機動戦士ガンダム0080 in Winter (kenji_kk)
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プロローグ

 

U.C.0080-01-01T15:00Z

ジオン公国 ア・バオア・クー宙域

 

月の裏側のラグランジュ点にある宇宙コロニー国家ジオン公国と地球連邦政府との戦争はジオン本国の最終防衛ライン上にある宇宙要塞ア・バオア・クーのあるこの宙域で終結した。

 

ア・バオア・クーは月とジオン公国の中間に位置し、戦前にコロニーの建築資材採掘のために外宇宙から地球圏へと運ばれて来た円盤型と円錐型の小惑星を繋ぎ合わせたキノコ状の人工の天体であり、地球の衛星軌道には他にも建築資源としてを幾つもの小惑星が周回していた。

地球圏総人口100億人の内、一部の特権階級を除いた殆どが宇宙居住者となり、その生活基盤としてラグランジュ点には直径6km、全長40kmの円筒形のコロニーが数多く建設され、そのコロニー群をサイドと呼び、ジオン公国もまたそのコロニー群の一つだった。

 

要塞の硬い岩盤層の下には司令室や工廠、艦隊も繋留できる宇宙港が設置され、軸上の側面方向にある月の裏側は八割方闇に沈んでいた。

太陽は円錐方向からは照らし出し、その方角の地球にある地球連邦軍の本本営ジャブローから連邦軍のほぼ全戦力を投入したア・バオア・クー攻略戦、星一号作戦が35時間前に決行された。

 

連邦軍艦隊は3方に分かれ、主力艦隊は太陽方向から侵攻し30時間前に要塞の両端を守る防御の要である2隻の機動兵器部隊の母艦であるドロス級超大型宇宙空母を轟沈させ、戦力で劣るジオン公国は戦線を立て直すことが出来ずに雌雄が決した。

20時間前にはジオン公国の首魁であるザビ家一党が全て死亡したことが全軍に伝えられ、停戦が勧告された。

 

ザビ家のカリスマ性で掌握されて来たジオン公国はザビ家の滅亡とともに軍隊としての統率を失い、残存勢力は戦線離脱を開始した。

地球圏の人口の半分を失ったこの戦争は、この僅かな時間でジオン本国に残されて戦火を免れたザビ家の傀儡となっていた公国首脳と地球連邦政府との間で月面の独立都市グラナダにて休戦条約が締決されることとなった。

 

大規模戦闘終結から15時間余り、小規模な戦闘はまだ発生していた。

要塞には連邦軍初の機動兵器の運用を前提としたペガサス級宇宙強襲揚陸艦が座礁したまま放置され、宙域には機動兵器や軍艦の残骸、回収されていない屍体、破棄されたコアファイターが漂流する。

地球連邦軍所属のサラミス級宇宙巡洋艦がビームガンで武装した主力機動兵器ジムの小隊に護衛されながらデブリの中を哨戒する。

 

この戦争で初めて投入された全高18mの有人人型機動兵器は電磁波を妨害して誘導兵器を無効化するミノフスキー粒子散布下で圧倒的な能力を発揮した。

空間戦闘から重力下まで殆ど変更なしで運用され、人間の手に相当するマニュピュレータで武装を変更することでどんな作戦にも対応することが出来た。

先に実戦投入に成功したジオン公国は連邦政府に対して10分の1の国力しか持たないのに戦争を中盤までは有利に進め、一時は制宙権の殆どと地球上の半分を勢力圏に治めた。

しかし、終盤には連邦軍も機動兵器の実用化に成功すると圧倒的な物量で戦線を挽回した。

 

最後の大規模会戦となったこの戦闘でも連邦軍は5倍以上の軍事力を用意しながら最新技術を次々と投入するジオンは要塞内の工廠で組み立てた人型に捉われない強大な火力を搭載する大型機動兵器で抵抗し、連合艦隊旗艦マゼラン級宇宙戦艦ルザルを失い最終的にはジオン本国への侵攻を断念せざるを得なかった。

休戦条約は両陣営共に戦争継続能力を失った結果でもあった。

 

連邦軍では3機の機動兵器で1個小隊とし、お互いの死角を補っていた。

「グラナダでの調印式は始ったのか。

俺たちは何から艦を守ってんだ?」

「宇宙ゴミからだろ」

無線にはまだ電波障害が強く残る。

「うるさいぞ、パイロットども。

こちらデブリ多し、視界は不良」

巡洋艦の通信手の怒鳴り声が無線に響く。

 

 

U.C.0080-01-02T02:15+9:00

シベリア ヤクーツク付近

 

国際協定時間のグラナダでの調印式から2時間が経過した。

現地時間の深夜、日付は既に変わり、猛吹雪の中を地球連邦軍極東方面隊の機械化小隊は生命反応が全くない針葉樹林帯の中を機体を新雪に深く埋めなが進軍している。

 

小隊は年の瀬間際に配備された陸戦型ガンダム2機とジム1機で編成されている。

無灯火の暗視モードで30m間隔の僚機が僅かにしかモニタに映らない。視界はほぼ絶たれている上に、戦争で全ての監視衛星を失い自律航行装置だけが自分の所在を把握する手段だった。

ジャイロはその構造上、障害物を避ける度に誤差を蓄積するが、小隊にはそれを修正する術はなく進むしかなかった。

 

宇宙戦争にも対応するパイロットスーツは寒さも防いでくれるが、この中隊に配備されている機体は通常より念入りな防磁対策が施され、元来、劣悪な居住環境をさらに悪くしている。

この付近はジオン軍のブリティッシュ作戦で地球へ落下させられた宇宙コロニー・アイランド・イフィッシュの破片が大量に落下した。

諜報活動で植民地の大部分を失ったブリテンになぞらえたその作戦の全容が判明したとき、地球連邦政府の高官は愕然とした。

ほぼ月の公転軌道と同じ高度35万kmにあるハッテ・サイドの総重量数百億tにもなるアイランド・イフィッシュ・コロニーに核パルスエンジンを搭載し、地球へと落下させると言うものだった。

地表に到達すればその破壊力は核爆弾数千発分に相当し、南米大陸の地下に造られた核攻撃にも耐えられる大本営ジャブローをも危険にすることが出来る質量兵器となる。

 

連邦軍地球軌道艦隊はジャブロー防衛のため総火力で対抗したが落下阻止には失敗した。それでもジャブローへの落下コースは避けられコロニーは大気圏突入時に崩壊を起こした。

その最大の破片はオーストラリア大陸に落下してシドニーを蒸発させた。バイカル湖にも巨大な破片が落下し、東シベリア全体に放射能に汚染された無数の微小な破片を落下させた。

その影響は電子兵装を無力化するミノフスキー粒子と相まって常に強い電波障害を周辺に発生させている。

 

連邦軍の機動兵器が本格生産に入る前の少数の生産トライアル機が配備された東南アジアでは機動兵器3機と死角の多い機動兵器を補完するために軍で通称“トラック“と呼んでいる装甲車両を並走させて1個小隊として運用されたが、宇宙での使用も前提としている機動兵器と違い機密性の低い装甲車両ではこの地の強い線量で内部の歩兵が被爆してしまいは運用することが出来なかった。

 

小隊の攻略目標は通称「ゴミ山」と呼ばれている要塞とも塹壕とも付かないジオン残党の拠点だった。

戦端が切られたのは3週間前、ジャブローの工廠で建造された連合艦隊が星一号作戦のためにロケットブースーターで宇宙へと打ち上げられた前後のことだった。

電波障害で投降勧告も搔き消され、残党は地図にも載らない残骸を積み上げたこの人工の丘陵に立て籠もり挑発に乗らず、月の裏側ではジオン本国と終戦協定が結ばれた今も攻略の目途が立っていない。

現状を打破するために夜間作戦を仕掛けることになった

 

「聞こえるか! 」

雑音混じりの無線に怒鳴った。

この吹雪では電波障害の影響を受けない光通信は使えない。

「みんな、聞こえる?」

最初に聞こえたのはジュディ・ケンジントン少尉の声だった。

もう1機のガンダムのパイロットで特に通信能力が強化されている。

彼女は一学年上で士官学校を繰り上がり卒業した自分と違い正規の教育を受けた最後の世代でもった。

「少尉殿。

こちらロドリゴ、聞こえております」

ロドリゴ・マニラ伍長は小隊の中の下士官で、いつも軽口を叩いている生産型機動兵器ジムのパイロットである。

 

ジュディ機を中継して小隊の無線が繋がった。

この付近には電波障害が弱くなるコールドスポットが点在していたが、それは風向きで毎日、位置を変えた。

「奴らは戦争が終ったことを知っているのでしょうか?」

隔絶されたここではその判断は出来なかった。

「上層部は、せめて気象衛星でも復活させてくれると良いんですが、ここでは戦争は終っていないですよ」

それはあまりの正論だった。

 

画面にゴミ山の輪郭が浮かび上がった次の瞬間、機体のすぐ横を光線が掠めた。

火蓋はいつも突然に開かれる。

 

小隊はいつの間にかK点を越えていた。

それは小隊が便宜上、勝手に使用している呼称で、本当の意味での最前線、そこから先が残党の領域、危険領域であることを意味した。

ジャイロに映し出されている地図との今日の誤差はそこそこ上出来だった。ここでの自律航行装置の信用度はそんなものだった。

そこから少しでも自軍の支配地域を進めることが毎日の目標だった。

 

砲撃が自機に集中している。

数は分からないが複数の機銃が自分を狙っていることは分かった。

盾を前面に出して防御体制をとる。

ジオン軍の主力機動兵器ザクの120mm榴弾砲と思われる砲弾が近くに着弾して雪柱を上げた。

 

この電波障害の中でどうして正確な射撃出来るのか分からないが、ガンダムの装甲なら耐えられる筈だった。

闇の中へマニュピュレータに装備した90mmブルパップマシンガンをセミオートで撃つ。

弾頭に超硬元素を使用した高速弾でザクの榴弾砲よりも口径は小さいが命中すればザクの装甲を撃破するには十分な運動エネルギーを持つが、3本の光の筋は手応え無く闇の中へと消えた。

連邦軍は実体弾よりも遥かに強力な機動兵器用にもプラズマ化した粒子を放つメガ粒子砲の小型化に成功したが、それらの殆どは決戦用に宇宙へ運ばれ、残りも大本営防衛に回されこんな辺境に配備されることはなかった。

 

周りからも機関砲の光が見える。

ジュディとロドリゴも援護射撃を開始したが、ミノフスキー粒子が散布され、再び無線が途切れた。

ウォーリー・ワシントン中尉の別働隊が側面より残党を挟撃する作戦になっていたが、小隊内でも無線は途切れているのに連絡を取る手段は無く、自分より上級の士官の援護を信じて前進するしかなかった。

 

操縦桿に衝撃が走って機銃が止まった。

恐らく砲弾が機銃の中で詰まっている。

 

闇に包まれていた画面に大きな炎が映し出された。

ジオンの280mm無反動砲のバックブラストなら直撃すればジムよりも装甲の厚いガンダムでも重大な損害を受ける。

教本通りに初速が遅いロケット弾が着弾する前に盾を出来るだけ機体から離すと、コクピットにまで伝わる振動と画面が炎に包まれた。

おそらく特殊鋼製の盾は着弾と同時にジェット粉流で穿たれた穴からナパーム効果で木っ端微塵となったが、これで敵のおおよその位置が分かった。

 

ライフルを投げ捨てるとスロットルレバーを押し込んだ。

バーニアが炎を噴き上げて辺りの雪を舞い散らせると、機体が地上から飛び上がる。ガンダムは機体各部に付属しているロケットエンジンで重力下であっても数十tの機体を10秒程度は浮かせることが出来る。

 

吹雪で流されながらも、ロケット砲の発射地点へと一気に距離を縮めた。

画面の端に敵の機影が見えると、着地と同時にバックパックに装備されている荷電粒子剣を引き抜いた。

対機動兵器用の近接戦闘武器で加速器の先端からプラズマ化された輝く粒子が掃き出され黒い影を斬り下ろす。プラズマの温度は10,000度を超え目の前で火花が起こり、両断された塊が地面に落ちた。

手応えは確かにあったが、爆発が起きないと言うことは両断したのは空となったロケット砲の銃身を意味した。

 

画面に映った影は一瞬だけだが、ザクを一回り大きくした影には見覚えがあった。

コンピューターに登録されていないジオンの未知の機動兵器で「トラノコ」と呼称している。

 

頭部の60mm機銃を掃射する。

マニュピュレータで操作するライフルよりも口径は小さくなるが高速連射が可能だが、トラノコの装甲は機銃の弾丸を直撃しながらもこの新雪の中でも高い運動性能で闇の中へと消えた。

 

武装をほぼ失って作戦は失敗した。

K点を挟んで一進一退が繰り返され、未だに残党の戦力規模すら把握出来なかった。

 

後方で爆発が起き、機影がその場に膝を付く。

K点の内側はジオンの地雷地帯でもあった。

闇の中から再びロケット砲の炎が上がり、それは機影に向かって一直線に飛翔し、巨大な爆炎を上げて機動兵器の原子炉が誘爆した。

 

雑音の中からジュディの声が聞こえた。

「誰がやられたの」

小隊から初の戦死者が出た。

 



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ロドリゴ・マニラ

ザーン・サイドのエデン・コロニー出身で宇宙移民三世の地球連邦軍伍長。

先祖は東南アジアの都市部に住む中流階級で最初期の宇宙への強制移住者だった。

 

地球統一政府である連邦政府は増えすぎた人口で地球環境の悪化が後戻り不可能と判断し、紀年法をU.C.に改めて宇宙開発を開始した。

全長40km、直径6kmのシリンダ型宇宙コロニーが地球と月の間のラングランジュ点に幾つも建造され、回転による遠心力で円筒形の内側は地球と変わらない人工の大地があり、1基に定員の約1,000万人の住民が住んでいた。

コロニー群をサイドと呼称し、サイドによって規模は違うが1〜数億人が居住した。

まず効率の良い都市部から連邦政府は武装警官を用いて実力で強制移住させたが、一握りの特権階級だけはそのまま地球に居住し続けたことを許した為、宇宙居住者の間で不満が広がった。

 

ザーン・サイドは地球と月を正三角形にした残りの頂点のラグランジュ点にあって、宇宙開発が始まった最初のサイドで人口も多い。

建造されてから数十年が経過した古いコロニーも多く、エデン・コロニーも建造されてから半世紀以上が経過し、理想郷を愛称としたコロニーとは逆に内情は貧富の差が激しかった。

 

実家はアイロン掛けされた制服の学生が通う山手ではなく人目のつかない路地裏では拳銃や合成ハーブの取引が行われるような下町にあり、夜中に路上で酔い潰れでもしたら命はなかった。

ザーン・サイドのコロニーは大部分が定員近い住民が居住し、大多数の住民は高層住宅の一室で何世代にも渡って生活し、地球はコロニーの展望室から眺める対象でしかなく生涯行くことのない地だった。

 

サイドの就職率はその年の初めに開戦した連邦政府とジオン公国との戦争による景気後退で宇宙世紀始まって以来にまで悪化した。

学校の成績は芳しくなく、推薦を得られるような特技もなく、高校を卒業した翌日には多くの同級生とともに地球連邦軍に入隊した。

下町では志願兵は珍しくなく、戦死時には遺族に恩給が支払われるので連邦政府を嫌悪していても連邦軍に志願することは大抵の家庭では喜ばれた。

 

ジオン・ダイクンの思想は自給率の上がった宇宙居住者が特権階級が住む地球から分離独立すると言う分かり易いもので、開戦まではコロニー内はジオン派と連邦派に分れていた。

しかし、緒戦でジオンはザーン・サイドのコロニーに核攻撃を仕掛け、隣のムーア・サイドに至っては壊滅し、ハッテ・サイドではコロニー全住民が毒ガス兵器で虐殺されコロニー自体も質量兵器として地球に落されたことで、元ムーア・サイドだった暗礁宙域を挟んで目と鼻の先にジオンの宇宙要塞ソロモンがあっても住民の空気は連邦派へと染まった。

 

入隊すると最前線ではなく内部を軍が接収したコロニーへと送られて新兵の教育訓練が始まった。

開戦以来、8ヶ月、連邦軍はジオンの投入した人型の機動兵器により制宙権の大部分を失っていたにも関わらず戦況は膠着状態となっていることは一般人でも周知のことだった。

ジオン軍は戦場で圧倒的な性能の機動兵器をいち早く実用化にはこぎ着けたが、国力が連邦の10分の1しかないにも地球上にも部隊を降下させ、兵站路は長大となった。連邦軍は連戦連敗を繰り返したが未だに圧倒的な物量を誇っているが、高官は南米大陸にある大本営ジャブローの地下シェルターに閉じ籠り危険を現場の兵士に押し付けた。

 

教育訓練はパイプベッドの毛布の降り畳み方、軍服のホックの止め方に始まり、日中は歩兵銃を持たされて整地されていない敷地をひたすら走り続けた。

3日もあれば充分に飽きる訓練で歩兵銃を持って脱走しようと考えていた。コロニー内は不景気でも銃は売れている。5.6mmの弾丸で機動兵器の装甲を貫通出来る訳もなく、艦隊の砲撃でコロニーの外壁に穴でも開けば外は真空の世界に飛ばされて終わりだった。

状況は宇宙艇の訓練の時に変わった。

 

宇宙艇のパイロット適性試験をトップで通過した。

操縦することはバイクでも重機でも得意で、教科書の数式は分からないのに宇宙艇に乗るための海図は読めた。

下町で路上駐車している自動車を借用することは日常的で高卒で宇宙艇のパイロットになれると歓喜した。

戦争が永遠に続く訳でもなく終戦を迎えれば兵卒の殆どは予備役にリストラされる。宇宙艇の免許を獲得出来れば除隊した時に再就職に有利に働くのは間違いないと思えた。

 

2ヶ月後、予定通りに教育訓練が終了した。

同期がそれぞれの戦地へと向かう中、唯一、地球の裏側にある宇宙要塞ルナツーに配属が決まった。

前線へと赴く同期からはルナツーの基地司令は不相応なくらい階級が低い佐官であり、後方任務と揶揄された。

ルナツーは元は資源採掘のために小惑星帯から地球圏へ運ばれた最大径250kmにもなる隕石で、20年くらい前に地球連邦軍によって中の坑道を要塞化された。

地球を挟んで月の逆位置にあり、月の裏側にあるジオン公国から最も離れた宇宙に残された連邦軍唯一の要塞である。

 

その頃、ルナツーでは連邦軍の最高機密が進行していた。

要塞内の工廠では連邦軍初の生産型機動兵器ジムの生産が24時間体制で行われていた。

それまで存在しないと言われて来た連邦軍の機動兵器で、着任時に上官から開口一番、外部への漏洩は国家反逆罪で終身刑となると緘口令が敷かれた。

故郷まで60万km離れ、家族への連絡も厳しく制限され、事実上、外部と完全に遮断された。

軍は秘密裏に地球圏中から機動兵器のパイロット適正のある兵士を集め、同期は兵卒なのにパイロット候補生は任官と同時に伍長となり、何の成果もまだ出していないのに職業軍人の資格を得た。

 

毎日、機動兵器のシミュレーター訓練が繰り返され、連邦軍は短期間に大量のパイロットを養成する必要があった。

下士官に機密の全貌を明らかにするようなことはなかったが関係者の口の端々から連邦軍最高幹部のレビル将軍が関わっているV作戦と言う秘密作戦が関係しているらしかったが、あまりに雲の上過ぎて想像が追いつかない。

 

ルナツーに最も近くジオンから最も遠い新興のノア・サイドはまだ1基のコロニーしかなく入植者も殆どが政府関係者で軍の秘密実験場には都合が良かった。

連邦軍はジオンに対して遅れを取っていた機動兵器技術習得のために大本営ジャブローの地下工廠で製造コストと生産効率を度外視した試験機と機動兵器の運用能力を持ったペガサス級宇宙強襲揚陸艦を建造し空間戦闘評価のためにコロニーに持ち込んだ。

しかし、試験中にジオンの急襲を受け、ジオンの主力機動兵器ザクと史上初の機動兵器同士の戦闘が行われ、作戦は大幅な変更を迫られたが、結果的にはその時の戦闘データを強襲揚陸艦がルナツーに寄港したときに回収されシミュレーターが作成され、強襲揚陸艦は再びジャブローへと下された。

機動兵器は空間、重力下関係なく運用出来、教育型コンピュターを学習させることで即席パイロットでも操縦が出来る予定になっていた。

しかし、配属直前のつい先日、ロールアウトされたばかりのジムの先行生産機が空間試験中にザクと遭遇して破壊されて機動兵器の実戦経験のない候補生の間で一抹の不安が漂った。

 

11月中旬、ラインで骨組だった機動兵器は一個師団として完成した。

ルナツーで訓練を受けた同輩の多くがジャブローから上がって来るティアンム艦隊とともにチェンバロ作戦に従軍することになった。

作戦の全容は勿論だが下士官には機密とされたが基地司令も要塞から出兵することになっており目標はジオンの宇宙要塞ア・バオア・クーかソロモンで、宇宙での一大反攻作戦であることは間違いなかった。

その中で自分には地球降下命令が出された。両親もコロニー生まれで自分も地球に降り立つことはないと思っていた。

 

ハバロフスクは東シベリアの連邦軍の拠点の一つだった。

ここは宇宙からのシャトルやペイロードが150tを超える巨大なミディア輸送機の着陸も出来る4000m級のコンクリートの滑走路があった。

しかし、地球上に降り立つと言う稀な体験をしているにも関わらず、シベリアは自分の祖先が生活していた土地でもなく、1基のコロニーの人口が約1000万人で大都市しかないコロニーと違い、街は宇宙移民が進み、軍人ばかりで数百km離れたウラジオストークも変わらないと基地関係者も話していた。

