東方紅転録2部 ─NAMELESS MIST─ (百合好きなmerrick)
しおりを挟む

1章「異変は霧を伴って」
1話「名も無き少女」


私は帰ってきた!

というわけでお久しぶりです。前作と違い、今年中は不定期更新ですが、よろしくお願いします。

では、暇な時にでもどうぞ。


 side ???

 

 ──とある宮殿

 

「あぁ、どうして⋯⋯」

 

 その者は、全てを見通す偉大なる目を、ありとあらゆるものを支配する強大な力を、森羅万象(しんらばんしょう)を知り得る叡智を持つ。

 人に崇められ、全てを授かった偉大なる者である。

 

「⋯⋯退屈なんだろう」

 

 だが、その者の心は虚無に支配されていた。

 全てを与えられたが故に、何かを知る喜びを、何かを得る幸福を、知ることが無かったのだ。

「■■■■様? どうしました〜?」

 

 その者を呼ぶ声が響いた。それは、その者にとって唯一心を許せ、安らぎを与えてくれる。そんな女性だった。

 対してその女性は、その者のことを愛しく思っている。が、その思いを伝えることはない。

 

「いや。何でもないよ。■■■■■」

「そうですか〜⋯⋯。では、そろそろ時間ですので⋯⋯。

 わたしが帰っても、また⋯⋯」

「うん。また会おう。僕はその時を待っているから」

「■■■■様⋯⋯は〜い。またお会いしましょうね〜」

 

 軽い口調だが、その者を思う女性の気持ちは本物だった。

 それ故か、その女性は嬉しそうに微笑んでいた。

 

「⋯⋯またね、■■■■■」

「はい、■■■■様。いずれ、また⋯⋯」

 

 その者は、その女性の背中を静かに見送った。

 

 ⋯⋯しかし、この時はまだ、その者は思いもしてなかった。

 2度とその女性と会えないとは────

 

 

 

 

 

 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(主の書斎)

 

 私の名前はレナータ・スカーレット、通称レナ。前世で車と衝突事故を起こし、気づいたら『東方Project』の世界で、スカーレット家の次女として生まれ変わっていた。という、有り勝ちな転生をした元人間の現吸血鬼。もちろん原作と同じく三歳離れた姉はレミリア、二歳離れた妹はフランだけど、訳あってルナシィとミアという名前の妹が2人も増えた。自分でもどう説明すればいいか分からないけど、とりあえず色々あったのだ。ちなみに私は『ありとあらゆるモノを有耶無耶にする程度の能力』を持っているが、主に使うのは武器などの召喚魔法であり、魔法の方が使い勝手が良くて好きだ。

 

『第2次吸血鬼異変』や『狂霧(きょうむ)異変』と呼ばれる、地底から広がった『狂気の霧の異変』が過ぎ去り、私達は再び平穏⋯⋯のようないつもの日々へと戻ることができた。『狂霧異変』が終わってからも幻想郷では、仏教寺院である『命蓮寺』が出来たり、神霊廟の異変が起きたりと、相変わらずである。

 

 そして現在、ある秋の日の昼下がり。私はいつものお姉さまの部屋ではなく、お姉さまの書斎へ来ていた。

 書斎に居る時は書類仕事に追われているらしいが、ミアは地底へ行っているらしく、フラン達は図書館で魔法の研究。1人で暇を持て余していたので、久しぶりにお姉さまと外で遊ぼうと思って来た。もちろん暇でなければ諦めるつもりで。

 

「あら。レナじゃない。どうしたの?」

 

 部屋には山のように積み上がった書類を見たり、何かを書いたり、判を押したり、と忙しそうにするお姉さま。その横で手伝っている咲夜が居た。簡単そうに見えるが、紅魔館の経済を支える重要な仕事らしい。昔、手伝おうとしたが意味が分からず、逆に邪魔をしてしまった、という苦い思い出がある。

 

「お姉さま。お出かけできます?」

 

 私は部屋に入るとすぐにそう切り出した。

 多少無作法な気もするが、最近は姉妹だと言うのにかしこまる方が失礼な気がするので、あまりかしこまらないようにしている。

 

「ごめんなさい。まだ終わってないのよ。もう少しだけ待ってくれる?

 これが終われば、今日のノルマは達成するから、それが終わったらいいわよ」

 

 と、山積みになった書類を指差す。

 1時間かかっても終わりそうにない量だ。ざっと見ただけでも100枚以上はありそう⋯⋯。

 

「⋯⋯や、やっぱり、明日とかにしますね。お仕事頑張ってください」

「え? も、もう少しで終わるわよ?」

「い、いえ。無理しないでくださいね。咲夜。お姉さまを頼みます」

 

 諦めた私は、咲夜にお姉さまを任せて部屋を後にした。

 

「はい、承知しました。ということですので、お嬢様。頑張りましょうね」

「うぅー⋯⋯。絶対もうすぐ終わると思うのだけど⋯⋯」

「この量だと30分ほどはかかりますよ?」

「そ、そんなにかかるー?」

 

 部屋を出る際、そんな会話が聞こえてきた。

 やはり、邪魔をしなくて正解だったらしい。

 

「たまには、1人で⋯⋯ミアのように旅をしましょうか」

 

 ミア⋯⋯この世界本来のレナ()。私はそのレナに憑依した人間であって、本当は全くの別人。しかし最近気が付いたが、あまりにも長い間1つの心と体を共有していたせいで、私はミアの影響を色濃く受けている部分があるらしい。

 その1つが旅、放浪好きである。ミアと違い1人よりもみんなでの方が好きだが。

 

「⋯⋯絶対、明日はお姉さまと⋯⋯」

 

 密かに決意を固めると、私はフード付きコートを着て、外へと出ていった。

 

 

 

 

 

 紅魔館を出て、湖を越え、博麗神社近くの森までやって来た。

 理由は特になく、ただあてもなく彷徨(さまよ)い続けた結果、ここへとたどり着いたのだ。

 当然博麗神社に近い場所なため、人間はおろか妖怪も見当たらな──

 

「ぁ⋯⋯。居るのですね、こんな場所にも」

 

 森の奥深くの方に、大きな影が見えた。明らかに人よりも大きいサイズで、足が複数あったようにも見えた。いくら私がお姉さまと同じ吸血鬼だとは言え、相手にするのは面倒だろう。

 

「触らぬ妖怪に祟りなし。そもそも関わる必要もないですし⋯⋯」

 

 その場を後にしようと妖怪とは逆の方向へ歩き出す。

 

「きゃぁぁぁ──!」

 

 突然、女性らしき大きな悲鳴が森の中に響き渡った。

 

「ふぁ!? え、えっ? ⋯⋯さっきの⋯⋯?」

 

 突然のこともあって多少動揺したが、すぐに冷静さを取り戻す。

 声は先ほどの妖怪が向かった方向から聞こえてきた。ということは、その妖怪は誰かを狙ってこんな場所へ来たのだろうか。いや、偶然入ったら見つけたのかもしれない。

 ──なんて、ゆっくり考えている暇はないか。

 

「あぁもうっ!」

 

 急いで妖怪を見た方向へと走っていく。

 私も妖怪とは言え、人を糧にしているとは言え、 近くで死ぬ命は見たくない。わがままな思いだが、私は吸血鬼であり子供だ。わがままな思いを突き通すくらいでないと、吸血鬼として恥ずかしい。人間としてはすでに恥ずかしいが。

 

「こ、ここに──へ?」

「アァァァ⋯⋯」

「いやぁぁぁ! 牛!? 蜘蛛!? どっち!?」

 

 そこには怯えているフランよりも小柄な少女がいた。頭のてっぺんに特徴的な1本のアホ毛を持つ白のロングヘアーの少女。襲われている最中だからか、服は薄汚れ、髪は全体的にボサボサになっている。そして、それを襲おうとする奇妙な妖怪がいた。

 その妖怪はとても大きく、頭は牛、身体は蜘蛛のように足がたくさん付いている気味の悪い姿だった。

 

 私はそれを見た途端、体が拒絶反応でも起こしたように震えた。

 

「どっちか分からないけど、虫嫌いだから来ないでェェェ! あぁ⋯⋯」

「え、えぇ⋯⋯」

 

 その少女にとってあまりにもその妖怪は苦手だったらしく、呆気ない声を出して気を失ってしまった。それを好機と思ったのか、牛頭の妖怪は大きな口を開けながら、少女の方へと素早く駆け出した。

 

「っ、そうはさせません! 瞬間移動(テレポート)。そして──」

 

 少女の前へ瞬間的に移動し、妖怪の前へと立ち塞がる。

 さらに、召喚魔法により剣を手にした。

 

「──輝きを放て! 『神剣「クラウ・ソラス」』!」

「アァァァ!」

 

 眩い光は辺りを包み込み、妖怪の視覚を奪った。

 

「っ、眩しっ!? う、うぅ⋯⋯!」

 

 しかし慌てて使ったため、自分が光を防ぐことを忘れて自分の視覚さえも奪ってしまった。

 ──こんなところをみんなに見られていたら恥ずかしくて死にそうだ。

 

 仕方なく剣を投げ捨て、手探りに少女が気絶した場所を探して捕まえる。

 そして何も見えないまま、少女を抱き抱えると、宙へと飛び上がった。

 

「⋯⋯え? と、とにかく逃げないとっ!」

 

 少女に触れた時に異常を感じたが、すぐさま逃げることに専念する。少女を助けるためには下手に相手をせず、まずは逃げることが最優先だ。そして、視覚が使えないなか、運良く木々に当たることなく上空まで逃げ切る。

 

 そしてすぐに、妖怪から離れた位置の地へと降りる。視覚を満足に使えない今、無闇に動き回るのは危険だと判断したのだ。

 

「はぁー⋯⋯。もう無理。疲れた⋯⋯。あ、ようやく視界が戻って──」

「ここ⋯⋯どこ?」

 

 腕の中から声が聞こえる。

 

「あ。もしかして、君は悪魔さん? 虫に食べられるよりはマシかな⋯⋯」

 

 少女が起きた。コートからはみ出る翼を見たのか、諦め切った声を漏らす。

 いや、この声は諦めではない。まるで恐怖を感じていないように、その声からは感情を感じない。彼女の言う通り虫に食べられるより悪魔がマシだったとしても、死ぬことに恐怖を感じないわけがないのに。

 

「⋯⋯いえ。私は悪魔ではないですよ。人間です」

「え? でも⋯⋯あれ?」

 

 少女は目を丸くして、呆気に取られていた。

 無理もないだろう。先ほどまで見えていたはずの翼が消えているのだから。

 理由は簡単で、吸血鬼の特殊能力とも呼べる変身能力に魔法を使い、見た目や妖力を完璧な人間に似せただけだ。

 

「ところで、こんなところで1人とは⋯⋯迷子です? お嬢さん。って、見た目10歳程度の私が言えないですけど」

「⋯⋯君は⋯⋯一体誰?」

「ただの人間ですよ。私はレナータ・スカーレット。近くにある館に住んでいます。

 貴女のお名前は? それに、どうしてこのような場所に?」

「⋯⋯ボクは⋯⋯誰、だろう? 分からない。名前も、どうしてここに居るのかも⋯⋯」

 

 その言葉に、衝撃を受ける。まさか、偶然助けた子供が記憶喪失とは思っていなかった。いや、思っていたら怖い。

 しかし、驚く私とは裏腹に、その少女がそこまで落胆しているようには見えない。だが、嘘をついているようにも見えない。元から感情が薄い娘なのかもしれない。

 

「⋯⋯。えーっと、自分の記憶以外に思い出せないことはあります?」

「いいえ、自分の記憶だけが無いみたい。非陳述記憶とかは思い出せるけど、どうしても自分の記憶、それだけが思い出せない⋯⋯」

「そ、そうですか⋯⋯」

 

 途中聞き慣れない言葉を聞いたが、顔を見る限り、それほど深刻そうには見えないのが不思議だ。

 しかし、本当に記憶が無いのなら、尚更放っておくことはできない。

 

「では⋯⋯うーん、名前が無いのも不憫ですね⋯⋯。いえ。まずは安全な場所へ行きましょう」

「うん⋯⋯。さ、さっきの悪魔を思い出したら⋯⋯うぅ⋯⋯」

 

 少女は先ほどの妖怪を思い出したのか、ビクッと身震いする。

 よっぽど虫が苦手らしい。私もかなり苦手だが。

 

 ──それにしても、悪魔とは言っているが妖怪を見ても、不思議に思ってないところを見る限り幻想郷の人間なのかな。でも、白い肌と髪、それに金色か琥珀色の目。⋯⋯明らかに西洋人風の顔立ちだしなぁ⋯⋯。

 

「は、早く行こう。あの悪魔を2度も見たくない⋯⋯」

「⋯⋯分かりました。では安全な場所へ行きますね」

「あらま」

「え? あっ⋯⋯」

 

 思わずいつもの癖で宙へ浮かんでしまった。もう誤魔化しようはないだろう。

 今日に限ってミスばかりする。もしかして今日は厄日だろうか。

 

「⋯⋯やっぱり、悪魔さんだよね? ボクを食べたいから、騙そうとするの?」

「い、いえ! 食べるならこの場で食べますよ! あ。食べませんけどっ!

 私はただ、妖怪だったら警戒されますから⋯⋯」

「ヨウカイ? 悪魔じゃなくて?」

 

 少女は訝しげに聞いてくる。

 まるで、妖怪というものを知らないように。

 

「吸血鬼なので私はどっちでも⋯⋯あっ。人間です!」

「⋯⋯悪い悪魔、いいえ、妖怪さんではないみたい。

 ⋯⋯とりあえず、安全な場所までお願い」

 

 警戒は解いていないが、お人好しなのか少しは信用してくれたようだ。

 見た目が同年代だから危険はないと思われている可能性もあるが。

 

「で、では、背中に乗ってください。飛びますよ」

「え? こ、こうやって乗──きゃっ」

 

 少女が首に手を回した瞬間に宙へ浮かぶと、後ろで小さな悲鳴が聞こえ、少女の手に力がこもる。

 しっかりと掴まっていなかったようだったが、自分が支えれば落ちはしないだろう。もし落ちたとしても、吸血鬼()の速さならすぐに助けることはできる。

 

「できれば手を離さないでくださいね。人を乗せて飛ぶのは、久しぶりですから」

「り、了解ですっ。でも、できれば揺れないように⋯⋯きゃぁ!」

「おっと。大丈夫です? やっぱりもう少しゆっくり⋯⋯」

 

 後ろで騒ぐ少女を心配し、声をかける。

 

「す、凄い! こんなにも風を感じるなんて初めてかもしれない!

 で、できればもっと早く動いてー!」

 

 心配はいらなかったようだ。少女は初めて空を飛んだのだろう。空を飛ぶことは楽しくて仕方ない。そんな感情が私にも伝わってくる。

 

「凄い元気ですね⋯⋯。では、舌を噛まないように口を閉じてくださいね!」

「きゃああああ──! 本当に凄い!」

 

 少女は私をアトラクションか何かと勘違いしているようだ。

 しかし、私も楽しむ少女を見て悪い気はしない。むしろ楽しんでくれて嬉しい。

 

「ねえ! どうやって飛んでいるの? 魔術の類?」

「私はそれに近いですね。魔力を使いますから。もちろん苦労はしましたよ。

 昔、生まれて数年後に空を飛ぶ練習をして⋯⋯。大変でしたが、空を飛ぶことができました」

「なるほど⋯⋯。ボクも自由に空を飛べたら⋯⋯」

「⋯⋯飛べると思いますよ」

「ほ、本当に!?」

 

 これは嘘ではない。ほぼ確実に。少ないともこの幻想郷では飛べると確信していた。

 それは、最初に感じた異常の正体と関係している。

 

「貴女の魔力は強いですから。覚えの早さに個人差はありますが、絶対に飛べると思いますよ」

 

 少女に触れた時に感じた異常。それは魔力の質と量だ。

 魔力は修練以上に、元から持つ才能によって変わる。この少女はまだ若いとは言え、500年以上生きる私の魔力を遥かに陵駕する。これは、生まれ持った才能としか言いようがないほどに。

 

「本当に? 本当の本当?」

「本当ですよ。嘘は付きません。練習すればすぐに飛べますよ」

「あははっ! 自由に空を飛べるなんて、凄く楽しそう!」

 

 少女の声が森に響き渡る。

 先ほどまで警戒していた娘と同一人物には見えない。

 

「あまり大声を出したら見つかりますよ。⋯⋯もう着きますから別に構いませんが」

 

 すぐ目の前にはいつも通り静かな神社が見えていた。

 

 この娘を連れて行ったら、霊夢は迷惑するだろうか。

 そんなことを考えながら少女を背に乗せた私は、博麗神社へと降り立つ────




2018/03/09追記 初見さんに少しでも分かりやすいように、一番最初に主人公の詳細を追加しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話「進行を開始する」☆

 side Renata Scarlet

 

 ──博麗神社

 

「霊夢ー? 何処にいますー?」

 

 神社に着くとすぐに少女を降ろした。そして、霊夢を探して神社の境内を彷徨(うろつ)く。

 

「⋯⋯とても静か。まるで誰も居ないみたい」

 

 しかし、降り立ったその瞬間から分かっていたことなのだが、神社はとても静かで、人の気配を感じない。

 寝ている可能性もあると思い声を出して呼ぶが、全く反応は無かった。

 

 誰もいない。霊夢が危険な目に遭うとは思えない。だから、何処かへ出かけているのだろう。買い物や異変解決。霊夢が行きそうな場所は分からないが、あの人がピンチになる状況は全く想像できない。

 

「⋯⋯みたい、ではなく本当に居ないようです。留守のようですね。はぁー⋯⋯霊夢に相談すれば解決すると思っていたのですが⋯⋯」

「留守? そうすると⋯⋯どうするの?」

 

 少女は騒いだ様子も見せず、キョトンとした顔を見せる。

 騒がれるのは苦手だが、こうして感情を感じない方は心配してしまう。でも、空を飛んだ時は喜んでいたのだ。感情が全く無いわけではないのだろう。

 

「⋯⋯神社(ここ)で待つか、私の家で安全を確保して明日ここへ戻ってくるか。貴女の家をすぐに見つけるために、神社の方が良いとは思うのですが⋯⋯。霊夢がいつ帰ってくるかは分かりませんからね⋯⋯」

 

 しかし、人間を助けて、泊めるなんてお姉さまが知ればどうなる事か。きっと気に入らなければ食料にするだろう。私は姉に逆らうなんてことも、それを止めることもできない。だからこそ、家に泊めるのは誰にも知られないようにするしかないだろう。

 

「⋯⋯空を飛べる魔術を教えてくれるなら、君の家に行きたい」

「それはいいですけど、すぐに家を探しますから時間は多くても数日。

 1つの魔法だけとはいえ、1日や2日で覚えれるとは⋯⋯」

「それでも教えてほしい。あの空を切る感覚、またもう一度⋯⋯体験したい」

 

 その言葉を語るとともに、少女の口元が緩む。

 それほど彼女にとって初めての空は、愉快な思い出となったのだろう。

 

 その顔を見て断れるはずがない。況してや、自分よりも年下の子の願いなら。

 

「⋯⋯途中で止めないでくださいよ? 記憶が戻れば話は別ですが」

「うん。止めないよ。記憶が戻っても絶対に。だから、お願い」

 

 表情は変えずどこか空虚に。しかし、その空虚の中に強い思いを感じる。

 その姿は、いつの日か見た友達のようだった。

 

「お願い、悪魔さん。⋯⋯いえ、レナお姉ちゃん」

 

 少女の言葉が頭の中でこだました。

 そして、どうしてか無性に嬉しくなり、少女が可愛く見えてくる。

 

「も、もちろんです! 姉として、精一杯教えますね!」

「えっ、うん⋯⋯」

 

 最近はフラン達に頼られることも少ない。もう私を頼る必要のない大人になったのであって、それ自体は私にも喜ばしいことだ。だが、姉として頼られることが無くなったのは素直に寂しかった。もっと頼ってほしい、そう思うこともあった。

 だからこそ、姉として頼られることがとても嬉しい。それが姉妹での姉という意味でなくても。

 

「では、早速戻りましょうか。善は急げ、思い立ったが吉日、です!」

「⋯⋯? 急いだら良いとは分かった。じゃあ、君のお家へ行くんだね」

「はい! ⋯⋯って、今気付きましたが抜け穴を使えばすぐ家に帰れましたね。これで他の妖怪に会う心配も無かったのに⋯⋯。いえ、空を飛ぶには使ってはいけませんでしたけど」

 

 今日は本当にうっかりすることが多い日だ。これで何度目の失敗か分からない。

 

 実は風邪でも引いているのかもしれない。仕事が終わっていたら、お姉さまに見てもらおう。

 

「空を飛ばず、安全を優先するということでいいです?」

「うん。それでいい。お願いするね、レナお姉ちゃん」

「はい! では、すぐに作るので少しお待ちを。あ、その前に⋯⋯」

 

 家へ続く『抜け穴』を作る前に、簡単な呪文を唱える。

 魔力が手の上に集中していき、小さな丸い物を形作っていく。

 

「できました。これを付けてください」

 

 そう言って、魔力で作り出した、指輪を少女に手渡す。

 その指輪は意図せず作った物なのに血の色に染まっている。

 

「⋯⋯これは?」

「家族に気付かれないように作った魔力遮断機です。貴女の魔力を完璧に抑えるのは難しいですが、そこは部屋に簡易結界を張るのでご心配なく」

「部屋から出たらダメ? 空を飛ぶ練習できる?」

「大丈夫ですよ。私の部屋、無駄に広いですから。妹の部屋よりは小さいですけどね」

 

 流石に弾幕ごっこができるほど広くはないが、宙に浮く程度の天井の高さはある。

 屋内で自由に飛び回るとなれば、それこそ私の家ではフラン達の部屋か大図書館しかない。

 

「っと。話が逸れましたね。では、この指輪を⋯⋯ん?」

「どうしたの?」

「⋯⋯これ、指輪⋯⋯」

 

 私の作った指輪を付ける前に、すでに少女の右手の中指には指輪がはめられていた。

 鉄か何かで出来ているのか銀色で、少女の手には似つかわしくない大きさだ。

 

「あ。本当だ。⋯⋯ボクのなのかな?」

「多分、そうだと思います。

 記憶の手がかりになりそうですね。少しお借りしていいです? 少し魔法で⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯嫌。どうしてか分からないけど付けていたい。離したくない」

「で、でも、手がかりになるかもしれませんよ?」

「それでも嫌」

 

 少女は頑なに渡そうとはしなかった。

 記憶が無くとも、何か感じることがあるのかもしれない。

 

 だがしかし、少女の記憶の手がかりとなる物なら──

 

「⋯⋯ごめんなさい、レナお姉ちゃん。理由も分からないのに付けていたいと言って」

「もう、仕方ないですねー。それならいいですよ。あ、謝る必要はないですから」

 

 シュンとした表情になった少女を見てすぐに諦める。

 決して可愛いから許したとかそういうのではない。

 

「でも、この指輪は付けてくださいね。周りにバレたら大変ですから。主に説明が」

「うん。分かった」

 

 改めて少女の左手の中指に指輪をはめる。

 銀の指輪は目立たないが、紅の指輪はとても目立つ。だが少女に気にしている様子はない。

 

 逆に私が気にしてしまう。

 あまりにも指輪の色と、白く薄汚れてはいるも綺麗な容姿と服は似合わない。

 

 後でお風呂に入れ、新しく紅い服を用意しよう。その方が似つかわしい。

 

「レナお姉ちゃん。行こう。また襲われる前に。⋯⋯特に、虫系の妖怪に襲われる前に」

「ふふっ。そうですね。今度こそすぐに作りますので、しばらくお待ちを」

 

 再度、頭の中で呪文を唱えながら地面に手を触れる。すると、私の手を中心に黒い穴が現れた。それはみるみるうちに、私達の大きさなら余裕で入れるほど大きな穴へと広がっていった。

 

「私の部屋に直接繋げました。先に入ります? それとも私が先の方が?」

「先に入る。すぐに来て。⋯⋯信用しているから」

 

 少女は呟くように話すと、穴の中へと消えた。

 

「え? あっ⋯⋯。分かりましたー!」

 

 それを追いかけるように、私は少女の後を追い、穴へと落ちていく。

 

 

 

 

 

 部屋に到着すると、少女は興味深そうに部屋の中を見つめていた。

 ベッドや机、本棚くらいしかない質素な部屋だと言うのに。

 

「どうしました? 何か気になる物でも?」

「⋯⋯いいえ。ただ、興味深くて。飾り物が無いのに綺麗な部屋だから」

「ふふん。毎日のように掃除していますからね」

 

 少女の言葉は褒められたように聞こえて悪い気はしない。

 しかし何がどうして興味深いのか、それだけは分からなかった。

 

「そうじゃなくて⋯⋯いいえ。そうなの?」

「きっとそうですよ。では、しばらく待ってくださいね。すぐに結界を張ります」

 

 部屋の四方の壁に六芒星の魔法陣を描いていく。

 これは部屋の中でしか使えないが、強固な結界を張れる魔法。しかし今は結界を張っていないため、もしかしたらパチュリー辺りに気付かれているかもしれない。

 誰かにバレると、そこから全員に伝わる可能性は高い。

 明日までとは言え、誰かにバレて大変なこと⋯⋯特に少女が殺されるなどあってはならないのだ。

 

「⋯⋯ふぅー。作り終わりました。

 後は、貴女に危険が迫った時に、私がすぐにでも駆けつけるような魔法を⋯⋯」

「そこまでしなくていいよ。迷惑をかけたくない」

「ダメです。貴女の安全のためにも魔法をかけます」

「⋯⋯うん。分かった」

 

 少女は渋々了承してくれる。

 はるか昔にフランに教えた魔法。その強化版。

 

 対象に命の危機が迫ると自動で私がそこへとテレポートされる1度きりの安全装置。

 

「動かないでくださいね。貴女の安全は保証します。『ライフセーフティ』」

 

 少女の心臓の辺り、胸部に触れると、少女と私に一瞬だけ紅い糸が結ばれる。

 その糸はすぐに見えなくなり、それが繋がっているという感覚も無い。

 

「⋯⋯? これでいいの?」

「はい。もう終わりましたよ。私の魔法の利点は詠唱速度ですからね。これくらいなら頭の中で唱えると、すぐに発動可能です」

「魔法⋯⋯何故だろう。不思議な魅力を感じる。空を飛ぶ魔法があるから?」

「記憶があった時に魔法を使っていた可能性はありますね。魔力が凄く高いですから。しかし詠唱や呪文を忘れていたら、本当に使っていたとしても今は使えないでしょうけど⋯⋯あ、でも! 記憶が戻ればまた使えますよ!」

 

 少女の落胆する顔を見て、元気づけようと言葉を改める。

 この少女、意外と感情豊からしい。しかし、どの感情にも虚無は感じる。何かが足りていないと思う。

 おそらくは記憶が無いせいだろうと、あまり深くには考えなかった。

 

「⋯⋯ありがとう。レナお姉ちゃん。それじゃあ、空を飛ぶ魔法を教えてくれるの?」

「もちろんですよ。では⋯⋯と言っても、私の場合は翼で空を⋯⋯」

 

 生まれて間もない頃、空を飛ぶ練習をした時の教えを曖昧な記憶を頼りに思い出す。が、吸血鬼の教え方だったため、翼の無い人間に教えるにはどうすればいいのかいまいち分からない。

 翼を具現化させ、それで飛ぶのもいいが回りくどい。となれば、翼を人間の体に見立てて教えるのが1番手っ取り早いかもしれない。

 

「⋯⋯よし、決めました。まずは魔力集中の方法から説明しましょう。

 それが出来れば空を飛ぶのも簡単なはずです」

「魔力集中? 魔法の力を一部分に集中させる、ということ?」

「はい。難しいことでは無いですよ。拳に力を込めるのと同じように、拳に魔力を集中させることを思い描けばいいだけですから」

「ふーん⋯⋯」

「まずは右手に魔力を集中させ、それが成功すれば次は左手、その次はまた別の部位、を繰り返してみましょう。右手に魔力が集まるのを思い描いてくださいね」

 

 少女は言われた通り、集中するように目を閉じる。

 私はその少女の魔力を注意深く観察する。

 

「うわぉ⋯⋯」

 

 と、2、3秒も経たないうちに少女の魔力が右手に集まり、指輪を付けていても、その部位だけは私以上の魔力を感じるようになる。

 しかし膨大な魔力を制御しているはずが、少女の顔に疲労は一切感じない。

 

 普通、初めてこの量の魔力を操作すれば、少しくらい疲れたりするはずなのだが⋯⋯。

 

「できてるの?」

「出来てますよ! というか初めてですよね? 私の説明ですぐに理解するとは⋯⋯」

「左手に移してもいいの?」

「あ。そうですね。では次の部位に魔力を集中させてください」

 

 少女は左手、次に右足や左足と魔力を集中させていく。

 いずれの箇所も簡単に操作し、私には魔力の操作が手馴れてるようにも見えた。もしかしたら、記憶を失う前は魔法の類を使えていたのかもしれない。

 

「⋯⋯私より才能ありそうです⋯⋯」

「そうなの?」

「そうみたいです⋯⋯。いえ、別に妬ましいとか悲しいとかは思いませんけどね。ただ、私なんかが教えて、悪い方向に行かないか心配で⋯⋯」

 

 吸血鬼が師匠とあれば、自ずと少女の使う魔法も「人としては悪」の魔法へと転換されやすい。それは吸血鬼という種族が人間の敵であるからであり、その法則は吸血鬼をやめないことには変えることはできない。

 

 もちろん私に吸血鬼をやめることは不可能で、それをする気もさらさら無い。

 

「ボクはレナお姉ちゃんに教えてほしい。悪い方向には絶対にならないと思う。レナお姉ちゃんは優しいから。初めて会って数時間程度のボクにもそれは分かるよ」

「そ、そうですか? ⋯⋯ありがとうございます。そう言ってくれると嬉しいです」

「うん。ボクも元気を取り戻したみたいで嬉しい」

 

 少女は愛らしい笑みを浮かべる。

 それにつられて、私も嬉しく感じる。

 

「ふふっ。では、続きを再開しましょうか。

  まずは、空を飛ぶために身体全てに魔力を──」

 

 私は今日、初めて人間に魔法を教える。

 今の私は、弟子のような存在が出来て、誇らしく、嬉しく思っていた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side ???

 

 ──ある神社近くの森

 

 森の一部が霧に覆われる。白く、濃い霧に。

 それは新たな異変の幕開けとも言えるものだった。

 

「いないのぉ⋯⋯」

 

 その霧の中、白髪で長いあごひげを付けた老人が何かを探していた。

 霧で視界が悪いというのに、そのようなことはまるで気にしていない様子だ。

 

「この辺りで魔力が途切れたと思ったが⋯⋯どうやら当てが外れたようだわい」

 

 その老人は青ざめた馬に乗り、手には鋭い槍を持つ。

 いかにも騎士のような老人だったが、その霧は老人を中心として広がっている。まるで、この老人がその霧の原因であるかのように、霧は老人が動くのと同じように動いていく。

 

「他の者に取られる前に見つけ⋯⋯おやおや」

 

 老人は何を思ったのか、ある草むらをじっと見つめ始める。

 そして、まるで狩人のように鋭い眼差しをそこから離さず、老人は手に持つ槍を静かに構える。

 

「アァァァ!」

 

 次の瞬間。頭が牛、体は蜘蛛のような妖怪が、老人の見ていた草むらから飛び出した。妖怪は複数の鋭い爪を持つ足を老人へ向けて逃げ場を失くすように追い込み、本命であろう鋭い爪を老人へと突き刺す──

 

「いささか遅すぎやしませんか?」

 

 ──が、老人は無傷だった。

 逆に攻撃したはずの妖怪の頭、額の中心には、1本の槍が突き刺さっていた。

 

 老人は先手を取ったはずの妖怪よりも、早く正確にその頭を突き刺したのだ。

 

「ァ、アァァァ⋯⋯」

 

 頭に槍が刺さりながらも、妖怪は何とか生きているらしく、小さく唸り声をあげる。

 だが、いくら生命力が高くとも頭に刺さった影響か、反撃する力も失っているようだった。

 

「まだ動くか、小童めが⋯⋯。仕方あるまい。

 

 醜いその姿を細切れにし、焼いてやろう」

 

 老人はそう宣言したと同時に槍を引き抜くと、瞬く間に妖怪を切り刻む。そしてある程度小さくなると、ソレは黒い炎によって燃やされ、断末魔の叫びをあげることなく、灰も残さず消えていく。

 

「小童にはちと厳しい炎だったようだのぉ。

 さてさて。まずは潜み、誰にもバレないよう、あの方を⋯⋯」

 

 老人は小さく呟くと、ゆっくりと進行を開始する────





2018/03/22追記 自分で描いたものなので分かりにくいかもしれませんが、少しでもイメージしやすいように白い子のイラストです。あまり近くで見ると粗い部分があると思いますがご了承くださいお願いします()


【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 「次女の紹介」

 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(レナータの部屋)

 

「飛べた⋯⋯!」

 

 少女は宙に浮くと、嬉々たる表情を見せる。

 

 魔法の1つもできなかったはずの少女はわずか数時間足らずで空を飛ぶことまで覚えてしまった。

 流石に異常とも呼べるほど早い成長速度に、私も呆気に取られるしかなかった。

 

「あははっ! ボク、空を飛んでいるの!」

「部屋の中で器用に飛び回っているところを見る限り、邪魔をする壁のない外ではもっと自由にできそうですね」

「⋯⋯うん!」

 

 外で自由に飛び回る自分でも想像したのか、少女はご機嫌な様子で返事をする。

 しかしどうしても私は、彼女のどこか空虚なところが気になってしまう。

 

「⋯⋯ねぇ。名前が無いのは不便じゃありません?」

 

 少女を空虚に感じるのは名前が無いからかもしれない。

 と思ったが、すぐにそれが原因ではないと気付く。

 

 ──きっと、彼女の空虚はそんな表面上での影響では⋯⋯。

 

「確かに不便。⋯⋯そうだ。レナお姉ちゃんが決めて」

「え? 私が決めるのです?」

「ボクは何も思い付かない。名前とはその者を表す大事なモノ。

 しかしボクには記憶が無く、自分に関連することを知らないの。だから君が付けて」

「わ、分かりました」

 

 と、意外と重要な役割を任せられる。

 

 少女の言う通り、名前とは大切なモノだ。だからこそ下手な名前を付けるわけにもいかない。

 

「⋯⋯レナお姉ちゃん?」

「⋯⋯え? あっ。もう少しお待ちを⋯⋯」

 

 少女に心配そうに名前を呼ばれた。黙り込んで考えていたから心配されたのだろう。

 

 一番安直なのはその容姿から連想できる言葉だろうか。

 長く白い髪に、頭のてっぺんから一本だけ飛び跳ねるあほ毛。そして琥珀にも金色にも見える目。⋯⋯いや、よく見ると左右で色が違うらしい。右は金色、左は琥珀色。俗に言うオッドアイのようだ。

 

「⋯⋯名前の案として思い付くのは、琥珀という意味のアンバーや金色という意味のオーロ。他には白を意味するフィオナ、ビアンカ辺りでしょうか。この中で気に入った名前はあります?」

「どうして金色や琥珀色が出てくるの?」

「目の色ですよ。綺麗な金色と琥珀色をしていますから」

「そ、そうなの⋯⋯?」

 

 少女は私の言葉に照れるように、顔を赤くする。

 やはり外見からでは空虚を感じず、年相応の大人しい少女にしか見えない。

 

「そうですよ。目だけではなく、この長い髪も私の妹くらい素敵ですよ」

「そっか⋯⋯ありがとう。褒められるのは、素直に嬉しい。⋯⋯キミの妹にも会ってみたいな。

 あ。それと名前の件だけど、フィオナがいい」

「フィオナ? どうしてです?」

「一番可愛く聞こえるから」

 

 その言葉を聞いて嬉しく思い、また人間らしく、子供らしいとも感じる。

 少女に感じた空虚は、あまり心配する必要もないのだ。と、この時の私はそう思った。

 

「⋯⋯ふふっ。ではフィオナ。貴女の記憶が戻るまではそう呼ばせてもらいますね」

「うん。改めてよろしく、レナお姉ちゃん。名前を付けてくれてありがとう。

 ⋯⋯フィオナ。フィオナか⋯⋯。ふふふ」

 

 名前を気に入ってくれたらしく、何度も確かめるように嬉々とした表情で呟く。

 

「では⋯⋯フィオナ。そろそろお風呂に入りましょうか。今の時間なら、誰も居ないでしょうし」

「お風呂? ⋯⋯ローマ?」

「ろ、ろーま? いえ、汚れを落とすためにも入りません?」

「あっ⋯⋯なるほど。入る」

 

 少女⋯⋯いや、フィオナの中で何かが固まったらしく、淡々と返事をする。

 私は内心、お風呂が嫌いなわけではないと知ってホッとした。

 

「では⋯⋯⋯⋯はい、出入り口は作っておきました」

「やっぱり詠唱短い。凄い⋯⋯」

「それほどでもないですよ。もっと凄い魔術師、魔法使いはいますからね。

 ⋯⋯さて。では先に行ってきますので、私が呼ぶまでここで待っていてください。誰も居ないか見てきます」

「分かった。待ってるね。レナお姉ちゃん」

 

 フィオナの見送りを受け、私は先にバスルームへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 バスルームに着き、誰も居ないことを確認するとすぐにフィオナを呼んだ。

 そして体を洗い終わった今、浴槽に浸かっている。

 

「あったかい⋯⋯」

「お風呂は温かくて気持ちいいですよね⋯⋯。ねぇ、フィオナ?」

「⋯⋯何? レナお姉ちゃん⋯⋯」

 

 温かいお風呂に浸かって眠たくなったのか、フィオナはウトウトとした様子で答える。

 

「あっ。いえ。⋯⋯そろそろ上がります?」

 

 小さな子供がお風呂で眠るのは危険だと判断し、上がるように促す。

 自分も外見だけなら小さな子供なのだが。

 

「⋯⋯ん。そうだね。少し、頭がボーッとしてきた⋯⋯」

「本格的にヤバそうですね。ささっ、早く上がりましょう」

「分かった⋯⋯」

 

 フィオナを連れ、脱衣場へと出ていく。

 もはやバスルームではなく温泉のようだが、この家ではこれが普通なのだ。

 

「新しく服は用意しているので、これを着てください。

 前の服は洗濯に出しておきましたので」

「ありがとう。⋯⋯これ、真っ赤な服。レナお姉ちゃんの妹の服?」

「よく分かりましたね。ちなみに自分もよくフラン⋯⋯妹の服を借りています。

 今着ている黒い服は自分の物ですけど⋯⋯」

 

 基本的に黒か赤い服を着る私だが、どうしてか自分の服の数が少なく、赤い服のほとんどはフランの服を借りている。しかしフランは快く貸してくれるため、いつも感謝している。

 

「レナお姉ちゃんと似た魔力を感じる。⋯⋯残り香のように、小さな魔力だけど」

「えっ? ⋯⋯た、確かに身近な物にはその者の魔力が移ることもありますけど⋯⋯。それを感じ取るなんて⋯⋯いえ。それよりも魔力を判別するのは私にも難しいことです。やっぱりフィオナは魔法に関する天賦の才を⋯⋯」

「そうなの? ⋯⋯それにしても、レナお姉ちゃんの妹、優しい香りがする」

「ふふっ。そうです? やっぱりそうですよね」

 

 服を着ながら、フィオナが魔力の残り香か服の匂いの感想を語る。

 私は妹が褒められた気がして、少しばかり嬉しく思った。

 

「レナお姉ちゃんの妹⋯⋯フランかな? 会いたい。殺されないなら、会ってみたい」

「え? フランに⋯⋯ですか? ということは必然的にもう1人の妹にも会うでしょうけど⋯⋯。危険ではないと思いますが、お姉さまに伝わる可能性もありますし⋯⋯」

「ダメ? 無理そうなら、別に構わない。無理は言わないから」

「えーっと、無理では⋯⋯」

 

 私としても、妹と会わせてみたいと思っている。しかしお姉さまに、この娘のことが伝わるかもしれないのは気がかりだ。気に入らないと殺されるかもしれない。そう思うと会わせない方が良いとも思える。

 

 いや。どうしてそこまで気にする必要があるのだろう。お姉さまは私が無理を言えば聞いてくれるほど優しい人だ。お姉さまを信じられなかった数時間前の自分が恥ずかしくて仕方ない。やはり今日の自分は何かがおかしいのだ。

 

「⋯⋯そうですね。会いに行きましょうか。でも妹の前に、お姉さまに会いましょう」

「レナお姉ちゃんのお姉ちゃん? いい人?」

「いい人ですよ。私に誰よりも優しくて、私が誰よりも好きな⋯⋯」

「⋯⋯レナお姉ちゃんが好きな人だとは分かった。いい人なんだね、お姉ちゃん」

 

 私の思いを理解したのか、爽やかな笑顔でそう言った。

 その笑顔を見ていると、私の心配は杞憂だった、と思えてくる。

 

「⋯⋯はい。いい人ですよ。お姉さまは」

「うん。じゃあ会ってみよう。レナお姉ちゃんの、お姉ちゃんに」

「はい、そうですね。⋯⋯の前に、髪を乾かしましょうか」

「うん。分かった。楽しみだな、レナお姉ちゃんのお姉ちゃんに会えるの⋯⋯」

 

 そして服を着替え終わったフィオナの髪を乾かしたあと、私達はお姉さまの部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

 お姉さまの部屋の前へ着くと、改めてフィオナの容姿を整える。

 何故か頭のてっぺんのあほ毛だけは何度梳かしても直らず、仕方なくそのままにしてある。

 

「レナお姉ちゃん、緊張している? 魔力の揺れが激しい」

「そ、そんなことも分かるのですね。⋯⋯正直、誰かを紹介するのはまだ2度目ですから、緊張しています。ですが、お姉さま相手なので今は心配はしていません」

「⋯⋯なるほど。なら心配はしない。全部レナお姉ちゃんに任すね」

「責任重大ですね。⋯⋯ふぅー⋯⋯」

 

 緊張する自分を押さえ付けるように深呼吸をする。

 心配はいらない。何故なら、私が愛する唯一の姉なんだから。

 

「お姉さま。入りますね」

「レナ? いいわよ。もう仕事は終わっているから」

 

 姉の返事を受け、ゆっくりと扉を開ける。

 

 中には書斎と打って変わって、膨大な量の書類もなく、ゆったりとベッドに座るお姉さまの姿があった。服はいつものパジャマ姿で、お風呂に入ったあとなのか髪も綺麗に梳かしてある。

 

「今日はごめんなさいね。一緒に行けなく⋯⋯あら。その娘は誰?」

 

 部屋に入ったフィオナを見た途端、話を区切ってまで質問される。

 その声は警戒心も含んでいたが、子供に対する優しい感情も込められている。

 

「記憶喪失だった人間の子供です。保護しました」

「名前はフィオナ。よろしく。レナお姉ちゃんのお姉ちゃん」

「あらあら⋯⋯。私はレミリア・スカーレット。レナの姉よ。よろしくね、フィオナ。

 それにしても⋯⋯貴女も物好きねぇ」

 

 フィオナをまじまじと見ながら、お姉さまは呆れるようにそう言った。

 どうして呆れているのかは分からないが、その顔はよく見る顔なのでおかしいとは思わない。

 

「レナお姉ちゃんと似ている魔力。でも魔力は少なく、質もそこまで高くはない。

 だけど、力強くて優しい⋯⋯そんな香りがする」

「褒めてくれたのかしら? ありがとうね、フィオナ。⋯⋯で、レナはどうして連れてきたの?」

「え? 記憶喪失だったし、妖怪に襲われてたし⋯⋯」

「⋯⋯やっぱり優しすぎるのがたまに瑕ね。でも優しいのは貴女の取り柄でもあるからねぇ。

 いいわ。記憶が戻る、または家が見つかるまではここに居ても。⋯⋯そうしたいんでしょう?」

 

 私に確認するように、お姉さまは私を見て聞いた。

 私の考えなど全て見通しているように、その口は少し笑みで歪んでいる。

 

「ふふん。正解です。ありがとうございます、お姉さま」

「いいのよ。妹の願いなら、叶えれるものは全て叶えてあげるわ」

「⋯⋯独占欲が強そう。レミリアお姉ちゃん」

「気高い吸血鬼は、欲しいものを全て手に入れるくらい独占欲が強くないとダメなのよ」

「なるほど⋯⋯」

 

 悪びれる様子はなく、逆に自信満々に姉はそう答える。

 この時ばかりは恥ずかしい気持ちが生まれるほど、姉はカッコつけているように見える。

 

 やはり、姉は調子に乗らせないのが丁度いいようだ。

 

「レナお姉ちゃんは、レミリアお姉ちゃんのことが好きらしい。そのことをレミリアお姉ちゃんは知っているの?」

「ち、ちょっと!? それ今言うことじゃないですよ!?」

「でも、本当の気持ちは知っている方がいいから」

 

 彼女は善意でそうしたらしく、真顔でそう答える。

 

「知っているわ。昔からずっとね。だって私も好きだから、レナのこと。

 好きな人のことは、何だって分かるものよ?」

 

 そしてお姉さまは、無頓着な笑顔でそう言った。

 私の体温が上昇し、顔が真っ赤になっていることは言うまでもないだろう。

 

「⋯⋯⋯⋯つ、次はフランのところに行ってきますので⋯⋯。失礼しましたっ!」

「あ、待って。レナお姉ちゃん」

「ふふふ、ふふふふ。やっぱり可愛いわね。私の妹は」

 

 後ろでそんな声が聞こえたが、私は返事をせず、そのままフランの部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 紅魔館で一番深い場所にあるフランの部屋。

 ここまで徒歩で来るのは、咲夜の能力による空間拡張も相まり、至難の業となっている。

 

「はぁ、はぁ。レナお姉ちゃん⋯⋯疲れた。もう死にそう⋯⋯」

「空を飛ぶ際、魔力を常に全開にしていましたからね⋯⋯。逆によくここまで来ましたよ」

 

 そしてフィオナも、空を飛んでいるとはいえ全力で魔力の放出を行っていた為、すでに疲れきっていた。

 今更ながら『抜け穴』を作っていたら、と後悔する。

 

「疲労回復の、はぁ、魔法⋯⋯はぁ、ない⋯⋯?」

「簡単のならありますよ。⋯⋯はい、かけました」

 

 心の中での詠唱により、一瞬にして魔法を行使する。

 フィオナの息遣いもゆっくりと、正常な状態へと戻っていった。

 

「オネー様? どうし⋯⋯誰そいつ」

「る、ルナ? って、妖力が⋯⋯」

 

 部屋の中から、フランと酷似した容姿を持つ銀髪の少女が現れる。それはフランの別人格であり、もう1人の私の妹となったルナだ。

 ルナはフィオナを見た途端、妖力を一気に放出、垂れ流した状態にして敵意を露わにする。

 

「名前はフィオナ。君がフラン?」

「⋯⋯違う。フランは中にいる。誰か知らないけど、どうしてオネー様と一緒にいるわけ?」

「レナお姉ちゃんには助けてもらった。だから一緒にいる。

 レナお姉ちゃんと似ている魔力なのにフランじゃないとしたら、君は誰?」

「⋯⋯ルナ。オネー様の妹」

「あの⋯⋯もう入ってもいいです? というかフラン? フランヘルプー!」

 

 ルナがあまりにも敵意を剥き出しにしていた為、フランに助けを求める。

 すると、次こそ金髪の少女、フランが出てきた。

 

「どうしたの? なかなか入ってこないから心配し⋯⋯お、お姉様!?

 レミリアお姉様という人がいるのに、どうして⋯⋯!?」

「いやいや。変な勘違いしないでくださいね? というか、女性同士なのですが⋯⋯。

 普通は男性を連れてきたときの言葉ですよ?」

「あら、そうなの?」

 

 誰がこうしたのか、フランやルナの感性が僅かにおかしくなっているようだ。

 女性だけの環境で育ててしまったからだろうか。

 

「ま、どうでもいっか。それで? 迷子でも保護したの? それとも新しいメイドか何か?」

「何方かと言えば前者です。記憶喪失で、妖怪に襲われていたこの娘を保護しました」

「名前はフィオナ。よろしく」

「ふーん⋯⋯私はフランドール・スカーレット。フランでいいよ。⋯⋯ルナ、殺気抑えて?」

「でも⋯⋯」

「大丈夫だから、ね?」

「⋯⋯うん」

 

 フランになだめられ、ルナは妖力の放出を抑える。

 が、その顔は明らかにフィオナに敵意を向けていた。

 

「ごめんね。ルナったら、お姉様が知らない人と一緒にいるのが気に入らないみたいで」

「独占欲が強いから? レミリアお姉ちゃんも独占欲が強い。吸血鬼は独占欲が強いの?」

「うーん⋯⋯そうかな。微妙に違う気もするけど、その考えでいいと思うよ」

「フラン。中に入ってもいいです?」

「もちろんいいよ。さ、フィオナちゃんも入ってー」

 

 フランに案内され、部屋の中へと入っていく。

 相変わらずルナは警戒している為か、私を取られまいと、私の腕をしっかり掴んで離さない。

 

「それにしても、ほんとお姉様は人間に優しいね。今は吸血鬼なのに」

「そうです? 普通だと思いますよ」

「人間としてはね。吸血鬼としては異端児だよ。絶対」

 

 部屋に入ると、ベッドの上に座って会話する。

 両わきをフィオナとルナに挟まれ、ルナのもう一つ横にフランがいる。

 

「⋯⋯ルナちゃん、レナお姉ちゃんが好き? レミリアお姉ちゃんみたいに」

「好き。だから知らない人には渡さない」

「ボクとルナちゃん、もう友達じゃないの?」

「え? ⋯⋯う、うー⋯⋯」

 

 私を挟んでルナは真っ直ぐとフィオナに目を向けられる。

 ルナは今までの行いを恥ずかしんだのか、目を逸らすように顔をうつむけた。

 

「ルナ。喧嘩しないで仲良く、でしょ?」

「フランはもう友達だと思ってるの?」

「もちろんよ。お姉様が連れてきた人なんだから、いい人なのは間違いないよ」

「そっか⋯⋯。ふぃ、フィオナ」

 

 フランの言葉を受け、ルナは改めてフィオナの顔を見つめた。

 間にいる私は、若干場違いな気もする。

 

「私達は友達。けど、オネー様は取らないでね?」

「うん。取らないようにする。あとが怖いから」

「⋯⋯素直じゃないなぁ。ルナは。ま、いいわ。ねぇねぇ、お姉様。今日はここで寝るのー?」

「上で寝るつもりでしたが⋯⋯4人で寝れます?」

「最高5人で寝れるし大丈夫。5人だと超狭いけど⋯⋯。

 それでも、たまにはみんな一緒に寝よっか、お姉様」

「いつも一緒に寝てますけどね。⋯⋯でも今日もいいですよ。フラン」

 

 フランに促されるまま、私とフィオナはフランのベッドに入る。

 

 そして翌日、博麗神社へと向かう日がやってきた────




胡蝶の夢

オリキャラプロフィールその1
名前:フィオナ(名付け親はレナ)
容姿:見た目は十歳ほどで、フランよりも小柄な少女。腰まである長い白髪。全体的にボサボサで、頭のてっぺんからはあほ毛が一本だけ飛び跳ねているのが印象深い。綺麗な琥珀色の目を持つ。が、よく見れば左右で色は変わり、右は金、左は琥珀色。
一人称:ボク
その他:キミ、〇〇ちゃん、〇〇さん、〇〇お姉ちゃん、お兄ちゃん(年上限定)
備考:記憶喪失。体内魔力(オド)がレナ以上。物覚えが早い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 「名も無き霧が覆うとき」

お久しぶりです。私用で遅れてしまいました。
そして疲れが溜まっていたのか風邪をひいてしまい、しばらく投稿できそうにありません。
楽しみにしていた方には申し訳ないです。


 side Renata Scarlet

 

 ──博麗神社への道

 

 フィオナと出会った次の日。

 私達は博麗神社を目指して空を飛び、向かっている。

 

 空を飛んでいるのは私の意向で、フィオナを自由に飛ばせたい、という想いからだった。それは今日別れるであろう少女への、私の名残惜しい気持ちも入っているかもしれない。しかし寂しいとは思うが、悲しいとは思わない。人間であるフィオナにとって、吸血鬼と暮らすよりは人間と暮らす方がいいに決まってる。

 

「レナお姉ちゃん! 空を飛んでる!」

 

 フランの紅い服を身にまとうフィオナは、まるで蝶のように鮮やかに舞っている。

 昨日着ていたフィオナの服は綺麗に洗ってもらって、今はフィオナ自身が持っている。

 

「ボク、空を飛んでいるよ!」

「飛んでいますね。とってもお上手に⋯⋯」

 

 私の気持ちを知る由もないフィオナは、嬉しそうに空を散歩している。

 それを見ていると私も嬉しく感じる。だがそれと同時に、離れ難い気持ちも生まれてしまう。その気持ちは神社に近付くにつれて徐々に大きくなっている。フィオナとは初めて出会ってからまだ1日しか経っていないのに、まるでずっと昔から一緒にいる人のように。

 

「レナお姉ちゃん、どうしたの? 元気ない。疲れている?」

「い、いえ。大丈夫ですよ? ほら、もうすぐ神社です。そろそろ家に帰れますね」

「うん。ね、帰ってもまた魔法を教えて。遠くても、絶対に行くから」

「フィオナ⋯⋯はい。もちろんいいですよ」

 

 私の考えていることは杞憂だ。一生会えないわけではなく、彼女の意思次第ではいつでも会えるのだから。もちろん彼女の親族が反対するだろう。しかし、それでも彼女が魔法を教えてほしいと、会いたいと願うのなら私もそれに応えよう。願わなければ、彼女の幸せを壊さないためにも会うことは無くなるだろうが、それはそれでいい。私がそこまで介入する権利はないのだから。

 

「そうだ、フィオナ」

「レナお姉ちゃん? なに?」

「昨日プレゼントした指輪、今も付けていますか?」

「うん。プレゼントとは違うと思うけど、付けてる。

 レナお姉ちゃんに貰った大切な物だから」

 

 フィオナは左手の中指に付けた指輪を見せてくれた。

 相変わらずの派手さで、私が作ったとは到底思えないほど紅く染まっている。

 

「では、その手を私の方へ伸ばしてください。これは、私からのプレゼントです」

「うん。どうぞ、レナお姉ちゃん」

 

 フィオナは素直に手を差し出した。

 その手で輝く紅の指輪に、私はそっと手を触れる。

 

「──我が血、我が叡智を集めし魔の加護は汝の下に。汝、言霊を発すれば力にならん。魔は形となって汝を護る盾となり、汝に仇なす者への矛となろう。⋯⋯はい、完了ですね」

「魔法の詠唱? また安全装置?」

 

 詠唱が終わるとともに、フィオナは呆れた顔を見せてそう言った。

 会って初めてその顔を見せられたが、あまり嬉しくはない。

 

「近いですが少し違います。あくまでもプレゼントですから。今、貴女の紅の指輪に私の力を模す武器の召喚陣を与えました。これでいつでも魔力を消費することで、武器を召喚できます。それは私の唯一のオリジナル武器です。神話を模さず、歴史を組み込まず、私の力を概念として加えた武器です」

「レナお姉ちゃんの力? 吸血鬼の力?」

「そうではないですね。自己申告ですが、幻想郷の妖怪や人間は特殊な能力を持っている人が多いのです。同じように私も『ありとあらゆるものを有耶無耶にする程度の能力』を持っています」

「有耶無耶⋯⋯? 弱そう」

「うっ⋯⋯」

 

 純粋無垢な真っ直ぐな目を向けられ、精神的に傷付く。

 我ながら豆腐メンタルだとは思うが、その目は子ども特有の正直な目なので、フランのような冗談ではないと分かるから辛いのだ。

 

「つ、強いですよ? 不意打ちできますし⋯⋯」

「有耶無耶は分からないだけ。それは問題の答えが分からないようなもの。だから有るのも無いのも変わらない。有るものは有るし、無いものは無い。不意打ちだって広範囲の攻撃だと近付けず、全方位の防御だと意味がない。一対一とかで自分の存在が強すぎても、バレやすいと思う」

「し、正直に言いますね⋯⋯」

「でも、嬉しい。どうしてだろう。弱くても使い道があるから? お姉ちゃんから貰ったから?

 どうしてかは口では上手に説明できないけど⋯⋯ありがとう。レナお姉ちゃん」

 

 フィオナは気恥ずかしそうに言った。

 もしや、正直に言ったことも照れ隠しなのだろうか。いや、ただ思っていることを口に出しただけかもしれない。俗に言う嘘をつけない子の可能性もある。

 

「いいのですよ。ちなみに願えばその者の望む武器を召喚できますが、どれも能力は同じです。

 強い者には敵わないですが、触れるなどで技や能力を有耶無耶にして無力化が可能ですよ」

「なるほど⋯⋯。ありがとう」

「いえいえ。もうすぐ神社に着きますし、着いたら⋯⋯へ?」

「霧⋯⋯?」

 

 突然、真っ白で薄い霧が私達の周りに現れた。

 それ自体に悪意は感じなくとも、その中にいる何かからとても凶悪な殺気を感じる。

 

「占星術によると今日は最大の幸が訪れる日。しかし同時に最大の不幸も。何が来るかと思えば、魔力が強いだけの小童が釣れようとは⋯⋯。外れる日もあるということか」

 

 霧の中から青ざめた馬に乗った背の高い老人が出てくる。

 手には赤黒く濁った鋭い槍を持ち、白髪で長いあごひげが付いている。

 

「魔力と⋯⋯妖力? 妖怪でしょうか⋯⋯」

「悪意を感じる魔力。⋯⋯誰?」

「名乗る必要はないでしょう」

「え⋯⋯?」

 

 目の前にいたはずの老人が消えた。

 

「何せ、今から死ぬのですから」

 

 そして気が付くとすでにフィオナを背後を取り、槍を構えていた。

 

「──フィオナ!」

 

 フィオナを救うために私は彼女に飛び込み、共に地面へと伏せる。

 その刹那、真上で空を切る音が聞こえた。

 

「わふっ。あ、ありがとう⋯⋯」

「なんと! 間に合わなかったじゃと!? いや、まさか⋯⋯」

「フィオナ、私から離れないでください。そして武器の詠唱を。召喚したい武器を想像し、創造するイメージです」

「う、うん。邪魔にならないようなもの⋯⋯盾!」

 

 フィオナの紅い指輪が白く発光しながら形を変えていく。

 瞬く間にその指輪は、小さいとはいえフィオナの体を覆うほど大きな盾となっていた。

 

「軽い⋯⋯不思議」

「必ずしも武器の見た目と質量が一致するかは⋯⋯と、後ろを守っていてください」

「⋯⋯そちらのお二人方。お名前は?」

 

 考え込んでいたのか無言だった老人が、再びこちらへ向き直る。

 

「え? レナータです」

「⋯⋯ボクはフィオナ。でも、どうして名前を聞くの?」

「魔力は低いが、儂が探しているお方にそっくりな気がしてのぉ。

 どうやら気のせいだったようじゃ」

 

 老人は肩をすくめ、頭を振る。

 しかし警戒を解くつもりは無いらしく、武器はこちらへ向けたままだ。

 

「では帰ってもいいです? 急ぎの用事がありますので」

「いやはや。儂の姿を見られたからには返すわけにはいかないのぉ。

 だがぁ、言いふらさないことを条件に返してやらんこともないが⋯⋯」

「もちろん言いふらしませんよ。約束します。私は悪魔ですから、約束は破れませんよ」

「なんと。貴方は悪魔でしたか。でしたら話は早い。ここは平和的に──」

「君、嘘つき。返すつもりないね?」

 

 近付いてくる老人に対し、フィオナがそう言った。

 その顔はいつも通りだが、真っ直ぐと瞳を老人に向けている。

 

「⋯⋯ほう? どうしてそう思うのでしょうか?」

「君の魔力、悪意を感じる。とても強い悪意」

「⋯⋯どうやら感受性の高い小童だったようで。

 いや、流石に騙されるとは思っておらんかったがのぉ」

 

 老人は困ったようにあごひげを撫でる。

 しかしその目は獲物を見るような鋭い目だ。

 

「フィオナ。盾をしっかり持っていてくださいね。

 今からあの人を無力化し、神社への道を開けます」

「小悪魔風情が、舐めた口を利くものではございませんぞ?

 我が主のめいに従って、小童よ。貴様を排除するとしよう!」

 

 槍をゆっくりと引き、構えたかと思うと再び老人の姿が消える。

 透明になっているのか、恐ろしく速いのかは分からない。だが先ほどのように、攻撃するときは姿を現すはずだ。そのときを狙っても攻撃が当たらなければ私に勝ち目はない。

 

「レナお姉ちゃん、こっち!」

「はいっ!」

 

 フィオナの声に反応し、背後へ振り返る。

 しかし老人は今まさに鋭い一撃を放とうと、槍を放っていた。

 

「遅いわ! そのような盾で儂の攻撃を──なっ!?」

「いぅっ。手が、痺れる⋯⋯」

 

 フィオナは槍の突きを盾で受け流し、攻撃を逸らした。

 小柄な体だった為、後ずさりはしたが攻撃は全て受け切っていた。

 

「ど、どうして儂の攻撃が⋯⋯!?」

「っ、干将・莫耶!」

 

 油断した隙を狙い、召喚した双剣の一振りを相手へ投げつける。

 

「むっ! 避けろ!」

 

 器用に馬を動かし、老人はすんでのところで剣を避けた。

 しかし掠ったようで、その頬には赤い筋が生まれる。

 

「よく避けれましたね。⋯⋯その馬が邪魔でしょうか?」

「ほっほっほ。貴様如き、馬がなくとも勝てるわ。小童めが。

 だが確実に仕留め、あのお方を捕まえる為。そして契約故になぁ⋯⋯」

「そうですかー⋯⋯。では、戻れ! 干将!」

 

 互いに引き寄せ合う力を持つ双剣の一振りが、私の持つもう一振りの剣に引っ張られる。

 

「ぬっ? なァっ!?」

 

 剣は馬の腹部へ当たり、老人は落馬、転倒する。

 

「私も、この娘も殺させません! 行け、莫耶!」

 

 そしてトドメの一撃と言わんばかりに、私の持つ剣を傷つく馬へ向かって投げた。

 

「ヒヒィィン!」

 

 そして2本の深く刺さった剣は馬の動きを止め、老人の機動性を弱めた。

 

「き、貴様ァ⋯⋯! 我が馬をぉぉぉ!」

「フィオナ、自分の身だけを守っていてください。下手すると⋯⋯」

 

 老人は怒りをあらわにし、力強く槍を持っている。

 その怒りが離れていても伝わってくる。

 

「何人たりとも私や私の親しい方に手を出すことは許しません。

 吸血鬼という悪魔を本格的に敵に回す前に、退きなさい!」

「それはこちらの台詞だ、小童めが! 現世の悪魔が地獄の者に適うと思うな!」

「くっ、神をも裂く槍、ブリューナク!」

 

 急いで槍を召喚し、フィオナを下がらせる。

 

「地に伏せろ!」

「い──はぁっ!」

 

 息をつく暇もなく、相手の槍が私の頬の横を過ぎ去った。

 二発目がくる前に槍で弾くと、矛先を相手に向け──

 

「せいっ! やぁっ!」

 

 立ち続けに槍を突き、攻撃を繰り出す。

 

「弱い。弱い弱い!」

 

 が、腕の差が大きく、全て受け流される。

 こうなる前に槍術を鍛えればよかった、と思うも時すでに遅し。

 

「うぅ、はぁっ!」

 

 吸血鬼の反射神経だけを使い、攻撃を放ち受けるを繰り返す。

 

「死ねぇ!」

「きゃっ!? あ、槍が!」

 

 持つ手が甘かったのか、槍を飛ばされてしまった。

 持っていた手は痺れ、動きが鈍る。後ろにいるフィオナを守るために必死に手を動かそうとするも全く動かず、とっさに武器を召喚して持つことも不可能だった。

 

「終わりだよ」

 

 もちろん老人はその隙を見逃さず、槍を放つ。

 矛先は私の顔を向いており、その切っ先が目と鼻の先まできたその瞬間だった。

 

「ぬぁっ!? またしても流しただと!?」

 

 フィオナが前へと入り、老人の槍を再度受け流した。

 今度は完全に防ぎきっており、フィオナの顔に苦痛らしいものは見受けられなかった。

 

「レナお姉ちゃん! 後ろにっ!」

 

 否。彼女の信念が強く、苦痛が表に出なかったのだ。

 フィオナの顔には、力強い覚悟が現れている。私を守ろうとする覚悟が。

 

「フィ⋯⋯ありがとうございます! でも大丈夫ですよ。

 私は吸血鬼ですから、約束も、貴女も守ります! ⋯⋯あ、姉の面目の為にも!」

 

 私が死んで、お姉さまに迷惑をかけるわけにはいかない。

 だから私は勝つ。そして約束も、この娘も守り抜く。

 

「レナお姉ちゃん、無理しないで!」

「ご心配なく。私はそう簡単には死にません! 神剣『クラウ・ソラス』!」

 

 両手に魔力と光を集めて握り締め、剣へと象らせる。

 それは私の得意でもない武器だが、この状況を覆すには効果的と考えたのだ。

 

「たった一本の剣で何ができる! 槍の腕前でも負けていた貴様に! 儂を甘く見るでない!」

「甘く見ていません。正直に言うと私よりも強そうで怖いです。一体何者か? それは後で考えます。今はただ約束を守るだけ。しかし殺しはしません。まだ未遂ですから⋯⋯」

 

 剣を引きずるように素早く進み、老人の一歩手前で振り上げる。

 

「瀕死で済ませます。できなかったらごめんなさい」

「戯け! 儂の槍の前では貴様の剣なぞ無力なのだ!」

 

 金属のぶつがる音が響く。

 

 私の剣はいとも簡単に弾かれ、老人は二激目を放つ為に槍を構えると──

 

「これで貴様は──!? な、貴様、何を⋯⋯!?」

 

 突然槍を落とし、動きを止めた。

 老人は強ばった表情を浮かべ、私を憎々しげに見つめる。

 

「魔剣秘術『震剣(しんけん)』です。武器を通じて麻痺性の高い魔力を送り込む技。

 あまり長くは持ちませんが、念のために滅多斬りにする前に視界も奪っておきますね」

 

 老人の目の前まで近づけた剣を光らせ、視界を奪った。

 

「ぐぁ!」

「私とフィオナを襲い、そして私を、吸血鬼を小悪魔風情と罵った罰です。

 殺しはしません。ただ物凄く⋯⋯痛いですけど」

「──レナお姉ちゃん!」

「え──っ」

 

 何の前触れもなくフィオナの叫び声が聞こえ、後頭部に激痛が走る。

 そして気が付くと訳も分からずに地に伏していた。

 

「え⋯⋯?」

「ほ、ほっほっほ! 油断しましたな、小悪魔風情がァァァァ!」

 

 倒れたところで私は何度も蹴られ、身体中が痛む。

 頭が朦朧とする中、私が目にしたのは私を蹴りつける青ざめた馬だった。

 

「痛っ、つぅ! ど、どうして⋯⋯」

「儂とこの馬は二つで一つの悪魔! 儂が生きておる限りこの馬も死なんのじゃ!

