バトルスピリッツ アナクロニズム (にしはる)
しおりを挟む

01 ビャク・ガロウ出陣!

「フラッシュタイミング、サンダーウォールを使用。そのアタックはライフで受ける」

 少女が一枚のカードをかざすとバトルフィールド上空に雷雲が発生する。それはアタックをしている輝龍シャイニング・ドラゴンを取り囲んだ。立ちこめる暗雲に周囲を見渡したシャイニング・ドラゴンであったが、合体している輝きの聖剣シャイニング・ソードを構え直すと少女に突撃する。すると少女の立つ舞台を守るように透明なシールドが展開した。そしてシャイニング・ドラゴンは振りかぶった剣を袈裟懸けに切りつけて、少女のバトルフォームのライフ二つを砕いた。

 たたらを踏んで胸に走った衝撃に顔をしかめながらも、少女は不敵に笑った。

「サンダーウォールの効果、バトル終了、自分のライフが2個以下ならアタックステップを終了する。あたしのライフは2個、これであなたのターンはおしまい」

 シャイニング・ドラゴンの使い手の少年は隠しもせずに舌打ちをすると「ターンエンドだ」とコールした。

 少年のターンが終わり少女のターンになる。

「スタートステップ」

 彼女がターンの開始を宣言すると、カードを置く台座のふちが光を放った。そこで少年が「キジ・トリアの効果を使うぜ」と声を張った。それに応じてキジ・トリアが甲高い鳴き声を上げた。

「キジ・トリアのLv2効果、相手のスタートステップ開始時、自分がバーストをセットしていない時、バーストをセット出来る。俺はこれをセットするぜ」

 4枚の手札から少年が1枚をバーストゾーンにセットする。

「さらにネクサス、英雄皇の神剣の効果、ターンに一度バーストをセットした時、カードを1枚ドローする」

 バーストのセットにより一度は減った手札であったが、ネクサスの効果で手札の消費を補った。少年のデッキはバーストを巧みに扱うデッキであり、彼はそのデッキ構築からそのままバースト使いと呼称されるほどの実力者であった。

「ほら、お前のターンだよ」

 手札をひらひらと振って少女に早く進めるように催促した。

 その態度に普通ならイラっとしてもいいものだが、少女は何一つ表情を変えずに「コアステップ、ドローステップ……」とたんたんと自身のターンを進めた。

 その姿を見て、少年は奇妙な焦燥に駆られた。

 彼のセットしたバーストは絶甲氷盾。ライフが減った際に発動出来るバーストで、ライフを一つ回復し少女が使ったマジック同様にアタックステップを強制的に終了させるものだ。汎用性が高く、ほとんどのプレイヤーがデッキに3枚採用しているカードで、それでしのがれ返しのターンで負けてしまう――なんてこともざらにある。警戒しなくてはならないバーストの一つが少年の仕掛けた絶甲氷盾である。

 少年は手札とにらめっこする少女を眺めながら、自分の手札とフィールドを確認していた。

 手札は4枚。フラッシュで使えるカードは英雄皇の神剣の効果でドローをしても引き込めなかった。しかし彼のフィールドには回復状態のスピリットが2体残っている。キジ・トリアとブロンズブルム。それぞれLv2。ライフも3つ残っている。

 それに対して少女のフィールドはどうだろうか。天の階というネクサスがたった一つあるだけ。先ほどまで2体並んでいたスピリットも輝龍シャイニング・ドラゴンが呼び出した輝きの聖剣シャイニング・ソードの召喚時効果で全て焼き払われてしまっていたのである。

 次のターンで仕留める。このターンがお前のラストターンだよ、と少年は心に陰った焦りを振り払うようにそう念じた。

「メインステップ。天使スピエルを召喚。天の階の効果、系統:天霊を持つスピリットが召喚されたのでトラッシュから天使アクセラを手札に。そしてそのまま召喚する」

 アクセラの召喚で少女はグリムの天使ラプンツェルを手札に戻した。

 そしてフィールドにはスタッフを持った銀髪の天使と鎌を携えた茶髪の天使が舞い降りる。

「あなたは、このターンでおしまい」

 不意に少女がそう言った。その言葉に少年は怪訝そうに「はあ?」と呆れたように返した。

「俺のライフは3つ、ブロッカーとなるスピリットも2体いるんだぜ? どうやってこの牙城を崩すんだ?」

 挑発するようにまた手札をひらひらと振り、露骨に溜息を吐いてみせた。

 それに……、と少年は思案する。バーストには絶甲氷盾。負けるはずがなかった。

「見せてあげる、大天使の力」

 少女はゆっくりと手札から1枚のカードを引き抜いた。

「光より降臨せよ、大天使アヴリエル」

 バトルフィールドの遙か上空より光が射す。雲間から広がるそれは、まさにエンジェルラダーと呼ぶにふさわしき光。

 その中からゆるやかに、そして神々しく金髪の大天使が降り立った。つま先が荒野に着くか否かというところでふわりと浮遊して中空にとどまった。

「そして彼女は全てを滅する天使を連れてくる」

 今度は光を切り裂き、雲の切れ間から天使とは比較にならない大きさのスピリットが現れる。それはブレイヴカードであるが、その姿はこのフィールドにいるどのスピリットよりも巨大で、荘厳であった。

「殲滅天使ネフィリムを大天使アヴリエルの効果で召喚する。さらに、大天使アヴリアエルに殲滅天使ネフィリムを合体」

 ネフィリムが立て膝になり手のひらを地面に近づけると、アヴリエルが浮かび上がりネフィリムの手のひらに収まった。状況としては合体と呼べるのか曖昧であるが、これでも合体しているようだ。

 その姿に少年は怖じ気づいていた。少女の自信はこのカードに裏打ちされたものであった。大天使アヴリエルと殲滅天使ネフィリムの効果を既に知っていた少年は、このターンに間違いなく自分のライフが砕け散ることを悟っていた。

「アタックステップ。征圧せよ合体スピリット」

 圧倒的な存在が動き出す。ネフィリムの右手がキジ・トリアとブロンズブルムをなぎ払った。為す術もなく2体のスピリットは破壊され爆風をまき散らした。

「アヴリエルの効果、BP0になったスピリットを全てを破壊する。続けてネフィリムの効果。大天使アヴリエルと合体している時、このスピリットに黄のシンボル1つを追加する」

 アヴリエルとネフィリムが本来持つシンボルに加え、シンボルが1つ追加され合体スピリットはトリプルシンボルとなった。

 少年のライフは3。ブロッカーとなるスピリットも破壊されてしまった。彼のフィールドには疲労状態の合体したシャイニング・ドラゴンしか存在しない。つまり、ライフで受けるほかなかった。

「うわああああ! ラ、ライフ……でッ!」

 手札を放り、少年は両腕で顔を覆う。

 展開されたシールドの前にネフィリムがゆるやかな歩調で近づいた。手のひらに乗っていたアヴリエルが手を前に伸ばした手のひらを握り込むと、シールドが光に包まれ少年のバトルフォームのライフ3つをあっさりと砕いた。

 

 

 鳴り止まない声援と拍手の中、少女はスカートの両端をつまむと、おしとやかに礼をした。いつも彼女がバトル終わりにやる仕草である。

 そんな姿を大型テレビ越しに見ていた青年はやっと終わったと言わんばかりに大口を開けて欠伸をすると、すぐにテレビを消した。

「バトルスピリッツねえ……」

 彼は抜けない眠気に髪をかき乱し、ぬるくなったお茶を飲み干した。

 そして以前の感覚がバトルシーンを見たことによって呼び起こされたのか、なんとはなしに寝室に向かうと、しばらく開けてすらいなかった押し入れの中を探り始めた。

「捨ててはなかったと思うんだけど……」

 冬物や大学の教科書など、様々なものをどかしてたどり着いた先には、酷く懐かしい真っ黒なカードケース。傷だらけのそれを引っ張り出して中身を取り出した。

「あーなんかすげー懐かしいわ」

 デッキの最前には剣王獣ビャク・ガロウのカード。三年ほど前に登場したカードで、今となっては使う人はごく少数なのではないか、と青年は思った。

 というのも先ほどのバトルでは、彼が見たことのあったカードなど天使クレイオ程度で、その他のカードは見たことも聞いたこともなかった。それにブレイブとかバーストとかよく分からんカードまで登場していたのである。

 しかし、彼は今、無性にバトルをしたい衝動に駆られていた。しばらく前に引退したとはいえ、あんなに激しいバトルを目撃しては、元カードバトラーの血が騒いで仕方なかった。

「ってかバトルフィールドでバトルが出来たら最高の気分だろうな」

 あのようなスピリットが実体化して、戦闘をする、という装置は青年が現役だった頃には存在していなかった。テレビで少し触れていたが、陽昇マヒル博士という人がバトルフィールドの実用化に成功したらしく、最近では街のショップでも運用がされているとかなんとか。だとすれば、希望はある。

「久しく行ってなかったからな」

 当時、入り浸っていたショップに顔を出そうと、青年は出かける準備を始めた。

 

 

 自動ドアをくぐり抜ける。真夏の陽射しにさらされていた身体に空調の冷気が心地いい。どうやら建て替えたらしく昔よりも店内は広くなり、最奥にはバトルフィールドに繋がる装置らしきものが窺えた。

 バトル台も増え、子供から結構な大人までがバトスピに興じているようだった。

 なにをするにしても、とりあえずは店長に会おうと青年は考え、入口から見て右手にあるレジカウンターを一直線に目指した。

 真っ直ぐレジに向かう人影に気がついたのか一人の男性が顔を上げた。そして軽く目を見開いて「ずいぶん久しぶりだね」と柔和な笑顔を浮かべた。

 店長こと、吉田さん。青年がショップに通い始めてからの付き合いで、気のいいおっちゃんなのである。

「お久しぶりです店長。俺のこと分かります?」

「分かる分かる二年や三年じゃそんなに顔も変わらないからね、神田くん?」

 青年は神田(かんだ)俊道(としみち)という。少し長めの髪を茶色に染めた今時の大学生らしい青年だ。

「ところでショップに来たってことはもしかして復帰?」

 いきなり現れた元常連客に、一番聞きたかったことを店長は切り出した。

「まあそんなとこです」

 昼間にテレビやっていたバトルフィールドでの勝負を見て、久々にバトスピがやりたくなったこと、まだカードが残っていたので久しぶりにやってみようと思った――と彼は経緯を簡単に話した。

「せっかくなので1パック買います。おすすめの弾ってあります? しばらく離れていたんで一切環境分からないわけですが」

「そうだね。使われているデッキは神田くんがやっていた頃よりも多いと思うよ。特別欲しいのがないなら最新弾でいいんじゃないかな?」

「じゃあそれで。あのところで、大天使アヴリエルって」

「それは最新弾だね。黄色を使うのかい?」

 店長に代金を払い神田はパックを受け取る。

「いえ、そうわけではないですけど、ちょっと気になったので」

 あの少女は最近登場したばかりのカードを使いこなしていたらしい。いつかは彼女とバトルをしてみたいと神田は思ったものの、全国大会で優勝するようなカードバトラーに一介のカードバトラーである俺が挑む機会などあるのだろうかと考え直し、意味のない想像をその場で打ち切った。

 ひとまずパックを開封する。パックを破り、丁寧にカードを取り出した。

 見たことないカードの中に、気になるカードを見つけた。

「とりあえず入れてみるか」

 正直なところ、神田にはそのカードの効果など全く分からなかったが、何故かイラストに惹かれた。

 デッキ枚数が41枚になるのも気にせずデッキに差し込む。

「ところで店長、奥の装置って……」

 指を指して店長に訊ねる。入店当初から気になっていた話題に、神田はようやく触れることが出来た。

 すると店長はどこか自慢げに「あれはバトルフィールドだよ」と、心なしか胸を張って答えた。

「陽昇マヒル博士が開発した……」

「その辺はもう知ってます。ぜひ使ってみたいんですけど空いてますか?」

 店長が語り出すのを遮る。少し肩を落としながら「対戦相手がいるならね……」と返答した。

 神田は適当に店内を回り手の空いてそうなバトラーを探すが、見当たらない。一人でいる人間も散見されたが、明らかに自分の世界に浸かっており声をかけられる雰囲気ではなかった。

 そして、ふと聞き覚えのある声を聞いた。それをたよりに並ぶテーブルの隙間を縫って声の主の元へとたどり着く。そこには小学生らしきキャップをかぶった少年と、ボブカットの少女、というには少し年齢が上の女性がいた。とはいえ、女性と呼ぶにはいろいろ足りていないなと神田は思っている。背とか、胸とか。

 それにしても、と神田は悪い笑みを浮かべながら考える。

『カードゲーム? なにそれ子供っぽい。神田そんなんやってんのお?』

 これはそこの女が嘲笑混じりに言った台詞である。確か高校生の時だったか。

 神田の前で少年のバトルをしている女は神田の知り合いであった。名前を崎間(さきま)深月(みつき)という。

 髪色は金色、美人というよりは可愛らしい顔立ち。高校時代と髪型に変わりはなかったが、髪色は茶色から金髪にグレードアップしていた。前髪を真っ直ぐ切りそろえているせいか、ヘルメットをかぶっているように見えた。それに思わず神田が吹いたところで、バトルを眺めていた幼げな視線の多くが彼に注がれた。それにつられて深月が顔を上げ、固まった。

「よお」

「あ、はは……うそ、なんで」

 乾き引きつった笑みを浮かべて、深月はただそれだけを呟いた。

「俺がバトスピやってたのは知ってたろ。ちょいと復帰した」

「そ、そうなんだ……」

「あーそうそう。俺はお前が昔言った暴言については全く怒ってないから安心してバトスピやってな」

「んぐ……」

 思い当たる節があったのか息を詰まらせる。彼女をいじるのはここまでにして、神田は本題を提示した。

「少年とのバトルが終わったら俺とバトルだ」

 その言葉を聞いて深月は目を丸くしたが「おっけ、首洗って待ってなさい」と口の端をゆがめて笑った。

「あ、ごめんね。変なおにーさんがワタシのこと好きみたいだから話しかけずにいられなかったみたい」

「言ってろ」

 神田は先にバトルフィールドへと向かう。店長も待機していた。

「あいつ……崎間は最近よく来てるんですか?」

「彼女は神田くんの知り合いだったのか。そうだね、今年の初めくらいから結構な頻度で来ていると思うよ」

「へえ」

 ショップに通うようになると本格的にカード好きな感じになっていると思うわけで、とすると崎間もそれなりのカードバトラーになっているのかもしれないな、と神田は思った。

 しばらくして深月がやって来る。バトルは勝利してきたらしい。神田は大人げねえなと口にしかけたが、過去の自分もさほど変わらなかったか、と思い直し、それを明言することは避けた。

「さーて、やってやろうじゃないの」

 これからカードバトルをするというのに、深月は柔軟体操をしていた。カードゲームで全身の筋肉は使わないだろうと神田は思ったが、そういえばバトルフィールドだからそういうことをしておいた方いいんだろうかとも思わないでもない。

「じゃあ二人とも、そこに立ってくれ」

 店長に促されて、神田は小上がりに上がる。

 続いて深月が上り、二人が正面に向くと先ほどまでカードバトルをしていた人々全てが二人に注目していた。バトルフィールドでのバトルの注目度を如実に表していた。

 そして冷静な(てい)を装いながらも、少なからず神田も興奮していた。

 ついにバトルフィールドでバトルが出来る、デッキのスピリットがあの舞台で縦横無尽に駆け回るんだと思うと、気分は高揚するばかりであった。

「では、バトスピと言ったらあのコールしかないから、二人ともよろしく」

 バトルフィールドの操作パネルをいじりながら店長が言う。

 バトスピが好きなら誰もが知るであろうそのコール。

 神田と深月は一度だけ目を合わせると、

「ゲートオープン! 界放ッ!」

 二人は高らかに宣言した。

 

 

 * * *

 

 

「神田はここ、初めて?」

 赤いバトルフォームをまとった深月が神田に話しかける。

「まあ、そうだな」

 神田はあまり彼女の声が聞こえていないかのような態度で、フィールド全体を眺め回していた。

 その対応に深月は少し笑って「やっぱし初めての時ってみんなおんなじ反応なんだね」そうこぼした。

「でもまあ、感動するのはそのくらいにして、早くバトルをしようじゃないの。本当に感動するのはバトルを始めてからだからね」

 深月の手のひらを打ち鳴らす音に、神田も同意して「なら、始めるか」と笑った。

 そして神田はやや感慨にふける。

 昼に見たバトルは、ここと同じバトルフィールドで行われていたのだと。目の前に広がる円形の荒野でスピリットが闘いを繰り広げる。

「ははっ」

 だしぬけに神田が笑った。それを見て深月は少しだけ目を見開いたが、彼の楽しげな姿に無用なツッコミはしなかった。誰だってここに来て興奮しないはずがないのだ。その感覚は深月にも分かることであった。

「じゃあ、ワタシの先攻で行くよ。スタートステップ!」

 

第1ターン

<深月>

リザーブ:4 手札:5 ライフ:5

 

「メインステップ。オードランをLv2で召喚」

 翼を持つ小さなドラゴンが現れる。

「さらにバーストをセット。ターンエンドよ」

 深月がカードを1枚バーストゾーンに置く。

「バーストねえ。なにが出るか分からんのを読み合うのが面白いってか」

 神田は面倒そうな声音で呟いて「スタートステップ」を宣言した。

 

第2ターン

<神田>

リザーブ:5 手札:5 ライフ:5

 

「……」

 神田は手札のカード見て、目を細めた。

 悪くはない手札であったようだ。

「メインステップ。ミツジャラシを召喚。自身の効果でボイドからコアを増やすぜ」

 デフォルメされた蜂がフィールドに現れる。Lv1での召喚であったがコアの増加によりすぐにLv2に上がる。それに応じてミツジャラシも羽を鳴らした。

「アタックステップ、ミツジャラシ行け」

 羽音を響かせ、ミツジャラシが飛び上がった。

 深月の方に一直線に飛んだミツジャラシのアタックを彼女はライフで受けた。

 ミツジャラシの腹のトゲが深月を保護するバリアに突き刺さり、彼女のライフ1つを破壊した。

 

<深月>

ライフ:5→4

 

 自分のフィールドに舞い戻ったミツジャラシを眺め、神田は静かに息を吐いた。

「思ったより落ち着いて見えるけど」

 一つ減ったプロテクターのライフを撫でながら深月がそう指摘する。神田は「驚きすぎて声も出ない」と、茶化すように返した。

「じゃあバーストいただくわ。三札之術を使う。バースト効果はBP4000以下のスピリット破壊だけど、ミツジャラシはBP5000ね。なら破壊は出来ないけど、メイン効果を使用するわ」

 バーストとしてセットされていたカードが飛び上がり、深月の手のひらに収まる。

 深月はカードを2枚ドローし、デッキトップ1枚をオープンする。

「オープンしたカードは双翼乱舞。赤のスピリットカードではないので元に戻す」

「へえエクストラドローの互換カードか。ターンエンドだ」

 神田の呟きに深月は「そんなカードがあるんだ」と、昔のカードなど知らないというふうに首を振った。

 

第3ターン

<深月>

リザーブ:5 手札:6 ライフ:4

オードラン(Lv1)

 

「オードランをLv2に。続けてオードランをもう1体召喚、こちらはLv1。さらに双翼乱舞を使う」

 オードランが2体並び、深月はカードを2枚ドローした。

「続けてバーストをセット」

 またも深月はカードを1枚セットし、アタックステップへと移行した。

「2体のオードランでアタック」

 小さなドラゴンが駆け出し、フィールドを走り抜ける。

「ライフだ」

 神田がそう言うと同時にシールドが展開され、飛び上がったオードランの火炎放射を浴びた。

 

<神田>

ライフ:5→3

 

「ぐっ……うう」

 胸を貫く痛み。神田はたたらを踏んだ。

「結構痛いでしょ。まあもちろん幼い子供がやるときはもう少し衝撃も軽減されてると思うんだけどね。そんな心配は無用でしょ?」

 深月は台に腰掛け、肩越しに振り返りながら神田を挑発する。それに神田は「バカ言えよ」と笑った。

 

第4ターン

<神田>

リザーブ:7 手札:5 ライフ:3

ミツジャラシ(Lv2)

 

「ふう……。お前に会えると思うとなかなか感慨深いもんだな」

 手札を見て神田は柔らかな笑みを浮かべ、1枚のカードを引き抜いた。

「行くぜ、剣王獣ビャク・ガロウ召喚」

 中空に現れたエメラルド。突如としてそれが切り裂かれ、ビャク・ガロウが大地に降り立った。幾本もの尻尾全てに鋭い刃の武器を持っている、その雄々しき姿に神田は思わず「おお……すげえ」と感嘆をもらした。

 かっこいい登場なのだが、深月はもったいないと首を左右に振った。

「ねえ、召喚パフォーマンスは?」

「は? なにそれ」

「ここで召喚する時はそれの口上を述べるのが普通なの」

「へえ、そうか。じゃあアタックステップに入るぜ」

 人の話に耳を貸さず神田はアタック宣言をする。

「行け、ビャク・ガロウ」

「話くらい聞けえ! ライフで」

 荒野を走り抜けたビャク・ガロウは展開するバリアに飛びかかり、その強靱な爪でそれを切り裂いた。

「きゃっ!」

 

<深月>

ライフ:4→3

 

 軽く悲鳴を上げながらも、深月はただではやられないとバーストを宣言する。

「バースト、救世神撃覇。BP合計6000まで好きなだけスピリットを破壊する。ばいばいミツジャラシ」

 深月がかざしたカードから爆炎が生まれたかと思うと、それは炎の弾丸となってミツジャラシに直撃した。

「フラッシュ効果で1枚ドロー。効果でバーストをセットするわ」

「お前バーストばっかじゃねえか」

「今の環境、バーストなしには戦えないわよ」

「そうかよ」

 バーストがないと戦えない、と深月は言ったが、神田としてはそれに頼りすぎなんじゃないかと思う。店長いわく守りを全てバーストに委ねているデッキもあるそうだ。

「エンドだ」

 神田が告げると、深月は楽しげな顔でターンの開始を宣言した。

 

第5ターン

<深月>

リザーブ:6 手札:6 ライフ:3

オードラン(Lv1)

オードラン(Lv2)

 

「そっちがキースピリットを召喚したんならこっちも相棒で応じてあげないとね」

 深月は手札のカード1枚を神田に見せつけるようにオープンした。

「焼き尽くせ、焔を纏いし魔皇、焔竜魔皇マ・グー!!」

 巨大な鎌を構えた、黒い竜が召喚される。それは人型をしていて、竜というよりも竜人と言った方がしっくりくる出で立ち。

 鎌を振り回し、自らの存在を主張するように吼える。低いその声が神田と深月の身体を打つ。

「あーもー、いつ見てもマ・グーはかっこいいなあ」

 頬を染めて恍惚とした表情を浮かべる深月。その姿に神田は明らかに引いていたが、彼女はそれに気づいていないようだった。

「なあ」

「なあに?」

 深月に神田が声をかける。

「お前さっきそんなカードがあるんだ、みたいなこと言ってたが、そのマ・グーもたぶんリメイクされたスピリットだ」

「へえー、そうなんだあ。じゃあ昔からマ・グーは最前線で闘っていたってことね」

 さて、無駄話もこの辺にして、と深月が話を断ち切ると、アタックステップに入った。

「マ・グーの効果。アタックステップ開始時、トラッシュのコアを好きなだけこのスピリットの上に」

 召喚で使用されたコア5個がマ・グーに置かれ、レベルが3にアップする。

「さーらーにーっ、系統:竜人/古竜を持つ自分のスピリットをBP+3000! そしてそして系統:古竜を持つ自分のスピリットに赤のシンボルを一つ追加! いっけええマ・グーッ!」

 コアの嵐を受けたマ・グーは翼を広げ咆吼し、深月の命令に従って神田に攻撃を仕掛けた。

「鬼のように強くなってんじゃねえか、マ・グー。いいぜ、来いよ」

 滑空するマ・グーは鎌を振り下ろし、神田のライフを2つもぎ取った。

 

<神田>

ライフ:3→1

 

「ッ!?」

 いきなり突き飛ばされたような、シンボル2つ分のダメージに神田の息が詰まる。それを見て、深月は「今日のフィールドダメージ設定高くない?」と、バトルフィールド外の機器を操作したであろう店長に向かって声を上げた。

「で、大丈夫?」

「……ああ。で、あと1点だがどうする?」

 頷いて神田は、何事もなかったと装うように彼女に攻撃を催促した。

「あんた、マゾ?」

「ちげーよ。どうすんだ? アタックすんのか、しないのか」

「もちろん、するわよ。やっちゃってオードラン!」

 神田に飛びかかるオードランだったが、不意に背後から現れた影に身体を切り裂かれた。直後、爆発のエフェクト。

「え?」

 なにが起きたの? と驚く深月。

「緑デッキ相手にこれを警戒してないわけないよな?」

 爆風と煙の中から姿を見せたのはマッハジー。緑の昆虫がオードランを撃退していたのだった。

「くっ」

 深月はマ・グー召喚で舞い上がり、その後神田の安い挑発に乗った自分を恨まずにはいられなかった。少し考えればフラッシュがあることくらい分かったはずであるが、さっきの彼女はそこに頭が回らなかった。

 一度ミスを犯したとはいえ、それが戦況に大きな影響を及ぼしたわけではない。マ・グーのアタックにより神田のライフはあと1つ。

 深月のフィールドには回復状態のオードランが1匹。対して神田の場には疲労したビャク・ガロウとマッハジーがいるだけ。

 なにかしらのフラッシュがある可能性はある。神田の余裕な態度を見れば容易に想像できるが、深月の知っている彼は非常に意地が悪かった。平然と嘘をつくし、それでいてそんなそぶりを見せない。だからブラフの可能性もある。つまり、フラッシュなんてないのかもしれない。

「どうした? 長考はジャッジの対象だぜ?」

「るっさい! いいわ、じゃあアタックしてあげる」

 結局、神田のやっすい挑発に乗ってしまった深月はオードランでアタックを仕掛けた。

「フラッシュ、マッハジーを神速召喚」

 そして先ほどと全く同じ構図で返り討ちに遭う。

「あああああああむかつくううううう!! ターンエンドッ!」

 髪をかき乱し、屈辱的なエンドコール。深月の心はすさんでいた。

 

第6ターン

<神田>

リザーブ:9 手札:3 ライフ:1

剣王獣ビャク・ガロウ(Lv1)

マッハジー(Lv1)×2

 

「ビャク・ガロウ、マッハジー2体全てをLv2に。アタックステップ、飛べマッハジー」

 マッハジーが昆虫特有の羽音をさせ、深月目がけて特攻する。

 それを彼女はライフで受け、このバトル三度目のバーストを発動させた。

「バースト、覇王爆炎撃! BP4000以下のスピリット3体を破壊。よってマッハジー2体を破壊する」

 深月が見せつけたカードから炎が生まれ、マッハジーを焼き払った。

「またバーストか」

 溜息まじりに神田はターンを終えた。

 

第7ターン

<深月>

リザーブ:4 手札:6 ライフ:2

焔竜魔皇マ・グー(Lv3)

 

「メインステップ。マ・グーをLv2に。カグツチドラグーンを召喚、Lv2。続けてワン・ケンゴーを召喚、こちらはLv1。さらに双翼乱舞を使用。コアはマ・グーから確保する」

 じっくりとメインステップを行う深月。新たに召喚されたスピリットはどちらも赤デッキを支えるつわものどもである。

 前者はアタック時のドローと激突を持つ、背に翼を持つ四足歩行のドラゴン。後者は甲冑を纏った犬。

「羨ましいな、メインでいくらコアを使ってもアタックステップには戻ってくんだろ?」

「ええ。最高のスピリット、ワタシの相棒よ。バーストをセット。バーストセット時、ワン・ケンゴーはLv3として扱う」

 ワン・ケンゴーのBPが2000から6000に跳ね上がる。しかし相変わらずコアは1つ。驚異的なコア効率を誇るスピリットである。

「それじゃあ、覚悟しなさい。アタックステップに入るわ」

 アタックステップになり、マ・グーの効果でトラッシュのコア、合計5個がマ・グーに置かれる。その結果、マ・グーのLvは3に。

 さらにBPアップ効果により、系統:古竜を持つ同カードとカグツチドラグーンのBPは+3000。それぞれのBPは13000と9000になった。

「カグツチドラグーン、アタック!」

 翼を広げ、カグツチドラグーンが宙を舞った。

「このスピリットは激突を持つ。さあブロックしなさい」

 剣を構えビャク・ガロウが応戦する。

 マ・グーの効果によりカグツチドラグーンのBPは9000。対するビャク・ガロウも同じ数値であり、このままでは相打ちになる。

 互いに攻撃を繰り出し、それを避けては反撃に転ずる両者。体格の大きいビャク・ガロウの周りをカグツチドラグーンが飛行し、攻め込む。

 神田はその戦闘を眺めながら、手札を確認した。

 ガリーバー、ソーンプリズン、ガブノハシの3枚。深月のフラッシュを考慮にいれないのであればこのターンをしのぐことはできるだろう。

 ひとまずビャク・ガロウを共倒れにさせるわけにはいかない。神田はカード2枚を手札から引き抜いた。

「フラッシュタイミング、ガリーバーを神速召喚。召喚時効果で系統:剣獣を持つ自分のスピリットをBP+1000」

 前歯の鋭い小さな獣が出現し、ビャク・ガロウに力を与える。続けて神田はもう1枚のカードを発動させた。

「更にフラッシュ、ソーンプリズン。スピリット2体を疲労させる」

 突如としてマ・グーとワン・ケンゴーを囲い込むようにトゲを持つツルが地中から生え、2体のスピリットを閉じ込めてしまう。

 2枚のフラッシュに呼応するようにビャク・ガロウが吠えると、火炎を吐くカグツチドラグーンに回り込み、その肢体を口の刀で切り払った。

「フラッシュ何枚持ってんのよ。ターンエンド」

 毒づく深月に「お前のデッキは守りの多くをバーストに任せてるみたいだが、昔はそんなもんなかったからな。フィールドと手札で対抗するしかなかったんだよ」と、神田は返した。

 

第8ターン

<神田>

リザーブ:6 手札:2 ライフ:1

剣王獣ビャク・ガロウ(Lv2)

ガリーバー(Lv2)

 

 ドローをしたあと、神田は静かに息をつき手札を台に置いた。

「どうしたの?」

「いや、ちょっとね」

 引いたカードは、バトル前気まぐれに入れたカード。

 さきほどから神田は深月の扱うバーストに煮え湯を飲まされていたが、そのカードはそれを封じる効果を持っている。

『翡翠の小太刀 日輪丸』。

 深月がなんのバーストセットしたか分からない以上、これを使うべき瞬間であるのは明白だ。

 置いた手札を改めて手にし、

「メインステップ!」

 なんとはなしに、神田の声に力がこもった。

「ガブノハシを召喚」

 鳥と植物を合成したかのようなスピリットが姿を現す。軽量な暴風持ちスピリットである。

「そして、翡翠の小太刀 日輪丸をフィールドに」

 神田は手札を使い切り、入手したばかりのカードを召喚した。

 唐突に落下して、大地に突き刺さる日輪丸。砂埃を巻き上げ、その中で刃がきらめいた。

 彼はブレイヴというカードについてほとんど知らなかったわけだが、その強さだけは知っていた。あの少女が使用していた姿が神田の目に焼き付いて離れなかったのだ。

「日輪丸をビャク・ガロウに合体」

 神田がカードをビャク・ガロウに半ば重ねるように配置すると、フィールドでも変化が起きた。

 ビャク・ガロウのくわえていた刀が空気に溶けるように消えると、ビャク・ガロウは日輪丸を尻尾の多数の刀でなぎ払った。そして空中に放られた日輪丸を飛び上がったビャク・ガロウが消えた刀同様に口にくわえた。

 それと同時にビャク・ガロウの青い装束が、日輪丸の(つば)から(つか)にかけて装飾された太陽と同じ色に変わる。それは刀が冠する名と同じ美しい翡翠色。

「ビャク・ガロウはBP12000に」

 合体したことで余剰となったコアを1つリザーブに戻し、神田はアタックステップを告げた。

「行け、ビャク・ガロウ」

 大地を蹴って走り出すビャク・ガロウに対し、深月は「まだ、負けない!」と手札のカードを提示した。

「守り全てをバーストに頼ってるわけじゃないからね! フラッシュタイミング! マジック、デルタバリア! このターン、ワタシのライフはコスト4以上の相手のスピリットのアタックでは0にならない!」

「それでビャク・ガロウのアタックは防げても、こっちにはコスト4以下のスピリットが2体いるぜ?」

「それも折りこみ済みよ。さらに絶甲氷盾を使用。不足コストは全てマ・グーから確保する」

 ビャク・ガロウが日輪丸で深月のライフを破壊しにかかるが、その刹那、展開されたシールドの上に三角形のバリアが発生した。

 さらに彼女が続けて使用した絶甲氷盾によって、あたりが吹雪に包まれた。

「それでもライフは1つもらう! ライフを砕けビャク・ガロウ!!」

 叫ぶ神田と、刀を振りかざすビャク・ガロウ。

 デルタバリアに阻まれながらも、ビャク・ガロウは深月のライフを奪った。

 

<深月>

ライフ:2→1

 

「日輪丸の効果でバーストは発動できないか。でもこれでアンタのアタックステップは終了」

 にやりと深月は笑うが、神田も彼女と同様の表情をしていた。

「ビャク・ガロウの効果を忘れてもらっちゃ困るな。こいつは相手のライフをアタックによって減らした時、リザーブのコア1つをトラッシュに置くことでスピリット2体を手札に戻せる」

「うっそ!?」

 緑にバウンス効果を持つやつがいたなんて、と驚く深月をよそに、ビャク・ガロウは絶甲氷盾が生み出した吹雪も吹き飛ばすかのような嵐を起こし、ワン・ケンゴーとマ・グーを彼女の手札に追い返した。

 台からふわりと浮かんだカード2枚を、深月はまとめて掴んだ。

「でも、これで本当にアンタのターンはおしまいよ」

 

第9ターン

<深月>

リザーブ:12 手札:5 ライフ:1

 

 深月はメインステップに入り、ふっと息をはいた。それは1ターン前の神田の仕草に似ていた。

「神田さ、アンタ強いね」

「そりゃどうも」

 おどける神田に深月は笑って、しかしその直後表情を引き締めた。

「強いアンタだからワタシは全力でアンタを倒す。焔竜魔皇マ・グーを再度召喚!!」

 業火より顕現する黒き魔皇。炎に抱かれた姿は深月の本気を如実に示していた。

「行くよ、アタックステップ」

 トラッシュのコア全てがマ・グーの元に集まる。

 召喚した時点でマ・グーはLv3であったが、コアを得てマ・グーは吠え猛る。

「全て、灰燼と化せ」

 静かに深月が呟くように言うと、マ・グーがおもむろに鎌を担ぎ、先ほどとは打って変わってゆっくりと歩き出し、歩速は上げず神田へと向かう。

「ガリーバー頼んだ!」

 神田もただではまけないとガリーバーをブロックに当てる。

 魔皇の前では小動物でしかないガリーバーは、一瞬でマ・グーに捕まると、地面にたたきつけられた。

 それでもガリーバーは満身創痍の身体を引きずり、挑むようにマ・グーを威嚇した。

「じゃあ、フラッシュ使うね。ストームアタック」

「緑の、マジック?」

「そ。強すぎて今では制限カードだけど。コアはマ・グーから使うわ」

 鋭い風が吹き、ガブノハシがその風に巻かれて疲労する。そしてその風はマ・グーの周囲にも巻き起こった。

「ストームアタックの効果は、相手のスピリット1体を疲労、自分のスピリット1体を回復させる。もちろんワタシはマ・グーを回復させる」

 鋭利な風と業火をその身に纏い、ガリーバーを潰したマ・グーが回復する。

「はあ、負けか……」

 スピリットの破壊と疲労により、神田のフィールドにブロッカーとなれるスピリットはいない。手札もなく、彼にこの状況をしのぐ手立ては残されていなかった。

「ワタシのカードあげるから、現環境用にそのビャク・ガロウデッキを組み直そうよ」

「そうだな……」

 緩慢な動作でマ・グーが神田の目の前にたどり着く。

 その身全てが黒の魔皇の姿に圧倒されながらも、神田は台の側部に取り付けられた手すりから手を離し両腕とも真横に広げると

「ライフで、受ける」

 満足げな表情と声音でそう応じた。

 そしてマ・グーの鎌がシールドを引き裂き、深月の勝利が決まった。

 

 

 * * *

 

 

「……疲れた」

 バトルフィールドから帰還してすぐに神田は四肢を放り出して倒れ込んだ。仰向けで疲労の色を濃くした息を吐くと、頭上から声がかかった。

「お疲れ様、初のバトルフィールドはどうだったかい?」

「すさまじかった。興奮も疲弊もなにもかも、ね」

 店長にそう答える半身を起こすと、神田は足の方で彼を見ていた深月に手を伸ばした。

「ちょい力貸して」

「ん」

 意気投合した時にする握手と同じ形で両者が手を繋ぐ。

「そういやさ」

「なーに?」

「お前が最後にしかけたバーストってなんだったんだ?」

「絶甲氷盾だよ。まさか合体するなんて思ってなかったからセットしてたんだけど。まあ手札に2枚あったから一枚おいておこうってのもあった」

「防御積みすぎじゃねえのか?」

「反撃怖いからね」

 深月はそう苦笑い。神田はどうバトルの展開が転がっても負けていたと理解して、敵わなかったかと実感した。

「さて、俺は帰る」

「ワタシも。さすがに疲れたよ」

 立ち上がり、身体をならす神田と、手のひらを口に当て欠伸を殺す深月の元に人が集まる。

「にーちゃんやるじゃん。ねーちゃんいっつも手加減してくんねーんだぜ?」

 先ほど、彼女と対戦していたキャップの少年が興奮気味に神田に近寄ってきた。

「あのおねーさんはなんでも全力だからな、相手が誰であろうと叩き潰しにかかるから注意しろよ」

 神田の適当な返答に深月が反論するが、彼は聞く耳を持たず、少年に事実無根の話を聞かせ続けた。

 ショップの観客達は、そんなやりとりを楽しげな表情で見守っていた。




ふと、バトスピの二次創作小説にはどんなものがあるのだろうと思い、それらを見て、自分も書いてみようと決心し書かれた作品です。
書きためなどはございませんので、次の話が出来次第、気ままに投稿する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02 死を恐れぬ軍勢 バルトアンデルス回生

 昼下がり。真夏の日光は弱まることを知らず、焼けたアスファルトには陽炎が立ち上る。ただ外にいるだけで暑い。この炎天下で動こうものなら、汗だくになるのは考えなくても分かる。

 そんなことを神田(かんだ)俊道(としみち)は冷房の効いた部屋で思った。大型のテレビをつけたまま、テーブルに広げたカードとにらめっこをしている。

 ちなみに彼の暮らすアパートにエアコンなどはなく普段は扇風機で暑さをしのいでいたのだが、今はそのような戦いとはかけ離れた涼しい部屋にいた。当然であるが、ここは神田の家ではない。