日本海を挟んで日本列島は甚大な被害を受けたにも関わらず多くの大都市が残り、居住が許されている特区もあり繁華街もあると言うが移動手段が全くない。陸伝いでは大連まで無人地帯が広がっていた。

環境が完璧に制御されて季節というものがないコロニーと違い知識だけで知っていた凍える寒さだが、現地人によれば本番はこれかららしかった。

まだ所属部隊が発足してもいないのにコロニーに帰りたくなった。

 

翌、12月1日、制空権を奪還したばかりの日本海上空を通ってジャブローから新品の機動兵器と上官が到着した。

アルベルト・ケンペン機械化中隊が移動作戦司令所ビッグトレー1台、ジャブロー製の機動兵器ジム6機2小隊編成で新設された。

シミュレーションと違うところは地球ではメガ粒子砲はジャブロー防衛に優先配備され付属したのは90㎜実体弾だった。

 

ケンペン中佐は絵に描いたような地球出身者だった。

小隊長は士官学校を出たばかりのカゲトラ・タケダ少尉殿でサイドキックは正規教育を受けたジュディ・ケンジントン少尉、二人とも同じシミュレーションの経験しかない。

パイロットで唯一の実戦経験者は戦車隊から転属となった地球出身者のウォーリー・ワシントン中尉殿だけだった。

 

地球上のジオンの主要拠点はヨーロッパ大陸のオデッサを奪還した今、北米大陸のキャルフォルニア・ベースを残すのみで影響力の殆どを失っていた。

中隊の任務はヨーロッパでジオン勢力を一掃したオデッサ作戦以降もユーラシア大陸に局地的に残るジオンの掃討だった。

偵察部隊の航空機が移動するジオンの機動兵器の一群を確認したと言う情報から中隊は習熟訓練も併せて冬のシベリアを北上することになった。

ワシントン中尉が「ゴミ山」と命名したジオン残党の塹壕を発見したのはハバロフスクを出発してから一週間が経過した頃だった。

 

ゴミ山は部隊初の攻略目標となり、その名前の通り、戦争の残骸を積み上げた人工の丘陵は分厚い雪の下に覆われ、機動兵器が運用するロケット砲を受け付けなかった。

ホバークラフトの移動作戦指揮所ビッグトレーは未整地でも進行することが出来たが拠点砲撃の主砲や機動兵器の弾薬や燃料を搭載するために巨大な筐体となり手付かずの針葉樹林帯の中で直ぐに身動きが取れなくなり近づくことすら出来なかった。

 

さらに天候も悪化し、吹雪はゴミ山周辺の戦争で放射線能に汚染された塵を巻き上げて歩兵を出すことも出来ず、迂闊に近づけば残党はザクを圧倒する未知の機動兵器「トラノコ」を出した。

小隊は残党が機動兵器を出すラインを便宜上K点と呼び、それを挟んだ一進一退が三週間も続いた。

 

年の瀬、中佐から高性能兵器を研究している北米のオーガスタ基地からオデッサ作戦でも使用された陸戦型ガンダムの中古品が2機、配備されることが告げられた。

中佐の一声で階級が上のワシントン中尉ではなく、タケダ少尉がガンダムのパイロットに選ばれ、自動的にもう1機はケンジントン少尉が搭乗することになった。

中佐はオーガスタで原型機よりも能力が底上げされていると自慢気に話した。

 

 

U.C.0080-01-02T00:03+9:00

シベリア ビッグトレー内

 

新年が明けて2日目の深夜。

ケンペン中佐の命令で隊員全員がビッグトレーの食堂に集められた。

新年を祝う雰囲気でもなく、すし詰めの中で中佐は中央の椅子に陣取り、整備士やオペレーター、下士官たちは立ち見でモニターを見つめた。

 

月面都市グラナダにある政府ビルの中に造られた記者会見場で激しいフラッシュが炊かれていた。

グラナダは月面最大の都市で数十億人が戦没したこの戦争でも戦火に会うことなく、国際協定時間の元日の午後、地球連邦軍とジオン軍の高官により休戦条約の調印書に署名された。

最終決戦である星一号作戦は成功し、連邦はジオンに勝利したのだ。

 

「これは生中継なのか」

無意識に言葉が漏れて、咳払いをする中佐。

数時間前にワシントン隊が機動兵器で走り回って通信線を繋ぎ合わせて1,000km離れたハバロフスクと有線で直通した。これでミノフスキー粒子の電波障害に関係なく本部と通信がつながることになる。

こちらは数十mの距離さえ無線が繋がらない敵地で塹壕一つに3週間も費やしても埒があかず、高性能機動兵器も投入してこれから危険な夜間作戦が行われる。

 

外は吹雪に足を雪に取られながらビッグトレー脇に駐機しているジムへと向かう。機体に乗り込むと原子炉を臨界まで上げた。

「ジャブローはこっちのこと知らないんでしょうね」

「ボイスレコーダーに録音されるぞ」

 タケダ少尉も一昨日、ガンダムを受領してこれが初の実戦だった。

「これで後方送りになったら、それこそめっけものです」

 少尉もこちらの軽口に敢えて口を挟まない。

 

 

U.C.0080-01-02T02:25+9:00

シベリア ヤクーツク付近

 

少尉に砲火が集中している。

闇の中へと90mm機関銃で援護射撃すると隊長機のブースターの炎が見えた。

「少尉殿!」

叫んんでも無線からは雑音しか発せられない。敵が砲撃している時点でミノフスキー粒子が散布されていることは容易に想像できた。

 

噂に聞くガンダムの推力は瞬く間に炎は闇の中に消え、このままでは吹雪の中で取り残される。

機体を踏み出させたとき、足元で爆発が起き膝から崩れた。

レバーを動かしても起き上がらない。

脚部を機動兵器用地雷で吹き飛ばされたのかもしれない。

闇に包まれた画面にロケット砲のバックブラストの炎が映り、それは一直線にこちらに向かって来てコクピット中が炎に包まれた。

 



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エドワルド・オルデンブルグ

ジオン公国突撃機動軍の下士官。

キシリア・ザビ少将配下の機動兵器のパイロットで戦争初期のブリティッシュ作戦時にはジオン公国首都ズムシティの防衛に付いていたが、ルウム戦役ではレビル艦隊襲撃の任に付いた。

 

宇宙への強制移住が開始されてから半世紀以上が経過し、全長40kmの宇宙コロニーの中で一生を終えるのが当然のことになっても35万km彼方から地球居住者は宇宙居住者の権利を大きく制限していた。

地球から直接見えない月の裏側のラグランジュ点にあるジオン公国は他のサイドでは主流となっている採光ミラーで太陽光を反射させてコロニー内に取り込む開放型コロニーに対して密閉型コロニーを多く採用していた。

シリンダの中心軸にある人工太陽灯でコロニー内を照らし出すことはコストも手間も掛かるが、採光窓が不要なることで陸地が大幅に増え、それは高い自給能力に繫った。搾取する側とされる側の関係に不満は頂点に達していた。

 

ジオン・ダイクン首相の環境破壊で生産能力の落ちた地球に対して移民政策で膨張し続けるコロニーは分離独立出来ると言う演説は行動を起こさないといけないと言う義務感を煽った。

地球居住者がコロニーの自治権拡大法案を否決しても、多くの支持者と同様に毎日、連邦政府の治安部隊と衝突した。

首相の盟友のデギン・ザビ国防委員長の長子ギレン・ザビが統率するジオン・ダイクン首相の理想を実現を目的とするジオン青年団に入団するのはごく自然の流れで、現状を変えたいと思う多くの若者が集まって、活動者の多くはそのままジオン国防軍へと入隊した。

 

ジオン・ダイクンが急逝したとき、一部では暗殺の噂もあったがデギン・ザビが後継者となり二代目ジオン共和国首相となったのが無実の証であり、共和制から君主制に移行してもザビ家の代わりとなる存在はなく所属部隊はジオン公国に変わらない忠誠を誓った。

しかし、ザビ家内部の対立で公国軍は攻撃軍と突撃軍に分離し、ギレン総帥の妹、キシリア・ザビ少将隷下の突撃軍に編入されることになった。

 

開戦前夜、ジオン公国と連邦政府との緊張はいつ火蓋を切られてもおかしくない状況の中で部隊は秘密裏に集められた。

上官は連邦軍に先駆けて開発に成功した頭頂高18mの人型機動兵器ザクへの機種転換を告げ、ジオン公国内の工業コロニーでは既に性能向上型のⅡ型の生産も始まっていた。

 

1月3日、ジオン公国軍最高司令官ギレン・ザビ総帥の宣言とともにジオン独立戦争は開戦した。

総帥の弟ドズル・ザビ中将下の攻撃軍は連邦側寄りのサイドへの奇襲攻撃を開始し、突撃軍は月面都市グラナダへ侵攻し都市近郊での海戦は行われたが月面最大の都市を無傷で掌握した。

しかし、所属部隊には旧型しか配備されず公国首都コロニーのズム・シティ防衛に回され部隊には不満が募った。それは所属部隊が軍首脳からは重用されていないことを意味した。

 

中旬、先の先制攻撃でコロニーの半分以上を壊滅させたこととブリティッシュ作戦でハッテ・サイドのアイランド・イフィッシュ・コロニーを地球に落下させたことで核爆弾数千発分に相当する大打撃を地球上に与えることに成功したことで、連邦軍は地球を挟んでジオン公国の反対側の月公転軌道にある宇宙要塞ルナツーから史上最大規模の宇宙艦隊を出港させた。

それはジオン軍もすぐに察知するところとなり、地球連邦軍と国力が10分の1しかないジオン軍との全面対決であり、軍内部にジオン宇宙軍総旗艦グワジン級1番艦グレート・デギンも戦列に加わると発表され、本土防衛の戦力も間違いなく投入され部隊は歓喜に包まれた。

 

戦果はジオン軍の大勝利で終わり、攻撃軍の機動兵器小隊長の中尉はジオン十字勲章を得て2階級特進となりムサイ級宇宙軽巡洋艦の艦長となり、突撃軍の特務部隊は連合艦隊旗艦を沈め艦隊司令のレビル将軍の捕虜にすることに成功した。

しかし、所属部隊の旧式では初戦を宇宙艇を撃墜するだけで艦艇を全く沈められず、千載一遇の好機をものにすることが出来なかった。

 

3月、ギレン・ザビ総帥は地球降下作戦を発令した。

部隊の機動兵器は全てⅡ型に置き換えられキシリア・ザビ少将隷下地球降下部隊司令マ・クベ大佐傘下で第一次降下作戦の部隊として多くの大型宇宙往還機HLVと共にカザフスタンに降り立った。

地球降下は敵陣地を支配下に置くことも、敵の総反撃を受けるリスクもあるが、月の裏側にあるジオン本国と地球との制宙権は既に公国軍にあって、部隊の士気も高く快進撃を続けウラル山脈の鉱山基地まで一気に占領した。

誰しも、短期決戦で地球を支配し、すぐに宇宙へと戻れるものと思っていた。

 

11月、地球滞在9ケ月、ウラル山脈の鉱山基地の鉱物資源を地球降下部隊の本部のあるウクライナのキエフのボルースピリにあるHLVの発射場までの輸送路の護衛をしていた。

戦線は地球上だけでも南北アメリカ大陸からユーラシア、さらにアフリカまで、全世界に広がり、本国からの補給は滞りがちで人でも物資も圧倒的に足りず、機動兵器もその場しのぎの修理を繰り返し磨耗していた。

機動兵器が連邦の旧式の戦車に遅れを取るようなことはなかったが、次から次へと湧いて来た。

毎日のように地球の資源をジオン本国へ送り続ける義務感だけが部隊の士気を支えていたが、生まれて初めて降りた地球の大地は天気の予想が付かず、不快な気候にも部隊には倦厭感が広がっていた。

先月、デギン・ザビ大公の末子、ギレン・ザビ総帥の弟ガルマ・ザビ大佐が北米大陸シアトルで戦死した。地球連邦軍も機動兵器の開発に成功したと言う噂が軍内部に流れた。

 

地球上最大の拠点オデッサに地球降下部隊司令マ・クベ大佐の下で全軍に総動員令が出された。

ジオン公国の中枢であるザビ家の一員ガルマ・ザビ大佐の戦死で北米大陸のジオンの影響力は急激に低下し、連邦はオデッサに大戦力を持ってヨーロッパからジオン勢力を排除しに来ると言うものだった。

情報は統制化にあり部隊内には既に西ヨーロッパが連邦の物量作戦の前に陥落したと話す者もおり、錯綜した。

 

所属部隊は南下して本部のあるキエフの南東500kmの黒海に近いドニエプル川付近に展開し、持ち場の守備を命じられた。

下士官に全容を知ることなど出来ないが連邦軍は西ヨーロッパからバルト海とバルカン半島を経由して最大規模の反抗作戦を仕掛けて来るようでオデッサの西側の東ヨーロッパ平原が激戦区となると思われた。

この付近は高低差も小さく見晴らしも良く機動兵器を運用するのに最も適した地形で黒海東岸のソチから侵攻して来る敵から鉱山基地の背後防衛に当たることになり、またしても上層部からは重要視されていない配置だった。

 

翌日、大した戦闘もなく遥か遠くで無数のHLVが上がるのを見つめた。

現場に何の情報も通知されず、指揮系統は混乱し、位置関係からそれらが味方のロケットであることは疑いようもなかった。

その時、マクシミリアン・ローゼンタール大尉が所属部隊以外も含めて部隊を再編成してオデッサからの離脱を指揮した。

大尉はオデッサは陥落し、マ・クベ大佐は多くの将兵を残したまま宇宙へ脱出したと判断した。

 

大尉よりも上官は居たが、大尉の判断は早く誰もが納得出来る明快なもので、中隊規模の機械化部隊と輸送隊が大尉と行動を共にすることになった。

再編成された部隊の大多数を占めているのはザク地上型で戦争初期に開発された宇宙用の気密機構を省略して生産性を向上したものだった。

宇宙に持って行っても姿勢制御が行えず、残せば連邦の戦力になる。再生不能になるまで破壊する時間はなかった。

 

大尉は機動兵器部隊のエースで、乗機は北米大陸の工廠で開発されて配備が開始されたばかりの重機動兵器グフで、西部戦線で戦果を挙げていた。

ザクの後継機で120mm榴弾砲からロケット砲までザクと同様の武装が使え、高い格闘能力と60mm機関砲にも耐えられる装甲を持っていた。

その中でも前線仕様の重装型に改造されており、特命を帯びているのは間違いなく、そんな機体を連邦の手に落とす訳にはいかなかった。

 

軍規に従うなら部隊は本隊と合流することを優先しなければいけない。

キエフのHLV発射場へと向かうと言う事はヨーロッパから侵攻して来る連邦軍と鉢合わせすることになり、鉱山基地にある全てのHLVを使用してもオデッサに降下した機械化師団を宇宙へ打ち上げられ無いのは明らかだった。危険を犯して本部に到着しても本隊は既に地球を離脱した後である。

大尉はオデッサが陥落してもジオンが地球の支配権を失った訳でも宇宙のジオン本国が負けた訳でもなく、今は一刻も早くもう一つの主力拠点のキャルフォルニア・ベースと合流することを主張した。

 

部隊はまだ連邦が侵攻していないボルガ川を北上してシベリア鉄道跡に到達したところで東走した。

既に西ヨーロッパは連邦の支配地域であり、程なくモスクワに到達することは容易に予想でき、一週間でユーラシア大陸を横断しウラジオストークからどうにかして太平洋を渡る手段を見つけることになった。

 

中隊規模の部隊に対して連邦は師団規模の戦車隊が追撃した。

補充がきかない以上、消耗は避け、宇宙移民が進んでもエカテリンブルクのような人口の残る都市は点在し、大きく迂回して時間を浪費せざるをえなかった。

人工衛星の支援もなく冬の訪れが始まった針葉樹林帯で手探りで行軍した。

 

途中で傍受した味方の暗号無線で敗残兵の大部分はカザフスタンから世界有数のリチウムの埋蔵量を持つラサの鉱山基地へと、ラサの坑道には宇宙へと鉱物を送るロケット発射施設がある、またはカスピ海周りでアラビア海そして部隊がまだ残るアフリカ大陸のタンザニアへと分かれて撤退したことを知った。

後一日でもオデッサに残っていたら撤退する友軍と行動をともにすることが出来たかもしれないが、指揮系統が現場を残して戦線を離脱した状況ではあの時の判断が間違っていたとは思えなかった。

それに、今からそれらに合流にするにはオデッサを陥落させた連邦軍の元へと引き返すことになり断念せざるを得なかった。

 

連邦も機動兵器の大量生産に成功したようで機動兵器が追撃に加わり始めた。

オホーツク海を目前にして玉砕ではなくキャルフォルニア・ベースと合流することを目的としている部隊は進路をバム鉄道に乗り換えなければならず、さらに北上してヤクーツクへと到達した。

そこで隊員の一人が軍事物資を輸送中のHLVが不時着して、それを連邦軍に搾取されないように防衛しているヨハン・ハウゼン中佐の部隊のことを思い出しその塹壕へと逃げ込んだ。

 

この辺りは放射線量が強く宇宙の本国との無線も繋がらず、出撃の度に汚染除去を必要としたがハウゼン隊は塹壕の中にある強力な電磁シールドを持ったHLVの中にあった。

すぐに冬本番となり、天候ではHLVを打ち上げる事は出来ないが、庫内にあった手付かずの豊富な弾薬に部隊の士気は上がった。

 

 

U.C.0080-01-02T02:20+9:00

シベリア ゴミ山

 

寒さと疲労で意識が混濁していた。

時計で新年の二日目の深夜であることを理解しても時間感覚はすでに麻痺し、吹雪の中の待機任務でザクのコクピット内も息は凍り、霜が降り積もっていた。

燃料節約の為にアイドリングのままで機体は新雪の中に埋まっている。

 

見張りは交代制で24時間行われたが、モニターに映る視界は皆無で、HLVの周りの針葉樹林にワイヤーを張り巡らせて、その見張りをしているようなものだった。

ワイヤーは放射能に汚染されて歩兵を出せないこの区域で敵の機動兵器の位置を把握出来るように張られ、さらに敵機動兵器からは電波障害を起こすミノフスキー粒子の散布下では確認することは出来ない。

 

罠と連動している警告灯が光った。

虚ろだった意識は覚醒して火器管制の電源を入れるが画面には闇の中に幾筋もの火線が煌めくのみだった。

大尉が警戒している付近から無反動砲のバックブラストが上がった。

レーダーは役に立たず、この吹雪で燃料消費がさらに悪くなる為、こちらの位置を気取られないように息を潜めて見守る。

 

闇の中に地雷の炎が映り、端末には爆発した地雷の番号が表示された。

HLVの庫内に保管されていた吸着地雷を適当に敷設すれだけで、翌日には新雪に埋まって区別が付かなくなる。直撃なら行動不能になる代物だった。

画面はすぐに闇に戻ったが、すぐさま地雷の位置からロケット砲のタイマーを設定して何も見えない闇の中へと撃ち込んだ。

巨大な炎が上がり、爆発の規模から機動兵器の原子炉が誘爆を起こしたのは間違いない。

 

 

U.C.0080-01-14T03:30+9:00

シベリア ゴミ山

 

HLV内に警報が鳴り響き、待機室からのエアロックへと飛び込んだ。

先日の夜間襲撃以来、半月程、連邦軍は罠の外側からロケット砲を撃ちこむだけの日が続いた。

諦めたとは思っていなかったが、連邦の兵士にそんな意気込みがあるとは思っていなかた。警報音は自陣の奥まで敵の侵入を許したことを意味した。

 

パイロットスーツに袖を通しながら整備を担当しているハウゼン隊の技術兵に怒鳴った。ハウゼン隊は兵士としての危機感に欠如していた。

大尉は休養を取らずに警戒に当たり既に連邦と交戦を始めていた。

 

ザクのコクピットに飛び込んでエンジンを一気に臨界まで上げる。HLVへの進入路を悟られたら壊滅も容易に有りえる。

地響きが繰り返され、連邦軍のロケット弾の砲撃も続いていた。

HLVのハッチが開かれ外の明かりが目に入る。

 

外は雪は降っていたが明るく視界は良好だった。

すぐに連邦軍の機動兵器を視認し、それは出口のすぐ傍まで迫っていた。

反射的に主要武装の120mm機関砲を掃射した。120mm榴弾砲は円盤弾倉から給弾され対艦対航空機で連射性能はそれ程高くない。

しかし、直撃した筈なのに、連邦の機動兵器は爆発するどころか反撃し、高速弾が機関砲に当たりマニュピュレータからふき飛ばされた。だが、連邦の機動兵器は足元の雪壁が崩れて谷底へと転げ落ちる。

 

予備の武装を取りにHLVに戻ったら塹壕の入り口を教えるようなものだった。

残っていた唯一の武装のヒートホークは引き抜いた瞬間に刃先が赤熱した。殆どのザクに装備されている敵の装甲を溶断する最後の近接戦闘武装である。

 

谷底へ勢いよく下りながらバランスを崩している連邦の機体を薙ぎ払った。

華奢な機体なのに頑丈で、動きを止めたがザクなら爆発してもおかしくない損傷だった。確実に仕留めるにはコクピットに斬撃をくらわすしかない。

撃墜マークに優先されるものなどなく、何の躊躇いもなく前進した。

 

