだな。それじゃあ幸運の青年さん、一応これも土地の取り決めだからな人里に入るなら名簿に名前を書いてくれ。名前がわからなくてもあんたってわかる名前だったらなんでもいいさ」

 

 人里にいる外来人を把握するために人里に点在している各関所には名簿が設置されていた。外出する際にもこれは書くことになる。

 

「よし、じゃあ幻想郷にようこそ。望んできた訳じゃあないと思うが一応な、えぇっと?

 "うぃりあむ・ぶろでぃ"?ってぇのか。ようこそウィリアム!人里は君を歓迎しよう。里の中心に付いたら役所に行くといい、外来人の対応をしてくれるだろう」

 

 門番は愛嬌のあるしわくちゃな笑顔を向け青年を歓迎した。何でもないよくある光景だ。

「ありがとう、しばらくはここに滞在しようと思う。もしまた会えたらその時はよろしく」

 

 人里に現れた外来人、幻想郷においては大して珍しくない存在だ。日本だろうと欧米だろうと迷い込む存在は数多くいるのだ。

 

 青年、ウィリアムは門を抜けて月光を反射する田園風景を横目に踏みならされた道を歩きゆっくり里の中心に向かう。しばらく歩くと青年の感性からすると風変わりな見た目の少女二人がこちらに歩いてくるのが見えた。こんな時間に出歩くなどと、ウィリアムは警戒しながら同じく近づく。

 

 今宵は運命の夜、幻想郷は各所において本来ありえない様々な変容を見せる。

 ――それはこの地にとっての基礎とも呼べる場所でも例外ではない。

 

 

 博麗神社、この地を覆い隠す強大な結界の基盤。何を祀っているかと聞かれればそこの巫女ですら分からないと答えるが、それは幻想郷自身とも言えるかもしれない。

 そんな神社は静寂に満ち。その本殿にて、博麗の巫女は柄にもなく瞑想をしていた。

 

『残すところは後、一騎ですか。ついに聖杯戦争が始まりましたね』

 

何も無い空間から声が反響し瞑想をする巫女の耳に届いた。

 

「見てわからない……取り込み中よ、邪魔しないでくれる?名ばかりの裁定者(ルーラー)

 

 博麗の巫女は予備動作もなく御札を投げつける。何も無かった空間にマントが翻り御札を包み込んだ。そこに現れたのは先程博麗の巫女、博麗霊夢が口から漏らした正体。()()()()が霊体化を解き現れた。

「はは、博麗の巫女というのは怖いものですね。それはともかく貴女のお友達も参加者に選ばれたようですよ」

 投げつけられた御札を気にすることもなく、煽るように言葉を続けた。

 

「知ってるわよ。それにさっき言わなかったかしら?私は、今、瞑想してるのよ。

邪魔を、しないでくれる?」

 霊夢の口調にははっきりと苛立ちの様相が聞いて取れた。

「ふふふ……どうやら私は()()()博麗の巫女の琴線に触れてしまったようだ、大人しく引き下がるとしましょう」

 

 ルーラーと呼ばれた人物は月光に溶け込んで消えた。本殿には風の音と舌を打ち付ける音だけがひとつ弾けてから――また静寂に満ちていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 1日目 『最強問答』

 ほんの少しだけ先の話をしよう。

 時刻は既に午前6時ほど、キャスターが召喚された7時間後。ウィリアムと名乗った人物が人里の門を潜った5時間後の出来事。

 博麗神社裏の魔法の森、上空にゆっくり流れていく日の出に照らされた黒点。不自然にぽっかり浮いた闇を生み出しているのは人ならざる妖怪という存在。外界では消えた神秘、この幻想郷ではそういった存在が五万と存在している。

 そんな土地で、宵闇の妖怪ルーミアは気ままに空を漂っていた。人喰いの名を冠するこの妖怪は称号に対して怠惰だ、今も眼下には妖怪を強化する満月の夜だというのに魔法の森をさまよう人間がいた。そして彼女は、()()()()()()()()という理由だけで自身の特性を放棄するのは普段通りの事だ。しかし今回は少しだけ違う、ルーミア自身腹が既に満たされているのもあるがまた別の要因があった。

「ねぇ、あの人間を懐柔したら私たちの戦力強化になるかな?」

 何も無い空間に話しかける妖怪幼女、その声に返すものは誰もいない。――が、彼女の耳には何かが聞こえたようだ。少々不服ながら何かに納得し「じゃあやっぱりあの子達を誘ってみようかな」と空に語りかけるように独り言を呟いたのだった。

 

 そして今度は時間を戻そう、ルーミアが遊覧飛行を楽しんでいる時刻の6時間前。ちょうど時計の針がてっぺんで交わる時刻の話。

 

 魔法の森、霧の湖が見える開けた場所では。――米に溢れていた。

 

「はははは!!そうれ、美味しいお米がどーん、どーん!」

 

「おぉーー!すごい!すごいぞトータ!!」

「あはははー!沢山のお米だー!!」

 米の発生源からは愉快痛快といった笑い声が響き渡っていた、その場には米以外に妖精妖怪人間が入り乱れるといった何とも幻想郷らしい光景があった。

「妖精、妖怪!大いに結構!彼の者の地に根付くものであるならば、先ずは景気づけに腹を満たさねばなぁ!なぁマスターよ!」

 米が出続ける俵を担ぐトータと呼ばれた男は豪快に笑っていた。ある少女とともに豪快に、痛快に。

 

「そーよ!聖杯戦争って祭りが始まるんだったら景気良くしなくっちゃね!トータったらあたいの思ってることよく分かってるじゃない!」

 

 トータの丸太のような足を報奨と言わんばかりにべしべしと叩く凍てつくような冷たい手には雪の結晶のような令呪が浮かび上がっていた。

「それにしてもあたいがマスターってやつ?になったってことはトータはあたいの部下ってことよね」

 幾つもの桶にぶちまけられた米を頬張り令呪を眺めながらうわ言のように呟いた。

「トータさんがチルノの部下って想像つかないんだけど……そもそもその刺青みたいなのなんなのさ?」

 と問うのは背中に羽を生やした少女、ミスティア・ローラレイ。彼女もまた人ではなく夜雀という妖怪だ。

「それは令呪という、言ってしまえば(オレ)と主を繋ぐ信頼の証明だな。主は(オレ)になんでも好きな命令を3回までできるというわけだ。

 ――なぁに聖杯戦争が終わればいずれ消えるものだ」

 大量の米を巨大な桶に出し終えたトータは白米に手を差し込み三角に結んでいる。トータが語った令呪の説明に気の抜けた返事を返す妖精妖怪の一同。その中から頭から虫の触角を生やした少女、蛍の妖怪リグル・ナイトバグがおにぎりを頬張りながらトータに気になっていたことを聞き始めた。

「さっきトータさんが急に現れた時にクラスとかアーチャーって叫んでましたけどあれってどういう意味なんです?聖杯戦争ってのもよくわかんないんだけど」

 

「うむ、当然の疑問だ!なんと言ったって(オレ)もこの地に付いて知識はあれど興味は尽きぬからなぁ!(オレ)の知っていることなら教えよう、代わりにこの地について色々教えてはくれぬか?」

 

「あったり前よ!あんたはあたいの部下なんだからこれから沢山幻想郷について教えてあげるってのが上司の役目ってやつでしょう!」

 

 チルノは頬張った米を撒き散らしながら宣言した。チルノの口から飛んだ米を呆れたように被るのはルーミアだった。

 

「うぅー……。チルノ、食べてる時に大声で話すのは控えてくれー……」

 

「その方の言う通りだ。マスターよ、先ずは飲み込んでからだ!腹を満たすのはいいが食事という営みを守ることも大事だ!ではお主らが米を食らう間に吾から聖杯戦争について知っていることを話そう」

 

 

 

 

「では聖杯戦争自体の仕組みは知っておるのだな?マスター」

 

 同時刻、霧雨魔法店と書かれた建物では片付けられた――いや、適当に物が寄せられた空間にバスタブが置かれていた。バスタブに張られている湯には赤い薔薇とキャスターが浮かんでいた。

 

「あぁ、昔読んだ文献に書いてあったんだ。

 ―――万能の願望器、聖杯。それを獲得するために7人の魔術師がマスターとなり7騎のサーヴァントと呼ばれる使い魔を使役し、最終的に一組になるまで争う大規模な魔術儀式……。優勝者にはその聖杯が与えられなんでも好きな願いを叶えられるという――。

 まさか私がその聖杯戦争に参加することになるとはなぁ、考えもしなかったぜ」

 

 魔理沙は床に散乱したガラス片を片付けるついでにしばらく放置していた道具や書物を整理整頓もとい、漁っていた。

 

「そう、その通り。余とそなたは聖杯戦争の参加者であり聖杯を獲得するため勝ち抜く、そこで願いを叶えるのだ」

 

 キャスターはちゃぷと水を弾く音が衝立越しに聞こえた後に「ほーん」と鼻から抜けるような音が魔理沙から響く。

 

「マスター、本当に願いはないのだな?」

 

「あぁ、あの文献にあったように根源の渦に到達する――なんてのも性にあわない。

私の願いはその時芽生えた……あー……魔術使いになりたい?って夢ももう叶えたし。あとは聖杯にかけるような願いって言ったら一生遊んで暮らせる金くらいじゃないか?」

 

 魔理沙の幼少の頃の夢は魔術使いになることだった。あとの事は全て自分が成すべき事だし聖杯を得たとして叶える願いは今すぐには思いつかない。

 

「ほぅ?まあ、かく言う余も然したる願いがある訳では無いがな!魔理沙よ、気に病む事はない余たちは似たもの同士という事だ」

 

 そもそも余は皇帝、叶えられぬものなどほとんどない!とコロコロと笑うキャスターに魔理沙はどこか羨ましさを感じていた。

 

「別に気に病んではいないがなぁ……」

 

「なに、皇帝ジョークというものだ大いに笑うが良い!」

 

 なんでこいつはこんなに機嫌が良いのだろうか、魔理沙は自作の魔術書(とは名ばかりのメモ帳)を捲りペンを走らせる。

 

 幻想郷の外の世界。この大地とは地続きではない大陸の西側、ローマ帝国の第5代皇帝。真名をネロ・クラウディウス・カエサル・ドルスス・ゲルマニクス。数々の功績を残し、歴史に名を残す人物。基督教において暴君と恐れられている。魔理沙の書いたメモだ、それを指でなぞる、先程書いたばかりだがインクは既にかわいているようだ。

 

「なぁ、キャスター。さっきも言ったが私は幻想郷以外の土地を知らない。ローマなんて国もな、あんたがやったこともここには最低限のことしか伝わってない」

 

「そうだろうな、余も幻想郷という土地は聖杯から与えられた知識でしか分からぬからな。――栄えある余のローマ帝国が忘れ去られることは決してない」

 

キャスターは湯船に浮かぶ自らの象徴とも呼べる花弁を掬う。その行動に意味があるかは分からないがその表情は誇りに満ちていた。

「なぁ、キャスター。私はこの聖杯戦争で何を学べると思う?」

「学ぶ?」

「私はさっき聖杯にかける願いはないって言ったけど目標ならある。

 ――再現したいものがある。探求したい神秘がある。……越えたいやつがいる……。

 どうしても叶えたいものだけど聖杯に与えられる結果なんて面白くないだろう?私は自分で叶えたいんだ。

 ……だから私は……この聖杯戦争を勝ちに行こうと思っている」

 魔理沙の拳には知らずのうちに力が篭っていた。そして彼女の目は、まっすぐ窓の外を見つめており星を映していた。

 

「聖杯戦争にはこの幻想郷の外の世界を駆け抜けた奴らが7人もいる。私の知らない世界だ。それを知りたい――。

 彼らの見てきた星を知りたいんだ。この聖杯戦争で私の知らない星を見ることで、私の魅た星の魔法を大成させたい。

 もちろん、キャスター。お前のことも知りたいことだらけだ」

 

「――マスター」

 力強く語った彼女の瞳には空に輝く歴史のその先が見えているようだった、そのどうしようもなく果てない夢を語る魔理沙にキャスターは思わず美しさ(儚さ)を感じた。

「そなた、存外ロマンチストよなぁ」

「へへっ、ロマン貫かなくちゃ魔術使いなんて目指してな――」

 星を見ていた魔理沙の瞳にはまた別の双星が映りこんだ。思わず固まった視線の先にはタオルを羽織るだけの全裸のキャスターが佇んでいた。

「ちょっ……お前!服ぐらい着とけバカ!!」

 思わぬ事態に顔を赤く染め、また窓の外に視線を向ける魔理沙。別に変な感情はない、単に驚いただけだ。

「む、余に向かってバカとはなんだ!良いではないか、ここには余とマスターしかおらぬのだ!余の玉体、しかと目に焼き付けることを特別に許そうというのだぞ!」

 指摘されたキャスターは逆に胸を張る始末である。先程片付けを手伝うように申し付けた時のようにまた口喧嘩が始まるだろう。

「バカ!アホ!そういう趣味は私にはないっつーの!!そもそもなんでお前が割った窓を私が片付けてお前は風呂に入ってんだ!」

「うぬぬ、貴様!バカの上に阿呆と申したか!

 そもそもあれは余のせいではなくランサーのせいだ!あの場にいたら元から悲惨な部屋がさらに凄惨な光景になっていただろうに、余に感謝せよ!」

「うがー!我慢ならん!!私も風呂に入れろ!そんな見るからに豪華な風呂、羨ましいぞ!」

 

 正直、先程までの真面目な雰囲気とのギャップで魔理沙は混乱している。別に裸を見たことではなく、あの雰囲気でまさか全裸で目の前に現れるとは思ってなかったことで驚いているだけである。

「なるほど、マスターは余と俗に言う裸の付き合い(コミュニケーション)をしたかったわけだな……初めからそう申しておれば。そなたも愛いやつよなぁ」

 この皇帝何かを勘違いしている。確実にそうじゃない方向に解釈をしている。――汚いな、流石暴君汚い。

「あ、あぁーー?!……もう知らん!!わかった!!私も入ってやるよ!」

 白黒の魔術使いも――寝不足も相まって――判断能力が著しく低下していた。

 このあと、我に返った魔理沙の心が一瞬世界の裏側に行きかけたのは言うまでもなかった。

 

 

 

「……へー聖杯戦争って優勝したら()()()()叶えて貰えるんだ」

 ルーミアの言葉でピリオドを打ち、大量にあった米が半分まで減ったところでトータの聖杯戦争教室が終わった。利かん坊が多い幻想郷の生徒達も食事中はいつもより大人しかったこともあり説明は思いの外スムーズに進んだ。

「うむ!呼ばれたサーヴァントの殆どは生前に果たせなかった願いを叶えるために召喚に応じるのだが……」

「トータはどんな願い事するんだ?あたいは決まってるぞ!」

「チルノ……そんな七夕じゃあないんだから」

 まだ聖杯戦争について若干理解しきれてないチルノにリグルがツッコミを入れる。

「うむ、よくぞ聞いてくれた!

 (オレ)の願いはこの世の全ての存在に分け隔てなく食を与えることだ!人間、妖怪、妖精、神、植物に動物。道具や機械に至るまで分け隔てなくな!」

 トータの声高らかに宣言した願いは、その場にいたもの全員の頭上に決して聞こえることのないポカンという効果音を鳴らしていた。

「トータさんの願いはなんというか……スケールが違うね」

「おうとも!そんな願いすらも叶えてくれるのが聖杯だ。

 ――腹が満たされるのであれば略奪は減り、争いはなくなる。(オレ)はそう信じている」

 ミスティアの率直な感想にも全力の笑顔で返答するトータ、そしてその笑顔を真面目なものに変え自らの主、チルノに向けた。

「そしてマスターよ、お主の願いとはなんだ。(オレ)はサーヴァントとしてではなく純粋な興味として知りたい」

 

「へへへ、よくぞ聞いてくれた!」

 

チルノは意匠返しと言わんばかりにトータのように胸を張りとびきりの笑顔で立ち上がった。

 

「あたいは最強になること!最強になって妖精の地位?ってやつを取り戻すんだ!」

 

 

「ほう、では最強とはなんぞや」

 

「え?」

 

 チルノは面食らってしまった。この男ならば笑い飛ばしながらもバカにすることなく聞き入れてくれるだろうと半ば確信してたが故に。

 そうして、トータは笑い飛ばすことはなく静かに言い放った。『最強』生前に様々な偉業を成し遂げたこのサーヴァント。真名を俵藤太、またの名を藤原秀郷。不死身の魔人、日本最大の悪霊と名高い平将門を単身で撃破した彼は日本においては紛れもなく最強とまでは行かずともそれに近いサーヴァントであろう。

 そして、武人としてもチルノのその言葉は笑い飛ばすわけには行かなかったのだ。

 

「この聖杯戦争はその最強を決める戦いだろう、少なくともそこらの木っ端を相手取るような戦いではない。巨木を相手取るような戦いだ。

 その戦いの先に最強の名を求めるのならマスター殿よ、よく考えねばならぬぞ」

 藤太の顔は真剣なものだった。その切っ先を向けられた氷精は思わず圧倒されてしまった。

「な、なによ!あんたもあたいをコケにするわけ!」

 否定でもなく肯定でもない言葉を浴びせられ思わず強く言い返してしまった。

 ――この氷精は長くを生き、妖精の扱いを長らく見てきた。人間に馬鹿にされ虐げられているのを見た。単に弱いからという以外にも因果応報な部分もあるだろうがそれでも弱い妖精が下に見られているのは我慢ならなかったのだ。

 故に自身が最強となり妖精という種族を持ち上げるのだ。そう決めたのはいつの時代か、少なくともココ最近のことではない。

「そうではないマスター。お主の願いは尊いものだろうよ。

 ――しかし、長く生きた末の答えだろうと手にした時何をするべきか考えねばそれは虚構というもの。

 つまり最強となった時お主は何をするのだ?」

 

「そ、そんなの……」

 

 言葉に詰まった。いつもなら言い返せるのに何故だか声帯を震わせることが出来ない。

 空気が変わったことによりその場にいた他の妖精妖怪も固唾を飲んでその問答に耳を傾けていた。が、その空気はまた藤太の明るい声によって覆される。

「なぁに、聖杯戦争は始まったばかりだ。ゆっくり考えるべきだろう。(オレ)と共に考えていこうではないか」

 あっけらかんと笑う藤太、成り行きでなった主従関係とはいえチルノのことは気に入っているのだ。チルノは不服といった表情だが言われたことを素直に聞き入れていた。

 

 そして、この問答はその場にいた別の者にも深く刺さり込んでいたのだった――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 1日目 『満たす夜明け』

「――サーヴァントがくる」

 そう言って立ち上がった慧音が睨みつけているのは霧の湖がある方向。聖杯戦争の始まりを告げるような言の葉にその場にいる妹紅とジークフリートは互いに会話を交わさずとも気持ちを闘争のそれへと切り替えた。

 

「慧音、そいつのクラスと真名は?」

 

 妹紅は迷いなく訊ねる、本来ならば頓珍漢な問いかけだが。……今宵のみ……この場所(幻想郷)に居る全ての歴史を知る慧音はその問いかけに答えることが出来る。

 

「クラスはバーサーカー、真名は――()()()()()()()。二日前に紅魔館で召喚されている。その他の情報は……いやこれはいい」

 ――行くぞ妹紅、セイバー。と二人の横をすり抜け玄関へと向かう。慧音を追う形で二人も続く。

 

「マスター。貴女は何故、敵の情報を知りえているのだ」

 この幻想郷に初めて来た存在としては当然の疑問だ、本来であれば契約したサーヴァント以外の情報はそのサーヴァントのマスターにしか開示されない。さらに言えばサーヴァント自身が名乗らぬ限りはマスターにも真名は分からないはずなのだ。

 

「満月の夜だけ私は東洋の神獣、白澤の権能とも呼べる能力を一部使うことができます。この幻想郷の空気を吸い、大地を踏み、存在している者であれば、その者の歴史は私の中に流れ込んでくるのです。

 今現在この聖杯戦争で召喚されているサーヴァントはあなたを含めて6騎……。

 ――《剣士(セイバー)》ジークフリート。《弓兵(アーチャー)》俵藤太。《槍兵(ランサー)》クー・フーリン。《魔術師(キャスター)》ネロ・クラディウス。《暗殺者(アサシン)》加藤段蔵……。

 私は今だけはこのすべてのサーヴァントの特性と過去を知り、契約しているマスターを知っている。今どこで何をしているかも把握しています。」

 しかし、この満月が天に座している間だけですが……。そう言いながら早足で里を進んでいく歴史を宿す半獣。それに追従していくセイバーは柄にもなく驚いたような顔をしている。そして妹紅は慧音の説明に補足する形で口を開いた。

 

「まぁ白澤の能力で知った歴史も紙に書かなくちゃ日が昇る頃には忘れているんだがな。

 ――期間限定の特別な能力だ、今の慧音の姿お前にゃこれっきり、見納めだ。角も尻尾もなくなるし髪の色も変わるからな」

 召喚されていた時から多少なりとも気になっていた慧音の容姿の説明にセイバーは妹紅に対して無言を返事とした。その態度に妹紅は若干のイラつき覚えたがそれを指摘する前に慧音が言葉を続けた。

 

「そう、これっきりです。なのでセイバー、あなたにはこの幻想郷について教えます。歩きながらの授業になりますがしっかりと覚えておいてください。

 私たちの行動方針である聖杯戦争の終結に関わる内容ですから」

「了解した」

 短い返答を開始の合図にし、人が寝静まった人里の大通りにて幻想郷の聖杯戦争についての講義が始まった

 

 

「事の始まりはこの幻想郷の外界、日本の冬木という土地で行われた聖杯戦争です」

「それなら俺も聖杯からの知識で知っている」

「あぁ、それが全ての聖杯戦争の始まりだ。

 ――1874年に冬木の土地の高名な魔術師達とその名家の立ち会いの元、始まった第一次聖杯戦争。その様子をこの幻想郷の管理者、八雲紫の興味を引いた……八雲紫はただ単に面白そうだからその模倣をした。と語っていたがあの妖怪のことだなにか裏がある」

「貴女の能力でその裏は探れないのか?」

「いいや、あの妖怪の能力は正直私以上のものだ。あの者に関する歴史には様々な編纂が加えられている……。

 それに私の能力は人の歴史は知れど、記憶まで紐解くことは出来ないのです」

 慧音の知る歴史とはその者の歩んだ結果を記すもの。歴史の資料のように淡々と出来事を綴ったタイムラインが頭に流れ込んでくるだけなのだ。記憶、感情、葛藤までは分かりえない。

 

「――話を戻そう、冬木で第一次聖杯戦争が開催されたその11年後の1885年、幻想郷でも聖杯戦争が開かれた。本来の聖杯戦争との差別化を図り、名を()()()()()()()()()と名付けられ始まったのだ。