「人んちってこと、分かってる?」

 そう問うたのは、金髪の少女。少女というにはいくらか大人びているものの、女性と呼ぶには少々子供っぽい顔立ち。神田は彼女の体つきも子供っぽいと思っているが無粋なことは口にしない紳士であった。

 少女と女性の中間くらいの見た目の彼女は名前を崎間(さきま)深月(みつき)という。

 水滴のついたグラス二つを載せたお盆を持つ深月は、今更のように訊ねた。

 それを聞きながら、神田は「理解はしてる」と座椅子の背もたれに寄りかかって背後に立つ彼女を見上げた。

「でもさあ、人間って一度ラクすると戻れなくなるじゃん? 俺はもうここから離れられない」

「ダメ人間」

「ダメ人間製造できる空間で日々暮らしてるお前には言われたくない」

「まあ、……反論できないわけですけど」

 諦めたように神田のはす向かいに座ると、深月はグラスの一つを手にし緑茶を流し込んだ。グラスの中に浮かぶ氷が音を立て、その音がなんとなく冷涼さを演出する。もともと部屋はエアコンで涼しいとはいえ、目で涼を楽しむのも必要かな、と彼女は思った。

 神田も一方のグラスを持ち、「サンクス」と深月に礼を言って冷えた緑茶を飲み干す。

「それで、デッキは出来たの?」

 深月が神田の手元のカードの束を見遣る。そこにはカードが重なり、それなりの厚さになっていた。目測でもデッキと分かる程度の厚み。

「まあ、そうだな。回してないからどう動くかはまだ未知数だけど」

 デッキを手にして、神田はそれをシャッフルする。カードを裏向きでセットして、上から4枚を引く。深月がその手札を覗き込んだ。

「相変わらず、ビャク・ガロウとは仲が良いわね」

 深月が言うように、神田の引いたカードの中にはビャク・ガロウのカードが含まれていた。

「まあ、ちょっと度が過ぎるみたいだけど?」

 彼女が笑う。

 神田も苦笑した。

 というのも、彼が引いた手札4枚の内、3枚がビャク・ガロウだったのである。紛れもなく、単なる手札事故であった。

「まあ、実戦で回ってくれればいいんだよ」

「実戦でもビャク・ガロウに愛されすぎてマズいことになったりして」

 グラスを下げる深月に、神田は頭を小突かれる。

「ちょっと相手してくれ」

 その頭をさすりながら、カードを片付けると、彼女にそう対戦を申し込んだ。

「ん、いいよ」

 やるからには本気で行くと言って、深月は先日使ったマ・グーデッキを自分のストレージボックスから引き抜いた。

 

 

 デッキの動きを一通り試したあと、深月の暮らすアパートを出て先日と同じカードショップへ。彼女の自宅からショップまで徒歩でも5分とかからない。

 この近さが深月をカードゲーマーに仕立て上げた要因の一つのようだ。

「それで、神田」

 ショップまでの道のりも半分といったところで、深月が素敵な笑顔で神田に顔を向けた。

「あんだ?」

 少し先を歩く彼女に神田は眠たげな目を合わせる。

 すすす、と深月が神田に迫り、両の手のひらを彼に広げて、見せた。

 手のひらのはなにもない。深月の手相があるだけだ。

 神田は「どうした?」と、首をかしげると「察し悪いなあ」と深月が口を尖らせた。

「カードあげたしなんか見返りちょーだい」

 そして、そう言った。

 先刻の素敵な笑顔の正体は、物をねだる時の表情だったようだ。

「お前の善意による提供じゃねえの?」

「んにゃわきゃない」

 巻き舌で深月が言う。

「まあ、最初はムショーテーキョーでもいっかなあって思ったけど、アンタの飯がうまかったから作らせようかと」

「マジか。あんなん誰だって作れ……」

 いや、待てよ、と神田は言葉をそこで切った。むしろあの程度の食事を提供するだけで、カードが貰えるのであれば安いもんじゃないか。

 そう考え直し、神田は悪い笑みを深月に見えないように浮かべた。

「まあ、いいや。オッケー了解した。また飯作ったら今回のカードはチャラになるんだな?」

「うんっ」

「じゃ、さっさと行こうぜ」

 神田は邪悪な笑みが露呈する前に、目をきらきらさせる深月を促しショップへと歩かせる。それに昼日中いつまでも戸外にいたくない。

 自動ドアをくぐると、身体の表面を冷気が駆け抜けていくのが分かる。表皮に浮かんでいた汗がなおさら涼しさを際立たせた。

「それにしても、いつも寒い」

 深月は肩を抱いて、神田にバッグを要求した。彼が差し出すバッグを受け取り、パーカーを引っ張り出すと深月はそれを着込んだ。

「じゃあ、まああとは帰るまでそれぞれ勝手に」

「りょーかい」

 深月が手を振る少年の元へ行ったのを確認して、神田はこれからどうしようかと店内を見渡した。手の空いている人をしらみ潰しに探していると、背中に熱風を感じた。

 彼が振り返ると、新たなお客さんらしき人が入口に立っていた。濡れ羽色と呼ぶにふさわしい美しい黒髪の少女だ。髪は肩口を撫でるくらいの長さ。

 神田が綺麗な髪だなと思ったのは一瞬で、その後は彼女の奇特な服装に眉にシワを寄せた。

 8月の厳しい日射にもかかわらず、その人物は黒かった。むろん肌が黒いというわけではない。装いが真っ黒なのだ。

 シースルーの黒い肩出しブラウス。その内側のキャミソールはなお黒い。透き通るような、病的ともとれる肌の白さが余計に黒さを際立たせている。そして黒いショートパンツ。同色のニーハイブーツ。

 右腕に提げるのは黒い日傘。ふちには白いレースがあしらわれているが、全体の印象がそれで覆るはずもなく、むしろその差し色によって黒が強調されている。

 その姿に神田は不審げな目をやって、入口から離れることにした。

 のだが、二の腕まで覆う黒い手袋をした手が神田の腕を捕らえる。

 直感的に関わらない方がいいのではと思っていた彼は行動を阻害されてしまう。少女の掴む手に力はほとんど加わっていないので振り払うことは容易であったものの、事態が面倒な方面に進むことを危惧した神田はありったけの笑顔で「どうしましたか?」と少女を肩越しに見遣った。彼の表情が軽く引きつっていたのは言うまでもない。

「バトル、いいですか」

 黒い双眸が神田を見上げ、そう言った。

「……分かった。バトルしよう」

 逡巡したものの、デッキを早く回したかった神田にとって、その申し出は悪いものではなかった。

 彼の中で少女は不審者認定をされたままであったが、特殊なのはその体裁だけだと自分に言い聞かせ、神田は少女と連れだってバトルフィールド使用の申請を店長にしたのであった。

 それから数十分。行われていたバトルが終わり、神田と少女がバトルフィールドに降り立つ番が来た。

「先に自己紹介でも。俺は神田俊道、よろしく」

一縷(いちる)。よろしく」

 一言の自己紹介を終えて、店長が新たなバトルが開始することをアナウンスすると、客の多くがバトルに注目する。

「ゲートオープン界放!」

 恒例のかけ声で、バトルは始まった。

 

 

 * * *

 

 

 神田は先日の深月とのバトルぶりにこの場所に立つことになる。

 円形のフィールドを見るだけで、あの時のバトルの記憶が呼び覚まされた。

 前回は敗北したが、今回は負けられないと意気込み、デッキをシャッフルした。

 一方で、一縷と名乗った少女は表情を変えずに神田同様にデッキを混ぜている。その顔からはなにも読み取れないが、彼女の双眼はバトルフィールドをなめ回すように見ていた。

「もしかして、ここは初めてか?」

 神田が訊ねると、一縷はこくりと頷いて「ショップも初めてきた」と抑揚なく答えた。

 感情が表層に浮き出ない喋りと顔色のため、神田はどう対応したものかと考えつつ、まあバトルをすれば分かることもあるだろうと、意識をバトルに向けた。

 ある人物が言っていた、バトルは対話だと。

「じゃあ俺からいかせてもらう。スタートステップ!」

 そして、神田の先攻で幕が開けた。

 

第1ターン

<神田>

リザーブ:4 手札:5 ライフ:5

 

「むう……」

 意気込んで先攻を選択したものの、手札を見た瞬間に神田の顔が曇った。彼にしては珍しく、ポーカーフェイスを忘れ去っているようだった。

 とはいえ、最悪の手札ということでもなかった。ドローしたカードで、ある程度は手札事故気味の手札から持ち直せる可能性があったのだ。

「マジック、ストロングドローを使う。自分は3枚ドローに、その後2枚手札を破棄」

 デッキの上から3枚のカードを手札に加え、残すカードの選別をする。

「俺はこの2枚を破棄する」

 

<神田>

破棄:剣王獣ビャク・ガロウ、コノハガニン

 

「これでターンを終える」

 神田は溜息交じりに告げて、一縷のターンへと移った。

 

 

 * * *

 

 

「にいちゃん、ビャク・ガロウ捨てちまったぞ?」

 バトルフィールドの外では少年と深月がバトルの傍ら、あちらのバトルを見守っていた。

 少年がそう深月に訊き、彼女は「へえ」と頷く。

「では戦略のお勉強の時間です」

 彼の疑問に深月がかけてもいない眼鏡を押し上げる仕草。

「神田はストロングドローでキースピリットとするビャク・ガロウを破棄したけど、どうしてそうしたでしょう」

 深月の提示した質問に、少年は「んー」と首をかしげた。

「とりあえず、コストが重いから破棄したんだとは思う」

「それもそうね。でもそれだけじゃない。これは推測だけど、きっと神田の手札にはもう1枚のビャク・ガロウがあるはず。普通、手札が悪くてもキースピリットは残したくなるもの」

 更に深月は続ける。

「最初から手札入れ替えを行ったのは手札の巡りが悪いから。もちろん手札事故でなくてもドローはするものだけど」

 彼女は気づいていた。神田の素が出たことに。ライフ1でも動じず相手である深月を挑発してみせた彼が動揺しているあたり、初手は身動きもままならなかったほどだろう。

「でもまあ、ドローでなんとかなりそうって顔になったけど」

 そう深月が言うと、少年が眉にシワを寄せて彼女に訊いた。

「あのさ、ねえちゃんとあのにいちゃんってどーゆー関係なの? まさか、アベック!?」

「なんでそんな古くさい言葉で表したかはわかんないけど、少なくともそうじゃないわ」

「そっか……」

 安心した、という風に少年は胸をなで下ろした。

 

 

 * * *

 

 

第2ターン

<一縷>

リザーブ:5 手札:5 ライフ:5

 

 手札を見、リザーブを見、指折りなにかを数える一縷。

 コアの計算だろうと神田は遠目に推測しながら、最初のターンは重要だろうと思考を巡らせた。

 一縷とは初めてのバトルのため、当然デッキ内容は分からない。故に彼女の1ターン目は注目する必要があった。

 基本的に初動で大方どのようなデッキか見当がつく。

「メインステップ。シキツルを召喚」

 一縷が召喚したのは紫のスピリット。全身が骨のツルが翼をはためかせフィールドに降り立つ。

「召喚時効果、カードを1枚ドロー。これでターンエンド」

 うかつに動くようなことはせず、一縷はターンを終えた。

 それを見て、神田はまずコアシュートに警戒をしなくてはならないなと、コアの運用に制約がつきまとうのを面倒に思いながら、ターンの開始を宣言した。

 

第3ターン

<神田>

リザーブ:5 手札:6 ライフ:5

 

「くノ一ジョロウを召喚する。コアを2つのせておく」

 本来なら神速召喚をしたいスピリットであるが、背に腹はかえられない。さすがにいつまでもフィールドをカラにしておくのは得策ではない。

「これで、エンド」

 神田も動かず第3ターンを終えた。

 

第4ターン

<一縷>

リザーブ:5 手札:6 ライフ:5

シキツル(Lv1)

 

「メインステップ。魔剣は闇を導く、魔剣デスサイズ召喚」

 一縷が召喚を宣言すると、バトルフィールドがにわかに暗くなる。シキツルのすぐそばが一層暗くなり、そこだけ暗闇が増した。

 そしてその暗がりは確固たる闇へと変わり、その闇からまがまがしい装飾の施された(つか)がゆっくりと、はえてきた。

 刃の切っ先までが姿を見せると闇は薄れていきその武器の全容が明らかになった。

 柄の近くに水晶をくわえたドクロ。(いかり)にも似た形状の刀身には紋様が彫られている。

 首を刈り取る死神のためにあつらえられたような、そんな見た目の剣刃(つるぎ)だった。

「召喚時効果、『ダークネス』と名のつくスピリットカードがでるまでデッキをオープンする。上限は6枚」

 地面に突き刺さるデスサイズの刀身の紋様が不気味に光り出すと、それに反応して一縷のデッキが次々オープンされていく。

 彼女が6枚目にオープンされた死神剣聖ダークネス・メアを手札に加えると、ほかのカードはトラッシュへと破棄される。

 

<一縷>

破棄:黒き骸王バルトアンデルス、闇騎士ラモラック、トーテンタンツ、魔界七将ベルドゴール、マーク・オブ・ゾロ

 

「そして、バーストをセット」

 一縷はカードを1枚伏せてバーストゾーンに。続けてシキツルでアタックをした。

 彼女のセットしたバースト、BPの低いスピリットでのアタック。そして極めつけは彼女のデッキの色。

 紫は破壊後のバーストが多数あると神田は深月から教わった。特に警戒すべきは、一縷が破棄したカードに含まれていたマーク・オブ・ゾロ。使用されるタイミングによってはこちらの被害が甚大になる可能性もあるカードである。

「来い、ライフで受ける」

 神田はブロックはせず、ライフを選択した。

 バーストを注意したのも理由の一端であるが、序盤のライフの一つくらいは問題ないと神田は考える。それに使用可能なコアも増加するのだから悪いことだけではない。

 シキツルのクチバシがバリアを震わせた。

 

<神田>

ライフ:5→4

 

 デスサイズに目をやり、一縷はほんのわずかだけ微笑む。

「エンド」

 そして不気味な笑みを貼り付けてターンを神田に受け渡した。

 

第5ターン

<神田>

リザーブ:5 手札:6 ライフ:4

くノ一ジョロウ(Lv1)

 

「さて、どうするか……」

 神田は声に出して思案を始めた。

 相手がトラッシュを肥やしているのは間違いない。カードをトラッシュ送りにする以外の目的でデスサイズを採用するとは考えにくい。紫にはリアニメイト効果を持つカードが多いため、トラッシュもある意味もう一つのデッキとして見ることができる。

「メインステップ、新しいスピリットでも使おうか。猪人ボアボアをLv2で召喚」

 神田のフィールドに甲冑を纏った人型のイノシシが現れる。鎖の両端が鉄球となったハンマーに類する武器を携えている。その鉄球にはトゲがついており、スピリット自体の見た目も含め、なかなかに恐ろしい容貌である。

「アタックステップ。行け、ボアボア」

 ボアボアは鎖の半ばを掴むと、頭上でハンマーを振り回し始めた。カウボーイのようなその動きから、鉄球を投擲した。

「アタック時効果。このスピリットのLvを1つ上のものとして扱いLv2にからLv3に。それに伴いBPも4000から8000に上昇」

 その効果に次いで緑のシンボルを条件とする連鎖(ラッシュ)が発揮され、ボアボアにボイドからコアが追加された。

「さあ、どうする」

 神田の問いに一縷は手札を一瞥するも、ライフで受けると宣言した。

 ボアボアの投げた鉄球が展開されたバリアをしたたかに打ち付けて、その衝撃で一縷の舞台が揺れる。そしてライフが一つ砕かれる甲高い音。

「くぅ……」

 一縷は胸を押さえ痛みに耐えるように身体を折り曲げた。

 

<一縷>

ライフ:5→4

 

「でも、この砕かれたライフが新たな力になる」

 彼女は顔を歪めながらもしっかりとした口調でそう言って、バーストをオープンした。

「ライフ減少時バーストか」

 神田は予測が外れたかと呟く。彼のバーストの知識はまだ乏しく、それの精度はまだまだであった。

「バースト、ラウンドテーブルナイツ。円卓の騎士の名の下に甦れ、魔界七将ベルドゴール!」

 前触れもなく、ボアボアの影より出現するベルドゴール。その存在に気づくよりも前に、ボアボアはベルドゴールの強靱な左腕の爪に切り裂かれ破壊された。

「召喚時効果、疲労状態のコスト4以下の相手のスピリット1体を破壊する。よってボアボアを破壊」

「……エンドだ」

 自分のターンでありながらフィールドをコントロールされてしまい、神田は悔しく感じながらもそれは無表情の仮面に隠しエンドを宣言した。

 

第6ターン

<一縷>

リザーブ:5 手札:6 ライフ:4

シキツル(Lv1)

魔界七将ベルドゴール(Lv1)

魔剣デスサイズ(Lv1)

 

「死を司る剣刃(つるぎ)の使い手をここに、死神剣聖ダークネス・メア召喚。Lvは2」

 動けない神田とは対照に、一縷はうまくデッキが回っているようで、一足先に大型スピリットを召喚した。

 黄金の装飾がなされた黒いローブを纏う影が、彼女のフィールドに現れる。深く被ったフードの奥底で怪しく光る赤い双眸。骨の手が掴むは金色の鎌。

「そして、合体(ブレイヴ)

 一縷が台の上のカードに手のひらをかざすと、魔剣デスサイズがひとりでに動きだし、ダークネス・メアに重なった。

 フィールドではダークネス・メアの鎌が消え、彼が手を伸ばすとデスサイズがその手のひらに収まった。

「アタックステップ、シキツルアタック」

 羽ばたき、飛び上がるシキツルに対し、神田の「ジョロウ、ブロックだ」の声にくノ一ジョロウが屈伸運動の要領で跳躍し、いくつものクナイをシキツルに投げつけた。シキツルは巧みな飛行でそれを交わしたが、回避されるのを見越してジョロウが仕掛けていた蜘蛛の捕まり、地面に落下し爆発する。

 スピリットを破壊されても一切動じず、一縷はアタックを継続する。

「ダークネス・メア、アタック。ここでアタック時効果発動」

 ダークネス・メアが魔剣デスサイズを持っていない手のひらを真横に伸ばす。すると手のひらの真下の地面が黒く染まり、その中から先ほど破壊されたはずのシキツルか現れた。

「なんだと!?」

 神田の驚きの声に一縷は静かでありながら楽しげに返す。

「ダークネス・メアは、死をも塗り替える。そしてこれがメインのアタック」

 ダークネス・メアの姿が消え、直後神田の眼前に出現する。魔剣デスサイズを振りかぶり神田のライフを狙う寸前で、彼はマッハジーを神速召喚しライフを奪われるのを阻止した。

 しかしまだ一縷にはアタックができるスピリットが2体も残っていた。

「マズいな……」

 神田はそう小さく口にして、甦ったシキツルのアタックをライフで受け、ライフを一つ減らした。

 

<神田>

ライフ:4→3

 

「今はこれでおしまい」

 一縷はベルドゴールを残しターンを終わらせた。

 

 

 * * *

 

 

「あの娘、強いわね」

 神田がシキツルをブロックしたのは神速召喚できるマッハジーが手札にある上での行動であったと深月は読むが、神田の考えをあの一縷と名乗った少女は逆手に取ったようだった。

「相手の頭数を減らそうとブロックしたのに、結局スピリットの数は変わらなかったわけか」

 一縷が圧倒的優勢であるのは言うまでもない。

「さて、アンタはこっからどう立て直すのかな」

 深月は楽しげに呟いた。

 

 

 * * *

 

 

第7ターン

<神田>

リザーブ:8 手札:5 ライフ:3

くノ一ジョロウ(Lv1)

 

 神田はこのターン剣王獣ビャク・ガロウをLv2で召喚するだけにとどまり受けの姿勢を取った。

 

第8ターン

<一縷>

リザーブ:4 手札:6 ライフ:4

 

「メインステップ、ダークネス・メアをLv3にアップ。そしてマジック、デッドリィバランスを使用。さあ、スピリット1体を指定して」

 一縷がマジック使用を宣言すると、フィールドの真ん中に巨大な天秤が出現した。

「いちるはシキツルを捧げる」

 彼女がスピリットを指定すると、選択されたシキツルが一方の皿に、他方の皿に神田が選んだくノ一ジョロウが乗った。

 先ほどまで揺れていた天秤が徐々に安定し、振れ幅が小さくなりやがて止まった。そして2体のスピリットは紫色の炎に焼かれ天秤と共に消滅した。

「それでまたそいつの効果で甦らせるって寸法か」

 神田は一縷のやろうとしていることを察して溜息をつく。今の彼は彼女の猛攻をしのぐのがやっとであり、それに拍車をかけているダークネス・メアを早めに破壊してしまいたいと考えていた。

「アタックステップ、ダークネス・メアでアタック」

 魔剣デスサイズと合体したダークネス・メアがふわりと浮かび、宙を駆け抜ける。アタック時効果によりシキツルがトラッシュから復活した。

「ビャク・ガロウでブロックする」

 ダークネス・メアは魔剣デスサイズと合体しておりBPは11000。対するビャク・ガロウのBPは9000。BPの上では前者が上回っていた。

 ダークネス・メアの振りかぶった魔剣と、ビャク・ガロウの刀が交錯する。

 両者の激しいつばぜり合いが続く。奇妙な形の剣の攻撃にビャク・ガロウは押され気味で、挙げ句口の刀を吹き飛ばされてしまう。

 尻尾の刀で応戦するが、唐突にビャク・ガロウの動きが鈍くなった。どうやらダークネス・メアが生み出した真っ黒な影がビャク・ガロウの挙動を阻害しているようだった。身動きのとれないビャク・ガロウにダークネス・メアが魔剣を突き立てようとする。

「フラッシュタイミング、ブリーズライド。ビャク・ガロウのBPをプラス3000する。よってBPは12000になる」

 魔剣がビャク・ガロウの頭を貫く寸前、強風が吹き込んで、遠くに転がっていたビャク・ガロウの刀がそれに伴って弾かれるように飛んできて、ダークネス・メアの黒いローブを切り裂いた。その隙をついてビャク・ガロウが起き上がり身体を左回りに回転させ、遠心力で重みを増した尻尾の刀の群れがダークネス・メアを引き裂いた。

 闇に溶け込むように薄れていきダークネス・メアは破壊され、魔剣デスサイズだけがフィールドに残された。

 

第9ターン

<神田>

リザーブ:7 手札:4 ライフ:3

剣王獣ビャク・ガロウ(Lv2)

 

「メインステップ、ミツジャラシ召喚。効果でコアを追加しLv2にアップする」

 可愛らしいハチが現れ、神田にコアの恵みをもたらす。

「ミツジャラシをLvダウン。続けて……飛来せよ、プテラノストーン」

 神田が召喚したのは、深月のカードストレージで眠っていた赤のブレイヴカード。それはほとんど採用されることのないカードであり、そんなカードが出てくると想像できた観客はいないだろう。そのカードが神田のデッキに入っていることを知っているのは、彼と深月しかいない。バトルフィールド外では、深月がひとりでに笑っていた。

「なんだよ、どんなカードか分かんねえって顔だな。ま、日の目を見ないカードらしいからその反応も納得だけど」

 神田は自嘲するように笑う。

「プテラノストーン、召喚時効果。BP3000以下のスピリット2体を破壊する」

 空から迫る巨大な影。それは大きな翼を持つ翼竜であった。石の身体でプテラノストーンは一縷のフィールド上空を旋回、狙いを定めると急降下し、その規格外の翼でベルドゴールとデスサイズをなぎ払っていった。

「くう……」

 破壊により生じた爆風に一縷がよろめく。フィールドに残されたシキツルはプテラノストーンの特攻に慌てたのか翼をばたつかせていた。

「アタックステップ。突っ込めプテラノストーン!」

 神田側のフィールドから、再度プテラノストーンが飛び立つ。

 突撃するしか攻撃の術を持たない彼はただ愚直に一縷に向かって飛行する。

 その姿に一縷は(おのの)いたのか、ライフが4つあるにもかかわらずシキツルをブロックにあてた。

 高速で飛来する石の塊に、骨のツルはなにも反撃が出来ぬままそれの直撃を食らい、そのまま外縁まで押し込まれ岩の壁に衝突して破壊された。

「まだだ! ミツジャラシ行け!」

 つんざく羽音を響かせミツジャラシが飛び立つ。そのお腹の針が一縷のライフを奪おうとするその瞬間、一縷の舞台を真っ黒なベールが包んだ。そして繭のように丸くなる。

「な、なんだ?」

 神田もミツジャラシも驚きその身をすくませた。

 そのベールの中から一縷の声が届く。

「フラッシュタイミング……スケープゴート」

 その声の直後、獣の慟哭にも似た咆吼がフィールドを振動させた。

「骸の王、愚かなる者に断罪を。黒き骸王バルトアンデルス回生! Lvは2」

 巨大な繭が内側から裂け、異形の獣の三つ首と、尾のオロチが覗く。そして黒く鋭い翼を広げバルトアンデルスが姿を現した。

 一縷を守護するように彼女のいる舞台の横に立ち、三つの頭が首をもたげミツジャラシを見つめ、そして飛びかかった。

 唐突な出来事に反応する暇もなくミツジャラシは捕まり、鋭利な牙に咬みちぎられた。

「スケープゴートで召喚したスピリットはそのバトル終了時破壊される。けど、まだ終わらない」

 バルトアンデルスはフィールドを突っ切り、神田の舞台に飛びかかった。

「なん……!?」

 その行動に半歩退いた神田だったが、彼が奪われたのはライフではなく手札であった。彼の手から1枚のカードが離れ、トラッシュへと移動する。

「バルトアンデルスの破壊時効果は、相手の手札を破棄しそれがスピリットカードなら回復状態でフィールドに残る、という効果。破棄されたカードは、軍師鳥ショカツリョー。よってバルトアンデルスはこの場にとどまる」

「最悪だぜ……エンドステップ時、トラッシュのブリーズライドは手札に戻る」

 またしても自分のターンでありながら攻めきることができなかった。フィールドコントロールの高さでは、一縷には勝てないと神田は悟った。しかし、当然のことであるが彼は負けるつもりなどはなかった。

 

第10ターン

<一縷>

リザーブ:7 手札:6 ライフ:4

黒き骸王バルトアンデルス(Lv2)

 

「メインステップ。ストロゥ・パペット並びにシュテン・ドーガを召喚」

 一縷は続けざまに2体のスピリットを呼び出した。わら人形と、両腕に枷と鎖のついた鬼。

「シュテン・ドーガ召喚時効果、トラッシュの系統:魔影を持つコスト3以下のスピリットをノーコスト召喚。三度(みたび)甦れ、シキツル」

 再三に渡ってシキツルがフィールドに復活する。こころなしかシキツルもうなだれていてだいぶ疲れていそうだった。

「骸王の軍勢は死をも恐れない。アタックステップ、シュテン・ドーガでアタック!」

 重そうな剣を構え走り出すシュテン・ドーガ。

 そのアタックに神田は1枚の手札を切った。

「フラッシュタイミング、サンダーウォールを使用。そのアタックはライフで受ける」

 彼が使ったのは、先日見たバトルで勝利を収めた少女が使った防護マジックだった。彼の少女と一言一句違わず、神田はマジックの使用を宣言した。

 あの時のように雷雲が出現し、神田の舞台を取り囲んだ。

 彼はシュテン・ドーガの剣による一撃をライフで受け、マジックの要件を満たす。

 

<神田>

ライフ:3→2

 

「サンダーウォールの効果、バトル終了時、自分のライフが2個以下ならアタックステップを終了する。俺のライフは残り2、残念だったな攻めきれなくて」

 神田は挑発するような言葉を吐いて、一縷のターンを強制終了させた。

「ターン、エンド……」

 悔しさを顔ににじませて、一縷はターン終了を宣言した。

 

第11ターン

<神田>

リザーブ:12 手札:2 ライフ:2

剣王獣ビャク・ガロウ(Lv1)

プテラノストーン(Lv1)

 

「ドローステップ……ははっ」

 不意に神田は吹き出した。引いたカードはハンドリバース。

 今までの引きの悪さは、この瞬間を引き立てるためなのではと思うくらいの、神引きだと神田は思った。

「メインステップ。マジック、ハンドリバース! 手札を全て破棄し、相手の手札と同じ枚数になるようにドローする」

 神田の手札が0枚から一気に5枚にまで増大する。それを一縷は面白くなさそうな表情で見遣っていた。

「俺の運がようやくめぐってきたらしいな。続けて、翡翠の小太刀 日輪丸を召喚!」

 空から落ちてきて大地に突き刺さる翡翠色の剣。それに応じてビャク・ガロウが吠え猛る。

「そうか、お前も待ってのか。待たせて悪かったな。翡翠の小太刀 日輪丸を剣王獣ビャク・ガロウに合体! 更にLv2にアップ!」

 ビャク・ガロウが日輪丸をくわえると、前回と同じように青の装束が翡翠色に染まる。

「アタックステップ、行けビャク・ガロウ! 日輪丸との合体によりBPは12000だ」

 大地を蹴り上げ疾走するビャク・ガロウ。日輪丸の切っ先を地面にかすらせながら愛との陣営に乗り込んだ。

「そっちにフラッシュがないならこっちからいかせてもらう。フラッシュタイミング、タフネスリカバリーを使用する」

 タフネスリカバリーの効果はスピリットのBPを+2000し、その後そのスピリットのBPが10000以上の時、回復させる効果である。

 駆けるビャク・ガロウにエメラルドの恵みが与えられ、全身が新緑色に輝いた。

「バルトアンデルス、阻め!」

 語気を強め、一縷がビャク・ガロウのアタックをブロックした。

「その瞬間、ビャク・ガロウの暴風の効果発動だ。スピリット2体を疲労させてもらうぜ」

 刀と牙が火花を散らす。その戦いの奥で待機していたストロゥ・パペットとシキツルが立っていられないほどの強風に巻き込まれ膝をつく。

「BPではこっちが上だ、どうする?」

 神田の問いかけに一縷は負けじと反論する。

「骸王は何度でも甦る。何回だって立ちふさがる!」

 彼女の声に応えるようにバルトアンデルスが吠え、鋭敏な動作でビャク・ガロウに応戦する。しかし、ビャク・ガロウの巻き起こす竜巻に身体を吹き上げられ、バランスを崩した刹那、日輪丸の一閃が走る。

 頭から尻尾までを、真横から切り裂かれたバルトアンデルスの身体は発光し爆発する。

「く……、まだ負けない! バルトアンデルスの破壊時効果、相手の手札を1枚破棄する!」

 爆風の中からバルトアンデルスの尻尾のオロチが驚異的な速度で伸び、神田の手札から1枚を無作為に奪い取った。

「破棄されたのはマッハジー。スピリットなのでバルトアンデルスは再びここに復活する!」

 煙がかき消えると、そこには無傷のバルトアンデルスがしっかりと四足で立っていた。

「死なないなら、闘うだけ無駄ってことか。もう一度行くぞ、ビャク・ガロウ!」

 回復状態であったビャク・ガロウは再度アタックする。

 そこで一縷がフラッシュを宣言した。

「フラッシュタイミング、トーテンタンツを使う。手札の魔剣デスサイズを破棄して、相手のスピリットのコア2個をリザーブに。不足コスト確保のためにストロゥ・パペットのコアも使う!」

 ストロゥ・パペットが姿を消し剣王獣ビャク・ガロウのコア一つと、プテラノストーンのコア一つがリザーブに送られる。コアの数がLv1コスト以下になりプテラノストーンは消滅する。

「これでいちるを倒すことはできない」

 一縷が神田の攻める手段を潰したと愉快そうに笑う。それに対して、なぜか神田も笑ってみせた。

「ま、普通ライフが4つあって壁になるスピリットがいたらそう思うよな」

 神田はテレビで見たあのバトルを思い出していた。圧倒的不利の状況から彼の少女は見事な逆転を成し遂げたのだ。もしかするとあれは少女の思惑どおりの展開であった可能性もあるんじゃないかと、今更になって思う神田であったが、だとしてもあの場面では少女は負ける寸前に見えたのだ。

「一縷……だったな。お前の運の尽きはバルトアンデルスの破壊時効果でマッハジーを破棄したことだ」

「……どういう意味?」

「すぐにでも分かる。フラッシュタイミング、ジュラシックフレイムを使うぜ」

 神田が使ったのは、赤のマジック。炎の弾丸がシキツルを焼き尽くし、続けて炎をはらんだ風が吹き、バルトアンデルスが姿勢を崩した。

「BP3000以下のスピリット1体を破壊。その後、連鎖でスピリット1体を疲労させる効果だ」

「バルトアンデルスが!? で、でもその合体スピリットのアタックで減らせるライフは二つ」

 力なく膝をつくバルトアンデルスの真横をビャク・ガロウがトップスピードで走り抜ける。

「昔から、フラッシュだけは強いんだ。フラッシュタイミング、二枚目のタフネスリカバリーを使用する。コアはビャク・ガロウから」

 神田は最後の手札を切ってビャク・ガロウを再度回復させる。彼が一縷に運の尽きといったのは、この手札故のことであった。

 ジュラシックフレイム、タフネスリカバリーのいずれかが破棄されていたら神田に勝ち目はなかったのだ。

「う、そ……くう、ライフで受ける!」

 一縷は手札を取り落とし、膝をついた。

 そして彼女の舞台に展開したバリアに、ビャク・ガロウが尻尾を振り回し投げた数々の刀剣が突き刺さりライフを削る。

 

<一縷>

ライフ:4→2

 

「決めろビャク・ガロウッ!」

「それも、ライフで受ける!」

 一縷を振り返り、無理矢理身体を起こそうとするバルトアンデルスにビャク・ガロウは一瞥をくれて、日輪丸の一太刀で一縷のライフを砕いた。

 

<一縷>

ライフ:2→0

 

 ライフ破壊の衝撃を、手すりに掴まり耐えた一縷であったが、バトルが終わると台にうなだれかかった。

 

 

 * * *

 

 

「ありがとう、ございました」

 一縷は真っ先に神田の元に来ると、頭を下げた。

「んー、お疲れさん」

 彼女の頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でて、神田は疲れたと言って後方に倒れ込んだ。

「おじいさん、勝利おめでとう」

 そして彼を見下ろす深月。

「この年齢になるともう老化の一途たどるだけだな」

「なにを言ってる二十代」

 深月に頭頂部をつま先で蹴られ、神田は半身を起こした。そこで一縷と目が合った。

「どうかしたか?」

「なんでもない……けど」

 逆接の接続詞を口にしながらそこで言葉を切る一縷。

「けど、なんだよ。まあ別になんでもいいけどさ」

 神田が立ち上がってなんとなくレジに向かう。その背後をついて行く一縷。

 それから神田が店長と二言三言交わす間もなにも言わずに後ろに立っていた。

「懐かれたんじゃない?」とやってきた深月が言う。

「冗談はよせ、なあ? ちょっとレジに用事があったんだよな?」

 神田が一縷に話を振ると一縷はぽけーっとした顔で神田を見上げるだけ。

「バトルんときとキャラちが……ん?」

 そんなことを神田が言おうとしたとき、彼の袖が強く引っ張られた。

 そちらを見ると、いつも深月といる少年が神田の服を引いているようだった。

「どうした?」

「にいちゃん……いや、神田俊道、オレとバトルしろ!」

 少年は自分のデッキを神田に突きつけて、強い口調でそう宣戦布告した。




一週間で次の話を投稿するぞー!
→無理でした。

そんなわけで第二話でした。

相手のデッキは友人のデッキをモデルにしました。ありがとう友人。
まあデッキ内容は、バルトアンデルスとトーテンタンツ以外別物ですが。

次はモブ小学生かと思ったら、実はちゃんとした登場人物だった少年とのバトルの予定です。

最後に、誤字脱字、カード効果のミスなどありましたらコメントをいただけたらなと思います。もちろん感想も待っております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03 天地鳴動

神田(かんだ)俊道(としみち)、オレとバトルしろ!」

 少年による唐突な宣戦布告に神田は「は?」と面倒臭そうな表情をした。

 デッキを前に突き出す少年に神田は向き直って、彼の顔を見る。真剣な表情。冗談のような顔色は一切ない。

「いきなりなんだ? 俺は一縷(いちる)とのバトルで疲労困憊(こんぱい)だから連チャンは勘弁して欲しいんだが。で、どういう風の吹きまわしだ?」

 神田と少年の繋がりは薄い。お互いに崎間(さきま)深月(みつき)の知り合い程度の認識しかないはずである。

 しかし今この瞬間を切り取ると少年が神田に対して敵意をむき出しにしていることが分かる。神田からすれば、何故敵意を向けられているか分からない状況であった。

 すると少年は深月を指差す。

「ねえちゃんがから聞いたぞ! 神田はねえちゃんのカレシでもないのに家に入り浸ってるって!」

「……確かに入り浸ってるが、それがどうした」

「そういうの不純異性交遊っていうんだ!」

 ビシィ! と神田を指差して少年はそう言い切った。

 それに対して神田は一度目を彼方にやって、とても面倒だなあと心の中で溜息をつく。

「あー、そう。で、君はなにがしたいんだ? えーと、名前なんだっけ。よしぞうだっけ?」

「全然ちげーし! オレは灰島(はいじま)卓郎(たくろう)だ! 覚えとけ」

 神田の問いに対しての回答は先送りにし、少年こと卓郎はなかなか渋いフルネームを名乗った。

「それでオレは神田とバトルしたい。いや、する。オレが、お前を倒す!」

 やる気は非常に伝わる。しかし要領は全く得ない返答。神田は深月を仰ぐが、彼女もなにがなにやら、と手のひらを返して首を振る。

 卓郎が妙に張り切っているのは深月が発したなにかしらの言葉であるのは間違いない。彼女があまり意識せず言った言葉がどうやら卓郎のスイッチを押したらしく、今に至る。

 現状をはっきりと理解している人物は誰もいない……と思いきや、不意に一縷(いちる)が口を開いた。

「あの子は、多分、嫉妬してる」

「ん? 嫉妬ってなにに……」

 彼女の言葉に神田は疑問を呈する直前、卓郎がなにに嫉妬しているのかを悟った。そして意地の悪い笑みを浮かべる。

「な、なんだよ……ニヤニヤして」

 その笑顔に卓郎が少し腰を引く。なにか嫌なものを感じ取ったようだ。

「いや、うん。お前崎間のこと好きなんだろ? そうかそうか、なるほどね。お前はあいつのことが好きで好きでたまらなかったわけか。それでいつも崎間と一緒にいたってことだろ? そんな時に俺が崎間とショップに現れて楽しげに会話してるのを見たり、おそらく崎間があんまり考えずに話した俺があいつの家に出入りしてるって話を聞いたりして嫉妬心を燃やしていたわけだ。違うか?」

