Deap Ocean (ナルミヤ)
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入試編
No.1 夢への一歩


初投稿です。


 事の発端は、中国・軽慶市にて発光する子供が生まれたというニュースだ。

 人類の歴史上類を見ないこの『超常』現象は、世界中を賑わせた。そして、これに続くように世界各地で同じような現象が報告された。触れずに物を動かす者、氷を生み出す者、自身を炎に変える者。これらの能力は『個性』と呼ばれた。いつしか、世界人口の八割が『個性』を持ち、『超常』は『日常』へと変わっていった。

 そんな中、とある職業が生まれ脚光を浴びていた。

 『ヒーロー』

 『個性』が現れる以前では夢物語だとされていたヒーローは、今では誰もが憧れ、目指すものとなった。

 そして、とある少年もまたヒーローを目指していた───

 

 

 *

 

 

 とある中学校の職員室にて、生徒と教師が向き合う形で座っていた。生徒の名前は、天海 大河(あまみ たいが)。中学三年生の彼は今、担任教師に進路相談を受けていた。

 

「天海、高校はどこに進学するつもりだ?」

 

 担任が問うと、

 

「自分は雄英に行こうと思っています」

 

 と、天海は答えた。

 

「そうか。そうなると学部はヒーロー科か?」

 

「そうですね」

 

「まぁ模試ではB判定出てるし、このまま伸ばして行けば受かるだろう。いやー教え子がウチの中学校初の雄英ヒーロー科合格者になると思うと鼻が高いよ」

 

「先生、気が早いですよ。それに雄英合格者なら以前もいたじゃないですか」

 

 天海は笑いながら答えるが、

 

「前の合格者は普通科だ。他の科ならともかく、()()()()()の合格者なんて早々いないぞ」

 

 担任はそう答えた。

 『雄英高校』。No.1ヒーローオールマイトを始め、名だたるヒーロー達を輩出した高校。そのためヒーロー科を目指す者が例年多く、偏差値70越え、倍率300倍近くと、日本屈指の難易度を誇る。そんな雄英高校に受かるかもしれないとなると教師の間でも話題になるのは当然と言えば当然である。

 

「とにかく、入試まであと半年だ。ここで気を抜いて志望校に行けなかった、という奴がたまにいる。余計な心配だろうが気を付けろよ」

 

「大丈夫ですよ。自分はそんなことしないって先生も知ってるでしょ」

 

「それもそうだな。あー、ちょっと待ってろ」

 

 そう言うと担任は職員室の奥に行った。暫くすると、数枚の書類を持って帰ってきた。

 

「ほら、雄英関連の書類だ。今のうちに色々調べとけ」

 

 それらの書類を天海は一言礼を言って受け取った。

 

「よし、今日の面談はこれで終わりだ。もう帰っていいぞ」

 

「ありがとうございました。では、失礼します」

 

 そう言うと天海は深くお辞儀をし、職員室を後にした

 

 

 *

 

 

 家に着いた天海は、自分の部屋のベッドの上で横になっていた。

 

(先生はああ言ってくれたけど、まだボーダーラインぎりぎりって感じだな。どうせなら確実に受かるレベルまで上げておきたい)

 

 そう思い、徐に壁のほうを見やる。そこには天海が憧れる二人組のヒーローのポスターが貼ってある。

 

(この人達みたいなヒーローになるためにも、今頑張らねーと)

 

 天海は横になりながら右手を天井に伸ばし、

 

「待ってろよ、雄英高校ッ!」

 

 そう静かに呟いた。

 

 

 *

 

 

 受験日当日。

 天海は雄英高校の前に立っていた。周りに自分と同じく雄英を受ける受験生が多数いる中、

 

(とうとう来たな)

 

 天海はそう心の中でつぶやいた。

 

(やれることは全部やった。中学の範囲は総復習したし、”個性”の鍛錬だって相当こなした。落ちる気なんてさらさらねえけど、落ちた時のことなんて考えるな。前だけ見据えてろ!)

 

 自分にそう言い聞かせ、天海は歩みを進める。途中、くすんだ金髪の男子生徒が緑色の天然パーマの男子生徒に怒鳴り散らしていたが、それを横目に見ながら彼は受験会場に向かった。

 

 

 *

 

 

『今日は俺のライブにようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!』

 

「‥‥‥」

 

(気まずいっ!誰か答えてやってくれ!)

 

 天海は心の中で叫んでいた。

 

 今、壇上にいるのはプロヒーロー兼雄英教師の『プレゼント・マイク』。入試の説明をしてくれるのだが、彼のパフォーマンスのおかげで会場は今、なんとも言えない空気になっている。誰か一人でも答えれば幾分かマシだったろうが、真面目に入試に来ている受験生達が答える訳がない。

 

『こいつあシヴィーー!!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!!アーユーレディ!?』

 

『YEAHH!!!』

 

(自分で言っちゃったよ!どんなメンタルしてんだ‥‥‥)

 

 二度目の呼びかけにも誰も答えてくれなかったが、プレゼント・マイクは気にせず説明を始める。簡単にまとめると、

 ・演習場にはそれぞれポイントが割り振られた『仮想(ヴィラン)』が多数配置

 ・”個性”を用いてそれらを行動不能にしてポイントを稼ぐ

 ・他の受験者を攻撃する等、ヒーローらしからぬ行為はアウト

 ということだ。

 

『俺からは以上だ!!最後にリスナーへ我が校”校訓”をプレゼントしよう。

 

 

 

 ”更に向こうへ  Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)”!!

 

 

 

 それでは皆良い受難を!!』

 

 

 *

 

 

「でかすぎだろ」

 

 天海は、開口一番そう言い放った。演習場に着いたのだが、その大きさが尋常じゃない。街を丸々持ってきたかのような広さ。これが何個もあるのだから驚きだ。さすが雄英と言ったところか。

 しかし、天海にはそれより気になっていることがある。

 

「何で『0P敵』なんて用意するんだ?」

 

 先ほどプレゼント・マイクが説明した仮想敵の中に一体ポイントが割り振られていないものがいた。天海はそれに対して、ずっと違和感を感じているのだ。

 

「単に戦闘力を見るなら全ての仮想敵にポイントをつけるべきだ。0Pなんて誰も倒そうとしねーし、見つけても避けるだろう。それとも何か別の意図が───」

 

『ハイスタートー!』

 

「は?‥‥ッそういうことするか!」

 

 二拍遅れて天海は走り出す。

 

『どうしたあ!?実践じゃカウントなんざねえんだよ!!走れ走れぇ!!賽は投げられてんぞ!!?』

 

「まじで!?」

 

「急げ急げ!」

 

 他の受験者も天海に続く形で走り出す。

 

『標的補足!!ブッ殺ス!!』

 

「!早速来たか」

 

 先頭にいた天海に1P敵が突っ込んできた。それに対して天海は左手を相手に翳し、右手を握りこみ腰の辺りで構える。すると拳がどんどん水で覆われていく。眼前まで1P敵が近づいた瞬間、天海は右腕を振りぬいた。

 

「うおらぁっ!!」

 

 振りぬいた右腕からは人の頭大の大きさの水の塊が、弾丸のような速度で飛んでいき1P敵の頭部を吹き飛ばした。頭を失い、力なく倒れた1P敵を踏みつけながら、

 

「この調子で行くぞ!!」

 

 好戦的な笑みを浮かべながら天海は叫んだ。

 

 

 *

 

 

「───大分数が減ってきたな」

 

 天海は両手から水を噴射して、上空から演習場を眺めていた。

 

 彼の"個性"は『水』。

 自身の体から水を生み出すことができ、直接触れている間は水を操ることができる。出力を上げれば空を飛ぶことだってできるのだ。

 周囲の状況をひとしきり把握した天海は、出力を落としながら地面に降りた。

 

「ここらの敵はほとんど倒したっぽいな。ポイントは結構稼いだと思うが、もう少し倒しに行くか。」

 

 そう言って場所を移そうとした時──

 

 

 ───辺りに轟音が鳴り響き、地面が大きく揺れた。

 

 

「な、何だこれ!?」

 

 突然のことに驚く天海であったが、すぐにその原因を見ることとなった。

 30mはある体躯の大型仮想敵が前方からビルを崩しながら現れた。

 

「こいつが0P敵か。けど、わざわざ相手にする必要はねーな」

 

 0P敵を一瞥し、当初の予定通り移動しようする天海。

 しかし、そんな彼の目にある光景が飛び込んできた。

 

 0P敵の前方、瓦礫の側に誰かがいる。

 

「なにしてんだアイツ?早く逃げねーと敵が来・・・・もしかしてアイツ!!」

 

 0P敵が近づいて来るにも関わらず、その人物は動こうとしない。いや、動けないのだとしたら‥‥。

 

「くそっ!」

 

 その瞬間、天海は両手から水を放出して全速力でその人物の元に向かう。恐るべき速さでその人物の元に着いた天海は、しゃがみこんで声を掛ける。

 

「おいアンタ!何で逃げねーんだ!」

 

「あ、脚が・・・瓦礫に挟まって‥‥」

 

 瓦礫の側にいたのは、黒髪ショートの少女だった。

 少女は痛みに顔を歪めながら抜け出そうとしている。そうしている間にも0P敵は目の前まで迫っている。

 

(今助けてもギリギリ間に合わねーな‥‥。だったら───。)

 

 すると天海は立ち上がり、0P敵を真っ直ぐ見る。

 

「ちょっと待っといてくれ。今からアイツぶっ倒してくる」

 

「ハァ!?あんなデカいの無理だって!ウチはいいから早くアンタだけでも逃げ───」

 

「バカ言うな!!ヒーローになろうとしている奴が目の前の人間救けねーでどうする!!」

 

 少女は逃げるよう言うが天海はそれを遮って叫んだ後、0P敵に向かって飛んでいく。0P敵は巨大な右腕を振るい迎撃するが天海はそれを縫うように躱す。そして0P敵の首の前に着くと、人差し指と中指を伸ばし指先から細く水を放出する。それで0P敵の装甲を水圧カッターのように切り抜き、そこに腕を突っ込む。

 

(ロボットなんてのは精密機械の塊だ。つまり、ショートさせれば動きは止まる!)

 

「くらいやがれぇぇぇぇええ!!!」

 

 そう叫び、天海は突っ込んだ腕から0P敵の内部に大量の水を全力で流し込んだ。

 

 それはとどまることを知らず外にも溢れ出した。

 

 しばらくすると、0P敵の全身からから"バチバチッ"と音が聞こえ巨大な体が傾き、そのまま脇のビルの中に轟音と土埃をたてながら倒れこんだ。

 

「ハァ・・・ハァ・・・。少しがんばりすぎたな・・・」

 

 離脱していた天海は、膝に手を置き顔色を悪くしながらも笑みを浮かべ呟いた。

 

 そして、

 

『終了~~~!!!!』

 

 試験終了のアナウンスが響き渡った。

 

 

 *

 

 

「歩けるか?」

 

「いや、ちょっとキツイかも‥‥」

 

 終了後、天海は少女を瓦礫から出したのだが、少女の足は赤く腫れあがっていた。とても歩ける状態ではなさそうだ。

 

「仕方ねーな。」

 

 天海はそう言いながら靴と靴下を脱ぎ、靴紐をベルトに結びつける。

 

「ちゃんと掴まっとけよ」

 

「えっ?‥‥ひゃっ!?」

 

 すると少女の体を浮遊感が襲い、視界がどんどん地面から離れていく。

 

「このまま救護班のとこまで行くぞ。歩かせるわけにも行かねーし」

 

「ちょ、ちょっと待って!それはいいんだけど何でこの持ち方なの!?」

 

 今、天海は足から水流を出して少女と一緒に飛んでいるのだが、その運び方が問題だった。体の前で彼女を両腕で抱える形、いわゆるお姫様抱っこである。年頃の女子には恥ずかしいのか、彼女は顔を赤くして抗議してきた。

 

「仕方ねーだろ。これが一番安定するんだ。ていうか、そういう反応されると俺も恥ずかしいんだけど。」

 

「じゃあやんなきゃよかったじゃん!ウチこの格好で他の人に見られたくないんだけど!」

 

「我慢しろ。アンタの脚が悪化しないように急いでんだから」

 

 そんな事を言い合っているうちに救護班のもとに着いた天海は彼女を引き渡した。

 その際どこからか強烈な視線を浴びせられた気がしたが、彼は気にしなかった。

 

「じゃあ、俺はもう行くぞ」

 

「あ、ちょっと待って!」

 

「ん?」

 

 その場を去ろうとする彼を少女は呼び止めた。

 

「ありがとう、救けてくれて」

 

「気にすんなよ。あれは俺がやりたくてやったことだし」

 

 少女の感謝の言葉に彼は笑いながら返す。

 

「じゃあな。今度会うときは雄英で会おうぜ」

 

「うん」

 

 そう少女に言い残し、天海は試験会場を後にした。

 

 

 *

 

 

「あーー気持ちわりい。やっぱ無茶しなきゃよかった」

 

 天海は自販機で買ったスポーツドリンク片手に、壁にもたれ掛かりながら、そう呟いた。

 

 彼の"個性"『水』は使うに当たってデメリットがある。それは使い過ぎると"脱水症状"を引き起こすと言うものだ。

 先の試験で0Pを倒すために大量の水を生み出した彼だが、気合いを入れすぎて少し許容限界を超えてしまったのだ。そのため彼は今、軽度の脱水症状に襲われているのだ。

 

「やっぱり安牌(あんぱい)切って雑魚倒しに行くべきだったか?いや、それじゃあアイツが危なかったしなあ」

 

 思い出しているのは試験の終盤の戦闘。人命を優先して倒したと言っても0Pは0P。他の仮想敵を倒しに行けば、もっとポイントを稼げたわけだが、

 

「ウダウダ言っても仕方ねえか。『覆水盆に返らず』って言うし」

 

 終わってしまったことは仕方ない、そう考えることにした。

 

 こうして、天海の雄英受験日は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

「あ、名前聞いときゃよかった」

 




皆さん初めまして。二次小説は書いたことがないため拙い文章かもしれませんが、これからよろしくお願いします。


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入学&USJ編
No.2 新たな出会い


 受験から1週間が経った。

 そろそろ合格通知が来る頃だ。

 

「受かるとは思うけどやっぱり落ち着かないな」

 

 そう、自信はある。しかし、あの雄英高校だ。はっきり言って受かれば奇跡だと思う。

 そう思っていた矢先、

 

「大河ー。雄英から封筒きてるわよ」

 

「わかったよ叔母さん。今行く」

 

 

 *

 

 

 叔母さんから封筒を受け取った俺は、自分の部屋に戻り封筒を前に床に座り込んだ。

 やっぱり緊張するな。

 

「よし、開けるか」

 

 意を決して封筒を開ける。すると、中から丸い機会が転がり出てきた。

 

「何だこれ?」

 

 拾い上げてよく見てみる。

 あ、底にスイッチっぽいのがあるな。押してみるか。

 

 『私が投影された!!!』

 

 「うぉっ!?オ、オールマイト!?」

 

 な、何でオールマイトが出でくるんだ?

 

『ハーーッハッハ!!何故私が出てきたんだ、と思っているだろう。それは私が今年から雄英に教師として勤めることになったからさ!!』

 

 いやオールマイト、何で考えてること分かるんだ。

 

『天海少年。早速だが君の合否についてお答えしよう。筆記は十分合格ラインに達している。そして、実技試験。これも合格ラインに達している。よって、君は合格だ!」

 

「ご、合格‥‥!」

 

 俺は喜びに打ち震えた。狭き門をくぐり抜け、雄英合格という切符を掴み取ったのだ。これがうれしくないわけがない。

 

『さて、既に合格を言い渡した君からあまり興味がない話かも知れないが、実は先の実技試験、何も敵Pだけを見ていたわけではないんだ』

 

 ?どういうことだ。

 

『天海少年。君は少女を助ける際にこんなことを叫んでいたね。「ヒーローになろうとしている奴が目の前の人間救けねーでどうする!!」ってね』

 

 うわ、アレ聞かれてたのか。後で考えたら結構恥ずかしかったんだが、あの台詞。

 

『君の言う通りだ。ヒーローは人を助けてなんぼだ!人助け(正しいこと)をした人間を排斥しちまうヒーロー科なんてあってたまるかって話だよ!!審査制の”救助活動(レスキュー)P”!!これが我々雄英が見ていたもうひとつに基礎能力だ!!君には敵P41Pに加え、救助活動P30Pが与えられたのだ!!まあ私としてはもう少しあげても良かったと思うんだが、君が倒した0P敵が横の建物群に倒れていっただろう?あれが二次的被害を出したということで減点をくらってね。道路に倒れこませるなどして被害を抑えていれば入試トップも狙えただろう』

 

 しまったな。あの時は何も考えずに倒したからな。街のことまで頭が回らなかった。

 

『まあ何はともあれ君は合格だ。送った封筒に入学に関する書類が同封されているから目を通しておいてくれ。それでは、今度は学校で会おう!!』

 

 オールマイトがそう言い残すと映像はそこで途切れた。もう一度スイッチを押すと、また映像が流れだした。どうやら録画映像らしい。

 

「しっかし、オールマイトが教師か」

 

 ”オールマイト”。数多の伝説を生み出し、”平和の象徴”と揶揄されるNo.1ヒーロー。そんな人が教鞭をとってくれる。それだけでも雄英に行く価値がある。

 

「まあ、とりあえず報告しに行くか」

 

 そう言って俺は一階へ降りて行った。

 

 

 *

 

 

 雄英に通うにあたって、俺は雄英近くの駅前のマンションに下宿することになった。一緒に住んでいた叔父さんと叔母さんとは離れて3年間は一人暮らしだ。一人というのは少し寂しい気もするが、内心楽しみにもしている。

 

 そして今日は入学式当日。

 

「あーくそ、ネクタイなんて結んだことねーよ。どうなってんだこれ?」

 

 俺は鏡の前でネクタイ相手に悪戦苦闘していた。

 雄英の制服はブレザーなのだが中学校は学ランだったため、ネクタイを結んだ試しがない。そのため、スマホ片手にかれこれ10分近く格闘していた。

 

「もうこれでいいや。だいたい形になってるし」

 

 何とか結べたネクタイを少し緩めながら鞄を背負う。

 

「じゃあ父さん、母さん。行ってくるよ」

 

 俺は部屋に飾られた家族写真にそう言って、家を出た。

 

 

 *

 

 

 家から徒歩で10分ほどで雄英に着いた。早めに出たこともあり、まだ校舎内の人は多くない。

 案内板の指示通りに教室に向かう。

 ヒーロー科のクラスは1学年2クラスだし間違えることはないだろう。そんなことを考えているうちに俺のクラス、1-Aに着いた。

 

「扉でかいな」

 

 教室の扉が異様に大きい。5mはあるな。

 たぶん異形型対策のバリアフリー設計なのだろう。そんな大きい割に軽い扉を開けて、俺は教室に入った。

 

 中には生徒が一人。黄色い短髪で細目、腰の辺りから彼の”個性”であろう逞しい尻尾が伸びている。見た目から既に良いやつそうな雰囲気があるな。

 

「やあ、おはよう」

 

「おう、おはよ。俺は天海 大河だ。よろしくな」

 

「俺は尾白(おじろ) 猿夫(ましらお)。これからよろしく。席は名簿順だから、天海は廊下側の前から三番目だよ」

 

「おお、そうか。ありがとな」

 

 尾白に礼を言って、俺は自分の席に荷物を下ろす。聞いてもいないのに席を教えてくれるあたり、尾白は本当に良いやつみたいだ。

 

「大きい尻尾だな。尾白の”個性”は『猿』か何かか?」

 

「いや、俺の個性は『尻尾』。ただ尻尾が生えてるってだけだよ」

 

「それだけか?それで試験通るなんて大分苦労したんじゃないのか」

 

「かなり頑張ったよ。一発で形勢逆転できるってタイプの”個性”じゃないからね。天海の”個性”は何なんだ?」

 

「俺の”個性”は『水』だ」

 

 そう言って徐に俺は掌に野球ボールぐらいの水の球を作り出す。

 

「水を作り出せる。あと直接触れている間なら、水を自在に操れる」

 

「へえ、いい個性だね」

 

「ただ使いすぎると脱水症状になる。あと生み出せても、戻すことができないんだ」

 

「え?じゃあそれどうするんだ?」

 

 尾白は俺が持っている水の球を指さす。

 

「こういう時は・・・・」

 

 俺は天井に向かって水の球を投げつけるように腕を振るう。すると水の球は霧状になって散っていった。

 

「こうする」

 

「び、びっくりした・・。天井に叩き付けるのかとおもったよ」

 

 さすがにそんな事はしない。

 

 

 

 その後、後から来た赤いツンツンヘアーの『切島(きりしま) 鋭児郎(えいじろう)』とピンクの髪と紫っぽいピンクの肌の『芦戸(あしど) 三奈(みな)』と席が近いこともあり談笑していたところ、

 

「あ」

 

「お」

 

 教室に入ってきた、入試の時に助けたアイツと目が合った。

 

「久しぶり。受かってたんだ」

 

「そっちも合格したんだな。脚は大丈夫だったか」

 

「うん。あの後すぐに治療してもらったし」

 

「なになに?二人とも知り合い?」

 

 俺たちが話していると芦戸が話に入ってきた。他の二人も気になっているようだ。

 

「ああ、入試のときにな。そうだ、自己紹介まだだったな。天海 大河だ」

 

「そういえばしてなかったね。ウチは耳郎(じろう) 響香(きょうか)。よろしく」

 

 その後、俺以外の三人と耳郎が自己紹介を終えると尾白が質問をしてきた。

 

「それで、二人はどういう経緯で知り合ったんだ?」

 

 まあ折角だし話しておくか。

 

「実技試験で耳郎が0Pから逃げられない状態でいてな。そこを俺が0Pを倒して助けたんだ」

 

「天海、アレ倒したの!?」

 

「スゲェじゃねえか!今年の試験で0P倒したのが二人いるって聞いてたけど、まさか天海だったなんてな!」

 

「二人?なぁ切島、俺以外に倒したもう一人って誰か知ってるか?」

 

「いや分からねぇ。他の奴が話してるの聞いただけだからな」

 

「俺知ってるよ。たしか、あそこにいる彼だ」

 

 尾白が指さした方向を見ると、緑がかった癖毛の少年が茶髪のショートボブの少女に話かけられ、照れているのか両腕で顔を隠している。

 

(あれって、たしか入試の日正門のとこにいた・・・・)

 

 

 

 

 「お友達ごっこしたいなら他所(よそ)へ行け。ここは・・・ヒーロー科だぞ」

 

 

 

 

 

 な、なんかいる。

 

 教室の前から寝袋を脱ぎながら入ってきたのは、ぼさぼさの黒い長髪に無精髭、首周りに包帯のようなものをまき、くたびれた服を着た男だ。

 いきなりの不審人物の登場に楽しそうに喋っていたクラスの面々も黙り込む。

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

 また嫌な言い方するな。にしても、この人誰だ。

 

「担任の相沢(あいざわ) 消太(しょうた)だ。よろしくね」

 

 担任かよ!?

 たしか雄英の教師は皆プロヒーローって聞いたが、あんなヒーロー見たことないぞ

 

「早速だが体操服(コレ)着てグラウンド出ろ」

 

 頭の中で色々考えていた俺を含めたクラス全員に、相沢先生は自分の寝袋から体操服を引っ張りだしながら指示した。

 

 いや、そんなおっさんの寝袋に入ってた服着たくないんだけど・・・。

 

 

 *

 

 

「「「個性把握・・・テストォ!?」」」

 

 グラウンドに出て、いきなりテストをすると言われた俺たちは驚きの声をあげた。

 なんせ、全員今から入学式に出席すると思っていたのだから。

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ。」

 

 先程の茶髪女子の問いかけを相沢先生は一蹴する。

 

「雄英は”自由”な校風が売り文句。そしてそれは”先生側”もまた然り。

 

 中学の頃からやってるだろ?”個性”禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる。合理的じゃない。まぁ文部科学省の怠慢だよ」

 

 先生の言うことは間違いじゃない。今の社会、”個性”を持つものは総人口の8割を超えてる。そんな中、”個性”無しの平均を取っても何の指標にもならないからな。

 

爆豪(ばくごう)。中学の時、ソフトボール投げ何mだった」

 

「67m」

 

「じゃあ”個性”を使ってやってみろ。円から出なきゃ何をしてもいいから」

 

 相沢先生に言われて、爆豪と呼ばれた男子生徒がサークルに向かう。

 何かガラ悪そうなやつだな。

 

 ボールを持った爆豪は軽くストレッチをした後振りかぶる。

 そして、

 

「んじゃまぁ

 

 

 

 死ねえ!!!

 

 掌からでた爆風と爆音と共に腕を振りぬき、ボールは空の彼方にすっ飛んでいった。

 

 いや、ヒーローを目指すやつが『死ね』はどうだろう。

 

 しばらくすると相沢先生が持っている端末から音がなった。

 

「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地(そじ)を形成する合理的手段。

 

 そう言って、先生は端末に表示された『705.2m』という記録を見せた。

 

「何だこれ!!すげー()()()()!」

 

「”個性”思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」

 

 クラスの面々が色めき立つ。

 たしかに面白そうだな。ただ・・・何だろう。

 

 相沢先生からスゲー不穏な空気が漂ってる。

 

「面白そう・・・か。

 

 ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい。よし、トータル最下位の者は見込み無しと判断し、

 

 除籍処分としよう。」

 

「「「はあああ!?」」」

 

 ちょっと待て。それは予想外だ。

 

 初日から除籍処分って正気か?いや、あの眼はマジでする気だ。

 

「生徒の如何は先生(おれたち)の”自由”。

 

 ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 こうして、俺たちA組の波乱万丈の個性把握テストが幕を開けた。




感想、評価等よろしくお願いします!!


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No.3 個性把握テスト

えータグにもある通り、青山君はB組となりました。
ごめんね青山君!君のキャラを扱える気がしなかったんだ!

それと今回から今まで投稿したのも含め、簡単なサブタイトルを入れてみました。


 全く先生も無茶苦茶するな。

 初日から除籍者がでたら、保護者やらPTAやらから苦情が殺到するぞ。

 

 まぁ、あの人の場合『見込みが無い奴を除籍して何が悪い。』とか言いそうだが。

 

 

 *

 

 

 『50m走』

 

 

 俺ともう一人の生徒はスタートラインに立つ。

 

「ボ・・・俺は飯田(いいだ) 天哉(てんや)だ。よろしく頼む」

 

「おう、天海 大河だ。よろしく」

 

 お互いに挨拶を交わし俺は後ろに右手を突き出し、飯田はズボンの裾を捲りあげクラウチングスタートの体勢をとる。

 ふくらはぎから筒みたいなのが伸びてるが、アレが"個性"か?

 

『ヨーイ、スタート』

 

 計測するロボットの合図で、俺と飯田は同時にスタートした。

 

 俺は右手から水を思い切り放出して飛んだが、飯田はそれを上回るスピードで走り抜けた。

 

『3秒03!!』

 

『4秒37!!』

 

「だあああクソッ!速いな飯田!」

 

「俺の”個性”『エンジン』はスピードが自慢だからな。そう易々と負けるつもりはないぞ、天海君!」

 

 

 

 *

 

 

『握力』

 

 これは”個性”を使いようがないので、普通に測った。

 記録は60kg。まぁ良い方だろう。

 

 八百万(やおよろず)って子が”個性”で万力を作って、凄い記録出してたな。

 

 それは『握』力って言えるのか?

 

 

 *

 

 

『立ち幅跳び』

 

 

 両手から持続的に水を放出して空を飛んだ。

 100m超えれば満点らしいから後々のことも考え、120mで降りた。

 測定後、相澤先生に『グラウンドを水浸しにするな。』って怒られたため、すぐにグラウンドの水を吸い上げて乾かした。次から気をつけねーと。

 

 

 *

 

 

『反復横跳び』

 

 

 両手で交互に水を出そうかと思ったが、加減が難しいため断念。

 結局普通に測って76回だった。

 

 

 

 *

 

 

『ボール投げ』

 

 二種類の投げ方を試した。

 一回目は、水をビームのように出してボールを押し上げるようにして投げた。

 

 二回目はデモンストレーション時の爆豪に倣って、水を爆発させるように出してその衝撃でボールを飛ばした。

 しかし、二回目で事件は起こった。

 

「・・・・・・天海、どういうつもりだ?」

 

「す、すいません・・・!」

 

 あろうことか相澤先生が思いっきり水を被ってしまった。

 水も滴るいい男、とはならず鬼の形相で睨んできたため、急いで”個性”で乾かした。

 

 結局一回目のほうが記録良かったし、別の評価が下がっちまったかもしれねーな・・・。

 

 俺の後、麗日(うららか)って子が『(むげん)』って記録を出してた。今まで生きてきて『∞』って記録は初めて見たな。

 

 

「しっかし緑谷(みどりや)の奴、大丈夫か?飯田はアイツの”個性”知ってるか?」

 

「俺も詳しくは知らないんだ。入試の時はすごかったんだが・・・」

 

「ったりめーだ、デクは無個性のザコだぞ!」

 

「無個性!?彼が入試時に何をしたか知らんのか!?」

 

「は!?」

 

 飯田と爆豪が言い合いを始めたが、ほっとこう。それよりも気になるのは緑谷のことだ。

 尾白と切島に聞いた話ではアイツが0P敵を倒したらしいが、現状そうは思えない。

 

 仮にアレを倒せるだけの実力があるなら、ここまでの競技で何かしら結果を残せるはずだ。

 にもかかわらず、アイツはまだ"個性"の片鱗さえ見せていない。

 爆豪の言うように無個性だとしても、無個性で合格できる程雄英は甘くないだろう。

 

 そうなると、何か"個性"を使えない理由があるのか?

