自由への飛翔 (ドドブランゴ亜種)
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設定:キャラ・<エンブリオ>・<UBM>

物忘れが激しい投稿者。
……そろそろ<エンブリオ>も多くなってきて、過去の話から探すのがだるいのでまとめ。


 □<主人公>

 

 

 

『ヴィーレ・ラルテ』

通り名:“――”

本名:碓氷(うすい)八雲(やくも)

年齢:16

メインジョブ:【騎神:Lv.18】(騎乗スキル特化型超級職)

サブジョブ:【幻獣騎兵】(騎兵系統派生上級職),【騎兵】(騎兵系統下級職),【女戦士】(戦士系統派生下級職),【弓狩人】(狩人系統派生下級職),【槍騎兵】(騎兵系統派生下級職)

 

備考:

リアルの影響からか何物にも縛られない自由を求めた少女。

運動センスは皆無だが、動体視力と《騎乗》技術に関しては天賦の才を持つ。

少し世間知らずではあるが人には優しく情深い。半壊した『騎兵ギルド』の復興を手伝ったり、前任【騎神】への弟子入り、<UBM>との戦闘など何かに巡り合うことが多い。

 

得意な事:楽器全般の演奏、《騎乗》

苦手な事:料理、水泳、歌

 

リアル:某歴史ある家名である“碓氷家”の一人娘。

ネーミング由来:『自由への飛翔』をフランス語に訳した『Voler(ヴォレー) vers(ヴェール) la()

liberte(リベルテ)』のもじり。

 

・従魔:【グランド・デミ・スレイプニル】/アレウス(Lv.58)

    【リソスフェア・ドラゴン】/アロン(Lv.15)

    【アビス・ラビー】/ベグ(Lv.18)

 

・<エンブリオ>:【炎怪廻鳥 フェニックス】

 Type:ガードナー・アームズ 到達形態:Ⅲ

 紋章:“真紅の炎鳥”

 

 

 

 

 

 □<登場人物>

 

 

 

『ホオズキ』

通り名:“――”

本名:????

年齢:22

メインジョブ:【闘士】(闘士系統下級職)

サブジョブ:【吸血鬼】(血戦士系統上級職),【血戦士】(戦士系統派生下級職),【狂戦士】(戦士系統派生下級職),【襲撃者】(襲撃者系統下級職)

 

備考:

高校時代から血液に関する不治の病を患い、病院で暮らす男。

基本乱暴な口調だがその実、気遣いができて優しい。

『負ける』という言葉に大きなトラウマを持ち、ただ強くなることを目的としている戦闘狂。

 

リアル:???

ネーミング由来:鬼の花――『ホオズキ』より。

 

・<エンブリオ>:【到達鬼姫 シュテンドウジ】

 Type:メイデンwithテリトリー 到達形態:Ⅳ

 紋章:“血に濡れた鬼”

 

 

 

 

 

『ルノー』

通り名:“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)

名前:???

年齢:15

メインジョブ:【竜騎士】(騎士系統派生上級職)

サブジョブ:【騎士】(騎士系統下級職),【???】(???系統派生下級職)

 

備考:

一人称は『ボク』

全身に甲冑を纏い、各地を旅してまわっている……女性。

困った人をほっておけず、『妖精囲い』ではヴィーレ達に力を貸す。

 

リアル:学生

ネーミング由来:本名

 

・<エンブリオ>:【竜滅聖槍 アスカロン】

 Type:エルダーウェポン 到達形態:Ⅳ

 紋章:“竜と槍”

 

 

 

 

 

『リリィーズ・ボナパルト』

通り名:“――”

名前:?????

年齢:20

メインジョブ:【司令官】(指揮官系統上級職)

サブジョブ:【指揮官】(指揮官系統下級職),【戦略家】(戦略家系統下級職)

 

備考:

歴史上の指揮官が好きな女性。

一番好きな指揮官は『ナポレオン・ボナパルト』。

好きな服は軍服。

ニートとは幼馴染である。

 

リアル:きっと就職先が見つかるはず。

ネーミング由来:『ナポレオン・ボナパルト』+本名もじり

 

・<エンブリオ>:【反逆革命 ハンニバル】

 Type:ワールド 到達形態:Ⅳ

 紋章:“燃える軍旗”

 

 

 

 

『ニート』

通り名“秘書”

名前:????

年齢:21

メインジョブ:【高位書記】(書記系統上級職)

サブジョブ:【書記】(書記系統下級職),【???】(???系統派生下級職)

 

備考:

本が好きだ。

出来ることなら「こんなことしておらずリアルで本でも読みたい」と思っている社会人。 

幼馴染の少女であるリリィーズに無理やり始めさせられ、秘書的な役割をしている。

 

リアル:社会人

ネーミング由来:リリィーズへの皮肉

 

・<エンブリオ>:【幻想具現 アラビアンナイト】

 Type:ワールド・ルール 到達形態:Ⅳ

 紋章:“開かれた書庫”

 

 

 

 

 

 □<妖精の指先>

 

『レズ』

通り名:“――”

本名:????

年齢:28

メインジョブ:【裁縫職人】(裁縫屋系統上級職)

サブジョブ:【裁縫屋】(裁縫屋系統下級職),【靴職人】(靴職人系統下級職)

 

備考:

可愛い女性が好きである。

実はリアルでは名の知れたファッションデザイナー。

デンドロの世界ではデザインでは無く、一から作り出すことを目的としている模様。

 

リアル:ファッションデザイナー

ネーミング由来:可愛い女性が好きである。

 

・<エンブリオ>:【潜変織蜘 アラクネー】

 Type:キャッスル・テリトリー 到達形態:Ⅴ

 紋章:“機を織る女性”

 

 

 

 

 

『トーマス』

通り名:“――”

年齢:31

メインジョブ:【高位靴職人】(靴職人系統上級職)

サブジョブ:【靴職人】(靴職人系統下級職)【???】

 

備考:

レズとはリアルで知り合いな靴職人。

白い無精ひげを生やした厳つい男……だが実はロリコンである。

シュリちゃんと仲良くなりたいと思っている。

 

リアル:靴職人

ネーミング由来:本名

 

・<エンブリオ>:【???? コビトノクツヤ】

 Type:レギオン・フォートレス 到達形態:Ⅳ

 紋章:“?????”

 

 

 

 

 

『プー』

通り名:“――”

年齢:??

メインジョブ:【皮鎧職人】(職人系統上複合上級職)

サブジョブ:【鎧職人】(鎧職人系統下級職),【皮職人】(皮職人系統下級職)

 

備考:

極度な人見知りである『ドワーフ風』の小男。

基本喋らず、視線すら合わせることはしないが、腕は確かな<マスター>

<エンブリオ>は復元系と言われているが……?

 

リアル:??

ネーミング由来:好きなキャラクターである『プ〇さん』から。

 

・<エンブリオ>:【???? ????】

 Type:ルール・アームズ 到達形態:Ⅳ

 紋章:“?????”

 

 

 

 

 

 ■<クレイジーパレード>

 

『???????』

通り名:“――”

メインジョブ:【???】

サブジョブ:【???】,【???】

 

・<エンブリオ>:【災厄母神 パンドーラ】

 Type:メイデンwithアドバンス・ワールド 到達形態:Ⅳ

 紋章:“箱を掲げる少女”

 

 

 

 

『??????』

通り名“白鳥男”

メインジョブ:【名俳優】(役者系統上級職)

サブジョブ:【役者】(役者系統下級職),【詐欺師】(詐欺師系統下級職),【吟遊詩人】《吟遊詩人系統下級職)

 

・<エンブリオ>:【???? ???????????】

 Type:レギオン 到達形態:Ⅴ

 紋章:“白い仮面”

 

 

 

 

 

『???????』

通り名“爺さん”

メインジョブ:【探索家】(探索者系統上級職)

サブジョブ:【探索者】(探索者系統下級職),【工作兵】(兵士系統派生下級職)

 

・<エンブリオ>:【聖杯探索 パーシヴァル】

 Type:エンジェルワールド・ガードナー 到達形態:Ⅳ

 紋章:“埋もれた聖杯”

 

 

 

 

 

『リン』

通り名“ジャガーノート”

メインジョブ:【疾風軽士】(軽戦士系統派生上級職)

サブジョブ:【軽戦士】(軽戦士系統下級職),【拳士】(拳士系統下級職)

 

・<エンブリオ>:【狂震猫装 バステト】

 Type:アームズ 到達形態:Ⅳ

 紋章“虐殺の猫”

 

 

 

 

 

■【第四章登場人物】

 

『????』

通り名“解体■■■■”

メインジョブ:【解体王(キング・オブ・チョッパー)】(解体屋系統超級職)

サブジョブ:【解体者】(解体屋系統上級職),【解体屋】(解体屋系統下級職),【■■■】(■■■系統下級職)

 

備考:リアルでは大人しく真面目な普通人。

   しかし、ストレスが悪い方向へ伸び、この世界では人間を解体することに喜びを感じる殺人鬼となってしまった。   

   ティアンをただのNPCとしか見ておらず、自分だけ楽しければ他はどうなってもいいと思っている。

 

・<エンブリオ>:【接断包丁 カイタイシンショ】

 Type:アームズ・テリトリー 到達形態:Ⅴ

 紋章“二本の包丁”

 

 

 

 

 

『アイン・シュータ-』

通り名“蒼い羽(アジュール・フェザー)

メインジョブ:【魔導狙撃手(マジックシューター)】(狙撃手系統派生上級職)

サブジョブ:【狙撃手】(狙撃手系統下級職),【整備士】(整備士系統下級職),【斥候】(斥候系統下級職)

 

備考:リアルでは大学二年生の全国競技射撃、準優勝者。

   幼少期から地元の山で祖父と猪狩りに出かけるなど、銃に近い人生を送ってきた。……が、大手企業の開発で詐欺まがいの契約書に祖父がサインしてしまい山を失い、抜け殻のようになってしまった祖父を見てきた。

   故に、悪人……自身の手を染めないで笑っているような奴は許せない。

   ――この世界では賞金稼ぎとなった。

 

・<エンブリオ>:【弾罪乙女 ヘカテー】

 Type:メイデンwithエンジェルカリキュレーター 到達形態:Ⅴ

 紋章“銃を握る乙女”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □<エンブリオ>

 

【焔神廻鳥 フェニックス】

<マスター>:ヴィーレ・ラルテ

Type:ガーディアン 到達形態:Ⅳ

能力:炎の性質変化&転生

スキル:

火焔増畜(フレイム・アカラマティッド)》Lv.3

 <マスター>の最大MP&SPゲージから溢れた(MP&SP)に×7をしたものを無尽蔵に蓄積する。

 炎を吸収し、MP&SPに変換する。

 戦闘時に蓄積したMP&SPを<マスター>に再供給する。

 

《紅焔の神舞》

 ・パッシブスキル

 自身の溜め込んだMP&SPを使用し、紅焔の攻撃を放ち、操る事が出来る。

 (炎の威力は込めたMP&SP依存。自身の敵性を識別し、攻撃可能)

 

《蒼焔の誕生》

 ・パッシブスキル

 自身の溜め込んだMP&SPを使用し、蒼焔で傷や状態異常を治癒することが出来る。

 【部位欠損】すらも大量のMP&SPを込めれば完治可能。

 (治癒の速度・回復力は込めたMP&SP依存。自身で対象を選択し、使用可能)

 

(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)》:

 ・アクティブ・パッシブスキル。

 デスペナルティ判定と共に一定のMP&SPを消費し、<エンブリオ>と融合、転生する。

 尚、種族を“悪魔”へと変化。

 一回の戦闘で消費したSP&MPの値÷10、一部の素のステータスを引き上げる焔翼。もしくは紅鉄の鎖を生成する。

 融合可能リミットは5分。

 ステータスの引き上げは自由に変更可能で紅鉄の鎖の数は四本。

 

――――――【使用不可能】

 

《我は不死鳥の騎士為り》

 MP&SP、100に付き好きなステータスを+1(込めたステータス÷10秒間)する。

 《フルチャージ》:全ステータスに均等に割り振る。

 

 副次効果として込められたMP&SPに相応する熱量を持った鎧を纏い、攻防一体の甲冑と化す。圧縮されている為、その熱量の範囲はかなり狭い。

 

 【The Flame Belt of the Phoenix】形態しか使用不可。

 《紅炎の炎舞》と《蒼炎の再生》も使えなくなる。

 

―――――――

 

必殺スキル:なし

 

モチーフ:架空上の幻獣であり、平和と不死の象徴“フェニックス”

備考:

人を一人乗せて飛べる程度の大きさの鳥形<エンブリオ>。

常に体を炎で燃やし、炎を火力へと変えて攻撃する。

毛並みはかなり良く、食事には煩い。好きなものはヴィーレと昼寝。

オスである。

 

 

• 第一形態

 真っ赤な卵型。ステータス補正もほとんどなく、<マスター>のMPを吸収&貯蓄する。

 獲得スキル《火炎増畜》

• 第二形態

 怪鳥型。ステータス補正は変動しないが、《クリムゾン・スフィア》と並ぶ紅の火炎に<マスター>の状態異常を治癒する蒼の火炎を操る。

 獲得スキル《紅炎の炎舞》《蒼炎の再生》

• 第三形態

 FromⅡ――【不死鳥の炎帯】形態、フェニックス自体のステータスとステータス補正が向上。《火炎増畜》Lv.+1

 獲得スキル《我は不死鳥の騎士為り》

 

• 第四形態

 フェニックスのステータスとヴィーレのステータス補正は一切上昇無し。

 《火炎増畜》LV.2 → 《火焔増畜》LV.3

 《紅炎の炎舞》 → 《紅焔の神舞》

 《蒼炎の再生》 → 《蒼焔の誕生》

 獲得スキル《(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)

 喪失スキル《我は不死鳥の騎士為り》

 

 

 

 

 

【到達鬼姫 シュテンドウジ】

<マスター>:ホオズキ

Type:メイデンwithアームズ・テリトリー 到達形態:Ⅳ

能力:鬼

スキル:

血の代償(ディール・ブラッド)

 ・アクティブスキル

 戦闘で倒した敵の血液を使用し、一時的な強化or体の再生に使用することが出来る。

 (強化は倒した敵の一番高いステータスの『到達形態×10%』を自身のステータスに加算する)

 血液は、ホオズキが単独で倒すことでドロップする。

 

《戦鬼到達》

 ・パッシブスキル

 【到達鬼姫 シュテンドウジ】が本来の形態時のみ使用可能。

 自身の血液量に反比例して、LUKを除く『<エンブリオ>の全ステータス補正』を上昇させる。

 (最大到達率:到達形態×100%)

 最大到達率(現在400%)=出血多量の瀕死。な為、扱いずらい。

 ……種族が『鬼』へと変化していく為か、副次効果で《フィジカルバーサーク》の行動制限が効かなくなっている。

 

《鬼神掌握》

 ・アクティブスキル

 《戦鬼到達》による『到達率』が最大値まで達した際に発動可能。

 自身の<エンブリオ>と一体化することで「到達率÷100」分間、全ステータスを二倍する。

 時間経過後、《戦鬼到達》と《鬼神掌握》の強制解除。

 「到達率×100」分間の間、《戦鬼到達》と《鬼神掌握》の使用不可。

 

《悪鬼羅刹》

 ・アクティブスキル

 自身の<エンブリオ>で防具と武器を形成する。

 防御力、攻撃力は自身のステータスに依存する。

 

 

必殺スキル:なし

 

モチーフ:大江山に住み着いていたと言われる鬼の頭。日本三大化生の一体。

 

備考:

言わずと知れたシュリちゃんである。

 

――腰まで流れる蒼い髪。

――額から伸びる小さな鬼角。

――目尻に浮かび上がる薄紅色の赤と妖艶な唇。

 

ヴィーレ=主人公、シュリちゃん=ヒロイン!!

普段はぶっきらぼうな口調でお酒が大好きな鬼っ子。

 

ジャイアントキリングは、

  

――『敵が生物であるならば、血を奪い、自身の強化を繰り返すことでいつかは勝てる』

 

 

 

 

 

【潜変織蜘 アラクネー】

<マスター>:レズ

Type:キャッスル・ルール 到達形態:Ⅳ

能力:素材変換

スキル:《????》

 

必殺スキル:《????(アラクネー)

 

モチーフ:ギリシア神話に登場する機織りの女性と蜘蛛のアラクネ

 

備考:

大蜘蛛の形を模した機織り機工房。

モンスタードロップアイテムを投入することでその『強度』『スキル』『特性』を強化した生産素材へと変化させる。

生産特化で高性能。

 

 

 

 

 

【竜滅聖槍 アスカロン】

<マスター>:ルノー

Type:エルダーウェポン 到達形態:Ⅳ

特性:竜殺し

スキル:

《邪竜に審判を》

 ・アクティブスキル

 敵が【ドラゴン】系であることを判定することで<エンブリオ>の形態を、

 ――FromⅡ【聖なる竜槍】へ。

 他スキルの使用不可を解除する。

 

《邪竜を討ち払う槍》

 ・パッシブスキル

 【アスカロン】による【ドラゴン】系モンスターへのダメージを常時三倍に引き上げる。

 

《煌めく聖槍》

 ・アクティブスキル

 自身を中心とした半径5メテル以内の、対象の【ドラゴン】系モンスターのスキルを全て無効化する。

 無効化したスキルが『攻撃』だった場合は攻撃力を槍に上乗せ。

 無効化したスキルが『強化』だった場合は自身のステータスに上乗せする。

 

 

必殺スキル:なし

 

モチーフ:邪竜殺しの聖人、聖ゲオルギウスが持っていたとされる槍(一部には剣の表記あり)

 

備考:

完全に竜殺すマンに特化した<エンブリオ>

剣状態ではまともなスキルはほとんど無いが、【ドラゴン】に対してだけ恐るべき力を発揮する。   

   

 

 

 

 

【反逆革命 ハンニバル】

<マスター>:リリィーズ・ボナパルト

Type:ワールド 到達形態:Ⅳ

能力:デバフへの反逆・範囲指定のバフ

スキル:

《号令伝達》

 ・アクティブスキル

 <エンブリオ>の効果範囲内に居る対象へ自由に《テレパシー》を使用することが出来る。

 

《軍神の戦略》

 ・パッシブスキル

 <エンブリオ>の効果範囲内の対象が多い程、その対象のステータスを引き上げる。

 (100人/体=全ステータス+5%)

 

 

必殺スキル:

我は戦場の意(ハンニ)を変える者(バル)

 <エンブリオ>の効果範囲内のデバフを常時反転。

 <エンブリオ>の効果範囲内の対象の全ステータスを『人数+1%』する。

 

 

【幻想具現 アラビアンナイト】

<マスター>:ニート

Type:ワールド・ルール 到達形態:Ⅳ

能力:【古本】・【小説】・【絵本】からの幻想生物の召喚。

スキル:

《我は綴る》

 ・アクティブスキル

 使用する本の中から一人だけ登場人物を指定し、召喚する。

 登場人物のスキルを一つだけ完全ランダムで再現する。

 

《続きはまた明日》

 ・アクティブスキル

 登場人物を『到達形態』分、複数コピーして召喚することが出来る。

 

 

必殺スキル:

千夜一夜の物語(アラビアンナイト)

 書物を代償として、その『ページ数=秒数間』全ての登場人物を召喚することが出来る。

 ・召喚した登場人物は時間が切れるまで消滅することは無い。

 ・登場人物の数が多い程ステータスの弱体化。

 ・登場人物の数が少ない程ステータスの強化。

 

モチーフ:イスラム世界における逸話集。

 

備考:

《アラビアンナイト》と《続きはまた明日》のステータス弱体化は干渉しない。

完全な広範囲制圧型の<エンブリオ>。

書物を代償とした召喚と、汎用性は高いが意外と弱点も多い。

 

・使用する本――書物の八割以上が完全な状態でないと使用不可。

・<終焉>、【邪神】の単語が一語でも含まれていると使用不可。

・《我は綴る》での再現スキルは、その言葉通り《透視》から《速読》などを含めた登場人物の持ちうるスキルの全てからランダム再現。

 

基本は【ハンニバル】セットで使用している。

      

 

 

 

 

【災厄母神 パンドーラ】

<マスター>:?????

Type:メイデンwithアドバンス・ワールド 到達形態:Ⅴ

能力:デバフ&バフ・ヘイト操作

スキル:

《?????》

 

《?????????》

 

 

必殺スキル:

絶望()の箱()、希()望の()箱よ()

密閉型のオブジェクトの破壊と共に、半径五十メテルの人型生物の全ステータスを半減。

そして半径五百メテル内のモンスターの全ステータスを二倍し、その『ヘイト』を人型生物に押し付ける

 

 

モチーフ:ゼウスから地上に送られた母神、災厄の箱を開けた娘であるパンドーラ。

 

備考:

完全なMPK(モンスター・プレイヤー・キル)に特化したジャイアントキリング。

本来はモンスターが沢山生息する場所で必殺スキルと固有スキルを合わせて使う、広域殲滅型。

ジャイアントキリングは、

 

『――自分で敵を倒せないのなら、自分でない――他の誰かに倒してもらえばいい』

 

パンドーラは金髪の髪と藍色の瞳を持つ少女。

黒いドレスを身に纏っている。

 

 

 

 

 

【???? ???????????】

<マスター>:???????

Type:ガードナー 到達形態:Ⅴ

能力:二十人の自分。

スキル:

《???????》

 

《二十の怪人》

 自身の変装を解除する

 

 

必殺スキル:《????????(???????????)

 

モチーフ:?????

 

備考:

詳しいことは分からない。

ただ……分身系統であることだけが分かっている。

 

 

 

 

【聖杯渇望 パーシヴァル】

<マスター>:????

Type:エンジェルワールド・ガードナー 到達形態:Ⅳ

能力:広範囲探索

スキル:

《聖杯探索》

半径1キロメテル内のアイテム、人、物体に関わらず探索することが出来る。

探し物がはっきりしているほど精度は高く。

また距離が近い程、精度は高くなる。

 

《??????》

 

 

必殺スキル:なし

 

モチーフ:聖杯探索を成し遂げた円卓の騎士、パーシヴァル。

 

備考:

戦闘能力は低い模様。

探索特化。

 

 

 

 

 

【狂震猫装 バステト】

<マスター>:リン

Type:アームズ 到達形態:Ⅳ

能力:振動発動

スキル:

《共振四重奏》

 ・アクティブスキル

 両手、両足、猫の尾から同周波数の振動を発生させ、辺り一帯の物体を振動破壊する。

 振動は調整可能。

 物体の固有振動数に合わせて破壊することも出来る。

 

《猫の耳》

 ・パッシブスキル

 猫の尾から常時、微弱な振動波を発し、半径五十メテルの様子を感知する。

 

 

必殺スキル:《??????(バステト)

 

モチーフ:エジプト神話の虐殺と音楽をつかさどる猫神、バステト。

 

備考:

能力自体はあまり強力では無いものの、リンのセンススキルによって強力なものとなっている。

AGI型の高いステータス。

どんな物体でも内部から破壊できる振動波。

空気を戦う振動は敵の脳を揺さぶり、鼓膜を破壊し、戦闘不能に陥らせる。

その結果、仲間たちから付いた通り名は“ジャガーノート”

 

 

 

 

 

■【第四章<エンブリオ>】

 

【接断包丁 カイタイシンショ】

<マスター>:■■■■

Type:アームズ・テリトリー 到達形態:Ⅴ

能力:接着とアイテム化

スキル:

《永久保存の切断遺(ホルマリン)骸》

 ・パッシブスキル

 【カイタイシンショ】で切り取った部位は【アイテム化】し、時間経過による影響を受け付けないようになる。

 モンスターや<マスター>に関係なく切り取った部位はアイテム化させ、ステータスもそのままに保存することができる。

 

完全接着(パーフェクト)()断面肉塊(スティッチ)

 ・アクティブスキル

 【カイタイシンショ】で断ち切った断面同士を繋ぎなおす。

 切断面の大きさも関係なく、どんな切断面でも繋ぎ直すことが出来る。繋げ直すのは<エンブリオ>に触れて無くても可能であり、自分に繋げ直すとそれぞれ繋げたステータスの平均で総ステータスが算出される。

 

 

必殺スキル:

人もバラせばただの肉(カイタイシンショ)

・アクティブスキル

中華包丁に接触することを条件に、ENDや防御力を無視して《解体》することが出来る。

使用回数は中華包丁、一本につき一回。

クールタイムは二日で回復する。

 

モチーフ:江戸時代に杉田玄白が翻訳した解体書“解体新書”

 

備考:

武器としての性能も低く、ステータス補正もかなり低い。

本来なら戦闘に使えるような<エンブリオ>ではなく、治療。もしくは生産用に使える<エンブリオ>だった。

しかし、【解体王】のスキルによって広域制圧型に近い戦闘可能な<エンブリオ>になっている。

 

 

 

 

 

【弾罪乙女 ヘカテー】

<マスター>:アイン・シューター

Type:メイデンwithエンジェルカリキュレーター 到達形態:Ⅴ

能力:距離比例の狙撃強化・重力付与

スキル:

《視界射程》

・パッシブスキル

 『スコープ』ごしに覗いた範囲が全て狙撃の射程範囲となる。  

 効果は『スコープ』のみの場合であり、他のスキルを使用すると効果は発動しない。

 

《彼方まで力を届ける者》

・アクティブスキル

 <エンブリオ>を装備時、放った弾丸があらゆる自然法則を無視し、標的に着弾するまでその銃弾のエネルギーを増幅し続ける。

 重力に引かれて落ちることも、音速を突破し自壊することも無い。

 弾速も。威力も全て強化する。

 

《贖罪は重さで払われる》

・アクティブスキル

 <エンブリオ>を装備時、放った弾丸が着弾して相手の体重を『敵との距離÷10』キロ分加算する。

 対象が生物である場合に限る。

 実際は、ほとんどの敵が一撃で消し飛ぶので、何らかのアイテムなどで生き延び、逃走を図ろうとする敵の行動阻害として使われる。

 

 

必殺スキル:《???????(ヘカテー)》

 

モチーフ:地母神、天空神。そして冥府の女神。数多くのモノを司り、その力を及ぼすことが出来る女神“ヘカテー”。

 

備考:???

 

 

 

 

 

 ■<UBM>

『逸話級<UBM>』

 

【誓約天 アイラ】

種族:天使系

能力:高速再生・誓約執行

最終到達レベル:1

討伐MVP:――

MVP特典:――

発生:認定型

備考:カンストした【高位助祭】によって、【司祭】系統ジョブ大きな才能を持ったアイラを【生贄】に生まれた<UBM>。

   突如乱入してきた【燃怨喰霊 ズー・ルー】と戦闘になるも、相性差で引き分け。

   【高位助祭】の魔法陣によってイスラに憑依、【殺戮熾天 アズラーイール】の一部となった。

 

 

【燃怨喰霊 ズー・ルー】

種族:死霊系

能力:怨念燃焼・眷属生成

最終到達レベル:53

討伐MVP:――

MVP特典:――

発生:ジャバウォック

備考:三強時代から生き延びた死霊系<UBM>。

   戦闘はあまり得意ではなく、【枢機卿】によってレジェンダリアの山奥(ローゼン村)に封印されていた。

   アイラとライラを助けるために【誓約天 アイラ】へ挑んだが、相性差で倒せず相打ちに。

   【高位助祭】の魔法陣によってイスラに憑依、【殺戮熾天 アズラーイール】の一部となった。

 

 

【炬心岳胎 タロース・コア】

種族:エレメント

能力:山岳装威・魔法反射

最終到達レベル:18

討伐MVP:【狂戦士】ホオズキ

MVP特典:【山岳隻甲 タロース・コア】

発生:認定型

備考:山をも越えるほどの大きさを誇る巨神ゴーレム。

   【装飾王】メメーレンの最高傑作であるアイテムを核に、【巨像王】レオナルド・フィリップスによって作られたゴーレムが暴走した<UBM>。

   地下を流れるマグマを燃料に活動し、<ブルターニュ>を目指すが……。

 

 

撃墜吹鬼(ゲキツイフブキ) オストヴィンド】

種族:鬼系

能力:対空における氷柱の砲撃と散弾銃

到達レベル:??

討伐MVP:――

MVP特典:――

発生:デザイン型

作成者:ジャバウォック

備考:<厳冬山脈>の麓に住み着いている鬼の<UBM>。

   巨体な身体中から何砲もの銃口を生やし、生み出した氷柱を銃弾のように発射する。その速度は亜音速ではあるが、再装填の隙はなく、発射される氷柱は腕より太く、そして鋭い。

   配下の小鬼はいないものの、敵を撃墜までひたすら乱射し続ける。正に狂った氷鬼の<UBM>。

 

 

【魔狂蹄獣 ヒポトヴォルグ】

種族:魔獣系

能力:狂乱魔笛

最終到達レベル:30

討伐MVP:【解体者】■■■■

MVP特典:【狂偶蹄獣完全遺骸 ヒポトヴォルグ】

発生:デザイン型

作成者:ジャバウォック

備考:カバに堅い装甲と牙を組み合わせたような<UBM>。魔笛の如き咆哮は聴いた者を【狂乱】状態にし、最悪の場合死に至る。

   意識のない『死体生物』に襲われ、体内から攻撃。最後は『必殺スキル』でバラされて討伐された。

 

 

【冥償蘇生 コローネ】

種族:エレメント系

能力:死者蘇生

最終到達レベル:14

討伐MVP:【冥魂騎 ペイルライダー】

MVP特典:――

発生:認定型

作成者:――

備考:<【冥骸騎】地下墳墓>に納められていた『黄金の棺』。

   長年の時と、中に納められていた【冥骸騎】の影響で変質。<UBM>として認定された。

   たくさんの『死体生物』と【超重砲弾】を代償に、【冥骸騎】の魂を蘇生。結果、いくつかの魂と怨念が混じってしまったことによって【冥魂騎 ペイルライダー】が生まれてしまい、殺された。

 

 

【招召骨蛇 ユルング】

種族:アンデット系

能力:《カラミティ―・ダイス》

最終到達レベル:41

討伐MVP:【義賊王】シアンディール

MVP特典:【技纏伸縮(ぎてんしんしゅく) ユルング】

発生:デザイン型

作成者:ジャバウォック

備考:かつて<グランドル>周辺で天災をもたらした【ボーンサーペント】の変異種。

   ステータスは下級職をカンストしたティアンより貧弱。

   しかし、空気中の魔力に干渉。自然災害をもたらす能力を持っていた。

   その天災が時には好天になったことや【義賊王】の生き方にアジャストし、特典武具は第三者も鑑賞できる特性を持っていた。

 

 

 

 

 

 

『伝説級<UBM>』

 

【魔樹妖花 アドーニア】

種族:植物系

能力:ドレイン・植物操作・状態異常

最終到達レベル:38

討伐MVP:【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

MVP特典:【花冠咲結 アドーニア】

発生:デザイン型

作成者:ジャバウォック

備考:元は【マンドラゴラ】の<UBM>。

   すべての状態異常を操り、広範囲にまき散らす技巧型<UBM>。デンドロの世界では重たい状態異常を操ること、植物としての成長性からいずれは神話級にまで至るのではないかと思われたが――当代【騎神】とヴィーレによって打ち取られた。

 

 

【殺戮熾天 アズラーイール】

種族:天使系

能力:《アズラーイール》・高速再生・怨念操作

到達レベル:60

討伐MVP:【騎神】ヴィーレ・ラルテ

MVP特典:【万死慈聖 アズラーイール】

発生:認定型

作成者:――

備考:レジェンダリアの山奥で殺戮の限りを尽くした<UBM>。

   その正体は【燃怨喰霊 ズー・ルー】を倒し、吸収した【誓約天 アイラ】

   アイラの身体能力は一般人と変わらないものの、《アズラーイール》の即死領域、高速再生、そして怨念を操り攻撃する死神によって守られ普通に強い<UBM>となっている。

   技巧型。

 

 

【爆撃大尉獣 ボム・モンガ―】

種族:魔獣系

能力:爆撃灯火・無敵飛行司令・自動MP回復

最終到達レベル:――

討伐MVP:――

MVP特典:――

発生:デザイン型

備考:ひたすら爆撃を行い、爆風で飛翔する<UBM>

元々は森で静かに暮らしていた【マグトリー・モンガー】の群れの長だったが、ヴィーレによって壊滅した。

   『何か』に触れてしまい<UBM>へと変化した。

   現在は強くなるために武者修行中。

   <クルエラ山岳地帯>近くの山でたまたま見つけた<UBM>を爆撃、進化するに至った。

 

 

【吸血清 オールドリーチ】

種族:??系

能力:■■■■・■■■■

到達レベル:??

討伐MVP:ホオズキ

MVP特典:【血清精製円筒噐 オールドリーチ】

発生:デザイン型

作成者:ジャバウォック

備考:<グランドル>でその存在だけが確認されている<UBM>。

   現在、ギルドでは<UBM>の情報、または討伐に莫大な報酬を掛けている。

 

 

【紅雷暴狼 トニトゥルス】

種族:エレメント

能力:機械暴走化・紅雷放射

最終到達レベル:23

討伐MVP:【魔導狙撃手】アイン・シューター

MVP特典:【紅雷銃 トニトゥルス】

発生:認定型

作成者:――

備考:<ドライフ皇国>の地下迷宮で猛威を奮っていた機械狼の<UBM>。

   本来は番犬ゴーレムとして作られたが何らかの形で破損、暴走し紅雷を操って周囲の機械を狂わす<UBM>となった。

   その特性によって【マジンギア】は手が出せなかったが、アインの狙撃銃――手動ボルトアクションのシンプルなライフルには特に効果が無く、遠距離から破壊された。

   それが理由かは分からないが、特典武具のライフルもボルトアクションになってしまっているが……アインは気に入っているので良し。

 

 

 

 

 

 

『古代伝説級<UBM>』

 

 

【嵐竜王 ドラグハリケーン】

種族:ドラゴン系

能力:竜王気・空気操作

最終到達レベル:72

討伐MVP:【??】?????????

MVP特典:【???? ドラグハリケーン】

発生:認定型

作成者:――

備考:天竜種であり、能力、ステータスが最高レベルな<UBM>。

   息子(卵)が盗まれ、<ブルターニュ>に襲来するも<マスター>の迎撃に会い討伐される。

 

 

【砂鉄滋竜 モノポール】

種族:ドラゴン(魚竜)

能力:電磁力・砂鉄操作

到達レベル:??

討伐MVP:――

MVP特典:――

発生:認定型

作成者:――

備考:<レンソイス砂漠>を遊泳し、モンスターや砂上船、竜車など見境なく襲いかかる魚竜型の<UBM>。

   砂漠での生息の為に目は衰え、常に身体から電磁波を発することでモノや形を察知している。電磁波による攻撃や砂鉄操作による高速遊泳や斬撃攻撃。

   砂中からの奇襲など普通に強い<UBM>。

 

 

【蒼鋼統一 スチュパリデス】

種族:怪鳥

能力:【チャージ・コンドル】の指揮・上空からの狙撃。

最終到達レベル:53

討伐MVP:【魔導狙撃手】アイン・シューター

MVP特典:【蒼甲銃翼 スチュパリデス】

発生:認定型

作成者:――

備考:<グランドル>の上空付近へと姿を現した<UBM>。

   鋼鉄の身体をし、【チャージ・コンドル】を狙撃のように地上へと撃ち込む……物理版、某モノクロームさんだった。

   【義賊王】とアインの共闘によって最終的に撃ち抜かれ死亡。

 

 

 

 

 

『神話級<UBM>』

 

 

【樹霧浸食 アームンディム】

種族:魔獣系

能力:生命の森・幻想空間

最終到達レベル:69

討伐MVP:【騎神】カロン・ライダー

MVP特典:【霧鹿樹脚 アームンディム】

発生:認定型

作成者:――

備考:数百年前<アムニール>へと進行した神話級<UBM>。

   辺り一帯を魔樹の森に作り変え、近づいたモノは幻想に囚われ木々に貫かれて死亡した。

   <UBM>でも珍しい、生命エネルギーを操る<UBM>だった。

 

 

【封儀神獣 ヒエログリフ】

種族:キメラ系

能力:《ライジーズ・サンド》・《封儀神眼》

到達レベル:??

討伐MVP:――

MVP特典:――

発生:認定型

作成者:――

備考:<レンソイス砂漠>の大空を支配する天空の主。

   かつて【聖焔騎】に討伐された【詠滅人獣 ヴァルトブール】の母親でもある。

   察知スキルに引っ掛からずに突然現れ、そして消えるなどの芸当を見せた。ヴィーレの事を気に入り、一度だけ手助けできるように目の紋様の入った球を渡した。

 

 

【冥神騎 ペイルライダー】

種族:アンデット

主な能力:《死屍累々》《魂食い》《高速再生》《ソウル・ドミネーター》《ポルターガイスト》等。

最終到達レベル:84

討伐MVP:【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

MVP特典:【冥克騎脚 ペイルライダー】

発生:認定型

作成者:【冥償蘇生 コローネ】

備考:備考:生前の超級職―【冥骸騎】が最終奥義《黄泉返り》で眠っていたところを【コローネ】がリソースを注ぎ込み、<UBM>と化したアンデット。

生前の武具である【アダマンタイト】のフルメイルが騎獣である【ハイパシーン・ハイウルフ】と混じりあい、黒狼の騎士となっている。

武装は紫紺の長剣と『不可視の手綱』、黒い靄。

 

最終的に、【解体王】の殺した数百の魂と怨念。

【義賊王】の魂を吸収し、誰も手が付けられないモンスターとなった。

しかし様々な可能性がヴィーレに力を貸し、討伐された。



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第0話 私が生まれた日

がんばるぞい。
女主人公を書くのは初めてなので、女性らしくなかったらすいません。


 □2043年7月15日 碓氷八雲

 

 

 

 

 「よぅぉこそぉ、<Infinite Dendrogram>へぇえ」

 

 

 聞こえてきたのは変に間延びした不思議な声。

 まるで人をからかっているかのようなイントネーションで綴られた言葉を聞きながら瞼を開ける。

   

 

 ——すごい。

 

 

 瞼を持ち上げると同時に目に映り込んできた景色、それは何処かの庭園だった。

 美しく……とまではいかないだろうが綺麗に整えられた庭。

 地面に生える草、綺麗に整列して咲く花、風に揺れながら葉を落とす木々。そのすべてが現実のそれ(・・・・・)と変わらない。

 景色だけではない。頬を撫でる暖かい風には温度があり、微かな臭いも感じられた。

 ゲームだとは思えないほどの精巧さ。

 そのリアルさに()は眼をしばたたかせる。

 

 

 「……そぉろそろいぃですかぁ?」

 

 

 庭園に目を奪われていた私は改めて声の主に意識をむける。

 そこに居たのは一人の男。

 頭と同じぐらい大きいカラフルなシルクハットを頭に被り、身にも同じくカラフルな紳士服を身に着けている。

 その姿を見て思った事は一つ。

 

 

 ——まるで道化みたい。

 

 

 物心が付き始めた始めたばかりのころに見たサーカスのピエロを思い出していた。

 しかし不思議だ。

 何故こんなところに私以外の人がいるのだろうか? ましてや何で道化がいるのだろう?

 疑問が顔に表れていたのだろうか、道化が自身の名を不思議なイントネーションのまま話し出す。

 

 

 「ああ、こぉれは失礼をば。ワァタクシはこの<Infinite Dendrogram>の管理エェアイの第キュゥ号、マッドハッターと申しぃまぁす」

 

 

 管理エェアイ……あぁ、管理AIということか。

 これほど高度な管理AIなど聞いたことも無ければ見たこともない、ましてそれが道化なんて。

 それに『マッドハッター』という名前。

 私も一度は読んだことがある、不思議の国のアリスに登場する帽子屋だったはずだ。

 確かに見た目は名前とマッチしている、だけど何故そんな名前なのだろうか?

 

 

 ——えっと、私は碓氷八雲(うすいやくも)……です?

 

 

 絶え間ない疑問が浮かぶ頭で名前を名乗る。

 

 

 「あぁれ? 貴方様ぁはあまり驚かぁないのでぇすねぇ。他の皆さんはぁとぉてもよい反応をぉするのでぇすが?」

 

 ——ううん、十分驚いているよ? ……ただこういう風に厳しく育てられただけだから。

 

 

 私の両親……碓氷家はかなりの資産家、いわゆるお金持ちだ。そして私はその碓氷家の娘、お嬢様である。

 その為か家名を背負う為に幼少より厳しく育てられた。

 勉強、茶道、五つを越えたあたりで数えるのを止めた楽器の習い事。おかげで周りの人よりも優れている自信はある。

 

 なんと言ったって、子供の頃から誰とも遊ぶこともなく……部活もバイトも恋愛も一切することなく生きてきたのだから。

 

 周囲の人たちが楽し気に遊ぶ姿を見た。

 その後ろ姿を見ながら勉強に励んだ、家名の為に。

 

 帰り際に数少ない友人からの『カラオケ』と呼ばれる歌で遊ぶ施設への誘いも断った。

 楽し気に話す声を聞きながら、茶道の習い事へと足を運んだのだから。

 

 そんな私だから。

 碓氷家を継ぐにふさわしいように育てられた私だからそんな大層な反応は露わにしてはならないのだ。

 

 

 「なぁるほどぉ、納得しましたぁ。ではぁ、チュートリアルを始めぇてもよろぉしいです?」

 

 ——うん、お願いします。

 

 

 それから帽子屋は色々説明をしていく。

 だけど私は今まで『ゲーム』といったものは一度たりともしたことが無い。この<Infinite Dendrogram>が初めてである。

 その為ゲームに関係ある事から関係ない事までたくさん質問をしたが、帽子屋は嫌な顔一つせずに受け答えしてくれた。

 その見た目としゃべり方からは予想外なほどの丁寧さだ。管理AIだからこそかもしれないが、その対応は何故か好ましく感じた。

 そしてチュートリアルという名の初期設定が進み、キャラクターメイキングに差し掛かった時。

 その変化は訪れた。

 

 

 ——キャラクターメイキング? 何も弄らなくてもそのままでいいよ。

 

 「そぉれはお勧めしませぇん、あまりぃリアルとぉ同じにすぅると危険なこともぉあぁりますのでぇ」

 

 

 帽子屋は困った顔をすることもなく淡々と告げる。

 だけどそれは出来はしない、むしろ私が最もしてはいけない事だ。

 髪を金髪に、瞳を青色に。

 それは私が今まで我慢してきたもの。それを今ここでしてしまったら、私自身の今までの努力してきた人生を否定する事と同意である。

 強固な意志を胸に帽子屋に向け首を振る。例えゲームとしては推奨させない事だとしても変えることはしないとでも言うように。

 

 

 「ふぅむ? でぇは、貴方様ぁはこぉの<Infinite Dendrogram>にぃなぁぁにをしにきたのぉでぇ?」

 

 ——……それはどういう事?

 

 

 突然、初めて自ら話し始めた帽子屋。

 私はその質問の意味を理解しきれず首を傾げる。

 

 

 「<Infinite Dendrogram>にはぁ無限のぉ可能性が存在しますぅです。

  重ぃ持病をぉ持つ人ぉにぃは、自由に動けぇる体ぁと人生をぉ。

  リィアルで忙し人ぉにぃは、心を落ちぃ着かぁせるよなぁ安らぎぃの場所ぉを。

  未知ぃと刺激をぉ求める人ぉにぃは、誰ぇも見た事のぉない冒険をぉ。

  <Infinite Dendrogram>を始める人のぉ数だけぇの、可能性が存在するのぉです」

 

 

 何も言わない、ただその言葉に耳を傾ける。

 

 

 「そぉして、貴方様ぁにもいくつもの可能性がぁ存在しぃます。

  そぉれこそぉ今まで手にする事ぉが出来なかったぁモノを手にする事もぉ、否定してぇきた人生をぉ歩む事もぉ」

 

 

 ……僅かに鼓動が高鳴った。まるで心を読まれているような気がして。

 

 

 「貴方ぁはスデェにそのぉ切符をぉ手にしてぇいるぅのです。

  後はぁ一歩、踏み込むだぁけの事ぉ。

  もし、貴方様ぁがぁその可能性をぉ歩もぉうとするならばぁ……」

 

 

 変なイントネーション、変な恰好。

 人ですらない一人の道化。

 しかしその言葉は今までの誰よりも私の胸に響いてくる。

 

 

 

 「<Infinite Dendrogram>はぁ、“私たち”はぁ貴方様ぁの来訪をぉ歓迎しまぁす」

 

 

 

 大きな衝撃、それと同時に一つの感情が胸の奥から溢れ出してくる。

 

 

 ——フフ……

 

 

 ああ、こんな気持ちは初めてだ。

 

 

 ——フフ、あはははは

 

 

 帽子屋は見た目通り道化だったようだ。

 なんたってこんなに嬉しく、楽しい気持ちにしてくれたのだから。

 重く、押しつぶされそうだった私の心の重荷を魔法にも似た言葉で消し去ってくれたのだから。

 

 

 「あはははははははッ」

 

 

 私はこの日、人生で初めて大声で泣きながら笑った。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 「そぉろそろぉ再開しぃていただぁいてもぉよろぉしいです?」

 

 「うん、ごめん。……でもさっきのセリフ、全然似合わないね」

 

 

 顔色一つ変えず、無表情の帽子屋。

 その隣でキャラクターメイキングの続きに取り掛かる。しかしその作業はたいして時間もかからずに終わる。

 

 それは先ほどまでの碓氷八雲ではできなかった事。

 私は自身の黒一色だった髪を少し黒が残った鮮やかな赤に、瞳を薄っすらとオレンジがける。

 

 

 「完全なぁ赤にはぁしないのでぇ?」

 

 「うん、私はまだ変わりたて。これから変わっていくからね」

 

 「わぁかりましたぁ。でぇは次はプレイヤーネームゥです」

 

 

 しかしここで一つ問題が発生した。

 私は本当は本名である“碓氷八雲”で始めるつもりだったのである。もちろん本名はゲーム的にも推奨されないし、私的にも新たな名前で始めたい。

 だが今まで自身の名前を変えようと思った事も、ゲームをしたこともない私である。気の利いた上手い名前が全く思いつかない。

 そこからは長かった。何もいい名前が思いつかず、唯々時間だけが過ぎていく。

 帽子屋も何も言わずに紅茶を飲んでいた。

 

 そんな時だった。

 

 

 「あれ? 鳥だ……<Infinite Dendrogram>の世界にも居たんだ」

 

 

 澄み切った空を仰ぐと一匹の小鳥が空を飛んでいるのを見つけた。

 別に何らおかしい事は無い。

 ここまでリアルな<Infinite Dendrogram>だ、生き物がいても可笑しくない。

 

 

 「小鳥……“自由への飛翔”。フランス語で確か、『Voler(ヴォレー) vers(ヴェール) la() liberte(リベルテ)』だったっけ?」

 

 

 その言葉が出たのはたまたまだった……が、私のよく似合っているように感じられた。

 そして気が付いたら手が動いていた。

 プレイヤーネームの入力の欄に書かれた名前。

 

 それは『ヴィーレ・ラルテ』

 

 一番ゴロがよかっただけの組み合わせだったが、それは私の胸にストンと落ちた。

 

 

 「終わりぃまぁしたかぁ?」

 

 「うん、長くなってごめんね?」

 

 「いえぇ、これぇも私共の仕事でぇすのでぇ。でぇは、チュートリアルはここでぇ終わりぃです」

 

 「<エンブリオ>は? 説明はしてもらったけどまだ受け取っていない気がするけど」

 

 「そぉれならすでに、貴方様ぁの左手にぃ移植してぇおきましたぁ」

 

 

 帽子屋はそう言いながら私の左手を指さす。

 そこになったのは雪の様に白くスラリとした左手の甲に埋め込まれた宝石のような<エンブリオ>。説明に聞いた第0形態の<エンブリオ>で間違いない。

 どうやら私がプレイヤーネームを悩んでいる間に全て終わっていたようだ。

 ……後はゲームを始めるだけ。

 

 

 「……ありがとう、帽子屋さん。私、<Infinite Dendrogram>を本当に心から楽しめるような気がする」

 

 

 帽子屋へと今までのような作り笑いではなく、心からの笑顔笑う。

 そんな私の言葉に帽子屋は拍手で答えた。

 

 

 「えぇ、心からぁ楽しんでくだぁさいぃ。……貴方様ぁならぁたどり着けるぅかもぉしれぇませんです。

 

  では、貴方様のぉ、自由なる日々に、祝福あれぇい!」

 

 

 私はその不思議なイントネーションの激励と共に空へと放り出された。

 落下先である所属国は様々な人間範疇生物(ティアン)が住まう国……レジェンダリア。

 

 

 今、私の、『ヴィーレ・ラルテ』としての新たな人生(たび)が始まる。

 



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第一章:秘境の仙人編
第1話 相棒


うまく書けん、すまそ


 □【レジェンダリア<首都・アムニール>】 【■■】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 レジェンダリアの首都<アムニール>。

 天を覆いつくすほどの大きな世界樹の麓に出来たこの都市には沢山の人間範疇生物(ティアン)が住み暮している。

 リアルでも長寿と弓や魔法を扱う事で有名なエルフ。

 人と獣の混血であり、高い身体に能力を有していることで有名な獣人。

 人よりも大きく、力も体力も桁外れな巨人族。

 小さな体で、細かな精密な作業を得意とする小人族。

 その他にもレジェンダリアの国土である大樹林の各地では、様々な種類の部族が暮している。

 <Infinite Dendrogram>の中で最もファンタジー要素が強い国がここ、レジェンダリアであった。

 

 

 そんなレジェンダリアの首都<アムニール>、通称“霊都”。

 その中心近くの公園の大きな噴水に一人の少女が腰を掛け、項垂れていた。

 いや、一つ間違いがある。

 正確に言えば、一人の少女と黒く逞しい一頭(・・・・・・・)の馬(・・)が噴水の近くで項垂れていたのだ。

 

 

 「はぁ……どうしよう」

 

 『BURURURURU?』

 

 

 余りにもどうしようもない気持ちに思わず重いため息が出る。

 そんな私を心配するように一頭の黒馬……『アレウス』と名付けた相棒が鼻を鳴らした。アレウスは英雄アキレウスの名前を貰い、名付けた。

 私も返事を返すようにアレウスの鼻先を撫でる。

 

 

 「ありがとね、心配してくれて。でも大丈夫だよ」

 

 

 いや、大丈夫とはいうが現状はかなり切羽詰まっている。

 頷くアレウスをよそにメニューを開く。

 開いた先は自身のステータス欄。

 そこには現状のステータスを含め、私の状態や所持金、<エンブリオ>の状態を表示する場所も存在する。とは言っても私の<エンブリオ>はまだ孵化すらしていない第0形態なので何も書かれてはいない。

 そんなステータス欄に視線を走らせる。

 一番に目についたのは『ジョブ』の表示。そこにはログインし、レジェンダリアに足を踏み入れた時とは違い二つの文字で埋められていた。

 

 

 それは、【騎兵】。

 <Infinite Dendrogram>における『下級職』と呼ばれるジョブの一つらしい(・・・)

 騎獣や乗り物に乗って戦う事ができる一般的なジョブらしい(・・・)

 先ほどから『らしい』とばかり言うのは、私がまだ<Infinite Dendrogram>におけるジョブの事をあまりよく知らないからだ。

 知っているのは【騎兵】が下級職と呼ばれるジョブであり、騎獣に乗って戦う事が出来る事のみ。アレウスに乗って戦う為だけに就いたのだから、当たり前とも言えるのだが。

 

 

 そして私がステータス欄で視線を向けたもう一つの表示。

 私がため息を吐く原因でもある表示。

 

 

 それは、『所持金』

 本来ならそこには、5000リルという数字が並んでいるはずだ。しかし彼女の所持金の欄には5000という数字は見当たらない。

 いや、同じ数字なら一つはある。

 改めて直視した所持金の欄。そこにははっきりと小さく一つ(・・)の数字が掛かれている。

 

 『0リル』

 

 

 「はぁ……お金を使い切っちゃうなんて何やってんだろう、私は」

 

 

 <Infinite Dendrogram>を初めて約2時間。

 レジェンダリアに足を踏み入れ約1時間。

 私は一文無しになっていた。

 

 

 

 

 ◇◇◇~~一時間前~~

 <アムニール> ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 帽子屋さんとチュートリアルと超高度からの空中落下を体験した私は<アムニール>の中を歩いていた。

 他のプレイヤーはみんな揃って外へと出ていったが、私はいきなり戦闘などしたくなかったのである。

 『私は自由』

 その言葉が歩く足取りを軽くする。

 無意識に鼻歌を歌い、嬉しさのあまりテンポに合わせターンを決める。ターンに遅れてワンピースの裾が花のように広がった。それさえも楽しく、嬉しく感じてしまう。

 様々な種類の人々(ティアン)が通りを行きかう自然あふれるファンタジーな都市。

 そのすべてが目新しく輝いて見えてくる。

 

 

 「えへへ、私は自由なんだ! 好きなところに行っても何を食べても怒られない!」

 

 

 自分で言った言葉に笑みがこぼれる。

 皆がやっていた『食べ歩き』というものをやってみよう。

 皆が美味しいと言っていた『ぱふぇ』という甘味も食べてみたい。

 私はたくさんのやってみたい事やできなかった事を考えながらファンタジー溢れる街に繰り出したのだった。

 

 そこからは夢のような時間だった。 

 待ちゆく人々(ティアン)には<マスター>としてとても珍しがられたがその食べ歩きは満足できるものだった。

 『ぱふぇ』と呼ばれる甘味は見つかりはしなかったが、<マスター>と呼ばれる私たちの認識や様々な役に立ちそうな情報も聞けたので街の散策(食べ歩き)としては大成功だ。

 聞いた情報によればモンスターと戦う為にはジョブクリスタルというものでジョブに就かなければならないらしい。しかし他の<マスター>達は無職のまま外に出て行って大丈夫だったのだろうか?

 疑問を抱きながら、聞いたジョブクリスタルの場所を目指す。

 

 

 「確かこの道を真っ直ぐ行けば着くって聞いたんだけど……絶対に道に迷ってる」

 

 

 聞いた話を思い出しながら入り込んだ道は、大通りから外れた薄暗い路地裏だった。

 いかにもチンピラなどが居そうな危険な雰囲気。

 それでも半信半疑で薄暗い路地裏へ進んでいく。

 

 

 「危険そうな場所には絶対行くなって言われてたけど……本当に怖い。やっぱり引き返して別の道を探そうかなぁ」

 

 

 一歩足を進めるごとに闇は深くなっていく。

 教科書の話なら『闇が私を手招いている様だった』と表現するのだろうか。

 震える足、バクバクと音を立てる鼓動。

 引き返そうと思い始めてからずいぶん歩いたように感じる。

 あと五歩、何も見えなかったら引き返そう。そう思った時だった。

 

 

 「あっ」

 

 

 見えてきたのは微かな光。

 小さな照明に照らされるように、これまた小さな看板が立っている。

 

 

 「『魔王商店 中央大陸支部』って見るからに怪しすぎるでしょ」

 

 

 しかし言葉とは裏腹に足は店へと進んでいく。

 なんだか冒険でもしているかのような気分だ。

 私はドキドキしながら古びた扉を開け、店へと入る。

 

 

 「いらっしゃい」

 

 

 店の奥のカウンターから店主らしき人が座っていた。

 古びたローブを被っていて男とも女とも判断が付かない。

 

 

 「えっと、ここって何の店なんですか?」

 

 「ここは従魔を専門に販売している店ですよ」

 

 「じゅうま? すいません、従魔が何かよく知らないんです」

 

 

 分からなかったのもしょうがないだろう。この店にはところ狭しと並んだ薄い宝石のような物しかないのだから。

 店主は訝し気に首を傾げながら私を見る。

 

 

 「……もしかしてお客様は<マスター>なのか? いや、それなら知らないのも頷ける」

 

 

 店主は左手に埋め込まれた<エンブリオ>を見ると、納得がいったと言うように頷く。

 

 

 「従魔とはテイムしたモンスターの事です。テイムしたモンスターは従魔という名の通り、人に従います。

  ここはテイムしたモンスターを売っているところなんですよ」

 

 「でもモンスターがいる様には見えないけど……」

 

 

 新たに出来た疑問に首を傾げる。

 モンスターを売買しているのなら動物園のような状態になるはずだ。

 

 

 「それは【ジュエル】に入れられているからです」

 

 

 店主は答えながら、店に並んだ薄い宝石を手に取る。

 

 

 「この【ジュエル】はいわゆるモンスター専用のアイテムボックスです。モンスターを外に出したくないときや、傷を負って死にそうなときは【ジュエル】に入れて持ち運びするんです」

 

 

 なるほど、私も初期装備としてアイテムボックスは持っているがそのモンスターバージョンなのだろう。

 この所狭しと並んだ全ての【ジュエル】にテイムされたモンスターが入っているのだろう。そう考えると驚異的な多さである。

 

 

 「ところでお客様は従魔を知らない様子。どうしてここに来られたので?」

 

 「実はジョブクリスタルに向かっている途中に迷い込んできてしまったんです。だから従魔も何も知らなくて」

 

 「なるほど、そうでしたか。普通は迷ってもたどり着けないようになっているんですがね……」

 

 

 何か考え込んでいる店主をよそに店を見て回る。

 従魔というのは初めて知ったが、一緒にいると心強そうだ。

 そんな考えと共にショーケースのようなガラス張りの中に並んだ【ジュエル】を覗き見る。

 

 

 『【グランド・メイル・ドラゴン】-700万リル』

 

 

 「へぇっ?」

 

 

 駄目だ、思わず変な声が出た。

 700万リル、リアルにして7000万円だ。

 高い、高すぎる。私が今まで買った一番高いものでも100万円の家具。【グランド・メイル・ドラゴン】は私が買った家具の70倍もの値段だ。

 <Infinite Dendrogram>でもドラゴンというのは強いのかもしれないが、流石に桁外れだ。

 

 

 「その【グランド・メイル・ドラゴン】は地竜種の純竜だからですよ。亜竜級モンスターなら300万程度で売ってますよ」

 

 

 どうやらぼったくりでは無い様だ。

 亜竜級や純竜というのは何かは分からないが、『竜』というからには強いのだろう。

 しかし迷い込んでしまっただけとは言え、何か縁のようなものを感じるので出来れば何のモンスターでもいいので買って帰りたい。

 

 

 「あの、3000リルで買える従魔ってうってますか?」

 

 「3000リルですか……」

 

 

 店主は難しそうな雰囲気を出す。

 今に思えば300万リルの従魔を売っている店だ。もしかしたら見た目とは裏腹にかなりの高級店だったのかもしれない。リアルでもいい店は隠れるように建っていると聞いたことがある。

 

 (やっぱり売ってないかな……)

 

 諦めかけたその時だった。

 

 

 「……3000リルのモンスターなら一体だけいますよ」

 

 「本当ですか!?」

 

 

 嬉しさのあまり大声をだし、身を乗り出す。

 店主は私の前に一つの【ジュエル】を取り出し、置いた。

 薄暗く灰色の【ジュエル】、【グランド・メイル・ドラゴン】が入れられていたような綺麗な【ジュエル】とは大違いだ。

 だが……

 

 (なんでだろう? なんか引かれるような気がする)

 

 灰色の【ジュエル】を見てから目が離れない。

 なんというのだろう、これだ(・・・)というように本能が訴えているかのように感じた。

 

 

 「だけどこれはやめた方が良いですよ。こいつは【グランド・ウォーホース】という上級モンスターなんですが気性が荒くって。

  この前も調教しようとした【従魔師】が蹴りとばされて「買います!!」……聞いてますか?」

 

 

 店主が何か言っているが関係ない。

 

 

 「なんだかこう……ピンときた(・・・・・)ので。たぶん大丈夫ですよ」

 

 「……ピンときた、ですか? もしかしたら……いや、【従魔師】でもないのにそんな事は無いはずだが。……まさか天然ものか? そんなことが<マスター>でもありえるのか?」

 

 

 ブツブツと独り言を呟きだした店主に全財産(・・・)である3000リルを手渡す。

 予想外なところで相棒が出来てしまった。

 だがモンスターの仲間ほど頼もしい事は無い。俄然、<Infinite Dendrogram>が楽しくなってきた。

 我に返った店主に教えられながら、灰色の【ジュエル】を右手に装着する。

 

 

 「あの、ここで呼び出してみてもいいですか?」

 

 「……いいですよ。確かめるのにもちょうどいいですし……だけど暴れ出したらすぐに《送還(リ・コール)》と言ってください」

 

 

 私は頷きながら店の中央、ショーケースが並んでいない少し離れた場所に移動し右手を突き出す。

 一言いうだけ。モンスターと戦うわけでもない。

 だがその言葉を発することに鼓動が大きく高鳴った。

 

 

 「それではいきますよ? 《喚起(コール)》——【グランド・ウォーホース】!!」

 

 

 【ジュエル】から光の粒子が集まり、目の前で形どっていく。

 だがその姿は予想以上に大きい。

 テレビで見た競馬のような馬の大きさを超え、3メートル近い高さまで広がっていく。

 そして眩しくない光が収まると同時にこの子は……彼は全貌を現わしていた。

 

 

 『BURURURURUUR!!』

 

 

 大きさはおそらく重種に分類されるような大きな軍馬。

 漆黒の毛並みが薄っすらと光を反射し、眼と毛並みに混じった赤毛が注意を引く。

 まさにモンスター。通常の馬とは一線を引く【グランド・ウォーホース】がそこにいた。

 

 【グランド・ウォーホース】は私をギラギラとした双眸で睨みつけながら唸り声をあげる。

 鼻息は強風のように店中を吹き荒らし、木製だった床に蹄の跡が残っている。

 その大きな体で、私の何倍もあるだろう体重を込められた前足で踏み潰されれば一撃で死んでしまうだろう。

 【グランド・ウォーホース】の荒い鼻息と張り詰めた緊張が漂う空間。

 一般人なら腰を抜かしてしまうだろう。次の瞬間には殺されているかもしれないのだから。

 

 だけど……私は何故か恐ろしくは無かった。

 

 (……うん、大丈夫)

 

 唸り声をあげる【グランド・ウォーホース】から目を離さず、ゆっくりと腕を鼻先へと伸ばしていく。

 そこに一般人がいたのなら、伸ばされた指が噛み千切られる瞬間を幻視しただろう。

 だが……細く白い指先は噛み千切られる事なくその鼻先へと触れた。

 それに従うように【グランド・ウォーホース】は鼻息を静め、頭を垂れる。

 

 

 「うん! 君の名前は『アレウス』。これからよろしくね」

 

 

 私の言葉に頷くようにアレウスは唸り声をあげる。

 どうやら私は主人として認められたのだろう。緊張が解け、足から力が抜け床に屈みこむ。

 初めてのモンスターとの対面は予想以上に疲労が溜まったようだ。

 アレウスは心配そうに頭を私へ擦り付ける。

 

 

 「……正直、駄目かと思いましたよ。従魔に契約も何もありませんが、認められてないといつか手痛いしっぺ返しをうけますからね」

 

 「あはは、でも大丈夫だったですよ?」

 

 「そうですね……そうだ、これも無償で差し上げますよ。いいものを見せて頂いたお返しです」

 

 

 店主はそう言いながら店の奥から大きな鞍とハミ付きの手綱を取り出してくる。

 盲点だった。お金を使い切ってしまった以上、このままではアレウスに乗ることができないところだった。

 

 

 「だけどいいんですか? これでも結構しそうですけど」

 

 「ええ、2000リルします」

 

 「えっ」

 

 

 言葉に詰まる。

 まさかそこまで高いとは思わなかった。

 そんな私に店主は笑いながら話す。

 

 

 「いいんですよ、従魔屋が使わない馬具を持っていても仕方ありません。それにこれはお客様への先行投資ですから。この店に初めて来た<マスター>への特典だとでも思ってください」

 

 

 その言葉を受け、ありがたく受け取ることにする。

 馬具の色は銀色、アレウスに着けてもよく似合うだろう。

 

 その後、私は店主に教えてもらったジョブクリスタルのある場所へ無事辿り着き、ジョブに就くことが出来た。

 今でも就くことが出来るジョブは数百ほどあったが、アレウスは馬だったのでイメージ的に【騎兵】に就いた。

 相棒であるアレウスも手に入れ、後はモンスターを倒してお金を稼ぐだけ。

 そして噴水前まで歩いていた時だった。

 ふいに気が付いてしまったのだ。

 

 レジェンダリアは世界樹の周りに出来た都市であり、都市の周囲は深い森になっていることに。

 私が馬の乗り方、戦い方を全くと言っていいほど知らないことに。

 

 

 「……どうしよう」

 

 

 私はお金もなく、どうしようもない現状に頭を抱え、噴水に腰かけるのだった。

 



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第2話 騎兵ギルド

すいません、この回で戦闘に入りたかったけど予想以上に長くなった。
あと、今回は捏造設定多いです。
つぎ、戦闘回です。



 □<アムニール> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 噴水に座り込んでからどれだけの時間が経っただろう。

 活気があった霊都には外から戻ってきた<マスター>が集まり始め、騒がしくなってきた。

 そんな中、ヴィーレは何かに気が付いたように声をあげた。 

 

 

 「あっ、そう言えば……」

 

 

 思い出したのは食べ歩きの最中に聞いた情報。

 その中にはジョブに関する事だけではなく、ジョブに就いてからの情報もあったはずだ。

 確か『冒険者ギルド』と『専門ギルド』。

 どんなジョブでもクエストという名の依頼を斡旋してもらえるのが、冒険者ギルド。

 ジョブに対応したジョブクエストを斡旋してもらう事が出来るのが、専門ギルドだったはずだ。

 私のジョブは【騎兵】。つまり『騎兵ギルド』もしくはそれに似た名前のギルドが存在するはずだ。

 騎兵ギルドに行けば、ある程度は騎兵としての手解きを受ける事が出来るだろう。

 

 

 「うん、そうと決まれば早速情報収集しなきゃ!」

 

 

 噴水近くの草花をむしり食べていたアレウスを【ジュエル】に戻し、再び大通りへと歩き出す。

 やるべきことが分かれば事は早い。

 街を歩くティアンに手当たり次第に話を聞いていくだけだ。

 リアルでは日本人以外と話す機会も少なくは無かった。

 例え、エルフだろうと獣人だろうと巨人、小人に関係なく話を聞いていくのだが……

 

 

 「騎兵ギルド? そんなギルド聞いたこともないな」

 

 「傭兵ギルドなら知ってるわよ? ……貴方、美人だし【書士】に就けばきっと傭兵ギルドの受付嬢になれるわ!」

 

 「従魔師ギルドならしってるチュー。 レジェンダリアでも五本の指に入る大きなギルド……って、おーい! 僕の指は四本しかないっチュー!」

 

 

 二十人近いティアンに話を聞いたが、騎兵ギルドの情報は一つとして出てこない。

 ここまで来ると騎兵ギルドの存在自体が怪しくなってくる。

 

 

 「もしかしてレジェンダリアには騎兵ギルドはないのかな。この大樹海ではとても騎兵には乗れそうにも無いし……」

 

 

 もしくは傭兵ギルドに統合されているのかもしれない。

 いや、その可能性はかなり高い。

 このまま何も情報が見つからなければ傭兵ギルドにいって見よう。そう思い始めた時だった。

 

 

 「……騎兵ギルド? それならオレが知ってるぜ?」

 

 

 話しかけてきたのは私の傍に居た年老いた人間のティアン。

 大通りで聞き込みをしていたのが聞こえていたのだろう。

 

 

 「本当ですか!?」

 

 「あ、ああ。だが止めておいた方が良い。レジェンダリアでの騎兵ギルドは廃れちまってるからな。

  【騎兵】に就いただけなら傭兵ギルドに行くか、それこそアルター王国やカルディナの方に行った方がいいぜ?」

 

 

 男は吐き捨てるように一息に話す。

 それはまるで体験してきたかのように悲しみと怒りが混じったもの言いだった。

 

 

 「お嬢ちゃんも【騎兵】に就いたばかりなら、今すぐ転職するか傭兵ギルドに行った方がいい。……最も【騎兵】に仕事が回って来るかも怪しいがな」

 

 

 懸念は当たっていた。

 やはり森の中では【騎兵】としての力を十二分に発揮できないのかもしれない。森の中を駆け抜けることが出来るモンスターか、空を飛べるモンスターが居れば別なのかもしれないが。

 しかし私もおいそれと簡単に言葉通り受け止める事は出来ない。

 私は自由なのだ。

 

 『やるべきことは自身で決める』

 『自分の思った事を素直に受け止め楽しむ』

 

 これが二度目の私の人生で心に決めた事なのだから。

 

 

 「その、ありがとうございます。 でも私もそんな簡単に何でも諦める事はしたくないので……騎兵ギルドの場所を教えてもらえませんか?」

 

 

 その言葉に男は初めて私の目を見た。

 目に映る男の目は濁ったような黄色。その中には戸惑いと苦痛が渦巻いている。

 時間にして1秒未満。体感では5分にも感じる長い時が終わり、男はしかめっ面で私に向かって顎でしゃくると大通りを歩き出した。

 

 (案内してくれる……ってことでいいのかな?)

 

 何も言わないということはその通りなのだろう。

 違ったらまた情報収集からやり直せば済む話だ。

 私は人込みの中に消えていく男の背中を追いかけ始めたのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 「着いたぞ。ここがレジェンダリアにおける騎兵系統ジョブが集まるギルド、騎兵ギルドだ」

 

 「……ここがですか?」

 

 

 それを見た私は唖然としていた。

 おそらく呆然と口を開け、眼を見開いていただろう。

 男が立ち止まった目の前にあったのは掘っ立て小屋のような建物。

 世界樹を囲む形で円状に存在する<アムニール>。その最も外周付近に騎兵ギルドは建っていた。

 木で出来た木造建築。騎兵ギルドとしての敷地は野球場近くあるものの所々が朽ち果て、錆びれ始めていた。

 おそらくは従魔の世話や治療をする場所もあったのだろうが、今はもう形しか存在していない。

 だが汚れた看板に見え隠れした『騎兵ギルド』の文字が紛れもなくそこが目的地であることを示していた。

 

 

 「どうだ、<マスター>のお嬢ちゃん。これが今の騎兵ギルドの現状さ。ひと昔前はレジェンダリアの中でもトップレベルと言われるほどだったギルドも今ではこのざまだ」

 

 「……もしかして、貴方は【騎兵】のジョブに就いていたんですか?」

 

 「ああ、もう引退しちまったがな」

 

 

 何処となく哀愁を漂わせる男。

 彼は私の言葉に頷くと懐かしそうに騎兵ギルドへと入っていく。

 私もその背中を追いかける。

 

 

 「貴方は……」

 

 「ファフザー。【大騎兵(グレイト・ライダー)】ファイザー(ファフザー)、それが俺の名前だ」

 

 「私は碓氷……【騎兵】のヴィーレ・ラルテです」

 

 

 【大騎兵】、私の【騎兵】とはまた別のジョブだろうか。

 どちらにしろ私の先達であることには変わりない。

 

 

 「ファフザーさんはどうして騎兵ギルドがこうなったの知っているんですか? 私は<マスター>で今日ここに来たばかりなのでよくわからなくって」

 

 

 私の疑問にファフザーはゆっくり頷いた。

 彼は比較的新しそうな椅子に座ると再び椅子へ顎でしゃくる。私が対面の椅子に座ると彼は思い出すように語り始めた。

 

 

 「ヴィーレはこのレジェンダリアで比較的多いジョブは何か分かるか?」

 

 

 分からない。

 ジョブクリスタルへ向かう途中で道に迷うレベルなのだ。私は首を横に振る。

 

 

 「そうだな……初めから話した方が良いな。このレジェンダリアで多いジョブは大きく分けて三つある。

 

  一つは、マジックアイテムの作成を専門とする【魔道具職人】系統ジョブ。

  レジェンダリアは宙に漂う魔力が膨大で材料も豊富にある。たまにアクシデントサークルなんてものも発生するが魔道具の作成に適した場所だ。事実、レジェンダリアから輸出されるマジックアイテムは質が高い。

 

  二つ目は、妖精魔法を使うことが出来るようになる【妖精術師】系統ジョブ。

  レジェンダリアで暮らす人はこの【妖精術師】に適性があることが多い。だがやっぱり最も影響が大きいのがレジェンダリアを纏める【妖精女王(ティターニア)】の存在だろうな。

 

  そして三つ目は、従魔を使役する【従魔師】系統ジョブだ」

 

 「え? 【従魔師】が人気なら【騎兵】も多いんじゃないんですか?」

 

 「……いいから話を最後まで聞け」

 

 

 しまった。つい思った事が口に出てしまった。

 口を塞ぐ私を一瞥するとファフザーは話を再開し始めた。

 

 

 「【従魔師】が多いのには訳がある。

  一つは適正に関係なくある程度強くなれる点。

  もう一つはレジェンダリアには特殊なモンスターが他国よりも多い点だ。

 

  そして【騎兵】が廃れた理由はまた別にある」

 

 

 やけに勿体つける。

 ファフザーはアイテムボックスから酒を取り出しながら、吐き出すように語り始めた。

 

 

 「ひと昔前、オレが生まれる前の話だから詳しくは知らん。

  だがその時代には【騎兵】はそれなりに人気のジョブだった。だがそれも一つの事件を機に唐突に収束していく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは最も騎兵ギルドが栄えた時代。

 500を超えた騎兵系統ジョブのティアンが騎兵ギルドを出入りし、日々レジェンダリアの治安を守っていた。

 そしてそれを纏めるのは騎兵として天才と言われた男。

 そのティアンのレベルは400越え。

 “修羅の国”と名高い、天地の武芸者と並ぶ一握りの強者。単独で何体もの<UBM>を打ち倒し、その名を轟かせる騎兵だった。

 『騎兵ギルドなしの平穏なし』

 当時のレジェンダリアでは騎兵ギルドは最も信頼と強者が集まったギルドだったのだ。

 

 

 だがその平穏も一つの通報によって終わりを迎える。

 それは一体の<UBM>の出現。後に『神話級<UBM>』と呼ばれるユニーク・ボス・モンスター。

 

 

 名を【樹霧浸食 アームンディム】

 

 

 自身の周囲を大樹海に造り替え、特殊な霧を操る巨鹿のモンスター。

 半径1キロメテルにも渡る樹林結界、その中に入り込んだものはモンスターだろうとティアンだろうと関係ない。脱出不可能な霧の中から出ることは叶わず、体から木を生やし死んでいく。

 

 騎兵ギルドに所属する騎兵は何もできずに死んでいく。

 対抗できるだろう【妖精女王】はレジェンダリアから離れることはできない。迫りくる【樹霧浸食 アームンディム】の脅威を前にただ死を待つだけかのように思われた。

 

 だが【樹霧浸食 アームンディム】はレジェンダリアに辿り着くことなく打ち倒される事となる。

 決死の特攻を決めた、一人の天才騎兵の男によって。

 かくして脅威は消え去ったが騎兵ギルドに残された傷跡は甚大なものだった。

 

 ――熟練の騎兵の死。

 ―—残された低レベルの【騎兵】。

 ―—そして天才と謡われた一人の騎兵の喪失。

 

 名声のみを残し、騎兵ギルドは衰退の一歩を歩んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファフザーの話が終わると同時に静寂が降りる。

 私は言葉を返せないでいた。

 ただ一つ言えるのは、騎兵ギルドのおかげで被害は抑えられ、その天才騎兵は紛れもない英雄だったであろうということのみ。

 聞いているだけでも悲しみとやるせなさがこみ上げてくる。

 

 

 「これが騎兵ギルドが廃れた理由だ。……悪い事は言わない、騎兵ギルドはやめて傭兵ギルドを探せ」

 

 

 騎兵ギルドに居てもいいことなど一つもない。

 傭兵ギルドに行けば少なくともクエストは受けられるだろう。

 加えて<マスター>が増えても現状は好転しないかもしれない、だが……

 

 

 「……私は騎兵ギルドで働こうと思います」

 

 「なんでそう頑ななんだ。お前たち<マスター>にとって何のうまみもないだろう」

 

 

 その通りだ。

 きっと【騎兵】に就く<マスター>も沢山いる。そのほとんどは傭兵ギルドでクエストを受けるのだろう。

 だけど私にも損得で割り切れないものもある。

 

 

 「だって悔しいじゃないですか、人々を救うために死んでいったのにその存在が忘れられていくっていうは。

  それに私……」

 

 

 訝し気な顔をするファフザーに向け、挑戦的な笑みを浮かべる。

 

 

 「私、結構負けず嫌いなので」

 

 「フッ、ガッハッハッハッハ!!」

 

 

 その言葉にファフザーは大声をあげて笑いだす。

 ……少し不服だ。こんなに騎兵ギルドの為に頑張ろうと言っているのに。

 頬を膨らませファフザーを睨みつける。

 

 

 「ヒッヒッヒィ……すまねぇ。久しぶりに笑わせてもらったぜ」

 

 「……別にいいですけど。それでどうすれば騎兵ギルドに所属できるんですか? ギルドがあるってことは少なくとも人はいるんですよね?」

 

 「いや、別に所属云々は関係ない。どこでクエストを受けるかどうかだ。

  いま騎兵ギルドで働く奴は<マスター>であるお前ひとりと他に三人いる」

 

 

 やけに詳しい。

 いや、元は騎兵ギルドに所属していたらしいのでこの程度は知っていて当然なのだろうか?

 しかし私の他には三人しかいないとは……。

 その三人を探し出して手ほどきを受けながら、『ジョブクエスト』を受ける。道のりはかなり険しそうだ。

 

 

 「知っているなら紹介してくださいよ。実は私、【騎兵】に就いただけでまだ何にも分かって無いので手ほどきを受けたくてギルドを探してたんですから」

 

 「お前……さっきまでの威勢は何処から出てきたんだ」

 

 

 ファフザーが呆れた目つきで私を見る。

 だって、しょうがないじゃないか。リアルでは勉強と茶道、楽器ばかりやってきて喧嘩すらしたことないのだから。

 むしろいきなり戦える<マスター>はそれこそ天才ぐらいだろう。

 

 

 「そんな目でこっちを見るな。

  だが運がいいな、お前は目的の一つをすでにクリアしているぜ?」

 

 「ふぇっ?」

 

 

 驚きの声をあげる私にニヤニヤと笑う目の前の厳つい初老の男。

 ファフザーは今日一番の声を出しながら、改めて自分の名を名乗る。

 

 

 「オレは【大騎兵】のファフザー、騎兵ギルドに所属する一人で一応ギルド長ってやつだ」

 

 「で、でもさっきまで引退したって」

 

 「ああ、あれは嘘だ。何分うちを馬鹿にした野郎も寄って来るもんでな」

 

 

 ファフザーは誤魔化すように苦笑いで目を逸らす。

 なんと言うか……どこか納得できない気持ちがある。

 だけどこれで、とりあえずの目途はたちそうだ。

 そんな椅子に座る私の目の前に傷だらけの厳つい右手が伸びてくる。

 

 

 「改めてようこそ、騎兵ギルドへ。そして期待してるぜ? <マスター>のお嬢ちゃん」

 

 「……お嬢ちゃんって呼ばないでください。私はこれでも15歳です」

 

 「……ガキだな」

 

 「すぐにその口閉じさせて、感謝の言葉だけを言うようにさせてやるから」

 

 

 私はその右手をしっかりと握り返したのだった。

 

 

 

 



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第3話 フェニックス

長くなった。


 □<グリム森林> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 “霊都”<アムニール>の東に位置する森林帯。

 <マスター>達に“初心者狩場”と呼ばれる<グリム森林>では一人の【騎兵】が森の中を駆け抜けていた。

 漆黒と紅の軍馬を駆る赤髪の女性<マスター>。

 赤髪の<マスター>が馬上から弓を射り、怯んで動きを止めたモンスターを黒馬がその大きな体と、凄まじいスピードで踏み殺していく。彼らが駆け抜けた後には、死んだモンスターのドロップアイテムしか残っていない。

 間違いなく彼女はレジェンダリアでも頭一つ飛びぬけた<マスター>だった。

 

 

 

 

 「何とか形になって来たね、それもアレウスのおかげだよ~」

 

 『BURURURURU!!』

 

 

 赤髪の女性<マスター>、ヴィーレは跨る漆黒の軍馬……アレウスの首を撫でまわしながらシミジミ呟く。

 アレウスは嬉しそうに唸り声をあげながら走り続ける。

 彼女は『ジョブクエスト』兼レベル上げを終え、ドロップアイテムを拾い集めながらゆっくりと<アムニール>へと来た道を戻っていた。

 縦横無尽に駆け抜けながらモンスターを倒してきたが道に迷うこともない。

 何故なら、駆け抜けた場所はまるで何かに踏み荒ら(・・・・・・・)された(・・・)ように植物が潰れ切っているからだ。加えて<グリム森林>でのレベル上げは習慣に成りつつあり地図も完全に埋まっている。

 結果、ヴィーレは迷うこともなく地面に落ちたドロップアイテムも見落とすことなく帰路につくことが出来ているのだ。

 

 

 「それにしても、ここにきてもう一週間(・・・)かぁ。短いようで長いようで……本当に色んなことがあったね」

 

 

 そう、一週間。すでに<Infinite Dendrogram>に降り立ち、ゲーム内では一週間の時が過ぎていた。

 他の戦闘職系の<マスター>は既に一つ目のジョブのレベルをカンストさせ、より強い敵を求めて遠く離れた狩場を探し始める時期である。

 そんな中、ヴィーレは“初心者狩場”で一つ目のジョブのレベル上げ。

 今でも<グリム森林>にいる<マスター>は彼女だけと言っていいほどに少なかった。

 有体に言えばヴィーレは完全に出遅れていた(・・・・・・)

 

 

 それにはいくつかの理由がある。

 

 一つに【騎兵】としての訓練。

 ファフザーに基本を習うと言ってもヴィーレは戦闘に関して素人だ。

 アレウスに乗る訓練から始め、乗馬状態で彼女の持つ初期武器である弓を扱うのにかなりの訓練と時間を要してしまった。

 むしろリアルで厳しい教育を受けてきたヴィーレだからこそ、この短時間で形に出来たのだがそれを他の<マスター>が待っていてくれるわけでもなかった。

 

 

 二つ目にヴィーレが独り(ソロ)だったこと。

 実は何度か他の<マスター>とパーティーを組んだことがある。

 しかしそのパーティーで受けたクエストは散々足るものであった。

 唯でさえリアルでは人と協力することなく一人で全てをこなしてきた彼女、頭では『協力』という言葉は理解しても体と心は全くと言っていいほど馴染めなかったのだ。

 加えて彼女が【騎兵】だったことも大きい。

 森の中を自由に駆け回りながら弓を射る彼女の戦闘スタイルは、それぞれ役職が与えられているパーティーでは邪魔以外の何物でもなかったのである。

 

 挙句の果てにパーティーメンバーをアレウスで轢き殺し、追い出された。

 久しく本気(マジ)で泣いてしまいアレウスに慰められたのは秘密である。

 

 唯一、戦闘スタイルが合った【闘士】のフィガロと【鎧士】の田中さんとはフレンド登録し合ったが、ここしばらくは音信不通である。

 

  

 

 いくつかの理由はありはしたが、結果ヴィーレは技術的な面では<マスター>の中でも秀でたもののレベルも低くソロで活動するのが日常に成りつつあった。

 

 

 「今日はギルドに戻ったらアレウスの体を洗おうね? かなり泥で汚れちゃったし」

 

 『……BURU』

 

 

 <グリム森林>から騎兵ギルドまでの距離は短い。

 <アムニール>に入るとすぐに騎兵ギルドのオンボロ小屋が見えてきた。

 アレウスを【ジュエル】に戻さずそのまま入る。

 

 

 「ただいま帰りました~」

 

 「あら? お帰り、ヴィーレちゃん。ずいぶんクエストをこなすのが早くなってきたわね」

 

 

 出迎えてくれたのは騎兵ギルドに所属するティアンの一人、ジュシーネさん。

 【騎兵】の上位職である【疾風騎兵(ゲイルライダー)】であり、ギルド内で(四人しかいないが)1,2を争う実力者だ。

 そんなジュシーネさんは普通のティアンではない。

 人の上半身に馬の体を持つ人馬種族、リアルではケンタウロスと呼ばれる亜人種族だった。

 人馬種族で【騎兵】に就けるのかは疑問に思うところではあるが、逆に彼女ほど【疾風騎兵】が似合うティアンはいないだろうとも思える。

 

 

 「私もアレウスもかなりレベルが上がってきましたからね。それにジュシーネさんから貰ったこの服がとても動きやすいので!」

 

 

 満面の笑みで嬉しそうにその場で一回転して見せる。

 ヴィーレが着ている服はもう以前のような初期装備のワンピースではない。

 

 体のラインにピッタリと密着するタイプの白の花柄が入ったブラウスに、動きやすい藍色のショートパンツとレギンス。

 長かった赤髪は髪留めで後ろに一纏めになっている。

 

 赤い髪も合わさって活発な女の子といった服装。控えめに言っても美人である。

 初めは少し恥ずかしかったが……レジェンダリアには特殊な服装な<マスター>も多くいてあまり気にならなくなった。

 加えて防具としての性能はこちらの方がかなり良いので重宝している。本当にジュシーネさんには感謝してもしきれない。

 

 

 「このまま一気にレベルを上げて、騎兵ギルドをまた再建させてみせます!」

 

 「ふふっ、頼もしいわね。期待してるわ」

 

 

 拳を握り声を上げるヴィーレにジュシーネは嬉しそうに微笑む。

 

 

 「でも、とりあえずジョブクエストの報告をしてから一休みしなさい。<マスター>にも休息は必要よ」

 

 

 その言葉で思い出したかのようにクエストの報告を行う。

 【騎兵】のジョブクエストはそのほとんどがモンスターの討伐クエストだ。

 いくつか護衛クエストや荷物の運搬クエストも存在するが、今のヴィーレではレベルが足りない。

 こうして小さなクエストをこなしながらレベルとスキル、そして技術を磨いていくしかないのだ。

 

 ジョブクエストの報告を終えたヴィーレは椅子に座りながらドロップアイテムの確認を始める。

 【騎兵】であり、アレウスというAGI型の従魔を駆るヴィーレが倒したモンスターは普通の戦闘職<マスター>が倒せる数よりは遥かに多い。

 ヴィーレが持つアイテムボックスにも溢れんばかりにドロップアイテムが詰められていた……のだが。

 

 

 「だけどこれだけあっても1500リルかぁ……」

 

 

 大量のドロップアイテムも全て“初心者狩場”で狩った所謂雑魚モンスターのもの。【ラージマウス】や【リトルゴブリン】、【ファングラビット】等が殆どである。

 先日までの<マスター>の大量の討伐もあってか売値も暴落してしまったという理由もある。

 結果、纏めて売っても大した額にはならないのだ。

 

 

 「矢もかなり使っちゃうし、もう少しアレウス主体の戦闘にしたほうがいいかな?」

 

 『BURURURUー』

 

 

 任せろと言わんばかりにアレウスが嘶くが、しかし弓の技術も上げたいのも本音である。

 弓を使えば矢は消費する。

 もちろん再利用できるものはできる限り使用するが、それでも湯水のように減っていく。

 使用する矢やアレウスの食事代、恒常的な資金不足がヴィーレを悩ませる一つだった。

 だが、それ以上にヴィーレを悩ませる悩みが一つ存在する。

 

 

 『<エンブリオ>が孵化していない』

 

 

 確かめるように掲げた左手の甲には<Infinite Dendrogram>を始めた時と変わらない、宝石型の<エンブリオ>が光っていた。

 すでにゲーム内で一週間。

 その孵化の遅さは異常とも言えるものだ。

 時おり耳に挟む<エンブリオ>の進化の噂がより一層焦燥を駆り立てる。 

  

 (お願いだから早く第一形態になってー!)

 

 毎日のように心で叫ぶ。

 これも既に六日以上続いている習慣。

 今日もいつものように祈るように願いを込めて…… 

 

 

 「やっぱり何も起き……えっ?」

 

 

 願うと同時に左手の<エンブリオ>が輝き出す

 それはいつもとは違った光景。宝石状だった<エンブリオ>から光の粒子が立ち上ぼり目の前で一つに形作っていく。

 そして光が収まると同時にそれは姿を現した。

 

 

 「これは……卵?」

 

 

 目の前に現れたのはダチョウの卵程の大きさの何かの炎卵。燃えるような深紅と蒼青の紋様が殻に渦巻き、離れていても感じ取れるほどの熱を秘めている。

 だが……熱くない。

 恐る恐る伸ばした指先が炎卵に触れるが、見た目のような熱さは微塵も感じない。

 

 

 「これが私の<エンブリオ>、不思議……」

 

 

 こみ上げてくる言い表せないような嬉しさと感動。同時にどうして自分から卵型の<エンブリオ>が生まれたのかという疑問が巻き起こる。

 

 

 「へぇ、<マスター>は<エンブリオ>に選ばれるっていうけど、それがヴィーレの<エンブリオ>なのね」

 

 「うん、私も今初めて見たけど……これが私の<エンブリオ>みたい」

 

 『BURURU』

 

 

 ジュシーネさんとアレウスが興味深そうに炎卵に触る。

 どうやら私だけでなく、皆も炎に関係なく触れるようだ。

 

 

 「あ、そうだ。メニューから詳細が見れるんだ」

 

 

 思い出すように開いたメニューには噂通り、私の<エンブリオ>の情報が載っていた。

 

 

 【炎怪廻鳥 フェニックス】

 TYPE:ガードナー

 到達形態:Ⅰ

 

 『保有スキル』

 《火炎増畜(フレイム・アカラマティッド)》Lv.1

  <マスター>の最大MP&SPゲージから溢れた(MP&SP)に×2をしたものを無尽蔵に蓄積する。

  炎を吸収し、MP&SPに変換する。

  戦闘時に蓄積したMP&SPを<マスター>に再供給する。

 

 『ステータス補正』

  HP補正:E

  MP補正:G

  SP補正:G

  STR補正:F

  END補正:G

  DEX補正:F

  AGI補正:D

  LUC補正:G

 

 

 

 「ガードナー? それにしてはステータスが低いような……」

 

 

 強い<エンブリオ>やガードナーが欲しかったわけでは無いが、噂に聞いていた第一形態の<エンブリオ>よりも格段に弱い気がする。

 <Infinite Dendrogram>内ではすでに一週間。全てではないと言え、ある程度のカテゴリーの特徴と<エンブリオ>にタイプがあることがすでに分かっている。

 

 <マスター>へのステータス補正に偏った、高補正型。

 <エンブリオ>としてのスキルが豊富な、スキル多数型。

 そしてどちらもバランスよくそろった、バランス型。

 

 この【炎怪廻鳥 フェニックス】はバランス型に当てはまるのだろう。

 しかしそれにしては全ての面で何かが足りない。

 スキル型のステータス補正に高補正型のスキル数。ガードナーとしては戦闘力はおそらく皆無、自力動くことすら叶わない。

 これではまるで、わざと中途半端(・・・・・・・)に孵化した(・・・・・)かのようだ。

 

 

 「でも<エンブリオ>が孵化したのは大きな一歩なはず! うん、やる気出てきた!」

 

 『BRUUUU!』

 

 

 そもそも完全に<エンブリオ>について分かったわけでは無いのだ。きっと成長が極端に遅(・・・・・・・)()ことも含め何かがあるのだろう。

 気にしていた悩みが一つ解決したヴィーレは元気よくアレウスの世話に歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 □■□<グリム森林・奥地> 【鎧巨人】田中

 

 

 

 

 

 <アムニール>から遠く離れた<グリム森林>の奥地。

 木々が絡み合うように生え伸びる森の中に一人の<マスター>がいた。

 

 彼の名前は田中。

 ソロでありながらすでに【盾巨人(フルアーマー・ジャイアント)】という上級職に就いている<マスター>だ。

 彼は第三形態へと進化した自身の<エンブリオ>によって高レベル帯でのレベル上げを可能にし、ソロにして異例の速さでレベルを上げることが出来ていた。

 そのことからも彼が強い事は明らかだろう。

 その自信故かソロで森の中を突き進み続けていた。

 

 

 「むっ? なんでしょうあれは?」

 

 

 堂々と歩き続ける田中の前に表れたのは一本の大樹型モンスター。

 ゆっくりとした速度で進みながら獲物を捕食するモンスターだった。しかしレジェンダリアではこの手のモンスターも珍しくはない。

 

 

 「エント……いえ、何処か変ですね。エントの上位種、ハイエントといったところでしょうか」

 

 

 田中はここまでエントを数多く葬っている。

 仮に上位種であるハイエントといえども田中と彼の<エンブリオ>に掛かれば敵ではない。

 ――勝てる。

 そう判断した田中は……

 

 

 「ハァッ!!」

 

 

 全身の装備を《瞬間装着》で脱ぎ捨てた。

 彼に残ったのは急所を防ぐ一枚のブーメランパンツのみ。彼は不敵な笑みを浮かべながら両手を広げ歩き出す。

 彼は決して変態ではない。これこそ彼の戦闘スタイルであり、彼の<エンブリオ>【戒縄報復 ゴクソツキ】のスキルの発動条件であるからだ。

 

 

 「ハァァンッ!」

 

 

 独りでに動く大縄が田中自身の全身を縛り、【拘束】状態を自身に付与する。

 自身のエンブリオである大繩に縛られ動けない田中、そんな彼を獲物と判断したハイトレントが鞭のようにしなる枝で彼の体を殴打した。

 ハイエントの一撃は無防備に受ければ一撃でデスペナルティになるほどの攻撃力を持っている。

 本来なら防具も無しにハイトレントの攻撃を受ければ一撃でデスペナルティとなることは明白だ。

 その攻撃を受けた田中は次の瞬間、デスペナルティに陥る……

 

 

 「んん! いい、いいぞぉぉぉお!」

 

 

 ……ことなく恍惚の表情を浮かべていた。

 これこそ【戒縄報復 ゴクソツキ】のスキル。

 自身を縛ることで一定以上のダメージを1000以下にし、20秒後に食らったダメージを倍にして返す攻守一体のスキルだ。

 加えて全身を縛る大繩が一時的に全身鎧の判定を受け、【鎧巨人】の《ダメージ軽減》と《ダメージ減少》を発動。

 状態異常も『戒め』の言葉が付くエンブリオらしく、【拘束】状態時に【毒】や【麻痺】、【即死】のレジスト率が上がるまさに万能型の<エンブリオ>であった。

 極楽にも感じる20秒という長い時間を掛け、着々と蓄積されていくダメージ(快感)

 そしてその時は来た。

 

 

 「ふぅぅぅんっ!!」

 

 

 全身を縛っていた大繩が解け、彼の腕に巻き付いていく。

 それはまるで悪鬼の拳。

 ハイトレントさえ一撃で砕く破拳が、今まで一方的に攻撃していたハイトレントへと迫る。

 これぞ【鎧巨人】である田中の戦闘スタイル。相手の攻撃を前提としたカウンター攻撃であり、その前には多くのモンスターが葬り去られてきた。

 そして今も目の前のハイトレントを葬り去ろうとし……

 

 

 「……あれ?」

 

 

 田中は自身の拳で自らの胸を貫いた。

 霞む視界で最後に見たのはHPの下に並んだ十を超える状態(・・・・・・・)異常(・・)、そしてその中には 田中が初めて目にする状態異常である【魅了】の二文字が並んでいた。

 

 田中は、彼は根本的な勘違いしていたのだ。目の前にモンスターがハイトレントだと。

 もしくは【斥候(スカウト)】のジョブに就いていれば見えていたかもしれない。

 

 レベル差で全く《看破》できない敵モンスターのステータスを。

 そのモンスターは<Infinite Dendrogram>に一体。

 特異なスキルと、高いステータスを持つ<UBM>。

 

 【魔樹妖花 アドーニア】の名を持つ<UBM>はゆっくりと移動を開始する。

 より美味しそうな、栄養になりそうな敵を探して。

 

 人が多くいるだろう、<アムニール>のある方向へ。

 




<UBM>の名前は後で少し改変するかもです。すいません。


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第4話 対敵と出会い

視点が一人称と三人称コロコロしてます。
戦闘=一人称
その他=三人称
になるかもです



 □<グリム森林> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 ヴィーレは自身の<エンブリオ>、【炎怪廻鳥 フェニックス】が孵化してから三日。

 彼女は毎日のようにジョブクエストや『冒険者ギルド』で引き受けたクエストをこなす日々を送っていた。

 午前はいくつかの“初心者狩場”でレベル上げやクエスト。

 午後はジュシーネさんやファフザーさんに【騎兵】として訓練をつけてもらう。時々アレウスと一緒に散歩や中古の武具やアイテムが売っているバザーを見て回る。

 同じことの繰り返しではあるがそれなりに順風満帆の日々を送っていた。

 

 そして【炎怪廻鳥 フェニックス】についても少し分かってきたことがある。

 

 それはガードナーの<エンブリオ>として、独立した意志があるということ。

 レベル上げや訓練の時には、面倒くさそうに左手の紋章に戻ろうとするのだ。

 そのくせ、散歩やバザーを回っているときにはひょっこり出てくる。特にアレウスの体を洗ったり、ブラシ掛けといった世話をしているときは『自分にもかまって』とでも言うように転がってくる。

 卵型であるフェニックスをどう世話しろという話だが……。

 

 そしてもう一つ分かったことは、戦闘に関しては何もできないという事だ。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】の唯一の『パッシブスキル』である《火炎増畜》。私の意志とは関係なく自動でMPとSPを二倍に増幅し、無尽蔵に貯蓄する。

 【魔術師(メイジ)】系統の魔法職や、【戦士(ファイター)】系統のジョブをとった人にとっては涎が出るほど欲しいスキルだ。

 しかし私は【騎兵】である。

 【騎兵】のスキルにはSPを消費するものはいくつかあるが、ほとんど《騎乗強化》や《騎乗》、《持久力強化》や《危険察知》といったパッシブスキルがほとんど。

 せっかく蓄積しているMP&SPもまだ一度として使った機会が無い。

 

 

 「うーん、この際次の【騎兵】の上級職をとる前に【魔術師】にでも就こうかな? そっちの方がフェニックスが活躍できそうだし……」

 

 『BURURU!?』

 

 「大丈夫だよ? 《騎乗》は凡用スキルらしいし、【魔術師】になってもアレウスには乗るよ?」

 

 

 もう乗ってもらえないのかと思ったのか、慌てるアレウスに説明する。

 こんなに慌てるとは本当に可愛い相棒だ。

 洗いたての黒い鬣を微笑みながら撫でる。

 しかし、こうして考えると<エンブリオ>が孵化して大きく変わったのは、私のステータスぐらいのものかもしれない。

 

 【騎兵】は比較的満遍なくステータスが上がり、AGIとHPは少し多く上がる。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】のステータス補正もAGI補正が飛びぬけて高く、次点でHP補正が高い。その結果、私のHPとAGIがかなり高い。

 それでも、依然としてアレウスの方がAGIが高いのだが。

 しかし、アレウスのスピードに振り回される事なく弓を扱えるようになったのは大きな変化だろう。

 

 

 「それでもそろそろ、次のジョブについて考えなきゃねー」

 

 

 走りだしたアレウスに騎乗しながら弦を引く。

 放たれた矢は、狙い通り【ラージマウス】の抵抗を許さず撃ち抜いた。

 同時に頭の中にレベルの上昇を告げるアナウンスが流れる。

 

 ソロだったこと、そして“初心者狩場”ばかりでレベル上げを行っていたので時間は掛かってしまったが、【騎兵】のレベルも30を超えた。

 戦闘に慣れてきたことも考慮に入れれば、数日後にはカンストするだろう。そうなれば次に就くジョブに就いても考えなければならない。

 もちろん騎兵系統の上級職も視野に入れている。

 

 

 「確か、【大騎兵】はジョブクエストの一定数達成に50キロ以上の騎獣に乗っての走行、あとは騎兵ギルドへ10万リルの上納だったかな?」

 

 

 【大騎兵】であるファフザーさんから聞いた情報なので間違いないはずだ。【大騎兵】は【騎兵】をそのまま強化したよな上位職で、転職条件も比較的簡単な方らしい。

 ついでにジュシーネさんの【疾風騎兵】は一定以上のAGIが転職条件にあるので、頑張れば私でもなれそうである。

 もしくは、同じ【騎兵】系統の下級職である【弓騎兵】や【装甲騎兵】、【重装騎兵】なんて選択肢もある。

 

 

 『BURU』

 

 「うん、そうだね。今は戦闘に集中しなきゃね」

 

 

 私はアレウスに窘められ、戦闘に集中する。

 

 

 「でも、ここのモンスターもレベルが上がりにくくなってきちゃったね。きょうは奥の方に(・・・・)行ってみよっか?」

 

 『HIHIiiiiIIN!』

 

 

 大きく嘶くアレウスの手綱を軽く引く。

 私たちはより強敵を目指し、<グリム森林>の奥地を目指し駆けるのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 <グリム森林・奥地>

 

 

 

 

 木々をなぎ倒しながら突き進む【ラッシュ・ファング・ボア】。

 下級モンスターの中では飛びぬけた攻撃力を持ち、直撃すればEND型のジョブでも無ければ【混乱】に陥りデスペナルティになる。

 しかしその強力な突進は空を切った。

 代わりとばかりにその大きな体に、何本もの矢が突き刺さる。その一本は後ろ脚の膝を貫いていた。

 スピードのついた体を支えきれず、地面を転がる【ラッシュ・ファング・ボア】に止めを刺そうと矢をつがえた時だった。

 

 

 「ッ!」

 

 

 引いた右手に何かが絡みついている。変に生暖かく、ヌルヌルした物体。

 後ろを向いた先に居たのは大柄なカメレオンだった。

 半身が透明に見えるほど高度な擬態を解かれ、腕に絡みついた長い舌の力がより一層強くなる。

 【ステルス・カメレオン】、《光学迷彩》のスキルを持った森の狩人だ。

 敵の武器を奪い取りジワジワと攻撃してくる厄介なモンスター。

 しかし相手が悪かった。

 

 

 「アレウス!」

 

 

 言葉と共に重量級のアレウスの後ろ脚が跳ね上がる。

 アレウスの強力な足蹴りはピンポイントで【ステルス・カメレオン】の頭を打ち貫き、ドロップアイテムに変える。

 同時に解放された腕から放たれた矢は【ラッシュ・ファング・ボア】の首に突き刺さった。

 

 

 「やった! 私たちでも十分戦える!」

 

 『BURURURU!!』

 

 

 <グリム森林>の奥地での初めての戦闘はダメージを食らうことなく無事に終えた。

 まさに完全勝利だ。

 目の前の出来事は彼らが十分戦える事を示していた。

 

 

 「これでレベル上げもはかどるね」

 

 

 自分でいった言葉に思わず笑みが零れる。

 加えてドロップアイテムも良い。

 ここでのドロップアイテムである毛皮や素材、特に肉などは<マスター>にも高値で売れるのだ。

 まさに美味しい狩場である。

 これならどれだけ矢を放とうと赤字にはならないのだ!

 

 

 「ひゃっほー! 気持ちい~!!」

 

 

 思わず叫んでしまうのも仕方がない。

 まさに蹂躙。

 アレウスが植物を踏み抜きながら森を駆け抜け、眼についたモンスターを矢で射貫いていく。

 足を止めたモンスターはただアレウスに轢き殺されるのを待つほかない。

 面白いようにマップが埋まり、レベルの上昇を告げるアナウンスが鳴り響く。

 

 

 

 どれだけ駆け抜けただろう。

 黒く表示されていたマップはほとんど埋まり、残りは<グリム森林>の奥の奥だけとなった時だった。

 

 

 「……アレウス?」

 

 『BURUUU……』

 

 

 一度たりとも立ち止まることの無かったアレウスが足を止めた。

 そして私に何かを警告するかのように唸り声をあげる。顔をこちらに向けることなく、真紅の相貌は森の奥を睨んでいた。

 

 

 「この先に何かが居るの?」

 

 

 返事はない。

 ただ静かにアレウスは頷いた。

 この先に何か……おそらく今までにないほどに強力な敵がいる。万全を期すならここで引き返し、違う場所でレベル上げを行うべきだが……

 

 

 「……たまには冒険もいいよね?」

 

 

 初めての冒険。

 そのワクワクと弾む心と先に居るというモンスターへの探求心が引き返すという選択肢をかき消した。

 リアルの私なら絶対に進みはしない。

 だからこそ。それなら行かなきゃならないだろう。

 

 

 「行こう、アレウス。初めての私たちの冒険に!」

 

 『HIHIiiiiN!』

 

 

 気合を新たに私たちは暗くなった森の奥へと駆けだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「————————!? ———!」

 

 

 聞こえてきたのは人の声。

 助けを求めるような声に金属がぶつかり合う戦闘音が聞こえてくる。続いて森の中だというのに真っ赤な炎と共に熱気が押し寄せてくる。

 この熱気には覚えがある。

 確か、【紅蓮術師(パイロマンサー)】の奥義である《クリムゾン・スフィア》だ。巨大な火球を打ち出す魔法ではトップクラスの威力を持つ魔法。

 おそらくそれで間違いない。

 この辺りでは《クリムゾン・スフィア》を受けて倒れないモンスターはいないだろう。

 私は少しのガッカリした気持ちを浮かべながら、火球が放たれただろう先へアレウスを駆る。

 

 

 「えっ?」

 

 

 その先で見たのは《クリムゾン・スフィア》によって燃え尽きて出来た焼け跡。その威力を示すように入り組んだ森が大きく開けている。

 空気には未だに熱気が残り、バチバチと一部では炎が草木についている。

 そしてその中央には……

 

 

 巨大な樹木型のモンスターに絞殺される一人の【紅蓮術師】の<マスター>がいた。

 

 

 思わず出た驚きの声と同時に【紅蓮術師】が光の塵となる。

 私より遥かに強いだろう<マスター>が。

 

 

 「樹木型のモンスターが生きてる……さっきの《クリムゾン・スフィア》を食らっていなかった?」

 

 

 火に対して木は弱い。

 それは<Infinite Dendrogram>でも変わらない。

 つまりあのモンスターは《クリムゾン・スフィア》を避ける手段、もしくは防ぐことが出来る特異なスキルを持っている事となる。

 強い、私たちよりも。

 

 

 「……私たちを見逃してくれたりは……しないよね!」

 

 

 辺りの木々から一斉に枝が伸びる。

 その動きには制限がない、まるで蛇のようにうねりながら走る私たちを追撃する。

 あの攻撃にどれほどの攻撃力が込められているかは計りようもないが、おそらく何発ももらえない。それに先ほどの【紅蓮術師】、あの<マスター>のように掴まれて絞殺されるかもしれない。

 だが速さはアレウスの方が速い。

 騎乗しながら撃ち落とすように矢を射るが。

 

 

 「やっぱり相性悪いね……」

 

 

 相手は木だ。

 木に矢が刺さったところで敵の動きは止まらない。敵の本体に存在する魔核を砕くしか倒す手段はありはしないだろう。

 

 森の中で縦横無尽に伸びる枝の攻撃、加えて何かしらの防御手段を持っている。

 攻撃手段が矢による手段しか持ちえない私にとって勝ち目はほぼ無いと言えるだろう。

 だが……

 

 

 「私とアレウスを舐めないで!!」

 

 

 数々のジョブクエストの達成に熟練の【大騎兵】と【疾風騎兵】との訓練。

 そして【騎兵】のパッシブスキルである《騎乗》と《騎乗強化》のスキルレベルは限界である5まで上げ切っている。

 それによって、AGIとEND型の【グランド・ウォーホース】であるアレウスのステータスは《騎乗強化》によって亜竜級まで強化されている。

 

 下から伸びてくる木撃を跳躍して躱し、何処からか放たれた木の弾丸を紙一重で避ける。

 アレウスだけではない、ヴィーレとアレウスの二人の力が合わさった力だ。

 

 

 「フッ!」

 

 

 同時に攻撃の手を緩めない。

 アレウスが攻撃を避け、私が的確に弱点を探すように矢を穿つ。

 相手は木型のモンスター、避けられることもなくその体に矢を増やしていく。

 

 (このままなら……いける!)

 

 このまま的確に矢を射り続ければ、いずれモンスターの核が露見する。そうなればこちらの勝ちだ。

 問題は残った矢で行けるかどうか。

 周囲から飛び出してくる攻撃はAGIに大きな差があっても避けきれはしない。

 私とアレウスは体に少しづつ傷を増やしながら、ひたすら攻撃をし続ける。早くその硬い外皮が砕け散ることを祈って。

 

 

 何本と、何十と矢を穿つ。

 そしてその時は唐突に来た。

 

 

 

 

 

 『HIHIiiiiiiN!』

 

 「……アレウス!?」

 

 

 突如、体をよろめかせ動きを鈍らせるアレウス。

 そしてまるで何かに突き動かされるように私の手綱を振り切り、躍るかのように暴れ出した。

 突然の出来事に驚きを隠せない私が反応できるわけもない。暴れるアレウスに振り落とされ体を地面に打ち付ける。

 

 

 「痛い……」

 

 

 思わず顔を歪ませる。

 私は弓や騎乗がうまくいくように、常に痛覚を僅かにだが残している。それがこの瞬間仇となってしまっていた。

 体を起こそうと地面に手を着く。しかしその手の影を飲み込むように私の上に出来た影。

 《危険察知》が頭にガンガンと警鐘を鳴らし、身がすくむ。

 竦む体に抗うように必死に前方へ転がると背後で何かが踏み抜しめるような音が響く。

 それはレベル上げの最中に何ども耳にした相棒の足音。

 

 

 「なんで……アレウス?」

 

 

 そこにいたのはギラギラとした双眸で私を睨みつけるアレウス。

 初めて会った時とは全く違う、その視線には溢れんばかりの敵意が込められていた。その事実に頭を殴られたかのような衝撃を受ける。

 信頼し、お互いを理解しあっていたはずのアレウス。しかし今はその巨体で私を踏み殺さんと近寄ってくる。

 驚きが、裏切られた悲しみが頭を支配する。

 

 

 「と、とにかく逃げないと……《送還》・アレウス!」

 

 

 右手の【ジュエル】に送還されるアレウスを見ながら体を起こす。

 しかしそれをモンスターが見逃すほかなかった。

 いくつもの木撃が木弾が飛んでくる。

 それをできる限り避けながら、僅かな抵抗とばかりに矢を放つ。

 

 しかしその矢はモンスターへ届くことは無い。

 

 矢は宙で高速(・・)でしなりながら振るわれた木の枝によって砕かれたからだ。

 同時に先ほどまでゆっくりと動いていた攻撃が高速で放たれる。

 それはまるで、モンスターの中(・・・・・・・)が入れ替わった(・・・・・・・)かのようだ。

 

 

 「うっ……早く、早く逃げなきゃ」

 

 

 傷の増える体を無理やり動かしながら、モンスターから逃げる。

 いつもより体が動かないのは視界の端に浮かぶ【麻痺】が原因だろうか? 

 震える足に力を入れる。

 必死に、ただモンスターから離れるように足を動かす。

 そうして聞こえてきたのは水の音。

 おそらく川であろう、水が流れる音がする。この音からして流れは相当速いだろう。

 

 (川に飛び込むしかない……!)

 

 このまま森の中に居てもいつかは殺されてしまう。

 今このも周囲から木が槍のように突き生え、木の弾丸が体を襲っているのがその証拠だろう。

 おそらく微かに聞こえる女の笑い声(・・・・・)が聞こえる限りは逃れられはしない。

 

 

 「ッ! 見えた!」

 

 

 しかしそれは川ではない。

 

 バッサリと切り取ったような地面。

 宙を吹き抜ける冷たい風。

 そして下から聞こえてくる水の音。

 

 それは渓谷。

 森の中に不自然に出来た丸い渓谷に一筋の運河が流れている。崖の距離は100メテルもあるだろう。

 予期せぬ出来事に足が止まる。

 この距離で落ちたら水の上とは言え流石に死ぬかもしれない。

 そもそも運河の中に別のモンスターがいないとは限らないのだ。生き残れる可能性などそれこそ宝くじに当たるようなもの。

 しかしそれしか生き残る道は残されてはいないだろう。

 

 

 「……行こう、行くしかない!」

 

 

 私は後ろから聞こえる笑い声を耳に、宙に身を躍らせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇<?????> 【■■】■■■・■■■■

 

 

 

 

 「おや、ここに人とは珍しいですね……実に100年ぶりでしょうか」

 

 

 男は運河に溺れて流れ着いただろう赤髪の女の子を見ながら呟く。

 彼が口にした100年ぶりという言葉。

 それ自体は珍しいものではない、何と言ったって多くの長寿種が住まうレジェンダリアだ。それこそ1000年単位で生きる生き物だっているぐらいだ。

 レジェンダリアでは驚かれるようなことでは無い。

 

 しかし人に会うのが100年ぶりというのは珍しい。

 それこそ極度の人嫌い、もしくは普通の方法では(・・・・・・・)いけないような(・・・・・・・)辺境に住んでいるもの好きくらいだろう。

 そして彼は訳あって辺境に住まうもの好きの一人だった。

 

 

 「ここに来たということは、あの<アームンディムの円湖>を越えて来たのでしょうね。……運がいい」

 

 

 その言葉には彼がここにたまたま訪れたことも含まれていただろう。

 彼がここに来なければ、【毒】の継続ダメージで死んでいたかもしないのだから。

 そんな言葉に軽く笑う彼。

 

 

 「これも天の定めというものですかね」

 

 

 そんな呟きを残し、彼は自身の背に彼女を乗せ、歩き出したのだった。

 

 

 



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第5話 しがない老人

 □<?????> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 パチパチという音がやけに鮮明に頭に響く。

 何かが弾けては音を立てて消えていく音、つい最近聞いたことのある炎の音だ。

 焚き木が弾けては崩れる不規則な音と、冷えた体を温める心地よい熱さに目を覚ました。

 

 

 「……ここは? 私、確か川に向かって……」

 

 「ああ、起きましたか。どうやら無事そうで何よりです」

 

 

 体を起こし、優しく静かな声の主を探す。

 その声の持ち主はちょうど焚き木を挟んだ反対側に座っていた。

 しわの出来た柔和な顔に、大きな体は鍛え抜かれたかのような引き絞られた体をしている。そして何より目を引くのは彼の胸より下。

 

 

 「どうですか? 体に異常はありませんか?」

 

 

 人間の上半身に大きな馬の下半身、<Infinite Dendrogram>を初めて出会う、ジュシーネさん以外の人馬種族だった。

 しかしその体つきはジュシーネさんとは比べ物にはならない。

 服から出た生身は至る所に古傷が見え隠れし、右後ろ脚に限っては体の五分の一程が大きく抉れ、木のような義足が傷を塞いでいた。

 男の勲章……と言うには余りにも痛々しい古傷だ。

 私はそんな彼を呆然と眺めながら、回らない頭で返事を返す。

 

 

 「えっと、はい。おかげさまで? 

  私、確か川に飛び込んだはずなんですが貴方が助けてくれたんですか?」

 

 「ええ、と言っても偶々ですが。気を失い、川岸に流れ着いていた貴女をここに連れてきたというだけですよ」

 

 「いえ、その……ありがとうございます」

 

 

 その何処か身に纏う重厚な雰囲気に敬語で話す。

 

 

 「フフッ、そんな気を置く必要はありませんよ。ヴィーレ・ラル(・・・・・・・)()さん。

  私はしがない老人にすぎませんから」

 

 

 彼は可笑しそうに知らないはずの私の名を呼ぶ。

 その気を張らなくていいと言う言葉はむしろ逆効果だ。私の名前を知っている事と合わさってなんとも言えない緊張感が辺りを漂う。

 しがない老人など俄かに信じられない。

 混乱している頭がより混乱していく。

 

 

 「フッ、フフ……。すいません、少しからかってしまいました。貴女の名前を知っているのは《看破》させて貰ったからですよ。

  私の名前は、そうですねゴースト、ゴス……ゴストとでも呼んでください」

 

 

 ゴスト……絶対にゴーストなんかから文字っただけだ。

 先ほどから私をからかってばかりで、本当の事を言うつもりはないのだろう。

 しかし《看破》、ファフザーさんから聞いたことがある。

 確か、敵モンスターや人間範疇生物(ティアン・<マスター>)のステータスを覗き見ることが出来るスキルだ。【斥候】などのジョブで会得できる汎用スキルで、レベル差があると看破できないという弱点があるものの掲示板でも有能なスキルの一つに数えられていたスキルだ。

 この自称“しがない老人兼、ゴストさん”だ、私のステータスを《看破》されたとしても驚かない。

 

 

 「私は【騎兵】のヴィーレ・ラルテ。改めて、助けてくれてありがとう」

 

 「いえ、気にしないでください。ヴィーレさんを助けたのは本当に偶然でしたので」

 

 

 そう言われると何故か少し落ち込むが……。

 

 

 「しかし、よく生きてここまでたどり着けましたね?」

 

 「えっ?」

 

 

 再び、ゴストさんに言われた言葉に頭が真っ白になる。

 

 (この人は何を言ってるの?)

 

 よく生きてたどり着けましたね? それは良く、水性モンスターに襲われずに生き延びたということだろうか?

 いや、それならあんな言い方はしないだろう。

 つまりゴストさんが言いたいことはそのことでは無いはずだ。

 

 

 「ごめんなさい、私、ここがどこかも良くわかっていなくって……」

 

 「ああ、ヴィーレさんは気を失っていたんでしたね。それではここがどこか分からなくても仕方がありませんでしたね。

  ここは忘れられた戦場の地、旧<ホムレット平原>。

  100年以上前に襲来した神話級<UBM>【樹霧浸食 アームンディム】との戦闘によってできた魔の魔樹林。レジェンダリアに属しながら、<アームンディムの円湖>の大渓谷によって切り離された隔絶された土地ですよ」

 

 

 <アームンディムの円湖>、私が飛び込んだ円形の渓谷の事だろう。

 そしてここ<ホムレット平原>は渓谷によって分断された<グリム森林>の反対側ということなのだろう。

 一体の<UBM>によってこれほど地形が変わったことにも驚きだがそれ以上に気づいたこともある。

 それは……

 

 

 「……もしかして私、<アムニール>に戻れない?」

 

 

 思わず呟いた言葉。

 浮き彫りとなった事実は焚火の音にかき消されていったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 「・・ーレさん、ヴィ-レさん? 大丈夫ですか?」

 

 「え? あ、ごめんなさい。なんでしたか?」

 

 

 ゴストさんに名前を呼ばれ我に返る。

 どうやら予想外の出来事に頭がフリーズしていたようだ。心配げな様子なゴストさんに謝りながら振り返る。

 

 

 「いえ、ヴィーレさんはどうしてあんなところで気を失っていたのですか?

  <アームンディムの円湖>には亜竜級の水性モンスターが多く住みついていて、飛び込むような場所ではないはずなのですが」

 

 「それは強いモンスターとの戦闘になって逃げていたんです。私の相棒のアレウスも……って、あーー!!」

 

 

 完全に忘れていた。

 予想外の事ばかりが積み重なって、完全に頭の片隅に押しのけてしまっていた。

 あの樹木型のモンスターとの戦闘中に突然様子がおかしくなったアレウス。

 逃げるのに必死で【ジュエル】に時間を停止した状態で《送還》したまま、まだ一度として《喚起》していない。

 おそらく私と同じでいくつもの状態異常にかかっているはずだ。早く治療してあげなければならない。

 しかし、私の持ちうる回復アイテムでは全快にしてあげることは不可能だ。

 

 

 「あの、ゴストさん。私の治療をしてくれたのはゴストさんですよね?」

 

 「ええ、そうですよ」

 

 

 微笑みながら頷くゴストさん。

 やはり何らかの形の回復手段を持ち合わせているのだろう。

 助けて貰っていて図々しいとは思うが、できることなら早くアレウスに会って無事を確かめたい気持ちが大きい。何とかしてアレウスを助けて欲しい。

 

 

 「……お礼は後で何でもお返しします。私の相棒……アレウスを治療して「いいですよ」……え?」

 

 

 言葉を最後まで言い切ることはできなかった。言葉の途中でゴストさんが快く了承してくれたからだ。

 そんな彼はゆっくり立ち上がりながら話し始める。

 

 

 「ヴィーレさんに騎獣がいることは《看破》した時点で分かっていたのです。むしろ何時言い出してくれるかとずっと待っていましたよ。

  このまま言い出さないようであれば貴女を見捨てて放り出していたところです」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 

 どうやら知らず知らずに追い出される瀬戸際に立たされていたようだ。命拾いしたような不思議な安堵感がある。

 私は小さなため息を吐きながら、右手で鈍く輝く【ジュエル】を見つめる。

 今この瞬間も、時間の止まった空間の中でアレウスは傷付いた体で私を待っているのだ。

 早く出して治療してあげなければいけないのに……

 

 (出すのが、会うのが怖い……)  

 

 思い出すのはあの深紅の相貌。

 敵意に満ちた目で私を見下ろすアレウスの姿が脳裏にフラッシュバックするのだ。

 

 また裏切られたら? いきなり襲いかかられたら?

 

 そんな気持ちが、たった三文字の言葉を言うのを躊躇わせる。あの魔王商店で言った言葉とは全く違う、そこにワクワクやドキドキは無くずっしりとした重たい恐怖しかありはしないのだから。

 【ジュエル】を見つめたまま固まる私。

 そんな私の耳に静かな声が聞こえてくる。

 

 

 「昔の話です。私の仲間だった一人の【騎兵】が自分の騎獣が怖いと言い出した事があります」

 

 

 【ジュエル】から目を離さない。

 耳だけを声に傾ける。

 

 

 「その【騎兵】はとあるクエストで命を落としかけたのです、自分の騎獣によって。その事が原因で【騎兵】は自分の騎獣が信じられなくなっていたのです。

  結果的に仲間だったその男は、【騎兵】を止めて、自身の騎獣の入った【ジュエル】を置いて立ち去りました。

  悲しい出来事です」

 

 

 その【騎兵】は私によく似ている。

 きっと怖かったのだ。自分の相棒である騎獣に面として会うことが。

 

 

 「その騎獣はまた別の【騎兵】に乗られることになったのです。

  ですがまた予想外の事が起きました。その騎獣は男以外の【騎兵】を乗せたがらず、ただ男の帰りを待ち続けたのです。

  

  私は思うのです。

  【騎兵】において大切なのは乗り手と騎獣、それぞれがお互いに信じ合うことだと。私はそんな姿をもう二度と見たくないのです。

  だから……」

   

 「大丈夫、もう大丈夫です。ありがとうございます、ゴストさん」

 

 

 私もそんな結末見たくない。

 先程の迷いは気の迷いだ、私がアレウスを選んだのだ。だからこそ、私が信用しきれずにアレウスと別れるなど決してあってはいけない事である。

 もう先程の不安や恐怖はない。

 右手を前にはっきりとした口調でその言葉を口に出す。

 

 

 「《喚起》・アレウス‼」

 

 

 出てきたのはあの時と同じく傷だらけの姿。

 しかしあの時とは違い、目には理性の光が灯っている。

 

 

 『BURURURU……』  

 

 「ゴメンね。私のせいで」

 

 

 アレウスは傷だらけの体で申し訳なさそうにすり寄ってきた。

 あのときの事はやはり何かの間違いないだったのだ。

 

 

 「……もしかしたら【魅了】でも受けていたのかもしれませんね。去った【騎兵】も騎獣が【魅了】を受けて命を落としかけたので」

 

 「【魅了】? あの人をメロメロにしたりする?」

 

 「ええ、その魅了に似ています。

  【魅了】というのは異性に対してのみ有効な状態異常です。一時的に価値観の最上位を自分にすげ替えて、仲間を攻撃させる、たちの悪く珍しい部類の状態異常ですね」

 

 「そう言えば……モンスターから女性の笑い声が聴こえていたような。アレウスは雄だったから【魅了】になったのかも」

 

 

 多分そうに違いない。

 ゴストさんのもつ回復アイテムでみるみる回復していくアレウスを撫でながら思い出す。    

 

  

 「しかしおかしいですね、この辺りに【魅了】を使うのようなモンスターは居なかったはずですが……」

 

 

 治療が終わったのか今度はガストさんが考え込むような姿をみせる。

 それもそうだ、よくよく考えればそんな初見殺しの状態異常を使うモンスターが“初心者狩場”の奥に居てはたまらない。

 <グリム森林>の奥地を駆け回って、一度しか出会わなかったことも踏まえれば特殊なモンスターだったのかも知れない。

 

 

 「……もしかしたら、それは<UBM>だったのかもしれませんね。

  女性の声と聞いて思い当たるのは【ドリアード】等の妖精系モンスターですが、ヴィーレさんやこのアレウスが掛かっていたような状態異常にはなりませんから」

 

 

 <UBM>。

 この<Infinite Dendrogram>において、一体しかいないユニーク・ボス・モンスター。

 特異なスキルや強力なステータスを持つ、強大なモンスターだったはずだ。

 ファフザーさんの話や、掲示板でこの頃よく聴く名前である。まさか、私が遭遇するとは思いもしなかったが。

 

 

 「……まぁ、最悪【妖精女王】なら相性がいい。気にすることは無いですね」

 

 

 独り言を呟くガストさん。そんな姿を見ながらこれからの事を考える。

 <アムニール>に戻れない今、私がやるべき事は一つだけ。アレウスも同じく気持ち的なのか、目が合うと力強く頷いた。

 

 

 「ゴストさん」

 

 「はい、なんでしょう?」

 

 「たくさんお世話になりましたが、そろそろ行こうと思います」

 

 「……ここが閉塞された場所であることはわかっておますよね? その上で何処に行くと言うのです」

 

 

 解らない、でもこのまま立ち止まっているわけにはいかないのだ。

 もう二度とこんなことがないように、弱さに怯える事が無いように強くなりたい。相棒であるアレウスと共に。

 

 

 「ここでアレウスと強くなろうと思います。そのためにもここを離れて旅をしようと……」

 

 「ああ、それなら丁度いいですね」

 

 「え?」

 

 「さっき言いましたよね? お礼は何でもしますって」

 

 

 ……確かに言った。

 

 

 「でもそれは何か物で返すってことで‼」

 

 「ここは閉ざされた土地。それにヴィーレさんは渡せるような物は何も持っていない様子ですが?」

 

 

 ……ぐぅのねもでない。

 

 

 「……何をさせようって言うんですか」

 

 

 このまま私は閉ざされたこの土地でこき使われて過労死するのだ。

 あぁ無情。

 リアルでは習い事、ゲームではしたっぱとは……

 何だか涙が止まらない。

 

 

 「何を想像しているんですか……流石に怒りますよ?」

 

 「す、すいません」

 

 

 しかし私に何を頼みたいと言うのだろう。【騎兵】で大した物を持ってもいない私が出来る事など限られてくる。

 そんな私に頼むことなど……

 

 

 「私が欲しいのはヴィーレさんの体」

 

 「……え?」

 

 「ヴィーレさんには私の弟子になってほしいのです」

 

 

 【クエスト【弟子入り――【騎神(ザ・ライダー)】の技を引き継ぐ者 難易度:七】が発生しました】

 【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】



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第6話 第一試練

これからテスト期間が始まるので更新遅れます。
今日も一日、がんばるゾイ!


 □<旧・ホムレット平原> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 【クエスト【弟子入り――【騎神(ザ・ライダー)】の技を引き継ぐ者 難易度:七】が発生しました】

 【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】 

 

 

 「え? 【騎神】って何?」

 

 

 頭に鳴り響く『イベントクエスト』の発生を告げるアナウンス。

 私も<Infinite Dendrogram>を始めて何度かイベントクエストを受けた事もあるので聞いたことがある。それらは全てレジェンダリアに住むティアンの御使いクエストのようなもので、どれも難易度は一~二程度だった。

 しかし今のアナウンスに出てきた、聞いたこともない【騎神】というジョブ。

 そしてその困難さを示す、難易度:七という難しさ。

 高難易度のモンスター討伐クエストでもこの難易度はそうそう見ない。

 

 

 「【騎神】って、もしかしなくてもゴストさんの事ですよね?

  ……本当にゴストさんって何者なんですか?」

 

 「フフッ、ただの時代に取り残され死に遅れた亡霊(・・)ですよ。就いていたジョブが偶々【騎神】だっただけです」

 

 

 ゴストさんは軽く笑いながら、そう言い流す。

 彼の言う『亡霊』の意味はよく分からないが、ゴストさんはきっとかなり凄い人なのだろう。

 しかし【騎神】が何かよくわからない。

 騎兵ギルドの皆は大体【騎兵】の上級職である『大』や『疾風』といった名詞が付いたジョブに就いていた。しかし『神』が付くジョブなど聞いたことも見たこともない。

 

 

 「あの、ゴストさんの【騎神】って騎兵系統のジョブですよね? どんなジョブなんですか?」

 

 

 気になったので堪らずゴストさんに質問する。

 するとそんな私に驚いた顔をすると何かを思い出したかのように笑い出した。

 そんな反応をされると少し頭にくる。まるで私が無知の様じゃないか! ……事実ではあるが。

 

 

 「そう言えばヴィーレさんは<マスター>でしたね、それでは知らないのもしょうがありません。

  まずは私の知っているジョブについてお話しましょう」

 

 

 彼はそう言いながら焚火の前に座り込む。

 そんな彼に従うように私とアレウスは焚火の前に腰を落とした。

 それを機にゴストさんは私に質問を投げかける。

 

 「ヴィーレさんはこの世界においてジョブは大きなくくりに分けるとどうなるか分かりますか?」

 

 「50レベルまでしか上がらない下級職と100レベルまで上がる上級職ですよね? 誰でも下級職は6つ、上級職は2つまで就けると聞いてますが」

 

 「ええ、その認識で間違いありません。ですがその中にも例外が存在します。

  それは『超級職(スペリオル・ジョブ)』と呼ばれるジョブです」

 

 

 ……聞いたこともない。

 しかし、名前からして特別なジョブだとは分かる。

 

 

 「その名の通り超級職は上位職より上、最高位職とでも考えてください。そしてこの超級職の特別な点は、レベルの上限が存在しない事。そして下級職や上位職の枠を埋めることなく、それぞれに固有の『奥義』が存在することです」

 

 「……それってあまりに強すぎませんか?」

 

 

 他の<マスター>が聞いたら仰天してすぐに超級職に就こうとするだろう。

 それほどレベルの上限がないというのは凄まじすぎる利点だ、何と言ってもレベルが上がる限りステータスも上がるのだから。

 誰もがこぞって就こう超級職を目指すはずだ。

 

 

 「もちろん誰もが就けるわけではありません。

  それぞれの系統にいくつかの超級職がありますが就けるのはこの世界でたった一人です。それに人生を掛けてようやく達成できるような転職条件ばかりですから」

 

 

 超級職には一人しか就けない。

 それが超級職の凄まじさを物語っているように感じる。

 しかしその超級職である【騎神】についているゴストさんは本当にすごいのではないだろうか。

 

 

 「私のジョブである【騎神】はその中でも一際異色です。

  超級職には神シリーズのようなものが存在していて、その系統において最も技術が優れた者やその『神』に相応しい行動をとった者しか就くことはできません。

  例で言えば、天地で名高い【匠神(ザ・クラフト)】などですね」

 

 「最も技術が優れた者って……もしかして自慢?」

 

 「そうではありませんよ。それぞれの技術に特化した、つまりスキル特化職ということです」

 

 

 つまり【騎神】は騎乗スキル特化の超級職。

 そしてゴストさんは騎兵系統において最も優れた技術の持ち主だということなのだろう。段々とジョブについては分かってきた。

 しかしそれでも一つ分からないことがある。

 

 

 「でも何で私を弟子にしようなんてするんです?

  騎兵ギルドには上位職の【大騎兵】や、【疾風騎兵】についている先輩もいます。私のような初心者よりも適した人がいると思うんですけど」

 

 

 その言葉に彼は苦い顔をした。

 何か変な事を言っただろうか?

 

 

 「私は騎兵ギルドには顔向けできないのです。それに私が顔を出しても悲しませるだけですから……」

 

 「……」

 

 

 何も言えない。

 何があったか聞いてみたくはあるが、これ以上は踏み込んでくるなと言う雰囲気が漂っていた。

 そんな彼の言葉に私は無言で俯いた。

 

 

 「私ももう年です、むしろ長く生き過ぎてしましました。今では色々な状態異常も出てきてしまい、最勢期の五分の一も出せません。

  あと数日、死を待つだけの日々でした。私の前にヴィーレさんが現れたのは」

 

 

 私は顔を上げて彼の顔を見た。

 

 

 「幸運な事に貴女は【騎兵】についていました。そして伝説に謡われる<マスター>だった。

  そして今、貴方の騎獣であるアレウスを見ても貴女が才能ある【騎兵】であることもわかります。

  だからこそ、これから時代を担う<マスター>であり【騎兵】であるヴィーレさんを弟子にしようと考えたのです」

 

 「私に……才能がある?」

 

 「ええ、今はまだまだ未熟です。ですがいつかは……【騎神】にもなれると考えています。勿論あなた次第ではありますが」

 

 

 そんな事言われてやる気にならないわけがない。

 それにあのモンスターにリベンジするためにも新しい力が欲しいと思っていたところだ。

 私は隣に伏せるアレウスを見る。

 するとアレウスは分かったとでも言うように頷いた。

 こうなれば例え、達成できないような難易度の弟子入りだろうとやってやろう! どれだけボロボロになろうと食らいついてやる。

 

 

 「……これからよろしくお願いします、ゴスト師匠!」

 

 「……ギルマスの次は師匠ですか。フフ、悪い気はしませんね」

 

 

 こうして【騎神】の……高難易度のクエストは始まりを告げたのだった。

 

 

 

 

 「でもよかったですね。<ハムレット平原>には今、亜竜級や純竜級モンスターが蔓延り、アクシデントサークルなど色々な罠があるので私抜きで探索でもしていたらヴィーレさんは死んでいましたよ」

 

 「……本当にお世話になります、師匠」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 師匠に助けられ、弟子入りの高難易度のイベントクエストを受けてから一夜。

 私とアレウス、そして師匠は<アームンディムの円湖>から離れた<旧・ハムレット平原>の奥地へと来ていた。

 だがそこは『平原』とは全く違う。

 <グリム森林>よりも入り組み、地面が見えない程捻じ曲がった大魔林。

 森の中に漂う空気は、今にもアクシデントサークルが起きそうなほどの高密度の魔力と自然の霧が混ざり合い、数メテル先は全く見えない。

 そんな森の中を亜竜級の植物モンスターが、純竜級の怪鳥が襲い掛かって来る。

 本当に師匠が助けてくれなければ一瞬にして死んでいただろう。

 

 

 「はぁ、はぁ……師匠。 なんでアレウスに騎乗しなきゃならないんですか? 凄く進みずらいんですが」

 

 

 そんな入り組んだ迷路のような大魔林を私はアレウスに騎乗しながら移動する。

 常に警鐘を鳴らす《危険察知》。

 熱気の籠った森の中。

 アレウスへの繊細な指示。

 集中力を欠かせない上に悪状況に息が上がり、汗で胸と服が張り付いてくる。

 

 そんな私の前を師匠は汗一つかかずに進んでいた。

 アレウスと同じ四本脚にも関わらず進んでいけるのは、流石【騎神】としか言いようがない。

 

 

 「この<ハムレット平原>は何処も入り組んだ森になっています。その中で戦闘をするのですから慣れておかなければいけませんから」

 

 

 (この森の中で戦闘!? 弓さえまともに当たらないんだけど)

 

 心の中で疑問と愚痴が浮かび上がっては沈んでいく。

 そして戦闘。

 つまりモンスターとの戦闘だろうが最低でも亜竜級だろう。平原ならどうにか勝てそうだが、この森の中では絶対に勝てないだろう。

 必死に前方をスイスイ進む師匠を追いかけながら絶望する。

 

 

 「この先に居るのは【亜竜猛虎(デミドラグタイガー)】という亜竜級モンスターです。木々の間を跳躍しながら鋭い爪で攻撃してくる厄介なモンスターですね。

  ヴィーレさんにはその【亜竜猛虎】を倒して貰いたいと思います」

 

 「……絶対死にます。無理です」

 

 「心配いりません。私の《看破》したところではアレウスは亜竜級並みのAGIを持っています、《騎獣強化》も加われば【亜竜猛虎】よりも速いでしょう。

  それにヴィーレさんの弓があれば問題なく倒せますよ」

 

 

 ……もしかしてこの人は教えるのが物凄く下手なんじゃないか? そんな疑問が絶えない。

 こんな森の中で弓が満足に使えるわけがない、アレウスに騎乗するのさえ困難なのだ。

 

 

 「念の為に聞きますけど、やられそうになったら助けてくれるんですよね?」

 

 「何を言っているんです、それでは修行にならないじゃないですか。

  唯でさえ【騎兵】として未熟なんです。それではいつまでも私の技を教えられません」

 

 

 駄目だ、超スパルタだ。

 師匠は寿命を大きく超えて生きてるらしく、いつ寿命で死んでもおかしくない。

 きっとその事に対する焦りも修行を厳しくしているんだろう。

 私はリアルではたくさんの習い事をしてきた、一週間で10つの習い事をしていたこともあるほどだ。しかしこれほど厳しい修業は絶対に初めてだ。

 

 

 「言い忘れましたが制限時間は五分です。その間に倒してください」

 

 「え? どうして?」

 

 

 思わず素が出てしまうほどの厳しさ。

 その質問に師匠は当たり前のように答える。

 

 

 「【騎兵】の優れているところは、その速さで敵を翻弄させることが出来ることです。

  しかしいつまでも戦える訳ではありません。騎獣にも体力がありますから。

  つまり【騎兵】とは短期戦闘に優れたジョブと言うことです。そして貴女の騎獣であるアレウスが全力で戦えるのは五分と言ったところでしょう」

 

 

 確かにアレウスにも体力があるはずだ。

 今まで自身より弱い敵としか戦った事が無かったので、そこまで気にしたことは無かった。

 しかし理屈は通っている、むしろその通りだ。五分と言うのは制限時間とではなく戦える時間と言うことなのだろう。

 そんな事を考えていると、いつの間にか立ち止まっていた師匠に追いついた。横から師匠の前を除き見るとその先には一体のモンスター。

 二メテルにも及ぶ大きな体にギラついた眼、牙や爪は包丁より大きく鋭い。

 見ているだけで勝てる気がしなくなってくる。あんなのに本当に勝てるのだろうか……。

 

 

 「ではヴィーレさん、実力を拝見しますよ」

 

 「行くしかないんですね……」

 

 『Bruuuuu』

 

 

 私は唸るアレウスと共に、いつもより確実に遅いスピードで駆けだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは熾烈を極めていた。

 そもそもまともな<エンブリオ>の補助もない下級<マスター>が亜竜級の討伐など気狂い以外の何でもない。

 森の中を跳躍する【亜竜猛虎】を相手にアレウスが距離をとり、狙いすました弓で牽制する。

 【亜竜猛虎】の体には何本もの矢が突き刺さっている。

 師匠から事前に貰った矢である。元の手持ちと合わせれば矢の数は心配ない。

 しかしアレウスと私の体にもいくつもの切り傷が増えていく。

 あれほど多く感じていたHPももうすぐ半分を切りそうだ。

 

 

 「フッ!!」

 

 

 放たれた矢は高速で森の中を進む。

 しかし、

 

 

 『Gaaa!』

 

 

 【亜竜猛虎】のしなる尾が宙で矢を弾き折る。

 先ほどから今と同じ状況が続いている。

 私の矢を警戒しているのか、どんな状況でも動かすことが出来る長くしなやかな虎尾で防がれてしまうのだ。

 そんな硬直した状況とは反対に時間だけは淡々と過ぎていく。それに比例するようにアレウスの息遣いが荒く、早くなっていく。

 

 (このままでは勝てない!)

 

 おそらく【亜竜猛虎】はアレウスの体力が尽きるのを待っている、まさにモンスターの狩人。虎型のモンスターらしい戦い方だ。

 だからこそこのままでは本当に勝てる見込みがなくなってしまう。

 チラリと師匠を見るが……

 

 

 「……」

 

 

 行動を起こすつもりは無い様だ。あくまで私たちだけでどうにかしろと言うことらしい。

 矢を一度に二本つがえて射る。

 しかしそれは簡単に避けられてしまった。

 

 (どうすれば、どうすれば勝てるの?)

 

 師匠のあの性格だ。無茶苦茶な修行だが、勝てる手段があるからこそこうしているはずだ。

 そしてそれを見つけなければきっと勝てない。

 

 

 「ッツ!」

 

 

 迫りくる鋭い爪が傷をつくる。同時にHPも半分を下回った。

 見つけなくては、【亜竜猛虎】に勝つために必要な事、師匠がこの戦闘において伝えようとしている事を!

 私は弓を引きながら、アレウスに指示を出しながら考える。

 思考にふける分、敵の攻撃の被弾が増えていく。

 そして……

 

 

 「もしかして……同時に二つ(・・・・・・)以上の事をしようとしている事が問題なの?」

 

 

 呟いた瞬間、視界に映り込んだ師匠が微かに微笑んだ気がした。

 ただ微笑んだだけ、もちろん違う可能性の方が高い。

 

 (だけど、試すだけの価値は十分にある!)

 

 私は一つの可能性に欠けるために、いつも以上に手綱を強く握りしめる。そして次の瞬間、手綱による操作(・・・・・・・)を捨てた(・・・・)

 

 

 『Bruru!?』

 

 「大丈夫、安心してアレウス。諦めた訳じゃないよ」

 

 

 突然に私からの指示をなくし動揺するアレウスを安心させるため語り掛ける。

 

 

 「だけど、今からアレウスが自分で考えて動いてほしい」

 

 

 そう、私の考え抜いた結果。

 それは単純にして一つの選択の放棄。

 

 

 「私は攻撃に集中するから。私の体は任せたよ(・・・・・・)、アレウス」

 

 『……BuRuuruuuu!』

 

 

 しっかりしがみ付くため、跨る轡の足に力を入れて改めて【亜竜猛虎】に向き直った。

 その考えに行きついたのは自問中に湧き出た疑問から。

 その疑問はとても簡単なこと、『私の操縦はアレウスにとって本当に動きやすいのか?』という疑問だ。

 私の《騎乗》スキルのレベルは5、十分に騎獣の力を引き出せるレベル。それ故に考えた事もない事だった。

 誰かの為ととられた行動でも、その人からすれば迷惑だと感じることがある。

 事実、私もリアルではそんなことが多かった。実体験済みの出来事だ。

 それと同じことが今この状況でも起こっているんじゃないか?

 

 なんと言ったって、私とアレウスのAGIは違う(・・・・・・)のだから。

 

 その答えを示すように、アレウスの動きがより機敏に、縦横無尽に躍動し始める。

 その動きをアレウスの息遣いから、伝わってくる振動から感じ取り、握りしめた手綱をその方向へと向ける。

 

 

 「ッハァッ!」

 

 

 同時に意識は対敵する【亜竜猛虎】へ。

 今まで以上に意識を割くことが出来るようになった頭を使いながら弓で矢を引く。

 集中しなければできなかった三本同時射出。

 

 

 『GAaaaaa!』

 

 

 それを【亜竜猛虎】が動くだろう先へ撃った。

 放たれた矢は一本は尾に弾かれたが、残りは深々とその頑強な毛並みに突き刺さる。

 次は今敵がいる位置に向かって矢を四本。

 撃つ場所を変えながら、放てる矢の数を増やしていく。

 

 

 

 「流れが変わりましたね。そしてヴィーレさん、貴方はそれでいい。きっとそれが正解です」

 

 

 

 荒ぶり躍るような動きをとるアレウス、そんな騎獣を乗りこなし矢を穿っていくヴィーレ。

 そこには意識した騎乗による繋がりではなく、無意識の一人と一体によって出来始めた一つの『人馬一体』の形があった。

 放つ矢は撃つごとにその威力と数を増していく。

 躍り駆ける馬は自身の知能で考えたより速く被弾が少ないだろう走り方を身に着ける。

 

 あれほど当らなかった矢は、今では【亜竜猛虎】の体から針鼠のように生えている。

 あれほど多かった損傷は、いつの間にか一撃も当たらなくなっていた。

 そして、

 

 

 

 「合格、及第点を差し上げますよ。ヴィーレさん」

 

 

 

 一人と一体、未熟な人馬一体を成した【騎兵】の前に【亜竜猛虎】は崩れ去ったのだった。

 

 

 

 




【騎神】
騎兵系統の騎乗技術を極めた者が就くことが出来る。
騎乗スキル特化型&AGI型超級職。
現在は■■■・■■■■、“自称しがない老人、兼ゴスト”のメインジョブ。

AGI型ではあるものの、騎獣への《騎乗》前提のジョブの為、ステータスはほとんど伸びない、【抜刀神】と並ぶピーキーなジョブ。
しかし、その奥義であり数多いスキルは、過去に……を葬ったほどの力を持つ。


(二次オリジョブ)


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第7話 成長の兆しと二度目

休日なので―
明日は……更新できたら


 □<旧・ハムレット平原> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 高難易度である修行クエストが始まってからはや五日。

 私とアレウスは死にも勝る……むしろ死にたくなってくるほどの厳しい修業を生き抜いていた。

 修行開始初日も【亜竜猛虎】を倒した後に、【ハイ・ポイズン・ロータス】という毒を持った植物型モンスターや【バーグラー・フォレストモンキー】というアイテムを盗んでくる大きな猿と戦闘をさせられた。

 特に【バーグラー・フォレストモンキー】は特殊なスキルで矢を盗まれた時は死んだと思ったものである。

 

 常に限界ギリギリ、私たちより少し強い程度のモンスターとの戦闘に明け暮れる日々。

 もう何度死線を潜ったのかは分からない。

 少なくとも十を超えたのは確かだ。

 決まって限界を出したうえで勝てるか勝てないかと言う敵を修行に選んでくる師匠には、畏敬の念を抱かずにはいられない程だ。

 

 

 そんな終わりの見えない地獄の修行の為、今日も<Infinite Dendrogram>にログインしたのだが。

 

 

 「……なんでだろう?」

 

 「どうかしましたかヴィーレさん。こちらに戻って早々に悩んでいる様子ですが」

 

 

 すでに私が助け出された場所が拠点に成りつつある開けた森。

 そこで焚火の監視をしていた師匠が訝し気に私に話しかける。

 まぁ、私が聞いて欲しそうにしていたからだろうけど……。

 

 

 「実は私がここに来た切っ掛けのモンスター、<UBM>なんですがまだ討伐されてないらしいんですよ。特別な装備が手に入ると聞いて<マスター>が競争するように挑んでいるはずなんですけど……おかしくないですか?」

 

 

 <Infinite Dendrogram>がリリースされてから、こちらの世界で二週間以上が経っている。

 ほとんどの<マスター>の<エンブリオ>が第二形態に進化し、早い人では第四形態になったと掲示板では噂になっていた。

 ジョブも皆、二つ目から三つ目に就いている。

 そんな私より遥かに強いはずの<マスター>がこぞって挑んでも倒せない<UBM>。

 いくら特異なスキルやステータスを持っていても既に倒されていても可笑しくない。<UBM>の情報も掲示板に流れていたのだから。

 

 

 「……ふむ、もしかしたら<UBM>を取り合っているのかもしれませんね」

 

 

 そんな私の疑問に師匠は難しい顔で答える。

 

 

 「なんで<UBM>を取り合うんです? 速く倒してしまった方が良いに決まってるじゃないですか」

 

 「ヴィーレさんは知らないのですね。<UBM>を倒して手に入る特殊な武具、『特典武具』はその<UBM>の討伐で最も功績の大きい人しか手に入らないのですよ。

  おそらくそれを知って、互いに邪魔をしあっているのでしょう」

 

 

 ……それって大丈夫なのだろうか?

 <UBM>を倒すことも困難なはずだが、それを奪い合うなんて。

 これではそのうち<マスター>同士の殺し合いでも始まってしまいそうだ、もしかしたらもう起こっているかもしれないが。

 

 

 「……しかし何で【妖精女王】は動かないのでしょう……他にも【蟲将軍(バグ・ジェネラル)】など相性がいい超級職がいるはずだが。あまり静観しすぎると手が付けられなくなるぞ……」

 

 

 私の疑問は解決したが、今度は師匠が悩みだした。

 師匠は時折こうして悩む癖がある。いつも何を言っているのかは分からないが、この状態になるとしばらく何を話しかけても反応がなくなるのだ。

 私はその間、いつもアレウスの世話をすることにしている。

 

 

 「《喚起》——アレウス!」

 

 『HIhiiiiiiiN!』

 

 

 大きく嘶きながら一体の軍馬が【ジュエル】から出現する。

 しかし、その姿は以前とは少し違う。

 

 

 「アレウスも進化かぁ~、本当に立派になったねー」

 

 

 そう、先日の修行で亜竜級モンスターを討伐した際にアレウスが進化したのだ。

 その姿は出会った時と大きさはたいして変化していないが、その毛並みは一部大きく変わっていた。

 

 一部に入っていた筋のような赤の毛並みは、全身で刺青のような形で顕れ、頭部から(たてがみ)にかけての体毛が胸や背中など頭部を守るように増えている。

 筋肉質だった体もさらに武骨で力強くなったように感じる。

 名称も【グランド・ウォーホース】から【グランド・クリムズン・ウォーホース】へと変化した。

 『クリムズン』と言うのは体毛の赤毛の事を指しているのだろう。

 師匠曰く、強さ的には亜竜級上位。

 唯でさえ強かった相棒がさらに逞しくなってしまった。

 

 

 「ほんとにかっこいいよ、アレウス」

 

 

 こうして進化から1日たった今も嬉しさで頬が緩んでしまう。

 まるで私の事のように感じてしまうのだ。

 そんな成長を喜びながら、アイテムボックスから取り出した馬用ブラシで毛並みを整え始める。ここ数日は修行が忙しくて毎日はしてあげられなかったので気持ちよさそうだ。

 

 すると突然私の左手の紋章が光り出す。

 これも毎日お馴染みの光景だ。

 

 

 「おはよう、フェイ。キミはほんとに自由だよね」

 

 

 跳び出してきたのは炎の卵。

 私の<エンブリオ>でもある【炎怪廻鳥 フェニックス】だ。今では名前が長いので『フェイ』と呼んでいる。

 ここ数日はモンスター討伐ばかりだったので、あまり姿は見かけなかったがどうやら元気そうで何よりだ。

 フェイはアレウスの背中の上で嬉しそうな様子で器用にクルクルと回る。

 そんなフェイを取り出したタオルでゴシゴシと拭いてやる。

 

 

 「私が魔法職だったらいいんだけどなぁ、まだフェイの力を借りるのはもう少し先になりそうだねぇ」

 

 

 しかしあれから一週間と一日。

 未だに第一形態とは言え、常に私のMPとSPを増畜し続けている。

 私は魔法職では無いので《瞑想》などと言ったMP回復を速めるスキルは持っていないが、流石にこれほどの時間ため込むと莫大なMPを蓄えていそうである。

 

 こうしてアレウスやフェイに囲まれて過ごすのは幸せな時間である。

 

 (こんな時間が何時まで続けばいいのに)

 

 そう思った瞬間だった。

 

 

 「すいません、ヴィーレさん。それでは修行を始めましょう」

 

 

 地獄の修行の始まりが告げられるのは。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 「ところで師匠、今日はアレウスで移動しろって言わないんですね」

 

 「ヴィーレさんは騎乗しての移動は嫌いなんじゃありませんでしたか?」

 

 「まぁ、今では徒歩の方が大変なので」

 

 

 五日にもよる修行の成果だろうか。

 この霧のかかった大魔樹林の中でも苦労なく移動できるようになっていた。

 戦闘に関しても全く問題ない。【騎神】である師匠に太鼓判を押して貰えるほど、今までより技術も上がっている。アレウスも進化した今、亜竜級モンスターだろうと遅れはとらないだろう。

 私は師匠の後を跳び跳ねるように追いかける。

 

 

 「そう言えばヴィーレさんのレベルは今、どれくらいですか?」

 

 

 突然どうしたのだろうか?

 技術ばかりを教えてくる師匠がレベルを聞いてくるなど珍しい。

 

 

 「えっと、確か42ですね。それがどうかしたんですか?」

 

 「いえ、ただ予定より良いペースで修行が進んでいるので、少し期間を早めようかと思いまして」

 

 

 ……いまいち師匠の意図が読み取れない。何が言いたいのだろう。

 

 

 「私達、人馬種族は一人で亜竜級モンスターを倒すことで一人前と認められます。

  ヴィーレの古里、別の世界ではそういった事はありませんか?」

 

 「ありますよ。大人と認められるのは20歳からですけど、『可愛い子には旅をさせよ』や『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』って言った諺もあるぐらいですから」

 

 「それは良かった」

 

 

 ……何が良かったんだろう?

 あと、なぜか先程から《危険察知》が警鐘を鳴らし続けているのだけど。

 

 

 「実はこの辺りにも似たような事をしていた部族があるんですよ」

 

 「……」

 

 「その部族は幼少より【女戦士(アマゾネス)】というジョブに就き、カンストすると同時に試練と称してダンジョンに突き落としたそうです。

  そして無事、上位職に転職できたものを一人前と認めたとか。

  残念ながら【樹霧浸食 アームンディム】の進行上に村が位置していた事もあって、全滅してしまいましたが」

 

 

 あれ? よく見たら周りに人が住んでいたような家の跡が残っているような……。

 加えて朽ち果てた厳重であっただろう廃墟から、地面にポッカリと空いた洞穴が少し見えた。中からはモンスターのうなき声のような、空気の吹き抜ける空洞音が聞こえてくる。

 ……もしかしなくても、ダンジョン?

 

 

 「さて、ヴィーレさん。今から貴女に試練を課します」

 

 「あの……嘘ですよね?」

 

 

 近づいてきたことで、その全貌が見え始めた地下型ダンジョン。

 そのダンジョンは直径2メテル程の大穴が下へと伸び、底が見えないほどの高さへ続いていた。

 

 

 「このダンジョンはかれこれ五十年は誰も入っていませんからね……4日、4日で【騎兵】をカンストさせ、最下層に存在するジョブクリスタルで好きなジョブに転職してきて下さい」

 

 「し、師匠!? 私のメインウェポンは弓ですよ!?

  回復アイテムだって少なくなってきてるのに、それに食べ物はどうするんです!」

 

 「自給自足してください」

 

 

 辛辣!

 余りの厳しさに言葉がこれ以上出てこない。  

 大体、この高さから落ちて死なない人なんて人ではない。混乱しきった頭で何かを訴えようとするも、声は出なかった。

 師匠はそんな私を見て、軽く微笑む。

 

 

 「では、期待していますよ。我が弟子、ヴィーレ」

 

 

 同時に肩をその筋肉質な手で押され、後ろへとよろめき……

 

 

 「キ、キャアァァァァァァアーーー!!」

 

 

 ぱっかりと口を開けて待つダンジョンへと、人生二度目の空中落下を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇ 【■神】■■■・ライダー

 

 

 

 

 彼は焚き火の前で一人立ち尽くす。

 その強い光の灯った眼は下ではなく上を、“霊都”<アムニール>へと向いていた。

 彼の懸念は一つ。

 自身が故郷へと向かっているだろう一体の<UBM>だ。

 

 

 「手遅れにならなければいいが……」

 

 

 <UBM>は存在事態がイレギュラーと言ってもいい存在だ。特異なスキルも高いステータスも討伐者に遺す特典武具さえも。

 

 しかし忘れてはいけないのだ。

 <UBM>は特別な存在、それと同時に一体のモンスター(・・・・・)であることを。

 傷つけば倒れもするし、何かに対して怒りも抱く。人を倒せば経験値だって手(・・・・・・・)にいれる(・・・・)。 

 人が超級職に就いて終わりではないように、決して<UBM>がモンスターにとっての終着点ではないのだ。

 

 

 「また動かないつもりか【妖精女王】、今は確かに<マスター>がいる。しかしそれが良い結果に結び付くなどと考えては100年前の二の舞だぞ」

 

 

 男はそんな自身の言葉に自嘲的に笑みを洩らす。

 <マスター>に未来を託そうとしているのは自分も同じ事だったと。

 そして同時に心の中でも思っている、『あの<マスター>に賭けてみたい』と。

 

 

 「最悪の場合は私が命を賭けて打ち倒そう……」

 

 

 100年前のように……仮に敵が<神話級>であったとしても。

 但し、その場合は確実に寿命は尽き果て、死に絶えるだろうが。

 

 彼は自身の右足、痛みも感じることのない木の義足を無意識に撫でた。

 

 

 「頼みましたよ、……」

 

 

 その言葉は最後まで聴こえず、宙にかかった霧へと霧散していったのだった。

 



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第8話 ダンジョン踏破-①

 □■□

 

 

 

 

 レジェンダリアの首都<アムニール>より遥か南方。

 <グリム森林>を越え<ハムレット平原>よりも更に奥地、そこでは一つの部族が暮していた。

 運悪く【樹霧浸食 アームンディム】の進路上に位置してしまった為、一族もろとも滅んだ部族。

 その名を、『ヒュリア族』という。

 

 そんなヒュリア族には三つ、古くから受け継いでいる鉄の掟が存在する。

 

 

 一つは、生まれたら直ぐに【女戦士】のジョブに就くこと。

 これは一種の慣習のようなものだ。

 【女戦士】というジョブは戦士系統であるものの、伸びるステータスは大きく偏り、覚える『固有スキル』もたった一つ。

 むしろ一般的に見ても使いにくく、見向きもされないジョブである。

 

 だが、【女戦士】に就いたヒュリア族は違う。

 産まれてすぐ【女戦士】に就き、幼少より厳しい戦闘訓練を受けたヒュリア族は無類の強さを持っていた。それこそ子供さえ、同じ戦闘系下級職に就く大人を殺しうる程に。

 リアルで言うならば『スパルタ兵』。

 『弱き者は淘汰され、強き者は贅を得る』、そんな自然の摂理に従い続けながら生きる戦闘民族。

 それこそがヒュリア族である。

 今では存在自体を覚えてる人は数少ないが、ヒュリア族は“森の悪魔”と恐れられていたほどだった。

 

 

 そして二つ目は、【女戦士】のカンストと同時にとある儀式を受けること。

 村の中心に存在するダンジョン、<トラーキアの試練>を踏破し、最下層に存在するジョブクリスタルで上位職へ転職を果たすのだ。

 

 <トラーキアの試練>は全十階層で構成された自然ダンジョンの一つ。実際には最下層と入り口を除けば、八階層のみの小さなダンジョンだ。

 そして……この<トラーキアの試練>に挑んだ戦闘部族であるヒュリア族は七割死ぬ(・・・・)

 

 もちろん儀式を拒む者も少なからず存在したが、拒んだヒュリア族は例外無く村から追放された。

 

 

 そんな多くのヒュリア族が死んでいった<トラーキアの試練>。

 その掟さえも知らない、【女戦士】にさえ就いていない一人の少女が今……

 

 

 「キ、キャアァァァァァァアーーー!!」

 

 

 50年ぶりに、ヒュリア族の『儀式』の幕を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇<トラーキアの試練> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 「プハァ!! ……はぁ、はぁ、死んだ。死んだと思ったぁ~!」

 

 

 人生2度目になる空中落下。

 だが、1度目の空中落下も失神するほど怖かったが今回は桁外れである。

 

 体感で20秒以上の永遠にも感じる長い落下時間。

 底の見えない暗闇への恐怖。

 そして、風に乗って聴こえてくる恐ろしげな音。

 

 涙は溢れるほど出るし、それに……少し漏れてしまった気さえもする。たがそれも不可抗力と言うものだ。あんな空中落下は誰でも私と同じになるに決まっている。

 ……そうだと信じたい、うん。

 それにこう(・・)なってしまってはノーカンである。

 

 

 「うぅ、服が張り付く。体が重い」

 

 

 たまらず口から弱音を溢しながら、私は落下地点である地下湖(・・・)から脱出する。

 水の滴る赤髪を払いながら後ろへと振り返ると……そこに広がっていたのは幻想的な光景だった。

 

 

 「すごい……綺麗」

 

 

 地上からの陽光が一切届かない地下湖。

 しかし、壁や地面から伸びる苔や葵い花が淡い光を灯し、澄んだ地下湖の底まで照らす。

 水上では蛍のような小さな虫が、踊るように戯れている。

 まさにファンタジー、リアルでは決して見られない光景がそこにはあった。余りの幻想的な光景に目を奪われ、立ち尽くす。

 

 そして……

 

 (寒いっ……)

 

 身を震わせるような寒さに身を震わせ、動きを再起し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下湖から離れたダンジョン奥。

 そこに広がっていたのは地上と変わらない、草木の繁った普通(・・)の森林だった。

 そう、普通だ。

 <旧・ハムレット平原>のような大魔樹林とは違う普通の森林。

 その事に一種の感動を感じながら、腰を下ろせる場所を探す。するとすぐに少し開けた場所を見つける事が出来た。

 これもダンジョンとしての特性なのだろうか?

 

 

 「とりあえず……この服を脱がなきゃ」

 

 

 ジュシーネさんから貰った【騎兵】に適した《騎乗》しやすい軽装。

 軽く動きやすかった服も、水を吸って重く動きずらくなっている。

 私は最近覚えることが出来た《瞬間装着》で、一瞬にして初期装備であるワンピースに着替える。

 そして、

 

 

 「出てきて、フェイ」

 

 

 右手の紋章から飛び出した、炎卵形ガードナーであるフェイに濡れた服を被せて乾かす。

 これは最近気がついた発見だ。

 【炎怪迴鳥 フェニックス】は身に纏うようにして燃やしている炎は、熱さを感じない。しかし、MP&SPを溜め込み過ぎたのか、この頃その炎の熱さを自由に操れるようになってきたのだ。

 内心では、第二形態への進化もそろそろなのではと期待していたりもする。

 

 

 「《喚起》――アレウス」

 

 

 ダンジョン内は思ったよりも広いのでアレウスも呼び出した。

 地下へ伸びたダンジョンだったのでアレウスに騎乗できるか心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 私はアレウスの綺麗な毛並みを撫でながらこれからの事を考える。

 

 

 「師匠は4日で踏破してこいって言ってたし……そこまで長いダンジョンじゃないよね?

  【女戦士】も下級職のはず、それでも踏破出来るんだからそんなに強い敵も居ないはず」

 

 

 『ダンジョン』というものに挑むこと自体が初体験ではあるが、そこまで心配は要らなさそうである。

 弓も大魔樹林に比べるとはるかに扱いやすく、全力でアレウスを駆けても問題ない。

 戦闘に関しては<旧・ハムレット平原>よりもはるかに楽なはずだ。

 問題は、  

 

 

 「食料、だよね……」

 

 

 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ、こと碓氷八雲。

 家名を受け継ぐため、習い事に幼少期を費やした今をトキメク女子高生。勉強も出来れば、楽器に関しても粗方網羅しているのが私だ。

 

 しかしそんな私にも出来ない事が一つある。

 どれだけ努力しても克服できなかったものの一つ、それは料理。

 

 

 

 

 碓氷八雲は料理において、劇物をつくるプロであった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 「……本当にどうしよう」

 

 

 師匠に指定されたダンジョンの踏破期限である4日間、現在アイテムボックスにある食料は2日分。

 つまり最高でも2日分の食料を自給自足しなければならない。

 しかし1番の問題はアレウスにも食事が必要な事だ。

 

 (きっと私の作った料理をアレウスが食べれば……)

 

 その未来を思い浮かべるとトラウマが蘇る。

 

 ——小学校の家庭ではつまみ食いをした男子が失神。

 ——中学校では同じグループだった三人が救急車で運ばれる結果となる大事件。それ以降の授業では一切手を出させてもらえなかった。

 

 恐ろしいものを見るような周りの人々の視線は今でも忘れられない程だ。

 そんな料理をアレウスが食べるなどゾッとしない。

 そもそも『調理できるような食材があるのか』、という問題がありはするのだが。

 

 

 『BuRuuu?』

 

 「うん、大丈夫……だと思うけど」

 

 

 心配そうなアレウス。

 その鼻先を安心させるように優しく撫でる。

 最悪、食材をそのまま食べるという手段も残されてはいるが、そのまま食べられるもの自体が少ないだろう。

 しかしこうなれば最善の手を打つしかない。

 

 (2日……いえ、3日で踏破して見せる!)

 

 食料が2日分と言うのなら2日、最長でも3日で踏破するまでだ。

 濡れていた服が乾いた事を知らせるため跳び跳ねるフェイ。そんな様子を傍目に一つの決意を立てるのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇<トラーキアの試練――第二階層>

 

 

 

 

 <トラーキアの試練>への入り口と、その落下地点である地底湖が存在する第一階層。

 第一階層はダンジョンにおける休憩所のような場所らしい。

 私たちは時間をかけることもなく、地下へと続く下り坂を見つけ第二階層へと進んでいた。

 第二階層も上の階と変わらない。

 地底湖から流れ落ちる水が川を形成し、第二階層全体を暗い森が覆っている。森の上空では怪鳥のようなモンスターが飛んでいるので、ここからが本当のダンジョンと言うことなのだろう。

 

 

 「かなり暗いね、気を付けて進まなきゃ」

 

 『BuRuuuu』

 

 

 滝のように流れ落ちる水音が邪魔で、物音も聞き取りずらい。

 加えて、汗をかくほど熱気の籠っていた地上とは反対にダンジョンの中はうすら寒く、所々に霜が降りているのが見てとれる。

 予想以上に集中できない状態が始まったばかりのダンジョンへの不安を高まらせてくる。

 寒さで鈍る体。

 集中できない状態での警戒。

 思った以上に疲労が溜まる事に疑問を浮かべ、モンスターを倒しながら突き進む。

 

 

 『Syaaaa—————』

 

 

 木の上から雨のように頭上へと降り注ぐ、紫色の大きな蛇【ヴェノムヴァイパー】。

 

 

 『BUGooooooO!』

 

 

 青白く大きな巨体を揺らしながら、片手に槍を持ち近づいてくる【ブルーオーク】の群れ。

 

 

 『KyaHAHAHAHAHAaaaa!』

 

 

 頭に響くような甲高い笑い声を上げる【フォレスト・ハーピィ】の大群。

 息をつく間もなく、下級から上級にあたるモンスターの群れが押し寄せる。独りの戦闘系下級職では対処しきれず、やられてしまうような数だ。

 そう、本来ならば。

 しかしそれらのモンスターの群れは、ヴィーレに傷を与えることも出来ずに倒されていく。 

 

 

 『HIhiiiiiN!』

 

 

 掛け声と共にアレウスがその巨体を躍らせ、降り注ぐ【ヴェノムヴァイパー】の群れを薙ぎ払っては踏み潰す。

 自慢の毒はヴィーレに届かず、純竜級と並ぶAGIを持つアレウスを捉えることはできなかった。

  

 

 「フッ!」

 

 

 一息に放たれた矢は【ブルーオーク】の頭を正確に狙い穿つ。

 自慢の腕力は揮うことすら叶わず、死を届ける馬の足音を聞くのみ。

 

 【フォレスト・ハーピィ】に関しては、その忌みの唄声を奏でることさえできなかった。

 木の上から歌おうとした瞬間、空を駆けた(・・・・・)アレウスに引きつぶされ、弓で咽を射抜かれたからだ。

 もちろんただの馬が空を駆けることは無い。アレウスは倒れた大木の上を走り、空へ向かって跳んだのだ。

 それはまともな【騎兵】がとる行動ではない。

 しかし<旧・ハムレット平原>に棲む、亜竜級の怪鳥を仕留めるには必要だったのだ。

 そして【騎神】を師にもつヴィーレとアレウスは、何度もの失敗を経験しながらものにしたのだ。

 実践の中で【騎神】に鍛えられたヴィーレとアレウスは確実に強く、巧くなっていた。

 

 

 「……やっぱり余り強い敵はいないみたいだね」

 

 

 そんな事を露とも知らない彼女は何気もなく呟く。

 だが、やはりそんなことは無い。

 彼女を襲ったモンスターの中には単独で襲ってきたといえ、【亜竜甲蟲(デミドラグワーム)】や【一重刃角巨猪(モノホーン・ワイルドボア)】といった亜竜級モンスターも混じっていたのだから。

 だが【亜竜甲蟲】の体を駆けのぼりながら、その硬い甲殻は踏み砕かれ目は矢で潰されてしまった。

 【一重刃角巨猪】の猛進は軽々と避けられ、踏ん張るための足を射抜かれた。

 本来なら下級職を軽く捻ることが出来るモンスターは、そのことごとくを討ち取られてしまったのだった。

 

 そんなヴィーレの進軍は止まることなく、<トラーキアの試練>の半分である第四階層までを踏破する。

 下手をすれば、今日一日でダンジョンを踏破するのではないかと思わせるようなスピード。

 しかしその進軍も、第五階層に突入すると同時に終わりを迎えることとなる。

 

 

 

 そして辿り着いた第五階層。

 そこは今までと全く変わらない森林の階層。

 地底湖の水も相変わらずダンジョン内を流れ落ち、大きな音を立てている。

 いや、正確には少し違う。

 

 

 「何でだろう、水の音しか聞こえない?」

 

 

 落ちた水が地面を叩く地鳴りのような音。それ以外の音が一切聞こえてこないのだ。

 ヴィーレは警戒を強めながら森の中を進んでいく。

 しかし森の中にモンスターは見当たらない、一匹として。

 まるで元からいなかっ(・・・・・・・)()かのように。

 そんなあまりにもおかしい森の状況に考えられる可能性は二つだろう。

 

 

 一つは強大なモンスターが棲みつき、他のモンスターが違う階層に逃げていった可能性。

 ここのダンジョンは階層ごとが坂道で繋がっている。モンスターであっても階層ごとに移動することは可能だ。

 

 しかしそれだと《危険察知》が何かしら反応するはずである。

 大魔樹林にいたからか、ヴィーレの《危険察知》のスキルレベルはかなり高い。反応しないということは考えにくいだろう。

 加えて、あまりにも森が整いすぎて(・・・・・・・)しまっている(・・・・・・)

 強大なモンスターがいるなら何らかの形で痕跡が残っているはずだ。

 

 

 そしてもう一つの可能性は、ここがダンジョンにおける“休憩所”であること。

 第一階層と同じようにモンスターが発生しない、安全地帯である可能性だ。

 可能性としてはこちらの方がはるかに高い。

 ダンジョンの五階層目というキリのいい数字、休憩に適した湖や木の実が押し茂っていることがその証拠としてあげられるだろう。

 

 そんな二つの可能性を考えるヴィーレ。

 そして長考の末、考え抜いた結果としてたどり着いたのは後者だった。

 

 

 「一旦ここで休憩しよう、アレウス。食料の確保も出来そうだしね」

 

 

 そう、ここには食料がある。

 それらをみすみす見逃すわけにはいかないのだ。

 

 ヴィーレは予想以上に疲れていたのか、重たい体(・・・・)を引きずるようにして森の中心部……水が池のように広がる場所へと足を進める。

 うすら寒かった体も何度もの戦闘で傷つき、汚れ、少し火照ってきている。

 出来ることなら休憩するついでに水浴びをしたい。

 そんな気持ちに駆られる様に池へと向かい、そして無防備(・・・)に池の中を覗き込んだ。

 

 

 ……覗き込んでしま(・・・・・・・)った(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……えっ?」

 

 

 今にして思えばそれは油断だったのだろう。

 もしくは『ダンジョン』に対しての知識不足か。

 いずれにしろ彼女は、ヴィーレは油断した状態でそれを見てしまったのだ。

 

 

 中心部に存在する澄んだ池。

 その池に『底が見えない程積み重なったモンスターや甲蟲、そして人の亡骸を』

 

 

 そして同時に聞いた、いや鳴り響いた。

 これまでに聞いたことの無いほど脳内を揺るがす《危険察知》の大警鐘が。

 

 

 そして見た、森全体のどこを見ても浮かぶ『モンスターの名前』を。

 

 ヴィーレが考えた上で切り捨てた前者の考え。

 しかしそこには一つ、大きな穴がある。

 それは『森全体が一匹のモンスターである』という考え。

 

 

 そんなヴィーレという獲物を五十年ぶりに森はざわつく様に音を立てて嗤った。

 新しい獲物が来たのだと。

 そのモンスターの名は、

 

 

 

 『【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】、純竜級最上位に位置する討伐不可能モンスターである』

 

 

 

 




改めて見ると、ヴィーレが強すぎるような気がします……すいません。

あと【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】。
強すぎ……ない気もしますがすいません。
討伐不可能モンスターとは書かれていますが一応倒せます。



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第9話 ダンジョン踏破ー②

遅れたー、短め

後で少し改変するかも


 □<トラーキアの試練・第五階層> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 何度目だろう、今日この一日で思考が停止したのは。

 まるで時間が止まってしまったかのような感覚。

 ただ体の中を駆け抜けるかのような鼓動の音がやけに鮮明に聞こえてくる。

 

 何時だっただろうか? 亜竜級モンスターとの戦闘、実践訓練後に師匠に口を酸っぱくして言われたことがある。

 あの時はまだ戦闘の経験も少なく、余り意味を理解できなかった言葉。

 

 『戦場で思考を止めてはいけません。

  ここでは考えることを止めた者から死んでいきますから』

 

 油断しきって空っぽな頭。

 そんな中、無意識のうちにその言葉を思い出していた。だが、今ならこの意味がよくわかる。痛感する。

 あの言葉は今、この瞬間のような状況の事を示していたのだ。

 時間にしてほんの僅か、一秒程度の空白の時間。

 感覚を戦闘状態に切り替えるのに必要な時間だ。

 

 

 しかし、その一秒がヴィーレの生死を分けることとなった。

 

 

 

 「……ッツ! アレウス!」

 

 

 まるで時間が逆流するかのように動き出した感覚。

 それまで顔に浮かべていた気の抜けた表情は無く、そこには一人の戦士としての顔を浮かべていた。

 モンスターの名前を確認するとほぼ同時にアレウスに騎乗しようと振り返る。

 しかしそれは叶わない。

 ヴィーレよりもほんの僅かに速く、動き出した者がいたからだ。

 

 (……なにこれ!?)

 

 真っ先に変化が生じたのはヴィーレの体。

 外からでは何の変化も見られなかったが、彼女を苦しめるそれはしっかり変化をしていた。

 

 

 「体が、重い? 何で……」

 

 

 変化が生じたのは彼女の周囲、重力だ。

 疲れによって重く感じていると勘違いしていた鈍い体。

 そんな体に掛かっていた重さは突如として普段の二倍程度ほど重くなっていた。

 アレウスへと駆け寄ろうと踏み出した片足は鉛を付けたかのように重く、動き自体が遅くなる。

 

 

 これこそ【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の持つ能力の一つ。

 

 自身の本体を中心に、重力を変化させる能力。

 自身から離れるほど能力は薄くなり、大した効果も表れ無くなる。変化させることが出来る重力も最高で二倍程度のそれほど強力ではない能力だ。

 

 しかし【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の本体、池の傍にいたヴィーレにはその最大重力である二倍の重力が掛かっている。

 

 

 しかし、それでも鈍くなった体を引きずるようにしてアレウスへと駆け寄る。

 【騎兵】であるヴィーレの本領を発揮するには騎乗する事が絶対条件。

 逃げるにしろ、戦うにしろ騎乗しない事には叶わない。

 

 

 「お願いアレウス! 頑張ってここを切り抜けるよ!」

 

 『BURuuuuuU!!』

 

 

 任せろとばかりに嘶くアレウス。

 彼女が選択した行動は『第四階層への撤退』。

 最も現実的であろう行動をとろうと、来た道を振り返り……

 

 

 「……えっ?」

 

 

 その光景に目を見開いた。

 ヴィーレが驚いたのも無理はない。

 第四階層と第五階層を繋ぐ坂道、そこまでの道のりが生え立つ森林によって消え失せていたのだから。

 休憩に適していた森林。

 その姿は辺りには姿形も無く、木々で出来た城壁のみが堂々と出来ていた。

 まさしく猫一匹、いや鼠一匹通れないような大城壁。

 そんな城壁が池を中心として囲むように円形に生え並んでいた。

 

 いや、それだけではない。

 続いて彼女が気が付いたのは階層を照らしていた明かり。

 

 『階層全体が刻々と暗くなっていっている』

 

 壁や地面、はたまた天井に生え伸び、辺りを照らしていた光を灯す草花。

 階層の中心まで照らしていた光、それが何かによって遮断されている。

 その答えはすぐに見つかった。

 ヴィーレは天井を見上げ……

 

 

 「嘘でしょ?」

 

 

 ただ一言、信じられないかと言うように言葉を洩らした。

 眼に映ったのは一つの光景。

 恐ろしいスピードで木々が成長を続け、現在進行形で天井を覆うように伸びていく様子だった。

 それは半球状のドーム、獲物を逃がさな(・・・・・・・)いための檻(・・・・・)

 その様子に動き出していたアレウスは足を止め、ヴィーレはただその様子を見つめるのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 【女戦士】をカンストさせたヒュリア族が挑む儀式、自然型ダンジョンである<トラーキアの試練>。

 そんな<トラーキアの試練>には挑戦者を死へと導く三つの要因がある。

 

 

 一つは、ダンジョンの入り口までの空中落下。

 

 意外かもしれないが、挑戦者のごく少数はここで死ぬ。

 底の見えない恐怖に負けた心の弱い者、彼女たちは空中で助かろうと体を我武者羅に動かすのだ。

 その結果が待つものは、想像するのも躊躇われるような『墜落死』。

 体を動かした結果、地底湖から離れてしまい浅瀬に落ちてしまうのだ。

 

 

 そして二つ目、それこそが第五階層の【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】。

 

 擬態能力によって《危険察知》にも反応しない死の罠。

 中心部の池に近寄った瞬間に動き出す重力場と逃げ場のない木々の城塞。そして弱った獲物(挑戦者)を生えた木々がジワジワと絞殺すのだ。

 【女戦士】をカンストさせたヒュリア族がここで半分死ぬほどの恐ろしさ。

 今まで抜け出せた者は誰一人いない、初見殺しの討伐不可能モンスターだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 硬く閉ざされた森林の城塞。

 外からの光は一切届かず、内部の僅かな草花が放つ光が唯一の光源だ。

 そんな城塞の中から聞こえてくるのは馬の嘶きと、風を駆ける風切り音。

 暗闇の舞台の上。

 幕は下りることなく、真紅の少女と闇に紛れる黒馬が自在に伸びる木々と躍っていた。

 

 暗い視界、互いに位置を探りながらでの戦闘。

 ヴィーレは《危険察知》と城壁内に響く音、修行で鍛えた勘で。

 【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】は地面を駆ける振動で。

 見えない者同士で踊る仮面舞闘(マスカレイド)

 

 

 「フッ!!」

 

 

 掛け声と共に何本もの矢が迫り来る木に突き刺さり、アレウスがその馬力をもって踏み砕く。

 対して【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の攻撃は一撃も当たらない。

 二倍の重力の中、騎乗しながら【軽業師(フェンサー)】のように縦横無尽に駆けるヴィーレ達を捕まえられないでいた。

 伸ばした木は砕かれては避けられ、時にはその上を駆けて利用される。

 鍛え抜かれた技術をフルに発揮しするヴィーレに対し、手も足も出せないでいた。

 

 

 

 

 だか、それは少し違う。

 彼女にこの舞闘を終わらせる権力は無いのだから。

 一方的な強さを見せるヴィーレはむしろ逆。長引く戦闘に焦っていた。

 

 相手は樹木型モンスター、体力はあるがほぼ無限と言っても良い。

 対してヴィーレは連続でモンスターとの戦闘を繰り返してきた【騎兵】。二倍の重力という厳しい条件の中、いつアレウスが倒れても可笑しくない。

 

 アレウスの力でも突破不可能な木の城壁。

 広大な第五階層の中で何処に在るかも解らない【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の核。

 最悪、木の城壁内に無いことすらあり得るのだ。

 

 (どうしたら、どうすれば逃げ切れるの!?)

 

 心の中で渦巻く問。

 その答えは出ないまま、戦闘は過激さを増していく。

 時間はヴィーレの味方をしない、しだいに被弾と焦りだけを積もらしていく。

 わかることはそう遠くない限界の予感だけ。

 そして……

 

 

 「あっ……」

 

 

 限界はアレウスでなくヴィーレに表れた。

 それは僅かなミス、アイテムボックスから取り出した矢が手から滑り落ちた。

 

 ヴィーレはあくまで普通の女子高生。

 この世界ではステータスがものを言うが、その心や集中力まで強化されるわけではないのだ。

 むしろヴィーレは厳しい修行、そしてリアルでの習い事のおかげで長く持った方だと言える。普通の【騎兵】、ただの騎獣では一分と持たなかっただろう。

 そして落とした矢、放てなかった矢のつけは直ぐにきた。

 

 

 『HIiii~~n!!』

 

 「アレウス? キャッ!」

 

 

 アレウスの体に振り払われた木が直撃したのだ。

 その衝撃にアレウスは地面に倒れ、騎乗していたヴィーレは池近くへと投げ出される。

 

 (やっぱり……私達では勝てない)

 

 地面にうちつけ痛む体を起こしながら思い出すのは師匠の言葉。

 

 『どんな敵にも相性差が存在する』

 

 あれほど強く、超級職にまで至った師匠。そんな【騎神】である師匠が勝てない敵がいると言ったのだ。

 確かにそうだ。

 どんなものにも“絶対”等といったものはありはしないのだから。

 そしてヴィーレにとっての天敵、勝てないモンスターこそが【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】。

 個人戦闘型であるヴィーレは広域制圧型であるモンスターが苦手だった。

 しかし頭では理解できても、認められない……認めたくない事もある。

 

 

 「……やっぱり諦めたく無いよね」

 

 

 ここまで来たのだ、このまま死を待つだけなど耐えられない。

 目に写ったのは湖に沈む挑戦者達の骸。

 そして……

 

 

 「あれ? 水量が増えてない?」

 

 

 木の城壁の外から流れ込んだ湖の水、かなりの量が流れ込んでいる。戦闘で経過した時間を考えれば池から溢れだしていても可笑しくない。

 つまりこの木の城壁内には……

 

 

 「もしかして、この水が流れる程度の抜け穴があるのかも……」

 

 

 もちろん通り抜けられるかもわからない、もしかしたら幾つかの分流に別れているのかも知れない。

 かなり低い確率の賭けだ。

 だか、このままでは死を待つだけ。

 それを理解した瞬間、ヴィーレの選択は決まっていた。

 

 

 「……行こう! 《送還》――アレウス!」

 

 

 アレウスが光の粒となり、右手の【ジュエル】へと吸い込まれていく。

 そしてそれを追いかけるように伸びる木の枝。

 枝はヴィーレの脚を捕られる距離まで伸び……

 

 

 

 ……宙をきった。

 

 脱出不可能な死の罠。

 今日この日、はるか昔より続く儀式において初めて一人目の脱出者が現れたのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 (息が……苦しい……)

 

 【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の死の罠から抜け出したヴィーレ、しかし予想外の流れの速さに再び危機に陥っていた。

 体が引き裂かれそうな程強い水流と水圧。

 思っていたより長い時間の潜水に息が続かない。

 

 (意識が……)

 

 遠退いていく意識、流されながらぶつけた体が傷んでいるはずだが……感覚がない。

 そして諦めかけた時だった。

 

 

 「……プハァッ!!」

 

 

 開けた明るい景色。

 新鮮な空気が勢いよく肺に流れ込んでくる。

 だが同時にその顔が一気に青ざめていく、赤い髪と相まってより青さが映えている。

 その理由は放り出された場所。

 彼女が放り出された先、それは……

 

 

 

 <トラーキアの試練>、第六階層の森林のはるか上空だった。

 

 

 「もしかして……これって死んじゃう?」

 

 

 呟いた言葉は水音に掻き消される。

 悲鳴を上げる間もなく体は落下を始め……

 

 体を襲う激しい衝撃と、左手から聞こえる何かの折れる音を聞きながら意識を失ったのだった。




【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】
【地神】や【破壊王】とかなら殺れるんかな?


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第10話 ダンジョン踏破ー③

 □<トラーキアの試練・第六階層> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 何かの燃えるような音がする。

 あの時、師匠と出会った時のような近くで何かが燃えては弾ける焚火の音だ。

 かなり近くで燃えているのか体が暖かい。

 前と少し違うのは、鮮明に聞こえる水の流れる音とモンスターの鳴き声がやけに大きく聞こえる事だろう。

 思考がはっきりしていくごとに頭がズキズキと音を立てる。

 そんな痛みに覚醒を催促されるように私はゆっくりと目を開けた。

 

 

 「……これ、何があったんだろ?」

 

 

 真っ先に目に映ったのは燃え苦しんでいる亀のようなモンスターと真紅の炎。

 そして私を中心にして半径一メテルほどの木や草花が燃え尽き、モンスターであっただろうドロップアイテムが転がっていた。

 その数は恐ろしいほどの量。

 ざっと見える範囲で数えただけでも50近く転がっている。モンスターを倒してもドロップアイテムを確実に落とすわけでは無いので、この数だと80匹以上のモンスターが死んでいるのではないだろうか。

 

 そしてもう一つ、亀のようなモンスターが燃えていると言ったが少し訂正がある。

 正確には私の体ごと(・・・・・)モンスターが燃えている。

 下半身を包むようにして燃える蒼い炎、しかしその炎からは全く熱を感じない。

 むしろどこか気持ちよくさえ感じる炎だ。

 しかしこんな蒼い炎は見たことがない。

 私の知っている限りこんなことが出来るのは……いや、一匹いた。

 

 

 「もしかしているの? フェイ」

 

 

 咽が乾いているのか思うように声が出ない、出たのも小さくか細く弱弱しい声だ。

 しかし、そんな私の目の前へと丸い何かが転がってくる。

 

 それは真紅と蒼い炎の紋様をもった卵。

 私の<エンブリオ>、【炎怪廻鳥 フェニックス】だ。

 フェイは嬉しそうな様子でクルクルと回ったり飛び跳ねたり(どうやって飛び跳ねているかは分からないが)している。

 

 そんなフェイを見て、安心しながら体を起こそうと左手をつき……

 

 

 「痛っ!」

 

 

 左手を地面に突いた瞬間、体に激痛が駆けぬけた。

 そのあまりの痛さに顔を歪める。

 そして今度は左手をつかないように体を起こし、痛みの原因である左手に目を向ける。

 目に映ったのは紫色に腫れあがった手首、腕や手も切り傷や内出血からか血が流れ真っ赤になっていた。

 いや、右腕だけではない。

 全身を確認するように見渡すとまるで事故に遭ったかのような重症になっていた。

 

 

 ジュシーネさんから貰った騎乗服は胸元から下へ大きく破れ、白く滑らかだった艶肌も切り傷と流れた血で真っ赤に濡れている。

 動きやすかったショートパンツから出ていた脚も、泥や血で元の脚が想像できない程汚れていた。

 これほどの重傷でよく生きていたなと自分で思ってしまうほどだ。

 

 

 「あはは……リアルなら絶対に驚かれて救急車を呼ばれてるよ。 きっと顔も傷だらけなんだろうなぁ」

 

 

 ここまで来ると逆に驚かなくなってくる。

 きっと、水に流された時や流れ落ちる水から放りだされた時に出来た傷なんだろう。

 私は自身の上に覆いかぶさるように伸びる大樹を見上げながらぼんやりと考える。この木がクッションとなって死なずに済んだのだろう。それでも生きていたのは奇跡としか言いようがないが。

 

 

 「あとは……そうだね、フェイが守ってくれてなかったら死んでた。ありがと、フェイ」

 

 

 ピョンピョンと目の前でアピールするように跳ねるフェイに微笑む。

 きっとフェイが守ってくれなければモンスターに襲われて死んでいただろう。

 どうやって守ってくれたのかは皆目見当もつかないが、後でいっぱい磨いてあげなければ。そんな事を思いながら無事な右手で優しく撫でる。

 

 

 「とりあえず治療しなきゃ、できれば顔も洗いたいし……」

 

 

 視界の端のHPは今にも尽きてしまいそうなほど微量だ。

 加えて、その下では【左手骨折】と【出血】の状態異常が点滅している。

 

 (……回復ポーション足りないかもぁ)

 

 矢は師匠から貰ったものや自分で買ったものを蓄えていたが、回復アイテムはそれほど備蓄はしていない。

 あの<UBM>に襲われる前に買ったものだけだ。

 あれから最大HPも伸びているので回復しきれないかもしれない。

 加えて出来ればアレウスの回復用にもある程度残しておきたいのが本音だ。

 

 

 アイテムボックスから取り出したHP回復ポーションを傷口へと振りかける。

 すると傷だらけだった体は淡い光を纏いながら、元のなめらかな肌に戻っていく。

 だが……

 

 

 「やっぱり左手の骨折は治らないみたい」

 

 

 紫色に腫れていた左腕も、ずいぶんましになったものの【左手骨折】の状態異常は消えないままだ。

 試しに動かそうとするも痛みが激しくまともに動かない。

 痛覚を完全に消せば多少は動かせるかもしれないが……余りしたくはない。

 

 

 「後はアレウスだね。 《喚起》——アレウス」

 

 

 右手の甲についたの【ジュエル】から溢れた粒子が馬を象り、アレウスが現れる。

 

 

 『BuRurururu』

 

 「うん、私は大丈夫だよ。 私こそあの時はごめん」

 

 

 心配そうに鼻先を擦り寄せてくるアレウス。

 私はその優しさに甘えるようにその毛並みに顔を埋めた。

 しかし【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】からの一撃を受けた足の付け根は少し赤黒く傷ついている。

 その傷跡は私の擦り傷よりも痛々しい。

 自分のせいでアレウスが傷ついたと思うと涙が滲んできた。

 

 

 「ごめんね、アレウス……ほんとうにごめんなさい」

 

 

 思わず声に嗚咽が混じる。

 騎兵より疲れが溜まっているだろう騎獣より、先に集中を切らすなど騎兵として失格だ。師匠に合わせる顔も無い。

 噛みしめた小さな唇。乾いた口内に鉄の味が広がった。

 残っていた回復ポーションを全て使いきる形で、ようやく痛ましかった傷も元通りになる。 

 その事に安心したように私は木の根元に蹲る。

 

 

 「ごめん、ごめんね? だけど……もう少しこのままいさせて」

 

 

 分からない。

 ただ胸の奥から溢れ出るような言葉にならない感情が止まらない。

 怖く、切なく、冷たく、痛い。

 止まることの無い感情が心から溢れ出し、頬を伝って地面を濡らした。

 

 

 

 彼女は、ヴィーレは知らなかった。

 これまですべてを一人で背負い、一人でこなしてきた彼女。

 失敗しても心が沈んでも自分を責め、次へと繋げようと努力して乗り越えてきた。

 

 だが、そんなヴィーレにもこの世界で大切なものがたくさんできた。

 騎兵ギルドの皆や師匠、そして相棒であるアレウス。

 そして今日この日初めて知ったのだ。

 

 

 自身のせいで他人が傷つくことの恐怖を。

 

 心を許した仲間が傷つく悲しみを。

 

 

 そして彼女は分からない、知らない、止められない。心に湧き出るその感情を。

 

 (……止めてしまおうか)

 

 逃げるのが嫌い、負けるのが嫌い。

 そんな彼女が思わずそう思ってしまうほどの苦しみ。きっとリアルに戻り、今まで通り生きていけば心が傷つくことは無い。この溢れ出る感情も止まるだろう。

 そんな事を思い始めた時だった。

 

 

 

 

 『BURuuuuu!!』

 

 

 聞こえてきた大きな嘶きと、地面を揺らした足踏みに顔を上げる。

 同時に上げた顔の近くにあったアレウスと至近距離で見つめ合う。

 赤く、燃えるような色の目。

 だがその見つめ合いもすぐに終わることとなる。

 

 

 「え? ……キャッ!」

 

 

 突如、私の首元の服を咥え持ち上げるような形でアレウスが走り出す。

 そして……

 

 

 私は宙を飛んだ。

 

 

 綺麗な放物線を描きながら頭から小さな湖に落下し、大きな水しぶきを上げる。

 冷たい水が体にこびり付いた泥や汚れを洗い流していく。

 痛みで鈍くなっていた左手に冷水が当たり、激痛が再び全身を駆け抜けた。

 

 

 「いっ、いったぁーー! 何するの、アレウス!」

 

 

 思わず顔を顰めながら放り投げた張本馬であるアレウスを睨みつけた。

 また、そんな私に怒るようにアレウスも大きく嘶く。

 しかしそれはいつもとは少し違う。何かを懇願するかのような、悲しみの籠った嘶きだった。

 そんなアレウスを見て、全身の熱が洗い流されるように冷えていく。

 

 

 「……ごめん、私が冷静じゃなかったみたい」

 

 

 先ほどまでの私はどうにかしていた。

 

 (苦しい思いをしているのはアレウスも同じだ……)

 

 そうだ、私とアレウスは相棒だ。

 苦しい事も、楽しい事も全て一緒に背負い共有する。互いに互いを支え合うパートナー。

 この気持ちも、そして私が苦しんでいた痛みさえも。

 私はブクブクと口元まで湖に体を沈め、上目遣いでアレウスを見る。

 

 

 「……アレウスって私の相棒だよね?」

 

 

 その言葉に、それを確かめようとする私に怒るように嘶く。

 そんなアレウスに私は思わず微笑んだ。

 気が付いたら先ほどまで溢れて止まらなかった暗い感情は止まり、頬を伝っていた涙は湖に流れて消えていた。

 

 (ああ、本当に私は馬鹿だ。こんなことまで分からなくなっていたなんて)

 

 私は笑いながら両手で強く頬を叩く。

 

 

 「っつ! 痛い!」

 

 『BU、BURuu?』

 

 

 声を上げる私にアレウスが心配そうな声を上げる。

 そんなアレウスを私は笑う。

 

 

 「うん! もう【騎兵】ヴィーレ・ラルテは大丈夫! 私も愛してるよ、相棒」

 

 『BURuuuuuU!?』

 

 

 何故か慌てふためくアレウス。

 そんなアレウスを傍目に、汚れが流れ落ち元の赤を取り戻した髪を軽く絞り立ち上がる。

 

 もう迷わない。

 もう立ち止まらない。

 

 私は肌を伝う水滴を振り払い歩き出す。

 そして……

 

 

 「……とりあえずご飯にしよっか?」

 

 

 呆然と私を見るアレウスとフェイに向け笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからアレウスと食事をとり、フェイを磨きながら気が付いたことがいくつかある。

 

 

 一つは、今は三日目(・・・)だということ。

 

 私が地面に墜落し、気を失ってから経過した時間は予想以上に長かったらしい。

 ステータスの確認の為に開いたメニューだったが、そこに映っていた日付には流石に目を見開いた。どうやらフェイは二日間休むことなく私を守り続けていたらしい。

 フェイには感謝の言葉と共にいつも以上に丁寧に殻を磨いてあげた。

 だが……あれから二日、つまり残された時間は一日と半分程度と言うことだ。

 これからの事を考えるとあまりにも短すぎる時間だ。

 

 

 そして二つ目は、【騎兵】のレベルが50になっていた事。

 

 この第六階層までのモンスターの討伐と、フェイが倒したモンスターの経験値でカンストしたようだ。

 <Infinite Dendrogram>を初め、約二週間目にしてようやく一つ目のジョブのカンスト。

 おそらく他の<マスター>から見ればかなり遅いペースなのだろうが、これで私も新しいジョブに就くことが出来る。

 師匠からダンジョンに挑む際に出された転職も、このままいけば十分に達成できる。

 

 

 そして三つ目、これがかなりの難問だった。

 

 それは武器である弓、およびジュシーネさんから貰った騎乗服のロスト。

 服はまだ縫い直せば使えるかもしれないが、今のままでは使えない。

 何より……今の状態では胸が半分ほどはみ出してしまっている。このままでは、恥ずかしすぎてまともに戦闘に集中できない。

 まだ私は半裸で戦闘出来るほど、乙女として終わってはいない。

 

 一理の望みを懸けて、アイテムボックスの肥やしとなっていた亜竜級モンスターのドロップアイテムである【宝櫃】を開けてみたが……

 

 

 「装備レベルが足りない……」

 

 

 運よく出たゴツイ全身鎧も、そのほとんどが装備レベルが100以上のものばかりだった。

 もともと亜竜級モンスターは上級職で倒せるレベルなのだから、装備できないのも当たり前といえば当たり前である。

 結局、苦肉の策で初期装備のワンピースを着ることに落ち着いた。

 

 

 「問題は弓だよね……」

 

 

 一番の問題である弓。

 今まではアレウスの補助のような形で使っていたので、弓がなくては戦力の大幅ダウンだ。

 【宝櫃】から出てくれるかもと少し考えたが、やはりそんな甘い事は無いらしい。

 

 

 「まぁ……左手も使えないし。結局はおんなじだけど」

 

 『BURURU』

 

 

 戦闘はほぼアレウス任せになることになるが……今のアレウスなら問題ない気がする。

 回復アイテムも使い切り不安は残るが、後は最下層を目指すだけ。

 きっとこの先には【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】より強いモンスターが待ち受けているのだろう。

 しかし、負ける気がしない。

 私たちは二人で一人、加えていざという時に頼りになるフェイもいる。

 これほど心強いことなど無いのだから。

 

 

 「よし、行こう! アレウス!」

 

 『HIHIiiiiiiiN!』

 

 

 一人と一頭は勢いよく地面を駆け始める。

 今、真のヴィーレとアレウスのダンジョン踏破が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇<トラーキアの試練・第九階層> 

 

 

 

 

 真っ暗な暗闇の洞窟。

 そこに一体のモンスターが50年という深い眠りについていた。

 

 だが……ソレは突然何かを感じ取ったかのように瞼を開く。

 開かれた瞼では縦に割れた真紅の瞳孔が怪しく光り、鱗に覆われた口先から出た長い舌がチョロチョロと空気を舐める。

 

 

 ——これは、強者の臭いだ。

 

 

 ソレは確信する。

 

 ここに、最下層に強者が……挑戦者が辿り着くことを。

 その強者が自分を倒しうるほどの力を持っていることを。

 

 だが、ここに辿り着くまでもう少し時間が掛かるだろう。

 その事を感じ取ったソレは再び静かに瞼を閉じた。

 先ほどと同じ暗闇の洞窟。

 その中からは何かを楽しみに待つような、何かを叩く音だけが聞こえてきたのだった。

 

 




書いていて少しチープ過ぎるかなと思ったり……


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第11話 ダンジョン踏破-④

遅くなりました~

深夜テンションで書いたので戦闘シーンがあれです。
特に盛り上がる場面もなく……すいません



 □<<トラーキアの試練・第九階層> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 あの第六階層での決意から半日、アレウスに騎乗したヴィーレは第九階層手前まで辿り着いていた。

 

 『“半日”で三階層分を突破』

 

 そう聞くとごく短時間で簡単に進んでいったかのように聞こえはするが……実際そうである。

 そもそも<トラーキアの試練>は下級職では困難、上級職なら容易に踏破出来るレベルの自然型ダンジョン。

 ダンジョン入り口の空中落下や、【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】と言ったイレギュラーが存在しているからこそ、ヒュリア族の多くが戻らない難関の『試練』となっているのだ。

 その二つが無ければ下級職でも……ましてや<エンブリオ>の補正を受け、亜竜級上位に位置するアレウスに騎乗したヴィーレが遅れをとることさえなかっただろう。

 

 もちろんいくつかの理由もある。

 

 一つは、ヴィーレが戦闘を極力避けて進んだこと。

 メインウェポンである弓も無く、回復アイテムが尽きた。

 加えて【騎兵】もカンストし、その他のスキルレベルも現状上げられる限界まで上げ切っている。

 余計な消耗を避けるため戦闘を避けるのはごく当然だと言えるだろう。

 

 

 そして二つ目は、ヴィーレが《騎乗》に集中した事。

 

 普段の戦闘ではアレウスとヴィーレはそれぞれに役割を別け、感覚で通じ合いながら《騎乗》している。

 しかし戦闘する必要のないこの状況により、ヴィーレは《騎乗》に専念しアレウスの全力を引き出すことに成功していた。

 そもそも【騎神】の厳しい修業を受けたヴィーレとアレウスにとって、普通の森を駆けるなど散歩するのと変わらない。

 その上限の見えない技術とアレウスのAGIを持って、あらゆる障害を躱し、モンスターを轢き殺しながら進むのは訳ない事だった。

 

 

 

 「予想以上に早く着いたね。ここで一度休憩しよっか?」

 

 『BURUUU』

 

 

 第八階層から第九階層へと続く坂道。

 ちょうど『マップ』の表示が第九階層を現わしたのを確認して、アレウスに止まる指示を出す。

 その指示にアレウスは嘶きながら降りやすいように膝を折った。

 いつもならしないその動作、それはもちろん怪我をしているヴィーレの為だ。

 

 

 「ありがと。アレウスはなんだか騎士みたいだね」

 

 

 ヴィーレは嬉しそうに笑みをうかべ、飛び降りる。するとその後に続く様にワンピースがヒラリと舞った。

 左手の骨折に気を使ってくれたのだろう。

 感謝を告げると無事な右手で、その鬣を撫でてやる。

 

 

 「丁度開けてるし……ご飯にしよ」

 

 

 ヴィーレは腰にぶら下がったポーチのようなアイテムボックスから残った食料を取り出す。

 その量はアイテムボックスに入っていた食料全部だ。

 余り食べる機会がなかった二日分の食料を一度に開放する。これから先の事を考えるならば、あまりに安易な行動だ。

 しかし彼女にもいくつかの予感を感じたが上の行動だった。

 それは……

 

 

 「でも、ここまであからさまだと流石に疑うよね……」

 

 『BURURU』

 

 

 ヴィーレの呟きにアレウスが同意する。

 そんな彼女が見つめる先にあったのは、もちろん第九階層。

 しかしその様子は今までの森林が立ち並び、地底湖の水が流れているような階層ではない。

 それを、第九階層を一言で言うならば……

 

 

 「ここは『決闘場』でいいのかな?」

 

 

 ヴィーレ言葉は的を得ている。

 それはまるで古代ローマに実在したかのような『決闘場(コロッセオ)』。

 第九階層の真ん中には、半径10メテルはあろう大きな円形の岩石。

 はるか昔に造られたのか、所々が欠けてはいるものの人工的な美しい彫刻が事細かに彫られている。

 そして……その周りは崖になっていた。

 ダンジョンの入り口と同じ、底が見えないほどの断崖絶壁。

 微かに水が流れる音がする事から、下では地底湖の水が流れ込んでいるのだろう。

 

 それはまさに決闘場。

 ダンジョンという言葉を歴史の授業で微かに聞いたことのある。その程度に知識しか持たないヴィーレでさえ、この第九階層に今まで見ぬ強敵……『ダンジョンボス』がいることを想像させるほどだった。

 

 

 「もぐ……もぐ……、あの外の森から回り込めないかな?」

 

 

 木の実で出来たクッキー(師匠お手製)を両手に見つめるのは崖の外側。闘技場から5メテル程外に剃り立った壁である。

 崖を越えた先には今まで通りの森林が広がっていた。

 アレウスの跳躍力があれば行けないこともないだろう。

 だが……

 

 (……やっぱり真正面から行こう)

 

 ヴィーレは先ほどの考えを自身で破棄する。

 それは師匠との修行で培った勘からの予感。

 

 ——きっと、決闘場を避けたとしても、碌な事にならな(・・・・・・・)()

 

 待ち受けるのは普通よりも遥かに大きな困難だろう、そんな予感がしたのだ。

 きっと出口は闘技場、その奥に見える通路一本だけ。

 ヴィーレは口元に付いたクッキーの欠片をペロリッと舐める。

 そしてアレウスに、左手の紋章で眠っているだろうフェイに真っ直ぐな視線で微笑んだのだった。

 

 

 「行こう……私たちの二度目の冒険に!」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 食事を終えたヴィーレはアレウスに《騎乗》すると、闘技場を目指し歩き始める。

 その恰好は先ほどと全く変わらない。

 ヴィーレには武器()はなく、防具(騎乗服)も破れてしまった。

 持ちうる武器はアレウスの馬力、そしてヴィーレが持ちうる騎乗技術だけだ。

 

 第五階層でのような油断はしない。

 《危険察知》に加え、感覚を研ぎ澄ませながら闘技場の円状へと足を踏み入れ……

 

 

 「ッツ!!」

 

 『BURUuuuuU!』

 

 

 一瞬にして周囲の空気が変化したのを感じ取った。

 それは身も竦めるような凄まじい殺気。

 今までの亜竜級モンスターとは比べ物にもならない、もしかしたらあの<UBM>よりも強いかもしれない程の。

 無意識に体が硬直し、溜まった唾が咽を鳴らす。

 通気性の良いワンピースだからか、背筋に冷たい汗が伝う。

 

 そして闘技場の通路の奥から小さな物音が聞こえてくる。

 それはまるで、何かを引きずっ(・・・・・・・)ているかのよう(・・・・・・・)()

 暗い通路の先に見えるのは大きな体と金色に光る縦の瞳孔。

 

 人の恐怖を呼び起こすような声を放つソレは、ゆっくりと通路の奥から姿を現した。

 

 

 「……蛇? ……じゃない、あれは」

 

 

 ――ソレを覆うのは光を吸収し、あらゆる攻撃を弾く竜燐(・・)

 ―—ソレは全てを切り裂く鋭い竜爪の四肢を持つ。

 ——ソレは自身より長い尾を引きずる。

 ―—ソレは最も有名なモンスターであり、最強の代名詞。

 ——ソレは『蛇』であり、『龍』であり、『竜』である。

 

 そのモンスターは……

 

 

 「……ドラゴン?」

 

 

 『SHAAAWAWAWAWAWAAAAAAA!!』

 

 

 ヴィーレが漏らした言葉を肯定するかのようにその『ドラゴン』は咆哮する。

 

 

 

 いや、少し違う。これには訂正が必要だ。

 彼女の前に現れたドラゴン。

 一般的に『地竜種』に分類されるそのドラゴンだが、その形容はティアンが知るような地竜ではない。

 

 普通の地竜よりもはるかに短い四肢と竜爪。

 ドラゴンの象徴である二対の翼はなく、その胴体は龍のような細長い体をしている。

 ソレは普通のドラゴンではない。

 それは、

 

 

 ——『大蛇竜』……【ハイ・スパイラル・ドラゴン】。

 

 

 150年以上の時を生き、『儀式』の最下層で待ち構える大蛇竜である。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 <トラーキアの試練>での死に至る、三つの大きな要因。

 

 一つ目は、空中落下。

 二つ目は、【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】。

 

 

 そして三つ目こそ隠しようもない脅威、【ハイ・スパイラル・ドラゴン】だ。

 

 神造ダンジョン除く、自然型ダンジョンなどでは最も強いモンスターがボスモンスターとなる。

 大きなダンジョンなどではある程度の区切りにボスモンスターがいることもあるが、基本この法則は変わらない。

 そしてこの【ハイ・スパイラル・ドラゴン】こそが<トラーキアの試練>における最強のモンスターだった。

 神話級<UBM>【樹霧浸食 アームンディム】が襲来したのが約100年前。

 しかし【ハイ・スパイラル・ドラゴン】はそれより前、約50年もの間『儀式』に挑むヒュリア族を殺してきた大蛇竜。

 ある意味、ヒュリア族を半ば絶滅に追いやった原因でもあるモンスターだ。

 

 <トラーキアの試練>の最下層に棲みつき、これまでに49人もの【女戦士】をカンストさせたヒュリア族を殺してきた。例外は50年前に訪れた人馬種族の男だけ。

 まさに<トラーキアの試練>における最大の試練である。

 

 

 

 

 

 目の前で威嚇音を鳴らしながら蜷局を巻く【ハイ・スパイラル・ドラゴン】。

 その戦闘力は確実に純竜級、【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】とは違う純粋戦闘型モンスターだ。

 おそらく全長も30メテルはあるだろう。

 だが……

 

 (……勝てない敵ではないはず)

 

 速さだけで比べるなら《騎乗強化》で強化されたアレウスの方に軍配が上がる。

 ヴィーレはアレウスに騎乗しながら【ハイ・スパイラル・ドラゴン】と睨み合う。

 姿を現してからすでに10秒、ピリピリと緊迫した空気が周囲を包む。

 そして、

 

 

 「ハァッ!」

 

 

 先に動いたのはヴィーレだった。

 まるで何かに動かさせるようにアレウスを駆け始める。

 その瞬間……ヴィーレがいた場所を何かが轟音と共に地面を抉り取る。

 その何かをヴィーレは振り返り見た。

 

 

 「……嘘!?」

 

 

 ヴィーレが驚きに声を上げるのも仕方がない。

 まるでミサイルのごとく地面を抉り取った何か、それは……

 

 (あれが尻尾!?)

 

 地面に突き刺さっていたのは螺旋のように捻じれた鋭い尻尾。

 その尻尾は蜷局を巻いている【ハイ・スパイラル・ドラゴン】から伸びるように(・・・・・・)突き穿っている。

 明らかに先ほどよりも尻尾が長い、おそらく体が伸びたのだ。

 そしてそれと同じほど衝撃的な出来事。

 

 (《危険察知》がまともに反応しなかった……)

 

 正確には危険察知の警鐘が響くのと同時に攻撃が放たれていた。

 見ていては躱せないような高速の尖尾。加えて信じられない程の伸縮自在性を持つ。

 【ハイ・スパイラル・ドラゴン】自体が大きな鞭のようだ。

 だがヴィーレも負けてはいない。

 

 

 「行くよ、アレウス!」

 

 『HIHIIiiiiiiiiIIN!!』

 

 

 いつものような戦い方ではない、本来の【騎兵】としての戦闘法。

 風切り音と共に高速で地面を穿つ尖尾、その竜燐の上を疾走(・・・・・・・)する(・・)

 振り放そうと大きく振り払われる胴体を駆け抜け、硬い竜燐を渾身の馬力で踏み抜きながら走っていく。弓を持ちながらでは振りほどかれる、ヴィーレが《騎乗》に集中しているからこそできる事だ。

 左手の怪我、そして弓がない事が本来とは逆のプラスに働いていた。

 

 

 『SHAAAAAAWAWAWAWAA!!』

 

 「フッ!」

 

 

 全てが一撃必殺の威力を秘める穿尾、硬い鱗で放たれる叩きつけ、並んだ鋭い牙での噛みつき。

 

 それらを避け、駆けあがり、強力な後ろ蹴りで弾き飛ばす。

 《危険察知》すら遅れる高速の連撃。

 何分にもわたる迎撃が繰り広げられる。

 無傷だった体も振り払われた竜燐で切り付けられ、地面を爆散させる穿尾からの瓦礫がヴィーレとアレウスを襲う。

 対して、【ハイ・スパイラル・ドラゴン】も立派に並んでいた鱗は剥がれ落ち、竜燐の無い部位に食らった攻撃からは血が噴き出し流れて出していた。

 

 互いに一進一退。

 劣勢に見えたヴィーレもその技術で戦力差を埋め、同等以上に戦えていた。

 加えてヴィーレにとって【ハイ・スパイラル・ドラゴン】は相性がいい相手だった。

 

 まともに攻撃が通らない樹木型モンスターではなく、攻撃も通りにくいもののダメージを与えられる。

 【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】のように体力が無尽蔵なわけでもない。

 加えて、あからさまな範囲攻撃をしてこない。

 

 強い……だがそれだけの相手。

 それがヴィーレにとっての【ハイ・スパイラル・ドラゴン】だった。

 だが……

 

 

 「体力、HPの差かな……」

 

 

 同時にヴィーレは理解もしていた。

 『モンスターと拮抗していては勝てることは絶対にない』と。

 もちろん敵モンスターによって結果は異なる、だがこのまま戦って先に力尽きるのは確実に自分である。

 この状態を脱出するには一撃、【ハイ・スパイラル・ドラゴン】の弱点に強力な一撃を与える必要がある。

 

 

 「ドラゴンの弱点は逆鱗……あれだね」

 

 『BURURURUUUUUU!』

 

 

 駆けながら見つけたのは……【ハイ・スパイラル・ドラゴン】の尖尾、その付け根に生えた一枚の逆向きに生えた竜燐。

 流石にファンタジーに疎いヴィーレも逆鱗の存在は知っている。

 この<Infinite Dendrogram>の世界のドラゴンにも存在するかは半信半疑だったが、ヴィーレは逆鱗を見つけ出していた。

 あの逆鱗を狙うことが出来れば【ハイ・スパイラル・ドラゴン】を倒すことも可能だろう。

 だが問題はここからである。

 

 (どうやってあれを狙うの?)

 

 叩くべき逆鱗は高速で伸縮しながら、地面を穿つ尖尾の付け根。

 狙うことはほぼ不可能だと言ってもいい。

 無理やり攻撃しても返り討ちにあうのが関の山だ。

 だが、好機は向こうからやってきた。

 

 

 『SHUUUUAAA!!!』

 

 

 大きな唸り声と共に動き出す【ハイ・スパイラル・ドラゴン】。

 そのとった行動は……決闘場の地中へ(・・・・・・・)の潜行(・・・)

 

 これこそ【ハイ・スパイラル・ドラゴン】にとっての最大の攻撃であり防御。

 地竜特有の地中から敵を感知できる《生体察知》と自身の尖尾を組み合わせた一撃。限られた闘技場という範囲内で敵を狙い穿つ必殺の一撃(・・・・・)だ。

 避けることは叶わず、その一撃にどんな敵も貫かれる事となる。

 だが、それは逆に【ハイ・スパイラル・ドラゴン】が追い詰められている証でもある。

 過去に【ハイ・スパイラル・ドラゴン】がこの戦法をとったことは5回も無いのだから。

 

 

 地響きを立てながら地中へと【ハイ・スパイラル・ドラゴン】が吸い込まれていく様子を見ながら、ヴィーレも予感する。

 

 決めるならここしかないと、そして終わりは近いと……

 

 

 「行くよ、アレウス!! 《フラッシュ・ピアース》!」

 

 『HIHIiiiiiN!』

 

 

 長い戦闘で疲弊していたアレウス、その速度が最速を超えて加速していく。

 同時に先ほどまでの戦闘音が嘘のように静まり返り、アレウスの駆ける音だけが決闘場に響き渡る。

 戦闘の始まりのような緊迫した空気だけが辺りを支配し、

 

 

 数秒の空白の後、それは来た。

 

 

 

 

 

 

 

 『SHAAAAAAAAWAWAWAWAWAWAW!!』

 

 

 地面から伸びる一槍。

 それこそ【ハイ・スパイラル・ドラゴン】という銘の由縁、最速最恐の穿つ一撃。

 【ハイ・スパイラル・ドラゴン】の《生体感知》はヴィーレを見失うことなく、闘技場を駆ける足音を容易に貫いたのだった。

 

 

 




【ハイ・スパイラル・ドラゴン】

ずっと【鞭竜王 ドラグウィップ】にしようか迷った挙句、下げられたダンジョンボス……
見た目は完全にガララア〇ャラ。
次回決着&ダンジョン踏破終了です。


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第12話 ダンジョン踏破と蒼銀郷

戦闘……頑張ったんやけど、ごめんなさい


 ■<トラーキアの試練・第九階層> 【ハイ・スパイラル・ドラゴン】

 

 

 

 

 

 『……おかしい』

 

 

 彼……ダンジョンの最深部において、150年もの時を過ごす大蛇竜が真っ先に浮かべたのは疑問だった。

 自身の鼻先から洩れる威嚇音が地中に響き、砂埃を巻き上げる。

 50年ぶりの外敵。

 100年ぶりの挑戦者である黒馬のモンスターに跨る赤毛の少女は、まさに彼の想像以上の強さ秘めていた。

 

 地竜種である自身の強固な竜燐を砕き割るほどの馬力を持つ黒馬の騎獣。

 その騎獣の力を最大限……いや、それ以上に引き出し《騎乗》する少女。

 

 その一人と一体の戦闘は、彼から見ても凄まじいものだった。

 超高速で伸縮し、鞭のように唸る体の上を駆けあがり踏み抜く。攻撃としてはそれだけの単純なものだったが、どうすればそんな狂人的な……超人的なことが出来ようか?

 そんな事をしようとすれば振り払われ、奈落の底に落ちる。

 もしくは自身の自慢の尖尾に貫かれて終わりだ。

 

 

 しかし彼女たちはそれを平然とやってのける。

 過去の挑戦者(ヒュリア族)の戦士達でさえ、これほどの技術を力を持つ者は誰一人としていなかった。

 

 

 ―—戦慄した……久しい戦いに血が湧きたった。

 

 

 互いに身を削り合い、生命散らす戦い。

 久しぶりの戦いは彼にとって楽しく、まるで夢のような時間のようにも感じていた。

 自分と彼女、どちらが倒れても可笑しくない程の接戦だ。どちらが死んでもその存在を忘れることは無く、自身の中に記憶として残り続けるだろう。

 

 

 だが……同時に彼は自分の勝利を疑わない。

 

 

 何故なら彼はダンジョンボスだから。

 この決闘場は自身の力を最も揮うことに適した場所だからだ。

 

 そして彼が自信を持ち、信頼を寄せる『必殺の一撃』

 彼は決闘場の遥か地中から最速の一撃で、地上にいるだろう彼女とその騎獣を刺し貫いたはずだった。

 

 

 『なのに……何故だ?』

 

 

 確かに感触はあった。

 自身の尖尾は確かに何か(・・)を貫いた。

 自身が持つ地竜種特有の《生体感知》も確かに彼女を捉えている。

 だが……

 

 

 『何故……足音が止んでいない!?』

 

 

 彼の疑問、それは微かに聴こえてくる騎獣の足音。

 刺殺したはず(・・・・・・)の騎獣の足音が未だに聴こえてくる……それはまだ彼女が生きていることを示していた。

 

 

 『いや、それよりも今は!』

 

 

 地上へと全力で伸ばした尖尾はすぐには戻せない。

 加えて体は地中深く。尾の位置は固定されてしまっている。

 つまり……

 

 

 『グォォォォオオ!!』

 

 

 地上に突き出た尖尾の付け根、その根元から尾先に向けて何かが竜燐を砕きながら駆けていく。

 そんな存在は今ここに、敵である彼女しかいない。

 だが……

 

 

 『どうやって……垂直だぞ!?』

 

 

 突き出された尖尾は地面から垂直(・・)に伸びている。

 だが、それを意にも返さず彼女は駆けあがる。伸びた尾の先、一際鋭い刃のような形の尖尾の付け根に生えた逆鱗を目指して。

 

 

 『おぉぉぉぉおおおおおお! やらせるかぁぁぁぁぁ嗚呼!!』

 

 

 悲鳴にも似た竜の咆哮が地中から地上まで響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 轟音が鳴り響く。

 発生源は地中から伸びた【ハイ・スパイラル・ドラゴン】の尾。

 伸縮自在の尖尾はまるで鞭、高速で振るわれていたはずの尖尾の先は音速を超え、超音速で辺りを削り取りながら嵐のように荒れ狂う。

 

 

 「ハハ、失敗しちゃったなぁ……」

 

 

 私はそんな光景をアレウスに跨りながら傍観する。

 

 

 「逆鱗を砕くとドラゴンは怒り狂う……ていうなら分かるんだけど」

 

 

 結果は、逆鱗を砕くことも出来ずにこのざまである。

 

 本来なら、【宝櫃】から出た使わない防具に火を付け囮にし、攻撃の直後に逆鱗を狙う予定だった。

 地中から敵を感知するならおそらく、熱を用いた生体感知。

 リアルで蛇が持つとされるピット器官のようなものを持っているのではないかと予想したのだ。その予想自体は当たっており、私は一時的にアレウスを《送還》して身を隠すことで避けられた。

 フェイが自身の炎を操っているのを見て、敵の感知を切り抜けられるとふんだのだが……

 

 (やっぱり甘すぎたよね……)

 

 今にして思えば作戦とも呼べない思い付きだ。

 まぁ……それでもうまくいったんだけど……

 

 鋭い尖尾に決闘場が削り取られ、砕けた岩石が弾け飛ぶ。

 まさに災害。

 このままでは決闘場は砕けちり、すべてが崖の下に沈むのではないか? そう感じるほどの圧倒的な破壊。

 このまま決闘場の奥へ走り抜けてしまってもいい、だけど……

 

 

 「行こうか? アレウス」

 

 『HIHIiiiiiiiN!』

 

 

 あの蛇竜は、あのドラゴンは私が倒さなければならない。そういった予感がするのだ。

 私は大きく嘶くアレウスに微笑んだ。

 本当に最高の相棒だ。

 あぁ、そうだ。私ならいける。

 

 

 「私たちなら……超えていける!!」

 

 

 暴虐の大蛇竜へ向け今、駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 何度目だろう。

 この<Infinite Dendrogram>の世界で既に何度も体験した感覚。

 疲れ切っている体は鉛のように重たく、瞼を開けるのも億劫に感じてしまう。

 しかし一度目や二度目とは違う。

 心が何か、達成感のような物に満ちている。

  

 (あぁ、そっか。私やり遂げたんだ……)

 

 記憶の最後は荒れ狂った尖尾を駆けのぼり、逆鱗を踏み砕いた光景。

 その瞬間、光の塵となった【ハイ・スパイラル・ドラゴン】を見て、安心して……

 

 

 「そうだ……勝ったんだ、私」

 

 『BURURURURUU?』

 

 

 耳元で鳴った訝し気な唸り声に瞼を開ける。

 そこにいたのは上から覗き込むように心配するアレウス。

 その体は砕かれ飛んだ岩石の散弾を食らい、あちこちで血が流れ出ている。私に分も余分に戦って傷ついたのだろう。

 今回の戦いのMVPは間違いなくアレウスだ。

 

 

 「ごめんね。あと……ありがと」

 

 『BURUU』

 

 

 頷くアレウスの頬を仰向けに寝転がりながら優しく撫でる。

 その頬は砂や泥、血が混ざりあってベタベタだ。

 毛並みもこの三日ブラシをしていないからか絡み合っている。

 

 

 「……後で体洗わなきゃ。でも……少しだけゆっくりしてから行こう?」

 

 

 私の提案のようなお願い。

 その言葉にアレウスはゆっくり膝を折り、私に体を寄せるようにして目を閉じる。

 やっぱりアレウスもかなり疲弊していたようだ。

 師匠に出された制限時間もまだ一日残っている、少しゆっくりしても問題はないだろう。

 きっとこの先にはジョブクリスタルがあるはずだ。

 ……と言うより、これ以上の戦闘は流石に無理である。

 先ほどの【ハイ・スパイラル・ドラゴン】が中ボスだー、なんて言われたら流石に泣いてしまうかもしれない。

 

 

 「だけど、長いようで短かったなぁ~」

 

 

 この<トラーキアの試練>というダンジョンに落ちてから三日。

 しかし実質的な冒険は一日も経っていない。半分以上は私が気を失っていた時間だ。

 ずいぶん密度の高い一日だったように感じられる。

 そして飛躍的に成長もした。

 ステータス的にも、技術的にもだ。

 【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】に手も足も出なかったのは悔しいが、純竜級の【ハイ・スパイラル・ドラゴン】にアレウスに《騎乗》するだけで勝てたのは大きな成果だろう。

 師匠にもきっと自慢できる。

 

 

 「あ、そうだ……【ハイ・スパイラル・ドラゴン】のドロップアイテム!」

 

 

 感傷に浸っていた思考で自ら気が付く。

 【ハイ・スパイラル・ドラゴン】は純竜、亜竜級モンスターから出た【宝櫃】は使える物も少なかったが純竜級モンスターの【宝櫃】ならきっといいものが出るに違いない。

 私は重たい右手を動かし、『メニュー』から『アイテム欄』を開く。

 そこには後々売却しようとため込んだモンスターの素材や、亜竜級モンスターの【宝櫃】から出たアイテムがズラリと名前が並んでいる。

 そしてその中の一番上には先ほど倒した【ハイ・スパイラル・ドラゴン】のドロップアイテムである【純穿蛇竜の宝櫃】の名前がある。

 私は迷うことなく【純穿蛇竜の宝櫃】を選択する。

 

 

 「【純穿蛇竜の宝櫃】をオープンしますか? YESっ」

 

 

 

 【【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】を獲得しました】

 【【身代わり竜燐】を会得しました】

 【【エメンテリウム】を獲得しました】

 

 

 ……え?

 思わず流れるアナウンスに動きを止める。

 何度も繰り返し頭の中でループするのは『強弓(・・)』の二文字。そう私が現状、欲してやまない弓だ。

 

 

 「や、やったぁーー!」

 

 『BU、BURU!?』

 

 

 ……思わず声を上げてしまった。

 隣で眠るアレウスを安心させるように目配せを送り、鬣を撫でる。

 しかし……弓だ!

 新しい防具か弓が欲しかったので、【ハイ・スパイラル・ドラゴン】の【宝櫃】は大当たりと言えるだろう。

 思わずニヤけてしまうのもしょうがない。

 私は弾む心を抑えるようにして【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】の詳細を開く。

 

 

 

 

 【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】

  【ハイ・スパイラル・ドラゴン】のレアドロップ。

  引くことも困難な貫通に特化した強弓。

 

 ・装備補正

 攻撃力 +150

 

 ・装備スキル

 《貫通強化》Lv.5

 

 ※装備制限:合計レベル50以上、STR:800以上

 

 

 

 

 「……え?」

 

 

 表示された強弓の詳細に先ほどとは別の意味で動きを止める。

 攻撃力が+150、それ自体は以前使っていた弓より二倍以上強い。

 装備スキルである《貫通強化》も放つ矢の威力が上がる使いやすく、強力なスキルだ。

 しかし、私の目に留まったのはそこではない。

 外そうにも外せない視線、その先は……

 

 

 「……STR:800以上?」

 

 

 その文字に思わず唾を飲みこむ。

 同時に突き動かされるように自身のステータスを開く。

 そこに並ぶのは【騎兵】をカンストさせ、<エンブリオ>のステータス補正込みの数値。

 表示されたSTRは……

 

 (……ギリギリ400に届くかどうか)

 

 必要なSTRの約半分である。

 その変えようのない数値に思わずアレウスの毛並みに顔を埋めるのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 無慈悲な装備制限から立ち直るには、あれからずいぶん時間を要した。

 アレウスに起き上がるよう催促され、ようやく先に向け歩き出したほどだ。

 ついでに諦めきれず、【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】を装備してみたが……

 

 (……ビクともしないなんて、強すぎる)

 

 弦を引こうとしても一ミリメテルさえ動かなかった。もしかしたら装備制限をクリアしなければ武器として扱うことすら出来ないのかもしれない。

 先ほどの事を思い出し、再び肩を落とす。

 そんな私を励まそうと、隣で歩くアレウスが頬を擦り寄せる。

 本当に可愛い相棒である。

 しかし、それもすぐに終わることとなる。

 

 それは第九階層から第十階層へと繋がる坂道を下った瞬間だった。

 

 

 「……すごい」

 

 

 思わず目を奪われた。 

 それほどに美し景色。

 第一階層での景色以上の幻想的な光景がそこには広がっていた。

 

 地底湖の水が最下層に流れ込み、作られた澄んだ湖。

 辺り一面で光を灯す花が咲き誇り、地上よりも明るく照らされている。

 そして何より目を引くのが……

 

 

 「……黄金郷みたい。ううん、瑠璃色だから少し違うかな。

  あえて言うなら……蒼銀郷?」

 

 

 湖の中央に浮かぶように建つ、青い光を放つ金属で造られた大きな祭壇。

 何の金属かは分からないがファンタジー特有の金属なのだろう。

 その青の祭壇は淡い光を受け、その面影を水面へと反射させる。

 湖すら祭壇の一部のように光が揺らぎ、神聖的ですらある。

 まるで疲れた心が癒されるようだ。

 

 

 「……いこう、アレウス」

 

 

 ヴィーレは何かに導かれるかのようにその祭壇を目指して進む。

 宙を舞う光が頬を掠め後ろへと流れる。

 そのヴィーレの姿もまた綺麗だった。

 傷だらけの白い肌が優しく照らされ、白いワンピースが僅かにたなびく。

 青い光が包む景色の中で歩く彼女は一輪の薔薇のようである。

 冷たく澄んだ水が足に触れる。

 その冷たさすらこの光景の神秘的さを強調させているかのようだ。

 

 

 そんなヴィーレの瞳の中に映り込んできたのは巨大なクリスタル。

 それはこのダンジョンの終わりを……『儀式』の終わりを告げているかのようであった。

 

 

 




本当は三話でダンジョン終わるはずだったのに……


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第13話 転職と閉話

 □<トラーキアの試練・第十階層> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 幻想的な湖の中央に建つ蒼銀郷の祭壇。

 上へと伸びた緩やかな階段の上には見覚えのある、大きなクリスタルが鎮座していた。

 

 

 「あれが師匠の言っていたジョブクリスタルだよね?」

 

 

 おそらくそうで間違いない。

 ジョブクリスタル自体は“霊都”<アムニール>で【騎兵】に就いた時に見たことがある。

 そのクリスタルは目の前のクリスタルよりももう少し小さかったが……

 これが遥か昔、【女戦士】に就いていた部族が転職に利用していたクリスタルなのだろう。

 私も今から【騎兵】ではない、二つ目のジョブに就かなければならないのだが。

 

 

 「……どうしよう、私何のジョブに就けばいいんだろう?」

 

 『BURUU?』

 

 

 別に一切、次のジョブについて考えていなかったというわけでは無い。

 リアルでの<マスター>達による、ジョブについての考察が書かれた掲示板も少し覗いたことがあるのだから。

 しかし、その掲示板で書かれていたのは『自身の<エンブリオ>に適したジョブにつく』といったもの、後は有効なビルドの考察がほとんどだった。

 

 

 因みに、その時に見た最も有力視されていたビルド論は“野伏初撃必殺理論”。

 天地固有のジョブで、【野伏(ダウン・サムライ)】というジョブの固有スキルを利用したビルドだった。

 

 【野伏】系統に存在する、《背向(そがい)殺し》という相手の背後から攻撃した際のダメージを増強するといったスキル。

 この《背向殺し》で、『初撃に最大効率のダメージを与え、一撃必殺を狙う』と言った内容だ。

 

 

 実際、かなり有効なビルドで天地をスタート地点にした<マスター>はこぞって【野伏】に就いているらしい。

 最もリアルで何日も前に見たものなので、今はどうかは分からないが。

 それに天地固有のジョブなのであまり関係がない。

 国ごとにその国でしか就けない特有のジョブがあるのだ。

 ここレジェンダリアでは【妖精術師(フェアリーメイジ)】や【魔道具職人(マジックアイテム・マイスター)】がそうだと、ファフザーさんからも聞いたことがある。

 加えて私は騎兵だ。

 出来ることなら、【騎兵】の上級職に就いたほうがいいはずである。

 

 

 「まぁ、何に就けるか見ないことには始まらないよね?」

 

 

 私はそう呟きながら、思い出していた事を振り払う。

 そもそも何に就けるかもすらわからないのだ、考えるだけ無駄である。

 

 大型クリスタルに触れ、メニューを開く。

 すると転職可能なジョブがズラリと表示される。

 前回に比べ、いくつか条件を満たしたジョブがあるのかその数は増えている。

 

 

 「あっ、【大騎兵】もある……ジョブクエストの達成数、クリアしてたんだ」

 

 

 真っ先に目についたのはファフザーさんが就いていた【騎兵】の上級職、【大騎兵】。

 その他にも騎兵系統のジョブがいくつも並んでいる。

 下級職である【騎兵】をカンストさせたからだ。

 

 

 「【魔導騎兵(マジック・ライダー)】に【殲滅騎兵(ターミネーター・ライダー)】、【巨鷲騎兵(グレイト・イーグル・ライダー)】? 【強弓騎兵(ヘヴィ・ボウ・ライダー)】は【弓騎兵(ボウ・ライダー)】の上級職のはずだけど……転職条件を満たしたのかな?」

 

 

 その数は下級職をあわせれば数えきれない程の数だ。

 特に【兵士(ソルジャー)】系統は数が多すぎる。

 【死兵(デス・ソルジャー)】や【復讐騎(アヴェンジャー)】なんて見るからに地雷のようなジョブまであるほどだ。

 しかし、今の私の戦闘スタイルを強化しようと思うとその数はいくらかに絞ることが出来そうだ。

 その時だった。

 

 

 『BURUUUUU』

 

 「アレウス?」

 

 

 傍らに立っていたアレウスが鼻先でアイテムボックスを突く。

 細かい意思までは読み取れないが、何が言いたいのかは多少分かる。

 きっとこれはアイテムボックスの中にある何かのアイテムを、私が忘れていると伝えたいのだろう。

 そんなアレウスに従うように、アイテムボックスの中をまさぐる。

 そして取り出したのは、

 

 

 「【転職診断カタログ】~って、こんなアイテム私もってたっけ?」

 

 

 アイテムボックスから取り出したのは分厚いカタログ。

 因みに取り出した時のイントネーションはわざとやったわけでは無い、何かに突き動かされたのだ。

 しかしこんなアイテム持っていた覚えがない。

 師匠にこんなものを貰った記憶も無ければ、ダンジョン内で拾ったわけでも【宝櫃】から出たわけでもない。

 

 (“初心者狩場”でレベル上げの合間に受けていた『イベントクエスト』の報酬の中にでもあったのかな)

 

 思いつくのはそれぐらいである。

 しかし持っているからには使わなければ勿体ない。

 

 

 「えっと……質問形式で今就くことが出来る最適なジョブを見つけてくれる。……凄く便利だね」

 

 

 まさに今の私にうってつけだ。

 早速、階段に座り込む形で診断を開始する。

 

 

 

 ……で、なんだかんだで5分ほどで結果は出たのだが。

 

 

 「【幻獣騎兵(ファンタジー・ライダー)】と【従魔師】、あと【女戦士】か~」

 

 

 出来るだけ、『騎獣であるアレウスを強化出来るジョブ』という希望で診断した結果だ。

 恐らく、数が少ないのはまだ私の戦闘スタイル……ビルドが定まっていないからだ。

 それでも【転職診断カタログ】からは複数のジョブがでた。

 私は導き出されたジョブを検索して、転職条件を調べていく。

 

 

 「【従魔師】は……転職条件は無いよね」

 

 

 【従魔師】は従魔師系統ジョブの下級職。

 私がアレウスを買い、【騎兵】か【従魔師】で迷った内のもう一つだ。

 戦闘系支援職であり、従魔キャパシティを増やす《従属拡張》や配下モンスターを強化する《魔物強化》等のスキルが豊富で、ステータスとしてはMPが伸びやすい。

 

  私もいつかは就きたいと思っているジョブ残ったのは一つだ。

 

 

 「【女戦士】は……『き、《騎乗》Lv.5でレジェンダリアのクリスタルで転職』!?」

 

 

 どうやら【女戦士】はレジェンダリア固有のジョブだったようだ。

 しかしそれ以上に目を引くのは、転職条件の難しさ。

 《騎乗》スキルは汎用スキルだからか上限が他のスキルよりも高い、その代わりにあらゆる騎獣に《騎乗》することが出来るスキルだ。

 しかし、騎兵系統でも上げられるのはスキルレベル10まで。

 それをスキルレベル5となると、ほぼ初めに就くのは不可能な難しさだ。

 

 そしてスキルや伸びるステータスについては……不明。

 師匠なら何か知っているかも知れないが……。

 

 

 「最後に【幻獣騎兵】だね……。

  転職条件は……『亜竜級騎獣の所持、純竜級モンスターのHPを一人で60%削る、ジョブのクエストの一定数達成を満たしたのち、レジェンダリアのクリスタルで転職』って」

 

 

 ……信じられないくらいに難しい。と言うよりも他の上級職と比べて難しすぎる。

 達成しようものなら、いくつ命があっても足りないくらいだ。

 

 (私は一応、転職条件を満たしてるけど)

 

 保有スキルや伸びるステータスは解らないが、もしかしたらそれなりにレアなジョブなのかも知れない。

 

 そして肝心な私の二つ目のジョブだけど……

 

 

 「……一つしか無いよね」

 

 

 消去法で残るのは一つだけ。

 【従魔師】は【騎兵】のスキルを使えなくなるので、師匠からのイベントクエストを受けている今は除外だ。

 そして【女戦士】だか、どんなジョブかも解らない今、無闇に就くのは少し怖い。

 結果的に【騎兵】の上級職であり、レアそうなジョブである【幻獣騎兵】以外なくなってしまった。

 上級職である以上、ステータスの伸びもいいはずだし、《騎乗》スキルも上限が解放されるはず。選択肢としては悪くはないはずだ。

 

 

 「うん、二つ目のジョブは【幻獣騎兵】に決めた!」

 

 

 【幻獣騎兵】は特別何かの準備が必要な訳ではない。 

 私はそのままクリスタルから【幻獣騎兵】への転職を実行する。  

 すると……

 

 

 「キャッ!?」

 

 

 転職が終わると同時に光に包まれるようなエフェクトが発生し、簡易ステータスの表記が【幻獣騎兵】へと切り替わった。

 

 (ビ、ビックリしたぁ~)

 

 【騎兵】への転職の際は何も起きなかったので油断していたが、上級職への転職では演出が出るようだ。

 だけど上級職でこれだと超級職ではどんな演出が出るのか少し気になる、戻ったら師匠に聞いてみよう。

 高鳴る心臓を深呼吸で沈めながら、【幻獣騎兵】に転職して手に入ったスキルの確認にはいる。

 

 

 メニューから確認出来る新たなスキルは二つ。

 

 《獅子勇心(ライオンハート)》Lv. 1

 ・アクティブスキル

 一定時間、自身が騎乗する騎獣への『精神・制限系状態異常』耐性を大幅に引き上げる。

 上昇値は騎獣依存。

 汎用スキルであるので、多くのジョブで使用できる。

 

 

 《幻獣強化》Lv.1

 ・パッシブスキル

 自身の騎乗状態である騎獣に騎獣の全ステータス中から『4つまでの数値をLv.×+10%』。

 騎獣の保有スキルの性能を『Lv.×5%』引き上げる。

 《騎乗強化》と併用は不可能。

 騎乗状態であればどのジョブでも使用できる。

 

 

 「……凄く強い気がするけど」

 

 

 どちらも使いやすい上に汎用スキル。 

《幻獣強化》は《騎乗強化》が変化したスキルのようだ、上級職だからか強化値が約二倍ぐらい上がっている。

 今までの《騎乗強化》は騎獣や騎乗可能アイテムでも使用可能だったが、《幻獣強化》へ変化し騎獣に特化したスキルになったからだろう。

 その分、強化値が上昇したのだ。

 勿論、変化とは言っても《騎乗強化》が消えてしまったわけでは無いので、乗り物にも多少は乗れるが。

 

 

 「また、ジョブクエストなんかを受けなきゃ出ないスキルもあるのかな?」

 

 

 ジョブクエストは騎兵ギルドの復興につながるので嫌いじゃない、しかし特殊な条件で出るスキルもあるそうなので少し面倒だ。

 

 

 「だけど……とりあえずこれで、師匠の条件は達成できたね!」

 

 『BURUUUUU!』

 

 

 隣に伏せていたアレウスと共に笑い合う。

 辛く、厳しい戦いばかりだったがアレウスとフェイがいたから耐え抜くことが出来た。

 だから……ご褒美をあげなきゃね。

 幸いにも制限時間の四日まではまだ半日ほど残ってる。

 そしてここには泳ぐのに適した(・・・・・・・)湖が広がっている。

 こうなれば、やることは一つだ。

 

 

 「フフ、時間も残ってるし……一緒に泳ごっか? アレウス」

 

 『BU、BURUUUU!?』

 

 

 私はアレウスに向け妖艶にニヤリと微笑み……装備を全部《瞬間装着》で脱ぎ捨てた。

 とは言ってもワンピースとブーツだけなのだが……。

 

 

 「……実は少し夢だったんだっ。何も着ることなく、大きなプールで自由に泳いでみたかったの」

 

 

 もちろんリアルでは絶対、この世界でも人目がありそうな場所では実行しないが。

 そう言う意味ではここは最適だ。

 絶対に人目につくことは無い。

 体を見渡すように確認すると、【ハイ・スパイラル・ドラゴン】との戦闘で出来た傷が所々に存在している。

 

 (水に触れたら痛そうだけど……)

 

 しかしそれ以上に私も乙女である。

 血や泥だらけの体で外を歩きたくない。

 そして湖に飛び込もうとした瞬間……全く反応が返ってこないアレウスに気が付いた。

 

 

 「……? どうしたのアレウス? ほら、行こ?」

 

 

 私を見たまま彫刻のように微動だにせず、固まっているアレウス。

 そんなアレウスに私は首を傾げる。

 あ、もしかして泳げないのだろうか?

 それとも傷が水に触れるのが嫌?

 だけど、アレウスも泥だらけ。ブラシかけてあげようにも、このままでは毛並みを痛めるだけだ。 

 

 

 「アレウス? アーレーウースー! そんなに泳ぐのが嫌なの?」

 

 

 私の言葉に我に返ったかのような動きを見せるアレウス。

 しかし、本当に泳ぐのが嫌なのか顔を私から逸らす。

 

 

 ……ふっふっふっ、私を無視するとは。

 そんな態度をとるなら私にも考えがある。

 

 

 「できればこんな手段、使いたくなかったけど……《送還》、そして《喚起》、アレウス!」

 

 

 【ジュエル】を使った疑似的な瞬間移動!

 アレウスはいきなり湖に落とされて驚いているのか、ビックリして水しぶきを飛ばして慌てている。

 そんなアレウスに私は笑い声を上げる。

 

 

 「それじゃ、私も!」

 

 

 アレウスに飛びつく様に透き通った湖に跳びこんだったのだった。

 

 

 

 

 ……左腕が骨折しているのも忘れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇閉話 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「……その、ごめんね?」

 

 『BURUUUUUU!』

 

 

 怒ったように大きく鼻息を荒げるアレウスを上目遣いで覗きみる。

 結局、飛び込んだあと、左手の痛みにパニックに陥った私をアレウスが助けてくれた。

 ……本当に優秀な相棒だ。

 

 しかし、傷口や骨折の痛みもすぐに感じなくなった。

 と言うよりも、傷が全快したと言った方が適切だろう。

 少しづつではあるが湖で体を清めている内に、傷が治っていったのだ。

 アレウスの傷と私の骨折も時間が掛かったが完治してしまった、神聖な雰囲気がする湖だと思ってはいたが本当に凄い湖だったようだ。

 

 そして今、湖から上がった私たちはフェイに体を乾かしてもらいながら、アレウスのブラシがけ兼フェイの殻磨きをしている。

 アレウスが怒っているので恐る恐るにだが……。

 

 

 そして濡れていた体も乾き、元のワンピースを《瞬間装着》で着た時だった。

 

 

 「……あれ?」

 

 

 見つけたのはクリスタルの奥。

 祭壇の奥に丁寧に置かれた手の平に乗る程度の小さな黒い箱だった。

 クリスタルでの転職を果たした後、少し祭壇を見て回ったのだがあんなものはなかった気がする。

 

 

 「……」

 

 

 確認の為、アレウスにも目配せするが……くびを横に振っている。

 やはり先ほどまではあんな箱は無かったということだ。

 ここには私とアレウス、そしてフェイしかいないはずなのだが……。

 限りなく低いがモンスターの可能性もある、【ミミック】と言う物への擬態に特化した罠モンスターもいると聞いたことがあるからだ。

 だけど……

 

 (少し興味もあるんだよね……)

 

 

 念の為、アレウスを後ろで待機させ、ゆっくりと黒い箱に近づいて行く。

 そして、ギリギリまで手を伸ばし……指先を少しふれさせた瞬間だった。

 

 

 

 【【■■】の宝櫃】を開きますか?】

 

 

 

 思わず全力で距離をとった私の脳内に、不思議な……一部が聞き取れない擦れたアナウンスが鳴り響く。

 突然のアナウンスに、変な声が出そうになってしまった。

 心臓に悪いアナウンスだ。

 しかし、とりあえずモンスターの可能性は消えた。

 

 

 「【宝櫃】って……もしかしてランダムな宝物?」

 

 

 しかしまた疑問が浮かび上がる。 

 いきなり目の前に現れた謎の【宝櫃】、警戒しない方が可笑しいというものだ。

 しかしダンジョンで【宝櫃】……聞いたことがある。

 確か掲示板で一時期話題になっていた話だ。

 

 ダンジョン内ではランダムに強力なモンスターが徘徊していたり、宝箱のようなものから強力なアイテムが手に入ったりすると。

 

 つまりこれはそれと同じ宝物なのかもしれない。

 そしてそうだとしたらミスミス見逃すのももったいない。

 私はゆっくりと簡易メニューの『YES』を指で押す。

 

 

 

 【【【■■】の武の指輪】を獲得しました】

 【【エレベータージェム】を獲得しました】

 

 

 《鑑定眼》を持っていないからか、黒く塗りつぶされ見えないアイテム。

 その事に眉をひそめながらアイテム詳細を開く。

 

 

 

 【【■■】の武の指輪】

 【女戦士】と【女傑】に認められた【■■】の証。

 全ての戦士を打ち倒し、強さを証明したものだけが持つことを許される武の指輪。

 

 ・装備補正

 STR+150%

 

 ・《装備スキル》

 《■■咆哮》Lv.1

 

 

 

 一部が黒く塗りつぶされ、詳細を確認できないアイテム。

 しかしそんな事さえも今はどうでもいいように感じられた。

 しかしそれもしょうがない事と言える、だって……

 

 

 「これがあれば、【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】を装備できる!」

 

 

 私の目には装備補正の『STR+150%』の文字しか映っていなかったのだから。

 

 

 

 

 




3500文字を越えた辺りから、だらけて適当になっていく……すいまそん。



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第14話 新たな修行

 □<旧・ハムレット平原> 【騎神】ゴスト

 

 

 

 

 

 「……後一時間。期待はしていたのですが……やはり駄目でしたか」

 

 

 一人の人馬種族の男……ゴストは焚火の前でボソリと呟く。

 老いを微塵も感じさせない視線を向けるのは地面にポッカリと空いた穴。

 自然型ダンジョンである<トラーキアの試練>だ。

 そんなゴストが弟子であるヴィーレを<トラーキアの試練>に送り出してから、既に三日と二十三時間が経過していた。

 丁度、試練の制限時間である四日まで残り一時間。

 ここまで来ると制限時間内での帰還は絶望的だ。

 残り一時間でダンジョンを踏破出来る確率は限りなく低い。

 もしかしたら今この瞬間もダンジョン内で足踏みしているか、モンスターに倒され<マスター>である彼女は別の世界に行っているかもしれない。

 

 

 「…………やはり早すぎましたか」

  

 

 目を伏せるようにして重いため息を吐く。

 それはヴィーレに対する失望と言うわけでは無い。ただ、期待していた分の反動は大きく、久しく気分が落ち込むのを自身で感じる。

 <トラーキアの試練>は下級職が挑むと考えても、それほど難易度の高いダンジョンではない。

 加えて、【騎兵】と【女戦士】のジョブは似た部分も多い(・・・・・・・)ことから、ヴィーレも無事最下層に辿り着きジョブチェンジを出来るだろうと考えていたのだが……

 やはり軽率でしたか……。

 今、目の前にヴィーレが戻っていないということはそう言う事なのだろう。

 そう諦めかけた……その時だった。

 

 

 

 

 

 「わっ! や、やっと出れた。【ジェム】なんて初めて使ったかも……」

 

 

 霧でぼやけながらも目の前で光が収束する。

 そこには先ほどまでいなかった一人の少女が驚いた様子で立っていた。

 

 

 「あっ、師匠! 私やりましたよ!」

 

 「……」

 

 

 こちらに気づき手を振る少女に重たいため息を漏らす。

 しかしそれは先ほどまでとは真逆、嬉しさを堪える為のため息だった。

 そして言うのだ……。

 

 

 「時間はギリギリですが……及第点をあげましょう。よく無事で帰ってきました、我が弟子ヴィーレ」

 

 

 そんな言葉にヴィーレは笑顔で答えたのだった。

 

 

 「……辛辣ですね。ですけど……ただいま戻りました、師匠」

 

 

 モンスターの咆哮が鳴りやまぬ大魔樹林。

 そんな中でやけに鮮明に焚火の弾ける大きな音が響いたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「……ヴィーレさんがこの世界の常識に疎い事は知ってはいましたが……まさかそこまでとは」

 

 

 焚火の前で呆れたような目で私に視線を送る師匠。

 私はその視線に目を逸らす事しかできない。

 だけど半分は、師匠のせいだ。この世界に足を踏み入れて半分はこの辺境で暮らしているのだから。

 ……ぐぬぬ、疎い事は認めるが私は悪くない!

 

 

 「しょうがないじゃないですか。【ジェム】なんて初めて知ったんですし……。

  【エレベータージェム】なんて名前で書かれていても何のことか全くわかりませんよ」

 

 

 私は頬を膨らませながら抗議する。

 あの謎の小さく黒い【宝櫃】を発見後、ダンジョンからの脱出法が分からずにさ迷っていたのだ。

 焦った、本当に焦った。

 てっきり、簡単にダンジョンを脱出する手段があると思っていたからだ。

 焦りに焦った私は第六階層まで突破……もとい蹂躙してしまったほどだ。

 最後にはアレウスが【エレベータージェム】に気が付き、無事脱出できたのだが。

 おかげでレベルが三つも上がってしまったほどだ。

 

 

 「ハハハ、ヴィーレさんはこれからですから。自身の目で耳で体験しながら知っていけばいいと思いますよ」

 

 

 ……いや、【ジェム】ぐらいは教えておいてください!

 口元まで出かかった言葉をご飯と共に飲み込み、視線だけで抗議する。

 

 

 「しかし【幻獣騎兵】ですか……また難しいものを選びましたね」

 

 

 ……視線が無視された。

 しかし【幻獣騎兵】が難しい? どういう意味なのだろう。

 私は何かを言いたげな優しい顔で、私を見る師匠に首を傾げた。

 

 

 「【幻獣騎兵】が難しいって……どういう意味ですか? 確かに転職条件は難しかったですけど、スキル自体はかなり強いよう思いましたよ?」

 

 「そうですね、それは食べながらお話しましょう」

 

 

 師匠はそう言いながらゆっくりと話し始めた。

 

 

 「【幻獣騎兵】の転職条件は、

  1、亜竜級の騎獣の保持。

  2、単騎で純竜級モンスターのHPを六割削る事。

  3、ジョブクエストの一定数達成。

  4、レジェンダリアのジョブクエストで転職する事。

  ここまではヴィーレさんも自身で確認しましたよね?」

 

 「うん……実際に転職しましたから」

 

 「【幻獣騎兵】の転職条件ですが、私たちから見たらほぼ達成不可能な条件なんですよ。

  <マスター>はどんなジョブにも適性があると聞きますが私たちは違います。

  途中でレベルが止まる者、転職条件を満たしたのに【幻獣騎兵】に成れない者。加えてレジェンダリアのような地形では、騎獣に乗って純竜級モンスターと戦闘するのは至難の業です。

  ほとんどの者がその過程で死んでいきます。

  ……私の仲間にも【幻獣騎兵】は数人しかしませんでしたから」

 

 

 ……言われてみればそうかもしれない。

 私たち<マスター>は死なない。加えて<エンブリオ>のステータス補正もある。

 ましてや道中で私のように<UBM>に襲われるかもしれないのだ。

 亜竜級モンスターでさえ何百万リルもする。

 ティアン達から見れば【幻獣騎兵】になることが出来るのすら、奇跡と言っていいほどの可能性だ。

 そう思うと……なんだかティアンの人々に申し訳なく思えてくる。

 

 

 「別にヴィーレさんが落ち込む必要はありません。

  ヴィーレさんは一人で全ての条件を満たしたのですから」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 「ええ……ですが【幻獣騎兵】が難しいジョブと言ったのは別の意味です」

 

 

 ……?

 転職条件の事では無かったのだろうか?

 

 

 「実は【幻獣騎兵】はレジェンダリアの固有ジョブであって、他に【〇獣騎兵】ととった騎獣の種族に特化したような似たジョブが存在します。

  そちらは騎獣の種族によって転職できるものが決まりますが、そこまで難しくはありません」

 

 

 そう言えば、私も上位職に【巨鷲騎兵】というのが出ていた。

 今に思えば何で『巨鷲』なのかは分からないが、師匠が言うのはそう言ったジョブの話だろう。

 

 

 「私はかれこれ二百五十年ほど生きてます……」

 

 「……自慢ですか?」

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 ……地雷だったようだ。

 

 

 「……私は長い間生きてきました、ですが……レジェンダリア固有ジョブである【幻獣騎兵】の超級職を聞いたことも見(・・・・・・・)たことも(・・・・)ありません。

  書物も調べましたが、この800年間で【幻獣騎兵】の超級職に就いた人は誰一人いないのです」

 

 「え? それって……」

 

 「ええ、【女戦士】系統と同じ。

  【幻獣騎兵】の超級職はロストジ(・・・・・・・)ョブ(・・)と化してます」

 

 

 その言葉に思わず息を飲む。

 【幻獣騎兵】の超級職を狙っていたわけでは無い。

 しかし同時に愕然とする。

 その師匠の言葉は私に重くのしかかった。

 

 

 「とは言え、<マスター>が現れた以上いつかは見つけ出す人もいるかもしれませんが……。

  加えて【幻獣騎兵】自体は優秀なジョブです。

  あまりヴィーレさんが気にする事はありませんよ」

 

 「……あ、はい」

 

 

 そうだ、私が気にする事はない。別に【幻獣騎兵】が私の天職と言うわけでないのだから。

 私は気を取り直すかのように自分の頬をペシペシと叩く。

 別に気にしたりはしない……別に。

 地道にコツコツとアレウスやフェイと一緒に強くなっていけばいいのだ。

 師匠はそんな私の様子を微笑ましそうに眺める。

 そして……

 

 

 「……では、明日からの修行ですが、「ちょっと待ってください」……なんですか?」

 

 「いや、あの……私もアレウスも精神的に疲れているので少し休息が欲しいかな~。……なんて」

 

 

 本当にスパルタすぎる。

 師匠の言葉に思わず顔を引きつらせながら笑う。

 

 

 「そ、それにほら! 防具も破られちゃってまともな装備が無いんですよ」

 

 

 私は焚火の前でクルリと一回転し、装備が変わっている事をアピールする。

 まともな装備がない【幻獣騎兵】

 聞いた限りでは【幻獣騎兵】はAGIとSTR、HPが伸びやすい様だが、私のレベルもまだ3。

 例え亜竜級モンスターとはいえ、一撃でも食らえば即死もあり得る。

 まともに戦えるような状態ではないのだ。

 しかしそんな私の言葉に師匠は訝し気に目を細めた。

 

 

 「可笑しいですね? その防具で【ハイ・スパイラル・ドラゴン】を倒したと聞きましたが」

 

 「……」

 

 「なぜ知っているとでも言いたげですね。

  実は私のサブジョブでもある【従魔師】には《魔物言語》と言うモンスターの言葉を理解するスキルがあるんです。ヴィーレさんもいつか就くことをお勧めします」

 

 

 (あ、アレウス!!? 裏切られた?)

 

 思わずアレウスの方へ振り向く。

 しかし何故かいつもとは違い、遠くを眺めるようにご飯を食べている。

 ……裏切り馬め! 修行はアレウスも一緒だからね!

 

 

 「ふふっ、安心して下さい。これが最後の修行ですから」

 

 「……最後、ですか?」

 

 「ええ、私の……【騎神】として創り出したスキルを弟子であるヴィーレさんには会得してもらいます」

 

 「前から思ってたんですけど、スキルってそんな簡単に創ったり伝授したりできるんですか?」

 

 

 上級職である【幻獣騎兵】でもスキルは二つ。

 それだけでもスキルと言う物がこの世界で大きな力を持つことを見てとれる。

 そして【騎神】である師匠の創り出したスキル、そんなスキルを私が会得できるとは到底思えないのだ。

 

 

 「いえ、スキルを創り出すことは簡単に出来ることではありません。

  ですが【神】系統ジョブはスキル特化のジョブ。それでも私がこの人生で創り出せた『オリジナルスキル』は一つだけですが。

  それに……」

 

 

 師匠は私の目を見ながら言う。

 

 

 「ヴィーレさんには才能がある。

  才能がなければ、とうに修行の途中で死んでいますから」

 

 「……なんだか嬉しいような、腹が立つような」

 

 

 褒められた事は嬉しいけど……才能がなければ死んでた修行をしてたのか。

 頭の中で渦巻くこの感情をうまく言葉に出来ない。

 

 (だけど……ここまで来たら最後までやるしかないよね)

 

 同時に絶対にここでやめるという選択肢も私の中にありはしない。

 ここまで来たら、たとえ火の中水の中だ。

 最後まで修行を生き抜いてやる!

 

 

 「……いい目ですね、まるで昔の自分を見ている様です」

 

 「え? 何か言いましたか、師匠?」

 

 「……いえ、では明日から修行を始めますがいいですね?」

 

 

 このまま続ける意思があるか問う師匠。

 その質問に私は力強く頷く。

 これが最後の修行、気合を入れなければ。

 

 

 「では朝はモンスターの狩り、昼と夜はスキル習得の修行にしましょう」

 

 「……モンスター?」

 

 

 さっきの言葉は何かの聞き間違いだろうか?

 スキルの習得の修行出なかったのでは……

 

 

 「レベル3の【幻獣騎兵】なんて下級職と変わりませんからね……最低でも20まではあげます。

  ヴィーレさんも技術も上がったようですし簡単ですね?」

 

 

 ……やっぱり私は駄目かも。

 アレウス、関係なさそうな顔をしてるけど逝くときは一緒だよ?

 

 こうして夕焼けと共に第二の試練は終わりを迎え、朝日と一緒に新たな試練が始まるのだった。

 

 

 




すいません、原作捏造ネタです……

今は【幻獣騎兵】の超級職はロストしてます……【破壊王】みたいな?


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第15話 最後の試練

 □<旧・ハムレット平原> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 新たな修行が始まってから五日後(・・・)

 大魔樹林には嬉しそうな雰囲気な師匠と……ボロボロで倒れ込んでいるヴィーレとアレウスがいた。

 予想以上の過酷な修行のせいでまともに声すら出ない。

 視界のHPの下では【出血】と【硬直(・・)】の状態異常が点滅し、体のあちこちに出来た打身がズキズキと痛む。

 そんな私の周りでは唯一元気そうなフェイが私とアレウスを蒼い炎で燃やしながら、ゴロゴロと転がっている。

 

 

 「……予想以上です。やはりヴィーレさんには才能があったようですね、まさか五日で習得するとは。

  私の予定では二週間は掛かると踏んでいたいたのですが」

 

 「……おかしい、本当におかしい。……これ、乙女にするような修行じゃないですよね」

 

 「ヴィーレさんは乙女である以上に私の弟子ですから」

 

 

 反動で動かない(・・・・・・・)()の中で、唯一動く口で恨めし気に呟く。

 今の私なら視線だけで師匠を呪えそうだ。

 ……と言うより早く治療してほしい。

 霧のせいか、湿った土がワンピースに沁み込んできて気持ち悪いのだ。

  

 (……あれ? 泥でワンピースは汚れたりしないよね)

 

 今更ながら少し疑問である。

 この世界では濡れたり壊れることはあっても、汚れたとこは見たことない。きっとそう言う仕様なのだろう……便利なので文句はないが。

 

 

 「師匠、今更なんですけど一ついいですか?」

 

 「なんです?」

 

 「この私の目の前に現れたスキル会得のア(・・・・・・・)ナウンス(・・・・)……スキル名が空白になっているんですけど、何でなんですか?」

 

 

 地面に倒れた私の視線の先。

 その先には先ほどから頭の中で鳴りやまない新たなスキル取得の簡易メニューの画面。【騎神】である師匠のオリジナルスキルの習得を示すアナウンスが流れていた。

 

 そう、最後の修行であり、今回のイベントクエストの目的であるスキルの習得を先ほど達成したのだ。

 

 しかし肝心な『スキル名』が変に空白となっている。

 そんな私の疑問に師匠も顔を顰める。

 

 

 「スキル名が空白? ……私も聞いたことがありませんね。

  もしかしたら私とヴィーレさんのスキルに根本的な違いが(・・・・・・・)ある(・・)ことが問題なのかもしれませんね。

  効果も私のスキルより一部劣化しているようですし、別のスキルとして認識されたのかもしれません」

 

 

 ……え? それってまだ修行が終わっていないと言う事だろうか?

 森の中はこれほど暑いというのに、思わず背筋に冷たい汗が流れる。

 

 

 「そんな顔をしなくても心配いりませんよ。違うスキルと認定されても元は同じです。

  スキル名はきっと、ヴィーレさんが自由に決められると思いますよ?」

 

 「……こんなにホッとしたのは久しぶりかも」

 

 

 思わず安心からかため息を吐く。

 しかしスキル名……全く思いつかないなぁ、考えたこともない。

 変な名前は嫌だが、“中二病”と言われるような痛い名前もいやだ。きっと名前をつけるのにも凄い時間が掛かるのだろう。

 スキル名は後で決めることにして、簡易メニューを閉じる。

 そして同じくメニューからステータス欄を開く。

 そこには【騎兵】だった時より、はるかに高いステータスとモンスターとの戦闘で上がったレベルが表示されている。

 それは……

 

 『【幻獣騎兵】Lv.23』

 

 朝から昼まで狩り続けた成果が出ていた。

 新しい武器である【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】のおかげか狩りの効率も上がり、レベルも予想以上に上がってしまった。

 <エンブリオ>のステータス補正もあるからか、【騎兵】の時よりもはるかにステータスの上りも良い。

 師匠にステータスを回復してもらい、疲弊した精神を癒すべく簡易拠点である焚火の元へと歩き出す。

 

 

 「そう言えば師匠。師匠のオリジナルスキルを受け継ぎましたけど、これからどうするんですか?」

 

 

 少し先をゆっくりと歩く師匠に疑問を投げかける。

 師匠からのイベントクエストも終わっていしまった今、これからの事も考えなければならない。

 クエストさえ終われば、師匠に従う必要もない気はするが念のために伺いを立てておく。

 すると師匠は首だけでこちらをチラリと一瞥する。

  そして歩いたまま返事を返してきた。

 

 

 「そうですね……ヴィーレさんはどうしたいですか?」

 

 

 まさかの質問に質問で返答……師匠にしては珍しい。

 もしかして私の要望を噛みしてくれるのだろうか?

 

 

 「私、騎兵ギルドに二週間も顔を出してませんし、一度<アムニール>に戻ろうかな~と。

  防具も買い換えたいし、アイテムボックスも一杯なので」

 

 

 それに【幻獣騎兵】になったことでジョブクエストも受けなければならない。

 アレウスの為に馬鎧も買ってあげたいし……従魔キャパシティも増えたので、新しい従魔を買うのもありかもしれない。

 亜竜級モンスターからドロップアイテムも落ちまくったのでギリギリ買えないこともないだろう。

 こうして想像するだけでワクワクしてくる。 

 やっぱり、買い物は女子にとって楽しみの一つだ。

 

 

 「そうですか……それはちょうどいい(・・・・・・)

 

 「え!? <アムニール>に戻っていいんですか? ………って、ちょうどいい? それってどういう」

 

 

 視界の端に見えてきた焚火。

 師匠は真っ赤に燃え続ける焚火を背景にするようにこちらに振り返った。

 

 

 「ヴィーレさん。【騎神】として、師匠として貴女に最後の試練を与えます」

 

 

 その声に今までのような穏やかさは一片たりとも見られない。 

 眼は睨むように鋭く、視線は私の目を貫く。

 暑さ故か、はたまた焚火の熱さか、私はゴクリと咽を鳴らした。

 その真剣さに自然と足の歩みを止め、師匠の続きの言葉を待つ。

 

 

 「今から<アムニール>に戻り、明日中にヴィーレを倒した<UBM>を討て。

  これを成して、私のクエストを終了とする」

 

 

 <UBM>……あの樹木型のモンスターの事だろう。 

 確かにリアルに戻った際に確認した掲示板には、あの<UBM>の討伐報告は見られなかった。

 

 

 「……それは……私一人でですか?」

 

 「もちろんです」

 

 「なんで……とは聞いていいですか?」

 

 

 その言葉に師匠は再び焚火へと向けて歩き出す。

 その足取りには、少しの焦りが見えていた。

 焚火の前に膝を折った師匠。

 その対面に私とアレウスが座るとポツリポツリと語りだした。

 

 

 「まず、私の寿命はもう一週間もありません」

 

 

 その言葉に頭が真っ白になる。

 

 ……なんで、師匠はこんなに元気そうじゃないか。

 ……そんな急な話、今聞きたくなかった!

 

 とっさに出そうと思った声も擦れて口から出ない。

 口だけが微かに動き、時間だけが流れていく。

 

 

 「人馬種族の寿命は150年前後……私の250歳と言う事自体がイレギュラーなのです。

  今でも昔に打ち倒した特典武具に生かしてもらっている状態です……しかしそれももう切れる」

 

 「そ、そんなの切れるっていうなら補充すればいいじゃないですか!

  そうすれば師匠もまだまだ生きていられる!」

 

 

 そんな私の慟哭にも似た言葉。

 しかし師匠は微笑みながら首を横に振る。

 

 

 「これでも最大限まで伸ばしきった結果なのです。

  50年前、ヴィーレさんも挑んだ<トラーキアの試練>の最奥地の『寿永の湖』でも試しましたが効果はありませんでした」

 

 

 『寿永の湖』……私の左手の骨折が完治した湖だ。

 

 

 「それに私はこれ以上の寿命を望みません、私は……あまりにも長く生きすぎた。

  人馬種族は駆け生きる者、ヴァンパイアや竜人族のような長命な種族とは違うのです」

 

 

 その言葉で思い出したのは師匠が初めに私に名乗った名。

 時代の波に取り残され、今を漂う『ゴースト』。

 

 

 「だからこそ、唯一の弟子である貴女の成長をこの目で見たい。

  私の生きた証を引き継いだヴィーレさんの姿を見てみたいのです。これは私の……しがない老人の小さな頼みですよ」

 

 「……な、そんな事言われたら嫌なんて言えないじゃないですか……」

 

 

 ぼやけた視界に耐え切れず、私は膝を抱えるように顔を埋める。

 そんな私を慰めるように厳つく、大きなしわだらけの手が頭を撫でた。

 この二週間、たった二週間で親のように優しく、そして厳しく接してくれた人の手。

 私はその手の暖かさに思わず膝を濡らしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 「……わかり、ました。その試練、私、受けます」

 

 

 途切れ途切れな言葉が出たのはあれから五分後のことだった。

 ……正直凄く恥ずかしい。

 この歳になって人前で泣くなんて……学校でやったらしばらくは泣いた噂で持ち切りになってしまうだろう。

 私は涙で腫れた赤い目を擦りながら師匠を見る。

 そんな私に師匠は笑いかける。

 

 

 「ありがとう、我が弟子ヴィーレ」

 

 「でも……明日中って言うのは何かあるんですか? 師匠の寿命もまだ暫くのこっているんですよね?」

 

 

 別に師匠の寿命がまだ残っているからゆっくりしていいわけでは無いが、少しは休息が欲しいのも事実だ。

 今は正午過ぎ……今から<アムニール>に向かえば、準備は出来ても休息は取れないだろう。

 もしかしてそれまでにあの<UBM>が倒されてしまう事を懸念しているのだろうか?

 師匠はその質問に難しそうに答えた。

 

 

 「そうですね……私はヴィーレさんにあの<UBM>が元は【ドリアード】か【トレント】だろうと言いましたね」

 

 「そう言えば……そんな事もあった様な?」

 

 「……実は他にも心当たりがあるモンスターがいます。

  女性の声を発し、木々を操るモンスター」

 

 

 師匠は頷きながら、重苦しく一言呟いた。

 

 

 「……【アルラウネ】、【魅了】を使用する珍しいモンスターでレジェンダリアにおいて賞金がかけられているモンスターです」

 

 「……【アルラウネ】?」

 

 

 少しだけリアルでも聞いたことがある。

 確か、女性の姿をした【マンゴドラ】の亜種。

 男性の精を吸い取り、成長する架空上の生物。

 

 (後は……花のような生き物だったっけ?)

 

 

 「でも【アルラウネ】って花の形を模した女性型のモンスターじゃなかったでしたっけ?」

 

 「ええ……だからおそらく、あの<UBM>はまだ【マンゴドラ】なのでしょう。

  しかし、今は不死である<マスター>が討伐しようと挑んでは死んでいます」

 

 「えっと……?」

 

 「きっとこのままだと……あの<UBM>が『開花(・・)』します。

  そうなれば<UBM>としての本当の姿、【アルラウネ】となるのでしょう。

  

  そうなれば……【魅了】の範囲は<アムニール>だけでなく、ここ<旧・ハムレット平原>にも及びます」

 

 

 その言葉を聞いて背筋が凍る。

 そうなればおそらくレジェンダリアは混乱に陥るだろう。

 今、あの<UBM>に挑むために【魅了】対策をしている<マスター>はともかく、他の<マスター>やティアンは【魅了】をレジスト出来るとは思えない。

 その先に待つのはティアン、そして不死の<マスター>同士による血を血で洗う殺し合いだ。

 そうなれば、ファフザーさんもジュシーネさんもそして師匠も全員死ぬ。

 

 

 「……そんな事。そんな事絶対にさせない」

 

 「えぇ、ですがおそらく時間は余り残されてはいません」

 

 

 その制限時間が明日。

 それ以降、もしくは私が倒すことが出来ずデスペナルティに陥れば、次ログインしたときにそこにあるのは地獄かもしれない。

 私は隣に座るアレウスに視線を送る。

 まだ……今のあの<UBM>の【魅了】なら《獅子勇心》で防げるかもしれない。

 だけど、開花してしまえばそれさえ防げない。

 

 

 「師匠、私やります。絶対にあの<UBM>を討ちます」

 

 「ええ、それでこそ私の弟子です」

 

 

 師匠は穏やかに私に微笑んだ。

 私も師匠に向け、力強く頷く。

 <アムニール>へ戻る方法は簡単だ、ただログインしなおし、スタート地点を<アムニール>に指定するだけ。

 数日前から気づいてはいたが、イベントクエストの途中だったので取らなかった手段だ。

 私はメニューからログアウト画面をタップする。

 そして……

 

 

 「……では行ってきます、師匠」 

 

 「ええ、勝ちなさい、ヴィーレ」

 

 

 私は師匠の笑顔に見送られログアウトしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして歯車は動き出す。

 始まるのは一人の少女と騎獣、そして<UBM>の戦闘劇。

 最後の試練が今、始まるのだった。

 




長かった……やっとです。


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第15.5話 閉話(ネタ)

ノリで書いた……

後半適当になっちゃった。
読まなくても本編とは余り関係ないので大丈夫です~


 □<アムニール> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「一目ぼれだったわ……まさに運命!

  街道を歩くキミの美しい赤髪は、夕焼けの紅を映し出しどこか儚げ……美しい町娘のよう。

  弱弱しくも純粋でピュアな一輪の花。

  ……しかし! その目に宿るオレンジ色の瞳は炎のように燃え盛り、逞しい黒馬を連れそうキミはまるで騎士。

  そのギャップが……ワタシの欲望を掻き立てる!

  

  そしてワタシの勘が告げているわ!

 

  ―—キミのそのしなやかな腕! 

  ―—麗しくスラリとした脚!

  ―—そしてくびれた腰と程よく引き締まったお尻!

  ——慎ましくも形の良い胸!

 

  まさに黄金美、つい食べちゃ……いたいじゃなくて、舐めまわ……したいじゃなくて、エヘヘ」

 

 

 ——ジュルリ

 

 涎を啜るような効果音。

 同時に足元から嘗め回すように見つめる視線に背筋が凍り付く。

 

 

 「そして、スーハァー……この匂い!

  作られた匂いじゃない、少しの汗と女の子特有の柑橘系の甘さ!

  完璧だわ! 是非、お友達に……いや、今夜は家に泊まって仲を深め合いましょう。

  

  そしてゆくゆくは!」

 

 

 ……駄目だ。

 先ほどから悪寒が止まらない。

 目が合うたびに体が拒否反応を起こすようなギラついた視線、今すぐアレウスに乗って逃げ出したくなる。

 そんな目の前の女性……特殊な頭の可笑しい人に精一杯の強めの声で尋ねる。

 

 

 「……貴女は誰です……何が言いたいんですか?」

 

 

 すると目の前の変態は眼をしたたかせニヤリと笑う。

 

 

 「ワタシは【裁縫職人(ニードル・マイスター)】のレズ。キミと仲を深めたいと思っている女。

  そしてキミに言いたいのは……」

 

 

 レズ……? という変態は手をこちらへゆっくりと伸ばしながら言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「キミのスリーサイズを教えて欲しい」

 

 「アレウス!」

 

 

 <旧・ハムレット平原>で師匠と別れてから半刻。

 <アムニール>でのアイテムの買い出しをしていた私は今日この日、初めて人を攻撃した。

 夕焼けの染まった空へ飛ぶ変態を見ながら、私は脱兎のごとく逃げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 アレウスはSTRとAGIに伸びた亜竜級モンスター。

 その戦闘力は亜竜級モンスターの中でもトップクラスであり、《騎乗強化》を使えばドラゴンの竜燐さえ踏み砕く。

 そんな凄まじい脚撃を食らえば戦闘職でも大ダメージを負う……はずなのだが。

 

 

 「な、なんでそんなピンピンしてるんですか!?」

 

 「フッフッフ、それは私がレズだからさ!」

 

 

 意味が分からない!

 もはや会話すら成立していない。

 左手の甲の紋章から<マスター>であることは間違いなのだが、ここまで会話が成立しないのも初めてだ。

 いつの間にか先回りしていた彼女。

 私との距離を詰めるようにジリジリと迫りくる彼女に、全力で後ずさる。

 本当に意味が分からない!

 なんで、あの【ハイ・スパイラル・ドラゴン】よりも《危険察知》が鳴り響いているの!?

 

 

 「……それ以上近寄ったら私も本気で攻撃します」

 

 「……落ち着いて。ワタシの話を聞いて欲しいの」

 

 「話なら長々と聞きました。……ほんとに近寄らないで、ほんとのほんとに攻撃しますから」

 

 

 道を行きかうティアンや<マスター>の視線を気にする余裕もない。

 変態から距離をとりながら牽制する。

 まるで獲物を狙う捕食者と哀れな生贄の関係である。どちらがどちらかは言うまでもないだろう。

 そう言う意味ではまるで蜘蛛のような変態だ。

 なんと言うか……雰囲気からおぞましさを感じる。

 

 しかしあと少しのところで変なのに出くわしてしまった。

 回復系アイテムも沢山買ったし、矢の補充も終えた。

 アレウスの新しい馬鎧や鞍、高性能な【ジュエル】も買い終え、後は私の装備を整えれば準備は完ぺきだったのだが……。

 

 (しょうがない……もう一度ログアウトして時間を空けよう)

 

 メニューを開き、ログアウトを選択する。

 

 

 

 

 【他者接触状態につき、ログアウトできません】

 

 

 

 

 「……え?」

 

 

 同時に前方を見ると先ほどまでの変態が姿を消している。

 そして違和感を感じ、足元を見ると……

 

 

 「お願いです~、話だけでも」

 

 

 変態が足首をがっしりと掴んでいたのだった。

 生産職のはずだがその手は万力のようにビクともしない。

 このまま止めを刺してしまえば自由になれるのだが……そこまでしようとも思えない。

 

 

 「……わかりましたから。とにかく場所を「ほんと!?」……」

 

 

 私はガックリと肩を落としたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 あれから変態に連れられて入ったのはレジェンダリアの端に建つ小さなアトリエだった。

 【裁縫職人】としての仕事場なのだろう。

 辺りには服のデザインのような絵が散らばり、服を縫い付けるのに必要な木の人形模型が並んでいる。

 散らばった絵は【絵師(ペインター)】でも取っているのか驚くほど正確で上手い。

 そのアトリエは一度見学した事のあるデザイナーの仕事を思い出させた。

 変態の仕事場とは全く思えない場所だ。

 

 

 「とにかく座ってっ! ねっ!」

 

 

 せがまれるような形で椅子に座る。

 すると彼女は唐突に話し出した。

 

 

 「改めて! ワタシは【裁縫職人】のレズ、見ての通り<マスター>よ」

 

 

 変態……レズは左手の紋章をアピールするように私に見せる。

 

 

 「……【幻獣騎兵】のヴィーレです。それで話って何ですか」

 

 「もう! せっかちなんだから、そんな焦らず二人で一緒に……ごめんなさい、話すからログアウトしないでぇーー!」

 

 

 凄まじい速さで脚に飛びついてきたレズ。

 そんなレズに私もメニューを閉じて距離をとる。

 ……今日師匠との修行が終わったばかりで疲れているのだ。あまり動かせないで欲しい。

 私はシクシクとウソ泣きをする彼女を見てため息を吐く。

 

 

 「わかりましたから……速く話してください」

 

 

 すると彼女は元気よく立ち上がり、自身の事について話始めた。

 

 

 「ワタシはリアルでは結構有名なデザイナーで「ダウト……」……本当よ!」

 

 

 駄目だ、思わず口が出てしまった。

 怒る彼女に謝りつつ、話を進めるように促す。

 

 

 「……ワタシはイ・ギ・リ・スでブランドを手掛けるファッションデザイナーなの! 結構有名なデザイナー何だから!

  それでワタシ、現実では作れないようなファンタジー的な洋服を作ろうと思って。

  だから、ここレジェンダリアを選んで【裁縫屋(ニードルワーカー)】に就いたのよ」

 

 

 ……どうやら人は見かけに寄らないらしい。

 確かにここに散らばっているデザインも本職さながらだ。

 変態はただの変態ではなかったようだ。

 

 

 「<エンブリオ>も裁縫に特化した形で孵化して、これから自由に服を作って、売って、着て貰えるんだと思ってたの。

  だけど、現実は違ったわ……」

 

 「作った服が売れなかったってこと?」

 

 「いいえ、違うわ。

  【裁縫職人】はカンストしてるし、<エンブリオ>もつい先日第四形態に進化したわ。ファッションデザインだってリアルで磨いてきたつもり」

 

 

 ……第四形態。

 羨ましい。

 掲示板でもほとんどが第三、第二形態だ。

 つまり彼女は<マスター>の中でもトップクラス、作った防具も売れないことは無いはずだが……

 

 

 「……そして気づいたの。ワタシ自身には問題はないって。

  問題は……レジェンダリアの<マスター>が変態ばかりだった事」

 

 

 ……自分でそれを言うのだろうか。

 

 

 「【裁縫職人】として私に来た初めての依頼は……戦闘で使える白ブリーフの作成だったわ」

 

 

 心なしかその声は怒りに震え、拳は固く握り込まれている。

 ……ブリーフってなんだろ?

 

 

 「ワタシもリアルではプロよ。

  <エンブリオ>のスキルも駆使して戦闘に耐えられる……履き心地のよい装備として作り上げたわ」

 

 

 ……なんだか素が出てきてる?

 怒りに目が吊り上がり、顔が真っ赤に染まっていく。

 

 

 「ワタシが作り上げた記念すべき一着目。

  あんなパンツだったのは腹立たしかったけどそれなりに愛着ももっていたわ……。

  だけど、彼奴は、あの<マスター>は! あろうことかパンツを顔に装備しやがった!」

 

 

 ……ブリーフってパンツの事?

 なるほど、変態だ。

 怒りに震える彼女を見ながらレジェンダリアの<マスター>を思い出す。

 確かに今に思えば、全身タイツやアヒルの模型を腰に付けた<マスター>なんかがいた気がする。

 てっきりアームズの<エンブリオ>だと思っていた。

 

 

 「……でもそれがどう私に繋がるんですか? 確かに同情はしますけど……」

 

 「キミに一目ぼれしたのさ! その強さで初期装備のワンピースを着ているのを見てピンと来たのよ。

  キミに……ヴィーレに私の服のモデルになってもらおうって!」

 

 

 ……モデル?

 街中で彼女の作った服を着ろと言う事だろうか?

 

 

 「ワタシの作った防具を使って欲しいの。

  ワタシは出来る限り良い防具を作ってキミに提供する。

  キミはただで防具が手に入るし、ワタシは【裁縫職人】として名前が売れるわ。

  ね? Win-Winでしょ?」

 

 

 思っていたよりまともな提案だ……。

 もっと頭の可笑しい要求をしてくるのだと思ってた。

 

 

 「私はいいけど……レズが損するんじゃないの?」

 

 「ええ、最初はね。だけどキミの名が売れればワタシも儲かるし、名前を売るのは大切な事よ」

 

 「うん……。レズがそれでいいなら私もいいよ。私も新しい装着を探していたところだし」

 

 「ほんと!? それなら契約成立ね!」

 

 

 彼女は嬉しそうに笑いながら手を握ってくる。

 そんな彼女に私も笑いかけと、ハグしようとしてきたので寸前でかわす。

 

 

 「いきなりだけど……明日までに新しい装備が欲しいの。

  モンスターのドロップアイテムなら提供できるから、服型の防具って作れる?」

 

 

 明日は大事な最後の試練。

 出来る限り良い防具をそろえていきたい。

 私の疑問に彼女は嬉しそうに頷く。

 

 

 「ええ! だけど丁度キミが装備できそうな装備があるのよ、これなんだけど……」

 

 「水着みたいな防具は着ないから」

 

 

 アイテムボックスを探っていた彼女の動きが止まった。

 ……水着だったのか。

 やはり有名なデザイナーだが変態だ。

 

 

 「……これは、……モデルを引き受けてくれた記念ね?

  防具はアイテムを提供してもらえるなら、一時間ほど貰えれば作ることが出来るわよ?」

  

 

 取り出した水着型装備を手渡されながら考える。

 一時間で作れるんだ……それなら十分間に合う。

 モンスターからのドロップアイテムも魔蟲系モンスターが落とした糸のような物から、金属のような毛皮までかなり余っている。

 どれを使うかは分からないが数としては十分だろう。

 

 

 「じゃあ、お願いします」

 

 「契約パートナーとしての初仕事ね! だけどデザインはどうする?」

 

 

 デザインかぁ~。

 恥ずかしくなくて、動きやすい服装ならなんでもいいんだけど……。

 

 (あれ? これって……)

 

 その時、視界に入ってきたのは一枚の服のデザイン。

 短めのワンピースとコートを組み合わせたような服のデザインだった。

 流石、プロのファッションデザイナー。

 見た限り動きやすそうだし、少しファンタジー的な服装で可愛い。

 

 

 「そのデザインにするのかしら? ブーツも作るなら多少時間は掛かるけど」

 

 「……うん。これでお願いします」

 

 

 同時にアイテムボックスからドロップアイテムを取り出し、レズに渡していく。

 どうせ売るつもりだったアイテムだ。

 使えそうなものからどんどんと取り出す。

 

 

 「……これだけいい素材があれば、じゃあしばらく時間を貰うわ」

 

 

 同時にレズの左手が光り、彼女の<エンブリオ>が出現する。

 それはまるで機織り機と大きな蜘蛛が組み合わさった様な<エンブリオ>。

 生き物では無さそうなので、アームズかキャッスルのどちらかだろう。

 

 

 「これがワタシの、【潜変織蜘 アラクネー】。TYPE:キャッスル・テリトリーの第四形態<エンブリオ>よ」

 

 

 アラクネー、ギリシア神話に登場する機織りの女性と蜘蛛のアラクネがかけてあるのかな?

 レズが私の渡したドロップアイテムを真剣に選び、蜘蛛の背中辺りに挿入すると【潜変織蜘 アラクネー】が糸を紡ぎ、布を織り始めた。

 

 

 「【潜変織蜘 アラクネー】は使用した素材によって強度や耐性、スキルのついた布を織ることが出来るわ。

  今入れたのは、【亜竜甲蟲】のドロップアイテムだから強度の高い金属的な布が出来るの。そこから服にするのは私の腕次第だけど」

 

 「凄い……ですね。これならいい防具が出来そう」

 

 「ええ、私の仕事は布が織終わってから。……後五分程度かしら。

 

 

 

  だからその間に……採寸しましょ」

 

 

 レズは手をワキワキさせながらこちらへ振り向く。

 その手にはメジャーが握られてはいるが……涎が垂れてるのでギルティだ。

 逃げ出したいが……『採寸』は確かに重要な作業だ。

 

 

 「へ、変態だ……」

 

 

 私は断ることも出来ない。

 逃げることも出来ない。

 私は抵抗することも出来ず、変態の魔の手につかまったのだった。

 

 

 

 

 




【潜変織蜘 アラクネー】
マスター:レズ
メインジョブ:【裁縫職人】
サブジョブ:【裁縫屋】【靴職人】
 
TYPE:キャッスル・テリトリー

素材にしたドロップアイテムの特性や強度、スキルを強化し布へと造り替える。
織る布は素材依存。

糸系統の素材では遥かにアイテムとしての性能が高く、ファッションデザイナー兼裁縫職人であるレズのリアルスキルで結構強い防具ができる。

形としては結構大きめの蜘蛛型工房。



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第16話 <UBM>と乱入者

 □<グリム森林> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 師匠との約束の日、<UBM>へ挑む早朝の<グリム森林>。

 朝焼けの光はまだ届かず、森は闇に包まれていた。

 この世界の時間では、まだ五時過ぎと言ったところだ。

 <アムニール>の都でさえ人は少なく、森でもモンスターの咆哮一つ聞こえてこない。

 

 しかしそんな静寂を破壊するように大きな足音を立てながら、アレウスが地面を揺らし森の中を駆け抜ける。

 本来なら駆けるのも躊躇するような生い茂った森林なのだが……大魔樹林で修行を積んだアレウスとヴィーレにとっては平道を散歩するようなもの。

 それ故か、AGI特化型上級職の<マスター>が涙目になるような速度で走ることが出来ていた。 

 アレウスに騎乗するヴィーレも、その事に戸惑う様子は欠片も無い。

 

 

 「それにしても、《暗視》スキルの付いたアイテムが手に入ってよかったね。《暗視》が無かったら【魔樹妖花 アドーニア】にもリベンジできないところだったよ」

 

 『BURUUU!』

 

 

 こんな朝日も昇らない早朝に<UBM>である【魔樹妖花 アドーニア】の討伐に乗り出したのか、それには大きな理由がある。

 

 

 それは<マスター>の存在。

 掲示板でも名が上がり、約三週間という長い期間<マスター>から生き延びている<UBM>。

 その存在はレジェンダリア所属の<マスター>なら誰でも知っており、毎日日が昇ると同時に討伐に乗り出した<マスター>が現れるらしい。

 加えて【魔樹妖花 アドーニア】には全ギルド共通で賞金300万リルが掛けられている。

 多額な賞金に加えて、特別な装備である『特典武具』が手に入るのだ。

 <マスター>から見れば、カモがねぎを背負ってきたようなものだった。

 

 すべてファフザーさんや変た……レズから聞いた話だが、師匠の推測通り【魔樹妖花 アドーニア】の<マスター>による取り合いが起きているらしい。

 なんでも、パーティーで挑んだ<マスター>が勝ち目が無いと分かると【魔樹妖花 アドーニア】を守るように、自主的に他の<マスター>を襲う。これが無限ループのようにずっと起こっているのだそうだ。

 その為、ヴィーレは<マスター>が少ないだろう早朝を狙って【魔樹妖花 アドーニア】の討伐に乗り出していた。

 

 

 「前回のリベンジだ……今度こそ絶対に勝とう、アレウス」

 

 『HIHIiiiiiiN!』

 

 「ふふ、やる気十分だね!」

 

 

 ヴィーレは初めてあの<UBM>に出会った場所。

 【魔樹妖花 アドーニア】が居る、<グリム森林・奥地>を見つめながらアレウスの毛並みを撫でる。

 

 

 「アレウスもかっこよくなったし……私の装備もレズが作ってくれた。

  これで勝てないなら、それは私たちの実力不足だ」

 

 

 ヴィーレは手綱を握りながら、改めてアレウスと自身の装備を見下ろす。

 目に映るのは、大きく逞しい体と攻撃を和らげる漆黒の黒毛。

 しかし、その姿は以前とは違う。

 

 ——黒銀色の金属で作られた人馬種族用の全身馬鎧。

 ——紅色に統一された新品の鞍と手綱。

 

 【ハイ・スパイラル・ドラゴン】などとの戦闘でアレウスの装備の必要性を感じ、すべてを買い揃えたのだ。

 幸いなことに、レジェンダリアには人馬種族も多く、馬鎧を探すのには苦労しなかった。

 ……代わりに【宝櫃】から出た【エメンテリウム】などの換金アイテムは全てとけてしまったが。

 

 

 そしてヴィーレの装備も初期装備のワンピースではなくなっている。

 

 ——スラリと伸びた太腿で揺らめく丈の短かい、体にフィットした白のワンピース。

 ——腰から下へと伸び、動きの邪魔にならないように腕や腰、胸元をしっかりとベルトで固定された、風に揺られてドレスのように揺らめく紅のマント。

 ——脚を守るように膝まである黒のロングブーツ。

 

 その服装はどこか女の子らしさを残しながら、騎士のような印象を受ける装備だ。

 所々に金属やドロップアイテムの鱗が使われているもののそのほとんどが布から作られ、軽く、そして動きやすくなっている。

 もちろん防御力もトップクラス。

 まさにヴィーレにとって理想的な装備と言えた。

 

 

 「……弓筒やアイテムボックスの掛けるところがあるのが、やっぱりプロなのかな?」

 

 

 片手で紅のマントの下を触るとフックを掛けるような輪に触れる。

 これにアクセサリーなどを付けたりするのだろう。

 五つ存在する輪も今は三つ(・・)が埋まっている。

 洋服としても、そして戦闘服としても申し分ない作りと配慮だ。

 

 (セクハラされたけど……また、お礼は言わなきゃ)

 

 そんな考えに耽りながらアレウスを駆ける。

 そして……

 

 

 『HIHIIIiiiiN!!』

 

 

 アレウスの大きな嘶きに我に返った。

 視線の先には森が開け、戦いやすいような場所がみえる。

 

 

 「うん、情報通り」

 

 

 開けた場所の中央には歪な大樹がそびえ立っている。

 以前よりもはるかに大きく、幹が太くなっているが間違い様は無い。

 あれが……

 

 

 「……【魔樹妖花 アドーニア】」

 

 

 闇の中に一体の<UBM>がうごめいていたのだった。

 

 

 

 

  

 ◇

 

 

 

 

 

 

 『戦いに合図はいらない』

 そう言うかのように【魔樹妖花 アドーニア】との戦闘は唐突に火蓋を切った。

 

 

 『KIIiii————————————ッ!!』

 

 「行くよ、アレウス! 《獅子勇心》!!」

 

 

 声にもならない高周波の叫び声。 

 【マンゴドラ】特有の『死の絶叫』だ。

 耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られながらアレウスを走らせる。

 同時に先ほどまでいた場所や、森の開けていた場所を埋め尽くすように木々が生え伸び、ヴィーレを捕まえようとする。

 ヴィーレはそれを見て確信する。

 

 

 「師匠の言ってた通りだ……この<UBM>、成長している!」

 

 

 以前の戦闘とはまるで比べ物にはならない。

 前回はしてこなかった『死の絶叫』で【死呪宣告】の状態異常が掛かって、長時間の戦闘は不可能。 

 加えて、木々や植物が伸びる速度や範囲が桁外れだ。

 

 ——状態異常で敵を弱らせて時間勝ち、もしくはその木々や植物で敵を絞め殺す。

 

 これこそが【魔樹妖花 アドーニア】の戦闘スタイル。

 そんな【魔樹妖花 アドーニア】にヴィーレは大きく息を吐く。

 そして……

 

 

 「うん、情報通りだね」

 

 

 ゆっくり、小さく微笑んだ。

 

 

 「【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】に比べたらなんともないや」

 

 

 縦横無尽に木々や植物を蹴散らしながら走るアレウス。

 ヴィーレはその背の上で《瞬間装備》を使い……蛇竜の尖尾を模(・・・・・・・)した強弓(・・・・)を手に取った。

 それは【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】。

 ヴィーレは蒼銀色に輝く指輪を付けた手で、ゆっくり、ゆっくりと弦を引き……

 

 

 「フッ!」

 

 

 【魔樹妖花 アドーニア】の本体の向け、一射する。

 同時に放たれた矢を防ごうと、軌道上を閉じるように木々が壁を作った。

 【魔樹妖花 アドーニア】も知能が無いわけでは無い。

 今までの<マスター>の中にも、弓型の<エンブリオ>やドリル型の<エンブリオ>で攻撃している者もいたのだ。

 その威力と殺傷能力は身に染みて理解している。

 だからこそ、今回のヴィーレの放った矢も防御しに回ったのだ。

 だが……

 

 

 『KIiiiii!?』

 

 

 放たれた矢は進路上の木々を貫通し、【魔樹妖花 アドーニア】本体を討ち貫いた。

 しかしそれは必然であって偶然ではない。

 【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】の元となった大蛇竜は、貫通攻撃に優れた純竜であり、この強弓にも《貫通強化》Lv.5が付いているのだから。

 威力に優れた強弓であり、貫通能力特化の弓。

 木々で出来た薄い防御など、無いに等しい。

 

 

 「……あとは核を打ち貫くま(・・・・・・・)()射続けるだけ」

 

 

 そして……ヴィーレは二本の矢(・・・・)を同時につがえた。

 【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】で同時に放てる矢は四本。正確に狙い撃つのなら二本が限界だった。

 しかしそれでも十分過ぎる。

 【魔樹妖花 アドーニア】の本体のどこかにある核さえ砕けば、ヴィーレの勝ちなのだから。

 

 【魔樹妖花 アドーニア】もそれを許さないとヴィーレの騎乗するアレウスを狙う。

 しかし……伸びる木々や植物は触れることすら叶わない。

 

 《幻獣強化》の現在のレベルは七。

 強化値にして全ステータス+70%程、70%(・・・)は凄まじい上昇値だ。

 STRとAGI特化のアレウスのAGIはゆうに5000を超え、AGI型の純竜級モンスターと並びうる。

 それに対して【魔樹妖花 アドーニア】はそこまでAGIが高いわけでもない。

 結果、木々はアレウスに触れることすら出来ず、先回りで伸ばした木々は砕かれ、避けられてしまっていた。

 

 

 『KIiiii———————————!!』

 

 

 互いに一進一退の攻防…………とは全く言えない一方的な蹂躙。

 アレウスの脚撃によって木の装甲は砕かれ、体に矢を増やしていく。

  

 【魔樹妖花 アドーニア】の核を砕くのも時間の問題。

 そう思われた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 「食らえ!! 《クリムゾン・スフィア》ァァァァァァア!!」

 

 「えっ? ……ッツ、アレウス!」

 

 

 森に響き渡る声と同時に、【紅蓮術師】の奥義である《クリムゾン・スフィア》がヴィーレを襲う(・・・・・・・)

 とっさに反応できたのは運が良いと言えるだろう。

 レズが作った装備のおかげでダメージ自体も少なく、アレウスも直撃を避け、ダメージはほとんどない。

 

 

 「おいおい! ご自慢の魔法じゃ無かったのかよ! ちゃんと殺せって、マカロン大王!」

 

 「可笑しいな~、ちゃんと狙ったはずなんだけど……避けられたのか?」

 

 「アッハッハッハ、恥ずかしい奴!」

 

 

 《クリムゾン・スフィア》の後を追うように森の中から五人の人影が現れる。

 魔術師のようなローブを被った男。

 頭から耳を生やし、弓を持つ女。

 見ていて痛々しいような恰好をし、大剣を担ぐ男。

 恰好は様々だが、一点だけ共通していることがある。

 

 それは左手の紋章。

 

 

 「……一番嫌だったことが起きちゃったね、アレウス」

 

 『BURUUU!』

 

 

 それは噂でも聞いた話。

 彼らは『特典武具』や賞金を手に入れようと他の<マスター>の邪魔をする――――――<マスター>のパーティーだ。

 

 

 「……一応、何で攻撃してきたのか聞いても良いですか?」

 

 

 眉を顰め、警戒した声で……マカロン大王というらしい<マスター>に聞く。

 しかし、その質問に返って来たのは嫌らしい嘲笑だった。

 

 

 「なんでって聞かれてもね~、この<UBM>は僕らのもんだから~」

 

 「そうそう! HP減らしておいてくれてありがとなってな!

  後は俺らに任せて、安心して死んでくれ」

 

 

 言い終わると同時に矢が飛んでくる。

 ……本当に嫌らしい。

 同じ<マスター>だとすら思えないような行為だ。

 何処からともなく黒い感情が湧き出ては発散することなく溜まっていく。

 

 (こんな人たちに負けるなんて……絶対に嫌!)

 

 無意識に手綱と強弓を強く握りしめた。

 

 

 「……アレウス、五対一だけど行ける?」

 

 

 私の声に返事はない。

 しかし……獰猛な唸り声と足踏みが鳴る。

 アレウスもやる気は十分らしい。

 そして強弓に矢をつがえ、アレウスが走り出そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 『HU……HUHUHUHUHUHUHUUUUUU!』

 

 

 森に響き渡るような女性の笑い声。

 同時に《危険察知》が反応し、HPの下に大量の状態異常が表示された。

 

 

 「タイミング悪すぎだよっ」

 

 

 以前と同じ状態異常の附与だ。

 アレウスは《獅子勇心》によってほとんどがレジスト出来ているが、ヴィーレには装備由来の耐性しかない。

 レジスト出来なかった【毒】や【麻痺】、【衰弱】などによって体の動きが鈍り始める。

 そんなヴィーレを追い打ちするかのように木々や植物が襲い掛かる。

 そして……

 

 

 「《サンダー・スラッシュ》!!」

 

 

 攻撃を避けるアレウスを狙うように大きな大剣が振り下ろされた。

 誰が放ったのかは見るまでもない。

 しかし……

 

 

 「……なんで、【魔樹妖花 アドーニア】に攻撃されてない?」

 

 

 後から姿を現した五人の<マスター>。 

 その誰一人として【魔樹妖花 アドーニア】から狙われずにヴィーレだけを狙っていた。

 

 

 「ハハッ! こいつもお前の方が邪魔ってよぉ!」

 

 

 男が大剣を振り回しながら嗤い、獣人の女が矢を放つ。

 五対一ではない……六対一。

 多量の攻撃を前にアレウスの体は傷ついていく。

 

 

 「フッ!」

 

 

 牽制とばかりに四本まとめて矢を放つ……がそれも結界のような空間に入った瞬間失速していく。

 おそらく五人のうち誰かの<エンブリオ>がテリトリーなのだ。

 <エンブリオ>独自のスキル、範囲内の運動エネルギーを減算するかそれに等しい能力だろう。

 そして……

 

 

 「アレウス!」

 

 

 突如、目の前に出現した結界にアレウスの速度がどんどんと落ちていく。

 ただの剣士系統ジョブの<マスター>でも捉えきれるほどに……

 

 

 「もらったぁぁぁぁあーーー!」

 

 

 致命的な隙。

 大剣を担ぐマスターは跳躍し、ヴィーレを狙おうと自身の<エンブリオ>である大剣を振り下ろし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え?」

 

 

 その頭を爆散させた。

 上半身から上が千切れ飛び、<エンブリオ>の大剣もただの鉄塊へと変貌をとげている。

 

 それを成したのは、一本の突撃槍。

 

 瞬間移動のように目の前に現れた男は穏やかな口調で呟いた。

 

 

 「多勢に無勢は見過ごせませんね。傍観するつもりでしたが……可愛い弟子の窮地に、思わず手がでてしまいました」

 

 

 男……人馬種族の男は、その重そうな突撃槍を軽々振るいながら自嘲的に笑う。

 その姿は良く見慣れた容姿。

 だが、身に纏うその雰囲気は驚くほどに荒々しく攻撃的だ。

 

 

 「……お前、<マスター>じゃねぇな? お前は誰だ!」

 

 

 聞いていて笑いそうになるほどの悪役のセリフ。

 残った四人の<マスター>が警戒しながら怒号を上げる。

 

 

 「私は……しがない老人ですよ。時代に取り残されたみじめな亡霊。

  名前なんて100年も前に捨ててしましました」

 

 

 男はゆっくりとした口調で言葉を話す。

 

 

 「ですが……今日は最後の幕引きです。ヴィーレさんにも『ゴスト』としか名乗っていなかったので丁度いい機会です、最後に名乗らせてもらいましょう」

 

 

 見慣れた男、ヴィーレの師匠でもある彼は名乗りを上げる。

 

 

 

 

 

 

 「我が名は、カロン・ライダー。

  100年前の神話級<UMB>と相打ちになり、『特典武具』によって生かされた……元騎兵ギルドの長であり、ヴィーレさんの師。

  “超人幻馬”、【騎神】カロン・ライダー。

  死にぞこないの……騎兵です」

 

 

 

 




【スカーレット act.1】
【裁縫職人】レズによって作られた防具。
【潜変織蜘 アラクネー】によって織られた高性能な布で作られ、多くのスキルが織り込まれた高性能防具。

・装備補正
防御力+250

・装備スキル
《精神異常耐性》Lv.3
《自動修復》Lv.2
《火炎耐性》Lv.2
■■■■■(アラクネー)


カンストした【裁縫職人】であり、リアル技術に優れたレズにつくられたもので装備としては超優秀。
スキルは素材にしたドロップアイテムが元になっており、いくつかが合わさった結果となっている。
ヴィーレ以外が着ると、《■■■■■》によって【即死】する。




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第17話 英雄回帰

ほんまに長い……
ほんとは16話でエピローグまで行く予定だったのに……


 □■□ 『とある文献・【神】系統超級職について』

 

 

 

 

 

 【騎神(ザ・ライダー)】:騎兵スキル特化型超級職。

 

 《転職条件》

 ・【騎兵】系統ジョブでのボスモンスターのソロ討伐。

 ・騎乗技術の一定以上の技巧。

 

 《転職クエスト》

 ・前任【騎神】との決闘。

 

 

 【騎神】は例に漏れず、高い水準の技術を持つ事を前提とされた【神】系統ジョブである。

 転職条件も明確であり、【神】系統では転職しやすい部類に入る。

 

 しかしそれに対して【騎神】の性質は扱いずらく、ピーキーなジョブだ。

 

 【騎神】はAGI型超級職である……がそのステータスは全く上昇しない、まさしくスキル特化な超級職と言える。

 似ているジョブとしては、【抜刀神】が上げられる。

 対人・対モンスターのどちらにでも対応できるジョブ。

 同時に最も死亡数が多く(・・・・・・)移り変わりが激(・・・・・・・)しいジョブ(・・・・・)だ。

 その死因の多くが『事故死』。

 【騎神】をまともに扱えた者は片手で数えるほどしかいない。

 

 

 

 その原因は【騎神】の奥義でもあり、パッシブスキルである《一騎当神》。

 

 ・《一騎当神》:パッシブスキル

  【騎神】の奥義

  騎乗状態中のみ自身の騎獣が、LUCを除く全ステータスが装備補正等を除いた素の状態の10倍になる。

 

 

 

 自分自身ではなく、騎獣(・・)、もしくは乗り物(・・・)のステータスを格段に引き上げるスキル。

 しかし……これは罠である。

 今まで亜音速……もしくはギリギリ超音速で動いていた騎獣が、突然に超音速で動き始めるのだから。

 以前に記述した通り、AGIが1万を超えるとその速度は比例して上がる。

 超音速で動く騎獣、それは下手すれば神話級<UBM>にすら匹敵するステータスを手に入れる。

 まさに一騎当千、【騎神】が駆る騎獣にふさわしいと言えるだろう。

 

 だからこそ、【騎神】に就くものは『事故死』する。

 騎獣は超音速機動で動くが……それを駆る騎兵自体のAGIは亜音速がほとんどなのだから。

 

 彼らは自身の騎獣を御しきれずに死んでいくのだ。

 過去に一度、END特化の騎獣を駆る【騎神】が現れたことを確認したが、【狙撃王(キング・オブ・シューター)】に【騎神】自身が狙われ死亡。

 元がAGI型である【騎神】はEND型の騎獣では本領を発揮できないことが確認された。

 

 

 【騎神】は【神】系統ジョブでは異端中の異端。

 天才が就くことが出来るジョブではなく、【騎神】に就いた上で天才的な技術を要求されるジョブである。

 

 だが……もし仮に、【騎神】を十全に扱える騎兵がいたとするならば。

 その【騎神】は、おそらく『一騎当神』の名を語るにふさわしい……

 

 

 

 

 ……神話級<UBM>を打ち倒せるほどの力を持つであろう。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇<グリム森林・奥地> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「……師匠? 師匠がファフザーさんの言っていた天才騎兵?」

 

 

 目の前で【魔樹妖花 アドーニア】や残った四人の<マスター>から守るように立つ師匠。

 その名前に……名乗りに戸惑いの声を漏らす。

 

 

 「……ええ、ですが過去の栄光です。今の私は唯の【騎神】、しがない老人ですよ」

 

 「それは……そう? なのかもしれませんけど……」

 

 「ヴィーレさんは私がカロン・ライダーでは嫌ですか?」

 

 「……いや、そう言うわけじゃないですけど」

 

 

 優しく、そしていつもとは打って変わって獰猛に笑う師匠。

 その言葉に焦りながらも首を振る。

 別に師匠は師匠だ。

 私にとっては【騎神】であり、スパルタな優しい師匠。それは変わらない事実である。

 

 (あれ? ……もしかして気づかなかったのって、私が鈍かっただけ?)

 

 今更だが、よく考えればそれらしい行動や発言をしていた気がする。

 過去に滅びた【女戦士】に就く種族など、それこそ百年も前に生きていなければ知りようも無いのだから。

 そして同時に思い出す。

 

 

 「でも師匠。 師匠はその……戦っても大丈夫なんですか?」

 

 

 『寿命はとうに超え、いつ死んでも可笑しくない』、そう言っていた師匠が戦えるとは思えない。

 もし、戦えたとしても……

 

 

 「ええ、ヴィーレさんの考えている通りです。

  これ以上戦えば……私は死ぬでしょうね」

 

 「……ッツ! なら!、「ですがこのままではヴィーレさんは勝てないでしょう?」……」

 

 

 その言葉に唇をかみしめる。

 ……そうだ、師匠がここに出てくる原因は私にある。

 自身の実力不足のせいで師匠の寿命を縮めてしまう……これほど悔やんだことは無い。

 

 

 『BURUUU……?』

 

 

 心配げに私を見るアレウス。

 その体は木々や植物の攻撃が当たったのか傷だらけになっている。

 俯く私、そんな様子に師匠は微笑む。

 

 

 「悔やまなくてもいいんですよ、どうせ死を待つだけの運命です。最後に師匠として弟子の力になれるのなら、これほど師匠明利に尽きることはありません。

  そしてヴィーレさんには未来がある、これから強くなっていけば良いのですよ。それに……」

 

 

 師匠は一転して厳しい視線を前方に向ける。

 その先には四人の<マスター>……ではなく<UBM>である【魔樹妖花 アドーニア】がいた。

 全身に矢を生やしたアドーニア、しかしその様子は何処かおかしい。

 まるで何かを我慢しているかのようだ。

 

 

 「それに……私の推測は間違っていたようです。

  あの<UBM>は……【魔樹妖花 アドーニア】は既に『開花』しています」

 

 「……え?」

 

 

 その瞬間、師匠と私、そしてアレウスの目の前でそれは起こった。

 

 

 「……へ!? なにこれ……何なのよ! こんなの今までしてこなかったじゃない!」

 

 「あぁ~、油断したな~。《クリムゾン・スフィア》が使えない……いや、他のスキルも駄目そうだ」

 

 

 師匠の出現を警戒していた四人の<マスター>。

 その背後の地面から伸びた蔦が四人の四肢に絡みつき、その体を急速に干からびさせていく。

 それはまるで水分が吸い取られていくかのよう。

 スキル使えないのか、抵抗も出来ず10秒後には光の塵となって消えていく。

 そして……

 

 

 『AH、AHAHAHAHAHAHAHAHA—————————ッ』

 

 

 それを成した、四人の<マスター>を殺したであろう【魔樹妖花 アドーニア】の笑い声が朝焼けの森に響き渡る。

 先ほどまでの声にならない高周波のような叫び声ではない。

 今まで以上にはっきりとした、女性の嗤い声。

 しかし……どこか聞いていて心地の良い、綺麗で透き通るような美しい声。聞いているだけでも魅了されそうになってしまう。

 

 そしてその姿も大きく変貌を遂げていた。

 大樹のような樹木型だった容姿。

 大きな大樹は縦に割れ、その中から大きな蕾が出現し、中から等身大の女性がこちらに微笑んでいる。

 髪は新緑色で流れるように揺れ、黄色の瞳の顔が妖艶に嗤う。

 

 

 「……凄く綺麗」

 

 「魅入られては駄目ですよ。【アルラウネ】は状態異常とその美しい容姿で敵を惑わすモンスターですから」

 

 「ッ! はい!」

 

 

 師匠に叱られ、目が覚める。

 ……気が付かないうちに魅了されていたようだ。見ているだけで頭に霞が懸かるように、ボーっとする。

 大樹形態での【魅了】より遥かに強いのかもしれない。

 私は女性だから効きずらなくてもこの効果。

 アレウスは《獅子勇心》で防げているようだけど……師匠も大丈夫そうだ。

 

 

 「師匠は【魅了】が効かないんですか?」

 

 「ええ、昔【魅了】を使う【ハーピィー】の<UBM>を倒したことがあるので」

 

 

 師匠は視線を【魔樹妖花 アドーニア】から離さずに警戒しながら、首に懸けた羽根型のアクセサリーをこちらへ見せる。

 きっと『特典武具』と言う奴なのだろう。

 【魅了】を使うモンスターと言うのは以前話してくれた、騎兵を止めた仲間の話で出てきたモンスターなのかもしれない。

 

 

 「推定、伝説級と言ったところですか……ヴィーレさんは少し休んでいてください」

 

 「え? でもこれは私の試練なんじゃ?」

 

 「ええ、ですからその間にアレウスを治療しておきなさい。万全の状態でもあれはかなり手ごわいはずですから」

 

 

 ……確かにそうだ。

 アレウスは既に傷だらけになり、私も【毒】や【麻痺】、【衰弱】のせいでまともに戦えない。

 このまま戦っても死んでしまうのが見て取れる。

 

 (そうだ、私に出来るのは早く傷を治して師匠を助太刀すること)

 

 私は師匠に向け、ゆっくりと首を縦に振る。

 

 

 「ええ、それでいい。……では、私が時間を稼ぐとしましょう」

 

 

 そう言いながら……【騎神】カロン・ライダーは突撃槍を構える。

 

 

 こうして【魔樹妖花 アドーニア】と【騎神】カロン・ライダーの戦いが火蓋を切るのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ——轟音。

 同時に師匠の姿が掻き消え、【魔樹妖花 アドーニア】の右腕が消し飛んだ。

 私もアレウスも、そしてアドーニア自身もその姿を捉えきれない。

 ただ、先ほど立っていた場所にはクレーターだけが残っていた。

 

 

 「……右腕だけ、やはり体が鈍ってますね」

 

 

 呆然と見つめる先、【魔樹妖花 アドーニア】の向こう側で師匠が困ったように突撃槍を乱雑に振る。

 同時に突撃槍に刺さっていた右腕が地面に転げ落ち、師匠の馬脚に踏み砕かれた。

 そこにはいつもの師匠の影は無い。

 そこに居たのは【騎神】カロン・ライダーとしての姿。

 粗々しい足踏みに獰猛な笑み。

 過去の英雄がそこにいた。

 

 

 「見えもしないなんて……速すぎる」

 

 『BURURURUR』

 

 

 その姿に私も治療の手を止め、呆然と見つめてしまう。

 アレウスも驚いているのか小さく嘶く。

 

 

 「老いには勝てないと言う事ですかね……それでもこの<UBM>相手には十分でしょうが」

 

 

 ヴィーレも知らない事だが、師匠の【騎神】のレベルは300を超える。

 合計レベルで言えば800を超えるだろう。

 騎兵系統で埋められたジョブ、そのAGIは6000近い。

 老いから来る【老化】や【衰退】なども踏まえれば、そのAGIは4000程度といったところだ。素のAGIはアレウスと同じぐらいだろう。

 

 では、【騎神】のパッシブスキル。

 《一騎当神》はどう影響されるのだろうか?

 

 答えは一つ——人馬種族でも騎兵系統に就けるように、自身の体が騎獣と判定される。

 結果、カロン・ライダーのAGIは4万を超えていた。

 

 

 「ハァッ!!」

 

 

 4万を超えるAGIに1万程度のSTR。

 そのステータスと技巧で振るわれる突撃槍は、その一撃一撃が必殺の威力を持つ。

 

 

 『A……AAAaaaaaaaaA!!』

 

 

 そんな攻撃を防ぐ様に【魔樹妖花 アドーニア】も、自身の手足である植物を操る。

 

 

 【魔樹妖花 アドーニア】の<UBM>としての特異能力。

 それは突き詰められた高能力なバフとデバフ。

 自身にバフを付与し、敵に多量の状態異常をかける結界。 

 

 そして自在に操ることが出来る植物で自身を守り、敵の衰弱死を狙うのこそが【魔樹妖花 アドーニア】の本来のスタイルだった。

 既に本来の姿に戻ったその状態異常の効果は凄まじい。

 【魅了】や【猛毒】、【強制睡眠】や【麻痺】。

 <Infinite Dendrogram>の世界において状態異常の力は重く、全ての状態異常を完全に無効出来ない以上【魔樹妖花 アドーニア】の強さは語るまでもない。

 加えて、樹木型モンスター特有の再生能力もあればなおさらだ。

 

 

 未だに誕生して間もなく、力を蓄えているゆえに伝説級<UBM>ほどの力しかない【魔樹妖花 アドーニア】。

 ……だが、もしその状態異常の結界を広範囲で展開したのなら?

 その状態異常で多くのティアンや<マスター>、そしてモンスターが死んだとしたら?

 そのリソースによって強化され『古代伝説級』、もしくはそれ以上……『神話級』<UBM>にすら成長するだろう。

 

 

 

 

 実際、そういう『テーマ』でデザインされた<UBM>。

 このまま成長を遂げれば、その通りになっていただろう。

 

 

 

 

 そう、ヴィーレに……【騎神】カロン・ライダーに出会う事さえなければ。

 

 

 自在に伸びる植物、そしてばら撒かれる状態異常。

 だが【騎神】はそれさえ超えていく。

 【騎神】カロン・ライダーの……彼の持つ神話級『特典武具』、【霧鹿樹脚 アームンディム】との相性が悪すぎた。

 <UBM>としての格が違い過ぎていた。

 

 

 『A、AHA————————?』

 

 

 【霧鹿樹脚 アームンディム】のスキルはたった一つ。

  ――《幻想の樹鹿(アームンディム)》。

 半径五メートルの結界内の植物を操り、霧を発生させる義足型の特典武具。

 カロン・ライダーの寿命が尽きた今、彼を生かしている特典武具であり、結界内の生命力を操る能力を持つ特典武具だ。

 既に尽きかけの有限の生命力。

 この生命力が尽きると共に彼も……【騎神】も死ぬ。

 だからこそ、彼は迷わない。

 躊躇いなく消費される生命力は【猛毒】のダメージさえも上回り、【麻痺】や【強制睡眠】が莫大なMPによってレジストする。

 

 

 戦闘時間にして3分もない短い時間。

 しかし超音速機動で動くカロン・ライダーに木々の防壁は削り取られ、体は爆ぜ、操る木々は避けられていく。

 

 

 まさに一騎当神。

 

 残像さえ残し、超人的な技術を持って敵を討つ“超人幻馬”

 

 全盛期ほどの力はないけれども、神話級<UBM>すら打ち滅ぼす一人の英雄がそこにいた。

 

 

 

 




騎兵スキル特化型超級職、【騎神】。
カロン・ライダーが人馬種族&超技術(次話で出る?)を持っているから可笑しくなってるだけの駄目ジョブ。

リアルで言うなら、『ゴールド免許取った瞬間にジェット機を操縦させられるジョブ』


ps.【霧鹿樹脚 アームンディム】、生命力って何やねんって言わないで……
自滅因子操る竜王さんもいるぐらいだし……

元ネタは、ものの〇姫に出てくるしし神様です(最終形態)。


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第18話 焼け落ちた楔と自由の翼

遅くなりました。

ちょくちょく修正するかも


 □■□<グリム森林・奥地>

 

 

 

 

 

 【騎神】カロン・ライダー VS 伝説級<UBM>【魔樹妖花 アドーニア】。

 一人と一体の激戦の数々。

 地面が爆散する音が響けば、アドーニアの体が削り取られ。

 女性の嗤い声が聞こえれば、木々が生え伸び、地面に状態異常を付与する花が咲く。

 息も付けない圧倒的な攻防。

 短くも長い……永遠にも感じられる戦いがそこにはあった。

 

 

 だが、永遠のモノが在りはしないようにどんな激戦にも終わりはある。

 

 ——秀でた再生能力を持つ【魔樹妖花 アドーニア】。

  しかし無限に再生出来るわけもなく、眼に見えて再生速度が落ちていく。

 

 ——一方的なまでの槍撃を放ち、亜音速機動で動く【騎神】カロン・ライダー。

  しかしどんな英雄も寿命には勝てず、僅かな命を削りながらその四肢を動かす。

 

 まさにどちらが勝っても可笑しくないギリギリの戦い。

 『勝負は時の運』と言う言葉が存在するが、まさしくその通りだ。

 だからこそ……運を掴もうと勝負は動く。

 

 

 『AHAHAHAHAHAaaaaaaaaA!!』

 

 

 動いたのは【魔樹妖花 アドーニア】。

 伝説級<UBM>にして狡猾な知能を持つアルラウネ、彼女は自身が危機に陥っているのも理解していた。

 だから――賭けに出た(・・・・・)

 【魔樹妖花 アドーニア】がとった行動、それは……

 

 ……攻撃の一切を捨てた『完全防御態勢』。

 

 放っていた大量の状態異常のデバフを止め、余力を自身のバフにつぎ込んだ。

 同時に辺りから生え伸び、【騎神】を捕まえようと伸びていた植物を操り、自身の本体を守るように囲い込む。

 

 

 「あれは、球体?」

 

 「……さしずめ『樹の揺り籠』と言ったところですか。時間を稼いで私の寿命が尽きるのを待つ……考えたものです」

 

 

 その全貌に愕然と呟くヴィーレ。

 そんな彼女に、戦闘が始まってから初めて動きを止めた師匠が相槌を返す。

 

 大きな蕾から人型の姿を見せていた【魔樹妖花 アドーニア】。

 しかし目の前にはその影は何処にもなく、植物によって作られた半径2メテル程の球体が出来上がっていた。

 バフが何重にもかかった頑強な魔樹が何層にも折り重なり、あらゆる攻撃をはじき返す防御態勢。

 

 それは師匠の言った通り、赤子を守る『樹の揺り籠』。

 あるいは『(さなぎ)』か『蕾』とも言えるかもしれない。

 

 第一形態――初めの樹木型の状態で、《クリムゾン・スフィア》を防ぎきるほどのバフを掛けることが可能な【魔樹妖花 アドーニア】。

 全力で防御に回れば、ドラゴンの顎でも砕けぬ強固さを持つだろう。

 それは例え、1万以上のSTRを持つ師匠でも貫けはしない。

 激戦を繰り広げた師匠の寿命は……おそらくあと三日も無いだろう。このまま成すすべなく……戦わずして師匠の負けが決まる。

 そのことを理解し、ヴィーレは瞳を潤わせる。

 そして、眼前に立つ師匠の顔へ視線を向け……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「【騎神】を、カロン・ライダーも舐められたものですね……」

 

 

 獰猛に不敵なまでの笑みをうかべる【騎神】を見た。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 レジェンダリアの南方。

 <グリム森林・奥地>と呼称される場所の奥に、何百メテルにも及ぶ大きな渓谷が存在する。

 その名は<アームンディムの円湖>。

 かつてレジェンダリアに侵攻した神話級<UBM>、【樹霧浸食 アームンディム】の襲来による大きな爪痕だ。

 ……と、レジェンダリアの人々には認知されている。

 

 しかしそれには大きな勘違いが一つ存在した。

 

 <アームンディムの円湖>、それは【樹霧浸食 アームンディム】ではなく<UBM>を討伐した際に造(・・・・・・・)られた(・・・)という事実。

 

 一人の英雄——【騎神】カロン・ライダーの一撃によって出来た爪痕だという事を。

 

 【騎神】カロン・ライダーが編み出したオリジナルスキルであり、彼が“超人幻馬”と呼ばれる由縁。

 ああ、あえて再度言おう。

 【騎神】カロン・ライダー、彼は英雄であり天才であり、そして……

 

 

 歴代最強の【騎神】であると。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 師匠の編み出したオリジナルスキル。

 それは一言で言い表すのならば――『自滅技』という表現が一番しっくりと来るだろう。

 騎兵系統ジョブの上位職は【幻獣騎兵】や【大騎兵】【疾風騎兵】というように、各々に特化したジョブが存在する。

 上位職で手に入るスキルは様々、【騎兵】を基礎として発展したようなスキルが多い。

 だが、そんな数多いスキルの中に一つだけ共通して獲得するスキルが存在した。

 

 そのスキル名は――《一騎駆け》

 

 自身のSTRとAGIを引き上げる代わりにENDが低下するアクティブスキル。

 その名の通り、自滅覚悟の諸刃の剣だ。

 そして【騎神】である師匠のオリジナルスキルは《一騎駆け》の発展技である。

 

 その効果は『AGI×走った距離分だけ攻撃能力を強化(・・)し、ENDからAGI×走った距離分を減算する』。

 

 走った距離、疾走する速度によって攻撃力を引き上げる極限の『攻撃特化スキル』

 その一撃はSTR特化型超級職にも匹敵し、あらゆるものを打ち砕く攻撃力を持つだろう。

 

 

 ——もちろん、当てることが出(・・・・・・・)来れば(・・・)……の話ではあるが。

 

 

 そんなスキルの前に立ちふさがるのが一つある。それはリアルにも存在する自然法則、『相対速度』。

 公式で言うならば、『(対象物)-(基準)』だ。

 AGIが4万を超える超音速機動で疾走する師匠、そのENDは【リトルゴブリン】の攻撃でも致命傷になるほど脆い。

 唯でさえ障害物が多い森の中でそんな事をするなど正気の沙汰ではないだろう。

 普通の【騎兵】では、木の根につまずけば足が折れ、敵の攻撃を食らえば体に風穴が開く。

 

 

 あぁ、唯の【騎兵】なら……だが。

 

 

 ——防ぐことなかれ、それはあらゆる攻撃を穿つ必殺の一撃。

 

 ——避けることなかれ、それは超音速で駆ける必中の一撃。

 

 ——そして……希望を持つことなかれ、その一撃を彼は、【騎神】は絶対に外さない。

 

 

 彼は自らのオリジナルスキルを放とうと森の中を疾走する。

 その姿は幻影のみを残して掻き消え、地面を駆ける一歩一歩が草木を散らし、クレーターを作り出す。

 そして……

 

 

 「ッツ!」

 

 

 ENDの下がり切った体に小石が当たり……体に小さな穴を穿った。

 ティアンに痛覚無効の設定など有るわけがない。

 老いた身体中が悲鳴のような軋みを上げ、痛みに一瞬思考が飛ぶ。

 だが、そんな無謀な自滅技を使いながら、彼は嬉しそうに頬をつり上げる。それは気が狂った訳でも、ましてや彼が戦闘狂だからでもない。

 

 

 「まさかこんな日が来ようとは……無為な日々を送る100年でしたが、私はこの瞬間の為に生きて来たのかも知れませんね」

 

 

 それは彼のオリジナルスキルを放つ意義にあった。

 100年前の【樹霧浸食 アームンディム】の侵攻では、目の前でたくさんの仲間が死んだ。

 

 その脚によって地面の染みとなった者。

 霧の中で迷い死んだ者。

 魔樹に体を貫かれ死んだ者。

 

 【騎神】カロン・ライダーはその様子を止める事はできなかった。

 そして気がつけば、彼の周りには誰一人として立っているものはいなくなっていた。

 ただそこに有ったのは、深い絶望と悲しみ。

 彼はそのとき、初めて最後の一人となる悲しみを知ったのだ。

 

 自身の背後にはまだ守るべき故郷が残っている。

 

 守らねばならぬ仲間も討たねば為らぬ敵も以前としては存在していた。

 それでも彼の周囲に仲間は居ない。

 そして【騎神】カロン・ライダーは仲間の後を追おうと自身のオリジナルスキルを使い……結果として生き残ってしまった。

 そんな彼を待っていたのは、無惨にも死んでいった仲間への……騎兵ギルドへの懺悔と後悔。

 『特典武具』である【霧鹿樹脚 アームンディム】のせいで自殺も許されない。

 その苦しみは100年経っても消えることはなく、毎日夢にうなされた。

 そんな時だ……目の前に彼女が、ヴィーレが現れたのは。

 

 

 「あの時に比べれば……何でもない!」

 

 

 自身の背後には弟子が居る。

 これから多くの未来が存在する彼女が。

 故にそこに絶望はなく、失望もない。有るのは一つ、未来へと繋げる希望の光。

 

 弾丸のような植物の雨を潜り抜け、迫り来る樹木の上を駆け抜ける。

 【騎神】の名に恥じぬ技術の頂。

 その末に……彼はたどり着いた。成し遂げた。

 眼前に有るのは【魔樹妖花 アドーニア】の樹の揺り籠。

 そして彼は……【騎神】カロン・ライダーは自身のオリジナルスキルである、そのスキル名を高らかに吼える。

 

 

 「《ライド・オブ・ザ・オーバードライブ》!!」

 

 

 森に響き渡る声と同時に轟音が鳴り響き……

 

 

 絶対防御形態をとる【魔樹妖花 アドーニア】の球体に大穴を穿ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「——師匠!」

 

 

 まさに一瞬、刹那の出来事。

 轟音と共に地面が割れ、木々をなぎ倒しながら突撃槍が線を描く。

 私は砂煙の視界が封じられた先……【魔樹妖花 アドーニア】の向こう側へ視線を向ける。

 朝焼けの陽光に照らし出され、丸い円とその先に立つ一人の人影が浮かび上がる。

 

 

 「すいません、ヴィーレさんの試練だったんですが……久しぶりの戦闘で私も高揚していたようですね」

 

 

 そんな自嘲的なトーンで呟かれた言葉。

 私はその言葉に安堵の息を吐く。

 そして視界が晴れると同時に師匠の姿が見え……その姿に思わず息を飲んだ。

 

 ——年老いながらも筋肉質だった四肢は地面との摩擦か【炭化】している。

 ——体の所々にはいくつかの小さな穴が開き、止まることなく血が溢れ出していた。

 

 『死に体』……そんな言葉が頭によぎるほどのひどい傷。

 師匠のオリジナルスキル、《ライド・オブ・ザ・オーバードライブ》の反作用だ。

 私も修行中に何度も体験した思い反動。

 しかしそれは【出血】や【硬直】といった小さなものだった。

 

 (何で……何でそんな大怪我を)

 

 その姿に言葉を失い、立ち尽くす私に師匠は笑う。

 

 

 「そんな顔をしないでください、ヴィーレさん。

  これは……私の老いが原因です。生前よりもステータスも落ちたからですかね、少し被弾してしまいました」

 

 「そ、んな! 笑ってる場合じゃ! 早く、早く治療しな「無駄です」……」

 

 

 慌てる私に師匠は微笑む。

 

 

 「私の寿命では……これほどの傷はもう手遅れです。

  それにヴィーレさんも知っているでしょう? 戦闘を行った時点で私に未来はありません」

 

 

 師匠はそう言いながら……視線を自身の右後ろ脚に送る。

 そこにあったのは半分ほど燃え尽き、無くなった【霧鹿樹脚 アームンディム】。

 その光景に……師匠の言葉を理解した私は目を伏せる。

 

 分かってはいた、受け入れた。

 それでも……耐えられない胸の痛みに頬を濡らす。

 師匠と目を合わせるのが辛く感じる。

 でもこのまま終わってはいけないのは分かっている、師匠に言いたい文句も誓いたい言葉も。

 だから私は顔を上げ、師匠の元へと近づこう歩き出し……

 

 右足の異常に気(・・・・・・・)が付いた(・・・・)

 

 

 

 

 「ッツ! ……ヴィーレさん!!」

 

 

 同時に凄まじい風圧と僅かな時間の浮遊感。

 それを追うように鈍い痛みが体を襲う。

 

 (……何が?)

 

 その痛みに眉をひそめながら体を起こす。

 そして背後を振り返り……それを見た。

 

 眼に映り込んだのは四本の足が大きな木の根に拘束された師匠だった。

 苦しそうな顔に汗を浮かべる師匠。

 同時に拘束をしている木の根が大きく脈打ち、師匠の足が干からび始める。

 

 

 「あ、アレウス!」

 

 

 私の叫びにも似た呼びかけ。

 その言葉に反応したアレウスが、師匠の足を拘束していた木の根を踏み砕く。

 ……酷い。

 体中からは変わらず血が流れだし、足は【魔樹妖花 アドーニア】の能力《ハイ・ドレイン》によってミイラのように細く干からびていた。

 

 

 「……あぁ、無事でしたか」

 

 「何……何で。私は<マスター>だから、死んでも三日後にはまた復活できるのに」

 

 

 私たち<マスター>がデスペナルティになればリアルの24時間、こちらの世界で三日後には復活できる。

 それを師匠が知らない訳がない。

 

 

 「フフ、ヴィーレさんは馬鹿ですね……。目の前で弟子を死なせる師匠がどこに居ますか。

  それに、目の前で大切な人を……仲間を死なせるのはもうこりごりです」

 

 

 私は泣きながら師匠に回復アイテムを使用する。

 ……まだ感謝の言葉を、言いたいことも言えてないのだ。

 だから、

 

 (お願いだから、まだ死なないで!)

 

 しかしそんな思いとは裏腹に師匠は嬉しそうに私を話しかける。

 

 

 「私も勘が鈍ったものです……止めを刺しきれないとは」

 

 

 その視線の先にいるのは【魔樹妖花 アドーニア】

 先ほどまでの完全防御態勢を解除し、ゆっくりと以前の女性型の姿へと戻っていく。

 しかし無傷ではない。

 常に響かせていた嗤い声は途切れ途切れになり、体の再生も遥かに遅い。

 その体力は確実に師匠の《ライド・オブ・ザ・オーバードライブ》で削れている。

 

 (きっと【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】と同じ。地中に核を埋め込んで致命傷を避けたんだ)

 

 ヴィーレはそう考えたが、その予想は当たっている。

 【魔樹妖花 アドーニア】は一つの賭けをしたのだ。

 

 ——【騎神】カロン・ライダーを倒すため(・・・・)に。

 

 そして戦闘中にその弱点を探し、見つけた。

 ヴィーレという(・・・・・・・)弱点(・・)を。

 完全防御態勢をとり、屈強な人馬種族を引き付けている間に地中から根を伸ばしヴィーレを襲う。

 いくつかの予想外なアクシデントは発生したものの、その賭けに【魔樹妖花 アドーニア】は勝ったのだ。

 

 

 『A、AH……AHAHAHAHAHAHAHAHAAAAA!』

 

 

 師匠の姿に笑い声を上げる【魔樹妖花 アドーニア】

 姿が完全に女性型へ再生すれば、師匠と私の殺そうと攻撃を開始するだろう。

 私は涙が止まらない目で睨みつける。

 

 

 「ヴィーレさん、私の代わりにあの<UBM>を討ちなさい」

 

 「……え?」

 

 「もともとこれはヴィーレさんの試練、これで晴れてヴィーレさんと<UBM>の一対一です。

  貴方の……私の弟子としての力を最後に見せてはくれませんか?」

 

 「でも……師匠が倒せない敵を私が?」

 

 

 師匠のオリジナルスキルでも倒せないような敵を私が倒せるのか?

 素直にそんな疑問が湧き上がる。

 するとそんな私の頭をゴツゴツとした……力強い手が頭を撫でた。

 

 

 「ヴィーレさんは私と出会った時も不安に満ちた目をしていましたね……。  

  ですが貴方は変わった」

 

 

 その声は優しく、聞いているだけで胸の奥の悲しみや不安が解け消えていく。

 

 

 「貴方は私が、【騎神】が認めた騎兵です。  

  自身を持ちなさい。

  私のオリジナルスキルも受け継ぎ……アレウスと共に成長している。それは紛れもない一つの事実です」

 

 

 その瞬間だった。

 背後で森に響くほどの大きな笑い声が響き渡る。

 

 

 「そして……どうやら、貴方を縛る鎖を焼き払い、自由へと舞う為の翼も……手に入れたようだ」

 

 

 何かが風切り音を立てながら私へと高速で迫りくる。 

 それは私のすぐそこまで生え伸びて……真紅の炎に焼き払われた。

 それだけではない。

 辺り一帯を真紅の炎が包み込み、私の体を真蒼の炎が優しく包む。

 

 

 「……【騎神】として、貴方の師匠として……何か渡したいのですが、残念ながら……私の手にあるモノは『特典武具』ばかりで、あ、なたに渡せるものは……少なさそうです。

  だ、から……これ、と……ヴィーレさんに、師匠として、最後の、言葉……を」

 

 

 頭に置かれた手の力は弱弱しく、その暖かさを無くしていく。

 

 

 「我が弟子、ヴィーレ。……君は、自由だ」

 

 

 涙が一滴、地面に落ちて吸い込まれていく。

 

 

 「勝て……そして、こ、の……そして世界を、見て回り、なさい。

  そして……私の! …………【騎神】を引き継げ」

 

 

 同時に言葉は消え、頭に乗せられた手は静かに地面に落ちていく。

 

 

 「……」

 

 『BURUUU』

 

 「うん、行こう。アレウス、フェイ」

 

 

 師匠に返す言葉は無く、私は無言で後ろを向いた。

 そこでは【魔樹妖花 アドーニア】ごと辺り一面を焼き払いながら空を舞う、一匹の紅と蒼の不死鳥がいた。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】第二形態。

 フェイは私の言葉に従うように辺りを舞い、アレウスが私を乗せ荒く鼻息を鳴らし嘶く。

 

 

 『AHAHAHAHAHAHAHAAAAA!?』

 

 

 笑い声を上げながら植物を操り、デバフをまき散らす【魔樹妖花 アドーニア】。

 再生能力は格段に落ち、弱っていてもその能力は変わらない。

 師匠を倒した伝説級<UBM>のままだ。

 ……だけど、もう勝てないとは思わない。

 私は強く、意思の籠った目で眼前のアドーニアを睨みつける。

 

 

 「【騎神】が弟子、【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ」

 

 『A、AHA?』

 

 「師匠に代わり、お前を討つ者」

 

 

 【魔樹妖花 アドーニア】にも聞こえるように大きく、高らかに私は吼える。

 

 

 「いざ、尋常に……

 

 

 

 

 

 

 ……勝負!!」

 

 

 【魔樹妖花 アドーニア】との距離は約50メテル。

 私はアレウスに《騎乗》し、師匠から受け継いだオリジナルスキルを行使する。

 

 師匠ほどの威力も無ければ、速度も無い。

 実践で使うのも初めてのある意味、未完成の名前の無い『スキル』。

 

 だが、それでも止まらない。

 【魔樹妖花 アドーニア】からの攻撃はフェイの真紅の炎で燃え尽き、突破してきた攻撃をアレウスが駆けぬけ潜り抜ける。

 本来ならまともに戦えるはずのない程の大量のデバフは、真蒼の炎に焼却された。

 炎をまき散らし、一進に駆けるその姿はまさに人馬一体。

 そのヴィーレの姿は、【騎神】の《ライド・オブ・ザ・オーバードライブ》を彷彿とさせる。

 

 

 電光石火、猛火突進。

 

 

 言葉では言い表せられないような、強い気迫を纏い駆ける。

 

 

 『A、AHAHAHAHA!!!』

 

 

 その姿に怯えるかのように【魔樹妖花 アドーニア】が防御の姿勢をとるが……遅い。

 私は強く、大きく【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】を引き絞り……

 

 

 【クエスト【弟子入り――【騎神(ザ・ライダー)】の技を引き継ぐ者 難易度:七】が達成されました】

 

 

 「ッツ!」

 

 

 頭の中に鳴り響くそのアナウンスに涙を流しながら高らかに叫んだ。

 

 

 「《ザ・ラ()イダー()・デ()ディ()ケイ()テッ()ド・()ブロー()》!!」

 

 

 放たれた必殺の矢。

 矢は真紅の炎を纏い、ヴィーレのオリジナルスキルによって加速する。

 その一撃はまるで流星。

 かわすことも許さず、あらゆる防御を貫き進み。

 

 

 『A、AH?』

 

 

 【魔樹妖花 アドーニア】の心臓である核を正確に射ち貫いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【<UBM>【魔樹妖花 アドーニア】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ヴィーレ・ラルテ】がMVPに選出されました】

 【【ヴィーレ・ラルテ】にMVP特典【花冠咲結 アドーニア】を贈与します】

 

 

 

 【条件解放により、【騎神】への転職クエストが解放されました】

 【詳細は騎兵系統への転職可能なクリスタルでご確認ください】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




師匠……死!!
「クエスト達成」=師匠の死って意味でした。
ついでに師匠の突撃槍も特典武具です(恐らく貫通能力持ち)~


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エピローグ 彼女と彼ら

これで、『第一章:秘境の仙人編』は終了です。

楽しんでもらえたのなら嬉しいです~


 □<首都・アムニール> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 伝説級<UBM>、【魔樹妖花 アドーニア】との戦闘から三日が過ぎた。

 多くのモノを手に入れ、大切なモノを失った日。

 あまりにも大きな、大切な人を失った。

 だけど……嘆きはしない。

 師匠と過ごした修行の日々は変わることなく私の記憶に存在している。

 師匠がくれた言葉はしっかりと私の胸に届いているのだから。

 

 

 「……これで良かったんだよね、師匠」

 

 

 小さく呟かれた言葉は、活気のある呼び込みが響き渡る“霊都”の街並みへ霧散していく。

 あの日の前日と代わらない……活気に満ち溢れた都市だ。

 この街に暮らすティアンも<マスター>も、“霊都”<アムニール>が【魔樹妖花 アドーニア】の危機に晒されていたことなど微塵たりとも知らないのだろう。 

 別に師匠の存在を、成し遂げた事を知らないことに怒りを覚えた訳ではない。

 ……ただ、英雄の死に、何も変わらず迎えた明日に少し胸が締め付けられた気がしたのだ。

 

 (……何時までクヨクヨしてるんだ、私! 何も変わらない明日が来る、それが師匠の守りたかったものじゃない!)

 

 今日は大切な日(・・・・・)だと言うのに何時までも悩んで要られない。

 思考を振り払うように(かぶり)を振り、目を覚ますように頬を叩く。

 そんな私の様子を見て、隣を歩くアレウスとフェイが首を傾げた。

  

 

 余談だが、師匠のお墓は<旧・ハムレット平原>に造った。私と師匠が出会った、あの開けた場所だ。

 もちろんファフザーさんやジュシーネさんにも相談しての事だ。何とか頼み込んだら、二人とも快く承諾してくれた。

 

 (……そう言えば、私の他にも人が来てた痕跡があったなぁ~)

 

 お墓を造った翌日、再び師匠のお墓を訪れると、綺麗な一輪の花が添えられていたのだ。

 誰だかは遂に解らなかったが、少しだけ嬉しく感じる。

 

 

 「師匠の言っていた通り、私も成長出来てるのかな……そういう意味ではフェイが一番成長してるけど」

 

 『KIIIE?』

 

 

 私の<エンブリオ>である【炎怪廻鳥 フェニックス】

 TYPE:ガードナーでもあるフェイは、あの戦いの最中に第二形態へと進化した。

 

 ――紅と蒼の炎の模様をした炎の卵。

 

 その姿も進化に伴い大きく変化している。  

 ……と言うよりも孵化している。

 

 ――紅と蒼の炎を舞い散らしながら空を飛ぶ、体長二メテル程の怪鳥。

 

 それが進化したフェイの姿である。

 そして進化に伴い、私が《騎乗》出来るようにもなった。

 相変わらずAGIとHP以外のステータスは壊滅的だが、その空を駆ける速度はアレウスにも劣りはしない。

 そして何より大きな成長が、新たに獲得した『固有スキル』である。

 

 

 

 

 《紅炎の演舞》

 ・パッシブスキル

 自身の溜め込んだMP&SPを使用し、紅炎の攻撃を放ち、操る事が出来る。

 (炎の威力は込めたMP&SP依存。自身の敵性を識別し、攻撃可能)

 

 

 《蒼炎の再生》

 ・パッシブスキル

 自身の溜め込んだMP&SPを使用し、蒼炎で傷や状態異常を治癒することが出来る。

 (治癒の速度・回復力は込めたMP&SP依存。自身で対象を選択し、使用可能)

 

 

 

 

 ……そう、まさかの固有スキル二つ同時獲得である!

 どちらのスキルも『不死と再生の象徴』たるフェニックスに相応しい、強力な固有スキルだ。

 

 

 「燃費が悪いのがたまに傷だけどね」

 

 『KUUUU!!』

 

 

 からかうように笑いながら……アレウスの背の上に留まっている小さな雛鳥サイ(・・・・・・・)()のフェイを撫でる。

 フェイはそんな私に抗議の声を上げた。

 

 本来は炎を舞い散らしながら飛ぶ怪鳥型のフェイ。

 しかし、今は体力の温存の為か炎を纏うこともなく、雛鳥サイズになっている。

 

 第二形態へと進化したフェイだが、新たに大きな欠点が見えてきたのだ。

 

 それは、『MP&SPの蓄積が完全に私便り』だと言う点。

 

 フェイ自身のMP&SPは驚く程低く、私自身も騎兵系統ジョブ故、それほど多くはない。

 今は約二週間フルに《火炎増蓄》で二倍にして貯めた分が残ってはいるが、そのうちに絶対足りなくなる。

 ある意味、強力なスキル故の欠点とも言えるかもしれないが……

 

 

 「でも、改めて考えると私も成長してるのかな? 【魔樹妖花 アドーニア】の特典武具も手に入れたし……」

 

 

 そう言いながら、鮮やかな赤髪をまとめる髪結いに手を触れる。

 髪結い型――アクセサリー型の特典武具だ。

 新緑色の蔦、そして澄んだ黄色と薄紫色の花を模した髪留め。

 少し長めのロングヘアを、【花冠咲結 アドーニア】がポニーテールに一括りにしている。

 

 そして流石、特典武具と言うべきか。

 他の装備品よりも高い装備補正と装備スキルを兼ね備えている。

 

 【花冠咲結 アドーニア】はこう言った感じである。

 

 

 

 

  【花冠咲結 アドーニア】

  <伝説級武具(レジェンダリーアームズ)

  魅了を操り、あらゆる状態異常を自在に振りまく妖花の概念を具現化した伝説の至宝。

  状態異常を蓄積・成長させ、周囲一帯のバフ&デバフを操る力を持つ。

  ※譲渡・売却不可アイテム

  ※装備レベル制限なし

 

 

  ・装備補正

  MP+[着用者の合計レベル]×5

  SP+[着用者の合計レベル]×5

 

  ・装備スキル

  《ドレイン》

  《栄華の庭園(ザ・ガーデン・オブ・グローリー)

 

 

 

 

 ステータス補正は低めだけど……【騎兵】である私にアジャストした結果ともいえるのかもしれない。

 私は弓を使うのでそれほどステータスは重要ではないからだ。

 それに【■■王の指輪】もあるのでSTRは十分である。

 

 もしステータスが物足りなくなってきたら……苦渋の思いで、レズにステータス重視の装備を作ってもらおう。

 

 

 「これで私たちの戦略の幅も広がるね」

 

 『BURUUU』

 

 『KIIIIE、KIIE』

 

 

 私の言葉にアレウスとフェイが返事を返す。

 しかし、成長しているのは私たちだけではない。

 

 約三週間ぶりに連絡が取れたフィガロ。

 彼は【剛闘士(ストロング・グラディエーター)】に転職し、アルター王国で『決闘ランキング』に名を連ねているらしい。

 そして、私と同じように<UBM>も討伐したらしい。

 いや、私の場合は師匠がいなければやられていた。きっと私以上に成長しているのだ。

 

 【鎧巨人】の田中さんも自分探しの旅に出た。

 行先は決めてはいないらしいが北上した後、天地を目指すらしい。

 

 他にも騎兵ギルドに新たな<マスター>が所属し、凄まじい勢いでレベルを上げている。

 もたもたしていてはすぐに追い抜かれてしまうだろう。

 しかし……修行より先に果たさねばならない約束がある。

 

 

 私は目的地にたどり着き、大きなクリスタルを右手で触れる。

 【幻獣騎兵】のレベルはまだ半分にも達していない。

 だけど……私を待っていてくれる人がいるから。

 

 目の前に表れた簡易メニュー。

 その中には以前まで就けなかった、表示されていなかったジョブが薄い文字で表れていた。

 

 

 

 

 ――【騎神】

 

 

 

 

 私は背後のアレウスとフェイに目配せをすると、ゆっくりと選択する。

 

 

 【転職の試練に挑みますか?】

 

 

 「うん、もちろん」

 

 

 同時に一瞬に浮遊感とともに不思議な空間に飛ばされた。

 空は白く、地平線の彼方まで緑の草原が広がっている。

 ここが『転職クエスト』の舞台ということなのだろう。

 そして……

 

 

 【前任【騎神】に勝利せよ】

 【成功すれば、次代の【騎神】の座を与える】

 【失敗すれば、次に試練を受けられるのは一か月後である】

 

 

 無機質なアナウンスが頭に響き、歪んだ空間から一人の人馬種族の男が現れた。

 転職クエスト自体はすでに師匠から聞いていた内容。

 つまり、目に前にいる男は……

 

 

 「無事、<UBM>を討ち倒したようですね。ヴィーレさん」

 

 「……ッツ。 師匠のおかげです」

 

 

 私の師匠、【騎神】カロン・ライダーに相違ないということだ。

 

 

 「師匠、私言いたいことが……伝えたいことが沢山あって!

  でも……とにかく今はすごく嬉しいです……」

 

 「ええ、ゆっくり沢山聞かせてください。ただ……」

 

 

 師匠はゆっくりと馬上槍を構え、優しく笑う。

 

 

 「……ヴィーレさんの実力も見てから、それからゆっくりと話しましょう」

 

 「――! はい!!」

 

 

 その身に一切の特典武具を身に着けずに槍を構える師匠。

 しかし最盛期の頃の姿で試練に現れた師匠の気迫は、以前よりも遥かに強く、鋭く研ぎ澄まされていた。

 生前でも私より技術も経験も上。

 今ではその差はもっと大きくなっているだろう。

 

 だけど……諦めたりはしない。

 

 私はアレウスに騎乗し強弓をその手に《瞬間装備》する。

 そしてニヤリとほほ笑む。

 

 だって、私は【騎神】に認められた騎兵であり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「負けず嫌いな女の子だもん……」

 

 

 そして今、二人の騎兵が互いに向けて走り出したのだった。

 

 

 

 To be continued

 

 

 

 

 

 ◇◆◇クラン<■■■■■・■■■■>

 

 

 

 

 

 時を同じくして“霊都”<アムニール>を二人の<マスター>が歩いていた。

 

 一人は、全身真っ黒なタイツを身に纏い屈託のない笑顔で笑う若い男。

 

 一人は、普通の服装……の上から腰に白鳥の形を模した模型を着けた男。

 

 二人の<マスター>は互いに大声で笑いながら大通りの中心を歩く。

 

 

 「いやぁ! 凄かったな、あのティアン! あれが噂に聞く『超級職(スペリオル・ジョブ)』ってやつか!?」

 

 「たぶんそうだネ。だけど……せっかく他の<マスター>の邪魔を楽しんでいたのに、終わってしまったのは残念ダワァ」

 

 「それな!! 中身がガキっぽい<マスター>を焚きつけて、<マスター>同士の殺し合いに発展させるって……ほんとーーーに面白かったぁ!」

 

 

 他の<マスター>が聞いたら眉を顰めるだろう話を大声で話しながら二人は笑う。

 もしその場に彼らに【魔樹妖花 アドーニア】の討伐の邪魔をされた<マスター>がいたなら気づいたかもしれない。

 彼らが――PKをしていたパーティーの内の二人だということに。

 大通りを歩く何人かの<マスター>はその考えを頭に浮かべ……笑って否定した。

 PKがあんな道の真ん中を堂々と歩き、あんな話をするはずないと。

 そしてあんな格好をした<マスター>はいなかったはずだと。

 

 

 「しっかし、お前! ガキを煽りつける為だけに【詐欺師(デフローダー)】と【道化(クラウン)】に【吟遊詩人(バード)】をカンストさせるとか……やばすぎだろ!」

 

 

 全身タイツの男は腹を抱えながらケラケラ笑い、地面を踏みつける。

 男の言ったことは冗談などではない。

 白鳥の男、彼は<マスター>を煽りつける為だけに三つの下級職をカンストさせたのだ。

 もちろんそれは本来の取りたいジョブではない。

 もし目の前にジョブクリスタルがあれば、迷いなくすべてのジョブをリセットするだろう。

 

 

 「キミに言われたくないナァ~。どうしてそんなパーソナルでTYPE:メイデン(・・・・)の女の子が生まれるかがわかんねぇヨ」

 

 『……それには私も同感ですわ』

 

 

 白鳥の男が笑いながら返した言葉。

 その言葉に追従するかのように何処からともなく声が響く。

 そして……全身タイツの男の左手の甲にある『壺を持つ女神』から光の粒が溢れ出し、一人の少女を形作っていく。

 

 

 『私も何でこのような主から生まれたのか疑問に思いますわ』

 

 「はっはっは! 酷いこというなぁ!」

 

 

 現れたのは、流れるような金髪と藍の瞳を持った一人の少女。

 口癖からくるお嬢様のような印象と黒のドレスが見る人に違和感を感じさせるような姿をしている。

 そんな少女は口を尖らせながら文句を呟く。

 

 

 『それに……もう少しましな格好をしてもらいませんと、私の主としては不相応ですわ!』

 

 「おいおいおい! これでも真っ白な全身タイツをお前に合わせて黒にかえたんだぜ? 変な文句を言ってんじゃねぇよ、パンドラ(・・・・)

 

 『……その名前で呼ばないでと言いましたわよね?』

 

 

 名前を呼ばれたことに怒りを滲ませ、互いに睨みつける二人。

 そんな二人の様子に慌てて白鳥の男が仲介に入る。

 

 

 「まぁまぁ、おちつけッテ! それより【工作兵(ワーカー)】の爺さんが面白いものを見つけたっテヨ」

 

 「へぇー、あの爺さんが? 何見つけたんだ?」

 

 

 その言葉に白鳥の男はニヤリと嗤い言い放った。

 

 

 「なんでも<UBM>が守護してる遺跡があったらしいゼ? お前の<エンブリオ>なら上手く暴走させられるんじゃねぇかっテサ」

 

 「へぇ……いいじゃん、いいじゃん! ちょー面白くなりそうじゃん!!」

 

 

 少女が胡散臭げに見つめる横で、全身タイツの男が嬉しそうに飛び跳ねる。

 

 

 「どうせなら“ジャガーノート”も呼んで行こうぜ! 

  んでもって、お前と俺の<エンブリオ>でもう一体<UBM>を探し出して……

 

 

  ……どっかの街でぶ(・・・・・・・)つけ合おう(・・・・・)!!

  <UBM>同士の怪獣バトル! 絶対に楽しく面白くなること間違いなしだ!」

 

 

 メイデン(・・・・)の<エンブリオ>を持つ全身タイツの<マスター>は躊躇うことなく、楽し気にそう言い放った。

 そしてその言葉に白鳥の男もケラケラ笑う。

 

 

 「いいナ、いいナ! 楽しそうだ。それならさっそく行かなきゃナ!」

 

 「おう! すぐ行こう、今行こう、全力で行こう!!」

 

 『……本当に主と言い、お前と言い』

 

  

 頭を抱える少女の横で、テンションが振り切れた二人の男は笑いながら大きく叫ぶ。

 

 

 「「俺たちゃ、笑顔を届ける愉快犯!! クラン<クレイジーパレード>のクエスト開始だぁ(ダァ)!!」」

 

 

 

 

 こうして新たな物語は動き出す。

 大通りに響く、愉快な笑い声と共に……

 

 

 

    




・【花冠咲結(かかんえみゆい) アドーニア】
  <伝説級武具(レジェンダリーアームズ)
  魅了を操り、あらゆる状態異常を自在に振りまく妖花の概念を具現化した伝説の至宝。
  状態異常を蓄積・成長させ、周囲一帯のバフ&デバフを操る力を持つ。

  ・装備補正
  MP+[着用者の合計レベル]×5
  SP+[着用者の合計レベル]×5

・装備スキル
  《ドレイン》
  《栄華の庭園(ザ・ガーデン・オブ・グローリー)

  形状:アイテム(髪留め)
  所有者:ヴィーレ・ラルテ
  備考:【魔樹妖花 アドーニア】の特典武具。
     まだ成長過程のヴィーレに【魔樹妖花 アドーニア】の高い成長性がアジャストし、『状態異常を育成し、自在に操る』といった可笑しなスキルが生えてきた。
     本来なら小補正の状態異常耐性がつくはずだったが、フェイのスキルによっていらない子に……結果《栄華の庭園》にリソースが割り当てられた模様


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第二章:神に祈った者達
前話 契約と約束と願い


書いていて、超ふざけてるなと思う話。
 
言い訳をすると、少し重たい話なので明るくしました。
適当にだらだら更新します~


 □■□とある<UBM>

 

 

 

 

 

 ソレの始まりは一体の小さなモンスターだった。

 松明ほどの小さな青白い炎を灯し、宙を彷徨い浮かぶ球体型のモンスター。

 

 識別上のモンスター名は、【イグニス・ファトゥス】。

 

 リアルでは『ウィルオウィスプ』もしくは『鬼火』、最も一般的な呼び名としては『ジャック・オ・ランタン』が有名だろう。

 悪魔との取引で、地獄にも天国にも行けなくなった死者の魂がモデルのモンスターだ。

 この<Infinite Dendrogram>の世界でもそれは変わらず、怨念を燃やし攻撃するモンスターとして知られていた。

 アンデット種族の死霊型・希少モンスター【イグニス・ファトゥス】。

 それがソレの名前だった。

 

 

 モンスターであり、アンデットであるソレには感情といえるものが存在しない。

 唯々、何かに導かれるように彷徨うのみ。

 尽きることのない永遠の命を持って、彷徨い続けるだけのモンスター。

 しかしソレにも、一つだけ持ち得る感覚のようなものが存在した。

 

 それは『寒さ』。

 

 生まれてから消えることのない、凍えるような寒さに苦しみ続ける。 

 そんな寒さを紛らわせるように怨念を燃やし、蓄え続ける日々。

 

 ――太陽が昇っている間は、暗く冷たい洞窟の中で耐え忍ぶ。

 ――暗闇が辺りを満たせば、燃やせる怨念を探し彷徨い浮かぶ。

 

 なんの変哲もない毎日、何十年……何百年という長い年月の中を繰り返す日々だった。

 冒険者に討伐されなかったのはまさに幸運としか言うほかない。

 

 そして更に幸運なことに、ソレが生きていた時代は後に“三強時代”と呼ばれる時代。

 

 【覇王(キング・オブ・キングス)】ロクフェル・アドラスター。

 【龍帝(ドラゴニック・エンペラー)】黄龍人外。

 【猫神(ザ・リンクス)】シュレーディンガー・キャット。

 

 三人の絶対強者が並び立ち、互いに凌ぎを削りあっていたのだ。

 それ故か、毎日のように死者の怨念は消えることなく、ソレが寒さを紛らわせるのに困ることは一度としてありはしなかった。

 たらふく燃やし、暖をとる。

 【イグニス・ファトゥス】にとっては幸せな……夢のような日々だった。

 

 

 

 そんな幸せな毎日に満足していたある日。

 ソレは自身が変化していることに……『寒さ』を感じなくなっていることに気が付いた。

 青白く、小さな火の玉だった心細い体も実体が出来、感覚や自我が芽生えていることを遅すぎながらも自覚したのだ。

 

 ――指は白く、細く固い……夜の暖を取っている場所に落ちている骸のような細い骨。

 ――身体を隠すように頭から被った、ボロボロな黒い布切れ。

 ――足元で燃える青白い炎に、いつの間にか手に握っていた大鎌。

 

 その姿はまさに死神。

 名も新たに【燃怨喰霊 ズー・ルー】へと変わっている。

 数百年と長い年月と沢山の怨念を得たことによって、ソレはモンスターの頂の一つともいえる<UBM>へ進化していた。

 そんな変化にソレは戸惑い……毎日のように怨念を燃やす日々を始めた。

 一度として強者に、自信を狙う者に襲われたことがないソレには、圧倒的に危機感が足りていなかったのだ。

 それ故か、そんな日々もすぐに終わりを迎える。

 

 ソレの平穏は、一人の超級職によって瓦礫の如く崩れ去った。

 ソレの同類でもあり、好敵手。

 

 ――【死霊王(キング・オブ・コープス)】の出現によって

 

 僕にされそうになったわけではない。

 ただ、邪魔だから……特典武具を狙いで襲われたのだ。

 

 しかし【燃怨喰霊 ズー・ルー】の<UBM>としての特異性は、死霊に対してその効果を発揮する。

 たいして【死霊王】の攻撃は生者に対して真価を発揮するものであって、【燃怨喰霊 ズー・ルー】には相性が悪い。

 戦闘にすらなりはしない。

 相性的に言えば、『木乃伊取りが木乃伊になる』

 決着は一方的に【燃怨喰霊 ズー・ルー】の勝利で……終わるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、一つ問題がある。

 それは【燃怨喰霊 ズー・ルー】が一度も戦闘を経験したことがなく、芽生えた自我も平和的なものだったこと。

 【燃怨喰霊 ズー・ルー】は死霊特化の<UBM>であり……臆病者なモンスターだった。

 

 そんなソレがとった行動。 

 それはただ一つに限られる。

 

 『敵前逃亡』

 

 (……怖い、怖い怖い怖い!!)

 

 ソレは戦うことも、向き合うこともせず一目散に逃げだしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 それはまさに……馬鹿らしい逃避行だった。

 【燃怨喰霊 ズー・ルー】は【死霊王】から逃げるように、夜の闇の中を浮かび走る。

 【死霊王】も逃げる<UBM>を逃がさないと追いかける。

 

 

 

 

 

 ……そして朝になれば互いに洞窟へ隠れる。

 

 

 まさに馬鹿らしいとしか表現のしようのない逃避行。

 しかし、更に奇跡……ともいえない馬鹿らしい『悲劇』が起こった。

 それは【死霊王】にとっての悲劇。

 【燃怨喰霊 ズー・ルー】は無知ゆえに、追われる恐怖からの必死さ故に感知できなかった悲劇。

 数日にも渡る逃避行の末、レジェンダリアの森林へと逃げ込んだ【燃怨喰霊 ズー・ルー】は……

 

 (助けて~~~!)

 

 【聖剣王(キング・オブ・セイクリッド)】が建国したばかりのアルター王国。

 そのアルター王国から使節団としてレジェンダリアを訪れ、帰路についていたティアンに泣きつき、助けを求めたのだ。

 

 

 

 ティアンである、【枢機卿(カーディナル)】と【天将軍(ヘブン・ジェネラル)】に。

 

 

 

 共にアルター王国固有の司祭系統超級職。

 回復に秀でた【司祭(プリースト)】とは違い、支援や儀式系統の補助に秀でた【侍祭(アコライト)】。

 その超級職である【枢機卿】。

 

 【司祭】から派生し、戦闘もこなせるジョブである【協会騎士(テンプルナイト)】。

 その超級職である【天将軍】。

 

 【燃怨喰霊 ズー・ルー】が助けを求めるには、あまりにも天敵すぎるティアン。

 ……<UBM>がティアンに助けを求めること自体が間違っているが、それを何百年と引きこもってきた【燃怨喰霊 ズー・ルー】が知る由もない。

 だが、結果的に【燃怨喰霊 ズー・ルー】は生き延びた。

 

 【死霊王】は【天将軍】率いる数多の天使系モンスターによって討ち取られ、【燃怨喰霊 ズー・ルー】はとある契約(・・・・・)と引き換えに【枢機卿】によってレジェンダリアの山中の祠に封印された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今では一部の村でのおとぎ話に聞かされる、500年も昔の笑い話。

 誰も信じる者はいない滑稽な話だ。

 

 ……とある村に住む、二人の少女を除いては。

 

 そして今日、この時代。

 500年の時を超え、二人の少女の願いと遥か昔の契約に従い、一体の<UBM>が目を覚ます。

 そして、その青白い炎を大きく揺らめかし頷いた。

 

 (……その願い、僕が果たすよ)

 

 

 

 

 

 




すいません……次からは真面目に書きます~
三日書かないだけでも書けなくなるね~


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第1話 二体目の従魔

二日に一回のペースで更新出来たらいいなぁ


 □<アムニール> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 師匠との対面、【騎神】の転職クエストを受けてから約三週間。

 私のジョブは以前と変わることなく【幻獣騎兵】のままだった。

 そう、転職クエストである『前任【騎神】との決闘』に失敗……ボロ負けしたのだ。

 ……うん、師匠が強すぎるのが悪い。

 

 

 「師匠が人間……ティアンの範疇を超えすぎなんだよね~。あれは仕方がないよ、フェイ」

 

 『KUUUUUUE-』

 

 

 隣を歩くアレウス……の上で寝転ぶフェイに話しかける。

 自分で飛びもせず乗せてもらうなんて、もう完全に駄鳥だ。

 卵の時からそうだったが、フェイは面倒くさがりな性格らしい。戦闘中も最近では飛ぶことなく私の肩の上で、炎をまき散らしているほど。

 ……鳥としての尊厳を完全になくしてしまっている。

 そのうち飛び方を忘れてしまうんじゃないかと思うほどだ。

 

 

 「あんな師匠、どうやって倒せばいいかも分かんないよ……」

 

 

 全盛期の姿で現れた前任【騎神】、カロン・ライダー。

 その力はまさに、人外ともいえるようなものだった。

 

 ――動く姿は幻影すら見えず、地面にクレーターを残すのみ。

 ――【魔樹妖花 アドーニア】の特典武具、【花冠咲結 アドーニア】の装備スキルである《栄華の庭園(ザ・ガーデン・オブ・グローリー)》も当たり前のように無視して攻撃してくる。

 ――仕切り直しとフェイに《騎乗》し、空へ逃げれば……100メテルという距離を跳躍し、突撃槍で一刺しにされた。

 

 (……空中で跳躍してた気もするけど……気のせいだよね?)

 

 《空中跳躍》スキルの付いたアイテムも装備してはいないのだ。

 まさか唯の技術などと言うわけでもないだろう。

 ……ないよね?

 

 伝説級モンスター……もしくはそれ以上のステータスに、【騎神】としての超技術。

 槍の扱いすらも熟練のソレである。

 特典武具がない状態でも、その戦闘力は凄まじすぎた。

 【騎神】の座が空き、私が挑んだ後に二週間たった今も誰も就いていないのがその証拠だ。

 ……本当に人外過ぎる。

 

 

 「でも後、一週間で再チャレンジできるんだ……。

  次こそは絶対に師匠に勝とうね、アレウス、フェイ」

 

 『BURUUUU!』

 

 『KIIIIEEEE~~?』

 

 「……フェイはこの頃怠けすぎなんだよ。それにこの三週間でレベルもだいぶ上がったし、【花冠咲結 アドーニア】の使える状態異常も増えた(・・・・・・・)

  きっと今度こそ勝てるよ」

 

 

 伝説級<UBM>【魔樹妖花 アドーニア】の討伐前は“Lv.23”だった【幻獣騎兵】も、すでに今ではカンストまじかである。

 メニューからステータス欄を開く。

 

 『【幻獣騎兵】LV.87』

 

 これが今の私、ヴィーレ・ラルテのレベルである。

 合計レベルも100を超えた。

 レベル上げと同時進行で『ジョブクエスト』をこなし、新たな固有スキルもいくつか手に入っている。

 私自身のステータスも上がっている以上、次はもう少し善戦できるはずだ。

 そして、何より……

 

 

 「【花冠咲結 アドーニア】のスキルって……本当に反則だよね」

 

 

 【花冠咲結 アドーニア】の装備スキル《栄華の庭園》。

 その効果はまさにチートと言えるだろうものだった。

 他の<マスター>が<UBM>を倒して特典武具を得ようとするのも頷けるほどの装備だ。

 私は、花が咲いた髪留め(・・・・・・・)を触りながら考える。

 

 

 

 《栄華の庭園》:アクティブスキル

 【アドーニア】の装備スキル。

 自身を中心とした半径五メテルの空間内にいる敵へ、自在に状態異常を付与することができる。

 状態異常を使用するモンスターのドロップアイテムへ【ドレイン】することで、状態異常を獲得&効果の上昇をさせることができる。

 

 使用可能状態異常:【魅了】【猛毒】【麻痺】【強制睡眠】【死呪宣告】【衰弱】

 

 

 

  

 これが【花冠咲結 アドーニア】の《栄華の庭園》の効果である。

 ……師匠曰く、私にアジャストしていると言っていたが。

 

 

 「本当に強すぎるんだよね」

 

 

 状態異常はこの<Infinite Dendrogram>において、とても重い。

 それこそ何十種類という状態異常をある意味、全て使用可能になるのだ。

 まさに反則的なスキルだ。

 ……師匠にはまともに機能しなかったけど。

 再度、ため息を吐きながら歩く。

 

 

 『BURUU』

 

 

 するとアレウスが私に、目的地に到着したことを教えてくれる。

 どうやらいつの間にか着いていたようだ。

 ここに来るのはアレウスに出会った依頼、まさに久しぶりな来店である。

 

 『魔王商店 中央大陸支部』

 

 相変わらずの怪しすぎる店名に苦笑する。

 私はアレウスに笑いかけながら、その古びた扉を再び開いたのであった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「久しぶりに来たけど……アレウスに出会ったころと全然変わってないや」

 

 『BURUUU』

 

 

 店内はあの時と変わらず古ぼけた不気味な店内。

 アンティーク……などとは程遠い、古ぼけ、それでいた埃一つ落ちていない小さな店内だ。

 そしてその店内の設置された棚には、至る所に【ジュエル】が並び、中がのぞき込めるようになっている。

 

 

 「いらっしゃいま……ああ、お客様はあの時の」

 

 

 小さな店内に男とも女ともわからない声が響く。

 するといつの間にか……あの時と同じ、深く目元までローブを被った店主がいた。

 

 

 「……こんにちわ、お久しぶりです。あの時はお世話になりました」

 

 「いえ、店主として当たり前のことですよ」

 

 

 店主は腕を振りながら明るく話す。

 

 

 「それで今日は、お客様はどのような従魔をお求めで?」

 

 「えっと……実は新しい従魔を買いに来たわけじゃなくて」

 

 

 従魔キャパシティーに空きはあるし、お金も【魔樹妖花 アドーニア】の討伐賞金でそれなりにある。

 ……それでも純竜すら買えはしないけど。

 しかし今日は、買い物に来たわけではない。

 どちらかと言えば……鑑定してもらいに来たのだ。

 私は右手の甲に引っ付いた【ジュエル】を取り外しながら店主に差し出す。

 

 

 「実は師しょ……知り合いに従魔を託されたんですが、何の従魔かわからなくて。ここなら何のモンスターかも分かるんじゃないかと思ってきたんです」

 

 

 それは【魔樹妖花 アドーニア】との戦闘中に、師匠が最後の言葉と共に託された従魔。

 転職クエストで師匠に聞きそびれてから三週間。

 調べたり、《喚起》して接触を図ってみたが何のモンスターか全くわからなかった。

 結局後回しにしてしまい、今頃になってこの『魔王商店 中央大陸支部』思い出し訪れたのだ。

 

 

 「……鑑定も確かに出来はしますが……モンスター名は見なかったんですか?」

 

 

 従魔は自身のステータスから、その詳細を確認できる。

 そこから名前がわかるのではないかと言いたいのだろう。

 

 

 「名前は【リソスフェア・ドラゴン】ってなっていたんですけど……《喚起》しても何にも現れなくて」

 

 

 名前で言うなら『地殻竜』。

 おそらく竜種だということはわかるのだが、姿さえ見たことがないのだ。

 しかし、店主はそんな私の言葉に驚いたように肩を跳ね上げる。

 

 

 「【リソスフェア・ドラゴン】ですか!? ……また珍しいモンスターを渡されましたね」

 

 「珍しい……ですか?」

 

 

 どうやら、どのようなモンスターかを知っているようだ。

 落ち着いた様子でその詳細を私に話し始める。

 

 

 「【リソスフェア・ドラゴン】はその名の通り、純竜種の一種です。

  竜とは名うっていますが、その形は亀に近い。

  地竜種にあたるモンスターで、地中や海中を移動することができる珍しいドラゴンですよ」

 

 

 地竜種でありながら海中でも行動可能な純竜。

 それは確かに珍しいように聞こえる。

 

 

 「しかし何より【リソスフェア・ドラゴン】の優れた点は、高い隠密能力です。

  その隠密能力はモンスター内でも高いレベルに位置します。これがこのモンスターが珍しい原因ですね」

 

 「……? でも高い《看破》スキルを持っている人なら、簡単に見つけられるんじゃ」

 

 

 そんな私の疑問。

 店主は笑いながら私に疑問で返す。

 

 

 「お客さんは地面に《看破》を使いますか?」

 

 「……使いませんけど、持ってすらいませんから」

 

 「それは申し訳ありません。ですが答えはそれですよ」

 

 

 意味を理解しきれずに首を傾げる私に、店主は解説を続ける。

 

 

 「実は【リソスフェア・ドラゴン】はとても大きなモンスターでして。レベルが上がれば上がるほど、その大きさを増していくんです。

  過去には最大で、この<アムニール>に匹敵する大きさの【リソスフェア・ドラゴン】も確認されているほどです」

 

 

 その言葉を聞いて私も理解する。

 隠蔽能力にたけ、地中に潜り、そして巨大な亀型ドラゴン。

 つまり……

 

 

 その上を歩く人は、例え《看破》を持っていても気が付けない。

 自身がモンスターの上を歩いていることすら認識できないのだ。

 

 

 考えていると、私があのダンジョンで出くわし逃げ出した【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】を思い出す。

 私もあの森林がモンスターだと気付かなかったように、気づくのすら難しいのだ。

 そう考えると、【リソスフェア・ドラゴン】は凄く珍しいモンスターのように思えてくる。

 価値も高いのではないだろうか。

 

 

 「……もしかしてかなり高いモンスターですか?」

 

 

 もちろん売るつもりはないが、興味本位で聞いてみる。

 

 

 「そうですね……希少価値はかなり高いので、2000万リルといったところでしょうか」

 

 

 ……2000万リル。

 ごめんなさい師匠、すこし真剣に考えてしまいました。

 

 

 「戦闘的にはそこまで強くはありません。

  並みのドラゴン程度に攻撃力もありますが、AGIが子供に駆け足に負けるほどなので。ENDとHPならモンスターでも最高クラスですよ」

 

 

 ……子供に駆け足で負ける。

 何で師匠はそんなモンスターを従魔にしていたんだ。

 師匠自体に従魔は必要ないので尚更謎である。

 私は改めて【リソスフェア・ドラゴン】の入った緋色の【ジュエル】を見つめながら考える。

 

 

 「……でもそれなら何で《喚起》しても見ることすらできないんです?

  見えないのが隠密能力によるものだとしても、それほど大きいならわかるはずじゃ……」

 

 「そうですね……考えられるのはいくつかあります」

 

 

 私は改めて話し始めた店主を見ながら話を聞く。

 

 

 「一つ目は、この【リソスフェア・ドラゴン】が変異種である可能性。

  突然変異で何らかの特殊な能力を持っている可能性です」

 

 

 リアルでもある現象だ。

 それがこの<Infinite Dendrogram>の世界でもないとは考えられない。

 確かに小数点のような可能性だが、ないことはないだろう。

 

 

 「二つ目は、呼び出せていない……何らかのアクシデントが起こっている可能性ですが。まぁ、これはないと考えても大丈夫でしょう」

 

 

 私も掲示板で聞いたことがない。

 完成度の高いゲームだし……

 

 

 「そして三つ目ですが……」

 

 

 店主は眉を寄せ考え込むようにして言葉を溜める。

 そんな様子に私も思わず息を飲む。

 

 

 「……その従魔が、【リソスフェア・ドラゴン】が子供でまだ小型な可能性ですね」

 

 「……」

 

 

 私は無言でステータスを開き、従魔のステータスを覗き見る。

 そして……

 

 『【リソスフェア・ドラゴン】Lv.1』

 

 

 

 「……レベル1でした」

 

 「そのレベルだと、まだ子亀サイズだと。……毒消しの原材料の粉末がありますけど、振りかけてみます?」

 

 

 私は無言でその粉末を受け取り、

 

 

 「《喚起》――【リソスフェア・ドラゴン】」

 

 

 白い粉末を振りかける。

 すると……

 

 

 

 

 

 

 小さな楕円形のモンスターの形が浮かび上がったのだった。

 

 

 「……君の名前は、アロンで。……よろしくね?」

 

 『……GUWUWUWU』

 

 

 気まずい空気が流れる店内。

 そんな空間に小さな鳴き声が響いたのだった。

 




わーい! 君は隠れることが得意なフレンズなんだね!!

『GAWUWU!』


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第2話 小さな成長

……久しぶりすぎて全く書けん。
凄く短いです、すいまs-

ほんと、一か月ぶりなんで読みにくかったらすいません。


 □<アムニール> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「はぁ~、ほんとに疲れたね。まさかあんなに事になるなんて……」

 

 『BURUUU……』

 

 

 『魔王商店 中央大陸支部』を後にしてから半日。

 森林に包まれた空が黄金色の夕焼けに染まり、木々の若葉が赤色を反射する夕暮れ。

 一人の少女と一頭の黒馬が<アムニール>への帰路を歩いていた。

 赤髪の少女こと、ヴィーレは疲れ切ったようにため息を吐き、そんな彼女を励ますようにアレウスが鼻息を鳴らす。

 肩を落とし重たい足取りで歩くヴィーレ。

 その様子は夕焼けに照らされ伸びた影法師と混じりあい、どこか哀愁を漂わせていた。

 

 

 「……ただアロンのレベルを少し上げるだけだったのに」

 

 

 その呟きに続く言葉は出てこない。

 言葉を詰まらせるのは胸の奥で膨れ上がるショックによるもの。

 いや、この感情は……驚きと戸惑い? に近いのかもしれない。

 

 (……まさか半日かけてレベルが1しか上がらないなんて)

 

 それが喉元まで出かかってつっかえた言葉。

 半日……約十二時間のレベリング。

 その成果は無慈悲に、それでいてしっかりと開いたステータスメニューに示されていた。

 

 

 『【リソスフェア・ドラゴン】(アロン)Lv.2』

 

 

 そう、半日かけて上がったアロンのレベルが1である。

 “初心者狩場”である<グリム森林>での半日かけたレベル上げの成果だ。

 だけど私が肩を落とす理由は、そのレベル上げに掛かった時間に対する成果によるものではない。

 むしろ【リソスフェア・ドラゴン】であるアロンの戦闘力は、流石ドラゴンと言えるほどのものだった。

 

 ――山岳の凹凸のように尖り、硬い甲羅。

 ――地竜種特有の堅牢な竜鱗に覆われた四肢と太めな竜尾。

 ――下顎から上へと伸びた漆黒の二本の牙。

 

 まさに『地殻竜』と呼ぶに相応しい姿だ。

 小さな子亀サイズでヨチヨチとゆっくり歩く姿は……とても可愛かった。

 レベルを上げずに、ずっとそのまま小さなサイズでいて欲しいと思ってしまうほどである。

 それなのに……

 

 

 「……どこで道を踏み外したんだろうね」

 

 『BU、BURURU……』

 

 

 何処か遠くを見つめる様な私に、アレウスが戸惑った鳴き声を出す。

 ……初めは順調だったのだ。

 【リソスフェア・ドラゴン】であるアロンのSTRは10ちょっと、一般人であるティアンの子供と変わらないほどの値である。

 しかし、その体格や大きく重たい竜甲ゆえに移動速度はまさに亀の歩みだ。

 その為、私が親亀のようにせっせとモンスターを動けなくさせて、アロンの前まで運ぶことになった。

 動けないモンスターは地竜種であるアロンの敵ではない。

 その鋭く、強固な双牙でとどめをさす。

 

 もしかして私がアロンに《騎乗》すれば自力でモンスターを狩ることも出来たかもしれないが、それも子亀サイズのアロンでは不可能だった。

 結果、ゆっくりとモンスターを倒していったのだが……つい先ほど、それは起こった。

 特に大した事でもない。

 私も、そしてアレウスも何度も体験している現象。

 

 ――そう、『レベルアップ』である。

 

 

 「あんなに可愛かったアロンが……もう、街中では出せないよ」

 

 

 レベルアップに伴ったアロンの成長が凄まじすぎたのだ。

 子亀サイズだった姿はもう見る影もなく、私がアロンの背に《騎乗》してもだいぶ余裕があるほどである。

 ……実際に凄かったし。

 何がと言うと、レベルアップ後にアロンに《騎乗》して戦闘を行ったのだ。

 【幻獣騎兵】の《幻獣強化》も既にレベルは最大まで上がり切り、強化率も100%になっている。

 実質二倍のステータスの【リソスフェア・ドラゴン】。

 それはもはや戦闘と呼べるものではない。

 木々を踏み倒しながら猛然と突き進み、地面ごとモンスターをその強靭な顎で噛み砕く。モンスター……というよりも巨大なブルトーザーである。

 

 (やっぱり流石、純竜って事なんだろうなぁ)

 

 すでに“初心者狩場”では敵なし。

 亜竜級モンスター相手ではまだ戦えないだろうがもう少しレベルが上がり、私が《騎乗》すればいい勝負ができるようになるだろう。

 ……いや、仮に今の状態で戦ってもアロンが負ける(・・・・・・・)ことは無い(・・・・・)かな?

 私は思い出すように呟きながら、黄金色の夕空に向け肩を伸ばす。

 

 

 「でも、新しい仲間が増えたのは嬉しいことだしね。しばらくは師匠へのリベンジの為に【幻獣騎兵】の

レベルを上げないといけないから、アロンのレベル上げはお預けになっちゃうけど……」

 

 『BURUUU?』

 

 

 独り言を呟く私をアレウスが不思議そうに鼻息を鳴らす。

 私も返事を返すようにその鼻先をなでながら、道の先に見えてきた<アムニール>を見つめた。

 

 

 「騎兵ギルドに戻ったらご飯にしよっか?」

 

 『KIEEEEE!!』

 

 

 ご飯の言葉にあアレウスの背で寝ていたフェイが嬉しそうに鳴き声を上げ、その様子に思わずくすくすと笑ってしまう。

 そして、

 

 

 「あれ? ……アロンって何を食べるんだろう?」

 

 

 新たな疑問に困惑しながら、歩くスピードを少し落とすのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 茜色の夕焼けは夕闇に沈み、<アムニール>では街灯のようなマジックアイテムが辺りを照らし始める頃。

 ヴィーレは人気の少ない騎兵ギルドにいた。

 夜だからか、唯でさえ数少ない<マスター>はだれ一人として居ない。

 騎兵ギルドにいるのは私とアレウス、フェイにアロン、そしてジュシーネさんぐらいだ。

 そんな静かな騎兵ギルド。

 私は騎兵ギルドの庭のような開けた場所で頬を机に足を揺らす。

 

 

 「どうかな……美味しい?」

 

 『BURUUU』『KIEEEE~』『GAWUWUWU!!』

 

 「あはは……それなら私も嬉しいよ」

 

 

 目の前で美味しそうにご飯を頬張るアレウス達の大きな返事に苦笑を漏らす。

 今日はアロンの仲間になった記念に奮発した晩御飯。

 これで美味しくなかったら流石にショックだ。

 それ故か嬉しさ半分、予想以上の出費の苦笑い半分である。

 私は露店で立ち寄って買った果実ジュースを喉に流しながら、改めて皆の食事の様子を眺める。

 

 

 アレウスの食事は出会って頃から変わらない。

 基本雑食であり、干し草や穀物、果実なんかが好きなようだ。

 リアルで言う重馬種以上の大きな体を持つからか、本当によく食べる。

 ……本当に、すごく大量に食べる。

 

 

 逆にフェイの食事は変わっている。

 フェイが食べるのは『炎』。

 まるで吸い込むように炎を吸収する。食べるのは炎なのでかなりお財布に優しい食事だ。

 だけど味に煩い? ……のか、かなりこだわりがあるらしい。

 今までの食事を見る限り、燃やす物体と炎の熱量が味の決め手のようだ。

 

 

 そして最後にアロンであるが……

 

 

 「盲点だったなぁ……まさか鉱石(・・)が好みなんて」

 

 

 目の前で大きな岩石を噛み砕きながら頬張るアロンを眺めながら呟く。

 そう、アロンの食事は鉱石――厳密に言えば鉱石の成分を含んだ物体だったのだ。

 

 (地竜種って言うぐらいだから可笑しくは無いんだろうけど……)

 

 うん、やはり以外ではある。

 『ドラゴン』と付くぐらいだから肉類を食べると初めは思ってしまったほどだ。

 一応ドロップアイテムでも鉱石に近ければ食べるみたいだが、

 

 (食費が……。また資金集めをしなくちゃ)

 

 高い買い物(・・・・・)をしてしまった今では、あまり資金に余裕があるとは言えない。

 打倒師匠の為にもレベル上げと技術の研鑽に専念したいところだけど、思い通りにはいかないようだ。

 これまで通り、もしくはそれ以上にクエストを受けなくてはいけないのだろう。

 

 

 「……はぁ」

 

 

 その事実に思わず重いため息が零れる。

 クエストを受けるのが嫌だというわけではない、むしろ『ジョブクエスト』なんかは積極的に受けているほうだ。

 問題は……

 

 (まさか受けられるクエストがほとんど無いなんて……)

 

 当たり前の事だがクエストは無限に存在するわけではない。

 受けられるのは護衛クエストや配達クエスト、もしくは<マスター>が受けることができないクエストばかりである。

 <マスター>の増加するにつれてクエストも少なくなってしまっているらしい。

 その他にも、一部のモンスターが全滅しかけるなど<マスター>増加の影響が出ていると掲示板でも噂になっていた程だ。

 それに加えて、<アムニール>はレジェンダリアにおける首都。

 受けられるクエストも“初心者狩場”の低難易度のクエストばかりである。

 

 詰まるところ『美味しくない』のだ。

 

 だが逆に言えば<アムニール>以外ではいいクエストも強いモンスターも居るということでもある。

 だから……

 

 

 「……うん、決めた」

 

 『BURUUU~?』

 

 

 不思議そうに私の方へ顔を上げるアレウス。

 私はそんな相棒に向かい挑戦的な笑みを浮かべる。

 

 

 「少し遠出――“交易都市”<ブルターニュ>に行ってみよっか?」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、新たなヴィーレの冒険は……運命の歯車は音を立てて動き始めるのだった。

 




アレウス/【グランド・クリムズン・ウォーホース】
種族:魔獣
クラス:亜竜級
備考:ヴィーレの騎獣の第一号であり、ヴィーレの相棒。
   気性は荒く、ヴィーレだけに従う真面目なナイト的な存在である。
   特殊能力は持たないが、高いポテンシャルを秘めており【騎神】による修行の際に独自に高い技術を身に着けた。
   ステータスはSTRとAGIに特化し、数値だけなら純竜級に張り合えるほどの力を持つフィジカル特化の戦馬。

   ヴィーレの<エンブリオ>はメイデンでもアポストルでもないので会話(独り言)を成立させるのに便利な相槌役。


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第3話 旅路と出会い

しばらくほのぼのとした話が続きます。

この頃気が付いた事実……戦闘以外の話がネタになる



 □【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――澄み渡るような晴天。

 ――頬を撫でる暖かなそよ風。

 

 いつもなら可視化できるほどに濃い自然界の魔力。

 まるで白い霧のように見える魔力が今日は薄く、遠くまで見渡せるほどに澄んでいた。

 それ故か<アクシデントサークル>が起こる気配も微塵も感じない。

 視界もよく、モンスターやPKの<マスター>からの奇襲の心配も少ない。

 まさに旅日和といえるような晴天である。

 

 そんな清々しい晴天に包まれた<アムニール>の少し東。

 レジェンダリアでは珍しい整備された道を一人の少女が進んでいた。

 

 

 「こんないい天気は久しぶりだね、アレウス。道も進みやすいしワクワクしてくるよ」

 

 『BURURURUー』

 

 「うんうん! <ブルターニュ>に着くのが今から楽しみだね」

 

 

 楽しげに弾む独り言。

 その言葉にアレウスが嘶き、相槌をうつ。

 少女――ヴィーレはそんなアレウスの毛並みを撫でながら微笑する。

 

 “交易都市”<ブルターニュ>に遠出すると決めたのが昨晩の出来事。

 騎兵ギルドに駐在していたジュシーネさんに暫く<アムニール>からの離れることを告げ、夜明けと共に<アムニー>を後にしたのだ。

 まだ日が登り始めた早朝……つまり現在、ヴィーレはアレウスに騎乗し<ブルターニュ>への旅路を進んでいた。

 

 

 「“善は急げ”って言うわけでもないけど飛び出して来ちゃった……。後でレズさんにも一言メッセージを送っておかなきゃ」

 

 

 思い出すように呟く。

 メッセージ程度の作業ならアレウスに《騎乗》しながらでも送ることは出来るだろう。

 進むスピードは徒歩より少し早い程度。

 アレウスなら指示しなくても状況に応じて対応してくれる。

 だけど……

 

 (――こんなに気持ちいのは久しぶりかも)

 

 風は暖かく、木々に囲まれているからか空気も美味しい。

 朝焼けの陽光が心地いいからだろうか、アレウスが歩くたびに伝わる振動も加わって眠たくなってしまうほどだ。

 

 

 「そう言えばこの頃はレベル上げばかりしてた気が……。こんなのんびりするのも久しぶりだね」

 

 『BURUUUU』

 

 

 アレウスも嬉しそうに鼻を鳴らし……

 

 

 『ギギャギャ! ――ッ!』

 

 

 森の奥から飛び出してきた【ゴブリンウォーリアー】をその剛脚で踏みつぶす。

 同時に何かが風を切る音が聞こえ――アレウスに着弾する寸前でフェイが操る紅の炎によって燃え尽きた。

 

 

 「あれは……【ゴブリンアーチャー】だね」

 

 

 森の奥に見えたのはギラついたゴブリンの目と構えられた弓。

 【リトルゴブリン】の進化個体であり、その名の通り弓を扱うゴブリン。<Infinite Dendrogram>ではどこにでも生息する一般的なモンスターだ。

 “初心者狩場”でも出てくるので私も百体ほどは狩りつくした。

 それもすでにこの世界では二か月ほど前の事。

 その事実に私は目を細め蒼い空を見上げる。

 

 

 「アレウスとフェイに出会ってもう一か月少し経つんだ。ほんとに短い間だったけど師匠に弟子入りしたりダンジョンに潜ったり……<UBM>も倒したし、懐かしく感じちゃうね」

 

 

 思い出すように呟く私。

 そんな私の肩の上でフェイが【ゴブリンアーチャー】を森ごと燃やす。

 本来ならば森で炎を使うなんて避けるべき事であるが……

 

 

 『ギギャーー!』

 

 

 フェイが飛ばした炎は木々に引火することなく【ゴブリンアーチャー】だけを燃やしていく。

 <エンブリオ>である【炎怪廻鳥 フェニックス】の《紅炎の演舞》は燃やす対象を自在に選択することができる。

 

 (今更だけど私のパーソナルからなんでフェイが生まれたんだろ?)

 

 ――《紅炎の演舞》は、森林に覆われたレジェンダリアでも炎を扱えるように。

 ――《蒼炎の再生》は、第一形態の時に対敵した【魔樹妖花 アドーニア】の影響を受けたのだろう。

 

 しかし改めて何故、炎を操るのかと考えると謎である。

 「フェニックスだから」と言われれば納得するしかないのだが……

 

 

 「まぁ、今考えなくてもいいかな?」

 

 

 叫び声を上げながら燃え尽きていく【ゴブリンアーチャー】から目を反らし……そして考えるのをやめた。

 今は楽しい旅の真っ最中。

 難しいことを考えるのは無粋だろう。

 私はいつの間にか最後の一体になっていたゴブリンに視線を移す。

 アレウスの側面に回り込んできた【ゴブリンスカウト】、狙いは無防備に騎乗している私だ。

 今のステータスなら負けることは無い、だけど。

 

 (接近戦は苦手なんだよね)

 

 同時に【花冠咲結 アドーニア】で【猛毒】と【麻痺】、念のため【強制睡眠】を付与する。

 HPが少ないゴブリンなら【猛毒】だけで死んでくれるだろう。

 ……ほんとに便利だ。

 

 

 そんな短い戦闘――他の<マスター>がドン引くような虐殺を終えたヴィーレ達は再び、“交易都市”<ブルターニュ>へ向けて進み始めたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 <アムニール>を出発し数時間。

 太陽が天頂を通り去った昼過ぎ、<ブルターニュ>までの道のりも半分を切った頃。

 

 

 「……眠い」

 

 『BURURURU?』

 

 

 昼食と休憩を取ったからか凄まじい眠気が襲う。

 きっとポカポカと天気が良いせいもあるのだろう。

 アレウスに《騎乗》しながら重たくなった瞼を必死に持ち上げ、襲い来る眠気に抵抗する。

 

 (<Infinite Dendrogram>でも現実と同じで眠くなるなんて)

 

 眠くなり、鈍くなった頭でそんな事を考え……眠気を振り払うように首を振る。

 ――違う。

 この眠気の原因、それは。

 

 

 「……羨ましい」

 

 

 羨ましそうに見つめる先に居るのはアレウスの頭の上で眠るフェイ。

 その大きさは本来の怪鳥の姿ではなく、小さな雛鳥の姿だ。日光浴のように翼を広げ、目を瞑る様子はとても心地よさそうである。

 ……ほんとに羨ましい。

 アレウスに《騎乗》している以上、確実に視界に入ってくるフェイ。

 そんなフェイの様子を見るとより眠気が押し寄せてくる。

 

 (……私も寝て大丈夫かな?)

 

 そんな誘惑が頭を掠める。

 もちろん駄目である。

 だが改めて考えると大丈夫そうに思えてくるのが逆に辛い。

 こんな様子を師匠に見られたら呆れられてしまうだろう。

 だけど……もう限界だ。

 

 

 「……ごめん、アレウス」

 

 『BU、BURUUU!?』

 

 

 私はアレウスの戸惑うような言葉を最後に、アレウスの毛並みへと顔を埋めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ドンッ!!

 

 

 【ゴブリンウォーリアー】を踏み潰した時とは違う、何かとぶつかったような鈍い音。

 同時に心地よく体を揺らしていた揺れが止まる。

 そんな小さな変化に私の意識が浮上する。

 

 

 「――ん。……どうかしたのアレウス?」

 

 

 私は霞む瞼を擦り、欠伸をしながら顔を上げる。

 周りの景色はまだ明るい。

 今のアレウスの進むペースなら<ブルターニュ>に到着するのは夕暮れになるはずだ。

 つまり何かが起こったのだろうが……

 

 

 「……アレウス?」

 

 『……』

 

 

 返事がなく、不自然に固まっているアレウス。

 そんな初めて見るアレウスの様子に私は思わず首を傾げる。

 【従魔師】には《魔物言語》という従魔の言葉がわかるようになるスキルがあると師匠から聞いたが、アレウスとは毎日一緒にいるのだ。

 《魔物言語》が無くても多少の言いたいことや感情を読み取ることが出来る自信がある。

 もちろん完全ではないが間違えたことは一度もない。

 今の状態や雰囲気、アレウスの様子から読み取るならば……

 

 

 「もしかして何か失敗した?」

 

 『――BU!』

 

 

 あからさまに動揺するアレウス。

 私はそんなアレウスの様子に再び困惑しながら辺りを見渡し、

 

 

 

 

 

 

 背後で血だまりに倒れた大男、そしてその傍らで呆然と立ち尽くす少女が視界に映る。

 

 

 

 

 

 ――居眠りしてしまった私。

 ――何かにぶつかったような音と動揺するアレウス。

 ――地面に血を流しながら倒れる大男。

 

 これらから導き出される答えを私は一つしか知らない。

 

 

 「……」

 

 

 寝ぼけた目が、鈍かった頭が急速に冴えていくのを感じる。

 そしていつも通り動き出した頭脳は考えることを拒否するように停止した。

 驚愕、焦り、不安、疑問。

 それらが頭の中で渦まき、考えることを許さない。

 一瞬の静寂がその場を支配し……そんな短い静寂を破るように一人の人物が動き出した。

 

 血だまりに倒れた大男の傍らに立っていた少女だ。

 サイズが合っていないだろう大きなベレー帽で目元は見えず、同じく身の丈に合わないコートを着ている少女。

 コートが大きすぎるのか手元は袖に隠れて<マスター>かどうかの判断はつかない。

 しかしベレー帽からはみ出すように見える蒼髪は大男と同じ髪色で兄妹、もしくは親子だろうと推測させる。

 

 そんな蒼髪の少女はゆっくりと大男に近づき、その首筋に手を当てる。

 そして悲しそうに顔を伏せると首を小さく横に振った。

 

 

 「――ッツ!!」

 

 

 思わず声にならない声が出る。

 私より小さな――小学生ほどの少女、その行動が私の良心を大きくえぐる。

 しかし一番ショックを受けているのは少女だ。

 

 (……そうだ! 脈は無くてもまだ心臓は動いているはず。今すぐポーションを使って心臓マッサージをすればっ)

 

 <Infinite Dendrogram>の世界で通用するかはわからない。

 だけど【医者(ドクター)】なんてジョブもあるぐらいだ、絶対に無いとは限らない。

 ようやく働きだした思考に突き動かされるかのように行動へ移そうと動き出す。

 そして、

 

 ――アレウスの足元で見上げるように見つめる少女に気が付いた。

 

 先ほどと変わらず目元はベレー帽でよく見えない。

 だが僅かに見える口元がゆっくりと動き出し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……眠い」

 

 「……うん、私もだよ」

 

 

 呟かれた言葉に反射的に同意した。

 




【炎怪廻鳥 フェニックス】

<マスター>:ヴィーレ・ラルテ
Type:ガードナー系列 到達形態:Ⅱ
能力特性:炎操作&?
スキル:《火炎増畜》《紅炎の炎舞》《蒼炎の再生》
モチーフ:架空上の幻獣であり、不死と平和の象徴を司る神鳥“フェニックス”
備考:ヴィーレの補助に特化したエンブリオ。
   ステータスはAGI特化であり、スキルは<エンブリオ>単体ではまともに機能しない性能特化。ステータス補正も低め。

   色々と歪な<エンブリオ>。
   ……しばらくは出番がない模様、早く第六まで進化してほしい。


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第4話 旅は道連れ

魔王ジョブきてゾクゾクしたww

章名を変更します~






 □【幻獣騎兵】 ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「いやー、ほんとに助かったぜ! まさか【睡眠不足】で気を失うなんてな、ガッハッハッハッハ!!」

 

 「……助かったぜ?」

 

 

 先程の轢き逃――不慮の事故から一時間後。

 私はアレウスに《騎乗》し、再び“交易都市”<ブルターニュ>へ向け、駆け目指していた。

 そのスピードは先程までの遅れを取り戻すため少し速い。時速四十キロ程はあるのではないだろうか?

 しかし進む速度以外にも<アムニール>を出発した時とは大きな違いが一つある。

 いや……言わずともわかるだろう、それは……

 

 

 「助けて貰った上にまさか<ブルターニュ>まで乗せてくれるなんて……頭も上がらねぇ!!」

 

 「……上がらねぇ?」

 

 

 アレウスに《騎乗》する私。

 その後ろに続くように一人の大男と蒼髪の少女が跨がっていた。

 

 身長は二メートル近く、蒼い髪が特徴的な筋肉質な身体。最低限の箇所しか守らない薄い装備は野性味を感じさせる。

 そんな大男の左手の甲には“血に濡れた鬼”の紋章――<マスター>であることが見て取れた。

 

 私はそんな背後で大きく笑う男に軽く視線を送りながらため息を吐く。

 

 

 「はぁー、別に乗せるのは良いですけど……感謝してるなら声のボリュームを下げてくださいよ」

 

 

 眠気は完全に覚めているが、耳元で大声を出されると気が散ってしょうがない。

 そんな私の言葉に大男は再び笑う。

 

 

 「分かってるって! な、シュリ?」

  

 「……かんぺき」

 

 

 大男は背後に跨がる蒼髪の少女――シュリに話しかけ、彼女は小さく頷いた。

 ……可愛い。

 だけど、この男はほんとに分かっているのだろうか?

 全く理解していなさそうな大男を訝しげに睨む。

 

 

 「あ、変なところ触っても燃やしますから」

 

 「ガッハッハ! “放火姫”に手を出すなんてしねぇーよ、怖いナイト様も付いてるしな」

 

 「……怖い怖い」

 

 

 笑いごとではないんだけど……。

 いや、しかしそれ以上に聞き捨てならない言葉を聞いたような気がする。

 

 (“放火姫”って……もしかして私の事!? 『姫』はともかく『放火』は不名誉すぎるんだけど)

 

 この大男だけがそう呼んでいるなら問題は無いが広まってしまうと困る。特に掲示板なんかでは『二つ名』を付けることがブームらしいし。

 私は先ほどの事を聞き出そう、チラリと横目で大男を見る。

 そして……

 

 

 「ん? あぁ、もしかして俺の名前か? そういえば名乗ってなかったぜ」

 

 

 大男は私の視線に気が付いたのか納得するように鷹揚に頷いた。

 確かに肝心な名前を聞くのを忘れていたが……

 

 

 「名前も聞きたいけど――」

 

 「俺の名前は『ホオズキ』――【狂戦士(ベルセルク)】のホオズキだ! 短い間だがよろしく頼むぜ!」

 

 「……【吸血鬼(ヴァンパイア)】シュリ」

 

 「えっと……【幻獣騎兵】のヴィーレ・ラルテです。こちらこそよろしくお願いします? でいいのかな?」

 

 

 私の言葉に被せるように告げられた自己紹介。

 有無を言わせないような大きな声に思わず私も流れに乗ってしまう。

 

 (よく考えると、名前も知らない相手をアレウスに乗せるなんて不用心すぎな気もするけど)

 

 喉元まで出かかった呟きを飲み込みながら無視する。

 ここまで来てしまえば今更である。

 幸い、ホオズキさんもシュリちゃんも悪い人には見えない。仮に悪人でも、気配や敵意に敏感なアレウスやフェイが反応するはずだ。

 しかし、

 

 

 「何ていうか……ホオズキさんは見た目的にも【狂戦士】は納得だけど、シュリちゃんが【吸血鬼】って意外ですね。見た目的には【魔術師】系統かと思ったんですけど」

 

 

 【吸血鬼】、確かレジェンダリア特有のジョブだったはずである。

 【戦士】系統派生の【血戦士(ブラッド・ファイター)】の上位職。

 レジェンダリアに住む長命種のティアン――吸血鬼が就く独自のジョブだ。分類的にいえば【女戦士】や【女傑】に似た、部族特有のジョブである。

 『ジョブ専用掲示板』で一時期、話題になったのでよく覚えている。

 血液を操り、戦うジョブなので吸血鬼では無い<マスター>にはほとんど使いこなせない、とすぐに忘れられていったはずだ。

 【女戦士】に就こうか迷っていた私が言うのも何ではあるが、かなりのもの好きである。

 

 

 「凄く失礼なことを言われた気がするが……まぁいいか。俺もそうだがシュリの<エンブリオ>は【吸血鬼】に合ってるんだよ。むしろ【魔術師】は相性最悪だぜ」

 

 「……最悪だぜ」

 

 

 私の知っている<エンブリオ>自体数少ない、だけど【吸血鬼】に合うなんて変わった<エンブリオ>だ。

 そんな事を考えながら、アレウスの頭の上で眠り続けるフェイを見る。

 フェイもこれから進化していけば変わった<エンブリオ>になるのだろうか?

 楽しみなような、このままでいて欲しいような複雑な気持ちになる。フェイは進化が特別遅いのでまだまだ先の事だろうけど。

 

 

 「あの、参考までに<エンブリオ>の到達形態って聞いても……」

 

 「別に良いぜ? 確か……えっと、何形態だっけ?」

 

 「……三」

 

 「そうだ! 第三形態だ!」

 

 「自分の<エンブリオ>の形態ぐらい忘れないでよ……」

 

 

 ……しかし改めて聞いてもフェイの進化が遅いのは明確である。

 進化する条件が判明していない以上、考えても仕方の無いことでもあるが。

 そんな時だった、今まで静かだったシュリが話しかけてきた。

 

 

 「……ヴィーレは何しに行く?」

 

 

 “交易都市”<ブルターニュ>に行く目的の事だろうか?

 

 

 「私はレベル上げとお金稼ぎに行くつもりだよ。あとは……天然の温泉やオークションもあるらしいから観光かな?」

 

 

 “交易都市”<ブルターニュ>はその名の通り、さまざな交易品が集まり、そして交わる都市だ。

 

 ――レジェンダリアの『妖精工房』で造られたマジックアイテム。

 ――カルディナから運び込まれた各国の珍しいアイテム。

 ――アルター王国の豊富な回復アイテム。

 

 カルディナには劣るものの、その種類の豊富さはトップレベルである。加えて近くに高レベルのモンスターが出る森も存在するので<マスター> にも人気な都市だ。

 特に私としては熱帯樹林のような気候を利用した天然な温泉、これは絶対に見逃せない。

 ……もちろん一番の目的はレベル上げだが。

 

 

 「丁度良い! それなら俺達とパーティーを組まないか!?」

 

 「いきなり何ですか……」

 

 

 後ろへ振り返りながら説明を求める。

 

 

 「実は俺達の目的も資金稼ぎでな。丁度良いと思ったんだ!」

 

 「……丁度良い」

 

 

 嬉しそうに声を上げるホオズキさんと、しきりに頷くシュリ……可愛い。

 しかし私は【幻獣騎兵】。

 【狂戦士】や【吸血鬼】もパーティーよりも独り(ソロ)を得意とするジョブだ。

 あまりパーティーを組むメリットが見つけられない。

 

 

 「あー、何で? って顔してんな」

 

 

 ……どうやら顔に出ていたようだ。

 

 

 「そうだな……理由を付けるとしたら幾つか有るが。<ブルターニュ>で新しい遺跡が見つかったのは知ってるか?」

 

 「ううん、初耳だけど……」

 

 「その遺跡に結構高レベルのモンスターが出るらしくてな。俺とシュリだけでは不安に思ったわけだ。

  あとは<UBM>らしきモンスターの目撃情報だったり、山奥の村のティアンが突然消えたりときな臭いからだな」

 

 

 その話題は<DIN>のニュースで見た気がする。

 レジェンダリアの山奥、人口が二百人程度のティアンが住んでいた村での惨殺事件。

 一晩のうちに村人であるティアン全員の首が切りとられて死んでいた事件だ。衝撃的だったのでよく覚えている。

 掲示板でも『<マスター>の仕業』、『新たな<UBM>が出現した』等と騒がれている。

 

 確かにそう考えるとパーティーを組んだ方が得策だろう。

 私自身死なないとはいえ、デスペナルティにはなりたくない。

 何より……

 

 (アレウスやアロンが死んでしまう何て、絶対に嫌)

 

 出来るだけ高性能な【ジュエル】を買ったとはいえ、従魔であるアレウス達は死んでしまえば生き返らない。

 その事実が重たく私にのし掛かる。

 

 

 「……そう、ですね。私からもパーティーを組むのをお願いします。安全に越したことはないですから」

 

 「お、おう! 何だないきなり肯定的になって……気持ち悪いな」

 

 「……ゾクゾク」

 

 「蹴り落とされたいんですか?」

 

 

 横目で後ろを睨み付けるように視線を送る。

 

 

 「……ホオズキ」

 

 「何でお前はこんな時だけ俺に降るんだ……まぁ、とりあえずパーティーを組んでくれるってことでいいんだよな?」

 

 

 確かめるような言葉。 

 その確認に私は前方を見つめながら無言で頷く。

 

 

 「なら改めて、【狂戦士】ホオズキと……」

 

 「……【吸血鬼】シュリ、タメ口でいい」

 

 「うん、【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ……ヴィーレって呼んで欲しいな」

 

 

 こうして一時的な小パーティーは結成され、

 

 

 『BURURURーー!!』

 

 

 私たちの目的地――“交易都市”<ブルターニュ>への地に足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇“交易都市”<ブルターニュ>

 

 

 

 

 

 「……で、一時的に解散するって聞いたんだけど」

 

 『KIEEE~?』

 

 

 一日働いて貰ったアレウスを【ジュエル】に《送還》し、『冒険者ギルド』を目指して歩いていた私は後ろへ振り返る。

 すると視界に映りこんできたのは、大男と蒼髪の少女。

 まるで何処かの探偵のように物陰に隠れて私をつけてくる、が……

  

 (凄く……凄く目立ってるんだけど) 

 

 身長二メートル程の大男に、ただでさえ目立つ蒼髪の二人だ。道を歩くティアンや<マスター>も二人を避けて歩くので悪目立ちしている。

 頭の上で荒ぶるフェイを撫でながら、再び深いため息を吐く。

 

  

 「それで何か用なの?」

 

 

 話し掛けるとあからさまに動揺するホオズキ。

 そんな彼の脇腹をシュリが小突く。

 

 

 「その、奇遇だな!!」

 

 「……奇遇」

 

 「それでどうしたの?」

 

 

 黙る二人。 

 再びシュリが先程より強く小突く。

 駄目だ、何を言いたいのか全く読み取れない。

 

 

 「その……俺達、<ブルターニュ>に資金稼ぎに来たって言ったよな?」

 

 「……よな?」

 

 

 無言で頷く。

 

 

 「実は今、所持金が心許なくって……な?」

 

 「……な?」

 

 

 嫌な予感がする。

 あの身に纏う雰囲気、私も見覚え……いや、具体的に体験したような。

 

 

 「所持金が無い――0リルしか持ってないんだ!!」

 

 「……悲しみ」

 

 

 この世界に来たばかりの、<Infinite Dendrogram>を始めたばかりの光景がフラッシュバックする。

 

 ――『はぁ……お金を使い切っちゃうなんて何やってんだろう、私は』

 

 そして彼は言う。

 

 

 「その……頼む! お金を貸してくれ!」

 

 「……私だけでも」

 

 

 その言葉に、私はこれまでで一番大きなため息を吐いた。

 

 

 「はぁ……」

 

 『KIEEE?』

 

 「うん、じゃあいこっか? シュリちゃん」

 

 「……一生ついてく」

 

 「え? 俺は? パーティーだよな!?」

 

 

 もしかして……いや、もしかしなくてもパーティーを組む相手を間違えたかもしれない。




アロン/【リソスフィア・ドラゴン】

種族:ドラゴン
クラス:亜竜級以下
備考:ヴィーレの騎獣モンスター第2号。
  地竜種であり、目撃例も少ないレアモンスター。隠密能力と防御能力に特化している要塞亀……の子供
  水陸両用の期待の新人。


  ……良いところの生まれの変異体。
  出番来るよね……?


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第5話 メメーレンの遺跡

途中から一人称になります。
読みにくかったらすいません。


 □<メメーレンの遺跡> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「《フィジカルバーサーク》! ■■■■■■ッ!!」

 

 

 空気を揺るがすような雄叫び。

 思わず耳を塞ぎたくなる咆哮がビリビリと空気を叩き、ホオズキが振るう長剣が唸りを上げる。

 

 【狂戦士】固有のスキル、《フィジカルバーサーク》。

 身体ステータスを爆発的に上げる代償に肉体の制御を失い、他のアクティブスキルも使用不可能になる諸刃の剣だ。

 【騎兵】系統で例えるのなら、上位職に存在する《一騎駆け》。

 もちろんリスクとリターンの差は《一騎駆け》とは比較にならないほど大きい、【狂戦士】だけに許された際物スキルだ。

 

 そんな《フィジカルバーサーク》を発動したホオズキはまるで()のよう。

 悪鬼修羅のように貌を変え、殺気交じりの裂帛を放つ。ホオズキの大きな体も合わさり、【オーガ】より鬼らしい風貌をしている。

 対面してしまえば【ゴブリン】だって逃げ出してしまうだろう。

 

 しかし、彼の前に立ちはだかるモンスターは動じもしない。

 それはモンスターであり、生き物ではない――遺跡などでは定番のモンスター。

 

 ――【ロックゴーレム】

 

 長重の巨拳をもって、侵入者を葬らんと腕を振り下ろす【ロックゴーレム】。

 だがその拳は侵入者をとらえることは無い。

 強固で有名なその体は剛腕で振るわれた長剣によって一瞬で瓦礫(ゴミ)へと変化したのだ。

 だが……まだだ。

 【ロックゴーレム】はまだ止まらない。

 侵入者を追い続ける赤い一つ目の光は消えていない。

 砕けた下半身、無事な上半身だけで侵入者へと手を伸ばし――

 

 

 「……《血の対価(ブラッドディール)》」

 

 

 ボソリと宣言されたスキルと同時に伸びだ『血の針』によって動きを止めた。

 

  

 「ホオズキ……どうせなら一撃で倒してよ。瓦礫が飛んできて怖いんだけど」

 

 

 ヴィーレはアレウスに《騎乗》し、矢を射ながら眉をしかめる。

 放たれた矢は【クリエイト・ストーカーアイ】へ深々と突き刺さり光の塵へと変えていく。

 ドロップアイテムは……【青の涙核】、何に使うんだろ?

 売るかアロンのおやつかな~

 

 

 「……ヴィーレの言う通り。……私の血もタダじゃな(・・・・・・・)()

 

 「フゥーー、悪かったって。だけどこれでも気をつかってるんだぜ?

  こんな狭い通路じゃ、まともに戦えやしねぇ」

 

 

 ヴィーレとシュリの愚痴にホオズキは肩をすくめながら、言い訳を吐く。

 正直、「《フィジカルバーサーク》を使わなければいいんじゃないか?」とも疑問に思うがホオズキの言いたいこともよく分かる。

 

 “交易都市”<ブルターニュ>へ到着してから一日。

 パーティーを組んだ私達は、噂になっている『メメーレンの遺跡』へとレベル上げに来たのだ。

 <ブルターニュ>から少し南方、<アムニール>から見れば南東に位置する地下迷宮型の『メメーレンの遺跡』。

 ここはヴィーレやシュリ、ホオズキにとって相性が悪すぎる場所だった。

 

 地上にポッカリと開いたら穴から入る事が出来る『メメーレンの遺跡』。

 遺跡内は狭い通路が迷路のようにいりくみ、【ロックゴーレム】や【クリエイト・ストーカーアイ】といったエレメンタル系モンスターが徘徊している。

 ある意味、ダンジョンで定番の形。

 ヴィーレが以前潜った<トラーキアの試練>のような自然ダンジョンとは全く違う、人工ダンジョンだった。

 

 

 迷路のようにいりくんだ地下迷宮。

 ――故に、アレウスを全力で駆けることもフェイの《紅炎の炎舞》を使うことも出来ない。

 

 敵は血を持たないエレメンタル系モンスター。 

 ――故に、【吸血鬼】としての真価を発揮することも出来ない。

 

 狭く戦闘に適さない通路。

 ――故に、回避行動すら制限される《フィジカルバーサーク》は命取りとなり、武器である長剣も扱いづらい。

 

 

 まさに百害あって一理無し。

 あえて利点を上げるなら……モンスターのレベルが高い事がぐらいだろう。

 

 

 「うーん、まぁパーティーも組んだばかりだし。でもそれなら何でここをレベル上げに選んだの?」

 

 

 レベル上げだけなら『メメーレンの遺跡』に拘る必要はない。

 カルディナとの境界やレジェンダリアの森の奥地等、強いモンスターが居る場所は少なくない筈だ。

 

 

 「あぁ、それはここが『メメーレンの遺跡』だからだ」

 

 「……『メメーレン(・・・・・)の遺跡』

 

 

 ……どういう意味だろう?

 ヴィーレは意味を理解出来ず首を傾ける。

 

 

 「【装飾王(キング・オブ・オーナメント)】メメーレン。それがここ(デンドロ)で確認されてる最後の【装飾王】なんだとよ」

 

 「……今は空席。就く為の条件も不明」

 

 

 変に勿体ぶるなぁ……でも、伝えたいことは分かった。

 つまり【装飾王】は『ロストジョブ』であり、

 

 

 「ここは【装飾王】の手掛かりが残された工房って事なんだね」

 

 「おう、んでもって【装飾王】が作ったアクセサリーも残ってるかもしれないってわけだ」

 

 「……わけだ」

 

 

 シュリちゃん……可愛い。

 

  

 「でも、そんなアイテム有ったら他の<マスター>に取られてそうだけどね」

 

 「そんなことないぜ? 何でも工房のような部屋はまだ見つかってないらしいしな。それに遺跡に隠し部屋なんてお決まりだろっと!!」

 

 

 ホオズキは器用に返事しながら【ウルフゴーレム】を蹴り飛ばす。

 

 (ゴーレムってかなり重たいはずだけど……<エンブリオ>のステータス補正が高いのかな?)

 

 そんな様子を眺めながらヴィーレも矢を放ち、アレウスがその剛脚で踏み砕く。

 ……ついでにフェイはモンスターがゴーレム等で燃えにくく、地下なので炎を使えないので拗ねて紋章に戻ってしまった。

 

 

 「うーん、隠し部屋か……。《危険察知》くらいしか感知系スキルは持ってないんだよね」

 

 

 チラリとホオズキとシュリちゃんに視線を送る。

 

 

 「俺も持ってねぇよ。生物なら何となく分かるんだが」

 

 「……血が通った物なら」

 

 

 ……駄目だ。

 ホオズキ達はどうか知らないが、ヴィーレは【幻獣騎兵】。元よりダンジョン等、限られた空間での戦闘を考慮しているはずもない。

 そもそも隠し部屋が存在するかも分からないのだ。

 

 

 「完全に手探りで探すしかないね……」

 

 

 【ロックゴーレム】を蹴り砕いたアレウスのレベルアップを告げるウィンドウを確認しながら溜め息を溢す。

 そして次の別れ道へと進もうとする。

 その時だった。

 

 

 『BURUUU?』

 

 「へ? どうしたのアレウス?」

 

 

 大人しかったアレウスが何かに気づいたかのように顔を上げる。

 顔を上げた先にあるのは行き止まりの通路。ヴィーレ達が進もうとした別れ道の片割れだ。

 そして……

 

 

 「ッ! アレウス!?」 

 

 

 ヴィーレの制止の声を聞くことなく、行き止まりの通路へと猛然と駆け走る。

 必死に止まるように指示するが、その速度は遅くなるどころか加速していく。

 

 (アレウス……もしかして反抗期!?)

 

 そんなヴィーレの思いをアレウスが知るよしもない。

 アレウスは壁際まで加速し急転回すると共に、壁へ脚撃を叩きつけた。

 薄暗かった通路に轟音が鳴り響き、崩れた壁が地面に落下し砂ぼこりを上げる。

 

 

 「……なぁ、お前の騎獣どうなってんだ」

 

 「……てんだ」

 

 

 呆然と呟くホオズキとシュリちゃん。

 正直、アレウスが何なのかと聞かれても「【グランド・クリムズンウォーホース】のアレウス」としか答えようがないが……此れだけは言える。

 

 

 「私の……私の自慢の相棒!!」

 

 

 思わずアレウスの首もとへ抱き付く。

 そんなヴィーレの後方、ホオズキ達が呆然と見つめる先には――

 

 

 

 ポッカリと顔を見せた『隠し部屋』が現れていたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 砂煙が舞う、薄暗い隠し部屋。

 四方は特殊な鉱石の壁に覆われ、出口は蹴り破られた箇所しか見当たらない。

 完全な密室な隠し部屋だ。

 

 そんな隠し部屋へ、アレウスから降りたヴィーレが足を踏み入れる。

 本来ならゴーレム等の侵入者迎撃装置があってもおかしくはないが。

 

 (《危険察知》に……反応はない、かな?)

 

 上げられる上限まで上がりきった《危険察知》に反応がないのだ。罠等がある可能性は低いと見るべきだろう。

 もしかしたら、特殊な鉱石の壁なんかから察するに隠蔽性に長けた仕組みの隠し部屋なのかもしれない。

 だけど……

 

 

 「この隠し部屋ってもしかして――」

 

 「工房……には見えねぇ。資料室ってところだな」

 

 「……本、たくさん」

 

 

 隠し部屋は工房と呼ぶには余りにも不釣り合いな、本棚が立ち並んだ部屋だった。

 幾つもの本棚にぎっしりと本が並び、部屋の隅には何かが入れられているだろう箱形のアイテムボックスが置かれている。

 余り、重要そうなアイテムが置かれているようには見えない。

 

 

 「まぁ、何かないか探してみようぜ? もしかしたら【装飾王】への転職条件が乗った本なんかもあるかもしれないしな」

 

 「……お酒あったらいいな」

 

 

 ゆっくりと奥へと歩き出すホオズキ。 

 その後ろをシュリちゃんがトコトコとついていく。

 ……お酒は駄目だよ?

 

 

 「……私達も探そっか?」

 

 『……BURURU』

 

 

 小さな静寂。

 ヴィーレはアレウスと共に歩き出すのだった。

 

  

 

 

 

 

 そして一時間後。

 探索を終えたヴィーレとホオズキ達は隠し部屋の入り口へと集まっていた。

 各々の手には探索で見つけたらアイテムや本などが抱えられている。

 

 

 「こんなもんか。いまいち何がレアなのかはよく分からなかったから適当だが」

 

 

 ホオズキは軽口を叩きながら見つけてきたアイテムを地面に置いていく。

 そのアイテムは様々だ。

 

 【試作品23:救命のブローチ】や【敏捷の腕輪】、【ジェム-《ホワイト・フィールド》】や【レジェンダリアの部族について】と書かれた本、【勇者の冒険-《終焉》】なんて言う絵本もある。

 

 本当に適当に持ってきたのだろう。

 その他にもネタのようなものまで幾つかある。

 

 (……私も大して変わらないんだけど)

 

 ヴィーレもそんなホオズキに倣って見つけたアイテムを並べていく。

 

 【レシピ】や【鑑定士(アプレイザー)のモノクル】、【契約書】に【清浄のクリスタル】。

 後は……【ヒヒイロカネの(ヤスリ)】等だ。

 

 最初に【鑑定士のモノクル】を見つけたお陰で中々良いものを見つける事が出来た。

 

 

 「ほんとはここに在るもの全部、かっさらうのが一番なんだが……」

 

 

 ボソッと呟くホオズキ。

 そんな様子に、

 

 (もしかしてホオズキは【狂戦士】じゃなくて【盗賊(バンディット)】なんじゃ……)

 

 そんな言葉が喉まで出かけるが口には出さない。

 ……私のやっている事も大して変わらないしね。

 

 

 「でも……どうしよっか? まとめてオークションに出すの?」

 

 

 私の尋ねるような言葉。

 

 

 「あー、俺達で使えそうな者は取っておこうぜ? 使えそうな物以外はオークションに出してしまえばいいだろ?」

 

 「……欲しい物、ある」

 

 

 それもそうである。

 使えそうな物まで売る必要は無い。 

 そして、アレウスを除く三人で見つけたアイテムを分けていく。

 のだが……

 

 

 「ほんとにこれで良かったの?」

 

 

 欲しい物を取りきった蹴り破られた……

 ホオズキの手の内には【ジェム-《ホワイト・フィールド》】や【勇者の冒険-《終焉》】、【契約書】が。

 シュリちゃんの手の内には年代物そうなお酒が抱えられてる。

 このままでは私の取った数が多すぎる。

 

 

 「やっぱり三人で平等に分けた方が――」

 

 

 「いいって、それにこれは俺達が欲しい物を取った結果だ。別にお前に遠慮したわけじゃねぇよ」

 

 「……ねぇよ」

 

 「でも……」

 

 「納得出来ないなら、昨日の宿代と助けてくれた礼だと思ってくれ。それに、ここ(隠し部屋)を見つけたのもお前なんだ。俺達は分け前を貰えるだけでも得してるんだぜ?」

 

 

 私が納得していなそうに見えたのかホオズキが念を押し、その横ではシュリがコクコクとしきりに頷く。

 ホオズキは見た目以上に義理堅いようだ。

 そこまで気にしてるとは思っていなかったので少し驚いた。

 

 

 「それなら私が貰っちゃうけど……」

 

 「ん? 何だよ?」

 

 

 まだあるのか? とでも言いたげなホオズキ。

 私はそんな彼の手に掴まれた絵本に視線を移しながらニヤリと笑う。

 

 

 「もしかして、そういう英雄叙事詩(ヒロイック)が好きなのかな~って」

 

 「……当たり、いつも読んでる」

 

 

 からかうような私の視線とまさかのシュリからの裏切りに、ホオズキは顔を真っ赤に染める。

 

 

 「……悪いか」

 

 「ううん、別に~。ただ男の子だな~って」

 

 「……ヴィーレ、駄目。男の子は複雑……ッフ」

 

 「うっせぇーよっ!! そんな(なご)ましい目で見んな!」

 

 

 怒ったのか大きな足音を立てて隠し部屋から出ていくホオズキ。  

 戦利品をしっかり回収している辺りちゃっかりしている。

 私はそんな後ろ姿を見ながら微笑した。

 

 

 『BURUU~?』  

 

 「あはは、私にも弟がいればあんな感じなのかなって」

 

 

 私――碓氷八雲には、弟はいないがそんな事を考える。

 

 (弟がいれば現実でもこんな風に笑えるのかな?)

 

 そんな事を想い――首を振り、考えるのを止めた。

 仮に居ても、今まで私が積み上げてきたモノを弟が背負うだけ。

 重荷を背負う弟と自由な私、それはきっと相入れない存在だろう。

 

 私は地面に置いたままのアイテムをアイテムボックスにしまい、アレウスに《騎乗》する。

 そして……

 

 

 「おい、早く来い! 置いてっちまうぞ!!」

 

 「……ちまうぞ」

 

 

 弟……かは分からない。

 だけど彼らとは仲良くなれそうだ。

 

 

 「……うん、今いくよ」

 

 

 そんな予感と共に『メメーレンの遺跡』を後にしたのだった。




【鑑定士のモノクル】
【装飾王】メメーレンによって作られたマジックアクセサリーのモノクル。

『装備補正』
なし

『保有スキル』
《鑑定眼》Lv. 5
《透視》Lv. 3

※装備制限:装備枠『頭』の使用。

けっこうレア!!


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第6話 新たな出逢いと辺境村

 □<ブルターニュ・オークション会場> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 『メメーレンの遺跡』での探索を終えた後。

 太陽が天頂を過ぎ去った、夕暮れ頃。

 ヴィーレ達は大樹のような外見をした建物の中に居た。

 

 大きな建物がまるまる一つ入ってしまいそうな大樹。その中は綺麗にくり貫かれ、ステージや観客席が並んでいる。

 その内装は何処となく、『アイドルのコンサートを開く武道館』や『学校での始業式』をほうほつとさせる。

 そんな開けたステージの中――ではなく、隅に設けられた小さな部屋で一人と三人が向かい合い座っていた。

 

 

 「これは……【装飾王】の【レシピ】ですね、【装飾王】が前提のものですが。ふむ、技術事態はすでに公然のものですね」

 

 「何だ? もしかしてオークションでは売れないのか?」

 

 

 モノクルを着けた眉目麗しい青年が瞳を細めながら《鑑定眼》の鑑定結果を告げる。

 執事が着るようなタキシードを身に纏う青年。一般的な女子にとっては眼福であろう容姿、だがそれ以上に目を引くのは彼の耳。

 尖ったような、少し長めの独特な耳だ。

 

 ――そう、『エルフ』だ。

 

 エルフ事態はレジェンダリアでは珍しくない。

 だけどしっかりと見たことがなかった私は、興味本意で観察する。

 そんな視線がくすぐったいのか、エルフの青年は苦笑いでホオズキの疑問に返事を返す。

 

 

 「いえ、高値で売れるでしょうね。【装飾王】の【レシピ】なんて【装飾職人(オーナメント・ワーカー)】にとっては垂涎ものですから」

 

 

 言葉を区切ったエルフの青年は「それに……」と他の戦利品へと目を移す。

 

 

 「それに、他の遺物にも大きな価値が有りますよ。遺物自体はそれほどの物でもありませんが【装飾王】メメーレンはかの【覇王】……“三強時代”以前の“先々期文明”の故人ですから。

  考古学者にとっても大きな価値がある」

 

 「つまりそれって……」

 

 

 身を乗り出すホオズキ。

 そんな様子にエルフの青年は笑顔で頷く。

 

 

 「ええ、期待して待っていただけたら」

 

 

 オークションの交渉人、兼鑑定人が言うのだ。その言葉は信用に足りるものだろう。

 私とホオズキ、そしてシュリちゃんは互いに顔を見合せ、笑ってハイタッチをする。

 嬉しい想定外だ。

 まさかこんなに早く餌代の問題が解決するなんて……

 売れ値を三当分してもかなりの大金になるはずである。

 

 

 「しかし今回のオークションは目玉商品が多いですね」

 

 

 エルフの青年は左手で使用人に商品を運ばせながら話しかける。

 その姿にはどこか喜びと疲れが滲み出ていた。

   

 (なんだか会社通いの社ち……じゃなくて、何がだろう?)

 

 ホオズキやシュリちゃんもその言葉が気になったのか私と目があった。……私が聞けってことなのか。

 

 

 「その、他に何か凄いアイテムでも持ち込まれたんですか?」

 

 「ええ、アイテム……というわけでも無いんですが。そうですね、別に隠しているわけではありませんし」

 

 

 エルフの青年は再び、使用人を呼び寄せ何かを指示する。

 

 

 「本当は我々――オークション側の管轄ではないんですが、私のいない間に代理人が受け取ってしまったらしいんです。

  『従魔師ギルド』に引き取って貰うことも考えたのですが……」

 

 

 言葉の途中に扉が開く。

 使用人に台車に乗せられ、運ばれてきたのは大きな球体の物体。

 ダチョウの卵より大きな球体。

 渦巻くような緑の模様。

 形や大きさは違っても見間違える事のないだろうフォルム。

 

 

 「それは……卵、ですか?」

 

 「何だよ、ただの卵だろ? 確かにここ(デンドロ)で見たのはこれが初めてだけどよ」

 

 「……お酒じゃない、だと」

 

 

 各々で呟かれた感想。

 そんな感想を聞き、エルフの青年はより笑みを深める。

 ……何かおかしいだろうか?

 

 

 「この卵はとあるモンスター――竜王(・・)の卵です」

 

 

 聞き覚えのない言葉。

 初めて聞くその言葉に思わず顔を見合わせる。

 

 

 「この世界に存在するモンスターの一種であるドラゴン。

  その中には各々の中で一番の力を持つドラゴン、『竜王』と呼ばれるモンスター達がいるのですよ。

 

 ――アルター王国の<天蓋山>に棲んでいると言われる天竜種の王、【天竜王】

 

 ――カルディナの<厳冬山脈>に棲んでいると言われる地竜種の王、【地竜王】

 

 ――四海を巡回し、出会った船を沈める災害。海竜種の王、【海竜王】

 

  他にもたくさんの竜王がいますが、その実力は最低でも『伝説級<UBM>』程と言われています」

 

 

 一息に説明するエルフの青年。

 ……知らない単語がたくさん出てきたが、とりあえず凄く強いモンスターの卵だってわかった。

 

 

 「……強いドラゴンの卵って事だな!!」

 

 「……だな」

 

 

 ……なんだか安心した。

 だけど確かにこれは『従魔師ギルド』の領分だ。

 オークションではこの竜王の卵を求めて様々なギルドやティアン、そして<マスター>がお金を叩くのだろう。

 私も【騎兵】。

 竜王の卵と言われると興味が出てくる。

 

 

 「ヴィーレさんはこの卵に興味がおありのようですね」

 

 

 まじまじと見つめる私に気がついたのかエルフの青年が話しかけてくる。

 本当に人の様子に鋭い人だ。

 私は特に誤魔化す必要もないので頷く。

 

 

 「そうですね……よければオークションに客として参加してみては? 先程の『メメーレンの遺跡』の遺物次第では充分狙えると思いますよ」

 

 

 そう言われると少し欲が出てしまう、が……

 

 

 「う~ん、止めておこうかな」

 

 

 私は首を横に振った。

 

 

 「なんだかこの子には余りビビッと来ないので。それにお金は三当分だしね」

 

 

 隣で「うんうん」と頷くホオズキとシュリちゃんに目をやりながら笑う。

 お金は三当分、それはもう決めた事だ。

 そんな様子にエルフの青年は和ましそうに微笑む。

 

 

 「フフ、ではこれで商談は終わりですね。またオークション当日にお会いしましょう」

 

 「ん? なんだ、あんたもオークションに来るのか」

 

 

 そんなホオズキの質問にエルフの青年は「しまった」と破顔させた。

 

 

 「申し訳ございません、名乗り忘れておりました」

 

 

 エルフの青年は立ち上がりながら私達へむけ、優雅に一礼しながら名を名乗る。

 

 

 「私、このオークションで【高位鑑定士(ハイ・アプレイザー)】兼、【競売人(オークショニア)】を努めておりますと『セテゥー』ともうします。

 

 

  ――以後お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「まぁ、何にせよ無事売れそうで良かったな。金も何とかなりそうだ」

 

 「……お酒を所望」

 

 

 オークション会場を後にした私達は<ブルターニュ>の街を歩いていた。

 特に何か目的があると言うわけではない。することもなく、お金を稼ぐという目的を果してしまい暇をもて余しているのだ。

 <アムニール>とは少し違う街並み。

 商品を運ぶ竜車が行き交う大通りをブラブラと歩きながら観光する。

 

 

 「――、――」

 

 「……――」

 

 

 ホオズキとシュリちゃんが何か話しているが、うまく頭に入ってこない。 

 ただ思い出すのは先程の竜王の卵の事。

 あの卵を見ても、アレウス達の時のようにビビッと何かを感じることはなかった。

 だが……

 

 (何か忘れているような……何だろう)

 

 同時にあの卵に対して大きな違和感を感じていた。その正体が分からずに思考にふける。

 

 

 「……ーレ! おい、ヴィーレ!? 聞いてるか?」

 

 

 ホオズキの呼び掛けに思考が止まり、我にかえる。

 考え込んでいる間に何か話し掛けられていたようだ。

 

 

 「ごめん、少し考え事してた」

 

 「あぁ? まぁ、いいけどよ」

 

 

 ホオズキとシュリちゃんはそれぞれ訝しげに、そして心配そうに私を見る。

 何だろう……そんなに考え込んでいただろうか?

 先程の自分の様子を思い出しながらホオズキを見る。

 

 

 「それで何の話だっけ? 余り話が頭に入ってこなくって……」

 

 「あぁ、これからどうするかって話だ。俺達一応パーティーだろ? まだ時間もあるからレベル上げに行ってもいぃしよ」

 

 「……って話だ」

 

 

 二人の話を聞きながら空を見上げる。

 陽は傾いているが、完全に沈むまではまだ数刻ほどあるだろう。

 一旦解散してもいいけど。

 

 (全然考えてなかったや)

 

 レベル上げは余り気乗りしない。かと言って買い物する程のお金も今はない。

 となると……

 

 

 「<ブルターニュ> の北の方に天然温泉とお酒で有名な村があるんだって。歩いても二時間ぐらいだし、近くに高レベルのモンスターが出る場所も――」

 

 「そこにしよう!!」

 

 「……しよう」

 

 

 こうして子供のように目を輝かせた二人によって、次の目的地は決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ねぇ」

 

 「な、何だよ? そんな怖い顔して、せっかくの美人が台無しだぜ? な、シュリ……シュリ!?」

 

 「……私、付いてっただけ」

 

 

 <ブルターニュ>を出てから数時間。

 夜の闇が森を染め上げ、微かに射し込む月光だけが光源の森の中、私達は未だに村へ辿り着けずさ迷い歩いていた。

 ――五時間。そう、五時間だ。

 歩いても二時間、アレウスなら三十分も掛からないだろう道を五時間。これはもはや奇跡と言ってもいいだろう。

 昼とはうって変わり寒気がする程の薄ら寒さに肩を震わせながら、隣で焦る犯人(原因)を睨む。

 

 

 事の発端はホオズキだった。

 モンスターを見つける度に発動する《フィジカルバーサーク》。

 森の中へ逃げ込むモンスターを躊躇なく追うホオズキに、それに付いていくシュリちゃん。

 そんな二人を、アレウスやフェイ、アロンの総出で探す私。

 

 ある意味、道から外れ迷うのは必然的だったのだろう。

 その途中に<アクシデントサークル>による“感知系統スキル使用不可”な辺りに紛れ込んだり、森で発生した濃霧も原因の一つだ。

 斯くして、現在進行形で私達は森をさ迷い歩いていた。

 

 

 「いやー、すまねぇ。実は俺、方向音痴何だよ。迷路なんかは大丈夫なんだがこういう道すらないような森は苦手でな」

 

 

 「ガッハッハ!」と苦笑いで声を上げるホオズキ。

  

 

 ……いや、それは《フィジカルバーサーク》が原因では? 

 そんな事を考えるが口には出さない。

 今更言ってもしょうがない事だ。

 私はそんな二人の様子に大きくため息を吐く。

 

 

 「別にいいよ……私も止められなかったし」

 

 

 (それに前にも5日間森をさ迷ったって言ってたしね)

 

 

 「いやー、本当にすまねぇ。ガ、ガッハッハッハッハ!」

 

 「……えへへ」

 

 「笑い事じゃないよ?」

 

 「「……すいません」」

 

 

 静かになった二人の前をひたすら歩く。

 メニューからマップを開くが縮尺が小さすぎてよく分からないので、村の位置を大まかに予想して進んでいる。

 間違っていなければそろそろ見えてくるはずだけど……。

 

 

 「……ん? もしかしてあれじゃないか?」

 

 「……明かり」

 

 

 唐突に呟かれた言葉にマップから顔を上げる。

 ポツポツと散らばるように灯る明かり。目的地だった森に間違いないだろう。

 

 

 「~~しゃっーー!! やっと着いたぜ!」

 

 

 駆け出すように早歩きで村へ急ぐホオズキ。

 その後ろをシュリちゃんがテクテクと付いていく。

 

 (そんなに疲れてたんだ……)

 

 私もそんな二人の様子に苦笑しながら後を追い――

 

 

 

 ――村の外れ、森にたたずみ月を見上げる少女を見つけた。

  

 

 (不思議な少女)

 

 それが第一印象。

 髪も肌もそして着ているワンピースも白一色。

 月光は少女を祝福するかのように照らす。

 森に数えきれぬほど棲んでいるはずのモンスターは少女には近づかない。いや、最早モンスターすらいないかのように存在すら感じられない。

 

 まるで天使(・・)のような少女。

 そんな彼女は私の視線に気づいたのかフワリと微笑む。

 

 

 「もしかしてお姉ちゃんも森で迷ったの? 私が村まで案内して上げる!」

 

 

 その姿に驚く私。

 そんな私に少女は一方的に自己紹介した。

 

 

 「私の名前はイ……『アイラ』。アイラだよ! よろしくね、お姉ちゃん!」

 

 



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第7話 <UBM>の影と露天風呂

理想を文章にするのって結構ムズいよね。
ちょくちょく手直しするかもです


 □【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「私の名前はイ……『アイラ』。アイラだよ! よろしくね、お姉ちゃん!」

 

 

 鈴の音のように澄んだ声。

 月光に照らされた白髪は神秘的に揺らめき、その光景は私の思考を停止させる。

 わずかな静寂。

 アイラの姿に呆然と見とれる私に彼女は不思議そうに首を傾けた。

 

 

 「……お姉ちゃん?」

 

 「え、うん。……私はヴィーレ・ラルテ。よろしくね、アイラちゃん」

 

 

 私の名前にアイラちゃんは両手を後ろに隠すように嬉しそうに笑う。 

 

 

 「ヴィーレお姉ちゃんだね! 一緒に村までいこ?」

 

 

 差し出された白く小さな手。

 力を入れてしまえば折れてしまいそうなか弱い子供の手だ。

 私もアイラの手を取り、ホオズキ達の後を追うように歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不気味なほど静かな夜の森。

 木々のカーテンをすり抜け、地面を照らす月光と遠くに浮かぶ村の明かりを目指して歩く。

 私は《暗視》スキルを持っているので、夜でも怪我することなく森の中を歩くこと事が出来るが、アイラは普通の少女だ。

 《暗視》も持っていなければ、歩く歩幅も体力も違う。その為、ヴィーレはアイラとはぐれないように手を繋ぎながらゆっくりと歩いていた。

 

 (本当はアレウスに《騎乗》すればすぐなんだろうけど……)

 

 不意に浮かんでくる考え。

 この短い距離でアレウスに頼ろうとするのは、私が疲れているからだろうか?

 私は頭を降るように、浮かんだ考えを掻き消した。

 仮にアレウスに《騎乗》し、村へ辿り着いても今は真夜中。無駄に村人であるティアンから警戒されてしまうだろう。

 意識するほど重たくなる足と鈍る思考へ集中させながら、周囲を警戒し村を目指す。

 そんな時だった。

 

 

 「ねぇ、ヴィーレお姉ちゃんはこの村まで何をしに来たの?」

 

 

 傍らでトコトコと歩くアイラちゃんが見上げるように私を見つめる。

 

 

 「私は天然の温泉と強いモンスターを求めて来たの。<ブルターニュ>の宿で温泉はここが有名だって聞いたからね」

 

 

 <ブルターニュ>の地下深くを流れる熱源のマグマ。

 そのマグマによって地下から温められた温泉が湧き出たり、蒸気が吹き出し天然のサウナ風呂が出来上がっている。

 そして、その天然温泉が一番有名な場所がこの村なのだ。

 山頂付近に作られたこの村は景色がよく、森林が【樵夫(ランバーマン)】や【狩人(ハンター)】によって上手く管理されているらしい。

 また、<ブルターニュ>からも遠すぎず、手軽に行き来できる。

 それ故か<DIN>のニュースにも観光名所として載っていた程だ。

 

 (ホオズキは強いモンスター目当てみたいだけど……)

 

 私としては天然温泉目当てである。

 出来れることなら天然温泉を利用して、アレウスやフェイ、そしてアロンを一度洗ってあげたいと思っていたのだ。

 その事を考えると楽しみで足が少し軽くなる気がする。

 しかしそんな私とは反対に、アイラちゃんは不安そうに眉を歪めた。

 

 

 「あのね、ヴィーレお姉ちゃん。モンスターを倒そうとするのは止めた方がいいと思うの」

 

 「え? どうして?」

 

 

 私の疑問。

 その言葉にアイラちゃんは不安そうに、私の手をギュッと握り返した。

 

 

 「……この間からね、怖いモンスターが出るの。青い亡霊を引き連れて歩く死神(・・)さん、モンスターもお友達も皆みんな死んじゃった」

 

 「それって――」

 

 

 口から出かけた言葉は続かない。

 彼女の……続きの言葉を聞いてしまったから。

 

 

 「皆みんな、首を撥ねられて死んじゃったの」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間。背筋に冷たい風が吹き抜け、顔が凍ばるのを感じる。

 頭を過るのは一つの<DIN>のニュース。

 

 ――『レジェンダリアの山奥の村で、二百人のティアンが首を無くし死んでいた事件』

 

 鈍かった頭が熱を帯び、痛みを訴える。

 

 (死神のようなモンスター、首を撥ねられたティアンやモンスター)

 

 それらが示す答えは一つしかなく、明確だった。

 

 

 「……悪魔系統、もしくは死霊系統の<UBM>」

 

 

 思わず口から零れた言葉。

 熱を帯び、ショートしていた思考が私自身の出した言葉に急速に冷静になっていくのを感じる。

 不気味なほど静かな森。

 可笑しいほど静かな森。

 それはモンスターがいないからではない、全て<UBM>に倒されてしまったのだ。

 

 

 「はぁ~」

 

 

 私は自分を落ち着かせるように大きく深呼吸する。

 

 

 「ヴィーレお姉ちゃん?」

 

 「ううん、何でもないよ? 少し冷えてきちゃったし、ちょっといそごっか?」

 

 

 不安そうに私を見つめるアイラちゃんの手を、優しく握り返す。

 アレウスやアロンが死んでしまうのを恐れて組んだパーティー。

 しかし、いつの間にか自分からその危険(<UBM>)に首を突っ込んでいてしまったようだ。

 

 (はぁ、村に着いたらホオズキ達に知らせておかなきゃ。でも知らせたら、倒しに行こうって流れになっちゃうのかな?)

 

 見えてきた村灯り。

 私はこれからの事を考え、再び深いため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 村に辿り着いてから一時間。

 アイラちゃんと別れた私は、今夜泊まる予定の宿の天然温泉に居た。

 レジェンダリアらしい、木がふんだんに使われた脱衣場。洋風とも和風とも判断がつかない造り。

 しかし不思議と違和感は何処にもなく、一体感が生まれている。これほど綺麗だと浴場の方もどうなっているのかワクワクしてくる。

 

 『カチャリ』と腰布を留めていたベルトを外し、床へと落ちたスカートをアイテムボックスに丁寧にしまう。

 

 全ての衣服をしまい終えた私は、アイテムボックスと小さなタオルを片手に浴場へと足を進める。

 そして……

 

 

 「……すごい」

 

 

 眼前に広がるその景色に言葉を失った。

 露天風呂のように蒸気が上がる浴場を月光が照らし、色とりどりの草花が辺りに自生している。

 中央では小さいながらなも澄んだお湯が、光をキラキラと反射している。

 

 (本当に来てよかった!! 出来ればアレウス達にも見せてあげたかったなぁ)

 

 そんな事を思いながら一歩、また一歩と足を進め、

 

 

 「……ヴィーレ?」

 

 

 お風呂の中で酒盛りをするシュリと目が合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お湯の中に『メメーレンの遺跡』で手に入れただろうお酒を浮かべ、チビチビと少しずつ口に運ぶシュリちゃん。

 私はそんな様子に苦笑を漏らす。

  

 

 「……シュリちゃん、その姿なんだかおじさんみたいだよ?」

 

 「……今はおじさん」

 

 

 いつも通りの愛想のない短い返事。

 そんなシュリちゃんを傍目に体を清め、お湯に体を沈ませる。

 懐かしい……リアルでも久しく入っていない温泉独特な心地よさ。じんわりと体の芯が伸びるような感覚に頬を緩ませる。

 ……私が日本人だからだろうか?

 お風呂自体好きではあるが、温泉はより特別に感じてしまう。

 

 

 「……ヴィーレこそおじさんみたい」

 

 「あはは、気持ちいいからしょうがないよ」

 

 

 お酒を飲みながら呟くシュリちゃんに私も笑い返す。

 

 (それにしても……)

 

 改めてシュリちゃんの容姿を眺める。

 

 

 「……なに?」

 

 「私、何だかんだで初めてシュリちゃんの素顔を見た気がするなって」

 

 

 いつもは大きめの衣服に体を包み、ベレー帽で口元しか見えない服装のシュリちゃん。

 だからかその素顔を見たことは無いのだが……今は温泉なので、その姿は一糸纏わぬ姿である。

 

 ――いつもはベレー帽にまとめて隠していただろう長い蒼髪。

 ――女の子らしい白い肌。

 ――お酒に酔っているのか目元は赤く上気し、美味しそうに舌なめずりする唇。

 

 その姿と釣り合わぬ妖艶な動作にドキリとしながらシュリちゃんを見る。

 

 (この年で私より女性らしいなんて……)

 

 ……少しショックだ。

 

 

 「……ヴィーレもスタイル、いいね」

 

 「あはは、ありがと! でもシュリちゃんもこんなに可愛いんだからもっとオシャレすればいいのに」

 

 

 そんな私の言葉に、彼女はお酒を煽りながら自身の額を指さした。

 指が示す先にあるのは小さな額。

 しかし、今まで気が付かなかったが二つのあるものが目に映る。

 

 

 「それは……角?」

 

 

 小さな額から蒼髪を分けるように伸びた小さな二本の角。

 長さが違う二つの角がそれぞれ天を突くように伸びていた。

 何の角かと言われれば……()の角だろうか?

 

 

 「……これが私の<エンブリオ>。いつもはこれを隠してる」

 

 

 小さな声。

 しかしその声にはいつもと違い、わずかに嫌悪が混じっていた。

 きっとシュリちゃんは望んで欲したもの()ではなかったのだろう。確かに女の子は自分の額に角が生えているのは嬉しくはないかもしれない。

 

 

 「……ホオズキは気にするなって言ってたけど、私は嫌い。そんな私にホオズキが帽子を買ってくれた」

 

 

 ……ホオズキも良いことするじゃん。

 【睡眠不足】で倒れたり、すぐに《フィジカルバーサーク》を使って森で迷ってるホオズキだがいいところもあるようだ。

 少し見直した。

 

 (でも――)

 

 

 「でも、シュリちゃんは角を隠さなくても可愛いと思うよ?」

 

 「……」

 

 「小さな角も長い蒼髪も、途切れ途切れの話し方も全部シュリちゃんらしくて可愛いよ。なんていうか――お姫様(・・・)みたい」

 

 

 上手く言葉にはできない。

 だけど私はそんなシュリちゃんのすべてが好きだ。

 私の言葉に俯くシュリちゃん、そんな様子が微笑ましくて頬が上がる。

 

 

 「う~~、しゅりちゃー「……やめて」」

 

 

 頭を撫でようと近づいたら小さな手で押し返された。

 ……悲しみ。

 離れる私にシュリちゃんは顔を上げた。

 

 

 「……でも、ありがと」

 

 

 お酒に酔っているのか、赤くなった顔で仄かに笑う。

 ……可愛い。

 初めて見るシュリちゃんの笑顔に私も嬉しくなる。

 

 

 「……熱い」

 

 

 湯あたりしたのか、シュリちゃんはお酒を持って立ち上がる。

 私が来るまでに長い間浸かっていたのかもしれない。

 そうしてシュリちゃんが出口へ目指し始めた時だった。

 

 

 「ニャーー!! 気持ちいいにゃって、先客がいるニャ!?」

 

 

 大きな声と共に脱衣所と浴場を結ぶ場所へ、一人の影が浮かび上がる。

 新たな入浴者である女性は、スタスタと湯煙を振り払うようにこちらへ近づいてきた。

 

 

 「ニャッハッハ! これは可愛いお嬢さんだニャ」

 

 

 現れたのは短い茶髪に少し焼けた肌のスタイルのいい女性。

 瞳は大きく、どこか野性味を感じさせる容姿をしている。

 私とシュリちゃんはそんな女性の姿を凝視する。

 

 

 「何ニャ? もしかしてスタイル抜群のお姉さんに見とれちゃったかニャ?」

 

 

 ……ある意味、間違ってはいない。

 私とシュリちゃんはその女性――茶髪の頭とくびれた腰に視線を集中させていた。

 

 ――茶髪の短い髪形……から飛び出すように立つ猫耳。

 ――スタイルの良いくびれた腰……の後ろで元気よくうねる長い尻尾。

 

 

 (……なんだか今日はいろんな種族の人に会う気がするなぁー)

 

 そう思うのも仕方がない。

 

 ――『獣人』

 

 おそらくそう呼ばれる種族。

 より詳しく言えば猫獣人だろう。

 腰に当てた左手の甲に“音色を奏でる猫”の紋章を持ち、ニヤリと笑う猫人の<マスター>。

 

 (確か、同じ宿にいた人だったよね? 探検家みたいなお爺さんと一緒にいた……)

 

 二人組の<マスター>の片割れの人だったはずだ。

 『メメーレンの遺跡』が発見された影響か、この宿に泊まっている<マスター>は数少ない。

 私とホオズキ、そしてシュリちゃんのパーティーとこの獣人の二人組。

 後は男性と女性の<マスター>だけだったはずである。そう考えると温泉で出会うのはかなり低い確率だ。

 

 

 「……ヴィーレ、先に出る」

 

 「もう出るのかニャ? 残念ニャー」

 

 

 シュリちゃんは興味を失ったのか早歩きで浴場から出て行く。

 私は後ろ姿を見送りながら湯船の中で手を振った。

 

 (だけど私も少し浸かり過ぎたかも)

 

 温泉は気持ちいいが湯あたりしてもあまりよくない。

 ……あと少ししたら体を流して浴場を出よう。

 そう考え、瞼を閉じる私に横から元気な声がかかる。

 

 

 「どうしかしたのかニャ? 随分疲れているように見えるニャ」

 

 

 先ほどの獣人の女性がニヤニヤしながら話しかけてくる。

 

 

 「あはは、少しだけですけどね。でも、どうしていきなりそんな事を?」

 

 

 内心、いきなり話しかけてきたことに驚きながらも返答する。

 すると女性は「ニャッハッハ」と笑いながら湯舟を叩く。

 

 

 「音が聞こえるニャ」

 

 「……音?」

 

 

 (特に気になる音なんて聞こえないけど……)

 

 

 「違う違うニャ、おみゃーの心音。おみゃーからは疲れた人間の音が聞こえるニャ」

 

 

 ……正直よくわからない。

 もしかしたらこの女性の<エンブリオ>の能力なのだろうか?

 猫耳と言い、“音色を奏でる猫”の紋章といい、音に関係した<エンブリオ>なのかもしれない。

 

 

 「まぁ、深く考えなくてもいいニャ。それより何か悩みがあるならみゃーに相談するニャ!!」

 

 

 ……なんだか嵐のように破天荒な人だ。

 元気な女性のテンションに少し笑いながらも頷く。

 この周辺にいるだろう『悪魔系統、もしくは死霊系統の<UBM>』の事を話していいかもしれない。ホオズキは自分が倒したいと怒るかもしれないが、被害は少ない方がいいに決まってる。

 手助けしてくれるかは分からないが、<マスター>が手伝ってくれれば倒すのも楽になるだろう。

 

 

 「ご存知かもしれませんけど、実はこの周辺に悪魔系統か死霊系統の<UBM>居るらしくて――」

 

 「ニャッハッハ、それは大変ニャ! でもみゃーが手伝えることはなさそうニャ!」

 

 

 ……え、どういう意味だろう?

 

 

 「それって――」

 

 「みゃーの<エンブリオ>は死霊系統は苦手だニャ。悪魔系統もきついニャ! 私の相方は非戦闘職だし、手助けは出来そうににゃいニャ―!!」

 

 

 ……相談してみろって言ったのは貴女なのに。

 私は肩を落としながら湯舟にため息を落とす。

 そんな私の姿に獣人の女性は大きく笑う。

 

 

 「まぁ気にするニャ! それにみゃーも長いことここにいるけど、<UBM>の話は今初めて聞いたニャ。

  それなら、まだそれほど強くはないはずだニャー」

 

 

 ……それもそうだ。

 <UBM>も時間をたてば成長し強くなる。それは【魔樹妖花 アドーニア】で痛いほど体験済みである。

 すでに被害はたくさん出ているが、早めに手を打てば苦労なく倒すことが出来るかもしれない。

 

 (……でも結局は、私たちが倒しに行かなきゃならないのかなぁー)

 

 ……出来ることなら私たち以外の<マスター>が倒してほしい。

 あまりアレウスやアロンを危険に晒したくはないのだ。

 そんなことを考え――

 

 

 「ニャーーー!!」

 

 「きゃっ!」

 

 

 突如、大声を上げた女性の声に悲鳴を上げてしまった。

 

 

 「忘れてた、みゃーは熱いのは苦手だったニャ!! もう出るニャ!」

 

 「……もう、驚かせないでくださいよ」

 

 

 不満を視線に込めて女性をにらむ。

 そんな私の視線を女性は気にすることなく大声で笑い、私をみた。

 

 

 「そんなみゃーからおみゃーにアドバイスニャ!!」

 

 「……何ですか」

 

 

 あまり当てにできそうな予感を感じ取りながら返事を返す。

 すると女性は心底楽しそうに尻尾をフリフリ、口を開く。

 

 

 「ちかじかパレードが開かれるニャ!! 舞台は<ブルターニュ>、ゲストも二人くる大きなパレードニャ!!

  悪魔系統、もしくは死霊系統の<UBM>もいいが、乗り遅れないことニャ!!」

 

 

 意味のよく分からないアドバイス。

 しかし女性は満足したのか猫どり足でフラフラと浴場を出て行った。

 

 

 「……ほんとに嵐のような人だったなぁ」

 

 

 私は今日何度目かわからないため息をこぼし、夜空に浮かぶ月を見上げたのだった。

 




評価コメントありです~、モチベ上がりました!


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第8話 約束と調査

これで第二章、約半分です。後半は戦闘ばっか。

……先が長いなぁ


 □【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 決して眩しくはない、仄かな明かり。

 小さな隙間が開いた窓から優しい朝焼けの陽光が射し込み、ヴィーレの顔を照らし起こす。

 そして――

 

 (……寒い)

 

 村の建つ場所がレジェンダリアの山頂だからだろうか?

 冬のような冷たい冷気が体を縮め、まだ寝たりない頭を無理やり覚醒へと向かわせる。

 お陰で完全に目が覚めてしまった。

 

 スッキリと軽い瞼を持ち上げる。

 すると、真っ先に目に飛び込んできたのは真っ赤な……深紅の炎だった。

 驚きに少さく息を飲むが、よくよく見れば見覚えのある炎だ。

 

 (フェイ……一緒に寝てたんだ。いつ紋章から出てきたんだろ?)

 

 そんな疑問と共に、顔に張り付いて寝息をたてるフェイを引き剥がし、布団に埋める。

 ……だけどずるいなぁ。どうせなら炎で気温を高めてくれても良かったのに。

 ヴィーレは自分だけ炎を纏い、心地良さそうに寝ているフェイを恨めしそうに睨む。

 一緒の部屋で寝ていたシュリちゃんは、いつの間にか私から奪い取ったであろう布団にくるまっており、未だに夢の中だ。

 

 

 「……起きちゃったのは私だけかぁ~」

 

 

 リアルで言うならば、まだ6時にもなっていないだろう時間を見て呟きを漏らす。

 

 (だけど、まさかこの世界(デンドロ)で寝て、起きる事になるなんて……私も大概な廃人かも)

 

 自分でそんな事を想い、口角を微かに上げる。

 普通の<マスター>なら、夜の間に『ログアウト』したりしてリアルの用事を済ませるのだろう。

 時間に関係なく、《暗視》等を使ってレベル上げするようなガチ廃人程ではないが、こうして見ると自分もかなりはまってしまっているように思える。

 

 (まぁ、今は夏休みだしね。後少しでログイン時間も減っちゃうし)

 

 自身に言い聞かせるように言い訳を内心呟きながら、窓を閉めようと体を起こす。

 そして……

 

 

 「何か聞こえる?」

 

 

 隙間の開いた窓から、微かに聴こえる歌声に耳を傾ける。

 綺麗な声。

 聞き覚えのある、透明感がある澄んだ声だ。

 そんな声につられるように窓を閉め、寝着からレズさんが作ってくれた【スカーレット act.1】に着替え。

 

 ――『パタンッ』

 

 こっそりと宿を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うわぁ~、真っ白だ」

 

 

 ヴィーレは外に出ると同時に感嘆の声を出す。

 それもそのはず、彼女の眼前に広がっていたのは一メテル先も見えないほどの濃霧。

 

 ――レジェンダリア特有の可視化出来るほどの濃い自然魔力。

 ――山頂特有の低い気温と地下深くで暖められた蒸気によって発生した霧。

 

 二つの要素が合わさり、前が見えないほどの霧のカーテンが出来上がっていた。

 霧なのでヴィーレが持つ《暗視》スキルも意味がない。

 恐る恐る、ゆっくりと歌声の聴こえる方に向かい歩いていく。

 そして、そう長くない距離を進んだ時だった。

 

 

 「……ヴィーレお姉ちゃん?」

 

 

 歌声が止まる。

 声を出したのは、大きな岩に腰かけて足を揺らす一人の少女――アイラちゃんだった。

 彼女は何故か驚いたように目を見開き、そして笑顔で笑う。

 ……驚かせてしまったようだ。

 

 

 「ごめんね? 綺麗な歌が聴こえてきたら気になって来ちゃった……」

 

 「ううん! アイラもびっくりしちゃっただけだよ?」

 

 

 体をずらすように場所を空けてくれるアイラちゃん。

 ヴィーレもそんな彼女の横に腰かける。

 

 

 「さっきの歌は、アイラちゃんが歌ってたの?」

 

 「うん! 昔、お母さんが歌ってくれた子守唄なの。毎朝歌うと良いことがあるって。

  だからね、アイラ、毎日欠かさず歌ってるんだぁ~」

 

 「……アイラちゃんは偉いね。毎日歌えば私も歌が上手くなるかな?」

 

 

 ほのぼのとした会話。

 私が来たからだろうか? アイラちゃんは再び足をブラブラと揺らしながら、ゆっくりと歌いだした。

 気持ちいい――思わず目を瞑ってしまうほどの歌声を聴きながら思考にふける。

 

 (子守唄……よりは聖歌に近いかな?)

 

 そのテンポは歌の中でも聖歌に近い。

 現実でも数度しか聞いたことはないが、特別に綺麗な歌だったのでよく覚えていた。

 

 (こうして考えるとアイラちゃんのお母さんは聖職者なのかな?)

 

 【司祭】や【侍祭】等の回復系統の西洋ジョブに就いている可能性は高い。

 子守唄。兼、娘であるアイラちゃんの無事を祈った聖歌なのだろう。

 【司祭】はアルター王国の固有ジョブなので詳しくは知らないが、聖歌があっても可笑しくはない。

 

 

 「……どうだった!? ヴィーレお姉ちゃん?」

 

 

 歌が終わると同時に、誉めてほしそうに笑顔で私を見るアイラちゃん。 

 ……ほんとに可愛い。

 私はそんな彼女の小さな頬を、両手でぐりぐりと撫でながら笑顔を返す。

 

 

 「ほんとに信じられないくらい上手かった!」

 

 「あははは、やめてよ~。ヴィーレお姉ちゃんは歌わないの?」

 

 

 その言葉に体が強ばる。

 私が出来ないこと、それは料理。

 そして、もう一つこそが歌である。

 

 

 「え~と……楽器なら弾けるだけどなぁ~」

 

 

 少し裏返った声。

 そんな私の様子にアイラちゃんはケラケラと笑う。

 

 

 「じゃあ、また今度アイラがヴィーレお姉ちゃんに歌を教えてあげる! そしたら一緒に歌お?」

 

 「う、うん。お手柔らかにお願いします……」

 

 

 朝陽が見え始め、霧が晴れ始めた空に二人で笑う。

 いつの間にかかなり時間が過ぎていたようだ。

 シュリちゃんを起こしたら、アレウス達にごはんをあげてブラッシング。その後はどうなるかは分からないが<UBM>を探しながらレベル上げになるだろう。

 ……そろそろアイラちゃんと別れて宿に戻ろう。

 そう考え、腰を上げた時だった。

 

 

 「……ヴィーレお姉ちゃん」

 

 

 それは先程とうって変わって怯えた声。

 隣に座るアイラちゃんの声は震え、瞳は泣き出しそうに潤んでいた。

 

 

 「今日はモンスターを倒しに……あの死神さんを倒しに行くの?」

 

 「そう、だね。その死神に会うかは分からないけど、モンスターは倒しに行くよ?」

 

 「……行かないで、皆みんな死んじゃった。ヴィーレお姉ちゃんも死んじゃうのは嫌」

 

 

 もしかして私が死んでしまうと心配してくれているのだろうか?

 私は不安そうなアイラちゃんに微笑みながら、安心させるように頭を撫でる。

 

 

 「ありがと、でもごめんね? 私はアイラちゃんが……村人の皆が死んじゃうのは嫌だから。

  それに私達、<マスター>は強いからね! 

  例え、どんなに強い<UBM>でも倒しちゃうよ!」

 

 

 安心させるような空元気な声。

 ……でも効果はあった。

 アイラちゃんは私の目を見ると微笑みながら涙を拭う。

 

 

 「……うん、死神さんにも絶対勝ってね! アイラも歌の準備して待ってるから!!」

 

 

 【クエスト【討伐――【殺戮熾天 アズラーイール】 難易度:八】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

 固まる身体。

 だが、決してそれを表には出したりしない。

 ……アイラちゃんが怯えてしまうから。

 

 

 「任せて! でもアイラちゃんも昨晩みたいに、独りで外に出たら駄目だからね。

  村の中でゆっくりしててよ?」

 

 「大丈夫! もう探しモノは見つ(・・・・・・・)かった(・・・)から外には出ないよ!?」

 

 

 元気よく返事をするアイラちゃん。

 私はそんな彼女に手を振り、宿への道を歩くのだった。

 

 

 

 

 

 ◇<ローゼン村> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 <ローゼン村>――それはレジェンダリアの辺境地。ヴィーレ達が訪れていた村から、そう遠くない村である。

 

 【樵夫】や【木工職人(ウッドワーク・マイスター)】、【狩人】等を生業とするティアンが住む小さな村。

 天然温泉のような名物が有るわけでもない、特別なアイテムが作られるわけでもない。ただ、細々と木工品を“交易都市”<ブルターニュ>に卸し生活する。

 まさに辺境。

 村人である二百人程のティアンが住んでいた(・・・・・)村だった。

 

 

 

 「……なぁ、ほんとに此処であってんのか? 村は村だが、これは……」

 

 

 <UBM>である、【殺戮熾天 アズラーイール】。

 その足取りを求めてやって来ていた私達。

 そんな私達の先頭を歩いていたホオズキが眉をしかめ、声を絞り出す。

 

 

 「間違ってないと想う。村でも場所は聞いたし、マップにも<ローゼン村>は載ってるから」

 

 

 私は『メニュー』を開き、確認しながら肯定の返事を返す。

 ……でも、ホオズキの言いたいことも分かる。

 これはまるで、

 

 

 「……神隠し」

 

 

 私の思っていた事をシュリちゃんが呟いた。

 そう、『神隠し』だ。

 <ローゼン村>には戦闘を行ったような痕跡は見当たらず、明日からでもここに住めそうな程建物は残り、村人であるティアンだけが消えていた。

 『この瞬間、家から村人が出てきても可笑しくない』、それほど完璧な状態で村が残っている。

 

 

 「糞っ、ほんとに村人全員が虐殺されたとは思えねぇな」

 

 

 愚痴混じりに吐き捨てられた言葉。

 だが、村人全員――一人残らず首を切られ殺されたのは真実だ。

 

 私は外に放置された、造りかけの木の椅子を撫でる。

 すると僅かに手についた埃。

 それは何故か、<DIN>のニュースに真実味を持たせてきた。

 

 

 「はぁー。まぁ、終わっちまった事をグチグチ言っても何にもなんねぇけどよ……」

  

 

 ため息を吐きながら、チラリとシュリちゃんを一瞥する。

 

 

 「何でシュリはいきなりイメチェンなんかしてんだ?」

 

 

 視線の先にいるシュリちゃん。

 しかしその姿は何時もとは少し違う。

 

 ――いつも通りのブカブカな服。

 ――そして、後頭部で団子に纏めた蒼髪にハッキリと見える目元。

 

 今日の朝、部屋に戻った後にシュリちゃんに頼まれて結んだのだ。

 服は今の一着しか無いが、普通の服を着れば美少女である。

 ……うん、可愛い。 

 やはり私の目に狂いは無かったようだ。

 

 

 「ふーん……あの服は着ないのか?」

 

 「……動きにくい」

 

 「だろうな。まぁいいや、行こうぜ?」

 

 

 しかし、ホオズキは特に反応を返す事もなく歩きだした。

 まるで、どうでもいいとでも言うように。

 ……この男はシュリちゃんの勇気をわかっていないのだろうか?

 いや、分かっていてもこの反応は有り得ない。女の子の変化に何の反応も返さないのは男として終わっている。

 

 

 「うん、燃やそう」

 

 『KIE(燃やす)? KIEEE(燃やしちゃう)?』

 

 

 不思議である。

 今日、この瞬間だけはフェイの言っている事がハッキリと分かる。

 倒すべきは【殺戮熾天 アズラーイール】。

 だが、倒されるべきはお前だ。ホオズキっ!

 

 

 「やっちゃえ!! 《紅炎の(フェ)――「……ヴィーレ」――シュリちゃん?」

 

 

 ウズウズと炎を放ちたそうなフェイと私をシュリちゃんが止める。

 私は、そんな彼女を見て……動きを止めた。

 いつも通りの愛想の無い短い言葉。

 しかし、

 

 

 「……大丈夫、ホオズキも喜んでる」

 

 

 シュリちゃんは嬉しそうに目尻を下げ、微笑んでいた。

  

 (シュリちゃんがいいなら、私も文句ないけど……)

 

 正直、よくわからない。

 だけどきっと、家族特有のシンパシーみたいなものなのだろうか?

 自分の中で生まれた疑問に、そう答えを出し。

 

 

 「……行こ、ヴィーレ」

 

 「うん、行こっか」

  

 

 シュリちゃんに急かされるように、先を歩くホオズキの後ろ姿を追い始めたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 あれから数刻。

 私達は<ローゼン村>を隅々まで探索して回っていた、のだが……

 

 

 「何にもねぇな」

 

 「……ねぇな」

 

 

 元より、<UBM>の仕業か、もしくは<マスター>である愉快犯による犯行かすら分からなかった事件。

 今でこそ『イベントクエスト』で、<UBM>の名前である【殺戮熾天 アズラーイール】という名前までわかっているが、それ以外は『悪魔系統、死霊系統のモンスター』であることしか分からない。

 念のため、アレウスやアロンを《喚起》して一緒に探したが何一つ見つかりはしなかった。

 隠し部屋すら見つけ出すアレウスの野生の勘。

 それでも見つからないのだ。

 この村には本当に手掛かりが無いのではないかと思えてくる。

 

 

 「……モンスターすら一体もいないなんて。本当に異常事態だね」

 

 

 この<ローゼン村>に来るまでに数体のモンスターは倒したが、ここに来てからは一度も出会っていない。

  

 (私は【幻獣騎兵】がカンストしちゃったからいいけど……)

 

 傍目でホオズキの様子を伺う。

 すると案の定、どこかイライラしているように見えた。

 ホオズキの目的は、強いモンスター。

 それなのに此処まで来て、全然戦えていないことに憤りを覚えているのだろう。

 

 私たちは最後の場所――村の端に建つ、小さな教会を目指しながら会話する。

 

 

 「なぁ、そういえばヴィーレに聞きてえ事があるんだが?」

 

 「え? 何?」

 

 

 唐突に振られた話題に驚きながらも返事を返す。

 ホオズキは私を一瞥すると、前を向きながら口を開く。

 

 

 「お前は一度、<UBM>を倒してるんだよな?」

 

 

 ……きっと【魔樹妖花 アドーニア】の事だ。

 

 

 「そうだけど?」

 

 「どのくらい強かった?」

 

 

 どのくらい……。

 どう答えたらいいかは分からない。

 だけど最も適切な答えを返すとしたら、こうだ。

 

 

 「<UBM>に対する私の<エンブリオ>の相性がいい上で、超級職の師匠が居なきゃ負けてたくらい……かな?」

 

 

 あの時は、乱入してきた<マスター>もいたから正確には分からない。

 だけど、師匠がいなければ。

 師匠が<UBM>の体力を削ってくれなければ、負けていたのは確実だろう。

 すると、私の回答を聞いたホオズキは低く唸る。

 

 

 「……どうしたの?」

 

 「お前が倒した<UBM>の事は俺も少しは知ってんだ。“初心者狩場”が約一か月使えなくなったからな。

  んでもって、今回の……あ~「……【殺戮熾天 アズラーイール】」――そう、そいつはここ数日でティアンを約二百人とレベルの高いモンスターを皆殺しにしているわけだろ?

 

  そんな奴に勝てるのかって思ってな」

 

 

 私は言葉を返せない。

 『掲示板』の情報では、確認された<UBM>はほとんどが『伝説級』、もしくは『逸話級』だ。

 そして私の倒した【魔樹妖花 アドーニア】は『伝説級』。

 今回の<UBM>――【殺戮熾天 アズラーイール】は確実にそれより強いだろう。

 だけど、

 

 

 「……分かってても、戦わなきゃならない時もあるんだよ」

 

 

 思い出すのはアイラちゃんとの約束。

 決心するようにそう呟く。

 

 

 「ハハ……ガッハッハッハッハ!! きっと、ヴィーレが男だったらモテモテだぜ?」

 

 「……惚れた」

 

 

 冗談のような軽口をたたくホオズキとシュリちゃん。

 そして私達は……最後の建物である、協会の扉を開いたのだった。

 

 




評価コメ、感謝です~。普通に嬉しい。



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第9話 天使は泣き、神へ祈る

今回の話は重たい、あまり報われない感じです。

デッドエンドが嫌いな方はブラバ推奨。



 □<ローゼン村> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 それは古びれた教会だった。

 屋根の上には銀の十字架が立てられ、中にはたくさんの長椅子が――というような立派なものではない。

 

 ――物置小屋と言ってもいいほど小さな建物。

 ――草木の生え散らかった庭。

 ――最低限の祈り台。

 

 まるで、この教会だけ何年もの時間が過ぎ去ったかのような光景だ。

 歪な教会。

 私は《危険察知》に反応が無いことを確認し、慎重に足を踏み入れる。

 

 

 「何だぁ、この教会は? やけにボロっちいじゃねぇか。狭いし、何かあるようには見えねぇが……」

 

 「……狭い」

 

 

 同じく足を教会内に入ったホオズキとシュリちゃん。

 二人は各々の印象を呟きながら、協会内を調査し始める……が。

 

 (……本当に何にも無い)

 

 教会自体の広さは六畳もない小さな建物。

 その内装も祈りを捧げる教壇と、明かりを灯していただろう燃え尽きた蝋燭のみ。調べる事が無さすぎるほどに質素な造りになっているからだ。

 これでは人が住むことは不可能だろう。

 ある意味、藁にも縋るような想いでの調査だったがやはり手掛かりは見つるのは難しそうである。

 

 

 「ちっ、手掛かりも何にもねえな。こうなりゃ、山頂からモンスターを狩りつくしながら探すか?」

 

 「……探すか?」

 

 

 苛立ちを隠さず、無茶な提案をするホオズキ。

 そんな様子に私は顔を引きつらせながら苦笑する。

 

 

 「あ、あはは……それは最終手段かな。時間も掛かっちゃうし」

 

 

 ……やろうと想えば出来る。

 約一か月、【魔樹妖花 アドーニア】から貯めこんできたフェイのMPを使えばたやすいだろう。

 

 《幻獣強化》でMPとSP、AGIなどを約二倍にし、五十%性能が上昇した《紅炎の炎舞》にすべてのMPとSPを注ぎ込む。

 加えて、攻撃指定をモンスターのみに絞り込み、

 

 (……あれ? ほんとに出来ちゃうかも。言ったら、実際にやらされそうだから絶対に言わないけど)

 

 仮に【殺戮熾天 アズラーイール】を見つけ出しても、MPが尽きてしまっては戦闘に倒すことは難しい。

 【殺戮熾天 アズラーイール】は悪魔系統、もしくは死霊系統。

 どちらのモンスターとも戦ったことは無いが、死霊系統モンスターには『物理無効』の能力を持った敵も居るらしいからだ。

 

 

 「でもよ、それならどうすんだ。次の犠牲者が出るまで待つのか?

  それに俺たちは戦闘職。調査に役立つスキルなんて持ってねぇぞ」

 

 「……ねぇぞ?」

 

 

 確かにそうだ。

 私が持っている感知系統スキルも、《危険察知》だけ。

 他に使えそうなスキルなど持って……

 

 

 「あれ?」

 

 「あぁ、なんだよ? いい考えでも思いついたのか?」

 

 「ううん、いい考えは無いけど……私、持ってる」

 

 

 私の言葉に首を捻るホオズキとシュリちゃん。

 正直、私も存在を今の今まで忘れていた。だから二人はそれに気が付かなくても当然かもしれない。

 腰ベルトに付けたポーチ型アイテムボックス。

 その中から探すようにして、一つのアイテムを取り出した。

 

 それはつい先日発見したマジックアイテム。

 便利そうなのでオークションに出さず、私が貰っておいた装備。

 

 

 「……これ使うの忘れてた」

 

 

 引きつる頬を抑えながら――【鑑定士のモノクル】を取り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……そんなに怒らないでもいいのに」

 

 

 何故か教会の教壇に正座させられている私。

 その前では二メテル近くの大男が目を吊り上げながら私を睨んでいる。

 ……怖い。

 そんな中、私の頭の上で暇そうに髪の毛を啄ばむフェイ。

 この頃、まともに飛んでいる姿を見たことが無いんだけど……ほんとに駄鳥になっちゃうよ?

 

 

 「あぁ、糞っ。俺もお前に言えた立場じゃねぇが、そんな大切な物忘れてんなよ」

 

 「……駄目な子」

 

 

 棘のある言葉を吐き捨て、荒々しい鼻息を立てるホオズキ。その隣でシュリちゃんが肩を竦める。

 

 (人に言える立場じゃないなら、あんなに長々説教してくれなくても)

 

 思わず喉まで出かかった文句を飲み込みながら立ち上がる。

 言ってしまえば、再び長い文句と愚痴が再開されるのは明らかだ。こうしている間にも【殺戮熾天 アズラーイール】がティアンを殺しているかもしれない、今は少しでも時間が惜しいのだ。

 私は【鑑定士のモノクル】を装備し、埃の付いたスカートを手で払う。

 

 

 「それでその装備はどんな事が出来るんだ? また、一から調査し直しとなると骨だぜ?」

 

 「この【鑑定士のモノクル】にはレベルは低いけど、《鑑定眼》と《透視》がついてる。無いよりはましだと思うよ。

  それにもう見つけたしね」

 

 「あぁ? どういう意味だよ?」

 

 「……意味だよ?」

 

 

 訝しげに送られる視線。

 私はそんな二人に細く笑った。

 

 

 「まだ手掛かりと決まったわけじゃないけど……当たりだったみたい」

 

 

 私は二人に背を向け、背後に設置された教壇へと近寄った。

 そして古びた教壇――を通り過ぎ、壁に掛けられた聖十字を外し、中に隠れたレバーを押し上げる。

 そう、偶然とはいえ見えてしまったのだ。

 スカートに付いた埃を払おうと下を向いた瞬間に、隠された地下通(・・・・・・・)()と地下深くに残されたアイテムボック(・・・・・・・)()を。

 

 地鳴りのような小さな揺れ。

 石と石がすり合わさるような音と共に、古びた教壇がスライドし、それは姿を現した。

 

 ――地下深くへと伸びた螺旋階段。

 

 その様子を唖然と見つめるホオズキとシュリちゃんに私は胸を張ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 村外れにポツンと建った寂れた教会。 

 そんな教会に隠された、地下へと伸びた一際古い隠し部屋。

 手掛かりとしては――あった、と言うべきだろう。

 【殺戮熾天 アズラーイール】を追跡するための手掛かりとは成りえないが、ある意味大きな、重大な手掛かり。

 

 

 「ここだな、【殺戮熾天 アズラーイール】が潜伏してたのは。んでもって、何者かと戦闘になったってところが妥当か?」

 

 

 隠し部屋に広がっていたのは、原形が無いほどに戦っただろう戦闘痕だった。

 

 ――融解した鉄の鍋。

 ――何か大きな刃物によって、つけられただろう斬撃痕。

 ――明らかに致死量の出血痕。

 

 戦った敵が同等の力を持つほど強かったのだろう。

 僅かに誰かが生活していたような家具が残っているが、今は姿かたちもない。

 

 

 「……この血」

 

 「あぁ、人間のものに近いが何かおかしい。これは初めて見るな」

 

 

 さすが【吸血鬼】。

 血に関してはかなり詳しくわかるようだ。

 私も負けじと《鑑定眼》を駆使しながら手掛かりを探す。

 『メメーレンの遺跡』とは違い、幾つかの部屋に分かれた広めな隠し部屋である。手掛かりも多少は残っているはずだ。

 私は原形を保っている家具などを漁る。

 そして……

 

 (あれ?)

 

 目についたのは燃えかけの一枚の写真。

 《鑑定眼》を使ってもなんのスキルも特殊性も見られない唯の写真だ。

 戦闘の余波でも受けたのか、三分の一は燃え尽きている。

 だけど私が気になったのは、その写真に写る人物。

 

 

 「……これって――」

 

 「何だ? お前が知ってるやつでもいたのか?」

 

 

 ……ビックリした。

 後ろから覗き込むように回り込んできたホオズキに、悲鳴を漏らしそうになりながら返事を返す。

 

 

 「分からないけど……少しアイラちゃんに似てるなって思っただけだよ」

 

 

 「アイラちゃん」とでも言いたげに首を捻るホオズキ。

 

 (そうだ、ホオズキ達は先に村に行っちゃったから、会ってないんだ)

 

 加えて、村に着いた後は周辺でモンスター狩りをしていたはずだ。村人であるティアンと話していたかも怪しい程だ。

 

 

 「天然温泉がある村に居る女の子だよ。真っ白な服に白髪の少女、私が【殺戮熾天 アズラーイール】の討伐クエストを受けたきっかけかな?」

 

 「……そんな奴いたか?」

 

 

 眉を顰め訝しげな声を出すホオズキに無言で頷く。

 村にいた時間自体は一日も経っていないから会ってないんじゃないだろうか? 私は昨晩と今朝会ったから印象に残ってるけど。

 

 

 「そうか……まぁ、こんな格好だから避けられたのかもな」

 

 

 有り得そう。

 ホオズキの姿は一見すれば鬼のようである。

 ただですら二メテル近い身長なのだ。そんな大男に上から睨まれたら、どんな子供も逃げ出してしまうだろう。

 

 

 「でもどうするの? ここに【殺戮熾天 アズラーイール】がいたのは確かだろうけど――」

 

 「それなら問題ねぇ」

 

 「……ねぇ」

 

 

 ホオズキの後ろの部屋から顔を覗かせたシュリちゃん。

 彼はそんなシュリちゃんを顎で指しながら笑う。

 

 

 「血に関してはシュリの得意分野だ。あの出血から追跡できると思うぜ?」

 

 「……えへん!」

 

 

 胸を張るシュリちゃん。

 

 

 「血を出した死体が無いんだ。死霊系統なら眷属として、悪魔系統なら食うかなんかしてるだろ。

  ……まぁ、ある意味賭けだがな」

 

 

 ……凄い。

 思った以上に【吸血鬼】のスキルは凡庸性が高いようだ。

 だけど……私とホオズキが何もしてない気がするのは気のせいかな?

 

 (……帰ったら好きなもの買ってあげよ)

 

 私はシュリちゃんを撫でながらそんなことを考える。

 

 

 「もうここには用はないだろ? モンスターでも狩りながら帰ろうぜ。

  悪魔系統にしろ死霊系統にしろ動くなら夜だ」

 

 「……お酒タイム」

 

 

 出口へと向かいながら笑う二人。

 <UBM>の調査は順調、うまくいけば明日中には決着がつくだろう。

 前を歩く二人がこれほど頼もしく感じたことは無い。

 

 

 「……お酒は体に良くないよ? レムの実のジュースがあったから後で一緒に飲も?」

 

 「……レム酒、飲む」

 

 

 螺旋階段をのぼりながら、頬を膨らませるシュリちゃんに私は微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 ◇<ローゼン村> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは『地獄』だった。

 

 それは『人』だった。

 

 それは『殺戮』だった。

 

 

 ――血、首、血、血、足、そして首。

 

 夕焼けに染まった茜色の光が血の湖に反射し、オレンジ色を揺らめかせる。

 

 ――悲鳴は聞こえない。

 

 体に絡みつくような重たい空気が足を鉛に変え、噎せ返るような臭いが胃の中を蹂躙する。

 

 ――赤い霧。地中から噴き出た蒸気が血を含み、鮮明に染めた。

 

 瞳孔の開いた目、まるで自身が死んだことにも気が付いてないような生首が血に沈んでいる。

 

 

 「……な、にこれ?」

 

 

 口から漏れた呟きに返ってくる返事は無く、眼前に四肢が無事な(ティアン)はいない。

 今も葡萄酒のような血が、首のあった断面からドクドクと溢れだし続けている。

 『屍山血河(しざんけっか)』、『阿鼻叫喚』。

 いや、悲鳴は聞こえない。村人全員、皆殺しにされているのだから。

 先日泊まった宿。

 今や壊滅した村を呆然と見つめることしか出来ない私の隣でホオズキが舌打ちする。

 

 

 「糞が……まだ体温が残ってる。まだ殺られて間もないぞ」

 

 「……五分経ってない」

 

 

 物言わぬ骸と成ったモノに手を当て、冷静に――そして今までにないほどの怒気を込めて呟いた。

 そんな横で【吸血鬼】であるシュリちゃんも冷静に告げる。

 

 (何で……どうしてこんな事に)

 

 余りの光景に思考は停止し、声は出ない。

 

 

 「おい、何フリーズしてんだ」

 

 「……ヴィーレ?」

 

 

 声は聴こえる。

 でもそれは私の思考まで届かない。

 

 

 「おい、お――。――!!」

 

 「……――」

 

 

 まるでノイズが走ったかのよう。 

 鼓動だけが何かを知らせるように私の鼓膜へ音を響かせ、雑音のようなノイズを掻き消していく。

 まともにたってい居られない。

 クラリとよろめく足。

 私はそんな足を踏ん張ろうとして――身体が宙に浮いた。

 

 

 「ふざけんな!!」

 

 

 苦しい胸ぐらに鬼も逃げ出すような怒り顔。

 久しく心拍数以外の音が聞こえてきた。

 

 

 「お前は何の為に<UBM>を討伐しようとしてんだ、大切な奴を殺させないためだろ! それならこんなところで固まってんじゃねぇ!

  まだ、助けられる奴まで見殺しにするつもりか!!」

 

 「……っ!」

 

 

 (……そんなわけない。助けたいに決まっている!)

 

 私はホオズキの脛を蹴り、掴んだ胸ぐらを放してもらう。

 

 

 「ありがと。でも、男としてやってることは最低だからね?」

 

 「ハッ! 苦情は後で聞くぜ」

 

 「……ヴィーレ、良かった」

 

 

 同じく心配してくれたシュリちゃんにもお礼を言いつつ考える。

 『血が通った生物』限定で感知能力を有するシュリちゃんにホオズキ。そんな二人がまだ助けられる人がいると言っているのだ。

 つまり……まだ生きている人も少なからずいる。

 

 (そしてアイラちゃんも……)

 

 僅かな、低すぎる賭け。

 むしろ個人的な願望と言っていいものを信じながら私は顔を上げる。

 

 

 「まだ生きている人が――アイラちゃんがいるかもしれない。ホオズキ、その生きている人達の元まで案内して――「……なぁ」――ホオズキ?」

 

 

 今度は先ほどとは打って変わって訝し気な視線を向けてくるホオズキ。

 そんな様子に戸惑い、眉を顰める。

 一瞬の静寂、そして何かを確信するかのような――躊躇うようなそぶりで彼は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 「……アイラ。そのお前が言う『アイラ』っていうのは本当に人間(・・)か?」

 

 

 質問の意味がよく分からない。

 

 

 「それってどういう意――」

 

 「俺は昨晩は一人でモンスターを狩りに行ってた。知らなくても当然、だがそんな目立つ容姿をした女の子なんて見たことも、ましてや聞いたこともねぇ」

 

 

 それは……たまたま聞かなかっただけじゃないだろうか?

 

 

 「あの地下室で俺は言ったよな? 「お前が知ってるやつでもいたのか」って。あれはな、地下室の血だまりによく似た気配をお前から感じたからだ。

  ヴィーレ、お前が血だまりの主――【殺戮熾天 アズラーイール】にどこかで会ってるんじゃねぇかと想ってな。あまりの馬鹿馬鹿しさにすぐに考えるのを止めたが……」

 

 

 血の気配? 

 私が【殺戮熾天 アズラーイール】と会っていた? そんなはずは無い。

 

 

 「地下の隠し部屋で見つけたあの写真。お前はどう考えているか知らねぇが、一つ言っておくぞ。

  あの村のティアンは一人残らず(・・・・・)死んだんだ。これは専門のジョブに就く奴が調べて<DIN>に載せられた確かな情報だ。

  生き残りはいねぇ。

  生きて村を出れるのは――それこそ殺人犯(<UBM>)ぐらい」

 

 

 ……もう聞きたくない。

 

 

 「なぁ、ヴィーレ。一応聞くが、その『アイラ』ってのに会ったのは何時だ?

  夜か早朝じゃねぇだろうな?」

 

 

 ……嫌だ、嫌だ!

 

 

 「ヴィーレ、その『アイラ』っていうのは本当に人間――」

 

 

 長々と語っていたホオズキの言葉が止まる。

 いや、正確には違う。

 止められたのだ。

 

 

 ――『突如、背後に出現した死神(・・)の大鎌で心臓を刺され、止められた』

 

 

 大量に吐血しながら膝をつくホオズキ。

 その隣でシュリちゃんが「ホオズキっ!」と名前を呼ぶ。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ヴィーレお姉ちゃん?」

 

 

 背後、誰もいなかった場所から聞こえる聞き覚えのある声。

 昨日の晩に、今日の早朝に聞いたばかりの綺麗な声が聞こえてくる。

 

 背後を振り返る。

 

 そこに居たのは、いつもと変わらぬアイラちゃん。

 天使の様に(・・・・・)白い髪、透明感のある紫色の瞳、汚れ一つない真っ白なワンピース。

 だが、同時にいつもと違う点もある。

 それはアイラちゃんの背後。

 

 ――先ほどホオズキを刺した死神。その死神の漆黒のローブが彼女の背後で六枚の天使の翼(・・・・・・・)のようにそれぞれへ伸び、青い炎が燃える頭蓋骨が天使の光輪(・・・・・)とばかりに頭上に浮かぶ。

 

 白の天使。

 黒の死神。

 まるで何一つかみ合わない、正反対な二つが組み合わさったような姿だった。

 

 

 「――ッ!!」

 

 

 同時に私は彼女の元へと走り出す。

 助けようと、救おうと願うように手を伸ばす。

 

 

 「ガハッ、糞っ……ヴィーレ!! 逃げろ! そいつは――」

 

 

 後ろから聞こえてくるホオズキの声。

 その声は途中から耳に入ってこない。

 今度は止められたんじゃない、私が自ら聞くことを拒絶したのだ。

 

 (お願い、お願い、お願い!!)

 

 信じたいと。

 そんなの嫌だと。

 きっと嘘だと。

 手を伸ばす私の目には見えている、『アイラちゃん』だった者の名が。

 それでも、手を伸ばさずにはいられないのだ。

 

 (……どうか神様。お願いだからそれだけは!)

 

 この日、私は初めて神へと祈った(・・・・・・)

 ソレに手が届くまで、後数歩。

 その時だった。

 再び、透き通るような声が頭に響く。

 

 

 「ごめんね、ヴィーレお姉ちゃん?」

 

 

 彼女は泣きながら宣言する。

 

 

 『《アズラーイ-ル》』

 

 

 そして【殺戮熾天 アズラーイール】は片手に持つ十字架を模したナイフで――自身の首を掻っ(・・・・・・・)切ったのだった(・・・・・・・)

 

 

 

 

【致死ダメージ】

【蘇生可能時間経過】

【デスペナルティ:ログイン制限24h】

 

 

 



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第10話 戦いの火蓋は落とされた

今回は糞長い……いつもの1.5倍ぐらい?


 □碓氷八雲

 

 

 

 

 

 夕焼けに赤く染まった夕空に、燃えるような太陽が揺らめく。

 耳障りなほど煩いツクツクボウシの鳴き声。

 <Infinite Dendrogram>が発売されてから、まだ一か月も経たない真夏の日差しが容赦なく辺りを爛々と照らしていた。

 

 

 「……ん」

 

 

 大きな――豪邸とも言える大きな洋風の部屋。

 だだっ広い部屋にポツンと置かれたベットの上で一人の少女が声を漏らす。

 鈍い音を立て、振動する携帯。

 時間を告げる――あの日から三日。いや、現実での一日の経過を知らせるアラームを彼女は無造作に片手で止めた。

 

 うつ伏せに顔を埋めた枕。

 涙で湿ってしまったであろう枕から顔を上げ、顔の前に垂れ下がった一房の髪を後ろへと流す。

 

 

 「……こんなに一日が早く感じたのは初めてかも」

 

 

 黒い瞳に長い黒髪――<Infinite Dendrogram>における『ヴィーレ・ラルテ』と瓜二つの顔の少女は少し憂鬱そうにそう呟いた。

 ヴィーレが燃えるような、元気溌溂な女の子と言えば、彼女は真逆の女の子だ。

 日本人らしい容姿に少し吊り上がった目元。

 その身には誰も寄せ付けないような絶対零度のオーラを身に纏っている。

 仮に<Infinite Dendrogram>内でのヴィーレの知り合いが、現実の彼女を見ても同一人物だとは思わないだろう。

 しかしそれでも、彼女が『碓氷八雲』であり『ヴィーレ・ラルテ』であることは変わることのない一つの真実だ。

 そんな彼女はゆっくりとベッドから立ち上がり、姿鏡の前に立つ。

 

 

 「髪の毛ボサボサだ。こんな姿、人に見られたら心配かけちゃうな」

 

 

 手入れを怠ったボサボサの髪を撫でながら微笑する。

 ……だが、泣いて真っ赤に腫れていた目元は完全に元に戻っているようだ。

 昨日の時点で涙は全て出てしまったのだろう。

 夕焼けが差し込む部屋の中、彼女は自身の目を見ながら問いかける。

 

 (私は向こうでどんな顔をして、何をすればいいのだろうか)

 

 

 「……」

 

 

 答えは出ない。

 【殺戮熾天 アズラーイール】の正体がアイラちゃんだった。

 その悲しみは抜けきらないし、きっと再び相対しても泣いてしまうかもしれない。

 

 (アイラちゃんの事は忘れて、別の国へ出かけるのも悪くないかな?)

 

 自分自身に提案する考え、それを首を振って拒絶する。

 

 

 「それは駄目。逃げてしまえばきっとヴィーレはヴィーレでなくなってしまうから」

 

 

 どんな顔をして、何をすればいいのかは分からない。

 ……だが、やらねば為らぬことは決まっていた。

 

 

 「私がアイラちゃんを……【殺戮熾天 アズラーイール】を止める」

 

 

 勢いよく頬を叩き、気合を入れる。

 

 (それに……約束しちゃったしね)

 

 じんじんと痛む頬が決意を固いものとする。

 しかし今のままでは【殺戮熾天 アズラーイール】に勝ち目はないだろう。

 今より強い……新たな力が必要だ。

 そしてその為には時間が要る。こうしている時間さえも勿体ない。

 彼女はヘルメット型の装置を頭に被り、再びベットへと寝転ぶとスイッチを入れる。

 そして暗転する意識と共にもう一つの世界へとログインしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇<ブルターニュ> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「よお、随分と遅かったじゃねぇか。待ちくたびれちまったぜ」

 

 「……ねぇか」

 

 

 瞼を開くと同時に聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 数日ぶりの<ブルターニュ>の街並み、そのセーブポイントである大きな噴水の近くに無骨な大男と少女が椅子に腰かけていた。

 男は私を見てニヤリと笑い、少女は無表情に右手を小さく上げる。

 

 

 「……ごめん、でも戻ってきたから」

 

 「ハッ、お前がデンドロを辞めるんじゃねぇかなんて心配してねぇっつーの。そんなんで辞める玉でも無いだろ」

 

 

 「ガッハッハッハッハ」と大声を上げて笑うホオズキ。

 ……この男は私を何だと思っているのだろうか?

 普通ならそこは「信じてた」と言うところだろう。事が終わったら、またゆっくりと教えてあげる必要がありそうだ。

 

 

 「それにしてもログインするの早いね。私の方がデスペナルティになるのが早かったと思ったんだけど」

 

 

 椅子から立ち上がるホオズキとシュリちゃんを見ながら呟く。

 すると彼は何でもないように疑問に答える。

 

 

 「だって俺たちデスペナルティに成ってないからな」

 

 「……え? でも心臓を刺されたはずじゃ――」

 

 

 シュリちゃんはともかく、ホオズキはあの大鎌で心臓を刺されていたはずだ。

 下手をすれば【即死】判定。

 かろうじて生き延びても【出血】ですぐにデスペナルティになるはずなのだが……

 

 

 「そういう<エンブリオ>何だよ、俺のヤツはな。だから三日間お前が来るのを待ってたんだぜ?」

 

 「……しぶとい、それがホオズキ」

 

 

 少しお茶を濁すように話すホオズキにシュリちゃんが肩を竦める。

 ……そういえばホオズキの<エンブリオ>を直に見たことが無い。

 今までは、使いどころが限られる<エンブリオ>だからかと思っていたが……

 

 (もしかして今までもずっと使っていたのかな? 致命傷を無効か出来て、人から見えない<エンブリオ>……Type:テリトリーなのかも)

 

 ホオズキの言葉を聞き、そんなことを考える。

 しかし、今はそれどころではない。

 

 

 「それじゃあ、【アズラーイール】――アイラちゃんはどうなってるの!? 私はてっきりホオズキとシュリちゃんが戦ってるんだと思ってたんだけど……」

 

 

 少し焦りだす思考。

 たくさんの(ティアン)が死んでしまったが、これ以上アイラちゃんに人を殺させたくない。

 デスペナルティになる直前、アイラちゃんは私を見て泣いていた。

 まるで「人を殺したくなんて無い」とでも言うように、「誰か私を止めて」とでも言うように。

 アイラちゃんが【殺戮熾天 アズラーイール】であることは変わらない。

 それでも、これ以上殺したくないと泣いていたのだ。

 一番、ショックを受けているのは彼女自身。これ以上被害を出さないためにも、アイラちゃん自身の為にも【殺戮熾天 アズラーイール】を止めなくてはならない。

 

 

 「少し落ち着けよ。【アズラーイール】に関してはもう少し大丈夫なはずだ」

 

 

 焦りだした私にホオズキが落ち着くように言葉をかける。

 

 

 「お前がデスペナルティになった後、村に戻ってきた二人組の<マスター>に【アズラーイール】の足止めを頼んでおいた。

  足元を見られたが……まぁ、【契約書】で結んだ約束だから問題ないだぜ?」

 

 「二人組の<マスター>? でもあれから三日経ってるんだよ?」

 

 

 強力な<UBM>を相手に三日間戦い続けるなど不可能だ。

 有限なMPやSP、そして【空腹】や現実での【尿意】など。それに加え、擦り減った精神や集中力は回復しない。

 何人ものパーティーならともかく、二人の<マスター>だけで足止めできるとは思えない。

 そんな不安な気持ちが顔に出ていたのか、シュリちゃんが私に微笑んだ。

 

 

 「……大丈夫、あの二人なら問題ないよ」

 

 「あぁ、俺も少し様子を見ていたが……あの二人はなんていうか俺たちと真逆のタイプの<エンブリオ>だ。

  火力重視の個人戦闘型じゃねぇ、持久力重視の広域制圧型ってやつか?

  まぁ、とにかくあいつ等なら少なくとも、まだ後一日は大丈夫だぜ」

 

 「……そう? なんだ」

 

 

 持久力重視の『広域制圧型』。

 どんな<エンブリオ>かは全く予想がつかないが、二人が大丈夫と言うなら問題ないのだろう。

 

 

 「むしろ【アズラーイール】よりも、此方の方がピンチなぐらいだ」

 

 

 納得した私に向け、ホオズキが困ったように「ガッハッハッハッハ!!」と笑う。

 ……何の事だろう?

 

 

 「ピンチって――何がピンチなの?」

 

 

 聞き返す私。

 その言葉にホオズキは笑う声を止め、驚いたようにシュリちゃんと顔を見合わせる。

 そして暫く思案するような顔をして、何かに納得したように話し出した。

 

 

 「昨日の事だし、【アズラーイール】の事もあったからしょうがねぇな……お前、ネットで掲示板の情報を確認して無いだろ?」

 

 

 確認するような言葉に私は無言で頷いた。

 

 

 「……あれ」

 

 

 そんな私の服の袖をシュリちゃんが引っ張り、<ブルターニュ>の外――『メメーレンの遺跡』があった方向へと指を指す。

 私はその言葉に従うようにシュリちゃんの指差す方向へと振り返り……ソレを見た。

 

 ――ソレは『超』が付くほどの巨大な山。

 ――ソレは無骨ながら人の姿をしていた。

 ――ソレは<マスター>が放つ攻撃の光を鬱陶しそうに無視し、ゆっくりと此方へ近づいて来ていた。

  

 そしてソレには名前があった。

 

 

 

 

 

 ――【炬心岳胎 タロース・コア】

 

 

 

 

 

 視界に浮かび上がったその名に目を見開き、絶句する。

 

 

 「昨日に突如、姿を現してな……なんでか知らねぇが周りの岩石を取り込みながら<ブルターニュ>を目指してんだよ。十中八九、どっかの<マスター>が馬鹿やらかしたんだろうがな」

 

 「……それだけじゃない」

 

 

 絶句したまま固める私を再び引っ張りながら、シュリちゃんが違う方向――カルディナとの国境へ指をさす。

 

 

 「……」

 

 

 そしてそれを見た私は何も言葉を発しなかった。

 

 ――空へと伸びた三本の竜巻。

 ――砂煙を巻き上げた砂嵐。

 ――すべてを切り裂きながら、木々を吹き飛ばすカマイタチ。

 

 そして……それにも名前がある。

 

 

 

 

 

 ――【嵐竜王 ドラグハリケーン】

 

 

 

 

 

 「<ブルターニュ>の北には【殺戮熾天 アズラーイール】。

  東には【嵐竜王 ドラグハリケーン】。

  南には【炬心岳胎 タロース・コア】。

  んでもって、<アムニール>と繋がる西は、<UBM>を討伐しようとする<マスター>と逃げ惑うティアンで通行止め。どうだ、やばくねぇか?」

 

 

 ……やばい、どころの話ではない気がする。

 どうしてこんなタイミングよく<UBM>が三体も来るんだろう、明らかに人為的な気がして仕方がない。

 

 

 「まぁ、あんまり時間はねぇってことだ。<マスター>が好き勝手やってるおかげで今は足が止まってるが、そのうち此方へ侵攻してくるぜ?」

 

 「……ピンチ」

 

 

 確かにピンチだ。

 三体の<UBM>が<ブルターニュ>でぶつかり合えば、被害は想像を絶するものになるだろう。

 しかし――だからこそ、私の為すべきことは変わらない。

 ニヤニヤと楽しそうに【炬心岳胎 タロース・コア】を眺めるホオズキに私は告げる。

 

 

 「私は――アイラちゃんを止めるよ。その為にも新しい力が要るから、二人には悪いけど少しここを離れる。

  二人はどうするの?」

 

 「あ~、どうするか……」

 

 「……ホオズキ」

 

 

 何かを伝えようとホオズキを見上げるシュリちゃん。

 ホオズキもそれで何かを思い出したかのように頷いた。

 

 

 「いや、俺にも用事があったみたいだ。ヴィーレとはここでしばらく別行動だな」

 

 「うん、何かあったらメッセージを飛ばしてね。アイラちゃんを止めたら<ブルターニュ>に戻ってくるから」

 

 

 そんな私に彼は大きな声を上げて笑う。

 

 

 「お前に頼むことなんてねぇよ。むしろ遅かったら俺達だけであの二体倒しちまうぜ」

 

 「……楽勝」

 

 

 シュリちゃんが袖に隠れた手でブイサインを作る。

 本当に――本当に頼もしい二人だ。

 

 (この二人と知り合えて、パーティーを組んでよかったなぁ)

 

 心の底からそう思う。

 だが、今からは暫しの別れ。

 私はホオズキとシュリちゃんに向け、右手を突き出す。

 

 

 「また後で。無事に会おうね」

 

 

 その言葉に彼はニヤリと口角を吊り上げた。

 

 

 「……ほんと、お前が男だったら女子からモテモテだぜ?」

 

 「……惚れた」

 

 

 軽口と共に突き合わされた拳。

 そして私はホオズキとシュリちゃんから別れ、あるものを目指して走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 【前任【騎神】に勝利せよ】

 【成功すれば、次代の【騎神】の座を与える】

 【失敗すれば、次に試練を受けられるのは一か月後である】

 

 

 無機質なアナウンスが頭に響き、周囲の風景が一変する。

 一か月たっても変わらないあの風景、真っ白な空に地平線まで続く草原だ。

 そして……

 

 

 「おや? お久しぶりですね、ヴィーレさん。既に死んでしまった私に時間の流れと言う感覚はありませんが……あれからもう一か月ですか。

  それに……貴女も随分変わったようだ。何か、覚悟を決めたような『戦士』の貌をしている」

 

 

 一か月たっても変わらない、懐かしい声が私の耳に木霊する。

 私の師匠であり、前任【騎神】であるカロン・ライダー。彼はあの時と変わらぬ穏やかな表情で私に微笑んだ。

 たった一か月。

 それなのに懐かしさが込み上げてくる。

 時間が無限にあるならば、再び師匠と話したい。

 修行をしたい。

 そして騎乗の技術を見てもらいたい。

 だが、今の私には時間がない。

 だから……最低限の事だけを伝えよう。

 

 

 「この一か月、色んな事があったんです。新しい騎獣であるアロンとの出会いや、<マスター>のホオズキやシュリちゃんとの出会い。

  そしてアイラちゃんとの出会い」

 

 

 師匠は何を言っているかは分からないだろう。

 それでもニコニコと無言で私の話を聞いてくれる。

 

 

 「でも……悲しいこともあって、私の力不足で大切な友達を助けることが出来なかったんです。

  私の力不足……そして、彼女を助けるためにも私はもっと強くなりたい、力が欲しい」

 

 

 今に思えば慢心していたのかもしれない。

 『伝説級』<UBM>、【魔樹妖花 アドーニア】との戦闘から冒険(危険)を避け、安全な戦いに身を置いていたからだ。

 その結果がこれだ。

 大切な友達を救えず、泣いているのを見ていることしかできなかった。

 

 私はアレウスを《喚起》し、左手の紋章からフェイを呼び出し弓を構える。

 

 

 「だから……今日は勝ちます。私の全力で師匠を倒して、私が【騎神】を――ッ!!」

 

 

 その瞬間だった。

 地面を粉砕する轟音と共に、師匠の姿が幻影を残して掻き消える。

 

 とっさの判断だった。

 フェイが《紅炎の炎舞》で炎の壁を作り出し、アレウスが全力で地面を蹴り宙へと跳ぶ。

 私も反射的に二本の矢を前方へ向け放つ。

 そして……

 

 

 「えっ!?」

 

 

 宙を跳ぶ私の右腕を大きな衝撃が襲った。

 跳んでいたアレウスが急な衝撃に嘶きながらも、衝撃を逃がすように着地する。

 同時に私のベルトに付けられていた【身代わり竜鱗】――かつて潜ったダンジョン、<トラーキアの試練>で戦った【ハイ・スパイラル・ドラゴン】からドロップしたアイテムが小さな音を立て砕け散った。

 

 

 「考えなしに宙に跳ぶなとあれほど注意したはずですよ? 跳ぶならアレウスではなく、空中でも移動可能なフェイに《騎乗》しなさい」

 

 

 小さな音を立て地面に着地する師匠。

 その右手には大きな突撃槍が握られ、左手には私が放ったはず(・・・・・・・)の二本の矢が握(・・・・・・・)りこまれていた(・・・・・・・)

 ――戦慄。

 フェイの炎で少し焦げた体を軽く払い、師匠は笑う。

 

 

 「しかし、安心しました。ヴィーレさんが私の弟子で」

 

 

 思わず笑ってしまいそうになるほどの覇気に顔を引きつらせながら師匠を見る。

 

 

 「先日、私を見るなり頭を下げて【騎神】を譲ってくれと言ってきた者がいたものですから……思わず突き殺してしまいましてね」

 

 

 「体が若い影響ですかね?」と呟きながら笑う師匠。

 

 

 「本当にヴィーレさんが弟子でよかった……『譲ってくれ』と言い出さなくて。

  

  来なさい、我が弟子。【騎神】が欲しいなら、全力を超えて戦うことです。……私も全力で貴女に答えましょう」

 

 

 ……本当にスパルタな師匠だ。

 思わず顔が引きつってしまう。

 だが……こんなところで逃げ出してしまうようではアイラちゃんは救えないだろう。

 微笑む師匠に私も笑う。

 

 

 「……行きます、師匠!!」

 

 「ええ、来なさい。ヴィーレさん」

 

 

 言葉を皮切りに二つの足音が駆けだした。

 これより始まるのは戦いであり、一つの試練――【騎神】の『転職クエスト』である。

 

 ――クエスト、スタート。

 

 

 

 

 

 ◇<ブルターニュ> 【狂戦士】ホオズキ

 

 

 

 

 

 ヴィーレと別れてから数分。

 ホオズキは<ブルターニュ>の南方――ティアンたちが避難し、人気のなくなった街並みを歩いていた。

 その傍らではシュリちゃんがテケテケと暇そうにしながら歩く。

 散歩……でもなく、買い物をするわけでもない。

 ましてや<UBM>たる【炬心岳胎 タロース・コア】に挑むわけでもない。

 ただひたすらに、ひたすらに歩く。

 そして……

 

 

 「……おい! いつになったら出てくんだよ!? 用があるんならさっさと出てきやがれ!!」

 

 

 自分の背後、誰もいないだろう街並みにイライラしたように大声で叫んだ。

 もちろんその叫びに答える者はいない。

 もしくはホオズキの怒声に怯えてしまったかだが……この程度で怯える者はすでに<アムニール>へと非難しているだろう。

 怒声から数秒

 静寂のみが彼に返事を返した時だった。

 

 

 「ニャッハッハッハッハーー! 煩いニャ、お前からは馬鹿特有の音が聞こえるニャ」

 

 

 不思議な語尾をつけた軽快な笑い声が街並みに響いた。

 

 

 「ちっ! 出てくんならさっさとしろ。こっちも暇じゃねぇんだよ」

 

 「……暇、だけどね」

 

 

 二人は軽口を叩きながら、声のする方――大きな建物の屋上を見上げた。

 そこに居たのは一人の獣人。

 褐色の肌に露出の激しいファンタジー特有なビキニアーマーを着けた女性。

 彼女は嬉しそうに尻尾を揺らしながら、猫のように喉を鳴らす。

 

 

 「ニャハハ! 馬鹿だからみゃーの事にも気づいてないと思ったニャ」

 

 

 笑う女性。

 そんな彼女にホオズキは舌打ちをしながら頬を痙攣させる。

 

 

 「馬鹿はお前だ、この痛女が。そんな語尾しやがって……頭蒸発してんじゃねぇの」

 

 「……おまいう?」

 

 

 隣で首を傾げるシュリちゃんを無視し、ホオズキは続けて口を開く。

 

 

 「まぁいい。それより用があるならさっさと言え、何度も言うが俺達も暇じゃねぇんだ」

 

 

 その言葉に獣人の女性は笑いながら尻尾を地面へと打ち付ける。

 そして自身が立つ建物の屋上から躊躇いなく飛び降りた。

 

 レジェンダリア特有の大樹を利用した大きな建物。

 その高さは優に現実の十階建てマンションを超えている。普通に飛び降りれば<マスター>といえど、良くて【両足骨折】、悪くてデスペナルティだ。

 だが……女性は違う。

 

 それはまるで『パルクール』を彷彿とさせる……猫のような身軽な動きだった。

 窓から窓へ。

 空中に伸びた木の枝を尻尾でつかみ、方向転換。

 三角跳びのように壁を蹴る。

 そして……

 

 

 「別におみゃーに用があった訳じゃ無いニャ。ただの気まぐれ、暇つぶしだニャ」

 

 

 ダメージを負うことなく着地した彼女はニヤリと嗤う。

 

 

 「はぁ? それなら――「ただ!」――あ?」

 

 「ただ、ついさっき考えが変わったニャー」

 

 

 ホオズキの言葉を途中で遮りながら猫は笑う。

 

 

 「みゃーの趣味は強いやつをボコボコにすることニャ! だから……みゃーの事を馬鹿にしたおみゃーはここで殺しておくニャー」

 

 「はっ! 寝言は寝て言え、俺達は暇じゃねぇっつってんだろうが。戦いたいなら<UBM>にでも突撃して死んで来い」

 

 

 話にならんとでも言うように彼女を無視して、シュリちゃんを連れて歩き出すホオズキ。

 あぁ、これが正しい反応だ。

 こんな頭の可笑しい猫女にかまっている余裕はないのだが……

 

 

 「何ニャ? 逃げるのかニャ?」

 

 

 子供でさえ笑って流すような挑発。

 誰もが無視するだろう子供じみた挑発が彼の足を止めた。

 彼が子供程度の精神を持っているから、止まったわけではない。

 

 ――『逃げる』

 

 彼にとって――ホオズキにとってタブーな言葉が彼の足を止めたのだ。

 再び猫女へと向き直るホオズキ、その額には怒り(・・)を象徴するかのように血管が浮かび上がっていた。

 

 

 「おい、糞女。その喧嘩買ったぞ」

 

 「……ホオズキ、怒りっぽい」

 

 

 隣でシュリちゃんがやれやれとため息を吐くが構わない。

 すでにホオズキには目の前の糞女をぶちのめす事しか頭に無いのだから。 

 そんな彼を見て猫女もケラケラ笑う。

 

 

 「ニャッハッハ! 弱い奴ほど良く吠える、弱い奴ほど喧嘩っ早いニャ」

 

 「ハッ! 戦うことが好きだなんて粋がる奴は口が軽いな!! たかが猫の分際で!!」

 

 

 ホオズキはこめかみを引きつらせ、猫女はゴロゴロと喉を鳴らす。

 

 

 「ニャッハッハッハッハっッハッハ!! みゃーは決めたニャ」

 

 「ガッハッハッハッハッハッハッハ!! 俺も決めたぜ」

 

 

 

 

 

 

 「「お前はここでぶっ潰す(ニャ)!!」」

 

 「……二人とも、喧嘩っ早い」

 

 

 やれやれと肩を竦めるシュリちゃん。

 しかしその口端は上へと上がり、妖艶に唇を舐めとった。

 

 誰もいない<ブルターニュ>の街並み。

 <マスター>は<UBM>へと向かい、ティアンは<アムニール>へと非難する中。

 互いに何か大切な物が、譲れないものの為に戦うわけではない。

 ただ『目の前の敵が気に入らない』だけ、それだけの唯の殺し合い。

 

 

 「俺の名はホオズキだ。覚える頭があるかは知らねぇが、三日間向こう(現実)で悔しがってろ」

 

 「ニャッハッハ!! もう忘れたニャ。負け犬の名前なんて覚える気はにゃいニャ!!

  おみゃーこそ覚えておくニャ! みゃーの名は――“ジャガーノート”、せいぜい悔しがるニャ!!」

 

 

 ……本当に子どものような言い合い。

 だが、ここから始まるのは本気の殺し合い。

 

 

 「……ぶっ殺す。手加減なしだ、行くぞ――【シュテンドウ(・・・・・・)()】!!」

 

 「……うん。行こう、ホオズキ(<マスター>)

 

 「いい音で鳴くニャ!! ――【バステト】!」

 

 

 互いに<エンブリオ>を呼び出した――『猫と鬼』の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

 




ヴィーレ、そしてホオズキの第一バトル。

……ついでに【騎神】をかけた師匠とのバトルは描写しない予定です。
申し訳~


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第11話 街での会話と殺しあい

……無理でした。
ホオズキと“ジャガーノート”の戦闘シーン書けんわw


 ■<ブルターニュ>

 

 

 

 

 

 人影一人すら見かけない<ブルターニュ>の街。

 レジェンダリアとカルディナを結ぶ“交易都市”では有り得ない――目を疑うような状況だ。

 もぬけの殻となった街並み。

 そんな街の中央――大樹の中身をくり貫いたような外見をした『オークション会場』の屋上に一人の男が立っていた。

 レジェンダリアでは珍しくもない種族、エルフの青年だ。

 燕尾服を着こなし、後ろに纏められた金髪が不思議と落ち着いたような雰囲気を滲ませるエルフの青年。

 

 そんな容姿だからだろうか?

 人影一人見られない街並みに佇む一人の青年、それはどこか違和感を生み出している。

 しかし違和感を生み出しているのは彼自身、当の本人がその事に気付くはずも無い。

 エルフの青年は空っぽの街に目を細め、口端を上げ『クツクツ』と嗤う。

 

 

 「どうかしたんすか? そんなニヤニヤして気持ち悪いっすよ?」

 

 「気持ち悪いとは失礼ですね……まぁ、嬉しくてニヤニヤしてしまっているのは事実ですが」

 

 

 肩を竦めながら嗤うエルフの青年。

 突如掛けられた声にも驚かず一点を見つめる彼の背後で、一人の人物がもたつきながらゆっくりと彼の居る屋上へと登り上がった。

 屋上へと登るのが疲れたのか、その人物は大きく息を吐きながら肩を伸ばす。

 

 

 「……それより“ジャガーノート”は無事見つけられましたか?」

 

 「ばっちりっす!! レベルの高いモンスターがうようよ居るところに籠ってたんで苦労したっすよ~。

  でも、流石オレっちの<エンブリオ>っすね! この程度ならお茶の子さいさいっす! 

  まぁ、<ブルターニュ>に着いてすぐにどっかいっちゃったすけど……連れてきた方が良かったっすか?」

 

 

 エルフの青年の疑問に、謎の人物は軽い調子で返事を返す。

 しかし、その喋る姿は……異様だ。

 誰一人居ない街に立つエルフの青年以上に異様と違和感の塊と言っても間違いではないだろう。

 

 

 ――長く立派な白髭と帽子に隠れた短い白髪。

 

 ――首には探検家らしい大きなマフラーに背にはバックアップ型のアイテムボックス。

 

 ――そしてその老人の頭の上には……左手に“器を握る手”の紋章を持つ青い(・・・・・・・)()が乗っている。

 

 

 これほど違和感があることは無い。

 <マスター>の紋章を持つ、喋る鳥だ。

 エルフの青年は、冒険家風の老人の上で喋る鳥に視線を移しながら口を開く。

 

 

 「いえ、別に構いませんよ。それに彼女の居場所は把握していますから」

 

 

 そう言いながら街へと視線を戻し――塵となって崩れる建物を見た。

 

 

 「アッハッハッハ、分かりやすいっすね! ジャガーさんの戦闘を見たのは初めてっすけど……こう見ると凄いっす」

 

 「私達の中で唯一の戦闘職ですから。それに何でも、リアルで中国拳法を齧っていたそうです」

 

 「……怖すぎるっす。もしかして殴られたら一撃でデスペナルティになるん――」

 

 

 言葉を言い終える直前。

 何かが吹っ飛び、再び大きな建物が瓦礫と化した。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……そう言えば、何でそんな恰好してるんすか? そんなモテたいかの様な格好して……今は『セトゥー』さんでしたっけ?」

 

 

 目の前で起きた惨劇から、目を反らすように投げかけられた疑問。

 その疑問にエルフの青年――【高位鑑定士】兼、【競売人】であるセトゥーは首を傾げ、何かに気が付いたかのように大きく頷いた。

 

 

 「そうでした、長い間この姿になっていたので……」

 

 

 おそらく第三者が聞いても、首を傾げるだけの意味の分からない言葉。

 そんな意味の分からない言葉をセトゥーは呟き……

 

 

 「……《二十の怪人》」

 

 

 ――自身の顔面を引(・・・・・・・)ん剝いた(・・・・)

 

 

 同時にエルフ特有の長耳はゴミのように崩れ落ちる。

 後ろに纏められていた金髪、女性が羨むような白い肌はもう姿形もない。

 そこには燕尾服を身に纏う、全くの別人が立っていた。

 

 

 「あァー、この姿になるのも一か月ぶりだナァ。ずっと変装(・・)していると前の姿を忘れてしまうワ」

 

 

 紳士のような丁寧な口調ではなく、片言交じりの言葉。

 彼は懐かしそうに自身の姿を見渡し……“白い仮面”の紋章が刻まれている左手の甲を空に掲げる。

 

 

 「いつ見ても凄いっすね! オレっちの腹話術なんかと比べ物にならない演技力っす」

 

 

 楽しそうに声を荒げる青い鳥。

 

 

 「慣れだヨ、慣レ。何なら爺さんも【役者(アクター)】でも取ってみたらいいんじゃねぇカ? 結構使えるスキルも多いゼ?」

 

 「嫌っすよ! オレっちは全部のジョブを【探索者(シーカー)】系統で埋めるって決めてるっす!!」

 

 「はぁーン。そのアバターと言イ、変わった爺さんだナ」

 

 「腰に白鳥の模型を着けている変態に言われたくないっす! あ、でもさっきより、そっちの姿の方が似合ってるっすよ?」

 

 

 互いに笑いながら軽口を叩きあう一人と一匹。

 笑い声が響かせながら、オークション会場の屋上で<ブルターニュ>の街の向こうを眺める。

 そして笑い声が止んだ時だった。

 青い鳥の<マスター>――クラン<クレイジーパレード>内で“爺さん”と呼ばれる鳥が何かを思い出したかのように羽をパタパタと動かした。

 

 

 「そういえば、これってどう収拾つけるんすか?」

 

 

 【炬心岳胎 タロース・コア】を呼び起こした張本人は他人事のように、隣の仲間へと話しかけた。

 

 

 「しらねーヨ。他の<マスター>が倒すか、『超級職』のティアンが最後は何とかしてくれるんじゃねぇかナ?」

 

 

 同じく、【嵐竜王 ドラグハリケーン】を呼び込んだ白鳥の男は適当に返事を返す。

 

 

 「……適当っすね~」

 

 「お前もナ」

 

 

 <ブルターニュ>の街を阿鼻叫喚に落とし込んだ元凶の一人と一匹。

 そんな二人は興味が無いように会話を交わす。

 彼らは――<クレイジーパレード>は『遊戯派』の集団。

 

 ――暇だから。

 

 ――イベントを待つのは退屈だから。

 

 そんなしょうもない理由から、自分たちで楽しいことをしようと行動する愉快犯。

 故に彼らは、すでにこの現状について興味はない。

 楽しいことを起こし、後は事態が収束するのを待つだけなのだから。

 

 

 「よし!」

 

 「ン? どうしたんだよ、爺さン?」

 

 「暇なんで、<ブルターニュ>に隠されているお宝でも貰って来るっす!!」

 

 

 暇だから。

 そんな理由で、火事場泥棒をすると宣言する仲間に男は興味なさげに相槌を返した。

 

 

 「【ドラグハリケーン】がたどり着くまでに終わらして来いヨ。あれが来てからが本番だからナ」

 

 「分かったっす!」

 

 

 元気よく返事する青い鳥。

 そして……

 

 

 「行くっすよ! 《聖杯探索》!」

 

 

 紡がれたスキル名と共に、青い鳥である<マスター>を乗せていた老人型<エンブリオ>が掻き消えた。

 そんな仲間の姿を傍目に、白鳥の男はため息を吐く。

 再び、独りだけになった屋上。

 その時を待つ(・・・・・・)彼は暇そうに<ブルターニュ>の街へと視線を移す。

 

 

 「まァ、偶にはこんなのも悪くないかナ」

 

 

 おそらく、もう一人の仲間である“ジャガーノート”が戦っている戦場へと、視線を落としたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「■■■■■■ァアッ!!」

 

 「ニャッハッハッハッハ!!」

 

 

 互いの拳が、振り抜く脚がぶつかり合い空気を揺らす。

 外れた鬼の剛腕は地面を大きく抉り取る。

 振るわれた猫の脚は弾丸のように飛び散る瓦礫を塵へと変える。

 

 ――鬼の剛腕、受け流す。

 

 ――唸りを上げる猫の尾、蹴り弾く。

 

 ――隙を狙う血の剣山、回避。

 

 ――超振動する猫の手、迎撃。

 

 それはまさに一撃必殺の殺し合い。

 猫が三次元的に壁を疾走し、鬼がその拳で瓦礫に変える。

 見る者が見れば、<UBM>との戦闘が起こったのではないかと幻視するような戦闘跡。

 辺りをなりふり構わず破壊しながら二人の<マスター>が猛っていた。

 

 

 片方は猫の女、“ジャガーノート”

 

 ――猫を模した黄金の篭手と脚甲。

 

 ――彫刻を施された黄金の鈴を耳に付け、黄金の装甲を纏う尻尾が空気を鳴らす。

 

 ――獣のような――猫のような動きで辺りを駆ける。

 

 

 局所的に全身に纏う黄金の装備、それこそが彼女の<エンブリオ>であり“ジャガーノート”たらしめる所以。

 ――Type:アームズ、【狂震猫装 バステト】。

 両手、両足。そして長い猫の尾から響く超振動が辺りの建物を破壊し、殴ったところを塵へと変えていく。

 モノを破壊することに長けた<エンブリオ>。

 では、この【狂震猫装 バステト】で生物を殴ればどうなるか?

 もちろん答えは一つである。

 

 

 「ニャハハ、さっさとくたばるニャ!!」

 

 

 振るわれた長い猫の尾が、空気を切りながらホオズキの右腕を打ち抜き……

 

 

 「チッ! てめぇが死ねや!!」

 

 

 血が噴き出し【右腕骨折】と【出血】が表示された右腕。

 超振動、超音波を用いた内部からの人体破壊。

 しかしそんなズタボロと成った右腕で、ホオズキは“ジャガーノート”へと殴り掛かる。

 AGIの差だろうか?

 ユルリと躱された右腕が空気を叩く。

 そして……

 

 

 「ほんとにおみゃーは人間かニャ? まるでモンスターと戦っている気分だニャ」

 

 「てめぇこそピョンピョンと変に動きやがって。獣か何かと戦っている感覚だぜ」

 

 

 血煙を上げなが(・・・・・・・)ら再生する右腕(・・・・・・・)を傍目に距離を取る。

 ホオズキをモンスターのようだと言う“ジャガーノート”。

 ……その言葉は的を得ている。

 正しく、今のホオズキは『人』ではない。

 

 

 ――額から生え伸びる、長さの違う二本の鬼角。

 

 ――体を渦巻くように広がっていく、黒の紋様。

 

 ――そして血煙を上げながら再生を続けるホオズキの巨体。

 

 

 その姿はまさに『鬼』であり、種族も『人』から『鬼』へと変化している。

 ――Type:メイデンwithアームズ、【到達鬼姫 シュテンドウジ】。

 それこそが彼の、ホオズキの<エンブリオ>。

 

 【狂戦士】のSTRとAGIに加え、鬼特有の筋力と再生力。

 それを言い表すならまさに『鬼』、モンスターと言う名が相応しいだろう。

 そんなホオズキに“ジャガーノート”はケラケラと嗤い、話しかけた。

 

 

 「しかし、おみゃーの<エンブリオ>は変なもんだニャ―。自信を強化する<エンブリオ>は腐るほど見てきたが、おみゃーのようなのは初めてニャ」

 

 

 可笑しそうに肩を竦めながら嗤う“ジャガーノート”。

 そんな彼女をホオズキは、人を殺せそうな目で睨みつける。

 

 

 「……世間話に付き合ってる暇はねぇんだよ。お喋りしたいなら、さっさと死んでリアルで好きなだけ話して来い」

 

 「ニャ―、せっかちな奴はモテないニャ? それに戦闘をこのまま続けてもいいのかニャ?」

 

 「……何が言いたい」

 

 

 “ジャガーノート”へと向け、踏み出したホオズキ。

 踏み出した足を止めながら、視線を目の前の猫女へと向ける。

 そんな視線に彼女はお道化た調子で口を開く。

 

 

 「おみゃーも分かってるニャ? このままだとおみゃーがみゃーに勝てない事は」

 

 「……」

 

 

 黙りこむホオズキ。

 そんな様子を見て“ジャガーノート”は言葉を続ける。

 

 

 「おみゃーとみゃーには決定的な差があるニャー、それはAGIの差。おみゃーの<エンブリオ>とジョブはおそらくSTRとAGIに特化したものニャ?。だけどみゃーの<エンブリオ>とジョブはAGI特化型だニャ。

  少なくともAGIは二倍の差……それにみゃーにはおみゃーの音が聞こえてるニャ」

 

 

 “ジャガーノート”が言っていることは正しい、全てが正しい。

 

 ホオズキの【到達鬼姫 シュテンドウジ】はAGIとHP、そしてSTRに伸びたものであり、【狂戦士】もそれに合った補正が掛かっている。

 

 それに対して“ジャガーノート”の【狂震猫装 バステト】はAGI特化型。

 ジョブも【軽戦士(フェンサー)】系統で埋められた、典型的なAGI型。

 攻撃手段を振動波のみに絞り込んでいる上、彼女のセンススキルである相手の心音を聞き取る能力から、敵の攻撃のタイミングを読んでいる。

 

 ホオズキの攻撃が当たれば、一撃でデスペナルティに陥る。

 しかしその攻撃も当たらなければ意味がない。

 

 

 「実際におみゃーの攻撃はみゃーに一撃も届いてないニャ。それに対して……」

 

 

 “ジャガーノート”は自身の四肢を纏う【狂震猫装 バステト】を眺めて笑う。

 黄金の武具である【狂震猫装 バステト】。

 しかし、輝いているはずの<エンブリオ>は何かに濡れて、その色を失っている。赤褐色へと変化した<エンブリオ>。

 

 ――そう、『血』だ。

 

 彼女の身体は返り血に濡れ、ホオズキの身体は傷を受けては再生を繰り返しているのだ。

 それが指し示す意味は一つ。

 この戦いが一方的なものであることを示していた。

 

 

 「みゃーの心は寛大ニャ。もしおみゃーが敗けを認めるなら、みゃーが一撃でぶっ殺してやるニャ?

  おみゃーはデスペナルティが早く終わる。

  みゃーはおみゃーをぶっ殺して、気分もスッキリ。

 

  どうニャ? これでみんなハッピーニャー?」

 

 

 提案にも成らない、馬鹿げた戯れ言。

 仮に誰であろうとその提案を受け入れるものは居ないだろう。

 だが……

 

 

 「フハッ、ガッハッハッハッハ!!」

 

 

 その言葉を聞き、ホオズキは大声で笑い声を上げる。

 そして、不可解そうに首を捻る“ジャガーノート”に向け、ニヤリと笑った。

 

 

 「乗ったぞ、その提案」

 

 「ニャ?」

 

 

 彼女自信も乗ってくるとは思っていなかったのか、小さく驚きの声が漏れる。

 そんな彼女にホオズキは宣言する。

 

 

 「次の一撃でてめぇのどってっ腹に大穴をあける。

  てめぇは死んで、リアルでたくさんお喋りが出来る。

  俺はてめぇをぶっ殺して、気分もスッキリ。

 

  ……ってことだろ?」

 

 

 その言葉の意味を理解しきれず、ポカンと呆ける“ジャガーノート”。

 そして次の瞬間、その顔を猛獣のものへと変化された。

 

 

 「……黙って死ね、《共振四重奏》」

 

 「ハッ、おいおい! 語尾忘れてるぜ、糞猫!!

  《血の代償》――《巨人の隻腕》。《フィジカルバーサーク》、《凝血》!」

 

 

 狼煙は血煙。

 攻撃は互いに一撃必殺。

 今、二人の<マスター>が敵を殺さんともぬけの街を駆け出したのだった。



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第12話 神に祈る者と答えた鬼

 □□□

 

 

 

 

 

 ――『必殺スキル』

 

 

 そう呼ばれるスキルがあるらしい。

 <Infinite Dendrogram>で確認されたのは、つい一ヶ月前の事。

 一人の<マスター>の<エンブリオ>が第四形態へ進化した時の出来事だった。

 更にそれから一ヶ月経った今現在では、『必殺スキル』自体は珍しいものの、その効果は幾つもの検証によって明らかとなっていた。

 

 

 一つ、第四形態以上の<エンブリオ>――『上級エンブリオ』と呼ばれる形態に至ることで覚える事があるらしい。

 

 二つ、必殺スキルは自身の<エンブリオ>の名を冠するスキルであること。

 

 三つ、必殺スキルはその<エンブリオ>の特性を発露した、強力かつ最大最強の必殺のスキルであること。

 

 

 恐らく、今現在で必殺スキルを覚えている<エンブリオ>は全体の2割程度に収まるだろう。

 では、【狂震猫装 バステト】は?

 【到達鬼姫 シュテンドウジ】は『必殺スキル』を持ちうるだろうか?

 

 

 ――答えは、否だ。

 

 

 【狂震猫装 バステト】の到達形態は第四形態、しかし必殺スキルは持っていない。

 【到達鬼姫 シュテンドウジ】の到達形態は第三形態、故に必殺スキルを持ち得ない。

 

 

 ――そして再び『否』と言おう。

 

 

 彼らが今よりぶつけ合うのは必殺スキルとは呼べはしない。

 だが、ホオズキが“ジャガーノート”が敵を殺す為にこれ以外無いと確信する技。

 彼らが最も信頼を寄せる技。

 必ず殺す技。

 即ちそれは――

 

 

 ――紛れもない、確かな一つの『必殺』である。

 

 

 

 

 

 □<ブルターニュ>

 

 

 

 

 

 真っ先に動いたのは“ジャガーノート”だった。

 四肢に装備した【狂震猫装 バステト】の鍵爪が地面を捉え、一瞬で最高速度と到達する。

 

 地面は割れ、瓦礫が散乱した街通り。

 森の中程では無いと言え、荒れ果てた道。

 しかし【疾風軽士(ゲイル・フェンサー)】である“ジャガーノート”はものともしない。まるで獣の如く駆け抜けた。

 まさに、一瞬の瞬きの間の出来事、AGI型故に為せる動きである。

 

 

 「――ッ!」

 

 

 今までとは一線を画す速さ。

 ホオズキは一瞬で懐に潜り込んだ“ジャガーノート”に目を見開き、拳を振るおうと血流を加速させる。

 幸いなことにホオズキと“ジャガーノート”のAGIが、体感で三倍以上差がついているわけではない。

 

 (こいつの方が少し速ぇ、だが……意地でも殺す!!)

 

 防御はしない、自滅覚悟の相打ち狙い。

 《フィジカルバーサーク》で強化された剛腕が風を切り、亜音速で振り抜かれる。

 そして……拳が“ジャガーノート”の身体へと届かんと言う時。

 

 “ジャガーノート”は鋭い目尻を上げ、破滅の言葉を呟いた。

 

 

 「――――《ブラスト・リターン》、《共振四重奏(キャッツ・トリック)》」

 

 

 ――轟音。

 ――凄まじい衝撃。

 ――そして……何かが腹を突き抜けるような違和感と共に、ホオズキはその場に倒れ伏したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ジャガーノート”の<エンブリオ>である【狂震猫装 バステト】。

 【狂震猫装 バステト】は一つの能力に特化したシンプルな<エンブリオ>だ。

 

 その能力とは――『超震動波』。

 

 高いAGI補正と超震動波による攻撃。

 たったそれだけの簡単な、悪く言えば単純な<エンブリオ>。

 ……だが、それ故に強い。

 

 

 ステータス補正以外のリソースを、一つの『超震動波』に全てが注がれた<エンブリオ>。

 

 音波という全方位攻撃を活かした音の結界。彼女の半径五メテル以内に入ったものは、超震動波に砕かれ塵となるだろう。

 

 超震動波を<エンブリオ>――四肢の武具に集中させた震動拳。その拳は敵の防御力に関係なく、内部から身体を破壊する。

 

 あらゆる音を聞き取ることが出来る技能を持つ“ジャガーノート”、彼女はモノに固有振動を合わせて崩壊させることすら可能とする。

 

 

 では、そんな【狂震猫装 バステト】を持つ“ジャガーノート”の『必殺』とは何だろうか?

 その答えは、意外であり、必然であり、聞けば納得できるもの。

 

 

 ――『猫だまし』

 

 

 それが彼女にとっての『必殺』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ニャ、ニャハハハハ。やっぱり威勢がいいのは口先だけだったニャ!」

 

 

 腰に手を当て、高らかに嗤う“ジャガーノート”。

 それはまるで勝利の勝ち声。

 先ほどとは反対に、一切の音が消えた<ブルターニュ>の街に笑い声を響かせる。

 そんな彼女の足元には……胸に大穴を空け(・・・・・・・)たホオズキ(・・・・・)が無残に倒れ伏していた。

 その体はピクリとも動かず、ただ血だけが川のように流れ、血だまりを作る。

 

 しかし、ホオズキだけではない。

 辺りに広がっていた住宅街もその形を無くしている。

 嗤う“ジャガーノート”を中心に半径五メテルが塵と化し、木、岩、ガラスに関係なく木端微塵に吹き飛んでいた。

 

 

 これが彼女の『猫だまし』。

 名前とは裏腹に恐ろしい威力が込められた『必殺』。

 

 その正体とは……ただの音爆弾である。

 

 

 最大威力が込められた超振動波による音爆弾。

 

 【狂震猫装 バステト】の固有スキル――超振動波を四つ重複させ、威力を底上げする《共振四重奏》。

 

 【疾風軽士】の奥義――一つのスキルの効果を二度起こし、疾風で威力を増大させる《ブラスト・リターン》。

 

 簡単に例えるとするならば、八重に重ねられた音爆弾だ。

 そう、八重に重ねられた超振動波(・・・・)

 幾つも重ねられた振動波――ならばそれが起こす現象は誰でも想像がつくだろう。

 

 

 ――『共振』

 

 

 一つの波長の波に同じ波長の波を合わせることで、その大きさを二倍へと膨れ上げさせる。

 一つの波長の波に真逆の波長の波を合わせることで、その大きさを半減させる。

 中学生で習うような理科の実験。

 

 

 【狂震猫装 バステト】は素の威力で瓦礫を塵へと変える。

 その最大出力。

 八つの超振動波による共振。

 《ブラスト・リターン》によって加速……強化された音爆弾。

 その威力は想像を絶するものである。

 

 

 【狂震猫装 バステト】、それは『狂震』であり『強振』であり、『共振』。

 その『猫だまし』を聞いたものは、三半規管を破裂させ、脳震盪を起こし、その体を内部から破裂させる。

 モノも者も関係ない。

 全てを破壊し崩壊させる。

 

 

 故に彼女は仲間たちからこう呼ばれるのだ――“ジャガーノート”、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇ ???

 

 

 

 

 

 一人の男の話をしよう。

 

 

 男は……青年はどこにでも居るような高校生だった。

 同級生と共に勉学に励み、空手部でレギュラーの座を狙い稽古する日々。

 いわゆる一般的な高校生活。

 恋人なんて言うものは出来なくても笑いあえる仲間がいる、幸せな毎日だった。

 その日が来るまでは。

 

 

 『急性白血病』

 

 

 それが医師から下された診断だった。

 不治の病……とまでは言わないものの死亡率の高い、いわゆる血液の癌。

 しかし男は明るい性格の高校生だった。

 

 ……頑張って、死ぬほど足掻いて病気など気にせず生きてやろう。

 空手部の試合に出られないのは残念だが、病院から心から応援してやろう、と。

 

 高校二年の夏の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――『四年』。

 

 言葉にしては短すぎ、感覚的には永遠に感じる長い年月。

 あの時と同じ、蝉の声が煩い季節に男は変わらず同じベッドに横たわっていた。

 

 ――鍛え上げたはずの筋肉、しかし今では枯れ枝のように細くなっていた。

 ――苦楽を共にした親友、しかし今ではSNS上だけの知り合いとなっていた。

 ――足掻いて生きてやる、しかしその決心もただ生きているだけの自分の世話をしてくれる両親への負い目に変わっていた。

 

 輝いていたはずの瞳は暗く伏せ、目標もなくただ生きる。

 男は生きて――死んでいた。

 夏の暑さにも何も感じず、死んでいく蝉に目を落とす。

 すでに自室と化している病室内には冷房の音が鳴り、母親が消し忘れて帰っただろうテレビの音が聞こえてくる。

 

 (……煩い)

 

 雑音を消そうとリモコンへと手を伸ばす。

 そして……その姿を見た。

 

 

 大きく、鍛えられた身体の男。

 そしてその男に立ち向かうようにリングに立つ、足を引きずる(・・・・・・)青年。

 

 “アンクラ”、そう呼ばれるU-17の格闘大会の決勝の様子だった。

 残念そうな声で開設される声。

 「頑張れ!」と叫ぶ、無責任な観客の歓声。

 

 (……これは駄目だな)

 

 テレビの様子を見て僅かに内心がっかりする。

 足、それは全てのスポーツ、そして武道に関わらず最も大切な場所である。踏み込めない足で突かれた正拳突きほど弱い攻撃を男は知らない。

 格闘大会で足に怪我を負う、つまりはそういう事だった。

 

 そして……戦いのゴングと共にその考えは蹴り飛ばされた。

 怪我をした足で放たれた一撃。

 勝ち声のように上げる右手。

 

 男は自分より年下の青年のその姿に『可能性』を見た。

 

 そんな彼が<Infinite Dendrogram>を手にするのは数年後の話である。

 

 

 

 

 

 ◇【狂戦士】ホオズキ

 

 

 

 

 

 二つ、パーティーを組んだヴィーレに対して嘘を吐いた。

 

 

 一つは自身のジョブ。

 「俺の名前は『ホオズキ』――【狂戦士(ベルセルク)】のホオズキだ!」

 その言葉に嘘ではない。

 だが事実でもない、自身のレベルは『150』を超えているのだから。

 

 そして二つ目、シュリについて。

 隠した……と言うわけではないが、今の今まで言えてない秘密。

 シュリは<マスター>ではない。

 真明を【到達鬼姫 シュテンドウジ】、Typeメイデンwithアームズの<エンブリオ>だ。

 

 

 

 『……ズキ、…オズキッ!!』

 

 

 声が聴こえる。

 何度も聞いた、相棒の声。

 

 

 

 <Infinite Dendrogram>の世界で男は――ホオズキは神に願った(・・・・・)

 

 ――誰にも負けない、強い身体を。

 ――折れることの無い、不屈の精神を。

 ――誇りに思える信念を。

 

 ホオズキは『無限の可能性』を謳う<Infinite Dendrogram>の神に願ったのだ。

 

 

 

 『……起きてっ、ホオズキ!!』

 

 「……あぁ、聞こえてるぜ」

 

 

 

 神は彼の願いに答えなかった。

 しかし……一人の鬼が――彼女(シュリ)が現れ、聞いたのだ。

 

 

 

 『「……今度も逃げるの?」』

 

 

 あの時と同じくホオズキに尋ねるシュリ。

 その言葉にホオズキはあの時と同じく答えた。

 

 

 「俺は二度と逃げねぇよ」

 

 

 覚醒。

 身体が熱を帯び、大量の血煙を上げて再生する。

 そして、ゆっくりと立ち上がり……

 

 

 「……お前、ほんとに『人間』かニャー」

 

 「いや、地獄から足掻き上った『鬼』だぜ、糞猫」

 

 

 愕然とその様子に目を見開く“ジャガーノート”に、ニヤリと笑って吐き捨てたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 僅かな会話。

 僅かな静寂。

 その状況を破ったのは、やはり“ジャガーノート”だった。

 猫足が勢いよく踏み込み、細い身体が凄まじい勢いで捻る。

 大きく捻られた身体、踏み込んだ足は“ジャガーノート”の十八番の技。

 

 

 「……それならさっさと地獄に帰るニャ!!」

 

 

 超振動波の<エンブリオ>で打ち込まれたのは『掌底』、中国拳法を習っていた“ジャガーノート”の掌がホオズキの心臓を狙い突き出される。

 速い、だが避けられないわけでもない……が。

 

 

 「……なんのつもりニャ?」

 

 

 掌底によって破裂し、貫かれた心臓を訝しげに見ながら“ジャガーノート”が低い声を上げた。

 まさしく死に体であるはずのホオズキ。

 彼はそんな“ジャガーノート”を見下ろしながら不適に笑う。

 

 

 「てめぇに幾つか言い忘れてた事を思い出してな。てめぇをぶっ殺す前に教えておいてやろうと思ったんだよ」

 

 「ニャ?」

 

 

 今度こそ首を傾げる“ジャガーノート”。

 そんな彼女に口を開く。

 

 

 「まず一つ、てめぇは心音が聞こえるとかぬかしていたが……俺に心音はねぇ(・・・・・)

 

 

 心音、つまりは心臓が動く音――脈拍である。

 生物ならすべての生き物が鳴らす音。

 “ジャガーノート”はホオズキの言葉を理解できずに眉を顰め……

 

 

 「……ニャ!?」

 

 

 耳を疑った。

 聞こえてきたのは凄まじい速度で加速する血流とそれに比例して音を立てる心臓の音。

 ホオズキの自身は小指の先すら動かしていない。

 しかし血流だけが独りでに加速して行く。

 そして加速する血流は一瞬にして人間の限界に到達し……限界を超えて脈動する。

 既に血管はあまりの圧力に破裂し、爆散したはずの心臓へと流れ込む。

 プチプチと音を立て破裂しては、鬼の身体で再生を繰り返す。

 

 

 「俺の<エンブリオ>はType:アームズ」

 

 

 自身の<エンブリオ>のカテゴリーを告げるホオズキ。

 つまり……答えは一つ。

 

 『種族を鬼へと変化させるType:テリトリー?』

 

 否。

 

 『合体スキルによる種族変化するType:ガードナー』

 

 否、否。

 

 『はたまた上位カテゴリーであるType:アドバンスか』

 

 否、否、断じて否。

 

 

 「Type:メイデンwithアームズ、血液置換型(・・・・・)<エンブリオ>。【到達鬼姫 シュテンドウジ】」

 

 

 ホオズキは淡々と言い聞かせるかのように言い放つ。

 

 

 「そしてもう一つてめぇに言いたいことある。……俺の<エンブリオ>はスキル特化型(・・・・・)だ」

 

 

 “ジャガーノート”は彼をステータスに伸びたビルド――ステータス補正型<エンブリオ>だと推測した。

 だが、それは違う。

 

 ――【到達鬼姫 シュテンドウジ】のステータス補正は『オールF(・・・・)』である。

 

 耳を疑い、驚きに顔を変える“ジャガーノート”。

 彼女は『スキル特化型』と聞き、とっさにホオズキへ追撃を放とうと猫の尾を鞭のように唸らせる。

 そして、

 

 

 「……ニャんで!!」

 

 

 AGI型である自身より速く動いたホオズキの拳に弾かれた。

 

 

 

 

 血液置換型<エンブリオ>、【到達鬼姫 シュテンドウジ】。

 その保有スキルは二つだけ。

 

 

 《血の代償》――血を消費することで、自身の傷を再生し、その血の持ち主だったモノの一番高いステータスの30%を自身のステータスに加算する。

 

 そしてもう一つ。

 

 《戦鬼到達》――自身の血液量に反比例して自身の『<エンブリオ>のステータス補正』を上昇させる。

        最大強化率――『全ステータス補正+300%』。

 

 

 

 【到達鬼姫 シュテンドウジ】。

 それは種族を『鬼』へと変える<エンブリオ>ではない。

 

 ――鬼の血の濃度が上がるほど、『人』を『戦鬼』へと到達(・・)させる<エンブリオ>だ。

 

 ジャイアントキリングが『メイデン』の特徴というならば、敵から血液を奪い取り、限界まで強化と再生を続けるのがホオズキの<エンブリオ>。

 

 ――『敵が生物であるならばいつかは勝てる』、それこそが【到達鬼姫 シュテンドウジ】のジャイアントキリング。

 

 

 

 

 弾かれた猫の尾。

 “ジャガーノート”は弾かれたようにホオズキから距離を取ろうと動き出そうとする。

 ……が、その動きはまるで亀のように鈍かった。

 

 

 「遅ぇよ、《血液操作――凝血》」

 

 

 【吸血鬼】の固有スキル、《血液操作》によって“ジャガーノート”の身体は既に雁字搦めになっていたのだ。

 その状況を作り出したのは他でもない、彼女自身。

 

 ――攻撃するたびにシャワーのように浴びた返り血。

  

 その血はまるで岩石のように固くなり、彼女の動きをそばくする。

 

 ――ホオズキの心臓を破裂させた掌底。

 

 貫いた手は、“ジャガーノート”の【狂震猫装 バステト】ごと心臓へと流れ込んだ血液に固め取られていた。

 

 

 

 彼女は――“ジャガーノート”は間違えたのだ。

 心臓の働きは、血を巡らせること。

 生物にとっては無くてはならない臓器だ。

 しかしそれも血液置換型である【到達鬼姫 シュテンドウジ】は例外である。何せ、血液自体が血流を生み出しているのだから。

 

 逸話の『酒呑童子』のように首を撥ねれば、頭を破壊すればまた違う結果があったのかもしれない。

 だが、それも後の祭りというものだ。

 

 

 「……糞鬼。おみゃーの糞みたいな名前は忘れちまったから、もう一度聞いておくニャ」

 

 

 獰猛に、復讐に燃える瞳でホオズキを睨みつける“ジャガーノート”。

 そんな彼女にホオズキは笑う。

 

 

 「【狂戦士】ホオズキ……とシュリだ。てめぇの名前は別の機会にしておくぜ」

 

 

 そしてホオズキは拳を握る。

 

 

 『……強化率230%。過去最高強化率、更新』

 

 

 

 

 

 

 

 「《血の代償》――《鬼王の隻腕》」

 

 

 “ジャガーノート”を正拳突きが貫いたのだった。

 

 

 

 

 

 ――『鬼vs猫』――勝者:ホオズキ

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「……糞、結構苦戦したな」

 

 

 既に街の形は無く、荒れ地と化した<ブルターニュ>の街の一角。

 ギリギリの戦いに勝利したホオズキは疲れからため息を吐きながら瓦礫へと腰を下ろす。

 その姿は既に『鬼』から『人』のものへと戻り、半裸と言ってもいいような格好である。

 

 

 「……ホオズキ、無茶しないで」

 

 

 そんな彼の横にシュリちゃん――人間形態をとった【到達鬼姫 シュテンドウジ】が姿を現した。

 いつも通りのぶっきらぼうな言葉。

 しかしその顔は心配そうな目をしている。

 

 

 「無茶……はしてねぇよ。久々の本気だったから少し疲れただけだ」

 

 

 空を仰ぐように見上げるホオズキ。

 

 

 「……でも」

 

 「俺たちゃ、一番大変な役割をヴィーレに負わせちまったんだ。それに比べりゃ屁でもねぇよ」

 

 

 その言葉にシュリは顔を俯かせる。

 <UBM>である【殺戮熾天 アズラーイール】。

 あれは相性が悪すぎた。

 故に『アイラ』という少女と知り合いであるヴィーレに戦いを任せるという、酷な真似をさせてしまった。

 ヴィーレはきっと気にしていないだろう。

 だが、それでもホオズキ、そしてその感情を共感しているシュリは僅かな罪悪感からヴィーレの助けになろうと動いていたのだ。

 

 その戦いの一つが先ほどの“ジャガーノート”との戦闘。

 おそらくこの状況を引き起こした犯人と思われる者との戦闘だった。

 

 

 「……シュリ、ストックは何本ある?」

 

 

 ホオズキはシュリに向けストック――スキルに使えるだろう血液の本数を訪ねる。

 

 

 「……強化用、7本。再生用、19本」

 

 「少ねぇな」

 

 

 既に先ほどの戦闘で半分以下になっている。

 全ての血液を再生用に回しても……最大強化率、300%まで二回行けるかどうかだ。

 運良く消費せずに戦えて、最大であと二回しか戦えない。

 素のステータスがティアンと変わらないホオズキは<マスター>同士の、<UBM>との戦闘の舞台に立てないだろう。

 だが……

 

 

 「……行くの?」

 

 

 勢いよく立ち上がったホオズキを傍らに立つシシュリちゃんが見つめる。

 

 

 「おう、ヴィーレが【殺戮熾天 アズラーイール】。俺達が【炬心岳胎 タロース・コア】を倒せばそれでトントン、平等だ」

 

 

 そう言って、ホオズキは空元気に笑う。

 既に精神的な疲れはかなりのものだ。

 シュリちゃんにはばれている、しかし彼は冗談のように嘘にならない嘘を吐いた。

 

 

 「……馬鹿ホオズキ」

 

 

 そんなホオズキにシュリちゃんは無言で彼の脇腹にパンチを決める。

 それは言葉ではないが……小さな激励のようにも感じられた。

 ホオズキはシュリちゃんに笑いかけ、南方へと顔を見上げる。

 

 

 「よし、行くぜ。相棒」

 

 「……うん」

 

 

 二人の鬼は新たな敵へと向かい、走り始めるのだった。

 

 

 




【到達鬼姫 シュテンドウジ】
<マスター>:ホオズキ
Type:メイデンwithアームズ 到達形態:Ⅲ
能力特性:鬼
スキル:《血の代償》
    ・アクティブスキル
    戦闘で倒した敵の血液を使用し、一時的な強化or体の再生に使用することが出来る。
    (強化は倒した敵の一番高いステータスの『到達形態×10%』を自身のステータスに加算する)
    血液は、ホオズキが単独で倒すことでドロップする。


    《戦鬼到達》
    ・パッシブスキル
    【到達鬼姫 シュテンドウジ】が本来の形態時のみ使用可能。
    自身の血液量に反比例して、LUKを除く『<エンブリオ>の全ステータス補正』を上昇させる。
    (最大強化率:到達形態×100%)
     最大強化率(現在300%)=出血多量の瀕死。な為、扱いずらい。
     ……種族が『鬼』へと変化していく為か、副次効果で《フィジカルバーサーク》の行動制限が効かなくなっている。

モチーフ:大江山に住み着いていたと言われる鬼の頭。日本三大化生の一体。

備考:血液置換型<エンブリオ>
   シュリちゃんです。


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第13話 【殺戮熾天 アズラーイール】

 ■【殺戮熾天 アズラーイール】

 

 

 

 

 

 レジェンダリアの山奥。

 “交易都市”<ブルターニュ>から徒歩で二時間ほど。

 深い森の中で一際高い丘の頂に、一人の少女が呆然と立っていた。 

 

 ――驚くほどに白い髪。

 ――透き通るような白い肌にアメジスト色の小さな瞳。

 ――旋風に揺れる、汚れ一つない白のワンピース。

 

 全身を白で統一された――まるで天使のような少女、かつて『アイラ』だった者はただ空を見つめていた。

 その姿はどこか儚く、悲しみに満ちている。

 そして……

 

 

 『KA、KAKAKAKAKkkkkkA!!』

 

 

 少女の周囲で大鎌が怪しく揺らめく。

 一匹の『黒い死神』が彼女を守るように大量の敵を殺戮する。

 

 地面からは怨念の青い炎が燃え上がり、少女の慎重ほどの大鎌が一振りで敵を薙ぎ切った。

 

 約三日、体力と疲れの概念を持たない死神はその猛威を振るい続けていた。

 殺戮した数。

 それは既に三千を優に超えるだろう。

 『三千』、それは尋常ではない数である。

 数にすれば<ブルターニュ>の人口と同じほどの数。

 しかしそれだけの敵を殺しながら、少女は心の底から安堵していた。

 

 (人を殺さずに居られて良かった……)

 

 死神に切り刻まれ、怨念の炎に焼かれた敵。それは生き物(ヒト)では無かったからだ。

 

 ――まるで絵本から出てき(・・・・・・・)()ようなファンタジーな騎士(ナイト)

 ――【グリフォン】とは違う、まるで何かのキャラクターのような生き物。

 ――手品のように宙から現れる偽物のモンスター。

 

 あの日から三日間、休むことなく無尽蔵に湧き出る敵に【殺戮熾天 アズラーイール】は足止めを食らっていたのだ。

 そして、それは少女の願ったことでもある。

 

 (……もしこの足止めが無かったら、アイラは街へと降りちゃうんだろうなぁ)

 

 そして――そこに住む村人(ティアン)を皆殺しにする。

 少女の意志とは裏腹に勝手に動く体。

 【殺戮熾天 アズラーイール】の使命にも似た本能には逆らうことが出来ないでいた。

 この体となって自由に行動出来たのは経った一晩。

 <アクシデントサークル>によって発生した『認識、感知阻害の濃霧』によって僅かな開放だけだ。

 

 それ故に少女は安堵するのだ、この膠着した状態に。

 そして空を見つめ続けた。

 まるで、遠くないうちに見られなくなるその蒼を目に焼き付けるかのように。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 <ローゼン村>と言う小さな開拓村。

 人口二百人程度のその村に、とある家族が住んでいた。

 

 

 ――【高位助祭(ハイ・アコライト)】の男。

 ――【祈禱者】の女性。

 ――そして、【司祭】に就く、容姿が瓜二つの双子の姉妹。

 

 

 遥か昔、“聖剣王時代”の【枢機卿】と【天将軍】の血を引き継ぐ一族である。

 開拓村故に怪我人も多く出てくる事。

 そして先代、先々代から言い伝えられた『とある祠』の管理の為に数年前から村に住み着き、療治院を開き生活していた。

 

 決して裕福ではないが幸せな家族だった。

 

 神の崇拝者としては、熱心に働く男。

 常日頃から熱心に安全を願い、祈祷する女性。

 

 そんな二人の子供だったからだろうか。

 双子の姉妹は<アルター王国>の教会で『先祖帰り』と言われるほど、【司祭】系統ジョブに大きな才能を持っていた。

 

 

 双子の姉である『アイラ』は【司祭】でも、【天将軍】よりの天賦の才を。

 

 双子の妹である『イスラ』は【司祭】でも、【枢機卿】よりの天賦の才を持っていたのだ。

 

 

 怪我人も多く、モンスターが少なくない<ローゼン村>で生活する双子の才能が目覚めるのは遅くはない。

 将来を楽しみに、毎日が充実した日々をおくる。

 順調な人生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――【祈祷者】である女性が死ぬまでは。

 

 

 不運な事故。

 あれほど熱心に神へと祈った女性。

 しかし現実は無慈悲である。

 夜に負傷した村人の元へと祈祷しに出掛けた女性は、帰り道に<UBM>に出くわし殺された。

 夜明けと共に見つかったのは森の中で息絶え、物言わぬ骸となった姿だった。

 

 

 それからだ、【高位助祭】の男が狂い始めたのは。

 

 

 男は治療院の仕事をイスラに任せ、教会の地下へと引きこもり始めた。

 

 ――まるで亡霊のように何かを見つめ、考え、失敗し狂乱したかのように叫ぶ。

 ――辺りには何かを書きなぐったような紙が散乱し、壁には掻きむしったような爪痕が深々と残る。

 ――空に月が昇ると、あの日を思い出すのか夜な夜な女性の骸をとりだし泣く。

 

 そんな気が狂ってしまった父親である男の後ろ姿を、二人は黙って見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、男は狂っても【枢機卿】と【天将軍】の一族の血を引くものだった。

 もしくは経験豊富な【高位助祭】だからかもしれない。

 男は気がついてしまったのだ。

 

 

 『自分の望みは愛しい妻を生き返らせること』

 

 

 しかしそれは聖職者にとって侵してはならない禁忌。

 そして【高位助祭】である男は理解もしていた。

 「そんなことは【教皇】にだって出来はしない」と。

 何より禁忌を侵せば、生き返らせた【祈祷者】の妻も自分を軽蔑するだろう。

 

 

 

 

 

 ならば、『神に生き返らせれば良い』

 

 

 

 

 

 人では出来ない。

 つまり人以外ならば可能であると。

 

 そして、幸いな事に神へと捧げられそうな【生贄(・・)が二人もいる(・・・・・・)

 

 それは偶然か、それとも必然か。

 必要なものは揃っていた。

 

 

 ――儀式に特化したジョブである【高位助祭】。

 ――神を召喚する【生贄】としてこれ以上のものは無いだろうも言えるだろう、天賦の才をもつ二人の少女。

 ――かつての【天将軍】と【枢機卿】が遺しただろう、遺産の数々。

 

 

 そして……どんな皮肉だろうか。

 【高位助祭】である男の編みだし、作り上げた『儀式』はかの【魔将軍】のスキルと酷似していた。

 

 【生贄】を代償に神を、天使を召喚する。

 そして召喚した天使を【生贄】に憑依させる。

 

 【高位助祭】の管轄外の事だが……【生贄】は双子、何の確証もない理論ではあるが成功する確率は低くはないだろう。

 

 

 『成功すれば、妻と自分と、そして召喚した天使(娘たち)とあの時のように過ごせるだろう』

 

 

 そんな、叶わぬ願いを胸に狂った男は動き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 レジェンダリアでは珍しい、霧が薄く満月がはっきりと姿を見せた夜だった。

 少女――双子の片割れである『イスラ』はいつものベッドとは違う、硬くヒンヤリとした感触にふと目を覚ました。

 いつも通り朝が早い明日の為に、かつて父と母と四人で暮らしていた家のベッドで寝たはず。目を覚ませば、何度も見上げた木造りの天井が見えてくるはず……なのだが。

 

 

 「……あれ? ここはどこ?」

 

 

 目を覚ました場所は我が家とはかけ離れた内装の部屋だった。

 

 ジメジメとした、体に絡みつくような空気に不浄な気配。

 辺りには紙や何かのアイテムが散乱し、小さな松明の灯りからは飛び散った血のようなものが見える。

 そして……臭い、少女はその匂いに幼い顔を歪ませた。

 とても酷い、何かが腐ったような臭いが充満し、吐き気を込みあがらせてくる。

 

 (……浄化しなきゃ)

 

 イスラはとっさに【司祭】の固有スキルである《キュア・ゾーン》を使用しようとして

 

 

 「……何で、《キュア・ゾーン》が、使えないの?」

 

 

 ようやく自身の異常に気が付いた。

 立ち上がろうとすれば足元で金属の足かせが金切り音を鳴らし、使えたはずの【司祭】の魔法やスキルが一切使えなくなっている。

 考えられる可能性は一つ。

 ――自身のジョブが【司祭】ではない。

 イスラは直ぐにステータスを開き、そして……【生贄】へと変化しているジョブ名を見た。

 

 

 「な、何で!? 何で【生贄】に!」

 

 

 冷静ではいられない頭。

 イスラは昔、母から聞かされた昔話を思い出していた。正確に言うならば、昔話に出てきた【生贄】というジョブについてだが。

 彼女は泣きながら必死に自分の足を拘束している足かせへと手を伸ばす。だが無理だ、それは金属製、少女一人の力で壊せるようなものではない。

 何かないか。

 イスラは再び周囲を見渡し、そしてよく知る人物を見つけた。

 

 

 「おねぇちゃん? ……アイラおねぇちゃん!」

 

 

 見つけたのは自身と同じく鎖に繋がれ、床に寝かされた双子の姉の姿。自身と瓜二つの容姿をしている少女が倒れている姿だった。

 安心感と焦燥。

 とっさに姉であるアイラの名を呼ぶ。

 

 

 「う~ん、……イスラ、何ぃ?」

 

 

 寝ぼけたように瞼をこするアイラ。

 きっとまだ、この状況に気づいていないのだ。

 イスラは再び声を掛けようと小さな口を開き、

 

 

 「やぁ、二人とも。ようやく起きたかい? あの頃と変わらず寝坊助さんだね」

 

 

 何も言えずに口を閉じた。

 揺らめく松明の灯りが届かない闇の向こうから一人の男が現れたのだ。

 よく知る人物であり、ここ数か月の間顔を合わせることが無かった人物。アイラとイスラの父、その人だった。

 

 だが、その姿は昔の面影を一切残していない。

 幽鬼のように青ざめ、骨ばった顔にボサボサの髪。綺麗だった爪はひび割れ、血に黒くにじんでいる。

 しかしそれ以上にイスラとアイラの目を引くものがある。

 

 

 「……もうすぐ感動の再開だっていうのにね。ね? アリシア」

 

 

 そう言いながら、肉が腐り落ち、凄まじい腐敗臭を上げる死骸。顔もすでに腐りきってしまった亡き妻へと接吻した。

 まるでその虚ろな瞳は、未だに過去の妻が映っているのか恍惚とした表情を浮かべている。

 

 

 「……あ、……ぁ」

 

 

 言葉は出なかった。 

 出てきたのは涙、そして込み上げるような吐き気。

 父への思いが、亡き母への思いが心の堤防を壊し、氾濫する。

 しかし、二人の父である男はそれを喜びからの涙と認識した。

 

 

 「やっぱり僕らは家族だね……大丈夫、これが終われば、またみんなで暮らせるよ。待ちきれないと思うけど、それが起動するまでまだ数分かかるんだ。二人はいい子だから待てるよね?」

 

 

 狂った男はそんなことを言いながら、アイラの足元に広がった『魔法陣』を指さした。

 【助祭】系統ジョブ固有の儀式にも似た魔法。

 言葉や魔力制御の必要はなく、『媒介』さえ存在すれば大規模な『儀式』を引き起こすことが出来る魔法。

 

 ただ、アイラとイスラはそれが何の魔法陣なのかは分からない。

 発動の準備中なのか、不規則に光を上げるそれをただ見つめることしかできなかった。

 

 

 「二人ともいい子にしてるんだよ? お父さんはまだ少し準備があるから」

 

 

 言葉を残し、再び闇の中へと消えていく男。

 そんな後姿を見送りながらアイラとイスラは泣くことしかできなかった。

 それは分かってしまったから。

 

 何の魔法陣かは分からない。

 しかし、母の骸を抱え、妄想のような言葉を綴る父の考えが分かってしまった。そしてその結果と自分たちがたどる未来も。

 

 

 「アイラおねぇちゃん……」

 

 「大丈夫……だい、じょうぶ。私達には、神様が、ついてるって……母様が言って――」

 

 

 嗚咽で最後まで言い切れない言葉。

 どんどんと輝きを強くする魔法陣を目の前に、二人が出来たのはただ、祈ることだけだった。

 母の言っていたように。

 信じる者は報われると信じて。

 祈る、祈る、祈る。

 

 

 (神様……どうか、どうか私たちをお救いください)

 

 

 やけに長く感じる数分。

 二人は祈り続けて……それはきた。

 

 

 「……ッ、アイラおねぇちゃん!!」

 

 

 輝かしい光を放ち、発動する魔法陣。

 光は松明の小さな灯りを飲み込み、辺りを光の中に飲み込みながら広がり続ける。

 一番初めに飲み込まれたのはアイラ。

 その姿と声は一瞬にして光に飲み込まれ消え失せた。

 そして、その光はイスラの元まで周囲事巻き込みながら広がり続ける。

 

 (……やっぱり神様は)

 

 

 ――神はいない(・・・・・)

 

 イスラは涙を流しながら、その光に飲み込まれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――飲み込まれなかった。

 

 目を開けると同時に飛び込んできたのは、闇より深い黒。

 光源が無くなった部屋。

 しかしその部屋を宙に浮かぶ青白い炎が照らしだす。

 

 そして気が付いた。

 まだ私は死んでいない、目の前に立つ何かによって守られたのだと。

 

 

 そして見た。

 消えてしまった自身の姉であるアイラに代わって現れた二つの名前(・・・・・)を、二体の姿を。

 

 

 一方は、白く輝く六つの翼に頭上に浮かぶ光の輪。片手には十字架を握る顔無き天使、【誓約天 アイラ】

 

 一方は、黒くボロボロの外套に白い頭蓋。青白い炎と大鎌を握る神の敵、【燃怨喰霊 ズー・ルー】

 

 

 そして分かった。

 ――自分を守ったのは天使ではない、この死神だと。

 ――私を救ったのは神ではない、この悪魔だと。

 

 

 『ごめん……君の願いを叶えられなかっタ』

 

 

 心優しき、敵であるはずの死神。

 戦うことが苦手な臆病な死神は、かつての恩人の契約為、目の前で願った少女の為、目の前の天敵へと立ち向かう。

 それはまるで、死神にとって過去の出来事の反対の出来事だった。

 【死霊王】から逃げた死神。

 【誓約天 アイラ】へと立ち向かう死神。

 それはまだ、悲劇の夜の始まりに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆【殺戮熾天 アズラーイール】

 

 

 

 

 

 ほんの数日前、自身を襲った悲劇の記憶から意識が引き戻される。

 何時間立ったのだろう。

 蒼く澄んでいた空は黄金色になり始めている。

 

 しかし、【殺戮熾天 アズラーイール】が夢のような記憶から意識を引き戻したのはそれが原因ではない。

 彼女が目を覚ました理由。

 それは戦いの音が止んだから。

 三日間休みなく沸き続けていた敵が、魔法のように忽然と消えていた。

 一瞬にして消えてしまったのだ。

 

 (……私が、死神さんが殺しちゃった?)

 

 そう考え……首を振る。

 私を守る死神さんと自身の意識は繋がっている、そして死神さんが人を殺したような感覚は無い。

 きっと、私に攻撃し続けていた誰かが、何かしらで死んでしまったか退散したのだ。

 つまり……これから私の――【殺戮熾天 アズラーイール】の殺戮が始まってしまう。

 

 そう想い……少女は顔を悲しそうに伏せはしなかった。

 

 (……間に合ったんだね)

 

 支配権のない、【殺戮熾天 アズラーイール】の身体は一歩たりとも動かない。

 それは新たな脅威を、自身の敵を感じ取っているから。

 超高速で迫りく(・・・・・・・)る馬の蹄の足音(・・・・・・・)が聞こえている(・・・・・・・)から(・・)

 

 

 

 

 神に見放され、死神に救われた少女。

 彼女に起こったことは悲劇であって他は無い。

 既にたくさんの人を殺してしまった、同じ村に住んでいた顔見知りも、偶然村に居合わせた旅人も。

 しかし、それも今日で終わる。

 そのことに【殺戮熾天 アズラーイール】は……少女は良かったと安心した。

 

 

 アイラを、そしてイスラは救われなかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ――だが、彼女たちを終わらせてくれる【神】は少女の目の前に現れた。

 

 かつてアイラとイスラが信じた【神】とは違うかもしれない。

 しかし、それは紛れもない。

 【騎神】と言う名の【神】である。

 

 

 

 「……間に合って。……来てくれたんだね、ヴィーレお姉ちゃん」

 

 

 漆黒の軍馬を駆り、真紅の不死鳥を纏わせる――赤髪の<マスター>がそこにはいた。

 彼女はその言葉に泣き出しそうに顔を歪め、そして何かを決心したかのように強い意志の籠った瞳で私を見つめる。

 

 

 「……約束したからね、止めるって。あと歌の約束も」

 

 「えへへ、ごめんなさい。二つ目の約束は守れないかも」

 

 

 微笑む【殺戮熾天 アズラーイール】。

 ヴィーレはその言葉に何も言わずに弓を持つ。

 

 

 「……絶対に私が助けるから」

 

 

 その言葉に少女は頷く。

 

 

 「うん……わたしを殺して、ヴィーレお姉ちゃん」

 

 

 叶わぬ約束と願いを胸に、今一人の騎兵が風を切る。

 これより始まるのは<ブルターニュ>において二度目の戦闘であり、初めての『超級職』の<マスター>による戦闘。

 

 

 「フェイ、アレウス!!」

 

 『KA、KAKAKAKAKkkkkkA!!』

 

 

 ぶつかり合う、真紅の炎と青白い炎。

 戦いの火蓋は劫火となってぶつかり合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 【殺戮熾天 アズラーイール】vs【騎神】ヴィーネ・ラルテ

 



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第14話 『兵は神速を貴ぶ』

すいません、とりあえず投稿です。
色々設定に拙いところがあります。
明後日辺りに修正します。

心が弱い人はブラバ推奨。
説明多め、苦手な人注意。



 □□□

 

 

 

 

 

 『兵は神速を貴ぶ』

 

 

 「兵を用いるには、一刻も遅疑せず、迅速に行動することが大切」という意味らしい。

 三国志で慣用句として生まれたことわざだそうだ。

 更に噛み砕いて言うならば、

 

 「戦いは作戦の出来不出来より、スピーディーさが大切である」ということだ。

 

 初めてこのことわざを聞いてしまうと『兵に大切なのは足の速さだ』などと勘違いしてしまうことが多い。

 しかし、それもある意味間違っているとは言えないだろう。

 

 ――足の速い兵士は強い。

 

 <Infinite Dendrogram>の世界や、ゲームでは関係ないと言われてしまえばその通りだが、やはりゲームでも必須となるのは『AGI』である。

 

 

 

 では、最速の兵種とは何だろうか?

 

 現実で言うならば【槍士(ランサー)】だろうか?

 それも一つの正解だ。

 

 <Infinite Dendrogram>で言うならば、AGI特化ジョブである【斥候(スカウト)】だろうか?

 それも一つの正解だ。

 

 しかし、同時に一つの『ジョブ兵種』を最速に数えるのを忘れないで欲しい。

 それも一つの答えであり正解。

 人によってはそれぞれ異論や反論もあるかもしれない。

 戦争では目立ちはしない上、状況によっては何の役にも立たずに倒されてしまうことも数多い。

 だが……それも紛れもなく最速足りうる兵種であり、ジョブ。

 

 

 ――そのジョブとは……

 

 

 

 

 

 □【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 戦闘開始を告げる狼煙はすでに上がった。

 

 黄金色の夕空を染める太陽の赤より真紅の炎が。

 夜空に輝く恒星よりも青白く燃える冥府の炎が、劫火の波となってぶつかり合う。

 激しく燃える炎が【殺戮熾天 アズラーイール】とヴィーレの姿を隠し、一瞬の空白を生み出してた。

 そして……

 

 

 「力を貸して! アレウス、フェイ!!」

 

 『BURURURURUUUU!!』『KIEEEE!!』

 

 

 ――咆哮。

 私の声に二体の相棒が怒号を上げる。

 同時に強弓につがえていた三本の矢を、炎の向こう側に居るだろう【殺戮熾天 アズラーイール】へと向け、無造作に弾き放つ。 

 

 カンストした【幻獣騎兵】のSTRに加え、【【■■】の武の指輪】の『STR+100%』によって放たれる【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】の一射。

 唸りを上げ風を切る三本の矢は容易に炎の壁を突き抜け、

 

 

 『KA、KAKAKAKAKkkkkkA!!』

 

 

 大鎌一降り。

 アイラちゃんを護る死神によって切り飛ばされた。

 まさに一撃、本来ならば困難極まる技。

 歴戦のティアンでも難しい技を見せた死神は次の瞬間、その姿を霞ませて……

 

 

 『BURURURUUUU!!』

 

 

 ……大きく地面にめり込んでいた。

 

 その場に残っているのは、深々と地面に刻み込まれた馬の蹄跡。 

 馬にしては大きな、巨馬の鉄蹄。

 視界を封じていた炎の壁が消え失せる。

 そして、【アズラーイール】の向こう側に居たはずのヴィーレの姿は忽然と消えていた。

 

 

 「……本当に速い。これが師匠の、これが《一騎当神》なんだね」

 

 

 その声は【アズラーイール】の背後から聞こえてきた。

 その事実に息を飲んだのは他でもない、『アイラちゃん』であり、【アズラーイール】。

 あくまでも【司祭】系統に偏った知識だけしか持っていない、齢12歳しか生きていない彼女は知らなかったのだ。

 ――『超級職』を【騎神】という存在を。

 彼女は自分ではない、【アズラーイール】の感じている戦慄を共感しながら背後へと振り返った。

 

 

 「……ヴィーレお姉ちゃん?」

 

 

 ――その速さによる摩擦だろうか?

 金属製の鉄蹄の疾走痕からは白い煙が立ち上っていた。

 

 ――それは果たして馬と呼んで良いのだろうか?

 改めて見ると大きい、三メテル超の巨体を黒鉄の馬鎧がその姿を隠し、僅かに見えた深紅の瞳が光を帯びる。

 

 ――片手に強弓を、片手に手綱を握る騎兵の少女。

 その真紅の髪とオレンジの瞳は夕陽を浴びて、暗闇の中でも見失わないほど輝いていた。

 

 

 ――五秒。

 ほんの僅かな時間。

 しかしヴィーレが【騎神】足らしめるには、【アズラーイール】がその警戒レベルを最大限まで引き上げるには十分すぎる――五秒だった。

 

 

 

 

 

 【騎神】の奥義である《一騎当神》。

 それは【騎神】の『《騎乗》する騎獣の全ステータスを十倍化する』と言う固有スキル。

 【騎神】を【神】たらしめるスキル。

 

 そしてヴィーレの騎獣であるアレウスはAGIとSTRに特化した【グランド・クリムズン・ウォーホース】だ。

 そのAGIは《幻獣強化》も相合わさり、『AGIは三万超』、『STRは二万弱』に達している。

 速度は超音速起動。

 アレウスの体当たりでさえまともに食らえば、無事に済むということはあり得ない。

 そして……

 

 

 「行くよ、アレウス!」

 

 『HIHIIIIIIIN!!』

 

 

 その姿が再び残像を残し掻き消えた。

 全てを蹂躙する剛脚。

 霞みに消えるその速度。

 聞こえるのは轟音のみ、誰もその姿をとらえることは出来ない。

 

 

 

 

 

 いや、一人だけ……一体だけいた。

 

 その速度故に視認することは叶わず、まるで消え失せたかのように見えるヴィーレ。

 そんな空を舞うフェイと【アズラーイール】しかいない空間に突如、地中から巻き上げるように青白い火柱が連続して上がる。

 炎の槍、と例える方が正しいだろう。

 【アズラーイール】――アイラちゃんを守るように隙間なく燃え上がった炎の槍。

 それは誘導だ。

 そう、捉えきれないならば制限すればいい。

 

 ……何もなかった空間に火花が散った。

 続いて二度、三度。金属がぶつかり合う甲高い金属音が辺りに響いた。

 見えない超音速起動の攻防。

 それを成したのは――ヴィーレの攻撃を防いだのはソレを除いて他はいない。

 

 

 「やっぱり<UBM>である以上は一筋縄ではいかないって事かな?」

 

 

 距離を取るようにして再び足を止めるアレウス。

 私は思わず眉を顰めアイラちゃんを――その視線を塞ぐように現れた死神に視線を向けた。

 

 

 『KAKAKAKAKKKKKK』

 

 

 嗤うように骨だけの歯を打ち鳴らす死神。

 死神は距離を取ったヴィーレに対し、アイラちゃんを守るように少女の元へと戻っていく。

 その様子はアイラちゃんを守る騎士のようだ。

 

 (青白い炎を操ってアイラちゃんを護るモンスターだと思ってたけど……)

 

 ……強い。

 

 恐らくSTRはそれほどでもない。

 だけど、アレウスの動きについて来ている様子を見れば、AGIは一万に届かない程度と言ったところだろう。

 ドラゴン系統に匹敵するステータスに青白い炎を操る能力。

 それだけ見ても『伝説級<UBM>』と同等と言っても過言ではない。

 

 あぁ、だがそれも当たり前である。

 ヴィーレは知らない。

 その死神が元、<UBM>であることを。

 太古……最古と言ってもいいほど永い時を生きたモンスター、【燃怨喰霊 ズー・ルー】だったことを。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「ッフ!! ほんとに、強い!」

 

 

 ――疾走。

 縦横無尽にアレウスを駆りながら、もう何本目か分からない矢を放つ。

 放たれた貫通に特化した一射。

 しかしそれも……そしてそれまで放たれた矢も含め、一本たりともアイラちゃんには届かない。

 全て途中で切られ、弾かれ、炎の槍に燃やされる。

 

 (……この死神を先に倒せればいいんだけ……どっ!)

 

 地面から巻き上がる青白い炎の槍を交わしながら心の中で愚痴を漏らす。

 【殺戮熾天 アズラーイール】の片割れでもある死神、その強さは特性を含め厄介としか言えないようなものだった。

 アレウスの剛脚で吹き飛ばそうとすれば、その体を実体のない――零体へと変える。

 フェイの《紅炎の炎舞》で燃やそうとしても青白い炎で相殺される。

 まさに攻防一体。

 怨念の炎で攻撃を放ちながら、自身はアイラちゃんの守護へと専念する。

 その強さは経過した時間……絶対時間にして(・・・・・・)五分(・・)経っていることから分かるだろう。

 

 

 「……ッツ、アレウス、耐えて!」

 

 『BU、BURUUUU』

 

 

 絶対時間にして五分。

 体感時間にして三十分にも感じる数百もの攻防を繰り返し、既に精神的にも肉体的にも限界が近いづいていた。

 

 そもそも本来、【騎兵】系統ジョブにとって長期戦は得意ではない。

 【騎兵】系統ジョブは短期決戦型。

 今のアレウスでも十分が限界だ。

 しかし……

 

 

 「KA、KAKAKAKAKKKK!!」

 

 

 死霊に体力は存在しない。

 それは既に三日間戦い続けている【アズラーイール】からも分かっている事実だ。

 

 

 「……ヴィーレおねぇちゃん、頑張って……」

 

 

 その様子を泣き出しそうに見つめるアイラちゃん。

 それは……奇妙な光景だ。

 自分を殺してと願うアイラちゃん。

 そんな彼女を殺そうとしている私を応援するなんて……。

 

 

 「大丈夫、絶対に私が……終わらせるから」

 

 

 私はそんなアイラちゃんを安心させるように微笑んだ。

 ……ガクガクと痙攣(・・・・・・・)する腕を隠しな(・・・・・・・)がら(・・)

 

 

 

 

 

 ――限界が近い。

 

 しかしそれは当たり前である。

 ここに来るまでに……【殺戮熾天 アズラーイール】と戦う前に『【騎神】の転職クエスト』で師匠と限界を超えて戦ったのだから。

 

 

 アレウスの速度は落ちては無いものの鼻息は荒い。

 フェイのMPとSPももうすぐ底をつくだろう。

 そして何より限界だったのは他でもない、ヴィーレである。

 

 

 弓を構える腕の痙攣は止まることなく、感覚は既に消え失せていた。

 腰のベルトに付けられた矢用のアイテムボックスへと手を伸ばすが……その手は汗に滲み、矢が滑る。

 そして何よりの原因はヴィーレ自身のジョブ。

 【騎神】の奥義である《一騎当神》だ。

 

 (……頭が痛い)

 

 アレウスのAGIは三万超。

 しかしヴィーレ自身のAGIは二千少し。

 その数値が現す事実は一つ。

 

 

 『三十倍の速度で過ぎ去る景色を見ながらの《騎乗》』

 

 

 それだけでも天才の域を超える技。

 加えて弓を射るなど神業としか言いようがないだろう。

 腕も体も既に限界を超えていた。

 そしてもう一つ、限界を迎えていたのもがある。

 それは……

 

 

 「あと十本だけ……か、きついなぁ」

 

 

 矢用のアイテムボックスへと伸ばされた手。

 その手に触れた感触はあまりにも心細いものだった。

 ――辛い、そして苦しい。

 泣き出しそう緩む涙腺、挫けそうなる気持ち。

 だけど……泣けない、倒れられない。

 

 (アイラちゃんは私より苦しんでる、私より泣いているんだ)

 

 ――だから、私は笑った。

 

 

 「アレウス、フェイ……次の一撃で決着をつけるよ」

 

 『『……』』

 

 

 返事はない。

 しかしその目はどこか決心に満ちていた。

 私はその様子に目を細め微笑み、震える手でアレウスの毛並みを優しく撫でた。

 「自分も」とすり寄ってくるフェイの翼を軽くかいてあげる。

 そして目の前に立つ【殺戮熾天 アズラーイール】へと――アイラちゃんへと顔を上げた。

 

 

 「アイラちゃん、私――「ううん、いいの」――」

 

 

 遮られた謝罪。

 彼女は私へと笑いながら言葉を続ける。

 

 

 「謝るのはアイラの方だから。それにごめんね? 約束守れなくって。本当にアイラ嬉しかったよ?

  アイラ、ヴィーレおねぇちゃんにあえて良かった」

 

 

 ――返事は返さなかった。

 これ以上言葉を返そうとすれば泣いてしまいそうだったから。

 私は無言で矢を一本、強弓に構える。

 

 

 「行こうアレウス、フェイ!」

 

 

 そして……その姿が掻き消えた。

 今までと同じ《一騎当神》を用いた疾走。

 しかし……

 

 

 『KA、KAKAKK!?』

 

 

 ……最速(・・)の疾走による直進(・・)

 一直線に【アズラーイール】へと駆け走る。

 まさに神速。

 疾走を妨げるように燃え上がる炎の槍をフェイが《紅炎の炎舞》で打ち消し合う。

 およそ五十メテルの距離を一瞬で駆け抜け、アイラちゃんとの距離が残り十メテルと言う時だった。

 

 

 『BURUUUUUUU!!』

 

 『KAKAKAKAKK!!』

 

 

 アレウスの馬鎧と死神の大鎌がぶつかり火花を上げる。

 火花が弾けぶつ(・・・・・・・)かり合っていた(・・・・・・・)

 そう、アレウスのSTRは二万弱。

 本来ならば火花を散らしぶつかり合うなんて有り得ない。

 その事に死神は戸惑ったように歯を打ち鳴らし、先ほどまでと同様に炎の槍でヴィーレを貫き焼こうとする。

 そして……ようやく気が付いた。

 

 

 目の前に漆黒の軍馬。

 その上に誰も乗っていな(・・・・・・・)()ということに。

 

 

 ――目の前でぶつかり合っている敵を炎で焼き、零体化してアイラの元へ戻る。

 死神はそう考え後ろを振り向き……真紅に燃える不死鳥を見た。

 同時に迫りくる真紅の炎を怨念の炎で打ち消し合う。

  

 零体化すれば不死鳥の攻撃を防ぐため、怨念の炎を不死鳥の攻撃にぶつけなければならない。

 しかしそれでは、目の前の軍馬を行かせてしまう。

 怨念の炎をこのまま軍馬に向けても自分は焼かれて死ぬだろう。

 

 死神はこの時になって理解した。

 自身が動けないことを、自身が詰んでいることを。

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 「……ッツ~~~!!」

 

 

 凄まじい衝撃と最後の一枚だった【身代わり竜鱗】が砕け散る感触と共に、地面をヴィーレが転がった。

 足が、腰が、腕が凄まじい音を立て、悲鳴を上げる。

 痛覚を僅かに残していたのが仇となった。

 しかし、それでも転がる力を利用するように起き上がり、走る。

 今にして思えばこの世界で初めての全力疾走かもしれない、現実でもしたことのない全力での走り。

 

 

 「ヴィーレお姉ちゃん!!」

 

 

 痛みを堪えるように下げていた顔を上げる。

 数メテル先、そこに居たのは十字架のナイフで首を切ろうと動き出していたアイラちゃんだった。

 首を掻っ切ってしまえば発動するのは【殺戮熾天 アズラーイール】の固有スキル。

 それが何なのかは未だにヴィーレには分からない、でも。

 

 (……間に合って!!)

 

 重たい足を。

 痙攣する腕を。

 激しい痛みを訴える腰を動かしながら、ひたすら走る。

 

 ――それこそ神に願うように。

 今度こそ、今度こそ間に合うようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……それは間に合った。

 アイラちゃんまでその手は届かない、だけど。

 

 

 『自身の半径五メテル以内』

 

 

 その条件は満たしていたから。

 【花冠咲結 アドーニア】の発動条件を満たしていた、だから。

 

 

 「ありがとう、ヴィーレ、お姉ち、ゃん……」

 

 

 アイラちゃんの握るナイフは首には届かず、その胸を一本の矢が貫いていた。

 矢は正確にアイラちゃんの心臓を――【殺戮熾天 アズラーイール】のコアを貫いている。

 私は手に握る矢を放し、アイラちゃんを抱きしめる。

 

 

 「ごめんね、ごめんね……」

 

 

 ただ、ただ抱きしめ続けた。

 祈るように、願うように。

 コアを貫く矢から血が滲み、真っ白なワンピースに赤い模様を作り出した。

 

 (だけど、これで終わったんだ)

 

 【殺戮熾天 アズラーイール】の殺戮も。

 アイラちゃんの望まぬ殺害も。

 先ほど泣かないと決めたばかりだ。

 だけど……私は力を失ったアイラちゃんの身体を抱きしめ、声を上げて泣いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………て」

 

 「……アイラ、ちゃん?」

 

 

 耳を澄ましても聞き取れないような小さな声。

 

 

 「……げて、逃げて!! ヴィーレお姉ちゃん!!」

 

 

 今度はハッキリと聞こえた、聞こえてしまった。

 そして……見てしまった。

 今までにないような悲しそうな顔で泣き、訴えるアイラちゃんの顔を。

 思考が止まる。

 

 ――【殺戮熾天 アズラーイール】のコアは破壊したはず、でもアイラちゃんは生きている。

 

 ――『逃げて!!』……何から?

 

 ――何で……何でアイラちゃんは泣いている?

 

 ああ、その答えは一つである。

 そして、その答えはアイラちゃんの口から放たれた。

 

 

 「……《アズラーイール》」

 

 

 同時に腰のベルトにぶら下がっていたもう一つのアイテムが音を立て、砕け散る。

 ――【試作品23:救命のブローチ】。

 それはメメーレンの遺跡で発見した救命アイテム。

 ダメージ量に対するHP判定を行わず一度だけ致命ダメージを無効化し、そして必ず砕ける試作品。

 その【試作品23:救命のブローチ】が砕けたということは一つの事実を指し示す。

 それはヴィーレが一度死んだということに他ならない。

 

 (……何で)

 

 しかしそれでもヴィーレの思考は復活しない。

 

 

 『BURURURURURUU!!』

 

 

 その様子を見かねたようにどこからともなくアレウスが駆け寄り、ヴィーレの首元を咥え、自身の背に乗せ全力でその場から離れるように走り出す。

 その背後ではフェイが何かからヴィーレを守るように必死に紅炎を放っている。

 そして、ヴィーレは呆然としながらもそれを見た。

 

 

 ――いくつもの状態異常が掛かり、コアを砕かれたアイラちゃん。

 そのコアが、血に滲んだ白いワンピースがまるで何も無かったかのように元通りになっている姿を。

 

 ――アイラちゃんを護るように戦っていた死神。

 以前とは比べ物にならないほど禍々しく変化したその姿とその頭蓋の奥で揺らめく二つ目のコア(・・・・・・)を。

 

 ――真っ赤な夕焼けが沈み、完全な夜の闇となった空。

 その空に浮かぶ満月を。

 

 

 

 

 

 ヴィーレは一つ、大きな勘違いをしていた。

 

 それはモンスター一体につき、コアは一つしか存在しないと思い込んでいたこと。

 ……【殺戮熾天 アズラーイール】のコアが一つだと勘違いしていたこと。

 

 

 ヴィーレは油断してしまっていた。

 

 【殺戮熾天 アズラーイール】の固有スキル、《アズラーイール》。

 それは【生贄】であり<UBM>であるアイラの『死』をきっかけに発動する神の天罰(・・・・)、自身を【生贄】とした半径十メテル以内の対象生物【即死】スキルであることを。

 そして、その元となった【誓約天 アイラ】に天使由来の『高速再生』があったことを。

 

 

 そして……時間が悪かった。 

 

 ――夜。

 それは悪魔や死霊が動き出す時間。

 日の下に出れない者たちが唯一地上に出てくることが出来る時間。

 そして……これは知る由もないが、【燃怨喰霊 ズー・ルー】が封印される前、討伐された【死霊王】の怨念をもとに新たな能力を獲得していたことに。

 

 その能力は《眷属生成》。

 炎によって荒野と化していた村。

 その村から……正確に言うならば地中から『眷属(ゾンビ)』たちが湧き出てくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理想とは必ずと言っていい程思い通りにはいかず、現実は想像以上に辛いものだ。

 それはこの<Infinite Dendrogram>でも変わらない。

 

 そして今、【殺戮熾天 アズラーイール】vs【騎神】ヴィーレ・ラルテの深い夜が始まりを告げようとしていた。

 

 




……ほんまに糞長すぎやわ。


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第15話 あの日の夜と<UBM>

 ■<ローゼン村・教会地下>

 

 

 

 

 

 壁に閉ざされた小さな部屋。

 音が反響する真っ暗な地下部屋の隅で一人の少女――イスラは震えていた。

 耳を手で塞ぎ、膝を抱えて蹲る。

 恐ろしさにガタガタと震える体を抑えるように自身の身体を力いっぱい抱きしめた。

 それもそのはず。

 目の前では二体の<UBM>が……本来、出会ってしまうことが『死』を意味する存在が激しい戦いを繰り広げているのだから。

 

 

 『RA……RARARARARAAAAAAAA!!』

 

 

 それはまるで歌声のよう。

 しかし聞く人が聞けば、人に死をもたらす鎮魂歌(レクイエム)だ。

 イスラの姉妹だったアイラを【生贄】に召喚された『逸話級』<UBM>、【誓約天 アイラ】。

 一見、天使の様な姿をしたその<UBM>の能力は至極単純な、そして強力なスキルだった。

 

 

 一つ目の能力は《高速再生》。

 <UBM>事態を見れば珍しくもないものの、その力は絶大。

 天使由来の治癒能力の最高峰とも言える能力である。

 

 

 『KAKAKAKAKKKKKK!』

 

 

 ――一線。

 【燃怨喰霊 ズー・ルー】の持つ大鎌が宙に一本の線を作り出す。

 

 そして……その一振りは【誓約天 アイラ】の身体を容易に切り裂いた。

 

 肘の先にあるはずの腕が、腰と上半身が僅かにずれる。

 【燃怨喰霊 ズー・ルー】のAGIは一万に届かないかといった速さ、それはもはや超音速起動に近いものだ。

 そのAGIから繰り出される一撃を元、【司祭】であり【生贄】だった少女が核となった【誓約天 アイラ】が避けられるはずも無い。

 だが……同時に死にもしない。

 ほんの一瞬、小さな光がその体を包み込む。

 

 

 『RARARARARRAAAAA~~』

 

 

 次の瞬間、そこには無傷の【誓約天 アイラ】がいた。

 まさに一瞬、一秒にも満たない僅かな時間。

 もはやそれは《高速再生》の域を超えている御業である。例え、体の半分を消し飛ばされてもそのコアが無事ならば二秒も経たずに元通りとなるだろう。

 そして……

 

 ……今度はお返しとばかりに、一筋の光の束が光線となって【燃怨喰霊 ズー・ルー】の身体を打ち抜いた。

 

 

 これが二つ目の能力、《誓約執行》。

 

 その能力は、『一つの誓約を立てることで、一定範囲内にそれに応じた現象を引き起こす』というもの。

 現在の【誓約天 アイラ】は『敵の攻撃に対し、防御態勢を取らない』という『誓約』を立てることで、【燃怨喰霊 ズー・ルー】にその誓約に見合う反撃を与えていた。

 その結果、範囲は極小でありながらも天罰儀式である《天罰の柱(ジャッジメント・ピラー)》を引き起こしていた。

 種族が死霊系統モンスターである【燃怨喰霊 ズー・ルー】にとってその攻撃は致命傷。

 勝敗は見るまでもなく明らかであり、圧倒的に【誓約天 アイラ】にとって分があると思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……キャッ! な、何が起こったの……?」

 

 

 轟音が部屋中に鳴り響く。

 今までにないほどの音と振動に思わずイスラは悲鳴を上げ、覗き見るように膝から顔を少し上げた。

 そして……壁にめり込んで倒れている【誓約天 アイラ】の姿を見た。

 

 

 『伝説級』<UBM>である【燃怨喰霊 ズー・ルー】、その格は【誓約天 アイラ】よりも遥かに高い。

 もとより永い時を生きる<UBM>。

 加えて今まで一度も戦ったことなく――力を蓄え続けて生きてきた<UBM>だ。

 例え、【枢機卿】に数百年封印されていたとしても蓄えてきた力を使い果たしてしまったわけでもない。

 

 相性に関して言えば、【誓約天 アイラ】は最悪の相手。

 だが……それは【誓約天 アイラ】にとっても同じ事。

 

 

 ――怨念の炎は天使と言えども再生を許さず燃やし、そして呪うだろう。

 

 ――高いAGIと死霊特有の莫大なHPは【誓約天 アイラ】を遥かに上回るだろう。

 

 ――怨念を元に【シビル・ゾンビ】を生み出す《眷属生成》ならば、【誓約天 アイラ】を傷つけることなくその動きを取り押さえられることだろう。

 

 

 しかし……同時にそれが出来ないでもいた。

 

 

 『KA、KAKAKAKKAKAAAAAAA!!』

 

 

 全力で大鎌を振るう【燃怨喰霊 ズー・ルー】。

 その後ろには【生贄】故に、足に着けられた足枷故に何も出来ない守るべき者(イスラ)が居るのだから。

 怨念の炎も、《眷属生成》すらも使えばイスラは無事には済まないだろう。

 

 だから……五分五分。

 

 圧倒的なステータスで上回っている【燃怨喰霊 ズー・ルー】と修復不可能な傷を与えてくる【誓約天 アイラ】。

 互いに致命傷になりうる攻撃手段を持ちうり、互いに生存能力に優れた<UBM>。

 ほんの数分間の戦い。

 そしてその決着はついた。

 

 

 

 

 

 ――一人の男の思惑通りになったという意味で。

 

 

 

 

 

 「……え?」

 

 

 それは突然発動した。

 一番近くにいたイスラですら悲鳴を上げることも出来ないほどの突然の出来事だった。

 イスラの足元を中心として部屋中に広がる幾何学模様の魔法。

 

 ――『二つ目の魔法陣』

 

 その存在に互いの攻撃に弱り、傷ついていた二体の<UBM>が対応できるはずも無い。

 成すすべなく、悲鳴を上げる間もなく魔法陣の放つ光の渦に吸い込まれていく。

 そしてその光が収束し消え失せた。

 そこには先ほどまでいたイスラと二体の<UBM>の姿はない。

 

 【誓約天 アイラ】も。

 【燃怨喰霊 ズー・ルー】も。

 【生贄】であるイスラの姿も消え失せ……

 

 

 

 

 

 ――一体の『伝説級』<UBM>、【殺戮熾天 アズラーイール】が立っていたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「……やった、やったよアリシア!! 僕の計画は成功だ、完ぺきだった!!」

 

 

 先ほどまで【誓約天 アイラ】と【燃怨喰霊 ズー・ルー】との激しい戦闘が行われていた小さな地下部屋。

 荒れ果てたその部屋に、男は歓喜に叫びながら入ってきた。

 そして嬉しそうに髪を、皮膚を掻きむしる。

 幽鬼のような青白い肌から真っ赤な血がにじみ出る。

 

 

 「途中で変な<UBM>が乱入してきたけど……上手くいってよかった。いや、神の使徒である天使に死を超越した死神。これならきっとアリシアも蘇らせることが出来る!」

 

 

 【高位助祭】の男は今までの苦労が報われたかのように嗤う。

 そして部屋の中央まで歩み寄り、呆然と立ち尽くす【殺戮熾天 アズラーイール】の頬を愛おしそうに優しく撫でた。

 

 

 

 男の計画は緻密だった。

 そして用心深かった。

 【生贄】であるアイラを犠牲にして天使を召喚する魔法陣。

 しかし、そこには問題が一つだけあった。

 

 召喚されたモンスターはある意味、一時的なもの。

 一定の時間が経ってしまえば再び光の粒となって消えてしまう。

 だが、その時間内に愛しのアリシアを蘇生することが出来なければ全ては水の泡となってしまう。

 加えて、召喚したモンスターが言うことを聞かない場合――<UBM>となってしまった場合はどうしようもない。

 

 

 だからこその保険。

 そのためのイスラであり、もう一つの魔法陣。

 

 そうだ……召喚したモンスターに不安があるなら制御出来るよう(・・・・・・・)にすればいい(・・・・・・)

 至極単純で当たり前の考え。

 その結果が、イスラへのモンスターの憑依させる魔法陣だった。

 

 

 「アイラ、イスラ……やっぱり二人は天才だね。憑依させる魔法陣には不安が多かったけど、二人だからこそ上手くいったんだ。

  二人とも僕と、そしてアリシアの自慢の娘だよ」

 

 

 問題だらけ、成功するはずのなかった計画。

 その計画は皮肉なことに二人の少女、そして二体の<UBM>を犠牲にして成功した。

 そして……男の目論見は――アリシアを生き返らせることは叶わない。

 

 

 「……え?」

 

 

 何かが宙を切る音がした。

 それに続くように重たい物体が崩れ落ちる鈍い音。

 そして……男は気が付いた。

 自分の身体が言うことを聞かない事に。

 

 それは正解、そして間違いだ。

 ……男の身体は怨念の炎に燃え尽き、既に燃え尽きたのだから。

 ……男の首の下に繋がっているのは、死神が構える大鎌の断面なのだから。

 

 

 「……なんで、なんで私はこんな事しようなんて……」

 

 

 モノ言わぬ、動きもしないゴミとなったそれにイスラは思わず言葉を漏らした。

 体が思い通りに動かない。

 まるで何かの夢でも見ているかのような気分になりながら。

 そして理解した。

 自分自身の正体に。

 そして心の底から湧き上がる本能とでもいうような衝動に。

 

 

 『もっと、もっと人を殺さ(救わ)なければ』

 

 

 ここから始まるのは一体の<UBM>による殺戮であり、一人の少女の悲劇。

 そしてそんな状態でイスラが出来ることはただ一つ。

 

 ……やはり、祈ることだけだった。

 

 だから少女のは神へと、死神へと祈る。

 

 

 「……誰か止めて……私を殺してっ」

 

 

 




【誓約天 アイラ】
種族:天使系
能力:高速再生・誓約執行
最終到達レベル:1
討伐MVP:――
MVP特典:――
発生:認定型
備考:カンストした【高位助祭】によって、【司祭】系統ジョブ大きな才能を持ったアイラを【生贄】に生まれた<UBM>。
   突如乱入してきた【燃怨喰霊 ズー・ルー】と戦闘になるも、相性差で引き分け。
   【高位助祭】の魔法陣によってイスラに憑依、【殺戮熾天 アズラーイール】の一部となった。


【燃怨喰霊 ズー・ルー】
種族:死霊系
能力:怨念燃焼・眷属生成
最終到達レベル:53
討伐MVP:――
MVP特典:――
発生:ジャバウォック
備考:三強時代から生き延びた死霊系<UBM>。
   戦闘はあまり得意ではなく、【枢機卿】によってレジェンダリアの山奥(ローゼン村)に封印されていた。
   アイラとライラを助けるために【誓約天 アイラ】へ挑んだが、相性差で倒せず相打ちに。
   【高位助祭】の魔法陣によってイスラに憑依、【殺戮熾天 アズラーイール】の一部となった。


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第16話 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

すいません、戦闘シーン終わると思ってたのに……終わらなかった。
嘘ついて申し訳。
次で【騎神】vs【殺戮熾天 アズラーイール】終了……(予定)です。


 □□□【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「なんで……こんなことって」

 

 

 月光が射し込む丘の上。

 可視化出来るほどの濃い魔力が光を帯び、まるで幻のように浮かび上がる。

 <トラーキアの試練>で見たような幻想的な光景だ。

 しかしその内容は全くの別物、<トラーキアの試練>での景色が『隠れた秘境』と表現するならば、ここは。

 

 ――『産まれたばかりの地獄』

 

 アレウスに地面に下ろされた私は、その光景を眺めることしか出来ずに呆然と呟いた。

 想像しずらい抽象的な表現。

 だけど……これ程の的を得た表現は他を探しても見当たりはしないだろう。

 

 

 

 

 

 『A……GAA、AAAA』

 『CACA、CACACACACAAAAA!!』 

 『~~~~~ッ!』

 

 

 ――阿鼻叫喚。

 【殺戮熾天 アズラーイール】を護るように周囲を漂う『黒い死神』、より禍々しく変身した姿は直視した生物に死を覚悟させる姿をしていた。

 そして風もなしに不気味に揺らぎ続ける漆黒のローブからは、器から零れるように闇のような暗い怨念が漏れ続け、その闇からは無尽蔵(・・・)に《眷属》が《生成》され続けている。

 

 

 ――腐り、蛆の湧いた肉が骨が腐臭を放つ人型のモンスター、【ウーンド・ゾンビ】

 ――リアルな人の骨格を持ち、カタカタと歯をカチ鳴らすモンスター、【シビル・スケルトン】

 ――声にならない声を上げ、宙を漂う身体を持たぬ霊、【ホーンステッド・スピリット】

 

 

 その他にも、腐った動物のゾンビである【ビースト・ゾンビ】や血を吸い空を飛ぶ【ブラッド・ウェスペルティリオー】などその数は数えようもない。

 《眷属生成》で作り出された下級モンスターは『共食い』を繰り返し、それを上回るスピードで生成されていた。

 そして……それらを生み出した黒い死神もまたパワーアップしている。

 

 

 『GA、GAGAGAGAGAAAAAAA』

 

 

 鈍い音を立て、鳴らされる歯嚙みの音。

 その頭蓋骨の中に収められるように輝くコアは青白く燃え、怨念の炎の威力も大きく上がっていた。

 そして大鎌。

 それすらも【殺戮熾天 アズラーイール】の一部だったのだろうか?

 先ほどまでよりも大きく、鋭くなっているデスサイズ。

 恐らく黒い死神自身のステータスも上がっている今では、アレウスの馬鎧も意味をなさずに切り刻まれてしまいそうだ。

 

 

 何より一番恐ろしいのは、その中央に立つ一人の天使(アイラちゃん)

 この恐ろしいほどの数の眷属と黒い死神に護られていながらも、彼女には《アズラーイール》という『死の結界』に《高速再生》も備えているのだ。

 まさに『殺戮に特化した<UBM>』。

 誰にも止められない『伝説級』<UBM>、【殺戮熾天 アズラーイール】の本来の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 その光景に私は唇を噛む。

 

 (ほんとに何で……ううん、私の実力不足だ)

 

 地面に着いた手。

 細く白い女の子らしいその手は、悔しそうに握り込まれ地面に指の跡を残した。

 反対に女の子らしくない擦り傷だらけの肌に泥が飛び散った洋服が目に映る。

 

 

 「これ以上は……私には何も出来ないよ……。アイラちゃんを助けるために師匠に勝って、【騎神】になって、あんな啖呵切っちゃったのに……私は」

 

 

 口を開けば弱音が出てきた。

 それはまるで私自身に言い聞かせ、納得させようとしている言い訳のようにも聞こえてくる。

 

 (……惨めだなぁ)

 

 小さなため息。

 地面を見るように俯き、固く閉じた目尻から何か冷たいものが零れ落ちるのを感じた。その涙がより加速的に私の心を蝕んでいく。

 当の昔に感覚を失った右腕が土と涙が混じりあった泥で汚れた。

 

 

 「立たなきゃ、まだアイラちゃんは救えてないぞ。ヴィーレ・ラルテ」

 

 

 ……だが、立てない。 

 アレウスに《騎乗》するためにアレウスの身体を挟む筋力も、立ち上がるための決意も既にボロボロになり使い物にならなくなっていたからだ。

 ――勝ち目がない。

 その事実を頭の隅で理解し、心の奥底では諦めていた。

 この場には【魔樹妖花 アドーニア】の時のように助けてくれる師匠もいない。

 野蛮に笑い敵を睨みつけるホオズキも、その傍らで言葉という形にしなくとも前を見続けているシュリちゃんも。

 これほど心細いと思ったことは他にない。

 

 (……諦めてしまおうか、このまま戦ってもアレウスを。フェイを死なせてしまうだけだし)

 

 甘い誘惑だ。

 『逃げるわけではない。ただ、死んでしまえば生き返らないアレウス達の事を考えた結果の撤退』、これほど都合のいい理由(言い訳)は無いだろう。

 後は簡単だ。

 少しの間【殺戮熾天 アズラーイール】から姿を隠し、メニューからログアウトを選択するだけ。

 それを分かった瞬間だった。

 

 

 「……ッツ」

 

 

 感覚が無かった腕が、動かなかった手が動いた。

 戦おうとしても動かなかった腕が……逃げるために動いてしまった。

 ……駄目。

 勝手に動く右腕。

 それを自分の意志では止められない。

 ガクガクと痙攣しながらもその指で空中にメニューのウィンドウを開き、ログアウトのボタンへと向けスクロールさせる。

 そして、

 

 

 「駄目っ」

 

 

 『ログアウト』へと書かれたウィンドウへと伸ばされた人差し指。

 その指先はゆっくりとその画面へと伸ばされ……

 

 

 

 

 

 『BURURURUUUU!!』

 

 

 ……宙を切った。

  

 

 「えっ? アレウス?」

 

 

 同時に襟首をその口で掴まれ、ぶっきらぼうにアレウスの背へと振り飛ばされる。

 

 

 「……痛いんだけど……」

 

 

 いつもとは違い、戦闘形態の敵の攻撃を緩和する黒い剛毛。

 私はその毛並みに顔から飛び込むように《騎乗》し、ボロボロの身体を打ち付けた。

 鼻から落ちてしまったのだろうか?

 ズキズキと痛む鼻に涙目になりながら体を起こす、そして……

 

 アレウスに体へと付いた感覚の鈍い手、その手が何か……生暖かいヌルリとしたものに触れ、動きを止めた。

 

 

 「……血?」

 

 

 考えなくても分かる、それ以外ない。

 誰の血か?

 考えなくても分かる、アレウスの血だ。

 全身を黒鉄の馬鎧に身を包んだアレウス、その鎧の下には血を滲ませ、【出血】の状態異常を受け続けていたのだ。

 ……いつからだろう?

 私は自分の事ばかり考え、そのことに気が付いてはいなかった。

 

 

 「……ほんとに馬鹿だね。アレウスも……そして私も」

 

 

 そして気が付いた。

 アレウスの身の安全を理由にしようとしていた私。

 それを止めたのは他でもない――傷を負いながらも諦めずに戦おうとしているアレウスであることに。

 その真紅の瞳には、まだ諦めの色が浮かんでおらず、戦いに燃えるような真紅の炎を宿していることに。

 

 

 『KIEEE、KIE、KIEKIEEEE!!』

 

 

 「僕も居るよ!!」とばかりに私の頭に着地し、テケテケと足踏みするフェイ。

 私はその様子に小さく笑みを漏らす。

 そして……

 

 

 「最後の【騎神】の底力、私達の本気の力を見せつけてやろう?」

 

 『HIHIIIIIIIN!!』『KIEEEEEE!!』

 

 

 不敵に笑みを浮かべ、アイテムボックスから取り出した【HP回復ポーション】を一息に飲み干したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ――ゴゴゴゴオォ……プシューー!

 

 

 私達が今いる丘の上から遠く離れた場所。

 <ブルターニュ>の方面で何かが起こったのか地面が大きく震動する。

 揺れで地核にでも隙間が出来たのだろうか?

 地表に熱線が吹き出ては夜の冷たい空気に触れて水蒸気となって月光を受けては煌めいた。

 

 

 「……勝負は一撃、速攻で決める」

 

 

 私はアイテムボックスから【HP回復ポーション】を有るだけ取り出し、出し惜しみなく使い切る。

 品質の低い回復ポーションだったからだろうか?

 飲み干した口内には渋い苦みが残り気持ち悪い。

 だけどその効果はしっかりと効いたようだ。みるみるHPが回復していき、【出血】の状態異常になっていたアレウスの身体も血が止まり回復している。

 精神的な疲れは限界を超えてはいるが、体は辛うじてまだ動く。

 

 

 「アレウス、フェイ……師匠の時と同じ、アレ(・・)をやろう」

 

 『BURUUU? BURU!』

 

 

 今なお《眷属生成》を止めることなく下級モンスターを生成する【殺戮熾天 アズラーイール】。

 私はその様子を睨みつけながら、そう呟いた。

 

 長期戦では勝ち目がないのは既に嫌というほど分かっているのだ。

 そして私達に残された余力も底を着きかけていることも。

 ならば、取るべき行動はただ一つ。

 

 (誰にも避けられない……最高火力の一撃で辺り一帯ごと消し飛ばす!!)

 

 そして私は再び腰ベルトに付けられたアイテムボックス――『矢専用アイテムボックス』ではない、『貴重品アイテムボックス』へと手を伸ばす。

 ゴソゴソと探し、取り出したもの。

 それは細く、長く、鋭い特殊な金属(・・・・・)で出来たアイテム。

 

 

 ――【オリハルコンの鋭矢】

 

 

 

 【魔樹妖花 アドーニア】の討伐報酬で買った高い買い物の一つ。

 師匠との決闘に使ってしまい、残り四本となった矢の内の二本。

 私は【オリハルコンの鋭矢】を【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】へとつがえ、そして構える。

 

 

 ――この一撃が通じなければ私の負け、アイラちゃんも救えない。

 

 

 負けた時の失うものが大きすぎる。

 アイラちゃんを助けるためにジョブチェンジした【騎神】の意味もなくなる。

 下手をすればアレウスやアロンも死んでしまう。

 何よりアイラちゃんを救えない。

 分の悪い賭け、勝負、だけど…… 

 

 

 ――だけど……なんでだろう? この技で負ける気はしないや。

 

 

 【騎神】である師匠が編み出し、私が引き継いだ技。

 そして何より師匠を倒し(・・・・・)、認められた私の『必殺技』。

 故に、最後の一撃にこれ以上技は無く、これ以上信じられるモノもない。

 

 

 「……ヴィーレおねぇちゃん?」

 

 

 夜を彷徨う死者の呻き声。

 その中に混じって既に何度も聞いた――アイラちゃんの不安を押し殺す声が風を伝い、私に届いた。

 そして……私はアイラちゃんを安心させるように、不敵な笑みで前を見た。

 

 

 「大丈夫、私が絶対に助けるから」

 

 

 ――何度でも言おう、それで彼女が安心してくれるなら。

 

 

 「なんたって、私はあの師匠――【騎神】カロン・ライダーの弟子だからね」

 

 

 ――何度倒れようとも、何度でも立ち上がろう、彼女が助けを願うのならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、改めて名乗ろう。あの時目の前に立ち、名乗りを上げる師匠のように。こんどは『ヴィーレ・ラルテ』の名を使って。

 

 

 

 「我が名は、ヴィーレ。

  師であるカロン・ライダーの技を引き継ぎ、その意思を受け継ぎ、そして師匠を超えていく者。

  不死の<マスター>、【騎神】ヴィーレ・ラルテ。

  貴女の願いを聞き、貴女を救う……騎兵だよ」

 

 

 

 そのヴィーレの姿は、あの時の光景を方発とさせた。

 <マスター>としてはまだ“無名”。

 どれだけのティアンが彼女の名前を知っているかは分からない。

 

 しかし! それでも……少女にとっての――アイラにとっての【神】であり『英雄』はそこに居た。

 

 ――静寂。

 死者たちは見入るように一斉に口を閉ざし、月明かりがその場を照らす。

 そして……

 

 

 『KA、KAKKAKAKAKKAKAKAKAAAAAA!!』

 

 「《一騎当神》……《ザ・ラ()イダー()・デ()ディ()ケイ()テッ()ド・()ブロー()》!!」

 

 

 

 

 百を優に超す死者の大群と一人の騎兵が火花を上げた。

 




【殺戮熾天 アズラーイール】
種族:天使系
能力:《アズラーイール》・高速再生・怨念操作・《眷属生成》
現在到達レベル:60
討伐MVP:――
MVP特典:――
発生:認定・デザイン型
作成者:――
備考:レジェンダリアの山奥で殺戮の限りを尽くした<UBM>。
   その正体は【燃怨喰霊 ズー・ルー】と【誓約天 アイラ】が憑依した【生贄】であるイスラ(アイラちゃん)である。
   アイラの身体能力は一般人と変わらないものの、《アズラーイール》の即死領域、高速再生、そして怨念を操り炎に変えて攻撃する死神と怨念を元に沸き続けるモンスターによって守られ普通に強い<UBM>となっている。
   超技巧型であり、コアを二つ持つ。


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第17話 月光

後半が……あっけなさ過ぎた
戦闘シーンはムズイわ


 □【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 『KA、KAKKAKAKAKKAKAKAKAAAAAA!!』

 

 「《一騎当神》……《ザ・ライダー・デディケイテッド・ブロー》!!」

 

 

 月光が照らし出す丘の上。

 向かい合う二人……一人と一体が互いに咆哮を上げる。

 それは『決意』――この一撃をもって眼前の敵を必ず打ち倒すという決意であり、何よりその強さに対する『敬意』を込められた咆哮だった。

 不気味なほど静かな夜の森にその咆哮は驚くほど木霊する。

 そして……

 

 

 

 

 ――『ドンッ!!』

 

 

 

 

 ヴィーレの姿は掻き消えた。

 

 その場に残ったのはアレウスが踏み込んだ跡であるクレーターのみ。

 アレウスの黒色の体毛は夜の闇に溶け、ヴィーレの構えた強弓が宣言されたスキルによって光輝き、一条の流星を生み出した。

 

 『電光石火』、『疾風怒濤』。

 

 その光景を言い現すのならこれを除いて他にない。

 まさに一瞬。

 まさに一条。

 ヴィーレは強弓へと収束する光を流星の尾のように残し、真っすぐ(・・・・)に【殺戮熾天 アズラーイール】へと向け疾走する。

 ヴィーレにとっての『必殺技』、それは至極単純にして明解な攻撃である。

 そう……

 

 

 (この山ごとでもいいから……最大出力の一射で【アズラーイール】ごと消し飛ばす!!)

 

 

 そうだ、コアが二つあり、同時に砕かなければ倒せないというのならば――一撃で二つまと(・・・・・・・)めて消し飛ばせ(・・・・・・・)ば良い(・・・)

 答えは誰にでも思いつくようなシンプルなものだった。

 

 《ザ・ライダー・デディケイテッド・ブロー》と《一騎当神》による一撃、それはまさに『必殺技』と言っても良いほどの威力を秘めている。

 

 

 ――《一騎当神》、それは【騎神】が騎乗する騎獣の『全ステータスを十倍化』するパッシブスキル。

 

 ――《ザ・ライダー・デディケイテッド・ブロー》、それは『AGI×走った距離分だけ攻撃能力を強化(・・)し、ENDからAGI×走った距離分を減算する』というアクティブスキル。

 

 

 アレウスのAGIは約四万、【殺戮熾天 アズラーイール】までの距離はおよそ百メテル。

 しかし、ヴィーレの攻撃の場合は【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】を用いたものだ。

 【オリハルコンの鋭矢】の攻撃力を20程度であり、弓故に実質的に駆ける距離はその半分……五十メテルといったところだろう。

 だが……十分だ。

 それだけでも放たれた矢は超々音速に達し、【アズライール】を消し飛ばすだろう。

 まさに『必殺技』。

 ヴィーレにとってこれ以上の攻撃技は他に無い。

 

 

 

 

 

 ――『ボキリッ』

 

 

 そして……それだけの威力を誇る技に反動が無いわけ(・・・・・・・)が無い(・・・)

 

 

 「……ッ~~!!」

 

 

 音を立てた左腕に思わず目尻に涙を貯め、その痛みに苦痛の声を漏らした。

 真っすぐに前を見据えながらもチラリと視界の端――自身のステータスを覗き見る。

 ――【左腕骨折】。

 そして……ヴィーレは安堵した。

 

 (……右腕じゃなくて良かった)

 

 左腕に食い込むほど雁字搦めに巻き付けたアレウスの手綱。

 ガクガクと震えながら、弓を握り構える右腕。

 そして……ヴィーレは小さな口で矢を噛みしめ、引き絞りながら息を漏らす。

 

 

 それは当たり前の結果だった。

 そもそも《ザ・ライダー・デディケイテッド・ブロー》の元となった技は【騎神】である師匠の――人馬種族(・・・・)が前提の技。

 そんなものをただの人族であるヴィーレが使いこなせるわけが無い。

 その事をヴィーレも分かっているから武器を槍ではなく、出来るだけ走る距離を減らすことが出来る弓を使っているのだから。

 しかし……《一騎当神》によるデメリット――アレウスのステータス十倍化に比例する、反動の強さが大きすぎた。

 現にこうして、ヴィーレのENDは一瞬で『0』になってしまっているのだから。

 

 

 ――『ボキリッ』

 

 

 左胸が激しく痛みを訴える。

 

 

 ――『ボキリッ』

 

 

 アレウスにしがみ付いていた右足がダラリと垂れ下がった。

 

 だが……止まることは出来ない。

 彼女が求めるのはどこまでも駆けていくことが出来る力であり、大切な者を救うことが出来る力なのだから。

 

 だが、逆にヴィーレの疾走を止めようとする者もいる。

 

 

 『KA、KAKAKAKAAA!!』

 

 

 カチカチと歯を打ち鳴らす音。

 同時にその号令に共食いを繰り返していた『眷属』達が静まりかえり……一斉にヴィーレに向けて動き出した。

 その様子はまさに『ゾンビの大波』。

 躓き、転けたゾンビの上を違うゾンビが駆け走る。

 【レイス】は真っ先に宙を滑り、【ビーストゾンビ】が疾走する。

 これを波と言わずに何と言うのだろう。

 大波となった眷属の群れはそのままアレウスに《騎乗》するヴィーレを呑み込み。

 

 

 『BURURUR!!』

 

 

 大きな嘶きと共に吹き飛んだ。

 一歩踏み込むごとに近付いていた六体のゾンビが踏み砕かれ、吹き飛ばされ地面の血痕とかす。

 宙を滑っていた【レイス】がフェイの《紅炎の炎舞》に溶けるように消えた。

 分かっていたことだ。

 『ゾンビの大波』ごときでは【騎神】であるヴィーレを止めることは叶わない。

 

 

 

 

 

 

 ……だが、その速度を抑えることは。ヴィーレにダメージを与える事は出来るだろう。

 

 ゾンビが砕かれ、血飛沫が宙を舞う。

 そしてそのバラバラとなった腐った体はフェイの炎に消し炭となった、が。

 

 

 「痛っ!」

 

 

 ヴィーレは突如発生した肩の痛みに眉を潜めた。

 その痛みに釣られるように肩へと視線を移し……小さな孔が開いているのを見た。

 視界の端では【出血】が発生し、血が止まることなく流れ出る。

 それを引き起こしたのは他でもない。

 

 ――『血』

 

 炎で燃え尽くす事が出来なかったほんの一滴のゾンビの血。

 超音速でヴィーレに血液がまるで弾丸のごとくぶつかり、小さな孔を穿ったのだ。

 フェイの炎の壁も完璧ではない。

 アレウスはその馬鎧で弾くことが出来るがヴィーレを守るのはその衣服である防具だけだ。

 肩に、脚に小さな孔が穿たれていく。

 そして……

 

 

 「ッ!! ――アレウス!」

 

 

 激しく警鐘を打ち鳴らす《危険察知》。

 すでに指示を出すことも出来ないヴィーレのただの叫び。

 しかし……それにアレウスは答えた。

 

 

 『HIHIIIIIIIN!!』

 

 

 ――跳躍。

 そして……ゾンビの大波の上(・・・・・・・)を疾走する(・・・・)

 するとワンテンポ遅れ、先ほどまで駆けていた地面を一線の青白い炎がゾンビごと焼き尽くした。

 その光景にヴィーレは唇を噛みしめ、息を飲んだ。

 

 ――ゾンビの大波の壁。

 

 ――その向こう側から眷属の犠牲をいとわず放射される怨念の炎。

 

 ――そして『伝説級』のステータスをもつ死神に即死の領域。

 

 これは……

 

 (これは……届かない)

 

 凄まじい威力を秘めた【オリハルコンの鋭矢】、だがこのままではおそらく黒い死神に塞がれる。

 怨念の炎をもって、その高いステータスと鋭利なデスサイズで放つ一射を弾き躱すだろう。

 ……確証はない。

 だが、勘が。

 経験から培われた本能がそう叫んだ気がした。

 だから、ヴィーレは覚悟を決める。

 

 

 「……行こう、アレウス、フェイ!!」

 

 

 頭の中で鳴りやまぬ警鐘。

 それに従うように――

 

 

 

 

 

 ――ヴィーレはアレウスの背から体を宙に躍らせた。

 

 

 「《送還》――アレウス」

 

 

 同時にアレウスの姿が光の粒となりヴィーレの左手の【ジュエル】へと吸い込まれていく。

 アレウスの飛んだ距離がかなり高かったのだろうか?

 自由落下する体が風を切り、バキバキと音を鳴らす。

 

 下を見る。

 真下に見えたのは自身を飲み込もうと、ピザの斜塔のように高く上ってくるゾンビの塔。

 そして、落下するヴィーレを狙おうと放射された何本もの炎の槍。

 

 (……随分と警戒してくれてるみたいだね)

 

 ヴィーレはその光景に微かに笑い。

 

 

 「計算通り……かな?」

 

 

 口へと咥えた矢を打ち放った。

 

 超々音速で風を切る【オリハルコンの鋭矢】。

 放たれた矢はゾンビの身体を容易に貫き通し、地下にマグマと(・・・・・・・)水脈が流れる(・・・・・・)地面へと吸い込まれ。

 

 

 『KAKAKKKK!?』

 

 

 大規模な爆発を巻き起こしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ――『水蒸気爆発』

 

 火山などでも起こる化学現象である。

 水が非常に温度の高い物質と接触することで気化され発生する爆発現象の事だ。

 

 現象としては、『熱したフライパンに水滴を落とすと激しくはじけ飛ぶ』といった現象と同じである。

 水蒸気となった水の体積は、液体時の1700倍。

 それが連鎖的におこる現象が火山などで起こる水蒸気爆発。

 

 

 では貫通に特化した(・・・・・・・)――《ザ・ライダー・デディケイテッド・ブロー》によって凄まじい威力を秘めている【オリハルコンの鋭矢】が地面に到達すればどうなるだろうか?

 

 その答えを想像するのは容易である。

 ここは天然温泉で有名な場所であり、地下からは暖められた水蒸気が吹き上がるほどの地域。

 

 

 

 

 

 そう、放たれた矢が引き起こす現象――水蒸気爆発だ。

 

 

 

 

 

 ◆【殺戮熾天 アズラーイール】

 

 

 

 

 

 

 「……なにが……起こったの?」

 

 

 耳をもつんざくような轟音。

 世界が音を立て、崩壊し始めたのではないかと勘違いするほどの地揺れ。

 凄まじい衝撃がそのか弱い少女の身体を揺らす中、『イスラ』であった少女はその場に立ちすくんでいた。

 その真っ白なワンピース姿には汚れ一つない。

 雪のように白い素肌にもかすり傷一つ見当たらない。

 それもそのはずだ。

 

 ――『肉の壁』

 

 主人を護るようにその字のごとく、肉壁となったゾンビの群れに護られていたのだから。

 マグマの熱量さえも黒い死神の怨念の炎壁によって防がれた。

 

 大規模な水蒸気爆発、それさえも【殺戮熾天 アズラーイール】を殺すことは出来ない。

 余熱によって消し炭となったゾンビの壁がボロボロと崩れ落ちていく。

 そして……

 

 

 「ヴィーレお姉ちゃん?」

 

 

 一寸先も見えないほどモクモクと巻き上がる白煙。

 その奥に一人の人影を見た。

 

 

 ――その人物は真紅のポニーテールを揺らし、大きな馬に騎乗していた。

 

 ――辺りの地面でグツグツと音を立てる真っ赤なマグマ、それよりも赤く輝く炎を纏う弓を構えていた。

 

 ――その人物の衣装――その腰にはまるで不死鳥を(・・・・・・・)思わせる紅帯(・・・・・・)が揺らめいていた。

 

 

 

 ――「――FormⅡ 【The() Flame() Belt() of() the() Phoenix()】」

 

 

 

 その人物は――ヴィーレはハッキリとそう呟いた。

 そんなヴィーレの腰には先ほどまでは無かった防具が装備されていた。

 腰から下へと流れる、不死鳥の炎帯。

 それはまるでマントのように、スカートのように後ろへと風になびく。

 不死鳥の尾が如く、炎帯は先が五つに分かれ、炎のように揺らめいていた。

 そして……その炎帯はまるで生き物のように辺りのマグマからその熱を吸収し、赤く輝く。

 

 

 

 『KAKAKAAAA!!』

 

 

 【アズラーイール】を護る黒い死神が勢いよくその大鎌を振るう。

 勢いよく振るわれた大鎌は突風を巻き起こし、視界を塞ぐ白い煙を切り払った。

 煙が晴れるその先に居るのはヴィーレ。

 

 

 「――【我は不死鳥の騎士為り】」

 

 

 スキルの宣言。

 同時に炎帯から五つの炎が巻き起こり、ヴィーレの身体を包み込む。

 ――それ様子はまるで真紅の炎の騎士。

 そして、

 

 

 「【フルチャージ】、《ザ・ライダー・デディケイテッド・ブロー》!!」

 

 

 二つ目の【オリハルコンの鋭矢】を構え、疾走する。 

 その疾走を妨げる者は――あふれかえるほどいた眷属はいない。

 不死鳥の炎帯から構える強弓へと炎が収束し、オリハルコンの鋭矢が真紅に輝いた。

 

 

 『KAKAKAKAAAAA!!』

 

 

 それを妨ぐべく、黒い死神が怨念の炎がを走らせる。

 夜になり、格段に強化された青白い炎。

 今なら簡単にヴィーレを燃やし尽くすことが出来るだろう。

 その炎はヴィーレに向かって怨念の炎は放射され……

 

 

 『KAKA……KA……?』

 

 

 放たれた青白い炎は真紅の炎帯に吸(・・・・・・・)収された(・・・・)

 驚きに固まる黒い死神。

 しかし……その瞬間にもヴィーレは超音速で【アズラーイール】までの距離を疾走する。

 すでに黒い死神との距離は数メテル。

 互いに攻撃は必中の間合い。

 

 強い意志を帯びた真紅の目が、頭蓋骨の奥で揺らめく青い眼光が交差する。

 

 真っ先に動いたのは黒い死神だった。

 

 

 『KAKA!!』

 

 

 その大鎌でヴィーレの首を斬り落とそうと振り払う。

 ヴィーレ自身のステータスは亜音速。

 鉄すらも紙のように切り裂く大鎌ならなんの抵抗もなく、その首を切り落とすことが出来る……はずだった。

 

 

 

 

 

 先に動いた黒い死神――その後から超音速起動(・・・・・)で死神より速く動いたヴィーレがいなければ。

 

 

 「私の勝ちだね……」

 

 

 ニヤリと不敵に笑うヴィーレ。

 その手には一つの結晶――【浄化のクリスタル】が握られていた。

 黒い死神――【燃怨喰霊 ズー・ルー】の動力は怨念。

 怨念を燃やし炎で攻撃し、怨念を消費し眷属を生成する。

 だが、その怨念が無ければどうにもならない。

 一瞬でその身にため込んだ怨念は払いのけられ……残りの怨念も【浄化のクリスタル】に吸収されていく。

 そして……

 

 

 「貴方は強かったよ……あと、アイラちゃんを護っていてくれてありがとう」

 

 

 出てきた言葉はなぜか感謝の言葉だった。

 

 

 「【クリムズン・レンジゼロ】」

 

 

 そして頭蓋へと――青く光るコアへとむけてその矢を引き放ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「……ありがとう、ヴィーレお姉ちゃん」

 

 

 自身を護っていた死神が消えた様子を見ていた少女は、私に向かってそう微笑んだ。

 その声は少し震えていた。

 頬には涙を流した跡が残っていた。

 

 

 「……」

 

 

 言葉は出てこなかった。

 私はそんな彼女へ【花冠咲結 アドーニア】のスキルを使おうとし……首をふる彼女に動きを止めた。

 

 

 「大丈夫だよ? お別れはもういっぱいしたもんね?」

 

 

 彼女はそう言い、泣きそうな笑顔で笑った。

 そして……彼女は自分の心臓に向け、十字架を模したナイフを突き立てる。

 即死領域である《アズラーイール》は発動しない。

 それはコアが二つあることで成立するスキル、もう一つのコアを持っていた死神が消えた以上、『自身の死を代償』に発動する《アズラーイール》は【殺戮熾天 アズラーイール】の死でもあるからだ。

 

 

 ――真っ赤な血が零れ落ちた。

 

 

 「……」

 

 

 言葉は出なかった。

 ただ、私には痛みが和らぐように……彼女が天国へ行けるように強く、強く抱きしめることしかできなかった。

 抱きしめる小さな身体。

 その温もりがだんだんと消えていく。

 

 

 「……アイラね、ヴィーレお姉ちゃんと会った日。探してたの、私を殺してくれる人を」

 

 

 無言で頷く。

 

 

 「アイラ、ヴィーレお姉ちゃんを見たとき思ったんだ。なんだかキレイで、キラキラしてて、それでいて太陽みたいな人」

 

 

 抱きしめる身体。

 その体が光の粒となって消えていく。

 ――止まれ、止まれ、止まれ!!

 そう願いながら必死に彼女を抱きしめた。

 

 

 「……アイラ、出会ったのがヴィーレお姉ちゃんで良かったよ? 辛かった時もあったけど……今は幸せ、そう思えるの。 だから、ね?」

 

 

 アイラちゃんは震える声で私に言った。

 

 

 「笑って、ヴィーレお姉ちゃん?」

 

 

 その声を聞いたとき、すでに抱きしめていたアイラちゃんの身体は消え失せていた。

 そして……私の胸には、消えたアイラちゃんの代わりに一本の短剣が抱きしめられていた。

 

 

 【<UBM>【殺戮熾天 アズラーイール】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ヴィーレ・ラルテ】がMVPに選出されました】

 【【ヴィーレ・ラルテ】にMVP特典【万死慈聖 アズラーイール】を贈与します】

 

   

 頭の中に鳴り響く無機質なアナウンス。

 それはアイラちゃんがもう居ないことを突きつけようとするようで、その形見を強調している様だった。

 

 

 ――【万死慈聖 アズラーイール】

 

 

 真っ黒な鞘に納められた、十字架を模した純白の短剣。

 スティレットと呼ばれる刃のない短剣だった。

 

 それは人を傷つけるための短剣ではない。

 瀕死の敵にとどめを刺すため……苦しませないようにと作られた短剣。

 『慈悲の一撃を与える』と言う意味を持ったものだった。

 

 

 私はその短剣を胸に……笑った。

 彼女は笑って消えていったから。

 彼女の最後のお願いだから。

 

 

 「……私も……アイラちゃんに出会えてよかったよ?」

 

 

 私はもう居ない彼女へと涙を流しながら笑顔で笑った。

 月明かりのせいだろうか? 胸に抱いた短剣が少し輝いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 ――あの夜と同じ、月が綺麗な夜だった。

 

 

 




【炎怪廻鳥 フェニックス】
第Ⅲ形態:【The Flame Belt of the Phoenix】(不死鳥の炎帯)
形態:腰から後ろへとたなびくマントのような帯。
   先は五つに分かれ、炎のように揺らめいている。

スキル:【火炎増畜】Lv.1→2
    特殊な炎も吸収可能に!!
    MP&SPを×5して蓄積する。

    【我は不死鳥の騎士為り】/アクティブスキル
    MP&SP、100に付き好きなステータスを+1(込めたステータス÷10秒間)する。
    【フルチャージ】:全ステータスに均等に割り振る。

    【The Flame Belt of the Phoenix】形態しか使用不可。
    《紅炎の炎舞》と《蒼炎の再生》も使えなくなる。



・《クリムズン・レンジゼロ》:【騎神】で作り出したスキル。
 【弓騎兵】を元にヴィーレが作り出したスキル。
 《騎乗》状態であり、敵に近づくほどその威力が上がる。(弓を装備時のみ)


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第18話 【炬心岳胎 タロース・コア】

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 ■【炬心岳胎 タロース・コア】

 

 

 

 

 

 ソレが初めてみた光景は『自分を見ては笑う、二人の人物の笑顔』だった。

 自分を見下ろす二人の人物。

 その笑顔を見て自分が何を思ったのかはもう覚えていない。

 ……いや、考える知能を持っていなかったのだ。

 

 ――ソレは【ゴーレム】だったから。

 

 ソレは人の形をしておらず、まるでボーリングの玉のような姿をしていた。

 何の機能も戦闘武装も持たない、ただのゴーレム。

 子供が作った(・・・・・・)粘土細工のような、ただ相手の言葉に反応を示すことしか出来ないような駄作だった。

 そんなソレが真っ先に覚えたのは二人の顔。

 そして自分の産みの親であろう、二人の名前だった。

 

 

 ――一人は寝ぐせの強い茶髪と頬のそばかすが印象的な女性。

  疲れると倒れるように眠り、涎を垂らしていた人――【装飾家(オーナメントワーカー)】メメーレン・ザリア。

 

 ――一人はあまり言葉を話すことのない無口な男性。

  ふと何かを思いついたように一つの作品を作り続け、出来上がったモノを眺めては微笑を浮かべた人――【巨象職人(コロッサスマイスター)】レオナルド・フィリップス。

 

 

 ソレの産みの親である男性はその後、どこかに旅立ってしまったがソレはその名と顔だけは忘れることは無かった。 

 感情があれば涙を流すことも出来ただろう。

 悲しそうな顔をした女性を励ますことも出来ただろう。

 しかしゴーレムであるソレがそんなこと出来るはずも無い。

 ただ、じっと、その様子を見つめていた。

 

 

 

 

 

 その後の日々は【ゴーレム】として……『充実しているのだろう』と認識できる毎日だった。

 ソレは産みの親である二人のMPの都合から『地下に流れるマグマから動力を吸収する』と言った仕組みで作られていた。

 だからだろう。

 一日の大半を自分の定位置――動力の充電場所で過ごす。

 充電が貯まればコロコロと転がって、何処かで寝てしまっているだろう女性を起こしにいく。

 彼女は簡単には起きない。

 起こすときは全力で、コロコロ転がって体当たり。

 そうすると彼女は頭を押さえながらコロコロ転がり、自分を見てニヘリャと笑った。

 

 

 ――『おはよう、■■■■』

 

 

 その笑顔をみてソレは考える。

 

 『これが幸せという感情なのだろう』……と。

 

 そして代わり映えのしない毎日が数年過ぎたある日の出来事だった。

 

 

 ――『起きて!! ■■■■』

 

 

 これまでで一度も、ソレが起こさなければ起きなかった彼女が早朝から自分を持ち上げ、とても嬉しそうにニヘリャと笑った。

 自分の仕事が無くなり悲しく……も無かったが、持ち上げられた手の上でフルフルと抵抗を試みる。

 しかし彼女は気が付かない。

 自分を彼女は顔の高さまで持ち上げ嬉しそうに目尻を垂らす。

 

 

 ――『私、とうとう【装飾王】に成ったんだよ!! ついにフェリップスに追いついたの!』

 

 

 言葉の意味は理解できなかった。

 ただ、嬉しそうに笑う彼女と久しく聞く親の名に自分もコロコロと転がった。

 毎日何かを作っていた彼女は珍しく、一日中笑い、愚痴り、食べ、そしてお酒を一瓶丸々飲んで寝た。

 自分が次の日の朝、眠る彼女の頭にもう突進でぶつかり起こしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だが、そんな日が永遠に続くわけがない。

 全てのものに終わりが来るように、その日常にも唐突に終わりが訪れた。

 時間にして数十年後。

 それは一つの完成の声。

 

 

 ――『……出来た』

 

 

 小さな、小さな呟き声。 

 部屋の隅――彼女は作業場でそれを光に透かすように高く掲げる。

 

 

 ――『……私の中でも最高傑作かも。これが私の最後の装飾』

 

 

 ――オレンジ色に透き通る一つの大きな水晶球。

 その中には更に五つのオレンジ色の結晶が埋め込まれ、光を通し僅かに光る。

 まるでスノークリスタルのような外見をした装飾品だった。

 

 数十もの失敗を繰り返したのだろう。

 作業場の周辺には山のように【ブローチ】や【指輪】が積み上がっていた。 

 思い出せばここ数年同じものばかり作っていたように見える。

 恐らくその失敗を積み重ねた結晶とも言えるものが今完成し、それが彼女の持つ水晶球なのだろう。

 

 嬉しそうに眺めてはフニャける彼女。

 そんな彼女は水晶球から、ふと顔を反らし……その表情を先程と真逆のものに変えた。

 

 

 ――『フィリップス、今どうしてるんだろ?』

 

 

 視線の先に捉えたのは『一通の手紙』。

 ここ数年、連絡が途絶え、生死の確認もとることが出来ない古い友人の名前だった。

 何処かに居るだろう友人を探すようにに虚空を見つめる。

 そして……

 

 

 ――『……よし!』

 

 

 彼女は小さな鼻息を漏らし、一息にその場から立ち上がった。

 ヨロヨロと痺れた足でゆっくりと、慎重に充電する【ゴーレム】の元へと歩み寄る。

 ゆっくりとソレの体を持ち上げ……

 

 

 ――『えいっ』

 

 

 ボーリング玉の指の穴のような部分にその水晶球を埋め込んだ。

 【装飾王】メメーレン・ザリア――彼女の最終作であり『最高傑作』は他でもない、彼女の処女作を埋め込んだ【ゴーレム】の装飾部品だった。

 マグマを動力とする【ゴーレム】のエネルギーが装飾品へと伝わり、水晶のオレンジ色がより輝く。

 呆然と固まる【ゴーレム】。

 そんなソレに彼女は微笑んだ。

 

 

 ――『私、暫くここを離れるよ。今は<化身>の侵略が激しいから……友人に別れの挨拶をね……』

 

 

 陽光を浴びてないからだろう。

 白く、細い女性の手で無骨な【ゴーレム】の表面をそっと撫でた。

 

 

 ――『絶対に帰って来るから。それまでお留守番よろしくね■■■■』

 

 

 彼女はそう言い、笑顔でソレに手を振った。

 そして……『バタンッ』

 彼女が閉じられた扉を再び開く時は二度と来なかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 【ゴーレム】はモンスターであり道具だ。

 その命令が残る限り、ソレが狂う事はあり得ない。

 故に……彼は待った。

 彼女が再び帰ってきてくれる事を信じて。それこそ愚直な機械のように。

 

 『彼女の起きる時間。太陽が東から昇る事、数千万回』

 

 『彼女と過ごした時間。それと同等の時が過ぎること数百回』

 

 ソレは狂うことなく正確に計算する。

 

 

 

 

 そして数千が過ぎた頃――扉は再び開かれた。

 しかし彼女ではない。

 姿を見せたのは『冒険家のような老人と、その頭に乗る一匹の青い鳥』。

 そんな人間をソレは知らない……つまりその人物は彼女の家を、思い出を荒らす侵略者である。

 

 

 ――『お留守番よろしくね、■■■■』

 

 

 その言葉は今でも正常に起動していた。

 故に……

 

 (……護らなければ)

 

 ソレは命令に従い動き出し、

 

 

 ※プレイヤー非通知アナウンス

 【(<UBMユニーク・ボス・モンスター>認定条件をクリアしたモンスターが発生)】

 【(履歴に類似個体なしと確認。<UBM>担当管理AIに通知)】

 【(<UBM>担当管理AIより承諾通知)】

 【(対象を<UBM>に認定)】

 【(対象に能力増強・死後特典化機能を付与)】

 

 【(対象を逸話級――【炬心岳胎 タロース・コア】と命名します)】

 

 

 正常だった命令の中に、不思議なノイズが響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 □□□【狂戦士】ホオズキ&シュリ

 

 

 

 

 

 「なぁ、シュリ。一つ聞きたいんだが」

 

 「……何?」

 

 

 “ジャガーノート”との戦闘を終えたホオズキ。

 彼はため息混じりに疑問を込めた声をあげる。

 もしくは、それを――目の前の現実を受け止めたくないが故の質問を隣に立つ相棒へと投げ掛けた。

 それに蒼髪の少女――シュリちゃんは眩しそうに目を細目ながらぶっきらぼうに言葉を返す。

 

 

 「いや、何って言うか……」

 

 

 ホオズキは煮え切らない態度で尻すぼみに言葉を紡ぎ、

 

 

 「あれって何処までがモンスターなんだ?」

 

 

 目の前にそびえ立つ『山』に向かって指差した。

 ……そう、山だ。

 山のような【ゴーレム】だ。

 

 

 ――岩石を集めて固めたような岩の体と体格に釣り合わないような巨大な手足。

  

 ――その奥ではまるで血液のようにマグマが高速で脈をあげる。

 

 ――山を切り取り人にした、そう言われれば納得してしまいそうな<UBM>がそこには居た。

 

 

 「……何処からと言われれば、全部。……生物じゃないから、よく分かんない」

 

 

 ホオズキの顔を見上げるように真面目に答えるシュリちゃん。

 その言葉にホオズキは苦笑いした。

 ……自分がこれから挑むであろう相手を見て。

 

 

 「……完全にSTRの差が云々の話じゃねぇじゃねぇか。仮に俺のSTRの方が高くても殴りあったら普通に死ぬぞ、俺?」

 

 「……一撃」

 

 

 力とは『重さ×速度だ』と、何かの漫画で言ってはいたが……この状況では当てにはならないだろう。

 一撃が超広範囲攻撃であり、その重さは山の重さそのものなのだから。

 思わず、自身がその拳によってミンチになるのを想定し、背筋に冷たい汗を垂らせる。

 そして……

 

 

 『食らえ、《クリムゾン・スフィア》~~!!』

 

 

 遠く離れたホオズキ達にも聞こえる大きな声。

 同時に突如、視界の端に真っ赤な炎が映り込んだ。

 【紅蓮術師】の奥義である《クリムゾン・スフィア》、魔法の中でも最高威力を誇る上級魔法だ。

 

 

 「ゴーレムに炎って……効かねぇだろ、絶対」

 

 「……やれやれ」

 

 

 二人はその様子を半分、他人事のような木持で眺め、

 

 

 「な、なんで!! うぎゃぁぁぁあ!!」

 

 

 放たれた《クリムゾン・スフィア》を丸々全反射(・・・)され、自身の魔法でデスペナルティになった<マスター>を見た。

 

 巨人のような大きな体と豪腕に、岩の体表の防御力。そして魔法から身を守る《魔法反射》。

 ただ、一歩足を進めるだけで森を荒野に変え、隕石が墜落したかのようなクレーターを作り出す――それが『逸話級』<UBM>【炬心岳胎 タロース・コア】。

 まさしく<UBM>足り得る存在が目の前に居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「放った魔法を無効化し、威力を減衰させることなく相手に跳ね返すか……フッ……まるで将棋だな」

 

 「……は?」

 

 

 静寂がその場を支配する。

 

 

 「……」

 

 「……は?」

 

 

 顔を背けるホオズキ。

 そんな彼の顔をじっと凝視するシュリちゃん。

 そして、

 

 

 「……行くぞ! シュテンドウジ!!」

 

 「……はぁ」

 

 

 ホオズキは何かに追い詰められるように【炬心岳胎 タロース・コア】へと向け、走り出したのだった。




まずい? やっぱりまずいですかね……


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第19話 《山岳装威》

 □【狂戦士】ホオズキ

 

 

 

 

 

 空を貫くような山岳の巨人。

 黄金色の夕焼けがその背を赤く照らし、レジェンダリア特有の巨木の森にそびえ立つ。

 

 ――『神秘的』

 

 例えるのならば『自由の女神』、もしくは“世界七不思議”に数えられる『ロドス島の巨像』だろうか。

 自然に調和するその巨人にはどこか逞しさと無骨なまでの美が見てとれた。

 それこそ【彫刻家】か【高位巨像職人】がその場に居たならば、「人類の宝だ!!」とでも言って保存しようとする程度には。

 

 

 

 

 

 ――まぁ、それが<UBM>である【炬心岳胎 タロース・コア】では叶うはずもないのだが……。

 

 

 『GOOOoooooooO!!』

 

 

 地を鳴らすほどの大咆哮。

 近くで聞いてしまえば鼓膜が破れてしまうのではないかと思うほどの咆哮だ。岩と岩が擦り合うような……言葉にもならない咆哮が空気を震わし、地面を揺らした(・・・・・・・)

言葉の綾などではない。

 

 ――事実、地面が激しく揺れた。

 

 それを引き起こしたのは【炬心岳胎 タロース・コア】の一撃。

 ただの拳によるパンチ、それだけだ。

 しかし……その一撃で地面には大きく亀裂が走り、辺りの木々は塵芥のように吹き飛んだ。

 更に、よくよく見れば岩の拳が振り下ろされた場所――直径十メテルを超えるクレーター跡には、数人の<マスター>がデスペナルティになったことによる光の粒が残っている。

 

 超音速ではなくても、その攻撃範囲と攻撃力は“即死攻撃”と変わらない。

 AGI型ビルドのマスターでなくては避けることすら必死である。

 そして、【炬心岳胎 タロース・コア】の一撃によって砕かれた岩石が衝撃で辺りに吹き飛んで……

 

 

 「~~~~~ぁぁぁぁああああ! 死ぬぞ、これ!!」

 

 

 岩石――ではなく、一人の『鬼』が地面に激突し鮮血をまき散らした。

 二度、三度、地面を大きくバウンドする。

 ENDの低さからだろうか?

 衝突の衝撃で片足が千切れ、胸から肋骨が飛び出てしまっていた。 

 そして、

 

 

 『……ホオズキ、到達率120%。……無謀に突っ込むから』

 

 「知らねぇよ! 糞が! 何でアイツのでかい図体を登るのにもスキルが要るんだよ!」

 

 

 弾け飛んだ男――ホオズキは、何処からか聞こえる相棒の声に舌打ち混じりに苛立ったように愚痴る。

 その身体からは【到達鬼姫 シュテンドウジ】の固有スキル、《戦鬼到達》によって血煙を上げながら高速で再生を続けていた。

 一撃でその衝撃によるダメージ、そして地面との激突とのダメージによって『再生用の血液』が半分以上消え失せたことが怒りを加速させる。

 

 

 「何だ必要なスキルは!? 《山登り》か? 《登攀》か? んなもんねぇわ!!」

 

 『……ホオズキ、煩い』

 

 「……分かってるよ。ッチ、糞ボスが」

 

 

 ホオズキの怒り、しかしそれもしょうがない事だろう。

 何かに責め立てられるように【タロース・コア】へと攻撃を挑んだホオズキ、だが彼はまともに攻撃をすることもなく吹き飛ばされてしまったのだから。

 

 ――【タロース・コア】の身体をよじ登り、その胸に埋まっているだろうコアをたたき割る。

 

 それだけの簡単な事だったはずだ。

 それなのにホオズキが攻撃に失敗した理由、その答えは明白だ。

 

 ホオズキは《登攀》スキルを保有していなかった。

 

 【タロース・コア】は巨人型(・・・)のゴーレムである<UBM>。

 その体は凹凸の激しい岩石に覆われてはいたが、登る角度はほぼ垂直である。

 そして……動く。

 激しく振動しながら垂直な……時には鋭角にすらなる岩盤を登る技術をホオズキは持ち合わせていなかった。

 リアルでロッククライミングでもしていれば可能だったかもしれないが、生憎彼は病院暮らしだ。出来るはずも無い。

 結果、怒りに任せるように【タロース・コア】の脚を叩き砕き――この有り様である。

 

 

 「でもどうする? このままじゃ<ブルターニュ>まで辿り着かれて終わりだぜ」

 

 

 完全回復。

 数十秒の再生によりHPと体の外傷が回復しきったホオズキは、目の前にそびえたつ【タロース・コア】を見上げながら呆然と呟いた。

 

 その考えは正しい。

 事実、こうして今の今まで【炬心岳胎 タロース・コア】は討伐されていないのだから。

 

 ――近接攻撃を、その超質量による圧殺と地面への衝撃波で封殺する。

 

 ――魔法攻撃を、《魔法反射》で相手へと全て跳ね返す。

 

 ――遠距離攻撃を、その鎧のごとき重厚な岩の皮膚で食い止める。

 

 仮に『敵の攻撃を倍にして叩き返す』などのスキルを持つ<エンブリオ>や、ヴィーレの【炎怪廻鳥 フェニックス】のような宙を飛べる<エンブリオ>なら結果は違ったかもしれない。

 しかし、現実としてそんな<マスター>はここには居ないのだ。

 【炬心岳胎 タロース・コア】が<ブルターニュ>へと辿り着くまでのタイムリミットは、もう半日と無いのだ。

 此処に居るのは既に半壊した<マスター>のパーティーなど。

 そして既に一つの戦闘を終え、疲労が着実に溜まっているホオズキだけ。

 絶望的な戦力差がそこにはあった。

 だが……

 

 

 「どうする、シュリ?」

 

 『……どうするかはホオズキしだい。私はそれに答えるだけ』

 

 

 姿なきシュリちゃんはボソリと呆然と呟いたホオズキへと言葉を返した。

 そしてそれは正しい。

 彼女は彼を願いを聞き、答える。

 それが【到達鬼姫 シュテンドウジ】であり<エンブリオ>なのだから。

 

 

 「……オーケー。つまりはやることは一つ、いつも通り――『無茶を遣り抜く』って事だな」

 

 『……うん、マスター』

 

 

 獰猛に笑うホオズキ。

 そんな彼にシュリちゃんも笑い返す。

 

 

 今にして思えば、ホオズキのこの世界での旅は行き当たりばったりなものだ。

 

 シュリちゃんが生まれ、すぐに【吸血戦士】へとジョブチェンジして旅に出た。

 強さを求めモンスターを打ち倒す日々。

 村へと出ればモンスターのドロップアイテムを売り払い、飯を食い、そして再び旅に出る。

 

 そんな毎日の中、偶々出会ったのがヴィーレだ。

 “霊都”<アムニール>の周辺に出た<UBM>、【魔樹妖花 アドーニア】の討伐者であることは耳にした噂から一目でわかった。

 パーティーを組む提案をしたのはその強さの要因を知りたかったからだ……まさか頷かれるとは思ってはいなかったが。

 そして……色々な事があった。

 金が無かったから乞食をした。

 金目当てで『メメーレンの遺跡』を探索した。

 【殺戮熾天 アズラーイール】にヴィーレを殺させてしまった。

 

 楽しいことも、悲しいこともそれなりに体験してきたつもりだ。

 そして、自分自身について分かったことはたった一つ。

 

 

 (……どうやら、俺は賢くも無ければ器用なことも出来ないみたいだ)

 

 

 ヴィーレのようにティアンの為に泣くことも、糞猫女のような『センススキル』も持っていない。

 持ち合わせはこの身体と強さを求める心だけ。

 そんな彼の『無茶』、それが示すことはただ一つ。

 

 

 

 

 

 「【タロース・コア】……てめえを正々堂々、ぶっ潰す!!」

 

 

 彼は目の前にそびえたつ巨人に向け、大きな声で言い放ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◆【炬心岳胎 タロース・コア】

 

 

 

 

 

 初めに気が付いたのは小さな違和感だった。

 全身を岩と土で構成された身体、その中に『小さな異物』が紛れ込んでいる。

 これまでにも様々な攻撃が自身へと炸裂したが、拳を一つ振り下ろせば事足りる。傷ついた岩の身体は瞬時に再生し、攻撃してきた侵入者(・・・)は溶けるように消えていく。

 

 

 『GOOooooO?』

 

 

 故にこんなことは初めてだった。

 攻撃ではない――何か異物が体に入りこんできたのは。

 ソレはその異物を探すように自身の身体を見下ろす。

 ……そして、見つけた。

 

 

 ――自身の脚に刺さっている一(・・・・・・・)人の侵入者を(・・・・・・)

 

 

 その言葉に間違いはない。

 言葉の綾でもなく表現でもなく、刺さっていたのだ。

 

 半裸の服装に頭に生えた二本の角。

 体には黒い紋様が大きく渦巻いている侵入者の男。

 

 

 『ゴンッ!』

 

 

 男は小さな破壊音と共に自分の足を岩壁へと叩き込む。

 自分を覆う岩石は鉄では無いものの強固だ。

 しかし男はそれに構わず――自身の足が砕け、血が流れ出るのも気にせず、もう片足を更に前へと踏み込んだ。

 ……気が狂ってる。

 自身の傷をかえりみず、岩壁へと膝まで蹴りこむ様に垂直に登ってくるのだ。これを気が狂っていると言わずに何と言えば良いのだろう。

 

 

 『――――――ッ!!』

 

 

 ゴーレム故に分からない。

 自身に押し寄せる謎の感情に駆られるように、その男へと拳を振り下ろす。

 この際、巨体を支える足が砕けても構わない。

 念入りに何度も、何度も拳を振り下ろす。

 その度に凄まじい衝撃波が周囲を駆け抜け、身体を構築する岩石が散弾のように飛び散った。

 

 

 普通の<マスター>なら一撃でデスペナルティに陥る攻撃。

 その一撃必殺の連打に加え衝撃波、そして岩の散弾。

 生存は不可能だ。

 それがホオズキ以外だったならば、だが。

 

 

 『……到達率200%。……正々堂々戦うんじゃ無かったの?』

 

 「うっせぇーよ、避けないとは言って無いだろ。それに、こうして身一つで戦ってることにはかわりないだろうが」

 

 

 連撃によってボロボロとなった【タロース・コア】の脚……からではなく、同じくボロボロとなった拳からその声は聞こえてきた。

 同じ岩石で出来た体をぶつけ合ったからだろう。

 拳は半壊し、その脚はギリギリ巨体を支えている状態だ。

 そんな半壊した拳――ホオズキはその拳の下で宙に浮いていた(・・・・・・・)

 

 

 「シュリ……久しぶりにお前が俺の<エンブリオ>で良かったと思ったぜ」

 

 『……今更だね』

 

 

 【タロース・コア】は微かに聞こえるホオズキの軽口を耳にしながら考える。

 

 ――何故、この侵入者は未だに生きているのか? と。

 

 何より、どうやって何もないはずの宙に浮かんでいるのかと。

 考えながらも【タロース・コア】はホオズキのを振り払うように拳を振り回す。

 そして、

 

 

 「頼むぜ、シュリ」

 

 『……お酒一本ね』

 

 

 突如、宙に浮いていたホオズキが何かに引っ張ら(・・・・・・・)れるように(・・・・・)動き出した。

 同時に【タロース・コア】は宙を移動する男と煌めく細い何かを視認した。

 

 ――夕焼けに反射しているのか真っ赤な細い糸。

 

 いや、違う。

 高速で伸縮する真っ赤な血の糸(・・・)だ。

 侵入者である男は自身の身体から流れ出る血の糸を使い、まるでターザンのように自分の身体を移動しているのだ。

 先ほどまでの垂直登り――無茶をしようとしていた男とは思えない避け方だ。

 そして振り下ろした拳を避けた後にホオズキがとるだろう行動は……

 

 

 「二度目はねぇぜ! その前にてめぇのコアをぶっ壊してやる!!」

 

  

 自分のコアを砕き割ることだ。

 振り下ろされ、地面にクレーターを作り出した拳、その腕の上をホオズキは吼えながら疾走する。

 その先にあるのは一つ。

 胸部の奥で輝くオレンジ色のコアである。

 

 

 『GOOOooooooooO!!』

 

 

 ――速い。

 到達率200%――<エンブリオ>の『全ステータス補正が200%』となったホオズキのAGIは、AGI型にも劣らない。

 そして【タロース・コア】はあくまで【ゴーレム】。

 その攻撃範囲と威力は凄まじいものの速度はあくまで亜音速である。

 故に、ホオズキの動きに追いつけない。

 振り下ろした手ではない、もう片手でホオズキを潰そうと必死に動くがその動きは亀の歩みだ。

 

 

 「……ハッ!! うすのろが! 俺の圧勝だな、ガッハッハッハッハ!!」

 

 『……変な事言ってないで、早く壊して』

 

 「分かってるって」

 

 

 胸部に到達したホオズキは【タロース・コア】を煽りながら大きく笑う。

 シュリちゃんはそんなホオズキを窘める。

 そして……

 

 

 『……《血の代償》――地竜の握撃』

 

 「<フィジカルバーサーク>、《血流操作》。これで……終わりだ!!」

 

 

 【地竜の血液】で強化され、血を拳に纏わし凝血した拳が【タロース・コア】へと炸裂した。

 ホオズキの拳は素の状態で岩を砕く。

 放たれた拳は容易に岩壁の皮膚を砕き割り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……は?」

 

 

 突き放たれた拳が溶けた(・・・)

 ホオズキの目に映ったのは突き破られた岩壁。

 そしてその中から噴き出してきた深紅のマグマ(・・・・・・)だった。

 

 【ゴーレム】だったソレの動力は汲み上げられたマグマ。

 <UBM>となり、【タロース・コア】として生まれ変わったその体内にはまるで血流のように(・・・・・・)マグマが循環しているのだ。

 敵からの攻撃を防ぐ天然の防御機能であり、攻撃にも転換できるマグマである。

 そのマグマの溶解速度は【到達鬼姫 シュテンドウジ】の再生速度を上回る。

 

 

 『……ホオズキ!!』

 

 「糞が! 分かってる!!」

 

 

 とっさに攻撃を中断し、その場を離れるように跳躍する。

 そして。

 

 

 「……あぁ? なんだ?」

 

 

 とっさに離れた胸部。

 数秒後、その場に岩の拳が突き刺さった。

 他でもない、【タロース・コア】の拳だ。

 痛みを感じることのない超質量の拳はマグマを押し返し、胸部の奥へとめり込んでいく。

 その拳は止まることなく【タロース・コア】の胸部を貫通し……

 

 

 ――『ズゥゥゥゥゥン!!』

 

 

 周囲の木々を吹き飛ばしながら、その巨体は地面へと倒れこんだのだった。

 

 

 

 

 

 ◇【狂戦士】ホオズキ

 

 

 

 

 

 既に夕焼けの空は西へと沈み、空には満点の星々が輝きだしていた。

 騒がしかった<ブルターニュ>の街は驚くほどに静かだ。

 周囲にあるのは倒れ伏した【炬心岳胎 タロース・コア】の姿と荒れ果てた森の跡。

 その中、ホオズキは呆然としながら【タロース・コア】の亡骸を眺めていた。

 

 

 「……最後のマグマには驚いたが……結局は自滅か。なんだか呆気ない最後だったな」

 

 

 その呟きにはどこか不満が込められていた。

 ――『自滅』

 <UBM>として『自滅』はどうなのかと思わないことも無いが、結果【タロース・コア】は自分の攻撃で死んだ。

 ホオズキの拳ではなく、自身の岩の拳で自滅したのだ。

 運がよかったと喜ぶことも出来るだろう。

 しかし、ホオズキの胸にはなにかモヤモヤとしたものが残っていた。

 

 

 『……ホオズキ?』

 

 「いや、出来れば最後は俺の手で倒したかったなって思っただけだ」

 

 

 呆然と見つめていたホオズキにシュリちゃんが声を掛ける。

 

 

 『……でも、良かった』

 

 「あぁ、これで一体。戻ってもヴィーレに怒られないで済むな」

 

 

 最後はあっけないもののこれで三体の内の一体は倒した。

 そのことにホオズキは軽くため息を吐く。

 ヴィーレはきっと【殺戮熾天 アズラーイール】を倒す。

 そうなればこれで残るは【嵐竜王 ドラグハリケーン】のみだ。

 ホオズキは肩を伸ばしながら踵を返し、

 

 

 『……ホオズキ』

 

 「あぁ、なんだ?」

 

 『……<UBM>の特典武具、貰えた?』

 

 

 そうだ、<UBM>討伐での一番の利点は<UBM>の討伐者MVPに与えられる『特典武具』である。

 討伐者MVPにアジャストした一つだけの武具。

 これこそが多くのマスターが<UBM>を奪い合う理由でもある。

 ならば【炬心岳胎 タロース・コア】の討伐者MVPは誰だろうか?

 

 ……十中八九、ホオズキだ。

 

 だが、

 

 

 「……いや、そんなアナウンスは来てねぇな」

 

 

 ホオズキは自分の言葉に顔をしかめながら言葉を漏らす。

 討伐者にはアナウンスが流れる。

 これはヴィーレから聞いた確証の高い情報だ。

 では、誰かにMVP特典が渡ったのか? 

 その確率も低い。

 ホオズキが攻撃をする前、【炬心岳胎 タロース・コア】の姿はほぼ無傷の姿だった。

 今回の戦闘では、ホオズキが独りで倒したのと大差ない。

 ならば……残る可能性は一つ。

 

 

 「……まさか、おい!!」

 

 

 そして……彼は見た。

 

 

 ――その体表は岩ではなく黒く冷え固まった溶岩に覆われていた。

 

 ――その形は人間型ではない……二対の翼のような溶岩の羽を持つ鳥だった。

 

 ――その胸にはオレンジ色のコアが輝き、脚の鉤爪には大きな岩石が掴まれていた。

 

 

 『逸話級』<UBM>、【炬心岳胎 タロース・コア】。

 そのゴーレム型<UBM>が持つ能力は二つ。

 

 一つは《魔法反射》。

 

 遠距離から放たれた魔法を全て反射する【魔術師】殺しの能力。

 

 

 もう一つが――《山岳装威》。

 

 岩を、土を操り、自身の武器を身体を構築する能力。

 そして、【炬心岳胎 タロース・コア】の本体はボーリング玉のような球体。

 《山岳装威》で取ることの出来る姿に制限はない。

 それこそ『人間型』でも『怪鳥型』、例え【スライム】のような不形なものだとしても。

 

 

 故に僅かなコア……ボーリング玉のような本体が無事ならば、《山岳装威》でその外装は何度でも再生する。

 そこに岩が、土がある限り。

 だからこそ……

 

 

 「……詰んだな」

 

 『……ホオズキがとどめをきちんと刺さないから』

 

 

 怪鳥型へと変貌し、空を飛ぶ【炬心岳胎 タロース・コア】の姿がそこにはあった。

 マグマをまき散らしながら飛ぶ『岩石の鳥』。

 その鋭い鉤爪には余った岩で造っただろう、大きな球体の岩が掴まれている。

 

 

 『GOOOOOoooooooO!!』

 

 

 地を揺るがす咆哮。

 そして、これより始まるのは【炬心岳胎 タロース・コア】討伐の第二ラウンド。

 

 

 「……ほんとに糞ボスだぜ!!」

 

 

 あの大岩の球が<ブルターニュ>に落とされるまでの――『タイムアタック』である。

 

 

 

 

 




シュリちゃん……立体機動装置。

てか『ワンダと巨像』欲しくなってきた……


【炬心岳胎 タロース・コア】
種族:エレメント
能力:山岳装威・魔法反射
現在到達レベル:18
討伐MVP:――
MVP特典:――
発生:認定型
備考:山をも越えるほどの大きさを誇る巨神ゴーレム。
   【装飾王】メメーレンの最高傑作であるアイテムを核に、【巨像王】レオナルド・フィリップスによって作られたゴーレムが暴走した<UBM>。
   地下を流れるマグマを燃料に活動し、<ブルターニュ>を目指すが……。


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第20話 カウントダウン

今までのところを一部修正します。

【【■■王】の武の指輪】→【【■■】の武の指輪】

第七話:「二人組の女性の<マスター>」→「男性と女性の<マスター>」

です。


 □【炬心岳胎 タロース・コア】vs【狂戦士】ホオズキ

 

 

 

 

 ――山岳を纏う大岩の怪鳥だ。

 

 

 霧の晴れた夜空の中で月光を浴び、地上に大きな影を残しながらゆっくりと飛ぶ。

 速度は一般人の歩く速度程度だ。

 エネルギーの大半を飛翔に回しているからだろう、その速度は『巨人型』の際より遥かに遅い。

 そして……真っ赤な飛行機(・・・・・・・)()が見える。

 【炬心岳胎 タロース・コア】の体内を循環するマグマが軌道上で、噴火のように降り注いでいた。

 

 ――モクモクと黒煙を上げながら降り注ぐ溶岩。

 ――地上では地響きが鳴り響き、真っ赤な炎が辺りで燃え上あがる。

 

 そんな状況の中――

 

 

 「どうするか……」

 

 『……どうするの?』

 

 

 【タロース・コア】を見上げるように呆然とホオズキは呟く。

 そしてその呟きに聞き返すシュリちゃんの声が虚しく夜の森に木霊した。

 

 

 「どうするのっつってもなぁ……どうしようもねぇだろ、あれ」

 

 

 顎で指すように【タロース・コア】へ視線を向ける。

 その先で飛ぶ【タロース・コア】との距離は約百メテルほどもある。

 レジェンダリア特有の大樹をよじ登ったとしても、その距離は依然――四十メテルはあるだろう。

 つまり……

 

 

 「詰みだな」

 

 

 ――『飛行能力』

 

 それはこの<Infinite Dendrogram>の世界において、一種の固有能力と言っても問題ないような能力だ。

 飛ぶ、それだけで半分以上の近接戦闘系統ジョブが手も足も出なくなるのだから。

 もちろん【狙撃手】や【狩人】、【魔術師】といった遠距離攻撃を持つスキルを持つジョブも存在する。

 しかし……それもある意味、有ってないようなものである。

 

 ――硬い竜鱗と高い戦闘能力を持つ飛竜。

 

 ――物理攻撃を無効化し、魔法を自在に操るエレメント。

 

 ――高速で飛び、上空から一方的に攻撃する怪鳥類。

 

 放つスキルは弾かれ、すり抜け、そして逃げられる。

 <Infinite Dendrogram>において手強いモンスター。

 その大半が『飛行能力』を持っていると言ってもいい程だった。

 

 

 

 

 

 そして……それは【炬心岳胎 タロース・コア】も例外ではない。

 

 ――魔法を反射する固有能力。

 

 ――貫通力の低い攻撃を弾く岩壁の皮膚。

 

 ――そして、その山のような巨体に隠された小さなコア(本体)

 

 文字通り、ホオズキは【タロース・コア】に対し『手も足も出ない』状況であった。

 だが、ホオズキもこのまま指を咥えて待っているような男ではない。

 周囲を見渡し……手ごろな石を握り込む。

 そして、ハンマー投げのように身体を大きく捻り……

 

 

 「……っ■■ァ!!」

 

 

 <フィジカルバーサーク>を発動しての全力投てき。

 勢いよく風を切る石は一直線に【タロース・コア】へと飛んでいく。

 小さな石ころ程度だが、当たればその身体を構築する岩壁の皮膚を一部、破壊すること程度は容易いだろう。

 渾身の力で投てきされた石ころはグングンと【タロース・コア】へ近づき、

 

 

 『GOOOooooooO』

 

 

 狙いすました(・・・・・・)かのように噴火した溶岩に迎撃された。

 

 

 「あぁ、糞っ。やっぱり駄目だな、完全に敵視されてやがる」

 

 『……あの距離、私の血糸も届かない』

 

 

 愚痴るように眉を顰め、吐き捨てる。

 

 

 「あの移動速度だと……<ブルターニュ>まで二十分ってところか」

 

 『……あの規模、二次被害を考えたら……多分十五分』

 

 「それまでに倒せなければ終わりか」

 

 

 刻一刻と過ぎていく<ブルターニュ>壊滅までのカウントダウン。

 ホオズキに残された時間は長いように見えて、その実短い。

 迎撃できなければ残されるのは壊滅した街と、地下の溶岩を吸い上げ、手の付けようがなくなった【タロース・コア】だけである。

 そして、それまでに【タロース・コア】を倒せなければ起こる事は……

 

 

 ――『山岳墜落(マウント・フォール)

 

 

 墜落すれば間違いなく【タロース・コア】の下敷きだ。

 仮に上空で破壊、もしくは<ブルターニュ>の近くで倒したとしても、飛び散る溶岩と砕ける大岩で壊滅的な被害を負うことになるだろう。

 

 

 「ッチ! 糞、何が何でもやるしかねぇか……」

 

 

 最悪の事態を思い浮かべたホオズキは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 取れる行動は先回りのみ。

 

 (……<ブルターニュ>に何かしらのマジックアイテムが残ってることを祈るしかねぇな)

 

 そして<ブルターニュ>へ引き返そうと走り出し……

 

 

 

 

 

 「――ボクが力を貸そう」

 

 

 唐突に背後から掛けられた言葉に足を止めた。

 

 

 「…………念のために名前とジョブを聞いておくぜ」

 

 

 ゆっくりと振り返りながら、背後に立つ人物へと視線を向ける。

 すると背後に立つ人物――

 

 ――顔が丸ごと隠れる、凹凸の少ないフルフェイスの鉄の甲冑。

 

 ――腰に挿された無骨な一本のロングソードは鈍らのように光を反射せず、鈍く輝く。

 

 ――肩には青のマントを纏う……一人の『騎士』がそこに居た。

 

 

 「すまない、名を名乗り忘れるとは騎士としてあるまじき行為だ。キミの提案通り、ありがたく名乗らせていただこう」

 

 

 鎧の中を反響し、ぐもったような低い声。

 『騎士』は自身より背の高いホオズキを見上げるように礼の形をとる。

 

 

 「ボクの名は『ルノー』。――【竜騎士(ドラゴンナイト)】のルノーだ。キミのような困った人をほっておけない、ただのおせっかい焼きな……旅する竜騎士さ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ――【竜騎士】

 

 今までに聞いたこともないジョブ名だ。

 【騎士(ナイト)】は<アルター王国>特有のジョブであることは誰でも知っている情報である。

 <アルター王国>には【騎士】の上位職――【聖騎士(パラディン)】が存在し、その超級職である【天騎士(ナイト・オブ・セレスティアル)】に何でも騎士団長であるティアンが就いているらしい。

 しかし……【竜騎士】など耳にしたこともない。

 

 

 「すまねぇ、【竜騎士】に付いては聞いたことが無いな。その代わり【竜騎士】ってのは何が出来るんだ?」

 

 「……何が出来るか、ですか……。端的に言えばジャンプ攻撃ですね」

 

 

 ――いまいち何を言いたいのかが分からない。

 ホオズキは思わず首を傾げた。

 

 

 「STRに伸び、ジャンプ能力に優れた騎士……と言ったところです」

 

 「……あぁ、なるほど?」

 

 

 何となく理解した。

 所謂、某ゲームの【竜騎士】と同じと考えても問題ないのだろう。

 そう考えればこれ程心強い助っ人は居ない。

 詰まり……

 

 

 「……詰まり、ジャンプ攻撃でアイツを撃墜させることが出来るのか」

 

 「え? 出来ませんけど」

 

 「……すまねぇ、物音が五月蝿くてよく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」

 

 

 再度、尋ねるホオズキ。

 そんな彼にルノーは甲冑をガチャガチャと打ち鳴らしながら、不思議そうに首を傾げた。

 

 

 「……出来ねぇのか」

 

 「出来ません」

 

 

 ルノーは再度、そう言い切りながら、腰に吊り下げたロングソードをポンッと叩いた。

 

 

 「ボクの<エンブリオ>は少し特殊でして、あれほどの巨体となると岩壁を砕くのすら難しいんですよ」

 

 

 ――正論だ。

 そもそもSTRとAGIの強化に特化しているホオズキだからこそ岩を砕き、その巨体を倒れ伏す程の火力を出せるのだ。

 それがENDにも伸びた……バランス型の【竜騎士】に成せる訳がない。

 

 

 「実は声をかけたのも困っているキミを見かけたからだけなんだ。……正直、現状も完璧には理解出来て無い」

 

 『……ホオズキ、駄目だコレ。……ここに捨てていこう』

 

 

 テレパシーでシュリちゃんが棘だらけの文句を吐く。

 ……同感である。

 ホオズキはルノーをここに放置して、駆け出したい気持ちに駆られながら、頭を抱える仕草をした。

 

 

 「……ボクに出来ることと言えば……」

 

 「――?」

 

 

 唐突に話始めたルノー。

 その言葉にホオズキは顔を上げる。

 

 

 「ボクが出来るのは、キミをあのモンスターのもとに届けること。

  そして大岩をどうにかすることぐらいかな?」

 

 

 何気なく呟かれた言葉。

 その言葉に……

 

 

 「……充分じゃねえか」

 

 

 ホオズキは思わず頬がつり上がるのを感じたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆【炬心岳胎 タロース・コア】

 

 

 

 

 

 ――『<ライズ()・オブ()ドラゴ()ニック()>』

 

 

 爆音が鳴りやまぬ夜空の中。

 ソレがその小さなスキルの宣言を聞き取れたのは偶然だった。

 相変わらずの知らない声――おそらく自身の身に取り込んだ『メメーレンの遺物』を狙う賊の声だろう。

 【タロース・コア】は、先ほどまでの『鬼の侵入者』とは違う声と認識する。

 しかし……

 

 ――『……敵影発見デキズ。コノママ浮遊状態ノ維持ヲ続行スル』

 

 小さなスキルの宣言から数十秒。

 何の変化も無い周囲の状況に【ゴーレム】らしく――合理的に、論理的に判断を下した。

 そして、

 

 

 『――?』

 

 

 同時に目の前を不思議な影が通り過ぎた。

 余りに一瞬の出来事。

 「自身の身に何か不具合が起きたのではないか?」そう思考するほどに。

 

 ……そしてその考えは、自身の身体に落ちた影によって否定された。 

 

 月光を反射する甲冑を身に、宙を舞う一人の騎士。

 右手に赤い糸を握りしめ、騎士はロングソードを左手に持つ。

 見覚えのある赤い糸。

 騎士はその後、何の敵対行動をとることなく地面へと落下していった。

 それと同時に、自身の身体に衝撃が――何かが着地したような軽い衝撃が走った。

 

 

 「……助かったぜ、ルノー」

 

 

 それは聞き覚えのある野太い声。

 まるで隠しきれないほどの歓喜を隠したかのような声だった。

 つい先ほどの出来事だ、忘れもしない『鬼の侵入者』。

 男は獰猛に嗤いながら牙を剥き凶悪な表情で大きく吼えた。

 

 

 「今度こそこの手で完璧にはぶっ壊してやるよ、木偶の坊!」

 

 『GOo、GOOOoooooooO !!』

 

 

 男の言葉を皮切りに【タロース・コア】は自身の危機的状況を理解し、大きく咆哮したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『怪鳥型』である【炬心岳胎 タロース・コア】の背の上。

 溶岩の炎が上がり、粉砕する轟音が響き渡る中、ホオズキはその身を激しい戦闘の渦中に躍らせる。

 一進一退。

 竜闘虎争。

 ホオズキと【タロース・コア】の攻防は互いに致命ダメージを与えることは叶わず、数分の時を経過させていた。

 

 ――熱線となって吹き上がる溶岩の塊。

 近くに居るだけでその身を焼く高温がホオズキのHPをガリガリと削る。

 

 ――鉄をも砕く、鬼の剛腕。

 冷え固まり、粘着性と強度が増した黒い溶岩の外装を砕き割り、少しづつ【タロース・コア】の身体を削り取る。

 

 互いに『再生能力』と『力』に特化した戦闘スタイル。

 本来ならば自力で勝る【タロース・コア】だがそのエネルギーを浮遊に要している為、終わりの見えない戦闘が今もなお続いていた。

 

 

 「っらぁ!!」

 

 

 ホオズキの拳が溶岩の外装を割り、同時に叩き込んだ足撃が【タロース・コア】の身体を深々とえぐり取る。

 ……だが。

 

 

 『……ホオズキ、無茶しないで』

 

 「分かってる!」

 

 

 蹴り込んだ足は半ば融解し、焼き焦げていた。

 【タロース・コア】の体内を循環するマグマ、その防御を貫く手段をホオズキは有していなかった。

 いや、正確に言えば少し違う。

 ホオズキは自滅覚悟で四肢を振るえばマグマの防御も突破し、コアを破壊することも出来るだろう。

 しかし……彼にはそれが出来ない理由がある。

 

 

 「糞っ! コアはどこだ!!」

 

 

 【タロース・コア】の身体は山のような巨体、その中から小さなコアを見つけ出すのは困難を極める。

 故にホオズキは自滅覚悟の攻撃を繰り出せないでいた。

 逆に【タロース・コア】も戦闘に適した形態でないが故にホオズキを仕留めきれないでいた。

 

 

 ――ただ、時間だけが刻一刻と過ぎ去っていく。

 

 

 その事実にホオズキは額に冷たい汗を滲ませ……【タロース・コア】をも焦らせていた。

 

 

 ――『1分』

 

 

 これが彼らのタイムリミット。

 

 

 「……時間がねぇ、<ブルターニュ>も見えてきちまった!」

 

 

 残り一分を過ぎれば【タロース・コア】の墜落による被害が<ブルターニュ>の街に及ぶ範囲に入る。

 その事実がホオズキを焦らせる。

 そして……

 

 

 『GOOOOoooo!!』

 

 

 怪鳥型の【タロース・コア】……浮遊に大きくエネルギーを割いてしまい、残りのエネルギーが二割を切った【炬心岳胎 タロース・コア】が焦りの咆哮を響かせる。

 エネルギー源――<ブルターニュ>にたどり着くまでにエネルギーが切れてしまえば《山岳装威》も使用できない。

 浮遊も維持できず、地面に墜落し砕け散ってしまうだろう。

 互いに絶体絶命のピンチ。

 戦闘による決着は一切見えずとも、確実に終わりは近づいて来ていた。

 

 

 ――『残り五十秒』

 

 

 そして……戦いとは何が起こっても可笑しくなく、終わりは唐突に訪れるものである。

 

 

 

 

 

 『GOOOooooooO!!』

 

 

 先に動いたのは【炬心岳胎 タロース・コア】だった。

 「どちらが先に音を上げるか」っと言った我慢比べに【タロース・コア】が負けたわけではない。 

 ソレは【ゴーレム】なのだ。

 それゆえに冷静に、論理的に判断を下した。

 

 ――『ここが限界である』……と。

 

 このペースで進めば、侵入者に負けるのは自身であると判断を下したのだ。

 そして、そんな【タロース・コア】がとった行動……それは

 

 

 「……何だ?」

 

 

 途端に抵抗が無くなり、その巨体を圧縮し始めた【タロース・コア】にホオズキは思わず眉を顰める。

 怪鳥型だった身体は瞬く間に萎んでいき、脚に掴んでいた大岩の球体が肥大化する。

 それはまるで、エネルギーを一(・・・・・・・)点に集中させて(・・・・・・・)いるかの様(・・・・・)だった。

 

 

 「……おい、まさか……!」

 

 

 息を吞むホオズキ。

 しかし……そのまさかである。

 次の瞬間、それを肯定するかのように――怪鳥と脚に掴まれていた大岩の球体が分離した。

 

 

 ――『爆弾』

 

 

 真っ先に頭に浮かんだものはそれだった。

 

 自爆――では無い。

 【タロース・コア】の本体はボーリング玉ほどの球体。

 岩の【ゴーレム】だけあって《火炎耐性》や《熱耐性》が高い上、地面へと着弾すると同時に固有能力である《山岳装威》で地中へとその身を避難させる事ぐらいはやってのけるだろう。

 後は残されたエネルギーで移動するもよし、爆発の影響で溶岩が噴き出るのならエネルギーを吸収して再び動き出せば良いことだ。

 

 

 ――『残り四十秒』

 

 

 『……ホオズキ!』

 

 

 コアを失った怪鳥型の巨象も未だに放物線を描きながら<ブルターニュ>へと落下しつつある。

 しかし爆弾が爆発すれば、その被害は計り知れない。

 

 爆弾を止めるか。

 巨象を空中で破壊するか。

 

 どちらにしてもとれる行動は二つに一つである。

 そして、

 

 

 ――『残り三十秒』

 

 

 「糞っ! 玉の方をどうにかするぞ!」

 

 

 【竜騎士】であるルノーの大岩をどうにか出来ると言う言葉を信じ、爆弾の方へと飛び降りた。

 

 

 『……どうやって……』

 

 「空中でこいつのコアを砕く、それしかねぇだろ!」

 

 

 ホオズキは言葉と共に全力で拳をその球体へと叩きつける……が、

 ――硬い。

 《山岳装威》によって怪鳥型の巨象からエネルギーを移し替えただけではない。

 コアと共に球体へと移し替え、その溶岩の外装を圧縮していた。

 球体内では圧縮されたマグマがその熱を急上昇させ、圧縮された溶岩の外装は硬度を先ほどまでとは比べ物にならないほど高めている。

 それこそ、ホオズキでも割ることが出来ないほどに。

 だが……

 

 

 「それでもやるしかねぇだろがぁぁぁあああ!!」

 

 

 ――吼えた。

 同時に、《フィジカルバーサーク》と《血の代償》で強化された拳を一心不乱に叩きつける。

 

 

 ――『残り二十秒』

 

 

 地面は間近。

 だが、その拳を止めることはしない。

 

 

 「……ッ■■■ァア!!」

 

 

 ボロボロに折れた両腕で球体の外装を叩き割る。

 再生を上回る速度で噴き出した血が、宙に霞となって消えていく。

 白い骨がむき出しとなった腕が硬い外装とぶつかり、体中をしびれさせた。

 だが、拳を振るうのを止めはしない。

 そして……

 

 

 『バキッ!』

 

 「ッ!」

 

 

 深々と叩き割った外装の奥から噴き出た溶岩が、ホオズキの左半身を消し飛ばした。

 

 

 ――『残り十秒』

 

 

 残り数秒。

 コアを砕こうと拳を振るうホオズキの行く手を防いだのは……やはりマグマの壁だった。

 そしてホオズキには、そのマグマを突破できる手段がない。

 ――『詰み』

 一瞬、その考えが頭を過る。

 そして……

 

 

 ――『残り二秒』

 

 

 次の瞬間、地面とぶつかり大爆発を引き起こす。

 そう思われた瞬間だった

 

 

 「……まだだ!!」

 

 

 ホオズキはアイテムボックスからつかみ取ったアイテム――メメーレンの遺跡で手に入れた、【ジェム―《ホワイト・フィールド》】を目の前のマグマめがけて叩きつけた。

 

 

 《ホワイト・フィールド》。

 それは【白氷術師(ヘイルマンサー)】の奥義であり、周囲一帯から熱エネルギーを吸い取り【凍結】させる上級魔法。

 

 

 その効果はマグマに対しても変わらない。

 一瞬で黒く冷え固まったマグマ。

 ホオズキはその場所へと凍った拳を振りかざし……

 

 

 ――『残り一秒』

 

 

 「これで……終わりだぁぁあああ!!」

 

 

 【炬心岳胎 タロース・コア】のコアを叩き割った。

 

 

 【<UBM>【炬心岳胎 タロース・コア】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ホオズキ】がMVPに選出されました】

 【【ホオズキ】にMVP特典【山岳隻甲 タロース・コ…………

 

 

 同時に、アナウンスの音声を耳にしながら、大きな衝撃によって意識を手放したのだった。

 

 

 

 



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第21話 再開、確認――そして咆哮

感想返信遅れます-、申し訳ー

【山岳装甲 タロース・コア】→【山岳隻甲 タロース・コア】

2018/05/14、修正ー
・二つの特典武具の詳細について



 □<ブルターニュ> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――眼を覚ます。

 

 

 「……知らない天井だ」

 

 

 真っ先に目に飛び込んできたのは天井に張られた木材の木目、そして視界を半分程隠すように顔に覆い被さった炎の羽根だった。

 炎の羽根の持ち主は私の顔の上で、気持ちに良さそうに寝息を立てている。

 私は呑気に眠る生き物――フェイを引き剥がしながら胸の上へと移動させた。

 

(……ここは何処だろう? そもそも何で、確かアイラちゃんとの戦闘を終えて……)

 

 そこからの記憶が無い。

 きっと【殺戮熾天 アズラーイール】との戦闘で全力を使い果たし、あのまま寝てしまったのだ。

 そして……誰かが私を此処まで運んでくれた。

 

 

 「フェイ……なわけ無いよね?」

 

 

 そんなことを呟きながら、私は規則正しく寝息を立てるフェイの頭を優しく撫でる。

 昨晩の戦闘が余程堪えたのだろう。

 泥のように眠るフェイは全く起きる気配が無い。

 

 ――寝心地の良いベットを手で触る。

 恐らくレジェンダリア特有の【魔法ベッド】から身体を起こし、鈍い痛みを訴える身体に口元を歪ませた。

 そして、小さな傷痕が残る白い肌が露になっている腕を大きく伸ばす。

 

 

 「……やけにスッキリした顔してるじゃねえか。やりたいことはやりきったみてぇだな」

 

 「……みてぇだな?」

 

 

 そんな私の隣から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 私は、声に釣られるように隣に視線を移し……

 

 

 「ホオズキも居たんだね」

 

 「おう……つっても、俺も運び込まれた側だけどな。起きたのも今さっきだぜ?」

 

 「……イビキが煩さかった、騒音公害」

 

 

 「ガッハッハッハ!!」と笑いながら言葉を返すホオズキ。

 そんなホオズキの隣ではシュリちゃんが恨みがましそうに彼を横目で睨み付けていた。

 余程寝不足なのか半眼の下にはうっすらと隈が出来ている。

 

 

 「……~」

 

 

 シュリちゃんは小さく欠伸を漏らす。

 そんな様子を見て、私は首を傾けた。

 

 

 「シュリちゃん、大丈夫? なんだか眠そうだけど……」

 

 「……だいじょばない。……寝る」

 

 

 無愛想な言葉。

 ……かわいい。

 シュリちゃんは瞼を擦りながら眠そうに……ホオズキが眠る【魔法ベッド】の中に潜っていったのだった。

 

 (……何でホオズキのベッド)

 

 そんな疑問が浮かび上がるが――すぐに頭を降り、疑問を振り払った。

 確かシュリちゃんはホオズキの家族……? だったはずだ。私は一人っ子なので分からないが兄妹とはこういったものなのかもしれない。

 それはさておき……

 

 

 「何でホオズキはそんなボロボロになってるの?」

 

 

 ベッドから上半身を起こし、『ウィンドウ』を開いて何か操作をしているだろうホオズキの姿を改めてみる。

 私とパーティーを組んでいる間、怪我をしている姿を見たこともないホオズキ。

 しかし、今はその真逆。

 

 ――傷が絶えない大きな体。

 

 ――左腕は肩から丸ごと失っている。

 

 重体、そう言っても良いような怪我を負っていた。

 ホオズキは私の声を聞くと『ウィンドウ』から視線を外し、ニヤリと笑った。

 

 

 「そりゃぁ――強敵と戦って勝ったからに決まってんだろ?」

 

 「……強敵?」

 

 

 その言葉のや意味が分からず疑問系で返事を返す。

 そして……

 

 

 「……わぁっ!?」

 

 

 突然、私に放られた一つのアイテム。

 

 ――それは、片腕だけの大きな手甲。

 

 ――巨人のような巨大な岩の隻腕の武具。

 

 ――無骨な岩の装甲に黒の溶岩が表面をコーティングし、手の甲には小さなオレンジ色の球体が輝いていた。

 

 

 「……えっと、見ていいの?」

 

 「おう!」

 

 

 確認を取るようにホオズキを一瞥し、【鑑定士のモノクル】をアイテムボックスから装備する。

 そして、その異様な武具を《鑑定眼》で鑑定し……

 

 

 「……えっ?」

 

 

 私はその武具のステータスを見て、大きく目を見開いた。

 

 

 

 

 

 【山岳隻甲 タロース・コア】

 <逸話級武具(エピソードーアームズ)

 山岳を纏い、全てを荒野に返す岩の巨象の概念を具現化した逸話の武具。

 岩石と土を操り、自身の防具へと作り変える力と共に、装備者の筋力を強化する。

 ※譲渡・売却不可アイテム

 ※装備レベル制限なし

 

 ・装備補正

 STR+150%

 魔法耐性+20%

 

 ・装備スキル

 《山岳装甲》:

 片腕に装備した【山岳隻甲 タロース・コア】を中心として岩石と土の全身鎧を構成する。

 強度と防御力は使用する岩石に依存。

 岩石と土がある限り、何度でも再生可能。

 

 《鮮血循環》:

 《山岳装甲》によって構成した全身鎧内へ自身の鮮血を循環させ、HPを回復させる。

 HPが1秒当たり2回復。

 

 

 

 

 

 ――『特典武具』

 

 私もよく知るその表記に驚きながら、その武具名を眺める。

 【山岳隻甲 タロース・コア】。

 

 (……たしか、『メメーレンの遺跡』近くに出現した山のような<UBM>だったはず)

 

 そのことを思い出し、改めてその武具を見る。

 <UBM>銘の武具。

 そしてその武具をホオズキが持っている。

 そこから導き出される答えは一つだけだ。

 

 

 「【炬心岳胎 タロース・コア】……倒したんだね!」

 

 「はっ! 俺を誰だと思ってやがる。お前が倒せるんだ、俺が倒せないわけがねぇだろ」

 

 

 ホオズキは嬉しそうに、誇らしそうに胸を張り笑う。

 そして……

 

 

 「……なんてな。途中で力を貸してくれたルノーがいなければ負けてただろうぜ。ギリギリでの相打ち、薄氷上の勝利ってやつだ」

 

 

 彼は肩を竦めながら苦笑した。

 ルノー……誰かは知らないが、きっと壮絶な戦いを繰り広げたのだろう。

 そしてその上でのギリギリの勝利。

 やはり<UBM>はモンスターの中でも特別――苦戦の上で運が良くなければ勝てないほどの強大な力を持っているようだ。

 私もどこか嬉しそうなホオズキの様子に思わず、頬が上がるのを感じていた。

 

 

 「それよりお前の方はどうなんだ? ――まぁ、聞かなくても分かる気もするが……あの少女と、【殺戮熾天 アズラーイール】と戦ったんだろ?」

 

 

 和やかな雰囲気がこそばゆくなったのか、私へと話題をふるホオズキ。

 それはどこか、照れ臭そうな小さな子供のようにも見える。

 私はそんなホオズキの言葉に小さく頷く。

 そして……

 

 

 「うん、【アズラーイール】と戦ったよ? アイラちゃんと戦って……そして勝った」

 

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 自然と低くなる声、私は未だに消えない胸の痛みに目を伏せた。

 空っぽになった細い手は自然とアイテムボックスからそれを求め、意図せず強く――大事に握りしめていた。

 

 禍々しい黒の鞘に納められた純白のスティレット――【万死慈聖 アズラーイール】

 

 私は改めてその『特典武具』へと、アイラちゃんの形見へと視線を落とす。

 

 

 

 

 

 【万死慈聖 アズラーイール】

 <伝説級武具(レジェンダリーアームズ)

 魂と怨念、再生と誓約を操る殺戮天使の概念を具現化した伝説の宝具。

 生と死の境界を曖昧にする能力を装備者に与える。

 ※譲渡・売却不可アイテム

 ※装備レベル制限なし

 

 ・装備補正

 STR+30%

 攻撃力+15

 

 ・装備スキル

 《怨念燃炎》:

 周囲に漂う怨念を青白い怨念の炎へと変換し、操ることが出来る。

 ※使用条件:【万死慈聖 アズラーイール】が黒い鞘に納められている時のみ使用可能。

 

 《万神(ばんし)殺し》:

 【万死慈聖 アズラーイール】に『込めたMP分のダメージ』を敵に与える。

 どんな敵でも等しく殺すことが出来る。

 ※使用条件:【万死慈聖 アズラーイール】が黒い鞘から抜かれている時のみ使用可能。

       月が完全に視認できる夜の時のみ使用可能。

       敵が少女である場合は使用不可能。

 

 《???》 ※未開放スキル

 

 

 

 

 

 ――?

 

 【花冠咲結 アドーニア】とは全く違うスキルばかりだ。

 ホオズキの【山岳隻甲 タロース・コア】のようなステータス補正はほとんど無く、全てのスキルに使用条件が課せられている。

 

 (……一つ一つの能力が強すぎるから、こんな条件が課せられてる。……のかな?)

 

 どのスキルも凄まじい。

 怨念を炎に変換するのもフェイの《火炎増畜》と合わせてしまえば強すぎる。

 《万神殺し》などMPを貯めこめてしまえる私から見れば使い勝手が良すぎてしまう。

 使用条件が無ければ、【スライム】でも、【レイス】でも。

 それこそ強大かつ、特殊なスキルを持つ<UBM>すら簡単に倒せてしまうだろう。

 ……そう考えると、ある意味納得の『使用条件』と言えた。

 だが……

 

 

 「《???》って……何これ?」

 

 

 《鑑定眼》のレベル不足でもない。

 スキル自体が見れないなど師匠からも、掲示板でも聞いたことが無い。

 『未開放』っとあることから、いつかは使えるようにはなると思うが……

 

 

 「あぁ? どうかしたのかよ?」

 

 

 【万死慈聖 アズラーイール】を片手に固まる私。

 そんな私の様子にホオズキが訝し気に声を掛けてくる。

 

 

 「……ううん、何でもないよ。あ、私も見せてもらったしホオズキも見たいかな?」

 

 

 私は大切に握り込むスティレットから視線を外し、ホオズキの方へと差し出そうとし

 

 

 「いや、見せなくても良いぜ。……俺がそれに触れるのは何だか分不相応な気がするしな」

 

 「そう、かな……ホオズキがいいなら別に良いけど」

 

 

 私は首を横に振るホオズキに首を傾げながら、手に持つ【万死慈聖 アズラーイール】を再びアイテムボックスへと収納する。

 そして……

 

 

 「……あっ!!」

 

 「何だ? いきなり大声上げて」

 

 「私、アレウスをまだ《送還》してない! アレウスも傷だらけのはずだし、早く治療してあげなきゃ!!」

 

 

 収納と同時にチラリッと視界に入った右手の【ジュエル】を見て、アレウスの事を思い出した。

 【殺戮熾天 アズラーイール】との戦闘による負傷。

 途中、【HP回復ポーション】などでアレウスの傷を回復したものの、それも所詮は応急処置。

 完全な治療には程遠い。

 仮に回復しきらず残っていた傷で、アレウスが治せない傷を負ってしまったら……

 

 

 『KWEEEE~~?』

 

 「ごめんね、ちょっと大人しくしててね」

 

 

 動きだした私の胸から転げ落ちたフェイが目を覚まし、私は急いでアレウスを探しにベッドから立ち上がろうと足を地面へとつける。

 何処に居るかは分からないが、そう遠くにはいないはず。

 朝焼けの陽光が差し込み始めた窓を視界に、外へと続いているだろう扉へと足を進め始めた。

 そして、

 

 

 「キミの心配は無用だよ。あの黒馬は無事さ」

 

 

 扉を開き現れた一人の騎士に動きを止めた。

 

 

 「ルノー、お前も居たのか」

 

 「当り前さ、大きなキミをあの少女がここまで運べるはずないだろ? キミをここまで運んだのは他でもないボクさ」

 

 「おう、ほんとにお前には頭が上がらねぇよ」

 

 

 軽い言葉を交わす二人。

 この人物が先ほどまでホオズキが言っていた『ルノー』であることは間違いないだろう。

 

 (……いや、今はそんな事より)

 

 

 「……あの、ルノーさん?」

 

 「ルノーでいいよ、お嬢さん」

 

 「あ、はい。それよりさっきのアレウスが無事って……」

 

 

 言い淀む私。

 私の言いたいことを察したのかルノーは甲冑をガチャガチャ鳴らしながら、納得したように手を打った。

 

 

 「ああ、アレウス……だったか。あの馬なら既に治療を終えてそこで寝ているよ」

 

 

 ルノーはそう言いながら窓を指さす。

 私はそれに釣られるように窓を覗き込み……包帯でぐるぐる巻きとなり、外で身体を休めるアレウスの姿を確認した。

 治療は雑……なような気がしないこともないが、彼の言う通りアレウスはどうやら無事らしい。

 思わず「ホッ」っと安堵する私。

 そんな私の様子を見ながらルノーは私に話し始める。

 

 

 「キミを運んできた二人組……男と女の<マスター>が馬の治療もしてくれたらしい。

  キミを運び終えて直ぐに「少し他用がある」って言って出て行ったが、また会ったらキミからも礼を言っておくといい」

 

 

 (……男女の<マスター>? そんな知り合い私に居たっけ?)

 

 私が知っているのは『騎兵ギルド』の<マスター>、そして【裁縫職人】であるレズさんとホオズキ。あとは猫の獣人である名前も知らぬ<マスター>だけだ。

 男女の<マスター>なんて思い当たる節が無い。

 

 

 「あぁ、それとキミに伝言を預かっているよ」

 

 「伝言……ですか?」

 

 

 思い出したかのように話し出すルノー。

 私は黙ってその伝言に耳を傾ける。

 

 

 「『キミの雄姿はまるで本の……英雄のようだった。馬の治療はその礼だ。また、どこかで共に戦う機会を楽しみに待っている』……だそうだ」

 

 「……」

 

 「……何ていうか、少しストーカーみたいな伝言だな」

 

 

 ……なんでこいつ(ホオズキ)は思っていても口にはしなかった言葉を躊躇いなく言うのだろうか?

 そんな事言われると、伝言の主がストーカーにしか思えなくなってくるではないか。

 少しホオズキを睨む私。

 その視線に気が付いたホオズキは吹けていない口笛を吹く。

 そんな私達の様子に苦笑するルノー。

 ルノーは笑い終えると咳払いして私達へと視線を向けた。

 

 

 「それはさておき……これからキミ達はどうするつもりだい?」

 

 「あ? どうするって何がだよ?」

 

 

 ……相変わらず口が悪いホオズキ。

 しかし考えとしては私も同じだ。

 使い切った矢を補充し、オークションが終わるまで適当にブラブラする。

 それぐらいしか考えていないのだが……

 

 

 「ん? ああ、そうか。キミ達は一晩ぐっすり眠っていたんだったね」

 

 

 少し考えるそぶりを見せたルノー。

 しかしすぐに納得したかのように顔を上げて私達を見た。

 甲冑の奥から揺らめくアメジスト色の瞳が私達を突き刺した。

 

 

 「色々と<マスター>も抵抗したんだが……どうやら他の<UBM>とは格が違うらしくってね、ついさっき到着したんだよ」

 

 

 そう言いながらルノーはゆっくりと歩き出す。

 向かう先はアレウスが身体を休めている方向の窓――とは真反対側の窓のカーテン。

 

 

 「今は何とか抑え込んでるようだけど、もう全滅寸前でね。残っている<マスター>も諦める始末さ」

 

 

 ルノーは丁寧にカーテンを捲る。

 そして、その窓の外の景色が私の目に飛び込んできた。

 

 

 「鑑定に特化した<マスター>が測定したらしいが、その強さは『伝説級』以上らしい」

 

 

 視界に映る景色。

 それは街ではない。

 “交易都市”と謳われた<ブルターニュ>の街並みではない。

 

 ――『瓦礫の街』

 

 そう表現するのが当てはまるような光景がそこには広がっていた。

 まだ中央にそびえたつオークション会場には到達していない。

 しかしそれより向こう側は三本の竜巻が辺りを切り刻み、<マスター>らしき人影を光の粒へと変えていく。

 

 

 「――推定、『古代伝説級(エンシェントレジェンダリー)』<UBM>、【嵐竜王 ドラグハリケーン】」

 

 

 ルノーは再び私達へと振り返り、困ったように肩を竦めた。

 

 

 「アレ、まだまだぴんぴんしてるんだよね」

 

 

 瓦礫となった<ブルターニュ>の街に『竜王』の咆哮が鳴り響いたのだった。

 

 

 

 




【山岳隻甲 タロース・コア】
 <逸話級武具(エピソードーアームズ)
 山岳を纏い、全てを荒野に返す岩の巨象の概念を具現化した逸話の武具。
 岩石と土を操り、自身の防具へと作り変える力と共に、装備者の筋力を強化する。

 形状;片腕の手甲 
 
 ・装備補正 STR+150%、魔法耐性+20%
 
 ・装備スキル
 《山岳装甲》:
 片腕に装備した【山岳隻甲 タロース・コア】を中心として岩石と土の全身鎧を構成する。
 強度と防御力は使用する岩石に依存。
 岩石と土がある限り、何度でも再生可能。
 
 《鮮血循環》:
 《山岳装甲》によって構成した全身鎧内へ自身の鮮血を循環させ、HPを回復させる。
 HPが1秒当たり2回復。

 所有者:ホオズキ
 備考:巨人の腕のような大型な隻腕の手甲。
    溶岩が冷え固まったかのような黒い色をしており、その甲にはオレンジ色の球体が輝いている。
    ステータス補正も高めなバランスの良い『特典武具』。
    





 【万死慈聖 アズラーイール】
 <伝説級武具(レジェンダリーアームズ)
 魂と怨念、再生と誓約を操る殺戮天使の概念を具現化した伝説の宝具。
 聖と死の境界を曖昧にする能力を装備者に与える。
 
 形状;短剣(スティレット)
 
 ・装備補正 STR+30%、攻撃力+15
 
 ・装備スキル
 《怨念燃炎》:
 周囲に漂う怨念を青白い怨念の炎へと変換し、操ることが出来る。
 ※使用条件:【万死慈聖 アズラーイール】が黒い鞘に納められている時のみ使用可能。
 
 《万神殺し》:
 【万死慈聖 アズラーイール】に『込めたMP分のダメージ』を敵に与える。
 どんな敵でも等しく殺すことが出来る。
 ※使用条件:【万死慈聖 アズラーイール】が黒い鞘から抜かれている時のみ使用可能。
       月が完全に視認できる夜の時のみ使用可能。
       敵が少女である場合は使用不可能。
 
 《???》 ※未開放スキル

 所有者:ヴィーレ・ラルテ
 備考:完全にスキル特化となった『特典武具』
    スキル自体は強力だが、使用条件も厳しく扱いどころが難しい。……活躍する日は来るのだろうか?
    《???》は【殺戮熾天 アズラーイール】と特性、そして『師匠』を失ったヴィーレにアジャストしている? ……かもしれない。


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第22話 【嵐竜王 ドラグハリケーン】

 □■□ 『とある文献・モンスターについて』

 

 

 

 

 

 ――【ドラゴン】

 

 

 この世界には様々な種族のモンスターが生息するが、この種族はその中でも特別だ。

 それは『強さの象徴』。

 もしくは災厄の権化と言ってもよい。

 モンスターの中でも特別、強力なモンスターであり、その強さはティアンの中で強さの基準として用いられていることからも明らかである。

 しかし、【ドラゴン】と言ってもその種類は今まで確認されたモノだけでも百を優に超えている。

 

 ――【ドラゴン】の亜種ともいえる【亜竜(デミ・ドラゴン)】。

 

 ――純粋な【ドラゴン】であり、【亜竜】を大きく上回る力を持つ【純竜】。

 

 ――そして伝説上の存在であり、<黄河帝国>で神格化され、【純竜】をも圧倒する力を持つと言われている【古龍】。

 

 此処では【亜竜】と【古龍】については割愛し、【純竜】について書き記そうと思う。

 では、「【純竜】たる【ドラゴン】が最も強い種族として数えられている理由」は何だろうか?

 その答えは幾つか上げられるだろう。

 

 

 一つ目に、その万能性があげられる。

 

 ――あらゆる攻撃を弾き、その威力を減衰させる『竜の鱗』。

 ――様々な属性に対する高い耐性。

 ――生まれ持っている竜の顎、竜の爪……それらから繰り出される破格の攻撃力。

 

 そう、純粋にモンスターとしての地力が高いのだ。

 確かにそれらを部分的に上回る能力を持つモンスターも居るかもしれない。……だが、総合的に言えば【純竜】にかなうものは無いだろう。

 それこそ一部の<UBM>と呼ばれるモンスターを除いては。

 

 

 二つ目に、【純竜】がもつ様々な特性があげられる。

 

 ――数万度の超高温を操り、地殻をも融解させる熱量を持つドラゴン。

 ――対象生物に対し、自滅因子を誘発させる大魔竜ともいえるドラゴン。

 ――あらゆる植物を操り、森と共に移動するスキルを持つドラゴン。

 

 あらゆるモノを切り伏せる『刃』の特性を持つモノやあらゆるモノを破壊する『音』の特性を持つモノ。

 あるいは『牙』、『盾』、『光』などその数は数えきれない。

 更に、ここに【ドラゴン】の形態としての『天竜種』や『地竜種』、そして『海竜種』が加わるのだからその種類は数えきれないことも察することが出来るだろう。

 

 

 そして最後に、【竜王】と呼ばれる【ドラゴン】たちが存在する。

 

 <UBM>の分類の一つであり、純竜の中の一族の王である総称。

 その力は最低でも『伝説級』以上であり、強力な能力を持っている。

 【竜王】については特性が大きく関係するので説明は出来ない……が、一つだけ言えることがある。

 

 それは【純竜】と【竜王】を同じモンスターだと思ってはいけない事。

 そして……

 

 

 

 

 

 『そこらの<UBM>とは違う……命が惜しければ、絶対に戦いを挑まない事』

 

 

 である。

 

 

                            著者:【生物学者(バイオロジスト)】ルーブル

 

 

 

 

 

 ◆◆◆<ブルターニュ> 【嵐竜王 ドラグハリケーン】

 

 

 

 

 

 「――《フォレスト・パレス》!!」

 

 

 瓦礫の広場。

 もはや以前の<ブルターニュ>の姿かたちの見る影もない街に、大きな怒声が響き渡る。

 声を荒げたのは一人の<マスター>。

 頭まですっぽりと覆い隠すようなローブを身に纏う【古代森司祭(エンシェント・ドルイド)】が、その手に握り込んだ木の杖を勢いよく地面へと突き刺した。

 ――『地鳴り』。

 瓦礫の街から緑色の植物が急激に成長し、ソレへの動きを拘束する。 

 そして……

 

 

 「おい! 今だ!!」

 

 「分かってる、わよ!! ――《シルフィード・アクセル》!!」

 

 

 男の掛け声。

 その言葉に合わせるように一人の女性が飛び出した。

 軽装な装備を身に着けた女性の<マスター>――【高位妖精剣士(ハイフェアリー・ソードマン)】が風の力を帯びて疾走する。

 その速度は亜音速ながらもすさまじい。

 大きな大樹に縛り付けられ、身動きの取れないソレへと木々を跳躍し、瞬時に接近した。

 

 ――『強い』

 

 それが二人の様子を見た<マスター>の思いだ。

 【古代森司祭】と【高位妖精剣士】。

 二人が上級職であろうことは疑うまでもないだろう。

 しかし、二人の戦う姿で目を見張るのはそこではない。注目するのは――その『コンビネーション』。

 これまで二人でパーティーを組んできたのか、二人の息はピッタリだった。

 この二人ならば例え『純竜級』モンスターが相手でも遅れはとらないだろう。

 

 

 「……もらった! 《妖精よ、我が手に集え(アールヴヘイム)》!!」

 

 

 ――『必殺スキル』。

 <エンブリオ>の名を冠するスキルの宣言と共に、装備する細剣が必殺の威力を秘めて光を帯びる。

 狙いはソレの首元。

 鱗の薄い場所へと細剣の刺突が放たれた。

 例え、ソレ――『古代伝説級』<UBM>【嵐竜王 ドラグハリケーン】だとしても致命傷は免れない。

 その刺突はソレの首元へと吸い込まれ……

 

 

 「……え?」

 

 

 次の瞬間、女性の<マスター>は光の粒となって消え失せた。

 

 

 「なっ! どうなってんだ!?」

 

 

 女性の<マスター>がデスペナルティになっただけではない。

 同時に【嵐竜王】を拘束していた樹木の檻――【古代森司祭】の《フォレスト・パレス》がバラバラに切り裂かれた。

 まさに一瞬。

 【嵐竜王】は一切身動きを取っていない。

 目の前の不可思議な現象に目を見開く男性の<マスター>。

 

 

 「……《フォレス――」

 

 

 とっさの判断で再び、樹木の檻で【ドラグハリケーン】を拘束しようと動き出すが……

 

 

 「……意味が分からん」

 

 

 その魔法が発動する直前。

 男性の<マスター>の身体は、胴体から二つに(・・・・・・・)ズレた(・・・)

 

 

 ――『鎌鼬(かまいたち)

 

 

 旋風を中心に出来る真空、または非常な低圧によって皮膚や肉が裂かれる現象のことを言う。

 そして……それが数秒で二人の<マスター>を葬ったモノの正体だった。

 

 【嵐竜王】を中心として発生した『超竜巻』。

 それが副次的な効果として、辺りのものを見境なく切り裂いて回ったのだ。

 そして――『鎌鼬』を起こすことなど【嵐竜王 ドラグハリケーン】にとっては容易いことだった。

 

 

 

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 ――ソレは飛竜、巨大な竜翼と一体化した腕が一仰ぎするたびに竜巻が発生した。

 

 ――ソレは新緑色の【竜王】、地面を抉り取れるのではないかと思うほどに鋭い鉤爪の足に三つに分かれ、風になびく竜の尾を持っていた。

 

 ――ソレは嵐と言う名の『災害』、周囲に三本の竜巻を蔓延らせ、その身には風の防壁を纏っていた。

 

 

 そして、ソレは嵐の竜たる一族の王。

 【嵐竜王 ドラグハリケーン】の咆哮が風に乗り、<ブルターニュ>の街に響き渡った。

 天竜種であり、『風属性』を操る竜王。

 古代伝説級(・・・・・)最上位(・・・)の力を誇るドラゴン。

 【嵐竜王】はまるで何かを探す(・・・・・)かのように辺りを瓦礫に変えながら、<ブルターニュ>の街を飛翔する。

 

 

 『GAAAALUGAAA!』

 

 

 ひと仰ぎ。

 その先にあったはずの建物が扇状に消し飛んだ。

 【ドラグハリケーン】の目には理性の光は見えるものの、底の見えないほどの『怒り』が溢れんばかりににじみ出ていた。

 ――『暴竜』

 そう言っても過言ではないだろう。

 そして……【ドラグハリケーン】は次の瞬間、自身に向け、何かが飛行してくるのを察知した。

 『嵐』を操ることは『風』を操ることに他ならない。

 詰まるところ、【嵐竜王】にとっては風を用いた探知は得意なことだった。

 

 ――『風を切り、飛翔する物体』

 

 

 『GAAAA』

 

 

 それを【ドラグハリケーン】は見向きもしない。

 遠距離攻撃。

 ……それは『悪手』だ。

 

 嵐を巻き起こし、風の防壁を身に纏う【嵐竜王】。

 その身体はあらゆる遠距離攻撃の威力を減衰させ、弾き、そして無効化する。

 故に【嵐竜王】はそれに気さえ向けない。

 だからこそだろう……

 

 

 『――GAALUUUUU!?』

 

 

 自身の竜鱗に弾かれたその感触に目を見開いた。

 それが【ドラグハリケーン】へダメージを与えたわけではない。

 だが、『風の防壁』を突破したことに目を見開いたのだ。

 瞬時に戦闘態勢へと切り替え、それが放たれたであろう方向へと振り返る。

 そして、

 

 

 「……どうなんだよ、ヴィーレ」

 

 「微妙、だね。突き抜けはするけどほとんどダメージは入らないや。多分、近接か……それかもっと近づければ行けると思うんだけど」

 

 「それならボクがどうにかしよう。モンスターを打ち倒し、人々を守るのも騎士としての役目だしね」

 

 

 自身へと視線を向ける、三人の人物を見つけた。

 

 

 ――漆黒の軍馬に《騎乗》し、炎に燃える矢を構える【騎兵】。

 

 ――その全身を『黒い溶岩の鎧』で覆い隠し、額から二本の角とギラギラとした目を見せる『鬼』。

 

 ――銀の甲冑に青のマントをたなびかせ、腰に一握りの長剣を挿した【竜騎士】。

 

 

 【ドラグハリケーン】は理解する。

 「この敵は今までに自分を倒そうとした敵と同種である」と。

 そして……「その中でおそらく一番強い敵である」と。

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 ――竜王の咆哮。

 そして……

 

 

 『――《サイクロン・ヴォーテックス》!!』

 

 

 人には聞こえぬ【嵐竜王】の嵐のブレスが、地面を抉り取り、破壊の嵐を巻き起こしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 「……これが【竜王】。『古代伝説級』、か……」

 

 

 《危険察知》によって、とっさにドラゴンブレスを回避したヴィーレ。

 彼女はその爪痕――地面ごと大きく抉られた瓦礫の街を目に、小さく呟いた。

 

 

 「後ろが瓦礫だったのが幸いだね」

 

 

 三人が居たのは、既に瓦礫となった場所。

 【嵐竜王】によって破壊された街跡だった。

 仮にまだ無事な街が背後に広がっていたならば、既に<ブルターニュ>は崩壊してしまっていただろう。

 偶然とは言え、最悪を避けられたことに安堵のため息を漏らす。

 

 (ホオズキとルノーは……無事)

 

 パーティーメンバーとして表示された二人のHPバーを確認する。

 

 <ブルターニュ>で目が覚めてから数刻。

 ヴィーレ達はそれぞれアイテムの補給を終え、【嵐竜王】の討伐の為に再び集まっていた。

 

 

 「だけど……どうしようか?」

 

 

 ホオズキとは数度、パーティーを組んだことはあるがルノーさんとは初めての共闘である。

 そもそもホオズキともまともに連携を取ったことは無い。

 いわゆる、互いの事を全然知らない即席のパーティー。

 だから、

 

 (とりあえず、攻撃すればいいのかな……)

 

 新たに補充した五百本の矢。

 そして【殺戮熾天 アズラーイール】との戦闘で補充したフェイのMPとSP。

 ――すべてを使い切(・・・・・・・)()つもりで矢を放つ。

 

 

 「《獅子勇心》、《クリムズン・レンジゼロ》」

 

 『BURUUUUUU!!』

 

 

 《一騎当神》と《幻獣強化》によって超音速起動へと至ったアレウスが疾走する。

 そしてオリジナルスキルによって『距離と反比例』に上がる矢の威力とフェイの炎が、【嵐竜王】の風の防壁を捻じ曲げ、その新緑の竜鱗へと着弾する。

 しかし……それすらも【嵐竜王】にとっては些細なかすり傷にもなり得ない。

 

 

 『GAAAAAaa!!』

 

 

 まるで蚊でも払うように放たれた三本の竜巻。 

 それぞれが鎌鼬を発生させながら、放たれた矢を空中で切り刻んでいく。

 そして、

 

 

 「っらぁ!!」

 

 

 大きな掛け声。

 【山岳隻甲 タロース・コア】の《山岳装甲》によって鎧を身に纏ったホオズキがダメージを負いながら、【嵐竜王】の胴体へ拳を振り抜かれた。

 【狂戦士】によって放たれた一撃だ。

 その一撃に【嵐竜王】は苦痛の声を漏らしながら、その三本の尾を振りまわし――

 

 

 「――《ドラゴニック・クロウ》」

 

 

 上空より落ちるように振るわれた長剣が強固な竜の鱗を叩き割った。

 

 互いの事をよく知らない三人。

 その戦闘には『コンビネーション』のコの字もない、だが……

 

 

 「ッフ!!」

 

 

 ルノーとホオズキを倒そうと迫った竜巻の間を縫うように、ヴィーレの矢が強襲する。

 それぞれが『個人戦闘型』によるパーティー。

 故に、敵の隙を狙い自分本位に攻撃する。

 フレンドリーファイアが起こるかもしれない、不安定な戦闘だ。

 だが……一人一人の自力が違う。

 

 

 ――<エンブリオ>は第三形態ながらも、【騎神】に就き、二体の<UBM>を討伐したヴィーレ。

 

 ――どんな攻撃を受けても瞬時に再生し、比例して強くなり続けるホオズキ。

 

 ――その実力は不明ながらも、【タロース・コア】の山のような残骸を防ぎ切ったルノー。

 

 

 三人が三人とも<UBM>の戦いを切り抜けた――歴戦ともいえる<マスター>だった。

 結果、その戦いに連携は無くとも【嵐竜王】と戦うことが出来ていた。

 その様子はこのまま、呆気なく【嵐竜王】を倒してしまうのでは? と思えてくるほどである。

 

 

 

 

 

 ……もちろん、現在が【嵐竜王 ドラグハリケーン】の本気であったならばの話だが。

 

 

 

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 怒りの咆哮。

 同時に優勢に見えた、その戦場は一変した(・・・・)

 

 『古代伝説級』の<UBM>には様々なタイプが存在する。

 

 ――ステータスが可笑しい程に振り切った“純粋戦闘型”

 

 ――様々なスキルを併せ持った“多重技巧型”

 

 ――ある一つのシチュエーションでのみ無敵のスキルを持った“条件特化型”

 

 では、その中で【嵐竜王 ドラグハリケーン】が当てはまるものはどれだろうか?

 

 

 「……アレウス!!」

 

 

 突如、【嵐竜王】の咆哮と共に発生した旋風。

 それは一部、一部から発生するような小さなものではない――まるで地面を捲り上げるように、隙無く地面から上空へと嵐のような強風が吹き上げる。

 ――『上昇気流』。

 踏ん張ることすら困難なその突風は、アレウスをも空(・・・・・・・)中へと巻き上げ(・・・・・・・)()

 

 

 「ッ! ――《送還》アレウス」

 

 

 とっさにアレウスを【ジュエル】へと送還し、空中を飛ぶことが出来るフェイへと飛び移る。

 

 (……二人は……)

 

 空を飛べないホオズキとルノー。

 その姿を瞬時に確認する。

 

 ホオズキは真っ赤な血をスリンガーのように地面に突き刺してとどまっている。

 ルノーは【竜騎士】のスキルだろうか?

 ヴィーレよりも遥かに高く跳躍し、その突風を回避していた。

 そして……

 

 

 「――!?」

 

 

 警鐘。

 パッシブスキルである《危険察知》が頭の中で大音量で鳴り響く。

 反射的にフェイに上空へと飛ぶように指示し――

 瞬間、先ほど居た場所を一つの影が超音速で駆け抜けた。

 

 誰か? と疑うまでもない。

 駆け抜けたのは【嵐竜王】。

 だが、その身には今までにない『赤いオーラ』を纏っていた。

 まるでジェット噴射のように三本の尾から放たれる竜巻を巧みに操り、超音速で飛翔し続ける。

 

 

 様々な“戦闘型”が存在する<UBM>。

 そして【嵐竜王 ドラグハリケーン】をそれに当てはめようとするならば……そのすべてに当てはまる。

 

 

 ――【竜王】としての<UBM>の中でも飛び抜けて高いステータス。

 

 ――汎用性の塊とも言えるような、風を操るスキルの数々。

 

 ――そして、そこに空気があるならば。空が開けているならば本領を十二分に発揮できる――風を操る飛竜の<UBM>。

 

 

 地上に立つモノを許さず。

 空を駆けるモノは存在せず。

 その身にダメージを負わせることは叶わず。

 

 

 改めて言おう、“空中戦特化”であり、“純粋戦闘型”と“多重技巧型”に匹敵する力を持つ<UBM>。

 それが『古代伝説級』最上位(・・・)

 

 

 ――【嵐竜王 ドラグハリケーン】であると。

 

 

 




残り四話


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第23話 嵐の中で

 □<ブルターニュ> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 「――ッ! 避けて、フェイ!!」

 

 『KWEEEEEEーー!!』

 

 

 一メテル先も見えないほどの暴虐の嵐だ。

 レジェンダリア特有の濃い自然魔力。

 地面から千切れ、巻き上げられた瓦礫が致死ダメージ(・・・・・・)を与えうる武器となって竜巻の中を高速で飛翔する。

 まさに『天災』。

 ENDの高くない【騎兵】であるヴィーレにとっては全てが脅威だ。

 フェイが《紅炎の炎舞》で飛翔物を融解させ、ヴィーレを守るように飛ぶ――が、それすらままならない。

 なぜなら……

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 竜巻をジェット噴射のように扱い、超音速起動で飛翔する【嵐竜王】がいるのだから。 

 

 ――人の大きさ程の飛翔物。

 ――迫りくる【嵐竜王】。

 

 先ほどから鳴りやむことの無い《危険察知》の警鐘に従うように、フェイに《騎乗》し避け続ける。

 

 

 「うっ、はぁはぁ……」

 

 

 紙一重――とは言えないがギリギリで【嵐竜王】の体当たりを避けるヴィーレ。

 休まることの無い緊張感。

 ここ数日の師匠と【殺戮熾天 アズラーイール】との戦闘での疲れが身体を鈍く、重くする。

 それ故にヴィーレ自身は《騎乗》している為、動いてはいないが自然と息が上がっていた。

 

 

 

 ――圧倒的(・・・)だ。

 

 

 

 【嵐竜王 ドラグハリケーン】、その戦闘力はあまりにも圧倒的すぎていた。

 未だに収まる気配のない地面から吹き上げる竜巻。

 広範囲に放たれ続ける鎌鼬。

 【嵐竜王】自身もその動きを止めること無く、ひたすらドラグブレスと超音速の体当たりを繰り返してくる。

 そんな【嵐竜王】に対し、ヴィーレ達は何の抵抗も取ることが出来ずにいた。

 

 

 『KWEEEEE!!』

 

 

 ボウリング玉ほどの瓦礫がこちらに飛び、フェイの炎によって溶解する。

 頭に中で響き渡る警鐘。

 激しく打ち回る心臓の鼓動がやけに煩く、耳に残った。

 

 (……これでも、運がいい……のかな_)

 

 僅かな合間を見つけ、思考に耽るヴィーレ。

 鈍い頭で思い浮かんだのは打開策ではない――ただ、この現状に対する他愛もない感想であった。

 

 

 

 『運がいい』

 

 

 

 ……まさしくその通りである。

 本気となった【嵐竜王 ドラグハリケーン】とヴィーレ達三人による戦闘、この状態が成り立っているのはまさしく奇跡と言っていいものだった。

 

 ――仮に【嵐竜王】が身動きの取れないホオズキとルノーを狙ったら。

 ――仮に【嵐竜王】が私達を無視し、<ブルターニュ>の破壊を優先したら。

 

 その先に待っているのはただ一つ、『敗北』と言う名の終わりだけなのだから。

 額から流れ落ちる汗。

 竜巻がまき散らす鎌鼬によってキレた肌から流れる血が、風に吹かれて飛んでいく。

 《騎乗》しながら放つ矢は宙に舞う瓦礫に、常時展開された竜巻に阻まれまともに飛ぶことすら許されない。

 今に思えば、ヴィーレ達は油断していたのかもしれない。

 これまでのように<UBM>を倒せるのではないか……と、しかしこれが現実だ。

 

 『古代伝説級』<UBM>、【嵐竜王 ドラグハリケーン】に手も足も出ないのだから。

 

 

 「……フッ! きつすぎる……ね」

 

 

 迫りくるドラゴンブレスを交わしながらヴィーレは呆然と呟いた。 

 このまま戦い続けても【嵐竜王】に対する勝ち目は『ゼロ』である。

 何より、竜巻に巻き込まれながら耐え続けているホオズキのHPが持たないだろう。

 だから……

 

 

 「――逆転するにはこの手(・・・)しかないかな?」

 

 

 ヴィーレは一つの決意を胸に、大きな賭けに出る。

 大きな――リスクの高すぎる賭けだ。

 成功確率はたったの三割。

 そして……八割の確率でヴィーレはデスペナルティになるだろう。

 だが……

 

 (……これしかない!!)

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 再びