The World of us (君下俊樹)
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本編
オハヨウセカイ


バトルをしない異能モノが好きなので二宮くんと厨二ごっこしてもらった。
よく見たら修正前の文を投稿していたので煮るなり焼くなり好きにしてください。


 ふーっ…………と吐いた息は白く色付き消えた。いくらジャージを着ているとはいえ、真冬の校庭だ。死ぬほど寒いし、なんならこのジャージも安物なのでめちゃくちゃ寒い。さらにその上クソほど寒い。

 

「…………寒ぃ」

 

 カチカチと歯を鳴らして、少しでも暖まるようにと体を揺する。なぜ、こんな寒い日に校庭に出てソフトボールなんざやらなくてはいけないのだろうか。今日体育の授業さえ無ければ暖房の効いた教室でのんびりできると言うのに。俺は小さくない溜息をつき、ズルズルと壁にもたれて座り込んだ。俺の所属しているチームは現在攻撃をしている。山寺がいま打席に立っていると言うことは…………ひぃ、ふぅ、み。次の次の次が俺の打席だ。しかし、山寺から俺まではこのチームでダントツでヘボい下位打線4人衆としてAチームに入団した身だ。俺の打席が回ってくることはあるまい。

 

 その俺の予見の通り、如何にもな細身のガリ勉眼鏡の山寺は空振り三振。打席を後にした。

 

 次にバッターボックスに入ってきたのはクラスで一番の小柄な男子。内村だ。その名の通りと言うべきか、内向的でどちらかといえばよくいじられるような大人しい奴だ。話したことはない。無論、三振。彼はバットを振ることもできなかった。

 

 次は滝沢。動けないデブ。どうせ三振だろうと高を括り、守備(突っ立っているだけとも言う)の準備としてグローブをつけて伸びをする。カイン、と硬質な音が響き、大きめの歓声が上がる。

 まさか打ったのかと、バッターボックスに目を向ければ俺の視界に映ったのは────

 

 

 

 

 

 ────此方へと迫る白球だった。

 

「────」

 

 危ないだったか、そんな感じの悲鳴にも近い甲高い声が聞こえた。それも俺が止まれと念じると途切れる。

 

 

 

 瞬間、視界が白黒に染まる。一切の音が消え去り、俺の身動ぐ音だけが妙に大きく聞こえた。

 迫っていた打球はといえば、俺の顔面の20センチほど手前で不自然に止まっている。結構危なかったなぁと他人事のように思いながら伸ばしていた途中の体を弛緩させる。

 

「んー…………」

 

 たっぷり二、三秒リラックスしてボールに目を向ける。ソフトボールとはいえかなりの速度で打ち出されたはずだ、当たれば鼻血で済めば良い方だろう。最悪鼻骨の骨折とかもあり得るかもしれない。そう考えれば取れる方法は少ない。

 時間もないので、俺は早々に結論を出してグローブを空中に静止しているボールを包み込むようにして掲げた。心の中でカウントを取る。

 2……1……0。

 

 

 

 

 

 色彩が暴れだす。

 

「────危ないっ!!!」

 

 パシィン、と乾いた音が響いた。誰もが目を背けて、ボールの向かった先にいる生徒の身を案じた。うわ痛そう、とかそんな軽いものではあったが。滝沢はもともと汗っかきなのと冷や汗とが交わり、まるで海でも作ろうかとしているのかと思うくらいの汗を流していた。

 しかし、周囲のその予想とは裏腹にグローブからゆっくりとこぼれ落ちたボールは転々と校庭を転がり、近くにいたファーストの足下で止まった。

 

 静寂が訪れる。なんか喋った方がいいんじゃないかとか、大丈夫かなアイツとか、いつの間にグローブを構えたのかとか、このリハクの目をもってしても読めなかったとか、色々な思考が渦巻くだけで誰一人それを口に出すことはなかった。

 

「…………あ。ファール! ファールだ! 大丈夫か?」

「…………おう」

 

 それも、我がクラス唯一の野球部であるキャプテンこと谷口の一声に破られる。そうして普段の体育の空気を取り戻し、滝沢ワンチャンあるぞー、と適当な声援を受けながら滝沢は三振した。

 さて、守備も頑張るかと立ち上がるとドスドスと此方に向かってくる大きめの影。滝沢だ。

 

「遊馬くん、ゴメン」

「気にすんなよ。あの当たり、まっすぐ飛べば余裕でヒットだぜ」

 

 ポンポンと少し高い滝沢の肩を叩いて俺はライト方面に向かった。ちょっとキレそうだったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 4-7で負けた。所詮体育だ、本気を出す事もないし、何より寒い。手のかじかみ方がえげつない。本気でも出そうものなら指が取れてしまいそうだ。

 体育が終わればすぐに昼休みで、俺たちは急いで教室に戻る。誰よりも早く教室へ辿り着くと制服に着替えて弁当だけを持って白黒の世界をゆるりと走る。途中で階段に片足を付けた状態で静止する二宮を追い越して屋上の扉を開けた。

 そしてすぐに世界に色が戻る。

 

 緩やかな風に吹かれて扉が閉まった。カシャリと鍵をかけて白む息を吐き出して、俺は給水塔の上に陣取った。ここが俺の特等席だ。ようやく、のんびりできる。イヤホンを耳に挿して小さなおにぎりを頬張っていると屋上の扉が開かれた。

 

 二宮飛鳥だ、我が校が誇るアイドルの。去年、縁あって同じクラスではあったが、今年に入るまでほとんど会話を交わすことがなかった。学校で見かけたのも他のクラスメイトの半分ほどだ。

 テレビで見る時とは違い、エクステを付けていないし、ネイルはもちろんのこと、衣装も着ていない。指定の制服を少しだけ着崩して、指定のセーターによく似た別のセーターを羽織って、指定のカラーとこれまたよく似たアッシュ系の色のソックスを履いている。彼女が言うにはこれもささやかな反抗なんだとか。

 

「キミは、相変わらず誰よりも疾い。途中でキミのクラスを覗いたけど誰一人として帰っては来ていなかったよ」

「お前より早く来ないと、ここが取られるだろう」

 

 そういうと、彼女は違いないと肩をすくめて給水塔の下に座り込んだ。

 お互いに会話はなく、気まずくもない。これが俺たちの昼休みだった。ただ風が強く、空気は寒々しく、弁当は美味しい。それだけの昼休み。

 だが、ごく稀にこうして話しかけることもかけられることもある。

 

「そうだ、二宮。お前は俺が時を止められる、と言ったら信じるか?」

 

 それに彼女は数秒ほど空を見上げてからこう答えた。

 

「…………信じるよ」

「妙な間があったな」

「キミからそういう話をするのは初めてだったからね。そうだ、ボクはキミのセカイを見たことがないんだ」

 

 そして俺たちの会話は途切れた。彼女は弁当を食べる手を止めてこちらを見ている。俺はすでに弁当も食べ終わり、ペットボトルに残った水をチャポチャポと揺らした。

 

 

 

 

 

 セカイを止めた。

 

 全ての色が抜け落ちて、秒針は自らの仕事を放棄した。水はまるで凍りついたかのように固まり、鳥は羽ばたきを止めつつもその場から落ちることも動くこともない。風もないのに橋上を渡る鉄道は止まり、眼下の二宮の髪も風にはためくのをやめた。

 

 

 

 

 

「────11秒間」

 

 セカイは色を取り戻し、秒針は自身の体ををせっせかと動かし始めた。水は慣性と重力に縛られて小さな波を起こす。鳥は東の方角へと羽ばたき始め、多少の風に吹かれたところで電車は止まることなく運行を続け、二宮の髪はその多少の風に揺られた。

 

「俺が念じれば11秒の間、世界の時は止まり、動くことが出来るのは俺だけになる。全ての色は消え去り、その全てのエネルギーを保持したまま静止する。そして11秒後、世界は元通りに動き始め、俺以外の誰もがそのことに気が付かない。欠点は疲れることと────聴いてた音楽も止まること」

 

 ストン、と二宮の隣に降り立つ。耳に挿さった白い校則違反をトントンと叩きニヤリ、と笑ってやればまた彼女も嬉しそうに笑った。今にも雨の降りそうな曇天を見上げて、俺は白い息を吐き出した。

 

「実にキミらしいね。けど、ボクには少し驚いているんだ。キミがもし、“イタイ”ヤツなら世界と平常を懐疑するだけの、自己だけでセカイを完結させる人だと思っていたから」

「俺も、お前が“イタイ”ヤツじゃなければ比較的大人しい文学少女だと思ってたよ」

 

 けど、そう言って彼女は立ち上がり自身の臀部を何度か叩いた。速足で俺を追い抜かして古ぼけた背の高い柵へと身体を預けた。と、見せかけてあまり体重は掛けていないようだったが。彼女は形式だけでも注意されることを望んでいるだろうということは分かる。しかし、錆びた金属というのはかなり脆いし、その上そこは校庭からもよく見える。

 

「危ないぞ」

「その時はキミが時を止めて、助けてくれるだろう?」

 

 時々とはいえこの二年間で何度も彼女とここで会話を重ねてきた。首を軽く振ってふふと小さく笑う時は、嬉しい時や望むことが出来た時の反応だとわかっていた。

 

「現にこうして、ボクらは世間から見れば“イタイ”ヤツとしてカテゴライズされる人間なんだ。ifの話をしたところで…………実るものもない」

 

 そうだろう? それには答えず、俺は一歩、二歩と彼女に少しずつ近付いた。彼女が俺を避ける様子はない。それが信頼によるものか、彼女が思うような格好の良いシチュエーションに呆けているからかはわからないけれど、俺と彼女の距離はあと一歩のところまで近づいた。

 

 

 

 止まれ、と俺は何の前触れもなく時を止めた。目の前の二宮飛鳥は俺を少し見上げた姿で凍りつき、俺はその頰に手を軽く添えた。このセカイに温度はなく、冷たくも熱くもない。

 俺が触れたからといって彼女がこのセカイで動けるようになるなんてことはなく、俺はその、石のように固い彼女から手を離した。

 

 

 

 俺がこの能力を手に入れて8年になる。きっかけは些細なもので、小さな俺が湯呑みを落として止まれと叫んだ。その次の瞬間には俺はここにいた。

 もちろん誰にもこの事を話したことはない。こうして語り草にする事も初めてのことだ。

 パッと色彩が鮮やかに俺の目をつんざく。

 彼女は少しにやけたままこちらを見上げている。その頰はきっと暖かく、柔らかいだろう。

 

「どうしたんだい? キミが魅入るような何かがあるのかい」

「……『ボクらの住むセカイが、もし一つのシナリオの通りに進んでいるとして、ライターは一つ間違いを犯した。彼は、【演者はシナリオを書き換えてはならない】そう言うべきだった』」

 

 これは俺と彼女がここで初めて出会った時、彼女が言い放った言葉。一言一句間違えることなく覚えている。夕焼けを背景にそう言った彼女に俺は見惚れ、その強い意志に惚れ、その心を揺さぶるような詩のファンになった。

 彼女は本来エクステのある場所を指でなじった。少し、照れ臭いのだろう。俺の脳裏にも、あの時の記憶がフラッシュバックする。今更に照れが混じる。

 

「それで? お前のお眼鏡に叶う答えは見つかったかい?」

「うん、ありがとう。キミのその力、借り受けることにするよ。蘭子も喜ぶだろう」

「気にするな。神崎蘭子と二宮飛鳥の助けが出来るなんて俺には光栄な事さ。まあ、こんな力を手に入れるくらいだったら俺は『もっと二宮の役に立つ魔法』が欲しかったよ」

 

 借受けると言っても彼女が他人の能力を奪う能力者であるとか、コピー能力者だとかそう言う意味ではない。何も俺は目立ちたくてとか、彼女に知って欲しくてこの力のことを話したわけではないのだ。

 彼女から難しい宿題を賜ったのでうまいこと考えつかなかった俺は、その返答として自分の出来ることをそのまま話しただけである。今度、ダークイルミネイトとしてステージ上で劇をやる。その手助けをしてくれないか、と。一瞬なんのことか分からないという顔をしていたが、無事思い出してくれて何よりだ。精々参考にしてやってほしい。

 彼女は俺の言った魔法を聞いて、クスリと笑うと珍しく破顔した。

 

「……キミのそう言う素直なところは好ましいよ」

「ああ、ありがとう」

 

 そう言われるだけで嬉しい気持ちが体の内側から溢れ出る。つまり俺は、どうしようもなく二宮飛鳥の事が好きなのだ。彼女はふいと視線を逸らして学校の隣の川を見つめている。俺はまた、不意に時を止めて彼女に触れようと伸ばした手を、彼女に触れる数cm手前で下ろした。

 

「二宮、俺はお前のことが好きだ」

 

 白黒の二宮飛鳥は俺の告白には答えない。虚しくなるだけだ。

 俺と彼女の関係は屋上(ここ)だけの関係。例えば俺は教室で彼女が何をしているのかは知らないし、彼女も、俺が普段何をしているかなんて知らないだろう。

 

「────直に昼休みも終わる。帰るべき場所があるのは幸せなことだね。ボクにとっても、キミにとっても」

 

 彼女は俺の傍を通り抜けて自らの弁当箱を拾い上げた。そしてこちらに向き直ると、ニヒルに笑う。

 今の彼女ならば答えてくれるだろう。しかし俺はそれを言葉にすることができなかった。より一層、虚しくなるし、情けなくなる。

 

「…………ああ、そうだな」

 

 未練がましく、二宮の出て行った扉を昼休み終了の直前まで眺めていた。今更になって手を伸ばした。

 

 

 本当に俺はどうしようもないほど彼女が好きなのだ。差し出したこの手には帰る場所などありはしない。ポツリと何か、鼻先に当たったような気がした。

 




ラブコメ見てると書きたくなる……ならない?
(異能バトル要素は)ないです。


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イントゥーセカイ

どうも、妖怪感想くださいです。
異能系の作者全員が全員能力の細部までこだわってると思うな。
自分で時止めろよって思った箇所があったので該当箇所修正


「まあ、不満だとは思うけどね。校則だからそういうトコはしっかりして欲しいかな」

「はい」

 

 優しい顔したおじいちゃん先生に少しばかり叱られて項垂れているこの男が俺だった。新学期が始まってすぐの頭髪等検査でツーブロックの髪型が校則に違反しているとして生徒指導室に呼ばれた。まあ、うん。ファッションは我慢だ。三年くらいサーセンwwwしてれば逃れられるだろう。

 そうしていると、コンコンと生徒指導室の扉が叩かれた。メインキャストの到着だ、脇役たる俺は一歩下がった。

 

「どうぞ」

「失礼します、1-Dの二宮です」

 

 入ってきたのは春の半ばごろのおかしな時期に転校してきた美少女として一躍脚光を浴び、さらにはアイドルだなんだと孤高の花のような存在として一部から絶大な人気を誇る二宮飛鳥。仕事の関係でたまにしか見ないが同級生でもあった。

 

「はい、聞いてますよ。ネイルとエクステでしたか。今は?」

「取りました」

 

 彼女はかなり不機嫌そうに答えた。かなり失礼に見えるが、生徒指導の先生の笑顔が崩れることはなかった。この人、絶対生徒指導には向いてないと思うんだよな。

 そして先生は彼女に対して俺にしたものとほぼほぼ同じ内容の下らないジョークを添えたお叱りをして与え、俺ら二人に対してきちんと校則を遵守するようにと言って解散となった。

 

 

 俺が思う二宮飛鳥は『心底イタイ奴』だ。まあ、キャライメージというのもあるのかもしれないが。

 彼女はよく図書室にいる、らしい。らしいというのも俺が図書室を利用しないためである。友人づてに聞いた話によれば、小難しい英字の本をことさらゆっくりと読み、何度かページを戻したり何かメモに取りながら、決まって昼休み終了のチャイムの少し前に一冊も本を借りることなく退出するらしいぜ(伝聞調)。

 

 実際本を読むことは好きなのだろうし、英語についても全く理解しないまま眺めているだけというわけではないのだろう。だが、特別英語が好きというわけではないだろうし、その勉強のためでもないのではないかと思っている。彼女がカッコいいものを好むのだというのはクラスメイトとして見ていれば分かることだし、まあそういう語彙を増やすためというのが俺の中では有力である。

 俺の座席は彼女の左斜め後ろの席にある。一学期の期末テストの返却時、中学生アイドルの成績はどんなものだろうと下世話な思いからパッと時を止めてその紙を覗いてちょっと後悔した。それを誰にも見られないようにカバンの奥深くへとしまう彼女を見てさらに後悔した。流石に42点というのは本人にとっても悔しいのだろう。その日彼女の口数は普段よりもさらに少なかった。59点でもクラス平均を少し下回ると考えると、結構悔しいものは悔しいのだから。それはもう、うん。推して知るべしというやつで、うん。

 

 

 

 うん。

 

 

 

 閑話休題。

 生徒指導室を出て、その生徒指導室やら職員室やらが固まっている第一棟を抜ける。

 ウチの学校はデジタルで表されるような9のような形をしており、9の数字の背中側に都立にしては広めの校庭、ぽっかりと開いた空間にはベンチがあるだけの中庭、下の空間には駐車場と、全体としてもやはり都立としては珍しいくらいのデカさである。そして校舎の方は、上から第一棟第二棟第三棟……というわけではなく第一棟、第二棟と来て、次に来るのは体育館である。校舎自体はq型なのだ。下にぴょこっと体育館が付いているだけで。

 とすると自明、俺が第一棟を出てすぐ右手に曲がると主に教室のある第二棟に入るわけだ。第二棟は下から三年の教室、二年の教室、一年の教室、特別教室、と何の変哲も無い平凡な作りだ。

 

 何故、今こんな話をしたかって? そりゃあお前。

 

「…………」

「…………」

 

 俺が三階の自分の教室まで無言で歩くだけのこの時間に耐えられないからだよ。

 