 

「見ろ、緑谷君が投げるぞ」

 

 緑谷はボールを思い切り振りかぶる。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

『46m』

 

 

 

 普通に投げた。

 

 何で使わないんだ?

 

 そう思ったが、緑谷本人が一番驚いているようだ。

 

「な・・・今確かに使おうって・・・」

 

「俺が"個性"を消した」

 

 戸惑う緑谷に相澤先生は歩み寄る。

 しかしその雰囲気は先程とは違い、髪は逆立ち、首回りの布は風に生きているかのように揺れている。

 

「つくづくあの試験は合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

 

「消した・・・!!あのゴーグル・・・そうか・・・・・・!

 

 観ただけで人の"個性"を抹消する"個性"!!

 

 あなたは抹消ヒーロー『イレイザー・ヘッド』!!! 」

 

『イレイザー・ヘッド』。名前は聞いたことがあるな。

 

 確かアングラ系ヒーローだったか。

 

 相澤先生と緑谷は何か話しているようだが、こっちまでは聞こえない。

 

「指導を受けていたようだが」

 

「除籍宣告だろ」

 

「そうだろうな」

 

 先生が"個性"を消したってことは緑谷は間違いなく"個性"を持ってる。だとすれば、使い方の問題なのか。

 

 同じように"個性"を使えばまた消されるだろう。かといって使わくても同じこと。どっちにしろ除籍は免れられないな。

 

 さて、どうするんだ?

 

 

 二投目。意を決したかのように緑谷は振りかぶる。

 モーションはさっきと同じ。

 

 しかしボールを離す瞬間、緑谷の指先が光ったように思えた。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 SMASH(スマッシュ)!!!』

 

 

 

 

 緑谷の叫びと轟音と共にボールは青空へと消えていった。

 

 しばらくして結果が出る。記録は、

 

『705.3m』

 

「先生・・・・・・!まだ・・・・・・動けます」

 

「こいつ・・・・・・!」

 

 涙目になり歯を食い縛りながらも笑みを浮かべる緑谷に、相澤先生も笑みを浮かべる。

 

「やっとヒーローらしい記録出したよー」

 

「指が腫れ上がっているぞ。入試の時といい・・・おかしな"個性"だ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・!!!」

 

 麗日や飯田が声を上げる中、爆豪は顎が外れるんじゃないかってぐらいに口を開けていた。

 

 すると、爆豪が"個性"を発動しながら緑谷の元にに突っ込んでいった。

 

「どーいうことだコラ、ワケを言えデクてめぇ!!」

 

「うわああ!!!」

 

 しかし緑谷の元にたどり着く前に、相澤先生から伸びてきた布に動きを封じられ、"個性"も消された。

 

「ったく、何度も"個性"使わすなよ。俺はドライアイなんだ」

 

((("個性"すごいのにもったいない!!)))

 

「時間がもったいない。次準備しろ」

 

 

 

 *

 

 

 

 その後残りの競技は滞りなく進行した。

 

「んじゃ、パパっと結果発表」

 

 そう言って相澤先生は順位を表示する。

 

 俺の順位は・・・・・・5位か。八百万さん1位だけど、あの人何でもありか?持久走に至っては原付出してたぞ。

 

 そして緑谷は…案の定最下位か。ということはいきなり除籍か。

 

「あ、ちなみに除籍は嘘な」

 

 ・・・・・・あ?

 

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽。」

 

「「「はーーーーーー!!!!??」」」

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない・・・。ちょっと考えればわかりますわ・・・」

 

 う、嘘だろ・・・。

 

 アレは絶対除籍する眼だったろ。それとも、俺が騙されやすいだけか?

 

「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ。それと緑谷、リカバリーガール(ばあさん)のとこ行って治してもらえ。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ」

 

 緑谷に保健室利用書を渡して相澤先生はどこかへいってしまった。

 

 なんか・・・すごい疲れるなあの先生。ことあるごとに『合理的虚偽だ』とかいってきそうだ。

 

 とりあえず教室もどるか。

 

 

 

 

 

 しかし、やっぱり緑谷ってアノ人に似てるんだよなぁ。

 

 

 *

 

 

 保健室にて───

 

 

 

「チュ~~~」

 

「す・・・すごい、治った。けど・・・なんか・・・疲れが・・・ドッと・・・」

 

 なんか体のエネルギー、一気に持っていかれたみたいだ。入試の時もお世話になったみたいだけど、あの時は気絶してたからなぁ。

 

「私の"個性"は人の治癒力を活性化させるだけ。治癒ってのは体力がいるんだよ。大きなケガが続くと、体力消耗しすぎて逆に死ぬから気をつけな」

 

「逆に死ぬ!!!!」

 

「まぁ私の"個性"に頼り過ぎちゃダメってことさね。早く"個性"をコントロールできるようにするんだよ。」

 

「・・・・・・はい!」

 

 そうだ、今回はなんとかなったけど毎回ケガをしてちゃダメだ。早く『ワン・フォー・オール』を制御できるようにしないと。

 

 リカバリーガールに礼を言って、僕は荷物を取りに行くことにした。

 

「あ~~疲れた」

 

 ぐったりしながらドアを開けると、

 

「よっ」

 

「うわあ!!」

 

 一人の男子生徒が目の前で手を上げて挨拶してきた。

 

「あ、わりぃ。驚かせちまったか?」

 

「ご、ごめん。いきなりだったからつい・・・。えっと、天海君…だったっけ」

 

「おう、天海 大河だ。よろしくな、緑谷(みどりや) 出久(いずく)

 

 もう名前覚えてくれてるんだ。僕だけ覚えてなくて申し訳ないな。

 

「それでどうしたの。天海君もリカバリーガールに?」

 

「いや、俺は緑谷に用があって来たんだ」

 

「僕に?」

 

「まぁ立ち話もなんだし、歩きながらでいいか?」

 

「う、うん」

 

 なんだろう、何か気にさわることでもしちゃったかな。でも、彼とは今日話してなかったしなぁ。

 

 

 

 

「緑谷、入試で0P敵倒したんだって?」

 

「え?う、うん。そうだけど、何でその事を?」

 

「朝、俺と同じでアレを倒した奴がいるって聞いてな。興味沸いたから、こうやって話に来たんだよ」

 

「そうだったんだ。『俺と同じ』ってことは天海君も?」

 

「そうだぜ。といっても機械の中に水を流し込むっていう、ちょっと卑怯な手ェ使っちまったけどな」

 

 全然卑怯じゃないと思うけど、天海君は真正面から倒したかったのかな。

 

「朝聞いた時では疑ってたんだけどな。今日のテスト見て確信したよ。アレだけのパワーなら確かに倒せるな。ところで、緑谷の"個性"って何なんだ?使ったときケガしてたみたいだけど」

 

 僕の"個性"、か。

 

 うーん、さすがに『ワン・フォー・オールです』なんて言えないしなぁ。

 

 

 

「僕の"個性"は増強型みたいなものだよ。超パワーが出せるけど、使うと体が壊れちゃうんだ。」

 

「ふーん・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんかオールマイトに似てるな」

 

「ええ!!?」

 

 なな何でオールマイト⁉

 もしかしてバレてる⁉

 

「そ、その・・・・・・何でそう思ったの・・・?」

 

「いやぁなんていうかこう…溜めて放つ感じっていうのか?それがオールマイトに似てるかなあって思ったんだよ」

 

 ワン・フォー・オールについては気づいてないみたいだけど、これ以上話してるとボロが出そうだ。

 なんとか話題を変えないと!

 

「そ、そうなんだ!そういえば天海君ってテストで水出してたけど、あれが"個性"なの!?」

 

「おう。俺は水を生み出して操ることができるんだ」

 

「そうなんだ。水か。両手から水を出してたけどかっちゃんみたいに掌からだけなのかなそれとも全身からなのかな全身から出せれば死角から襲われても対応しやすいなそもそも水はどこから生み出してるんだろう空気中からそれとも自分の体内からいや体内の水分をそのまま出してたら絶対足りないしやっぱり空気中からかないや何らかの形で増幅できるなら体内の水分でも・・・・・・」

 

「お、おい緑谷。大丈夫か・・・?」

 

 ハッ!?しまった、つい熱中してしまった!

 

「ご、ごめん。"個性"の分析をするのが癖で・・・・・・」

 

「いや、いいんだけど・・・・・・人前ではあんまりしない方がいいと思うぞ?」

 

「そ、そうだね・・・・・・」

 

 話を逸らせたのはいいけど、天海君に大分引かれちゃったよ。

 

「ただ、今の俺の説明だけでそこまで考察できるのは凄いな。素直に尊敬するよ」

 

「そうかな?そう言ってくれると僕も嬉しいよ。」

 

 よかった。印象はそこまで悪くなってなさそうだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 その後、教室で荷物を持った僕は玄関を出た後、天海君とヒーローの話で盛り上がっていた。

 

「───それでね、僕の住んでいた町には『デステゴロ』や『シンリンカムイ』に『バックドラフト』、あと最近は『Mt.レディ』も活動を始めたんだ」

 

「マジで!?くっそー、『バックドラフト』が近くで観れるなんて羨ましいぜ!」

 

 話してみてわかったけど天海君もヒーローが好きみたいで、特に自分と"個性"が似てるヒーロー達が好きみたいだ。

 

「ちなみに天海君はどのヒーローが一番好きなの?僕は断然『オールマイト』推しなんだけど。」

 

「俺か?俺は『ギャング・オルカ』が結構好きだなー。敵っぽいけどそれがまたカッコいいんだよな。けどやっぱり俺は・・・・・・」

 

「緑谷君、天海君!」

 

 その時、僕たちをを呼ぶ声がした。後ろを振り返れば飯田君がこちらに向かってきていた。

 

「すまない、話している最中だったか」

 

「いや、俺は別に構わねーよ」

 

「そうか。緑谷君、指は治ったのかい?」

 

「うん、リカバリーガールのおかげで」

 

「それは良かった。しかし今日のテスト、相澤先生にはやられたよ。俺は『これが最高峰!』とか思ってしまった!教師が嘘で鼓舞するとは・・・」

 

「真面目だな飯田は」

 

 本当に。飯田君、最初は怖い人かと思ってたけど天海君が言うとおり真面目なだけなんだな。

 

「おーい!三人ともー、駅まで?待ってー!」

 

 麗日さん!

 

「君は(無限)女子」

 

「おい飯田、その呼び方はどうなんだ?」

 

麗日(うららか)(ちゃ)子です!

 えっと飯田 天哉くんに天海 大河くん、それに緑谷…デク君だよね!」

 

「デク!!?な、何でその呼び方を・・・?」

 

「え?だってテストの時、爆豪って人が『デクてめぇ』って呼んでたから」

 

 ああ、そういうことか。

 

「あの・・・本名は出久で・・・デクはかっちゃんが木偶(でく)の坊だってバカにして・・・」

 

「蔑称か」

 

「随分ひどいのつけられたな」

 

「えーそうなんだ!!ごめん!!」

 

 良かった。誤解は解けたみたいだ。

 

「でも『デク』って・・・『頑張れ!!』って感じで、なんか好きだ私」

 

「デクです」

 

「「緑谷(君)!!」」

 

「浅いぞ!!蔑称なんだろ!?」

 

「そうだよ!そんないい意味でもねーんだし!」

 

 いや、あんな麗かな笑顔で言われたら全然いいよ・・・!

 

 

 

 

 そんな他愛もない話をしながら僕たちは家路についた。

 

 

 出来ないことだらけだし頑張らなきゃいけない。

 

 でも、オールマイト。

 

 

 

 友達が出来たことくらいは喜んでもいいですよね。

 

 

 




そんなわけで今日は緑谷視点を入れてみました。
いやー、自分が考えたキャラだと書きやすいんですが、元々あるキャラって結構大変ですね。

次は対人戦闘訓練です。
コスチュームと組み合わせどうしよう・・・・・・。


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No.4 対人戦闘訓練

どうも。
先日、原作169話を偶々読んだんですが



耳郎ちゃん可愛いすぎだろ


『雄英高校ヒーロー科』

 

『ヒーロー科』と言っても、基本的な授業方式は『普通科』と大差ない。違うところといえば、普通科でいう副教科や実技教科の代わりにヒーロー科特有の科目が入るくらいだ。

 

 午前中の授業は現代文、数学、英語、理科の四つから構成される。プロヒーローが教師を務めるが、至って普通の授業だ。

 英語担当のプレゼント・マイクが時々無茶な振りをしてくるが。

 

 午後には『ヒーロー基礎学』と『ヒーロー情報学』のどちらかがある。ヒーローになるための知識と技術を、この二つの授業で身につけるわけだ。

 

 そして今日のヒーロー基礎学、皆一様に楽しみにしている。

 もちろん初めてのヒーロー科らしい授業というのもあるが、もうひとつ大きな理由がある。

 

「わーたーしーがー!!

 

 

 

 

普通にドアから来た!!!」

 

 そう、オールマイトである。

 

「オールマイトだ!!すげえや、本当に先生やってるんだな・・・!!!」

銀時代(シルバーエイジ)のコスチュームだ・・・・・・・・・!」

「画風違いすぎて鳥肌が・・・・・・!」

 

 オールマイトの登場に生徒たちは一気にざわめき立つ。そんな生徒たちの反応を見て、オールマイトもどこか嬉しそうだ。

 

「『ヒーロー基礎学』!ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う科目だ!!

 

 早速だが今日は戦闘訓練!!!そしてそいつに伴って・・・こちら!!!」

 

 オールマイトがそう言うと教室の壁が動き、それとともにそれぞれ番号の振られたケースが出てきた。

 

「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた・・・戦闘服(コスチューム)!!!」

「「「おおお!!!!」」」

 

 コスチュームという言葉にクラス中は更に沸き立つ。

 

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」

「「「はーい!!!!」」」

 

(さて、要望通りかな?)

 

 自身のコスチュームの出来栄えを楽しみにしつつ、天海はケースを手に更衣室へ向かった。

 

 

 *

 

 

「おっ、天海のコスチュームかっこいいな」

「そういう切島のも中々きまってるぞ。漢らしいな」

「おお、この漢らしさが分かるか!!」

「ああ。その己の体で戦おうとする心意気、嫌いじゃないぜ」

「そうかそうか! いやー天海が話の分かる奴でよかったぜ」

 

 通路を抜けてグラウンドに向かう天海と切島。

 

 天海のコスチュームは、青を基調にし所々に白のラインが入った襟付きのロングコート。下は黒のズボンとブーツ。ブーツの底には水を噴射できる機構が備わっており、これのおかげで両手を自由にして”個性”を用いた移動を行える。

 対する切島のコスチュームは、簡単に言えば上半身裸だ。両肩には赤い歯車のようなものを装着し、黒のズボンに赤のブーツ、腰周りには赤の生地を巻き付けている。

 漢らしさを重んじる、切島らしいコスチュームといえるだろう。

 

 

「始めようか、有精卵共!!!」

 

 市街地を模したグラウンド・βに集合した生徒たちに向かって、オールマイトはそう叫ぶ。

 

 今から始めるのは、屋内での戦闘訓練。

 オールマイト曰く、ヒーロー飽和社会となった今日、真に賢しい敵は『ヒーロー()』を逃れるべく『屋内()』に潜む。そのため凶悪敵出現率は、統計で見ても屋内のほうが高いそうだ。

 

「君らにはこれから『敵ヴィラン組』と『ヒーロー組』に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう!!」

「基礎訓練もなしに?」

「その基礎を知る為の訓練さ! ただし今度は、ブッ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ」

 

 カエルっぽい女子生徒、蛙吹(あすい) 梅雨(つゆ)の質問に対して笑顔で答えるオールマイト。

 しかし、

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ブッ飛ばしてもいいんスか」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか」

「お、緑谷の頭のそれってウサギか何かか?」

「ち、違うよ天海くん。これはオールマイトを意識して・・・」

 

「んんん~~~、聖徳太子ィィ!!!」

 

 次々と投げかけられる質問に苦悶するオールマイト。

 No.1ヒーローといえども新米教師。こういうことに関してはまだまだ未熟だ。

 

 仕方なくオールマイトは懐からメモを取り出し、それを読み上げる。

 彼曰く、

 

 ・『敵』がアジトに核兵器を隠している。

 ・『ヒーロー』がそれを処理しようとしている。 

 ・『ヒーロー』の勝利条件は、『敵』を二人とも捕縛するか、『核兵器』を回収すること。

 ・『敵』の勝利条件は、同じく『ヒーロー』を二人とも捕縛するか、制限時間まで『核兵器』を守り切ること。

 ・捕縛に用いるのは事前に配布された『確保テープ』。これを相手に巻きつければ、捕えたことになる。

 ・制限時間は15分。

 

 というのが大体のルール。

 そして、ペアと対戦カードはくじで決まるらしくその結果、

 

 A:『緑谷 出久』『麗日 お茶子』

 B:『轟 焦凍』『障子 目蔵』

 C:『八百万 百』『峰田 実』

 D:『飯田 天哉』『爆豪 勝己』

 E:『芦戸 三奈』『天海 大河』

 F:『砂藤 力道』『口田 甲司』

 G:『耳郎 響香』『上鳴 電気』

 H:『蛙吹 梅雨』『常闇 踏影』

 I:『葉隠 透』『尾白 猿夫』

 J:『切島 鋭児郎』『瀬呂 範太』

 

「天海と一緒じゃん。よろしくね~」

「おう。頼りにしてるぞ、芦戸」

「続いて、最初の対戦相手はこいつらだ!!」

 

 各々のチームが挨拶を交わしているとオールマイトがくじが入った二つのボックスに手を入れ、くじを取り出した。

 

「Aチームが『ヒーロー』!! Dチームが『敵』だ!! 敵チームは先に入ってセッティング。5分後にヒーローチームが潜入でスタートする。他の皆はモニターで観察するぞ!」

 

 

 *

 

 

「───さて、俺らの番か」

 

 体を伸ばしながら天海は核兵器部屋で呟く。

 

 ちなみに、ここまでに二試合行われた。

 

 第一戦の緑谷・麗日ペアと飯田・爆豪ペア。

 

 序盤では、潜入を始めた緑谷たちを爆豪が奇襲。緑谷が応戦し、麗日は核兵器のある上層の部屋に向かい、そこで飯田と対峙。麗日が核兵器に回収しようとするも飯田のスピードに翻弄され、下層では、緑谷が善戦するも爆豪の大爆破攻撃で状況は一変、緑谷を追い詰める。

 しかし試合終盤、緑谷がクロスカウンターに見せかけた”個性”の使用により、核兵器部屋までの床と天井を全て破壊。無線で事前にそのことを聞いていた麗日は、無重力化したコンクリートの柱で巻き上がった大量の床と天井の破片を飯田に向かって打ち出した。飯田がそれらの防御に徹している隙に、自身を無重力化し核兵器までひとっ飛びし核兵器に接触。条件達成によりヒーローチームの勝利となった。

 

 続く、ヒーローチーム轟・障子ペアと敵チーム葉隠・尾白ペアによる第二戦。

 

 爆豪と違い、二人とも核兵器部屋で待ち伏せる敵チームだったが、轟の”個性”『半冷半燃』によりスタート位置からビルを丸ごと凍らされ、そのまま二人も脚を凍らされ動きを止められる。

 事前に障子の”個性”『複製腕』で複製された耳で位置を特定していたヒーローチームは核兵器部屋まで一直線。そのまま核兵器を回収し勝利を修めた。

 

 そして今、ヒーローチーム耳郎・上鳴ペアと敵チーム芦戸・天海ペアの試合の準備時間だ。

 

「ねえねえ天海。私が奇襲しに行こうか?」

「いや、止めといたほうがいい。近づくとなると上鳴と相性が悪いし、何より耳郎にこっちの位置はばれるはずだ」

 

 対戦相手、上鳴の”個性”は『帯電』。指向性は持たせられないが自身を中心に広い範囲で放電できるため、自然と距離が詰まる屋内戦ではかなりの脅威だ。そして耳郎の”個性”の『イヤホンジャック』。自信の耳たぶから伸びるイヤホンジャックを壁などに刺すことで集音マイクのような働きをし、逆に相手に自身の心音を大ボリュームで届けることができる。

 以前教室で二人と会話したときに”個性”について話し合ったことがあったため、天海と芦戸は二人の”個性”を知っている。しかし、それは向こうも同じである。

 

「でもどうすんの? どっちみち位置がばれるんだったら、上鳴に近づかれて終わりだよ」

「大丈夫だ。こっちにも近づかずに迎撃する方法はある」

「へー。どんな方法?」

「まぁとりあえず待っとけ」

 

 そう言って天海は核兵器部屋を出て行った。

 

 

 *

 

 

『ヒーローチーム準備いいかな? それではスタートだ!!』

「よし、行こう上鳴」

「おう」

 

 オールマイトのスタートの合図で耳郎と上鳴はビルに向かう。

 ヒーローチームの作戦は、潜入してすぐに耳郎が敵の位置を把握、相手二人に対して有利な上鳴が前線に立ち制圧に向かうという、至ってシンプルな作戦だ。

 

 ビルのドアを開けるヒーローチーム。

 しかしビルに入った瞬間、上鳴は驚きの声を上げる。

 

「うわ、何だこれ!?」

 

 ビルの中は、床一面に水が張っていた。奥に見える階段から流れてきてるのが見えるところ、上層も同様だろう。

 

「多分天海の仕業だろうが・・・。とりあえず俺が見張るから、耳郎は二人を探してくれ」

「オッケー、任せて」

 

 そう言って、耳郎は壁にイヤホンジャックを刺し、相手の居場所を探る。

 

「最上階に二人分の心音がある。同じ部屋から聞こえるから、多分核兵器もそこにあるよ」

「よし、じゃあそこに向かうか」

 

 核兵器のある部屋に向かう耳郎と上鳴。しかし、道中耳郎が異変に気付く。前方を行く上鳴の足元の水が不自然に揺らいでいる。

 次の瞬間、そこから上鳴に向かって水の塊が発射された。

 

「上鳴!!」

「うぉ!?」

 

 いち早く異変に気付いていた耳郎は上鳴の腕を引っ張る。体制を崩した上鳴の横を水は通過、壁に当たるとそのまま弾けた。

 

「た、救かった耳郎!! つーか何だ今の!?」

「多分、天海だね・・・」

「ハァ!? アイツ上にいるのに何でこっちの位置分かるんだよ!!」

「前に天海が言ってたじゃん。水を操れる”個性”だって。もしかしたら─────」

 

 

 *

 

 

「────躱されたな。動き的に相方に救けられたか。」

「はえーー、凄いね。一人で何でも出来んじゃん」

「何でもじゃねーよ。耳郎みたいに音までは分かんねーし」

 

 今、天海たちは最上階の部屋にいた。そこで天海は地面に片膝で手をつき、水を掌から部屋の外まで伸ばしている。

 天海の”個性”による水の操作。実は操作している間は、水の形状の変化を感じ取ることができる。そのため、天海はフロア全体に水を張ることで相手の歩調を感知して攻撃を仕掛けることができたのだ。

 

「とりあえずはこれで足止めする。万が一ってことがあるから、いつでも動けるようにしといてくれよ」

「りょうかーい。」

 

 芦戸は軽く敬礼のポーズを取りながら返す。

 

(さぁ、どれぐらいかかるかな?)

 

 

 

 *

 

 

「とにかく、本体が上に居るんじゃ水に攻撃しても意味がない。攻撃を避けながら、できるだけ急ごう」

「よし、そうと決まったら・・・」

 

「「走れ!!!」」

 

 するや否や、二人は水飛沫を上げながら走り出す。床一面に水があるため全方位から攻撃されるが、二人は何とか躱しながら上を目指す。

 階段を駆け上がり、あと一フロアといったその時、

 

 

 

 

 

「うぉあああ!!! 耳郎()が・・・!!」

「うわああああ!!! ちょ、ちょっと待っ・・・!!」

 

 二人の行く先から(おびただ)しい量の激流が押し寄せてきた。それに飲み込まれた二人は流しに流され、一番下のフロアまで押し戻された。

 

「ゲホッゴホッ・・・! なぁ、これってあそこに向かう度やられるのか・・・?」

「・・・・・・多分」

 

 二人の顔には、疲労と絶望の表情が入り混じっていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ────終了五分前。

 

「お疲れー。随分かかったな」

「ハァ・・・ハァ・・・。他人事みたいに言うなよ・・・・・・」

「誰のせいで・・・こんなにかかったと思ってんの・・・!」

「ハハハ。悪い悪い」

 

 ずぶ濡れの上鳴と耳郎の文句に、天海は笑いながら詫びを入れる。

 あの後、意地で二回目の激流を突破した耳郎と上鳴は何とか核兵器部屋の前にたどり着いていた。

 

「でもなぁ天海・・・。ここまで来れれば俺たちの勝ちだ」

「そうだよ。こっちには二人にとって相性の悪い上鳴がいる。さぁ、いったいどうやって戦うつも・・・」

「あ、足元気をつけなよー。」

「痛ッ!?」

「ぶふっ!?」

 

 芦戸の忠告も空しく耳郎と上鳴は盛大にすっ転び、それぞれ尻餅と顔面を床にぶつける。

 

「な、何これ? めっちゃ滑る・・・」

「芦戸の溶解液を俺の水で薄めたのを床にぶちまけた。溶けはしないがまともには立つのは難しいかもな。それと上鳴、”個性”の使用は控えたほうがいいぞ」

「いつつ・・・。なんだって?」

 

 鼻を抑えながら、上鳴は問い返す。

 

「周りをよく見ろ。ここに来るまでの通路もそうだが、この部屋は水浸しだ。そして、当然だが水は電気をよく通す。・・・・・・後は言わなくても分かるよな?」

 

 そう。この状況下で上鳴の”個性”を使おうものなら、敵チームだけでなくずぶ濡れのヒーローチームももれなく感電することになる。『上鳴の”個性”を使う』という考えを除外していた通路の時点では気付いていなかったが、既に作戦の要が封じられていたのだ。

 

「さて、そんな状態の中悪いんだが速攻でいかせてもらうぞ。芦戸、手筈通りいくぞ!!」

「オッケー!! それじゃあ行っくよー!!」

 

 天海は両足から水を噴射し、芦戸は床をスケートのように滑りながら、上鳴と耳郎に肉薄する。

 

「そんな簡単にはやられない・・・よ!!」

「ほいっと!!」

 

 耳郎がなんとか立ち上がりイヤホンジャックを脚部に装備しているスピーカーに接続、そこから爆音をお見舞いするが芦戸は難なく躱す。

 

「くそ、こうなったら・・・!」

 

 そう言って上鳴は電気を纏うが、

 

「おっと、自爆覚悟は・・・勘弁してくれ!!」

「ぐほっ!!」

 

 突っ込んできた天海の容赦のないドロップキックを腹にもろに喰らい、壁に叩き付けられる。立ち上がろうとする上鳴を天海は背中から足裏で押さえつけ、腕に確保テープを巻き付ける。これで上鳴は戦うことができない。

 

「悪く思うなよ。お前に好き放題されるのが一番危険なんだ」

「あ、天海・・・。もう少し加減してくれっ・・・!」

 

 上鳴は腹を抑えて呻く。どうやら相当きついのが入ったようだ。涙目の上鳴に対して天海は一言

 

「悪ィ。」

 

 とだけ言っておく。

 

「天海ー、こっちも終わったよ」

 

 手を振ってくる芦戸の横には、テープでぐるぐる巻きにされた耳郎が座り込んでいた。やはり足元が安定しない状況では芦戸を捉えるのは難しかったみたいだ。

 

『敵チームWIN!!』

 

 そして響き渡るオールマイトの声。第三戦は芦戸・天海ペアの勝利となった。

 

 

 

 *

 

 

 ────モニタールームにて。

 

「さて好評といこうか。今回のMVPは天海少年だ!! 一人で索敵から迎撃までこなし、芦戸少女と共に自分たちにとって優位な状況を作れたのはとてもよかった。ただ天海少年、思い切りやるようにとは言ったが、最後のは少しやりすぎたんじゃないか?」

「すいません、それは自覚しています。でもあの場面で上鳴に全力で放電された場合のことを考えると、真っ先に封じておくべきだと思ったので。」

「うむ、分かっているなら大丈夫だ。しかし、常に先の危険を予測し行動することは大切なことだ!! ヒーローチームも今回はいいようにやられてしまったが、今回の経験を次に活かせるようにしよう!!」

 

 その後も訓練は続き、初戦の緑谷以外は特に大きなけがもなく、その日の戦闘訓練は終了した。

 

 

 

 *

 

 

 

 ────放課後。

 

「ホントもう少し加減してくれても良かったんじゃない? ウチらボロ負けだったじゃん」

「そう言うなって。手ェ抜いて戦っても実践練習にならないだろ?」

 

 夕暮れの帰り道で天海と耳郎は駄弁っていた。

 耳郎は実家から電車で通っているため、駅までは一緒に帰ることにしたのだ。

 

「それはそうだけど。ていうか年頃の女の子をずぶ濡れにするってどうなの?」

「それは・・・その・・・悪かったよ。すぐに”個性”で乾かしたんだし許してくれよ」

「別に怒ってないよ。それよりも、あの後上鳴と何話してたのさ」

「べ、別に何も話してねーよ。・・・・・・オイ、本当だって!! 本当だからそんな目で見んな!!」

 

 必死に弁明する天海を、耳郎はジト目で見つめる。

 

 

 

 時は遡ること二時間程前。

 第三戦を終えた後、その場でずぶ濡れのヒーローチームを乾かした天海に上鳴が小声で話しかけてきた。

 

『おい天海! 何で乾かしたんだよ!』

『は? 何でって、お前ら濡れたまんまじゃ気持ちわりーだろ?』

『俺のことはいいんだよ。耳郎のほうだよ!』

『? ますます意味分かんねーよ。』

『お前まだ分かんないのか? あの格好で濡れたらどうなるかくらい想像つくだろ。』

 

 耳郎のコスチュームはピンクのシャツの上に黒のジャケット、黒のズボンというパンクな服装。シャツみたいな薄い服が濡れれば当然透けるわけで・・・。

 そこまで考えが至った天海は顔を紅潮させる。

 

『お、お前まさかそんな事のために・・・。』

『そんな事とはなんだ! それにお前顔が赤いぞ。興味あるんだろ!! このムッツリが!!』

『誰がムッツリだ!! ・・・まぁ興味無いって言やぁ嘘になるが・・・。』

『ほらみろ!! だったら俺の言わんとしていることも分かるだろ!!』

『いや、だからってなあ・・・!!』

 

『何話してんの?』

『『!?』』

 

 唐突に話し掛けられ、天海と上鳴はビクッと肩を揺らす。振り返れば耳郎が怪訝そうな表情てこちらを見ている。

 

『い、いや何でもねえよ!! なあ、天海!?』

『お、おう!! 別に怪しいことなんて話してねーぞ!!』

『・・・ふーん。』

 

 二人の弁明に納得したかは定かではないが、耳郎は表情を崩さぬまま部屋を後にした。

 

 

 

 ────ということがあり、天海は耳郎に絶賛怪しまれているわけだ。

 

「本当に何もなかったの? それに上鳴も怪しかったんだよね。まさか───」

「だから何もねーって!! 別に濡れた服見たところで気にしな・・・・・・!」

 

 その瞬間、天海は墓穴を掘ったことを理解し慌てて口を手で押さえる。しかし、一度放った言葉はもう帰ってこない。むしろその行動が、耳郎の疑惑を確信に変えることになった。

 

「ウチまだ何も言ってないのに、何でそんな事言ってんの?」

「あ、いや・・・」

「やっぱりウチらをずぶ濡れにしたのって・・・!」

「ま、待て!! 誤解だ!! アレは作戦上仕方なかったんだって!!」

「言い訳はいいよ。言いたいことがあるなら後で聞いてあげるよ」

「いや後じゃ遅い!! 今聞け!! ・・・オイ、何してる。何でイヤホンジャックこっちに向けてんだ。・・・・・・や、やめろおおおおおおおおお!!!!」

 

 夕日に染まる街の一角で、天海の断末魔が響き渡った。




プロフィール



天海(あまみ) 大河(たいが) (15)

Birtuday(バースデイ):3/2
Height(ハイト):175cm
好きなもの:マリンスポーツ

天海’sヘア:水色。短髪。アップバング。
天海’sアイ:水色。少しつり目。
天海’sマウス:歯を見せて笑う。目上の人には丁寧な口調だが、友達とは気さくに話す。
天海’s全身:程よく締まってる。
天海’sタイ:緩めてる。

個性『水』
水を生み出せる。また液状の水かつ自身が直接触れている間なら自在に操れ、形状の変化を感じ取れる。ただし上記の能力を使いすぎると脱水症状になる。


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No.5 そうだ USJ、行こう

 耳郎に理不尽な制裁をされた翌日の朝。

 

「あ、おはよう天海」

「っ!! おう、おはよう・・・」

 

 通学途中で、天海は耳郎にばったり出くわした。

 昨日のことが若干トラウマとなった天海は、ビクつきながらも挨拶を返す。

 

「どうしたの? 元気ないじゃん」

「・・・昨日あんなことした張本人がよくそんな事聞けるな」

「アンタと上鳴がやましいこと考えたのが悪いんじゃん」

「だから違うって言ってんだろ。アレは元々上鳴が・・・。ハァ、もういいわ」

「ん。素直でよろしい」

「納得いかねー・・・」

 

 あの後何とか誤解を解こうとした天海だったが、耳郎は全く聞く耳をもたなかった。言い訳は後で聞いてやると言ったにも関わらずだ。

 今も説得しようとしたが、昨日の疲れと『どうせ聞いてもらえないだろう』という気持ちも相まって、天海は不本意ながらも早々に諦めた。

 

 その後、『上鳴も同じ目に会わせてやる』と朝から物騒なことを言い出す耳郎を天海が宥めながら、二人は学校の正門前に着いた。

 しかし、そこは多数のマスコミで埋め尽くされていた。

 

「ちょ、何これ。通れないじゃん」

「マスコミ・・・ってことは、オールマイト目当てか」

 

 マスコミは正門前で待ち構え、登校してくる生徒たちに我先にとインタビューして回っているようだ。向こうは『聞き終えたら次の生徒に行けばいい。』程度に考えているのだろうが、生徒側からすれば受け答えしているうちに遅刻してしまうかもしれないし会話が苦手な生徒もいるため、はっきり言って迷惑行為以外の何者でもない。しかし、無下に扱うのも憚られるというものだ。

 

「ったく。耳郎、俺の後ろにいとけよ」

「え? わ、分かった」

 

 マスコミを一瞥し、天海は正門に近づき耳郎も後を追うように続く。すると案の定記者たちが話し掛けてかた。

 

 ───教師オールマイトついてどう思いますか?

 

「そうですね。やはりNo.1ヒーローが教鞭を振るってくれることもあり、それだけで雄英に来る意味があると思いますね」

 

 ───なるほど。ちなみにオールマイトの授業の様子について聞かせてもらえませんか?

 

「彼は僕たち生徒に対してフレンドリーに接してくれるため、とてもよい授業の雰囲気を作ってくれています。しかし、彼もまだ新米教師。授業に四苦八苦する、普段のオールマイトには見られない一面を見ることもできました」

 

 普段からは想像できない爽やかな笑顔で丁寧に受け答えする天海に、耳郎は呆気にとられる。

 

「すいませんが、僕たちこれからHRがあるので教室に向かってもいいですか?」

 

 ───はい。 時間をとっていただきありがとうございました。

 

 インタビューを終え、正門を抜けた天海と耳郎。玄関に向かう途中で耳郎は天海に問いかける。

 

「誰アレ」

「誰って、俺だが?」

「いやいやいや、ウチあんな爽やかな友達知らないんだけど!! 僕とか言ってたし!」

「何と言われてもアレは俺だ。丁寧な口調で喋れば、誰でもアレぐらい変わるだろ」

「にしてもあんなに変わるかな?」

 

 

「おーい、天海! 耳郎!」

 

 報道陣を抜けてきた上鳴が、二人の名前を呼びながら駆け寄ってきた。

 

「おう上鳴、おは・・・」

 

 天海は挨拶を返そうとしてハッとする。横を見れば耳郎が昨日と同じ目をして、彼女の気持ちを体現したかのようにイヤホンジャックがゆらゆらと揺れ動いている。

 

「上鳴! 逃げろ‼」

「あ? なに言っ・・・・・・てぐぅ!!??」

 

 天海が警告したが遅かった。イヤホンジャックを刺され爆音を流された上鳴は、体を痙攣させながら地面に倒れ伏した。

 

「耳郎おまっ、さっきやめとけって言ったばかりだろ!!」

「ウチやらないなんて一言も言ってないし」

 

 そう言って耳郎はスタスタと先に行ってしまった。

 置いていくわけにもいかないので、天海は意識を失った上鳴を肩で支えて教室に向かった。

 

 

 *

 

 

 教室に着いた天海は、何とか意識は取り戻した上鳴を席に座らせる。芦戸や切島に事の経緯を聞かれたが、沈黙を貫いた。はっきり言ってトラウマレベルなので話したくないのだ。

 その後、HRの時間となり相澤が教室に入ってきた。相澤は昨日の戦闘訓練について少し触れた後、学級委員長を決めるよう指示を出す。

 集団を導くというトップヒーローには必要不可欠な力を鍛えられる役ということもあり、ほとんどの生徒が立候補するが飯田の提案で投票で決めることに。結果、緑谷が委員長、八百万が副委員長となった。

 

 そして普段通りの午前の授業を終え、昼休み。

 

「天海。今から上鳴と飯食いに行こうぜ」

「オッケー」

 

 切島に誘われ、食堂に向かう天海。

 

 雄英には、クックヒーロー『ランチラッシュ』切り盛りする食堂、”ランチラッシュのメシ(どころ)”がある。ランチラッシュの作る料理はどれも絶品で、昼休みになれば食堂は彼の料理目当ての生徒たちで賑わいを見せる。

 

「しっかし二人とも。マジな話で朝に何があったんだ? (ヴィラン)にでも襲われたか?」

 

 列に並びながら質問する切島。朝の教室での天海と上鳴の不審な様子を見て、真剣に心配しているのだ。二人は事の顛末を語った。

 

「───天海は完全にとばっちりじゃねえか」

「そうなんだよ。こんなことになったのは全部このバカのせいだ」

「おい、何全部俺のせいにしてんだ!! お前も想像して顔赤くしてたろーが!!」

「お前があんな事言わなきゃ、そこまで至ってなかったんだよ!!」

「落ち着けって二人とも。そもそも上鳴がそんな事考えるのがいけないんだろ」

「なーに聖人ぶってんだ切島!! 女の濡れて透ける服には男のロマンが詰まってるんじゃねえか!!」

「あそこで露骨に狙いにいくのは男以前に人としてダメだろ。」

 

 下らない論争を繰り広げる三人だったが、三人のいる食堂に突然けたたましいサイレン音が鳴り響いた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』

 

 放送を聞いた周囲の生徒たちが慌てる様子から、ただ事ではないと悟った三人。とりあえず指示通りに避難しようとするが、

 

「皆さんストップ!! ゆっくり!! ゆっくり!!」

「押すなって!! ・・・むぐぅ」

「んだコレ」

 

 パニックになった生徒たちは避難しようと非常口に押し掛ける。切島は何とか落ち着かせようとするが、その声は喧騒にかき消され三人は人々の流れに飲み込まれてしまう。

 

「どうする!? このままじゃ怪我人が出るかもしれねえぞ!!」

「上鳴! こいつら感電させて動き止めろ!!」

「お前サラッととんでもないこと言うな!? できるわけないだろ!!」

 

 

 

 

 「皆さん・・・大丈ー夫!!」

 

 

 

 

 突如飯田の声が響いた。声のした方を向けば、飯田が非常口の上でピクトさんのようなポーズで叫んでいる。

 

「ただのマスコミです! なにもパニックになることはありません。大丈ー夫!! ここは雄英!! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 飯田の呼びかけが功を奏し、落ち着きを取り戻した生徒たちは静かに食堂から避難した。

 その後警察が駆け付けたことで、今回の騒ぎの原因であるマスコミは撤退した。午後からは通常通り授業は行われることとなったが、始業前に緑谷が食堂での行動を理由に飯田を委員長に推薦。他の者たちの後押しもあり、飯田が委員長に就任することとなった。ちなみに副委員長である八百万の立場は全く考慮されなかった。

 

 

 *

 

 

 ────マスコミ襲撃事件から数日後の午後のヒーロー基礎学。

 今回行うのは『人命救助(レスキュー)訓練』。本棟からから離れた演習場で行われる。雄英高校は広大な土地にいくつもの演習場を所持しており、中には歩いて向かっていては時間のかかる場所もある。今回訓練が行われる演習場もそのひとつだ。そのため、移動はバスによるものである。移動中は和気あいあいと話し合い、クラスとの交友を深めるA組の生徒たち。

 

 そして、

 

「すっげ―――!! USJかよ!!?」

 

 一行が到着したところは誰かがそう叫んでもおかしくない場所だった。

 広大なドームの中に点在する倒壊した市街地、切り立った断崖、船が沈没した巨大な水場・・・などなど。

 遊園地のようではあるがそうではない。

 

 ここは、

 

「水難事故、土砂災害、火事・・・・・・etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も・・・ウソ(U)災害(S)事故(J)ルーム!!」

(((USJだった!!)))

 

 宇宙服のようなコスチュームを身にまとった、災害救助を中心に活動しているスペースヒーロー『13号』の紹介した、何処かに訴えられそうな名称に一同は心の中で突っ込む。

 

 その後、相澤と13号が本来来るはずだったオールマイトについて話し合った後、13号が生徒たちに向き直る。

 

「えー、始める前にお小言を一つ二つ・・・・・・三つ・・・・・・」

(増える・・・・・・)

 

 どんどん増える小言の数に戦慄するA組。そんな彼らの胸中を知らないまま13号は話し始める。

 

 彼が伝えたいことは、今の超常社会は”個性”の使用を厳しく規制することで一見成り立っているように見えるが、一歩間違えれば容易に人を殺せる”個性”を個々が持っていることを我々は忘れてはいけない。相澤の体力テストで自身の秘めたる可能性を知り、オールマイトの対人戦闘訓練でそれを人に向けることの危うさを知ったA組の面々には、今回の授業で人命の為に”個性”をどう活用するかを学び、そして自分たちの力は誰かを傷つけるためではなく、助ける為にあることを心得てほしい、とのことだった。

 

 13号の話を聞いたA組のメンバーは、彼に賞賛の声と拍手を送った。

 

「そんじゃあ、まずは・・・」

 

 生徒に指示を出そうとした相澤だったが、妙な気配を感じ後ろを振り返る。

 視線を送れば、USJの中央にある噴水広場に突如現れた小さな黒い靄。それは空間を侵食するかのように広がり、その中央から全身に掌を着けた異様な男を筆頭に、おぞましいコスチュームを身にまとった連中が次々と這い出てきた。

 

「一かたまりになって動くな!! 13号、生徒を守れ!!」

「え?」

 

 突然の相澤の叫びに生徒たちは疑問の声を上げる。

 

「何だアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってるパターン?」

「動くな。あれは────敵だ!!!!」

 

 切島の呟きに対して発せられた相澤の『敵』という言葉に生徒たちに動揺が走る。

 

 噴水広場では先程の掌の男と黒い靄の男が会話をしていた。

 

「13号に・・・イレイザーヘッドですか・・・。先日()()()教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが・・・」

「どこだよ・・・。せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ・・・。オールマイト・・・平和の象徴・・・いないなんて────」

 

 

 

「────子どもを殺せば来るのかな?」

 

 

 

 向けられた明確な『殺意』。それは、まだ弱冠15歳程度である子供たちの恐怖心を煽るには十分すぎるものだった。

 

 雄英の施設には多くの侵入者用のセンサーが設置されている。しかし、今この状況においてそれらが機能しているようには見受けられない。つまり向こうにはそれらを妨害できる輩がいるということ。

 そして、校舎から離れた隔離空間、そこに少人数で入る時間割。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ。

 そう推測を建てた轟の言葉に、生徒たちはさらに不安を駆り立てられる。

 

 しかし、そんな生徒たちの気持ちを払拭させるためのように相澤は敵地に向かう。敵も反撃するが相澤の『抹消』により個性を封じられ、さらに首に巻いた布を駆使した体術により次々と撃破されていく。

 その間に13号が生徒たちを誘導し、避難させようとするも突如現れた黒い靄の男に阻まれる。

 相澤の『抹消』は瞬きをすると一旦解除される。靄の男はその隙を縫って現れたのだろう。

 

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合。僭越(せんえつ)ながら・・・・・・この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは───」

 

 

「───平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたい思ってのことでして。」

 

 

 突如現れた途方もない悪意。それは超常社会の陰に潜む闇の象徴とも呼べるものだった────。

 

 

 *

 

 

「────どこだ、ここ」

 

 赤々と燃え上がる街の真ん中で天海は呟く。先程の靄の男の発言の後、爆豪と切島が反撃したものの敢え無く失敗。その後広がった黒い靄は生徒たちの何人かを飲み込み、それぞれを別々の災害ゾーンに転送した。天海は今火災ゾーンにいた。

 そして、

 

「ヒャハハハ! ガキが一人送られてきたぞ!!」

「よーし! それじゃあ俺たちでたっぷり遊んでやろうぜ!!」

「すぐには殺すなよ! じっくりいたぶってやらねえとなぁ!」

 

 送りつけられた先には大量の敵が待ち構えていた。そのどれもが天海を見て下卑た笑い声を上げる。

 

「・・・で・・・・・・んだ」

「あ? 何か言ったかガキんちょ」

 

「何で敵はこんな奴らばっかりなんだ・・・。反吐が出そうだ」

 

 そう言ってゆらりと立ち上がる天海。

 

 

 

「全く────────」

 

 

 

 蘇る幼い頃の悪しき記憶。

 

 

 

「敵は本当に────────」

 

 

 

 周りの燃え盛る炎のように、心の中に湧き上がるドス黒い感情。

 

 

 

 

 

「────────イライラすんだよッ!!!!」

 

 

 

 

 

 憎悪を滾らせた双眸で敵を見据え、天海は襲い掛かった────────

 

 

 




次回あたりにオリジナル敵出す予定です。


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No.6 ヴィランなんてくそくらえ

皆さんのおかげでお気に入りが50突破!!

本当にありがとうございます!!


「ハァ・・・ハァ・・・。皆無事かな」

 

 燃え上がる建物の間をくぐり抜けながら、尾白は呟く。

 火災ゾーンに送られた尾白。送られた瞬間、大量の敵が襲撃してきたがそれをいちいち相手にするのは得策ではないと判断し、ヒット&アウェイで何とか切り抜けていた。

 

「皆俺と同じで一人なのかな。そうだったら早く合流しないと・・・!」

 

 クラスメイトを探しつつ火災ゾーンの出口を探す尾白だったが、

 

 

──────ぎゃああああ!!

 

 

 遠方から微かに聞こえた悲鳴に足を止める。

 

「今の悲鳴・・・! もしかして誰か戦っているのか!?」

 

 悲鳴の主が誰かは分からないが、もしクラスメイトだったら─────。そう考えた瞬間、尾白は声の聞こえた全速力で駆け出していた。

 

 

 

 *

 

 

 

(な、何だよこれ・・・)

 

 尾白は目の前に広がる光景に絶句していた。

 

 彼が今立っているその場は赤く染まっていた。ただし『炎』ではない。そこに倒れている(ヴィラン)たち。腹を押さえて呻く者、何かに押しつぶされたかのように手足がひしゃげた者、白目をむいて気絶している者。彼らから流れている『血』によって辺り一面真っ赤だった。

 そんな死屍累々の真ん中で一人の少年が敵の胸ぐらを掴んでいた。敵はひどく怯えた表情をしている。

 

「お前らはどうやってオールマイトを殺すつもりだ?」

「ひ、広場に居た全身掌の奴と靄みたいな奴、あいつらが・・・脳みそむき出しの顔面が鳥みたいな奴のことを『対オールマイト用』とか呼んでた・・・」

「そいつらの”個性”は?」

「詳しくは知らねえ・・・。靄みたいな奴がワープ系ってことしか・・・。ほ、本当だ!! これ以上は何も知らない!!」

「そうか・・・。じゃあ眠ってもらおうか」

「!! おい待ってくれ!! 知ってること全部話したら逃がしてくれるって約束したじゃないか!!?」

「約束?────────」

 

 

 

 

 

 

「────────虫けらと約束なんざするわけないだろ。」

 

 

 

 背筋も凍るような冷たい声色と共に少年の手から伸びた水が、敵の顔を包み込む。鼻と口を塞がれた敵は何とか気道をを確保しようともがくが、流動体である水を引きはがすことができない。敵はだんだん動きが鈍くなり、終いには力なく地面に倒れ伏した。

 

 その凄惨な場面を見ていた尾白はたまらず逃げ出しそうになる。

 しかし、ひとつ確認しなければならない。少年の髪色、服装、声はどれも記憶の中の友人に当てはまる。

 

「・・・・・・天海?」

 

 尾白がその名を口にした瞬間、少年は両足から水を噴射して猛スピードで向かってきた。

 少年から発せられる殺気に気圧され、尾白はたまらず眼を瞑る。

 

 しかし、いつまでたっても攻撃されない。

 

「尾白?」

 

 自分の名を呼ばれゆっくりと眼を開くと、そこにはいつもと変わらぬ天海が不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「もしかして驚かせちまったか?」

「う、うん。急に突っ込んでくるから・・・」

「悪いな。ちょっとピリピリしてた」

 

 普段通りの口調で喋る天海だったが、尾白にとっては変化が大きすぎて、かえって気持ち悪かった。それほどまでに先程の出来事は衝撃的だったのだ。

 

「尾白もこっちに送られてたんだな。お前一人だけか?」

「うん。とりあえずヒット&アウェイで逃げ回ってたら天海を見つけたんだ」

「なるほどな。俺はこいつらが舐めたこと言うもんだから、痛めつけて情報吐かせてたんだ。おかげで色々分かったぞ」

 

「・・・なぁ天海。これ全部お前がやったのか?」

「ん? そうだけど。」

 

「お前、何も思わないのか!? こんなに人を傷つけて何も感じないのか!!??」

「うぉ!?」

 

 天海のなんとも思っていないような反応に尾白は声を荒げる。急な大声に驚いた天海だったが、頭を掻きながら淡々と述べる。

 

「そうは言ってもな、尾白。こいつらは俺たちを殺しにきてるんだぞ。はっきり言って命があるだけ儲けもんだろ。俺はここにいる奴ら全員殺してもいいと思ってるんだぞ」

「お前自分が何言ってるか分かってるのか!? 俺たちはヒーロー目指してるんだぞ!! さっき13号先生が言ってたじゃないか! 俺たちの力は誰かを救ける為にあるんだって! 例え敵だろうとどんな理由があろうと、ここまで人を傷つけるのは間違ッ!?」

 

 尾白が言葉を続けようとしたが、突如天海に首を掴まれ地面に押し倒された。

 

「・・・お前に何が分かる」

 

 尾白の首を掴む手に力が入る。その表情は怒りと悲しみに満ちていた。

 

「お前に何が分かるんだ!! 人を殺すことをこいつらは何とも思ってないんだぞ!! そんなゴミ屑ども殺したところで誰が困るんだ!! こんな奴ら・・・!! こんな奴らさえ居なかったら・・・・・・あんなことっ・・・!!」

「天海・・・!? 一体何をッ・・・!!」

 

 突然の天海の怒りに戸惑う尾白。直後、我に返った天海は尾白の首から手を離す。

 

「す、すまん」

「ゲホッ・・・! いや、俺こそごめん。急に怒鳴ったりして・・・。」

「悪いのは俺だ。・・・くそ、友達に手ェ出すなんざ最悪だ・・・」

 

 ひどく落ち込んだ様子で片手で頭を押さえ、その場に座り込む天海。何て言葉をかけようか悩む尾白だったが、しばし悩んだ後口を開く。

 

「なぁ天海。俺とお前と出会ったのはついこの間だし、お前にどんな理由があってこんなことをしたのかなんて俺には分からない。でもさ────────」

 

 

 

「────────人を殺したら、それこそ敵と同じなんじゃないか?」

 

 

 

「・・・・・・ああ。そう・・・だよな」

「「・・・・・・。」」

 

 絞り出すような声で天海がそう返した後、沈黙が二人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

「・・・今後の動きを決めるぞ。他の奴らも戦ってる奴らもいるだろうし」

「・・・ああ。そうしよう」

 

 落ち着いた二人は周辺を警戒しながらも作戦をたてる。

 

「俺があいつらから聞き出せたのは、生徒はバラバラの災害ゾーンに送られたこと。それと敵の目的はオールマイトの殺害ってことだ」

「そういえば広場でも靄の男が言ってたな。本当にそんなこと出来るのか?」

「出来なきゃこんなことしねえよ。現にこいつらには切り札があるみたいだしな」

 

 平和の象徴オールマイト。存在自体が犯罪者への抑止力となる彼は、敵たちにとって目の上の瘤であり多くの敵に疎まれている。当然命を狙う輩だっていたが、彼の常識離れした圧倒的な力の前に息を潜めることしかできなかった。そんなオールマイトを堂々と『殺す』と宣言したのだ。何か策がない方がおかしい。

 

「とりあえず、二手に分かれて他の奴らと合流しながら出口を目指そう」

「単独行動は危険じゃないか?」

「俺一人でこんだけ出来たんだ。尾白含め他の連中でも十分相手出来る。ただし格上とは絶対やり合うな。特にセントラル広場にいる三人は特にな」

 

 尾白に注意を促し、天海は立ち上がる。

 

「さて、それじゃあ尾白は先に山岳ゾーンに向かってくれ。俺はもう少しここを回ってから水難ゾーンに向かう。」

「分かった。天海、気を付けろよ」

「おう、そっちもな」

 

 尾白はそう言って燃え盛るビルの隙間を駆けていった。

 尾白が去るのを見送った後、天海は瓦礫の山に向かって口を開く。

 

「いつまで隠れてるつもりだ?」

 

「・・・へぇ、気付いてたのかァ」

 

「そんな殺気ダダ漏れじゃあな。それに・・・俺はお前を知ってる」

 

 瓦礫の陰から一人の男がゆらりと姿を現した。濃い紫色のスパイキーヘアに穴だらけのボロボロの服のその男は、不気味な笑みを浮かべている。その姿を見た天海は怒りの眼を男に向ける。

 

「なんでてめーがここにいやがる!!」

「あァ? 何だ、もしかしてどっかで会ったかァ?」

「・・・八年前、八年前だ!! 八年前のあの日のことを、俺は一度だって忘れたことはねえぞ!! 『スキュアラー』!!!!」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ────────今から八年前のとある日。

 

 当時七歳の天海はその日、両親と共にショッピングモールに来ていた。周りには自分たちと同じような家族が大勢いた。

 

 至って平凡な日常。しかし、それは悪夢に豹変することとなった。

 

 目の前から歩いてきた女性が突如、背後から鋭利な何かに貫かれた。血を噴き出して倒れる女性。その後ろでは実行犯であろう男が楽しそうに笑っている。

 

 辺りから上がる悲鳴の数々。そして男の凶刃は天海へと向かう。

 

 天海の両親は自分の息子を庇うように間に入る。そんな二人の命を男は、なんの躊躇いもなくその手で刈り取った。

 

 突然のことに呆然とする天海。かろうじて働く頭で体に指示を出し、目の前で血溜まりをつくる()()()()()()()に声をかける。しかし返事が返ってくることはない。それでも声をかけ続ける。

 

 そんな天海を見て男は、

 

『ハハハハ! いいなァ、その絶望に歪んだ顔!! 悲しみに震えた声!!! いいもん見させてもらったよォ!! ありがとな!!』

 

 高らかに笑いを上げ、そんな言葉を残し去っていった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「────────思い出した。あの時泣き喚いていたガキかァ。大きくなったなァ」

 

 その男こそ、今目の前に立っている『スキュアラー』という敵だった。

 

「お前にそんなこと言われても何も嬉しくねーんだよ。それより質問に答えろ。なんでてめーがここにいる」

「なんでって言われてもなァ。俺はとにかく人が苦しむ顔をみたいだけで、それ以外に理由はねえよォ」

「そうか。お前に聞いた俺がバカだったよ。なんにしろ俺がやることは決まっている」

 

 変に間延びした口調で飄々と答えるスキュアラーに、天海はぶっきらぼうに告げた。

 

「お前を殺す」

 

 天海は両足から水を噴射し、猛スピードでスキュアラーに接近する。そして目くらましも兼ねて右手から水流を放った。

 

「うぉ!?」

 

 スキュアラーがひるんだその隙に左手で水を横に放出して、背後に回り込む。そのまま足裏から水を放出して勢いをつけた回し蹴りを背中に喰らわせる

 

 

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 

 

「おいおい、仮にもヒーロー志望が簡単に『殺す』なんて言うなよォ」

「・・・・・・ぐっ!!」

 

 天海の回し蹴りはスキュアラーの背中から生えてきた無数の針によって阻まれた。

 右脚に走る痛みに顔を歪める天海。なんとか脚を貫く針から逃れようとすると、針は驚く程簡単に折れた。刺さった針はそのままに、とりあえず天海は距離を取った。

 

「それがてめーの”個性”か。随分簡単に折れッ・・・!!?」

 

 直後、天海の脚を先程とは比べものにならない程の激痛が襲い、たまらず脚を押さえてかがみこんだ。

 

「いいなァその顔。どうだ、俺の毒の味は?」

「ぐぁっ・・・!! 毒・・・だと?」

 

 激痛に苦しむ天海をみて口元を吊り上げるスキュアラーは得意げに言葉を続ける。

 

「俺の”個性”は『ガンガゼ』。体の至るところから毒入りの針を出せる。毒がまわったところはめちゃくちゃ痛くなるし、針は刺さっている間毒を流し続けるから早めに抜いた方がいいぜェ。ただ、針には返しがついてるから簡単には抜けねェ」

 

 スキュアラーの言葉を聞き、天海は針を抜こうとするが中々抜けない。それどころか、針が根元から折れてしまった。これではもう自分で摘出することはできない。

 

「さあどうした。俺を殺すんだろォ? さっさとかかってこいよォ」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながらスキュアラーは挑発する。それに乗ったわけではないが天海は痛みを堪えながら立ち上がる。

 

「そのベラベラと五月蠅い口を閉じろ。言われなくてもやってやるよ。

 

 

 

 

 ────────俺は今日というこの日を、今まで待ち望んでたんだからなあ!!!!」

 

 火災ゾーン中に響き渡りそうな雄たけびを上げて、天海は再びスキュアラーに躍りかかる。

 

 今ここに、一つの復讐劇が幕を開けた。




感想、評価などよろしくお願いします。


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No.7 自分がすべきこと

前回スキュアラーの見た目をちゃんと書いてなかったので、ここで言っておきます。

スプラトゥーンにでてくるダウニーくん。彼を悪い顔にした感じです。




それと今回、ちょっと長いです。


 天海がスキュアラーと対峙している頃、山岳ゾーンでは三人の生徒が危機に陥っていた。

 

「手ェ上げろ。”個性”は禁止だ。使えばこいつを殺す。」

「ウェ・・・ウェ~~~~イ・・・」

 

「上鳴さん・・・!!」

「やられた・・・!! 完全に油断してた・・・・・・」

 

 両手を上げる耳郎と八百万の向かいで、髑髏を模したマスクを被った(ヴィラン)が上鳴を人質に取っていた。

 

 山岳ゾーンに転送された上鳴たちはそこで待ち構えていた大勢の敵と戦闘を開始。途中、耳郎が電気を纏った上鳴を『人間スタンガン』と称し突撃させ、上鳴が敵を引きつけている間に八百万が電気を通さない絶縁体シートを創造。味方への被害を考えずに済むようになった上鳴はそのまま全力の放電をかまし、敵たちを一網打尽にした。

 

 までは良かった。

 

 全力の放電を行い脳がショートし、アホとなった上鳴を地面に隠れて難を逃れた敵が捕らえ、そして今に至る。

 

「同じ電気系としては殺したくないが、しょうがないよな」

「電気系・・・! おそらく轟さんの言っていた通信妨害している敵・・・!」

「おっと、喋りすぎたな。まぁいい。いまからそっちへ行くが、決して動くなよ」

 

 敵の発言から正体を暴いた八百万だったが、人質がいる以上満足に動けない。敵は妙な動きをしないよう釘をさした後二人に近づくが、

 

「・・・上鳴もだけどさ・・・電気系ってさ『生まれながらの勝ち組』じゃん?」

 

「は?」

 

 唐突な耳郎の発言に思わず疑問の声を上げる。それは傍にいた八百万も同様だった。

 

「耳郎さん? 何を・・・」

「だってヒーローでなくても色んな仕事あるし引く手数多じゃん。いや単純な疑問ね? 何で敵なんかやってんのかなって・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言いながら、耳郎はゆっくりとイヤホンジャックを、敵に気付かれないように脚部に装備されたスピーカーに向けて伸ばしていく。それを見て、八百万は耳郎の発言の意図を理解した。

 

(なるほど! 耳郎さんならプラグさえつなげれば、ノーモーションで攻撃できる!)

