幼女が甘いものを食べるだけのお話 (珈琲)
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幼女が甘いものを食べるだけのお話

 

 

 

とある青年の物語は悲劇で幕を閉じた。

では、この子供の物語は何で終わるのだろう?

悲劇?それとも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休日。

昼を少し過ぎたくらいの時間帯。

澄み渡るように広がっている青空の下、いつもの休日以上に街中が人々で賑わっている中に小学校低学年くらいの少女が紛れて歩いていた。

黒髪で黒目という純日本人らしい外見と、2つに結われた髪をひょこひょこと揺らして頭に手をあて、辺りを見渡しながら歩いていている姿は愛嬌(あいきょう)があって可愛らしい。

しかし小さな子供が一人で歩いている姿は、どんなに人が多くても目立つというもの。

周りの人たちが心配そうに少女を見つめているが、少女はそれに気づいていないようで、ずんぐりとした丸い目を更に大きく見開いて辺りを見渡していた。

 

少女は暫くの間辺りを歩き回っていたが、とあるスイーツ店を見つけるとその顔は嬉しそうな色へと変わって駆け足で店へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いらっしゃいませ。

にこやかな笑顔でそう言った店員さんにぺこりと会釈を返し、私は席まで案内してもらった。

 

座り心地の良い椅子に腰掛け、お洒落な曲が流れるのを聞きながら、今日は何を食べようかと候補を頭の中に浮かべる。

ご飯を食べても良いかもしれないが、今は甘い物が食べたい気分なのだ。

 

この前食べた甘いケーキの味を思い出して、(よだれ)が出そうになるのを押しとどめ、勢いで店員さんを呼び出して、いちごのパフェとドリンクバーを注文する。

かしこまりましたと店員さんが言って去って行くのを笑顔で見届け、そそくさとドリンクバーコーナーへと足を進める。

 

食べ物が運ばれてくるのには時間がかかる。

それは前回食べた時に学習済みだ。

だから何を飲んで暇を潰そうかとそわそわとしながら辺りを見渡すと、コーヒーを作れるところがあったので、思わずガン見してしまう。

 

コーヒーよりも紅茶とかの方が好きなのだが……

そう思いながらも、ポチとブレンドコーヒーのボタンを押すとすぐにコーヒーが作られた。

 

「おおー」

 

すぐに出てくる液体を見ておどろきの声を上げてしまった。

何と、現代の技術はここまで進化していたのか。

 

そんな賢そうなことを心の中で呟いた後、とても熱いコーヒーの入ったカップを持って、(こぼ)さないように注意しながらとてとて自分の席まで歩く。

 

 

 

ぼんやりと窓の外を見ながらいちごのパフェが来るまでの時間が過ぎるのを待つ。

窓の外では、親子が和気あいあいと歩いていたり、二人の男女が仲睦まじげに手を組みながら歩いていたりしていた。

それを眩しいものを見るように目を細め、そして店員さんがパフェを持ってきてくれたことに気がついて店内へと視線を戻す。

 

ごゆっくりと言って去っていく店員さんを見届けて、私はテーブルの上に置いてあるパフェを見つめる。

思ったよりもサイズが大きかったそれに尻込みしそうになるものの、パフェに私はスプーンを伸ばした。

 

「……ん、美味しい」

 

スプーンでクリームのついたスポンジとイチゴをすくってペロリと食べる。

イチゴの甘酸っぱさと果実のつぶつぶとした食感、そしてクリームとスポンジのふわふわとした舌触りと甘さが見事にマッチして美味しくて手が進んでしまうのを止められない。

いちごの乗ったパフェを夢中で食べて、ゴクリとコーヒーを飲む。

紅茶とかの方があってたかなと思っていたのが、甘いパフェとコーヒーとが良い感じにマッチしている気がする。

……まあ、あくまで気がするというだけなのだが。

 

私としてはミルクティーとかココアとか、そういう甘いものが好きだけど、大人はコーヒーを飲むものなのだから、私も美味しく飲めるようになりたいのだ。

だけど私にはまだ早かったようなので後からコーヒーの苦みが追いかけてきた。

苦い苦いと思いながらまた甘いパフェを食べる。

そしてまたコーヒーに挑戦しての繰り返しをしていると、いつの間にかパフェは食べ終わっていて、私は余ってしまったコーヒーをちびちびと飲んだ。

これだけでそのまま飲むなんて私には無理だ。

そう気がつき慌てて砂糖を入れたが、ぬるくなってしまっていたコーヒーにはうまく溶けずに、とても微妙な味になってしまった。

それでもちゃんと飲まないともったいないなと思って私は一気に飲み干した。

 