それは僅かな油断だった。

連邦の機動兵器は2機居たのだ。

画面に連邦の荷電粒子剣が映った。

次の瞬間、ザクの装甲を貫通してコクピットは赤熱してドロドロの液体に変わった。

 



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ジュディ・ケンジントン

地球生まれの地球育ちで比較的、裕福な家庭に生まれた。

戦中に士官学校で最後の正規教育を受けた世代の連邦軍士官で機動兵器のパイロットが前線での初任務となる。

 

ロンドンは前世紀より富裕層が多く住む都市であり、増えすぎた人口の宇宙への強制移住が開始されて半世紀が経過しても、ロンドン自体には特権階級しか住めないが、都市を維持する為の住民の衛星都市がグレートブリテン島にはまだ多く残っていた。

 

イングランド出身で地元の有名校を卒業して、ハンプシャーにある地球連邦軍士官学校へと進学した。

強制移住対象者よりは裕福ではあるが連邦政府中枢に親族が居るわけでも、シティにオフィスを持っている家柄でもなく、周りからは珍しがられたが、地球居住権者の責務として士官となることを選んだ。

 

士官学校卒業後は基地勤務となり、次の年明けすぐにジオンとの火蓋は切られた。

連邦政府側の宇宙コロニーに核攻撃が行われ、地球軌道艦隊の徹底抗戦のおかげで南米の連邦軍大本営ジャブローへの落下は免れたが全長40km、重量100億tのアイランドイフィッシュ・コロニーが中の住民とともにオーストラリア大陸に落とされ、シドニーを蒸発させて太平洋沿岸全体に甚大な被害を与えた。

 

3月、伝えられる宇宙での戦況は日に日に厳しさを増し、とうとう宇宙居住者による地球降下が行われた。

連邦軍首脳は士官学校の繰り上がり卒業を決めて部隊配備を進め、最後の正規教育を受けた世代となった。

 

イギリス海峡を挟んだ大陸側ではジオンの新兵器である人型機動兵器と連邦軍の欧州方面隊の機甲部隊の激しい戦闘が繰り返されている中で後方任務に付いていたが、奮戦も空しく戦線はイベリア半島まで後退し、グレートブリテン島もイングランドが陥落し連邦軍はスコットランドのエジンバラを拠点とした。

 

10月、連邦軍は一時、ジオンの捕虜となっていたエイブラハム・レビル大将を最高指揮官として地球上での一大反攻作戦を決行した。

西ヨーロッパに連邦軍の大機甲師団が上陸しイングランドではリバプールが解放された。

宇宙居住者はロンドンを放棄し、ユーラシア大陸に広がる鉱山基地の戦力を拠点キエフに集結させた。

 

11月、ヨーロッパから宇宙居住者を一掃するオデッサ作戦が発動された。

機甲師団はポーランドから東ヨーロッパ平原へと、アジアからはアナトリア半島を経由して黒海の西海岸へと侵攻した。

基地防衛の人員を除いて殆ど出兵した時期に南米大陸の地下シェルターにあるジャブローへの転属命令が下り、まだジオンの影響下の大西洋を渡った。

 

ジャブローの地下工廠は地球連邦軍に残された最大の工場である。

そこでは秘密裏に連邦軍初の生産型機動兵器ジムが次々とロールアウトされ、V作戦の存在を初めて知らされた。

既にV作戦で試験型の機動兵器が実戦投入され、輝かしい戦果を上げた戦闘データも回収されていた。

基地内の宇宙港には機動兵器の運用能力のあるペガサス級宇宙強襲揚陸艦3番艦ブランリヴァルが艤装中であり、このドックで建造されたペガサス級2番艦はオデッサ作戦にも参加していた。

 

地球圏全てを巻き込んだ総力戦で熟練兵の多くが戦死したことでパイロットの数が危機的に不足し、機動兵器のパイロット候補生としてV作戦で得たデータから作成されたシミュレーターでの訓練が開始された。

まだ数機の試験型が工廠内にデータ収集用に残されていたが能力に比例してエスパーでもない限り素人の腕では乗りこなせない代物で生産型は性能を平均化することで即席パイロットでもそこそこに操縦出来るように修正されている。

 

オデッサ作戦は連邦軍の勝利に終わり、ジオンの地球降下部隊最高指揮官マ・クベは拠点を放棄し宇宙へ脱出した。これでアジア・ヨーロッパでの宇宙居住者の影響力は大きく衰退することになった。

 

ジャブローでジムの師団が完成すると地球出身者でジャブロー所属のアルベルト・ケンペン中佐を指揮官として機動兵器3機を1小隊とした2個小隊を配下におく機械化中隊が組織された。

任務は地球の裏側、宇宙コロニー国家ジオン公国との決戦の前に地球上の極東での残党の掃討となりペイロードに1機動兵器小隊と交換部品を積載出来る大型大気圏内輸送機ミディアでジムとともにジャブローを離陸した。

ジャブローから他には北米大陸方面隊から転換訓練で来ていた戦車隊出身のウォーリー・ワシントン中尉も同行した。

 

ハバロフスクに到着した頃、ジャブローでは入れ違いに宇宙強襲揚陸艦が入港し、ジオンの北米大陸の拠点キャルフォルニア・ベースからの空襲を受けた。

一部では防護壁を突破されて乾ドックにも被害が出たとされたが、核攻撃にも耐えられる地球連邦軍本部が通常兵器で落とされる訳もなく、ジオン地上部隊の総力をかけたこの作戦を大本営防衛隊は撃退に成功した。

宇宙での決戦を前にジオンの工業拠点である北米大陸の掃討も時間の問題と思われた。

 

翌日、ハバロフスクは晴天に恵まれ、とてつもなく冷え込み、滑走路脇の建物で形ばかりの結成式が開かれた。

宇宙出身者で学年が下で繰り上がり卒業の士官のカゲトラ・タケダ少尉と高卒で寡兵ポスターで入隊した下士官のロドリゴ・マニラ伍長と小隊を組むことになり、小隊の中でタケダ少尉がシミュレーションの成績が一番良かったことから小隊長に選ばれた。

ワシントン中尉の下に欧州方面隊の大陸の部隊に所属していたイーゴリ・アントノフ少尉とイリヤ・ハルキウ伍長が付いた。

 

偵察機からの情報でジオンの機動兵器の一団の情報を掴んでいた。

既にV作戦の成果で歩かせるだけなら機械任せも出来たが、訓練もかねて中隊はまず雪に覆われた針葉樹林帯の中を北上することになった。

 

 

U.C.0080-01-02T03:30+9:00

シベリア ヤクーツク付近

 

自軍とジオン軍残党の支配地域の境界線のK点から先に進めずに居るのに大した時間もなく針葉樹林帯の中で停止している大型移動作戦指揮車両ビッグトレーに帰還することが出来た。

機体は自動運転でビッグトレー脇の所定の位置に停止した。

拠点攻撃の大型の砲門と機動兵器の補充品を搭載出来る能力のおかげでビッグトレーの筐体は大型化し、その所為で進路を深い森に遮られてこの場所で停車したままになっている。

 

ハッチを開けると雪は弱くなっていたが辺りはまだ暗かった。人工の光が全くない闇の森の中でビックトレーの周りだけはサーチライトで照らし出されていた。

地図にも載らないここではハバロフスクでの天気は嘘のように日照時間は激減した上に、今は冬至を過ぎたばかりだった。

ウィンチで全高18mの機動兵器のコクピットから地面に降りる。

 

ロドリゴの遺体も回収出来ずに作戦は失敗に終わった。

ゴミ山を占拠しているのは投降した敵兵士からの情報で輸送隊の指揮官だと分かっている。

 

新雪に足を埋めながらビッグトレーへと向いながら、補給は夜明け以降になると考えていた。

ロドリゴの機体のあった場所はもう新雪で埋まり、林の中にワシントン小隊の3機のジムが帰還していた。

 

カゲトラの陸戦型ガンダムのハッチはまだ閉じたままだった。

「タケダ少尉、聞こえる?」

ここからなら無線が通じる筈だった。

少し間があってハッチが開き無言で機体から降りてくる。隊長として中佐にロドリゴの戦死を報告する義務があった。

 

陸戦型ガンダムはジムに先行して製造された重量下専用の連邦軍の高性能機動兵器である。

通常型とジム頭と呼ばれているジムの装甲に中身を最新の電子兵装に換装されている2機がクリスマス過ぎに3機編成の小隊に配備され、習熟訓練もなしに今夜の夜間作戦となった。

 

8ヶ月前、ジオンの機動兵器の前に地球侵攻を許した連邦軍首脳は機動兵器を主体とするV作戦を発動した。

5ヶ月前には試作初号機が完成し、3ヶ月前には実使用試験機の部品が宇宙へと運ばれてコロニー内の施設で組み立てられた。

月の裏側のラグランジュ点にあるジオン公国と地球を挟んで正反対の月の公転軌道にある新興のノア・サイドはまだ1基のコロニーしかなく連邦軍の宇宙に残された要塞ルナツーとも近かった。

その唯一のコロニーは都合の良いことにまだ入植者がコロニー関係者と軍属ばかりでジャブローで建造された機動兵器運用能力を持ったペガサス級宇宙強襲揚陸艦が試験機受領の為に宇宙へと上がったところをジオンの軍艦に捕捉され試験中だった試作型機動兵器とジオンの主力機動兵器ザクとの史上初の機動兵器同士の戦闘が行われ、その後の戦闘データはは統率していたレビル将軍配下の輸送隊によって常にフィードバックされた。

 

4ヶ月前、ジャブローで生産型機動兵器のジムの生産体制が整うまでの間、1日でも早くジオンの機動兵器に対抗出来る戦力を欲しい最前線の要望で上層部は試作計画にはなかった機動兵器を急造することを決めた。

設計思想は流用されたが正規の設計局が手一杯のこともあり別局が試作型の規格外となった材料を寄せ集め、さらに全領域型だった試作型を地上専用にオミットさせることでジムの実戦投入よりも1ヶ月前倒しで陸戦型ガンダムは特に激戦地であった東南アジアに配備された。

納期短縮と性能向上はジムとの部品共有率を下げることになり、この機体のその後の運命を決めた。

 

この機体は、2ヶ月前のオデッサ作戦に参加した後に予備役となり高性能兵器を研究している北米のオーガスタ基地に回収された。

コクピットはジムと共通規格に換装されたが装甲には調達やコストの面でジムでは見送られた新素材をふんだんに使われザクの120mm榴弾砲の直撃にも耐えられる。

原子炉も本家と同格出力でプラズマ粒子を使用するビームガンよりもさらに強力なビームライフルも使用出来、それは大量の推進剤も燃焼することも出来ることで推力も増している。

オーガスタで研究していた最高機密の機動力をさらに上げる技術、マグネット・コーティングを実装させたことで基本設計で空間戦闘能力を切り捨てられたことを除けば正式にナンバリングされたガンダムと遜色のない仕様になっていた。

ただ、コクピット以外はワンオフパーツの塊でジムの生産ラインが整った現在でジャブローの工廠も敢えて規格外品を作る理由もなく壊れても補充がきかないことで予備役に回された。

 

ビッグトレー内は女性士官でも与えられる空間は二段ベッドだけで、中佐だけが個室を割り当てられている。

この地での電力の確保は生死に関わるが、中佐の命令でビッグトレーの原子炉は常に臨界で稼働し装甲化されているトレーの中では外気に関係なく通常軍服で居られた。

 

何か責任がある訳でもないが、いつもは社交的なイリヤ伍長は済まなさそうにこちら見つめる。

同じ地球出身者だが裕福でない家庭の出身で、既に通常服に着替えていた。

「話は聞きました、少尉。

マニラ伍長は残念なことです」

今はすぐにでも横になりたかった。

蓄積された疲労の中で伍長と話しながらも、宇宙では終戦協定が結ばれたのに何時間も食事していないことやガンダムの燃料弾薬の補充の段取り考えていた。

 

 

U.C.0080-01-14T10:05+9:00

シベリア ヤクーツク付近

 

夜間でもゴミ山のジオン残党の索敵能力が落ちていない状況から夜間作戦はこちら側が圧倒的に不利なことで行われず、数日おきにK点の外側からゴミ山に威嚇のロケット弾を撃ち込んでいたが塹壕の周りに積もった雪を吹き飛ばすだけで火力不足は明らかだった。

 

ビッグトレーの作戦司令室に隊員全員が集められケンペン中佐からゴミ山への電撃作戦が伝えられた。

白兵装備のガンダムで縦横侵攻し推進力不足で地雷源を飛び越えられないジムはK点の外側から間断なく援護のロケット砲撃を行うものだった。

機動力の高いトラノコとの対峙を避け塹壕への進入路を探索し内部から攻略する内容だった。

ロドリゴの戦死で攻略の目途が立たない為に敵地に侵攻するガンダムの危険度は上がる。

中佐の発案はいつも突然で心の中でこれが突破口となるなら最初からやっていた。

 

雪は降っていたが視界不良となる程ではなく作戦は決行された。

針葉樹林帯で機動兵器がゴミ山へ侵攻出来るルートは限られる。

樹木の密集度が高い所に落下すれば身動きが取れずに敵の格好の標的となり、ゴミ山とK点の距離が離れている箇所では推力が足らずに地雷源へと落下する。

危険な場所は敵も当然に熟知しており、すぐに白兵戦闘となると予想された。

 

ワシントン隊のロケット砲撃が始まった。

カゲトラのガンダムのロケットブースターから炎を吹き出し雪を巻き揚げると機体が浮上した。遅れないように自分もスロットルを入れる。

 

推進力をさらに上げて一気にK点を飛び越え、ロドリゴが戦死した地雷源も通過した。

ガンダムはジムを超える推進力を持つが、飛距離を少しでも稼ぐためにも盾も持たず、90mm機関砲に予備の弾倉のみの軽武装だった。

 

ゴミ山の麓に着地したとき、間近にワシントン隊のロケット弾が着弾して雪煙を上げた。

砲撃が続いている間にゴミ山内部への進入路を見つけ出さなければいけない。

すぐにモニターにトラノコの姿が映たっが、中間辺りにロケット弾が着弾して爆発が起き、90㎜機関砲で牽制しながら方向転換した。

トラノコの動きは早いが、これで残りはザクだけである。ガンダムの性能はザクを遥かに上回るが、弾薬が尽きれば敵陣の真ん中で孤立する。

 

突然、雪煙がモニターを遮ると同時に激しい衝撃が走った。

体を六点式ベルトで固定していても狭いコクピット内で撹拌され、数発分の直撃は受けたと思ったが自己診断プログラムは異常を感知していなかった。

上方モニタにザクが雪洞の入口からまさに出てきて機関砲を放った瞬間だった。

 

すかさず機関砲をフルオートにして引き金を引いたが、体が無重力のように浮かび上がった。

自分の弾丸がザクに着弾したのも分からないが、足元が崩れて斜面を滑落しているのは理解した。

転げ落ちる機体のコクピット内で何度も叩きつけられた。

 

やっと機体の落下が止まり、朦朧とする意識の中でモニターに針葉樹林の中に縦横無尽に張り巡らされたワイヤーが映った。

「タケダ少尉、ワイヤー!」

電波障害の中でそれが伝えられたかも分からず、カゲトラのガンダム はトラノコと交戦しているのか姿も見えない。

 

次の瞬間、モニタにザクの姿が映った。

咄嗟に機体を反転させたが、至近距離にザクの赤熱したヒートホークの刃が見え、激しい衝撃が伝わった。

機体が爆発していないことは原子炉への直撃を避けられたことを意味したが、メインモニターがブラックアウトし脊椎回路が損傷を受けたのかレバーに機体が反応しない。

 

僅かに残った意識で緊急脱出装置のレバーを引いた。

爆発ボルトの火花とともにハッチが吹き飛び、衝撃と轟音の中機外へ射出された。

明るい光に包まれ、それ以降の意識はなかった。

 



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ヨハン・ハウゼン

キシリア・ザビ少将隷下ジオン突撃機動軍マ・クベ大佐傘下の輸送連隊の中佐で任務は着実にこなしたが、上官のマ・クベ大佐から特に評価されることもなくザビ家が台頭し有力派閥のダイクン家やラル家が失脚しても待遇に特に変わりはなかった。

 

宇宙開発が開始されてから約40年、ジオン公国建国前、後にズムシティと改名前される首都コロニーからも近いダキア・コロニーで宇宙移民二世として生まれた。

このサイドは東ヨーロッパからの強制移住者が多く、親も東ヨーロッパからの宇宙開発最初期の入植者で、生涯、地球に降り立つ日は来ないと考えていた。

 

地球では重力の制限を受ける作業も無重力区画を持つ宇宙コロニーでは制約がなく重工業が発展し工場で働く労働者も多かった。

しかし、宇宙空間の真ん中に浮かぶコロニーは資源の全てを輸入に頼らざるをえず、最も近い天体の月はコロニーと分離された独立都市が管轄していた。

月の公転軌道に浮かぶ幾つもの採掘用の小惑星は地球連邦政府が40億km彼方の外宇宙から直径数kmにもなる核パルスエンジンで天文学的な費用で地球圏に運んで来たものであり、その首根っこは常に連邦政府に抑えられていた。

 

サイド自治政府のジオン・ダイクン首相はその扇動的な演説で自給力が上がるにつれ自治権拡大要求が増していく住民の間で熱烈な支持を得た。

首相が連邦政府の反対を押し切って共和国宣言をし、警察隊をコロニー守備隊に格上げした時に新設された士官学校に入学した。

世間の自立風潮に同調したのだが首都出身者にはダイクン家やザビ家への忠誠を誓っている者も多かった。

 

首相はさらに発言力を高める為、移民受け入れ奨励策を行い他のコロニーからも入植者を受け入れ急速にアジアやアフリカ系住民も増えてた。これによりジオンはサイドの中でも最大規模となった。

分離独立を一切認めない連邦政府と規模が拡大するコロニー自治政府との緊張が高まり、連邦政府は自治政府に対して経済封鎖を行った。

コロニー内では流通は止まり、治安は一気に悪化した。厚さ30mの隔壁の外は真空のコロニー内で爆発騒ぎまでが発生した。

 

内政では治安問題、外政では独立問題を抱える中でジオン・ダイクンは演説の途中で倒れた。

ダイクンの死は病死と発表されたが暗殺説が飛び交う混乱の中でもダイクンの右腕と言われたザビ家が統率する青年団出身者は変わらずザビ家に忠誠を誓っていた。

実力部隊の中心人物であるデギン・ザビが実権を掌握するとダイクン派のジンバ・ラルは亡命せざるをえず、共和制から君主制に移行しザビ家が全体主義を敷くことでコロニー内の治安は回復した。その見返りとして秘密警察とは別にデギン・ザビの長女キシリア・ザビが統率するキシリア機関なる秘密警察まで創設され監視社会となった。

 

コロニー守備隊はジオン公国軍と名称を変えたがサイドの有力者の私兵集団からなり、マ・クベ大佐やエギーユ・デラーズ大佐のような軍閥をザビ家内部で取り合っていた。

公国軍はギレン・ザビ元帥の元で着々と軍備増強を進め、連邦政府傘下のコロニー公社が地球圏に移送した小惑星の鉱物資源採掘をダミー会社を使って下請けさせて実行支配して要塞化し、ア・バオア・クーと命名した。

 

ジオン独立戦争前夜、急ピッチで軍艦の建造を進めて艦隊を整えると同時に人型機動兵器の実戦配備に連邦軍に先駆けて成功した。

所属する輸送連隊のパプア級輸送艦を秘密工場で機動兵器に対応した即席空母にする為の改造が突貫工事でなされ、急場凌ぎの改造で機動兵器を運用する地上設備を組み込める訳もなく戦場までの片道切符となったが、ルウム戦役では傘下の多数の輸送艦を指揮し突撃機動軍の機動兵器師団を戦場へ輸送した。

 

制宙権の殆どを掌握し地球侵攻作戦が開始すると上官のマ・クベ大佐はキシリア・ザビ少将側に付き地球降下部隊最高司令官となった。

地球降下作戦では大型輸送往還機HLVで部下と共に初めて地球のカザフスタンへ降り立った。

大佐の直属の部下ではあったが、命令は殆ど鞄持ちの尉官から伝えれた。大佐は地球へ常駐することが多くなると顔合わす機会も殆どなくなった。

 

国力が連邦の10分の1しかないジオンが戦線を地球圏全域までに広げたことにより輸送連隊の任務はHLVで地球からしか採掘出来ない鉱物資源を、宇宙からはコロニーで製造した軍事物資を前線に輸送することになっていた。

HLVは地上と衛星軌道上を行き来する最も一般的な化学燃料ロケットを使用した輸送方式である。

球根状をした頭頂部に司令官、副操縦士、機関士が搭乗する操縦席、全高18mの機動兵器も搭載出来る貨物室、機関部の順に構成される。

月の裏側にあるジオン本国から護衛兼曳航用の巡洋艦で地球低軌道上まで運ばれ、大気圏突入時にデブリが衝突しても逆噴射エンジンで着陸出来る能力を持ち、地球の重力からの離脱時にはロケットブースターを接続する。

慣性航行なら姿勢制御エンジンだけでも時間をかければ本国へ戻れるが、自衛武装を持たない為に実使用では軌道上で再び護衛艦にランデブーする。

 

9月、HLVの船長として本国からの技術兵と軍事物資を満載し地球降下直前にあった。

制宙権を掌握してからは幾度も繰り返された任務だが兵站路は伸びきり、口が裂けても人の居るところでは言えることでないが、ルウム戦役後に敵方のレビル将軍が「ジオンに兵なし」とは良く言ったもので、部下の殆どを機動兵器のパイロットに取られ連隊長でも輸送艦の操舵を握らねばならず操縦席の面子も馴染みの顔ぶれだった。