 

 耳郎のスピーカーによる音波攻撃は接続さえできれば発動できるため、手足を動かす必要がない。さらに、その速度はまさしく音速のため防ぐことが難しい。

 

(あと少し・・・!)

 

 しかしプラグがスピーカーに接続されるまであと数センチというところで、

 

「気付かれないとでも思ったか?」

「くっ!!」

 

 敵が自身の指先から電光を放ち、それを上鳴に向ける。つなげる目前で気付かれた耳郎は歯噛みする。

 

「子どもの浅知恵など馬鹿な大人にしか通じないさ。ヒーローの卵が人質を軽視するなよ。お前たちが抵抗しなければ、このアホは見逃してやるぜ?」

 

 鋭い眼光を飛ばしながら敵は耳郎と八百万の元に近づいていく。捕らわれている上鳴はアホ面のままだが、恐怖からか涙を流している。

 

「他人の命か自分の命か・・・! さぁ・・・動くなよ・・・。」

 

 だんだんと近づいてくる殺意に二人は死を覚悟する。今まで自分たちがテレビやインターネット越しに見ていた状況に、今まさに当事者として立っている。その事実が二人の恐怖心を掻き立てる。

 

 絶体絶命、万事休すの状況。

 

 しかし次の瞬間、それは瓦解した。

 

「はぁっ!!」

「なっ・・・ぐぁ!?」

 

 背後に突如現れた影に突き飛ばされ、敵は耳郎と八百万の前に倒れこむ。その際に人質である上鳴を手放してしまった。

 

「今だ!! 耳郎さん!!」

「え? う、うん!!」

 

 状況が飲み込めない二人だったが、とっさの呼びかけで耳郎は立ち上がろうとしている敵にプラグを刺し込み爆音を流し込む。

 

「ぐっほぁ!!」

 

 敵は一度体をのけ反らせ苦悶の声を上げたが、そのまま動かなくなった。

 

「よかった・・・。うまくいった。」

「尾白(さん)!!」

 

 敵を奇襲した影の正体は尾白だった。級友の姿を見て二人は安堵の息を漏らした。

 

「助かりましたわ、尾白さん。無事だったんですね!」

「うん。火災ゾーンで天海に会った後こっちに来たんだけど、ちょうど二人が襲われているのを見つけてさ。隠れながら奇襲のタイミングを計ってたんだ」

「ホント助かったよ。あのまま尾白が来なかったらどうなってたか」

「とにかく、うまくいってよかったよ。それより・・・上鳴は大丈夫なのか?」

「ウェ~~イ(大丈夫だ)」

 

 アホ面でサムズアップする上鳴を見て、尾白は心配そうに尋ねる。

 

「上鳴は”個性”の使い過ぎでそうなってるだけだから大丈夫だよ。ところで天海は? 一緒に来たんじゃないの?」

「天海とは分かれて行動してるんだ。天海は水難ゾーンの方から回って出口に向かってる。あいつの”個性”と相性がいいからね」

「確かに天海さんの”個性”ならばその先の暴風・大雨ゾーンでも優位に立ち回れますわ。しかし、それを考慮しても別行動を取るのは危険ですわ」

「天海が言うには、俺たちなら敵相手でも大丈夫だってさ」

「それって天海からすれば、でしょ? アイツ強いからあんまウチらには参考にならないって」

 

 尾白の発言に耳郎はため息交じりに返す。

 

「とりあえず俺たちはこのまま土砂ゾーンに───」

「!? 皆さん、アレは!?」

 

 尾白の言葉を遮るように八百万が何処かを指さして叫ぶ。

 全員が八百万の視線の先に目を向けると、隣の火災ゾーンのドーム状の屋根を一筋の水柱が突き破っていた。

 

「アレって・・・もしかして天海?」

「ウェイ?(だよな?)」

 

 耳郎と上鳴はそろって首をかしげる。

 

「何でまだあそこにいるんだ? もう水難ゾーンに着いていてもいい頃なのに・・・・・・まさかまだ敵が!?」

 

 ただ、尾白は焦りの表情を浮かべる。あとの三人も尾白の発言を受け、瞬時に状況を理解した。

 

「天海は格上相手に戦うなって言ってた。それなのに戦ってるってことは、逃げ切れない強敵ってことじゃ・・・」

 

 そこまで尾白が喋ったとき、一人の生徒が駆け出した。

 

「ウェイ!!(耳郎!!)」

「耳郎さん!! 一体どこへ・・・!」

 

「天海んとこ!! 何か分かんないけど、すごい嫌な予感がする!!」

 

 耳郎は器用に足場の悪い崖を降りて、一目散に走って行く。

 

「私たちも行きましょう!! 耳郎さんだけでは危険過ぎますわ!!」

「ああ!!」

「ウェイ!!」

 

 後ろの三人も後に続く。

 

(天海、無事でいてよ! まだ入試の時の借り、返してないんだから!!)

 

 耳郎は脇目も降らずに走りながら、天海の無事を祈る。

 

 この選択が吉と出るか凶と出るか。この時の彼らには知る由もなかった───

 

 

 

 *

 

 

 

「どうしたァ? 顔色が悪いぞォ」

「うるせー・・・! 余計な口を叩くな!!」

 

 ニヤニヤと嘲笑うスキュアラーに対して傷だらけの天海は水を打ち出すが、相手はそれをヒラリと躱す。

 

 戦闘を開始して数分、天海はスキュアラーに対して有効打を与えられずにいた。遠距離から攻撃しても巧みな身のこなしで躱され、肉弾戦を仕掛けても"個性"の針で迎撃される。

 加えて、天海の動きは精彩を欠いていた。それにはいくつかの理由があった。

 一つは火災ゾーン内の気温だ。

 火災ゾーンはその名の通り、大火災に見舞われた街を模したドーム状の建物だ。ドームのせいで、炎から発生する熱の逃げ場がない。すると、ドーム内は身を焦がすような暑さとなり、当然人は汗をかく。天海の"個性"は使えば使うほど、自身の体内の水分を消費する。汗をかくことで、天海は"個性"をむやみやたらに使うことができなくなっていた。もし、重度の脱水症状にでもなったらその時点で詰みだ。

 二つ目はスキュアラーの毒だ。

 彼の"個性"でもあるガンガゼの毒は少量であっても激痛を生む。さらに、その量が増えると吐き気や麻痺、最悪の場合呼吸困難を引き起こす。現に天海は全身に穿たれた針から回った毒の影響で、四肢の感覚が殆どなく気力で何とか動かしてる状態だ。

 今の二つが肉体的理由とすれば、もうひとつ精神的理由がある。

 

 三つ目の理由。それは先程尾白にかけられた言葉だ。

 

『───人を殺したら、それこそ敵と同じなんじゃないか?』

 

(こいつをここで殺せば・・・。ただ・・・殺せば敵と同じ? そんなの死んでも御免だ! でもこいつは父さんと母さんを・・・・・・くそっ!! どうすりゃいい!?)

 

 これが天海の中に葛藤を生み出す要因となっていた。

 

 天海は目の前のスキュアラー含め、大概の敵を心底嫌悪している。何なら殺してもいいと思うほどに。親の仇となればなおさらだ。

 目の前には親の仇。討ち取れば復讐が果たされる。しかし、人を殺せばそいつと同じ。天海にはそれが耐えられなかった。

 

(・・・とりあえず、今は"倒す"ことに集中しろ。考えるのはその後だ)

 

 天海は迷いを振り払うようにかぶりを振った後攻撃を仕掛けるために一歩踏み出すが、その瞬間視界がガクンと下がった。

 

(!? 脚が・・・!)

 

 気づけば地面に膝をついていた。立ち上がろうにも脚が震えるだけで力が入らない。

 

「おいおい。わざわざ座り込んで・・・どうしたァ!?」

「ぐはっ!!」

 

 スキュアラーはその隙を見逃さず、一瞬で近づき天海の顔面にサッカーボールキックをお見舞いする。

 思い切り蹴り上げられた天海は宙を舞う。何とか体制を立て直そうとするが体が言うことを聞かず、そのまま地面に叩き付けられる。

 

(くそ・・・このままじゃマズイ・・・!)

 

 横たわる天海はなお近づいてくるスキュアラーに向けて掌を向けるが、もはや目の焦点も合わず”個性”の使用すらもままならない。そんな天海を見て下卑た笑みを浮かべるスキュアラーは攻撃に移る。自身の体から毒針を四本伸ばし、それをへし折る。折った毒針をスキュアラーは天海に向かって投げつけ、それらは天海の両手足に深く突き刺さり動きを封じる。さらに追い打ちをかけるようにスキュアラーは空中に飛びあがり、そのまま落下の勢いをつけた膝落としを天海の鳩尾(みぞおち)に叩き込んだ。

 

「がふっ!!」

 

 肺から空気を絞り出されると共に、天海は血を噴き出す。スキュアラーは天海の首を掴み、持ち上げる。宙ぶらりんとなった天海の手足の先からは血が滴り落ちる。

 

「いいなァ、その苦しそうな面。どうだァ? 親の仇にいいようにやられるのは?」

「だ・・・黙れ、くそ野郎・・・が。地獄・・・に落・・・ちろ・・・!」

 

 天海は震える右手でスキュアラーの腕を掴むが、拘束を解くことは叶わない。

 

「だ-から、ヒーロー志望がそんなこと言うなよォ。・・・さて、そろそろ飽きてきたし殺すかァ」

 

 そう言って、スキュアラーは自由になっている腕を針山にする。

 

「じゃあな、ガキ。あの世で親に会わせてやるよォ」

「く・・・そが・・・・・・殺してやる・・・!!」

「そういうことは強くなってから言え」

 

 天海の言葉を一蹴し、スキュアラーは腕を引き絞る。狙うのは頭。その凶拳が天海の命を奪おうとしたその時、

 

 

 

「天海!! 耳塞いで!!」

 

 

 

 聞き覚えのあるハスキーな声が響いた。

 

 

 

 天海は何とか耳まで持っていき、耳を塞ぐ。その直後、耳を(つんざ)くような爆音が二人を包んだ。

 

「ぐあああ!!! 何だァ!? 耳が・・・!!」

 

 スキュアラーは天海を離し、耳を押さえながら地面を転がる。解放され倒れこむ天海は虚ろな眼で声をした方を見やる。そして、そこに立っている人物を見て目を見開く。

 

 

「天海、救けに来たよ!!」

 

 

 肩を上下させながら天海に向かって耳郎は叫ぶ。

 

 ピンチに颯爽と現れ救けてくれたその姿はまさしくヒーローだ。本来なら喜べる場面だろう。

 

 だが、天海の胸中に浮かんできたのは焦りと恐怖だった。

 

「何で・・・何で救けに来た!!」

「何でって・・・アンタの水が火災ゾーンの屋根を突き破ってるのが見えたから来たんだよ。」

「バカ野郎!! 俺なんかに・・・構うな!! 早く逃げろ!!」

「バカって・・・! ねぇ天海、アンタ入試の時に言ってたじゃん!! ヒーロー目指してるのに目の前の人を救けないでどうするのさ!!」

 

「耳郎さんの言う通りですわ!!」

 

 天海と耳郎が言い合っていると建物の陰から八百万と尾白、そして上鳴が未だ地面に(うずくま)るスキュアラーの背後に向かっていく。

 

「我々はヒーロー志望!! 傷ついた友人を見捨てて逃げるようなことはできません!!」

「そうだぜ天海!! だから逃げろなんてウィうなよ!!」

 

 八百万は創造した武器を構え、ある程度回復した上鳴は八百万と同じ武器に電気を(まと)わせ、尾白は自慢の尻尾を振りかぶりながら、スキュアラーにとどめを刺そうと接近する。

 

 しかし、

 

「鬱陶しいなァ・・・・・・ガキがァ!!!!」

 

「きゃああ!!」

「ぐあっ!!」

「うああ!!」

 

 スキュアラーの背中全面から飛び出した針に貫かれ、(ことごと)く返り討ちにあった。

 

「あ~頭がガンガンする。あのガキがやったのかァ? せっかく殺すところだったのになァ。・・・・・・そうだ」

 

 いらついた様子で立ち上がりながら耳郎を睨みつけるが、ふと何か思いついた様子で天海に顔を向ける。

 

「お前を殺そうと思ったがやめだ。先にアイツを殺してやるよォ」

「!! やめろ・・・! お前の相手は俺だ・・・。あいつらは関係ないだろ!!」

「ハハハ!! いいなその顔、昔を思い出す。あの時と同じ顔、もう一回見せてくれよォ!!!」

 

 天海はスキュアラーを止めようとするが、その甲斐空しくスキュアラーは猛スピードで歪んだ笑顔を浮かべて耳郎に迫る。

 

 耳郎は爆音をもう一度放とうと試みるがそれより早くスキュアラーは毒針を投擲する。それらは寸分の狂いなく耳郎の脚をスピーカーごと貫いた。

 

「ぐぅっ!!」

「「「「耳郎(さん)!!」」」」

 

 耳郎はたまらず膝を折る。その間にもスキュアラーは目の前まで迫っている。

 

(やめろ・・・やめろやめろやめろやめろ!!!!)

 

 天海は心の中で叫ぶ。

 

 胸の奥がズキリと痛む。

 

 眼の前の光景が過去の忌々しい記憶と重なる。

 

(動けよ、俺の体!! また・・・また繰り返すのか!!)

 

 

(もう・・・嫌なんだよ、あんな思いするのは・・・!)

 

 

(もう・・・嫌なんだよ、何もできないでいるのは・・・!!)

 

 

(もう・・・嫌なんだよ──────)

 

 

 

 

 

(──────誰かが目の前で死ぬのは!!!)

 

 

 

 

 

「くたばれ、ガキィ!!」

 

 眼の前で振り上げられた針で覆われた拳を前に、耳郎は眼を瞑った。

 

 脳裏に響く、肉を貫いた音。しかし、いつまでたっても痛みはやってこない。

 

 恐る恐る眼を開けると、そこに思いもよらぬ光景が広がっていた。

 

「ハァ・・・ハァ・・・! ぐ・・・・・・ごほっ!!」

「天海!!!」

 

 耳郎の前には、体を大の字に広げた天海が立っていた。腹にはスキュアラーの凶拳が突き刺さり、そこから青のコスチュームに赤い染みが拡がっていった。

 

「ハハ、お前もバカだなァ。せっかく殺さないでいてやったのに、わざわざ死ににくるなんてなァ。」

 

 スキュアラーはおかしそうに笑う。

 

「ああ。お前の言う通り、俺はバカだ。・・・何の関係もない友達をこんな目に遭わせちまってよ」

 

 それに対して、天海も口元から血を垂らしながらも返す。

 

「確かに俺は大バカだ。でもそんな俺にも・・・ごふっ、守りたいもんはある。今ここにいる友達なんかがそうだ。俺は絶対に負けない。あんな思い二度としないためにも、させないためにも・・・! 大切なもん守るためだったら──────」

 

 

 

 

「──────命なんざくれてやる・・・!!!」

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 決して消えることのない眼光に射竦(いすく)められ、スキュアラーは思わず下がろうとした。

 

 それが彼の運命を大きく分けた。

 

「・・・逃がすかよ」

 

「なっ!?」

 

 天海の背中から伸びた二本の水の腕が、スキュアラーをしっかりと掴んだ。動きを封じられたことからの動揺で、スキュアラーの判断が一歩遅れた。

 

「うぉらぁっ!!」

「がぼっ!!」

 

 天海の掌から放たれた水の塊を顔面に喰らい、スキュアラーは大きく仰け反る。しかし、水の腕は彼がそこから離れることを許さない。スキュアラーは何とか反撃しようとする。だが、もう遅い。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 雄たけびを上げながら天海は水の弾丸をガトリングのように次々と打ち込んでいく。それら全てはスキュアラーの全身に当たると同時に鈍い音を立てながら爆ぜていく。スキュアラーも針を伸ばすが全て天海に届く前に叩き折られてしまう。

 

 しばらくすると、天海は攻撃の手をやめ両手を前に(かざ)す。すると、天海の体から湧き出た水がどんどん両手に収束されていく。

 

「これで・・・!」

「が・・・・・・ま、待っ・・・。」

 

 全身を痣だらけにしたスキュアラーは途切れ途切れの言葉で止めようとするが、

 

 

「終わりだああああああああああ!!!!」

 

 

 天海の言葉と共に解放された巨大な奔流に飲み込まれた。奔流は地面を抉りながら突き進み、そのまま燃え盛るビルに衝突すると大爆発を起こし水飛沫を上げた。水飛沫晴れると、そこにはビルの残骸に埋もれたスキュアラーがいた。ピクリとも動かないが胸が上下しているあたり、まだ生きてはいるようだ。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・。耳郎、無事か?」

「う、うん・・・」

「そうか・・・。そ・・・なら・・・よか・・・た・・・・・・」

「あ、天海!?」

 

 耳郎に安否を確認した天海は安心したような表情を浮かべ、地面に倒れた。名前を呼ぶ声が聞こえるが、もはや瞼を上げる力も残っていなかった。

 

 天海の意識はそのまま暗い闇の底に沈んでいった。




シリアス展開難しい・・・


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No.8 約束

アニメ三期まであと一ヶ月!
めっちゃ待ち遠しい!!


「───ここは・・・」

 

 目を覚ました天海の目の前には白い天井が広がっていた。鼻腔にわずかに広がる薬品独特の匂いから、ここが病院だと推測した。

 

「そうか。俺、耳郎を庇ってその後・・・」

 

 ベッドで横になりながらここに来るまでの記憶を辿る最中、病室のドアが開かれた。

 

「おや、起きてたのかい」

「あっ、リカバリーガール。どうしてここッ!!?」

 

 挨拶を返そうと起き上がろうとした天海だったが、全身に走った痛みに耐えきれず、再び横になる。首だけを動かして自分の体を見やると、全身包帯でグルグル巻きにされていた。

 

「無理しちゃいけないよ。あんたの怪我は相当ひどいからね」

「いつつ・・・。ひどいってどれくらいですか?」

「出血多量に重度の脱水症状、全身の筋繊維や内臓がボロボロな上に毒まであったからね。はっきり言って、今こうやって話してるのが奇跡なくらいさね」

「マ、マジすか・・・」

 

 椅子に座りながら淡々と述べられた自分の状態を聞いて、天海は顔を青くさせた。天海自身、無茶はしたと思っていたが改めて聞くと相当なものだった。

 

「一緒にいた・・・八百万だったかい? あの子に感謝するんだね。あの子が応急処置をしてくれたおかげで、病院も治療が間に合ったんだからね」

 

 八百万は天海が気を失った直後に止血材なりを創造して、簡易的な治療をとってくれていたようだ。

 

「それじゃあ治してあげるから動くんじゃないよ。・・・・・・チユ~~~~!!」

 

 リカバリーガールの"個性"で天海の傷がみるみるうちに癒えていく。傷は完全には塞がっていないが体の痛みも消え、動かせるようにはなった。

 

「これで明日明後日には退院できるだろうね。しばらくは体がだるいけど我慢するんだよ」

「ありがとうございます。それと・・・クラスの皆は大丈夫だったんですか?」

「緑谷が脚を骨折したけど、あんた程ひどくはなかったよ。それ以外は皆大したことはなかったよ。あんたが守ろうとした四人もね」

 

 リカバリーガールが微笑みながら話してくれた内容を聞いて、天海はホッとした。

 

「じゃあ私はもう行くよ。ああそれと、クラスの友達にちゃんと連絡しておくんだよ。皆心配していたからね」

 

 そう言い残して、リカバリーガールは病室を後にした。

 

「連絡、か。そういや俺どれだけ眠ってたんだ?」

 

 気怠い体を起こしてベッドの傍の棚に自分のスマホがあるのを見つけて、天海は徐に手にとる。日付は変わっており、時刻は正午を指していた。

 

「丸一日寝てたのか」

 

 そう呟きながら天海は通話アプリを立ち上げ、A組のグループトークを開く。

 

『今起きた。心配かけてすまん。』

 

 シンプルなメッセージだけを送って天海はリカバリーガールの治癒のこともあったため、布団の中に潜り込み再び眠りについた。

 

 

 

 *

 

 

 

 約一時間後。

 

ドタドタドタドタドタドタ、バタンッ!!』

 

「天海!!」

「へぁ!?」

 

 勢いよく開けられたドアと共にやってきた急なモーニングコールに、天海は変な声を出しながら跳ね起きる。ドアの方を見やれば、耳郎が大きめの袋片手に息を切らせて心配そうな表情をしていた。

 

「何だ耳郎か、びっくりさせんなよ・・・。」

「大丈夫、天海!? 体は!?」

「体は平気だがお前のせいで目覚めは最悪だったよ・・・!」

「それは・・・その・・・ゴメン」

 

 天海はまだ病み上がりなのだ。急な体への負担は来るものがある。胸を押さえながら天海に睨まれ、耳郎はバツが悪そうに眼をそらす。が、すぐに向き直ってベッドの傍の椅子に座り込む。

 

「だってしょうがないじゃん。急に起きたなんて連絡いれてさ、急いで準備してきたんだから」

「だとしても病院なんだから静かにしろって。・・・っておい、よくよく考えたら今日平日だろ。学校行かなくていいのか?」

 

 そう、今日は平日。そして時刻は一時過ぎ。普段なら午後の授業が始まっている時間だ。

 

「今日は臨時休校だよ。昨日あんなことあったばかりだし。それより、はいコレ。お見舞いではベタだけど」

 

 そういって耳郎は袋から大きな籠を取り出した。中にはリンゴや洋ナシ、ブドウなど様々な果物が盛り合わせられていた。

 

「おっ、ありがとな。ちょうど腹減ってたんだよ」

 

 一言礼を言って、天海は籠からリンゴをひとつ手に取る。そして、(おもむろ)に”個性”を発動させた。それを見た耳郎は眼を丸くする。

 

「ちょ、ちょっと天海!! アンタ何してんの!?」

「あ? 何ってナイフもないし水圧カッターで切ろうと・・・」

 

 天海は『何を言ってるんだ。』と言わんばかりに首をかしげるが、耳郎は怒ったような表情で立ち上がる。

 

「バカ!! アンタ起きたばっかなんでしょ!? ”個性”なんて使っちゃダメだって!!」

「いや別にこれくらい大丈・・・」

「ナイフくらい後で借りてくるから!! ほら、早く寝て!!」

「わ、わかった! わかったから体を押すな!! まだ傷口が・・・いだああああああ!!?」

 

 無理やりベッドに傷口ごと押さえつけられた天海は耳郎に涙目ながらに反論する。

 

「お前さ・・・俺が怪我人だってわかってる?」

「わかってるからこそ安静にさせようって思ったんじゃん。」

「言ってることとやってることが矛盾してるんだが。いってて、傷開いたらどうすんだよ・・・」

 

 天海は顔をしかめながら、包帯の上から傷を(さす)る。初めは黙ってその様子を見ていた耳郎だったが、やがてどこか申し訳なさそうな面持ちで口を開く。

 

「天海・・・」

「ん?」

「昨日はありがとね。入試の借りを返そうと思ったのに、また救けられちゃってさ・・・」

「お前そんなこと考えてたのか? 貸し借り気にしてたら、ヒーローなんて返された分で押し潰されちまうって」

「ヒーロー、か・・・」

「・・・お前今日どうした? 何か変だぞ?」

 

 天海は笑いながら返答するが、耳郎の浮かない顔を見て表情を固くする。しばらくすると、耳郎がポツリポツリと話し始めた。

 

「ウチさ、火災ゾーンで(ヴィラン)に襲われた時・・・一歩も動けなかった。アイツの殺気にビビっちゃって・・・今度こそ救けようって思ったのに・・・」

 

 耳郎は俯きながら膝の上で拳を強く握りしめる。

 

「それなのに・・・ウチらよりひどい傷で動けないはずの天海が庇ってくれてさ・・・。ウチ、それが本当に・・・情けなくて・・・!」

「・・・・・・」

 

 耳郎の絞り出すような告白を天海は黙って聞いていた。

 耳郎は悔しかったのだ。あの場で動けなかったことが。ボロボロの友人に庇わせてしまったことが。その事を理解しているからこそ、天海は気軽に『気にするな』とは言えなかった。

 

「ウチ、怖かった。あの時死ぬかもしれないって思った瞬間、金縛りにかかったみたいに動けなくなってさ・・・。天海はさ、怖くなかったの?」

 

 上目遣いで聞いてきた耳郎に対して、天海は頭を掻きながら返す。

 

「そりゃあ、俺だって死ぬのは怖ぇよ。人間、死ぬことを怖いって思うのが普通だ。ただ・・・」

 

 天海は掻いていた手を自分の前で握りしめ、それを見つめながら呟く。

 

「俺にとっては目の前で誰かが死ぬのはもっと怖い、それだけだよ。二度と繰り返したくないからな」

「そういえば昨日も言ってたけど、二度とって・・・」

 

 そこまでいって、耳郎はハッとして口を閉じる。聞いてはいけないことなんじゃないのかと思ったからだ。しかし天海は、

 

「・・・ここまで言っちまったし、耳郎には話しておくか。ただ、今から話すこと、あまり広めないでくれよ。気持ちのいい話じゃねーし、俺もあまり思い出したくないしな。」

「・・・うん、約束する」

 

 耳郎は真剣な眼差しで天海と約束を交わした。天海は上体を起こして話しだした。

 

「昨日火災ゾーンで俺たちを襲った敵、覚えてるか?」

「あの棘男のこと?」

「ああ、スキュアラーっていうんだけどな。八年前、俺の両親はあいつに殺されたんだ」

「・・・・・・!!」

 

 淡々とした口調のなか告げられた友人の悲惨な過去に、耳郎は思わず息を飲む。普段の明るい天海からはそんな様子は一片も感じられなかったからだ。

 

「ホント、当時は気が狂いそうだったよ。何せ目の前で殺されたんだからな。そん時ぐらいからだったか、復讐のことばっか考えてだしたの。ヒーローになったら絶対に殺してやるって年がら年中考えてたよ」

 

 当時の天海は小学校二年生。しかしその齢にして、天海の心は黒く塗りつぶされていった。

 

「そんな状態でずっと生きてきたからな。昨日あいつと会った時は殺すことしか考えられなかった。ただ、あいつは強かった。尾白には格上相手には逃げろって言ってたが、それでも復讐しか俺の頭にはなかった」

 

 

 

「でも、お前らが来てくれたとき思い出したんだ。俺は何のためにヒーローを目指したんだって」

 

 天海は耳郎の方を見ながら笑みを浮かべる。

 

「俺は人を救けるためにヒーロー目指したんだろって、そん時になって思い出してさ。そう思ったら力が湧いてきたんだ。自分の体のことなんてどうでもよかった。それこそ死ぬことなんて怖くなかったんだ。お前ら守って死ねるんなら別に構わな──」

 

「そんなのダメだって!!!」

 

 天海の言葉を遮るように、耳郎は立ち上がって声を張り上げた。

 

「死んでも構わないなんて軽々しく言わないでよ!! もっと自分を大事にしなって!!」

「じ、耳郎・・・?」

 

 突然の耳郎の叱咤に天海は戸惑うが、耳郎は構わず続ける。

 

「何でもかんでも一人で背負い込んでさ!! もし本当に死んだ時のこっちの身にもなってみなよ!! どれだけ苦しいと思ってんの!? 今日だって・・・天海から連絡あるまで・・・どれだけ怖かったかっ・・・!」

 

 そこまで言って耳郎は再びストンと座り込んだ。ポロポロと涙を流しながら。

 

「いっ!? お、おい・・・」

 

 急に泣き出した耳郎を見て、天海は両手をわたわたさせながらかける言葉を考えるが、全くと言っていい程思い付かない。天海は今までの人生の中で同年代の女子に泣かれるといった経験がない。どうやって慰めたらいいかわからないのだ。

 そんな天海をよそに、耳郎は嗚咽を漏らしながらも話し続ける。

 

「天海は命懸けてもいいとか言ってたけどさ・・・。それで死んだら・・・誰かが悲しむんだよ? 巻き込みたくないんだろうけどさ・・・もう少しウチらのこと頼ってよ」

 

 耳郎にそう言われた時、天海は心が軽くなったように感じた。今まで担いでいた何かを下ろしたような、そんな感覚だった。

 

 

(頼って、か。久々に言われたな、そんなこと。)

 

 

「耳郎、顔上げてくれ」

 

 耳郎は涙に濡れた顔を天海に向ける。

 

「お前の言うとおりだ。救けた奴悲しませたら本末転倒だな。だから約束する。お前らに今回みたいな怖い思い絶対させねーし、自分の命を粗末にするようなことは絶対にしない」

「・・・本当に?」

「ああ、(ただ)し!!」

 

 天海は白い歯を見せながら笑みを浮かべ、拳を突き出す。

 

「頼って、なんて言ったんだ。俺が背中を預けられるくらい強くなってくれよ!!」

「・・・ッもちろん! 背中預けるだけじゃなくて、いつかアンタを追い越してあげるよ!!」

 

 耳郎は涙を拭い、笑いながら拳を突き返す。

 

 二人の少年少女の笑顔はとても晴れやかなものだった。




これにてUSJ編は終了です。
毎日のように投稿してる人たちいますけど、どうやってるんでしょうか? スラスラ書けるのが羨ましい・・・。

次回からはいよいよ体育祭です!!