 

 

 

店員さんにお金を払って、笑顔でおいしかったですと言ったら、店員さんは嬉しそうに笑顔を浮かべて、また来てくださいと言ってくれたので、私はまた来ますと言って手をぶんぶんと振って店から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━カランと鈴のなる音。

 

宵の時間、もう店じまいをして帰る準備をしているその時、その音は聞こえた。

 

扉が開き、続いてドサリと重い何かが倒れるような音が聞こえてきた。

何があったのだろうかと慌てて駆け寄ると、そこには倒れている小学生くらいの少女と店長の姿があった。

 

「う……」

「今回はどうしたんですか?椋奈さん」

「ごめん……なさい、その、体調……崩しちゃって……」

 

そう言い残すと少女は言葉を紡ぐことなく、まぶたを閉じた。

呼吸は安定しているようで、規則正しく上下に肩が動いているが何も安心出来ない。

どうすればいいんだろうと僕が慌てていると、店の奥からトーカちゃんが出てきた。

 

「どうしたんです、店長……って、ムクか!?

おい!しっかりしろ!!」

 

慌てたように小さな女の子の肩を揺さぶるトーカちゃん。

唖然(あぜん)

僕はそんな言葉を言い表すことしか出来なかった。

 

「あ、あの……この子は……?」

「ん……?あーまだ居たのかてめえ。

邪魔だからどっか行ってろ!」

 

しっしと手をやり、明らかに不機嫌そうなトーカちゃんの顔に怯えながら僕は店を出ていいものかと迷う。

 

勿論、家に帰る事も可能だろう。

しかし、今目の前で弱っている少女を見捨てて帰るなんてことをしてもいいのだろうか。

そう悶々(もんもん)としていると誰かにトントンと肩を叩かれたので振り返ると、困ったような顔をしてる店長が居た。

 

「カネキ君、すまないが少し待っていてくれないかい?」

 

ああ、助かったと思いながら分かりましたと返事を返すと店長は申し訳なさそうに謝る。

 

「すまないね。もう帰る時間だと言うのに……

だけど、ちょうどいい機会だし彼女のことも紹介しておこうと思うんだ」

 

そう言うと、店長は少女を大事そうに抱きかかえて店の奥へと入っていった。

 

 

 

 

落ち着かない様子で店内から部屋の中へ行ったり来たりを繰り返しているトーカちゃんと一緒に待つこと数十分後、明るい笑顔を浮かべた少女が店内へと戻ってきた。

 

「うおお、すこぶる元気になりました!

ありがとうございます!」

 

ほら元気!と、ぶんぶんと手を振りまわす少女を見て、トーカちゃんは呆れたようにため息を吐く。

 

「私達が居なかったらお前は間違いなく死んでるんだから、分かったら店長にもお礼言っとけ」

「あはは、分かりました。

店長さんにもゆうつもりでしたが……そういう事でしたらせいしんせーいお礼申し上げます!

今度、たまたま手に入った血のおさけでも持ってきます!」

「偶々って……お前何したんだ?」

「仲の良かったぐーるの人にもらったんです!」

「あっそう。それは良かったな」

 

興味なさげに返事を返すトーカちゃん。

その手にはバックが握られている。

 

「ムクが元気になったことも分かったし、私はそろそろ帰るから。

ムクは今日はちゃんとここに泊まっていけよ?」

 

トーカちゃんがそういうと、少女はぶんぶんと首がもげるのではないかというほどの勢いで頷いた。

 

「はい!もちろんです!」

 

それを聞いたトーカちゃんは安堵の表情を浮かべて、店から出ていった。

 

それを見届けると僕は少女の目線にあわせて屈み、口を開く。

 

「君は誰……?」

 

僕がそう尋ねると、少女はこてんと首をかしげた。

 

「ん?おにーさんこそだれですか?ムクはムクだよ」

「ムクちゃん?どうやって書くの?」

「むむ、ちょっと待ってくださいおにーさん!」

 

少女は手持ちのピンクのリュックの中から鉛筆とメモ帳を取り出し、それを千切ってその切れ端に文字を書き、そしてその書いた文字を僕へと見せた。

それを見た僕は、思わず感嘆の声をあげてしまった。

 

「こんなに難しい漢字を書けるんだね……!」

「えっへん!ムクはやれば出来る子なんです!もっと褒めて!」

「よしよし、偉いよムクちゃん」

 

