BanG Dream! 星に導かれて (さーてぃーふぁいぶみにっつ)
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プロローグ
星達の産声



BanG Dream!アニメ放送1周年おめでとうございます。
今回はこの1周年を記念した作品にしようかと思っています。


星空を見た時、私の心は動かされた。

 

全てを覆う真っ暗な空の中に浮かぶ、大小様々な、点々とした光。

それはとても綺麗で、儚くて、それでもやっぱり綺麗で。

 

手を伸ばす。届かない。何度も何度も、さっきよりも長く伸ばし、終いには飛び跳ねてみたりもする。けれど届くはずもなく。

 

そこで私は思った。

手が届かないなら、声を届かせればいい。

夜空から引いた手を胸に当て、大きな声で、けれど緩急をつけて朗らかに歌う。

 

歌う曲は″Twinkle Twinkle Little Star(きらきら星)″。

星達の横に寄り添うように、友達の名前を呼ぶように歌う。

 

そんな私の歌が届いたのか、1つの光が弧を描いて流れ落ちる。1つ流れ落ちたら2つめ。3つめ4つめとーーーそれは間違いなく流星群だった。

 

その光景に、私は心踊らされた。もっともっと見たくて、首が取れちゃうんじゃないかってぐらい上を向く。すると体は倒れて、仰向けとなる。だけど私は目を離さなかった。

その光景は、間違いなく私の記憶と心に刻み込まれた。

 

ドクン、ドクン、ドクンーーー私の鼓動が地球を揺らしているように鳴る。

 

トクン、トクン、トクンーーー応えるように星の鼓動も鳴り響く。

 

「聞こえた、星の鼓動」

 

その鼓動(ビート)は私の心の中でずっと鳴っていて、第2の心臓になっている気もした。

もっともっと歌おう。

聞いてる人がいるかわからない。けれど歌っちゃえ。

星空が綺麗だ。歌っていると心が温かくなる。気分が上がる。

星達もキラキラと煌めいている。

手を伸ばして、指揮をとるように踊りながら歌ってもみる。

するともっと星は強く輝いたように見えた。

 

「あははははっ」

 

星達は私を歓迎しているらしい。

流れて輝いて。綺麗だ。

幻想的な光景に、私は笑顔でもっと大きな声で歌った。

普段だったら近所迷惑で何か言われるかもしれない。けれど、今ここにいるのは私と星達だけ。止める人は何処にもいない。

 

トクン、トクン、トクンーーー。

 

私の鼓動はもっと高鳴る。

 

ドクン、ドクン、ドクンーーー。

 

星達も負けじと鼓動を響かせる。

 

その鼓動は次第にシンクロしていって、楽器のような音色にも聞こえてきて。

まるで演奏会だ。それも堅苦しくない、みんな笑顔で歌って踊って弾いて、映画みたいな演奏会。

 

そんな綺麗な光景に、星たちに見守られながら私は目を閉じた。

瞼の裏でも星達は写っていて、相変わらず鼓動は鳴っていて。

 

嬉しくなった私は、ずっときらきら星を口ずさんでいた。

 





小説版バンドリを描くのは久しぶりですね。


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星の鼓動
☆1


こちらは小説版の香澄視点です。


戸山香澄が目を醒ますと、そこは見慣れない天井だった。

上体を起こし、辺りを見回す。見慣れない家具に、見慣れない壁紙。普段、香澄が使っている筈の茶色の布団も、何故かピンク色になっていた。

 

「あれ…?」

 

私、誰かの家に泊まったっけ。

まだ少しボーッとしている頭の中をなんとか整理して、寝る直前の記憶を思い出す。しかし、香澄は自分のの部屋の自分ベッドの上で寝た。

 

どう見ても私の部屋ではない。そう考えた香澄は幾つかの可能性を立てた。

 

りみちゃんの家かな。

いや、それはないかな。第1、りみちゃんアパートの1人暮らしだし。

 

なら、たえちゃんかな。

1番可能性は高いけど、そもそも私、たえちゃんのお家に行った事ないし。

 

じゃあ、沙綾ちゃん?

前に沙綾ちゃんのお家に上がらせてもらった時、こんなベッドじゃなかったような。

 

「…ということは、蔵かな」

 

しかし、蔵の割にはかなり物が片付いている。

 

香澄はこの部屋を()()()()()()()()だと思った。失礼な話だが、ポピパの面々の部屋とはあまり思えなかった。

 

「……なら、これは夢かな」

 

熟考した上でそんなありがちな結論を出した香澄はーーー変な話ではあるがーーー夢の中で寝ることにした。

そうして布団の中へ潜ろうとすると、1つの物が目に入った。

 

赤色の星の形をしたギター″ランダムスター″が、ギタースタンドに立てられていた。

 

「あれ…」

 

呆然としている香澄を見下ろすように立つランダムスターは、カーテンから漏れた朝日に反射して煌めいていた。

 

見知らぬ空間の中での唯一の私のモノ。

それに香澄はベッドから身を乗り出し、手を伸ばし、触れるーーー直前だった。

 

ピピピピッーーー。

 

「わぁっ!?」

 

突然鳴り響いた甲高い機械音にビックリした香澄は無様にもベッドから転げ落ちてしまった。

 

「いた…」

痛みを感じる。ということは、これは夢ではなく現実。

頭から落ちたことによりヒリヒリと痛む鼻を摩りながら香澄は思った。

 

「な、なに…?」

 

音の元に目を移すと、そこには小さな目覚まし時計が。可愛いデザインのそれは容赦なく鳴り続いていた。

 

時間は7:00。机の上に置かれていた携帯電話を手に取りーーー携帯電話は無事に起動できたーーー今日の日付を確認する。1月21日。月曜日だ。

 

「え……」

 

ここは誰の家かわからないが、早い内に起きて自分の家に帰ろう。じゃないと学校に行けなくなる。

 

まだ温もりが残っているベッドから出る。冬の冷たい空気が体を少し起こしてくれる。

扉に手をかけるーーー前に、置かれている赤いランダムスターに優しく触れる。

 

「……?」

 

そこで違和感に気づく。

なんだ、この感じ。

これは確かに赤いランダムスター。星のステッカーも貼られてあるし、触り慣れた感触だ。

しかし、()()()()()

これは戸山香澄のランダムスターだけど、私のランダムスターではない。

 

形容のし難い違和感に心を舐められた香澄は、その場から逃げるように部屋を後にした。

 

ーーーその時の香澄は知らなかった。その違和感が、しっかりとした形となって襲いかかることを。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「おはようございます〜…」

 

弱々しく小さな声で朝の挨拶を発する。

 

リビングに入った香澄を出迎えたのは、小柄な少女と香澄とどこか似た女性だった。香澄を見た瞬間、女性と少女は物珍しそうな眼差しを向けた。

 

「……嘘」

「お姉ちゃんが、ちゃんと起きてる…」

 

えっ、お姉ちゃん?

香澄は心の中で驚嘆した。見たことのない人から、仲良さげに話しかけられる。

香澄が最も苦手とするシチュエーションだ。

 

「これは明日は槍が降るわね…」

「それどころか世界が終わっちゃう」

「えっ、ちょっ…」

 

なにを話しているんだろうこの2人は。

戸惑っている香澄に少女は言った。

 

「朝ごはん食べよ。じゃないと、幾ら早起きしても遅れちゃうよ」

「あっ、え…」

 

私は、この人たちを知らない。けれど、この人たちは私を知っている…?

矛盾したその事象は、香澄を益々混乱の淵に陥れていた。

 

ーーーしかし。

 

「ほら何をしてるの、()()

「ーーー」

 

女性の口からその名が出た瞬間、香澄はハッと混乱の淵から脱することが出来た。

 

香澄。それは私の名前。ということは、ここは私の家?

少女は香澄のことを″お姉ちゃん″と呼んでいる。ということは、少女は香澄の妹となる。そして女性は、恐らく香澄の母だろう。

乏しい思考力を駆使して、なんとか現在の状況を整理する。

 

おかしいのは私なのか、それともあっちなのか。そんなのはわかはない。

しかし、ただ香澄には彼女たちが嘘をついてるようには思えなかったのだ。

 

「うん。そう、だね。ご飯、食べちゃおう」

「なんだか、声が小さいわね。風邪でも引いた?」

「前に声出なくなった時みたい」

 

この場をやり過ごすには、彼女たちが指摘したような人物像を演じるしかない。

香澄はそう直感して2人の言った通りに声を少し張った。

 

「そ、そう?」

 

ライブでのMCを意識して声を出す。と、そこで香澄はいつもはいるはずの人影がないことに気がついた。

 

「そ、そういえばお姉ちゃん達はどこ?」

「……」

「……」

 

数秒の沈黙。まるで時が止まったように誰1人として声を発さなかった。

 

「……はあ?」

 

そうしてようやく少女が発した声は、随分と間の抜けた声だった。

 

「なにを寝惚けたこと言ってるのよ。お姉ちゃんはあなたでしょう」

「そうだよ。…なんか今日はいつもに増して変だね、お姉ちゃん」

「変…」

 

香澄はその言葉に少し傷ついたが、それ以上に自分の姉がいないことの方がショックは大きかった。

片や運動神経抜群な人気者な姉。片や勉強熱心で大学生の姉。

香澄とは対照的な2人ではあったが、大事な姉なのだ。

胸にポッカリと大きな穴が空いてしまったような感覚に陥る。

 

「そ、そうなんだ…」

「本当に今日の香澄は変ね」

 

母(仮)の声も、その時の香澄には届いていなかった。

 

それから朝食を食べた香澄だが、やはり意識は上の空。今自分がいる空間は現実か虚構か、ということをずっと考えていた。

しかし、いくら考えようともこれが現実に思えて仕方がなかった。

 

食べた物の味はする。

触れたものの温度がわかる。

ならここは何処なのか。

姉たちは何処へ。本当の母と父は何処へ。

 

母(仮)と妹(仮)の怪訝な視線にも一切気づかないほどに、香澄は混乱した状態で朝食を終えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

いくら状況が掴めてないとはいえ、平日ではあるため、学校には行かなくてはならない。

 

自分の部屋(仮)のクローゼットを開けると、やはり中身は違っていた。制服も、香澄が通っていた学校のソレとは大きく違う。

 

「あっ、でもコレも可愛いかも」

 

なんて吞気なことを言えるほどには落ち着いてきた。

制服に着替え、鞄の中に入っている物を確認して部屋を出る。

「い、行ってきます」

 

リビングからヒョッコリと顔を出す母(仮)に向けて言う。

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

その時の母(仮)の笑顔は本当に自分の娘を送り出す母の顔をしていて。

それは香澄の本当の母が自分に向ける笑顔と重なった。

 

「本当に…これは何なの……」

 

玄関の戸が閉まると同時に震える声で呟く。

拭えぬ不安と焦りを、地震の鼓動の速さで確かに感じながらも、香澄は前を向いた。

 

きっと、ポピパのメンバーはいつも通りの筈ーーー。

 

香澄は仄かで微かな光に向かうようにして歩き出した。




ガルパーティで発売されていた漫画版を読んで初めて知ったのですが、小説版かすみんってお姉ちゃんいたんですね。


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☆2

小説版やっぱり良いです。


不安な足取りで学校へと向かう。

まるで前の入学式の時みたいだ。

香澄は嘗ての自分の姿を思い出しながら、俯いて歩いている。

 

「わっ」

 

一瞬の軽い衝撃。状況が理解できず、香澄は少し呆っとしてしまった。

そしてようやく気づく。俯いていたことにより、前を見ていなかった香澄は女生徒の背中に思いっきりぶつかってしまったということに。

 

「ご、ごめんなしゃい!」

 