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体育祭編
No.9 祭りの幕開け


よくよく考えたらオリ主の名前が全然ヒロアカっぽくないんですよね。もう少しどうにかならなかったのかと時々思います(笑)


 (ヴィラン)襲撃より二日後。

 

 すっかり傷も癒えて退院した天海はこの日、クラスメイトより一日遅れの休み明け登校となった。たった二日しか空いていないが、学校に来るのが妙に久しぶりな気がした。

 

「おはよー」

 

 いつもの調子で教室に入ってきた天海を見て、級友たちはドタドタと駆け寄ってきた。

 

「天海、無事だったか!?」

「あちこちボロボロって聞いたけど大丈夫!?」

「後遺症とか残ってないのか!?」

 

「ちょ、お前ら落ち着け! 何言ってるか全然わからん!!」

 

 マシンガンの如く浴びせられるクラスメイトの質問に天海はたじろぐ。

 

「そりゃあ無理ってもんだよ。今回の襲撃で病院送りになったの天海だけなんだぜ」

「そんなに心配なら見舞いくらい来てくれよ。結局来たの耳郎だけだったしよ」

「えっ!? 耳郎行ったの!?」

 

 切島と天海の何気ない会話を聞いて、傍にいた芦戸が驚きの声をあげる。

 

「ああ、来たけど。何か来ちゃいけない理由でもあったのか?」

「私たちも天海ちゃんのお見舞いには行こうとしたんだけれど、学校側から『出歩くのは危険だから自宅待機』って言われてたから行けなかったのよ」

 

 蛙吹の説明を聞いて天海は合点がいった。自然と天海の視線は既に座っている耳郎に向けられ、それにつられるようにクラス中の視線が彼女に集まる。

 当の本人はクラス中の視線を一身に受け、気まずさからか俯いている。そんな耳郎を見て、天海は自分の席に向かいながらため息混じりに呟く。

 

「お前さぁ、別にそんな無理してまで来なくてもよかったんだぞ?」

「だって、その・・・心配だったし」

「それは嬉しいけど、それで成績落とさないでくれよ? それはそれとして・・・・・・ああ、いたいた」

 

 荷物を下ろした天海は八百万の元に向かった。八百万は参考書か何かを開いていたが、天海に気づくと閉じてにこやかに挨拶をした。

 

「おはようございます、天海さん。怪我はもうよろしいので?」

「おかげさまで。八百万が応急処置してくれたって聞いたから一言礼をな」

「お礼は結構ですわ。ヒーローを目指すものとして当然のことをしたまでです」

「そんなことねーぞ。お前の処置がなかったら病院の手術も間に合わなかったってリカバリーガールも言ってたんだ。俺にとっては命の恩人なんだ。ありがとな」

「命の恩人だなんて・・・。大袈裟ですわ、天海さん」

 

 謙遜する八百万だったが、口元が緩んでいるのが見えるあたり満更でもなさそうだ。そんなことを思いながら天海は自分の席に戻る。そろそろHRが始まる時間だ。

 

 しばらくすると教室のドアが開け放たれ、相澤がやって来た。

 

「おはよう」

「「「おはようございます!」」」

 

 どこか気だるそうな相澤に対して、生徒たちは元気よく挨拶を返す。だが、天海だけはそうはいかなかった。

 

(相澤先生に何があった!?)

 

 天海は心の中で思い切りツッコんだ。現在の相澤は顔も体も包帯でグルグル巻きにされており、まるでミイラ男だった。天海は隣の席の切島に小声で話しかけた。

 

「なぁ切島。何で相澤先生あんなことになってんだ? つーかあの状態で学校来ていいのか?」

「そうか、天海は知らないんだったな。相澤先生もUSJで(ヴィラン)と戦って大怪我したんだけど、『俺の安否はどうでもいい』っつって昨日から来てるんだよ」

(たくま)しいなオイ」

 

 相澤のプロ根性に天海が感心している間に、相澤は話し始める。

 

「あー、天海には昨日連絡したが、念のためにもう一度言っておくぞ。昨日来てた奴らもよく聞いとけ。雄英体育祭まであと二週間だ。プロに見てもらえる、年に一回の最大のチャンスだ。結果を残せるようこの二週間、決して無駄にするなよ」

 

「「「はい!」」」

 

 

『雄英体育祭』

 

 

 はるか昔、"個性"が世に現れる前の時代、『オリンピック』と呼ばれるスポーツの祭典が四年に一回、世界各地で開かれ、世界中の人々が熱狂していた。しかし、"個性"が発見されて以降は規模も人口も縮小し、形骸化した。

 そして現代、日本に()いて『かつてのオリンピック』に代わって人々を賑わせているのが雄英体育祭なのである。ただ、雄英生にとっては単なる体育祭ではない。

 雄英体育祭には数多くのプロヒーローもやってくる。その目的は『スカウト』だ。雄英生は資格を修得して卒業した後は、プロ事務所にサイドキック(相棒)入りが定石となっている。体育祭で多くのプロヒーローの目に留まれば、その分卒業後の道が拓かれる。そのため、ヒーローを志すならばこの体育祭は絶対に外せないイベントなのだ。

 

「放課後はトレーニングルームや体育館とか使えるからな。有意義に過ごせよ。つーわけで、エクトプラズム。あとはよろしくな」

 

 相澤がそういうと、骸骨のようなマスクを身につけた両足義足のヒーロー、『エクトプラズム』が入ってきた。

 

「学生ノ本分ハ学業ダ。体育祭前デハアルガ、コチラモ(おろそ)カニセヌヨウニ。デハ、一限ノ数学ヲ始メル」

「「「はーい」」」

 

 

 

 *

 

 

 

 ───放課後。

 

「83・・・84・・・85・・・」

 

 校舎近くに設営されているジムで、天海はシットアップベンチを使って上体お越しに取り組んでいた。

 ヒーロー養成校である雄英はこういったジムを多く有しており、最新鋭のトレーニングマシンも設置されているため、体作りにはもってこいの場所となっている。

 

 そして、今まさにトレーニング中の天海の前には何とも不思議な光景が広がっていた。

 

「うおおぉぉぉおお・・・・・・!!」

 

 目の前の鉄棒の下で、体操服が呻き声を上げながら宙に浮いている。天海はトレーニングを続けながら話しかける。

 

「大丈夫か、葉隠(はがくれ)

「な、何とか・・・・・・やっぱ駄目っ!!」

 

 そう言って鉄棒にぶら下がっていた透明な女子生徒、葉隠(はがくれ) (とおる)は掴んでいた手を離した。透明のため表情は読み取れないが、相当疲れているようだった。

 

「は~疲れた。天海くんはよくそんなに出来るね」

「これくらい出来なきゃ、優勝なんて狙えねーよ。・・・100!」

 

 一段落終えた天海は、傍に置いていたスポーツドリンク片手に長椅子に座った。

 

「皆自分の"個性"伸ばししてるけど、天海くんはしないの?」

「今日はリハビリも兼ねてるからしない。明日からはこっちと並行して特訓開始だな」

「ふーん、そうなんだ。あ、もうひとつ聞いてもいい?」

「何だ?」

 

 天海はスポーツドリンクを飲みながら、葉隠の質問を聞く。

 

 

 

 

「天海くんと耳郎ちゃんってさ、付き合ってるの?」

 

 

 

 

「ぶふーーっ!?」

 

 そして盛大に噴き出した。天海のズボンと床がスポーツドリンクでびしょ濡れになる。天海はむせ返りながらも葉隠に質問の意図を問いただした。

 

「ゲホッゲホッ・・・何でそんなこと・・・。」

「いやね? 妙に仲良いなーって思ってさ。帰りだっていつも一緒だし」

「それは偶々道が一緒ってだけだよ・・・。やべ、変なとこ入った」

 

 気管支に入ったスポーツドリンクを出そうと咳き込む天海に、葉隠は少し興奮したような声色で問い詰める。

 

「それにさ、私見ちゃったんだ。入試で天海くんが耳郎ちゃんをお姫様抱っこしながら飛んでたのを!!」

「ハァ!? お前それ何処で見た!?」

「救護班のところ。レアなシーンだと思ってずーっと見てたんだけど、まさか二人だったなんてね」

「あん時やけに視線感じると思ったら、葉隠だったのか・・・」

 

 よくよく考えたらかなり恥ずかしかったシーンを思い出して、天海は頭を抱える。だが、そんなことはお構い無しに葉隠はどんどん言い寄ってくる。

 

「でさでさ、実際どうなの? ぶっちゃけ付き合ってるんでしょ?」

「付き合ってねーよ」

「嘘だー!? あんだけ仲良さそうでまだなの?」

「逆に知り合って一ヶ月で付き合う方がおかしいだろ」

 

 葉隠の主張を一蹴して、天海は立ち上がる。

 

「もう帰るわ。無駄に疲れた」

「ちょっと待って、もっと聞かせて! 恋バナで私にキュンキュンを頂戴よー!!」

「やけに突っかかってくると思ったらそういうことか。そんなにキュンキュンしたきゃ、自分で彼氏作れっての」

「それが出来ないから聞いてるんでしょー!? 他の学校行った友達からは、もう付き合いだしたって話が・・・・・・あっ、待ってよー!!」

 

 恋心に飢えた乙女はめんどくさい。騒ぎ立てる葉隠を尻目に、天海はそんなことを思いながらそそくさとジムを出ていった。

 

 そんな一幕もありながら、二週間はあっという間に過ぎていった───

 

 

 

 *

 

 

 

 ───雄英体育祭当日。

 

 敵に襲撃されながらも開催された今年の体育祭。一部では批難の声も上がったが、学校側はこの状況下で開催することで、雄英の危機管理体制が磐石であることを示すつもりだ。

 そして、例年は積み重なった経験値から成る戦略等で三年ステージがメインとなるが、今年は敵襲撃をくぐり抜けたということもあり一年ステージも負けず劣らずの大注目を集めていた。

 

『Hey!!! 刮目しろオーディエンス!! 群がれマスメディア!! 今年もお前らが大好きなヒーローの卵たちがシノギを削る熱いバトルが幕を開ける!! エビバディ、アーユーレディ!!?』

 

 一年ステージのMCであるプレゼント・マイクの大声量がスタジアム中に響きわたる。さすがは、副業で毎週夜通しラジオを担当しているだけのことはある。彼の言葉にあてられ、ところ狭しとひしめき合う観客たちのボルテージは一気にヒートアップした。

 

『一年ステージ、生徒の入場だ!! どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!!? 敵の襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!

 

 ヒーロー科!! 一年!!! A組だろぉぉ!!?

 

 入場口を抜けてスタジアム入りしたA組を全観客の轟く歓声が迎え入れた。彼らはそれに対して様々な反応を見せる。面食らう者や覚悟を決めたような表情の者、果ては楽しんでいる者など多種多様だった。

 

「うひょー、スゲェ数だな! これ全部観客なんだろ?」

「テレビでも中継されるから、実際見てる人数はこれより多いぞ。つまり、上鳴のアホ面が全国に晒されるわけだ」

「おいおいひでぇな。まだアホになるとは決まってないだろ」

 

 上鳴と天海はお互いに冗談を飛ばし合いながら、歩みを進める。この二人は持ち前の明るい性格のおかげで、別段緊張はしていなかった。

 

 A組に続いてヒーロー科のB組、普通科のC、D、E組、サポート科のF、G、H組、経営科のI、J、K組も各々の入場口から、スタジアムの中央にある朝礼台を目指す。

 

「選手宣誓!!」

 

 全員が集まったのを見計らい、朝礼台の上で18禁ヒーロー『ミッドナイト』が鞭を打ち鳴らす。彼女の姿はボンテージ姿に肌色の極薄タイツと、思春期の高校生には少々刺激が強い格好だ。

 

「18禁なのに高校にいてもいいものか」

「いい」

「静かにしなさい!! 選手代表!! 1-A 爆豪 勝己!!」

 

 騒ぐ生徒たちを黙らせ、ミッドナイトは爆豪の名を叫ぶ。それを聞いてA組の面々は驚く。

 

「え~~、かっちゃんなの!?」

「あいつ、一応入試一位通過だったからな」

 

 そんな会話はよそに、爆豪はポケットに手を突っ込みずんずんと朝礼台に上がる。()()()()()の様子だが爆豪の性格を知っているクラスメイトからすれば、それは心配の種でしかなかった。

 

 

 

 

「せんせー。俺が一位になる」

 

 

 

 

「「「絶対やると思った!!」」」

 

 クラスメイトの心配は見事に的中した。

 爆豪は先日の放課後、教室に敵情視察に来た他クラスの生徒たちをモブ呼ばわりするなどして、ヘイトを集めまくっていたのだ。そのこともあり、爆豪の宣誓を聞いた生徒たちからはブーイングの嵐が巻き起こった。

 

「調子乗んなよ、A組オラァ!!」

「ヘドロヤロー!!」

「爆豪くん、何故品位を(おとし)めるようなことをするんだ!!」

 

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

 しかし、当の本人は何処吹く風だ。おまけにテレビでは放映できないようなハンドサインまで出している。

 

「爆豪らしいっちゃ爆豪らしいけどよー、俺たちまで巻き込むのは勘弁してほしいな」

「本当だよ、ただでさえ目ェつけられてるのに」

 

 天海と瀬呂は、お互い困り果てた表情で見合わせる。

 そうこうしている間にも、ミッドナイトは第一種目の説明に移る。

 

「第一種目、所謂(いわゆる)予選よ! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!! さて運命の第一種目!! 今年は・・・・・・コレ!!!」

 

 ミッドナイトが指差すと共に、スクリーンには大きく『障害物競争』の文字が映し出された。

 この障害物競争は計十一クラスによる総当たりレースとなっており、コースは今自分たちがいるスタジアムの外周約4km、三つの障害物エリアが用意されている。

 雄英に入学してから幾度となく聞かされた校訓、『更に向こうへ ~Plus Ultra~』。壁を乗り越えて進むという意味では、この障害物競争はうってつけと言えるだろう。

 

「我が校は自由さが売り文句! コースさえ守れば()()()()()()構わないわ! さあさあ位置につきまくりなさい。」

 

 ミッドナイトの指示に従い、生徒たちはスタート地点であるゲートの前に集まる。ゲートの上には緑色のランプが三つ光っている。

 生徒全員が集うと、ランプがひとつずつ消え始める。

 

「まぁ、やることはひとつだな」

 

 関節をほぐしながら天海は一人呟く。身体、技術、"個性"、この二週間で天海はこの日のために鍛え上げてきた。ひとつの目標のために。

 

 そして今、全てのランプが消灯した。

 

『スタート!!!』

 

「目指すはトップ!!」

 

 スタートの合図と共に、未来のヒーローたちの戦いの火蓋が切って落とされた。

 




執筆するにあたってアニメを見返していたんですが、鉄棒に頑張ってぶら下がる葉隠が可愛かったので今回入れてみました。
今後もこんな感じで、あまり日の目を浴びていないキャラを登場させていきたいですね。


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No.10 駆け抜けろ 障害物競争!

最近になって『」』の前に『。』がいらないことを知りました


『さ~て実況していくぜ!! 解説アーユーレディ!? ミイラマン!』

『無理矢理呼んだんだろうが・・・』

 

 放送席にてテンションの高いプレゼント・マイクの振りを不機嫌そうに返す隣の相澤。しかし、プレゼント・マイクはそんなことお構い無しに実況を始める。

 

『早速だがミイラマン! 序盤の見所は!?』

『今だよ』

 

 相澤はスタートゲートを見つめながら短く答えた。

 

 スタートと同時にスタジアムの外へと続く道は、多くの生徒が一気に詰めかけたことで大渋滞となっていた。

 怒号やら悲鳴やらが飛び交う上をひとつの影が(よぎ)る。生徒たちは影の正体を見ようとしたが、影が過ぎ去った後そんな彼らに水が降り注いだ。

 

「冷たっ!? おい誰だ、水かけたの!」

 

「悪いな。何してもいいって話だからな」

 

 怒鳴る生徒に一言詫びながら、天海は群衆の上を飛んで追い越していく。スタートゲートから伸びる通路は道幅こそ狭いが上方向には開けており、天海が"個性"を使用して飛ぶには十分すぎる高さだ。

 

「空飛べて良かったぜ。しっかし、これだけ苦労させるってことはスタート地点(ここ)が既に・・・」

 

 

 

「最初のふるい」

 

 

 

 刹那、身も凍るような冷気が生徒たちの足元を過ったかと思うと、通路の地面から天井までが一瞬で凍りつく。先頭を走っていた轟の仕業だ。さらに轟は自身が駆け抜けた後の道も軒並み凍てつかせていく。ゲートを抜けてすぐの地点では多くの生徒が思うように進めず頓挫していた。

 

「ハッ、相変わらずやることが派手だな」

 

 空中にいた天海はその攻撃から逃れていた。しかし、それは天海だけでなく、A組は各々のやり方で轟の攻撃を避けていた。戦闘訓練やUSJでA組は轟の"個性"が強力であることは知っていたため、あらかじめ対策を講じていたのだ。さらに後ろの方では、同じヒーロー科のB組を含め、他クラスの生徒たちも轟の妨害を回避していた。

 

 そんな彼らを尻目に轟はトップを走るが、突如現れた巨大な影に足を止める。それは後続の生徒たちも同様だった。

 

『さぁ、いきなり障害物だ!! まずは手始め・・・第一関門 ロボ・インフェルノ!!』

 

 彼らの目の前に立ちふさがるのは、一般入試で使用された仮想敵たち。加えて、各試験場に一体しかいなかった0P敵までもが大量に配置されており、まるで巨大な壁のようだ。推薦組を除くヒーロー科しか知らぬそのスケールに、普通科などの生徒は戦々恐々とする。

 

 しかし轟はそれらを一瞥し、自分に襲いかかろうとする0P敵を一瞬で氷漬けにした後、その股下をくぐり抜ける。さらには不安定な状態で凍った0P敵が倒れたことで足止めにも成功し、轟はトップを独走する。

 轟に追い付こうと爆豪、瀬呂、常闇は0P敵の上を乗り越えていく。

 

「上いってもいいが、一位狙うなら・・・・・・最短ルートだな!!」

 

 一方の天海は体を横に向け、降下しながら自分の足元に水を溜め込む。0P敵は近づく天海に気付き攻撃する。しかし、天海は着地すると同時に足元の水で大きな波を作り出し、0P敵の攻撃を避けながら滑るようにして進んでいく。その姿はさながらサーファーのようだ。

 

『オイオイ、次々と突破していくな!! つーか一足先に行く連中、A組が多いなやっぱ!!』

『他のクラスの奴らも悪くはないが・・・立ち止まる時間が短い』

 

 A組は唯一敵と対峙したクラスだ。上の世界を肌で感じた者、恐怖を植えつけられた者、対処し凌いだ者。感じたことは各々違うが、それらは全て彼らの糧となり、迷いを打ち消している。それがA組が一歩抜きん出てる理由だ。

 

『どうやら第一関門はチョロいみたいだな!! んじゃ第ニ関門はどうさ⁉』

 

 プレゼント・マイクの声を受けながら、生徒たちが次にたどり着いたのは、

 

『落ちればアウト!! それが嫌なら這いずりな!! ザ・フォール!!!』

 

 底が見えない程深く、大きな谷。そこに突き刺されたかのように点在する足場をそれぞれ金属製のロープが繋いでいる。

 しかし、臆することなく轟はロープを氷結させながら滑るように渡っていき、首位を維持している。

 

「くそがっ!!!」

 

 その後ろには調子を上げてきた爆豪が続き、爆豪の背中を天海は追う形となっているが、天海は少し焦っていた。

 

「チッ、やっぱり爆豪の方が速いか・・・!!」

 

 天海は舌打ちしながら呟く。

 爆豪と天海、両手で"個性"を用いて移動するという点では似ているが、その性質は大きく異なる。爆豪の"個性"『爆破』は掌の汗腺から分泌されるニトロのような物質を用いて爆破させている。則ち体を動かし汗の量が増える後半は自然とペースが上がる。

 対して天海の"個性"『水』は体内の水分を用いるため後半は出力を上げにくい。そのため、天海は爆豪より一歩遅れてしまうのだ。

 

(直線勝負じゃキツいか・・・。燃費は向こうの方がいいからな。三つ目の障害で速度が落ちりゃいいんだが・・・)

 

 天海が思案しているうちに、ザ・フォールを抜けた轟は第三関門に入る。

 

『一面地雷原!!! 怒りのアフガンだ!! 地雷の位置はよく見りゃ分かる仕様になってんぞ!! 目と脚酷使しろ!!』

 

 マイクの言う通り、地雷が埋まっているであろう位置の土は色が少し違い、こんもりと盛り上がっている。ただ、位置が分かっても地雷は所狭し埋まっているため、安易に駆け抜けようとして一つを踏み抜けば連鎖爆発を起こしかねない。

 

『ちなみに地雷! 威力は大したことねえが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!』

『人によるだろ』

 

 漫才の様な掛け合いが聞こえる中、轟は無数の地雷の間を縫うように歩いていく。

 

「なる程な、こりゃ先頭ほど不利な障害だ。エンターテイメントしやがる」

 

 後ろでは他の生徒が踏んだであろう地雷の爆発音が響いている。しかし、それらとは違う爆発音が徐々に轟の元に近づいてくる。

 

「はっはぁ、俺は・・・関係ねーーー!!」

 

 両掌を爆発させ、獰猛な笑みを浮かべた爆豪が轟の横に並ぶ。

 

「てめェ、宣戦布告する相手を間違えてんじゃねえよ!!」

 

 そう叫びながら、爆豪は轟に向けて爆破する。轟は何とか下がって躱したが、その分爆豪にリードを許してしまう。負けじと轟は爆豪の腕を掴み、氷結させながら引っ張る。

 両者一歩も引かないトップの攻防。速度は落としながらも突き進む二人だったが、ここに新たな乱入者が現れる。

 突如二人の前にソフトボール大の水がいくつも降り注いだ。それによって地雷の信管が作動し、爆煙が二人の脚を止める。

 

「ビンゴだ!!」

 

「くっ、天海か!?」

「水野郎が・・・!!」

「随分白熱してるじゃねーか? 俺も混ぜてくれよ!!」

 

 掌から水を発射しながら飛んできた天海がトップ争いに食い込んだ。

 

『先頭三人が首位を奪い合う!! 喜べマスメディア!! お前ら好みの展開だああ!!』

『推薦入試一位に実技試験トップ2か。実力が拮抗してる分手間取ってるが、早いとこ抜けないと他の奴らも来ちまうぞ』

『後続もスパートかけてきた!!! だが引っ張り合いながらも・・・先頭三人がリードかあ!!?』

 

 轟は氷結を、爆豪は爆発を、天海は水流を。三人は互いの"個性"を駆使して先に行こうとするが、一人が前に出れば残り二人に妨害される、といったことが繰り返されるため思うようにいかない。

 

 しかし、突如後方で起こった地雷一つとは思えないほどの大爆発を皮切りに、その均衡は破られることとなる。

 

 三人は妨害するのも忘れ後ろを振り返る。爆煙の中から一つの影が猛スピードでこちらに向かってくるのが見える。その正体は、

 

『偶然か故意か、A組緑谷爆風で猛追ーーーー!!!?』

 

 仮想敵の残骸に乗った緑谷だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 数分前。

 天海が丁度轟と爆豪の脚を止めていた頃、緑谷はようやく地雷ゾーンに差し掛かっていた。

 

(ダメだ、遠い!!)

 

 先頭三人はそろそろ地雷ゾーンを抜けるところにいる。普通に抜けようとしても追いつくことはできない。しかし未だワン・フォー・オールの調整が上手くできていないため、"個性"を使ってオールマイトのようにひとっ飛びという訳にもいかない。

 

(考えろ!! "個性"が使えない今、どうすれば三人に追いつける!? 他の人たちみたいに慎重に行ってるんじゃダメだ! かっちゃんや天海くんみたいなスピードを出せれば・・・・・・待てよ、かっちゃんみたいに?)

 

 今緑谷がいるのは地雷ゾーン。手元には仮想敵の装甲。そして必要なのは先頭に追いつけるほどの瞬間的なスピード。その三つが繋がり、緑谷は一つの方法を思いついた。

 

 そこからの緑谷の行動は早かった。

 

 緑谷は仮想敵の装甲を使って近くに埋まっている地雷を掘り起こし始めた。追い越していく生徒たちは『何をしているんだ』と言わんばかりの視線を緑谷に向けるが、緑谷は構わず作業を続ける。

 やがて、十個ほど掘り起こしたところで緑谷はそれらを一ヵ所に集める。そして少し離れたところで装甲を体の前に構える。

 

「借りるぞ、かっちゃん! ・・・大爆速ターボ!!」

 

 緑谷は装甲が下になるように集めた地雷をの上に飛び込んだ。そして地雷は一つ残らず作動し、耳をつんざく轟音と共に緑谷を装甲ごと遥か上空へ(いざな)った。舞い上げられた緑谷は高度を落としながら、先頭三人へ近づいていく。

 

『A組緑谷爆風で猛追ーーーー!!!? つーか抜いたあああああー!!!』

 

 そして勢いそのままに首位へと躍り出た。しかし、それを三人が黙って見ているはずがない。

 

「デクぁ!!!!! 俺の前を行くんじゃねえ!!!」

 

 爆豪は怒りをあらわにしながら、轟と天海を無視して緑谷を追う。

 

「後ろ気にしてる場合じゃねえ・・・!」

「体力は温存しようと思ってたが・・・そうも言ってらんねーな!!」

 

 轟は後続に道を作ってしまうがために、敢えて作らなかった氷の道を作り始め、天海は掌だけでなく脚からも水を放出することでスピードを上げて、前を行く二人を追う。

 どんどん緑谷に近づく三人。それに比べて緑谷は高度と共に速度も落ちていく。

 

(マズイ、抜かれる! 着地のタイムロス考えたら、もっかい追い越すのは絶対無理!! でも、この三人の前に出られた一瞬のチャンス!! 掴んで離すな!!!)

 

 緑谷のすぐ後ろには元・先頭の三人が迫っている。この状況を打開するために緑谷は───

 

(追い越し無理なら──・・・抜かれちゃダメだ!!)