えっへんと腰に手を当てて胸を張っているムクちゃんの頭を撫でながら、僕は見せられた紙に書かれた文字を見る。

そこにはたどたどしく、読みづらくはあるが『椋奈』と書かれていた。

 

「あっ……ムク、じゃなくてむくなって名前なんだね」

「そうだよ!でもムクの方がよびやすいからおにーさんもムクって呼んで!」

「うん、分かったよ。

よろしくね、ムクちゃん」

「はい!」

 

ムクちゃんは子供らしく、無邪気な笑顔でそう答えた。

 

 

 

 

 

 

彼女が寝る為に店の奥にある部屋の中へと入った後、僕は二人きりの部屋の中で店長と向かい合っていた。

 

「カネキ君。君から見て彼女はどう見えるかな?」

「ムクちゃん……ですか?」

「うん、そうだよ」

 

僕が問いかけると、柔和な笑顔を浮かべて店長は頷いた。

 

「ムクちゃんは、最初見たときはびっくりしましたが……その、元気なかわいい女の子だな、と思います」

「そうだね、私もそう思うよ」

 

だけどね、と店長は前置きをして口を開く。

 

「彼女はね、おかしいんだよ」

「おかしい、ですか?」

 

彼女を見ていて、性格面において特におかしいと感じるようなところはなかった。

確かに店に倒れ込んできたことは驚いたが、彼女本人を見ていると年相応の子供にしか見えない。

 

そう思って疑問の言葉をかけると、店長は頷いた。

 

「彼女は喰種だ。

だから、肉を食べなくては生きていけない。

それなのに彼女はまともに肉を食べずに、人間の食べ物を美味しそうに食べたがるんだ。

肉を食べなくては栄養が足りずに死んでしまうのに、私達がいなかったら食べないのではないかと思えるくらいに素振りを見せないし、食べた物を吐く事もしているかすら危うい」

 

ふう、とため息を吐く店長。

その顔は悲しそうに歪められていた。

 

「でもね、彼女を見捨てたくはないんだ。

彼女を見ているとね、娘の姿に重ねてしまうんだよ。

一緒に暮らすことが出来なかった娘。

……私はただあの子を娘に見立てて、贖罪(しょくざい)がしたいだけなのかもしれないね」

 

店長に娘にいたなんて初めて聞いた。

そもそも店長はあまり自分のことについて話そうとしないのだ。

一緒に暮らすことの出来なかったと言っているが、もしかしたらその娘さんはもう……

と、そこまで考えたところで僕は考えるのをやめた。

悪く考えるのは昔からの悪い癖だ。

 

「……詳しい事は分かりません。

でも、ムクちゃんはトーカちゃんや芳村さんと一緒にいれて嬉しいのだと思いますよ」

「……なら、いいんだけどね」

 

店長は真剣な表情を崩して深い息を吐き、そしていつもの柔らかい笑みを浮かべた。

雰囲気も先程までの沈んだものから、心地の良いものへと変わっていった。

 

 

「ところで、彼女のことで君に一つ、お願いがあるんだ」

「はい。なんですか?」

「彼女は学校に通っていない。

だけど勉強をしてみたいでね、気が向いたら教えてあげてくれないかい?」

「分かりました。僕に出来ることならばお手伝いします」

「ありがとう」

 

安心したように笑う店長。

その姿は子供を見守る親のようで、父という存在をよく知らない僕にはあの子が少し羨ましく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日から、カネキは芳村に言われたように彼女の教えて欲しいと言われたことに対して出来るだけ分かりやすく答えるようにした。

 

椋奈がキラキラとした目でお礼を言うと、カネキは照れくさそうに笑う。

そんな姿を見て、椋奈はカネキのことを好きになったし、カネキもまた妹がいたらこんな感じなのだろうかと椋奈のことを好ましく思っていた。

 

 

 

 

 

そしてとある日のバイトの休憩時間にカネキは、読んだことのある本の漢字が分からないという椋奈に読み方を教えていた。

 

「カネキおにーさん!

ここ分からないです!」

 

カネキは椋奈が本の文字を人差し指で示したところを見て、答えを返す。

 

「この漢字は祝福(しゅくふく)って読むんだ。

意味は、幸せなことを祝うってことかな」

「へーそうなんですか!

じゃあ、この本の題名は?」

 

椋奈はリュックの中から本を取り出してどこか楽しそうに尋ねると、カネキは出された本を見て口を開く。

 

「そうだね……それの読み方は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喜劇(きげき)物語(ものがたり)

 

 

 

 

 



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