「か、かか……神田ァ! 別に今言わなくてもよかっただろ!? こんな人の多いとこで!」

 図星だったのか、卓郎の顔が真っ赤になる。彼の血液がみな顔に集中しているのかもしれない。

「ふむ……。ま、それは悪かった。で、お前は俺とバトルしてなにがしたいんだ? というより、バトルしたあとでなにを求めてる?」

「な、なにって……」

 少し戸惑う卓郎に神田が笑いを堪えつつ攻めるように言葉を綴る。

「ほら、たとえば崎間の貞そ――ぐッ」

「はいちょっと黙ろうねー」

 触れてはならない話題にさしかかったその瞬間、深月が神田の首根っこを引っ掴み黙らせた。

 そしてそのままずるずると引きずり、一縷や卓郎が見守る中、神田の首に腕を回し、首締めの姿勢。表情筋の動きは笑顔を示しているが、目は全く笑っていなかった。

「てめーはなにを言おうとしたのよ?」

「あれでも言葉を選んだつもりだ」

「言おうとしたことに変わりはないよね?」

「まあな」

 あっけらかんと認めた神田に、深月は彼から離れると額に手をあてて首を振った。やれやれ、と体現している。

「で、俺は少年の嫉妬心によるバトルを受けなきゃならんわけ? つか、バトルだけならまあ受けてもいいんだけど、それに付随するものがなんか面倒そうだし」

 首を回し、けだるげに神田が言う。

 深月も「うむむ」と唸って、どう丸く収めるべきかと首を捻った。

 考えること数十秒。深月がゆっくり頭を上げる。

「後腐れなければいいんだけど、そういう解決法は思いつかなかないね。でも勝った方になにか特典でもあればいいんじゃない?」

「全っ然解決に繋がってないんだけど?」

「まあ、全体的にごまかせればいいかなあと」

「そうか、なるほどね。たとえばあれか、勝ったやつの言うことをなんでも聞くとかそういうのか、崎間が」

「そうそう……っておい! 最後の一言なによ!?」

 崎間の華麗なノリ突っ込みを避けて神田が卓郎に対峙した。

「聞け、俺とバトルしてお前が勝てばあの崎間おねーさんがなんでも言うこと聞いてくれるってよ。もちろんエロいことも可だ。だが、お前が負けたらあいつは……あとは言わなくても分かるよな?」

「か、神田ぁ……許さねえぞ! ねえちゃんに手ぇ出してみろ、オレがマジで許さねえ!!」

「ははは! おらかかってこい!!」

 二人して睨み合ったまま、バトルフィールドの転送台まで歩いて行く。

「あのバカクズ野郎……なんて話してんのよ」

 深月は痛い頭を抱えることしか出来なかった。

 彼女をよそに、バトルは始まる。

「ゲートオープン界放!」

 

 

 * * *

 

 

「じゃあ俺から行くぜ。スタートステップ」

 神田が先攻を取り、ステップを進める。

 

第1ターン

<神田>

リザーブ:4 手札:5 ライフ:5

 

「メインステップ、猪人ボアボアを召喚。これでエンドだ」

 神田は見た目のいかつい猪の戦士をフィールドに呼び出した。今さっき終えたばかりの一縷とのバトルで使用したスピリットだ。先ほどは活躍することもなくすぐに除去されてしまったが、今回は先鋒を務めることになった。

「行くぜオレのターン!」

 気合十分でターンを宣言し、卓郎のターンになる。

 

第2ターン

<卓郎>

リザーブ:5 手札:5 ライフ:5

 

「メインステップ。オレは彷徨う天空寺院を配置するぜ。これで終わりだ!」

 卓郎がネクサスを配置すると、彼の背後に龍をかたどった空中要塞のような巨大な岩が現れる。それは岩というより、島と呼んだ方が適切かもしれない。そしてその上にはいくつもの尖った柱のようなものがそびえ立っていた。

「へえ、ネクサスはそんな感じで置かれるわけね」

 神田がそんな感想を口にして、両者ともそれぞれ一回目のターンを終えた。

 

 続く第3ターン、神田はマッハジーをレベル2で召喚。猪人ボアボアの連鎖(ラッシュ)でコアを増やしつつ卓郎のライフを一つ削った。

 

第4ターン

<卓郎>

リザーブ:7 手札:5 ライフ:4

彷徨う天空寺院(Lv1)

 

「行くぜ、小さき竜が呼び覚ますは破滅をもたらす破壊の龍、プロフェット・ドラゴン召喚!」

 卓郎のフィールドに先に水晶のついた杖を持った、魔術師のようなドラゴンが現れる。

「召喚時効果、手札のコスト8以上のスピリットカードをオープンして手元に置くことで、オープンしたカード1枚につき1枚ドローする。オープンするのは滅龍帝ジエンド・ドラゴニスと幻羅星龍ガイ・アスラだ」

 彼が2枚のカードを手元で公開すると、背後にある彷徨う天空寺院に二つの巨大な影が降り立った。姿はぼやけ明確には見えないが、プロフェット・ドラゴンが呼んだスピリットであることには間違いがないだろう。

「さらにソウエン・ドラグーンを召喚。レベルは2」

 深月が使ったカグツチドラグーンと非常によく似たスピリットが召喚される。大きな違いは体色が赤ではなく蒼に変わっていることだ。

「アタックステップ、ソウエン・ドラグーンでアタック」

 卓郎の指示によりソウエン・ドラグーンが翼を広げ、フィールドを滑空する。

「来いよ、ライフだ」

 空中でとどまっているマッハジーを風圧で吹き飛ばし、神田のいる舞台にそのまま飛びかかるようにして、バリアを揺らしライフを砕いた。

 

<神田>

ライフ:5→4

 

「終わりだ」

 卓郎はエンドをしたが、神田は自分のターンを始めずに彼に質問を投げた。

「お前は、崎間をどうしたいんだ? 勝ったらなんでも言うこと聞いてくれるわけだが」

「んなこと言えるか!」

 神田が訊いた途端、焦ったように目を背ける。それとなく顔が赤くなっていた。

「いやいや、君がなにを想像してるか知らないが、そーゆーことばっか考えてんのか、ん? 別にそーゆーやつじゃなくてもいいんだよ。ほら、えーと……マ・グーよこせとか」

「んなことしねえっての。ったく、さっさとターン進めろよ」

「口の悪いやつだな」

 俺が言えたことじゃないな、と心で自重しながら自嘲しつつ、神田はターンを始めた。

 

第5ターン

<神田>

リザーブ:3 手札:5 ライフ:4

猪人ボアボア(Lv1)

マッハジー(Lv2)

 

「さて、どうするか……」

 神田は眉にシワを寄せた。

 フィールドの展開力は神田より卓郎の方が圧倒的だ。ネクサスやスピリットの効果を考慮すれば次の彼のターンで、手元に置かれたスピリットのどちらかは召喚してくるだろう。しかし、ネクサスとスピリットの効果が分からない彼は、考えるだけ無駄と思いフィールドを整えることを優先した。

「コノハガニンを召喚。ボアボアをレベル2にして、アタックステップに入る」

 彼が召喚したの奇妙な見た目のスピリット状態のブレイヴ。カニ、という名を冠しながらもハサミは持っておらず、触手に似た手をしている。額の青い飾りに反して、真っ赤な目をしている。

 神田はボアボアでのアタックを宣言した。ボアボアは自らの効果でレベル3となり、さらに連鎖でコアを増やす。

 鉄球を引きずりながら走り、ボアボアがプロフェット・ドラゴンのすぐ近くで鉄球を頭の上で回し始めた。

 徐々に加速し残像のように見える鉄球が卓郎に向かって放たれた。

「ライフで受ける!」

 彼は舞台のサイドバーを強く掴み、目をぎゅっとつぶった。そこに衝撃。吹き飛ばされるほどではないにしても、大きな衝撃が彼を襲った。

 

<卓郎>

ライフ:4→3

 

「くう……やってくれんじゃん」

 にやりと口角を上げる卓郎。

「エンド」

 彼とは対照的に神田は特別、感情は見せずエンド。

 

第6ターン

<卓郎>

リザーブ:5 手札:4+2 ライフ:3

プロフェット・ドラゴン(Lv1)

ソウエン・ドラグーン(Lv2)

 

「ソウエン・ドラグーンをレベル1にダウン。見てろ、オレの切り札を見せてやる」

 卓郎が手元のカードを手にする。

「全てを滅せよ、終焉の名を司る龍、滅龍帝ジエンド・ドラゴニス、召喚!!」

 彼の背後に浮遊する天空寺院から、一つの影が飛び立つ。大きな翼を羽撃(はばた)かせ、対となる金色(こんじき)の角を持つ黒い龍がフィールドに降臨した。

「召喚するときに、彷徨う天空寺院の効果を使用したので払うコストは3。そしてジエンド・ドラゴニスのレベルは2だ」

「コスト9がたったのコスト3だと?」

 神田も困惑の表情になる。

 

 

 * * *

 

 

「バトルの途中だけど大事な話なのでワタシ、崎間深月が懇切丁寧に解説するわ。フィールドの状況はこうね」

 

ソウエン・ドラグーン(Lv1)

プロフェット・ドラゴン(Lv1)

彷徨う天空寺院(Lv1)

 

「卓郎のフィールドには以上のカードが存在していたわ。それぞれのシンボルの数は上から1、1、2ね。まだコスト9のジエンド・ドラゴニスを召喚するにはコアを5つ払う必要がある。維持コストも考えれば6つになるね」

 

「次はそれぞれの効果を見てみる。プロフェット・ドラゴンは召喚時のみだから割愛」

 

「まずはソウエン・ドラグーン。このカードは……」

 

『自分のメインステップ』

自分の手札にある系統:「滅龍」を持つコスト9以上のスピリットカードを召喚するとき、このスピリットを疲労させることで、そのコストを-2する。

 

「……という効果。今回の場合、ジエンド・ドラゴニスは手札からの召喚ではないから効果はソウエン・ドラグーンの効果は受けられないけど、説明したいことがあるからここでは便宜的にジエンド・ドラゴニスは手札から召喚したものとして扱う。次は彷徨う天空寺院ね。こっちは……」

 

自分がコスト8以上のスピリットカードを召喚するとき、

このネクサスを疲労させることで、自分のリザーブから2コストまでを支払ったものとして扱う。

この効果はターンに1回しか使えない。

 

「……という効果。いずれも大型スピリットの召喚サポートができるカードね」

 

「卓郎は彷徨う天空寺院の効果のみを使用してジエンド・ドラゴニスを召喚したけど、これから説明するのはソウエン・ドラグーンのコストを下げる効果と彷徨う天空寺院のコストを参照する効果が共存できるかについて説明するわ」

 

「たとえば、ソウエン・ドラグーンの効果でジエンド・ドラゴニスのコストを下げると、彷徨う天空寺院の効果を受けられなくなるように思えるけど、そんなことはないの」

 

「なんらかのカードの効果でコストに変更があったとしても、コストを参照する効果全てはカードそのものにかかれたコストを確認するわけ。ワケわかんないって顔してるけど、その反応も当然かもね。今回の」

 

「ジエンド・ドラゴニスの本来のコストは9。そこにソウエン・ドラグーンの効果が影響してコストが7となる」

 

ジエンドのコスト(9)-ソウエンの効果(2)=ジエンドのコスト(7)

 

「ここに天空寺院の効果が影響する。さっき説明したように、コストを参照する効果はカードに書かれているコストを確認するので、コスト7となったジエンド・ドラゴニスでも、確認されるのはカードに書かれたコストの9」

 

ジエンドのコスト(7)-天空寺院の効果(2)=ジエンドのコスト(5)

 

「こうしてジエンド・ドラゴニスのコストは5まで下がった。ここで軽減シンボルが適応される」

 

ジエンドのコスト(5)-フィールドのシンボル(4)=ジエンドのコスト(1)

 

「と、なるわけね。……まだ分からないって顔ね。でもこれが公式のちゃんとした裁定だから覚えてくことをおすすめするわ」

 

公式サイトより

 

Q59.「BS17-062彷徨う天空寺院」や「BS22-072アトライア海帝国」など「スピリットカードを召喚するとき」にそのカードのコストを条件としている効果は、すでにコスト変更の効果がかかっていた場合、そのときのコストを確認するの?

A59.いいえ、違います。カードに書かれているコストを確認します。

 

ここまで

 

「というわけね。これで納得かしら。ほかにも、偽りの地下帝国(Lv2)で虚皇帝ネザード・バァラルのコストを6に出来なかったり、アトライア海帝国(Lv2)があるとき、バーストをセットしていない状態で虚皇帝ネザード・バァラルを召喚しようとすると召喚に必要なコストが膨大になったり、いろいろ知っておくと便利なことがあるわ」

 

ネザバ、バーストなしコスト(11)+アトライア効果(3)=ネザバ、バーストなしコスト(14)

 

「説明はこれでおしまい。実際のバトルとは少し内容がずれた説明だけど、覚えておいて損はないわ。では、バトルの続きをどうぞ」

 

 

 * * *

 

 

「サンキューナレーター」

 ぼそりと神田は口にする。

「なんか言ったか?」

「いや、なんでも」

 卓郎が聞き返すが、彼は気にすんなと首を振る。

「じゃあ、改めていくぜ。ジエンド・ドラゴニスでアタック」

 巨躯がそれに見合うサイズの翼によって浮かび上がる。決して飛行速度は速くない。しかしその大きさゆえの圧迫感に神田もスピリット達も圧倒された。

「ここはライフで受ける」

 フィールド固めの途中である彼はまだスピリットを失いたくはなかったため、自らのライフを減らすことを選んだ。

 巨大な(かいな)が二度振り下ろされ、神田の身体がぐらついた。大型スピリットであったせいか、ライフダメージも大きいようだ。

 

<神田>

ライフ:4→2

 

「ライフで受けたか。きいただろジエンドの一撃は」

 卓郎の挑発じみた発言に「バカ言え」と、吐くように言って、神田はスタートステップを迎えた。

 

第7ターン

<神田>

リザーブ:6 手札:5 ライフ:2

猪人ボアボア(Lv2)

マッハジー(Lv1)

コノハガニン(Lv1)

 

「まずはストロングドローを使う。3枚ドローしてその後2枚破棄する」

 神田が元々の手札と、加えた3枚のカードをまとめ、何度も内容を見返す。

「じゃあ……クロタネホークと軍師鳥ショカツリョーを破棄する。続けて、ボアボアをレベルダウン」

 レベルが1から2に下がったボアボアはうなだれるように頭を下げる。

「そして、行くぞ。剣王獣ビャク・ガロウ召喚。レベルは1」

 忽如(こつじょ)、神田を取り巻くように風が渦を巻く。段々と風力が増しついには神田の姿が見えなくなるまでに渦巻いた。それは竜巻と言った方がしっくりくるほどである。

「う、なんだ?」

 卓郎と、彼のスピリット達も風に驚いているようだ。しかし、神田のフィールドのスピリット達はさも当たり前のように強風の中に佇んでいた。まるで来ることが分かっていたかのような落ち着きようであった。

 そして、不意に風はやむ。

「いつからそんな派手好きになったんだよ」

 視界がひらけて、神田の姿が卓郎やバトルフィールドの外の観衆にも見えるようになった。

 竜巻の前と変わらず、彼は舞台に立っている。一つ違うのは舞台のすぐ脇、バトルフィールドの外縁の岩にビャク・ガロウがいることだ。

 神田の少し呆れたような声に、ビャク・ガロウが応えるように吠えてバトルフィールドの乾いた大地に降りた。

 変わらない水色の装束。口には刀、幾本もの尻尾がそれぞれに短刀を持っている。雄々しき姿に神田のスピリット達もなんとなく士気を高めたかのように思えた。

「アタックステップ。まずはボアボアでアタックだ。レベルを一つ上として扱い、さらに連鎖でコアを増加させる」

 地面を踏みしめ、鎧の獣人が卓郎に迫る。

「ブロックはしない!」

「なら一つライフをもらうぜ」

 ボアボアの振りかざした鉄球が、卓郎を保護するバリアに直撃し、彼の舞台が揺れた。

 

<卓郎>

ライフ:3→2

 

「まだ行くぞ、マッハジーでアタック」

 けたたましい羽音を鳴らし、その名に恥じぬスピードで飛ぶマッハジー。

「プロフェット・ドラゴンでブロック!」

 卓郎が叫ぶと、プロフェット・ドラゴンが杖を真横にして突き出して、なにか呪文のようなものを唱え始めた。

 すると彼の杖の水晶がゆっくりと赤みを増していき、最終的に紅蓮のマグマのような太陽にも似た輝きを放ち出した。それをプロフェット・ドラゴンが振るうと、水晶から炎の弾丸がいくとも生まれ、飛来するマッハジーに一直線に向かっていった。弾丸は片手では数え切れない数撃ち出され、マッハジーは回避を余儀なくされた。

 巧みな飛行で迫る炎の弾丸を避け、鋭利な頭の角がプロフェット・ドラゴンを貫くその寸前、プロフェット・ドラゴンの全身がらせん状の火にまかれ、焼失した。

「フラッシュタイミング、ファイアーウォールを使う。プロフェット・ドラゴンを破壊してアタックステップを終了させる」

「終わりだ」

 攻めきるにはほど遠いところでの、アタックステップ強制終了。神田は一瞬だけ目を細めて、エンドをコールした。

 

第8ターン

<卓郎>

リザーブ:6 手札:4+1 ライフ:2

ソウエン・ドラグーン(Lv2)

滅龍帝ジエンド・ドラゴニス(Lv3)

彷徨う天空寺院(Lv1)

 

「まずはバーストをセット。そしてブレイドラをレベル2で召喚」

 バーストゾーンにカードが伏せられ、その後、(つるぎ)の翼を持つ可愛らしいドラゴンが現れる。小さい身体を精一杯大きくして威嚇をしている。

「世界を滅ぼす災厄の星がここに顕現する! 幻羅星龍ガイ・アスラッ!!」

 天空寺院からどこか人に似た影がフィールドに着地する。

 その姿を形容するのは難しい。上半身はそれとなく人に見えるものの、下半身は龍の尻尾や鱗などが窺える。

 ただ一つ言えることがある。それは平凡なスピリットとは次元が違うということ。大きさはジエンド・ドラゴニスと比べるまでもなく小さいというのに、そちらよりも言いしれぬ狂気をはらんでいた。

「アタックステップ、行けええジエンド・ドラゴニス!」

 卓郎の叫びに近い声と共に、黒い龍が青白い炎を牙の端から覗かせる。

「コノハガニン、頼む」

 スピリット状態のブレイヴが巨大なジエンド・ドラゴニスに敵うはずもなく、爆炎に呑まれコノハガニンは破壊されてしまう。

「続けてガイ・アスラでアタック!」

 色の違う(つが)いの翼を広げ、ガイ・アスラが飛翔する。天使と悪魔の翼のような白と黒の翼がうなりを上げている。

「剣王獣ビャク・ガロウでブロック!」

 尻尾の刀を互いに打ち鳴らし、ビャク・ガロウがガイ・アスラを迎え撃つ。

「ジエンド・ドラゴニスの効果。ジエンド・ドラゴニス以外のスピリットがブロックされたことによりこのスピリットは回復する」

 刀と拳が交錯するその後ろで、ゆっくりとジエンド・ドラゴニスが起き上がる。

「さらにフラッシュタイミング、ガイ・アスラの超覚醒を使う! ブレイドラよりコア一つを移動し回復する!」

 卓郎の声でブレイドラのコアがガイ・アスラへと移る。力を得たガイ・アスラはビャク・ガロウの刀を素手で掴み、一方の拳でビャク・ガロウの顔面を真横から殴りつけた。

「ガイ・アスラのアタックは何度だって続くんだ!」

 卓郎の台詞に神田は動じず、不敵に笑う。

「ビャク・ガロウを破壊できれば、だろ? フラッシュタイミング、マジック、ブリーズライドを使用。ビャク・ガロウのBPを+3000だ」

 ガイ・アスラのBPは8000。対するビャク・ガロウのBPはマジックの効果で10000にまで上昇する。

 ぎらついた眼光がガイ・アスラを射貫く。ビャク・ガロウが咆吼すると小ぶりの竜巻が三つ四つと生まれ、ガイ・アスラを取り囲む。ガイ・アスラは太陽と月を模した、赤と青のエネルギーの球体を手のひらに作り出し、それを放ち竜巻を打ち消していく。

「ガイ・アスラ! もう一度超覚醒! ジエンド・ドラゴニスとブレイドラからコアを集めガイ・アスラはレベル3にアップだッ!」

 合計5つのコアがスピリットから移動し、ガイ・アスラはレベルが上がった。コアを奪われたブレイドラは消滅し、ジエンド・ドラゴニスはレベルが2に下がる。ガイ・アスラはレベルが3になったことでBPが13000にまで急上昇した。

「アタックステップでいくらでもレベルアップができるのか……。基本的な性質は覚醒と変わらない、か」

「超覚醒を持つスピリットはデメリットも併せ持つんだ。ガイ・アスラのコアは誰も取り除けない」

 卓郎の簡易的な解説に、神田は眉根をたわませた。

「なるほどね。使うには相応のリスクが伴うわけだ」

 押され気味のビャク・ガロウを見遣って、神田はフラッシュの使用を宣言した。

「マジック、サンダーウォール。すまない、ビャク・ガロウ」

 ビャク・ガロウの頭を鷲掴みにしたガイ・アスラが、右手で発生させた赤いエネルギー弾でビャク・ガロウの腹部を撃った。それは身体を貫通し、ビャク・ガロウ破壊され爆炎の中でガイ・アスラは雄叫びを上げた。

「バトル終了時、ライフが2個以下なのでアタックステップは終了だ」

 悲痛な顔で神田は静かにそう告げる。

「エンド」

 卓郎もそれだけ言って、ターンが神田に移った。

 

第9ターン

<神田>

リザーブ:12 手札:3 ライフ:2

猪人ボアボア(Lv1)

マッハジー(Lv1)

 

 終始、卓郎優勢でバトルは進んでいた。

 神田はキースピリットであるビャク・ガロウを破壊されてしまい、フィールドにいるスピリットはいずれも卓郎のスピリットのBPを超えることは難しい。

「猪人ボアボアをレベル3にアップ。アタックステップに移行する。マッハジー飛べ!」

 メインステップはレベルを上げるだけにとどまり、神田はアタックステップに入るとまずはマッハジーでのアタックを宣言した。

 緑の小さな虫が羽を鳴らして、敵陣に特攻する。

「フラッシュタイミング、ジュラシックフレイム。BP3000以下のスピリット1体を破壊し、連鎖でスピリット1体を疲労させる」

 神田の見せたカードからきりもみ状に炎が生まれ、マッハジーと共に飛来する。

 炎に飲まれ、ソウエン・ドラグーンは破壊され、爆風がガイ・アスラを疲労させる。

「ジエンド・ドラゴニスの効果。破壊されたスピリットのコア全てはジエンド・ドラゴニスに移る」

 コアは増えたものの、ジエンド・ドラゴニスのレベルに変化はない。

「オレはライフで受ける」

 ライフ減少時の衝撃に備え、卓郎が身構える。

 卓郎を守るバリアが展開され、彼の眼前にマッハジーの角が突き刺さった。

 バチバチと、火花のような閃光が散って、卓郎のライフが輝き砕けた。

「ぐッ……」

 

<卓郎>

ライフ:2→1

 

「バースト発動! ライフ減少で覇王爆炎撃を使う。BP4000以下のスピリット3体を破壊」

 バーストゾーンから跳ね上がったカードをキャッチし、卓郎が神田に見せつけるように表示した。

「効果でマッハジーを破壊」

 カードから飛び出した炎の玉の直撃を受け、マッハジーは四散する。

「まだだ、ボアボアでアタック」

 神田はスピリット破壊にも臆せず、アタックを続けた。

 鉄球を持つ獣人は、立ちふさがる強大なスピリットに向かい走る。

「フラッシュタイミング、ガイ・アスラ超覚醒!」

 ジエンド・ドラゴニスからコアを奪い、ガイ・アスラが起き上がる。しかし神田はそれを見越していたのか、ともすれば卓郎がそうすることを分かっていたかのように笑った。

「ならこっちもフラッシュタイミングだ。マジック、グラスバインド。BP8000以下のスピリット2体を疲労させる」

 神田の台詞に卓郎がきょとんとする。そして馬鹿にするような笑みで言う。

「こっちにBP8000以下のスピリットなんていないぞ? プレイングミスか?」

「いや、これでいい。そっちにフラッシュがないなら俺はもう1枚マジックを使う」

「まだフラッシュがあるのか!? でもこっちにはブロッカーもいる」 

「そうだな。ジエンド・ドラゴニスからブロックし、その後ガイ・アスラの超覚醒を使えばあと五回はブロックができるからな。だが、それは回復ができれば、の話だ。フラッシュタイミング、ソーンプリズンを使用。コアは全てボアボアより確保」

 地中からイバラが這い出て、それは(おり)を形成するとジエンド・ドラゴニスとガイ・アスラを閉じ込めてしまう。

「いまさら疲労マジックか? そんなの意味ねえよ! ガイ・アスラが超覚醒で何度でも回復するのは神田だって知ってることだろ!?」

 バトル台に両手を叩きつけて噛みつくように卓郎が叫ぶ。それに対し、神田は酷く冷静な口調で告げる。

「なら、やってみればいい。この場面をしのげればお前勝ちだ」

「……ガイ・アスラ超覚醒だ!」

 卓郎がそう言うと、ジエンド・ドラゴニスのコアがガイ・アスラに移動する。しかし移動しただけで、イバラの牢獄に捕らわれたガイ・アスラに回復する様子はない。

「なん、で……。くそ、もう一度だ!」

 またコアが移るが、回復はしない。

「何回やったって無駄だ。よく見ろ、お前のスピリットを捕らえているのはソーンプリズンだけじゃない」

「どういう……」

 卓郎は牢獄の中のスピリットを見て、あることに気がついた。ジエンド・ドラゴニスとガイ・アスラ足下になぜか草地が広がっていたのだ。

 その草は2体のスピリットに絡みつき、動くことを妨害しているようだった。

「グラスバインドの効果はBP8000以下のスピリット2体を疲労させる効果。それに加えてこのターンの間、相手のスピリット全てを回復できなくさせる」

「だから、あの時に使ったのか……」

 呆然とする卓郎に神田は深く息を吐いて応える。

「プレイングミスしたのは俺じゃなくお前だよ。マッハジーのアタックをブロックしていれば、もう俺に勝ち目はなかった。お前はガイ・アスラの超覚醒を過信しすぎたんだ」

 マッハジーのアタックを卓郎がブロックしていた場合、神田に残り二つのライフを削る術は残されていなかった。しかし、卓郎は残りのアタックはジエンド・ドラゴニスとガイ・アスラで全てシャットダウンできると考え、返しのターンでアタックできる回数を増やすべく、ライフで受けた。

 その判断は神田の思惑通りのものであり、その後はこの通りだった。

「慢心が招いた結果だ。最後のライフはもらうぞ」

 卓郎は悔しげな表情で、唇を噛みながらも神田をしっかりと見据える。

「ライフだ……ライフで受ける!」

 重そうな装備とは裏腹に、軽々と跳躍する猪人ボアボア。

 飛び上がったボアボアは鉄球ではなく、右手の握り拳で卓郎のライフを破壊した。

 

<卓郎>

ライフ:1→0

 

 

 * * *

 

 

「で、勝った俺は崎間になんでも命令……」

「できないから」

「知ってた。つか、別にそんなこたどうでもいいんだよ」

 神田は後ろを仰いで、店の隅の暗がりで膝を抱えて小さくなっている卓郎を見た。

「落ち込んでんな」

「誰のせいかしら? 大人げないお兄さん?」

「バトルに遠慮は必要ねえだろ」

「それは、まあそうなんだけど」

 深月は興味が尽きたのか、神田の(かたわ)らから離れ卓郎の元に行く。

 そして彼の目の前でしゃがんで、卓郎の顔を覗き込んだ。

「お疲れ、いいバトルだったよ」

「でも、オレ勝てなかったし」

 腕で顔を隠し、小さな声で返答する。随分なへこみようねえ、と深月は思案する。

「またデッキ強化して、今度こそあのタチの悪い男をぶっ倒せばいいじゃない。へこんでるだけ時間の無駄よ」

「でも、次も負けたら……」

「……じゃあ、次勝ったら……」

 深月は卓郎に耳打ちする。いわゆるひそひそ話だ。

 そして、深月が顔を卓郎から離し、彼と向き直る。そこには、つい一瞬まで潰れていた彼の姿などどこにもなかった。

 今そこにいるのはやる気に満ちた少年の姿。

 卓郎は立ち上がり、神田の目の前にまでやって来る。

「次はぜってー負けねえ! 首洗って待ってろ!!」

 それだけ言って、ショップのストレージコーナーに陣取ると、端からカードの束を漁りだした。

 なんだったんだ? と首を(かし)ぐ神田のそばに、深月が戻ってきた。

「なにした?」

「んー。勝ったらちゅーしてあげるって言った」

「お前なに小学生(たぶら)かしてんの」

「誰もたぶらかしてませーん。ちょっとやる気スイッチ押してあげただけでーす」

 舌を出しておどける深月。卓郎を見つめる視線は優しげな色を帯びていた。

「あ、そういえば土曜日、昼からショップバトルあるけど神田はどうするの?」

 それから唐突に深月はそんなことを神田に問う。

 神田は「んー」とつま先で床をとんとんと叩き、少し考えている様子。

「少なくともワタシは出る予定。多分だけど卓郎も出るんじゃないかしら」

「そう……だな、別に用事はないし。夜からバイトだがまあ問題ないな」

「そ。今度も潰してあげるわ」

 すでにやる気満々の深月と、微妙に面倒そうな顔の神田。

「勘弁。俺は新たなスピリットを迎えることにしよう」

「なに入れるの? カニ? カマキリ?」

 深月が緑デッキにおいて不動のエースであるスピリットの愛称二つを挙げる。しかし神田はどちらでもないと首を振った。

「書いてあることは強いんだけど、使いこなすにはそれなりにサポートしてやらないといけないやつだ」

 神田は少し前に買ったパックで当たったカードをケースから出して見つめる。

「崎間の言い方に準ずる呼び方をするなら、クワガタ、だな」

 彼の頭の中ではすでにデッキ構築の案がいくつも浮かんでいた。




冗長で蛇足気味な説明があったりして。
わたしも勘違い、というか詳しく知らなかったルールなので忘れないように深月さんに説明してもらいました。
深月さんの口調が安定しないのがここのところの悩みです。

そして少年こと卓郎のデッキ。
通称ラスボスデッキ。イザーズさんは台詞で登場。彼はラスボスではない、かな?
個人的に好きなキャラなのです。

今回の神田くんのキースピリットは猪人ボアボアでした。
そろそろ、神田くんがフラッシュマスターとか呼ばれ始めるのではないかと思いつつ。わたしもあのぐらいのフラッシュ使いになってみたいものです。

2013/10/10本文加筆修正
ジエンド・ドラゴニス召還の際のプレイングミスの修正、あわせて深月のナレーターステップの説明にも変更を加えました。
あ、4話目書いてます(震え声)
12/08文章の表示がおかしくなっていたので修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04 神撃

 昼も目前といった時刻。正確には十一時半に神田(かんだ)俊道(としみち)は起床した。休日は正午を過ぎても寝ていることの多い彼にしてはそこそこの早起きであった。

 今日、神田が早く起きたのはショップバトルが開催されるからだ。元々、参加する予定はなかったが誘われたので参加する運びとなった。

 朝食とも昼食ともとれない食事をし、準備を簡単に済ませた神田がショップに着く頃にはショップバトル開催直前の時間になっていた。大会直前のためか多くのプレイヤーが見られた。店内には崎間(さきま)深月(みつき)一縷(いちる)、この前バトルをした少年、灰島(はいじま)卓郎(たくろう)らの姿もあった。

「店長、ショップバトル参加します」

「いらっしゃいませ。じゃあこれに記入を」

 神田は彼から受け取ったエントリーシートに名前を記載し提出すると、彼はショップバトルの開始を待った。

「ちゃんと来たね」

 金色の髪がやって来る。Tシャツにショートパンツのラフな出で立ちの崎間が神田に声をかけた。

「まあな。せっかくデッキも組み直したことだし、試すにはもってこいだしな」

「へえ。どんなデッキ? 見せて」

「バトルすりゃ分かるよ」

 それからしばらくして、店長からショップバトル開催の説明が始まった。

「えー、これよりショップバトルを開催します。参加者は15人。人数が半端になったのでわたくし店長も参加し16人とします。大会形式はA、Bブロックに分かれてのトーナメント戦で、それぞれのブロックを勝ち上がった二人が決勝戦を行います。一回戦目はA.Bそれぞれ一組だけバトルフィールドでバトルを行います」

 その後、対戦相手や、どの組がバトルフィールドを使用するかが決定し、ショップバトルが始まった。

 バトルフィールドで行われるのはAブロック一回戦二組目と、Bブロック一回戦四組目のそれぞれに決まり、前者に割り振られていた一縷と利発そうな少年は準備に取りかかった。

「へえ、あの()のバトルがフィールドで行われるんだ」

 深月と神田も自らのバトルのためテーブルにつき、バトルフィールドでのバトルの行方を見守る。

「一縷が勝ったらお前と対戦か」

 テーブルを挟んで斜向(はすむ)かいに座る深月に、神田は声をかけた。

「ま、誰が来ても負けないけど」

 彼女の強気な発言に神田が苦笑する。それと同時に店長のバトル開始の合図。

「これよりAブロック一回戦三組目のバトル、猪狩(いかり)一縷さんVS青磁統くんのバトルをバトルフィールドで行います! 同じく、他の組もバトルを開始してください」

 そこで神田が一言。

「一縷の名字って猪狩っていうのか」

「ホントだ、ワタシも初めて知った」

 そして、それぞれのバトルが始まった。

 

 

 * * *

 

 

 バトルフィールドの舞台に立つのは漆黒の髪と白い肌が人目を寄せる少女、一縷と、卓郎より少し年上の賢そうな少年。短めの爽やかな髪型をしている。

「初めまして、ぼくは青磁(せいじ)(とおる)と言います。よろしくお願いします」

「いちる、です。よろしく」

 二人は至極簡潔な自己紹介を行って、会話をするでもなくバトルへと突入した。

 バトルは一縷から始まり、彼女はシキツルを召喚、バーストをセットしてターンエンド。

 統はネクサス、未完成の古代戦艦:羅針盤を配置。一縷と同様、バーストを伏せてターンを終えた。

 そして迎える第3ターン。

 

第3ターン

<一縷>

リザーブ:4 手札:5 ライフ:5

シキツル(Lv1)

 

「メインステップ。ソウルホースをレベル2で召喚。続けてネクサス、骸の斜塔を配置」

 鎧を装備した四肢が(つるぎ)の馬と、全てが骸骨で形作られた傾いた塔が現れる。斜塔ではあるがピサの斜塔のような美しさは微塵もなく、おぞましい見た目をしている。

「続いてアタックステップ。シキツルお願い」

 一縷の声でシキツルが骨張った翼を広げ飛翔する。

「ぼくはライフで受けます」

 統は丁寧な言葉でライフを選択。直後、シキツルのクチバシが彼のライフを奪った。

 

<統>

ライフ:5→4

 

「ではここでバーストをいただきます。ライフ減少によりロック・アラディンをバースト召喚します。召喚時効果でオリンスピア競技場をノーコストで配置します。レベルは2」

 ローク・アラディンが颯爽と空中から現れる。彼が腕を天に突き上げると、バトルフィールドの様相ががらりと変わった。

 陸上のトラックやハードル、投擲用の槍などがフィールド内に出現する。それは陸上競技場と呼ぶほかない。

「エンド」

 リザーブにコアのない一縷はネクサスのレベル2効果に阻まれアタックを阻止された形になり、彼女はターンを終了した。

 

第4ターン

<統>

リザーブ:5 手札:3 ライフ:4

ロック・アラディン(Lv1)

未完成の古代戦艦:羅針盤(Lv1)

オリンスピア競技場(Lv2)

 

「メインステップ。ロック・アラディンをレベル2にします。そして……え?」

 統がバーストをセットしようとした時、彼は自分のフィールドの異変に気づいた。レベルを上げたロック・アラディンが唐突に膝をついたのだ。それはロック・アラディンが疲労状態になったことを示していた。

「骸の斜塔のレベル1効果。メインステップ時に効果以外でコアを置くとスピリットは疲労する」

 状況が飲み込めない統に一縷が効果を告げる。統は自分のプレイングに集中するあまり、一縷のフィールドに気を配るのを怠ってしまったようだ。

「そうですか、分かりました。でもバーストはセットさせてもらいます。そしてアタックステップに入りますがなにもできないので、ぼくはターンエンドです」

 少し悔しげに、しかし冷静な態度でターンを明け渡した。たいした落ち着きようである。バトスピの経験はそれなりに長いのだろう。だから意図せぬ事態にも着実に順応できる。

 

「スタートステップ」

 一縷の宣言で台の枠が光を放つ。

 そこで統が手を挙げて「ロック・アラディンの効果を発揮します」と言った。

「ネクサスを疲労させ相手のバーストをオープンします。疲労させるのはオリンスピア競技場です」

 ロック・アラディンが二振(ふたふ)りの刀をクロスさせ振り下ろす。そこから生まれた衝撃波が一縷に真っ直ぐ向かい、彼女の伏せたバーストカードを斬撃の波動によって吹き飛ばした。

 セットされていたのはアロンダイザー。ライフ減少により召喚でき、合体(ブレイヴ)時効果も強力なブレイヴカード。

「……はい、ありがとうございました」

 カードを確認し、統が軽く頭を下げる。その後オープンされたカードは元通り裏返しになり、改めて一縷のターンになる。

 

第5ターン

<一縷>

リザーブ:3 手札:4 ライフ:5

シキツル(Lv1)

ソウルホース(Lv2)

骸の斜塔(Lv1)

 

「ソウルホースをレベル1にダウン。骸の斜塔はレベル2にアップ。アタックステップ、シキツルでアタック」

 一縷は新たにスピリットを展開することなく、アタックする。その瞬間、オリンスピア競技場のレベル2効果が発揮され、一縷のリザーブのコア一つがトラッシュへと移動する。一縷のリザーブにはコアが二つあった。そしてアタックできるスピリットは2体。遅延を強いるネクサスを配置したということは、序盤は弱いということに繋がる。そう考えた一縷は素早くライフを狙いにいくことにしたようだ。

 彼女のデッキにはコストの軽いスピリットが多いので、速攻をかけるには申し分ない。

「ぼくはライフで受けます!」

 高く飛んだシキツルは、最高点から急速降下。落下により加速したシキツルの、鋭いクチバシが統のライフを撃った。

「くう……」

 衝撃に統の顔が険しくなる。

 

<統>

ライフ:4→3

 

「この痛みが新たな力になる……ライフ減少によりバースト発動! 妖華吸血爪(ようかきゅうけつそう)!」

 バーストゾーンから跳ね上がったカードを掴み、統はそれを見せた。

「紫のカード……」

 一縷が苦い顔をする。紫の使い手である彼女がそのカードの効果を知らないはずがなかった。

「バースト効果でぼくはカードを2枚ドローします。更にフラッシュ効果で手札のを1枚破棄してソウルホースのコアをトラッシュへ。不足コストはロック・アラディンより確保します」