 ――しかし宣伝が足りなかったのだろうな。ルールを把握せずに好き勝手やるマスターが続出……挙句の果てには幻想郷の部外者にかき乱された上にまともなサーヴァントもほとんど召喚されず、大量の虐殺が起き……何事かと龍神が降臨する始末。

 結局優勝者はルール制定にも関わった当時の博麗の巫女だった。聖杯にかけた願いは――今も尚強固な守りとなっている博麗大結界を張ることだった」

 

「博麗大結界?それは如何様なものなのだ」

「この幻想郷を覆う巨大な大魔術だ、元からあった結界と合わせてこの幻想郷をあやふやなものにした守り。

 外からはこの幻想郷を観測することは出来ないが変わりに幻想郷から外に出ることも出来ない。

 神代でもないこの時代に神霊や妖怪なんて神秘がここにあるのはその二つの結界おかげだ」

 

「経緯は分からないがその願いは聖杯だけでなく龍神にも届いた。この地の結界にマナを送り込み続ける強い龍脈を龍神は与え、博麗大結界を盤石のものにしたんだ。

 ――その影響かどうかは分からないが竜にまつわる英霊が召喚されやすくなってるのかもしれない。それはともかく過去において願いが叶えられた聖杯戦争はそれっきりだ。その60年後の1945年に()()()()()()()()()が行われたが……」

 慧音はそこで口と共に足を止める。後の二人もそれを真似る形で立ち止まった。そこは人里と田園の境目、目の前には青く茂った稲と田圃に貼られた水に浮かぶ満月がひとつ。

 

「どうかしたかマスター」

 

「どうやらバーサーカーは思ったより早く到着した様だ。セイバー、一旦話はここまでです。しばらくの間霊体化するように。あとは念話で情報を共有します」

 急な命令だがそれでも短く了承の言葉を告げてセイバーは消えるようにいなくなった。

「それで慧音、バーサーカーをどうするつもりだ?」

 妹紅は慧音の視線の先を同じく睨みつける。いつでも殺れるといった様相だ、しかし慧音はその殺気に同意することはなかった。

「いいえ、彼はどうやら"善性"です。戦って周辺に被害が及ぶのは避けたい……ここは話し合ってみましょう。それで、私の判断が間違えていたのなら」

 ここで戦うことになる――。分かりきったことまでは言葉にせず二人は踏みならされた土の道を歩き出す。その道は聖杯戦争へと続く道――開始のゴングは鳴っていないが、それでも戦いは始まっているのだ――。

 

 

 

「よぉーし、今宵の宴はここまでだ!皆腹いっぱい食べただろう!」

 チルノ他妖怪御一行はアーチャーの出す白米をすべて平らげた、楽しい宴もここで終わり。縁もたけなわというものだ。

 

「まさか米俵から野菜や魚まで出てくるとは思わなかったよ」

 風を受ける帆のように膨れ上がった腹をさすり先程まで舌鼓を打っていた食物の数々を思い出すリグル。藤太の宝具『無尽俵』は英霊化の影響か生前持ち合わせていた他の宝具の特性を引き継いでいるようで、その俵は米に限らず無数の食物で出来ていた。

 しかし名の通り本当に無尽蔵というわけでもなく。

「むむ、やはり英霊となってしまうとこの俵を使うには魔力が必要か……以前であれば其処な湖に富士ほどの山を作ることも出来ただろうが。どうやら満たす程しか出来ぬようだ」

 そう言う藤太は少し残念な様子だが、それでも十分だろと一同思っただろう。

 

「――なぁ、藤太。英霊召喚ってどうやるんだ?」

 

 ほぼ全員が藤太の発言に心の中でツッコミを入れている最中、ルーミアはずっと聞こうと思っていた事を話した。

 

「そうさなぁ、そもそも令呪がなくてはマスターにはなれぬからなぁ。(オレ)は魔術の心得はないが確か――みたせと五度繰り返すのではなかったかな?」

 座にいる時に魔術師の呼び声が聞こえることがある、その際の詠唱で覚えている部分はそこだけであった。これだけで召喚に応じることはまず無いだろう。

「そーなのかー」

だがルーミアはそれで満足したようで満面の笑みを浮かべた。

「お主、なにか願いがあるのか?」

 藤太その笑みになにか勘が働いたのか、それとも純粋な質問なのかは分からないがそう聞いていた。容姿は幼子といえど中身は永きを生きた妖怪、何をしでかすか分からないのが普通だが。どうやら藤太はここについてその事を少し忘れかけていたようだ。

 

「ふふふ、()()

 

 そしてルーミアは笑ってはぐらかす、その様子に藤太は容姿とは合致しない妖しい雰囲気を感じたが。先程までの無邪気に飯を頬張り仲間とともに笑っていた者をここで断じる気にはならず一抹の疑念を抱くだけに留めた。

「……そうか……ならばよい。

 ――それに我が(マスター)も既に眠りこけているようだ、(オレ)もここで失礼しようか」

 視線を隣にやると小さく体を丸めて寝息を立てている氷精がいた。どうやら満腹感と疲労感で眠ってしまったようだ。

 アーチャーはチルノを抱え立ち上がる、が着物を引っ張られた。その方を見やると緑色の髪をした西洋の妖精のような見た目の――実際に妖精なのだが。――少女が着物の裾を掴んでいた。

「あ、あのチルノちゃんのお家はあっちです」

「ふむ、なるほどお主は妖精の統括の様なものか。すまぬな、案内を頼めるか?」

 そう言ってその場をあとにする藤太とチルノ、そして大妖精の背中をルーミア達は見送った。

 

「いいなーチルノ、お姫様抱っこなんて憧れるなー」

「ふふふ、リグルって結構少女趣味っていうか可愛いよね」

 えぇそんなことないよ――。とリグルとミスティアがなんともむず痒い会話を交わしている少し離れた場所で、ルーミアは遠くの山に顔を隠す月を眺めていた。

 夜明けが近づき太陽の気配を感じると月を背にしてルーミアはその場を離れようと歩き出した。

 

「あ、ルーミアはどうするの?私たちはしばらくここら辺にいるけど」

 この場から離れようとする金色の闇に気づきミスティアは声をかける。

「んー、ちょっと用事があるんだ。終わったら多分また来るかも」

「そっかぁ、んじゃあまた後でね」

 またねーとミスティアとリグルはルーミアの背に手を振っていく。

 

 闇が向かう先は魔法の森の奥、その先には――。

 

 

「魔理沙よ、荷物を纏めるなどまるでここから出ていくような素振りではないか機嫌を治せ。

 出ていくのは余はマスターと共にあるのだから意味は無いのだし……そもそもそなたが入りたいと申し出たのだぞ」

 ほんの少しだけキャスターは拗ねていた。そんなに自分と入りたくなかったのかと頬をふくらませ不満そうにしている。

 薔薇の皇帝と共に騒ぎながらも風呂に浸かった魔理沙はあの後、魔術書や実験道具、魔術の触媒となる道具をカバンや風呂敷に詰めていた。

「一緒に入るとは言ってなかったぞ!!それに別に機嫌を悪くして出ていくわけじゃない」

 そう、機嫌を悪くしたわけでなく。共に入った際に感じた2つの膨らみに若干意識が飛んでいただけなのだ。

 そんなどうでも良いことは置いといて、魔理沙には考えがあったのだ。

 

「ここはランサーに居場所が割れただろう?相手に有利に立たれるのは癪だからな。

 ――ちょっとそこらへんまでお引越しだ」

 

 ニッと笑う魔理沙には先程までの事は特に気にしていないようだった。それに気づいたキャスターは表情を戻す。

「うむ、道理だな。しかしここはそなたの工房であろうに、留守にしても良いのか?」

 魔術師が工房を空けると言うことは手の内を晒しているようなものであり、故に魔術師の工房というのは人目につかぬ場所に隠匿されているのが常なのだが。

 

「へへ、自分で言うのもなんだがここにあるのは碌でもないガラクタばかりだ。

 私の武器はこの魔術ノートに私専用便利道具に、ここだ」

 と自分の頭を指す魔理沙の顔は自信に満ち溢れていた、すなわちドヤ顔という類の表情だ。

「なるほど、ならば余はしばらくの間外の警戒に勤しむとしよう。出立の際は念話で伝えるが良い」

 キャスターはそう告げるとゆっくり消えていった。霊体化し辺りを見て回るようだ――。

 

 

 

 

「――よしじゃあ出発するか!いざ香霖堂」

 

「おーう!」

 

 意気揚々と自宅を後にした魔理沙とキャスター達。目的地は人里近くの古道具屋、香霖堂。

 そこには偏屈な店主と、もうひとつの魔理沙の工房が存在しているのだ。こうして東の空は朝の光を浴び徐々に白く澄み渡っていった。

 

 

 

 

 

 

――風だけが入り込む工房。そこに遠くから聞こえる幼子の歌声。それに呼応して工房に残された召喚陣が光を放っていた。家主が出発してから半刻ほどの出来事だ。

 

 

閉じてー(みちてー)閉じてー(みちてー)閉ざして(みたして)閉ざして(みたして)、もうひとつ閉じてー(みちてー)♪」

 

 

 店主不在の霧雨魔法店には詠唱とは程遠い(うた)で最後のサーヴァントが呼び寄せられようとしていた。そして、巻き起こる風には――潮と火薬の香りが混じっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 1日目 『刺し穿て、不死の煙』

 人里から外れた田園の中央部にて互いのことを微塵も知らぬ――否、女の方は男のことを一方的に知っている――男女が邂逅した。

 その場から里外部に繋がる門、居住区中央部どちらに進んだとしても同程度の距離だ。時刻は丑の刻、人はおろか草木も眠り出す時間。

 

「こんな夜更けにどこかに出かけるのですか?」

 門で自らのことをウィリアム・ブロディと名乗った男が声をかけた。妖怪が蔓延るという幻想郷、こんな時間に里の外に出る行為は自殺行為といっても過言ではない。

「こんばんは。私はセイバーのマスター、上白沢慧音だ。率直に言おうバーサーカー、私はあなた達と敵対するつもりは無い」

「「なっ……!!」」

 ウィリアム――否、ジキルは当然だが同行者の妹紅ですら驚愕していた。普通ならばこちらに情報のアドバンテージがある内は探りを入れるなどするだろうにと妹紅は口に出さずに思った。慧音のその行為は正しく自殺行為であった。

 

『マ、マスター。緊急事態だ、こちらの素性がすぐにバレた』

 バーサーカーは突然の出来事に自身のマスターに念話を送っていた。返事がすぐ帰ってくるとは思わないが……そう、緊急事態なのだ。ジキルの特性を殺すような事態である。

 

「紅魔館にいるマスターにも伝えてくれ、私は停戦を望む。争うつもりは無いと」

 ジキルと妹紅の焦りもよそに慧音はかねてから決めていた言葉を紡いだ。

「私の望みは聖杯戦争の終結、聖杯の破壊だ。

 何故かと疑問に思うだろう、それについてもしっかりと話す。まずは――」

「それは聞けねぇ相談だなァ」

 慧音の言葉を遮るその声は新たな参戦者が現れた合図だった。三人はその声を目で追った、そこに居たのは――。

「おい、もやし小僧。何オドオドしてんだアンタもサーヴァントだろ?」

 月夜に溶け込むような青い衣装、その中で一層朱く輝くのは呪いの朱槍。その者の名は。

「ランサー、クー・フーリンだな」

 素人であろうとひと目でわかるその力量、圧倒的なプレッシャーを放つ猛者が門の方向からゆっくり歩み寄ってきた。

 

「おおっと嬢ちゃん、俺のこと知ってるのか?それは――厄介だな」

 一瞬だった、一瞬で間合いを詰めた蒼き閃光は慧音の胸の前にその槍の切っ先を向けていた。

 

 ――命というのは一瞬で消え失せる。

 

 そして命を救うのも一瞬だ。

 

 呪いの朱槍の一閃は呪いの聖剣の一振りによって阻まれた。

「貴様が本当のセイバーか……。ハハッ、面白くなってきたじゃねぇか」

 霊体化を解いたセイバーはその大剣を横に薙いだランサーはそれを大幅に後ろに跳躍することで回避した。

「マスター下がっていろ、ここからは俺の役割だ」

 慧音は対話は望めないと判断したのか指示通りに下がる。それとは正反対に妹紅はジークフリートの隣に並び立ちその拳から火花を散らした、言葉はなくともわかりやすい参加表明である。

「おいバーサーカー!お前はどうする!戦うか否か!」

 ランサーの問いかけにバーサーカーは。

「……済まないランサー、マスターからの指示だこの戦いでは僕は中立だ」

「へぇそうかい。むしろそっちの方がありがたいがねぇ」

 そのどっちつかずな反応に特に感慨などなくランサーは自慢の槍を握り、改めて構えをとった。

「2対1だ、卑怯だなんて言わねぇさ……二人まとめてかかってきなァ!」

 その言葉が合図となり戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 一言で表すのならその戦いは壮絶なものだった。辺り一面に撒き散らされた大量の血と蒸発した田圃の水の蒸気がその戦いの凄まじさを物語っている。と言っても血はただ1人のものであるが。

 肉が飛ぶ、指が飛ぶ、腕が飛び、血が吹き出す。ランサーに弾かれた妹紅の双腕が宙を舞っている。

 炎が燃え上がる、腕が生え、指が戻り、肉が再生する。セイバーの大剣の一振りと共に妹紅の炎を纏った拳がランサーに降り掛かる。

 しかし、その(ことごと)くを朱槍が肉体への侵攻を阻む。対照的にランサーの総ての猛攻を肉体で受け止めているのがセイバーと妹紅だった。

 ランサーの渾身の一刺しを受けてもセイバーの肉体には傷はつかず、妹紅の肉体は滅び再生し傷がつかず。

 ――はっきり言って一進一退というレベルでなく決着がつくことがない戦いだ。その戦いを見守る慧音はもちろんサーヴァントであるバーサーカーでさえ時間を忘れるほどに固唾を飲んで見守るほどの戦いであった。

 

 妹紅の体が槍の柄で弾き飛ばされセイバーの大剣から放たれた剣撃を引き戻した槍で防ぎ、その衝撃を和らげるためランサーが後方に跳躍をしたところで数時間にわたる猛攻に一旦のピリオドが打たれた。

 

「なかなかやるなセイバー。アンタの技量、この聖杯戦争において一二を争うものだろう。我が魔槍を受け立ち続けるその身の名を知りたい」

 セイバーはマスターである慧音に視線を向ける。しかし圧倒されている彼女がその視線に気づくことは無かった。

「ネーベルラントの遍歴騎士、ジークフリートだ」

 そして名乗った。それはこの身に傷をつけずとも確実に倒しに来たこの男への最大の敬意の表れでもあった。

 

「ジークフリートか……ではオレも改めて名乗らせて頂こう。

 我が名はクー・フーリン太陽神ルーの息子にして赤枝の騎士。

 そして我が宝具を以て、この名をその身に刻むが良い!」

 

 その宣言を皮切りにランサーの槍が激しく光り出す。うねる魔力を感じセイバーは剣を構え直し攻撃に備えた。

 

「その心臓、貰い受ける―――!」

 

より強く輝き出す朱槍(スカーレッド)それは真名解放、宝具を使うという合図だった。

 一歩を踏み出す、それは確実にセイバーとの間合いを詰めた。全身の力を朱槍を掴むその剛腕に乗せる。

 

「―――刺し穿つ死刺の槍(ゲイ・ボルグ)!」

 

 必殺必中の槍、ゲイ・ボルグ。その真名を解放した時点で「《《心臓に命中した》」という結果が作られる。故にこの宝具が放たれた時点で相手の死は確定している。

 その槍は今、セイバーの胸に―――ッ!

「私を……ッ!忘れるな―――――ッ!!」

 否、断じて否!貫かれたのはセイバーの心臓ではなかった、呪いの朱槍はセイバーを庇った妹紅の心臓を貫きセイバーの胸には槍の切っ先が浅く刺さるのみだった。

 セイバーはそれを避けることが出来た、しかし退けることはできない。それは彼の戦闘スタイルによるものでもあった。その身に宿した龍の鎧が因果律の操作をも防ぐのかは分からない。しかし『心臓を貫くという結果』を与えられたその槍は『()()()()()()()()()という結果』に到達した。

 故に、セイバーの胸に空いた浅い刺し傷は単純なランサーの腕力によるものだ。矛と盾の戦いは思わぬ横槍によって有耶無耶のまま終結した。

 ランサーはゆっくりと槍を妹紅の胸から引き抜く、リザレクションが発動していないということはまだ生きているということだ。

 

「まさか不死身の嬢ちゃんが庇いに来るなんてな。あんた()()だったぜ」

「妹紅……!!」

 勝負は終わりだと言わんばかりに先程までの殺気を引っ込めたランサー、すべてを俯瞰から見ていた慧音もたまらず飛び出してきた。

 そうして倒れ込む妹紅を抱きかかえるセイバーは、なぜ自分を庇ったのかと困惑していた。戦いの最中、彼女の体が不死身であることをマスターから聞き及び、この目で見たとしても、自らをかばって死にゆく妹紅に申し訳なさで胸が埋まっていった。

 

「オレも調子に乗りすぎたな。また戦場で会おう。次戦う時にはアンタのその胸に風穴を空けてやる」

 

 そう言うとランサーはいつの間にか登っていた朝日の空に消えていった。

 

「妹紅!妹紅!返事をしろ!なぜリザレクションしないんだ!」

 肉体の再生が始まらない妹紅の肉体にすがりつく慧音の瞳には涙が浮かんでいた。そしていつの間にか角に尻尾などの白澤の様相は無くなっていた。

「すまない、マスター……。俺がこの肉体に慢心していたばかりに……」

 朝日に照らされて静かに目を閉じている妹紅は死んではいないが再生することもなく浅く呼吸をするのみだった。胸の間大きな傷を無視したならそれは安らかに寝息を立てているようにも見えた。

 

「回復阻害の呪いだ……」

 

 今までずっと傍観をしていた者が口を開いた。

「クー・フーリンの使うゲイ・ボルグには心臓を必ず貫くという能力以外に回復阻害の呪いがかかっているんだ。

 彼女が不死身だとしても上塗りされた呪いの影響で回復ができないのだと思う」

「バー……サーカー?なぜ彼と同じ陣営の貴方が教えてくれるんだ」

 バーサーカー、ヘンリージキルは仲間の情報を公開した。それはマスターの命令ではなくバーサーカー自身の判断だった。

「僕にも僕なりの考えがある……それより呪いを解呪できれば彼女も助かる希望がかもしれない」

 

「……博麗神社だ。博麗神社に向かうぞセイバー、妹紅を担いでくれ」

 

 涙を無理やり拭って立ち上がる慧音はバーサーカーの言葉を心から信じた、妹紅の呪いを解くためにまっすぐ朝日を見つめた、博麗神社は朝日の下にある。

 ――セイバーは妹紅を抱きかかえ、数時間前のように早足で歩く慧音に追従した。そうしてそれにバーサーカーも同行する形になった。

 

「バーサーカー、君はなぜ我々に協力する?マスターの指示なのか、それとも――」

 

「僕は貴方達に正義を見たんだ」

 

 ただそれだけ――バーサーカーはそう言って会話をやめた。セイバーもそれ以上聞くこともなく慧音に続く。

 風切羽を切り落とされた不死鳥をもう1度羽ばたかせるために一行は博麗神社へと向かうのだった。

 

 

 

 

「どうやら総てのサーヴァントが召喚されたようですね。――ようやく本格的に聖杯を巡る殺し合いが始まります。

 一度全員を招集した方が良いのではないでしょうか?」

 セイバー達の目的地である博麗神社ではまだ寝間着姿の霊夢とルーラーが縁側に並んで茶をすすっていた。

「いやよ、めんどくさいし。全員集めたところであんたお得意の口先で場をかき乱すのは目に見えてるんだから」

 

「ははは、手厳しいな」

 

 ルーラーと霊夢の付き合いは決して短い訳では無い。しかし互いに相容れないのは恐らく信仰の違いであり持ち合わせている属性の違いだろうか。霊夢の厳しい評価に気にしてるのか気にしてないのか分からない表情で茶をすすると、視界の端にスキマが広がった。

「でも、全員が揃ったなら一度アナウンスすべきよね」

 その隙間から半身を出し言葉を発したのは八雲紫、この幻想郷の管理者の1人であり妖怪の賢者でもある。

「そうですね、呼ばないまでもこの妖怪の能力でアナウンスをかけるべきだと私も思いますよ」

 紫の意見に乗っかるルーラー、それに嫌な顔をしながら霊夢は渋々と了承した。

「でも私はやらないからね、紫あんたがやりなさいよ。私は別にやることがあるんだから」

 そう言って湯呑みに入っていたお茶を喉に流し込むと立ち上がって本殿の方に引っ込んでいってしまった。

 

 

「吸血鬼異変から10年ですか……早いものですね」

「ええ、あなたが召喚されてから10年でもありますからね。

 まさかあなたが召喚に応じるとは思いませんでしたよ」

「聖人だって叶えたい願いはあるのですよ……さて、魔力消費も馬鹿ではありません。私もしばらく休むとしましょう」

そう言うとルーラーは霊体化し消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「10年……いいや100年以上です……ついに聖杯戦争を始められる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 1日目 朝 『願い』

 遠い記憶だ。人にとっては、だが。

 

 全てに絶望し、凡てを諦め、総てを捨てた。

 

 ――――暗い。寒い。陰鬱とした記憶。

 

 私にとって忌まわしき記憶。

 

 世界に絶望した――。

 復讐を誓った、私怨だということは理解してる。

 ただ、父を乏したあいつを見返したかった。だが世界は私を拒絶した。

 

 正義を諦めた――。

 見返りを求めたわけじゃない。認められたい訳でもない。

 ただ、共に生きたかったのだ。

 だが私の正義は悪にならずとも糾弾された。

 

 人を捨てた――。

 拒絶され、弾劾され、誰にも理解されなかった過去の私は逃げるように隠れ住んだ。

 ただ、人外だと恐れられることが怖かったのだ。

 

 ――しかし、私は人であることを捨てた。

 

 

 この姿になった時は身体が思うように動いていた。機能の話じゃない、気持ちの話だ。

 

 いつからだっけか、変化が嫌いになったのは。

 

 変わり映えしないこの竹林の景色は私に似て、本質は変わり続けている。

 

 私の心は本当は変化を望んでいる。肉体に従う必要は無いと叫んでいる。

 

 憎い、私の心が憎い。自ら変化を捨てたクセに、誰よりも変化を望み続ける藤原妹紅の心が。

 

 ――私自身が憎い。

 