 

  持っていた仮想敵の装甲を、思い切り地面に叩きつけた。埋まっている地雷は一気に作動し、爆風で緑谷を前に押し出した。それに反して、後ろにいた轟、爆豪、天海の三人は爆破をもろにくらい、脚を止められたがすぐに動き出す。しかし、緑谷も三人に追いつかれまいと必至に脚を前に運ぶ。

 

 そして───

 

『さァさァ、序盤の展開から誰が予想できた⁉ 今一番にスタジアムへ還ってきたその男────・・・』

 

 多くの観客が見守る中ゴールゲートを抜けて来たのは、

 

 『緑谷 出久の存在を!!』

 

 息を切らせた緑谷だった。

 

 後続の三人は緑谷に続いて轟、爆豪、天海の順でゴールする。

 

「また・・・くそっ・・・!! くそがっ・・・!!!」

「・・・・・・・・・」

 

「やられたな・・・。まさかあんな方法で追い越されるなんて思わねーよ」

「天海くん・・・って大丈夫⁉ すごい顔色悪いよ!!」

 

 青い顔で話しかけてきた天海に緑谷は心配する。

 

「もう喉もカラッカラだ。後で八百万に水でも出してもらうわ」

「あれ? 天海くんって水を出せるんだよね。じゃあ自分で作って飲めばいいんじゃ・・・?」

「どういう訳か、俺が出した水は俺が飲んでも、全く体に吸収されないんだ。まぁ、そんなうまいことできてないってことだな」

「そうだったんだ」

 

 そうこうしている間に他の生徒も次々とゴールし、顔を上気させ何処か様子がおかしい八百万もゴールした。

 

「八百万。ゴールしたばっかで悪いんだが、コップ一杯でもいいから水を作ってくれねーか?」

「水ですか? それは構いませんが・・・お手数でなければ先にこちらをどうにかしてくださいませんか?」

「あ? どれだ?」

 

 天海が聞くと八百万は振り返り背面を見せる。そこには、

 

「ひょおおお!! 一石二鳥よ、オイラ天才!」

「サイッテーですわ!!」

 

 "個性"を用いて、鼻血を流しながら八百万の臀部近くに張り付く峰田(みねた) (みのる)がいた。彼が鼻血を垂らしているのは序盤にロボットに殴られたのが原因なのだが、この状況では全く別の理由に思えてくる。

 

「よし、任せろ。この変態をすぐに引き剥がしてやる」

「お、おい待て天海!! 同じ男のお前なら、今のオイラの気持ちが分か・・・・・・ごぼぼぼぼぼぼぼぼっ!!!」

「俺とお前を同類にするな」

 

 峰田は天海を説得しようとするが、天海に容赦なく放たれた水流に飲み込まれた。

 

(うわぁ、USJの時と同じ目してる・・・)

 

 偶々近くでその様子を見ていた尾白は顔を蒼くさせた。尾白曰く、峰田を見据える天海の眼は(ヴィラン)に向けるそれと同じだったという。

 

 そんな一幕もあったが、第一種目の障害物競争は特に大きな怪我人が出ることもなく、無事終了した。

 

 

 

 *

 

 

 

 障害物競争を終え、ヒーロー科全員に加え普通科とサポート科から一名ずつの計四十ニ名が選抜された。第一種目を勝ち上がった生徒たちは休む間も無く、第ニ種目へと移る。

 

「第ニ種目はコレよ!! 騎馬戦!!!」

 

 主審のミッドナイトは高らかに次の種目名を叫ぶ。

 騎馬戦のルールは以下の通りだ。

 

 参加者は2~4人で自由にチームを作る。基本的なルールは普通の騎馬戦と変わらないが、唯一違うのは各自にP(ポイント)が割り振られ、それらの合計が騎馬のPが決まるということ。つまり、誰と組むかによってポイントが変わるのだ。

 

「与えられるPは下から5ずつ増えるわ!! 四十ニ位は5P、四十一位は10Pといった具合よ。そして・・・一位の緑谷くんに与えられるPは

 

1000万!!!!

 

 1000万という桁違いのPを聞き、四十一の視線が一斉に緑谷に集まる。当の本人は「1000万?」と消え入るような声を出して立ち尽くしている。

 

「そう、上位の奴ほど狙われちゃう─────・・・下克上サバイバルよ!!!」



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No.11 呉越同舟・・・?

約一ヶ月ぶりの投稿となってしまい、すいません。本当はアニメ開始までに投稿したかったのですが思った瞬間的以上に筆が進まなくて・・・。今後は出来るだけ投稿頻度を上げていけたらなと思います。


「"上を行く者には更なる受難を"。雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞPlus Ultra! 予選通過一位の緑谷 出久くん、持ちP(ポイント)1000万!!」

 

 予選を通過した生徒たちの双眸(そうぼう)が一瞬にして緑谷に向く。それらは全て、獲物を狙う獣のようだ。

 ミッドナイトの説明はまだ続く。

 

 制限時間は15分で、振り当てられたPの合計が騎馬のポイントとなる。騎手はそのPが表示されたハチマキを首より上に装着し、終了までにそれを奪い合い保持Pを競い合う。

 そして最も重要なのが、ハチマキを取られたり騎馬が崩れてもアウトにはならないということ。つまり、参加する騎馬は終了までフィールドに残り続けるのだ。

 

 "個性"の発動はアリだが、あくまで騎馬戦であるため悪質な崩し目的の場合は一発退場となる。

 

「それじゃ、これより15分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

「「「15分!!?」」」

 

 長いようで短い15分という時間に生徒たちは驚きの声をあげる。四十ニ人もいると最低でも半数以上は初対面なのだ。普通科やサポート科ならほぼ全員だ。

 しかし、うかうかもしていられない。そうしている間にも時間は進んでいるのだ。

 

「さて、どうするか」

 

 周りの生徒が交渉を始め合う中、天海は顎に手を当て考える。

 

(緑谷と組んで逃げ切りってのもあるが・・・どうせなら1000万を奪ってやりてーな)

 

 天海の"個性"は攻防どちらにも応用が利くため、時間いっぱい逃げ切ることは不可能ではない。しかし彼の性分は少し好戦的な方であるため、手堅く勝つより下克上的な戦法が彼としては望ましかった。

 

(そうなると・・・アイツと組みてーな)

 

 

 

 *

 

 

 

 チーム交渉が始まってすぐ、

 

「────おめェどうせ騎手やるだろ!? そんならおめェの爆発に耐えられる前騎馬は誰だ!!?」

 

 切島は多くの生徒に引っ張りだこの爆豪の元に向かった。切島の質問に対して爆豪が発した答えは、

 

「根性ある奴」

「違うけどそう!! 硬化の俺さ!! ぜってーブレねえ馬だ! 奪るんだろ!? 緑谷(1000万)・・・!」

 

 切島のその言葉を聞き、爆豪は(ヴィラン)も顔負けの笑みを浮かべる。爆豪が狙うのは一位ただひとつ、それだけだ。それより下など毛ほども興味がない。それ故に切島は爆豪にとって手を組むに値していた。

 

「お、いたいた」

 

 そんな二人の元に天海がやって来た。爆豪は彼を見ると、一変して険しい表情を向ける。

 

「爆豪、俺と組んでくれよ」

「あぁ? ふざけんな、誰がてめえなんかと・・・」

「いいぜ! 四位の天海が入ってくれりゃ頼もしいぜ!」

「勝手に話進めてんじゃねえ、クソ髪!! 俺はこいつと組むつもりはねえ」

「おいおい、話くらい聞いてくれよ。悪い話じゃねーと思うんだがな」

 

 開口一番で拒否した爆豪に対して、天海は困ったように笑いながらも話を続ける。

 

「爆豪のことだ。狙うなら当然一位だろ? それなら一番目障りなのは・・・轟なんじゃないか?」

 

 天海の言葉に爆豪がピクリと反応する。

 

「俺の"個性"を使えば、轟の氷結を食い止められる。万が一熱を使ってきても、それも対処できる。それに、俺の"個性"は射程も長いから広範囲をカバーできる。どうだ、悪い話じゃないだろ?」

「確かに俺の"硬化"も凍らされちまったら意味がないしな。爆豪、組んでもいいんじゃないか?」

「・・・・・・」

 

 切島は爆豪に意見を求めるが、爆豪は無言を貫いたままだ。

 

(仕方ねーな。こうなりゃ一か八かだ)

 

 天海はため息をつきながら、最終手段にでる。

 

「はぁーあ、これがトップヒーロー目指してるやつの態度かね?」

「・・・・・・あ?」

 

 天海の物言いに、爆豪がこめかみをひくつかせる。

 

「前に緑谷が言ってただろ? ヒーローは現場で他事務所と急造チームアップをすることがある。その中には仲の悪い奴だっているが、そんな時に駄々こねてられないだろ」

 

 天海は()()()煽るような口調で爆豪を諭す。爆豪は黙って聞いているが、その目尻はどんどんつり上がっていく。

 

「別に嫌ならいいんだぞ? ただ、そんなこと出来ないようじゃヒーローどころか、この体育祭で一位も取れな・・・」

「上等だよクソ水野郎!!! そこまで言うんだったら組んでやるよ!!」

 

 天海が言い終える前に、爆豪は活火山が噴火したかのように怒鳴り散らした。

 

「ただし、俺が役に立たないと思った瞬間、即ぶっ殺すからそのつもりでいろ!!!」

「任せろ。つー訳でよろしくな、切島」

「おう!! 頼りにしてるぜ!」

 

 切島と拳を合わせながら、天海は内心ホッとしていた。

 

 天海は爆豪と会話した回数こそ少ないが、ここ一ヶ月で性格は理解していた。

 彼は(ひとえ)に自尊心が高く、天の邪鬼なのだ。真正面から『組んでくれ』と言って『わかった』と言ってくれるような男ではない。だからこそ、爆豪から『組んでやる』と言うように仕向ける必要があったのだ。

 ただ、下手をすれば組めないだけでなく、爆豪に狙われる可能性があったのだが。

 

「よし、じゃああと一人誰にするか決めようぜ」

「うっせえ、俺に指図すんな」

 

 この後、腕からテープのようなものを射出できる男子生徒、瀬呂(せろ) 範太(はんた)を妨害兼遠距離要員として採用して、爆豪率いる騎馬チームが完成した。

 

 

 

 *

 

 

 

『さぁ起きろイレイザー! 15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに12組の騎馬が並び立った!!』

『・・・なかなか面白ぇ組が揃ったな』

 

 プレゼント・マイクの目覚ましコールを受けて、相澤は重たそうな瞼を開けながらフィールドの騎馬たちを見やる。

 

『さァ上げてけ(とき)の声!! 血で血を洗う雄英の合戦が今!! 狼煙を上げる!!!!』

 

 プレゼント・マイクの煽りを受けて、スタジアムのテンションは最高潮になる。観客たちは今や今やとスタートを心待ちにしている。

 

『よォーし、組終わったな!!? 準備はいいかなんて聞かねえぞ!! いくぜ!! 残虐バトルロワイヤル、カウントダウン!!』

 

『3!!!』

 

「狙いは・・・」

 

 前騎馬にフィジカルの強い切島、後ろに遠距離持ちの天海と瀬呂を据えた爆豪チーム。持ちP:730P。

 

『2!!』

 

「ひとつ」

 

 機動力のある飯田にサポートに富む八百万、加えて、こと迎撃に関しては無類の強さを誇る上鳴と組んだ轟のチームは、今回の騎馬の中では最も安定していると言えるだろう。持ちP:600P。

 

『1・・・!』

 

 そして、伸縮自在で相手を寄せ付けない黒影(ダークシャドウ)を従える常闇と触れたものの重力を無効化する麗日、そして豊富なサポートアイテムを携えるサポート科の発目(はつめ) (めい)という異色の構成の緑谷チーム。

 

 『START!』

 

 持ちP:10000310P。

 

「実質それ(1000万)の争奪戦だ!!!」

「はっはっは!! 緑谷くん、いっただくよーー!!」

 

 B組の鉄哲(てつてつ) 徹鐵(てつてつ)率いる騎馬と葉隠率いる騎馬が緑谷チームに一直線に突撃し、他のチームも後に続く。その中には当然彼らもいた。

 

「デクから1000万をもぎ取れえ!!」

「周りも見とけよ。敵は緑谷だけじゃねーぞ」

 

 昂る爆豪を天海が嗜めようとするが、爆豪は聞く耳を持とうとしない。彼には1000万しか見えていないようだ。

 

 大勢の騎馬に囲まれた緑谷チームだったが、緑谷が背中に背負っていたジェットパックを起動して、上空に逃れる。それを葉隠チームの耳郎がイヤホンジャックで追撃を仕掛けるが、常闇の黒影に阻まれる。

 

「着地地点狙え!!!」

「おい待て爆豪!! 右から何か来てんぞ!!」

「あぁ!?」

 

 追うように命令を下す爆豪だったが、切島の報告によってそれは中断される。

 

「行けえ宍田(ししだ)!! あの爆発野郎からハチマキ奪うぞ!」

「グォオオオオ!!」

 

 見ればB組の、襟足辺りを三つ編みで留めた少年の(りん) 飛竜(ひりゅう)を背中に乗せた、獣のような大男の宍田(ししだ) 獣郎太(じゅうろうた)が雄叫びを上げながら、四足歩行で爆豪たちの元に突進して来ていた。

 

「俺がやる!!」

 

 右騎馬の天海が牽制がてらの水の弾丸を宍田に発射するが、宍田は物ともせず全く止まる気配を見せない。

 

「だったら・・・!」

 

 すかさず天海は、脚から水を地を這うように宍田の元まで広げる。宍田はそれを意にも介さず突っ切ろうとするが、突如ガクンと動きを止める。

 

「うぉ!? どうした、宍田!」

「み、水が脚に纏わりついてくる!!」

 

 鱗の問いかけに対して、宍田は焦燥と驚愕が入り交じった声を上げる。宍田の足元の水がまるで生きているかのように蠢いて、宍田の四肢を捕らえている。

 鱗はどうしたものかと考えるが、ふと視界の端から何かが迫ってくるのに気づいた。

 

「あっぶな!!」

 

 何かを見定める前に、咄嗟にウロコを纏った腕でそれを振り払う。

 腕から伝わる冷たい感触。鱗を狙ったものの正体は地面から伸びた水の触手だった。振り払われた触手は霧散したが、彼らの足元を取り巻く水からは次から次へと触手が伸び、ハチマキを狙ってくる。

 

「やっぱりB組も強いな、中々奪えねー。爆豪、もう少ししたら・・・」

「デクゥ!!!」

 

 宍田チームを足止めしている天海が話しかけようとしたが、爆豪は聞く耳も持たずに、再び上空に逃れている緑谷チーム目掛けて飛んでいってしまった。

 

「調子乗ってんじゃねえぞ、クソが!」

「常闇くんっ!!」

 

 爆豪は騎手の緑谷目掛けて爆破を仕掛けるが、常闇の黒影が彼らの間に広がるようにして緑谷を守った。

 

「瀬呂!! 回収頼む!」

「任せとけって!!」

 

 鱗チームの相手をしながら、天海が瀬呂に指示を出す。瀬呂の肘から伸びたテープはしっかりと爆豪を捕らえて、天海たちの元に引き寄せられる。

 

『おおおおおお!!? 騎馬から離れたぞ!? 良いのかアレ!!?』

「テクニカルなのでオッケー!! 地面に足ついてたらダメだったけど!」

 

 解説席から上がるプレゼント・マイクの疑問に、ミッドナイトはサムズアップしながら答える。もし、これがダメだった場合、遊撃兵でもある爆豪の戦闘力が大きく削がれるところだった。ただ、爆豪なら無視して飛び回りそうなものだが。

 

「飛ぶなら言ってからにしろって」

「うるせえ、お前らが合わせろ!」

「で、次は?」

「決まってんだろ!! 1000万狙うだけだ!」

「了解。じゃあ、さっさと行こうぜ」

 

 

 

「単純なんだよ、A組」

 

 

 

 不意に聞こえた声。声がした方を向くと、金髪の少年がハチマキを握りながら離れていき、同時に爆豪のハチマキがなくなっていた。

 

「後ろか!」

「んだてめェコラ、返せ殺すぞ!!」

 

「ミッドナイトが"第一種目"と言った時点で、予選段階から極端に数を減らすとは考えにくいとは思わない?」

 

 金髪の少年、物間(ものま) 寧人(ねいと)は、爆豪の怒声を意にも介さず、言葉を続ける。

 

「だから、おおよその目安を仮定し、その順位以下にならないよう予選を走ってさ。後方からライバルになる者たちの"個性"や性格を観察させてもらった。その場限りの優位に執着したって仕方ないだろう?」

 

(クラス)ぐるみか・・・!」

 

 物間の言葉の真意に気づいた切島が辺りを見渡す。いつの間にか、爆豪たちは複数のB組の騎馬に囲まれていた。

 

「まあ全員の総意ってわけじゃないけど良い案だろ? ()()()()()()()馬みたいに仮初めの頂点狙うよりさ」

 

 物間の物言いに爆豪がピクリと反応する。そんな彼の様子に気づいているかは定かではないが、物間の口は止まらない。

 

「あとついでに君、有名人だよね? 『ヘドロ事件』の被害者! 今度参考に聞かせてよ。年に一度、(ヴィラン)に教われる気持ちってのをさ」

 

 最早わざととしか思えない煽り文句を残して、物間は去ろうとする。勿論、爆豪がこのまま黙っているわけがない。

 

「お前ら・・・・・・予定変更だ。デクの前にこいつら全員殺そう・・・!!」

 

 実際に見えている訳ではないが、全身からドス黒いオーラが出ていそうな程の怒りを露にしながら、爆豪は物間たちを見据える。はっきり言って事情を知らない人が見れば、確実に敵に間違えられるレベルだ。

 

 これを皮切りに、この騎馬戦は荒れに荒れることとなる。




ちなみに芦戸は心操チームにいます


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No.12 頂点を掴み取れ

「物間、あんま煽んなよ。同じ土俵だぞそれ」

「ああ、そうだね。ヒーローらしくないし・・・それによく聞くもんね。恨みを買ってしまったヒーローが(ヴィラン)に仕返しされるって話」

 

 物間と同じチームのB組生徒、回原(かいばら) 旋《せん》が物間を嗜めるが、当の本人は反省する素振りを見せつつも笑顔でナチュラルに爆豪を煽ってくる。

 

「おっおっおおォォ・・・」

「爆豪落ち着け! 冷静になんねえとP(ポイント)取り返せねえぞ!!」

「無駄だ切島」

 

 切島は今にも爆発しそうな爆豪に落ち着くよう促すが、天海はそれを遮った。

 

「こうなっちまった以上、爆豪はもう止まんねーよ。それに標的があの物間って奴になるなら好都合だ。このまま下がったらA組がナメられる」

 

「おォオオ・・・」

 

 爆豪は震えながらも、何とか怒りを押し殺すような形で掌で爆発を起こす。

 

「っし進め切島・・・!! 俺は今・・・すこぶる冷静だ・・・!!!」

「頼むぞマジで・・・!」

 

 相変わらずの敵顔負けの笑みを浮かべる爆豪の言葉を受けて切島たちも腹を括った。切島たちは勢いよく踏み出し、物間たちにぐんぐんと近づく。

 

「死ねえ!!!」

 

 爆豪が物間目掛けて爆破を起こすが、物間は笑顔を崩さぬまま軽々といなす。攻撃を受け流され前のめりになった爆豪だが、すかさず態勢を立て直し物間に向き直る。

 しかし、目の前には物間の掌。

 

 そして次の瞬間───

 

 

 

 

 ───爆豪の目の前の空間が爆ぜた。

 

「ははぁ・・・! へぇ! すごい! 良い"個性"だね!」

 

 物間は真新しい玩具を見つけた子どものような表情を浮かべた後、切島の髪を叩いた。

 

「俺の・・・!!」

「爆豪おめーもダダ被りか!!」

「ッくそが!!!」

 

 予想外の攻撃に怯んだ爆豪だったが、再び物間目掛けて右の大振りで爆破をかます。

 

「ホントっ良い"個性"だよ・・・僕の方が良いけどさ」

 

 しかし煙が晴れたそこには、硬化させた左半身で攻撃を受け止めた物間がいた。

 

「んなああー! 俺の!? また(かぶ)っ・・・」

「違え、こいつ・・・コピーしやがった」

 

「正解!」

 

 

 物間 寧人:"個性"『コピー』

 触れた者の"個性"を触れてから5分間は使い放題! 同時に2つとかは使えないぞ!

 

 

「まぁバカでもわかるよね」

「ッのやろ・・・!」

 

「ッ!? 切島、下がれ!」

「何だ天・・・おわっ!」

 

 天海が切島に警告したが、切島が下がるよりも先に横から白い液体が、爆豪と物間の間を遮るように降り注いだ。

 

「何だこの白いの! くそっ動けねぇ!」

 

 切島の右足に降りかかったそれは瞬時に固まり、切島をその場に固定していた。

 

「んだこれ接着剤か何かか? 天海、どうにかなんねえか?」

「多分できる。つか、できなきゃ負け確だしやるしかねーだろ!」

 

 そう言って天海は右手から水を出して、切島の脚と接着剤との僅かな隙間に流し込む。

 

「切島、全力で硬化しろ!」

「え? お、おう!」

「いくぞ・・・・・・おらぁ!!」

 

 切島が脚を硬化したのを確認して、天海は大量の水を隙間に無理矢理流し込んだ。元あった空間以上の体積の水を押し込まれ切島の脚を覆っていた接着剤は一瞬膨らむが、耐えきれなくなりバラバラに弾け飛んだ。

 

「おお、ありがとよ天海! これで動ける!」

 

「~~~ッものまね野郎!!」

「だあああ!! 勝手すな爆豪ーーー!!!」

 

 切島が解放された瞬間、爆豪が離れていった物間たち目掛けて飛んでいってしまい、三人は慌てて追いかける。その最中、天海は現在の順位と持ちPが映し出されたスクリーンを睨んでいた。

 

(今俺たちは持ちPは0だから当然最下位。こっからどうやって逆転する?)

 

 残り時間は既に一分を切っている。一番手っ取り早いのは現在一位の轟から1000万を奪うことだが、距離が離れており加えて轟は緑谷チームと一対一の状態にするために氷壁を作り出していた。中の状況が分からない中、奪いに行くのはあまりにもリスキーだ。

 

(そうなるとやっぱり近い奴らから奪うのが一番か。ただ、時間もねえから標的をしっかり決めないと───)

 

 そこまで天海が考えた時、スクリーン上の自分たちの順位が一気に三位まで浮上した。何事かと辺りを見渡すと、瀬呂のテープで引き戻される爆豪の手にハチマキが二本握られていた。どうやら四対一の状況にも関わらず奪ってきたらしい。

 

「飛ぶときは言えってば!!」

 

 瀬呂が悪態をつきながら爆豪を受け止める。しかし爆豪が奪ってくれたおかげで天海たちは一気に逆転することができた。あとは維持するだけでも予選通過は確実だ。

 

「まだだ!!!」

 

 だが爆豪は妥協しなかった。

 

「完膚なきまでの一位なんだよ取るのは!!」

 

 

 

『俺が一位になる』

 

 

 

 爆豪は体育祭の自分の宣誓を思い出す。

 彼が求めているのは絶対的な一位だった。"結果"だけではない。それに至るまでの"過程"でもトップに君臨したいのだ。

 

「さっきの俺単騎じゃ踏ん張りが効かねえ、行け!! 俺らのPも取り返して1000万へ行く!!」

 

「いいぜ爆豪! この際とことん行ってやろうぜ!」

「ったく!」

「お前ら、ほんと男らしいぜ!」

 

 爆豪だけではない。彼の熱は天海と切島、瀬呂にも伝播していった。

 

「しょうゆ顔! テープ!!」

「瀬呂なっと!!」

 

 爆豪の指示通り瀬呂がテープを射出する。しかしそれは物間たちの脇に逸れた。

 

「水野郎! 進行方向に水張れ!!」

「天海だ! いい加減名前で呼べ!!」

 

 一向に名前で呼ばない爆豪に吠えながら天海は自分たちと物間たちを結ぶようにして、水を地面に張る。

 

「よっしゃあ! お前らしっかり掴まれよ!」

 

 瀬呂がテープを巻き取ると同時にが爆豪が自身の背面に向けて爆破を起こす。天海の水で地面との摩擦を減らし、瀬呂の巻き取る力に加えて爆豪の爆破で生み出された推進力を元に、四人はとてつもないスピードで物間たちに急接近する。それに気付き円場(つぶらば) 硬成(こうせい)が空気の壁を作り物間が爆破で反撃するが爆豪はそれらを掻い潜り、通りすぎ様に物間の最後のハチマキをもぎ取った。

 

『爆豪容赦なしーーー!!! やるなら徹底! 彼はアレだな完璧主義者だな!!』

 

「次!! デクと轟んとこだ!!」

 

 観客が爆豪たちの逆転劇に沸き立つ中、彼らはすぐさま狙いを絞る。残り時間は二十秒近くしかないが、彼らはまだ1000万を諦めていない。

 

「切島は全身硬化! 瀬呂は氷壁にテープつけろ! 推進力は俺が作るから爆豪は目の前まで行った瞬間に爆破でこじ開けろ!」

「俺に命令すんな!」

「全員行くぞ!!」

「「おう!!」」

「無視すんじゃねえ!!」

 

 爆豪が何か言っていたが、彼も言い合う時間がないのは理解しているためすぐさま身構える。天海は瀬呂がテープを準備したのを確認した後、右手を後ろに構えてありったけの水を放出した。それと同時に瀬呂がテープを巻き取る。四人は先ほどとほぼ同じ速度で行く手を阻む氷壁に突進する。

 

「「「「おおおおおお!!!!」」」」

 

 氷壁が眼前に迫った瞬間爆豪が両手から爆発を起こし、進行方向の大半の氷を吹き飛ばした。壊しきれなかった氷は全身を硬化した切島が戦車の如く砕いていく。

 そして四人は見事に氷壁を突破した。

 

『そろそろ時間だ。カウントいくぜ、エヴィバディセイヘイ! 10!・・・9・・・』

 

 プレゼント・マイクのカウントダウンが聞こえる中、轟チームと緑谷チームが最後の攻防を繰り広げている。

 

「轟だ、爆豪!!」

「わっとるわ!!」

 

 天海が1000万の在処を叫び、爆豪が怒鳴りながら飛び出す。

 

 常闇の黒影(ダークシャドウ)が攻め、上鳴が放電で防ぐ。

 麗日が全員を浮かせて突っ込む。

 轟が指示を出して八百万が伝導用の武器を創造して手渡す。

 爆豪が轟目掛けて爆速ターボで近づき、ハチマキを奪おうと───

 

 

 

 

『TIME UP!』

 

 

 

 

 したところで競技終了が告げられた。爆豪は勢いを殺しきれずに轟を少し通りすぎたところで顔から地面に突っ込んだ。

 

『それじゃあ早速上位4チーム見てみようか!!

 

 1位 轟チーム!!』

 

「はぁ、勝ちはしましたけど薄氷を踏む思いでしたわ」

「すまない・・・。俺のせいで迷惑をかけた」

「そんな事・・・飯田さんがいなければ私たちの勝利はなかったですわ」

「ウェ~イ」

「・・・・・・」

 

 飯田が三人に謝るが八百万が慰める。後半動けなかったとしても飯田の"レシプロ・バースト"がなければ、轟チームは緑谷から1000万を奪うことができなかったのだ。上鳴もアホになりながらも慰めるようにサムズアップする。ただ一人、轟は何処か浮かない顔だ。

 

 

『2位 爆豪チーム!!』

 

「あ~~、あと十秒くらいありゃなぁ・・・」

「まぁ2位なら上々だって。結果オーライ」

「そんな事思うかよ、あいつが」

 

「だああああああ!!」

 

 天海、瀬呂、切島の三人は概ね満足はしているが、爆豪は一人悔恨を晴らすかのように叫んでいる。あれだけ宣誓で啖呵を切っておきながら予選はどちらも2位なのだ。爆豪にとってこれほどやりきれない気持ちはないだろう。

 

 

『3位 鉄て・・・アレェ⁉ オイ!!! 心操(しんそう)チーム!!? いつの間に逆転してたんだよオイオイ!!』

 

「ご苦労様」

「・・・!? ・・・・・・!!?」

 

 普通科の生徒、心操(しんそう) 人使(ひとし)が労いの言葉をかけて去っていくが、尾白は訳が分からないといった面持ちだ。一緒に組んでいた芦戸とB組の庄田(しょうだ) 二連撃(にれんげき)も同じようにキョロキョロと辺りを見渡している。

 

『4位 緑谷チーム!!』

 

「うわああああああああ!!!」

「あんな一瞬で取るなんて! すごいよ黒影!!」

「オ、オウ! マァ俺ニカカレバチョロイモンダヨ!」

「フッ、面白い男だ。さっきまでの気迫はどこにいったのやら」

「はぁ、果たしてサポート会社の方々は注目してくれたでしょうか・・・」

 

 まさか予選通過できているとは思ってもいなかった緑谷はまるで間欠泉のような涙を溢れさせた。その傍らでは麗日が最後の最後でハチマキを奪った黒影を褒め称え、常闇は涙を流す緑谷を見てニヒルな笑みを浮かべる。発明は難しい顔で競技中に壊れたジェットパックをいじっている。

 

 何はともあれ、これで最終種目に進む16名が決まった。

 

『一時間程昼休憩挟んでから午後の部だぜ! じゃあな!!』

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 スタジアムから外に向かう通路にて。

 

「天海、最終種目進出おめでと」

「おう、ありがとな。耳郎たちは残念だったな」

「ほんと悔しかったよ。轟に凍らされたおかげで後半全然動けなかったし」

 

 耳郎たちの騎馬は轟と上鳴の強力コンボで足止めをくらっていた。耳郎と砂藤の"個性"で何とか氷を砕いて脱出はできたが、結局ハチマキを奪うことは叶わず予選落ちとなってしまった。

 

「そうだ。ウチお昼ごはんはヤオモモと食べようと思ってたんだけど、よかったらどう?」

「そうだな。でも男子俺だけだと寂しいから切島とかも誘って・・・」

 

 耳郎から昼食の誘いを受けた天海だったが、ちょうど十字路に差し掛かった時天海の視線が脇道の奥に注がれた。

 

(あいつどこ行くんだ・・・?)