 長く鋭利な爪がカードから出現し、ソウルホースをなぎ払った。コアがトラッシュに移動しソウルホースは消滅する。

「……エンド」

 唇の端を噛んで一縷は思案する。

 青という色はドローについてはからっきしだ。そのためドローを他の色に頼るのはよくあることで、特にライフの減少だけで2枚ドローできる妖華吸血爪が採用されるのは珍しいことじゃない。

 一縷は、勝手知ったる紫のカードにカウンターされたことが悔しかった。

 ライフでは優勢だが、フィールドの展開を考えると押されていると思った方がいいだろう。

 彼女は気を引き締めて次の自分のターンを待った。

 

第6ターン

<統>

リザーブ:6 手札:4 ライフ:3

ロック・アラディン(Lv1)

未完成の古代戦艦:羅針盤(Lv1)

オリンスピア競技場(Lv2)

 

「ロック・アラディンの余剰コアをリザーブに移動。そして、波濤(はとう)剣使(けんつか)いアカシをレベル2で召喚します」

 雄々しい(つい)の角を持つ鹿の頭をしたスピリット。黄金の鎧を纏い、マントをたなびかせて登場した。

「召喚時効果、コスト4以下の相手のスピリット1体を破壊します。対象はシキツルです」

 アカシが儀礼用の剣にも見えるそれを大地に突き立てた。にわかに揺れ出す地面。

 シキツルは突如として足下から間欠泉のように吹き出した多量の水に吹き飛ばされ破壊された。

「続けてぼくはマジック、スピニングソードを使用します」

 スピニングソードの効果は相手のバーストをオープンし、公開されたカードのコストと同じ枚数相手のデッキを破棄、系統:剣使がいる時さらにデッキを5枚破棄する、というもの。

 オープンされたのは先ほどと同じくアロンダイザー。一縷が張り替えを行っていなかったため当然である。

「アロンダイザーのコストは5なので5枚、そしてアカシが系統:剣使を持っているので追加で5枚、合計してデッキを10枚破棄します」

 アカシの剣の斬撃に一縷のデッキが破壊されていく。

「っ……」

 吹き飛ぶデッキを見て一縷は目を細めた。破棄された中には死神剣聖ダークネス・メアやシュテン・ドーガといった、デッキの中核となるリアニメイト効果を持つカードが含まれていた。それらのスピリットは他のスピリットを甦らせることができるものの、自身を復活させることはできないため、トラッシュにいってしまうと回収手段が限られてしまう。スケープゴートも落ちてしまったのは一縷にとって痛手であった。ただ、他のカードと共にトラッシュに落ちた、咎人の骨剣エグゼキューショナーズは今後使える可能性があった。

「それではアタックステップに行きます。ロック・アラディンでアタック!」

 統のかけ声に呼応して、ロック・アラディンは2本の剣の刀身を打ち鳴らし、前傾姿勢で駆けだした。

 統は一縷のバーストがアロンダイザーであることを知っている。その上でコアが一つしか乗っていないロック・アラディンでアタックしたということは、なにかバーストを防ぐ手段、あるいは他の目的があるに違いない。

 そこまで考えが至っていても、今の一縷には対抗の手立てがないことは、彼女が最も理解していることだった。ひとまず、一縷は骸の斜塔の効果を処理した。

「お互いのアタックステップで、相手のスピリットが疲労した時、カードを1枚ドローする」

 一縷はデッキの一番上のカードを手札に加える。表情に変化はなかったが、状況を好転させるものでもなかったようだった。

「フラッシュがないようなので、ぼくのフラッシュタイミングになります。マジック、トライアングルバンを使います」

 レーザーのような青い線で形作られた三角形が回転しながら一縷に迫る。

「指定するコストは5。このターンの間、指定されたコストのバーストの効果は発揮されなくなります」

 バーストゾーンのカードが三角形にとらわれる。

「ライフで受ける」

 ブロッカーのいない一縷はライフで受けるほかない。しかし一度目のライフダメージなので、彼女としてはようやく使えるコアが増えるという状況のため、不利になるわけではない。

 ロック・アラディンの二度の剣撃が、一縷を守るバリアを切り裂いた。

 

<一縷>

ライフ:5→4

 

「効果は使えない。けれど発動自体はできるからアロンダイザーをオープンする」

 一縷はバーストを破棄するだけの形だ。基本的にバーストは効果で破棄される以外、新たなバーストをセットすることでしか破棄できない。一縷がわざわざバーストの破棄だけを行ったのは、またバーストを利用される可能性を危惧したためであろう。

 

 

 * * *

 

 

「なかなかくせ者ね、あの男の子」

 深月は誰に言うでもなく呟く。

 バーストを確認し、それを利用した挙げ句、効果も使わせない。なんかこう……他者を簡単にコントロールしてしまいそうな子だなあと深月は思った。自分では天性のそれに気づいていなさそうだが、歳を経てそれを自覚した時、なにか物凄い人物になりそうだ。

 そこに神田がやってきて、深月に勝敗を問うた。

「もち、勝利。楽勝。アンタは?」

「勝ったよ。ギアゼルからアスモディオスが出てきた時には負けたかと思ったけど」

「なにそれこわい」

 簡単に感想戦を行いながら、徐々に二人は一縷と統のバトルに集中していった。

「一縷、押されてるな。デッキアウトを狙うデッキにライフの多さなんて関係ないからな」

「そうね。トラッシュを肥やすって点ではあの男の子の破棄は一役買ってるのかもしれないけど……」

「落ちて欲しくないカードも落ちてるな」

 状況は統の優勢。二人の意見は同じだった。

「ま、俺個人としては、こっから巻き返して欲しいとは思うが」

「デッキアウトは嫌いだからあの子が勝ち上がってくれた方がいいかな」

「さすが、考えることが違えな」

 神田は適当に返事をし、またバトルに見入っていった。

 

 

 * * *

 

 

第7ターン

<一縷>

リザーブ:5 手札:6 ライフ:4

シキツル(Lv1)

骸の斜塔(Lv2)

 

「メインステップ、骸の斜塔をレベルダウン。新たにソウルホースを召喚。そして闇騎士モルドレッド召喚。レベルは1と2」

 鎧の馬が再度現れ、闇を切り裂くように全身鎧姿のモルドレッドが出現した。

 ライオンのたてがみのような頭髪、獣の腕と爪。騎士と呼ぶにはいくらか野蛮に思えるスピリットだ。

「さらにマジック、双光気弾でオリンスピア競技場を破壊」

 オリンスピア競技場が破壊されたことで、バトルフィールドの様子も通常の荒野へと戻る。

「アタックステップ、切り裂けモルドレッド! アタック時効果。お互い、転召(てんしょう)を持たないスピリット1体を破壊する。シキツルを指定」

 シキツルが地獄の業火に焼かれ破壊される。

「ぼくはロック・アラディンを指定します」

 ロック・アラディンも同様に破壊され、互いにスピリットの頭数を減らすことになった。

 統はモルドレッドのアタックを通しライフを一つ減らした。

 

<統>

ライフ:3→2

 

 一縷も迂闊(うかつ)に攻めることなくエンド。いくらデッキがなくなりそうだからといって、中途半端に攻撃して、返しのターンで敗北しては意味がない。賢明な判断といえる。

 

第8ターン

<統>

リザーブ:8 手札:2 ライフ:2

波濤の剣使いアカシ(Lv2)

未完成の古代戦艦:羅針盤(Lv1)

 

「メインステップ。アトライアソルジャーをレベル2で召喚。続けてマジック、フォースドローを使います」

 統がドローステップで引いたのはアトライアソルジャー。今までフォースドローはずっと手札にあったのだが、最大限ドローするため、彼はそれを温存していたのだ。

「手札が4枚になるようにドローします。ぼくは手札がないので4枚ドローします」

 そして統は引いたカードを見て、瞬間笑みを浮かべた。求めていたカードが来たようだ。

「そしてバーストをセット。アタックステップはなにもしませんので、ターンエンドです」

 

第9ターン

<一縷>

リザーブ:6 手札:4 ライフ:4

ソウルホース(Lv1)

闇騎士モルドレッド(Lv2)

骸の斜塔(Lv1)

 

「メインステップ、ボーン・トプスを召喚。召喚時効果で1枚ドロー。さらに連鎖(ラッシュ)、ソウルホースは色とシンボルを赤としても扱えるのでネクサス一つを破壊」

 一縷が召喚した骨格のみのトリケラトプスの効果で古代戦艦:羅針盤が破壊される。シンボル確保として有用なネクサスが破壊されたのは痛手であったのか、統はやや苦い顔をする。

 一縷はこのターンでとどめはさせずとも形勢逆転は狙えると考えていた。モルドレッドのアタック時効果でボーン・トプスを破壊すれば、トラッシュにある咎人の骨剣エグゼキューショナーズの不死が発揮される。それをモルドレッドに直接(ダイレクト)合体(ブレイヴ)させればモルドレッドのシンボルは二つになり、一撃で統のライフを奪える可能性がある。

 しかし――

「ボーン・トプスの召喚時発揮によりバーストを発動します」

 一縷の淡い期待は統のその宣言によって打ち砕かれた。

「バーストは爆烈十紋刃(ばくれつじゅうもんじん)! バースト効果でソウルホースと骸の斜塔を破壊します」

 アカシの剣に炎が宿り、十の文字を描くように剣を縦横に振るうと、それはわずかに回転しながら進行し、ソウルホースと骸の斜塔を焼き払っていった。

「くう……」

 爆炎にまかれたたらを踏んだ一縷。彼女の計画はこの瞬間、灰に変わってしまった。

「ボーン・トプスのレベルを2にアップ。アタックはしない」

 一縷はターンを統に譲った。

 

第10ターン

<統>

リザーブ:6 手札:4 ライフ:2

アトライアソルジャー(Lv2)

波濤の剣使いアカシ(Lv2)

 

「まずはバーストをセットします」

 統が1枚のカードを伏せる。彼がそれをセットしたのは発動が目的ではなかった。ついでに使用できればいいだろうという感覚で置かれたそれは、まさに布石と呼ぶに相応しい。統は手を伸ばした先にあるのが勝利だと確信したかのような表情で、次の一手を行った。

「そしてディープフィッシャーを召喚します」

 素潜りの漁で使われるモリを持つのは背びれを持つ人型のスピリット。潰れた薄い顔、裂けた口には鋭い牙が並ぶ。半魚人がイメージとして最も近い。

「召喚時効果はバーストがセットされている時、トラッシュから任意のネクサス一つをコストを支払わずに配置できる、というものです。ぼくは未完成の古代戦艦:羅針盤を配置します」

 統の背後、バトルフィールドの外に羅針盤が現れる。巨大な羅針盤――コンパスと、祈りを捧げる女神像。

「それでは、ぼくのキースピリットを召喚します。大海を統べる神の一撃、海皇巨神デュランザム!! レベル2で召喚ッ!」

 召喚コストをまかなう効果でアトライアソルジャーは疲労し、レベル2になるためコアをアトライアソルジャーとアカシから使用してデュランザムは召喚された。

 黄金に輝く頭髪、屈強な肉体の巨人。このバトルフィールドに存在するどのスピリットよりも圧倒的な存在感を放つ。

「レベル2のデュランザムのBPは15000ですが、系統:闘神を持つ自分のスピリット全てのBPを+5000する自身の効果でBPは20000になります」

 その効果で疲労状態のアトライアソルジャーもBP+5000され、BPは6000になる。

「アタックステップ、砕け! デュランザム!!」

 今までの丁寧な言葉遣いとは打って変わって口調が激しくなる。統は無意識のうちに興奮状態になっているようだ。それが語気にも現れていた。

 巨人は静かに歩み出す。その一歩は他のスピリットの一歩より桁違いに大きく、すぐに一縷側のフィールドにたどり着いた。

「大粉砕の効果、レベル1につき5枚デッキを破棄。デュランザムはレベル2なので10枚破棄します!」

 デュランザムが大地に拳を叩きつけると地響きが起き、一縷のデッキが吹き飛んだ。彼女の残りデッキ枚数はわずかに8枚となっていた。

「破棄された中にバースト効果を持つマーク・オブ・ゾロがあったので闇騎士モルドレッドを破壊します」

 近づく虫を追い払うような仕草。それだけの動きも巨体のデュランザムがすれば絶大な破壊力を伴う。モルドレッドはそんな挙動をした左手に吹き飛ばされ、フィールドの壁に叩きつけられて破壊された。

「まだ……、まだ終わらない! フラッシュタイミング、スケープゴートを使用。積み上がりし(むくろ)の山を乗り越えて回生せよ、黒き骸王バルトアンデルス! コスト確保のためにボーン・トプスから全てのコアを外す」

 苦しい表情で一縷はバルトアンデルスをトラッシュから呼び出した。消滅するボーン・トプスと入れ替わるように異形の獣は現れた。そして慟哭する。

「ブロックはせずライフで受ける」

 彼女は召喚したバルトアンデルスを盾にしなかった。バルトアンデルスの破壊時効果は相手の手札を破棄し、そのカードがスピリットカードの時、フィールドにとどまるものだ。当然だが彼女はそれを知った上でブロックしなかった。

 ブロックし破壊されればバルトアンデルスの効果が発揮される。それで統の手札を破棄することができる。彼の持っている1枚の手札がスピリットカードであれば、バルトアンデルスはフィールドに生き残るが、このバトルが終わったあとにバルトアンデルスはスケープゴートの効果でもう一度破壊されてしまう。また破壊時効果は発揮されるものの、統の手札がなければ結局バルトアンデルスはトラッシュ行きになってしまう。

 一縷はバトルによる破壊をさけ、スケープゴートの効果による破壊の時に破壊時効果を発揮させ、バルトアンデルスをフィールドに残そうと考えた。可能性は、ある。

 人差し指から小指まで、順繰りに握りしめられ、最後に親指が加わる。デュランザムは腕を振り上げ、上段から拳を振り下ろした。

 今までのバトルでは聞いたこともない轟音。一縷の周囲に展開されたシールドが悲鳴を上げる。

「うあ、……ッ!?」

 胸を貫く衝撃。車に衝突されたのでは、と思うほどの激痛に一縷は息を詰まらせた。

 

<一縷>

ライフ:4→3

 

「ッは、……ッ!」

 膝をついた一縷は、吐き出す息の勢いで無理矢理空気を吸うような、そんな呼吸をしていた。

 それでも、彼女はすぐに顔を上げ、台にしがみついて身体を起こした。

「バトルが終了して、バルトアンデルス……は、」

 呼吸を整え、一縷は言葉を紡ぐ。

「スケープゴートの効果により破壊され、破壊時効果を発揮する。手札を1枚、もらう……」

 フィールドを一足跳びに駆けたバルトアンデルスが統の手札を食らった。その姿は怒り狂う獅子のようだ。統はおびえたのか、台の手すりを強く握っていた。

 破棄されたのは剣聖将軍フィランダー。バルトアンデルスは一度黒い沼に呑まれ姿を消すが、すぐに一縷のフィールドに復活する。

「おかえり」

 小さく呟き、一縷が台に片手をついて手を伸ばした。するとバルトアンデルスは甘えるように首を伸ばし、頭を彼女の手の平こすりつけた。

「……ぼくはこれでエンドです」

 統はその光景を目撃し目を丸くしたが、直後には目を伏せてターン終了の宣言をした。

 

「スタートステップ」

 一縷の声が響く。

 

第11ターン

<一縷>

リザーブ:7 手札:4 ライフ:3

黒き骸王バルトアンデルス(Lv2)

 

「メインステップ」

 このターンでとどめをさせなければ負けるだろうと、一縷は思った。今の手札にデュランザムの一撃をとめる手段はない。それよりも前に召喚時効果でデッキを全て削られることもあるだろう。どちらにせよ、次の自分のターンが(めぐ)ってくることはない。

 なら、現状の最善手を打つだけだ。一縷の目はまだ死んでいなかった。

「闇騎士ラモラックを召喚。召喚時効果、手札より骸の斜塔と魔剣デスサイズを破棄して、波濤の剣使いアカシとディープフィッシャーのコア一つずつをトラッシュへ」

 トナカイの頭を持つ騎士がロングソードを振るう。たちまちアカシとディープフィッシャーはコアを奪われ消滅した。

「バルトアンデルスをレベル3にアップ。アタックステップに移行してラモラックでアタック!」

 ラモラックがは後方に剣を引き、すくい上げるようにして切り上げる。発生する剣撃の波。

「ライフで受けます!」

 統はサイドに備え付けの手すりをしっかりと握り込んで耐える姿勢。

 

<統>

ライフ:2→1

 

「そして、バルトアンデルスでアタック!」

 一縷が叫ぶ。

 バルトアンデルスのアタック時効果でアトライアソルジャーが破壊され、統のフィールドには疲労したデュランザムのみ。手札もない。

 これは一縷の勝利かと、誰もが思ったその刹那――

「スピリット破壊でバースト発動!」

 統の鬼気迫る声が轟いた。

爆砕轟神掌(ばくさいごうじんしょう)ッ!!」

 そのバーストの発動は、このバトルの勝者が一縷ではなく統であるということを強く観客に印象づけた。

 バースト効果は破壊されたスピリットのコストだけ相手のデッキを破棄。この場合は破壊されたのがコスト1のアトライアソルジャーであるため1枚だけの破棄。

 もちろん、それが決め手になるわけではない。重要なのはそのフラッシュ効果。

『自分のスピリット1体を回復させ、このターンの間、そのスピリットのLvを1つ上のものとして扱う』

 コストを払えるだけのコアを持つ統が効果を使わないはずはなく、コアを減らしながらもレベル2を維持したままのデュランザムは統の命によりバルトアンデルスの前に立ちふさがった。

「はばめ! デュランザム!」

 バルトアンデルスは攻撃を繰り返すも、デュランザムは何一つ効いていないような風で周りを駆けるバルトアンデルスを目で追った。

 そして、今まで見せていた緩慢な動作からは予想もできない素早い動きでバルトアンデルスを上から押さえつけ捕まえる。

「デュランザムのBPは20000。そちらのバルトアンデルスはBP12000なのでそちらの破壊ですね。自慢の破壊時効果もぼくには手札がないので意味をなしません!」

 統の言葉を聞いても一縷は動じなかった。

 デュランザムは暴れるバルトアンデルスを気にもせず、大地に押しつけたままもう一方の握り拳で殴りつける。二度、三度と殴打されバルトアンデルスは破壊された。

 バルトアンデルスの三つ首の一つの角が爆風で飛び、一縷の立つ舞台の真横に突き刺さる。なぜかそれは破壊されても消えずそこに刺さっている。

「これでもうアタックできるスピリットはいませんから、アタックステップを続けても意味は……え?」

 勝利を確信した統だが、不意に暗くなった空に言葉をとめた。

「――を破壊してしまったことが、あなたの敗因」

 うつむきがちに一縷が呟く。小さな声でなにかスピリットの名前を口にしたが、それは誰の耳も捉えることができなかった。

「なにを、破壊? バルトアンデルスは破壊時効果を使えずにトラッシュに行きました。今のあなたに一体なにができるんですか!」

 怒るように反論する統。それも当然の反応だった。

 しかし一縷はただ静かに、淡々と言葉を紡いでいく。その声音(こわね)は眠れない子供に物語を読み聞かせる母のような、慈悲に満ちあふれていた。

「紫のスピリット達は、どの色のスピリットよりも粘り強くて、諦めることをしない」

 一縷がそう言ったあと、トラッシュのカードが黒く光り始めた。

「闇騎士モルドレッドの不死、発動。コスト7のバルトアンデルスが破壊されたことにより、トラッシュより甦る」

 1枚のカードがトラッシュから一人でに一縷の台のフィールドに移動する。

「骸王の(しかばね)を踏み越えて、今ここに甦れ、闇騎士モルドレッド!」

 バルトアンデルスの角が黒い沼に飲み込まれ、そこにモルドレッドが出現する。手には折れた角が握られていた。

「不死……大粉砕の時に破壊したモルドレッド……!」

 統が息を飲む。心なしか声が震えていた。

「これで、おしまい」

 一縷がそう告げて、モルドレッドがアタックした。

 モルドレッドの効果が発揮され、一縷は闇騎士ラモラックを選択し破壊する。

 統はデュランザムしか選ぶことができず、眉にシワを寄せて悔しい顔で指定した。

 片膝立ちのデュランザムに向かいモルドレッドが走る。大きく跳躍しデュランザムの額にバルトアンデルスの角を突き立てた。

 頭を押さえ、デュランザムは破壊される。その爆風の中からゆっくりと現れるモルドレッド。

「ら、ライフで受けます!」

 ぎゅっと目を瞑り統は強く宣言した。

 そして、獣の右手でバリアを切り裂き、統の最後のライフを奪った。

 

<統>

ライフ:1→0

 

 

 * * *

 

 

 バトルが終わり、一縷と統はバトルフィールドから帰還した。二人を迎えたのは割れんばかりの拍手。他の組のバトルではここまで盛り上がりはしなかっただろう。そのくらい、激しいバトルだった。

 一縷はそわそわしながら、神田を探すべく店内を見回すのだが、それはすぐに遮られてしまった。統が彼女の袖を引いていたからだ。

「ありがとうございました、良いバトルでした!」

 彼は一縷の手を取ると90度のお辞儀をした。

「あ……りがとうございました」

 一縷も同じように挨拶を返した。しかし内心はかなり驚いていた。バトルのあとでこんなに相手から丁寧に挨拶をされたことはなかったからだ。

 彼女が戸惑っていると、統はそれを察したのか手を離し一歩後ろに引き下がった。

「バトルの途中で一縷さんがバルトアンデルスと触れ合っているのがとても衝撃的でした。ぼくもスピリット達を道具としてみているつもりはないのですが、あんなに仲が良いなんて羨ましいです!」

 目をキラキラとさせる統に、一縷はやっぱり動揺した。

 視線を彷徨わせていると、神田がやって来て彼女の頭に手をぽんと置いた。

「お疲れ。見ててすげえ白熱したバトルだったよ」

 一縷は含羞(がんしゅう)して、されるがまま彼に撫でられる。

「はいはいいつまでいちゃついてんの」

 更に現れた深月に神田が追い払われるまで一縷は至福の時間を味わった。

「では、またいつかバトルしましょう。次は絶対負けませんから!」

 統が改めて差し出した手の平。一縷はそれをしばし眺めてから、自分の右手を繋ぐ。

「次も、負けません」

 一縷はそう言ってはにかんだ。




一ヶ月ぶりとなってしまいました。こんばんは、にしはるです。

今回からは、ショップバトル編とでも言いますか、しばらくSBが続きます。
そういえば4話目にして初の、神田くんがバトルをしないお話でした。
このバトル、正直かなり気に入っています。現状の4話の中ではダントツです。
蛇足ですが裏話をすると統くんが勝つ予定でした。この一連の話が終わったあとに、負けてへこむ一縷と神田くんの話とか書きたいなーと思っていた関係で彼女を負けにしようと思っていました。

色々あって一縷ちゃんの勝ちになりました(粉みかん)
(デュランザムとバルトアンデルスが闘い、バルトアンデルスが破壊されて、一縷のターンが終わり、統のターンで一縷のデッキがなくなるという予定で書いていたのですが、モルドレッドの不死を思い出して急遽変更した、という裏話がががg)

ではこのへんで。


10/26加筆修正
トーナメントであることのもう少し詳しい説明などを追記しました。
あと、一縷の苗字も。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05 水火の繚乱

 崎間(さきま)深月(みつき)は次に控える自らのバトルに向けて準備をしていた。

 どこかヘルメットにも見える金髪のボブカット。背は少し低いが日本女性の平均身長を鑑みると妥当といったところ。身体つきはあまり女性的ではない。彼女は大学生であるものの、女性と呼ぶには幼く、少女と呼ぶには大人っぽい見た目をしている。ノースリーブのブラウスにデニム地のショートパンツ。そしてハイカットのスニーカーを履いていた。

 深月は初戦をなんなく勝利して、これから二回戦目を行うところだ。一回戦目は相手が始めて間もない初心者バトラーであったのだが、深月は容赦なく倒してしまった。むろん、ただ倒すだけではなくデッキの組み方やバトルの進め方など、自分の持つ知識を惜しげも無く相手に教えた。対戦者であった子連れのお父さんが深月の話を真剣に聞いていたこともあり、彼女はなんともいえない充足感に浸っていた。

 バトスピプレイヤーが増えることは歓迎すべきことなのである。

 その後、別の卓でのバトルを終えた神田(かんだ)俊道(としみち)とバトルフィールドのバトルを見守ることになった。彼も素早く勝利したようだが、なにやら恐ろしい目に遭ったらしい。それでも勝利してきたのはさすが、といったところか。

 神田は自分のデッキに変更を加えたらしく、それの回り方なども確認できて有意義だった語った。彼のデッキにどんなカードが採用されたかは未知数だが、バトルの時の楽しみにしておこうと深月は思った。そのためには神田にも勝ち上がってもらわないとならない。深月の中に自分が負けるという考えは微塵もなかった。

 店内の最も見やすいところに配置されているモニターを見上げると、バトルフィールドでのバトルが中継されている。対戦しているのは以前神田と勝負した一縷(いちる)と名乗る、肌が透き通るように白いお人形さんのように可愛らしい少女と、見覚えのない少年であった。見た目から受ける印象は、バトスピ友達である少年、灰島(はいじま)卓郎(たくろう)よりも大人びている。年齢としては彼とそう変わらないだろう。恐らく小学六年か中学一年生といったところ。

 顔つきはしっかりしていて、子供と呼称するのがはばかられるような気配をしている。そして短くカットされた頭髪が爽やかだ。同世代の女の子にモテそうな少年だった。端的に言えば、正統派イケメンであると深月は結論づけた。あどけなさも残っているので年上のお姉さんにもモテそうだった。神田とは大違いである。

 バトルの状況としては、スピリットを手早く展開しライフも多い一縷の方が優勢に見える。しかし明らかに彼女のデッキの枚数が減っていた。少年のフィールドにデッキ破棄効果を持つスピリットはいないが、一縷のデッキが紫主体でドローが得意なことを差し引いてもデッキ破棄を受けたのは明白であるほどデッキの枚数が少なくなっていた。

 基本的にデッキがトラッシュに落ちることはデメリットだが、紫では少し話が変わる。その色では自らのトラッシュにカードを送ることはしばしば行われ、紫にとってはトラッシュは使用済みカードの置き場ではなく、もう一つのデッキなのだ。

 それは神田と一縷がバトルした時に証明されていることでもあった。一縷は自ずからカードをトラッシュに落としていた。そしてトラッシュからほとんどのコストを踏み倒す形でシキツルやバルトアンデルスを召喚してみせたのだ。

 少年の行ったデッキ破棄が一縷のプレイングにどの程度影響しているかは分からないものの、悪いことだけではないはずだ。ただしトラッシュ活用が得意な紫とは言え、素早くデッキを削られてしまい手も足も出せず負けることも考えられる。

 どう転がるのか、深月は真剣な眼差しでバトルを観戦した。

 しばらくしてバトルが終わり、いよいよ深月がバトルをする番が迫っていた。

 先刻のバトルの勝敗は一縷が勝利、少年が敗北した。少年が召喚したデュランザムが決定打になると思われたが、一縷は危険な状況を上手く切り抜け、紫らしい戦い方で勝利を収めた。今後、彼女と当たるかもしれないと深月は一縷のプレイングを目に焼き付けた。

 それから神田と別れ、デッキを手に待機する。そこで一度トーナメント表を確認した。

 トーナメント表によるとA、Bブロックそれぞれの一回戦を勝ち抜いたのは以下のバトラーのようだ。

 

 

 Aブロック一回戦勝者

 

 ○崎間深月(一組目勝者)

 ○(あかり)(ゆかり)(二組目勝者)

 

 ・猪狩(いかり)一縷(三組目勝者)

 ・水原(すいばら)遠音(とおね)(四組目勝者)

 

 

 Bブロック一回戦勝者

 

 ○坂下(さかした)遊離(ゆうり)(一組目勝者)

 ○神田俊道(二組目勝者)

 

 ・宮守(みやもり)貴夏(きなつ)(三組目勝者)

 ・湯川(ゆかわ)綾織(あやおり)(四組目勝者)

 

 

 ここからA、Bブロックとも二組ごとに分かれバトルをする。『○』の印のあるもの同士、『・』の印のあるもの同士がそれぞれバトルをし、勝ち上がった者が各ブロックの勝者としてバトルをするという仕組みだ。

「あや、卓郎負けちゃったのね。てゆかあの子、猪狩って苗字だったんだ」

 どうやら湯川綾織という少女に負けたらしい。まあ勝ち上がったとしても……と、深月が思案していたところ、彼女の正面から声がかけられた。

「あなたが対戦相手の崎間深月さん、かしら?」

 ワタシの対戦相手は……と、深月が相手の確認をしていると、一人の女性が現れた。

 艶のある長い黒髪。端正な顔立ち。女性らしさがありながら、少女のあどけなさも含んでいる。美人であるものの、可愛い女の子と評価しても多数の賛同を得られるであろう。

 背丈はヒールサンダルの高さを差し引いてもなお深月より高い。女性が穿いている黒いスキニージーンズも脚を長く見せるため、実際の身長より視覚的に高く感じさせるようだ。

 そしてトップスはゆったりとしたドルマンスリーブのサマーニット。透かし編みの生地の薄い部分からキャミソールが覗く。トップスのゆるふわ感とボトムスのシャープさが相互作用し美しさを際立たせていた。

「うっ……」

 しかし深月が衝撃を受けたのは服の着こなし云々ではなかった。

 それは基本的に生まれながらの発育が全てである。怪しげなサプリやシリコン注入など手段を問わないのであれば大きくすることも可能であるが、究極的には前述したそれが多大に影響する。

 ドルマンの緩やかな形は体型を隠す効果があるものの、それを覆い隠すほどの効力はなかったようだ。

 自己主張の激しいそれは、深月には存在しないものであった。いや、ないことは、ない。だが着衣を押し上げるほど育ってはいない。更に彼女の年齢を鑑みるとその後の成長の可能性はとても低い。ハタチからの急成長など聞いたことがない。

 クーパー靭帯断裂しろ、と心の中で呪詛しつつ深月は「そうよ」と返した。

「ワタシは崎間深月。てことはあなたが対戦相手の(あかり)(ゆかり)ね?」

「ええ。仰るとおり私が燈紫。バトルが楽しみね」

 妖艶な笑みを浮かべる紫。深月は彼女からサディストの素養があるのを感じた。なんというか口調が既にそれっぽい。

「ま、誰が相手でも負けるつもりはないから」

 深月の宣戦布告。それを紫は一笑に付した。

「ふふ。深きモノの声に恐怖なさい」

 余裕な態度を崩さず、紫は転送装置に立つ。続いて深月も上がり、楽しそうに口角を吊り上げた。

「それではAブロック二回戦一組目、崎間深月さんVS燈紫さんのバトルを開始します!」

 店長の声が響き、二人と観客が一体となりコールする。

 そして二人と観客が一体となりコールする。

「ゲートオープン! 界放!!」

 

 

 * * *

 

 

 深月はバトルフィールドのアトモスフィアが好きだった。雰囲気、空気感といった言葉と置き換えると分かりやすいだろうか。

 円形のフィールド、コロシアムにも似た戦うための舞台。

 乾いた大地、吹き抜ける荒涼とした風。今は静けさに包まれているが、ひとたびスピリットを召喚すればそこは闘技場に変わる。そこには、非日常がある。

 深月は深く息を吸って、吐いて、首や肩を慣らす。

「さて、始めよっか」

 胸を覆う赤いプロテクターの表層に埋め込まれたライフの一つを撫でて、深月は本当に楽しそうに笑った。無邪気な幼子のように、カラカラと。

「ええ。先行は譲るわ」

 深月の纏うものと同じデザインの、水色のプロテクターを装着した紫が、ヒールを脱ぎながら返答する。ライフで受けた際に踏ん張りが効かなくなることを憂慮しての行動だろう。

 と、そこで彼女はプロテクターに触れてこう言った。

「これ、胸がとても苦しいのだけど、深月さんは平気なのかしら?」

「は?」

 思わず深月はトゲのある返しをしてしまった。

 あの人はなにを言っているのだろうか。深月の脳裏にはそんな疑問が浮かんだ。

 プロテクターには体格に合わせて調節できるよう、両脇にベルトがついている。それの長さを変えて身体に密着させる。深月のプロテクターのベルトは限りなく締められている。まだ余裕もある。それ以前に一度着用したプロテクターが大きく、不本意ながら子供用のそれを代わりに装着したくらいだ。

 それを燈紫は胸が苦しいと言った。ベルトの締めすぎではないかと深月は思ったが、彼女のプロテクターのベルトはほとんど締まっていなかった。

 そこでふと深月はあることを思い出した。燈紫には自然な人体構造として限界直前くらいのオプションが備わっていることに。一部を除き世の野郎共が、大きいに越したことはないと考えるあれ。

「ははっ、ふふ、ふふふ……」

 深月が拳をこれでもかと握り締め、気が触れたかのように笑い出した。それには紫も驚いて半歩後ろに下がる。

「……一体、どうしたのかしら?」

 彼女の問いかけに、深月は肩を震わせて、床に落としていた視線を上げた。深月の双眸はドロドロになるまで煮込んだシチューのように混沌とした色をしている。

「持てる者に持たざる者の気持ちは分かるまい」

「?」

 深月はデッキの上からカード4枚を、扇を広げるようにして手にする。それを紫に突きつけてこう言った。

「ライフで受けた時の衝撃でクーパー靭帯断裂しろッ!」

 

第1ターン

<深月>

リザーブ:4 手札:5 ライフ:5

 

「メインステップ! オードランをレベル1で召喚」

 小さな体躯とそれ相応のサイズの翼を持つ竜が現れる。空中から降り立つと気合充分と主張するように、可愛らしい声を上げた。

「更に双翼乱舞を使用してカードを2枚ドロー」

 深月はデッキの上2枚をさらうように手札にくわえる。

「最後にバーストをセットして、これでワタシはエンド」

 赤らしく序盤からスピリットの召喚と手札の増強を行った深月。彼女のデッキは素早く焔竜(えんりゅう)魔皇(まおう)マ・グーを引き込むためにドローソースが多く採用されている。マ・グーを早くに呼び出せれば、その後のコア運用に気を配る必要がなくなるのだから、手早く召喚できるに越したことはない。マ・グーのコア回収効果に並び立つのは、禁止となった烈の覇王セイリュービくらいのものだろう。やはりアタックステップに使用可能コアが増やせるのは強力だ。

 

第2ターン

<紫>

リザーブ:5 手札:5 ライフ:5

 

「赤デッキ……」

 紫は手札に視線を落としながらそう呟く。それは誰にあてたものでもなく、深月も反応を示さなかった。

 紫は二枚のカードを引き抜き「メインステップ」と宣言した。

「薬売りのカーサ、続けてミイラ・ファントそれぞれレベル1で召喚」

 ウェーブのかかった長い髪の人魚の少女と、全身を包帯で巻かれた象が出現する。包帯で巻かれた、というよりは全身が包帯で形作られているといった方が正しいかもしれない。

「青と紫……へえ面白いデッキ使うんだ」

 深月の感想に紫は一瞬だけ蠱惑的(こわくてき)な笑みをたたえ、直後に効果の説明を行う。

「ミイラ・ファントの召喚時効果でカードを一枚ドロー。カーサの青シンボルがあるので連鎖(ラッシュ)発揮。相手のバーストをオープン。そのカードがライフ減少をトリガーとするバーストの時、相手はバーストを発動できない」

 深月のバーストカードが弾かれたように飛び上がり、表が明らかになる。

「あらら、ワタシの絶甲氷盾(ぜっこうひょうじゅん)が」

 おどけてみせる深月。その言動が本気であれ虚偽であれ、このターンバーストの発動ができないことに代わりはない。

「こちらもバーストをセット。アタックステップに移行するわ」

 紫はカーサ、ミイラ・ファントにアタックするように命令する。

 カーサは浮遊するように、ミイラ・ファントは土煙を上げて深月に向かう。彼女のフィールドのオードランは「どうするの?」と問うように深月を見遣った。

「カーサはオードランに頼もうかな」

 深月の言葉を聴いてオードランは鳴いて、すれ違うミイラ・ファントや目をやりつつも、続くカーサに立ちふさがった。

 自身の真下にだけ発生させた水流に乗り、カーサはサーフィンのようにフィールドを滑走する。オードランを惑わすように周回し攻撃の時を窺う。

 一方では、ミイラ・ファントの全身の包帯が緩み、ミイラ・ファントの身体の全体像が『たるんだ』。行く先を探す包帯がくねり、その様相はなおさらバケモノじみた。

 ミイラ・ファントが頭をもたげると、身体の至るところからほどけた包帯が確かな意識を持ったように捻れ始め、ドリルのように先を尖らせた。そしてそれが一斉に深月を目指して中空を切り裂いた。

「……ぐっ」

 チェーンソーで鉄を裁断するような連続した激しい音と光。直後に深月のプロテクターのライフが超新星爆発のように輝き砕けた。

 

<深月>

ライフ:5→4

 

 大地を滑り移動するカーサにオードランは戸惑うように視線を巡らせていた。視界に捉えたと思えばすぐに視野から逃れる。高速移動と呼ぶに相応しいスピードでカーサはオードランを翻弄し続けた。

 時折り水飛沫が弾丸のようにオードランを狙って飛来し、それを火炎で蒸発させるという攻防が幾度も繰り返された。

 オードランがカーサの進行方向を予測して火を放ち進路を絶った。しかしカーサは下部から突き上げた間欠泉のような水の渦に乗り、それを飛び越える。だがそれはオードランとて想定済みだったようで、カーサの着地点にはオードランが待機していてキバの隙間から火をちらつかせていた。

 空中で進路を変更できないカーサはオードランの元に自由落下する。彼女が手のひらを握り込むと、水が剣をかたどるように集束した。

 オードランが頭上を見るように上を向き、頭部を振り下ろし、その矮小な体躯からは想像できないほどの火炎を吹いた。火炎放射と呼称できるほどの熱でカーサのまとう水泡がジュッと音を立てて蒸散した。

 カーサは剣を真っ直ぐ向けて、火炎放射に突っ込んでいく。確固たる形を失いつつも、剣としての役割を保った水がオードランの火の渦を突き進んでいった。

 二つに割れカーサの背後で霞む火炎。半ばほどの長さになったカーサの剣がオードランの喉元に刺さると思われた瞬間、両者は破壊されバトルフィールドに爆炎と爆風を撒き散らした。

「これでエンドよ」

 カーサの破壊は想定済みであったのか、紫は余裕を崩さなかった。まだまだ序盤なので様子見も兼ねたアタックだったのだろう。

 そしてターンは深月に移る。

 

第3ターン

<深月>

リザーブ:6 手札:5 ライフ:4

バースト

 

 猛攻を受けた、というほどではないがフィールドに軽減シンボルがない状況は身動きが取りづらい。

 対戦相手である紫が使うデッキは青と紫の混色デッキだと推測される。青はデッキ破棄やコストを参照しての破壊、紫は破壊を介さない除去、コアシュートを行う厄介な色だ。その二つの色で組んでいる以上、破壊や消滅の手段には事欠かないだろう。

