唯我独尊自由人の友達 IFルート (かわらまち)
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椎名ひより√ 前編

気分転換での投稿です。
この話の倉持君はCクラス所属です。本編の彼とは性格が少し違うかもです。


 

 

 

 僕と彼女の出会いはありきたりなものだった。この学校に入学して、Cクラスに所属となった僕の隣の席が彼女だった。僕が窓際の一番後ろの席。その隣が彼女だった。漫画とかだと、いかにも何かが起こりそうな席だ。

 

 でも実際は何か起こるわけでもなく、最初に挨拶をしただけでそれ以来話すことはなかった。というのも、僕は中学の途中に高円寺と出会ってから今までの生き方を変えて、人と距離を取るようになっていて、高校に入ってもクラスメイトと深く関わったりしないようにしていた。

 そして彼女は基本無口でおとなしい。いつも本を読んでいて、周りに全く興味を持たない。最初のうちは見た目がかなり可愛いので、クラスメイトから声をかけられていたが、あまりに反応が薄いため、次第に声をかける生徒もいなくなっていた。

 

 そんな僕と彼女が話す機会がなかったことは必然と言えるだろう。僕も彼女もクラスメイトとは普通に話すが、友達と呼べる人はいない、一人でいることを好む不思議な人みたいな感じで浮いてしまっていたが、そこまで目立つ存在ではなかった。

 

 最初の3週間程はそんな感じだったのだが、ある出来事から僕たちは一目置かれるようになった。それは龍園翔がCクラスを支配しだしたときだった。龍園は力でクラスメイトを屈服させ、1ヵ月もしないうちに恐怖政治でCクラスを掌握した。

 

 しかし、その龍園を恐れない生徒が二人いたのだ。それが僕と彼女。そんな僕と彼女を恐怖で支配することを龍園は止めた。それは僕が龍園からの暴力や嫌がらせを全て躱していたからだ。何故だかそれで龍園に気に入られた。おそらく彼女も同じような理由だろう。

 

 こうして僕たちは龍園に意見できるクラスメイトとして一目置かれるようになった。

 

 意見できるといっても、僕も彼女もクラスのことには興味がないので好きにやってくれって感じだ。特に自分たちに害がなければ問題はない。この学校のシステムが知らされた後に、他クラスにちょっかいを出していたがどうでもよかった。

 

 まぁ、そんなことは置いといて、僕が彼女と話すようになったのはその立ち位置が定着し、中間テストが始まるころだった。

 

 

 

 

 

 

 

 僕はいつも通り、昼飯を学食で済ました後に図書室へと向う。図書室は教室などとは違い、静かで最高だ。そこで小説を読むのが僕の至福のひと時なのだ。

 何を読もうかと本棚を物色していると、ミステリーコーナーに見知った顔が見える。

 

「今日もいるんだな」

 

 視線の先には僕と同じクラスで浮いている女子。僕がここに来るときは必ずいる。一人で図書室に入り浸るなんて、ボッチ道まっしぐらだな。僕も人のこと言えないか。

 

 彼女を見かけたからといって話しかけたりするわけじゃない。僕は関わるつもりはないし、彼女もその気はないだろう。何故か本を出したり入れたりを繰り返しているが、僕には関係のないことだ。いつも通り横を通り過ぎる。

 

「むぅー」

 

 横を通ると、何やら本を持って唸っていた。それを見て足を止める。

 

「その本がどうかしたの?」

 

 なんとなく。本当になんとなく気になり、声をかけた。

 

「……」

 

 いつも眠そうな垂れた目がこちらに向く。目が合ったのは入学式以来だ。やっぱり可愛いな。おっとりとした小動物的な可愛さがある。しかし、返事がない。こちらをじっと見つめ、動かない。不審に思われているのか?そりゃそうか。今まで全く話さなかったクラスメイトがいきなり声をかけてきたら不審に思うわな。そう思ったら恥ずかしくなってきた。何故僕は声をかけたんだ。早急に立ち去ろう。

 

「邪魔したねごめん。それじゃあ」

 

 そそくさと退散しようとした僕だったが、その足が止まった。何かに引っ張られたからだ。後ろを振り向くと、本を片手に持ち、もう片方の手で、僕の制服の裾を握っている彼女がいた。身長差的に上目遣いになるため少しドキッとした。……嘘だ。少しではなくかなりドキッとした。

 

「すみません。今の今まで図書室で話しかけられたことが無かったので、驚いてしまいました」

 

「いや、急に声をかけた僕も悪いよ」

 

 彼女の返答に安堵する。不審に思われたわけでも、無視されたわけでもなかったようだ。

 

「それで、何か困りごと?」

 

「この棚の本を順番に並べていたのですが、一番上が届かなくてどうしようかと考えていました」

 

 その本を見ると、エラリー・クイーンの小説だった。なるほど、棚を作家名で並び変えていたのか。50音順だと、棚の一番上になるのか。それでどうしようかと唸っていたんだな。

 

「それなら簡単な解決方法がある」

 

「本当ですか?それはどのような方法でしょうか」

 

「こうすればいいよ」

 

 そう言って、彼女の手から本を受け取って、そのまま棚へと入れる。この位置で間違いないはずだ。ポカンとしている彼女に声をかける。

 

「自分より身長が高い人に頼めばいいんだよ。この場合は僕だね。簡単でしょ?」

 

「その発想は盲点でした。頭が良いのですね」

 

 これは褒められているのか、馬鹿にされているのか、どちらなのだろう。おそらくは前者なのだろうが。

 

「それじゃあ指示出しは頼むよ」

 

「えっと、よろしいのでしょうか?何か借りる本を探しに来たんじゃないのですか?返却と貸し出しの手続きなら受付で済みますし」

 

「そうだけど、構わないよ。偶には体を動かすのも悪くない。それにこの棚は僕もよく利用するから、整理されていたら嬉しいしね」

 

「そうですか」

 

「それじゃあ、始めよっか」

 

 視線を彼女から棚に向け、作業を始めようとする。しかし、それを彼女に止められる。

 

「待ってください。まだあなたにお願いしていませんでした。……この棚の整理を手伝ってもらえますか?」

 

「律儀だね。喜んで」

 

 こうして棚の整理が始まった。これが僕と彼女が仲良くなる最初のきっかけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

 お礼を言われるほどのことでもないが、素直に受け取っておく。

 

「見ず知らずの私を手伝ってくれるなんて親切な方ですね」

 

「そんなことは……って見ず知らず?」

 

「はい。初めましてですよね?」

 

「へ?」

 

「え?」

 

 互いに沈黙する。これはもしかしなくても覚えられていない?1ヵ月隣の席だったのに?そりゃ話す機会はなかったけど、顔と名前くらいは憶えられているものだと思っていた。地味にショックだな。

 

「もしかして初めましてでは……」

 

「うん、ないね」

 

「……もしかしてクラスは」

 

「同じだね。しかも隣の席」

 

「……話したことはありませんよね?」

 

「あることはあるかな」

 

 何とも言えない気まずい空気が流れる。彼女は一度俯き何かを考え、顔を上げる。その表情は何かを決意したようだった。

 

「冗談ですよー覚えていないわけないじゃないですかー」

 

「……えらく棒読みだね」

 

「そ、そんなことはないです」

 

「せめて目を逸らさずに言おうね」

 

「あう」

 

 何を言い出すかと思えば、まさかの知っているふり。しかしながら演技が下手過ぎた。怒りなんかより呆れが真っ先に出てくる。よくこれで乗り切れると思ったな。

 

「すみません。人の顔と名前を覚えるのは苦手でして」

 

「別に構わないよ。僕も同じようなもんだし。クラスメイトも数人しか分からないからね。さすがに隣の席の子は覚えていたけどさ」

 

「あうあう」

 

 まぁ、隣の席の彼女が変わっている子だったから覚えていただけだけどな。別に可愛かったから覚えていたわけではない。断じて違う。

 

 彼女と話していると、予鈴のチャイムが鳴る。もうそんな時間だったのか。

 

「とりあえず教室に帰ろうか」

 