 錆び付いた身体は既に名乗るべき名前はなく。

 

 ()()の私に刻んだ()は妹紅という忌み名。

 

 誰か私に正義を教えてくれ。

 

 誰か私の名を呼んでくれ。

 

 ()()()()()()()()――――――。

 

 

 魔法の森、その最奥で刃が混じり合う音が鳴り響く。

「ハッ!まさかたった一夜でこんなに出会えるたァな!」

 セイバーとの戦いを終えたランサーは一度紅魔館に戻るために魔法の森を横切っていた。その途中、またしても新手のサーヴァントに遭遇し交戦していた。

 影を移動し背後に回る、切り伏せたかと思えばそれは(まやか)し。腕や脚に仕込んだ刀で切りかかり、危険となれば飛び道具にて牽制。はっきり言ってやりにくい相手だ。

「しかし、まぁ奇怪な身体をしてやがるな。アサシン、貴様人間ではないな?」

「…………」

「ハン、別に返答は期待してないがな」

 そう、その戦闘スタイルは正しく暗殺者だった。その体躯はしなやかで身軽、攻撃手段は多岐にわたり相手に動きを悟らせない。

 そしてその暗殺者の特徴である身体は――絡繰りで出来ていた。

「――――ッ!」

 アサシンの背中から弾幕が放たれる、それはランサーにあたる前に槍に弾かれ地面や木にぶつかった。しかしその弾幕からは煙幕が放たれランサーの視界を覆った。

「煙幕か暗殺者らしいみみっちい手段じゃねぇか。まぁそんなもの、効くわけはないが――」

 風を切る音が耳を掠めた、これはアサシンの刃でもミサイルじみた弾幕のどれでもない。音源を掴み取る、その正体は――矢であった。

「新手か――ッ!」

 複数の矢が音を立て標的に向かう。その(ぞく)が狙うは猛犬、喉元をめがけ確実に命を狙う。視界の悪い煙幕の中での出来事だ。矢を番えた弓の影すらも把握出来ない。しかし、それは相手も同じはず。

 それでもその一条(いちじょう)は確実にランサーを補足しているのだ。

 ランサーの力量ならば対処はできるが、この場にはアサシンもいる。下手に動くと無傷では済まないだろう。ならばとランサーは宙に文字を刻む。

kano(カノ)!」

 それは松明の灯り、火を灯すルーン。遠見の術でもあるその文字は辺りを照らしながら拡散し、視界を覆っていた深い煙を矢ごと焼き払った。

 広くなった視界に映ったのは朱の着物と5人張りの強弓、そしてアサシンの姿は何処かへ消えていた。

「逃げられたか」

 その事についてはいい、今は堂々と姿を現したあの弓兵に意識を向ける。矢を番えている様子はなく、こちらを見よと言わんばかりに胸を張り仁王立ちしていた。

 

「やあやあ!遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!この龍の地に顕現せし我がクラスはアーチャー!武人の戦いに水を差したことを詫びよう。

 しかし名を連ねる歴人共が聖杯に集う此度の戦争故に、水に流してはくれまいか」

 

 魔法の森全土に響き渡るのではないかというその声量はそれだけでランサーの心をも震わせた。

「別に構わしねぇよ弓兵、それよりオレとやり合おうってんならさっさと矢を番えた方がいいぜ」

「ハッハッハッハ!吾もそうしたいが唯ならぬ気配を感じマスターには無断で来てしまったのでな、本気を出すわけにも行かぬ。

 貴様と戦うには本気でやらねば此方が危ういだろうからな」

 アーチャーの言い方ではまるで戦わないような言い分だ、それでは何故アサシンを手助けするような真似をしたのか……。

「貴様を見込んで頼みがある。いやなに、機会があればで良いのだが。我がマスターの前で(オレ)と全力の全力、全てをかけて戦って欲しいのだ」

「あん?そりゃあ構わねぇが……」

 疑問に思うのは当然のことだ、聖杯戦争において全ての戦いは死力を尽くす全力の闘争である。それを改まって願うというのは、無類のカレー好きにカレーが好きかと聞いているようなものだ。

「うむ、不審に思うのも当然だろう。ここで戦わぬのかと。――だが(オレ)には使命がある……。そう確信しているのだ。故に今ではない、その使命を遂げたならば今一度吾にその長槍を向けるといい」

「断ると言ったら?」

 受ける道理はない。損もないが請け負って益がある訳でもない。今ここで戦ってしまえば良い話なのだから。

「その時はその時だ。吾は別の益荒男を探すとしよう」

「――いいぜ、受けようじゃねぇか。こちらも元より、まだ本気で戦うわけには行かねぇからな」

「快い返事、感謝する。ではいずれ相見(あいまみ)えようぞ」

 アーチャーはどこかへ消えていった。その場に残されたのはランサーただ1人、不完全燃焼といった表情だが気持ちを切り替え紅魔館へと足を進める。

 

「あーやだやだ、もっと単純な頼みだったら気持ちよく受けたんだがねぇ」

 

 この聖杯戦争においてあの願いが成就するとも限らない。例えばあの異様に頑丈な騎士に出会ったならばアーチャーだろうと万全で勝てるとも限らないだろう。それでも願うということは、その使命は重いものなのだろうか。それに、マスターの前でというのも気になるところだ。

 彼をそうさせるマスターとはいったい――。

 

「ともかくこれで全部か……。今回の聖杯戦争は案外早く終わるかもしれねぇな」

 

 負ける気はしねぇが。と心で呟いたランサーの瞳は狂戦士のそれのようだった。

 

 

 

 朝を告げる小鳥の鳴き声、窓から差し込む登り始めた陽の光で目が覚める。

 静かな朝だ。しかしその静寂を打ち破る者が現れるのがこの香霖堂の常だ。

 

「よーぉ香霖!邪魔するぜ!」

 

 ほら来た、ドアを蹴破る音は寝室まで響いてきた。景気のいい事だな。

 

「やぁ魔理沙、こんな朝からなんの用だい。君ってこんなに早起きだったか?」

 

 白黒した魔術使いはやけに大きな荷物を背負っている。まあ、おおよそこの店に泊まるとか言い出すのだろうが……。僕の予想では魔術の実験で失敗して自宅が半壊したってところか?

 

「強いて言うなら遅寝な方だな」

 

「なんだ、また徹夜したのか。成長期には毒だな」

 

 こうして泊まりにくるのは別に珍しい事じゃない、魔理沙だけでなく霊夢だって泊まりに来ることもあるのだから。だがここ最近はそういうこともなかったな、別にどうだって良い――というつもりは無いが。

 そのくらい久しいことだ。

 

「その荷物、今日は泊まって行くのだろう?店のものに傷は付けないでくれよ」

 

「わかってるって。それにしばらく厄介になるから、私の昔の工房使わせてもらうぜ」

 

「工房か、別に構わないが――いや待て魔理沙、ちょっと右手見せてくれないか」

 

 魔理沙の変に隠していた右手に赤いあざのようなものが浮かんだ気がしたのだ。体に浮かぶ字のような紋章、アレは――。

 彼女の右手を引っ張ろうと手を伸ばす……がそれは喉元に現れた剣の切っ先により阻まれてしまった。……やはりか。

 

「余のマスターに触れるでないぞ、魔術師」

 

 現れたのは真紅のドレスを身にまとった何処かあどけなさを残した女性だった。いや少女か?魔理沙より少し上かそこらの年齢に見える。少なくとも見た目年齢などこれらには関係ないのだが。

 

「魔理沙、君――」

 

「お前キャスター!さっき説明しただろって!」

 

「あいたぁ!何をするのだ魔理沙ぁ!余の玉の肌を抓るとは……跡が残ったらどうしてくれるのだ!」

 

 黒と赤が揃えば問答無用で騒がしくなるのかここは……?

 

「あぁっと香霖?これには色々深いわけがあってだなぁ……」

 

「いいや大丈夫だ、まさか君がサーヴァントを召喚するとはな」

 

 僕の言葉に身構える魔理沙のサーヴァントと驚いた表情の魔理沙。まあそうなるだろうなとは思ったが、それなりに来るものがあるな。

 

「待ってくれ、僕は今回の聖杯戦争には参加していない。ただ単に事情通ってだけだ」

 

 そう言って自らの両手の甲を差し出す。令呪は宿ってないからな、なんだったらここで脱いだって構わないが。差し出された手をマジマジと見る彼女らはちょっとだけ滑稽だ。

 

「分かっただろう?他のマスターに協力してる事も無い。しかし、よく僕が魔術師って分かったな?魔理沙に聞いたのかい」

 

 魔理沙の表情を見るに僕の情報はサラッとだけ伝えただけか、それじゃあ僕の妖力を――あぁ、いや。そう言えばキャスターか、それなら分かるだろうが剣を持ったキャスターなんて珍しいな。

 

「余は全てお見通しというやつだ」

 

 自信満々で胸を張っている……まあそういうところでいいか。ともかくこの場でわたわたしてても始まらない。

 

「僕は今回中立だ、積もる話もあるだろうし。まずは上がってくれ、お茶くらいなら特別に出してあげよう」

 

「私も混じってもいいかしら」

 

 はぁ……次から次へと。

 

 開かれた扉の前には人形のような少女、アリス・マーガトロイドが立っていた。傍らには忍者のような人形がいる。恐らくそれもサーヴァントだろうが、何ともわかりやすい組み合わせだ。

 

 しかし――ついに始まったのか、第3次幻想聖杯戦争。前回から58年経ったか……60年と聞いていたが少しだけ早まったようだな。彼女たちにはそれについても話すべきだろうか?

 いや、その前に今すぐにでも戦いだしそうなサーヴァントを引っ込めてほしいが……。

 

「ともかく上がってくれ、ここは休戦ってことで刃をしまって、お茶でも飲もうじゃないか」

 

 店を荒らされても困るからな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 1日目 朝 『第一次東方聖杯戦争』

 時計の針が響く室内、朝の光が窓から差し込む。その場にいるものに統一性は無いようにも思えるが、集った者達は聖杯戦争の関係者である。奇妙な会合の会場は香霖堂、物好きな店主はお茶と菓子を用意し円卓に座った。その向かい側に座るのが霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドという少女。その傍らに自らの(マスター)を護るように立つのがキャスターとアサシンだ。聖杯戦争の性質上、本来は敵対する間柄だが今は休戦中だ。

「さて、まず何から話したものか……」

 店主、森近霖之助は悩んでいた。魔理沙だけであったら、端折って話すことも可能だったがアリスがいるとなるとまた別だ。何を知っていて知らないのかが予想できないからだ。

「私のことは気にしなくていいわ店主さん、適当に話を聞いて勝手に理解するから。もちろん質問とかはさせてけど」

 無意識のうちに視線を浴びせていたのだろう。霖之助の心のうちはアリスにはかられてしまったようだ。

「だとよ、とりあえず香霖が訳知りな理由を知りたいぜ私は。一緒にいて聖杯戦争のせの字も話したことない癖になんで知ってんだよ」

 霖之助は魔理沙が物心ついた頃から知っている。魔理沙のかつての夢、魔術師になるということをサポートしたのも霖之助だ。二人の関係は彼を『香霖』と呼ぶ魔理沙から大体推察できるだろう。

「……聖杯戦争なんて2度と起こるまいと思ってたからな」

 霖之助の口から語られたのは彼の実体験だった――。

 

「――僕は第二次幻想聖杯戦争の参加者だった」

 

「……はぁ?!聖杯戦争って外の世界の話じゃなかったのか?香霖って確か博麗大結界が張られる前から幻想郷にいたって言ってたよな」

 魔理沙は耳を疑った、外の世界で起こった話だと思っていたのだから当然だろう。しかし霖之助の言い分ではこの幻想郷では過去2回、聖杯をかけた命懸けの戦いが繰り広げられていたのだから。

「僕は君が聖杯戦争を知っていたことが驚きだけどね。そう博麗大結界、あれの成り立ちも聖杯なんだ」

 そう語る霖之助はほんの少しだけ遠い目をした、まるで尊い何かを見つめているような。その様子に魔理沙は投げかけようと思っていた疑問を飲み込んでしまった。そしてその疑問は霖之助の次の言葉によって完全にかき消された。

 

「魔理沙、心して聞いてくれ。この話は()()()()()()()にも関わる」

 

 静まり返った、時が止まったような気がした。少なくとも魔理沙の中の何かは一瞬止まった。それはこの場にいる誰もが理解した。

 ――魔理沙の表情が少なくとも穏やかではなかったからだ。

 

「なぜこの話を僕が知っているのかという質問には最後に答えよう。それ以外の質問だったらなんでも答えてあげるからね」

 

「それでは余が問おうではないか店主よ、霊夢とは何者だ?」

 

 魔理沙が喋らぬのなら自分がとキャスターが口を開いた、その質問に対し霖之助は話してなかったのかと目線で魔理沙に伝えたがどうやら名前だけしか伝えてないようだ。

「博麗霊夢、幻想郷の管理者の一人にして裁定者。博麗の巫女と呼ばれ、幻想郷で度々妖怪に引き起こされる異変を沈めるためのシステムに選ばれた少女。

 酒と財を好むが望んでいる訳では無い。あまり他人に興味が無く。異変の際は見境なく妖怪をなぎ倒す暴力巫女。今の幻想郷で一般的な霊夢の認識はこんな感じだ」

 

「むむむ、散々な言われようではないか!本当にそのような人物なのか?」

 

「――いや、実際付き合ってみると呑気でマイペース、忘れっぽくて図々しい。でも少女らしい笑い方をして人間のために怒る。誰とでも分け隔てなく接し完全に平等主義、そしてそこの魔理沙の友人にして僕の友人だ」

 

 なるほど、と呟くキャスターは興味津々だ。何処か感じ入るところでもあったのだろうか、前のめりになりながら聞いている。

 

「そして――彼女は神稚児としてこの世に生を受けた、()()()()()()を叶える願望器。――彼女こそが今回の聖杯だ」

 

 それは衝撃の事実だった。空想などではなく事実。しかし、それが事実だと知るものはこの場には霖之助だけだ。他の者達は事実だと信じるか否定することしか出来ず。アリス、キャスター、アサシンはそれが本当のことなのかと半信半疑のようす。そして魔理沙は――。

 

「ふざけるのも大概にしろ香霖!あいつが聖杯?馬鹿じゃないのか!いつものぶっ飛んだ解説なんか今は望んじゃいない――!

 あいつは確かに変わってるがちゃんとした人間だ!私の親友なんだぞ!願望器だなんて道具みたいに呼ぶな!」

 信じられるはずもなかった。彼女の最も親しい友人、越えたいと思った目標、人間離れしているが人間らしい感情を持った女の子。

 

 ――そう、ただの女の子なのだ。

 

「待って、聞いてくれ魔理沙。霊夢は――。いや博麗の巫女がそういうモノなんだよ」

「お前――ッ!!」

「だから!!だから……初めて気づいたんだ、聖杯戦争がまだ起きていると知ってから。今初めて気がついた。

 彼女が僕のところに来てあんなに――生きようとしていたのが……尊いと思ったんだよ。自分を誰よりも理解している彼女があんなにも――人間になろうとしてるだなんて。まるで――」

 そのあとの言葉は出てこなかった。珍しく怒鳴った霖之助に頭に血が上っていた魔理沙は我に返った。彼が感情を見せることは数える程しかない、そういう男なのに。

 

「あれは、第1次幻想聖杯戦争のことだ――」

 そういう男なのに、彼の表情は悲しみに満ちていた。

 

「聖杯戦争の優勝者になった当時の博麗の巫女は聖杯に願った、世界が終わるその時まで幻想郷に神秘あれ――と。

 彼女はその方法を知っていた、外の世界の肯定された周知(常識)、否定された神秘(非常識)を分別する結界をこの幻想郷に張り巡らすという方法だ。しかし、完璧ではなかった模倣された聖杯では完璧な術式を組み上げるに至らなかった」

 

 幻想郷で組み上げられた魔術式、聖杯。それは本物ではなく贋作、さらに言えば贋作の模倣品だ。器を超える術式を練り上げる魔力は当時の幻想郷の聖杯では無理だった。

 

「――そうして聖杯ではなく幻想郷の最高神である龍神に同時に願ったんだ。結界を盤石のものにして欲しいと。

 その結果が博麗大結界だ」

 

 ならば聖杯ではなく神に願った。竜の魔力は無尽蔵とも呼べる最高の炉心。それを超える龍、さらに神ともなればそれほどの魔力など簡単に用意できるだろう。霖之助が説明を続けようとするとアリスが手を少しあげて遮った。

「待って、質問いいかしら。博麗の巫女は聖杯の器なんでしょう?ならなんで彼女が聖杯戦争に参加しているの」

 

「あぁ、当時はまだ博麗の巫女は聖杯に組み込まれてはいなかったんだ。

 聖杯戦争による幻想郷への被害、その対価を龍神は博麗の巫女に対して求めた際に。彼女は迷いなく自らの命を差し出し……聖杯に自分の体を組み込んだ。それが何を意味するかは推測の域を出ないが龍神はそれを認可した」

 

 神は無償の施しなどしなかった、無償で願いを叶えるとしたらそれは救世主か一部の英雄だけだろう。

 

「その結果、博麗の巫女がその役目を終える度にこの幻想郷内のどこかで神稚児が生まれ博麗の巫女として育てられるようになった。

 幻想郷の秩序を機械的に守り続けるシステムだ。聖杯に組み込まれた巫女以来、第二次まで選ばれた巫女たちは本当に機械のようだったよ」

 聖杯に身を捧げ、地脈から魔力を吸い上げ一定周期で降臨する聖杯。それは中身のない器であれば聖杯戦争が起こらずとも生まれていたのだ。

 ――そうして、今代の巫女には器が満たされた。

「ゾッとしない話だな」

 魔理沙はあからさまに不機嫌だった。それもそのはず、浅い付き合いではない二人が自分に隠し事をしていたことと。それを甘んじて受け入れてるどっかのぐうたら巫女が気に食わなかった。

「そして第1次から60年。――再び聖杯戦争が開始された。その時は酷いものでね、聖杯に組み込まれたあの巫女の願いも他所に7騎以上のサーヴァントが召喚されて大荒れだった。

 その時は僕も成り行きでマスターになってしまってね……召喚したのはアサシン、恐ろしいサーヴァントだったが――まぁ悪い奴ではなかったよ」

 そう呟く霖之助は商品棚を眺めた、そこにそのサーヴァントを思い出す品があるのだろう。

 

「そこそこに勝ち抜き、そこそこのところで退場してしまったけど結末は見届けることは出来た。優勝者は名も知らぬ白髪の女の子だった。彼女は途中でサーヴァントを失ったが最後まで生き残り勝利した。

 ――だが聖杯には願わなかった。彼女は聖杯を破壊し迷いの竹林に消えていったよ」

「破壊って……まさか巫女を殺したのか?」

「あぁ、だが巫女は満足そうな顔をしていたよ。だから僕は縛り付けられていた聖杯の役目は終わって博麗の巫女は純粋に幻想郷の管理者になったのだと思っていたんだが……どうやら違った」

 そう、終止符を打ったと思っていた聖杯戦争はまだ終わってはいなかった。今代巫女、博麗霊夢が聖杯に選ばれ、3回目の聖杯戦争が始まった。

 

「ふぅ……一旦休憩にしよう。その後にもっと詳しい話を――」

 

 窓に何かが当たる音がした。全員がそちらを向くとそこに居たのは1羽の黒いカラスだった。そのカラスは器用に窓を開けると口を大きく開き鳴き声――ではなく咳払いをしてから人の声を発した。

 

『えー、マスター各位全サーヴァントに告げます。すべてのクラスが出揃いました。既に戦闘を開始した血気盛んな方達もおられましょうが改めて。聖杯をかけて最高の殺し合いを……さぁ始めましょう()()()()()()()()()を』

 

 この場にいるものは聞き覚えがある無しに関わらずそれはこの聖杯戦争の運営する立場にいる輩であることが伝わった。そして魔理沙その声が誰のものか、聞き覚えがあった。

「この声は……紫か。あいつは運営側ってわけか――まぁ当然か」

 理由もなく苛立つ魔理沙、いや理由はある。この幻想郷の成り立ちに関わる女が博麗の巫女のシステムに関わっていないはずがないのだから。この女は霊夢の親のような顔をしながら自ら聖杯戦争の運営に関わっている。

 それだけで魔理沙が怒る理由になる。乙女の怒りはそれだけで充分だ。

 

「どうやら彼女は過去の失敗した聖杯戦争は無かったことにしたいみたいだな」

 

 霖之助は三回目の開催だと言うのに第1次と宣言した紫の言葉にそう考察した。

 それが起爆剤となったのかは定かではないが魔理沙は力強く拳を握っていた。

 

「キャスター、決めたぞ」

 

 魔理沙の決意めいた表情にキャスターは真剣な表情で答えた。恐らく次に続く言葉を理解したのだろう。

 

「私は――聖杯戦争を終わらせる」

 

 

 

 

 赤い壁、紅い床、朱い天井。視界すべてが燃える血のような赤い色。

 しかしこの館の主のセンスは悪い訳ではなく、調度品や芸術品に至っては良いセンスをしていると言っていいだろう。

 

「しかしこうも赤いと目が疲れちまうぜ、そう思わないかアンタ」

 

 赤の中を歩く青、ランサーが自分を先導するメイドに声をかけた。

 

「私はいいと思いますよ、赤い人以外は見つけやすくて」

 

 悪趣味な色の館のメイド長、十六夜咲夜は微妙にズレた答えを返す。

 現在二人はこの館の主に報告するために廊下を進んでいた。

 流れていく赤、赤、赤。ランサーは目を休めようと窓の外に目を向けようとするがこの屋敷には窓が少ない。あってもやけに高い位置に存在している。とりあえずランサーは咲夜の背中を眺めることにした。

 

「なぁその格好メイドって言うんだろ?聖杯からの知識で知ったんだが……やけに丈が短くねぇか?」

 叔父貴がいたら大変なことになってたろうなぁなどと妙なことを考えながら歩くランサー。要は暇なのだ、屋敷の外観より遥かに長く同じ景色の廊下に飽きつつあるのだ。

「可愛くありません?私は結構好きなんですけど……それに侵入者があった時邪魔じゃないですしね」

「違いねぇな。そういうのは結構好みだ」

 ランサーのナンパじみた言葉に笑って流す咲夜は恐らく口説きに気づいてないだけである。ランサーも本気で口説いてる訳でもないのでどうだっていいのだが。

 

「ランサーさんはなんでお嬢様の召喚に応じたのかしら。かなりわがままな方なのに」

 

「まぁそこに戦う相手がいりゃあ俺はどこでだって参陣するさ、それにあのちびっ子は気に入ってんだ。

 見た目と性格とは裏腹にしっかりとした信念を持ってる。それに気が強い女は嫌いじゃないからな」

 