 召喚できるスピリットの選択肢は二つ。ワン・ケンゴーかカグツチドラグーン。

 バーストを多く採用する深月の赤デッキの先鋒としてワン・ケンゴーは最適であるが、いくらBPが高くともコスト破壊には敵わない。

 かといってワン・ケンゴーよりもコストが1重いカグツチドラグーンを召喚してもレベル2にできず、コアシュートの餌食に遭う可能性が高い。

「ま、悩んでも仕方ないね」

 深月はカグツチドラグーンを召喚する。コアシュートを警戒してコア数は2。

 そしてバーストセットしていた絶甲氷盾を破棄し新たなカードを配置した。

「アタックステップはなにもせずエンド」

 深月は自らのフィールドの整備を優先したようだ。紫のフィールドに回復状態のスピリットがいないこともあってライフを狙うのは簡単であったが、迂闊に動けば相手のバーストにカウンターされるかもしれない。それを言い始めたらキリがないが、今すぐ動く必要なないだろう。

 

第4ターン

<紫>

リザーブ:5 手札:4 ライフ:5

ミイラ・ファント(Lv1)

バースト

 

 青と紫の混色デッキの普及率は高くない。はっきりいえば低い。それも限りなく。

 メジャーである白と紫の混色と比べサポートカードが圧倒的に足りていないことが広まらない一因であるのは確実だ。

 サポートがないこと、そもそも組み合わせる旨味のなさ、そしてフィニッシャーとなり得るカードの少なさ。

 悪い点であればいくらでも挙がるだろう。

 しかし、紫はなにを言われようと青紫を使うことをやめはしなかった。

 普及していないデッキということは他に使う人がいないということ。他人とは違う、自分だけのデッキが組めるということ。

 そして、広まるデッキを負かした時の爽快感はそれ相応のもの。紫はその瞬間が好きなのであった。

 使いやすい使いにくいを通り越して、ただ青と紫の組み合わせが好きであるのも理由である。

「どんなものも使っていれば愛着は湧くもの……」

 誰にも聞こえない声量で呟き、紫はメインステップを宣言した。

「ファルコパンサーを召喚」

 巨大な翼を持った、大型猫科動物のようなスピリットが現る。白い体毛に黒い斑点。

「……」

 深月は無言だ。だが頭の中ではファルコパンサーというスピリットが一体どんな効果を持っているのかと、記憶を手繰っていた。普段使う赤のカードくらいしかテキストを確認しない深月に、ファルコパンサーのテキストを思い出すことなど不可能であった。そもそも頭の中に情報が入っていない可能性まである。

「アタックステップはなにもせず。エンドよ」

 

第5ターン

<深月>

リザーブ:5 手札:4 ライフ:4

カグツチドラグーン(Lv1)

バースト

 

「さて、そろそろ露払いというか、行きますかねー」

 アップは終わりと言わんばかりに左の肩を回し、深月がブレイヴを召喚した。

「砲竜バル・ガンナーを召喚。そしてカグツチドラグーンに合体(ブレイヴ)!」

 四足の恐竜の背中から砲台が外れ、カグツチドラグーンに換装される。カグバルとも呼ばれる強力な合体スピリットである。序盤における盤面の制圧能力は図抜けており、赤デッキであれば採用の余地が充分ある組み合わせだ。

「じゃ、アタックステップに入るよ。合体スピリットでアタック!」

 深月が重なるカードを荷駄里に倒すと、合体したカグツチドラグーンは砲身をミイラ・ファントへと向けた。

「合体アタック時効果でカードを1枚ドローし、BP4000以下のスピリット、すなわちミイラ・ファントを破壊する。さらにカグツチドラグーンのアタック時効果で1枚ドローし、激突も発揮する」

 二つの砲身から放たれた弾丸がミイラ・ファントを貫く。焼けただれるように崩れ落ちるミイラ・ファント。その隣でファルコパンサーが臨戦態勢を取った。

「あらあら、野蛮なのね」

 うふふと艶のある笑みを浮かべる紫。余裕がにじみ出ている。

「るっさいっての。赤なんてそんなもんよ。邪魔するものは焼き払う、それだけ」

 低空飛行でファルコパンサーに突っ込む合体スピリット。ファルコパンサーも同じく飛行し迎え撃った。両者がそのままぶつかり、反動でファルコパンサーがよろめいた。しかし、そこで紫が声を発した。

「ファルコパンサーブロック時効果、シンボル2つ以上を持つ相手のスピリットをブロックしたとき、このスピリットをBP+7000。レベル2のファルコパンサーはBP5000。そこに7000を上乗せしBP12000になるわ」

 深月の合体スピリットはBP8000。彼女は非難のような声を上げた。

「はあ!? インチキ効果もいい加減にしろよ!」

「あら、心外ね。敵を焼き激突し2枚もドローするアドバンテージの塊には言われたくないわ」

 紫が言うと同時にファルコパンサーの翼の付け根の水晶が輝き、ファルコパンサーの姿が消えた。正しくは消えたと思うほどの速度で移動した。直後、合体スピリットの背後に現れるファルコパンサー。合体スピリットの首筋には深い牙の傷跡。

「返り討ちね」

 紫の台詞に深月は「……バル・ガンナーは残す」とだけ返し、ターンを終えた。

 

第6ターン

<紫>

リザーブ:5 手札:4 ライフ:5

ファルコパンサー(Lv2)

 

「メインステップ、海魔巣食う海域をレベル2で配置」

 物々しい、断崖が紫の背後に浮かび上がる。心なしか風に塩気が混じる。フィールドには雷鳴が響き、雨が降り始めた。

「アタックステップ、ファルコパンサー行きなさい」

 ファルコパンサーの爪の一撃を深月はライフで受ける。

 

<深月>

ライフ:4→3

 

「ライフ減少でバースト発動。魅惑の覇王クレオパトラスをバースト召喚! 黄のカードだから海魔の効果は受けない」

 深月が召喚したのは黄のスピリット。ライフが3以下であれば召喚できるスピリットであり、デッキタイプを問わずに採用できる強力なカードだ。

 無機質な、どこか猫にも似た顔。黄金の翼ではばたき、ゆっくりと中空にとどまった。

「召喚時効果でトラッシュの絶甲氷盾を回収する」

 これでやられた分は取り返せたと深月が笑う。

「ライフ減少バーストである絶甲氷盾を破棄して新たなバーストをセットしたから、てっきり他の条件のバーストだと思ったのだけど。すっかりあなたの策略にはまっていたようね」

 先ほどファルコパンサーが合体スピリットを破壊した時、深月はバーストを宣言しなかった。そのこともあり紫は深月が置いたバーストを召喚時かアタック後のものと推測した。同じ条件のバーストをセットするはずがないという心理をついた深月の作戦勝ちであった。

「ま、そういうとこも含めてバトスピでしょ」

 フィールドの開示情報だけでやるものではない。深月はふっと笑った。

 

第7ターン

<深月>

 深月は魅惑の覇王クレオパトラス(Lv2)、砲竜バル・ガンナー(Lv1)の他に新たにワン・ケンゴー(Lv2)を召喚。バーストはセットせず、アタックステップに入るとバル・ガンナーでアタックを行った。紫はそれをライフで受け、ライフを5→4と減らした。

 そこで紫はライフ減少バースト、妖華吸血爪を使用し手札を2枚増やした。

 

第8ターン

<紫>

リザーブ:6 手札:6 ライフ:4

ファルコパンサー(Lv2)

海魔巣食う海域(Lv2)

 

「さて、あなたが動かないのならこちらから行かせてもらうわ」

 紫が手札を扇のように唇にあて、影のある笑みを浮かべた。

「何者をも寄せ付けぬ破壊の化身、異海神ディスト・ルクシオン……来なさい!」

 渦巻く水流が天空から迫る。漏斗状の竜巻をひっくり返したかのような渦の中に二つの輝き。それは目。

 フィールド全体を巨大な波が襲い誰彼構わず巻き込みながら現れたのは、どこか首長竜にも似たスピリット。ノコギリのような角を頭部に備え、胸のイソギンチャクのような器官が蠢動(しゅんどう)する。

「そりゃあ……きついんじゃないの?」

 深月は口ではそう言ったものの、表情に緊張した様子はない。ただ、考えるようにかかとを鳴らした。

「アタックステップ。レベル2のディスト・ルクシオンでアタック。海魔巣食う海域の効果。連鎖を持つ自分のスピリットがアタックした時、そのスピリットのレベルを1つ上のものとして扱う。それにより、レベル2のディスト・ルクシオンはレベル3に。BPは9000から14000にアップよ」

 ディスト・ルクシオンのアタック時のコスト5以下のスピリットを破壊する効果でワン・ケンゴーが抹殺される。

 フローティングして移動するディスト・ルクシオンのアタックに深月はクレオパトラスを当てることを選んだ。ここでダブルシンボルのアタックを受けるのは状況が悪くなると踏んだようだ。

 クレオパトラスが指先を繰ると数え切れないほどの魔方陣がフィールドを取り巻くように生まれ、それぞれが発光しその光はゆっくりの収束していく。クレオパトラスが手の平を合わせて前方に手をかざすと魔方陣から白く光るレーザーが放たれた。それはディスト・ルクシオン目がけ、まさに四方八方から迫った。

 しかしそれがディスト・ルクシオンに届くことはなかった。異海神の体表に達する前にレーザーが歪み消滅したのだ。吸い込まれたのかかき消されたのかはさだかではない。分かることはレーザーが歪曲し消滅したことだけだ。

 クレオパトラスがすぐさま新たな魔方陣を組み始める。が、瞬間、彼女の胸元を真っ黒い光線が貫き風穴を空けた。なにが起きたのか分からぬままクレオパトラスは破壊された。

 

第9ターン

<深月>

リザーブ:9 手札:7 ライフ:3

砲竜バル・ガンナー(Lv1)

 

「そっちがキースピリットを出したってんなら、こっちもそれにこたえないとね。黒炎を纏え、焔竜魔皇マ・グー召喚!」

 火柱が上がる。そこに浮かび上がる影があらわになるが、その姿はなお黒い。血脈のように体表に走る赤い筋が淡く輝く。

「アタックステップ。効果でトラッシュのコアすべてをマ・グーに乗せる。これによりレベル3にアップ」

 トラッシュにあった6個ものコアがマ・グーに移り、深月の使用可能なコアが増える。

 マ・グー最大の特徴である強力なコア回収効果。連鎖を軸に構築した地竜デッキをのぞき、赤という色は慢性的なコア不足に陥るが、マ・グーを採用するデッキではそれを心配する必要がない。最低限のコアを効率的に使い回せるのだ、弱いはずがない。

「ただアタックはしない」

 深月はマ・グーのカードに添えていた手を離しターンの終了を宣言する。

「次のターンの守りを優先させたのかしら」

 紫の問いに、深月は「まっそうだね」と腰に手を当てる。

「ダブシンスピリットに合体なんかされて殴られたら残りのライフなんて一瞬で消し飛んじゃうし」

 深月にはマ・グーにバル・ガンナーを合体させ、アタックするという手もあった。しかしそれをしなかった。その理由はディスト・ルクシオンのアタック時効果に付随する紫連鎖を警戒したからであった。現状、紫のフィールドには紫のシンボルはないものの、青と紫の混色デッキを使っている以上、紫シンボルを準備するのは容易なことであろう。

 ディスト・ルクシオンの連鎖は二つ。赤シンボルを必要とする連鎖は、強化(チャージ)を持つスピリットを問答無用で破壊するもの。そして紫シンボルを必要とするそれは、疲労状態の合体スピリットを破壊する効果。破壊することに秀でた効果であり、迂闊な行動ははばかられた。

 紫のターンでディスト・ルクシオンにアタックされた場合、アタック時効果でバル・ガンナーは破壊されてしまうが、マ・グーは残すことができる。もっともブロックしないことを選択すると、深月のライフは残り1つとなってしまう。

 当然、深月も対処の手段を持ち合わせているわけであり、単純に紫が優勢とも言い切れない。

 

第10ターン

<紫>

リザーブ:7 手札:6 ライフ:4

ファルコパンサー(Lv1)

異海神ディスト・ルクシオン(Lv2)

海魔巣食う海域(Lv1)

 

「ソウルホースをレベル2で召喚。更にディスト・ルクシオンをレベル3にアップ、ファルコパンサーと海魔巣食う海域をそれぞれレベル2にアップ」

 紫は自陣をより盤石なものへと強化していく。ソウルホースが召喚されたことで、ディスト・ルクシオン、ファルコパンサーの紫シンボルの連鎖が発揮できる状況となった。

「アタックステップ。行きなさいディスト・ルクシオン!」

 紫の宣言でディスト・ルクシオンが動き出す。するとフィールド全体が水にみちみちと満たされる。アタック時効果でバル・ガンナーが破壊され、深月のフィールドはマ・グーだけになった。

「マ・グーよろしく!」

 深月のかけ声にマ・グーが血潮をたぎらせるように吼えた。

 真っ黒な鎌がディスト・ルクシオンの生み出した鉄砲水のような水流を切り裂く。ゆっくりと歩くマ・グー。マ・グーが歩くたびに水が蒸発していく。

「大層な姿だけれど、BPはこちらが上よ」

 紫の言うようにBPを比較するとマ・グーはディスト・ルクシオンに敵わない。前者はBP10000、後者はBP14000。フラッシュタイミングでBP差4000を覆すのは相応のマジックがなければ難しい。

「さすがにそれくらい分かってるって。フラッシュタイミング、アルターミラージュを使用」

 深月がマ・グーからコアを確保し放ったのは黄のマジック。コスト3以上の自分のスピリットすべてにBPを比べ破壊された時、回復状態でフィールドに残る効果を与えるマジックだ。見かけることは少ないものの、強力な耐性を与えるマジックだ。強力ゆえに相手のターンでしか使えないという制約がある。

 マ・グーは腹部に噛みつかれ、破壊されてしまう。しかし直後炎が猛りマ・グーが蘇生する。

「破壊も叶わなかったということね。残念」

 紫は手を振ってエンドを宣言した。

 

第11ターン

<深月>

リザーブ:6 手札:6 ライフ:3

焔竜魔皇マ・グー(Lv3)

 

「……面白いカードが来たもんだね」

 深月は楽しげに言って、メインステップになるとカグツチドラグーンをレベル2で召喚する。

「さて、ショータイムです。闇の力を授けよ! 暗黒の魔剣ダーク・ブレードをマ・グーに直接合体(ダイレクトブレイヴ)!!」

 暗雲が立ちこめ、落雷のように雲を切り裂き大地に突き刺さる暗黒の魔剣ダーク・ブレード。

 波打ち、恐竜の牙がちりばめられた凶悪な刃。湾曲した刀身を握り込む手を模した(つか)が特徴的な剣刃(ツルギ)ブレイヴだ。

「召喚時効果。海魔巣食う海域にはご退場願いまーす。てわけでこっちは1枚ドロー」

 地割れが走り、紫サイドのフィールドに衝撃が加わる。彼女のいる舞台が揺れて、サイドの手すりに掴まるその背後で、断崖が姿を消した。暗黒の炎に焼かれたようだった。

 効果が発揮されるとマ・グーがダーク・ブレードを装備する。刀身が赤みを増す。

「さーらーに、これ使っちゃうよ。マジック、ドラゴンズラッシュ!」

 深月はマ・グーからコアを使用する。これでマ・グーのコアは一つになってしまうが、それもアタックステップになれば関係のない話だった。

「アタックステップ。トラッシュのコア全てをマ・グーに」

 合体しレベル3になったマ・グーはBP15000。そこにアタックステップ時効果である系統指定のBPパンプ効果が上乗せされBPは18000にまで跳ね上がる。

「じゃあ、まずはファルコパンサーに指定アタック」

 ダーク・ブレードの効果で相手のスピリットを選び、直接バトルをすることができるようになったマ・グーが狙うのは、強力なブロック時効果を持つファルコパンサー。

「ブロック時効果でBP+7000ね。勝てないのだからあまり意味はないけれど連鎖のドローはいただくわ」

 ソウルホースの紫シンボルでファルコパンサーの連鎖が発揮され、ドローをする紫。

 ファルコパンサーはマ・グーの猛攻を最初こそかわすものの、四つ腕から繰り出される連撃に徐々に押されていく。最後にはダーク・ブレードの一閃に破壊されてしまう。

「ここでドラゴンズラッシュの効果、このターンの間、系統「翼竜」「竜人」「古竜」を持つ自分のスピリットすべては、BPを比べ相手のスピリットだけを破壊したとき回復する。マ・グーは系統「竜人」を持つため回復」

 回復したマ・グーは再度指定アタックを行う。対象はソウルホース。

 紫はなにもせずここでもスピリットを破壊されマ・グーの回復を許した。

「最後の大物、ディスト・ルクシオンに指定アタック!」

 マ・グーがダーク・ブレードを突きつけると疲労していたディスト・ルクシオンが緩慢な動作で起き上がった。

 そして激突する両者のキースピリット。武器を巧みに操るマ・グーと水を駆使するディスト・ルクシオン。

 BPは合体しているマ・グーの方が上だ。このままでは押し負ける、というところで紫がフラッシュを宣言した。

「やられっぱなしというのも不快ね。フラッシュタイミングでソウルリッパーを使うわ」

 ダーク・ブレードが瘴気のような風にさらわれて、切っ先から砂に変わっていくようにさらさらと中空に消えていく。その風はカグツチドラグーンも襲い、足下からカグツチドラグーンは身体が消えていき、最後には全て消え去った。

 紫はこのマジックを使おうと思えばファルコパンサーとソウルホースがアタックされている時点で使うことができた。しかし深月がディスト・ルクシオンに指定アタックをすることを察して使わずにいた。ここで返り打ちにできれば紫は優勢になる。

「あはっ、やってくれんじゃん!」

 目を見開いて深月が身を乗り出す。

「でもそれだけじゃ勝てないよ。フラッシュタイミング、五輪転生炎(ごりんてんせいえん)を使用。系統「竜人」を指定してBP+4000」

 ブレイヴが破壊され13000に下がっていたBPが17000にまで上昇する。

 マ・グーを取り巻く火炎がひときわ強くなる。

 押され気味だったマ・グーがフィールドに満ちる水を全て蒸発させてやると言わんばかりに炎を発する。太陽の表面で起きるコロナのように、炎の柱がそこここにそびえる。あまりの熱に大気が陽炎のように揺らいだ。

「まだよ、フラッシュタイミング! マジック、ストロングドローでディスト・ルクシオンをBP+3000!」

 ディスト・ルクシオンの元のBPは14000。そこに3000が上乗せされBPが17000になりマ・グーと並んだ。

 フィールドの外から巨大な波が押し寄せ、燃え盛るフィールドを流し去ろうとする。

 ディスト・ルクシオンとマ・グーが対峙し、水火(すいか)が勢力を争う。

「ありゃりゃ。まさか食らいつくとは」

深月が目を丸くして紫に言う。すると紫はふっと笑う。

「簡単には負けられないわ。せめて相打ちくらいはしないととてもじゃないけど勝ちは見えないもの」

 その言葉を聞いて深月が手札を台に置いた。

「んー。ここまで防御札を使ってないことを考えると手札にはない。かつ相打ちくらいはってことはこれ以上はBPアップもできないってことかな。なるほどなるほど」

 神妙にみつきは頷いて手札を持つ。そして言った。

「じゃあワタシの勝ちだね。フラッシュタイミングで2枚目の五輪転生炎でマ・グーを更にBP+4000」

「そんな、2枚目!?」

 驚く紫に深月はへらへらと笑う。

「いやー海魔のせいでバースト腐っちゃって。パトラスも破壊されちゃったし。で2枚あったってわけ」

 BP18000になったマ・グーはつばぜり合いを繰り返していたディスト・ルクシオンをいとも簡単に鎌で切り裂いた。そしてドラゴンズラッシュの効果で回復する。

「くぅ……たとえ効果でダブルシンボルになっていてもまだライフは削りきれない」

 ディスト・ルクシオンが破壊されたことによる爆風に口に腕をあて紫が言った。しかし、深月は「そーでもないかなー」とお気楽な調子で返す。

「じゃあもっかいアタック。そっちにフラッシュタイミングないなら使うよ。ストームアタック! コア不足によりマ・グーはレベル2にダウンだけど、まああんまし関係ないか」

 一度目の斬撃。紫の立つ舞台のバリアを真一文字に切り裂く。

 

<紫>

ライフ:4→2

 

 幾度となく回復したマ・グーは、紫のフィールド全てを焼き尽くす。焦土と化した彼女のフィールドはなにもかもが灰燼(かいじん)となり果てていた。

「……ライフで受ける!」

 紫は最後に、マ・グーの遙か後方にいる深月を真っ直ぐに見つめると、絶対に忘れないとでも言うかのように歯を食いしばった。

 そして、マ・グーの大上段からの袈裟懸けが紫のライフを砕いた。

 

<紫>

ライフ:2→0

 

 

 * * *

 

「Aブロック二回戦一組目の勝者は崎間深月さん!」

 店長の声と共に拍手の音がショップ内に響く。

「悔しいけれど、完敗よ。いずれまたバトルをしてくれるとうれしいわ」

 喧噪の中で紫が手を差し出す。深月は手を掴み笑う。

「ん、楽しみにしとく」

 深月と紫のバトルが終わったのもつかの間、次のバトルの準備が進む。

 次はBブロック二回戦一組目のバトルがバトルフィールドで行われるようだ。

「てことは神田の出番か」

 深月は紫との会話もそこそこにショップを見渡して神田を探す。

 するとちょうど神田がバトルフィールドの転送装置へと向かっていた。

「よお。お疲れ」

「らくしょーらくしょー」

 神田が挙手をするように軽く手を挙げる。深月もミラーリングのように動作をまねて手を挙げると、二人は空中でそれぞれの手をぶつけて打ち鳴らした。

 軽快な音が鳴る。深月も神田もその後は雑談もせず互いの隣を通り過ぎる。

 深月は空いていた席に陣取ってなにもないフィールドを移すモニターを見上げ、誰にも聞こえない声量で呟いた。

「さて、あんたはどんなバトルを見せてくれるのかな」

 




あ、生きてます(震え声)

投稿がものすんごく空きましたが私は元気です。ただタイピングしていると冷え性で両手両足が凍ったように冷たくなるのでつらいです。
投稿が遅くなった理由(言い訳)は色々あります。
まず、最初に書いたバトルの内容が気にくわなかったこと。
新しいバトルを書き直していたところで体調を崩したこと。
その後一切パソコンに触らなくなったこと。
ガールフレンド(仮)ばっかやってたこと(重要)。
あと寒い。

で、年内最後の投稿になる可能性がとても高いです。
この遅筆もさることながら、他の小説を書く企画に無計画なまま参加したり、無軌道でやっております。
そういえば今回、文章が三人称なのは変わりはありませんが、深月よりの三人称ということで、人間に対する描写が多めです(当社比)
まあどーでもいいですね。

最後ですが、アルティメットビャクガロウさんが登場されるということで……ことで!
神田くん続投かなあ(そもそも一区切りすらついていない)
さきにソンケン先生がちょろっとでるといいなあ。効果としてはソードコヨーテで事足りる感……。
では、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06 黒樹神の目覚め

「さて、あんたはどんなバトルを見せてくれるのかな」

 崎間深月(さきまみつき)が人知れずそんなことを呟いた頃、神田俊道(かんだとしみち)はすでに転送装置の前に立つ対戦相手と視線を交わしていた。

 神田の相手は|坂下遊離(さかしたゆうり)という青年だった。薄茶色の男性にしては長めの髪。神田の中ではいわゆるチャラ男に分類されるような容姿であり、カードゲームなどやったことなさそうに思えた。Tシャツに七分丈のハーフパンツというラフな出で立ちだ。

「対戦相手っすか?」

 彼の第一声はそれだった。軽薄そうな口調であり、神田の想像はおおよそ当たっているかもしれない。

「どうも。そちらは坂下さん?」

「そーっすね。まあなんで大会出てんのかよく知んないんですけどね」

 坂下はへらへらと笑って、頭を掻いた。彼の話によるとバトスピを始めたのはつい最近で、完璧にルールを把握しているわけではないそうだ。そもそも、本来であれば始めるつもりもなかったらしい。

「もともとカノジョが……あそこにいるヤツなんですけど、あいつにやるよう強要されたんすよ」

 坂下が一つのテーブルでバトルをしている少女を指した。青みがかった黒髪をハーフアップにした少女が楽しそうにバトルをしていた。

「なんか弱みでも握られてんのか?」

 神田がそう問うと、坂下は曖昧に頷いて「いやまあ、うーん」と、先ほど見せたへらへらとした笑みを見せた。しかし、神田としてはとっつきにくさは感じなかった。全体的に柔和で人懐っこそうなオーラを放っているからかもしれない。

「いや~そういうわけでもないんすけど、あんまし頭上がんないって言いますか……」

「尻に敷かれる感じ?」

「あながち間違ってないっすね」

「……坂下さん若そうだけど学生じゃないのか?」

「いわゆるフリーターってやつです」

「なるほどね。でもま、バトスピは面白いと思うから、無理矢理やらされてるって思わずに楽しんで欲しいと思うところだ、プレイヤーとしては」

「嫌々やってるわけではないっすよ。これでも楽しんでますし、なんだかんだ勝ったからここにいるわけで。プレイのミスを指摘されつつ戦ったとこっすね」

 口調は軽薄に思えるものの、人柄はそこまでチャラくはなさそうだと神田は分析しつつ、しばし雑談を続けた。そしてバトルフィールドの準備が整ったということで、店長がバトルの開始を告げる。

「Bブロック一回戦一組目、坂下遊離さんVS神田俊道さんのバトルを始めます! ゲートオープン……」

「界放!!」

 おなじみのコールで神田と坂下はバトルフィールドへと誘われた。

 

 

 * * *

 

 

「しっかし、すげえ技術っすよね。ソリッドビジョンでしたっけ?」

「それは多分、違うTCGだ」

 緊張感のない会話をしてから、坂下の先攻でバトルは始まった。

 坂下の第1ターン。彼はニジノコをレベル3で召喚、バーストをセットしエンド。

 神田の第2ターン。神田はミツジャラシをレベル1で召喚。召喚時効果でミツジャラシにコアが追加されすぐさまレベルが2に上がる。そこで坂下がバーストを宣言した。

「えーとスピリット召喚時のバースト、フェアヴァイレを使いまっす。こいつは相手の召喚時効果を自分のスピリットにコピーさせる効果っすね。つーわけでこっちもボイドからコア一つをニジノコに置きます」

 坂下はニジノコからコアを確保しフラッシュ効果も使用した。フラッシュ効果は相手のスピリット1体のアタック、ブロックを封じる効果である。それにより神田はアタックができないのでターンを終えた。

 坂下の第3ターン。ニジノコをレベル3にすることで、色を白に変更。白の軽減を使用して、坂下はゴッド・ケンシングをレベル2で召喚。ニジノコのレベルは1にダウン。そしてアタックすることなくターンエンド。

 続いて神田の第4ターン。猪人ボアボアをレベル1で召喚。ミツジャラシからコアを一つボアボアに移し、コア二つのボアボアでアタックをした。

「ボアボアの効果、このスピリットのレベルを一つ上げる。更に連鎖(ラッシュ)でボイドからコア一つをブースト。コアが3つになりボアボアのレベルは2に。先のレベルを上げる効果でレベル3にアップだ」

 コアブーストと高BPでのアタック。神田のデッキの序盤を安定させるために猪人ボアボアは欠かせないスピリットだ。

 坂下はそのアタックをライフで受け、ライフを5から4へと減らした。

 そして迎えた第5ターン。

 

第5ターン

<坂下>

リザーブ:4 手札:4 ライフ:4

ニジノコ(Lv1)

ゴッド・ケンシング(Lv2)

 

「まずは……ゴッド・ケンシングのコア二つをニジノコに移動してレベル3にアップ。ゴッド・ケンシングはレベル1に。そして立花の司書長サーガをレベル3で召喚」

 フィールドに現れたのは、大きな椅子に腰掛ける彫像のような女性のスピリットであった。真っ白な肌に白銀の髪。系統:氷姫を持つ美しいスピリットだ。

「珍しいカードばっか使うんだな」

 神田が呟くと坂下は「そーなんすか?」と首を(かし)いだ。

「このデッキって俺が組んだもんじゃないんすよ。家でバトルする時もカノジョが作ったデッキでしか遊んだことないし、このスピリット達は当たり前に使われてるもんだと思ったんすけど」

「まあ、今の環境じゃそうそう見ないカードだな」

 使われていないから弱いカードってわけではないが、と神田は補足してから坂下にゲームを進めるように促した。

「じゃあアタックステップ。ゴッド・ケンシングでアタック」

 坂下がアタックの宣言をする。ゴッド・ケンシングは了解するように頷くと腰に提げていた鞘から刀を抜き放った。しかし刀の命とも言える刀身がそれにはついておらず、ゴッド・ケンシングが持つのは(つか)のみ。だがそれを気にする様子もなくゴッド・ケンシングは駆け出した。

「そのアタックはライフだ」

 神田はまだブロックをする必要なしと判断する。ゴッド・ケンシングが神田の立つ舞台の眼前に迫り、両腕を振りかぶる動作をゴッド・ケンシングは見せた。すると柄からまばゆい光のレーザーが放たれ、それが刃としての形を作った。ライトセーバーに準ずる類の武器なのだろう。

 振り下ろす遠心力でしなる光の刃がバリアをうち、神田に衝撃が伝わる。

 

<神田>

ライフ:5→4

 

「更に立花の司書長サーガでアタック」

 サーガは坂下の宣言に応じて、手のひらを前方へと突き出した。彼女の手に霜が降りたと思うと指先に円錐型の氷がいくつも生成されていく。そしてサーガの手振りに従って氷は神田目掛け飛来する。

「それもライフだ」

 坂下の二度目のアタックに対してもライフで受けることを決め、神田はまたライフを減らした。

 

<神田>

ライフ:4→3

 

 ここで坂下はターンを終えた。

「じゃあ俺のターンか……。スタートステップ」

 神田が自らのターンの開始を宣言する。

 

第6ターン

<神田>

リザーブ:7 手札:5 ライフ:3

ミツジャラシ(Lv1)

猪人ボアボア(Lv2)

 

「まずは……ボアボアのコア一つをミツジャラシに移す。続けてネクサス、魔王蟲(まおうちゅう)根城(ねじろ)をレベル2で配置」

 コアを減らしレベルダウンしたボアボアは力が抜けたようにうなだれ、ミツジャラシはコアを得てレベル2に。更に神田の背後には蟲の王に支配された巨木が姿を現した。

魔王蟲の根城は、神田が今回のバトルに向けてデッキを改良した際に採用したカードの一枚であった。神田は緑を中心としタッチカラーとして青を入れたデッキの構築をしているため、このカードは神田のデッキには打ってつけであった。

「ま、今はこんなもんか。アタックステップに移行する」

 ステップが移り、神田は猪人ボアボアでアタック。効果でレベルを上として扱った上でのコアブーストにより、ボアボアはレベル3、BPは8000となる。

「それはライフで受けまっす!」

 ボアボアの振り回した鎖付き鉄球が坂下の舞台を狙い、彼を守るバリアに直撃――したと思われたが、突如として出現した白いベールに阻まれ坂下のライフは減らなかった。

「……なんだ?」

 怪訝な顔をする神田と、手応えのなさに困惑するボアボアに坂下がニヤリと笑った。

「これが立花の司書長サーガの効果なんすよ。自分のライフが相手のアタックによって減る時、自分のデッキを破棄してそれがマジックカードなら俺のライフは減らないんすよ」

 そう言って坂下はトラッシュに落ちたカード一枚を拾って神田に見せた。それは白のマジックカード、絶甲氷盾。

「なるほど、防御の固いデッキってことか。でもライフを守るために防御札落とすのは本末転倒じゃないのか?」

 そう神田が問うと、坂下はよくぞ聞いてくれましたとでもいうように首を振った。

「そこでサーガのレベル2からの効果が意味を成すんすよ。このスピリットの効果で白のマジックカードを破棄した時、それを手札に加える。単体で完結した素晴らしい効果っすね」

「……そういえば、そうか。サーガもビャク・ガロウと同じ7弾のカードだったな」

 そんなことを呟き、神田はこれでアタックをやめてターンエンド。アタックしてもライフが減らない可能性がある上に、ここでアタックでをすると返しのターンでの防御が手薄となってしまう。仕方ないと神田は諦めて、サーガ攻略のために思案を巡らせた。

 

第7ターン

<坂下>

リザーブ:3 手札:5 ライフ:4

ニジノコ(Lv1)

ゴッド・ケンシング(Lv1)

立花の司書長サーガ(Lv3)

 

 坂下は新たなスピリットは召喚することなく、ゴッド・ケンシング、ニジノコのレベルを2に上げてアタックステップへと移行する。

「まずはゴッド・ケンシングでアタックします!」

 ゴッド・ケンシングが抜身にした刀が虫の羽音に似た低い音を鳴らす。刀の駆動音なのかレーザーの仕様上そのような音がするかは定かではないが、それは神田と彼のスピリット達を威圧するように響く。

「それはミツジャラシで迎え撃つ」

 刀を唸らせて神田に迫るゴッド・ケンシングに、鋭い羽ばたき音を出しながらミツジャラシが立ちふさがった。

 心臓に響くような低音と、つんざくような高音が衝突し遥かに大きな音へと変わる。それは衝撃とでも言ったほうがしっくりするほどで、神田は風も吹いていないのに髪の毛が小刻みに震えるのを感じていた。

「こっちにフラッシュはない」

 大きなお腹の先の針でゴッド・ケンシングを狙うミツジャラシだが、その攻撃は単調で全てゴッド・ケンシングに見切られてしまう。連撃の最中、わずかに生じた隙をゴッド・ケンシングは見逃さず自慢の刀でミツジャラシを切って捨てた。

「更にニジノコでアタック」

 坂下の攻撃の手はやまない。神田のフィールドががら空きなのだからアタックしても当然であったが、彼は少々迂闊(うかつ)だった。

「坂下さんはまだ場数が少ないみたいだから今後のために緑主体のデッキの戦い方を見せておくぜ。フラッシュタイミングでダーク・ジガワスプを神速召喚する。その時に魔王蟲の根城のレベル2効果を発揮し、ダーク・ジガワスプはレベル2でノーコスト召喚だ」

 黒い体躯の虫が神田のかざしたカードより現れる。赤い複眼に凶悪な顎を持つスピリットである。

「アタックステップ中に召喚なんてできるんすか!?」

 案の定、神速召喚を知らなかったらしい坂下が目を見張る。

「神速は緑が持つ効果の一つ。リザーブのコアを使うことでアタックステップ中でも召喚できる効果だ。リザーブにコアさえあればアタッカーにもブロッカーにも回せる汎用性の高い効果だ」

 更にここで神速召喚されたことによりダーク・ジガワスプの連鎖が発揮された。

「コスト3以下の相手のスピリット一体を破壊する。よってゴッド・ケンシングには退場してもらう」

 疲労し膝をついていたゴッド・ケンシングにダーク・ジガワスプが襲いかかる。その凶暴な顎でゴッド・ケンシングの右腕を噛みちぎり体色よりもなお黒い腹部の針でゴッド・ケンシングを貫いた。

「くっ……ゴッド・ケンシングが……」

 スピリットを破壊されてしまった坂下だが、まだニジノコのアタックが継続中であった。

「そしてニジノコはダーク・ジガワスプでブロックする」

 その名前の通り、虹色の身体のニジノコが跳ねるように前進する。そこに恐怖の羽音が近づいた。ダーク・ジガワスプだ。

 ニジノコはダーク・ジガワスプに背後から節足で掴まれ、かなりの高度まで運ばれる。そこからダーク・ジガワスプがやることは一つ。これから自らに起こる災厄を察したのかニジノコは必死に逃れようと暴れる。しかし、もし拘束から逃れることができても結果は変わらないだろう。

 ダーク・ジガワスプが急降下し地面に激突する寸前、全ての足を開く。ダーク・ジガワスプは直前で大地との衝突を逃れるが、ニジノコには為す術もなかった。

「容赦ねえな……」

 そう呟いたのは坂下ではなく神田であった。直後、ニジノコが墜落し、視界が失われるほどの砂煙が生じた。

「…………」

 その光景を呆然と見ていた坂下であったが、バトル中であることを思い出したのか振り絞るような声で「ターンエンド」と吐き出した。

 

第8ターン

<神田>

リザーブ:5 手札:4 ライフ:3

猪人ボアボア(Lv2)

ダーク・ジガワスプ(Lv2)

魔王蟲の根城(Lv2)

 

「スピリット二体をレベル1にダウン……」

 神田はややためらって、それから一体のスピリットの召喚口上を口にした。

(つるぎ)の王たる猛虎の姿、目に焼き付けろ、剣王獣ビャク・ガロウ召喚!」

 巨大なエメラルドが神田の前に出現する。エメラルドをバッテンに切り裂くように剣撃が走り、ビャク・ガロウがフィールドに降り立った。空色の和服が風に踊り、幾本も生えた尻尾が持つ剣よりもなお鋭い爪が大地を抉るように掴む。

「……キャラじゃねえな」

 ぼそり呟いて、神田は照れ隠しなのか伏し目がちになる。

 ビャク・ガロウは一度だけ彼を見遣って、対戦相手である坂下と椅子に腰掛けるサーガに目を向けた。

「ま、今はバトルを優先だよな」

 神田はアタックステップを宣言し、ビャク・ガロウでアタックした。

「フラッシュはない。ライフで受ける」

 坂下はサーガの効果を処理しデッキの一番上を破棄する。トラッシュに送られたカードは『ネガ・ケルベロス』。サーガの効果は不発に終わり、坂下のライフ一つが砕けた。

 

<坂下>

ライフ:4→3

 

「ビャク・ガロウの効果は使用しない。これでエンド」

 ターンが坂下に移る。

 

第9ターン

<坂下>

リザーブ:7 手札:6 ライフ:3

立花の司書長サーガ(Lv3)

 

「……なんか、こう」

 手札を見つめ、坂下は呟く。

「ただのカードゲームだと思ってたけど、ああやって破壊されるとなかなかこたえるもんっすね」

「……」

「けど、それを見たら負けたくないって思ったとこっすけど。メインステップ!」

 坂下は再度ニジノコをレベル3で召喚。続けてシユウを召喚した。

「維持コストはニジノコより確保してニジノコはレベル2にダウンっすね」

 牛のような猪のような、多脚の獣が現る。金色の身体に赤いタテガミ。(ひづめ)で地面を鳴らした。

「そして、合体(ブレイヴ)!」

 サーガとシユウが合体する。合体と言っても、サーガがシユウに乗っただけである。見た目としては乗馬を楽しむ女性に見えなくもない。

 姿形はなんであれ、このスピリットとブレイヴの組み合わせが凶悪であることは神田も察した。両者の効果がうまいこと噛み合うこの上ない例だろう。

「合体アタック!」

 シユウの合体アタック時効果で坂下は自らのデッキを5枚破棄する。その中に含まれていたマジックカードは『リゲイン』と『エターナルディフェンス』の二枚。その二枚がサーガの効果によって手札に加わる。これで彼の手札は6枚になった。