「そうですね。授業に遅刻するのは良くないです」

 

 2人そろって図書室を後にする。本を読まずに終わった昼休みは初めてだ。至福の時間が潰れたのに不思議と嫌な気分にはならなかった。

 

 教室にたどり着き、席に座る。次の授業に間に合ったな。

 

「本当に隣だったんですね」

 

「疑ってたの?」

 

「そういうわけではありません……えっと、お名前なんでしたっけ?」

 

「結局、自己紹介してなかったね」

 

 入学式の時にしていて、僕の方は名前を憶えているのだけど、その辺は気にしないでおこう。

 

「改めて、倉持勇人です。よろしく」

 

「倉持くん、ですね。私は椎名ひよりです。どうぞよろしく」

 

 自己紹介をしたところで授業開始のチャイムが鳴り、先生が入ってくる。椎名さんは直ぐに前を向き、授業を受ける体制になっていた。

 

 

 椎名さんは僕が抱いていた印象とは少し違っていた。もっと他人に興味がなく、無口だと思っていたけどそのようなことはなかった。別に友達になったわけではないけど、少し繋がりができたことが嬉しく思えた。他人と距離を取ることを決めたはずなのに、そう感じたのは僕がまだ友達が欲しいと思っているからなのだろうか。

 

 

 

 次の日、登校すると椎名さんがすでに席に座っていた。声をかけようと思ったが、一心不乱に本を読んでいたのでやめておいた。彼女の様子を見る限り、物語が良い所なのだろう。僕が彼女の立場だったら、声をかけられて物語の世界から現実に引き戻されるのは嫌だ。

 それから、授業が始まり、次の休憩時間になっても椎名さんと話すことはなかった。

 

 別に椎名さんと僕の関係が変わったわけではないのだ。今まで通りお互い一人で教室の片隅で本を読んでいればいい。彼女もそう思っているんではないだろうか。

 

 

 しかし、そんな僕の考えは昼休みに壊される。学食に行こうかと思い席を立とうとすると、椎名さんが急に声を上げた。

 

「そうです。思い出しました」

 

「えっと、どうしたのかな?」

 

 恐る恐る話しかけてみる。すると椎名さんがこちらを向き、真顔で近くに寄って来る。

 

「倉持くんですよね?そうですよね?」

 

「そ、そうだけど……」

 

 すごい勢いで詰め寄ってきた椎名さんにたじろぐ。

 

「良かったです。ちゃんと思い出せました。昨日名前を教えてもらったのに忘れるなんて失礼ですから」

 

「もしかして、朝からそれを考えてたの?」

 

「はい。声をかけるのも名前を思い出してからじゃないと良くないと思ったので」

 

「そんなの座席表を見ればよかったんじゃ」

 

「それはダメです。倉持君のことは自分で思い出したかったので」

 

 柔らかい笑顔でそう言った椎名さんを見て、不覚にもドキドキしてしまう。昨日の今日で忘れる彼女に問題があるのだが、なんだか嬉しく感じた。

 

「それではいきましょう」

 

「はい?行くってどこに……ちょっ」

 

 椎名さんに手を握られ引っ張られる。それを見てクラスメイトがざわつく。マジで恥ずかしいぞ。しかし、椎名さんの方は特に何とも思っていないのか、思い出せたのがそんなにも嬉しかったのか、楽しそうに僕を引っ張って歩いていた。

 

 

「さぁ、着きましたよ」

 

「……ああ、そうだね」

 

「かなりお疲れのようですがどうかしましたか?」

 

「何でもないから、そろそろ離してくれないかな、これ」

 

 そう言って、未だつながれたままの手を少し上げる。これのせいでここに来るまでの間、好奇の視線を大量に浴びた。こんな可愛い子と手をつないで歩いていたら当たり前だろう。役得なのだろうが、その分疲労がたまった。

 

「すみません。忘れていました」

 

 椎名さんが繋いでいた手を離す。離してと言っておきながら、少し残念に思えた。椎名さんの反応を見る限り、やはり何とも思っていないのだろう。天然か?

 

「あまりむやみに男子と手を繋がない方がいいと思うよ。勘違いする人もいるだろうし」

 

「よく分かりませんが、こんなことするのは倉持くんだけなので大丈夫です」

 

「うっ」

 

 またもやドキドキさせられてしまう。僕しか男子の知り合いがいないからという意味だと分かってはいるが、それでも心臓に悪いな。

 

 これ以上この話をするのは意味が無いと判断して話を変える。

 

「食堂に来たってことは、昼ご飯を食べようってこと?」

 

「その通りです。昨日のお礼にご馳走します」

 

「それは悪いよ。そこまでのことはしてないし」

 

「いえ、労働には対価が必要です。私が倉持君にお願いをしましたので、お礼をするのは当然のことなんです」

 

「それはどうかと思うけど、分かった。ご馳走になるよ」

 

 椎名さんが引く気配が全く無かったので、厚意を受け取ることにする。そうじゃないと昼休みが終わってしまいそうだ。

 別に僕らの様子を見ていた他の生徒に痴話喧嘩と言われたりとか、手を繋いでいたところを見ていた男子生徒に殺意が込められた目で見られていたからではない。

 

「では、席に座りましょう」

 

「ちょっと待って。先に食券買わないと」

 

「そ、そうでしたね。えっと、これを押せばいいんでしょうか」

 

「まずは学生証をそこにタッチするんだよ」

 

 わたわたしながらも何とか二人分の食券を買い、トレイに乗ったご飯を受け取り開いている席に座る。いただきますをして食べ始めた。

 

「椎名さん学食は初めてでしょ」

 

「バレましたか」

 

「あれだけわたわたしてればね。いつもはコンビニ?」

 

「そうです。朝に買って教室で食べています。学食は興味があったんですが、最初からコンビニだったので利用する機会がなくて」

 

「それで僕をキッカケに利用したと」

 

「折角だったので……怒りましたか?」

 

 冗談で言ったのだが、椎名さんは僕が怒ったと思ってしまったみたいだ。

 

「こんなことで怒るほど器は小さくないよ。役に立てたようで良かった」

 

「ありがとうございます」

 

 僕が怒っていないと分かって、椎名さんの表情が柔らかくなる。

 

「この後は図書室ですか?」

 

「そのつもりだよ。椎名さんも?」

 

「はい。一緒ですね」

 

 そう言って微笑む椎名さん。それを見ていると何故だか僕も笑顔になった。

 

 

 それから、互いに読書好きということもあり、小説の話で盛り上がった。食事が終わった後も一緒に図書室に行き、予鈴が鳴るまで、本を隣で座って読んだ。

 

 この日だけの特別な時間だと思っていたのだが、次の日もその次の日も椎名さんに誘われ、共に学食で食事をしてから図書室で本を読んだ。いつしかそれが日常となっていた。

 

 そんな毎日が続き、気付けば1学期が終わり夏休みに入ろうとしていた。

 

 

 




本編の方も近いうちに更新します。


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椎名ひより√ 中編

続きです。
龍園くんがホワイトです。


 

 

 

 1学期が終わり、夏休みに入る。その間に中間テストや期末テストがあったが、特に問題なく乗り切った。こう見えて勉強はできる方なのだ。みんなが友達と遊んでいる時間に復習やら予習をしているからね。自分で言ってて悲しくなってきたな。友達を作らないと決めたのは僕だけど。

 

 しかし、そんな僕にも気付けば、友達といえるものができていた。

 

 それが椎名ひより。

 

 あの日図書室で話しかけてから、仲良くなり、今では毎日一緒にいるほどだ。といってもお互いに同じ空間で本を読むだけが多い。でも僕はその空間が好きだった。彼女も同じだと思う。

 

 それから変わった事といえば、下の名前で呼び合うことになったこと。僕はひよりと呼び、彼女は僕をゆうくんと呼ぶ。僕の名前は『はやと』なのだが、ひよりが『ゆうと』だと思っていたことからそうなった。ちゃんと自己紹介のときに名前も言ったのだが仕方がない。

 

 他にも変わったことがある。それは周りの反応。ひよりと僕が仲良くなりだしてからは色々と噂が流れたが、今では一緒にいることが当たり前となり、2人でセットだと思われている。