「マスターをちびっ子だなんて……後で怒られるかもしれないわ。覚悟した方がいいわよ」

 

「あんたもわがままだなんてマスターに言ったら怒られるぜ?覚悟しといた方いいぞ」

 

 ランサーの返しにくすくすと笑う咲夜も内心でランサーと同じように感じている。紅魔館に雇い入れられて日は浅いが彼女には人を惹きつけるカリスマがある。故に今回の聖杯戦争、最大限にサポートをすると誓っていた。

 

「つきました、さぁ…どうぞ」

 

 主のいる部屋、いつもなら今から寝る時間だが今日は特別な日。扉の向こうには待ちわびていたと言わんばかりにレミリアは座していた。

 

「よく帰ってきたわねランサー、ところで私に何か言うことはなぁい?」

 

 彼女の表情は笑みが蓄えられているが別の感情が混じっているのが伝わった。

「宝具のことか?まぁ命令違反だったかもしれねぇが状況が状況だった、バーサーカーから伝わっているだろう?」

「そんなことじゃないわ、もっと別にあるでしょう?」

 違った、ならばなんだと思案するランサー。そしてひとつ思い当たるものがあった。俺のマスターは面倒くさいねぇと呟くとレミリアはちょっとだけ眉をひそめたがランサーの言葉を待っている。

 

「ぁー……。ただいま」

 

「よし!おかえりランサー。じゃあ報告してもらえるかしら?」

 一週間前に召喚されてからというもののランサーが外に出かける度にこれを要求してきた。レミリア曰く紅魔館にいる間は家族のようなものだそうだ。

 ともかくランサーは出かけてから一日のことを報告する。

 ――ライダーと自陣のバーサーカー以外と交戦したこと。セイバーのマスターが自らの真名を把握していたこと。セイバーに宝具を使用したこと。その宝具がセイバーではなく別の連れに当たり生死不明、おそらく死亡。その後アサシンとの戦闘中にアーチャーに乱入されアーチャーから依頼を受けたこと――。

「とまァこんなところだ。アーチャーは未知数恐らく手練だ。

 ライダーはどの霊脈をあたっても召喚の痕跡はなかったがいずれ召喚されるだろう……。どうする、探してくるか?」

 命令であればすべてのサーヴァントと交戦するはずだがランサーはさっさと全力で戦いたくてうずうずしていた、セイバーとの戦いの高揚感が抜けていないのだ。

「とりあえずご苦労ランサー。ライダーまでは探さなくていい、パチュリーの方で見つけたからね。

 それと――今夜からは全力で行くわよ、ランサー」

 ついに全力で戦う許可が出たランサーは心を震わせていた。全力で戦えないというのは戦士としてなかなかに辛い命令だった、格下の相手ならともかく強敵を見つけた今では体が疼いてしょうがないのだ。

 

「夜になったらここが決戦場になるわ、すべてのサーヴァントが集う……まあそれ以外の妨害もあるでしょうけど」

 

「なにかする気か?マスター」

 レミリアの表情はランサーにも似て狂犬地味た笑みを不敵に浮かべていた。

 

「ええそうよ、狼煙をあげるの。宣戦布告の真っ赤な狼煙よ!ここを決戦場にし……私たちの力を見せつけるため!私たちの願いを叶えるため!さぁ――さぁ、さぁ!さあ!!!今宵は血の滾る宴にしようじゃないクーフーリンよ!」

 

 劇場の上で舞い踊る演者のように強大な魔力を練り上げるレミリア。その様子にランサーは召喚された時以来の狂気をこの少女から感じていた。――あぁこいつは確かにこの狂気の館の主たる存在だと。

 

「さぁ舞い踊れ!血の宴!!喝采を浴びて狂い謳いましょう!!!――『紅色の冥界』」

 

 彼女の練り上げた魔力はその小さな手から離れ天へ、天へ。壁をすり抜け屋敷の外気に晒された魔力は膨れ上がり爆散した。

 ――それは霧へと変わり絶え間なく広がっていく。その霧が包む場所は紅魔(スカーレッド・デビル)の領地だと主張するかのような紅。魔霧は夜になる頃には幻想郷全土を覆うだろう、恐らく術者が止めぬ限りは数カ月は続く天候操作。

 

「なるほどねぇ、これで他のサーヴァントをおびき寄せるってわけか」

 

 ランサーは部屋にある窓から外を眺めていた。高く登り始めた陽の光をゆっくりと覆っていく霧の影響で、景色が夕暮れのように紅く染まる。

 

「それだけじゃないわ、例え怖気づいて逃げ隠れた奴らがいたとしても太陽を覆い隠すこの霧で私自らの出向き、屠ることが出来る……満月の夜に練った魔力、すべてを使ったわ。私の全力の宣戦布告(勝利宣言)よ」

 

 そう言って胸を張るレミリアは自信に満ち溢れていた。

 

「勝つわよ、ランサー」

 

 微塵も負けるとは思っていないレミリアの笑みは誇らしげだった。

 

「応、任せな」

 

 互いの強さを知る新たな紅魔の主従は勝利を確信していた。なおも広がり続ける霧は二人の滾る血潮のようにみえた。

 

「よし!じゃあとりあえず夜まで眠るわ。咲夜、9持頃に起こしてちょうだい」

 レミリアはしばらく悦に浸っていたあと気持ちを切り替え部屋を立ち去ろうとする。

「ランサーは私が起きるまで美鈴と相手しててやり過ぎない程度にね」

「あー、はいはい。模擬戦ねー、しょうがねぇな」

 ここに召喚されてから1週間、毎日相手をしている。サーヴァントに疲れ無しとはこの事だろう。咲夜は既に自らの仕事に戻り、レミリアは自室に戻り、ランサーもこちらに来てからの日課に戻る。聖杯戦争が始まっても続く日常はあるのだ。

 

 

 

 霧の中央、悪魔の館。

 

 館の地下には子ども部屋。

 

 そこには壊れたおもちゃと広く、大きいフカフカのベッドが置かれていた。

 

 ベッドの中では少女が静かに寝息を立てている。

 

――少女(悪魔)はまだ目覚めない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 1日目 昼 『イレギュラー』

 ――ついに、幻想の地に7騎すべての英霊が集った。聖杯戦争が始まる。

 

 戦いの始まりを告げた烏は、この閉ざされた隠れ郷(幻想)に災厄を(もたら)すのだろうか……それとも素敵な変革を与えるのか。

 

 どうであれ、妖怪(少女)達の常世(楽園)とも呼ぶべき現世(監獄)はその檻を開き始めたのだ。

 

 時を刻む毎に広がる悪魔の霧は、洛陽とともにこの極小の世界を覆い隠すだろう。

 

 それは夏の夜の夢、妖精たちが踊りだし、招かれた客は森をさまよい、いずれ紅の館へと誘われる。

 

 これは()()()()()()知られることのない運命の物語――。

 

 

 

 

  Fate/Cross Orient × 東方幻聖杯

      〜紅霧異変編~

 

 

 

 

 

 俺は、間違えたのだろうか。

 

 ジークフリートは瀕死の不死身の少女を抱えながら思案していた。

 

 ――全ては俺の戦いへの傲慢のせいだろう。

 邪竜の血を浴び、限定的だが不死身となったこの肉体であるならば。――アイルランドの光の御子……、ランサーの必中の宝具(ゲイ・ボルグ)であったとしても防ぐだろうと。

……故に動けなかった……。マスターは俺の宝具()を理解している。しかし彼女はこの鎧のことは知らなかった。やはりこれは俺の慢心が起こした事態だ……。俺を庇うことは無いだろうという慢心だ。

 あの時――俺の願いを聞いた時に、少し憤りの表情を見せた彼女。あの声は決して正義を否定するようなものではなく、彼女は()()を正義に似た何かに置く者、故に相反した感情が露見した。

 それはきっと、きっと我が身を不死に墜し永久を生きても尚――正気を保つ程の何かだ。

 つまり俺をかばったのは……きっと()()()()……。

 

『なぁ、あんた――』

 

 彼女のあの言葉の先、あれが俺への問いだとするならば。俺は答えを探さなくてはならない。彼女が目を覚まし、今1度言葉を交えた時に間違わぬよう――。

 

 あの戦いで俺は選択を違えた、ならば次は正しい道を選ぶべきだろう。そうでなくては彼女の命を穢すことになってしまう。マスターのためにも……彼女のためにも。

 

 

 長い森を、長い獣道を、長い階段を。道中でカラスが現れ、聖杯戦争の始まりを告げてからもひたすらに歩いた。朝の涼しげな日差しも中天に上がり既に昼、真夏らしいジメジメとした日差しを慧音達に注いでいた。

 彼女は休む間もなく歩き続けていたのだ。休みがあるとしたら時折振り返り、傷のふさがらない妹紅を確認する際に多少足を止める程度。変わらぬ容態を確認するたびに足取りを早め、いつの間にか5時間も歩きっぱなしである。

 現在、一行は博麗神社の境内に続く長い階段を上っていた。

 その5時間の間に同行者のバーサーカーは聴ける範囲の、言える範囲の情報を交換した。

 その内容は各陣営のサーヴァントには触れずにこの幻想郷についてだった。

 

 聖杯からの知識では神秘が隠匿されたこの世で唯一神秘が自由に生きる場所であるということのみであり、直接住人から聞く情報はセイバーとバーサーカーともに新鮮なものだった。

 特にバーサーカーは驚きの連続だ、生前まだ身近に魔術があったとはいえここまでの神秘が間近にあることはなかったのだから。

 

 これがもし、聖杯戦争でないのであれば……大切な人の命がかかっていないのであれば。慧音は喜んで幻想郷を案内していただろうに。

 

「……妹紅はやはり目を覚まさないか……」

 暑さとは関係なく慧音の頬を汗が伝う。本来であれば心臓を貫かれた程度であればひょっこりと生き返るくせに、今は死んでいるかのように寝ている。彼女の小さな胸には大きな風穴、心臓が貫かれ肺も魔力で焼かれている。なのに血が大量に流れ出るということもなく、呼吸も安定はしている。――まるで人形のようだ。

 

「不老不死である彼女に医療の知識が役に立つかどうかはわからないが……」

 

 バーサーカーが口を開く。この男はそのクラスとは裏腹に理性的で理知的だ、それにサーヴァントの気配すらも感じない。

 慧音は昨晩の能力の行使で彼が英霊であると把握しているが、その能力の期間が終わってしまった今では、目の前にいる青年はただの生身の人間のように思えて仕方が無い。

 

「僕の見解を言わせてもらうと……彼女は少しずつ命を手放しているようにも見える――」

 妹紅の体温は通常より高い、それであるにも関わらず彼女の体は死体のように、冷たい。

 呼吸も一時間前、二時間前より遥かに浅く、その生理的な動きは注視しなくては分からぬほどだ。

 慧音は何も言わなかった、彼は同行者ではあるが一応は敵対者だ、敵の言葉など信用は出来ない。

 ――が、慧音はバーサーカーのその言葉は真であると理解している。なぜならば、彼女はかねてより……どこか……どこか死にたがっていたように見えたから。

 ――――――()()()

 

「…………私は妹紅を信じている」

 いつの間にか最後の階段を踏みしめていた。ようやく神社についたのだ、そしてようやく妹紅を呼び戻せるかもしれないのだ。

 最初に目に入ったのは神社の裏の柱。境内には誰も居らず無人のようにも感じた。鳥居がある正面に回り込みながら中に誰かいないかを伺う。

 

「博麗霊夢!博麗霊夢はいないか!」

 

 慧音は中にいるであろう家主に声をかけた。あのものぐさ巫女ならまだ寝ている可能性はあるが、少なくとも今の彼女は聖杯戦争の監督役。いつまでも寝ているわけはあるまい。

 しばらくして床の軋む音が聞こえる、寝ていたということは無いようだ。

 

「負傷者が出た、呪いにやられている。巫女に解呪を頼みたいのだ……が……」

 

 慧音は()()()()人物の登場に口の動きを止めた。

 

「わかりました、では本殿の方に向かいましょう。彼女はそこで貴方達を待っています」

 

 現れたのは――聖人めいた御仁(イレギュラー)だった。

 

 

 縁側から居間の横の廊下を進み霊夢がいるという本殿へと案内されるが、慧音は場所を知らぬわけではないが好意を無下にするわけにも行かず、ルーラーと名乗った人物の後をついていく……。

 

「なぜルーラーが召喚されているんだ?なにか理由が……」

 

「バーサーカー、それは私にもわからない。ルーラーという器に入れられた我が身は本来通りのルーラーの力を宿しています。しかしなぜ呼ばれたのか、使命はまだ把握してはいません。

 ――故に、こうやって監督役の霊夢の補佐に務め、大局を見定めようとしているのです。

 貴方達が聖杯戦争のルールに反することがなければ、私が敵対することはないのでご安心を」

 聖杯戦争には防衛装置となる裁定者(ルーラー)というクラスが存在する。聖杯戦争が破綻する事態が起きる可能性がある場合、聖杯自身に召喚されるエクストラクラス。

 『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動き、部外者を巻き込むなど規約に違反した者に注意を促し、場合によってはペナルティを与え、聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐためのサーヴァントである。

 ルーラーの情報はほかのサーヴァントには詳細な情報は与えられていない。存在するということを知っているのみだ。

 その召喚条件はあるが……まずこのクラスがいることが異質だ。それ故に……。

 

『マスター』

 

『あぁ、セイバー分かっている。この者は信用出来ない』

 

「こちらです」

 

 本殿に到着し扉が開けられる。そこには霊夢が座して瞑想していた。

 

「……話は全部聞こえていたわ。そいつをそこらへんに寝かせて、スグに治るなんてことはないから期待しないで」

 

 目を伏せたまま支持する霊夢、慧音はその態度に以前より冷たく感じた。

 ――面倒なことでも嫌そうな顔をし、一回断りながらも仕方なくと言った感じに、だが一瞬優しい顔をして仕事をこなすのが霊夢だったのだが。

 今の彼女どこか事務的だ。

 

 言われた通りに妹紅を床へと静かに寝かせる。改めてその傷口を覗くと酷いものだ、かろうじて生きていることすら不思議な程だ。

 

「そいつの名前は?よく生きているわね」

 

 いつの間にか立ち上がり妹紅を眺めていた霊夢が妹紅の状態を見て、表情を動かさず訊ねた。

 

「妹紅だ、藤原妹紅。彼女の体は不老不死で……いつもなら致命傷でも蘇るのだが……」

 恐らく呪い、回復阻害など幻想郷では聞いたことのない呪いだ。

 思わず感情が溢れ出しそうな慧音は眉間に力を込めなんとか耐える。

「ふーん、とりあえずあなた達は外で待っていて適当に解呪しておくから」

 霊夢は一目見ただけで呪いだと理解したようだ。何ともない、取るに足らぬ呪いだと言わんばかりの態度だ。

 

「いや、だが――」

 

「外で待っていなさい。私がしっかり解呪する」

 

 霊夢の赤みがかった瞳が渋る慧音を睨みつける。慧音は何故か従わなくてはならぬ気持ちになり、素直にその場を立ち縁側へと向かった。

「分かった――妹紅を……頼む……」

 そう言うと本殿からセイバーを連れ出ていった。バーサーカーは残ろうとも思ったが……しかし、霊夢はそれを許さず慧音のあとを追った。

 

 

「ははは、霊夢も優しいですね」

 

「何言ってんのよ、ぶっ飛ばすわよ」

 

 ルーラーの自分を馬鹿にするような態度に霊夢はそれだけで人を殺せるような眼で睨みつけた。

 

「心配させまいと感情を抑えているのは嫌でも伝わりますよ。その呪い、かなり厄介でしょうに。いや厄介なのはこの者自身か」

 

 ルーラーは妹紅の傷口を見ながら言い放つ。決して塞がることのない大きな穴、不老不死の身でありながら再生する訳でも蘇る訳でもない、その傷からは少しずつ血が流れだしている。

 

「黙って貴方も出ていきなさい。気が散る」

 

 霊夢もそれは重々承知である。呪い自体は祓い清めて解呪の札を貼れば時間経過で消え去るだろうが……。――彼女自身が望まなくては。

 

()()()……幻想郷を守る者よ。この地にいる者、誰1人。取りこぼさない……」

 

「……応援はしてますよ、博麗」

 

 互いに聞こえない呟きを交わす二人は、幻想郷に相反するものを(もたら)す。

 

 安定と変革。平和と不穏。自由と――。

 

 二人の裁定者はどう動くのだろうか。

 

 

 

 

 魔法の森の某所、顔を突き合わせて今後の予定を組む幼い姿をした妖怪が3名、ミスティア、リグルそしてルーミア。

 

「ついに始まっちゃったのね聖杯戦争」

 

 使い捨ての式が剥がれたカラスを指先で弄びながら呟くのはミスティア。

 

「でも勝ち抜けば複数人の願いでも叶えられるの?」

 

 不安そうに訊ねるのはリグル。

 二人はルーミアの誘いで同盟者として聖杯戦争に参加しようとしていたのだ。

 

「うーん……トータは勝利者が願いを叶えられるって言ってたけどなぁ。どうなのライダー?」

 

 ルーミアは首をかしげながら少し離れてこちらを眺めている大男に声をかけた。サーヴァントである彼であるならば分かるだろうということだ。

 

「………………」

 

 しかし彼は返答しない。どうしたのだろうかとルーミアは彼に近づき、肩を揺する。

 

「ねーぇ、ライダー?聞いてるの?」

 

 

 

 

 

「………………ハッ!!!!ここはどこ!!拙者は誰!!!ここは幼女の楽園?黒ひげの夢の中か!!!うっぴょー!!!金髪ロリっ子に大胆なスキンシップ!!!柔らかい御手が我が肉体に染み入りますな〜ボクちん死んじゃってもいいわー!!!!」

 

 ――――なんだこいつは。

 

 リグルないしミスティアはそう思った。

 最初に彼を見た時恐ろしい大男だと思っていたのだが、口を開くことは無かった。しかし初めて口を開いて出てきたのは、とんでもないびっくり箱だ。幻想郷にいてあんな言葉遣いの者には出会ったことがない。

 正直妖怪である自分たちでも不気味とまで思える。それに普通に接するルーミアもルーミアだが。

 

「なんだ起きてるじゃないかー、ねぇライダーみんなで勝ち抜けば複数人でも願いは叶えられるかな?」

 

「デュフフフwwwそんなの勝ち抜かなきゃ分からないでござるよー!!!

 それに拙者のロリっ子ハーレムの夢はもう叶えられた……我が生涯に一遍の悔いなし!!聖パイに祝福あれ――!

 とお巫山戯はここまでにして……少なくともマスターとサーヴァントの分は叶えられる。俺の船に乗船して聖杯に願えば……わんちゃんいけっかもーなんて黒ひーは言ってみたりー!」

 

 ――――なんなんだこいつは。

 

 ミスティアとリグルは再び思う。不気味さを通り越して逆に清々しさすら感じる。

 それほどまでに支離滅裂なライダーの口調に辟易としながらも、とりあえずは最後までやってみようという気にはなった。

 

「と、ともかく黒ひげさんの言う通り勝ち抜けるところまでやってみようか!」

 

 リグルは苦笑いしながらも手をぐっと握りしめてやる気を貯めた。

 

「この黒ひーもリグちゃん達のためにも頑張るぞい!ぐふふ」

「うわ。」

 

 裏声でリグルの真似をする小汚いおっさんに思わずミスティアは口から嫌悪がこぼれてしまった。まあライダーはそれでさえ「ハーピー的美少女の冷たい眼差しぃ!」と言いながらデロっとした笑みを浮かべている。

 

「それじゃあ次はだれ誘う?ライダーが仲間は沢山いた方が勝ち抜けるって言ってるからできるだけ集めたいんだー」

 

 ルーミアはそんな黒ひげの気色の悪いロールプレイなんて知ったことかと話を進める。ルーミアが魔理沙の自宅、霧雨魔法店の魔方陣で偶然の召喚を果たした時に伝えられたこと。

 

『俺一人でも強い、だが仲間がいればいるほど我が宝具は強くなる……故に同志を集めるべきだろう。――――つまりぃ……他にも女の子紹介してくだちい』

 

 ルーミアはその通り知り合いを集め聖杯戦争に挑もうとしているのだ。

 

「うーん、そうだなぁ竹林に影狼さんがいたけっなぁ。満月は終わったしひょっとしたら会ってくれるかも?」

 

 ミスティアは迷いの竹林に行くことを提案した。影狼、主に竹林に住むウェアウルフ。希に人里に現れるが満月の夜が近づくと姿を見せなくなるが……それも過ぎた。

 ならば仲間に引き入れることも可能ではないかと。

 

「竹林に行くならてゐも誘ってみる?最近はあんまり見かけないけど」

 

 リグルは同じ場所で妖怪兎のトップを張っている因幡てゐを誘うことを提案した。あのウサギなら悪知恵が回るし結構戦力になるんじゃないかとのことだ。

 

「うーんじゃあまずは竹林に行こっか。途中で会えた妖怪にも勧誘しよう」

 

 ライダーのマスターであるルーミアが一応まとめ役ということになっている。次の目的地は迷いの竹林に決まったようだ。

 

「次回!そうだ……竹林へ行こう。ってことですなぁ。では不肖黒ひげ、どこまでもお供致しますぞー!!まぁサーヴァントだから当然なんだけどねっ!!」

 

 彼らの道のりは指し詰め珍道中と言ったところだろうか。恐らくこの幻想郷においてジョーカーとなり得るこの男は何をしでかすのか。

 

次回、黒ひげ死す。

 

とか心の中でネタをぶっ込んで黒ひげはたくさんの美少女とともにこの聖杯戦争を楽しむのであった、まる。デュフフフフwww

 





召喚された時のことだった、歌に導かれ顕界し肝心のマスターがいない。だとすると外で歌うあの少女がマスターか。

少女の前に立つ。

どうやら本当にマスターのようだ。

あらためて目の前の少女を見た、暗闇に浮かぶ月のような少女。無垢な表情、無邪気な振る舞い。彼女は―――不気味だった。

瞳の向こうに広がるのは満たされることのない深淵。

ならば飲み込まれまいと、しばらくは道化を演じるのみだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 1日目 昼 『人形遣い』

 蝉時雨、雨のように降り注ぐ夏の声は魔理沙の心を苛立たせていた。

 

 ――聖杯戦争を終わらせる。

 

 そういった時キャスターの顔は嬉しそうでもあり悲しそうでもあった。

 悲しい顔をするのは分かる、聖杯戦争を終わらせるということは聖杯に集った英霊達の願いを破棄することだ。ネロに私に言っていない本心(願い)があるなら私の宣言に怒りや悲しみを覚えてもしょうがない。

 

 でも彼女は――。

 

「マスター、そなたが望むなら余はそなたの剣であり続けようではないか。

 聖杯戦争を終わらせる……余とて惜しいとは思うが、そなたが望まぬ事をしてまで勝ちたいとまでは思わぬ」

 

 キャスターは微笑みながらそういったのだ。

その言葉に魔理沙はちょっとだけ申し訳ない気持ちになっていた。霊夢のためだけじゃない、これは聖杯戦争に関わる者全てに直結した問題なのだ。だからこうして店の裏手で考えを整理しようとしているのだが……。

 

 ……蝉が五月蝿い……。

 鬱陶しい……。

 

「あーー!!なんで夏なんだよ!!鳴くにしても秋みたいに静かに鳴いてくれ!!」

 

「うおっ!マスター急にどうしたのだ、驚かすでない」

 

 魔理沙は普段より冷静さにかけていた。無理もない、キャスターを召喚してから一睡もせずにいるのだから。そこに親しい友人の衝撃の情報を知らされれば冷静でいられるのは難しい。

 

「少し休んだ方がいいんじゃないかしら」

 

 鈴を転がすような声、アリスの声だ。傍らにアサシンを引き連れている。どうやら魔理沙の様子を見に来たようだ。

「む、アリスとやらか。アサシンを引き連れてマスターに何用だ?」

 様子を見に来ただけと答えながらスカートを揺らしながら近づいてくるアリス。普段通りの挙動で特に変わった様子はない、アサシンも従者のように静かにそばに立つのみだ。まるでいつも引き連れてる人形達のひとつのようにも見える。

「見ての通り休んでるぜ、そっちこそ休憩時間だってのに香霖を質問攻めにしてるじゃないか」

 紫の式が聖杯戦争の開始宣言をした後、アリスは個人的に聞きたいことがあると言い、霖之助にまるで詰問するかのように質問を投げかけ続けていた。魔理沙はこれ以上情報は頭に入らないと判断しその場を離れたのだが、ようやく霖之助は解放されたらしい。

 

「そうじゃなくて……。目の下、すごいクマよ?ひょっとして一日寝てないんじゃないの」

 と言って魔理沙の目の下を指でなぞり、くすくす笑う。からかっているのだろうか?