 

「どうしたの?」

「悪ィ耳郎。ちょっとトイレ行くから先行っといてくれ」

「え? ちょ、トイレはこっちの方が近・・・」

 

 耳郎は呼び止めようとしたが、天海は言い終えるのを待たずに通路の奥に走り去っていった。



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No.13 それぞれの思い

とうとう評価バーに色が! 投票してくれた方々ありがとうございます!


「───俺の親父はエンデヴァー、知ってるだろ。万年No.2のヒーローだ」

 

 騎馬戦を終えて他の生徒たちが昼休憩で校舎に戻る中、轟と緑谷は人気のない通路の影で向かい合うように立っていた。

 

「お前がNo.1ヒーローの何かを持ってるなら俺は・・・・・・尚更勝たなきゃいけねぇ」

 

 轟は氷のように冷たい威圧感を話ながら、自身の過去を緑谷に話し始めた。

 

 

 

 彼の父親であるNo.2ヒーローのエンデヴァーはデビュー当時からその実力を遺憾なく発揮し、破竹の勢いで名を馳せた。だが、そんな彼でも未だにオールマイトを越えたヒーローにはなれずにいる。極めて上昇思考が強いエンデヴァーは次の策を講じた。子どもに自身の野望を果たすことにしたのだ。

 

 人類に"超常"が起きてから第二~第三世代間の頃、『個性婚』というものが存在した。

 親の"個性"を強化して子どもに受け継ぐことだけを考えて配偶者を選ぶ結婚。個性婚が現れてすぐ、倫理観が欠落しているという理由で問題になり、法律によって現代に至るまでこれは禁止されている。

 しかし、エンデヴァーはこれに眼をつけた。No.2ヒーローとして活躍しているエンデヴァー。資産と実績は十二分に持っていた。彼は自身の"個性"を強化できる"個性"を持った女性の親族を金で丸め込み、その女性と結婚した。その間に生まれた、両方の"個性"を有した子どもこそが同時に"轟 焦凍"だった。

 

 

 

「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで自身の欲求を満たそうってこった。うっとうしい・・・! そんな屑の道具にはならねえ」

 

 忌々しそうに声を荒げる轟は、顔の火傷を隠すように手を翳す。

 

「記憶の中の母はいつも泣いている・・・。『お前の左側が憎い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

 轟の口から告げられたあまりにも凄惨な過去に緑谷は戦慄した。かける言葉すら見つからなかった。

 

「ざっと話したが俺がお前につっかかんのは見返すためだ。クソ親父"個性"なんざなくたって・・・・・・いや・・・使()()()"一番になる"ことで奴を完全否定する」

 

 

 

 

 

「───何か・・・とんでもない話聞いちまったな」

「・・・・・・・・・」

 

 轟と緑谷が話していた通路の角で天海と爆豪は佇んでいた。爆豪は轟と緑谷が脇道に逸れたのを追いかけてきて、天海はその爆豪を追いかけてきて今に至っている。

 

「・・・関係ねぇよ」

「あ?」

「半分野郎にどんな事情があろうと関係ねぇ。俺が一位になるのを邪魔するならねじ伏せる。それだけだ」

 

 爆豪はそれだけ言い残して来た道を戻りだす。

 

「・・・そうだな」

 

 天海も後に続く。

 

 結局のところ、誰にどんな事情があろうと彼らが一位を目指す理由は変わらないのだ。

 

 緑谷は最高のヒーローになるため。

 

 爆豪は最強のヒーローになるため。

 

 轟は父親を否定するため。

 

 天海は人々を守れるようになるため。

 

 彼らは皆、己の理想を叶えるために一位を目指してひた走るのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 昼休憩も終わり雲ひとつない快晴の下、再び集まりだした生徒たちに向けてプレゼント・マイクの声が響き渡る。

 

『最終種目発表の前に予選落ちの皆へ朗報だ! あくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ!』

 

 ヒーロー科だけでなく普通科やサポート科にとっても、体育祭はプロヒーローや企業へのアピールの場だ。このレクリエーション種目は最終種目に残れなかった生徒たちへの救済措置とも言えるだろう。

 

『本場アメリカからチアリーダーも呼んで、一層盛り上げ・・・・・・ん? アリャ?』

「なーにやってんだ・・・・・・?」

 

 ノリノリで説明していたプレゼント・マイクが突然すっ頓狂な声を上げ、隣にいた相澤も呆れた様子でスタジアムを見やる。そこには彼らの頭に疑問符を打ち立てた原因がいた。

 

『どーしたA組!!? どんなサービスだそりゃ!?』

 

 そこにいたのはアメリカから来たチアリーダーたちと同じ格好をしたA組女子メンバー。オレンジ色が基調のヘソが見える程丈の短い衣装とミニスカート。首には衣装と同じカラーリングのチョーカーを巻き、両手には応援ものには欠かせないポンポンが握られている。完成度は非常に高いのだが雄英生がこういう格好をするプログラムは無いため、実況の二人が戸惑うのも当然である。

 

「あー・・・耳郎? お前ら何してんだ?」

 

 どういう訳か暗い顔をしているA組女子に近づき、戸惑いながらも耳郎に尋ねる天海。

 

「その・・・午後からはウチらも着替えて応援合戦しなきゃいけないって聞いて」

「なるほど。ちなみに聞くが、それ誰から聞いた?」

「・・・・・・峰田と上鳴」

「・・・ハァ」

 

 耳郎の回答を聞いて大まかな経緯を理解した天海は同情を通り越して呆れてしまった。

 

「アホだろあいつら・・・!」

 

 羞恥心と怒りからか頬を赤く染めた耳郎が、持っていたポンポンを地面に叩きつける。

 

「いやお前らも大概だろ。あの二人が言ってる時点で察しろって」

「うっ! だって相澤先生からの言伝(ことづて)って言ってたし・・・」

「合理主義の相澤先生がそんな事回りくどいことする訳ねーだろ」

 

 "何事も合理的に"が相澤のモットーだ。仮に応援合戦の件が本当だったとしたら、相澤なら遅くても朝の時点で伝えているはずなのだ。女子たちはその時点で気づくべきだった。

 

「大体衣装だってもらってねーだろ。それどうしたんだ?」

「ヤオモモが創造してくれた」

「何で八百万もそこで創るんだよ・・・・・・」

 

 最早救う余地もない八百万の天然ぶりに天海はゆっくりと頭を振る。八百万が創らなければ彼女たちはこんな辱しめを受けることはなかったのだが。

 

「うぅ・・・ほんと恥ずかしい」

「まぁ着ちまったもんは仕方ねーよ。それに結構似合ってるぞ? 可愛いし」

「可愛・・・!? ~~~っのバカ!」

 

 天海に誉められた耳郎は顔を真っ赤にしながら、足元にあったポンポンを天海の顔面に向かって投げつけた。真っ直ぐに宙を舞ったポンポンは見事にクリーンヒットした。

 

「ブフッ!? おまっ、人が真面目に誉めてやったのに何すんだ!」

「う、うっさい! 可愛いとか言うな!」

「何だよいきなり・・・。あっ、もしかして照れてんのか? 可愛い奴─── 」

「だから言うなっての‼」

「うぉ! お前また投げやがって・・・。お返しだっ!」

「うわ! やったな、このっ!」

 

 再びポンポンを投げつけられて火がついたのか、天海は傍らに落ちているそれを耳郎に向かって投げ返しだした。反撃をもらった耳郎も負けじと投げ返す。といってもポンポンは二個しかないため、お互い投げつけられたのを受けては返してを繰り返す、何とも滑稽な攻防を繰り広げている。

 

「まぁまぁ二人とも、夫婦喧嘩はそのくらいにしてさ」

「「夫婦喧嘩じゃない‼」」

 

 葉隠が喧嘩する二人を嗜めると、二人は同時に叫んで否定した。あまりにも息ピッタリなので他の者は皆苦笑する。そんな周りの視線に気づいた二人は気恥ずかしくなり、落ち着きを取り戻した。

 

「ったく、本選前に何でこんな疲れなきゃならないんだ」

「アンタが変なこと言うからでしょ」

「別に変なことじゃねーだろ。切島、行こうぜ」

 

 疲れた様子の天海は傍を通りかかった切島に声をかける。

 

「おう。つかお前ら何言い合ってたんだ?」

「今言ったらまた怒りだすから言えねーわ。全く、女子の考えてることはさっぱり分からん」

「よく分かんねえけど大変そうだな」

 

 切島に愚痴を溢しながら天海はスタジアムの中央に向かう。彼の後ろ姿を見送りながら耳郎は一人呟く。

 

「ハァ、何でウチこんな必死なんだろ・・・」

 

 未だ火照る顔を冷ますかのように手を当てながら、天海の後を追うようにして耳郎は歩きだした。

 

 

 

 *

 

 

 

 最終種目はトーナメント形式の一対一のガチバトルだ。形式こそ違えど例年サシで競っているのが雄英体育祭だ。組み合わせはくじ引きで決められ、組が決まり次第レクリエーションを挟んで開始となる。ちなみにトーナメントに進出する16名はレクリエーションに参加するもしないも自由とされている。選手の中には体力を温存したい者もいれば、息抜きとして参加したい者もいるからだ。

 

「んじゃ一位チームから順に・・・」

「あの・・・! すみません」

 

 主審のミッドナイトがくじ引きを始めようとした時、一人の生徒が挙手した。

 

「俺、辞退します」

 

 辞退を申し出たのは尾白だった。彼の申し出に周りの生徒たちはどよめき、近くにいた緑谷と飯田は理由を聞く。このトーナメントはプロヒーローに自分の実力を見てもらえる、貴重な機会なのだ。それを棒に振ろうとする尾白の発現は中々に理解し難いものだった。

 

「騎馬戦の記憶・・・終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ。多分奴の"個性"で・・・」

(!? 尾白くんが組んでたのは確か・・・)

 

 緑谷が視線を送った先に居たのは普通科の心操 人使だ。緑谷と目が合った心操はフイッと顔を逸らす。

 

 自分のしようとしていることがとても愚かなのは分かっている。しかしこの最終種目は皆が力を出し合い争ってきた座であり、そこに訳が分からないまま並ぶのは自分のプライドが許さない。これが尾白の言い分だった。

 

「僕も同様の理由から棄権したい! 実力如何以前に・・・()()()()()()()が上がるのは、この体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか!」

 

 そう言って辞退する旨を伝えたのはB組の庄田 二連撃。彼も尾白と同じく騎馬戦の記憶が無いらしい。

 

『何か妙な事になってるが・・・』

「ここは主審ミッドナイトの采配がどうなるか・・・」

 

 そう。如何なる理由があろうと、判断はミッドナイトに委ねられている。彼女が認めなければ辞退は出来ないわけだが───。

 

「そういう青臭い話はさァ・・・好み!!! 庄田、尾白の棄権を認めます!」

(((好みで決めた・・・!!)))

 

 ミッドナイトは案外すんなりと認めた。

 

「えーと、二人には悪いけど私は出るね? 折角のチャンスだし」

 

 手を合わせて申し訳なさそうにする芦戸。彼女も記憶を失っていたが、それによって棄権するか否は自由だ。誰に強制されるものではない。

 

「となると、繰り上がりは五位の拳藤チームだけど・・・」

「そういう話で来るんなら・・・ほぼ動けなかった私らよりアレだよな? な? 最後まで頑張って上位キープしてた鉄哲チームじゃね?」

 

 サイドテールの女子、拳藤(けんどう) 一佳(いつか)は一緒に騎馬を組んでいたクラスメイトに確認を取った後、鉄哲たちを推薦した。

 

「拳藤、お前・・・」

「馴れ合いとかじゃなくてさ、フツーに」

「お・・・おめェらァ!!!」

 

 拳藤の言葉を受けて涙ぐむ鉄哲。

 結果、鉄哲チームからは鉄哲と塩崎(しおざき) (いばら)が繰り上がりとなった。

 

「抽選の結果、組みはこうなりました!」

 

 第一試合 緑谷VS心操

 第二試合 轟VS瀬呂

 第三試合 塩崎VS上鳴

 第四試合 飯田VS発明

 第五試合 芦戸VS天海

 第六試合 常闇VS八百万

 第七試合 鉄哲VS切島

 第八試合 麗日VS爆豪

 

『よーし、それじゃあトーナメントはひとまず置いといてイッツ束の間! 楽しく遊ぶぞレクリエーション!』

 

 楽しめと言われても本選に進む者たちにとってはそんな余裕はなく、まさしく束の間の時間だ。

 

 相手の攻略を練る者。

 

 平常心を保つ者。

 

 戦いに備える者。

 

 精神を研ぎ澄ます者。

 

 緊張を解きほぐそうとする者。

 

 それぞれの思いを胸にあっという間に時は来る。

 

 一年最強を決める戦いが今、始まる───



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No.14 気を遣え

お久しぶりです。前回の投稿から早い半年近いですね。
ネタ事態は色々浮かぶんですが、それを書こうとするとどうも出来ない。定期的に投稿できる人が羨ましいです。

あとタイトル変えました。前々から変えたかったんですよね。


 人目のつかないスタジアム外の木陰。そこで天海は腰を降ろして、ひとり精神統一とトーナメントで当たる選手の対策を練っていた。千差万別の"個性"を持った選手たちが相手だとひとつの読みの違いが命取りになりかねない。故に天海は全員に対してある程度策を用意しておきたいのだが、とある生徒で少し難航していた。

 

(使わず一番になる・・・ねぇ。どうしたもんか)

 

 悩んでいたのは轟と戦う場合の戦法だ。天海は轟が"左の熱"を使うつもりがないのを知っている。しかし万が一ということがあるため氷結だけでなく熱も視野に入れて考えているのだが、ひとつの問題に直面していた。

 

(圧倒的に情報が無い・・・)

 

 轟は今回の体育祭だけでなく普段の授業でも"左の熱"を見せることが少ない。辛うじて使う時があっても氷結を解除するためだけだ。氷結の規模は大方の予測がつくが、熱の方は未知数なのである。

 

(とりあえず氷結は空中戦か水で方向を逸らすくらいはできるか。ただ、熱の方がどんだけの熱量を出せるのかで決まってくるし・・・・・・どうするか───)

 

『さァさァ楽しいレクリエーションも終わって、次はお待ちかねのトーナメントだ! やること済ませてしっかり備えろよ!!?』

 

「いっけね。もうそんな時間か」

 

 思案に暮れる天海をプレゼント・マイクの放送が現実に引き戻す。結局対策は定まらなかったが、足りない情報は当たるまでの試合から補うことにした。

 

「しっかし・・・勿体ないな」

 

 ズボンに付いた土を払いながら天海は独白し、スタジアムに戻る。

 

 

 

 *

 

 

 

「あ」

「お」

 

 観客席に向かう道すがら、天海は更衣室から出てきた体操服姿の耳郎とばったり遭遇した。

 

「何だ、もう着替えてちまったのか」

「当たり前じゃん。あんな格好二度としないよ」

 

 そういう耳郎の手には綺麗に畳まれたチアの衣装があった。それを見た天海は「ははーん」とニヤける。

 

「さては・・・気に入ってるな?」

「ハァ!!? そ、そんなんじゃないし! これは折角ヤオモモが創ってくれたから捨てるのは勿体ないなって思っただけで・・・・・・!」

「とか言って実際満更でもなかったんじゃねーか? 案外家に持って帰った後、鏡の前で合わせてみたりとか───」

「それ以上変なこと言ったら爆音流すよ?」

「すいません、調子に乗りました」

 

 冷えるような声と共にイヤホンジャックを耳郎に向けられて即座に謝罪する天海。その尋常成らざる速度は彼女の破壊力を身を以て知っているが故だ。

 

 その後、衣装を置きにA組の控え室に寄ったのちに二人はA組の観客席に向かった。

 

「どっか空いてる席は・・・あ、尾白。横いいか?」

「ああ、構わないよ」

 

 尾白の横の席が丁度空いていた為、天海と耳郎はそこに腰を降ろす。

 

『一回戦!! 成績の割に何だその顔! ヒーロー科 緑谷出久!!

 (バーサス)

 ごめん まだ目立つ活躍なし! 普通科 心操人使!!』

 

 プレゼント・マイクによる紹介の中、天海が尾白に話しかける。

 

「尾白、心操の"個性"って何なんだ?」

「奴の"個性"は『洗脳』だ。おそらく、奴の問いかけに答えたら洗脳が始まる」

「洗脳? そんなの掛かったら絶対勝てないじゃん」

 

 尾白の説明を聞いて耳郎がそんな事を言うが、

 

「うん、でも大丈夫。事前に緑谷にはその事を伝えてある。一応、外部からの衝撃で解けるみたいだけど・・・一対一では期待できないな」

「何にせよ、洗脳が成功すれば心操、失敗すれば緑谷の勝ちか」

 

 

『そんじゃ早速始めよか‼ レディィィィィイSTART(スタート)‼』

 

 開幕と同時に緑谷は何かを叫びながら心操の元へ走り出す。それを見て心操はニヤリと笑う。

 

「俺の勝ちだ」

 

「何やってんだ緑谷‼ 折角忠告したってのに‼」

 

 観客席で頭を抱える尾白。そんな彼の嘆きを余所に、ステージ上では洗脳に掛かってしまった緑谷はただ立ち尽くしているだけだ。

 

「尾白、緑谷には心操の"個性"のこと言ったんだよな?」

「ああ。それなのに緑谷の奴どうして・・・」

「挑発にでも乗せられたのかもな。開始前に何か話してたみたいだったし。まぁ、こうなったら心操の勝ちだな」

 

 心操に操られている緑谷は、まるで何かに引っ張られているかの様にステージの外に向かって歩き出している。

 

 このまま場外に出て緑谷の敗北。試合を見ていた誰もがそう思っていた。

 緑谷が今まさに場外に出ようとした瞬間、緑谷の指から衝撃が走った。それは暴風と共に砂ぼこりを巻き上げ、心操も思わず顔を腕で隠す。

 

『あぁーーーッとこれは・・・緑谷‼ とどまったああ!!?』

 

 まさかの展開に観客席からは歓声が巻き起こる。心操も"個性"を解かれたことに驚愕している。当の緑谷は自分の腫れ上がった指を見つめていたが、頭を振って心操に向き直る。

 心操は再び"個性"を発動させようと緑谷に言葉を投げ掛けるが、緑谷は無言を貫きながら突進し心操につかみ掛かる。そのまま押しだそうとするが、あと一歩のところでカウンターをもらい、逆に心操が緑谷を押しだそうとする。しかしヒーロー科と普通科、力量にも技術にも差がある。緑谷は押しだそうとする心操の腕を掴み、そのままの勢いで一本背負いを決め、心操を場外に叩きつけた。

 

『心操くん場外‼ 緑谷くん二回戦進出‼』

 

(緑谷の奴、どうやって洗脳を解きやがった・・・?)

 

 まさかまさかのどんでん返しで勝利を納めた緑谷を眺めて、天海は思案に暮れていた。

 尾白の情報では、心操の"個性"は心操本人、もしくは外部からの衝撃でしか解くことはできない。つまり一対一の状況下で緑谷が洗脳を解く方法などないはずなのだ。にも関わらず緑谷は自力で解除して、そして勝利した。

 

「本当予想外なことばっかだな、緑谷は」

 

 結局、天海は考えるのを止めて小さく呟く。入学の日から今日の体育祭までの遍歴を振り返ってみても、天海にとって緑谷はそういう男だった。何にしても予想外なことばかりしてくる変わった奴、そんな印象だった。

 

IYAHA(イヤハ)! 緒戦にしちゃ地味だったが、両者共に大健闘だ‼ しばらくしたら二回戦行くぞ!』

 

 

 

 *

 

 

 

「これは・・・瀬呂が気の毒だね」

「そうだな」

 

 ドンマイコールが会場のあちこちから聞こえる中、耳郎と天海は同情していた。スタジアムの屋根を越える程の氷壁に襲われた瀬呂に。

 二回戦は轟VS瀬呂の試合だった。開幕、瀬呂がテープで轟を絡めとり、場外に引っ張り出そうとした。お互いの"個性"の相性を鑑みれば、これが瀬呂にとっての最適解だったろう。

 しかし、轟はそんなものは意にも介さんとばかりに大氷壁を展開。想定外の規模で反撃された瀬呂は避ける間もなく氷壁に飲まれ、そのまま行動不能とみなされ轟の勝利となった。

 

 

 続く三回戦は上鳴とB組の塩崎との戦いだった。上鳴は一瞬で勝負を決めるために、開始早々全力の放電を放ったが、塩崎は自身の頭髪であるツルを伸ばして地面から壁を形成した。ツルの壁はアースの役割を果たし、上鳴の放電を無力化した。そして塩崎は上鳴が許容限界を迎えたタイミングで彼をツルで拘束し、空中に持ち上げた。

 

『上鳴くん行動不能‼ 塩崎さん二回戦進出‼』

『瞬殺‼ 敢えてもう一度言おう! 瞬・殺!!!』

 

「あの馬鹿・・・。結局アホ面晒してんじゃねーか」

「まぁ実際馬鹿だし仕方ないよ」

 

 呆れる天海の横で耳郎が辛辣なコメントする。試合前に相手に放った「この勝負、一瞬で終わっから」という台詞はどこに言ったのか、今の上鳴はとても情けない姿である。

 

「あれあれぇ~~一瞬で決めるんじゃなかったっけ? おかしいなぁ、一瞬でやられたよね? A組はB組より優秀なはずなのにおっかしいな? アッハハハハハハハハ!」

 

 そんな様子を見て、壁を隔てた隣の観客席からB組の物間が頭を覗かながら、ここぞとばかりに煽ってきた。天海は物間の言葉に少し苛つきながら立ち上がる。

 

「何だお前、予選落ちしたくせに随分な言い草だな。何ならもう一回白黒はっきりつけてやろうか」

「おやおや、本当のことを言っただけなのに暴力を振るうのかい? A組は怖いなぁハハハハハハ、ウゲッ」

 

 高らかな笑いを上げていた物間が突如まぬけな声を上げて壁の向こうに消えた。それと入れ替わるようにサイドテールの少女が顔を出す。

 

「ゴメンなA組。うちの物間が変なこと言って」

「あ・・・あーいや、こっちこそ悪かったな。ちょっと苛ついちまって」

「いいよ、悪いのはこっちだし。物間にはちゃんと注意しとくから。じゃっ」

 

 一言謝礼を言って少女は向こうの観客席に戻った。嵐のように消えていった物間に対してA組の面々は戸惑いの表情を浮かべる。

 

「さてと、そろそろ行くか」

 

 そんな雰囲気の中、天海は控え室に向かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 控え室には待っている選手も試合が観戦できるようにテレビが備え付けられている。天海はそれで試合を見ていたのだが、

 

「・・・何だこれ」

 

 台詞はそれしか出てこなかった。

 

 戦っていたのは飯田とサポート科の発明だったのだが、飯田はどういう訳か発明のサポートアイテムを身に付け、自身のそれと発明の持っていたアイテムに翻弄されていた。発明はまるで実演販売の様にアイテムの説明をサポート会社に向けて説明をした後に自ら場外に出てリタイア。飯田は二回戦進出を決めたものの、散々広告塔として自身を利用した発明に激怒していた。

 

「まぁ瀬呂の時じゃねーけど、ドンマイだな」

 

 哀れな飯田に向けてドンマイを送って、天海は選手入場口に向かう。次はもう自分の試合だ。

 

 

『立て続けにいくぜ第五試合! ちょっと似たような"個性"同士の対決だ!

 

 自由自在に水を操るウォーターボーイ! ヒーロー科 天海大河‼

 (バーサス)

 縦横無尽に酸を振り撒くアシッドガール! ヒーロー科 芦戸三奈‼』

 

「対人戦闘訓練では一緒だったけど、手加減はしないよ!」

「それはこっちも同じだ。後で吠え面かくなよ!」

 

 ステージ上で芦戸と天海が張り合う中観客席では、

 

「天海やっちまえ!! ずぶ濡れにして服が透けるような感じで!」

「クソかよ」

 

 全力でエロい展開を求める峰田に女子全員が軽蔑の眼差しを向けていた。

 最も、天海はそんな事をするつもりは毛頭ない。対人訓練の日にそれ関連で痛い目にあっているからだ。

 

『第五試合、レディィィィSTART‼』

 

「とりあえずは…様子見だ!」

「おっと! いきなり危ないなー」

 

 開始直後に天海は芦戸に向けて水弾を撃ち込む。芦戸は何とか反応して、スレスレを躱しながら溶解液で滑って天海に接近する。

 

「そらそらっ、まだまだいくぞ!」

「ほいっ、よっ、とうっ‼」

「ッ…! やっぱ避けられるか…」

 

(芦戸のやつ、運動神経は相当良いからな。はっきり言って近づかれたくはない)

 

 天海は立て続けに水弾を撃つが、芦戸はどれも華麗に避けながら近づいてくる。

 

 異形型である影響か、芦戸はA組の中でも素の運動能力はかなり高い。その力量は入学当初の体力テストで男子と並んで上位に食い込む程だ。

 加えて、天海は戦闘訓練の際に芦戸の機動力の高さを目の前で見ている。足場が悪かったとはいえ、中距離主体の耳郎を一瞬で制圧したのだ。警戒していなければ一瞬でやられかねない。

 

 天海は後ろに下がりつつ迎撃するが、芦戸はどんどん距離を詰めてくる。いつの間にかステージ端まで追い込まれていた。

 

「追い詰めたよー! そーれっ‼」

 

 芦戸は掌に溜めた溶解液を投げつけるようにして天海に撃つ。しかし、

 

「まだだよ‼」

「あっ! もう飛ばないでよ、ズルいなー!」

 

 天海は芦戸の上を飛び、後ろに回り込んで距離を離す。芦戸はすかさず反転して、天海を追いながら溶解液を飛ばし続ける。

 

「待ってよー! このっ、このっ!」

「っと! おい、今カスったら体操服溶けたぞ!」

「溶解液なんだから当たり前でしょー!」

 

 天海は芦戸を正面に見据え、後ろ向きに飛びながら着地するために徐々に高度を落とす。

 

(とりあえずこのままじゃジリ貧だな。ここらで反撃しないとッ───⁉)

 

 着地しようとして脚を踏みしめた瞬間、妙な踏み心地を足裏で感じながら天海は前のめりに倒れこんだ。

 接近してくる芦戸と飛んでくる溶解液を警戒しすぎたあまりに、天海は芦戸が飛ばした溶解液がどこに落ちたか把握していなかった。その結果、着地時に溶解液を踏み込んでしまい足を滑らせてしまったのだ。

 

「やべっ‼」

「ラッキー! もらったー!」

 

 体制を崩した天海はすぐさま立ち上がるが、芦戸はもう目の前まで来て顔面目掛けてパンチを放とうとしている。恐らくこの一発で決めるつもりなのだろう。勢いのついたパンチをまともに喰らえば、さすがに気絶しかねない。天海は何とか反撃を試みようと、掌を芦戸に向ける。

 

 

 この試合、天海は本気を出すつもりはなかった。残りの試合を考えて体力を温存するのもあるが、女子相手に思い切り殴ったりするのが何処か(はばか)られたからだ。

 しかしこの瞬間は焦っているのもあって、つい反撃してしまった。

 

 割と本気(ガチ)で。

 

「きゃあああああああ‼」

 

 天海の掌から放たれた水流は芦戸を丸ごと飲み込み、そのまま場外まで持っていった。

 

『芦戸さん場外‼ 天海くん二回戦進出‼』

「あ」

 

 ミッドナイトの声が聞こえて初めて事の顛末に気づいた天海は慌てて場外まで飛んでいった芦戸に駆け寄る。

 

「芦戸‼ だ、大丈夫か⁉」

「うー、大丈夫だけどびしょ濡れだよー」

 

 フラフラと立ち上がった芦戸は両手をブラブラさせながら無事を伝える。

 

「悪い、つい本気出しちまった」

「てことは本気出すつもりなかったってこと? 最初あんなこと言ってたのに」

「初戦からバカスカ撃ってたら決勝まで持たないっつーの。ほら、乾かしてやるよ」

「変なとこ触んないでよ」

「俺をあの峰田(へんたい)と一緒にするな」

 

 少し不機嫌そうな芦戸を適当にあしらって、天海は芦戸の肩に手を置いて服に染み込んだ水を吸いとっていく。服はみるみる乾いていき、吸い出された水は霧散していった。

 

「髪乾かすから動くなよ」

 

 そう言って天海は芦戸の頭をワシワシと撫で回す。

 

「…へへっ、何か誉められてるみたい」

「変なこと言うな。しっかし、芦戸の髪はボサボサだから楽だな。あんまり整えなくて良いし」

「ちょっと、女子に向かってボサボサは無くない⁉」

「じゃあ何て言うんだ?」

「えーっと………ボサボサ?」

「やっぱそうじゃねーか。よし、乾いたし行くぞ」

 

 芦戸の乾燥タイムも済んだので二人は退場口に向かって歩き出す。

 

「だとしてもボサボサは無いよー!」

「何だよ、めんどくせーな」

「めんどくさいとか言わない‼ 天海はそういうとこ気ぃ遣いなよー!」

 

 

 一方そんな光景を見ていた観客席では───。

 

「何だ天海のやつ‼ オイラにはあんなことしておいて、自分はやりたいことやってんじゃねえか!」

「あれは天海ちゃんの人柄だから許されるのよ」

「何でオイラは駄目なんだよ!」

「峰田ちゃんだからよ」

「チックショー‼」

 

 

「どうしたの耳郎さん。何か顔が険しいけど」

「……何か今の見てたらモヤモヤしてきた」

「何で?」

「…わかんない」

 

 天海、二回戦進出。



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No.15 予想外デース!