 さて⋯⋯先ほどのお礼を返さねばなりませんなァ!」

「ダメ! レナお姉ちゃんに手は出させない!」

 

 目の前にフィオナが立ち塞がると、馬の攻撃が止む。

 しかし肝心の老人は麻痺の効果もなくなったようで落ちた槍を手に取った。

 

「邪魔な小娘じゃ。だがどういうわけか小娘に攻撃が当たらんようじゃ⋯⋯。

 吹き飛ばすのが手っ取り早いかのぉ」

 

 老人がそう話すと同時にフィオナの小さな体が浮き上がり、すぐ近くの木に衝突する。

 

「あっ、あぁ⋯⋯。お姉、ちゃん⋯⋯」

「フィオナっ!」

 

 苦しそうに喋るフィオナは、盾を持つ力もなくなり離れた場所で落としてしまった。

 離れた位置からでも、フィオナが悲痛な表情を浮かべているのが分かる。

 

「た、助け、ないと⋯⋯。私がみんなを⋯⋯!」

「無力、哀れ、惨め。どれも貴様にピッタリな言葉だろうて。

 安心せい。すぐには殺さん。ゆっくり、じわじわと⋯⋯切り刻んで殺してやろう」

 

 不気味な笑みを浮かべ、ゆっくりと私に槍を近づける。

 そして槍が私の右足に突き刺さり、抉るように槍を動かし始めた。

 

「あ──あぁぁぁっ! がっ、あ⋯⋯」

「苦しめ苦しめ。儂は貴様らの苦痛に歪んだその顔が好物なのだ。

 地獄の悪魔に歯向かうとこうなると覚えておけ、小悪魔風情が」

「陰湿ないじめねぇ。悪魔同士ってやっぱ仲悪いものなの?」

「なっ、誰──グァァァァ!」

 

 突然、目の前に色とりどりの光弾が現れ、老人と青ざめた馬を包み込む。

 

「霊符『夢想封印』。この手の敵にはよく効くわー」

「おのれ、おのれおのれ! 儂を舐めるでは──」

「追加を希望するのね。はっ!」

 

 たくさんの御札が老人達を囲み、そこに陰陽玉らしき大玉が当たると御札の中で爆発する。

 しかし爆発は御札に囲まれる範囲のみで、私やフィオナに被害はいかなかった。

 

 そして爆発が起きた数秒後、辺りに立ち込めていた霧は消え去り、元の森へと戻っていた。

 

「⋯⋯ようやく消えたみたいね。夢想封印と陰陽鬼神玉(おんみょうきしんぎょく)を受けて立ってたらやばかったわ。

 さてと。あんたレナよね? それと⋯⋯人間の子どもかしら?」

 

 奇跡に近いタイミングで飛び込んできた紅白の巫女。

 博麗霊夢が私に手を差し伸べるようにして立っていた。

 

「ど、どうして霊夢が⋯⋯?」

「悪い予感がして、様子を見にきたら不自然な霧があった。破壊できなかったから飛び込んだらあんた達が倒れていた、ってわけ。分かった?」

「わ、分かりましたけど、どうして私を助けたのです? 私は妖怪ですよ?」

「⋯⋯そう言えばどうしてでしょうね。まあ、ただの気まぐれよ。それよりあの娘を⋯⋯」

「ふ、フィオナ! 大丈夫です!?」

 

 霊夢に指摘され、慌ててフィオナに近づく。

 頭を強く打ったようだが、それ以外に傷はなく生きてはいるようだ。

 

「よ、よかった。今すぐ治しますから、安心して眠ってください⋯⋯」

「吸血鬼って人間を世話するのが好きなの?

 というかどこから連れてきたのよ。外来人でしょ? その娘」

「⋯⋯え?」

 

 霊夢の言葉に、私は呆気にとられるしかなかった。

 

 外来人、ということは外の世界の人間ということだ。もしもそれが本当なら⋯⋯。

 

「う、嘘ですよね? 確かに記憶喪失で幻想郷についての記憶もないみたいですが、魔力はありますし、魔法も覚えれましたし⋯⋯」

 

 彼女とはもう二度と会えない。私が外の世界に行く方法を知らないというだけでなく、彼女から会うこともないだろう。それがお互いの為になるのだから。

 

「魔法を教えた? 面倒なことをしてくれたわね、全く⋯⋯。1人くらいはいいわ。外の世界でも魔法を使えるやつは稀にいるから。あとでちゃんと調べるけど、人里でいなくなった少女がいる、なんて報告は聞いていないわ。それに⋯⋯」

 

 霊夢がフィオナに近づき、改めて顔を確認するようにのぞき込む。

 

「やっぱり昨日見た人間ね。この娘が昨日、ここと外を繋ぐ結界を通るところを偶然見たのよ。幻想郷に偶然迷い込んだか、何か目的があって入ってきたか。どちらにせよ見つかってよかったわ。昨日、一日中探しても見つからなかったから」

「⋯⋯えっと、もしかして帰すのです? 外の世界に?」

「本人次第よ。本当に記憶喪失って言うなら戻るまでは見てもいいし、今すぐ帰りたいって言うなら紫辺りに頼んで彼女の家まで送ってもらうから。でも本人に⋯⋯人間にとってどちらがいいかは分かるでしょう?」

 

 霊夢の言葉が重くのしかかる。

 

 彼女にとって一番いい選択とは、元の世界に戻すこと。

 私達妖怪と一緒に住むことは人間の彼女からしてみれば、その本心は不安でしかないはずだ。

 

「わ、私は⋯⋯」

「貴女じゃなくて、この娘のことよ。まずは神社へ行って、傷を治して、それから決めなさい。

 この娘の将来を、貴女が決めることになるのよ」

 

 霊夢は神妙な顔つきで、宣言するようにそう話した────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 「幻想を見据える」

大変お待たせしました。では、5話の始まりです。


 side Renata Scarlet

 

 ──博麗神社

 

「さ、魔法で回復でもして、ゆっくり話しなさい。

 私は今すぐにでも紫を呼べるように頑張ってくるわ」

 

 神社に着き、眠るフィオナを寝かせると、間髪入れずに霊夢はそう言った。

 そして1人、神社の外へと歩いていった。

 

「せっかちなのでしょうか? いえ、それよりも⋯⋯」

 

 すぐ側で眠るフィオナの顔を改めて見つめる。

 安らかな顔をしている。しかし寝息をし、その肌の温もりは生きていると実感できる。

 

 あの時怪我を負ってから、フィオナはまだ目覚めていない。

 体力は回復はしているし、魔力などに支障は見られない。心配することは何も無いはずだ。

 

「⋯⋯なのに、心配するのは迷惑でしょうか。長い時を生きてきましたが、他人の気持ちはよく分かりません。有耶無耶な存在故、でしょうか? ⋯⋯いえ、能力のせいにしてはいけませんね」

 

 そっとフィオナの髪を撫でる。

 何故そうしたのかは私にも分からないが、今しておかないと勿体ない気がした。

 もう、会うことはないのだから。

 

「レナお姉ちゃん?」

「あ、フィオナ⋯⋯」

 

 彼女はキョトンとした表情を浮かべて、上半身を起こした。

 何も知らないその表情は、嬉しくも悲しくもある。

 

「おっと、起こしてしまったようで⋯⋯申し訳ないです」

「いいえ、問題ない。心身ともに疲れはない。だから起こしてくれてもいい。

 それよりも魔力の揺れが激しくて静か。悲しいことでもあったでしょ?」

 

 確信を持った表情を見せてフィオナが聞いてくる。

 魔力の探知や感知に関しては、私よりも優れていそうだ。

 

「べ、別に何もないですよ? ⋯⋯それよりも、そろそろお別れのようです」

「お別れ⋯⋯? ああ、なるほど」

 

 何故かフィオナのその顔は悲しげに見えた。

 何を思っているのか私には分からない。しかし、もしも少しでも私と離れることを寂しく思ってくれているのなら、素直に嬉しく思う。

 

「レナお姉ちゃん、お別れなんだね。でもまた会いに行くからね」

「⋯⋯はい、そうですね。いつでも家に来てください。待ってますよ」

 

 フィオナへ嘘をつくことに罪悪感を覚えないわけではない。

 だが、彼女は人間なのだから、吸血鬼の私とは少しでも一緒にいるべきではないのだ。

 

「レナお姉ちゃん、声が震えてる。嘘? 嘘つけない悪魔さん?

 面白いほど分かりやすい。悪魔さんなのに悪魔さんに向いていない」

「えっ? う、嘘じゃないですよ? というか地味に傷つきます⋯⋯」

「本当に分かりやすい。どうしたの? もう一生会えない、みたいな顔してる」

「的確に当ててきますね⋯⋯。はぁー、貴女に嘘はつけませんね」

「誰にも嘘はつけないと思う。下手だから」

 

 真っ直ぐと曇りなき瞳を向けられ、悪意はないとは分かる。しかしそれでも多少は傷つく。

 このとき私は、フィオナこそ嘘をつけないのではないか、と密かに思った。

 

「むぅー。貴女が知っているのか知りませんがここは幻想郷です。結界に遮断され、隔離され、外に出ることも中に入ることも難しい土地なのです。そして貴女は外の世界の住人らしいです」

「外の⋯⋯。要するに、帰ったらもう二度とレナお姉ちゃんと会えない、ってこと?」

「そうなりますね。ですが、人間の貴女にとってはそれがいいと思います。

 もちろん無理にとは言いません。⋯⋯記憶が戻るまで一緒にいてもいいですからね?」

「ふーん⋯⋯」

 

 私がそう話すと、彼女は考え込むようにして頭を伏せる。

 その顔は真剣そのもので、しっかりと考えてくれているようで嬉しく思う。

 

「──レナお姉ちゃんはどっちがいい?」

 

 フィオナは唐突に顔を上げると、私に問いかけてきた。

 その顔は無表情だが、その瞳は真っ直ぐと私の目を見ている。どうしてかその瞳を見ていると怖く、目を逸らすことができなくなる。

 

「私は⋯⋯貴女のためにも外の世界で暮らしてほしいです。吸血鬼と暮らすことは人間にとってダメだと思います。生活も、風習も、食べ物さえも、何もかも違います。それに紫さんなら、貴女の家族もきっと見つけてくれるはずです」

「⋯⋯何を言ってるの?」

 

 何か気に障るようなことでも言ってしまったのか、フィオナは冷たい目を見せる。

 しかし怒りの感情は感じても、拒絶や蔑みといった感情は見られなかった。

 

「ど、どうしました? 顔が怖いですよ⋯⋯?」

「レナお姉ちゃんがしっかり質問に答えてくれないからだよ。ボクのことはどうでもいい。レナお姉ちゃんはどう思ってる? 悪魔さんなら、わがままでいいと思うよ。自己中心的で、子どもみたいにわがままで、自分勝手でいいと思う」

「悪魔に対するイメージが酷いのですが!? ⋯⋯でも、えぇ。そうですね。お姉さまみたいに独占欲が強くて、多少わがままでも⋯⋯いいのです? 本当に?」

 

 長年吸血鬼として生きてはきたが、人間の心が残っているのか、悪魔になり切れることはなかった。だからこそ、みんなとの間に壁を作っていたのだろう。それが今の私なのだから、今更変える気はない。

 だが、多少は本音を言ってもいいのかもしれない。私は吸血鬼で、まだ子どもなのだから。無理に強がるよりはそっちの方がずっと⋯⋯。

 

「いいよ。だって──僕は慣れているから。⋯⋯え、何に?」

「って、聞かれても知らないですよ。もしかして記憶が戻ってきたのでしょうか? いえ、今はそれは置いておきましょう。

 ⋯⋯正直に言うと一緒にいてほしいです。確かにまだ会って1日しか経っていません。ですが、せっかく仲良くなれそうな人と一生会えないのは嫌です。

 それに⋯⋯やっぱり姉と呼ばれたからには、一生守りたいですから」

「やっぱり独占欲強い? でもそう言ってくれて嬉しい。レナお姉ちゃんは本当にボクのことを思ってくれている、って伝わるから⋯⋯。そうだ、ボクもレナお姉ちゃんと一緒がいい。少なくとも、記憶が戻るまではずっと⋯⋯」

 

 何処か遠くを見るような目で彼女は話す。

 彼女が何処を見ているのか、私には全く想像もつかない。

 

「⋯⋯ふふっ、そうと決まれば早速霊夢に相談しましょうか」

「霊夢?」

「まだ会っていませんでしたね。今いる神社の巫女さんです。

 あっ。言い忘れてましたが、ここは神社ですよ」

「なるほど。だから景色が違ったんだ」

 

 改めて周りの景色を眺めながら、フィオナは小さなため息を漏らす。

 

「こういう自然豊かな場所は好き。幸せな気分になれる」

「そうです? では紅魔館の部屋もそういう感じに⋯⋯」

「霊夢! 貴女も博麗の巫女なら結界を緩め──!」

 

 なんの前触れもなく、女性の怒鳴り声が響いてきた。

 声は途切れ途切れで聞き辛いが、おそらくは紫を呼ぶために、霊夢が何かをやらかしてしまったらしい。⋯⋯私達のためにしてくれたことなんだから、あとで謝ろう。

 

「フィオナ、行きましょうか。霊夢にお礼を言って、謝罪しましょう」

「うん、分かった」

 

 フィオナを連れ、私は怒鳴り声のする方向へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 境内にある鳥居の前まで行くと、すでに怒鳴り声は止み、静かな声だけが聞こえていた。

 それでも怒っているのは変わらないのだと、内容を聞けばすぐに分かった。

 

「あの、霊夢⋯⋯? 今、大丈夫です?」

「全然いいわよ。試しにやってみたら本当に来ちゃっただけだしね。

 それに紫が説教の真似事してるだけだから」

「説教の真似事ではなく説教ですわ。⋯⋯そんなことより私に外まで面倒を見てくれ、という人間はその方でしょうか?」

 

 紫は扇子で口を覆い、フィオナのことをまじまじと見ながら尋ねる。

 

「ええ、そうよ」

「そうですか⋯⋯」

 

 霊夢が頷くと、しばらくの間黙り込んでしまった。

 大妖怪の考えることなど想像つかないが、今になって家まで送ってくれるのか心配になる。それは紫の力を蔑視(べっし)しているわけではなく、胡散臭さからくる警戒と信頼の無さだろう。

 

「確かに外の世界の方のようですが⋯⋯外に出ることはできないようです」

「⋯⋯え?」

「そ、外に出れない? どうしてです? それにどうして見ただけで⋯⋯」

「その娘には見えない因果の鎖が何かに繋がっています。それは外に出すことを拒み、原因となる欠片を全て集めるまでは何もかもを拒み続ける結果となる⋯⋯」

「えーっと⋯⋯つまりどういうことです?」

 

 私が質問すると、呆れたようにため息をつき、言葉を繋ぎ始める。

 

「分かりやすく言えば運命です。それも生まれ持ったもののように強固なもの。

 原因は分からずとも結果が決まっている運命。しかし必ず原因はあります」

「言い回しや比喩が多いけど、原因となる何かがあるから出れないってこと?」

「その考えでいいでしょう。その原因は私にも分かりませんので、あなた方が探してください」

 

 紫は扇子を閉じ、妖しさを感じさせる笑みを見せる。

 真実を見極めれるほど彼女のことを知らないが、明らかに嘘をついているか、何かを隠しているように見える。しかしあえてそう見せているだけかもしれないので、本当のところは分からない。

 

「ということは⋯⋯しばらくは一緒にいてもいいと?」

「お好きにどうぞ。私もその方の因果の鎖を、原因を突き止めるよう努力すると約束します。全てが終わるまでは、貴女が面倒を見てあげてくださいませ」

「元々記憶が戻るまではそのつもりだったから、ちょうどよかった?」

「⋯⋯そうですね。では紫さん、お願いします」

「えぇ。お任せください」

 

 始終笑みを絶やさない紫は、不気味にも思えた。

 しかし協力してくれるのは有り難い。何たって賢者と呼ばれるほど強力な妖怪なのだから。

 

「原因を探すのもいいけど、まずは帰ろう。今日から泊まる家のことを知りたい」

「そうなのです? ではそうしましょうか。

 霊夢、紫さん。またこの娘が⋯⋯フィオナが外へ出るときはよろしくお願いします」

「えぇ、そのときはまた⋯⋯」

 

 前世からの紫に対するイメージからなのか、それとも紫自身がわざとそうしているのか。どちらか分からないが本当に胡散臭い妖怪だ。だが、幻想郷に害を与えなければ無害なのは間違いない。

 

「レナお姉ちゃん、帰ろう?」

「そ、そうですね。帰りましょうか。あっ、霊夢。私達のために色々と手伝ってくださりありがとうございます。そしてごめんなさい。紫さんに怒られたのは私が原因ですから」

「いいのよ、それくらい。っていうか怒られてないからね? あれ説教もどき──」

「じゃないですわ。⋯⋯お気を付けてお帰りください」

 

 紫と霊夢に見送られながら、私達は家へと帰っていった。

 もちろん、内心嬉々としながら────

 

 

 

 

 

 side Hakurei Reimu

 

 ──博麗神社

 

「で? 目的は一体何?」

 

 レナータとフィオナが去ったあと、霊夢は紫に問う。

 その真意を知るために。

 

「⋯⋯害をなす者を封じ込める手は幾つかあります。

 安全になるように変換させる。それを隔離する。その存在を消す等々⋯⋯」

「あの子どもが幻想郷に害をなす者とでも? だからあいつに面倒を見させて⋯⋯」

「いいえ。そうとは言っていません。あの方は幻想郷に害をなす者ではないでしょう。

 しかし⋯⋯あの方を狙う者は幻想郷に害をなす者。それこそ⋯⋯いえ。霊夢に話しても仕方のないことね。忘れてちょうだい」

 

 紫は何かを話しかけるも、すぐに元通りの笑顔になって話を切る。

 その顔に胡散臭さはなく、どこにでもいるような少女に見える。

 

「途中まで話してそれはないんじゃない?」

「そうかしら? ⋯⋯では、一つだけ。最近、この幻想郷で霧が多発しています。そして霧はまだ人間に危害を加えることはない。そして私が手を出すことはできない。⋯⋯じゃあ、頑張ってね」

「ちょっと、それどういう──」

 

 霊夢の話も聞かず、紫は颯爽とスキマを開いて消えてしまった。

 あとには何も残らず、その場には霊夢が1人取り残される。

 

「もうっ、あの妖怪⋯⋯。まあいいでしょう。あの娘⋯⋯ふぃおな。だったかしら?

 あの娘を狙う何か、ねぇ⋯⋯。警戒だけはしておきましょうか」

 

 誰に言うわけでもなく、霊夢は静かに呟いた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side ◼■◼□

 

 ──???

 

 その場は一歩先が見えないほど真っ暗闇で、眩しすぎるほど明るい。

 そして遥か先まで見通せるほど何もなく、全ての光を遮るほど物が散乱している空間。

 

「⋯⋯入っていいよ。死者の伯爵。何か用?」

 

 その奇妙な空間の中で、1人の男性が玉座に腰掛けていた。

 その者は黒いローブを身にまとい、手には黒い宝石がついた指輪を付けている。

 

「■■■■よ。刈除公(かいじょこう)の火が付いた。おそらく死んだのだろう。

 詳しい場所は不明だが、貴様が目を付けていた土地で間違いない」

「⋯⋯そうか。ご苦労だったね、死者の伯爵。もう下がっていいよ」

「御意。また何かあればここへ来る」

 

 フードを被った人型の何かに言葉を返すと、元の場所へと下がらせる。

 その者は再び1人になると、虚空を見据える。

 

「1人で倒せるものだろうか、力無きものに。⋯⋯やはり協力者? 本当に運がいいね」

 

 手を伸ばし、空中で撫でるようにして上下する。

 すると、何もないはずの空間に小さな歪みが現れ、それは次第に大きな裂け目となる。

 

「■■■■の名のもとに集まった悪魔は60を超える。しかしそれでも全員ではない。

 協力者はその中の何者か、あるいは⋯⋯。何れにせよ、すぐに分かるか」

 

 その者は人1人が入れるほど大きくなった裂け目に足を踏み入れる。

 中は暗く明るく、黒く白い。この空間と同様、何もかもが混ざりあっている空間だ。

 

「ああ、早く君に会いたいな⋯⋯」

 

 最後にそう呟き、その者は裂け目の中へと這入り込む────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話「白き少女は出逢う」

誰にとは言わない。

さて、6話ですね。短めですが、ごゆるりとどうぞ


 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館

 

 フィオナを連れ、紅い館へと戻る。

 一緒に住めることに喜びと安堵を感じるが、同時に不安と疑問も感じている。彼女と一緒に住み、問題はないだろうか。どうしてフィオナは外の世界から来たのか、どうして記憶喪失なのか。分からないことだらけだが、まずは一緒に暮らせることを嬉しく思おう、そして盛大に彼女を歓迎しよう。そちらの方が彼女にとってもいいだろう。

 

「空を飛ぶのはいいね。魔法だから自由自在に操作できる浮遊感にスピード感。みんなが空を飛ぶことに憧れるのはよく分かる。高いところから見る景色は綺麗だ。風が気持ちいい。⋯⋯ああ、本当に好きだ。空を飛ぶのは」

 

 フィオナは相変わらず空を飛ぶことに喜びを感じているようだ。

 しかし彼女は本当に変な子どもだ。可愛いけど、妙に大人びているというか⋯⋯。

 

「ねえ。居候するのは決定。だけど家の人に何も言わなくていいの?」

「お姉さまに言いましたし、大丈夫⋯⋯とはいきませんね。美鈴にパチュリー、咲夜達にも紹介した方がいいと思いますし⋯⋯。部屋のことを考える前に、まずは私の家族と会ってみません?」

「うん。レナお姉ちゃんの家族⋯⋯ボクが住ませてもらうことになる家の人達と会いたい。

 知りたいから。レナお姉ちゃんの家族のことを⋯⋯」

 

 提案すると嫌な顔一つせず、しかし不思議な貫禄を感じさせ、受け入れてくれた。

 私の会わせたい気持ちと同じくらい、彼女も知りたい気持ちが強いのだろうか。

 

「私の家族はいい人ばかりですよ。まずは美鈴と会うことになるでしょうね。

 彼女は優しく頼りがいのある人ですので、何か困ったことがあれば頼ってくださいね。

 ちなみに武術家で、中華料理がお上手です」

「中華料理? ⋯⋯食べたことないと思う。作ってくれるかな?」

 

 興味津々に年相応の少女の顔を見せる。

 見たことないもの、食べたことないもの、要は自分の知らないものに対して興味が湧くらしい。子どもらしいと言えば子どもらしいのだろう。自覚はないが、私にも同じようなことがあったのかもしれない。

 

「頼めばきっと作ってくれますよ。⋯⋯と、話している間に到着しましたね。

 他の方は会ってからのお楽しみ、ということで」

「うん。⋯⋯あの人がメーリン?」

 

 大きな紅い館、その前にある門には1人の女性が立っていた。

 その女性は緑色を基調としたチャイナ服を着て赤い髪を持っている。彼女こそがこの紅魔館に暮らし門番も兼任している、(ホン)美鈴(メイリン)である。

 

 彼女は私の姿を見つけたらしく、私に向かって手を振っている。

 珍しく起きているものだから、内心は驚いていた。

 

「あの人が美鈴ですね。⋯⋯降りましょうか」

 

 美鈴の近くの地面に降り立つ。

 フィオナの姿をすぐに見つけ、不思議そうにしていた。

 

「レナ様、おかえりなさいませ。あの、そちらの方は?」

「フィオナと言います。詳しいことはあとで話しますが、私の友人と思ってください。

 今日からしばらくの間、ここに住むことになったのでご挨拶をと」

「名前はフィオナ。よろしく」

「紅美鈴です。よろしくお願いしますねー」

 

 互いに手を取り、笑顔で挨拶を交わす。

 美鈴の人の良さでも溢れているのか、フィオナの表情も緩んでいる。

 

「君は中華料理が得意と聞いた。ボクにもいつか作ってくれる?」

「もちろん構いませんよ。レナ様のご友人ですし、私の作る料理を食べたい、という人の願いを聞かないわけありませんから。そう言ってもらえて逆に嬉しいくらいですよ」

「優しいのね。ありがとう、メーリン」

「いえいえー。何かありましたら、いつでも頼ってくれていいですよー」

 

 褒められ、また自分の料理を食べたい人も現れて素直に嬉しい。

 たまには咲夜を休ませて、美鈴に料理を⋯⋯ダメだ。咲夜のプライドが許しはしない。

 

「うん。その時はお願い。頼りにしているよ」

「こちらこそよろしくお願いね。ところでレナ様、咲夜さんも紹介したいメイド達がいる、と貴方様を探していました。一応私も顔合わせはしておきましたが、皆さん人の良さそうな方でしたよ」

「メイド⋯⋯? その人達にも会ってみましょうか。では美鈴。仕事頑張ってくださいね」

「メーリン頑張って」

「はーい。いつも通り頑張りますねー」

 

 いつもは寝ているような⋯⋯。

 などと思ったことを口には出さず、私達は美鈴と別れて門を後にする。

 

 

 

 

 

 紅魔館へ入り、エントランスを通り、長い廊下を抜け──。

 

 咲夜を探して館の中を探す。だが厨房など彼女が居そうな場所を探すも一向に見つからない。しかしメイドなら妖精メイドのことだろう、と今は妖精メイド達の部屋へと向かっていた。

 

「外から見たのよりも広い気がする、この館。何かの魔法?」

「咲夜の能力による空間の拡張。しかし広すぎて掃除をするのも大変らしいです」

 

 いつもは移動に魔法による瞬間移動を使うから気付きにくいが、改めてこの館が広いことを確認させられる。咲夜が来る前も充分広かったが、咲夜が来てからはもっと広くなった。嫌ではないが、咲夜も大変なら元に戻してもいいと思うのだけど⋯⋯。

 

「ここですね。咲夜ー、いますかー?」

 

 考えている間にメイド達の部屋に着いた。

 複数あるのだが、全て近い場所に配置している。

 

「はい、こちらにいますよ」

「ふぇっ!? ⋯⋯と、突然現れた。魔力は感じられないのに⋯⋯」

「それが彼女の能力です。慣れって怖いとつくづく思いますね、えぇ」

 

 最初の頃は驚くのが当たり前だったが、最近は慣れてしまって驚くことはなくなった。

 しかし咲夜以外に対する驚嘆耐性は付いていないのだが。

 

「ところでレナ様。そちらの方は⋯⋯?」

「あっ、こちらは私の友だちのフィオナ。今日からしばらくの間、ここに住むことになりました。正直、お姉さまに許可は得てませんが、多分大丈夫だと思います。フィオナ、こちらはメイド長の咲夜です」

「お嬢様なら⋯⋯確かに許可するでしょうね。よろしくお願いします、フィオナ様」

「こちらこそよろしく、咲夜」

「わざわざこちらへお出向かれたということは、美鈴からお聞きになりましたか?」

 

 まるで心でも見透かしているように咲夜は答える。

 いつも思うが、彼女を敵に回すと大変な目に遭いそうだ。

 

「はい、紹介したいメイドですよね。咲夜が紹介したいとは珍しいです」

「私自身、こうして紹介したいと思える日が来るとは思っていませんでした。いえ、正確にはもっと後の話だと思っていました。簡潔に話しますと、優秀な私の後継ぎ候補を3名紹介したいと思いまして」

「⋯⋯縁起悪いです。もっと後でいいと思います」

「善は急げ、と言いますから。あら? 途中で置いてきちゃ⋯⋯。少しお待ちを」

 

 と、一瞬だけ咲夜の姿が消える。

 そして再び姿を現した時には、3人の妖精メイドを手で掴み、引き連れていた。

 

「わぁっ! 咲夜さん!? あっ。れ、レナ様⋯⋯?」

 

 1人はオドオドとした様子で、白黒のメイド服を身に纏った妖精の少女。

 銀色の長い髪と赤目に、右目の下に小さな涙ボクロがある。何よりも印象的なのはその背に生える、片側2枚ずつの白い天使のような翼だろう。

 

「まーた悪戯か何か⋯⋯って、お嬢様の妹じゃん。あっ、妹様ですよ、ね?」

 

 2人目は妖精の名に相応しく、わんぱくそうで元気な子。赤を基調としたメイド服を身に纏う。

 黄色い短髪と目に、口に薄らと見える白く鋭い牙。1人目よりも奇妙な妖精で、その背には煙のように不安定で不規則に揺れる翼。そして頭から生える猫の耳と尻尾。妖精というよりは、妖怪に近いように見える。

 

「⋯⋯レナ様ですね。お初にお目にかかります」

 

 そして最後、3人目は大人しく、真面目そうな少女。咲夜と同じ色のメイド服を着ている。

 オレンジ色のサイドテール、真っ直ぐと私を見つめる真っ黒な目。彼女の背にはトンボみたいな透明な翼が片方に3枚ずつ付いている。

 他の2人が私と同じ程度の背丈だというのに、彼女は10センチメートルほど私よりも高そうだ。

 

「彼女達が私の後継ぎ候補の優秀なメイド達です。

 銀髪の子がシュヴァハ。黄色い髪の子がパンサー。橙色の髪の子がマルバーです。皆、新人なのですが他の妖精メイドと違って家事を積極性に手伝い、それぞれ私に勝るとも劣らないほど家事が上手です」

「さ、咲夜がそこまで言うとは⋯⋯。知っているようですが、レナータです。

 皆さん、よろしくお願いしますね。それと、こちらはフィオナ。私の友人です」

「なんだか⋯⋯。ううん、ボクはフィオナ。よろしくね」

 

 不思議な顔をするフィオナだったが、彼女達と微笑んで握手を交わす。

 私が心配する必要もないほど、彼女は意外と人と仲良くなるのが早いようだ。

 

「いい奴そうだな、お前。友だちになれそうだー」

「パンサー、レナ様のご友人よ?」

「あっと。⋯⋯友だちになれ、なれそうですね」

「気軽にでいい。ボクに対して無理する必要はない」

 

 無理して話すパンサーに呆れたのか、不憫に思ったのか、フィオナは優しく語りかける。

 実は私以上にお人好しだったりするのかもしれない。

 

「ホントか? じゃあ、遠慮なく⋯⋯。いいですよ、ね? 咲夜さん」

「⋯⋯まあ、フィオナ様がそう言うならいいんじゃないかしら」

「私もいいと思いますよ。シュヴァハ、マルバーも良ければでいいので、フィオナの友だちになってくださいね」

「わ、分かりました⋯⋯」

「レナ様のご命令ならば、もちろん構いません」

「⋯⋯もう少し軽くでいいですからね?」

 

 パンサーという子と違い、他の2人は友だちになるのは難しそうだ。

 だが、フィオナなら、時間をかければ友だちになることもできる、と私は思っている。

 

「⋯⋯っと、まだ仕事の途中でしたので、申し訳ございませんが、また後でお会いしましょう。

 さあ、早く仕事に戻りなさい」

「は、はい⋯⋯!」

「はい、仰せのままに」

「ちぇ、咲夜さんってホント⋯⋯。じゃあな、フィオナー」

「またね、パンサー」

 

 彼女達は別れを告げると、そそくさと仕事へ戻っていった。

 相変わらず、メイドは忙しいのだなと思える。

 

「⋯⋯では、次へ行きましょうか。最後は魔法使い、パチュリーの場所です」

「魔法使い? 楽しみ」

 

 妖精達が仕事を戻るのを見届けた私達は、次の場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 多くの本棚に囲まれ、大図書館と呼ばれるに相応しい大きな部屋。

 私達はそこにいる大図書館の主。七曜の魔法使いパチュリーに会いにきた。

 

「パチュリー。少しよろしいでしょうか?」

「大丈夫よ。⋯⋯こあ、3人分の紅茶を入れてちょうだい」

「いえいえ。もう少しすればご飯の時間ですし、いいですよ。

 それよりもこちらはフィオナ。私の友人で、今日からしばらくここに住みます」

「よろしく、魔法使いさん」

「パチュリーよ。よろしくね」

 

 2人は握手を交わすと、互いに興味深そうに観察している。

 どちらも魔力の感知に優れているからこそ、そうしているのだろう。

 

「凄い魔力ね。レナを超える魔力の高さ⋯⋯。長く生きていると面白い発見ができるのね」

「君も凄い魔力。色が多く。多種多様な魔法を使えそう」

「⋯⋯感受性が高いのかしら。人の意識を読み取るように魔力を読み取る⋯⋯。興味深いわ。

 暇な時間があれば、一緒に魔法の研究でもしましょうね」

「いいの? 嬉しい。⋯⋯レナお姉ちゃんも、一緒にね?」

 

 天使のような笑みでそう言われ、私の心が少しだけ揺らぐ。

 もしも娘がいれば、このような気持ちになるのだろうか。

 

「あ、はい。もちろんです」

「⋯⋯レミィが見たら嫉妬しそうねぇ。いえ、そこまで子どもじゃないかしら。

 まあ、もちろんいつでも来ていいからね」

「その時はお願い。パチュリー」

「では、後はお部屋、そしてお姉さまの許可⋯⋯。まあ、考えるだけ無駄ですよ。

 すぐに会って、すぐに終わらせましょうか」

「そうね。きっと大丈夫よ。行ってらっしゃい」

 

 パチュリーに後押しされるように、私達はお姉さまの部屋へと向かう────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話「魔を操る白き少女」

早く夏来ないかな(水着レナ出したい人)とか思っているrickです。
まあ、そんなことは置いといて、7話のはじまりはじまり。




 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(レナータの部屋)

 

「拍子抜けでした。あの人はあっさりしすぎです」

 

 お姉さまの部屋へ向かい、フィオナの居候⋯⋯いや住人登録を完了させ、ついでに夕食やお風呂も済ませてきた。お姉さまは簡単に承諾し、快く受けいれてくれた。他のみんなも──まだ帰っていないミア以外──悪くは思っていないようだった。みんなが優しいのは相変わらずなのだが、受け入れるのが早すぎることが些か気持ち悪い。幾ら何でも簡単に終わりすぎだ。

 

「でもよかったね、レナお姉ちゃん。これから一緒に暮らせれる」

「⋯⋯はい、そうですね。家族が増えて嬉しいです」

 

 しかし⋯⋯こうしてフィオナが一緒に暮らせるようになったのだから悪いとは思わない。むしろ嬉しいくらいだし、これからもみんな仲良く暮らせれば文句はない。簡単に事が進むことは、悪いことではないだろう。

 

「早速だけど、ボクはどこで寝ればいい? レナお姉ちゃんの部屋? それともフラン達の部屋?」

「私自身、寝る場所は気分次第ですからね⋯⋯。

 せっかくですし、部屋を作りましょうか。フィオナ、貴女の部屋を」

「作る? どこかにある部屋を借りるではなく?」

 

 当たり前の質問を、難しい顔で聞いてくる。

 きっと彼女の頭の中では様々な思考が繰り返されているのだろう。そして深く考えるあまり、余計に複雑で難しくしてしまっているのだろう。いつかの私と同じように。

 

「はい、作るのです。もちろん普通の部屋もいいですけど、ここは広いですしね。贅沢に」

「なるほど。作ってみよう」

「では適当な空き部屋を改装して、空間の拡張と魔術的防壁を⋯⋯」

「特別な扱いはしなくていい。ボクは普通の部屋に住みたい」

「遠慮しなくても、簡単なので──」

 

 と言掛けるも、彼女の目は了承していなかった。

 本人が嫌ならば強要するつもりはないのだから、ここは素直に諦めよう。

 

「はあ⋯⋯。分かりました。貴女にかけた魔法は常に発動状態ですし、これ以上の特別扱いはしませんよ。紅魔館にいる間、危険な目に遭うとは思えませんしね」

「うん。じゃあ空いている部屋を探そう。心当たりはある?

 できればレナお姉ちゃんの近くがいい」

「私のです? そうですねぇ⋯⋯」

 

 つぶらな瞳で言われるも、それは答えづらい話だった。

 私の部屋の隣にはお姉さまの部屋ととある倉庫、近くには食堂などの生活空間がある。それはお姉さまを中心とした生活空間を作っているからであり、私の部屋は元からそこにあったので一緒に組み込まれている。

 

「⋯⋯お姉さまや咲夜に、私の部屋近くで借りれる部屋を聞きましょうか。

 館のことは2人に任せっきりで、私には分かりませんから」

「レナお姉ちゃんは手伝っていない? メイド、姉孝行した方がいいと思う」

 

 あくまでも彼女は思ったことをそのまま口に出しているようだが、少し心に響く。

 仕事以外でなら何か手伝うことはあっても、仕事関連でのお手伝いは今まで邪魔しかしていない。⋯⋯もう少し、こちらの世界でも勉強した方がいいのかもね。

 

「ですねぇ。仕事のお手伝いは迷惑かけちゃいますし、もっと頑張らないとですね。

 でも、それは後で考えるとして、まずはお姉さまのところへ行きましょうか」

「うん。分かった。⋯⋯頑張ってね、レナお姉ちゃん」

「え⋯⋯あ、はい!」

 

 どうやら、私は可愛い娘に弱いらしい。彼女の励ましに心が安らぐ。

 こうして気分は良くなり、彼女の手を優しく掴んでお姉さまの部屋へと連れて行った。

 

 

 

 

 

 お姉さまの部屋へ到着し、扉を叩く。

 するとひとりでに扉が開き、中からお姉さまの声が聞こえた。

 

「入ってきなさい。外で話したいわけじゃないでしょう?」

 

 お姉さまは珍しく読書に集中していた。

 どちらかというと体を動かすイメージの方が強いお姉さまのそれは、なんだか可愛く見えた。

 

「珍しく読書です? 何の本でしょうか?」

「咲夜が外の世界の本を持ってきたらしくてね。それを読んでいるんだけど⋯⋯。

 私には難しいわ。ついでだから貴女にあげる」

「お姉さまが難しい本を私なんかが⋯⋯」

「大丈夫。気に入ると思うわ。外の世界の魔術書か何かだから」

 

 その言葉に疑問を感じるとともに好奇心が生まれた。

 幻想郷に魔法がある前提として、外の世界にはほとんど魔法が存在しないはずだ。ということは、もしお姉さまの言う通りならばそれは今では失われつつある外の世界での魔法が載った魔導書。外の世界を自分の前世と同じような世界だと思っていたが、ここは密かに魔法が存在する世界なのかもしれない。

──とか考えていると、ますます興味が湧いてきた。後でじっくり読むとしよう。

 

「ありがとうございます、お姉さま!」

「明るい魔力。凄く機嫌がいいのは分かった」

「あら、フィオナがいるとレナの気持ちが手に取るように分かって面白いわ」

「悪用厳禁ですよ、お姉さま」

「悪用なんてしないわよ?」

 

 とは言いつつも、お姉さまは悪魔らしく悪い笑みを見せる。

 妹として私が止めるべきなのだろうが、何か起きたら姉を止めれる自信はない。

 その時が来れば、諦めて身を流れに任せることにしよう。

 

「あ、はい。で、本題ですね。本は貰っておきますね。

 フィオナの部屋のことなのですが、空いている部屋などありませんか?」

「貴女の部屋で一緒に寝ないの?」

「それもいいのですけど⋯⋯せっかく広い館なのですから、作った方がよくないです?」

「とても贅沢な発想ね。流石私の妹だわ」

 

 お姉さまは何故か嬉しそうに、誇らしげに微笑む。

 それは稀に見る上機嫌な顔とよく似ている。

 

「空いている部屋ならいくつかあると思うわよ。⋯⋯詳しいことは咲夜に聞かないと分からないけどね。で、他に具体的な要望はないかしら?」

「私の部屋に近い場所ですね。後は広くて快適であれば⋯⋯」

「ふーん⋯⋯。って、貴女の隣の部屋を──」

「それ以外でお願いしますね、お姉さま」

「⋯⋯分かったわよ。貴女ってば本当に⋯⋯。とにかく、咲夜と相談しておくわ。

 今日は貴女自身の部屋か、フランの部屋とかに寝なさい」

 

 お姉さまは呆れた様子でそう答えた。

 

「ありがとうございます、お姉さま!」

 

 一方で私はそれを嬉しく思い、お姉さまの手を握って感謝の気持ちを伝えた。

 

「え、えぇ。姉である私に任せなさい」

「良かったですね、フィオナ。部屋もほぼ決まったことですし、今日はもう休みましょうか」

「う、うん。明日、パチュリーのところで魔法の研究したい。いいかな?」

「もちろんいいですよ。フランのように可愛い妹の頼み事ですから」

「⋯⋯いつの間にか、姉妹が多くなったわ。年齢的には親子の方が近いでしょうに」

 

 何を今更とは思ったが、確かに6人と倍になっているのは多い。

 けれど多い方が賑やかで楽しいのだから、悪いとは思っていない。

 

「多分、明日のこの時間くらいには終わっているわ。その時にまた来なさい」

「分かりました。⋯⋯ではもう行きますね。おやすみなさい、お姉さま」

「おやすみなさい。夜遅くまで起きてちゃダメよ」

「大丈夫、すぐ寝ますよ」

 

 そう言ってフィオナの手を握り、扉を開ける。

 そしてお姉さまと別れた私達は、寝室へと向かった。

 

 

 

 

 

 そうして1日が過ぎた次の日。

 目覚めてすぐ、パチュリーのいる図書館へと向かう最中のことだった。

 

「レナー? あら、誰それ。お客さん?」

 

 廊下で偶然、帰ってきたミアと出会った。

 お土産でも見つけたのか、手には大きな袋をぶら下げている。

 

「レナお姉ちゃんが、2人⋯⋯」

「お帰りです、ミア。今回も長旅でしたね」

「1週間も空けてないよ? 今回は5日と13時間⋯⋯って、質問に答えてよ」

「あっ、こちらはフィオナ。新しい住居人です。で、こちらはミア。簡単に言えば双子の妹です」

「レナの姉、ミアよ。よろしくね、フィオナちゃん」

「よろしく。双子だから姿が似ている、なるほど」

 

 わざわざ訂正する辺り、未だに私が姉だと認めていないのだろうか。

 全く、これだから聞き分けの悪いミア()は⋯⋯。

 

「それにしても、いつも旅をして飽きないのです? 幻想郷は狭いでしょうに」

「充分広いよ。それに⋯⋯ううん。何でもない。それよりも、今からどこに行くの?」

「大図書館、魔法の研究をしに、パチュリーに会いに行きます。一緒に行きます?」

「ううん。これからお姉ちゃんのところに行くつもりだからね。そんなことより⋯⋯」

 

 ミアはまじまじとフィオナを見つめる。

 彼女もパチュリーと同様、フィオナの魔力量の多さにでも気づいたのだろうか。もしミアが、フィオナが魔力遮断の指輪を付けているはずなのに、一箇所に集中すれば私以上だと知れば、畏怖の念を抱かずにはいられないだろう。

 

「フィオナちゃん、だよね。⋯⋯貴女は何処の国の人?」

 

 ミアはとても奇妙な質問をする。

 幻想郷にいるのだから、出身国なんて関係のない質問だろうに。

 

「⋯⋯分からない。でも今は極東の島国、日本にいることは分かる」

「うーん? レナ、どういうこと?」

「ああ、そう言えば昨日の夕食にいませんでしたね。その時に説明したのですが。

 彼女は今、記憶喪失なのです。名前も私が付けたものですよ」

「へぇー⋯⋯って、えぇ!? れ、レナも物好きね⋯⋯」

 

 ミアは悲しげな瞳を私に向ける。

 人助けはいいことだというのに、どうしてだろう。

 

「レナお姉ちゃんは優しい悪魔さん。ミアお姉ちゃんも、優しい悪魔さん?」

「お、お姉ちゃん⋯⋯うん! 優しい悪魔さんだよ! これからもよろしく、フィオナちゃん!」

「うん、よろしく」

 

 何故かあっさりと打ち解けている。

 いや、この場合はミアがチョロすぎるのだろう。このチョロさは姉として些か心配だ。

 

「じゃあね、レナとフィオナちゃん。すぐに旅立つかもしれないけど、また明日ー」

「バイバイ」

「元気ですね、相も変わらず。⋯⋯っと、本題を忘れるところでした。行きましょうか」

「うん。パチュリーのところだね」

 

 そうして、ミアと別れて大図書館へと歩いていく。

 

 そこへは数分もしないうちに到着した。

 ミアと出会った場所はパチュリーの居る大図書館までそう遠くない距離だったのだ。

 

「何度見ても凄い景色。本に囲まれた人生、楽しいかな?」

「人によっては楽しいと思いますよ」

「ボクは外にも出てみたい。レナお姉ちゃんは?」

「私は⋯⋯お姉さまやフラン、家族さえいれば、贅沢は言いません」

「家族、か⋯⋯」

 

 フィオナは遠くを見つめ、そう呟いた。

 もしかして、何か思い出したことでもあったのだろうか。

 

「フィオナは、家族のことを覚えています?」

「⋯⋯あまり覚えていない。だけど、父親は好きではないことを覚えている」

「えっ、あ、あの⋯⋯。何か嫌な思い出を思い出させたようで──」

「違う。ろくでなしだったような気がする。いい人なのは多分、間違いない」

 

 このときのフィオナは見たことのないほど冷たい目をしていた。

 もしや父親に恨みでもあるのか。だが、それを聞けるほど私の精神は強くない。

 ここはそっとしておこう⋯⋯。

 

「ここへ来るのは2回目ね。どうしたのかしら?」

 

 と、考えているうちにパチュリーと出会った。

 彼女は椅子に座り、いつも通り本を読んでいた。

 

「一緒に魔法の研究がしたい。ボク、どうしてか説明できないけど、魔法が好きだから」

「あら、そうなの? いいわよ。ちょうど読み終わったところだったから」

 

 明らかに読みかけだった本に(しおり)を挟んで閉じる。

 パチュリーも同じ趣味を持つ子どもには意外と甘いのだろう。

 

「魔法研究をする前に、まずは確認ね。魔法研究と一概に言っても色々あるのよ。新しい魔法を創り出すこと。既存の魔法を研究し、新たなる発見をすること。または既存の魔法を研究して、それに対抗できる魔法を創る⋯⋯等々。他にもあるけれど、貴女はどんな研究をしたいのかしら?」

「うーん⋯⋯」

 

 フィオナは顔を俯かせてしばらく考え込み、チラリと私を見る。

 私はあえて何も言わなかったが、本人の中では決まったらしく、彼女は顔を上げた。

 

「決めた。まずは魔法に慣れる。だから簡単な魔法を知り、いずれは新しい魔法を覚えたい」

「なるほどね、分かったわ。できる限りご期待に応えてみせるわ。

 レナ、私は属性魔法が主に使う魔法だから、他の魔法は貴女に任せるわ」

「了解です。⋯⋯と言っても、私は難しい魔法は召喚魔法しか使えませんけどね」

 

 逆に言えば簡単な魔法は色々使えるのだが、多種多様とまではいかない。

 ミアも概念付与が主になるので、いつか魔理沙やアリスにも教えてもらいに行こう。

 

「いやいや。貴女ってば色々使えるじゃない」

「低ランク魔法ですよ。もちろん極めれば強いものもありますが⋯⋯」

「それで充分じゃない。まあ、まずは簡単な魔法からなんだけど。

 具体的に何か覚えたい魔法とかあるかしら?」

 

 パチュリーがそう質問すると、再びフィオナは考え込む。

 しかし先ほどよりも早く顔を上げて、その質問に答えた。

 

「空を飛べるようにはなったけど、レナお姉ちゃんみたいに人を守る魔法は知らない。

 だからそれを覚えたい。誰かの為に、何かしてみたいから⋯⋯」

「空を⋯⋯? 空を飛べたのなら、基本的な魔法は大丈夫ね。

 でも簡単な水や月の属性魔法から教えるわ。回復系はそれが多いから」

「私は光ですね。幸い、簡単な魔法が多いです」

「うん、ありがとう」

 

 フィオナはそれを聞くと、嬉しそうに微笑む。

 いつもの虚無感は少なく、心の底から喜んでくれているようだった。

 

「じゃあ、早速始めましょうか。まずはどれから覚えたい?」

「月がいい。綺麗だから」

「分かったわ。じゃあ⋯⋯こあー。簡易魔術の月と水を持ってきてー」

「はいはーい」

 

 パチュリーは小悪魔──通称こあ──を呼び寄せ、何かを持ってこさせた。

 それは微量の魔力を含んだ魔導書らしく、白い本と青い本の合計2冊ある。

 

「あっ、レナ様とフィオナ様。来ていたのですねー」

「こあは、ずっと居た?」

「居ましたよー。まあ、ごゆっくりー」

 

 こあは早々に話を切り上げると、そのまま早足でどこかへ行ってしまった。

 しかし、しっかりと本だけは持ってきたので、パチュリーも何も言わないようだった。

 

「さて、まずは月⋯⋯の前に、月と水魔法の詳しい説明をするわね。月は受動と防御を意味し、水は静寂と浄化を意味する。だからこれからは人を守ることに適している。まあ、同時に行使することで効果を上げることもできるから、慣れれば他のも覚えましょうね」

「うん、分かった」

「そう言えば、空を飛んだ時はどうやって覚えたのかしら。

 それを聞いとけば、普通よりも覚えやすそうだしね」

「確か⋯⋯」

 

 パチュリーの質問に、曖昧な記憶を一つずつ思い出しながら丁寧に説明していく。

 初めは魔力操作を教え、しばらくは口で説明していたのだが、難しかったので何度かやって見せたらすぐに飛べたこと。ついでに初めての魔法だったからか、凄く嬉しそうにしていたことも。

 

「ふーん、なるほどね。要は習うより慣れよ、って感じかしら。

 じゃあ始めるわよ。月の魔法は月が出ているときの方が効果が強い。けど通常時でも⋯⋯」

 

 パチュリーは白い本を開き、呪文を詠唱し、手のひらに小さく丸い白色の何かを作り出す。

 それは微かに発光しており、ある一面は微妙にでこぼこしている。

 

「簡単な魔法は行使可能よ。これは擬似的な月。これを持つ者は微力な月の加護によって守られる。まあ、詠唱をいくつか加えて、魔力を圧縮し、浮かばせているだけの簡単な魔法よ」

「質問。月なのにどうして光っているの? 演出?」

「いいえ、この光が持ち主を守るからよ。ついでに暗闇でも分かりやすいようにね」

「なるほど⋯⋯。理解した」

 

 フィオナは思いついたかのように発言し、手に魔力を集中させる。

 そしてパチュリーの詠唱を見様見真似で復唱し、パチュリーと同じような月を生成する。

 

「魔力に意味を持たせて体外に具現化する。そして自分がいなくても、その魔力が続く限り所有者に効果をもたらす。⋯⋯これなら使い道が多そう」

「⋯⋯い、いやいや。ちょっとレナ、何この娘? 言ってないことまで理解しちゃったんだけど」

「私の妹、優秀な人が多いですよね。フランやルナ、ミアにフィオナ。

 それにしても、私が教えたときよりも理解力、というのでしょうか。それが上がっていますね」

 

 このとき、私は表では平静を装うとしていたが、本当にできていたかは分からない。

 

 フィオナの理解力は急速に、急激に上がっている。これは人間の成長速度ではない。

 昨日まで数時間かかっていたことを数秒足らずでできるなど、有り得ることだろうか。

 

「まあ、おそらく彼女の才能ですよ」

「そんな簡単に済ませれる話じゃ⋯⋯」

 

 正直なところ、彼女には畏怖の念を抱かずにはいられない。

 

「大丈夫、心配いりませんよ。ね、フィオナ」

「⋯⋯うん、ありがとうね。レナお姉ちゃん」

 

 だけど、責任を負う覚悟も、彼女を信じ切る覚悟も私にはある。

 私が優しいから悪に転じないと言ってくれた彼女を、信じる覚悟がある。

 

「お礼を言うのは⋯⋯いえ、何でもありません。

 パチュリー、続けましょう? 教えがいのある弟子ができましたでしょう?」

「⋯⋯レミィもレミィなら、その妹も妹ねぇ。いいわよ。次は水ね」

 

 パチュリーも渋々了承してくれた。

 私の家族は、本当に甘いけど優しい。この家に生まれて良かった。

 

 そう考えているうちにも、今日という1日を消費していく────




ちなみにあくまでも主人公視点なので、考えていること=真実ではなかったり⋯⋯。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話「魔法使いからの贈り物」

さて、お待たせしました。定期テストが終わりましたのでこちらも再開致します。


 side Renata Scarlet

 

 ──魔法の森

 

 フィオナが紅魔館に来てから数日後。フィオナの部屋も無事、私の部屋近く──具体的には私の部屋の三つ横の部屋──をお姉さまから借りることができた。まだ何もない空間だが、私の部屋以上に広くて過ごしやすい。家具など何を置くのかはまた後日考えるらしい。

 魔法の研究も続けているが、パチュリーの魔法も私の魔法も、ほとんど覚えていしまった。それでも充分凄いが、見様見真似でできてしまうことが恐ろしくも素晴らしい。もはや能力の域にも達しているが、これが能力なのか才能なのかは分からない。そもそも能力は自己申告制なのだから、彼女がそうと言えば能力になるのだが。

 

「魔理沙会うの久しぶりだねー」

「稀に図書館に来てますけどね」

 

 そして今日は、魔理沙の家と地霊殿へ行くことになった。理由は魔法の習得と、久しぶりに会いたいという妹達の願望からだ。もちろんその妹と言うのはフィオナではなくフランとルナのことで、2人も一緒に来ている。

 現在、フィオナの要望で空を飛んで向かっているが、地底は先の異変で妖怪の出入りも自由となっており、通常のルートで行けるようになっている。好き好んで行く妖怪なんて、私達以外は見かけないけど。

 

「魔理沙の家が見えてきたよ。フィオナ、早く行こっ」

「行こう!」

「⋯⋯出会った当初は険悪な感じでしたよね、ルナは」

「気づいたら仲良くなってたよ。でもお姉様もそっちの方がいいでしょう?」

 

 フランには「もちろん」と肯定するも、内心は不思議でたまらない。どちらかと言うと、ルナは恥ずかしがり屋で自分から話しかける方でもないし、フィオナに対して少なからずの敵意を持っていたはずだ。そのルナが出会って数日の今日には仲良くなっているなんて、珍しいにも程がある。フィオナの方も機嫌良く見えるし、2人の間で何かあったのかもしれない。

 

「魔理沙、おひさー」

「おっ、久しぶりだなー。そっちの娘がフィオナだよな? 私は魔理沙。よろしくな!」

「うん、よろしく」

 

 魔理沙は外で快く出迎えてくれた。魔理沙やさとりには昨日のうちに行くことを伝えてあったので、待ちきれなかった魔理沙は外で待っていたのだろう。

 魔理沙の家は魔法の森の中に位置し、『霧雨魔法店』という看板が付けられた一軒家である。看板の名前の通りお店をやっていて、曰く何でも屋を経営しているらしい。儲かっているという話は聞かないが。

 

「魔理沙は何の魔法を使う? 早く見てみたい」

「星の⋯⋯って、それは中でな。外だと冷えるだろ?」

「私は冷えないけどね。吸血鬼だし」

「私らが冷えるんだって」

 

 吸血鬼は人間よりもかなりの熱耐性があるが、フィオナや魔理沙は人並みでしかない。

 もちろん魔法を使えばある程度は大丈夫だが、わざわざ魔力を消費することもないだろう。

 

「そう言えばレナお姉ちゃん。紅の指輪、付けたままでいいよね?」

「紅の? あ、ああ。魔力遮断の指輪ですね。構いませんよ。気に入ったのです?」

「うん。綺麗だから。⋯⋯魔理沙の部屋、散らかってる。掃除してない?」

「ん? めんど⋯⋯時間が無くてな。とりあえず、空いてるところで待っててくれ」

 

 魔理沙は私達を置いて、逃げるように別の部屋へと行ってしまった。

 おそらくはパチュリーのように、魔導具(マジックアイテム)でも取りに行ったのだろう。パチュリーは分かりやすく説明するためでもあったが、フィオナは見様見真似でできてしまう。そのことは魔理沙に伝えているはずだが、何を持ってくる気なのだろう。

 

「オネー様、これ何?」

 

 魔理沙のいない間、その場に散らばる物を漁っていた妹達のうち、ルナが四角い何かを見せてきた。明らかに私の前世にあったゲーム機に見えるが、一体どこで拾ってきたのだろう。

 

「ゲーム機ですね。ほら、家にあるプレ⋯⋯って、勝手に触ってはいけませんよ」

「はーい。フラン、何か面白い物あった?」

「ないねぇ。魔力を帯びてる物はいくらかあるんだけど⋯⋯」

「だから勝手に触っちゃダメですって」

 

 私達は魔理沙が戻ってくるまでこうして暇を潰していた。フランやルナが私の言うことも聞かずに物を漁るが、盗んでいるわけでもないし、というか可愛いから良しとしよう。

 

「待たせたなー。⋯⋯なんか散らかってないか?」

「元からだよ。さ、早く始めようよ。私も見るの楽しみだなー」

「おいフラン。逆に怪しいぞ」

 

 その暇潰しも数分で終わる。戻ってきた魔理沙の手には小さな袋と八角形の香炉のような物──おそらくはミニ八卦炉──が握られている。それからは魔力を感じ、それがマジックアイテムの一つだということは明らかだった。おそらくはフィオナに教えるために用いる物だろうが、そんな危険そうな物をどうやって使うのだろう。

 

「まあいいか。フィオナ。これが何か分かるか?」

「⋯⋯魔力増幅器?」

「残念、ハズレだ。これはミニ八卦炉。具体的に言えば魔力火炉といって、魔力を材料に火を起こす炉だ。これがあれば山火事を起こすことだってできるんだぜ」

 

 少々危ない発言をしているが、本人にその気はないはずだから良しとしよう。

 しかし私やパチュリーも流れで攻撃魔法を教えてしまったとはいえ、魔理沙も攻撃魔法を教えるつもりなのだろうか。確かに魔理沙が攻撃魔法以外に魔法を使っているのはなかなか見たことないけど、一つや二つは使えるはずだ。おそらくだけど。

 

「くれるの?」

「ミニ八卦炉は私の生活必需品だからな。これはあげられないぜ。だが⋯⋯」

 

 ごそごそと袋を漁り、中からネックレスを取り出す。それの先には丸っぽい緑色の宝石が取り付けられ、とても綺麗な装飾品だ。魔力は少なからず感じるため、何かのマジックアイテムであることは分かる。

 

「こっちはプレゼントするぜ! 私は星関連の攻撃魔法しか教えれないからな。せめて攻撃以外で役立つマジックアイテムくらいはプレゼントしないとな」

「ありがとう。⋯⋯これはどういうマジックアイテム?」

「ん? それは⋯⋯」

 

 フィオナの問いに、魔理沙は丁寧に答える。

 曰く、これは魔力を込めることで発動する類いのものらしい。魔力を込めると自分を取り囲むように結界が作られ、込めた魔力の分だけ結界を強く、そして長く保つことができる。要は防御型のマジックアイテム。ちなみにこれを作ったのは霖之助さんらしく、この宝石も元はアレキサンドライトだったようだが、様々な手を加えられて今では宝石のような『何か』となっているようだ。

 

「なるほど。ありがとう、魔理沙。

 ⋯⋯霖之助という人にもお礼を言わないと。明日にでも会いに行こう」

「そんなことしなくてもいいぜ。お礼は私から言っとくからな」

「でも、やっぱり人にお礼を言う時はしっかりと面を向かって言うのがいいと思う」

「そうかあ? 私は気持ちさえ伝わればいいと思うけどなあ」

 

 フィオナはそれを受け入れずに拒否し、そこまで言うのなら、と了承した魔理沙と後日霖之助さんに会いに行くことになった。私が行けるかは分からないが、魔理沙と一緒に行くのなら大丈夫だと許可はしておいた。

 もし何かあったとしても、魔理沙ならその火力で押し切ってくれるだろう。

 

「次は魔法の実演だな。よし、外に出るぞー。おいフラン、ルナ。物漁りはやめて早く来ーい」

「だってフラン。どうする?」

「んー⋯⋯仕方ない。怒られるのも嫌だし行こっか」

「貴方達って本当に仲がいいですよね。いえ、そちらの方が私も嬉しいですけど」

 

 私達は魔理沙に連れられ、外へと出ていく。

 

 魔理沙は自慢の攻撃魔法を見せ、それをフィオナが見様見真似で自分の魔法として取り込んでいく。フィオナに便乗し、フランやルナも魔理沙に魔法の指導を仰ぐ。予定していたよりも時間はかかったが、無事フィオナは魔理沙の魔法を覚えることができた。そしてフランとルナも、多少なりとも魔理沙の魔法を習得したようだった。

 

「お前ら覚えるの早すぎないか? やっぱり凄いなー」

「フィオナほど早くはないよ。ね、フラン」

「そうねぇ。というかフィオナが異常に早いだけな気もするけど」

 

 魔理沙は自分と同じ魔法を使える者が増えて嬉しそうにしていた。

 もちろん悔しがる姿も見せていたが、思うほど悔しがってはいない。

 

「これ終わったら、次は地底?」

「ですね。さとりに会うのも初めてですよね。運が良ければこいしにも会えますよ」

「こいしちゃんにも会いたいねー。私達もなかなか会わないでしょ?」

「あいつは居ても気づかないからなあ。私が初めて会った時も突然声をかけられて驚いたぜ」

 

 こいしは自身の能力により常に誰からも認識されることがない。

 自分ではそれを制御することは難しいらしく、彼女は常に無意識に行動している。私は能力が近いせいか認識することは他人よりもできるが、それでも気づかない時は気づかない。

 

「魔法の練習も終わりましたし、そろそろ行きましょうか」

「地底⋯⋯初めて行くから楽しみ」

「あ、そうだ。魔理沙も一緒に行かない? 地霊殿に」

 

 フランがその場の思いつきで魔理沙に声をかける。

 しかし魔理沙は残念そうに首を振った。

 

「その誘いは有り難いが遠慮するぜ。これからアリスの家に行く予定なんだ。

 思ってたよりもちょっと遅くなったけどな」

「そっかー。じゃあまた遊ぼうね、魔理沙」

「ああ。またなー」

 

 魔理沙に別れを告げて魔理沙の家を後にし、地霊殿のある地底へと向かう。

 もちろんフィオナの要望で空を飛び、地底の大穴から地霊殿へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 幻想郷の地下深くに広がる大きな洞窟世界、旧地獄。通称地底と呼ばれる場所。その中心に地霊殿はある。

 そこに日が差すことはないが以前よりは明るく、住人達が楽しそうに生活を謳歌している。理由は以前まであった地上と地底の相互不可侵の条約が緩くなったため。そして地上との繋がりが増えたことだろう。

 

「綺麗な町。ここが地底? 想像していた場所とは違う」

 

 それが地底に降り立ったフィオナの第一印象だった。彼女にとって、いや人間にとって地底とは暗いイメージが強いだろう。しかしこの地底は至るところで光が輝き、真夜中で輝く都会の町並みのようだ。

 私自身、最後に来た時と風景は違って見え、少し驚いていた。

 

「騒がしくなった。そう思ってるか?」

 

 突然声をかけられ、声の方に振り向くとそこには見知った顔の少女がいた。

 

「え? あ、朱童⋯⋯」

 

 地底に入って最初に出迎えてくれたのは『金熊(かねぐま)朱童(しゅどう)』と呼ばれる伊吹萃香の部下らしい鬼の娘。

 フィオナよりは背が高いが私達姉妹よりも背が低く、長めの金髪と紅色の一本角を持つ。両耳には萃香に合わせたのか、赤色の三角錐の飾り物を付けている。デリカシーはないが力は強く、私を助けてくれたこともある、頼れるかもしれない鬼だ。

 

「⋯⋯失礼なことを考えてる気がした。怒らないから言ってみて」

「怒るのですよね、だから言いません。というか、朱童は萃香と一緒にいないのです?」

「私はここに住んでいるから。萃香様から何かあればどこにでも行くけど。

 それより騒がしくなったと思ってるか?」

 

 繰り返すように彼女は質問する。

 下手すると怒らせそうだと感じ、私は慎重に言葉を選んで返す。

 

「騒がしいというよりは、賑やかですね。みんな楽しそうです」

「そっか。それはよかった。お前やっぱり弱いけど好きだ。いい奴だ」

「褒めてる⋯⋯のですよね? ありがとうございます」

「⋯⋯話を中断させてしまうけど、君は誰?」

 

 フィオナが気になったことを我慢できずに質問する。

 先の異変で共闘したフランとフィオナは知っているようだが、フィオナが朱童に出会うのはこれが初めてなのだ。

 

「私か? 種族は鬼、名は金熊朱童。気安く朱童でいい。お前の名は?」

「フィオナ。ボクもフィオナでいいよ」

「⋯⋯お前は、人間か?」

 

 朱童は訝しげな目をフィオナに向ける。

 まるで人間であることが不思議なように。

 

「うん、人間だよ。君は鬼なんだね。力が強いの?」

「⋯⋯うん、強いよ。吸血鬼よりは断然強い」

「朱童ちゃん、喧嘩売ってるなら買うよ?」

「買って。戦いは好き。ルールは真剣? それともごっこ?」

「朱童もフランもやめてください、周りに壮大な被害をもたらします」

 

 火花を散らす2人を何とかなだめ、ひとまずその場での戦いは収めることに成功した。

 普段は温厚なはずのフランだが、種族をバカにされたと思って頭に来たのだろう。それはともかく、2人とも見た目によらず強大な力を持つのだから自重してほしい。彼女達が本気でやれば、辺りは更地になってもおかしくはない。

 

「それにしても、朱童はどうしてここにいるのです? 町の復興支援とか?」

「⋯⋯ああ、そうだった。お前に話しておくことがある」

「私に? え、私って何か鬼にしました?」

「安心して、私達には何もしてない。ただ⋯⋯」

 

 朱童は言いづらそうに顔を俯かせ、ゆっくりと口を動かす。

 若干朱童の顔は、恥ずかしそうに赤くにもなっていた。

 

「お前を恨んでそうな奴、逃げちゃった」

「⋯⋯えっ? いや、そんな今までの口調崩して可愛く言っても⋯⋯って、誰が逃げたのです?」

「ルネの弟、ジョン。その顔は覚えてなさそうだけど、お前が殺しかけた奴」

「あ、ああー。あの、槍を使う⋯⋯」

 

 以前、地底の異変の際に私と戦った吸血鬼、それがジョンという私の友人の弟である。

 朱童によると、そいつは地底の狂霧異変の時に私に倒され、その後鬼がその身柄を確保したらしい。しかしつい先日、目を離した隙に牢屋から消えていたようだ。ちなみにその時の牢番は朱童だったらしいが、どうせ逃げないだろうと高を括り、見張りを怠っていたようだ。

 

「って、それ一番悪いの朱童ちゃんじゃ⋯⋯」

「いつでも決闘を受けるから、それで許してほしい」

「得をするの、貴方だけですよね? 別にいいですけど。

 私の家族に何かある前に、半殺しにして送り返しますから」

「⋯⋯鬼よりも鬼だな、お前は」

 

 私も吸血鬼だから鬼ではある、と内心で思うも口には出さない。

 そもそも家族に何かするような者を野放しにはできない。見つけ次第、強制(ギアス)誓約(ゲッシュ)でも付けて地底へ送り返そう。私の家族に危害を加える気がないなら野放しでもいいけど。

 

「まあ、用はこれだけ。じゃあね、レナ達」

「ええ。バイバイです」

「⋯⋯あの鬼、面白い魔力だった。真っ直ぐな波。ああいうあく⋯⋯妖怪もいるんだ」

 

 帰っていく朱童の背中を見ながら、思い返すようにフィオナが呟く。どうやら鬼という嘘のつかない真っ直ぐな妖怪を見るのは初めてなのだろう。

 彼女は魔力が少なく妖力が強い朱童に対しても魔力で感情を読み取ることができるらしい。魔力が全くない相手に対しては無理だろうが、少しでもあれば感知することが可能なのだろうか。

 

「フィオナはさ、見たことないの? 鬼みたいな妖怪は」

「うん、ボクは妖怪自体、見たことがないと思う。記憶はないから、本当は分からないけど」

「ふーん⋯⋯そっか。じゃあさとりやこいしみたいな妖怪に会ったら驚くかもねー」

 

 楽しそうにフランは言って、そのままの足取りで地霊殿のある地底の中心部へと歩いていく。

 それに続くようにして私達も付いていく。

 

「そうだ。今度の春、みんなで神社のお花見行かない?