「なんで笑うんだよ……私が徹夜なんてよくあることだろ」

「良いコンディションでいなきゃ敵に襲われた時に対処出来ないでしょ?それに油断しきってる。

 私だって今からでも敵になるかも知れないのよ……」

 アリスは少し脅すように囁く。

 ――しかし魔理沙は動じることはなかった、そっとアリスの手を払ってジトっとした視線を向け。

「アリスが敵対するわけないだろ」

 はっきりと言い切った。

「どうしてそう思ったの?」

 魔理沙は懐から一枚の紙切れを取り出しアリスに渡す、開くとそれは英霊召喚の際の詠唱とその説明が書かれていた。

「使い魔の召喚法を教えろって言って渡してきたメモだ。英霊召喚(これ)(あたし)に教えたのはお前だろ。

 それと私が香霖堂に来て霖之助から色々聞いている間、お前だったら人形のひとつやふたつで盗聴し続けてればいい……。それなのにわざわざサーヴァントを霊体化させずに目の前に現れた。

 最初から(あたし)達と戦おうって言うなら夜のうちに奇襲をかけてくるだろうに。召喚しているのがアサシンなら尚更。

 ――これじゃ敵対する気がないって言っているようなものじゃないか」

 魔理沙の推理に感心したような表情を見せるアリスとキャスター。組んでいた腕を解き、ずっと思っていたことを魔理沙は問いかけた。

「なぁアリス、なんで私に英霊召喚法を教えたんだ?

 それと――なんで教えてくれなかったんだ?聖杯戦争のこと……知ってたんだろ、お前」

 そう、気になっていたのだ。アリスには同業者として先輩であるアリスに魔術師を目指すに至った理由を話している。(大部分をぼやかしてだが) その時に聖杯戦争について魔理沙は触れていた。アリスの反応は全く知らないような口ぶりだったが、英霊召喚について知っていると言うのもおかしい。

 魔理沙が幻想入りした魔術師に聞いたって、どの文献を漁ったって出てこないマイナーな召喚魔術であるはずなのに――。

 だがアリスは知っていた。後に知ったという線はあるがアリスは幻想郷に来てからは結界を抜け出たことは霊夢の様子からしてない。

 

「頭に血が上ってる割にはちゃんと考えられるじゃない」

 それは知っているという旨の返答でいいのだろうか?

「――前にも言ったかしら、私は前まで普通の人間だった。

 育った環境が特殊だっただけのね」

「知ってる、魔界から来たんだろ?」

 アリスと知り合って何度か会話していた。そんな中ある日、互いの身の上話を話したことがあった。きっかけは忘れたがその時にアリスは魔界という異界から幻想郷にやってきたと言っていた。

「そう、そんな魔界から私は幻想郷に来る前に一度()()()に行っていたの。言ってしまえば幻想郷の外の世界の事ね。

 そこで私は経歴を隠しながら魔術協会――時計塔で魔術の勉強をしていたの。すぐ辞めちゃったけどね」

 何でもないふうに言うアリス、しかし魔理沙は目を丸くして固まっている。

「魔術協会か、裏の世界でこそこそと動き回り時に派手にやらかす迷惑な集団と認識いているぞ」

「…………はぁ…………。

 今日だけで何人の衝撃の過去を知ることになるやら……」

 アリスの過去とキャスターの偏見のある知識に魔理沙は大げさに肩を落とした。少なくとも3人の知らなかった過去を知らされると流石にくるものがあるのだ。

 ――それより聖杯からの知識は変な情報を与えてるな。

 それに魔術協会、時計塔。ごく稀に幻想郷にその所属のものが流れ着きポツポツと情報だけは知っていた魔理沙はほんの少しだけ憧れがあったのだ。

「時計塔……後でどんな感じだったか教えろよ?」

「はいはい、それでその時計塔で授業を受けていたらとある講師が極東の島国で聖杯戦争なんて競技に参加する〜って噂が聞こえてきた。その講師は時計塔でも天才と謳われた才知。そんな人が参加する聖杯戦争なんて競技、気になるでしょう?だから調べたの。

 ――膨大な魔力を秘めた願望機『聖杯』をかけて、マスター7人が英霊7騎を現界させ使い魔として駆使することで競われる命懸けの勝ち抜き戦……。

 私もあなたと同じように憧れたわ、きっかけとは違うけどね。私のきっかけは――いやこれは蛇足ね。

 参加条件は分からないけど私は遥か東(東方)の地に飛んだわ」

「ひょっとして参加したのか?」

「まさか、私は聖杯戦争に参加することは出来なかった……遅かったのよね」

 アリスの表情はちょっとだけ悔しそうだった。

「でも参加しなくて良かったかもって思ってる。――ねぇ魔理沙?あなたがどう思ってたかは知らないけど聖杯戦争って碌でもないものよ下手したら大量の犠牲者がでる羽目になりかねない」

 真摯に訴えかけるアリスの言葉は実感のこもったものに聞こえた。いや、実際に見てきたのだろう。本当の聖杯戦争のその結末を――。

 ふとアサシンに目をやる、その表情は機械的で感情が伺えない。サーヴァントと言うにはいささか無感情すぎるようにも感じる。

「アリスは――望んで聖杯戦争に参加したわけじゃないんだよな?」

「いいえ、最初は望んで参加を表明したわ。冬木の聖杯戦争と違ってまだ見知った者がいて決闘ルールとして様々な不殺のゲームがある土地だったらまともな結末になると思ってね。

 でもそうじゃなかった……店主さんから聞いたけど聖杯になった巫女はまともに生きられないそうよ、第二次で聖杯になった巫女も世間に疎まれて石を投げられて……それ以上の吐き気を催すようなことをされていたみたい。願いを叶える願望器って知れ渡っていたのかもね」

「つまり聖杯戦争を完全に終わらせないと霊夢も……?」

「そうなるかもしれないし違うかもしれない。どちらにせよ霊夢のためにこんなふざけた催しは止めるべきだと思った。

 万能の願望器と謳うくせに犠牲が必要だなんて……だったら自分の身を捧げて願望を叶えた方が100倍いいわよ」

 力強く拳を握るアリス、彼女の願いは短くない付き合いの魔理沙なら推測することが出来る。完全に自立した人間のような人形をつくる、[[rb:魂>肉]]の器としての人形ではなく生ある[[rb:人形>人間]]。それはアリスにとっては悲願だ、理由は分からないが彼女にとっては普通の生を捨てるほど大事なもの。

「ごめんな、アリス」

 だから先に謝っておきたかった。魔理沙は自分のせいなどではないが謝罪の言葉を述べた。

 

「そうだ、前から気になっていたんだけどなんで人形なんだ?アリスの才能ならもっと別な魔術でも行けるのに」

 

「んー詳しく話すと長くなっちゃうから――そうね、日本に来た時にたまたま魔法使いにあったからかしら?」

 

「む?魔法とな、ではその魔法使いが人形遣いだったというわけか?」

 魔法、噛み砕いて説明するならば魔術の上、大魔術の更に上。万物にある過程を省き結果だけを世界に発現させる『根源』たる力。

 魔理沙は魔法にまで興味はないため軽々しく自宅の看板に魔法と書いてあるが魔法なぞ使えない。

「いやそういうわけじゃないわ、どっちかと言うと魔理沙みたいに火力重視の人だったわ。

 私が人形遣いになった理由は単純に肌にあってたからよ。――それをその人が教えてくれただけ」

 若干苦い顔をしているが何を思い出しているのだろうか、少なくとも良い思い出というわけでも無さそうだ。

「私の話なんてどうでもいいでしょ?そもそも様子見に来たのはあなたに休めって言いに来たんだから」

「え?そうなのか。だったら随分迂遠な言い回しだったな」

「迂遠にしたのはあなたでしょうに。いや私のせいでもあるか……」

 無駄な話をしてしまったかなと頭を抱えるアリス、その様子を見て少しだけ気が楽になった魔理沙は中に戻ろうと立ち上がる。

「そうだな、それじゃ1時間だけ仮眠をとるか。キャスターはとりあえずそのまま待機しててくれ、こいつが万が一裏切ったりしたらそこら辺に捨てておいてくれ」

「うむ、了解したぞ!マスター」

 はっきりした笑顔で答えるキャスター、冗談が通じているのかいないのか。アリスは裏切ったりしないと頬をふくらませているがアサシンは相変わらず動きを見せないはっきりいって不気味だ。

 寝て起きて考えたら、もう少し気持ちも整理できてちゃんと状況を判断できるかな?なんて考えながらまた香霖堂の戸を開けて中に入って言った。

 魔理沙たちは気づいていなかった。南の空から紅い脅威がこの地を覆い隠そうとしていることを。少なくともまだ気づくことは無かった。

 

 

 

 ――――アサシン、ここに起動。入力を求めます、マスター。忍びなりし我が体躯、命令をいただければ――

 

『あ、あなた!ひょっとして人形!?ちょっと待って。しばらく体を貸してもらえるかしら!!』

 

 え、ええと……マスター。それが命令で御座いまするか?

 

『ええ!何よりも最優先の命令よ!とりあえず内部機構を見させてもらってもいい?他にも――』

 

 

 ――――ワタシが幻想郷という土地で起動し(目覚め)た時の最初の記憶。

 

 どうやらマスターは人形師という生業ゆえに、段蔵の絡繰りの体に興味を持ったようで。召喚されてから暫くは質問攻めに御座いました。

 

 マスターはアリスと名乗り、ワタシの真名を申し上げた際には大層仰天なさっておりました。

 

 しかし、召喚の折よりは感動は少ないようにも感じました。少し変わった方ですが、悪い方ではなさそうです。

 

 

 ――――あれから二日、私は入力をされることはなく待機状態となっていました。起動し最初に映ったのはマスターの顔と――私の、私と瓜二つの人形が。

 

 マスターに尋ねるとどうやら段蔵の体を参考に模倣をしてみた結果仕上がったものだと。

 

 戦略的にも役に立つとの事ですが。

はて、段蔵に搭載されている忍術の中には分身の術がある故に複数体のワタシはいるのでしょうか?と申し上げたところ

 

『ごめん、ちょっと調子に乗っちゃって作ったの……でもあなたに偵察を頼む時に私の周りにサーヴァントがいなきゃカモだと思われるでしょ?だったら役に立つかなって』

 

 とのこと。

 確かにその通りだと段蔵も思います。ワタシはアサシンの霊基にありますから。その本質は偵察に暗殺、斥候などの忍ぶこと。

 その間の主の警護は一つしかない我が身では難しい。なれば形だけでも段蔵が共にあるならば敵も手放しに襲いかかるようなことも御座いませぬ。

 

 マスターは職人、故に。

 興が乗ってしまえば周りが見えなくなることも御座いましょう。

 ならばワタシ、段蔵めがマスターの目となり鼻となり耳となるのが忍びとして造られた者の役目でしょう。

 

 

 ――――起動、命令(プログラム)入力確認。

 

 マスターからの任務はご友人、魔理沙殿の自宅で確認されたランサーの追跡及び監視でした。日差しが傾き夕刻に至る頃か機体に損傷を負った場合にマスターの元に戻れという命令で御座います。

 

 ランサーという青い装束に身を包んだ者の名前が知れました。名をクー・フーリン。ワタシの記録にはございませんが――アイルランドという異国にて名を馳せた大英雄とも言える者、と聖杯から譲渡された記録の中に確認できました。

 

 相対するセイバーの真名は分からず、いずれも強敵と想定。

 

 バーサーカーの真名もこの場では分かりませんでしたがどうやらランサーと同陣営の様でしたがセイバーと同行。

 バーサーカーは未知数と過程、いずれも警戒。

 

 続けて偵察を――――ッ!!!

 

 気づかれた!?

 

 鳶加藤、機能調整。戦闘機構移行、加藤段蔵!参る!!

 

 

 

 結果から言って敗走と言うべきでしょうか。

 

 しかし、ランサーに見つかるとは思いませんでした。いつから気づいていたのでしょうか……だが気配遮断は今も効いています。

 

 どうやらランサーの拠点はあの紅い館。内部潜入も考えるべきでしょうが先程のことも考えて…………しばらく外で様子を見ましょうか。

 

 

 絡繰りは森にて忍ぶ、一度は露見した姿も隠し彼らを見やる。紅い霧が撒き散らされたとしても忍びは任務を遂行する。

 時刻が来るまで、それがプログラムであるからだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 1日目 昼 『本当の強さ』

『――どうか助けていただきませぬか』

 

 声が聞こえる。

 

『あぁ、任せておけ。龍神に仇なす大化生、この俵藤太が見事退治してしんぜよう』

 

 彼の声が聴こえる。

 

 これは誰の記憶なのだろうか、少なくとも自分のでは無い。

 

 ――知らない景色、知らない空気、知らない人々、知らない馬の蹄を鳴らす音。

 

 唯一知っているのはたった一人の声だけだ。

 

『近江国、三上山に()()()()大化生よ。俵藤太(貴様を殺す者)がここにいるぞ!』

 

 山に巻き付く龍の如き大百足。龍の一族を喰らう、その恐怖が此方を睨む、その目は悠然と語っていた。

 

 ―――たかが人間取るに足らず―――

 

 今にも丸呑みにされる、さすれば何1つこの世に残さずに消え去ると確信した。

 

 ――勝てるわけがない。記憶の来訪者(夢の中のチルノ)はそう思った。いや思うしかなかった。現に彼の弓に矢を番えて引くその双腕は麻痺したかのように震えていたのだから。

 

 矢は恐怖に乗ってあの化生の体に当たる。しかし当たっただけだ、すぐに弾かれ無となる。

 

 彼の化生は山を七巻き半する強大な存在、存在の大きさは恐怖と比例する。

 

 矢を番える、的は動かず(やじり)は突き刺さることなく音を弾く。

 あれが睨みを利かす、それだけで体を(おそれ)が駆け巡る。

 

 弓を引く、的は羽虫を叩くかのように鏃を払い。生暖かい風が頬を伝う。

 あれが体を揺する、それだけで地が(おそれ)を知る。

 

 薮蚊が飛ぶなら潰すように、大百足は体を持ち上げ藤太に迫る。蟻から見た人間はこのような光景なのだろう……。

 

 藤太の流星のような矢は弾かれるのみ、終ぞは残り1つとなった。

 

 あれが暴れ出すなら龍神だけでなく人民、果てはこの大地までが滅ぶだろう。

 

『――否!それはならぬ、あってはならぬのだ!皆が笑って飯を食らう日の本の国、良き営みを邪魔するのは絶対にならぬ!

 貴様が七巻き半ならば(オレ)鉢巻(八巻)だ!』

 

 恐怖で狭まっていた視界が明けた気がした。鉢巻を締め直し気合を入れ直す、そうして口に溜まっていた唾を鏃につけ矢を番え、五人張りの強弓を力いっぱい引き絞る。

 

『――南無八幡大菩薩、別して吾が国の神明、日光権現宇都宮、那須温泉大明神……願わくば、この矢を届け給へ!』

 

 それは願い、弓矢八幡に祈願し一矢に全てを捧げる。

 

『さぁ!()()()()()化生よ!さしずめ年貢の納め時というものだ』

 

 放たれた星のような一条は吸い込まれるように大百足のその脳天を貫いた。

 

 その矢は大地を割ることはない、だが化生の業を割くことにおいて他の追随を許さぬほどの一矢だった。

 

『一矢、報いることが出来たか』

 

 地に轟く大化生の断末魔、それは藤太の勝鬨のようにも聞こえた。

 

 この者は――強い。

 

 何においてもその精神が―――――

 

  ――――――

 

 ―――

 

「ふふふ、変わった夢を拝見させてもらいましたよ」

 

――

 

 

 意識が覚醒するか否かと言うところで何者かの声が聞こえた気がした。

 

 しかし、浮上する意識に逆らうことは出来ずに目を覚ますことになった。

 

 

 

「……今の……夢?」

 蝉が鳴き叫ぶ午後3時、チルノは目を覚ました。この時期のこの時間、炎天というのが相応しい熱気が家の外で漂っている。しかしチルノの特製であるこの家は冷蔵庫のように一定の温度で保たれており、チルノにとっては快適な我が家だ。

 

「あ、いい匂いする」

 

 開けられている窓からは米の炊けた良い香りと誰かが談笑する声が聴こえた。チルノは起き上がりドアを開けた。

 

「おぉ、目が覚めたかマスター!飯は出来ているぞ。ささ、たぁんと食え!」

 

 笑顔で迎える藤太に促され茶碗と箸を渡された。とりあえず白米を掻き込みながら誰と談笑していたのだろうかとあたりを見渡す。その場にいたのは大ちゃんと――上半身を水面から出す女?

 

「まさか、かの高名な藤原秀郷その人に会えるだなんて……長生きしてみるものですね」

「……そこの半魚人誰?」

 チルノは咀嚼しながら藤太に聞くが、彼は何かツボに入ったのか笑っているのみだ。

「わかさぎ姫さんだよチルノちゃん!」

「ふーん」

 自分で聞いておいてなんだが別に興味があった訳では無いのだ。生返事で返す、大体の妖精はこんなもんだ。

「いやー、まさか開口一番でこの者を半魚人呼ばわりするとはな。思わず笑ってしもうたわ」

「全くですよーぅ、でも確かにあまり姿を見せたことがないからね。知られてないのもしょうがないんだけど」

「ははは、しかしよく(オレ)を知っていたな。吾が死んでから随分と時が経っているはずだが?」

 笑うのをやめて新しく米をよそって大妖精やわかさぎ姫にも配膳している。どうやらチルノが起きるのを待っていたようだ。

「私が幻想入りする前までいた場所ではずっと言い伝えられてましたもの。

 近江の地に巣食う大百足を退治した傑物、俵藤太!とっても面白い英雄譚の数々。私も近江の出身、仲間とともに当時を想像しては思いを馳せていました……。

 そして、まさか幻想郷にきてその本人であると名乗る者に会えるだなんて。その体から溢れんばかりの豪気に五人張りの強弓、そしてその腰に差す蜈蚣切(むかできり)に無尽の米俵。外にいた日本の妖怪なら名を知らぬ者はいませんよ。

 それにしてもこのお米美味しいわね、さすが龍神の賜り物」

 初恋の相手にあったかのように語るわかさぎ姫、実際に昔は憧れたのだ。妖怪の身でも人に憧れるということはありえない事ではないのだ。だが実るとも限らないのだが――

「ははっ、後世まで人妖関係なく名を馳せるというのは武人として最大の誉れというものだな!しかし、こうやって面と向かって言われると些か照れがあるな」

 ………()()()。チルノは夢のことを思い出していた。あの夢にいた藤太はこの者で間違いないんだろうが、それでもあの夢はやけに現実めいていた。

 

「ねえトータ」

 

「どうしたマスター!先程からなにか元気が無いぞ」

 昨晩通りの彼女であったならばもっとガツガツと飯を食らうだろうが、起きてからのチルノは何やら思案している。

 あの問答が未だに効いているのだろうか。だとしたら彼女は普通の妖精より幾分か頭が良いのかもしれない。

「変な夢を見たの、大百足がいて、あなたの声と腕が見えて。それから、それから……」

 

 どうやら彼女はアーチャーと魔力のパスが繋がったことにより英霊の記憶を夢で見てしまったようだ。「そうか通りで」とアーチャーは顎をさすりながら呟き、またチルノに問いかけた。

 

「うむ、ではどうだったその大百足とやらは」

 

「デカくて、強くて――怖かった。

 幻想郷にいる誰よりも怖かった」

 空になっている茶碗に正直な気持ちをこぼした。いつもの彼女の自信はどこに消えたのだろうかと大妖精は心配している。それを横目にアーチャーはその感想を笑い飛ばした。

 

「あっはははは!!!そうだろうよ、(オレ)も怖かった!その吾よりも遥かに小さいマスターが奴の前にしたらそう思うのも道理だろう!」

 

「な、なにぉう!バカにするなぁ!」

 

 自分の中のもやもやを何故か笑われてしまったのと、小さいと言われたことに思わずムッとしたチルノは少しだけ荒れた声を上げた。

「むむ、何か気に触ったか?ならば謝罪しよう。しかし、マスターよ。怖いと思うのは良いことだ、強い者でもそれに気付ける者はなかなかいないのだからな」

 ヒョイっとチルノの茶碗を取り白米をよそう。強い者でも気付きにくいというアーチャーの弁に疑問を持った。

「なんで?"強い"って怖いものなんていないんじゃないのか」

 怖いもの知らずという言葉がある。チルノはその言葉を強者のことを指していると思っているのだ。だからこそチルノは自分の中に怖いという感情があることを誤魔化していた節がある、そんな感情は彼女の言う『最強』には程遠いものだ――