前回もそうでしたが本編と同じ組み合わせの試合は、読者の皆さんが原作を読んでいるものとして簡略化しています。多少変な表現になっていたとしてもご了承下さい。

あと今回いつもの二倍位あるのであしからず。


「お疲れ天海。女子相手に結構なことしてたな」

「冷やかしはやめろよ。本当はもう少しマシな勝ち方したかったんだよ」

 

 客席に帰って来た天海に瀬呂が労いの言葉と共に先の試合について言及し、天海はそれに対して頭を掻きながら返事を返す。

 

「途中までは追い詰めていたけど、惜しかったわね三奈ちゃん」

「聞いてよ梅雨ちゃーん! 天海の奴ったら試合前は手加減しないとか言ってて手抜いてたんだよ!」

「気を遣ったって言えよ。女子をボコボコにしたら印象悪いだろーが」

 

 芦戸は励ましてくれた蛙吹に駆け寄ってぶうたれるが、天海はそれを訂正するように伝える。

 その後、他の者からも労いや冷やかし、励ましやら嫉妬やら色々言われる中、切島が天海に問いかける。

 

「ところで天海。……さっきから後ろにいるその人は誰だ?」

「あ?」

 

 切島の指摘を受けて、天海は後ろを振り返る。そして目を見開いた。

 

 そこには何時からいたのか、天海によく似た水色の瞳と肩まで伸びた同じく水色の髪の女性が立っていた。すらりとした体型で、身長は天海とほぼ同じくらいだ。

 

「よう大河。久しぶりだね」

 

 明るい笑顔で女性は天海に挨拶するが、当の本人は信じられないと言った面持ちだ。

 

「ちょ、ちょっと待て。何でここにいるんだ⁉」

「何でって、あんたが体育祭でこんなに頑張ってたら応援しにもくるでしょ?」

「そうじゃなくて! この席は関係者以外いちゃ駄目なんだよ! どうやって入ってきた⁉」

「いやーそれは分かってたけど、一目見るついでにあんたのクラスメイトに挨拶しようと思ってコッソリと───」

「思いっ切り不法侵入じゃねーか‼ 只でさえ雄英は先月のことでピリピリしてんだから勘弁してくれよ!」

 

 あっけらかんとした態度で話す女性に頭を抱える天海。周りからすれば何が何やらと言った状況だ。

 

「えっと…天海、この人は?」

 

 戸惑いながらも、A組全員の気持ちを代弁して尾白が質問する。

 

「え? あー悪い悪い。この人は───」

「どうも、私は大河の伯母の天海(あまみ)潤華(じゅんか)。よろしくね皆」

 

「「「伯母さん!!?」」」

 

 二人の言葉に皆が驚く。潤華の容姿は二十代前半のそれで、とても伯母とは思えなかったからだ。別に伯母は絶対に歳を食っているというわけではないのだが。

 

「随分若いね。てっきりお姉さんかと…」

「言ってもそんなにだぞ。確か今年でさんじゅ───」

 

「おっと大河。…今なんて言った?」

 

 天海の言葉を遮るようにして、潤華が何処か無機質な笑顔で天海に詰め寄る。

 

「ま、まだ二十かそこらだったかな。そそ、そうだよな? 伯母さん」

「そうだよ。全く物覚えが悪いな大河は。ハハハハ!」

「ハ、ハハ……」

 

(((天海がガチでビビってる)))

 

 顔を青くして訂正する天海をA組の面々は物珍しそうに眺める。やはり女性に対して歳の話はタブーだ。

 

「でも本当に綺麗だよねー。特にその水色の髪とか!」

「肌なんて何なら私らより綺麗なくらいやし。羨ましいなー」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるね。芦戸三奈ちゃんに麗日お茶子ちゃん」

「あれっ、初対面なのに名前知ってくれてるんですか?」

 

 先ほど試合で紹介されていた芦戸ならともかく、特に接点も無い自分の名前を呼ばれて不思議がる麗日。

 

「クラスの皆のことは大河からメールや電話で聞いてるからね。大河が随分楽しそうに話してくれたよ」

「やめろって伯母さん。別にそんな風に話してなかっただろ」

 

「何だよ天海、俺たちと友達になれたのがそんなに嬉しかったのか? さては中学ではボッチだったな?」

「どんな風に話してたんだ? ちょっと教えてくれよ」

「ボッチでもなかったし、はしゃいでもねーよ! ニヤニヤすんな鬱陶しい!」

 

 潤華の話を聞いて上鳴と瀬呂がニヤつきながら、天海に肩を組んでくる。天海は否定するが、二人からは止めようとする気配がまるで感じられない。

 

「クラスの名前は全員覚えたよ。二人は上鳴電気くんに瀬呂範太くんだね? それと…耳郎響華ちゃん!」

「えっ? な、何スか…?」

 

 急に自分を名指しされて困惑する耳郎。そんな彼女に潤華は歩み寄って笑いかける。

 

「大河が入院してくれた時はありがとう。私は仕事だし家から遠いしで、見舞いに行けなかったんだ。代わりってわけじゃないけど、行ってくれて助かったよ」

「いえ、ウチはそんな大したことは……」

 

 礼を言われて謙遜する耳郎に対して潤華は、

 

「いや、本当に感謝してる。何でも大河の為に泣いてくれたんだって?」

「うぇえ⁉ いや、それはその……!」

 

「ちょ、伯母さん‼ 何言ってんだ!」

 

 とんでもない爆弾発言を投下した。

 それを聞いて思春期の高校生が食いつかない訳がなく、周りは二人に問い詰める。

 

「それは本当ですの? 耳郎さん」

「いや、あの時は気が動転してたっていうか……」

「つまり泣いたのは本当なんだね! ねぇねぇ、二人はやっぱそういう関係なの⁉」

「ち、違うから! そんなんじゃないから‼」

 

「おい天海! お前らいつの間にそんな関係になったんだ!」

「病院で何があった! 詳しく話せ!」

「あーもううるせーな! 話すことなんかねーよ! とりあえず‼」

 

 上鳴と瀬呂の拘束を振りほどいて、天海は潤華に近寄る。

 

「伯母さん、ここは生徒専用の席なんだ。ちゃんと一般客用の席があるからそこまで行くぞ」

「えー、まだちゃんと挨拶が済んでないよ」

「こんだけインパクト残せば十分だろ。ほら、行くぞ」

「相変わらず大河は頭が固いな」

 

 少し物足りなそうな潤華を引っ張って、天海は通路へ向かう。

 

「おい天海。逃げるのはズルだぞ!」

「うるせー! 少し黙ってろ!」

 

 野次に向かって一吠えした後、二人は通路の向こうへ消えていった。

 

 

 

 *

 

 

 

「ったく、どうしてくれんだ。伯母さんのせいでめんどくさい事になったじゃねーか」

「いちいちそんな細かいこと気にしてたら苦労するよ?」

「事の元凶がそれ言うか。それにアンタはおおらかすぎんだよ。本当に母さんと双子なのか?」

「正真正銘姉妹だよ。似てるでしょ?」

「顔はな。中身は全然」

 

 清々しいほどに笑顔な潤華を見て、天海は片手で頭を抱える。下手をすれば先ほどの話でこれからずっとイジられる可能性があるのだ。天海にとったら面倒なことこの上ない。

 そんな困った様子の天海をしばらく眺めて、潤華が口を開く。

 

「にしてもあんた、中学までと比べて変わったね」

「あ? 別に変わってないだろ」

「いいや、そんな事ない。あの頃のあんたはよそよそしいっていうか……嘘っぽかった。周りに対してね」

 

 ゆっくりと歩きながら潤華は通路の向こうを見つめる。

 

「授業参観とかで学校行ったりしたけどさ、友達と楽しそうにしてても本気でそう思ってるように見えなかった。取り繕ってる感じだったね」

「そんな事ねーよ。普通だったろ」

「そんな事あったから今話してるの。うちに来たばかりの時は目付きもひどかったよ。全然喋りもしなかったし」

 

 話しているうちに二人は一般席の入り口の前まで来たが、潤華はピタリと立ち止まって天海に向き直る。

 

「あんた、(ヴィラン)のこと本気で恨んでたでしょ。殺してやりたいくらいに」

「……気づいてたのか」

「当然。伊達にあんたを八年間育ててないよ」

「参ったな、バレてないと思ってた」

 

 潤華に本心を突かれて、天海は少し気まずそうに頭を掻く。

 

「でも気づいてた割に何も言わなかったんだな」

「ああ、それはあんたを信頼したからだよ。大丈夫だって」

 

 潤華は天海の眼を真っ直ぐ見つめる。

 

「あんたはあんたの母さんによく似てる。周りを第一に考えて自分が自分がって動ける優しい子だよ。だから立ち直れるって、大丈夫だって思ったんだ。実際そうみたいだしね」

 

「……伯母さん、俺はそんなできた奴じゃねーよ」

 

 天海は言葉を連ねる。

 

「俺は自分の事しか考えれてなかった。怒りとか憎しみとかに任せて好き勝手やって、周りを巻き込んで、勝手にくたばって、周りに迷惑かけて……でも」

「でも?」

「だからこそ強くなろうって思った。まだ敵への憎しみが消えた訳じゃねーけど…変わろうって思えた。雄英(ここ)であいつらに出会えて、やっと思い出せた。俺は何の為にヒーロー目指したのか」

 

 天海は今まで恨みを晴らさんが為に生きてきた。彼にとっては、雄英は特に意味のない通過点のつもりだったかもしれない。

 しかし雄英で本心を話せる友を得て、護りたいと思う友を得て、天海の心に変化が生じた。

 

「俺はここからヒーローになる。俺と同じような思いをする奴をこれ以上生まない為にも、俺は強くなる。強くならなきゃいけないんだ」

「…うん。良い心構えだ」

 

 潤華は短く頷いて、天海の頭に手をポンと置く。大河は恥ずかしそうにしてそれを軽く振り払う。

 

「やめろよ。ガキみたいだろ」

「まだまだガキだよ。さてと、私はそろそろ行くよ。送ってくれてありがとう」

「もう来るなよ。じゃあ俺も戻るわ。もうすぐで試合も始まるだろうし」

 

 天海は踵を返して道を引き返す。潤華は黙って後ろ姿を見ていたが、しばらく行ったところで「大河!」と呼び止める。名を呼ばれて天海は足を止めて振り返った。

 

「良い友達持ったね。大事にしなよ」

「……ああ」

 

 短く返事して天海は再び道を引き返した。潤華は彼が見えなくなるまで見送った後、

 

「この短い間に随分変わったね」

 

 一言そう呟いた。潤華は薄暗い入り口を抜けて、一般席まで出て空を見上げた。

 

「───二人とも見えてる? あんたらの息子はあんな立派になったよ」

 

 

 

 *

 

 

 

「やっべ、もう試合始まってるじゃねーか」

 

 天海がA組の観客席に帰って来た時、試合は中盤に差し掛かっていた。ステージ上では"硬化"の切島と"鋼鉄"の鉄哲がノーガードで殴りあっている。天海は駆け足で元いた席に向かう。

 

「あぁ…お帰り天海…」

 

 自分の席に戻ってきた天海を見て、隣の席の耳郎は力無い声を出す。大方、天海が席を外している間に質問責めにでもあったのだろう。疲労困憊で何処と無くやつれた様子の耳郎は恨めしそうな眼を天海に向ける。

 

「何であの状況でウチだけにしたの」

「いや…あのまま伯母さん置いといたらあること無いこと言われると思ってよ」

「とりあえず誤解ってことで何とか誤魔化したけどさ。それと、何で病室でのこと話してたの」

「それに関してはマジで悪い…。まさか連絡も無しで伯母さんが来て喋るとは思わなかったんだよ」

 

 天海は申し訳なさそうに頭を下げる。耳郎は暫く黙って見つめていたが、やがて呆れた様子で小さくため息をついた。

 

「とりあえず試合見よ。天海が行ってる間に大分白熱してたよ」

「ああ。本当迷惑かけて悪かった」

「そんな謝らないで良いって。別に怒ってないし」

 

 

『ああっと‼ ここで両者共にダウンだー!』

 

 プレゼント・マイクの実況が響く中、切島と鉄哲がお互いに顔面を殴り付け大の字で倒れる。審判のミッドナイトが二人の元へ行き、二人とも気絶しているのを確認した後に引き分けを言い渡した。

 引き分けの場合は腕相撲などの簡単な勝負に勝敗が委ねられる。今回は両者気絶の為、回復するまでに残りの試合を続けることとなった。

 

「次の試合は……爆豪と麗日か」

「んー、なんか見たくないな」

 

 耳郎は落ち着きがなさそうに両腕を(さす)る。

 手加減などまるで考えに無いであろう爆豪の相手は麗日だ、恐らく今回のトーナメントで一番不穏な組み合わせだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

「ありがとう爆豪くん…油断してくれなくて」

 

 身体のあちこちに傷をつけた麗日が両手の五指を合わせる。

 試合序盤で麗日は爆豪に向かっての突進を繰り返した。触れた者を浮かせるという"個性"上、不利だと分かってても麗日は爆豪に接近せざるを得ないが、その代わり"個性"の発動さえできれば一気に有利になれる。

 それに対して爆豪は容赦ない爆破で麗日を寄せ付けない。麗日側も爆煙に紛れての背後からの接近も狙ったが、爆豪の並外れた反射神経で見切られていく。

 一見無謀とも思える麗日の突撃。観客の中にはヤケを起こしていると思う者もいた。しかしそれは、爆豪に一矢報いるための布石だった。

 爆豪が爆破の度に削り取っていたステージの瓦礫を麗日は"個性"で上空に貯めこんでいた。突進はそれを悟られない様に爆豪の視線を下に向けさせるためのものだった。

 

 そして麗日は許容重量(キャパ)ギリギリまで貯め込んだそれらを一斉にに解除した。

 

「勝あアアァつ‼」

 

 麗日の叫びと共に支えるものを失った大量の瓦礫は全て爆豪に向かって降り注ぐ。その光景はまるで流星群のようだ。

 爆豪とて大量の瓦礫をまともに喰らえばひとたまりもない。故に反撃する。麗日の作戦はその隙をついて爆豪に触れることだった。

 麗日は自身に"個性"を使用して爆豪に向かって走り出す。少しでも速く近づくためだ。爆豪は反撃の為に手を上に向けている。爆豪の"個性"は掌でしか使えないため今なら迎撃される心配もない。

 

(勝つ‼ 勝って、私もデクくんみたいに───!)

 

 あと数メートル、爆豪に触れるまで目と鼻の先というところで、

 

 

 今日一番の爆破が起こった。

 

 轟音と共に爆豪の掌から放たれた火柱の様な爆炎が瓦礫たちを飲み込み、その余波で自らを無重力としていた麗日は吹き飛ばされた。

 ステージに残ったのは少し険しい顔をした爆豪と彼によって粉々にされた小石程度の瓦礫たち、そして何とか立ち上がろうとする麗日だった。

 

「いいぜ、こっから本番だ麗日ァ!」

 

 しかめっ面から一転して凶悪な笑みを浮かべて追撃を仕掛けんとする爆豪とそれに立ち向かおうとする麗日。

 しかし、麗日は膝から崩れ落ちてしまった。

 瓦礫をたくわえる過程でギリギリまで使用し、最後の特攻で自身に使用した"個性"の反動が彼女を襲い、今限界を迎えてしまった。

 

 それでも何とか戦おうと地面を這う麗日に対して、ミッドナイトナイトは行動不能を言い渡し、爆豪の二回戦進出が決まった。

 

 

 

 *

 

 

 

 次なる轟と緑谷の試合、試合終盤で両手がボロボロの緑谷が轟に向かって叫ぶ。

 

「君の! 力じゃないか‼」

 

「俺だって、ヒーローに…‼」

 

 そしてその叫びに呼応するかのように轟の左半身から空気をも焦がすかのような炎が燃え上がる。

 

 最初緑谷は苦戦を強いられていた。

 轟がどの程度の氷結攻撃を仕掛けて来るかが分からない緑谷は、一度の攻撃を指一本を犠牲にして無力化しながら弱点を探っていた。情報が少なかったからだ。

 そして指四本と途中拘束されかねなかった際に腕一本を消費した時に、轟の変化に気づいた。

 轟の体の震え。それが右の"個性"によるデメリットであることを緑谷は見抜いた。そして、それは左の"個性"で解消できることにも。

 そこから状況は一変した。"個性"の反動で動きが鈍くなった轟に緑谷は壊れた腕で攻撃を与えていく。氷結攻撃は壊れた腕で指で無効化し、指が握れなければ頬で指を弾いた。一種の狂気に近いとも言えるであろうその行動の中で緑谷は必死に叫んだ。

 皆が全力を出し合う場で、轟が半分の力で勝ち抜こうとすることへの怒り。そして左の"個性"は決して父親の力ではなく轟自信の力であること。

 

 緑谷は叫んだ。叫び続けた。

 

 そしてそれが今、父への憎悪と復讐に駆られた轟の氷の心を溶かしたのだ。

 

「凄……」

「何笑ってんだよ。その怪我で…この状況でお前……イカレてるよ。どうなっても知らねぇぞ」

 

 轟は炎をさらに燃え上がらせ、緑谷は手足にワン・フォー・オールを発動させる。

 轟が緑谷目掛けて作り出した大氷壁を緑谷はスレスレを飛び越えて轟に接近する。

 緑谷の渾身の100%と轟が数年越しに解放した炎が衝突した瞬間、会場全体を轟かせる大爆発が起こった。

 土煙が晴れてステージ上で立っていたのは体操着が半分燃え尽きた轟、そして場外の壁際で全身ボロボロで横たわる緑谷。勝負は決まった。

 

「緑谷くん……場外。轟くん───…三回戦進出‼」

 

 

 

「うっわ、ありゃ決勝で当たったらキツイかもな…」

「水なら火相手は楽勝じゃないの?」

「こっちの水を蒸発できるだけの熱量を持ってたら相当ヤバい。その前に氷もあるしな」

 

 轟が解放した左の炎は天海の予想を上回るものだった。氷結だけでも厄介だが、今目の当たりにした火力は生半可な攻撃は容易く無力化するだろう。

 さらに片方を使えばもう片方のデメリットも回復できるとなると、かなりの苦戦を強いられるかもしれないのだ。

 

「まぁその前に倒さなきゃならねー奴がいるんだけどな。特にずっと睨んできてるアイツとかな」

 

 そう言って天海は少し離れた席を見遣(みや)る。そこには怒りと苛立ちをそのまま体現したかのような表情で彼を睨み付ける爆豪がいた。爆豪は天海と目が合うとゆらりと立ち上がった。

 

「おい水野郎。何が『決勝で当たったら』だ……。もう俺に勝ったつもりでいんのか、ああ!!?」

「勘違いすんなよ爆豪。『勝った』つもりじゃねぇ。『勝つ』つもりでいるんだよ」

「どっちも変わんねぇだろうが!」

「いーや変わる」

 

 憤る爆豪を正面に見据えるように天海も立ち上がる。

 

「俺はお前のことを甘く見ている訳じゃない。何なら俺より強いかもって思う。"個性"の使い方ひとつにしてもな。その上で俺はお前に勝つ。いや、お前の言葉を借りるなら……」

 

 そこまで言って天海は真剣な眼差しで爆豪を指差す。

 

 

「俺が一位になる」

 

 

 開会式で放った己の言葉。それをそっくりそのまま返され、爆豪の眉間の皺がさらに深くなる。一方の天海は固い表情を崩して笑う。

 

「まぁその前に常闇を倒さなきゃなんねー訳で。そういう事だから次の試合の準備に行くわ」

 

 そう言って天海は客席を後にした。天海が去った後、爆豪はドカリと椅子に座り込み、他の者は口々に話し合う。

 

「すげえな天海の奴。爆豪に向かって堂々と宣戦布告していきやがった」

「アツいね! 男同士の友情って感じ!」

「友情なの? あれ」

「悪いものでは無いのは確かね」

 

 

「───上等だよ水野郎。俺が絶対にぶっ殺してやるから負けんじゃねぇぞ」

 

 その時、爆豪が僅かに浮かべた笑みは誰にも見られることはなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

『どんどん進めていくぜトーナメント! 次に戦うのはこいつらだ!

 天海大河‼

 対

 常闇踏陰‼』

 

 プレゼント・マイクの実況と観客の歓声が響く中、ステージ上では天海は腕を伸ばし、常闇は腕を組んで凛としている。

 

『さぁ行こうか! レディィィイイ、スターート‼』

 

「行け、黒影!」

「アイヨ!」

 

 スタートと同時に常闇は黒影を解き放つ。命令を受けた黒影はもうスピードで天海に向かってくる。天海は水弾で迎撃するが、黒影は左右に躱しながらさらに近づく。

 

「オォラアッ!」

「あめーよ!」

「ウォッ⁉」

 

 天海の目の前まで近づいた黒影は腕を思い切り振り抜くが、天海は両手から水を下に向けて放出する。そのまま回転しながら飛び上がり、攻撃を回避した上で黒影の顔面に勢いのついた回し蹴りを食らわせる。

 黒影は体制を崩して少し距離を取る。天海は着地して挑発的な表情で口を開く。

 

「遠距離攻撃しか出来ないと思ったか? 来いよ!」

「言ワレナクテモヤッテヤルヨ!」

 

 黒影は怯むことなく拳の連打を繰り出す。天海はそれらを躱しながら攻撃後の虚を突いて打撃や水弾を放つが、黒影もそれらを避けたり弾きながら攻め続ける。

 

『すげえ攻防だ! 一回戦では圧勝だった黒影だが、天海は対等に渡り合ってるな!』

『天海の強さは"個性"の応用力の高さだ。ただ撃つだけじゃなく打撃に水流で勢いをつけて威力を上げたりシンプルさ故の強みだな。常闇はいかに黒影のリーチを生かして天海を近づけさせないかが勝負だろう。持久戦で体力を消耗させればその分勝機が見えるからな』

 

(さてと…どう攻めるか)

 

 プレゼント・マイクと相澤の実況と黒影との応酬の最中、天海は戦略を練る。

 

(常闇は黒影を戦わせるのが主な戦法のはずだ。訓練でも常闇自身が戦ってるのは見たことねーからな。そうなれば泣き所は───)

 

「チョロチョロト…鬱陶シイナッ!」

 

 天海との乱打戦に苛立ったのか、黒影が大振りのパンチを放つ。天海はそれを見逃さなかった。

 天海は後ろに下がって躱し、標的を失った黒影の拳は地面に振り下ろされステージにめり込む。

 

(───近接戦闘!)

 

 その隙に天海は黒影の脇をすり抜けて常闇の元へ飛ぶ。自分へ接近する天海を見て、常闇はすぐさま黒影を呼び戻す。

 

「戻れ! 黒影!」

「その前に仕留める!」

 

 天海は飛翔しながら拳に水を纏わせ、何時でも攻撃に転じれるようにしておく。しかし常闇まであと五メートル程と行ったところで、足を何かに掴まれるのを感じた。

 

「行カセネエヨ!」

「くそっ、こいつ…!」

 

 後ろを見れば黒影が右腕を伸ばして天海の足をしっかりと捕らえていた。黒影の体は伸縮自在で決まった長さや形は無いのだ。

 天海は黒影を振りほどこうと手を構えるがその前に常闇の指示が飛ぶ。

 

「そのまま投げ飛ばせ‼」

「アイヨ!」

「ぐっ……うおぉ⁉」

 

 黒影はその長い腕を存分に生かして天海を場外目掛けて投げる。軽くきりもみ回転しながら飛ばされた天海だったが、何とか水流で体制を建て直しステージに戻る。

 

「さすがだな常闇。一筋縄じゃいかねーか」

「フッ、そういうお前もな。場外に出来ないとなれば打ち負かすしかなさそうだ」

 

 お互い不敵に笑った後、天海が両手を広げて大仰に話し出す。

 

「でもよ常闇。そっちには黒影がいるし、二対一ってのはフェアじゃあねーよな?」

「……? どういうことだ。俺に黒影を使うなとでも言うつもりか?」

「いや、俺が合わせてやるよ」

「何?」

 

 意味深な発言に怪訝な表情の常闇の前で天海に異変が起きる。

 広げた両手はそのままに天海の背中から水が伸び始める。それは何かを形作るように蠢きながら徐々に大きくなり、やがて人ひとり分程になるとその姿を顕にした。

 

「おいおい。あれってもしかして……」

 

「「「黒影!!?」」」

 

 観客席にいたA組は、否、今この試合を見ていた殆どの者が驚愕の声を上げながらステージを見つめる。

 そこにいたのは黒影と瓜二つの何か。違うところを上げれば透明なところ。そして、それが天海の背中から生まれていることだ。

 

「ナ、何ダアリャ⁉ 俺ニソックリダ!」

「落ち着け黒影! あれは贋物だ。お前ではない!」

 

 動揺する黒影を常闇は冷静になるよう言い聞かせる。しかし当の本人も驚きを隠しきれてはいない。

 

「即興で作ったにしちゃ良い出来だな。名付けるなら『水影─アクアシャドウ─』って言ったところか」

 

 自らが作り出した水影を見上げて満足そうに頷く天海。水影は体表を波のように揺らめかせながら常闇たちを真っ直ぐ見つめている。

 

「さてと早速実践投入と行こうか。水影、行ってこい‼」

「迎撃しろ、黒影‼」

 

 天海は水影を前に向かわせ、常闇も黒影を向かわせる。二つの影がぶつかり合う瞬間黒影が一歩早くパンチを顔面に叩き込み、もろに食らった水影は頭部が爆散した。

 

「ヘッ、何ダ楽勝ジャナイカ」

「ッ! 黒影、避けろ‼」

「何言ッテンダ踏カ……ウオット⁉」

 

 油断していた黒影に首無しの水影が腕を振り抜いてきた。常闇のおかげで間一髪避けた黒影の前で水影の首もとからはどんどんと水が湧き出てきて、やがて吹き飛ばしたはずの頭部が傷ひとつなく復活した。

 この水影、実際は天海が"個性"で黒影っぽく固めて操作しているだけのただの水である。そのため再生は出来るが当然話すことは出来ないし、視点も天海本体からのものしかないので精密性には欠けるのだ。

 

「こっちの水影は再生できるぜ。さぁどんどん行くぞ!」

 

 きれいに再生した水影は黒影に対してノーガードで攻めこむ。黒影も攻撃を受け止めながら反撃するが、顔を吹き飛ばそうが腕を千切ろうが平気な水影は彼(?)にとってかなり面倒なことこの上ないであろう。

 

(これだけ戦えりゃ十分だな)

 

 そしてそれこそが天海の目が狙いでもあった。

 

「それじゃあ常闇…。()()()と行こうぜ!」

 

 そう吠えると天海は再び常闇目掛けて飛翔する。当然常闇も指示を出すが、

 

「戻れ! (ダーク)シャド……!」

「水影! そいつを抑えてろ!」

「グオッ⁉」

「くっ、おのれ…!」

 

 黒影が戻るより早く水影が彼(?)の両手を掴み、頭に噛みついて地面に押さえ込む。黒影は何とか抜け出そうともがくが水影がそれを許さない。

これで常闇は天海と本当の一対一に持ち込まれてしまった。

 常闇は目の前まで来た天海にパンチを繰り出すが、近接戦闘の練度が違いすぎた。天海は常闇の拳の脇に潜り込み、水を纏ったボディーブローを鳩尾(みぞおち)に叩き込んだ。

 

「カハッ…!」

 

 常闇は肺から空気を絞り出されるが、天海の攻撃はまだ終わっていない。常闇の腹にめり込んでいる彼の拳に水が球体状に収束していく。

 

「圧水爆撃─プレッシャー・ブラスト─‼」

 

 天海が腕を振り抜くと同時に水塊が爆ぜて衝撃波を生み出した。それを食らった常闇は場外まで吹き飛ばされ、地面を転がった後に止まった。

 

『常闇くん場外! 天海くん四回戦進出‼』

 

 勝敗が決まり会場中が一気に沸き立った。歓声や実況が聞こえる中、天海は腹を押さえる常闇の元へ行き手を差し伸べる。

 

「立てるか」

「ああ…ゲホッ! 何とかな…」

 

 差し出された手を常闇は掴み、少しよろめきながらも立ち上がる。

 

「やりすぎだったか?」

「いや、中途半端にやられてはお互いに悔恨が残るだろう。本気で来てくれて良かった」

「そうか、なら良かった。しかし常闇、お前黒影に頼り過ぎなんじゃねーか? 肉弾戦なれてねーだろ」

「ああ。考えてみれば今までは黒影にばかり背負わせていたのかもしれん。今後の課題だな」

 

 お互いに健闘を称え合う二人。

 

 対常闇、天海は危なげなく勝利を収めることができた。

 

 

 

 *

 

 

 

 同日同時刻、保須市。

 パトカーのサイレンが遠巻きに聞こえる人気のない路地裏。そこに血溜まりに沈む白いアーマーに身を包んだヒーローが一人。そしてその傍らには全身に刃物を携行し血のように赤いマフラーを巻き、そして鮮血に染まった刀を持った男が立っていた。

 

「名声……金…どいつもこいつもヒーローを騙る偽者ばかり…ハァ…」

 

 苛立ち、怒り、或いは呆れから来るものなのか。男は息を吐きながら刀についた血を長い舌で舐めとる。

 

「ハァ…貴様らはヒーローではない…彼だけだ。俺を殺していいのは……オールマイトだけだ」



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