 俺と二宮に接点はない。あるとすれば同じクラスで、席替えの際は常に窓際の席を所望していて、且つ毎回そこまで席が離れることはないというくらい。そこまでいって一度も会話がないというのもおかしな話だがあいにく同じ組み分けになったことはない。

 

 静かな空間には慣れている。こんな能力があって静かな空間に慣れていないなんてのも変な話であるし、むしろ、煩いのは嫌いだ。かといって時が止まったまま動かなくなってそのまま……なんて事は。一度考えて、体調を崩した。

 

「キミは……」

 

 あまりにも声が小さすぎて、気のせいかと思った。だが違うらしい。確かに彼女は俺に向けて声をかけたようだ。

 

「なんだ」

「……意外と声が低いんだね」

 

 確かに、背もそこまで高いわけでもなく顔もどちらかといえば童顔だろう。自分で言うのもアレだが。だが、それが何だと言うのか。声だけ早熟なのは若干気にしているのだ。

 

「何が言いたい」

「失礼。キミは、ボクのことをどう思う?」

「はぁ?」

 

 これは、何を聞かれているんだろうか。アイドルとしてどう思うか聞かれているのか、クラスメイトとしてどう思うか聞かれているのか、それともアイドルがクラスメイトなのをどう思うのか聞かれているのか、はたまた……これ以上はやめておこう。

 しかし、こうして自分の評価を気にするあたり、やはりイタイ奴はキャラとかじゃないのではないかと思う。

 

「……保留で」

「は?」

「あいにく、テレビは見ねーんだ。だから、よく休む奴くらいのイメージしかない」

 

 これは事実。親との折り合いが悪いわけではないが、あまり家で会話をしないため、俺は普段自室に引きこもって実況動画だったり音楽を聴いている。そのためテレビを見る機会自体が少ない。夕食、朝食、風呂の前後の時間にはリビングにいるのでその時くらいか。

 

「それは求められてるのとは違うだろ? だから、保留で」

 

 若干早口ぎみにこうは言ったが、実際は大体が見栄と厨二心だ。カッコつけたかったってのが6割くらい。普通に別の野郎に──修学旅行のノリで──聞かれたなら「可愛いよな。結構好きなタイプ」ぐらいは平気で言う。だが、こうして会話をするのは初めてで、俺は無駄に緊張しているし、いきなり好きとか言ってイメージダウンするぐらいならカッコつけたい。男ってそういうもんだ。

 

 だが、後で考えれば俺はこの時こう答えた事で彼女に目を付けられたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学年は一つ上がり、俺たちは中学二年生。男どもは一斉にアホになり、女は急に怖くなる。そんな春である。

 卒業式の後、俺は先輩から屋上の鍵を頂いた。

 

 うちの学校の屋上は立ち入り禁止である。だがそれも形式上のもので、こうして合鍵が3つほど、生徒の中で出回っている。1人は三年生。サッカー部の部長で、これは常にジャンケンで勝った部活の部長が預かるという一番良く知られている鍵だ。初めは弓道部が誤って鍵を壊してしまい、それを秘密裏に業者に直してもらう際に一つ余分に作ったというもの。

 もう一つは名前は伏せるが、地域には名の知れた不良が自作したもの。わざわざ型を取り一から作ったそうだが、かなり精巧に出来ている。代々の持ち主が一番信用している後輩に受け継がれるこれが、俺の持つ鍵。前の持ち主である人物にいたく気に入られていた俺が受け取ったというものである。

 もう一つは出所不明の謎の鍵。今の持ち主が誰かも知らないし、いつから、誰が、どうして作られたのかもわかっていない正に謎の鍵。

 

 以上三つの持ち主がこの学校のクソガバセキュリティを潜り抜けることのできる選ばれし人。そう言うとかっこよく聞こえるのだが、要は重大な校則違反を繰り返す、生粋の不良である。まあ、厳密に生徒手帳に『屋上に立ち入ってはならない』と書かれているわけではないのだが当然褒められたことではない。

 

 しかし、黙認されているのかバレていないのか、殊勝にも昼休みを使って屋上の見回りに来る教師はいやしない。そもそも、屋上のある棟と職員室のある棟は違う建物だし、2メートルあるかどうかの柵に寄りかかって手でも降らない限り外から見える事はない。

 

 だから俺はこうして屋上でのんびりとご飯を食べることができる。時々時間を弄びながら。

 

 

 

 

 

 ガチャガチャ、とドアノブが不自然に揺れた。一瞬で体が冷える。

 今の俺は、屋上でイヤホンをスマートフォンに繋げ、好きなバンドの音楽を聴きながらお弁当を食べている。咄嗟に動く事は出来なかった。

 

 

 

 

白黒の世界で扉の奥に目を凝らす、薄ぼんやりとしたガラスの向こうに移るのは一度見れば忘れないであろう、彼女がいた。小さく息を吐く。

 

 キィ、と扉は開かれて、そこから姿を現したのは二宮飛鳥だった。少し冷や汗をかいた。

 

「キミは……」

 

 たしか、そう、あの時と同じ。小さな声でそう呟いた。

 

「────ふふ、こうしてみると、キミもまたかなりイタい奴に見えるね?」

 

 それは確かに否定はできないだろう。うなじを指で掻き、自分を第三者の視線になって俯瞰してみる。屋上で自らの力をひけらかし、黄昏ながら飯を食う……こうして文字に起こしてみると、我ながらひどい厨二病だな。だが簡単に認めてしまうのも癪だ。

 

「どうだろうな」

「そう誤魔化さなくてもいい。その返答が答えのようなものだろ?」

 

 言葉につまる。だが考えてほしい。図星を突かれてカッコ悪い姿を晒すよりミステリアスにカッコ良くありたいというのは誰しも持つ感情ではなかろうか。

 

「クサい言い回しだね。だが嫌いじゃない」

「お前こそ、随分と饒舌じゃないか。一年の頃はもっととっつきにくかったと記憶しているが?」

「……よく休む奴だった。それだけの話さ」

 

 思わず吹き出した。喉の奥から溢れる笑いが止まらない。なるほど、確かに彼女はエンターテイナーだ。それも相当にキマったセンスの塊だ。

 

「……いつまで笑っている気だい」

「クッ、クク……失礼。いや、二宮。お前、サイッコーにカッコいいぜ」

 

 存外、静岡もバカにできたものじゃない。お茶っぱとイかれた三角頭ぐらいしか居ないもんだと思っていたが、二宮が居るとは流石に知らなかった。

 一頻り笑って、ようやく落ち着いた。彼女も給水塔の下を陣取り、可愛らしい弁当箱を広げた。

 俺はもうすでに弁当を食べ終えて、チャポチャポとペットボトルを揺らすだけ。もしくは、もう少し彼女と話をしていたいだけ。

 

「キミはこの世界を生き辛いと思った事はないかい」

「ないね。何か言われたのか」

「いいや、そういう訳ではないよ」

 

 ほーん。まるで聞いていないし、興味も無いかのような返事を晒す。彼女は続けた。キミと今までこういう話をしたことがなかったのは、もしかして俺がそれを隠していたからでは無いかと。

 少し、考える。そして彼女はこうも言った。

 

「ボクらの住むセカイが、もし一つのシナリオの通りに進んでいるとしてライターは一つ間違いを犯した」

 

 彼女は役になりきる演者のように、自分に溺れる愚か者のように、世を危ぶむ聖者のように儚く笑った。二宮飛鳥という偶像(アイドル)は、この寂れた都会を見下ろして昼中を照らすようなライトアップを嘲笑してみせた。

 

「彼は、【演者はシナリオを書き換えてはならない】そう言うべきだった」

 

 虚無的に、退廃的に、蠱惑的に、まるで心を溶かす媚薬のような微笑みに、そう。まるで陳腐なラブストーリーのように、蛇足のように付け足された二束三文のお話のように、今まさに飛び立とうとしている龍の瞳のように、

 

「それ、誰の言葉?」

「ボクだよ。なら、こう付け足すべきかな。by Asuka Ninomiya」

 

 

 俺は、恋に落ちた。

 

「…………こんな言葉を知っているか?」

「なんだい?」

 

「ジェスターの有難い御言葉はピエロットには難しすぎる。ピエロットの悲しみはジェスターには理解できない。だが、観客にはどちらも度し難い道化でしかないのさ」

 

 それは正しく俺たちの事だ。

 

「それは、誰の言葉だい?」

「今考えた。付け足した方がいいか? by Yuma Teradaってな」

 

 二人して顔を見合わせて笑った。俺たちはお互いに何も知らないはずだ。なにせ、会話を交わすのですら1年ぶりで学年が変わり彼女を見るのも初めてだった。快晴の空が妙に近い屋上に、一年ぶり彼女は見たこともないような朗らかな笑顔を見せた。

 




言い回しは洋画や結構アレ系の物を参考にしてたりします。が、書き溜めなんて器用なことは出来ないので次回はかなり遅くなります。
どうも、妖怪感想くださいでした。


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ソレマデセカイ

屋上縛りとかいう謎縛りをしているので今回は御都合主義な上短い。
今回の話は設定資料に近いのじゃよ。主に自分で見返す用。誤字修正しました。


 昨日、テレビを見たんだが。お前噛んだな。

 

 ばふっ、と空気が弾ける音がして、一度二宮のものとなったミネラルウォーターが降り注ぎ、屋上の床に染み込んだ。なんとも変態じみた字面だ。

 

「……み、見られていたとはね。地上波ではなかったはずだけど」

「母がな、韓流ドラマが好きなもんで。色んな局から電波が集まってんのさ」

「ふむ。なるほどね」

 

 この数秒の間にも、かちゃかちゃとキャップを閉め損なう音が風に紛れて耳に届く。

 よっぽど見られていたのが恥ずかしいようで、確かに昨日の二宮は酷いくらいに緊張していた。雰囲気だけは一流のそれだったが。

 

「ふう、ところで、どういう風の吹き回しだい? キミがテレビの話をするなんて」

「ん、チャンネルを回してたら偶然な」

 

 嘘だ。二宮が出ると知って、気まぐれに見ようとリビングに降りたのだ。そもそも普段チャンネルを回すなんてことはない。

 深夜帯の番組で、母も父も寝ていたから自由にチャンネルを回すことができたが、普段は母がテレビにかじりついているので俺にチャンネルの決定権はない。何かとデカいリビングのテレビはキッチンからも見れるので、たとえ彼女が料理中でも勝手に変えることは許されない。

 はあ、と二宮のため息が聞こえた。

 

「遊馬、キミは意地が悪いね。洋画の見過ぎじゃないか」

「そうかな、生憎、日本生まれの頭の悪いバイオレンスアクションしか見ないんだ。生まれつきだろう」

 

 あとは、ホラーとか。心の中で付け足す。これまで話してきた感じだと、ホラーはあまり好きでは無いようだったから。映画の感想を言い合う時も、まだラブコメディの方が反応が良かった。

 

「なら意地より性質が悪いんだね」

「ついでに頭も悪い。トリプル役満、人生あがりってか」

「言葉遊びは得意みたいだけど」

「そりゃ、洋画の見過ぎかもな。おっと」

 

 ふふふと笑う二宮を見上げる。

 今日は屋上についた俺を給水塔に腰かけた二宮が出迎えた。四時間目の授業は生徒に大変人気のある石枝先生の英語である。生徒の要望に応えて、昼休みに食い込む程為になる話をしてくれた。

 パンツが見えるからもう少し深く座った方がいいと忠告してやったのだが、彼女は恥ずかしがることなくキミが見なければなんの問題もないだろ? と言ってきたのももう10分は前の話で。

 元々少食な二宮と、昼は軽食で済ませることにしている俺はすでに昼食を終えて、二人して今は午後の授業に向け英気を養っている最中である。

 

「なんといったか、《ディーニー&ロフト》だっけ、確かに二宮が好きそうなバンド? だったな」

「デュオ、が近いかな。バンドと言うわけではないしね」

 

 ああいうディスコサウンドにはあまり詳しくない。二宮が好きそう、というのも放送中に本人が言っていたからだ。確かにあの曲はそういうヤツらが好きそうな歌詞と曲調だったが。かくいう俺も、大好きだ。英語歌詞というものは良いものだ。意味は分からないが心が躍る。

 

「そういう君は、いつも何を聴いているんだい?」

「オルタナ、それとEDMか。アイドルソングは────」

 

 専らお前の曲を、と続けようとしてハッとする。もしやこれは相当恥ずかしいことを言おうとしているんじゃないかと。やめやめ。

 

「────あまり聴かないんだ。すまんな」

「別に、謝るようなことじゃない。人には個性と共に好みもある、ボクがキミの好みになれば良いだけさ」

 

 是非、そうしてみろと軽口を叩く。頰が熱い、多分少し赤らんでいるだろう。鉄面皮などと自負しちゃいないが、よくもまあこんな、こっぱずかしい事を言えるものだと思う。

 

 話が一度途切れたため彼女と目を合わせないよう、持ってきていた本を取り出す。二宮が興味を持ったようで、何故か給水塔を降りて近付いてきた。

 

「それは?」

「【罪の荊】。興味があったものでね」

 

 罪の荊は、外国のとある死刑囚が独房で読んだ詩を看守がノートに書き記したものを、彼の死後に纏めた本。彼は猟奇的な犯罪者であったが、その詩は親の愛を謳ったもの。彼はこれを誰に謳ったのか、俺はそれが知りたくてこの本を買った。

 

「ふぅん、そうか。でもキミはそういうタイプには見えないけど」

「深層的には誰しも同一なんじゃよ」

「なんだいそれは……」

 

 ふぉっふぉっふぉ、と適当に話を逸らしながら視線もひょいひょいと逸らす。

 こうして、大人しく逸らされてくれる内はいいが、彼女が少し不機嫌になると逸らそうと思ったことは逆に追求してくる。いざ舌戦となると俺は彼女に勝てる気はしないので今度はこちらが大人しくされるがままになるしかないのだ。そうでない事を幸運に思う。

 

 一度、本を閉じる。

 

 ────開く。

 

 もう一度、閉じて辺りを見回す。

 

 ────開いた。

 

 

 

 

「本を閉じたり開いたり、忙しないね」

「…………ああ」

 

 少し、落ち着かないのだ。背中がむず痒い。彼女が近くにいるのもそうだが、何か違和を感じるような。

 時を止める。空を見上げる、雲ひとつない灰色だ。階段下を眺める、影は見えない。職員棟に視線を向ける、白黒の教師がこちらを───いや、一つ下の階を見ている。8秒。元の位置に収まる。場所を変えた方がいいかもしれない。

 

「二宮、こっちこい」

「随分と強引だね? 乙女の手をそう引くものじゃないよ」

「シッ」

 

 二宮の腕を引いて、階段から見て給水塔の逆、配電盤の裏へと隠れる。少し、10秒ほど経ったぐらいか、屋上の扉が開かれた。

 

『────、……。』

『…………? ────!』

『──。…………。』

 

 声はよく聞こえない。数は二つ、サッカー部だろう。足音は給水塔の方へと向かって行った。小さく、息を吐く。

 多分、しばらくすれば教師が来るだろう。それまでに逃げてしまいたい。サッカー部には悪いが、見られたお前らが悪い。大人しく捕まってくれ。これから先、この件を教訓に、先に屋上しかない階段を登る時はせいぜい見られないように注意してほしい。

 都合の良いことに彼らは給水塔の向こうで談笑を始めた。確かにそこは階段からは見えないが、扉の開く音が聞こえづらい。バレている今は悪手でしかないのだ。

 

 

 

 

 

「しばらくは使えないかもね」

「かもな」

 

 そんな会話をして教室へと戻った。その後に聞いた話だが、二人の三年生が屋上に進入したとして厳重注意を受けたらしい。

 

 




読まなくても人生損しない単語紹介
《ディーニー&ロフト》
背の高いディーニーとシェードサングラスが特徴的なロフトによる日本のハウスデュオ。2010年に1st,2ndシングルをリリース。日本、欧米諸国で爆発的なヒットを記録する。
【罪の荊】
原題『A Sinful Thorn&Samuel Livingston』。アメリカのとある死刑囚が獄中で詠んだ詩を看守がまとめた詩集。37編からなる【罪の荊】部と彼と看守の会話を綴った【Samuel Livingston】部に分かれる。

変なところの設定を細かく拘るのは厨二病の特権。


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イントルードセカイ

主にWITCHER3とCODのせい。別にやってたとかじゃなくて(やってたけど)、会話のトゲトゲしさとか。一回半分くらい消えたからそのせいでスレた説もある。

会話の省略のしすぎで読みにくかったので追記もろもろしました。


 ようやく屋上の噂も掠れてきた頃だ。その間、奇妙なことに俺たちの間に数回の会話があった。しかしそれもやあ、おう。だとかごきげんだな、そう見えるかい? なんていう簡潔で質素なものだ。けして俺らが同じ方向に向かうことはなかった。

 

「…………」

 

 もすもす、と昼食のパンを頬張る。俺はあの日からも昼食は屋上でとっている。たとえこれを教師に見つかったとしても俺一人ならどうとでもなる。なにせ11秒あればトイレの個室に逃げ込むことくらいなんて事ない。廊下を走るなと口うるさい委員長も居ないのだから、気兼ねなく廊下を全力疾走できる。ゆえに俺は屋上での昼食を止める気はない。

 何より屋上にいることは俺の一種のアイデンティティでもある。後輩に『屋上の先輩』と呼ばれていることも知っている。次期の鍵持ちを狙う後輩から挨拶をされることもあった。こちらからする事はないが。

 

「────そろそろ来る頃だと思ってた」

 

 キィと小さな音を立て開かれた扉から二宮が顔を覗かせた。俺のいかにもな強キャラムーブ(先読み)が琴線に触れたのか、若干嬉しそうだ。ただのズルである事は誰にもいうまい。

 