 そう信じていたのだから。

 

「それは違うぞマスター、強い者だって恐怖は感じる。常に死と隣り合わせであるならば、より強く感じるだろう。

 ――怖いものなどない、そんな者は無鉄砲な者か真に恐怖を感じたことがない者だけだ。

 (オレ)も例外じゃない、あの大百足に限らず百々目鬼。……()()を討った時は特にそうだった。恐怖で身が震え上がり目の前が見えなくなった」

 意外だった、アーチャーの言うことは自分の思うものと違っていたのだ。あの夢の中で見せた強大な力、なぜだか疑うことの出来ないあの逸話。確かに震えていた、恐怖で震えていたが最後には勝利を果たしていた。

 それでも彼は(おご)るようなことは無かった。

 

「昨晩は言い忘れたが――マスターの願い、吾は全力で応援しよう。

 だからこそ強さというものを学ぶべきだと思うのだ。『最強』大いに結構!しかし自ら勝ち取る強さと何者かから賜った力では意味合いが違う。

 吾はマスターに力の使い方を知って欲しいのだ。願いに至った理由が崇高でも、力を得ると言うだけでその理由を忘却し気付かずのうちに踏み(にじ)っていたなどとならぬようにな……」

 

 チルノの願いは『最強』になること。妖精が軽んじられている現状を変えるべく、抑止力のようなものになるということだ。

 しかし、その為にどうするべきかまでは分かっていなかった。今までだって分からずに最強を自称して、周りに迷惑をかけて――はっきりいって友人は少ないのだから。

「ねぇトータ、あたいはどうするべきなのかな……。

 ―――『最強』ってなんなのかな……」

 ついに口にしてしまった今までチルノの中にいた(よど)み。誰に言っても否定されてきたその思いの答えをアーチャーが教えてくれると思ったのだ。

 

「うむ!まずは美味い飯を食うことだ!」

 

 陽気な笑い声を上げ山盛りに盛ったご飯を差し出すアーチャー。

 

「トータ、あたいは!」

「妖精であろうとお主は生きておる。よく咀嚼(そしゃく)して、飲み込み消化すれば()()する。そうやって生き続けていれば、いつしか知るだろうよ。

 ――気高き強さ(最強)とはなんぞやと言う、その答えに」

 

 

 

 

 

 血のような霧が舞う、今宵の決戦場となる紅魔館の門の前では二人の男女が互いに向き合い槍を構えていた。

「へぇ珍しいねぇ。アンタ槍も使えたのか」

「中国武術は拳だけが武器という訳ではありませんからね。

 恐らく聖杯戦争の前の最後となる模擬戦、この館が決戦場になるならば、門番である私の槍術がどこまでのものか試してみたく思ったのですよ。失礼でしたら今すぐにでも捨てますが」

「いいや、アンタの拳には何度かヒヤッとさせられたからな……ちょっとだけ残念に思っただけだ。

 だがアンタが槍を持ったって事は俺も全力で応じなくちゃならねぇよな」

 

 ランサーは一週間前に幻想郷に召喚され、今まで毎日こうして紅魔館の門番である紅美鈴と模擬戦を行っていた。互いに素手の勝負で技術を競う。結果は5勝1敗でランサーの圧勝だが、それでも1度は負かされているのだ。

 そして今回は槍での戦い……正直言って美鈴の腕はランサーの腕より劣っている。それでも槍を手に取ったのは彼の本来の強さを肌に感じたかったためだ。

「ではいつも通り、投げた石が地面についたら始めましょう」

 紅美鈴が空高く放り投げた石は10秒と経たずに地に落ちるだろう。そのテンカウント未満が戦いの合図だ。

 戦いの高揚感、それは命をかけた戦いではなくても感じるものだ。

 開始のゴングが重力で加速していくように熱気も徐々に上がっていく。

 

 ついに視界に入った開始の合図が地についた時。――二人は同時に動き出す。

 

 

 

    キィィィィィイイン―――!!

 

 

 

 互いの腕に槍が交わる衝撃が伝わる。

 

 最初の一撃でこの場の空気が一瞬にして変わる。この場は既に戦場と相違ないのだ。

 

 美鈴の槍がランサーの死の棘を絡め取ろうと小さく弧を描くが、ランサーも同じく槍を捻り更にはそのまま美鈴の胸を的に滑り出す。

 

「―――ッ!」

 

 だがその一閃は決まることはない、美鈴の武器は槍だけではない。

 細くしなやかな脚が朱槍を蹴り上げ美鈴は攻撃を躱す。そのまま()()()()()足裏で地面を踏みしめる。その瞬間、ランサーの体が硬直し大きな隙を見せてしまった。

 

 その隙を拳法家が見逃すわけはない、槍を横薙ぎにし空いた横っ腹を叩かれたランサーは軽く吹き飛ぶ。が、しかしそれは衝撃を逃がすために横に飛んだだけだ。

 

「ハ、ハハッ!前言撤回だ!アンタなかなかやるじゃねえか。残念なんてもんじゃねぇ前試合として最高だぜ」

 

 本気でやると言ったランサーだが、ほんの少しだけ美鈴を侮っていた。拳ではなく槍を使うこと、その捉え方が少しだけ違っていた。

 槍"だけ"を使うのではなく、槍"も"使う。中国武術を使いこなす彼女の体は全身武器と言っても過言ではないのだから。

 

「中国武術・八極拳の真髄、まだ極めるに能わぬ我が身。あなたにどこまで通用するか試させていただきます!

さぁ――――いざ!尋常に!!!」

 

 掛け声と同時にランサーを目掛け放たれる一撃、一薙ぎ、一閃。それら全て気迫のこもったもの、ランサーも今度は一切の余計な思考を捨てそれに応える。

 

 紅の一刺しを朱の一薙ぎにて払う。

 

 朱の一閃を紅は一振りし受け流す。

 

 紅は舞い、朱は刺す。赤き舞台で巻き起こる演舞。それは見るものを魅了するだろう。現にこの場に忍び観察するものを魅了していたのだから。

 

 刺す、舞う、薙ぐ、躱す、殴る。

 

 返す、突く、(はた)く、振る、流す。

 

 目まぐるしく変わる攻防。攻守交代の合図もなく交互に突き刺し避け躱す。

 今までの二人の戦いのなかで最も充実した闘いと言えるだろう。

 

「美鈴!テメェ今までなんで隠してた!こんなに楽しいとは思わなかったぜ!」

 

「今まで隠してたから出来たんですよ!あなたの一挙手一投足、癖に至るまで全て観察し続けてきたからこその攻防です!」

 

「ハハハッ!ならばこの戦いのために今まで挑んでたってことかァ!」

 

 武術は相手の動きに合わせて攻防をする、これを合気と呼ぶ。合気道という武術がこれを突き詰めたものである。

 ――だがこれはすべての武術に共通した技術であり、卓越した者であるならば意識外で用いるものでもある。

 

 『気を使う程度の能力』を持つ美鈴はそれに長けていた。さらに今までの6戦、ランサーの動きを観察し覚えていたからこそ人理に名を刻む英霊、ケルトの戦闘民族の最上位とも呼べるクーフーリンに肉薄することが出来た。

 

 そして今、互いに思うことはただ1つ。

 

『敵であって欲しかった』

 

 同じ陣営で同じ守るべき主がいる現状、命をかけた本気の戦いができないと言うのは生殺しと言っても差し支えない。

 ――それほど、彼らはこの戦いに酔いしれていた。

 

 

 

    キィィィィィイイン――――!

 

 

 

 最初に交わした時のように全力の槍同士が甲高い衝撃音を響かせた。

 しかし違うのは美鈴の手から槍が弾かれてしまったという結果だろう。

 

 始まりの一撃と同じ音響は奇しくも終わりの一撃となった。

 

「ハァ――ッ!ハァ――ッ!……くっ……参りました……」

 美鈴の投了、2時間に及ぶ攻防はランサーに軍配が上がった。

 炎天下、鳴き叫ぶ蝉の鳴き声は二人を讃える歓声のようにも聞こえた。

 

 勝負が終わり戦いの緊張から解かれたのか膝をついてしまった美鈴に近づくランサー

 

「いい勝負だったぜ、アンタが門番してるならこの館も安泰だな!俺もまさかここまでやるとは思ってなかったぜ」

 

 心地よい疲労感に身を浸す美鈴に肩を貸し、木陰へと運びながらランサーは彼女に賛辞の言葉を贈った。

「あ、ありがとうございます……!」

 英雄からの賛辞――美鈴は感無量と言った様相だ。

 この紅魔館で門番という役職が与えられてからは侵入者と言ったものもなく他人に軽く護身術を教える程度だった。

 歩くのがままならなくなるほどの本気の戦いというのはしばらく無かった。その戦いの満足感の中でそういう言葉を投げかけられると感情が零れてしまいそうになる。

 

「どうやら終わったようですね。お昼ご飯出来ていますが持ってきましょうか?」

 急に目の前に現れたメイド、勝負を決してからすぐに現れたところを見ると観戦していたのだろうか。

「昼ぐらい休んでも構わねぇだろうよ、そのあいだ門番の仕事はオレが引き受けるからよ」

 美鈴に耳打ちするランサー、このまま門で業務を続けるよりは中で休んでいる方がいいだろうと休むように促した。

「あぁそうですね。咲夜さん今日は中で食べさせてもらいます……ちょっと疲れました」

「ふふふ、いいわよ。じゃあ今日は特別にね。そうだ、疲労回復に良いものも追加しとく」

 何故か機嫌のいい咲夜をちょっとだけ不思議に思ったが疲れてその考えもしてられない。ランサーは肩の荷物(美鈴)を咲夜に渡し二人を見送った。

 

「いい汗かいたぜ、おっと英霊だから汗はそんなにかかねぇか」

 

 上機嫌に門の前で仁王立ちするランサー。

 

 ――この紅魔館では退屈しない。良い飯に、良い主、良い対戦相手に良い住人、さらにその住人はみんな美人でシャンとしてやがる。

 

「幻想郷ねぇ、良いところじゃねえか」

 

 妖怪の理想郷。その地を踏むランサーは紅霧で覆われた空を見上げた、この霧で更なる対戦者たちがこの場に集う。ランサーの士気は今も広がり続ける霧と共に満たされていく。

 

 良き戦い、それだけを求め召喚に応じた。その判断は正しかった。ほかの英霊だけでなくサーヴァント相手にタメを張れる妖怪という存在がいるこの戦地は間違いなくランサーの求めた理想郷とも呼べるかもしれない。

 

 今夜の戦いに思いを馳せ、ランサーは紅魔の門を暫し守るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 1日目 夜『決意』

 西に傾いていく陽の光。

 斜光に照らされた竹林は橙色に染まろうとしている。

 ――もっとも、月が顔を見せる頃になれば全てが紅く染まっていくのだが。今はまだ竹林は疎か、結界に守られている神社に霧はまだ到達していない。

 

 紅葉とは違う赤く染まった竹林にて風変わりなドレスを着ている少女が空を見上げていた。風変わりというがこの幻想郷においてはさして変わったような服装ではないのだが。

 そう、変わった装いなどではない。例えば少女の頭部に獣のような耳が生えていても。例えば少女の腰から獣のような尾が生えていても。この幻想郷では普通のことなのだ。

 

「満月も終わってだんだん収まってきたかな?本当、やな体質だわー……」

 と言ってドレスの右袖を左手でさする少女。

彼女が気にしているのはその袖の下の事、暗喩や比喩表現などではなくそのままの意味で自身の袖の下の腕が気になっているのだ。

 彼女の種族は人狼、国が違えば呼び方が様々でワーウルフやルー・ガルーとも呼ばれる存在だ。と言ってもそれらが全て同一の存在かと聞かれれば否と答えるべきだろう。

 神秘とは統一できるような認識存在などではなく名の通り神秘に溢れたあやふやな存在である。こと幻想郷においてはその境界があやふやであり、その場所ですら()()()()()()()()()()()定かではないのだ。

 その秘匿された地区に住まう神秘の存在である彼女、その種族、人狼は大きく分類した場合の呼称であり細分化するならば狼憑きや生まれ持っての狼人間など様々である。

 彼女は狼憑きのような後天的存在ではなく、どちらかと言えば狼人間のような人間から狼へと変質するような存在でもない。変身する条件を満たしても満たさなくても彼女は狼人間である。

 素の状態で耳と尻尾が生えている人間、昔の姿は知らぬが現在の姿になっていたのは物心ついた時からだ。満月を見たら変質する訳でもなく多少毛深くなり色々と漲る程度である。

 そんな彼女"今泉影狼"の種族的悩みはそのあやふやな存在感などではなくその毛深くなること一点に尽きるのだ。

「はぁ……なんで満月になる度に毛が伸びるのかしら……処理もめんどくさいし。こんな体に生まれた私がうらめしいわー」

 彼女は幻想的存在であるが悩みは実に現実的であり乙女的だ、人狼などと獰猛な響きを醸し出す種族の割に影狼は大人しく控えめ性格なのだ。

 そんな今日も今日とて昨日の難敵(毛の処理)をやっつけていた影狼は一旦息抜きをしようと竹林を散策していた。そして、その知らずのうちに日課となっていた夕方の散歩は思わぬ邂逅を生むのだ。

 風に乗って聞こえた自分の名を呼ぶ声に耳をピコピコと揺らし反応する。この声は確か……。

「あぁ、蛍の……どうしたんだろう」

 ぐっと袖を手で伸ばし呼び声の方へとゆっくりと足を向ける影狼、迷いの竹林と言えどはっきりと方向がわかる指針があれば迷うことは早々ない。

 距離はさほど遠くなく、すぐに声の発生源を視界に収めることが出来た。その場にいたのは黒いマントを羽織った緑髪の女の子とその仲間達?見覚えがあるのは黒マントの子と夜雀の子ぐらいだ、あとの者達は……。

「うわぁ……何あれ、犯罪臭がぷんぷんするわ〜」

 そこに居たのは幼女と言っても差し支えない体格の黒い服を着た金髪の子と、その子を肩車する2m程の背丈を持った気持ち悪い笑みを浮かべる巨漢がいた。

 迷いの竹林に妖精や妖怪以外の者が立ち入ることは稀なのできっとあの男も妖怪の類に違いない、おそらく"黒髭妖怪ペドロリコン"とかそんな感じの種族なのだろうと様子を伺っていると……その暫定妖怪と目が合った気がした。

「リグルたんリグルたんひょっとしてあのケモ耳美少女が今泉氏ではないでござるか?」

「あっ本当だ。おーい!影狼さーんこっちこっち!」

 見つかってしまった、ならば出ていくしかあるまいと竹の間から姿を現した。

「どうしたの?私に用だなんて珍しいじゃない――それに」

 と影狼は黒いヒゲを蓄えた大男を見上げる。

「なにこれ?」

 と妙な笑みを浮かべている男の眼前に指を指す。どう見ても竹林に迷い込んだなんて感じの一般人ではない。

「デュフフww拙者の名は人呼んでライダー!騎兵の身でござるが今は幼女の馬と甘んじている……だがここで終わるような男ではなーーい!!!人狼と聞いて想像していた通りの見た目!!!狼耳に尻尾……それに最っっっっ高に美少女じゃねぇか……!!!ぐふふふ……おっふヨダレが」

「うわぁ」

 影狼の知る限りでは一般人ではない常軌を逸した返答にドン引くしかなかった。しかし、しばらく一緒にいたリグル、ミスティアは慣れてしまったのか影狼に苦笑いを向けるのみだった。

「おー貴女が影狼さんなのか。この人はサーヴァントっていう結構すごい使い魔さんなんだよ。変わってるけど面白くていい人なんだ」

 ルーミアがライダーの上から見下ろしながら説明した。その内容に対して影狼は少しだけ納得がいった。と言うのも――

「あぁ、新しい決闘ルールの一つみたいなものね。今度は使い魔同士を闘わせて勝敗を決めるわけ?」

 この幻想郷には妖怪と人間の力関係を保つために決闘ルールというものが制定されていた。それは主に魔力や霊力、妖力なんかを使い他人を傷つけない云わばスポーツのようなものである。少し前に新しく弾幕ごっこなるルールが出来たらしいが今度は使い魔で戦いごっこなのだろうかと影狼は考えていた。

「うーんちょっと違うような気がするけど」

 ミスティアがやんわりと否定するが大体似たような事なので強くは言わなかった。それにミスティアもリグル大してわかっていないのだから。ルーミアは理解しているのか否か普段通り振舞っているので他人目には分からないが本質は理解しているように見える、あれでも選ばれたマスターなのだから。

「それで?決闘ルールを伝えに来た訳でもないんでしょう。なんで私を探していたのかしら」

「そうそう影狼さん折り入って頼みがあるんだ」

 リグルは畏まった風に向き直って話し出す。

 

「私たちとチームを組んでほしいの」

「…………チーム?」

 

 どういう訳かリグルたちは自分を勧誘しているようだ、こうやって頼られるのは嫌な気分はしないので断るという選択肢は今のところはない。――しかし、前後が把握出来ないために即座に答えることは出来ない。それもそのはず、ルーミアたち妖怪様御一行はどうしてチームアップするに至ったのかを話していないのだから。

「とりあえず事情を教えてくれる?それがないと返答に困っちゃうもの」

 自身にデメリットがないのであれば乗ってあげよう、そう思って事情を聞くことにした。

 

「では、不肖このライダーがどうして美少女に囲まれこうして珍道中を送っているかをハイライトでお送りするでござるよ。

 ほわんほわんほわん、くろひげ〜」

 

「何その効果音」

 

「そう、あれはあの満月の夜のことだった――」

 

 

 

 

 呼び声が聞こえる。

 歌が聞こえる。

 なんとも楽しげで無邪気な(うた)だ。

 

 なにか惹かれるものを感じ、俺は初めてこの戦いに身を投じた。

 いや、おそらくの話だが。

 

 ――聖杯戦争?バカバカしい。

 

 奪うものは奪ってきた。

 富に名声(悪名)、力に女。命に至るまでに好きなものは好きなだけ奪ってきたのだ。

 

 自分の体すらも求めてうみをおよいだことだってあったさ。死ぬ前にやるだけのことはやった。だから聖杯なんざいらねぇ。

 

 まぁ、満足したってぇ事だ。

 

 俺は疲れたんだ、好きなことをしていただけでまさか自分の記録すらよく分からないヤツらに略奪()されて、拘束されて。

 

 縛られるのは真っ平御免だと思っていた。

 

 だが呼び声が聞こえた、何故だかはっきりと。

 

 満たされないと叫んでいた。

 

 誰が?俺が?呼び声(彼女)が?

 

 ――満たされない、満たされない。

 

 その声が俺を呼んでいた、本当は満たされてなんかいなかった俺を呼んでいた。

 

 光が見えた、闇に浮かぶ光の芸術(Lumia)が。

 

 俺はその光を追った、呼び声に従ってたどり着いた場所は荒れた工房だ。

 

 辺りを見渡すと外に俺を呼んでいた声の主がいた。

 

 純真、無垢、無邪気にして邪気。目にした時の印象はそれだった。

 

「……闇か」

 

 たどり着いた先にいたのは光などではなく闇だった。己を飲み込まんとする重圧を放つ闇だった。

 

 不完全な召喚であるがゆえに中途半端に繋がった魔力のパス、完全な召喚であったならば強制的に狂化――いや黒化されていただろう。

 

 目を離してはならない、あの箱に押し留められているのは財宝などではない。

 

 あれは――――パンドラの箱だ。

 

「おもしれぇ……最初から俺の手元にこんなものがあるとはな」

 

 浮かべたのは恐怖などではなく笑み、生前よく浮かべていた歓喜とも狂気とも呼べる笑みだ。

 

 海賊、エドワード・ティーチはこれを誰の手にも渡してはならぬと決めた。それは海賊としても――英霊としても押しとどめていなくてはならない代物であるからだ。

 

 であるならばこの聖杯戦争を放棄するわけにも行かない。これが野に放たれれば自身が求めたこの世界も終わりかねない。

 

 そして黒髭は―――考えるのをやめた。

 

 具体的に言うとシンプルに勝ちに行きマスターを守るべきであると考えたのだ、ならば普通にやっても同じだ。ならば考えても仕方ない。彼女をマスターとし勝ち抜く。勝利、支配、それだけのこと。

 

 やることは決まった。まずはマスターとともに聖杯戦争を勝ち抜く、その為に仲間(クルー)を集めること。自身の宝具がより強固になるのと、万が一に備え彼女を押しとどめることができる。ならば最優先は仲間を集めることだ。

 

 そこで思考をやめて黒ひげは意気揚々とルーミアの前に現れたのだった。

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「それでそのなんでも願いを叶える聖杯ってのを勝ち取るために、仲間を増やすと力を増すそこのライダーさんの力を高めて……確実に勝ち抜きたいから私に声をかけたわけね」

 影狼が受けた説明はこんなところだ、ライダーが語ったのはリグルたちにも説明したような真意を隠した簡素な説明だ。

 

 聖杯を巡ってサーヴァントと呼ばれる使い魔で戦う聖杯戦争。

 

 聖杯は勝利者に魔力で出来る限りの願いを叶えてくれる。

 

 7人のマスターと7騎のサーヴァントが存在している。

 

 サーヴァントには宝具と呼ばれる最大の切り札を持っており、ライダーの切り札は仲間が多いほど強くなる。

 

 よって、多くの仲間が必要。

 

 ライダーが語った情報はこんなところだ。だが、彼の口調的にしっかり語ったとも言い難いだろう。合間合間のリグルの補足で大体は伝えることは出来た。

 

「どう……?嫌なら嫌でいいんだけども」

 

「いや?いいわよ。協力してあげる」

 

 リグルが弱々しく尋ねるが言い切る前に影狼は思ったより快く勧誘を受け入れた。

 

「ケモ耳美少女 が パーティーに 加わった。うっひょーー!!!あちし嬉しいわー!!!!やはりこの世界は黒ひげ中心に回っている……ッッ!!!拙者、愛叫んじゃうもんねー!!!」

 

 やけにテンションの高いライダーを無視しながらミスティアが理由を尋ねる。

「戦うのは基本的にライダーなんでしょ?それに運良く勝ち抜けば願いが叶うんなら竹林で暇してるよりはいいからね」

 妖怪の生は長いならば退屈を持て余すよりだったら程よいスリルがあった方が良いだろう。聖杯戦争の危険性を理解していない影狼は能天気にもそんなことを考えていた。

「よーし、これでまた戦力も増えたよライダー次はどうする?」

 ルーミアはぐるぐると回わされながらライダーに訊ねる。

「うーんそうでござるなぁ。まだもう何人か欲しいですな。いや……べ、別にもっと美少女を見たいってわけじゃないんだからね!」

 まるで定型文を話しているかのような振る舞いには影狼は慣れる気配もなく終始冷ややかな目線を送っている。だがその言葉にとりあえずちゃんと答えは返すのだが。

 

