新田さんなら、例え暴力系ヒロインでも俺は受け入れる。 (バナハロ)
しおりを挟む

プロローグ
アルバイトは少しでも楽しめるものを選ぼう。


 夏休み、それはリア充どもの季節であり、うちの地元の海に腹立つカップルどもが遊びに来る季節でもある。普段は東京で「マジダリィ」「それな」「実際ヤバいwww」の3連コンボを繰り返すだけの存在の癖に、夏休みになると綺麗な海を求めて、わざわざうちの地元まで来るのだ。

 本当に腹立たしいが、そこは何とか抑えて海でバイトしている。何故なら、海に来るのはカップルだけではないからだ。たまに同性同士でも遊びに来る連中は多いので、その女性達の水着姿を間近で見ることが出来るのだ。

 それがもう最高で最高で困っちまうよってレベル。いや、以前までの俺なら「は、水着?そんなんで興奮するとか童貞かよ、童貞だけど」と思っていたが、いざ目の前に水着美女が並ぶと、それはもうウッホォーウってレベル。しかも、バイトだから合法だからね。

 まぁ、時給貰ってるわけだからそれなりに仕事はするんだが。海の家で焼きそばを焼いている。

 焼き上がり、皿に盛り付けてカウンターに置いた。

 

「焼きそば2人前上がりです」

「おう!あ、ちょうど良かったわ。北山、お前ちょっと来て」

「はい?何でですか?」

「良いから来い」

 

 言われてコンロから出て顔を出すと、どこかで見たことある女の人と店長が立っていた。てか、この女の人スゲェ美人さんじゃん。スタイルも良いし、もしかして店長の彼女か?

 

「なんスか?」

「この人、友達とはぐれちゃったんだったよ。一緒に探しに行ってやれ」

「良いでしょう」

 

 マジか、ラッキー。こんな女の人としばらく2人きりでいて良いとか神かよ。

 

「そういうわけですので、どうぞこいつこき使って下さい」

「でも、その……良いんですか?お店のご迷惑には………」

「こんなのの一人や二人、いてもいなくても同じなんで」

 

 なんか酷いこと言われた気がしたが構わなかった。こんな綺麗な人と一緒にいられるんだから、多少の悪口は聞き流すとしよう。

 

「北山、挨拶しろ」

「あ、はい。北山遊歩です。よろしくお願いします」

「あ、はい。新田美波です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ニッタミナミ………?どっかで聞いた気がすんな。店長のはしゃぎ様といい、この人もしかしてアイドルとか?まさかね、ははっ。仮にアイドルだとしたらアナスタシアさんが良かったなぁ。お金ないから一回もライブ行ったことないけど、ファンなんですよね。

 そのはしゃいでる店長が、肩を組んで耳元でボソボソと囁き始めた。

 

「………おい、頼むぞ」

「は?何が?」

「頼むから失礼のないようにしろよ。本当に頼むから。頼むよマジで」

「どんだけ頼んでるんですか。てか何?何がなん?」

「良いから。頼むぞ。上手く迷子の人を見つけたら時給1050円に上げてやる」

「オッケェ、我が命にかえても」

 

 よしきた、任せろ。必ずそのお友達とやらを助けてやるよ。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「はい、よろしくお願いします。北山さん」

 

 ニコッと微笑んだその新田さんの表情はとても綺麗で、思わずドキッとしてしまった。なんだこの人、アイドル顔負けの可愛さなんだけど………。

 新田さんが海の家を出て行ったので、俺も慌てて後を追った。………ちょっと着替えたいな。こんな綺麗な人の隣に歩いてる俺の服装は「海の男ッ」と達筆に書かれた白いクソダサTシャツと海パンだ。しかも俺泳げないからね。ダサ過ぎて笑えない。

 

「わざわざすみませんね、手伝っていただいて」

 

 新田さんが世間話のように言って来たので、胸前で手を振りながら答えた。

 

「いえいえ、あんなクーラーも効いてない中で焼きそば焼くより、こうしてた方がよっぽど有意義ですから」

 

 余りストレートに「美人さんと2人きりで出かけられるなんて役得ですから」なんて言えばドン引きされるのは目に見えているので、言い方を変えた。

 それを察してか、新田さんはクスッと微笑んだ。

 

「確かに、この日差しの中で海に入らないのは辛いかもしれませんね」

「まぁ、それを承知であのバイトしてましたから」

 

 女の水着姿を拝めるからなんて言えない。理由を聞かれる前に話を逸らそう。

 

「でも、うちの店長が珍しいですね。お客さんに手を貸すなんて」

「そうなんですか?」

「はい。普段なら席が埋まって後がつっかえるからさっさと出て行かせるんですけどね。お客さんの人探しなんて以ての外です」

「あー……それは多分………」

「あ、お知り合いだったんですか?」

「い、いえ、そういうわけでは………」

 

 歯切れ悪く、悩み始める新田さん。何を悩んでるのか知らないが、新田さんの中では悩める部分なんだろうと思い、何も言わずに待機した。

 言葉がまとまったのか、新田さんは微笑みながら答えた。

 

「内緒です」

「えっ、そこまで溜めておいて?」

「はい。それより、探して欲しい人の事教えてませんでしたね」

 

 さっさと話を切り替えて、新田さんはスマホを取り出した。そういう風に誤魔化されると俄然気になるのだが、店長に失礼はないようにと言われてるし、深く追求するのはやめよう。

 

「この子なんですけど………アーニャちゃんって言うんです」

「…………はっ?」

 

 そう言いながら見せられた写真には、銀髪に碧眼、外国人のような顔立ち、アナスタシアさんだ。どう見てもアナスタシアさん。ライブも行ったことないし、スマホで画像漁って満足していたが、それでも大好きなアイドルの一人だ。

 

「………えっ、これ、アナス……」

「わ、わー!ちょっと待ってください!そんな大きな声で話すのはダメですから………!」

 

 あ、そ、そっか。海にアイドルがいるなんて知られたら大騒ぎだよな………。

 ていうか、全部腑に落ちたわ。多分、うちの店長はアイドルを探す依頼の時点でやる気出たのだろう。あの人、割と現金なタイプだし。

 俺を付いて行かせたのは、無事にアナスタシアさんを見つけたとして、店名の書かれてるTシャツを着てる男とアイドルが歩いてたら、店の宣伝になると思ったからだろう。ホント、どこまでも抜け目ない。

 まぁ、時給弾むし、アナスタシアさんに出会えるしで、俺としても悪い話ではないし、むしろやる気満々だ。本気でやろう。

 

「アナ……じゃない、その探してる人の水着の柄とか教えてもらえませんか?」

 

 とりあえず、写真で見たアナスタシアさんは私服だったため、顔しか分からなかった。決して、下心があるわけではない。

 

「あ、はい」

「なるべく詳細に」

「は、はい?」

 

 いやほら、なるべくkwsk知ってた方が探す時楽じゃん?例えば、こう………サイズとか。いや、流石にサイズを聞く度胸はないけどね。

 

「えっと、紺色の水着に、ノースリーブのパーカーを羽織ってました」

「なるほど………。サンダルは?」

「サンダルは青です」

 

 外見は捉えた。

 現時刻は13時半過ぎ。お昼過ぎといったところか。うちの店にわざわざ来たということは、最後に2人で来たのがうちの店なんだろう。

 また、迷子になってまずはスマホに電話をかけるだろうが、それでも会えてないところを見ると、向こうはスマホを携帯していないのか荷物の所に置いてあるのか………いや、荷物の所ならもう戻ってるだろうし、それでも掛け直して来ないって事は、何らかの事情でスマホを使えない、或いはスマホの電源が入っていないという事になる。

 

「落し物センターに行ってみましょう」

「へっ?落し物、ですか?」

「はい。お互いに逸れたとき、まず使うのはスマホですよね。けど、うちの店に回ったりしてる所を見ると、向こうは電話に出ていない。折り返しがないところを見ると、向こうの手元にスマホはないって事になります。仮に失くしたとしたら、落し物センターに探しに行ってる頃かもしれませんから」

「………あっ、スマホがありましたね。電話してみます」

「……………」

 

 全然違った。スマホの存在を忘れていたらしい。なんかドヤ顔で推理語ってすごい恥ずかしくなってきたぜ………。

 

「もしもし、アーニャちゃん?今どこにいるの?」

 

 そんな俺の気も知らずに、新田さんは電話をかけ始めた。まぁ、繋がったなら俺はお払い箱かな。もっと一緒にいたかったけど、見つかっちまったなら仕方ない。

 

「えっ?自分がどこにいるか分からない?」

 

 どうやら俺は神に感謝せねばならないようだ。

 

「困ったわね………。海にいるの?………コンビニの前?なんでそんなところに………。ええ、分かった。じゃあ、探しに行ってみるから、そこで動かないでね」

 

 話はまとまったのか、電話を切った。

 

「どうでした?」

「それが………途中でお手洗いに行きたくなったみたいで、私に声はかけていたみたいなんですが聞こえなくて………。それで、お手洗いを探してるうちに道路の方に来てしまって、コンビニを見つけたからそこで借りたら帰り方が分からなくなってしまったみたいです」

「あーなるほど」

 

 まぁ、田舎の方だしなぁ。テレビに出てるアイドルで明らかに日本人じゃないし、知らない土地だと迷う気持ちは分かる。俺も一人暮らしで東京に出たばかりの時は迷子になったもんだ。

 

「なら、そのコンビニまで案内しますよ」

「えっ、良いのですか?お仕事は………」

「大丈夫ですよ。どうせお昼時過ぎれば暇になりますし」

 

 昼過ぎたらたまにしか客来ないし。

 

「で、でも……海の家の方は困るんじゃあ………」

「大丈夫です。あれ俺の連れのオヤジなんで。何より、新田さんコンビニの場所分からないでしょ?」

「それは、そうですけど………」

「俺にとってこの街は庭にも等しいですから、コンビニなんてすぐ見つかりますよ」

「わ、分かりました。すみません、何から何まで」

「いえいえ」

 

 こんな美人さんと一緒に居られる時間が増えるなら、時給が減ったって構わないさ。

 

「それで、コンビニの名前は?」

「えっと、ファミマにいるみたいです」

「分かりました。………あ、道路出るなら上着着ていきます?」

「あ、そ、そうですね。そうさせてもらいます」

 

 そう言って、荷物の所まで上着を取りに行ってから出掛けた。

 ファミマはこの道真っ直ぐ行けばすぐだ。2人でファミマに向かって歩いていると、新田さんがふと思い出したように声をかけてきた。

 

「そういえば、北山さんはテレビはあまり見ないんですか?」

「? テレビ?なんでまた」

「いえ、何となくです」

「まぁ、あんま見ないですね。てか、見れないです。今は地元にいますけど、普段は東京で一人暮らししてるんで」

「あら、そうなんですか?」

「はい。一人暮らしの家にテレビ無いんですよね」

「じゃあ、何処でアーニャちゃんのことを?」

「地元にいる時にたまたまテレビ付けたら歌ってたんですよ。あの、本人には言わないで欲しいんですけど、アナスタシアさんってメチャクチャ可愛いですよね。もう完全にズッキュン来ちゃって。まぁ、金ないからライブとか行けないし、好きっていってもググって画像保存するだけで満足してますけど」

「それで、アーニャちゃんが好きになったんですか?」

「まぁ、そうですね。そんな恋してるとか痛々しい感情じゃないですけど」

「もしかして、私を案内してくれてるのって、アーニャちゃんに会うためですか?」

「それも少し」

「正直な方ですね」

 

 新田さんはクスッと微笑んだ。アナスタシアさんもだけど、この人もやっぱ可愛いな。ていうか、アナスタシアさんの愛称ってアーニャって言うんだな。

 ………つーか、この人はアナスタシアさんの何なんだ?

 

「あの、新田さんはアナスタシアさんとどういうご関係で?」

「お友達ですよ」

「………外国人の?」

「はい」

 

 なんか楽しそうに答えるな。ていうか、なんか隠してるだろ。

 そんな話をしてると、ファミマに到着した。コンビニの入り口の横で不安そうな顔で立ってるアナスタシアさん可愛い……じゃなくてアナスタシアさんが飲み物を持ってるのが見えた。

 こっちに気付いたアナスタシアさんが駆け寄って、新田さんの胸に飛びついた。

 

「ミナミ!」

「アーニャちゃん!もうっ、心配したんだからね」

「ううっ、申し訳ありません、ミナミ………!」

 

 うほほう、百合百合しいな………。俺も混ぜてくれないかなー。その2人揃った張りのある胸に挟まれたい。

 すると、新田さんの胸の中で俺に気付いたアナスタシアさんが、キョトンとした顔で新田さんに聞いた。

 

「ミナミ、こちらの方は………?」

「ああ、アーニャちゃんを探すのを手伝ってくれた北山遊歩さん。海の家の店員さんだよ」

「そうなんですか?スパスィーバ、ユウホ」

 

 直後、俺の心臓に何かが突き刺さった。メチャクチャ可愛らしい笑顔が、テレビのアナスタシアさんではなく生スタシアさんで水着姿で自分にお礼を言っている。しかも下の名前で呼ばれたからね。

 照れやら恥ずかしさやら興奮やらが俺の中で混ざり合い、顔が真っ赤になってるのが自分でも分かった。

 

「ここが、永久に閉ざされた理想郷………」

「き、北山さん⁉︎」

 

 自分でも意味のわからない事を呟きながら、鼻血を出してぶっ倒れた。いやむしろ、いまは遙か理想の城かもしれない。だから意味わからんっつの。

 

「あ、アーニャちゃん!ティッシュ、ティッシュある⁉︎」

「い、いえっ……荷物の中になら………!」

「だ、大丈夫です………。持ってますので………」

 

 ヨロヨロと何とか起き上がり、ポケットティッシュを取り出して鼻を拭いた。ふぅ、危ない危ない。ついうっかり出血多量で死ぬところだったぜ………。

 

「だ、大丈夫……なのかな?」

「す、スミマセン、ユウホ………。私の所為で………」

「いえ、マドモアゼル・アナスタシア様の所為ではありません。ご安心を」

「ま、マドモアゼル………。初めて言われました♪」

「ふぐっ………!」

「ごめん、アーニャちゃん!北山さんの前で喋らないで!」

 

 と、コンビニの前で迷惑にも程がある一幕の後、何とかアナスタシアさんと話すのに慣れ、ようやく海に戻る事になった。

 俺とアナスタシアさんを隣にするのは危険と踏んだ新田さんを真ん中にしている。俺もこんなバカなことで死にたくないので、その判断には正直ホッとしている。

 

「はぁ……それにしてもビックリしましたよ………。興奮して鼻血が出るって本当にあるんですね」

「すみませんね、お手数をおかけして」

「いえ、私もアーニャちゃんを探すの手伝ってもらいましたから」

「本当にありがとうございます、ユウ……キタヤマ」

 

 遊歩、と下の名前で呼ばれると、また鼻血騒動になりかねないので苗字で呼んでもらうことになっている。新田さんの判断、的確過ぎて少し傷つくわ。いや、俺が悪いんだけどね。

 

「お礼ならうちの店長に言って下さい。行かせたのは店長ですから」

「テンチョウさん………?」

「あなたがお昼を食べたお店の長です」

「あ、なるほど。それで店長ですね」

 

 ふむ、訛りといい、まだ日本語は完璧じゃないのか。まぁ、日本語は世の中の言語でも難しいと聞くし、分からないでもない。

 

「でも、キタヤマにも何かお礼がしたいです」

 

 いや、そう言われてもな………。こうしてアナスタシアさんと話してるだけでも奇跡的なお礼になっているというのに、更にお礼だなんて………。

 

「あ、それなら、確か今晩はこの辺りでお祭りがありましたよね?それに、私とアーニャちゃんと北山さんの三人で行きませんか?」

「えっ」

 

 えっ、何それ。最高かよ。もしかして新田さんって女神なの?

 

「えっ、良いんですか?そんな………」

「もちろんですよ。アーニャちゃんも良いよね?」

「私も良いですけど………それはお礼になるのですか?」

「なるよ」

「なりますね」

「き、キタヤマがそう言うなら、それで良いですけど………」

 

 よっしゃ、俄然楽しみになって来た。え、マジ?こんな事があって良いの?こんなのリア充でも経験出来ないよな?

 

「よっしゃ、じゃあ夕方に待ち合わさしましょう!どこで今日泊まってるんですか?」

「近くの温泉宿です」

「ああ、駅からバスが出てるあそこですね?じゃあ、駅前で待ち合わせしましょう!」

 

 うおおおお、ナンパもしないで女の子、それもアイドルと知り合えるどころか、出掛ける約束まで………!俺の人生でこんな事があると思わなかったぜ。店長にマジで感謝しないとなー。

 全力でホッとしながら、とりあえず着て行く服を全力で考えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リア充を超える日は唐突にやってくる。

 駅前の待ち合わせ場所で待機してると「北山さん!」と声が聞こえた。そっちに顔を向けると、新田さんとアナスタシアさんが駆け寄ってきた。うほおおお、私服も可愛いンゴオオオオオオ!

 

「お待たせしました」

「待たせてしまいましたか?」

「いえ、待ってませんよ」

 

 ああ、決して待ってない。バイト終わってダッシュで帰ってシャワー浴びて着替えてきたから、大体1時間半くらいしか待ってない。

 

「では、参りましょうか」

 

 新田さんに言われて、3人で祭りまで出掛けた。会場は神社から公園までの間の1本道。駅からはちょうど二つの中心点から入る事になる。

 結構ここから行くのは人が多いんだよなぁ。

 

「あの、お二人とも少し良いですか?」

「? なんですか?」

 

 新田さんが振り返った。

 

「少し遠回りになるんですけど、公園側から行きませんか?このまままっすぐお祭りに合流すると、人混みすごくて混むんですよね。抜け道通ればすぐに着きますけど」

「あら、それは良いですね。アーニャちゃんもそれで良い?」

「はい。私もその方が良いです!」

「じゃあ、付いてきて下さい」

 

 よっしゃ。そんなわけで、周りの人とは別のルートで歩き始めた。

 先頭を歩いてると、後ろから新田さんが隣に来て、世間話をするように声をかけて来た。

 

「北山くんは何歳なんですか?」

「16です」

「てことは、高校生?」

「はい。高校2年です。学校は東京で一人暮らししてるんですよ」

 

 友達は1人もいないけどな………。いいもん、地元には友達いるし。

 

「あら、高校生で一人暮らしは大変ではないですか?」

「まぁ、そうですね。去年とかホント死ぬかと思いましたよ。洗濯の仕方も分からなくて」

「えっ………」

「キタヤマは生活力が無いのですか?」

「はい。アーニャ様がそうおっしゃるのなら、私に生活力などありません」

「………?」

「北山さん、普通に会話して下さい………」

 

 新田さんから的確なツッコミが来たので、普通に答えることにした。

 

「一年前は無かったですね。洗濯も料理も出来なくて………。綺麗好きだから掃除だけは出来ましたけど、基本的に生活力皆無でしたね。今は一応、それなりに出来るようになりましたが」

 

 本当にそれなりなんですけどね………。揚げ物とか今だに苦手だし。出来れば、高校三年間でもう少し美味いもん作れるようになりたいもんだ。

 

「新田さんやアーニャ様は作れるんですか?」

「私もそれなりに、ですかね………。アーニャちゃんは?」

「私はボルシチが得意です」

「へぇ、ボルシチですか!マドモアゼル・ビューティフル・アナスタシア様のボルシチはそれはもう絶品なんでしょうね!」

「びゅ、ビューティフル………」

「ですから、北山さん普通にお願いします……。それ名前にすらなってませんから………」

 

 どうでも良いけど、名前が三段階に分かれてる人ってどれが名前なんだろうな。

 

「真面目な話、本場のボルシチなら食べてみたいです」

「では、今度作ってみますね」

「マジですか⁉︎俺もう死んでも良いや!」

「しっ………⁉︎」

「………いい加減にしてください」

「はい」

 

 あれ、段々と新田さんの声が冷たくなってるような………。でもわざとじゃないんだよな。知らない間に口から漏れたというか。

 

「アーニャちゃんはロシア人でそういう冗談は通じにくいんですから、その手の冗談は控えて下さい」

「あ、そ、そっか………。すみません、アーニャさん」

「い、いえっ、色んな日本語の表現を学べるので、キタヤマとお話しするの楽しいですよ?」

「おぅふ………」

「アーニャちゃん、間違った日本語だから覚えちゃダメだよ……。北山くんも一々、興奮しないの」

 

 クッ、素直な子はこれだから困るぜ………。

 そうこうしてるうちに、お祭り会場に到着した。俺の案内したルートからはすんなりと入れたが、やはり人混みはすごい。まぁ、駅からの直進ルートで行けば会場にすら入れないから、まだマシと言えるだろう。

 

「何か食べますか?」

「そうだね。アーニャちゃんは何食べたい?」

「そうですね………。どんなものがあるのですか?」

「じゃあ、とりあえずわたあめとかどうですか?」

「ワタ、アメ………?」

 

 きょとんと首をかしげるアナスタシアさん。

 

「見れば分かりますよ。口の周りギトギトになるのを除けば普通に美味いですから」

「ギトギト……?あ、とんこつラーメンですね!」

「………はい?」

「アーニャちゃん、それはこってりよ」

 

 あまりちゃんと日本語伝わってないみたいだな………。まぁ、そういうところも可愛いんだけどな。

 まぁ、とにかく買ってくるか。こういう所はやはり男を見せるべき場所だろう。

 

「買ってきますから、二人は待っててください」

「へっ?で、でも……!」

「大丈夫です、店長が時給上げてくれましたし」

 

 それだけ言うと、小さく手を振ってわたあめの出店に並んだ。まぁ、やっぱこういうのは男の見せ場だよな。どうせ、今日以外で会うことはないにしても、憧れのアイドルに物を奢れるなんて一生の思い出になる。

 

「アレが、ワタアメ………」

「ふわふわしてるでしょ?」

「………えっ?」

 

 後ろから声が聞こえて、振り返ると普通にアナスタシアさんと新田さんが付いてきて、俺の後ろに並んでいた。

 中々、格好付けさせてくれないなぁ、この人達。

 

「あの、なんで………?」

「なんでって………私達もわたあめ食べるからですよ?」

「いや、さっきの言い方だと俺が二人の分の買ってくるって意味だったんですけど………」

「いえ、流石に2人分も奢ってもらうのは申し訳ないですから、お気持ちだけいただいておきますね」

 

 まぁ、そこまで言われたらなぁ………。仕方ない、3人で並ぶか。

 

「美味しそうですね!ワタアメ!」

 

 目を少年のように輝かせてるアーニャ様ホント可愛い。日本のものとか全部新鮮なんだろうなぁ。

 

「雲みたいです」

「確かに雲っぽいかもしれないですね。俺も小学生の時は『雲が食べれる!』ってはしゃいでましたから」

 

 まぁ、噛めるから微妙に雲って感じしないんだけどな。

 俺達の順番になり、わたあめを3人分購入した。本当は座って落ち着いて食べたいだろうけど、この人混みでは無理だろう。仕方なく、歩きながら食べ始めた。

 

「んーっ、甘くて美味しいです」

 

 気持ち良く、アーニャさんは一口豪快にいった。やはりというか何というか、口の周りがテカテカしている。

 

「アーニャさん、口の周り………」

「へっ?」

 

 ポケットからハンカチを取り出して、手渡した。流石に拭いてあげる度胸はない。

 渡されたハンカチで口元を拭うと「スパスィーバ」と言ってハンカチを返して来た。

 

「さっきも思ったんですけど、それどういう意味なんですか?」

「日本語でありがとう、という意味ですよ」

「何語?」

「ロシア語です」

 

 なるほど、ロシア語で「ありがとう」は「スパシーバ」か。

 

「新田さんも使いますか?」

「あ、はい。すみません………」

 

 ハンカチを取って口の周りを拭く新田さん。このハンカチ洗濯するのやめよう。

 髪を耳にかけながら綿あめを食べる新田さんを見てると、何となくその食べ方に色っぽさを感じた。そういえば、新田さんっていくつなんだろ。あとアーニャさんも。いや、アーニャさんは何となく15〜17歳っぽいけど、新田さんは分からない。高校生にも大学生にも社会人にも見える。

 それくらいの気品を何となく感じた。でも、女性に年齢を聞くのは失礼になるんだよなぁ。上手く遠回しに聞いてみるか。

 

「そういえば、新田さんとアナスタシアさんはプライベートでここの海まで来たんですか?」

「はい。海に行こうねって2人で前々から約束してたんです」

「まぁ、夏休みですからね。二人はいつまで夏休みですか?」

「私は8月31日までです」

「私は、9月の下旬までですね」

 

 アーニャさん、新田さんと答えた。えっ、9月の下旬ってことはさ。

 

「新田さんって大学生ですか?」

「そうですよ?やっぱり、もう少し大人っぽく見えますか?」

「いえいえ、むしろ予想通りです。まぁ、高校生か大学生か社会人かって予想してたわけですが」

「ほとんど全部じゃないですか」

「でも、何となく学生っぽいとは思ってたんですよ。雰囲気的に」

「ふふ、大抵の人には大人っぽいと言われるので、そう言ってくださるのは嬉しいですよ」

 

 ああ、大人っぽいってのはその対応の事だと思うな。普通の学生はそんな風に対応はしないから。「えーマジー⁉︎うそー⁉︎キャー!」が普通の女学生の反応だ。

 すると、くいっくいっと右の袖を引っ張られた。アーニャさんが何かを期待してる可愛らしい表情で俺を見ていた。

 

「私は何歳に見えますか?」

「え?あー………」

 

 アーニャさんの年齢だ。正確に当てなくては。日本人は童顔が多いと聞く。これは逆説的に言えば、外国人は日本人より大人っぽく見えるということだ。

 つまり、アーニャさんの年齢をぱっと見から1〜2歳ほど引けば良い。俺の中でアーニャさんの年齢は中学〜高校生。13〜18歳というわけだ。

 女性は若く見えるのが嬉しいと聞くからな。中間である15〜16……16だな。16歳から2つ引こう。

 

「………14歳、ですか?」

「あー、惜しいです。15歳です」

「…………申し訳ありません。切腹します」

「セップク?」

「北山くん?」

 

 新田さんに冷たく微笑まれたので、慌てて表情を引き締めた。

 クッ……若く見過ぎたか………!一生の不覚だ。

 にしても、アーニャさん15歳か。本当に外国人ってのは大人っぽく見えるもんなんだな。心なしか、中三の時にクラスにいた女子達より胸とか大きく見えるし。っと、アーニャさんにセクハラはダメだ。胸とか見るな。

 すると、アーニャさんが「あっ」と声を漏らした。目線の先にあるのは、射的の出店の中の天体望遠鏡だ。

 

「すごいです!望遠鏡売ってます!」

「ああ、あれは景品ですよ」

 

 ていうか、今時あの手の出店の景品で望遠鏡って渋いな。普通はゲーム機とかだろ。

 

「景品、ですか?」

「射的って言って、コルクで出来た弾を銃に装填して撃って落とすんです。まぁ、ああいうのはテキ屋ですから、何千円か掛けないと落ちないんですけどね。周りのぬいぐるみとかなら何とか落とせますが」

 

 一昨年だったかなぁ。5千円すっ飛ばしてプレ3狙ったっけ。一切、落ちなかったけど。

 

「面白そうですね、やりたいです」

「やるのは良いですけど、狙うなら小物にしといた方が良いですよ」

「はい!ミナミも一緒にやりましょう!」

「へっ?い、良いわよ。やりましょうか」

 

 2人揃って射的の店に並んだ。お金を払い、ライフルを受け取った。何を思ったのか、2人揃って弾も詰めずに構え始めた。

 

「ちょーっ!待て待て!空撃ちしたらライフル壊れる(らしい)!」

 

 慌てて止めると、2人してキョトンとした顔になる。

 

「へ?だって弾は………」

「1発ずつ詰めるんですよ!オートリロードなんてありませんから!ていうか、新田さんやったことないんですか?」

「わ、私もお祭りの射的とかは初めてで……クレー射撃などはやった事あるのですが………」

 

 マジかよ、意外。もしかしてこの人、超お嬢様なのか?

 とにかく、それなら俺が教えるしかないな。

 

「まずは銃口に弾を詰めて下さい。それからこのレバーをガチャンと音がするまで引いて、それから銃口の先端の出っ張りとここのくぼみで照準を合わせるんです」

 

 なるほど、と2人して呟いて、狙いを定め始めた。アーニャさんはぬいぐるみ、新田さんはスマホケースと落ちやすいものに狙いを定める。

 流石、クレー射撃をやったことあるだけあって新田さんは見事に当たったが、アーニャさんの方はそうはいかない。弾はぬいぐるみの横を通った。ていうか、人参のぬいぐるみなんか欲しいのかこの人?

 

「アーニャさん、撃つ時に銃口がブレていますから、引き金を引く時はなるべく銃口をブレさせないように、そうです」

「こ、こうですか?」

「よし、撃てッ」

「は、はい!」

 

 引き金を引くと、当たったが人参は落ちなかった。よく見たら、新田さんの方も獲物に当てても落としているわけではない。

 ………なるほど、そういう屋台か。ライフルと景品の距離もやけに遠いしな。

 結果、2人とも獲物を落とすことはできなかった。

 

「アウゥ……落ちなかったです」

「あ、あはは、難しいね」

 

 残念そうな顔のアーニャさんと、何となく察してたのか笑顔の新田さんはお店の人にライフルを返した。

 

「すみません、俺も一回」

「へ?北山くんもやるんですか?」

「はい。まぁ、こういうのにはやり方があるんですよ」

 

 そう言いながら銃口に弾を詰めてリロードした。

 

「すみません、アーニャさん。俺の足抑えててもらえますか?」

「へっ?は、はい?」

 

 アーニャさんにそうお願いすると、台の上に膝をついて、大きく前のめりになった。

 

「って、お、オイ⁉︎何やってんだ兄ちゃん⁉︎」

「ん?射的」

 

 別にルール違反は犯していない。ただ、ぬいぐるみはともかくスマホケースが落ちないのは明らかにおかしい。あれほど倒れやすいものはないからな。なら、こちらもそれ相応のプレイスタイルでいかせてもらう。

 俺が落ちないようにアーニャさんは俺の足を抑えてくれている。まずは人参のわずか1ミリ前に銃口を構えた。

 

「当たれ‼︎」

「いや絶対当たるだろそれ!」

 

 そう言いながら撃つと、人参のぬいぐるみは大きく後ろに後退した。弾は全部で5発。その内の3発を使い切って落とした。

 直後、アーニャさんの興奮した声が聞こえたと共に俺の体は前に大きく倒れそうになった。

 

「おお!落ちました!ミナミ、落ちましたよ!」

「おぉうっ⁉︎」

「あ、アーニャちゃん!手を離しちゃダメ!北山くんも落ちちゃう!」

 

 慌てた様子で、代わりに新田さんが抑えてくれた。続いて、次の狙いは新田さんのスマホケース。こいつは2発で落とした。

 おっさんが景品を拾ってくれて、出店から離れてからそれを2人に手渡した。

 

「はい、どうぞ」

「スパスィーバ、キタヤマ!」

「ごめんね、私の分まで……」

 

 お礼を言ってから、少し申し訳なさそうな顔でアーニャさんは俺に言った。

 

「でも、あんなズルして良いのですか?」

「ズルじゃないですよ。だって、それ景品の後ろに重しついてたんですよ?」

「えっ?」

「だから、アーニャさんが何発当てても落ちなかったんです。遠くから撃ったら弾の勢いも弱まりますから。だから、至近距離で当てに行ったんです」

「な、なるほど………。そういうのもお祭りであるんだ」

 

 新田さんも少し感心したように呟いた。

 

「ほら、少し前にくじで当たりが入ってない店が摘発されたニュースやってたでしょ?それと同じ感じです」

「なるほどねぇ………」

「おお……すごいです、キタヤマ!」

「あっはっはっ、お褒めに預かり光栄ですアーニャ様!」

 

 いやぁ、初めて毎年お祭り行ってて良かったと思ったわ!まさか、好きなアイドルに褒められるどころか尊敬の目線が送られる時が来るなんて!

 と、思ったら、新田さんからは逆にジト目で見られていた。

 

「でも、そういう事なら私達に取らせてくれれば良かったのに」

「うっ………」

 

 そ、それはまぁその通りなんですけどね………。俺が2人の足を抑えれば、俺ではなく2人が景品をとることができたわけだ。

 

「ま、まぁほら……女性の足を触るのはアレじゃないですか?」

「ふーん?まぁ、取ってくれたのは嬉しかったから、文句は言いませんけど」

 

 ジト目から、急に感謝するような笑顔に変わり、そのギャップに少しドキッとしてしまった。やっぱり、アーニャさんも可愛いけど、新田さんも可愛らしい。改めて、こんな2人と祭りに来られて超ラッキーだと思い知った。

 すると、いつの間にか目の前からいなくなっていたアーニャさんの声が遠くから聞こえて来た。

 

「ミナミ、キタヤマ!あそこから美味しそうな匂いが!」

 

 その声を聞いて、俺と新田さんはお互いに顔を合わせると、小さくため息をついてアーニャさんの後を追った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コンビニのトイレは無駄に綺麗。

 3人でのお祭り巡りは続き、俺と新田さん、アーニャさんはそれから金魚掬いだの輪投げだの型抜きだのとエンジョイした。

 まぁ、俺も何でも出来るわけではないので、残念ながら二人にプレゼント出来たのは射的の時に取った二つの景品だけ。まぁ、2人とも楽しんでくれてるので何より。ただ、テンション上がり過ぎてアーニャさんに「様」や「マドモアゼル」をつけるたびに新田さんの制止が冷たく怖くなってきてるので、そこは注意しなければならないが。でも反射運動だからなぁ、決してわざとなわけではない。

 そんな事を考えながらふと時計を見ると、時刻は8時を回ろうとしていた。

 

「………あ、ヤバい。花火の時間が」

「えっ?花火?」

 

 りんご飴を食べながら新田さんが聞いてきた。この人も順応性が高くて、知らない間に俺にタメ口使うようになってた。別に良いんだけどね。

 

「あと5分で始まりますけど……どうします?見ますか?」

「見たいけど……でも、あと5分じゃみんな場所取りを終えてしまってるんじゃ………」

「そうなんですよね」

 

 前は俺と連れの花火の見れる秘密の絶景スポットがあるが、あいつ最近彼女出来たから、多分そこ使ってんだよなぁ………。正直、全力で邪魔しに行きたいが、今日は新田さんとアーニャさんがいるし、やめておこう。

 

「まぁ、こうやって食べ歩きしてれば見れないわけでもないし、これで良いですか?」

「うん。今年は仕方ないよね。アーニャちゃんもそれで良い?」

「はい。それより、私はあのたこ焼きが食べたいです!」

 

 花より団子とはこの事か。さっきから一番楽しんじゃってるからなぁ。ホント可愛い。

 

「もう、アーニャちゃん。まだ食べるの?」

「はい!お祭りの食べ物美味しいです!」

 

 確かに、まだ食うの?って感じはある。だって食ったもんはわたあめ、りんご飴、焼きそば、チョコバナナ、フランクフルト、かき氷と食べるに食べてるからな。チョコバナナとフランクフルトを食べてる時、少し興奮したとは言えないが。

 

「でも、良いの?」

「? 何がですか?」

「余り食べすぎると、お腹周りとか」

 

 新田さんがニコニコしながらそう言うと、サァーッとアーニャさんの顔色が青くなる。そうか、アーニャさんアイドルだもんな。全身が商売道具だから油断して食べ過ぎるわけにはいかないのか。

 

「………やめておきます」

「ま、まぁまぁ、俺が1パック買ってくるんで、2人とも1個ずつ食べたら良いんじゃないですか?1個なら何とかなるでしょ」

 

 そう言うと、パァッと顔を明るくしてアーニャさんはこっちを見た。

 

「き、キタヤマ………!」

「はいはい……。じゃあ、ちょっと待ってて下さい」

「ごめんね、北山くん」

「いえ、俺もたこ焼き食べたかったですし」

 

 そう言って、たこ焼きの列に並んだ。さて、爪楊枝は一本だけもらおう。そうすれば、俺はアーニャさんが口つけた爪楊枝を使える(ゲス顔)。或いはその逆もまた然りか。

 まぁ、別にうちの地元だと間接キスくらいは効率的に考えるため、するのはもはや当たり前だから然程興奮はしないけど。

 たこ焼きを購入して、2人の元に戻ると、ちょうど花火が上がった。ドオォォンと大砲のような音を立てて、空一面に大きな花が広がる。

 

「買ってきましたよ」

「ありがとうございます………」

 

 お礼を言いながらも、アーニャさんはこっちを見向きもしなかった。多分、花火に見惚れているのだろう。

 花火の光によって照らし出されるアーニャさんの横顔は、それはもう綺麗なものだった。やっぱり、外国人にも日本の文化は似合うもんだな。

 

「あの、良かったらたこ焼き私が持つよ?」

「へっ?あ、す、すみません」

 

 隣から新田さんが声をかけてきて、たこ焼きの皿を手に取った。そう言う新田さんの、花火に照らされた顔も、それは綺麗だった。少し、胸が高鳴る程に。

 ………あれ?この人、アイドル並みにっつーか……アイドルよりも可愛いんじゃ………?何というか、アーニャさんとはまた別の可愛さを持ってるというか………。

 

「あの、北山くん?顔が赤くなってるよ?」

「ーっ、は、花火の所為でしょう」

 

 キョトンとした顔で言われ、慌てて目を上に背けた。花火に集中しよう。今はどっちの女の子を見ても危険だ。

 くっ、人とは望んでいたものを手にすると、割と無力になるもんだ。しばらく空を見上げてると、新田さんから声が掛かった。

 

「北山くん、たこ焼き。私達、いただきましたよ」

「っ、は、はい」

 

 うおお、来た来た。俺はこれから、アイドルと間接キスが出来る。そう思うだけでもう心臓がバクバクしてきて………うっほぉぉう!

 

「…………」

 

 あれ、いざ目の前にすると緊張するな。これ加えたら突然、SPが割り込んできて俺を捕獲してきたりなんて考えると……。

 

「わぁー、綺麗ですね」

「すごい、ミナミ!ハート型です!」

「ふふ、そうね」

 

 ………楊枝の反対側使おう。なんか自分が自分で情けないわ……。

 たこ焼きを食べ終えて、ゴミを持ったまま空を見上げながらお祭り会場を3人で歩いた。

 

「ミナミ、すみません……。お手洗いに行きたいのですが………」

「あらー、この辺にあるのかしら?」

「コンビニで良ければありますよ。今はみんな花火見に行って空いてますから、今のうちに移動した方が良いかもしれないですね」

「じゃあ、悪いけど案内してくれる?」

「分かりました」

 

 てなわけで、移動し始めた。近くのコンビニは今日は祭りで売れてないだろうし、多分トイレも空いてるはずだ。

 早くコンビニに到着し、アーニャさんはトイレに向かった。その間、雑誌コーナーで俺と新田さんは待機。既に読んだジャンプを暇潰しに読んでると、新田さんが「北山さん」と声をかけてきた。

 

「今日はありがとうございます」

「? 何がですか?」

「いえ、随分と助けてもらいましたから。アーニャちゃんを見つけてくれて、お祭りまで混まない道を選んでくれて、射的でも景品取ってくれましたし」

「いやいや、大したことしてないですから」

 

 大体、アーニャさんの件だってファミマと分かった時点でスマホ使えば良かったし、混まない道は進まなくてもお祭りには到着できた。射的だってやり方さえ教えてやれば本人に取らせることが出来た。

 

「でも、北山くんがいたからとても楽しかったよ」

「そうですか、それは良かったです」

 

 まぁ、こんな美人さんに感謝されたと思えば悪い気はしない。それに、感謝するのはこっちの方だ。

 

「それなら、こちらこそありがとうございます。好きなアイドルとお祭りに行けるなんてそうそうありませんよ」

「ふふ、どういたしまして」

 

 くっ、やはりこの人も綺麗だ。もしかして、モデルとかやってんのかな。

 

「でも、どうして私の分まで取ってくれたの?」

 

 キョトンとした表情で新田さんが声をかけてきた。

 

「はい?」

「ほら、射的でもたこ焼きでも、アーニャちゃんの分だけじゃなくて私の分までくれたでしょ?アーニャちゃんが好きなのに、私にもそういう風にしてくれたのは何でかなって思って」

「いや、俺がアーニャさんを好きなのとそれは別でしょ。新田さんだって欲しいからスマホケース狙ったんだろうし、新田さんだって食べたいと思ったから、たこ焼きも差し上げただけですよ」

「………そっか。優しいんだ」

「いえ、好きだから差別するとか、そういうのが好きじゃないだけです」

 

 真面目な話、好きだからその人にだけ優しくして彼女にする、という方法が好きじゃないだけだ。いや、別にアーニャさんに恋してるわけじゃないけど。

 結局、それって好きな人の前だけで優しい自分を演じているだけだ。そんなものは詐欺と同じでしょ。

 

「そっか。割と真面目なんだね」

「そんな事ないですよ」

 

 勉強嫌いだし。

 

「ね、もし北山くんさえ良かったら、私と連絡先交換しない?」

「はい?」

 

 え、マジ?逆ナン?

 

「ほら、夏休み抜けたら東京に戻るんでしょ?それなら、私も一緒だからさ。もしかしたら会うことがあるかもしれないし」

「知ってます?地図で見たら小さいけど、東京だってそれなりに広いんですよ?」

「わ、分かってるよ!会おうと思えば会えるってこと!」

 

 ああ、なるほど。そういう事か。

 

「良いですよ。逆にこっちが良いんですか?って感じですし」

「なんで?」

「………いや、何となくです」

 

 新田さん、可愛いし大学生だしで俺なんかとアドレス交換して良いのか?って思っただけ。

 

「L○NEで良い?」

「はい。QR出しますね」

「はいはい」

 

 連絡先を交換した。俺のスマホの連絡先に「美波」という連絡先が増えた。ヴヴッとスマホが震え、トーク画面を開くと「よろしく!」というスタンプが送られてきたので、こっちはポプ子の「自己顕示欲〜」というスタンプを送った。

 

「ぷふっ、何これ」

「スタンプです」

 

 そんな話をしてると、トイレからアーニャさんが出てきた。

 

「ふぅ、お待たせしました」

「じゃあ、出ましょうか。あ、その前にちょっと飲み物買ってきますね」

「あ、私も飲みます」

 

 まぁ、別に喉乾いてるわけじゃないが、ただトイレのためだけにコンビニに来るのは何となく心苦しいからな。

 飲み物を買ってからコンビニを出た。未だに花火がやっていたため、コンビニの駐車場の手すりに腰を掛けて花火を見上げた。

 相変わらず、花火の明かりによる横顔は2人揃って兵器のレベルなので、なるべく花火に集中した。

 それから20分ほど花火は上がり続け、ようやく終わった。

 

「ふぅ〜、すっごく綺麗でしたね!」

「うん。東京と違って障害物が少ないからか、いつもより綺麗に感じた」

「え、東京ってそういうもんなんですか?」

 

 へぇー。俺は地元以外の花火を見たことがないから分からんわ。

 

「どうします?この後」

「そうですね。もう時間も時間ですし、私達は宿に帰ります」

「分かりました。じゃあ、駅まで送りますね」

「すみません、ありがとうございます」

「ありがとう、キタヤマ!」

 

 いや、まぁこれで送らずに帰ったら母ちゃんにブッ殺されるからな。

 三人で駅前に歩いた。いやー、楽しかった。久々に心から楽しめた気がした。

 

「ふぅ、楽しかったです。日本のお祭り!」

 

 アーニャさんがニコニコしながら言った。相変わらずこの人の笑顔は可愛い。

 

「それは良かったです。2人は明日で東京に帰るんですか?」

「はい。仕事がありますから」

 

 そうか。アーニャさんはアイドルだもんなぁ。今日だって、多分少ない休日を利用して遊びに来てるんだろう。

 

「北山くんはいつ東京に戻るんですか?」

「俺は学校始まる1日前ですね」

 

 早く戻ってもする事ないし、その分バイトで金稼げるし、電気代やガス代が掛からなくなるからな。少しでも節約したい。

 

「そんなギリギリなんですか?」

「はい。だってあんま東京にいる意味無いですし」

 

 東京なぁ。もう一ヶ月は帰ってないや。

 

「ここが好きなんだ?」

「いや、東京が嫌いなだけです………」

 

 だって友達いないんだもん。あいつら……自分さえ良ければそれで良い連中だから、一人ぼっちでいる奴がいても平気な顔して無視しやがる……。自分さえボッチじゃなけりゃそれで良いみたいな連中だ。

 

「? なんで東京嫌いですか?」

 

 純粋な顔で質問して来るアーニャさん。

 

「いや、東京が嫌いっていうか、東京の学生が嫌いなんですよね。あいつら電車の中では騒がしいし、平気で電車の中で飲み食いするし、人が少ないとつり革で懸垂しやがるし………死滅しろハゲ」

「何で全部電車関係………」

 

 引き気味に新田さんが呟いた時だ。キュッと右腕の裾を摘まれた。ふとそっちを見ると、アーニャさんが涙目+上目遣いの即死コンボで俺を見上げていた。

 

「じゃあ………キタヤマは私の事、嫌いですか………?」

 

 女神の微笑! 即死

 

「グホッ」

 

 鼻血を噴出して後ろに倒れた。

 

「⁉︎ き、キタヤマ⁉︎」

「ああもうっ!良い人だけど面倒臭いなぁ!」

 

 鼻にティッシュを詰めてもらい、何とか復帰した。畜生、慣れてきた頃に不意打ちは反則だろ………。

 

「アーニャちゃん、あまりこの人の……こう、ウィークポイントを刺激しないであげてくれる?」

「ウィーク………?」

「大丈夫です、新田さん………。まだ、生きています………!」

「そりゃそんなことで死なれてたまりますか………」

 

 何とか立ち上がる俺に、アーニャさんは再び涙目で質問してきた。

 

「それで、その……私の事は………」

「嫌いなわけがないでしょう。アーニャさんを嫌いになるくらいなら、俺は自殺しますから」

「っ!スパスィーバ、キタヤマ!」

「かっ、カハッ………!」

「だから一々、興奮しないで下さい!」

 

 この後、4回くらい同じようなことを繰り返した。

 なんか駅まで歩くだけなのに随分と時間がかかってしまったが、とりあえず何とか駅に到着した。

 

「なんか、とても時間がかかった気がする………」

「私はとても疲れた気がするよ………」

 

 俺と新田さんの疲れた声とは裏腹に、唯一楽しそうだったアーニャさんが、少し寂しそうな顔で言った。

 

「お別れですね、キタヤマ」

「そうですね」

 

 うう………名残惜しいぜ。まぁ、ぶっちゃけ今日で一生お別れだろうからな。連絡先交換した新田さんはともかく、アーニャさんは忙しいだろうし。

 まぁ、また会えると言っておけば、向こうは悲しまないだろう。

 

「まぁ、東京で生活してればいつか会えるでしょうし、そう気を落とさないでください」

「! そ、そうですよね!また会えますよね!」

「っ、は、はい」

 

 グッ……!そんな嬉しそうな顔をされると、なんか騙してるみたいで良心が………!大体、会ったばかりでなんでそんな寂しそうにできるの。かくいう俺もメチャクチャ悲しんでるけど。

 ………今なら、頼んでも良いかな。新田さんはバスの時間確認しに行ってるし。

 

「あの、アーニャさん」

「? なんですか?」

「一緒に、写真撮ってもらえませんか………?」

「はい!」

 

 即答だった。いつか聞こう聞こうと思ってたけど、これならそんな悩む必要無かったな。

 二人で並んで、スマホを構えた。肩と肩がくっつき、思わずドキッと心臓が高鳴った。クッ……純情かよだから。中学の時には一回だけ彼女出来たこともあったろうが。

 

「もう少し、くっ付かないと………」

 

 アーニャさんがそう言って、さらに距離が近くなった。心臓が口から飛び出しそうだったが、何とか抑えた。

 

「………とっ、撮りますよ」

「はい♪」

 

 楽しそうだな、この人は。

 親指を動かして写真を撮った。ふぅ、死ぬかと思ったぜ。

 

「ありがとうございます、アーニャさん」

「あの、その写真送ってもらえませんか?」

「あ、そうですね」

 

 ん?待てよ?それって………。

 

「L○NEでも良いですか?」

 

 憧れのアイドルと連絡先を交換出来ると⁉︎マジで⁉︎

 

「えっ、良いんですか⁉︎連絡先を⁉︎アーニャさんの⁉︎」

「はい。これで、お別れになってもお話し出来ますね♪」

 

 ハグァッ……!し、正気を保て、俺!新田さんは……新田さんはまだ帰って来ないのか⁉︎

 

「キタヤマ………?」

「あ、は、はい。すみません」

 

 神様、本当にありがとう。全力で感謝しながら連絡先を交換して、写真を送った。

 

「ふふっ、思い出ですね!」

 

 とても嬉しそうな顔をされ、もはや顔を直視できなくなった時だ。新田さんが戻ってきた。何故か気まずそうな顔をしている。

 

「あの、アーニャちゃん………」

「あ、ミナミ。お帰りなさい!」

「うん。その………バスの時間、もう終わっちゃってる………」

「へっ?」

「あ、歩いて、宿に向かわないと………」

「………へっ?」

「あ、じゃあ………」

 

 そんなわけで、俺が宿まで案内する事になった。どうやら、まだまだお別れとは程遠いようだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

油断大敵。

 駅から2人の泊まってる宿までは、バスでは10分くらいで着くが、歩くと40分以上はかかる。坂道とか多いし。それに、道も山に入ると複雑なので、スマホのGPSを使っても大変だから、人の案内が必要だ。

 しかし、それが理由というわけじゃなく、ただまだ離れたくないという理由で案内役を買って出た。家帰ってもすることないし。

 俺の案内の元、三人で宿まで歩き始める。すると、ズキっと脹脛の痛みを感じた。1日のうちにこんなに出掛けたのは久し振りだから、多分疲れが出てきたのだろう。

 

「今日は楽しかったです、ミナミ」

「そうね、アーニャちゃん」

 

 女の子2人は元気なようで、笑顔を絶やさずにニコニコしながら会話していた。

 

「全部、キタヤマのお陰です。こうして考えてみると、迷子になって良かったですね」

「コラ、アーニャちゃん。本当に私は心配したんだからね」

「あっ、す、すみません。ミナミ……」

「結果的には良かったから、気にしてはないよ。ただ、次からは気をつけてね」

「はい」

 

 そこまで言われると流石に少し照れるわ。ていうか、この二人は友達というより親子っぽいな。

 しかし、あの宿に行くのも久し振りだわ。昔は用もないのによく行って遊んでもらってたっけ。あの辺の森で良くカブトムシとか取れるんだよなぁ。まだあの木あんのかな。後で見に行ってみるか。

 すると、アーニャさんが辺りを見回しながらボソッと呟いた。

 

「それにしても、こう……田舎の夜って暗いですね。さっきまでの活気が嘘みたいです」

「逆じゃないですか?東京の夜が明る過ぎるんですよ」

 

 最初、東京で夜中に出掛けた時はビビったからな。懐中電灯持って出掛けた意味がないんだもん。

 

「そうですか?北海道も同じくらい明るいですよ?」

「えっ、なんで北海道?」

「あ、私北海道出身なんです」

 

 マジでか。その綺麗な銀色の髪は雪の色かな?何を言ってんだ俺は。

 

「てか、それは北海道が都会なだけなんじゃないですか?」

「そうですね。札幌とかは割と都会かもしれないです。でも、ここは少し暗過ぎませんか?」

「日本の田舎なんてこんなもんですよ。ちゃんと下見て歩かないと川に落ちるから気を付けて。俺、前に落ちたことあるし」

「落ち………⁉︎」

 

 あの時は痛かったなぁ。奇跡的に頬の擦り傷以外は無傷だったが。

 

「だ、大丈夫だったの?それ」

「はい。目立った外傷はありませんでしたよ」

 

 昔はやんちゃ小僧だったのを覚えてる。というか、基本的に田舎のガキなんてみんなそうだ。だから、みんなとにかく頑丈だった。この街に救急車来た所見た事ないし。

 

「でも、こう……暗いと雰囲気あるよね」

 

 自分の腕を抱きながら、新田さんが辺りを見回した。

 

「そうですね。昔はよく肝試しとかしてましたから」

「肝試し?」

「はい。お祭りで使ってた神社あるじゃないですか。あれ祭り以外だとメチャクチャ雰囲気出るんですよね。何人か霊を見たとか抜かしてる奴もいましたし」

「れ、霊………?」

「まぁ、噂ですけどね。中学の時はそんなもん信じる奴いなかったから、肝試しの場所変えてましたけど………何してんですか二人とも」

 

 気が付けば、二人は俺の背中に隠れるように歩いていた。

 

「な、何でもないよ。気にせずに進んで?」

「わ、私は……お化けはダメで………」

 

 アーニャさんは素直だなぁ。新田さんは歳上としての威厳を見せたいのか、少しでも怖がってないのを表そうとしている。 要するに、二人とも怖がっているようだ。

 

「いやいや、実際はいませんから。むしろ本当に怖いのはこれから向かう宿への道ですよ?」

「っ、な、何か出るの⁉︎」

「はい。中学の時はそこで肝試ししてましたから」

「や、やめてよ!私達そこにこれから泊まるんだから!」

 

 新田さんが必死になってきた。そこまで必死になられると、俺としても意地悪したくなるんだわ。

 

「これから行く道にはね、出るんです」

「な、何がですか………?」

「あ、アーニャちゃん⁉︎何で聞くの⁉︎」

 

 あ、アーニャさんとても気になってるみたい。この人は怖くてもホラーとか普通に楽しめるタイプみたいだな。

 

「霊的な何かよりよっぽど恐ろしい奴が」

「れ、霊的な何かより………?」

「言わないで!お願いだから!」

「昔、1人やられましてね。それ以来、一時期立ち入り禁止にも」

「やめてってば!」

「いやー、本当怖いですよね。スズメバチ」

「「………はっ?」」

 

 2人揃って間抜けな声が出た。

 

「三年くらい前にスズメバチの巣がたくさんあったんですよね。だから通るだけでも襲いかかって来て、肝試しに持って来いだったんですよ。まぁ、1人刺されてタクシーで病院送りになったんで、先生にめちゃくちゃ怒られて駆除するまで立ち入り禁止にまでなったんです」

 

 直後、自分がメチャクチャ怖がってた事に気付いた新田さんは、顔を真っ赤にして無言で俺の両頬を摘んできた。

 

「いふぁふぁふぁ!ごへんふぁふぁいごへんふぁふぁい!」

「むー!」

 

 か、かわいい!怒ってる新田さん可愛いけど頬摘む力強い取れる取れる取れるってば!

 必死に何度も謝ると、何とか手を離してくれた。

 

「うー…頬がヒリヒリする」

「まったく……意地悪なんだから」

「いやー新田さんもお化けとか怖いんですね。今日1日、割と冷静な所しか見てなかったから新鮮な感じが………」

「…………」

「はい、すみません」

 

 一瞥されて、速攻で謝った。

 すると、アーニャさんが新田さんの後ろから肩をツンツンと突いた。

 

「なぁに?アーニャちゃん」

「怖がってるミナミも可愛かったですよ」

「…………」

「いふぁふぁふぁ!なんでおへなんふぁよ!」

 

 アーニャさんにからかわれ、恥ずかしくなった新田さんは再び俺の頬を抓った。

 

「もう、そういうのやめてよね」

「わ、分かりましたけど何で俺の頬抓るんですか………」

「………何か言った?」

「イエ、ナニモ」

 

 この人、怒ると怖いなぁ。怖いのに可愛いとか反則でしょ。可愛いからまたからかいたくなってくる。嫌われたくないから、からかわないけど。

 

 ×××

 

 そうこうしてるうちに、山道に到着した。ここの道を登れば宿があるのだが、まぁそれなりに遠い。

 時刻は10:30を回っている。これは急がないと宿にも入れてもらえないんじゃないか?いや、俺とは知り合いだから大丈夫だとは思うけど。

 最初は楽しそうにしていたアーニャさんの顔に、若干疲れが見えてきた。まぁ、今日一日遊び倒していたからな。いや、アーニャさんだけじゃなくて新田さんにも疲れが見えている。

 

「大丈夫ですか?二人とも」

「私は大丈夫。アーニャちゃんは平気?」

「は、ハイ………。でも、少し眠いです………」

 

 まぁ、遊び倒した日ってのは眠くなるもんだよなぁ。

 そういや、この坂道付近には確か………。ああ、あった。自販機が見えたため、そっちに走った。ブラックが飲めない場合を考慮して、微糖の缶コーヒーを2本買った。

 

「2人とも、どうぞ」

「………でも、キタヤマの分は……?」

「俺の分は大丈夫ですよ。喉乾いてませんし」

 

 小銭がなかったとは言えない。缶コーヒー1本のために千円札崩すの馬鹿らしいし。

 缶コーヒーを飲み始める2人を見ながら、俺は街灯に寄り掛かった。その俺に、新田さんは申し訳なさそうに言った。

 

「わざわざすみません、私の分まで」

「いえいえ、新田さんだってお疲れでしょ?」

「は、はい。まぁ……」

「あ、砂糖入ってない方が良かったですか?」

「いえ、疲れてるので甘い方が良いですよ」

 

 それは良かった。

 ふぅ、と息をついて空を見上げた。なんだかんだ、俺も少し疲れてるな。帰ったら即寝だなこりゃ。

 ………あれ、なんか星が全然見えないな。ていうか、雲が多い。夜でよく見えないけど、あれ多分雨雲か?なんか嫌な予感するし、少しペースを上げて帰った方が良いかもしれない。

 そんなことを考えつつ、伸びをしながら欠伸をしてると、新田さんが隣に立って缶コーヒーを渡してきた。

 

「あの、良かったら一口どうぞ」

「へっ?」

「やっばり、私達だけで飲むのは何だか申し訳ないから」

「…………」

 

 うーん、どうしよう。こういうのってありがたくもらった方が良いのかな。ていうか、間接キスとか良いのか?俺はあんま気にしないが。

 まぁ、でも人の好意は受け取るべきだろう。

 

「じゃあ、いただきます」

 

 そう言って、一口だけいただいた。というか、一口分しか残ってなかった。………なんか、美人さんとの間接キスは嫌に緊張するな。コーヒーの味全然分かんなかったぞ。

 

「ふぅ、ごちこうさまです。キタヤマ!」

「あ、いえ」

 

 アーニャさんも飲み終えたようで、帰宅後半戦に入った。

 缶はゴミ箱に入れて、山道を登る。山道っていってもコンクリートで舗装はされてるけど。

 

「久々に来たなぁ、この山」

「そうなの?」

 

 ボソッと呟くと、新田さんが反応してくれた。

 

「はい。昔はここでよくカブトムシ取りしてたんですよ。まだいんのかなーと思って」

「カブトムシ、ですか?」

「はい。昔は板拾ってきて、真ん中にゼリーを出して、その両サイドにカブトムシを並べて戦われせてましたね。今にして思えば最悪なことしてたなぁって」

「子供らしくて良いじゃない。流石に今、それをやってたらちょっとアレだけど」

「確かに、カブトムシだけじゃなくて色々いそうですね。スズメバチも昔はいたですよね?」

「うん。もしかしたら、また巣作ってるかも」

 

 直後、新田さんが不満そうな顔で呟いた。

 

「ちょっと、やめてよ。そういうの」

「新田さんって虫もダメなんですか?」

「ま、まぁ、得意ではないかな………」

「………あっ、新田さん足元」

「きゃっ⁉︎な、何⁉︎」

「いや、葉っぱ落ちてる」

「〜〜〜っ!き、北山くん!」

「あっ、やべっ……」

 

 怒った新田さんが追いかけてきたので、慌てて逃げようとしたが躓いて普通にすっ転んだ。

 

「いってぇ……あっ」

「この口はなんでそういう意地悪言うのかな〜!」

「いだだだ!そこコメカミィイイイイ‼︎」

 

 コメカミをグリグリと攻める新田さんと悲鳴をあげる俺を見て、アーニャさんがボソッとつぶやいた。

 

「2人とも、仲良いですね」

「どの辺りが⁉︎」

 

 ツッコミを入れると、ようやく離してくれた。

 

「まったく………。ほら、もう行くよ」

「いや人のこと粛清しておいて何を仕切って………」

「もう一回行く?」

「何でもないです………」

 

 仕方ない、行くか………。そう思った時だ。ポツッと鼻の頭に何かが当たったのを感じた。ふと上を見上げると、雨が降ってきていた。

 

「うわっ、やっぱ降ってきやがった」

「嘘っ………」

「リーヴィニ……!」

 

 マジか。早いな思ったより。

 

「急ぎましょう!」

「あ、アーニャちゃん!走ったら危ないよ!」

「てか道わかんないでしょう。俺先走りますから」

 

 慌てて、アーニャさんの後を追い掛けた。直後、後ろからドシンッと音がした。

 振り返ると、新田さんが躓いて転んでるのが見えた。

 

「み、ミナミ!」

「に、新田さん⁉︎大丈夫ですか⁉︎」

「っつぅ〜……だ、大丈夫です………。足、滑らせちゃっただけだから………」

 

 アーニャさんと慌てて駆け寄ると、膝を擦りむいているのが見えた。

 

「ミナミ、膝が………」

「大丈夫よ、アーニャちゃん。さ、それより急ごう?風邪ひいちゃう」

 

 そう言って新田さんは立ち上がったが「痛ッ……」と声が聞こえた。足首が腫れ上がっている。

 

「あーあ……捻ったでしょこれ」

「う、うん………。実はちょっと」

「み、ミナミぃ………」

 

 グスッと鼻を啜り上げる音が聞こえた。アーニャさんが涙目になっている。多分、かなり気にしてるんだろう。

 

「だ、大丈夫よ、アーニャちゃん。気にしないで」

「で、でも……私の所為で」

「大丈夫だから」

「まぁ、そうは言ってももう走れないでしょ。のんびり行きましょう」

 

 そう言って、新田さんに手を差し伸べた。その手を取ろうとする新田さんの手を、アーニャさんが横から取った。

 

「ミナミ、掴まって下さい」

「へっ?」

「私がおんぶします」

「………えっ?」

 

 えっ?無理じゃね?

 

「い、いいよアーニャちゃん!私、45kgもあるし……!」

「へぇ、意外と痩せ型……ブフッ」

 

 顔面に張り手が飛んできて後ろに尻餅ついた。

 

「大丈夫です。私だって、レッスンしてますから、体力には自信があります!」

「で、でも………」

 

 首、ゴキっつったんだけど………。首を回しながら立ち上がると、アーニャさんが新田さんを背中に乗せようとしてるのが見えた。

 

「ん〜……っ!」

「あ、アーニャちゃん。無理しなくても………」

 

 ああ、なるほど。そういう事か。けど、雨の中この坂道をおんぶするのは無理だろう。………やるなら俺しかないか。

 新田さんの腕を掴んで、体を支えた。

 

「俺が持ちますよ」

「ダー……」

「スベイダー?」

「はい?」

「北山くん、それは通じないわよ」

「とにかく、持ちますって。俺なら余裕で持てますから」

「ううっ……すみません、キタヤマ……」

「いやいや、女の子に持たせて男の俺が手ぶらがなんてあり得ないから」

 

 その手の教育は父親から嫌という程されてるからな。何より俺もそう思うからな。

 新田さんの前にしゃがんで背追い込んだ。うわっ、柔らかい山が二つ当たってる………。

 

「ごめんね、北山くん……」

「いえいえ」

「あと、体重の事は忘れてね」

「え、45kg?」

「…………」

「や、すみません。はい」

 

 そのまま山の上の宿まで運んだ。

 

 ×××

 

 宿に到着した。入り口に入ると女将さんが出てきたので、タオルを取りに行ってもらった。

 新田さんを下ろし、今度こそいよいよお別れである。

 

「じゃ、俺帰りますね」

「え、い、今から帰るの?外、雨すごいけど………」

「はい」

「キタヤマ、今度こそお別れ、ですね」

 

 アーニャさんと新田さんが、少し寂しそうな表情を向けてきた。

 

「まぁ、連絡先交換したんですし、またいつでも話せるじゃないですか」

「そ、そうですが………。せ、せめて雨が止むまで一緒にいませんか?」

「いやいや、明日朝早いから。じゃあ、また」

 

 あまり湿っぽい別れは好きじゃないので、さっさと切り上げることにした。

 これから会うにしろ会わないにしろ、連絡先を交換しておけば自由に会話は出来るんだ。だから、名残惜しく思う必要はない。

 俺は足早に家に走った。帰り道、下り坂となった坂道で足を滑らせ、10メートルほど転がって骨折、スマホがぶっ壊れた上に入院して、連絡をとることができなくなった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

泊まってる宿にて(1)

 宿に到着した2人、新田美波とアナスタシアは、女将さんに敷いてもらったタオルの上を歩きながら、大浴場に向かった。

 服を脱ぎながら、アーニャが濡れた髪を触りながら言った。

 

「ふぅ……ビショビショです………。でも、夏の雨は少し気持ち良いですね」

「そうだね。ちょっと寒いけどね………」

 

 鳥肌の立ってる肌を摩りながら、心配そうな表情で宿の出口の方を見た。

 そんな美波の心情を察したアナスタシアが、声を掛けた。

 

「キタヤマが心配なんですか?」

「う、うん。少しね」

 

 外の雨はかなり強くなって来ている。風邪を引くとかそれ以前に、本当に帰れるのか心配だ。

 

「きっと大丈夫ですよ。それより、早くお風呂に入らないと私達が風邪を引きますよ」

「………そうだね。入っちゃおっか」

 

 既に裸になってるアナスタシアに促され、美波も下半身のズボンと下着を脱いで、タオルを持った。

 大浴場に向かおうと足を踏み出したところで「痛ッ……」と美波が小さく声を漏らした。右脚の腫れが悪化している。

 

「どうし……あ、だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。歩けないほどじゃないから」

「ううっ……ご、こめんなさい………」

「だから気にしないでよ。ね?」

「でも……あ、じゃあ私、肩貸しますね!」

「えっ?」

 

 何を思ったのか、アナスタシアは裸のまま裸の美波の腕を自分の肩に乗せて立ち上がった。2人の生の胸と胸がぶつかり、いくら女の子同士でも流石に恥ずかしくなり、カアッと美波の頬は真っ赤に染まった。

 

「あっ、アーニャちゃん⁉︎だ、大丈夫だから!」

「いえ、こうなったのも私の所為ですので、私が運びます」

「い、いやいやいや!だ、誰も見てないとはいえ、恥ずかし……!」

「大丈夫です。今度はちゃんと運びますから」

「そ、そういう問題じゃなくてぇ〜……」

 

 恥ずかしさのあまり、まともに会話すら出来なくなってきた。

 そんな美波の気も知らず、アナスタシアは肩を組んで胸をくっつけたまま、大浴場の中入った。

 シャワーの前に座り、ようやく美波を離した。

 

「ミナミ、せっかくなので洗いっこを……ミナミ⁉︎か、顔が赤いですよ⁉︎」

「……アーニャちゃんの所為だから」

「わ、私ですか⁉︎ま、また私、ミナミに何か……!」

「………気にしないで」

 

 言ってもわからないだろうと思い、美波は心臓の動悸を抑えながらシャワーの前の椅子に座った。

 釈然としないながらも、アナスタシアも隣に座った。まずは雨に濡れた頭を洗い、続いて身体を洗い始めた。

 

「み、ミナミ。良ければ背中を洗いますよ」

「えっ?あー……」

 

 本当に足の怪我に関しては気にしてないし、何よりさっきの事もあるので丁重にお断りしようとしたが、さっきついうっかり「アーニャちゃんの所為」と言ってしまったことも含めてかなり気にしてるみたいで、涙目で声を掛けられていた。

 気にしなくても良いというのに気にされ、もう背中を洗ってくれる事で気にしないでくれるならそれでも良いかなと思い、流してもらうことにした。

 

「じゃあ、お願いしようかな」

「! ハイ!」

 

 許可するだけで嬉しそうな顔をされて少しキュンとしたが、何とか抑えて後ろの髪を掻き上げて背中を向けた。

 

「ミナミの背中、綺麗ですね」

「そ、そうかな………」

「はい。それに、すべすべしてます」

 

 褒められながら背中を磨かれ、少しまた恥ずかしくなってきた。

 

「でも、アーニャちゃんだってお肌白くて綺麗じゃない」

「いえ、ミナミの肌は……こう、すべすべしててモチモチしてます」

「あら、私そんなに太った?」

「ち、違っ……そういう意味じゃなくて……!も、もうっ、意地悪言わないでください!」

「ふふ、可愛い」

「もうっ……ミナミ、意外と意地悪です」

 

 軽い仕返しのつもりで言うと、ぷくっとアナスタシアは頬を膨らませた。やり過ぎた、と思った美波はアナスタシアの頭を撫でながらシャワーで自分の体を流し、アナスタシアの後ろに回った。

 

「ごめんね。私もアーニャちゃんの背中洗ってあげる」

「スパスィーバ、ミナミ」

 

 後ろからアナスタシアの背中をゴシゴシと洗う美波。美波はほけーっと目を閉じて気持ち良さそうな表情を浮かべていた。

 

「はい、シャワーで流しますよー」

「ダー……」

 

 お互いに体を洗い終え、お風呂に入った。お風呂の脇にタオルを畳んで置いた美波と、畳んだタオルを頭に乗せたアナスタシアは2人揃って「はふぅ〜……」と息を吐いた。

 

「気持ち良いですね……」

「うん………。心の芯まで温まるとはこの事だねー」

 

 肩までどっぷりとお湯の中に浸かり、天井を見上げた。ボンヤリ見上げてるようで、美波はやっぱりさっきの少年が気になった。無事に帰れたのか、風邪は引かなかったのか、仮に無事だったとしても、今日半日、ずっとお世話になりっぱなしな気がしたので申し訳なかった。

 そんな悩んでる感じの表情が表に出てたのか、アナスタシアも不安そうな表情で聞いた。

 

「やっぱりキタヤマが心配ですか?」

「あ、うん。あの雨の中だったから、最悪私達の部屋にでも泊まっていってもらった方が良かったかなって思って………」

「そうですね……。まぁ、キタヤマにとっては地元なので大丈夫だとは思いますけど……」

「うん。でも、灯りも街灯しかなかったし、雨降ってる坂道だし、やっぱり危ないと思うから」

 

 不安げな表情を浮かべていると、アナスタシアはふと気になったので、ストレートに聞いてみた。

 

「………ミナミは、キタヤマが好きなのですか?」

「ふえっ⁉︎な、何よいきなり⁉︎」

「あ、いえ、ふと気になったので………」

「ち、違うよ!会ったばかりの人をそんな好きになるなんて……!まぁ、良い人だとは思ったけど、歳下だし……身長も下だし……」

 

 顔を赤らめながら目を逸らす美波。その様子にキョトンと首を傾げるアナスタシアだった。

 

「なんで照れてるんですか?」

「て、照れてないわよ。急だったから少し驚いただけ。大体、北山くんはアーニャちゃんのファンなのよ?」

「へっ……?」

「気付いてなかったの?明らかにアーニャちゃんにだけ態度が違ったじゃない。マドモアゼルーなんて言っちゃって」

「…………」

 

 今更「確かに………」と呟くと、アナスタシアは「えへへっ」と嬉しそうにはにかんだ。

 

「ファン、ですか……。えへっ、えへへっ……」

「良かったわね、アーニャちゃん。今日はファンの方とお出掛け出来たんだよ?」

「確かに……。それなら、写真撮っておいて良かったです」

「へっ?写真撮ったの?」

「はい。さっき、ミナミがバスの時間を確認してる間に」

「そっか……。私も撮っておけば良かったかなぁ………」

 

 んーっ、と伸びをしながら呟いく美波を、アナスタシアはジーッと見つめた。自分より2センチほど大きい胸が浮いてるのが気になった。

 

「……? アーニャちゃん?」

「ミナミ……大きいです」

「へっ?」

「……流石、大学生ですね……。色っぽいです……」

「あ、アーニャちゃん……?なんで手をワキワキさせてるの……?」

「………少しだけ」

「だ、ダメだよアーニャちゃん……!大体、アーニャちゃんだって十分色っぽいと思うし、15歳なんだからまだまだ成長期……!」

「…………」

「アーニャちゃん、目が!目が本………」

 

 揉みしだかれた。

 

 ×××

 

「まったく……」

「うう……スミマセン」

 

 浴衣に着替えた美波と、眉間にチョップされたアナスタシアは宿の廊下を歩いていた。本当はこの後、卓球をする予定だったのだが、夜遅くなってしまい、卓球場は既に閉まっている。

 仕方ないので、部屋でのんびりとお茶を飲むことになった。

 部屋に入り、布団を敷いてから、備え付けのお茶を淹れて机を挟んで2人で座った。

 

「あの、ミナミ……怒ってますか?」

「ううん。謝ってくれたからそんなに。でも、次からはやめてね」

「ハイ………」

「大体、私より文香ちゃんや奏さんの方が大きいんだから」

 

 言いながら、美波はお茶を一口飲んだ。

 

「それにしても、アーニャちゃん浴衣似合うね」

「そ、そうですか?」

「うん。銀髪の女の子の浴衣っていうのも、需要ありそうだなー。プロデューサーさんに今度意見とかしてみようか?」

「そしたら、温泉にお仕事も行けますね!」

 

 そんな話をしながら、アナスタシアもお茶を啜った。

 

「……苦いです」

「慣れれば美味しく感じるものだよ」

「そうでしょうか……?どうもこれは慣れない気が………」

「コーヒーだって苦いじゃない」

「………なるほど。そういうものですか」

 

 今度は2人揃ってお茶を啜った。

 

「………やっぱり苦いです」

「あ、あははっ………。ま、まぁ、それよりお祭りはどうだった?楽しかった?」

「はい。ワタアメもりんご飴も美味しかったです」

「良かった。もしかしたら、アーニャちゃんの口には合わないかもって思ってたから」

「日本のお菓子は個性的なものが多いですね」

「そうだね。お祭りとかだと特に多いかな。今日は買わなかったけど、たい焼きっていう魚の形したお菓子もあるんだよ」

「あ、それはミクと食べに行きました」

「あ、そうなんだ。美味しかったでしょ」

「はい♪外の生地はサクッともちもちしてて、中からは甘いあんこが口の中に流れてきて、とても美味しかったです」

 

 幸せそうな顔で思い出してるアナスタシアを見ながらお茶を一口啜った。

 

「そんなに美味しかったんだ?」

「ハイ……。また食べに行く約束をしてしまいました」

「じゃ、今度私と文香ちゃんが見つけた美味しいたい焼き屋さんに連れて行ってあげる」

「本当ですか⁉︎」

「うん」

「楽しみです♪」

「ちなみに、たい焼きとお茶ってとても合うんだよ?」

「………これと、ですか?」

「うん。だから、今のうちに慣らしておいた方が良いかもね」

「…………」

 

 ゴクッと唾を飲み込み、アナスタシアは深呼吸するとお茶を一口飲んだ。

 

「………やっぱり苦いです」

「あ、あはは………まぁ、無理する事ないから」

 

 その後もしばらく2人でお茶を飲んだ。

 

 ×××

 

 歯磨きを終えて、2人は布団の中。アナスタシアが隣で寝息を立ててる中、美波はスマホをいじっていた。

 歯磨きをする前、大体20分ほど前に遊歩にL○NEを送ったのだが、返信どころか既読もつかなかった。

 時刻は0時を回っているため、寝ていてもおかしくはない。ただ、何となく嫌な予感がしていた。

 

「…………」

 

 まぁ、今晩はもう諦めよう。そう思って、美波はスマホを充電器に挿して枕に頭を置いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怪我でチヤホヤされるのは小学生まで。
隠す気の無い本音は最初からさらけ出そう。


新田さんが超大和撫子になってしまいました。まぁ、元々大和撫子だし問題ないか(適当)


 夏休みが終わり、学校が始まった。骨折は当然、学校が始まるまでに治らず、松葉杖で登校した。夏休みのバイトは途中から入れなくなり、給料もさほど入らなかったが、まぁ俺の不注意が原因なのでそれは仕方ない。

 が、それ以上にアイドルアーニャさんと美人新田さんの連絡先を失った事の方が堪えたわ。L○NEのパスワードなどを忘れてしまったためデータの引き継ぎも出来なくなり、地元の友達と家族の連絡先しかなくなってしまった。ていうか、ぶっちゃけ失ったのは新田さんとアーニャさんの連絡先だけだ。

 はっきり言って絶好のチャンスを逃した気分だ。PKを外した気分。あーあ……何してんだかなー俺。

 何より、向こうは裏切られたと思っているだろう。自惚れかもしれないが、当日は俺も向こうもかなり楽しんでいたと思う。連絡先まで交換したのに、まさかの未読無視状態だもんなぁ。

 まぁ、向こうはもう忘れてるだろう。何せあれから随分と時間が過ぎてるし、何より2人とも学生かつ社会人だ。人との出会いと別れなんて俺の倍は経験してるだろうし、一々俺の事なんて覚えていないはずだ。

 そう思いながら、始業式を終えた俺は下校していた。しかし、骨折って本当に痛いのな。漫画とか読んでると平気で骨折してる連中多いけど、あいつらに同情すらするわ。

 まぁ、お陰でしばらくは体育とか家庭科とかサボれるし、遅刻も許されるのでラッキーだと思うことにしよう。いや、痛いので全然ラッキーではないけど。

 あ、今日の晩飯買いに行かなきゃ。まぁ、料理出来ないししばらくはインスタント食品しかないが。

 

「はぁ……」

 

 近いうちに体調崩しそうだなぁ。そうなると学校にも行けなくなるし、負の連鎖な気がする。

 まぁ、それもこれも全部自業自得だ。あそこの宿屋のおばちゃん知り合いだし、カッコつけないで泊めて貰えば良かったわ。

 全開で後悔しながらスーパーに入り、カートにカゴを乗せた。そのカゴの中にカップ麺やら冷凍食品を重ねた。食材も買っといた方が……いや、無理は禁物かな。

 支払いを済ませてレジを抜け、スーパーを出て横断歩道を渡り始めた時だ。

 

「おい、早くしろよ!映画始まるって!」

「待てって!ちょっ、おまっ、前!」

 

 前から学生が2人ほど走って来て、俺と肩がぶつかった。松葉杖の俺は後ろに倒れ、尻餅をついた。その横をぶつかった学生達は走って通り抜けた。

 

「すいまっせーん!」

 

 ほぉう、人にぶつかっといてそれだけか。ナメられたもんだぜベイべ。

 足の怪我が無ければ、すぐに追い掛けて泣くまで殴ってるところだが、今の俺にそんな気力はない。

 小さくため息をついて、落として袋から散らばった食品を拾い始めた。

 残ったもう片方の松葉杖に体重をかけて立ち上がろうとすると「大丈夫ですか?」と声が掛かった。ふと顔を上げると、新田さんが俺に手を差し出していた。

 

「………あれ?」

「何してるのよ、北山くん」

「に、新田さん……?」

「ほら早く立って。信号変わっちゃうよ」

「えっ?あっ……」

 

 ありがたく手を借りて立ち上がると、新田さんは道路に散らばった食品を全部袋に入れて、俺に肩を貸してくれた。胸が当たってるが、そんなのを気にする余裕は無いほど驚いていた。まさか、新田さんが俺に手を貸してくれるとは思わなかった。

 スーパーの自販機の横のベンチまで歩き、そこに座って松葉杖を立てかけた。

 

「久し振り」

「は、はい……。お久し振りです」

 

 会えたのは嬉しいけど、少し気まずいな。多分、L○NEしてくれてたし、不可抗力とはいえそれに返信できなかったんだから。

 

「どうしたの?その足」

「へっ?あ、あー……」

 

 どうする、なんて答えるべきか。アーニャさんならともかく、新田さんはあの時かなり気にしてたから、正直に答えたら謝られそうだよなぁ。

 

「ば、バイトで酔っ払いに絡まれまして、それで足折られました」

「……そっか。大変だったね」

 

 何とか誤魔化せたようで、ホッと胸をなでおろした。

 

「じゃあ、大変でしょ。その足で一人暮らしなんて」

「まぁ、そうですね。今日は1日目なんですけど、登校するだけでも一苦労です」

「みたいだね。さっきも大変そうだったし」

「あのガキども、次見かけたら泣くまで泣かしてやる」

「あ、あはは……。警察のお世話になるようなことにはならないようにね」

 

 あ、止めないんだ。もしかして、一部始終見てたのか?