「時は来た────というヤツかな。ボクらがここに集まったのは偶然じゃないはずだから」

「何が始まるんだ? そんなご大層な」

 

 これは分からない振りである。今週の頭に久しぶりに予知夢を見た。前回から二ヶ月の間が空いて見た予知夢の内容は今もはっきり覚えている。ここで、予知夢の通りにスマートフォンを見た。水曜日。

 たしかに予定通りである。こうして平坦な日常を夢見る分にはただただ役に立つだけの奇妙な夢なのだが。何がおかしいのか、たまに化け物相手に能力を大盤振る舞いして、無双を決め込む俺の似姿を見せてくる。そこだけが難点である。

 

『今日の昼、二宮が屋上に姿を現し、少し勿体ぶって話を切り出す』

 

 その台詞すら予知通りで、安心する。

 

「なに、たいした事じゃあない。ただほんの少し針が動いただけさ」

「ふぅん……?」

 

 ここまで全て予知夢の通り。彼女のセリフも、仕草も。物心ついた時から一、二ヶ月に一度のペースで見る夢はきっちりかっきりと一週間以内の出来事を先回りして教えてくれる。違えた事はなかった。

 

「これを」

「…………これは?」

 

 彼女が渡して来たのは1枚のチケット。タイトルも見えているし、俺も予知夢を見るまではどうして手に入れようかと迷ったものだった。こうして手に入れられると分かってからは今日という日を待ち遠しく感じていた。そして彼女は予知夢と一字一句違わず、正確に、俺に手を差し伸べてこう言った。

 

『「シンデレラの舞踏会────。

 

 …………ボクらの世界にキミを招待しよう」』

 

 

 

 

 俺は、差し出されたその手を取った。

 

 

 

 

 

 

 とは言ってもまだ先の話だ。もう来週に迫っている、なんて事はないから、俺たちは屋上でのんびりと風を詠むふりをする。二宮はまだそわそわとしているようだが、予知夢では昼休み終了まで教師がここに来る事はなかった。

 なぜか隣から視線を感じる。何かを探っているような視線だ。

 

「なんだよ」

「いや、こう言うのもアレだけれどね。素直に受け取るものとは思わなかった────いや、別にキミが捻くれて見えるとかそう言うわけじゃあないよ」

 

 これはいわゆるイメージの問題でね。キミは必要な物以外は持たないように感じたからであって。云々。少し早口気味に二宮はそう告げた。大変そうだ。

 少し笑みが溢れた。意図せずして嘲るような笑いになってしまったかもしれない。二宮が眉根を寄せた。

 

「いや、確かにそうだ。俺の部屋には布団とクローゼット、あとは携帯の充電器しか置いてない」

 

 あとは多少の秘密だけ。ピンクなものではない、かといってそうやすやすと衆目に晒せるものでない事は同じだが。

 

「だが、何か。俺が友人からの贈り物を破り捨てるような男にでも見えるか?」

「……いいや、全く」

「そりゃいい」

 

 そこで会話は途切れた。気まずい空気はなく、いつも通りの和やかとは言えない程よい緊張感を持った沈黙だ。まるで戦場の隅に座り込む戦士のような。

 こうして二宮と過ごす時間は何物にも代えがたいものだ。例えば、時が止められなくなっても二宮と屋上で他愛の無い話ができるならそれでよかった。

 ひゅう、と風がか細く鳴いた。

 

「風が────心地いいね」

「そうか? 酔うには少し弱すぎる。もっと強くないと、慟哭をかき消してくれるくらいには」

 

 恥ずかしい独白も、聞きたくないことも、何もかもかき消してくれる強い風が好きだ。強風も能力を活用すれば凪と変わらない。ただぼうっと突っ立ってるだけでも、嵐の中で平然としている方がカッコいい気もする。

 

「どちらかというと蘭子の方なのかな」

「なんの話だ。神崎蘭子がどうかしたか?」

「いや、なんでもないよ」

 

 まあ、なるほど。と言えるかもしれない。たしかにおれは厨二病の種別で言えば神崎蘭子のような邪気眼系の方が近いのかもしれない。ダークイルミネイトの2人は綺麗に厨二病の型が分かれている。それで俺がどちらに当てはまるかということだろう。

 実際、『特別な力』を擁しているからこそ、想像しやすく創造しやすい。もちろん二宮のような斜に構えた『特別な視点』を良しとする厨二病も当てはまると思っている。灰色の世界を知るのは俺だけのはずだし、もっと言えばこんなに異能力を持って人生を歩む人すらいないんじゃないか。そう思えば俺のこの視点も唯一のものだから、そちらもまた当てはまる。

 つまり俺は、

 

「救いようのないバカってことだな」

「……そこまでは言ってないよ」

 

 はて、そうだったか。いやそもそもなんの話だ。二宮も同じ事を言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでこれは」

「どうしたんだい」

 

 ひらひらと、先ほどのチケットを風になびかせてみる。日程は2日目と書かれている。思えば、ライブに行きたいとは思ったものの、結局何一つ調べていない。まず第一に何処でやるのか。ほう、埼玉。電車で行くのが一番か。

 

「お前の他には誰が出るんだ」

「そうだね、出演者は18人。言ってもわからないだろうけど、説明はいるかい?」

「頼む。だがはじめに言っておこう、わからん」

 

 だろうと思った。呆れたようにそう続けて二宮は説明を始めた。

 その18人というのが、塩見周子、中野有香、市原仁奈、橘ありす、一ノ瀬志希、大槻唯、鷺沢文香、五十嵐響子、片桐早苗、速水奏、櫻井桃華、姫川友紀、二宮飛鳥、宮本フレデリカ、相葉夕美、神崎蘭子、水本ゆかり、城ヶ崎美嘉。

 あえてもう一度言うが、さっぱりわからない。普段からロックバンドしか聞かないのがここに響くとは全く思わなかった。二宮と、神崎蘭子は話をよく聞くから分かるとしても、他の名前が頭の中で記憶と結びつくことはない。あいや、待てよ。

 

「一ノ瀬志希は知ってるぞ。完全に振り回されていたな」

「その通りだけど、そういうことは言わなくていい」

 

 自由奔放を人にしたような少女だった。この間見た番組では、ニオイにつられてあっちへこっちへと、見てる分には楽しかったが、カメラマン等同行者は非常に疲れただろう。ロケに慣れているはずのMCも楽しそうではあったが、ひょいひょいと行き先を変える少女に振り回されっぱなしだった。そしてここに同行者が1人。

 二宮にしては珍しく疲れた表情だ。やれやれ系主人公のような気持ちなのだろう。喜悦の混じった感情が目に見える。なんなら、聞こえる。仮初めのペルソナはどうした、と伝えてやればすぐに元のカッコつけたような表情に戻ったが、根底の憂うような感情は隠しきれていない。どうしたかと聞けば一ノ瀬のことのようだ。どうにかして大人しくしてもらうということはできないのかと聞けば。

 

「彼女のアレは仕方ないよ。異次元すぎる」

「ほう?」

「ギフテッドというヤツなんだろうね、一ノ瀬志希という少女は」

 

 曰く、彼女は海外ですでに大学を出ており、日本に戻ってきた彼女は暇つぶしと称してすっ飛ばした高校生活をエンジョイしているらしい。主席のおまけ付きで。

 気まぐれで、失踪癖があり、天才で、そんな彼女を止めるものはなく、縛ることもできやしない。凡人は彼女に振り回されるしかない、と。ほーん。

 

「ボクらのような凡人では、彼女がずっと前に通ったであろう道を探りながら進んでいくしかないのさ」

「────そりゃ、可哀想だ」

「可哀想? そうかな、ボクは別に……」

「お前のことを言ってるわけじゃないよ」

 

 一瞬、何を言われたのか分かってないような二宮の間抜けな顔が視界に映った。

 

「それじゃ、一ノ瀬が可哀想だろ。みんながみんな、一ノ瀬を追っかけてるから、ひとりぼっちじゃないか。後ろの方じゃ、凡人どもがイチャイチャしてるってのに」

 

 言ってからもう少し言葉を選べばよかったかなと後悔する。これもまたコミュニケーション不足の賜物である。負の。

 けれど、二宮は笑った。

 

「フッ…………ははは! ひとりぼっち、そうか。ひとりぼっちか。そういう考え方はなかったな」

「知ってるか、自分以外に人がいないってのは案外寂しいもんなんだぜ?」

「知ってる…………つもりだったのかもね。でも、ボクらはそれならどうすればいい? 君に聞くのはお門違いかもしれないが、ボクには見当もつかないんだ」

 

 お門違いか、そうかな。大っぴらにいうことでないが俺だって天才なんだろう。この能力だって天から与えられた才能の塊だ。俺にこそ、されるべき質問なんだと思う。こんな、この上なく恥ずかしい独白も、この能力がなければ考えることはないだろう。

 

「簡単だよ。全員、手前の道を行けばいい。ぐねぐね曲がって、気まぐれに方向を変えて、どこか適当なところで失踪して。その先で出会えたら声掛けて、会話して、訣れる。それだけでいい」

 

 天才なんてチョロいもんだよ。才能以外、全部凡人と同じなんだから。

 

「そう、なのかな」

 

 きっとそう。俺だってそうだから。うるさい、英語のテストの話は関係ないだろ。52点め。ん、なんだって? 風が強くて聞こえないな。おっと、いかん。イラつき始めた。

 

「そら、ペルソナはどうした」

「…………」

 

 睨まれた。そうなんども使える手ではないなこれは。

 気がつけばもう昼休みは残りわずか。二宮は無愛想な顔のまま扉へと早足で歩いていった。一言も言葉を発すことなく、足音だけを響かせた。

 扉を開き、その身を隠し切る直前に彼女は振り返る。何事かと思って見ていると。

 

「…………感謝はしておく。絶対、ライブには来てくれよ」

 

 顔を少しばかり赤らめて足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 とんでもない破壊力だった。




時を止めるだけと誰が言った?

読まなくても損しないキャラクター紹介
二宮 飛鳥
都立水代中学校2年Fクラス26番
厨二病を患う少女。自分がイタいヤツだという理解はあるが、止める気は無いようだ。友人以外は平均的な少女。
【特徴】
・いわゆる厨二病である。
自身を特別な存在だと思い込む中学生ぐらいの年頃の子供にありがちな例のアレ。多くは他人とは違う自分を想像/創造するが、それが『能力』であるのか『視点』であるのかなどは個人による。彼女は後者である。
・彼女はアイドルだ。
人誑しにたらし込まれた内の1人。世はアイドル戦国時代、その中でも強力な力を持つ346プロダクションに所属する新進気鋭のアイドルである。彼女の握手会等のイベントでは黒いマスクをした理解者や、ガーゼの眼帯をする理解者が多いらしいが……?


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ビヨンドセカイ

滑り込みセーフ!
happy birthday to Asuka Ninomiya!
23:52分に大急ぎで完成させたので後々修正する恐れがあります。
屋上縛り?なんのこったよ(すっとぼけ)


 圧巻。言語野を全て持ってかれてしまいそうなほどの高揚、湧き上がる観衆、六感にさえ響く爆音と閃光。ただただ凄いという感想を体全部で受け止める。

 まさしく天上の瞬きのような節度のない煌めきが銀河の開闢のように広がっていく。ライブハウスとはまた違った感動。彼女が小さく見える。しかし、確実にそこにいるという存在感。遠いのに、俺たちは近い。アリーナ全体に響き渡る歌声はここにある全てを魅了した。俺だって例外じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二宮飛鳥というアイドルがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだい、あれは」

「あれって……どれだよ」

 

 手の中で転がしていた石が静かな水面に零れ落ち、にわかに波紋を立てる。今日のような暑い日は何となくプールサイドに行きたかったのか、二宮から「プールで待つ」と電話をいただいた次第である。用務員のおっさんにまたお前らかというような顔をされた。今度はコーヒーを差し入れるので見逃してほしい。

 

「ライブの後のメッセージだよ。『凄かった』って、小学生じゃあるまいに」

 

 そうだろうか。もうアイドルというようなあの次元の話だと、一言で表すのが一番だと思うのだが。いくらペラペラと二宮飛鳥という偶像の素晴らしさを語ったところで、アイドルを知らない──というより、アイドルでない二宮飛鳥を知りすぎている──俺の言葉では薄っぺらい感想にしかならないだろう。まだ、心を込めた140字のツイートの方が内容があるに違いない。

 

「それとも、言葉を労して褒め称えた方がいいか? 結果は同じだがな」

 

 それでも不服そうに、二宮はフンと声には出さずそっぽを向いた。頬をかく。あの感動は自分でもどう言語化すればいいのか、分かっていない。こういう時こそ、彼女の本心を聴くことができればいいのに、本当に使えやしない能力だ。彼女は拗ねている、それぐらいは聞かなくてもわかる。

 

「まあ、その、アレだ。凄かったよ」

「知ってるよ、キミから聞いた。ハァ────いいよ、ちゃんと伝わったから。けど、最後に。ボクの歌はキミに…………キミに、新しいセカイを見せてやれたかい?」

 

 二宮は立ち上がり、その姿は月夜に照らされる。夜闇に紛れた会合もこれで何度目かのことだ。

 言葉を選ぶ、こういう時はなんて言えばいいだろう。対人スキルのなさが如実に現れて、11秒きっかり悩んでも二宮の言葉になぞらえるなんてことしか出来ないのだ。

 

「ああ、シナリオライターだって驚くだろうさ。あんな歌を聞かされちゃあな」

「そう、ならいいんだ」

 

 そう言って二宮はふわりと振り返る。喜色に移り変わった表情に一瞬見とれてしまうが、ハッとして目を逸らす。二宮は察したようだ。しかし恥じらいの心音は聞こえなかった。ため息を吐く。

 

「…………少し、恥じらいを持った方がいいんじゃないか」

「フフフ、別にただの布切れさ。見たところで…………そうだね、得るものがあったなら心の中に秘めておくのが一番だよ」

 

 暗に見えても気が付かないふりをしろ、ということらしい。次回からはそうしようと思う。こうして外面だけはカッコつけてみても奥底は中学二年生男子に相応しい思考しか出来ない。そういう欲望に抗うのも一苦労である。抑えきれていない時点でこう言っても無駄かもしれないが、一応抑えてはいるのだ。

 

「やはり、水辺にいるだけで涼しく感じるね」

「んん、そうだな」

 

 チャポ────と水音がする。ハッとして振り返るといつのまに脱いだのか、靴下を左手に持ち、素足で水面をゆらす二宮がいた。

 

「キミもどうだい、冷たいけど。昂りすぎた気持ちを鎮めるには丁度いいよ」

「俺は結構だ。まだ余韻を味わってたいんでね」

 

 それに、水と戯れる二宮を見てれば十分納涼になっている────という言葉を押し込めた。もう少し節度を持つべきだ。少しモノクロの世界で心を落ち着かせることにして。深呼吸を一度。

 次回はどうする、と聞かれ一瞬だけ戸惑う。次回とはおそらくこの『Live Parade』と呼ばれる一連のツアーの次回公演のことだろう。次回が首都圏最後の公演で、群馬開催だったはずだ。

 

「次は確か、来月か」

 

 彼女は肯定した。御察しの通り、帰宅部である俺は来月であろうと再来月であろうと暇である。しかし、こういつまでも二宮に甘えている────というのは適切な表現かは分からないが────のもよくないだろう。

 

「多分、俺はお前の思っている以上にお前の歌声が好きだよ」

「────え? いや、あ。そ、そう。それは嬉しいな」

 

 こうして、なんてことないように言葉にできるぐらいには好きなのだろう。彼女自身とは何の関係もなく二宮飛鳥というアイドルの歌声は俺の好みに合致している。だからこそ。

 

「次回からは必要ないだろう」

「え」

 

 パシャン、と一際水が弾けた。跳ねた水が少しかかって、服を濡らした。文句の一つでもつけてやりたいところだが、愕然としたような二宮の顔を見て吹き飛んだ。

 

「…………そうか。それは────その、残念だ」

 

 二宮は微かに俯いてすぐに顔を上げた。ほんの一瞬だけ沈んだ表情になり、消沈の心情が聴こえてすぐにまた格好をつけたようなニヒルな表情を浮かべる。言い方が悪かったのかも知れない。コミュニケーション能力の不足が顕著に現れ、むしろ恥ずかしくなる。

 

「勘違いしているかも知れんが、次回からは自分でチケットを取るから、必要ないということだよ」

 

 確かに俺は彼女の友人であると思って居るし、親しい彼女のライブに誘われたなら行くだろう。

 

「だが、俺はもう二宮飛鳥のファンだ。こんなズルをしてちゃ、他の共感者達に申し訳が立たないだろう」

「…………そうか。良かった」

 

 彼女の前では少しぐらいカッコつけたいし、ただ1人のファンでいたい。それが俺の望みだ。

 

 

 

 

「────けど、もう抽選は終わってるんだ」

「…………これきりで」

 

 ああ、もちろん。彼女は笑いをこらえ切れないというようにそう言ってくれた。

 




読まなくても損しないキャラ紹介
寺田 遊馬
都立水代中学校2年Cクラス13番
一般家庭に生まれ育ち、生誕と同時に能力に目覚める。基本的に生まれる世界を間違えたレベルの異能力者。


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フラットセカイ

開く小説は間違ってないですよ(先手必勝)


間違ってないですよ(弐撃決殺)


間違ってないよ(二度あることは三度ある)

※サイレント無言修正


 その数字は7。白いヒゲを蓄えたガタイの良いディーラーが目を細める。その額は汗に滲み、僅かな焦りも見える。しかし、どこか安堵したような顔だ。

 7はトランプでジョーカーを除いた13種類のカードの内の中心の数字で、より高いか低いかを当てるこのゲームにおいて鬼門とも呼べる数字。しかし、俺に迷いはない。

 

「LOW」

 