しまった、噛んだ。

完全にやらかした。人にぶつかった上に、謝罪が噛み噛みという。

体温が急上昇し、顔が真っ赤になることを確かに感じた香澄は、恥ずかしさから顔を上げれなかった。

 

「香澄、どうしたの?」

 

しかし、そんな気まずい沈黙をぶち壊したのは、ぶつかってしまった女生徒だった。

 

え、私の名前を知ってる。

数十分前に感じたばかりののデジャヴを再び感じながらも、香澄は恐る恐る顔を上げた。

 

その人物には、見覚えがあった。

 

「た、たえちゃん!?」

「そうだよ。おはよう」

「あ、おはよう」

 

花園たえ。

Poppin' Partyのリードギターにして、天然なパーカーギタリスト。

ようやく知っている人物に会えた。安心感を覚えた香澄は目の前でクールな面持ちをしている少女に歩み寄ろうとするが、違和感に気づいて足を止めた。

 

パーカーを着ていない。彼女のトレードマークと言っても過言ではないパーカーを着ていないのだ。目の前にあるその事実が、香澄には信じられなかったのだ。

さらに顔もよく見てみると、いつもよりも非常に大人びていて、彼女の特徴の1つである口調とミスマッチしていたあどけなさは消えていた。

 

「……本当に、たえちゃん?」

 

恐る恐る、不躾なことを訪ねる。

 

「正真正銘、本物の花園たえだよ」

 

少女は表情を変えずーーー寧ろ少し真剣な面持ちとなって言う。

するとたえは突然両腕を広げた。

 

「本物かどうか、確かめてみる?」

 

「さあ、カモン」と表情とは対照的な間延びした声で香澄を待つたえは、やはりいつもと少し違った。

 

「えいっ」

 

しかし、香澄はたえが本物かどうかを確かめる為に、彼女の提案通りに抱きついた。たえが着けているフワフワなマフラーに顔が埋まり、更にたえ自身の暖かい体温が伝わる。

 

「ああ、あったかい…」

「毎日ギター弾いてるからね」

 

関係あるのかな、それ。というツッコミを心の中にしまいながらも、香澄は心地の良い暖かさを持つたえから離れなかった。

 

「おー、朝から熱いね2人とも」

 

と、そこで2人に声をかける少女の声。

埋めていた顔をようやくあげ、声のした方に振り向くと、そこには亜麻色の髪をした、ポニーテールの少女が。横には小柄なショートヘアの少女が小動物のような雰囲気を醸し出しながらもいた。

 

「あれ…沙綾、ちゃん…?」

「香澄がちゃん付けだなんて珍しいね」

 

朗らかに笑う少女の顔を見て、香澄は涙がこみ上げてきたのを感じた。

何で、沙綾が朝にいる。

沙綾は家の事情で定時制で夜に通学をしているのに。

 

「沙綾、りみ、おはよう」

 

後ろでたえが呼びかける。

沙綾ではない少女ーーーりみの名を聞いた瞬間、香澄は思わず辺りを見回した。しかし幾ら目を凝らせど裸足にローファーを履いたニンジャガールの姿は見えない。

 

「りみちゃん?」

「うん、おはよう香澄ちゃん」

 

確かにりみの声は聞こえた。しかしその出処は沙綾の隣からだった。

信じ難い事実を香澄は再び目撃した。ポピパの天才三刀流ドラマーの隣で、小動物のような瞳をした少女が、りみという名に反応したのだ。

 

「……りみちゃん?」

「どうかしたの、香澄ちゃん?」

「……靴下、履いてる」

「履いてるよ。寒いし」

「……髪型、変えた?」

「ううん、変えてないよ。最後に切ったのはちょっと前だけど…」

 

唖然とした様子で的外れな質問をする香澄に、りみは怪訝な顔1つせずに答えている。

香澄はその違和感ーーーをも通り越した相違点に打ちひしがれていた。

髪型や立ち振る舞い、口調や容姿まで何もかもが違っていた。

私たちのバンドの中で1番の変人であり苦労人であったニンジャガール・ベーシスト・りみは、小動物へと退化、否、変化していた。

 

「えっ…」

「どうしたの香澄。なんか今日は随分と大人しいね」

「私たちの呼び方も少し変わってる…」

 

よく聞いてみれば口調も違う。沙綾はいつもよりもサバサバとしていて、時折関西弁が入っていたりみはキッチリとした標準語となっている。

 

「おかしいのは、私なのかな…」

 

仲間であり、親友でもある3人の少女を前にして、香澄は愕然として倒れそうになる。ふらついたところを沙綾がなんとか支えるが、足になかなか力が入らなかった。

 

「ちょっと大丈夫?体調悪いなら家まで送ってくよ?」

「ううん、大丈夫…」

 

香澄に触れる沙綾の髪からは香ばしいパンの香り。山吹ベーカリーが新作として先週に発売したミスフィッツ・パンの香りだ。彼女の人柄を表すような優しい体温。私が知ってる沙綾と同じなのに、どこか違う。

その真実が、香澄を大きく苦しめていた。

 

「おーい、何してるんだこんな所で」

 

と、そんな中で可愛らしい声をした少女が割って入ってきた。金の髪をツインテールに束ねた美少女。

その少女を見た瞬間、香澄の心は回復した。

 

「有咲ちゃん!」

 

香澄がポピパメンバーの中でも特に信頼している人物、市ヶ谷有咲。ポピパの活動拠点地である蔵の持ち主にして、香澄に真紅のランダムスターを与えた、まさしく始まりの人物。

 

「ちゃん付け!?…っていうか抱きつくな!」

 

あまりの嬉しさに香澄は思わず抱きついてしまった。戸惑う有咲であったが、心なしかまんざらでもなさそうに見えた。

 

「ほら、さっさと行くぞ。遅刻したらバンド活動制限されるんだからな」

「あっ、そういえば」

「ちょっとストップ有咲。早く行きたいのは山々なんだけど、香澄の調子が悪いんだ」

「香澄がかぁ?」

 

沙綾の言葉に有咲は目を見開く。

香澄の顔を覗き見るが、有咲はいつも通りと言わんばかりに手を上げて言う。

 

「確かにいつもに比べて影がある感じだけど…そんな調子悪そうには見えないけど」

「熱とか感じる?香澄ちゃん」

「ギターを弾けば治るよ」

「その気合い論は身を滅ぼすタイプだからやめろ」

 

一様に心配の眼差しと声をかけるポピパの面々は、言動や容姿こそ違うものの、いつものポピパに見えた気がした。

その空間はなんだか居心地が良くて、不安も取り除かれていって落ち着いてきて。

その姿を見て、自分がおかしいということを香澄は受け入れた。

 

「……ううん、何でもない。みんなを見てたら、平気になった」

「なんだそれ」

「香澄、カッコいい」

 

たえちゃんはいつもに増して不思議発言が増えたけど。

 

「香澄ちゃん、あまり無理はしないでね」

 

りみちゃんは色々変わったけれど。

 

「本当に大丈夫なんだね?」

 

沙綾ちゃんは一緒に登校できるだけで嬉しいし。

 

「ならさっさと行くぞー」

 

有咲ちゃんは少し口調がキツい気がするけれど、僅かに見せる顔はいつもと同じ面倒見の良さを出してて。

 

「うん、行こう」

 

香澄はその日、初めて心の底から笑うことが出来た。

踏み出した足に不安はなく、自身と安心感が漲っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

学校での授業を何とか無事に終えた香澄は、HRを終えた直後にドっと疲れに押し潰されるように机に顔を埋めた。

どうやら香澄は知らないうちに人気キャラとなっていたらしい。同級生や下級生問わず、かなりの人に声をかけられた。無論、香澄にとっては拷問に近い仕打ちではあるが。

 

このまま寝れるんじゃないかと思っていると、背中を突かれた。

 

「なーに寝てるの。練習行くよ」

「ああ…」

 

沙綾がドラムスティックを香澄の背中に優しく小突きながら言う。

…ポピパは変わらずにあるのかな。

一瞬の不安が頭をよぎった。異変を受け入れた香澄ではあったが、自分にとっての安全地帯であり、帰るべき場所でもあるPoppin' Partyだけは、変わらずにあるのかなーーーそう思ってしまい仕方がないのである。

 

「…うん、ちょっと待っててね」

「早くしろよー」

 

有咲から急かされながらも机の横にかけていた鞄を手に取って、そこで香澄は気づく。

 

「……あ」

「あ…って」

「どうかしたの、香澄ちゃん」

 

自分の体が岩のように動かない。否、動けない。香澄の頭の中ではパニックという一文字が暴れていたからだ。

 

「……ランダムスター、ウチだ」

「……えっ」

「はぁっ!?」

 

有咲の驚嘆が教室中に響いた。



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☆3


お久しぶりです。


その日の練習は香澄抜きということになった。

香澄は何度も謝った。最も、有咲が小言を言う程度で誰も香澄のことは咎めなかったが。寧ろ驚かれた。

どんな時でもランダムスターと共にあった香澄が、ランダムスターを家に忘れてくるなんて。「これは明日はチョココロネが降る」と早朝に母(仮)から言われた似たようなことを沙綾が言うぐらいだ。

 

練習は蔵の中で行われた。蔵の中も随分と変わっていて、香澄が知っている蔵に比べてかなり片付いていた。幾多ものレトロゲーム機の姿はなく、質屋らしいとも言える物が置かれている程度だった。

 

忘れっ娘な香澄は椅子に座って4人の演奏を眺めて聞く。

演奏スタイルは、香澄が知っているポピパとは全く違った。

 

たえはギターの演奏技術が遥かに上手くなっている。元々香澄よりもギター歴は長く、リードを務めるため上手は上手なのだが、明らかにレベルが更に上がっている。エレキに関しては香澄より少し上手い程度だったが、今目の前でギターを弾く少女は別の存在に見えた。

 

りみのベースも全く違う。りみはステージ上では裸足となってステージの上を縦横無尽に駆け抜ける田淵智也のような姿が特徴的なのだが、練習中の彼女は、まるでジョン・エントウィッスルのように寡黙に演奏していた。あと裸足じゃない。

 

沙綾のドラミングプレイには特に大きな相違点があった。

彼女は天才美少女三刀流ドラマーとして地元での知名度は随一の存在で、繊細さと力強さを有したプレイは女性版デイヴ・グロール、三刀流ジョン・ボーナム、パン屋のキース・ムーンなどコミカルながらも光栄な二つ名を貰っている。もっとも、彼女が敬愛するドラマーはスチュワート・コンプランドだが。

しかし練習中はドラムスティックは従来の2本だけで、プレイも確かに申し分はないが、激しさはどこか影を潜めていた。

 

唯一の救いは有咲というべきか。彼女のプレイはあまり変わっておらず、強いて挙げるなら音色の違いか。前面に出ていた前とは違い、練習中の有咲のキーボードプレイはあくまでもリズム隊として徹していた。

 

違う。何もかもが。

目まぐるしく、そしてややこしい今の状況に、香澄は倒れてしまいそうになる。けれど耐える。耐えるんだ。

きっと、この何もかもが違う光景というのは目に焼き付けなければならないのだ。そのことを今日のポピパの練習を見て思った。

 

結果的に練習中、香澄はずっと練習を見ていたら何かに取り憑かれたように。一切目を離しすことなく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

家に帰ると、出迎えてくれたのは妹(仮)ーーーいや、香澄の妹である明日香だった。

ショートカットの小柄な少女は香澄の手を引いてリビングの椅子に座らせた。

 

「大丈夫だったの、今日」

「大丈夫って…」

そりゃ、大丈夫じゃない。

親友達のキャラはかなり変わっていたし、前とは違って知りもしない在校生から話しかけられたり。

精神的には五分五分というところだ。

 