「ライフを一つ増やし、更にレベル1、2のスピリットにブロックされない」

 合体スピリットの進路に立つダーク・ジガワスプとボアボアは全身を氷づけにされ身動ぎ一つ取れなくされてしまう。

「フラッシュタイミングでサンダーウォールを使う」

 跳躍するシユウの上でサーガが手を広げた。その両の手のひらに氷の剣が形作られ神田のライフ二つを切り裂いた。

「ぐうっ!」

 

<神田>

ライフ:3→1

 たたらを踏んで神田はよろける。ライフは合体スピリットにより二つ減らされたが、サンダーウォールの効果でアタックステップは強制終了となる。かろうじてこのターンはしのいだが、ライフ二つは高い代償だった。

 

第10ターン

<神田>

リザーブ:11 手札:3 ライフ:1

剣王獣ビャク・ガロウ(Lv1)

ダーク・ジガワスプ(Lv1)

猪人ボアボア(Lv1)

魔王蟲の根城(Lv2)

 

「メインステップ。ハンドリバースを使用。手札二枚を破棄し相手の手札と同じ枚数、つまり六枚ドローする。自分のスピリット全てをレベル2にアップし、ターンエンド」

 神田は守りを優先してのターンエンド。サーガの効果でライフが削れる保証もなく、坂下の手札には少なくとも絶甲氷盾があり、攻め切ることは不可能だ。

「いくらスピリット立たせてもレベル2以下じゃ意味ないっすよ」

「神速召喚するから問題ない」

 ハッタリか、本当なのか、神田は坂下の挑発的発言にそう返してターンを始めるよう仕草で促した。

 

第11ターン

<坂下>

リザーブ:5 手札:7 ライフ:4

立花の司書長+シユウ(Lv3)

ニジノコ(Lv2)

 

「まずはバーストをセット。ニジノコをレベル3にして色とシンボルを白に。そしてネクサス、獣の氷窟を配置。レベルは2」

 アタックステップに入り、坂下は前のターン同様に合体スピリットでアタック。シユウの効果でデッキを破棄しライフを回復。あいにくトラッシュに落ちたカードの中にマジックはなく手札は増えなかったが、神田のフィールドを鑑みればさしたる問題ではなかった。

 神田のフィールドにいるスピリットはいずれもレベル2であり、シユウのアンブロッカブル効果のボーダーを下回っている。神田が言うように彼が神速召喚でもしない限りこの攻撃を凌がれることはないと坂下は思った。

 神田のフィールド全体が氷付き、全てのスピリットは一切の行動を封じられてしまう。

「フラッシュタイミング、ライフチャージを使用する。コアはビャク・ガロウから確保しレベルダウン。そしてダーク・ジガワスプを破壊しボイドからコア三つをリザーブに置く」

 氷原と化していたフィールドから巨大な根が這い出し、ダーク・ジガワスプに巻きつきダーク・ジガワスプを覆う氷ごと押し潰した。

「さらにフラッシュ。黒樹神クワガ・ラブナを神速召喚ッ!」

 神田の背後にそびえる魔王蟲の根城がにわかに騒がしくなる。ざわりざわりとざわつき、不穏な気配を醸し出し、そして、そいつは現れた。

 神田の立つ舞台に風が吹き上がる。両脇の手すりにしがみつかなければ耐えられない風圧と強大な羽音を伴って黒樹神クワガ・ラブナが現れた。

 ダーク・ジガワスプとは比較にならない巨躯、ビャク・ガロウに勝るサイズのクワガタムシのスピリットだ。クワガ・ラブナ自身が森の一部であるかのように湾曲したアギトには樹木が生えている。

「クワガ・ラブナはレベル3での召喚、魔王蟲の根城の効果でノーコストだ。そしてブロックだ」

 フィールドを走る合体スピリットにクワガ・ラブナが襲いかかる。体格差は歴然であるが、体躯の多寡はバトルスピリッツには関係ない。最後に勝者となるのはBPが高い方だ。合体スピリットはBP11000を誇るが対するクワガ・ラブナはBP8000。劣勢なのは火を見るより明らかだった。

「神速召喚したって勝てなきゃ意味ないっすよ」

「そうかもな。だけど勝てなくたっていいんだよ。フラッシュタイミング、スタークレイドル」

 あまりの大きさに小さなサーガとシユウを捉えられなかったクワガ・ラブナが粒子を散らして姿を消した。そしてニジノコが疲労する。

「くっ……BP比べを回避したってことっすか」

「ちなみにもう一回フラッシュタイミングでクワガ・ラブナを再召喚する」

 今度はコストを払いクワガ・ラブナをレベル2での召喚。クワガ・ラブナのレベルを維持していたコアもリザーブに戻るのでコアには困らない。

「獣の氷窟の効果。相手のマジックの効果で手札が増えたのでカードを一枚ドローする。ターンエンド」

 最後に坂下は獣の氷窟の効果で手札を増やした。

 

第12ターン

<神田>

リザーブ:10 手札:4 ライフ:1

剣王獣ビャク・ガロウ(Lv1)

黒樹神クワガ・ラブナ(Lv2)

猪人ボアボア(Lv2)

魔王蟲の根城(Lv2)

 

「……」

 さて、どうしたものか……と神田は思案する。この状況はとても打破できるようには思えない。どうにか立花の司書長サーガを破壊しなければ相手のライフを削るのは難しい。そもそもシユウをどうにかしなければブロックできずにこちらのライフを砕かれてしまう。

「メインステップ。まずは翡翠の小太刀 日輪丸をビャク・ガロウに直接合体」

 柄に太陽かひまわりに似た装飾のされた刀をビャク・ガロウがくわえる。まとう衣装の色も翡翠色に変化してビャク・ガロウは雄叫びを上げた。

 合体したビャク・ガロウのレベルを2に上げて、神田はメインステップを続ける。

「クワガ・ラブナをレベル3にアップしてアタックステップに入る。合体したビャク・ガロウでアタックだ」

 ビャク・ガロウがフィールドを走りぬけ坂下を狙う。

「日輪丸の効果でバーストを発動することはできない。このアタックはどうする?」

「ライフは五個もあるんすよ。ライフで受けます!」

 坂下はそう言って腰を僅かに沈める。ライフで受ける姿勢はとったが、まだ立花の司書長サーガの効果の確認があった。

「サーガの効果でライフが減るときにデッキの一番上を破棄します。破棄されたのは……天戒機神グロリアス・ソリュートっすね。スピリットなのでライフは減ります……ぐっ!」

 効果の処理を言い終える前にビャク・ガロウの一撃が坂下に突き刺さる。

 

<坂下>

ライフ:5→3

 

「まだだ、ビャク・ガロウの効果で、リザーブのコア一つをトラッシュに送り相手のスピリット二体を手札に戻す」

 咆哮と共に吹き荒れた嵐にシユウと合体していた立花の司書長サーガとニジノコが吹き飛ばされ手札に戻った。

「俺はこれでエンドだ」

 スピリットを戻したとはいえ神田の劣勢に変わりはなかった。返しのターンで戻したスピリットもフィールドに復帰するだろうし、戦況への影響は薄い。

 

第13ターン

<坂下>

リザーブ:12 手札:9 ライフ:3

シユウ(Lv1)

獣の氷窟(Lv2)

バースト有り

 

 神田の推測どおり、坂下は前のターンで手札に戻ったニジノコと立花の司書長サーガを再召喚。更にここで新たなスピリットを呼び出した。

「三つ首の獣に見つかったら最後、何者も逃れられない、ネガ・ケルベロスをレベル2で召喚!」

 現れたのはその名のとおり、頭を三つもつ獣、ケルベロス。装甲をまとった全身に、黄色く光る六つの目。背中の巨大な砲塔が真っ直ぐ神田を向いていた。

「そしてシユウを合体させるっすよ」

 体色が金色がかったものに変化する。ネガ・ケルベロスのBP11000に上昇する。

 坂下はコアを移動させサーガをレベル3、ニジノコをレベル2にしてアタックステップに入る宣言をした。

「ネガ・ケルベロスは狙った獲物は確実に捕らえるんすよ。行け合体スピリット!」

 坂下の声に反応し、合体スピリットの目が赤く変貌する。戦闘モードになったという合図だろう。

「アタック時効果発揮っすよ」

 シユウと合体したネガ・ケルベロスは凶悪な効果をいくつも備えるスピリットへと変わっている。シユウの合体アタック時効果は言わずもがな、ネガ・ケルベロス自身の効果も強力で、BP8000以上のスピリットのバウンスに加え、連鎖によりスピリット一体のアタック、ブロックを封じてしまう。

「まずシユウの効果でデッキを五枚捨ててレベル1、2にブロックされずライフを一つ回復。そしてネガ・ケルベロスのバトル時効果でビャク・ガロウを手札に、黄色の連鎖効果でクワガ・ラブナはブロック不可です。これで神田さんのフィールドにブロックできるスピリットはいないっすよ!」

 左の砲台で撃たれたビャク・ガロウは粒子になり神田の手札に戻され、右の砲台の狙撃にあったクワガ・ラブナは電磁ネットに捕われ一切の身動ぎを封じられた。ボアボアはそもそもシユウのアンブロッカブル効果の範囲内におり、フィールドを突き進む合体したネガ・ケルベロスを見送ることしかできていなかった。

「まだ負けらんねえんだよ。あいつに勝つまでは。フラッシュタイミングっでクイックモスキーをレベル3で神速召喚!」

 神田が呼んだのは鋭い口を持つ小さな虫のスピリットだ。マッハジーに似たカードスペックだが、一番の違いはレベル3になれることだろう。緑のスピリットはレベル3を持っていること自体が少なく、神速で召喚できすぐさまレベル3になれるこのスピリットは非常に貴重であると言えた。

「さすがにそのくらい読んでますよ! 返しのフラッシュでフェアヴァイレを使用! コストはニジノコからもらうっす。クイックモスキーはブロック不可ですよ!」

 坂下の放ったマジック、フェアヴァイレ。香る風にクイックモスキーが煽られ地面に押し付けられた。

 ネガ・ケルベロスの六つの目が神田の眼前に迫り、今にも彼のライフは破壊されようとしていた。

「これで終わりっすよ!」

 坂下の声がする。しかし神田は動じることなく「フラッシュタイミング!」と宣言した。

「俺は負けない! マジック、コールオブディープを使用する!」

 突如として出現した黒い球体がネガ・ケルベロスを取り込む。そしてその球体はゆっくりと縮小していき、消える頃にはネガ・ケルベロスも姿を消していた。合体解除によりシユウは被害をまぬかれる。

「ネガ・ケルベロス!?」

 坂下の叫びも虚しくネガ・ケルベロスは消失したままで、ネガ・ケルベロスのカードはトラッシュへと送られた。

「コールオブディープの効果は、ブロックされない効果を持つスピリットを破壊する、効果だ。シユウの合体でネガ・ケルベロスは効果の対象になったんだよ」

「く……けど、ネガ・ケルベロスが破壊されてもネガ・ケルベロスのブロックを不可にする効果はまだ生きてる! それにフェアヴァイレでクイックモスキーもブロック不可。ブロックに回せるスピリットはボアボアだけっすよ!」

 坂下のフィールドで神田のライフを減らせるのはアタック継続中のシユウと立花の司書長サーガだ。対して神田のフィールドでブロックできるのは坂下の言うように猪人ボアボアのみ。

「まあ落ち着けよ。コールオブディープの緑シンボルを条件とした連鎖を発揮。コスト4以下の相手スピリット二体を疲労させる」

「……攻め切れないのか……いやまだ……」

 コールオブディープのさらなる効果により坂下は手札を見返した。まだ攻撃に使えるマジックカードは持っている。神田の手札は二枚。一枚はビャク・ガロウであると割れているがもう一枚は坂下には分からない。

「ここで終わらせますよ! フラッシュタイミングでリゲインを使用しシユウを回復!」

 坂下は攻撃の継続を英断した。普通、この状況で返せるはずがない。彼はそう決断した。

「ボアボア、ブロックだ」

 神田は坂下の読んだようにフラッシュはないのかブロック宣言をする。しかしフラッシュはブロックしたあとにもあることを坂下は失念していた。

 シユウの突進をボアボアが真正面から受け止め、互いの力比べが始まる。両者のBPは5000と4000。BPが高いのはシユウの方だ。神田にBPアップマジックがなければボアボアは破壊され、シユウの二度目のアタックで神田のライフはなくなるだろう。

「何枚カード使わせる気だよ……。フラッシュタイミング、スタークレイドルを使う」

「まだしのげるのか……! でも獣の氷窟の効果で一枚ドローさせてもらいます」

 神田がスタークレイドルを使うのは今回のバトルにおいて二回目であり坂下もその効果を記憶していた。

「シユウを疲労させクワガ・ラブナを手札に戻す。んでそっちにフラッシュタイミングがないんならクワガ・ラブナは再召喚だ。魔王蟲の根城の効果でノーコスト召喚になる」

 一度姿をお消すも、直後にはフィールドに帰還するクワガ・ラブナ。加えて一度フィールドを離れたため、ネガ・ケルベロスのブロックを不可にする効果は消滅し、クワガ・ラブナはブロッカーとして参加できることになる。

「ボアボアは破壊させてもらうっす。これでエンドです」

 坂下は悔しさを顔に浮かべてそう告げる。

 ボアボアはシユウの屈強な角に上空に飛ばされて破壊された。

 

第14ターン

<神田>

リザーブ:10 手札:2 ライフ:1

黒樹神クワガ・ラブナ(Lv3)

クイックモスキー(Lv3)

翡翠の小太刀 日輪丸(Lv1)

魔王蟲の根城(Lv2)

 

 神田はデッキの上に右手をかざす。なにか、状況を打開できるものが引けなければ彼の負けはほとんど確定となってしまう。さすがに今の手札である剣王獣ビャク・ガロウとフィールドだけではどうにもならない。

「ま、あとは信じるだけか……」

 誰の耳にも届かない声で呟き、神田はカードをドローした。

「……」

 運命なんて偶然を美化した言葉程度にしか思っていなかった神田だったが、引いたカードを見たこの瞬間は、運命というものが本当にあるのではないかと信じずにはいられなかった。

 デッキはプレイヤーが組み上げ、あくまでプレイヤーが行使するものだと神田は思っていた。デッキの回りも構築段階である程度決まり、たまに起きる強い引きもデッキの完成度の表れのように思っていた。しかし引いたカードを見た神田は、このデッキも自分と同様に負けたくないと思っているのだなと、自然にそう感じたのだった。

「メインステップ。どうやら俺の仲間たちは負けず嫌いらしい。お前に全てをかける! オオヅツナナフシ召喚! サンキュー、ビャク・ガロウ」

 お腹が砲身の虫のスピリットを召喚し、神田は一枚の手札、つまりはビャク・ガロウをトラッシュに置いた。

「オオヅツナナフシの召喚時効果で、手札全てを破棄することで相手の手札と同じ枚数ドローする」

 坂下の手札は五枚。神田の手札も同じく五枚に増大する。

「なら、獣の氷窟の効果で……」

 対抗するように坂下が効果の宣言をするが、その声を神田が遮った。

「悪いな、オオヅツナナフシのドロー効果はブレイヴによるもので、獣の氷窟の対象外だ」

 獣の氷窟は相手の手札がスピリットかマジックの効果で増えた時にドローできる効果であり、神田の言うようにブレイヴの効果には対応していなかった。

「クワガ・ラブナに日輪丸を合体させる。余剰コアはリザーブに。続いてミツジャラシを召喚」

 複数の足を使い器用に日輪丸を掴み、クワガ・ラブナが中空を飛ぶ。神田のスピリット達はそれぞれに戦闘態勢をとった。

「アタックステップ。合体したクワガ・ラブナでアタックする。アタック時効果でバーストは発動できない。そして青連鎖でネクサス魔王蟲の根城を疲労させて回復する!」

 滑空するクワガ・ラブナに坂下はフラッシュの使用を告げた。

「マジックカード、リブートコードで自分のスピリット全てを回復させます!」

 地面に横たわっていたニジノコにシユウ、椅子にもたれかかっていたサーガが身体を起こし、クワガ・ラブナの進路を断つように身構えた。

「ならフラッシュタイミング、バインディングアイヴィーを使用する。シユウを疲労させ連鎖の効果でコスト3以下のスピリット、つまりニジノコを破壊だ」

 大地を突き破るようにして生えた触手のような草がシユウを絡め取り、ニジノコを締めあげる。後者は破壊され、シユウも疲労したため、坂下がブロックに回せるスピリットはサーガだけになった。

「くそ……! ならライフで受ける!」

 クワガ・ラブナがぶら下げるように持つ日輪丸の切っ先が、坂下を守るバリアをかすめる寸前、サーガが発生させた氷の壁がクワガ・ラブナの攻撃を拒んだ。

「サーガの効果でライフは守られたっすよ……」

 坂下が破棄したのは黄色のマジックカード、リバーシブルスパーク。白のマジックカードではないので手札には加えられないがクワガ・ラブナの攻撃を防いだことに変わりはない。

「ならもう一度アタックだ、クワガ・ラブナ!」

 空を旋回して戻ってきたクワガ・ラブナが今一度、坂下のライフを狙う。

「ライフで受ける! 今度は……ホーク・ブレイカー……」

 トラッシュに置かれたのはブレイヴカード。つまりサーガの効果は発揮されず、合体したクワガ・ラブナのダブルシンボルを坂下は受けることになる。

「切り裂け、クワガ・ラブナ!」

 真っ直ぐに飛来し、坂下の横を通り過ぎるところで、日輪丸が彼を守るバリアに接触しバチバチと火花が散る。そして、坂下のライフ二つが砕かれた。

「ぐあっ!」

 

<坂下>

ライフ:4→2

 

 衝撃に後ろに倒れ込みそうになりながらも、坂下は踏ん張って姿勢を維持する。

「まだ、っすよ」

「……連鎖を持つクワガ・ラブナがライフを減らしたのでボイドからコア一つをリザーブに。ミツジャラシ続け!」

 神田は攻撃の手を緩めず、アタックを続ける。しかし、坂下は少し安心していた。坂下が何ターンも前にセットしたバースト。それは絶甲氷盾。今まで日輪丸やクワガ・ラブナの効果で発動を阻害されていたが、今アタックしているミツジャラシにそれらに準ずる効果はない。それにミツジャラシのシンボルは一つ。ぎりぎりで絶甲氷盾を発動させることができるだろう。

「なんか嬉しそうな顔してるけど、さすがに絶甲氷盾の存在を忘れたりはしてないからな?」

「んぐ……なんのことっすかね……」

 知らん顔を必死で演じつつ、坂下は神田の観察力に驚いていた。

「ま、なんでもいいけど。フラッシュタイミングないなら使うぜ。マジック、ディノクライシスを使用する」

「赤のマジック!?」

「連鎖が緑シンボルだからな、採用圏内だろ。コアが増やせる緑デッキなら尚更さ。効果でサーガを破壊し、連鎖でミツジャラシは回復する」

 サーガは降り注ぐ隕石の一つになす術なく破壊されてしまう。

「サーガ!」

 坂下の悲鳴も虚しく、彼のフィールドに残るのはシユウのみ。

「悪いが、次のターンに回すつもりはない。フラッシュタイミング、クヴェルドウールヴを使用して、手札の翡翠の小太刀 日輪丸をミツジャラシに直接合体させる」

 空中から落下してくる日輪丸をミツジャラシはどうにか落とさずにキャッチするが、可愛らしい体躯に日輪丸は似合わず酷く不格好であった。しかし合体条件は満たしている。

「どんだけフラッシュあるんすか、神田さん……」

 坂下は両手をバトル台につき、ため息混じりに首を振った。

「フラッシュの強さに関しては自負してる。で、まだエターナルディフェンスが手札にあったと思うんだが?」

「もう凌げないんすよ。シユウまで破壊されたら完全に更地じゃないっすか。むしろ潔さを認めて欲しいとこっす」

 坂下は疲れたように笑って、両サイドの手すりを掴みライフで受ける姿勢。

「俺の負けっすね。……ライフで受ける!」

 ミツジャラシの持つ日輪丸が真っ直ぐにバリアに突き刺さり、坂下のライフ二つは砕け散った。

 

<坂下>

ライフ:2→0

 

 

* * *

 

 

「お疲れ様でした。なんかこう、バトスピのホントの楽しさを分かった気がしますね」

「そりゃよかった。なら自分のカードでデッキ組んだほうが楽しいだろ。サーガのことだいぶ気に入ってたみたいだし」

「なんか、こう……サーガって可愛くないっすか?」

「そうかもな」

 バトル後の会話もそこそこに、次のバトルのためにバトルフィールドを明け渡す。次の対戦は一縷と水原遠音(すいばらとおね)という青年のバトルだ。

 一縷には勝って欲しいと思うが、彼女が勝ち上がると崎間と当たることになる。正直なことを言えば、神田は一縷が崎間に勝てるとは思っていなかった。崎間の強さはよくわからんがとりあえず次元が違うような気がしたのだ。バトルのセンスとでも言うのか、なにかが他者とは違うように彼には思えたのだった。

 無論であるが、神田は一縷が弱いとは思っていない。

「……がんばる」

「ああ負けんなよ」

 神田はいつの間にかそばに立っていた黒髪の少女にそう答えて、彼女の肩を軽くたたきバトルフィールドへと送り出した。

 




タイバニって面白いですね!
一挙放送を見たら映画を見たくなりました。やっぱりこうカリーナが可愛いなあと思うわけです。虎薔薇というカップリングがありまして投稿がとどこおってすみませんでした。
ガンダムビルドファイターズのレイアイも素晴らしいと思う私です。バトスピが誇るダンまゐ夫婦も妄想するとにやけます。
それはともかく、前回投稿からUB02が発売されディーバブースターも発売され、挙句もうすぐUB03が発売しそうになってますね。時の流れは早い……。
星座編&アニメブレイヴスキーな私としては裏12宮ブレイヴは是非ゲットしたい所存です。やっぱりアルティメット好きじゃないので(笑)
アポロやストライクもリメイクされるそうですが何故にアルティメット……。君たちは新たな姿形でブレイヴと合体して欲しかった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07 鎬

 結論から言えば、一縷(いちる)は敗北した。対戦した水原遠音(すいばらとおね)が使用した赤青コントロールのデッキにひたすらスピリットを潰され、まともにフィールドに展開することもできなかった。彼女の使う紫デッキもコントロールに長けており、先んじて動けていれば盤面を掌握できていたかもしれない。一縷のデッキに最も悪影響を及ぼしたのは、水原が初手で張ったネクサス、永遠なる水道橋。紫の優位性である強力な召喚時効果を根底から否定されてしまってはどうしようもなかったのだ。

 一縷は対戦者であった水原にお辞儀をして、落胆した様子でバトルフィールドを離れた。まともなバトルもできずに負けてしまったのだ、無理もない。

 神田俊道(かんだとしみち)崎間深月(さきまみつき)もその様子を見送ったが声をかけることはしなかった。

「あれは、無理だね。相性はあるから」

 深月はそういうこともある、仕方ないという態度だ。加えて一縷に勝利した水原遠音という人物が、次の対戦相手であるという彼女の立場を考えれば、他者の心配をしている暇などないだろう。もっとも彼女の態度はそういうものとはなにか一線を画するものにも思えるが。

 神田も特別な反応は示さず店内すみの自販機コーナーのベンチに腰掛ける一縷を遠巻きに見遣るだけだった。

「ねえちゃんもにいちゃんも冷たいってか厳しいんだな」

 そう言ったのは灰島卓郎(はいじまたくろう)であった。明らかに落ち込んでいる一縷を見て彼ら二人を振り仰いだ。

「ソッコーで負けたキミもいろいろ考えないとねー。ま、あれがバネになって伸びればあの子のためになるでしょ」

「ねえちゃん厳しいぜ……」

 卓郎はそれを言われるとキツイとうなだれた。

 そんな会話を神田は聞きながらも、彼の関心は次のバトルに移っていた。宮守(みやもり)貴夏(きなつ)VS湯川(ゆかわ)綾織(あやおり)のバトル。このバトルの勝者が神田とBブロック代表を争うのだ、彼が興味を示すのは当然であった。

「神田さん、あの湯川綾織ってのが俺にバトスピをやるよう勧めたんすよ」

 彼の肩を叩いたのは神田とのバトルで接戦の末に敗北した坂下遊離(さかしたゆうり)だ。

「なるほど、あの子が(くだん)の彼女さんか。坂下くんとは生きている次元が違いそうなタイプに見えるんだが?」

 神田が抱いた感想は至極当然のもので、チャラい気配を周囲に撒き散らしている坂下とは違い、彼の彼女である湯川綾織という少女は深窓の令嬢のような清楚なオーラをまとっいたのだ。お付きの者がいても違和感がないくらいにお嬢様系の空気感を持っている。神田のテキトーな想像で説明すれば、午後のティータイムに三段トレイに乗ったスコーンでも食べていそうな感じだ。庶民な俺とはかけ離れた世界にお住まいなのだろうと、彼は半ば思考停止状態であった。

 そんな神田に坂下は口に手を当てて、

「実はあれ、強化外骨格なんすよ」

 そんなことを言った。神田は眉根にシワを寄せて首を捻る。

「えーと、きみの彼女はサイボーグかなんかなの?」

「いやいや、そうじゃなくて……まあ分かりやすく言えばソトヅラですよ。借りてきた猫とかそういう表現があるじゃないすか、大体そんな感じなんすよ」

 坂下の説明によれば、彼女は一般人であるが、所謂(いわゆる)お嬢様学校に進学した結果、あんな感じになったらしい。親しい仲には仮面をしていない素の彼女を見せるとのことであった。

「ああツンデレってことね」

「ニュアンス違いますけどだいたいあってますっすね」

 そんな会話を彼らが交わしているうちにバトルの勝敗は決していた。

 勝者は話題の中心であった湯川綾織。一般的に白重(しろじゅう)と呼ばれるタイプのデッキで勝利を収めたようだった。坂下の使用した白メイン黄タッチのデッキを構築したのが彼女であるならば、本人が白使いであってもなんらおかしくない話であった。

「神田さんの相手は綾織になったってわけっすね」

「誰が相手でも負けるつもりはないけど」

「神田さんも強いっすけど、綾織も相当強いんで気をつけることをオススメするっすよ」

 そう忠告に似た言葉を残し、坂下はカノジョこと湯川綾織のところへ。

「……不思議な二人組だ」

 遠目に坂下と湯川綾織を見ると、前者が後者をナンパしているようにしか見えないと神田は思った。

 

 

 そして、このショップバトルもそれぞれのブロックの代表者を決めるバトルと決勝戦を残すのみとなった。

 まずはAブロック代表を決める崎間深月VS水原遠音。

続けてBブロック代表を決める神田俊道VS湯川綾織。

最後にそれぞれのブロックの勝者による決勝戦。

 

 

 深月はデッキを持ってバトルフィールドの装置の前に立っていた。このバトルに勝てば優勝は目前。しかし、彼女の相手である水原遠音という青年は一縷をほぼ封殺して勝利した。デッキ同士の相性は言わずもがなであるが、それ以上にプレイングに隙がなかった。深月も一縷を弱いと評するつもりはない。一縷を上回る実力を水原遠音は持っていると深月は感じていた。

 だが、深月に負けという未来予想は存在していない。ただ、勝利だけを見据えていた。

 無言で水原遠音もバトルフィールドに移動する準備をし、深月から少し離れた場所に立つ。

 両者の中間に店長がやって来て、声を張った。

「Aブロック決勝、崎間深月さんVS水原遠音さんのバトルを始めます! ゲートオープン……」

「界放!」

 

 

 * * *

 

 

 先攻は深月から。彼女はワン・ケンゴー召喚からのバーストセット。盤石な立ち上がりだ。

 返しの水原のターン。海魔巣食う海域を配置してターンエンド。こちらも定石通りであった。

 続けて第3ターンになり、深月はカグツチドラグーンを呼び出しアタック。効果で手札を増やした。

 

第4ターン

<水原遠音>

リザーブ:7 手札:5 ライフ:4

海魔巣食う海域(Lv2)

 

「じゃ、メインステップ。ライト・ブレイドラ召喚。続けて、来い……凶龍爆神ガンディノス」

 前髪が目にかかり気味で表情が窺えない水原の静かな声のあと、フィールド全体を大きく揺らし、大地を突き破り現れたガンディノス。頭部の剣の角がギラリと光を反射し、強靭な(かいな)が地面を削り取るように掴む。小さなライト・ブレイドラは振動に驚いているようだ。

「海魔巣食う海域をレベル2にアップ。そしてアタックステップ、やれガンディノス」

 ライト・ブレイドラの強化(チャージ)を受けてガンディノスのアタック時効果の破壊範囲が拡大される。その結果、バーストセット時であればレベル3となりBP5000以下の破壊というガンディノスの効果のラインを超えていたワン・ケンゴーが効果の範疇に収まることになった。

ガンディノスを擁する強襲デッキが大会を席巻したのは記憶に新しい。ブレイヴ登場以前に突如として現れたこのカードが、バトルスピリッツに大きな影響を及ぼしたことは明白だろう。それは今の環境下でも遜色なく、それどころかフィールドの状況を一変させる力を持っていることからも分かることである。

 そんなガンディノスを強く後押ししたのは皇牙獣キンタローグ・ベアーの登場と、赤の強化の登場だろう。前者も後者も相性抜群であるが、後者は前者と比較して速度が圧倒的に早い。水原がやったように、軽減としても活躍するライト・ブレイドラはガンディノスの強力な相棒であることは疑いようがないだろう。

「ガンディノスの効果、ワン・ケンゴーを破壊し1枚ドロー。強襲で回復する」

 ガンディノスはワン・ケンゴーを踏み潰し深月に直進する。まるでワン・ケンゴーなどいなかったかのように突き進む。

「海魔巣食う海域の効果がやっかいなんだよなあ」

 深月はバーストゾーンにセットしたカードを見てため息をこぼす。特定の色のバーストを封じる効果を持つネクサスである海魔巣食う海域。赤と青のシンボルのネクサスで、ガンディノスのためにあつらえられたカードだ。大概の場合、レベル1・2の効果は無視されているように深月は思った。

「しゃーない、ライフあげる」

 振り押される豪腕に一切臆する様子を見せず、深月はライフを減らした。

 

<崎間深月>

ライフ:5→4

 

「もう一度だ」

 ガンディノスの二度目のアタック。アタック時効果で深月のカグツチドラグーンは破壊され、ライフも砕かれる。

 

<崎間深月>

ライフ:4→3

 

「あーキツイ」

 全くきつくなさそうに深月がそんな言葉を吐く。一種の挑発じみた発言であったが、水原は別段反応もなくターンの終了を宣言した。

 

第5ターン

<崎間深月>

リザーブ:8 手札:5 ライフ:3

バースト有り

 

「えーと、バースト破棄して新たなカードをセットしまーす」

 深月はバーストゾーンのカードをトラッシュに置いた。破棄されたのは双光気弾。そして新たなカードを配置する。

「赤デッキ同士のバトルったら破壊のしあいになるよねえ。新たにワン・ケンゴー召喚。でもって……騎士王蛇ペンドラゴンを直接合体(ダイレクトブレイヴ)で召喚」

 頭部に刀を備える犬型のスピリットが現れ、その頭上にペンドラゴンが出現する。ペンドラゴンは柄にアメジストの宝石が埋め込まれたブロードソードに姿を変え、それをワン・ケンゴーがくわえる形で合体する。

 ペンドラゴンの召喚時効果でガンディノスはコアを失い消滅。深月は手札を増やす。

「んでアタックステップ……んー、まあここは待ちかな。てわけでアタックはせずエンド」

 残りライフや返しのターンの守りを考えると、深月は動きたくても動けなかった。ライフが残り3つも『ある』とするか、3つしか『ない』とするか。いずれにしても待つのが最善であろう。

 

第6ターン

<水原遠音>

リザーブ:6 手札:6 ライフ:4

ライト・ブレイドラ(Lv1)

海魔巣食う海域(Lv2)

 

「ライト・ブレイドラをレベル2にアップ。続けて双翼乱舞を使用する」

 6枚と既に多い手札を水原は増強する。視線が手札を忙しなく見て、1枚のカードをバーストとしてセットした。

「アタックステップはなにもしない。エンド」

 枚数のある手札であるが、質はあまり良くないようだ。ガンディノスの早々の退場も水原にとっては苦しいものであったが、フィールドの状況が芳しくないのは深月も同じであった。

 

第7ターン

<崎間深月>

リザーブ:8 手札:4 ライフ:3

ワン・ケンゴー&騎士王蛇ペンドラゴン(Lv3)

 

「さて、反撃といきましょうか。焔竜魔皇マ・グー、召喚!」

 深月の緩い声とは裏腹に派手に業火を纏い現るマ・グー。火災旋風の渦を咆哮で吹き飛ばし鎌を突き立てた。

「アタックステップ開始時、トラッシュのコア全てをマ・グーに置く。まずは合体でスピリットでアタック」

 6つものコアがマ・グーに与えられ、レベル3になり、自らの効果でダブルシンボルかつBP13000に強化される。

 ブロードソードに姿を変えたペンドラゴンをくわえ、ライト・ブレイドラに特攻するワン・ケンゴー。バーストセット時効果でレベル3。激突によりライト・ブレイドラは強制的にバトルを強いられた。

「一応合体アタック時効果でコア飛ばすけど、あんまり関係ないかな」

 ライト・ブレイドラはペンドラゴンの変化した剣の斬撃にコアを1つリザーブに送られる。レベルは1に下がるが、元々ライト・ブレイドラはBP比較で合体スピリットに敵わないので、深月の言うとおり結果に変化はないだろう。

「ライト・ブレイドラでブロック」

 水原もフラッシュを使うことなくライト・ブレイドラをバトルさせた。

 小さな身体で懸命に突進するが合体スピリットの頭突きに吹き飛ばされ、ライト・ブレイドラは破壊された。

「破壊でバースト発動」

 ライト・ブレイドラの破壊により水原の仕掛けたバーストが起動する。烈風が巻き起こり、その強風にマ・グーが膝をついてしまった。

「あー、もしかして読まれてたってことかな」

 深月はため息混じりに嘆息する。少し迂闊なアタックであったかもしれないと、彼女自身も合体スピリットのアタックを宣言した直後に思っていたが時既に遅し、であった。

「風の覇王ドルクス・ウシワカをレベル3でバースト召喚」

 輝く緑の翼を羽ばたかせ、ドルクス・ウシワカが水原のフィールドに降り立つ。スピリット2体を疲労させる強力なバースト効果と、コアの数を参照した緩い召喚条件。コアブーストを得意とする緑に限らず、召喚の条件であるコア8個以上はしばらくターンを重ねればどんなデッキでも用意に満たすことができる。

「不本意だけどエンドしかないわね」

 召喚したにも関わらず何もできなかったマ・グーを眺め、深月はいつもの気楽さを半減んさせた声音でターンを明け渡した。

 

 

 * * *

 

 

「なんか、ねえちゃん押されてんな」

 卓郎が神田に話しかけるように呟いた。一緒にモニターを見ていた神田も特段の反応は示さなかったものの、卓郎の言葉に一理あるように感じていた。

「崎間のフィールドは疲労させられたせいでがら空きだ。返しでまた強襲持つようなスピリットが出てきたら、さすがに防御札の1枚や2枚は使わされることになるんだろうな」

 深月がいつぞやの神田とのバトルで使った防御札はデルタバリアと絶甲氷盾。それぞれ複数枚数積まれていると推測されるから手札に握っている可能性は高いが、彼女の手札の枚数は僅か3枚。なんのバーストをセットしたかは未知数であるが、赤、緑、白のバーストは水原の配置した海魔巣食う海域の効果で発動することができない。

「紫、黄、青……防御札のバーストなんてあったっけか……」

「水原ってやつが海魔のレベル下げるかもしんないぜ? それを見越して絶甲氷盾仕掛けてるとか」

「そりゃないだろう。水原ってのが次になにを召喚するかは知んないが、コアが不足するようならウシワカ溶かしてでも海魔のレベルを維持するだろ」

 卓郎のミスを期待する可能性を神田は排除する。水原遠音というバトラーが不確定要素を限りなく潰していく戦いをしているように神田には思えた。まだ数ターンの攻防だが、『勝つためのバトル』をしているのは水原遠音であろう。

 神田は崎間深月というバトラーが強いことを身をもって知っている。水原遠音も強いバトラーであろうが、強さの方向性が違う。

「崎間は圧倒的に引きが強い。重要なタイミングごとに必要なカードをいつも握っているからな」

「あー……分かる……」

 思い当たるフシがあるらしく、卓郎は盛大に頷いた。

「ねえちゃんって、制限カードスゲー引くんだよな。実際に、今のバトルでも気弾とペンドラ引いてるし。まあ双光気弾は不発に終わったけど、もしかしたらもうストアタも手札にあるかも」

「ライフは3か……」

 戦況を打開するカードはもうバーストとしてセットされているだろう――そんな奇妙な確信を神田は抱いていた。

 

 

 * * *

 

 

第8ターン

<水原遠音>

リザーブ:3 手札:7 ライフ:4

風の覇王ドルクス・ウシワカ(Lv3)

海魔巣食う海域(Lv2)

 

「ウシワカをレベル1にダウン。戦竜エルギニアスを召喚、そして再び凶龍爆神ガンディノスを召喚する」

 小さな竜と強大なる龍が水原のフィールドに並び立つ。

「続けて、牙皇ケルベロードをガンディノスに合体」

 鉄すらも切り裂いてしまいそうな爪と鋭い牙の獣が、ガンディノスの強靭な肉体を殊更に強くする。ケルベロードの鎧を纏ったガンディノスは打ち震えるように咆哮を轟かせ、呼気を吐いた。

「バーストをセットしアタックステップ。喰らい尽くせガンディノス」

 強襲で回復しながらの攻撃。そのアタックのあとにはケルベロードの回復がありガンディノスとケルベロードの合体スピリットは3回ものアタックを行える。

「さすがに全部食らうわけにはいかないんだよね。フラッシュタイミング、ストームアタック! 合体スピリットを疲労させてこっちはマ・グーを回復させる。でも、ブロックはしない」

 立ち上がり雄叫びを発するマ・グーであったが、深月は自らのライフを合体スピリットに差し出すと宣言する。マ・グーが主である深月を一瞬見遣ったように見えた。

「……ヤケになったとかじゃない。あんたにはまだやってもらうことがある」

 だからこんなところで破壊させるわけにはいかない、と深月は独り言のように漏らした。それがマ・グーに聞こえていたかは定かではないが、マ・グーは爆進する合体スピリットを見送った。

「そのダブルシンボル、受けたげる」

 不敵に口角を上げて、深月が仁王立つ。

 深月のいる舞台を押し潰すほどの威圧感で合体スピリットであるガンディノスが、巨大な爪で展開されたバリアを引き裂いた。

 

<崎間深月>

ライフ:3→1

 

 ライフの砕ける甲高い音。深月はたたらを踏んで項垂れる。前髪が目元を隠すが、その目に諦めの色は微塵もなかった。

「……ライフ減少時バーストで魅惑の覇王クレオパトラスを召喚! レベルは2」

 仮面のような表情のない顔。金色(こんじき)の衣と翼、竪琴を鳴らし降臨するクレオパトラス。背後に大きな魔法陣が浮かび上がり、クレオパトラスが手を翳すと、深月のトラッシュから1枚のカードが浮き上がり彼女の手に収まった。