 

 休日にもひよりが僕の部屋に来るのが当たり前になっていた。最初は意識しまくりで落ち着かなかったが、ひよりがあまりにも動じなさ過ぎて、今では日常の一部となっている。

 

 そしてもうひとつ。変わった事といえば。

 

「おい、イチャついてないで茶でも出せよ」

 

「別にイチャついてないし、お茶なら冷蔵庫に入ってるから好きに飲んでくれ」

 

「めんどくせぇな」

 

「ゆうくん、龍園くんは一人で無人島に残って寂しかったんです。もう少し優しくしてあげましょう」

 

「適当な事言うんじゃねぇよ、ひより」

 

 そう、もうひとつは龍園翔と仲良くなったこと。元々、彼に気に入られていた僕とひよりは色々あって3人仲良くなっていた。今では下の名前で呼び合うほどになっており、今日も船の部屋で集まっていた。

 

 僕たちは今、豪華客船2週間の旅に来ている。もちろんプライベートとかではなく、学校行事のいっかんである。最初に聞いていた話では前の1週間は無人島のペンションに泊まり、後の1週間はこの船での宿泊の予定だった。

 

 しかし、案の定普通の旅行ではなく、特別試験が行われた。無人島での1週間はサバイバルだった。尤も、翔の作戦でCクラスの3名以外は早期にリタイアという形で客船に戻っていたので全く大変ではなかった。無人島ではただただ海を満喫しただけだった。

 

「まぁ、無人島の試験ではDクラスに仕掛けて完敗しちゃったもんね。翔にも優しくしてあげようか」

 

「別にAクラスとの契約を取り付けれたからいいんだよ。それに面白くなってきたからな」

 

「Dクラスに翔の策を見破るやつが居たことか?確か、堀北さんだっけか」

 

「鈴音は確かに頭が切れるが、今回のはあいつじゃない。Dクラスには黒幕がいる」

 

「ミステリー的には熱い展開ですね」

 

 聞いた話では今回の無人島での試験も翔の策を破ったのは堀北さんだということだったのだが、違ったのか。黒幕ときたか。ひよりが言う通り、なかなか熱いな。

 

「まだそんな気がするだけだがな。少しずつ探っていくさ」

 

「本当に楽しそうだね」

 

「当たり前だ。どうやって潰すか考えるだけで興奮する」

 

「龍園くんは相変わらず変態さんですね」

 

「翔は執念深いからね」

 

 思えば石崎君やアルベルト君を屈服させたのもその執念深さだ。何度負けても立ち上がり、最終的にはCクラスを支配した。見方を変えれば漫画の主人公みたいだな。やり方は少年誌に載せれるようなものではないが。

 

「負けても負けても這い上がって来る。まるでゾンビですね」

 

「ゾンビで結構だ。何度負けても最後に勝ってたやつが強いんだよ」

 

「その考えは否定しないよ。それでAクラスになれれば僕たちもありがたいしね」

 

「お金が増えれば、新しい本がいっぱい買えますね」

 

 翔は暴力と恐怖でCクラスを支配している。だけど、それだけでクラスの皆が付いてきているわけではない。皆、翔の力を信じているのだ。彼に従っていればAクラスに上がることができると信じている。だからこそ今回の敗北に文句を言う奴はいない。

 僕も彼が暴力だけの男じゃないことを知っている。彼の強さを知っている。同時に弱い部分も知っているが、これは僕が言うことではない。翔自身が経験し理解しなければならない。

 

 願わくば、その黒幕とやらが彼に真の敗北を与えてくれますように。

 

 

 

 

「ゆうくん、次のページをめくってください」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

 ひよりに催促され本のページをめくる。その様子を翔がジト目で見てくる。

 

「何だよその目は」

 

「それのどこがイチャついてないんだよ。自分たちの体勢を見てから言え」

 

 彼が指摘するのは僕らの体勢。足を広げて床に座る僕の前にひよりが座り、僕に寄りかかっている。その後ろから腕を回し、本を持っている。要するに僕がひよりを後ろから抱きしめるような形となっている。

 

「別に変ではないです。同じ本を読むには一番適している体勢なのですから」

 

「じゃあアルベルトともその体勢をできんのか」

 

「それはありえません。本を一緒に読むのはゆうくんだけですので」

 

「確かに、アルベルト君が小説を読むとは思えないしね」

 

 嫌とかじゃなくてありえないか。別に僕に対して異性としての好意があるわけではないのは分かっている。本が好きなのが周りに僕しかいないからという意味だろう。

 

「お前らは未だに噛み合ってないみたいだな」

 

「ん?どういうこと?」

 

「うるせぇ、自分で考えろ」

 

 噛み合っていないとはどういうことなのだろうか。気になるが教えてくれそうにない。それにひよりは全く気になってないようだったので追及するのは止めた。

 

「んなことはどうでもいいんだよ。今回の試験の話だ。お前らのグループの優待者は誰だ?」

 

「試験は昨日始まったばかりだよ。そんなすぐに見つけられるとでも?」

 

「今回の試験はお前ら向きの試験だろ。無人島のは楽させてやったんだ、ここで働け」

 

「確かに龍園くんだけに寄りかかるのもよくありませんね。一応私もCクラスですし」

 

「それもそうだね。無人島で頑張った翔へのご褒美って事で」

 

 クラスの争いに興味がないと言っても、全く関与しないのも良くないだろう。偶にはクラスに貢献しておかなくては。この辺で貢献しておけばしばらく動かなくても文句は言われないだろう。

 

 今回の試験は色々とややこしいが、僕たちは優待者を探し出せばいいだけ。あとは翔がどうにかしてくれる。僕らは指示通りにすればいい。要は自分が優待者ではないと嘘をついている奴を見つけ出すだけ。簡単な話だ。

 

 見つけ出すと言っても、すでに誰かは分かっているので翔に伝える。ひよりも既に見つけ出していたようで、同じく正体を伝えた。

 

「ふぅ、よく働きましたね」

 

「そうだね。これで心置きなく旅行を楽しめる」

 

「大して何もしてないだろうが」

 

「そんなことはありません。私もゆうくんも素晴らしい働きでした」

 

「そうだそうだー」

 

「うるせぇ、黙れ。しかし、まさか1回目で見つけ出してるとはな。お前らが本気出せば簡単にAクラスに上れそうなんだがな」

 

「それじゃあ面白くないんでしょ?」

 

「ああ、折角Dクラスに面白そうなやつが出てきたんだ。楽しまねぇとな」

 

 龍園翔という男はただこのゲームを楽しみたいだけなのだ。だからこそ僕やひよりに強制はしない。本当に必要な時だけ求めてくる。今回のも僕らに聞かなくても彼なら直ぐに見つけ出していただろう。この試験が僕ら向きと翔は言ったが、彼にこそ向いている試験であることは間違いない。

 

「後は何もしなくていい。最終日までイチャイチャしてろ」

 

「分かりました。後は任せます」

 

「今回は足元すくわれないようにね」

 

「はっ!ありえねぇよ。今回は俺が勝つ」

 

 結果的には宣言通り、予想外の動きはあったものの、Cクラスがトップでこの試験が終わるのだが、それはまだ先の話だ。

 

 

 

 

「ひよりはそろそろ自室に戻ろうか。もう、寝る時間だ」

 

「……そうですね。ではまた明日」

 

「うん、また明日」

 

 夜になり、ひよりに自室へと戻るように促す。この部屋は僕と翔だけなのだが、さすがに一緒に寝るわけにはいかない。ひよりは全く意識しないだろうが、僕の方がキツイ。

 

 

 

「どうでもいいが、お前らはいつになったらくっつくんだ?いい加減うぜぇぞ」

 

「そんな事言われても……」

 

 ひよりが出て行ったのを確認してから翔が話し出す。以前から言われていることだ。

 

「男ならさっさと告白すればいいだろうが」

 

「よく分かんないんだよね……確かにひよりのことは好きだけどそれがどういう好きなのか。それに仮に告白しても脈はなさそうだし」

 