そんな愚痴を心の中で押し殺し、作った笑みで香澄は言う。

 

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」

「あっ…」

 

優しく、明日香の頭を撫でる。

末っ子である香澄には自分より年下にどうすればいいかわからない。よく漫画とかで見る頭を撫でるシーンを再現してみただけだ。

 

「……お姉ちゃん、やっぱりちょっと変だよ」

「うっ…」

 

頬を赤らめて照れ臭そうに言う明日香。しかし「変」という言葉に攻撃を食らった香澄には届いてはいなかった。

 

自室に戻り、鞄を床に優しく置いてベッドに身を投げ出す。良い材質のベッドだからなのか、あまり音は立たなかった。

 

「朝起きたら、元通りになってるかな」

 

仰ぎ見る天井に向かってポツリと呟く。

しかし返ってくる音は何もない。少し虚しくなったので、今日は置いて行ってしまったランダムスターをケースから取り出す。

紅いボディに触れる。その冷たさは香澄が常に触れていたランダムスターと同じで。

 

胡座をかき、試しにとチューニングをせずに左手でDコードを抑え、右手でピックを持って弾いてみる。次いでG、 A、D。それの繰り返し。

曲は香澄にとっての思い出の曲である″きらきら星″。

音色も変わらない。きらきら星を弾き終えた後は適当にアルペジオを奏でる。そこから段々と″Yes! BanG_Dream!″のサビのコードへと変わっていき、優しく歌う。

Poppin' Partyの始まりの曲。

しかし、いくら奏でようとも歌おうとも、目の前の景色は変わることはない。

 

「ダメ、だよね」

 

半端に抑えていたAコードが半端に鳴る。

当たり前のように優しく接してくれる明日香やポピパメンバー達を見ると、自分こそが本当におかしな人間なのではと思ってしまう。

私は、ここにいるべきじゃない。

 

そりゃそうだ。だって、ここは私の知らない世界。

受け入れた今でさえ、目を覚ませば跡形も無く消えて無くなってしまう夢なのではと疑っている。

 

ベッドに体を埋める。

考えれば考えるほど変な話だ。そして考えれば考えるほど、答えが出ない迷宮のように感じる。

早く戻りたい。早く家に帰りたい。

涙がこみ上げてくる。しかし、香澄は我慢した。

泣かないって決めたんだ。泣くのは感動した時か、心の底から笑った時だけ。

 

「…なんとか、なるよね」

 

自分の本当の親友達の顔を思い浮かべて、気丈につぶやいた。

なんとかなる日まで、ギターを奏でてよう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

翌日。

香澄は先日と同じように目覚まし時計よりも早く起きた。

辺り見回すが、景色は寝る前と変わっていなかった。

 

小さく溜息をこぼす。

夢じゃないのか、これ。改めて痛感する辛くて頭が痛くなるような現実。

仕方がない。今日もここで朝ごはんを食べよう。

香澄は欠伸をしながら階段を降りた。

 

母と明日香には相変わらず驚かれた。

挙句、明日香からは不眠症なのではと心配されるほど。

大丈夫であることを伝え、朝食を済ます。顔を洗い、歯を磨き、着替えをして、鞄を取って部屋を出るーーー前に。

 

「忘れちゃダメだよね」

 

相棒に語りかける。昨日の非礼を詫びて、そして改めてよろしくと撫でるように触れる。

ケースを背負い、母と明日香に見送られて家を出る。

今日最初に会ったのは沙綾だった。

 

「おっ、今日はギター持ってるね」

「うん、昨日はちょっと忘れちゃって…」

 

肌寒い早朝だというのに、沙綾の向ける笑顔は相変わらず朗らかで。少し近づくとパンの味がするのも、また彼女らしかった。

そうしてすぐにたえ、りみの順に合流し、最後に有咲が来て全員揃った。

この生活スタイルになって2度目となる学校ではあったが、依然として見知らぬ同級生から話しかけられることには慣れなかった。笑顔が引きつっていないか、どもってないかと確認するのに精一杯だった。

無論、授業の内容も頭に入るわけはなく。

 

全ての授業が終わった頃には、先日と同じく意気消沈となっている香澄の姿が教室にあった。

 

「勉強得意じゃないのはわかってはいたが…終わったらこんな死にかけてたっけか?」

「寧ろ終わったらギターだー!って言って飛んで行ってたけど」

「香澄、ギター弾く?」

 

たえからギターを渡される。

弱弱しく震える手でランダムスターに触れる。瞬間、全てがハイになった。

 

「今日は練習できる…!」

「おお、ギターを持ったら変わるキャラか」

 

有咲の鋭い指摘にも聞く耳を持たず、香澄は前を行く沙綾とたえについて行った。

 

「まあ、元気ならいいか」

 

少し元気が取り戻って来た香澄の後ろ姿を見て、有咲は少し笑って言った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

アンプにシールドを差し込み、適当にコードを押さえて音を鳴らす。チューニングも終わり、特に問題はなかった。

 

「始めていい?」

「どーぞー」

「じゃあ行くよーーー」

 

沙綾がスティックを合わせ、軽い音を鳴らす。

3、2、1ーーー。

 

「ーーー!?」

 

演奏が始まった瞬間、香澄は驚愕した。

()()()()()

Poppin' Partyの演奏技術が向上し、そして香澄の知っているものと差異があるのは理解していた。しかし、実際に演奏の輪の中に入れば、その音の違いに腰を抜かしそうになる。

 

リードするたえのギターはいつもよりも鋭く、りみのベースの音も遥かに存在感を増している。沙綾のドラミングもリズム隊としての音を逸していた。そしてそんな激しい音のぶつかり合いを和らげるように、有咲のキーボードが抑止となっていた。

 

曲は″STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜″。何度も演奏した曲なのに、別の曲に聞こえてくる。

まるで初めて演奏する曲のようで、しかしその違いは不思議と嫌ではなかった。

またこれもPoppin' Partyの姿なのだ。こういうifもあるのだ。

4人の演奏は、語らずとも音でそう香澄に訴えかけているようだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「驚いた」

 

練習を終え、休憩中に沙綾がペットボトルに入った水を口に含んで言う。

 

「え?」

「香澄がこんなギター上手くなってるなんて」

「そう、それ私も思った。ギターとボーカル、どっちにもつられてなかった」

 

沙綾の言葉にたえも頷く。

もっとも、香澄本人としては演奏技術が自分が知っているポピパと全く違った為、合わせるのに苦労したのだが。

 

「何か特別な練習とかしたの、香澄ちゃん」

「う、ううん。いつも通り黙々と部屋で練習してただけだよ」

 

嘘偽りは一言も言ってないが、それでも不思議がられている。

そんなに私は下手に見られていたのだろうか。香澄は自分のことながら首を傾げてしまう。

 

「ばあちゃんがお菓子くれるってよー。持ってくるの手伝ってくれ」

「あ、OK。行こ、りみりん」

「うん」

 

有咲の背を追いかけて沙綾とりみが席を外す。

 

「私はトイレ行こ。香澄は?」

「あ…いいかな…」

「そっか」

 

そう言ってたえも席を外した。

なし崩しに人が出て行ってしまい、ポツリと蔵の中で1人きりになってしまった。

 

「……1人…」

 

突然の静寂と孤独に、香澄は少し考えを巡らせてしまう。

そういえば、私はずっと1人だったな。サイテーで、意気地なしで、根暗な人間だった。

星に導かれて真紅のランダムスターと有咲に出会い、そしてPoppin' Partyを組んで、全力で青春を過ごしている。

 

けれど、今はまた昔に戻ったみたいな感覚だ。

私だけがおかしくなっていて、変わり者みたいで、また臆病者になっている。

 

「嫌だな、この感覚」

 

呟いてもその感覚が消し去るわけでもなく、頭の中がドロドロになったみたいで。

ああ、ダメだ。有咲ちゃんから言われてるじゃないか。マイナスな方面に考え込んではダメだって。

そんな邪な考えを振り払うために、香澄はギターを奏でた。

 

簡素なアルペジオから漂うのは退廃感と寡黙。

曲の名は″Creep″。21世紀のビートルズと呼ばれているレディオヘッドの代表曲だ。

 

私は根暗でサイテーな人間。

何の取り柄もない、普通以下の人間だ。

 

私はここにいるべきじゃないのかな。

このポピパは違うんだ。きっと、私が今いる席は別の誰かの席なんだ。

早く戻りたい。早く帰りたい。

 

ここで何をしているんだろう。

帰るべきだ。きっと、みんなもそう思っている。

 

私はここにいるべきじゃないから。

部外者はサッサと立ち去ろう。それが私の取るべき行動だ。

 

「わお、こりゃ凄い」

 

そうして歌い終えた香澄を迎えたのはなんとも間の抜けた声だった。

目を向ければ、そこにはテーブルにお菓子を置いて拍手を送る沙綾とりみの姿が。拍手はしていないものの有咲もいた。

 

「香澄ちゃん凄いっ!英語の発音そんな上手だったなんて」

「しかも綺麗なアルペジオだったね」

「ま、まあまあ…かな」

 

それぞれ満遍なく注がれる賛辞に、香澄は顔を赤くする。

するとトイレから帰ってきたたえが驚いたような顔で香澄を見た。

 

「すごい歌声が聞こえたけど、あれって香澄?」

「う、うん。そうだけど…」

 

と、香澄が言うとたえは輝いた目をして香澄の両の手を握った。

 

「香澄もレディオヘッド聞くの?私、トム・ヨーク大好きなんだ。他に何が弾ける?」

「あ、えっと…」

 

子供のような顔をして香澄の手を握るたえを見た沙綾はポツリ、と呟く。

 

「おたえがあんなにはしゃいでるの、久しぶりに見た」

「けど香澄ちゃん凄いね。いつの間にあんなに発音良くなってるなんて」

「まあ、香澄は香澄なりに努力してるんじゃねーの」

 

有咲が腕を組んでどこか不満げに言う。

そんな有咲の姿を見て、沙綾は少しニヤついた。

 

「なに有咲。嫉妬?」

「なっ、バカッ、ちげぇよ!」

「わかりやすいね〜有咲は」

「うるせぇ!」

 

「さっさと練習するぞ」と、紅潮した顔をした有咲がキーボードをがむしゃらに弾いた。

そんな有咲と、それを囲むポピパメンバーを見て、香澄は吹き出した。

 

なんだか、あまり変わってないのかも。

何もかもが違うけど、核は変わってない。

香澄はどこか安心した顔で、再びギターを鳴らした。





お久しぶりでした。


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☆4

先日、6thライブに参加しました。何気に初めてのポピパライブ。
正面にはステージ、上を見れば歴代横綱という煌びやかさと荘厳さが入り混じった固有結界が広がってました。
かつてウルフが踏みしめた地と同じ地を踏んでいるのだな、と思うと興奮してきました。

本編どうぞ。



頬を撫でる風は涼しかった。あたり一帯が真っ黒。そこに、模様のように輝く星々。

 

映画で見る、お姫様のお部屋みたい。天井や壁という概念があるのかわからないけど、煌びやかで居心地がいい。香澄はそう感じた。

 

軽く飛び跳ねてみる。すると、宇宙ステーションの中のように、池を泳ぐ鯉のように、ゆっくりと香澄は宙を舞った。

 

暫く流れに身を任して、ある程度昇ったところで香澄は「止まれ」、と意識を集中した。すると見事に勢いを無くして止まった。

かつて自分がいた場所を見下ろす。宇宙のようだけど、下に地球は無かった。

 

––––––地球は青かったって言いたかったな。

 

心の中でクスリと笑って目を閉じる。

閉じた瞬間、誰かの怒鳴り声の残響が聞こえた。咄嗟に目を開けて辺りを見回す。香澄の背後、そこには、香澄のよく知る市ヶ谷有咲の姿がそこにあった。

 

「––––––このバカスミンっ!」

 

見たこのない剣幕で怒鳴られたことで、香澄は思わず息を飲む。

え、な、なんで怒ってるの、有咲ちゃん。私、何かしたっけ––––––。

 

と、有咲が目を向ける先にいる人物に気がつく。

 

––––––あれ、わたし(香澄)だ…。

 

香澄が、そこにいる。

しかし、こんな有咲に怒鳴られるような場面を体験した覚えはない。夢なのか。いや、夢にしてはあまりにも感触がリアルだ。

 

有咲から向けられる、軽蔑の眼差しに香澄は何も言えない。

有咲を押さえつけるたえとりみから同情の眼差しを向けられるが、何故だか罪悪感を強く感じる。

 

なんで、みんな。

こんなの、知らないよ。

 

形容し難い恐怖心に震える。鳥肌が立つ。脳が圧迫される。耳を塞ぎたくなる。

自身の耳へと手を向ける––––––その寸前、誰かの手がそれを止めた。

 

身体をビクリと震わせ、恐る恐る振り向く。

 

––––––そこには、香澄(わたし)がいた。

 

「––––––あなたは、向こうの私なんだよね?」

 

スマートフォンのアプリで録音した自分の歌声と同じ声で、香澄は問う。

香澄は、その言葉の意味を理解できなかった。

 

「向こうって、何…?」

「あそこに映ってる私。私の知らないPoppin' Partyが、あそこにいるの」

「知らない…?」

 

私なのに、なんで知らないの。

疑問が浮かび上がった。瞬間、香澄には心当たりがあることを思い出した。

 

––––––知らない制服。

––––––姿中身がまるで違うりみ。

––––––いっしょに登下校する沙綾。

 

「––––––まさか」

「あなたが見て、話したりみりんは、小動物みたいで可愛かった?」

「うん、忍者なんかとは程遠い、大人しい娘だった」

「……やっぱり」

 

納得したように、()()()の香澄はうなずいた。

そして改まったように、喉を鳴らして袖を正す。

 

「––––––はじめまして、香澄。あなたと、こうして話したかった」

 

香澄からの改まった挨拶。

香澄の中で回転していた疑問の歯車は合致した。

 

「––––––うん、はじめまして、香澄…ちゃん。信じられないけど…つまり、そういうことなんだね」

「うん、そういうこと。つまり私たちは……」

 

うなずくアチラの香澄に、香澄はうなずき返す。

––––––それが、合図だとも知らずに。

 

向こうの香澄は息を吸う。

 

「入れ替わってるぅ〜〜!!?」

「……えっ?」

 

突然の叫びに、香澄はただハテナマークを浮かべるだけだった。

アチラの香澄は、静まる空気に目を泳がせる。

 

「えっ、ちょっ、ここはお約束でしょっ?瀧くんと三葉ちゃんみたいに!」

「タキくん…?ミツハちゃん…?……どなた?」

「知らないの!?″君の名は″だよっ、前前前世だよっ!」

「全然…」

「おっ、前前前世にかけてるね!座布団8枚〜!」

「かけてないし、座布団多めじゃない!?」

 

怒涛のマシンガントークに香澄も声を荒げざるを得なかった。

なに、この香澄。

さっきまでの落ち着いた雰囲気は何処へ。シリアスめだった空気は何処へ。

 

「ウソ…これがジェネレーションギャップってやつ…?」

「その言葉を使うにはまだ若いと思うよ…」

 

ジェネレーションギャップというより、単純に香澄の世界には存在しないものなのだろう。

香澄はそういうことで納得した。

 

「まあ、私たちは入れ替わってる、っていうのは確定したね」

「だね…信じられないけど、私自身…香澄ちゃんが現れたら、そう結論付けるしかないね…」

 

こうして香澄が目の前にいる。

非現実的な話だけど、私たちが今こうして体験しているから現実なのだ。

 

「教えて」

 

アチラの香澄が、深刻な面持ちで聞く。

 

「私、やらかしちゃったんだ。あなたの世界を知らなくて」

「…もしかして、今流れてる映像って」

「うん、私の犯行映像」

 

あははっ、と呑気に笑って言う。

こんな深刻な状況でも、こうして笑って過ごせる辺りは、私と違うなぁ…、と香澄の心に残った。

 

「うん、教えるよ。何もかも、きっと違うから」

 

香澄は語った。

自分の家族構成から、自分自身の性格。有咲と出会い、ランダムスターを手に入れた経緯。メンバーを集めて、沙綾と共に泣いて、曲を書いて、セッションをして、Poppin' Partyが結成されたことを––––––。

 

香澄は語ってくれた。

自分の家族構成と、性格。有咲との出会い、ランダムスターとの出会い、りみと一緒に″きらきら星″を奏でたこと、たえを加入させるために蔵でライブをしたこと、沙綾を説得して、5人で初めて演奏した文化祭のこと、そして自分が声を失ったことを––––––。

 

「––––––そうなんだ」

 

先にそう呟いたのはどちらか、そんなことはわからなかったし、どうでもよかった。

 

ただ互いのことを知ることができた。

無知は罪だ。私たちは罪人だった。でも、ようやくその罪は消された。

自分同士––––––いや、香澄同士の語り合いという贖罪で。

 

「安心したなぁ。知ることができた」

 

ホッと胸を撫で下ろし、清々しい笑顔を浮かべる。

 

「さあ、有咲たちに謝らないとな」

「そうだね、謝らないとね」

「見たところ、香澄ちゃんは私と違ってやらかしてないね。適応能力の高さなのかなー」

 

適応能力というより、ただ他人から目をつけられないように過ごすのが得意なだけだから…と、愛想笑いでごまかした。

 

と、徐々に自分の周りが明るくなっていることに香澄は気がついた。

 

「…夜が明けるね」

 

切なそうに、アチラの香澄はつぶやいた。

香澄は頷く。

 

「目が覚めたら、戻れてるかな」

「わかんない。たぶん、戻れてないんじゃないかな」

「だよねー。そんな気がするー」

 

アチラの香澄はのびをしながら白い歯を見せて笑う。

 

「じゃあ、またね」

「また会えるかな」

「会えるよ」

「そうかな」

「うん、そうだよ。絶対に会える」

 

光が2人を包む。

視界は真っ白に。辺りは静寂という名の嵐に包まれて、香澄は激流に飲まれた。

 

「あなたがいた証拠!」

 

––––––そんな中、香澄(あの娘)の叫びが。

激流に身を任せていた香澄は、腕をバタバタ捥がかせて、「うん!」と叫び返した。

 

「残して!どんな方法でも、いいから!残して!」

「なんでー!?」

「あなたは、戸山香澄だから!」

 

その言葉を最後に、香澄は光の激流に呑まれた。光は香澄の全てを包み、やがて在るべき場所へ戻した。

 

 

流れる川はやがて海に流れ着くように、香澄は在るべき場所へと戻った。

 

 

そこは、香澄が普段から愛用しているベッドではない、向こうの香澄のベッド。

外から聞こえる小鳥の囀り。自転車のブレーキ音。カーテンから漏れる光は、今まで以上になる、とても綺麗に見えた。

 

「––––––入れ替わってる、かぁ…」

 

目を覚ましてその事実を再認識する。

改めて思うが、おとぎ話のようだ。

 

「入れ替わり…シャッフル……」

 

カードゲームのカードになった気分だ。

私の手札から、相手の手札へ渡ったように。

 

「……これぞ正に″ぽっぴん'しゃっふる″…」

 

香澄の呟きにより、空気が固まる。

鳥の囀りはピタリと聞こえなくなり、自転車のブレーキ音も残響を残すだけだった。

 

「って、そんなん言うてる場合かっ」

 

オチが付かないので、独りでツッコミを入れる。

元々付いてなかったオチは、更に居場所を無くしただけだった。

 

「……着替えよう」

 

運命的な夢を見た後に迎えた朝は、やけにもの悲しく感じた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

学校が終わって放課後に市ヶ谷邸の蔵で練習。

 

自分が向こうの香澄と入れ替わっているという事実を意識できたからか、前よりもより流動的に、そしてメンバーとも親しく話せた。

 

たえが拾ってきたという、砂時計をボーッと眺めていた時だった。

 

「なあ、香澄。新曲作らないか?」

 

片手で″カエルの歌″をキーボードで奏でながら有咲が言う。

その発案に、沙綾も同意の意を示す。

 

「あー…かもね。そろそろセトリもマンネリ化してきてるし…」

「マンネリ……」

 

マンネリもなにも、どんな曲があるのかすら知らないんだけど。

 

「ハード系だったら″ティアドロップス″があるし、クラップ系だったら″ぽっぴん'しゃっふる″もあるし…」

 

有咲が1つ1つ曲を言う。

″ティアドロップス″と″ぽっぴん'しゃっふる″あるんだ、と香澄は何故か安心感を覚えた。

″ティアドロップス″はたえが、″ぽっぴん'しゃっふる″は有咲が作った曲だ。いずれもライブで人気が高いため、香澄にとっても思い入れの深い曲だ。

 

「ならここは1つ、メロディアスなのはどう?」

「メロディアス?」

「それってどういう曲なの、おたえちゃん」

 

4人が同時に抱いた疑問をりみが聞く。

その質問に発言者のたえは得意顔で答える。

 

「例えばボウイの″Life On Mars?″みたいなのとか、マイケミとか」

 

「ボウイ、マイケミ…」とりみが片言で呟く。どうやらわかっていないらしい。

香澄は両方とも知っていた。

 

ボウイとは無論、デヴィッド・ボウイだ。

イギリスを代表するグラム・ロックの最重要人物で、1枚のアルバムごとにキャラクターを造り、そのキャラクターに沿った楽曲を歌っていた。ビートルズ、ツェッペリンと並んで後世に大きな影響を与えた存在だ。

以前、ポピパが参加したハロウィンの企画ライブで、香澄はボウイが造ったキャラの1人である″ジギー・スターダスト″を、ボウイの大ファンであった沙綾は″ハロウィーン・ジャック″に仮装した。

 

もう1つのマイケミとはマイ・ケミカル・ロマンスというアメリカのバンドだ。壮大なテーマを元に描かれる1つの小説のような楽曲の数々で2000年代、絶大な人気を持っていた。

 

「″Life On Mars?″かぁ…うん、なんとなくイメージはできた」

「香澄、ボウイ知ってるの!?」

「うん、大好きだよ」

 

輝いた目で両肩を掴まれて「今度語り合おう!」と言われた。

メロディアスで、ボウイやマイケミのような音楽性。曲調的に″Lady Stardust″みたいなのにしてみようかな、と考えてみる。

 

「じゃあ、りみ。作曲よろしくな」

「うん、難しいけど、やってみるね」

「えっ、りみちゃんが作るの?」

「……え?」

 

反射的に呈した疑問に、有咲が怪訝な眼差しを送る。

 

「……私が作るんじゃないの?」

「いや、香澄って作曲できないだろ…」

「出来るよっ。というか今までも″STAR BEAT″とか″ときめきエクスペリエンス″とか……」

 

そこまで気づいた。

″向こうの世界の香澄″は作曲ができないのだろう。

なるほど、つまりそういうことか。

 

「……それは私が作曲するよ」

「マジかっ。どういう風の吹き回しだ」

「気分、だから?うん、そういう気分なの」

「気分て……」

 

いい加減な香澄の理由に有咲は肩を落とす。しかしそれを沙綾が御する。

 

「まあまあ、今までと気色の違う曲を作ろうってわけでしょ。なら、香澄に任せるのもアリなんじゃない?」

「ボウイがわかるのなら、香澄に是非!」

 

沙綾の言葉にたえも同意する。

りみも2人に続く形で「なら、私も」と。

多数決では有咲の負け。暫く下唇を噛んでいたが、やがてお手上げというように両手を挙げて3人に賛同した。

 

「わかったよ。その代わり、半端なもん作るなよな」

「約束するよ」

 

Poppin' Partyはいつだって本気だ。どの曲にも愛情を絶やさない。ましてや、元々は私が在籍してないPoppin' Partyだ。向こうの香澄と次に会った時に、ちゃんと面と向かって話すために、半端な曲は作れない。

 

「じゃあ、早速始めようかな」

 

ランダムスターを構えて、コードを押さえ、音を奏でていく。地道ではあるが、ここから1つずつメロディーを生み、後はノリで構成を決めていく。

有咲やたえからは才能の言われたが、香澄自身はボブ・ディランやジミ・ヘンドリックス、カート・コバーンだってそうやってメロディーを作ってきたのだと謙遜した。

 

「おお、ちょっとそれっぽい」

「私も作曲挑戦してみようかなー」

 

 

––––––あなたがいた証拠!