 ペラリ、と緑のマットの上でトランプが捲られる。現れた数字は3。ほう、と安堵か気が緩んだのか溜め息が聞こえた。ディーラーは悔しさに顔を歪ませる。カジノトークンが倍の5120000枚に増える。もう今の時点で、向こう数年は遊んで暮らせる金額になる。

 

「LOW」

 

 その宣言にギャラリーがざわめき立つ。3という数字より低い数字は「2」の1種類、53枚のカードの中で4枚だけだ。つまり、3に対してはHIGHが定石であり、確率を言ってしまえば44:4。つまり、ここでLOWに賭けるのは馬鹿だ。愚かとしか言いようが無い。

 

 ディーラーが震える手でカードを捲る。しかし、これは極端に言ってしまえばアタリかハズレかを選ぶだけのゲーム。確率を無視すれば勝つか負けるか二分の一だ。非常に分かりやすい。故に。

 

 翻ったトランプは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────クローバーの2。

 

 馬鹿でもできる、そんなゲームだ。10240000枚のトークンが俺の物になる。これで10度にわたるダブルアップチャンスは終了だ。カジノ中が怒号と歓声に包まれ、俺を褒め称える声とともに、丸太のような腕で背中を叩かれる。ディーラーは崩れ落ち、その瞳を屈辱を通り越して怒りに震わせる。

 立ち去ろうとする俺を制止する声が聞こえ、振り向く。土下座だ。日本を遥々離れたこの地でまさかジャパニーズドゲザを見ることになるとは思わなくてビックリしてしまうが、観衆からはブーイングの嵐が吹き荒れる。俺はそれを気にせず、ディーラーを立ち上がらせる。ディーラーは明らかな喜色を振りまき、それすら無視して俺はもう一度椅子に座る。観客も再び集まり始め、全員が定位置に着く。そして、ディーラーが残り42枚のトランプを手にする。シャッフルが終わるのを見計らい、呟く。

 

「4」

 

 ディーラーも、観衆すらもシン、と静まりポカンと間抜けな顔を浮かべている。数秒停止しまだ誰も行動を起こさない。仕方がないので、トランプの一番上を捲る。

 

 ────ダイヤの4。

 

「8」

 

 ────ハートの8。

 

 9、Q、3、A、J…………。もはや誰も何も言葉を発することはない。淡々と捲られていくカードを見るだけだ。静まり返ったカジノには俺がカードを捲る音だけがいやに大きく響き、耳朶を優しく刺激する。

 

「JOKER」

 

 そして最後に捲られたカードは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れた天井だった。

 

「……今日の夢はことさら意味が分からんな」

 

 夢を見た朝は妙に頭が冴える。気分はともかくとして晴れ晴れとした良い朝だった。

 

 

 

 

 今日は屋上に二宮の姿はなく、俺1人だ。彼女は中学生ながらに新進気鋭のアイドルである。今日のように撮影などの仕事をするため、学校を休むことは珍しいことではない。

 無論、俺は学生兼アイドルではないので、仕事だとか精神的動揺による休みは決してないと思っていただこう。

 

 ペットボトルの中身はお茶である。それも俺が最も好きな緑茶。ぐいとあおり、飲み干した。なんだかんだ言って二宮が居なければ手持ち無沙汰な俺は空のペットボトルを振り回し、雲を見つめる。こうして空を眺めて話題だったり言葉を探すのだ。

 ペットボトルの上端と下端に手の平を添わせて、そのまま手を合わせるように力を込める。しゅうしゅうと白色の煙を上げながらペットボトルは縮んでいった。長さが半分になった頃にはポタポタと手の平を水が伝い始め、屋上の床を濡らす。最終的には足元に小さな水溜りが出来上がる。

俺の能力は何の役にも立たないものから便利なものまで、色々とある。よく使うのは時を止めるくらいなのだが、こうしてエコの化身として使う分にはこの能力も中々どうして使い勝手が良いのではないか。調子に乗って、ハンバーガーを包んでいたラップも水にする。

 

 物質を溶かす。というより、物質を水にする能力か。こうしてちょっと意思と力を込めればどんな有害物質も、金属も、星すらも綺麗な水に変えてしまうエコの権化のような能力である。もちろん飲料水としても優秀な美味しい水である。本来の用途はまた違うのだろうが俺は専らゴミ処理に使っている。

 両手に滴る水滴を振り払う。二宮がいない時は、このように能力を行使することに躊躇いはない。自己顕示欲がないかと聞かれれば頷くことはできないだろうが、面倒ごとは嫌いなので大っぴらに能力を見せてやる事はない。が、言葉にしたところで信じられるものではないから巫山戯て口にすることはある。ゆえに、自己顕示欲はあると言っていい。

 

 

 

 ハッと俺の鋭敏な感覚が何某かの足音を聞き取る。安息の時間も終わりという事で、時を止めて人目につかない所へ移動する。

 

 

 

 ────ガチャガチャ、カチャン、ギキィ。なんとも言えない音を立てて古びた扉が開かれる。この扉はかなり古く、開ける際に少し下に力を込めて押さえつけないとこうして異音がなる。十分開かれたであろう頃合いを見計らって時を止める。扉を開けていたのは数学の教師で眼鏡をかけた男性だ。名を高塚と言う。

 うちのクラスの担当ではないのでその為人は分からないがとてもイイ性格をしていると聞く。面倒くさいので遊ぶ事はせずその横をするりと通り抜けて、下の階のトイレの個室に逃げ込んだ。ふぅ、とため息を付き便座に座って携帯の画面を確認する。もう昼休みも残り10分といった所。まあ、丁度いい具合なのでそのまま教室へと戻ることにする。よかったな、今日の俺は紳士的だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の俺は好戦的である。

 

「どうしたんだい、いきなり」

「いや、少し嫌な予感がする。離れよう」

 

 突然舌打ちをした俺を不思議に思ったのか、二宮は柔らかい声音で尋ねた。俺は昼食を邪魔されたことに苛立ちつつも、なるべく表情に出さないように二宮を煽った。

 二宮はそれに疑問を持つことなく、俺と共に屋上を後にする。とは言ってもここでそのまま階段を降りれば奴と鉢合わせてしまうだろう。よって、あたかも踊り場で昼食を取っていましたというように腰を落ち着ける。二宮も、踊り場の隅に放置してある机に腰掛けてペットボトルの水を口に含んだ。

 

「こんにちは」

 

 例のヤツが現れた。律儀にも俺たち2人に一度ずつぺこりと一礼し、合計二礼。俺と二宮もつられるようにして会釈を返す。ども、という簡素なものだが気にした様子はない。

 

「君たちはいつもここで昼食をとるのかね?」

「ここでというか、なるべく静かな場所でですが。まあ、概ね」

 

 一呼吸置いて、フッと浮かんできた言葉を返す。ふむ、と高塚は頷き、ここは埃っぽいだろうから、と忠告をして帰っていった。

 カツカツと階段を降りていくのを見送って、ため息を一つ。

 

「…………まるで、未来が見えてるようだね」

「そうかもな」

 

 驚く二宮に対し、おどける様に肩をすくめてみせる。実際見えているわけではなく階段を上る足音が聞こえたりシックスセンスで何かが屋上に向かってきていると思ったりしただけであり、起きている間は未来視なんて出来ない。ただ異常に勘がいい、くらいに収まる代物だろう。

 

「確かに、それも天からの才能ってヤツなのかもね」

 

 そりゃ、そうなのかもしれん。が、そうでないかもしれない。これが努力であるとか、あるいは血筋だとかの遺伝であるなら天からのとは言い難い。まあ母は兎も角、親父はギャグでやってるのかってくらい反応が鈍い。血筋(それ)はないだろう、隔世遺伝ならばなきにしもあらずだが。努力も生まれてこのかたしたことがない。知覚を鍛えるトレーニングなんて聞いたこともなかった。

 

「ほら、言っただろう。俺はそれなりに天才だと」

「どうかな。才能はオルタナティブなものではないから」

「器用貧乏だってか。二宮も大概だと思うけどね」

「…………」

 

 ジト目を向けてくる二宮から目を逸らす。俺だって体育の成績は平凡であるものの、運動神経が悪いわけではないし、なんだったら足も速いしボールも止まって見える──止めることもできる──し、二宮の知ったことではないが稲妻11みたいなこともできる。それでいて器用貧乏だというなら全世界に器用大富豪など存在しないだろう。

 なおテストの方はお互いにトップ100に張り出される程度だが、俺の方が若干上である。英語は2人ともお粗末なものだが国語なんかは2人して高い。これも毎度のように言葉遊びに耽っている厨二病の特権である。あと歴史なんかも無駄に高い。カッコいいからな。

 

「…………ふ、確かに認めるべきかな。キミは多少なりカミサマに愛されてると。キミになら居るのかもね」

「お前は信じないのか?」

「下手な勧誘はお断り、さ。居るというなら居るんだろう。彼らのタマシイの中にでもね」

 

 俺が無神論者でよかったな、と軽口を飛ばして時計を気にする。まだ時間はあるので、無意味に伸ばした膝を組み直す。俺たちは普段は見ない天井を見上げた。俺たちはお互いに話題に困ると空を見上げる癖がある、何方からともなく笑い始めた。今日見つけられたのは廊下のものと変わらない天井だけで、流石に俺も二宮も天井トリビアなんてものは持ち合わせていないのだった。

 

「戻るか?」

「いや、もう少しだけ」

 

 俺ももう少しだけこの空気を感じていたかった。結局、昼休みが終わる直前まで俺たちはこの澱んだ空間で他愛もない話を続けた。

 

 

 




ないです。(四天王)

蛇足や番外として屋上外の話を書くかもしれないですけどまず本編を完成させたい。
一週間かけてこれかよって思ってるあなた。違うんです。5日間くらい何もせず昨日今日で書き上げたからこれなんです。


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ナキゴエセカイ

宮本フレデリカ担当なので初投稿です。ついでに無言サイレント修正です。

二宮飛鳥のウワサ
()(ゴエ)派らしい。

寺田遊馬のウワサ
悲鳴(亡き声)派らしい。


  もし、神様なんて奴がいるのなら。俺は一つだけそいつに聞きたいことがあるんだ。まず始めに、殴り飛ばしてからかもしれないが。

 

 

 

 

 

 手を伸ばしても、時を止めても届かない。

 もう二宮飛鳥は俺の手の届かないところにいる。いや、そもそも今までも届いていただけで触れられてはいなかったのだ。勘違いをしていたつもりはないが、少し驕っていたのかもしれない。そういう自覚はある。

 

 

 

 

 

 なぜ、こんなクソの役にも立たない力が俺に与えられたのか。無ければ無いで、俺は────

 

 

 

 

 

 歓声が上がる。ステージに立つ二宮は、獰猛な笑みを浮かべて俺たちに威光を振りまく、ボクの歌を聴けと叫ぶ、数千の観客を無制限に沸かせる。

 煌めく。世界中の光を、そして同時に闇をそこに集めたかのような一瞬が次々と感動を塗り替えていく。いつかの屋上の様に魂をウタう彼女の姿は何よりも輝いていた。全ての音が、煌めきが彼女を引き立たせるためだけに存在しているかの様な錯覚。俺たちの頭上を飛び越すレーザーライトの一本ですらも俺たちに感動を与えた。

 

 

 

 

 

 ────はて。俺は、何が出来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二宮の休みは前よりも多くなった。忙しくなったのだろう。テレビでも、街頭でもSNSでも。彼女を見かける機会は逆に多くなった。

 必然、会話は減り、今日なんか俺の口は3時間目に指されてから開かれていない。

 

 開いた。パンをかじる。バターロールのほのかな甘みが口に広がり、どうでもいい。

 学校がつまらない。常々思っていた事だが、二宮が居ないだけでこうまで顕著になるとは考えたこともなかった。パッと思いつく様なことで学校に来てまでしたいことと言えば読書ぐらいのもので、いっそ学校を休んでしまうというのも────親に怒られるだけだ。やめておこう。かといってこのままでは何の為に学校に来ているのかすら危うくなる。目標がないというのはマンネリを呼ぶから。

 

 一人の昼食も屋上も、今更に寂しいと思うことはないが、止むことのない風が鬱陶しいほどにカサカサとビニールを攫おうとする様は普段は気にも留めないことだった。しかしそれすらも煩わしく感じてしまい、手を離して風に攫われたビニールに手をかざせば、パシャンと屋上の隅に小さなシミを付ける。

 二宮が居なければ、事件が無ければ人生などこんなつまらないものなのかと独りごちる。しかし、俺は常に二宮の側にいることなんて出来ないだろう。アイドルにでもなるか? それとも近しい仕事に? 馬鹿馬鹿しい。こんなにも多くの力を持っておきながら、呆れたことに彼女に寄り添うことも出来なやしないとは。

 

 昔の臆病癖が戻って来たような気分だ。見るもの聞くもの触れるもの全てが自分を責め苛むような幻。今ならば首でも振ってリラックスすれば無くなる程度のものだが。抗う術のない当時の俺はオドオドと何かの陰に隠れるばかりだった。

 

 時を止めてコンクリートの海に向かって吼える、そうするだけで少しスッとして気分が落ち着いた。荒い息を鎮め、東京ジャングルを見下ろす。学校があるくらいなのでそこまで都会というわけではないが、それなりに発展はしていて、川沿いに小さく工場地帯やその向こうにビル群が見える。

 

 手をかざし、少し意識を向ければ文字通り全てが水泡に帰すだけの力。伝説の剣を引っこ抜いた記憶もなければ、ゲロマズい謎の実を食べた覚えもない。俺は何を望まれてこんな力を手にしたのだろう。俺は何をしろと言われているのか、好き勝手やれとでも? 世界征服だとか? それこそ馬鹿馬鹿しいってもので、食指も動かない。

 せめて…………いや、あるいは能力のことを話せるような人が居ればこのモヤモヤは無くなるのかもしれない。他にあるとすれば、一発ドカンとぶちかますとか。例えば、世界丸ごと水にしてしまうなんて、流石に冗談だが。

 

 今日のところは、星の光の過去でも眺めて気を紛らわす事にする。視界が埋まるから好きではないが、当たりを引けば下手なドラマなんかより面白いから、サイコメトリーの使用頻度は少なくない。

 俺は星々から注がれる光に触れた。ハズレの様でその光の見てきた景色は同じ真っ暗な世界が延々と続くだけであまり楽しいものではなかったから、直ぐに教室へと戻り机に突っ伏してため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、久しぶりだね」

「ん、ああ確かに。こうして会うのは久しぶりだ」

 

 俺が屋上に辿り着くと、上から二宮の声が聞こえた。給水塔を見上げれば制服姿の二宮が、片膝を立てて座っていた。はて、今日も休みだと聞いたんだが。

 

「4時間目に来たんだ。撮影ではなく、軽いインタビューだったからね。話しすぎて、予定より時間はかかったけれど」

 

 そう言って二宮は楽しくて仕方がないと言ったように笑う。それに俺はなるほど、と軽く相槌を打つ。そのまま、彼女は仕事の話をし続けて俺はそれをひたすらに聞いて時折相槌を返すという、普段とは違う会話形式が成立する。

 

「────まあ、その日は無事に終わったんだけど」

「今日は随分と饒舌だな」

「え? あぁ、ごめんよ。何か言うことでもあったかい」

 

 いや、そんなことはないが。楽しそうで何よりだ。何時ものような会話形式なら何か他のことを考える余裕もあるが、今日のように矢継ぎ早に新たな情報が出てくると、他の事を考えながらだと全ての情報を処理しきれないってだけで。

 

「いや、珍しいなと思っただけだ」

「そうかな……そうかもしれないね。実は、久しぶりのキミとの対話でボクも昂ぶっているのかもね」

 

 そう、こうして意味深な発言の奥底の意図を考える間も無く、二宮は口を開く。例えば神崎蘭子がどうの、とか。市原仁奈がどうで、とか。一ノ瀬志希がどうだ、プロデューサーがどうして、こう、なんて。楽しそうに、時に困った様に二宮は言葉を重ねる。

 

 

 

 

 もやり、とした影が心をなぞる。

 

 

 

 

 はっ、と時を止めて一度彼女から目を逸らす。俺はなんて事を考えてしまったんだろう。どうせ出来やしないのに。今までそうだった様に、きっと俺はかざした手を何をするでもなく下ろすだろう。

 俺は充分に恵まれているのだ。彼女とこうして屋上で話すことが出来るし、こうして軽い気持ちで時を止めてズルをする事もできる。誰かを羨むなんてそんなことはしちゃいけない側の人間なのに、心が余りにも弱すぎる。

 それなのに俺は。嫉妬だとか怨みだとか、一時の気の迷いの様な感情でパッと世界丸ごと水にしてしまおうという冗談が少し行き過ぎるのはこれで四度目の事で。

 

「────どうかしたかい?」

 

 

 ほら、こんなにも沢山の力があるのに。

 

 

「…………いや、何も」

 

 

 俺は何もできない。何も。この取り繕う様な笑顔すらきっと完璧で、嫌になる。

 

 

 

 




実は気分的に前後編ですが、だからといって後編が速く投稿されるとかそういうのは一切ないです。

神崎蘭子のウワサ
ハルピュイアの白雨(泣き声)派らしい。

一ノ瀬志希のウワサ
()(ごえ)派らしい。


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ツイストセカイ

サボって……そして亡びたよ。翻弄されし旧き自我がリユニオンしていたと決めつけるのは早計じゃねェかな。
譚は変革の時、名もなき預言者が残した予言書だったり絵だったりのTwitterを始めた…それが世界の選択だからイマジナリーフレンドの代わりにでも使役するといいよ。これ程”子猫”を愛する変な光速の異名を持つユーザーは他には居ないと幻想(おも)うから名前でアカシックレコードへ接続かけたり、我が記録せし大いなる(アーカイブ)のリンク…たとえば預言書の記述から虚空の其の先へ飛翔んだりしてお初にお目にかかるといいよ。