「それだったら私の知り合いを当たってみる?ちょっとした繋がりというか寄合があるし」

 

 その提案は受け入れられ、影狼はその知り合いの元へと向かうようだ。そしてライダー達はというと……。

 

「拙者の宝具、アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)を浮かばせる場所を確認したいですなぁ。それなりにでかいですしおすし」

「それじゃあ一旦二手に分かれる?ライダーさんは霧の湖の方へ影狼さんについて行くのは……」

「いや一人で大丈夫よ、リグルたちもそっちに向かいなさい」

 と、最初と変わらぬ編成で動くことになった。影狼曰く「あの子大勢で向かうとあってくれないから」だという。

 黄昏時も過ぎ、すっかり空は暗くなっていた。しかし視界は紅を捉え未だ黄昏時であるかのように錯覚する。つまりライダー達に仲間は増えたが特に変わることは無いのだ、この者達に変化があるのはもう少し先のことだ。それまではしばらく珍道中が続くだろう。

 

 

 

 空に紅が塗られていく、暗いはずの夜は目が明くほどの紅色だ。昼にはまだ気付かぬものはいたが夜になりしばらく経てばすぐに気づくだろう。すなわち紅魔の霧は既に幻想郷に蔓延していた。幻想郷を見通せる博麗神社の境内にいる慧音、セイバー、バーサーカーの三人も必然的に異変を察知していた。

 

「バーサーカー、あれは……」

「あぁ、あの方向は紅魔館の方だろうね……あの霧には少しだけだけど僕のマスターの魔力を感じる」

「君はどうするんだ?私たちに義理立てするような理由はないだろう。マスターの元へ帰還するべきなのではないか?」

 

 セイバーはなぜ今もなおバーサーカーが自分たちと共にいるのか疑問に思っていた。それもそのはず、元は敵の陣営。妹紅を串刺しにした朱槍の男はバーサーカーと同じ陣営であると慧音から聞き及んでいるのだから。

 

「……信じてもらえないかもしれないが……今あなた達といるのは完璧に僕の独断だ」

 バーサーカーは目を泳がしている。何かを伝えようとして口を動かす、それは声にならない。何度かそれを繰り返した後に決心したように背筋を伸ばし、やっと言葉にすることが出来た。

「僕は――迷ってるんだ。マスターの語った願いは正しいものだと思った……だが君たちの振る舞いも正しいものに見える。

 教えて欲しいんだ、なぜ聖杯戦争の終結を望むのか。なぜ()のことを知っている貴女が僕を遠ざけないのか。

 

 ――君たちの……正義を教えて欲しい。

 

 それを理解できれば僕は僕を決められる。」

 

 揺れる碧い瞳、その目の奥には迷いの他に不安が垣間見えた気がした。

 

「……わかった、もとより参加者全てに説明して説得する気だったからな……」

 

 もとは幻想郷の外界で執り行われていた聖杯戦争、それがこの幻想の地に流れ着いたのには幻想郷の成り立ちに関わった賢者たちの暗躍あったと語った。

 

「幻想郷の聖杯戦争は今回が1度きりではない。それはここに来る前に語ったな」

「あぁ――確かあの烏が開始宣言をした時に言っていたね。()()()()()()()()()……本来ならば()()()()()()()()()であり、過去に二度起こったものであると」

「そう、私はその過去の聖杯戦争を能力で知った。記録だけでも酷い……ものだったよ。

 第一次ではこの場所に住む人妖の半分が重傷、そのうち三割の妖怪が弱体化し記憶すらも失っていたようだ。外傷という訳ではなく、純度の高いマナを大量に浴びたために起きた事だった。

 サーヴァントがどうこう以前に聖杯戦争という儀式をこの地で行う時に無限とも言うべき魔力が漏れだし続けたらしい。ただ不幸中の幸いと言うべきか死亡者は出なかったが……しかしその聖杯戦争の影響で耐性のないものには幻覚を見せる毒性のマナが森の植物に貯まるようになってしまったんだ」

 

 魔法の森、博麗神社の目の前に広がる広大な森林地帯。聖杯戦争のマナの暴走により魔力が溜まり続けるようになった森、今では魔法の森と呼ばれるようになっているが、元は異常など無い果実や薬草が取れる静かな森だったのだ。

 人の通る林道は博麗の巫女の手により人体に影響のある瘴気は祓われているが、それでも一度奥に迷い込めば時間が経つにつれ体に異常が出てくる。妖怪であるならば幾らか息苦しい程度であるが人間であるならば……少なくとも立ち入るべきではない場所だ。

 

 ――余談だが……魔理沙はその魔法の森のより瘴気の濃い場所に居を構えている。毒性の瘴気に対抗できる身体であれば、自身の魔力を高めることが出来る……魔術師にとっては恰好の場所なのだ。

 

「第一次で残されたモノは決して悪いものだけではないのだが――それはそれだ、聖杯戦争が無くとも出来たことだろうにそれをあの賢者達は……。

 いやともかくだ私が聖杯戦争を止めるべきだと考えたのは第二次で起こった騒動からなのだが……」

 と慧音は申し訳なさそうな顔をしながらセイバーとバーサーカーの顔を見ている。

「どうした?マスター続けてくれ。そこから先はオレも知らぬ事柄だ、聞かせて欲しい」

 先程から沈黙を保っていたセイバーが話を促してきた。恐らく彼もずっと気になっていたのだろう、聖杯戦争を終わらせると語る彼女の思いの原点というものを。

「いや……気を悪くしないでくれ、今までサーヴァントというのは碌でもないものだと思っていたんだ……。自分の私利私欲で集い、己が願望の為に動く矮小なものであると」

「ははは、随分な評価だなぁ」

 バーサーカーは自分らの存在にかなりの苦言を呈されてるにも関わらず流すように笑った。

「……第二次では7騎以上のサーヴァントが召喚され――幻想郷の各地で暴れだしたんだ。それは私の能力と関係なくこの目で見てきた事だ。

 業火と煙幕が渦巻き。毒が撒き散らされ。地形すらも破壊する。挙句の果てには人里を襲って来たのだから……。

 

 サーヴァントにも対抗できうる妖怪すらも殺されて……人間も……。

 

 私の……っ!私の両親も…………っっ!!」

 

 拳を強く握りしめ肩を震わせる慧音の顔は悲しみでもあり怒りでもあった。セイバーとバーサーカーは彼女の様子を見て何も言えなくなっている。彼らには関係の無いことであるはずなのにそれでも申し訳ない気持ちになるのは彼らの性分か。

「すまない、マスター」

「……なぜ謝るんだ。貴方達には関係の無い、当事者が起こしたことだ……私は貴方達に怒りを感じている訳では無いよ」

「それでもだ、過去の英霊であるはずのサーヴァントが未来に生きる者達に危害を与え、あまつさえ……貴女を傷つけてしまった。それならせめてオレに謝らせてくれ。

 ――どうか過去(英雄達)を恨まないでくれ」

 申し訳なさそうに少しだけ頭を下げるセイバーは心からの謝罪を送っている。本当に彼には関係の無い事柄であるはずなのに、この男は。

 

「セイバー……あなたは、優しいんだな」

 

 慧音は少しだけ笑顔を向けると改めて話を続けた。

「第二次幻想聖杯戦争では幻想郷の六十年周期に起こる異変と重なったことにより、計16騎のサーヴァントが召喚され幻想郷で暴れだした。その聖杯戦争では大量の虐殺や地形破壊が起こり聖杯戦争という儀式の進行すら危うい状態だった。

 ――最終的にはどっかの誰かの手によって聖杯は破壊され儀式は終わったよ」

 

 と言って慧音は廊下の先に視線をやる。その先には妹紅がいるであろう神社本殿がある。

「その、()()と言うのは彼女のことなのかい」

「そうだ……彼女は成り行きでマスターとなり最後にはサーヴァントを失いながらも聖杯を破壊した。――私の命の恩人でもある。

 聖杯戦争の終結を誰よりも願っているのは私じゃなく一度聖杯を破壊したことのある彼女かもしれないな」

 慧音が参加の決意をしたのはつい最近のことだった。満月が近づく度に自身のトラウマが蘇る。目の前で引き裂かれる人々、消滅していく親しかった妖怪、見慣れた景色も潰されていき……最後に残ったのは灰になった視界だ。

それでも参加したのは、やはり許せなかったからだ。

 

 理不尽な暴力、無力な自分、そしてそれを許容している妖怪の賢者。

 

 許せない、そう――許せなかったのだ。

 

 ………………。

 

「……そうだな。思い出したよ」

 

 彼女は無意識のうちに迷っていたのだろう。今もこうして広がる赤い霧、それを目の前にして動かずにじっと神社に留まっていた。

 彼女はすこし妹紅に依存しがちなところがあった、それ故に治るまでと動かずに……いつ治るのかも分からずにじっと。心配であるのは本当だ、それでも彼女には心に決めた使命があったはずなのだ。

 ――そして、改めて自分の動機を見つめ直した慧音は動き出す。

 拳を胸に当て改めて決意を表明する。

 

「二度と惨劇を起こさないために、二度と私の身に降りかかった不幸が誰かに向かないために。この聖杯戦争を終わらせる。

 今一度私はここに誓おう。そしてセイバー、バーサーカー。貴方達の願いを教えて欲しい」

 

 ぐっと握ったその拳には彼女の決意の証とも呼べる令呪が宿っていた。

 

「サーヴァント、セイバー。オレの願いは貴女と共にある。――誰かのために、オレの信じる者のために戦うのが望みだ」

 

 セイバー、ジークフリートにも迷いはない。ここではない外典(どこか)で既に見つけた答えに淀みはないのだから。

 

「……サーヴァント、バーサーカー。僕は……僕の願いは」

 

 バーサーカー、ジキルにはまだ迷いがあった。何故ならばここで答えてしまっては……ここにはいないマスターの願いに反してしまうからだ。

 

 しかし――。

 

「僕の……願いは、正義を貫く事だ」

 ()()()。その答えはマスターに対しての謀反になり得る。

 

 だがバーサーカーのその言葉は同意ではなく否定だった。

 

「僕の願いは正義を貫くこと……だけど、君たちにはついていけない」

「……理由を聞かせてもらえるか?」

「僕のマスターの語った願いは誰かの為を思った願いだった。――それを裏切ることは……出来ない」

 

 バーサーカーは慧音とセイバーのやり取りを見て考えていたのだ。マスターと共にあるサーヴァント、その主従関係について。

 マスターに誠実に振る舞うセイバー、過去のことで偏見を持たずにセイバーに接するマスター。それらはとても良きものに映り……バーサーカーの中にあったモヤを払ったのだ。

 

 妹紅を治すため神社に運び込むその道すがら、考えていた。

 どう動くべきか、何をすべきか、何に従うべきか。

 そして彼のモヤは他人に委ねるべきものではなく、自身で判断するものだと気づいたのだ。

 

 怨恨の連鎖を断ち切るために己に誓った慧音。

 自身の信じる者のため刃になると誓った騎士。

 

 彼らを見てバーサーカーは自らがサーヴァントであることを思い出したのだ。

 マスターの願いを無下にすることは出来ず、それは自分の望むような『正義の味方』なんてものではないと。

 

「そうか……それは残念だ。では貴方は紅魔館、マスターの元に戻るんだな?」

「あぁ、僕はサーヴァントだ。願いのために召喚に応じたとはいえ僕のすべきことは考えなしに誰かに流されることではない。

 君たちにあった正義に寄り添いたい気持ちはある……。でも()に機会を与えてくれたマスターを裏切ることは絶対にしたくない」

 それがジキルの決意表明だった。それは敵対の証、それを受けても慧音達は彼を引き止めることも攻撃するようなことは無い。

 例えばセイバーが剣を握っていようとそれは敵対者を滅ぼすためのものでは無いのだ。

 

「バーサーカー。君とオレは敵になる、だが討ち滅ぼす目的で戦うことはないだろう。

 この剣を交えるその時は、最大の敬意をもって君と闘おう」

 

 それはセイバーなりの励ましの言葉だった。

 

「ありがとう、セイバー。恐らく……今夜、()達は闘うことになるだろう」

 

 そう言ってバーサーカーは紅い霧に交じるように霊体となり紅魔館へと向かった。

 洛陽を迎えたはずの空は相変わらずの紅だ、宣戦布告とも取れるその色は彼のマスター達の決意の色なのだろうか。

 

 

 

「話、終わったかしら?」

 

 余韻も束の間、慧音の背後から声が聞こえた。その声は無感情なようにも何かの感情を抑えてるようにも聴こえる。

 

「霊夢か、妹紅の調子はどうだ?」

「……そうね、一晩寝かせておけば治るわよ。心配しないで慧音」

 今度の声色は慈愛がこもっていた、何故だか霊夢はどこかいつもと違う。数時間前は憤りを隠し、数秒前は不明な感情。そして今は慈愛。

 彼女はここまで感情が入り乱れるような人物では無い。

 

「貴方達はこの聖杯戦争を止めるのよね。ならその前にちょっと協力をして欲しいのだけれど」

 

 らしくない、らしくない振る舞いだ。

 

 

()()と共に異変を解決してもらいたい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 1日目 夜 『東方紅魔郷』

 紅魔館、その出で立ちはまさに悪魔の館。この館の主人たる彼女に相応しい赤よりも紅いその外観は、目にしたものを魅了するかのように()()()()()()()()()溶け込み、風景を損なうことはないのだ。

 それも、この館に住む者達が影に潜む存在であるからだろう。

 

 鮮血の館に住む物好きな主人は吸血鬼(ヴァンパイア)である。レミリア・スカーレットは生まれながらにしての吸血種。血を吸い生きながらえ、下僕を増やし、魅了の魔眼を持つ。流水を嫌い、銀の弾丸や太陽の光が弱点である。典型的な吸血鬼そのものだ。

 どんなものであれ力を持つものは何らかの立ち位置に収まる。

 

 あるものは世界を観測し放浪し。

 あるものは混沌の先を探求し。

 あるものは人類滅亡に抗い。

 あるものは自然との調停者として──。

 

力あるものは求めるか……求められるかのどちらかだ。では彼女はどちらか……レミリア・スカーレットは───。

 

 

 

「私の望み?」

「そうよ、あなたの望み。私にくらい教えてくれてもいいでしょう?」

 

 触媒が置かれた2つの召喚陣。そこにはまだ魔力の奔流は無く。しかし、英霊と比較しても決して負けはしない魔力を持つ2人の少女がいた。

 悪魔の館の主、レミリア・スカーレットは随分と前から聖杯戦争への参加表明をしていた。表明はしたもののその意図は誰にも伝えられていなかったのだ。聖杯戦争に参加する以上何らかの願いがあって然るべきである……この悪魔は()()()()()()で参加表明をすることは火を見るより明らか。旧知の仲である魔術師パチュリー・ノーレッジならば親友のいつもの気まぐれな面を知っている。であるにも関わらずこの問いを投げかけたのはその()()()()とは違っていたからだ。

 

()()()にも言った通り、そのほうが面白そうだったからよ」

「あんな協定いつもなら投げ出して、ここを滅茶苦茶に引っ掻き回してから高飛びしてたでしょうに」

「そうさなぁ、いつもだったらそうしたかもね」

 

 そう呟くレミリアの目には普段の無邪気な様子はなく老獪とした意志が宿っていた。瞳がこれから起こす行動に気まぐれなんてものはないと語っていた。

 

「──私は、私の一族の名に誇りを持っている」

「…………」

「誇り高きスカーレットは失墜した。歴史から姿を消し、人類史からも忘れ去られこの地に流れ着いた。残されたスカーレットは私と……あの子だけ──。

 それなら願いなんて、分かるでしょう?」

「そう……そんなありふれた願いでいいの?」

「あれから十年、考えた。いや……一族の未来が閉ざされてからというもの六十年間考えた。

 母は死に、父の名誉などとうに消え、信頼していた従者や友もこの幼い手に収まる程しか残らなかった」

 五百年生きた、そのうち百年もの時を過ごした友はレミリアの強がりを知っている。それでもこうやって弱音を吐く時は、もう後が無い時であると言うことも理解しているのだ。

「一族の名誉はもう既に手の届かない場所にある。そもそもそんなものにはもう興味はない。堕ちた名も含めて私は誇りに思っているの……。

 だから、私の願いはただ一つよ。本当に些細な……運命()に振り回された()のちっぽけな願い」

 

 それは敗者が願った(求めた)──。

 

「私はもう一度、家族と夜明けを見たいんだ」

 

────────────

─────────

───────

 

─────

 

───

──

 

「マスター、今戻ったよ」

 

 青年の落ち着いた声が本の壁の間を反響する。今までの日常にはなかった事だ、パチュリーは一旦手を止め、背もたれに体重を預ける。

 

「別に戻ってこなくても良かったのよ? あのままセイバーのマスター達とともに居ても」

「ははは、それも良かったかもしれないね」

「それじゃあ何で戻ってきたのかしら。自由にしていいと命令したはずなのだけれど」

「僕は僕の意志に従ってマスターと共に闘うと決めたんだ」

 

 バーサーカーの願いは、正義を貫くこと。その事は召喚してすぐパチュリーは聞いていた。同時にこちらの願いも彼に伝え……その上で彼がどう動こうが構うまいとしていたのだが。

「状況を単純に見れば、この戦争を激化させようと促しているのは私たちで、決して正義ではないと思うのだけれど? あなたはそれでもこちら側に着くのね」

 空を覆い隠す紅い霧、()()()()()などと言えない程の魔力を秘めた霧は放置していれば人体に被害をもたらす。

 それを広域に広めているのはこの館の住人であり、善か悪かと問われれば人間にとっては"悪"と断ずるべき行為である。

 

「正直いってまだ分からない、僕の行為が正しいことなのか。でも、あの願いを聞いた上で裏切るなんてことは……間違っている。分からないことはある……でもこの行動にもう迷いはないんだ。

それに──」

 

「それに?」

 

「──それに、この一週間ここで過ごして感じたことは絶対に間違いではなかったから」

 

「…………それじゃあ、せいぜい負けないように務めなさい。私の使い魔なんだから」

 

 はっきり言ってパチュリーにとってバーサーカーはどうとでもなる駒という認識しかなかった。『知識(knowledge)』を冠する歴史ある家系に生まれ、種族として魔術に適性があり()()()()()を持ったアベレージ・ワン。いざとなればDランク相当英霊であればその身一つで戦えると考えていたのだ。実際彼女はそれほどの力を持ち合わせている。それ故にジキルを召喚したのだ。

 彼の能力は分からない。しかし、自身を補佐し、理性がなく自らの力であればいくらか御しやすいバーサーカーというクラスを選んだ。つまり期待していなかった、そういえば言えば彼に申し訳ないだろうが……その認識は少し変わった。

「ありがとう、マスター。僕は僕のために貴方達の願いを叶えるよ」

 どうしようもないお人好し、願わくばこの青年が満足のいく結末になってほしいとほんの少しだけ思った。

「意気込むのは勝手、貴方が戻ってきたなら情報の共有をしなくちゃならないわ。まずはそこからよ」

 バーサーカーは先ほどでセイバーのマスター、上白沢慧音とともに行動していた。彼女は一方的に自身が情報を持っているのは不公平だとし、博麗神社で情報を共有していたのだ。

 

「そうね、じゃあまずは私達とセイバー達を抜かしたクラス。キャスター、アサシン、アーチャー、ライダーについて……」

 

「そうだね、キャスターの真名はネロ・クラウディウス。暴君として名高い古代ローマ帝国の皇帝、薔薇と黄金の繁栄を極め最期は悲惨な死を遂げた。男性だと思っていたけど女性らしい。それはともかく、敵対者に不利、自身に有利なフィールドを構築する厄介な宝具を持っている」

 

「本当にすべてがわかるのね彼女は……なら分からないことがないんじゃないかしら?」

 

「彼女のは期間限定の能力だ、その証拠に彼女が能力が使えなくなった明け方、それ以降に召喚されたと思われるライダーの真名は分からないままだ」

 

 満月が見えなくなってから慧音の能力が使えなくなった。いや厳密に言えば能力が切り替わったと言った方がいいのだが。

 

「明け方……使い魔越しの映像でも分かるくらいの変化があった頃ね……まるで人狼の類。満月で姿が変わるだなんて」

 

「次はアサシン、真名は加藤段蔵。ここ日本の忍者と呼ばれていた暗殺者で妙な技を駆使し敵を撹乱しながら動くみたいだ。宝具はその技、忍術と呼ばれるもので複数ある……一番警戒すべきなのはドンギューと言う逸話を昇華した宝具だろうか」

 

「アサシンならランサーが交戦したらしいわ、戦いにくいとは言ってたけどランサーはまだ余力がありそうだったわ。油断はしない方がいいわね」

 

「そしてアーチャー、真名は俵藤太。別の名は藤原秀郷と言うらしいね。ここ日本ではドラゴンスレイヤーとして有名みたいだ、少なくともこの幻想郷においては知名度補正の類はあまりないみたいだけど……。

 慧音の反応からしてかなり油断ならない相手のようだ、たぶんセイバーとの相性を考えてのことだろう。ランサーにとって分が悪いようだったら彼らが潰し合うよう誘導するのも手かもしれない。

 宝具は魔を祓い去る一本の矢、アーチャーらしい宝具だ……」

 

「アーチャーは正統派に強いって感じかしら、宝具や経歴に癖がない。少なくとも魔の際たるうちのお嬢様には気をつけるように忠告しなくちゃね」

 

「癖……まあそうだね。戦闘面においては癖がないみたいだ、もうひとつの宝具がかなり……いやこれはよそう戦況に変化を与えるものではないだろうからね」

 

 バーサーカーは少し苦笑して頬を掻いている。そういう反応を見せられると聞きたくなるというものだ。

 

「なによ、勿体ぶらないで教えなさい。物によっては聖杯戦争をひっくり返しかねないものかもしれないんだから」

 

「あ、あぁそうだね………。

 

 もうひとつの宝具は……。

 

 えーっと。

 

 無限に米が湧く米俵………らしい」

 

「…………」

 

「…………」

 

 聖杯戦争の何をひっくり返すというのか。

 

「…………」

 

 幻想郷の食事情がひっくり返されるというのだろうか。

 

「…………ふざけてるの?」

 

「ふざけてないさ!慧音だって真面目な顔で話してきたんだから……彼女があの状況で冗談をいうような人には思えないだろう!」

 

「…………」

 

「こ、この話は一旦置いておこう……一番警戒すべきなのはセイバーだと思うんだけど」

 

 苦しい話題転換だがこれ以上マスターのジトッとした睨みには耐えられない。本筋に無理やり戻す他ないのだ。

 