「まだそんな事言ってんのか。まぁ、本当にどうでもいいがな」

 

 今まで人を好きになったことが無い僕にはよく分からないんだ。それにひよりのほうが僕のこと何とも思ってないだろうし。そうじゃなければ僕とあんなにくっつけないだろう。あれは異性として見てないと言っているようなものだ。

 

「翔はさ、僕とひよりが付き合ったら嬉しいの?」

 

「は?どうでもいいっつってんだろうが。だが、今の状況見せられるよりかはマシにはなるだろうな」

 

「翔……」

 

「なんだよ」

 

「お前ってすごいツンデレだよね」

 

「上等だ、表出ろ。ぶっ殺してやるよ」

 

 思っていたことを口にしたら切れてしまった。しかし、彼は口は悪いし、やることは汚いけど誰よりもCクラスのことを考えている男だ。彼に報いるためにもはっきりさせないとダメだよな。

 

「この試験が終わるまでにどうにかしろ。じゃねぇと全力でCクラスから排除する」

 

「この試験が終わるまでって1週間しかないじゃん!」

 

「そんなけありゃ十分だろーが」

 

「そんなこと急に言われても無理だよ。どうにかしろって言うことは、僕がひよりに告白をしろってことだろ?人生でそんなことしたこともないし、第一……」

 

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。決まったことだ。腹くくれ」

 

「マジかよ……」

 

 こうして試験よりも難しい試練が幕を開けた。




次回でひより√が終わります。

龍園くんが、かなり丸くなってますね。原作7巻を読んでからは龍園くんの印象がかなり変わったんですよね。


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椎名ひより√ 後編

 

 

 

 試験が終わるまであと5日。まずは自分の気持ちを整理しなくてはならない。そして、ひよりが僕のことをどう思っているかも探らなければ。そのためにもまずはデートに誘ってみよう。クラスメイトが船のデッキにあるプールが凄かったと言っていた。どう凄かったかは分からないが、とにかく凄かったそうだ。今日はそこにひよりを誘ってみよう。

 

 朝ご飯を食べた後にひよりと合流する。このまま船内の本屋に行って本を読む予定だ。しかし今日は予定を変更させてもらおう。

 

「あのさ、ひより……この後なんだけど」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「何か聞いた話だとプールが凄いらしいんだよ。今から一緒に行かない?」

 

「うーん、遠慮しておきます。暑いので外に出たくありません。それより早く本を見に行きましょう」

 

 1日目終了。そういえばひよりは暑いのが苦手だった。無人島でも海で遊ばずに、パラソルの下で本を読んでいたくらいだ。

 

 結局、予定通り一日中本を読んで終わった。

 

 

 

 2日目。試験終了まであと4日。今日も朝ご飯を食べた後に合流する。今日は昨日みたいにいかないぞ。今回はクラスメイトが感動したと言っていた劇に誘ってみよう。しかもその劇は恋愛ものだと聞いた。そういう劇を観た後ならいい雰囲気になるかもしれない。

 

「ひより、今日は劇を見に行かないか?船内の劇場でやっているんだ」

 

「劇ですか、面白そうですね。いきましょう」

 

「劇は昼過ぎだからそれまでお店をぶらぶらして時間をつぶそう」

 

「はい、わかりました」

 

 よし。昨日とは打って変わって滑り出しは順調だ。この船には様々なお店がある。そこを見て回ってから劇を観る。プランとしては悪くないだろう。

 

 訪れたのは雑貨屋さん。お店の商品はプライベートポイントで購入することができるらしい。しかし、豪華客船ということもあり、商品はどれもお高めだった。毎月の支給額が少ない僕たちでは簡単には買えないだろう。

 

「色々なものが売ってますね」

 

「雑貨屋だからね。大体のものは売ってるんじゃないかな」

 

「それは本もですか?」

 

「あるかもしれないけど、とりあえず本のことは忘れよう」

 

 一番に本が出てくるあたり、ひよりらしい。しかしこのまま本を見に行けば間違いなくプランが崩れる。今回は本が絡まないようにしなければ。

 

「ほら、眼鏡なんかも売ってるよ。おしゃれなデザインのやつ」

 

「本当ですね。すごいカラフルです」

 

「あ、これとかカッコイイな。どう?似合うかな?」

 

「はい、いいと思います」

 

 商品の眼鏡を手に取り、かけてみる。お世辞でも似合っていると言われて嬉しい気持ちになる。

 

「ゆうくんは本を読むときに眼鏡をしてますよね?」

 

「うん、最近少し視力が落ちてきててね。本を読むときは度が低い眼鏡をしてるんだ。ひよりは目が良かったよね」

 

「私は眼鏡はしたことがありませんね。どうでしょうか?」

 

「うん、よく似合ってるよ」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 眼鏡をかけたひよりは控えめに言って可愛かった。普段眼鏡をかけていない彼女がかけることによって、普段とは違った印象になる。微笑んだ彼女に見とれそうになり、慌てて視線を外して話題を変える。

 

「結構気に入ったけど、さすがに買えないな」

 

「どうしてですか?」

 

「ほら値段」

 

「……なかなか高価なんですね」

 

 タグを見れば桁が一桁多い。これを買うお金は残念ながら持ち合わせていない。眼鏡は諦めて他の商品を見る。

 

「あっ」

 

 色々見て回っていると、ひよりがある商品を見て声を出した。

 

「これは、栞?」

 

「そうみたいです。かわいいですね」

 

「装飾がかなり凝ってるね。やっぱり高価なんだろか」

 

「みたいですね」

 

 ひよりが持っているタグを見てみると、これまた高い値段が書いてあった。学割とか無いんだろうか。……あるわけないか。

 

 次にぬいぐるみのコーナーへ。様々な動物や、アニメのキャラクターのぬいぐるみが所狭しと並んでいた。それを見たひよりが目を輝かせていた。

 

「わぁー可愛いです!」

 

 実はひよりは大の動物好き。使っている文具などは動物の絵がプリントされたものばかりだし、彼女の部屋にはここにあるようなぬいぐるみが何個か置いてあったのを覚えている。

 

「見てください、ゆうくん。うさちゃんです。可愛いですよね」

 

「うん、可愛い」

 

 子供のようにはしゃぐひより。でも僕的にはぬいぐるみよりも、それを抱いている人の方が何倍も可愛く見えるけどね。

 

 ふと、別の棚を見るとある商品を見つける。それを見た瞬間、衝動に駆られる。それを手に取り、ぬいぐるみを見ているひよりの背後に立つ。そしてそれを、ひよりの頭につけた。

 

「ふぇ?ゆうくん、何ですかこれ。耳?」

 

 僕がひよりにつけたのは、犬の耳を模したカチューシャだ。ヤバい。似合いすぎて言葉が出ないくらいに可愛い。垂れ目で小動物のようなひよりにはピッタリだった。猫耳ではなく、犬耳を選んだ僕は天才だと思う。

 

 沈黙している僕を見て、ひよりがオロオロする。どうしたらいいのか分からないのだろう。その姿は主人とはぐれた子犬にしか見えない。

 

「えっと……ワン?」

 

「ぐっ」

 

 何を思ったのか、犬の鳴き声の真似をするひより。可愛すぎるだろ。ワンとか言っておきながら、手は猫の手になっているところとかが更に可愛い。

 

「ごめん、僕が悪かったから、それをはずして」

 

「変なゆうくんですね」

 

 これ以上は僕がもたない。怪訝に思われながらも外してもらい店を出る。しばらくはひよりの顔を直視できそうにないな。

 

 

 そろそろ劇が始まる時間なので、劇場に向かう。席は自由席の様で適当な場所に座った。この劇を見ていい雰囲気になればいいな。

 

 しかし、現実はそう甘くなかった。それは劇の内容が予想していたものとは違ったからだ。最初は聞いていた通り、恋愛ものだった。ある国に過去の出来事から人と関わる事を避けて生きてきた独りぼっちの騎士と人に興味がなく本ばかり読んでいた独りぼっちのお姫様の物語。独りぼっちの二人がひょんな事から話すようになり、次第に惹かれ合う恋物語だった。しかし物語の途中にお姫様が跡目争いにより殺され、それに怒り狂った騎士が様々な人に復讐をして、最後には国を滅ぼし、自殺してしまう。バッドエンドといえるものだった。