 

大気圏突入能力のない護衛のムサイ級巡洋艦は早々に離脱し、孤立していた処を哨戒中の連邦の艦隊に発見された。

デブリの衝突に耐えられる装甲でも艦砲のメガ粒子砲の直撃を受ければ爆発は免れない。

突入ルートを変えることで敵艦隊の射角から外れて被害は免れたが、オデッサから大きく外れた東シベリアの地図にも載らないHLVが着陸できる開けた場所へと降下した。

 

落下地点は自軍の支配地域から遠く離れていたが積み荷が無傷だった事で戦略的な意味を失っておらず、オデッサからの命令は救援が来るまで積荷の防衛だった。重要な燃料や弾薬を連邦に手渡すことなんてあり得ないことで当然の命令だった。

HLVには自分の部下と異動中の後方任務の兵ばかりで戦闘員は乗船していなかったが、積荷の機動兵器を使いコロニーの落下点から廃材を集めて塹壕を作り始めた。

土木作業ならまだしも機関砲を持たせても連邦の標的にしかならないのは一目瞭然だった。

 

オデッサから救援は来なかったが、上官のマ・クベ大佐なら充分にあり得ることだ楽観していた。

戦線は半年も膠着状態で敵陣の中を強行輸送することもあり、頻繁にHLVを飛ばせる訳もなくペイロード限界まで弾薬食料を積載していた。

主戦場がヨーロッパだったこともあり連邦軍と遭遇することもなく、食糧もまだ潤沢にあり部隊内には不安はあったが統制は取れていた。

 

戦争初期のブリティッシュ作戦で地球の重力で落下した全長40kmのコロニーは熱圏で崩壊し、その最大の破片は南半球のシドニーに落下し蒸発させ、極東バイカル湖にも破片は落下してさらに磁気を帯びた小さな破片は東シベリア中に降り注ぎ電波障害を発生させた。

オデッサとどうにか繋がっていた無線も冬になり天候不順で汚染された雪が舞い上がるとオデッサ攻防戦の直前を最後に通信は途絶した。

 

12月、HLVの原子炉は生命維持に回され殆どの計器は暗く、吐く息も白い。

殆どの時間を操縦席での瞑想に費やした。

他の隊員たちも同様に極力エネルギーを使わないようにしていたがオデッサからの撤退兵を受け入れてからは消費量の上昇は止まらなかった。

それでも、軍人として友軍を受け入れない選択肢はなかった。

 

オデッサと連絡が途絶えてから一週間、戦況も分からず戦闘経験のない輸送隊の中で不安が広がり始めていた。

そこへ西部戦線で武勇を轟かせていたマクシミリアン・ローゼンタール大尉指揮するオデッサの撤退兵がやって来た。

宇宙と地球を往還する輸送連隊にとって北米大陸の工業拠点キャルフォルニア・ベースで製造している重力下専用重機動兵器グフを輸送することは稀で大尉の搭乗する特別任務のグフ重装型は初めて見る機体だった。

 

大尉から部隊はオデッサは陥落したと判断してキャルフォルニア・ベースへの途上と告げられた。

真相を知る手段はないが、マ・クベ大佐ならば友軍を見捨てて宇宙へと脱出したと考えるのが妥当だった。

HLVの庫内に手付かずの弾薬があると知り撤退部隊の士気は上がっていた。

 

 

U.C.0080-01-14T16:10+9:00

シベリア ヤクーツク付近 HLV内制御室

 

HLVの推進剤も最低限の生命維持だけに使われているが残り僅かだった。

地上にある全ての拠点が陥落したとは思わないが友軍との通信はオデッサが陥落してから2ヶ月半、断絶した儘だった。

 

人の気配に頭を上げると、律儀にも戦闘の報告に来た。

階級が上でも輸送隊が戦闘指揮する意味もなく、大尉が担当していた。

 

ここ数週間、連邦軍は機動兵器で大量のロケット弾を撃ち込んでいたが、塹壕の厚さとHLVの装甲なら到底、破壊は出来ないことは分かっていた。

それが今回は連邦軍に塹壕の入口付近まで侵入されたと一報は受け、危うくHLVへの入口を発見されるところだった。自軍にも戦死者が出て、孤立している部隊に要員補充などなく、全滅の可能性もあった。

戦死したパイロットは機動兵器の原子炉が爆発して死体も残っていない。

 

輸送隊の士気は限界を越えていたが、HLVの原子炉は機動兵器を動かすにはまだ余力があり撤退部隊の士気は維持されている。

軍則では最後の命令を死守しなければいけないが、先のことばかり考えた。

 

連邦政府とジオン公国との南極条約が締結されるまではジオンは敵対コロニーに対して何発もの熱核弾頭を使った。

条約で禁止しているのはあくまでも大量殺戮兵器の使用であって保有を禁止している訳ではないことをオデッサに熱核弾頭を輸送した自分もそれは把握していた。

 

輸送部隊の隊員は黙々と作業しているが、キャルフォルニア・ベースが陥落している可能性を考えると無線が回復したら何時でも投降してもおかしくない。

大尉は下手なことを口走らない為に監視の為に来ているかもしれない。

 

 

U.C.0080-02-01T12:30+9:00

シベリア ヤクーツク付近 HLV内制御室

 

密室に居ると分からないが今日は雲が薄く明るいとのことだった。

また以前のようにロケット砲を撃ち込む日に戻って、HLV内に低い振動が断続的に続いている。

前回のように地雷源を飛び越えられても対応できるように、出せる機体は全て警戒に当たらせて陣地に入ってきた敵を確実に叩き潰せる体制を取っていた。

 

こんな状況でも輸送隊の隊員たちは日常の軍務をこなしていた。

周期的には連邦が何かを仕掛けてくる頃合だが、出来ることは気持ちの持ちようだけだった。

 

ロケット弾の威力に飛距離は関係ないが地雷地帯の外側から放った無誘導弾では威力が散らばるだけだった。

今を乗り越え春になれば風向きが変われば無線が回復すると考えていた。

 

突然、天地が揺れる衝撃が起きた。

先程まで壁だった地面に叩き付けられ、どの位続いたのか他の隊員たちと一緒にHLV内で掻き混ぜられ、必死に体を固定していたが床が傾いた処で収まった。

 

数百tもあるHLVは永久凍土の中に半分埋まり、大気圏突入でも燃え残ったコロニーの残骸を何重にも囲っていた。

機動兵器のロケット砲を超えるのは艦砲しかなかったが、そんなこと想像することすらしていなかった。

 

制御室に外光が差し込む。

それはHLVを囲っていた残骸が撤去されたことを意味した。

 

「キャプテン!」

傾斜している制御室の入口から輸送隊の隊員が覗く。

撤退部隊は全員出撃している。

「すぐに気密をチェックさせろ」

自分も制御室を飛び出す。

 

HLV内に警報が響く。

艦内の状況も敵の戦力も分からない。

制御室の通信機を握り、撤退部隊の機動兵器とミノフスキー粒子の影響を受けない有線ケーブルで繋がっている筈の通信機からは雑音しか流れない。

計器類に電気が通じている事は原子炉はまだ生きている証拠だった。

 

再び激しい衝撃が発生し、先程とは違う階下の貨物室内からの衝撃だった。

制御室から駆け下りると、そこにはHLVの隔壁をぶち抜いて空になっている庫内に外光で逆光となているがザクではない未知の機動兵器が侵入していた。

それは連邦の機動兵器でしかなかった。

 

咄嗟に残骸が散乱している庫内を走り抜け格納庫脇にある武器庫からとても機動兵器相手に通用するものではなかったが携帯型ロケット砲を抱えた。

 

ロケット砲を構えた瞬時、目が合ったような気がした。

まるで人の目を模したツインセンサーの機動兵器は格納庫内で外光を背にして立ち、こちらを睨んでいるようであった。

 

機動兵器の頭部に空けられた二つの穴は機関砲の口で爆炎と轟音が鳴り響いた。

 

 



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アルベルト・ケンペン

両親とも連邦政府関係者の地球出身者で自身も地球の居住権を持つ地球連邦軍士官。

連邦軍中枢ではエイブラハム・レビル将軍派に属していたが戦争中に宇宙へ上がることはなかった。

 

地球の士官学校を卒業して順当に昇官し、開戦時には地球連邦軍の大本営ジャブローから3,000km離れた同じ南米大陸の最大の都市サンパウロに駐在していた。

地球圏総人口の殆どが強制移住で宇宙居住者となった後でも政治経済の中心として栄えていたが衛星都市の多くは消滅していた。

 

戦前は連邦軍高官のレビル将軍が頻繁に宇宙へと上がることを訝しむ声が多かった。

月の裏側にある宇宙コロニー群がジオン公国として君主制を取って軍備を増強していても連邦政府の1/10の国力しか持たない宇宙居住者を大方の地球居住者は危険視していなかった。

 

1月3日、ジオン公国軍元帥ギレン・ザビの独立宣言とともに戦争の火蓋は切られた。

コロニー駐留軍だけで抑えらると思っていた戦争は核兵器も使用され、半分以上のコロニーが消滅した。

ハッテ・サイドのアイランド・イフィッシュ・コロニーが中の住民を虐殺された後に核パルスエンジンに点火されて月の公転軌道から地球への落下コースを取り、地球軌道艦隊の必死の防戦によりジャブローへの落下は防げたがシドニーを蒸発させた。ここに至って政府中枢である地球居住者は初めてこの戦争は他人事で済まされない状況になっていることを自覚した。

連合艦隊が編成され、中旬には月を挟んでジオン公国の反対側にあるルウム・サイド近海でジオン艦隊と激突した。しかし、連合艦隊はジオンの新開発された人型機動兵器の前に大敗し、ルウム・サイドも戦火に巻き込まれ1基のコロニーだけを残して消滅した。

 

ルウム戦役で捕虜となっていたレビル将軍が連邦軍特殊部隊の手でジオン公国から救出された。

これにより連邦政府とジオン公国は南極で戦時条約を結んだ。お互いの捕虜の取り扱いと核兵器やコロニー落としのような大量殺戮兵器の使用を禁じるもので、混乱に陥っていたジャブローを一応の安堵を得た。

 

3月中旬、ジオンは上旬のカザフスタンに続き第二次地球降下作戦として機械化師団を北米大陸西海岸のサンフランシスコの工業地帯と東海岸の宇宙拠点ケープカナベラルに降下させて制圧した。

これにより連邦軍は多数の潜水艦、戦車を鹵獲されて工業力を失い、ジオンは地球上での生産拠点と宇宙にあるジオン本国との兵站路を手に入れた。

 

所属部隊はジャブローに集められた後に北米戦線へと向かった。

前線に復帰したレビル将軍はジャブローの地下工廠で建造されていた反重力機関を持つ宇宙強襲揚陸艦がV作戦に組み込んだ。

6番艦まで計画されている内、乾ドックでは1番艦ペガサスから3番艦まで船体が出来、艤装中であった。

ジオンの技術力の前に宇宙艇空母になる予定だった艦にそれまで細々と研究が続けられて来た連邦軍製の機動兵器を運用出来る宇宙強襲揚陸艦に変更された。

 

ジオンの北米大陸司令官は士官学校を卒業したばかりのジオン公国の首魁ザビ家の末子ガルマ・ザビ大佐の青二才だった。

しかし、ジャブローの核シェルターに閉じ籠りモグラと揶揄されている連邦軍首脳に対し、ガルマ・ザビは戦線に立ち、役者顔負けの容姿で政治手腕をふるい、支配地域の首長を懐柔し後方撹乱もうまくいっていない。

連邦軍は物量で上まっているにも関わらず宇宙拠点を抑えられ次々と降下して来る敵部隊を止められず、機甲部隊の戦車では機動兵器に対応出来ず、雨のように砲弾を降らせて東部コーンベルトを近隣の街ごと有史以前の荒地に戻してどうにか戦線を維持していた。

 

10月、組織改編でジャブローへと戻された。

V作戦で得られたデータを元にジャブローでは連邦軍の初の生産型機動兵器が昼夜敢行で製造されていた。

レビル将軍は来月に迫ったカザフスタンから降り立った欧州のジオン勢力を一掃するオデッサ作戦の指揮するためにヨーロッパへと渡っていた。

この為にヨーロッパ、アフリカ、アジアから部隊を集結させジオンの5倍の戦力を用意した。

同時期、既に東南アジアのコジマ大隊に生産型と別のラインで製造された試験評価用の機動兵器が先行配備され戦果を挙げていた。

 

11月、オデッサ作戦には間に合わなかったがジャブローで生産型機動兵器ジムの量産体制が整い殆どの戦地に機械化部隊を派兵出来ることになった。

ジムは大量生産を優先した為にV作戦で投入された試作型より大胆なコミットメントがなされた。

それまで全長200m級の艦船にしか搭載することが出来なかったプラズマ粒子砲の小型化に成功したが機動兵器の原子炉の制約から大出力のビームライフルが使えずさらに威力の小さいビームピストルですらジャブロー防衛と最前線の宇宙へ運ばれることが決定した。

装甲も大量調達が可能な材料に変えられジオンのザクの主兵装120mm榴弾砲の直撃に耐えるような芸当は出来ない。

但し、V作戦で得られたデータのフィードバックである程度の動きは既にコンピュータに記憶され、即席パイロットであっても歩かせることに何の問題もなかった。

 

甚大な被害を出しつつもヨーロッパでジオンの勢力を一掃することに成功した。

パイロット候補生がシミュレーション漬けの間、上層部は宇宙での反攻作戦と地球上での掃討作戦を立案していた。

レビル将軍がオデッサ作戦の指揮をしている間、ジムと並行して将軍派の重鎮マクファティ・ティアンム提督がルウム戦役で大損害を受けた宇宙艦隊を再建すべきビンソン計画を指揮していた。

月の裏側にあるジオン本国へ侵攻する準備は着々と進められ、さらにガルマ・ザビがシアトルで戦死しても未だキャルフォルニア・ベースは健在であった。

その中で極東でオデッサから離脱したジオンの残党の掃討を命じられた。

 

月末に入港するペガサス級宇宙強襲揚陸艦2番艦と入れ違いにジャブローからはウォーリー・ワシントン中尉と新兵同様のジュディ・ケンジントン少尉、そしてロールアウトしたばかりのジムを搭載した大気圏内大型輸送機ミディアで極東の掃討作戦へと出立した。

ジャブローの飛行場も工廠同様に地下シェルター内に造られ、ミディア は機動兵器3機1個小隊と補充部品を積載出来るペイロードを持ち、6連装熱核ジェットエンジンは無寄港で太平洋を横断し、リフトファンエンジンは未整地の最前線でも短距離離着陸可能なことで世界中で運用された。

 

制空権を奪還した太平洋上空は快適な移動となった。

出立直後、ジオンは核攻撃にも耐えるジャブローに対してキャルフォルニア・ベースから無尾翼機輸送機ガウで殆どの地上戦力を投入させた空襲を失敗させ地球上での影響力をほぼ失った。

これでジャブロー上空の制空権を完全に掌握し、連邦軍を主導しているレビル将軍とティアンム提督とその側近たちは新造されたばかりの大艦隊で安心して宇宙へと上がること出来る。

キャルフォルニア・ベースの奪還作戦も時間の問題だった。

 

12月1日、ハバロフスクで宇宙から降りて来たカゲトラ・タケダ少尉、ロドリゴ・マニラ伍長とヨーロッパ戦線から転属となったイーゴリ・アントノフ少尉、イリヤ・ハルキウ伍長が合流し、指揮車両ビッグトレーと機動兵器6機2小隊を持つ中隊長として着任した。

アジアはオデッサから撤退したジオンの残党が立て籠っていたラサの鉱山基地が陥落し、連邦軍も指揮していたライヤー連隊長が戦死、コジマ中佐も失脚した。

ジオンは大規模戦闘を行う能力を失い、連邦は最大の功労者が去り、ジャブローの興味を失っていた。

 

12月中旬、偵察隊からの情報でジオンの輸送隊が立て籠もる塹壕を発見し、ワシントン中尉がゴミ山と命名し、攻略を開始した。

ブリティッシュ作戦で落下した重量数百億tのコロニーは熱圏で崩壊してシドニーとヤクーツクから1000Km離れたバイカル湖に落下した。シベリア中に磁気を帯びた小さな残骸が降り注ぎ、電波障害で投降勧告は意味をなさず、友軍でも近距離でしか無線が使えなかった。

 

クリスマス直前、戦況はトラノコと呼称しているジオン残党の未知の機動兵器を筆頭に徹底抗戦を続けて長期化していた。

非公式なルートから高性能機動兵器を研究しているオーガスタ基地がガンダムタイプの運用先を探している情報を得た。

ガンダムはジムの生産を軌道に乗せる前にV作戦で実証評価を行う為に製造された試験機のコードネームである。

試作2号機から3体が宇宙へと運ばれたがグリーンノア・コロニーで2機がザクに破壊され残った1機でV作戦が継続されオデッサ作戦にも参加した。

 

その中で陸戦型ガンダムは当初の試作計画には無く、激戦地で一日でも早く最前線に投入する目的で別の設計局がガンダム の設計思想を流用してガンダムの検査で不合格となった部品を元に造られた、本家には及ばないがジムよりは高性能な機動兵器である。

コジマ大隊が解体されて所属していた2機がオーガスタ基地に運び込まれ、最高機密の試作4号機の補修部品を詰め込まれた。

試作4号機はジオン本国の最終防衛ラインにある宇宙要塞ア・バオア・クー攻略作戦に投入する為に実戦投入された新技術のマグネットコーティング、推力増強、コンフォーマルタンクの追加がなされたものであり、シャトルのコンテナの容量の関係で基地に残っていた補修部品があった。

急造品であってもガンダムタイプの補修部品は高価で、正規の計画から外れて製造された陸戦型ガンダムはジムとの部品共有率が低いにも関わらず力づくで搭載したことで、仕様面でも価格面でもレビル将軍秘蔵の第13独立部隊に配備された試作3号機に匹敵した。

 

オーガスタ基地は単純に投入した金額に見合う戦闘データを欲しがったが、主戦場が宇宙となった現在、重力下専用の陸戦型ガンダムの運用先に困っていた。

ジャブローのレビル派は殆どが宇宙へと上がり対立するゴップ大将派の口添えで運用先が決まる前にガンダムの入手に成功した。

宇宙では大量破壊兵器であるソーラ・レイも投入され、且つティアンム提督の尊い犠牲の上でザビの次男ドズル・ザビの抹殺とア・バオア・クーまでの航路の制宙権の奪取に成功した。

地球のモグラは既に戦後処理に向けて動き出していた。

 

コクピットはジム用に換装されており、ジムのパイロットなら動かすだけなら問題ないとの説明だった。本来、エスパーでもなければ操作出来ない程のセンシティブな操作性で本来の性能を引き出せるかはパイロットの腕次第であった。

第13独立部隊で16歳の下士官が戦果を挙げているのは有名な話であり、19歳の少尉をガンダムのパイロットにした。

 

12月30日、レビル将軍の戦死が伝えられた。

ジオンの大量殺戮兵器で連邦軍を主導して来た最高幹部の戦死と艦隊の半分を喪失しても星一号作戦決行の報を受けると危険を承知で夜間作戦を決定した。

ジャブローではレビル派と認識されており、戦後掌握するであろうゴップ派に対して実績が必要だった。

 

1月2日、ビッグトレーでカゲトラ・タケダ少尉からの報告を受けた。

ザビ家の構成員の全てが死亡し、中立地帯の月面都市グラナダでジオンとの終戦協定が結ばれて24時間が経過しワシントン中尉はゴミ山に到着すら出来ずに中隊から初の戦死者を出した。

まだ損耗したのがジムと下士官だったのが救いだった。

 

1月14日、終戦協定が結ばれてから半月が経過し世界ではお祭り気分が続いていたが、ジャブローは各地に残る残党の一斉掃討を計画していた。

この一ヶ月で中隊の火力不足は明らかで機動兵器のロケット砲ではゴミ山に積もっている雪を吹き飛ばす事しか出来ないのは承知していた。

無能の烙印を押され中隊が解体される最終ラインに電撃作戦を敢行した。

 

結果は惨憺たるものだった。

ガンダム1機、ジム1機を損失、イリヤ・ハルキウ伍長が戦死、ケンジントン少尉が意識不明の重体となった。

報告を受けて頭の中は真っ白になった。

 

1月15日深夜、電波障害で数百Km離れたハバロフスクまで敷設された有線ケーブルを通して昼間のジャブローから通信があった。

ジャブローは作戦の主導を握って早期解決することにした。

 

1月下旬、ビッグトレーの作戦司令室でパイロット達にジャブローの決定を告げた。

ゴミ山攻略に当初の半分の数となったパイロットは補充されないが、決定的なダメージを与えるために宇宙艦隊を出動させることになった。

地球軌道に展開している艦隊を主砲の射程圏内まで降下させて艦砲で事態を収拾する。

 

戦闘艦の主砲はデブリの衝突にも耐えうる厚さ30mの隔壁を持つコロニーの外壁も貫通することが出来る。直撃すれば山ごと吹き飛ばせる。

それでも主砲の射程内に収める為にはカーマン・ラインまで高度を下げる必要がある。

そこは重力の井戸に引っ張られる危険がある上に終戦を迎えて一ヶ月、除去の目途が立たないデブリが多量に浮遊し危険を伴う、大本営の命令でもない限りは絶対にはやらない。

地上部隊は全ての軍事衛星を落とされてレーダー誘導が使えない艦隊が目視でゴミ山を視認出来るようにロケット砲の爆炎を目印として支援するものだった。

 