「そうね、ドイツ・北欧の英雄ジークフリート。邪龍ファブニールを討った彼の肉体は背中以外は特別なものになりナイフすらも通さなくなった……。ランサーの渾身の槍すらも完全には刺さってはいなかったわね。宝具の呪いを彼女が肩代わりした形だとしてもあの硬度には目を疑ったわ」

 

 彼女もこれ以上突っ込むつもりは無いらしい。ひょっとしたらちょっとした意地悪だったのかもしれない。先程の空気から一転変わり、冷静に分析するパチュリーは魔術師というよりは学者のように見えた。

 

「鎧の宝具、剣の宝具両方を持ち合わせた最優のセイバーらしいセイバーだ……攻防ともに隙がない。アーチャーと対立するなら問題は無いけど決戦場はここ紅魔館だ。なかなか難しいだろう」

「そうね、あとはマスター次第かしら」

 

 サーヴァントは最大限に警戒すべき相手であるのには変わりない。だがそれを御するのはそれぞれのマスターだ、誰がマスターになりどんな相手なのか、それを知らなくては聖杯戦争を勝ち抜くのは難しいだろう。

 

「セイバーのマスターは知ってるだろう。上白沢慧音、この聖杯戦争においてほぼ全てを知っている。セイバーを警戒すべきなのは彼女の存在も大きい」

 聖杯戦争では情報が多い方が勝つと言っても過言ではない。それは英霊のシステムが影響している。彼女は少なくとも情報においては勝利している。

 

「アーチャーのマスターは霧の湖に棲む氷精チルノ。すぐ近場であることから1番最初にここにたどり着く可能性が高い。妖精という種族上能力は未知数」

「妖精ならば取るに足らないわね。アーチャーのみを警戒すべきかしら。妖精の特性上始末するのも視野に入れても問題は無いでしょう。誰も恨む者はいない」

 妖精は死んでも一回休みになるのみで死にはしない。自然の権化たるそれらは生死という概念があやふやなのだ。

 それ故に残酷な手段も問わない、酷い話だが妖精は丁寧に扱ったとしても本来は厄介なものなのだ。

 

「ライダーは不明、人里では召喚の動きはなかったそうだから恐らく妖怪がマスターの可能性が高い」

 パチュリーにとっては一番の懸念だ、使い魔で探ってもそれらしき者はいない。霊体化しているか、使い魔の映像が届かない迷いの竹林に隠れているのか……この聖杯戦争においてはライダーがイレギュラー的存在(ジョーカー)だろう

 

「キャスターのマスターは霧雨魔理沙。恐らく唯一の純粋な人間の魔術師らしい」

「使い魔で追っているけど至って普通と言った感じだったわ。そしてアサシンのマスターは……」

「アリス・マーガトロイド、人形遣いの魔術師だ。自分のことを七色の魔法使いと名乗っているらしい」

「ふぅん、魔法使いねぇ」

 

 パチュリーのその態度は何か思うところがあるようで目が何かを語っている。恐らくだが、たかが魔術師が魔法使いを名乗るのに納得が言っていないと言ったところだろうか。ジキルはそう推測する。

 

「僕が知った情報はこんなところだろうか、あとはマスターたちの動向だけど……」

「わかるわよ。アサシンのマスターの魔法使いさんはどうやらキャスターのマスター、普通の魔術師さんと行動を共にしているみたいよ」

 

 使い魔から送られてくる映像を目の前に投影する。そこには紅魔館に向け霧の湖上空を飛ぶ二人の魔女と一つの人形が映し出されていた。

 

 

 

 

 

「うわっぷ!くそう!あの館に近づく度に霧が濃くなってくな」

「障壁くらい貼っときなさいよ、体に悪いわよ」

 香霖堂で仮眠を取っていた魔理沙は、外の異変に気づいたキャスターとアリスにたたき起こされ少しだけ不機嫌だった。

 それもそのはず、やっとの事でありつけた睡眠を邪魔されたのだから。しかしそんなことは言っていられないと外を見た魔理沙は急いで香霖堂を後にしたのだった。

 

「全く、起きたら香霖のやつに詳しく話を聞こうと思っていた矢先とんでもない異変が起こるとは思ってもなかったぜ。

 なんだよこの魔霧、魔法の森の瘴気といい勝負してるぞ」

「魔力純度が高い分こっちの方が厄介ね、視界も不明瞭なほど真っ赤……疲れる色してるわ」

「色だけなら余好みの真紅なのだが……この霧は気に食わん!無辜なる民に被害を及ぼすなど言語道断だ!それに神秘なる自然に満ち満ちたこの郷が一切見渡せぬではないか!」

 霊体化しながらほんの少しだけズレた批判をするのはキャスター。まだ幻想郷の1部も見れていない彼女からしたら害悪でしかないのだろう。実際、害あるものであるから批判の方向性は同じなのだが。

 アサシンは霊体化せずに湖を走っている。

 

「あの館がある島は確かこの辺だった気がするが……もしかして移動してるのか?」

「なんと!移動要塞だとでも言うのか?だとしたら相手は侮れぬな……」

「霧で迷ってるだけでしょうに……それにしてもおおよそ夏とは思えない気温ね。少し肌寒いわ」

 

 香霖堂を出てからというものの魔理沙のボケに天然で返すキャスター、それにツッコミを入れるアリスという構図が出来上がっていた。いや、恐らくキャスターも分かってて乗ってる節はあるだろうが。

「大丈夫、余に任せるが良い!この霧の中でもサーヴァントの位置は概ね感知できる。

 こんな大胆な宣戦布告をした者らは恐らくだが徒党を組んでいる可能性が高い。複数のサーヴァントの魔力が感知できる北北西の方角に行けば……」

 キャスターの指示に従い北北西に進むとうっすらと陸と館の輪郭が見えてきた。紅霧に紛れその姿を隠す館は悠然と客人を待っているようだった。

「ビンゴだキャスター、霧の出どころはここだ」

「うむ、気を引き締めるのだぞマスター。館の門にどうやら二人、番人が待ち受けている。

 敵は大人しく館の中に入れてくれるつもりではないようだ」

 少しずつスピードを落としていく。それは臨戦態勢へと変更する合図ともとれる。魔理沙一行は少なくともそのつもりで減速した。

 

「聖杯戦争の参加者とお見受けする!この館に入りたくば私達を押し退けなさい!」

 

 ゆったりと流れる霧に乗って聞こえる声は警告の言葉。これ以上立ち入るならば殺す、立ち去っても無事では帰らせない。そんな殺気を乗せ飛ばしている言の葉だ。

 

「そんなのいいから邪魔だよ。通してくれ、ここの番人だろ?」

 魔理沙があからさまな挑発を送る、どちらにせよ戦うことになると分かったのだろう。それならばむしろ乗ってやるという風な口の利き方である。

 

「ハッ、威勢がいいこった。番人だから邪魔すんだ。だから悪く思うなよ、お嬢ちゃん」

 

 暴風が巻き起こる。

 それは殺気がこもった一片の風。霊体化を解いたキャスターが真紅の鞴で風を受け止める。

 

「ふむ、どうやら普通の人間はここの館にはおらぬようだなランサー。貴様同様の殺気をこの館全体から感じるぞ!」

 受け止めた風を払う、それは風でなく人型の殺気。紅い霧の中でも溶け込む蒼の狩人。

 ランサーとキャスターが再び相見えた。

 

「アンタも普通のサーヴァントじゃねぇらしいな、剣を使う魔術師なんざ聞いたことねえぞ」

 

「余は特別だ、何せ万能の天才なのだからな」

 

 

「魔理沙、キャスター、そっちは任せたわ。私とアサシンはあっちを……」

 アリスはアサシンと自慢の人形を構える。その指の一つ一つは凶器だ、魔術を修めた彼女はその華奢な体以上の力を発揮する。

「さぁ魔術師さん。体術と魔術どっちが強いか試してみましょう」

 紅美鈴は静かに拳を構える。その目は冴えていた、普段の朗らかな彼女は鳴りを潜めている。彼女の普段を知るものなら目を疑うことだろう。それほど彼女はこの戦いに、燃えていた。

 

 

 

「キャスター、後ろから援護する。派手にやってくれ」

「良いぞマスター!派手ならば余の得意中の得意だ。余を奏でることを許そう!」

 

 魔理沙は状況を冷静に判断すべく一歩下がった。確実に勝ちに行く、そう決めたのだから。彼女は勝利の歌を奏でるべくキャスターを指揮する。

 

「アンタがセイバーじゃなかったのはちょっとだけ残念だったがそれはそれさ。

 覚悟はいいかキャスター!今度は退かねえ。全力勝負と行こうじゃねえか!!」

 ランサーは猛獣のような笑みを浮かべる。この聖杯戦争、全力で戦える相手がいるとわかったのだ、容赦はしない。

 敵ならば心ゆくまで戦い食らいつくまで。クランの猛犬は吼えるのだ。

 

 ()()に覆い隠された()。魔術の本場から東方の秘匿されたこの地にて、今、聖なる杯を巡る戦争が始まった。

 

 

 

 






Stage 1 紅色と蒼色の境
〜Scarlet and horizon land

自機 霧雨魔理沙

サーヴァント キャスター

真名 ネロ・クラウディウス

筋力 D 耐久 D
敏捷 B 魔力 B
幸運 A 宝具 EX


騎乗 B
騎乗の才能。
大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが。魔獣、聖獣の獣は乗りこなせない。

陣地作成 EX
魔術師として有利な陣地を作り上げる。
この聖杯戦争では宝具の影響で規格外のものになっている。

道具作成 A++
魔力を帯びた器具を作成できる。
マスターである魔理沙の影響で滅多なことがなければ奇抜で奇妙なものは作られないが。芸術関連になると規格外に奇妙で魔力が込められた道具が作られる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 1日目 夜 『黒より黯い夢』

耳をつんざく轟音が響き渡る、まるで戦闘機が通ったかのような局地的な暴風が吹き乱れる。しかし、この地に戦闘機があるはずもなく、それは人の形をしていた。

 

時折散る火花で、フラッシュが焚かれたかのように激しい戦闘が月下の元、写し出される。下から突き上げられ、上から振り下ろされる。右に躱し、左にいなす。この赤く染まった視界の中でも一際、真紅と朱色の残像は目に焼き付くほどだ。

 

霧雨魔理沙は全力で向けられる殺気に内心怯えながらも、遊び無しの光弾を放ちキャスターの援護をしている。だが神秘が強いこの地の人間であっても、たかが現代の魔術師の攻撃魔術はランサーの対魔力により弾かれてしまう。

 

「多少熱い程度だぜ、嬢ちゃん。もっと本気で撃ってこ……い、よっと!」

 

「余との共演中によそ見とは……なかなかの余裕があるようではないかランサーよ!」

 

「ハン、どうだかねぇ。妙な武器を浮かせやがって、耳がうるさいったらないぜ」

 

斬撃を繰り返しながらもキャスターはランサーを取り囲むようにパイプに似た砲門が浮かびランサーの隙を突くようにレーザーを乱射していた。

 

「うま我が劇場礼装の砲撃は良き音色であろう?存分に聞き惚れるがよい!」

 

地面が溶けるほどの熱線を最小限の動きで躱す様はさすが最速のクラスであるランサーと呼ぶべきだろう。そうでなくてもこの英霊は捌き切るのだが。

 

「アンタの歌声は……中々の豪快さとい得べきだろうが、決まり手にかけるように思えるな」

 

「豪快さあってこその余である!それに、まだまだ序曲よ。これから更に苛烈になっていくぞランサー」

 

「充分苛烈に思えるが」

 

戦闘とは違うところを何となく指摘するのは魔理沙である。攻撃的に響き渡る歌声は、本当に攻撃になるという驚きの仕様。その歌声は劇場礼装により魔力に変換され、純粋な熱量として砲から放たれる。

 

──音を攻撃に変えるとは、どこぞの幽霊楽団みたいだな……。それはともかくとして私が今すべきことは……。

 

思考を巡らせる魔理沙はキャスターと不意に目が合う。それは事前に決めていた合図。魔理沙は懐から瓶を取り出しランサーの足元目掛けて投擲した。

ランサーは危険を察知し、その瓶を叩き割る。中身は辺りに霧散し、白い煙幕のように広がっていった。

 

「なんだ、目くらましか?」

 

「へへん!あんたも視界が塞がれば、四方八方から迫る熱線の対応が遅れるだろうよ!」

 

と、強気に言ってみたは言いもののあの機動力の前では煙幕の効果なぞ誤差の範囲だろう。さらに言えば──

 

風が巻き起こる、魔術ではなく単純な力技。ランサーの朱槍のたったの一振で煙幕は取り払われてしまった。

 

「へぇ、いい煙幕だ。良く見えるぜ」

 

 

 

 

ところ変わってアサシンと門番の戦いは一方的であった。アリスの予想をはるかに上回る実力、紅魔館の門番はアリスが操る人形たちを全て防ぎきっていた。

 

「手応えがありませんね。それでもサーヴァントですかアサシン、まだ咲夜さんの方が手強いですよ」

 

紅美鈴、種族の知れぬこの妖怪はアリスの人形の猛攻を防ぎながらアサシンを凌ぐほどの力を見せていた。四方から繰り出されるレーザーと八方から現れる槍を持った人形。それを体術をもって全て捌き切る。

ランサーには劣るとはいえ超人的な身のこなし、そもそも人ではないのだから当然なのだ。

 

「そうね、ちょっと予想外だったわ。今ので傷一つ負わないなんて。()()()()はやはり勝てないか……あなたどんな体してるのよ」

 

「気を張り巡らせているのですよ。その気になればたった1歩で貴女の動きを止めることだって出来ます」

 

その気にならないのは、恐らく彼女に殺す気がないからだろう。アリスは少なくともその覚悟できているのだから、舐められてるととれる挑発だった。

 

「…………」

 

そして、その傍らで口も開かず物も言わぬアサシンはまるでアリスの手足となる人形のようだ。

──いや、アリスの人形だ。そのものである。

 

辺りに煙が立ち込める。赤い霧に紛れすぐに消えた、それが合図であるかのように美鈴の背後から()()()が飛来する。完全な死角、そして不覚。その暗器は美鈴の背中に深く入り込んだ。

 

(伏兵か────ッ!)

 

それでも隙は見せない、彼女はその名に似た紅の血を流しながらも伏兵に反撃をする。すぐさま抜いたくないを飛来した方角へと投擲を行った。

文字通り、お返しの一撃だ。

 

しかし、それはただ空を切るのみだった。

さらに言えば……その反撃は相手にとっての絶好のチャンス、隙を作る行為になってしまった。

 

足元が急に隆起する。地面から現れ出たのは複数の人形、それらは美鈴の脚をがっしりと掴んで離さない。

 

「くっ───!小賢しい!」

 

一呼吸、力を取り込むため息を吸い込む、全身の"気"を込めて足を震わせる、まとわりつく人形が内部から砕けるように破壊されていく………。が、しかし──一体どれほどまでに仕込まれていたのか……足元にポッカリと空いた穴から()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

少なくとも美鈴の目にはそう見えている。

 

 

 

「───ッ!?美鈴!呼吸を止めろ!霧を吸い込むな!」

 

「流石に気づくかランサーよ、だがもう遅い!あの美しい女は既に夢を見ているだろうな」

 

赤い霧に混じり、それとは違う……白い煙が辺りに蔓延していた。

ランサーの目には美鈴の足元には()()()()()()の人形がまとわりついていた。美鈴は既に破壊されたその人形にもがく様に寸勁を打ち込んでいる。

 

「魔法の森産の"ダチュラ"の煙さ、くないにも仕込ませてもらった。普段からあそこの瘴気に慣れてる私たちからしたら多少眠くなる程度だが……アイツには何が見えるかな」

 

魔理沙は大量の触媒を用いてマジックアイテムを作ることに長けていた。魔法の森の隅々まで探索し、薬になるもの武器になるもの……様々な()()()を採集し、それらの特性は度重なる実験によりほぼ全て把握していた。

外来から漂着し、魔法の森に自生を始めた朝鮮朝顔(ダチュラ)は外の世界のものと比べ、魔力が宿り簡単な魔術加工で擬似的な指向性を持たせることが出来る。つまり、製作者やその工程を知るものであれば魔術でレジストできるのだ。

 

「へぇ、昨日の今日でそれなりの準備は終えていたというわけか……油断ならねぇやつだ」

 

「我がマスター故な、貴様の想像なんぞ一つ二つはゆうに越えるのだ!」

 

「魔術師は狡猾なもんだよ、まだ試してみたいことは沢山ある」

 

ランサーの睨みに少し怯みつつも不敵に笑う魔理沙。キャスターの戦闘にそぐわないような急な賛辞で、少しは気は楽になっているが……その弁は強がりに過ぎない。放った言葉の真偽は真ではあるが、偽でもある。様々な戦略や武器は頭に浮かぶが準備時間は短く、実際に施行できるものは片手で数えられるほどしかない。

 

「魔理沙、後は手筈通り」

 

美鈴はしばらく戦闘不能、事前に示し合わせた

 

「わかった!あとは頼む!行くぞ、キャスター」

 

「うむ、では許せランサー。今宵の目的は貴様ではないのだ」

 

そう告げ、魔理沙とキャスターは館の正面玄関へと駆けていこうとする。

 

「行かせるかよ──ッ!」

 

通してはならぬ、というマスターへの忠誠ではなく。上等な獲物を逃したくないという思いで全力で追いかけようとするが……その行く手をアリスの傍らにいた(サーヴァント)が阻んだ。さらにその刃、一つではなく───。

 

「これより先はこのアサシンが貴殿の相手を承りまする」

 

背後から声が聞こえた。()()()()、寸分違わぬ姿のアサシンが直刀をランサーの背中に突き刺していた。

 

「ぐっ!」

 

「多少なりとも阿呆薬(幻覚)が効いていたようですね。それでも、とっさに霊核への直撃を避けたのは流石の槍兵の英霊ですか」

 

確かに不覚をついた、それでも対応するのはランサーの戦闘センスによるものだろうが……ここ神代とまでは行かずとも、濃厚な神秘を残す地に根を張る植物となれば。対魔力があるランサーであっても、多少の油断を誘う程度の効果はあったようだ。さらに言えば、アサシンによる気配遮断、()()アサシンのスキルがうまくダチュラの煙幕と噛み合った結果だろう。そうでなければ門番共々、不覚をとるのは有り得なかった。

 

「はは、まさか。アサシンから……不覚を取られるたァな……だが」

 

ランサーがその朱槍の柄を引き、アサシンの腹部めがけて刺突する。難なくアサシンは躱すが、距離は置かれてしまった。直刀はまだランサーに刺さったままだ。

 

「てめぇがオレに勝つには、まだまだ足りねぇなあ───ッ!!」

 

ランサーは尚も、吼える。刀一本程度では彼を止めることは出来ない。それは伝承が証明しているのだから。

 

 

 

 

 

 

「それで?何か言いたいことは?」

 

魔法の森、博麗神社境内裏周辺。そこには樽に詰められた黒い髭の男と緊縛符にて拘束された金の御髪の妖女がいた。

 

「いえ、特にありましぇん……」

 

樽に詰められた男はわざとらしくしょぼくれた表情でそう答えた。

 

「この聖杯戦争の裁定者としてはあんたの行動は別にどうだっていいんだけど、私個人としてはアンタ達は不味いって巫女の勘が言ってるのよね」

 

「れ、霊夢。その辺にしては……」

 

おずおずと慧音が霊夢に意見を出す。さっきからお祓い棒でライダーの頬をグリグリと捻っているのだ。ライダー自身はどこか嬉しそうだが、絵面があまり宜しくない。

 

「ふん、で?この異変は本当にあなた達が起こしたんじゃないのよね?」

 

お祓い棒を髭の頬から離し、今度は手のひらでパシパシと叩きながら詰め寄る。その姿はまるで外の世界で言う不良学生のようだ。

 

「全くわからんですぞー!!!そんなに追求されても出るもんは何も無いなどとキメ顔で言ってみる…………あっ、ごめんなさいそんなに睨まないで。ちょっと興奮するから」

 

でゅへでゅへ、とおおよそ一般人からは出ない笑い声を漏らすライダーに心底嫌そうな顔をする霊夢は続けて問う。それを聞く時はその嫌そうな顔を引っ込め、神妙な顔つきで詰めた。

 

「では、別のことを。()()()がいるということ、それはこの聖杯戦争で何らかの異常が起こるということです。それについて、何か心当たりは?」

 

「ない」

 

「…………」

 

ライダーは先程までのお巫山戯を辞め、即答した。発言の真偽はどうであれ、その行為は明確な答えだった。

 

「全く検討がつかないですなぁ〜。この黒髭、ここに召喚されてから一日も経っていない故……上も下も右も左もAもBもさっぱりわからないですぞー!幻想郷ビギナーな僕ちんよりマスターに聞いた方がよろしいでFA」

 

「あんたと喋ってると頭がおかしくなりそうだわ。まあこの弱小妖怪にそんな幻想郷を揺るがすような異変や、聖杯戦争のイレギュラーに()()()()()()()か」

 

そう言って霊夢はライダーとルーミアに背を向ける。

 

「ねぇ、なんで私に何も聞かないの?」

 

ルーミアは十字架に張り付けられたかのように木に縛られている。先程から黙って霊夢たちの話を聞いていた。

 

「今のアンタに聞いても、しょうがないからよ」

 

それはとても霊夢らしい返事だったが、いつもよりどこかトゲのある言い方だった。

 

「どちらにせよ私に協力しないなら放っておくわ、でも邪魔はさせないから。まあ安心しなさい2時間程度で効力は失われる……それまではゆっくりそこで勝ち抜く方法でも相談してなさい」

 

霊夢はそう言い残しその場から風のように去っていった。

 

「すまない、二人とも。私達も行くよ。いずれは衝突するだろうが、その時はまた話そう」

 

完全に霊夢に任せていた慧音とセイバーもあとに続いてライダー達の目の前から去った。

 

取り残された二人の間には沈黙が流れた、風の音と擦れる葉の音のみが闇を駆けていく。

 

「ねぇ。ライダー」

 

数十秒経ってから不意にルーミアが呟いた。その声色は平坦で感情を感じさせないものだった。ライダーはその呼びかけに顔を向けることで返事をする。

 

「ちょっぴりね、ほんの少しだけ、むかついちゃったかも」

 

少しずつ、泥がこぼれだしている。

 

「まだ何をしたいのか分かってないけど。あの巫女に仕返ししたいわ」

 

無邪気な笑顔は、まるで闇のようで。

 

「まぁ……まずは、リグル殿達が戻ってくるのを祈るしかないですなぁ」

 

欲望すらも映さない、ただの傷んだ鏡面のようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。