 

––––––どんな方法でも、いいから!残して!

 

向こうの香澄の言葉を思い出す。

私がいた証拠。

向こうの世界の香澄は作曲ができない。けれど、私にはできる。

それはつまり、唯一無二の、戸山香澄が作った曲が生まれる。

 

––––––だとしたら。

 

それはきっと、私がこの世界に残すべき証なのかもしれないな。

 

丸テーブルの上に置かれた砂時計に目をやる。

2つの透明な硝子の管に入った砂。砂は同時に混ざることはなく、落ちて1つになるだけ。

 

今の私と向こうの香澄は、きっと中間の細い管の中にいるのだろう。時計は横に寝かせられて、それこそ時は止まったまま。

きっと1回だけ立てたら、私と香澄ちゃんは互いの元の世界に戻ってしまう。

 

誰かに時計を立てられる前に、この曲を完成させる。証を残して、香澄ちゃんとまた話し合って、元の世界に戻る。

それが今の私の役目で、目的だから。

 

1粒1粒落ちる砂を意識しながら、香澄は再び作曲に意識を集中した。



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星のトキメキ
★1


こっちがアニメ版香澄視点です。


戸山香澄が目を覚ますと、そこは見慣れない天井だった。

 

「ーーー」

 

数秒の戸惑い。その後に訪れたのは疑問。

なんで、私はここに。

シンプルで短い疑問が心の中に浮かぶ。

 

「…おたえの家だっけ」

 

口に出して、脳内で親友のギタリストの部屋の天井と今自分が眺めている天井を比べてみる。結果は、否。

 

「じゃあ、沙綾かな」

 

再びさっきと同じことをする。しかし明るい答えは返ってこず。

 

「りみりん」

 

1人1人、親友の名を口に出してみるが、答えは一向に出ない。

 

「蔵…有咲…?」

 

最後に、香澄が加入しているバンドの活動拠点地の場を出す。しかし、それも違くて。

 

「じゃあ、私の部屋?」

 

模様替えなんていつしたっけ。

そんなことを考えて、上体を起こす。辺りを見回すと、見たことのない雑貨が置かれたり、置かれてなかったり。

 

「……うーん、違うなぁ…」

 

自分が覚えてる限りの部屋の内装と比べてみるが、似ても似つかない。

 

「とりあえず、探検だ」

 

呑気に言う。

この見慣れない空間の果てには何があるのだろう。昔からポジティブで行動的な香澄は、目の前の謎にドキドキしていた。

 

別に必要もないのに、足音を立てずに忍び足で歩いて。階段を降りる。

今の香澄の気分は完全にゲームをしている時のそれに近かった。

微かに聞こえる生活音が。包丁で何かを切る音。水が流れる音。誰かの足音。

いつも香澄が聞いているありふれた音。けれど、その音はこの謎の空間というデバフが付くことにより未知のBGMになる。

 

わあ、いい匂い。

漂う香りは香澄の足を速めた。

階段を降りきり、1回深呼吸。

 

ここは何処なのか。この先には誰がいて何をしているのか。

 

目を輝かせた香澄はドアノブに手をかけ、扉を開ける。

 

ーーーーそこはリビングだった。

 

「あら香澄。おはよう」

 

台所から顔を覗かせる若々しい女性ーーーその女性の顔は、香澄は見覚えがなかった。

 

「おはようございます!」

 

とりあえず元気よく挨拶。何事も最初か大事。

 

すると階段から誰かが降りてる来る音が聞こえてきた。香澄の立つ背後の扉が開かれる。

 

「おはよう、香澄ちゃん」

 

白い髪の、お淑やかさを形として表したかのような少女。歳は香澄よりも少し年上に見える。

 

「おはようございます!」

 

この人も初対面だ。とりあえず明るく。

「朝から元気だね、香澄ちゃん」

「はいっ、やっぱり朝は元気よくいかないと!」

 

眠そうに欠伸をする少女。香澄はそんな少女とは対照的なテンションの高さだった。

 

「最近はバンドのおかげで元気になってきたと思ってたけど、ここまで効果覿面とはね」

「本当に姉として嬉しい限りだわ」

 

女性と少女が懐かしむように語り合う。それを聞いていた香澄には1つの言葉が引っかかった。

 

「……姉?」

 

私に姉なんていただろうか。いるのは妹の明日香だけだ。

それが引き金だった。

 

「……あ…れ…」

 

なんで目の前の2人は私を知っている風に話し合っているんだろう。なんで私の名前を知っているのだろう。

疑問が雪崩のように崩れ落ちてきた。

 

「さあ、朝ごはんを食べましょう」

「えっ、あ…」

 

女性の声に答えることができない。

「さあ、食べましょう」

 

私は夢を見ているのかな。

そう思わずにはいられないほどの異様な感じ。

言いようのない不安に蝕まれながら香澄は朝食を終えた。

 

女性の話によれば今日は平日。

香澄は言われるがままに寝ていた部屋に戻りクローゼットの中を確認した。そこには見たことない制服が。

 

「これ、本当に私のなのかな…」

 

恐る恐る着てみると、意外にもサイズは全く同じ…むしろピッタリだった。

 

「え、うそ」

 

自分で口に出てしまうほどの驚きだった。

しかも着てみると案外悪くない。こんな制服の学校は見たことがないが、デザインは香澄好みでもあった。

 

見た限りそれっぽい鞄を手に取って部屋を出るーーー直前。

 

壁に立てかけられた、大きなケース。香澄はそのケースには見覚えがあった。

 

「ギター…ケース…」

 

自分の物であることが確定してないのに、香澄はそのケースに手を伸ばしていた。

抗いようもない重力に引き寄せられるように、それが予め決められたら運命であるかのように香澄はそのケースを開けていた。

 

ケースの中身ーーーそれは真紅のランダムスターだった。

 

「ーーーこれ」

 

星の形をしたギター。ボディには星のステッカーが貼られており、それは正真正銘、香澄の持つランダムスターだった。

 

「えっ、なんで、これが」

 

私の知らない所。知らない人。

そんな中で、私の相棒が。

 

香澄は混乱した。それは無理のないことで、けれど誰もそんな彼女に手を差し伸べることはなかった。

何故なら、それは香澄が違うから。

香澄だけが今についていけてなくて、香澄だけが混乱しているから。

 

混乱している自分の頭を落ち着かせる為に、ギターを手に取って構える。普段やらないんです指引きになっているが、今はこうしたい。

何かあった時は、ランダムスターを弾く。コードはめちゃくちゃ。でも弾くのだ。

それが、香澄なりの自己治療なのだ。

 

適当に音を鳴らす。公式ではないそのコードで、ミュートもしている。とても人様に聞かせれる音をしていない。

 

しかし、その微かな音を聞いた瞬間に、香澄はある確信をした。

 

「ーーーけど」

 

香澄はランダムスターをケースに再び蔵い、鞄を脇に抱えて、ケースを背に背負う。

 

「これは、夢じゃない」

 

それは、そのランダムスターが教えてくれた。

その音は紛れもなく、私の相棒の音だった。聞き慣れた音だ。とにかく明るくて、聞いてる側が元気を貰える音。

 

ああ、そうだ。

これさえあれば、何も怖くなんかない。

 

香澄は駆け足気味で階段を降り、玄関で靴を履く。自分の靴はすぐにわかった。自分にしては大きすぎる靴が1つと、少し小さめなのが1つ。

その間の靴に手をつけた。

 

「香澄、もう行くの」

「うん、行かなきゃいけないから!」

 

背後から聞こえる声に、無礼ながらも振り向かずに答える。

すると自分の頭がポンと優しく触れられた。

 

「えっ」

 

上を見上げると何もなく。代わりに自分の横を素早く通り過ぎる人影が。

 

「おはよ香澄!」

 

そこには長身のショートヘアな、ボーイッシュを体現したような少女が。

 

「じゃ、行ってくる!」

「朝ごはんはー?」

「味噌汁は飲んだからー!ご馳走様ー!」

 

器用に走りながら後ろを振り向いて手を合わせる。

 

「あっ、本当だ食べてある…」

 

後ろで女性の小さな声が聞こえる。

香澄も先ほどの長身の少女に続くように駆け出す。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

知らない家だけれど。

これは夢ではないから。

このランダムスターがあるから。

 

一先ず、ここを家としよう。

まるでゲームの始まりみたいだ。主人公が自分の家を出て、旅に出るみたいな。

前に蔵でやったゲームのことを思い出して、少しだけ吹き出してしまった。

 

「行ってらっしゃい!」

 

明るい声に押されてさらに速度を上げる。

すると頭上からガラガラ、と音が聞こえた。

 

「香澄ちゃん!行ってらっしゃい!」

 

先ほどの少女が落ちてしまうのではないかというぐらいに身を乗り出して香澄を見送っていた。

その少女の目は、まるで自分の家族を見送るような優しい眼差しをしていて。

それが香澄には嘘には見えなくて。

香澄は笑顔で少女を見つめ返した。そして駆け出す。

 

自分の背に赤色のランダムスターがあると思うと、なんだか自分が無敵に思えた。

1つめの信号に足を止められた頃には、さっきまで抱いていた不安は消えていた。




文字数が偶然にも小説版の方の文字数と同じ…!


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★2

ニンジャガールは無敵。


早朝の冷えた通学路を歩く香澄の足取りは軽やかであった。

これから目の当たりにするであろう未知の世界に心が踊っていたのだ。マフラーを靡かせ、冷たい空気と風を気にさせないほどの高揚感を纏った香澄は、周囲から向けられる白い眼差しに気がつかないまま走っていた。

 

学校の行き場は変わっていなかった。いつも通り、電車に乗っての登校だ。

定期券を翳し、駆け足を止めてホームを歩く。

扉開かれていた車内に入り、つり革に掴まる。間も無く発車のアナウンスが流れ、ゆっくりと動き出すーーー寸前だった。

 

「ーーー師匠!」

「師匠?」

 

師匠、という日常生活では聞き慣れない言葉に香澄は耳をすました。外からのようだ。

電車に間に合わなかったのかな、と心配をしながらも自分にはどうすることもできない。心の中で無力な自分でごめんね、と謝りながら外の景色を眺めるーーーと。

 

「ーーーえ」

 

走っていた。少女が。それも電車とほぼ同じ速度で。

 

「ちょっ、まま…」

 

およそ信じがたい光景を前にした香澄は車掌に止めようかと動き始めるが、恐ろしい速度で駆ける少女は目があった香澄に微笑み、サムズアップをしてみせる。そして電車に引き離されていった。

 

「……なんだったの、あれ」

 

あまりの一瞬の出来事に香澄は茫然としていた。

しかし、それと同時に1つの事に気がついた。

 

ーーーあの娘、りみりんにどこか似ていた。

 

一瞬よぎった考えを、しかし香澄はすぐに拭い去った。

まず第一に、りみは運動神経が悪い。あんなに走れるわけがない。そして風にさらされていた為不確定要素ではあるが、髪型も違った。

 

「いや…まさかね」

 

その考えは一旦沈めておこう。

朝から色々なことが立て続けに起こっているが、きっと大丈夫だろう。とりあえず有咲とりみに会おう。

それから数分して着いた。

香澄は電車から降りて改札口を出て、有咲の家へと向かおうとした。

 

「師匠!」

 

が、その前に大きな声で再び師匠という言葉が響いた。驚いた香澄は体を震わせる。さっきからなんだろう、と思って振り向くと、香澄の背後には先程電車と共に走っていた少女が。

 

「え」

「師匠、おは、お、おはよう…」

「お、おはよう…」

 

肩で息をする少女に挨拶をされた。突然の出来事に香澄は思わず返してしまったが、そもそも香澄はこの少女とは初対面のはずだ。

 

「えっと…ご、ごめん、誰だっけ」

 

無礼を承知で思い切って名前を聞く香澄。心の中でさらに謝りながら、息をする少女の答えを待つ。

 

「ウチの名前を…忘れたというのか…」

「ごっごめん!ちょっとまだ寝ぼけてて…」

 

ああ、私は最低だな。

心の中で自分自身に叱咤をしながら何度も謝る。

 

「りみ。牛込りみ。あの時のお弁当のオカズの恩は忘れることはない」

「り、みーーー?」

 

瞬間、香澄の思考は一時停止となった。

りみ。牛込りみ。

 

ああ、それは確かに私の親友の名だ。なぜ目の前の少女がその名を名乗っている。冗談にも程度がある。

 

「まあ、師匠が朝に弱いのは今に始まった事ではないし。今回は水に流そう」

「ーーーっ」

 

しかし、いくら頭の中で否定しようとも、目の前の少女の声はりみそのものだった。髪型や立ち振る舞い、口調も何も違うが、声と背丈は同じだ。

 

「りみ、りん…なの、本当に…」

 

震える声で尋ねる香澄に、しかし目の前の少女りみは不思議そうな顔をして香澄の顔を見返す。

 

「変化の術を使った覚えはないが…」

 

話す声はやはりりみそのものだ。突然変わってしまった親友に驚嘆を隠しきれていない香澄。そんな香澄の手を、思い出したように掴むりみ。

 

「とりあえず走るぞ師匠!これ以上遅刻したら草むしりの刑になってしまう!」

「…えっ、あっ、ちょっ」

 

香澄が状況を理解しきるより先にりみは地を蹴った。

引きずられないように香澄も必死に足を動かす。周りの時が止まったような錯覚に陥る。こんなに早く走ったのは初めてだ。

 

息が切れかかってきた頃に、ようやく香澄の手を引くりみの足は止まった。

 

「ちょっと…待って…っ…」

「師匠、もう少し体力をつけた方がいいと思う」

 

それは確かに思っていたけども。

先程とは真逆の立場となった事に香澄の頭の中はスクランブルエッグの様にさらにぐちゃぐちゃになった。

 

「くらべんけー殿。待たせた」

「…またかすみんを走り連れ回したの。怪我させる前にやめた方がいいんじゃない?」

 

りみが声をかけた人物の声を聞いた瞬間、香澄は目を見開いた。

すぐに顔を上げ、声の主の居場所を探す。

 

「大丈夫、かすみん」

「ぁ……」

 

金の髪のツインテール。小柄な身体に人形の様に整った顔立ち。

間違いない、私に手を差し伸べている少女はーーー。

 

「有咲ぁっ!」

「おぁっ!?ちょっ、ちょっとどしたの!?」

 

歓喜のあまり有咲に強く抱きついた香澄。突然の出来事に顔を赤らめて驚く有咲に、どさくさに紛れて香澄の背に抱きつくりみ。早朝から白い眼差しが刺さる。

 

「なに、かすみん!?」

「有咲ぁ…有咲だけは変わってないぃ…」

「ちょっと本当に状況がわからないんだけど…とりあえずりみりん、かすみんを離して!」

「御意」

 

そうして有咲から香澄を引き離す。

涙を流す香澄に、有咲とりみも戸惑い気味だった。

 

「ちょっと、どうするの。かすみん変だよ」

「今朝もウチの名前を忘れてた…まさか二日酔い?」

 

「そんなわけあるか」と有咲がツッコミを入れる。

変わらない人がついに現れた。それが香澄にとっては嬉しかったのだ。

 

「先輩方ー!」

 

と、そんな3人に更にある少女が声をかける。

制服の上に青いパーカーを着た長身のロングヘアの美少女。どこかあどけなさを感じさせるその雰囲気は、すぐにその場を和ませた。

 

「行きますよ!生徒会長さんがカウントダウンを始めました!」

「なっ、それはマズイ!」

 

パーカーの少女の呼びかけに顔色を変えた香澄以外の2人は、揃って香澄の手を引いて駆け出す。

 

「ほら行くよかすみん!」

「今度は出来る限りゆっくり走る!」

 

手を引かれて再び香澄は駆け出す。

目まぐるしい展開だ思考が全く追いつかない。しかし、そこから見える景色はどこか居心地が良くて。

 

香澄は2人の手を少しの力で握り返した。




ニンジャとパーカーは無敵。


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★3


お久しぶりでございます。


 

授業中の香澄はといえば、やたらと周りの生徒たちから白い目。否、怪訝な眼差しをぶつけられていた。

理由はただ1つ。根暗で変な少女という印象を持たれていた香澄が、途端に明るくポジティブシンキングな少女へと変わっていたのだ。その変わりように、クラスメートのみならずポピパメンバーも驚いていた。

 

チャイムが鳴り終わり、生徒たちが教室から濁流の様にぞろぞろと出て行く。

その中で香澄はというと、ギターケースを背負って出る準備万端となっていた。

 

「早く行こう!」

「師匠、暫し待て。罰の黒板掃除がまだ終わらない!」

「手伝うっす!」

 

小柄なりみがピョンピョンとうさぎのように黒板を雑巾で拭いている姿を見たたえが駆けつける。その光景を見た香澄は、自分の机の上に乗った。

有咲は香澄の隣の席でペットボトルに入った水を飲んでいた。

 

「ねえ、有咲」

「なに、かすみん」

 

クラスメートがいた時は聞き取れるか聞き取れないから程の音量だった声も、ポピパメンバーだけとなった今では普段通りの音量になっていた。

 

「沙綾はどこ?」

 

香澄が口にした疑問は、香澄にとっては真っ当な疑問だった。

ポピパの纏め役である、ドラマー山吹沙綾。彼女がいなければ、きっとPoppin' Partyというバンドは纏まりがつかないバンドになっていたかもしれない。必要不可欠な、大事なメンバー。そんな彼女が、なぜ今この場にいないのか。

 

「沙綾?沙綾は今頃弟くん達でも迎えに行ってるんじゃない?」

「弟…じゅんじゅんか!」

「いや、名前までは知らないけどさ」

 

香澄は一瞬納得するが、根本的なことを思い出す。

 

「でも、今日学校来てた?」

「でもも何も、これから学校に行くんだよ沙綾は」

「……これから?」

「そ、これから。大体17時ぐらいかな」

 

17時。普段なら香澄達が蔵に行って練習真っ最中の時間だ。

 

「な、なんで17時なんかに?」

「定時。…かすみん本当に大丈夫なの?」

 

定時制。それは、香澄の知る花咲川女子学園高校にはない制度だ。

ああ、まただ。また、私の知っている事とのズレがある。

 

「定時制なんて…この学校には確か…」

「そこ。かすみんの席」

 

と、有咲が香澄の席を指差す。

 

「沙綾の席はそこ。同じ席で机の上にメッセージ書き合って、それで沙綾と知り合ったんでしょ?」

「え…」

 

机の上にメッセージを書き合って知り合った?

違う。香澄の知る沙綾との出会いは、香澄がお腹が空いていたところを、沙綾がたまたま持っていたパンをくれた事から始まった。

メッセージを書き合う?そんなの知らない。

 

「そんな…そんなの…」

「師匠、くらべんけー殿、終わったぞ」

 

混乱する香澄をバッサリと斬るように、りみが2人の間に入る。

 

「あ、終わった?」

「はい、なんとか」

「パーカーの姫君が助太刀してなかったら危なかった…」

 

そんなりみとたえに目をやらぬほど、香澄はひどく混乱していた。

当然だ。ぶつかり合って親友となった少女との出会いが、自分の記憶と違うのだ。

 

「大丈夫なんすか、かすみん先輩…」

「おお、目がグルグルになってる」

「大丈夫…じゃなさそう。見た感じヤバイとこまで入ってるっぽい」

 

有咲とりみに介抱されながらも、香澄の混乱は止まらない。

 

「人が変わったみたいっすね」

「まさか師匠、変化の術を使えるようになったのか!?」

「これは火影になる日も遠くないっすね」

「ならないからね?」

 

落ち着こうと深呼吸してる間に、里の命運を任されかけていた香澄は2人の会話を遮る。

 

「沙綾、本当にこれから来るの?」

「本当にも何も…」

「平日は練習は4人なの?」

「4人だよ。休日に5人でセッション。そんな感じ」

 

沙綾だけ、私たち5人の仲にいない。

苦楽を共にし、そして涙を流した親友の影が無いことに悲観になりながらも、しかし香澄は涙を流さなかった。泣きたい気持ちではあった。でも、泣くわけにはいかない。

 

「ねぇ、もう少し待たない?」

「え」

「沙綾に会いたい」

「いや、電話すればよくない?」

「やだ。直接会って、話したい」

 

折れない香澄に、有咲は頭を掻く。

「いや…しょーじきな話、私はあまり…」

「多数決にしよう!ミンシュク主義に則って!」

「民主主義ね」

「ウチは賛成。面白そう」

「りみりんっ?」

「おたえは?」

 

香澄から期待の眼を向けられたたえは、バツの悪い顔をする。

 

「いやぁ…ジブンは…ギター弾きたいなぁ…って…」

「おたえー…」

「……あー…」

 

香澄の宝石のように澄んだ純粋な眼差しに、たえは心臓を撃ち抜かれた気分だった。以前の香澄には見みられない、心を震わせられる眼だ。

 

「……わかり、ました。お伴します」

「おたえちゃんまで…」

 

3対1で可決となった結果に有咲は項垂れる。知らない人間とは会いたくない有咲にとっては、あまり気分が優れる行動ではない。

 

「そういうことで、ここで待機っ」

「あー…お腹が痛くて死にそうなんですが、かすみん先生」

「寝てていいよっ」

「友人の死を放っておくの!?」

「猟奇的な処置っすね…」

 

と言って4人で待つこととなった。

流石に1時間も待つのは応えたため、近場のコンビニでパンとジュースを買って談笑をしながら待った。

 

「かすみん、変わったよね、色々と」

「そう?」

「うん、めっちゃ変わった」

 

香澄の頬に付いたチョコを有咲が拭き取る。

 

「なんだかさ、言っちゃ悪いけど、別人というか」

「えー、別人って」

「本当に別人みたいっす」

「おたえは何でそんな健さんみたいな話し方なの?」

「健さん!?そんな恐れ多い!」

 

そんな他愛もない会話、いや、お互いに重要な疑問をぶつけ合っている間に時間は流れ、廊下に通ずる引き戸が開かられた。

 

「あれ、人がいる」

「沙綾」

 

有咲は椅子の背もたれにに腕を掛け、だらしなく振り返る。

引き戸のノブに手をかけた沙綾の姿がそこにはあった。

 

「どうしたの。みんなして居残り?」

「いや、かすみんが突然沙綾に会いたいって言うもんだから」

「さーやーっ!」

 

事情を説明する有咲の声を遮り、香澄は腰掛けていた椅子を蹴飛ばして沙綾に抱きついた。

 

「うわっ!」

「さーやー…やっと会えた…」

「えー…ホームシックにでも掛かったの、香澄ちゃん」

 

お腹周りを猫のようにグリグリと頭を擦り付ける香澄の頭を撫でながら、沙綾はお茶会を開いている残った3人に聞いた。

 

「ホームシックならどれほどよかったことか」

「沙綾!」

「あ、はいっ」

 

張り詰めた声に、沙綾は背筋を正して思わず敬語で答えてしまう。

 

「どうして定時制なのっ?」

「…え?」

 

どうして。

その言葉に沙綾は脳を締め付けられる。

 

「どうしてって言われてもなぁ…」

「みんなと一緒に学校に来ようよ!一緒に練習しようよ!」

「そうしたいのは山々なんだけどね…」

「定時制から元に戻るのって特に難しくないよねっ?」

「あーっと、香澄ちゃん…?」

「今すぐに…」

「このバカスミんっ!!」

 

と、詰め寄る香澄の後頭部を有咲がペンケースで叩く。中に入っていたシャープペンシルや定規などが重なったため、かなりの痛さだった。

 

「いたっ!何するの有咲!」

「いい加減にしてよかすみん!わかってるでしょ、沙綾の事情を!」

「じ…じょ…う…?」

 

見たことのない剣幕の有咲に、香澄は泣きそうになる。涙を堪えながらも、しかし声は震えていた。

 

「落ち着いてください!」

「牛乳いるか?」

 

りみが紙パックの牛乳を差し出すと、有咲はそれを一気飲みした。「あ、ウチの…」と、りみが物悲しそうな顔を浮かべた。

 

「こればっかりは許せないよ、かすみん」

「事情って、何のこと。わからないよ、有咲」

「……帰ろう。そんな状態じゃ、話そうにも無理がある」

 

机の脚に立てかけていた鞄を取り、香澄と沙綾とすれ違う。一瞬、香澄の顔を見たが、歯を食いしばって駆けて行った。

 

「カルシウムが足りてない、な」

「そういう問題なんすか」

「香澄ちゃん?」

 

呆然としていた香澄に、沙綾が優しく声をかける。

 

「今日は時間も時間だからさ。明日話そう?事情を忘れちゃったなら、おたえちゃんが話してくれるだろうから」

 

鞄を肩にかけたたえに手を合わせて「お願いねー」とジェスチャーを送る。

 

「じゃあまた明日ね」

「あっ、待っ…」

「行くぞ師匠」

「帰り道がてらに話しますから」

 

りみに腕を掴まれた香澄は、引きずられるように教室を後にした。

 

帰り道は、香澄の覚えがある場所だった。

電柱とかブロック塀に貼られた星のシール。私の人生を変えてくれたモノだ。

 

たえから事情を丁寧に話された。

 

沙綾は母を幼いころに亡くなっており、父と2人で下の3人の兄弟をしていたのだ。しかし、妻の死のショックは心に来たらしく、父は精神的にかなり落ち込んでしまい、店番すらままならなくなっていった。

そこで沙綾は高校を定時制の夕方で通うことにし、日中は店番をすることにした。

香澄たちと出会ったことにより、父は学校を昼にしていいと言われてるが、やはり昼時の店番は1人で切り盛りするには厳しく、結果的に今でもまだ沙綾が手伝いをしている、ということになっているのだ。

 

「……悪いこと、言っちゃったな」

「全くだ。あれでは蔵ベンケーも怒る」

「でも、先輩は沙綾サンから直接話を聞いたんすよね?どうして忘れてしまったんですか?」

 

たえの疑問はもっともだ。

共に涙を流し、″STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜″という曲を作り上げたのだ。

そのような事情、忘れる方が無理がある。

 

「忘れた…わけじゃないの」

 

香澄は「忘れた」という言葉を否定する。

ただ知らなかったのだ。私の知っている、沙綾の家族じゃない。

弟たちは3人もいないし、第一、妹もいたはずだ。それに母も死んでいない。体調は悪いが、存命だ。

 

「…でも、そうだったんだ」

 

ただ、これがたとえ夢だとしても。

香澄の知っている沙綾と別人だったとしても。

 

「何も知らないんだな、私」

 

知っているようでいた。

思い上がりだったのだ、そんなのは。

 

今この状況が別世界とかパラレルワールドとか、そんなのはどうだっていい。

ただ、山吹沙綾という少女の事情を、一切知らないことが悔しいのだ。

 

唇を噛む。少し痛いが、でもこの世界の沙綾が味わった苦しみや痛みに比べれば、こんなのはなんてことない。

 

朝、目が覚めたら消えてしまう幻とかでもいい。

だって、私がいま生きているのこの世界なんだから。

 

たえもりみも、きっと有咲も香澄が知っている事情とは異なるものを持っているのだろう。

だったら、その話を聞きたい。

聞いて、たとえ別人だったとしても、この世界で一瞬でも長く生きたい。

 

「有咲に謝らないとな」

「そうっすね。たぶん有咲サンも謝りたがってますよ」

 

パーカーを着た、香澄が知っている花園たえとは少し違う花園たえ。

香澄が知っているりみとは、性格から見た目ぜんぶ違う牛込りみ。

 

2人を見て、頷く。

 

「ねぇ、蔵に着くまでの間にさ、2人の話も聞かせてよ」

「ジブンたちの…っすか?」

「うんっ」

 

たえが首をかしげる。

 

「あれは10年以上も前…西のライブハウスでのことだった…」

「話すんすか!?」

 

りみが芝居掛かった話し方をする。

それにたえが即座にツッコミを入れる。

 

なんだか、私の知っているのと違うけど。

ここの世界でも、みんな楽しそうなんだな。

 

並んで歩きながら、香澄は2人の過去の話をずっと聞き続けた。

 

 





香澄はポジティブシンキングでどの世界でも生きていけそう。


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★4

先日、6thライブに参加しました。何気に初めてのポピパライブ。
おりみさんのベース姿がとにかくエモくて、私の推しベーシストであるヒライハルキの姿と被り、「電話を探してあの娘に連絡しなきゃ」という衝動に掻き立てられて涙がこぼれそうでした。

本編どうぞ。


目の前にで煌めく星を掴もうと、手を伸ばす。手を広げて、閉じる。開いてみれば、その掌には何もない。

すぐ目の前に星があるのに、掴めない。

 

––––––人生って、こんな風に難しいのかも。

 

思い出す、有咲からの怒号。

親友からの突然の怒号で、香澄は齢17にして早くも人生の何かを悟った。

 

辺りは真っ暗。なるほど、今の私の心情にはぴったりだ。

歩き出す。自分が立っている地ですら真っ暗で、一寸先は奈落なんじゃないかと不安になったが、幸いにも落ちることはなかった。

 

知らなかったとはいえ、有咲…いや、あの4人に心無いことを言ってしまったのは事実だ。

後悔と罪悪感に心臓が締め付けられる。

無知は罪だ。なぜなら、無知は周囲を悲しませる。ブルーに染めてしまうのだ。

 

迷い込んでしまった、香澄がいた元の世界と限りなく似た別世界。

本来、何も知らない香澄に罪は無い。だが、香澄自身の心が蝕まれるのだ。

 

言ってしまえば他人事だ。だが、あの赤色のランダムスターが存在する以上、他人事では済ませれない。

何より、少し差異はあるとはいえ、自分の知る親友たちと同じ顔をした4人を、悲しませたままにするわけにはいかない。

 

真っ暗な道を進み続ける。景色に変わりはなく、星が続いているだけ。宇宙を探検してる気分だ。

 

そして、目の前に少女の背中が現れた。

その後ろ姿に見覚えがある。少し猫背気味だけど、その後ろ姿は紛れもなく私。

 

耳を塞ごうと伸ばす手を、優しく掴んで止めた。ウサギのようにビクリ、と肩を揺らして振り向く。

少女は、香澄の姿を目にした瞬間、絶句した。

 

そんな様子の少女に優しく微笑む。

 

「––––––あなたは、向こうの香澄(わたし)なんだよね?」

 

怯えた様子だ。

それは当然だ。

自分と同じ姿をした人物が話しかけてきたのだ。下手なホラーよりも怖い演出だ。

 

「向こうって、なに…?」

 

震えた声で聞き返す。

香澄は、少女の背後に映る映像に気がつく。

つい昨日聞いたばかりの、有咲の怒号。まだ耳でこだましている。あの時の焦燥と、形容しがたい恐怖は、まだ心の中に残ってる。

 

「あそこに映ってる私。私の知らないPoppin' Partyが、あそこにあるの」

「知らない…?」

 

どうやら、この少女は自分が置かれた状況を理解できていないらしい。

丁寧に教えようと––––––普段は教えられる側だけど––––––唇を揺らすと、少女は目を見開いて息を飲んだ。

 

「––––––まさか」

 

どうやら、気がついたらしい。

 

「あなたが見て、話したりみりんは、小動物みたいで可愛かった?」

 

2つの世界の中で、最も明確となっていた差異を例に挙げた。

その香澄の問いに、少女は頷く。

 

「うん、忍者なんかとは程遠い、大人しい娘だった」

 

やっぱり、あれ忍者意識してるんだ。

新たな事実にクスリ、と心で笑いつつ、香澄の中での、限りなく確信に近い疑念は、純粋な確信に変わった。

 

「……やっぱり」

 

頷いて、喉を鳴らす。服の袖を正す。どれも映画やドラマで見たよくあるシーンのマネだ。

 

固唾を飲み込む少女に、香澄は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「––––––はじめまして、香澄ちゃん。あなたと、こうして話したかった」

 

もう1人の戸山香澄。交わり合うことのない、2つの存在の邂逅。

それは、青空に星が浮かぶような奇跡。

 

「––––––うん、はじめまして、香澄…ちゃん。信じられないけど…つまり、そういうことなんだね」

 

薫さんみたいに確認する少女––––––()()()の香澄に、香澄は頷く。

 

「うん、そういうこと。つまり私たちは……」

 

奇跡が起こりっぱなしの最近。そんな中でも、これは特に異端だ。

そう、私たちは、お互いに––––––。

 

「入れ替わってるぅ〜〜!!?」

「……えっ?」

 

静まる空気と、何が起こったのか把握できてない向こうの香澄。

 

スベったな、これ。

ほぼ瀕死状態の香澄のメンタル。そんなメンタルをセルフケアするために、香澄は舌を回した。

 

「えっ、ちょっ、ここはお約束でしょっ?瀧くんと三葉ちゃんみたいに!」

「タキくん…?ミツハちゃん…?……どなた?」

「知らないの!?″君の名は″だよっ、前前前世だよっ!」

「全然…」

「おっ、前前前世にかけてるね!座布団8枚〜!」

「かけてないし、座布団多めじゃない!?」

 

向こうじゃ″君の名は″は公開されてないの…?

 

「ウソ…これがジェネレーションギャップってやつ…?」

「その言葉を使うにはまだ若いと思うよ…」

 

意味を履き違えてジェネレーションギャップという言葉を用いた香澄に、向こうの香澄は冷静にツッコミを入れる。

 

「まあ、私たちは入れ替わってる、っていうのは確定したよね」

「だね…信じられないけど、私自身…香澄ちゃんが現れたら、そう結論付けるしかないね…」

 

疑念が確信に変わっても、非現実的な話だと思う。しかし、こうして目の前には向こうの香澄がいる。彼女が目の前にいて、香澄と話している以上、これは現実なのだ。

 

––––––このバカスミンっ!

 

有咲の怒号が脳裏をよぎる。こだまする。決して音は小さくならず、ずっと同じ音量で、頭の中でバウンドを続けている。

 

「教えて」

 

彼女たちに謝るために、そして私自身が納得するためにも、目の前の香澄本人から、事実を聞かなければならない。

 

「私、やらかしちゃったんだ。あなたの世界を知らなくて」

「……もしかして、今流れてる映像って」

「うん、私の犯行映像」

 

とても深刻で、重い罪の映像。

こんなの、死刑どころの話じゃない。私が消えてなくなるべき重罪だ。

 

香澄の願いに、向こうの香澄は応じた。

 

「うん、教えるよ。何もかも、きっと違うから」

 

香澄は語った。

自分の家族構成と、性格。有咲との出会い、ランダムスターとの出会い、りみと一緒に″きらきら星″を奏でたこと、たえを加入させるために蔵でライブをしたこと、沙綾を説得して、5人で初めて演奏した文化祭のこと、そして自分が声を失ったことを––––––。

 

香澄は語ってくれた。

自分の家族構成から、自分自身の性格。有咲と出会い、ランダムスターを手に入れた経緯。メンバーを集めて、沙綾と共に泣いて、曲を書いて、セッションをして、Poppin' Partyが結成されたことを––––––。

 

「––––––そうなんだ」

 

先にそう呟いたのはどちらか、そんなことはわからなかったし、どうでもよかった。

 

ただ互いのことを知ることができた。

無知は罪だ。私たちは罪人だった。でも、その罪は消された。

自分同士––––––いや、香澄同士の語り合いという贖罪で。

 

「安心したなぁ、知ることができた」

 

胸を撫で下ろす。とても清々しい気分だ。心を覆っていた不安が大きく取り除かれた。

 

「さあ、有咲たちに謝らないとな」

「そうだね、謝らないとね」

「見たところ、香澄ちゃんは私と違ってやらかしてないね。適応能力の違いかなー」

 

アチラの香澄は穏便に事を運んでいるようだ。香澄とは対照的な落ち着いていて物静かな性格だから成せたことなのに、と香澄自身が気づくことはなかった。

 

と、徐々に2人の周りが明るくなっていることに気づく。

 

「…夜が終わるね」

 

直感ではあるが、これは夜明けを意味するのだろう。

つまり、今の2人の邂逅は夢の中の出来事なのだ。互いの夢の中でしか交じり合えない、おとぎ話のようなオハナシ。

 

「目が覚めたら、戻れてるかな」

 

香澄は口にする。

 

「わかんない。たぶん、戻れてないんじゃないかな」

「だよねー。そんな気がするー」

 

アチラの香澄は悲観的ではあるが、その口ぶりは決して哀しげではなく、どこか明るさを感じれた。

 

「じゃあ、またね」

「また会えるかな」

「会えるよ」

「そうかな」

「うん、そうだよ。絶対に会える」

 

確証はないけど、香澄は予感していた。

きっと、また私たちは会う。だって、星が瞬くこんな夜に、お互いのことを語り合えたのだから。

 

光が2人を包む。

視界は真っ白。力強い風が香澄に襲いかかる。脚に力を入れて踏ん張る。

目の前からアチラの香澄の姿は消えた。しかし、まだ伝えるべきことは残ってる。

 

「あなたがいた証拠!」

 

まだいるかわからないけど、香澄は有耶無耶に叫ぶ。

 

「残して!どんな方法でも、いいから!残して!」

 

あなたは、夢の中の出来事のような、おとぎ話のお姫様みたいな存在なんだから。そんな娘が、まどろみの中で笑う幻だけで、終わらせたくなかった。

 

「なんでー!?」

 

どこからか、しかし確実に遠くから香澄の返事が聞こえる。

その声が届いた瞬間、香澄は笑った。

なんで?そんなの、当たり前じゃん。

 

「あなたは、戸山香澄だから!」

 

そう、あなたは戸山香澄。

星に愛された、ごく普通の少女。

こんな星もいたんだよ、ってことを、あの世界に残して。

私も残すから。数ある星の1つとして。

 

その言葉と共に、香澄の足の力はフッと無くなり、ただ風の流れに身を任せた。

 

 

タンポポの種がやがてアスファルトに着いて芽吹くように、香澄は在るべき場所へと戻った。

 

 

 

そこは香澄が普段使用しているベッド、ではなく、アチラの香澄のベッド……でもなかった。

 

「……寒っ」

 

香澄は見事にベッドから落ちていて、床に背を打ち付けて寝ていたのだ。

 

「けど、入れ替わってるかぁ…」

 

言葉にしてみると、まったくもってファンタジーな話だ。

夢の中でアチラの香澄に語った″君の名は″を強く思い出す。

 

「……流星群、落ちて来ないかな」

 

––––––もしくは流れ星でもいいけど。

そしたら完璧な″君の名は″なのに。私は瀧くんポジション?それとも三葉ちゃんポジション?

 

「……二度寝っ」

 

寒さと同時にやってきた眠気に耐えられず、香澄は毛布を肩に掛け、ベッドの布団に潜り込んだ。

外の世界は、希望の光で染まっていることなんて知らずに。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

当然ながら、遅刻した香澄は罰を受けた。

放課後の教室の掃除。担任の教師からはやや畏怖の篭った目で見られたが、香澄自身がそれに気づくことはなかった。

 

遅刻したため、有咲と話す時間はなかった。授業中に目を合わせようとしても、有咲は一貫して目を合わそうとしなかった。

 

しかし、それでめげるほど戸山香澄という女はヤワではない。放課後、箒を片手に、さっさと帰ろうとする有咲に向かって頭を下げた。勢いのあまり、首が取れてしまうんじゃないかというぐらいに。

 

「ごめんなさい!」

「……」

「私、何も知らなかった。でも、色々と知った。だから、許して、ください」

 

頭を下げ続けている香澄に、有咲の表情は窺えない。しかし、微かに息を吸ったような声が聞こえた。

 

「……そうやって謝られたら、私もそうせざるを得ないじゃん…」

 

そしてポン、と垂れる香澄の後頭部に手を置いて優しく撫でた。

 

「こっちこそゴメン。私も熱くなりすぎた。大人気なかったよ」

 

それは優しく、温かい、包容力を持った手だった。許してくれたという事実と、プレッシャーからの開放感、そして

有咲の温かさに香澄は涙をこぼした。

 

「有咲ぁ…」

「なに泣いてんの。明るいポジティブっ娘になった思ったら、前までの根暗カスミンに逆戻り?」

「そんなんじゃないよ〜。ただ有咲が優しくて〜」

「あーもう泣きながらくっつかないで、鼻水つく。早く掃除終わらせて、手伝うから」

「ありがとぉ…」

 

飾らない優しさに涙をこぼしながら掃除を続けた。たえと有咲に手伝ってもらう––––––りみは黒板消しを叩いている––––––形で机の位置を整えていると、引き戸が開け放たれた。

 

「あらっ、またもポピパ」

 

沙綾だ。ポニーテールにした亜麻色の髪を揺らして、驚いた様子で4人を見回した。

 

「さーやっ!」

「わわっ、今度は何っ?」

 

そんな沙綾に香澄は飛びついた。お腹に擦り付けられている頭を撫ではするが、困惑の色は抜けていない。

 

「えーっと、ホームシック、まだ治らない?」

「さーやっ!」

「はいっ!?」

「ごめんなさい!」

「はいっ?」

 

擦り付けていた頭を離したと思ったら、何かに引っ張られたように勢いよく頭を下げる香澄に、沙綾の脳内は混乱状態だ。

 

「えーっと、謝られるようなことをされた記憶はないけど…」

「謝るべきなのっ。私は何も知らなかった。ポピパのこと、沙綾のこと、何もかも!」

 

熱弁をふるう香澄。

ああ、昨日ことを言ってるんだな、と沙綾は理解して納得した。

 

「大丈夫だよ、香澄ちゃん。そんなの、気にしてないから。香澄ちゃんが覚えてなくても、私はみんなの後ろでドラムを叩けるだけで、幸せだから」

 

仄かに漂うパンの香り。穏やかで母性的な笑顔。

香澄の知る山吹沙綾ではないとしても、紛れもなくそれは山吹沙綾であるのだ。

 

「ありがとう……沙綾、変わらないね」

「何のことだかわからないけど…私は変わらないよ。いつまでも、香澄ちゃんの味方だから」

 

それが沙綾の決意。

どんなことがあっても、香澄を見捨てない。

 

沙綾のその強く重い決意を肌で感じた香澄もまた、強く心に決意した。

私がここにいた証を残す。そしてその証を香澄ちゃんたちに託す。

 

「練習、土曜日にしようよ」

「うん、最初からそのつもりだよ」

「新曲、書くよ」

「えぇっ、先週作ったばかりでしょ、″1000回潤んだ空″」

 

新曲作ってたんだ、香澄ちゃん。

どんな歌詞なのかな。

 

「まだ全容は掴めてないけど。書ける気がする。みんなのために」

「……また、随分と壮大な曲を作ろうとしてるねぇ、かすみん」

 

壮大。

壮大では、きっとない。私の頭ではそんな大層な曲は作れない。普段の日常を言葉で表して、ただメロディーに乗せて歌う。

平凡な、作詞だ。

 

「香澄ちゃん、きっといい曲が作れるよ」

 

沙綾がそう微笑むと、チャイムが割って鳴り響いた。

 

「……時間になっちゃったね」

「さて、私たちは帰って練習するよ」

「うん…」

 

沙綾の事情を知っでも尚、一時的な別れは悲しくて仕方がない。さっきまで引っ込んでいた涙が、再び流れそうになる。

 

「センパイっ、帰りに肉まん買いましょう!元気でますよ!」

 

そんな香澄の様子を見たたえが明るい声で呼びかける。「肉まんっ、肉まんっ」と子供のようにはしゃぐ。

 

「ゆで卵食べたいからウチもお供する」

 

りみもまた、ズイっ、と香澄とたえの間に入る。

2人の気遣いに、香澄は笑顔で頷き答える。

 

「……そういうことだからさ、沙綾ちゃん。かすみん元に戻ったし、平和になったからさ」

 

そんな3人の様子を眺めていた有咲が、微笑ましく見守っていた沙綾に語る。

 

「安心していいよ。週末になればみんなで練習できるんだから」

「うん、わかってる」

「じゃあね、勉強頑張ってよ」

「またね」

 

香澄の席に鞄を置く。4人が教室を出る寸前、香澄は沙綾に声高らかに宣言する。

 

「沙綾っ」

「なに?」

「新曲、期待しててっ」

 

誇り高く廊下に響いた声は、その場にいた4人の耳にこだました。

 

「…期待しちゃうよ?」

「うん、期待しちゃって!」

「じゃあ、しちゃう!」

 

そう、自信を持って。

あなたは飛ぼうと思えばどこまでも飛べる。あなたの頭上に天井なんて無い。重力も無い。

香澄ちゃんが書く曲は、どれもいい曲になるの。

 

「じゃあね!」

「うん、頑張って!」

 

手を振って駆けて行く。

残った沙綾は、ポツリと静かになった教室を見回す。

 

「……もしかしたら、私がみんなと一緒に学校を登校して、同じ授業を受ける、なんてことがあったのかな」

 

口に出してみて、笑みがこぼれる。

その世界の私は、決して私ではないけれど。

 

「きっと、めちゃくちゃ幸せなんだろうな」

 

外から微かに聞こえる4人のはしゃぎ声に耳を傾けて、沙綾は夕陽に向かって微笑んだ。

 



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