準備は即座に始められ、機動兵器のコンピューターのアップデートも行われた。

トラノコと呼称していた機動兵器はグフ重装型で欧州の西部戦線で少数ながら交戦データがあった。

グフの特徴である近接戦闘では不利だが中距離以上ではガンダムの方が有利とのシミュレーションの結果も出た。

 

補給部隊が大量のロケット弾を持ち込み、ゴミ山ごと敵の機動兵器も吹き飛ばす計画だが、撃ち漏らした時の為に貴重品であるビームライフルも提供された。

絶対安静でビッグトレーに留められていたケンジントン少尉は意識の回復しない儘に後方へと運ばれた。

 

 

U.C.0080-02-01T09:00+9:00

シベリア ヤクーツク付近

 

曇り空ではあるが、これ以上天候が好転する見込みがない為に作戦決行の連絡があった。

機械化小隊が進軍を開始しこれ以降は通信が出来なくなる。

作戦準備が始まってから殆ど隊長室から外出ていないが、上官が居なくても中隊は勝手に動いた。

 

作戦の途中にも関わらず中隊長解任が発令され、作戦の結果を見ることなくヤクーツクを離れた。

 



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ラジッシュ・ムンバイ

元々、インド洋に面した土地の名家で100年以上も一族から地球連邦政府の要職に輩出し、強制移住が進んでも屋敷には多くの召使いが居た。

進路を決める際に事務官か軍人かの選択となり以来、船乗りを続けて来た。

 

戦争初期、マクファティ・ティアンム提督麾下で地球連邦宇宙軍サラミス級宇宙巡洋艦の艦長に就いていた。

サラミス級巡洋艦は外洋能力を持つ全長約200m、内部に重力ブロックを持ち数ヶ月の連続航海が出来る連邦軍の主力艦である。

主砲のメガ粒子砲は単装だがミサイルポッド、大型ミサイル発射管に対空機銃と武装を揃え、戦闘艦としての運用の幅は大きい。

宇宙コロニーが多く建造され宇宙開発が進み、宇宙軍は規模を拡大したが、地球圏が長らく連邦政府に統一されていた為、他には艦隊旗艦のマゼラン級大型宇宙戦艦と僅かな宇宙フリゲートの補助艦があるのみで艦隊の更新を怠ってきた。

 

ティアンム提督は戦前から月の裏側にあるコロニー国家ジオン公国に対して疑念を持ち、盟友のエイブラハム・レビル将軍は頻繁に南米大陸にある連邦軍大本営・ジャブローとジオンを行き来して牽制したが結果としてその努力は報われなかった。

月の裏側にあるサイドと呼ばれるコロニー群の宇宙居住者とジオン・ダイクン首相が一方的に出した独立宣言に対し連邦政府は経済封鎖で対抗した。

宇宙空間にあって資源を持たないコロニー経済は混乱を起こし暴動化し、思想家のジオン・ダイクンが死去後に実務家のデギン・ザビが実権を握り君主制に移行し、ダイクンの後継者としてジオン公国と名乗ったが、ザビ家を筆頭とした全体主義を強いたが治安の回復には成功した。

 

ジオン公国は急速に軍備を増強したが国防軍に配備されている戦闘艦はメガ粒子砲を装備していないチベ級巡洋艦のロートル艦が殆どだった。

国力を傾けてまで建造した大出力メガ粒子砲を持ったグワジン級宇宙戦艦を8隻まで保有しているが連邦軍艦隊の相手としては少なすぎた。

殆どの士官は連邦軍との火蓋が切られた後にザビ家の国外逃亡用と見ていた。40億km彼方の木星には核燃料の重水素採取基地があり、火星と木星の間の小惑星帯にはコロニーの建築資材の資源採掘拠点が幾つもあり見つけ出すことは困難と考えられていた。

 

1月、ジオン公国は民間の会社に貨物船として偽装して建造した商船構造のムサイ級宇宙巡洋艦を大量に就役させ、数の上では艦隊の形をなして近隣のコロニーへの直接攻撃を開始した。

コロニー駐留軍だけで対処できると思われた戦争はこの一週間で2つのサイドが壊滅し、2つのサイドが大きな損害を受けた。

ジオン軍はコロニーを地球落下コースへと移動し、地球軌道艦隊とともに迎撃に出たが、ジオン軍の猛攻と新たに投入された機動兵器の前にジャブローへの落下は防げたが数百億tの質量のコロニーの落下でシドニーを蒸発させてしまった。

 

地球連邦は宇宙軍の総戦力をジオン公国から最も離れた地球を挟んで月の公転軌道の逆側にある宇宙要塞ルナツーに集結させた。

レビル将軍指揮する第三連合艦隊が先行しティアンム提督指揮する第一連合艦隊が編成され、月の衛星軌道近くのルウム・サイド近海を戦場とすることに決定した。

しかし、艦隊戦を予期していた連邦軍に対して初期段階こそ数で上まるムサイ艦隊を後退させたが、レビル艦隊がジオンの機動兵器の挟撃に合い壊滅した為に戦火を交えず撤退、この戦役でレビル将軍は捕虜となりティアンム提督は地球へと降りた。

 

残存艦隊の中にはルナツーに立て籠る艦隊もあったが地球軌道防衛に当たることになった。

しかし、ジオンは地球降下で国力以上に兵站路が伸びきり、連邦軍の大型戦闘艦はジオンの機動兵器に無力な為に深追いをすることもなく損害も戦果もない日が続いた。

 

10月、大本営の命令でジャブローへと降下した。

レビル将軍は特殊部隊に救出され軍務に復帰しオデッサ作戦の指揮し、ティアンム提督はルウム戦役で大損害を受けた地球連邦軍宇宙艦隊再生計画、ビソン計画を指揮し、新造されたマゼラン改級戦艦マミヤの艦長に就任することになった。

 

ジャブローの地下工廠は地球圏最大の造船能力を誇り、宇宙での反攻作戦に向けて大艦隊と連邦軍初の生産型機動兵器が昼夜敢行で製造された。

ジオンに遅れを取っていた機動兵器技術はレビル将軍の元で先行試験機と機動兵器の運用を前提としたペガサス級強襲揚陸艦で戦術の確立を目指したV作戦が発動され戦果を上げていた。

新たに建造された艦隊はペガサス級が持つ機動兵器用格納庫は持たないが機動兵器への燃料弾薬の補給が可能になった。

6番艦まで建造されたペガサス級は隻ごとに全て一仕様が異なり、短期間で大艦隊を整備するにはラインが確立している軍艦に最低限の改造で済ます必要があった。

マゼラン改級は武装は従来と同様の配置で艦中央の弾倉の一部を簡易格納庫にしてあり、サラミス改級は前部の砲塔を撤去し露天駐機で燃料と弾薬の補充が出来る能力を持った。

 

11月末、入港したペガサス級強襲揚陸艦2番艦を狙ったジオンの地球上に唯一残った大規模拠点キャルフォルニア・ベースからの空襲を撃退しジャブロー上空の制空権を掌握した。既にオデッサ作戦でジオンはユーラシア大陸での支配権を失っており核攻撃にも耐えうる地下要塞のジャブローは通常兵器で落とすことは難しいことだった。

強襲揚陸艦は第13独立部隊として陽動作戦の任を帯びてジャブローを出港後、ティアンム艦隊はロケットブースーターで宇宙へと上がりルナツーへ進路を向けた。

 

艦隊はほぼ無傷でルナツーに到着し、戦艦マミヤは補給とルナツーの工廠で製造された連邦軍初の生産型機動兵器ジムの1個小隊を受領した。

随伴艦のサラミス改級巡洋艦コンゴウ、ヒュウガとともにティアンム艦隊を離れ、ムンバイ艦隊としてジオンの宇宙要塞ソロモン攻略作戦の後方警戒として地球軌道上の哨戒を開始した。

ジオンは最終決戦を察知し艦隊を宇宙要塞ア・バオア・クー、ソロモン、月面都市グラナダが囲む月の周辺宙域に集結させていた。

懸念されていたコンスコン機動艦隊はルナツーとは反対側にあるリーア・サイドを目指した第13独立部隊を血眼に追尾したおかげで月付近以外でジオンと遭遇することはなかった。

 

グラナダでの終戦協定から2週間が経過した。

戦争には勝利したがチェンバロ作戦とそれに続く星一号作戦で多くの艦を失い、指導者のレビル将軍とティアンム提督も戦死した。

残った戦力で地球圏での影響力を維持させる為に艦隊は戦勝の余韻に浸ることなく哨戒任務を続けていた。

しかし、乗組員の殆どはジャブローは前線に出たレビル将軍と対立して核シェルターに閉じ籠ったゴップ大将派によって牛耳られていると考えていた。

 

ア・バオア・クー攻略戦は連邦とジオン双方に多大な損害を出し、連邦はその後に予定していたジオン本国への侵攻作戦を中止し、ジオンは首魁であったザビ家が全員死亡したことで統率を失った。月面都市グラナダでザビ家が全員死亡したことでジオン公国首脳の戦犯を不問とすることで休戦条約を結ばれた。

ジオンの残存艦隊はア・バオア・クー離脱して地球圏を脱出して木星圏か壊滅したサイドの暗礁宙域へと向かったと考えられている。数万kmの範囲でコロニーや艦隊の残骸が浮遊する暗礁宙域の対処は全く決まっていない。

地球軌道上は連邦軍の厳重な監視下にありルナツーで搭載したジムはビームガンを一度も撃つことはなかった。

 

艦長席から平穏な宇宙を眺めるのが日課となっていた。

出港時に満載した推進剤でこの宙域にまだ数ケ月は留まる事が出来る。

電波障害を起こすミノフスキー粒子が散布されなくなり艦内でも民間の放送を傍受出来るよになり、乗組員は外ではお祭り騒ぎになっていることを知り士気が低下していた。

 

副長が険しい表情で命令書を携えて来た。

それを受け取るとコンゴウ、ヒュウガと通信回線を開くように命令した。

「命令を受けるつもりですか」

 

ジャブローは艦隊に地上にあるジオン残党の拠点へ主砲が届く高度まで降下して艦砲射撃で殲滅することを命じた。

地球低軌道は何度も激しい戦場になったにも関わらず、連邦政府にはまだ多量のデブリを除去する余力はなかった。

士気が下がっている中で大事故にもなる危険なことは出来ないと言うのが副長の考えだ。

 

マゼラン、サラミスともに大気圏突入能力はなく低軌道まで高度を下げれば重力の井戸から脱出するには大量の推進剤を消費する。

数日掛けて減速すれば推進剤を殆ど消費せずに目標の軌道まで降下出来るが、核パルスエンジンに点火すれば半日で到達出来る。

寄港する口実には十分だった。

 

艦隊は地球が間近まで迫るカーマン・ライン上、低軌道上の高度400Kmを巡航し、目視による哨戒が開始したが眼下は厚い雲が立ち込めていた。

コンゴウ、ヒュウガの艦長も意図を組んで通信記録に余計な内容を残していない。

「この時期のシベリアに晴れ間はあるのか」

艦内中に繋がる無線から監視担当の下士官の声が響いた。

低軌道とは言え戦火で軍事衛星を失い豆粒程度の地上の目標を下士官が交代で監視している。

地上部隊がジオン残党の塹壕へロケット砲を打ち込む爆炎を目標に砲撃を行うことになっていた。

このまま、推進剤が尽きるまで何日でも監視を続けることも出来るが、残党の要塞を発見出来ればものの数分でここから離脱することが出来る。

 

 

U.C.0080-02-01T02:15Z

地球低軌道上

 

監視を続けて数日、重苦しい空気が立ち込めた。一年もジオンと戦争を続けて来たのにこの数日でも艦内の統率が取れていない。

ミノフスキー粒子による電波障害で地上とリアルタイムな連絡は取れず、作戦決行の連絡があって数時間が経過した。

1時間置きに昼と夜が繰り返され、現地時間では昼間でも協定時間の船内は深夜でも乗組員は持ち場について空気が張りつめていた。

シベリア上空は依然として雲に覆われてこれ以上の好天は望めそうにない。

 

それは突然、訪れた。

監視要員が雲の切れ間に爆炎を確認したと伝令が入った。

騒然として艦橋要員がこちらを見る。

 

「原子炉を臨界まで上昇。

減速開始、高度150Kmまで降下させろ。

次の周回で砲撃を行う」

号令の元、各自が自分の持ち場に付き、艦隊が編成されて最大の興奮が艦隊に走る。最大出力の主砲は燃費をさらに悪くする。

 

全員が固唾を飲んで祈った。

地球の裏側から元の位置まで戻る1時間は天気が維持されないと水泡に帰してしまう。

 

艦隊が減速して地球が迫ると多量のデブリが艦体に衝突する。

戦闘艦はデブリの衝突も考慮に入れて設計されているが大本営ジャブローの命令でなくては陸軍の作戦には協力しない。

 

主砲が転回する。

射撃可能な高度に到達する。

「炎を確認」

 

「射撃開始」

コンゴウ、ヒュウガからも同時に射撃が開始され、艦橋の窓がメガ粒子砲のプラズマの光で埋め尽くされる。

今までの鬱憤を晴らすかのように間断なく最大出力で主砲が唸る。

この戦争で多くの乗組員が家族や仲間を失っている。

デブリの直撃からも住民を守るコロニーの外壁構造も破壊することが出来る強力な兵器である。

 

目標が地球の影に消え砲撃が止んだ。

「最大出力、地球の重力から脱出しろ」

推進剤の残りを考慮する必要もなく艦隊のノズルから炎が噴き上がる。

地球が離れていくと同時に艦内無線から歓声が沸き上がった。

 



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イーゴリ・アントノフ

地球連邦軍士官の機動兵器パイロット。

ロドリゴ・マニラと同じザーン・サイド出身だが故郷の宇宙コロニーは戦争初期にジオンの核攻撃を受けて消滅した。

宇宙居住者だが出世に有利と言う理由で地球の士官学校を選んだことで一生を得た。

 

学校の成績はそこそこ良く、スポーツも出来る方だったが、1基の人口が1000万人にもなるコロニーでは幾らでも居たし、最古参のコロニー群のザーン・サイドの人口は10億を超えていた。

この鬱積した世界から抜け出すには月面の独立都市グラナダで大企業の社長にでもなるしかなかったが、それこそ億人に一人の割合でしかいない。

 

宇宙開発が始まって半世紀以上が経過し、コロニーの中で一生を終えるのが当たり前の時代でも地球居住者による宇宙居住者の移動の制限、自治政府への干渉、経済活動も地球居住者が快適に暮らせる為のものに限定されていた。

只、大抵の移民二世は強制移住で故地を追われた親の世代と違いコロニーで生まれ籠の中でもそれなりに平和な生活が出来た。

地球居住者の特権意識に不満を感じていた一部の若者の心を地球からの脱却を謳うジオン公国は掴んだ。

開戦前、宇宙居住者の自立を唱えたジオン・ダイクンに連邦政府は経済制裁を行い、ダイクンの死後、実権を握ったザビ家は治安の回復に成功し、ザビ家の筆頭ギレン・ザビに惹かれてジオンへ移住する者さえ居た。

 

この閉塞感から抜け出すために、ザーン・サイドを飛び出してジオンに亡命しなかったのはまだ高校生だからと言う理由でしかなかった。

結局、宇宙居住から抜け出す決心をした。

猛勉強の末、学区内に一人にしか渡されない地球の士官学校の推薦状を得て地球へと降りた。地球へと行くことが出来れば何かは変わると思っていた。

 

一般の宇宙居住者が地球に降りるには制限があり士官になるのが最も早かった。

予想通り地球の士官学校は成績と関係なく地球居住者が幅を利かせ、宇宙人呼ばわりされることは日常であった。

カリキュラムが終了するまで生命の不安すらあった。

 

士官学校に入学して三ヶ月目の年の初め、ジオン公国と連邦政府との確執は以前から報道で周知のことだったが、ギレン・ザビによるジオン独立宣言によって戦端が切られた。

大方の地球居住者はコロニー自治政府の反乱程度としか受け止めていなかった。程なくコロニー駐留軍によって鎮圧されると思っていた。

 

それから僅か一週間でジオン公国の宇宙要塞ソロモンに近かったムーア・サイドが壊滅し、隣接しているザーン・サイドの出身コロニーもジオンの核攻撃を受け身内全員が死亡した。

ハッテ・サイドのアイランド・イフィッシュ・コロニーではコロニー全住民が毒ガス兵器で虐殺された後、核パルスエンジンで地球へと落とされ、シドニーが蒸発し、熱圏突入時に崩壊した破片がバイカル湖にも落ちツンドラ地帯にも甚大な被害が出た。

ジオンは地球圏の統一した敵と認識された。

 

地球連邦軍連合艦隊は総力を結集してジオン公国と月を挟んで反対側にあるルウム・サイド近海でジオン艦隊と激突した。

ジオン艦隊は商船と偽って建造した艦隊を準備していたが、それでも連合艦隊の戦力には及ばなかった。

しかし、この戦争で初めて投入されたジオンの機動兵器の前に艦隊は壊滅し、ルウム・サイドもテキサス・コロニーを除いて全て気密を失い放棄されることになった。

一連の戦闘で地球圏総人口100億人が半減した。

 

開戦から三ヶ月、地球上も最前線となった。

制宙権の殆どをジオンに奪われ、月の裏側からジオンの機動兵器部隊が地球に降下し、欧州のキエフと北米のサンフランシスコがジオンに制圧された。

士官学校の全員が繰り上がり卒業となり出身に関係なく戦地へ送られることになった。

 

従前の車両では侵入出来なかったような地形でもジオンの人型機動兵器は侵攻し、爆弾を雨の様に降らせる焦土作戦を展開した。

突撃銃で18mの巨人相手に出来る訳もなく、その年の夏、欧州では連邦の機甲部隊は大打撃を受けてジブラルタルまで撤退した。

 

ジオンの高性能な機動兵器に対して連邦はジオンを上まる圧倒的な物量で対抗した。

北米大陸でザビ家の末子ガルマ・ザビの戦死が伝えられと部隊の士気は上がった。

連邦政府に残された工業能力の全てを活用して準備された機甲師団はドーバー海峡を越えて大陸側に上陸し大損害を出しつつもヨーロッパのジオンを東欧平原にまで押し返した。

西欧奪還後、アジア、中東の部隊も集結し戦力はジオンの3倍に達した。

欧州・アジアのジオン勢力を一掃するオッデサ作戦は機甲師団に史上類を見ない大損害を出しつつも成功に終わった。部隊からも多くの戦死者を出した。

少数の先行試験型機動兵器が投入されジオンの駆逐に貢献したことが伝えられたが、北米大陸を除く地球上の殆どの支配権を奪還した。

 

作戦後、各隊から機動兵器のパイロット候補生が選抜されることになった。

南米大陸の地球連邦軍大本営ジャブローの地下工廠で連邦製機動兵器の生産が確立されたが、熟練のパイロットの多くがこれまでの戦闘で失われていた。

自分が選ばれたのは上官と目があったのに過ぎない。機動兵器の性能はこの半年で証明されたが、連邦の機動兵器開発は現場には全く明かされていない最高機密であり上官はその性能に懐疑的であった。

 

原隊をオデッサに残して3週間の短期訓練を受けることになった。

後方の訓練所にあったのはテーマパークにある体験型アトラクションと変わらないもので連邦軍の機動兵器のコクピットとコンピュータを抜き出したものと説明された。

雰囲気でおそらくは大勢の候補生も同様のことを思っていると分かったが、それを口に出す者はいなかった。

そこで初めて知ったV作戦で得られたデータにより基本的な操作は完成し、アジアで先行配備されて戦術データが蓄えられた。

朝から晩までシミュレーションの訓練が続き、この間もジャブローでは生産型機動兵器の製造が続けられていた。

 

その中にイリヤ・ハルキウ伍長も居た。

東ヨーロッパ出身で現地での志願兵だった。

祖先が欧州人と言うこと以外は共通点はなく、特に親しくすることもなかったがジオンから支配権を奪還したばかりの野戦の掘建小屋のような訓練所で食事も訓練も一緒に過ごせば身の上話するしかなかった。

東欧はジオンの第一次地球降下作戦で連邦軍の激突した地で部隊では車両の修理から運転手まで小銃を持って突撃する以外は何でもこなした。家族や親戚、知人など全て戦火で失った。開戦するまでは農作業から家や車の修理まで自分でこなしていたのが役にたったと話していた。

上官から車の運転が出来るなら機動兵器も操縦出来るだろうと言うことで兵卒から戦時昇進し伍長となって訓練所へ送られた。

 

予定されていた最終日、配属先の部隊が発表された。

シミュレーションの成績順で前後したハルキウ伍長と共に極東でオデッサから撤退したジオン残党の追撃の辞令を受けた。

欧州大陸を横断してハバロフスクでケンペン機械化中隊に合流したが、移動中の飛行機の中でも特に会話は弾まなかった。

 

 

U.C.0080-01-02T01:45+9:00

シベリア ヤクーツク付近

 

月面のグラナダ市はジオン公国とは目と鼻の先にある月面最大級の都市で政治経済の中心地でもあった。

24時間前、宇宙のア・バオア・クー宙域にてギレン・ザビとキシリア・ザビ、その前の宇宙要塞ソロモン攻略戦で次男ドズル・ザビが戦死し、ザビ家の構成員が全て死亡した。

ジオン本国から連邦軍の軍艦に護衛されたジオンの首脳と連邦軍の高官との電撃的な終戦協定が締結された頃、東シベリアの針葉樹林帯は視界が全くない深夜の猛吹雪だった。

 

署名されてから3時間が経過、ケンペン中隊はワシントン中尉のワシントン小隊とタケダ小隊の機動兵器3機編成の小隊に分かれてジオン残党が立て籠もるゴミ山と呼ぶ塹壕に二方向からの夜間作戦を仕掛けていた。

ワシントン小隊は作戦開始時間が迫る中で絶望的な状況にあった。

 

暗視モードの主画面には横殴りの雪と縦に走る大木の影が幾つも浮かび上がっている。

主武装の90㎜機関砲を腰部に懸下して背中のランドセルから荷電粒子剣を引き抜いて機動兵器を前進させる。

荷電粒子剣の端から光り輝くプラズマ化したミノフスキー粒子が吐き出され、それを振り回すとバターナイフのように頭長高18mの機動兵器と同じ高さの大木が薙ぎ倒された。

だが、自律航行装置の地図ではこれがゴミ山まで何Kmも続く。

 

ゴミ山の周りにはK点と呼ばれるラインが設定している。

その内側はジオンの地雷源であり到達出来るルートは限られていた。

新たな侵攻ルートを見つけることは急務だがワシントン中尉は突然に新ルートを開拓すると言い出した。

タケダ小隊が正面からゴミ山に攻撃を加えている間に側面から攻撃する為に遠回りしている今の状況でショートカットに成功すれば戦術的な価値はあった。

だが、その結果は惨憺たるもので機動兵器の巨体が侵入出来るルートを選んで進んだのだが、袋小路に当たってしまった。荷電粒子剣で薙ぎ払ったところで到達するのが明朝では意味がなかった。

ロケットエンジンで飛び越えるにしても着地点が確保出来ずに機体を放棄することにでもなったらここでは死を意味した。

 

背後のワシントン中尉のジムに近づいて機体に触れた。

コロニー落としの影響で放射能に汚染された雪が舞うここではビッグトレーを離れては電波障害で無線は繋がらないが、機体の振動を利用する接触回線は電波障害の影響を受けない。

戦闘になれば誘導兵器を無効下するミノフスキー粒子も散布されタケダ小隊と連絡を取ることはまず不可能だった。

 

「撤退だ」

こんな時のワシントン中尉の判断は速い。

納得は出来ないが他に何も思い付かない。元のルートに戻っても今以上の時間がかかるだけだった。

マニュピュレータでハルキウ伍長のジムに合図を送るとその場で方向転換した。

小隊が編成されてから一ヶ月、他の人には社交的なハルキウ伍長もワシントン中尉に対して必要最低限なこと以外、喋らない。

 

移動作戦指揮所ビッグトレーに帰還するとロドリゴ伍長の戦死を知った。

 

 

U.C.0080-01-14T10:47+9:00

シベリア ヤクーツク付近

 

ジムは安全なK点前からロケット砲を撃つだけだが、ガンダムはゴミ山に縦深侵攻して攻略するなんて新兵が考えても無謀な作戦だったが、作戦は決行された。

 

雪は小降りで目視でもK点の向こう側のゴミ山を確認出来る。

作戦はワシントン中尉の砲撃で開始された。

ガンダムはロケットエンジンのバックブラストで雪が舞い上げると、タケダ少尉とケンジントン少尉がジムよりも遥かに強力な推進力と最低限の武装でK点を一気に飛び越える。

後は二人が孤立しないようにここから間断なくロケット砲を撃ち続けるしかない。

 

ヘッドレスト脇から精密照準用スコープを取り出すと、ロケット砲と連動した望遠カメラの映像に切り替わる。

ガンダムはゴミ山の麓に着地して内部への進入路の探索を開始したが、直ぐにトラノコと交戦となった。

味方機に直撃しないように適当な距離を保ってロッケト砲を撃つが思ったところへは飛ばない。この距離では無誘導ロケット弾は牽制にしか使えない。

2機のジムでロケット砲を交互に撃ち、その間に残りがロケット砲の弾倉を交換した。

 

望遠カメラにケンジントン少尉のガンダムが崩れるのが映った。

幾らか着弾したようにも見えたが足場が崩れて滑落する。

タケダ少尉はトラノコを振り切れずに居る。

崖を滑り降りて来たザクがケンジントン少尉のガンダムにヒートホークの一撃を加えた。これでも爆発しないのはガンダムの性能かもしれない。

 

「救出に行くぞ」

重装甲のガンダムでも危険な一撃だと分かる。

ロケット砲を捨てて機関銃に持ち替えて駆け出した。

ジムの推力ではK点を飛び越えるような真似は出来ない上、地雷を踏み抜けばロドリゴ伍長のように狙い撃ちにされる。

無線からワシントン中尉の声が雑音混じりで聞こえたがすぐにミノフスキー粒子にかき消された。

後方カメラですぐ脇にイリヤ伍長の機体も駆けているのが見える。

 

ケンジントン少尉のガンダムのハッチが吹き飛んで射出座席が排出された。

自力で動くことが出来ずに機体を放棄したと思われる。

タケダ少尉はケンジントン少尉を襲ったザクを荷電粒子剣で両断したがトラノコに再び追いつかれて近づけずに居る。

 

「ハルキウ伍長、護衛を」

マニピュレーターで雪に埋もれたケンジントン少尉を抱え上げた時、ハルキウ伍長のジムに機関砲が直撃した。

原子炉こそ爆発しなかったがコクピットのあった場所は空洞となっていた。

 

 

U.C.0080-01-15T10:05+9:00

ビッグトレー・作戦室

 

ゴミ山への電撃作戦が失敗した翌日、中佐から招集をかけられた。

ケンジントン少尉、ロドリゴ伍長、ハルキウ伍長が戦線を離脱し中隊の戦力は半減していた。

中佐から作戦の指揮権が前線からジャブローへ変更されゴミ山を艦砲射撃する為に前線はその支援を行うと言うものだった。

 

これ以降、中佐は自室に閉じ籠ったが準備は着実に進められ、影響は全くなかった。

軌道上からゴミ山を目視で確認するための大量のロケット弾が搬入された。

ケンジントン少尉は後方に運ばれ、今更、トラノコが西部戦線で記録のあるグフ重装型と言う情報が与えられた。

 

 

U.C.0080-02-01T12:35+9:00

シベリア ゴミ山

 

朝から薄雲の隙間に光が差し込む程度だったが、これ以上の天候の好転も望めなかった。

終戦を迎えて輸送中の襲撃を想定する必要がないことでペイロードを越えるロケット弾を抱えてビッグトレーを後にした。

格闘用の武器もガンダムに用意されたビームライフルのみでジムはザクと対峙しても荷電粒子剣のみだった。

ビームライフルも衛星軌道上からの艦砲射撃で撃ち漏らした敵を確実に仕留める為の準備で予定では使用しない筈であった。

 

ここのところ数日おきに行われた砲撃が今日は量が多いだけと考えることにした。

ワンシントン少尉が撃ち、タケダ少尉と順番にロケット砲を撃ち続けた。

地球軌道上からどのように見えているのか見当も付かないが信じてロケット砲を撃ち続けるしかなかった。

残党は深い雪の下に篭って出てこないが、これでも良い気がしてきた。

 

それは突然にやって来た。

上空から幾条もの光が降って来てゴミ山を直撃する。

艦隊は150Km上空で見える訳もなく、轟音とともに巨大な雪煙が立ち上がった。

デブリの衝突にも耐えられるコロニーの外壁を破壊出来る艦砲の振動がコクピットにまで伝わる。

 

艦砲は間断なく撃ち込まれ、それが止んだとき立ち尽くした。

目の前に巨大な雪煙の柱が立つ。

状況は全く把握出来ないが、これで残党が全滅したかもしれない。

 

タケダ少尉のガンダムがバーニアを噴き上げながら雪煙の中に突入した。

声を上げようしたときには機体は消え、ワシントン中尉と無言でその後を見つめた。

中がクレーターになっていたらそのまま滑落して終わりである。

これで自分のジオンとの戦争が終了した。



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マクシミリアン・ローゼンタール

ジオン公国軍突撃機動軍地球降下師団マ・クベ大佐傘下の士官で第二次地球降下作戦で地球に降りた機動兵器のパイロット。

 

祖先はフランクフルトの資産家だったが地球での居住権を得られる程の地球連邦政府との関係を持っていなかった為、投資先であった工業コロニーが多くあつまるジオン共和国へ自ら移住した。

ザビ家によって宇宙コロニー自治政府の実権が握られて君主制に移行すると公国首脳は傀儡に過ぎず、一家は独裁政権に財産を接収される前に公国内で有利な立場を得る目的でザビ家へ積極的に多額の援助を行い、ザビ家と強い繋がりを持った。

ザビ家支配下で軍備増強策が進められ、コロニー内の有力家系の子女も軍に参加するようになり一族から選ばれて士官学校へと進んだ。

 

士官学校時代より積極的にザビ家の長子ギレン・ザビの政治団体へ参加した。

軍の要職はザビ家とその協力者で占められ、参謀本部が国の最高意思決定機関で、思想家のダイクンの死後にダイクン派が粛清されても若手士官の間では実務家のザビ家を支持した。

 

1月、かねてよりザビ家の次男ドズル・ザビ中将の指揮で開発されていた機動兵器ザクを大量投入させて中立都市であった政治経済の中心である月面最大の都市グラナダへの侵攻で戦争の火蓋は切られた。

頭頂高18mにもなる人型機動兵器は高い汎用性と連邦軍に先駆けて実用化にこぎ着けた姿勢制御機構で所属部隊にも開戦直前まで秘匿にされ、戦力では圧倒的に劣るジオン軍が連邦を圧倒し沿岸部では戦闘になったが気密区画を無傷で制圧に成功した。

それに続く月を挟んで地球側にあるルウム・サイドの近海でのルウム戦役でもジオン軍は連邦軍に対して歴史的な勝利を収めて連合艦隊を壊滅に追い込んだ。

ザビ家の末子ガルマ・ザビ大佐がルウム・サイドに残った連邦の駐留軍の掃討の指揮官となりそれに帯同した。

ルウム・サイドは連邦軍の徹底抗戦によりテキサス・コロニーを除いて気密を失い壊滅した。

 

2月に地球侵攻作戦が発表されるとジオン軍内でドズル・ザビ中将の宇宙攻撃軍と長女のキシリア・ザビ少将の突撃機動軍の間で制宙権争奪が始まったが、それでもジオンの機動兵器は連邦軍の宇宙艇に対して圧倒的な能力差をつけて勢力範囲を広げた。

ドズル・ザビ中将は宇宙要塞ソロモンを得て、キシリア・ザビ少将は地球の資源を独占出来る地球降下作戦の指揮権を得た。

 

3月、月の裏側と地球との間の制宙権を確保したことでキシリア・少将隷下地球降下部隊最高司令マ・クベ大佐が第一次地球降下作戦としてバイコヌールに降下して制圧すると、第二次作戦として北米大陸方面隊司令となったガルマ・ザビ大佐直属の機動部隊の隊長として機械化師団とともにキャルフォルニア・ベースに降下して目標の北米大陸の工業拠点であるサンフランシスコを難なく制圧した。

機動兵器は連邦の機甲部隊に対して機動力で上回っているだけでなく誘導兵器を無効化するミノフスキー粒子下では地対空戦闘でも戦果を上げた。

 

精鋭を集めた所属部隊の任務はジオン公国の公子でありながら前線に出るガルマ・ザビ大佐の護衛にあった。

ジオン公国はザビ家のカリスマ性で成り立っている国家の為にもしものことがあったら体制に関わることであった。しかし、短期決戦で地球を制圧する予定が戦線は長期化の様相を見せた。機動兵器は圧倒的な戦力ではあるが、それを上まる物量を連邦軍は投入して戦線が膠着化した。

北米大陸中央部では支配権争いがまだ続いていたが、東西海岸の大都市ニューヨークとサンフランシスコを制圧した事で地元の首長が協力的になったこととガルマ・ザビ大佐の政治手腕で戦線が安定し、マ・クベ大佐より戦況の厳しい欧州戦線へと移動の命令が出た。

ザビ家から離れることは一族から求められていたこととは違うが軍務に付いたが逆らうことは出来なかった。

 

9月、欧州の連邦軍をイベリア半島まで撤退させたが戦線はアフリカ大陸にも広がり、ザビ家の近くに戻る目処は全く立たなかった。

国力が連邦の10分の1と劣るジオンは接収したキャルフォルニアベースの工場で宇宙で開発されたザクから地球上では不要になる気密室やロケットモーターを省略した重力下専用の陸戦型ザクをフル稼働で生産させたが前線では共食いを行わなければ部隊を維持できなかった。

陸戦型ザクは宇宙へ戻せないリスクで設計変更したが環境がコントロールされたコロニーと違い戦線が限界まで広がり戦地の要望でザクをベースにした様々な局地仕様が設計されて生産能力を逼迫させた。

キャルフォルニアベースで予てより開発されていたザクの後継機グフの先行試験機が実戦評価の為に送られて来た。

 

ザクの後継機開発は地上侵攻後すぐに開始された。

物量の少なさをより高性能な機体で補う為にザクの修正ではなく地上での白兵戦用に再設計された。

一部は宇宙の教導隊にも送られたが僅かしか製造されていない実戦試験のパイロットにザビ家の護衛隊をしていたこともあり選ばれた。

 

先行試験機と言えども、重機動兵器に分類されて機動性も耐弾性もザクを上回り連邦の重機関砲の直撃にも耐えられ、ヒートロッドやフィンガーバルカンの近接武装が充実し、尚且つ、ザクの120mm榴弾砲や280mm無反動砲を問題なく使用できた。

 

10月、連邦の新型宇宙強襲揚陸艦を追跡していたガルマ・ザビ大佐がシアトルで戦死し、一族から期待されていた使命は失敗に終わった。

ドズル・ザビ中将麾下宇宙攻撃軍のランバ・ラル大尉が宇宙から降下して追撃に当たることになった。ランバ・ラル大尉は粛清されたダイクン派の生き残りでこの作戦への意気込みは容易に想像出来た。

同時期にキャルフォルニア・ベースでグフの大量生産が開始されて実戦配備も始まったが地上のザクを全て置き換えることは出来ず順次、機種転換は進められた。

 

11月、一時はヨーロッパ大陸の端まで追いやった連邦軍に西ヨーロッパの支配権を奪われて地球降下師団は再編成して鉱山基地の本拠地のキエフがある東ヨーロッパ平原を決戦の地と定めた。

ラル隊がガルマ・ザビ大佐の仇討ちに失敗し、新たにキシリア・ザビ少将直下の特務部隊が地球へ降りて来た。

宇宙で開発され重装甲、新型ロケット砲と熱核ホバージェットを搭載した高い機動力の新型の重機動兵器ドムを持参したが官僚主義のマ・クベ大佐と下士官上がりの準士官の特務部隊とは合わないことは誰の目にも明らかだった。

特務部隊は目標の宇宙強襲揚陸艦を沈めることが出来ずにオデッサ攻防戦に突入した。

 

連邦軍内の内通者から連邦軍の主力は西欧に侵攻して来た部隊であり、殆どの戦力は西部戦線に配置された。

所属部隊は本部のあるキエフから500km、クリミア半島の先、黒海の東北の東部戦線に配置されて、グフとザクの混成部隊となり合わせて自機をグフ重装型に換装された。

前線で任務に応じて改造が施されることはあった。

 

グフの機動力に特務部隊のドムの補修部品をマ・クベ大佐の一存で転用してさらなる装甲化と火力の強化を施した。

艦艇の対空機銃の直撃にも耐えられ、1機でも強襲揚陸艦を撃沈出来る火力を、最悪でも刺し違えて航行艦橋を破壊して戦闘継続出来なくすることを期待された。

 

特務部隊が追跡している連邦の強襲揚陸艦は反重力ユニットを搭載し、作戦行動半径の狭い機動兵器を前線まで運搬する。

対拠点用にメガ粒子砲と最前線で単艦で行動出来るように多数の対空機銃を持っていることが分かっている。

搭載している連邦の新型機動兵器は艦砲のメガ粒子砲の小型化に成功して十機以上のザクを撃墜した。

 

アナトリア半島まで特務部隊は追跡したが、連邦の機動兵器との戦闘で戦死者を出して見失った。

敵の軍艦を1隻沈めても戦略レベルでは西部戦線の方が重要だったが、連邦の新型機動兵器に突破口とされるのを嫌った最高司令官のマ・クベ大佐から黒海沿岸には同じ目標とする部隊が幾つも配置された。

ソチ周りでオデッサを目指すならば特務豚よりも先に迎撃出来、ザビ家への忠誠を示すことが出来る。

 

各地で戦闘が開始される中で、東部戦線では大規模な戦闘にはならなかった。

時間が経過する内に目標はバルカン半島から東ヨーロッパ平原に入ったと考えるのが妥当と思えてきた。

結果として、大きな損害を出すことなく背後で味方のHLVの打上げが開始された。

 

部隊は孤立することを避ける為にオデッサへ向かったがクリミア半島で他から撤退した部隊と合流して部隊規模が大きくなりオデッサに入るこを諦めHLVでの脱出を断念した。

ドニエプル川を北上した後、東進して欧州大陸を横断してジオンの地球上のもう一つの拠点北米大陸のキャルフォルニアベースに合流することにした。

 

宇宙移民が進み幹線道路も補修されずに至る所で寸断され、兵站を失い行動を伴にした補給部隊を失えば全滅を意味する。

追撃の敵機甲部隊に機動兵器の姿が増え始め、隊員や物資の消耗は激しくなった。

僅かに点在する都市は連邦側に付いていると考えるのが妥当だった。

撤退の過程でグフ重装型の専用武装は使い切った。

隊員の一人がハウゼン隊の塹壕を思い出してそこへ逃げ込んだ。

 

グフ重装型のフィンガーバルカンなどの専用武装は前線で改造されたものでHLV内で補充出来なかったが、ザクを越える機動力が失われた訳ではなかった。

ザクと共用の武装は殆ど手付かずで庫内に保管され、部下たちの士気も上がった。

 

 

U.C.0080-02-01T12:30+9:00

シベリア ゴミ山

 

ここ数日で雲は最も薄く空が明るかった。

2週間前にHLVの入り口付近まで侵入を許して部隊に死者を出した一件より連邦は再び地雷源の向こう側から定期砲撃を繰り返した。

塹壕の前面に全ての機動兵器を展開させ、機体も半分地面に埋めて時折120㎜榴弾砲を牽制射撃した。

 

この距離ではこちらの榴弾砲も戦闘濃度でのミノフスキー粒子散布下では射程範囲外となるが連邦の無誘導弾も的外れなところに着弾するだけだった。降り積もった雪を吹き飛ばすだけでHLV本体までは到達しない。

連邦が昨日も一昨日もいつものように無意味に大量のロケット弾を撃ち込んでいる時にそれはやって来た。

宇宙で何度も見た目を覆わんばかりの強い光、メガ粒子砲の艦砲だった。

 

衝撃はコクピットまで伝わり、雪煙で視界は閉ざされ、地面は掘り返され機体は何度も吹き飛ばされ自分の体はコクピット内でかき回された。

それが収まったとき、どれ位の時間が経過したのかも分からないが瞬間的に意識が飛んでいた気がした。自己診断機能で機体に異常は見られなかったが、通信ケーブルが切断されて友軍と交信が出来ない。放射線に汚染された雪で視界が全く絶たれていた。

無事だったのは装甲の厚い重機動兵器だからではなく単に運が良かっただけなのかもしれない。これだけの艦砲射撃となると衛星軌道上から考えられ、制空権も連邦に奪われたことになる。

今の砲撃でこちらの武装は散り散りとなり、使えるのは120mm榴弾砲とハードポイントの予備弾倉、マニュピュレータに固定されていたヒートサーベルだけだった。

 

背後で炎が起きた。

爆発の規模からHLVの原子炉が誘爆を起こしているのは間違いなかった。

雪煙の中にメガ粒子砲の軌跡が映った。

先日の侵入事件に来たグフを上回る高い推力を持った連邦の機動兵器に違いなかった。この二ヶ月間、機関砲しか使っていなかったが、あれが特務部隊が追跡していた連邦の新型宇宙強襲揚陸艦に搭載された機動兵器用の小型メガ粒子砲であるのは間違いなかった。

 

厚い雪煙の中で強力なバーニアの炎を目安に着地した付近を狙って120㎜榴弾砲の引き金を引いた。

レーダーも光学照準も無意味なこの状況で当たる訳はなかったが、期待通りに着地するとすぐに連射性能の低い榴弾砲につられてメガ粒子砲が応戦して来た。実態弾と違ってメガ粒子砲のプラズマ化した粒子は装甲に触れた瞬間に融解する、ザクより重装効化したグフとて例外ではない。

艦砲を機動兵器用に小型化したもので装弾数は大したことがないのは容易に想像出来る。弾幕に釣られてエネルギー切れになる筈だった。

 

予備弾倉まで榴弾砲を撃ち尽くしたところで連邦のメガ粒子砲の砲撃が止んだ。榴弾砲を捨ててヒートサーベルを引き抜いた。

ブレードが赤熱して相手の装甲を溶断する今残っている唯一の接近戦武装だった。

雪煙の中に微かな輝きが見えた。今まで何度も見た荷電粒子剣が敵の位置を教えてくれる。方角は分かるが測距機はこの状況下では使い物にならない。後は自分の勘を信じるだけであった。

 

既にHLVを失って後はなかった。

この先の地面がどのような状況になっているのか関係なくスロットルを全力で押し込んだ。

こちらの位置を悟られない為にぎりぎりまでサーベルを相手の死角に構えて、瞬時に最大電力をヒートサーベルに流すと1秒程でヒートサーベルは最大出力で赤熱する。

狙いう箇所は連邦の機動兵器のコクピット、ジオンの機動兵器同様に胸部にある筈で上段から全力で打ち下ろした。手応えは確かにあったが想像した程にサーベルが食い込まない。

コクピットの隔壁が砕けて痛みは一瞬であった。



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カゲトラ・タケダ

ハッテ・サイドのアイランド・イフィッシュ・コロニーの典型的な家庭で育った。

下町の高層住宅に住み、特段に不自由な生活を送ることもなく、高校の成績は良く、両親は大学に進学することを望んだが別のサイドにある士官学校へと進んだ。

コロニーを離れた半年後に開戦し、出身コロニーは緒戦でジオンの毒ガス兵器で全住民が虐殺された。

 

子どもの頃からグループ行動が苦手で、普段の素行は悪くはなかったがすぐに頭に血が昇って前後も分からなくなる程の問題行動を起こすので教師からは目を付けられ、士官学校に進路が決まり地元を離れると分かると大人たちは安堵した。

常に理由のない鬱積した気持ちでいた。特権階級の地球居住者になりたい訳ではなかったが、宇宙居住者以外の者になりたかった。地球圏を自由に往来出来るのは特権階級か軍属だけであった。

故郷を離れてから一度も出身コロニーには帰ることはなかった。

 

連邦政府とジオン公国との緊張は報道もされ周知のことで、開戦前からも武力衝突があってもそれ以上の関心を持つことはなかった。

士官学校でジオンの独立宣言が報じられても教官たちも地球圏統一政府である連邦の10分の1の国力しかないコロニー自治政府に否定的な目で見ていた。

しかし、一週間も経たないうちにジオンは連邦軍のコロニー駐留軍を蹴散らしてジオンの宇宙要塞に近いムーア・サイドは壊滅しハッテ・サイドも甚大な損害を受け、アイランド・イフィッシュ・コロニーは南米大陸の地下にある地球連邦軍大本営ジャブローを攻撃する兵器として中の住民と共に地球へ落とされた。

奇跡的に難を逃れても何処か第三者のように状況を見ていた。士官学校の学生は反ジオンで結束する中でもグループに属することもなく教本通りの生活を続けた。

 

ルウム戦役で連合艦隊が壊滅させられてもどうにか続けられて来た初等訓練は初年度の終了を目前にして繰り上がり卒業が決まった。

連邦軍が想定していた艦隊戦に対してジオンが開発した頭頂高18mの人型機動兵器の前に各地で敗北を繰り返して兵力不足に陥いり、制宙権部の殆どを失って地球上への降下を許して地球圏全てに戦線を広げた。

配属先が決まった者から順次に士官学校を後にした。どんなに戦果を上げて宇宙居住者が地球居住者になれる訳でもないのに全員が反ジオン、反ザビ家を叫んで前線へと赴いた。

 

そろそろ自分の順番と思われた時、士官学校でシミュレータによる適性試験を受けた。

教本通りに操作することは得意で、子どもの頃も体育よりも数学の授業の方が好きで理詰めで考えれば高得点を出すことは難しく、結果は学年でも上位に位置した。

場所を外世界から隔絶された軍の施設に移して訓練は続けられ、それがV作戦の一環として行われたパイロット候補生の選抜であることを配属が決定した後に伝えられた。

 

連邦軍は地球圏の総人口100億の半分の死者を出し、各地でジオンの機動兵器に連敗を繰り返して戦死者を積み重ねてから数ヶ月、それまで存在しないとされて来た機動兵器の開発に成功していた。

ジオン公国から最も遠く、まだ一つのコロニーしか存在しない新興のノア・サイドに連邦軍の試験の機動兵器が持ち込まれてシミュレータが制作され、試験機のデータを元に各地の秘密工場では生産型機動兵器の生産が続けられて準備が整い次第ジオンへの一大攻勢をかける予定となっていた。

 

12月、地球上での最大反抗のオデッサ作戦でジオンの地球上の最大拠点キエフの奪還に成功した報を受けてケンペン機械化中隊への配属が決定して地球へと降下した。

 

 

U.C.0080-01-02T07:55+9:00

シベリア ヤクーツク付近

 

宇宙ではジオン公国との決戦に勝利はしたが、ジオンを遥かに凌駕する戦力を準備しても最高司令官のレビル将軍とティアンム提督が戦死した。それでも勝利には変わりはなかった。

通例なら士官学校の卒業式には将官が列席するものだが、繰上げ卒業にはそんなこともなく面識もない軍幹部の戦死に何の感慨はなかった。

そして、ここでは未だにゴミ山の戦力を把握できずにいる。

 

連邦軍初の生産型機動兵器ジムから先行試験機のガンダムに乗り換えての初の実戦だった。

手探りで始まった連邦の機動兵器開発は最初に生産効率を無視した先行試験機を作成することで生産型へと落とし込んだ。

コクピットは先端技術を研究するオーガスタ研究所でジムと同一に換装され操縦方法は同一だが、中身は設計思想から異なると説明された。

10倍以上の製造コスト、大出力の原子炉と貴重材料をふんだんに使うことでガンダムはジムよりも自重が重いにも関わらずこの豪雪地帯でも機動力を失わず、ロケットエンジンの推力も高い。ジオンの主力機動兵器ザクの主兵装120mm榴弾砲の直撃にも耐えられる装甲を持っていた。

しかし、その能力を活かせずに1機の撃墜出来ずに味方に損害を出した。

 

氷点下の外気でも移動作戦指揮車両ビッグトレーの中は通常軍服でも生活出来る。

中佐の命令でビッグトレーの原子炉はフル稼働し、国際条約で禁止されているABC兵器にも対応出来るように機密性も高かった。実際にオデッサ作戦では失敗したがジオン軍地球降下部隊最高指揮官マ・クベ大佐は連邦に対して熱核弾頭を使用した。

 

中隊長の個室と言え装甲が剥き出しの狭い個室で、それ以外は士官、下士官関係なく二段ベットだけがプライベートな空間だった。

難しい表情のアルベルト・ケンペン中佐と向かい合いロドリゴ伍長の戦死を報告した。既にビッグトレーに無線が繋がる距離まで帰還したときに伝えた内容と同じことを口頭で繰り返しているだけだった。

地球居住者のケンペン中佐はただ頷いただけで終了した。

 

日の出までまだ時間があったが誰も一睡もしていない。

小隊の仲間が戦死したのに、ちょっと高性能なテレビゲームのような感覚しかなかった。次、自分の順番かもしれないのにまともな思考回路を維持出来ていないのかもしれない。

 

 

U.C.0080-01-14T03:35+9:00

シベリア ゴミ山

 

突然、中佐からロドリゴの戦死から定時勤務のように続けられて来た安全圏からのロケット攻撃からゴミ山への電撃作戦を提案されて、すぐに実行された。

誰しも思ったことだが、上官の命令に従った結果が今の状況である。

 

自機とケンジントン少尉のガンダム2機を重量を出来るだけ軽くする為に軽武装にしてK点の向こう側にある地雷原をロケットブースターで一気に飛び越えてゴミ山内部への進入路を探索した。

地雷原を超える推力を持たないジムはロケット砲で残党の機動兵器を足止めすることになった。

しかし、ジオンの未知の機動兵器トラノコと交戦中にケンジントン少尉のガンダムと散り散りになったところを別角度から出現したザクに砲撃されてケンジントン少尉のガンダムは崖下へと滑落した。

 

目の前でケンジントン少尉が滑落してもトラノコを振り切れず、120㎜榴弾砲が自機のすぐ近くに着弾した。

ガンダムの90mm機関砲はザクの主兵装より口径は小さいが高速で貫通力も高い。ザクの装甲なら簡単に貫通し、原子炉に直撃出来れば一発でも撃破することも出来る。トラノコ相手では一発で爆発させることは難しいし、連写性能が優れている分、無駄弾を使えばすぐに撃ち尽くしてしまう。

 

「少尉!ワイヤー」

雑音混じりの無線からケンジントン少尉の叫び声が聞こえた。

崖下では横転しているケンジントン少尉のガンダムにヒートホークを持つザクが近く付くのが見えた。

考えるよりも先にスロットルレバーを一気に押し込んだ。機体のすぐ傍を榴弾砲が掠め、直撃を受けなかったのは奇跡のようなものだった。

最大出力のロケットブースターで崖を真っ逆さまに落ちるように接近して荷電粒子剣を引き抜くと先端から掃き出されるプラズマ化した粒子はザクのコクピットをシチューのようにどろどろに溶かした。

死角からザクの反応速度を超える速度で近づいた分、荷電粒子剣はザクを両断して、さらに内部の原子炉にまで到達して巨大な爆炎を上げた。

しかし、再びトラノコがケンジントン少尉のガンダムとの間に割って入る。

 

「撤退しろ」

無線からアントノフ少尉の声が響いた。

トラノコを振り切ろうと必死で地雷原を越えられないジムがどうして無線の範囲に居るのか考えられなかった。

傍に居たイリヤ・ハルキウ伍長のジムのコクピットが爆発した。ゴミ山のあちらこちらからザクが次々と湧いて出てきた。

直立したままコクピットが空洞となったハルキウ伍長の機体を放置してアントノフ少尉のジムが撤退した。それを確認すると残っている弾数をフルオートにしてばらまくとフルスロットルでゴミ山から撤退した。

 

 

ジオンの残党はK点の向こう側に張り巡らされたワイヤーに引っかかった敵だけを叩いていた。

原始的な方法だがワイヤーは東シベリア中に落下した熱圏で崩壊した放射線に汚染されたコロニーの残骸と電波妨害を起こすミノフスキー粒子で機動兵器からは確認する手段はない。

 

翌日、再び中佐から作戦司令室に召集され、指揮権がジャブローへと移されたことを伝えられ、中佐は自室に閉じ籠った。

 

ジャブローから新たな作戦の指示が届き準備が開始された。

ジオンとの終戦協定も締結され世の中の関心は戦後に移り始め、潰せるジオンの残存勢力は早期に潰したいが味方の損耗が大きくなると世論が騒ぎ始める。

危険なK点に陸戦部隊を投入するのではなく宇宙軍所属の地球軌道艦隊を低軌道まで下ろして艦砲射撃で殲滅することを決めた。

 

地球軌道艦隊を支援する為に陸路でロケット弾が大量に持ち込まれた。

軍事衛星は戦争で全て消失しミノフスキー粒子が散布された戦場ではレーザー誘導もままならない。ロケット弾の爆炎を頼りに衛星軌道上から光学照準でゴミ山を狙撃することになった。

白兵戦は予定に入っていなかったが中古のビームライフルも補充され、ジャブローが指揮することで優先的に軍備品が回された。

今までトラノコと仮称して来たジオンの未知の機動兵器は欧州戦線で僅かに生産されたザクの後継機グフの派生の重装型であることが判明した。基本性能はグフと同等で前線で近接戦闘用の武装の強化された。シュミュレーションの結果、中長距離ではガンダムの方が有利との結果も出ている。

しかし、計画が決まった時から天候は再び厚い雲に覆われた。

 

 

U.C.0080-02-01T12:45+9:00

シベリア ゴミ山

 

時間にしてみれば僅かな筈で衛星軌道上からの砲撃可能な時間は数分だった。

轟音とともに空から降り注いだ光の柱は消え去り、デブリの衝突に耐えられる厚さ30mのコロニーの外壁をも破壊する艦砲射撃で出来た雪煙の柱が高々度まで立ち昇る。間近で見るのは初めてだが全長200mの巡洋艦の原子炉が作り出す能力は機動兵器の比じゃなかった。

ロケット砲を担いだままワシントン中尉、アントノフ少尉と呆然とその結果を見つめていた。

この状況でジオンに生存者が居るとは思えなかった。

これで終わりになる筈だった。

 

すぐに前後不覚になることで故郷に居られず遠く離れた士官学校へと行くことになった。気が付けばロケット砲を捨ててスロットルレバーを押し込んだ。

雪が舞い上がり機体は雪煙の中へ突入した。

ワシントン中尉やアントノフ少尉の声が聞こえていたのは一瞬だった。

 

舞い上がった雪煙で画面はホワイトアウトし、クレーターの中の状況は分からないのにゴミ山まで一気に飛び越える。

ミノフスキー粒子と雪が混ざり合い無線からは耳がおかしくなるような音がしてスイッチを切り、乱気流で水平感覚は失われコクピットの中は警告音が鳴り響き、自律航行装置だけを頼りに着地した。

 

逆噴射をかけてゴミ山の麓に着地したつもりだが明らかに感触が違った。

ゴミ山を守っていた雪や残骸は艦砲で吹き飛ばされ機体は塹壕の隔壁を破って、おそらくは格納庫と思われた。

天井の高さもちょうど機動兵器と同じになるように作られていたが、全て出払っているのか空となっていた。

その後、何が起きたのかはっきりと覚えていない。

庫内の足場に人影が見えて、おそらくジオンの歩兵で武器のようなものを持ったと認識した時には、人が携行できるような武器で機動兵器に損傷を与えられるのか分からないが、60mm機関砲の引き金を引いていた。

砲弾は庫内で跳弾を繰り返し火花が飛び散り硝煙が埋め、フルバーストで10秒も経たない内に全弾を撃ち尽くして轟音は止んだ。

 

再びロケットエンジンに点火して機体が宙に浮かび上がった時、ハードポイントからビームライフルを外して引き金を引いた。

銃口からプラズマ化したミノフスキー粒子が放たれ、それはゴミ山を崩壊させた艦砲程ではないが、それでも莫大なエネルギーを持ってHLVの隔壁を溶融した。

 

庫内から離脱しながらも何度もライフルの引き金を引いた。

ビームはガンダムが落下したときに破壊したHLVの外装から内部隔壁を貫通して原子炉まで達してHLVが巨大な炎に包まれる。

 

次の瞬間、雪煙の中から砲弾の光が掠めた。

未だ雪煙が充満して敵の姿を視認出来なかったがトラノコだと直感した。ブースターの炎を手がかりに無駄弾を撃っている筈だった。

近接武器がメインのグフに対しては距離を保てば優位な筈だった。

 

雪煙の中で姿の見えないトラノコの120㎜榴弾砲の光線が幾筋も走りビームライフルを応射するがミノフスキー粒子は手応えなく煙の中に消えていく。

しかも相手の弾幕が続いているにも関わらず警告音と共にライフルに充填されたミノフスキー粒子が底尽きた。

ビームライフルをその場に捨てて荷電粒子剣を抜いた。プラズマ粒子が掃き出され例え60mm機関砲の直撃にも耐えるグフの装甲でも溶解出来た。

 

トラノコの弾幕が止み、姿が見えないのは同じな筈だった。

突然、画面に光の筋が映り込んだ。赤熱したトラノコのヒートサーベルが次の瞬間、衝撃とともにグラスコクピットが砕けた。

 

この陸戦型ガンダムのコクピット周りは放射線に汚染された残骸から守る為に通常の機動兵器よりも装甲化されている。

トラノコの渾身の一撃は1次装甲は完全に砕いて2次装甲まで達して、押し出された3次装甲がコクピットのコンソールを砕いて身動きが取れない状態になった。

そこで自分の意識は事切れていた。

トラノコの全体重を乗せた直撃にもガンダムは装甲こそ破壊されたが大量の貴重素材を使われた機体は直立を維持し、トラノコは自重に耐えられずマニュピュレータは砕け散り上半身にめり込んでコクピットはひしゃげて敵のパイロットは圧死した。

 

どれくらいの時間が経過してから意識が回復したのか分からないが、それからは夢現の中で居た。

パイロットスーツの生命維持装置のおかげで氷点下の中でも奇跡的に軽症で済んだ。コクピットが歪んでハッチの開閉はおろか、緊急脱出装置も使えない中で凍傷や低体温症で死んでもおかしく、重なり合う二体の機動兵器のどちらかの原子炉でも爆発していたら肉片も残さずに吹き飛んでいた。

 

かなりの時間が経過した後、救助隊によって後方の病院へ運ばれた。

ロドリゴ伍長やイリヤ伍長、ケンジントン少尉と比べてかなり幸運の持ち主だと思う。

 

ハバロフスクの病院で軍警察がやって来て尋問を受けた。

容疑は不必要な戦闘で最高機密のガンダムを大破させたことだった。

国家反逆罪で銃殺刑となっても良かったが、素直に尋問に応じた。

 

ガンダムはケンジントン少尉と違いコクピット周りの装甲に甚大な損傷を受けたが脊椎回路は免れたことで爆発を避けられ、エンジンを掛け直せば自力で歩くことも可能だった。

しかし、コクピット以外は生産型とは全く別規格で造られた先行試験機をベースにオーガスタがデータ収集目的に評価用の部品で組み上げられた機体の為、修理には莫大な費用が掛かると見積もられた。

例え戦線復帰したとしてもジムと殆ど部品を共用出来ない機体は維持費と対価が見合わないと判断されすぐに廃棄が決まった。

 

オーガスタ基地からは当初より修理不可能なことは想定済みで機体と戦闘データだけ回収したら何も言って来なかった。

中佐も尋問に対して一貫してジャブローからの命令以外は何も知らないと答えている。

状況証拠で命令違反を問われるような事例ではなかった。

 

軍警察から軍法会議に訴追するには証拠不十分だが非名誉除隊を勧告された。

宇宙出身者に地球の居住権はなく、退院と同時に小隊のメンバーと会うこともなく軍警察に連行されるように宇宙港へ連れていかれ宇宙行きのシャトルへ詰め込まれた。

 



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ウォーリー・ワシントン

欧州機甲部隊出身で機動兵器のパイロットの地球連邦軍士官。

北米大陸の東海岸に生まれ、地球の居住権を持ち、父親は地球連邦政府議会の投票権を持つ保守系の政治家である。北米大陸は軍事拠点も多く、強制移住を拒否した不法居住者も多くかなりの数の街が残っていた。

父親の推薦状を持って士官学校へ進み、同じ地球出身者の間でも一目を置かれた。

 

一年戦争開戦前夜は欧州で連邦軍主力戦車61式の砲手を担当していた。

主力戦車は砲手兼車長と操縦手で運用し150mm主砲を2門持ち、宇宙での反政府運動のことはあっても地球圏を統一した連邦政府に対抗する存在はなく必要十分な能力であった。

 

地球駐留部隊には仮想敵もなく、月の裏側でのジオンの武装蜂起も他人事で、それ以前に軍幹部のエイブラハム・レビル中将が頻繁に宇宙へ上がっていることに誰も興味を持たなかった。

ジオンの総帥ギレン・ザビの宣戦布告を開始にザーン・サイドが核攻撃を受け、ムーア・サイドが壊滅し、ハッテ・サイドの数百億tにもなるコロニーが質量兵器として地球落下軌道へと移動され、それは地球軌道艦隊の必死の抵抗により大本営ジャブローへの落下は阻止されたが最大破片はシドニーに落下して蒸発させた。

連合艦隊はルウム・サイド近海でジオン艦隊と激突し機動兵器の前に壊滅し、ルウム・サイドにも戦火が広がり全住民がサイドを放棄するに至った。

 

南米大陸の岩盤の下に造られた核攻撃にも耐えられる地下都市にある地球連邦軍大本営ジャブローのシェルターも核爆弾数千発に相当するコロニー落としには無力なことは軍幹部も承知していた。

地球軌道艦隊は第2のアイランド・イフィッシュ・コロニーを警戒したが、ジオンが投入した人型機動兵器の前に国力が10分の1のジオンに制宙権の殆どを奪われて、月の裏側から地球低軌道までジオンの地球降下部隊の移動を許し、地球降下に使われた無武装の大型往還機HLVを迎撃することすら出来なかった。

連邦軍機甲師団はジオンの降下地点を地上拠点のあるバイコヌールと定めて地上での迎撃を決めたが、機動兵器の前に阻止出来ずキエフまで進軍を許した。

その後も機甲部隊は大打撃を受けて欧州の殆どの地域から撤退を余儀なくされ、イベリア半島まで戦線は後退した。

連邦軍は物量では圧倒していたが、61式の150mm滑腔砲は威力はあるがミノフスキー粒子の散布下では誘導装置もデータリンクも使えず機動兵器に当てることすら出来なかった。

 

戦線は北米大陸でジオンの首魁ザビ家の構成員の一人ガルマ・ザビを戦死に追い詰めて絶好の機会に、ユーラシア大陸全土から戦力を結集してジオンの地球上での一大拠点の鉱山基地を奪還するオデッサ作戦の直前に前線を離れてジャブローへの辞令が降りた。

一時期、ジオンの捕虜となり特殊部隊によって救出されたレビル将軍が指揮していること以外は最高機密となっていた。

 

ジャブローで疎開していた家族と誰一人欠けることなく再会した。

戦時中は通信手段も滞り、家族全員が揃うのは開戦以来だった。

ジオンの第2次降下部隊の目標が宇宙拠点ケープ・カナベラルとなると予想して一早く北米を脱出してジャブローの核シェルターには多くの政治家達が避難した。父も連邦議会で軍に有利に取り計らうことでシェルターに入ることを許された。

ニューヤークもサンフランシスコもジオンの支配下であり、ジオンの機動兵器の前に大量の砲弾を降らせて東海岸は焦土と化した。

南米大陸もジオンの定期爆撃があるが通常兵器でジャブローの核シェルターを突破することなんて出来なかった。

父は軍部の影響力が上がる事を懸念したが連邦政府は多くの文官を失いジオンに対抗する手段がなかった。

 

家族団欒を愉しむゆとりもなく直に機動兵器への転換訓練が開始された。

V作戦は試験型機動兵器ガンダムと機動兵器運用能力のあるペガサス級宇宙強襲揚陸艦を使用して機動兵器の大量生産方法と運用方法を確立する作戦だった。

既に宇宙では実地試験用の機体で史上初の機動兵器同士の戦闘が行われ、実験部隊はその後、オデッサ作戦へと参加した。そのデータは即座にジャブローへと運ばれ、ジャブローの工廠では連邦軍初の生産型機動兵器ジムが昼夜敢行で大量生産されていた。

機動兵器が実用化されれば戦車隊は日陰者になることは欧州戦線での戦闘を見て理解出来、オデッサ作戦ではジオンの機動兵器に戦闘力で劣る機甲師団を物量で投入した結果、損耗率は5割を越え、原隊に残っていたら戦死していてもおかしくなかった。

 

シミュレーターでの訓練が開始され、連邦軍が総力を掛けただけあってロールアウトした時点で基本的な動きは既に教育型コンピューターに学習されていた。

汎用性も高く徹甲弾からロケット砲、メガ粒子砲まで一人で運用することが出来た。

 

 

12月、極東ハバロフスクに到着した。

ロールアウトしたばかりの新品のジム2個小隊6機を搭載した大気圏大型輸送機ミディアで赤道付近のジャブローから制空権を奪還したばかりの太平洋を越えて凍てつく滑走路に降り立った。

各拠点から集められた俺以外のメンバーは実戦経験がない新兵ばかりで半分は宇宙居住者だった。北米大陸から転属して来た上官のアルベルト・ケンペン中佐も目立った戦績を上げていない。

 

冬はこれから厳しくなるがハバロフスクは好天に恵まれることは多い。

地球上でのジオンの一大拠点オデッサが陥落したことで主戦場が宇宙へと移り、連邦軍を主導している幹部のレビル将軍とティアンム提督は宇宙へと上がった。

残る地上の拠点の北米大陸キャルフォルニアもジャブローの地下工廠での戦力が整い次第反抗作戦が行われ、それに先んじて極東で残党の掃討作戦が開始された。

極東はオデッサから撤退したジオン残党の拠点ラサが多大な戦死者を出しつつも陥落して大規模作戦を行う能力を失いゲリラ戦闘を残すのみだった。

 

 

U.C.0080-01-02T01:45+9:00

シベリア ヤクーツク付近

 

国際協定時間の昼過ぎに行われた連邦軍とジオンとの休戦協定の調印式から数時間、現地時間で深夜の行軍だった。

ヤクーツクはハバロフスクの好天が嘘のような横殴りの吹雪の中で半径100km圏内には拠点となる移動作戦指揮車両ビッグトレーとゴミ山と呼称しているジオン残党の塹壕以外に生命反応はなく暗視モードの画面に僚機が僅かに映る程度だった。

採算を度外視した高性能な試験機ガンダムに搭乗する宇宙居住者のタケダ少尉の小隊がゴミ山正面から、生産型機動兵器の自隊が針葉樹林帯を大きく迂回して側面から塹壕から出てきた残党の機動兵器部隊に打撃を与える二面作戦だった。

 

ゴミ山はその名前の如く戦争残骸を積み上げた人工の丘陵でさらにその上に厚い雪の層が降り積もっていた。ゴミ山攻略を開始してから一ヶ月、中隊の火力では塹壕を吹き飛ばすことが出来ず、ジオンの未知の機動兵器トラノコの抵抗もあり敵戦力の規模も未だに把握できずに居た。

アントノフ少尉のジムが荷電粒子剣で進行方向に立ちはだかる機動兵器と変わらない背丈の大木を数本切り倒したところで戻って来て電波障害の影響を受けない機体の振動を利用した接触回線でとても作戦には間に合わないことを伝えた。

ゴミ山の周りはジオンの地雷源をK点と設定して、ゴミ山へ近づけるルートは限られている。

 

タケダ少尉が侵攻するルートが最もゴミ山へ近づけるが残党もそんなこと分かっていることで最も敵の反攻を受ける。

新しいルートを開拓することは優先事項ではあったが、戦争で軍事衛星を全て失い自律航行装置だけが頼りの中でルート開拓は実際に自分の足で確かめないといけなかった。直線距離では僅かだが、その先が機動兵器が通過出来る空間がなければこの吹雪で機体を放棄することになると生死に関わる。

既に戦闘が開始されている時間で、ミノフスキー粒子が散布されれば電波障害で連絡を取ることは不可能で、撤退を決めた。

アントノフ少尉は何かを言いかけて口を噤んだ、先から後ろに控えているハルキウ伍長に至っては復唱以外の声を聞いたことがない。

 

数日前に高性能兵器を研究しているオーガスタ研究所から送られて来たガンダムが中佐の命令で階級も下の新米士官に充てがわれた。

中佐は必要以上のことは何も言わない、部隊の中でも不信感が増大していた。

目標に到達することも出来ずに帰還すると部隊からの初の戦死者が出たことを知った。

 

 

ジャブローは再三によるゴミ山攻略の失敗に対して危険なK点の内側に機動兵器を侵入させて攻略することを諦め艦砲射撃で殲滅させることにした。

巡洋艦の主砲はデブリの衝突にも耐えられる厚さ30mになる宇宙コロニーの外壁すら貫通することが出来る。ルウム戦役では機動兵器の運動性能の前に当てることさえ難しかったが、直撃することが出来れば原子炉の出力は機動兵器の比ではなかった。

陸軍の作戦に宇宙軍の艦隊を戦争で発生した主砲の射程圏内となるデブリの除去の進んでいない危険な地球低軌道まで降下させることを意味した。

 

雪が小康状態となり大量のロケット弾とガンダムにメガ粒子砲が補充された。

中佐は明らかな仮病を理由に自室に閉じ籠り代筆で受領書にサインし、中佐が現場不在でも特段に問題にならなかった。

ゴミ山周辺は電波障害でレーダー誘導は使えず、ロケット弾の爆炎を頼りに宇宙艦隊は衛星軌道上から光学照準でゴミ山を砲撃する。メガ粒子砲はもし敵機動兵器を撃ち漏らした時の保険だが原子炉の出力が低い生産型のジムでは使えない武装である。

雲間から明るさが見え始めたとき作戦が決行された。

 

 

衛星軌道上からの地球軌道艦隊の艦砲射撃は数分間の間、轟音と強烈な光の柱が続き、高々度まで雪煙を立ち上った。

その巨大な雪煙の中へガンダムが突っ込んで行くのをアントノフ少尉と呆然と見送った。雪煙の中がクレーターとなっていたら機体は真っ逆さまに落下して終わりである。

その後、雪煙の中で巨大な爆発が起きたがそれを外から確認する手段はなかった。

 

24時間以上経過し、雪煙が落ち着いてどうにか視界を確保出来るレベルとなりジャブローとオーガスタ基地が用意した救援隊がクレーター内の捜索を開始した。

撃ち漏らした敵が残っていないかアントノフ少尉と見張りを続けている間も必要最低限の会話しかしなかった。

 

クレーターとなったゴミ山にジオン残党の生存者は発見されなかった。

中心部にHLVの残骸があり、被害の規模からこれの原子炉が爆発したと思われる。

ガンダムのレコーダーを解析すれば判明することだが、オーガスタ基地からの救援隊はタケダ少尉のガンダムをHLVの近くで発見するとレコーダーを回収して撤収した。

 

ガンダムはグフに覆い被されながらも直立し、ヒートサーベルがコクピットの装甲の途中まで突き刺さっていた。

衝撃でコクピットは歪み、ハッチを開けるどころか緊急脱出装置すら使えない状況だったが、宇宙対応のパイロットスーツの生命維持装置に電源を供給する内蔵バッテリーが上がる前に救出出来たのが生死を分けた。

ジャブローの部隊はタケダ少尉をハバロフスクへ移送するとともにガンダムを回収して撤収した。

グフのパイロットは渾身の力で上段からヒートサーベルを振り下ろしたことでジムのコクピットブッロクならばパイロットごと両断されたのだが、ガンダムの優秀なオートバランサーはその直撃にも踏ん張り、グフのマニュピレーターはその衝撃に耐えられず関節で折れた上に逃げ場を失った力はグフのコクピットにめり込んで元の形も分からない程にパイロットを圧死させた。

 

一応のクレーターでの探索も終わり、漸くビッグトレーに帰還したときケンペン中佐は左遷されて既に去った後だった。

タケダ少尉のガンダムは脊椎回路への損傷は免れたが、補修部品が殆どないワンオフの陸戦型ガンダム修理して戦線復帰させることは不可能と判断された。

ロドリゴ・マニラ伍長とイリヤ・ハルキウ伍長の遺体は艦砲射撃の圏内で僅かな残骸も残さずに木端微塵となった。

 

 

ケンペン中佐が左遷後は、代理中隊長となり無傷の自分とイゴーリ少尉のジム2機だけでヤクーツク郊外の半径数百Kmを哨戒の任務が続いた。

この付近のジオン残党は一掃されて、この無口な宇宙居住者と大本営の興味を失った無意味な時間を過ごした。

訓練と称しては森の中を機動兵器で散歩し、哨戒と称しては森の中を散歩する日々が続いた。

 

戦後、数ヶ月も経つと通信状況は劇的に改善した。

終戦を迎えて、すぐに地球連邦政府首都ダカールの建設が始まり家族は移住することになった。これ以上、日の当たらない核シェルターに住む必要もなく、北米大陸の東海岸の我が家は戦争で荒地と化して諦めざるを得なかった。

これ以降は家族と頻繁に連絡を取れるようになった。

 

名誉除隊の権利を得るまで極東での任務に耐えた。

軍歴を持つ政治家にとって名誉除隊章は以後の政治活動にとっては重要な経歴でそれは政治家に転身したゴップ大将も同様だった。

一年近くも経って新しい辞令が届き、アントノフ少尉は東南アジアへ自分は日本へ転属となって散り散りとなった。

 

二年後、既に名誉除隊の資格を得ていたが、デラーズ紛争が勃発した。

ゴミ山とは比較にならない規模のジオン残党デラーズ艦隊がオーストラリア大陸のトリントン基地から核弾頭を強奪して海賊放送で犯行声明を出した。

宇宙居住者にはコロニー事故と報道されたが宇宙要塞ソロモンでの連邦宇宙軍の観艦式でビンソン計画で再生させた宇宙軍の艦隊の半分を失い、北米大陸の穀倉地帯にコロニーが落とされた。

一年戦争でコーンベルト、今回の事件でブレッドベルトが壊滅的な被害を受け、北米大陸は大規模な農業生産能力を失った。

通じて地球居住者の多い日本を離れることはなく観艦式にも戦闘に巻き込まれることもなかった。東海岸の生家もコロニー落としの被害を受けたが、今は誰も住んでおらず、家族は全員がダカールへと移住して人的被害は免れた。

 

翌年、事態を収拾したジャミトフ・ハイマン准将が政敵のジョン・コーウェン中将を更迭して連邦軍を掌握した。

父はハイマン准将を警戒したが、デラーズ紛争を通して文民の父は蚊帳の外に置かれ、政治家の中には表向きにはハイマンと協調しても心の中では快く思っていない者は多かった。

 

ハイマン准将は右腕とされるバスク・オム大佐を実行部隊のトップにしてジオンの残党狩りを目的とした精鋭部隊ティターンズを創設した。

地球居住者の士官は優先的にティターンズへの移動が認められ、ティターンズの制服も別途支給され、階級はそのままに2階級上の待遇を得られた。

 

地球連邦軍はジオンと言う共通の敵を持っているだけの雑多な集団であったが、ここは同じ地球居住者が集まって居心地は良かった。

地球連邦軍は急速にティターンズに染められて宇宙ではペガサス級宇宙強襲揚陸艦の思想を反映した新型のアレキサンドリア級宇宙巡洋艦が就役した。

機動兵器もジオンの技術を接収して次期主力機動兵器ハイザックが正式配備されると旧式のジムも全天周囲モニターにサブセンサーを搭載したジムツーに近代化改装された。

 

連邦政府議員の父の口利きで連邦政府首都ダカール防衛の任に就いた。

ティターンズと言うだけで運転手付きとなったが、危うさも感じていた。危険を察知する勘で今まで生き延びてきた。

ティターンズ独力で新型の機動兵器開発が始まり、地球からV作戦で使われたノア・サイドの首都コロニーのグリーン・ノアに試験機が運ばれた。

連邦軍内部に反ティターンズの武装勢力が公然と活動を始めた。

カラバはとても委ねられるような団体ではないが、反ティターンズの扇動者として軟禁されていたブレックス・フォーラ准将が脱走した。

状況が最高潮の間に除隊するに限った。



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エピ・ローグ

月の裏側の最大の都市グラナダは月の裏側のラグランジュ点にあるジオン公国との間に何の遮蔽物もなく、緒戦こそ都市近郊で海戦が行われたがジオンに無血制圧され、その後はジオン国外の最大の拠点として戦災に晒されることもなく、最終的には地球連邦政府とジオン公国との休戦協定の舞台となった。

戦後は地球圏の総人口の半減したにも関わらず復興事業で宇宙圏の軍事、工業、政治の中枢として活況に沸いていた。

 

地球のような大気を持たない月では都市は有害な宇宙線や飛来する天体が地表にまで到達し、街を守る為に地下へと広がる。

すり鉢状に掘られた巨大な穴に円盤状の人工重力施設が幾層も分かれる。

最上層部は宇宙港となっており弱重力ブロックの港湾施設には地球圏最大規模の乾ドックがある。

上層部からは地球の6分の1の重力しか持たない月面でも宇宙コロニーと同様に人工重力で地球上と同じ生活が出来る。

コロニーでは天井までが6000mあるのに対して月面都市は一つ上の層の天井から人工太陽灯が吊るされ、自転周期が約一ヶ月で月面では二週間置きに昼と夜を繰り返すが、都市内は月面中に張り巡らされた太陽光発電パネルと送電ケーブルで国際協定時間に合わせて照らしていた。

ここには議事堂や公園などの公共の施設が整備され、有名な商店や飲食店も立ち並び平日でも宇宙港や下位層との人の往来が多い。

中層は居住区となっており、殆どの住民は集合住宅で暮らしている。

最下層は上層で発生した廃棄物が重力に従って降りて、スクラップや土砂が集積した区画となっている。

 

宇宙港にも近い緑に覆われた大きな公園は市民の憩いの場であると同時に炭素を固定化させる目的もある。

公園の入り口にあるカフェのテラス席は休日もあり余暇を楽しむ大勢の人で埋まっていた。

イーゴリ・アントノフはジャンパーにデニムのラフな恰好で独りテラス席に座り、腕時計に目をやると同時に背広姿のカゲトラ・タケダが傍に立っていることに気付く。

何も言わずに立ち上がると二人は公園の遊歩道へと向かった。

 

広大な公園であり奥へと進むとすれ違う人もまばらになる。

数日前に地球で除隊となって以来のカゲトラ・タケダから連絡があった。自分の連絡先は予備役リストに登録されており、今のカゲトラは軍の名簿にアクセス出来る立場にあることが想像できた。

ゴミ山攻略後もウォーリー・ワシントン中尉とシベリアのヤクーツク近くの地名もない移動作戦指揮車両ビッグ・トレーに留められ、上官のアルベルト・ケンペン中佐が左遷されてワシントン中尉が代理指揮官となり数カ月間、2機の機動兵器だけで半径数百Kmの範囲のジオン残党の捜索を行ったが敵と遭遇することは一度もなかった。

やがて中隊は正式に解体されてワシントン中尉とは別々にフィリピン、インドネシアなど東南アジアの部隊を短い期間に転々とした。

何処でも地球の部隊は地球出身者が多く、宇宙出身者は敵国者扱いな上に最後まで地球の気候にも慣れずに除隊した。

 

名誉除隊となるには軍歴が短く地球居住権を得られず、故郷は戦争中にジオンの核ミサイルで消滅して、職を求めて月へと流れて来た。

ここグラナダと軍事拠点がある近隣の衛星都市アンマンは軍隊時代に取得した重機の免許を必要とする宇宙港の建設現場の需要が豊富にあり、大勢の除隊者が流れ着いて生活費を稼いでいた。

 

除隊した翌年に嘗てルウム・サイドと呼ばれていた暗礁宙域を拠点にしていたジオン残党によるデラーズ紛争が勃発した。

連邦軍が鹵獲したジオンの宇宙要塞ソロモンであった観艦式に参加した連邦軍艦艇の半数がデラーズ艦隊に沈められ多数の犠牲者を出した。

それでも連邦軍戦力はデラーズ艦隊を上回り殲滅に成功した。

その事後処理を担当したジャミトフ・ハイマン准将が軍を掌握し、地球居住者を中心としたジオンの残党狩り部隊を目的とした特務部隊ティターンズが組織された。

艦隊旗艦であったマゼラン級宇宙戦艦の後継機として建造されたバーミンガム級宇宙戦艦が機動兵器に沈められたことで、機動兵器の重要度はさらに高まった。

 

グラナダの宇宙港に隣接するアナハイム・エレクトロニクス社のドックではジオンから接収した技術とV作戦の実績から本格的な機動兵器運用能力を持つアレキサンドリア級宇宙巡洋艦が順次建造され、アレキサンドリア級1番艦はティターンズ艦隊の旗艦でもあった。

同時に戦中にビンソン計画で建造された多くの現有のサラミス級巡洋艦の艦内武器庫を撤去して機動兵器ハンガーとカタパルトを増設する近代化工事も請け負ってドックを拡張する程に潤っていた。

 

アナハイム・エレクトロニクス社はグラナダの裏側、月面の地球側にあるグラナダと並ぶ巨大都市フォン・ブラウン市を拠点とするスプーンから軍艦まで製造する複合企業である。

フォン・ブラウン市は静かの海にあり、宇宙開発初期に採掘ロボットが掘り出した建築資材に必要な鉱物を月の衛星軌道上に打ち上げる電磁カタパルトが設置されたことに始まり、宇宙開発の規模拡大とともに月面最初の恒久都市となった。

アナハイム社の国家規模の死の商人とも揶揄される程の影響力を持ち、グラナダと同様に戦争中もジオンは手出ししなかった。

 

ジオンの脅威がなくなった今、艦艇を重力の井戸の底にある地球の核シェルター内の工廠に下ろす必要もなく弱重力の月面の方がコストが安くアナハイム社はその大部分を請け負った。

さらに戦争末期から研究が進められていた全天周囲モニターをアナハイム社は実用化に成功し、宇宙要塞ルナツーでティターンズ用の次期主力機動兵器ハイザックにも搭載された。

フォン・ブラウンの工場でも戦争中に製造された死角の多い機動兵器を全天周囲モニターに換装してジムツーに近代化改修が行われ、月面に潤沢な資金を落とした。

 

今、働いているアンマンのドックではアナハイム社の独自予算で建造された宇宙巡洋艦が乾ドックから進宙して最終艤装に進み、さらに2番艦の建造も始まっていた。

現場では多くの除隊者が従事しており、この艦がアレキサンドリア級とは別設計の高い機動兵器の運用能力を持つ巡洋艦であることは理解しており、反政府組織エゥーゴに引き渡されることは公然の秘密となっていた。

 

カゲトラは非名誉除隊となった後、地球居住権もなく宇宙へ送り返され、出身のハッテ・サイドも戦後再建が進められ住民の帰還も開始されたが一度も帰ることもなく、様々な地を転々とした。

フォン・ブラウンで仕事を斡旋して貰うと訪れた退役軍人会でエゥーゴのスカウトマンに出会い、彼の今の立場は軍属となって軍の名簿にもアクセス権を持つ。

 

エゥーゴはティターンズの勢力拡大を懸念したブレックス・フォーラ准将によって創設された連邦軍の一派閥だが、正規部隊ティターンズに対して反主流でしかないエゥーゴは逆に軟禁されて求心力を失っていたところをクワトロ・バジーナ大尉らによって解放されて有志を集めていた。

バジーナ大尉の戦歴を知る者は居なかったがエゥーゴ内で発言力を高め、ティターンズの権力増長を快く思っていない宇宙居住者の多くが賛同した。

 

フォーラ准将とアナハイム社との思惑があり就役直前のこの巡洋艦にフォーラ准将も乗艦することになり、進捗の確認のついでにイーゴリに連絡を取った。

昨年、ザーン・サイド、30バンチ・コロニーの全住民1500万人が死亡し、マスメディアは感染症による都市封鎖と報じたが、ティターンズの実行部隊の指揮官バスク・オム大佐がコロニーに毒ガスを注入して虐殺したとエゥーゴは考えていた。

戦争が終わっても地球圏は不穏な空気が続いていた。

 

地球居住権がない者の地球への降下には厳しい制限があるがフォーラ准将は連邦政府議会の議員資格をもち、その秘書となれば別だった。

エゥーゴに賛同して地球で活動している組織カラバとの連絡役をすることになっていた。

 

パイロットに限らなければ、やれることは沢山あった。

ティターンズに不満は持っていても、エゥーゴの活動に参加を躊躇っている者は大勢いた。

行く行くはダカールの連邦議会を掌握するのが目的で、出来ればゴミ山攻略作戦に参加した他の隊員とも接触を持ちたく、全員の消息を照会した。

 

ジュディ・ケンジントンは除隊して故郷のイングランドへ戻り、軍人年金を受け取っている。

 

ウォーリー・ワシントンは昨年、ティターンズで除隊していた。

連邦首都ダカールに居住していることまでは分かっていた。

 

ケンペン中佐も軍に残っていたが東南アジアの閑職を渡り歩いていた。

ティターンズの拠点の一つニューギニア基地と地理的には近かった。

 

イーゴリに名刺を渡してタクシーを止めて宇宙港へと向かった。

彼なら賛同してくれると確信して地球行きのシャトルに乗船した。

 

 

 




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