 フィオナも色んな妖怪と会えるだろうしね!」

「いいですね、お花見。さとり達も一緒に行けるといいですねー」

 

 まだ秋だというのに気が早いかもしれないが、それでも楽しみで仕方がない。

 私も少しはお酒を飲めるようになったし、お姉さまに付き合えればいいなあ。

 

 などと春への待ち遠しい思いを胸に秘め、私達は地霊殿を目指して歩みを進める────




役夫之夢

と、オリキャラプロフィールその2。
名前:パンサー
容姿:赤を基調としたメイド服を身に纏い、黄色い短髪と目に、口に薄らと見える白く鋭い牙。背には煙のように不安定で不規則に揺れる翼。何故か付いている猫の耳と尻尾。
一人称:アタシ
その他:お前、呼び捨て
備考:わんぱく、元気、妖怪のような妖精


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話「最初の綻びを」

綻びのきっかけは、初めの一歩から。


 side Renata Scarlet

 

 ──地霊殿

 幻想郷よりも広大な地下空間。その中心に位置する地霊殿へ私は、妹達を連れてやってきた。そこでは私達の友人であり、地霊殿の主でもある覚妖怪の古明地さとり、さとりの妹であるこいし、そしてそのペット達が住んでいる。さとりは灼熱地獄跡の管理を任されているようだがペット達に任せっきりで、妹であるこいしも能力によるものか幻想郷を自由気ままに放浪している。彼女達とは他の幻想郷の勢力よりも仲が良く、互いの家に泊まることもある。逆に仲の悪い人なんて元吸血鬼の仲間を除いていないのだけど。

 

「ようこそ、地霊殿へ。お久しぶりですね、皆さん」

「おひさー。ここに来るの、二週間ぶりな気がするなあ」

 

 地霊殿へ着くと、笑顔でさとりが出迎えてくれた。

 普段は一週間に一度はここへ遊びに来るが、最近は忙しくてなかなか顔を出すことができなかった。もちろんフィオナと出会って初めてここに来て、彼女がさとり達と出会うのも初めてだ。

 

「初めまして。ボクはフィオナ。よろしくね」

「ご存知のようですが、さとりと言います。よろしくお願いします」

「うん。⋯⋯穏やかな波。大人しい人? レナお姉ちゃんみたい」

「ええ、どちらかというと大人しい方だと思います。⋯⋯なるほど、魔力で感情を読み取れると」

 

 私かフィオナの考えを読み取ったらしく、納得した様子でさとりは答える。

 ちなみにさとりは数少ない、私が転生者だと知っている人物だがあまり意味は分かっていないらしい。地底の異変が落ち着いた後に詳しく説明はしたのだが、分かりやすく話すのは難しかった。

 

「知っているみたいですが一応言います。私は人の心を読むことができます。

 ⋯⋯それでも、大丈夫でしょうか?」

 

 さとりは恐る恐るフィオナへ問う。私も慣れるのに時間はかかったが、前から知っていたこと、そもそも彼女に隠すようなことがあまり無かったことですぐに慣れた。さとり曰く、ここまで無頓着なのも恐ろしい、とか。褒められていいはずなのに、少し悲しい。

 

「大丈夫。私も感情を読む。だからお互い様だよ。さとり」

「⋯⋯ふふ、そうですか。ありがとうございます。

 さあ、もう夕暮れですからダイニングに行きましょう」

「ダイニング? お姉様、今日はここで食べるの?」

 

 フランが歩きながらも不思議な顔をして私に質問する。

 今思えばお姉さまや咲夜には伝えたものの、彼女達には何も伝えていなかった。

 

「今日はお泊まりですよ。あれ、言ってませんでした?」

 

 言った覚えがないが、反応見たさにあえてすっとぼける。

 しかしフランもフィオナも「へー」と軽い反応で、ルナも嬉しそうにするくらいで大した反応は見せなかった。フィオナは性格として、あとの2人は私と長い間いるせいで、突然の出来事も対応できるようになったのだろう。

 そんな私の思考を見てか、さとりは面白そうに微笑んでいた。

 

「さとり、こいしちゃんはいないの?」

「こいしは残念ながらいません。最近はあまり帰ってなくて⋯⋯」

「そっかぁ⋯⋯。ま、仕方ないか」

「ねえ、さとり。動物がいっぱいいる。どうして?」

 

 フィオナが辺りで彷徨くたくさんの動物を見て聞いた。

 確かにあまり気にしていなかったが、入り口で出迎えてくれた時も、烏や犬、猫など様々な動物を至るところで見つけた。こうして移動している最中でさえも、見つけた動物は凶暴なものから可愛いものまで多種多様だ。

 

「私にもよく分かりません。ですが、私が動物の声も聞くことができるから、自然と気持ちを理解してほしい動物達が集まってきたのだと思います。動物は⋯⋯話せない方が多いですから」

「そっか。動物にも魔力多い子はいるのにね。ここにいる動物はみんな多めだし」

「それは怨霊や妖怪を食べさせているからだと思いますよ。それで強力な動物妖怪になる者もいますから。お燐やお空はそのいい例です」

 

 初耳だ。そして多少の恐怖を抱いた。よく考えれば妖怪としては普通の発想なのだろうが、人間が聞いたら私以上に恐怖を抱くだろう。それでもさとりのことは苦手になれないし、いつまでも友達として一緒にいたいが。

 

「⋯⋯はあ。さて、着きましたよ、ダイニングルームに」

 

 さとりが一瞬だけ悲しそうな表情になるも、すぐに普段通りの顔を見せて言った。

 そんな表情に気づくこともなく、妹2人は楽しそうに慌ただしく中へ入っていく。

 

「レナお姉ちゃん、どうしたの? 早く早く」

「⋯⋯はい、それにしても楽しみですねー。お燐が作っているのですよね?」

「はい。料理の腕は保証しますよ。⋯⋯私が任せっきりにした結果、ここで料理ができるのお燐だけになった、という方が正しいですが」

 

 さとりの告白に、お燐に同情せざるを得ない。

 お燐の負担を減らすために、今度料理教室でも開こうかな。

 

「それは有り難いですね。⋯⋯いえ、無理はしなくてもいいですからね」

「お姉様にさとりー。早くしないとご飯冷めるよー?」

 

 廊下で話していた私達に、フランが語りかける。

 フランは食事をとる時はみんな一緒が好きなのだ。もちろん、それは私も同じく好きだ。

 

「今行きますよ。さとり、食べながらでもお話しましょうか」

「⋯⋯ええ、そうですね」

 

 こうしてさとりと一緒にダイニングへ入り、ともに楽しい時間を過ごす。

 

 

 

 

 

 時間は過ぎ、地底から見えない陽は落ちて、私達は地霊殿のお風呂を借りていた。

 服は忘れてきたが、空間魔法で紅魔館から取り寄せたので何とかなった。

 

「はあー⋯⋯。いい湯ねえ」

「そうだね⋯⋯」

 

 すでに体を洗い終え、みんなで浴槽に浸かっていた。

 紅魔館ほど広くはないものの、地霊殿も充分普通の家よりは広くて快適だ。

 

「皆さん、湯加減はどうですか?」

「丁度いいですよ、さとり様ー」

「ああはい、そうですか。⋯⋯他の皆さんも大丈夫、と」

 

 フランの要望により、さとりとお燐も一緒に入ることになった。

 フランの考えることは分からないが、みんな一緒の方が楽しいのは分かる。

 

「発育が一番いいの、やっぱりお燐かなあ。フィオナはまだ子どもだから別として、さとりも何気に私達より年下でしょ? だからまだ希望はある。それに比べて私達はどうなんだろ。特にお姉様が。ある程度までいったら化けたりするのかなあ」

「⋯⋯はい?」

 

 みんなを見ていると思ったら、唐突にフランが呟く。

 まさか、そんなことを気にしているなんて。まだ子どもなのだから、そんなこと気にすることないのに。いずれは身長くらい伸びるに決まっている。

 

「そんなこと、気にするまでもないじゃないですか。フランもいつかは⋯⋯」

「だってさあ、百年以上も身長変わらないんだよ? 1、2cmは変わってるかもしれないけど」

「⋯⋯私も百年近く変わっていませんよ。お燐は元からこれですけど」

「何それ凄っ。お燐ー、成長する秘訣とか知ってるー?」

「ごめんね、特にないかなぁ」

 

 フランは興味深そうにお燐に話を求めるも、特に収穫は得られなかったようで落胆していた。

 

 私自身、もし私やお姉さまが成長したら、とは気になる。しかし何百年後の未来か分からないし、その時になれば気にもしないだろう。それに、お姉さまの魅力は絶対に変わりはしない。それどころか上がっているはずだから気にするだけ無駄だ。

 ただ、魔力がどれほど増えているか、どれくらい魔法を覚えているか。それは知りたい。

 

「成長、か⋯⋯」

 

 フィオナが懐かしむように思いにふけていたのだが、この時の私は気にもしなかった。

 

「ねえねえ、オネー様。オネー様は、大きいのか小さいの、どっちが好き?」

「私です? 別にどっちが好きとかはないですよ。ただ、貴女はどっちでも大好きですよ」

「ふふん。私の扱い方分かってきた? ⋯⋯ま、ありがとう、オネー様」

「長年一緒にいますからね」

「お姉様、私はー?」

 

 話を聞いていたのか、肌が触れ合うほど近くにフランが寄ってきた。

 この娘に恥じらいというものは無いらしく、肌が触れようとも気にしている様子はない。

 

「フランも好きですよ。ですから離れてください」

「えぇー! 好きな人に言う言葉じゃないよー? それにルナは大好きなのに、私は好きなの?」

「どっちも同じです。というか分かってて言ってますよね?」

「のぼせてしまいそうなのでお先に失礼しますね。⋯⋯それにしても、仲のいい姉妹ですね」

 

 と、さとりが顔を赤くしながら浴室から出ていった。

 やはり運動不足で身体が弱いのだろうか。それとも思考を読み取って⋯⋯。

 

「さとり様が出るなら、あたいも先に出とくね。何かあれば、厨房にいますんでー」

「⋯⋯なるほど、そういうノリか。レナお姉ちゃん、楽しんでね」

「いやいやいや! 何がですか!? というかフラン、ひっつきすぎです」

「そう? ⋯⋯まあ、今は友だちの家だしもういっかぁ。じゃ、私達も上がろー」

 

 こうしてフランに引き連られ、私達もさとりの後を追うように浴室を後にする。

 

 

 

 

 

 風呂から上がり、フィオナ達とともにさとりを追って、今日の寝室であるさとりの部屋へ向かっている最中のこと。私達が地霊殿の廊下を歩いている時に、真っ黒な烏と出会った。

 

「入り口にいた鳥だね。多分(からす)かな?」

 

 その烏はまるで懐いているかのようにフィオナの肩に乗り、頬を(つつ)く。

 フィオナの方も好かれるのは満更ではないようで、烏の頭を撫でていた。

 

「さとりのペットだろうね。フィオナいいなぁ。私、動物に懐かれることなんてないよ」

「そう? ⋯⋯いっぱい食べている烏みたい?」

「みたいですね。もしかしたら人型になれたりします?」

「⋯⋯えっ?」

 

 フランとルナは気づいていないが、この烏の妖力と魔力は普通の動物の比でない。

 下手したら、お燐やお空よりも強いかもしれない。

 

「⋯⋯よく気づいたねぇ。お姉さん、悲しいよ。驚かせなくてねぇ」

「し、喋った!?」

 

 烏はフィオナの肩から降り、私達の目の前で姿が変わり始めた。

 見る見る間に人の形をとり、最終的に黒髪ロングの女性の姿になった。身長は170cmほどで、背には烏の黒い翼を生やしているが、それ以外は人間と同じ姿だ。服は黒いノースリーブにミニスカート、そして宝石で装飾された髪飾りやバングルなどを付けている。

 

「アンタ達は初めまして、かな? お姉さんは烏の⋯⋯まあ、ここで言うと妖怪。

 名前はクロウ。姉は知らないと思うが、こいしちゃんのペットをしているよ」

「こいしの? そうなんだ。私はフラン、こっちは妹のルナ、姉のレナ。そして⋯⋯」

「フィオナ。よろしくね、カラスお姉さん」

「ああ、そう。そういう名前ね。ありがと」

 

 クロウは感謝の言葉を伝えたその刹那、目の前から姿を消す。

 そして、それに反応するよりも早く、背後で声が聞こえた。

 

「ごめんね、お姉さん嘘ついちゃった。実はこいしちゃんのペットじゃないんだ。

 それに、アンタ達の敵なのよねぇ。ってか、何も分からないの? 自称フィオナちゃん」

「ボク⋯⋯?」

「え──はぁっ!」

 

 妹達の危険を感じ、とっさに振り返って背後を爪で切り裂く。

 しかし切ったのは空のみで、そこにクロウの姿はなかった。

 

「好戦的ねぇ。しかしシラをきっている風には見えない。本当に分からないの?

 じゃあいいかなぁ。覚えていないなら好都合よ。その力が欲しいから奪⋯⋯っ!」

「きゅっとして──」

 

 ルナがクロウを見つめてその拳を握ろうとするも、再び目の前から消え、次はルナの前へと移動していた。クロウはその拳を握らせまいと手を掴み取り、片方の手で子ども扱いするようにしゃがんでルナの頭を撫でていた。

 

「速っ、強っ。⋯⋯離して? というかやめて?」

「ダメよ。潰す気でしょ? それとアタシは好きなのよ、財宝と可愛い子」

「ルナから離れなさい。いえ、最初に殺そうとしたルナもルナですけど。

 ⋯⋯というか、戦う気です? それともフィオナを奪うために私達を殺す気です?」

「うーん、どっちも変わらないね、それ。アタシはね、他と違ってゆっくりでいいんだ」

 

 そう言いながら、クロウは撫でるのをやめて立ち上がり、私とフィオナを交互に見つめた。

 その目は悲しそうでもあり、嬉しそうでもある。

 

「召喚主様のせいでアタシには大した予知もできないけど、一つだけ教えてあげるよ。

 レナちゃん、よね? 今日は遊び感覚だったからもう帰ると約束するけど、またいつか会うと思うからよろしくね。その時は確実に戦うことになるよ。それと、アタシ以外にも狙う子がいるけど、そいつらに捕まらないでね? アタシが貰うから。フィオナちゃんついでに君もね」

 

 背筋が寒くなるような視線を受けて身構えるも、すでにそこにクロウはいなかった。

 彼女の魔力を追うも、凄い速度で離れていくのが分かる。

 

「ま、また消えた? いや移動した?」

「ですね。ひとまずは安全でしょうか。悪魔である私に約束していきましたし。

 契約を破れるほど強い妖怪なら危ないですけど、寝ている間に結界やら障壁を⋯⋯」

「⋯⋯いいえ、大丈夫。何故かは分からないけど、そんな気がする」

「確かに根はいい人そうですけど⋯⋯」

 

 殺る気だと思えば遊び感覚だと言って帰ったり、気分屋みたいで読めない妖怪だ。

 しかしフィオナが大丈夫と言っても油断はできない。ひとまず地霊殿全域に侵入者感知用の結界だけでも張っておこう。そして寝室には障壁も⋯⋯。

 

 様々なことを考えながら、さとりのいる寝室へと急ぐ。

 そしてこの夜は案の定何事もなく、平和に過ぎていった────




次回はモチベの関係でこっちの方が早いかも。

浮雲朝露

と、オリキャラプロフィールその3。

名前:シュヴァハ
容姿:銀髪(長髪)赤目の美人。右目には涙ボクロがある。黒白のメイド服。背中には天使のような白い翼が生えている。
一人称:私
その他:貴方、〇〇様
備考:臆病で慎重な妖精メイド。弾幕ごっこなどでもすぐに負ける。しかし一方で家事は一番上手。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話「雪が降って、霧が立ち込め」

やっぱりこっちが早かった。
というわけでまぁ、暇な時にでもゆっくりどうぞ。


 side Renata Scarlet

 

 ──霧の湖近くの森

 

 冬が来た報せのように、しんしんと雪が降り積もった次の日の、満月が綺麗に見える夜。

 

 記憶を失ったせいか初めて雪を見たというフィオナのために外へ出ていた。もちろん私はフィオナを連れていたが、妹達は忙しいらしく、今日は珍しくフランやルナとは一緒ではない。代わりにフィオナの友だちになった優れた妖精メイドのパンサー、シュヴァハ、マルバーの3人。そして、その保護者兼監視役の咲夜と一緒に来ていた。

 

 しかし私も遊びには加わらず、見て楽しむという半ば保護者のような役目になっている。

 実のところ、これはフィオナが友だちと仲良くなるためでもあった。

 

「フィオナ、行くぞー! ほれっ!」

 

 現在、フィオナ達は雪合戦で遊んでいる。

 フィオナは人間のはずだが、身体能力で勝っているはずの妖精達に引けを取らない。

 

「アルスター十八盾の三。手に疾き、ダーヴタバド!」

 

 その理由とはもちろん魔法を使っているからである。

 ただの遊びだというのに、盾を召喚して雪玉から身を守ったり、雪玉を遠隔操作したり⋯⋯とにかく遠慮しない。妖精相手だから、というよりは負けず嫌いな性格だからだろう。

 

「フィオナ様、盾では防げない強力な攻撃をする敵が現れる時が来るかもしれません。ですから避ける練習も兼ねて避けるのもいいかと」

「分かった。身体強化魔法はまだ覚えてないけど、頑張ってみる」

 

 チーム戦なのか、フィオナ達は二組に別れて遊んでいる。

 フィオナは堅実なマルバーと組み、遊びながらも戦闘の練習をしている。遊びという方向性を大きく間違えているが、楽しそうなので放っておいても大丈夫だろう。

 

「シュヴァハ、マルバーのヤツの相手を頼んだ! アタシはフィオナの相手な!」

「えぇっ!? ま、マルバーちゃんの相手なんて私なんかじゃ⋯⋯」

「大丈夫だって! お前だってやればできるから!」

 

 一方で陽気なパンサーは内気なシュヴァハと一緒に行動し、元気付けたりしながらリーダーのように彼女を引っ張っている。咲夜によるとシュヴァハは戦闘が全くダメらしいので、それを克服させるためにも一緒に行動しているようだ。

 

「レナ様。見張りは私に任せて、遊んでくださっても⋯⋯」

「いえ、やはり同じ年頃の友だちで遊んだ方がいいと思いますから。それに私は吸血鬼。妖精や人間とは身体能力の基礎が違いますからね」

 

 と言ってはみるも、数で負けているから慢心すれば勝負でも負けることは目に見えている。しかし負けるから遊ばないのではなく、地霊殿で出会った烏の妖怪らしき女性、クロウが言っていたことを危惧していた。

 理由は不明だが、クロウ以外にもフィオナを狙う者がいること。フィオナと初めて会った時に襲ってきた老人も、私の指輪で気付かなかっただけで、もしかしたら狙いはフィオナだったかもしれない。そう考えると、保護者である私が遊ぶわけにもいかない。

 

「⋯⋯レナ様、あまり気を張りすぎてもいけません。たまには休養も必要ですよ」

「お姉さまや咲夜ほどじゃないですよ。それに咲夜、一番休養が必要なのは貴女だと⋯⋯」

「私は見えないところで休んでいますので。それに先日もお嬢様から休暇をもらいました」

 

 休暇をもらっても働いているのだから、休暇では無いと思う。

 自分の体調管理はしっかりとしているとしても、働きすぎにしか見えないからたまには目に見えるところで休んでほしい。無意味に終わるかもしれないがお姉さまに言ってみよう。咲夜が働きすぎだから休んでほしい、と。

 

「それにしても楽しそうですね、彼女達は」

「普通、あの年頃の娘達はこうして遊ぶものですよ。咲夜も外の世界でなら、ああやって⋯⋯。

 いえ、貴女は外の世界でも働きそうです。もしくは勉学に励むでしょうね⋯⋯」

「自分でもそうすると思います。私はお嬢様に身を捧げた従者ですから」

 

 笑顔でそう言われ、咲夜もやはり普通の人間ではないと理解する。

 彼女も妖怪に囲まれて育ったせいで少し世間からズレているのだろう。

 

「レナ様、失礼なことをお考えで?」

「はひっ!? い、いえ、何も考えていませんよ?」

「本当にお嬢様にそっくりですね。レナ様、お顔にも出ていますよ」

 

 咲夜の言葉に慌てて顔に触れて確認する。

 しかし見ないと分からない違いなのか、触れただけでは確認はできない。

 

「ふふっ。すいません、レナ様。嘘です。

 表情に出てはいません。しかし⋯⋯お嬢様にそっくりではありますよ」

「お姉さまに? それなら、その違いも別に⋯⋯って、分かってて言ってます?」

「あら、気付いちゃいました?」

 

 珍しく従者という堅苦しい枠組みから外れ、少女らしい笑みを浮かべた。

 

「咲夜も変わりましたね。いつの間に変わったのです?」

「はい? 何がでしょうか?」

 

 咲夜自身はその変化に気付いていないらしい。

 喜ばしいことだし、気付かないからといって問題はないから言わなくてもいいだろう。

 それに、気付いていない方が可愛くて面白いし。

 

「⋯⋯いえ、何でもないですよ。そのままで大丈夫です」

「は、はあ⋯⋯?」

 

 咲夜は不思議そうに頭を傾げる。

 私も咲夜のように変われているだろうか。いや、きっと変わっているに──

 

「霧⋯⋯? 珍しいですね、霧の湖が近いとはいえ、ここまで霧が広がるなんて」

 

 何の前触れもなく、周囲に霧が立ち込める。

 月明かりが遮られ、辺りは闇で染め上げられる。吸血鬼の目を以てしても見えにくい闇だ。

 

「あれ? こういうの、前にも一度⋯⋯。っ!」

 

 体験したことだから気付くことができた。

 これは月明かりが遮られたせいではなく、黒い霧のせいで見えないのだ、と。

 辺りの霧はそこまで濃くはない。しかしどういうわけか上空だけ雲のように霧が集まり、辺りが見づらくなっている。

 

「あれっ。月が消えたか?」

「き、霧のせいで見えないだけじゃないかな?」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 妖精達は雪玉を作る手を止めても特に取り乱す姿を見せない。

 逆にそれは好都合だった。下手に慌てさせ、統率を乱させるわけにもいかなかった。

 

「レナお姉ちゃん。この霧、おかしい。気味の悪い魔力を含んでいる。

 まるで、前に襲ってきた妖怪の時と同じ霧⋯⋯」

 

 しかしフィオナだけは私に近付き、気付いたことを口にした。

 彼女の小さな不安がみんなに伝達するのに、そう時間はかからなかった。

 

「パンサー、マルバー! 周囲を警戒しなさい! シュヴァハは私から離れないように!」

 

 危険を感じ取った咲夜が妖精メイドに指示を出す。

 

「お、おう! じゃなかった。り、了解です!」

「⋯⋯前方に人影複数確認しました。敵対を確認次第、攻撃に移ります」

 

 誰よりも早く、マルバーがそう言って手に妖力を集め、攻撃準備に移る。

 その言葉にみんなが反応し、彼女の見つめる方に注目を集めた。

 

「クックックッ。よく気付いたね、優秀な人かな!? どうでもいいけどね!」

 

 大量の人影の中、一つだけ他とは違った奇妙な影が現れる。

 それはしわがれた声を上げ、少なくとも会話ができる者だとは理解できた。

 

「⋯⋯私達に何か用?」

 

 咲夜が声をかけると、それは意味も分からず笑って話を続ける。

 霧の中、その姿形がはっきりと目に映ると、私達はさらに警戒を強めた。

 

 上半身は人型で下半身は馬そのもの。まさにケンタウロスという言葉が正しいだろう。下半身は青っぽい馬で、顔はよく見えないが上半身は肩までかかる青い髪を持つ人間だと分かった。

 

「お前達、というよりはそこの白髪の少女だね。俺らも先行隊とはいえ、やっぱり欲しいから。

 ⋯⋯ってか、そこにいるの吸血鬼? アハッ! 面白い組み合わせだね。全く以て!」

「フィオナに何の用です? 返答次第では⋯⋯半殺しで帰ってもらいます」

 

 手に召喚した神の槍、ブリューナクと輝く剣、クラウ・ソラスを両手に持って構える。

 まだ敵と決まったわけではないが、家族(フィオナ)を狙う相手に容赦はしない。

 

「半殺し? 殺せはしないから半殺しもないね。

 悪いことは言わないから、その子だけ置いて帰って、どうぞ」

「どうしてフィオナを狙うのです?」

「どうして⋯⋯。殺して、自由になる。もしくは力を手に入れる。理由はなんだっていいじゃないか。どっちにしろ、渡せば逃がしてもらえる。渡さなければ⋯⋯仲良死(なかよし)だね!」

 

 大きな声を上げたと同時に、敵の大将の後ろから複数の影が襲いかかってきた。

 とっさにフィオナを後ろへ下げ、それらを薙ぎ払う。

 私の攻撃を合図に、妖精メイドや咲夜達も近付く何かに攻撃を開始する。

 

「容赦ないね! 俺らよりずっと悪魔だ!」

「守りたい人のために、人でもない何かを犠牲にしているだけですよ」

 

 その人影は近付いてもまるで影そのもののように真っ黒で、斬った感触も人のそれではない。

 俗に言うあやつり人形のようなものだろうか。

 

「その考え! 人格が悪魔に支配されている! ひとまず第二陣から後も続きな!」

「パンサー、フィオナ様をお守りに! マルバーは私の援護を!」

「了解! このっ、フィオナに近づくんじゃねぇ!」

 

 パンサーはフィオナに近付く敵へ弾幕を浴びせ、マルバーは咲夜の攻撃に合わせて攻撃を放つ。

 

「ありがとう、パンサー。でもこれくらい、盾で防げるよ」

「素直にありがとうだけでいいっての! あんま動いちゃダメだからな、フィオナ!」

 

 みんな苦戦している様子はなく、一体ずつは大したことはないが敵の数が多い。

 時間をかけすぎれば危なくなるのはこっちだ。

 

「咲夜、三秒だけ敵の大将の気を引いてください。油断したところで大将を撃破します」

「了解です。──幻世『ザ・ワールド』!」

 

 咲夜に小声で話すと同時に、横にいたはずの咲夜の気配が消える。

 いつの間にか咲夜は数歩先に移動し、そして敵の大将の周りには大量のナイフが浮かんでいた。

 

「ふぁっ!? って、言うと思ったか!」

 

 大将は両手を広げると、まるで壁ができたかのようにナイフが弾かれる。

 次の瞬間、大将は咲夜を見つめて手を伸ばして魔力弾のようなものを放つ──

 

「残念。まだ私の時間よ」

 

 ──が、それは空振りに終わった。

 咲夜の姿は再び消え、次は大将の真上に現れていた。

 

「私はこっちよ」

「んなっ!? なんだそれ!?」

 

 大将は真上にいる咲夜に見やり、再び魔力弾を放とうと手を伸ばす。

 

「⋯⋯時止めって、三秒という短い時間も狂いません?

 まあ⋯⋯ありがとうございます。貫け、神槍『ブリューナク』!」

 

 咲夜に気を取られる大将を狙い、力強く槍を投げた。

 

「アハッ! 気付かないわけがないよね!」

 

 しかし投擲に気付いた大将は魔力弾を放つ方向を槍に変え、勢いよく放つ。

 それらはぶつかると同時に煙を伴って破裂した。

 

「クックックッ! この勢いで──うぐっ、がはっ⋯⋯!?」

 

 が、その隙に自身を有耶無耶にして背後に回り、剣で大将の胸を突き刺した。

 暗いがその大将から血が流れたことは、その手に伝わる。

 

「油断し過ぎです。投擲だけでは終わりませんよ。

 ⋯⋯名前も知りませんが、おやすみなさいです」

「は⋯⋯っ?」

 

 そのまま剣を引き抜き、容赦なく首を狙って横一文字に切り裂いた。

 理解不能といった顔のまま、血しぶきを上げて首だけ転がり落ちる。

 

「──は、ははは。クックックッ! 本当に油断し過ぎたようだ!」

「うわっ!?」

 

 しかし首だけでも口を動かすのはやめず、それは私を見て語りかける。

 その時だけ、顔がはっきりと目に映った。生者ではないと示すかのように、髑髏の形をとる頭。髪は付いているが、どう見ても人間には見えない。

 

「だが、次に召喚された時はそうはいかない! 覚えておけ、私の名はガ⋯⋯あっ」

「で、ですからおやすみなさいです。まさか首だけでも喋るとは⋯⋯」

 

 恐怖を押し殺して急いでそれに近付き、遠慮なく剣を振り下ろした。

 流石に頭を砕かれたそれは喋ることをやめ、塵のように砕けていった。

 

「おぉ! 霧が晴れたぜ! それに影も全部消えたな!」

 

 パンサーの嬉しそうな大きな声が響く。

 おそらくは元凶である敵の大将が消えたことで、連動して全て消えたのだろう。

 

「お疲れ様です、レナ様。しかし今の敵は一体⋯⋯」

「⋯⋯何となくは理解できました。ですがひとまずは家に帰りましょう。

 安全で、安らげて、みんながいる家に」

「⋯⋯ええ、そうですね」

 

 雪遊びを切り上げ、私達は安否確認のために家へと帰る。

 

 しかし家に被害はなく、お姉さまに心配されるだけとなった。

 こうして霧は晴れたが、私の中にある不安が消えることはなかった────




鏡花水月。
オリキャラプロフィールその4。

名前:マルバー
容姿:オレンジ色のサイドテール。黒い目でトンボのような透明な翼を持つ。メイド服姿。他よりも10cmほど背が高い。
一人称:私(わたくし)
その他:貴方様
備考:堅実で真面目な子。文武両道。



たまにはオリキャラでも募集しようかな、というわけで、明日くらいに活動報告の方で募集をします。
募集する作品は東方紅転録NMとFGO/BV、そしてオリジナルの作品からにします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話「神の所業」☆

今回はオリキャラの押し絵が最後にあります。
絵のクオリティはいつも通りなので苦手な方はご注意ください。


 side Renata Scarlet

 

 ──人里

 

 本格的に冬を迎え、妖怪の私達ですら羽織るものが欲しくなる時期。

 紅魔館の備蓄も厳しくなり、私とフィオナ、そして美鈴と一緒に、忙しい咲夜達の代わりに人里へと買い物に来ていた。どうして美鈴がいるかと言えば、暇そうにしていたから連れてきた。詳しく言えば寝ていたところを咲夜に見つかり、罰という名目上、私達の警護をすることになった。

 本来は正体不明の敵に襲われ、狙いがフィオナだと分かっているのに外へ連れ出すのは愚策だろう。しかし彼女には不安を感じさせず、自由にしてほしいのだ。だからこそ敵に恐れず外へと出てている。

 

「いやぁー、初めてですね、こうしてレナ様やフィオナ様とおつかいに行くなんて!」

 

 しかし当の警護役は相変わらず楽観的だ。もちろん私達からすれば堅苦しいよりは嬉しいが、また咲夜に怒られるのではないかと心配になる。私達が言わなければバレないとは思うけど。

 

「そうね」

「ですが買う物は薪や食料だけですよ。

 他に何も買ってはいけませんからね。後でお姉さまに怒られます」

「レナ様から言えばきっと許してくれますよ!」

「何故買うこと前提なのです⋯⋯。本当に何も買いませんからね」

 

 再度念を押し、店を探しながら歩みを進める。

 いつも通り私はフード付きのコートを着用し、フードを被って陽から身を隠している。

 フィオナと美鈴も同じような服を着ているから、傍から見れば家族に見えるだろうか。悪くは思わないが、美鈴よりも年下に見られるのは⋯⋯。

 

「あっ、レナ様、前!」

「え──きゃっ!? す、すいません!」

 

 考え事をしていたこともあり、誰かとぶつかってしまった。

 どちらも転ぶことはなかったものの、私は慌てて頭を下げる。

 

「⋯⋯いえ。(わたくし)もよそ見をしていました。こちらこそすいません」

「いえいえ⋯⋯え、妖怪さんです?」

 

 ぶつかった人は幻想郷では珍しい褐色肌で銀髪と赤い目を持つ少女だった。少女と言っても私よりは背が高く、着物を身に纏っているせいか大人っぽい。そして頭には人ではないことを表すように、2本の黒く小さな角が生えている。

 

「お前達と一緒にしないでください。(わたくし)は⋯⋯格が違いますから」

「えっ、すいません⋯⋯」

「む⋯⋯レナお姉ちゃん達を馬鹿にしないで」

 

 上から話す態度に腹を立てたのか、私と少女の前にフィオナが出る。

 身長差が大きく、子どもが大人に怒っているようにも見える。

 

「人間が何を⋯⋯え、人間ですよね?」

「人間だよ?」

「⋯⋯よく見れば貴方達はこっち側の者ですか。変な人達ですね。

 次に会うときはよろしくお願いします」

 

 突然態度を和らげたかと思うと、微笑ましい笑みを浮かべる。

 まるで懐かしむように私やフィオナを見つめ、別れを告げるとそのままどこかへ去っていった。

 

「レナ様、私だけスルーされました⋯⋯」

「よしよし。私達家族は無視しませんから大丈夫ですよ」

「変なお姉さんだったね。ボクは嫌いだな。レナお姉ちゃん達を馬鹿にしてたから」

 

 去っていった方向を見つめながら、フィオナは子どもらしく口を膨らませて話す。

 私のために怒るのは懐いてくれた証拠だが、会って間もない人に対して好き嫌いを決めるのはいかがなものか。確かに変な人だったけど、もしかしたら本当はいい人かもしれない。

 

「⋯⋯って、早く買い物を済ませましょうか。早く帰らないとフラン達が怒ります」

「そうですねー。フラン様やルナ様は怒ると大変ですからね」

「そうなの? 怒るところは見たことない。一度見てみたいな」

「後が大変ですので本当に怒らせないでくださいね⋯⋯」

 

 フィオナに釘をさし、お店を探して再び人里を回り始めた。

 

 

 

 

 

 必要な物は買い揃え、家へ帰ろうと人里の出口へ向かっていた。

 里の中で飛んだり空間転移を使うわけにもいかず、必ず外へ出る必要があるのだ。

 

「人里には色んな物がありますねー」

「ですね。⋯⋯それにしてもミアの人脈広すぎません?」

 

 買い物中、何度かミアと間違えられて声をかけられた。

 人違いだと話して自分の名前を言うと、ミアの妹という認識で見られ、(ミア)に負けたような気がした。いや実際は負けているのだろう。自由気ままに放浪しているためか、コミュ力で言えばミアの方がずっと高い。最悪、お姉さまを取られるなんてことも⋯⋯。いや、お姉さまは私のじゃないし、ましてや『もの』ですらないけど。

 

「私も仕事中に妖精と遊んだり、手合わせしたりしてますから負けてませんよー」

「仕事力では負けそうですけどね。⋯⋯彼女も仕事してませんけど」

「──大変だぁぁぁ! 火事だぁぁぁ!」

 

 美鈴と談笑していると、突然大きな声が上がった。

 その数秒後にはどこからか爆発音も響き渡った。

 

「か、火事? ⋯⋯美鈴、フィオナ。少しいいです?」

「うん、いいよ」

「はい、もちろんいいですよ。西方向、40m先に煙が上がり、謎の霧が広がっていますね。⋯⋯その付近に邪悪な気を感じます。レナ様、おそらくは人為的な火事かと」

「なるほど。⋯⋯でもまずは鎮火ですね。急ぎますよ!」

 

 急いで美鈴の言った場所向かうと、いつの間にか薄い霧が辺りに広がっており、さらには火の手が上がる建物が見えてくる。その燃え方は明らかに自然ではなく、炎はまるで生きているように動き、近くの建物をも燃やそうと火の手を伸ばす。

 

「燃えろ燃えろ! アインの炎は地獄の炎だい!」

 

 そしてあからさまに炎を操っている者が燃える建物の上で元気よくはしゃいでいる。

 霧の中でも見える炎のような赤い髪目を持ち、自分に燃え移らないようにか胸などを隠すだけの面積の小さな鎧を着ている。手には火がついた松明を持ち、右肩には猫の頭が三つ付いた奇妙な装飾品を飾って、大きな蛇にまたがっている。

 

「町火消と巫女を呼べ! 火事だ! 妖怪の襲撃だ!」

 

 その妖怪や燃える建物の周りには野次馬が集まり、見世物のようになっている。

 この中で私が妖怪という正体をバラして倒すのもいいが、そうすればミアに迷惑がかかる。

 

「⋯⋯雲よ集まれ」

 

 ひとまずソロモンの指輪を使って天候を操り、雨を降らす準備はできた。だが降らせば私自身の動きが鈍るし、例え炎を消せても、出火原因である妖怪をどうにかしなければ──

 

「⋯⋯奇遇ですね。二度会うことになるとは思いませんでした」

「えっ?」

「あっ、さっきの人ですよ、この方!」

 

 背後から声をかけられ振り返ると、そこには先ほど出会った褐色少女がいた。

 何故か手には花のような和菓子を持ち、美味しそうに食べている。

 

「名前を言ってませんでしたね。ヒメとお呼びください。ここでの名前です。

 ⋯⋯大変そうですね、人間達は」

「そうですね。って、気軽ですね。⋯⋯饅頭です?」

「ねりきりです。美味しいですよ。

 でも景色が悪いですね。火は好きですが、和菓子屋が燃えるのは好きではないです」

 

 と、ヒメが燃える建物を見つめていると、雨も降っていないのに炎が鎮火し始めた。

 一分も経たないうちに炎を消え、後には燃え尽きた跡だけが残る。

 

「あぁん!? なんで消えてんだ!?」

 

 それを見ていた妖怪は驚きを隠せず、原因を探るように辺りを見回し始めた。

 そして私達のところで目を止め、睨みつけるような目をする。

 

「⋯⋯やっぱお前かよ。今のはなんの魔術だァ!?」

「ボクが見られている気がするから言うけど、今のはボクじゃない」

「⋯⋯貴方は正体がバレるのは嫌いますか。分かりますよ、その気持ち。

 ですがそうも言ってられません。記憶操作は面倒ですが、人里を失うわけにはいきません」

 

 ヒメの身体が赤く光り始め、形を変え始めた。

 どんどん大きくなっていき、2mほどの巨体となる。身体より大きな翼、棘のついた尻尾を持つ、西洋でよく見る四本足の赤黒い竜へと姿を変えたのだ。

 

『人よ、敬え。妾は幻想郷の最高神、龍であるぞ』

「⋯⋯いや、いやいやいや。龍!? あ、あの⋯⋯龍です!?」

『敬えと言っているだろう。⋯⋯いや、お主はいいか。妾は同族嫌悪をしない』

 

 龍は周りで騒ぐ人間や私達などお構いなしに、敵へと向き直る。

 

「なんだァ!? 龍公の仲間かァ!?」

『悪魔と一緒にするな。人里を襲ったその罪、痛みで償え!』

 

 ヒメは翼を広げて飛び上がり、その巨体からは想像つかない速さで妖怪の背後をとる。

 振り向く暇を与えず、爪で妖怪の身体を切り裂いた。

 

「あァ⋯⋯!?」

『以水滅火だな。お前如きでは相手にならん』

「ちっ⋯⋯燃えろ燃えろ! アインの炎は⋯⋯なァ!?」

『地獄へ帰れ』

 

 炎を出そうとしているのか松明を振り回すも、炎が出る気配は一向に感じない。

 妖怪は動揺する隙をつかれて更に追撃を受け、傷を負った妖怪は地へと落ちていった。

 

『──燃えろ!』

「あァァァァ!」

 

 追い討ちと言わんばかりに落ち行く妖怪にヒメは炎のブレスを浴びせる。

 妖怪は苦しそうに悶え、大きな断末魔の叫びを上げていた。

 

「⋯⋯っ。ちょ、ちょっと! そこまでやらなくても⋯⋯!」

 

 傍観しかできなかったが、流石に一方的に攻撃していてはどっちが悪者か分からない。

 それに見たところ死者は⋯⋯。

 

『ダメだ。確かにお主が思うように死者は出ていない。

 だが幻想郷は人里あってこその世界。バランスを崩すような輩には──』

「レナお姉ちゃんの言う通りだと思う。だからお願い。そこまでにしてあげて。その妖怪もそこまでやられたら、何もできないと思う。それに⋯⋯もう何もできないから」

 

 フィオナの言葉で地に落ちた妖怪に目をやると、黒く焦げた妖怪がそこにいた。

 徐々に回復しているのか焦げ跡は消え始めているが、明らかに戦う力は残っていない。

 

『⋯⋯久しぶりに戻ると力の制限が分からんな。確かに何もできないようだ。

 ──では楽にさせてやろう』

「えっ、ちょ⋯⋯っ!」

 

 止める間もなくヒメは妖怪の下へ舞い降り、その爪で妖怪の首を切り裂いた。

 すると霧は消え、その妖怪も呆気なく砂のように散っていき、姿を消す。それを見ていた野次馬達は神を崇めるように歓声を上げ、頭を下げる。

 

『案ずるな。死んではおらん。いや、死にはせん。元の世界へ戻っただけだ』

「で、でも⋯⋯!」

『何度か会ったことがあるだろう? 霧とともに現れる悪魔を。

 あれらは死なん。殺してもその本元が消えぬ限りは⋯⋯。いかん、忘れておった』

 

 ヒメは辺りを見るように首を回すと、思いついたように口を開く。いや、口を開くとは言ってもそれから声が聞こえているわけではなく、まるで直接脳内に響いているように声は聞こえている。

 

『お主達、背に乗れ。妾の認識阻害は対象を細かく指定できんのでな』

「は、はぁ⋯⋯?」

「龍に乗れる日が来るとは思いませんでしたね! レナ様、ここは乗りましょう!

 こんな機会は一生に二度とないですよ!」

「美鈴は乗り気ですね⋯⋯。分かりました、言う通りにしましょう」

 

 ヒメの指示に従い、自分達を有耶無耶にした上でヒメの背に乗る。

 全員乗ったことを確認すると翼を広げ、空へと羽ばたく。

 

「今の状態で有耶無耶にできるの、その形の何か、までなのですよね⋯⋯」

「なら大丈夫だと思う。騒ぎにはなっているけど」

『心配するな。今から認識阻害を使うから大丈夫だ』

 

 ヒメがそう言った瞬間、先ほどまでいた場所で何かが光った。

 あれが何かは分からないが、ヒメの言葉を信じるなら認識阻害の何かだろう。

 

『だから信じろ。本当は話すつもりがなかったことをお主達に話すと言っておるのだからな』

「⋯⋯何を話すのです? あと私の心を読んでません?」

『同族の心を読むのは容易い。⋯⋯話すのはお主達に関係のあることだ。

 特にその白い子にな。まあなに。降りてからのお楽しみだ』

 

 そう言って向かう先は、紅魔館の近い霧の湖だった。

 私達の家が見えてくると、ヒメはそこへと降り立つ────




ヒメのイラストです→
【挿絵表示】

竜バージョンはいつか出すかもしれない(未定)()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話「龍姫様とのお話」

今回は説明回なので短め。
しかし割と重要だったりゲフンゲフン。

ではまあ、お暇な時にでもごゆっくりどうぞ。


 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(レミリアの書斎)

 

 人里の騒動から数十分後、竜となったヒメの背に乗って紅魔館まで戻ってきた。

 詳しい説明を話してくれると言うので、お姉さまに無理を言い、さらには頼れる人も集めてお姉さまの書斎に集まっている。フラン達は美鈴に任せ、今ここにいるのは私、フィオナ、ヒメ、お姉さま、咲夜、パチュリーの6人だけだ。

 

「⋯⋯で、人里で偶然にも龍神様と出会った、ってわけ?

 レナも物好きねぇ。いっつも変な人を連れてくるんだから」

 

 ヒメと出会った経緯を話すと、お姉さまは呆れた顔でそう言った。

 これまで誰かを連れてきたことなど、数回しかないのに言うのはどうかと思う。

 

「正しく言うと貴方達が想像する龍神様ではありません。まだ竜という動物に近いですから、(わたくし)のことは龍姫様とお呼びください」

「態度がデカいわね⋯⋯」

「態度がデカいのではなく、位が高いのです。そうですね、改めて自己紹介をしましょう。

 (わたくし)は幻想郷の最高神、龍神様の娘の龍姫です。本名は訳あって話せませんので、ヒメとお呼びください」

 

 ヒメは龍神様の娘とは思えないほど親しみやすい笑顔で話す。

 かと言って完全に気を許しているようには見えず、わざとらしい感じもする。

 

「で、龍神様の娘がわざわざ出向くなんて、何か大変なことが起きているのかしら?」

「概括するとそうですね。(わたくし)は普段こことは違う世界、異界に住んでいるのですが、異界の厄介事で忙しい龍神様の代わりにここへ来ました。(わたくし)の目的は幻想郷を脅かす邪悪なる者の捕縛、もしくは殺害です。その者の目的は分かりませんが、敵の様子から見るにそこの白い子が関わっているのでしょう」

「⋯⋯フィオナのことです? フィオナが邪悪なる者と関係あると?」

 

 確かに敵の黒幕と関係あるなら、霧の妖怪達に彼女が狙われる理由も分かる。

 しかし記憶がない今、どうして狙われるのだろうか。

 

「記憶がないことを知らない、もしくはないからこそ狙っているのでしょう。

 どちらかは敵に聞かないと分かりませんね」

「ところでレナの考えていることが分かるらしいけど、どうしてなの?」

「⋯⋯同族だから、とだけ言っておきます。詳しいことを話す気はありません。

 ですがその気になれば幻想郷の住民である貴方達の考えることも分かりますよ」

 

 ヒメはそう言うとお姉さまをじっと見つめる。

 しばらくそうしていると唐突に口を開ける。

 

「嘘をついている、と思っていましたか。それと妹の心配⋯⋯これは言わない方がいいですか」

「確かに少しは思ったけど⋯⋯何の能力? さとりのような読心?」

「いえ、ここでの(わたくし)の能力は神にだけ許されたもの、権能を行使する能力です。

 理屈や過程を飛ばし、『そうだからそうなる』といった実現可能な結果をもたらします」

「心を読むのは実現可能じゃないと思うけど?」

 

 お姉さまの真っ当な疑問にヒメは首を振る。

 私もそうだと思うのだけど、何かが違うらしい。

 

(わたくし)のはあくまでも予想に過ぎません。完全に読んでいるわけではないです。

 ですから心を読むと言っても、そう思っている気がする、程度しか分かりません」

「まあ、確かにそれくらいなら⋯⋯」

「人里で炎を消したのも同じ力です。本当に簡単なことしかできないですけど」

 

 そうだとしてもかなり便利な能力な気がする。

 実現可能がどの範囲までかは分からないが、様々なことができると思う。

 

「そうでしょうか⋯⋯? やはり貴方に褒められて悪い気はしませんね。

 同族は好きですよ。今の貴方はともかく、昔は⋯⋯いえ。喋りすぎました。本題に戻ります」

「レナったら前世でも何かしてきたの?」

「前世の記憶は薄いですが、龍神様にも動物の竜にも会ったことはないと思います」

 

 もちろん記憶が正しければ、の話だけど。

 しかしそんなファンタジーな世界に生きた記憶はない。もっと普通の⋯⋯現代的だったはずだ。

 

「ところで同族の貴方。敵の正体には気付いていますか? (わたくし)は分かりましたが」

「はぁ? それなら何故敵の目的は分からないの?」

「逆です。気付いたからこそ分かりません。で、同族の貴方はどうですか?」

「⋯⋯何となく分かりました。パチュリー、炎を扱うアインという者を知りません?」

 

 この中で一番その手の知識が多そうな者を頼ってみる。

 パチュリーは少し考える素振りを見せ、口を開く。

 

「さぁ? 聞いたことないわ」

「ではアイムではどうでしょう? さらにはその者が地獄の悪魔というのも含めて⋯⋯」

 

 フィオナと初めて出会った時、彼女は私のことを『悪魔さん』と呼んだ。そして人里の妖怪は自身のことをアインと呼ぶ以外に、自分の使う炎を地獄の炎と言っていた。

 

「それなら分かったわ。あまり詳しくはないけど⋯⋯火炎公のことよね」

「ええ、人里を襲った妖怪の言葉を信じるならその火炎公かと」

「火炎公⋯⋯? ちょっと、レナ。私達にも分かるように話なさいよ」

 

 一応は同じ悪魔だと言うのに、お姉さまは気付いていないようだった。

 だけど私も信じたくはない。それが相手だとすれば、私達だけじゃ太刀打ちできるわけがない。

 

「⋯⋯同族の貴方、その心配はないですよ。だって何体かは倒しているんですよね?

 それはおそらく、不完全な召喚により弱体化しているからだと思います」

「弱体化? た、確かにそれだと頷けます。しかし不完全なのは何故でしょうか?」

 

 ヒメに質問すると彼女は考え込むように頭を下げる。

 しばらく静寂が続き、お姉さまの我慢が限界に近づく前に彼女は顔を上げた。

 

「やはり、召喚主の方が不完全だから。もしくは⋯⋯幻想郷相手に遊んでいるのでしょう。相手が想像する人で間違いなければ、遊んでいても勝てる可能性はあります。⋯⋯性格から違うと思いますが」

「あー、もうっ! じれったいわね!? その黒幕は一体誰だと言うの?」

「我慢弱いですね、お姉さまって。まあ⋯⋯一言で言えばソロモンです。

 ソロモン七十二柱と呼ばれる悪魔達を使役したことで有名な、古代イスラエルの王様です」

 

 流石にその名前には聞き覚えがあるらしく、目を見開いていた。

 人里の妖怪、いや悪魔アイムも、最初に襲ってきた青ざめた馬に乗った老人も、ケンタロスのような者も、確証はないが彼らは全員ソロモン七十二柱の悪魔達だろう。何故霧を伴って出てくるのか分からないし、フィオナを狙う理由も不明だが、アイムのことから確実にそうだろう。

 ソロモンの指輪を使う私だが、詳しいことはミアの方がよく知っているという。

 

「⋯⋯む、昔の人間が幻想入りしたってこと?」

「それは考えられません。幻想入りするためにはまず世界から忘れ去られることが条件です。

 だから何らかの方法で直接ここへ来たのだと思います。⋯⋯フィオナ、何か分かりません?」

「ボクがここに来たのと何か繋がりがあるのかもしれないけど⋯⋯それ以上は分からない」

「敵はそれで間違いないと思います。最悪七十二柱全員が襲ってくるかもしれませんね」

 

 冗談で言っているのだろうが冗談に聞こえず、それを想像すると恐怖を感じる。

 出会った敵は皆自分の手柄にしたいと目論んでいたから倒すことができた。しかし協力されて10人がかりで襲われれば⋯⋯それは想像に難くない。

 

「冗談だから同族の貴方は気にしないでください。可能性はもちろんありますけど」

「⋯⋯話は変わるけど、どうして竜の時と口調が変わっているの?」

「藪から棒ですね」

 

 ヒメはそう言うものの、質問してくれることは満更でもないようだ。

 もしかしたら目立ちたがり屋な性格なのかもしれない。

 

「誰がですか。同族とはいえ怒りますよ。

 (わたくし)の口調が変わるのは、龍である時は他の種族に身分の違いを分からすよう言われていますから。それに龍になった時は(わたくし)の血に刻まれる幻想郷の龍としての性格が付与されます」

「⋯⋯要は自分ではない性格になるということ?」

 

 フィオナがそう思うのも分かる。竜としての性格と人としての性格は明らかに別人だった。

 傲慢だった性格はあの強力な竜からして見れば相応のものだろう。

 

「どちらも間違いなく(わたくし)です。表と裏のように考えてください」

「なるほど⋯⋯」

「⋯⋯話はこれくらいでいいでしょうか。(わたくし)も忙しい身で、数分後には元々住んでいた世界へ戻らなければなりません。ここにいれる時間は限られていますので、次に会うのは春頃でしょう。それまで生きていてくださいね、同族の貴方達」

 

 別れを惜しむような悲しい笑みを浮かべ、ヒメはそう言った。

 私にとっては会って間もない初対面に近い人だが、彼女にとってはそうでもないらしい。もしかしたら私は転生を何度も繰り返していて、そのどれかで彼女のいる世界に転生した⋯⋯なんてこともあったかもしれない。

 

 だけど今の私はそんな記憶もないし、ヒメが私達のことを⋯⋯ん? 私達?