「トラッシュからストームアタックを回収」

「……エンド」

 水原はあっさりとエンドステップを迎えて、深月にターンが移る。

 

第9ターン

<崎間深月>

リザーブ:6 手札:4 ライフ:1

ワン・ケンゴー&騎士王蛇ペンドラゴン(Lv1)

焔竜魔皇マ・グー(Lv2)

魅惑の覇王クレオパトラス(Lv2)

 

「まーずーはー、サジッタフレイムでウシワカには退場願いまーす」

 紅蓮の矢が豪雨のように降り注ぎ、ドルクス・ウシワカは破壊される。

「バーストはなしか。次はペンドラゴンをマ・グーに合体させて、クレオパトラスをレベル3にアップ」

 ワン・ケンゴーがくわえていた剣を空高く放り、自由落下するそれをマ・グーが掴む。それを演武のようにくるくる回し、水原に突きつけるようにして構えた。

「じゃ、アタックステップに入ってトラッシュのコア3つをマ・グーに乗せてレベル3にアップだよ」

 合体と自身の効果により、マ・グーの現在のBPは17000。この高さのBPを超えるのは難しいだろう。

「マ・グー、よろしく」

 合体時効果でエルギニアスのコアがリザーブに移動する。これによりエルギニアスは消滅し、水原のフィールドにブロックを行えるスピリットはいなくなった。

「ライフだ」

 4つの腕から繰り出される強烈な攻撃。バリバリと音を立て水原を守るバリアが明滅し、彼の胸元のライフの輝きが二つ消失した。

 

<水原遠音>

ライフ:4→2

 

「ライフ減少によりバースト発動、龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード来い。効果でクレオパトラスを破壊する」

 渦巻く火炎がフィールドを縁っていく。炎に包まれた円形闘技場に龍の頂点にふさわしい覇王が降臨する。

 黒い翼で爆炎が揺らぐ。ジーク・ヤマト・フリードは大地に降り立つと剣を一度掲げ、それを地面に突き立てた。すると、クレオパトラスが浮遊する足元からマグマの間欠泉が吹き上がり、クレオパトラスはなにもできず破壊される。

「レベルは3で召喚する」

 水原はリザーブとネクサスのコアを集めジーク・ヤマト・フリードを壁として立たせた。

「ヤマトはキツイなあ……」

 深月は「んー」と唸り首をかしげた。

 彼女の手札にはクレオパトラスの召喚時効果で回収したストームアタックがある。ワン・ケンゴーのアタックのフラッシュタイミングに合わせて使えば、先ほど現れたばかりのジーク・ヤマト・フリードをこのターン無力化できる。しかし攻め切れるかは五分五分だろう。できればクレオパトラスのアタック時にストームアタックを使用したかったが破壊されては仕方がなかった。

「……さすがに防御札は握ってるよねえ」

 深月は小声で口にする。ここで終えるのも一つの手だ。しかしワン・ケンゴーはレベル1。バーストもなく次のターンになれば破壊されるのは確実だった。

「……アタックを継続。ワン・ケンゴーでアタック」

 走り出すワン・ケンゴー。深月がストームアタックを持っていることを知っているはずの水原であるが、一度目のフラッシュタイミングはないと宣言した。

「そ、ワタシに使わせようって魂胆ね。いいよ、乗った。フラッシュタイミングでストームアタックを使用!」

 向かい風がジーク・ヤマト・フリードを疲労させ、マ・グーは追い風に弾かれたように回復する。

「こっちもフラッシュタイミング、絶甲氷盾を使う。コアは全てジーク・ヤマト・フリードから確保する。ワン・ケンゴーはライフで受ける」

 ワン・ケンゴーの刀が水原のバリアを一閃。ライフが真っ二つに切り裂かれた。

 

<水原遠音>

ライフ:2→1

 

 水原と深月、両者のライフが1になり、どちらもアタックが通れば敗北する状況となっった。両者とも背水の陣。

 しかし深月のターンは視程をゼロにするほどのブリザードに阻まれ終わりになった。

 

第10ターン

<水原遠音>

リザーブ:11 手札:3 ライフ:1

凶龍爆神ガンディノス&牙皇ケルベロード(Lv1)

龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード(Lv1)

海魔巣食う海域(Lv1)

 

「永遠なる水道橋を配置。更にガンディノスとジーク・ヤマト・フリードをレベル3に。そして海魔巣食う海域をレベル2にアップ」

 それぞれのスピリットのBPは17000と13000。現状のマ・グーのBPは14000。後者のBPには勝っているものの、強襲とケルベロードの効果で脅威の4回アタックをしてくるガンディノスには劣っている。そしてなにかしらのフラッシュを使うことを考えればマ・グーからコアを確保する必要がありジーク・ヤマト・フリードにもBPで負けるだろう。

「アタックステップ。合体スピリットでアタックだ」

 ガンディノスの振り下ろした腕にワン・ケンゴーが押しつぶされ、水原はカードを1枚ドローする。さらに強襲で海魔巣食う海域を疲労させてアタックを継続する。

 ガンディノスが深月の眼前に迫り、一咬みで深月を噛み殺せるであろう牙が手が届くほどの距離にまでに近づいた。

「まあ、やっぱりこれは強いカードだよね。フラッシュタイミング……アルターミラージュ。そしてアタックはマ・グーでブロックする」

 深月は引き抜いたカードを見せつける。そしてマ・グーでガンディノスのアタックをブロックした。

 マ・グーのコアはアルターミラージュの不足コストを補うために確保され、それによりレベルが2にダウン。BPも12000に下がってしまう。しかしアルターミラージュの効果を考えれば相手のスピリットよりBPが低い方が都合がよかった。

 ガンディノスの豪腕をペンドラゴンの剣でいなし、鎌を振るうマ・グー。それはガンディノスの硬い鱗に弾かれてまい、体勢を崩したところに後方から振るわれた尻尾にマ・グーは吹き飛ばされ破壊されてしまう。

「アルターミラージュの効果。BPの比較で破壊された自分のコスト3以上のスピリットは回復状態でフィールドに残る!」

 炎を纏い再度現れるマ・グー。深月にはどんな攻撃も通さないと言わんばかりに咆哮した。

「エンド」

 これ以上のアタックはスピリットを疲労させるだけで意味が無いと判断し、水原はターンを深月に明け渡した。

 

 

 * * *

 

 

「……さすがだな」

 神田は思わず感嘆していた。あの圧倒的不利な状況を、深月はキースピリットであるマ・グーを残しながら凌いでみせたのだ。ケルベロードと合体したガンディノス、ヤマトと並んだ状況で損失なしに抑えられるのは彼女くらいだろう。

「アルターミラージュとは、また少し変わった防御札を採用してるんすねえ。でも素晴らしいプレイングっすね」

 神田と同様に坂下も感動したと言わんばかりにため息をつく。

 いまいち状況が理解できないのか、卓郎が神田に質問を投げつけた。

「にいちゃん、ねえちゃんのさっきの一手ってそんなにすげえのか?」

「ああ、相当すごい。俺にはあんな芸当は無理だろうな」

「いや、にいちゃんも大概だぜ?」

「そりゃどうも。で、なにがすごいか、だったな」

 神田はしばし思案して、メジャーな防御マジックを二つ挙げた。

「よく採用される防御札ったら、絶甲氷盾やデルタバリアなんかが多いだろう。深月の場合その辺も積んでるみたいだが、今回のケースじゃ損失なしに自分のターンを迎えられるのはアルターミラージュくらいだろう」

 先ほどの深月はライフ1、ブロックできるのは合体したマ・グーのみ。

「深月が持っているカードが絶甲氷盾だったと仮定するとどうなる?」

 神田は卓郎に問う。

「えーとそうだな……ガンディノスのアタックに合わせて絶甲撃つ。で、マ・グーでブロックだ。でもそうすっとマ・グーは破壊されて残るのはペンドラだけか」

「アタックステップを終了させるにはマ・グーを壁にする必要があるからな」

「でもデルタバリアならマ・グーもライフも残せるんじゃないの?」

 卓郎の再びの質問に回答するのは坂下。

「ヤマトは指定アタックができるっすよね。多分っすけど、あの水原って人ならマ・グーに指定アタックして潰してくると思うんすよ。マ・グーは生き残らせておくと面倒っすから」

「……そっか。ライフにダメージ通らないならマ・グー破壊しにくるか……。だからあの状況はアルターミラージュじゃないと防げなかったってことか!」

 納得したのか卓郎の語気が強まる。

「問題は次のターンだろうな。このターンで勝てないならもう崎間に勝機はない」

 神田は卓郎とは打って変わった冷静な声音で返答する。

「まあ、ここで勝ちを奪いに来るのがあいつだろうけど」

 自然と会話は途絶え、三人の視線はモニターに向いていた。

 

 

 * * *

 

 

第12ターン

<崎間深月>

リザーブ:10 手札:2 ライフ:1

焔竜魔皇マ・グー&騎士王蛇ペンドラゴン(Lv2)

 

「えーと、とりあえず今引いた双翼乱舞で手札を増やそうかな」

 深月の手札が2枚から3枚に増える。カードが1枚増えるだけでできる行動は増えるものだ。

「次にカグツチドラグーンを召喚して、マ・グーのペンドラゴンをカグツチドラグーンにつけかえてっと」

 レベル2のカグツチドラグーンのBP6000にペンドラゴンの合体時BP+4000により、BPは10000に。

「アタックステップに入っちゃうよ。てわけでトラッシュのコア4つをマ・グーに乗せてレベル3にアップ。更に効果で系統:古竜を持つマ・グーとカグツチはBP+3000」

 深月はまず合体したカグツチドラグーンでアタック。効果で手札を増やし、激突により強制ブロックを迫る。更にペンドラゴンの合体アタック時効果でジーク・ヤマト・フリードのコアが一つリザーブへ。これでヤマトのレベルが2に下がった。

「フラッシュタイミング、秘剣燕返。ペンドラゴンを破壊する」

 フラッシュを使用した水原に対し深月もフラッシュの使用を宣言する。

「じゃあこっちは覇王爆炎撃を使うよ。吹っ飛べガンディノス!」

 合体スピリットであれば問答無用で破壊するマジック。コストの重さが目立つものの、マ・グーによりコアが潤沢な深月にはする必要のない心配だろう。

 深月の見せたカードより生み出された爆炎が合体したガンディノスを焼き尽くす。

「ケルベロードは残す」

 爆風の中から分離したケルベロードがフィールドに降り立つ。

「そしてケルベロードでブロッ――」

 ブロックを宣言しようとした水原の声を遮り、深月が声を上げる。

「実はまだフラッシュがあるんだ。サジッタフレイムで牙皇ケルベロードを破壊」

 炎の矢が降り注ぐ。回避を試みるも逃げる隙もなく降る矢にケルベロードは串刺しにされて破壊される。

「くっ……ならヤマトでブロックだ」

 サジッタフレイムの不足コストでレベルが下がったカグツチドラグーンがヤマトに激突する。

 突進をするカグツチドラグーンの頭部をヤマトはわし掴みにして大地に叩きつけた。

「カグツチドラグーンは破壊されたけど、これでブロッカーはなし。相手のライフを切り裂けマ・グー!」

 巨大な鎌を肩に乗せ、マ・グーはゆっくりと水原に近づいていく。

「まだだ、フラッシュタイミング。リブートコードを使用しヤマトを回復させる」

 水原は負けるつもりはないとフラッシュで応戦する。本当は攻めで使いたかったカードなのだろうが、回復を行うカードは守りにも使えるの点で優秀だ。

「そしてブロック」

 ヤマトの灼熱の剣とマ・グーの漆黒の鎌が刃を交錯させる。一度の接触でフィールドを揺らす衝撃が走り、深月も水原も舞台でバランスを崩した。

 刀身がぶつかり合う。まさに鎬を削る打ち合いが続く。

 BPで勝っているのはマ・グー。マ・グーのBPは13000であるのに対しヤマトのBPは10000。

 しかし水原としてはこのターンをしのげればいいのであり、このバトル自体の勝敗には意味が無いと考えていた。マ・グーの攻撃を凌げばあとは深月のがら空きのライフを撃つだけ。ヒヤヒヤとした展開になったが、さすがにもうフラッシュはないだろうと、水原が深月の顔を見た瞬間、彼は目を見開いた。水原と目が合った深月が、にぃと唇を歪めて笑った。それは酷く楽しげな表情で、しかし負けるつもりなど一切ないとその眼光が語っていた。

「まだ、あるのか……?」

 水原の吐き出すような呟きに、深月は2枚の手札の1枚を水原に見えるように人差し指と中指で反転させた。

「これをさ、好んで使う奴がいんのよ。気まぐれで入れたんだけどね」

 深月が見せたのはタフネスリカバリー。水原の顔から血の気が引いていった。

「で、フラッシュで使うよ。コスト確保でマ・グーはレベルダウンするけど、回復の条件であるBP10000以上だから問題なーし」

 マ・グーのレベル2のBP8000。自身の効果でそこにBP+3000されBP11000。更にタフネスリカバリーの効果で+2000されて、最終的なBP13000となった。

 ヤマトの剣を跳ね飛ばしたマ・グーは真っ黒な鎌でヤマトを両断する。当然、ヤマトは破壊され、水原の場のスピリットは全て破壊されたことになる。

「あとは、そのライフを砕いておしまい、だね」

 回復していたマ・グーが炎の尾を引き、周囲の空気をその熱で揺らめかせながら、水原の元へと到達する。

「く……ライフで受ける……!」

 悔しさをにじませた顔で水原が言う。

 三本指を順に曲げて握りこぶしを作ったマ・グーは腕を振り上げ、そのこぶしで水原を守るバリアを突き破り彼の最後のライフを粉々に砕いた。

 

<水原遠音>

ライフ:1→0

 

 

* * *

 

「悔しいけど、負けました」

「いやいやー、お疲れ様さまー」

 バトルも終わり、水原と深月が握手を交わす。

 簡単な会話もそこそこに水原は離れていった。その姿を見送るように視線をやった深月。その先には神田が立っていた。卓郎と坂下も一緒だ。

「さすが、としか言えないな」

 神田の素直な感想に深月は「まあねー」と愉悦感を露わに笑う。

「あ、ちなみに最後の手札はタフネスリカバリーとインビジブルクロークでしたてへぺろ」

「…………は?」

 深月のあっさりとした暴露に神田も卓郎も坂下も口を開けて呆けた。

「実はカグツチでクローク引いてねえ。でもタフネスリカバリーで勝った方が盛り上がると思ってね。ほら因縁っぽい感じとかね」

 自らの頭をこぶしでコツンとして、ムカつく笑顔を浮かべる深月。人を苛立たせるためだけの言動だった。

 それに神田はため息混じりに、こいつは色々と次元が違うのだなと思いながらも、今度こそ必ず勝つという決意を新たにする。

「ねえちゃん……引きが神すぎる……」

 卓郎は絶望したようにそんなうわ言をもらした。確かに常人のそれを遥かに超越した引きを見せる深月をずっと見ていては心が病んでもおかしくなかった。

「で、次はアンタじゃないの? 神田」

 自分のことはもういいとでも言わんばかりにさくっと話題を移す深月。それに神田も頷いた。

「ここで、負けるわけにはいかないからな」

 神田がそう自分のデッキを見て呟くと、隣に立っていた坂下がわざとらしく咳払いをする。

「あーあ、んん。次は神田さんの出番っすね。それで相手は綾織。俺はどっちを応援すればいいんすかね」

「普通に彼女を応援しとけよ。悪いけど、負けるつもりはない」

「それはこちらも同じこと、ですね」

 背後からの声。神田、卓郎、坂下に向き合っていた深月以外が振り返り、声のあるじを視認した。

 フリルのついた白いブラウス。可愛らしさを演出しつつも清楚な印象。ボトムスは黒の長めのプリーツスカート。裾から除くペチコートの透かし編みの装飾が涼やかで、ハーフアップにした青みのある黒髪が人目を引く。目鼻立ちは日本人よりもハーフと言われた方が納得する。

「あなたが神田俊道さんですね」

「あんたが対戦相手の湯川綾織さんってことか。話は坂下から聞いてるよ」

 綾織の目が一瞬だけ坂下に移り、すぐ神田に向けられる。

「遊離さんはいい加減な人ですから、彼の言うことは真に受けないであげてくださいね」

「ちょ、待て待て! さすがに猫被りすぎだろ綾織。しかもさり気なく俺を貶めてるし」

「あら、事実を言ってはいけませんでしたか?」

「事実とか言うんなら自分の強化外骨格についてはどう弁明するんだよ」

「なんのことかしら?」

 素知らぬ顔をする綾織。そしてそれに突っ込む坂下。神田は初め二人を見た時、坂下には悪いが釣り合ってないと思っていたが、どうやらそれは誤りだったようだ。会話をする二人は楽しげでベストカップルと形容できそうだ。もっとも非常に楽しんでいるのは湯川綾織だけのようだが。

「彼の戯言は無視しましょう。さて、次は私と神田さんとの戦いですね」

 坂下に突っ込ませるだけ突っ込ませて、最後は放置する綾織嬢。その二人の姿に神田は苦笑しつつ答える。

「そうだな、さっきも言ったけど……」

「負けるつもりはない、ですね」

「ああ」

「正々堂々と、自分の全てをぶつけ合って戦いましょう」

 綾織の差し出した手のひらに神田も手のひらを重ね、バトルが待ちきれないと二人してどこか黒さの混じった笑みを浮かべた。

 




遅すぎオワタ。
えー、更新してないかなーと覗いてくださっている方がいましたら大変お待たせしました。
ええ、サボってました(真顔)
いえちょっと新生活的なあれでして、はい。
言い訳しても面白くないのでこの辺でこの話はおしまい。

内容。
つよいかーどがいっぱいでてきたよ
こんな感じでした。
久しぶりに書いたこともありキャラの性格忘れる、相変わらず深月の口調が定まらない、むしろ定まらないことが定まってるみたいな、そんなことがありました。

次はさすがにこんなには遅くならないはずですぬぬぬ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08 白き要塞

 バトルフィールドの風はどこか荒野を思わせる。少し砂っぽく湿気のない風が頬を撫でる。それはそう感覚に影響を及ぼす感だけで、実際には風など吹いていないのかもしれない。しかしその風を感じると、自分はバトルフィールドに立っているのだ、と、神田俊道は実感するのであった。

 神田の向かい側、円形闘技場の反対の舞台には、バトルフィールドに立つにはあまりに綺麗で、清楚な少女がいる。ハーフアップの髪はやや青い黒髪。ブラウスもスカートも清涼感があり、余計にここには似ても似つかない。しかしそれは少女の姿形に限ったことで、彼女の目はバトルフィールドに立つに相応しい、バトラーとしての輝きを持っていた。

 湯川綾織(ゆかわあやおり)という名の少女は、バトルフォームのライフを撫でて、息を大きく吸った。ゆっくりと息を吐き出し静かに目を伏せる。

「さて、お待たせしました。私達のバトルを始めましょう」

 きっと目を開いた綾織は神田を見つめると妖艶さを含んだ笑みをたたえた。

 

 

 * * *

 

 

第1ターン<湯川綾織>

リザーブ:4 手札:5 ライフ:5

 

「メインステップ、まずは超時空重力炉をLv2で配置します」

 

配置:超時空重力炉Lv2(c1)

 

 綾織の背後に厳めしい機械に囲まれた白い結晶が姿を見せる。

 綾織のデッキはいわゆる白重と呼ばれる類のもの。白の大型スピリットがデッキの多くを占め、その召喚をサポートするカードや時間を稼ぐカードで回りを固める。長引けば長引くほどに、高いBPのスピリットが少ない神田のデッキが不利になっていくのは明白だった。

 神田もそれを理解した上で速攻をかけたいと思うところだが、そう上手くはいかないだろうとも思っていた。

「メインは終了で、アタックステップもないのでターン終了です」

 

 

第2ターン<神田俊道>

リザーブ:5 手札:5 ライフ:5

 

「メインステップ、まずはメイパロットを召喚」

 頭の飾りの目立つ白い羽のスピリットが飛来し、神田の舞台の手すりに降り立った。

 

召喚:メイパロットLv1(c1)

 

 召喚時効果でボイドからコアを自身に乗せることでレベルが上がる。しかし神田は増えたコアをリザーブに戻し、アタックステップに入った。

「まずは1点貰う」

「大型が召喚される前に攻め切ろうということですね、ライフで受けます」

 メイパロットの爪の一撃に対し、綾織はそれを抱擁で受け入れんばかりに腕を広げてみせた。

 

湯川綾織:ライフ5→4

 

 神田がエンドを宣言して綾織の第3ターン。

 

 

第3ターン<湯川綾織>

リザーブ:5 手札:5 ライフ:4

超時空重力炉Lv2(c1)

 

「リフレッシュステップを終えて、メインステップに入ります」

 綾織の声が凛と響く。

 彼女の後ろの超時空重力炉が呼応するように輝きだし、神田もその眩しさに目を細めた。

「その輝きは、小さきスピリットには障害となりますが、大きなスピリットにとっては召喚のエネルギーとなるのです。Lv2の超時空重力炉の効果により、白のスピリットを召喚するとき、このネクサスのシンボルを白シンボル3つにします」

 効果を宣言し綾織が手札一枚を引き抜く。

「機獣要塞ナウマンガルドを召喚します!」

 リザーブのコア5つを支払い、綾織は維持コストを超時空重力炉から確保する。それにより超時空重力炉はLv1にダウンする。

 

召喚:機獣要塞ナウマンガルドLv1(c1)

 

 大地が割れ吹雪が吹き荒ぶ。地響きを伴い割れ目から姿を現したのは機械仕掛けの巨大なゾウ。

 地面を踏み鳴らす脚は強靭でメイパロットなどサイズの比較対象にもならない。そもそもそれ自体が要塞であるスピリットなのだから巨大であるのは当然のことだ。

 動く要塞は唸りを上げる。大地がわななきグラグラとバトルフィールド全体が振動した。

「アタックステップに入ります。ナウマンガルドでアタック! ナウマンガルドはダブルシンボルです。どうしますか?」

 綾織の声にナウマンガルドがおもむろに動きだす。静かな歩みだが一歩一歩が大きく、すでにナウマンガルドの鼻先は神田の眼前に迫っていた。

「さすがにそれは受けられないな、フラッシュタイミング! マッハジーを神速召喚」

 

神速召喚:マッハジーLv1(c1)

 

 後脚で身体を持ち上げ、振りかぶった長い鼻がしなやかな鞭のように神田に襲いかかる。風を引き裂く音と共に神田のライフが砕かれる……と思いきや颯爽と現れたマッハジーが巨躯から繰り出される一撃を受け止めた。

「ぐっ……マッハジー、助かった」

 神田は破壊されたマッハジーの衝撃波に腕で顔を覆う。しかし彼のライフは守られた。

 ナウマンガルドは自陣に戻るとうなだれるようにして疲労した。

「思わぬ伏兵ですね。ではあなたのターンですよ」

 綾織はにこやかに笑った。

 

 

第4ターン<神田俊道>

リザーブ:6 手札:4 ライフ:5

メイパロットLv1(c1)

 

 このターン、神田は猪人ボアボアをLv1で召喚し、メイパロットと猪人ボアボアでアタックを敢行する。

 神田は猪人ボアボアの緑シンボルの連鎖により猪人ボアボアにコアを一つ追加し、綾織は2体のアタックをライフで受けた。

 

湯川綾織:ライフ4→2

 

 

第5ターン<湯川綾織>

リザーブ:8 手札:5 ライフ:2

機獣要塞ナウマンガルドLv1(c1)

超時空重力炉Lv1(c0)

 

「焦っていますか?」

 綾織の問いに神田は表情を変えずに返す。

「早いうちにコアを与えてでも攻め込むべきだと思ってね。コアの多寡に関係なく白は踏み倒しての召喚も得意だからな」

「そうですね。確かに超時空重力炉がなければこれほど早くナウマンガルドは召喚できません」

 綾織は会話をやめメインステップを宣言した。

「ナウマンガルド、超時空重力炉をLv2に。そして獅機龍神ストライヴルム・レオをLv1で召喚!」

 

機械獣要塞ナウマンガルドLv1(c1)→Lv2(c4)

超時空重力炉Lv1(c1)→Lv2(c2)

召喚:獅機龍神ストライヴルム・レオLv1(c1)

 

 黄金に輝く牙と爪、機械的なゴツゴツした部位を持ちながらもしなやかな肉体の獣が登場する。2体並ぶだけで無限アタックを繰り出す凶悪なスピリットである上に、緑への耐性を持つため神田の得意戦術が通用しないスピリットであった。

「ではアタックステップに移行しますね?」

 ゆるりとお辞儀をするような仕草を交えて、盤面のナウマンガルドを疲労させた。

 咆哮を上げ地面を揺らし歩き出すナウマンガルド。

「ダブルシンボルでかつBP12000か」

 綾織のたおやかな笑みが神田の返答を肯定する。

 神田のライフは残り5。まだダブルシンボルの攻撃受けても致命傷にはならない。リターンとして使えるコアが2つも増えるため受ける価値はある。その分敗北が這い寄ることには注意をする必要があったが、これからの戦いを考えて神田は、

「ライフで受ける」

 手札を眺め思考を巡らせてからその宣言をした。

 なにをするにもコアが必要なのだ。コアに融通が利く方がここから先は強いのだ。それにナウマンガルドのアタックが通ればストライヴルム・レオもアタックするだろうと神田は踏んでいた。

 ナウマンガルドの振りかぶった鼻がヒットしてライフが割れる。

 

神田俊道:ライフ5→3

 

「続けてストライヴルム・レオでアタックします」

 ぐっと四肢を踏み込み、真っ直ぐに突っ込んでくるストライヴルム・レオ。白い弾丸となった獅子が神田を襲う。

「なんでナウマンガルドの攻撃をライフで受けたと思う?」

 神田はそんなことを言って、マッハジーを神速召喚し、ストライヴルム・レオのアタックをマッハジーでブロックする。

 

神速召喚:マッハジーLv2(c3)

 

 緑の小さな虫がストライヴルム・レオの進路を阻む。真正面からぶつかり合って僅かの間だけストライヴルム・レオの突進を止めたものの、すぐにマッハジーは弾き飛ばされてしまう。

「もちろんコアが欲しいからだ。でもそれだけじゃない。その厄介なスピリットを討ち取るためだ。フラッシュタイミング、ブリーズライド!」

 

使用:ブリーズライド 対象マッハジー

 

 神田は猪人ボアボアのコア1つを支払い、マッハジーにBP+3000を与えた。

「ストライヴルム・レオはBP6000、ブリーズライドの効果を受けたこっちのマッハジーもBP6000だ。どうする?」

 爪で引き裂かれる寸前、マッハジーを緑の旋風が包みストライヴルム・レオを遠ざける。急上昇したマッハジーは頂点から落下しストライヴルム・レオへ突撃する。ストライヴルム・レオの砲撃、銃撃を機敏な動作で回避し迫る。

「……まだ神速召喚があったのですね、それに加えてBPを上げるマジックの二段構え……」

「Lvを上げられたらこっちはお手上げだ。ならLvが低いうちに叩くしかない」

「……くう……」

 綾織は逡巡した。手札のマジックを使えばストライヴルム・レオを場に残すことができる。しかしそのコストを支払うにはナウマンガルドのLvを下げるしかない。ナウマンガルドの攻撃が使えなくては次のターンの攻撃を凌ぐシナリオが全て瓦解してしまう。となれば、綾織はその決断を下すほか選択肢はなかった。

「フラッシュタイミングはありません……」

 螺旋しストライヴルム・レオ目掛け飛来するマッハジーを額で受け止めるストライヴルム・レオ。身体のサイズは圧倒的なまでにストライヴルム・レオの方が上であるが、全てを決めるのはBPだ。

 ブリーズライドの効果を受けパワーアップしたマッハジーに押し切られストライヴルム・レオはフィールドの外縁まで押しやられ派手な音を立てると同時にストライヴルム・レオ、マッハジーの両者が破壊された。

「レオ……ごめんなさい。ナウマンガルドのLv2効果を発揮します。」

 ナウマンガルドはLv2の効果で、アタックステップ終了時にドロー/リフレッシュ/コア/メインのいずれかのステップを追加で行うことができる。

 綾織はリフレッシュステップを行い、ナウマンガルドを回復、トラッシュのコア4つ戻し、リザーブのコアを5つとした。

 

 

第6ターン<神田俊道>

リザーブ:9 手札:2 ライフ:3

メイパロットLv1(c1)

猪人ボアボアLv1(c1)

 

 神田にとっては非常に良い流れであった。考えもなしにストライヴルム・レオを討ち取ったわけではない。手札の消費も考慮済みだった。

「まずは魔王蟲の根城をLv1で配置、更にマジック、ハンドリバース」

 

配置:魔王蟲の根城Lv1(c0)

使用:ハンドリバース

 

「湯川さん、そちらと同じ枚数分ドローさせてもらう」

 綾織の手札は4枚。つまり神田がドローする枚数は4枚。軽減含めて僅か3コストで4枚ものドローをした上に、彼は手札を使い切っていたために損失は皆無。綾織は素直に強い、と思った。

「お一人で得をしてズルいですね?」

「白使いがなにを言ってる。魔王蟲の根城をLv2にアップしてアタックステップはなにもせずターンエンド」

 

魔王蟲の根城Lv1(0)→Lv2(c2)

 

 手札にブリーズライドが戻り神田の手札は5枚になった。

 

 

第7ターン<湯川綾織>

リザーブ:6 手札:5 ライフ:2

機獣要塞ナウマンガルドLv2(c4)

超時空重力炉Lv1(c0)

 

「天王神獣スレイ・ウラノスをLv2で召喚!」

 

召喚:天王神スレイ・ウラノスLv2(c3)

 

 スラスターを四肢に備える馬に似たスピリットが登場する。スピリットを手札に戻す効果と連動した回復効果を持つスピリットである。

「アタックステップ! スレイ・ウラノスお願いします。アタック時効果発揮により猪人ボアボアを戻します」 

 スレイ・ウラノスのいななきに吹き飛ばされた猪人ボアボアが、神田の手札へと戻る。

「この効果でコスト4以下を戻したのでスレイ・ウラノスを回復させます」

 スラスターが火を噴き、スレイ・ウラノスが宙に浮き移動する。

「ならこっちは魔王蟲の根城のLv2効果を使う」

 神田は手札からマー・バチョウを提示した。

 

魔王蟲の根城Lv効果によりノーコスト召喚:マー・バチョウLv2(c2)

 

 根城がざわめき立ち、マー・バチョウが現れ神田のフィールドに飛来した。

 マー・バチョウ召喚時効果でリザーブにコアが追加される。

「フラッシュがないならマー・バチョウでブロックする」

 宙空でスレイ・ウラノスとマー・バチョウが交錯する。素早い空中戦が繰り広げられ、BPで劣るマー・バチョウが押され始めた。

「更にフラッシュタイミングでブリーズライドを使用する。マー・バチョウにBP+3000。これによりマー・バチョウはBP7000。スレイ・ウラノスに並んだぜ?」

 

使用:ブリーズライド 対象マー・バチョウ

 

 先ほどと同じくマー・バチョウは緑の渦に抱かれ、スレイ・ウラノスを押し返し始める。

「これ以上してやられるつもりはありません。こちらも行きます! フラッシュタイミングでリゲインを使います」

 神田の神速とブリーズライドを使った戦法にはもうやられまいと、綾織もフラッシュを宣言した。

 

使用:リゲイン 対象 天王神獣スレイ・ウラノス、機獣要塞ナウマンガルド

 

「自分のスピリット全てをBP+3000。コストはスレイ・ウラノスから確保します」

 スレイ・ウラノスはLv2BP7000、乗っていたコア2つが取り除かれLv1に下がり、BP5000になる。そこにリゲインの+3000が加算され、合計BP8000となる。

 白いエナジーで吠え猛るスレイ・ウラノスがマー・バチョウを遥かに凌駕する速度でマー・バチョウを翻弄し、一瞬の隙をつき鋭利な首の刃でマー・バチョウを切り裂いた。

「どうですか? 毎回あなたの思うようには行きませんよ?」

「さすがに2ターン続けて召喚されたスピリットを破壊されたくはないか。まあ手札を使ったのは痛かったけど、損失はそんなじゃない」

「……? 一体どういう……」

「本当に破壊したと思ってる?」

 神田はそう言って、すでに使用されたスタークレイドルが自らのトラッシュにあることを示した。

 

使用:スタークレイドル

手札に戻す→マー・バチョウ

疲労→機獣要塞ナウマンガルド

 

 神田はコストを魔王蟲の根城から払い、スタークレイドルの効果でマー・バチョウを回収、更にナウマンガルドを疲労させ追撃を封じていたのだ。

 破壊されたと思われたマー・バチョウは星のゆりかごに守られ、手札へと戻っており、スレイ・ウラノスの攻撃を回避していた。

「……なるほど、こちらが対抗した場合の策も講じていたわけですね。これは私の思慮が欠けていたということですね」

 綾織は少し表情を歪ませた。

「超時空重力炉がなければまたマー・バチョウを神速召喚できたんだが……」

 更に相手にとって面倒なことを考えていた神田であったがそれは実行できなかった。

「超時空重力炉のLv1効果は常時発揮ですからね。とはいえ僅かな抜け穴を駆使されて、こちらは翻弄されっぱなしです」

 そこまで綾織は苦笑しながら言って、まだアタックステップは終わりませんよ、と回復状態のスレイ・ウラノスを再度アタックさせた。そのアタックを神田はライフで受けた。

 

神田俊道:ライフ3→2

 

 綾織はナウマンガルドLv2の効果でリフレッシュステップを選択、次のターンへの態勢を整えた。

 

 

第8ターン<神田俊道>

リザーブ:12 手札:5 ライフ:2

メイパロットLv1(c1)

魔王蟲の根城Lv1(c1)

 

 相手の攻撃は幾度も凌いできたものの、こちらが攻めるには厳しい、と神田は思った。対処しなければならないのはナウマンガルドのBPの高さだ。ナウマンガルドはLv2でBP12000を持つのでビャク・ガロウでも太刀打ちできない。Lv2にし翡翠の小太刀 日輪丸を合体させたビャク・ガロウがようやく相打ちを取れるBPである。神田のデッキ内で最もBPの高いビャク・ガロウがこれでは他のスピリットで太刀打ちはできまい。

 とはいえBPで勝てずとも勝負で負けられはしない。

「メインステップ、マジック、ストロングドロー」

 

使用:ストロングドロー

 

 神田は3枚手札を増やし、剣王獣ビャク・ガロウ、翡翠の小太刀 日輪丸の2枚を選択して破棄した。

「その2枚はキーカードでは?」

 これまで神田の戦いを観ていた観客も対戦相手の綾織も驚いた顔をした。

「勝つためには切らざるを得なかっただけだよ」

 相棒として選んだスピリットをトラッシュに送るのは心苦しくはあるが、綾織に言ったように勝つためである。神田は、ビャク・ガロウには今回に限っては休んでもらうことにした。

「続けてライ・シュウユを召喚!」

 

召喚:ライ・シュウユLv1(c1)

 

 ライ・シュウユもメイパロットのような鳥型スピリットであるが、そちらよりも人に近い姿をしている。衣を纏い直立した姿であるからだ。

「召喚時効果で超時空重力炉は手札に戻ってもらう。更に戻したネクサスの枚数だけ相手のスピリットを疲労させる」

 

ライ・シュウユ召喚時

ネクサスを戻す→超時空重力炉

疲労→機獣要塞ナウマンガルド

 

 超時空重力炉から発せられていたエネルギーが消滅し、ナウマンガルドもうなだれるようにして疲労する。

「超時空重力炉がなくなったことで、コスト3以下のスピリットを軽減して召喚できるので、猪人ボアボアをコスト1、維持コア1を乗せて召喚」

 

召喚:猪人ボアボアLv1(c1)

 

 トゲ付き鉄球を持った獣人がフィールドで唸りを上げる。軽いコストながらパワーとコアブーストを合わせ持つ使い勝手のいいスピリットだ。

「アタックステップだ! まずは猪人ボアボアでアタック!」

 Lvを上げる効果により猪人ボアボアはLv2に達する。

「ブロックを誘っているのかもしれませんが、別に対応します。フラッシュタイミング、幻影氷結晶」

 

使用:幻影氷結晶 対象、猪人ボアボア

 

「このターン猪人ボアボアのアタックで私のライフは減りません!」

 振り回した鉄球を綾織目掛け投げる猪人ボアボアだが、氷の結晶が彼女を守りライフは減らない。当然、ライフが減らせなかったので魔王蟲の根城のコアブーストも失敗となる。

「まだだ、行けメイパロット、ライ・シュウユ!」

 神田も負けじとアタックを続ける。2体の鳥型のスピリットが綾織に向かって飛来する。

「ストロングドローを使った時にマー・バチョウは破棄しませんでしたね?」

「ああ、だからいつでも神速召喚できる」

「白のバウンス効果は神速には相性が悪いのでとても厄介です」

「そうだな。だがこのアタックを凌がないと神速召喚するまでもないぜ?」

 神田もこのアタック両方が通るとは思っていない。片方でも通れば勝利へ近づく。

「あわよくば、片方のアタックが通れば、というところでしょうか。そうやすやすと負けるわけにはいきません」

 綾織がフラッシュの宣言をする。1体バウンス程度は神田も覚悟していたのだが……

「まとめて処理させてもらいます、バーストブレイク!」

 

使用:バーストブレイク

対象 ライ・シュウユ、メイパロット

 

「2体のスピリットの合計BPは5000。よって2体とも手札に帰っていただきます」

 雨のようにレーザーが降り注ぎ、触れた端からスピリットの身体がドットのようになり崩れていく。

 スピリットの姿が消滅するのと同時に、カードの置き場から飛び跳ねたカード2枚を空中で掴みつつ、神田は別のカードを手にした。

「くっ、まだだ。マッハジー、マー・バチョウを連続で神速召喚!」

 

神速召喚:マッハジーLv1(c1)、マー・バチョウLv1(c1)

 

 魔王蟲の根城の効果は使わず、どちらも通常の神速召喚である。

 神田はマッハジー、マー・バチョウのアタックを宣言し、2体の神速スピリットが綾織を襲う。それでも尚、彼女は冷静だった。

 マッハジーの進路をスレイ・ウラノスが阻み、マー・バチョウは目にも留まらぬ速さの三度の刺突に吹き飛ばされる。

「マッハジーはスレイ・ウラノスがお相手します。そしてマー・バチョウには手札ではなくデッキの下に戻っていただきます。コストはナウマンガルドから全て確保し、Lvダウン」

 綾織が使ったのは光速三段突。バトルスピリットにおける確定除去である、デッキ下へのバウンス。神速召喚といえどもデッキから召喚できない。

 

使用:光速三段突 対象 マー・バチョウ

 

 マッハジーもなす術もなくスレイ・ウラノスのに押し負けて破壊されてしまう。

 が、神田は悲観した表情ではなく、むしろ安堵した表情であった。その違和感に綾織は怪訝な顔をした。その顔色が問う質問に、神田はいつの間にか3枚から2枚に減っていた手札を見せながら言った。

「こいつに三段突を打たれていたら俺に勝ち目はなかった。かと言って湯川さんにターンを回したところでその数のフラッシュのマジックを持たれていたら抵抗もできない。当然、超時空重力炉も再配置されてしまうだろうから、マー・バチョウもコスト軽減なしで召喚しなくちゃならない」

 神田が減らした手札、それは彼の手札でずっと出番を待っていた別のキースピリット。

「ライフを残り1にしたくないのはよく分かるし、2体も神速召喚されたらもういないと思ってくれるだろうと考えて、なんとかここまで漕ぎ着けた。お前の出番だ、黒樹神クワガ・ラブナ!」

 

魔王蟲の根城Lv2効果によりノーコスト召喚:黒樹神クワガ・ラブナLv2(c3)

 

 魔王蟲の根城がさんざめき、根城から黒い影が神田のフィールドに降り立った。昆虫をベースに樹木を取り込んだような姿のクワガタタイプのスピリットだ。

「こいつのアタックが通らなければ俺に勝つことはできなかった。さすがにもう誰にも妨害されないよなあ……?」

 安心していた神田の表情がやや曇る。綾織の手札は残り1枚。手札で突然変異でも起きていない限り、彼女の手札は神田に戻された超時空重力炉のはずである。

「うふふ、さあどうかしら、なんて冗談ですよ」

 もう攻撃を防ぐ術がないと彼女も分かっていたようで、手札をカードの置き場の縁に置いた。

「そりゃよかった。じゃあ安心してアタックできる」

 クワガ・ラブナが少し耳障りな羽音で綾織のライフを狙い飛行する。

「連鎖の効果でネクサスを疲労させクワガ・ラブナは回復する」

 綾織のライフを1点2点と奪い、神田が勝利した。

 

湯川綾織:ライフ2→0

 

 

勝者:神田俊道

 

 

 * * *

 

 

「ありがとうございました。神速のラッシュには驚きました」

「いやいや、だいぶ危なっかしかったけど、なゆとかね」

「確かに、もしああしていれば、こうしていればと後から言うのは簡単ですが、実際のその瞬間でその想定されうる対応をできなかったのですから、その点でも私の敗北です。神田さん、芸達者なんですね?」

「バトスピフェイスと同じくらいカマかけるのも必要ってことで」

 神田と綾織は談笑しつつ、やって来た坂下に彼女を優先し、神田は近寄ってきた深月と向かい合った。

「さて、長きに渡った大会も次で最後だね?」

「ああ、ゼッテー負けねえ」

「お? なんか神田らしくない発言じゃない?」

「それだけ意気込んでるってことだ、察しろ」

「へーい。じゃあ、両者の健闘を祈って」

「おう」

 神田と深月は互いに拳を握り、コツンとぶつけ合い、それぞれの舞台に移動した。




ついに、ここまできました。大変お待たせいたしました。一年以上もなにやってんだにしはるやろう!という感じですね、本当にお待たせいたしました。
バトルについては、なんかこう、無茶苦茶です。私も神田氏くらいの引き強マンになりたいものです。
表現の都合として「俺は◯◯を発動していたのさ!」とスピリットの同時アタックがありますがご了承くださいませ。ってあとがきに書いても意味ないでしょうかね?