 しかし、俺の味方をしてくれるとは。もしかして、あの後俺にL○NEとかしてないから、スマホの件は俺の考え過ぎだったのか?いや、それはそれで少しショックだが。

 まぁ、とにかく怒ってないなら良いかな。あー良かった。

 

「そういえば、あの後はちゃんと帰れた?」

「いやそれが大変だったんですよ。雨の中走ってたら足滑らせて10メートルくらい転がって……それで携帯壊れるし散々だったんですから」

「それで骨折したの?」

「はい。………あっ」

 

 この人誘導尋問上手いな。マジでビビるわ。

 

「………なんで嘘つくのかな」

「あ、いやー……変な責任感じちゃうかなって……」

 

 俺が勝手に転んだだけなのに謝られるの嫌だったし。

 

「でも、そっか。返信なかったのはそんな事があったからなんだ」

「あ、やっぱりL○NEしてくれてたんですね」

「うん」

「こちらこそすみません……」

「ううん、そういう事情があったなら仕方ないよ。でも、アーニャちゃんも凹んでたから、連絡してあげてね」

「え、でも連絡先……」

「ほら、もっかい交換しよう?」

「あ、はい」

 

 言われて、ポケットからスマホを取り出した。新田さんと連絡先を交換し、さらにアーニャさんの連絡先もいただいた。

 話は終わったのか、新田さんは立ち上がった。

 

「さて、じゃあ行こうか」

「へっ?ど、何処に?」

 

 何で急にお誘い?骨折してるのが分からないのか?

 

「北山くんのアパート。送ってあげるから」

「えっ?いやいいですよ別に。帰るだけですし」

「何かあったら困るでしょ?さっきみたいに松葉杖投げられても困るし」

 

 あれはつい頭に血が上ってね……。

 

「いやでも新田さんだって何か用事あったんじゃ……」

「私は暇潰ししてただけだから。大学は夏休み長いからね」

「は、はぁ」

「ほら、鞄とか持ってあげるから」

「……じゃあ、お願いします」

 

 2人で帰ることになった。買い物荷物だけではなく、わざわざ学校の鞄まで持ってくれた。なんか申し訳ないね、本当に。

 

「アーニャさんは元気ですか?」

 

 世間話のつもりで軽く声を掛けてみた。

 

「ううん。あんまり」

「風邪でも引いてるんですか?」

「あなたと連絡取れないから」

「……あー、すみません」

「そんなつもりで言ったんじゃないのよ」

「いえ、アーニャ様を悲しませるなんてあってはならないことなので……」

「北山くん、アーニャちゃんのことなんでそんな好きなの?」

「いや、顔が好みなだけですよ。中身もこの前で好きになりましたが」

「あら、好きになったの?」

「いや恋愛的な意味じゃないですよ?アイドルに恋心抱くなんて痛々しいでしょ。その辺は弁えないと恥ずかしい思いをする事になりますから」

「あー……普通の人からしたらそうなのかも……」

「? 新田さんも普通の人ですよね?」

「えっ、あ、あーうん。ま、まぁ、私はアーニャちゃんのお友達だから」

 

 ああ、アイドルが身近過ぎるとそういうものなのか。

 

「あ、そこ右です」

「はいはい。……じゃあ、外見はアーニャちゃんみたいな子が好みなんだ?」

「まぁ、そうですね。アーニャさん、可愛いじゃないですか。膝の上に乗せて頭を撫でてあげたい」

「そ、そっか……」

「最初はキョトンとするけど、だんだん恥ずかしくなって顔を赤くするアーニャさんを抱き締めたい」

「う、うん、分かったから……アーニャちゃんのリアクションを先読みしてる⁉︎」

「本当は嫌じゃないけど、恥ずかしいからつい抵抗しちゃうアーニャさんの後頭部に顔を突っ込んで匂いを」

「分かったから黙って変態!」

「いだだだだ!耳取れる耳取れるすみませんでした!」

 

 耳たぶを思いっきり引っ張られ、慌てて謝り倒した。何とか耳から手を離してくれた新田さんは、変態は死ねという目で言った。

 

「……北山くんがアーニャちゃんと会う時は必ず私が同伴します」

「いや、冗談のつもりだったんだけど………」

「………」

「はい、すみません」

 

 まぁ、今のはあくまで妄想だ。出来るはずないのはわかってるし、やればドン引きされるのもわかってる。いや、ドン引きどころか嫌われて警察行って人生終了ルートだな。

 流石にそんなリスクを背負ってまでアーニャさんを愛でる勇気はない。いや、アーニャさんどころか他の人でも無理。

 そんな話をしてるうちに、俺のアパートに到着した。

 

「ここ」

「意外と近いのね」

「まぁ、一人暮らししてんのに高校から遠かったら意味ないですからね。すみません、わざわざ荷物運んでもらっちゃって」

「ううん。せっかくだから、部屋まで運ぶよ?」

「えっ、部屋に入るんですか?」

「大丈夫よ、その怪我なら襲われる心配もないし」

「襲いませんよ……。そんな命知らずじゃな」

「何か言った?」

「言ってません」

 

 2人で階段に向かった。このアパートにエレベーター無いし。

 松葉杖を一つにまとめると、手摺に手をついて片足で跳びながら一段一段と階段を上って行く。

 そんな俺に、新田さんが手を差し伸べてくれた。

 

「……大変そうだね。手、貸そうか?」

「大丈夫ですよ。俺くらいの身体能力になれば、片足で4段飛ばしとか出来ますから」

「えっ?に、2段飛ばし?」

「こんな感じで。せーのっ!」

 

 手摺に体重をかけて、思いっきり片足で跳んだ。4段目に着地しようとした時、つま先しか階段に着地出来ず、ズリッと3段目に落ちた。

 足を持ってかれた俺は、身体が前に倒れ、折れてる方の足を余裕でぶつけた。

 

「うごっ……!あ、脚がッ………!」

「な、何やってるのよ⁉︎もう、世話が焼けるんだから……!」

 

 結局、肩を借りて階段を上りきり、部屋の前に到着した。

 鍵を開けて中に入り、靴を脱いで松葉杖を拭いた。

 

「お邪魔しまーす」

 

 新田さんも部屋の中に入り、荷物を運んでくれた。

 

「これ、どうすれば良い?」

「あ、その辺置いといて下さい。本当、すみません。何から何まで」

「ううん。これくらい全然」

 

 お礼を言いながら、洗面所で手を洗った。夏の終わりはインフルの始まりだからな。いや、流石に早すぎるわ。

 

「ちょっと、北山くん?」

「はい?」

 

 呼ぶ声が聞こえて顔を出すと、心配そうな顔でスーパーの袋の中を見ていた。

 

「インスタント食品ばかりじゃない。これから寒くなるのに、体調崩しちゃうよ?」

「あーいや、脚の怪我で料理出来ないんですよ。まぁ、完治するまであと1〜2週間らしいんで、それまでの辛抱ですよ」

「あ、そ、そっか……」

 

 呟きながら、新田さんは部屋の中を見渡した。今朝は足が痛くて、というか足が不自由で面倒だったから布団も干せなかったし、食器も洗ってない。パジャマも脱ぎ散らかっている。早い話が超汚い。

 

「ちょっ、あんま見ないで下さいよ。言っときますけど、普段は綺麗なんですからね」

「う、うん……」

 

 生返事かよ……。いやまぁ別に良いけど。さっさと着替えないと制服がシワになる。

 なんか新田さんがぼんやり部屋を見てる間に、洗面所で着替えた。今日は金曜だから明日は学校がない。洗濯しちまうか。

 洗濯機に学校指定のポロシャツを放り込み、ズボンは衣紋掛けに掛けた。洗面所に置いてあるTシャツを着た。続いてズボンを履こうと、まずは折れてる方の脚を通し、続いて折れてない方を履こうとした。

 一々、座るのが面倒だったため、ジャンプして足を通そうとした。見事に脚は通らず、普通にすっ転んだ。

 

「ぐああっ!あっ、脚が………!」

「なっ、何を……⁉︎だ、大丈夫北山くん⁉︎」

「だ、大丈夫です……。むしろ俺の学習能力が大丈夫じゃないです……」

 

 転んでて下半身がパンツの俺と、落ちてるズボンを見て察したのか、小さくため息をついた。

 

「……本当、学習能力がないんだね」

「いや、一々座るのが面倒で……」

「ほら、ズボン貸して」

「えっ、な、なんで?」

「履かせてあげる」

「い、いやいやいや!別にいいですよ!そんな子供じゃないんだし!」

「子供みたいなんだもん」

「だ、大体、異性でしょうが⁉︎」

「私、昔は弟の世話とかしてたし、別に気にしないよ」

「俺が気にするんだよ‼︎」

 

 別に見られる事はどうとも思わないけど、履かせてもらうのは流石にキツいです。

 その心境を察してくれたようで、新田さんは「分かりました」と言って洗面所から出て行った。

 何とか着替え終えて部屋に戻ると、布団は窓際に干されていて、パジャマはしっかりと畳まれていた。新田さんがやってくれたのか……?

 と思って部屋の中を見回すと、新田さんは台所で洗い物をしていた。

 

「新田さん?何を……」

「ん?洗い物」

「え、布団とパジャマもやってくれたんですか?」

「うん。余計なお世話だったかな」

「い、いえ!ありがたいですけど……な、なんでかなって……」

「骨折して何だか大変そうだから、これくらいお手伝いしてあげたくて」

「に、新田さん………!」

 

 あ、ヤバい。涙が………。東京に来て初めて心の暖かい人を見た気がする………。都会人の中にもこういう人はいるんだなぁ。

 そうか、これが、心か………。

 なんて第4十刃のような事を考えてる間に、新田さんは冷蔵庫を開けていた。

 

「も〜、何も入ってないじゃない」

「い、いや昨日こっちに着いたばかりだから……」

「ちょっと待っててくれる?今から食材買いに行ってくるから」

「………へっ?な、なんで……?」

「決まってるじゃない。お昼を作るの」

「い、いやいやいや!そこまでしてもらうのは流石に……!」

「ダメ。毎日、冷凍食品は体壊しちゃうから。特に、怪我してて運動も出来ないんだし」

「い、いやでもそんなわざわざ……」

「良いの。とにかく待ってて」

 

 それだけ言うと、新田さんは玄関まで歩いていった。や、ヤバイ。流石にそれは申し訳ない。

 

「あ、に、新田さん待った!」

「何?言っとくけど、止めても無駄だからね」

「グッ……!あ、じ、じゃあもう分かりましたから、せめて俺がお金払いますから!」

 

 そう言うと、財布から三千円出して手渡した。

 

「そんないいのに……」

「だ、ダメですよ!これ受け取ってくれないと鍵閉めますから!」

「もう……分かった」

 

 お金を受け取ると、新田さんは靴を履き始めた。玄関に手をかけ、扉を開けかけた時、「あっ」と何かを思い出したように俺に言った。

 

「ご飯の後、一つだけお願いがあるんだけど、良いかな?」

「は?あ、は、はい……」

「ありがと。じゃ、行ってきます」

 

 まるで自宅から出掛けるかのような挨拶を残して、新田さんは買い物に出掛けて行った。

 

 ×××

 

 帰って来た新田さんは、早速昼飯を作ってくれた。メチャクチャ美味いビーフシチューを作ってくれて、完食した俺は後ろに寝転がった。

 

「ぃやっはぁー!美味かった。ほんとすみませんね、作ってもらっちゃって!」

「コラ、起きなさい。牛になるよ」

 

 怒られたので体を起こした。しかし、まさか俺の人生でこんな美人さんの手作りをご馳走してもらうことになるとは……。人生捨てたもんじゃないわ、マジで。

 

「北山くん、お話良いかな?」

「いやーマジで美味かった。俺もう死ぬのかなー。この前死にかけたけど。てか童貞捨てられりゃ今死んでも本望だわー」

「北山くん、聞いてくれない?」

「ていうかこれ、死ぬんじゃないかな?こんな良い事が何度も続いて……えっ、俺死ぬの?………死んじゃうの?」

「北山くん」

「もしかして、神様が最後に夢見させようとして……」

 

 直後、ペチッとおデコにデコピンが直撃した。デコピンなのに蚊に刺された時のような腫れが出来るレベルの威力。

 そんな俺に、新田さんは氷点下並みに冷たい笑顔で聞いてきた。

 

「話、聞いてくれる?」

「……調子に乗ってすみませんでした………」

 

 謝った。

 さて、と言った感じでコホンと新田さんは咳払いすると、語り始めた。

 

「……一つだけ確認しても良い?」

「え、何?」

「ご家族の方は一緒にいないの?」

「あ、あーそれ親にも『治るまで一緒にいようか?』って言われたんですけど、親も仕事ありますし断りました」

 

 俺が一人暮らししてるだけでも金かかるのに、仕事の邪魔までするわけにはいかない。

 

「じゃあさ、私にお手伝いさせてくれない?」

「…………へっ?」

「足が治るまで……せめて1人で生活できるようになるまで、私に生活のお手伝いさせて欲しいなって。1人じゃ大変そうなんだもん」

「いっ、いやいやいや!いいですよそんな!」

 

 是非お願いしたいです!

 

「大丈夫、基本的には学校ないから暇だし……まぁ、何日かはちょっと予定ある日があるから無理だけど、空いてる日はお手伝いさせて欲しいな。元はと言えば、その怪我は私達を宿まで送ってくれた所為だから……」

「い、いやほんと違いますからそれは!俺が勝手に転んだだけで……」

 

 平日は毎朝7時45分起き、帰宅時間は大体16時頃になります!

 

「それに、今日思ったけど北山くん危なかしくて。このままだと完治まで何日延びるか分からないんだもん。せっかく東京で会えたんだから、また一緒に3人で遊びに行きたいでしょ?」

「そ、それはそうですけど……。では、暇な日だけで良いのでよろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」

 

 あ、やばい。ついうっかり本音が漏れた。

 向こうは間髪入れずに頷いてしまっている。……まぁ、こんな綺麗で可愛い年上のお姉さんに身の回りをお世話してもらえるんだ。それはラッキーだと思おう。

 ………それ以上に俺の心臓が保たなさそうだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育会系と文化系は一目で分かる。

 翌日、リンゴーンと錆び付いた呼び鈴の音で目を覚ました。なんだよ、誰だよ……。まだ朝の9時過ぎだぞ……。あと2時間は寝かせろよ……。

 いや、もう居留守決め込むか。そう決めて布団の中に潜った。その直後だった。スマホが震えた。

 

 美波『おはよう』

 美波『今、部屋の前にいるんだけど』

 

 あ、新田さんか。そういえば、昨日俺の身の回りを世話してくれるとか何とか……。ありがたいけど、まさか朝から来るとは……。

 まぁ、せっかくだから応対しないと。わざわざ来てもらって居留守は申し訳ない。

 

「あーい……」

 

 玄関を開けると、新田さんが微笑みながら手を振っていた。右肩には鞄が下げられている。

 

「おはよ」

「どうも……」

「あ、さては今起きたんでしょ。ダメだよ、男子高校生がこんな時間まで寝てちゃ。もっと朝早く起きないと!」

「いやいや……あと2時間は寝たいとこなんですけど」

「ふーん?いつもはお昼まで寝てるんだ?」

「や、まぁ……うん」

 

 ああ……こりゃ明日からは朝から起こされそうだ……。

 

「じゃ、お邪魔しまーす」

 

 楽しそうな声で新田さんは俺の部屋に上がると、手洗いうがいをして布団を持った。

 

「って、ちょっと待て待て!布団をどうする気⁉︎」

「干すんだよ。もうお昼になるし」

「い、いいですよ別に!俺まだ布団の中にいたいし……!」

「ダメ」

 

 クッ……!お母さんかよこいつは……!

 ぼんやりしてる間に、新田さんは布団を全部干してしまった。

 

「じゃ、朝ご飯にするから、着替えちゃって」

「了解です」

 

 タンスから服を引っ張り出して着替えた。

 今日はこの後、病院に行かなければならないんだけど、新田さんついてきてくれるのかな。

 

「新田さん、今日はうちにはどれくらいいてくれるんですか?」

「うーん、ずっと?」

「実は俺、午後から病院行かないといけないんですけど……」

「あ、じゃあ送ってあげる」

「ほんとすみません。何から何まで」

「ううん。むしろ、そういう時のためにお手伝いするって言ったんだから」

 

 良い人だなぁ。良い人っつーか、ここまで来るとお人好しなんじゃないだろうか。いや、俺自身はとても助かってるけどね。

 料理が完成し、皿が机の上に運ばれた。本当は食器運ぶくらい手伝いたいのだが、足の怪我の所為で役に立てる気がしないのが心苦しい。

 何とか椅子に座ると、箸を持った。

 

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

 

 ふむ、チャーハンか。チャーハンほど、料理人の腕を見極めるのに持って来いのものはないよなぁ。バリエーション豊富だし。まぁ、特に舌が肥えてるとか無いから、互いに関してはさっぱり分からないんだが。

 とにかく一口いただこう。昨日のビーフシチューの時点で期待値はマックスなわけだが……。

 

「え、何これ美味っ」

「ふふ、ありがと」

 

 やっぱこの女の人天才だわ。料理も出来て優しくてお人好しで……もはや完璧超人だわ。

 てか、大学生とか言ってたけど彼氏はいないのかな。これだけの美人さんでこの優しさなら誰だって欲しがると……あ、ていうかサークルとか無いのか?

 

「あの、新田さん。今更ですけど、サークルとかは平気なんですか?」

「あれ、私サークル入ってるって話したっけ?」

「あ、いえ。気になったから聞いてみたんですけど……やっぱり入ってるんですね。良かったんですか?夏休みとか活動は……」

「大丈夫だよ。大学のサークルなんてほとんど仲良しグループみたいなものだから」

「いや、でもその中に彼氏とか……」

「彼氏なんていないよー。大学の人達も良い人は多いんだけどね」

「まぁ、都会人ですからね。どうせ彼女欲しくて女の子の前だけ優しさを演じてるだけでしょうから」

「あの……北山くんのその都会人に対する憎悪は何なの……?」

「あー……いや、憎悪って程じゃないですよ」

 

 ただ、憎くて腹立たしくて嫌悪感が隠せなくてムカつくだけだ。

 

「……何があったか聞いても?」

「あーはい。アレは高校一年の時でした……。自分の住居を探してこの辺歩いてたんですけど、道に迷っちゃったんですよね。それで、辺りをウロウロと歩いてたら、なんか警察の方に声をかけられまして」

「なんで?」

「……その時、ちょうどその辺でストーカー事件があったみたいで、犯人がまだ捕まってなかったんですよね。で、そのストーカーと服装が偶然一致して通報されて……違うっつってんのに『お姉さんの目は誤魔化せないぞ☆』の一点張りで話聞いてくれなくて……」

「………」

「なんか婦警さんだったんですけど、その場で30分くらい話しても全然、話通じなくて……無理矢理補導されそうになって抵抗したら『二日酔いなんだから言うこと聞いて』とか言って襲い掛かってきて……周りのすれ違う人もみんな野次馬になってワラワラと周りに集まってきて……その場でしばらく攻防が続いて……」

「攻防⁉︎早な……警官と⁉︎」

「当時は公務執行妨害って言葉を知らなかったんですよね……。まぁ、結局野次馬の中に本物が混ざってて助かったんですけど。その時の婦警さんのセリフが今でも忘れられなくて……」

「なんて言われたの?」

「『……お姉さん、信じてた』」

「………はっ?」

「それは裁判所で容疑の掛けられた人にかける言葉だし、間違っても容疑をかけた奴のセリフじゃねぇし、周りの野次馬どもは誰一人として落ち着いて話をしようと止めてくれる人はいなかったし、結局その日は夜中までアパートに到着できなかったし………都会人死ね」

「………」

 

 言うと、気まずそうな表情で目を逸らす新田さん。いや、別にトラウマってわけじゃないから、そんな罪悪感感じなくても良いんですよ。

 

「……ごめんね、北山くん」

「あ、いえ。別にいいですよ。トラウマってわけでもないですし」

「いや、そういうんじゃなくて……。本当ごめん」

「はい?」

 

 ちょっとよくわかんないんだけど。

 チャーハンを口にかっ込み、飲み込んでから結論を言った。

 

「まぁ、そんなわけで、都会人は一生許しません」

「う、うん……。でも、悪い子ばかりじゃないよ?私の知り合いでは、結構良い子も多いし」

「いや、それはそうでしょうけど。でも、とりあえずその『良い人』を見つけるまで都会人を好きになれそうには無いですね。まぁ、新田さんやアーニャさんは別ですけど」

「そう?ありがと。でも、残念だけど私は都会人じゃないんだ」

「え、そうなんですか?」

「うん。広島出身だから」

「広島……?ああ、もしかしてアレですか?カ○プ女子」

「いえいえ、私は野球はそこまで……。あ、でも体動かすのは好きだよ。ラクロスとかゴルフとかテニスとか……」

「……ほんと、なんでもできるんですね」

「そんな事ないよ。北山くんだって、運動できそうに見えるけど?」

「苦手ではないですね。体育でやるようなものなら。うちの地元出身の連中なら全員運動できますよ」

「じゃあ、今度テニスやらない?」

「はい。治ったら」

「うん。約束」

 

 そんな事を話しながら、食べ終えて「ごちそうさま」と挨拶して食器を流しに戻そうとしたら、その食器を新田さんが持ってくれた。

 

「私がやるから」

「本当、なんかすみません……」

「良いの」

 

 頭を撫でながら立ち上がった。ちょっ、撫でるなよ。少し嬉しいだろ。

 そのまま、ついでに洗い物までしてくれている新田さんが会話を再開した。

 

「ちなみに、テニスはやったことあるの?」

「あるよ。授業中にテニプリの真似とかしてた」

「あ、じゃあバスケとかも真似してたでしょ」

「俺は黒バス世代だから。スラダンじゃない方を真似してた」

「私、黒子のバスケってあまり見たことないんだよね。どんな技があるの?」

「ボールを殴って回転させるパスとか、全コートからシュート打つとか、相手を転ばせるとか?」

「……それ、できるの?」

「テニプリよりマシですよ」

 

 なんかの技やった時に手からラケット離れて事故起こったからなぁ。うちの中学の先生は絶対苦労した。

 ふぅ、と洗い物を終えた新田さんは、ぷらぷらと手を振りながら戻って来た。

 

「実際、新田さんって運動神経良さそうですもんね」

「あら、そう見える?」

「なんていうか、やっぱ運動してる人って分かりますよね」

「どんな特徴があるの?」

「うちの学校だと……大体、運動できる女子って髪長い人は束ねてますね。それと、やっぱり腕とか足は細い人が多いです。新田さんとかそうですよね」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 お、余裕に見えるけど少し照れたか?なぜか敬語になったぞ。若干、頬も赤いし。もっと照れさせてみたいな。

 他に分かることと言えばー……あ、アレだ。

 

「あとアレだ。胸が大きい人はそこまで運動得意じゃないです」

「………んっ?」

 

 そこで、自分のチョイスの誤りを悟った。流れるように後悔し始めたが、新田さんは微笑みながら俺の頭に手を置いた。

 

「……北山くん?どういう意味?」

「あ、いえ……その、何でもな」

「私の胸が小さいって言いたいのかな?セクハラなんていい度胸してるね」

「い、いやっ、そんなつもりじゃなくて!だ、大体新田さんは大きいと思いますけど痛ただたたたたた‼︎目ん玉飛び出る、目ん玉飛び出るって!」

 

 頭に置かれた手に力が入り、片手アイアンクローが炸裂させられる。ていうかこの人、握力すごいな!流石、ラクロス、テニス、ゴルフと得物を持つスポーツやってるだけあるわ!

 

「ごめんなさいは?」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいすいませんでした!」

 

 とにかく謝り倒すと、満足したのか手を離してくれた。あー……頭痛い……。カバに踏み潰されたかと思った……。

 

「まったく。女の子にそういうこと言っちゃいけません」

「だからって怪我人に手を上げるか……」

「何か言った?」

「イエ、ナニモ」

 

 この人怒ると怖い。

 

でも、確かに運動してる人って分かるよね。

 

 さて、これからどうするか。普段なら出掛けているが、今日は足の怪我のため外出は面倒だ。

 早起きしたから病院行くまで時間あるし、部屋でのんびりするしかないわけだが、それじゃあ新田さんが退屈だろうなぁ。

 

「新田さん」

「? 何?」

「何かします?ゲームとか」

「良いね。何する?」

「まぁ、うちテレビないんで、こういうのになりますけど」

 

 引き出しからトランプとかウノとか取り出した。ちなみに人生ゲームもある。友達できたらやろうと思ってて。初めて友達に近い人が家に来たので誘ってみた。

 

「うーん……その、何?北山くんはテレビとかテレビゲームとかは買わないの?」

「そんな金ありませんよ。あれば家から色々持って来れるんですけどね」

「あ、家にあるんだ」

「はい。ゲーム○ューブとか」

「懐かしいねー。うちの部室にもあるよ」

「えっ?そうですか?2〜3年前のゲームですよね?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 ち、違うの……?

 

「2〜3年前のゲームって言ったらW○iUだと思うけど……」

「We you?なんで代名詞が二つ並んでるんですか?」

「……何でもない」

 

 え、何その反応。新田さんは何かを考え込んだあと、

 

「あの、北山くん。もし良かったら、近いうちに私の家に来ない?」

「えっ、なんですか急に」

「その……現代の科学を見せたいというか……」

「はい?」

 

 何言ってんだこの人。そんなのこのスマホが全てを物語ってるだろ。日本の科学はゲームの進化が止まってスマホで全て済むようになったんだろう。

 

「う、うん。まぁ、とにかくトランプやウノはいいや」

「そ、そうですか?」

「まぁ、怪我してるんだから大人しくしててよ。病院には何時に行くの?」

「12時過ぎくらいです」

「じゃ、それまでのんびりしよう。お掃除とかは私がしてあげるから」

「本当ありがとうございますマジで……」

 

 との事で、とりあえず寝転がる事にした。椅子から降りて、床の上でゴロゴロし始めた。

 

 ×××

 

 病院に行って、診察してもらった。どうやら、あと一週間ほどでギプスが外れるようだ。

 つまり、来週で新田さんがうちにいる期間は終わりだ。まぁ、それくらいの方が向こうにとっても都合が良いだろう。

 新田さんの待ってる待合室に戻ったが、新田さんの姿がなかった。

 あれ、どこ行ったのかな。トイレか?まぁ、それならしばらく待つか。

 喉乾いたので、自販機に向かって歩いた。とりあえず糖分が欲しかったのでサイダーにした。

 ボタンを押すと「売切」の赤字が出てきた。ラス1かこれ、ラッキー。

 

「あっ……」

 

 直後、後ろから切なそうな声が聞こえた。ふと後ろを見ると、女の子がしょぼんとした顔で俺の手元のサイダーを見ていた。銀髪の髪に黒いゴスロリの女の子。なんでこいつ病院で傘差してんだ。

 顔つきは幼いが、胸が大きい。肌が白くて髪も銀色で胸がそれなりにあるのは、何となくアーニャさんっぽかったが、おそらくアーニャさんより年下な気がする。

 理由は色々とあるが、決めては表情読み取りやすい所がまだまだ子供っぽい。多分、サイダーが欲しいんだろう。

 

「あ、これいります?」

「えっ?」

 

 別に俺はサイダーじゃなくても良いからな。甘けりゃ良いだけで。

 女の子はどうしたら良いか悩んだのか、俺に握られてるサイダーに手を伸ばしては引っ込めたりを繰り返した。いらないなら良いけど、迷ってる時点でいらないってことはないだろう。もう一押しだな。

 

「俺は別にサイダーが良いわけじゃないんで」

 

 そう言うと、もらうことにしたのかサイダーを手に取った。

 受け取るなり、女の子は突然ニヤリと不敵に微笑み、

 

「感謝する、我が眷属よ」

「はっ?」

 

 何言ってんだこいつ。眷属って何?意味わかってて使ってる?

 

「取引の対価を払おう」

 

 え、取引の対価って……ああ、金か。なんか知らない女の子からお金もらうのって気が引けるな。

 

「いや、いいよ別に」

「へっ?で、でも……!」

「このくらい平気ですから。じゃ」

 

 それ以上のやり取りは面倒だったので、会話を切り上げた。アーニャさんより年下という事は、中学生くらいということになる。そんな小さい子からお金取れるかよ。たかが飲み物で。

 ………あっ、結局俺の飲み物買ってねぇや。まぁ、自販機くらい何処にでもあんだろ。

 

「わっ」

「ひゃうっ⁉︎」

 

 後ろから突然、声をかけられ、思わず変な声を出してしまった。おそるおそる振り返ると、新田さんが胸前で手を振っていた。

 

「ちょっと、脅かさないで下さいよ……」

「ひゃうっ、て……。意外と可愛いリアクションするんだ?」

「ほっといてください。てか、どこ行ってたんですか?」

「ん、ちょっとお花摘みに」

「うんこ?」

 

 直後、風が吹いた。ノーモーションで放たれたビンタ。それが俺の顔の前で放たれ、鼻の頭を掠めた。指先だったから良かったものの、爪だったら血が出ていたかもしれない。

 

「次は当てるよ?」

「………あの、なんで?」

「女の子に対する口の聞き方、気を付けてね?」

「………すみませんでした」

 

 謝った。そ、そっか。つい友達感覚で聞いちゃったけど、新田さん女の子だからダメなのか……。

 

「でも、少し見直しちゃった。いや、元々優しいのは知ってたけど、優しいんだね。女の子に飲み物あげるなんて」

「見てたんですか……」

 

 なら声かけてくれよ……。

 

「いや、そういうんじゃないですから。たまたま買った飲み物がその子の目当ての飲み物で売り切れちゃったんで譲ってあげただけです」

「お金はもらってもよかったんじゃ無いの?」

「いやいや、あんな小さい子からお金取れないでしょ」

 

 結果的にもらわなくてよかったし。なんか眷属とか言うし室内で傘さしてるしで、あのガキ冗談抜きでワケワカメだったからな。お金もらってたら、すべての金に「魔導貨」とか書いてあったかもしれない。

 

「じゃあ、そんな優しい北山くんには私から飲み物をプレゼントしてあげる」

「はい?」

「はい、どうぞ」

 

 言いながら手渡されたのは缶のミルクティーだった。

 

「すみません、わざわざ。いくらでした?」

「いいわよ、110円くらい」

「えっ、いやでも……」

「気にしないで。怪我人からお金は取れないから」

 

 クッ……その言い回しは卑怯だ。俺が女の子からお金を取らなかったのとほぼ同じ理由。それなら俺も追及はできない。

 

「それで、検査はどうだったの?」

「来週にはギプス取れるみたいです」

「そっか。早く治りそうで良かったよ」

「そうですね」

「じゃ、帰ろっか?寄り道して行く?」

「あーじゃあ、晩御飯買いに行きましょうか」

「そうだね」

 

 病院から出た。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

先にからかうと相手に「からかわれた仕返し」というからかう大義名分を与えることになる。

 買い物と昼飯を終えて帰って来た俺は新田さんに支えられて部屋に入った。本当、この人には頭が上がらない。

 行ってきたスーパーでは特売セールをやっていたのたが、新田さんの「療養中は新鮮なものを食べなさい」というセリフによって、特売品を買うことはなかった。お金払うの俺なんですけどね……。

 気が付けば既に夕方の17時。いつもより早く起き、やった事と言えば病院に行ってスーパーで買い物していただけなのに、いつもより早く感じた。

 やっぱり、新田さんがいるからだろう。正直、高2になってからは段々と一人ぼっちというものに慣れてきていたが、久々に誰かと一緒になってみるとやはり楽しい。

 そういう点でも、新田さんには感謝しなければならないかもしれない。まぁ、流石に照れくさいから言えないけど。

 そう思いながら、チラッと新田さんを見ると、ちょうど目があった。

 

「「何?」」

 

 2人揃って同じ言葉で要件を聞き、2人揃って「クスッ」と微笑んでしまった。なんだこれ、俺達はバカップルかよ。

 てか、話が進まないから先に聞こう。

 

「なんですか?」

「あ、私からですか?」

「はい。別に俺は用があったわけではないですし」

「大したことじゃ無いんですよ?ただ、普段は晩ご飯は何時頃に食べてるのかなって思って」

「あー……いつもバラバラですよ。気が向いた時、ですかね」

「じゃあ、お腹空いたらで良いかな?」

「はい」

 

 何より、さっき飯食ったばかりだしな。

 暇なので、椅子に座ってスマホをいじってると、新田さんが飲み物を入れてくれた。

 

「どうぞ」

「あ、すみません」

「ううん。じゃ、お布団しまっちゃうね」

「お願いします」

 

 布団をしまってくれる新田さんを見ながら、なんだか自分が情けなくなった。なんというか、夏休み前に一人暮らししてた時はあらゆるものが面倒で、メイドとか欲しいなーそのまま恋愛関係になりたいなーなんて考えたもんだが、いざメイドでは無いにしてもお手伝いしてくれる人に来てもらうと、なんか申し訳なさでいっぱいだ。

 人とは、望んでるものを手にした所で無力なのに変わりはないという事か……。怪我が治ったら新田さんを労ってあげよう。お礼に何かプレゼントするのも良いかもしれない。中学の時には彼女がいた事もあったし、プレゼント選びはそんなに困らな……いや、相手は大学生だし中学の時のデータなんて役に立たないか。

 ……そういえば、中学の時の彼女は元気だろうか。俺が東京出たのを機に自然消滅しちゃったからなぁ。

 

「何遠い目をしてるの?」

 

 布団をしまい終えた新田さんから声が掛かった。

 

「あーいえ、中学の時の彼女はどうしてんのかなって思って」

「えっ?中学生の時彼女いたの?」

「言ってませんでしたっけ」

「聞いてないよ。どんな子?」

 

 少しムッとしながら、質問してきた。どんな子って言われてもなぁ……。

 

「可愛い子」

「そういうんじゃなくて……アーニャちゃんとどっちの方が可愛い?」

「いやいや、アーニャさんはこの世の全ての女子と比較にならないから。あの方は最早、人間じゃなくて天使か何か……」

「通報するよ?」

「すみませんでした……」

 

 そういう意味では新田さんも俺の中では人ではなく女神なんだけど……たまに怖いから女神とか天使というよりも、天使と悪魔が同じ生物として君臨してる感じ……こう、ルシファー的な?あ、あれは堕天使か。パズドラ並みのにわか知識しかないから分からん。

 そんな事を考えてると、ぐいーっと頬を引っ張り回された。

 

「いだだだだ!捥げる、頬捥げるって!」

「今、失礼なこと考えてたでしょ」

「っ⁉︎ す、鋭い⁉︎」

「ほんとに考えてたんだ」

「いだだだ!ごめんなさい、ごめんなさいってば!」

 

 ぐいーっと引っ張られた挙句、急に手を離されて後ろにひっくり返りそうになった。。うー……ヒリヒリする……。ていうかなんでわかんの。

 

「でも、そっか。彼女いたことあるんだ」

「自然消滅しましたけどね。新田さんだって彼氏いたことあるんじゃないんですか?」

「私はないよ?」

「えっ?」

 

 嘘だ。全身から色気、気品、そして多少のエロスを醸し出し、性格も少し怖い所を除けば優しさの塊、一部の人ならその怖さもご褒美の一つに数えそうな新田さんを、男が放っておくわけがない。

 

「告白は何度かされたことあったんだけど、最初のうちは知らない人ばかりに告白されてね。なんか告白してくる人ってみんな私の内面は見てくれないんだなって思うようになっちゃってね……」

 

 あー、なるほど。顔が可愛いから告白してくる連中ばかり……いや、顔だけじゃないかもしれないな。体目的の奴もいたかもしれない。

 ……てことは、新田さんって処女か。こんなに大人っぽいのに処女って、なんか可愛いな。

 

「今、セクハラまがいなこと考えてた」

「きゃっ、考えてませんから!」

 

 なんで分かるんだよ、だから。何者なんだよマジで。

 

「まぁいいよ。その彼女はどんな子だったの?」

「アホの子」

「えっ?」

「ていうか、こう……アニメとか漫画が好きな子でしたね」

 

 俺の漫画とかの知識はそこからきてるし。

 

「へぇ〜、じゃあ北山くんもアニメとか好きなの?」

「最近は見てないですね。ジャンプ系とかコナンとかは古本屋で読みますけど」

「そうなんだ。なんか少し意外だな、アニメとか好きなの」

「アニメのお陰で俺、食わず嫌いが治りましたよ」

「食わず嫌いだったの?」

「はい。最初はオタク系死ねとか思ってたんですけど、読んでみりゃ普通に面白いんですよね。それで、何事も中身を見てみない事には分からないなって思って。昔はスクランブルエッグとか食わず嫌いだったんですけど」

「そうなんだ。美味しいのに……」

「今では食べてから嫌いになりました」

「結局嫌いなの⁉︎」

「いや、あんなもん外見から食えないでしょ。バブルスライムの進化系みたいな奴でしょ」

 

 シビレスライム的な。

 

「あの、他に食べられないものとかあるの?」

「あ、はい。なんていうか……外見が斬新なデザインのモンスターみたいな奴は無理です」

 

 ていうか、俺の食わず嫌いセンサーは大体正しかったようで。食わず嫌いしてなかった奴は食べても本当に食えなかった。いやもう不味いこと不味いこと。

 

「いや、分からないから。例えば?」

「スクランブルエッグ、なんか汚いチーズ、ゆで卵、マヨネーズ、エスカルゴ、ウニ……」

「多くない?ていうかなんか汚いチーズって何?」

「なんかたまに見ませんか?胡椒みたいなの入ってる奴。なんなんですかね、あれ」

「いや分からないけど……。あとゆで卵は見た目普通じゃない」

「いやアレは臭過ぎでしょ。あれ食える人ってうんこの臭いするチョコ食えるのと同じだから」

「……あのね、北山くん。言い方気をつけて。目の前にゆで卵食べれる人いるから」

「いやそう言われましても……。あくまで俺の感想なだけで……」

「ところでさ、アーニャちゃんの目って釣り上がってて怖いよね」

「ああんッ⁉︎」

「それと一緒よ」

 

 クッ……!的確な例えに思わず反論出来なくなってしまったぜ。

 

「……す、すみません………」

「そもそも、女の子がいるのにそういう事言わないで」

「そういう事?」

「そっ、そのっ……うっ……うんち……とか」

「はい?なんて?」

「だ、だから!うっ……んちよ!」

「はっきり言って下さいよ」

「もうっ!だから、うんちよ!」

「分かってますよ」

 

 直後、ゴスッと正面から蹴りが来た。俺の脛に向かってつま先が繰り出された。流石に怪我してる脚の方では無いが、痛い事には変わらない。

 

「いっだ⁉︎」

 

 しかも、それは一撃ではなかった。ゴッゴッゴッゴッと一定のリズムと傷を脛に刻んでくる。

 

「いだっ!ちょっ、無言でっ!ごめっ、ごめんなさっ……!」

「絶対にっ、許さないっ!」

「すっ、すみませっ…!調子こいてっ、いだっ!しゅっ、すみませっ、でしたッ!」

 

 何とか謝り倒すと、ようやく蹴るのをやめてくれた。脛が腫れてきた……。超痛い。

 

「……次、そういう事言ったら帰るからね」

「す、すみませんでした……」

「まったく、子供様なんだから」

 

 さ、流石にやり過ぎた……。反省しないと。

 

「でも、嫌いな食べ物は分かったから。晩御飯は決まったよ」

 

 今、いじられたばかりなのにちゃんと嫌いなものを避けてくれる辺り、やっぱこの人優しい。

 

「すみません……」

「ううん。それよりも、他にお手伝いすることない?」

「あ、えーっと……洗濯とかお願いしてもらっても良いですか?」

「分かった。任せて」

 

 嫌な顔一つせずに洗濯しに行ってくれた。良い人だなやっぱ。

 

 ×××

 

 時間は流れ、晩飯の時間。新田さんは台所で料理中。

 その間、待機してる俺は椅子から立ち上がって伸びをした。

 

「? どうかした?北山くん」

「あ、いえ。ずっと座ってたんで逆に疲れちゃって……。あとちょっとトイレ」

「あーずっと座ってると疲れるよね。私も試験前とか勉強してて腰痛くなる事あるから」

「あーそれ分かります。痛みますよね」

「あ、お手洗いだっけ?肩貸そうか?」

「あ、いえ大丈夫です」

 

 言いながら、トイレに向かった。

 おしっこして出ると、良い香りが漂って来た。相変わらず、料理上手だ。こんな人に生活を保護してもらえるなんて、やはり俺は運が良いんだろう。

 そんな事を考えながら、食卓に座った。のんびりしてると、新田さんが晩御飯を運んできてくれた。今日の晩飯は生姜焼きか。キャベツを添えて。美味そうだ。

 

「ほんとありがとうございます」

「もう、一々お礼なんて言わなくて良いのに」

 

 や、そうかもしんないけどさ、やっぱりお礼は言わなきゃダメな気がして。

 続いて机の上に運ばれてくる白米とお味噌汁、箸、牛乳。おお、生姜焼き定食。これで揃ったと思ったら、新田さんは台所に戻った。あれ?まだ何かあるの?

 そう思った時、ツーンと鼻孔を刺激する嫌な臭いが香ってきた。うわ、もうこの臭い一発でわかったわ。

 運ばれてきたのはゆで卵だった。

 

「はい、どうぞ」

「………あの、さっき食べれないって……」

「好き嫌いは良く無いから」

「……まだ怒ってるんですか?」

「怒ってないよ別に。ただ、私のゆで卵はうんちじゃないから」

 

 もう普通にうんちって言ったぞ。一度言ったら同じってことか?いや、まぁ別にそもそも「うんち」って単語を発することは恥ずかしいことじゃないよな。

 それだけで恥ずかしがる方が子供っぽいのでは?

 

「や、でもだからって別にわざわざ作らなくても……」

「食べないと明日から毎日、ゆで卵出すから」

 

 もしかしたら、歳下にいじられたのが相当悔しかったらしい。この人のそういうとこ、もはや可愛いな。

 

「じゃ、いただきまーす」

 

 新田さんは手を合わせて先に食べ始めた。仕方ないので、俺も「いただきます」と挨拶して箸を取った。

 普段、食事の時間は良くも悪くも遅く感じるものだ。食事は美味いけど、他にやりたい事あったら飯の間はそれ出来ないわけだから、長く感じるみたいな。

 だが、今日の飯は驚く程早く感じ、生姜焼き、キャベツ、米、味噌汁を平らげた。残りはゆで卵だけである。

 

「ごちそうさ」

「ゆで卵」

「………」

 

 ですよねー。だって臭いがすごいんだもん……。何このアンモニアみたいな臭い。

 冗談抜きで手が動かない。大体、これどうやって食べんの?ゆで卵だけは食わず嫌い治ってないんだよな。一応、箸で良いのかな。

 箸を握って、手をプルプルと震わせていると、新田さんが俺の手から箸をとって、ゆで卵の先端を抉って摘んだ。

 

「はい、あーん♪」

「………」

 

 退路は完全に塞がれた。この人、優しいのか鬼なのか分からないんだけど。

 

「……あの、自分のペースで食べたいので………」

「北山くんのペースに合わせたら、ゆで卵が腐るまで食べないで不可抗力にするつもりな気がするからダメ」

「そんな事しないですよ!」

「はいはい。良いから口開けて」

「っ………」

 

 くっ、声の艶が半端じゃ無い……!そして、その声がまた可愛いんだよ畜生……!

 仕方ないので、控えめに口を開いた。それに合わせて新田さんの箸に摘まれたゆで卵の端が侵入してきた。舌の上に乗せ、咀嚼して飲み込む。

 

「どう?」

「……ま、まぁ、不味くはないです………」

 

 美味しくもないが。料理上手の新田さんが作ったゆで卵で、ようやく食べられなくはないレベルって事は、やはりゆで卵は好きにはなれないかな。

 だが、新田さんは別の意味で捉えてしまったようだ。

 

「ふふ、素直じゃないんだね。意外と」

「……や、そういうんじゃないんですけど」

「はい、二口目。あーん」

「………」

 

 結局、丸々一個食べ終えた。美味いとは思えなかっただけあって、かなりキツくて机に伏せたら、フワッと頭に手が乗せられた。

 

「はい、よく頑張ったね」

 

 普段の三倍くらい優しい声音で頭を撫でてくれた。その声が優し過ぎて、なんか姉にあやされてる気分で逆に恥ずかしくて、カァッと顔が赤くなったのを感じた。

 

「こ、子供ですか俺は!」

「ふふ、ごめんね。なんだか何となく弟に似てて可愛かったから」

「も、もう、ご馳走さま!」

 

 それだけ言って食器を流しに戻して洗面所で歯磨きを始めた。なんか、昼間の仕返しをされた気分だ。

 その仕返しをした新田さんは、俺が黙々と歯磨きをしてる間に、新田さんは食器を洗ってくれている。その姿を見ると、さっきからかわれたのをすっかり忘れ、再び感謝したくなってしまう。

 そういえば、一週間後の新田さんへのプレゼント、何にしようかなぁ。これから冬だし、やっぱりマフラーとかそういうのが良いかな。でも、使ってくれるのは随分と先になりそうだし……。まぁ、一週間あるし、それは後々考えるか。

 歯磨きを終えて、ついでにシャワーを浴びる事にした。シャワーってあれなんだよな。骨折してる時は専用のビニールが必要で面倒臭いんだよな。まぁ、仕方ないんだけどさ。

 ビニールを装着して身体を洗い、さっさと上がった。まだ夏出たばかりだし、お湯に浸かる必要はないだろう。ていうか骨折してる時は湯船浸かれないでしょ。

 体を拭いてパジャマになって居間に戻ると、床で新田さんが寝息を立てていた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 ……なんか、寝顔も色っぽいな………。この人、本当に大学生?てか、なんで寝てんの?いや、今日一日中は俺の世話をしてくれてたんだから、疲れが溜まってたんだろうけど……。

 にしても、その……骨折してるとはいえもう少し男の部屋を意識して欲しかったんだけど………。

 

「………」

 

 ええと、どうしよう。本当は起こすべきなんだろうけど、疲れてるんだろうなぁって思うと起こせない。

 てか、もう21時半過ぎてるし、女の子をこんな時間に歩かせるわけにはいかないか。俺、骨折してて送れないし。

 取り込んでくれた布団を敷いて、新田さんをその上に置いた。もちろん、脚の所為で持ち上げることはできないので、両手で新田さんの脇の下から手を通し、ケンケンをしながら引き摺って布団の上に乗せた。結構、衝撃走った気がしたんだけど、よっぽど疲れていたのかピクリとも起きなかった。

 ………さて、俺も寝るか。流石に同じ布団で寝るわけにはいかないので、押入れから布団をもう一枚出した。友達が出来て、泊りに来た用に二枚用意してあったんだよな。使い道がこんな感じで来るとは。

 新田さんの布団の隣に敷いて、その上に寝転がった。

 

「………」

 

 何となく惜しい気がして、新田さんの寝顔を写メった。さて、寝るか……あ、でも今更だけど新田さんパジャマじゃないんだよな……。夜中起きるかもしんないし、一応、ジャージだけ用意しておくか。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

北山家の夜中(1)

 夜中。いつの間にか寝てしまっていた私はふと目を覚ました。見慣れない部屋の中、一瞬拉致監禁でもされたのかと思ったが、両手足は自由だし、何より隣で北山くんが寝てるので、そういえば寝落ちしてしまったことを思い出した。

 当然、今更になって異性の部屋に泊まってる現状を理解し、1人で顔を真っ赤に染めた。

 

「な、何やってるのよ、もう……。美波のバカ」

 

 はぁ……泊まりまでするつもりはなかったのに……。

 時計を見たが、時刻は深夜の2時を回っている。流石に今の時間、1人で家を出るわけにはいかないのは理解していた。

 だけど、このまま泊まっていっても良いのかと思うと、それもまたダメな気がする。隣の北山くんは気付いてくれないけど、私だって一応アイドルだ。それが付き合っても無い男の家で泊まりなんて大問題だろう。文香ちゃんのように付き合ってるならまだしも。

 どうしたものか考えながら、とりあえず起き上がって水を飲みに行った。水道水を汲んで、一口飲むとトイレを借りて、再び布団に戻った。

 うーん……どうしよう、やっぱ帰った方が良いかなぁ。

 

「……あっ」

 

 私が寝ていた布団の枕元にジャージが畳まれてるのが見えた。その上にはメモ用紙が置いてある。

 

『起きたら着て下さい。オレより』

 

 その手紙を見て、思わずクスッと微笑んだ。オレって……大体、2人しかいないんだから、誰が用意してくれたかなんて分かるわよ。

 ま、今日くらいは泊まっても良いかな。せっかく用意してくれたからね。

 着替えようと思い、その場で服に手を脱ごうとしたけど、目の前で寝てる北山くんが見えたので、一応洗面所に行くことにした。奈緒ちゃんや比奈さん的に言う「フラグ」というのを建てたくなかった。

 洗面所で上半身に着てるものを脱いだ所で、ブラに手を掛けて動きを止めた。普段、寝る時は下着を外すのだが、今日は遊歩の家にいる。男の人の前でノーブラでいるのは、例え寝間着でも恥ずかしい気がした。ていうか、恥ずかしいよね。

 

「………」

 

 あ、でも北山くんは朝は起きるの遅いんだよね。それなら、問題ないかな。万が一の時でもチャックを上げきれば問題ないよね。

 ブラを外し、ズボンも脱いでジャージを履き、最後に上半身のジャージのチャックを上げようとした。

 

「……あれっ?」

 

 だが、おへその少し上辺りで止まってしまう。胸が引っ掛かって上がり切らないのだ。あ、ていうか、北山くんって私より少し小さかったっけ……。てことは、サイズは当然小さいし、胸の分を考えればキツくなるのは当然だよね。

 仕方ないので、力づくで無理矢理チャックを引き上げた。何とか上まで上がったが、胸の辺りがかなりキツイ。

 

「……これじゃブラしてるのと変わらないじゃない……」

 

 何やってんだか……。や、もうこれで良いかな。

 明日もつけなければならないので、ブラをタオルの横に掛けて、トボトボと布団に戻ると、北山くんの脚が視界に入った。ギプスが装着されていて、痛々しさが出ている。あれ、私達を送ってくれたから、怪我しちゃったんだよね……。多分、北山くんも疲れが出ていたんだと思う。考えれば、バイトしてお祭り行って私の事をおんぶしてくれたんだから、北山くんにだって疲れが出ないわけがない。

 本人は「勝手に自分が転んだだけ」と言っていたが、やはり気になってしまう。気にしない方が本人は喜ぶと分かっていてもだ。

 

「………」

「……んっ……」

「!」

 

 寝ているはずの北山くんの口から吐息が漏れた。やはり足の怪我が痛いのかな、そう思ったのだが、吐息の次に寝言が漏れた。

 

「……あーにゃ、さん………」

「………」

 

 どうやら、アーニャちゃんが夢に出ているようだ。

 ……なんか、気に入らないなぁ。私の方がたくさん関わってるのに、それでもアーニャちゃんが好きなのが。いや、恋愛的な意味じゃないのは分かってる。

 でも、その、何?気に入らない。私の事はアイドルだって気付いてもくれないのに。気付いて欲しいわけでもないけど。

 すると、寝言に続きがあることに気付いた。

 

「……けっこん、して下さ………」

「………」

 

 この人、何言ってるんだろう……。比喩表現だよね。その辺大丈夫なんだよね?そんなにアーニャちゃんの外見が好みなのかな……。

 

「……ぅあっ、に、にったさん………!」

「っ!」

 

 わ、私の名前が出てきた⁉︎ど、どんな夢なんだろ……。……って、なっ、なんで、少し喜んでるのよ、私。大体、北山くんの言うことなんて大抵、ロクなものでは……。

 

「……ごめんなさい怒らないで!そのゴリゴリに鍛え上げられた、バイスクロー……空中に浮いてるバスケットボールを片手で掴む技並み、ある意味では万力ともタメ張れる剛力握力でのアイアンクローは勘弁して下さい」

「なんで私への文句は流暢なのよ!」

 

 寝言でも腹立つ!何なのこの人⁉︎流れるような例え文句!

 もう……本当に変な子なんだから……。まぁ良いよ。寝てる人に腹を立てても仕方ないしね。

 

「はぁ……バカらし、寝よ……」

「いだだだだ!ごめんなさいごめんなさい御免なさい御免なさい!」

「う、うるさい……!」

 

 どんな目に遭わされてるのよ……。あ、アイアンクローか。

 ……なんか申し訳ないし、少しは慰めてあげようかな。いや、夢の中でテンション上がってアーニャちゃんにプロポーズした北山くんが悪いんだけどね。

 

「それ、夢だから。安心して良いんだよ」

 

 昔、怖い夢を見て泣いてる弟を慰めてあげたように、頭を撫でてそう言った。

 これやると、不思議なことに怖い夢が解散されるようで、弟も目の前の北山くんも大人しくなった。こういう大人しい寝顔は子供っぽくて可愛いんだけどなぁ。目を覚ますと礼儀正しいヤンチャ高校生って感じ。

 

「あ、新田さん。後ろお化け」

「………」

 

 ダメよ、イラっとしては。というか、さっき謝ったばかりなのに懲りないね、君も。もしかして、怒られたくてそういう事してるのかな?……あ、そう考えると、なんかカマってちゃんな小学生みたいで可愛いかも。

 ………って、何してるの私。微笑ましく思ってる場合じゃないよ。明日は北山くんより早く起きなきゃいけないんだから早く寝なきゃ。

 北山くんの頭から手を離して布団の上にゴロンと寝転がった。

 その直後だった。バツンッ、と。バツンッという何かが勢い良く外れる音と共に、何かが私の胸元で弾け飛んだ。

 それと共に私の胸元から何かが発射され、それが北山くんのおデコにクリティカルヒットした。

 

「いだっ⁉︎」

「っ⁉︎」

 

 何が起こったのか分からないが、とにかく私から何かが発射されたのは間違い無いので、慌てて寝返りをうって背中を向けた。

 

「ってぇ……な、なんだ?何が飛んできて……」

 

 後ろからそんな声が聞こえて来る。多分、起きてしまったのだろう。うぅ、ごめんね。北山くん………。

 しかし、何が起こったんだろう。発射元と思われる胸元を見ると、ハラリとジャージがはだけていた。下側の胸は乳首に至るまで丸出し状態だ。

 

「ーっ⁉︎っ⁉︎っ⁉︎」

 

 慌てて両手で胸前を隠し、身体を隠すように蹲った。え、待ってなんで⁉︎どういう事⁉︎ち、チャックは……!

 ………あ、まさか。私の胸元から発射したのって……。

 

「あれ、なんだこれ……。………チャック?」

 

 やっぱり!ていうか、マズい!変に勘の良い北山くんには気付かれるかも……!

 

「なんでこんなもんが……」

 

 お願い!それ以上追求しないで……!

 

「ま、どーでも良いや……。ふわあぁあぁぁ……眠っ……」

 

 後ろから、カチャッと小さいものが床に落ちた音がした。

 ……た、助かった、のかな……?ホッと胸を撫で下ろしながら、チャックが失くなり、開きっぱなしになったジャージで必死に胸を隠してると、後ろからムクッと起き上がる音が聞こえた。

 

「おしっこ……」

「っ!」

 

 な、なんてタイミングでッ……!ていうか、女の子の前でそういうことは言うなと……!いや、私は寝てると思ってるだろうし仕方ないには仕方ないけど……!

 モゾモゾと動いて胸を隠すと、廊下の奥に北山くんは消えて行った。い、今のうちにチャックを回収しないと……!チャックがあればまだ直せるはず……!

 そう思って、さっき聞こえた音の方に目を向けた。チャックを手に取ると、慌てて付け始めた。だ、大丈夫……!こういうのの直し方は響子ちゃんに教わって……!

 カチャカチャと手元を動かしてると、バシャアァッと水を流す音が聞こえた。流石、男の子。用を足すのも早い。

 

「ふぃ〜……」

 

 早く布団に戻って!じゃないと落ち着いて作業も出来ないから……!

 

「喉乾いたわ。水飲もう」

 

 早く戻ってってば!台所からここは丸見えなんだから!

 ジャージを着てるように見せるために、ほとんど無理矢理両手を組んでジャージを着てる形を取り繕っている。けど、じっくり見られたらとても隠し通せない。

 

「………なんで新田さん、腕組んで偉そうに寝てんだ?」

 

 ほっといてよ!蹲ってるんだから偉そうには見えないでしょ⁉︎ていうか、いいから早く寝てよ!

 

「……ああ、そういうことか」

「ーっ!」

 

 ば、バレた……?ヤバイ、このままじゃ痴女認定されるかも……!いや、下手したら襲われる可能性だってゼロでは……!

 だが、北山くんは何を思ったか、居間を出て何処かに行った。な、なんかよくわからないけど、今のうちにチャックをつければ……!

 

「ふー、これこれ」

 

 もう戻って来た⁉︎ていうか、さっきからまさかわざとじゃないよね⁉︎

 そもそも、何を取りに行ったの?ダメだ、目を閉じてると聴覚情報しか入ってこないから不安だ。SMプレイで感じてる人達は絶対にイカれてる。ていうか、私まで少し思考が変になってきてるような……!

 そうこう考えてるうちに、足音は私の枕元で止まった。えっ、まさか……本当に襲う気なんじゃ……!

 冷たい汗が頬を伝った直後、フワッと何かが私の身体に掛けられた。目を閉じていても分かる。これは……薄生地の毛布……?

 

「おやすみなさい、新田さん」

 

 照れ臭そうな声で頭上からそう言うと、北山くんは私の隣に寝転がり、寝息を立て始めた。

 なんで毛布を持ってきたか、それはすぐに分かった。私の事情を察してでは無い。ただ、ジャージで胸を隠して寝てる姿を、偉そうに腕を組んでると思ったのではなく、寒いから両手で身体をさすってると見たのだ。

 だから、自分の用は済んでるのに、足の怪我もあるのに、わざわざ別室まで戻って毛布を持って来て、私に掛けてくれた。

 結果、私はチャックを直すのに最高のコンディションを手に入れたわけだ。

 さっきまでとは違い、落ち着いてチャックを直し、ジーッと上に挙げた。チャックは胸の登りの途中で壊れていて、上まで上げることは叶わなかったが、私は気にしなかった。

 正直、この時期に毛布は暑苦しい。だからだろうか、北山くんが毛布をかけてくれた意図を理解してから、緊張してる時のように身体が熱い。心臓の動悸が収まらない。

 この心臓の動悸の理由は、この時の私はまだ分からなかった。ただ、翌日はとても気分良く目を覚ますことができた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

高2の2学期はイベントが多いけど楽しめるのはリア充しかいない。
やらなきゃいけないことは忘れないうちに。


 一週間が経過した。その間、新田さんはほぼ毎日のように俺の世話をしてくれて、平日は朝は当然来れなかったものの、夕方は晩御飯だけ作りに来てくれていた。

 で、今は病院。ギプスを外してリハビリの説明を受けて、少しリハビリもして病院を出た。なんか「回復が異常に早いですね、少し気持ち悪いです」とか言われたんだけど、褒められてるのか貶されてるのか迷う所だ。

 まぁ、そんな話より俺はこれから新田さんにお礼のプレゼントを買いに行かなければならない。松葉杖は片方だけになり、少し便利になった。この後も何回か通う必要はあるが、生活範囲は広くなるはずだ。

 ロビーに出て辺りを見回してると、声が聞こえて来た。

 

「……あっ、遊歩くん!」

 

 振り返ると、新田さんが飲み物を持って走って来た。そういえば、何故か新田さんは俺を下の名前で呼ぶようになった。なんでだか知らないが、距離が縮まったみたいで嬉しいです。

 

「お疲れ様。はいっ」

「すみません、待たせちゃって。退屈だったでしょ?」

「まぁ、少しね。それよりも、まだ松葉杖あるの?」

「あ……はい。しばらくリハビリしないといけないんで」

「そっかー。じゃあ、もう少し私いた方が良いかな?」

「いや、流石に申し訳ないですよ。片方の手は使えますし大丈夫です」

「うーん……でも、不便じゃない?」

「何とかなりますから。それより、この後は暇ですか?」

 

 さっさと話題を変えた。新田さんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないし、俺的にはこっちの方が重要だ。

 俺の問いに対し、新田さんは少し俺を真顔で見た後に答えた。

 

「暇だよ。正確に言うなら、遊歩くんのお世話で忙しいけど」

 

 は?……ああ、今日まではお世話してくれるってことか。

 

「なら、ちょっと出かけませんか?」

「良いけど……脚は大丈夫なの?」

「はい。ていうか、買わなきゃいけないものがあるんですけど、買い物一人じゃキツいんですよ」

「分かった。じゃあ、行こっか」

 

 との事で、二人で病院を出て出掛け始めた。さて、とりあえずどうすっか。飯は2人で病院で食べたから、そのまま出掛けちまうか。

 

「よし、とりあえずデパートでも行きますか?」

「あら、エスコートしてくれるの?」

「まぁ、はい」

「なら、お願いね」

 

 言いながら手を差し出して来る新田さん。ああ、手を繋げってことか。片手空いたから支えてくれるって意味だろう。ありがたくその手を取って歩き始めた。

 

「で、何を買いに行くの?」

「あー……アレだ。最近は自分の好きなもの買いに行けてなかったから」

「ふーん……。遊歩くんの好きなものって?」

「雑食ですね、俺は。ゲームも漫画もアニメも映画も音楽も飯も運動もお洒落も全部広く浅くって感じですから」

「ふーん……にわかって奴だね」

「……まぁ、そうですね」

 

 にわかで良いんだよ。どんな世界も深く入り過ぎるとハマっちまうからなぁ。

 

「勉強はしないの?」

「べ、勉強……?」

「そう。しないの?」

「……し、しないことはないですけど………」

「……あ、もしかして成績悪いんでしょ」

「……都会の勉強が難しいんです」

「いや、基本的な教える内容はどこの高校も同じだと思うけど」

 

 ……うるせ、勉強が苦手ったら苦手なの。ていうか、勉強が出来るやつって逆に病気だろ。どんな頭したら勉強出来るようになるの?

 

「……これは、中間試験の前も面倒見てあげないとダメそうだね」

「いや、いいです」

 

 申し訳ないってのもあるが、それ以上に新田さんの勉強ってスパルタっぽいんだもん。命がいくつあっても足りなさそう。

 

「ちなみに、何の科目が苦手なの?」

「……英語以外全部」

「……これは教え甲斐がありそうだね」

「そ、それより早く行きましょう!夜まであんま時間ないんですから!」

 

 そ、そうだよ。夜まで時間ないんだし、早く行かないと。

 目的地に到着し、店の中に入った。さて、これから新田さんへのお礼の品を買わないと。新田さんに勘付かれないように。やっぱこういうのはサプライズのがカッコ良いでしょ。

 

「何を買うの?」

「うーん……プレゼント?ですね」

「……そうなんだ。誰に?」

「お世話になってる人にです」

「あ、私に?」

「………」

「図星だ」

「……なんでわかるんだよ……。ていうか、わかっても口に出さないで下さいよ……」

「自分で言うのもあれだけど、お世話してるなーって思うから。まぁ、私が好きでやってるんだけどね」

 

 相変わらず、中々俺に格好つけさせてくれない人だ。俺が隠すのが下手すぎるのかな。

 何にしても、バレちまったもんは仕方ない。ストレートに聞こう。

 

「……まぁ、そういうわけなんで、なんか欲しいものあります?」

「うーん……とりあえず、お店を見て回ろっか」

「分かりました」

 

 新田さんと手を繋いだまま移動を始めた。こういう足が不自由な時には、ほんとエレベーターやエスカレーターって便利だと思うわ。

 まず入ったのは、帽子とか手袋とかの店。マフラーも売ってんな。小物?いやアクセサリーか。寒さに弱い俺にこの手のアイテムは必須だが、今日は俺の買い物ではなく新田さんへのプレゼントだ。

 

「遊歩くん、こっちこっち!」

 

 先に中に入った新田さんが手招きしてるので、松葉杖をつきながら歩いた。

 

「なんか良いのあったんですか?」

「はいっ」

「は?」

 

 突然、頭に何かを乗せられた。で、鏡を見せられて見てみると、頭に次元○介みたいな帽子が乗せられていた。

 

「……なにこれ」

「ふふっ、全然似合ってない」

「いや、新田さんが頭につけたんですよね⁉︎」

 

 なんて人だ。いや、自分でもこういうダンディーなものは似合わないと思うが。

 

「うーん、まじめな話、あなたにはこっちの方が良いかもね」

 

 言いながら渡されたマリオの帽子みたいな形の帽子を被ってみた。

 

「……似合ってない」

「おい、俺で遊ぶのやめてくれませんか」

「ごめんね、今のは本当に似合うと思って渡したの。……似合わなかったけど」

 

 悪かったな。昔から帽子は似合わないんだよ。小学校の時に田植え体験で渡された麦わら帽子が面白いほど似合わなくてからかわれた事もあったんだからやめろ。

 

「俺の帽子はいいんですよ。新田さんは何かありませんか?」

「うーん……どうだろ。私もあんま帽子とか被らないし……」

 

 じゃあなんでこの店に来たの……。いや、帽子以外にも色々売ってるんだけどさ。

 

「あ、こんなのどうかな?」

 

 新田さんは楽しそうに耳当てを手にとって耳に付けた。

 

「……ああ、良いんじゃないですか?とても良くそれなりに似合ってると思います」

「それどっちなの……?」

「けど、俺ならこっちを推しますね」

 

 薄い緑の耳当てを渡した。

 

「……緑?」

「はい」

「あまり言われた事ないけどなぁ。大体、みんな私には青とかピンクとか白とか勧めてくるけど……」

「まぁ、とにかく付けてみて下さいよ」

 

 渋々、といった感じで耳当てを装備する新田さん。さっき見せられた手鏡を持って顔を写した。

 

「ど、どうかな……?」

「はい、似合ってませんよ?」

 

 笑顔でそう言うと、一瞬だけ顔を赤くして耳当てを取ると、逆に可愛らしい笑顔を浮かべて、その辺からマフラーを持って来た。

 

「そっか。なら、遊歩くんにはこの赤いマフラーが似合いそうね」

「えっ、俺あんまり赤は……」

「例えば、そうねぇ……。間違えて首締め上げちゃって、吐血した時なんか上手くごまかせるんじゃない?」

「えっ、待って。マフラーをピンと張りながらこっちに来ないで……大体、それ売り物……」

「すみませーん、こちらのマフラーいただいてもよろしいですか?」

「買ってまで制裁したいの⁉︎」

 

 この後、血は吐かなかったけど締め上げられた。

 

 ×××

 

 買ったマフラーで締め上げられ、咳き込みながら店を出た。ああ……お花畑が見えた……。最近、新田さんの制裁が激しくなって来てる気がする……。今のは効いたぞ畜生……!

 

「まったく……すぐにそういう風にからかって来るんだから……」

「……先にからかって来たのはそっちじゃ……」

「何か言った?」

「いえ、何も」

 

 怖っ。ゾーンに入ってる天才バスケット高校生並みの圧力。

 しかも、その鞄に入ってるマフラー俺の金で買わされたからな。自分が被害者になる殺人未遂の凶器を俺が買うのはおかしいと思います。

 で、今は帰宅中。まぁ、もう夕方だから仕方ないとは思うが、にしても一つだけ気がかりなことがある。

 

「あの、プレゼントそのマフラーで良かったんですか?」

「良いの。大体、お金無いのに二つも三つも買ってもらえないよ」

 

 ……だったら首絞めるためにマフラーなんて買わないで欲しいんですけど……。いや、言ったらどうせ怒られるしやめておこう。

 

「それに、これからも面倒見ないといけないし、せっかく買ってもらうならその時にするよ」

「……はい?」

 

 今なんて?

 

「や、だからこれからも面倒見ないとって」

「な、なんでですか⁉︎」

「だって、まだ松葉杖なんでしょ?なら不便じゃない」

「でも、さっきいいって言ったじゃないですか」

「言ってないよ。勝手に遊歩くんが話を切り上げたんじゃない」

 

 うぐっ……ま、まぁそうだが。まさか、その後に言ってた「正確に言うなら遊歩くんのお世話で忙しいけど」って、今日だけでなくこれからも俺の世話をするって意味だったのか?

 

「い、いやいや、でも申し訳ないですから……!」

「気にしなくて良いの。……それに、半分は自分のためなんだ」

「へっ?」

「何でもない。さ、それより帰ろ?今日の晩御飯はカレーだよ」

「は、はぁ」

 

 楽しそうに俺の隣を歩く新田さん。鼻歌まで歌ってるけど、何がそんなに楽しいんだろう……。

 もしかすると、新田さんも一人暮らしで、一人より二人で生活してた方が楽しいとかそういう事なのかな。

 でも、まぁ実際俺も少し新田さんがいなくなると思うと寂しかったからな。何となく良かったかもしれない。

 そんな事を考えながら帰宅してると、うちの部屋の前に誰かが立ってるのが見えた。インターホンを押そうと指を伸ばす度に指を引っ込める銀髪の少女。

 ………えっ、アレもしかして……。

 

「あれ?アーニャちゃん?」

 

 新田さんが反射的に漏れたように名前を呼ぶと、アーニャさんは振り返った。俺と新田さんが2人で立ってるのを見て、驚いた表情を見せた。

 

「キタヤマ……ミナミ……?」

「どうしたの?こんなところで……」

 

 ……あっ、そういえば、まだアーニャさんに連絡してない。色々あって連絡するの忘れてた……。

 俺と新田さんの姿を見るなり、ぷくーっと頬を膨らませたアーニャさんは、階段から降りて俺達の前に走って来た。

 

「キタヤマ!どういう事なんですか⁉︎全然、連絡も寄越さないのにミナミと一緒にいるのは!」

「あ、いやそれは……」

「えっ、北山くんまだ連絡してなかったの?」

「あ、あーいやそれは……!」

 

 てか、なんか呼び方戻ったぞ。

 そんなこと気にしてると、アーニャさんが引き続き怒った様子で問い詰めて来た。

 

「大体、なんですかその怪我は⁉︎何があったらそんなことに……!」

「い、いやその……!」

「とにかく、話を聞かせてください!」

 

 ど、どうしよう。怒り心頭だよ!何とか落ち着いてお話ししたいんだけど……うちで良いのかなぁ。でもそこしかないか……。

 

「ま、まぁ、とりあえずうちでお茶でも……」

 

 うちで話すことになった。卓袱台に座り、俺とアーニャさんは向かい合って座っていた。……とってもジト目で見られてる。

 

「はい、2人とも。お茶が入りましたよー」

「……キタヤマが説明したわけでもないのに、お茶の場所がわかるんですね、ミナミ」

「……あの、アーニャちゃん?私にも怒ってる……?」

「……ミナミはキタヤマの隣に座りなさい」

 

 そんなわけで、2人揃って隣に座った。アーニャさんの怒りのオーラはとんでもない。が、それは俺だけに向けられたものではない。新田さんにも向けられている。

 なんだかわけのわからないまま、アーニャさんは尋問を始めた。

 

「それで、これは一体どういうことなんですか?」

 

 問い詰められ、どっちが答える?みたいなやり取りを俺と新田さんの間で視線で交わした後、俺から答えた。

 

「……その、夏休みに最後に会った時にですね……」

「はい」

「帰り道に足を滑らせて坂道からスキーで転んだ人の如く10メートル転がってしまいまして……それで骨折してしまって……。その時にスマホが壊れまして……」

「それで?」

「結局、夏休み終わるまで連絡できなくて……。で、学校が始まって街歩いてると、偶々新田さんと再会しまして……。それ以来、怪我してる俺のお世話をしてくれることになりまして……」

「それで、ミナミと一緒にいたと?」

「はい……」

 

 黙り込むアーニャさん。何かを考え込んだ後、引き続きジト目で続けた。

 

「……連絡できなかったことは分かりました。ミナミがここにいる理由も。でも、夏休み終わってからはミナミから連絡先貰えば、連絡出来ましたよね」

「そ、そうだよ、北山くん。なんで連絡しなかったの?私、連絡先あげたよね?」

「ミナミもミナミです!なんで私にキタヤマと連絡取れたことを教えてくれなかったんですか⁉︎」

「そ、それは……北山くん本人から連絡きた方が喜ぶと思って……」

「私はキタヤマと連絡を取れた時点で喜びます!」

「え、何それ嬉しい」

「怒ってるのに喜ぶなんて、バカにしてるんですか⁉︎」

 

 あ、ヤバい。ついうっかり怒らせちまった……。目の前でぷんすかと腹を立ててるアーニャさんを見てると、新田さんが隣から肘で突いて来た。

 

「もうっ、北山くんの所為だからね」

「や、それはそうですが……。でも、新田さんが怒られてるのは俺じゃなくて自分が俺と会ったこと隠してたからでしょ」

「で、でも、ちゃんと北山くんが話してくれてたら私も貴方も怒られてないんだからね」

「いやまぁそうですけど……」

「随分と仲良くなったんですね、2人は」

 

 アーニャさんにジロリと見られ、俺も新田さんも押し黙った。

 

「……本当に、心配してたんですから。キタヤマ……」

 

 泣きそうな顔でそう言われてしまい、流石に少しグサっと心臓に何かが刺さった気がした。

 

「す、すみません……」

「まったく……まぁ良いです。こうして会うことが出来ましたから」

「そうよ、アーニャちゃん。なんで北山くんの家を知ってるの?」

「実は……昨日、遊んでくれないミナミが気になって後をつけたのですが……その時に、この家に入って行くのが見えて……」

 

 なるほど、つけてたのか。そういうの、新田さんは嫌いだぞ?俺が新田さんにそういう事したらキャメルクラッチ喰らってるわ。

 だが、新田さんは仕方ない子を見る目でアーニャさんの頭を撫でると、微笑みながら言った。

 

「まったく……仕方ないんだから」

「すみません……でも、気になって。ミナミが私と仲良くなくなってしまったんじゃないかって……」

「そんな事ないわよ。ただ、北山くんが困ってそうだったからほっとけなかったの。ごめんね?」

「なんかアーニャさんに甘くね⁉︎」

 

 何その菩薩的な反応!俺にも優しくしてよ!

 

「当たり前じゃない。やる事もやらずにアーニャさんを悲しませた人に優しくなんてしません」

「うぐっ……!」

「ううー……ミナミー」

「よしよし、アーニャちゃん」

 

 クッ……!人の家で百合百合しやがって……!羨ましい……!

 

「はぁ……すみませんでした……」

 

 とりあえず、今の俺には謝ることしかできないので頭を下げた。すると、何かを思い付いたのか新田さんはアーニャさんの耳元で何か囁いた。

 それをアーニャさんは微笑みながら答えた。

 

「今度、ミナミと行くテニスに私も連れて行ってくれたら、許してあげます」

「はっ?そ、そんなんで良いんですか?」

「あと、コートのお金とか全部奢りね」

 

 新田さんが付け加えるように言った。そ、それで良いならむしろ奢らせてくれって感じなんだが……。

 まぁ、2人がそれで良いというなら良いか。

 

「……わ、分かりました」

「よし、じゃあ今日は3人で晩御飯にしよっか」

 

 新田さんは立ち上がり、台所で調理を始めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

平日はこんな感じ。

 学校。今は体育の授業中だが、足の怪我で見学。バレーボールの様子を、壁にもたれかかって座りながら眺めていた。

 あー、しかし暇だ。俺も身体を動かしたいが、この怪我で飛び跳ねの激しいバレーボールなんてやれば悪化じゃ済まないだろう。

 けど、やはり退屈なもんは退屈だ。……新田さんかアーニャさん、暇かなぁ。L○NEしてみよう。

 3人のグループのトークルームを開いて、メッセージを送ってみた。

 

 北山遊歩『暇』

 北山遊歩『体育超暇』

 

 漢字だけの文でなんか中国語っぽいな……。ワタシ、ユウホアルネ!……語尾にアル付ける中国人って006と神楽と劉偉以外にいるのかしら。

 ボンヤリとスマホを見てると、返事が来た。

 

 アーニャ『私も暇です』

 アーニャ『授業、退窟です』

 

 退窟……?ああ、退屈か。まぁ、外国の方だし誤変換はあるだろう。

 

 北山遊歩『何の授業なんですか?』

 アーニャ『日本酒です』

 アーニャ『日本史』

 

 ビックリした、その担当教師は趣味で授業してんのかと思ったわ。ちなみに、正月とかは親の酒を普通に飲んでる身としては、少し興味があるとは言えない。

 

 北山遊歩『まぁ、興味ない授業だとそうなりますよね』

 アーニャ『いえ、興味はあります。南と夕飯の国の歴史ですから』

 アーニャ『美波と遊歩です、スミマセン』

 

 夕飯……確かに俺の名前出そうとすると夕飯出て来るよな。ちなみに、この前の件でアーニャさんも結局、俺のこと下の名前で呼ぶことになった。本人曰く「ミナミだけ許されるのは狡いです!」だそうです。どうやら、こっちが強くなるしかないようだ。

 

 アーニャ『ただ、歴史の先生の声は眠くなるんです』

 北山遊歩『あーそういう人いますよね』

 北山遊歩『俺も全科目眠くなります』

 アーニャ『それは集中力がなさ過ぎるか、1〜6限までずっと寝てるだけでは……?』

 

 はい、その通りです。

 

 北山遊歩『まぁ、学校の勉強なんてしても意味ないですから』

 北山遊歩『就職するためには資格の勉強した方が良いですよ』

 

 まぁ、俺は資格なんて取ってないが。つまり、初めから勉強が出来ないタイプ。

 

 アーニャ『でも、私もうアイドルやってますから』

 

 そういやそうだったな。今更だけど、俺って今、アイドルとL○NEしてるんだよなぁ。

 

 北山遊歩『良いなぁ、既に就職してる人は』

 アーニャ『いえ、でもアイドルの後も考えなくてはならないので』

 

 む、確かに。

 

 アーニャ『遊歩は将来は何になりたいのですか?』

 北山遊歩『まだなーんも考えてないです』

 アーニャ『大丈夫なんですか?』

 北山遊歩『とりあえず、大学進学だけは決まってます』

 

 多分、大学は東京の行くし。いや、進路も何も決まってないのにどこのか大学行くかなんて決まってないんだけどさ。

 

 アーニャ『何処の大学ですか?』

 北山遊歩『そこは全然決めてないです』

 アーニャ『そうですか……。では、もしかしたら来年で遊歩とはお別れかもしれないですね』

 

 あー、そう言われりゃそうかも。もしかしたら地元の大学通うかもしれないし、そうなると二人と会う機会はなくなるだろうな。

 

 北山遊歩『まぁ、人との出会いは一長一短と言いますから。それまでは3人で出掛けたりしましょう』

 アーニャ『そうですね』

 

 うん、我ながら頭良さそうなこと言ったわ。日本独特の四字熟語を使い、アーニャさんも日本語の勉強になっただろう。

 

 美波『それを言うなら一期一会よ。それと、使い所も違うからね』

 

 ……頭の良い大学生から的確過ぎるツッコミが入った。

 

 美波『ていうか、2人とも今は授業中でしょ?どうしてスマホいじってる暇があるのか問い詰めるから、覚悟してね』

 美波『2人とも、聞いてるの?』

 美波『既読無視は良くないよ』

 美波『おーい』

 

 ヴッヴッヴッとテンポ良く震えるスマホの電源を落として、ポケットにしまって授業の様子を眺めた。

 

 ×××

 

 学校が終わり、放課後。さて、新田さんにバレないように帰らないとな。

 とりあえず、遠回りして帰ろう。普段、下校してる道は新田さんも知ってるため、他の道を使う事にした。

 公園を通る道は実は近道だったりする。ただ、子供がよくボールで遊んでるので、飛んで来たら危ないし、気も使わせるかもしれないので普段は通らないが、今日は生命の危機なので避けざるを得ない。いや、流石に命までは取られないと思うけど。

 でも怒られるの怖いから逃げます。だってあの人の制裁痛いんだもん……。

 俺と同じ、逃げる立場のアーニャさんと待ち合わせしてるから、そこから先は2人でデートしながら帰宅である。超楽しみでござる。

 そんな事を考えながら、ウキウキしつつアーニャさんと合流地点の公園に入った直後、新田さんとアーニャさんが待機していた。

 

「こんにちは、遊歩くん」

「……あの、なんで、ここが……」

「ヒント、アーニャちゃん」

「答え合わせじゃねぇか……」

「ごめんなさい、ユウホ……。言わないと、脇の下に指を挟んで1分間こまめに動かすと……」

 

 どんだけ可愛い脅迫だよ。俺にもそれくらい優しくして欲しいものだ。

 ていうか、俺がアーニャさんと帰ろうとしてる事とか全部読まれてたんだな。これだから頭の良い人は……。

 

「さ、早く帰ろうね。足が悪化するといけないから」

「……はい」

 

 新田さんが空いてる右腕を支えるように組んできた。胸が当たり、まるで恋人のように見える光景だが、周りに見えないように右腕の関節決められてるので超嬉しくない。

 

「あの、新田さん……。右腕痛いんですけど……」

「何?もっと締めて欲しい?」

「いえ、すみませんでした……」

 

 くっ……こんな事なら逃げるんじゃなかった……。家に着くまでは我慢するしかなさそうだ。

 右腕が痺れてきて涙目になってると、隣でむーっと唸ってる可愛い生き物が視界に入った。

 

「アーニャさん、助けて下さい……」

「羨ましいです」

「えっ、何が?」

 

 締め上げられてる事が?マゾなの?マゾでも天使だが。

 だが、別にマゾというわけではないようだ。

 

「お二人です!私も腕を組んで歩いてみたいです!」

 

 あ、この子には締め上げられてるの見えてないんだ。

 

「あら、じゃあアーニャちゃんは私の反対側に来る?」

「はい。ミナミの反対側もらいます!」

 

 いや、待てよ?これは使える。

 

「いや、俺の隣来てくださいよ」

「へっ?」

「ほら、俺とアーニャさんはこうして腕組んでもらった事ないじゃないですか。まぁ、これは腕を組むというより体を支えてもらってるんですが」

 

 何より、隣の関節技を外して欲しい。そのためには割と悪くない戦略なんじゃないだろうか。そして、良い人のアーニャさんなら必ず承諾するはずだ。

 

「分かりました♪」

 

 ほら見ろ。決まりだな。

 俺と新田さんの間に、微笑みながらアーニャさんは入ろうとしたが、新田さんは俺の腕を離さなかった。

 

「に、新田さん……?」

「ダメ」

「えっ、な、なんで……?」

「なんでですか?ミナミ」

「……遊歩くん、アーニャちゃんの感触を堪能しようとしてるでしょ」

「えっ?」

「えっ…」

 

 ちょっ、違っ……いや、それも2割ほどあるけど……!アーニャさん、そんな目で見ないで!

 

「そんなの私が許すわけないじゃない」

「い、いやいや!そんなつもりは……!」

「ま、まぁ……ユウホも男の子ですからね……」

 

 アーニャさん、一歩引かないで!でも顔を赤らめてそんな目で見られると少し興奮しちゃうの不思議。

 

「そういうわけで、アーニャちゃんと腕を組むのは許しません。アーニャちゃん、私の反対側の腕なら良いよ」

「はい。お借りしますね、ミナミ」

 

 ……くっ、羨ましい。俺もアーニャさんに抱き着かれたかったぜ。

 

「さ、行こっか。2人とも」

 

 まとめるように新田さんが言い、帰宅し始めた。……あれ?右腕の痛みがない。

 あ、そっか。新田さんが片腕になったから関節技決められてないんだ。まぁ、助かったっちゃ助かった、のか?

 

「……ふふ、ミナミの腕、あったかいです♪」

「私もアーニャちゃんとくっ付いてて暖かいよ」

 

 まだ夏抜けたばかりだから少し暑いんだけどな……。

 ていうか、3人で腕組んで帰宅って少し恥ずかしいんだけど……。周りの人なんか見てくるし……。

 まぁ、真ん中が新田さんのお陰で二股みたいにはなっていないから、そこは助かっているが。

 どちらにせよ、アイドル、美人と並んで歩いていたので、居心地はすごい悪い。周りの目線がとても痛い。

 歩く事数分、ようやく家に到着した。数分なのに数時間に感じました。

 部屋の中に入り、手洗いうがいを済ませた。

 

「じゃあ、ご飯にしちゃうから。少し待っててね」

「「はーい」」

 

 新田さんに言われ、2人揃って返事をして椅子に座った。

 

「大丈夫ですか?脚は」

「平気ですよ。まぁ、今日も体育は見学してたんで、そういう意味では大丈夫ではないんですけどね」

「見学ですか?」

「そう。する事なさ過ぎてL○NEしてました」

「あ、私とですか?」

「はい。本当は新田さんが反応してくれると思ったんですけどね。大学生って暇だし」

「ちょっと、大学生だって暇じゃない人はいるよ。大体、あの時は授業中にヴーヴー鳴ってて迷惑だったんだからね」

 

 聞こえていたようで、台所から声が飛んできた。

 

「そもそも、私が授業中にスマホをいじるように見える?」

 

 確かにそう言われりゃそうかもしんない。クソ真面目、というよりは何事にも真剣に取り組むタイプに見える。

 

「確かに見えないですね。周りの友達はみんなスマホいじってるのに一人だけ真面目に板書してそう」

「別に良いでしょ。真面目なんだから」

 

 不満げに文句を言う新田さんだった。ていうか、料理しながら会話に耳傾けて参加とかすごいなあの人。

 

「ああっ!塩入れ過ぎた!ごめん、ちょっとしょっぱいかも!」

 

 全然できてなかった。無理して会話に入る必要ないのに……。

 新田さんでもそういうところがあるんだなと感心してると、アーニャさんが呆けた顔で新田さんの方を見ていた。

 

「どうしたんですか?」

「いえ、珍しくて。ミナミが料理で失敗してるのは」

「そうなんですか?」

「はい。普段は私とお話ししてても普通に失敗する事なんてないので」

「ま、膀胱も尿の誤りと言いますからね」

「ボウコウ……?そんなことわざが?」

「アーニャちゃんに何を言わせてるのよ。ていうか、存在しない変なことわざ教えないで」

 

 スゲェ怒られた。そんな怒らなくても良いのに。

 

「嘘を教えたんですか?」

 

 アーニャさんがジト目で俺を睨んで言った。

 

「いや、待って。そもそも教えてません」

「先ほどの膀胱も尿の誤りとはどう言う意味なんですか?」

 

 おおう、アーニャさんから出たとは思えないような言葉が……。ある意味興奮するなこれ。

 

「さあ……俺もちょっと分からないですね。新田さんなら分かるんじゃないんですか?」

「ミナミ?」

「両手アイアンクロー」

「……おしっこを貯める身体の一部を膀胱と言います……」

 

 直後、アーニャさんはぷくっと頬を膨らませた。だからあなたが怒っても可愛いだけで怖さは感じないんですよ。

 ていうか、両手アイアンクローっていう単語だけで説明させる新田さんの方が怖い。

 

「もうっ、ユウホは意地悪なんですから!」

「すみません。つい……」

 

 アーニャさんが可愛すぎて……と、続けようとした所で、ドンッと俺とアーニャさんの間に肉野菜炒めと白米が置かれた。

 

「はい、出来たよ」

「ありがとうござ……」

「それと、遊歩くんのご飯」

「……何この一航戦が食べてそうな山盛りご飯」

「残したらビンタするから」

 

 ……もしかして、新田さん嫉妬か?そう考えれば説明がつく。俺とアーニャさんが仲良く話してる中、わざわざ割って入って来るんだからな。

 ……や、でもなんつーか……いたんだな本当に。同性愛者って。この人、アーニャさんが好き過ぎて俺に酷い仕打ちを……。

 まぁ、でもそう考えれば新田さんの暴力も可愛いものだ。そんな事を考えながら新田さんを見ると、新田さんが少し引き気味に俺を見て言った。

 

「……えっ、何その生易しい笑み」

「いえ、何でもないです。さ、食べましょう」

「なんだかよく分からないけどなんかムカつく⁉︎」

「いただきまーす」

「いただきまーす」

「ちょっとー!」

 

 食べ始めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エビフライとエビ天は違う。

 秋、それは行事ごとの季節。とりあえず○○の秋、と付けときゃ成立する季節でもあるため、文化祭だの体育祭だの修学旅行だのと行事が集まっていやがる。

 まぁ、元々行事ごとは嫌いではないし、出番が無いなら無いで構わないし、授業は潰れるしで俺としては勝ちルートしか残っていない。

 なので、とりあえず一番近い文化祭の準備期間も、俺はさっさと直帰することにしていた。

 今日から、その煩わしい準備期間なのだが、早速役割などを割り振られる前に存在を忘れられた。北山?雑用やらせとけば良いべ、みたいなもんだろう。

 なので、雑用すらやらされる前に帰ることにした。やってられねーよ、さっさと帰って新田さんとアーニャさんと戯れたいぜ。

 そんなことを考えながら校門の前に向かうと、新田さんが帽子に伊達眼鏡をつけて待っていた。

 

「どうも。いつもいつもすみません」

「気にしないで。もう良いの?」

「はい。帰りましょう」

 

 それよりアーニャさんはいないの?いや、まぁ見た感じで判断すればいないんだろうけど。

 新田さんは俺の後ろの学校を眺めながら心配そうに聞いてきた。

 

「でも……なんか、いつもより下校する生徒少なくない?」

「まぁ、そうですね。文化祭の準備があるんで」

「えっ?遊歩くんは良いの?」

「やる事とか何も割り振られなかったんですよね。だからもう俺に用無いって事ですよね」

「……文化祭、アーニャちゃんと一緒に行こうと思ってたんだけど……」

「来なくて良いです。むしろ俺がそっちに行きます」

「そ、そっか……」

 

 引き気味に相槌を返す新田さん。真面目な話、他の文化祭には興味ある。もしかしたら彼女出来るかもしれないし。

 

「遊歩くんは学校嫌いなの?」

「んー……好きでも嫌いでも無いですよ」

 

 そういう感情持ったことないわ。まぁ、好きか嫌いかで言うと嫌いかな。やっぱ無理して上京しないで地元の高校行けばよかった気がする。

 いや、でも上京したから新田さんとアーニャさんに面倒見てもらえてるんだよな。そこは感謝。

 

「新田さんの大学はいつ文化祭ですか?」

「えっと……私の大学は遅いよ。11月くらいかな?」

「あ、被ってないんですね全然。じゃあアーニャさんと行きます」

「あ、うん。私達のサークルはクレープ屋を……」

 

 と、そこで言葉を切る新田さん。なんだ?何かあったのか?

 

「……それ、アーニャちゃんとデートしたいって事かな?」

「へっ?い、いやそんな気は……」

「私の目が黒いうちはアーニャちゃんと二人きりになんてさせないからね」

 

 そんな気は無いんだが……。そんな気は無い時に食いついてくるとは、相当この人アーニャさんのこと大好きなんだな。

 

「分かりました。アーニャさんとは行きません」

「えっ?あ、諦めるの?」

「新田さんの邪魔はできませんから」

「っ⁉︎ど、どういう意味⁉︎」

「いえ、俺の口からは何も」

「は、はぁ⁉︎なっ、ま、まさか…気付いて……!」

 

 顔を赤らめて狼狽える新田さん。その新田さんに、俺は笑みを浮かべて頷いた。気付いてるよ、あなたがアーニャさんのことが好きなことは。

 

「そりゃ気付きますよ。新田さん分かりやすいし」

「……そ、そっか……。分かりやすい、かな……」

「はい。優しくし過ぎだし、他の人が仲良くしてるとすぐに邪魔するし」

「やっ、やめてよ……。恥ずかしいから……。……でも、遊歩くんはあまり驚かないんだね」

「いえ、そういう人が本当は世の中にいる事に驚いてますが。ま、人には人の好みがありますから」

「そ、そんな風に言わないでよ。私の趣味が悪いみたいでしょ?」

「良くはないと思いますよ。否定はしませんけど……」

「だからそんな風に自己嫌悪しないで!」

「そりゃ男目線の話で……えっ?」

「私は遊……えっ?お、男目線?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 ……あれ、なんか噛み合ってなくね?

 同じ空気を読み取ったのか、新田さんは確かめるように言った。

 

「……待って、遊歩くん。何の話してたの?」

「え?新田さんのアーニャさんに対する同性愛心じゃないんですか?」

「………」

 

 徐々に、徐々に顔を真っ赤にしていく新田さん。血が頭に登って、今にもおデコからブシッと吹き出しそうだ。あ、やばいな……。これは殺されるパターン……。

 と、思った頃には俺の頭に新田さんの腕が回された。胸と腕に頭を挟まれて、グギギギッと締め上げられていく。

 

「だ、れ、が!同性愛者よこの馬鹿ァアアアア‼︎」

「あだだだだ!目ぇ飛び出る、目ぇ飛び出るって!」

 

 ていうか顔面に柔らかいのが直で当たって……!あ、ダメだ。痛過ぎて胸の感触に集中出来ない。

 

「ごっ、ごめんなさい!悪かったからほんとごめんなさい!」

「絶対許さない!」

「ぜ、絶対⁉︎」

 

 そのまま5分ほど締め上げられ、周りの人の視線を集めた。

 

 ×××

 

 スーパーに到着し、俺は今だにズキズキする頭を抑えながら入店した。今日からの晩飯を買いに来た。

 

「い、痛い……。怪我より痛い……」

「自業自得よ」

 

 そうなのか……?話の食い違いくらいでそんな怒らんでも……。

 ぷんすかと怒ってる新田さんにビクビクしながらカートとカゴを準備すると、横から無言で新田さんは変わってくれた。そういう、怒ってる相手にも優しくする辺り、やっぱ良い人だよなぁこの人。

 

「今日の晩ご飯は何にするの?」

「え?お任せします」

「毎回そればかりだなぁ……まぁ良いけど。じゃ、エビフライにしてあげる」

「マジすか、ありがとうございます!」

 

 よし来た。新田さんのエビフライ美味いからなぁ。それだけで楽しみだ。鼻歌を歌いながら歩いてると、隣の新田さんがクスッと微笑んだ。

 

「……遊歩くん、子供みたいね。好きな食べ物がご飯ってだけでご機嫌になっちゃって」

「えっ、そ、そう?うちの地元のメンバーはみんなそうだけど……」

「普通、高校生にもなったらそうはならないと思うけど……」

 

 マジか……。都会だとそういうもんか……。

 

「実際自分の好きなものが晩飯って嬉しいでしょ」

「確かにねー」

「ちなみに、俺は唐揚げ、エビフライ、餃子だと遊歩的にポイント高いです」

「面倒なのばかりじゃない。別に、遊歩くんのポイントなんていらないし。ていうか、何のポイントよそれ」

「うーん……肩揉みとか?」

「わざとにしろわざとじゃないにしろ胸揉まれそうだし嫌」

「酷い……。あ、でもアーニャさんもたまに俺の面倒見に来てくれるみたいだし、アーニャさんにお願いして……」

 

 言いながらスマホを取り出した直後、その手を新田さんが掴んだ。

 

「……私が今日エビフライ作ってあげるんだから良いでしょ」

「や、まぁ確かにそうですけど……」

 

 なんで止めるんですかね……。やっぱ同性愛……いや、また怒られるからやめておこう。

 野菜コーナーから周り、とりあえずキャベツからカゴに入れて行く。2玉持ち上げて、重さを確認した後に俺に聞いてきた。

 

「どっちが重いと思う?」

「んー……」

 

 待ってみて確認する。左、かな?

 

「左」

「うー、ん……そうね。左ね」

「新田さんはどっちですか?」

「私としても左かな」

「ちなみに新田さんのはどちらが……」

「セクハラ?」

「……冗談です」

 

 実際、胸の重さって均等なのかな。二つ付いてる、それも脂肪の塊となればそう単純に均等にはならない気が……。

 

「今すぐその思考を打ち切らないと、今日の晩ご飯は革靴にするからね」

「なんで頭の中まで読んでんだよ……」

「まったくえっちなんだから……」

 

 この人怖い。ニュータイプか何かなの?

 続いて人参、玉ねぎ、ジャガイモと購入していった。しかし、俺も買い物では負けないと思っていたが、新田さんもなかなか買い物が上手い。少しでも質量の多いものを選んでいる。

 ……そういえば、この人よく俺の家に来てるけど、どの辺に住んでんだろ。

 

「そういえば、新田さんも一人暮らしなんですよね?」

「そうだよ?」

「どの辺りに住んでるんですか?」

「へっ?ど、どうして?」

「いや、遠いんだったら電車代とか出した方が良いかなって」

「そ、そんなの気を使わなくてくれて良いよ。私が好きでやってることだし、住んでる場所も近くのマンションだから」

「あ、そうなんですか」

 

 しかし、好きでやってくれているのか……。なんか、こう……そこまでお世話されると申し訳なくなって来るな……。治ったら、また改めてお礼しよう。

 続いて肝心のエビを購入し、ついでに明日の晩飯に魚も買った。

 

「明日は秋刀魚ですね」

「うん。ちょうど季節だからね」

「俺、どちらかというと秋刀魚は刺身の方が好きなんですよね」

「あら、じゃあそうする?」

「いやいや、焼いたのも大好きですから」

 

 焼いた秋刀魚に醤油をかけて……あ、やばい。想像しただけでヨダレが……。

 

「でも、明日は無理かな。少し予定があって……」

「あ、そうなんですか?」

「うん。だから、秋刀魚は明後日の夜ね。明後日もお迎えには行けないから、夜の……大体、9時過ぎにお邪魔するから」

「あの……そんな時間だったら大丈夫ですよ?無理して来なくても。なんの用事あるか分かりませんけど、大変でしょ?」

「大丈夫だって。大体、遊歩くんの場合は馬鹿すぎて行かない方が不安だもん」

「俺は手のかかる小学生か」

「間違ってないよね」

「………」

 

 否定出来ないのが悲しい。昔から精神年齢2歳とか言われてたなぁ。2歳って言葉発せるかどうかも危ういからね。

 

「でも、こう見えて俺、しっかりしてるんですからね。学校ではペナルティの提出物はちゃんと出してるし」

「しっかりしてたらペナルティ出されないんだけどね」

「授業中は基本的に起きてるし」

「基本的にじゃなくても起きてないといけないんだけどね」

「友達いなくても寂しくないし」

「……そ、それは私とかアーニャちゃんがいるでしょ」

「………」

 

 メンタル袋叩きコースかと思ったら、最後の一言で涙が落ちそうになった。そうか、俺の東京に出て初めての友達はあなた方だったのか……。

 

「新田さん、良い人だ……」

「い、いいから早く買い物済ませるよっ」

 

 二人で買い物を進めた。そうか……俺と新田さん、友達だったのか。あとアーニャさんも。美人とアイドルが友達になるなんて、多分世の中俺だけじゃねぇの?

 そんな事考えながら歩いてると、新田さんが小松菜をカゴの中に入れた。

 

「えっ、あの新田さん。俺、小松菜嫌いなんですけど」

「好き嫌いしてたら成長しないよ」

「………」

 

 やっぱ全然良い人じゃなかった。なんつーか、母ちゃんかよこの人は。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

北山家の夜中(2)

 金曜日の夜。私とアーニャちゃんは今日、日が昇ってる間は仕事で遊歩くんの家に行くことは出来なかった。まぁ、二人ともアイドルだし仕方ないよね。

 今は仕事が終わり、遊歩くんの家に向かっている。もう夜遅いのでアーニャちゃんは家に帰しました。

 明日は遊歩くんは病院に行く。多分、ギプスが外れるらしい。ギプスが外れるということは、私はもう遊歩くんの家に行く必要はなくなるわけだ。

 その事実が少し寂しいなんて思ってる自分がいるのはなんでだろう。いや、なんでかなんて考えるまでもない。多分、私は遊歩くんのことが好きなんだろう。

 でも、その、何?あまり釈然としない。だって全然一緒にいてもドキドキとかしないし、すぐに調子に乗ってボロを出すし、アーニャちゃんに対しては何故か絶対服従してるし。

 しかし真面目な話、自分でも遊歩くんが好きなのか分からない。微妙にズレてる感じがする。

 

「はぁ……」

 

 まぁ、悩んでいても仕方ない。今は気にしないようにしよう。

 そういえば、遊歩くんの家のシャンプー、もうすぐ切らしそうだったな。途中でスーパーに寄って詰め替え用のシャンプーと、ついでに遊歩くんの好きなエビの煎餅を買った。お金は食材とかは私が買い物に行く事の方が多いので、予め遊歩くんから貰ってるものを使った。

 遊歩くんのアパートに到着し、呼び鈴を鳴らした。2秒くらい経過し、玄関が開いた。

 

「はい……あ、新田さん」

「遊歩くん?ご飯作りに来たよ」

「すみません、毎日」

「ううん」

 

 部屋に上げてもらって、まずは手洗いうがい。それから、シャンプーを手渡した。

 

「はい、これ。シャンプー切れてたでしょ?」

「あ、すみません」

「それと海老せんべいも」

「おお、良かった!ちょうどそれ最近食べてなくて手足の震えが出てたとこなんですよ」

「それ食べない方が良いんじゃないのかな……。あ、今からご飯作るから、まだ食べちゃダメだよ」

「ふっ」

 

 え、なんで今鼻で笑われたの?喧嘩売られたのかな?

 と、思ったら遊歩くんは何故か得意げな顔をしていた。何かと思って辺りを見回すと、食卓には既にご飯が並べられていた。

 

「えっ…これ」

「はい!俺が作りました」

 

 並んでるのはチーズチキンパエリアだった。それとお味噌汁とサラダ。なんというか……まとまりはないけど、栄養はありそうなメニューだった。

 

「俺、明日病院に行きますけど、多分ギプス外れますから。だから新田さんが俺のお世話してくれるの最後になりそうなので、今日くらいは俺が作ろうと思ったんです」

「っ、そ、そっか」

 

 その気持ちは嬉しかったけど、何故か寂しくもあった。今日で、遊歩くんの家に来るのも最後か……。ご飯を作ってあげる事も、ついウトウトして一泊してしまう事も、遊歩くんがボソッと漏らす失礼なセリフにツッコミを入れる事も無くなってしまう。

 

「新田さん?どうかしました?」

「ううん。なんでも無いよ。じゃ、食べよっか、ご飯」

「はい」

 

 そんなわけで、晩御飯を食べ始めた。いただきます、と手を合わせて、パエリアを一口食べてみた。

 ……あ、美味しい。ちょっと味濃いけど、チーズが良い感じに絡み合ってる。

 美味しい、と感想を言おうとした私の口が止まった。遊歩くんが腹立つほどニヤニヤしながら私を見ていたからだ。と、言うのも、多分味見していたんだろう。美味しく出来た事を分かった上で、私が「美味しい」と言うのを待ってる。

 憎たらしい。ほんと憎たらしいので、厳しめの意見を言ってみた。

 

「美味しいけど少し味濃いよ」

「え、そ、そう?」

「うん。調味料かけ過ぎ」

「そ、そっか……美味しくなかったか……」

「………」

 

 今度はショボンとし始めた。うっ、な、なんか罪悪感が……。まさか、そこまで凹まれるとは……。

 

「で、でもそれだけで味は本当に美味しいから!チーズのトロトロ具合とかちょうど良いし、本当に!」

「うん知ってる」

「そ、それにチキンの焼き加減も……はっ?し、知ってる?」

「うん。ケチャップかけ過ぎちゃったから。新田さん優しいから、自分で厳しく言っておきながら絶対に優しくしてくれると思ってた」

「ーっ!」

 

 ぜ、全部読まれてた……!それが悔しくて、思わず私は遊歩くんをキッと睨みつけ、両手を伸ばしてこめかみをグリグリと拳で挟み、圧迫した。

 

「きぃたぁやぁまぁ!」

「あっはっはっはっ!新田さん意外と力あるんだからやめて痛い痛い痛い泣きそう」

「絶対やめない!」

「それ逆にそっちが辛いのでは⁉︎」

 

 関係ない。謝るまでやめないからね!

 

「ていうかごめんなさい!」

 

 あっさり謝られたので、手を離した。ほんとにヘタレだなぁ。すぐに謝るんだもん。

 

「まったく…せっかくたまには褒めようと思ったのに」

「……最初はダメ出ししたくせに……」

「何か言った?」

「イエ、ナニモ」

 

 無視して、食べ続けた。実際は美味しいし、味が濃いからスプーンを止められない。スイスイと口に入って行く。

 続いてお味噌汁、サラダを食べ、あっという間に完食してしまった。

 

「ふぅ、ご馳走様」

「お粗末!」

「何の真似?」

「ソーマ」

「そう。食器、片付けるね」

「軽くスルーですか、そうですか……」

 

 だって元ネタ分からないもの。流しに食器を運び、ついでに洗っておいた。ていうか、私今日は完全にご飯食べに来ただけじゃん……。まぁ、たまにはこんな日があっても良いか。

 

「遊歩くん、明日は病院何時に行くの?」

「午前中から行きますよ」

「じゃあ、私もつき添おうかな」

「え?いやいいですよ、そんな」

「ダーメ。最後だからこそ気を抜いちゃダメなんだから」

「は、はぁ。なんかすみませんね、ほんとに」

「ううん。じゃ、お風呂に入っておいで」

「はい」

 

 それだけ話して、遊歩くんは洗面所に向かった。その背中を目で追いながら、とりあえず椅子に座った。なんだか、今日で最後と思うと帰るの名残惜しい気がするな……。

 今日は泊まって行こうかな。最後の一日くらい良いよね。

 

「……お布団敷かなきゃ」

 

 押入れから布団を出して敷き始めた。枕と薄い毛布を取り出し、2人分の布団を用意した。

 続いて歯磨きを始めると、遊歩くんがシャワーを終えたので、歯磨きが終わってから私がシャワーを浴びに行った。

 寝る前の準備を一通り終えてから布団に戻ると、遊歩くんが布団の上でゴロゴロしていた。

 

「新田さん、今日泊まっていくんですか?」

「あ、うん。最終日だと思うと、なんか名残惜しくて」

「そうですか。あ、じゃあせっかくだしなんかしませんか?」

「え、な、なんかって……?」

 

 布団の上で男女がする何かって……一つしか思いつかないのは私が汚れてるからかな……。い、いやいや!私、ムッツリじゃないからねっ。大体、そういう行為はアイドルはダメなんだから……!

 

「トランプとか。なんか修学旅行っぽくて良くないですか?」

「………」

 

 神様、私はムッツリで良いです。ですから、ムカつくあの子に何でも良いから制裁を下して下さい。天然でやってるところが腹立たしいです。

 

「え、なんか怒ってます……?」

「怒ってない」

 

 もうなんでも良い。トランプでもなんでもやってやるわよ。

 

「で、何するの?」

「まあ、二人ですからね。とりあえず、ポーカーとか?」

「じゃあ、一回ごとに負けた方が言うこと聞くのは?」

「いいですね」

 

 とのことで、ポーカーを始めた。遊歩くんに配られたトランプを見た。……ふーむ、2ペア揃ってるんだけど。

 

「よし、勝負」

「えっ、も、もうですか?」

 

 トランプを三枚捨てる遊歩くん。だが、表情は微妙な感じだった。多分、お目当のものが来なかったんだろう。

 

「はい、2ペア」

「……1ペア」

「はい、私の勝ちね」

 

 ……うーん、どうしようかな。言うこと聞いてもらえるならー……。

 

「あ、じゃあ、明日病院終わってギプス外れたら、スタバで何か奢ってね」

「えっ、も、物ですか……?」

「うん」

「まぁ良いですけど。よーし、じゃあ二回戦ね」

 

 第二回戦。また遊歩くんがトランプを配り、カードを見た。スリーカードが揃っていた。

 

「……あの、遊歩くん?」

「うげ……なんですか?」

「勝たそうとしてない?」

「い、いやいや!勝たせるって、既にスタバ奢ることになってんのに嫌ですよ!」

「そ、そっか……」

 

 わざとやらないでこれって逆にすごいな……。まぁ、まだ2回だし偶然かもしんないよね。

 

「勝負」

「また一発ですか⁉︎」

「うん」

 

 釈然としない様子ながらも、遊歩くんは自分のトランプを全て捨てて5枚引いた。

 

「……ブタ」

「スリーカード」

「何でですか⁉︎イカサマでしょ!」

「いや配ってるの遊歩くんでしょ」

 

 イカサマしようが無いんだけど。で、次の命令だけどー……。

 

「じゃあ、次は何にしようかなー」

「……あの、出来ればこの場で済む罰ゲームのが」

「よし。明日、病院終わったらお昼奢ってね」

「話聞けよ……」

 

 小さくため息をつくも、ルールはルールなので従ってくれた。よし、これで明日のお昼ご飯までは一緒にいれる。

 

「じゃ、三回戦目!」

「あの、すみません。配ってもらって良いですか?」

「私が?」

「なんか俺配るとダメみたいなんで……」

 

 多分、偶然だと思うけど、とりあえず言われるがまま手伝うことにした。

 それから5回ほどゲームを繰り返したが、全部完封した。おかげで、明日どころか明後日までボウリングに行く約束までしてしまった。

 

「……なんで勝てないの」

「そりゃ勝てないよ。遊歩くん、フラッシュとかストレートとか高得点狙ってるでしょ」

「え、だってそれやらないと……」

「何か賭けてるんだから、何か組み合わせが揃ったらそれで勝負しないと」

「……な、なるほど」

 

 そりゃ勝てないって。揃えるの難しいのは当然、揃うまで時間かかるんだから。

 

「次は1ペアでも良いから揃ったら勝負してみ?」

「分かりました」

 

 何か賭けてるのにアドバイスするのも変な気もするけどね……。

 で、8回戦目。配ったカードを見ると、4が二枚でワンペア出来ていた。アドバイスしておきながらこれで勝つのは申し訳ないので、とりあえず別の組み合わせができるまで引こう。

 まず遊歩くんからカードを4枚捨てて4枚引いた。続いて、私もカードを3枚捨てて3枚引……あっ、ふ、フルハウスだ……。

 どうしよう、また勝っちゃう……。少し申し訳なくなってると、珍しく遊歩くんの方が声を発した。

 

「勝負」

「良いよ」

 

 まずは私から。フルハウスだ。すると、遊歩くんがカードを出した。ロイヤルストレートフラッシュだった。

 

「………」

「……なんで?」

「俺に聞かれても……」

 

 結局、アドバイスは活かされなかった。だが、まぁ負けは負けだ。何か言うことを一つ聞かなければならない。

 

「じゃ、私の負けだから。何でも言ってね」

「おっぱいを揉ま」

 

 脳天にチョップすると、頭を床に打ち付けた。

 

「……冗談です」

「次はないからね」

 

 本当にエッチなんだからこの子は……。

 コホンと咳払いをすると、遊歩くんは「どうしよう……」と顎に手を当てた。

 

「別にお願いなんて言ってもな……」

「何でも良いよ?セクハラ以外なら。私の罰ゲームを一つ減らして欲しいとかでも良いし」

「いや、だとしても6回言うこと聞かなきゃいけませんからね……。うーん……」

 

 少し考え込んだ後、「あ、そうだ」と遊歩くんは手を打った。

 

「簡単なんですけど、良いですか?」

「うん。私に出来ることなら」

「明日、ギプスが外れても、またアーニャさんとうちに遊びに来てくれませんか?」

「………」

 

 そう言われ、思わずちょっと感動してしまった。それと共に、自分の心の方が汚れてることを知ってしまった。すぐにものを強請った私って……。

 

「? どうしました?」

「……なんでもない。連絡くれればいつでも遊びに行くからね」

「は、はぁ……」

「もう寝ましょうか」

「了解です……?」

 

 額に手を当てながら、布団の中に入った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勝てない戦いに挑むにしても怪我をしない程度にしましょう。

 足のギプスは外れたものの、もう少し足を安静にする期間に入った。骨折は徐々に良くなってきている。いやもう本当に良かった。これで体を思う存分動かせる。やっぱ、人間運動が大事だよね。

 学校の体育にはまだ参加出来ないが、新田さんやアーニャさんと表に遊びに行ったりも出来るし、夜に散歩という一人暮らし学生らしいことも出来る。

 これから俺は、自分の好きに身体を動かせるのだ。走ったり潜ったり飛んだり出来るようだ。いや、潜ったり飛んだりはできないけど。

 とにかく、フリーダムガンダムよりフリーダムなフリーダムユウホなのだが、現在、俺は自室で机に向かっている。

 

「……つらい、やめたい、めんどくさい……」

「はい、泣き言言わない」

 

 新田さんという、怪我が治った直後に悪魔の化身となった女帝によってしごかれていた。

 事の発端は、今日の俺の学校帰りだった。なんだかんだ、俺の怪我が無くても、暇な日は俺の部屋に集まるのが当たり前になってきた新田さんとアーニャさんだったが、俺の鞄から落ちた数学の小テストを見た新田さんの一言だった。

 

『ちゃんと、お勉強しましょうね?(真顔)』

 

 10点満点中、−2点と言う幻の点数を入手した俺のテストを見て、面倒見の良い姉の如く静かにキレた新田さんのセリフによって、勉強会が始まった。

 勉強会、と言っても勉強してるのは俺一人で、新田さんは教える係、アーニャさんに至っては……。

 

「ユウホ!頑張って下さい!」

「元気百倍!ユウパンマン!」

 

 新田さんに唆されて、俺を励ます係をしていた。これで的確に元気出ちゃうんだから、ホントにずるい。

 

「はい、じゃあ今のボヤキを休憩と見なすから、休憩は一時間延長ね」

 

 しかも、何故か元気を出すたびに新田さんの指導は厳しくなるし。俺の疲れも蓄積されるので、見事に負の連鎖が成立してる。いや、その分ハイペースでアーニャさんの応援をもらえるし、一方的に負の連鎖とは言い難い。

 ……そうだ、俺はアーニャさんに応援してもらっているんだ。たかだか辛いってだけで心が折れてどうする。それでも男か!

 

「燃えろオオオオ!俺の何かあああああ‼︎」

「うるさい。いいから練習問題解きなさい」

「はい」

 

 新田さんに冷たく怒られ、机に向かった。えっと……△ABCにおいて、b=3、c=5、A=120°の時のaを求めよ。

 

「……えっと、なんだっけ。正弦定理?」

「はずれ」

「じゃあ加法定理?」

「だからはずれ。なんで毎回最後まで当たりを引かないの」

「えっ、まさかヨーテリーじゃないでしょ?」

「余弦定理よ。なんでポケモンが候補に上がってるの。教科書のここ、この公式を使うの」

 

 なんだ、まだテリーいたのか。テリーっつーか定理だが。

 

「それで……どの公式使うんですか?」

「自分で考えなさい」

「つまり、運試しだな」

「なんでそうなるの……」

 

 だって、答えは三分の一でしょ?

 a^2=b^2+c^2-2bccosA

 b^2=a^2+c^2-2accosB

 c^2=a^2+b^2-2abcosC

 のどれか。これを運と呼ばずに何と呼ぶ?

 

「考えたらわかるでしょう?てか見ればわかるでしょ。この問題の求めてる記号はどれよ?」

「えっ?えーっと……」

「あっ、分かりました!」

 

 隣のアーニャさんが手を挙げた。

 

「この、a^2の奴ですね!aを求めようとしていて、公式にAがありますから!」

「アーニャちゃんすごい!正解」

「えへへ、やりました」

「………」

 

 アーニャさんの頭を撫でる新田さんと、嬉しそうな表情で撫でられるアーニャさんの絵はとても可愛らしかったが、俺としては複雑だった。

 年下の外国人でも出来た問題が出来ない俺は何なんだろうか……。自分探しの旅に出ようかな……。

 凹んでるのが目に見えて分かった新田さんは、実に愉快そうな顔をしながら言った。

 

「普段から勉強しないから、歳下に出し抜かれちゃうんだよ。良い教訓になったね?」

「……このクソドS」

「何か言った?」

「事実確認しながらアイアンクローやめいたたたたたごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 ていうか、なんでそんな握力強ぇんだよ!本当にこの怪力お化けが……!」

「声に出てるよ?」

「あががががごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 あ、頭が変形すりゅううううう!

 とにかく必死に謝り倒し、なんとか手を離してもらった。頭がズキズキするのに御構い無しに、新田さんは言った。

 

「さ、早く解きなさい」

「……人の頭を圧迫しておいて……」

「ユウホ、頑張って下さい!」

「よーし、パパ本気出しちゃうぞー」

 

 スゲェや、このサイクル。

 まぁ、いい加減真面目にやらないと付き合ってもらってるのに申し訳ないので、本気を出すことにした。

 使う公式はアーニャさんが見つけてくれたので、あとは当てはめるだけだ。

 

「えっと……つまり3^2+5^2-2×3×5×120か」

「なんで120をそのままかけちゃうの。cos120°はいくつ?」

「えっ、だから120でしょ?何言ってんの?」

「いや、cos120°にもちゃんと数値があるの。-1/2よ」

 

 なんでそうなんだよ……。いや、数学に理由を求めたって尚更、訳が分からなくなるだけだ。そう言うものだと割り切ろう。

 

「つまり、3^2+5^2-2×3×5×-1/2か」

「さ、やってみて」

 

 言われて、ノートに途中式を書き始めた。

 えっと……9+5^2-2×3×5×-1/2で、14^2-2×3×5×-1/2で、196-2×3×5×-1/2で、194×3×5×-1/2で、582×5×-1/2で、2910×-1/2で……。

 

「-1455か!」

「あなたほんとのバカなの⁉︎たし算とかけ算はかけ算を優先するなんて小学生でも知ってることよ⁉︎」

「なんでだよ!順番に掛けてやらないと並んでる意味ねえだろうが!こんな理不尽な式を解いても無駄だ!帰らせてもらう!」

「何逆ギレして帰ろうとしてんの?てか、ここがあなたの帰る先だからね?」

 

 ダメか……。もうわけがわからないよ……。なんで数学だけこんなルール厳しいんだよ!

 

「もう嫌だー!勉強嫌だー!」

「ああもう、喚かないの!アーニャちゃん!」

「ユウホ、頑張っ」

「いーやー!アーニャさん、俺を甘やかしてー!」

「ゆ、遊歩くん……」

「ゆ、ユウホ……」

 

 寝転がってパワフルに駄々を捏ねると、新田さんはともかくアーニャさんまで情けない人を見る目で見て来た。

 流石に自分でも情けないと思うので手足の動きを止めた。やがて、新田さんが仕方ない子を見る目で俺を見てため息をついた。

 

「はぁ……仕方ないわね。この問題解けたら休憩にしましょう」

「マジですか⁉︎やったぜ!」

「……まったく、子供なんだから」

 

 子供で結構。さて、頑張りますか!

 

「えっと……まずはかけ算から、だったよな」

「そう。あと、バカやる前に言っておくけど、二乗も先にやるんだよ。コツとしては、まずは二乗を済ませてかけ算を済ませて、最後にたし算をするの」

「バカやる前にって……」

「だってバカじゃない」

「はい、そうですね」

 

 実際、否定できないし。

 さて、計算しよう。えっと……二乗してかけて足して……。

 

「7?」

「はい、正解。やれば出来るじゃない」

「はい休憩ー!」

「まったく、現金な子なんだから……」

 

 新田さんの小言を無視して、その場で寝転がった。さて、寝ようかな。

 そう思って目を閉じた直後だ。机の上にコトっと何かが置かれた音がした。ふと目を開けると、アーニャさんが水を入れてくれていた。

 

「お疲れ様です、ユウホ」

「……これからはもっと頑張ります……」

「ほんとちょろい男……」

 

 俺は何を駄々こねていたんだろうか……。やはり純粋さは人の汚さをすべて洗い流してしまうようだ。

 ちょろいとか新田さんバカにしてるけどね、この純粋さの洗浄力は凄まじいからね?洗剤なんか相手にならないから。

 

「で、再テストはいつなの?」

 

 今やってる勉強は、小テストで5点以上いかなかった生徒のみが受ける再テストのためのものだ。

 再テストは小テストと全く同じ問題が出るため、途中式とか全部書いたカンペを持って行く予定だったが、まぁその辺は仕方ない。

 

「来週の放課後です」

「まだ時間はあるんだから、みっちりやるよ」

「これが一週間続くのか……」

「情けない泣き言は聞きたくありません」

「はぁ……」

 

 まぁ、これも学生の宿命か……。絶対ぇ、大学には行かねぇ。

 

「そういえば、アーニャさんはテストとかないんですか?」

「……えっ、わ、私?」

 

 何となく振った話に、思いの他、アーニャさんは狼狽えた。お陰で、新田さんの矛先はアーニャさんの方に向いた。

 

「……アーニャちゃんもあるの?」

「い、いえ、ないよですか?」

「何その言い間違い可愛い!」

「遊歩くん黙って。どうなの?アーニャちゃん」

「……あ、あります……」

「何の教科?」

「……日本史です」

 

 ……前に苦手と言ってた科目だ。俺より頭の良い新田さんがそれを忘れているはずがなかった。

 ニッコリと微笑みながらペンを取り出して言った。

 

「一緒にお勉強しよっか?」

「……ダー。ユウホの所為です」

「えっ、お、俺……?」

「ユウホ、嫌いです」

 

 アーニャさんが頬を膨らませてぷいっと俺から視線を外した直後、俺の中に稲妻が走る。

 そして、アーニャさんの学校鞄に手を伸ばす新田さんの前に立ち、構えを取った。

 

「それ以上先には進ませません!」

「……ユウホ?」

「遊歩くん?どう言うつもり?」

「アーニャさんに勉強をさせるなど、神に石を投げるに等しい行為だ。そんな真似、新田さんにはして欲しくない!」

「退きなさい、遊歩くん。これもアーニャちゃんのためなのよ?」

「誰かのため、なんて詐欺師に一番よく使われるセールストークだ!」

 

 直後、小さくため息をついた新田さんも構えをとった。

 

「……ふぅ、分かったわ。どうやら、説得は無意味のようだね」

「もとより」

「後悔しない事ね……!」

「以前までの俺とは思わない事だな、新田美波よ。骨折という足枷を取った俺は、もはや森羅万象ありとあらゆる敵をも敵ではなく……あれ、何言ってるかわかんなくなって来た」

 

 コオォォと息を吸い込む新田さん。だが、後ろにはアーニャさんのカバンがある。俺は、アーニャさんを泣かせる事だけはさせない!

 お互い、隙を伺うように睨み、こう着状態に入った。そして……。

 

「いだだだだ!ギヴギヴ!すみませんでした!」

 

 決着は一瞬でついた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相手の気持ちを知るには相手の立場になってみよう。

 翌日、学校が終わり、俺は帰宅していた。今日も今日とて、勉強しなければならない。まぁ、昨日の勉強で小学生の算数レベルですら危うい事が判明したから、そりゃそうなるとは思うんだが。

 しかし、にしても数学は嫌いだ。意味分からんし。これから勉強会と思うと、いくら新田さんと一緒でも憂鬱だ。

 その現実逃避をするように、何となく遠回りしながら帰宅していた。公園の間を通ってると、サッカーボールが足元に転がってきた。

 

「すみませーん」

 

 声が聞こえてきたが耳に入らず、何となく転がってきたボールを脚で浮かし、二、三回太腿でリフティングした後、足首の上に乗せて3秒キープし、再び浮かせて足でリフティングの後にボールの上に脚を一周通して再び蹴り上げて胸トラし、足元に落とした。

 今更になって「すみませーん」と声を掛けられた事を思い出し、声のする方を見ると、ボールの主は女の子だった。茶髪の可愛らしい女の子が俺の方を見ていた。ていうか、声かけられたのに人のボールで何してんだ俺は……。

 早く返さないと。インサイドで女の子に転がして謝った。

 

「ご、ごめん。ボールあったからつい……」

「スッゲェな兄ちゃん!」

「えっ?」

 

 なんかすごい明るい声が聞こえた。ていうか、スッゲェなって言った?男の子だったのか?

 

「そ、そう?」

「何、サッカー部かなんかなのか?」

「いや全然。小学生の時にちょっと練習しただけだよ」

 

 小学生ってのは案外、器用な生き物だからな。やろうと思えばなんだって出来る。バットを手に持って野球ボールでリフティングした後、その球をノックだってできるぜ。

 

「へぇー…!なぁ、俺とサッカーしないか?」

「え、今?」

「ああ!俺もサッカー好きなんだよ」

 

 うーん……でも、新田さんと勉強する約束してるし……。

 しかし、そんな少年の目で見られるとどうも断りづらい……。

 

「友達とサッカーしてたんじゃないのか?」

「さっきPKで勝ったから、友達に飲み物買いに行ってもらってんだ。その人が来るまでの間、暇だから」

「え、それ俺もいて良いの?てかどこまで飲み物買いに行ってんの?」

「コンビニじゃないか?それに、友紀はコミュニケーション能力高いし大丈夫だろ」

 

 ……にしても勝手にはまずいと思うが。それだけこの子は俺とサッカーしたいってことか?

 仕方ない、どの道あと1時間くらいで夕焼けチャイムだ。それまでの間は付き合ってやろう。

 

「分かったよ……。ちょっと待って」

 

 連絡だけ入れておかないとな。新田さんに「今日はいつもの1時間遅くにお願いします」とL○NEを送り、ブレザーを脱いでネクタイを外し、鞄の上に置いてワイシャツの第二ボタンを開けて袖をまくった。

 

「えっと、君名前は?」

「結城晴、兄ちゃんは?」

「北山遊歩」

「よし、遊歩!やろうぜ!」

 

 ……まぁ、相手するくらい良いけどよ。

 まずはお互いにインサイドのパスから。お互いに地面に転がしつつ、時折強いパスを出す。

 しばらくして慣れて来ると、結城さんの方が脚で掬って胸トラをした後、三、四回リフティングして浮いたパスを出してきた。

 それをこっちも胸トラップしてまた足の上にボールを置いて5秒キープし、両足で交互に二、三回リフティングした後、足元に転がした。このキープする奴がすごいすこ。

 すると、結城さんがトラップで球を止めて感心したように聞いてきた。

 

「やっぱすげぇなー。それどうやんの?」

「え、どうやんのって言われてもな……」

 

 感覚派の俺に説明を求められても困るんだよなぁ。

 

「ちょっと貸してみ」

「はい」

 

 放られたボールを、インステップで受け止めながらボールを吸収するように足を引き、足首を縦に曲げて受け止めた。

 

「こう」

「分かんねぇよ!」

 

 だよね知ってた。しかし、なんて言えば良いのか……。

 

「例えばさ、野球あるでしょ?」

「いきなりなんの話だ?」

「良いから聞いて。野球にフライってあるじゃん」

「あるな。タッチアップに使われてる奴だろ?」

 

 野球もそれなりに詳しいんだな。それなら話は早い。

 

「フライが取れない奴って何がいけないか分かる?」

「さぁ?」

「取る直前、打球に向かって手を伸ばすのが悪いんだよ。だから、球の落下点に置いたら足はなるべく動かさないのがポイント」

「そうじゃなくてだな、まずは足の上でどうやってボールを止めてるのか教えてくれよ」

 

 あ、そ、そっか……。そこが分からないとな。

 

「足首を曲げて足の甲と脛で挟んでるだけだよ」

「な、なるほど……。ちょっとボール貸して」

 

 挟んだらボールをループシュートの要領で結城さんの胸に放り、結城さんはそれを手でキャッチすると、足の上に置き、足首で挟んだ。

 フラフラしながらも、なんとかボールが落ちないようにキープしている。

 

「うおっ……とっ、と?意外と、難しいな……」

「そんな強く固定出来るわけじゃないからな。左右でバランス保つのが難しいんだけど……まぁ、そこは慣れで」

「クッソ〜……」

 

 まぁ、ほんとに慣れだからなぁ。

 しばらく結城さんが練習してるのを近くでぼんやり見てると、ようやくバランスが安定してきた。流石、サッカーを習ってるだけあって勘が良い。

 

「こ、こうかっ?」

「おー、そうそう。上手いな」

「へ、へへっ、これくらい楽しょ……ああっ!」

 

 まぁ、油断すると落とすのも小学生らしくて可愛らしいと思います。

 そこまで来たら次のスタッフだ。

 

「じゃ、放るから受け止めてみ」

「よっしゃ」

 

 転がってるボールを足で浮かして手に取ると、結城さんの足元に転がした。それを足首で受け止めようとするが、まぁそんな簡単に上手くはいかない。足の甲の硬いとこに弾かれて転がってしまった。

 

「ーっ!も、もっかい!」

「ああ、この時にだな。足で向かえに行かないで、吸収するように足を引いて受け止めるんだよ」

「……なるほど」

 

 言われるがまま、受け止めるように足でボールをキャッチしようと試みるも、なかなか上手くいかない。

 だが、結城さんは諦めずに何度もトライした。「もっかい!」と強請っては構え、俺はボールを足元に放り、失敗する度に何かアドバイスをあげた。

 しかし、こうしてみると何だか不思議な感覚に覆われる。新田さんも俺に勉強を教える時、こんな気分だったのかな。嫌だというわけではない、ただしなんかこう……責任感?みたいなのが少し芽生える。目の前の子を見捨てられない的な。

 教えたがりというわけでもないけど、やはり付き合うと言った以上は最後まで面倒を見るべきだ、みたいな。

 

「遊歩、もっかい!」

 

 いつのまにか汗だくになりながら俺にボールを放った。それをインステップで真上に蹴り上げて手に取った。

 

「行くぞー」

 

 声をかけてから放ると、結城さんは落下点に足を置いた。ボールを引き寄せるように足を若干引いて、ボールが足に着いた直後に足首を曲げた。

 左右のバランスよく受け止め、ボールは足首の上で固定された。そのまま2秒くらい経過し、結城さんは嬉しそうな表情で静かに言った。

 

「き……来た……!来た来た来た!来たこれ!」

「ああ、もう少し落ち着け」

「えっ?……あっ、そ、そういう……あー!」

 

 落ち着かないとボール落とすからな。だが、納得するのが遅かった。ボールは右に転がり落ちた。

 

「あー……で、でもまぁ、すごいよな!出来た!」

「ああ。よくできたな」

 

 言いながら思わず結城さんの頭を撫でてしまった。すると、カァッと顔を赤くして、俺の手を払った。

 

「なっ、撫でるなよいきなり!」

「あ、ご、ごめっ」

「晴ちゃーん!ごめん、遅くなっ……誰?」

 

 女の人が突然、結城さんの名前を呼び、手を振って走って来た。俺を見るなり、その目は攻撃的なものに変わった。

 

「あ、友紀。遅ぇよ」

「え?この人が友紀?」

 

 想定してた10個くらい歳上なんだけど。

 

「……晴ちゃん、この人は?」

「えっ?あ、あー……友紀が来るまでやってたんだ。あ、見ろよこれ。すごいの出来るようになったんだ」

「やっ……⁉︎」

 

 あ、すごい警戒されてる。違うから、ロリコンじゃないから。

 

「あー……俺は、北山です。結城さんに誘われてやってました」

「誘っ……⁉︎こ、子供の前で……それも公共の公園で何言ってるの⁉︎」

「えっ」

 

 ……俺なんか変なこと言ったか?

 てか、結城さん。この人紹介してよ。一人でさっきの練習してる場合じゃないから。

 と、思ったら目の前の友紀さんとやらはスマホを取り出した。

 

「え、何でスマホ?」

「通報するから」

「なんでだよ⁉︎」

「こんな公共の公園で小学生を襲うような人、通報に決まってんじゃん!」

「おおおおまっ……いきなり公共の公園で何抜かしてんの⁉︎誰が誰を襲うんだよ!」

「だって、誘われたからヤったんでしょ⁉︎」

「サッカーをな⁉︎」

「……えっ、さ、サッカー?」

「そうだよ!」

「………」

 

 カァッと顔を赤らめる友紀さんとやら。で、呑気にさっきの練習を続けてる結城さんをキッと睨んだ。

 

「晴ちゃん!ちゃんと説明してよ!」

「え?だから言ったじゃん、やってたって」

「それ別の意味になっちゃうからサッカーって言って!」

「何だよ別の意味って」

「えっ?そ、それは……!」

 

 頬を赤らめて俯く友紀さんとやら。で、何故かキッと俺を睨んだ。何だよ、何で俺を睨むんだよ!

 が、やがて結局は自分の勘違いが原因だという結論に至ったのか、頬を赤らめたまま小さくため息をついた。

 

「……はぁ、ごめんね。晴ちゃんの面倒見ててくれたのに失礼な勘違いして」

「いやいや、俺も紛らわしい言い方しちゃったし」

 

 誘われたからやってたってどう考えてもエッチだよね。小学生に誘われてやってたらもうほんと大問題だし。

 

「……結城さん、もう友紀さんって人来たし、俺帰るよ」

「えっ、も、もう帰っちゃうのか……?」

 

 え、何その反応……。ちょっと意外でこっちが申し訳ないんだけど。

 

「あー……まぁ、今度また付き合うから。なるべく、来週以降なら」

「……わかったよ。約束な」

「はいはい。じゃ、また」

 

 短く挨拶だけして、荷物を持って公園から立ち去った。久々な身体を動かしたけど、やっぱスポーツって良いもんだな。

 少しスッキリした感覚で帰宅した。

 

 ×××

 

 今日の勉強会中。解けた問題を新田さんに見せた。

 

「先生、出来ました!」

「う、うん……。正解だけど……何かあったの?今日は一回もだだこねないで……」

「何もありません!」

「そ、そう……。じゃ、休憩にしよっか」

「いえ、まだまだやれます!」

「ううん、たまには休む事も大事だからね」

「……では、休ませていただきます」

 

 と、今日の勉強はかなり捗った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

実姉より近所のお姉さんの方が姉っぽい。

 数日経過し、小テストを無事に終えることができた。結果は明日の授業だけど、多分受かってるなあれ。流石、新田さんにご教授いただいただけある。

 放課後に再テストしたからいつもより帰宅時間は遅いが、まぁそれも仕方ないだろう。

 そういえば、新田さんは今日うちに来るのだろうか。来るんだったら、今日は俺が飯作んないとな。

 そのために、スーパーに寄り道した。とりあえず、野菜とか買わないとうるさいので野菜を先にカゴにぶち込み、続いて肉とかをカゴに入れる。

 あとはー……なんだろうな。魚も良いか。ていうか、何作るかだけ決めないと。今の時代、スマホで調べるだけでレシピは出て来るから、何を使っても良い気がする。

 

「……よし、せっかくだしイタリア料理にチャレンジしてみよう」

 

 ピザとかだよな、イタリアン。早速だけどピザは無理。何を作ろうかな……。ピラフとか、ドリアとか……あとパスタで良いかな。てかそれで良いや。ビュッフェスタイルでいこう。

 そう決めて必要な食材をカゴに入れた。

 さて、あとはアーニャさんが来たようにお菓子と飲み物を揃えておくか。先にポテチ、ポッキー、えびせん、クッキー、う○い棒30本セット……と片っ端からカゴに入れた。アーニャさんのためだ。致し方無し。

 次は飲み物。炭酸を一本と午後ティーを一本買おうとドリンクの並んでる場所に来ると、ジンジャーエールがラス1だった。

 これは運命と見たね。ジンジャーエールを手に……。

 

「……あっ」

 

 ……取ろうとした所で、後ろから切なそうな声が聞こえた。なんか、頭の中でデジャヴったぞおい。

 振り返ると、銀髪のすごいポニーテールでゴスロリを着た女の子が立っていた。つーか、どっかで見たなこの子。

 

「……んっ?」

 

 どっかで見た女の子は俺を見るなり声を漏らした。どうやら本当に知り合いのようだ。

 けど、覚えてない相手と会話できるほど、コミュニケーション能力は高くない。

 ジンジャーエールを回避し、ファンタを手に取ってカゴに入れてレジに向かった。

 

「っ、ま、待たれよ!」

 

 後ろからランプの魔人みたいな声が聞こえた。銀髪の女の子が俺を見て言った。

 

「こ、今回は我が貴様に黄金酒を譲ろう!」

「……は?」

「だ、だから……!そ、その……!」

 

 何故か顔を赤くしてる銀髪の女の子は、ラス1のジンジャーエールを手に取ると俺の元にわざわざ持って歩いて来た。

 

「は、はい」

「いや、いいです」

「へっ……?」

「別にシュワシュワしたかっただけで、炭酸ならなんでも良いんで」

 

 アーニャさんも別にジンジャーエールが超好きってわけでもないだろうし。

 

「……だ、ダメー!」

「なんですかいきなり……」

「ま、前にも譲ってもらったことあったから!今回は私が譲るの!」

 

 標準語になりながらそんな風に言わんでも……。

 何より、そんな涙目で言われても説得力ないです。どうしようか悩んでると、その女の子の友達らしき子がやってきた。

 

「蘭子、何を騒いでるんだ?」

「あ、飛鳥ちゃん!」

 

 ……何でもみあげ変色してんのこの子?どんな栄養をとったらそうなるんだ?

 飛鳥ちゃんと呼ばれたその子は、俺を見るなり警戒心むき出しの表情で蘭子と呼んだ銀髪の子に聞いた。そんなに俺って怪しそうな強面してますかね……。

 

「……蘭子、この人は?」

「このお兄ちゃ……じゃない。この者こそが以前、我に超神水を託した我が眷属であるぞ!」

「おい、誰が眷属だコラ。てか、眷属の意味わかって言ってる?」

 

 中二病ってこれだから……。まぁ、もう片方は変色以外まともそうだし、こっちなら話が通じそ……。

 

「そっか……彼が蘭子の恩人だったわけか。僕の同志が迷惑をかけたね」

 

 類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。しかし違うタイプの中二病がよく上手く集ったな。

 

「……もう何でも良いからジンジャーエールは受け取れよ。俺はもう行くから」

「……えっ、で、でも……!」

「気にしなくて良いよ。いや本当こんな事で時間取られる方がアレだから」

 

 少しキツめな言い方になってしまったが、そんな事を一々気にしていたら、向こうにとっても良くない事だ。将来、必ず損する性格になる。

 それだけ言ってその場を立ち去ろうとした。そんな時だ。

 

「ユウホ?」

「アーニャ様⁉︎」

 

 天使の声が聞こえた。中二病二人の後ろに立っているのが見えた。

 

「アーニャ、知り合いなのか?」

「ハイ、ユウホはとても良い人ですよ!」

 

 変色に聞かれてアーニャさんは微笑みながら答えた。

 

「ユウホ、お二人と知り合いだったんですか?」

「いや?自己紹介もまだですよ」

「では、私が紹介しますね!神崎蘭子、アイドルです!」

「へっ?あ、アイドル……?」

 

 マ……?

 

「こちらが二宮飛鳥、アイドルです!」

「また⁉︎ち、ちょっと待って!アイドル多くね⁉︎」

「……ハイ?今更何を?」

 

 や、そりゃそう言われりゃそうだよ?アーニャさんと知り合ってるんだし。にしても、こんな簡単にアイドルになって良いのか……?

 

「で、ランコ、アスカ。こちらはキタヤマユウホ。海でお世話になった高校生です」

「それ、アーニャが迷子になった話だよね」

 

 どうやら、あの時の話は全部繋がってるようだ。

 

「あの時は大変だったよ。L○NEしても既読すらつかないってアーニャが凹んでたもんだから」

「も、もう!その時の話はやめて下さい!」

「恥じることはない。我が魂に響き渡る程に可憐であった」

「ら、ランコまで〜……う〜……!」

 

 おお、からかわれてるアーニャさんもこれはまた可愛らしくて良いものだな……。

 と、思ったらアーニャさんは俺をにらんだ。

 

「こうなったのも全部ユウホの所為です」

「俺⁉︎」

「ユウホが不注意で脚とスマホを壊すからこんなことになったんです」

 

 アーニャさんが言うと、それは言い回しなのかそれとも日本語の使い方が間違ってるのか悩む所だ。まぁ、言いたいことは伝わるから良いけど。

 そして、言ってる内容も間違っていないのがまた言い返せなくて辛い。

 

「……申し訳ありません、アーニャ様。アーニャ様に恥をかかせたのなら、このわたくし腹を切る覚悟にございます」

「……アーニャ。君とこの男はどんな関係なんだい?」

「お友達ですよ?」

 

 変色改め二宮さんが盛大に引いていた。まぁ、何にしてもそろそろ帰って新田さんへの食事を作らねばならない。

 別れの挨拶をしようとしたところで、アーニャさんが口を挟んで来た。

 

「ところで、ユウホと何を揉めていたのですか?」

 

 ……またその話蒸し返すかー。まぁ仕方ないっちゃ仕方ないが。

 神崎さんが全部説明すると、アーニャさんが素敵な笑顔で言った。

 

「なら、こうしましょう!」

 

 アーニャさんのご意見なら全部聞くつもりの俺でも、何となく嫌な予感がした。

 

 ×××

 

「……で、こうなったと?」

 

 スーパーでの出来事から一時間ほど経過した辺り。アーニャさんの提案で「ユウホの家でみんなで飲めば良いです!」となり、神崎さんと二宮さんと四人でジンジャーエールを飲みながら人生ゲームをしてる中、帰って来た新田さんが俺に説明を求めて来たので答えると、その返事が返って来た。

 

「……アイドルだらけね」

「……本当に」

 

 もはや家族といっても過言ではない人数だ。ジンジャーエールに合わせてお菓子も出し、なんかもう児童館みたくなっていた。

 

「おい、遊歩。次は君のターンだ。早く、君の人生を歩め」

「って、あれ?美波さん⁉︎」

 

 二宮さん、神崎さんが新田さんを見て声を漏らした。なんだ、知り合いか?いや、アーニャさん経由で知り合いでもおかしくはないか。なら、紹介は必要ないな。

 

「悪い、俺飯作るから抜けるわ。新田さん、すみませんけど俺ので途中から参加してくれませんか?」

「それは良いけど……テストはどうだったの?」

「結果は明日ですけど、多分大丈夫だったと思いますよ」

「良かった……。あ、だから今日は遊歩くんがご飯作ってくれるんだ?」

「……その察しの良さなんとかなりませんかね……」

 

 ……鋭いにもほどがあんだろ。

 まぁ、バレちまったもんは仕方ないし、飯を作り始めることにした。女子達が楽しそうに人生ゲームをやる様子を見ながら、料理を作り始めた。

 もう時間も時間なので、多分神崎さんも二宮さんも食べるだろうし、多めに作り始めた。

 まずはドリアを作り始めた。スマホでググり、手順を踏みながら調理していく。アレンジャーではないため、下手なアレンジは加えない。

 ドリアをオーブンであっためてる間にピラフの調理に入った。

 しばらくの間、調理して数十分掛けて全部完成した。

 

「……よし」

 

 盛り付けた後、まずは取り皿とフォークとスプーンを持って行った。

 

「はい、飯だ」

「みんな、一旦終わろうか」

 

 俺が来るなり新田さんは早速、全員に呼びかけた。みんな素直な良い子のようで、二宮さんとアーニャさんはちゃぶ台から人生ゲームを崩さないようにどかし、神崎さんは台所に言った。

 

「我が晩餐を創造せし者よ!」

「普通に話せ」

「……料理、運ぶのお手伝いします」

「サンキュ。やる前に言っとくけど、無理して三つ一気に運ぶ事ないから、一つずつひっくり返さないように運べよ」

「な、何故解った⁉︎貴様、まさか予知夢を使いし能力者……!」

「話し方」

 

 アホか、中二病の考えることなんてお見通しだっつの。経験者は語るってな……。……チッ、嫌なこと思い出した。

 みんなの協力もあり、早めに食卓に飯を並べることができたのはありがたい。育ちが良いんだろうな、この子達。

 

「では、食べましょうか」

 

 アーニャさんが元気に言ったのが合図になり、全員で手を合わせた。いただきます、と挨拶すると、相当腹減っていたのか神崎さんがピラフ、二宮さんがパスタに手をつけて取り皿に取ってから一口食べた。ちょっ、お前らっ。まだ心の準備が……!

 

「っ!お、美味しい!遊歩さん、料理上手なんですね!」

 

 興奮すると素に戻るのか、それとも俺に怒られたからか、神崎さんが超褒めてくれた。

 それを聞いて、小さくホッとため息をついた。

 

「……そ、そっか。良かった」

「確かに……。このペペロンチーノの茹で加減もちょうど良い」

「ん〜っ、ドリアも美味しいです」

「お褒めに預かり光栄です、アーニャ様」

「……美波さん、この人とアーニャはどういう関係なんだ?」

「私に聞かないで……。私、あの人と何の関係もないから」

 

 おっと、知らない間に縁を切られましたよ?その反応は少し酷くないですかね。

 そう思いながらも、俺はソワソワしながら新田さんの方を見ていた。元々、新田さんのために作ったものなので、一番重要なのは新田さんの感想だ。

 それを察してか、新田さんは俺と目を合わせると、ピラフを一口食べた。

 

「あむっ……んっ。美味しいよ、遊歩くん」

「……あ、ありがとうございます……」

「わざわざありがとね。小テストの勉強見てあげただけなのに」

「いえ、かなり助かりましたから。だから、中間テストの時もよろしくお願いします」

「そういう事……。自分で勉強しないとダメです」

「いや冗談だから。ちゃんと数学30点はとるから」

「赤点ギリギリじゃない!せめて50点は取りなさいよ!」

「無理だって。うちの数学教師捻くれてるから必ず一問はメチャクチャ難しい問題出してくるから」

「はぁ、仕方ないなぁ……。中間も面倒見てあげる。ただし、試験日の三週間前からやるからね」

「マジでか!ありがとうございますっ!お礼に俺も新田さんの大学の勉強を……!」

「いらない。逆に成績落ちそうだし」

「いやいや!数学以外は割と優秀ですからね俺⁉︎他の教科は全部50〜70は取れてますから!」

「優秀のハードル低いよ!せめて70点はまだしも50とか60点で優秀とか言っちゃダメだから!」

「半分も取れてるのに⁉︎」

「半分しか取れてないんだよ!」

「さっき自分で50点って言ってたんじゃん!」

「それは最低ラインの話だから!」

「いやいや人生高望みは一番しちゃいけないでしょ」

「高望みと向上心は別の意味の言葉だからね⁉︎50点ギリギリの科目も私が見ます!」

「それ寝る時間なくなる奴じゃん!」

 

 そんな言い争いをしてる時だ。気が付けばアーニャさん、神崎さん、二宮さんの視線がこっちに向いていた。

 何?と視線で問うと、三人は順番に言った。

 

「……ミナミとユウホ、仲良しさんですね」

「……お姉ちゃんと弟みたい」

「……痴話喧嘩みたいだったね」

 

 その台詞に「なっ……!」と新田さんは顔を赤らめた。

 

「な、何を言うの三人とも⁉︎」

「だって、普段ミナミあんなに声荒げないですよね?」

「あんな美波さんの大声初めて聞いた……」

「そもそも、テストの中身を確認しあってる仲というのが」

「〜〜〜っ!ゆ、遊歩くんも何か反論してよ!」

 

 ふむ、俺に矛先が向いたか。しかし、俺はその手のノリは嫌いではない。

 

「お姉ちゃーん!」

 

 悪ノリして新田さんに抱きつこうとした直後、片手アイアンクローが俺の動きを止めた。

 

「……なんのっ、つもりよ……!」

「痛いです痛いです痛いです」

 

 とても制裁された。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

美波の撮影日(1)

 翌日、私はドラマの撮影場所に車で向かっていた。しかし、昨日は本当に恥ずかしかった……。みんな、私と遊歩くんの仲を聞きたがるんだもん……。別に大した仲じゃないのに……。

 何より、中学生と高校生に大学生が問い詰められるっていう構図がもう恥ずかしかった。私に年上としての威厳はないのかな……。

 いや、仕事の同僚という見方をすれば上下関係は無いんだし、そこまで気にする事でもないし、変に緊張されるのも嫌だけど。

 まぁ、でもその辺は私を慕ってくれてる遊歩くんで我慢するとしよう。たまにいじってくるのが腹立たしいけど、まぁ可愛いもんだ。

 しかし。今回は可愛いじゃ済まないかもしれない。何故なら、私の今回のドラマの撮影場所は何処かの高校。つまり、学生服を着なければならない。それもセーラー服。

 ……これが恥ずかしいんです。まだ卒業して二年ほどしか経過してないのに、学生服を着るのがこんなにも恥ずかしくなるなんて……。

 でも、お仕事なんだし着ることに抵抗は無い。何が恥ずかしいって、これを遊歩くんに見られると思う事だ。

 ……あの子、絶対笑う。いや、あの子の部屋にテレビはないし、見られる可能性は低い。アイドルだって気付かれてすらないし。

 けど、万に一つでもバレたら……。

 

『コスプレっスか新田さんwww』

 

 このセリフが飛んでくるに決まってる。最近、厳しく勉強教えてたから、仕返しという意味でもいじって来そうという事は誰の目から見ても明らかだった。しかも、よりにもよって私の役は「地獄の女番長」だ。

 ……まぁ、遊歩くんがテレビを見ないように全力でカバーするしかないかな。

 幸い、私をアイドルだと気付かない程に世間の事に興味のない子だから安心していられる。……アーニャちゃんはともかく、蘭子ちゃんや飛鳥ちゃんがアイドルだと知ってて私がアイドルだって知らないのは少し納得いかないけど。

 そんな事を考えてるうちに、撮影現場の高校に到着した。……あれ?この高校って……いや、まさかね。そんなわけない、うん。きっと外観が似てるだけ……。

 

「美波、どうした?」

「えっ?」

 

 プロデューサーさんに声を掛けられた。

 

「行くぞ」

「は、はい……!」

 

 そうだ、集中しないと。これからの撮影では、私は番長なんだし……。

 まずは学校側の方と挨拶をし、続いて着替えを持って更衣室へ。生徒会の方に案内していただいた。

 衣装箱を開け、いよいよ中からセーラー服を出した。ついにこれを着る時が来た……。いや、これくらいで怯んでいてはダメだ。やるぞ、私。

 手早く着替えを済ませて更衣室を出た。しかし、自分の母校でもないのに、こういう高校ならではの雰囲気は随分と久し振りな気がする。やっぱり、二年ぶりだからかな?生徒会の子が一緒とはいえ、他の子達とは若干違うセーラー服を着てるのは若干、気恥ずかしい気もするけど。

 そういえば、この高校の子達から何人かエキストラを借りるんだっけ……。私の制服のデザインを変えたのは、番長が自分の制服を改造したから、だそうだ。私の高校にはそこまで突っ張った子はいなかったけどな……。

 少し物思いにふけながら校内を見回して歩き、監督達の元に戻った。

 

「お待たせしました」

「おおー、やっぱ似合うね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 良かった、まだ制服を着てもセーフな年齢なんだ……。

 その事に少しホッとしつつ、とりあえず頭の中で昨日までで覚えたセリフをループさせた。

 

 ×××

 

 お昼になり、私はお昼に用意していただいたお弁当を食べていた。好きな所で食べても良い、との事だったので、プロデューサーさんと一緒に学食で食べていた。男の人と一緒にいれば、基本的に誰も声を掛けて来ないだろう、との事だ。

 まぁ、周りの視線はとても感じるんだけどね……。でも、何となく学食の雰囲気を味わいたくて、ここに来てしまった。

 

「美波さん!」

 

 早速、声を掛けられた。無視するわけにもいかないので振り向くと、驚いた事に李衣菜ちゃんが手を振っていた。

 

「李衣菜ちゃんっ?」

「やっぱりドラマ撮影って美波さんだったんですね!」

「あ、ここ李衣菜ちゃんの高校だったんだ……」

 

 そっか。道理で見たことあると思った。うん、きっとそうだ。

 

「プロデューサーもいるんだ」

「俺がいちゃ悪いのかよ。俺は基本的に何処にでもいるぞ。Pレーダーを使って7つ揃えれば願い事が一つ叶うレベルで」

「……クローネがオタク化してから、プロデューサーも隠さなくなりましたよね」

「あ、あはは……」

 

 前からみんなにバレてたとは言えない。

 

「美波さん、かっこよかったよ。一瞬だけど、撮影の所見えたんだ」

「ありがとう……。でも、なんだかまだ難しくて……。私、番長どころか校則もキチンと守る生徒だったから」

「でも、しっくり来てたよな。特にアイアンクローのところとか」

「あ、あはは……」

 

 乾いた笑いを浮かべて目を逸らした。言えない、どこかの男の子を制裁の度に何かしらの技で絞めてるとは口が裂けても言えない。

 しかし、そこまで暴力がしっくり来てるのは少しショックだ。それもこれも全部遊歩くんの所為なんだから。

 

「美波、そろそろ」

「あ、はい」

 

 お弁当を食べ終えて、私とプロデューサーは席を立った。その私に、李衣菜ちゃんがルーズリーフを差し出して来た。

 

「? 何これ?」

「サインだって。クラスの子の分、31枚」

「……李衣菜」

 

 プロデューサーさんに困った様子の笑みを浮かべられ、涙目で李衣菜ちゃんは叫んだ。

 

「だって土下座までして頼まれちゃったんだもん!」

「分かった、分かったから。何とか書いておいてあげる」

「ありがとうございます!やっぱ女神様ですね!」

「……最近、悪魔だとかデヴィルとか言ってくる子もいたけどね」

「誰ですか、そんなこと言うロックじゃない奴!そんな奴、私がタコ殴りのタコにしてあけますよ!」

「うん、ちょっとよくわからないけど、お気持ちだけいただいておくね……」

 

 ルーズリーフを受け取って、撮影現場に戻った。

 次の撮影現場は体育館だった。監督やスタッフさん、他の役者の方、プロデューサー達と一緒に打ち合わせをした後、十数人の生徒が体育館に入って来た。

 

「ああ、来た。あの子達が今回のエキストラだよ」

 

 ちょうど、体育の予定だった子達らしい。……ていうか、李衣菜ちゃんもいるし。エキストラでアイドルを使うのはある意味すごい気がする。

 しかし、良くも悪くも李衣菜ちゃんがいるからか、特徴的なクラスだなぁ。悪い子はいなさそうだけど、みんな仲良さそうなクラスだ。こんなクラスに遊歩くんがいれば、友達も出来たんだろうなぁ。

 なんて考えてると体育館の男子トイレのドアが開いた。

 

「……あ、もう始まんのか」

 

 出て来てそう呟き、カラスの群れに参加する男の子は遊歩くんだった。

 ……そっか、見たことあるのは遊歩くんの学校だったからなんだ……。いや、最初から分かっていた癖に頭の中ですっとぼけていたのは私だけど……。

 すると、遊歩くんと目が合った。当然、「んっ?」と遊歩くんは私を見て目を細めた。……まずい、バレる。

 

「皆さん、今日はよろしくお願いします」

 

 なるべくお淑やかに、その上で歳上オーラをキラキラ出しまくってみなさんに挨拶した。

 直後、生徒達から歓声が上がった。チラッと遊歩くんを見ると「なんだ、別人か……」とか呟いてた。それはそれでムカつくけど。すると、私のポケットに入ってるスマホがヴヴッと震えた。

 

 遊歩『スッゲェ!新田さんそっくりの人がいるんですけど!』

 遊歩『双子の妹とかいたんですか⁉︎』

 

 私だよ!と、口から出そうになったのを必死で堪えた。

 

 ×××

 

 夕方になり、今日の撮影は終わった。

 結局、最後まで遊歩くんが私は私だと気付くことはなかった。別に良いんだけど、何だか釈然としない。

 そもそも、別に隠したいわけではない。初めて会った時に隠してたのは、あまり言わない方が良いと思ったからだし、東京で再会してから言わなかったのは、怪我してて大変そうだし、アイドルだと知れば気を使わせてしまうかもしれないと思ったから。

 ただ、最近になってそんな風に気を使う事はないと思うようになって来た。だってアーニャちゃん、蘭子ちゃん、飛鳥ちゃんと普通に話してるんだもん。これもう私が気を使う必要なんてない気もして来たし……。

 ……でも、だからだろうか。自分からバラすのはなんか負けた気がする。

 そんなことを思いながら、今日は自分のマンションに向かっていた。なんか遊歩くんに顔合わせづらくて……。

 遊歩くんの学校からは、公園を通るのが近道だ。

 

「友紀、パス!」

「ま、待って!パスとか言われても……!」

「ふはははは!貴様ら如きがこの私からサッカーボールを守ろうなど百億光年早いわ!」

 

 通ろうとした公園で、どこかで見たことある小学生と大学生の二人の女の子を相手にサッカーやってる遊歩くんがいた。……本当にアイドルと簡単に仲良くなるんだから……。それと、光年は距離の単位だよ、遊歩くん。

 

「はいカットォ!」

「あっ、ぅそ〜……」

「友紀、何やってんだよー!」

 

 友紀さんからボールをカットした遊歩くんは、ボールをキープしたまま晴ちゃんを見て挑戦的に微笑んだ。

 意図を察した晴ちゃんは、そのボールを奪おうと突撃した。

 

「このっ……!」

「遅いなぁ!貴様の動きは直線的過ぎるのだよ!」

「コネコネとっ……!ねちっこいぞ!」

「それがサッカーのテクニックというものだ!」

「そーだそーだ!男らしくないぞー!」

「ちょっ、勝手に休憩してる人に言われたくないんですけど⁉︎」

「友紀!手伝えよ!こんな奴、オレ一人じゃ手に負えないって!」

「えー、晴ちゃん一人で頑張ってよ。あたしもう疲れちゃったよ」

「そうだぞ、はるちん。そんな簡単に諦めて良いのか、はるちん」

「っ、お前がはるちんって呼ぶなッ!」

「脛が痛い⁉︎」

 

 いつの間にかベンチに座ってる友紀さんと脛を蹴ってボールを奪う晴ちゃんと脛を抑えて蹲る遊歩くんを見て、少し羨ましく思えた。

 ……なんていうか、楽しそうだなー。遊歩くん。どういう経緯であの二人と知り合ったのか知らないけど、前に怪我治ったら運動しようと約束した私を捨て置いて、他の女の子とサッカーしてるなんて……。

 最近はホイホイ家に女の子連れてくるし、しかもみんなアイドルだし、別に私って遊歩くんの中で特別ってわけでも無かったのかな。

 

「………」

 

 ……いや、そんなことない。私が一番付き合い長いはずなんだし。勉強を教えてあげてたのだって、怪我をしてる間、面倒を見てあげてたのだって全部私だ。いや、それはアーニャちゃんもだけど、遊歩くんの中でアーニャちゃんは人じゃなくて天使だしノーカン。

 とにかく、あまりネガティブになっちゃダメだ。気持ちに余裕を生ませないと……。

 

「……すぅー、はぁ……」

 

 よし、落ち着いた。さて……。

 とりあえず、腹立つからちょっかいを出そう。

 いつのまにか、ボールを奪い返し、再び二人相手に無双し始めた遊歩くんの背後から強襲し、私がボールを奪った。

 

「うおっ⁉︎」

「はい、どうも」

「み、美波ちゃん⁉︎」

「美波さん!」

「……えっ、新田さん?」

 

 三人が私を見た。なんでここに?って顔をする晴ちゃんと友紀さん。まぁ、そうなるのは分かるけど、その前に遊歩くんを……!

 

「新田さん新田さん!今日、すごかったんですようちの学校!」

「えっ?」

「なんか新田さんに超そっくりな人がうちの高校に来て、なんかドラマの撮影してたんですよ!」

「あ、そ、そうなの?」

「はい!いやもうほんとに瓜二つで!双子かってレベルで!」

「う、うん……」

「ドッペルゲンガーかと思いましたね。まぁ、新田さんと違ってお淑やかな人でしたけど、ガハハ」

「それ、どういう意味?」

「……あの、冗談なので指をコキコキと鳴らすのやめてもらえませんか……」

「あのね、何度も言うけど女の子にそういう失礼なこと言っちゃダメだからね。私だから肉体言語で済んでるけど、他の子だったらいじめが始まるレベルだから」

「……逆に新田さんだから暴力を振るわれてる気がする」

 

 そんな事をしてると、ふと友紀さんと晴ちゃんが静かになってるのに気付いた。

 

「……え、知り合いなの二人とも?」

「……ていうか、随分と仲良いみたいだな二人とも」

 

 気がつけば、二人ともニヤリと邪悪な笑みを浮かべていた。私の額には冷たい汗が浮かんでいた。……これは、昨日と同じパターンでは……?

 この後、詳しい説明は省くけど、一言で言えば遊歩くんの家に集まるメンバーが二人増えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

周りから見たら事務所の社長の息子に見えるかもってレベル。

 一体全体、どうしてこうなった?と言わざるを得ない。うちの状況は。だって、ついこの前までボッチの上に骨折し、誰の目から見ても寂しい奴だったはずだ。

 それがいつの間にかどうだ?台所で昼飯の準備をしながら、狭い居間の中を見回した。

 

「回れ、我が運命のルーレットよ!我が終着点への道を指し示すが良い!」

「蘭子、ノリノリなのは良いけど君、最下位だからな」

「あ、蘭子ちゃん4ね。えーっと……1、2……」

「ここです、ユキ!株が下がった!株券一枚につき1万円払う!」

「あはははは!闇に飲まれてるし!」

 

 ……蘭子、飛鳥、姫川さん、アーニャ様、はるちんと人生ゲームにガチハマりしている。しかもあれ全員アイドルだからね。なんで男子高校生の一室にこんな人数集まってんだよ。蒸し暑いわ。サウナか。

 楽しそうにしてる様子を眺めながら、小さくため息を吐きつつジャガイモを剥いてると、隣から新田さんが声をかけて来た。

 

「どうかした? 遊歩くん」

「……なんでこんなに部屋の中が狭いのかなって」

「……あー」

 

 察してくれたようで苦笑いを浮かべた。

 

「嫌なの?」

「嫌ではないんですが……。あの人達、暇なのかなって」

「暇じゃないよ。忙しい中の暇な時に来てるだけだから」

 

 まぁ、そう言われると悪い気はしない。暇を俺なんかのために使ってくれてると思うと、むしろ嬉しく感じる。

 

「……にしても、遊ぶ内容も内容ですよね。午前中はみんなで野球やってお昼待ってる間は人生ゲームって、児童館か」

「ま、まぁね……。小学生二人しかいないのにね……」

「特に姫川さんとか、最初は低年齢に合わせてんのかと思ったら、コンビニで飲み物買うときビール買ってたでしょ」

「……気にしないであげて」

 

 集まってるメンツがマトモじゃないんだよなぁ。オレっ娘に中二病に厨二病に天使に見た目は女神、中身は悪魔にアル中でしょ?なんでこんなメンツが集まって来てんだよ……。

 

「……今、失礼なこと考えてたでしょ」

「いえ、何も」

 

 女神悪魔に追加、ニュータイプも。

 ジャガイモの皮剥きが終わり、野菜の下準備が終わったので新田さんに渡した。

 今日のメニューはカレーだ。こうして料理してる時、手伝ってくれたりするのは新田さんだけだ。そう言う面は優しいんだけど……。

 

「多分、私の事を悪魔って揶揄したね?」

「なんで分かるんだよ……。そういうところが連邦の白い悪魔……あ、いや冗談なので俺ごと煮込もうとするのやめて」

 

 鍋にぶち込まれそうになったので慌てて謝ってると、居間から酔っ払いの声が聞こえて来た。

 

「おーい、若夫婦!カレーまだー?」

「も、もうっ、友紀さん!夫婦じゃないです!」

「ていうか、そう言うなら手伝えよ年長者」

 

 7人分も作ってんだから時間掛かるに決まってんだろ。

 

「あたしはほら、料理とかしたことないから」

「男子高校生以下の女子力」

「なっ……!」

「プフッ……!」

「プハッ……!」

「ッ……!」

 

 言った直後、はるちん、蘭子、飛鳥が噴き出し、姫川さんはカァッと顔を赤くして、隣にいた蘭子の首に手を回した。

 

「笑ったのはこの口かぁ〜!」

「むぐっ……⁉︎お、おのれ卑怯な!我が呪われし封印を解かれたくなければその腕を……!」

「こしょこしょこしょ」

「アッハハハ!やっ、やめて下っ……ゆ、友紀さんごめんなさっ……!」

 

 謝んの早ぇーな、ブリュンヒルデ。まぁ、野次が飛んでこなくなっただけこっちの仕事は早く終わる。

 人生ゲームを中断してじゃれ合う蘭子、姫川さん、はるちんを余所に、飛鳥とアーニャ様は大人しく人生ゲームを再開した。三人の出番を無視して。

 そんな様子をぼんやり見ながら洗い物をしてると、新田さんが照れた様子で俺に呟くように聞いて来た。

 

「……あ、あのさ…私達、夫婦に見える、のかな……」

「何を真に受けてるんですか。見えても姉弟でしょ」

「………」

 

 言うと、一発で不機嫌そうな顔になった新田さんは、引き出しからめちゃくちゃ赤い香辛料を出した。

 

「……あの、それどうする気ですか?」

「良かったね、遊歩くん。遊歩くんのカレーだけスペシャルverだよ」

「後から掛ける気⁉︎待て待て待て俺どっちかっつーと辛いのはそこまで……!」

「何?ウルトラスペシャルカレーの方が良かった?」

「嫌なんでそんな怒ってんの⁉︎」

 

 もしかして、俺なんか弟にもしたくないって事か……?もう少し別の表現をするべきだったか……!

 

「ごめんなさい!」

「嫌です」

「いやほんとに!あんまり辛いとむせちゃうから!」

「嫌です」

「分かった、今度ラーメン奢るから!」

「嫌です」

 

 結局、スペシャルカレーを食べるハメになった。

 

 ×××

 

 お昼を食べてから、また表に出た。スポーツの秋とはよく言ったもので、今度はサッカーを始めた。

 まぁ、別にみんながみんなサッカーをしてるわけではない。とりあえず、うちにあったペットボトルのゴミを四本持って来て、簡易的なゴールを作って3対4。無論、唯一の男がいる俺が3人側で固定だ。

 しかし、新田さん以外のみんなはアイドルなだけあってすごい体力だ。新田さんは新田さんでラクロスサークルらしいので無尽蔵の体力だった。

 つまり、俺だけ凡人の上に3人チーム固定のため、限界がくるのが早かった。

 

「もー無理!休憩!死ぬ!」

「まだやれるだろ!」

 

 はるちんが楽しそうにそう言った。こいつ、ほんとサッカー好きなのな……。

 でも、これ以上は無理です、死にます。

 

「飲み物買って来てやるから、3対3でやってろよ」

「あたしビール!」

「黙れ、全員サイダーにするから」

「あ、じゃあ私も付き合うよ」

 

 こういう時に声をかけてくれるのは流石、新田さんと思うが、それじゃ意味がない。

 

「いや、そしたら奇数になっちゃいますから」

「自分だけ休もうって言ったってそうはいかないんだから。私も行く」

 

 えっ、いや別にそんな意図は……。

 

「あ、ミナミが行くなら私も行きます!」

「ふむ、我も参ろう。別に疲れたわけではないが」

「肩で息してるじゃないか、蘭子。なら、ボクも行くよ」

「……晴ちゃん、どうする?」

「……オレも行く」

「おい、全員来ちゃってるじゃんそれ。半分は残ってろよ。ペットボトル捨て置いてるみたいだろ」

 

 気持ちはありがたいが、もう少し考えて行動しよう。

 で、話し合いの結果、結局俺だけ行く事になった。思いっきり無駄な時間だったんですけど……。まぁ、奢りの予定だったのがみんなからお金を貰えたから全く無駄だったわけではないが。

 一人でコンビニにきて、飲み物コーナーに来た。全員のリクエストがグループL○NEに来ていた。

 

 美波『無糖午後ティーお願いします』

 アーニャ『カルピスが良いです』

 ブリュンヒルデ『ハイポーション』

 二宮飛鳥@セカイの声を聞く者『コーヒー、もちろんブラックだ』

 晴『スポドリ!』

 姫川友紀『レモンサワー!』

 遊歩『二人分買って行かないからな』

 ブリュンヒルデ『お茶』

 姫川友紀『ジンジャーエール』

 遊歩『飛鳥はそれで後悔するなよ?』

 二宮飛鳥@セカイの声を聞く者『カフェオレ』

 

 素直に最初から答えて欲しいものだ……。ていうか、名前が自由過ぎるし。

 カゴに言われた飲み物を入れ、最後に俺の分の天然水を入れた。買い物を済ませて帰ろうとすると、ちょうどすれ違いで誰かが店に入って来た。

 

「……あっ」

 

 そいつは俺を見るなり声を漏らした。見覚えがあったからだ。だって俺も見覚えあるし。

 多田李衣菜、うちのクラスの女の子でアイドルの子だ。知らない仲では無いが、別に仲が良いわけでもないし、今の俺はみんなを待たせてるのでここにいるわけにはいかない。

 なので、さっさと立ち去ろうとしたが、多田さんの後ろの茶髪でメガネの女の子が多田さんに聞いた。

 

「李衣菜チャン、知り合いかにゃ?」

「ブハッ⁉︎ッ、ェホッ!ゲホッ!ッ、ゴホッ……!」

「「⁉︎」」

 

 あまりのすごい口調にすごいむせてしまった。今、「にゃ?」って言った?なんで?あなた見た感じ高校生くらいですよね?

 が、今のを笑った、と思われたのだろうか。茶髪の子はオレに詰め寄ってきた。

 

「今、なんで笑ったニャ⁉︎」

「い、いえっ、笑ってませんっ!」

「み、みくちゃん?どうしたの?」

「今、この人みくの口調を聞いて笑ったのにゃ!万死に値するにゃ!」

「お、落ち着いてみくちゃん!その人、私のクラスメートだから!えっと……名前なんだっけ?中島?」

「おい、当てずっぽうにも程があんだろ」

 

 思わず素でツッコんじゃったよ……。君の方がよっぽど酷いからな。

 

「えっと、なんだっけ?」

「いいよ、無理して覚えてくれなくて。俺、人待たせてるから」

「あ、それは嘘だ。だっていつも教室で一人じゃん」

「……」

 

 的確ストレートに返す言葉もなかった。じゃあこの大量のジュースはなんだと思ってんだよ……。

 で、まとめるように多田さんが聞いてきた。

 

「で、笑ったの?」

「笑ってないから。ちょっと咽せただけだよ」

「……って言ってるけど」

「ふんっ、そんなのいくらでも言い逃れできるにゃ。みくは猫を馬鹿にする側を許すわけにはいかにゃい、謝ってもらうにゃ!」

「だって」

「ごめん。じゃ、また……」

「ちょちょちょっ、待つにゃ!そんなテキトーな謝罪、みく初めて聞いたよ⁉︎」

「ごめん」

「繰り返すにゃー!」

 

 本当に猫っぽく「フシャー!」と言わんばかりに俺に威嚇するみくちゃんとやら。

 これ以上うちのアイドル達を待たせるわけにもいかないんだけどなぁ……。しかし、このみくちゃんは多田さんと知り合いだろうし、アイドルのサインあげるから作戦は通用しない。

 

「……ふむ、困った」

「自業自得にゃ!ちゃんと心を込めて謝るにゃ!」

 

 ……待てよ?猫って事は、ボールとか猫じゃらしにじゃれるんじゃね?

 それで気を紛らわそうと思った俺は、その辺の雑草に混ざってる猫じゃらしを引き抜いて、みくちゃんの顔に当ててみた。

 直後、多田さんが「え、この人何してんの?」って顔で聞いてきた。

 

「……え、何してんの?」

「や、じゃれるかなーって思って」

「……李衣菜ちゃん、この人ほんとムカつくにゃ」

「プフッ」

「李衣菜ちゃん、今笑った?笑ったよね?」

 

 直後、コオォォッと息を吸い込んで臨戦態勢になるみくちゃん。俺と多田さんは一歩後退りした。

 

「……なんでお前まで逃げようとしてんだよ」

「いや、こうなっちゃった以上、私も巻き込まれそうだなーって思って……」

 

 二人して「ははっ……」と乾いた笑いが漏れ、俺の手の力が抜けて猫じゃらしがゆらりと落ちた。ふわりふわりと空中を漂い、地面に静かに降り立った。

 直後、三人で猛然とダッシュした。

 

「中島!みくちゃんに謝って!」

「中島じゃねぇっつの!お前こそ友達なら宥めるなりなんとかしろって!」

「無理無理無理!ああなったら止められない!一週間丸々理性が飛んで殺戮が止まらない!」

「阿修羅カブトか!てか、なんであんな怒るの⁉︎」

「普通怒るよ!ただでさえ、みくちゃん最近同じ寮の子達がオフの日は表に遊びに言っててジェラシーでイライラしてたのに!」

「んな事知るか⁉︎」

 

 そんな話をしながら逃げ回ってる中、阿修羅カブトがヒントになった。世の中にサイタマやジェノスなんていない。なら、災害レベル竜に竜をぶつければ良い。

 

「多田さん、近くの公園わかる⁉︎」

「広くて野球グラウンドがある⁉︎」

「そう!そこに後ろのネフェルピトー並み、いやそれ以上のデヴィルがいるから!そいつに食い合わせる!」

「はぁっ⁉︎そんな事……!」

「やるしかない!」

 

 そう決めて、近くの公園に入った。公園の真ん中でペットボトルをゴール代わりにしてるヤケに可愛いのが6人集まった場所に駆け込んだ。

 

「あ、遅いぞ我が友よ!喉乾いた!」

「悪い、蘭子!」

「ええっ⁉︎ら、蘭子ちゃん⁉︎どうしてここに……!って、蘭子ちゃんだけじゃない⁉︎」

 

 流石、アイドルと知り合いなだけある。だが、今の俺は説明をしては暇がなかった。慌てて新田さんの背中に隠れ、肩に手を置くとみくちゃんの方に突き出した。

 

「ちょっ、何いきなり……って、みくちゃんっ?」

「さぁ、新田美波よ!その女神の悪魔的ゴリ押しパワーであのケットシーを返り討ちにしたまえ!これぞ、世界の終焉を描く怪獣大決せ……!」

 

 直後、視界がグルンッと回った。いや、むしろ世界が回ったのかと思った。

 気がつけば、腰から地面に落下し、ケツを強打していた。

 

「オゴッ⁉︎」

「ミナミ、見事な背負い投げです!」

 

 こ、腰がッ……!死ぬ……!

 アーニャ様の楽しそうな声が耳に入らない程に激痛だった。ヤバい、このままだとみくちゃんからの攻撃が……!

 

「……あれ?美波チャン?」

 

 ……あれ?割と冷静な……。というか、周りの人達がいることが気になって俺の事なんかどうでも良くなったのか。今のうちに避難した。……嫌な予感を脳裏に浮かばせながら。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おかんが増えた。

「……にゃるほど、ここがアイドルたらしの家」

「おい、アホネコ。人聞き悪い事言ってんじゃねえよ」

 

 スーパーに寄ってから帰宅した。結局、うちに来たメンバーが二人増えた。俺の部屋に入るなり、人聞きの悪い前川みくさんがそんなことを抜かした。

 その俺と前川さんの隣をはるちんと蘭子が走って、人生ゲームを開いた。

 

「よっしゃ!人生ゲームやろうぜ!」

「うむ、我が世界征服への順路を辿らせてもらおうか!」

「コラ!二人とも、人の部屋に入ったら『お邪魔します』、それと帰って来たら手洗いうがいをするニャ!」

「お、おう……すまん……」

「お邪魔します……」

 

 大人しく従う子供二人。なんだこの子、おかんか?

 おかん猫が「まったく……」と呟いて洗面所に向かうと、新田さんがそれに言った。

 

「助かるよ、みくちゃん。毎回、注意するの大変で」

「仮にもうちの事務所のアイドルにゃ。親元を離れてる以上、ちゃんとみく達が面倒を見てあげないと」

「ふふ、しっかり者がいてくれて助かるな。私と遊歩くんだけじゃ言う事聞かなくて……」

「? 友紀チャンは……?」

 

 そう聞いて来た直後、姫川さんは冷蔵庫の中に缶ビールをしまい始めていた。

 

「……友紀チャンー!」

「げっ、い、良いじゃん!結構、ここに来るんだから!」

「男子高校生の部屋の冷蔵庫にアルコールなんてしまっちゃダメニャー!遊歩チャンの部屋だから良いものの……!」

「おい、どう言う意味だ。ダンボールに入れて『拾って下さい』って書いて捨ててやろうか」

「上等ニャ!表に出るニャ!」

 

 腕まくりをしながら面に出ようとしたが、その俺の前川さんの前にアーニャ様が立った。

 

「ユウホ、ミク。喧嘩はダメです」

「申し訳ありません、アーニャ様……」

「……二人はどういう関係なの……?」

 

 隣の前川さんが引き気味に呟いた時、俺達の隣をはるちんと蘭子に加えて飛鳥が通り過ぎた。

 

「みく、手は洗ったぞ!」

「これで我が暗黒の世界への序章を始めて構わないなっ?」

「ボクも参加させてもらおう。ボクの求めるセカイを構築するために……」

「はいはい、なるべく静かにする事。良いニャ?」

 

 三人は「はーい」と返事をしながら勝手に棚から人生ゲームを引っ張り出し、床に置いた。

 その三人に姫川さんとアーニャ様が加わった。

 

「あたしも参加する!」

「私もやりたいです!ミクやミナミもやりませんかっ?」

「私は晩御飯の準備があるから。みくちゃんは参加したら?」

「いや、みくも手伝うニャ。遊歩チャンの何処をみんなが気に入ったのか分からにゃいけど、それを突き止めるニャ」

「好きにしろよ……」

 

 ……なんでこんなに敵視されてるんですかね……。

 ま、良いや。これから晩飯だ。今日のメニューはハンバーグ。子供が増えたからな……。

 

「おーっし、じゃあ俺が味噌汁とかサラダとか米とかやるんで、新田さんと前川さんはハンバーグの方を任せても良いですか?」

「みくに指図するニャー!」

「ま、まぁまぁ、みくちゃん……」

「ちょっと待ったー!」

 

 突然、大声が割り込んで来た。何事かとみんなで声の方を振り返ると、多田さんが照れたように頬を赤く染めて、今だに玄関に立っていた。

 

「何してんの?あ、まだサッカーやりたい?ごめんもうみんなお腹空かせてるよ」

「違うわ!なんでみんな男の子の部屋で馴染んでるの⁉︎異性の部屋だよ⁉︎もっと意識しようよ!」

 

 そう言われて、全員顔を見合わせた。

 

「みくはみんながいたからだし……」

「あたしは晴ちゃんの面倒見なきゃだし……」

「……友達の家に行くのに異性とか関係あるのか?」

「ボクは美波さんとアーニャがいたからだし……」

「私も……」

「私とミナミは夏からユウホとお友達ですし」

「わ、私は……ま、まぁアーニャちゃんと一緒かな」

「だってよ」

「おかしいよ!みんな寛ぎすぎだよ!」

 

 そりゃ寛いで良いって言ったしな……。

 

「……あ、もしかして照れてんの?」

「て、照れてるよ!この際、正直になるよ!絶対みんなおかしいよ!」

「いやー、普通の女の子みたいなリアクションで逆に新鮮だわー。多田さんって割と普通の子だったんだな」

「アイドルに向かってよく言えるね⁉︎」

 

 周りのメンツに比べたらって意味なんだけど……。でも、みんな入ってるんだから部屋に入るくらいすりゃ良いのに。

 

「いいから入って来いよ。人生ゲームやってて良いから」

「そうだよ、李衣菜チャン。一人で照れてても浮くだけニャ」

「どうせなら、リイナも人生ゲームやりませんかっ?」

「うー……納得いかない……」

 

 俺、前川さん、アーニャさんと誘うと、何故か悔しそうな顔で多田さんは入ってきた。

 

「多田さんも晩飯食って行くでしょ?」

「……みんなが食べるなら」

 

 これでハンバーグ九個か……。なんでこんな狭い部屋に野球できる人数集まってんだよ……。

 味噌汁の味付けをしながら、人生ゲームをやってるメンバーを見つつ小さくため息をつくしかなかった。

 

 ×××

 

 食事が終わり、そろそろみんな帰宅する時間。なんか事務所の寮に泊まってる人とかいるのでみんな団体で帰れるそうだ。

 しかし、多田さんは実家で新田さんは一人暮らしなので、その二人は俺が送らねばならない。

 そんなわけで、三人で帰宅していた。

 

「はぁ……今日は色々と驚いちゃったな……」

 

 かなり疲れた様子の多田さんが盛大にため息をつくように呟いた。

 

「そうだよね。普通なら驚くよね。私も、最近は毎日のようにアイドルを部屋に連れてくる遊歩くんにうんざりしてるの」

「なんで俺がうんざりされるんですかね……。大体、蘭子と飛鳥を連れて来たのはアーニャ様だからな」

「……あの、前々から気になってたけど、なんで北山はアーニャちゃんの事、様で呼んでるの?」

「女神様だからだよ」

「李衣菜ちゃん、その子ちょっとヤバい子だからほっといてあげて」

「あ、ファンなんだ?」

 

 まぁ、ファンっつーかもはや友達だが。俺の友達は新田さん以外全員アイドルだからな。

 

「しかし、知らなかったなー。北山って結構喋るんだ?」

「どういう意味だよ」

「クラスだといつも一人でポツンとしてるじゃん。正直、一番クラスでロックじゃないのは北山だと思ってたから」

「ロックって何?ロックマン?」

「それが、クラスの外ではアイドル搔き集める能力者なんだから」

「ワンピースかっつの」

 

 大体、能力者ってお前な……。

 

「でも、人望あるって事だよね」

「ねぇよ、歳下から歳上まで舐められ放題だ」

 

 特に前川さんな。あいつ俺に言いたい放題でビビったわ。

 

「まぁ、それだけ絡みやすいって事だよ」

「そうなんかね……」

 

 言われてもピンと来ないけど。

 すると「そういえば」と多田さんが話を変えた。

 

「中でも美波さんと一番仲良いように見えるよね」

「え、そ、そう……?」

 

 照れた様子の新田さんが返事をした。

 

「まぁ、確かに私が一番付き合いは古いよね」

「古いって……たかだか一ヶ月くらいでしょ。アーニャ様とはほんの数十分だし」

「それでも古いんだから良いじゃない」

「そうなんだ。どう知り合ったんですか?」

 

 どうって言われてもなぁ……。少し脚色してみるか。

 

「あれは、夏休みの海での出来事だった……。浜辺で」

「アーニャちゃんが迷子になったのを一緒に探してもらったの」

「ちょっ、なんで俺が説明しようとしてるのに答えちゃうんですか」

「どうせ変に脚色しよとしたでしょ。ヤンキーに絡まれてるのを助け出した、みたいな」

「……よくお分かりで」

「ほんと仲良いね……。でも、そうなんだ。アーニャちゃん、迷子になったんだ」

 

 思えば、あの日が俺の女神記念日か……。

 

「まぁ、それから色々ありましたよね。新田さんのおかげで随分助かりました」

「何かあったの?」

「ああ。新田さんとアーニャさんを宿まで送ったんだけど、そのあとすっ転んで骨折してさ、しばらく東京で面倒見てもらったり」

「へぇ〜」

「病院まで連れて行ってもらったり」

「ふーん……んっ?」

「それとあれだ。勉強の面倒も見てもらった。お陰で再テスト1回で済んだんだよね」

「えっ、そ、それって……」

 

 少し引き気味に多田さんは新田さんを見た。新田さんは頬を赤く染めていた。何を今更恥ずかしがってんだ。

 

「ち、違うの!そういうんじゃなくて、アホで危なっかしい子だから放っておけなくて!」

「そっかー……美波さんもかー……」

「違うんだってば!本当に……!」

「そういうんじゃないよ。新田さんは弟いるらしいから、そういう性分なだけだよ」

「………」

「………」

 

 あれ、なんか二人とも黙り込んじゃったな……。と、思ったら少し睨まれてるし……。

 

「……こういうところ、腹立つんだよね。別にそういうんじゃないけど」

「……大変だね、美波さん」

 

 なんかすごい呆れられたぞオイ……。

 そうこうしてるうちに、多田さんの家に到着した。

 

「ふぅ、ありがとね。わざわざ」

「いいよ別に」

 

 これから新田さんも送らなきゃいけないし。

 

「あ、そうだ。北山」

「? 何?」

「修学旅行さ、どうせ同じ班のメンバーとか困ってるでしょ?」

「どうせとか言うな」

「一緒の班にならない?」

「……えっ、俺と?」

 

 あなたクラスにもっと友達いるでしょ。俺と組む必要なんかないはずだ。

 

「良いじゃん。じゃ、また明日学校でね」

 

 それだけ行って、多田さんは家の中に入っていった。

 残りは俺と新田さんの二人だけ。新田さんの事もマンションまで送らなければならない。

 

「じゃ、行きましょうか」

 

 新田さんのマンションに向かい始めた。

 

「そういえば、新田さんのマンションに行くのなんて初めてですね」

「そうだっけ?」

「はい。あ、いや行くっつっても送るだけなんで部屋には入らないですけど」

「せっかくだから寄って行ったら?送ってくれたお礼にお茶くらい出すよ」

「マジすか?いただきます!」

 

 やったぜ。新田さんの淹れるお茶は異様に美味いからなぁ。

 マンションに到着した。メチャクチャ高い高層マンションだった。

 

「……え、ここ?」

「そうだよ?」

「………」

 

 ……え、ここ?1LDKを超えてるだろこれ……。妹が?アイドルとはいえこれは……確実に親が大富豪としか思えないんだが……。

 

「……あの、新田さんの家って一体……」

「? 普通のマンションだよ?」

 

 ……絶ッッッ対普通じゃねぇ。あまり聞いちゃいけないかもしれない。

 半ば緊張気味にマンションの中に入り、部屋番号によってロックされている自動ドアを新田さんが開けた。

 

「……自動ドア、マンション、ロックナンバー……?ここが、異世界……?」

「同じ世界の同じ国の同じ都内だよ」

 

 うちと何もかも違う……。いや、うちのアパートは元々、安い方を選んだからうちよりは高いと思っていたが、まさかここまでとは……。

 

「はい、ここが私の部屋」

 

 9階の一室に入った。中は広くて、居間、キッチン、トイレ、バスルーム以外にも部屋が二つあるし。なんでこんな無駄に広い場所にしたんだよ……。

 

「……すごい広いですね……」

「はい……。パパが、心配性でわざわざ大きな部屋を取ってくれて……」

 

 ……え、パパって言った?この人、しっかりしてるように見えて親の事、パパって呼ぶんだ……。ギャップが可愛いな。

 割と甘えん坊な所があるようだが、だからこそ親の方も大きな部屋を借りたのかもしれない。

 

「……良い両親ですね」

「そ、そうなのかな……。過保護な気もするけど……」

 

 まぁ、親バカではあるかもしれないけどね。

 部屋の中に入り、手洗いうがいを済ませるとソファーの上にボフッと座り込んだ。

 

「ふわあ……柔らかい……」

 

 ソファーがある事自体が羨ましいのに、柔らかくてすぐ寝ちゃいそうだ。

 

「はい。お茶」

「……ありがとうございます」

 

 お茶を淹れてもらった。一口いただくと、隣に新田さんが座ってテレビをつけた。

 

「ふぅ、お疲れ様」

「あ、はい」

 

 お茶で乾杯した。

 

「……ふぅ、今思ったけど、ソファーって初めて座ったかも……」

「えっ、そ、そうなの?」

「や、マジ。うちの実家、和室ばかりでソファーとかないんですよ」

「へぇー……どう?気持ち良いでしょ」

「はい。一生座ってても良いです」

「それはダメだと思うけど……」

 

 ホッと一息ついた。しかし、今日はマジで疲れたな……。午前中に野球、昼飯は七人分、午後にサッカーのち追いかけっこで晩飯は九人分だからなぁ……。

 

「はぁ……ここで暮らしたい……」

「ボフッ⁉︎」

 

 そんな事を呟くと、突然新田さんは吹き出してしまった。

 

「ど、どうしたんですかっ?」

「な、何を言い出すのいきなり⁉︎」

「え、こんな部屋で暮らしてみたいって……」

「あ、そういう……。……まったく紛らわしい事言わないで……」

「え、何と間違えたんですか?」

「何でもない」

 

 ご立腹の新田さんはお茶を飲み干すと立ち上がった。

 

「? どこ行くんですか?トイレ?」

「正解!」

「痛ッ⁉︎」

 

 正解なのに頭に手刀をもらってトイレに向かった。あ、女の子にトイレとか聞いちゃダメなんだっけ……。

 少し反省しながらソファーの上で横になった。あー……ふかふかしとるがな……。このままじゃ寝ちゃいそうなんだけど……。

 ……そういえば、前に新田さんも寝ちゃってうちに泊まって行ったことあったっけ……。

 ……良いや、寝ちゃおう。そのまま目を閉じた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この主人公がある意味一番まともな気がする。

 翌日、目を覚ますと知らない天井だった。ここが何処だか分からない何だろ、拉致監禁でもされたのかな……。

 とりあえず身体を起こそうとしたが、俺の身体は縛られてるように動かない。本格的に拉致監禁かと思ったら、顔に柔らかい感覚。目だけで移動すると、新田さんの顔面が目の前にあった。

 

「っ⁉︎」

 

 狼狽えたが、俺の身体は下着姿の新田さんにしっかりとロックされていて動かない。そうか、抱き枕にされてるのか。

 

「……おぅふ」

 

 や、柔らかい……。ていうか何してんだよこの人……。生足が俺の足に絡みついて来てる。てかなんで下着なんだよこの人……。服の上よりおっぱい大きくないな……。普段、パッドでも入れてんのか?

 どうしよう……一言で言えば勃ちそうなんだけど。でも、寝落ちした俺を泊めてくれた新田さんで邪な考えは流石にダメだ。

 いや、でも……生理現象が……収まらない……!

 直後、徐々に勃っていく俺の突起物が絡み付いていた新田さんのふくらはぎと太ももに挟まれた。

 

「あら?この固いのはなぁに?」

「っ?に、新田さん……?」

「ふぅん?私に抱き枕にされて興奮しちゃったんだ?」

「ぃ、ぃゃっ……」

 

 ど、どうしたのこの人……?なんでこんな急に、攻めて来て……!

 頬が赤くなる俺を無視して、新田さんは俺の陰部の先端に人差し指を当てて、ついっついっと弄り始めた。

 

「女の子といるのにこーんなに勃たせちゃって。この変態♡」

「〜〜〜ッ!」

 

 耳元で囁かれ、ゾクゾクっと背筋が伸びた。

 

「そんなにエッチなことがしたいなら、わたしが筆下ろししてあげる」

「ぁ、ぁっ……」

「早くしないと、食べちゃうよ?」

「まっ……!待って下さい新田さん‼︎」

「キャアッ⁉︎」

 

 怒鳴りながら身体を起こすと、隣から新田さんの悲鳴が聞こえた。あれ、何だこれ……?ていうか、俺の体がソファーの上にある。新田さんは驚いたのか、腰を抜かして床に座り込んでいた。ちゃんと私服に着替え終えている。

 ……もしかして、夢か……?盛大にホッと一息ついて、新田さんになら案外逆レイプされても良いかもとか思いながら、身体の上の毛布をどかした。

 ていうか、昨日の夜は何も掛けずに寝落ちしたはずだ。毛布、わざわざ掛けてくれたのか?

 

「……ど、どうしたの……?遊歩くん……?朝ご飯、いらなかった……?」

「あっ、い、いえ……おはようございます、新田さん」

「……だ、大丈夫?怖い夢でも見た?」

「は、はい……。……とても怖い夢を」

「そ、そっか……。食欲ある?朝ご飯、作っちゃったんだけど……」

「いただきます」

 

 とりあえず、朝飯にすることにした。

 

 ×××

 

 今日は新田さんは出かける予定があるらしい。それなのに俺の事を泊めてくれて何とも申し訳なかったが、まぁそのことについてのお詫びはまた後にしよう。

 そういえば、今日は俺もエキストラで学校から呼ばれてるんだったか。と、いうのも、この前の撮影でヤンキーが出て来た時、クラスメートが逃げ出す際に芸能人の前でちょっと格好付けたいという若者限定の気取りによって、パルクールを使って逃亡してみたら、それがまた監督にウケてしまい、またエキストラとして出ることになってしまった。

 無論、服装は学生服。確か、多田さんも呼ばれてたな。まあ、あの人はアイドルだし当然と言えば当然か?俺と違って少しセリフがあったりするとは言え、たまたまいたからってアイドルをエキストラに使うなんて大盤振る舞いだな……。

 一度自宅に帰り、それから学校に向かった。しばらく歩いてると、ふと今朝の夢を思い出した。

 

「………」

 

 今朝の夢は強烈だったなぁ。何というか、新田さんがとてもサディスト女王に感じた。SMクラブってあんな感じなのかなって思う程だ。俺ってマゾだったのか……。

 

「………」

 

 いかん、思い出すだけで性欲が……。というか、これ何処かで発散させなきゃダメだな……。それほどまでにドS新田さんは似合っていた。

 うちに帰ったら抜こうかなーなんて思ってると、コンビニを見つけた。……コンビニってエロ本売ってたよな……。

 コンビニに入って、エロ本コーナーに向かった。なるべく新田さんと似てる人にしよう。

 

「………」

 

 好みのエロ本を選びレジに持って行った。「古川」と書かれたネームプレートの人に渡すと、真顔で答えられた。

 

「こちらの商品、18歳未満の方にはお売りできないんですけど」

「………」

「まぁ、気持ちはわかるんで見なかったことにします」

「……話分かるなぁ。ついでなんでスパイシーチキン買っていきます」

「ありがとうございます」

 

 友達になれそうな店員を知った。ここに通おう。コンビニを出て、エロ本を鞄の奥に入れて学校に向かった。

 学校に到着すると、既に監督とかは揃っていた。

 

「おはようございます」

「おお、来たね忍びの者」

「絶対、俺は火影になるってばよ!」

「ノリ良いな……」

「サスケェ……」

「もう分かったから。10分後に撮影開始するから」

 

 しかし、特にすることなんかねーんだけどな。多田さんと恋人っぽく歩いてりゃ良いだけの簡単な仕事。と、いうのも、この監督の作品では、必ずどこかに隠れミ○キー的なキャラが出るらしい。

 で、まだそれは決まってなかったらしいんだが、それが多田さんと俺に決まってしまった。多田さんはともかく、俺が隠れキャラになるのか?と一瞬思ったけど、多田さんが隠れキャラで俺はついでだと思えば納得が行く。

 辺りを見回すと、何人か芸能人さん達が台本を読んでたり、自分なりにリラックスしてたりしている。美波さんも、他の役者さんと微笑みながら何か話していた。微笑んでいるものの、その笑みには少なからず緊張が見え隠れしている。けど俺のことチラチラ見てんのはなんなんだろうな。

 何となく場違い感を感じたので、俺も芸能人っぽく壁にもたれかかり、目を閉じて精神統一のフリをしてると、横から肩を叩かれた。

 

「なに集中するフリしてんの?」

「………」

 

 多田さんだった。

 

「……人の意図を理解するなよ……」

「大丈夫だよ。みんな北山に変に期待してないから。みんなエキストラだってわかってるから、いつもの頭の悪いお兄ちゃんみたいな感じで良いんだよ」

「頭の悪いは余計だ……」

「たし算とかけ算の優先度もわからない人が何言ってんの?」

「………」

 

 誰に聞いたんだよこの野郎。

 

「まぁ、恋人役って事だから。よろしくね」

「こちらこそ」

 

 しかし、アイドルの恋人のエキストラか……。ありがたい反面、少し俺で良いのかなって所はあるけど……。ま、そこは監督の采配ミスって事にしよう。

 しばらく待ってるうちに撮影開始。何だかよくわからないクランクアップとかクリーンアップとか言ってたが、その辺は俺には関係ない。

 俺と多田さんの役割は、カメラのギリギリ映るか映らないかの辺りで腕を組んで歩く事だ。

 監督の声で美波さんが、真面目な生徒会長(裏番)として校庭を歩いてる端の方を、俺と多田さんは歩いた。流石、多田さんはアイドルなだけあってエキストラであっても演技は全力だ。早い話が、彼女っぽく腕を組んで浮かべてるその笑みはメチャクチャ可愛い。

 俺も思わずドキッとしてしまって頬を赤らめてると、ほんの一瞬、轟ッととんでもない殺気を感じた。

 

「っ……」

 

 一瞬、息を飲んだ。誰からの殺気かと思ったら美波さんだった。え、何で急にこっちに殺気向けたの……?一回も話した事ないよね……?

 ……や、にしても、今の美波さんの顔、なんかこう……今朝の夢を思い出しちゃうんだけど……。あ、ヤバい。ムラムラするな、俺。

 誰も美波さんの殺気に気付いていないようで撮影は続いていた。俺と多田さんは早くもカメラの視界から消えて引っ込んだ。と、言うのも今のシーンは廊下の一部で、俺達は階段を下ったので消えざるを得なかった。

 

「……ふぅ」

 

 しばらく下にいないとカメラに映ってしまうため、その辺の教室に入って椅子に座り込んで一息つくと、茶化すように多田さんが聞いてきた。

 

「なに、緊張してたの?」

「あ?あー……まぁね」

 

 主に殺気で。

 

「大丈夫、私達なんてよく見ないとわからないレベルだから」

「そうかよ……」

 

 気を利かせてくれてる多田さんには申し訳ないけど、少しテキトーな相槌を返してしまった。

 考え事をしていたからだ。なんで美波さんは俺にさっきを向けたのか。考えれば考えるほど、俺の答えは一つだった。

 多分、美波さんって恋人できた事ないんだろうな。だから、演技とはいえ嫉妬してしまった、と。ふっ、やれやれ。非リアだからって嫉妬するなんてそりゃモテんわ。俺の知ってる新田さんとは似て非なる存在ということか。

 あまりあの人のことは気にしないようにしよう。

 

 ×××

 

 撮影が終わった。さて、これからいよいよエロ本タイムだ。今日はみんな仕事で来れないらしいし、新田さんも何か用事あるらしいから安全と言えるだろう。

 しかし、なんだったんだろうな、美波さんは。あの後も何度か殺気を向けられたけど、何なの?何かしたかな俺。芸能人に嫌われるとかやってられんのだけど。

 まぁ、多分新田さんとは似て非なる存在なんだろうな。多分、美波さんは嫉妬して来てるのだ。彼氏出来たことないから、演技とはいえカップルをしてる俺と多田さんに。

 その点、新田さんは俺に嫉妬なんてしない。むしろ、アーニャさんと仲良くしてるとアーニャさんを守ろうとするし。

 ま、とにかく気にしないようにしよう。うちに来てから多田さんとよく話すようになったし、多分守ってくれるでしょ。

 そんな事を考えながら、鞄に忍ばせたエロ本を読むのにソワソワしてると、ふと大事なことを思い出した。俺の部屋、女の子超来るじゃん。エロ本隠す場所なんかなくね?

 

「………」

 

 家じゃ読めないな……。ちょっと寄り道して帰ろうかな。確か、この辺りに公園があったはずだ。公園の公衆トイレの裏で読めば或いは……。

 よし、善は急げだ。公園に入り、公衆トイレの裏に隠れた。鞄からエロ本を取り出し、読もうとした所で重要なことに気付いた。……バカか俺は。ここじゃ抜けないわ。公然猥褻でパクられるわ。

 やっぱり帰って家でエロ本読もう。俺の部屋の隣に大学生住んでるし、窓から捨てれば大丈夫だろ。

 エロ本を鞄にしまおうとした直後だった。

 

「遊歩くん、何してるの?」

 

 後ろから一番聞きたくない声が聞こえた。ギギギっと後ろを見ると、新田さんが立っていた。

 

「っ、に、新田さん……!」

「公園に入って行くのが見えたから声かけようと思ったんだけど……トイレの裏で何してるの?」

「あ、い、いや……!」

 

 慌ててエロ本を背中に隠した。が、逆効果だったようだ。純粋に何をしてるのか聞きたがってる顔から問い詰める時の鋭さに変わった。

 

「……何してるの」

「い、いや、その……」

「今隠したもの、見せなさいっ」

「な、何も持ってないですから!」

「さては、また何か小テストあったんでしょ⁉︎点数悪かったから捨てようとしてたんじゃないのっ?」

「っ」

 

 そう間違われたか⁉︎勘弁してくれませんか本当に。どちらにせよダメなんだけど……!

 

「ち、違いますから!」

「じゃあ見せなさい!」

「嫌です!」

「なんで⁉︎やましいことがあるんでしょう!」

「むしろヤラシイ事があるからです!」

「どういう事よ⁉︎いいから見せなさい!」

 

 背中に隠したものを奪い合う取っ組み合いになったが、まぁ取っ組み合いで俺が新田さんに勝てるわけがない。あっさり奪われてしまった。

 

「さぁ、どの教科……」

 

 エロ本を見た直後、ボンッと煙を立てて顔を真っ赤にした。

 おい、どうすんのよこれ……。恥ずかしいなんてもんじゃないんですけど……。

 気まずさと恥ずかしさで目を逸らしてると、新田さんは真っ赤になった顔で俺をジロリと睨んだ。

 

「……遊歩くん」

「……はい」

「うちに来なさい、お説教です」

「……はい」

 

 俺の部屋では誰か来る可能性があるので新田さんの部屋で説教をする辺り、やはり優しい人なんだなと思いました。

 新田さんの部屋に連行され、早速正座させられた。目の前にエロ本を叩きつけ、顔を真っ赤にしたままお説教が始まった。

 

「で、これはどういう事?」

「……いえ、その……」

「遊歩くん、こういうの買うタイプには見えなかったんだけど」

「……それは、まぁ、はい……」

 

 中学の時から何度か買ったことあるけど、それは俺が買ったんじゃなくて仲良い奴が買ってみんなで読んでただけだしな……。俺自身は買う度胸なかった。幸い、男気じゃんけんで勝ち続けてたから買う機会もなかったけど。

 

「まぁ、男の子だし、うちの弟も買ってたの見たことあるから、その……気持ちは分かるんだけど……。でも、こんなの年齢を詐称してまで買っちゃいけません!」

「……はい。すみません」

 

 弟も気の毒に……。

 

「まったく……!男の子って本当にエッチなんだから……!」

「ごめんなさい……」

 

 今になって思ったが、周りにこんなに良い女の人がいるのにエロ本を買うなんて許されざる行為だ。例え小学生一人、中学生二人、猫(笑)一人、ロック(笑)一人、アル中一人だとしても、新田さんとアーニャ様は水着姿まで拝ませてもらっている。

 

「とにかく、この本は私が預かりますっ」

「え、なんで?新田さんも読みたいんですか?」

「……窓から投げ捨てるよ、あなたを」

「俺を⁉︎」

「もし、また買ってるところを見たらこれをアーニャちゃんに提出するためです」

「やめて下さい‼︎」

「なら買わないようにしなさい‼︎」

 

 クッ……!なんて恐ろしい事を……!こればっかりは従うしかない……!いや、実際今回のことで懲りたし200%買う事はないが。

 

「……一応聞くけど、何で買ったの?」

「……いたぶるのはやめてくれませんか」

「ち、違うよ!ただ、何か事情があるならそれを知りたいの。こういうの、買う原因があったとしたらそれを正さなきゃいけないから」

 

 ……むぅ、そんなに徹底的に教育しなくても良いと思うんだけどな……。

 何より、事情なんて絶対に話せない。夢の中のあなたの所為です、なんて言えるはずがない。

 

「遊歩くんがそういうの買うなんて、多分きっかけがあったんでしょ?」

「………」

 

 どうしようかな。なんて答えよう。

 

「魔が差して……」

「嘘」

「なんで⁉︎」

「遊歩くんが嘘つくときは視線が斜め上に行くの」

「俺の事観察し過ぎだろ……。何、俺のこと好きなの?」

「なっ……!そ、そんなわけないでしょバカ⁉︎」

 

 いや冗談なんだしそんな怒らんでも……。

 しかし、嘘が看破されちゃ仕方ないな……。

 

「……言わなきゃダメ?」

「ダメっ」

 

 ……仕方ない、本当に仕方ない……。ほとんど公開処刑だが、今朝見た夢を語る事にした。

 

「……実はですね、今朝の夢なんですけど……」

「あ、ああ……怖い夢、見たんだっけ……?」

「早い話がー……その、新田さんに……ぎ、逆レイプされそうになる夢を……見まして……」

「………は、はいっ⁉︎」

 

 ボンッ、と新田さんの顔が真っ赤になった。

 

「……黒の下着姿で俺の事を抱き枕にしてる新田さんが、硬くなってる俺の陰部を柔らかい太ももとふくらはぎで挟んでコキ始めて……それで抵抗した所で起きてしまって……」

「細かく言わなくて良いから!ていうか、黒の下着なんて一着しか無いよ!………あっ」

 

 思わぬカミングアウトに自爆した新田さんは、そのまま顔を赤らめて俯いてしまう。何をやってんだこの人は。ていうか、持ってんじゃねぇか……。

 

「……聞かなかったことにします」

「……ごめん」

 

 頬を赤らめてしばらく無言になった。このままいても気まずいだけな気がするな……。

 帰ろうかなって思った直後、新田さんがボソッと呟くように聞いて来た。

 

「……抵抗、したんだ……」

「は、はい……。いや、そういう事するなら、その……なるべくお互い合意の上でしたいと思ってたので……」

「……そ、そっか。そうだよね。そういうとこ、遊歩くんしっかりしてるもんね……」

 

 なんだ?なんかホッとしたぞ?自分との性交渉が拒まれたわけじゃなくてホッとしてるみたいじゃん。まぁ、新田さんに限って有り得ないけど。

 やがて、新田さんはエロ本を拾うとまとめるように言った。

 

「……と、とにかく、これは預かります。今後、こういうのは買わないように」

「は、はい……」

「ご飯にしよっか。今日は私がご馳走してあげる」

「えっ?い、いや、そんな良いですよ……!」

「気にしないで。……なんか、申し訳ないし……」

「は、はぁ……」

 

 この後、メチャクチャ気まずかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

美波の悩み(1)

 遊歩くんを叱りつけて晩御飯をご馳走した後、部屋は私一人になった。えっちな本と遊歩くんの悪夢の話を聞いて、なんだかとても気まずい空気になってしまっていたが、まぁ最後は普通にアーニャちゃんの話で盛り上がったので問題はなかったと言えるだろう。ほんと、可愛い子様々な世の中だ。

 だからか、今は少し静かに感じる。遊歩くんがいる所は、常に騒がしい気がする。特に最近はみんな遊歩くんの部屋に集まるようになったし。

 まぁ、遊歩くんに友達が出来るのは良い事だし、私もそれはそれで嬉しい。東京で骨折して再会した時なんて死んだ目をしてたから、最近はそれが戻りつつあるから尚更だ。

 しかし、そんな現状が少し嫌だと思ってる自分がいた。遊歩くんの目が生き返る事ではなく、遊歩くんに女の子の友達が増える事だ。それが羨ましくて、少し妬ましい。

 これはやはり遊歩くんに対し、私は少なからず好意を抱いているという事なのだろう。

 

「……はぁ」

 

 変な人を好きになってしまったなぁ、とつくづく思う。だってあんな変な高校生、普通いないでしょ。なんかもう……何が変なのか分からないけどとにかく変。変人変態。

 しかし、アレで可愛い所あるし、面倒見も良くて優しい一面もある。女の子にモテる要素はそれなりに揃ってる男の子だ。まぁ、それでも正直納得いかないけど。

 しかし、私が遊歩くんを好きだとすると、とても厄介な気がする。それはアーニャちゃんだ。いや、アーニャちゃん以外のメンバーも同じかな。いや、悪いのはみんなじゃなくて遊歩くんなんだけどね。

 あの中で遊歩くんが好きな子は多分、一人もいないけど、遊歩くんの方から好きになる可能性は0ではない。

 

「……そうなると、私からガンガンいった方が良いのかなぁ」

 

 しかし、それなりに厳しいことを言っておいて、今更好きですと素直になるのもなんだか恥ずかしいし……。……なんだか、問題は山積みだなぁ。

 またまた小さくため息をついて食器を片付け、寝室に戻った。なんだか今日は何もやる気がしない。

 寝室に戻ると、遊歩くんから没収したえっちな本が目に入った。

 

「……」

 

 私の夢の所為とはいえ、アレ一応遊歩くんの好みで買った、って事なんだよね……?

 

「……」

 

 す、少しくらい見ても平気、だよね……?弟も授業中にやって没収されたゲーム返してもらいに行ったら先生が職員室で勝手にブラキ倒してて狩友になったらしいし……。も、もしかしたら私も遊歩くんと仲良くなれたり……。

 表紙を見た感じ、黒い髪を後ろに束ねた物腰柔らかな女性の下着姿が映っている。よくこんなみんなが見る雑誌でこんな格好出来るなぁ……。ご両親が見たらどう思うのかな……。

 にしても、こう……この人なんだか誰かに似てるような……。アレ?そういえば、私とのえっちな夢を見て遊歩くんはこの雑誌買ったんだよね……?それってもしかして……。

 ……いや、考えるのはやめよう。なんだか嫌な思いしそうだし。

 

「………」

 

 ちょっと思考を中断するのが遅かった。あの子、少しでも私に似てる人の雑誌を買ったわね……。あまりの恥ずかしさに頬が赤く染まった。

 ……何より腹立たしいのは、この雑誌の表紙の人は私より胸が大きい所だ。

 

「……」

 

 や、私だって別に小さいわけじゃないし。それなりにあるはずだし。スレンダーとは言われるけど、でもスタイルは良いはずだし。

 なんだか遊歩くんの好みを知るどころか不愉快になって来たので、雑誌はゴミ箱に放り込んだ。

 

「……バカバカしい。お風呂入ろう」

 

 アーニャちゃんに見せると言ったけど、これはアーニャちゃんには見せられないしね。

 洗面所に入って服を脱いでバスルームに入ろうとすると、鏡に私の胸が映った。……やっぱり、それなりにあるよね。82だし……。

 でも、遊歩くんはもっと大きい方が好きなのかな……。

 

「……」

 

 少し自分の胸を揉んでみた。これで大きくなる、のかな……?あまり気持ち良くはないけど……。というか、胸を揉まれて気持ち良く感じるというのは男の妄想だよね。前にプールでアーニャちゃんや蘭子ちゃんに揉まれたことあるけど、こう……マッサージ的な気持ち良さで性的な快感は無かった。

 いや、ていうかそもそも気持ち良くなりたいんじゃなくて大きくしたいだけだし……。自分で揉んで効果あるのかなこれ。

 

「……」

 

 誰かに頼んでみようかな……。遊歩くんは論外として……こういうの頼めるのはやっぱりアーニャちゃんかな。……いや、でも胸大きくしたいなんてお願い出来るのかな……。やっぱやめておいた方が良い気もする……。

 こういうのは、もっとこう……胸の大きな人に頼んだ方が……。あ、文香ちゃんだ。文香ちゃんなら変にからかってこないだろうし、信頼出来る。最近、彼氏できたって話だし、恋愛相談にも乗ってくれるかも。

 

「……明日、相談してみよう。文香ちゃんの本屋さんなら知ってるし」

 

 そう決めて、とりあえず入浴を済ませた。

 

 ×××

 

「……と、いうわけなんだけど……」

 

 本屋さんではなく文香ちゃんの部屋で相談すると、少し難しそうな顔で顎に手を当てた。

 

「……あ、あの……つまり、胸を大きくしたい、と……?」

「……うん。恥ずかしながら」

 

 ふむ、と唸りながら少し顔を赤くした。

 

「……私が、美波さんの胸を揉めば良いのですか?」

「……ま、まぁ、端的に言えば……。ごめんね?変な事お願いして……」

「……い、いえ……。でも、美波さんがその様な事を私に頼むなんて、意外ですね。それほど、その男の子は良い子なのですか?」

「ま、まぁね……」

 

 アホだけど。

 

「それで、その……」

「……わ、私で良ければ、お手伝いします、けど……」

「……あ、ありがと……」

 

 や、やっぱり女の子同士でも恥ずかしいものは恥ずかしいね……!でも、口外はしないと約束したし大丈夫のはず……。

 

「じ、じゃあ、脱ぐねっ……」

「えっ、じ、直で揉むんですか……?」

「えっ、あ、そ、そっか……」

 

 ち、違うんだ……。なんか今、とても恥ずかしい思いをしてしまった気が……。

 私も文香ちゃんも顔を赤くして俯いて、しばらく沈黙が続いた。……やっぱり、迷惑かもしれないな。

 

「ごめん、やっぱり良いや」

「えっ……?」

「文香ちゃんも恥ずかしいよねっ……。私も恥ずかしいし……女の子同士でやる事じゃないから……」

 

 そう言って、私は立ち上がった。ちょっと顔合わせづらくなっちゃったな……。そう思った直後だ。

 

「ま、待ってください!」

 

 文香さんから文香さんとは思えないほどに大きな声が飛んできた。

 

「……だ、大丈夫です。私も、色んな方に私の恋の応援をしていただきましたから……今度は私が協力したいんです……!」

「文香ちゃん……」

 

 そういう所が、文香ちゃんに彼氏が出来た理由なのかもしれない。とにかく律儀で良い子だ。

 

「……では、脱いでください」

「へっ?」

 

 な、なんでそうなるの……?

 

「……美波さんは直で揉んで欲しいんですよね?それなら、私はそれにお応えさせていただきます」

「そ、そう……。じ、じゃあ、お願いしよう、かな……?」

 

 この時、勢いに流された私を誰が攻められよう。

 私は上半身の服を脱いで、下着も外した。鏡に映ってると恥ずかしいので、洗面所はパスとなり、必然的に居間でやる事になった。

 なんか前から揉まれるのは恥ずかしいので後ろから。ソファーの上に座る文香ちゃんの上に座っていよいよ揉み揉み。

 後ろから文香さんの手が伸びて、私の乳首を隠すように覆った。ふにっと胸を控えめにキャッチし、思わず「んっ」と私の口から吐息が漏れる。

 

「っ、す、すみませんっ。痛かった、ですか……?」

「だ、大丈夫よ……。続けて」

「は、はい……」

 

 言われて、再び揉み始める文香ちゃん。声や吐息は抑えないと変に気を使わせちゃうな……。

 

「……」

「ひゃっ、んっ……」

「……」

「ふわっ……んっ、ふぁっ……!」

「……」

「んんっ……ハッ、ハァッ…んはっ……!」

「………」

 

 あ、あれっ……?なんだろう、この感じ……。なんだか、心臓の鼓動が早くなって来てるような……。それに、頭が働かなくなって来て……まるで一人でする時の感覚と同じ気分になってきた。

 お、おかしいな……。アーニャちゃんや蘭子ちゃんに揉まれても何ともなかったはずなのに……。

 

「ふ、文香ちゃんっ……ま、待って……!」

「……美波さん」

「ふえっ……?な、何……?」

「……ごめんなさい。私最近、彼氏出来たんです……」

「う、うん……?その話は、聞いたことっ……んっ、あるけど…!」

 

 ていうか何でまだ揉んでるの?待ってって言わなかったかな。普通に揉みながら話してることに違和感ないのかなこの子。

 

「……それで、その……その子がよく寝泊まりしに来るのですが…」

「えっ、そ、そうなのっ?」

「……その顔を見る度にムラムラする事が多々ありまして……」

「いきなり何言ってるの⁉︎」

「……その、今までは噛んでもらったりで抑えてたのですが……」

「噛む⁉︎」

「……美波さんのえっちな吐息で、私まで……その、嗜虐心?が芽生えて……」

 

 ……あれ?つまり、それってさ……。

 

「……意地悪したくなっちゃいました」

「ちょっ、文香ちゃ……んんっ!」

「……可愛い声をあげますね、美波さん」

「やっ、やめっ……そ、そんなイヤらしくっ……!」

「……声出しても良いんですよ……?その可愛く喘ぐ声を聞かせて下さい」

「ど、どこでそんなセリフ覚え……ひゃん!」

 

 だ、ダメだ!一番頼んじゃいない人に頼んでしまった!文香ちゃんの彼氏、ちゃんと夜のお相手してあげなきゃダメじゃん!恨むからね!なんて心の中で騒いでる場合ではない。何とかして逃げないと……!

 そう思った直後だ。玄関の方から鍵の開けられた音がした。

 

「文香さん、前に言ってた城下町のダンデライオン、全部持って……あっ」

「へっ?」

「ーっ」

 

 居間に聞き覚えのない声と共に男の子が入って来た直後、文香さんの姿が消えた。

 あまりの速さに顔はよく見えなかったが、多分男の子のはず。玄関に男の子を運んで叱りつけてる間に、今更になって男の子に裸を見られたかもと自覚した私は、慌てて下着を着けて服を着た。

 部屋の奥から、

 

「ちょっ、何?なんですか?」

「今日は帰って下さいっ」

「なんでよ、てか二人掛かりで手ブラしてた人誰ですか?」

「は?そんな人いませんでしたよ?」

「え、いや間違いなく……」

「いないって言ってるでしょう?千秋くん?」

「……はい、いません……」

「漫画、ありがとうございます。ではまた後日改めて」

「……は、はい……。あ、でも俺は全然百合も良いと思」

「………」

「……なんでもないです。失礼します……」

 

 と、所々、よく意味のわからない単語が聞こえなかったが、そんな声が聞こえた後、男の子は帰ったのか「お邪魔しました」と去って行った。

 やがて、今更になって自分の行為が恥ずかしくなった文香ちゃんが、顔を真っ赤にして戻ってきた。

 

「……申し訳ありませんでした……」

「……いえ、私こそごめんなさい……」

 

 とにかく謝った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

保護者無しに公園ではしゃぐな。

 学校が終わり、帰宅していた。今日は文化祭の出し物を決める日だったが、気が付いたら靴を履いて外に出ていた。あら不思議。まぁ、わざとじゃないし、仕方ないね。

 切らしてた歯磨き粉だけ購入して帰宅して部屋に入った。さて、今のうちに洗濯物でも回収するか。

 

「遅いぞ、遊歩!」

「……何でお前いんの?」

 

 中にいたのははるちんだった。

 

「俺玄関の鍵閉めたよな?」

「窓が開いてたぞ」

「ここ二階なんですけど」

「もーだから言ったにゃ。窓から入ると怒られるって」

 

 前川さんまでいるんだけど。本当にどういうことなの?

 

「だからなんでいんだよ猫(笑)」

「だから窓が開いてたにゃ。遊歩チャン、少し不用心過ぎるよ?」

「そこじゃねぇよ。侵入経路じゃなくて侵入動機を聞いてんの」

「代わりに洗濯物回収して畳んでおいてあげたにゃ」

「ありがとう。所で次、前川さんがうちで晩飯食ってく時は鮭のホイル焼きにでもするか」

「晴チャンが行くって聞かなかったから保護者の代わりだから勘弁してください……」

「ふーん」

 

 まぁ、もういつものことだし良いか。とりあえず、洗濯物しまっといてくれたのはありがたい。

 

「はるちん、来る時はちゃんと連絡してくれって言ってるだろ?」

「げっ」

「へっ?晴チャン、連絡したって言ってにゃかった?窓が開いてるからそこから入って良いって遊歩チャンに言われたって」

「……」

「……晴チャン?」

 

 前川さんが猫から面倒見の良い厳しい姉モードへと移行した。

 

「晴チャン、ちゃんと人の家に行くときは事前に許可を得なきゃダメって言ったでしょ⁉︎」

「だ、だって面倒臭かったんだよ……」

「そんな事ならもうこの家に来ちゃダメにゃ!」

「いっ、そ、それは勘弁してくれ!」

「まったく……!」

 

 そんな説教を聞き流しながら、俺は畳んでおいてもらった洗濯物をタンスにしまった。前川さんほんとねーちゃんみたいだな。明日から窓の鍵閉めよう。

 

「で、はるちん。何の用?」

「サッカーやろうぜ」

「却下」

「なんでだよ!」

「今日は体育あって疲れたんだよ。アパートの表で軽くパスパスくらいなら付き合ってやるけど、公園までは行かねーぞ」

「それで良いから行こうぜ」

 

 ……仕方ない。少し相手にしてやるか。

 

「前川さんも来る?」

「様子だけ見てるにゃ。……何か問題起こされても困るし」

「あそう」

 

 表に出た。はるちんが手に持っていたサッカーボールを足元に放ってパスして来たので、それをトラップして返す。

 そんなのを繰り返し、階段で腰を下ろしてる前川さんはボンヤリとその様子を見ていた。

 

「よく飽きないね、みくならすぐ飽きそうだにゃ」

「野球のキャッチボールと同じだからな。基礎の基礎、アイドルでいう発声練習と一緒だろ」

「その前に踊りがあるぞ」

「ふーん……。スポーツかぁ」

「じゃれたくなったらいつでも言えよ」

「じゃれないよ!遊歩チャンはみくのことをなんだと思ってるにゃ⁉︎」

 

 まぁ、猫じゃらし押し付けたらキレたからな。

 そんな事を話しながらパスパスしてると、突然間に誰かが入り込んできた。

 

「貴様の砲弾を我が魔力を込め魔弾にして返して見せ……!」

 

 転がって来るボールを蹴り返そうとしたら空振りし、後ろにひっくり返った可愛いバカは言うまでもなく蘭子だった。

 

「おいおい、何してんだよ……。大丈夫か?」

「ふぇ……お尻痛い……」

「痛くない痛くない。前川さん、悪いけど蘭子頼む。救急箱の場所分かる?」

「分かるにゃ。ほら、蘭子チャンおいで」

 

 言われて、部屋の中に移動する蘭子と前川さん。その背中を見ながら、はるちんはボソッと呟くように聞いてきた。

 

「……なんだったんだ?」

「気にするな。それより、続きやらないのか?」

「やる!」

 

 続いて相手を再開した。ていうか、蘭子も来るなら連絡して欲しかっ……あ、スマホに連絡来てたわ。サッカーやってて気付かなかった。他に連絡は……あ、新田さん来るのか。

 

「あ、おい遊歩!」

 

 スマホを見てると、ボールが転がってきてるのに気付かなかった。俺の右横を素通りし、道路に転がってしまった。

 

「何やってんだよ」

「悪い、スマホ見てた」

 

 それだけ詫びてボールを取りに行こうとすると、どっかで見た影がこっちに走ってくるのが見えた。

 ちょうど良いや、ボールを取ってもらおう。右手を上げて声をかけようとした時だ。

 

「すみませ……」

「北山ああああ‼︎」

「ブフォッ⁉︎」

 

 多田さんがボールを全力でキックし、俺の顔面にぶちまけた。

 

「おお、ナイスシュート」

 

 余計なことを言うはるちんを無視して、後ろに倒れた俺の胸ぐらを多田さんは掴んで揺すってきた。

 

「何途中で帰ってんの⁉︎そりゃ誰も気付いてなかったけど……!そういうのダメでしょ⁉︎」

「なんで人の顔面に的確にシュート出来んの?サッカーやったことあんの?」

「話を逸らさないで!」

「ボールは逸らして欲しかった」

 

 痛い。鼻血出てきちゃったよ……。てか、顔が赤く腫れちゃってるし……。

 

「まったく、美波さんから北山の学校での態度の面倒を見るように言われてるんだから、しっかりしてよねっ」

「なんで監視つけられてんの俺」

「勉強出来ないから授業態度をしっかりと見とくように言われてるの。特に数学の時間に寝てたら即刻報告」

「……今日の分は?」

「まだしてないよ」

「夕飯何が良い?」

「釣られないからね」

 

 まさか、今日新田さんがうちに来るのって……。

 

「……は、はるちん。今日のサッカーはここまでにしようか」

「ええーなんでだよ」

「か、買い物しなきゃいけないのを思い出した」

「何?」

「し、シャンバリーレ」

「なんだよそれ!」

「ダメだよ、北山。私が逃がさないから」

 

 多田さんが俺の前に立ちはだかった。クッ……!この女……!

 

「多田さん、第一問!産業革命の起こった国は⁉︎」

「イギリス!第二問!4^x=32は⁉︎」

「くっ……!降参だ!」

「晴ちゃん、捕まえて!」

「へ?お、おう!」

「ええい、ままよ!」

 

 逃げることにした。慌ててアパートの前から走るが、二人は追いかけて来る。

 まぁ、俺より足の速い女子学生がいるはずないのは分かりきったことだ。公園に侵入すると、ジャンプしてうんていの棒に掴まり、逆上がりで上に乗ると棒の上を走ってジャンプ、シーソーの上に着地し、さらに大きくジャンプして距離を稼いだ。

 

「……あ、あいつ、化け物か……?」

「まだだよ、晴ちゃんシュート!」

「お、おう!」

 

 え?シュート?ハッとなってると、着地の直前を狙ってサッカーボールが飛んできていた。

 

「危ねっ⁉︎」

 

 慌てて避けた直後だった。バシッと前から鈍い音が聞こえた。やばっ、知らない人に当たったか?

 恐る恐る前を見ると、見覚えのある服装の人がサッカーボールを顔の前で片手で受け止めていた。

 

「……」

 

 それと共に溢れ出る女王感、それも生半可な嫌われウザ女王ではなく、悪役なのに好感を持たれる程の圧倒的なラスボスオーラ。

 顔前からボールをどかしてその辺に放ったその女性は新田さんだった。

 

「……三人とも?ずっと見てたけど、何を危ない真似してるのかな?」

「……」

「……」

「……」

「帰ったらお説教です」

 

 ……死期が見えた。

 

 ×××

 

 三人揃って正座させられ、サッカーは一週間禁止となった。

 で、今はとりあえずオヤツの準備をしている。しかし、叱られた内容が「公園で危ないことするな」に加えて「うんていの上で走ったりシーソーの上に着地したりしちゃダメ、また骨折するよ?」って怒られた辺り、やはり俺の身のことも心配してくれてるんだろう。

 ……しかし、何と言えば良いのか、やはり新田さんは良い人だ。彼女にしたいくらいだけど、多分新田さんは俺に恋愛感情は無いだろうしなぁ。あったら叱ってる最中にアイアンクローなんてしてこないだろうし。どうも技巧派なんだよな。

 

「はい、みんなコーヒー入ったよ」

 

 新田さんがコーヒーを入れて俺達の前に置いた。

 

「えーっと、みくちゃんと蘭子ちゃんと晴ちゃんのお砂糖入りコーヒー」

「ありがとうにゃ」

「感謝する」

「サンキュー」

「それと、仲良しおバカ高校生二人にはエスプレッソね」

 

 俺と多田さんの前には真っ黒のコーヒーが置かれた。はるちんは小学生だから解放されたが、俺と多田さんは未だに正座させられている。

 

「……北山の所為だからね」

「お前がサッカーボール蹴らせなきゃ良かったんだろうが」

「そもそも逃げるからじゃん」

「そもそもの話ししてねえよ」

「そもそもちゃんと勉強しないからじゃん」

「……」

「……」

「二人とも?」

 

 新田さんに睨まれ、慌てて黙ってコーヒーを飲んだ。……苦ぇ。甘いもんが飲みたい……。

 同じ事を考えてたのか再び多田さんと睨み合いをしてると、新田さんにキッと睨まれたので目を逸らした。

 

「………」

 

 ……なんか、新田さんからの視線がどうにもただ単に怒ってるだけに見えないんだよな……。何か別の理由があんのか?しかし、他に怒る理由が見当たらないんだけど……。

 

「さ、そろそろみくはお暇するにゃ」

「え、もう帰んの?」

「最近、忙しくて明日も朝早いから。蘭子チャンと晴チャンも帰るよ」

「えー、も、もうか?」

「わ、我はまだ何一つ行動を起こしていない!」

「二人のお世話もみくの仕事にゃ。分かったら帰りの支度するにゃ」

 

 言われて、二人は渋々従った。特に、はるちんなんか怒られたばかりだから逆らいにくかったんだろう。

 残ったのは新田さんと多田さんだけ。三人でのんびりとコーヒーを飲んだ。

 

「それで、結局李衣菜ちゃんのクラスは何やるの?」

「えっと……確か、お化け屋敷だったかな」

 

 けっ、なんだよ。結局、そんな子供騙しか。なら、俺に用はなさそうだな。

 

「それ、結局クラスの中心人物だけが参加して、残りは蚊帳の外の奴だろ?」

「あー……まぁね。どちらかと言うと、準備をみんなでやるって奴」

「なら、俺に用はないやん。俺はその『みんな』にも含まれてないし」

「いやいや、それは流石に無いよ。私と同じで衣装作製にしておいたから」

「えっ、なんで?」

「……知り合いが一人で寂しくしてるの見るの、結構嫌な気分になるんだよ」

 

 なるほど。それは少しありがたい。知り合いが同じ班にいるなら、仮に分からない所があるときにその人に助けを求めれば良い。

 

「ごめんね、李衣菜ちゃん。何だか気を利かせてもらっちゃったみたいで」

「ううん、大丈夫ですよ美波さん」

 

 姉のようなことを抜かす新田さんだが、その通りなので何も言えない。

 

「あ、そうだ。美波さん良かったらうちの文化祭に来ませんか?」

「私?」

「はい。うちのクラスはお化け屋敷ですけど、他のクラスは色々面白いものありますから、楽しめると思いますよ」

 

 遠回しにうちのクラスはつまらんって言ってない?いや、気持ちは分かるよ。どうせ多田さんの事だし、本当はエアギターとかやりたかったんだろうから。

 

「うーん……」

 

 しばらく真剣な目で考えた後、俺のジロリと睨み、今度は手帳を取り出して予定を確認し始めた。

 

「新田さん、別に無理して来ることないですよ。うちの文化祭なんて他所のとこよりクオリティ低いし」

「……遊歩くんは来て欲しくないの?」

「いや決めるのは俺じゃないんで。というか、俺が文化祭に行く予定ないし」

「……はっ?」

 

 あ、やべっ。口が滑った。

 

「……遊歩くん?どういう事かな?」

「……いえ、なんでも」

「それは無理だよ、はっきり聞こえたもん」

「……」

 

 観念しよう。全てを告白しよう。小さくため息をついて、洗いざらい話す事にした。

 

「……ソロで文化祭とか何か周りの視線が嫌じゃないですか。校内は隅々まで生徒で溢れかえって居場所無いし、屋台で買い物すれば絶対パシリだと思われるし、別のクラスの出し物に行ったって知り合いいなくて楽しくないし……。去年はかなりいづらかったので、今年は私服持ち込んでトイレで着替えて駅前の古本屋で立ち読みでもしてようと思って……」

 

 すると、他の二人は気まずそうに目をそらした。俺は小さくため息をつくと、エスプレッソを口に含んだ。……苦ぇ。青春の味がするぜ……。

 遠い目をしてボンヤリしてると、多田さんが「あ、なら!」と声を上げた。

 

「そこは私に任せてよ!」

「どうせ『私の制服貸しますから!』とかそんなんだろ」

「な、何でわかったの⁉︎」

「バカのバカな考えなんかバカでも分かるんだよ」

「今、自分のこともバカって言ったの気付いてる?」

 

 うるせぇ、知るか。

 

「あの、李衣菜ちゃん。お気持ちはありがたいんだけど、そこまでしなくても良いから」

「そうですかー」

 

 新田さんもやんわりと断った。まぁ、サイズも全然違うからな。身長も胸も。ま、とりあえず当日は行かなくて良さそうだ。

 そう思ってホッとしたのだが、新田さんが少し頬を赤らめながらも、少しニヤニヤしながら上から目線で言った。

 

「でも、遊歩くんが一人で寂しいって言うなら行ってあげても良いよ?」

「いや、全然いいです。最近、あ○ち充の野球漫画にハマったんで、当日はバッティングセンター行く事にしたんで。知ってます?駅前のバッティングセンター、あそこ投球練習も出来るんですよ」

 

 直後、新田さんの視線が鋭くなり、責めるような目つきになった。

 

「……絶対に行くから。遊歩くんの財布が空になるまで連れ回すから」

「え、な、なんで?」

「決定事項です」

 

 ……今のうちに断食しておかないと。そう決意してると、多田さんがとても面白いものを見る目で新田さんを見ているのに気付いた。

 不機嫌そうな顔と面白そうな顔と財布が空になる予定の顔の三人が同じ部屋にいるってカオス過ぎんな……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怖いものと怖いものを足せばものすごく怖いものができるわけではない。

 衣装作り、との事で色々作らなきゃならない。うちのクラスは本気でお化け屋敷をやるそうなので、衣装以外にも小道具が必要になる。よって存在するのは受け付け、脅かし役、教室内改造組、衣装、小道具と別れている。

 そんな中、俺は衣装係になったわけだが、裁縫なんてやったことが無い。小学生の家庭科の授業でエプロンを作って以来だ。そのエプロンも勝手に色んなとこから触手みたいに糸を生やせて怪獣作って親と教師に怒られたくらいだし。

 まぁ、多田さんの気遣いには感謝しなければならないが、どうせなら小道具か受付のが良かった。

 しかし、まずはお化け屋敷にどんなお化けが出て来るか決めなければならないため、俺達衣装班はスマホをいじるしかない。一応、クラス全体で話し合ってるわけだが、俺みたいな末端に発言権なんて無いのだ。

 そんなわけで、とりあえず誰かに構ってもらう事にした。新田さんかアーニャ様か……あるいは他の人か。新田さんかな、唯一アイドルじゃないから一番暇そう。

 

 遊歩『暇なんですけど』

 

 すると、速烈で返事が来た。ほんとに暇なんだなこの人。

 

 美波『今日から文化祭の準備期間なんでしょ?』

 遊歩『意見言う立場にないんでホントに暇なんです』

 美波『またそう言う事言う』

 美波『気持ちは分かるけど、ちゃんと参加しないとダメだよ。せめて耳を傾けるだけでも』

 美波『そうすることで案外、友達の輪に入れるかもしれないんだから』

 

 ……いや、確かにそうかもしんないけどよ……。ていうか、怒られるのは目に見えてたのに何で新田さんを選んだんだ俺は。

 

 遊歩『話聞いてるから構ってくださいよ』

 美波『私も今、授業中だから。またね』

 

 ……ちぇ、真面目な奴め。しかし、耳を傾けろって言われてもなぁ。もうみんな自由に席移動しちゃってんだもん。会議ですらないわこれ。

 

「……」

 

 非常に嫌だが仕方ない。たまには新田さんの言うことを聞いておこう。後で確認なんてされたらたまらないし。

 そう思って黒板を眺めてると、俺の前の席に唯一の見知った顔が座って来た。

 

「よっす」

「なんか用?」

「んー、なんか案ないの?って思って」

 

 そういえば、多田さんはアイドルだしクラスの中でも中心人物だから、どちらかというとまとめる立場にあるようだ。

 正直、今は新田さんに叱られてショボンとしてるので放っておいて欲しかったし、特に案も無いのでそのまま答えようとした。

 

『そうすることで案外、友達の輪に入れるかもしれないんだから』

 

 だが、新田さんの言葉が妙に頭に残った。今更友達なんて欲しくないが、去年キツイ思いしたからって今年もそうだと勝手に決めつけたのは俺だ。

 ……それに、何となくだけど、たまには新田さんの言うこと聞こうと決めたんだし、聞かれたんだから少しは意見言っても良いかもしれない。

 

「……中学の時の学園祭で失神させた人数、23人出してめちゃくちゃ怒られて1日目で閉鎖になったうちのクラスの出し物で良ければ」

「おお!頼もしい!」

 

 良いのか。

 

「……まずは、アレだな。ドライアイス。怪談でもそうだが、怖さは雰囲気から出るものだから」

「なるほど?」

「それとリアリティ。今時、傘で目が一個しかないあのようわからんお化けに出てこられても怖くないだろ」

 

 てかあれはお化けなのか?ゆるキャラより可愛いだろあれ。

 

「人の怖さってのは一番は正体が分からない事にある。ハッキリ脅かしに掛かるのは少なくして、ポルターガイストみたく小さな異常事態で恐怖を焦らし、本気で脅かしに掛かるのは1〜2回くらいがベストだ」

 

 教室でやるからそんな長く作れないしな。

 

「あーあと、ポルターガイストっつっても限度があるから。その辺でペットボトルが浮いたりしてても怖くないでしょ。風も無いのに窓がガタガタと震えたり、何もなかった所に血痕があったりした方が……」

 

 そこまで言った所で、多田さんは耳を塞いで俯いていた。

 

「……聞けよ話。何耳塞いでんの」

「……」

「聞けっつの」

 

 頭にチョップすると、ようやく顔を上げて耳から手を離した。

 

「なんでそんな人を脅かす方法知ってるのさ!思わず想像しちゃったじゃん!」

「いや、まぁ中学の時だから学内の学園祭、客もみんな中学生だったから高校生に効くか分からんけど」

「うーん……で、でも少なくとも私は怖かったし……!」

「上手くポルターガイストっぽく鳴れば、の話だろ」

 

 今回は中学生だけじゃなく高校生や親も来るだろうし、子供騙しじゃスベるからな。やるからには本気でやるのが俺のモットーだ。だからパルクールも習得出来たし、サッカーも野球もテニスもバスケも基本的にその部活の奴より上手い自信がある。

 

「なるほどね……。よし、ちょっとみんなに聞いて来るね」

「へっ?な、何を……?」

「ん? 今の案はどう?って」

「ま、待て待て待て!俺が言ったって言うなよ!

「え、言うよ。なんで?」

「なんか恥ずかしいし文化祭になって急にはしゃいでる、みたいな目で見られたくないから……!」

「大丈夫だよ。ね、ちょっと良い?北山から提案があって……」

 

 は、はわわわ!とりあえず多田さんはあとでぶっ飛ばそう。

 かなりいづらかったので教室から出て行こうかとも思ったが、何となく足が止まった。というか、自分でも何で足を止めたのか分からない。もしかしたら、心の何処かにまだ友達作りを諦めてない自分がいたのかもしれない。

 クラスメート達の反応を見ると、当然「えー、なんかめんどくさそう」「そんなの効果あるかわからないし」「てか北山って誰?」「あれだよ、前のドラマ撮影の時調子こいてた奴」「そんな奴の案採用すんの?」みたいなざわめきが聞こえて来た。オイ、喧嘩売ってるなら買うよ?田舎の学生はみんな喧嘩強いからね?

 ま、友達がいない奴がイベントごとで発言すると調子に乗ってると思われるのは都会じゃ当たり前だ。分かっていたことだし、より一層友達作りなんて馬鹿らしくなって諦めがつく。

 なので、それらの小言を一切無視してスマホをいじり始めると、俺以上にムッとしたのか、多田さんが啖呵を切った。

 

「じゃあ分かった!効果があるって事を証明すれば良いんでしょ?」

「出来るなら良いけど」

「待ってて。今から実験しに行くから!」

 

 そう元気よく言うと、多田さんは自分の荷物をまとめると俺の方に歩いて来て手を引っ張った。

 

「行くよ、北山!」

「おい待て何処行くんだよ」

「実験!北山の家なら小学生から大学生まで色んな年齢層の人で実験できるでしょ!」

 

 ……ああ、そういう事か。まぁ、早く帰れるなら良いか。

 多田さんに手を引かれて連行された。昇降口を出て、のっしのっしと確かな足取りで俺の手を引く多田さん。

 

「さ、まずは今日、北山の家に来れる人を確認して」

「おい待てよ。何怒ってんのお前?」

「……別に怒ってないし」

 

 ……いや怒ってるでしょ。そんな分かりやすく頬を膨らませて……。可愛いから困る。流石アイドル。

 

「お前が怒ることなんてないだろ。あいつらからすれば、一生に一度の思い出を出所が不確かな情報で壊されるとこだったんだぞ」

「その出所が不確かっていうのがムカつくの!クラスの一員じゃん!」

 

 ……まぁ、そうだけど。

 

「良い?これは良い機会なの。北山も友達作るからね!」

「何でだよ……。別に必要ないでしょ」

「だって……だってなんか、知り合いが一人でポツンとしてるの、嫌じゃん……」

「……」

 

 なるほど、そういうことか。多田さんは多田さんで俺に気を利かしてくれていたようだ。まぁ、俺も別に一人でいたいわけじゃないし、ありがたいと言えばありがたいが……。

 

「それに、美波さんに北山の様子をよく見とくように言われてるしねっ」

 

 少し照れたように頬をかきながらそう言う多田さんはとても可愛らしかった。それと共に、一つの疑問が浮かんだので聞いてみた。

 

「……お前、俺のこと好きなの?」

「……はっ?」

「いや、何でもない。新田さんに言われたとは言え、かなり気を使ってくれてるから」

「そんなわけないじゃん。そんなチョロインじゃないから。……ていうか、北山は他にそれを察するべき相手いるでしょ」

「……えっ?」

 

 それ、どういう意味?それって、俺のこと好きな女の人がいるってこと……?

 そんな考えが浮かんだ直後、多田さんが俺の思考を遮るように手を引いて言った。

 

「ほら、早く!小学校や中学校なんて高校生より学校終わるの早いんだから!」

「……分かったよ」

「よし、じゃあなるべく新鮮な反応を録画したいから、みんなにお化け屋敷のことは言わないで連絡して。それと、来る時間は18時からで」

「了解」

「じゃ、何を買いに行く?」

「とりあえずドライアイス」

 

 どうでも良いけど、それ君が金出してくれるんだよね?ね?

 

 ×××

 

 それなりにお化け屋敷の準備道具は整った。お化け屋敷と言ってもうちでやるんだから、お化け個室といった感じだけどを

 部屋に向かうと、玄関の前ではるちんが待っていた。

 

「おう。一緒だったんだ」

「……なんでいるの?晴ちゃん」

「L○NE来た頃にはここにいたんだよ。帰るの面倒だし待ってた」

「晴ちゃん……悪いんだけど……」

「いや、はるちんにも協力してもらおう。人手は多い方が良い」

「? 何やるんだ?」

「楽しい事」

 

 そんなわけで、三人で行動開始した。はるちんの楽しそうな顔ったらもう……。

 まずは部屋の中を暗くするためにカーテンを閉めて、光という光を全てダンボールでカット。それから、電気をつけるスイッチは押されると困るのでお札で押させないようにした。

 うちにある部屋は居間と台所とトイレとバスルームのみ。アイドル達が一番用が無いのはバスルームなので、多田さんはそこに身をひそめる。

 とりあえず脅かすのは難しいので、雰囲気作りだけでも試すことにした。ドライアイスによる冷気とポルターガイスト。はるちんは窓の外に隠れて窓を揺らす役とネタバラシの役。

 多田さんは部屋の中に残ってるスマホに「」という名前で電話をかける役。L○NE通話ではなく普通の通話で。

 それと重要なのが俺は表に身を潜めて外から玄関の鍵を締める役。誰もいないはずなのに鍵が閉まる程怖いものないでしょ。

 他にも諸々準備を進めて、ようやく完了した。

 

「……ふぅ、こんなもんでしょ」

「よし、そろそろ18時だね」

「じゃ、スタンバイ」

「よっしゃ!」

 

 そんなわけで、全員定位置についた。まぁ、俺は誰かが来るまで外で待機するだけなので、しばらく外で待った。

 今日、うちに来るメンバーは飛鳥、前川さん、姫川さん、新田さんの四人。万が一怒らせてしまった時のためのスーパーで買った少し高い牛肉の準備も出来ている。多田さんはお菓子で良いとか言ってた。職場の同僚だからかもしれないが、完全に歳上を舐めている。

 そんな時だ。スマホが震えた。参加メンバー追加かな?と思ったら、多田さんからの電話だった。

 

「もしもし?」

『……き、北山?』

「どうした?」

『……その、怖いから持ち場変わってくれない、かな……?』

「………」

 

 仕掛け人がビビってどうすんだよ。とりあえず持ち場を変わった。

 多田さんに鍵を渡し、しばらく風呂場で待機。すると、玄関の扉が開く音がした。

 

「おいっすー!……って、あら?なんか暗くない?」

 

 姫川さんの声だ。緊張感のない声と共に部屋の中に入り、靴を脱いだ。

 

「何々、もしかしてお化け屋敷ごっこって奴?」

 

 早速バレたが、そこまでは大人組なら想定内、靴を脱いで部屋の中に入った。直後、姫川さんの背中からカチャッと扉の閉まる音がする。

 

「……え?い、今、閉まった……?」

 

 若干、声に震えが混じってるな……。次の行動は手に取るように分かる。落ち着けば鍵を開けて出りゃ良いだけなのに、勝手に閉まった恐怖からそうはせずに電気のスイッチを探す。

 そのスイッチにはお札は貼っていない。あるのは、生暖かい赤のペンキだ。

 

「きゃあっ⁉︎ち、血ぃ⁉︎」

 

 なわけないよね。だが、今のでパニックになったろう。慌てて大声を出し始めた。

 

「き、北山くーん!いるなら出て来てよぉ……!い、今なら怒らないで許して、あげるからぁ……!」

 

 あ、今、怒られるのは嫌だから少し決心が揺らいだ。でも、これもクラスのため、そして俺の高校生活これからのためだ。

 

「ううっ……なんか肌寒いし……嫌な気配するし……。は、晴ちゃあああん……」

 

 恐る恐る、といった感じで部屋の奥に進んだ。どうやら俺の事を探す気力もないようだ。

 となると、最後の行動はカーテンを開けることだけだ。足を忍ばせて居間に歩き始めると、ようやく俺の出番。部屋の中に放置されてるはるちんのスマホに電話を掛けるのだ。

 プルルルルッという音に反応し、ビクビクっと姫川さんの背中が跳ね上がった。

 

「なっ……何?」

 

 恐る恐るその音の方を見ると、はるちんのスマホがカーテンの前に転がっている。

 

「は、晴ちゃんのスマホ……?」

 

 覗き込むと「」の文字が出てるはずだ。さて、この時の行動によって次の行動が変わる。電話に出たら俺が「窓を見ろ」とボイチェン効かせて言って、出なかったらポルターガイストではるちんが窓を揺らし、ドッキリ大成功の文字を見せる。

 姫川さんはスマホの通話を切った。直後、窓のガタガタ音。恐る恐る、カーテンを開けた。

 

『ドッキリ大成功!』

 

 はるちんが顔を出したはずだ。その後に多田さんが玄関に入って来たので、電気をつけて俺と合流した。

 

「……へっ?」

「はい、どうもー」

「ご協力ありがとうございます、姫川さん!」

「お礼に今日の晩ご飯はちょっと高い牛肉にしようと思うので!」

「確かキャッツの試合も今日だったよね、ビールキメながらご一緒にどうですか?」

 

 二人で反撃の暇も与えずにそう聞くが、姫川さんの表情は徐々に変化して行った。ムッとした顔で俺と多田さんを睨む。

 

「……どういうことなの?」

「へ?あー……牛肉をプレゼントします!」

「誤魔化さなくて良いから。どういうこと?」

「……」

 

 説明すると、姫川さんはホッと胸を撫で下ろして小さくため息をついた。

 

「なーんだ……そういう事か」

「……怒ってます、よね」

 

 さっきまでの姫川さんからの空気を察した多田さんが肩を落としながら恐る恐る聞くと「んにゃ」と姫川さんは首を横に振ってニヤリと邪悪に微笑んだ。

 

「むしろ、これから来る人もハメるんでしょ?」

 

 ……あ、この人もこっち側の人だ。協力者が増えたので、実験を続行した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

これってツンデレなんですかね?

 さて、続いて次のターゲット。前川さんだ。姫川さんはトイレの中で鍵を閉めて扉を叩くポルターガイストの役をしてもらう事にしている。

 風呂場で最近話題のFGOなるゲームをやってると、多田さんからL○NEが来た。

 

 だりーな『みくちゃん来ました!飛鳥ちゃんと蘭子ちゃんも一緒です!』

 

 ほう、結局蘭子も来たのか。ちょうど良いな。人数いても怖いということを教えてやるぜ。

 L○NEから間もなく、玄関の扉が開く音がした。

 

「お邪魔しますにゃー!」

「サーヴァント・アヴェンジャー、召喚に応じ参上仕った」

「むっ……?なんだか肌寒くないか?」

 

 蘭子はFateでも見たのかな?

 早速、普段と違う感じに飛鳥が身震いした。蘭子も同じように慌てて飛鳥の背中に隠れ、飛鳥は前川さんの背中に隠れた。もちろん、俺の場所から見えないからそんな気がするという想像である。

 その二人に呆れたように前川さんは言った。

 

「……あの、なんで縦並び?なんでみくを盾にするの?」

 

 ほらやっぱり。

 

「……みくは年長者だろう」

「こ、怖いのはダメ……」

「ブリュンヒルデはどこに行ったにゃ⁉︎」

 

 ……中学生には酷だったかな、なんて少し罪悪感が芽生えた。これ、むしろはるちんは早く来てくれて良かったかもしれない。

 一番冷静な前川さんが電気をつけようとした時だ。ドロっと手に赤い液体が付着する。

 

「にゃあっ⁉︎」

 

 悲鳴まで猫なのか……。あいつ、もしかしてあれが素なの?

 突然の悲鳴というのは連鎖するもので、特に縦に並んでる場合は尚更だ。

 

「ひゃうっ⁉︎」

「ひう!」

 

 後ろ二人も悲鳴をあげた。

 

「なっ、なんだみく⁉︎脅かさないでくれ!」

「にゃっ、なんか今手に……」

 

 すると、新しい脅かし要素、姫川さんの出番だ。トイレのドアをドンドンドンッと叩く番。

 それに驚いた飛鳥と蘭子はその場で腰を抜かしたのか座り込んでしまったような音がしてた。

 

「なっ、なんだ⁉︎なんの音だ⁉︎」

「ふえぇぇ!もう嫌ぁ!」

「にゃー!ゆ、遊歩チャン!いい加減にするにゃ!」

 

 精一杯威嚇する前川さんだが、自分もビビってるようで声が若干上ずってる。

 すると、蘭子が飛鳥に声を掛けた。多分、玄関を指差したのだろう。

 

「あ、飛鳥ちゃん……おしっこ……」

「と、トイレか?みく、一旦出よう。蘭子がピンチだ」

 

 ……え?そ、それはまずい。お漏らしされたら一番困るのは俺だ。掃除が大変とかではなく、いやそれもあるけどアイドルにお漏らしされたとあっては本当に人間として終わってる気がする。

 慌てて姫川さんに電話した。

 

「姫川さん!トイレ、蘭子がピンチだからトイレ開けてあげて!」

『へっ?あ、あー了解!中止ね?』

 

 三人はとりあえず家から出ようとした。まあ、間に合うなら外のトイレでも良いけど。

 その直後だ。ガチャっと玄関の鍵が閉まった。あ、多田さんにも中止の命令出さないと!

 

「ぴぃっ⁉︎」

「か、勝手に閉まったにゃ⁉︎」

「あ、飛鳥ちゃん……!」

「み、みく!ヤバイ、蘭子が……!」

「トイレトイレ!」

 

 さらにその後、ようやく姫川さんがトイレのドアを開けた。しかし、玄関の鍵が勝手に閉まった後に物音がしたトイレのドアから誰かが出て来たら、それはそれで怖いものだ。

 

「ら、蘭子ちゃん!トイレ入って良……!」

「きゃあああああああ‼︎」

「うにゃあ⁉︎だ、誰にゃー!猫パンチー!」

「ら、蘭子に手出しはさせないからなー!」

「ええっ⁉︎ちょっ、二人とも待っ……!」

 

 そこからはお化け屋敷ではない。今日もドッタンバッタン大騒ぎで乱闘開始。

 何とかして止めなければならない。それを察したのか、玄関と窓から多田さんとはるちんが現れて電気をつけた。

 

「ちょー!待った待った!」

「お、落ち着け!オレ達だ!」

「へっ?晴チャンに李衣菜チャン……?」

「く、喰らえ!『約束された勝利の剣』!」

「飛鳥ちゃん!待ってってば!私、私だから痛たたたたた!」

 

 と、まぁ大乱闘。俺も止めに入ろうと思った時だった。

 

「って、そんな場合じゃないにゃ!蘭子チャン、トイ……蘭子チャン?」

 

 そんな前川さんの声と共に急に静かになった。

 何かと思って耳を澄ませると、声が聞こえて来た。

 

「ら、蘭子チャン……」

「……うぐっ、ひぐっ……」

「だ、大丈夫にゃ!まだ少しにゃ!トイレはすぐそこにゃ!」

「ら、蘭子ちゃん早く脱いで入って!」

「? どうかしたのか?」

「は、晴は見ちゃダメだ」

 

 そんな声が聞こえた。なんかあったのかな。もしかして喧嘩に巻き込まれて大怪我でもしたのか?

 とりあえず何かあったのか確認しようと多田さんに電話をかけた。

 

「もしもし?なんかあったか?」

『……』

「多田さん?事故か何か?」

『……大事故だよ』

「え、大丈夫なの?救急車呼ぶか?」

『いらない。とりあえず、後の二人には予め伝えておいた方が良いかもしれない』

「? お、おう……?」

 

 何があったのか分からないが、蘭子はトイレの後にシャワーを浴びに行った。

 

 ×××

 

 俺と多田さんと姫川さんとはるちんは揃って前川さんに正座させられていた。

 何とか事情を説明したが、許してもらえなかった。

 

「まったく!そういう事なら事前に言わなきゃダメにゃ!下手したら怪我でもしてたかもしれないんだからね!」

「「「「す、すみません……」」」」

「みくに謝らなくて良いにゃ!蘭子チャンに謝るにゃー!」

 

 四人で頭を下げると、前川さんは尚更うがーっと怒った。その蘭子は顔を赤らめて俯きながら、飛鳥に慰められている。

 

「……うう、スースーする」

「り、寮に帰るまでの辛抱だ蘭子」

 

 何かあったのか知らないが、とりあえずそれを確認しなきゃ。

 

「ら、蘭子。大丈夫かほんとに?怪我とかしてないのか?」

「……大丈夫」

「なら良いけど……。もし何かあったのならちゃんと隠さずに言えよ?」

「ふんっ!」

「あふん⁉︎」

 

 何故か胸に蹴りを入れられ、俺は後ろにひっくり返った。な、なんで心配してたのに蹴られるんだ……?

 

「ら、蘭子……。その格好で蹴りはやめた方が……」

「ーっ、う、うん……」

 

 そんな会話を聞きながら、隣の多田さんに聞いた。

 

「……あの、ほんとに何があったの?」

「ごめん、言えない……」

 

 あそう……。まぁ、そこまで言うなら了承するしかない。

 

「北山、悪いんだけど……今回の三人の映像は消すしか……」

「あー……確かにアイドル同士の殴り合いは見せられないよな……」

「あーうん。それで良いや」

 

 今回の実験は後でクラスのメンツにどれだけの効果があるか見せるように監視カメラが設置してあるが、三人のデータは使えないようだ。

 いや、ていうかもう中止だな。トイレとか行きたいってなったときのことを考えてなかったし、何よりこれから来るのは魔王だ。最低でも殺される。

 

「じゃ、片付けでもするか」

「待った!」

 

 蘭子が声を張り上げた。

 

「もうやめちゃうの?」

 

 完全に素で聞いて来てんな……。怒ってるのか怖がってるのか分からないけど、とりあえず普通にしてる分には可愛いぞこいつ。

 

「ああ。事故があった後だし、俺も命は惜しいし」

「ダメー!やるの!私だけ恥ずかしい思いするのは不公平だよ!」

 

 事故にあった張本人が何言ってんだ?その考えは当然、他のメンバーも同じのようだ。前川さんがやんわりと声をかけた。

 

「ら、蘭子チャン。今、事故があったばかりだし……」

「事故が起こらないように、事前に伝えておけば良いんでしょ?ならやるの!」

「……」

 

 アイドルも結局、そういうとこ普通の人なんだなぁとしみじみ思った。

 これは、止まらないだろうな……。俺と多田さんと前川さんは顔を見合わせた。

 

「どうするよ」

「私はやめた方が良いと思うけど……」

「事前に言っておくなら問題ないんじゃない?トイレも事前に済ませておいてもらえば。それと、脅かすプランを少し考えれば」

 

 まぁ、確かにそうかもしんないけど……。蘭子は完全に目が爛々としちゃってるし、飛鳥も好戦的に微笑んでる。姫川さんとはるちんはどっちでも良さそうな感じだ。

 

「じゃあ、あくまで安全にな」

 

 そんなわけで、まずは新田さんに連絡。それと少しプランを変える必要があるので来る時間も指定しておいた。何故かトイレをすませておくようにと全員に念を押されたのはなんでだろうな。そんな漏らすほど怖くするつもりないんだけど……。

 改造、といっても雰囲気作りはそれなりに完了してるし、そもそも直接脅かしに行くようなのはしない。最後のオチで「ドッキリ大成功」ではなく普通に脅かしに掛かる。ガタガタ震える窓に引きつけて後ろからワッと脅かせば良い。てか、今の準備だとそれくらいしか出来ない。

 準備を終えて全員定位置につき、ようやく多田さんから連絡がきた。さて、新田さんを泣かすくらいには脅かしてやる。流石に事前に教えておけば怒られる事もないだろうし。

 なんか少しワクワクしてると、多田さんから連絡がきた。

 

 だりーな『美波さん来たよ!アーニャちゃんと一緒に』

 

「中止だ」

「「「何故⁉︎」」」

 

 同じ場所に隠れていた蘭子と飛鳥とみくが反応したが、当然の判断だ。

 

「アーニャ様が来てるらしい。アーニャ様を驚かせるなど、神に弓を引くに等しい行為だ!」

「なんでアーニャをそんなに敬ってるんだ君は⁉︎」

「貴様、我を裏切る気か⁉︎」

「ていうか、もう始まりそうだしダメだにゃ!」

「片付け開始だ!」

「ぐっ、蘭子!押さえるぞ!いくら歳上でも三人がかりならば……!」

「任されよ!我が封印術によって縛り上げてくれようぞ!」

「にゃー!」

 

 くっ……!流石に三人がかりは……!ていうか誰のおっぱいですかこれ柔らかい!ある意味最高です!

 そんな事を考えてると、ガチャっと扉の開く音が聞こえた。

 

「わー、割と雰囲気ありますねミナミ」

「う、うん……」

「? 怖いのですか?」

「……わ、私……こういうの苦手で……」

「大丈夫です、私が付いていますから!」

 

 グッ……!入って来やがった……!ていうか羨ましい!

 そして、勝手に鍵が閉まり、続いて姫川さんの出番。こ、このままではアーニャ様はビビって震え上がる……!そ、そんな事……!

 

「させるかあああああああああああ‼︎」

 

 全開パワーで身体を動かした。三人は俺の身体にくっ付いて離さないが、俺の身体は風呂場を出て洗面所に来ていた。

 

「なっ、なんだこの力は……⁉︎」

「わ、我の封印術が……!き、効かない⁉︎」

「てか、どんだけアーニャチャンの事好きなの⁉︎」

 

 全身の力で洗面所のドアを開けた。トイレでの脅かしが終わり、目の前ではちょうど通りかかろうとしてる新田さんとアーニャさんがいる。そして、その二人の背後には誰が仕掛けたか知らないがフランス人形が浮かんでいた。俺でも少しビビるほどの怖さだ。あんなもんに気付いたら、アーニャ様は間違いなく腰を抜かす。

 

「アーニャ様ああああああああ‼︎」

「「きゃあああああああああああ⁉︎」」

 

 慌ててアーニャ様を庇おうと、三人を体にくっつけたまま飛び掛った。どんがらガッシャーンと間抜けな音がして、全部が台無しになるレベルで、暗闇の中で転んだ。

 パッと電気がつき、多田さんと姫川さんとはるちんが様子を見に来る。

 

「ちょっ、何の騒……」

「だ、大丈夫⁉︎すごい音し……」

「また事故でも起こっ……」

 

 三人の声が何故か遮られた。ていうかなんか頭の下柔らかいな……。

 

「……ゆ、ユウホ……」

 

 あ、アーニャ様の声が聞こえた。

 

「ご、ご無事ですかアーニャ様⁉︎」

 

 慌てて顔を上げると、なんかすごい事になっていた。まず、アーニャ様を押し倒す俺。そして、俺の上に転がっている蘭子と飛鳥と前川さん。

 ……ていうか、俺が頭を置いてた柔らかいものって……あ、アーニャさんのおっぱいなんじゃ……。

 アーニャさんは珍しく照れた様子で俺を見上げていた。

 

「ゆ、ユウホ……その、私エッチなのは……」

 

 ……俺は、俺はなんて事を……。後悔してる俺の頭上から、冷たい空気が流れた。こんなオーラを出せるのは、俺の知ってる限り一人しかいない。魔王が俺を見下ろしながら聞いて来た。

 

「……遊歩くん?何してるのかな?」

「ぁっ……ぃ、ぃゃ……」

「暗闇に乗じてエッチなことするつもりだったんだ?」

「ち、違っ……」

「これは看過出来ないなぁ。……覚悟してね?」

 

 指を開くだけでゴギッという音を鳴らしながら、新田さんの手が俺に伸びて来た。この後、メチャクチャ

 

 ×××

 

 最後にみんなで片付けと食事をして、ようやくお開きの時間になった。なんだかんだ、もう時刻は21時半を回っている。随分と長く遊んでたもんだ。

 全員を玄関で見送りつつ、ふと思い出した事があったので聞いてみた。

 

「そういえば、アーニャさんに飛びかかる直前、なんかフランス人形が浮いてたんだけど、アレ誰やったの?」

 

 その質問に、アーニャさんと新田さん以外のメンバーは顔を見合わせてキョトンと首を捻った。

 

「我は知らぬが……」

「ボクもいじっていない」

「私も知らないよ?」

「オレは窓の方専門だったし」

「というか、道具の準備をしたのは李衣菜チャン達でしょ?」

「フランス人形なんて買ってないよ」

 

 えっ?……えっ?じ、じゃあ、あれ誰が準備……。

 俺含めた九人、全員が顔を真っ青にした。

 

「あ、明日ボク学校だから……」

「わ、我も召喚の儀が……」

「私も朝から仕事だから……」

「ダー……私も学校です」

「お、オレも朝練しなきゃだから!」

「み、みくも日課の猫を崇める儀式を……」

「わ、私もギターの練習があるから!」

「私も明日、一限だから!」

 

 こいつら!こんな時だけ息ピッタリ!

 

「待って!ひとりにしないで!」

『じゃ、また今度』

「は、薄情者どもが〜‼︎」

 

 全員、俺を見捨てるかの如く走って帰宅して行った。

 ……え、俺今からこの部屋で一晩過ごすの?嘘だよね?ね?神様?考えれば考えるほど、身体は身震いが止まらなかった。

 涙目になってると、横から肩を突かれ、ビクビクッと身体が跳ね上がって慌てて横を見た。

 

「……大丈夫?」

「……に、新田さん……?」

 

 か、帰ったんじゃないの……?

 

「私、泣きそうになってる子を捨て置けるほど鬼じゃないの」

 

 そう優しく言うと、若干頬を赤く染めながらチラッと俺を見て聞いて来た。

 

「可哀想だから、私の部屋で良ければ泊めてあげても良いけど?」

「に、新田さぁ〜ん……」

「もう、泣かないの。ほら、明日学校なんだから制服とかの準備しておいで?」

「……は、はい……」

 

 誰だよ、魔王とか言った奴。女神だろこの人。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非常事態に男女間は関係ない。

 新田さんの部屋に到着した。鍵を開け、洗面所に向かって手を洗う新田さんの背中にぴったりとくっ付いて歩く。手を洗い終えた新田さんの肩を掴んだ。

 

「待って」

「? 何?」

「俺が手を洗い終えるまで待って」

「……怖がり過ぎじゃない?や、分かるけど」

「いいから待ってて」

「う、うん……」

 

 何とか懇願すると、待っててくれた。手を洗い終えて、背中にピッタリくっ付いたまま二人でお風呂を沸かし、二人で流しの洗い物を済ませ、二人でベランダに干してある洗濯物をしまい、二人でお茶を淹れて、二人で並んでソファーに座ってテレビをつけた。

 

「……遊歩くん、とても鬱陶しい」

「だ、だって!油断してバッサリ行かれたらどうすんだよ!」

「幽霊なのにバッサリって……」

「フランス人形に日本刀持たせて追いかけさせるのは基本でしょ⁉︎」

「やめて!私だって怖い話ダメなんだから!」

「えっ……そ、そうなの?」

 

 それは意外。お化け?なにそれ美味しいの?って感じだと思ってた。

 

「そうよ……。だから本当は今日は遊歩くんの家に行くのやめようと思ってたけど……」

 

 俺と多田さんのために勇気を振り絞ってくれたって事か……⁉︎

 

「……アーニャちゃんが行きたいって聞かないものだから……」

 

 全然違った。相変わらず上げて落とす天才だな、この人は。

 

「あそうですか……」

 

 お陰で気のない返事をしてしまった。しかし、つまり新田さんも怖いには怖いわけだ。

 

「……じゃあ、怖いのにさっき気を利かせてくれたって事ですか?」

「……まぁね」

 

 ……この人、本当に女神なのか?どうしよう、好きになっちゃいそう。まぁ、告白しても振られるだろうししないけど。

 

「……新田さんって、ほんとに彼氏いた事ないんですか?」

「? ないけど?」

 

 世の男達は何をしてるのか。こんな良い人を放ったらかして……。

 すると、新田さんが思い出したように声をかけて来た。

 

「そういえば、今日は文化祭の会議で意見出したんでしょ?」

「あー……まぁ、はい」

「偉いじゃない。ちゃんと参加したって事でしょ?」

「そうですね。まぁ、正確には多田さんに代弁してもらった感じですが」

「それでも良いんだよ。それで意見が通ったらもっと楽しいと思わない?」

「……まぁ、確かに」

 

 正直、こういうイベント自体は嫌いじゃない。ただ、クラスの中心人物のみがはしゃぐのが嫌いなだけだ。

 

「でも、なんで参加する気になったの?」

 

 そりゃまぁ、新田さんに言われたからですけど、でもなんかそういうのは照れ臭くて言えない。

 

「何となくですよ」

 

 その答えも嘘ではないし、そう言ってみた。しかし、新田さんは微笑んだまま「そっか」と相槌を返した。

 ……なんだか、全部見透かされてるような気がするんだよなぁ。この人、面倒見良いし、人の考えてる事さ大体分かってそうなものだ。

 だが、いつもの新田さんなら平気でそれをネタにからかって来そうなものだが、今日は非常に大人しい。幽霊の後だから?それとも他に理由があるのか?

 

「……さ、お風呂入って寝ようか」

 

 そそくさと立ち上がって洗面所に向かう新田さん。……もしかして、本気で俺のこと心配してくれていたのか?

 いや、元々心配はしていてくれていた。怪我した時も勉強してた時も、本気で心配してくれていたんだろう。俺どんだけ心配かけてんだよ。

 しかし、なんでそんなに心配してくれるんだ?考えてみりゃ、夏休みからの付き合いで、夏休みだって一日以来会ってないから実質、2ヶ月程度だ。

 ……もしかして、もしかしてこの人……。

 

「……ホームシックか……?」

 

 実家に弟いたんだったよな……。あの性格の新田さんなら多分、仲良くやってたろうし弟が恋しいんだろう。その弟と同い年の俺を見てあれやこれやと近所のお姉さんよろしく世話を焼いてしまうんだろう。

 なら、俺は新田さんを少しでも癒せるように弟っぽく振る舞うまでだ。

 しばらく待ってると、新田さんがお風呂から出て来た。

 

「ふー、次入っても良いよー」

「分かったよ、お姉ちゃん!」

「……誰がお姉ちゃん?」

 

 真顔だったので、考えを改めました。

 

 ×××

 

 俺もお風呂から出て、新田さんと再びソファーでのんびりした。寝るって言ってたけど、風呂から上がったら新田さんがテレビ見てたから一緒になって見える感じ。

 やってるのはテレビドラマ。そういえば、うちにテレビないからドラマなんて久しぶりだな。今はどんなドラマやってんのか全然分からんけど、今やってるのは学園恋愛モノだった。

 

「新田さん、こういうの好きなんですか?」

「静かに」

 

 どうやら毎週見てるようだ。黙らされました。そんなに面白いのか?

 まぁ、何事も見てから判断しないとね。今はヒーローとヒロインと思われるカップルが遊園地でデート中のようだ。

 しかし、こいつらイチャイチャしてんなー。これでまだ醍醐味の告白はしないで最終回まで取っておくんだろ?早く付き合えよ。

 二人でジェットコースターで楽しんだ後、フリーフォール、メリーゴーランドと回っていた。特にメリーゴーランドの時なんて二人で一つの馬に乗ってたからね。ほんと爆死しろ。

 

「……いいなぁ」

 

 しかし、隣の新田さんはそうは思わなかったようで、そんな呟きが聞こえて来た。

 

「え、新田さんああいうの好きなんですか?」

「私っていうか……女の子はみんなああいうの好きだよ。素敵な恋愛したいなーみたいな……」

「すれば良いじゃないですか」

「……ほんと。そういう恋愛なら良いんだけどね……」

 

 ……え?今のって……。

 

「新田さん、恋愛してるんですか?」

「……へっ?」

「いや、なんか今の言い方だと恋愛してるように聞こえたので……」

「……」

 

 ……え、何その反応。まさか、本当にしてるのん……?

 そう聞こうとした時だ。テレビのカップルがお化け屋敷に入った。中を二人して手を繋いで歩いてると、お化け屋敷の隅にフランス人形が置いてあった。

 二人して抱き合って悲鳴を上げたが、俺は別の意味で悲鳴を上げた。忘れかけていたフランス人形ショックが完全に脳裏に浮かび、嫌な汗が浮かんで来た。

 

「……に、新田さん……」

「……う、うん……」

 

 同じくこういうの苦手な新田さんはテレビを消して冷や汗を浮かべていた。

 

「もう、寝よっか……」

「は、はい……」

 

 新田さんは寝室に行き、俺はソファーの上で寝転がった。

 電気を消して目を閉じ、さっさと眠ろうと頭の中で羊を数え始めた。

 羊が一匹……羊が二匹……羊が三匹、と、数えてる男は今日も同じように自分の羊を数える。羊飼いの彼はこの仕事に飽き飽きしていた。もっと楽して稼げる方法はないか。

 そして、この羊達をすべて売り飛ばし、その金をギャンブルに突っ込めば儲かるのでは?と。

 早速、そのプランを決行し、羊を裏のルートから売り飛ばした男はカジノで毎日のように遊び歩き、毎日のように稼いで歩いていた。

 今日もその稼ぎを鞄いっぱいに詰めて帰宅し、寝室に入ると見覚えのないフランス人形が部屋に浮いてるのが見えた。こんなもの買った覚えはないが、出来の良い人形だった。これを売れば更に金が入る、そう思ってその人形に手を伸ばした直後だ。

 人形の首が180°回転し、その顔には売り飛ばした羊の顔が……。

 

「ーッ‼︎」

 

 なんで俺は寝ようとしてんのに怪談を思い浮かべてんだよ!てか、ダメだ。やっぱ眠れない……!クッソ、ホントに何なんだよあの人形は……‼︎

 なんだか疑心暗鬼になって来て、部屋の中を見回した。フランス人形の姿は無いが、フッと壁をすり抜けて来てもおかしくない空気だ。

 

「……」

 

 どうしよう……。せっかく泊めてくれてるのに眠れねーよこのままじゃ……。ていうか、明日の授業寝ちゃうよこれ。

 ドッドッドッとキングエンジンの如く鳴り響く心臓の鼓動を胸に手を当てて聞いてると新田さんの部屋から「あの」と声が聞こえた。

 

「ーっ⁉︎ ……あ、に、新田さんか……」

「……眠れてる?」

「……全然」

「……私も」

「……」

「……」

「……一緒に寝ても良いですか?」

「……う、うん……」

 

 新田さんの寝室に入って同じベッドに入った。本来、こんなシチュエーションはアニメ的で男の誰もが羨むものなのだが、俺も新田さんも恐怖のあまりそれどころではない。

 お互いに背中を向けて目を閉じた。……正直、これでも怖いっちゃあ怖いんだが、さっきよりは全然マシだ。女神が後ろにいると安心できる。

 

「……ね、遊歩くん」

「……なんですか?」

「……起きてる?」

「は、はい……」

 

 なんだよ、寝ようとしてんのに。もしかして寝れないのか?

 

「……その、さ」

「? なんですか」

「なんか、お泊まり会でテンション上がってるのか、それとも怖くておかしくなってるのか分からないんだけどさ……」

 

 なんた?回りくどいな。こういう新田さんは珍しい。

 

「……その、手を繋いでも良い、かな……」

「……へっ?」

「……せ、せっかく一緒に寝てるのに、背中合わせじゃ意味ないでしょ?だからよ」

「別に良いですけど」

「っ、あ、ありがと……」

 

 ……まぁ、怖さを何とか解消するためだ。少し照れくさいけど。

 後ろを向いていた身体を仰向けにし、顔だけ新田さんに向けて布団の中で手を差し出した。

 

「……どうぞ」

「……あ、ありがと……」

 

 布団の中で手を繋いだ。……女の子のて柔らかいなぁ。ふにふにしてる。

 

「……あまりにぎにぎしないの」

「あ、すんません。でも、柔らかいですね。女性の手って」

「そ、そう……かな……」

「はい。新田さんみたいなゴ……いえ、パワータイ……いや力強……や、運動神経が高い方でも柔らかいんですね」

「思考回路が丸分かりだよ?」

「いだだだだ!指折れる、指折れるって!ごめんなさい!」

 

 その万力みたいな握力がパラメータゴリラの証拠なんだよ!

 

「ごめんなさいってば!」

「まったくもう……子供なんだから」

「……すぐに怒る新田さんの方が子供のような気が」

「何?もう一回?」

「なんでもないです」

 

 この人怒ると怖いなほんとに……。余計なこと口走る前にさっさと寝ようと思って目を閉じた。

 

「……ね、遊歩くん」

「? なんですか?」

 

 またか。もしかして、会話してないと寝れないってパターンか?

 

「……その、そろそろさ」

「なんすか?」

「……新田さん、っていう他人行儀な呼び方やめて欲しいなって思って……」

「え、でも歳上の方ですし……」

「うちの事務所だとあまりそういうの気にしない子もいるからさ。だから、美波って呼んでくれると……」

「分かりました」

 

 まぁ、別に下の名前で呼ぶくらい良いさ。うちの中学では男女関係なく下の名前で呼んでたし。

 

「……じゃ、寝よっか。遊歩くん」

「……おやすみなさい」

 

 その場で目を閉じた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

美波の悩み(2)

 夜中。私は未だに眠れずにベッドの中で目を覚醒させていた。何故って?さっぱり迫れなかったからに決まってるでしょ。なんで私と遊歩くん一緒に寝てるの?バカなの?なんでこうなったの?

 いや、理由は分かってる。全部私が蒔いた種だ。お化けが苦手なのも私だし「うちに来る?」と誘ったのも私だ。ちょっと大胆過ぎる気もしたけど、なんかあのままじゃ可哀想でほっとけなかったから。

 ちなみに、さっきL○NEが来て知ったけど、あの人形は蘭子ちゃんが「遊歩のアホをビビらせたい」と思って仕掛けたものらしい。李衣菜ちゃんが「買ってない」と言ったのは蘭子ちゃんが仕掛けたのを見ていて、それで悪ノリしたそうだ。本物じゃなくて私も少し安心しました。

 お化け屋敷アイテムはテキトーに買ってたらしいし、自分で何を買ったのか把握してなくても無理はない。関係ないけど、それでも一人暮らしでお金ないのに買ったものを把握していない遊歩くんにはお説教が必要ね。

 で、まぁそんなこんなで私は遊歩くんを泊めてるわけだけど、これ本当に大胆なことしたなと思う。異性の男の子を部屋に泊めるなんて……パパに知られたら遊歩くん殺されちゃうんじゃないかな。

 いや、そんな場合ではない。私も今はピンチなのだ。だって明日1限なのに一睡も出来ないんだもん。自業自得なのに、気持ちよさそうに寝息を立ててる無邪気な遊歩くんの寝顔が本当に腹立たしい。

 

「……こいつめ」

 

 頬を突くも無反応で動かない。それが尚更腹立たしい。

 しかし、この子は少しは私の事意識してるのだろうか。私の事をどう思ってるのか、それが気になる。全く意識してないってことはないと思いたいけど、なんだか最近は遊歩くんにとって私は恐怖の象徴でしかない気がしてきた。

 確かに、結構厳しく勉強のこと見てたし、なんだかアホすぎてイラっとして、つい手が出ちゃうこともあった。けど、一人の女の子としては恐怖でしかないと思うと少しツライ。

 

「……」

 

 はぁ……他の恋愛してる子達のほとんどは上手くいってるみたいだし、なんだか羨ましいなぁ。

 ……もう少し私も攻めた方が良いのかな。でも、どうやって攻めたら……。恋愛なんて告白されることはあってもすることは初めてだから分からないよ。

 

「……誰か経験のありそうな子」

 

 いや、経験があってもダメなのは文香ちゃんの時に学んだ。私が求めるべきは大人っぽい人だ。客観的なアドバイスをくれそうな方、それを探すべきだろう。

 ……となると、誰が良いかな……。なるべく遊歩くんのこと知ってる人が良いけど……。

 

 アーニャちゃん→言うまでもない

 晴ちゃん→小6

 蘭子ちゃん→実はシャイ

 飛鳥ちゃん→初恋もまだそう

 みくちゃん→一番お姉さんっぽいけどそもそも猫

 李衣菜ちゃん→ロック

 友紀さん→論外

 

 ……うん、無理。別の人を探そう。となると、やっぱり大人の方が良いよね。

 でも、その中でも瑞樹さんとか早苗さんとかをチョイスしてしまうと「若いって良いわね……」って物思いにふけられてしまいそう……。

 なるべく同年代で……あ、そういえば、文香ちゃんって恋愛とか一人じゃ絶対にダメそうなのにどうやって成功したんだろう。

 多分、誰かしら協力者がいたと思うんだよね……。聞きたいけど、多分今の時間じゃ寝てるかな……。

 もし寝てなかったら、多分今の時間はpso2やってそうな気がするけど……ログインして起きてるか確認してみようかな。

 そう決めると、私は身体を起こして布団から出ようとした。が、ギュッと後ろから引っ張られる感覚。下を見ると、遊歩くんが私の手にしがみついていた。そう言えば、手を繋いで寝てたっけ……。

 

「んっ……に、にった、さん……」

「ーっ……」

 

 不覚にも今、キュンとしてしまった……。な、何よ今の……!いつもは生意気な癖に……!生意気で失礼で人の気持ちなんか全然察してくれない癖に……!

 

「〜〜〜っ!」

 

 で、でもなんかこうして甘えてくる遊歩くんは希少だし、仕方ないから一緒にいてあげよう。仕方ないから。

 布団の中に戻って、眠ってる遊歩くんの方を向いて体を横にした。

 

「……」

 

 寝顔だけは可愛いんだからズルイ。ギャップ萌えってこういうことを言うんだ……。

 ……まぁ、文香ちゃんの協力者については今度で良いかな。というか、考えれば分かりそうだし。文香ちゃんの恋愛に関しては、クローネの撮影に行ってたアーニャちゃんから少し聞いた。なんでも、文香ちゃんの彼氏さんが一緒にいたようだ。

 その中の誰か、或いは全員が協力者だけど、その中でも文香ちゃんと特に仲良いのは奏さんとありすちゃんの二人。必然的に協力者は奏さんだと分かる。明日辺り、L○NEしてみようかな。

 さて、そろそろ寝ないと本気で明日一限だからヤバい。

 

「……んっ、にった、さん……」

「……」

 

 ……あの、遊歩くん?寝てる、んだよね?寝言でも私の名前呼ぶのはやめてくれないかな……?心臓に悪いんだけど……。

 

「……ひめかわ、さん、から……おさけ、取り上げて……」

「……」

 

 夢でもどうやら苦労してるみたいだ。遊歩くんのお兄さんスキルは高いらしいからなぁ。私からしたら生意気な弟だけど、蘭子ちゃんも飛鳥ちゃんも晴ちゃんもみんな「頭の悪いお兄ちゃんみたい」って言ってたし。あれ?これ貶されてない?

 しかし、なんだかドキドキして損した気がする。ていうか、前からずっと不満に思ってたんだけど、友紀さんと私の呼び方が苗字にさん付けってどうなの?私の方が少しでも付き合い長いんだから、そろそろ下の名前で呼んでくれても良いのに……。というか、さっきその話しなかった?

 

「……私は下の名前で呼んでるんだからさ」

 

 遊歩くんの頬をツンツンと突いてる時だった。遊歩くんが寝返りをうって、私の指が遊歩くんの口の中に入った。

 

「ーっ⁉︎」

 

 っ、や、やばっ……!どうしよっ……!いや抜かないと……!

 指を遊歩くんの口から抜こうとした時だ。あむっと齧られた。その直後、私の中に稲妻が走ったような変な快感に襲われた。

 ちょっ、何これ……何かの変な感じ?なんだか、身体が熱くなって来たような……。いや、身体だけじゃない、顔も火照って来ている。それに、心臓の鼓動が徐々に加速していく。

 

「うっ……」

 

 なんだか変な気分になってきた。どうしよう、眠るどころか目が冴えてきてる……。

 そんな私の気も知らずに、遊歩くんは私の指を食べ続けた。……というかその舌使いなんなのよ?なんでそんなエッチに指をしゃぶるの?まるで指のツボを一箇所ずつ丁寧に焦らすように優しく刺激していく。

 っ、こ、これ以上はダメ!なんか変な性癖が私の中に芽生えちゃ……!

 

「……たさん、新田さん」

「ふえっ?」

「何やってんですか?人の口に指突っ込んで」

「……えっ?」

 

 ……遊歩くんが起きてた。咥えたのはあなただから、というツッコミを出す事も出来ずに私の顔はただただ真っ赤になった。

 

「新田さん?」

「……ゅっ」

「ゆ?」

「っ……ゆっ……!」

「ばーば?」

「遊歩くんが咥えたんでしょうバカァーッ‼︎」

「オブリビエイトッ‼︎」

 

 恥ずかしさのあまり、こめかみに手刀を叩き込んでしまった。遊歩くんはそのまま気絶し、そこでようやく私は正気に戻った。しまった、今のは私にだって非があるのに、つい……。

 遊歩くん、大丈夫かな?と、思って心臓の鼓動と息してるかを確かめ、安全を確認した。

 

「ほっ……」

 

 胸を撫で下ろしたものの、心臓の鼓動は鳴り止まない。胸の奥の性的興奮もだ。

 ……どうしよう。このままじゃ眠れない。でも、寝てるとは言えうちに遊歩くんが来てるのに……。そんな変態みたいな……。でも、明日一限だし、アイドルやってるとただでさえ単位の取得は難しいのに……。

 

「……」

 

 悩み抜いた挙句、私はトイレに移動し、用事をすませると何となく遊歩くんの隣は恥ずかしかったのでソファーで眠る事にした。

 

 ×××

 

 翌朝。ふと目を覚ますと、いい匂いが鼻腔を刺激した。目をこすりながら身体を起こすと、ちょうどソファーの前に料理が置かれた。

 

「あ、おはようございます、新田さん」

「? ゆ、遊歩くん……?起きてたの?」

「はい。ていうか、なんで新田さんソファーで寝てたんですか?」

 

 言えない。昨日の事は後悔してるのでほんとに言えない。未だに恥ずかしいのか、顔が熱くて頭がくらくらする。

 ……遊歩くんは昨日のこと覚えてないのかな……。てことは、私の事を下の名前で呼ぶってのも……。

 

「しかし、なんか頭痛いんですけどなんでですかね」

「うえっ?そ、そうなの?風邪じゃない?」

「いやそういうんじゃなくて……こう、いつも喰らうアイアンクローとはまた別種の打撃的な痛みが……」

 

 良かった……記憶にはないようだ。いや、でも下の名前で……。でも殴った記憶がないのは助かるけど……。何だか頭が混乱してると、遊歩くんの方から声をかけてきた。

 

「ていうか、ソファーで寝るならちゃんと何か掛けなきゃダメですよ」

「あ、あー……うん」

 

 絶頂してから恥ずかしくなってすぐにソファーにダイブして寝ちゃったとは言えない。

 ……思い出したらまた恥ずかしくなってきた。その場で俯くと、私の身体に毛布が掛けられていた。

 

「俺が起きてから掛けたんで、あんま意味なかったかもしれないですけど……」

 

 ……もう、そういう所よ。遊歩くんのムカつくほど好きな所。

 

「ありがとう」

「いえ、普通のことなんで」

「……朝ご飯作ってくれたの?」

「一応。……でも、新田さん食べない方が良いかもしれないですよ。なんか顔色悪いし」

「……へっ?」

 

 そ、そう……?確かに食欲は無いし頭は何だかクラクラするけど、それは別に恥ずかしくなってるだけだし……。そんなのでせっかく作ってくれた朝食を無駄には出来ない。

 

「大丈夫よ。食べられる」

「……そうですか?」

「うん。ほら、冷める前に食べよう?」

 

 そう言って並んでる料理を見た。ここ最近、毎日のように私やみくちゃん、たまに李衣菜ちゃんと一緒に食事を作ってるためか、遊歩くんの料理の腕はかなり上達していた。

 今日のメニューはお味噌汁に焼いた秋刀魚、白米とオーソドックスなメニューだ。

 

「さすが新田さんですねー。冷蔵庫に入ってるの、今が旬な食材ばかりでした」

「ちゃんと秋刀魚に火通した?私お腹壊したくないよ?」

「と、通しましたよ!」

 

 そんなことを話しながら、早速ご飯にした。まずはお味噌汁から。ズズーっと啜ると、身体中に薄味白味噌のお味噌汁の暖かさが染み渡る。

 

「……ふぅ、美味し」

「そうですか?良かった」

「秋刀魚ももらうね」

 

 秋刀魚、白米、またお味噌汁と食べた。どれも良い味を出している。……でも、その、なんだろ。やっぱり食欲が湧かない。なんでかな、もしかして本当に体調悪い……?

 

「……新田さん?」

「っ、な、何?」

「大丈夫ですか?なんかボーっとしてましたけど」

「だ、大丈夫よ」

「もしかして、やっぱ体調悪いんじゃ……」

「そ、そんな事ないよ。本当に平気だから」

 

 いつのまにか秋刀魚を骨だけにしていた遊歩くんが聞いてきたので、慌てて秋刀魚と白米を食べた。

 無理にでも飲み干して、小さく一息つくと遊歩くんが私の方をじっと見てるのに気付いた。

 そして、何を思ったのか私の前に歩いて来るなり、わたしのおデコに自分のおデコを当てた。

 

「っ⁉︎ な、何を……⁉︎」

「んー……37……いや、38か?今、相当気分悪いでしょ」

「……そ、そう、かも……」

 

 うっ……た、確かにそうかも……。言われて気付いたけど、頭がクラクラするのも食欲がないのも普通に体調が悪い所為かもしれない。

 

「朝飯は片付けますね。とりあえず、今日は寝てましょう」

「へ?あっ……」

「新田さんの大学にも連絡しておきますね。弟って言えば何とかなるでしょ」

 

 テキパキと片付けを始める遊歩くん。……なんだか、年下にお世話されるのって新鮮で少しか恥ずかしいなぁ……。

 ……でも、遊歩くんも今日学校じゃなかったかな……?

 

「……あの、遊歩くん?今日、学校は……」

「ですから、俺の方から連絡しときますから」

「いやそうじゃなくて……。遊歩くんの方のよ」

「俺?俺も休みます」

「ええっ⁉︎だ、ダメだよそんなの⁉︎」

「……体調悪いのにちゃんと言わないで無理して食べる人を一人にさせられません」

「ううっ……じ、自分だって骨折してた時変な無理してた癖に……」

「だから今日は休みます」

「……でも、学校は休んじゃダメ。昨日、李衣菜ちゃんと撮ったビデオを今日みんなに見せるんでしょ?遊歩くんの案じゃなくて李衣菜ちゃんのものになっちゃうよ?」

「別に良いですよ。友達なんてそんな多くても良いことありませんし」

「ダメ、私が遊歩くんの学生生活の足を引っ張るような事だけは嫌なの」

「……」

 

 すると、遊歩くんは渋々残りの自分の朝ご飯を食べ終えると、スマホを取り出した。

 

「姫川さんに来てもらうよう頼んでおきますね」

「あ、ま、待って!呼ぶ人は私に選ばせてくれない、かな……?」

「? なんで」

「あー……その、ほら。確か友紀さん、朝から仕事って言ってたでしょ?」

「まぁ、何でも良いですけど、ちゃんと言うこと聞くようにね」

「……私を子供みたいに……」

「じゃあ、俺行きますから」

 

 制服に着替えて遊歩くんは部屋を出て行った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

美波の悩み(3)

 風邪を引いて私が救援依頼を出したのは奏さんだ。確か今日は開校記念日で奏さんの学校は休みのはず。

 想定通り、奏さんがうちまで来てくれた。インターホンが鳴り、まずは自動ドアを開けた。

 もうすぐうちの部屋のある階まで上がってくるはずなので、しばらく起きたまま待機。しかし、まさか遊歩くんがあそこまで心配してくれるなんてなぁ……。私の事、悪魔だとか魔王だとか言ってるのになんでだろう。

 ……いや、まぁ大体想像はつくけど。どうせ少しでも私に優しくしておいて、そろそろ始まる中間試験の指導を少しでも優しくしてもらおうとかそんなんでしょ。

 

「……はぁ」

 

 遊歩くんに期待しちゃダメ。あの子が優しくなるのは天使か自分よりどうしようもなさそうな子か歳下だけだから。

 そう結論を出して小さくため息をつくと、ピンポーンと再びインターホンが鳴った。どうやら、奏さんがうちに来たようだ。

 玄関の鍵を開け、奏さんが部屋に入ってきた。

 

「おはよう」

「おはようございます。すみません、わざわざ休日に……」

「平気よ。ちょうどpso2のデイリーが終わった所なの」

 

 ……奏さんの口からオンラインゲームの名前が出てくるってすごいなぁ。

 

「あ、今お茶淹れますね」

「あなたね、体調悪いんでしょ?美波が動いたら私が来た意味がないじゃない」

「そ、そうですね。すみません……」

「気を使わなくて良いわよ。ここ来る途中、りんごとスポドリ買うついでに私の飲み物も買っておいたから」

 

 ……流石だなぁ。ここまで気が回る方はそういないだろう。何でこの風格で高校生なの?そこがほんと意味分からない。

 

「ほら、早くベッドに戻って」

「……あ、はい」

 

 言われるがままベッドの上に上がると、奏さんが「あ、待った」と声をかけてきた。

 

「その前に、体拭いた方が良いかも」

 

 確かに。結構汗かいてるし、パジャマもかなり濡れてる。

 

「すみません、お願いします……。パジャマとタオルは洗面所の引き出しに入ってるので」

「はいはい」

 

 一度、寝室を出て行く奏さん。その間に、私は上半身のパジャマを脱いでブラも外した。普段、寝る時はブラなんてそもそもしてないんだけど、今日は遊歩くんが来ていたから付けておくしかなかった。

 ……あれ?待った。洗面所って、さっき遊歩くんが学生服に着替えてたよね……?その時に着てたパジャマが落ちてるんじゃ……。

 嫌な予感が脳裏に浮かぶと共に寝室に奏さんがやって来た。すごく良い笑顔でニマニマしている。

 

「美波?洗面所に男物の寝間着とパンツが落ちてたんだけど?」

「……お、弟のじゃないですか?」

「広島でしょ?」

「……」

 

 ……嗚呼、尋問開始だ……。

 と、思ったのだが、奏さんはタオルを持って私の後ろに座ると、背中を拭きながら意外なことを言った。

 

「ま、まずは体を拭いてからにしましょうか」

 

 流石だなぁ。やはりどんなにからかいたくても私の体調が悪いと言う事は頭に残してあるようだ。

 助かった、と安堵してると「と、言いたい所だけど」と怪しい単語が続いた。

 

「体を拭きながらでも会話は出来るし、むしろ体を拭きながらの方が面白い事も出来るわよね?」

「……」

 

 悪魔も魔王も奏さんにこそ相応しい代名詞だと思う。

 

「こうしましょうか。嘘を話すたびに胸を揉むわ」

「なんでですか⁉︎」

「だって美波は他の子と違って賢いもの。こう言わないと何処に嘘が混ざるか分からないじゃない?」

「……喜べば良いのか厄介だと思えば良いのか分からないんだけど」

「両方よ」

 

 ……この人は……。まぁ、この人も人をからかうのが決して嫌いな部類ではない。それに、相談すると決めた時からからかわれるのは覚悟していた。……まさかパンツまで見られるとは思わなかったけど。

 

「……遊歩くんっていう子を昨日の夜に部屋にお化けが出たから私の部屋に泊めてあげたんです」

「……お化け?その子バカなの?」

「いや、その……蘭子ちゃんの悪戯でね……」

「え、ら、蘭子?」

「まぁ、その辺の話は置いといて、とにかくすごく怯えてたから、うちに泊めてあげたんです。前も泊まったり泊めてもらったりしたことあったし、夏休みから知り合ってる子だし、夏休み明けは結構面倒見てあげた子だから大丈夫かなって」

「……付き合ってるの?」

「全然ですよ。あの子鈍感過ぎて……」

 

 ……ていうか、なんで付き合ってるって発想になるのかな……。いや、客観的に見たらなるなこれ。

 

「ふーん……まぁ、とりあえずその子とお付き合いしたいわけね」

「はい。そういうこ……なんでそうなるんですか⁉︎」

「あなた、無自覚みたいだけどかなり分かりやすいわよ。今のお話しも、まるで可愛い彼氏を自慢する彼女みたいな顔してたから」

 

 具体的過ぎる……!

 

「まぁ、そうです……」

「あなたなら人の手なんて借りなくても行けるんじゃないの?」

「……無理です。遊歩くんが鈍感過ぎて」

「あー……どっかの誰かを思い出すわね……」

 

 会ったこともない人に呆れられてますよ、遊歩くん。

 

「ま、まぁ、あれで良いとこもあるんですけどね」

「知ってるわよ。だからあなたが惚れたんでしょ?」

「……そうですけど」

 

 背中を拭き終え、前は自分で拭いてパジャマに着替えた。

 

「それで、奏さんなら何かアドバイスもらえないかなって思って」

「……それで私を呼んだの?」

「本当は移しちゃうといけないのでやめておこうと思ったんですけど、遊歩くんが誰か呼べってうるさかったので」

「あら、本当に良い子なのね」

「ちょっと過保護なんですよ。本当は自分も学校休もうとしてたみたいなんです」

「それはー……そうね」

「学校休むのはダメだって言い聞かせたんですけど、そしたら代わりに大学への連絡とか朝ご飯の片付けとかしてくれて、本当に助かりました」

「……へ?れ、連絡も?」

「はい。……まぁ、遊歩くんのことですし、どうせ学校サボれるーとか考えてたんだと思いますけど」

「……」

 

 すると、何故か奏さんは私にジト目を向けて来た。そんな目で見られたのは初めてなので、思わずドキッとしてしまった。

 

「……鈍感なのはお互い様ね」

「……えっ?」

「私はまだその遊歩くんって人がどんな子だか分からないけど、今回は普通にあなたを心配してるように聞こえたわよ」

「……」

「そのくらい、美波なら気付いてるでしょ?」

 

 ……まぁ、確かに。普段みたいにからかって来なかったし……。何だか照れ隠しを言ったみたいで……というか照れ隠しを言ったのが看破されて恥ずかしくなり、頬を赤くして俯いてると奏さんは続けて言った。

 

「……美波が照れ隠しなんて珍しいのね」

「……うう、言わないで下さい」

「照れ隠しするって事は……そんなに腹立つ子なの?」

「たまにアイアンクローで締め上げちゃうくらいには……」

「み、美波がアイアンクロー……?」

 

 あ、しまった。ちょっと引かれてる。何とか弁解しようとすると、口から咳が漏れた。

 それを見て、奏さんが私に布団をかけてくれた。

 

「ま、まぁ話は後にして、今は寝ましょう?」

「そうですね……。では、おやすみなさい」

「ええ」

 

 寝る事にした。

 

 ×××

 

 アレから何時間経過したか分からないが、目を覚ました。喉が渇いたが、隣に奏さんの姿はない。トイレかな?

 自分で冷蔵庫に向かうと、玄関で奏さんが誰かと話してるのが見えた。

 

「だーかーらー、美波の弟は広島なのよ!あんたみたいな怪しい人を部屋にあげられるわけないでしょ⁉︎」

「だーかーらー!広島から来たんだって!風邪引いたって聞いたから!」

「今朝引いたのに何でこんなに早く来れるのよ!」

「アレだよ!トランザム!」

「バカにしてるの⁉︎色々な無理あるでしょ!」

「昼休みまでに学校戻らなきゃいけねんだからさっさと退いてくれません⁉︎」

「あんた隠す気ないでしょ⁉︎」

 

 ……奏さんと遊歩くんが口喧嘩していた。何してんのあの二人。

 

「あ、か、奏さん!待って」

「あら、美波。ちょうど良かったわ。この子、あなたの弟?」

「いや違うけど……」

「ほら見なさい。早く帰らないと通報するわよ」

「ああ?やれるもんならやってみろよ。例え相手が警察でも一対一のインファイトなら負けねーぞ俺」

「そういう問題じゃないでしょ。そんな野蛮な頭の軽い考え方する子、何もなかったとしても病人には会わせられないわね」

「だから今朝も会ったっつってんだろ?お前日本語通じないの?」

 

 なんでそんなに仲悪いのよ……。そろそろいい加減にしてほしいし、そもそもなんで遊歩くんがいるのか知りたいので、小さくため息をつきながら二人の間に入った。

 

「ちょっと二人とも落ち着いて。奏さん、彼が遊歩くんですよ」

「……へっ?彼が?」

「そう。で、遊歩くん。私の知り合いの速水奏さん。遊歩くんと同じ17歳だよ」

「はっ?じ、17……?」

 

 その反応に奏さんはピクッと片眉を上げた。

 

「……その反応、どういう意味?」

「いや、てっきり25歳くらいかと……」

 

 直後、奏さんの両手が遊歩くんの両頬を摘み引っ張り回し、遊歩くんはその奏さんの両手首を掴んで小学生の喧嘩が目の前で始まった。

 もう、何で初対面でこんなに仲悪くなれるの⁉︎ていうか、病人の前で喧嘩しないでよ!

 慌てて二人を止めようとしたが、ゴホッゴホッと咳き込んでしまう。すると二人揃って私の前に膝をついた。

 

「だ、大丈夫ですか新田さん⁉︎」

「もう!そもそも何で一人で出歩いてるのよ!」

「あんたがちゃんと見てないからこうなるんだろうが!」

「あんたがここに来るから仕方なく席を外したんでしょう⁉︎」

 

 いい加減にして欲しいものだった。

 遊歩くんにベッドまで運んでもらって寝かせてもらい、奏さんにポカリを持ってきてもらった。

 奏さんは空気を読んでか寝室を出て行き、今は私と遊歩くんの二人きり。りんごを剥きながら遊歩くんは声をかけてきた。

 

「体調はどんな感じですか?」

「……平気だよ」

「顔色真っ赤な人が言える台詞ですか」

「分かってるなら聞かないでよ……」

 

 そういうところ意地悪なんだから……。

 

「新田さんが自分が弱ると周りに心配かけないように嘘つくのは今朝わかりましたから。……はい、りんご剥けましたよ」

「ありがとう……。でも、遊歩くん学校は?」

「昼休みになったんで走ってきました」

「もう、そんな無理しなくても良いのに……」

 

 嬉しくて熱が上がっちゃうじゃない……。りんごを食べて顔が赤いのを誤魔化しながら話を逸らした。

 

「それはそうと、遊歩くん。初対面の女の人にあんな失礼な態度とっちゃダメだよ」

「うっ……」

「特に、外見で年齢を判断するのは絶対にダメ。確かに大人っぽいけど、言われて怒る人もいるんだから」

「……は、はい……」

 

 それだけ言うと、反省してるようでショボンとする遊歩くん。普段なら言い返してくるけど、風邪ひいてる私に気を使ってるのか、今日は素直だ。

 何だかそんな様子の遊歩くんは新鮮で可愛くて、何となく頭を撫でてあげてると、遊歩くんは時計を見るなり立ち上がった。

 

「じゃ、俺もう行きますね」

「へっ?も、もう……?」

「はい。学校ですから」

「……そ、そっか……」

 

 ……自分で行けって言いながら寂しくなるなんて、少し情けないな……。

 私がしょぼんとしてるのにも気付かず、遊歩くんはさっさと部屋を出て行った。

 すると、奏さんが部屋に戻ってきた。

 

「仲良いのね、あなた達」

「まぁ、もう付き合い長いですから」

「まるで姉と弟みたいだったわよ」

「そ、そうですか……」

「……ま、私はあんなムカつく子は絶対嫌だけど」

「……」

「あなたが手を出す理由も分かるわ」

 

 ……少しムッとしてしまった。さっきのはわざわざ弟と偽り、挙げ句の果てに25歳とか抜かした遊歩くんが悪いけど、それでも遊歩くんが悪く言われるのは嫌な気分になった。

 

「……あの、奏さん。遊歩くんにだって少なからず良い所や可愛い所はあります。ムカつくだけではありません」

「へっ?う、うん?」

「あまり悪口は言わないであげて下さい」

「……そ、そう?悪かったわね……」

「あ、いえ……私こそ……」

 

 今更になって冷静になり、何だか恥ずかしくなって俯いた。そんな私を見て、奏さんは楽しそうに小さくため息をついた。

 

「はぁ、みんな今は恋愛してるのね……。なんだか羨ましいわ」

「あ、あはは……。まぁ、奏さんの好きなタイプって理想高そうですからね……」

「そんな事ないわよ。私だって好きなタイプの人はちゃんといるわ」

「あ、もしかして好きな人が?」

「……」

「……え、いるの?」

「さ、早く寝なさい」

「ち、ちょっと奏さん!」

「おやすみ、美波」

 

 無理矢理眠らされた。……奏さんも好きな人いるんだなぁ。ほんと、恋愛してる人が多いなぁ、うちの事務所。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

美波の悩み(4)

 お昼に寝て、というか無理矢理寝かされてからまた目が覚めると、私のベッドの隣で遊歩くんが本を読んでるのが見えた。

 

「……ゆうほ、くん……?」

「あ、起きました?」

 

 起きるなり、私に顔を近づけて額をくっ付けた。顔から火が出そうになるほど恥ずかしかったが、遊歩くんは気にした様子はない。

 

「……あんま下がってないですね」

「そ、そう……?」

「ちゃんと食うもん食ってトイレとか行きました?」

「へ?あ、えーっと……」

 

 直後、私のお腹から「ぐぅーっ」と情けない音が鳴った。

 

「……食べてないんですね」

「ううっ……は、はい……」

 

 は、恥ずかしいなんてもんじゃない……。好きな人の前でお腹を鳴らすなんて……。

 考えてみれば、朝から寝てお昼に目を覚ましたものの、喧嘩を止めて奏さんとお話しして寝かされた気がする。口にしたものといえばポカリくらいだ。

 

「何なら食べれそうですか?」

「うーん……うどん、とか?」

「了解です」

 

 すると、遊歩くんは立ち上がって寝室を出て行った。……そういえば、奏さんは……帰ったのかな?

 とりあえず、遊歩くんがご飯の用意を終えるまで待機する事にした。ベッドの横に折り畳み式の机が置いてあり、その横にはポカリの入ったコップがあった。

 遊歩くんか奏さんが用意したものだろうけど、どちらにしてもありがたく使わせてもらい、口に含んだ。

 待ってるだけでは暇なので、風邪の原因を考える事にした。……にしても、思い当たる節は二つしかない。一つは、普段は夜中まで起きてる事はないのに起きてて、挙げ句の果てにトイレで裸になって寝るときは何も掛けずにソファーで寝たから。

 そしてもう一つは、それに追加して昨日の遊歩くんと一緒に寝たことがとても恥ずかしかったということ。となると、これは照れ熱というものかもしれない。……いや、無いな。何より照れ熱って。……ないよね?

 そんな事をぼんやり考えてると、寝室の扉が開いた。遊歩くんがうどんを持って入って来た。

 

「あ、出来ましたようどん」

「ありがと……」

「どうします?ベッドで食べます?」

「あー……いや、机で食べるよ」

 

 流石にお行儀悪いし零したら大惨事だし。

 すると、遊歩くんはうどんを机の上に置くと、わざわざ戻って来て私に手を差し出してくれた。

 

「立てますか?」

「へっ? あ、う、うん」

「おんぶした方が良いですか?」

「だ、大丈夫だよ」

「そ、そうですか……」

 

 しゅんっと肩を落とす遊歩くん。なんだろう……ほんとになんでそんなに献身的なの?心配してくれてるんだろうけど、何だか私の知ってる遊歩くんじゃない。

 

「……あの、遊歩くん?何かあったの?」

「はい?」

「なんか、こう……熱でもあるのかなーって……」

「それはそっちでしょ」

「あ、そ、そっか……」

 

 いや、そういうんじゃなくて。

 釈然としないながらも後に続いて席に座った。遊歩くんの分のうどんは無く、一人分しかなかった。

 

「……遊歩くんのは?」

「俺はお腹空いてないんで」

「そっか……。じゃあ、いただきます……」

 

 挨拶してうどんを啜った。ネギとわかめしか乗ってないシンプルなうどんだが、今の私にはちょうど良い。

 スルスルと口の中に入り、噛み締めてうどんが喉を伝って行く。

 

「んっ、美味しい」

「……そうですか」

 

 あ、今ちょっと照れた?普段、遊歩くんの部屋で料理作る時はみんなに美味しいって言ってもらってるのに。

 からかってみたかったけど、これだけ良くしてくれてる遊歩くんをからかうのは気が引けた。

 

「そういえば、学校はどうだったの?」

「お化け屋敷ですか?普通に採用になりましたよ」

「あら、良かったじゃない」

「まぁ、そうですね。お陰でなんか現場監督みたいになっちゃって」

 

 そう愚痴る遊歩くんだったけど、表情はとても楽しそうだ。どうやら、ようやくクラスに友達ができたみたい。

 

「でも、嫌じゃないんでしょ?」

「……まぁ、そうですが」

「むしろ楽しかったんでしょ」

「や、それは無いです。今日は映像だけ見せた後、役割だけ決めて先に帰って来ましたから」

「? なんで?」

「え、新田さんのためですけど」

「……」

 

 わざわざありがたいけど、それはクラスは大丈夫なの?現場監督さんが教室を離れるのは……。

 

「大丈夫ですよ、多田さんが上手くやってくれてますし、クラスメートも俺より多田さんに指示された方が気分的に良いでしょうから」

 

 相変わらず自分を下に見るなぁ。学校だけでだと思うけど、もう少し自信を持って欲しい。

 

「でも、まぁ今日は別にクラスにいてもいづらくはなかったんで……その、何?新田さんのお陰なんで……」

「?」

「その……どうも」

 

 目を逸らして頬をかきながらよく分からない事を言う遊歩くん。5秒くらい経過して、ようやく何を言いたいのか分かった。

 

「……もしかして、お礼言ってる?」

「まぁ、その、一応」

 

 ……素直じゃないなぁ。まぁ、あれだけ「都会人死ね」「学校なんてクソだ」とか言ってたんだから気持ちは分かるけど。

 でもね、そう言う態度を取られるとこっちとしてはからかいたくなっちゃうんだ。

 

「ふふ、遊歩くんってあれだね。ホントかわいいね」

 

 気分が上がってそんなことを言うと、遊歩くんは顔を青くして私を見た。

 

「あの……熱上がったんならさっさと寝たらどうですか?」

「……」

 

 台無しだよ。風邪引いてなかったら両手アイアンクローだったかもしれない。

 うどんを食べ終え、両手を合わせた。

 

「ご馳走様」

「ちゃんと歯磨きして寝て下さいね」

「む、分かってるよ」

 

 うどんの器と箸を流しに持って行ってくれた。洗い物をしてくれてる間に、私は引き出しから風邪薬を出した。洗面所のお水で薬を飲むと、トイレに入った。

 用を足してから歯磨きをしてベッドに戻り、布団の中に入った。しかし、風邪を引くのなんていつぶりだろう。もうしばらく引いてなかったから、この独特の節々の痛みや頭痛は本当に久しぶりだ。

 しかし、この心臓の鼓動の高鳴りと体の火照りは初めてだ。というか、なんで身体が熱いだろう。風邪引いてる時はむしろ寒気を感じるはずなのに。

 窓の外は既に日が沈んでいてほとんど夜だ。具合は最悪なのに、テンションは変に高い。風邪の所為で変な気分になってるのか、或いは……。

 

「ふー……あ、まだ起きてたんですか?」

 

 遊歩くんが部屋に入って来て私の思考は途切れた。

 

「さっさと寝ないと良くならないですよ」

「……うん。ごめんね」

「……あ、もしかして身体拭きますか?なら俺出て行きますけど」

「……」

 

 この時、私は何を考えていたのか分からない。いや、多分何も考えてなかったんだろう。反射的に私の欲望がぽろっと口から出た。

 

「……よかったら、遊歩くんが拭いてくれない?」

「……は?」

 

 なので、言ってから顔が真っ赤になった。当然、ここは弁解すべきところなので、大慌てで両手を振った。

 

「っ、ち、違うの!今のはホント違くて!なんか口からポロッと出ちゃってね!全然、そんな気なくて……!ていうかなんでこんなこと言っちゃったのかなー?美波ってばホント不思議な事たまに口走るから……!」

「は、はぁ……。冗談なら良いですけど……」

 

 ……危なかった……。ついうっかりビッチになるとこだった……。でも、今のでハッキリした。

 私は遊歩くんに甘えたいたいんだ。そして、風邪というのはそれを叶える絶好の機会だ。だから、あんな事を口走ったり、さっきから妙にソワソワした変なテンションになっている。風邪の時は心を弱らせるのは本当のようだ。とにかく、遊歩くんに何かして欲しい。

 逆に、寝てしまったらそれは出来ない。遊歩くんなら何かしらしてくれるんだろうけど、私が自覚できなければ意味はない。

 

「……新田さん?」

「……あの、遊歩くん」

「なんですか?」

「……今日は、さ……。その、私の言うこと聞いてくれる……?」

「なんですかいきなり」

「え?えーっと……ほ、ほら…その、風邪引いてるから……」

「いやその窓から飛び降りてとか言われたら無理ですよ」

「そ、そんなこと言わないよ!私の事なんだと思ってるの⁉︎」

「まぁ、新田さん風邪引いてますし、前にお世話になってますし、俺に出来ることなら良いですよ」

 

 ……やっぱり遊歩くんは優しい。なら、今日はめいいっぱい甘えちゃおう。

 

「ならさ、まずは美波って呼んでくれる?」

「あー、昨日そんな話ししてましたね」

「っ⁉︎ お、覚えてるの⁉︎」

「? そりゃまぁ……」

「け、今朝記憶がないって言ってたのは……?」

「や、なんか夜中口になんか入った気がして起きた気がするんですよね。でも、起きてた時の記憶がないっていうホラーみたいな……はっ、まさかフランス人形の呪い……?」

「や、違うから落ち着いて。でも、覚えてるならお願い。下の名前で呼んで」

「分かりましたよ」

「なんなら呼び捨てでタメ口でも良いよ?」

「……マジすか?」

「考えてみたら、年上ってだけで先輩でもなんでもないからね」

「いやー良かった。俺、敬語苦手なんだよね。たまに姫川さんにもツッコミ入れる時タメ語になっちゃうし」

 

 あー……確かにそういう所見たことあるかも。って、そんなことどうでも良い。とにかく下の名前で呼んでほしい。

 

「じゃあ、試しに呼んでみて?」

「試しにってなんですか」

「試しに、だよ。ほら、早く」

「美波」

 

 ……なんか違う。なんでそう、スパッと呼んじゃうのかな……。まぁ良いや。遊歩くんはそういう人だし。

 

「じゃあ、その……二つ目なんだけどさ……」

「何?」

「……今日も、泊まって行ってくれる?」

「……今日も?」

「迷惑なら、良いんだけど……」

 

 ……でも、風邪引いてるときに一人になるのはなんだか心細い。大学生にもなってみっともないかもしれないけど、私だって一人の女の子だし、寂しい時は寂しい。

 

「良いですよ。……俺も今は帰りたくないですし」

「? なん……あー、フランス人形ね……」

 

 どうしよう……こんなに怯えてるなら教えてあげた方が良い気が……。でも、教えちゃったら帰っちゃうかもしれないし……。

 

「あ、じゃあ大きめのスエット出さないとね」

「いや、俺勝手に漁るんで良いですよ」

「も、もうっ、女の子の部屋なんだから漁っちゃダメ」

「でも、体調悪いんですよね?」

「それくらい平気よ」

「……せめて俺もついて行って良いですか?」

 

 ……心配性なんだから。

 二人揃って寝室を出て洗面所に来た。スエットを取ってあげると、遊歩くんはそのままお風呂に入った。お湯は張ってないけど、シャワーで十分っていうから。

 その間、私はベッドの中で目を閉じていた。……にしても、何だか熱が下がった気がしない。まぁ、寝て起きたら下がってると思うんだけど……。一応、病院行った方が良いかな。

 そういえば、事務所のみんなにも迷惑かけちゃってるよね……。一応、奏さんが来る前に連絡はしておいたけど、多分お仕事も溜まってる気がする。

 ドラマの撮影だって、たまたま今日は休みだったから良かったけど、明日はまた仕事だし、頑張らなくちゃいけない。今日で体調回復させないとなぁ……。

 それと休んだ講義の資料ももらわないといけないし、風邪が治ったらやる事は沢山ある。

 ……なんか、一人になるとロクなこと考えられないな。早く遊歩くん戻って来ないかなぁ。

 

「……待って」

 

 遊歩くん、今全裸で私の部屋にいるって事だよね。……なんだろ、なんか変な気分に……って、変態なの私は?ダメよ、そういう事考えるのは。

 ただ、その……妙に緊張して来た。冷静に考えれば、風邪引いてる時に男の子を部屋にあげるのって、襲ってくれって言ってるようなもので……。

 いや、遊歩くんとそういう事するのは悪くな……って、何を考えてんのだから私は⁉︎だめだ、ホント一旦冷静にならないと変に興奮して来ちゃう。そういう想像はせめて一人の時にしないと……。

 あーもうっ、なんかもうほんともうっ!なんで美波ばっかりこんな色々悩まされなきゃいけないのよ!

 

「なんでそんな百面相してんの?」

「っ⁉︎」

 

 声を掛けられてハッと顔を上げると、遊歩くんが引き気味に私のベッドの隣に座っていた。

 

「も、もう上がったの?」

「まぁ湯船に浸かってないんで」

「あ、そ、そっか……」

「もう寝る?」

「あ、う、うん。一緒に寝る?」

「いや、風邪移るから嫌だ」

 

 ……ハッキリ断り過ぎだよ……。

 

「まぁ、俺も晩飯食わなきゃいけないし」

「あ、そ、そっか……」

 

 遊歩くん、まだ晩御飯食べてないんだもんね……。なんだか私が遊歩くんの生活リズム崩してる気がして申し訳ないな……。

 

「じゃ、ちょっと外出てくるわ」

「えっ?そ、外で食べるの?」

「そりゃまぁ。料理の音で起こしちゃまずいし」

「……」

 

 そう言って立ち上がる遊歩くんの袖を私は掴んでいた。

 

「……あの」

「? 何?」

「……私が寝るまでは、一緒にいてくれない、かな……」

 

 途切れ途切れにそう言うと、遊歩くんは小さくため息をつくと、元の位置に腰を下ろした。

 

「甘えん坊な大学生だな」

「……風邪引いてる時だけだもん」

「あそう……」

 

 それだけ挨拶すると、私は目を閉じた。……目を閉じただけで、しばらくは眠れそうにないけどね。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

文化祭は準備中や本番ではなくトラブルを楽しむもの。
友達の出来るきっかけは人それぞれ。


最終章です。


 美波の風邪から一週間が経過した。無事に美波も回復し、今日から俺は自宅暮らし再開。正直、死を覚悟してたけど、美波から蘭子の仕業だとネタバレをいただいたので、蘭子はマジで締める事を心に誓いながら、本格的な文化祭の準備に入った。

 しかし、現場監督というのは忙しいもんだ。何が忙しいって?そんなもん決まってんだろ。

 

「北山!ドライアイスはどうすりゃ良い⁉︎」

「教室の隅、通路じゃないところに置いて!」

「窓のポルターガイストはどうすんの⁉︎」

「誰かが揺らすかスマホ貼っつけてバイブで揺らせ!」

「なぁ、その辺に撒き散らしとく血はどうすんの⁉︎」

「生暖かくして血液独特の鉄臭さを出せば多少色は違くても血っぽく見えるから!」

「おっぱいは⁉︎」

「大好き!」

「今の、美波さんに言っとくから!」

「勘弁してくれ!」

 

 と、後半は全く関係なかったがてんやわんやだった。ちなみに最後のは多田さんな。

 まぁ、現場監督なだけあって忙しくて、最近はうちにアイドル達を集めることも出来ない。最近、うちに来るのは美波とアーニャ様と多田さんくらいだ。

 多田さんはうちのクラスで帰りにちょっと寄ってくってこともあるから分かるし、アーニャ様は女神だから祈ればご降臨してくださるから分かるが、美波はなんで来るんですかね……。付き合いが長いから?特に、多田さんがうちに来るときは決まって途中で合流してくるのが不思議だ。

 まぁ、どうせ「遊歩くんみたいな変態にアイドルを近付けさせちゃちけない」的な意図があってのことだろうな。はぁ、風邪引いてる時はしおらしくて大人っぽくて、正直見てて少しムラムラしたのに……。あの時の美波もう戻って来ないのかな……。

 

「北山!目ん玉爆竹とか面白くね⁉︎」

「面白いのはお前の頭だ!」

 

 趣味悪いにもほどがあんだろ……。

 とりあえず無視して、俺は俺で作業を進める。必要になりそうな経費の計算だ。これ提出しなきゃいけねんだよな、実行委員に。

 特に、あの姫川さんドッキリビデオを見てからうちのクラスの連中は本気になっちゃってるから、もう金掛かる事金掛かる事よ。まぁ、こう言うのも全部学校側から出してくれるんだから別に良いけどね。

 しかし、まさかここまで俺の手足になってくれるとは……都会の学生は良くも悪くもプライドのない奴ばかりのようだ。……いや、協力してくれる人達を悪く言うのは良くないな。

 

「ね、北山!」

 

 クラスの女子生徒が名前は知らんけど、二人ほど駆け寄って来た。

 

「あのさ、今日この後暇?」

「もし暇だったらスタバでお化け屋敷の打ち合わせしない?」

「え、いや今すれば良いんじゃ……」

「もー、良いじゃん。分かるでしょ?」

「ほら、同じクラスになってからあんま話した事ないじゃん?」

 

 いや、全然分からん。今話すんじゃダメなのか?言っとくけど、都会人には俺警戒心高いよ?どうせ路地裏で薬買わされるんでしょ?知ってるからね俺。

 しかし、せっかく友達が出来そうなのに断るのもチャンスをドブにスリーポイントシュートしてるような気がするし……。

 でもスタバとかってコーヒー1杯で500円くらいとるからなぁ……。あ、ならちょうど良い所あんじゃん。

 

「うちで良いなら良いけど」

「えっ……う、うちって……?」

「……北山の家?」

「家っつーかアパート。たまに多田さんとかも来るよ」

「はーいちょっとごめんねー!」

 

 当然、後頭部に一撃が入り、首根っこを掴まれて誰かに廊下まで引きずられた。誰かにっつーか完全に多田さんの明るい声だったけど。

 

「いってぇな!何すんだよロック!」

「ありがとう!なんでそんな簡単に私が北山の部屋に行ってる事バラすの⁉︎意味分かんない!」

「意味分かんねーのはテメーだろ……」

「普通ね、お互いの家や部屋に行く時ってのは付き合ってる人同士の場合だけなの!あんなアイドルホイホイみたいな空間はそうそうないんだからね⁉︎」

 

 あー……そういえば最近感覚が麻痺してたのはあるかもしれない。

 

「それに、ああいうのは断らなきゃダメ」

「なんでよ。友達作りの良い機会なんじゃねーの?」

「そうだけど、普通は異性より同性の友達からでしょ?」

 

 まぁ、そう言われりゃそうだが……。というか、嫌味じゃなくて最近男と話してない。

 

「それに美波さんがいるのに女の子と出掛けるのはダメ!」

「……なんで美波が出てくんの?」

「……教えない」

「なんだよ……」

 

 自分から言っといてなんすかそれは……。つーか、考えてみりゃ美波とは随分長く関係が続いてるよなぁ……。あの人は優しくて面倒見も良くて運動も出来る、ちょっと真面目過ぎるけど割と俺と趣味も合いそうだ。

 

「……美波が男だったら良かったのになぁ」

「それ、本人の前で言っちゃダメだからね。命の保証はできないレベルだから」

「? なんで?」

「自分で考えて。……とにかく、女子からの誘いは私が断っとくから、ちゃんと同性の友達を作って来て」

「えー、モテ期が来たと思ったのにー?」

「来てるよ、前から」

「……やっぱお前俺のこと好きなの?」

「ぶちのめすよ」

 

 ぶ、ぶちのめす……?過激な表現に少し引き気味になりながらも、渋々了承して教室に戻るとクラスメートの視線は全部俺と多田さんに向いていた。

 

「? 何?」

「え、お前ら付き合ってんの?」

「毎日北山の部屋で何してんの?」

「むしろナニしてんの?」

「ち、ちちち違うから!なんで私がこんなのとそんなエッチな事しなきゃいけないの⁉︎」

「誰もエッチなんて言ってねーよ」

「んがっ……!」

 

 多田さんは墓穴掘るの上手いなぁ。まぁ、別に俺としては多田さんが彼女みたいに思われても不都合はないので、訂正する気は起きなかった。

 しかし、多田さんが「お前もなんか言え」みたいな目ですごい睨んで来たので、咳払いしてから言った。

 

「それよりお前ら、手を動かせ。来た客全員泣かすんだろ?このままだとおしっこ行きたくなった赤ん坊しか泣かねえぞ」

 

 すると、上手いこと乗ってくれたようでみんな準備に戻る。それにホッと一息ついた多田さんは俺の脇腹を殴った。

 

「なんだよ、助けてやったのに」

「……ちゃんと否定しないと勘繰られるじゃん」

「ならしばらくうちに来ない方が良いんじゃない?」

「……そうする」

 

 うちに来るメンバーが減った。

 

 ×××

 

 今日も今日とて学校が終わり、俺は自宅に戻った。遊びに誘われることも多々あったが、生憎一人暮らしは忙しいので断った。

 それにほら、今日もアーニャ様が来るなら待たせるわけにはいかないじゃない?切腹もんだからね。

 帰るのが遅くなったのをきっかけに、買い物はそれなりに買い溜めしておくことにしたのでしばらく帰りに買い物はしなくて良い。てか、今日は美波とアーニャ様来るのかな。

 そんなことを考えながら帰宅してると、スマホが震えた。

 

 美波『後ろ』

 

 振り返ると、美波が頬に指を立てて来た。

 

「ふふ、こんにちは」

「……何を高校生みたいな事してんの?自分の年齢を思い返せよ」

「何か言った?」

「いえ、何も」

 

 怖っ!その顔怖いよ!相変わらずキレると半端なく怖い方だ。

 

「今日も遊歩くん家に上がっても良いかな」

「良いよ」

 

 ほんと、毎日毎日ありがたい限りだ。

 

「ちょっと、お話があるの」

「? なんですか?」

「あー……後で良いかな?」

「あ、はい」

 

 と、いう事なので、一度帰宅した。

 手洗いうがいを済ませてすぐに晩飯の準備。今日はアーニャ様来ないっぽいし、美波と二人で夕飯の準備にかかった。

 今日のメニューはビーフシチュー。美味いよなビーフシチューって。なんであんな美味いんだろうな。

 

「今日はどうだったの?」

「大忙しだったよ。都会の学生とかあいつら本気でお化け屋敷とかやった事ないんだろうな。心霊現象の作り方も分かってない。何でもかんでも聞いて来やがって……」

「でも、楽しそうだったって李衣菜ちゃんも言ってたよ?」

「……気の所為だろ」

 

 別に楽しくはないわ。人とのコミュニケーションで余計に疲れるし。

 

「むしろ、その多田さんと付き合ってると疑われて最悪だったよ」

「……そうなの?」

「ああ。人一倍色恋に縁がない奴ほど人一倍色恋に興味あるとか銀さんが言ってたっけ……。いやまさにその通り過ぎて笑うしかないわ」

「……ふーん?じゃあ遊歩くん的には満更でもなかったんじゃない?」

 

 あれ、なんか声が低くなったな。何か気に障ったこと言ったか?

 

「や、そうでもないですよ。多田さんには迷惑掛かったみたいだし、俺はアーニャ様のようなミステリアスな女神か大人の甘やかしてくれそうな女性が好みだから」

 

 間違ってもロックロックビバロックみたいな女の子は恋愛対象には出来ない。なんであの子あんなアホなんだろう。

 すると、何を思ったのか美波は突然、俺の頭を撫で始めた。

 

「ふふ、遊歩くんとても頑張ったね。今日はお姉さんが後で耳掃除してあげようか?」

「野菜切った手で触んなよ、頭汚れんだろ。耳掃除は是非お願いします」

「……遊歩くんの分にだけタバスコぶちまけてあげる」

「嘘!美波お姉様に撫でて欲しいです!」

 

 あまり辛いもの好きじゃないんです。てか、今のは俺一人が悪いわけじゃないだろ。

 で、学校での話をしてるうちにビーフシチューが完成し、二人で食べた。

 

「いただきまーす」

「いただきマンモス」

 

 二人で手を合わせて食べ始めた。うん、やっぱ美味い。ほんとに美波ってあれだよね。料理上手いし優しいし(たまに悪魔将軍だが)美人だし本当に良い奥さんになりそうなもんだ。

 

「俺、思うんだけど、やっぱビーフシチューで重要なのは人参だよね」

「あー分かる。どれだけ人参の甘さとビーフシチューの甘みを調和させられるかだよね」

「やー、やっぱ美波と料理作れば絶対美味いもん作れるから良いわー」

「……あれだよね、二人でキッチンに立ってビーフシチュー作るなんて、なんかこう……恋人?みたいだよね……」

「……え、何急に」

「う、ううん、なんでも」

 

 や、確かに恋人どころか新婚みたいだが、別に今に始まった事じゃないだろ。今までだって何度も一緒に飯作ってるわけだし。

 

「ちなみに、美波もやっぱ彼氏欲しいとか思うの?」

「……へっ?」

「や、何となく気になって」

「……ま、まぁ……そうだね。甘えさせてくれる彼氏とか、欲しい、かな……」

「……ふーん」

「ほら、私弟いたからさ。たまには甘える側になりたいなーって」

 

 甘えさせてくれる、ね。この前風邪引いてた時はやけに甘えて来たな、そういや。

 ……あの時の色っぽさと甘えっぽさが混ざり合った美波を思い出すと未だにムラムラして来るので話を逸らそう。

 

「そういや、話って何?」

「へっ?あ、あー……うん。実は、しばらく私もここに来れなくなりそうなんだ」

「あら、そうなん?」

 

 それは意外だ。基本来れる日は来てくれるもんだとばかり。

 

「ほら、結局風邪で三日くらい学校休んじゃったでしょ?他にも色々休んでたから、その分の勉強とかやらなきゃいけなくなっちゃったから」

「あー……なるほど。理解した。いつ頃落ち着くの?」

「うーん……どうだろ。分からないけど、多分文化祭までには収まると思うよ」

「了解」

 

 ま、前は一人だったわけだしそれくらい問題ないだろう。むしろ、たまには一人の空間も悪くなさそうだ。

 そんな話をしてる間に夕食を食べ終えたので、耳掃除してもらって新田さんを部屋まで送った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失わないと気づかない。

 翌日、ようやく放課後、今日の文化祭準備が終わり、真の放課後になった。

 帰宅して今は部屋にいる。とりあえず面倒なことはさっさと終わらせなきゃいけないため、今日の晩飯を作り始めた。

 今夜は唐揚げ。完成して机の上に置いて、箸と白米を準備し終えてからようやくいつもの癖で二人分用意してしまってることに気付いた。

 

「……あっ」

 

 まぁ良いか、二人分食べよう。

 食事を開始し、唐揚げを口に入れた。噛むと肉汁が溢れ出し、口の中に旨味が広がる。本当に俺も料理が上手くなったもんだ。

 ……でも、その、なんだろう。美味いけど美味くねぇ。なんだこの感じ。こんなの一人暮らしを始めて以来だ。

 

「……」

 

 ……もしかして、一人で食べる飯マズイとか思っちゃってんのか?俺が?そんなの去年たくさん味わっただろうが。なんで今更そんな……あ、まさか、結構二学期に入ってから複数人と飯食う事が増えたから……?

 

「……」

 

 マジかオイ……。情けないにもほどがあんだろ。でも、精神面の内の無意識の部分が反応しちまってるからな……。

 とにかく、さっさと食い終わっちまおう。で、今日は早めに寝よう。どうせ文化祭が終わるまでの辛抱だ。なるべくなら起きてる時間を減らして少しでも早く時間が過ぎてるような感覚を手にしよう。

 

 ×××

 

 数日後、俺は教室で伏せていた。最近、食欲がない。食欲どころか睡眠欲も性欲もない。

 ……誰も部屋にいない……。なんだか、入学当初の寂しさが戻って来た気分だ。クラスメートと話す事は増えたものの、なんと言うか、友達というより仕事の同僚みたいか感じがしてなんか違う。

 ……はぁ、美波と料理を作りたい、アーニャ様の匂いをバレないように嗅ぎたい、はるちんをからかって愛でたい……。

 ボンヤリと伏せて窓の外を見てると、多田さんが肩を叩いて来た。

 

「あの、大丈夫?疲れてる?」

「……はぁ」

「何、悩んでるの?」

「……いや、別に」

「悩んでるんでしょ?私が聞いてあげるよ。監督が調子悪いと周りの人達にも影響するし」

 

 ……多田さんって実は良い人なのか?でも、ついこの前彼女に思われそうになって焦ってたのに良いんですか?

 

「……最近さぁ、俺の部屋に誰も来ないんだよね」

「美波さんとかアーニャちゃんは?」

「二人とも忙しいみたいでさぁ……。それで、その……何?最近、うちってアレじゃん。結構人来てたじゃん?」

「そうだね、アイドル限定で」

「……最近、一人で飯を食うことも無かったわけで」

「……さみしいの?」

 

 聞かれて、思わず力なく頷いてしまった。すると多田さんは呆れたように小さくため息をついた。

 

「それなら美波さんに会いに行けば良いじゃん」

「嫌だよ」

「なんで」

「……忙しいって言ってたんだし、足は引っ張れないでしょ」

「……ふーん、優しいんだ」

 

 いや、当たり前の事だ。

 

「でも、それで北山が弱ってたら意味なくない?」

「……いや、文化祭までの辛抱だ……。それまでには落ち着くらしいし……」

「……ふーん」

「……あー、美波に会いたい……。また後ろから脇腹つついてアイアンクローされたい……」

「え、そんなことしてたの?」

「……いや、やったことねえな」

「それただの願望じゃん……。マゾなの?」

「いや、今にして思えば割と美波にボコられるのも悪くなかった気がしてなぁ……」

「……」

 

 意外なものを見る目で俺を見たあと、多田さんはキョトンとした様子で言った。

 

「……あのさ、それって北山、美波さんのこと好きなんじゃないの?」

「ブフーッ!」

 

 いきなりアホな事抜かされて思わず吹き出してしまった。

 

「な、何をいきなり言い出すんだよ⁉︎」

「だって、美波さんに構って欲しいんでしょ?それ好きってことじゃん」

 

 ……いや、いやいやいや。ねぇよ。俺の外見的好みはアーニャ様だぞ。ドストライク百点満点。あんな可愛い人他にいない。や、流石に恋愛感情があるわけでもないが。

 や、そんなんは今はどうでも良くて。いや良くないけど、今はその話じゃなくて。どうしよう。

 

「い、いやいやいや!違う、100%違う」

「じゃあなんで美波さんに構って欲しいの?他にもたくさんアイドルと知り合いじゃん」

「そ、そりゃそうだが……!」

「晴ちゃんは?」

「歳下に構ってなんて言えるか!」

「蘭子ちゃんと飛鳥ちゃんも同じだよね……。でも、みくちゃんなら歳下って感じしないんじゃない?」

「あいつ怒ると引っ掻くだろ。傷残るレベルで」

「アーニャちゃん」

「あ、アーニャ様に失礼なこと出来るか!」

「友紀さん」

「あの人はほら、俺の中では10歳だから」

「ほら、要は美波さんが良いんでしょ?」

「……まぁ、そうだな。でも、他にまともな人がいたら……」

「私は?」

「……や、多田さんはほら……まだ関わって一ヶ月経たないくらいだし……あまり迷惑かけるのは申し訳ないというか……。ていうかそもそもあまりまともでは」

「……なんか言った?」

「いえ、何も」

「ほら、とにかく美波さんが良いんじゃん」

 

 ……や、まぁそう言われりゃそうなんだが……。

 

「北山の中では美波さんってアイドルじゃないんでしょ?」

「は?だってアイドルじゃないじゃん」

「アイドルだよ。この前、ドラマの撮影した人はそっくりさんじゃなくて本物」

「……」

 

 ちょっと脳の処理が追いつかない。

 

「ほら、今アイドルだって知ったってことは、北山はアイドルだらけの中で唯一アイドルじゃないと思ってた女性を選んだって事なんだよ。普通、多少性格がアレでもアイドルを選ぶからね?」

「……」

 

 ……マジか。や、確かにそう言われりゃそうなんだが……。え、でもマジ?俺、美波さんの事好きだったのか……?

 

「……周りから見たらどう見えてたの?」

「他の人は知らないけど、少なくとも私から見たらむしろ付き合ってないとか言い逃れ出来ないレベル」

「そんなにかよ!」

「どう見てもイチャイチャしてたじゃん。美波さんの制裁だってカップルが戯れてるようにしか見えなかったよ」

「……」

 

 ……マジかよ。いや、でもカップルというよりは姉弟に見えるだろ……。もしかして、そう思ってるの俺だけ……?離れて暮らしてる弟と投影されてると思っていたのは俺だけか?

 てか、そんなのどうでも良くてさ。俺……えっ?俺、美波の事を……?

 

「でも俺、別に美波のこと見てもドキドキなんてしないし、むしろ隠してある17点の小テストをどうしようかドキドキしてるレベルなんだが」

「……ああ、そういうとこは姉弟っぽいや」

 

 だよね、やっぱ姉弟だよね。

 

「でも普段の二人は同棲してるカップルみたいだよ」

「同棲って……てか、同棲してるカップルに見えんならうちに来るなや」

「来ても良いって言ったの北山じゃん」

「だって付き合ってないもん」

「だからカップルに見えるだけだってば」

 

 まぁ、カップルではないからな。でも、俺が美波が好きなのはピンと来ないんだよなぁ……。

 少し、想像してみようかしら。もし、美波が別の男と付き合ってたら……あ、ダメだ。そいつの脳天に椅子をダンクシュートしちゃうかもしれない。

 

「……なんてこった。俺、美波のこと好きだったのか……」

「ね?」

「……でも、今そんなこと自覚した所で会えないわけだし……」

「会って告白すれば良いじゃん」

「無理無理無理。今、告白したって『そういうのは中間試験でせめて平均点取れるようになってからにしなさい』って怒られるわ」

「……ほんと姉弟みたいなんだね」

 

 いや、そもそも美波は別に俺のこと好きでも何でもないだろうしなぁ。

 

「じゃあ、いつ告白すんの?」

「あー……いや、まだ先だろ。今は迷惑だし」

 

 それにアイドルだし。というか、アイドルと俺って付き合って良いのかな。や、何人か付き合ってる人もいるって聞いた事あるし良いんだろうけど……。

 

「早い方が良いと思うけどね、私は」

「? なんで?」

「最近、クラスでの北山の株、結構上がってるよ」

「……は?なんで?」

「『割と面倒見が良い』『どちらかと言えばイケメン』『勉強出来なさそうなのに賢い』……みたいになってるよ」

 

 それ褒められてんのか?微妙に貶されてる気がするんだけど。

 いや、基本的には褒められてるし、友達いない奴が褒められてるんだからここは素直に受け取るべきだろう。

 

「マジ?これモテ期来た?」

「好きな人いるのになんで喜んでんの」

「……すまん」

 

 や、でも男のロマンだろそれは。それに、正直まだ美波のことが好きなのかハッキリしてないし、もう少し様子を見たい。

 

「まぁ、とりあえず今は仕事に集中するわ」

「……そんな結婚間際のカップルみたいに言われても……」

 

 多田さんのツッコミを無視して作業を続けた。

 ……しかし、俺は美波の事が好きなのか?確かに、最近は調子が悪い。それも美波と会わなくなってからだ。他の男に取られたら蹴散らしたくなるし、あんな人が彼女だったら……と思う事もある。もう少し甘やかしてくれれば最高だ。

 けど、これは恋愛感情なのかがイマイチ分からない。ハッキリしない状態で告白し、仮に成功したとしてお付き合いするのは相手に失礼だろう。

 

「……」

 

 まぁ、しばらく美波と会わなければこの問題は解決するだろう。別に好きじゃない女性……姫川さんとか前川さんとしばらく会わなくても特に何も感じない。強いて何か感じるなら部屋が静かになった感じがするだけだ。

 それと違う感覚に覆われたら、恐らく俺は美波が好きだということになるんだろう。

 そう決めて、とりあえずしばらくボンヤリすることにした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私にロマンチックは無理そうです。

 結果的に、かなり違う感覚に覆われた。一言で言えば、発狂しそうである。

 俺は知らない間にかなり美波に依存していたようで、なんかもう死にそう。美波に会いたい、美波の手料理が食べたい、美波のアイアンクローを喰らいたい。

 ……でも、忙しいらしいし今会えば美波の迷惑になる。俺は一体どうしたら……。

 

「……」

 

 と、いう悩みが止まらず、今は体育館の壁を無言で殴り続けている。体育の授業中で、それなりに会話出来る知り合いが出来たというだけで友達が出来たわけではない俺は一人で無断で体育館に出て、体育館の壁を殴っていた。

 ガスッガスッガスッとひたすら壁にアッパーをかましてる時だった。後ろから声が聞こえた。

 

「ちょっ……な、何やってんの⁉︎」

「……あ、多田さん。初めまして」

「名前呼んでるのに初めまして⁉︎ていうか何やってんの⁉︎」

 

 そういえば、女子は表で長距離走の後に卓球だったっけか。

 

「手ぇ血だらけじゃん!え、ほんと何やってんの⁉︎」

「……美波と俺を阻む壁は全てぶち壊す」

「手が先に壊れてるから!ほ、保健室!」

 

 との事で、早速保健室まで連れて行ってもらった。幸い、肌を少し擦り剥いただけだったので、絆創膏で済んだ。

 保健室の先生はいなかったから多田さんが貼ってくれたわけで、普段なら可愛い子に絆創膏を貼ってもらうと言う最高すぎるシチュエーションも全然頭に入ってこなかった。

 

「で、どうかしたの?」

「……美波に会いたい」

「じ、重症だなぁ……」

 

 ……誰が病気だよ。とツッコミを入れたかったが、実際病気じみてるので仕方ない。

 しかし、ほんとなんかもう美波が恋しいです。あの人の存在ってほんと中毒性があるわ。

 

「そんなに会いたいなら会いに行けば良いじゃん」

「美波は今忙しいんだよ。そんな中に俺が会いに行ったら迷惑だろ」

「でも、北山がそんな調子だとうちのクラスの出し物が困るんだけど」

「え、俺いるの?」

 

 ……大体のお化け屋敷の設計図は渡してあるし、費用もちゃんと計算しておいた。俺なんかいらないだろ。

 

「いるよ。リーダーなんだから」

「そう言われてもな……」

「それに、もうすぐ文化祭当日なんだし、脅かし役の人に脅かし方とかレクチャーしてもらわないと困るんだよ」

「ググれば良くね?」

「もー!なんでここに来てそんなローテンションなの⁉︎」

 

 そりゃ、美波に会えないからだろ……。それを察してか、多田さんは俺を見て大きくため息をついた。

 

「もー……仕方ないなぁ」

「なんだよ、美波召喚してくれんの?それは良いけど、向こうに迷惑かけるなよ?」

「私、マスターじゃないから」

「え、Fate知ってんの?」

 

 俺の質問を無視して、多田さんはスマホをいじると小声で「ごめん」と言うと俺に画面を見せた。

 金髪の女の子に「良いではないか〜♪」と楽しそうに言われながら着物の帯を引っ張られてる美波の動画が流れた。

 

「一週間は頑張れる」

「ほんと、バカで良かった……」

 

 失礼な安心なされ方をした気がしたが、とりあえず今日からの俺は一味違うから見とけよ。

 

 ×××

 

 そんなこんなで、数日後。いよいよ文化祭前日となった。ひん剥かれてる美波パワーでスタミナを回復した俺は万全を期して明日の準備に掛かっていた。

 まずは細かい仕掛け、ポルターガイスト、発光塗料、血の水溜まり、ドライアイスは明日にするとして、あとUSB式小型扇風機によるささやかな風とか他にも色々設置した。微量の風が首筋に当たるとぞわぞわして怖いんですよこれが。

 続いて脅かし役や大きな音などの打ち合わせと仕掛けを済ませ、とりあえずクラスメートだけでプレオープンした。

 ちなみに、落とし穴的なものも作ってある。というのも、床をダンボールで高くして一箇所だけ低くすれば段差が出来上がる。ほんの少しでも床が沈み込めば十分ビクッとするだろうし。

 まぁ、そんなわけでプレオープンしてるのをぼんやり眺めてると、多田さんが声を掛けてきた。

 

「どう?もう入った?」

「入ってねえよ。というか、そんな気分じゃないわ」

「あー……美波さんパワー切れてきた?」

「切れてきた。もう一本吸わせて」

「何故タバコ扱い……」

 

 だから中毒性があるんだって。よくあの動画だけで一週間保ったな俺。

 

「でも、頑張ったんだし、美波さんも褒めてくれるんじゃない?」

「マジ?アイアンクローしてもらえる?」

「……本当にマゾなの?」

「違うから。まぁ、気長に美波からの連絡を待つよ」

 

 文化祭までには、と言っていたが、まぁ予定は遅れるものだし仕方ない。ほんとは美波をお化け屋敷に招待して全力で泣かせたかったんだが……。ま、来れないなら仕方ない。

 

「……そういや、前川さんとかは来るのか?」

「うん、みくちゃん達もみんな来るってよ」

「ふーん……なんか、それだけでクラスの連中仕事しなさそうなんだけど……」

「あー……ま、まぁアイドルだしそこは仕方ないよ」

「……」

 

 そういえば、美波も連れて来るって事はやっぱりチヤホヤされるってことだよなぁ……。

 ……女子達はともかく、男子が美波に群がるとみんな撲殺しちゃいそうだな……。

 

「……北山?顔怖いよ?」

「や、大丈夫。虐殺は頭の中だけにしとく」

「頭の中で虐殺してんの⁉︎」

 

 仕方ないじゃん。気がついたらしてたんだから。

 そんな話をしてる時だ。スマホがヴヴッと震えた。何かと思って見ると、美波からだった。

 

 みなみ『今暇?』

 みなみ『暇なら、今から会えない?』

 

 ……まさかの向こうからお誘いがきた。「了解」と短く返すと、スマホをポケットにしまった。

 

「……多田さん」

「? 何?」

「あとは任せる」

「何言ってんの?北山がいないと本当にうまくいってるか分からないじゃん」

「美波からお呼びだ」

「……あー」

「判定は多田さんがやって。この前のうちより怖けりゃ大丈夫だから」

「分かった」

 

 それだけ言うと、一人で学校を出て行った。

 

 ×××

 

 集合場所は俺の部屋。とりあえず考え事をしながらも先に帰宅して部屋を少し整えた。しばらく待ってると、呼び鈴の音が部屋内に響き渡った。

 玄関を開けると、荷物を持った美波が小さく手を振って立っていた。

 

「……どうも」

「こんばんは。大丈夫だったの?学校は」

「はい。ちょうど終わった所」

「なら良かった。今、ご飯作るからね」

「や、俺やるよ」

「……じ、じゃ……二人で、やろっか……」

 

 ……なんで今更照れてんだこの人?と思ったが、なんだか俺も照れくさかった。この人が好きだと自覚したからか、今までの自分の行動がすごい恥ずかしい奴に思えて来た。

 いつものように手早く調理を済ませた。今日のメニューは簡単にカレーにした。

 

「……よし、完成っと」

「美波、何飲む?」

「お茶で」

「了解」

 

 美波がカレーをよそってる間に、飲み物とスプーンを運んだ。

 ちゃぶ台に移動すると、二人で手を合わせて挨拶して食事にした。

 

「どうだった?仕事」

「えっ……?」

「多田さんから聞いたから。アイドルだったんでしょ」

「あ、あー……うん、まぁね。ごめんね、隠してて」

「別に」

 

 あんま気にしてなかったし、アイドルだろうとそうじゃなかろうと関係ない。

 どうせ美波の事だし「アイドルだって言ったら遠慮されちゃうかもしれないと思ってたけど、なんかバカみたいにアイドルと知り合うに連れてこの人に隠す必要なかったなって思ったが、なんか今更バラしにくくなってそのまま黙っててしまった」みたいな感じだろう。ていうか、誰でもそうなると思うし。

 

「で、忙しかったんでしょ?」

「まぁね。それなりに」

「もう落ち着いたんですか?」

「うん。明日からまたここに来れるよ」

 

 そいつは良かった。明日から異常行動を起こさずに済む。

 

「遊歩くんこそどうだったの?」

「明日、文化祭ですよ。一応、お化け屋敷は完成しました」

「そっか。怖い?」

「そりゃな。来場者全員泣かす勢いだから」

「そ、そっか……」

「美波も来るでしょ?」

「えぇ〜……い、嫌だよ……」

「怖いんだ?」

「……い、良いでしょう別に」

「好きにすれば良いよ」

 

 実際、怖いのダメな人には来ない方が良いかも。どうしても来るなら替えのパンツを持ってくることをオススメする。

 

「まぁ、でも学生生活楽しんでるようで良かったよ」

「どうなんだかなー。どうせ今回の文化祭終わったら元のボッチに戻るだろ。話しかけてくれるのは多田さんくらいか」

「そんな事ないんじゃない?もうすぐ修学旅行なんだし、この間に友達作れば良いのに」

「んー……」

 

 いや、友達作るとこの部屋でまたアイドル達と会うことはなくなりそうだしなぁ……。特に美波とアーニャ様と会えなくなるのは困る。

 ……いや、会えなくなるかは分からんか。その辺は俺が調整すれば良いだけで。

 ただ、やはり会う回数は減るだろうなぁ……。回数が減ると、やはり徐々に会う事がなくなるのは良くある事だ。それに、これからの季節、アイドルである美波はもっと忙しくなるだろうし……。

 ……うーん、正直失敗したら最悪なんだけど……。でも、いずれ踏み込まなきゃいけないラインなんだし、言ってみようかな。

 

「美波」

「ご馳走さま……。ん?何?」

「好きなんだけど。付き合ってくれない?」

「良いよ。……今なんて?」

 

 よし、今「良い」って言ったな。

 

「じゃ、今から俺と美波カップルな」

「ち、ちょちょちょっ……ちょっと待って!今なんて⁉︎」

「だから付き合ってって」

「付き合っ……⁉︎」

 

 ボフンと顔を真っ赤にする美波にとりあえず言い続けた。

 

「や、前々から考えてたんだよね。なんか美波に会えない間、予想以上に俺壊れててさ。多田さんに剥がれてる美波の動画見せてもらえなかったら死んでた」

「待って。その動画について詳しく」

「まぁ、お陰で俺は美波の事好きな事を自覚したわけで。で、とりあえず美波の仕事が落ち着いたら告白しようかなーって思ってたんだよ」

「っ……も、もう待って!一旦やめて!」

「もしかしたらフラれるかもって思ったけど。俺はほら、中学の時はしつこさで彼女手に入れたわけだし、その後もガンガンアタックする予定だったから……」

「ま、待ってってば!」

「それにしてもまさか二つ返事でOKもらえるとは。勇気振り絞って良かっ」

「待ってって言ってるよね⁉︎」

「ほぐっ⁉︎」

 

 ちゃぶ台の下から足が伸びて来て、俺の鳩尾を的確に捉えた。こ、この野郎……なんで止めるのに蹴りが飛んで来るんだよ……。

 

「て、テメェ……彼氏の腹を蹴るか普通……!」

「か、彼氏じゃないから!」

「……え、ダメなの?」

「い、いやっ……い、良い、けど……」

 

 あ、少し恥ずかしがってる。かわいい。

 赤らめた頬をぽりぽりと掻きながら目線を逸らし、ペコっと頭を下げた。

 

「……その、よろしく…お願い、します……」

「どうも」

 

 そんなこんなで、お付き合いを始めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

美波の悩み(最終)

 翌日、文化祭後。遊歩くんの部屋に久し振りにアイドル達が集まった。

 

「と、いうわけで、お化け屋敷の完成を祝して!」

「「「カンパーイ!」」」

 

 友紀さんの音頭と共にみんなでジュースの入ったコップで乾杯した。ゴクッゴクッと喉を鳴らして飲んだ後にコップを机の上に置いた。

 

「つーか、俺の打ち上げなのに何で美波はともかく俺が飯作ってんの?」

 

 今更、遊歩くんが不満げに目を腐らせて言った。その質問にはみくちゃんが陛下な顔で答えた。

 

「別に北山チャンの打ち上げじゃにゃいから」

「え?俺じゃないの?」

「李衣菜ちゃんの打ち上げニャ」

「そ、そっか……俺じゃなかったのか……」

 

 あ、少し凹んでる。ま、まぁ、今のは冗談だと思うから、遊歩くんにはあまり気にしないで欲しいな。

 

「そうだよ、細かいことは気にすんなよ。オレは美味い飯が食えてるから満足だから」

「ハイ。私もミナミとユウホのご飯食べれて嬉しいです」

 

 晴ちゃんとアーニャちゃんが私達の作った料理を食べながらそんなことを言っているが、それ結局祝いに来たとは一言も言ってないのでフォローになってない。

 まぁ、別に一々私もフォローしようなんて思わないので別のことを聞いた。

 

「お代わりあったら言ってね」

「おい、アイドル。お代わりして良いのかよ」

「大丈夫だよ、みんな痩せてるし」

「そっか……。美波ももう少し脂肪つけて胸の大きさを」

「死にたいのかな?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

 アイアンクローしてあげると全力で謝り始めた。うん、まぁ今のは私は悪くないし。

 

「そういや、みんなどうだった?うちの出し物見てみて。何人かは俺が勤務時間外の時に来てて反応見れなかったんだよな」

 

 その話を遊歩くんが切り出した時、李衣菜ちゃん以外の全員がピクッと反応した。もちろん、私も含めてだ。

 それに気付かず、遊歩くんはペラペラと話し始めた。

 

「俺と一緒に入った美波なんてさ、途中から腰抜かしてずっと俺におんブワァンドォ⁉︎」

 

 当然、私は黙ってない。横からこめかみに突手を放った。

 

「余計なこと言わなくて良いの」

「そ、そうだよ!ていうか、なんてもん作るんだ君は⁉︎」

 

 飛鳥ちゃんも蘭子ちゃんと手を繋ぎながら文句を言った。

 

「普通、学園祭であれだけやるか⁉︎」

「っ……わ、私も……!怖かった……」

「蘭子なんて二度目の失き……」

「だ、だめぇ!飛鳥ちゃんだめぇ!」

「はぐっ⁉︎」

 

 慌てて口を抑えようとした蘭子ちゃんの張り手が飛鳥ちゃんの鼻から下を抑えて床に叩きつけた。

 

「二人とも騒いじゃダメ!近所迷惑ニャ!」

「怒る前に蘭子を止めてくれよ!」

「も、も〜!飛鳥ちゃんか恥ずかしいこと言うからでしょー⁉︎自分だって念のために替えのパンツ持って来てた癖に!」

「蘭子、素に戻ってるぞ」

「まぁまぁ、恥ずかしかったら誰だってキャラくらい忘れるって。晴ちゃんだって途中からあの雰囲気にやられて千鳥足だったじゃん」

「オレの背中に隠れてた二十歳に言われたくない!」

「そういえば、みくちゃんもなんか脅かされて『シャー!』とか猫みたいな反応してたよね」

「ニャッ⁉︎なんでそれを言うニャ⁉︎え、えっと……あ、アーニャチャンもそういえば変な段差に躓いて転んじゃって、前歩いてる李衣菜チャンのスカート脱がしてたよね!」

「「みく(ちゃん)‼︎」」

 

 と、みんながみんなで暴露大会を開催。私も遊歩くんもたた黙々とご飯を食べ続けた。

 ……一応みんなに私と遊歩くんが付き合い始めたこと報告しようと思ってたのに、言うタイミング全くもって掴めない。

 ま、まぁ、いずれ話すタイミングは来るでしょう、と思ってしばらくのんびりしてると、いつのまにか全員の視線が私の隣の遊歩くんに向いていた。

 当然、本人もそれに気づいて「えっ」と声を漏らす。

 

「な、何?」

「……そもそも北山がお化け屋敷で全員泣かすとかほざかなきゃこんなみんな揃って恥かくことはなかったよね」

 

 李衣菜ちゃんが言うと、全員揃って頷き、コオォォと息を吸って戦闘モードに移行するアイドル達。

 

「ま、待て待て待てお前らなんでそうなるの?落ち着こう一旦」

「……とりあえず、みんなで一発ずつにしようか」

「何を一発する気⁉︎」

 

 ……流石に今回は遊歩くんは悪くないかな。というか、遊歩くんに手を出して良いの私だけだから。

 パンパンと二回手を叩いて全員に言った。

 

「はいはい、そこまで。今はご飯中だから」

「っ、は、はーい……」

 

 ふぅ、みんな大人しく従ってくれた。しかし、友紀さんまで素直に従われちゃうとなんか申し訳ないのは何でだろう。

 

「美波ー、助かったわー」

「はいはい、よしよし」

 

 私の方に抱きついてくる遊歩くんを頭を撫でて止めつつ落ち着かせた。みんなの前でハグされるのは恥ずかしいです。

 

「なー、あいつら酷いよな。別に俺の方から来てくれなんて言ってないのに勝手にビビって報復して来るとかマジ、はるちんならともかく他はガキかっつんだよな。や、アーニャ様の愛のムチなら喜んで受けるけどね、フヒヒ」

「やっぱやっちゃって良いよみんな。あ、アーニャちゃんはダメね?むしろご褒美みたいだから」

「美波さぁん⁉︎」

 

 言い方ってものがあるでしょう。それに、堂々とアーニャちゃんに浮気しようとするのは許せないし。

 私の許可が出た事により、再び乱闘(というより一方的なリンチ)が始まった。

 数分後、食事とリンチを終えて、みんなで食休み。その間に私と遊歩くんはコーヒーとクッキーを出してみんなの前に置いた。

 

「おおー、食後のコーヒーとデザートまで」

「デザートっつーかおやつだけどな」

「細かいなぁ、北山くんは」

「そうだぞ、遊歩。細かい奴はモテないぞ」

「余計なお世話だ」

 

 なんて遊歩くんと友紀さんと晴ちゃんがまた雑談を始めようとしたところで、私は「あーちょっとたんま」と声をかけた。

 それに対し、遊歩くん含めたみんな揃って「?」と顔を上げた。

 

「その前に、その……報告?があって……」

「? 我らに?」

「うん、実はね……」

 

 言いながら遊歩くんに手招きした。なんのこっちゃ?みたいな顔をして立ち上がる遊歩くんの腕を引いて私の隣に立たせると、頬を赤らめながらも言った。

 

「……その、実は私達、付き合うことになりました」

「……あ、言っちゃうんだ」

 

 惚けたことを言う遊歩くん。

 しばらくみんなほけーっとした顔で私と遊歩くんを眺めたが、やがてみくちゃんが「この人何言ってんの?」みたいな顔で聞いてきた。

 

「……今更?」

「はっ?」

「てか、付き合ってなかったのかい?」

 

 飛鳥ちゃんにまで言われて、少し狼狽えてしまった。えっと……今のはどういう意味?

 李衣菜ちゃんも狼狽えた様子でみくちゃんに聞いた。

 

「えっと……みくちゃん、どういう事?」

「いや、てっきりみくは既に付き合ってるものかと……」

「……はっ?」

 

 他のみんなも「うんうん」みたいに頷いていた。

 

「ていうか、あれだけ一緒に台所にいて付き合ってないはないでしょ」

「それな、二人でじゃれてる時超楽しそうだし」

「てか、最近になって北山チャンが下の名前で呼んでたし」

「うむ、永劫なる愛を誓い合った者達のオーラを出していた」

「あれは完全に恋仲に見えたね」

「とってもお似合いでしたよ?ミナミとユウホ」

 

 みんなに揃って言われるたびに私は顔を赤く染めていった。遊歩くんは「あーあ……」みたいな顔をして私を見てきた。

 それ以上、なんだか立ってるのも辛くなってきたので、両手で顔を覆ってその場でしゃがみ込んだ。

 

「……み、美波?」

 

 心配そうな声で声をかけてくれる遊歩くん。やっぱり彼氏として慰めてくれるのかな?と思ったら震え声で言った。

 

「ぷふっ……!っ……わ、わたし、達っ……付き合うことに、なりましっ、ふんっ、ました……!」

「……」

 

 反撃出来ないほどに恥ずかしくて、私はその場から動かなくなった。

 ……もう、いっそ殺して……。

 

 ×××

 

 夜。寮のみんなと自宅暮らしの二手に別れて帰宅し始めた。遊歩くんも送ってくれて、とりあえず李衣菜ちゃんを送ってから最後の私のマンションに向かった。

 

「いやー、さっきは恥ずかしい事してましたな、美波さん」

「やめて……。ホントに勘弁して……」

「『私達、付き合うことになりまし……』」

「やめてってばぁ……!」

 

 まさか、みんなもう付き合ってるものだと思ってたなんて……。そんなこと一言も言ってないのに……。

 

「まぁ、恥は旅の情けの世は平和っていうからな」

「混ざってる、混ざってるよ。意味も違うし最後どこから来たのか分かんないし。私より恥ずかしいよそれ」

「と、とにかく、気にするなよ。多分、俺以外はみんないじらないから」

「……一番、遊歩くんにいじられたくないんだけどね」

 

 次にいじったら怒ろう。そう決心しながら二人で私のマンションに歩を進めた。さっきまで大人数だったからか、二人きりなのが静かでとても良い雰囲気な気がする。

 

「……ね、遊歩くん」

「? 何?」

「なんで、私に告白してくれたの?」

「え、好きだからだけど」

「や、そういうんじゃなくて……。あ、じゃあ私のどこが好きなの?」

「んー……何処だろうな」

「てっきり、アーニャちゃんが好きなのかとばかり。恋愛的な意味じゃなかったとしても、アーニャちゃんより私を選んだのがどうしても気になって」

 

 すると、遊歩くんは顎に手を当てて考えてから答えた。

 

「……なんでだろうな。ただ、美波に会えない間、なんかすごい震えが止まらなくて」

「はあ?」

「いや、本当。しばらく会えなかった時に禁断症状みたいに奇行に走ることが多くてさ」

「……き、奇行?」

「学校だと体育館の壁を殴ったり、シャー芯を定規で全部粉々にしたり、ダンボールでアーマー作ったり……自宅だと壁に頭突きしたり、パンでチャーハン作ったり、かまぼこの天ぷらソテーステーキ作ろうとしたり……」

 

 ……むしろ距離を置いたほうが良い気もしてきた。まぁ、そんなことしたら私の方が保たないと思うけど。

 

「で、あー俺あの人のこと好きなんだなと思って。考えたら一番お世話してくれてたの美波だったし、知らないうちに好きになってたんだなって」

「そ、そっか……」

「ほら、面倒見良いし料理上手いし大して胸大きくないのにエロすオーラすごいし、ほんとなんでこの人彼氏出来たことないの?って感じで」

「も、もうその辺で良いから」

 

 なんだか恥ずかしくなってきた。ていうか、エロすオーラって何よ。

 ……というか、えっちな本を買ってるの知った時から思ってたけど、やっばりアホの遊歩くんも異性の体とか興味あるんだな……。

 意外、でもないけど……いや、これは意外って事なのかな。意外だ。……そういえば、前に遊歩くんをうちに泊めた時、変にムラムラしたよね……。

 

「……」

 

 ……あ、バカ。なんでそういうこと考えるの美波。一度そういうこと考えると、中々収まらないのが性欲なわけで。

 しかも、これから一つ屋根の下に恋人を連れて行こうとしてるのだからなおさらだ。いや、別に部屋にあげるわけじゃないんだけど……。

 

「ねぇ、遊歩くん。良かったらうちに上がって行かない?」

「マジ?良いね、さんきゅ」

 

 なんで誘ってるの私⁉︎え、今すごい。自動的だった。オートだった。完全に勝手にポローンと出た。自転車の鍵みたいにポケットから落ちた感じ。

 ど、どうしようっ……!な、なんだかすごい緊張してきた……。わ、私ってやっぱりえっちな子なのかな……。

 

「美波、着いたよ」

「ふえっ⁉︎……あ、う、うん……」

「……どうした?顔がギロロより赤いけど」

「な、なんでもないなんでもない!」

「風邪?」

「なんでもないってば!ほ、ほら行くよ!」

「? お、おう……?」

 

 マンションに入り、二人きりでエレベーターに上がった。ふわああ、と欠伸をする遊歩くんを後ろから眺めた。

 隙だらけの背中。そういえば、まだ付き合い始めてからキス一つしていない。彼女いたことあるらしいからファーストキスってわけじゃないだろうけど、確か前に童貞とは言ってたよね。

 続いて、私の視線は遊歩くんの体に移った。私を送った後はすぐに帰る予定だったのか、かなりラフな格好だ。半袖短パン、一応上着に上半身にだけパーカーを着ていて、靴はサンダルで裸足。夏場の小学生かこの子は。

 つまり、脚は完全に太ももまで生脚なわけで、すらっと細くともしっかりそれなりに筋肉のついてる脚がむき出しになっていた。その背中を見ながら、私は一つの決心をした。

 

 この子、部屋に入ったら襲っちゃおう(錯乱)。

 

 私の部屋のある階に到着し、鍵で玄関を開けた。部屋の中に入って靴を脱ぐと、続いて遊歩くんも玄関に入った。

 

「お邪魔しま……んんっ⁉︎」

 

 唇に唇を押し付け、舌を口の中に侵入させた。流石の遊歩くんも顔を真っ赤にしてる間に、玄関を閉じて鍵も閉めた。

 プハッ、と息を吐いてようやく離れると、顔を真っ赤にしたまま遊歩くんは聞いてきた。

 

「……な、いきなり何……?」

「……まださ、恋人っぽいことしてないよね?」

「は、はい……」

 

 急に返事が丁寧になったが構わなかった。

 

「……だから、その……シちゃおうか……」

「するって……何を?相撲?」

「……分かってる癖に」

「……マジ?」

「嫌なら、良いけど……」

 

 しばらくその場で固まった後、返事を出した遊歩くんと一緒にベッドに向かった。

 まぁ、その、なんだろ。そんなわけで、幸せに生きていきます。

 

 




例によって番外編が続きますので、暇つぶし程度に読んでください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編なんだから何をしても良いというわけではない。
性欲(1)


深夜テンションってほんと怖いですね(学習しない男の独り言)。


 土曜日、この日は学校がない。や、ほんとに神だよね、学校がない土曜日って。何時に起きても良いし、夜は何時に寝ても良い。昼間はどれだけゴロゴロしても構わないし、飯のタイミングも自由だ。

 そう、土曜日とは神の日だ。そんな日の朝、二度寝して昼まで起きようと思っていたのに、インターホンによってそれは阻まれた。

 仕方なく身体を起こし、まずは覗き穴。玄関の前に立ってるのは美波とアーニャ様だった。ダメだ、開けないと。

 とりあえず、簡単な身だしなみだけ整えてから扉を開けた。

 

「おはよう、遊歩く……」

「おはようございます。我が主アーニャ様、或いはマイヴィーナス、どうぞお上り下さいませ」

「おはようございます、ユウホ!」

「……」

 

 二人を中に上げて、とりあえず布団を畳んでスペースを広げた。

 

「私、着替えて参りますので少々お待ちくださいませ。美波もちょっと待ってて」

「分かりました!」

「……うん。待ってるね」

 

 そんなわけで、洗面所で着替えを終えて、歯磨きして居間に戻った。

 

「お待たせ致しました。ただいまから朝食を作らせていただきます」

「大丈夫ですよ、食べて来ましたから。私はミナミの家でお泊まりしてて、ついでに立ち寄っただけで、今日はお仕事ですから」

「失礼致しました。分を弁えない差し出がましいご提案、お許し下さい」

「気にしないで下さい。じゃあ、ミナミ。私はここで」

「うん、またねアーニャちゃん」

「よろしければ駅までお送りしますが」

「大丈夫ですよ」

 

 それだけ挨拶して、アーニャ様は部屋を出て行った。玄関で深々と頭を下げ、視界から消えたあたりで頭をあげた。

 さて、それで美波は何しに来たんだろ。まぁ、彼女が彼氏の家に来るのに理由なんてないか。

 

「どうしたの美波。エッチしに来」

 

 直後、ガッと、ガッと頭を掴まれた。

 

「遊歩くん? なぁに、この部屋? 先週お片づけしたばかりだよね?」

 

 そう言われた通り、先週はあまりに部屋が汚いということで一日、後片付けで終わってしまった。

 その時に比べたら汚くはないが、まぁ確かに一週間で散らかしたには散らかした。

 美波の顔を見るのが怖くて、気まずげに目を逸らそうとしたものの、アイアンクローがギリギリと頭を軋ませてそれを許さない。

 

「しゅ……しゅみません……。でも、違うんです……俺は何もしてないのに気が付いたら……」

「何もしないでこんな汚れるわけないでしょ。大体、遊歩くんみんなが来なくなってからだらしなくなったよね?」

 

 ……やばい、すごい怒ってる。でも、気の所為か怒ってるのは部屋が汚い事以外に関して怒ってるような気が……。

 とりあえず、何かしら言い訳しないと消されると思い、気まずげに言った。

 

「……まぁ、それはその……ようは人が部屋に来ることに慣れてしまったというか……特に、前は人が多かったけど最近は美波しか来ないし……良いかなって」

「つまり、私くらいなら手を抜いても良いと思ってるのね?」

「ち、違う違う! そんなつもりないから本当に! むしろ美波になら本当の俺を晒け出せると思って……!」

「ーっ! ば、バカ! そんなセリフじゃ誤魔化されないんだから!」

「いだだだだ! 弾ける、頭弾け飛ぶって!」

 

 ていうか、頬赤らめちゃってるし! 可愛いけど痛いです頭!

 何とか「ごめんなさい」を連呼するとようやく手を離してもらった。よし、許してもらえたな、とりあえず美波の手料理が食べたい。

 

「美波ー、朝飯作ってー」

「嫌」

「え、い、嫌なの……?」

 

 地味にショックなんだけど……。もしかして、嫌われた……?

 

「まずは部屋の片付けからです」

「えー、お腹空いたんだけど」

「あのね、やるべき事もしないで人に甘やかしてもらえると思わないでね? 私、そんなに甘くないから」

「うぐっ……仕方ないな……」

「仕方ない? ここは誰の部屋?」

「すみません……俺です……」

 

 ……なんか今日はいつにも増して、機嫌悪いな……。何かあったのか?

 

「……あの、美波? なんか機嫌悪くない?」

「……別に、そんなことないから。早く片付けするよ」

 

 言われて、仕方なく片付けを始めた。まずはゴミ捨て、それから落ちてる衣類を洗濯機に放り込み、布団はベランダに干した。

 幸い、テレビがないほど家具が少ないので、すぐに片付けは終わった。

 

「ふー……終わったぁ……」

 

 伸びをしながら、床に座ってる美波の膝の上に倒れ込んだ。が、美波が膝をサッと横にずらして立ち上がったお陰で俺は頭を床に強打。

 そんな俺に目を向けることもなく、美波は台所に向かった。

 

「朝ご飯、まだ食べてないんだよね?」

「あ、はい……」

「炒飯で良い?」

「あ、お願いします……」

 

 それだけ聞くと、美波は調理を開始した。

 ……やっぱり怒ってる、よな……。でも、なんでだ? やっぱりダラしないからかな……。

 だとしたらもう少ししっかりしないとなぁ……。とりあえず、久々に飯でも作るかな。

 美波の料理を手伝おうと台所に向かった。

 

「美波、手伝」

「いい」

「……」

 

 ……違う、俺がダラしないから怒ってるんじゃない。でも、だとしたらなんで怒ってるんだ? 何かしたかな俺……。

 なんだかドギマギしてる間に炒飯が完成し、俺の前に運ばれて来た。

 

「お、美味そ。いただきま……」

「待って」

 

 スプーンを手に取ろうとした所で、パッと後ろに引かれた。

 

「……あの、お腹空いたんだけど……。焦らしプレイって性欲満たす時に使うのであって食欲満たす時に使っても……」

 

 頭を叩かれた。叩かれた、と表現するとなんか可愛いかもしれないけど、威力が全然可愛くない。

 

「……なんでしょうか」

「……遊歩くんはさ、アーニャちゃんと私、どっちが好きなの?」

「は? 美波」

「そんな風にしらばっくれても無駄なんだから! いつもいつもアーニャ様アーニャ様って……え? わ、私なの……?」

「え? うん」

 

 何を当然なことを。正直、人の優劣をつけるのは好きではないが、美波の問いとあれば答えざるを得ない。

 

「で、でも、どう見ても扱いが私よりアーニャちゃんの方が上じゃない!」

「え、だって美波とは付き合ってるんだし、気を使わない方が良いでしょ? それに、アーニャ様はほら……もう俺の中で人ではないから」

「……なんかそれはそれで……」

 

 全国の彼女がいる男達だって好きなアイドルの一人や二人いるだろ。それと同じ。そのアイドルがたまたま俺と友達だっただけだ。別に恋心は抱いてないし。

 

「……でも、なんか納得いかない。本当に私の事好きだって証明してよ」

 

 証明とか言われてもな……。まぁ、要するにアーニャ様にやらないで美波にやるような事をすれば良いんだろう。

 そんなわけで、俺は美波の服の襟をつかみ、引っ張った。

 

「ちょっ、何を……んっ⁉︎」

 

 そのままキスをしてやった。舌を絡め、後頭部に手を添え、そのまま押し倒した。ようやく離れ、つぅっと唾液が俺と美波の口を結ぶ。

 美波の胸元に手を添え、ボタンを外そうとしたが、その手を美波が掴んだ。

 

「ま、待って!」

「証明するんでしょ?」

「わ、分かったからもう……。こんな朝からそういうのは……」

「何、前はそっちから誘って来たくせに」

「あの時はムラムラしてたし……!」

 

 ……まぁ、彼女という立場を利用して無理矢理するのは良くないよな。

 

「……冗談だよ。まぁ、これで証明になったか?」

「……仕方ないから信じてあげる」

 

 言われて、美波の上から退いて朝食を食べ始めた。いやー、やはり美波の飯は美味いわ。

 炒飯を食べてると、美波が身体を起こし、後ろから俺の肩の上に顎を置いた。

 

「……何、どうしたの?」

「美味しい?」

「うん」

「じ、じゃあ、その……私の口とどっちが美味しい?」

「……え、何? どうしたいの?」

「……なんであそこで引くのかな」

「や、腹減ってたし……」

「……私と炒飯、どっち食べたいの?」

「……」

 

 襲い掛かった。

 

 ×××

 

 朝からハードな体験をしてしまったぜ……と、炒飯を食べながら思った。

 しかし、最近こんな事ばっかしてる気がするな……。俺も美波も性欲が強過ぎるのか?

 

「うう……もう、遊歩くんが誘うからつい朝から……」

「いや、てっきりそういうことなのかと思って……」

「ま、まぁ……正直、少し期待はしてたケド……」

「このすけべ」

「遊歩くんにすけべとか言われたくないんだけど⁉︎」

「すけべだろ、美波の方が」

「っ、も、もう! 女の子にすけべとか言わないでよ!」

「ぶふぉっ⁉︎」

 

 可愛らしく頬を赤らめて攻撃して来た割に、鋭い蹴りが俺のボディに直撃し、口の中の炒飯を吹き出しながら後ろにぶっ倒れた。

 

「まったく、デリカシーないんだから……!」

 

 ブタクサと怒りながら俺の吹き出した炒飯を摘んで食べる美波。いや、あなたも中々無いと思いますよ、理性とか羞恥心が。

 

「それはいいからさっさと上着着ろよ、風邪引くよ」

「わ、分かってるよ……!」

 

 美波はブラウス一枚で下着もつけてない姿でコーヒーを飲んでいる。ちなみにブラウスしか着てないのは俺の趣味。美波って恥ずかしいって言いながらも俺の言うこと従ってくれるんだよな、多分マゾだよね。

 

「ふぅ、ごちそうさま」

 

 食べ終えたので食器を流しに片付けた。

 とりあえず、シャワーを別々に浴びてから、結局何しに来たのかを聞いた。

 

「で、今日はどうしたの?」

「ん、実はね、デートしたいなって思って」

「デートって……何処に?」

「どこでも。とりあえず、その……遊歩くんと出掛けたかったんだけど……」

 

 言いながら、美波は俺の身体にくっ付いた。ていうか、だからいつまでそのブラウス一丁でいる気なんだよ。さっき落ち着いた所なのにまたグングンと成長して来たぞ。

 

「……今日は、ここでこうして1日潰しても、良いかなって……」

「……」

 

 ……うん、これは最早疑う余地はないよね。間違いなく俺よりも美波の方が性欲強い。歳を重ねた方が性欲ってのは強くなるものなのか?

 まぁ、満更でもなく思っちゃってる俺の言えた事ではないかもしれないけど。

 そんなわけで、俺と美波はそのままの勢いで身体を重ねた。

 

 ×××

 

 ……と、いう流れを土曜日三週連続でやってる、とは口が裂けても言えない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

打ち上げ(1)

 学校が終わり帰宅していると、公園で美波の撮影現場を見かけた。そういや、今日で撮影終わりとか言ってたな。

 相変わらず、役があるから学生服を着たままキリッとした表情を作っている。……俺の前ではあられもない姿を見せているが。ま、これがギャップ萌えって奴なんだが。

 しかし、こうしてみると美波ってやっぱカッコ良いよな。裏番役もしっかりと合ってる。

 

「カォーット! オッケ。お疲れ様、美波ちゃん」

 

 ……ほんとに「カァーット!」っていう監督いるんだ……。

 撮影が終わり、ふぅと美波は一息つくと、俺に気付いたのかこっちに顔を向けた。

 すると、微笑みながらこっちに手を振ってきた。それに小さく会釈して答えた。

 

「……」

 

 ……俺、あれと付き合ってんだよなぁ……。なんだか、今更になって俺にはもったいない彼女に思えて来た。

 まぁ、実際勿体無いんだろうけど。俺の取り柄なんて運動神経くらいだし。

 もう少し良い男になろうかな。少し、筋トレでもした方が良いかも……や、それ結局運動神経だしなぁ……。

 でも勉強は嫌だし……というか、美波は俺のどこに惚れたんだ? 俺の女に惚れる要素って……。

 

「……」

 

 あれ、なんか自信なくなってきた。と、とりあえず美波の部屋に帰るとしよう。そしてちょっと考えよう。

 

 ×××

 

 美波が帰って来るのは10時過ぎらしい。多分、撮影の後に打ち上げとかあるんだろうな。

 しかし、俺が美波に好かれた要素、か……。今にして思えば、出会いは最高だったと思う。逸れた友達を見つけ出した上に、宿までおんぶで送ってあげたわけだから。

 だが、逆にその後が最悪過ぎた。連絡も取れずに骨折して俺の身の回りのお世話まで全部してもらって……しかも色んな失礼なからかい方してアイアンクローされてたし……。

 ふむ……まずいな。考えれば考えるほど分からないぞ。と、とにかく今日からでも良い。美波に優しくしよう。

 とりあえず、今から美波の部屋を片付けよう。外に干してある洗濯物をしまい、畳んで必要なものはアイロンをかけて片し、続いてお風呂を洗って湯炊きし、食器を洗った。

 まぁ、美波は部屋を散らかすタイプではないので、床に落ちてるものなどはない。これで部屋の片付けは終わりだ。

 ……なんか、違うよな。これただの家政婦だよな……。もっとこう、行動とかじゃなくて……普通に美波に優しく行動したいというか……。

 ……ダメだ。考えても分からん。友達がいれば分かりそうなものだが、まぁ1日でわかるような事じゃないしな……。

 とりあえず明日から頑張ろう。何なら、美波に直接聞いてみるか。

 そう決めると、美波から連絡がきた。

 

 みなみ『今、打ち上げ終わりました』

 

 ん、マジか。迎えに行かなきゃ。

 

 遊歩『了解。迎え行くから』

 みなみ『はーい。いつもありがとね』

 遊歩『いやいや。じゃあいつものコンビニで待ち合わせで』

 

 そう言って、美波の部屋を出た。一階に降りて美波の自転車を借りて漕ぐ事5分、コンビニに到着すると美波が俺に気づいて駆け寄ってきた。

 

「お待たせ」

「ううん。毎回ありがとね」

「いやいや。当たり前だから。後ろ乗れよ」

「あ、それはダメ。二人乗りは今ダメなんじゃなかった?」

「じゃ、乗って良いよ。俺が引いてくから」

「ほんと? なんかごめんね」

 

 美波を乗せて、俺が歩いて自転車を押して歩き始めた。

 

「さっき公園にいたでしょ?」

「あー、うん。たまたま。美波、カッコよかったよ」

「あら、そう?」

「あられもない姿とは随分ギャップが」

「外でそう言うこと言うのはこの口?」

「……すみませんでした」

 

 頬を掴まれ、タコみたいな口にされたので慌てて謝った。ほんと、怒ると怖いんだよなこの人……。

 

「でも、美波のセーラー服姿はもう見れないのか……」

「うう……それは忘れてよ……。恥ずかしいんだから……」

「いや無理でしょ。これから全国放送されるんだし。むしろ、恥ずかしがる事なんてなくね?」

「……でも、遊歩くんに面と向かって言われるのは恥ずかしいの」

「いつももっと恥ずかしい姿を見られ」

「何?」

「何でもない」

 

 危ない危ない、ついうっかり殺されるとこだった。

 

「ね、遊歩くん」

「何?」

「何かあった?」

「へっ?」

 

 な、なんだ? 急に……。

 

「なんか、悩んでるみたいだったから」

「え、なんで?」

「なんでって言われても……顔色?」

「顔色で人が悩んでるか当てるなよ……」

「人が、じゃないよ」

「?」

「遊歩くんだから分かったの」

 

 言われて、一発で俺の顔は熱くなった。おまっ、急に不意打ちでそう言う事言うのは卑怯だろ……!

 顔が赤くなってるのを自覚し、慌てて顔を背けたが、美波は尚一層楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「何、照れてるの?」

「るせーよ……」

「照れてるんだ? 最近、遊歩くん可愛いよね」

「勘弁してもらっても良いですかね……」

「あ、でもたんま。アーニャちゃんでも顔色で分かるかも」

「上げて落とすなよ……」

 

 割とSなんだよなぁ、この人。

 

「で、何に悩んでたの?」

「……や、大した事じゃないから」

「言ってくれないの?」

「ほんと下らない事だからな」

「でも悩んでるんでしょ?」

「……」

「珍しく」

「おい、悩ませるような事を付け加えるなや」

 

 心配してるのかしてないのか悩む所だ。

 まぁ、そうまで言われたら美波はアイアンクローしてでも俺から聞き出すだろうし、この際だから言ってみるか。

 

「美波ってさ、なんで俺の事好きになったの?」

「……へっ?」

「や、自分で言うのもアレだけど、俺って客観視したら割とモテる要素皆無だと思うんだよ」

「現状見てよ」

「は?」

 

 現状って言われても……一緒に帰ってるだけじゃね?

 キョトンと首を捻って美波を見上げると「なんで分からないの?」みたいな顔をしてため息をついた美波が説明してくれた。

 

「まず、迎えに来てくれる所かな」

「は?」

「それから、疲れてる私を座らせて、自分は自転車を押してくれるとこ。……まぁ、まとめると優しい所」

「や、それくらい当然で……」

「自分より彼女を楽させることを当然と思ってる所もかな」

「……」

 

 あれ、この流れはマズイのでは……?

 

「それから、カマって欲しい時はつい憎まれ口叩いちゃう所も可愛いよね」

「えっ、ば、バレてるの?」

「あ、バレてないと思ってたんだ? 割と思慮が浅い所もかわいいよ」

「……」

 

 ほら見ろ、恥ずかしくなってきた。

 

「それと、人が来る時は家庭的になる所。……まぁ、私しか来ない時は散らかしてるみたいだけど」

「その件についてはほんとすみません……」

「あとは、イベントの時は真面目に活動してる事かな。変な予備知識をフル活用して」

「あの、もういいから……」

「あとは年下の子に対しては面倒見が良いところ。もちろん、アーニャちゃんへの対応は除くけど」

「アーニャ様を年下の子なんて言えるか! あの人はもはや……」

「照れ隠しにアーニャちゃん使わなくて良いから」

 

 ……もう勘弁してくれませんか……。顔を真っ赤にした俺は、その場で黙ることしか出来なかった。

 

「……勘弁して下さい……」

「だから、自信持ってよ。どうせ、公園で撮影中の美波を見て『あんなのと恋人で良いのかな俺……』みたいに思ったんでしょ?」

「なんでそこまでバレてんの⁉︎」

「付き合ってから分かったけど、分かりやす過ぎるよ、遊歩くんは」

 

 ……マジかぁ。なんだか恥ずかしくなってきたな……。

 そうこうしてるうちに、美波のマンションに到着した。でも、そっか。普段の無意識の部分を好かれてたのか……。

 

「……あれ? じゃあなんで俺今まで女の子にモテなかったんだ?」

「中学の時に彼女いた人が何言ってんの?」

「や、そう言われりゃそうだが……」

「それに、これからはあんまり周りの人に優しくしちゃダメだよ」

「なんで」

「他の子にモテちゃったら私が困るから」

 

 ……なるほど。前はあまりそう言うの考えた事ないが、彼女が出来るとその辺も気をつけないといけないのか。

 そんな話をしてるうちに美波の部屋に到着し、鍵を開けた。中に入るなり、美波は感心したように「わっ……」と声を漏らした。

 

「少し、綺麗になってる?」

「あ、あー……」

「掃除してくれたの?」

「ま、まぁ……美波に相応しい男になるにはどうしたら良いか色々考えてたからな。途中でなんか違う気がしてやめたけど」

「……そんな事するくらいなら、自分の部屋を片付けようね」

「返す言葉もないです……」

「ま、私としては助かっちゃったけど」

 

 言いながら二人で部屋の中に入った。

 手洗いうがいだけ済ませて一緒にソファーに座ると、俺のお腹から「グゥッ」と音が鳴った。

 

「……」

「何も食べてないの?」

「掃除に夢中で……」

「ちゃんと食べなきゃダメじゃない……。今、何か作るね」

「や、いいよ。自分でやるから」

「大丈夫。こういうのは普通、女の子の仕事だから」

 

 そうは言われてもな……。しかし、美波はやると言ったら聞かない人だ。

 仕方なく美波に料理を作ってもらい、大人しく待機した。しばらく待つ事数分、美波が持って来たのは炒飯だった。

 

「はい。簡単だけど……」

「サンキュー」

 

 俺の隣に座ると「んーっ」と伸びをしながら背もたれにもたれ掛かる美波。胸が強調されてとてもエロかったので、さっさと炒飯を食べて煩悩を打ち払うことにした。

 

「そういや、今日で撮影終わりだったっけか?」

「うん。もう大変だったよ……」

「じゃ、明日は打ち上げだな」

「あら、お祝いしてくれるの?」

「お疲れ様会がお祝いに含まれるかは微妙だけどな。誰呼ぶか。アーニャ様と多田さんとはるちんと……」

 

 人数を数える俺の手を美波は止めた。何? と視線で問うと、何故か顔を若干、赤くした美波は少し照れた様子で頬をポリポリ掻いて言った。

 

「……明日は、遊歩くんと二人きりが良いな」

「……それで良いの?」

「うん。たまには二人で表にデートしに行こうよ」

「了解。どこ行きたい?」

「そこを考えるのは男の子の仕事だよ?」

 

 ……なるほど。デートコース考えないといけないわけか。それも今から明日までに。こいつは大変だ。

 

「了解。少し遠いとこでも良い?」

「良いけど……自分で言うのもあれだけど、そんな張り切らなくて良いからね? たかだかドラマ撮影終了の打ち上げなんだし」

「そうはいかないでしょ。……多分、一生ないと思う俺と美波が二人で出てるドラマなんだし」

 

 エキストラで何回か出てたからな……。多田さんと恋人役で。今にして思えば、美波のあの視線は嫉妬だったんだよなぁ。

 

「……そっか。じゃ、その辺は遊歩君に任せるよ」

「了解」

「さて、何しよっか?」

「今日はもう疲れたでしょ? 寝ようぜ」

「そうだね」

「お風呂沸かしておいたから。俺、炒飯食べてから入るから先に入って良いよ」

「……」

 

 すると、美波は唐突に頬を赤く染めて俯いた。で、何を思ったのかチラチラと俺を見ながら、コホンと咳払いしてドラマ撮影を終えた後のアイドルとは思えないほど下手くそな演技で言った。

 

「わ、わー……疲れちゃったなー。これは、誰かにお風呂でマッサージしてもらいたいなー……」

「……」

 

 ……ほんと、俺の彼女は……。

 

「すぐ食べ終わるから待ってろよ」

「う、うん……。むしろ、先に入って待ってても良い、かな?」

「了解」

 

 この後、滅茶苦茶マッサージした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

打ち上げ(2)

新田さん、誕生日おめでとうございます。


 翌日、体を揺さぶられる感覚で目を覚ました。でも目を覚ましたくなかった。別に、もっと寝ていたいとかではないし、起きるのが面倒とかでもない。

 ただ、俺を起こしてくれる人間はこの世でただ一人、美波だけだ。で、美波は起きるまで起こすのをやめない。

 つまり、あれだ。構って欲しいってわけだ。いや分かるでしょ、彼女がいる人ならみんな。いや、彼氏がいる女の子も分かってくれると思う。やらしい意味なく、触られるのって嬉しいよね。

 本来ならこのまま起きたくなかったのだが、今日はあいにく二人でお出掛けの日だ。大概にしておくべきかもしれない。

 まぁ、その分構ってもらうけど。揺さぶって来てる美波のお腹に俺は抱き着いた。

 

「ん〜……みなみぃ……」

「っ⁉︎ ゆ、遊歩チャン⁉︎」

「はははっ、そんな年下の癖にムカつく猫みたいな呼び方とかどうし……」

 

 ……ていうか、声違くね? ていうか、抱き心地も違くね? ていうか、ムカつく猫の声じゃね?

 ギギギッと顔を上げると、前川さんが真っ赤な顔で俺を睨んでいた。

 

「……年下のくせにムカつく猫で悪かったね」

「……な、なんでいんの……?」

「いいからまず離れてよ変態」

「……美波より胸でかいな、この位置から顔が見え」

「離れろ!」

 

 無理矢理後ろに押し返され、ベッドから頭から落ちた。痛て……ったく、あのアホ猫……。まあ、美波に今のシーン見られなかっただけマシか……。

 そう思った時だ。

 

「どうするニャ? 美波チャン、彼女の目の前で別の女の子に抱きついてセクハラ発言だよ?」

 

 猫のアホな声がアホなことを抜かした。恐る恐る顔を上げると、前川さんの隣に美波が立っていた。

 あの顔はまずいな。怒り過ぎて怒りを感じさせない笑顔だ。ドラゴンボール超で、神の気を一般人には感じられないのと同じだ。

 ……つまり、美波は神だということか? そういえば、ヴィーナスだなんだと言われてたな……。なんて事だ、まさか目の前に悟空に匹敵する気を持つ女性がいるとは……。

 

「くだらない事考えてないで、何か言うことないの?」

 

 あっさり考えてると事を看破された上に、微笑みながら謝罪を要求された。

 うん、まぁ俺が悪いな。特に胸の下りは間違いなく抹殺対象。

 

「すみませんでした、美波の胸も同じくらい柔らか」

 

 ベッドを一つ挟んでる距離感で、間合いを詰めることなくどうやったのか知らないが、拳が俺の額に直撃した。

 

「みくちゃん、わざわざお財布届けてくれてありがとうね」

「ううん、気にしないで良いニャ」

「良かったら朝ご飯食べて行く?」

「良いの?」

「うん。ちょうど今、一人分減ったし」

「やったにゃ」

 

 どうやら俺の朝飯は抜きになったようだ。

 

 ×××

 

 美波の部屋を出て、二人でお出掛けした。とりあえず、街でぶらぶらするという事なのだが、まぁ美波の機嫌が悪い。

 そりゃそうだろう、彼女の家で彼女の目の前で別の女の子に抱きついたんだ。むしろ怒らない理由がない。

 ……でも、その、何? なんで怒ってるのに一緒に遊びに行ってんの? まだ仲直りもしてないのに……。

 

「あの、美波……」

 

 そっちから声かけてくんの?

 

「遊歩くんはさ、やっぱり胸は大きい方が好きなの?」

「えっ? そりゃ勿論……あっ」

 

 やべっ、つい呆気にとられて反射的に答えてしまった。怒られる……かと思ったら、美波は「そっか……」と顎に手を当てて呟くばかりだった。

 

「……あの、美波? 怒ってるんじゃ……」

「怒ってるよ」

「だ、だよな……。彼女の前で堂々と他の女の子に……」

「そうじゃないよ。寝惚けた遊歩くんは起こすと抱きついてくるの知ってるし、間違えちゃったことは良いの。百歩譲って」

 

 え、じゃあ胸の話か?

 

「……遊歩くんが、みくちゃんの胸が好きみたいに言ってたから……」

「え? 俺、前川さんの方が胸でかいっつっただけで好きとは一言も……」

「でも、好きなんでしょ?」

「……正直」

 

 や、でもそれは違うぞ、美波。

 

「でも、俺は美波のおっぱいのが好きだけど」

「いいよ、別に彼女だからそういうこと言わなくても……」

「や、違うから。もう何度も見てるから言うけど、おっぱいは大きさより形と感度でしょ。櫻田家の長男も言ってたし」

「うん、分かったから外ではやめて」

 

 ……そういや表で歩いてたな……。

 

「でも、そっか……そうなんだ……ふふっ♪」

 

 すると、美波は嬉しそうに微笑んだ。

 

「あ、でも強いて言うならもう少し大きくなっても……」

「遊歩くんこそ身長伸ばす? コブで」

「……冗談です」

 

 指をゴキゴキ鳴らしながらそんなことを言われ、笑顔を引きつらせて目を逸らした。

 すると、美波はそんな俺の手を掴んで引っ張り、走り出した。

 

「さ、行こ。デート」

「えっ……」

「でも、私のこと傷付けたんだから、お昼奢ってね」

「まぁ、それくらいなら……」

「さ、行くよっ」

 

 なんか元気になった美波はそのまま走り出した。

 今日のデートはドラマ撮影終わりの打ち上げ。なのだが、昨日の夜に決まったことなので、どこかに行きたいというよりも街をブラブラするタイプのデートだ。

 そういえば、こうして美波と二人きりで歩くのは初めてだ。デートといえば家デートだし、とても他人に惚気られるような内容のデートは出来ていない。だから、最近友達になった白石にも話せてない。白石からはよく「最近銀髪外人美少女の友達が出来た」と惚気られてるが。

 ま、でも今日のデートの内容なら惚気られる。絶対反撃してやるぜ。

 そんな事を考えてると、美波が「あっ」と声を漏らした。犬のフンでも踏んだのかと思って美波を見ると、視線の先にはゲーセンがあった。

 

「ね、遊歩くん。プリクラ撮らない?」

「プリクラ?」

「うん。一枚も撮ってないよね、まだ」

 

 うーん……まぁ、悪くないかも。俺も美波との写真欲しいし、白石に自慢するためにプリクラは持ってこいだ。

 

「よし、行こうか。なるべくイチャイチャした奴」

「え、イチャイチャ? なんでまた……」

「クラスの友達に自慢する」

 

 直後、美波は手に持っていた俺の手を離した。衝撃、と言わんばかりに唖然とし、信じられないものを見る目で俺を眺めていた。

 

「……ゆ、遊歩くんに、友達……?」

「……おい、なんだその反応」

「ゆ、夢? それとも幻覚? あ、ま、麻薬⁉︎ ダメだよ! いくら遊歩くんでもやめられるまで殴るよ⁉︎」

「やってねぇよ! 怖いわ!」

「え、じゃあ……まさか本当に……」

 

 どんだけ疑われてんの俺。こういっちゃなんだが、アイドルの友達ならたくさんいるだろうが。

 と、思ってると、美波の目からつぅっと涙が零れた。

 

「って、泣いてんの⁉︎」

「ううっ……ぐすっ、遊歩くんにようやく……お友達が……嬉しいのに、なんでだろ。涙が止まらないや……えへへっ」

「やめろ! 人の目線集めてるから! 年上のお姉さん泣かしたみたいになってるから!」

「お友達、大事にしなきゃダメだよ?」

「分かってるわ! 姉目線やめろ!」

 

 まぁ、友達というほど友達じゃないけど。クラスの中で一番話すってくらいだし。でも、なんか美波泣いちゃってるし黙っておこう。

 二人でゲーセンに入り、プリクラの筐体に入った。金を入れて、なんだかよくわからない操作は全て美波がいじり、いざ撮影。

 

「遊歩くんはプリクラ初めて?」

「中学の時に何度か撮ったけど。でもフレームとかの選びは女子に任せてた」

「……女の子と撮ったことあるんだ」

「中学の時は、友達多かったのになぁ……」

 

 しみじみとそんなことを言ってると、美波が俺の腕に飛びついた。むぎゅっと胸が腕に当たってるものの、一切気にした様子なくカメラの方を見た。

 

「ほら、ポーズ取って」

「ポーズ?」

 

 言われて、とりあえずスペシウム光線のポーズを取ろうとした。それを先読みしたのか、美波は俺の腕を引っ張って頬にキスをして来た。

 

「っ⁉︎」

 

 そのままカシャっとシャッター音が響き、美波は離れた。

 

「なっ、いきなり何すんだよ……?」

「……彼女とポーズしてるのにウルトラマンはないでしょ」

「だからってな……」

「ほら、2枚目!」

 

 言われて慌ててカメラを見た。美波が俺の首の後ろに腕を回して肩を組んだので、俺も慌てて肩を組んだ。

 その後も美波のペースでいろんなポーズを取らされ、たくさん写真を撮った。

 で、最後の一枚。どんなポーズを取るのかと思ったら、美波が声をかけて来た。

 

「最後は遊歩くんの好きなポーズで良いよ」

「え、お、俺?」

「ほら、早く。合わせるから」

 

 そ、そんな急に言われても……。パッと頭に思いついたのは、やはりウルトラマンだった。ワイドショットのポーズを取ると、美波は「仕方ないなぁ」と息を吐いてスペシウム光線のポーズをした。

 

「ふぅ……もう、結局ウルトラマンなの?」

「いや急に振ってくるから……。時間あれば、もっとこう……なんか色々と思い浮かんだんだけど」

「例えば?」

「んー……肩車とか?」

「乗ってる方が映らないよそれじゃあ」

「……」

 

 すみませんね、阿呆で。

 で、落書きコーナーへ。撮影した写真を眺めてると、隣から「あっ」と声が聞こえた。

 

「どうしたの?」

「……ウルトラマン、悪くないね。案外」

 

 言われて見てみると、確かに美波も俺も楽しそうに構えている。

 

「ちなみに知ってるか? 俺のワイドショットはウルトラセブンで一万七千歳、美波のスペシウム光線はウルトラマンで二万歳なんだぜ」

「く、詳しいね……」

「まぁな。中学の時は本気でウルトラマンごっこしてたからな」

「何してるのよ……」

「でもほら、ちょうど17と20、一万七千と二万で俺と美波の年齢差じゃん」

「ごめん、全然ロマンチックに感じない。偶然でしょそれ」

 

 うん、偶然です。今思ったのでテキトーに言いました。

 

「まぁ、良いや。それなら、一万七千歳と二万歳って書いとくね。多分、見ても誰もわからないと思うけど」

「ちなみに、スペシウム光線にも段階があって、ギガスペシウム光線っていうさらに一段階上の……」

「ウルトラマン談義はいいの。今度ね」

「……うぃっす」

 

 まぁ、女の子にする話じゃないよな。少しくらい付き合ってくれても良いじゃん、というかアーニャさんが話したのなら付き合うでしょ? とも思ったが、美波の中で俺という存在は恋人というのを除いても特別だ。暴力振るうの俺だけだし。

 そんなわけで、気にしないことにした。しかし、そう思いながらも今まで散々やられて来た暴力が頭にフラッシュバックし、少しムッとしてしまう。

 

「……」

 

 何となく俺の画面に表示されてる、俺と美波が肩を組んでる写真の美波の頭にツノを生やした。

 で、後で消すつもりで頭上に鬼ババァって書いてみると、唐突に横から首に手を回され、ガッと首を胸と腕に絞められた。

 

「おごっ⁉︎」

「ふーん? 遊歩くんの中で私ってそういう扱いなんだ?」

「あががががっ、す、すみません冗談です本当にごめんなさっ……!」

「でも私は優しいから。遊歩くんの大好きな私のおっぱいで教育してあげるね」

「ああああ! 首折れる、首折れるって……! ごめんなさ……!」

 

 とにかく謝るしかなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

打ち上げ(3)

 プリクラの後、ゲーセンを出ようとしたところで、昔よくやってた銃のゲームが目に入り、思わず足を止めてしまった。

 

「どうしたの?」

「あ、いや。懐かしいもん目に入ったから」

 

 乗り物に乗った定で動く車両の上からゾンビをブチ抜きまくるゲームだ。

 昔は中学の時の友達とよくやったが、最近は友達が出来なかったからプレイするってこと自体なくなってた。

 久々にやりたい気もするが……。

 

「やらないからね」

 

 涙目の美波が眉間にしわを寄せて訴えた。まぁ嫌だよね、怖いの苦手らしいし。

 でもね? それを俺にやるのは逆効果だと思うんだ。

 

「やりたい(直球)」

「嫌」

「そんな怖くないから。むしろ怖い奴をブッ殺せるから怖さ克服できるかもよ」

「嫌」

「俺が作ったお化け屋敷のが怖いって」

「嫌」

「俺が絶対守るから」

「っ……嫌」

 

 少し揺らいだな。ほんと、美波って大学生なのにロマンチックというか……二次元ヒーローが言いそうな歯の浮くようなセリフが大好きだからな。

 それに、押しにも弱いし攻めてしまおう。

 

「終わったらクレーンゲームで何か一つ取ってあげるから」

「っ……」

「あと、もし後を引くような怖さがあったら甘えさせてやるから」

「……〜〜〜ッ」

「プレイする時、美波が好きなシチュでやらせ……」

「もう分かったからそこまでにして!」

 

 そんなわけで、200円入れて銃型コントローラを抜いた。足元のペダルを踏み続けながら、手元の引き金を引くことで敵を撃つことが出来て、ペダルから足を離すと、物陰に身を隠して銃弾を装填出来るらしい。

 久々なのであまり良いスコアは出せないかもしれないが、まぁこういう時じゃないと美波の前でカッコつけることは出来ない、頑張るとしよう。

 

「……うん、頑張るから。だから美波、俺の左手から手を離して。メシメシいってる」

「本当に守ってよね⁉︎」

「分かったから手を離して。折れる」

「はっ、ご、ごめんね……!」

 

 あー痛かった。マジで指がまとめ売りされてるネギみたいになるかと思った。

 とにかくゲーム開始。ザックリしたストーリーの説明の後、いよいよ銃を撃つ場面になった。

 ゾンビ達が襲いかかってきて、早速俺は銃口を向けた。無言で近いやつから順に頭をぶち抜いていく。

 一応、気になったので隣を見てみた。

 

「キャー! キャー! ギャー⁉︎」

 

 動物園の猿の如く悲鳴を上げていた。楽しそうで何よりだ。

 

「来ないでってば! 齧らないで! 死んじゃう! キャー!」

「ペダルから足離せば隠れられるよ」

「離す! 離すから離して!」

 

 ペダルどころか銃も手放して俺の背中に隠れる美波。うん、なんかここまでとは思わなかったわ。

 俺一人でやっちゃ意味ないが、せっかくの二人プレイなので俺が両ペダルと二丁銃を持つ事にした。

 

「う〜……は、早く終わらせてよぅ……」

 

 背中に美波が隠れて銃握るのって気持ち良いな……少し格好つけるか。

 銃を構えて両腕をクロスして画面に向けた後、ニヤリと微笑んで好戦的に言った。

 

「さぁ、お前の罪を数えろ」

「いいから早く終わらせて」

「……」

 

 ……冷たいなぁ、俺の彼女。

 なんだか今更になって恥ずかしくなってきたので、マジでさっさと終わらせることにした。

 ペダルを両方使うとバランスを崩すので、片方ずつ交互に動かすしかない。そのくらい上等よ。やってやりますわ。

 ガンガンガンッとゲームの銃っぽい音をかき鳴らしてゾンビを一掃した。

 そこでようやくステージ1が終わり、次のステージに進む。

 ……なんか、一人でやっちゃって美波は退屈してるかな。ムービーの間にチラッと美波の方を見ると、いつのまにかスマホを構えていた。

 

「……何してんの」

「……こんなにカッコ良い遊歩くん見れる機会なんてそうそうないと思うから、ムービーに残そうと思って」

「……お前そんな余裕あるなら手伝えよ」

「嫌」

 

 ……この女。まぁ、退屈してないなら良いか。

 ステージ2が始まったので、さらに快進撃を続けた。ゾンビだけじゃなく虫や犬も出てきたが、気にせずに片付け、ステージ3までいった。

 が、3の途中で片方が死に、4の序盤で全滅した。

 

「あーあ……終わっちゃったね」

「あー……いつもの倍疲れた……」

「でも、カッコよかったよ?」

「そいつはどうも……」

「滅多に見れないから、なんだか得した気分だな」

 

 それひどいこと言ってることに気づいてる? 自分の彼氏を基本的にかっこよくないって言ってるんですからね?

 ……まぁ、でも良いさ。満足そうな美波が見れたし、美波を喜ばせることもできた。

 とりあえず、もうゲーセンは出よう……と、思って出口に向かってると、くいっと美波に袖を引かれた。

 

「クレーンゲームで何か取ってくれるんでしょ?」

「……あー」

 

 そういやそんな約束を……と思ってたら、掴んだ袖にすり寄ってきて、そのまま腕にしがみつかれた。

 

「っ、み、美波?」

「それから、甘えさせてくれるんでしょ?」

「や、それは後を引くような怖さだった時の話で……」

「怖くて今日眠れそうにないなー」

 

 くっ、白々しい……! いや、でも言ったのは俺だ。従うとしよう。それに、俺も悪い気がするわけじゃないし。

 

「ふふ、遊歩くんに甘えられるなんて新鮮だなー。普段、私の方が甘えさせてあげてるから」

「……部屋の掃除させられたり、試験勉強という名の監禁させられてるだけだけどな」

「……何か言った?」

「何でもないです」

 

 甘えて来る子はしがみついてる腕をキメたりしないと思うんだよね。

 とりあえず、欲しいというのでグレイシアのぬいぐるみを取って美波にプレゼントしてからゲーセンを出た。

 その後はまた街をのんびりと巡る。本当は遊園地なり連れて行ってやれれば良かったんだけどな。今度は打ち上げの時はもう少し計画を練ろう。

 

「……ねぇ、遊歩くん」

「なに?」

 

 二人で歩いてると、唐突に声をかけてきた。

 

「あそこ行きたい」

 

 美波の指差す先には服屋があった。まぁ女だからな、服とか大好きなんだろう。

 

「おk、行くか」

「うん」

「どんな服欲しいの?」

「私のじゃないよ」

「は?」

「遊歩くんのに決まってるでしょ? 遊歩くんを着せ替え人形してあげる」

「えっ……いや、そんな……」

「甘えさせてくれるんでしょ?」

「いやそれ甘えるって言うのか……?」

 

 ……や、まぁ良いけどよ美波の打ち上げだし、俺がどうこう言うのはおかしいからな。

 そんなわけで、服屋に入った。50枚近く写真を撮られ、軽く引くことになったのは言うまでもない。

 

 ×××

 

 服屋を出てからはさらに色々とお店を回り、気が付けば夕方になっていた。

 なので、とりあえず夕食を食べることにした。たまには外で外食……かと思ったが、俺の手料理が食べたいと言われてしまったので、部屋に戻ってきた。

 ぶっちゃけ、今日のデートは全部俺の奢りだったし、財布的には助かったといえば助かった。

 ……まぁ、現状はほとんど同棲状態だし、ほとんど共用の財布になっちゃってるわけだが。そう考えると、俺って美波のヒモみたいになってるんだよなぁ……。

 

「……いつもありがとうな、美波」

「な、何よいきなり?」

 

 思わず口から漏れたお礼に、気味悪そうに引く美波だったが、俺も逆の立場から気味が悪いと思いそうだったので、ここは何も言わないでおいた。

 

「何でもない。それより、晩飯何が良い?」

「何でも良いよ」

「それ一番困るから。たまにはリクエストしろよ。特に今日は美波の打ち上げなんだし」

「じゃあ、私をあっと驚かせる料理」

「いやリクエストっつーかお題だろそれ……」

 

 この人、日本語の意味を正しく理解出来ないの? まぁ、美波がそう言うならそれでも良いけどよ……。

 

「じゃあ待ってて。お湯沸かしてくるから」

「カップ麺にしたら見損なうからね」

「……」

 

 ……よく分かったよ、俺の考えが読まれてることは。

 まぁ、本気でカップ麺にするつもりはなかったし、本気でやろうか。

 まずは食材の確認。元々、美波は小まめに食材とか買いそろえて置くタイプだし、最近の買い出しは全部俺がやってるのでそこは問題ない。

 冷蔵庫の中を確認し、大体作る品目が決まった。あっと驚かせるような内容らしいし、ガッツリ作るか。

 一時間ほどかけて「海南鶏飯」を完成させた。鶏肉を主体とした料理で、美波が撮影で忙しい中、料理して覚えた技だ。いつか美波に振る舞える事があればと思っていたが、まさかこんなに早く来るとはな。

 

「出来たよ」

「やっと? もー、お腹空いちゃったよー」

「悪かったよ。それなりに美味いもん作ったから怒るな」

「ホント? …て、何それ?」

「ん、海南鶏飯」

「……え、何それ?」

「食戟のソーマで叡山先輩が神と対決して負けた料理」

「負けた料理にしたの⁉︎」

 

 良いだろ、俺割と叡山先輩好きなんだよ。

 

「なんだよ、不服か?」

「いや、そういうわけじゃ……というか、驚きが少ないなぁって」

「おいおい、審査するなら味を見てからにしろよ」

「セリフだけは一流の料理人ね……」

 

 そう言いながらも「味を見てから」ということ自体に不服はないようで、箸を握って手を合わせた。

 

「いただきます」

「おあがりよっ!」

「……負かした人のセリフを負かされた人の料理作って言うかな」

 

 良いんだよ、作品は一緒なんだから。

 そんなわけで、早速一口食べた。直後、美波は口を押さえて頬を赤くしながら咀嚼した。

 

「……んっ、お、おいひい……! ……ごくっ、何これ、超美味しい⁉︎」

「ジンジャーソースも用意したから、それつけて食べてみ」

「んっ……あ、本当だ。味が変わった……!」

 

 絶賛してくれてる美波のお向かいで、俺も一口食べていた。うん、確かに美味い。前作った時よりも美味いわ。

 

「……うん、美味み」

「遊歩くん、料理上手になったよね本当に」

「誰かさんのおかげでな」

「私?」

「当たり前でしょ。というか、アレだけ人に料理作ってれば上手くなるよ」

 

 まぁ、正直に言えば美波がちょくちょく教えてくれたからなんだけどな。

 

「……そうだ。今度、アーニャさんにも食べさせてあげよう」

「ダメです。アーニャちゃんには食べさせません」

「なんで? 美味いもん作ってあげるくらい良いだろ」

「ダーメ。絶対に」

「麻薬の広告か」

「ある意味間違ってない。とにかくダメだからね」

 

 めっ、と可愛く言ってきたが、表情がマジなので全然可愛くない。美波がダメと言うならやめておこうかな。俺も美波の言うこと無視するほど命知らずじゃないし。

 食事が終わり、俺と美波はコーヒーを飲みながらソファーに座った。もうあとはのんびりするだけだ。

 テレビを見ながらぼんやりしてると、美波が俺の肩に頭を置いた。

 

「遊歩くん」

「何?」

「今日はありがとうね」

「ああ、いいんだよ」

「たくさん、私のわがまま聞いてもらっちゃったから」

「気にしなくて良いから。俺もやりたくてやったことだし」

 

 甘える、と言ってすり寄ってきた美波も、あれはあれで可愛いもんだ。少し照れてるあたりが尚更。

 

「だから、私からお礼しても良いかな?」

「は? お、お礼?」

 

 唐突にそんなこと言われた。なんだよ、お礼って。それやられたら打ち上げの意味がない気が……。

 と、思ってる間に、美波は自分の横に置いてあった紙袋の中をごそごそといじった後、俺の首の後ろに手を回してきた。

 チャリっと音がした辺り、おそらくネックレスなのだろう。それが俺の首に繋がれていた。

 

「ね、ネックレス……?」

「そう。遊歩くん、私服はそれなりに気を使ってるのに、アクセサリーは全然付けてなかったから、たまにはこんなのどうかなって」

「あー確かにアクセサリーはあんま……って、違うわ! なんでお礼なんて……! プレゼントとかは今日は俺からしないと……!」

「気にしなくて良いの。今日は、もうたくさんもらっちゃったから」

「え、あげたって……プリクラとぬいぐるみと海南鶏飯くらいしか……」

「ううん、たくさんもらったの。だから、素直に受け取ってくれると嬉しいな」

 

 ……くっ、そんな風にお願いするように言われたらこっちは何も言えないだろ……。絶対わかっててやってるからタチが悪いんだ、うちの彼女は。

 

「……はぁ、分かったよ。ありがとう」

「ふふ、どういたしまして。さ、そろそろ寝る準備しようか」

 

 そう言って立ち上がる美波。俺も小さく頷き、ソファーから立ち上がった。

 ……はぁ、なんか美波が俺からたくさんもらってるって事は、俺も美波から色々もらってることになるんだけどな……。

 ダメだ、もう考えても仕方ない。この手の事で美波には敵わないし、素直に喜ぶことにしよう。

 そう頭で言い聞かせながら、美波が風呂に入ってる間、歯磨きをした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

里帰り(1)

 真冬。鬼寒い日の夜、俺は新田家で料理をしていた。今日の飯は鍋にしようと思った。それもただの鍋ではなく火鍋だ。辛い代わりに健康には良い。アイドル業をしてる美波には持って来いなものだろう。

 とりあえずスパイスとか香辛料とかぶち込んで煮込み、あとは野菜と肉の準備が出来た。

 ……さて、どうしようかな。美波が帰って来るまであと10分ほどか。火鍋の準備は整ってるし、迎えに行っても良いんだが……うん、行こう。

 スマホで電話をかけた。

 

「もしもし、美波?」

『あ、遊歩くん? どうしたの?』

「迎えに行くけど、今どの辺?」

『え、いいよ〜。寒いでしょ?』

「くっ付けば暖かいだろ」

『……もう、えっちなんだから』

「で、どの辺?」

『ファミマ付近』

「今行くから」

『うん』

 

 部屋を出て、鍵を閉めた。よっしゃ、行くか。

 自転車に乗ってコンビニに向かうと、美波が両手に息を吹きかけて待っていた。

 

「あ、遊歩くーん」

 

 ……わざわざ外で待ってなくてもいだろうに。

 

「お待たせ。てか、中で待ってろよ。風邪引くぞ」

「大丈夫だよー。待ってたの2分くらいだもん」

「せめてなんかチキンとかあったかいもの食べてりゃ良かったのに」

「それも平気。だって、遊歩くん晩御飯作って待っててくれてるんでしょ?」

 

 ……ったく、俺の彼女は。本当に可愛いというかお姉さんしてるというか……。

 ボンヤリしてる間に、美波は自転車の後ろに跨った。俺の腹の前に両手を回し、キュッと力を入れる。

 

「北山号、発進!」

「ブルートレインあたりにありそうな名前だな」

 

 美波ってこういう時ノリ良いよな。ただ糞真面目なだけじゃない辺りが大学生っぽくて大好き。

 ……まぁ、そんなこと絶対言えないけどな……。

 そんな話をしながら美波の部屋に到着した。

 

「今日の晩ご飯は何?」

「ん、火鍋」

「あー、良いね。あったまるし健康的だし」

「辛いの平気?」

「うん、それなりに」

「良かった」

 

 言いながら、美波は洗面所で手を洗い、俺は美波が脱いだ上着を預かり、ハンガーを手に取った。

 

「……」

 

 何となく、魔が差してコートを自分の顔にあてがった。あー……美波の匂いがする。香りじゃなくて匂い。多分、これ体臭だよなぁ……。俺と同じボディソープ使ってんのになんでこんな違うんだろう……。

 こう、なんつーの? 人の匂い? 分かるかな、あの洗剤や石鹸じゃ表せない、物体にしたら柔らかそうで尚且つ卵肌そうで、その上エロそうな匂い。同じ匂いがするわけではないが、新品の本の匂いと系統は同じかもしれない。

 

「……クセになる」

 

 直後、ガッと。ガッと後ろから首をロックされた。

 

「……何してるの?」

「……汚れを吸い込む掃除機になってみました」

「吸い込んでるのは私の匂いでしょ? ヘンタイさん」

「……」

 

 ……おっしゃる通りで。グググッと徐々に腕に力が入り、俺の喉仏を的確に締めていく。

 

「っ、ご、ごめんなさ……!」

「そういうのは私のいないところでやろうね?」

「……は、はい……」

 

 いないところなら良いんだ、と思っても口に出さなかったのは当然だ。

 そんなわけで、二人でコタツに入った。さ、食べるか。コンロの火を付けて、野菜や肉を鍋の中に投入していく。

 

「んー……辛そう……」

「そこは嘘でも美味しそうって言おうぜ……」

 

 少し正直過ぎるぞ君。

 鍋が茹ってきたので、いざお食事。二人で手を合わせて挨拶すると、よそって食べてみた。

 

「美味い?」

「うん。辛いけど、美味しい。なんかポカポカしてきたし」

「それはコタツに入ってるからでは?」

「もー、違うよー。いや、それもあるけど」

 

 まぁ、辛いもの食ってる時はなんか暑い気がするのは分かる。だからこそ冬にこういうの食べたいよね。逆に夏とかクソオブクソ。

 そういえば、もうすぐ年末だ。クリスマスも終わり、その時に購入したお揃いのネックレスを付けている。

 

「あ、遊歩くんっ」

「何?」

「年末、どうしよっか?」

「……あー」

 

 どうするかな。せっかくだし一緒にいたい。予定を聞いて来るってことは美波も暇なんだろうし……。

 

「泊まりでどっか行く?」

「うん、それが良いかもね。どこにしよっか?」

「行きたい場所あるならそこで良いよ」

「うーん……じゃあ温泉でも行く?」

「あー良いなそれ。混浴で」

「ふーん、遊歩くんは私の裸を他の人に見られても良いんだ?」

「良いわけないだろいい加減にしろ」

「いい加減にするのはそっちだから。このすけべ」

 

 ……はい、すみませんでした。謝るので指を鳴らすのやめて。

 

「……プレイの最中はそっちの方がハッスルするくせに」

「何か言った?」

「イエ、何モ」

 

 怖いなぁ、俺の彼女……。まぁ、でも美波が温泉が良いなら温泉で良いかな。

 俺も温泉が嫌なわけじゃないし、何なら割と好きな方だ。特に、壁を隔てて女湯の人と話したりするのは夢でした。

 

「じゃ、温泉にしよっか」

「ああ。そういやうちの地元に良い温泉があるから」

「おお〜なんでもあるんだね、遊歩くんの実家は」

「まぁ、一応な」

「じゃあついでに、遊歩くんのご両親に挨拶でもしておこうかな」

「え、いいよそれは。うちの両親頭おかしいし」

「何、まだ反抗期?」

「いや、ほんとにおかしいから。中学の時の彼女紹介したら母親が一緒にお風呂入って尋問してたし……」

「お母さんが親バカって珍しいね……」

「父親は部屋をガンダムのジオラマで染め上げて母親に殺されかけてたし」

「お父さんは本当のバカなのね……」

 

 うん、バカ。俺よりもバカ。だからあんまり会わせたくないんだが……まぁ、美波が挨拶だけでもしたいって言うならそれもやむなしかな。

 そんなことを思ってる時だ。美波の部屋の電話が鳴った。

 

「あっ、出ようか?」

「いやダメでしょ。私が出るから、そこまで気を使わなくて良いよ」

 

 そういや、一応俺の存在はお忍びだったな。アイドル以外には。

 コタツから出た美波は鳴り響いてる子機を手に取って耳に当ててコタツに戻って来た。

 

「もしもし?」

『もしもし、美波か?』

 

 電話中は静かにしないとな。

 

「うん、どうしたの? こんな時間に」

『いや、最近声を聞けてなかったから。忙しかったのか? それとも変な男に絡まれてるのか? だとしたらこちらから掃除屋を……』

「へ、平気よ。そんな気にしなくても」

『でも、前は月一で電話をくれてたじゃないか。もしかして、パパを嫌いになったのか? そんなことになったら……』

「そ、そんなことないから! 大丈夫、元気でやってるし、嫌いになってないよっ」

 

 ……なんだ? 元彼と電話か? それとも、まさか浮気なんてもんじゃないよな……?

 

『まぁ、それなら良いが……あ、まさか彼氏とか作ったのか?』

「っ⁉︎ そ、そんなんじゃないよ! 彼氏なんかいないから!」

『パパ忘れてないからな、「美波、大きくなったらパパと一緒にいる!」って言ってたの』

「もう、いつの話してるのよ!」

 

 ……本当に浮気か? え、だとしたら怖い。美波、普段は俺がアーニャさんを天使と呼ぶ度に嫉妬するくせに……!

 そう思うとイラっとしたので、少し叫んでみることにした。

 

「美波のおっぱい、超柔らかかったなー!」

「ちょっ、バカ……!」

『……美波、なんだ今の声は?』

「っ、ち、違うの……! 今のは……!」

 

 ふふ、焦ってやがる。まぁ、この反応次第で白黒はっきりするとするさ。

 

『男の声だったな、それも若いの』

「ビデオじゃないかしら?」

『名前呼んでたのにか?』

「あ、アイドルだしドラマくらいは……」

『実名でドラマ出るか?』

「バラエティだけど……」

『何にしてもおっぱい柔らかいってどういう事だ?』

「た、たまたま肘が当たっただけよ!」

『パパ以外の人に胸を触らせたのかお前は!』

「パパにも触らせてないけど⁉︎」

 

 パ、パパ⁉︎ え、お父さんだったの……? あ、これまずい流れなんじゃ……。

 

『……そんなに隠さなければならないような彼氏なのか?』

「ち、違うよ! だって、仮に彼氏ならパパ本気でCQC習い始めるでしょ⁉︎」

 

 今から習うのかよ! にしても怖いな美波の親父!

 

『そんな事はしない。ただ、美波の男に相応しいか、500通り程拷問を……』

「尚更ダメだよ!」

 

 尚更ダメなことされるの⁉︎ 何されんの⁉︎

 

『だがな、美波。お前も親になってみればわかる。ただでさえ、女の子が一人で東京とかいうコンクリートジャングルで暮らしてるだけでも心配なのに、その上彼氏なんて作られた暁には詐欺かなんかなんじゃないかって、もう心配で心配で……』

「パパ……いや、でもだからって拷問はないよね」

『っ、わ、分かった! じゃあこうしよう、正月くらいは顔出してくれるんだろう?』

「え? う、うーん……」

『そのときに彼氏くんも一緒に連れて来なさい』

「えっ……」

 

 ん、なんだ? なんか嫌な予感が……。

 

「ほ、本気……? や、無理だよ。彼、普通の学生だしお金が……」

『うちが全額出す。だから誘か……連れて来なさい』

「待って、今なんかすごい言い間違いしなかった?」

『でなければ交際は認めない。こちらから大竹を送り込むからな』

「大竹さんを⁉︎」

 

 誰だよ大竹さん。

 

「大竹さんはダメよ! あの人、じ、自分で言うの恥ずかしいけど……私のこととても溺愛してたんだから!」

 

 ……んだそいつ、殺したろか。

 

『嫌ならちゃんと連れて帰って来なさい。良いね?』

「っ……わ、分かったわよ……」

『それと美波、その彼氏くんとエッ』

 

 そこで通話を切り、子機を元に戻す美波。

 ……何があったのか聞きにくいな。絶対俺の所為だし……。と、思ったら聞くまでもなかった。美波が涙目で俺を睨んできた。

 

「……あの、怒ってる?」

「……遊歩くんの所為なんだからね」

「えっ……てか溺愛って……」

「お正月、私の実家に帰ることになったから」

「えっ……」

「パ……お父さんとお母さんと弟に挨拶するから」

「挨拶って⁉︎ 結婚を前提にしたお付き合いだったっけ⁉︎」

「とにかくそういう事だから」

 

 そう言うと、美波はさっさとコタツに入って火鍋を食べ始めた。

 そんなわけで、なんだかとんでもないことになってきてしまい、俺も飯を食いながら心底、くだらない事で嫉妬したことに後悔した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

里帰り(2)

 どこかしらの空港。時早くして年末になり、俺と美波は広島に行くことになった。

 広島でも、別にドームとか見に行くんじゃなくて美波の実家に行くのだ。まぁ、大学生の一人暮らしであの高層マンションで暮らしてる時点で察したが、金持ちらしい。まぁ、そうじゃなきゃ俺の分の交通費まで出してくれないわな。

 まぁ、金持ちの家なんて行くのは初めてだし、正直少し楽しみだったりする。

 ……当の美波はとても面倒臭そうな顔をしているが。

 

「なぁ、美波。落ち着けって。何がそんな不安なんだよ」

「全部よ、全部」

「全部って……なんで」

「私のお父さん……」

「パパだろ?」

 

 肘打ちが顔面に入り、鼻血が垂れた。

 

「私のお父さん、とても厳しい人なの……」

「う、うん……」

 

 良く何事もなかったかのように話を進められるなこの人……。その厳しさは遺伝でしっかりと受け継がれている。

 

「厳しいって……どんな風に?」

「えーっとね……自分に厳しく子供に甘い人だったの。だから、美波や弟は散々、甘やかされたけど、仕事の人やうちのメイドさんや執事さんには厳しい人だった」

 

 ……えっ、メイドや執事がいるの? 絵に描いたようなお金持ちかよ。スネちゃまかな? ……ミナちゃま? やばい、語呂悪すぎてあんま可愛くない。

 

「だから、多分……というか確実に遊歩くんへの当たりは強くなると思うけど……」

 

 ……なるほど。俺あんまメンタル強くないしなぁ。

 

「……まぁ、なんとかなるでしょ。それよりさ、東京土産に買ったの草加煎餅なんだけど、どう? 喜んでくれるかな?」

「なんで東京で草加煎餅なのよ……」

「東京も草加と似たようなもんでしょ」

「……ほんと、不安になってきた……」

 

 尚更、困り果てたように額に手を当てる美波だった。

 

「はぁ……」

「え、ダメなの?」

「うーん……まぁ、パパはお煎餅好きだし大丈夫だと思うよ」

「マジ? ベストチョイスやん」

「でも、草加って東京じゃないから、そこは気を付けてね」

「え? だってこれ、東京駅で……」

「東京駅でも白○恋人売ってるでしょ?」

「あ、な、なるほど……これだから都会人は……!」

「いや、無知過ぎる遊歩くんが悪いでしょ」

「無知の知、アリストテレス」

「ソクラテスだよ」

 

 ……相当、機嫌悪いのかな……。なんだか切り返しがいつもより早いし冷たい。そんなに不安かなぁ、俺と美波のご家族が対面するの。

 まぁ、その辺は結局、俺の日頃の行いが悪いからそうなってるんだろうけど……。

 まぁ、こう言う時に美波を落ち着かせるのは俺の役目だ。

 

「大丈夫だ、美波」

「何が?」

「俺はこう見えて地元だと色んな大人に好かれてるんだ」

 

 全員、友達の両親と学校の教師だが。

 

「だから、海では友達の親の海の家でバイトさせてもらえたんだ。大人の人心掌握術は任せておけ」

 

 意識してやったことはないが、最近では高校の先生にも好かれて来たし。

 根拠の無い話ではないから、美波も少しは信じてくれる……と、思ったのだが、何だか機嫌が悪そうにジト目で俺を睨んでいる。

 納得行かなさそうな顔で、頭痛を抑えるようにコメカミに手を当てると、本気で呆れてるようにため息をついた。

 

「……私の気持ちには一切、気付かない人に言われてもなぁ」

「何言ってんだ? 美波はまだまだ子供だろ」

「……へっ?」

 

 キョトンとする美波だが、こっちがキョトンだわ。

 

「だって、私……結構、大人びてるって……。楓さんや瑞樹さんにはよく飲みに誘われるし、第一もう二十歳だし……」

「感情的になると一人称が『美波』になって、夜とか……特に仕事で嫌なことがあった時は膝枕をせがむくらい甘えん坊になって、朝とか起きると人を抱き枕にしてる人に大人とか言われてもなぁ……」

 

 そう言ってやると、美波の表情は徐々に真っ赤に染まって行く。

 

「……い、意外と人のこと見てるんだね……」

「そりゃ、彼女のことなら尚更な」

「……でも、不安なのは変わらないんだからね。いくら遊歩くんがその辺はしっかりしてたとしても、相手は私のお父さんなんだから」

 

 そう言いながらも、美波はこっちに徐々に体重をかけて来た。肩に頭を乗せると、右手を俺の左手に重ねて、ほんの少しだけ安堵したような声を漏らした。

 

「……でも、少し安心した」

「なら良かった」

「このまま寝ちゃっても良い、かな……?」

「良いよ」

 

 そう言って、美波は俺の肩で目を閉じた。

 

 ×××

 

 広島に到着し、空港に降りた。荷物を受け取って、迷路みたいになってる空港を歩いてると、美波が「あっ」と嫌そうな声を上げて足を止めた。

 何事かと思ったら、なんか正面にスーツを着てる女の人が立っていた。……なんか胸の辺りがおっぱいではない不自然な膨らみがある女の人。

 

「……美波、あの人……」

「……わかる?」

「……銃持ってる?」

「ううん、アレ一応はペイント弾。私に近付く男の目を潰すためだってパ……お父さんが」

「てことは、メイドさん?」

「うん、メイドの大竹さん」

「……大竹さん、女性の方だったんだ」

 

 ……美波に近付く男……その時点で俺に向けられてるような……。

 もういい、駆け引きはここから始まってるってことか……。勉強に活かされない頭の良さを使う時だ。

 

「美波」

「何……んんっ⁉︎」

 

 美波のネクタイを引っ張り、口を近づけてキスをした。正直、恥ずかしいなんてものじゃないが、これも相手に負けないためだ。

 口と口を離し、真っ赤になった美波が俺の頭を握り、ギリギリと万力の如きアイアンクローをかました。

 

「い、き、な、り! 何するのよあなたは本当に‼︎」

「嫌だった?」

「いやじゃ、ないけど……こんな、公衆の面前で……うー……」

 

 照れてるのに一切、力が緩まない辺り、本当にアイアンクローに慣れたなぁ。でも痛いからやめてね。

 

「ごめんごめん、でもこうでもしないと俺が撃たれてた」

「どういうことよ?」

「キスまですれば、どんなバカでも付き合ってるってわかるだろ。これで俺にペイント弾を撃てば『ストーカーかと思った』って言う言い訳は通用しないし、むしろ美波の彼氏に失礼を働いた事になる。奴らの行動原理は全て美波のためだから」

「……その思考がなんで勉強に活かされないのかなぁ」

「まぁ、何より……宣戦布告、だな」

「喧嘩売ってどうするのよ……」

 

 違うわ。攻めの守りだ。守ってばかりじゃ向こうの攻めが熾烈になるばかりだ。

 二人であまりの怒りに頬をヒクヒクと痙攣させてる大竹さんとやらに歩み寄った。

 

「ただいま、大竹さん」

「お、おかえりなさいませ。お嬢様」

「はい。あ、ご紹介しますね。北山遊歩くん、私の恋人です」

「そ、そうでしたか……」

「遊歩くん、こちら大竹さん。私が小さい頃から仲良くしてくれてるメイドさんだよ。今はスーツだけど」

「よろしくお願い致します、大竹さん」

 

 余計な挑発はしない。その場で礼儀正しく頭を下げた。

 

「そ、そうですか……。人前でキスするだなんて、大胆な方ですね」

「海外では挨拶みたいなものですけどね」

「ここは日本ですよ?」

「そういうスキンシップは真似しても良いんじゃないかと思っただけです」

「ふふ、変わった考え方ですね」

「良く言われます」

 

 目でお互いにメンチを切りあってる時だ。俺の肩に手が乗せられた。そんな真似するのは美波しかいない。

 なんだ? 恐れてるのか? ははーん、まぁ任せろ。確かにあの人の真顔は怖いが、俺はそう簡単に眼力には……あれ? 美波? 俺の肩を握る握力強くない? ちょっ、なんかミシミシいってるような……おーい、美波さーん?

 徐々に額から冷や汗をかかせてると、美波が俺の耳元で囁くように言った。

 

「……やり過ぎよ?」

「……すみません」

 

 怒らせてしまった。うん、俺もそう思う。

 俺から手を離すと、美波は大竹さんの方に歩いて、手を出した。何か思った大竹さんはもしかしたら握手なのかと思ったのか手を握ろうとすると、美波は微笑みながら首を横に振った。

 

「違います。銃を渡してください」

「えっ? で、ですが……これは、ご主人様から……」

「いいから。遊歩くんへの無礼は私が許しません。ですが、大竹さんのことは許してあげたいんです。ですから、争いの道具なんか持ち歩かないで下さい」

「お、お嬢様……」

 

 流石、美波だ。こういうところはお姉さんっぽいし、風格すら感じる。

 大竹さんは大竹さんで「許してあげたい」と言われてかなり嬉しそうにしている。

 観念したようで、懐から本物そっくりのピストルを美波の手の上に置いた。おい、それ本物じゃないんだろうな。

 

「うん、じゃあ行きましょうか」

 

 自分の懐に銃をしまった美波を真ん中にして、俺と大竹さんは歩き始めた。俺もその懐にしまって欲しいなぁ……。

 行き先は(おそらく)VIPの駐車場。一台だけ明らかにおかしいオーラのリムジンが止まっていた。おい、これ俺乗って良いのかよ。

 

「もちろん、乗っても構いませんよ。お嬢様の金魚のフ……いえ、お友達の方ですから」

「……大竹さん」

 

 うん、流石に怒ってくれ美波。金魚のフンは流石に言い過ぎ。

 つーか、あの人今、俺の考えを読んで答えてたよな? 気が抜けない年越しになりそうなんだけど。

 

「遊歩くんは、私の恋人です」

 

 あ、美波はそこにキレてたんだ。

 

「し、しかしお嬢様……!」

「しかしも何もないです。遊歩くんは……」

「私と結婚するって言うお話はどうなるのですか⁉︎」

 

 ブハッと吹き出す美波と、ジト目で美波を睨む俺。や、大体の事情は察してるが。

 

「……そ、それは子供の頃の話です! 大体、同性の結婚は認められていません!」

「でも言いました! 結婚するって!

子供の頃でも言ったことには責任取ってください! ご主人様に怒られますよ⁉︎」

「そんな事になったら私が怒り返してやるんだから!」

 

 ……えー、どうしよう、これ。まぁ、別に流石にこれに嫉妬はしないけど。

 むしろさ、ちょっと微笑ましいよね。

 

「……あの、大竹さん」

「なんですか」

「もしかして美波ってさ、父親とか母親とか弟とかにもやたら結婚結婚言ってました?」

「ええ、それはもう」

「うわあ……」

「ゆ、遊歩くん⁉︎ 何、その目⁉︎」

「……いや、まぁ、子供らしくて可愛くて良いんじゃないですかね」

「なんで敬語⁉︎」

「ところで大竹さん、実は美波のウルトラ可愛い写真が2万枚ほどあるんですが、良かったら美波の幼少期の写真と交換しません?」

「北山さん……どうやら、私はあなたのことを誤解していたようだ」

「ふ、二人とも⁉︎ なんで結託してるの⁉︎」

 

 メイドさんと仲良くなった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

里帰り(3)

 新田家に到着すると、俺は思わず唖然としてしまった。何故なら、家が馬鹿でかいからだ。本当にこんなとこに住んでる人いるんだ、と感心してしまうレベルでデカイ。

 庭を見るだけでも、木とか庭の草木とか相当お金かけて整えてるんだな、と分かるような家だ。

 ポカンと口を広げてボンヤリしてると、美波が俺の手を引いた。

 

「ほら、行くよ」

「……ここに?」

「うん」

 

 ……あれ、俺大丈夫かな。もしかして、とんでもないとこのメイドに喧嘩売ったんじゃ……いや、仲良くなったけど。

 家に着いたのに玄関まで歩くとかどうかしてるわ。家の敷地を出るだけでも5分弱くらい掛かるんじゃないか?

 

「……美波さ、高校や中学の時、この道歩いてたの?」

「うん、そうだよ?」

 

 なるほど、要するに日頃の登下校から既に体力は鍛えられていたわけだ。なんという英才教育。こりゃアイアンクローの強さも上がるわ。

 大竹さんが門を開けて、のんびりと玄関に向かうのを後から続いた。……本当に広いなぁ。なんていうか、ここだけ日本じゃない気すらするんだけど。

 

「北山様にはあまり馴染みない景色かもしれませんね」

 

 大竹さんが声をかけて来た。

 

「そうですね。こんな絵に描いたような豪邸があるなんて……」

「こちらにはテニスコートやフットサル場も揃っております。避暑地にはゴルフ場やアーチェリーもご用意してありますよ」

「……すごいですね、それは」

「ね、遊歩くん。時間があったらやりに行こっか?」

「良いね」

 

 ……なんでも出来るんだな、この家。もはやスポッチャの上位互換。

 

「それなら、大竹さんもどうですか?」

「へっ? わ、私も、ですか……?」

「美波がテニスウェアで暴れてるとこ見れますし、なんなら多分、パンツも見えますよ」

「ゆ、遊歩くん? 何処を勧めてるの?」

 

 美波が微笑んで威圧して来たので黙ると、大竹さんがキョトンとした顔で俺を見て来た。

 

「し、しかし……恋人というのは、なるべく二人きりの方が……」

「そんなん気にしなくて良いでしょ。ねぇ、美波?」

「……」

「あ、あれ……美波?」

 

 頬を膨らませたまま、そっぽを向いてしまっている。

 

「……もしかして、二人きりの方が良かった?」

「……」

「……あの、たまに前川さんとか多田さんとか姫川さんとか家に呼んで遊んでたけど、二人の方が良かった?」

「……」

 

 直後、大竹さんの視線が変わった。キュッと細くなり、問い詰めるような口調で俺に聞いて来た。

 

「……あなたは、美波様ともあろうパーフェクト☆ヴァルキリーがいるにも関わらず、他の女性にも手を出しているのですか?」

「へ? いや、違……」

「私はあなたが美波様の伴侶として認めようと考えておりましたが、そのようなことがあるのであれば、やはり考えを改めるべきでしょうか」

「わー! ち、違うから! ただ、美波と付き合う前からの付き合いの人で……!」

「付き合う前から付き合ってる?」

「違うわ!」

 

 なんでそうなるんだよ! 大体、他のメンバーはロクなもんじゃないからな⁉︎ 変な人しかいないから!

 

「……わ、分かったよ……。美波と遊ぶ時はなるべく他の人呼ばないから……」

「分かってくれれば良いよ」

 

 ……本当に申し訳ないです。そっか、基本的にやっぱり二人きりでいたいものなのか。てっきり、みんなでいた方が楽しいと思ってた。

 そんな話をしてるうちに、玄関に到着した。大竹さんが玄関を開くと、中でメイドさんと執事さんが待機していた。

 

「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」

 

 うお……マジかよ、こんな光景初めて見た……。

 何より、全員が全員、胸の内ポケット、或いは袖口が不自然にもっこりしてる。何か暗器を隠してるって事、だよな……?

 これは、こちらから宣戦布告して優位に立とうとするよりも、一人ずつ懐柔して行った方が良さそうだ。

 

「こちら、私の彼氏の北山遊歩くんです」

 

 美波が俺を紹介すると、みんながみんな、若干、表情を曇らせる。ふっ、歓迎されないのなんていつものことさ。

 そんな中、美波は気にした様子なく、大竹さんに言った。

 

「大竹さん、私も遊歩くんも荷物は自分で運びますから、退がって大丈夫ですよ。それから、遊歩くんが部屋にいる時は誰も……特に弟は来させないで下さい」

「畏まりました」

 

 その指示で、メイドさんや執事はみんな退散する。それにホッと一息ついた美波は、俺に「こっち」と言って歩き始めたが、その言葉が耳に入っても脳まで届かなかった。

 ……だって広いんだもん、玄関。何人分の靴が揃えられるんだ?

 この玄関だけでうちのアパートの居間くらいはあ……あっ、美波のポスター貼ってある。

 しかも、かなりデカい水着のポスターが複数枚。

 

「……」

 

 すごいな、この家。親バカなんだな、やっぱり。こんなの貼っつけられたら俺なら帰りたくなくなるわ。

 

「ち、ちょっと、早く!」

 

 ぼんやり眺めてると、美波が恥ずかしそうな顔で引き返して来て、俺の腕を引いた。

 

「えー、これ写メ撮っちゃダメ?」

「ダメ! は、恥ずかしいんだから……!」

「えー、いいなー、美波のお父さんは。俺も貼ろうかな」

「だ、ダメだから! 大体、遊歩くんの部屋に貼ると他の人も来るんだから絶対にダメ!」

「いや、貼るのは美波の部屋だけど」

「自分の部屋に自分のポスター貼らせる気⁉︎」

 

 やっぱりダメか……。でも、こっちにもちゃんと理由がある。

 

「だ、だってさ……帰って目の前に美波のポスターが貼ってあったら、なんか美波が出迎えてくれてるみたいで嬉しいじゃん……」

「っ、ゆ、遊歩くん……」

 

 基本、アイドルで忙しい美波を出迎えることはあっても、俺が迎えられることはない。

 だから、こうやって飾るのも悪くない気がしたのは本当だ。

 美波もそれは理解したのか、少ししゅんっと困ったように俯いた。

 

「……で、でも、私の部屋はダメだから。貼るなら、遊歩くんのアパートにして」

「良いの?」

「……特別だからね」

 

 よっしゃ、流石、女神様だわ。優しい。

 

「ほら、じゃあもう行くよ」

「あ、美波。ポスターにする用の写真撮りたいから、とりあえず全裸になってくれない?」

「実はね、私の部屋にゴルフクラブがあるんだ」

「すみません、気が動転しておかしなことを口走りました……」

 

 うん、正直、冗談のつもりだったので勘弁して下さい。ゴルフクラブ……それもロングアイアンの殺傷能力は金属バットよりも高そうだ。

 美波の後を続き、部屋に向かう。その途中も家がデカすぎて辺りを見回してると「キョロキョロしない」と襟足を引っ張られた。

 

「……ふぅ、はい、ここ」

 

 美波が連れて来てくれた部屋に入ると、これまた広い部屋だった。マンションの一室かってレベル。

 

「うお、スッゲェ……」

「部屋は私と一緒で良いよね?」

「あ、ああ……。え、この部屋で一緒に居られるの?」

「パ……お父さんが許してくれればね」

 

 なるほど、それはつまり許されないパターンか……。

 

「その美波のパパはどこにいるの?」

「あ、そうね。挨拶した方が良いよね。荷物はその辺に置いといて良いから、とりあえず挨拶に行きましょうか」

「お土産の草加煎餅は?」

「持って行ってあげたら?」

「うい」

 

 実は他にもお土産はあるのだが、美波には見せていない。絶対に没収されるから。

 鞄の前で座ってお土産の準備をしてると、後ろから美波が抱きしめて来た。ギュっと力を入れられ、振り解けないことは一発でわかった。や、振り解く気なんかなかったけど。

 

「……どうした?」

「ん、もしかしたら、最悪のパターンだけど、私と遊歩くんはお泊りしてる間は二人きりになれないかもしれないから、今のうちに成分補充しておこうと思って」

「……そんなに娘が心配なんかね」

「心配、だと思うよ。親元を離れてアイドルやってるんだもん」

「……そういうもんかね?」

「遊歩くんも絶対、同じになると思うよ」

「どういうこと?」

「だから、将来結婚して娘が出来たら、超絶甘やかしそうだなって」

 

 ……え、俺そんなイメージあるの?

 

「で、私が苦労しそうだなーって」

「えっ」

「違う? 今だって私、遊歩くんに手を焼いてるし」

「や、そうじゃなくて。美波の中では俺と結婚する気満々なんだなって」

「……あっ」

 

 カアァァッと顔を真っ赤にする美波。あ、うん。ここはからかう所だ。

 

「ふむ……そうか。美波の頭の中では、将来、俺と一緒に幸せな家庭を築いてるわけだな」

「っ、ち、ちょっ、やめて遊歩くん……!」

「となると……新田遊歩……いや、北山美波かな。北と南どっちだよって感じだな。なぁ、美波?」

「ーっ、ゆ、遊歩くんやめて!」

「でも割とゴロは良いな。北山美波。で、美波の中で子供の名前はどんな感じになっ」

「〜〜〜っ! や、やめてったら!」

「ほぐっ⁉︎」

 

 可愛らしいセリフと声と顔から飛び出したのは、威力が全く可愛くない減り込みボディブローだった。

 

「もうっ……今のは遊歩くんが悪いんだからね!」

「……はい。申し訳ありませんでした」

「まったく……ほら、早く挨拶に行くよ」

 

 ……少しくらい心配してくれても良いんじゃないですかね。

 少しげんなりしながら、挨拶のお土産を揃えてると、扉の奥でガタガタと音がした。

 なんだ、騒がしいな。誰か部屋の前にいるのか?

 

「……何?」

「多分、私が男の子連れて来たから、メイドさん達が何かしてるのよ」

「あー……」

 

 まぁ、気持ちはわからんでもない。ただでさえ美波は可愛がられるみたいだし。しかし、そういうのは当事者からしたらとても迷惑だ。

 案の定、美波は小さくため息をついてから、怒ったような表情で部屋の扉の前まで歩いてドアノブに手をかけた。

 

「何を騒いでるんで……」

「お、おぼっちゃま!」

「ダメですって! お嬢様に言われてるんですから!」

「うるさい! 俺は姉ちゃんに用が……あ、姉ちゃん!」

 

 ……なんだ? やかましいな。まぁ、弟だろうけど。姉ちゃんって言ってたし。

 挨拶しようと思ったのだが、姉弟の再会に口を挟むほど無粋ではない。ひと段落ついてから……。

 

「っ、ね、姉ちゃん……! 帰って、たんだ……」

「え? う、うん」

 

 帰ってたんだって……知ってたくせに何を照れ隠ししてんだ。

 

「え、会いに来てくれたんじゃないの?」

「っ、ち、違っ……くはないけど、たまたま……通り掛かったから……」

 

 どっちだよ。完全に会いに来てんじゃん。

 

「そっか……久しぶり。ごめんね、帰ってくるのギリギリになって」

「べ、別に……お盆だって顔出してくれたし……帰って来いなんて言ってないし」

 

 ……おい、どういう文脈なんだよそのセリフは。帰って来て嬉しかったのに帰って来いなんて言ってないの?

 

「元気だった?」

「ま、まぁ……大竹さん達が、構ってくれたし……」

「そっか、良かった」

「ね、姉ちゃんは……?」

「私も元気だったよ」

 

 と、まぁ色々とツッコミどころは多々あったが、まず分かったのはあの弟は相当なシスコンだということだ。そして、美波はそれに全く気付いていないということ。

 で、その結論から導き出される、美波の行動は手に取るようにわかる。

 

「あ、そだ。紹介したい人がいるんだ」

 

 ……あ、ヤバい。手招きしてる。胸前で両手でバツを作るが、そうはいかなかった。美波は弟を部屋の中に入れた。

 

「こちら、北山遊歩くん。私の彼氏」

「……は?」

 

 弟の視線に敵意が湧いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

里帰り(4)

 俺は弟と目を合わせた直後、直感的に理解した。目の前の男は敵だ。素直になれない思春期の弟、その上に姉と離れ離れで暮らしてるもんだから、シスコンは加速する。

 案の定、弟は姉に向かって狼狽えた様子で聞いた。

 

「へっ……? か、彼氏って……どういうこと……?」

「そのままの意味だよ? お姉ちゃんの恋人」

「なっ……」

 

 直後、ギギギギッ……! と、本格的な戦闘を始めるために写輪眼になろうとするうちはシンのように眉間にしわを寄せた。

 

「……お前が、お姉ちゃんの彼氏だと?」

「コラ、初対面の人に『お前』だなんて言っちゃダメでしょ?」

「ーっ……!」

 

 怒られ、少し悔しげに俯く弟。そう、姉がいる限り弟は俺に強く当たることはできないのだ。

 ならば、俺は俺でやりたいようにやらせてもらおう。

 

「初めまして。北山遊歩です」

「……はじめまして。弟です」

 

 まぁ、下手に敵意は出さないでおこう。この手のタイプは何してくるか分からんからな。

 それよりも、済ませるべきことを済ませておかないと。

 

「美波、父親に挨拶しておきたいんだけど」

「あ、そうだったね。じゃあ、また後でね」

 

 弟にそう短く挨拶して、部屋を出た。今は小者にかまってる暇はない。最初からラスボス戦なんだから。

 

「あ、ま、待てよ!」

「もう、あとで構ってあげるから待ってなさい。お父さん、自他共に厳しい人なの知ってるでしょ?」

「そんな奴が親父に何されようが知ったことか!」

「! ……いい加減にしなさい!」

「っ……!」

 

 ……わ、美波怒った。俺に怒る時はアイアンクローなのに弟には声を荒立てるんだな。

 おかげで、周りはシーン……と静寂に包まれた。メイド達も弟も俺も何も言えない。ただ、黙って美波と弟を見ていた。

 

「謝りなさい、遊歩くんに」

「なっ……なんでこんな奴に……!」

「私の彼氏を『こんな奴』だなんて言わないで。本当に怒るよ」

 

 いやもう怒ってんじゃん、とは言えない雰囲気だった。シスコンの弟を持つ姉ってのは大変だなぁ。つくづくそう思う。

 悔しそうに奥歯を噛み締め、俯きながらも視線はしっかりと俺に突き刺してくる弟。

 ーーーさて、そろそろいいか。

 

「美波、別に気にしちゃいないから。無理に謝らせなくて良いよ」

「ダメよ。私の弟が遊歩くんに嫌な思いさせたでしょ?」

「だから全然だって。わざわざこんな事で腹なんか立てないから」

「でも、私が許せないの。……す、好きな人を悪く言われるのは……」

 

 ……割と強情だな。ここは引いてくれないと困るんだけど……。あの弟、多分俺のことは絶対許さんし、こんなことで姉弟間の関係が崩れるのは俺も望まない。

 ここは美波の怒りを逸らしたほうが良いだろう。

 

「それよりも美波、この前洗濯したパンツに黄色いシミが」

 

 直後、顎に踵が飛んできた。後方に大きく吹っ飛び、後頭部を壁に打ち付ける。

 そんな俺に、美波は飛び掛かり、マウンド取って両頬を引っ張り回してきた。

 

「なんで実家に来てそういう指摘するのあなたはああああああ‼︎」

「ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 頬を引っ張るって攻撃は可愛いのに威力が本当に笑えない。まじで頬取れるって。

 でも、俺が正面からやられれば弟の気も晴れるだろう……と、思った時だ。

 

「やめろォー!」

 

 そんな声が響いた。俺も美波も弟の方を見ると、泣きながら叫んで逃げ出した。

 

「俺も姉ちゃんとそんな喧嘩がしたかったああああああ!」

「ぼ、ボッちゃまああああああ!」

 

 その後を慌てて追うメイドさん達。

 ……えーっと、まぁ……結果オーライ、かな? いや、絶対オーライじゃない気がする。後から闇討ちされそう。

 

「……どうしたのかしら。前はあんな事言う子じゃ無かったのに……」

「まあ、思春期の弟は大変なんだよ」

「私と、喧嘩したいなんて……」

 

 あ、少し泣きそう。かわいい。

 とりあえず手を離してもらい、立ち上がって小さく伸びをした。そんな俺に、美波が言った。

 

「……ありがとう」

「何が?」

「喧嘩、止めてくれて」

「いや別にお礼言われるようなことしてないし、お礼言うなら廻し蹴りはやめて欲しかった」

「あれは恥ずかしかったから……ていうか、本当についてたの?」

「ああ、それはほんと」

 

 蹴られた。

 

「……ほんとのことを言ったのは許せないけど」

「そんな怒るなよ。シミどころか本体も目の前で漏らしたことあるんだし……」

 

 蹴られた。

 

「……次はないから」

「ごめんなさい……」

「ほら、挨拶行くよ」

 

 草加煎餅を持って、美波の親父のもとに馳せ参じた。

 

 ×××

 

 結果的に言うと、思ったほど酷い人だったが悪い人では無かった。何が酷いって、親バカっぷりが。

 まず、全力で美波を抱き締めて来た。髪の匂いを堪能し始め、俺は握り拳から血を滴らせたが、美波が耐えてるので我慢した。

 で、俺に気付いた直後、それはもう覇王色の覇気やら大気を震わす霊圧やらの圧迫面接。本当に美波が好きなのか、だの、浮気はしてないんだろうな、だのと散々言われたが、まぁしてないし好きなので問題なかった。

 それでも美波の口添えもあり、最後は泣かれたけど「末長く娘をよろしく頼む、幸せにしないと殺す」とまで言われた。まぁ、するから問題ないが。

 

「ふぅ〜……もう、本当に疲れた……」

 

 しかし、美波はかなり疲れてしまったようで、自室のコタツでぐったりしていた。

 

「よかった、喧嘩にならなくて……」

「さすがに喧嘩はしないから。そっちの親父だっていい年なんだし」

「いやいや、パパは割と大人気ないよ。いざとなったら普通に手を出すし。私がアイドルになってからはあまりそういうのなくなったけど」

「……」

 

 危なかったのか? 割と。下手に「うるせぇ、少しは自分の娘の選んだ男を信じろ」とか言ってたら消されてたかもしんない。

 

「危なかった……。美波の父親だし、肉体はゴリラに違いないし」

「どういう意味かな?」

「なんでもないです」

 

 危な、ついうっかり自殺するとこだった。

 

「で、どうする? テニスやる?」

「ううん、今日は疲れたから……。今日は夕飯まで部屋でのんびりしよう?」

「了解」

 

 すると、ちょうど良いタイミングでノックの音が聞こえた。「失礼します」とメイド服姿の大竹さんが部屋の中に入ってきて、紅茶とクッキーを持ってきてくれた。

 

「旦那様の命により、僭越ながら茶菓子をお持ち致しました」

「わ、メイド服姿も似合いますね」

「……恐れ入ります。が……そのような事は美波お嬢様の前では……」

「あ、すみません……」

 

 隣から黒いオーラを感じつつも、コタツの上にティーセットとクッキーのお皿を置き、紅茶を注ぎ始めた。

 

「北山様」

「呼び捨てで良いですよ」

「いえ、美波お嬢様の恋人にそのような……」

「や、俺が落ち着かないから。あ、何なら遊歩でも……あ、ユウくんとかは? 二十代後半のお姉さんにあだ名で呼ばれるの憧れてて」

「遊歩くん?」

「いえ、なんでもないです……」

「では、ユウくん様」

「ユウくん様⁉︎」

「砂糖とミルクはいかが致しましょう」

「マックスコーヒーくらい甘くして下さい」

「畏まりました」

 

 ……ユウくん様、か……すごいところで落ち着いたな。まぁ良いけど。

 

「失礼致しました」

 

 そう言って、部屋から出て行った。さて、のんびりするか。クッキーを一枚、摘もうと手を伸ばすと、美波がその俺の手を叩いた。落としてしまったクッキーを拾い上げ、自分の口に運ぶ。

 

「……」

「……」

 

 もう一度、摘もうとしたが、同じように叩かれて防がれ、また横から取られた。

 

「……何?」

「ふん、私より大竹さんの方が好みなら、そう言えば?」

「え?」

「二十代後半の人に『ユウくん』って呼ばれたいんでしょ?」

 

 ……ああ、要するに拗ねてんのか、この子。相変わらず可愛い年上だな。

 

「別に、美波からは『遊歩くん』で良いよ」

「なんで? 私は好みの射程外だから?」

「や、別に二十代後半が好きとかじゃないから。女の人はみんな大好きだから」

「ん?」

「何でもない」

 

 口が滑った。

 

「あのな、美波には分からないと思うけど、男には年代によって呼ばれたい呼ばれ方ってのがあんだよ」

「何それ?」

「例えばー……そうだな。はるちんみたいな小学生には『ゆう兄』とか。けど、それを歳上のお姉さんに言われても怖いだけだろ」

「兄じゃないしね」

「で、二十代後半の人には『ユウくん』、美波くらいの年代の人には『遊歩くん』って呼ばれるのが一番良い。それだけだから」

「……ふーん。メイド服は?」

「あれはー……ほら、大竹さんスーツ着てたじゃん? スーツ着てカッコよかった人が、メイド服着て可愛いのはギャップ萌えが……」

「……へぇ、そうなんだ」

「う、浮気とかじゃないからほんとに! 大体、可愛いと思うだけで浮気になるなら、アイドルなんか全自動浮気男量産機だろ!」

「……わかってるよ。ただ、目の前で言われるのは何となく気に入らなかったってだけ」

 

 唇を尖らせながら、そんな事を言う美波。……ほんと、こういうたまに出る子供っぽい仕草こそ、美波の可愛いギャップ萌えなんだけどなぁ。

 まぁ、絶対に言わないけどね、そんな事は。

 

「悪かったよ。大竹さんが別の衣装を着ない限りは言わないから」

「というか、絶対に言わないで」

「アッハイ」

 

 絶対ですかー。まぁ、仕方ないですね。

 了承はしたものの、美波はまだ納得いかない様子だ。そんなに他の女の人が褒められるのは嫌なのかなぁ……少し想像してみるか。

 

『白石くんって、割とイケメンで思考回路がどうかしてるところも可愛くて良い子だね! 遊歩くんと交換しない?』

 

 ……なんてこった。頭の中で白石が500回、俺に殺された。確かに気に入らないわ。

 なら、美波にしかしないようなことをして証明するしかないな。

 その場でコタツの中に潜り込んだ。うわ、掘り炬燵かよ。個人の部屋に掘り炬燵とかマジで頭おかしい。

 少し引きつつも、中を移動して、美波のジーンズを履いてる足をとらえた。

 その美波の足の上から布団をめくって顔を出した。

 

「わっ」

「きゃっ……⁉︎ ゆ、遊歩くん……?」

「んー」

「い、いきなり何を……もう、甘えん坊なんだから」

 

 炬燵の中から美波を押し倒し、腕の上に頭を置くと、その頭を撫でてくれた。

 

「……こんなことするの、美波にだけだからな」

「……うん、わかってるよ」

 

 そんな話を短くして、そのまま二人で寝転がった。美波も俺も目を閉じ、ただ抱きしめあってお互いの体温を感じる。

 身体が徐々に火照って来ているが、今は美波の家なのでナニかすることは出来ない。代わりに、こうして互いに抱き合う。

 そんな中だ。ふと思った。

 ……あ、せっかく大竹さんが淹れてくれた紅茶冷めちゃう。

 

「よっ、と」

「? どうしたの? 遊歩くん」

「や、紅茶冷めちゃうから」

「……」

 

 身体を起こすと、美波は不満そうな顔をした。いや、言わんとすることはわかるよ。でも、親切を無下にするのはどうにも、ね……。

 

「ま、まぁ、座っててもくっついていられるんだし、怒るなよ」

「もう……ほんと、遊歩くんは誰にでも優しくて律儀なんだから」

 

 美波も体を起こし、紅茶のカップに手をかけた。炬燵に二人でいるのに、二人とも一辺に納まってるというよくわからない図になった。

 

「ね、遊歩くん」

「何?」

「映画観ない?」

「え、見れんの?」

「お母さんが映画好きなんだ。Blu-rayは大抵のものならあるよ」

「良いね」

 

 映画を見ながら、二人で炬燵でぬくぬくした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

里帰り(5)

 翌日、薄っすらと目を開くと、見慣れない天井だった。隣では、美波が形の良い唇から寝息を漏らしている。それで、昨日、新田家に泊まりに来たということを思い出した。

 今日は12月31日、大晦日だ。多分だけど、この家の掃除はとっくに終わっていることだろう。そんなわけで、今日は多分、テニスなり何なりする事になる。

 まぁ、それもこれもまずは朝飯からだが……その前に、美波の寝顔をもう少し堪能しよう。

 

「すー……すー……」

 

 規則正しい寝息が口から漏れる。母音が「う」だからか、口の形はキスをしているように見える。

 ……可愛いなぁ、俺の彼女。こう見えて子供っぽい所があるのがまた。

 あまりに可愛いので、少しイタズラしてみる事にした。人差し指を立てて、美波の頬を突いた。ふにっ、ふにっ、と突いた数だけ、頬が沈み、また膨らむ。異様に柔らかい。すべすべしてるし、まるで赤ちゃん肌だ。

 続いて、指をツツっとなぞらせて顎を突く。顎は流石に硬い。しかし、形の良い顎には男と違って一切のヒゲが生えていない。高校生の中でも割と生えてる奴は多いし、そもそも女の子の顎を触る機会なんか無いから、これまた新鮮だ。

 今度は顎から上がって鼻の下、口の上のあたりに到着した。溝の辺りが少し柔らかい。ここにも髭はない。

 続いて、鼻の穴に指を入れてみた。さすがの美少女でも鼻毛は生えてるようだ。この世の中に、美波の鼻毛を触ってるのは俺だけだと思うと、これはこれで嬉しく思え……。

 

「……何してるの?」

「……えっ?」

 

 あれ? いつの間にか、目を開けて……。

 

「……人の鼻の穴に指を突っ込んで、何してるの?」

「……」

 

 ……やばい、殺される。比喩じゃなく。な、何か……消される……。

 そんな俺の思考とは裏腹に、美波の表情はにっこりと微笑んで、いつのまにか俺の指を鼻から抜いてしっかりと握りしめていた。恐ろしい。

 

「……何か言うことは?」

「大丈夫、鼻くそも鼻水も付いてな」

 

 蹴落とされた。

 

「まったく……今の、パパに見られてたら殺されるからね」

「え、こ、殺されるの……?」

「着替えるからあっち向いてて」

「え、今更?」

「……見たいなら見てても良いけど。それで後ろから襲ってきたら本気で蹴るからね」

「……俺も着替えます」

 

 二人で背中を向け、着替えを始めた。パジャマを脱いで持ってきた私服のズボンを履きながら声を掛けた。

 

「そういや、美波。今日はどうする?」

「あ、そうね。テニスとかやりに行く?」

「良いね。あと何できんの?」

「フットサルとか。室内ならビリヤードとか卓球とかもいけるよ」

「全部やるか」

「ふふ、言っておくけど負けないからね?」

 

 そんな風に予定を決めながら着替えを終えた。これから朝食だ。

 

「とりあえず、朝ご飯ね。大竹さん達が作ってくれてると思うから」

「昨日の晩飯がバカみたいに美味かったからなぁ……」

 

 今から楽しみなんだけど。メイドってマジで飯作るのうますぎる。メイド喫茶とか鼻で笑うレベルで。

 あんな飯を食いながら隣の人が育ってきたと思うと少し羨ましいが、まぁ美波の飯も同じくらい美味いし、我慢しよう。味が似ていたのは、多分幼き頃の美波がメイドさん達に教わってたんだろうな、と思うと微笑ましく思える。

 そんなことを考えながら二人で部屋を出ると、弟が待機していた。

 

「あ、姉ちゃん。……と、北山」

「おはよ」

「よう、弟」

 

 微笑む美波と、ほくそ笑む俺。弟はギリッと奥歯を噛みしめると、美波の腕を掴んだ。

 

「姉ちゃん、朝飯食いに行こ」

「へ? ど、どうしたの?」

「ん、別に?」

 

 や、別にじゃねぇだろ。テメェ彼氏の前で……。喧嘩売ってんの?

 と、思ったらこっちを見て、ニヤリとほくそ笑んだ。喧嘩売られてた。

 

「……」

 

 俺は美波の反対側の袖の裾を摘んだ。

 

「? 遊歩くん?」

 

 無視して、袖を引っ張って自分のように引き寄せ、腕にしがみついた。

 

「これくらい強引の方が好みでしょ?」

「え? ま、まぁね?」

「……ぐぬぬっ」

 

 はっ、ザマーミロ。彼女も作ったことのないクソガキが歳上の女性を口説くなど百億年早いわ。

 そんな時だった。ゲシッと腰に手刀が飛んできた。美波は両腕が塞がっている。つまり、もう片方の新田の方だ。

 

「……」

 

 イラっとしたので、俺も後ろから足を回した。弟の脚を蹴ると、反対側から殴って来た。

 

「……」

「……」

 

 殴り返した。

 殴られた。

 殴り返した。

 殴られた。

 

「「うがああああ!」」

「よしなさい!」

 

 弟は首根っこを掴まれ、俺は蹴りで壁に叩きつけられた。だから制裁の威力が違くない?

 

「何してるの、二人とも。仲良くしなさい」

「そいつが先に手を出してきたんだよ! なのになんで俺だけ蹴られんの⁉︎」

「仕返ししたらお前も同罪だろバカ」

「ああ⁉︎ てめっ……!」

「あなたから手を出したの?」

 

 ピリッとした声に、弟は背筋を伸ばす。はっ、バカめ。その姉ちゃん怒ると怖いぞ。

 

「ダメでしょ。どうして仲良く出来ないの?」

「っ、そ、それは……!」

「そいつがシスコンだからだろ」

「殺す」

「来いよナメクジ」

「二人とも?」

 

 にっこりした笑顔だけで男の子二人の動きを止めるんだからすごいや。

 

「とにかく、喧嘩しないの。次、喧嘩したらほんとに怒るからね」

「あれ、俺怒られてないのに蹴られたの?」

「ほら、行くよ」

 

 連行される形で朝食の席に向かった。美波を先頭に、両サイドから一歩引いて俺と弟は並んで歩く。

 ふと横を見ると、目が合った。お互いに眉間にしわを寄せ、別の方向に目をそらした。

 

「チッ」

「けっ」

「な、仲良くしてよぅ……」

 

 美波の泣きそうな声が可愛かった。

 居間に到着し、扉を開けると大竹さんと出会した。

 

「大竹さん、おはようございます」

「おはようございます」

「はざまっす」

「おはようございます、お嬢様、おぼっちゃま、ユウくん様」

 

 相変わらず変な呼ばせ方しちまったなぁ。

 少し後悔しながら、続いてご両親に挨拶する。すでに席についてお向かいに座って二人の元に頭を下げに行った。

 

「おはようございます」

「おはよう、北山くん。もう目覚めなきゃ良かったのに」

「あなた、美波が選んだ子にそのような事を言うのはよして」

 

 俺への罵詈雑言は相変わらずだった。まぁ、別に交際は認めてくれたわけだし、その辺の小言は気にならない。むしろ、大事な娘を取られたんだ、嫌味の一つくらい言わせてやるべきだろう。

 

「あなたが北山くん?」

「えっと……美波のお母さんですか?」

「はい。美波を泣かせたら殺すから注意してね?」

 

 この母親も中々だった。しかも割と本気で言ってそうなところが怖い。

 で、ようやく食事の席に着く。美波の父親の前に母親、母親の隣に美波、美波の隣に俺、美波のお向かいに弟が座ってる。

 すると、大竹さん達が朝食を運んできた。ヤベェ、ゲロ美味そう。

 準備を終えると、大竹さん達は下がってしまった。昨日も思ったが、やはり飯とかは一緒には食べないらしい。

 あいさつし、食事を開始。この時間は気まずいんですよね……。

 

「北山くんは、高校生だっけ?」

「あ、はい」

 

 お母さんの方が声をかけてきた。

 

「部活はやってるの?」

「いえ、やってないです。やってると、夏休みにずっと実家にいられませんから」

「夏休みには、やっぱり家に帰りたいんだ?」

「そうですね。帰ったら、友達の親のバイトとかしてます。美波と初めて会ったのもそれですね」

「つまり、あなたが部活に入っていれば、美波と出会わずに済んだのね?」

 

 ……うん、そこまで気に食わないかね。

 

「お母さん……。遊歩くんは」

「分かってるわよ、冗談だから」

「なら良いけど……」

「あなたが選んだ子だもの。それよりも、出会った経緯をお聞きしたいわ」

 

 そう微笑まれてしまい、仕方なく説明した。

 

「別に、大したきっかけじゃないですよ。美波の友達が逸れたから、一緒に探しただけです」

「アイドルだから?」

「それはないよ、お母さん。遊歩くん、全然、私がアイドルだって気付かなかったんだもん。海の家の店長さんに無理矢理、手伝わされてたし」

 

 美波の口添えで、母親は渋々、納得した。

 

「そう……。てっきり、ヤンキーに絡まれてたら美波に助けてもらったとかだと思ってたわ」

「いや普通、逆だと思うんですけど……だいたい、その辺のヤンキーに負けるほど弱くないですよ、俺」

「あら、喧嘩とかするの?」

「滅多にしないです。どうしてもしつこくて、何を言っても聞かない相手の時だけ」

 

 暴力は好きじゃない。信じられるもんが拳だけになった時の最終兵器だ。もしくは、美波に危険が及んだとき。

 すると、美波の母親は自分の娘をちらっと見上げた。

 

「……正直な子なのね。それに、堂々としてる」

「正直過ぎる所がたまに傷だけどね」

「ま、そういう子ならあなたを任せても良いでしょう。北山くん、美波をよろしくね」

「え? あ、はい」

 

 ……もしかして、何かを見られてたのか……? 怖いな、新田家。全然、気付かなかった。

 まぁ、切り抜けたならそれはそれで……と、ホッと胸を撫で下ろすと、父親の方が口を開いた。

 

「北山くん」

「なんですか?」

「趣味とかあるか?」

 

 その質問は唐突なものだった。多分、向こうも普通に世間話のつもりだったんだろう。スポーツが得意なら、家にあるもので何かしよう、的な。

 しかし、だからこそ、ホッとしていた俺に出来た唯一の隙だった。正直な俺は、いい笑顔で答えてしまった。

 

「アーニャ大天使様です」

「「「……はっ?」」」

 

 美波、母親、父親の声がシンクロし、弟はふっと笑みを漏らした。こいつ馬鹿だ、みたいな。

 俺もそう思う。言ってから自分のミスを悟り、その場で静止する。が、遅かった。

 

「……北山くん、それはどういう意味かな?」

「え、あ、いや……」

「美波というものがありながら、他の女性にうつつを抜かしてるって事?」

「ち、違……」

「分かってると思うが、浮気なんてしたら許さんぞ」

「大西洋、血に染めて」

 

 その言い草に、俺は机を強く叩き、椅子を膝裏で押し倒して立ち上がった。

 

「ふざけるな! 俺が浮気なんかするか! たとえアーニャ様がどんなに天使であっても、目の前で美波と二人から全裸になって誘われたら迷わず美波にぶべらっ⁉︎」

 

 隣から飛んできた廻し蹴りの爪先が、俺の鼻の頭を捉えた。壁に叩きつけられ、壁に少しヒビが入る。

 となりの美波の見事なハイキックだ。それを見て、父親も母親も弟も唖然として美波を見上げてる。

 

「ごちそうさま。部屋に戻るね? 遊歩くん、10分後にテニスコート集合だから」

 

 そう言って部屋を出て行く美波を見ながら、ご両親からの冷たい視線が俺に突き刺さる。

 

「……うちにいた時はあんな綺麗な廻し蹴りしなかったな」

「……あなた、やっぱり交際の件は……」

「ああ、保留だな」

 

 保留になった。

 

 ×××

 

 テニスコート。俺と美波はラケットを握り、軽いノリでラリーをしていた。俺は私服だが、美波はこの真冬のクソ寒い中でも、俺のリクエストに答えてテニスウェアをきてくれた。

 

「うう、やっぱ少し寒いなぁ……」

「俺が暖めてやろうか?」

「そんな事したら、またパパ達が……」

「ああ、うん。知ってる。マジで寒かったらジャージ着て良いよ」

「ううん、遊歩くんはこの格好の方が良いんでしょ?」

「や、風邪引かれても困るし、部屋で目の前でそれ着てくれればそれはそれで……」

「……変態」

「や、冗談だから」

 

 半分は、というのは口に出さなかった。

 しかし、こんな風に軽口叩き合っても、美波はミスる気配を見せない。運動も出来るとか、つくづく俺には勿体無い彼女だ。

 

「遊歩くん、それにしても変わった打ち方するね」

「そう?」

「そうだよ。なんかバドミントンみたいというか、卓球みたいというか……なんか、変」

「独学だからな。逆に美波は美しいよ」

「そう?」

「太ももが」

「……どこ見てるのよ。本当にあなたはもう……」

 

 照れた癖に、何か攻撃はしてこなかった。満更でもないようだ、可愛い。

 

「その太もも、あとでモミモミしても良い?」

「余計なこと言わないの……可愛げから気持ち悪さに変わるから」

「……もしかして、たまに言うああいう発言、嫌だった?」

「んー、テンションによるかな。今はほら、運動中だから」

 

 なるほど……まぁ、イライラしながらTwitterいじってる時にエロ垢とかからフォロー来たらムカつくもんな。普段なら少し覗くけど。

 

「……以後、気をつけます」

「あ、いや……たまになら、良いんだけどね……」

「……」

「あうっ」

 

 自分で言って自分で恥ずかしがってる俺の彼女は、動揺して空振りした。相変わらずエロいなぁ、俺の彼女。

 ま、これからはとりあえず、その辺を見極められるようになろう。

 

「ご、ごめんごめん」

 

 慌ててボールを取りに行く美波に、ラケットを担ぎながら聞いた。

 

「そろそろゲームする?」

「良いね。何か賭ける?」

「じゃあ、負けた方はアーニャさんのモノマネをする」

「言ったね? 後悔しても遅いよ?」

 

 そりゃこっちのセリフだ。二人で好戦的にニヤリと肩をゆがめた時だ。

 テニスコートの扉が開いた。現れたのは、申し訳なさそうな表情の大竹さんと、ヤンキーのようにメンチを切ってる弟。

 

「よう、北山」

「あ?」

「申し訳ありません、お嬢様。私は止めたのですが……」

 

 謝る大竹さんを無視して、弟は俺にラケットを突きつけた。

 

「俺と勝負だ。勝った方が、今日姉ちゃんといられる権利を得る、って事で」

「……はぁ?」

 

 なんだこいつ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

里帰り(6)

今回の話に登場する必殺技みたいなのは、物理もテニプリも何もかも無視してテキトーに考えたので実践不可能です。真似しないように。


 突如、始まった。俺対弟。これだからブラコンは困るってんだよ本当に……。

 まぁ、ここでコテンパにしておけば何とかなるだろ。姉の前で泣くほどフルボッコにしてやるよ。ファミスタみてぇなスコアにしてやるぜ。

 首と手首と足首をコキコキと回してると、美波が不安そうな表情で聞いてきた。

 

「遊歩くん、大丈夫なの?」

「何が?」

「勝てるの?」

「余裕だろ。木っ端微塵にしてやるよ」

「や、でも……あの子、私の弟だよ?」

「シスコンじゃん」

「……私の弟ってことは、運動神経もそれなりだから……」

 

 ……なるほど、そういうことか。まぁ、気持ちは分からないでもない。

 だが、俺だってそう簡単に負けてやるつもりはない。

 

「準備良いのか?」

「ああ、いつでも来いよ。朝一で姉ちゃんの鼻毛をほじくってた変態」

「ほっ、ほほっ、ほじくってないから! ちょっといじって遊んでただけだから! てか、どこから見てたんだよテメェ!」

「コテンパにしてやるからな」

「鼻水も鼻くそもない綺麗な鼻腔だったぞコラァ!」

「遊歩くん、やめて」

 

 そんな話をしながら、いざ試合開始。弟からのサーブだ。

 お前、テニスの経験あるの? と聞きたくなるほど綺麗なフォームで、鋭い球が俺の横を通過した。

 

「15-0」

 

 大竹さんから淡々とした声が聞こえる。

 ……なるほどな、たしかに美波の弟って感じのする、基本の型をこれでもかと反復練習を繰り返した球だ。多分、美波に少しでもくっついていられるように、だ。

 続いて、二度目のサーブ。弟は同じようにボールを放り「遥か遠き理想の型(バーフェクトサーブ)」を放つ。

 その球を、その場で左足を軸足にして回転しながら、右手の手首を若干、返し、ボールの上側を撫でるように打ち込んだ。

 

「!」

 

 卓球のドライブの如く勢いとスピンを増し、変なブレを生じて弟のラケットの下をくぐり、着弾した。

 

「15-15」

 

 大竹さんが淡々と宣言する。美波が見えない所で「おおっ……」と感心したような声を漏らした。

 

「……おいおい、なんだよ今の」

 

 冷や汗を浮かべた弟が、不敵な笑みを浮かべて聞いてきた。

 その弟にラケットの先端を向け、俺もニヤリと口を歪ませて、あくまで冷ややかに言い放った。

 

「『黄火嵐反射』」

「黄火、嵐……反射?」

 

 それならこっちは真逆のスタイルだな。うちの地元の変態運動神経二番手の俺は、独学であらゆるスポーツを学んで来たんだ。銀魂的に言うと、これは柳生流vs万事屋+真選組といったところか。

 

「やるな……。そんなん、俺がやってきたテニスの相手にゃいなかったぞ」

「落胆させてくれるなよ、この程度で怯むな」

「バカ言うな、少し面白くなってきたところだ」

「へぇ……言うじゃん」

 

 不適にお互いに微笑み、ゴゴゴゴッとオーラを醸し出す。

 

「……あの、大竹さん。あの二人は何を……?」

「燃えているのです、お嬢様を巡って。その温度に当てられ、長らく忘れていた『厨二魂』を思い出したのです」

「な、何? それ」

「四年ほど前、坊っちゃまにテニスの公式戦で眼帯を装備し、構える時に抜刀をし、点を取るたびにポーズを取っていた時期があったでしょう? アレです」

「あ、あー……」

「しかし、まさかユウくん様までそれをお持ちとは……私、些か驚きました」

「あの……大竹さん、私も『ユウくん』って呼んでみても平気、かな……」

 

 何か話してるのは聞こえるが、今の俺の神経は次のサーブに向いている。

 再びサーブが飛んできた。それを黄火嵐反射で返すと、向こうも負けじと返してくる。

 相変わらず、基本通りの綺麗なサーブだ。だが、ある意味では、俺と弟は相性抜群だ。何故なら、向こうは自分と同じように基本通りの相手としか戦ったことないはずだからだ。もしくは「守破離」というように、独特であってもベースとなる部分は基礎となってる相手。

 つまり、最初から「離」のところにいる原住民みたいなやつを相手にするのは初めてのはずだ。逆に俺はたまにテニス部の奴とやりあったりしたからもんだから、相性的には有利だ。

 こっちは別の技を返した。

 

「『そういや、何セットゲームにする?」

「え? あー……」

「……と見せかけてスマーッシュ‼︎』」

「うおっ……て、てめっ……!」

 

 ふっ、姉に似て素直で肝心な所でマヌケな奴め。これで15-30だ。

 

「……ちっ」

「おら、どうした? で、何セット?」

「1セットだよ!」

「1セットぉ〜〜〜? 良いのかなぁ? そんなんでぇ! 大丈夫ぅ?」

「るせーよ!」

「……大竹さん、なんだか私の彼氏の方が悪役っぽいよ」

「……お嬢様はあれのどこに惚れたのですか?」

「き、聴きたい……?(隙あらば惚気る系女子)」

 

 ゴヌッと新たなサーブが打ち出される。それを俺も返した。俺の打球はそれは返しにくい事だろうな。何せ、手元に野球や卓球で培った変な返しを使ってるから、5回に3回くらいの確率で変な回転がかかるのだ。ある意味、100パーセントかかるよりも厄介だろう。

 さらに、追加点で15-40。

 

「おいおい、さっきまでの威勢はどうした? そんなんで良いのかよ、弟?」

「……ふん、確かにデカい口叩くだけの事はあるな。実にやりにくい」

「だろ? もう降参しない?」

「しねーよ。ちょうど、そっちのスタイルのくせを理解し始めた頃だ」

「……は?」

 

 なんだと?

 困惑してる間に、サーブを打たれた。それを相変わらずの変なスピンで返す。

 弟も見事に返してきた。それも、なんかブレも無く。

 

「!」

 

 しかし、決定打になるような球じゃない。俺も同じようにスピンで返した。

 が、それも上手く返してきた。それも、ネット側ギリギリになるように。

 

「うおっ……!」

 

 マジか、こいつ……!

 慌てて返すが、俺は向こうと違って緩い球になってしまった。しかも、ネットの前まで来てしまっている。向こうにとってはこれ以上にないほどに好機だ。

 これでもかというほどの豪速球を叩き込まれ、30-40となった。

 

「っ……!」

「基礎が出来てる、ということは、応用をいくらでも効かせられる、と言うことだ」

「てめっ……!」

「慣れてしまえば、貴様のトリックショットなど、タネの割れたぺてん師に過ぎん」

 

 クッ……マジかよ、こいつ。こりゃかなりシンドイな……。

 続いて、六度目のサーブ。それをスピンをかけて返すと、向こうも慣れた様子で強い球を打ち返す。

 しかし、だからと言ってこっちも向こうの球を返せなくなったわけではない。負けじと強く打ち返した。

 すると、向こうは軽めの球を返してきた。ネット際、ギリギリの球だ。

 それを、俺はラケットを大きく振りかぶり、その勢いを急に殺して軽く打ち返した。

 

「っ……!」

 

 残念だな、化かし合いなら負けねーよ。

 向こうはギリギリ飛び込み、ポーンと高く打ち上げた。コートの後方、ギリギリに収まるようにだ。

 が、それは読めてた。スタートダッシュは切っていたので、今度は速く打ち返した。

 しかし、向こうはそれにも食らいつく。……って、オイオイ。膝から血ぃ出てんじゃん。さっきの飛び込みか?

 

「このっ……!」

 

 打ち返され、それを俺は左端に振った。それにも向こうは追い付き、打ち返してくる。

 ……そんなに姉と一緒にいたいのか? シスコンっつっても限度があるだろ。俺に姉妹はいないが、今までずっと一緒に暮らしてた人と離れて暮らすのは、そんなに辛いのかね。

 しばらくラリーは続く。俺も弟も一進一退だ。美波はどちらを応援したら良いのか、大竹さんと何かお喋りしてる。

 とりあえず、さっさと決めよう。疲れてきたし。

 向こうから飛んできた、比較的緩い一撃の正面に立った。軽く後方に跳びながら、左肩にラケットを添えて振り下ろし、ボールの下半分を撫でるように打ち返した。

 

「!」

 

 それによって、ボールにはバックスパンが掛かる。ゴルフのアプローチと同じ感じを狙い、ネット際に落とした。

 

「チッ……!」

 

 いち早く、狙いを察知した弟は飛び込んだ。向こう側のネットに着弾したボールはネットの方に向かうが、それにラケットの先端をギリギリ当てた。

 うわ、マジか。あの野郎、追いつきやがった。

 逆に、後方にとんでた俺はその球には追いつかない。打ち返すどころか、走ることもできなかった。

 これで、40-40。デュースだ。だが、弟に問題が起こった。膝からの出血がひどい。

 

「! ぼっちゃま……!」

 

 気付いた大竹さんが弟の方に行こうとしたので、俺が美波に声を掛けた。

 

「美波」

「何?」

「美波が見てあげて」

「へ?」

「怪我」

「……良いの?」

「良いの」

 

 すると、大竹さんと一緒に弟の膝を手当てし始める。羨ましいなぁ……俺も怪我しようかなぁ……。

 手当が終わり、軽く両足を伸ばしたり振ったりする弟を待ちながら、審判席の横に戻って来た美波に、小声で声を掛けた。

 

「なぁ、美波」

「何?」

「弟は、好きか?」

「え、ええ、まぁそれは……」

「……そうか」

 

 ……まぁ、あの膝じゃあ厳しいだろうしな……。弟がサーブを打つ前に大竹さんに声を掛けた。

 

「引き分けで良いですか?」

「へっ?」

「半日だけ、美波を弟に貸す……これで手を打ちます」

「よろしいのですか?」

「よろしいのです」

 

 そう言って、ラケットを担ぎ、テニスコートの出口に歩いた。

 

「それで良いな? 弟」

「お、お前……」

「そんかわり、美波のおっぱいと太ももと首筋と股間に触れたらマジぶっ殺すからな」

 

 それだけ言って、美波の部屋に戻った。

 

 ×××

 

 午後2時。アレから4、5時間ほど経過した。俺は寂しさのあまり、美波のベッドでゴロゴロしていた。あーあ……格好付けすぎた……。

 畜生、こういうとこだよな……。ちょうど、美波と出会った時もだ。同じ部屋とは言わないまでも、宿の人と知り合いなんだから泊まらせて貰えば良かったものを、カッコつけて帰って転んで足折ったのを思い出した。

 でもさぁ、姉と一緒に過ごしたいからって足をあんなに抉ってまで頑張られたら、遠慮しちゃうじゃん。好き嫌いは関係ないんだよ、こういうのには。

 

「……誰かに構ってもらいたいなぁ」

 

 と、口ずさむのは5回目だ。が、みんな何故か電話に出ない。まぁ、仕事で忙しいんだろう。

 ……よし、美波の部屋でも漁ろうかな。もしかしたら、案外エロ本とか落ちてるかもしんないし。

 

「……」

 

 ……やめよう、なんか弟を利用して本人がいない間に下着を探す変態みたいだ。

 あー、流石に半日は長かった。5時間くらいにしておけばよかった……。美波に会いたい……。

 ちなみに、弟も含めて一緒にというのは無い。百パー喧嘩になるし、美波の重たい蹴りを喰らうのは俺の方だし。

 

「はぁ……」

「何をため息ついてるの?」

「うぇいっ」

 

 急に声をかけられ、変な声が漏れた。

 顔を上げると、美波が微笑みながら手を振っていた。

 

「あ、あれ? 美波……?」

「さ、遊びに行こっか」

「や、行こっか、じゃなくて……なんでここにいんの?」

「ふふ、あの子が行けってさ。十分、構ってもらえたし、怪我に気を使われるのも嫌だしって」

「え?」

「それから『あのバカは自分で言って絶対後悔してる』って」

 

 ……あのやろ。当たってんのが腹立つ。

 小さく舌打ちすると、美波がニコニコ微笑みながら俺の頭に手を置いた。

 

「ふふ、でも本当に後悔してたでしょ?」

「っ」

「やっぱり遊歩くん可愛い」

「……うるせーから」

「良い子良い子」

「本当にうるせーよ」

 

 撫でてくる頭を軽く払い、身体を起こした。

 そんな俺に美波はニコニコ微笑んだまま俺と手を繋いだ。

 

「さ、次は何する?」

「フットサル」

「良いね。怪我しないようにね?」

「わーってるよ。美波は怪我して良いよ。俺が手当てするから」

「怪我してないところも触られそうだから結構です」

 

 そんな風に軽口を叩き合いながら、再び表に出た。

 

 




里帰り編、思ったより長くなりました。あと1〜2話で終わります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

里帰り(7)

あけましておめでとうございます。
関係ないけど、大晦日に投稿する予定の話でした。


 弟を撃退し、ようやく二人きりでのんびり出来ることになった。

 それからと言うのも、色んなスポーツをした。テニス、フットサル、バドミントン、バレーボールととにかく色々。

 で、今やってるのはバスケ。ほんとなんでこんな施設あんだよこの家。

 1on1で、俺と美波は向き合っていた。その表情に、お互いに笑みはない。むしろ、表情や身体の動きから隙を伺うようにジッと止まっていた。

 現在、スコアは4-5、俺がリードしてる。何故かバスケでデュースというルールを作ってしまったため、5点先取なのに6点目に挑んでいた。だって、美波が意外にもお願いして来たんだもん。

 ボールを手にしてるのは俺の方。全神経を張り詰め、マジ顔の美波と目を合わせていた。

 

「……」

「……」

 

 中腰の姿勢のまま、しばらく固まってると、俺は不意に目を逸らした。それにピクッと反応し、スティールを狙ってきたが、それこそ俺の思う壺だ。右側に体を回転させながらドリブルし、一気に横を抜いた。

 が、この程度で抜けるほど甘くはない。読んでいた……いや、正確には備えていたように反対側から回り込み、横から付いてくる美波。

 俺は急ブレーキをかけ、バックステップでシュートモーションに入った。

 

「ーっ!」

 

 が、それも読まれていた。左手が伸びてきて、肩口に運んだ所でカットされてしまった。

 

「遊歩くんならそう来ると思った」

「身内読みやめろよ」

「さ、次は私の番ね」

 

 美波がボールを拾い、攻守交代。再び、お互いに構えて向かい合い、しばらくにらみ合った。

 が、今度は美波が動き出した。左に身体を傾けてフェイントも無しに抜こうとするが、そんなので俺も抜かれるほどぬるくない。

 前に踏み出すと、切り返して逆側から攻めてきた。バカみたいな反射神経で喰らい付く。両手を広げながらついていって、ゴール下まで競り合った。

 それでも強引に抜こうとする美波に手を伸ばしたが、それを読んでいたように美波はバックステップでシュートを放った。

 

「っ、のやろっ……!」

 

 反射的に跳び、指先が触れたが、ボールの軌道を変えられるほどではなかった。ゴールにボールは収まり、これで5-5。

 

「……なぁ、やっぱデュースっておかしくね? これバスケだよ?」

「逃げるんだ?」

 

 ……この意外と負けず嫌いさんめ……! そんな風に言われたら、俺だって負けられない。

 俺も姿勢を低くしてボールを持った。攻守入れ替えは、攻撃に成功しようがしまいが交互だ。

 再び、隙を伺う睨み合い。直後、俺はシュートモーションに入った。それに合わせて跳ぶ美波。はい、引っかかった。

 フェイクにモロに引っかかった美波のすぐ横を抜け、ドリブルし、レイアップシュートで決めた。

 

「……あのさぁ、なんで遊歩くんってフェイントだけ異様に上手いの?」

「他の奴と違ってシュートよりもドリブルの練習してたから、かなぁ」

「……その時から性格悪かったんだ」

「お前それは言い過ぎだろ……」

「はいはい、攻守交代」

 

 ボールを拾ってハーフラインに戻った。

 

「一応聞くけど、賭けの内容覚えてるよな?」

「もちろん」

「5-6だからな今?」

「分かってるから早く」

 

 よっしゃ。じゃあ、さっさと勝つか。

 再び美波がボールを持ち、俺はその前で構える。……というか、異性の美波にここまで張り合われてるのは、ある意味情けないな。高校入ってからはあんま運動してなかったからかな。

 なんにしても、負けるわけにはいかない。俺の羞恥心のためにも!

 直後、美波は右側にドライブした。斜めに体を捻り込み、乳揺れなんぞ御構い無しに突っ込んだ。

 俺の身体をあっさり抜いて、レイアップへ。しかし、今のはわざと抜かせた。後ろから跳んで球を弾いた。

 

「あっ……!」

「あー、これ最後まで取っといてよかった」

「性格悪いわよ、ほんとうに!」

 

 うるせぇ。勝ちゃ良いんだよ、勝ちゃ。ルール違反はしてないし。

 さて、あとはここで決めれば勝ちだな。両手でボールを持ち、美波と正面から向き合う。

 ここを取れば勝ちだ。だが、それは逆に言えば、美波にとってここを取られれば負けとなるのだ。

 それは美波も当然、理解していて、最警戒モードへと移行している。これは簡単には勝たせてくれなさそうだ。

 ……なら、出すしかないな。さっきのわざと抜かせて油断させるような作戦ではなく、本当の切り札ってヤツを。

 眉間にしわを寄せ、右手首のスナップでドリブルを始めた。動かず、その場でだ。美波もそれに伴い、俺の目から眼を離す事はしなくなった。

 心臓の音がやけにうるさい。柄にもなくプレッシャーを感じているようだ。しかし、この緊張感は嫌いではない。むしろ心地良いものだ。これだからスポーツはやめられないんだよな。

 

「……」

「……」

 

 美波の張り詰めた神経が途切れる様子はない。だからこそ、俺は確信を持って行動した。

 ーーーここだ、と。

 白目を剥き、唇を尖らせて吊り上げ、鼻の穴を広げた。そう、変顔作戦だ。

 直後、美波の目は点となり、呆気にとられる。が、やがて、プフッと吹き出した。

 その隙を逃すほど俺は愚かではない。自分の出せる最高速で美波の横を通り過ぎ、レイアップを叩き込んだ。

 

「あ、あー!」

 

 美波が悲鳴にも似た叫びを上げた頃にはシュートを決め終えたあとだ。

 ドヤ顔で美波の方を見ると、怒ったように顔を赤くして人差し指を俺に突き立てながら接近し、胸を突いてきた。

 

「ち、ちょっと! 今のズルでしょ⁉︎」

「何が?」

「へ、変顔を突然するのはダメだよ!」

「いやいや、あれが変顔とは失敬な。マジ顔だから」

「嘘だ!」

「人間、力むと変な顔になっちゃうでしょ。それを変な顔って言うのは少し失礼じゃないかい?」

「むぐぐっ……!」

 

 奥歯を噛み締め、悔しそうな表情を浮かべる美波。が、やがて小さくため息をついた。

 

「もう……わかったわよ……」

「はい、賭けは俺の勝ちな」

「まったく……男の子の癖に小さいんだから」

「勝負事では小さい奴が勝つんだよ」

「誇らしく言わないで。ムカつくから」

 

 む、ムカつくの? まぁ、ムカつかれても俺の勝ちだし、別に良いけどね。

 ……まぁ、罪悪感がないわけでも無いが。仕方ないな。

 

「……コタツの時は美波の脚の間に入るから」

「……え、それで良いの?」

「ああ」

「じゃ、決まりね? 今日はもうお部屋に戻ろっか?」

「はいはい……」

 

 美波は爛々とした様子でボールを倉庫に仕舞いに行った。

 賭けの対象は「部屋で二人でどこかに座るとき、どちらがどっちの膝の上に座るか」である。

 俺が上に座るのは男なのになんか恥ずかしいし、かと言って美波は歳上なので恥ずかしい。じゃあ座らなきゃ良いじゃん、とはならない。だって少しでも多い面積で触れ合いたいでしょ。

 ちなみに、コタツの時に膝の上に座るのは流石にキツイので、コタツに限っては脚の間ということになった。

 

「遊歩くーん、早くー!」

 

 元気に手を振る美波。アイドルのメンツによれば、美波は事務所ではお姉さんの立場であることが多いらしい。

 つまり、ああいった子供っぽい面は俺の前でしか出していないわけだ。それを思うと、何となく嬉しく思えてしまう。世界中で俺しか見れない、美波の一面や素直さがある。それだけで、美波が俺の彼女であることを実感出来てしまう。

 ーーーまぁ、最も。

 

「ところで遊歩くん、部屋についたら先にコタツに座る? それともソファーにする?」

「ソファーだろ」

「私はコタツが良いなぁ」

「……」

「……」

 

 ーーー勝負で負けを認めるつもりはない。

 この後は卓球勝負だ。

 

 ×××

 

 シャワーを浴び終えて、飯を終えた俺と美波は、早速部屋に入った。卓球では俺は負けてしまったので、コタツで美波の足の間でぬくぬくしていた。

 でも、まぁ、なんだ。恥ずかしいわ、やっぱ。女の子の上に乗るのはエッチの時だけだ。

 一方の美波はとても嬉しそうに微笑みながら、俺の脇腹から左手を回し、頭を撫でてくれた。

 

「……ふふ、遊歩くんが甘えてくれてる……♪」

「……甘えてねーから」

「良い子良い子」

 

 この野郎め……全然、話聞いてねえな……。まぁ良い、俺だって美波に甘えるのが嫌なわけじゃない。ただ、気恥ずかしいだけで。

 しかし、ここまでご機嫌ならそれはそれで面白いかもしれない。

 

「美波、背中のオッパイが柔らかい」

「絞めるよ?」

 

 ご機嫌な殺人予告だった。まぁ、そんなんでも可愛いから良いが。

 ……はぁ、ことこうなったら仕方ないな。見え張ってても意味ないし、とことん甘えてやるか。

 そう決めると、美波の方に体重を預けた。身長は伸びてきて美波を少し追い越したくらいなので、頭の高さは同じくらい。

 だから、腰の位置をずらして胸の上に後頭部を置いた。

 

「っ、な、なに?」

「……どうせ恥ずかしい思いするなら、思いっきり甘えてやろうと思っただけだよ」

「ふふ、素直で可愛い」

「言っとくけど、後からポジション変わるんだからな?」

「年末くらいはこたつでのんびりと……」

「一年の締めくらい、こたつから出ようぜ」

 

 絶対に折れない。そもそも、元々バスケで勝ったのは俺だからな。……まぁ、今はその話は良いか。

 だらーんと美波に体重を預けると、美波は俺を抱きしめて後ろに仰け反った。

 こたつに寝転がる形になり、流石に俺を上には乗せられないようで、横に二人して寝転がった。で、お互いに顔を見合わせる。

 何がおかしいのかわからなかったが、何かおかしくて二人で吹き出し、笑い合った。

 

「あはは、なんか……やっぱり楽しいね。二人でいるの」

「それなー。やっぱ、好きな人と暮らせるのは良いなぁ」

「ふふ、しかも両親公認だし、堂々としていられるから尚更、ね」

「ああ」

 

 そんな話をしながら、美波は俺の両頬に手を当て、唇に軽く唇で触れた。

 

「ふふ、好きだよ。遊歩くん」

「……舌は?」

「今は普通にイチャイチャしてたいの。遊歩くんみたいにいつもムラムラしてないの」

「アイドルがムラムラとか言うなよ……」

 

 そういうとこが、なんか俺の彼女って感じするんだけどさ。

 そのまま二人で寝転がりながら、頬をつついたりキスしたり、近距離で脇腹をつついたり……と、とにかく色々。

 これはこれで楽しいと思うし、高校生如きで幸せなんてものも感じてしまう。

 しかも、今は俺が愛でられる番のため、頭も撫でてくれるし、胸の谷間に顔を自分から埋めさせて来る。変態的な行為ではなく、ただただ甘えさせるためだろう。こっちは二重の意味で美味しいが。

 

「柔らかい……」

「女の子は柔らかいものだよ? お腹周り以外」

 

 ……あれ? 変態的な意味無いんだよね?

 まぁ、美波が良いなら俺は全然、良いんだけどね。

 ……けど、その、何? そろそろ交代じゃね?

 

「……美波」

「なぁに?」

「そろそろ俺の膝に乗らない?」

「……乗る」

 

 よっしゃ。

 

「もうコタツのままで良いか?」

「うん。……じゃあ、その……よろしくお願い、します……」

 

 頬を赤くしながら、小さく俺の胸前に頭を下げた。恥ずかしがってる癖に、甘えたいとかほんと素直で可愛い。

 その美波を俺の胸板に当てて、頭を優しく撫でてやった。

 

「……やっぱり恥ずかしい」

「我慢しろ」

「……別に、嫌じゃないから」

「……あそう」

 

 ああ……かわいい。今はガ○使を見てるけど、笑いよりイチャイチャを優先しちゃってるし。

 

「……遊歩くん」

「何?」

「良かったら、さ……腕枕、して欲しいな……」

「腕?」

「そう、腕」

 

 ……まぁ、それくらいなら良いけど。

 腕を広げると、美波はその上に控えめに頭を置いた。

 

「……腕硬いね」

「寝心地悪いでしょ」

「ううん。良い匂いするし、割と気持ち良いよ」

「……え、匂いって……?」

「私と同じ洗剤を使ってるのに別の匂いがするってことは、遊歩くんの匂いってことだよね?」

「……あの、恥ずかしいからやめてくんない?」

 

 ……だめだ、やっぱりこの人には勝てない気がしてきた。

 

「……もうすぐ、年明けるね」

「ああ」

「来年、どうしよっか?」

「どうするって?」

「二人での旅行。今年のうちに、行きたいところとかピックアップしておかない?」

「ああ、なるほど」

 

 行きたい所、か……。

 

「……うーん、美波といられればどこでも……それに、来年は受験生だし」

「だからこそだよ。春休み中に何処か行きたいじゃない?」

 

 なるほどね。そう言われると、俺もどこかに行きたくなる。なるべくなら、俺も美波行ったことないとこが良いけど……でも、美波はこの家だし、しかもアイドルだしで普通に行ったことない場所なんて無さそう。

 

「……でも、そっかぁ。遊歩くんも受験生、かぁ……」

 

 遠い目をしながら美波は天井を眺めた後、唐突に不安そうな表情に切り替わった。

 

「……大丈夫なの? てか、大学行くの?」

「うるせーよ……。てか、そりゃ行くよ」

「前まで高卒で働くとか言ってなかった?」

「……まぁ、美波にあれだけ面倒見てもらったからな」

「……大学は勉強しに行く所だよ?」

「分かってるわ!」

「……女の子の多いサークルに入るつもり?」

「あ、それも良いか……や、良くないけどね?」

「遅いからね?」

「……謝るからお腹つねるのやめて」

 

 離してくれた。

 

「……まぁ、でも勉強する気になってくれたのは良い事だから、頑張ろうね」

「うん」

「人間、1週間10時間睡眠でも死にはしないからね」

「……んっ?」

 

 あれ? 今なんか物騒な言葉が聞こえたような……。

 冷や汗をかいてる間に、美波は鮮やかに続けて言った。

 

「じゃあ、勉強も兼ねて海外に行こうか?」

「は? か、海外……?」

「うん。それまでに英会話、頑張ろうね」

「……」

 

 受験生とか言うべきじゃなかったな……。

 そうこうしてるうちに、あと少しで年明けとなった。俺と美波は身体を起こし、テレビを眺めたまま手を繋いだ。

 

「もうすぐ、だね」

「……なんか、寂しそうだな」

「うーん……まぁ、遊歩くんと付き合えて、知り合えた歳とお別れと思うと、少しね」

 

 なんだ、どんだけ可愛いんだ俺の彼女。

 しかし、俺の感情とは真逆に「子供みたいだな」と少し自虐気味に微笑む美波。

 その美波の肩を抱き寄せると、頭を胸の中に埋めるように抱きしめてやった。

 

「っ、ち、ちょっと……遊歩くん⁉︎ どうしたの⁉︎」

「あーくそっ、俺の彼女可愛すぎんだろ」

「うえっ!」

「大学生の癖になんだよこの子もー」

「う、うううるさいから!」

「大丈夫だよー、歳を失うたびに思い出は増えて行くからねー」

「ちょっと良い事言わないで!」

「だから、ずっと一緒に居られるからなー」

「うう〜……と、年越しだからって恥ずかしいこと言わなきゃよかった……」

 

 そうこうしてるうちに、歳が明けてしまった。

 が、美波は両手で顔を覆ってしまってるため、なんか「明けましておめでとう」の雰囲気ではなかった。

 

「明けましておめでとう、美波」

 

 でも言った。

 

「……おめでとう……」

 

 か細い声で、美波も言った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。