「────馬鹿か、キミは」

 

 二宮がふわりと、俺の目の前に降り立った。その顔は呆れが多分に含まれた疲れた表情で、彼女にしては珍しいものだった。

 

「馬鹿? 俺がか、そりゃ気のせいじゃないか」

「そんな顔してよく言うね。自分に聞いてみるといい。何を迷っているのか」

 

 ボクにはそれが何か分からないからね、と軽いドヤ顔でそう言う。とはいえども、俺は別に何かを迷っているわけでは無いのだ。言い訳がましく聞こえるかもしれないが、俺のこれは迷いではなく今一度、自分を見つめ直しているに過ぎない。結果だけを見れば同じ停滞であったとしても、今の俺は意志を持って後ろを振り返っているのであって。

 

 という、ただの言い訳である。だが考えてもみてほしい。こんな幼稚だか保育だかも分からない園児のような承認欲求を、あまつさえ本人に相談とか出来るはずがない。大凡のことはなんでも出来る俺だが、そんな恥も恐れも知らない勇者(タンスを漁る方)の様な行為は出来やしない。

 

 二宮から聞き取れる心情は小さな自信で、その本心は分からない。そもそもこうして人間関係で悩んでしまうのも何もかも、自分の気持ちも捉えられない、真意も知れない、うるさい、と無い無い尽くしなこの中途半端な読心能力が悪いのではないかという気さえしてくる今、二宮の心情を推理する気にはならなかった。

 

「────俺はうじうじと、なんぞ悩んでる様に見えたかな」

「ん、そうだね。君にしては珍しく、分かりやすかったよ」

 

 二宮は少し間を開けてそう言った。時間停止をする事で心を落ち着ける一連の流れが意味をなさない程に、俺は悩んでいたのかもしれない。

 彼女の特別でありたいという、口にすれば2秒で完結する様な悩みをこんなにも頭を抱えて、しかもはたから見ても分かりやすく悩んでいるのは確かに馬鹿らしいと言えるだろう。

 

「…………そうか」

 

 これは前述した中途半端な読心能力と俺の勝手な想像からなる予想だが、二宮も多少戸惑っているのだと思う。口を利く奴らの中での俺は──こう言ってしまうのも癪だが──ズケズケと悪口ではないが、ベラベラと回る口と重箱の隅をつつく様な観察眼とで皮肉屋の様に捉えられているようだ。二宮からの評価もそう変わらないだろう、それ自体数える程度にしか居ないのだが。

 

「まあ、何でもないってことはないだろうってだけさ」

 

 それがこうして、チェリーの様に図星を突かれて何度時間を止めても素数を数えても落ち着けないほどに慌ててしまっている。

 

「情けないね、涙が出そうだ」

 

 ハン、と自嘲気味に笑う。それが案外本心に近いものだと自覚した途端、我ながら傷付いた。息を吐き出す。

 

「話してみるかい? 解決にはならないとしても、何か掴めるのなら」

「…………いや、遠慮しとくよ」

 

 そうか、と二宮は呟いた。俺は思い出したかの様に袋からおにぎりを取り出して、少し遅れた昼食を取る。二宮も残り少ない水を口に含み、ペットボトルを空にした。

 

「────俺たちも、変わらなきゃいけないのかね」

「…………それがキミの悩み?」

「いや。そうかもしれないけど、直接的なものではないよ」

 

 ふぅん、と掠れて聞こえる様な小声を空に溶かしてそれきり、二宮は黙りこくった。

 俺も続きの言葉を探して黙り込む、そうして普段とは違う、少し居心地の悪い沈黙が降り注ぐ。

 視線が混じり合わない、音がない。まるで俺ごと時が止まってしまった様な不気味な感覚。

 

 昼休み終了の鐘が鳴り、俺たち2人は会話のないまま屋上を後にした。俺が先行して階段を降りる。

 このままでいいのか、自問する。ダメに決まってるだろ、自答する。踊り場に片足だけをつけて振り返った。二宮は急に止まったにも関わらず驚くそぶりを見せずに俺をじっと見つめた。

 

 

 

 

 

 

「俺は」「ボクは」

 

 互いに弾かれたように顔を見合わせた。じっと見つめ合い、相手の出方を探りながらわやわやと口を動かす。

 

「────フッ」

 

 思わず、笑う。一瞬だけ面食らった二宮も次に動き始める頃には微笑んでいた。

 腹を抱えて大笑い────というわけにもいかず、俺たちは息を殺す様に小さく笑い続けた。もう、5時間目が始まった。

 

「確かに、馬鹿だったな。俺は」

「ああ」

「結論が出たかもしれない。たぶん、こうでいいんだと思う」

「ああ」

 

 きっと俺たちの世界はここ(屋上)限りのもので、それ以外は二宮飛鳥だけのセカイと寺田遊馬だけのセカイでできていた。けど、もう違うだろう。この世界全部、俺たちのセカイでいい。時をずっと止められたなら、彼女と一緒に止められたならと常々思う。本当に使えない能力だ、有用なのは認めるが応用力のかけらもない。

 

 けど、今は必要ない。

 

「俺は二宮のことが好きだ」

「ああ────えっ」

「ずっと好きだった」

「え」

「好きだ、付き合ってほしい」

 

 二宮の困惑が大きくなる。ザーザーと二宮の心情を表すノイズの音も大きくなり、普段なら煩わしくなる様な音になるが、俺は今に限っては気にすることはなかった。少し待って、もう少しだけ待って。二宮は蚊の鳴くような声を絞り出した。

 

「────ごめん」

「謝るなよ」

 

 俺はそれを受け止めて、いつもの様に笑った。二宮の羞恥に取って代わった心情が耳を劈いたが、それも気にはならなかった。

 

「個性と共に、好みも違うんだろう? なら俺が、お前の好みになるだけだ」

「…………!」

 

 是非、そうしてみなよと二宮も笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、二宮」

「おはよう、遊馬」

 

 ばったりと廊下で出くわした。俺は小脇に音楽の教科書を抱えて、彼女は筆箱だけをその手に持っている。俺たちは当然のように足を止める。ポツポツと、何気ない会話をしていると、周囲からは珍しいものを見たとでも言うような奇異の視線を向けられる。

 

「じゃあ、俺はこれで」

「うん、また」

 

 また昼休みに、と俺は音楽室に向かう。彼女はこれから理科室だろう。廊下の逆方向へと向かう彼女に手を振り、彼女もまた、手を振った。俺は掲げた右手をポケットに突っ込んで、歩き始める。

 音楽室はそれなりに遠い。俺は白黒の廊下をのんびりと歩いた。




要はサボってないけどTwitter始めたからフォローしてねって話。質問とかリクエストも気が向けば受け付けるけどだいたい進捗ダメですbotだよ。今回ノムリッシュ語が一番時間かかったよ。あとモンハンワールドはやってないよ。
あ、個人的には第一部完結したので次回からは飛鳥を主人公に惚れさせる話になります。正直とっととくっついてイチャイチャしてほしいので二つほどイベントすっ飛ばしました。

こいつらの会話高度な読み合いをしているようでほとんど中身ないってマ?


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蛇足
ドラマチックセカイ


ここからは完全に蛇足ですが俺が可愛い二宮飛鳥を書きたいだけなのでノーカンです(ハンチョウ並感)


 346プロにおいて、いわゆる男女間(あるいはごく稀に同性間)の恋愛と呼ばれるモノは案外近しいところにある。飛鳥のスタイリングを担当しているスタイリスト(31)も結婚して子供もいるし、アイドルたちも例外ではない。

 この業界自体昔は恋愛には厳しく、やれセンテンススプリングだ、やれモーニングサンだと、そんなネタを好き好んで探し回る者も多かった。

 だがとある国民的アイドルの電撃結婚から、業界全体の雰囲気が変わったというのは周知の事実であり、誰もかれもがそれを受け入れている。

 

 

 

 

 

 曰く、シンデレラには王子様がいるものだ────と。

 

 

 

 

 

 二宮飛鳥はソワソワと、まるで年相応の少女のように何度も座りを直して居心地の悪さを誤魔化していた。

 

「凛ちゃん! 見てください、これ」

「わ、これ卯月が作ったの? すごいね」

 

 イチャイチャと、友人にしては近過ぎるような距離感で2人──島村卯月と渋谷凛──は島村のスマートフォンの画面を覗き込む。飛鳥は織姫と彦星の間にある有象無象の河の星にでもなった気分だった。あるいは夫婦の寝室に飾られた絵画だとか。

 

 飛鳥も、ほら。と言われて見せてもらうと、たしかにそれは感嘆に相応しいもので、細部までこだわりを感じるブラウニーの写真だった。ほう、と嘆息を吐いてみせ当たり障りのない賛辞を送る。芸術に詳しいわけではないから、食べてもいないケーキを褒めるのは少し難しくはあった。難解な友人の言動よりはマシと考えることにする。

 

「それにしても……遅い、ね」

 

 何かあったのかな、と渋谷が溢す。30分ほど前に、彼女たちをこの部屋に案内してすぐに出て行ってしまった緑色の事務員によれば、会議が終わり次第今回の企画について説明と指示があるそうだが。

 

会議は踊る(The Congress dances)されど進まず(but it does not progress)というところかな。それとも踊らず(have not dances)さりとて進まず(and it does not progress)か」

 

 フッ、と嘲笑うような口調に島村はあっと笑顔を浮かべる。

 

「ウィーン会議ですね! 飛鳥ちゃんは賢いですねぇ」

 

 私はこの間習いましたけど、それまで知りませんでしたと、煽るでもなく純粋に彼女を尊敬するような視線に二宮もたじろぐ。彼女を例とする善意と良心の塊は二宮の最も苦手とする人種であり、天敵と言い換えてもいい。

 嫌いにはなれない。むしろ、善意と良心というのは一般に歓迎されるべき感情で、彼女自身もそれ自体は好きな部類だ。嫌いな善意と良心は度し難い阿呆のものである。特に誰というわけでも無い。

 

 

 そうして島村卯月が放出するオーラに渋谷とともに押されているとコンコンコンコンと扉の下の方から四度ノックの音が響いた。はあ、と渋谷はため息を吐いて扉を開いた。

 そこから現れたダンボール魔人は、人の上半身にあたる部分が四つの段ボールで出来ていて、頭と思しき部分からは乱雑に丸まった資料が飛び出ている────

 

 

「すまん、遅れた!」

 

 

 ─────ように見えるだけの、成人男性だ。

 ガッシャと多少乱暴に段ボールを机に置き、飛鳥達3人に向き直った男性はパシン、と手を合わせた。

 

「や、スマンスマン。ちょっと部長から呼び出しを食らってしまってな」

 

 青年と呼べるであろう若々しさと、整った容姿。高卒就職は伊達では無いようで、資格の数と若さ、それと熱意だけは他のプロデューサーとは段違いであるこの男。この場では、島村卯月と二宮飛鳥のプロデュースを担当している。渋谷凛のみ、担当はまた別の武内という大男である。

 

「ふーん? ま、いいけどさ。早く、企画書とか見せてよ」

「クソ生意気に育ちやがってまあ……。武内さんに言いつけてやろうか」

「やめてよ、シェイク奢るから」

 

 いいよ、とおざなりな返事を寄越して彼は段ボールを漁り始めた。几帳面にファイリングされた紙束が各々に渡されて、彼が彼女達の座る向かいに着席した時点で企画の説明が始まる。

 

「じゃあまず2pから。今回は君たち()()へのオファーです。事前にちひろさんから軽い説明はあったと思うけど、来月の第一木曜22:00放送予定の『きんぐだむ』に出演して貰います」

 

 ここまで、何かとプロデューサーはこちらに視線を向けるが、まだ映画で言えば映画泥棒の段階である。特に何も無い。

 

「それじゃあ4p。番組のだいたいの流れね、ここはまあ頭の片隅にでも。そんじゃ次ー」

 

 

 

 そうして説明は進みいよいよ資料も残すは最後のページとなった。彼女たち四人の新曲である《ベラドンナ》の宣伝時間を頂いているとのことで、スッと心持ちから引き締まるのが分かった。

 

「宣伝ね。まあそこは適当でいいよ。渋谷、一応君がリーダーだから。君に任せる」

 

 彼の常であるへにゃっとした笑顔に場の空気が弛緩する。屋上とは違う室内だからというのもあるが、また別の和やかさを持つ柔和な空間になった。二宮としてはこの雰囲気は流されそうで、あまり好きでは無いはずだがどこか好ましく感じている自分もいるのはまた事実。渋谷もどちらかと言えばこちら側の人間で、呆れたような諦めたような苦笑い。島村も多少の陰りはあるものの、もう慣れたと言わんばかりの笑顔である。そして渋谷はもう一度だけ幸せを手放して愚痴った。

 

「適当って、それでいいの?」

「いいんだよ、君たちが楽しめるかどうかの方が大事だからね」

 

 これが人誑したる所以か、と二宮は心の中で呟く。

 彼が優れるのはそのスカウト力で、人懐こい笑顔と良い意味での気安さから、色々なアイドルをプロデュースしてきている。しかし、他の事務能力が疎かであるかと言えばそうではない。自身もアイドルを始めてから此処に至るまで彼の助けを何度も借りているのは確かだ。

 

「はいはい、じゃあ。番組内の企画の事前アンケート、6pね」

 

 思考を一時中断し、言われるがままに6pを開く。先程は彼の指示で飛ばした部分だ。

 

「えー、まず《最近の一番高いお買い物》、《HR級に嬉しかった出来事》、何だこれ。まあ良いや、それと《趣味が高じて此処まできました》だね」

 

 ふーん、と渋谷ではないが相槌を打って、考え込む。買い物、嬉しい出来事、趣味、とたしかに話す要素としては困らないが、これといった事も思い浮かばない。喉と頭の渇きを潤すためにジュースに口を付ける。

 

「来週までにこの中から二つ以上、好きなのを回答してね」

「あれ? プロデューサーさん、次のページもアンケートだったと思うんですけど」

「あれ、そうだったかな? あ、本当だ」

 

 ちゃんとしてよもう、そんな感じで緩い雰囲気のまま島村と渋谷と笑うプロデューサーの言葉を聞き流して、アンケートについて頭を働かせる。しかしどうしたことか、余計なことばかりが頭に浮かんで本題に集中できる気がしなかった。

 

 

 

 

「────それと、《ビックリした友人の告白》、この四つから選んでくれ」

「グッ!?」

 

 口の中身を吹き出さなかったのが唯一の幸いだった。荒ぶる脳内のアラートを抑え込んで、何度か咳き込んで何もないかのように振る舞うが、既に3人の視線は彼女へと突き刺さり、何もないと言うには難し過ぎる状況だった。

 

「…………なんでもない」

 

 それ以上の追求はなく、何とか逃れたと思っていいのだろうか。彼女は何となく顔を逸らして部屋の隅を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはどうだろうか」

 

 人気のない屋上で、いつかの様に俺は、給水塔に腰かけたまま二宮を見下ろした。

 二宮は難しい表情を浮かべて此方に凛とした視線を向けた。

 

「“どう”とは?」

「そのままさ。果たしてそれは本当に彼女の望んだ姿だったのか? あの結末は彼の願望ではないのか?」

 

 俺のその台詞に二宮はそうか、と呟きまた思考へと没頭していった。

 結局、俺たちの関係は特筆すべき変化もなく、今日もまたこうして屋上の一角を間借りして昼食と麗らかな陽射しをデザートに、平和な日常を享受していた。あるいは3時間目後の休み時間に言った、また屋上でという言葉によるものかもしれないが。

 

「そういう見方もあるね。けどそれも、常に自分の中にカタルシスを求めた彼女の思惑の内になるとは思わないかい?」

 

 彼女は相当に読み込んだのであろう、現在話題のタネとしている小説をペラペラと片手でめくってみせた。

 こうして一つのタイトルについて、理解を深めることを目的に話し合うのは久しぶりの事で、盛り上がりも一入だ。二宮にとっても思い入れの深い作品であるらしく、それを語る時の二宮は活き活きとした表情で此方もつい熱が入り、議論もヒートアップしていた。

 

 

 

 

 

 

「どうした?」

 

 まるで、音が消えたかの様に急に黙りこくる二宮。訝しんだ俺は二宮を見つめるが、返事は期待出来そうにない。二宮はふいと顔を逸らした。

 

「…………なんでもない」

「そうか」

 

 なんでもないという事はないだろうが、追及したって有意義な時間が得られるとは思わなかった。会話は一度そこで途切れたが、数十秒立つ頃には、またその作品の深みへと嵌まっていった。

 

 屋上を去るときは作品の主人公の別れの言葉になぞらえて。

 

「『また、いつかの夜にきます』」

 

 2人の声は同時に響き、俺だけが言葉を続ける。明日の昼にでも、クスリと笑う。二宮も、釣られて笑った。




ギリギリまで編集してます。

読まなくても良い用語紹介

《きんぐだむ》
木曜22時からのバラエティ番組。人気は高い。また長寿番組だが、旬の芸能人を起用することから流行に敏感な若者たちもこぞって見るという。
《ベラドンナ》
二宮飛鳥含む4人によるユニット、またそのシングル。



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アウェイクセカイ

おまたせ。全部植物ワンキルって奴のせいだからアマリリスは一生独房で引きこもってろ。



 二宮飛鳥はベランダの鉢に植えられた花を見つめた。それは菲沃斯と呼ばれる花で、その小さな生命はわずかな産毛を秋めく空に輝かせ、見るものを密かに魅了する。かく言う彼女自身もそのいじらしさに没頭し、彼の思う自分とはなんであるか、また自分の中の彼とはなんであるのかと考える。らしくもないとは、彼女も自覚するところだ。

 

 花言葉は不完全。それがまた、彼女の琴線にふれた。渋谷凛に教えてもらった彼女達の来歴と育て方によれば元々が強い種であるらしいので、湿気にさえ気を付ければ生育は楽とのこと。それらに気を配りつつこの花を育て始めて一週間が経つ。同室の少女も気をかけてくれている様でたまに話しかけている姿を見る。