 

 劇が終わっても僕たちはすぐに席を立たず、しばらく座っていた。何となく、すぐに動く気になれなかった。それは劇の余韻に浸ってるわけではなく、劇中の騎士にどこか親近感を覚えていたのでこんな結末になってしまい少しやるせない気持ちになっていたからだ。

 

「悲しい話だったね」

 

「はい、とても。……もし、ゆうくんが騎士だったら復讐をしていましたか?」

 

「うーん、僕が騎士だったらか……正直よく分からない。騎士がお姫様を想う気持ちが僕にはよく分からないんだ。人を好きになる気持ちがどういうものなのか」

 

「そうですか……」

 

 僕の返答を聞いてひよりは黙り込む。僕もなんて声をかけていいのか分からず黙ってしまう。しばらく沈黙が続いた後、ひよりが口を開く。

 

「もし、私が……」

 

「ん?」

 

「もし、私がお姫様だったら、ゆうくんはどうしますか?」

 

 おっとりとした目が僕を捉える。その表情にいつになく真剣なものた。質問の意図が分からない。それは単に劇の感想を聞きたいがためのものなのか、それとも僕がひよりをどう思っているかの質問なのか。

 

「ぼ、僕は……」

 

『本日の演目は終了いたしました。会場はこれより閉場いたしますので、お忘れ物が無いようにご退場ください』

 

 僕が返答に躊躇していると、場内にアナウンスが流れだした。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

「え、う、うん」

 

 ひよりはそのまま僕に背を向け、歩き出す。その背中には落胆のようなものが見えたのは僕の気のせいだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「そりゃ、告白だろ」

 

「ええ!?」

 

 翔の言葉に思わず驚いてしまう。その時に足をテーブルにぶつけてしまい蹲る。

 

 劇を見た後、そのまま何事も無かったかのようにご飯を食べて解散になった。そして今日の出来事を翔に話して返ってきた言葉がこれである。

 

「まぁ、普通ならそうだろうが、相手がひよりだからな。告白だとは断言できねぇな」

 

「だ、だよね。僕が騎士の気持ちが分からないって言ったから想像しやすいように身近な人を当てはめただけかもしれないし」

 

「それで?」

 

「へ?」

 

「だから、お前はどう答えるつもりだったんだって聞いてんだよ」

 

 その質問を「それで」だけで分かったら僕はエスパーだと思うんだけど言ったら怒られそうなので言わないでおく。

 

 もしあの時アナウンスが流れていなければ、僕は何て答えていたのか、改めて考えてみる。僕が騎士で、ひよりがお姫様で……。あの時はすぐに答えれなかったはずなのに、自分の中であっさり答えが出た。そうだったんだ。僕は……

 

 

「僕はひよりが好きなんだ」

 

 

 僕の中で出た答えはひよりのことが好きだということ。異性として、一人の女性として好きだと確信した。何だか心の中に溜まっていたものがスッと消えていく感覚だ。

 

「おい、何一人で悟った顔してやがんだ。俺の質問の答えになってねぇよ」

 

「そんなことはどうでもいいんだよ。やっとひよりに対する気持ちが分かったんだ。これが人を好きになるってことなんだね」

 

「チッ、はしゃぐんじゃねぇよ、中坊かお前。そんなもん初めから分かってたことだろうが」

 

「フッ、そういうな翔よ。素直に祝福してくれてもよいと思うのだがねっ痛った!」

 

 胸のもやもやが無くなりテンションがおかしくなって高円寺の物まねをしだした僕に翔は容赦なく拳を振り下ろした。うん、これは仕方がない。逆の立場だったら僕も間違いなく殴っている。

 

「ひよりのことが好きと分かって、これからどうすんだ?」

 

「なんやかんやで話を続けるあたり、翔ってやっぱりツンデレだよね」

 

「もう一発いっとくか?」

 

「ごめんなさい」

 

 これ以上怒らせるとさすがにヤバいので自重しよう。僕は真剣な顔で翔を見てこれからやるべきことを言う。

 

「ひよりに気持ちを伝えるよ」

 

「ハッ、勝手にやっとけ」

 

「ほんと、ツンデr痛った!」

 

 今のは翔が悪いだろ。自分でツンデレですって言っているようなものじゃないか。

 

「問題は告白するタイミングだよね。できれば成功したいし」

 

 翔から拳骨をくらった頭をさすりながら考える。どうせなら気持ちを伝えたうえでひよりと彼氏彼女の関係になれたら嬉しい。

 

「そういうことなら俺に考えがあります!」

 

「うおっ!石崎君いたの?てか聞いてたの?」

 

「ずっといましたよ!同室なんですから聞いていたより、聞かされたって感じっす」

 

 石崎君が居たことに驚き、話を聞かれていたことに気恥ずかしさを感じる。穴があったら入りたいというのはこういう時に言うのだろう。因みに石崎君が僕にも敬語なのは翔と対等に話せる存在だかららしい。よく分からん。

 

「それで俺に良い考えがあります」

 

「なになに?」

 

「いいですか、倉持さん。女ってのは強い男に惚れる生き物なんです。だから不良に襲われているひよりさんを倉持さんが助ければ、惚れること間違いなしっすよ。その流れで告白すれば100%です」

 

「そ、そうなのか……」

 

 そんな単純なものなのだろうか。でも僕は恋愛初心者。この手の話はずぶの素人だ。対して石崎君は中学時代に彼女がいたことがある、いわば恋愛の先輩だ。そんな彼がこう言っているのだから間違いはないのではなかろうか。

 

「でも、そんなシチュエーション起こらないでしょ」

 

「甘いですよ。起こらないなら起こせばいいんです!俺に任してください」

 

 イラっときたが、無駄に頼もしいな。こうも自信満々に言われてしまえば任せるしかない。とりあえず石崎君に任せてみることにしよう。隣で翔が頭を抱えていたが気のせいだと思うことにした。

 

 

 

 3日目。試験終了まであと2日。石崎君に言われて僕はひよりを誘って船内を歩いていた。石崎君に言われたのはひよりと一緒に指定された時間に指定された場所に行くことだけだ。時計を見ると指定された時間丁度。場所はこの辺のはずなんだけど。あたりを見渡していると、物陰から三人組の男が出てきた。そしてそのまま軽くひよりとぶつかった。

 

「きゃ」

 

「痛ってー!ああ、これは骨いったわ。マジで折れてる」

 

「大丈夫か兄貴!おい、お前。どうしてくれんだ?」

 

 ちょっと待て、作戦ってこれのことか?石崎君ともう一人は金井君か?マスクとサングラスをかけて変装はしてるがバレバレだろ。それに問題はもう一人。

 

「イシャリョウ、ハラエ」

 

 アルベルト君だよ。まんまアルベルト君。いつもサングラスかけてるから、マスクしてても風邪をひいているただのアルベルト君だよ。明らか人選ミスだよね?そもそも肌の色と体格で分かるし。これはさすがにひよりにもバレているだろうと思い、ひよりの方を見る。

 

「誰ですかあなた達。軽くぶつかっただけで骨が折れるとは思えないのですけど」

 

 まったくバレてなかった。天然な子だとは分かっているがこれはさすがに気付くだろ。いや待てよ、そもそも石崎君たちの顔を覚えてない可能性もある。だが、アルベルト君を覚えていないことはないだろう。翔の隣に良くいるし、何よりあの見た目だ。それならひよりは何かの遊びだと思ってそれに乗っている?それこそあり得ない。ひよりにそんなリア充みたいなスキルはない。

 

「骨が折れたって言ったら折れてんだよ!本人が言うんだから間違いないだろ!」

 

「そ、そうだ!石崎じゃなくて兄貴が言うんだから間違いない!」

 

「イシャリョウ、ハラエ」

 

 凄い暴論を言い出した石崎君もとい兄貴。というか、アルベルト君はそれしかセリフを貰ってないの?

 

「確かに本人が折れているというのなら折れているのでしょうか。どうしましょう、ゆうくん」

 

 うん、違うよ。そんなトンデモ理論を信じちゃダメだ。オロオロしているひよりは可愛いけど、それ以上にこの状況をどう収束させるかで頭が痛い。翔が頭を抱えていた理由が分かった気がする。石崎君がバカだったのを失念していた。

 

「慰謝料が払えないなら仕方がねぇ。その体で払ってもらおうか!」

 

「おら、こっちにこい!」

 

「イシャリョウ、ハラエ」

 

 石崎君達が囲むようにひよりにじりじりと寄って来る。しかし、ひよりの近くまで来ると、何もせずに止まっってしまう。ひよりは急に止まった石崎君達を見て困惑している。どうしたものかとこちらに視線を向けた。それと同時に石崎君達も僕の方を見る。この場にいる全員が僕を見ている状況。ホント何だこれ。

 

 そこでふと気づく。あ、これ僕の出番待ちか。ここで間に入ればいいんだな。正直、こんな茶番に参加するのは恥ずかしいが、僕のためにやってくれたことなのだから腹をくくるしかない。

 

「あんたたち何やってんの」

 

 意を決して飛び込もうとしたら、背後から声がかかった。振り返るとそこには伊吹さんが立っていた。これは嫌な予感。

 

「い、伊吹!?じゃなかった。お前には関係ないだろ!痛い目見たくなかったらどっかに失せな!」

 

「そ、そうだ!大人しく回れ右してくれ!」

 

 石崎君はサングラスを少しずらして伊吹さんにウインクをした。どうにかこの場から去ってくれとアイコンタクトしていた。察しの良い伊吹さんなら石崎君の意図を汲んでくれるに違いない。

 

「は?あんたたち何言ってんの?それと石崎のそれ、きもいからやめてくれない?」

 

 石崎君の気持ちが伝わるどころか、精神的ダメージを食らわされていた。残念ながら石崎君の作戦は伊吹さんの登場により失敗に終わった。ちなみにひよりには劇の練習をしていたとか何とか言って強引に誤魔化していた。細かいことを気にしない性格で良かった。

 

 

 

「すみませんでした!!」

 

 その日の夜、自室では石崎君が僕に向かって土下座をしていた。

 

「いやいや、顔を上げてよ。作戦の内容はどうあれ僕のためにありがとうね」

 

「伊吹さえ現れなきゃ完璧だったのに!」

 

 あれで完璧だったんだ。僕には穴だらけに見えたのだがそれは言わないでおこう。

 

「本当にありがとね。おかげで決心したよ」

 

 石崎君達がここまでしてくれたおかげで勇気をもらえた。

 

「明日、ひよりに正面から気持ちを伝える」

 

 

 

 

 4日目。試験終了まであと1日。僕は前に劇を観た劇場に来てほしいとひよりに連絡をした。告白するならここかなと何となく思ったからだ。約束の時間までまだあるので先に寄り道をして劇場へと向かった。

 

「ゆうくん、おまたせしました」

 

「僕も今来たところだよ」

 

 デートの待ち合わせのお約束みたいなやり取りになってお互いにくすりと笑う。

 

「今日は劇はやってないみたいですよ」

 

「うん、別に劇を見に来たわけじゃないからね」

 

 僕の返答に可愛らしく首を傾げる。劇場に来て劇を見る以外に何をするのかと疑問に思っているのだろう。

 

「前に劇を見に来た時にひよりが僕に質問したの覚えてる?」

 

「……はい」

 

「今日はそれの返事をしようと思ってここに連れてきたんだ。聞いてくれるかな?」

 

「……分かりました」

 

 ひよりは戸惑いながらも決意を固め、あの時と同じように垂れた目で僕を捉える。それに答えるように、僕もひよりの目を真っ直ぐにみつめ、話し始める。

 

「もし、ひよりがあの劇のお姫様で、殺されてしまったら僕はどうするか。……僕はね、復讐はしないよ」

 

「っ!そ、それは……」

 

 ひよりの目が大きく開かれ、目が泳ぐ。次第にその目には涙が溜まってきた。僕の言葉を聞いて次にくる言葉を予測したんだろう。でも、それは違う。僕が伝えたいことはひよりが考えていることではないんだ。

 

「復讐はしない。だって、僕はお姫様を死なせるつもりはないから」

 

「え?」

 

「僕はお姫様と一緒に笑って、泣いて、時には喧嘩したりして生きていきたいから。だから死なせない。僕が必ず守る」

 

 そして、一番伝えたいことを言葉にする。

 

 

「僕はお姫様(ひより)が好きだから」

 

 

 

 ひよりが先程溜めていた涙を流す。でもそれは、悲しい涙なんかじゃない。

 

 

「それじゃあ私も絶対に死にません。だって騎士(ゆうくん)と一緒に居たいから」

 

 

 涙を流しながら微笑む。それをみて僕も笑顔になる。思いが通じ合うっていうのはこれほどに嬉しいものだったんだ。

 

「ひより、僕と付き合って下さい」

 

「はい、よろしくお願いします。ゆうくん」

 

 こうして晴れて僕たちは恋人になった。嬉しくて気恥ずかしくてとても幸せな気持ちだ。

 

「あ、そうだ。これ」

 

 そう言ってひよりに小袋を渡す。ここに来る前に購入してきたものだ。ひよりは不思議に思いながらそれを開ける。

 

「この栞……」

 

「あの時欲しそうにしてたからプレゼント」

 

「ありがとうございます……とても嬉しいです」

 

 まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のような無邪気で嬉しそうな顔をする。この顔を見れただけでも買ってよかったと思う。

 

「それでこの後はキスはするのですか?」

 

「はい?」

 

 人が嬉しさに浸っていたら急にぶち込んできた。キス?キスって言ったか?

 

「な、なな、何で?」

 

「想いが通じ合った後はキスをするのが普通ではないのですか?私が読んだ本では大抵キスをしていたのですが」

 

「それは物語だからでしょ!まぁ僕もそういう経験ないから分かんないけど」

 

 この場合ってどうするのが正解なんだ。キスするのが普通なのか。いや、でもいきなりキスってのもよくない気が。

 

「ゆうくんは私とキスしたくないのですか?」

 

「いや、そういうわけじゃなくて。でもそういうのってもっとムードとか色々あるんじゃないかって」

 

「私はしたいです」

 

「なっ!?」

 

 そう言ってひよりは目をとじる。本当にずるい。そんな事言われたら引けないじゃないか。あれこれ考えていた自分が馬鹿らしくなってくる。

 

 グダグダだし、ムードなんて全くないが、僕たちはこれで良いのだろう。お互いに恋愛初心者なのだ。一緒にゆっくりと歩んで行けばいい。高校生活はまだ始まったばかりなのだから。

 

 そして僕はゆっくりとひよりの顔に自分の顔を近づけ、そっと唇を重ねた。

 

 




次回は櫛田桔梗編の予定です。


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櫛田桔梗編 前編

この話は拙作【唯我独尊自由人の友達】11話『勉強会と後悔』から分岐したIFのお話になります。
簡単にいうと、中間試験の勉強会をしているさなかに櫛田桔梗が綾小路清隆を脅迫している現場に主人公倉持勇人が偶然遭遇してしまうところから始まります。

軽くキャラ崩壊しているかもしれません。8割方裏櫛田さんです。


 

 

 とんでもないものを見てしまった。綾小路君が櫛田さんの胸を鷲掴みにしている現場を。二人は付き合っていたのだろうか。あれか、屋上へ上る階段で間違えて大人の階段を上ってしまった感じか?……僕は何を言ってんだ。落ち着け。

 

 あまりにも急な展開に一人困惑していると、二人の話声が聞こえた。まだ二人は僕に気付いてないらしい。

 

「あんたの指紋、これでべっとりついたから。証拠もある。私は本気よ。分かった?」

 

「……分かった。分かったから手を離せ」

 

「この制服はこのまま洗わずに部屋に置いておく。裏切ったら、警察に突き出すから」

 

 ん?どういうことだ?どうやら僕が予想していた甘いものではないようだ。今の話だけを聞くと、櫛田さんが綾小路君を脅迫しているようだ。胸を触らせてまで綾小路君に裏切らせないようにする理由は何だろう。何かしら悪だくみをしていて、協力関係にある綾小路君を絶対に裏切れないようにする。あるいは誰かに見られて不都合なものを見られたがための口止めか。

 

 何を真剣に考えているのだろう。すぐに考察にふけってしまうのは僕の悪い癖だな。僕には関係のないことだし、関わるとロクなことがなさそうだ。気付かれないうちに退散しよう。

 

 そう思い足を踏み出した瞬間足がもつれてしまう。何でこんな時に足がもつれてしまったかは僕には分からない。僕の運動不足なのか、緊張してうまく動かなかったのか、はたまた神様のいたずらなのか。ただ分かることは、ここで転んでしまったら絶対にバレる。そう思い、なんとか転びそうになるところを耐える。しかし、耐えた時に足を地面に強く踏み込んだため、静寂に包まれていた校舎にドン、と音が鳴り響いた。恐る恐る二人の方を見てみるとこちらをかなり驚いた表情で見ていた。

 

「……倉持くん?」

 

「あーその、えっと、僕は何も聞いてないので……さようなら!」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 一目散に逃げた。関わると絶対に面倒くさいことになる。櫛田さんの制止の声に目もくれず、その場を立ち去った。とにかくここを乗り切ればどうにかなる。そう思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。どうにかなるはずもなく、櫛田さんは僕の部屋に訪れていた。そりゃそうだろう。この学校で生活している以上、逃げ場なんてどこにもない。追い返すわけにもいかないので、とりあえず部屋に上げてコーヒーを入れる。どうでもいいが、何故櫛田さんは風呂上りで来たのだろう。何にせよ早くおかえりいただくようにしよう。

 

「それで話って?」

 

「今日の放課後の事だけど、私たちの話聞いちゃった?」

 

 随分単刀直入に切り込んできたな。僕としては早く終わらせたいから助かる。その質問の答えはもう考え済みだ。

 

「さっきも言ったけど、僕は何も聞いてないよ。まぁ、綾小路君が櫛田さんの胸を触っているところは見ちゃったけどね」

 

「やっぱりみられちゃったよね」

 

「うん、ごめんね。でも安心して。僕はこう見えて口が堅いから」

 

「え?」

 

 ここで大事なのは相手にペースを握られないことだ。特に櫛田さんは自分のペースに持ち込むのが凄くうまい。だからこそ自分のペースに持ち込んで早急に話を終わらせるのが一番ベストなやりかただ。

 

「二人がそういう関係だってのは絶対に言わないから」

 

「え?ちょ、ちょっと待って。私は別に綾小路君とは……」

 

「みなまで言わなくても大丈夫。僕は全部理解しているから。やっぱり付き合ってるってばれたら恥ずかしいもんね」

 

「いや、だから……」

 

「心配なら一筆書いてもいい。二人が付き合っているのは他言しないってさ」

 

 僕は櫛田さんと綾小路君が付き合っていると確信している。そう櫛田さんに思わせるだけでいい。そうすれば相手にとっても都合がいいはずだ。本当は脅迫していたとしてもそれがばれている気配が全く無ければ、わざわざ否定する必要は櫛田さんには無いはずだ。僕の口封じをする手間が省けてよかったじゃないか。だからさっさと出て行ってほしい。

 

「別に付き合ってるわけじゃないの!あれは綾小路君が無理やり触ってきただけで」

 

「へ?」

 

 何故この女は否定する?僕の勘違いを肯定しておけばそれで済む話だろ。こいつは常に仮面を被って善人を演じ切るほどには頭の良い奴だ。だからこそ否定するメリットがないことは分かっているはずだ。それでは何故否定した?綾小路君と付き合っていると思われるデメリットの方を回避したということか?

 

「無理やり?」

 

「そうなの。綾小路君に弱みを握られてそれで……」

 

 そう言って櫛田さんは泣き出し、僕の胸に抱き着いてきた。もちろん嘘泣きだ。少し観察すれば僕には分かる。だがそうまでして綾小路君と付き合っていると思わせたくない理由が分からない。

 

 いや、違うな。僕には分かるはずだ。何故ならこいつは昔の僕だから。誰からも好かれようと善人の仮面を被り生きる。自分を殺し、自分の存在意義を実感する。それが今の櫛田さんであり、昔の僕だ。だから僕はこいつが()()なのだ。

 

「もうやめにしよう」

 

「え?」

 

 僕の胸に顔をうずめていた櫛田さんがバッと顔を上げて僕を見上げる。先程まで泣いていたのが嘘のように涙は止まり、その表情は困惑に染まっていた。それを僕が見下ろす形になり、自然と顔が近くなる。こう見ると顔は可愛いんだよな、なんて場違いなことを考えてしまう。

 

「綾小路君が彼氏だという噂が流れれば、クラスの男どもは君に興味を無くすかもしれない。そうなると、誰からも好かれるように努力してきたことが無駄になってしまう。そういうことか」

 

「倉持くん?何を言ってるの?」

 

「もうそういうのはやめにしよう。綾小路君が櫛田さんの胸を触っていたのは、君が無理やり触らせたんだ。おそらく君の本性を知られたがための口封じと言ったところだろう」

 

「な、何でそれを」

 

 僕に抱き着いていた櫛田さんは驚きとともに僕から飛び退く。どうにか誤魔化してやり過ごそうと思ったんだけどやめた。これから先、櫛田さんを見るたびにイライラするのは嫌だから。

 

「君の裏の顔なんて最初から分かってるよ。君みたいなやつを僕はよく知っているからね。だから仮面を外してくれないかな。見ていてイライラする」

 

「……ふーん、それがあんたの本性ってことね。私と一緒で仮面を被ってたんだ」

 

 櫛田さんは観念したのか、いつもの口調をやめ、少し荒々しい口調に変えて話し出した。

 

「あんたも仮面を被ってたなんて気づかなかった」

 

「それは櫛田さんは隠すのが下手で僕は上手だったんじゃないかな」

 

「自分がカッコいいと思ってお高く留まりやがって」

 

「そんなこと思ったこと無いけど、櫛田さんからは見た僕はカッコいいんだね。ありがとう、全く嬉しくないけど」

 

「マジでウザい、ムカつく」

 

「それはお互い様だよ」

 

 もう本性を隠そうともせずに僕を睨んでくる。僕はその視線を正面から受け止める。何故か視線を逸らしたら負けな気がする。

 

「私の本性をみんなに言い触らすつもり?」

 

「そうだと言ったらどうするのかな?」

 

「今ここで叫んであんたにレイプされそうになったっていうわ」

 

 そう言って少し服をはだけさせる。なるほど、こう言って綾小路君に胸を触らせて脅迫したのか。

 

「やめておいたほうが良いと思うよ」

 

「何?命乞い?それならもっと態度で示したら?」

 

「はぁ、君は追い詰められたら判断力が鈍るタイプみたいだね」

 

「どういう意味?」

 

 絶対的に優位な位置に立っていると勘違いしている櫛田さん。だけど僕がそのくらいのことを想定していないわけがないだろ。

 

「これ、学校から支給されてる端末なんだけどさ」

 

「それがなに」

 

「実は色々な機能があってさ」

 

「だから何だって聞いてんだよ」

 

「その中の一つで録音機能ってのもあるんだよね」

 

「……あんたまさか」

 

 櫛田さんの表情が焦りのものに変わる。相手にそんな顔を見せちゃいけない。やはりまだまだだな。

 

「つまり、叫ぶのは止めといたほうが良いってこと。それでもやるっていうのならお好きにどうぞ」

 

「……ちっ」

 

 この子露骨に舌打ちしたよ。いくら本性がばれたからって見る影もないな。櫛田さんはもう勝ち目がないと悟ったのか、床にへたり込んだ。

 

「もういい、好きにすれば?言い触らしたければ言い触らせばいい」

 

「別に言い触らすつもりなんて最初からないよ」

 

「は?だってさっき」

 

「言い触らすって言ったらどうするかって聞いただけ。言い触らして僕に何のメリットがあるっていうのさ」

 

 言い触らす気なんて毛頭ない。今のクラスをまとめているのは間違いなく洋介と櫛田さんだ。その櫛田さんがいなくなってしまえばクラスはバラバラになってしまう。わざわざそんな道を選ぶ意味はない。

 

「じゃあ、どうする?弱みを握って私をどうにかするつもり?」

 

「櫛田さんの身体なんかに興味はない」

 

「あんたそれでも男なの?」

 

「どんだけ自分の身体に自信があるんだよ」

 

 たしかに櫛田さんのスタイルはすごくいい。出るところは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいる。けど、それをどうこうしたいなんて感情は全くない。

 

「結局あんたは何がしたいわけ?」

 

 少し呆れたような表情をしながら僕の真意を探る。何で僕が面倒くさいやつみたいになってるんだよ。

 

「僕がしたいのは協定を結ぶこと」

 

「協定?あんた頭大丈夫?」

 

「男に平気で胸を触らせるやつよりかは大丈夫なつもりだ」

 

 そう言った直後に頭を思いっ切り叩かれた。こいつ今の自分の立場分かってんのか?

 

「バカ言うからだよ!」

 

「事実じゃんか」

 

「あれは一瞬パニックになって……それで慌てて……」

 

 顔を赤らめて俯きもじもじする。強気な口調とのギャップに不覚にも可愛いと思ってしまった。これが演技なら大したもんだ。

 

「この話はいいだろ!協定ってなに?」

 

「簡単な話だよ。僕にその仮面をつけてあまり話しかけないでほしい。要するに僕に構うな。その代わり僕は櫛田さんの邪魔をしない。君がクラスの皆に好かれるために何をしようが僕は一切口を挟まないし手も出さない」

 

「……それだけ?」

 

「何か不満かな?」

 

「そう言う訳じゃないけど、もっと酷いのを想像してたから拍子抜けというか……そうまでして私に関わりたくない理由って何?」

 

「君が嫌いだから。といっても君自身が嫌いなんじゃなくて、君を見ていると似ている奴を思い出すから嫌なんだ」

 

 別に僕は櫛田さんが嫌いなわけではない。でもどうしても櫛田さんの仮面を見ていると昔の自分を思い出して黒い感情が内側からあふれてくるような感覚に陥ってしまうんだ。

 

「なにそれ、完全にあんたの都合じゃん」

 

「ああ、そうだよ。でもそれを言っておかないと君は僕にもその仮面を向け続けていただろ?そうなればいずれ僕はそれに耐えきれなくなって君を壊してしまうかもしれない。まぁ要するに完全にこっちの都合だよ」

 

「……そんなにその似ている人ってのが嫌いなの?」

 

「うん、世の中で一番嫌い」

 

 僕はボクがこの世で一番嫌いだ。この先もそれは変わることはない。結局僕は過去に縛られて生きて行くのだろう。

 

「わかった。その協定に従う」

 

「櫛田さんにはそれしかないと思うけど」

 

「うるさい。でも全く喋らないって訳にはいかない。あんたと仲が悪いって思われたら色々と大変だし」

 

「それもそうだね。普通にクラスメイトとしてかかわる分には何も言わないよ。過度に接してこなければそれでいい」

 

 同じクラスで3年間過ごす以上全く話さないのは無理がある。誰とでも分け隔てなく話す櫛田さんであればなおのことだ。

 

「よし、協定は成立って事で、これはもういらないね」

 

「は?何やってんの」

 

「何って、録音データを削除しようと思って」

 

「それを消したら私が協定を守る理由がなくなるけど?」

 

 櫛田さんが心配しているのはそのことか。それなら問題ないだろう。

 

「協定に大事なものは信用だと思うんだ。櫛田さんは協定に従うって言った。だから僕はそれを信じる。それに僕がこのデータをずっと持っていたら櫛田さんは僕の事信用できないでしょ?」

 

「はぁ~、あんた頭が良いのかバカなのかどっちなの。もう好きにして」

 

 盛大に溜息をつかれた。特におかしなことを言ったつもりはないんだがな。とりあえず了承?も得たので録音データは櫛田さんの目の前で削除した。

 

「じゃあ叫ぼうかなっ」

 

「ご自由にどうぞ」

 

「……扱いが雑すぎだろ」

 

「もう話は終わったからね。協定を守ってさっさと部屋に帰ってくれ」

 

「はいはい、分かりましたー」

 

 ふてくされながらも立ち上がり、玄関へと向かう。そのまま出て行くと思われたが、不意にこちらに振り返る。

 

「倉持くん、一つ言い忘れてたんだけどね」

 

「ん?」

 

「私も倉持君のこと大っ嫌いだから!それじゃあまた明日!ばいばいっ」

 

 いつもの口調に戻った櫛田さんはすごくいい笑顔でそう言って部屋を出て行った。何だか胸のあたりがモヤモヤしたが、そんなことはどうでもいい。これで明日から平穏な学校生活を送ることができる。その安心感からか、急激に眠気が襲ってきた僕は布団に入り眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、晴れやかな気分で学校に向かった僕はすぐに思い知ることになった。櫛田桔梗という女は一筋縄じゃいかないのだと。

 

 

「倉持くん!おはよっ」

 

「……おはよう」

 

「今日はいつもより早いんだね。何かいいことでもあったの?」

 

「別にそう言う訳じゃないよ。偶々早く目が覚めただけ」

 

「あーあるあるっ。二度寝するには微妙な時間に起きちゃったり」

 

「う、うん」

 

 こいつ協定のこと忘れたのか?でも朝の挨拶ついでに軽く話すくらい普通のクラスメイトとの会話か。過度に関わってきてるわけでもないしこれで文句を言うのもあれだな。

 

 しかしこれだけに留まらなかった。櫛田さんは休憩時間や授業のペアづくりなど事あるごとに僕に話しかけてきたのだ。そして昼休みになっても僕の所に櫛田さんはやってきた。

 

「よかったらお昼一緒にどうかな?」

 

「……おいちょっと」

 

 そう言って櫛田さんを手招きして顔を近づけさせ、小声で話す。無駄にいい匂いがするのが腹立つ。

 

「協定のこと忘れたわけじゃないだろうな」

 

「もちろん覚えてるよ」

 

「じゃあなんで今日はこんなに絡んでくるのさ」

 

「え?でも普通にクラスメイトとしてかかわる分には何も言わないんだよね?」

 

 確かにそう言ったがこれは明らかに普通ではないだろ。こいつまさか……。

 

「私ね、あれだけ面と向かって嫌いって言われたの初めてなの。だから私は倉持くんが嫌がることをしようと思ったんだ」

 

「だからって協定違反だろ」

 

「だから、クラスメイトとして()()()()()()分には何も言わないんでしょ?これが私のクラスメイトに対する()()()()()()だから」

 

「過度な接触はしないようにとも言ったはずだけど」

 

「全然過度な接触はしてないよ。倉持くんが意識しすぎてるんじゃないかな」

 

 悪魔のような笑みを浮かべる櫛田さん。僕はこの女をなめていたのかもしれない。昔の僕と似ているのであればこれくらいしてきてもおかしくはない。むしろやるだろう。時折見せる隙のようなものに惑わされたのか。

 

「男に胸を触らせたことを言ったら赤面したのも作戦のうちだったのか」

 

「そ、その話は忘れろ!赤面もしてないっ」

 

 あれ?素に戻っているところを見ると、どうやらあれは演技ではなかったらしい。

 

「と、とにかく、私はこれからも普通に倉持くんと関わって行くね。改めてよろしくっ」

 

 僕の平穏な学園生活はこうして崩れて行ってしまうのだった。

 

「やっぱり僕は君が嫌いだ」

 

「私も倉持くんが嫌いだよ」

 

 

 




キャラ崩壊タグ付けるか迷います。そこまで崩壊はしてないとは思うんですが……。


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