 

「えっ、ちょっと待ってください。その貴方達って私以外にフィオナのことも──」

「お姉様! 私達を除け者にしようたってそうはいかないからね!」

 

 何の前触れもなく、扉が勢いよく開かれた。

 開けたのはフランらしく、その後ろでは遠慮気味のルナと、止められなかったことを悔やんでいるのか、申し訳なさそうに立つ美鈴がいる。

 

「って、誰その人?」

「⋯⋯先の質問にお答えしましょう。白い子も含まれていますよ。それと──」

「え? な、なに?」

 

 ヒメはフランを見つめて近付くと、どういうわけか頭を撫でた。

 その時のヒメの顔は、何故か寂しそうにも見える。

 

「──いえ、何でもありません。ただ懐かしいと思っただけです。それと理解しました。

 貴方達が何であるか。これからどうなるかも。辛い時が来ますが、諦めずに生きてください。(わたくし)は貴方達の幸せな終わりを願っています」

 

 ヒメは安心したかのように落ち着いた表情になった。

 そして何もない空間に紫のような裂け目を作り、そこへ足を踏み入れる。

 

「ああ、そうでした。幻想郷の最高神として賢者とは話をつけています。しかし黒幕を入れないように仕事を与えていますので、なかなか協力してくれないと思います。ですから何かあった時は博麗の巫女を頼ってくださいね」

「黒幕を入れないように、って⋯⋯。ちょ、ちょっとヒメ!」

 

 呼び止める声も聞かずに裂け目へと入っていく。

 明らかに全てを言わずに、ヒメは空間の裂け目とともに消えてしまった────




竜瞳鳳頸。

忘れていたオリキャラプロフィールその5
名前:ヒメ(龍姫様)、本名不詳

人時
容姿:白を基調とした着物を纏う銀髪褐色肌で赤目の少女。頭には黒い角が生えている。
一人称:(わたくし)
その他:お前、貴方(親しい者のみ)

竜時
容姿:西洋でよく見る四本足の赤黒い竜。翼は身体よりも大きい。
一人称:妾
その他:貴様、お主(親しい者のみ)

備考:竜娘、初の褐色娘、


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話「荒れ狂わぬ炎の霧」

今回も短め。まあ、それでもいい方はお暇な時にでもどうぞ。


 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(ミアの部屋)

 

 ヒメが去った翌日。私はミアを呼んで、ソロモン七十二柱に対抗するための作戦会議場として図書館に来ていた。ミアを呼んだのは私達よりもそういう話に詳しいからである。お姉さまや咲夜は例のごとく仕事で忙しく、フィオナはフランやルナとともに霧の湖に遊びに行っているらしい。そのため集まれたのは私達だけだった。フラン達のことは3人だけで大丈夫か心配ではあるが、フランに子ども扱いしないで、と言われてたので仕方なく遊びに行かせている。⋯⋯最悪場所は分かっているのだから、彼女達の場所へ急いで向かえばいいだけだし、問題はないだろう。

 

「いつ見ても大きな図書館だよねー。まあ、だから飽きないんだけど」

 

 昨日帰ってきたばかりのミアを呼んできたのだが、彼女の機嫌は良いらしい。

 稀に何か大変なことでもあったのか、機嫌が悪い時もある。

 

「ミア、今回は何処に行ってたのです?」

「んー? 京⋯⋯ううん。レナにも秘密よー」

「⋯⋯?」

 

 いつもは言ってくれるのに、今回は何故か教えてくれない。

 それにしても「京」から始まる場所なんて幻想郷にあっただろうか。

 

「それよりもさー。私に聞きたいことがあるんでしょ? 早くお話しようよ。久しぶりだよね、こうして会話するのも。ごめんね、いつも私が旅しているせいでなかなか話す機会が無くて寂しいよね。レナはシスコンだからお姉ちゃんが1人いないだけでも嫌だろうし。だからこそ私が──」

「あ、あの! 確かミアってソロモン七十二柱のこと詳しいですよね?」

 

 機嫌が良すぎて淀みなく喋るミアに気圧されそうになるも、意を決して話を切り出す。

 私の質問に顎に手を触れるような考える仕草を見せ、数秒の沈黙の後に口を開く。

 

「全員の名前を言えるのと、それぞれのできることがちょっと分かるくらいかな。

 どうしてそんなことを聞くの? もしかして私のいない間に何か大変なことでも起きた?」

「大変なことというか⋯⋯フィオナを狙う奴らがいるのですが、その狙っている奴らがソロモン七十二柱の魔神達らしいのです。おそらく、ですけど」

「⋯⋯⋯⋯。いやいや。そんなわけないじゃん。あいつら相当ヤバい奴らよ?」

 

 流石に突然言われても信じる様子はない。

 しかし私が確証に至った経緯や襲ってきた敵の特徴などを詳しく話すと、ミアは真剣に話を聞いてくれた。そして再び考え込んだ後に、何か決めたように話し出す。

 

「はぁ。やっぱり面倒事に巻き込まれやすい体質だよね、レナって。⋯⋯実を言うと知ってたんだよね。地底異変の前に私が行方不明になった時あったでしょ? あの時もある奴にあってるんだよ、私は。多分ルネが探しに行ったのと同じ奴らなんだよねぇ。魔神とか言ってたけど」

 

 衝撃の告白に、一瞬言葉を失った。

 どちらか言えば私の方が驚かせる側だったので、私が驚かせられるとは思っていなかった。というか、どうして私に言ってくれなかったのだろう。もしかしてまだ信用されていないとか⋯⋯。

 

「あー! また失礼なこと考えてる顔ー。私は心配をかけないように、って思っただけだからね? レナのことも姉妹とは認めてるし⋯⋯好きなのは好きだし」

「⋯⋯そうですか。すいません、ミア。勘違いしてました」

「ふふん、別にいいよ」

「ミアが好きなのはお姉さまだけだと思ってました。お姉さまは遊びだったのですね」

「違うよね? そうじゃないよね? というか誤解を招く言い方しないでー」

 

 ミアをからかうと、照れ隠しかポコポコと叩いてくる。

 まるで妹のようで可愛い。⋯⋯いや妹なんだけど。

 

「ゴホン。楽しそうなところで悪いけど、話してもいいかしら?」

「あ、ごめんなさい。私はいいよー」

「すいませんです。もちろんいいですよ」

 

 パチュリーに呆れられ、ミアとのじゃれ合いをやめる。

 終わったのを見ると、パチュリーは考えていたであろうことの確認を始めた。

 

「まず聞きたいことがあるんだけど⋯⋯彼らの中で最も危険な悪魔は誰かしら?」

「うーん⋯⋯基本みんな危険なのよね。だから一番、ってなると難しいなぁ。私的には王に危険な奴が多いと思うけど、フェネクスとかいう不死の奴や、戦略に長けたハルファスとかも危険だし⋯⋯。何より、弱点が不明な奴が多いのよね」

「⋯⋯対策は難しいのね。ひとまず龍姫様の話から召喚主はまだ幻想郷に来ていないみたいよ。だからまだ元凶から叩く、というのはできないわ。⋯⋯まあ、それが難しい相手だから入れないようにしているんだと思うけど」

 

 パチュリーの言う通り、紫が簡単に倒せる敵なら入れる前に対処することも可能だろう。しかしそうはしないと言うことは、紫にとっても相手しにくい、または相手にできないほど強い敵。それを私達に相手できる気はしない。

 だが弱体化しているらしい悪魔なら、私達でも何とかなるかもしれない。

 

「そう言えば霧が出るんだよね? ソロモン七十二柱の悪魔が出た時に」

「はい、統一性は無さそうですが、フィオナを襲った敵は皆霧とともに⋯⋯。あ、いえ。フィオナを狙った敵で1人だけ出てない人がいましたね。烏になる財宝好きな奴です」

「⋯⋯ラウムかな? でも最初に襲ってきた奴は多分序列50位のフルカスだろうし⋯⋯どうして霧なんかが出るんだろうね?」

 

 確かにソロモン七十二柱の悪魔が出る時に霧が出るなんて話は聞いたことがない。

 それにフィオナを狙う敵で霧が出ない奴がいることも不可解だ。

 

「悪魔が弱体化しているのに関係があるのかもしれないわね。もしくは敵の中でも何か⋯⋯」

「アハハハハ! 呼んだかしら!」

「⋯⋯誰?」

 

 何の前触れもなく幼い女性の声が聞こえた。

 そして本棚に囲まれる空間の中、私達の目の前で空中に炎が燃え盛る。それと同時に知覚することも難しいほど薄い霧──というよりは煙のような白いものが炎の周りに現れた。

 

「もう知ってるみたいだから言うわね! わたしはソロモン七十二柱の序列58位、アミー!」

 

 その炎が段々と形を変えていく。まるで人のような姿になったかと思うと、それははっきりと人となる。炎そのもののような長く赤い髪に、ところどころ燃えているようなワンピース。私より身長は高いとはいえ、身長に見合わない長槍を手に持っている。

 しかしどことなく幼く、本当にソロモン七十二柱の悪魔なのか疑うほど魔力も少ない。

 

「ふふふふ。どお? 驚いた? わたしの名前にいふを抱くでしょ!」

「ま、まあ⋯⋯確かに畏怖は抱くけど⋯⋯。何よりもまず、アミーって男じゃなかった?」

「女ですー! どこをどう見ても可愛くてきひんあふれる女性ですー!」

 

 どうやら意地っぱりらしい。

 それから小声でブツブツと文句を言っているようだ。その時、器用に槍を振り回している辺り、技量は失われてはいないようだ。

 

「ねぇねぇ。生首持ってるって聞いたことがあるんだけど?」

「そんなこわいの持つわけないじゃない!」

「⋯⋯本当にアミー?」

「アミーよ! 何ならわたしの炎を食らいなさい!」

 

 自らの炎を纏わせた槍を頭の上で回し、炎を集中し始めた。

 自分よりも大きな炎となった瞬間に槍をミアの方へ向け、炎を弾き飛ばす。

 

「炎ねぇ⋯⋯火を消すもの⋯⋯うちわ? やっぱ扇で。『炎を打ち消す扇』ね、ほりゃー!」

 

 ミアは扇のようなものを召喚し、それを勢いよく炎へ向けて振った。

 すると炎は強風に吹かれたように小さくなり、跡形も無く消えてしまった。

 

「なっ⋯⋯! なんで!? わたしの炎、普通だったらアインちゃんにも負けないのに⋯⋯」

「アイン⋯⋯アイムのこと? まあ、私はどんな炎でも消せるよ。炎以外に水とかもね」

 

 ミアの本来の能力は私と同じ『ありとあらゆるものを有耶無耶にする程度の能力』だ。しかし私が召喚魔法を得意としているように、ミアも概念付与という魔法を得意としている。私が召喚している武器も要はミアの真似事なのだ。

 

 彼女は概念──意味内容を自分で作り出したものに付与することができる。おそらく今回の場合は『火を消すことができる扇』と言ったところだろう。もちろん彼女の言うことはハッタリで、全ての炎を消せるわけではない。大火事ともなれば確実に無理だし、自分1人で可能な範囲、が限界となるのだ。

 

「うー⋯⋯! こうなったら、わたしの槍で殺られてもらうんだから!」

「私ってば狙われすぎぃ! 別にいいんだけどね。ケーリュケイオン」

 

 炎が無駄だと理解した彼女は矛先をミアに向け、考え無しに真っ直ぐと突撃する。

 相手が子どもだからといって油断しないミアは手に持つ扇を消し去り、次は杖を召喚した。

 

「パチュリー、拘束代わりの水魔法用意しといて。レナは私が失敗した時用に待機で!」

「分かったわ」

「えぇ!? せめて作戦⋯⋯って、行っちゃった。ってかパチュリーの理解早いですね」

 

 ミアは返事も待たずに飛び出し、アミー相手に真正面から受ける構えを取る。

 

「久しぶりに遊ぶけど、腕は落ちないからねッ!」

「え──っ!?」

 

 真っ直ぐ放たれた槍はいとも簡単にミアに空いている方の手で受け流されてしまう。

 

 そして受け流したと同時にもう片方の手に持つ杖を優しくアミーの頭に当てた。

 

「何を⋯⋯あ、あれ⋯⋯?」

「概念付与は睡眠。⋯⋯今の貴方くらいだったら結構眠るかかもね」

 

 アミーはまるで糸が切れてしまった人形のように地面へと落ちていく。

 地面スレスレでミアに拾われ、無事傷を負わずに回収された。

 

「アミーは⋯⋯ソロモン様の、願いを⋯⋯叶えな、いと⋯⋯ダメなのに⋯⋯」

 

 ミアが連れてきた時には、人畜無害な顔で安らかに眠っていた。

 しかしミアの方が小さいからか、妹に抱かれるお姉ちゃんに見える。

 

「いやぁー、弱くない? この娘」

「⋯⋯まだ騎士の方が強かったですよ。というか本当に弱体化されているみたいですね。特にこの娘はかなり弱まっているみたいです」

「そうね。とりあえず炎対策として水の檻に閉じ込めればいいのかしら」

「お願いね、パチュリー。⋯⋯話を聞く必要もあるだろうしね。見た目も性格も子どもだから、酷いことはしないけど」

 

 ミアと同じように私も小さい娘に酷いことをするのは気が進まない。

 フランやフィオナと同様に、彼女も守るべき対象のように見える。

 

「⋯⋯はっ! な、何が⋯⋯。あっ、わ、わたしは何も喋らないもん!」

「ふぁっ!? アミーちゃん落ち着いてー!」

 

 と、水の檻に入れる前に起きてしまった。彼女を抱いているミアはこれほど早く起きるとは思っていなかったようで少し慌てている。しかし筋力で適わないようで、ミアの拘束からも逃れられないようだ。

 

「⋯⋯まあ、少し聞きたいこともあるから最初に聞いておきましょうか。どうやって紅魔館に入ったのかしら。ここには私の張った結界が何重にもあるはずだけど?」

「それはもちろん、ウォレ⋯⋯って、言わないから! 絶対にね!」

「そう言えば泥棒関連の能力持ってそうな奴いたし、そいつが手伝ったのかもね」

 

 ミアの言葉にアミーはビクッと身体を震わせ反応する。どうやら図星らしい。

 それにしてもどうしてこんなにも幼く、弱くなっているのだろう。

 

「⋯⋯それじゃあ聞きたいことをもう一つだけ。後はゆっくり聞くことにするわ。

 貴方、どうしてここに来たの? フィオナを狙っているはずじゃないの?」

「そ、そんなの答えるわけ⋯⋯」

「早く言わないと水の檻に入れて溺死させるわよ」

「ひぃっ⋯⋯!」

 

 アミーは容赦のない声に年相応の反応を見せ、黙ることを諦めたように、怒られた子どものような小さな声で言葉を話していく。

 

「だって、ブエルの奴がオレに任せてお前は足止めしてろ、って言うんだもん⋯⋯」

「あ、足止め? も、もしかして⋯⋯」

「今頃、ブエルが捕まえてるんじゃないかな⋯⋯。で、でもわたしは悪くないからね! ソロモン様の願いを叶えるためなんだから!」

「──ミア! 少しこの娘を任せますね!」

 

 アミーの言葉に突き動かされるように、急いで移動用の魔法陣を展開する。

 

「れ、レナ!? ちょっとくらい待っ──」

 

 ミアの静止する言葉も聞かずに地面に大穴を開き、急いでそこへと落ちていく────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話「奇妙な霧と妹達の戦い」

大変お待たせしました。それと今回で一章は終わりとなります。


 side Frandre Scarlet

 

 ──霧の湖近くの森

 

 ルナとフィオナを連れて、霧の湖近くの森までやって来た。理由は何かと聞かれれば、ただ彼女達と遊びたかった。そして何より、神経を張り詰め通しているお姉様に少しは休んでほしかった。フィオナを連れ出すことで幾分か抑えれると思ったけど、本当に効果があったのかは帰ってみないと分からない。だから効果が現れるように少しでも長い間お姉様と引き離す。

 

 もちろん、自分のためじゃなくてお姉様のために。

 

「フラン、それは何?」

「⋯⋯⋯⋯」

「フラン?」

「あっ、ごめん。何か言った?」

 

 フィオナの声を聞き取れず、私はもう一度聞き返した。

 

 つい姉のことを考えていると、考え過ぎて周りの声が聞こえなくなる。考え過ぎると逆にこっちの方が気が抜けなくなる。平静を装って、気にかけられないようにしないと。誰にも、特にルナ()にはバレたくない。お姉様みたいに、心配はかけたくないから。

 

「それは何、って言ったの。意識が旅立っていたみたいだけど大丈夫?」

「大丈夫だよ。それにしても面白い言い回しするね。

 でね、これも弾幕だよ。私のはお姉様みたいに魔力と妖力の複合だけどね」

 

 最初は鬼ごっこやかくれんぼなど普通の遊びをしていたけど、いつの間にかフィオナに教える弾幕ごっこ講座になっていた。そうなったのはルナの負けが続いたことが主な原因だと思う。ルナは負け続けて拗ねてしまい、それを見たフィオナがみんな仲良くできるようにと思ったのか弾幕ごっこを教えてほしいと言った。

 

「私も使えるよ。オネー様とフランみたいに、魔法も、弾幕も!」

 

 その成果もあってかルナの機嫌は元に戻り、教えることを心から楽しんでいるみたい。

 妹の可愛い姿を見ていると、こっちまで嬉しい気持ちになってくる。

 

 こんな幸せな日々がずっと続いてほしい。けど、フィオナを狙う奴らがいる限りは⋯⋯。

 

「⋯⋯フラン、大丈夫? 魔力が揺らいでいる。緊張? それとも考え事?」

「ん、考え事だよ。気にしなくても大丈夫だよ」

 

 さとりとまで行かずとも感情を読み取るフィオナは本当に厄介だ。

 隠したいことまでも読まれそうで、少しだけ緊張する。

 

「⋯⋯フラン、フィオナ。何か感じない?」

「⋯⋯霧の湖だから霧が出ているのは当たり前。でもいつもより濃い気がする。でも変な魔力は感じない。もしかしたら魔法で遮断されているだけかもしれない」

「せっかくの休みだったのになあ。⋯⋯禁忌『レーヴァテイン』」

 

 悪態をつながらも戦いの準備を整える。

 燃え盛る剣レーヴァテインを作り出し、何も見えない霧を見据えて構える。

 

「私も⋯⋯禁忌『稲妻の剣(カラドボルグ)』!」

 

 ルナも私を真似してか私のレーヴァテインと対になる剣、稲妻の剣(カラドボルグ)を作り出す。

 ルナの剣は私のと同じく、とても剣とは呼べない形状をしていて、炎の代わりに雷を纏っている。それ以外は全くと言っていいほど私の武器とほとんど同じ性能を持っているとか。まあ、私の双子のような娘だし、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

 

「炎と雷⋯⋯? 炎と氷じゃなくて?」

「ごめんね、ちょっと分からないかなあ。⋯⋯って、のんびり雑談なんてできないからね?

 敵が来るかもしれないんだよ。早く警戒を⋯⋯」

「なんや? オレのダチ倒した、って言うから来てみたら⋯⋯まだ子どもやんけ。

 アイツら、なんで負けたんや?」

 

 偶然にも私が警戒していた方向からそれはやって来た。

 宙に浮き、大きくて凶暴そうな動物の頭にそこから毛の付いた動物の足が5本生えている。まさに妖怪といった姿で、気味の悪い奴だ。

 本当にどうして綺麗だったり、可愛い姿じゃないんだろう。

 

「⋯⋯誰?」

「は? ⋯⋯ホンマに記憶なくなってるんか。こら手間省けるわ」

 

 敵の魔力が高まると同時に霧が殺意を伴って濃くなっていく。

 それが私達を包み込むと、敵の気配が、魔力すらも曖昧になる。

 

「霧が私達の感知能力を鈍らせているらしい。目の前にいるはずの彼の魔力も分からない」

「せやろ? これは召喚主が模したモノらしいで。詳しくは知らんけど」

「⋯⋯()も見えない。なら、近付いて斬る!」

「え? ルナ、待っ──」

 

 私の静止する声も聞かずに、ルナが殺られる前に殺れと言わんばかりに突撃する。

 

「切り裂け、カラドボルグ!」

 

 敵にある程度近付くと、ルナはカラドボルグの力を使った。

 

 その力とは、お姉様曰く名前の元にした神話でもある力で、瞬時に剣のリーチが伸びるというもの。敵の不意をつくことができ、さらには斬れ味も抜群だから山でも斬れるとか。もちろんルナが言っているだけで、本当に試したことは一度もないけど。

 

「遅いわ! もっとはよ攻撃せな当たるか!」

 

 しかし掠りもせずに雷に刀身だけが伸びていった。

 

「お返しや、貰って逝き!」

 

 敵はその隙を逃さず、避けたと同時に槍のような鋭い弾幕を放つ。

 

「あ──ぶっ!?」

 

 それはルナの顔の真横を通過し、彼女の頬に鋭い傷を付けた。

 いくら治癒力が高いとは言え恐怖を感じたらしく、すぐさま私達の近くまで戻ってきた。

 

「だから待って、って言ったじゃない。もう1人で行かないでよ。心配なんだから」

「うー⋯⋯分かった。次は大丈夫」

 

 落胆して顔を俯かせていたが、一秒足らずで気を取り直したルナは再び剣を握りしめる。

 ルナを守るように少し前に出て、私も自身の剣を構え直した。

 

「フィオナ、強化魔法とかできない?」

「風を纏わせたり、土で装甲を作って身を守る程度なら可能。でも正当な強化魔法は知らない。まだそういう魔法を見たことがないのもあるけど、研究してないから」

「おーけー。じゃあ私とルナに風を纏わせて、貴女は結界とかで自分の身を守ってて。

 こいつは、私とルナでやっつける。だからフィオナは自分の身を優先してね」

 

 フィオナが「うん」と返事すると、間を置かずに暖かな風を感じた。

 それは霧を阻むような壁として視ることができている。

 

「フハッ、アハハハハ!」

 

 私達のやり取りを手を出さずに聞いていた敵は、奇妙にも突然笑い声をあげた。

 馬鹿にされている気がしてちょっと怒りそう。

 

「オマエらホンマにおもろいなあ! ええで。そういうの好きやから冥土ノ土産にオレの名前教えたるわ。オレはソロモン七十二柱の序列10位。大総裁のブエルや!」

 

 敵⋯⋯ブエルは自分以外を見下すように声高に宣言していた。

 

 やはりこういった敵には、身の程をわきまえてもらわないと。

 

「やっぱり知らない妖怪⋯⋯あっ、悪魔さんだった?」

「⋯⋯ホンマに忘れてんやなあ。それすら知らん奴もダチにはおるけど、やっぱオレは悲しいわ」

「悪魔、覚悟しなよ。⋯⋯お姉様の友だちは私の友だち。だから手出しはさせない。

 それが本人が嫌で、無理矢理なら尚更ね」

「ほー、そっか。やっぱ何も⋯⋯まあええわ。結局は死んで終わりやからなあ!」

 

 ブエルの周囲に弾幕のような魔力弾が広がる。

 それはすぐには動かず、私達が向かってくるのを待っているみたいだった。

 

「さあ来てみ! オマエらがオレを倒せるかな!?」

「⋯⋯ルナ、一緒に行こう。私が先行して囮になるから。最後は決めて」

「分かった。でも──伸びて!」

 

 最初にルナが仕掛ける。カラドボルグはブエルの方向へ真っ直ぐと突き進む。しかし不意打ちにすらならないそれは容易く避けられ、それに反応してかブエルの弾幕はルナへと向かっていく。

 

 ──(ルナ)は私が守る!

 

「レーヴァ⋯⋯テイン!」

 

 ルナの前に出て剣を振り回し、ブエルの弾幕を切り裂いてかき消す。

 そのままブエルと突進し、力強く剣を斬りつけた──

 

「無理や、って」

「ちっ⋯⋯!」

 

 が、5本ある内の1本の足に受け止められた。

 その足は異様に硬く、まるで同じ剣で止められたみたいだった。

 

 やっぱり口だけじゃなく、意外と強い⋯⋯。

 

「⋯⋯無理って、決めつけないで!」

 

 剣を引き、振り上げ、全ての力を加えて振り下ろ──

 

「遅いわ!」

 

 ──すことができずに、腹部に鈍い痛みが走り、私の中で鈍い音がした。

 その勢いのまま飛ばされたらしく、何かにぶつかったのか背中にも大きな痛みを感じた。どうやら足で蹴り飛ばされた挙句、木にぶつかって落ちたらしい。幸い風の防壁により木に当たった衝撃は少なかったが、最初の一撃で骨でも折れたのか、腹部が凄く痛い。

 

「あっ⋯⋯い、ったいなぁ、もう⋯⋯!」

 

 だけどそれで諦める私じゃない。ルナとフィオナのためにも、本気で倒す。

 

 そう心に誓い、急いで剣を構え直した。だけど視界はブレ、腹や背中が凄く痛む。それでも無理矢理にでも立とうと、剣を杖がわりに立ち上がると、目の前にはルナが立っていた。

 

「フランに、触れるな!」

 

 ルナは迫り来る弾幕を弾き返し、切り裂き、私を守っていた。

 

 姉は、私の方だと言うのに。お姉様みたいに、守るのは私の方だと言うのに。

 

「フラン、大丈夫!?」

「⋯⋯うん、大丈夫。骨が折れたかもしれないけど、もう痛くないから大丈夫。

 あいつの足硬すぎ。まるで鋼みたいだった」

「⋯⋯それ大丈夫じゃないよね。やっぱり囮はダメ。一緒に殺そう」

 

 さらっと物騒なことを言ってるけど、誰に似たんだろ。

 でも⋯⋯私のためと言ってくれるのは嫌いじゃない。

 

 密かにそう考えながらも守ってくれるルナの後ろで武器を構え、体勢を立て直す。

 

「⋯⋯ま、殺す殺さないは置いといて、久しぶりに一緒にアソボっか」

「うん、そうだね。お姉様以来だね。⋯⋯うっ、思い出したらなんだか嫌に⋯⋯」

「なんや? まだおもろいことできんか?」

 

 ゲラゲラと笑いながら煽ってくるブエルを他所に、剣の切っ先を悪魔に向ける。

 ルナも迫り来る弾幕を斬り終えると私の真似をした。

 

「面白いことはしないよ。だから⋯⋯さっさと倒れてね」

 

 

 私の言葉を合図に全員が動き出した。

 

「魔理沙の必殺⋯⋯恋弾『スカーレットスパーク』!」

 

 ルナの剣から魔理沙の『マスタースパーク』に似た紅い極太ビームが星を伴って発射された。

 これは以前フィオナやお姉様と一緒に魔理沙の家に行った時に覚えた技で、一応私も使えることには使える。だけどパワー調整が難しく辺りの被害を一切考慮しないため、通常では使えない禁忌の技だ。

 

「これは⋯⋯おもろいなあ! ええで! 強いヤツは好きやわ!

 けどなあ! オレも負けらへんに決まっとるやろ!」

 

 ブエルは即座に口の前で魔力のようなものを集め、一気に放出する。

 エネルギーの塊は互いにぶつかり合い、煙を伴って爆発する。

 

「フラン、今!」

 

 ルナの掛け声に、私はブエルの背後で飛び上がった。

 

 もちろん、何も言わなくても伝わっているのは双子のように考えていることが似ているから。

 それに妹のことくらい、私が姉なんだから──

 

「──分かってる、って!」

 

 剣を振り下ろそうとブエルを見据えた途端、視界の端に何かが映った。

 それがブエルの足で、私に向かってきているなんてことは、嫌でも理解できた。

 

「また無理やったなあ」

 

 見下すように小さな声が聞こえ、風を切る音が近くまで聞こえてくる。

 

 ──ああ、これは間に合わないか。

 

 そう思った刹那、風を感じなくなった。

 

「な、なんや⋯⋯!?」

「⋯⋯アルスター十八盾の六。勝利、コスクラハ!」

 

 気付くと、私に迫ってきていた足は宙に浮く盾で受け止められていた。

 その盾の主とはもちろんフィオナで、遠い場所から召喚したみたいだった。

 

「フラン、早く!」

「うん──燃えて切れろ。レーヴァテイン!」

 

 一刀両断。ブエルの頭という名の身体はそのままの意味で真っ二つに切れた。

 足の硬さと比べ物にならないくらい、その頭は脆かった。

 

 ブエルの身体は地に落ち、足は微動だにしなくなった。

 しかし口と目だけは、活発に動いている。

 

「はぁ⋯⋯。なんや終いか。早かったなあ⋯⋯。やっぱり不完全な召喚は割に合わんわ」

「⋯⋯まだ生きてるんだ」

「そら悪魔やからな。ホンマは頭切れたくらいで死なんけど、今回はこれで終わりやで。

 はぁ⋯⋯頭ももうちょっとだけ硬くしてもらうんやったわ」

 

 そう嘆きながら、だけど後悔している様子は見せずに塵となって消えていく。

 彼が完全に消え去ると、周りにあった霧も元の状態へと戻っていった。

 

「⋯⋯ふぅ、疲れたー! あっ、フィオナ。さっきはありがとうね」

「いいえ。フランが無事でよかった」

「フラン、フィオナ、ルナ! 大丈夫ですか!?」

 

 と、安堵しているとお姉様が慌てた様子で飛んできた。

 

 今頃来るとか遅すぎ。なんて思ったけど、心配してくれてるみたいで嬉しい。

 

「おっそい! もう敵は倒しちゃったよ! だから大丈夫、何も問題は──」

「って、フラン! 服が所々擦れたり破けてます! け、怪我は⋯⋯」

「だから大丈夫だって。ほら、この通り何ともないから」

 

 そう言って飛び跳ねたり腕を回して見せ、無事なことを確認させる。

 

 お姉様は本当に心配症過ぎる。もう少し余裕を持って⋯⋯。

 

「本当、みたいですね。⋯⋯よかった⋯⋯。ごめんなさい、貴方達だけにしてしまって。

 もう貴方達に危険な目に遭わせませんから⋯⋯」

 

 お姉様は涙目になりながらも、優しく包み込むように抱きしめてくれた。

 とっても暖かい。それに心配症な姉が情けないと思う反面、なんだか嬉しい。

 

「むぅ、またフランだけ⋯⋯」

「はい、もちろんルナもします」

「え? あ、ありがと⋯⋯」

 

 私から離れると、次はルナにも同じように抱きしめていた。

 無事を祝うように、心から喜ぶように。

 

 やっぱり、優しい姉でよかったと思える。私達のために泣いて、喜んでくれる人でよかった。

 

「⋯⋯あ、フィオナもします?」

「いいえ、後ででいいよ。まずは家に帰りたい。早く安全な場所でゆっくりしたい」

「わ、分かりました。では皆さん、すぐに抜け穴を作りますので、しばらくお待ちを⋯⋯」

 

 フィオナに今は拒否され、悲しそうに帰る準備を進める姉の背中を見て、少し面白く感じた。

 それにしてもブエルとかいう奴は、フィオナの何を知っていたんだろう。

 

 この時の私は、あまり気にもとめなかった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(ミアの部屋)

 

 フラン達を連れ帰ってから十数分後。

 フィオナを狙ってきたアミーという悪魔が捕まっているらしいミアの部屋へやって来た。

 ミアの部屋は他の部屋よりも飾りが多い。明らかに外の世界の物やどこから持ってきたのか全く分からない物まである。この部屋だけ世界が違うと思わせるほど異質なのだ。逆に私の部屋は何もなく、質素過ぎるのだが。

 

 しかしどうしてミアは自分の部屋に連れて行ったのだろう。確かに紅魔館に牢屋なんてないが、わざわざ自分の部屋に連れて行く必要はなかったはずだ。それにパチュリーによると、ミアはもっと簡単でアミー自身も嫌がらないという拘束があるからと、水の拘束も解いているらしい。

 

 疑問に感じながらもミアの部屋に到着すると、すぐにその扉を開けた。

 

「ミアさん、これはどうやって使うもの?」

「これは投げて使う物だよ。で、投げたら持ち主の場所に返ってくるようになっているんだー。

 って、レナいつの間に? ちゃんとノックしてよねー」

「あっ、すいません」

 

 そこには団欒とした和やかな空気が流れていた。

 先ほどまで殺そうとしていたり、戦っていたとは思えない。それに些か懐きすぎな気もする。

 

「⋯⋯って、今はどういう状況です?」

「見ての通り、遊びに付き合ってるんだよー」

 

 アミーの相手をしながらも、ミアはいつもの調子で話す。

 まるで緊張感がなく、アミーには目立った拘束具が付いていないように見える。

 

「⋯⋯拘束具は見たところ付けていないようですが、大丈夫なのです?」

「大丈夫。ちょっとアミーちゃんごめんね。ほらこれ、見て」

「⋯⋯イヤリング?」

 

 アミーの耳には金色のイヤリングのような物が付いていた。

 わざわざ見せるということは何かあるのだろうし、何より微かな魔力を感じる。おそらくは魔法アイテム的な何かだろう。

 

「ピアスね。制約のピアス。ちなみに穴を空けなくても付けれるノンホールピアスだよ。

 これを付けていると私達に危害を加えることができず、またこれを外すことはできない」

「アミーはそれでもよかったのです?」

「み、水の檻かこっちか選べって言われて、楽な方にしたとかそういうのじゃないからね!」

「⋯⋯この娘、本当にソロモン七十二柱の1柱ですよね?」

「そ、そうよ! わたしはアミー。さいきょうのソロモン七十二柱の1人なんだから!」

 

 あまりにも幼くて弱く、脆そうに見える少女はソロモン七十二柱には見えない。

 本当に彼女があのアミーなのだろうか。

 

「ではソロモンが何故フィオナを狙うか教えていただけます?」

「⋯⋯知らないもん。ソロモン様、何も教えてくれないから⋯⋯。でも、ソロモン様が君ならできる、って言ってくれたから頑張ったの!」

「いやそれ素直に言ったらダメなやつだと思いますけど」

「言わせたのはあなたなのに⋯⋯」

「ちょっとレナぁ?」

 

 落ち込むアミーを見たミアに睨みつけられる。

 半分本気じゃないだろうけど、わざわざそんな目で見なくても。

 

「もう⋯⋯。ごめんなさい、アミー」

「う、ううん! 謝ってくれるだけでいいよ!」

「あ、はい。⋯⋯ソロモンについて何か教えてくれません?

 私達、全くと言っていいほど何も知りませんから」

 

 そう聞くとアミーは顔を俯かせ、静かになる。

 しばらくの間そうしているかと思えば、意を決して言葉を発する。

 

「何も教えなたくない。ソロモン様はわたしの召喚主だから。

 だからぜったいに裏切らないもん。⋯⋯でも、ソロモン様に召喚されなかった子もいるの。みんな、一緒の方が楽しいのに⋯⋯」

「召喚されなかった子⋯⋯? 拒否したとかでしょうか?」

「分かんない。でもわたしは不完全な召喚だということは分かったよ。だから全員召喚することは難しいとか⋯⋯。あっ、ソロモン様は誰にも負けないけどね!」

 

 何も教えないと言っている割には、意外と色々教えてくれる。

 やっぱりこの娘、チョロ⋯⋯いや、そんなことを思っていたらミアに怒られるか。

 

「⋯⋯それと」

「あ、まだ何かありました?」

「うん。ソロモン様が『そろそろ春だね。頃合いかもしれない』って」

「春? 確かにそろそろ春ですけど⋯⋯」

 

 春に何かあるのだろうか。そう言えばまだ召喚主──ソロモンは入ってきていないらしい。

 もしや春頃には入れる、ということか。もしくは諦める⋯⋯なんてことはないか。

 

「⋯⋯春といえば、宴会にフィオナを連れて行くんでしょ?」

「え、ええ。もちろん連れて行きますよ」

「ふーん⋯⋯気を付けなよ、宴会の時もね。私もこの娘を1人にできないからしばらくは放浪止めてここに居るし、宴会も一緒に行くけどさ。どうせずっと守るつもりなんでしょ? なら元凶を叩かないと平穏は訪れないよ」

「そ、それはそうですけど⋯⋯」

 

 珍しいミアの真顔に圧倒され、上手く言葉を発せない。

 そんなことは分かっていても、私に守る以外、どうすればいいと⋯⋯。

 

「何かあったら遠慮なく頼っていいから、平穏を手に入れるために頑張ろうね。

 まあ、今はゆっくりフィオナやフラン、ルナ達と遊んでなよ。⋯⋯平和なうちにね」

 

 どこか遠くを見つめるミアの目は、なんだか悲しそうに見えた。

 だけど今の私は何も分からず、ただ言われるがままにフラン達の場所へと戻った────




次回から2章の始まりです。
ちなみに募集で頂いたオリキャラ達は次章から登場します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編
コラボ前編「夢現、紡ぐは過去から」


今回は『古明地さとりは覚り妖怪である』の鹿尾菜さんとコラボさせていただきました( ´ ▽ ` )
ちなみに書き方の違いはそれぞれの書き方なので、気にはしないようにお願いします()

それとどちらの本編とは関わりのない番外編です。気を楽にして、こういう一面もあるんだなあ、とお読みください。


 side Renata Scarlet

 

 ──霧の湖近くの森

 

 地底の異変から数ヶ月。平穏とは言い難いが平和は訪れた。私達を⋯⋯特にお姉さまを恨む者は無事捕まり、幻想郷の転覆を狙う奴もいなくなり、これから先は平和な日々が一生続くことだろう。もう何も、因縁はないのだから。

 

 それからと言うもの、身近な場所で争いは起きず、悠々とした静かな生活が続いていた。そのせいか、姉は今までサボっていた当主の仕事に手を出し始め、妹達は自由に遊ぶようになっていた。もちろん普段と変わらず本を読み漁ったり、門前で寝ている人もいるのだが。それはそれで幸せな日々が続いている証拠だろう。

 

「⋯⋯暇ですねー」

 

 だけど私は退屈していた。いや、だからこそ退屈していたのかもしれない。

 体を動かせずに退屈していたり、吸血鬼という種族の性質故に争いを好んでいるからではない。逆に私は平穏や静かな生活の方が好きだと思う。

 ただ最近忙しそうで相手にしてくれない姉妹と遊べなくてつまらないだけだ。魔法の練習や研究ができない訳ではないが、それも飽きてしまった。でもこれは一時の飽きだろうし、何も問題はない。

 それよりも問題なのは、長く生き過ぎたために本当に退屈で死ぬんじゃないか、という思いが大きいことだ。お姉さまに言ったらバカらしいと笑われるだろうし、自分でもバカらしいと思う。

 

「やっぱり⋯⋯こういう時は誰かさんみたいに放浪するのもいいですね」

 

 というわけでだ。そんな憂鬱な気分を発散させるためにあてもなく一人歩きしていた。

 本当に意味なんてない。誰の影響か、孤独に旅することも楽しいと感じている。もしかしたら誰の影響もなく、元から私自身、そういう癖があった可能性もあるが。

 

「あれ、人? ⋯⋯さとり?」

 

 そんな時、霧の湖近くで倒れるさとりを見つけた。

 いつものさとりと違い、服装がフリルが付いたあの服ではなく和服のようだったり、髪が長かったりと様子が違い過ぎるが、紛れもなくあれはさとりだ。内向的な私の数少ない友だちなのだから、間違う道理は絶対にない。

 

 と、考え事で頭がいっぱいだった私は我に返って、慌てて彼女に近寄った。

 

「って、え!? ど、どうして⋯⋯寝てる? さ、さとり? 大丈夫です? い、生きてますよね?」

「う…ん……返事がないただの屍のようだ」

「あ、良かった。生きて⋯⋯る? ⋯⋯か、回復魔法とか使った方がいいです? ⋯⋯下手ですけど」

 

 いつもと反応が違うが、さとりの声で間違いない。

 それにしてもどうしたのだろう。やっぱり怪我でもしているとか⋯⋯?

 

「あ…いえ、大丈夫です…外傷はないですから」

 

 さとりは体を起こしながらそう言った。

 良かった、とひとまず安堵するも、素朴な疑問が浮かび上がる。

 

「そ、そうですか。でもさとりはどうしてこんな場所で⋯⋯寝ていたのです?」

「えっと……まず一つ聞きたいのですがあなたは一体誰でしょうか?私のことを知っているようですけれど…初対面ですよね?」

 

 不思議そうな顔を見せるさとりに、戸惑いと悲しみの感情が湧き出る。

 記憶喪失的な何かで私のことを忘れてしまったのでは、と思ったのだ。

 

「え⋯⋯? レナですよ? レナータ・スカーレット。

 何度か会ったり、家にお邪魔させてもらったりしましたよね? ⋯⋯というか古明地さとりで合ってますよね?」

「レナータ……該当しませんね。私の記憶は正常だと認識していますけれど…もしかして記憶喪失の一種でしょうか?でもピンポイントで忘れることなんて……ってスカーレット?」

「はい、スカーレット。私は紅魔館の現当主、レミリア・スカーレットの妹、レナです。⋯⋯もしかしてそれも忘れてしまったとか?」

 

 さとりの反応した姿を見て、もしやと思い話してみる。

 これをきっかけに私のことを思い出してくれれば、とも思ったがどうやら何かが違うらしい。

 

「あれ?レミリアの妹ってフランだけじゃなかったのですか?あれ…まず紅魔館って幻想郷入りしてましたっけ?」

「いえ、私含めてフランだけではありませんよ。

 紅魔館は数年ほど前に幻想入りしてます。外の世界の年で言うと、入ってきたのは2000年辺りでしたっけ。まあ、それはともかく割と最近入ってきましたね」

 

 丁寧に説明していくも、不思議そうな顔のままだ。

 やはり私の知っているさとりとどこか様子が違う気がする。⋯⋯数分前まで見栄を張って間違う道理はないとは言ったが、間違えているかもという不安が大きくなっていった。

 

「……へ?あの…もしかして…私って死んでるんじゃないの?」

「⋯⋯」

 

 いつもフラン達にやるような調子でさとりの肌に触れ、実体があるかを確認する。

 やっぱり幽霊とかそういう類ではないようだ。

 

「実体はあるみたいですから大丈夫です、問題ありません」

「ふぇ…あ…ありがとうございます。あの…少しいいですか? 古明地さとりって普段フリルのついた感じの服着て地霊殿に引きこもってませんか?」

 

 もしかして自分のことも忘れてしまったとか⋯⋯?

 

 その質問を受け、そんなことを考えながらもしっかり説明しようとゆっくりと考えて言った。

 

「引きこもっているかいないかで言えば、かなり引きこもっていますね。おそらくはこの100年の間で、外に出たのは私の家に遊びに来た時のみ。⋯⋯それも実際に歩いたり飛んで来たわけじゃないから⋯⋯って、どうしてそんなことを?」

「ああ…いえ…記憶喪失だったら良かったのにと思ったのですがそれよりもっとひどい事態だったようです」

「え、えーっと⋯⋯。要するに、どういうことです?」

 

 落胆した様子を見て、何のことかと頭を悩ます。

 どういうことか、この時の私は全く気付くことができなかったのだ。

 

「多分……私は古明地さとりであっても古明地さとりではない…いえ、あなたにとってみれば同一人物ですけれど全く別の人物でもある。いわば全く別の古明地さとりのようです」

「⋯⋯え、並行世界とか、そのような類の⋯⋯えぇ!? さ、さとり⋯⋯いえ、さとりさんが⋯⋯?」

「にわかには信じ難いですが……多分」

 

 本当に信じられない出来事だが、確かによく考えれば違うところが多い。

 嘘のような話だが、私自身異世界転生した訳だし、嘘でもないように思う。

 

「そうですか⋯⋯。これも何かの異変でしょうか? いえ、明らかに異変ではありますけど」

「あ…一応こっちでも異変ってあるんですね……」

 

 ホッとした様子を見るに、さとりさんの世界はこことそう変わらない世界なのだろう。

 その世界でもさとりという人物がいるのだから、そうそう大きな変化はないと思うが。

 

「ありますよ。最近も地底の異変とか⋯⋯。って、これが異変だとして、誰かの仕業によるものなのでしょうか? さとりさんは心当たりとかあります?」

「えー…いや分かるはずないじゃないですか。そもそも私はまだ結界で閉じられる前の幻想郷にいたんですから」

「ですよねー⋯⋯。

 というかかなり昔から転移⋯⋯いえタイムスリップ? とにかく凄い異変ですね。咲夜でも時間の跳躍とかできないのに⋯⋯。

 あっと、立って話すのもなんですし、私の家に来ます? 行くあてが無ければですけど⋯⋯」

 

 全く以て不思議なさとりさんだが、放っておくわけにもいかない。

 というか私が見つけたのだから、見つけた責任を取らないといけない気がする。

 

「ええ、そうしましょうか。それにしても…お人好しですね…私がもし嘘を言っていたらどうするつもりだったんですか」

「嘘を言っていたとしても、困っている人を放ってはおけませんから。それに過去の人や別世界の人だとしても、さとりさんはさとりと似ていますし⋯⋯尚更放っておけません」

「やっぱりお人好しですね……まあそういうの嫌いじゃないです」

 

 私の知っているさとりよりも無表情キャラな人だけど、善意で言ってくれていることは何となく分かる。こっちのさとりさんとは初対面なわけだが、私の知っているさとりと根は変わらないと思うから。

 

 それにしても少しややこしい気がする。まあ大丈夫か。

 

「そ、そうなのですか。⋯⋯まあ、ここにいて妖怪におそわれても嫌ですし、早く家に行きましょうか」

「そうですね…」

 

 

 

 少女移動中

 

 

 

「着きましたね。

 あ、初めて見るかもしれませんので紹介しますね。この気味悪いくらいに真っ赤な建物が紅魔館です。それとあの門の前で立って寝ているのは、一応門番の美鈴です」

「やっぱり真っ赤ですね。それに門番も寝てますね」

 

 少し引っかかる言い方をしているが、もしかして私と同じ転生者だったりして。

 なんて密かに思いながらも原作キャラだしそれはない、と自分で自分を否定する。

 

 

「そう言えば私の素性どうしましょうか……異世界から来たって言っても信じてもらえるかどうか」

「まあ言っても冗談だと思うかもしれませんが⋯⋯私自身、元は⋯⋯いえ。きっと信じてくれると思いますよ。特にお姉さまは優しい人ですから」

 

 私のことも転生者だと信じ、受け入れてくれたお姉さまなら、きっとさとりさんのことも受け入れてくれるだろう。それに転生者だからといって無下にするお姉さまなら、私が好きになっていない。

 

「あなた自身……どうしたのですか?」

「それこそ信じてくれないかもしれませんが、私は転生者なんです。この世界がゲームとして存在する世界から。⋯⋯あ、もちろん信じなくても大丈夫ですよ」

 

 何故か話した方がいい気がし、自分のことを話す。

 本来は隠した方がいいかもしれないが、別に損するようなことはないから大丈夫だろう。

 

「なるほど……じゃあ、バルス!」

「目が目がぁぁぁぁ!

 って、え? えっ!?」

 

 不意の言葉に思わず反応してしまった。

 そして我に返り、その言葉の意味に気付いた私は言葉が出なかった。

 

「なるほど……知識は残っているのですね。あ、私がどうして知っているかは…禁則事項です」

 

 さとりさんはかなり悪い顔⋯⋯もとい意味有り気な含み笑いをする。

 私の予想は当たっていたのだろうが、問いただす気にはなれなかった。⋯⋯顔が少し怖くて。

 

「あ、はい。では深くは聞かないようにします。

 前世の記憶はあまりないですけどね。この世界の記憶も地底異変より先のことはほとんど消えてますし⋯⋯」

「地底異変というとお空が暴走するやつですよね。まあ、それは置いておいて……屋敷に入りましょうか」

 

 さとりに促されるまま家へと入る。

 私の家なのに客であるさとりさんに言われてるなんて、恥ずかしい気持ちがある。

 

「ですね。⋯⋯ただいま。

 さて、談話室にでも行きましょうか。それとも一応お姉さまと会っておきます? 多分さとりだと思って接すると思いますが」

「家長に挨拶くらいはしましょう……さてなんと言い訳をしましょうか。最悪武力行使も考えなければ」

「ふぁい!?ほ、本当にやめてくださいね、お願いしますから⋯⋯」

 

 物騒にも刀をちらつかせるさとりさんを見て、慌てて止める。

 本当にやりそうな気がして、彼女に恐怖を感じる。⋯⋯まあ、流石に冗談だと思うけど。

 

 そうして考えながらも、お姉さまの部屋へと向かっていく。

 

 

 

 少女移動中

 

 

 

「お姉さま、入りますよ」

「ええ、いいわよ。⋯⋯あら、さとりじゃない。どうかしたの?」

 

 部屋をノックし、部屋へ入るとそこには悠々と椅子に座るお姉さまの姿があった。

 いつも通りの姿だが、カッコつけているようにも見える。

 

「あ…どうもです。ちょっと色々ありまして尋ねみたのですけど少しお邪魔させていただけませんか?少なくとも数日……だめって言ったら斬るんで」

 

 そして相変わらずさとりさんは無表情で怖い。

 その言動も怖いが、何より顔が怖い。お姉さまもいつもと違うさとりさんに混乱しているようだった。

 

「そ、それは別に構わないけれど⋯⋯あ、貴女さとりよね?」

「お姉さま⋯⋯」

 

 あまりにも知っている彼女と違い過ぎたのか、声が震えている。

 それにしても可愛いお姉さまである。

 

「ええ、さとりですよ?眼は隠してますから心は見えませんけど」

 

 さとりはそう言ってフードを脱ぎ、素顔を見せる。

 いつものさとりよりも髪が長いさとりさんを見て、お姉さまは不思議そうな顔を見せた。

 

「⋯⋯髪伸びたわね。まあいいわ、好きにしてくれて。

 レナが連れてきたのなら、大丈夫でしょ。⋯⋯誰かを連れてくるなんてなかなか無いけれど」

「多分誰かを連れてきたことなんて無いですけどね」

 

 そう考えると私って友達が少な過ぎる気がする。

 友達を家に連れてこない妹なんて、やっぱり心配されるだろうか⋯⋯。

 

「では、これにて失礼しますね」

「ちょ、ちょっと。開けないでよ? 太陽とか本当に苦手なんだから。当たらなければどうということないけれど」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 と、窓に近付いていくさとりさんをお姉さまが引き止める。

 私は外から帰ってきてそのままだからフードつきロングマントがあるので問題ない。

 

「え……退室するだけですけど」

「ちゃんと扉から出なさい。

 レナ、貴女の客人なんだから最後まで面倒見てなさいよ」

 

 お姉さまの言葉に頷き、外へ向かいながらも答えを出す。

 

「最初からそのつもりですけどね。

 ではさとりさん。異変解決、行きます? 心当たりが一つだけありますよ」

「......心当たりですか、分かりました」

「では白玉楼へ向かいましょう。

 この手の異変の黒幕そうな胡散臭い⋯⋯いえ、賢者の妖怪の友人がいますからね、ええ」

 

 外へ出て、歩きながら話を再開する。

 白玉楼には苦手な人もいるが、一番黒幕らしい者が居そうな場所でもある。

 

「なるほど……紫の友人なら知らなそうで知っていそうですね。あ、そう言えばあなたの能力ってなんなのですか?」

「ありとあらゆるものを有耶無耶にする程度の能力ですよ。私が触れたものの存在を有耶無耶にします。

 まあ、使える機会は限られてますので、主に使うものは召喚などの魔法です。ほら、魔法少女ってカッコよくないです?」

 

 さとりさんの問いに自分の思っていることをそのまま伝えた。

 でも本当は魔法少女に憧れているというか、フランに憧れている。彼女は原作でも魔法少女らしく、彼女に憧れたからこそ魔法が好きになったのだと思う。

 

「それって境界も意識と無意識の境も結界も有耶無耶に出来そうですね。それにしても魔法少女ですか……結末が残酷なことになる確定…」

「そこまで試したことはありませんが、私の能力は有耶無耶にしても有るものと無いものは変えれないので、難しいかもしれません。

 魔法少女でわがままなら願いを叶えやすいと聞いたので、きっと大丈夫ですよ」

「難しい能力ですね。そう言えば魔法少女で思い出したのですけど……僕と契約して魔法少女になってよ」

 

 そう言って私の肩に手を置き、その無表情な顔を近付けてきた。

 無表情で迫ってくるというのはホラーのようで普通に怖い。

 

「魔法少女(自由な)ならいいですよ。

 というかその白い生物だったりステッキだったり、その手にはろくな方がいません⋯⋯」

「うーん……まあいいです。それで、白玉楼まで後どのくらいですか」

「ぶっちゃけ転移系統の魔法があるので地面とかあれば一種で行けますよ。冥界は異世界みたいなものですが、結界が緩いせいか行けるようですので」

 

 さとりに言われるまで忘れていたが、私には転移系魔法があるのだった。

 それを話すと無表情でも呆れといったものが伝わってくる。

 

「それ……移動中に言います?なんかここまで移動した気力が一気に反動でくるのですけど」

「ほ、ほら、空を飛ぶのって気持ちいい風を感じれてイイジャナイデスカ」

 

 話していると怖くなり、つい視線を逸らしてしまう。

 自分でも悪い癖だと思うが、こればっかりは仕方ないと思う。

 

 ──だって怖いんだもん。

 

「あまりしたくないのですが……想起してもいいですよね、ってかさせなさい。色々見てあげますから」

「ヤメテクダサイ」

「冗談ですよ。それにこうしてのんびり景色を見るのも良いですからね」

「⋯⋯今の幻想郷と昔の幻想郷って、やっぱり違います?」

 

 幻想郷の景色を見渡し、感慨深く話すさとりさんを見て、聞きたくなった。

 ただ、どうしてか悲しい気持ちにもなる。その理由は全く分からないが。

 

「あまり変わりはないですけど…こっちの方がどことなく賑わいがあります」

「そうなのです? ⋯⋯あ、そろそろ着きますね。白玉楼、冥界に続く扉が。⋯⋯あれは開かず、上を飛び越えるらしいですけどね」

 

 話しながらもいつも通り無断で入っていく。

 人の敷地内に無断で押し入るのもどうかと思うが、幻想郷だから常識に囚われてはいけない。要は非常識である方がいいということ。よって大丈夫だろう。⋯⋯我ながら酷い理論だ。

 

「勝手に入って大丈夫なんでしょうか…庭師に斬られそうなんですが」

「大丈夫ですよ。妖夢とは何度か会って──」

「斬り捨て御免」

 

 と、話している最中に殺気を感じ、慌てて後ろへ飛び退く。

 私が先ほどまで立っていた場所を切り裂いたその人物は、半人半霊の庭師、魂魄妖夢だった。

 

「うわっ、危なっ!? え? 幽々子さんって知り合いでも斬るように言ってます!?」

「言っています。⋯⋯あれ、そちらの方は⋯⋯初対面の人ですね」

「訳あって素性は言えませんが……妖夢さんここを通してくれませんか?さもなければ斬る」

「いいでしょう。⋯⋯通していいかは、斬れば分かります!」

 

 互いに刀を抜き、殺伐とした空気が流れ始める。

 慌てて割って入り、未だに殺気を放つ妖夢に対して必死に止める。

 

「斬っても分かりませんから! というか落ち着いてください、争い事はできる限りおやめください」

「ちなみに斬るのはレナさんの服です。妖夢さん……」

 

 気持ちが伝わったのか初めから本気ではなかったのか、さとりさんはそう言いながら刀を収めた。

 落ち着いたところを見てホッとするも、未だに妖夢は刀を収めていない。

 

「後レナさん、もう少し丈の長いスカート履いてくださいよ」

「何故私!? それとフランからパク⋯⋯借りているものなので、これ以上長いスカートはないですね。必要とあれば作りますけど」

「⋯⋯変な人達ですね。でも通しませんよ。幽々子様から許可が降りない限り⋯⋯」

「あらあら〜。吸血鬼の妹に地底のお嬢さまじゃない。どういったご要件でここへ来たの〜?」

「......」

 

 いざこざを止めるためにか、幽々子が屋敷の奥から歩いてきた。

 表情を悟られないようにか、口元を扇子で隠している。

 

「初めまして幽々子様。少しお話がありましてこちらに参りました」

「あらそうなのなら部屋に入りましょう」

「幽々子様⁉︎」

 

 妖夢の声にも反応を示さず、幽々子はそそくさと屋敷内へと入っていった。

 本当に警戒心がない人だ。元より必要が無いだけかもしれないが。

 

「妖夢、お茶お願いね」

「⋯⋯いつも思いますが、緩いですね、警戒とか色々」

「あら。どうかしたかしら、レナちゃん?」

「あ、いえ⋯⋯」

 

 声をかけられ、反射的に目を背けてしまう。

 この人はどうしても慣れない。性格のせいだろうか。とにかく分からないが苦手だ。

 

「仕方ありません……今回ばかりは見逃します」

「……レナさん白でしたね」

「そういうあなたは何色なのかしらね。すごく気になるわ」

「幽々子さん、知らなくて良いこと沢山ありますよ。私みたいに知ってしまう体質じゃないのなら知らない方が良いですよ」

「え? 白は清潔を表すとか言うらし⋯⋯ふぇ!? いつの間に!? というか見ないでくださいね!」

 

 一瞬何のことか分からなかったが、すぐに気付いてスカートを押さえる。

 いつ見られたのか分からないが、絶対に今日は白だった。

 

「ご、ごほんっ! ⋯⋯本題に入っていいですよね? さとりさんももう何もないですよね? いえ、(調べ)なくていいですけどっ」

「え……私は服の色を言ったのに……なんでそんなに慌ててるんですかねえ」

「え⋯⋯ぐぬぬ⋯⋯」

 

 あ、上手い具合に嵌められた。

 唸ってみせるも全く相手にされてはない。うん、普通に悔しい。

 

「まあ良いです。それでは本題に入りましょうか。幽々子さん、単刀直入に聞きますけど…空間を歪めたりすることに心当たりはありますか?」

「紫がそういうの得意だった気がするわ。でもどうしてかしら?」

「あまり私に能力を使わせないでくださいね……分かっているのですよね。でなければ私がさとりだとどうして気がつくんですか?」

「あらあら。もう少し可愛い顔した方がいいわよ〜。

 でもね、今回は本当に私は関係ないわ。これは本当よ」

 

 さとりの真っ黒で覗き込めば恐怖すら感じる眼に幽々子は臆さない。

 それも疑問にしっかりと返してはいないというほど、メンタルは強いらしい。

 

「……幽々子さんが本当に知らないのは信じます。取り乱してすいませんでした」

「いいのよ、別に〜」

「まあ、幽々子さんって怪しさ全開ですし⋯⋯あ。

 でもそうだとしたら一体何のせいで⋯⋯」

「私は分からないけど紫に聞けばいいんじゃないかしら」

 

 私の素朴な疑問に、幽々子は在り来りな答えを出す。

 確かに答えには近付けそうだが、あの胡散臭い妖怪に聞くのも癪だ。

 

「紫に……ええ…彼女の方に借りを作るの嫌なんですけど…なるべく打てる手を打ってから相談したいです…」

 

 さとりも同じ気持ちらしく、紫に会うことに嫌そうな顔をしてみせる。

 どの世界でも、あの妖怪は胡散臭いのだろうか。

 

「あらそうなの? まあ頑張りなさい。応援しているわよ」

「⋯⋯本当にここではないみたいですし、仕方ありません。一度帰って作戦会議ですね。時間も遅いですし。

 あてが外れてすいません、さとりさん」

「いえ、あなたに非はないですよ。幽々子さん突然尋ねたりしてすいませんでした」

 

 私のせいで徒労に終わったというのに、さとりさんは怒らずに許してくれた。

 明らかに非は私にあるというのに。

 

「気にしないで〜こういう時くらいしかおかし食べられないから」

「幽々子様、それは客人用のお菓子だからですよ」

 

 幽々子達も突然お邪魔したことを気にせず、元通りの生活へと戻っている。

 本当に気ままな人達だ。⋯⋯いや、幻想郷なのだから、これが当たり前か。

 

「お邪魔しました、です」

 

 勝手に押し入ったことを悪く思いながらも白玉楼を後にする。

 ああ。それにしても久しぶりに来たけど、冥界の景色も悪くない。

 今度、誰かと来てみようかな────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コラボ中編「夢現、紡ぐは過去から」

はい、コラボ二話目です。


side Renata Scarlet

 

さとりさんと出会った初日の夜。

 

白玉楼から戻り、紅魔館に帰ってきてからのこと。

特段話すこともなくなった、私達は紅魔館の廊下を歩いていた。

 

「そういえば私の泊まる部屋ってどこですか?」

 

思い出したかのようにさとりさんは尋ねてきた。

そう言えば私も忘れていたが、どうしようか。とりあえず客室か私の部屋に居てもらおう。こういう風に私が誰かを連れてくることなんて無かったため、そのような配慮を一切していなかった。これを教訓に、これからは誰かが来ても一夜を過ごせる程度にはしておこう。

 

「私の部屋でもいいですし、無駄に広いので客室もありますよ。

夕食も咲夜が作ってくれると思いますので気にしなくても大丈夫でしょう」

「そうですか…じゃあ折角ですしあなたの部屋に泊まります」

 

さとりの目が少しだけ細まる。

何か悪いことでも言ってしまっただろうか。いや、大丈夫なはずだ。

 

「分かりました。枕をもう一つ用意しておきますね。

あ、他に何かいるものとかあります?」

「うーんそれじゃあ裁縫セットと布と糸…お願いできますか?後は空いた時間に厨房を貸していただけます?」

「大丈夫ですよ。咲夜に言っておきますね」

「ありがとうございます」

 

私の知っているさとりと違って、かなり家庭的だ。

それにしても何故か目線が下に行っている気がする。どうかしたのだろうか。

 

「⋯⋯? どうしました?」

「いえ…なんでもないです」

「そ、そうですか。

では早速夕食に向かいます? お腹空きましたし」

「そうですね……私自身は別に食事を食べたり寝たりしなくても活動可能なんですけどね……」

 

何か影のある言い方だ。だが聞くのは気が引ける。

こういう顔をする人は、暗い過去を持つ人が多い。

 

「そういえば紅魔館って浴槽つきの風呂ありますか?」

「大浴場ならありますよ。温泉みたいなお風呂場です。

逆に1人でゆっくり入れるようなものはないですけど⋯⋯」

「大浴場はあるのですね……あ、そろそろ食堂じゃないですか?」

「あ、そうですね。そろそろ着きますね」

 

さとりさんを引き連れ、食堂へと向かった。

そして私達は団欒としたひと時を過ごし、一日目を終える。

 

 

 

少女睡眠中

 

 

 

「ふわっ、ふわぁぁぁぁ⋯⋯。あ、おはようございます⋯⋯」

「おはようございます。あ、朝食ならもう出来ているようですよ」

 

話を聞く限り咲夜と一緒に作ったらしい。

本当に何でもできるんだなあ、と思いながらも眠気を感じて目を擦る。

 

「あ⋯⋯ありがとうございます。

さとりさん、お料理や裁縫もできて凄いですね。なんというか⋯⋯良妻とかになれそうですね」

「良妻だなんて……妬み嫌われる能力を持つこの私なんか誰ももらってくれませんよ」

「あ⋯⋯いえ。きっといつかは受け入れてくれる人ができますよ」

 

暗い話になるのを避けようと慌てて言葉を繋ぐ。

悲しい話で暗くなるのは普通に苦手で、避けたい気持ちが多い。

 

「さて! 今日も異変探索ですかね。今日はどこへ行きましょうか」

「まずご飯を食べて身なりを整えてください」

「分かりました。⋯⋯お母様みたいです」

「服徹夜で作ったのですが……水着型普段着」

 

思い出したようにビキニ水着のような露出の高い服を渡された。

完全に普段着ていたら恥ずかしいとしか言いようがない服だ。

 

「って、もうそれ水着ですよね!?

でも夏に着たいと思いますので有り難く戴きますね。普段着としては申し訳ないですが着たくないです」

「弾水性ゼロですし冷水に浸かると溶けるんですけどね。まあそんな失敗作は置いておきまして、こっちが渡したいものです」

 

次に出したものは普通のフリルがついた黒と赤のラインが入ったスカート、黒をベースにしたシャツと赤いリボンだった。

貰った瞬間は意味が分からず疑問がわいたが、意味が分かった瞬間、それは喜びに変わった。

 

「え⋯⋯? あ、あの、本当に貰ってもいいのです? かなりの出来だと思いますけど」

「色々とお世話になっているお礼ですよ。受け取ってください」

「そ、そうですか⋯⋯。では、有り難く戴きますね。ありがとうございます、さとりさん」

「普通にさとりって呼んでいただいて結構ですよ」

 

嬉しさでも伝わったのか、珍しくさとりさん⋯⋯。いや、さとりは笑顔を見せた。

それを見た私はより一層、嬉しくなった。

 

「⋯⋯はい、ありがとうございます。さとり。

こうしてプレゼントを貰ったわけですし、元の世界までしっかりと案内しないといけませんね。

では早速ご飯を食べ終えてから、向かいましょうか!」

「そうですね。行きましょうか」

 

 

 

少女食事中

 

 

 

「さとりの料理も美味しかったです。また機会があれば作ってほしいくらい⋯⋯。

あ、今日はどこへ向かいます? 正直これといったあてはありませんが⋯⋯」

 

食事が終わった後、さとりに今日の行き先を聞いていた。

それにしてもさとりの料理、咲夜に引けを取らないくらい美味しかったなあ。

 

「そうですね……行くとしたら人里ですかね。あそこなら情報もかなり集まっていそうですけれど」

「なるほど、情報収集ですね。苦手分野ですが、頑張ります!」

「あんまり張り切らないでくださいね……私の存在が少しでも明るみになったらまずいですからね。後観光もできませんし……」

 

ボソッと本音が聞こえたような気がするが、気にしないようにしよう。

さとりも()の景色は今しか見れないのだから。

 

「あ、了解です。

穏便に、慎重に、ですね。それなら得意分野ですよ」

「それでは……見せてもらおうか昨日言っていた転移魔法とやらの性能ってヤツを」

「ふふん、もちろんです。

まあ、面白くもない地味な魔法ですけどね」

 

そう言って素早く呪文を唱え、そのまま地面に手を触れる。

すると人一人が入れるほど大きな黒い穴が作られた。

 

「この穴に落ちればすぐに人里ですよ。私は翼とか有耶無耶にしてから入るのでお先にどうぞ」

「ではお先に失礼いたします」

 

さとりはヒョイと穴の中へと落ちていった。

私も翼を消し、自分の姿を人に似せてから後へ続く。

 

「⋯⋯とまあ、移動は一瞬です。作るのは数秒ほどかかりますが」

 

繋いだ場所は人里の人通りの少ない道だった。

誰にも姿は見られていないようでホッとする。

 

「⋯⋯さて、聞き込みですね。人里で怪しい場所なんて限られていますが」

「そうですね…検討はある程度つけていますよ。まずは妖魔本を扱う鈴奈庵に行ってその後に茶屋で一服。その後今日行われるこころの能劇を見ましょう。ああそうだ。リボンとかがあればそれも」

「⋯⋯ふふ、楽しそうで何よりです。⋯⋯少し無表情なことが多いみたいですし」

 

目的が完全に違うが、楽しそうで私も嬉しい。

 

「無表情なのは仕方ないですよ。表情筋が仕事しないらしいので基本的に表情を作ることができないんです」

「そ、そうなのですか⋯⋯。

あ、いえ。鈴奈庵へ行きましょうか。私も初めて行くので楽しみです」

「ええ、もやしにいきましょうか」

「も、もやし? わ、分かりました」

「燃やすのは冗談ですよ。取り敢えずいきましょうか」

 

 

 

少女移動中

 

 

 

「お邪魔します」

「いらっしゃいませー。今日はどうされましたか?」

 

そう言って出迎えてくれたのは紅色と薄紅色の市松模様の着物と若草色のスカートに、クリーム色のフリルエプロンをその上から身につけている少女だった。彼女は本居小鈴、前世の記憶によると、俗に言うトラブルメーカーのような子だったはずだ。

 

「本を見に来ました。なるべく空間に関する書物をお願いできますか?」

「空間に関するですか?分かりました。ちょっと待っててくださいねすぐ見つけますので」

 

そう言って小鈴は店の奥へと戻っていった。

しかし私は前世の記憶からか、少しだけ心配が残る。

 

「⋯⋯見つけてきた本が妖魔本だった、なんて展開がありそうで怖いです⋯⋯」

「その時は燃やすだけですから大丈夫ですよ」

「なるほど、その手がありましたか。⋯⋯いやこの流れは全焼確実ですからやめましょう」

「こちらが空間に関する書物です」

 

そんな話をしていると、小鈴が奥から戻ってきた。

それもかなりの量の本を持ってきて。

 

「どっさり持ってきましたね…一部巻物もあるのですが…」

「流石にこれを全て調べるのは⋯⋯大変そうです⋯⋯」

「あ…後そこの恋愛小説とQって言う作家のものも…」

 

何かおかしい気もするが、気にしないでおこう。

彼女も今の時代を楽しみたいのだろうから。

 

「け…結構ありますけど…よければ読書用の部屋貸しますよ?」

「さとり、本来の目的からズレてます。

まあ、ゆっくり読みたいですし、お借りしましょうか。⋯⋯これだけの本、読み切れるか分かりませんが」

「大丈夫気合いで読むんです」

「心配しかありません」

 

そんな雑談を交わしながら、小鈴に案内されて部屋へと向かう。

 

 

 

少女読書中

 

 

 

「いやー沢山買っちゃいました」

「⋯⋯今月のお小遣い、もう無くなりそうです。

って、そんなことは置いといて。ここでもめぼしい情報はありませんでしたね。これからどうしましょうか⋯⋯」

 

結局さとりがこちらへ来た理由は分からず、山ほどの本を買っただけに終わった。

そろそろ財布の中身も底を突き始めている。またお姉さまに貰わなければならない。

 

「こころさんの能劇見て……どこかでご飯にしましょうか」

「あっはい。

⋯⋯まあ、たまにはこういうこともいいですね。でもこころさんですか⋯⋯。異変もまだ起きてませんし、初めて会いますねー」

「あまり人里には来ないんですか?」

「私はなかなか来ませんね。食料品などのおつかいや、妹達と買い物に来る時くらいです。

まあ、たまに一人で来る時もありますが⋯⋯本当に稀にしか来ません」

 

どこぞのミアのように、放浪が好きでもあまり旅には出ない。

だってお姉さまの側から離れたくないから。

 

「やはり……妖怪ってそんな感じなのですね……人間とはなんだか価値観が違いますね」

「そうですね。私もこの人間の姿でないと怖がられますからね。特に吸血鬼は悪評高いみたいですから⋯⋯」

「さとり妖怪よりかはまだ良い方ですよ……世界を敵に回してますから。まあそれでも人里には結構長い合間住んでいましたけれどね」

「せ、世界を⋯⋯?

あ、あの、気を悪くさせてしまったらすいません。貴方達のことを考えていない発言でした⋯⋯」

 

よく考えればさとり達はその能力故に他の種族から差別を受けているのだった。

それはどの並行線でも変わらないらしい。⋯⋯彼女に悪いことを言ってしまった。

 

 

「あ、お気になさらず。基本的にさとり妖怪とばれなければ何ら問題もないですから。ばれたら居場所消えるんですけどね」

「は、はあ⋯⋯。

あ、なんだか賑わってきましたね。そろそろでしょうか?」

「そのようですね……そういえばさっき屋台で買った団子食べます?」

 

いつの間に買っていたのか、団子を差し出しくれた。

とても美味しそうだが、一体どこのお店で買ったのだろう。

 

「戴きます。私、甘いのは好きですから」

「一個だけ激辛にしてますので」

「え、まさかのロシアンルーレットです!? い、一体どれが激辛⋯⋯」

 

見た目では全く見分けがつかない。

もしや全部激辛⋯⋯なんてことも考えたが、それでは面白みがないから大丈夫かな?

 

「食べればわかりますよ〜まあ…わさび入れたくらいですから多分大丈夫ですよ」

「わさびもダメなのですよね、私。

どういうわけか、味覚は見た目相応なのです⋯⋯。

まあ、運試しに一つ⋯⋯」

 

団子を一つ手に取り、口に放り込む。

食べた感じは柔らかく、一度噛むと甘い風味が口の中に広がった。

 

──うん、これは⋯⋯当たりだ。

 

「⋯⋯ん、あ。美味しいです! 良かった、当たりだったみたいですね!」

「……なかなか可愛いところがあるんですね」

「え? ど、どういうことです?」

 

その言葉の意図は分からず、また意味が分からなかった。

一体どういうことかと、さとりに聞き返した。

 

「なんだか可愛いのでつい……あ、頬にあんこ付いてますよ」

 

悩んでいるとさとりはそう言って、頬を舐めた。

少しドキッとしたが、すぐさま表情を悟らせないよう顔を下げる。

 

「え、あ⋯⋯ありがとうございます。⋯⋯誰かに舐められたの、フラン以来です」

「そうなんですか。あ、始まったみたいですよ」

 

さとりに促され、騒がしい方へと目を向ける。

そこではさとりと同じように無表情な少女が舞台に立っていた。

 

 

 

少女観戦中

 

 

 

「⋯⋯能劇というものは初めて見ましたが、意外と面白かったですね」

 

能劇の主役⋯⋯表情豊かなポーカーフェイスこと秦こころの力量によるものも大きいだろうが、意外と楽しめた。こうやって能劇で楽しめるなんて前世では想像もつかなかったが、歳をとったせいで価値観でも変わったのだろうか。まだ吸血鬼からしてみれば子どもなのだが。

 

「ですね〜あ、だんご一個だけ残ってますけどどうするのです?」

「あ、食べてもいいです? いいのならもらいますね」

「良いですよ。ロシアンルーレット……ですけど」

「⋯⋯あ。す、すいません。やっぱり止めておきます。

なるほど、これが想起⋯⋯」

 

流石さとりと言うべきか、一瞬にして忘れていた過去を思い出してしまった。

これがさとりの能力⋯⋯なわけないか。目を隠しているしね。だけど精神的に強い方なのは間違いないと思っている。

 

「私は何にも能力を使っていませんよ。そもそもサードアイは服の中ですし」

 

そう言いながら最後の一つを口に入れ、モグモグと咀嚼する。

最後の一つなら辛いのは確かなはずだが、嫌な顔一つしていない。

 

「⋯⋯さとりって、辛いのも食べれるのですね。なんだか意外です」

「辛くはないですよだって辛いやつなんて入ってませんから」

「⋯⋯え? それってもしかして⋯⋯えー!? てっきり本当のことだと思ってました⋯⋯」

 

嘘だと気付いて、少しばかり悲しくなる。

でも思ったよりも感情は豊かそうで、少し嬉しくもなった。

 

「ごめんなさいね。なんだか反応が可愛いからちょっといじりたくなっちゃって」

「う、うー⋯⋯。色々と悲しいというか、恥ずかしいです⋯⋯」

「許してヒヤシンス」

 

やっぱりお茶目なところもあるらしい。

だけど表情が全く変わらないせいで少し怖い⋯⋯。

 

「むぅ、まあいいですよ。今回だけですからね」

「そろそろ…日が暮れそうですけれど…一度戻りましょうか」

「おっと、気付けばもうこんな時間ですか⋯⋯。そうですね。戻りましょうか」

 

楽しいことがあれば時間が経つのは早く感じる。

本当にその言葉通り、時間は知らない間に過ぎ去っていたらしい。

 

物思いにふけながらも、紅魔館へと引き返していった。

 

 

 

少女移動中

 

 

 

「ちょっとレナ。帰りが遅いわよ」

 

家に帰るとすぐ、お姉さまが険しい顔で出迎えてくれた。

その顔には心配という感情が強く表に出ており、心配させて申し訳ないという気持ちが出てきた。

 

「あ、お姉さま⋯⋯。

すいません、心配をかけてしまいました⋯⋯。次からは心配をかけないようにもう少し早く帰ってきます。⋯⋯心配をかけてごめんなさいです」

「気をつけなさいよ。物騒なんだから」

「あ…じゃあ私はキッチン借りますね」

 

重い空気を取り除こうとしたのか、さとりが唐突にそう話す。

何かとさとりも心配してくれているようで、有り難くも思った。

 

「待ちなさいよ。これから夕食よ?」

「エクレア作るんですからレミレミは黙っててください」

「レミレミ⋯⋯。あ、さとり。私も手伝いましょうか?」

「いえいえ、レナさんはまってて大丈夫ですよ」

「気配が消え⋯⋯まさかさとりってJapaneseNinja?」

 

目を離した一瞬の隙、いや瞬きという一秒にも満たない瞬間にさとりの姿はそこから消え失せた。

全く音を出さず、気配も感じなくなってしまった。一体どういう技を⋯⋯。

 

「ドーモ…って私はニンジャじゃないですよ?」

「ふぁいわ!?

き、急に驚かせないでください。心臓が止まるかと思いました⋯⋯」

 

突然背後から声をかけられ、変な声を上げてしまった。

さっきまで気配を感じなかったはずだが、どうして急に⋯⋯。

 

「まあ遊びはここまでにして…ではまた後で!」

「行ってらっしゃいです。⋯⋯気長に待つとしましょうか。

さて、夕食ですねー」

 

さとりを見送り、何もすることがない私は一人、食堂へと向かっていった。

 

 

 

少女食事中

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

食事が終わったと同時に扉を勢いよく開かれ、さとりが入ってきた。

彼女の横にはエクレアの乗ったワゴンがある。

 

「凄いダイナミックに⋯⋯。

おかえりです。要らぬ心配だと思いますが、大丈夫でした?」

「大丈夫でしたよ。咲夜さんに不審者と勘違いされて腕切り落とされましたけど」

 

相変わらず見た目に変化はないが、とても恐ろしい目に遭っていたようだ。

それにしても咲夜が間違うだなんて、一体何をしていたのだろう⋯⋯。

 

「怖っ。というかそれ大丈夫ではないですよね? 見た目は大丈夫みたいですけど」

「だって再生させましたから」

 

いつぞやのフラン以上の再生力だ。元より幻想郷の妖怪達は四肢がもがれても回復するほど再生力が強いらしいが、さとりは明らかに群を抜いている。やっぱりこちらのさとりとは完全に別人の存在らしい。

 

「吸血鬼以上の再生能力ってヤバいですね。

それにしても美味しそうですね。⋯⋯食べてもいいです?」

「もちろんですよあなた達のために作って来たんですから」

「え? あ、ありがとうございます!

ではお一つ⋯⋯とても美味しいですね。こんなに美味しい物をありがとうございますね、さとり」

 

団子とは違った強い甘味を感じ、ほっぺが落ちそうになる。

さとりも咲夜と同じく、本当に何でも作れるらしい。

 

「甘いものが好きって言ってたんで作ってみたのですが良かったです。記憶にもある味だとは思いますよ。好きかどうかはわかりませんけど」

「いえいえ。私は甘いものが大好きですから。⋯⋯うん。やっぱりとても美味しいですよ」

「レミリア達の分も残してくださいよ。ってか残してくださいね。ロシアンルーレットにしてるんですから」

 

続けて二個目を口に入れると、さとりに注意された。

それにしてもロシアンルーレットとは⋯⋯意外とイタズラ好きなのだろうか。

 

「え、あ、はい⋯⋯」

「……一個だけ激甘なんですよね。もちろん美味しく食べられる程度の激甘ですけど」

「激甘? ⋯⋯あ、ええ⋯⋯。なんだか怖いです」

「深読みしすぎですよ。美味しく食べられるレベルですからね」

 

目を隠し、能力を使っていないはずなのに心を読まれている。

私ってそんなに感情を読まれやすい顔でもしているのだろうか。

 

「ロシアンルーレットカッコガチはたこ焼きでさっき作りました。小悪魔さんに毒味させたら……お察しください」

「こあ、ヤムチャしてしまいましたか⋯⋯。まあそれはそれとして。

みんなで食べる物ほど美味しい物はないですよね。⋯⋯ですからさとりも食べません? もちろん強要はしませんが」

「そうしますね……あ、やっぱりあまい」

「ふふふ。良かったです」

 

さとりもあまりの美味しさにか、表情が無から微笑みへと変わる。

やっぱり嬉しい時は笑えるんだなあ、と私も嬉しく感じた。

 

「自分で作っていてあれですが……そうだレミレミも呼んで来ましょう」

「ええ、そうしましょう。お姉さまもきっと喜んでくれると思いますしね」

「というわけで……マイクテストの時間だオラァ」

 

時間は進み、お姉さまの部屋へ着いたとともに何故かグラサンをかけたさとりが部屋へ突入する。

 

「ひゃ!? しゃ、さとり!?

急に入って大声出したらビックリしゅるじゃない!」

「⋯⋯お姉さまも稀にしますけどね。ええ、稀に⋯⋯」

 

お姉さまは突然のことに驚き、呂律も回らないようだった。

そんなお姉さまでも私は可愛いと思うのだが。

 

「じゃあ静かに入り直しますね」

 

と、さとりは部屋へ出ていったはずだが、どういうわけか気が付くとお姉さまの背後から手を伸ばしていた。ホラーでよくありそうなその行為は、お姉さまをさらに驚かすには充分だった。

 

「なっ⋯⋯そ、それも怖いから!」

「え⋯⋯。今目の前にいたはずなのに、いつの間にかお姉さまの背後にいた⋯⋯何を言っているのか以下略。というか本当に凄いですね。主に怖さが⋯⋯」

 

私自身も怖く、体験した本人であるお姉さまはしばらく絶句するほどだった。

その後すぐに喋っている辺り、怖さを紛れさそうとしているようだ。

 

「……まあ良いです。とりあえすエクレア作ったのですがレミレミも一緒にどうですか?後フランさんも」

「エクレア⋯⋯? ふーん、さとりが作ったの?

ああ、フランのところには後で持っていくから大丈夫よ。多分」

「⋯⋯後で怒られそうですけどね。あの人達には」

 

フラン達に知らせず、みんなで一緒に食べたとバレたら後で怒られるだろう。

それもまた可愛いのだが、それが原因でギクシャクするのは御免こうりたい。結局は仲がいいのが一番なのだから、喧嘩などせずに済むのが最善だ。

 

「後これ……たこ焼きです。良ければフランさんと二人で(強調)食べてくださいね」

 

そう言ってたこ焼きを差し出した。状況から察するに、ロシアンルーレットのたこ焼きだろう。

わざわざ『二人で』という部分を強調し、さとりは今ここで怒られない状況を作り出している。

 

なかなかの策士だが、この状況だと私も怒られる気しかしない。とりあえずここは逃げ────

 

「なになに?私の知らないところでおやつ?」

 

逃げる時間もなく、扉の向こうでフランの声が聞こえた。

ああ、これは諦めるか、それとも今のうちに逃げようか。

 

それを充分に考える間もなく、扉は開かれた────




ちなみに次に上がるのは本編だと思います。そして二章はコラボ編の次の話に出てくると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コラボ後編「夢現、紡ぐは過去から」

はい、大変長らくお待たせしました。
コラボ後編となります。まあお暇な時にでもごゆっくり。


 side Renata Scarlet

 

「あら、フラン。起きてきたの?

 今ちょうどさとりからたこ焼きを貰ったから一緒に食べましょうか」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 何も知らないお姉さまは、笑顔でそう話す。

 それは今持っている物を食べると酷いことが起きようとは思っていないからだ。

 

 もし知ってしまえば⋯⋯想像に難くない。

 

「エクレアもあるので口直しが必要でしたらどんどん食べてくださいね」

「わーいエクレアだ」

「⋯⋯怖いなあ、色々と」

 

 全てを知っている私に、これから起きることを想像するなんて簡単過ぎる。

 絶対に私が怒られることは目に見えているんだから、このまま逃げよう。

 

「え? 何か言ったかしら?」

「いえ、何も言ってませんよ。では私はお先に⋯⋯」

「私も行きますね」

 

 部屋を出ていこうとしたら、さとりも後を付いてきた。

 確かに犯人はさとりだが、彼女を連れてきた私が責任を負う気がする。

 

「二人ともどうしたのかしら…」

「そんなことよりお姉さまたこ焼き食べましょう!」

「そうね……」

 

 そうして自分の部屋へ逃げ帰っている途中、お姉さまの部屋から悲鳴が上がった。

 それでも振り返らずに部屋へと急いだ。

 

 

 

 少女移動中

 

 

 

 部屋について間も無く、怒りに顔を真っ赤にしたお姉さまが大きな音を立て扉を開けた。

 

 

「げっ、もうバレましたか⋯⋯。

 さとり、この場は任せますね。私は罠カード、緊急脱出とかで一足先に失礼──」

「逃げたら後で弾幕ごっこです……」

「さとり!? ちょ、ちょっと、私はまだ逃げれてない⋯⋯あっ」

 

 そう言いながらもさとりはいつの間にか走って逃げ出していた。

 逃げる機会を失った私は誰かに肩を掴まれる。

 

「レーナー?」

 

 もちろんその誰かとはお姉さまだった。

 怒りに顔を真っ赤にしている。

 

「さ、さとり! 元凶はあきゃぁぁぁぁ!」

「逃げる準備に時間がかかってたら本末転倒ですよ…」

 

 そして私がお仕置きを受けている最中、さとりは安全な距離で見ているようだった。

 

 完全に囮にされたようだが、私はどうやって逃げ⋯⋯れないか。流石にね。

 

「あなたもこれ食べてみなさい?ちなみに私は当たりを引いたけれどフランは辛さで火を吹いてたわよ」

「やっぱり私の魔法、作る時間があることが難点ですね。ええ。

 とりあえずおやめくださいお姉さま。死にます。辛いの食べたら死にます。⋯⋯あ、本当にやめ⋯⋯」

 

 無理矢理口を開かされ、赤いたこ焼きを入れられる。

 口の中でとてつもない辛さが広がり、自然と涙が出てきた。

 

「かっ!? あ、ああ⋯⋯わ、ぁあ!?」

「そこまで辛くしたつもりないんだけれど……」

 

 さとりはそう言うが、これは辛いなんて比じゃない。辛いのだけど、もはや辛さを超えている。

 助けが来ないと分かっていても、私は叫びを上げ続けるしかなかった。

 

「むり! ほんほにむり! わひゃひ、からいのむり!」

「ねえレナ…私思うの。少し妹を甘やかしすぎなんじゃないかって。だから後2つ食べれば許してあげるわ」

「ふぁい!? 何をしゅ!? ⋯⋯あ、かんかくがなくなってきた。これならだいじょ⋯⋯ばない! からい!」

 

 そうして結局最後まで辛い物を続けることとなる。

 

 

 

 少女休憩中

 

 

 

「口直しでアイスもらってきたんですけど食べます?」

 

 解放されるも、辛さでまだ口の中が痛む。

 そんな時にさとりが来て、アイスを差し出してくれた。

 

「⋯⋯有り難くいただきます。

 死ぬかと思いましたよ。⋯⋯あの人になら別に構わいませんが」

「かなりきわどい発言ですね……レミリアが聞いたら勘違いしますよきっと」

「? あ、ああ。確かに死んでほしいとは思ってないでしょうね。また怒られそうです」

 

 お姉さまは私がネガティブになることを嫌っている。

 自分まで暗くなるから嫌らしい。

 

 まあ本当は心配してくれていると知っているから、私もしないようにしていた。

 

「……レミレミのこと好きですよね」

「はい、好きですよ。この世で一番大好きです」

「……あの、一緒に寝たりしましたか?」

「姉妹ですし、何度かありますよ。お姉さまと一緒なら安心して眠れます」

 

 どうしてさとりはこんなことを聞くのだろう。

 何か気になることでもあるのだろうか。

 

「ホッとしました…恋愛的な意味で好きってわけじゃなかったようですね」

「いえ、恋愛的な意味でも好きですよ。だってお姉さまは優しいですから」

「そ…そうですか…」

 

 さとりは珍しく困惑した表情を見せる。

 

 おかしなことでも言っただろうか。いや、別に何もおかしくはないか。

 

「そう言えばさとりもこいしがいますよね。やっぱり好きなのです?」

「んー…家族として守るべき存在ではありますから好きという感情で括るのであれば当てはまりますね。ですがそこに恋愛感情があるかといえばそれは否定。でもだからといって好きじゃないわけでもないし……言葉にするのが難しいですね……」

「ふーん⋯⋯ちなみに私はどうです? 好きな方です?」

 

 やっぱり仲のいい姉妹だからといって、全くの好きという訳では無いらしい。

 それはともかく、自分のことをどう思っているのか少し気になった。

 

 結局は知的好奇心、ただの興味本位なのだけど。

 

「…え?え…いきなりどうしたんですか?」

 

「いえ、ただ気になっただけですよ。それで、私のことはどう思っています?」

「あ…えっと……その…あう」

 

 何を動揺しているのか、顔が赤くなって目が泳いでる。

 

 もしや体調でも⋯⋯。

 

「ちょっといいかしら。さっきはごめんなさいね。少しやり過ぎ⋯⋯えぇ!? な、何してるの!?」

「あ、お姉さま。何もしてませんよ?」

 

 などと考えていると、お姉さまが部屋へと入ってきた。

 どうやらさっきのことを悪く思っていたらしい。

 

「う…レミレミ助けてください…寝とってきそうで怖いです」

「えっ!? ご、誤解ですよ!?」

「ねえ、レナ。やっぱりもう少し話す必要があると思うのだけど」

「ヘルプミー! ヘルプぅぅぅぅぅ⋯⋯」

「助かった……」

 

 そして最終的にお姉さまに叱られながら夜を過ごすことになった。

 

 

 

 少女睡眠中

 

 

 

「おはようございます。スッキリ寝れました?」

「⋯⋯うん、あ、はい。

 よく眠れました。永眠するかと思いましたけど⋯⋯」

 

 何故あの人達はあんなに怒り慣れているのだろう。

 本当に怖かった。あと疲れた⋯⋯。

 

「それは良かったです。ほら早く準備してくださいよ」

 

 何の目的か、さとりは19世紀によくありそうな世紀の紳士服を着ている。

 どこかで見たことあると思えば、シャーロック・ホームズに似ている。

 

「あ、もしかしてシャーロキアンです? 私もですよー。

 って、何処に行くのです?」

「よくこの服で当てましたね。普通なら鹿狩帽の方が連想しやすいですけどね。ちょっと妖怪の山に突撃しようと思いましてね」

「妖怪の山⋯⋯? わ、分かりました。急いで準備しますね」

 

 

 

 少女支度中

 

 

 

「それにしてもどうして妖怪の山に? もしかして何か思い出しましたか?」

「いいえ、もしかしたら河童に空間転移装置を作れるかも思いましてね」

 

 服の上から外套を羽織りながらそう答える。

 妖怪の山は近付き難い場所ではあるが、確かにその可能性は否定できない。

 

「ああ、なるほど。確かに河童なら面白い物を作れるかもしれませんしね。よし、そうと決まれば向かいましょうか」

「そうですね。ついでですから、そこを動かない方がいいですよ。今あなたが踏んでいる床、トラップにしてますから」

「⋯⋯え? 何故です!? え、どうやって解除をあわわ!」

 

 突然の告白に、私の頭は様々な情報に支配される。

 どうすれば解除できるか、どうしてトラップにしたのか、どうやって逃げれるか⋯⋯。

 

 とにかく色々なことを考え過ぎて、逆にパニックになってしまった。

 

「落ち着いてください。今床から足を話したら秒速400メートルで銀の球が壁から飛んで来ます。解除しますから余計なところを触らないでくださいね」

「ぶ、物騒にも程がありますからね? というかいつの間にそんな罠を⋯⋯」

「あ…そういえば入り口入って4センチのところの床踏んでますね。あれも罠だったんですよ。後5秒です」

 

 罠を解除しながらも平然と話を続ける。

 

 というかその話からだと⋯⋯ダメだ。もう手遅れな気がしてきた。

 

「え、ちょ⋯⋯は、早くヘルプです!」

「それじゃあ行きますよ…」

「は、はひ!? ま、まだフード⋯⋯!」

 

 さとりは私を引っ張って窓から飛び出す。

 それに対して私は慌ててフードを被り、日光から身を守る。

 

「はい…時間です」

 

 その言葉と同時に、私の部屋とお姉さまの部屋の中で何かの爆発する音が聞こえた。

 それは明らかに危ない音だった。

 

「ちょ⋯⋯後で直すの大変なのですからね!?」

「大丈夫ですよ。数分で消える粘着魔法です。被害はありませんよ」

「なるほど、それなら良かったです」

 

 被害が無いのなら怒る必要はない。

 逆にあれば流石に怒っていたのだが、やっぱりさとりだし別にどっちでもいいか。

 

「ええ、レミリアさんが激怒するように犯人はあなたに仕立てましたのでね」

「やっぱり良くないです! 後で一緒に謝ってくださいよ。私だけ怒られるのなんて嫌ですから」

「検討しておきます。ああ、そういえばレミレミの部屋にはもう一つ…あなたの転移魔法と似たようなものを仕掛けておきました。もしベッドから起きて右側に降りた場合食堂に転移されるようにしてます」

「それ完全に誤解されるやつですからね?

 はあ。帰ったらなんて言い訳しましょうか⋯⋯」

 

 また怒られる未来しか見えない。

 まあ昨日よりは酷くないはずだ。⋯⋯全て飛び火がかかっているような気もするけど。

 

「まあ…大丈夫ですよ。そっちは私がやったと証拠を残しましたから。気付くかどうかは別ですけど」

「それ絶対に気付かないフラグです。

 ⋯⋯まあいいです。諦めましたから。とりあえず早く向かいましょうか」

「ええ、そうしましょうか。それじゃあ行きますよ」

 

 私の手を掴み、突如速度を上げる。

 強い風が私の身体を通り抜け、勢いに飛ばされそうになる。

 

「想起…射命丸」

「え、速──っ!?」

「到着です」

 

 気が付くと山に到着しており、とてつもない速度で移動してきたのが分かる。

 

「ふぇ? あ⋯⋯ごほん。

 とても速いですね。地味に頭がクラクラします⋯⋯」

「音を超えましたからね…さて、地上に降りましょうか…」

「うぅ。そう言えば勝手に天狗の領地に入って大丈夫なのでしょうか⋯⋯」

「おい、勝手に山に入らないでください!」

 

 話をした途端、その天狗──椛が飛び出してきた。

 

 椛が抜刀して斬りかかってきたが、さとりが足の裏で受け止めてくれた。

 

「噂をすれば何とやら。本当に現れましたね。天狗さん。⋯⋯そう言えば吸血鬼異変の時に山が襲われたらしいですけど、大丈夫でした?」

「あ…まさか貴方は吸血鬼ですか?じゃあ余計山に入ってはいけませんね」

「えっと…それじゃあ、普通に斬り合いといこうじゃないですか」

 

 さとりが抜刀して椛に斬り掛かる。

 もはや止まる気配はしない。

 

「あ⋯⋯。まあ、うん。多分大丈夫でしょう」

「……うーん…椛さん、死なないでくださいね」

「どうして私の名前を知ってるのか知りませんが…」

 

 刀に短刀。まさに螺旋という名のどこかで見たことのあるような戦闘だ。

 

「あ…そうそう。レナさん、4秒後に右に頭振ってください」

「うわー。何故か螺旋を思い⋯⋯あ、了解です」

「ほいっと…」

 

 頭を振った瞬間に、先ほどまで頭があった場所に光の線が通り抜ける。

 

「振り向いちゃダメですよ」

「な…何をし……」

「怖いなあ⋯⋯。というか避けなかったら頭が吹っ飛ん⋯⋯まあ、それなら大丈夫ですね。死ぬほど痛いでしょうが。

 あ、眩しっ」

 

 油断している隙に私まで閃光を浴びてしまったが、何とか戦闘は終わったようだ。

 

「バルス…って言った方が良かったですかね」

 

 そう言いながら私を引っ張っていたのか、足が地面に触れる。

 これで一安心できるようだ。

 

「うー⋯⋯。いつも目眩し系の武器を使ってましたが、今回初めて相手の気持ちが分かりました⋯⋯」

「まあ…たまには自分で食らってみるのも良いものですよ…えっと川はこっちですね」

「あははー、まさかそんなこと一生ありませんよ。自分で使うタイミング決めれるのですからー」

 

 川の音がする方向へ向かいながら話を続ける。

 河童に会えるのが楽しみだが、怖がられないか心配だ。

 

「なるほど。じゃあ想起…「クラウ・ソラス」』!」

「え、眩⋯⋯!? えぇ⋯⋯!?

 わ、私のもできるのですね。流石です⋯⋯」

 

 少し複雑な気持ちだが、敵の気持ちは分かったから良かった。

 

「うーんこれは…記憶から精製したものを妖力で再現したものです」

「できれば消してから話してください。全く見えません」

「おっとごめんなさい」

 

 全く完璧な物ではないかもしれないが、私の剣だと聞いても誰も疑わないだろう。

 それほど完成度が高過ぎるのだ。

 

「ふぅ、これで見えるようになりました。⋯⋯って、私の召喚魔法も使えるのですね。やっぱり結構強いです?」

「私はむしろ弱い方ですよ。今まで勝ったことある人なんて数えるくらいです」

「ふーむ。昔の方が神秘が強いとかはよく聞きますが、強い方が多いのでしょうか?

 それはそうとして、こんな川に河童がいるでしょうか? ここまで来たのは初めてで分かりませんが⋯⋯」

 

 そもそも山に来たことすら無かったが、意外と開けた場所に川があるらしい。

 

「鬼の四天王と玉藻の前と一流陰陽師に封印指定の怪物とか最強クラスの天狗とか…一度もガチの勝負で勝ったことないですけれどね。河童ならきゅうりぶん投げるか貴女の尻子玉あげるといえば来ますよ」

「どれもヤバい人じゃないですかやだー。

 あ、きゅうりを投げましょう。後者はお断りします」

「きゅうり持ってきてないのですけれど……」

「やっと見つけましたよ!通行料は安くないんですからね」

 

 刀を手にしながら、私達を睨みつける。

 意外と怖いが、可愛くも見える。

 

「あ、わんわんおです? ごめんなさい、骨も持ってきてないのです。⋯⋯でも狼だから骨よりも肉ですかね?」

「そこの吸血鬼……どうやら斬られたいようですね」

「せっかくですしお手並み拝見」

「嫌です。それに吸血鬼じゃないですよ。⋯⋯あれです、魔女です。ですから魔法以外使えないのです。剣を収めてください」

 

 一応槍を召喚しながらもそう答える。

 

 いや、やっぱり武器を出すのは間違っていたか。せめてもう少しだけ待たないと、椛の目がとても怖くなっている。

 

「……私の鼻は誤魔化せませんよ。それにその槍は交戦の意思があると判断しました。よって2名とも妖怪の山の規定により処分します」

 

 そう言って横にいたさとりを真っ二つに斬り裂いた。

 いとも容易く、何の抵抗もなく、

 

「え⋯⋯? あ⋯⋯冷静に、冷静に⋯⋯」

 

 大丈夫⋯⋯さとりの再生力ならすぐに回復できるはず。

 ──もし、できなかったら?

 いや、そんなことは有り得ない。だって⋯⋯ああ、無理だ。私じゃない私に支配される。

 

「ねえ、いくら椛でも、友人を殺したとなれば──殺すよ?」

 

 ──つべこべ考えるよりも早く行動に移ればいい。思考するよりも早く、相手を切り裂き喰らって砕けばいい。それだけでいつも通りに勝てるよ。()()()なら。

 

「神槍『ブリューナク』⋯⋯死んで」

「そのようなもの……」

 

 椛は投げた槍を剣で弾き、そこで一瞬の隙が生まれる。

 

 ──これで終わり。その隙に頭を砕くか心臓を潰すか⋯⋯。

 

「はい、倒したからといって油断禁物」

 

 と、私よりも早く起き上がったさとりによって殴られ気絶した。

 どうやらもう歩ける程度にはなったらしい。

 

「あ、さとり。良かったです。やっぱり生きてたのですね。

 流石に殺られはしないと思ってましたし、原作キャラの子を殺すのは気が引けますよー」

「たかだか体をざっくり斬られただけじゃないですか。大袈裟ですねえ……」

 

 そうは言っても血で真っ赤に染まった体に、大きく開いた傷。

 見た目だけでは重傷⋯⋯いや重体だが、何とか無事らしい。

 

「いや怖いですから。普通だと死んでますからね? いや割と真面目に」

「そうですか?今までの傷よりマシだと思いますよ。腕切られたり潰されたり脚を吹き飛ばされたり色々と…」

「私はそこまで酷い傷は負ったこと⋯⋯あ。一度、だけありますね。でもあれは事故なのでノーカンでしょう。

 とか話しているうちに傷が無くなりましたね」

「傷は消えても血まみれだし服ボロボロです…着替えようかなあ…」

 

 恥ずかしいという気持ちはないのか、その場で敗れた服を捨て、着替え始めた。

 逆にこちらが恥ずかしくなってくる。

 

「って、誰か見てたらどうするのです。いえ、何か起きる前に対処されそうですが⋯⋯」

「誰か見ていたら…その人の精神壊します」

 

 そう言っている間に着替え終え、何とか誰かに見られるということだけは避けれた。

 

「おお、普通に怖いです。こわいこわいとか気安く言えないレベルで怖い⋯⋯。

 そう言えばどうします? このわんわんお。まあ放っておいても怪我はしなさそうですが。天狗の支配下ですし」

「……裸にして吊るしておきましょうか」

「⋯⋯まあ死ぬよりマシですか。可哀想ですが、お姉さまの言葉を借りるならこれが運命です。

 さて、川の近くにいるはずの河童はどこでしょう。怯えて出てこない、なんてことは流石にないと思いますが⋯⋯」

 

 俗に言う醜態を晒すことになっているが、天狗の領地内なのですぐに誰かが見つけてくれるだろう。

 それよりも心配なのが紅魔館に突撃してくることだが、それは私が何とかしよう。

 

「河童さん……出てこないと川を血で染めますよ」

「ひぇぇ。わ、分かったよ。出てこればいいんだろ、出てこれば。何の用だい? 天狗なんて敵に回してろくなことないよ?」

「あ、本当に出てきた」

 

 川からひょっこり出てきたのは河童こと河城にとりだった。

 背には大きなカバンを背負っている。

 

「出てきましたね。実は作って欲しいものがあるのですが……ノーと言ったら頭を潰します……とそこの吸血鬼が」

「やっぱり吸血鬼は怖いわぁ⋯⋯」

「そんなことしませんからね? というかできないですからね?」

「で? ともかく何を作ればいいんだい? 材料と時間さえあればたいていの物は作れるよ」

「空間転移装置、それも任意で空間座標を設定できるやつで」

「訂正するよ……実現可能な範囲で」

 

 さとりの言葉を聞いた瞬間に慌てて河童は訂正する。

 どうやら河童でも作れない物はあるらしい。

 

「実現可能な範囲でなら無理だ! というかそんな物作れるわけないよ!」

「⋯⋯予想はしてましたが、やっぱり無理ですか⋯⋯。河童の技術力は高いと聞いたのですが」

「どれだけ凄い技術力でも限度がある!」

「うーん……戦闘機とか戦車は作るのに」

 

 さらっととんでもない発言が出てきたが、やはり河童は河童らしい。

 

 だが科学に魔法を加えれば、意外と凄いことになったり⋯⋯。

 

「呼ばれてないけど私よー。

 あら、奇遇だわ。こんなところで誰かと出会うことになるなんて」

「げっ⋯⋯八雲紫⋯⋯」

 

 全く前触れはなく、唐突にスキマからその姿を表した。

 そう、妖怪の賢者、八雲紫が目の前に出てきたのだ。

 

「あ、ゆかりんじゃないですか久しぶりですね」

「貴女とは初対面なはずなんだけれど…」

「おっとそうでしたねこっちの私とは接点が壊滅的でしたね」

「って、どうして紫さんは出てきたのです?」

 

 私の素朴な疑問に若干呆れた様子を見せながら話を続ける。

 なんだか下に見られている気もするが、実際下だから何も言えない。

 

「幽々子から連絡があってね。妙なさとり妖怪と吸血鬼が私を嗅ぎ回っているっていうからどんなもんかとみてたのよ。まあ…あなたたちが全くそれっぽいことしてこなかったから確信がつくまで待てたのよ」

「えーっと面倒ごとは嫌いだから私は帰るよ」

「あ、河童が逃げた。⋯⋯まあいいですか。

 なるほど。ちなみにさとりが別世界から来たらしいですが、何か心当たりありません?」

「ああ…もしかして結界の歪みが原因かしら…」

 

 どうやら心当たりがあるらしい。

 ぶっちゃけ、紫関連ではないかと疑っていたが、それが本当に当たるとは思ってもみなかった。

 

「もう確信犯じゃないですか。⋯⋯あ、それ、元に戻せたりしますよね?」

「出来なくはないわよ。ただし同じ空間につながるか怪しいけれどね。それにしても異世界のさとりねえ……興味が出来ちゃったわ」

「まあ…紫とは友人関係でしたし断れませんねえ」

「紫さんの目が怖い。まあそれはともかく、戻れるという絶対の確信がないのは怖いですね。もっと安心安全な方法はありませんか?」

 

 友人に今後の生死に関わりそうな賭けをさせる訳にはいかない。

 どうしても完璧に、限りなく百パーセントの確率に近い可能性で成功する方法が欲しい。

 

「そうね……唯一いけるとすればさとりの空間的波長と一致する波長の次元を探し出すのが一番安心よ。って言ってもやったことはないのだけれどね」

 

 そう言いながらも扇子で仰ぎながら目を細める。

 本当に胡散臭い妖怪で、信用できるのは彼女しかいないのが残念だ。

 

「ふーむ⋯⋯。こればっかりは紫さんに任せるしかなさそうですね。

 これから先は分野外のようですから。⋯⋯って、そうなるとさとりとはお別れになるのでしょうか?」

「そうねえ…後1時間くらいってところかしらね」

「結構早くないですかゆかりん」

「それとも私の質問に答えてくれるなら……」

「結構です」

 

 さとりの世界でも紫は胡散臭いらしく、即答していた。

 本当にどの世界線でも変わらない存在らしい。

 

「後一時間⋯⋯。長いようでやっぱり短かったですね。色々と⋯⋯」

「そのようですね…」

「あ、帰る前に一言お姉さまに謝りましょうよ。というか謝りなさい」

「そうしましょうか…まあ怒られたら戦うので」

 

 しかしさとりの方はかなり好戦的で少し心配が残る。

 主にお姉さまと対立しないかが。

 

「いやだからやめてください。⋯⋯紫さん、一時間後、また会いましょう。ここに来るのは面倒なので来てくださいね」

「ええやんそうさせていただくわ…」

 

 最後まで多くは語らず、紫はスキマで消えてしまった。

 これで私達二人だけとなってしまったが、少し寂しくなってくる。

 

「それじゃあ帰りましょうか…」

「⋯⋯ですね。帰りましょうか。時間が惜しいですし、魔法で行きますよ」

 

 例の如く転移魔法を使い、紅魔館へと急いで帰る。

 

 

 

 少女移動中

 

 

 

「よっと…あ?レミリアさん」

「レナ?それにさとり……言いたいことわかってるわよね」

「分かりますが落ち着いてください、お姉さま。

 この通り反省はしていますから」

 

 とりあえず頭だけは下げておこう。

 私のせいじゃないからあんまり謝る気にはなれない、というのが本音だけど。

 

「……反省も後悔もしていません」

「よろしいならば戦争だ」

「甘いですよ…」

 

 お姉さまがグングニルを投げ放ち、それをさとりが受け流す。

 また始まってしまったが、止めなくてもすぐに終わるだろう。

 

「館の中で暴れないでくださいよー。後で掃除するの、私や咲夜なのですからー」

 

 

 

 少女戦闘中

 

 

 

「⋯⋯あれ、本気になり過ぎでは⋯⋯?」

 

 そうしてしばらく待っていると、いつの間にか紅魔館が半壊していた。

 何を言っているのか分からないと思うが、私自身、何が起きたのか理解してない。おそらくはお姉さまの武器をさとりが防御したりして受け流していたのが原因だが、それにしても一度も当たらないお姉さまは当主としてどうなのだろう。

 

「降参です」

「はあ、はあ⋯⋯少しはやるじゃない」

 

 無傷なさとりにボロボロなお姉さま。

 完全に勝ち負けの構図が逆だが、もはや何も言うまい。というか言えない。

 

「いやもう⋯⋯。面倒なので何も言いません。というかお姉さま、さとり、もうすぐ帰るかもなのですよ?」

「あ、え? そうなの?」

「ええ、帰れる採算がついたので帰りますね。あ、今度行くわっていうのは無しで。それに『私』はこの事を体験していませんから…そう考えると『私』に悪いことしましたね」

「⋯⋯どういうこと?」

 

 状況を全く理解していないお姉さまは不思議そうで悲しそうな顔をしていた。

 そう言えば何もかも言い伝えていなかった。後でゆっくりお話しよう。

 

「レミレミには言ってませんでしたね…詳細は妹さんからお聞きください」

「そ、そう⋯⋯分かった、後で聞くわ」

「⋯⋯これでお別れなのね。まあ貴方にも大切な人がいるでしょうから、止めはしないわ」

「ええ、守るべき家族がいますからね…あ…そういえば今レミレミが立ってる床…咲夜さんとトラップしかけたんで…気をつけてくださいね」

 

 最後の最後にとんでもない告白でお姉さまはあたふたと慌て始める。

 突然のことに対する対応力が遅いのは誰の遺伝なのだろうか。

 

「ちょっと最後のお別れでそれはないんじゃない!? ってか咲夜ー! 貴方まで何やってるのよー!」

「⋯⋯最後まで相変わらずですね。どっちも」

「罠は…フランの部屋に直行する転移魔法です。さようならレミリア。また会おう」

「⋯⋯ええ、色々とありがとうね、さとり」

「さて私はもうそろそろ行きましょうか…」

「ちょ、壊した物くらい直し⋯⋯まあいいわ。今回くらい、大目に見てあげるわよ。

 じゃあ、また会えたらいいわね、バイバイ」

 

 転移する間際、最後にそう言い残し、お姉さまは消えてしまった。

 さて、次はフラン達が驚いている番だろう。

 

「……ふう、それじゃあレナさん…私も行きますね…」

 

 さとりは私の方へ向き直ると名残惜しそうな目線で見つめる。

 最後までハチャメチャな人だったが、同時に楽しくもあった。

 

「⋯⋯ええ。そうですね。もう時間ですものね。

 ⋯⋯最後まで楽しかったです。本当に、楽しかったですから、また会いたいです。⋯⋯でも贅沢は言いません。いつか会えるといいですね。会いたい、というのが本音ですが」

「ええ、こちらこそありがとうございました。可愛い転生者さん」

 

 その言葉とともに、はかったかのようにスキマが現れた。

 どうやら本当に時間らしい。

 

「はい、バイバイです、さとり」

「ええ、今度は馬車を立ててお迎えに上がりましょうレナータ・スカーレット。それまでしばしの別れです」

「ふふ、ええ。お待ちしてますね」

 

 そうして手を振りながら、スキマへと足を踏み入れるさとりを見送った────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談約一年後

 

 

 さとりが去ってから一年後。紅魔館の扉を誰かが叩く音が聞こえた。

 

「あ、はーい。

 誰ですー?」

「やっほー!お迎えの馬車だよ」

 

 そこで出迎えたくれたのは、馬車に乗ったさとりとこいしのような子だった。

 

「あ⋯⋯ふふふ。お久しぶりですね、さとり」

「ええ…久しぶりです」

 

 その次の瞬間、意識外であった背後で声がする────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

並行の番外編1「凍った世界」☆

久しぶりに投稿するのが前の話という申し訳なさ。後で新しい番外編も出します⋯⋯()



以前活動報告に置いていた番外編をこちらへ移動。
これは、真っ直ぐではなく並行に繋がるお話。

どこかの世界、いつかの未来、何かの縁。ただ、その地球はどういうわけか凍っていた。何も無い世界で生き残った、ただ2人の物語。

ちなみに誕生日押絵もあるよ!(前描いてたアレから変わらず)


 ある日、外の世界が氷に包まれ、人類は滅亡した。その前触れはあったのだが、その時は誰も気づくことはなかった。

 地続きで繋がっている幻想郷も氷に覆われ、人間も妖怪も生命を多く失った。残された者達は淡い光が残る暗い地底へ逃げ込んだ。そこは地上より狭いが温暖で、地上が氷に覆われた今となっては、生物がかろうじて暮らすことのできる唯一の場所になる。しかし極小数の植物しか育たず、食料も極わずかな中、そこですら生き長らえるのは容易ではなかった。

 初めのうちは住み慣れた地上から離れ、不憫な地底で暮らすことに不満を持つ者も多かったが、それも数年経たないうちにいなくなり、不満を持つ者はいなくなっていた。不満を持つ暇もなくなっていた。そして十年もすれば人間が消えた。耐え切れなくなった妖怪達が全てを喰らった。その妖怪達は人間の命や希望を残さず食い荒らした。希望は潰え、次に百年を待たずして人喰い妖怪達は飢えで死んだ。人を喰らう絶望も失せ、残った一部の者達も年々その姿を消していった。地底も地上と同様、虚無に満たされていく。人間の未来は潰え、人間を食べる捕食者も失せ、虚無だけが存在する。

 数百年もすれば地上は生者の代わりに、死者が埋め尽くした。希望も絶望も、喜びも怒りも哀しみも楽しみも、有象無象も森羅万象も、何もかもが次第には消えていく。生命の終わりは、地球の終わりはすぐ近くまで来ていた。

 

「お母さん。また悪いお化けがいるよー」

 

 ──しかし。そんな世界にも、残っている命がある。

 何もないはずの地上で動く影。死者ではなくしっかりと生きている者であり、小さな黒いワンピースを着こなす気品溢れる幼い少女。血のように真っ赤なサイドテールと目。人ならざる紅い翼を生やした彼女は、亡霊を見つめて楽しそうにはしゃいでる。

 

「そうね。1人で大丈夫? 無理そうなら手伝うわよ」

 

 そしてもう1人。少女と同じ紅い髪と目を持つ高校生ほどの女性。翼は大小の2枚が重なり、少女と違って肌は白く、髪は背中辺りまで伸びている。紅いミニドレスを身に纏い、その首には紅い宝石の付いたネックレスを付けている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「大丈夫よ。お母さんはそこで見ていてね。すぐに消すから」

 

 少女は亡霊を観察するように見つめ、ゆっくりと近づいていく。

 名も無き亡霊は少女を見つけると、鋭い爪を露わにして襲いかかった。

 

 しかし少女はその攻撃をひらりと躱すと、燃え盛る剣を召喚する。そのまま隙を与えぬほど早く剣を振り、亡霊を横一文字に切り裂いた。

 亡霊は嘆きとも叫びともつかない大きな声をあげ、幻だったかのように消え失せる。

 

「終わったよ。ふふん、私ってば凄いでしょ?」

「ええ、凄いわ。とってもお上手ね。私の魔法を見様見真似でできるなんて、流石私の娘」

「えへへー。私はお母さんといつも一緒にいるからね!」

 

 褒められたことで少女は嬉しそうに剣を振り回す。

 しかし、その次には「危ないからやめなさい」と止められ、一気に意気消沈としてしまった。

 そんな娘を見た女性は、ため息をつくと少女の頭を撫でる。

 

「はあ、全く⋯⋯。そこまで落ち込むことないでしょう? ⋯⋯今日は久々に、帰ったら何か食べましょうか。自分の魔力ばっかりじゃ飽きるでしょうしね」

「本当に!? じゃあさ、何にするー?」

「何でもいいわよ。貴方の希望に任せるわ」

 

 少女は「うーん」と考え込み、一分ほど経つと突然顔を上げた。

 その顔は期待に満ち溢れており、想像を楽しむように笑顔になっている。

 

「ハンバーグがいい! あっ、でもお肉って手に入る?」

「ふふっ、心配しなくてもいいわ。それくらいなら大丈夫よ」

「うわーい! ありがとうね、お母さん!」

 

 子どもらしく無邪気に喜び、少女は母親に満面の笑みを見せる。

 母親の方も嬉しく思ったのか、つられて笑っていた。

 

「ええ。⋯⋯さあ、帰りましょうか」

「うん!」

 

 少女は母親の手を取ると、彼女達は仲睦まじく自らの住まいへと戻っていった────




一応、三話まで続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

並行の番外編2「死を乗り越え、生を見る」

もう誰の視点かはバレるでしょうが、あえて何も書きません。ただ、生き物であるならば成長する日は来ます。知性があるなら精神的にも。これは本来とは違う軸での成長をした誰かのお話。死を見て感じて、絶望しながらも生きる者のお話です。


 ──あの時私はどうして何もしなかったのだろう──

 

 今でも心に思う、その言葉。いわば後悔といういつの時代、どこの世界の誰にでもあるであろう感情。しかし今の時代、この世界では数えるほどしか見ない。そして私以上に長い間後悔している者にはもう会えないだろう。

 

 小さいものはあったが、大きな前触れはなく、数百年前に未曾有の大災害が世界を襲う。それは地表を氷で覆い、地上の生きる者全てを殺した。そもそも知っていたところで変えようのないことだった。姉に言わせれば、それが地球上に住む生命の運命だったのだろう。

 地上には、そして地続きで繋がる幻想郷すら何も残らなかった。植物は凍り、人間も死に絶え、妖怪すらも消えていった。予測していたであろう賢者も、不老不死である蓬莱人すらも行方不明となった。

 私が知っている限り、生きている者は妖怪ですらなくなった私と私の娘だけだ。百年も前ならまだ10人ほどいたが、もはや見ることはなくなった。

 

 どうやってこうなったのか、過程は分からない。だが原因は曖昧ながらも理解している。おそらくは私が彼に目をつけられたからこうなったのだろう。この世界、この宇宙からも外れた誰にでも成りうる誰でもない者に。全ての元凶は私だ。地球が凍ったのも、生命がいなくなったのも、そして⋯⋯家族が死んだのも。だからこそ後悔している。悔やんでも悔やみきれない。

 

 

 

 未曾有の大災害とともに幻想郷を襲った謎の地震。それは地を浮かせ、ありとあらゆる建物を破壊した。その際、私を庇った吸血鬼の姉はいとも簡単に死んでしまった。幻想郷の結界がどういうわけか曖昧になり、神秘を失っていたことが原因らしい。運悪く姉が死んで数分後には外の世界がなくなり、神秘も戻った。もう少し早ければ姉が死ぬこともなかったはずだ。⋯⋯もちろん偶然でないことは知っている。証拠はないがあいつのせいで間違いない。

 

 だが私があの本を読み、感知されなければこうはなっていなかった。

 だから私のせいだ。だから今もあの夢を見るんだ。

 

「■■、貴方は生きなさい⋯⋯」

 

 涙が溢れる私の目を見て、涙が溢れる私の頬を撫でてくれた姉の最後。

 

「私よりもずっと⋯⋯長く生きるのよ⋯⋯?

 みんなを守ってあげて。今日から貴方がここの当主なんだから」

 

 その時私は、瓦礫に埋もれ徐々に冷たくなる姉の手を握りしめていた。

 名前を呼び続けても話し続ける姉を見ていた。

 

「⋯⋯はあ、そんな顔しないの。⋯⋯もう自由よ。いつの間にか、私よりも大きくなっちゃって⋯⋯。ほんと、妹のくせに生意気よ⋯⋯?

 こら、こら⋯⋯。ここは、泣くんじゃなくて、笑う⋯⋯ところで、しょう?」

 

 必死に叫ぶも声は届かず、姉の瞼を閉じていった。

 死を実感できず、周りのことも気にせずに一心不乱だった。

 

「⋯⋯ああ、なん、て⋯⋯。嬉しいわ。貴方が、立派に⋯⋯。私の愛する、■■■■⋯⋯」

 

 姉は最後に私の名前を呼んで息を引き取った。何故か嬉しそうに笑顔で消えた。

 私の夢もそこで目覚める。起きた時は、いつも枕が濡れている。

 

 

 

 まだ他にも夢を見る。抗えない寿命で死んだ従者の夢。未曾有の大災害に巻き込まれた私の半身の夢。病気が悪化した頼れる者のいなくなる夢。契約主がいなくなり、どこかへ消えた者の夢。食料が尽きる中も最後まで家を守ってくれた者の夢。

 

「お姉さまなんて大嫌い!」

 

 そして一生後悔することとなった、些細なことで喧嘩し、そのままいなくなった妹の夢。

 もう1人の妹も彼女の後を追い、同じように殺された。

 

「助けて⋯⋯」

 

 私が着いた時、もう1人の妹が無残に殺される瞬間だった。

 助けを求めて手を伸ばすも届かず、力なく地に落ちる瞬間だった。

 

「────!」

 

 声にもならない叫び声を上げながら、殺した相手を同じように殺してやった。

 反撃する間も与えず、それは数秒足らずでいとも簡単に殺せた。

 

「⋯⋯ごめん、なさい」

 

 まだ息のあった妹へ駆け寄ると、彼女は小さく呟いた。

 治療できないくらい負傷している妹は、死を悟ったのか私にそう言った。

 

「私が、悪いの⋯⋯。私のせいで⋯⋯」

 

 そんなことはない、と答えるも彼女は首を振る。

 自分だけ責任を負って逃げるように死のうとしていた。

 

「もう、なんでそんな顔、するかなぁ⋯⋯。笑ってよ。⋯⋯最後くらい⋯⋯私に笑顔を見せてよ」

 

 大切な妹が死にそうな時に笑えるはずもなく、彼女は悲しそうに顔を歪めた。

 だがその顔も一瞬だけで、次の瞬間には笑顔になっていた。

 

「仕方ない⋯⋯。私が笑ってあげる、ね? ⋯⋯ほんとっ、頼りないお姉さま⋯⋯。

 でも、好きだよ? 私は⋯⋯そんなお姉さまが大好きだからね⋯⋯?」

 

 姉と同じように、彼女も笑顔で息を引き取った。また私の前から消えていった。

 

 この先のことは覚えておらず、また夢にも出ない。

 ただ愛する妹達に墓を作ったことは鮮明に覚えている。

 

 この時からだ。病気や飢えで死なない身体なのに、病死や餓死を恐れるようになったのは。

 家族以外の者を信用できず、娘と2人だけで暮らすことになったのは。

 

 

 

「お母さん、怖い顔している⋯⋯。何かあったの?」

 

 そして、最後に残った唯一無二の家族を守るために生きると心に誓ったのは。

 昔は必要なかった治療魔法に手を出し、不死なのに死を恐れ、逃れようとしたのは。

 

「⋯⋯大丈夫よ。ちょっと、怖い夢を見ちゃっただけだから、心配しないでいいわ」

「⋯⋯そっか。ならよかった!」

 

 今はただ娘のために生きたい。彼女が死なない身体を持つとしても守り抜きたい。

 彼女にただ⋯⋯幸せになってほしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

並行の番外編3「白い世界の狩りと遊び」☆

時間軸は諸事情により並行の番外編1よりも前の話となります。


 ──氷寒絶縁地下

 

 氷に閉ざされた世界。そこで昔、存在していたと言われる幻想郷から行ける地下空間。

 年間平均気温はマイナスを下回るが、それでも地上よりはまだまだ暖かな世界。

 

「ベラ、お待たせ⋯⋯」

 その地下に存在している、とある館。

 そこでは人ではない2人の人物が暮らしていた。

 

「あ、お母さん! おかえりなさいっ!」

 

 重たそうに扉を開け『お母さん』は玩具が溢れる部屋へと足を踏み入れる。

 

 それを見たベラと呼ばれた赤髪の小さな少女は満面の笑みを見せて『お母さん』の元へと駆け寄る。そして会えないことが悲しかったのか、すぐさま抱きしめた。

 

「ええ、ただいま⋯⋯。大丈夫? 1人で退屈だったんじゃない?」

「大丈夫! 私ね、魔法の練習してたから!

 今度は雷の矢だよ! 射ったら敵がシュバンってなるの!」

 

 心配そうにする『お母さん』に対して、ベラは楽しそうな顔で返す。

 それを見てか、『お母さん』の不安もいつの間にか消えていた。

 

「これで私専用の武器も確立できたよね? でも近距離用の武器はお姉さん達のを使わないとダメかな、やっぱり。弓だけじゃ戦いにくいしね」

「ちゃんと考えているようで偉いわ。そろそろ頃合いかしらね。別の場所へ()()のも」

「や! 狩りが唯一の楽しみなのに、できない場所なんていやー!」

「心配しなくても大丈夫よ。そんなに平和な場所なんて、私達は行けないから⋯⋯」

 

 どこか悲しそうにする『お母さん』に、それを聞いて嬉しそうにするベラ。

 人間的にはおかしな光景だが、ベラにとっては当たり前な感情だった。

 

 それほどに、この世界は一般的なものとはかけ離れている。そして何より、ベラ自身人間ではないので、人間的な感情を持ち合わせていないらしい。

 

「よかった! 安心したよ、争い皆無なんてつまんないもんね。

 やっぱり吸血鬼は略奪、侵略、殺戮、蹂躙! 魔法でババっと、遊びたいよねー!」

 

 指で数えるようにして言葉を並べ、その光景を思い浮かべてか笑みを見せる。

 

「⋯⋯どうしてこんな性格になったのかしらねぇ。変なことは教えていないはずなのに。

 それはそうと、今日は貴女の楽しみにしている狩りに行かない?」

 

 その言葉にベラは嬉しそうに飛び跳ねる。

 外見の年齢相応の反応を見せるベラは、ただの人間の子どものようにも見える。

 

「やったー! 新しい矢を試し射ちできるね! うーん、でも氷で動きを止めてからじゃないと当たりづらいかな。それに炎も使ってみたいよね。あっ、消すのはあるけど、燃やす方が面白そうだから!」

「作戦を立てるのはいいけど、今回も悪霊だけ狩って魔獣は狩れない可能性があるわ」

 

 それを聞いた途端、一瞬にしてベラの表情が変わった。

 大きな喜びから小さな落胆へと変わったのだ。

 

「えー! 燃やせないのつまんないよー。悪霊も火で燃えたらいいのになぁ」

「普通の魔獣も火じゃ燃えないわよ⋯⋯。というか貴女の炎なら燃えるでしょうに」

「よく燃えないのー。獣だとボーボー燃えるんだよ」

 

 いつも通りのやり取りなのか、ベラ達はすぐに話を切り上げると扉へと歩いていく。

 そしてベラの部屋から出ると、どういう訳かそこは館の出入口に繋がっていた。

 

 それが当たり前だと言うように、ベラ達は特別な反応を示さない。しかしベラは未だ嬉しそうに張り切って歩いている。

 

「⋯⋯この結界もいつまで持つかしらねぇ。アレが来ない限り壊れることはないし、来るわけないと思うけど⋯⋯用心するに越したことはないわね」

「お母さんは本当に嫌いだよね。お父様のこと。や、お父様なんて言えるような個体はいないか。だって私のお父様はお母さんだもんね!」

「ええ、確かにそうね。⋯⋯アレが生物学上の男ではないとは思うけど。どっちかと言えば女性だと思うのよね。女王とか名乗ってた記憶があるし⋯⋯」

「お母さーん。そろそろ地上だよ? 考え事は後ー」

 

 ベラの言葉に『お母さん』ははっと我に返り、先行く娘の元へと慌てて飛んでいく。

 

 

 

 

 

 彼女達が辿り着いた世界は一面真っ白だった。

 氷に覆われたその地上は、生命がいないと実感できるほどの寒さに支配されていた。

 

 その寒さに対応できているらしい2人は、薄着でも寒そうにはしていない。

 

「ふーん、マナの調子は良さそうね。安心したわ」

「でもおいしくないよ? 自分で作って消費するなんて、不変の循環はつまらなーい」

「文句言わないの。それが切れたら貴女も不老不死じゃなくなるわよ? まあ、切れても私が何とかするから大丈夫だけど⋯⋯」

「お母さんはオドしかないのにね。大丈夫なの? ま、いいや。そんなことよりー」

 

 そう言ってベラは静かに何かの呪文を唱え始める。

 

 しばらくすると、ベラの手に光が集まり、自身の背丈ほどもある弓を形作る。

 それは些か不気味な彩色で、見るものによっては不気味な感覚を煽る。

 

「無銘なる弓⋯⋯そろそろ名前付けた方がいいかな? カッコいい名前とか!」

「効率重視でいいと思うわよ。変な名前を付けて私みたいに後悔することになるわよ」

「お母さんはお母さん。私は私だよ! だからカッコいい名前付けるー」

「ああはいはい。⋯⋯気を付けなさい。何かいるわ」

 

 その刹那、『お母さん』に向かって黒い影が近づき、それは爪を露わにして襲いかかる。

 

 しかしそれに気づいた彼女は、とっさに召喚した大きな盾で受け止め、後方へ退いた。

 

「お母さん、大丈夫? 」

「びっくりしただけよ。盾なんて使う必要なかったわ」

「お母さんって強がりー。でも殺しちゃダメだよ。私がするー!」

 

 ベラは弓を構える姿勢をとると、右手に青白い光を集中させる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「凍止・冷風。凍えて冷えて固まれ!」

 

 青白い光を変質させて矢に見立てて弓を引き、そして放つ。

 

「アウッ──」

 

 矢は目にも留まらぬ速さで真っ直ぐと進み、敵の左胸に命中した。

 悪霊はなおも襲おうと身体を動かすも、どういうわけか動けない様子だった。

 

 それもそのはずで、矢が刺さった部分から徐々に氷が広がっていたのだ。

 それによって動きが鈍くなっていき、最終的には身体全体が氷に覆われた。

 

「よし、止まったね! 雷光・帝の鉄槌!」

 

 次に黄色い光を集め、再び矢として変質させると弓を引き、凍る幽霊の元へと放った。

 悪霊に命中するとともにその上空のみ暗く染まる。そして音を立てて雷が降り注いだ。

 

 氷漬けにされていた悪霊はいくつもの雷に打たれて粉々に砕け散り、跡形もなく消え去った。

 

「うわぁ⋯⋯。酷い有り様ね。まあ、未練があったからいたのでしょうけど、あの悪霊も。だから強制成仏できた、っていうことでいいわね。前向きに考えましょうか」

「うーん⋯⋯血を浴びたい。お母さん、魔獣探しに行くよー!」

「あ、うん。⋯⋯本当、誰に似たのよ⋯⋯」

 

 母親はその無邪気さと残酷さに呆れるも、娘に付き合わないわけにはいかず、先を歩むベラの元へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 ベラ達が魔獣を探し始めてから数時間後。

 探し出した時間が遅かったということもあり、すでに陽は落ち始めていた。

 

「ねぇ、ベラー? もういいんじゃない?」

「や! まだ探したいの!」

 

 しかし未だにベラは諦めずに、魔獣と呼ぶものを探し続けていた。

 

「はぁ⋯⋯。諦め悪いところは血筋が影響しているのかしら?

 ベラ、後10分探しても見つからなかったら──」

「あー! 見つけたよ! えーっと⋯⋯熊さんの魔獣かな?」

 

 ベラの見る方向には白を基調として、禍々しい黒色に侵食された熊のような何かがいた。

 見るからに、姿を見せれば襲いかかってきそうな荒々しさと恐ろしさを秘めている。

 

「うそぉ⋯⋯。って、騒いじゃダメよ。気づかれたら逃げられるわ」

「多分こっちに来ると思うよ。知性低いし、魔獣も血が好きだしね!」

「任せていいの? もちろん何かあったらすぐにでも⋯⋯」

「はいはい。⋯⋯借りるね、レーヴァテイン!」

 

 ベラは燃え盛る剣を召喚し、剣を地面に突き刺して敵の様子を見やる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うーん⋯⋯敵は知性がなくて荒ぶってる。魔法は使えないよね、私達じゃあるまいし。

 私のマナは調子良好。⋯⋯それなら。うん、そうしよう!」

 

 口早に呪文を挟み、敵へ向かって飛んでいく。

 

「『ur・thorn』──()いで『nied』! クーマーさんっ!」

「ガウッ!? アァ!」

 

 ベラは徐々に素早さを上げながら、猪突猛進に魔獣へ剣を向けて突進する。

 

 流石に大声を出しているベラに気づいた魔獣は、凶悪な爪を向け、ベラへと振り下ろした。

 

「アゥ!?」

 

 ──しかし爪の振り下ろされた場所にベラは居ず、魔獣の背後へ回っていた。

 

「やったー、成功したー!」

「アァッ──アッ!?」

 

 魔獣もとっさに声の聞こえた方向に振り向こうと体を動かす──否、動かしたはずだった。

 

 傍から見れば魔獣は微動だにせず、まるで攻撃を待っているようにも見える。

 

「血をちょーだい。の前に、切れて燃えて死んじゃえ!」

 

 動けない魔獣に対し、躊躇なく燃え盛る剣を振り下ろす。

 自身にかかる返り血を気にせずに、ベラはその行為を繰り返す。

 

 そして斬り終えたと同時に、切り裂かれた部分からは炎が現れて燃え広がる。魔獣は動くこともできず、ただ叫び声をあげることしかできないようだった。

 

「アハハ! 美味しいお肉になるのかな? 燃やされて苦しいのかな?

 楽しみだね、面白いね! でも⋯⋯可哀想だし、もう楽にしてあげるね⋯⋯?」

 

 ベラは悲しそうに話して首に剣を突き刺し、とどめを刺す。

 そこで魔獣の声は途絶え、音を立てて崩れ落ちた。

 

「母親なのに貴女がよく分からないわ⋯⋯。やっぱりまだ戦うのは早いのかしら?」

「うん⋯⋯。ま、次は大丈夫だよ! だから安心して任せてー!」

「そう、分かったわ。⋯⋯ここは昔の妹に似ているのかしらねぇ。

 さあ、帰るわよ。魔獣は私が持つから先に行きなさい」

「はーい!」

 

 悲しそうな表情から一変。調子も戻り、明るく家のある方角へと戻っていく。

 そんな娘を見て、頭を悩ましながら後ろを飛ぶ『お母さん』だった。

 

 

 

 

 

 ベラ達が家へと帰り、必要のない夕食を済ませた後のこと。

 

 ベラの母親は外へ出る支度を済ませ、出入り口の扉に手をかけていた。

 

「それじゃあ、行ってくるわ。ベラ⋯⋯お留守番お願いね」

「うん!」

 

 心配と悲しみが入り交じった不思議な表情を浮かべながら、『お母さん』はそう言った。

 しかしそんな母親の感情も知らずに、ベラは笑みを浮かべて見送っている。

 

「おそらくだけど、一週間ほど家を空けると思うわ。⋯⋯一応、外への出入りは閉じるから出れないとは思うけど⋯⋯お願いだから、絶対に外に出ないでね。分かった?」

「はーい!」

「元気が良すぎるのも逆に心配ね。まあいいわ。⋯⋯行ってきます」

「行ってらっしゃい!」

 

 ベラに見送られながら、『お母さん』は白い世界へと出かけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Izabella ???

 

 ──地下空間の館

 

 地下に存在する館に1人で残ったベラは、母親が出ていってからしばらく様子を伺っていた。

 

「⋯⋯おかーさーん! ⋯⋯うん、もうそろそろいいかな?」

 

 大声を出し、母親がいないことを確認すると扉の方へと歩み寄る。

 

 ──お母さんは何も知らない。私が1人で外に出ていることや、自分が捨てた私の能力の強ささえも。何もかも気づいていない。それだけ鈍感なのもあるけど、やっぱり一番大きな問題は私を守ろうとするその性格のせいだと思う。

 

「連合から、統覚を⋯⋯」

 

 ベラは集中して、自身の能力を発動させる。

 彼女の能力は強力というわけではないが、使うためには時間をかける必要がある。

 

「⋯⋯これで私は、誰にも気づかれないね!」

 

 大きな声で小さな音を出して、扉へと近づき、それを開ける。

 そして何にも気づかれることなく、彼女は外へと出てしまった。

 

「外だー! また遊ぶぞー!」

 

 実は彼女、イザベラこと通称ベラは、母親がいない間に秘密で外へと出ている。

 これは能力を使っているからこそできることで、通常は出ることさえも叶わない。

 

「今日は何で殺して遊ぼうかー? でも魔獣さん達はいじめないようにしないとね。可哀想だし、何より数が減ったらお母さんに気付かれるし!」

 

 ベラはとても気楽に、翼で飛んで白い大地の地上へと目指していく。

 

「あ、何か光った? ⋯⋯面白そう! 見に行こっと!」

 

 そしてその選択が、彼女を変えるきっかけになるとはまだ思ってもいなかった────




これにて、番外編は終了となります。

続きは、三章の時にでも⋯⋯


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別編一日目「血濡れの次女と大罪の末妹」

明けましておめでとうございます( ´ ω ` )
私が小説を執筆し始めてから早2年。今年も処女作である紅転録での番外編⋯⋯に加えて⋯⋯。


年末年始特別編!
Twitterで投票を行った自分の執筆する紅転録×罪妹録の特別編です。投票の結果、紅転録時空での話になったので紅転録時空での話となります。本編とは一切関係ないのでご注意を。
ついでに言うと、完全にスカーレット姉妹主役となります。

それと書き方が微妙に違いますが、以前として中の人は変わっていないので御安心くださいませ(



 side Renata Scarlet

 

 ──霧の湖

 

 たまには1人になりたい気分になる時もある。お姉さまやフラン達と喧嘩したわけではない。何かに対して怒ったり、怒られたわけでもない。ただ、ふとそういう気分になっただけ。それだけの理由で、日の差さない霧の湖を歩いていた。⋯⋯そもそも今は平和だし、たまにはこういう日があってもいいだろう。姉妹と戯れるのも楽しいけど、1人静かに落ち着いた1日を過ごすというのも──

 

「⋯⋯あー、できなさそうですねー」

 

 突然、霧の奥深くで雷のような音とともに、何かが大きく光った。だが、今日は生憎と晴れ。いくら幻想郷でも雷なんて落ちるわけないし、明らかな異変の兆しだった。巫女や魔法使いに任せるのもいいけど、見たからには放ってはおけない。というかまぁ、好奇心的にも何が起きたのか見てみたい。

 

「鬼が出るか蛇が出るか⋯⋯ふふん、楽しみですね」

 

 内心嬉々として現場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯あー、既視感。同族ですかね? 大丈夫ですかー?」

 

 雷のような何かが起こった場所に向かうと、そこにあった⋯⋯いや、居たのは小さな少女だった。フランに似た赤のドレスを身に纏った緑色の長髪を持つ女の子。背中にはお姉さまに似た翼があり、そこから同族ということが分かる。ただ、私よりも小さいから年下のはずなのに、どこがとは言わないが私よりも大きい。別に妬ましいとか羨ましいという気持ちはない。ない⋯⋯けど、複雑な気持ちだ。

 

「ん⋯⋯あれ、ウロ⋯⋯?」

「え? あ、あの、大丈夫です?」

 

 目を擦りながら私を見て何か言ったみたいだけど、一先ずは安否確認だ。見たところ外傷はないみたいだし、とりあえずは大丈夫そうかな。傷のない場合の回復魔法は苦手だから、あまり使いたくはない。失敗した時が怖いし。

 

「⋯⋯お姉ちゃんの匂いがする。え、あれ。誰!?」

 

 知らない人だと気付いて警戒したのか、少女は突然起き上がって身構えた。鋭い爪を露わにして、真っ赤な瞳で私を睨んでいる。その姿はお姉さまやフランが怒った時と似たものを感じる。

 

「落ち着いてください。私はレナータ・スカーレットことレナです。大丈夫、敵ではないですよ」

「⋯⋯証拠が欲しい。敵じゃないという証拠。手を上げてじっとしてて、ね?」

「はい、いいですよ」

 

 言われた通りに手を上げると、少女は警戒した様子で近付いてくる。少女は手が触れるほどの至近距離まで近付くと、私の身体に顔を近付けた。

 

「えーっと⋯⋯何をしているのです?」

「匂い。やっぱり、お姉ちゃんと同じ匂いがする。それと⋯⋯スカーレットって言ったよね?」

「はい、言いましたよ。⋯⋯え、何か悪かったりします?」

「ううん、大丈夫だよ。私もスカーレットって言うの。ハマルティア・スカーレット。ティアって呼んでね!」

 

 先ほどの警戒した顔付きはどこへ行ったのやら。眩しいほどの笑顔でそう言われ、流石の私も戸惑ってしまう。どうして急に警戒を解いたのか。それに、お姉ちゃんの匂いって⋯⋯どういう意味だろう。

 

「レナ、もしかしてお姉ちゃんの知り合い? それとも、実は姉妹?」

「す、すいません。話に付いていけません。お姉ちゃんって誰です?」

「フラン。フランドール・スカーレット。その服からお姉ちゃんと同じ匂いがする。それに、レナからも同じ雰囲気がある」

「あー⋯⋯」

 

 あ、凄い既視感⋯⋯。というか、デジャヴ。これはあれか。平行世界とか別世界のスカーレット姉妹かな。私の親に隠し子とか居ないはずだし、この娘の話し方的にフランとは会っているはず。もし会っているなら、フランがこの娘のことを話さないわけがない。だから、この娘の姉が同族で同姓同名じゃない限り、この世界の住人ではないのだろう。前に何度かあったし、多分間違いない。

 

「レナ、どうしたの?」

「いえ⋯⋯もしかしてですけど、ここの場所の名前って知りませんよね?」

「え⋯⋯? そう言えば、ここってどこなの?」

 

 ここが幻想郷だということも知らない⋯⋯。となれば、やはり違う世界の住人か。一応、もう少し確証を得るためにちょっと聞いてみようかな。

 

「ここは幻想郷。忘れられた者の集う世界です。ちなみに、レミリアって知ってます?」

「うん。お姉様の名前。やっぱり、レナのお姉ちゃんもレミリアとフラン?」

「いえ、レミリアは姉ですが、フランは妹ですよ。スカーレット家の次女です。そう言う貴女は末妹なのです?」

「うん。じゃぁ、レナは私のお姉ちゃんなんだね!」

 

 お姉ちゃん⋯⋯不思議な気持ち。三姉妹のはずなのに、いつの間にかいっぱい増えてたし。いや、増えた原因私だけど。別世界の妹だとしても⋯⋯あ、まだそのこと話してないな。

 

「えーっと、ティアさん?」

「ティアでいいよ、レナ(ねえ)

「レナ姉⋯⋯。まぁ、いいかも。あ、聞いて驚かないでくださいね。恐らく貴女が居る世界とここの世界は別世界です」

「ふーん⋯⋯えっ? そうなの? ⋯⋯私、帰れる?」

 

 ティアは多少驚いた顔を見せたけど、すぐに受け入れてそう質問する。明らかに飲み込みが早いけど、彼女も慣れているのだろうか。だが、心配そうにはしているようだ。

 

「⋯⋯多分、帰れると思いますよ。魔法に不可能はありませんから」

「そうなの? ⋯⋯あ、うん。確かにそうかも。私がここに来た原因、多分⋯⋯ルーン魔法で遊んでいたからだと思うの。ルーン魔法で遊んでて、気が付いたらここに居た」

「な、なるほど⋯⋯」

 

 ルーン魔法凄っ。え、ルーン魔法って基本的に弱い効果しか発動できないんじゃないの? 異世界転移とか、上位⋯⋯下手したら最上位の魔法じゃない。と、とにかく。パチュリーならその手の魔法も詳しいだろうし、帰って相談してみるか。

 

「ティア、行くあてが無ければ一緒に来てください。元の世界に戻せる可能性があります」

「本当!? ありがとう、レナ姉!」

「いえいえ。困った妹を助けるのは姉の役目ですから。そう言えば、今は何歳なのです? 見たところかなり小さい⋯⋯いえ、一部大きいですけど」

「今? 58! そう言うレナ姉は?」

 

 幻想郷を知らなかったし、もしやとは思ったけど⋯⋯そんなに昔なのか。私が60くらいの時って何があったか。⋯⋯考えても思い出せない。狩りとかを楽しんでいたかな。⋯⋯あー、ダメだ。全く思い出せないや。っていうか、今の年も曖昧だし⋯⋯やっぱり長く生きていると記憶が薄れるなぁ。

 

「今は⋯⋯500以上ですね。500超えてから数えていません」

「私の8、9倍? うわぉ。いっぱい生きてるんだね、レナ姉って。⋯⋯あ、お姉ちゃんやお姉様も居るよね。お姉ちゃん達も、もう500くらいなの?」

「はい、そうですよ。今から行く場所に居ますから、方法が分かった後に行ってみます?」

「うん! お姉ちゃんとお姉様に会ってみたい!」

 

 何とも純粋無垢で可愛い妹だ。フランやルナとはまた違った可愛さがある。あの2人もこれくらい純粋無垢だったら⋯⋯。いや、あまり言えばバレそうだしやめようか。あの娘達が怒るのは、あまり想像したくない。怖いし、積極的過ぎるし⋯⋯。

 

「とりあえず⋯⋯ティア、こちらへ入ってください」

 

 例の如く長距離瞬間移動用の抜け穴を作り、そこに手で入るように促す。

 

「入るのはいいけど⋯⋯怖くない?」

「えぇ、大丈夫ですよ。ただのワープですから。紅魔館に繋がっていますので、見慣れた光景かと思いますよ。咲夜が多少空間を弄ってはいますが」

「⋯⋯分かった。じゃぁ、先に行くね」

 

 ティアは警戒もせず、自ら穴の中へと落ちた。先に行くと思ってなかった私は、慌てて彼女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、原初のルーンね。配列も聞いたもので間違いないなら⋯⋯今日も入れて3日もあればその魔法に対抗する魔法を作り出して、元の世界に戻す事もできると思わう」

 

 帰ってすぐにパチュリーに相談すると、パチュリーは幾つかティアに質問した後、そのように返した。まさか本当にパチュリーに相談しただけで帰れるようになるとは思ってもみなかったが、流石パチュリーだ、としか言えない。

 

「本当に? ありがとう!」

「でも、驚いたわ。平行世界だとしても、貴方達の妹だなんて。今何人姉妹よ?」

「ティアを入れて⋯⋯6人ですかね。私にお姉さま、フランとルナとミア。一応、三姉妹なのですけどね」

「もう三姉妹って言うのやめていいんじゃないかしら」

 

 確かに⋯⋯。もう人数も倍になったわけだし、そろそろ五姉妹とか名乗ろうかな。⋯⋯でも、語呂的に微妙だし、やっぱり三姉妹の方がいいか。それに、五姉妹の内2人は双子みたいな存在だし。

 

「レナ姉、早くお姉ちゃん達に会いたい。それに、ルナとミアという人にも」

「ルナはともかく、ミアに会えるかは運次第ですね。あの人、放浪癖がありますから」

「そうなんだ。なら、まずは他のお姉ちゃん達に会いたい」

「では、まずはお姉様から会いに行きましょうか」

 

 ティアの手を引き、お姉さまが居るであろう書斎へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様ー!」

 

 お姉様の書斎に着くと、待ちきれなかったのか、ティアはノックもせずに部屋へと入る。急いで私も後に続くと、中では目を丸くさせたまま、ティアに抱き締められているお姉さまが椅子に座っていた。何とも羨ましい光景だが、私に気付いたお姉さまが目で助けを求めているから、急いで助けないと。

 

「ティア、お姉さまが困ってるみたいですから、一旦離しましょう」

「あ、うん。お姉様、初めまして! ティアって言いますっ!」

「えーっと、どういう事? この可愛い娘誰?」

「別世界のスカーレット姉妹の末妹ですよ。なので、私達の妹です。元の世界に戻るまでの3日間、ここに住む事になりましたので、一緒に面倒を見ましょうね」

 

 私がそう話すと、お姉さまは頭を抱えて黙り込んだ。流石のお姉さまでも理解が追い付かないらしい。元々フランとは真逆で、柔軟な発想はできない方だし、仕方ないと言えば仕方ないが。

 

「お姉様、よろしくねー」

「⋯⋯まあ、可愛いからいっか。ティアって言ったわよね? そっちにも居るみたいだけど、改めて自己紹介するわ。レミリア・スカーレットよ。しばらくの間よろしくね」

「うん! あ、ハマルティア・スカーレット、さっき言ったティアで良いからね! でね、お姉様。頭撫でてー」

「ええ、いいわよ。⋯⋯誰かさんよりも素直で可愛いわねぇ」

 

 凄く目線を感じる。一体誰の事を言ってるんだろうか。少なくとも、私じゃないよね。多分、フランとかルナの事だよね。私はまだ素直な方だし、うん。

 

「レナ姉は素直じゃないの?」

「そうなのよねぇ。あの娘、いつでも甘えて良いって言ってるのに、来てくれないのよね。今も羨ましいはずなのに、ずっとそこで立ってるだけだし」

「いやいや。普通に考えて恥ずかしいだけですからね? 別世界だと言っても、妹の前で頭撫でられるとか⋯⋯」

「あら。その言い方だと私が普通じゃないみたいねぇ?」

 

 あっと。怒らせちゃったかな。いつもは気にしないくせに、お姉さまったら⋯⋯何がしたいのやら。適当に理由を作って、私に何かするつもりなのかな。⋯⋯嫌な予感する。と、とりあえず、逃げよっか。

 

「あ、少し用事を思い出したので」

「ティアを置いて何処に行くつもりよ」

「あっ──」

 

 後ろから誰かに肩を掴まれる。恐らく、というか確実にこの手はお姉さまだ。だが、気付くには時すでに遅し。振り解く前に、私は椅子の近くへと連れられる。そして、無理矢理引き寄せられ、強制的に頭を撫でられた。どうやら、これだけのために怒ったフリをしたらしい。お姉さまの方こそ素直になればいいのに。ティアはといえば、逆の手で頭を撫でられ、猫のように気持ち良さそうにしている。

 

「よしよし。妹2人に囲まれて、私は幸せだわ。⋯⋯レナも撫でられるだけで気持ち良いでしょ? いつでも私の元に来ていいからね?」

「むぅ⋯⋯分かりました。いつか来ます。でも、恥ずかしいので⋯⋯次は、2人っきりの時に」

「ふふっ、ええ、分かったわ。ティア、貴女もやってほしい事はどんどん言いなさい。できる限りの事はしてあげるから」

「はーい⋯⋯嬉しい、ありがとうね、お姉様⋯⋯」

 

 あまりの心地良さにティアは膝をついて眠りかけている。このまま寝るのもいいけど、ここで寝るとフランやルナと会うのが遅くなる。善は急げという言葉があるくらいだし、会うのも早い方がいいだろう。

 

「お姉さま、すいません。これからフランとルナに会う約束もあるので、今日はこれくらいで」

「あら、そうなの。ティアは3日くらい居るのよね?」

「うん、そうだよ。どうしたの?」

「いえ、明日暇だから一緒に寝ようかと思って。もちろんティアが良ければ、だけど」

「え⋯⋯いいの?」

 

 ティアは喜びと驚きの混ざった奇妙な顔をお姉様に向ける。それは小さい時に見た、お姉様やフランの顔に似ていた。その時私は改めて、世界が違えど同じ姉妹を持つ妹なのだと実感する。例え、同一存在なだけで、同一人物ではない姉妹だとしても。⋯⋯ついでに言うと、髪や胸も私達とは違うけど。ティアの世界のお姉さまやフランは、ティアみたいな胸だったりするのだろうか。⋯⋯それはそれで有りかな。

 

「ええ、いいわよ。⋯⋯レナ、フランとルナも誘ってあげて。居るならミアも」

「え、私は⋯⋯」

「心配しなくても省いたりしないわよ。じゃあ、ティア。お姉ちゃん達によろしくね。きっとあの娘達、新しい妹だとか言って喜ぶと思うから」

「うん! レナ姉、行こっ!」

「あ、デジャヴ⋯⋯」

 

 ティアに手を引っ張られ、お姉さまの部屋を後にする。そして、フランの居る地下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、別世界の妹⋯⋯えぇっ!?」

「妹⋯⋯妹? オネー様、本当に言ってる?」

 

 地下の部屋に着いてすぐ妹2人に状況とティアの事を説明すると、フランもルナもお姉さま以上に驚いた顔をした。予想では柔軟な発想を持つ2人なら、あまり驚かないと思っていたのだが⋯⋯予想外だ。それに私が転生した云々の話は知ってるはずだし、もう少し落ち着いた反応すると思ってた。

 

「お姉ちゃん、白いお姉ちゃん。よろしくね」

「⋯⋯うん、よろしくね! ちょっと抱っこしても良い?」

「あ、フランずるい。私が先」

「えー、私が先の方が⋯⋯。あ、なら一緒にじゃダメ?」

「⋯⋯それなら良いよ。ティア、良い?」

「うん、いいよー」

 

 まるで人形を取り合う子どものように、妹2人はティアを抱き締める。和やかで微笑ましくなる光景だ。あの輪の中に入れなくても、心が浄化されるようで嬉しい気持ちになれる。私吸血鬼だから、浄化されたらダメだけど。

 

「あぁー、気持ちぃー。お姉様、ティアちゃん貰っても良い?」

「ダメです。っていうか、玩具みたいに言っちゃダメです」

「お姉ちゃん達相手なら、オモチャになって良いよ?」

「推奨しちゃダメですよ。この娘達、本気にしますから」

 

 冗談だとは思うけど、少しティアが怖くなってきた。もし本気だったとしても、気持ちは分かるけど。いやだって、お姉さま優しくてカッコいいし、お姉さま相手なら私は命も⋯⋯って、私は何を言ってるんだろう。

 

「ねぇ、ティアちゃん。お姉ちゃん達と遊ばない?」

「言い方⋯⋯。悪い人みたいになってますよ」

「悪くないよー。ティアちゃん、何して遊びたい?」

「んー⋯⋯何でも良いよ。私はただ、こうしてお姉ちゃん達と一緒に居るだけで嬉しいから」

 

 その言葉に、一瞬だけ世界が凍り付いたかのように皆が動きを止める。皆が今、不思議な感情や疑問に襲われてるのだろう。ティアは一体、どんな暮らしをしてきたのだろうか。フランやルナでも、ただ一緒に居るだけで良いなんて言葉、中々口にしない。それなのに、ティアは平然と、当たり前のようにその言葉を発した。もしかしたら、私達以上に辛い経験をしていたのかもしれない。今は無邪気な子どもでも、きっと昔は⋯⋯。

 

「お、お姉ちゃん達⋯⋯どうしたの?」

「ううん、何でも無いよ。だから、ずっと一緒に居てあげるね」

「ティア、今日は一緒に寝よう。私達がずっと横に居てあげる。⋯⋯ついでにオネー様も寝る?」

「あ、寝ます。ついでに言うと、明日お姉さまが暇らしいので、一緒に寝ようと誘ってましたよ」

 

 私がそう話すと、2人は同時に頷いた。本当に息の合った妹だ。喧嘩もあまりしないし、私とミアとは大違いだ。いや、信頼はし合ってるんだけど。ただ、ミアが放浪癖あるから会えないってだけで。昔は確かに恨まれてたらしいけど、今は全然仲良いし。

 

「あ、2人とも、ミアが何処に居るか知りません?」

「ミアなら一昨日くらいに天界に行くって言って消えたよ。多分、明日か明後日には帰ってくるんじゃないかな」

「天界って⋯⋯。本当に自由ですね」

「今日ミア姉には会えない? そっか、残念」

 

 本当に残念がってる。できれば会わしてあげたいけど、ミアがいつ帰るかは彼女の気分次第だから、会えるかどうかは運次第になるだろう。最終日に会えないかもしれなかったら、私がどんな手を使ってでも連れ帰るつもりだが。

 

「大丈夫、心配しなくてもきっと会えるよ。それよりさ、人生ゲームしない? 昨日新しいの見つけたんだよね。外の世界の言葉が多いけど、それはお姉様が説明してくれるだろうし、ね?」

 

 それを私の方を見て言われても困るのだが。まぁ、人生ゲームは何度もやった事がある。知識の利でこれならフランに負ける確率も低いだろう。勝負事に関しては強いし、今度こそは勝ちたい。というか、負けた時に要求される事が色々な意味で重いから勝たないとマズい。

 

「やってみたい。レナ姉、お願い」

「まぁ、ティアの頼みなら⋯⋯いいですよ」

「ありがとっ。初めてするから、どうなるか楽しみ」

「⋯⋯どうせフランが勝ちそうな気もする。絶対に阻止しなきゃ」

 

  その後、意気揚々と人生ゲームをする、愛おしい妹達の姿が見れた。

 

 ちなみに、今回はティアが1位、次に運良く私とフランが同着と続き、最下位はルナとなったとか。悔しそうにするルナのために、その後も何度か人生ゲームを繰り返し、私達は楽しい時間を過ごした────




末妹だからか、ただみんながティアちゃんに甘くするだけの話になった(

時系列説明してなかった。
時系列は紅転録は一部二部の間、まだフィオナに会ってない時空ですね。本編関係無いので平行世界ですが。
罪妹録は第2章の11話まで。なので、ウロには会って、美鈴には会ってません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別編二日目「並行姉妹達の団欒」

特別編の第2話。以前も似たような題名があったような気がしますが、まぁ、気にしない方向で。
ちなみに、三日目は明日の九時予定。間に合うかは私の頑張り次第ですが(

とにかく、ごゆるりと


 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(食堂)

 

 昨日はフラン達と夜遅くまで遊び尽くし、疲れたまま風呂に入ったせいかそのままフランの部屋で寝てしまった。普通は夜に活動する吸血鬼だけど、幻想郷に来て生活リズムを変えた私達は人間のように生活する。ほとんどの理由が霊夢に合わせたお姉さまの影響なのだが。ティアも不思議がっていたが、私達と一緒に遊んでいるうちに気にしなくなった。むしろ姉が一緒に居るならと、その生活を受け入れてすらいた。

 

 ティアに紅魔館の構造を一通り説明し、半日かけて紅魔館を巡ったり、まだティアが会ってないらしい美鈴や咲夜達に会いに行った。みんなに可愛がられ、ご満悦な様子を見れて私も嬉しい。しかし、それと同時に羨ましくも思った。ティアにじゃなく、美鈴や咲夜に対して。あの可愛い顔を間近で見れて、尚且つ撫でれるなんて羨まし過ぎる。まぁ、やろうと思えば私もできるんだけど。⋯⋯自分から言うの、恥ずかしいし。

 

 それはともかく、現在はみんなで夕食を食べている。いつも通り普通に食べて、すぐにお風呂にでも入るかと思っていたが、そこで驚く事が起きた。

 

「⋯⋯ティアちゃん、胃袋どうなってるの?」

「もごっ⋯⋯え、どうして?」

 

 昨日はろくにご飯を食べてなかったからか、ティアの食欲が凄まじい。ティアの要望に的確に応える咲夜は、チキンにステーキにラム肉に⋯⋯様々な食料を提供した。ティアはその全てを短時間で平らげ、さらに多くの量を求めた。あの小さな身体に、あれ程の量がどうやってあの小さな身体に入るのか分からないが、凄いとしか言えない。

 

「いやいや。今何品目? 私やルナでもそんなに食べないや」

「こっちのお姉ちゃんも同じ。お腹は小さいのに、よくそんなに入るね、って言われる」

「ふーん⋯⋯栄養が全部胸の方に行ってるのかな。良いなぁ」

「⋯⋯フランはそのままでも良いと思いますが。可愛いですし」

 

 姉としては、妹は小さい方が撫でやすいし、愛でやすくて可愛い。それに、妹の方が大きいと何かとプライドが守れない。妹よりは優位に立ちたいし、姉としては守られるよりも守りたい。だからこそ、妹よりは大きく⋯⋯あ、いや。別に興味は無いけど。そもそも姉妹揃って大きさは全く同じだし⋯⋯。

 

「子ども扱いされてる気がする。お姉様よりは大人なのに」

「はいはい。早く食べてくださいよ。もちろん、ティアはゆっくりでも良いですからね」

「うん、分かった。でも、急いで食べるね。早くみんなでお風呂に入りたいから」

 

 ティアは食事のペースを上げる。ガツガツと肉を貪り、ごくごくと飲み物を飲み干す。まさに暴飲暴食の申し子だ。それにしても、美味しそうに物を食べる。そして、この光景をしばらく見ていたいくらい可愛い。

 

「お姉様、ティアちゃんに甘過ぎない?」

「末妹ですから。それに、歳もかなり遠いですし」

「末妹なのは私もなんだけどなぁ」

「だからこそ、いつも言う事聞いてるじゃないですか。もちろん、これからも聞きますから」

「ふーん⋯⋯ま、それなら良いよ。じゃ、落ち着いたら何か聞いてもらおっかなぁ」

 

 おおぅ。何をされるのやら⋯⋯。ティアが帰った後が怖そうだ。お姉様の元にでも避難しておこう。

 

「ごちそうさま! お姉ちゃん達、お待たせ。行こー」

「おーけー。オネー様、先に行ってる。片付けよろしく」

「マジですか⋯⋯」

「あらあら」

 

 私の返事も待たずに、フランとルナ、そしてフラン達に引っ張られるティアはお風呂へと向かった。この場に残された私とお姉さまはため息をつきながらも、残された食器を手に取る。

 

「お嬢様、レナ様。良ければ私が。妹様達を待たせてしまいますよ」

「いえいえ、手伝いますよ。咲夜にばっかり任せるのも悪いです」

「そうね。少しくらい遅くなっても大丈夫でしょうし、私も手伝うわ」

 

 そうして、フラン達の分も片付け、ついでに食器を洗った私達は、フラン達の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レナ姉の能力って何?」

 

 フラン達の後を追い、お風呂に入ってすぐの事。隣で身体を洗っていたティアにそう聞かれた。ちょうど身体をシャワーで洗い流したところで、痛そうに少し震えていた。私達吸血鬼にとって流水は通れない、動きを止める程度のはずだけど、世界によって弱点の効き方も違うらしい。後で痣にならないかが心配だ。

 

「私の能力は『ありとあらゆるものを有耶無耶にする程度の能力』ですよ。それより、流水大丈夫です?」

「うん、大丈夫。ちょっとピリってしただけだから。有耶無耶にするって、要するにどういう事?」

 

 久しぶりに能力の詳細を問われた気がする。確かに、私も有耶無耶と言われてもピンと来ない。そもそも、名付けたのはお姉様だし、私は悪くないけど。

 

「一言で言えば認識の阻害です。触れてるモノに使うと、その対象をぼかす事ができます。私以外に認識できなくなるだけなので、干渉する事はできますけどね。まぁ、触れてる事すら気付けませんが」

「⋯⋯地味ってよく言われる?」

 

 真っ直ぐと、曇りない眼を向けられる。初めて言われたのが異世界とはいえ妹なのは、心に来るものがある。凄く悲しい。

 

「言われないですっ。意外と使えますからね。⋯⋯まぁ、魔法の方が好きですけど。使用量も魔法の方が多いですし、色んな事ができますし」

「ふふっ、レナ姉、お揃いだね。私も能力より、魔法をよく使うよ」

「お揃い⋯⋯良いですね、それ。嬉しいです」

 

 笑みを浮かべられ、同じようにそれを返す。知ってか知らずか、ティアは姉の扱いが上手いらしい。一度下げてから上げるなんて、それも純粋無垢な妹にされるなんて、思わなかった。やっぱり、スカーレット家の姉妹はどこの世界でも可愛いらしい。

 

「ティア。ティアの能力は何です?」

「力を吸収する能力だよ。触れたモノにある力で、自分を強化できそうなモノなら、何だって吸収できるの。あ、でも。吸収した力は10分くらいしか使えないし、お姉ちゃん達には効かないっていう欠点はあるよ。お姉ちゃんに効かないのは別に良いんだけど」

「⋯⋯羨ましいです。めちゃくちゃ使い易そうな能力じゃないですか」

「うーん⋯⋯そう? レナ姉が言うなら、そうなのかな」

 

 魔法の方をよく使うから私みたいな地味な能力かと思えば、思った以上に王道で強そうな能力だった。逆にどうして魔法の方をよく使うのか分からないくらいだ。対象に触れるという前提があるから、使いにくいだけかもしれないけど。

 

「レナ、ティア。何してるの? 早く貴方達も、一緒に湯に浸かりましょう?」

 

 と、お姉さまが一向に風呂に浸からない私達を見かねてやって来た。⋯⋯毎回思うのだが、姉妹だからと言って、前を隠さないのはどうなのか。目のやり場に困る私の気持ちにもなってほしい。もちろん、そんな事は全く気にしないだろうけど。お姉さまにとって、私はまだまだお子様みたいだし⋯⋯。たまには、一泡吹かせてみたいものだ。

 

「あ、ティアちゃん。ちょっとタイム。こっち来て」

「どうしたの?」

「ちょっとここに座って。で、足を伸ばして、腕をこうして⋯⋯」

 

 何やらフランが悪巧みをしてる。ティアに湯船の前に座らせ、何かしらのポーズをとらせているようだ。下手に関わって怒らせないように、お姉さまと共にルナの待つ湯に浸かる。身体だけでなく、心まで温もって癒される。まぁ、それは湯の効果というよりは、お姉さまが横に居るからだろうけど。

 

「うん、こんな感じで良いかな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「⋯⋯お姉ちゃん?」

「ふふふ。やっぱり、ティアちゃんは可愛いね。言われるがままにしてくれるなんて、純粋で可愛くて好きっ。今すぐにでも食べちゃいたいくらい。けど、それはティアの世界に居る私に悪いだろうしね。あ、もう良いよ。一緒に入ろー」

 

 フランはティアを引き連れて、私の横で湯に浸かる。フランもティアも、気持ち良さそうに気の抜けた笑顔を見せる。それを見て、私もつられて頬が緩む。妹達が幸せそうで何よりだ。だが、あまり見てると自分を抑えれなくなる。可愛い顔、柔らかな肌、小さくも美しい身体。それら全てが私の好みであり、愛すべき対象だ。しかし、自分を抑えるためにも目の前にあっても触る事ができない。もし抑えれなくなれば、それこそ理性を失ってただの悪魔と化す。それだけにはなりたくない。

 

「吸血の代わりにさ、今日も私の隣で寝ようね」

「フラン、貴女は昨日一緒に寝たんでしょ? 今日は私の番よ」

「レミリアオネー様、違う。今日は私」

「ルナには悪いけど、今日は私だからね?」

 

 いつか見た妹を取り合う光景。懐かしい気もするし、目新しい気もする。だけど、そんな矛盾した感覚は気にならない程微笑ましい光景だ。私もこの輪に入った方が良いのだろうか。⋯⋯いや、どうせなら、このまま行く末を見るというのも⋯⋯ダメか。蚊帳の外になるし、入った方が楽しいだろう。

 

「ティア、私の隣にしません? 貴女の世界にはお姉さまもフランも居るみたいですし、ね?」

「うん、そう言えばそっか。なら、そうした方が良い?」

「お姉様ずるーい。それだと自動的にお姉様とルナにならない?」

「そうよね。私とフランの事も考えなさいよ」

「あ、え。その⋯⋯」

 

 バラバラだった2つの矛先が私へ向いた。お姉さまとフランは肌が触れ合う程近くに詰め寄り、圧力をかけてくる。危うく屈しそうになったその時、間にティアが割って入った。少し怒ってるようにも見える。

 

「お姉ちゃん、お姉様。レナ姉困ってる。めっ」

「あ、ティアちゃん。別に喧嘩してるわけじゃ⋯⋯ううん、そうだね。今日は私もお姉ちゃんなんだから、ティアちゃんの好きなようにして良いよ」

「そうねぇ。私も大人気なかったかしら。ティアは誰の隣で寝たいの?」

「うーん⋯⋯レナ姉と白いお姉ちゃんの間。お姉ちゃん達、ごめんね?」

 

 ティアは両手を合わせ、お姉さまとフランにそう謝る。それを見て頷くお姉さまと何故か無言になるフラン。そして、フランはそのまま何も言わずに、ティアに抱き着いた。が、ティアの豊満な胸のせいで、しっかりとは抱き締めれてないけど。

 

「お姉ちゃん⋯⋯?」

「⋯⋯は! あ、ごめん。可愛過ぎてつい。最近、お姉様が構ってくれないから欲求不満なんだよねー」

「言い方。フラン、言い方に悪意があります」

 

 まるで私がサキュバスか何かみたいな言い方だ。いや、この場合だとサキュバスはフランの方か。⋯⋯あながち間違ってないな。性格も、それ以外諸々全部同じかもしれない。1つ違うとすれば、夢の中に現れない事くらいか。

 

「だって本当の事じゃん。構ってくれないと、レミリアお姉様に浮気するよ?」

「レナ姉、お姉様と付き合ってるの? 良いなぁ⋯⋯」

「ティア? 勘違いしないでくださいね? ただ仲良いだけですからね?」

 

 誤解が誤解を招く。だけど、ティアは引くどころか羨ましく思ってるようだ。私の知るスカーレット姉妹って、どうしてシスコンばっかりなのだろう。それもガチな。しかし、可愛いから理由は分かる。分かるけど⋯⋯なんだかなぁ。

 

「え? ならさ、お姉様。レミリアお姉様を私のものにして良いの?」

「はい? 何言ってるのです? それしたら、フランでも許しませんから。もししたら⋯⋯後悔する事になりますよ?」

 

 姉妹としてはお姉さまもフランも変わらないくらい大好きだ。それは同じ姉妹であるミアもルナも変わらない。が、恋愛的な意味なら話は別だ。私が一番愛する人は、昔も今も、そしてこれからも変わらない。お姉さまただ1人だ。それを邪魔するなら、フランでも仲違いしない程度には許さない。⋯⋯もちろん、本気で喧嘩なんて絶対にしたくないから、しないんだけど。まぁ、仲が悪くなるようなら、一層の事みんな仲良しルートを目指すつもりではいる。

 

「へぇー? 後悔させれたら良いね。というかさ、お姉様もレミリアお姉様も、元から私の⋯⋯」

「はいはい。長くなるからそこまでにしましょうね。それと、逆上せそうだから先に上がっておくわ」

「あ、それなら私も上がります。ティア、行きましょう?」

「うん、分かった」

 

 お姉さまだけ上がるはずが、何故かみんなで上がる事になった。みんなお姉さまが大好きだから仕方無いけど。私のライバル、やはり少し多い気がする。この世界にも、別世界や平行世界にも。

 

「⋯⋯そう言えば、ティアのサイズに合う下着とかあるの?」

「大丈夫よ。パチェの下着借りてきたから。美鈴だと大きかったし」

「お、流石レミリアお姉様。準備良いねー」

「あの、なんでティアのサイズ知ってるのかという疑問が⋯⋯。別に良いですけど」

 

 お風呂から上がった私達は、いよいよお姉さまの部屋に向かう。長かった1日が、ようやく終わりを告げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レナ姉、ねぇ、レナ姉起きてる?」

 

 夜遅く、隣で寝ていたティアが眠れないのか話しかけてきた。先ほどまで、みんなではしゃいでたはずなのだが、まだまだ眠くないらしい。ちなみに、私のもう片方の隣には無理を言ってお姉さまにしてもらった。なので、今私はお姉さまに甘えてお姉さまの腕を掴んでいる。温かくて、気持ち良い。いつも一緒に寝てるフランには悪いけど、すんなり受け入れてくれたから良かった。もちろん、後で何か要求されるのだろうけど。

 

「どうしました?」

「⋯⋯レナ姉、夜に寝るのって、不思議な感じがするね。私達、吸血鬼なのに」

「ええ、そうですね」

 

 ティアは朝に寝て夜に行動する典型的な吸血鬼だから、未だに違和感を覚えてるのだろう。私も昔は夜に行動してたけど、今ではお姉さまの影響で人間のような生活をしている。元々人間だったけど、それも遥か昔の話。忘れてた感覚が戻る事は無いが、長い時間を経て慣れはした。

 

「⋯⋯私、ここに来て良かったと思う。最初は慌てたけど、楽しいし、こっちのお姉ちゃん達も私のお姉ちゃん達と変わらない優しさを持ってる。だから、良かった。これもそれも、レナ姉と最初に会えたから。ありがとうね」

「ふふっ、別にいいですよ。こちらこそ、会えて良かったです。楽しいし、違う世界でもお姉さまとフランは幸せそうですから。まぁ、ルナやミアが居ないのは⋯⋯仕方無いですけど」

 

 本来は『原作』に居ないキャラだし、恐らくは世界によって存在の有無も違うだろう。特にミアは、私の半身なのだから居る確率の方が少ない。だから、居ないのは仕方無い。だけど、この世界に居てくれる事には感謝という言葉しか浮かばない。ティアも同様に、別の世界で生きて、この世界に来てくれて本当に良かった。あちらの姉妹にも心配をかけるから、長居はできないけど。代わりに、何か面白い事でも⋯⋯そうだ。

 

「そうだ。明日、幻想郷の楽しい遊びを教えます。楽しみにしてくださいね」

「うん、分かった。楽しみにしてるね」

 

 アレを作るのには時間がかかるだろうけど、作ってからは楽しめるだろう。多分、それが終わったら元の世界に帰る事になるだろうけど。それでも、ティアには大きな楽しみをプレゼントしたい。どれだけ長い間生きていても、忘れられないような楽しい記憶を。

 

「⋯⋯それじゃぁ、おやすみなさい。レナ姉」

「ええ、ティア、おやすみです」

 

 お姉さまを掴んでいた片方の手でティアの方へと伸ばし、目を瞑った────




ちなみに、お風呂シーンの押絵の完全版はTwitterの方で見れます。見えてはないので健全ですよ!(

ティア主体というよりは、レナ視点だからスカーレット姉妹主体な話となった気がする⋯⋯


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別編三日目「出会いの終わり」

間に合わなかったのです()

まぁ、気を取り直して。最後の締めは幻想郷ならではのお遊びで。

では、ごゆるりと


 Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(図書館)

 

 ティアが来てから3日目。そして、今日はティアが帰る日。最後に楽しい一時を過ごす前に、その準備のために図書館へとやって来た。まぁ、楽しい事をするのも、外は日光が邪魔という理由で、図書館でする事になったから都合が良い。

 

 そのついでだが、パチュリーにティアはもう帰れるのかも聞きに行ったのだが──

 

「ああ、それなら昨日のうちに終わったわ。意外と簡単にできたのよねぇ」

 

 ──と言うので、今は楽しい事のための準備をしている。思った以上にパチュリーが万能で、気遣いがとても上手なのに驚いた。親友であるお姉さまのためだろうけど、そうだとしてもとても嬉しい。パチュリーのお陰で、ティアと長い時間を過ごせたのだから。

 

「⋯⋯この紙に書けばいいの?」

「はい。ルールは先ほど教えた通りです。この紙には、技名を契約書形式に書くだけで、他には何もする必要は無いです。もちろん、その技名を体現した技を考える必要がありますけどね。なので、今から考えるのはその技ですね。最初に大まかな内容を別の紙に書いて、そこからどうやって弾幕を展開するかも考えてみましょう。今回は少なくても3枚、時間があれば5枚作ってみましょうね」

「ティアちゃん。難しかったら、お姉ちゃんと同じでも良いからね?」

「うーん⋯⋯」

 

 最早ここまで話してたら、たとえ今誰が来たとしても何をしてるか分かるだろう。私の言う楽しい事の正体は、『弾幕ごっこ』である。楽しくて、恐らくティアの世界でしていないであろう遊びはこれしか思い付かなかった。相手がもしも人間なら悩む遊びだったが、同じ吸血鬼だから話は別だ。それなりに硬いだろうし、耐久も再生力も高い。もちろん、手加減はするけど、吸血鬼だから事故死する可能性はほぼ無いだろう。

 

「せっかくだから、自分のを作ってみる。思い付いたの、いっぱいあるから」

「そっかー。困ったり、悩んだりしたら遠慮無く言ってね。できる限りの事はするからね」

「うん、ありが──」

「居たー!」

 

 女性の大きな声が図書館内に響き渡る。毎日のように聞き慣れたようで、稀にしか聞かないこの声。もう1人の私であり、片割れでもあるミアだ。ようやく、家に帰ってきたらしい。天界に行ってたらしいし、これくらいかかるのも不思議では無いが。ミアはティアを見つけると、一目散に近付き、その小さな身体で自分よりも僅かに大きなティアを抱え上げた。ミアより大きいとは言っても身長は勝ってる。だが、胸では圧倒的に負けてるから、ミアの方が小さく感じるのだ。

 

「美鈴から聞いたよー! ティアちゃん、よね? 初めまして! ミアだよー」

「⋯⋯びっくりした。レナ姉と瓜二つ。違いは翼の有無だけ? それと性格かな?」

「そうねー。でも、仲は良いからね? 昔は色々あったけど。自己嫌悪とかも無い仲良し姉妹だから安心してね」

「なかなか会えない人なのですけどね。疎遠になりがちです」

 

 ミアの放浪癖は今に始まったことじゃない。私はしばらく会わない事にも慣れている。だけど、ミアとティアが会わないというのは流石に可哀想だ。ティアは楽しみにしてたし、ミアも知ったら喜ぶはずだ。実際今出会ってそうなったし。だから、ティアが居る時に帰ってきてくれて本当に良かった。

 

「何作ってるのー? あ、スペカね。それなら手取り足取り教えてあげれるよ?」

「大丈夫だよ。自分で作ってみたいの。でも、ありがとうね」

「ふふっ、いいよいいよ。困った時は遠慮無く言って良いからね」

「うん、その時はお願いするね」

 

 ティアは私達に見守られながら、黙々と作業を行う。一生懸命に作るその姿は、見てて微笑ましいものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できた! お姉ちゃん達! 終わったよー」

 

 作業を始めてから数十分後。各々が──ティアを気にしながらも──本を見たり談笑したり、自由にしている時にその声が上がった。作り終えた達成感に嬉しそうにするティアの手には、5枚の紙が握られている。恐らくは、全てがスペルカードなのだろう。時間があればと思ってたが、想定以上に早く終わった。それも、私達の助け無しで。これなら余裕を持って遊ぶ事ができる。

 

「思ったより早かったね。どう? 自分での出来具合は」

「多分、上手くいったと思う。お姉ちゃん、私の、見てくれる?」

「うん、もちろん! じゃ、まずは練習しよっか。お姉様達、良いよね?」

 

 颯爽とティアの元に向かったフランがみんなに大きな声でそう話す。その質問に当たり前のように頷いて返すと、フランはティアを引っ張って空中に浮く。広い図書館ならではの行動だ。今から、この図書館で弾幕ごっこを始めるのだろう。

 

「まずはお試しから。本番は次ね。ティアちゃん、どれでも良いからスペカ1枚使ってみて。私が全部避けてあげるから」

「うん。あ、よろしくお願いします」

 

 フランの挑発的な発言を挑発だと気付いてないのか、ティアは礼儀正しくもそう返す。下から見てると何をしてるのか見づらいが、どうやらどれにしようか迷ってるようだ。5枚のスペルカードを見比べて、頭を傾けてる。対するフランはワクワクしながらティアの1枚目のスペルカードを待ちわびる。

 

「⋯⋯これにきーめた! お姉ちゃん、覚悟はいい?」

「いいよ。遠慮したら、すぐ終わっちゃうからね?」

「うん、もちろん本気だよ! 罪源『エンヴィティア』!」

 

 ティアが1枚のスペルカードを手に取って大きく上げ、声高らかに宣言する。展開された弾幕は粒状の弾幕を辺り構わず撒き散らした。狙う場所は適当に見えて、その内の1つはフランを狙い、他の弾幕は逃げ場を狭めるように計算され尽くしている。それはまるで、お姉様の不可能弾幕『フィットフルナイトメア』のようだ。あっちは名前の通り避けれるものでは無いが。

 

 フランは慣れた動きで、かすり(グレイズ)を狙って余裕を持って避けている。お姉さま達も流れ弾を軽く避け、手練のような雰囲気を出していた。対する私は避けるのが苦手なので、『イージスの盾』という防護壁を使って守ってる。

 

「アハハッ! ティアちゃん凄いね! 初めてにしては綺麗だし、狙い方も上手だよ!」

「うん、ありがとう! じゃぁ、当たって負けちゃお?」

 

 ティアが悪魔のような笑みを浮かべたその瞬間、弾幕の密度が濃くなる。フランの顔からは余裕が消え、流れ弾はより一層激しさを増し、私達を襲った。が、それでもフランは当たる事無く、余裕が消えても笑顔で避け続けた。

 

「凄い凄い! ティアちゃん、本当に上手だよ! だから、私も本気で──って、あれ」

 

 久しぶりに狂った笑みを見せるフランだったが、突然消える弾幕を見て呆気にとられ、動きを止めた。

 

「あ。効果時間終わっちゃった」

「ありゃりゃ。残念⋯⋯」

「ごめんね、お姉ちゃん」

「ううん、いいよいいよ。次もあるしね。それを楽しもっか」

「うん!」

 

 ティアとフランはしばらく空中で話した後、仲良く手を繋いで降りてきた。私達もすぐさまそこへ集まり、ティアを褒め称える。

 

「ティア、凄かったね。レミリアオネー様より上手」

「何故そこで私が出てくるのよ。ま、上手なのは認めるけど。ティア、良かったわよ。今度は私と一緒に遊ばない?」

「レミリアお姉様、次も私だよ。ティアと約束したしー」

「連続なんて強欲ねぇ?」

 

 今にも2人で弾幕ごっこを始めそうな2人の間に、ティアが割って入る。昨日に続き、喧嘩の仲裁に積極的な妹だ。私は気弱だから、とても頼りになる。

 

「お姉ちゃん、お姉様。喧嘩はめっ。どうせなら、みんなで一緒に遊ぼ?」

「えっ、みんなで? ⋯⋯良いわね、それ。でも、6人じゃ少し多いし⋯⋯何回かに、何人かに別けて遊びましょうか」

「さんせーい。フラン、あみだくじ作って!」

「ルナが作れば⋯⋯ま、いいや。最初は2対2で良い?」

「ええ、お願い。もちろん、ティアは確定だからね」

 

 そそくさと机に向かい、1枚の紙を持って戻ってくる。そこへ各自、自分の名前を書き込んで、くじを完成させる。そして、その結果──

 

 

 

 

 

「あ、レナ姉とだ!」

「よろしくです、ティア」

「当たらなかったかー。まぁ、レナ、頑張りなよー」

「はいです。頑張りますね」

 

 ──私とティア対お姉さまとフランになった。図らずも、原作にいない姉妹と原作の姉妹対決になった。ティア側になったからには負けられない。別世界や平行世界の姉として、見本を見せなければならない。

 

「あ、ふーん。レミリアお姉様とかー。あれ、試してみる?」

「良いわよ。レナ、被弾は2回、弾幕は4回。どちらも2人合わせてで良いかしら。ルナやミアも待たせちゃうし」

「もちろん良いです。なので、早速始めますか」

「ええ。⋯⋯始めましょうか」

 

 4人とも一斉に宙へと舞い上がり、全員揃って身構え、スペルカードを手にした。

 

「先行は譲るわよ?」

「先の方が不利じゃないですか」

「でも、お姉様の言う事は聞きたい。良い?」

 

 ティアがチラリとこちらを見て尋ねた。自分の意見を押さずに、私に求めてくるのは可愛いものだ。だが、こういう時くらい、自分の意見を押してほしい。もしかしたら、これが最後の遊びになるかもしれないのだから。

 

「はい、もちろん任せますよ。今回の主役はティア、貴女ですから。あ、でも。危なくなったら、1枚だけ使いますけどね」

「ありがとう。食圧『ハマルラフム』!」

 

 ティアがスペルカードを宣言したと同時に、辺りから魔力でできた何かが複数体現れた。1つ1つがしっかりとした形を成しており、モコモコとしている。

 

「あら可愛い。⋯⋯羊かしら?」

「うん、正解。さぁ、みんな。頑張れー」

「フラン、しっかり避けなさいよ」

「はいはい。分かってるよ」

 

 お姉さまとフランは互いに距離を取り、数多の羊から逃げる。羊以外に弾幕が出てこないからか、先ほどの弾幕よりはかなり簡単に見える。

 

「⋯⋯そろそろ良いかな。さぁ、私のモノになって!」

「あの、ティア? 待っ──」

 

 ティアは引き止める間も無く、急速に速度を上げて飛び始めた。そして、自分の放った羊の1匹へと近付き、その羊に()()()()()()()()()

 

「何を⋯⋯!?」

「ティアちゃん!? ⋯⋯あ、なるほどね」

 

 だが、羊に当たったティアに傷は無い。むしろ、元気が出てるようだ。発光してるように⋯⋯あれ、本当に発光してるように見えるんだけど。

 

「あはっ、いっぱい集めるよー!」

「嫌な予感がするねー。先に、潰しちゃおっか。禁忌『レーヴァテイン』。燃えちゃえ!」

 

 フランが身長に合わない程大きな炎の剣を作り出し、扱いきれてないかのように、大雑把に振ってみせる。実際は小さくすれば簡単に振れるだろうが、そうしないのは射程距離を上げるためだろうか。ともかく、じっとしていては当たるかもしれない。ここはフランに倣って、大雑把に避けよう。

 

「燃やさないでよ、もぅ。あ、ごーひきめ!」

「フラン! 私まで当たっ⋯⋯ぶなっ!?」

 

 徐々に集めていくティアに対し、フランは大雑把に剣を振りながらも的確に羊を潰していく。潰した時に現れた弾幕もかき消して。

 

「⋯⋯3分の1くらいかな。お姉ちゃんのせいで、ほとんど消えちゃった」

「悪いねー。私、手加減はしない人だから」

「いいよ。それでも充分集めれたから。じゃぁ、おねーちゃん。一緒に逝こ?」

 

 大雑把に振るわれる炎の剣を掻い潜り、フランへと近付く。そして、ある程度近付いたその瞬間、ティアの身体が更に発光して、大きな音共に爆発した。だが、煙が晴れた場所から現れたティアの身体に傷らしきものも、汚れすらも付いていない。

 

「ふ、フラン!?」

「ゴホッゴホッ、大丈夫。煙でむせただけで、被弾は避けたよ。レーヴァテインで守ったから」

「あーあ。残念。人喰『エンプーサ・ラミア』!」

 

 ティアは自分の周囲に妖夢の半霊のようなモノを出現させ、その全てをお姉さまとフランへ向かわせた。相手にある程度まで近付くと爆発して中から弾幕がばら撒かれた。2枚連続でスペルカードを避けるのは流石のお姉さまとフランでも難しいらしく、お姉さまに至っては慌てた様子で懐からスペルカードを取り出していた。

 

「早っ!? フラン、後ろに。 『レッドマジック』っ!」

 

 そうしてスペルカードを取り出したお姉さまは、即座に宣言した。更には姉らしく、フランを守るように前に立ちはだかった。宣言したスペルカードは複数の小弾に加えて大きな大弾を放つというもの。それをティアの弾幕にぶつけて相殺していく。かつて異変の時に見た、霊夢のように。しかし、お姉さまの方が若干押され気味なのか、徐々に後退してるようにも見える。

 

「お姉さま。終わり切る前にさ。あれ、やっちゃお?」

「ごめん。ちょっと待ってちょうだい。結構押されてる⋯⋯っ! ──よしフラン、いいわよ!」

「うん! 紅魔苻『ブラッディ──』」

「『──カタストロフ』!」

 

 互いの弾幕が弱まった一瞬の隙を付いて、お姉さまとフランが手を繋ぎ、スペルカードを宣言する。2人して一緒に弾幕を放ち始めた。仲が良さそうで嬉しいけどとても妬ましいし、羨ましい。

 

「多いなぁ⋯⋯」

「ティア、後ろも気を付けてください。あの大弾、どこかに当たれば破裂して弾幕密度増えます」

「あ、レナ! なんで教えるのよー」

 

 お姉さまはナイフのような弾幕を周囲にばら撒き、フランは一定間隔で大弾を放つ。大弾は壁や床に当たった瞬間に幾つもの小弾として弾けるから、鬱陶しい事この上無い。私は試しにこのスペルカードを受けると、十数秒程度で被弾した。時間が経てば経つ程、密度が濃くなって避けにくくなるのだ。

 

「レナ姉、このスペルカードは任せるね。私は、最後の1枚に賭けてみる」

「⋯⋯分かりました。1人で2人分なんて本当は大変なのですけどね。妹のためです。数回しか防げませんが⋯⋯あ、できれば耳を閉じてくださいね。聖石『リア・ファル』!」

 

 ティアが何かの準備のために少し離れたところで、スペルカードを宣言する。宣言と共に私の上空に大きなダイヤモンドが現れた。

 

「あ、やばっ」

「え、あれ何?」

 

 お姉さまは知らないから当たり前として、これを知ってるフランは顔を暗くするも弾幕を放つのを止めない。恐らくは、お姉さまの事を思っての事なのだろう。残念だけど、遊びでもお姉さまやフラン相手に勝負事で手加減するつもりは無い。

 

「よし⋯⋯叫べ!」

「っぐ、きたっ!」

 

 ダイヤモンドから小さな唸り声が聞こえ始めた。それは次第に大きな叫び声へと変わり、衝撃波のような球状の弾幕を幾つも発射する。耳を塞ぎたくなる程の大きな声にたじろぐも、私は耳を塞いで我慢して放ち続けた。お姉さまやフランも耐え凌ぎ、構わずに弾幕を放つ。

 

「ありがとう、レナ姉。──移動(ラド)。堕落『シンシスター』」

 

 ふと、視界の片隅で翼を動かすのを止め、地に落ちるティアの姿が見えた。慌てて近付こうとして落ちた先を見るも、ティアの姿は消えていた。

 

 そして、顔を上げた先に見えるお姉さまとフランの後ろに、先ほど地面に落ちたはずのティアが見えた。運良く弾幕は避けてるが、ただ落ちてるだけなのでいつ当たってもおかしくない。

 

「⋯⋯お姉ちゃん。今度こそ、当たろうね」

「え、いつの間──」

「バイバイ」

 

 フランが気付いたその時、ティアは笑顔でそう呟いた。そして、間も無くしてティアの身体が真っ白に光り始め、その場で大きく爆発し、無数の弾幕をばら撒いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。負けちゃったー!」

 

 弾幕ごっこが終わった後、フランはボロボロの服装で寝転んでいた。お姉さまも疲れ切った様子で、机にもたれかかってる。

 

「ティアちゃんズルくない? 背後に回って自爆とか、避けようないじゃん」

「ごめんね、お姉ちゃん。あまりにも当たらなかったから⋯⋯」

「ふんっ、別に良いよー。次やる時は絶対に負けないから。次はティアちゃんがボロボロになってもらうからね」

 

 しゅんとするティアに、フランは笑顔でそう返す。それにはティアも挑発と受け取ったらしく、機嫌良く頷き返した。

 

「ボロボロにって⋯⋯。フラン、目的変わってます。服、着替えます?」

「いいよ、後でで。それより早く次しようよー」

「なら早く名前書きなさい。次は私がティアを倒してみせるわ」

「ラスボスか何かですか⋯⋯」

 

 その後も何回、何十回とみんなで弾幕ごっこを繰り返した。ティア対私や、ティアとフラン対ミアとルナなど、様々な対決が行われた。途中、咲夜や美鈴も参加したりして、私達は永遠にも感じる程長い時間、楽しい一時を過ごした──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯楽しかったよ。ありがとうね」

 

 そして、その日の夜。いよいよ、ティアとの別れの時間がやって来た。皆が図書館に集まり、ティアはパチュリーによって配列されたルーンの石の前に立ってた。

 

「あっちの私にもよろしくねー。それと、また会えたらいいね」

「何か困った事があったら、遠慮無く私に聞きなさいよ。世界は違えど、それくらいはするはずよ」

「うん。ありがとうね、お姉ちゃん、お姉様」

 

 みんなが別れを告げていき、最後に話し終えてないのは私だけとなる。だからなのか、ティアは最後に私の前に立ち、笑顔を向けてくれた。

 

「⋯⋯何と言ったら良いのか分からないです。一緒に居たいですが、貴女がここに居てはあちらのお姉さま達に悪いです。私があちらに行くのも、こちらのお姉さま達に悪いです」

「でも、この出会いはとても貴重で嬉しい事。忘れるなんてイヤ」

「はい、そうですね。ですので、会わなかったら良かった、なんて事は思いません。ティア、何か困った事があれば、お姉さま達に頼ってくださいね。きっと、私はそちらには居ないでしょうから」

 

 居ない者に、手助け等できない。だから、ティアにはお姉さまやフランを頼ってもらう他無い。私にできる事が無いのは悔しいが、そこは愛おしい姉と妹が居るから心配は無いだろう。

 

「⋯⋯じゃぁ、レナ姉。またね。⋯⋯あ、でもね。レナ姉によく似た人は居るよ。性格は全然違うけど。ともかく、その人に困った事があれば頼るね」

「私に⋯⋯? まぁ、その人に悪いですが、良いと思いますよ」

「⋯⋯うん。じゃぁ、ね。長くなって余計に悲しくなるのはイヤだから、そろそろ行くね。また、いつか⋯⋯tia(ティア)!」

 

 ティアは最後にそう言い残し、ルーンに触れる。そして、光と共に姿を消した────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

 いつか見た夢の続き。それを見る事は全く無い。だけど──

 

「ウロー! 遊びに来たよー」

「最近よく来るわね? 何かあった?」

「うん。ウロによく似た人に、頼って良いと言われたから」

「わたしに⋯⋯? って、それわたしじゃないんじゃ意味が⋯⋯まぁ、良いや。とりあえず、そこの椅子にでも座りなさいな」

 

 ──ウロと出会う事で、その夢で見た人を思い出す事ができる。また近くに居るという感覚も味わえる。もちろん理由は分からないけど。そのお陰で、あの別れで悲しくなる事は無い。

 

 だけど⋯⋯またいつか。レナ姉達に会えると良いな────




ティアちゃんのスペカ、実は罪妹録とは別に新しく作った物です。なので、罪妹録では別のスペカが楽しめる⋯⋯という予定。今回出なかった五枚目のスペカは、後で活動報告のスペカ集にでも載せときます。


さて。これにて、特別編は終了となります。
紅転録NMの方も罪妹録終了後に再開して行こうと思いますので、その時はよろしくです。

もう少しコラボっぽいコラボ作れば良かったと今更ながら後悔中⋯⋯()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章「邪悪に満ちた魔のモノ」
15話「春の訪れ。動くモノ」


はい、一週間ぶりの本編です。
まあ、落ち着くまではおそらくこれが最高速度になると思います。落ち着いたらいつもの速さに戻ると思いますが、それまでご了承くださいませ。


 side ???

 

 ──王の玉座

 

「僕は最後にいつ夢を見ただろう」

 

 ■■■■■が帰ってからというもの、その者は退屈をより強く感じていた。

 だからこそ暇つぶしとしてそんなことばかり考えていた。その行為に意味はなく、また必要もない。その者にとっても、その者の成し得ることからも、無意味、無価値でしかなかった。

 

 その者は神からこの世全てのありとあらゆる叡智を授かった。それは世界をも支配できる力なのだが、それ故に神はその者の運命を縛った。叡智を司る力を与えながら、神はヒトとしての生き方を与えず、ただ職務に全うすべきだと、神の思う相応しい生き方を与えたのだ。その者が望んで知恵を手に入れたと後の世では語り継がれるも、本当は神が決めた運命だった。国の王として、魔術の祖として、神の人形として、その者は生きてきた。

 

 だが1人の女性がその者の運命を変えた。叡智、知識ではなく、女性には知性を与えられた。その女性にとって知性は与えたわけでなくとも、その者からしてみれば与えたのだ。それからというもの、その者が見ていた景色は何もかもが変わった。

 

「おや? 悪魔の1人消えた? 一体どこへ?」

 

 だが神はそれを許しはしなかった。悲劇を求む神はそれを嫌った。

 有るもの無いもの全てを使って、その者の運命を変えた。

 

「ん? なんだろう、この黒い──あっ」

 

 その者の玉座が、黒い渦のような何かに覆われる。

 それはその者を飲み込むとともに、痕形もなく消え去った────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side ◼■◼□

 

 ──どこかの森

 

 木々に囲まれた場所で、黒いローブを身に付けたその者は、見えない何かに手を触れていた。

 その先にある場所へ入ろうと、様々な手を試しているようだった。

 

「ソロモン様、どうですか? 繋げれそうでしょうか?」

「こらこら。急かしてはダメですよ。我が王よ、慌てず、ゆっくりでいいですよ」

「おいおい! もうすぐ春になる頃だぜ!? いくら何でも時間かかり過ぎだろ!?」

 

 その者──ソロモンと呼ばれた者の近くには、ドラゴンの身体と三つの頭を持つ悪魔がいた。

 一つ目の頭は犬。忠実で、丁寧な物言いをしている。二つ目の頭は鷲。優しく、王を思いやる気持ちが篭った口調だ。三つ目の頭は人間。傲慢で、王を見下すような言葉遣いだ。

 それぞれ意思を持っているらしく、それぞれの首が話している。

 

「⋯⋯うん、そうだね。もうすぐ春だ。このままではダメだね」

「あ? ようやく認めるのか?」

「こら、ビメ。我が王にその口の利き方はどうなのです。⋯⋯ですが我が王よ。

 ここで諦めると、貴方の狙う者は一生捕まえることができないと思いますよ?」

 

 鷲の頭にそう言われるも、ソロモンは首を大きく横に振る。

 どうやら「そうではない」と否定する意思を動作で示したらしい。

 

「大丈夫。他に策はいくらでもあるからね。だから君達以外にも、元の世界から数人、特異な人達を引き寄せたし、この世界からも幻想郷に恨みがありそうな者を引き寄せたんだから」

「そ、それは⋯⋯。ですが、あの方達は貴方の命令を聞くような者ではないと言えます。

 逆に貴方を殺そうとする者も多いでしょう。特に、あのやさぐれた青年は⋯⋯」

「ソロモン七十二柱、序列26位の龍公ビム。僕はソロモン、全ての叡智を授かった者だよ。どんな武器だろうと、能力だろうと、僕に適うことはない。遍くモノに対しての弱点が分かり、対策を講じ、核を突けるのだからね」

 

 ソロモンと呼ばれる男の口は笑みで歪んでいる。

 それを見たビムと呼ばれた鷲頭は、つられて微笑み、表情から心配という感情が消えた。

 

「ええ、はい。それもそうですね。我が王よ、少しでも疑った私を許してください」

「おいおい! こんな奴に許しを請わなくてもいいだろ!?」

「ビメ、ソロモン様に失礼だよ。僕達は彼に召喚された悪魔なんだよ?」

「まあまあ。喧嘩はそこまでにして。みんな一つの身体を共有する仲なんだからさ」

 

 言い争う頭達の会話に割って入り、気味悪いほど無感情な笑顔で彼らをたしなめる。

 反抗的な人間頭のビメもその言葉に静かになり、風の吹く音だけが広がる。

 

「それと僕は一つも怒ってないよ。だって僕達は仲間だからね。少し疑ったくらいで罰とか与えていたらキリがないし、敵対心を芽生えさせるだけだからね」

「お、おう⋯⋯そうか。だってよ。良かったな、ビム」

「ええ。ありがとうございます、我が王」

「さて⋯⋯じゃあ、そろそろ別の方面から試してみるとしようかな。

 あっちも結界を通れる程度の弱い悪魔達じゃ飽きるだろうしね」

 

 そう言って結界に背を向け、ソロモンは歩き出す。

 そして黒い宝石が付いた指輪の付いた方の手を天に掲げ、何かを小さく呟いた。

 

「⋯⋯よし。これで完了だよ。無いはずの僕の力と気配をここに有ることにした。

 これで僕達はここにいると幻想郷の賢者は思うだろうね」

「流石です、我が王。我が王はありとあらゆることをできますね」

「そうかい? まあ、確かに何でもできるかな。全ての叡智を司っているからね。さて、これで春には中に入れるかな。いや、きっと僕達なら入れるね」

 

 再びソロモンの表情が緩み笑顔になり、空を撫でて奇妙な裂け目を作り出す。

 それへ足を踏み入れると、ビム達龍公もそれに続き、ソロモン達は姿を消した────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Frandre Scarlet

 

 ──霧の湖

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 霧の湖近くにある静かな森。不安要素など一つもない平和で静かな場所なのに、何故か不気味な風を感じた。

 心当たりはないけど、私はその理由を知っている気がする。

 

 ──なんでだろう、どうしてだろう。

 

 疑問を頭に思い浮かべても答えは返ってこない。

 それもそうだ。だって私の中には(フラン)しかいないんだから。

 

 元々一つの身体を共有していた別人格としての(ルナ)は──まだ少なからず魔力は供給しているとはいえ──自立し、今は目の前でフィオナ達と遊んでいる。こうして見ると最初の頃から成長したなあ、と感じるけど、まだまだ子どもっぽい部分が多く残っている。例えば怒りぽかったり、泣きやすかったりする部分や、誰かに甘えようとするところなど。

 

 本当の意味での自立はまだだけど、きっと彼女もいつかは私の元から離れて独り立ちするんだと思う。その時は精一杯応援するつもり。もちろん姉として、家族として、私の半身として。

 

「フラン、どうしたの? 一緒に遊ぼ?」

 

 ただ眺めているのを心配してか、ルナが声をかけてきた。

 ルナはフィオナやその友人である妖精メイドのシュヴァハ、マルバー、パンサーの3人に加え、ここに来る途中出会った妖精のチルノ、大妖精の計5人と遊んでいた。私はフィオナを守るとお姉様に誓って出てきたし、妹や従者、友だちを守るために見張り役のように辺りを警戒していた。

 

 ちなみにお姉様は久しぶりにレミリアお姉様と2人だけで遊ぶらしく、嬉しそうに喜んでいた。

 妬ましくて少し腹が立ったけど、本当に嬉しそうだったから何も言いはしなかった。

 

「⋯⋯フラン?」

「ん、そうだね。遊ぼっか」

 

 あまり気を張りすぎるのもダメだよね。

 

 そう思って誘いを受け、ルナに連れられみんなのところへ向かった。

 

「あ、フラン! 何してたんだよ、来るの遅いぞ!」

 

 最初に出迎えてくれたのはチルノだった。その後ろには大妖精が付いてきている。

 いつも思うけど本当に仲のいい友だちだ。こういう関係は少しだけど憧れる。

 

 彼女達の後ろではシュヴァハ達妖精メイドが弾幕を放ち合い、弾幕ごっこをしているようだった。しかしシュヴァハの弾幕が弱くて小さすぎるせいか、戦いが一方的になっている気がする。

 

「ごめんごめん。それにしてもチルノ、吸血鬼に対してその態度はどうかなあ?」

「あたいはサイキョーの妖精だから問題ないぞ!」

「ち、チルノちゃん、フランちゃんを怒らせちゃ⋯⋯」

 

 冗談だと言うのに、大妖精は大慌てでチルノをたしなめる。

 

 お姉様に似て少し面白いけど、友だちだからやり過ぎはよくないよね。

 

「ふふふ、冗談だから落ち着いて、大ちゃん。チルノがこういう性格だって知ってるし、嫌いじゃないからね。ま、度が過ぎるなら怒るかもしれないけど。それよりもさ、今どういう状況?」

「え、えっと。さっきまで普通に弾幕ごっこで遊んでたんですけど⋯⋯途中でパンサーちゃんがシュヴァハを鍛える、って言って⋯⋯」

 

 うん、なるほど。大体察した。

 要は面倒見のいいパンサーが戦闘面だとかなり弱いシュヴァハを見かねて強くするために遊んでいるらしい。ついでに真面目なマルバーが一緒に遊んで手伝っている辺り、妖精メイドの中でもシュヴァハはかなり弱い方なのかな。

 

「ひぇぇ! も、もう無理です! 死んじゃいますぅ!」

「大丈夫、まだやれるって!」

「⋯⋯パンサー、体力の低い者に強要してはいけません。彼女にはメイドという本職がありますから。それも私や貴女より優秀です。仕事に支障の出ないよう、ここまでにしましょう」

「んー⋯⋯それもそうか。シュヴァハー、休憩だー!」

 

 パンサーの声に、シュヴァハは息を荒くしながら地面に降り立つ。

 そして体を他の妖精メイド達に支えられながら、私達の方へと戻ってきた。

 

「つ、疲れました⋯⋯」

「大丈夫? 疲労を回復することできるよ?」

 

 どこからともなく私達とは別の場所で見ていたらしいフィオナがシュヴァハに駆け寄ってきた。

 しかしシュヴァハはその申し出を断るように首を横に振る。

 

「も、申し訳ありませんが、回復されるとまた遊ぶ羽目になりそうですぅ⋯⋯」

「大変だね。でも戦う力はあって損しないと思うよ」

「いえ、私は家事さえできれば充分ですから⋯⋯」

 

 遠慮気味にそう言って、シュヴァハはその場に倒れ込んだ。

 

 絶対に疲労回復の魔法を使ってもらった方がいいと思うんだけどなあ。

 

「シュヴァハは体が弱いから、下手に強くなって妖精の枠から外れるよりはいいだろうね」

「ルナの言う通りだけど、私は少しくらいは強くなってほしいかなあ。紅魔館の住人だし?」

「ってことらしいな。じゃあ、回復してまた修行だなー!」

「ひ、ひぇぇぇぇ!」

 

 半ば無理矢理回復され、そして引き摺られ、シュヴァハは断末魔の叫びを上げながら修行へと戻っていった。

 

 今度はマルバーが残り、パンサー1人だけのようだけど誰か止めてあげれるのかな。

 

「⋯⋯ところでマルバー。シュヴァハって何か能力ないか知らない?

 能力の応用次第では強くなることも⋯⋯」

「いえ、ルナ様。彼女は何も能力を持っていません。

 本人曰く、強いて言うなら『家事をする程度の能力』とか」

「⋯⋯え? そうなの?」

「ええ、そうなのです」

 

 それを聞いたルナは面白いほど目を丸くしていた。

 周りに能力を持っている者が多いせいか、彼女にとって無能力は珍しい存在らしい。

 

「⋯⋯ちなみにマルバーやパンサーは?」

「私は『小さな病気を治す程度の能力』です。パンサーは詳しくは聞いていませんが、他人の姿をその者に気づかせずに変えるとか。とにかく戦闘面に活かせるものではありません」

「ふーん⋯⋯。やっぱりそんなものなのかな? 私やフランは戦闘にしか役に立たない能力だけど、オネー様やレミリアオネー様みたいにどっちでも使える能力って珍しいんだね」

 

 意外と応用のきく能力を持つ者は多いと思うし、咲夜やパチュリーはその良い例だと思う。

 逆に美鈴のような戦闘面か生活面、片方にしか役に立たない能力の方が少ない気もする。美鈴も全く役に立たないってわけじゃないし、私はそういう人にまだ会ったことないと思う。

 

「⋯⋯能力、か。ボクにもあるのかな。能力」

「能力って言っても、他の人にできない事のことだしね。それに厳密にはみんな自己申告制のものだしね。だから『程度の能力』って言うらしいよ。自分はこの程度しかできないです、って能力によっては相手をバカにしてる気しかしないけどさ」

「ふむ⋯⋯。その基準から言うと、ボクは魔法を使える程度の能力、ってことになる?」

 

 フィオナの真っ直ぐな問いに、少しだけ考えさせられる。

 

 確かに魔理沙やパチュリーみたいに細かい魔法は置いといて、一括りにしていいかもしれない。だけど魔力で感情が分かる方が能力としても相応しい気がする。⋯⋯ま、結局何を考えても最終的に決めるのはフィオナになるんだけど。

 

「フィオナちゃん、魔力で感情読めるでしょ? それを能力って言ってもいいんじゃない?」

「でもフラン、それだとさとりと被るよ?」

「⋯⋯今は、魔法を使える程度の能力でいい。いずれボクだけの特別な能力を見つけるね」

 

 意外にも能力というものが好きになったらしく、子どものように目が輝いている。

 稀に無気力というか、無感情な時があるけれど、やっぱり心配し過ぎだったみたい。

 

「タースーケーテー!」

「おっ、楽しそうだな! あたいも行ってくる!」

「ち、チルノちゃん!?」

 

 楽しそうな気配につられてかチルノが修行中のシュヴァハの方へと近づいていった。

 止めるつもりはないけど、流石の私も少し心配になってくる。

 

「⋯⋯何かありましたら、私が止めるので妹様達がご心配なさる必要はありません」

「あ、うん。ありがとうね、マルバー。⋯⋯じゃあ、ちょっと見物しとこっかなぁ」

「そうだね。⋯⋯フィオナも一緒にね?」

「うん、分かった」

 

 本当にこの2人も仲良くなったなぁ。

 

 妹の成長に喜びを感じながらも、次は従者の成長に目を向けた────




ちなみに途中で出てきた「やさぐれた青年」達は分かる人には分かると思います。
まあぶっちゃけ募集の(ry


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話「魔は近くに潜む」

遅れてすいません( *・ ω・)*_ _))ぺこり

ということでお待たせしました。16話ですね。しかし次回も遅れそう()


 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(レナータの部屋)

 

 妹達が遊びに行って久しぶりにお姉さまと2人だけで遊べる静かで幸せな日。

 妹達と遊ぶのが嫌いなわけではないが、あの娘達と遊ぶには少し体力が必要なので、こうした息抜きという名の遊びも私には大切なのだ。もし無ければ私は疲労し切ってしまう。

 

 ──なんてことは建前で、本当はただ単にお姉さまと遊びたいだけなのだけど。

 

「お姉ちゃんとレナ! みすちーの店に行こー!」

 

 だがしかし、久しぶりに遊べるという時にミアが私の部屋へと入ってきた。

 

 そう言えば忘れていたが、ミアは捕らえたアミーの世話をするために家に居たのだった。いつも放浪していたから少し忘れかけていた。⋯⋯本人にそれがバレたら怒られるかもしれない。バレる気はしないのだが。

 

「ちょっとレナー。そんな嫌そうな顔しないでよー」

「え? そ、そんな顔してます? ⋯⋯すいません。ただ──」

「言い訳はいいから。謝ってくれたしそれだけでいいよ。で、どうするの?」

「その前に少しいいかしら?」

 

 早く行きたいのか急かすミアに、お姉さまが不思議そうな顔をして質問した。

 私も疑問に思っていたことなのだが、何故かミアの後ろにアミーがいる。アミーは懐いているのかミアの服の裾を握って、私達から隠れるようにミアの後ろにいた。

 

「ああ、アミーのことね。一緒に行くつもりだけど、悪いかな?」

「悪いかどうかは分からないけど、大丈夫なの? 危険とか⋯⋯」

「もう、お姉ちゃんまで疑うの? 仕方ないことだけどさー。制約のイヤリングがあるから大丈夫だし、本人も戦う気なんてないから大丈夫だよ!」

 

 どこからくる自信なのか、ミアは強い口調でそう言い放つ。

 

 こういう時はどっちに転ぶか分からないが、警戒するに越したことはないと思う。

 だから連れて行きたくないのだが、頑固なミアにそう言うのも無駄だろう。

 

「大丈夫という根拠が小さいわよ。残念だけど連れていけないわ」

 

 だがこういう時でも言えるのがお姉さまらしい。

 稀に見る険しく怒っているような顔でそう話す。もちろん本当に怒っているわけではない。

 

「ええー! いいじゃん! お姉ちゃんのケチ!」

 

 それと1つだけ思っているのだが、どうしてミアはお姉さまの前だと甘えん坊になるのだろう。

 猫を被っているのか、それとも逆に私の前だけあんな態度なのだろうか。⋯⋯それだとなんだか嬉しいような、悲しいような。

 

「ケチで結構。危険は冒せないし、本当にその娘が私達に危害を加えれないかは分からないでしょう? 実は効いていないかもしれないわよ?」

「うー⋯⋯それもそうだけど⋯⋯。たまにはアミーも外に出してあげないと、絶対退屈すると思うんだよね。お姉ちゃんもずーっと家にいたら退屈するでしょう?」

 

 同感するようにミアの後ろでアミーが首を縦に振る。

 どうやら外に出たいと最初に言い出したのはアミーかもしれない。その考えに辿り着いた私は、より一層不安が募る。

 

「気持ちは分かるけど、ダメなものは──」

「じゃあ分かった。今度アミーと2人だけで行ってくるね」

「⋯⋯はあ。分かったわよ。一緒に行きましょうか。貴方だけでは行かせないわよ」

 

 しかし妹への心配の方が高かったお姉さまは、簡単に折れてしまった。

 私自身もお姉さまが許可したのなら、と思ってしまい、何も言うことはなかった。

 

「やったー! よかったね、アミー」

「う、うん。そうだね!」

 

 嬉しそうな顔を見せ、はしゃぐ2人にお姉さまは呆れた表情を浮かべていた。

 

 私はどんな顔をしているか自分では分からないが、少しだけ嬉しいと思っているのは間違いないと思う。だって久しぶりに見る妹の歳相応のはしゃぎようなのだから、嬉しい以外に何か思うわけがない。歳相応というのは吸血鬼基準の話で、人間なら嬉しいを通り越して感動してしまいそうだ。

 

「それでみすちーの店、っていうのはどこにあるの? というかみすちーって誰?」

「宴会の時とかたまに見ると思うけど⋯⋯妖怪で夜雀の少女だよ」

「妖怪じゃない夜雀なんていないわよ。とりあえず誰かは何となく分かったわ」

 

 意外にもみすちーことミスティアと交流があったのか、お姉さまは思い出したと言わんばかりに頷いて見せる。これがお姉さまの勘違いで実際は会ったことすらない可能性もあるが、ここは黙っていた方がいいだろう。言って当たった場合、お姉さまのプライドを傷つける。

 

「外に出るつもりはなかったから部屋着なのよね。着替えるから少し待ってなさい」

 

 そう言って人前だと言うのに、クローゼットに近付いて服を探し始める。

 服を見つけ、着ていた服を脱ぎ捨てようとした辺りでミアに止められた。

 

「お、お姉ちゃん? ここで着替えるつもり?」

「別にいいじゃない。誰も困らないわよ。それよりレナも早く着替えて来なさいよ」

「いやいやいや! 良くないから! っていうか、レナも止めてよ!」

「え? 私達は家族なわけですし、そんな慌てるようなこと──」

 

 なんて思っていたが、よく考えるとアミーがいるし、人前で着替え始めるのはどうだろうか。

 そう考えるとなんだか恥ずかしくなってきた。

 

「言いたい事分かった?」

「⋯⋯分かりました。とりあえずお姉さまは私達以外の前で服を着替えたりしないでくださいよ。それと着替えてきますので、ミア達は先に門の前で待っていてください」

「うん、分かった。あ、お姉ちゃん、本当に恥ずかしいから止めてよね! 行くよ、アミー」

「う、うん!」

 

 最後にそう言い残し、ミアはアミーを連れて入り口方面へと走っていった。

 

 落ち着きのない妹だが、それもまた可愛さの1つなのだろう。

 

「⋯⋯思春期か何かかしら?」

「ただ単に恥ずかしいだけだと思いますよ」

「ふーん⋯⋯今更な気がするわ。変な子ね」

 

 そう言って着替え続けるお姉さまと別れると、私は1人自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 

 

 霧の湖を超え、人里を通り過ぎ、見えた先はミスティアが居るという竹林。

 そこは迷いの森ならぬ迷いの竹林と呼ばれる場所。その名の通り迷いやすく、また妖怪化した獣の類いが棲んでいるため人間が近づくことはなかなかない。例外として中にある病院のような役割を果たしている永遠亭に行く者は多いとか。

 

「で? なんで吸血鬼なんかが私に頼むんだ?」

「まあまあ。私達だけじゃ帰りが心配だからね。それに奢ってあげるから、ね?」

 

 ミアが道に迷いやすいからという理由で、案内人として不老不死の人間、藤原妹紅を呼んでいた。

 当の本人は面倒くさそうにしながらも付き合ってくれている、いわば良い人らしい。

 

「上から目線なのは気になるが、有り難くいただくよ。最近まともな食事をとってなかったからな。食事にあり付けるのは嬉しい限りだ」

「私達の家に来てもいいんだよ? 食事くらい、用意できると思うから」

「妖怪にこれ以上恩なんて売るもんか。だけど気持ちは受け取っとくよ」

「ふふふ。いいよいいよ。いつでも来てくれていいからね!」

「だから気持ちだけで絶対行かないからな。一応、私は人間なんだから」

 

 気のせいか、懐かしいことでも思い出したかのように遠い目でそう語る。

 彼女の過去については何も知らないが、不老不死になった経緯は相当なものだろう。

 

 私にはそれを聞けるほどの勇気も仲もない。⋯⋯なんて言ってたら一生仲良くなることなんてないかな。でもやっぱり私には⋯⋯ちょっと難しい。

 

「そろそろ言われてた場所だぞ。なんたってこんな場所に店なんか⋯⋯」

「移動屋台だからね。色々な場所を回ってるらしいよ。まあ、ここで店を開いた理由は私にも分からないけど⋯⋯。さて、それはそうとして⋯⋯みすちー! 久し⋯⋯あら?」

「ミア? どうかしましたか?」

 

 先に暖簾をくぐり抜けたミアが突如として立ち止まった。

 

 どうやら中で何かを目撃したらしい。

 

「中に何か⋯⋯あらあら。魔理沙じゃない。ああ、そしてこの娘がみすちーね」

「おっ、いつもの吸血鬼姉妹と妹紅か。それと⋯⋯誰だ?」

 

 中にいたのは珍しくも普通の魔法使いの魔理沙だった。

 彼女は八目鰻を片手に、お酒を飲んで1人で楽しんでいるようだ。

 

「は、初めまして。⋯⋯ミアのお姉さんですね。いつもお世話になっています」

「礼儀正しいわね。気に入ったわ。よろしくね」

「こちらこそお世話になってるよ。あ、魔理沙も久しぶりー」

「久しぶりだな。で、誰だそいつ。新しい妹か?」

「よく増えるみたいに言うけど、妹じゃないよ。何ていうか⋯⋯友だちだね」

 

 妹がよく増えるのは否定しないが、新しい顔を見る度に妹と聞くのはどうかと思う。

 それにアミーは髪の色以外、誰とも似ていないと思うのだが。

 

「そ、そう。ともだちだよ!」

「友だちかあ⋯⋯」

 

 慌てて話しながらも否定はしない。

 少しだけでも打ち解けたのかな、と思う私に対し、魔理沙は怪しむように観察していた。

 

「そっか。じゃあそいつらと仲良くしてやってくれ。ミアはともかく、後の2人は人見知りの部類に入るからな」

「わかった。仲良くするよ!」

「誰が人見知りよ。自分から格下の者に話しに行くなんて有り得ないわ」

「私的には、どう話したらいいか分からなくて⋯⋯」

「ああ納得した。2人とも性格面に問題があるんだな。レナはゆっくりでいいから頑張れよ。レミリアは知らん。手に負えないからな」

 

 その言葉をきっかけに言い争いになる魔理沙とお姉さまを見て、少し微笑ましくなる。

 

 今更ながら、私は紅魔館にいる家族を守ることだけを考えて、友人を作ったことがあまりない。あるとすればさとりくらいだろうか。ともかくかなり少ないことだけは確かだ。全てが終わったら、もっと広く、色々な場所へ旅するとしよう。

 

「ちょっとー! 喧嘩はやめてよー!」

「あ、ああ。悪い。熱くなってしまったな。それにしてもここには何の用で来たんだ?」

「この娘⋯⋯アミーを連れて外に出たくなってね。その場所としてゆっくり話もできそうなみすちーの屋台にしたの。魔理沙の方はどうしてここに?」

「理由なんかないぜ。強いて言うなら暇つぶしで放浪してたら偶然ここに着いた」

 

 皆が大雑把で大胆過ぎる理由に呆れてしまうも、魔理沙らしいとどこかで納得していた。

 

 この性格こそが、魔理沙の強さや優しさにも繋がっているのかもしれない。

 

「ははっ、何それ? 魔理沙ってホント、面白いよねー」

「なんだか馬鹿にされてる気がするぞ?」

「悪い意味なんかこれっぽっちもないからね。純粋に凄いなあ、って」

「そうかぁ? ならいいか」

 

 魔理沙は意外とあっさり信用し、再びお酒を手に取り口へ運ぶ。

 

 いつもと変わりないが、もしかしたら少しくらい酔っ払っているのかもしれない。

 

「さあさあ。ミアさん達も遠慮しないで座ってください。お食事のご用意は済んでますので」

「ありがとう、みすちー。アミーも妹紅も遠慮しないで食べていいからね。全部私が出すから」

「元をたどれば私のお金なのだけどねぇ」

 

 ミアの言葉にお姉さまが冗談交じりの口調で返す。

 そしてそのままお小遣いの話になったかと思えば別の話題に入っていった。

 

「ところでレナ。最近フィオナは大丈夫か? 襲われた、って聞いたが⋯⋯」

 

 お姉さま達との話に入る前に、魔理沙から質問を受ける。

 

 酒に酔いながらも心配そうな顔をするなんて、借りパクするような人とは思えない。

 

「大丈夫ですよ。誰が来ても、私が守り抜きますから」

「あんま気を張りすぎるなよ。困った事があれば、私や霊夢、アリスとかに頼れよ。自分が妖怪なんてことは気にするな。私が気にしてないからな」

「⋯⋯ありがとうございます、魔理沙」

 

 私がそう言うと、魔理沙は「いいってことよ」と笑って返す。

 

 優しい言葉に、少しくらい気を許してもいいのかもしれない、と思ってしまう。

 だがこれは私達の問題なのだから、彼女達を巻き込むわけにはいかない。それにソロモン七十二柱はどういう訳かフィオナにだけ狙いを定めているようだし、関わらせるのも悪い気がする。

 

「ああ、そう言えば春頃に宴会があるんだが、お前達も来ないか?」

「も、もちろん良ければ⋯⋯。でもいいのです? 霊夢とか怒りそうで⋯⋯」

「大丈夫大丈夫! どうせ妖怪以外集まらないからな!」

 

 その通りだが、それを口に出して言うのはどうなのだろうか。

 

 と、密かにそう思う私だった。

 

「ああそれと。宴会に呼びたいやつがいれば、遠慮なく呼んでくれてもいいぞ。

 多い方が賑やかで楽しいだろうしな」

「呼びたい人⋯⋯?」

「私が知らないやつでも、お前が知らないやつでも全然構わないぜ」

「流石に後者の方は遠慮します。魔理沙にではなく、その人に。でも⋯⋯そうですね」

 

 八目鰻を頬張りながら、呼びたいと思う人を頭に思い浮かべる。

 それで真っ先に思い浮かんだのはさとり達だった。

 

 さとり達地霊殿の妖怪達は来るだろうか。呼ばれているか分からないが誘っておいた方がいいだろうか。遊びに行くついでに誘ってみるとしよう。

 

「誰か思い付いたか? ま、宴会まで楽しみにしてるよ。

 話は変わるが、アミーって奴、妹紅(そいつ)みたいに炎でも使うのか?」

 

 魔理沙は突拍子もなく妹紅を指差し、目をアミーに向けながらそう尋ねる。

 質問の意図は分からない私だったが、急な質問だったためとっさに頷いて肯定を示した。

 

「なるほどなあ⋯⋯」

「ん、私がどうかしたか?」

 

 アミーと違いご飯中でも気を緩めていなかったのか、妹紅は私達の会話に自分の名前が出ていることに気づき、話に入ってきた。

 

「いや、何もないぜ。気にするな」

「おかしなやつだな」

 

 不思議な反応を見せる魔理沙に妹紅が首を傾げる。

 気づけば私も同じように首を傾げていた。同じように不思議に思っていたのだ。

 

「ははは。まあそう気にするなって。じゃあ、私はそろそろ行くな。

 明日アリスと会うから早めに帰ることにするよ」

「そうなのですね。分かりました。お気を付けて」

「あら魔理沙。もう行くの?」

「ああ、悪いな。また宴会の時にでも会おうぜー!」

 

 魔理沙は最後にそう言い残し、箒にまたがって空へと飛んでいった。

 その姿は正しく想像通りの魔法使いそのもので、少しばかり綺麗に思えた。

 

 筋力、耐久、俊敏、魔力、幸運て飛ぶのもたまには悪くないかもねぇ」

「だねー。って、みすちー? どうかした?」

「そ、それが⋯⋯」

 

 友人の小さな異変を気づいたらしいミアがそう尋ねる。

 それに対してミスティアは言い難そうに切り出した。

 

「魔理沙さん、お金払ってない⋯⋯」

「⋯⋯え? ごめんワンモア」

「ですから、魔理沙さん、無銭飲食を⋯⋯」

「マジかよ。はぁー。仕方ないなぁ。魔理沙の分も奢りってことにしといて。あの人、ホント上手なんだから⋯⋯」

 

 そうして魔理沙が帰った後、しばらくの間ため息が聞こえるようになった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Fiona

 

 ──霧の湖

 

 時間は遡り、霧の湖近くにある森。フィオナがフラン達と遊びに来た際、弾幕ごっこが繰り広げられ、フランが1人で悩んでいる時のこと。

 

()()()()()は誰?」

 

 フィオナはある者に呼び出されていた。

 本人でさえ知覚していないものの、彼女は見様見真似でレナータの能力を模範し、自身の気配を遮断して誰にも悟らせずにその者の元へと行っていた。

 

「分身体だと思ってください。多少の魔法は加えていますが」

「幻影とは違う?」

「はい、違います」

「なるほど、理解した。呼び出した理由は?」

 

 その者は数秒ほど周りを確認する素振りを見せ、すぐまたフィオナへ向き直る。

 どうやら辺りを警戒しているようだ。

 

「それよりも先に、1つだけ伺いたいのですが、どうして来てくださったのですか?」

「敵かもしれないのに、ということ? なら大丈夫。みんな近くにいる。それに警戒もしている。何かあったとしても、レナお姉ちゃんの魔法もある」

「⋯⋯敵が死を望んでいる場合、それは意味を成しません。殺される方が早いでしょう」

「それならそれでいい。レナお姉ちゃん達が無駄な配慮や心配をする必要がなくなるから」

「お変わりありませんね、記憶を失っても。やはり人の気持ちは理解しませんか」

 

 その者はどこか悲しそうにも見える表情をしたかと思えば、フィオナが瞬きする間もなく元の表情へと戻る。その変化はフィオナも気のせいかと頭を傾げるほど早かった。

 

「そうですね⋯⋯敵が来ます。敵はいつでも近くにいます」

「それを伝えるためだけにボクに姿を見せたの?」

「はい、それだけのためにです。ですが何よりも重要です」

「敵が来ることが? 意味が分からないよ」

 

 頭を悩ますフィオナ見て、少しばかりその者の表情が緩んだように見えた。

 しかしフィオナはその変化に気づく様子はなかった。

 

「⋯⋯そう言えばボクの過去を知っているの?」

「はい、もちろんです。ですが教えたところで意味はありません。言わば一種の呪い。思い出すにはあの者を⋯⋯と、これ以上話しても無意味ですね。申し訳ございません」

「⋯⋯昔のボクは意味の無いことを嫌っていた?」

「どちらかと問われましたら、効率を重視していたので嫌っていたでしょう。あまり話す機会はなかったですので、おそらくですが」

 

 自信のない答えにフィオナはより一層疑問を持つようになる。

 そして話す機会がない仲だったのに、何故助けるようなことを言うのかも分からない様子だ。

 

「そろそろ行かなければ怪しまれる時間ですね。最後に1つ。地底に行くことがあれば、青眼紫髪の女性を探してください。普段は黒いレインコートのような服を着ています。名前はバティンといいます」

「ルシファーの使い魔の二番手? ⋯⋯ということは君も?」

「私のことはお気になさらず。私は貴方の傍に仕え、守り続ける者です」

 

 その者はそう言い残したかと思えば、姿を消した。

 フィオナはそれを見送った後、すぐにフラン達の元へと戻る────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話「事件の前触れ」

お待たせいたしました。

ちなみに今回は結構前に頂いたオリキャラの紹介のような回。
まあ、お暇な時にでもごゆっくりと。


 side Renata Scarlet

 

 ──迷いの竹林

 

 ミアの誘いでミスティアの屋台に行き、ミアの奢りで食事をしたその帰り。

 私達は道に迷わないよう、妹紅の案内で出口を目指していた。

 

 この竹林は単調な風景や僅かな傾斜で斜めに生えた竹による平衡感覚の異常などで、余程の運がなければ出れないといった、その名の通り迷いやすい地形となっているらしい。

 最悪飛べば迷わないと思うのだが、どうやらそれでも迷う時が多いとか。

 

「ねぇ、妹紅。出口まで後どれくらいかかるのかしら?」

 

 歩き続けて十数分くらい経った時、お姉さまが妹紅にそう聞いた。

 

 歩き方もぞんざいになっているため、どうやら歩くのに退屈したらしい。飽きやすい性格はいつもだからか慣れているため、それに対して不快な思いをすることはない。そもそも、それくらいで優しい姉を嫌いになるわけないが。

 

「後数分で着くからそう急かすな。暗くなる前には帰れる」

「そう、それならいいけど⋯⋯」

「お姉ちゃん、暇なら私達とクイズで遊ぶー?」

「あら、いいじゃない。どんなクイズ?」

 

 退屈している姉に、アミーとクイズで遊んでいたミアが誘いかける。

 

 密かに聞いていたが、とても普通のクイズではなかったと思う。

 

「えーっと、クイズというか診断に近いんだけど⋯⋯ある男が刃物で人を殺す計画を立てました。犯行に使う刃物を買いに行ったところ、安くて切れにくい刃物と高くて切れやすい刃物が売っていたの。で、その男は安い方の刃物を買いました。いったい何故でしょう?」

「安い刃物を買った理由を当てろってこと? そんなのいくらでもあるじゃない」

「違うよー。分かりやすく最初にクイズって言ったけど、診断に近いからね」

「ふーん⋯⋯変なの。とりあえず理由を考えればいいのね」

 

 お姉さまはそう言って考え込む。

 しばらく考え続けているとミアが「直感で一番最初に出た答えでいいよ」と話し、それによって一つの答えを選んだらしく口を開いた。

 

 ちなみに私はその診断の意図も答えも知っている。昔、本か何かで見たことがあるのだ。

 

「とりあえず一番最初に思い浮かんだ答えは、実はその計画で他にもお金が必要だからお金を節約した、かしらね。それ以外だと切れ味の悪い刃物をわざと選んで苦しませるために殺したとか⋯⋯」

「うわぁ⋯⋯」

「えっ、レナ? どうしてそんな顔するの?」

「微妙な答えだよね⋯⋯。でも、これは最初の方優先でいいよね。うん、だからセーフ」

 

 ミアは若干引き気味ながらも、1人で納得すると続けて次の質問へと移る。

 

「あら、答えは?」

「つ、次の診断の後に一気に言うね。同じようなやつだから」

「ふーん⋯⋯まあいいわ。早く出しなさい」

「はーい。あ、ちなみにアミーもしたけど、2つともセーフだったよ」

 

 ミアはそう言って一呼吸置くと、次の診断へと移る。

 

 それにしてもアミーが診断でセーフだったのが意外だ。彼女達悪魔が必ずしもアウトだというのもおかしな話だが、それでも私は意外に感じたのだ。

 

「じゃあ次ね。貴女が家に帰ると死体がありました。さて、どうします?」

「死体? 死体ねぇ⋯⋯。質問だけど、それは人間のよね? それと血液型は?」

「は、はい? え、えっと⋯⋯多分人間だね。血液型はお姉ちゃんが自由に決めていいよ」

「分かったわ。ならそうねぇ⋯⋯」

 

 再び考える仕草を見せるも、次はものの数秒ほどで顔を上げる。

 

 まあ私は長年一緒にいたこともあり、質問した辺りから言うことくらい分かるのだが。

 

「食料にするわね。そもそも家に死体があるくらい普通じゃない? うちにだって備蓄くらいあるわよ。貧乏じゃないんだから」

「うーん⋯⋯セーフなようでアウト⋯⋯」

「私なら人里に届けるな。犯人だと疑われるかもしれんが、放っておくよりはマシだろ」

「やっぱり妹紅は思考が人間寄りだね。でもちょっと違うかな?」

「人間よりもずっと長く生きているからな」

 

 妹紅の何気ない一言に、一瞬だけその場の空気が固まる。

 本人や何も知らないアミーは気にしなかったり疑問に思ったりだったため、その場の空気が再び動き始めるのにそう時間はかからなかった。

 

「ああ、そう言えば私達よりも長生きしてたわね」

「ああ、そうだな。だが長生きしても良いことばっかりってわけじゃないぞ。私はそれをこの地球上の誰よりも自覚しているだろう」

「んー、まあ人間なら妹紅くらいだろうねぇ。もしかしたら始皇帝とかも不老不死になってたりするかもだけどね」

「へぇー、私以外にも不老不死の人間がいるかもしれないのか。一度くらいは会ってみたいな」

 

 期待している様子を見せず、遠いところを見るように妹紅はそう呟いた。

 

 始皇帝と言えば中国で最初の皇帝のことだろうが、不老不死とは水銀を飲んだアレのことだろうか。でもあれはただの伝承だし、何かきっかけがない限りは幻想入りすることはないだろう。いや、もしかしたら幻想入りしていたりするかもしれないが。

 

「それはそうと、さっきの診断は結局なんだったの? 早く答えを言いなさいよ」

「あ、ごめん。完全に忘れたよー。あれはね、別に正しい答えがあるとかじゃないんだ。でもその答えによって──」

「話の途中に悪いが、殺気だ。狙われてるな」

 

 妹紅のその言葉と同時に辺りに青く濃い霧が立ち込める。

 そして目の前から一つの影が近付いてきた。

 

「そ、ソロモン様⋯⋯?」

「⋯⋯もう。また霧だよ。次は誰? 狙いはアミー? 一応捕虜なんだから渡さないよ!」

「いいえ、ソロモンではありませんよ。私はアムドゥスキアス。以後お見知りおきを」

 

 丁寧な物言いと引き込まれるかのような錯覚に陥る音楽とともに現れたのは、下半身が馬のケンタウロスのような女性だった。額には一本の角を持ち、上半身は白くゆったりとしたワンピースのような服を着ている。手には音楽の発生源らしいハープを持ち、奏でている。

 

「アムドゥスが⋯⋯助けに来てくれたの?」

「可能なら、助けましょう。しかし私の目的は邪魔者の排除。1人でも多く殺せば次に活かせるでしょうから。といっても、私よりも強く設定されたはずのブエルが負けた時点で難しいですけど」

「あら、ならどうして姿を見せたのかしら?」

 

 お姉さまがそう問いかけるも、彼女は黙り込んで答えようとしない。

 

 おそらくは何かの時間稼ぎだろうが、フィオナやフラン、ルナ達は固まっている。だから心配はないはずだ。それにこの時間なら家に帰っているだろうし、そもそも私の魔法が発動していないからフィオナに危険は迫っていない。

 

「⋯⋯だんまりね。まあそれもいいわよ。楽に逝かせてあげるわ!」

「ミアはここでアミーを守ってください。私はお姉さまを」

「え? り、了解! アミーちゃん、ちょっと拘束するけど、動かないでね」

「うぅ⋯⋯」

 

 アミーをミアに任せ、お得意のグングニルを装備して先制するお姉さまの援護に回る。

 

「貫け、グン──きゃっ!?」

「おね⋯⋯あぅ!」

 

 しかしグングニルの攻撃が当たる前に、お姉さまは私の視界から姿を消した。

 そして痛みと同時に私の視界もいつの間にか逆転し、背中に別の鈍い痛みが生じる。

 

「滑稽ですね。ここで襲いかかった理由をお教えしましょう。それは私自身、ここが戦いやすいから。私は木々を曲げることができ、草も多少は操れます。それは竹も同じで、木よりも細くて扱いやすい竹は武器になりやすい」

「いったいわねぇ⋯⋯? 少し油断したけど、もう手加減しないわよ?」

 

 ようやく見つけたお姉さまは近くで仰向けに倒れていたようで、怒りに顔を赤くさせていた。

 顔から見ても分かる通りかなりムカついたようで、グングニルを強く握りしめている。

 

「怖いですね。こういう時は落ち着いて⋯⋯打たれなさい」

 

 再び襲いかかる竹に対して、私達は次はしっかりと注意しながら回避していく。

 弾幕ごっこに慣れていたのもあり、この手の回避はお手の物だ。

 

「当たらないですね。ならこちらを先に⋯⋯!」

「あ、こっち!?」

「ミア!」

 

 私達には当たらないと察したアムドゥスキアスは、狙いをミア達に変更させる。

 彼女達の周囲の竹を一斉に使い、囲むようにして攻撃を繰り出した。

 

「アミー、貴女だけでも攻撃に当たらないようにしゃがんで──」

焰符(えんふ)自滅火焰(じめつかえん)大旋風(だいせんぷう)』!」

 

 しかし竹は命中することなく、高温の炎によって焼き払われた。

 妹紅が命中する寸前に、炎の盾を作り出して彼女達を守ったらしい。

 

「あ、つ──ありがとう!」

「いいってことよ。でも燃え広がるかもしれないからあまり多用はできないんだよな⋯⋯」

「雨降らす?」

「ああ頼む。ちょっと炎が強すぎて竹林全体が燃えちまいそうだ」

 

 遠目から見ても「ちょっと」なんてレベルじゃなかったが、どうやらあちらは大丈夫らしい。

 炎を使えなくして、二度目の攻撃に対応できるかは分からないが。

 

「今度こそ──グングニル!」

「いつの間に⋯⋯っ!」

 

 ミア達の方に気を取られていた私と違い、お姉さまはアムドゥスキアスへ槍を向けていた。

 その槍は手を掠め、音源であるハープを手放させるも、大事に至るような傷ではない。

 

「き、キサマァァァ⋯⋯! 私の大切な、大切なモノを⋯⋯!」

「お姉さまに、近付くな!」

 

 姉に向けた殺気を感じ取り、自然と身体が動いていた。

 手にクラウ・ソラスを召喚させると、真正面から斬り付けていた。

 

「っ⋯⋯、キサマもか、私に傷を⋯⋯!」

「本性を現したわね、流石悪魔! でも妹に手を出させないわよ?」

 

 アムドゥスキアスは私の方へ怪しげに手を近付けるも、割り込んできたお姉さまによって阻止される。そして続けざまに攻撃される前に敵は後退し、再び手にハープのような物を召喚させて持つ。

 

「もう遊びは終わりよ。これから先は憤怒。キサマ達を殺すための憤怒の──」

「るせぇ。そいつらは俺の獲物だ。あんたの物語()はもう幕引きだ。お終いなんだよ」

 

 どこからか男性の声が聞こえた。

 そして次の瞬間、上空から降ってきた何者かによって、アムドゥスキアスは切り裂かれる。

 

「な、に⋯⋯?」

「くたばれ、悪魔め」

 

 憎しみや怒りに近い感情が篭ったその声が吐き捨てられたとともに、アムドゥスキアスは崩れ落ちる。まだ生きてはいるようだが、長く持つような軽い傷ではない。

 

「⋯⋯吸血鬼? いや、違うわね。誰よ?」

 

 お姉さまが見やる方向に、その切り裂いた者がいた。

 

 癖のある白い短髪に青い瞳。明らかに悪魔を嫌う文字が描かれたTシャツを着て、あちこちが破れた黒いジーンズを履いた高身長の男性。黒と赤のスニーカーを履き、右腕には肘まである長い手袋を付けている。私達の中で一番背が高い妹紅でも持つことが難しそうな大剣を背負っている。また首には紅いアミュレットを掲げている。

 

「はっ、俺はあんたらを憎む者だ、一緒にするな!」

「キサマ⋯⋯ソロモンに雇われておきながら、歯向かうのか⋯⋯!?」

「あんな奴、いつでも殺せるさ。それよりもあんたは自分の命の心配をした方がいいぜ? もうすぐ死ぬんだからなぁ!」

「死ぬ⋯⋯? 我ら七十二柱の魔神に、死という概念は存在しない⋯⋯。召喚されれば応じ、命令に従う⋯⋯。そしてソロモンに勝てるなどと思わないことだ。キサマらもだ⋯⋯!」

 

 アムドゥスキアスは最後の力を振り絞るように私達の方へ向く。

 もう命も短いというのに、死ぬことを怖がっていないようだ。

 

 彼女が豪語するように、死という概念が存在しないことが本当なのかもしれないが。

 

「誰も、例え万能であったとしても、未来が見えたとしても、()()ソロモンに適うことはない。それこそソロモンと同じような力を持つ者にしかね⋯⋯」

「言いたいことはそれだけか? なら死ね」

 

 首を男の持つ大剣によって切り落とされ、今度こそアムドゥスキアスは絶命した。

 霧は消え去り、またその死体も霧と同じように消えてしまう。

 

「⋯⋯で、貴女は一体誰なのよ。それに──」

「答える義理はねぇなぁ。だが一つだけ言っておこう。次あった時は殺す。恨むならあんたの親か種族を恨め! そして潔く苦しみながら死にやがれ!」

 

 男は私達に向かって中指を立ててそう言い残し、上空へと去っていく。

 命を救われたようにも取れるが、少し腹が立つ奴だ。

 

「⋯⋯お姉さまを馬鹿にするなんて、誰なんでしょうね、あの人」

「さぁ? 分からないわ。でも恨まれる心当たりはたくさん⋯⋯って、レナ? どうしたの?」

「はい? 何がです?」

 

 ぐいっとお姉さまに顔を寄せられ、鼻が当たりそうなくらい顔が近付いて少し緊張する。

 今の私は、胸に触れなくても鼓動が聞こえるくらい、緊張している。

 

「⋯⋯いえ、気のせいだわ。一瞬色が変わったような気がしただけよ」

「色が、変わる?」

「いいのよ、気にしなくて。それよりも手伝ってくれてありがとうね。妹紅もミア達を守ってくれてありがとう。今度何かごちそうするわよ」

「いいや、遠慮しとくよ。人間が悪魔と関わっているなんて噂になったら困るんでね」

 

 そう言いながらも褒められたのは素直に嬉しいらしく、顔が赤くなっている。

 

 いや、もしかしたら私と同じように⋯⋯なんて訳はないか。

 彼女には寺子屋の教師や蓬莱人がいるし。

 

「さぁ、早く帰りましょう。フラン達が心配だわ」

「そうだね。もう動けるから安心してね、アミー」

「う、うん⋯⋯」

 

 そうして妹紅の案内により、数分後には外へと出れた。そして家へと帰るも、フランやフィオナ達は無事で、私達はひとまず安堵する────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Alice Margatroid

 

 ──魔法の森

 

 魔法の森。そこは茸は食用となる物もあるものの、化物茸や幻覚作用のある茸も多数生息しているため耐えることのできない一般人が住めるような土地ではない。しかし逆に言えばその瘴気に耐えられる者にとっては隠れ蓑となる安全な場所だった。魔法の森と呼ばれるようになったのも、この幻覚作用のため。この幻覚作用が魔力を高めるということで、この森に住む魔法使いも少なくない。

 

 そしてそんな魔法使いの一人、アリス・マーガトロイドは人里で行う人形劇の帰りの最中だった。

 

「⋯⋯どうしましょうか」

 

 彼女は一人、悩んでいた。

 今、彼女の目の前には青年が気絶していた。身長は190後半といったところで、髪はところどころ白が混ざった灰色。服は一枚の大きな布を二回巻いた程度のもので、顔には犬歯の長い霊長類を模した『ヘッドギア風』の物を付けているが額辺りしか覆っていないため顔はほとんど見えるという、奇妙な格好だ。

 しかし何よりも目に付くのが異形な左腕。朱色と紺色の二色に染まっている腕は、一見すると生々しさのある手甲のようにも見える造形で、何よりも普通の腕よりも大きい。人間一人程度なら鷲掴みできそうなほど大きい。

 

「⋯⋯とりあえず家にでも連れて帰ろうかしら。こんな場所に置いておくわけにもいかないし」

 

 アリスはそう考えると人形に指示を出し、手馴れた様子で人形達に青年を抱えさせる。

 そしてそのまま、森の奥へと連れていったのだった────




ちなみにちゃんとした紹介は全員出てから最後にします。

それと受験によりしばらく低浮上となり、投稿ペースが格段に落ちます(具体的には2週間に一話、一ヶ月に一話程度)。ご了承ください。
ついでですが、活動報告にて番外編(2章終了次第こちらへ移行)もありますので、お暇な方はどうぞ。何故か一話は本編と違って押し絵が二枚もあるという贅沢ぶりです()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話「お部屋の飾り付け」

はい、恐らく3週間ぶりくらいですね。お久しぶりです、色々あってしばらく空いていましたが、久しぶりの投稿です。しかしこのペースが今年の間は続くという悲しい⋯⋯()


 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(フィオナの部屋)

 

 三月に入ったからか、雪は弱まり、雨が降るようになってきた。しばらくすると春を告げる妖精でも出てきそうだが、まだその姿は見ていない。

 フィオナを狙う悪魔達は二週間ほど前のアムドゥスキアスを最後に、姿を見なくなった。 もしかしたら悪魔達のボス、ソロモンと同様にまだ幻想入りしていないだけかもしれないし、あれから外にあまり出ていないから見ないだけかもしれないが、ひとまずは平穏な日々を満喫できている。それが崩れるとすれば、また彼らがやってくる時だろうか。

 もしかしたらまだ来ていないのは冬眠しているはずの紫が頑張ってくれているからかもしれない。有り難いことなのだが、それはいつかは敵がやってくることを示している。いつ敵が来るかも分からないから油断はできない。それに命を狙われているため、安易に外に出ることも叶わない。

 

 だからといって常に気を張るわけでもなく、やっぱり私達はいつも通りの時間を過ごしていた。

 

「フィオナ、そろそろ部屋も完成したよね? 見に行ってもいいー?」

 

 夕食が終わると、思い付いたことのようにフランが尋ねる。

 

 そう言えば私自身、フィオナの部屋には何度か入っているものの、最近は部屋を見てすらいない。フィオナが紅魔館の生活に慣れてきたのもあり、食堂とは逆方向にある部屋に呼びに行くよりも食堂に向かった方が早い。そしてそのまま部屋に行くことなく1日が過ぎていくのだ。

 

「部屋? 部屋⋯⋯とは何の?」

「貴女の部屋しかないでしょー。もう飾り付けっていうか、模様替えは終わったよね?」

「ボクの部屋は⋯⋯いいえ、まだ置く物は増えると思うから終わってはいない。でも人に見せれる程度には終わっている。⋯⋯見たい?」

「もっちろん! ねぇねぇ、ルナも一緒に行こー」

「うん。私も見てみたかったからいいよ、行こっか」

 

 ルナを誘うことに成功したフランは嬉しそうな様子で騒ぎ出した。

 フラン達が行くのなら、私も行こうかと少し悩む。一応、3人の保護者のようなものだし⋯⋯。

 

「楽しそうね。私も行こうかしら?」

「あ、なら私も行きます」

 

 私が悩む中、お姉さまの声で行くことが決定した。

 この場にいる姉妹がみんな行くのに、私だけが行かない道理はない。

 

 例えお姉さまが行かなくても行くつもりではあったかもだが。

 

「いいよ。人数が増えたところで、あまり変わらない」

「なんだかラスボスみたいなセリフ。意味は全く違うけど」

 

 確かにゲームとかで慢心している敵が言いそうな言葉だが、フランはどこで覚えたのだろうか。

 そう言えばどこかで手に入れたゲーム機があったからそれだろうか。

 

「よく分からないけど、今から行くよね?」

「うん! じゃ、咲夜。後片付けお願い! ルナ、早く行こー」

「了解しました」

「うん、行こう!」

「ちょっと、近いんだから食器くらい持って⋯⋯はぁ、もう」

 

 フランはルナの手を取り、お姉さまの話も聞かず、まだフィオナも行っていないというのに、走って行ってしまった。お姉さまはそれを見届けると、呆れて諦めたように、ため息をついた。

 

 あの娘達のことだから、片付けるのを面倒くさがったのだろう。食器を持っていくくらいはすればいいのに。

 

「咲夜も命令を聞いてばかりいてもダメよ? たまには逆らってもいいんだから」

「それではお嬢様の命令に背いてもいいことになりますが?」

「⋯⋯ああ、やっぱり今のなし。私の命令以外で、ってことよ」

「ええ、分かりました」

 

 少しだけ微笑みながら、咲夜は主人であるお姉さまの命令に答える。

 わがままな命令にも従おうとする辺り、流石咲夜と言ったところか。

 

 それにしても流石お姉さま、見た目相応でわがままだ。怒られるから言いはしないが。

 

「食器を置いてきた。これで行ってもいい?」

「あら、フラン達より偉いわ。ええ、もう行ってもいいわよ」

 

 私達が話している間に終わらせたらしく、フィオナはわざわざ確認を取る。

 子どもにしては礼儀正しいところもあるが、記憶を失う前は高貴な生まれだったのだろうか。

 

「じゃあ、行ってくる。レナお姉ちゃん達も早く来てね」

「はい、片付け終わったらすぐに行きますね。私達が行くまでの間、フラン達が悪さしないように見てあげてくださいね」

「分かった。善処する」

「ああ、これはできないパターンね。だいたい分かるわ。まあ、頑張りなさいな」

 

 手を振って別れを告げ、フィオナを見送る。

 そして私達は後片付けを終わらせると、フィオナの部屋を目指して歩いて向かった。

 

 

 

 

 

 フィオナの部屋の扉前に着いた時点で、中から妹達の楽しそうに遊ぶ声が聞こえる。途中、混じってフィオナの声も聞こえるが、楽しそうというよりは疲れている印象を受ける。別れてからまだ数分程度しか経っていないはずだが、すでに困ったことが起きているらしい。

 

「入るわよー」

「あ、いいよ」

「フラン、ここは私の部屋。いいよ、入っても」

 

 フィオナの許しを得て、扉を開ける。

 

 中は壁も天井も真っ白で目立つような物はなく、オモチャ箱の中には可愛らしい人形や道具など置かれ、一見すると普通の女の子のような部屋に見える。だがそのオモチャ箱の中にある物からは微力ながらも魔力を感じることができ、魔術師や魔法使いならここが普通の部屋ではないことが容易に分かる。

 

 魔術師などが見れば怪しい部屋でも、普通に見ればマジックアイテムなどはあまりにも小さい物や目立たない物が多いため、気づくことはまずないだろう。

 

「ふーん、普通ね。普通過ぎるわ」

「普通はダメ? 普通が一番いいと思うのだけど」

「ダメよ。ここが紅魔館である限りわね。やっぱりもっと豪勢に、豪華にしないと。まずはシャンデリアとか⋯⋯」

「豪華は良くてもそれは絶対に嫌」

「貴女が強く否定するところ初めて見たわ⋯⋯。そんなに嫌かしら?」

 

 お姉さまは不思議そうな顔をしているが、誰でも自分の部屋にシャンデリアなんて大きな物を置きたくないと思う。大きいから邪魔になるし、誰かに見られたら多分恥ずかしいし。

 

「目立ちすぎる物は苦手だから」

「でもレミリアお姉様の話も一理あるよね。あまりにも普通過ぎるっていうか、何も無いし」

「⋯⋯そう言えばフラン、貴女の持っているそれは何です?」

 

 部屋に入ってきた時から気にはなっていたが、フランとルナはマジックアイテムが多く入っているオモチャ箱を漁っていたらしく、フランの手には小さなぬいぐるみが握られている。

 

 何故か既視感があるが、気のせいだろうか。

 

「ん、これ? 昔お姉様から貰った物に似てるな、って思ってね。見てたの」

「正確には勝手にオモチャ箱を漁って見ていた。友達から貰った物が多いから、壊さないか心配」

「えー、ひどーい。今はもう力加減上手だからね?」

「それでも心配。人形は脆いから」

 

 フィオナの心配も尤もで、フランは私達姉妹の中でも力が強い方なのだから手加減していないとただのぬいぐるみ程度なら、すぐさま握り潰してしまうだろう。

 

 ぬいぐるみがそうなっていないのは彼女の言う通り力加減が上手になったからか、それともそのぬいぐるみから魔力を感じるのと何か関係があるのだろうか⋯⋯。

 

「フィオナ、そのぬいぐるみは誰かから貰った物です?」

「うん。パンサーから貰った。他にもマルバーやシュヴァハ、チルノに大ちゃん。色々な人から貰った。一部魔力を感じる物もあるけど、全部魔道具に近い物だと思う。魔力を込めれば作動する。例えばその人形なら⋯⋯」

 

 フィオナはフランの持つぬいぐるみに手を触れ、少しだけ魔力を注ぎ込む。

 

「──こうなる」

「あ、手から離れ⋯⋯」

 

 魔力を供給されたぬいぐるみはさっとフランの手から逃れ、床を歩き始めた。

 しかし数秒足らずで突然動きを止め、それからは微動だにしなくなった。

 

「魔力を供給した分と比例する時間だけその魔力の主の思い通りに歩く人形。他には溶けない氷の塊や半永久的な閃光玉がある」

「色々貰ってますね。部屋に飾るような物は貰ってないみたいですけど」

「せっかくだから、私達は飾れる物を送りましょうか。フィオナ、何か希望はある?」

「シャンデリア以外」

「まだ引っ張るのね⋯⋯。そんなに嫌なの?」

 

 お姉さまの言葉にフィオナは肯定の意味を込めて頷き返す。シャンデリアというか、豪華な物は結構嫌いらしい。

 

 それにしてもフィオナには何を送ろうか。見たところ本棚がないみたいだし、自分の部屋にあるのと同じ物でもプレゼントすれば喜んでくれるだろうか。たまに本を読んでいるところを見ることがあるし。

 

「そうだねぇ⋯⋯鏡とか置く? 私達は写らないから置いてないけど、フィオナは写るしね」

「机もないから置いたら? 私とフランの部屋にも置いてあるよ」

「採用。空いている場所に置いてみる」

「それでも普通の部屋には変わりないわねぇ。⋯⋯ソファくらいならいいかしら?」

 

 フィオナも「それくらいなら」とお姉さまの提案を受け入れる。採用してもらったお姉さまはどことなく嬉しそうだった。

 

「じゃあ、ふかふかのを持ってくるわね。あ、感謝してもいいわよ?」

「いやいや、最後のは付けなくてもいいと⋯⋯」

「うん、ありがとう」

「貴女も素直ですね⋯⋯」

 

 素直に言う通りにする彼女は、見た目も相まってまるで人形のようだ。否定することはできるから、完全に人形というわけではないのだが。

 

「本棚とかも置いてみる? 角の方とかに」

「あ、それ私が先に考えていたやつです」

「早い者勝ちー」

「む、別にそんなつもりで言ったわけじゃないですからね」

「ふふっ。はいはい、分かってるから怒らないの」

 

 フランはそう言って私の頭に手を置いて撫でる。

 

 妹に完全に舐められている気しかしないが、慰めている姿は可愛いから良しとしよう。

 

「もう、いちゃいちゃするのは自分の部屋でしなさいよ。それはそうと、ソファはどこに置いたらいいかしら。中心に置くのも少し邪魔な気がするわね」

「⋯⋯フランずるい。でも私も後でするからいいもん」

「ふふふ、いいですよ。でも後で、ですからね」

「ソファは机と一緒に扉と逆側の壁近く。本棚はベッドの横。後は⋯⋯」

「このムードの中、1人で着々と進めている貴女が凄いわね⋯⋯」

 

 それからはしばらくの間、色々提案を出し合い、しかしフィオナの意見を尊重しながら部屋を彩る飾り付けを考えた。

 

 

 

 

 

 そして十数分ほど経った後のことだった。

 

「後は何置こっか。あ、後は衣装棚とか⋯⋯ん?」

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯フィオナ? どうしました?」

「大丈夫? おーい」

 

 フィオナが突然頭を抑えて黙り込んでしまった。その数秒後にしゃがみこみ、痛くなったのか、心なしか抑える手の力が強くなったように見える。

 

「ふ、フィオナ? 本当に大丈夫です?」

「⋯⋯何か、頭が⋯⋯これは、記憶?」

「な、何か思い出しそう、ってことです?」

「レナ、少し黙ってあげて。こういう時はあまり刺激せず、そっとしておいた方が⋯⋯」

 

 何がきっかけなのか、フィオナは何かを思い出しそうな雰囲気だ。記憶を失う前のことは全くと言っていいほど知らないが、何か似たようなことでもあったのだろう。

 

「あ、あぁ! うぁっ、ぁぁぁ⋯⋯! あ、頭が、破裂しそう、だ⋯⋯!」

「フィオナ⋯⋯! や、やっぱり痛みを緩和させるために──」

「レナ、手を出しちゃダメっ。このまま、じっとさせれば恐らく⋯⋯」

 

 能力を使って運命でも見ているのか、私を手で制しつつ、フィオナをじっと見据える。

 当のフィオナはますます痛そうに頭を抑えながら痛みに苦しんでいた。

 

「あぁぁぁぁ! っ、し⋯⋯おう⋯⋯ゆび、わ⋯⋯?」

「フィオナ、もう少しだけ、耐え──」

「フィーオナー! 今日も遊びに来たぜー!」

「──ふぁ!? 」

 

 と、何かを思い出しそうなところで、フィオナの友達でメイドでもあるパンサーが大声を出して部屋に入ってきた。パンサーの後ろには、他にもフィオナと仲のいいメイドのシュヴァハやマルバーもいる。

 

「フィオナの驚いた声、初めて聞い⋯⋯って、間が悪いわね!?」

「ん? あ、なんか取り込み中だったか? ごめんごめん」

「ぱ、パンサーちゃん、どう見てもタイミング悪かったみたいだよ⋯⋯?」

「そ、そんなことよりもフィオナは⋯⋯」

「⋯⋯え? どうしたの? レナお姉ちゃん」

 

 まるで何事も無かったかのようにフィオナは首を傾げていた。もう頭を痛めている様子もなく、恐らくは先ほどのことも全て綺麗さっぱり忘れてしまったらしい。

 

「記憶が、また⋯⋯」

「はぁー。どうやら覚えていないようね。パンサー、ちょっと来なさい?」

「え、レミ⋯⋯お嬢様、どうしてそんな怖い顔⋯⋯あ、手を引っ張⋯⋯い、嫌な予感がする! ヘルプ! マルバーヘルプゥゥゥ!」

「お嬢様の行動を妨害することはできませんので」

「なんでだー! アタシが何をしたって言うんだー!」

 

 明らかなお姉さまの八つ当たりで、パンサーが部屋の外へと連れて行かれた。その数秒後、外でパンサーの叫び声が聞こえたのは言うまでもなく、皆哀れんでいる様子だった。

 

「⋯⋯ま、知らなかったとはいえパンサーちゃんのせいで記憶が戻らなかったからね。レミリアお姉様は密かに気になっていたみたいだし、それが邪魔されたみたいで嫌だったんだろうね。全く、子どもなんだから」

「冷静に分析するのもいいけど、やっぱり可哀想だよね。後で何かしてあげよう」

「⋯⋯それもいいと思いますよ、ええ。はぁ、今日は機嫌が悪い日かもしれませんね」

 

 お姉さま達が出ていった扉の方を見ながら1人で静かに呟いた。

 

 私も記憶が戻らなかったことは残念に思うが、それでもフィオナの痛みが収まったのならそれはそれでいいと思いたい。それに⋯⋯もし記憶が戻って、フィオナでなくなってしまうことも今はまだ嫌だから。

 

「レナお姉ちゃん、パンサーは妖精だから一回休みがあるし、早く部屋の内装を決めよう。じゃないとお風呂にも入っていないのに寝る時間になる」

「合理的ですけど貴女も何気に酷いですね。⋯⋯でも、はい。早く終わらせましょうか。それにお姉さまもあまり酷いことはしないでしょうしね」

 

 そうして私達は再び部屋の話へと切り替える。今度はメイド達も一緒に、仲良く、いつも通り今日のように平穏な日に感謝し、楽しむようにして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Alice Margatroid

 

 ──アリスの家

 

 レナ達がフィオナの部屋に集まっているのと同時刻頃。

 

「こ、こは⋯⋯うっ⋯⋯!」

「どうしてかしら、治りづらい呪いがあるからあまり動かない方がいいわよ」

 

 アリスに助けられた1人の男は起き上がる。

 

「⋯⋯お前は誰だ?」

「私? まず名前を聞く時は先に名乗るべきだとは思わない?」

「⋯⋯それもそうだな。失礼した。俺は⋯⋯握剌(あくらつ)童子(どうじ)。今はそう名乗っている」

「そう、私はアリスよ。アリス・マーガトロイド」

 

 この2人の出会いが更なる波乱を起こすことは、1人を除いてまだ誰も知らない────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話「宴会のお誘い」☆

遅れに遅れましたが、無事投稿を終えました。
ちなみに大阪住居の自分ですが、一応大丈夫です。また来そうで怖いですがまあ、何事もなく終わることを祈ってます。それと、地震が来てもまずは落ち着きましょう。何事もですが、慌てると正常な判断が難しくなりますから。

まあ、話を戻しまして⋯⋯では、暇な時にでもごゆっくり。


 side Alice Margatroid

 

 ──アリスの家

 

「アリス。ここは何処だ?」

 

 異様な左腕を持つ握剌(あくらつ)童子(どうじ)という名の少年は、アリスに促されるままベッドの上に座ると疑問をぶつけた。まだ何が起きたのか、何が起きているのか整理しきれていない様子だが、特段慌てている素振りは見せていない。

 

「魔法の森よ。どういうわけか、貴方はここの森の入り口付近で倒れていたわ」

「魔法の森? 聞いたこともない場所だな。なるほどな、やはり俺は⋯⋯。それはそうと、どうして俺を助けたんだ? ここの連中は薄情な奴らばかりだと思っていたが」

 

 握剌童子は納得した様子で頷き、確認するようにそう訪ねた。

 その顔は険しく、何かに対しての怒りを感じる。

 

「同じ場所に住んでいても性格が違う人なんてたくさんいるものよ。貴方は運が悪いのか、そういう人達を見てきたようね」

「ああ、全くだ。怪我してるというのに弾幕ごっこなるものに誘われ、断っても無理矢理始めて魔力の塊を飛ばしてくる奴らや、数少ない食料品を変な理屈ですり取られた挙句、あいつら開き直りやがったからな⋯⋯」

 

 握剌童子はどこへともぶつけることのできない怒りを無理矢理腹の中に押さえ込み、拳を強く握る。今にも爆発しそうに見えたが、その数秒後についたため息とともに、その怒りも消えたようだ。

 

「それはまあ⋯⋯ご愁傷さまとしか言いようがないわね。それはそうと、怪我は大丈夫なのかしら? 軽く治療はしておいたけど、さっきも言った通り呪いのようなものがあるわ。完全に治癒は難しいわよ」

「あ、ああ。そうか。治療してくれたんだったな、礼を言う。⋯⋯呪いか、なるほどな。治らない理由が分かった。正しく有無を言わせず⋯⋯か」

 

 握剌童子はそう呟くと、異形な形をした左腕を自分の胸の上に添えるようにして軽く置いた。

 

「⋯⋯ここか!」

 

 そして何かを見つけたのか、声を上げて素早く、軽く掴み取り、その何かを力強く握り締めた。

 すると何かが握り潰される音ともに、黒いものが握剌童子の拳の中で弾け飛んだ。

 

「⋯⋯今のは?」

「呪いであろう原因だ。この世界にも能力というものがあるのだろう? 今のも同じようなものだ。俺は遍く掴み握る能力を持っている。呪いだろうが、たいていのモノはこの左腕で掴める。まあ、四肢ならどこでも掴めるがな」

「ふーん⋯⋯治療は必要かしら?」

「いや、すぐに回復するから大丈夫だ、ありがとう」

 

 彼の使った異質な左腕をよく見れば、左手の指は猿と人間の中間のようで、指が異様に長くて親指が離れている。それは彼の足も同様で、左腕以外にも多少は人と異なる部分があるようだ。

 

「そう。それでどうして怪我をしていたのかしら? 話したくないのならいいけど」

「⋯⋯いや、話そう。そしてできれば協力もしてほしい。普通なら俺だけで充分だが、如何せん、ここのことをあまり知らないからな。それに、アリス、君は他と違ってまだ常識がありそうだ」

「褒め言葉として受け取るわ。協力はいいわよ。だいたいのことは、ね」

「ありがとう。しかし、もし協力してくれる場合は一つだけ言っておくことがある」

 

 握剌童子の声は落ち着いて静かで、神妙な顔つきになる。アリスもそれに応じて握剌童子に真剣な眼差し向ける。

 

「恐らく⋯⋯いや確実に危険が伴う。死を覚悟する必要があるほどにな。協力しない場合でも今となっては危険があるが、協力する場合ではそれがより一層高まるはずだ。もちろん、できる限り守るが⋯⋯。それでも協力してくれるか?」

「ええ、問題ないわ。少し興味が湧いてきたから。もちろん貴方にね」

「そんな軽い気持ちで協力しない方がいいと思うが⋯⋯。本当に危険だぞ?」

「危険のレベルにもよるけど、自分の身くらい自分で守れるわ」

 

 アリスの自信有り気な宣言に対し、握剌童子は「はぁ」とため息で返した。どうやら信用していないらしく、それは顔を見ていたアリスにもよく伝わっていた。

 

「こう見えても私は魔法使いよ。不満かしら?」

「不満ではないが⋯⋯。相手は強い。できる限り自衛に回ってくれ」

「分かったわ。それじゃあ、話してくれるかしら?」

「ああ⋯⋯まず初めに言っておくことがある。俺は、こことは異なる世界⋯⋯所謂異世界から来た⋯⋯と思っている」

 

 衝撃的な握剌童子の言葉に、アリスはいつも通りの平然とした様子で聞き始めた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(エントランス)

 

 徐々に夜が短くなり、春が近づくことを感じさせる三月のある日。

 私は宴会に呼ぶための友達を誘いに、さとり達がいる地底へ行く準備を終えて今まさに出発しようとしていた。

 

「レナお姉ちゃん。ボクも行きたい。いいかな?」

 

 呪文を唱え、魔法の抜け穴から落ちようとした時、背後からフィオナに声をかけられた。それも、物を欲しがる時の子どものような可愛らしい声で。

 

「ダメです。貴女は狙われているのですよ? 絶対に家の中の方が安全です。それにただ宴会に誘いに行くだけですよ? 長居はしないと思います。だからこそフラン達も置いて1人で行くのですから」

「⋯⋯どうしても会いたい人がいる。お願い、今回だけでいいから」

 

 強い気持ちを込めてそう言うと、フィオナは深く頭を下げる。

 

 理由は分からないが、それだけ言うのなら、と思ってしまう。フィオナには私の魔法もかかっているのだし、何か危険があればすぐに反応できる。それならば、あまり過保護にせず少しくらい好きにさせた方が良いのかも⋯⋯。

 

「レナお姉ちゃん、いいよね?」

 

 悩む私に、フィオナは絶対に許可を得ようと距離を詰める。まだ子どもなのに、まるで蛇に睨まれた蛙のような気分がある。それほどに威圧感が強い。

 

「⋯⋯はぁ、もう。いいですよ。今回だけですからね。ちなみに私はその会いたい人とは──」

「会っちゃダメ。私だけで会うことになっている。でも心配はない。きっと、いい人だから」

「むぅ⋯⋯分かりました。もし危険な目にあった場合は──」

「すぐ伝える。でも危険だったらレナお姉ちゃんは分かるよね」

 

 こちらの考えなど全て見透かしているように、私が言うよりも早く答えていく。

 

 この光景、若干反抗期の子どものようにも見える気が⋯⋯いや、きっと気のせいだろう。

 

「それに、自衛くらいはできる。ボクだって、守られてばかりはいないから」

「はぁ、初めて出会った時とは違うのですね、分かりました。⋯⋯みんな変われて⋯⋯」

「⋯⋯レナお姉ちゃん?」

「はい? どうしました?」

 

 何を思ったのか、フィオナが不思議そうな声を出してこちらをじっと見つめる。

 

 いつにも増して不思議なことをしているが、何かあったのだろうか。

 

「⋯⋯? いいえ、何でもない。早く行こう。フランやルナに見つかったらめんどくさい」

 

 しかしそんな私の疑問は気にもせず、その表情もすぐに消え失せる。そしてそう言い残して私の作った抜け穴へと落ちていった。私もフィオナに続くように、慌てて穴の中へと落ちていく。

 

 

 

 

 

 抜け穴の先は、いつも見る地霊殿のエントランスへと繋がっていた。フィオナの姿はすぐに見つけることができた。すぐに追いかけたというのもあるが、彼女は『誰か』に会いに行かず、その場で私を待っていたようだ。

 

「終わったら、またここに戻ってくるね」

「分かりました。気を付けてくださいね」

 

 私はフィオナに別れを告げると、様々な動物のいる通路を歩きながら、さとりの部屋へと真っ直ぐ向かう。

 

 何の通知もなく突然押しかけるのも失礼な話だが、それは忘れていたということで許してもらおう、そうしよう。ともかく、そろそろさとりの部屋だ。しっかりと確実に誘えるように頑張ろう。

 

「失礼しますよ」

 

 そう言って彼女の部屋の扉を叩き、開けた。中では静かに本を読むさとりの姿があった。すぐに私が来たことに気づいたらしく、本を読みながらでもチラリと目線を私に向けると、小さくため息をついた。

 

「貴女ですか。せめてノックした後は返事を待ちましょう。⋯⋯勝手に入ったことを怒っているか、ですか。そうですね、せめて一言かけてほしいですね。ああ、別に謝らなくてもいいですよ」

「そうなのです? でも謝りますね。すいませんでした」

「謝るくらいならやめてくださいとあれほど⋯⋯。まあいいでしょう。それよりここに来た理由⋯⋯宴会ですか? ⋯⋯ふむ、博麗神社で行われると」

 

 さとりと話す時、すぐに心を読む癖があるからか、ほとんどの割合でさとりが独り言をしているように見える。

 

 実際には心の中で会話しているのだが、傍から見ればどう思われるやら⋯⋯。

 

「それで他の人に変な勘違いされて、私が嫌な思いをしたらどうしよう、ですか?」

「隠し事ができないです⋯⋯。まあ、正直に話すとそうですね。さとりを知らない人もいますから。宴会の時は私と一緒にいてくれれば他の人に何か思われることもないとは思いますから、来てくれませんか?」

「⋯⋯つまり、私が守るから嫌な目にはあわせない、ということでよろしいですか?」

 

 さとりの鋭く真っ直ぐな瞳を向けられ、緊張してか胸に触れなくても心拍数が上がったことが分かる。心が読まれているということもあり、それはなお一層高まっているのだろう。

 

「⋯⋯はい、約束します」

 

 だからといって、約束しない理由にはならない。忌み嫌われる能力を持っていようと、さとりは私の友達なのだから。私にとって友達を守ることくらい、当たり前のことなのだから。

 

「⋯⋯ふふ、そうですか。では私も行きますね。お燐やお空を連れていっても?」

「はい! もちろんいいですよ」

 

 さとりの爽やかな笑顔に、私もつい嬉しくなって返事をする。

 

 これがさとりも外へ遊びに行くようなきっかけになってほしい。一応は地霊殿の管理者なのだから、離れることは難しいだろうけど。

 

「そうですね。離れることは難しいです。できないわけではないので、たまに地底を探索したりはしますよ?」

「いえ、外というのは地底の外なわけであって⋯⋯と、そう言えばこいしは何処です? いつも通り行方不明です?」

「いつも行方不明というのもおかしいですが、そうですよ。ですから宴会のことは私から話しましょう」

 

 さとりは最後に「会えたら」と付け足すも、そう約束してくれた。

 

 とりあえずこれで地霊殿組は大丈夫だろう。知り合いがいないよりは、いた方が私としても楽しいしね。

 

 そう考えながらさとりと雑談し、私はここでフィオナを待つことにした────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Fiona

 

 ──地底(ある道の通り)

 

 フィオナがレナと別れてから数分後のこと。

 

「お前は吸血鬼のところの人間⋯⋯フィリア?」

フィリア(友愛)じゃないフィオナ(白い)。君は朱童だよね。久しぶり?」

「多分久しぶりだ。⋯⋯どうしてここへ来た?」

 

 フィオナは金色の長髪と赤い一本角の鬼、金熊朱童に出会っていた。

 鬼は1人で来たフィオナを、不思議そうで怪しんでいるような目で見ている。

 

「ある人に会いに来た。名前はバティン。知らない?」

「バティン? 聞いたことない。そもそも誰それ?」

「ルシファーの使い──」

「あまり情報を漏らさないでください。あ⋯⋯フィオナ様」

 

 誰も気付かず、まるで元々その場にいたかのようにその者はいた。身長はフィオナより背が高く160cmほどで、温そうな黒いレインコートを身にまとい、地底故に雨でもないのにフードを被っている。フードからは鮮やかな青色の髪が見え隠れし、目は紫色に染まっている。しかしそれよりも目に付くのが、コートの後ろから尻尾のような何かが見えていることだろう。それはまるで生き物のように小さく動いている。

 

「⋯⋯バティン?」

「はい、バティンです。証拠に蛇でも見ますか?」

「⋯⋯いいえ、何となく分かるから大丈夫」

「いつからいた? それに強そう。戦わない?」

 

 朱童は鬼の血でも騒ぐのか、戦いにバティンを誘う。しかしバティンは手を振って断る姿勢を見せた。

 

「戦わないです。戦闘狂ですか貴女は。⋯⋯■■■■から話は聞いているようですね。ですが記憶はまだないと⋯⋯残念です。ルシファー様からお預かりした伝言がありますが、それはまた記憶が戻ってからにします。それと⋯⋯貴女様が吸血鬼を待たしてあることは知っています。一度出会いましたので、貴女様がお望みになればすぐにでも貴女様の元へ向かうことができますよ。それでも少し話しますか?」

「うん。お願い。今は情報が足りない。敵のこと、知ってるよね?」

 

 フィオナの問いにバティンは「当たり前です」と返す。そして少し考えるような仕草を見せると、バティンはフィオナへと手を差し伸べる。

 

「話すなら場所を変えましょう。聞かれたくないです。いいですか?」

「うん。君が嘘をついていないことは分かるから、いいよ」

「あ、私も行きたい」

「お断りします。フィオナ様しか連れていけません」

 

 バティンの言葉に不服の意を伝えようとしてか、朱童は頬を膨らます。しかしそれに対してフィオナが間に割って入る。

 

「ごめんなさい、言う通りにして。でも春に博麗神社で宴会があるから、その時は来てもいいよ」

「⋯⋯本当にいいと約束するか?」

「うん、約束する」

「ならいいぞ。萃香様も誘わないと⋯⋯」

 

 そうしてその場を収めたフィオナはバティンの腕を掴み取ると、2人はその場から跡形もなく消え失せた────




次にいつ投稿できるかは分かりません。今年中はあと多くても5話が限界だと思います()

あ、もしかしたらバディンの絵を描くかもしれませんので、いつの間にか☆が付くかもしれません。というわけで注意しましょう(後書きで書くことじゃない)

2018/09/21追記
結局描きました。思ったより何故か子どもっぽくなってしまいました(

【挿絵表示】


それと5話とか言いましたが思った以上に大変なので1、2話が限界になりそうです。お楽しみにしてくださっている方々、申し訳ございません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話「序列18番 蒼白公」

お久しぶりです。
最近、今と比べると前作の投稿ペースって信じられないなぁ、とか思っているrickです。

まあそれはともかく20話目です。前作と違い6章の構成となる予定ですが、量的にはあまり変わらなさそうと思い始めている⋯⋯。





 side Alice Margatroid

 

 ──魔法の森(アリスの家)

 

「俺は、こことは異なる世界⋯⋯所謂異世界から来た⋯⋯と思っている」

「異世界から来た、と思っている? 確定ではないのね」

 

 握剌童子の告白にアリスはさほど驚きは見せず、普通では信じられないはずの言葉をすんなりと受け入れた。握剌童子から見ても彼女は嘘だと思っている様子はないらしく、彼は思い描いていた想像と違うためか呆気にとられている。

 

「⋯⋯落ち着いているな。異世界から来た者は珍しくないのか?」

「そんなことないわよ。私も知る限りじゃ1人、それも噂でしか聞いていないから」

 

 今度は逆に握剌童子の方が驚かされた。噂だとは言っても目の前にいるアリスが自分の話を聞いても驚いていないのだから、握剌童子は真実なのだろうと思っているようだ。そして僅かに考える素振りを見せる。

 

「やはりいるのか、俺と同じような奴が。来た経緯は違うだろうが⋯⋯」

「本人に確認していないから詳しくは知らないけど──というか興味もないし──転生という形でこの世界に来たらしいから、貴方とは違うでしょうね。少なくとも、この世界の家族がいるから違うのは確実でしょうけど」

「なるほどな。なら俺が探している奴らとは⋯⋯。ああ、俺の目的を言っていなかったな」

 

 アリスが話についていけないのを見て彼は話を変える。

 

 彼によると、目的は自身の仲間──とは言っても味方か聞かれたらそういうわけでもないらしく──を自身の世界へ連れ戻すことらしい。彼の仲間達は握剌童子も含め()()()()()()()が、とある研究により皆変わってしまったらしい。その研究の原因が彼自身にもあると考えているようで、他の研究対象こと童子達を元の世界に連れ戻し、また可能ならば元へと戻したい、とのことである。

 またここへ来た経緯は自分でも分からないらしく、倒れていたのも疲労が原因だとか。何故疲労していたのかはある男が関係しているらしいが、その正体は彼にも分からないらしい。ただ目的を邪魔する者もいるということだ。

 

「俺の予定通りなら本来は元の世界へ戻れていたはずなんだが⋯⋯ここの住人に邪魔されたり、意味の分からん奴のせいで余計にどこにいるかも分からず、と色々あってな」

「怒るのも無理ないわね。私はその童子達を連れ戻す協力をすればいいのかしら? 話を聞く限り危険な要素は少ない気もするけど」

 

 アリスのその言葉に握剌童子は首を横に振って違うことを示す。

 

「何を言っている。危険しかないぞ。童子達は俺みたく個々の能力を持つ。見てわかる通り俺の左腕は普通じゃない。さっき俺が呪いを()()()()()のを見ただろ? あれが能力だ。遍く掴み握る能力。⋯⋯誰も言うなよ?」

「まず話さなければよかったと思うわ。信用してくれていると受け取るからいいけど」

「そう受け取ってくれて構わない。ここにいる俺の味方はお前くらいだからな」

「⋯⋯貴方も大変ね」

 

 アリスは些か同情の目を向けていたのだが、それに気付いてか気付かないでか少年はベッドから立って窓の外へと目を向ける。そしてしみじみと、昔でも思い出してか懐かしむように暗い空を見上げた。

 

「まあな。だが童子達が変わったのは俺の責任だ。それから目を逸らすわけにはいかねぇ。それに覚悟も決めてきた。──エゴで潰す覚悟を、な」

「⋯⋯あらそう。そう決めているのなら私も手伝いやすいわ。それでこれからはどうするの? 何処にいるか分からないのなら無闇に探すのもいいかもしれないわよ」

「いや、まずはここの地形に慣れたい。だからこの場所を案内してくれ。それに童子が現れれば少なからず騒ぎは起きるはずだ。俺達はそれに気付くだけでいい。もちろんできる限り犠牲は出したくないが⋯⋯仕方あるまい」

 

 彼の覚悟を聞いてアリスは「分かったわ」と一言だけ返す。握剌童子は軽い反応に僅かに驚くも、そういう性格だと納得しているようだった。そしてこれからの方針を決めたアリス達は暗い森の中へと出ていった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Fiona

 

 ──地底(バティンの隠れ家)

 

 バティンに連れられフィオナがやって来た場所は何処かの家の中だった。見る限りでは窓はなく、生活に必要な最低限のものしかない。そして他の部屋に繋がる扉はあるようだが、外へと繋がるような扉は見当たらない。そこは正しく密室であり、魔法による移動手段か物理的に壁を破壊するしか出ることは叶わない構造のようだった。

 

「ここは? ⋯⋯周りの魔力は変わっていないから地底なのは分かる」

「⋯⋯早いですね。いえ、お気になさらず。お察しの通りここは地底です。誰にも見つかりたくないので外へと通じる道はありません。外から見てもここが分からないように細工もしてます」

「それだけ警戒しているのは、誰が敵か分からないから? それとも敵がどれか分からないから?」

「どっちもです。敵の一部はあまり知らないですし、化けて来るので誰がどれか分からないからです。全員ただ消すだけなら簡単な仕事ですけど」

 

 バティンのその言葉は微塵も傲慢さは感じられず、それが真実なのだと考えさせられるほど平然とした顔だった。それもそのはずで、サタンとも呼ばれるルシファーの側近の二番手であり、実力は本物である。並の悪魔程度が相手なら、何体いても結果は変わらないだろう。

 

 もちろん()()()()()()()()の話だが。

 

「全員消すのは難しいと思う。特に夏だと魔王がいる」

「冗談です。流石に私でも全員を相手取って勝てるとは思っていません。普通ならの話ですけど」

「まるで普通じゃない言い方。どういうこと?」

「召喚の違いです。私達の召喚者は私達の力を均等にはせず、バラバラにして召喚しました。その中でも相手にとって運の悪いことに私は力の強い方になったわけです。実際の力に物凄く近い状態で召喚されました」

 

 平然とした様子でそう語るも、それは裏を返せば実際の力に近い状態で召喚できる相手が敵なのだから安心はできない。とフィオナは静かに考えていた。だが召喚した影響で魔力が落ちている可能性も否定はできず、結局は相手の力量を測ることは難しいとフィオナは結論づけた。

 

「なので安心して守られてください。」

「そうとも言えない。敵は多いから。それにその理屈でいくと強い敵もいると思う」

「それもそうですが、味方もいます。偵察代わりに使っているのでここにはいませんけど。それと改めて自己紹介しておきます。私はバティン。ソロモン七十二柱の序列十八番。特技は耐熱と薬草や宝石の知識があること。そして瞬間移動です」

「空を飛ぶ方が楽しいと思うから、瞬間移動はいらなさそう」

 

 そう真っ直ぐな目を向けるフィオナに残念そうな顔になるバティンだが、フィオナには悟られまいと元の無表情へと戻る。フィオナの方も気付いているかどうかは分からない微妙な表情だが、それについて追求することはなかった。

 

「⋯⋯では既に知っていると思いますが、フィオナ様の敵のことを話しておきます」

 

 そして一瞬の間など、何事もなかったかのように話を再開する。

 

 バティン曰く、知っての通り敵はソロモン七十二柱の悪魔達であるが、私のように敵ではない悪魔も少なからずいるらしい。勢力的には三つに分かれており、一つ目は最も数が多く勢力も大きいであろう召喚主に従うグループ。二つ目は召喚主の考えに背き、フィオナを守るために何体かが手を組んだグループ。そして最後にどちらにも属さず、自由に行動する不確定ながらも確実にいるであろう者達。この内、最後の悪魔達だけは敵か味方かは分からないようで、極力干渉はしない方がいいのだという。

 

「それと最初の悪魔達ですが、共通して奇妙な霧が出るみたいです。色や効果はそれぞれ別ですが、絶対に実体として出てきたら霧が出てきます」

「なるほど。何度か会ったことがある。でもその度に撃退してるから大丈夫?」

「一時的には大丈夫です。ですけど本当の意味で死ぬことはないです。いわゆる本物の部分的な存在ですから。本物が出てきたら最初のフルカスで負けてたと思います」

「見てたの?」

 

 フィオナの「なら何故助けてくれなかったの?」と言わんばかりの問いに、少しだけ顔を俯かせる。悪魔というには幼く弱々しい容姿も相まって、責めることが悪く思えてきそうだ。だがそんなことも考えず、ただ真っ直ぐな疑問を持つフィオナに悪気はない。本当に、見た目の年齢相応に好奇心旺盛なだけなのだから。

 

「見ていたとは少し違いますが、助けに行けたのは間違いないです。ですがその時はまだ味方もいなかったので、吸血鬼の娘に託しました。もしものことがあれば私も行くつもりでしたけど⋯⋯。フィオナ様には悪いですけど吸血鬼は見捨てるつもりでいました」

「どうして? レナお姉ちゃんのこと、嫌い?」

「いえ、違います。好きも嫌いもないです。ただフィオナ様があんなに気に入るとは思っていなかっただけです。⋯⋯それはさておき」

 

 早口で訂正していた以外には慌てた様子もなく、バティンは淡々と話を続けていく。もちろん特段何かに反応する様子もないフィオナは、その場にちょこんと座って続く話を静かに聞いている。

 

「敵が本物でなく召喚されたモノである以上、一番手っ取り早く片付けるには召喚主を倒すしかありません」

「それができたらここまで苦労していないと思う」

「話は最後まで聞いてください。ほんと悪い癖です⋯⋯。私はルシファー様の命令も受けていますからフィオナ様の味方に付いていますけど、あちら側に付いた奴らはそんなこともお構い無しに邪魔してきます。それにまだ召喚主はこの世界に入っていないので、今は素直に対抗する準備を整えることしかできないです」

 

 そう言いながら立ち上がり、部屋にある机の引き出しに手をかける。中から手鏡のような物を取り出すと、しばらくの間、静かに覗き込んでいた。そしてその手鏡に向かって話しかけ、少ない言葉を発した後、元の引き出しへと戻す。

 

「今のままでことが進むと春頃にはこちらに来るそうです。敵は多く、私より劣るとはいえ強いです。⋯⋯春に行われるという宴会には行きたいですよね?」

「うん、行きたい。ボクもレナお姉ちゃんに誘われてるから。好きな人の誘いは断りたくない」

「そうですか⋯⋯。アレのことですから、宴会の時にでも襲ってくる可能性が高いのですけど」

 

 残念そうに、さらには若干悔しそうな表情でバティンは続ける。フィオナに対しての感情が僅かに隠しきれてないが、フィオナは追求しないのでいいと思っているのだろうか。

 

「そうなの? なら宴会はやめた方がいい?」

「⋯⋯いえ。フィオナ様がやりたいのなら止めません。ですけど戦える人の側に居てください。最悪の場合、何人か死にます。または消えます」

「あまり変わらない気がする。それと、召喚主の検討はついている? 敵の動向も詳しいみたいだから、知っててもおかしくないと思う。それにバティンを召喚したのも、召喚主だよね?」

「そうですけど、あまり言いたくない名前です。ですけど、どうしてもと言うなら⋯⋯」

 

 そう言って、フィオナの目を真っ直ぐと見つめて、バティンはその名を口にする。自分でも信じられないが、といった表情で。

 

「魔術の王、ソロモン⋯⋯と彼は名乗りました」

「ソロモン? 確かに悪魔とはいえソロモン七十二柱を軽々しく駒のように使える魔術師は限られている。でもおかしい気もする。ソロモンなのに、みんな強い状態で召喚できないの?」

「フィオナ様の意見は最もです。ですから私も、実際はソロモンではないと思います。魔力もソロモンのようでソロモンのようではないモノですし。ですから、実際はソロモンに似た誰か。もしくはソロモンになりすましている誰かと思います」

 

 結局分からなかった敵の本当の正体。だけど改めて敵のことを知り、いつ動くのかも、反撃するチャンスもフィオナは知った。そして一緒に戦ってくれる仲間の存在も知ることができた。だが、心のどこかで。頭の片隅で。フィオナは密かに疑問を感じていた。何か引っかかるモノがあると感じていた。それが何かはバティンと会話している間に気付くことはなかったが、疑問の正体がソロモンと関わることだとは分かっていた。

 

「フィオナ様。もし万が一にでも相手を倒せずに夏が来たら、()()に気を付けてください。あいつが出てくる時期になったら、貴女のお気に入りの吸血鬼も味方ではなくなっているかもしれませんから」

「それは大丈夫」

「え?」

 

 大丈夫と確信したような微笑みをバティンに向けた。さらにはまるでこの先、何が起きるか分かっているかのように、言葉を発する。

 

「信じているから。仲良くなったみんなのこと。守ってくれたレナお姉ちゃんのこと。それにお姉ちゃん、身体的な成長はもうしないと思うけど、能力と魔法だけは成長しそうだからね」

「ある意味死刑宣告よりも厳しい意見ですね」

「え? でも今のバティンも身──」

「今の状態でも成長します。いいですね?」

「う、うん」

 

 バティンはレインコートの下から尻尾である蛇まで出して威嚇し、半ば無理矢理フィオナにそう言わせる。尻尾の蛇は絵に描いたような緑色で、バティンが操っているのか、それともバティンの意思に反応して自分で動いているのか舌を出してフィオナを威嚇している。

 

 どうして威嚇しているのか気付いていないフィオナだが、今は大人しくした方がいいと察したらしい。その後は下手なことを言わずに、何事もなくレナの下へと送られた──

 

 

 

 

 

 ──紅魔館への帰り道──

 

 レナと合流したフィオナは、湖の上空を飛んでいた。帰るのに魔法による転移を使わないのは、フィオナの空を飛んで帰りたいという要望からだった。断る理由もないレナは潔くそれを引き受け、現在に至る。

 

「どうでした?」

「レナお姉ちゃん、どういうこと?」

 

 家に着くまで後数分というところで、レナはフィオナに尋ねる。しかし何を聞かれているのか分からなかったフィオナはそう聞き返した。

 

「誰かと会ったのですよね? 何を話したとかは聞きませんが、どうです? 楽しかったです?」

「楽しい⋯⋯そういうのは違うと思う。でも分かったことがあった。⋯⋯レナお姉ちゃん」

「どうしました?」

 

 何か話そうと思ったのか、恐る恐る小さな声で名前を呼ぶ。言いたい事はあるが、言うべきか否かで迷っているようにも見えた。そんな気持ちも気付かなかった鈍感なレナは、図らずも優しい口調と顔で答えを待った。

 

「⋯⋯いいえ。宴会楽しみだね。誰が来るか楽しみ。色々な人に会ってみたい」

 

 心配をかけたくないのか、話すべきことは話さずに本心を隠す。口にした言葉も思っていることなのだが、そういう事を言いたかった訳ではなかったのだ。本当は相談するつもりだった。しかし、フィオナはバティンの「これからは見守るから自分のことは秘密にしてほしい」という約束を受けて、何も話さない、良く言えば心配をかけない方を選んだ。信用しているからこそ、そして自衛する力を身につけてしまったがために、心のどこかで余裕を持ってしまっていた。

 

「そうですねー。私は誰かと関わることも少ないですし、宴会の時にでも誰かと仲良くなってみたいです。あ、でもずっとお姉さまの側に居たい気持ちはあります」

「平常運転。⋯⋯本当に楽しみ。宴会までもう少し。でも時間はゆっくりがいいな」

 

 小さくそう呟いたフィオナ。その後は喋ることもなく、ただ空を飛ぶ心地良さだけを感じていた。流れに身を委ねると身体で表現するかのように──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯教えてくれないのは残念かな。でも信用はされているみたいで、幸せそうな人生で良かった。前は短かったしね。吸血鬼だしまだまだ時間はあるけど、半分は切ったよ。多分、今回が一番幸せだから、終わるまでせいぜい楽しみればいいね──レナータ・スカーレット。わたしとしては、次も、またその次も楽しみなんだけども」

 

 それはフィオナ達が家へと帰った後のこと。存在を知られることを望まない彼女は、誰もいないことを確認し、表面に出ることでしか喋れない彼女はポツリと呟いていた。何度も経験はしているも、彼女は()()()本来の自分よりも弱々しい身体を持った。なのに今までの中で最も幸せ道を辿っている。そんな素直に喜べない今の中でも、知覚してしまったのだから、彼女は無気力に楽しもうとしていた────




頂いたオリキャラがもう1人の主人公になりそうな感じになりそうな予感。いっそのこと番外編の主人公にでもしようかなぁ。
頂いたキャラですが、こちらは阿久間嬉嬉様に頂いた方ですね。キャラはかなりの数を頂きました。ちなみに17話に出てきた男性キャラは猿魔様に頂いたキャラです。どちらもハメ作家さんですので、良ければお二人方の作品もどうぞ。
なおまだ詳しい設定はしばらく出せませんが、その時になればちゃんと紹介しようと思います。

さて、久しぶりに顔出して覚えている人も少ないかもだけど、前回少なかったし⋯⋯


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話「弾幕は自然と赴くままに」

まだまだ安定はしませんが、今年中にまだ何話かは出すかもしれません。結局はやる気と結果次第になりそうです(


 side Fiona

 

 ──春 紅魔館(フィオナの部屋)

 

 その季節では日差しが暖かくなり、雪は跡形もなく消える。一面真っ白な世界に色が付き、たった数ヶ月で数多の変化が起きた。寒さで凍り付いて流れが遅かった川は、元の水色をした和やかな速さに戻った。冬の間は静まっていた動物達も、今では騒がしく声が聞こえている。寒さを耐え続けていた草木は、春の訪れとともに生き生きと日光を浴びていた。

 

「春ですよー! 春ですよー!」

 

 そしてその名の通り春の訪れを告げる妖精、春告精のホワイトリリーが今日も騒々しく、春を伝えて回っている。最早幻想郷では恒例行事で気にする者もいない。はずだったが、未だに幻想郷の春に慣れていないある者はそれを煩わしく思っていた。

「五月蝿い。まだ四月なのに⋯⋯。吸血鬼という悪魔の居る館にここまで近付き、声を張り上げる妖精の行動は読めない。殺されても『一回休み』があるから大丈夫だと思っている? それとも居ないことを知ってわざと⋯⋯?」

 

 そう、今現在、吸血鬼の館であるはずの紅魔館には吸血鬼が1人もいない。皆宴会の前準備と謳って博麗神社に行っていた。実際に準備を手伝いに行ったメイドや吸血鬼の妹も居れば、ただ遊びに行った吸血鬼の姉も居る。準備で忙しくなると、ずっと一緒にいることも見ることも難しいとなった結果、フィオナは一番安全だと思われるここに残ることになった。魔法使いと魔法少女の合同による結界が張られているため、誰かが出入りしてもすぐに気付ける。だから最悪襲われても大丈夫ということになった。それが決まった時は、フィオナも特段行きたいという気持ちはなかったため不満はなかった。

 

「いや、妖精がそこまで考えてはなさそうだから、きっと前者なのかな。⋯⋯暇」

 

 それに春告精なのだから告げる相手がいなければ意味もない。と、フィオナは考える。

 

 悪気はないとは言え、フィオナの視点は少し上から目線のようだ。記憶がない今、それが記憶を失う前からなのか、それとも記憶を失ってからなのかは定かではない。しかし心のどこかでは、幾らか相手を見下すようにはなっているらしい。

 

「暇とは忌むべきものである。人とは何かに縛られているからこそ、何かを充実に感じる。⋯⋯人は閑暇を犠牲にして幸福を得る。だけど、幸福とは自由な閑暇があってこそはじめて望ましいものとなる。⋯⋯何言っているんだろう、ボクは⋯⋯」

 

 家に居てもやることのないフィオナは時間とともに退屈という気持ちが強くなっていた。フィオナが聞いていた話によるとレナ達が帰ってくるまでまだ数時間以上はあるという。それまで何もせずに過ごせる程、フィオナの好奇心は弱くなかった。

 

「よし、誰もいないな。フィーオナっ! あっそぼーぜー!」

「えっ⋯⋯パンサー?」

 

 フィオナは突然自分の部屋に入ってきたパンサーに対して驚き、さらには咲夜と一緒に準備をしに行ったはずの彼女が何故ここに居るのかと疑問にも思った。パンサーとは新しく入ってきた妖精メイドなのだが、些か態度に問題があるらしく、メイド長である咲夜にはよく注意されている。フィオナとは主従関係に近いのだが、友達とも呼べる間柄だ。

 

「どうしてここに? 宴会の準備は?」

「面倒臭いから帰ってきた! ま、気にすんな! 少し怒られる程度でアタシは遊ぶのを諦めない!」

「そこは諦めよう。仕事だから。それと別に怒られても変わらなさそう。反省しなさそうだから」

「うっわ、酷いなー! アタシだって反省する時はするぞ?」

 

 そう言うパンサーにフィオナは懐疑の目を向ける。数ヶ月という短い間にパンサーと親しくなっていたからか──何となくという曖昧なものだったが──それが嘘だということが分かっていた。確証はなくてもパンサーがそのような性格だと確信していた。

 

「それで、何か用があるの? 暇だったからボクは嬉しい」

「さっきも言った通り遊ぼーぜー! 手伝いやら家事やら面倒なこと多くて飽き飽きしてたんだ」

「メイドとしてそれはどうなのかと⋯⋯」

「だからな、アタシも同じように暇で遊ぼーかと」

 

 明らかに暇ではないし、都合の悪いことは聞こえていない様子のパンサーにフィオナは頭を抱える。しかし同じように暇だったフィオナに、その誘いを断る理由も必要もない。

 

「後で怒らえてもいいなら遊ぼう。何して遊ぶの?」

「そうだなぁ⋯⋯アタシも幻想郷(ここ)に生まれてから日は浅いから、一緒に幻想郷(ここ)を探検しよう!」

「探検? というか、生まれて日が浅いの?」

 

 フィオナは妖精メイドのパンサーを長く生きていると思っていたらしい。確かにメイド長である咲夜がこのようなヤンチャな性格でも認めているものだから、そう思っても仕方はない。それに生まれてすぐメイドになったとしても、時間的に見ればそれはかなり短いだろう。もし生まれつき家事が出来る妖精メイドだとしたら、珍しいにも程がある。

 

「まあな。さ、行こうぜ。誰かに見つかる前にな」

「うーん⋯⋯仕方ない。閑暇を活用できない者に閑暇は持てず。昔誰かが言っていた気がする。だから暇は活用しないと」

 

 フィオナは偉人の言葉を少しズレた解釈をする。それはとりあえず適当な言葉を使い、遊びに行く理由を作っているだけにも思えた。

 

「そうだな! じゃあ行こーぜー」

 

 しかし、その場に二人の歩みを止める者は居ない。そして、誰にも見つからずに外へと出てしまった。──そう、出入りを感知するはずの結界を素通りして。誰にも気付かれることなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンサーとともに外へ出たフィオナが行き着いた先は、すり鉢状の草原に一面に広がる向日葵畑だった。僅かに南向きに斜面になっていて、妖怪の山とは反対方向に位置している。ここに来た理由は二人には特になく、ただ空を飛んでいたらフィオナの方が目に付いて降り立った。しかし、好奇心で降りたはいいものの、春になったばかりのためか咲いている花は少ない。その咲いている花も向日葵ではなく、向日葵畑から少し離れた位置に幾つか咲いているくらいだった。

 

「フィオナー、こんな遠くまで来て言うのもなんだけどさー。ここは夏に来る場所だと思うぞ?」

「いいの。山は天狗が居て入れない、東はレナお姉ちゃん達が居る。だから行ける選択肢はこちら側くらいしかなかった。それでここが目に付いたのは運命だと思う」

「いつも変なこと言うよなー。おじょー様みたいに運命とか言ってさー」

 

 パンサーにとっては面白味のない場所だったのか、つまらなさそうに土を蹴る。そしてフィオナを見つめ、次に周りの風景を眺めてため息をつく。

 

「なあなあ、早く次行かないかー? 魔法の森とか行ってみたいなー」

「魔法の森は魔理沙が居るからお姉ちゃん達にバレそう」

「だけどここでずっと──」

「あら、珍しいわね。この時期に、ここに来るお客さんなんて。何か用かしら」

 

 突然声をかけられ、驚いた2人は振り返る。そこに居たのは、フィオナやパンサーよりも頭一つ分ほど身長は高く、癖のある緑色の髪を持つ女性。目はスカーレット姉妹のような紅色で、雨でもないのに傘を差す。恐らくは日傘なのだろう。服は白いシャツの上にチェック柄のベストを羽織り、赤のロングスカートを穿いている。

 

「誰だ? フィオナ、初対面の奴には気を付けるんだぞ」

「暇つぶし。暇は人を堕落させるから」

「そう、それは初めて聞いたわ。ところで失礼するわね。初対面だからこそ優しく接するものよ」

「そうかあ? アタシは初対面の奴なら結構警戒するぞ? ましてや初めて見る奴とか」

「ボクはフィオナ。これで名乗れば知り合いになる」

 

 警戒心をあらわにするパンサーを余所に、フィオナは話を続ける。フィオナは感情でも読んでいるのか、警戒している素振りは見せない。それを見て緑髪の女性もくすくすと笑い、優しい声で自己紹介を始めた。

 

「風見幽香よ。そちらの妖精さんは?」

「ぐぬぬ⋯⋯。フィオナが名乗ったからには名乗るぞ。妖精メイドのパンサーだ」

「メイド? ああ、妖精のメイドさんね。なら最近できた紅い館の人達かしら?」

「最近? 多分、数年くらい前から建っていると思うけど、紅い館なのは間違いない」

 

 そう話すと幽香はしばらくの間、フィオナをじっと見つめた。そして何かに気付いたらしく、再び幽香はクスッと笑う。

 

「私からしたら数年前も最近よ。それにしても⋯⋯魔力を感じるから魔女だとばかり思っていたけど、どうやら人間のようね。人間の魔法使いにしては天性の魔力を持っているわ」

「昔の記憶がないから分からないけど、血筋か何かだと思う。魔法は忘れているか元々知らなかったから、最近覚えたものが多いけど」

 

 それを聞いた幽香の目つきが変わる。良い退屈しのぎを見つけた、という嬉しそうな目に。

 

「そう言えば暇なのよね?」

「暇ではある。ただ幻想郷の色々な場所を探検したいとも思っている」

「なら時間は取らせないわ。少しだけ一緒に遊びましょう。弾幕ごっこで」

 

 突然の意外な提案にパンサーは驚き、フィオナは平然と首を縦に振り了承する。そして「うん」と、あっさりと申し出を受け入れたフィオナにパンサーは声を上げて二度ビックリしていた。

 

「ってかフィオナ! お前スペルカードないよな? ちなみにアタシは、妖精メイドだから必要ない、って言われて一枚も作ってないぞ」

「何枚か作ってる。お姉ちゃん達に協力してもらって。でも本当に少ない。まだ四枚だけ」

「時間は取らせない、って言ったでしょ? 二枚でいいわ。二枚もあれば実力は測れる、時間は少なく暇もつぶせる。一石二鳥よ」

「分かった。じゃあパンサー。下がってて。咄嗟(とっさ)の時に盾で守れないと思うから」

 

 フィオナがそう言うとパンサーは渋々ながらも向日葵畑から離れた位置に移動する。フィオナと幽香も──主に幽香の提案で──花が傷つかないよう、空高く移動した。そして距離を置き、互いにスペルカードの紙を手に取る。

 

「改めて確認するわよ。スペルカードは二枚。一度でも被弾するか、先にスペルカードを使い切った方の負けよ。手加減はするから威力はないと思うけど、念の為に当たりそうになったら弾幕で守ってもいいわ。被弾には含めないから遠慮なく守りなさい」

「分かった。ありがとう。じゃあお先に失礼」

 

 フィオナはそう言って、スペルカードを高く上げ、演出なのか持っていた紙に火を纏わせて燃やした。そしてそのスペルの名前を大きな声で宣言する。

 

「まずは一枚目のスペルカード。召喚『クロウリーのヘキサグラム』⋯⋯発射準備」

 

 一筆書きで目の前に六芒星を描き、魔法陣を出現させる。そして右手を引き、魔力をそこへと集中させる。幽香は強者の余裕からか何もせずにただ見ているだけだ。その余裕に甘んじて、フィオナは魔力集めに集中する。

 

「それ、しばらくかかるかしら?」

「威力によって変わる。でも今回はこれだけで十分。発射用意。⋯⋯魔力放出!」

 

 右手で魔法陣を押し出すように触れ、そこから弾幕を放出させる。それは魔理沙の『マスタースパーク』のような極太ビームで、更には星型の弾幕も回るようにして発射されていた。それを見てからようやく幽香は行動を開始する。

 

「まるであの魔法使いの弾幕ね。でもちょっと遅いわ」

 

 幽香はフィオナを中心に円を描くようにして回り始めた。一つしか魔法陣を展開していないフィオナはそれを追うように魔法陣を動かすも、幽香に追いつくほど早くはない。そうして当てることなく時間だけが過ぎていき、間もなくスペルカードのタイムリミットが来ようとしている時だった。

 

「そろそろかな⋯⋯。拡散!」

 

 それを合図に一直線だった弾幕は大きくうねり、散弾銃のように無数の小さな弾幕となって拡散した。しかし予期していたのか、幽香は距離を置く。さらには元から周りを回っていたこともあり、密度が薄い弾幕の発射された方向を中心として端の方へと難なく逃れていた。

 

「発想はいいけど、遠ければあまり意味はないわね。拡散しても遅かったから。でもまるで儚い花のようで素敵よ」

「ありがとう。でも後一つしか撃てないから、貴女が終わった後に打とうと思う」

「正直ね。好きよ、そういう娘は。⋯⋯シクラメンかしらね」

「え? シクラメン?」

 

 幽香は小さな声で言ったつもりらしく、正確に言葉を聞き取っていたフィオナに少しばかり驚いた表情を見せる。しかしその表情も一秒にも満たない時間で、いつの間にか元の優しい顔へと戻っていた。

 

「いや、貴女に合いそうな花を想像していたの。本当は終わった後に言うつもりだったのよ」

「なるほど。なら理由は終わったら聞くね」

「そうしてくれると助かるわ。さあ、行くわよ。花苻『幻想郷の開花』」

 

 いよいよ幽香が一枚目のスペルカードを宣言する。宣言とともに幽香を中心として、花を模した黄色い弾幕が広がる。密度は薄いが速度は早く、そして何よりも花を模しただけあり美しさを持つ。

 

 フィオナはそれを見てから避けようとするが、あまりの速さに人間の身体では追いつかず、数発の弾幕を腕に掠めてしまう。しかし幽香は宣言通り手加減してくれていたのか、その部位は痣にもなっていない。

 

「やっぱり妖怪のスペルカード、避けるの難しいね」

「妖怪って気づいていたの?」

「うん。エンパスのようなもの。魔力から感情を読み取れる。でも君の魔力は、人のそれとは違うから。それと魔力も」

「不思議な人間ね。さあ、話は後でいいわね。次は避けれるかしら?」

 

 同じスペルカードの第二、第三波が続く。しかしフィオナも同じ失敗は二度としまいと、予め手を前に出し弾幕に備える動作を見せる。そして弾幕が来た瞬間に呪文を唱える。

 

「アルスター十八盾の一。唸る者、オーハン!」

 

 差し出した手から、黄金の角と覆い四つの盾が召喚される。しかしフィオナは盾を召喚した後も、それを伴いながら逃げ回った。もちろん盾を伴いながら弾幕に当たらないことはなく、大きな音を立てて弾幕が当たる。盾は無傷に見えるが、フィオナの顔は険しくなる。

 

「逃げ回らずに受けていてもいいわよ?」

「避ける練習したい。それにこの盾は三度だけしか守れ──あっ」

「あらら」

 

 会話に気を取られたのか、フィオナ自身、思わぬところで弾幕を受けてしまった。盾で防いだものの、言葉通りなら後一度しかこの盾は持たない。フィオナの顔に僅かばかりの焦りが見え隠れする。だが──

 

「もう少し楽しみたいところだけど、一枚目のスペルはこれでお終いよ」

 

 スペルカードの波は収まり、盾で守る必要もなくなった。それを見て安心した少女は役目を果たし終えた盾を消し去る。

 

「さあ、次は私から行きましょうか? って、盾は要らないの?」

「いいえ。次もボクからやるつもり。色々と試してみたいから」

「あらそう。ではどうぞお先に」

 

 幽香の許可を得て、二枚目のスペルカードを手に取る。もちろんこのカード自体には何の効力もないことを彼女は知っているが、一連の動きを礼儀作法とでも受け取っているらしい。手に取ったカードを高く上げ、その名前を宣言した。

 

「虚無『空間潜航』。あ、見えなくてもボクはここに──」

 

 言い終わらないうちにその場からフィオナの姿が消える。煙のように一瞬で姿形が消えた中、幽香はただ周りを警戒していた。そして、その弾幕ごっこを離れた位置で見ていたパンサーは、フィオナが消えたのをある者に似せた能力だと瞬時に理解できた。

 

 フィオナが消えた数秒後。何の前触れもなく幽香の周りで幾つもの弾幕が発生する。発生した弾幕は球状に広がるも、幽香に干渉できる位置と干渉できない位置があり、それ全てが狙って放った弾幕でないことが分かる。

 

「見えなくても攻撃はできるのね。ならここに居るのは間違いなさそうね」

 

 幽香はそう言ってスペルカードを手に取る。と、明らかに幽香を狙った直線上の弾幕がどこからともなく放たれた。しかし妖怪の超人的な反射神経はそれをいとも容易く(かわ)す。

 

「見てから反応できないとでも思ったのかしら? 幻想『花鳥(かちょう)風月(ふうげつ)嘯風(しょうふう)弄月(ろうげつ)』。見えなくても当たるわよね?」

 

 いたずらっぽく笑い、スペルカードを宣言する。周りを埋め尽くすように花の形をした弾幕を展開し、更には六方向へ直線上に進む弾幕を放つ。六方向に進む弾幕は徐々に動き、一定距離を移動すると消え、また同じ弾幕が発射される。二人の弾幕がぶつかると相殺されたり、花の方も常に出しているわけではないのだが、それでも数では圧倒的に幽香の方が多い。幽香を狙った弾幕も到達する前に花の弾幕でかき消され、ランダムな球状の弾幕も六方向に進む弾幕によって数で圧倒される。

 

 そして、フィオナの弾幕が静かに止んだ。

 

「負けた。もうお終い」

 

 スペルカードが終わると、しばらくして手を挙げたフィオナの姿が現れた。どうやらスペルカードの時間が切れたらしく、負けを認めている。

 

「あらそうなの。(妖怪)相手によく頑張ったわ。それに楽しかったわよ」

「うん。ありがとう、良い練習になったと思う」

「フィオナー。おつかれー!」

 

 終わったのを見てパンサーが急いで近付いてくる。終始心配していたのか、フィオナ達よりも疲れ切っている。

 

「パンサー、大丈夫?」

「腕掠った時は焦ったからな! 今初めて咲夜さん達の気持ちが分かった気がする」

「いつも心配させている方だもんね」

「違うぞー、心配させてないぞー」

 

 今フィオナと一緒に居ることで心配させているのだが、パンサーはそれに気付いていない。何も言わずにフィオナと遊びに出ているのだから、心配されないわけがない。

 

「フィオナ。良い退屈しのぎになったわ。ありがとうね」

「そう? 良かった。それとどうしてシクラメンなの?」

 

 弾幕ごっこ中に話していたことを覚えていたようで、自分に合う花がどうしてシクラメンかを幽香に問いただす。

 

「清純で、良い意味で遠慮がち。それに花言葉ではないけど、優しい花なのよ。シクラメンはね。あとは感覚。見ていたら思い付いたからよ」

「なるほど。でもどうして優しい花?」

「さあ。どうしてかしらね」

 

 明らか知っている風に幽香は笑ってみせる。教えるつもりはないようで、フィオナは諦めた様子で話を続けた。

 

「うーん⋯⋯まあいいや。近いうちに博麗神社で大きな宴会がある。幽香も来る?」

「ええ、行くわよ。私もある魔法使いに誘われてたから。長居はしないけど、会ったらまたお話しましょう」

「うん、約束する」

「じゃ、もういいよな? アタシ達は行くよ。早く次に行こうぜ、フィオナ」

 

 急かすパンサーに手を引っ張られ、フィオナは空へ飛ぶ。背後で手を振る幽香に手を振り返して、太陽の畑を後にした。

 

 

 

 

 

 そうして、しばらくして探検し終えたフィオナ達は出ていたことに気付かれず、何事もなく家へと帰った。パンサーはフィオナの部屋の前で別れると、どこかへ走り去ってしまった。その後どうしたのかはフィオナには分からなかったが、咲夜達が帰ってきた時に怒られているパンサーを見たという────




ちなみにこの後、パンサーは罰として宴会の時に何かやらされることになったとか。
それと幽香の話を聞いて、フィオナは新しいスペルカードを作ったそうな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話「春の宴会 〜前日〜」☆

題名通り宴会の前日譚。ちなみに最後に押絵があります。苦手な人は無視とかしましょう。

ではまあ、いつも通り。暇な時にでもごゆるりと。


 side Renata Scarlet

 

 ──紅魔館(レミリアの書斎)

 

 花が咲き誇り、動物が目覚め、全ての生き物が生き生きとし始める暖かな季節。それはもちろん春のこと。

 しかしそんな生き物にとって幸せな季節でも、私は二番目に春が好きだ。一番好きなのは冬。理由は何と聞かれたら、今となってはずっと昔の、幼い頃の記憶が今でも大切な思い出になっているから。もしくは誕生日がその季節だから、と答えるだろう。思い返せばあの時は本当に子どもだった。楽しくて、幸せな日々が続くと思っていたからだ。でも、そんな日はそう長続きはしない。それでも今は幸せなのだから、次はこの今が長続きすることを祈ろう。⋯⋯なんて思ってても、それを壊そうとする奴らはどこにでも居るみたいだ。

 

 今日は宴会の前日。その、一日の間で陽の光を気にせずに唯一窓を開けれる時間帯。私はお姉さまの元へ向かった。その理由はソロモン七十二柱とその親玉について話すためなのだが、宴会の前日ともあって相談できる時間が寝る直前しかなかった。

 

「お姉さま。入りますよ」

 

 お姉さまの部屋の前まで行くと、私は扉をノックしてそう言った。しばらく待ち返事を待っていると「いいわよ」と一言だけ返ってきたので、そっと扉を開ける。

 中には私が来ることを知ってか知らずか、窓にもたれかかり、月を見るお姉さまの姿がそこにはあった。淡い月明かりの下で片手にワインを持つその姿にはカリスマ性を感じるが、姿が少々幼いせいか子どもっぽくも見える。というか子どもなのだけれど。

「いよいよ明日ね」

 

 私が部屋に入ったのを横目でチラリと見て、お姉さまは月に視線を戻してそう言った。間違いなく博麗神社で行われる宴会のことを言っているのだろう。お姉さまはこの館の中で一番楽しみにしていた。だから待ちきれず、私とその感情を共有でもしたいのだろう。実のところ私もお姉さまと話せるならそれもいいのだが、今回はそうはいかない。義妹とは言え、妹が危険に晒されているのだから。

 

「ええ、そうですね。ところでいいですか?」

「何を言いたいかは分かるわよ。貴女も明日のことが待ち遠しくて仕方ないのでしょう?」

「待ち遠しくはありますが⋯⋯。ごめんなさい、違います」

「あれ」

 

 想定していた返事が返ってこらず、意外な顔をしてこちらを見つめ、思わず心の声まで口に出す。ちょっとだけ可愛く思ってしまったけど、よく考えれば可愛いのはいつものことだからとりあえず話を戻そう。

 

「お姉さま。ソロモンの悪魔のことなのですが⋯⋯」

「ああ、なるほどね。貴女は心配し過ぎよ。いつ来るか分からない者に対してできるだけのことはしているのでしょう?」

「それもそうですけど⋯⋯」

「心配性ねぇ」

 

 お姉さまは呆れながらも、ワインを机に置いて私に近付く。そして優しく抱き締めてくれて、さらには安心させようと思ったのか頭を撫でる。

 

「どんな悪魔が来ても貴方達を守ることくらいはできるわよ。だから何があってもいつも通りになさい。私はいつでも貴女の味方。⋯⋯だから本心を話していいわよ。何も隠さなくていいわ」

「むぅ⋯⋯。お姉さま。私はいつ来るかも分からない敵が怖いです。それで誰かが死ぬとなれば怖いです。それに⋯⋯フィオナは何か隠しています。私に心配をかけたくないのかもしれませんし、話さなくても大丈夫だと思っているのかもしれません」

 

 できればその二つ以外の可能性は考えたくない。というより、記憶がないのだから考える必要もないと思っている。そして、一緒に過ごした日はまだ浅いけど、考えていることが何となく分かるくらいにはなっている。だから、彼女が裏切るとか、騙すとか、そんな酷いことはしないと思う。⋯⋯記憶がない今の状態は。

 

「ならしっかり聞けばいいじゃない。何を恐れているの?」

 

 お姉さまにそう言われ、頭の中で考えを巡らす。私は何を恐れているのか。私にとってのバッドエンドとは何か。それはもちろん決まっているじゃないか。この幸せな日々が害されること。もしくは⋯⋯誰かに裏切られること。特に信用している人に裏切られるのは怖い。自分を保てるか分からないから。

 

「別に、何も恐れてなんか⋯⋯」

 

 お姉さまにそんなことを言う気にはなれない。フィオナを信用していないとか、裏切るとかは思っていないけど、どうしてもそう取られるような気がして話すことを躊躇われる。

 

「はい、じゃあ聞くのね。これで話はお終いかしら?」

「え、いや──痛っ!?」

 

 私が口篭ると、お姉さまが私の額を小突く。それは怒っているわけじゃなくて、迷いを消させようとしたのだろう。それも物理的に。そのせいかちょっと力が強かった気がする。痛い。⋯⋯でも、本当に迷いはどこかへと消えてしまった。

 

「予想外の回答が返ってきたとしても、恐れることはないわ。それを受け入れなさい。そして考えるの。それからどうすればいいか。自分に何ができるかを。それがどういう結果になるかは分からないけど、きっと上手い方向に向かうわよ。私の妹なんだから、それくらいできるわよね?」

「⋯⋯はい、できます。やってみせます」

「えらいえらい。それでこそ私の妹よ」

 

 再び頭を撫でられる。子ども扱いを受けている気もするが、悪い気はしない。それどころか逆に心地良い気分だ。やっぱり私はお姉さまのことを大好きなんだな、と改めて確認できた。わざわざお姉さまに相談したのも、ただ心配していただけじゃなく、きっと──

 

「ねえ、レナ。貴女以外の妹は明日に備えて早く寝ているのよ。次女である貴女が遅くまで起きていてどうするのよ。さあ、一緒に寝ましょう。明日は早いわよ?」

「え⋯⋯は、はい。そうですね。一緒に寝ましょうか」

 

 今の私の顔はどうなっているだろうか。あまりの嬉しさに思わず笑みが零れているだろうか。それでも恥ずかしいという気持ちはない。ただ嬉しいという気持ちだけがある。⋯⋯上手く丸め込まれた気がするが、それもまたいいだろう。とりあえず、明日は皆が楽しみにする宴会だ。ある程度騒ぎが落ち着いてからでも、フィオナに話を聞くとしよう。

 

 そう考えて、私はお姉さまの手を繋ぎ、寝室へと向かった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side Kirisame Marisa

 

 ──時間は少し遡り 博麗神社

 

 恐らく異変が終わった後で行う宴会以外で、一二を争う大きさの宴会を開くことになったのは、霊夢の気まぐれからだった。たまには異変以外でも宴会をしてみたいと言うので、少しばかり協力したのだ。まさか準備に十何人も手伝いに来るほど大きな宴会になるとは思っていなかったようだが。

 

「霊夢。居るか?」

「居るわよ。全く、ここまでされちゃ気軽に外にも出れないじゃない」

 

 せっかく準備したこの場を誰かに荒らされるわけにもいかず、最近はずっと見張りのようにここに居るらしい。霊夢の言った言葉もいつも面倒くさがっているから本心だとは思うが、満更でもない感情も少しはあるのだろう。普段は何もしない霊夢が、なんと準備を手伝った。いつもなら任せ切りのあの霊夢がだ。

 

「なんか悪口でも考えてる? そんな気がするわ」

「あはは、まさかそんなわけないぜ。それはそうと⋯⋯」

 

 見事考えを当てられ、内心焦った私は本題へと移ろうとする。私の言葉を本当に信じたのか、黙って耳を傾けている。心の中でホッと息をつき、何も悟らせないように話を続けた。

 

「結局永遠亭組は来ないらしいぜ。やっぱ診療所みたいな役割だからな。気軽に参加とかはできないみたいだぜ。ああ、でも竹林に住む妖怪とかは来るらしいが」

「妖怪が来るなんて聞いて今更驚かないわ。大切なのは慣れね」

 

 半ば諦めた乱暴な口調でそう言い切った。逆に宴会で私ら以外の人間はあまり見ないのだが。咲夜は吸血鬼のメイドだし、妖夢は半人半霊だし、妹紅は不老不死だし。まともな人間は私くらいだな。

 

「それで? 宴会には誰が来るの?」

「まず紅魔館組だろ? 次に白玉楼の二人に、妖怪の山の妖怪。命蓮寺や地霊殿。守矢も来るかもしれないとか言ってたな」

「うわぁ。面倒なことにならなければいいけど」

「ああ、それと幽香も誘っといたぜ。来るかどうかは気分次第みたいだけど」

 

 その言葉を聞くと、霊夢はあからさまに嫌そうな顔をする。どれを取っても癖の強い連中だから、何か悪いことは起きないかと心配しているのだろう。もちろん私も心配はしているが、そこまで子どもじゃないから大丈夫⋯⋯と思いたい。

 

「後は神霊廟の奴らと、地底の鬼もだったかな? とりあえずかなり来るな。あ、だが珍しくアリスは来ないそうだ。何か用事があるらしいぞ」

「へぇー。でも無理強いすることもないでしょ」

「まあな。とりあえず今回はこれだけ多くの連中が来るんだ。しっかりしてくれよ」

「え? 今回も幹事は魔理沙でしょ?」

 

 呆気に取られた表情で霊夢はそう聞き返す。どうやら何も知らないらしい。まさか自分が幹事にされているなど思っていなかったようだ。そう言えば言ってもないのだから、知らないのも無理はないか。

 

「みんなで相談した結果、霊夢になったんだ。だから頑張ってくれよな」

「いやいやいや。みんなって具体的に誰よ。というか聞いてないわよ、そんなこと!」

「諦めろって。主的な奴らみんなに聞いたところ、霊夢が相応しいってなったんだ。あ、私もサブ幹事としてやるから心配しなくてもいいぜ」

「絶対に面倒事を押し付けられただけだわ⋯⋯。私も魔理沙に全て押し付けようかしら⋯⋯?」

 

 話を聞いて一気に今までの疲れが出てきたのか、疲れ切った声でそう言った。流石に聞こえてるから押し付けられはしないが、多少は同情もできる。もちろんだからといって幹事役にはなるつもりはないが。どうせなら霊夢と一緒に幹事をやってみたい気もあるし。

 

「まあまあ。一緒に頑張ろうぜ。きっと上手くいくさ」

「はぁ⋯⋯。とてつもなく嫌な予感がするわ。絶対悪いことが起きそう」

 

 この時はまだ「いくら当たりやすい霊夢の直感とは言え」と喚く霊夢の言葉を笑い飛ばしていた。この言葉が想像以上に酷い形で起きるなど、まだ想像すらしていなかった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side ◼■◼□

 

 ──未明 外の世界

 

 二つの世界の境い目。幻想郷と外の世界を繋ぐ結界の前に、その者達は立っていた。人の形を取る者や人からは逸脱した形を取る者。その全てが悪魔であり、数は三十近くその場に居る。その中心には、

 

「まさか本当に春に入れるとは思わなかったよ。これも君のお陰だよ、願いの貴公子」

「オレを召喚した貴方の功績かと思いますが。まあ褒められるのも悪い気はしません。ありがとうございます、我が主」

 

 願いの貴公子と呼ばれた男は翼の生えた馬に乗っており、その姿は美男子と呼ぶにふさわしい整った容姿だ。

 

「ソロモン様に褒められるとか羨ましいなあ」

「ベリも褒められたい?」

「アルもでしょ? 褒めてもらうために、一緒に沢山殺そうね!」

「ああ、残念だけど今回君達はお留守番だよ。炎の王様」

 

 ソロモンの言葉を聞いて炎の王は2人して残念そうな声を上げる。その2人は、どちらも炎のようなドレスを身に纏う十代半ばの少女だ。顔も体型も何もかもが瓜二つで見分けが付かない。人ではないことを証明するように、2人とも頭に二本の角を持つ。

 

「今回は偵察と建築と陽動。本格的な戦闘は次だよ。時が来れば異相の公爵を通して教えるから、君達はそれまで待機しててね」

「うー⋯⋯分かった。けど──」

「──絶対に忘れないでね!」

「うん、忘れないよ。2人は聞き分けが良くて助かるね」

 

 ソロモンは2人の頭を撫でると、視線を何の変哲もない森の中へ向ける。実はその先に幻想郷があるのだが、今のままでは結界に邪魔をされ、何も見えはしない。この男、ソロモンだからこそ、その先がどうなっているか見えていると言っても過言ではないだろう。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「あらウェパルさん? どうかしましたか?」

 

 今まで黙って見ていた龍公ことブネが心配してか、水色の髪の少女に話しかける。その少女も悪魔らしく頭から二本の角が生えていた。

 

「いえ、あっちには海が無いと聞いたから人型になったけど、大丈夫かな、って。不自然じゃない?」

「いえいえ。不自然ではありませんよ」

「そっか。貴方が言うなら大丈夫ね」

 

 どうやら本来の姿からかけ離れた姿で現界しているらしく、自分の姿に疑問を持っているらしい。その姿は少女に角が付いているだけなのだが、服は着ていないに等しい。自分の姿を気にするよりも、服を気にした方がいいとさえ思うものだ。

 

「さて、ソロモン様。準備はよろしいですね?」

「うん。いつでもいいよ。さあ、七十二柱の悪魔達、第一陣。行こうか、幻想の世界へ。願いの貴公子、移動をお願い」

「了解しました。では、オレはここで⋯⋯」

 

 ソロモンを含む数多の悪魔達が瞬く間にその場から消え失せる。その場に残っていた数体の悪魔達も、それを見届けるとまるで最初からその場に居なかったように、煙のように跡形もなく消えていた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side ???

 

 ──未明 ???

 

「お姉様。少しいいかな?」

 

 月の光だけが照らす、誰もが寝静まった館で。その少女は周りに誰も居ないことを確認すると、隣で寝ている者に話しかけた。その声には何故か悲しみのような哀れみのような、複雑な感情が混じっている。それを姉の方も感じ取ったらしく、心配そうに「どうしたの。もう寝てたと思ったのに」と聞き返した。

 

「もしかしたら今後、貴女の身に何か起きるかもしれない。だからその時のために、これだけは大事に持っていて」

 

 そう言って懐から紅い液体の入った小瓶を取り出し、姉の手に持たせる。姉は興味深そうに観察した後、この小瓶が何なのか、そしてどうして渡したのかを尋ねた。

 

「今はまだ言えない。でも、もし自分の身に何か起きたと感じたらすぐに飲んで。ただ、これだけは言っておく。幸せな日が続いてほしいから、これを渡すの。だからわたしを信用して」

 

 あまりの真剣さに姉はただ一言「分かった」とだけ返す。姉は妹の行動に多少疑問に思うも、その少女の黒い瞳を見つめて、全てを察したかのように言葉を受け入れた。そして大事に小瓶を保管すると、彼女は眠りについた────




ついでにウェパルの押絵です

【挿絵表示】


ちなみに押絵の一言、ウェパルに対してじゃなくて悪魔全般に対しての言及です(


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。