 何も気まぐれで、それまで知りもしなかった草花を愛でることにしたわけではない。生憎と、そんな高尚な趣味は持ち合わせてはいないもので、草花は愛でるどころか眺める程度の事しかしたことがなかった。

 

 ────ため息を吐く。頭を抱える。もう一度、ため息を吐く。恨み言の様な呟きも結局言葉にはならず、またさらにため息を積み重ねることになる。彼のセリフがリフレインする。恋、恋だと? 自嘲する。

 

「恨むよ、遊馬」

 

 これから撮影がある。僅かな憂鬱を押しのけて二宮飛鳥は席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして屋上の風を感じている内は何も考えなくて済む。今更になって特別な何やらへと二宮を誘おうとしても気恥ずかしさが勝り、未だに屋上以外、ひいては学校外での会話もなくこうして屋上で腐りきっているだけの2人である。

 

 ちゃかちゃかと、プラスチックの容器と箸がぶつかる。

 

 これまでに二宮の好みを探ろうかとも思ったが、彼女の交友関係が分からない。そもそもいきなり二宮の好みを聞ける様な人柄ではない。恥を忍んで心を読んだところでそんな便利な能力でもないため、都合よく彼女の好みを把握できはしないだろう。具体的に何かをする、ということができないでいる。

 

 互いに話す事はない。実写映画化され、それに彼女が出演し、主題歌まで歌うという例の大人気小説の話はすでにした。彼女の役割(ロール)はヒヨスだとか。

 時折どこかから聞こえる環境音が存外に心地よく、今はそれに耳を澄ませるだけだ。あの4人組の中だと島村卯月の声が強すぎるだとか、渋谷凛の『咲かせて』が蒼すぎるだとか。雑談のタネも枯れ果ててポツポツと、三点リーダーが舞い踊る。

 何度も言うが彼女との間にある沈黙は気分の悪いものではない。俺に限っては隣にいれば心音さえ聞こえるがそうではなく。感情であったり雰囲気だとかなんとなくと言ったような、能力の介入しない次元で俺たちは安らかな時を過ごせている。

 

「そういえば、彼女は来ているのか? お前の話だと、一度もレッスンに顔を出していないと聞いてるが」

「……相変わらずだよ。失踪とも言い難いが、居るが来ない。と言ったところかな」

 

 自分から出した話題とはいえ興味深々だと言えば、それは嘘になってしまう。特に会話が跳ねる事なく終わってしまった。

 

 しかし同時にこのままではダメだと叫ぶ自分がいるのも事実。俺たちの関係も変わらずなあなあで終わってしまうのが目に見えている。かといって改めて誘い出すのも、案外勇気がいるし、気恥ずかしいものである。だが、その勇気も今はある。

 

 パッとお互いに顔を見合わせたのはどうやら偶然ではないようで、俺たちは同時に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けして、側から眺めれば仲良くは見えないだろうが俺たち2人は一言も発する事なく肩を並べて歩みを進めている。

 しかし俺の心根にあるものは浮かれに浮かれ、もはやここにはおらず、今頃ヒマラヤ上空を悠々と飛ぶ鳥と共に風に流されているところだろう。

 しかし、その様な浮かれた調子に任せて下手な事を口走らないよう、常に自制は心がけておく。

 今度の日曜日、と二重の声が響いて笑いあう。そうして俺が提案したのはいわゆるデート。それに重ねて彼女はライブへ行こうと言い出した。

 

 しかし、どうだ。今2人の間に楽しげな会話はなく、無情にもカツカツと響く足音だけが響く。表通りの雑踏も気にならないほどの緊張感が場を埋める。じきに会場にも辿り着いてしまうだろう。沸々と湧き上がる会話のタネが冷めて死んで沈んでいく。

 

 そのまま特に会話もなく会場へと辿り着いてしまった。した会話といえば、似合ってるな、ありがとう。晴れてよかった、本当に。くらいのものである。本日のライブ会場であるコンサートホールはそれなりの大きさで、入り口前の広場にも人が疎らにだが集まっている。

 右手で左の顎角をなぞり、まるで長年連れ添った癖の様に右側まで滑らせる。そしてもう一度左に。そんな俺を二宮は不思議そうに見ていたが、やがて視線を逸らして小さく呟いた。

 

「長かった、あるいは短い道のりだったね」

「ああ、確かに。普段とは違う」

 

 ────そう、あまり好きにはなれない沈黙だった。望まれたものでない沈黙が続いた。

 言葉にはせずに首を振る。

 

 

 

 

 

 

「おはよぅー」

 

 ヒュッ、と息が凍りつく。明らかに油断はしていたが、背後を取られるのは久方ぶりの事で、背筋に冷たい鉄柱が突き刺さる様な感覚を覚える。

 バクバクと暴れる心臓と後ろに飛び出そうとしていた肘を抑えて振り返る、そこを見ると驚いた事にテレビでよく見る顔が二つあった。驚きの声を押し殺して唾液とともに飲み込んだ。

 

「志希……」

 

 呆然とした様な二宮の声が聞こえる。やあやあ、なんて気の抜ける様な挨拶を飛ばして笑う。その影はこちらをちらりと見た、そしてふいと二宮に視線を戻した。此方には用がないとでもいう様に、何も触れる事なく。

 

「はろーやーやー、飛鳥ちゃん。いつ振りだっけ?」

「さあ? どうしてだか君がレッスンに来ないからね」

「ありゃ、飛鳥ちゃん怒ってる?」

 

 それなりにね。二宮はその影に対してぶっきらぼうに答えた。しかし、それどころではない筈だ。現にチラチラと視線がいくつか此方を刺していて、このままでは騒ぎになるだろう。

 なにせ、()()()()()()()()()()()()この影はわずかに見える様相からしてアイドルの一ノ瀬志希に間違いない筈で、今回の出演者としてサイトに名を連ねていて、靄によって台無しだが、確かに美麗な衣装に身を包み、これからステージに立つに相応しい格好で。

 

「うーん、そっか。そっかそっか、じゃあアタシは風と共に去りぬ(Gone With the Wind)って事で! じゃね!」

 

 そう言ってヒュウと吹いたそよ風と同時に踵を返す靄。その首根っこ──と思われる部分──を二宮は掴み取ってまた苛立たしげに言った。

 

「待て、君は出演者だろう。こっちだ」

「ちぇー」

 

 ズルズルと引き摺られていく靄。なんとなしに左目を閉じる。先ほどまで見えていた微妙な一ノ瀬志希の要素が完全に途絶え、それらは黒い靄を引き摺る二宮飛鳥となった。逆に右目を閉じて見ると、黒い靄は嘘の様に晴れて見目麗しい美少女2人の絵となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────この靄は、なんだ?

 

 俺は、瞳を瞬かせて呆然とその出来事を見送る。見回して見ても靄のつく人間は一ノ瀬志希ただ1人。

 軽く頭が痛む。眼球が焼ける様に熱い。この痛みには覚えがある、実に四年ぶりで、前回のこれは校舎の窓ガラスを水にした時。その直後。

 

 

 これは言うなれば、魔眼。それが何を見通すのかはまだ分からないが、靄を通してなんらかの()()を見極める瞳。

 

 

 ────能力の目覚めだ。何故? どうしてこのタイミングで?

 靄と目が合う。その靄はニタリと此方を見て笑った。ぞっとする様な凄惨な笑顔を、此方に向けた。

 

 




遊んでて遅くなりました(正直)

読まなくてもいい用語紹介
『ベラドンナ』②
同タイトルの大人気小説を元にした実写映画の主題歌。島村卯月、渋谷凛、二宮飛鳥、一ノ瀬志希が歌う。渋谷凛パートの『咲かせて』が蒼いと話題。
『ベラドンナ』③
現実に少女の姿をとって現れた花の精霊たちが、押し花を趣味とする主人公の前に現れ悩み()を抜いてもらう、というストーリーの長編ミステリ。映画版の主な登場人物は主人公()とベラドンナ、シャクナゲ、ヒヨス、スイセンなど。


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ミーツセカイ

プロデューサーさん、新生活ですよっ! 新生活っっ!
皆さんお疲れ様ですわホンマ。

天才・ミーツ・天才


 テレビでその姿を見た時、その肢体を黒い靄が覆っているなんてことはなかった。ぱっと見ただけで分かるような特異性もなく、天才だというのも聞けば、稀に見る程度のもので特別なにかがあると感じたことはなかった。いやもちろん、滅多に見ない様な美少女である事は確かだが。

 しかしこうして近くに見て聞いて感じた分には、脈絡のなさは正しく聞いた通りの気まぐれで、手綱を握るのも一苦労だろうということ。それと、頭がおかしくなりそうな程の()()()()()を嗅ぎ取れた。

 言い換えるならオーラか、もしくは…………カリスマか。そうとしか言い表せないような不可思議な()()。俺は確かにそれを肌で感じた。あるいはそれを視界に映すとあのようになるのかもしれない。

 

「遊馬、聞いているかい?」

「ああもちろんだとも」

 

 そう返しては、二宮の瞳に視線を合わせる。この魔眼とも呼べる瞳に、二宮は全く正常に映った。学校とは違った私服ではあるが、いつも通りの二宮である。しかし一ノ瀬志希は他の何かで誤魔化しようが無い程の異様なさまを見せた。

 ライブの最中でも嫌ほど目立つ黒い靄は何故だか頻りにこちらを見つめては意味深に笑った。その度に周囲は沸き立ち、目深に帽子を被った二宮と共に苦笑いを溢した。

 

「確かにサービス精神が旺盛に過ぎたが、最終的にバレなかった訳だし、いいんじゃないか?」

「そうじゃなく、普段はあんな事をしないって話だよ」

 

 そうなのか、と顎を撫でる。二宮は言う。一ノ瀬志希が誰かと目を合わせる事なんてほぼほぼない。彼女が見ているのはそのもっと奥であり、更に深いところであると。

 

「あまりこう言う事は言いたくないが、気を付けなよ。キミはメをつけられたかもしれないから」

「…………そうさせてもらうよ」

 

 少なくともあの靄の正体が分かるまでは。最悪のケースだが、もしあの靄が()()()()()()()()()であったのなら、そしてそれが異能者全員が持っているものなら────面倒ごとは避けられないだろう。机の下で液化の能力が問題なく使える事を確かめつつ甘いカフェラテを飲む。あまり考え過ぎるのも良くないから、糖分を摂取してふっと息を吐く。カフェにある弛緩した空気がその息を温める。いつのまにかカップの中身は無くなっていた。

 

「減ってない様だが?」

「…………うるさいよ」

 

 対して二宮のブラックは減っていなかった。

 

 

 

 俺たちはカフェの長閑かつ、なだらかな喧騒の中の奥まった席でブレークタイムと洒落こむことになった。

 こうして2人対面するのもあまりない事で、同じ高さから相手の声が聞こえることにすら違和感を覚えるぐらいだ。軽いライブの感想、それらを言い合っている内になれる程度のものだったが。

 

「ところで、二宮。この後は」

「なんだい、遊馬。改まって」

 

 彼女がなんとかコーヒーを飲み干し、俺がまた、コーヒーを飲み干した頃にこの後の予定は、と聞けば察したのか少し照れくさそうに特に、ともにょもにょとなんらかの言葉を口の中で溶かした。

 

「なら、この後は────」

 

「なら、この後はあたしに買い取らせてもらってもいい?」

 

 ひゅう、と柔らかな風が吹き、靄が、一ノ瀬志希が伝票を掠め取る。二宮も多少驚きはしたものの、一瞬一瞬毎に少しずつ落ち着きを取り戻し、平静を装う事はできていた。

 

「ぜひぜひ、お断りします」

「んっふー、そう言うと思った」

 

 そして彼女は思わせぶりにウインクをして、こちらに擦り寄る。一瞬俺の瞳を見つめると、キョトンとしたように彼女は自らの右目を指差した。

 

「…………眼、赤いよ。花粉症?」

「ちょっと、寝不足なだけですよ」

 

 少し擦ったからか、どうやら軽く赤くなっていたようだった。あまり見られてしまうのもよくないと思い、ふいと目を背け伝票を奪い返した。

 

「ダメだよ、志希ちゃん気づいちゃったもんね。キミ、ギフテッドだろ?」

 

 それをまたがっしりと掴まれて女性とは思えない力で抱き込まれてしまう。動揺はなかった、事実そうであるし、彼女がそうであるというのも分かりきった事だ。故に、二宮のしているような驚愕はなく、女性らしい細やかな指先の感触を楽しむ余裕もなかった。

 

「そうだ。そして答えは変わらない、NOだ」

「いいや、キミにはするべきことがあるはずだよ。あたしにも」

 

 若干会話が噛み合っていないようで神がかったように噛み合っている。ギフテッド同士の会話はこうなるのだなと客観的に考えつつも、主観的には苛立ちを隠すのにも限界が見えてきた。しかし、口は紡ぐ。積年の謎を、謂わば天才達の根源を。

 

「────俺らは」

「────あたし達は」

 

 知らなくてはならない。解明しなくてはならないのだ。

 

 

「「なぜ、(あたし)こうあれかしと(天才として)生まれ落ちたのか」」

 

 

 

 

 

 

 

 靄の奥に見える一ノ瀬志希の表情が喜色に染まる。本物のギフテッドの始まりは自己の奥深さに恐怖することから始まる。そして奥へ、奥へと手を伸ばし、その底に掌が付いた瞬間。天才という称号はその意味を無くす。

 

「いつの間にか、随分と打ち解けたようだね」

 

 その手が伸びる限り、天才は天才でいられるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二宮の困惑した視線も振り切って、伝票をなんとか奪い返した。しかし、その靄が席の通路側を陣取っている所為で立ち上がって会計には行けていない。

 

「……だが、そういうのは一人でやってくれ。今の俺には時間がないんだ」

「えぇー?」

 

 そう言うと、明らかに失望した様子を浮かべて一ノ瀬は溜息をついた。そして視線を二宮に向け、チロリと小さな舌で唇を潤わせた。その二宮自身は話に付いてこれていないようだったが。

 

「飛鳥ちゃんかぁー、ずるいなぁ」

「何を言ってるんだ、志希は」

 

 目を細め俺の隣へと無理やり座り込んだ。無意味に体を傾けて接触面を増やしている。二宮はもう流石に落ち着けたようで、呆れを多分に含んだ溜息をつき、冷やをゆっくりとコップに注いでいる。

 

「ね、あたしじゃダメ?」

「は」

 

 それはどちらの声か、あるいは二人の声が重なったものか。二宮も口を開いた気もするし、俺の口から漏れ出た気もする。

 

「ほら、あたし結構尽くすよ? それなり以上に優良物件だと思わない?」

「二宮以上とは思えないものでね」

「そ、ざんねーん」

 

 大して残念にも思ってなさそうに靄が揺れる。そして今度はテーブルに大きく身を乗り出して二宮へと詰め寄った。靄の奥に見えるピンクアッシュの長髪がふわりと揺れてミルクのような甘い匂いが漂う。

 

「ねえ、飛鳥ちゃん。この人あたしにちょーだい?」

「しつこいぞ」

 

 それに、二宮に言ったところでどうにもならないのは承知しているはずだ。さらに言えばなんと言われようと俺はまだその命題を解く気は無いし、そもそも俺に関しては一人でやらなきゃいけない。程度が同じだったとしてもベクトルは全くもって違う。根本的に別物の才能なのだ。

 

「そっか、そっか。ちぇ、残念だなぁ」

 

 ようやく実りがないと判断したのか一ノ瀬志希は立ち上がる。あでゅーと声を掛けて去って行く。まるで嵐のようだった。疲労を吐き出して対面の二宮と見つめ合う。やがてお互いに、ふっと苦笑するように息をこぼした。

 

「……お疲れ様」

「おう」

 

 

 

 伝票は、持っていかれた。

 




天才の考えてることはわからない。故に一度引いて見る。

読まなくても読んでもいい設定。
《才能の匂い》
感じることの出来る人物はもれなく天才に片足突っ込んでいる。才能の塊。オーラとかカリスマって奴。一般人が感知できるならこの世は摩訶不思議アドベンチャー。
《ギフテッドな彼》
明らかに異常なほどの才能の匂いがする。才能の鎌足マン。
《一ノ瀬志希》
名前だけは何度か登場済みケミストアイドル。才能の塊ウーマン。才能を数値化できるなら主人公と同程度の数値を示す。


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リピートセカイ

実質夏休みなので初投稿です。
将来の夢はヒモなのでその為の勉強で執筆の時間が取れなかったのが遅れた理由の6割でポケモンが5割でシージが10割でThe crew2が120%です。


 自分の根源とは何か、とたまに考えることがある。何某かに選ばれたからこの能力を持つのか、それとも特別な理由などなく力を振るうことができるのか、あるいはこの能力を持つからこそ特別なのか。もしくは、特別ですらないのか。

 天才たる人間には天才足らしめる力があり、理由があり、きっかけがある。

 

「何か為すべき事があるのか」

 

 一体俺のそれは何だろうかと幾度となく考えてきたが、ついぞ答えが返ってきた事はなかった。この間目覚めたこの瞳だって未だに答えの出ていない現状。いわば詰み。ただ()る、()ることで答えを()るとはならないのだ。()のない問答ほど無意味なものはないのである。

 

 ハッと深黒な思考の底から目が覚めて、俺の意識は急速な浮上を始めてようやく辺りからの視線を感じた。その中には教師のものも含まれていて、言葉にならない感情が俺を急かす。どうやら四択の答えを言えと仰る。現在は数学の時間で、教科書の練習問題を解いている時間の様であった。

 寝ぼけた頭を酷使して時空を超えた頭が色彩と同時に3番と弾き出す前に、急かされて平常を保てなくなった口は直感から2と答えてしまう。

 これは怒られてしまうかと、表に出さず冷静な部分で悪態を吐く。しかしどういうことか教師は多少顔をしかめて、忌々しそうに2番に丸を付ける────。…………ふむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かによくよく考えてみると、2番であった。侮りがたし、分配法則。そして直感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふらりふらりと揺れ動く頭が、眠気を如実に表して、麗らかな陽気がそれをまた助長させるかの様に身体を包み込む。俺と二宮はほぼ同時に、若干二宮がつられる様にして欠伸をした。そして、さらに遅れて一ノ瀬志希は大きな猫のように身体を伸ばした。それに合わせ、ブラックコーヒーよりも濃い黒が揺れる。

 けして一ノ瀬志希がこの場に居ることに不自然はない。彼女は特に学校も学年も違うがそもそも、ここは学校教育の場ですらない。

 

「お互いに苦労するな」

「そう、かもね」

 

 一ノ瀬に振り回された二宮はそう答え、寝惚け眼の一ノ瀬は何も答えなかった。

 今日の顛末はこうだ。二宮経由で、一ノ瀬が俺を呼び出したことに俺たちの放課後は始まり、二宮と共に向かったカフェで隈のひどい一ノ瀬志希と合流。アイスコーヒーを二つ頼んで今現在である。

 

「ところで、志希はどうしていきなり彼を呼び出したんだい? 遊馬、キミもずいぶんあっさりと承諾したね」

 

 それにはどう答えるべきか。対面に座る一ノ瀬と目が合う。コップをくるくると揺らして遊んでる様にも見えた。靄の奥に見える一ノ瀬の口元がにやけた。

 

「それは、前回の話の続きをするためだ。より良い答えを求めるため。近しく、且つ異なる視点と知恵はいくらあっても足りない」

「それは、前回は飛鳥ちゃんが隣にいたからかにゃー。別に嫌っているわけではなく、前回が飛鳥ちゃんとのデートだったからね。それが気に食わなかった」

 

 二宮は頬を引くつかせて互いを予想し代弁する俺たちを交互に見た。言葉遊びに近いもので特に意味はないことだから、俺たちがそれ以上言葉を重ねることはない。それにまた二宮はこめかみを抑える仕草をした。そんな二宮を見て、見上げて見下ろして、一ノ瀬はニンマリと笑顔を浮かべた。

 

「ダメだな、二宮はいない方がいい」

 

 遊ぶだろ、一ノ瀬。二宮が反応を起こす前に発した俺の呆れ混じりのそんな問いにそだねぇやっちゃうねぇ、と軽く応えてくる一ノ瀬。その瞬間すらチラチラと、二宮の逐一の行動を把握しようと瞳孔を忙しなく働かせている。普段からその自覚はあるだろう二宮は露骨に眉を顰めた。

 一ノ瀬は、ストローの挿さったオレンジジュースのコップを傾けて氷を噛み砕く。そんな何気無い瞬間に彼女の目がさめる。今までの寝惚けた笑顔の奥に鋭い捕食者の笑みを浮かべた。

 じゃあ、と上機嫌に唇を揺らして一ノ瀬は矢継ぎ早に質問を繰り出した。

 

 

 

 

 

 恐らく、二宮には俺たちが何故会話できているのかさえ理解することは難しいことだと思う。主語はなく、述語すらも怪しいものでひどければ「そうなの?」「そうだ」「ふーん」で一連の会話が終了する。俺自体完璧に把握できているわけではないが彼女が何を望んでいるのか、直前に何をしたか何を見たかと頑張ってようやく着いていけている程度。

 さりげなく二宮に視線を送って一ノ瀬に疑問を投げかけてみたところ、いらないよと答えたので彼女を巻き込むつもりはないらしいかった。故に俺も異能力に関して隠しつつも素直に協力する事にしたし、さらけ出した。全て才能という括りにしてしまえばなんて事はなく、一ノ瀬が多少疑念を持つのは分かったがそれも追及される事はなかった。彼女は本当に気まぐれで、靄の最中に見える心情が秒毎、もしかしたらフレーム毎に移り変わり別の色を叫ぶ。童子のように全力で生きているのが分かった。

 

「時間、だよ。志希、そろそろ」

「時間?」

「そう、時間、撮影。飛鳥ちゃんも一緒だよ」

 

 二宮を見ると、頷いた。2人なら時間を忘れて話し続けていたかもしれない。二宮を連れてきたのはこのためかもしれないなと思いつつ、なんと豪華なアラームだろうかと呆れもした。一ノ瀬から投げつけられた平成元年の500円玉硬貨を白黒の世界で受け止めるそぶりをして、一ノ瀬からの視線に気が付いて敢えて受け取らずに頬で受けた。恨みがましい視線を向けると、黒い一ノ瀬は薄く笑った。

 

「────じゃあね、遊馬」

 

 一ノ瀬からそう呼ばれた事に驚いたが、特に表に出す事はなく別れの言葉を告げる。視界から黒が消えてすぐ。瞳の奥から痛みを訴える声が聞こえてくる。特に見たくもないものを見せられて勝手に痛むとは随分な事だとぼやき、俺も直ぐに店を出る。

 

「じゃあまた、志希」

 

 驚くほど簡単に飛び出たその言葉に、驚異的な聴力でそれを聞き取った一ノ瀬は振り返る。笑顔、離れた場所にある黒い靄はきっと笑っているのだろう。なんとなくそうだと思った。アイドルとは、そういうものだ。彼女たちは職業とかそんな形式張ったものではなく、もうその在り方からアイドルなのだ。ファンに夢を与えて自らも夢を叶える。それはまさに唯一無二の存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────。

 

 テストなど比較にならないほどに難解だ。

 二宮飛鳥は置いてかれていると気が付いた。いや、正確に言うならば今ようやく、言葉を発さずに見つめ合う彼らがとうに走り始めていることに気が付いたのだ。

 彼らは本当に会話をしているのかとも思う。一言何かを発して一言の何かで返して、カフェという、比較的明るく開放的な空間にあって2人だけが隔絶された別の時空に居るような、閉鎖的で真っ暗な須臾の隙間に入り込んで居るのではないかと錯覚してしまう。

 結局最後まで二宮飛鳥が口を挟むことはできないまま、2人の会話は終わってしまった。

 

 

 

 ここから事務所までは歩いて五分程度の近い距離にある。荷物をそこへと置いてから仕事場へと向かう予定と成り、その事務所への道すがら。わざわざ人通りの多い道を避けて歩いた。この猫は真っ直ぐには歩きたがらないから。

 ほうと惚けたフリをして、隣を歩く一ノ瀬を見た。彼女は呑気に鼻歌を歌っている。

 

「キミに、彼はどう映った?」

 

 その陳腐すぎる問いに彼女は指で四角を作り、空へとフォーカスを合わせた。華奢で美しいほどに長い枠に囲われたレンズの向こうに、雲3割といった程度の空が見えた。真似をしてみればそのレンズの奥にはビルと雲と青空が広がっていた。眉根を寄ったのを自覚して、ビルを四角の中から排斥した。

 

「超人、かな」

 

 彼女のその言葉は常人と比べて重い。その評価はきっと、ボクの思うそれよりももっとずっと超人なのだ。人を超えた人。その評価はよくテレビで使われるようなものではなく、もしかしたら本当に人ですらないのかもしれないと思わせる。

 

「天才じゃないけどー、あたしと同じ。あたしとは違うのにー、明らかに天才である。これはもう、人間じゃない方が納得できるかも?」

 

 志希の誰かに聞かせるわけではなさそうな、むしろ自分で確認しているかの様な独り言には、あえて触れる事はない。しかし、あの一ノ瀬志希と同列に並ぶ彼を羨む感情は抑えられなかった。あるいは、逆なのかもしれない。自分の心を測るにしても、彼と彼女の後ろ姿は遠すぎた。その影は振り向きもせずすいすいと険しい道を、あえて表現するならば人生を、水をかき分けて行くように進んでいく。きっと天才とはそう生まれた生き物なのだろう、彼ら自身の言う通りに。天才とは誰かを表すものでなく、その在り方を示すものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────。

 

 

 

 

 

 すごく遠い。遥か遠い。

 

 彼女たちが見ている景色は、ずっと、ずっとずぅっと向こうなのだろう。

 純粋に羨ましいとも思うし、不思議にも思う。それはきっと自分には無いもので、2人はそれを持っている。けれど程度や、あるいはその方向でも、2人は同一だとは言えないだろう。

 それでも、2人の間には確かな同一のもの(きずな)が見えた。2人の間に光り輝くそれは余りにも眩しすぎて、目を背けた。

 

 

 

 

 なんだか自分が危うい土台に立っている気がしてしまって、思わず足元を見た。アスファルトと目があった

 

 




天才の真似事なんてするもんじゃねぇ!


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アイディアセカイ

3ヶ月でこれってマ?
あ、外伝のパスワードとか告知とかは全部ツイッターでやってます。


「やあ」

「二宮か、おはよう」

 

 もう昼だけどね、と彼女は薄らと笑った。屋上には疎らに陽が落ちて、雲の影と共にアートを描く。俺にかそれとも雲にかは分からないが、どうやら審美眼が欠けているらしく特に美しいとは思わなかった。

 天候こそ曇天だが、過ごしやすい気温に湿度。午前中は概ね快適な日であると、キャスターは嘯いた。また、3割くらいで雨が降るとも。

 正午を回った今、風は吹かず変わらぬ暑さだけが充満する。睡魔に近いような気怠さが起きようともがく体にまとわりつく。確かに昨日よりも涼しいのは確かだが、それがイコールで過ごしやすいかと聞かれればそうでないことがよくわかる。さらにこれから雨が降ると思うと嫌になる。どうにかならないものかと溜息をついて、そこまで思ったところで歯噛みする。

 

「倦怠感と言うのかな、動く気も起きない」

「…………見た通りなら、日向を避ける気力はあるようだけど」

 

 それは必要経費というものだ。わざわざ外に出て天を仰ぐのも、 そのくせ日向は避けてしまうのもこうしてなんでもない日常を謳歌するためだ。そうだろう二宮。聞かずとも彼女は、満更でもなく思ってくれているらしかった。

 

 そういえば、と思うことがある。

 

「雨の匂いは好きか? 俺は好きだ。それなりの雨なら」

「いきなりだね。そうだね、嫌いじゃないよ。いわばこれも生命の匂いだから、かな」

 

 自分でもわからないけれど。二宮は鼻をひくつかせそう締めくくって、確かにと呟くとそれでも濡れたくないからか屋根の下へとその身を隠した。俺もそれに倣い、その隣に腰かけ鍵をかけた。同じく濡れ鼠になる気は無い。その気になれば髪すら濡らさずに帰れるが、嫌なものは実際に嫌だ。晴れの方がいいに決まっている。カラッとした晴天を夢想した。

 

 やがてトン、と大粒の雨が屋上を叩いた。徐々に雨足を強めてそれらは窓の外から見える屋上を濡らしていく。

 しかしそれは僅かなもので、短い時間だけ世界を暗くするとすぐに晴れ間が見えた。表情が険しくなる。

 

「強くなりそうだと思ったんだがな」

「君が予想を外すとは、珍しいね」

 

 扉に付いた窓から外を眺める。外面よりもだいぶ焦っていた。予知夢で見た通りならば、今降った雨は6時限目の半ばまで降り続き、俺たちの帰り道に水たまりをつくる筈なのだ。

 

 唇を湿らせる。

 

 隣にいる少女のことも忘れて考え込む。可能性として僅かに思い浮かんでしまうのは、天候が変わるほどの想定外の出来事を起こしてしまったとか、誰かが天候に干渉しているとか、俺自身に干渉しているとか、そういう類のこと。いやまさか、しかし現に。いくつもの推論が泡となって消える。この日の夢を見たのは4日前のことだからこの四日間の行動を振り返ってみる。しかし、特に世界を救ったわけでもなく異能バトルに巻き込まれた記憶もない。杞憂ならば良いのだが、もしも何かがあった時に打つ手がない。なんてあり得もしないことを考える。現実から目を逸らしているとも言える。確かに可能性として絶対ないとは言い切れない。しかし十中八九そうであるという確証を持つ今、それについて考えるのは馬鹿らしかった。

 

「考え事かい? そう病むこともない、勘ぐらい外れるのが普通さ」

「ああ、そうだな。いや、あとで降らなければいいなと思っただけだ」

 

 からりと晴れた日の下であるはずもないことを口走った。うすうす感じていた、というより今のは俺が迂闊だった。

 ただでさえ検証の途中であり、めったなことを望むこともできない今。天に望むようなことをすべきではなかったのだ。いや、言い訳をすると、あれを願い事と捉えるとは思わなかった。ただ、晴れた方が精神衛生上よろしいと感じただけのつもりだったから。

 

「この分には、降りそうもないね」

 

 手のひらで太陽を隠しながら二宮は散り散りに千切れていった雲達を目で追った。

 

 

 

 

 

 

 結局、一ノ瀬志希は異能者ではないだろうと言うのが俺の出した結論であった。

 というより、()()()()()()()()()が正しい結論である。

 俺以外の異能力者が存在しないという結論が出て、憂も何もなくなった今、俺に彼女に構う理由が消えた────ということはない。正直、人が生まれ持つ物だけでああなるものかという興味もあるし、いざという時味方陣営に居ればという打算もある。これからも付き合いは続くだろう。彼女は俺よりも頭がキレる。きっと新たな視点を与えてくれる筈だ。

 

 止まった時の中で考える。もはや癖のように行使される能力であるが、その一つ一つが埒外の力であることを思い起こさせる。すいすいと人波を潜り抜けながら、丁度良い路地裏を探す。監視カメラの映像を誤魔化しながらモノトーンの世界から抜け出して息を吐く。()()()()誰もが目を逸らして居たようで、特に何事もなく表通りに戻る。

 

 数日前から不可思議なほどに願い事が叶う。疑念とともに現れた頭痛で確信へと至る事になってしばらく、未だに俺はこのじゃじゃ馬を制御しきれないでいる。この瞳ですら、数日も付き合って行けば制御を覚え、きちんと両目で一ノ瀬を見ることができる。靄の塊もまた、両目で。

 こいつと来たら、願ったと思えばすぐに叶える、節操もなく。お陰で今日の夕飯はカレーだし、デザートに果物まで付いてくる。朝っぱらから料理番組なんてやるなと言ってやりたい。嬉しくも、複雑な悲鳴が止まらない。昨日の煮物がまだ残っているのに。

 

「ままならねぇな」

「────へぇ?」

 

 すでに、いつもの席と化したテーブル席。元々芸能事務所からそう離れてはいないカフェでありアイドルが顔を出すことも少なくない。その中で、一ノ瀬志希が積極的に座る席というのは常に変わらなかった。人気のアイドルを一目見ようと来る一般の客も、わざわざそこに座る変わり者は少ない。何せ机に一ノ瀬って書いてある。

 

「一ノ瀬にもあるだろう、そういう出来事が。アンタのプロデューサーも相当な傑物だと小耳に挟んでいる」

「んー、まぁ。秀才タイプ? 結構ガチガチー」

 

 渋い顔をして、一ノ瀬。彼女が苦手意識を持つような相手がいるとはそうそう思えないが、傑物でもあり潔物でもあるということか。今もぐずぐずととろけ始めている一ノ瀬には丁度いい相手なのかもしれない。あくまでも平均を取るならばだが。

 

「あ、もしかしてー」

「安心して良いよ、俺個人の話だから」

 

 コーヒーシロップを2本の指で弄ぶ姿も何処かで自分を魅せる職業特有の美しさを感じる。

 一瞬だけ見せた嫌らしいにやけ面も、そうでないと知るや何時ものような興味なさげな笑顔に変わる。別に恋バナが好きなわけでもあるまいに、呆れるほどに子供らしい。しかし、数巡の思案の後に彼女は軽く身をずいと乗り出した。それを先回りしてたしなめる。

 

「やめてくれないか、そういうのは」

「…………つまんな」

 

 悪かったな、そう返して彼女が言うであろうセリフを心の中でかみ砕く。2度も期待通りに行かなかったからか、彼女は少し不機嫌にストローを噛む。彼女の持つシロップを掠め取り、カップに垂らした。それをジトリとした目つきで追っている。

 

「なんだ、どうかしたか」

「飛鳥ちゃんに似てるなぁーっ、て思った、だけ」

 

 そうかな、なんて返す。何のことかは分からないが俺の行動に二宮を見出したらしかった。あまりに節穴が過ぎてやはり本物の天才というのはどこかおかしいんじゃないかと常々思っていたのが実証されてしまうところだ。現在8割といったところ。

 

「頭ん中がバラバラっぽさそうなとことか?」

「今の行動でそう思ったのか」

「いや、別に」

 

 9割2分。このままでは全世界の天才達が彼女による風評被害を被ることになるだろう。

 その突発的なところにも精神を疲弊する。どうして未だにこうして二人でいるのかすらも分かっていない。当然のように理由はない、来たらいた。俺が来なければ居なかっただろうなという確信もある。

 

「まるっきりあんたの方だろ、それは」

「そうかな。そうかも」

 

 でもそれってさ。大層楽なことでしょう。深く考えなくて済むじゃんか。

 

「どう。違ってる?」

「楽、って」

 

 苦笑した。確かにそうだ。それは何か違うだろうというその何かを言い表すことはできない。ならば今のところはそれでいい。あまり感情を動かしたくはないから、そこで思考を打ち切った。

 

「出来るから、できた。それでよくない?」

「ああ、それでいいよ。間違ってないさ」

 

 

 

 

 

 

 

「────興味深い話をしているね」

 

「おは、飛鳥ちゃん」

「おつかれ、二宮」

 

 二宮は挨拶もそこそこに、店員にコーヒーを頼むと一ノ瀬の隣へと詰めて座った。ぼんやりとした思考が霧散して薄れる。

 何を考えていたのか忘れた。ちょっとだけ思い出そうとしてやめる。多分、どうでもいいことだ。他のことに比べれば。

 




天才は唐突

読んでも読まなくてもいい設定
《じゃじゃ馬》
思いを叶える最終形。大体なんでも叶えてくれる。青いあれ。
《カフェ》
学校から徒歩の距離。


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サヨナラセカイ

久しぶりに書いてみようと思い至った結果です。次も書こうと思った時に書きます。
相変わらず説明は少ないと思いますが読む際はぜひ天才になってもろて。


どんな顔をして二宮飛鳥に会えばいいのだろう。どんな声を二宮飛鳥に掛ければいいのだろう。どうして俺なんかが二宮飛鳥に話しかけれる?

 

 

 

 

「アイドルを辞めようと思っているんだ」

 

二宮飛鳥はそう言った。ペットボトルを取り落とす。とくとくと、中身が溢れ出してズボンを若干だけ濡らした。その表情は決意に溢れて、生半可な言葉では止まることも逸れることもないだろうことがわかる。思いを読めなくなっても、時を止めれなくなっても、願いが叶わなくなっても、それだけはわかってしまった。曇天だ。昼過ぎだと言うのにいやに寒かった。これまでと同じ平日の静かな屋上で違反者だけが集う世界。これまでと違うのは俺だけではなかった。何を口走ったかも、それともなんの返事も出来なかったのか、それすらも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

願いを叶えられるようになってから1週間と少し。諸々の準備と試用期間を設けて、俺はすべての異能を手放した。

最初のうちは何度か時を止めようとして失敗したり、一度だけ朝寝坊して遅刻したり、ゴミをただ手放して風に吹かれたり。もちろんちゃんとゴミ箱に捨てたものの、苦労はした。それでも次第に慣れていたと思う。願いを叶えられるようになってから2週間。異能に目覚めて14年と少し、俺はようやく一般人と肩を並べることができた。

それは喜ばしく、感慨深いことのはずだった。躊躇や未練や雑念はなかったはずだった。ただ願ったはずだった。『すべての異能を手放して普通の人間として生きたい』と。それだけを願ったはずだった。

 

「どうして急に」

「急でも、そうでなくとも、ボクが一番綺麗だと思える終わり方だからそうしようと思った」

「」

「夢の終わりは儚く、そして美しく在るべきだ。そして誰も覚えていないくらいが丁度いい」

「」

「ボク個人の願いは叶えられた。だから、プロジェクトは次のフェーズに進むべきなんだ」

「…………ボク自身も、次に進むべきだと思った」

「そっか、応援してる」

 

 

 

気付けば俺は走っている。曇天の中、午後の授業なんかほっぽり出して逃げる様に走っていた。ビル群を抜けて、祈りながらカフェに入店する。結局のところ俺は何もしていなかった。ただ走っていただけだった。走っている間は何も考えずにすむから。いつもの席には誰もいない、そして誰も来なかった。

 

コーヒーだけを頼んで頭を抱えていた。余計なことばかりを考えてしまう。白を基調とした瀟洒なカフェの中で黒い制服が異様に目立っている気がした。

仮説が2つあった。まず第一に彼女は悩みながらも自分の人生の中の大きな決断としてアイドルを辞めると言う決定を下した。喜ばしい事だ。惜しまれもするだろう。だが俺はその決定を祝福するし尊重する。そしてもう一つ、俺が分不相応にも凡人になっても彼女と一緒にいたいと願ってしまったからそれが叶えられたのではないか、と。

思ってしまう。そんな最悪の答えが頭をずっと塞いでいた。首を振って呼吸を整える。ちくちくと心臓が痛んだ。

 

なぜカフェに来たのかも分かっていない。天才は助けてくれないだろう。自分だってそうだった。異能を誰かを助ける為に振るった事は無かった。全て自分のために使ってきた。その結果助けられた人がいた事も認知してこなかった。天才とはそう言うものだと思っていた。

本当にこの結末が彼女の望んだものなのか。これは俺の願望ではないのか。ただ胸が締め付けられるような痛みが俺を苦しめる。コーヒーが苦い。結論は出ない。会議は進まない。俺だけの時間なんてものはもう無かった。影が降ってくる。俺を責め苛む影だ。

 

「遊馬、探したよ」

 

聴こえてきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は天才ではない。

 

「きっとここにいると思ってた」

 

だから天才の考える事なんてわからない。

 

「けど、どうしたんだいこんなところで」

 

そう思っていた。

 

「この志希ちゃんに話してみなさいな、見事解決して見せましょー!」

 

だが、そうではなかった。

惚けたような天才がそこに立っている。正解なのか不正解なのかは判別がつかなかったが、何かしらの変化に繋がることは間違いなかった。

 

「聞いたか?」

「何を?」

 

一ノ瀬志希は何かを感じ取ったようでニヤニヤとにやけて席に座り、自然な動作でオレンジジュースを頼んだ。

 

「二宮がアイドルを辞めるそうだ。志希は聞いていたのか?」

「うん! 2週間くらい前かな? そんくらいから」

 

正直に言うと限界を感じている。会話が進むごとに自分が自分で無くなっていくような、自分を自分と思えなくなっていくような感覚。俺は俺を軽蔑している。太ももを抓って心の痛みを誤魔化す。返事を絞り出せたかどうかも怪しい。

一ノ瀬自身はこんな軽薄なノリをしておいて此方を気遣うかのように覗き込んだ。癪に触る、自分自身がだ。わざわざ一ノ瀬に説明させないと分からない現状に苛ついていた。

 

「おっ、クソみたいな顔してるぅー! 生きながら腐ってる(リビングデッド)って感じで可愛いね!」

「うるせえうるせえ」

 

誰が無気力症候群(リビングで死んでる)だよ。

 

 

 

 

一ノ瀬の頼んだオレンジジュースが届き、汗も一先ずは引いた。このカフェでは積極的に節電が行われているため、外の熱気にやられて避難する客の数は少ない。カップを傾けてからその中身が無いことに気が付いた。

 

「で、なんだっけ? 自分のせいで飛鳥ちゃんが辞めるのかも知れないって悩んでるんだっけ」

「まだ何も言ってないだろ」

「馬鹿だねぇ、馬鹿だ。ちっとも分かってない」

 

ちっちっちぃ、指を振り舌を鳴らす仕草だけでも様になる。これだから天才って奴は嫌なんだ。睨み付けても一ノ瀬は水にならず、心のどこかでホッとする。それと同時に怖気が走った。クーラーの効き過ぎだろうか、嫌な汗が滲む。

 

「飛鳥ちゃんはあたしたち程度じゃ動かないよ。って言って欲しい?」

「っ…………アホか」

 

二宮は強い。そう簡単に折れたり、挫けたりすることはないだろう。だが天才ならどうだ。たぶん彼女は内側から傾けてやればそのまま倒れるだろう。それが一般人の普通だ。本人が気が付かないうちに曲げてやれば、いずれ取り返しのつかない所まで積み上がる。俺たちならそれが出来る。

 

分かりきったことであり、そしてそれは成された。超常の力で、俺の力によって。

 

「まあでもさ、やっちゃったものはしょうがないじゃん?」

「ああ、そうだな」

「あたし、これでもちょっと怒ってるよ」

「そうだよな。ごめん」

 

彼女は視線だけで責任を取れ、と言った。そうせねばならないとは自分でも思うが、いかんせんけじめというやつも思い浮かばないのだ。超常の現象は一般人には荷が勝ちすぎる。諦めかける俺を彼女は急かした。カフェの中の静寂が全て俺を急かす声にも聞こえた。

 

「いいから早く行きなよ。本当は分かってるだろ、青少年。

言わなきゃ分からないなら言うけどさ、あたしだってまだキミの事大好きだよ? 飛鳥ちゃんに渡したくないくらい」

 

分かっていたけれど最低だな、俺。そして馬鹿だ。

 

「今更だね、あたし何回も告白してるのになー」

「ごめん。やっぱ俺、二宮が好きなんだ」

 

だから、俺は2人分の会計をして店を出た。何処に行くべきかは分かっていた。一ノ瀬の顔は見ないようにした。振り返ることもしなかった。だってどうして俺が彼女の顔を見れるのだろう。だんだんと歩みは速くなり、最後には俺は走っていた。曇天の中、走るしかなかった。走っていないと余計な事を考えてしまいそうだった。腹の横が痛む。上を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。また、フラれちゃったにゃー」

 

下を向いたら泣いてしまいそうだ。




次はなるべくお待たせしないように心がけようと思いたいですね。


《カフェのウワサ》
あまり儲けは出てないらしい
《寺田遊馬のウワサ》
もう一般人と変わらないらしい
《一ノ瀬志希のウワサ》
それでも好きは好きらしい


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エボリューションセカイ

|・ω・)チラ

|'ω')ノ⌒゜ポイッ

|彡サッ


 曇り空の隙間から日が覗いた。目を瞑るほどに眩しいわけでは無いが目を閉じていたかった。

 呼吸はすでに落ち着いていて、足は動いていない。しかしその歩みのなさは心や身体の重さとはまた別の理由から裏付けされるものだった。

 ただ当然、緊張はしている。喉は乾いている。スマホの縁をやたらとなぞっている。覚悟を決めたつもりがそんなことはなかった。

 

 ようやく動き始めてもとぼとぼと、ウロウロと、住宅街を彷徨く不審者と化した俺がいる。思考に相変わらず進展はなく、ただ無意識に動く足だけが結論を急かそうとして脳がそれを拒否している。

 

 ぺこんと、間の抜けた通知音が響く。

 

『家の周りをうろうろとしないでくれ。危うく通報する所だった』

 

 同時にシャアッとカーテンを開ける音が聞こえて、その奥から彼女は顔を覗かせた。若干眠たげな瞳と白と淡い水色のボーダーのもこもことした寝間着が新鮮に映る。

 

「あー……その、なんだ。おはよう」

「まだ7時だよ。馬鹿か君は、いや天才か?」

 

 何方も自覚があるし、最近は若干馬鹿が優勢な気もしていた。昨日、俺が二宮の家に招待されたのは9時ごろという話であった。

 

 着替えだ、準備だ買い物だとあって、結局。彼女の部屋に上がったのは8時ごろだった。

 

「緑茶でいいかな」

 

 ありがとうと言ってから俺はただ一言も発する事なく、身動ぎもせず、恐らくまばたきすらする事無くぼうっと結露を眺めていたらしい。

 心配そうに覗き込んだ二宮と瞳がかち合った。

 

「コーヒーの方がよかったかい?」

「そう言うわけじゃないんだ。ただ、自分の罪を噛み締めていただけで」

 

 ふ、と彼女のテンションが僅かに上がったことが分かった。今の俺にもわかるほど察しやすい。けれど、俺の方はそんな気分ではなかった。今にも逃げ出そうとする足をただ覚悟だけで抑え込んでいた。

 懺悔室なんて可愛らしい想像はできなかった、気分は絞首台に立つ死刑囚。それもつい銃を持って気の大きくなってしまった哀れな小物だ。

 

「…………あのさ。少し前、俺のセカイの話をしただろう」

 

 喉が枯れる。どれだけ飲もうと潤うことはない。それ以上を声に出さないように、未だに逃げようとする俺がいた。

 

「そうだね、あの時は助かった。蘭子も随分と気に入っていたがそ」

「俺は生まれた時は誰しもが"そう"だと思っていた」

 

 こんなにもはっきりと自我を持っているものだと、耳に聞くように感情を覗くことが出来るものだと、不思議な未来の夢を見るのも、手に触れた無機物を腐食させることも、非金属を錆させることも、その縁をなぞる様にして命を簡単にその手に握ることも。

 

 誰しもが平等に持つ機能だと勘違いしていた。

 だが、どうも違うらしい。それに気付くのにあまり時間は必要無かった。一歳の誕生日を迎える前には、俺しか持ち得ないこの異質で不要な才能は厄介ごとしか呼ばないだろうと結論付けて、万が一に備えてその3日後には当時行使できた13個の異能を掌握した。

 日に日に数を増す力に辟易していたが、楽しさもあり、どんどんと俺は強くなっていった。小学校に入学するころには細かく分別すれば31個にまで増えていて、そして今はきっとさらに増えている。

 

「一度完全に失った能力だとしても、もう一度望めば簡単に、呆気なく、この手に戻ってくると確信していた」

 

 

 

 

 

 ────現にこうして、俺は白黒のセカイで独り言を垂れ流せてしまっている。二宮飛鳥の前にいたはずが、のんびりと立ち上がって、彼女の背後に立っている。元の場所に収まらなければきっと、バレてしまう。

 恐ろしい。何よりも、バレないようにと元の位置に戻ろうとしている自分が恐ろしい。

 

 今なら自分自身ごと、この宇宙を丸ごと水にしてしまえる。それ程までに自分の才能が肥大していくのが分かる。世界を1秒の間にあらゆる手段で何度でも滅ぼしてしまえる事がわかってしまう。

 たかだか自分が失望を受けたくないという一心で180秒以上時を止め続けていることが何よりの証明になる。くだらないプライドのために、逃げ続け、避け続け、背け続けて。そしてそれのために醜くも自分の限界を越え続けている。どこまでも、底のない暗闇を落ち続けている。長く、苦しく、虚しいだけの時間が停まり続けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何年過ぎただろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何十年過ぎただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に暴れ狂う色彩が吹き荒れて、俺の全身を灼いていった。

 

「大丈夫だよ、道を分つ事があってもいつか必ず逢えるさ。曲がって、迷って、進んで、その先できっと逢える。そしてまた岐れる。君が教えてくれた事だ」

 

 ずっと止まったままだった時が動き出し、振り返ると彼女はそこにいた。いつでも変わらない高潔な笑みも、そのまま。

 ようやくこの手がそこに触れた音がした。

 

「────えぁっ?! ちょっ、何を」

 

 気が付けば、俺は彼女の手を握っていた。思い返せば、俺と二宮との間に身体的接触はほとんどなかった。素肌に触れたことは一度もない。そしてそのまま軽く抱き寄せた。困惑と羞恥の色が聞こえてきて

 

「ごめん、二宮。待たせてごめん、全て俺が悪いんだ」

「はぁ? いいから、離してくれないか。誰かに見られでもしたら────」

「もう遅い」

 

 数十年、いや数分前から彼女の両親が好奇心丸出しで覗いていたのは気付いていた。

 なんなら、先ほどまでは世界の全てが手に取るようにわかった気がする、あまりに感覚として高次元すぎて処理しようとも思わなかったが。

 

「なら、余計、離せってばッ!!!!!」

 

 そこで初めて気付いたのか、珍しく顔を朱に染めた二宮に吹っ飛ばされて、意識を失った。こんな役得が他にあるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、ないね」

 

 俺が目覚めてからの話し合いは平行線を辿っていた。

 

 全てを告白し、同時に全ての責任は俺にあるとする俺と、全てを受け入れ、同時に自分の人生は全て己の責任の下に運営されるという二宮。どうしても彼我が交わることはなかった。

 

「ボクの人生はボクのものでしかない、ただキミ1人に左右されるようなモノではないんだ」

「前提が間違っているんだ、人智を超えた力に常識だとか、制約なんてものは必要ない」

 

 そしてその中で、使えない事に俺に時を戻す機能や選択をやり直す力は備わっていなかった。

数秒迷った後に、今まさに手に入れた俺が心の底から欲しがっていたモノを即座に棄却し、無かったことにする。

 

「大体責任なんて、どうやって取るっていうんだ。ボクはもうすでに決めているんだ。後悔なんてしていないとも」

 

「────なんでも出来る」

 

 

なんでもだ。出した書類を無かったことにするのも、報道を無かったことにするのも、二宮の記憶を保持したまま時間を戻すことも今まさに出来る様になった。全てがどうにだって出来てしまう。

 

ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

誰のものかは分からない。

 

「…………君の意志の強さには脱帽するよ、ボクがそんな力を得たらきっと」

 

決して人を褒めるような声色ではないが。二宮は褒めてるんだよ、と付け足した。

確かに、やり直しが効くようになった今何をしようと問題になることは無いというのに前ほどのときめきは起こらなかった。不能になったのか、不毛になったのかそれとも────やめよう、今考えるべきことではないことだ。

 

「そもそも、これは君の傲慢さが招いたことだろう」

「ああ。だからこそその傲慢さを持って解決すると言っているんだ」

「さすが、お行儀よくハイの返事を貰おうとしているヒトの言う事は違うね」

 

言葉に詰まる、もはや論破される寸前だった。上層部の押印がなければ動けない現場のように、二宮は俺が待ての出来る大型犬か何かだと思っているらしいが、それは実に正しく。惚れた弱みというものだった。

しかし、このままでは埒が開かないのも事実。

 

「じゃあどうすればその後悔を取り払える?」

「後悔なんて────」

 

しているとも。俺も、二宮も後悔まみれだ。塗れって言うほど酷くはないが。

しかし、二宮は言葉に詰まった。いやちょっと待てなんか凄い勢いで疑念やら羞恥やらが膨れ上がって来てるんだが。

 

「もしかして君、精神感応────というか読心を使ってないか?」

「あ、ああ。だが二宮の思っているような万能なの」

 

引っ叩かれた。

 

そんな万能なものではないと言いたかったが、二宮から漏れる恥ずかしいやら、怒りやら男子を部屋に入れたのは初めてだからドキドキするやらの感情が、今そんな万能なものに進化したことを雄弁に物語っていた。

ので、遮断しておく。ちらりと見えた桃色の感情は見えなかった事にした。

 

「───っ、帰れ!」

「あー…………。じゃあ、この後昼飯でもどうだ?」

「帰ってくれって!」

 

結局、進展はなかった。




Twitter見る感じまだバレンタインみたいなもんだしセーフセーフ。
ただ何の進みもない現状把握みたいな回で申し訳ないと言う気持ちはある。


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