バトスピ事情
長かったアルティメット編が終わりまして烈火伝になりましたね。アルティメット嫌いだーうわーと古参風をビュンビュン吹かせていたわたくしにしはるでありますが、烈火伝に入りスピリットが戻ってきたところで「アルティメットもなかなかいいんじゃない?」と手のひらクルーしております、周りがアルティメットまみれなのはあれですがスピリットが群雄割拠する環境に不意にあらわるアルティメットはなーんかかっこよくていい感じに思いませんか? わたしはそう思います。
UサッポロにUダゴンどアルティメットデッキを満喫しております。当然烈火伝からのカードたちも使ってますよー。やっぱり忍風でデッキトップめくって殴り倒すのが楽しいですよねえ。起導も強いですし……というかギュウモンジさんとシノビオウさんが強いだけ?
さてもう数日で名刀コレクションも発売されます。黄泉からお帰りになったイーグレンさんはかっこいい上に効果から一縷のデッキにぴったりです。というか烈火伝の紫デッキはリアニメイトいっぱいするので面白そうですね(カードがなくて組めていない)

ここでワチャワチャかいても仕方ないので、アナクロニズムの今後の話。ひとまずショップバトル編?とも呼べる今回の話は次回でおしまいになります。ようやくおしまいです。
今後は神田氏を継続するか別のお話か……というところを妄想しております。
正直なところ、アルティメット編の頃はバトスピへの意欲が大分削がれていたために小説からも離れておりました。烈火伝に移行しカードとしてのバトスピはかなり盛り返してきましたが小説の方までは手が回らず。
今になってようやく重い腰を上げることができました。さすがにここまでは遅くならないとは思いますが時間もなるべく早く投稿したい……な……。

以下謝辞。
バトルスピリッツ 激震の勇者のブラスト様、こちらのアナクロニズムとのコラボのストーリーありがとうございました!面白かったです!
神田をはじめこちらのキャラ達もよくして頂きました。本当にありがとうございます。
激震の勇者はぶっちゃけるとアナクロニズムを書こうと思ったきっかけの小説だったのです!(もしかすると前にも言っていたかもしれませんが)
ブラストさんの執筆する激震の勇者も終わりへ向けてストーリーが加速しております。まだ読んだことないよという方がいらっしゃるようでしたら是非ご覧になってください。
こっちの文量とは比較にならない文字数なので読み応えもありますよー。


長くなりましたが、この辺で。また近いうちに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09 決戦! マ・グーVSビャク・ガロウ

 戦えば必ず一方が勝ち、他方は負ける。その積み重ねの中で一度も負けなかった2人が決まった。

 神田俊道と崎間深月。2人はバトルフィールドの転送台に立ち、今にバトルが始まるのを待っていた。開始を待つのは2人だけではない。これまでの戦いに参加してきたバトラー、観戦してきた者。

 誰もが今か今かと待ち望む中で、店長が声を上げた。

「ついに最終戦、どちらが優勝するのか! 神田俊道VS崎間深月の戦いです! ゲートオープン……」

 ショップの全てが一体となり、声を張り上げた。

『界放!!』

 

 

 * * *

 

 

 どちらも会話をすることもなく、準備をする。自らの手で組み上げたデッキのスピリット、ブレイヴ、ネクサス、マジックを信ずるのみである。

 

 

第1ターン<神田俊道>

リザーブ:4 手札:5 ライフ:5

 

 神田は猪人ボアボアLv1を召喚しターンエンド。

 

 

第2ターン<崎間深月>

リザーブ:5 手札:5 ライフ:5

 

 深月はカグツチドラグーンをLv1で召喚。アタックステップでアタックし、手札を増やす。神田はライフで受け、ライフを4とした。

 

 

第3ターン<神田俊道>

リザーブ:5 手札:5 ライフ:4

猪人ボアボアLv1(c1)

 

 メインステップで神田はミツジャラシを召喚。召喚時でコアを増やし、ミツジャラシをLv2に上げる。

 アタックステップに入ると猪人ボアホアでアタックし連鎖でコアを増やし、深月のライフ1つを破壊した。

 

 

第4ターン<崎間深月>

リザーブ:6 手札:6 ライフ:4

カグツチドラグーン(a)Lv1(c1)

 

「さて、まずはバーストセットから。更にオードランと2体目のカグツチドラグーンをそれぞれLv1、Lv2で召喚」

 

召喚

オードランLv1(c1)

カグツチドラグーン(b)Lv2(c3)

 

「ではアタックステップ。Lv2のカグツチドラグーン(b)でアタック」

 後から召喚されたカグツチドラグーンが羽ばたき滑空する。

 深月は効果で手札を増やし、激突によりミツジャラシがブロックに向かう。

 火炎を纏い突進するカグツチドラグーンをミツジャラシはなんとか回避する。しかし飛行速度で勝るカグツチドラグーンに捕らえられてしまう。噛みつかれて地面に叩きつけられる瞬間に、神田がフラッシュタイミングを宣言した。

「マジック、ソーンプリズン。コストはボアボアとミツジャラシから確保だ」

 

使用:ソーンプリズン

効果:相手は、相手のスピリット2体を疲労させる

対象:オードラン カグツチドラグーン(a)

 

「2体を疲労させてコスト確保でミツジャラシは消滅する」

 

 カグツチドラグーンは不意に消えたミツジャラシに動揺するような仕草を見せつつも、自陣に戻っていく。

「おっとっと……これじゃ攻め手も守り手も絶たれたってことか。やってくれるじゃない」

 深月が少し驚いた顔を見せた。彼女は神田がミツジャラシを残すプレイングを見せたために、BPアップのコンバットトリックを狙っていると推測し、バーストに双光気弾をセットしていた。しかし実際にはバーストも発動できず結果として3体のスピリット全てを無力化されてしまったのだ。ここで隙を見せるのはバトルの展開としては得策ではないのだ。

「ミツジャラシのLv2BP5000はなかなか高いからそういうのを誘うには充分だからな」

「してやられたかな……もうなにもできないからターンエンド」

 深月は仕方ないとでも言うように首を振ってターンを明け渡した。

 

 

第5ターン<神田俊道>

リザーブ:8 手札:4 ライフ:4

猪人ボアボアLv1(c1)

 

「猪人ボアホアにコア1つを追加、魔王蟲の根城をLv1で配置、更にメイパロットを召喚」

 

猪人ボアボアLv1(c1)→Lv1(c2)

配置:魔王蟲の根城Lv1(c0)

召喚:メイパロットLv1(c1)→Lv2(c2)

 

 神田は自軍を着実に整えていく。しかしカグツチドラグーンの激突により盤面の維持が難しいため早めの決着を想定していた。

「アタックステップ。猪人ボアボア、アタックだ」

 Lvアップとコアブーストにより猪人ボアホアはLv3に上がる。

 鉄球を回転させ、遠心力を利用しての投擲が深月のライフを狙う。

「んー……2点受けるのは割としんどいから……フラッシュタイミングで救世神撃覇」

 

使用:救世神撃覇

効果:1枚ドロー。手札のバースト効果を持つカード1枚をセットする

 

「コストはLv2のカグツチドラグーンから。ドローからバーストセット。セットしていたバーストは破棄だね」

 双光気弾を捨てて新たなバーストを置く。深月は猪人ボアホアのアタックはライフで受けた。

 飛んで来た鉄球が展開されたバリアと衝突し、火花を散らして深月のライフを砕いた。

 

崎間深月:ライフ4→3

 

 魔王蟲の根城Lv1効果により、神田のリザーブにコアが増え、深月のバーストが発動した。

「想像ついてたかもだけど絶甲氷盾。ライフを回復してコストも払っちゃう」

 

崎間深月:ライフ3→4

 

発動:絶甲氷盾

効果:アタックステップ終了

 

 コスト確保によりオードランとカグツチドラグーン(b)が消滅し、神田のアタックステップ吹雪の壁に阻まれて強制終了となった。

 

 

第6ターン<崎間深月>

リザーブ:8 手札:4 ライフ:4

カグツチドラグーン(a)Lv1(c1)

 

「ここまで凌げれば充分。行くよ、焔竜魔皇マ・グーを召喚!」

 

召喚:焔竜魔皇マ・グーLv1(c2)

 

 大地を引き裂き噴き上がるマグマの中から、黒い身体のスピリットが現れる。何層も重なる羽根を広げ火の粉を散らしながら降り立つ。巨大な斧にも鎌にも見える武器を携えている。

 神田と彼のスピリット達を熱波が襲う。頬がひり付くような感覚と本能的な恐怖が湧き上がるのを感じた。

「もう来たか、マ・グー」

「先にフィールドを制圧するのも闘い方の一つだからね」

 深月はふっと笑って、アタックステップへと移行する。

 ここでマ・グーの効果により深月のトラッシュのコア全てがマ・グーの上に移動する。

 

焔竜魔皇マ・グーLv1(c2)→Lv3(c8)

 

 コアの力を得てマ・グーが咆哮する。

「召喚したターンにLv最大、BP13000、ダブルシンボルはインチキすぎるよなぁ?」

 神田のため息まじりの発言に深月も頷いた。

「これほど頼もしいスピリットも少ないね。当然、相手するとなると厄介だけど」

 コスト7、軽減シンボル3という重いスピリットでありながら、焔竜魔皇マ・グーは自身の効果でコアを回収しLvも上げられるため、他の大型スピリットよりも1ターン早く動けるのだ。更に返しのターンでもコア不足に悩まされることがない。単体で完成されたスピリットである。

「まずはマ・グーからアタック」

 深月の命を受けて、マ・グーは鎌を頭上に掲げ振り下ろす。鎌の先端が地面に刺さり、その一直線上が割れてマグマが暴れるように溢れ出した。地割れは真っ直ぐに神田に迫る。

「メイパロットでブロックだ」

 白い小さな鳥のスピリットは勇敢にも噴煙を立ち上げ進行する地割れの進行方向に立ちふさがった。そして神田への被害が及ぶのをその身で防ぎ破壊された。

「カグツチドラグーンのアタックはどうする?」

 マ・グーの力を受けて、系統:古竜のカグツチドラグーンはダブルシンボルとなっている。

 燃える翼で大気を燃やし飛来するカグツチドラグーンに、神田はなにもせずにライフで受ける選択をした。

 鋭い牙の隙間からチリチリと炎が覗き、振り仰いだカグツチドラグーンが火炎を吐き出し、神田の立つ舞台全体を炎上させた。

「ぐっ……」

 ダブルシンボルにより神田のライフが砕かれる。

 

神田俊道:ライフ4→2

 

 深月はカグツチドラグーンのドローで手札を4枚にした上でターンを渡した。

 

 

第7ターン<神田俊道>

リザーブ:12 手札:3 ライフ:2

猪人ボアボアLv2(c3)

魔王蟲の根城Lv1(c0)

 

「行くぞ相棒、剣王獣ビャク・ガロウ召喚!」

 突如と吹く強風にフィールドのスピリット全てが身を屈める。風の音の中に獣の王の雄叫びがまじり、円形のフィールドの外部から前触れもなくビャク・ガロウは姿を現した。研ぎ澄まされた四肢の爪が大地に傷を刻み雄々しく吼えた。

 

召喚:剣王獣ビャク・ガロウLv2(c4)

 

 神田はビャク・ガロウ召喚以外の行動をせず、アタックステップに入った。

「ビャク・ガロウでアタックだ」

 ビャク・ガロウの強靭な脚に力がこもり、直後には一足飛びに深月の舞台まで跳躍する。

「このアタックを防ぐ術はない、か……ライフで受ける!」

 彼女の手札にカウンターできるカードはないようで、その宣言を行った。表情が曇ったのは、深月がビャク・ガロウのLv2の効果を知っているからであった。

 口に咥えた太刀が深月のライフを真っ二つに切り裂く。

 

崎間深月:ライフ4→3

 

「ライフを減らしたのでビャク・ガロウの効果が発揮される」

 神田がリザーブのコア1つをトラッシュに送ると、ビャク・ガロウはマ・グーとカグツチドラグーンを咆哮一つで退けた。つまりは深月の手札に戻したのだ。

「マ・グーならリカバリーしやすいけど、ビャク・ガロウも大概容赦ない効果してるからね?」

 深月は吹き飛ばされたカード2枚を空中で掴み手札に加えた。

「そうかもな。ターンエンドだ」

 神田は深月の言葉に同意を示しつつ、ボアホアをブロッカーに残してターンを終えた。

 

 

第8ターン<崎間深月>

リザーブ:11 手札:7 ライフ:3

 

 深月はオードランを召喚し、マ・グーとカグツチドラグーンを再召喚する。

 

召喚

オードランLv1(c1)

焔竜魔皇マ・グーLv1(c1)

カグツチドラグーンLv1(c1)

 

 3体のスピリットが一度に並び、ビャク・ガロウのバウンス効果を受けた後とは思えぬほどのリカバリー力であった。

「あんま影響なかった感じか? マ・グーは厄介極まりないスピリットだ」

 神田が少しげんなりした表情をする。それに対し深月は「いやいや影響大アリだよ」とヘラヘラと笑う。

「マ・グー維持できてたらドローにも破壊にもコア使い放題だったのに、再召喚させられたからね。1ターン封じられたようなもんだよ」

 とはいえアタックステップに入ってしまえば深月はまたいくらでもコアが使えるようになる。一度は優勢になった神田だったが、すぐにそれを覆されてしまった。

 崎間深月というカードバトラーの底知れなさを表しているかのような、そんな印象を神田は受けた。

「さあ、アタックステップに入るよ。覚悟はいい?」

 笑顔で、深月はそんなことを言った。それはこのターンで終わらせると宣言するような言葉だった。

 コアの嵐を受けてマ・グーはLv最大の万全の状態。召喚コストで払ったコア全てがマ・グーの上に移動している。

「かかってこい」

 神田の返答と同時にマ・グーが鎌を肩に担いだ。

「マ・グー、アタックよろしく」

 静かなアタックの宣言から、マ・グーがゆっくりと歩き出す。足跡のように炎の尾を残しながら尚も緩やかな歩速で進んでいく。

「フラッシュはある?」

 深月の問いかけに神田は首を振って応じた。

「そか、了解。じゃあワタシは使うね。フラッシュタイミング、インビジブルクロークを使用。対象はマ・グー」

 

使用:インビジブルクローク

効果:スピリット1体を指定する。このターンの間、指定されたスピリットはブロックされない

対象:焔竜魔皇マ・グー

 

 深月の声が聞こえた後、マ・グーの姿が消えた。煙が空気中に霧散するよりもなんの前触れもなく、消えた。そこにはなにもいなかったかのように、マ・グーは見えなくなった。

「知ってると思うけど、スピリットをブロックされなくするマジックね」

「ああ」

 傍目から見て、深月の勝利はよっぽどのことがない限り決定事項に思えた。

 しかし神田はまだ勝ち目はあると、インビジブルクロークを使われた瞬間に確信したのだ。

 ボアボアが姿をくらましたマ・グーを探すが影一つ見つからない。

「ストームアタックでやられることとか、メガバイソンを合体した上でアタックされることを想定していたカードがまさかね」

 少し前の深月の対戦で、実際使わなかったものの彼女はデッキにインビジブルクロークが入っていることを明言していた。そのことを無意識に覚えて、神田はこのカードに目をつけていたのかもしれなかった。

 結果論でしかないな、と彼はその考えを放棄した。しかし偶然にしろなにかの作用にしろ、今使うべきカードが手元にあるのだ。使わない選択はあり得なかった。

「フラッシュタイミング、コールオブディープ」

 

使用:コールオブディープ

効果:「ブロックされない」効果を持つ相手のスピリット1体を破壊する。連鎖:条件 緑シンボル 相手のスピリット1体を疲労させる。または、コスト4以下の相手のスピリット2体を疲労させる。

対象:

破壊効果→焔竜魔皇マ・グー

疲労効果→オードラン カグツチドラグーン

 

 神田の手にしたカードから弾丸のように放たれた水の塊が見えなくなっていたマ・グーを貫通する。正確には水の弾丸に射抜かれてマ・グーが視認できるようになった。マ・グーの姿を消していた見えない外套が粒子になって空気に消えてマ・グーも破壊される。

 オードランとカグツチドラグーンは足元に現れた水の溜まりにそれぞれ足を捕らわれ、疲労状態となった。

 トドメの一撃と思われたマ・グーのアタック、さらに他のスピリットも全て無力化された。しかしそんな状態になっても深月は笑った。

「まさかそんな返しされるとは思わなかったね。そりゃそうね、こんなに早く終わったんじゃツマンナイ」

 キースピリットの破壊により神田が優勢にも思える状況ではあるが、彼も深月がこの程度では終わらないことは分かっていた。

 

 

第9ターン<神田俊道>

リザーブ:10 手札:2 ライフ:2

猪人ボアボアLv2(c3)

剣王獣ビャク・ガロウLv1(c3)

魔王蟲の根城Lv1(c0)

 

「まずはストロングドローから」

 

使用:ストロングドロー

効果:自分はデッキから3枚ドローする。その後、手札2枚を破棄する

破棄→ブリーズライド ミツジャラシ

 

 神田は手札を整えてからフィールドのLvも調整する。

 

猪人ボアボアLv2(c3)→Lv3(c7)

剣王獣ビャク・ガロウLv1(c3)→Lv2(c4)

魔王蟲の根城Lv1(c0)→Lv2(c2)

 

「メインは終了、アタックステップ」

 神田はビャク・ガロウを疲労させアタックする。

 口の刀の切っ先で地面に線を走らせながらビャク・ガロウが駆ける。疲労する2体のスピリットを飛び越えて深月に襲いかかる。

「神速がそっちだけのモノだと思わないで欲しいわね」

 そう深月は言って1枚の手札を盤面に叩きつけるように置いた。

「メガ・ネウラーを神速召喚!」

 召喚時効果でカグツチドラグーンにコアを増加させる。

「んなもんまで仕込んでたのかよ!」

 神田が驚きを前面に出す。それの反応に深月はニヤリと唇を歪めた。

「ワタシのデッキはなんでもありよ」

 楽しげに言い切って、彼女はビャク・ガロウのアタックをメガ・ネウラーでブロックする。

 かつて存在した巨大なトンボを模したスピリットが、空中のビャク・ガロウの脇腹に追突する。宙では身動きの取れないビャク・ガロウはなすがままに叩き落とされ、かろうじて受け身を取りながら着地する。

 中空を旋回し再度襲い来るメガ・ネウラーに、ビャク・ガロウは逃げ場がないほど広範に無数の刀剣を投げ飛ばした。メガ・ネウラーは回避を試みるも、不規則な回転でかつ、多量の武器を避けきれずに羽根をもがれ破壊される。

「ざっとこんなもん。そこのイノシシくんはアタックするのかしら?」

 深月の雑な挑発に「バカ言え」と、神田はトラッシュからブリーズライドを回収しつつターンエンドを宣言した。

 

 

第10ターン<崎間深月>

リザーブ:10 手札:3 ライフ:3

オードランLv1(c1)

カグツチドラグーンLv1(c2)

 

「なるほどなるほど……」

 手札を見、深月は下唇に人差し指を添えて首を傾ぐ。

「どうもうちのトップが再戦希望みたいなので……」

 深月はのんびりとした口調でそこまで言ってから、鋭い声音でその名を呼んだ。

「地獄の炎をその身に纏い全てを灰燼に帰せ! 焔竜魔皇マ・グー召喚ッ!」

 

召喚:焔竜魔皇マ・グーLv1(c1)

 

 深月の舞台の後ろから、炎が立ち上りフィールドの縁に火が回る。左右から伸びるそれは神田の背後で合流し、円形のフィールドを炎で縁取った。そして禍々しい翼でもって空からマ・グーが舞い降りた。羽ばたきで炎がちらちらと揺らめく。

 強大な力の降臨により深月のフィールドのスピリットは呼応するように吼える。

「まだ、この程度じゃないよ」

 更に深月はカードを召喚する。

「熱帯びる刃が敵を断つ! 暗黒の魔剣ダーク・ブレード!」

 

召喚:暗黒の魔剣ダーク・ブレード(スピリット状態)Lv1(c1)

 

 風を切り天空から波打つ奇妙な刃の剣が大地に突き刺さる。穿った大地から炎が湧き上がる。

「召喚時効果で魔王蟲の根城を破壊してドローするわ」

 神田の背後にそびえていた大樹が燃え落ちる。

「くっ……」

 効果と軽減シンボルが非常に優秀な魔王蟲の根城が破壊される。神田のデッキでは土台とも言える重要なカードを破壊されて、彼はややたじろいだ。

 深月はマ・グーにダーク・ブレードを合体させ、合体スピリットのコアを使いカグツチドラグーンのLvを上げる。

 

合体:焔竜魔皇マ・グー + 暗黒の魔剣ダーク・ブレード

カグツチドラグーンLv1(c2)→Lv2(c3)

 

 突き立てられたダーク・ブレードを手にするマ・グーと、Lvアップで声を上げるカグツチドラグーンを見て頷き、深月は宣言する。

「アタックステップに入るよ」

 深月のトラッシュのコア8個が合体したマ・グーに移動しLvアップと効果によるBPアップを誘発させる。

「まずはカグツチドラグーンでアタック」

 マ・グーの効果を受けて系統:古竜のカグツチドラグーンはBP9000、ダブルシンボルのスピリットとなっている。

「猪人ボアボアでブロックだ!」

 火の粉を舞い上げ低空で飛行するカグツチドラグーンを真正面からボアボアが受け止める。力が拮抗し押しつ押されつの組み合いが続く。

 ボアボアがカグツチドラグーンを蹴り飛ばし距離を取り、よろけたカグツチに向けて鉄球を投げつけた。鎖がジャラジャラと鳴り、トゲのついた鉄球がカグツチドラグーンの鹿のそれにも似たツノの片方をへし折った。しかし直撃ではない。

 カグツチドラグーンが駆け出しボアボアも迎え撃つ。頭突きとタックルが交錯し両者ともにふらつくが、カグツチドラグーンの方が立ち直りが早かった。カグツチドラグーンの口からちろちろと炎が垣間見え、逃げる間もなくボアボアは全身に火炎放射を浴びた。

「クソっ!」

 ボアボアが破壊されて神田の場はがら空きになる。

「続けて合体したマ・グーで……」

 深月はマ・グーのカードを疲労させてから、ふっと顔を上げて神田の手札の枚数を確認した。今、彼の手札は3枚。1枚は割れている。エンドステップで戻したブリーズライドだ。しかしそれは大した問題にはならない。

「そうだね、神速召喚されてもやだし、ここはビャク・ガロウに指定アタック。やっとキースピリット同士の戦いになったね」

 マ・グーは宣戦布告をするようにダーク・ブレードの切っ先をビャク・ガロウに向けた。疲労し身体を丸めていたビャク・ガロウがそれに反応し、むくりと起き上がる。

 互いの視線がぶつかり、マ・グーの操るダーク・ブレードとビャク・ガロウの刀がぶつかり合った。ダーク・ブレードと鎌を自在に使いこなすマ・グーと幾つもの尻尾で斬撃を受け流すビャク・ガロウ。しかし一撃ごとの重みではマ・グーが勝っておりビャク・ガロウは防戦に追いやられてしまう。

「合体したマ・グーはBP18000。どうする?」

「フラッシュで返すだけだ」

 深月の問いに神田は短く答え、ブリーズライドを使用した。

 

使用:ブリーズライド

効果:このターン、スピリット1体をBP+3000する

対象:剣王獣ビャク・ガロウ

 

 吹き上げる風にマ・グーが姿勢を崩したところで、ビャク・ガロウの刀が鎌を叩き落とす。マ・グーは片膝をつくも、痛くも痒くもないとでも言うように砂を払い立ち上がり、すぐさま切り返した。

 幾度かの攻防が続き、刀とダーク・ブレードが刀身深く交差する。両者の力の比べ合いはマ・グーの方が押しているようだ。逃れるべく離れようとするビャク・ガロウだが、ダーク・ブレードの湾曲した奇妙な形状の刀身にがっちりと刀を固定され動けずにいた。

 マ・グーは嘲笑うようにダーク・ブレードを捻ると、ビャク・ガロウのくわえる刀から嫌な音がした。ミシミシと軋む音だ。

「離れろビャク・ガロウ!」

 思わず神田が叫ぶが、ビャク・ガロウは刀の柄を噛む力を緩めようとはしなかった。

「おっと、このままだと……」

 深月が両者の戦いを静かに見守りながらそう呟いた瞬間、乾いた音が響いた。刀が折れたのだ。

 かかっていた力が一気に解放されビャク・ガロウが前のめりになったところで、マ・グーの膝がビャク・ガロウの顎を捉えた。

 頭を揺らされて、ふらふらと後退するビャク・ガロウ。根元でへし折られた刀を口からこぼし、脚もおぼつかない。

 そこにゆらりとマ・グーが迫る。大上段の構えからビャク・ガロウにトドメをさすつもりなのだろう。

「……まだだ」

 神田は更にフラッシュを宣言する。

「タフネスリカバリーを使う」

 

使用:タフネスリカバリー

効果:このターンの間、スピリット1体をBP+2000する。その後、そのスピリットがBP10000以上のとき、そのスピリットを回復させる

 

 ビャク・ガロウの周りに緑のシンボルが踊り、ビャク・ガロウの身体に入り込んだ。一度は膝を折ったビャク・ガロウだが、その眼は死んではいなかった。

 俊敏な挙動でマ・グーを翻弄し四方八方からの攻撃が続きマ・グーはその場から動けない。しかし致命的なダメージは負わないよう攻撃をいなし、躱している。

「ビャク・ガロウはBP9000、ブリーズライドとタフネスリカバリーの効果を加算してもBP14000だけど、どうするの?」

 攻防が続く最中、深月が尋ねる。

「この手札が、逆転の一手だ。返されたらさすがにどうしようもない」

 神田は1枚の手札を揺らす。

「どうするのか、見ものだね」

 深月は薄く笑って、マ・グーとビャク・ガロウの両雄の戦いに視線を戻した。

 フィールドにはビャク・ガロウの武器が散乱していた。ビャク・ガロウはフィールドを広く活用し、落ちている武器を拾っては攻め入り、反撃される前に退避する。マ・グーは苛立つようにダーク・ブレードを振り回すが、大振りすぎるためビャク・ガロウにヒットしない。

 ついにはしびれを切らしたのか、マ・グーは地面をダーク・ブレードで叩き割りダーク・ブレードを突き立てる。

 するとどうだろうか、ただの大地から眩しすぎるほどに真っ赤なマグマが溢れ出してきたのだ。ドロリと地面を這い、フィールドをどんどんと侵食していった。

 深月のオードランとカグツチドラグーンは飛行し被害を免れるが、空を飛べないビャク・ガロウはジリジリと脚の踏場を失っていった。

 しかしビャク・ガロウも対抗し、旋風を巻き起こし、マグマの侵略をギリギリで食い止める。

 ダーク・ブレードを肩に担ぎ、ゆっくりとマグマを踏み締めてマ・グーが近づく。焼けるような音が聞こえるがマ・グーは気にも留めない。

 ついに眼前にまでやって来て、マ・グーがダーク・ブレードを振り翳した。その瞬間にビャク・ガロウは羽織りの肩口を噛み、引き裂くと、マ・グーの顔めがけて投げつけた。羽織りはマ・グーの顔に巻きつき、ビャク・ガロウが起こした風で張り付きなかなか外れない。視界が塞がれたマ・グーは闇雲にダーク・ブレードを振り回し、空いた手で羽織りを破り捨てた。

 だがマ・グーの目の前にビャク・ガロウの姿はなく、ビャク・ガロウが維持していた足場もマグマに飲み込まれていた。

 周囲を探すマ・グーに深月が叫ぶ。

「マ・グー上よ!」

 すぐにマ・グーが空を見上げるが、そこには燦々と輝く太陽があるだけだった。あまりの眩しさにマ・グーは腕で目元に陰をつくる。

 そこでマ・グーも太陽の真ん中に小さな点があることに気づいた。しかもそれは高速で近づいていた。なにかが真っ直ぐにマ・グー目掛けて落下しているようだ。

 マ・グーはダーク・ブレードを突きの構えに持ち直す。射程圏内に入ったビャク・ガロウを刺突で始末するつもりなのだろう。

 小さな点が徐々に大きくなっていく。逆光でその姿はいまだによく見えない。ただ、なにかがおかしかった。その小さな点の更に奥に、もう一つ点が見えたのだ。

「なに、あれ」

 深月も目を凝らし空を見るが強い陽光はそれらの点の輪郭をぼかし続ける。

「あれが、逆転の一手だ。フラッシュ使わせてもらったぜ」

 神田が深月に言う。いつの間にか彼の手札はなくなっていた。

「やっぱり神速召喚だったわけね」

「ああ、けどただの神速スピリットじゃない」

 深月が怪訝そうに眉を寄せると、神田は「見てれば分かる」と答えるだけで、それ以降は言葉を発しなかった。

 そして、手前の点の容貌が見えつつある距離にまで到達する。その影は明らかにビャク・ガロウよりも小さいものだった。

『彼女』は、赤い舌でクナイを濡らし、それの柄に口から紡ぎ出した糸をくくりマ・グーにいくつも投げた。放たれたクナイがマ・グーに絡みつき、マ・グーの手足が縛り上げられてしまう。

 更に『彼女』は糸を繰り、手首をくいくいと手前に曲げた。ただそれだけの動作でダーク・ブレードを持つマ・グーの右腕から力が抜け、ダーク・ブレードが手のひらから滑り落ちた。しかしダーク・ブレードは地面に突き刺さることはなく『彼女』の操作する糸で引っ張り上げられる。マ・グーに着地した『彼女』が小さな身体でダーク・ブレードを抱えて跳躍する。

 真っ直ぐにマ・グーに落下するビャク・ガロウとすれ違いざまに、くノ一ジョロウはダーク・ブレードをビャク・ガロウに受け渡し、ビャク・ガロウの背中に飛び移った。

 ビャク・ガロウは受け取ったダーク・ブレードをくわえ、自身の後方に追い風を生み出し加速する。

 くノ一ジョロウの吐き出した粘着性の糸に捕らわれ一切の身動きが取れないマ・グーの目が見開かれ、直後ビャク・ガロウが真横をすり抜けた。マグマを引き裂き地面に長い爪の跡を刻んで、ようやくビャク・ガロウは勢いを殺し停止する。

 背後ではマ・グーが手をつくこともなく前方に倒れた。

 そして爆風が巻き起こり、マグマとともにマ・グーはフィールドから姿を消した。

「……まさかBP差9000を返されるとは思わなかったよね……」

 深月はただ感心するように呟く。そして手札を伏せて置いて、やれやれと肩をすくめて首を振った。

「ワタシはターンエンド」

 

 

第11ターン<神田俊道>

リザーブ:10 手札:1 ライフ:2

くノ一ジョロウLv2(c3)

剣王獣ビャク・ガロウLv2(c4)

 

「メインはなにもしない、アタックステップに入る」

 神田はくノ一ジョロウでアタックをする。深月はブロック宣言はせずにライフを選択した。

 オードランを踏み台に跳び上がり、クナイの一閃が深月のライフを削る。

 

崎間深月:ライフ3→2

 

 続けざまに神田はビャク・ガロウでアタックし、ブロック前のフラッシュでスタークレイドルを使用した。

 

使用:スタークレイドル

効果:相手のスピリット1体を疲労させる。神速を持つ自分のスピリット1体を手札に戻す。

対象:疲労→オードラン 手札に戻す→くノ一ジョロウ

 

「手札に戻ったくノ一ジョロウを再度神速召喚だ」

 一度は姿を消したくノ一ジョロウだがまた現れると走るビャク・ガロウに飛び乗り深月に迫る。

「ビャク・ガロウのアタックはライフで受ける!」

 両腕から繰り出される爪で深月を守るバリアがバッテンに切り裂かれ深月のライフが1つ破壊される。

 

崎間深月:ライフ2→1

 

「これがラストアタックだ、行け! くノ一ジョロウ!」

 ビャク・ガロウから跳躍し、中空から身体をひねり回転し深月めがけてくノ一ジョロウが飛来する。

「これじゃ、防げないし……ね」

 どこか満足げに嘆息して、深月はフラッシュタイミングでデルタバリアを展開する。しかしデルタバリアが攻撃を阻むのはコスト4以上のスピリットのみであり、コスト3のくノ一ジョロウには関係がなかった。

 デルタバリアをかいくぐり、くノ一ジョロウの螺旋の突進が決まり、深月の最後のライフがひときわ輝くと、その直後に砕け散った。

 

崎間深月:ライフ1→0

 

 

 * * *

 

 

 表彰やプロモーションカードの授与などが終わり、参加者も観戦者もおのおののバトルやデッキ構築に戻っていた。

 自販機コーナーのベンチで、神田は優勝プロモのカードをひらひらと掲げながら使い道を考えていたが、そもそもの使用する色と合わないので一縷にでもあげてしまおうか、とまで考えていた。

「かんだーおつかれ」

 深月が冷えた缶コーラを神田に投げる。彼は難なく掴むとプルタブを押し込んだ。

「さんきゅ」

「ワタシからの優勝祝いよ」

「120円か」

「値上げの波で130円よ」

「そうだったか」

 彼女も自分のコーラの缶を開けて、どちらともなくそれぞれの缶をぶつけた。

「しっかし、あれだな。疲労感と疲弊感と徒労感と、でもイヤじゃない疲れって感じだ」

「バトルフィールドは疲れるからね」

 深月はコーラを飲み、はーっと息をついた。

「あー悔しー。次はボッコボコよ」

「俺もデッキ構築考えないとまたやられちまうな」

「てか、思うんだけど神田のデッキはフラッシュ多すぎでしょ。だからスピリットが引けなくて……」

「お前だってとりあえず制限カード入れてから作ったりしてんだろ、そういう構築ばっかしてると……」

 バトルが終わって間もないのに、2人の話題は互いのデッキ構築、そして次なるバトルに移っていた。

 




早い!!(自賛)
今晩は、にしはるでございます。
えーいかがでしたでしょうか、神田と深月のバトルでした。2人のバトルは01以来ですね。あのバトルを書いてから2年も経っているわけですね、時の流れは早い……。
そしてそれぞれのキースピリットであるビャク・ガロウとマ・グーが戦うのは意外にも初めてでした。既に戦っているもんだと思っておりましたが、01で戦ってなかったんですねえ、すっかり忘れておりました。
初のバトルなら気合を入れて書くしかない! ということで、今まで投稿した文章の中でも一番長いバトルの描写になりました。やっていることといえばただのパワー比べです。ですが、アニメでの熱いスピリット同士のぶつかり合いに惹かれる私としては、その描写に一歩でも近づけたらな、という思いですごくがんばりました(小並感)
くノ一ジョロウのアネゴが見せ場を掻っ攫った感もありますが、満足です。

さて、本編の話はこの辺で終わりにしまして、今後の話です。
これでアナクロニズムは一旦終わりです。が、卓郎や一縷をメインにした番外編?のようなものも書きたいと思っております。今後はいきなり烈火伝環境下で書く予定ですので、登場キャラの最新デッキを思う存分書けます。こういうモチベーションは大事だと思いますまる。
アナクロニズム番外編のほか、以前から思案しているものもカタチにできればなあと。ダメかもしれない、ダメじゃないかもしれない(名曲の無駄遣い)

最近のバトスピ事情。Vジャンプ情報。
一騎打、無限刃、ソウルドライブと新キーワード効果が3つもでるそうですねえ。1つしかないソウルコアを投げ捨てるソウルドライブはとてもロケンローだとおもいます。
そして、ヤマトくんが釈放されるそうですねー。今の環境で3枚積むのか、と考えるとどうなるかは分かりませんが、複数出てきたら出てきたで「やっぱりヤマトやベーよ!」とか思うのでしょうかね。
初の制限解除に踏み切ることになった今回の情報は、どんな影響を及ぼすのでしょうか。

ではまた近いうちに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。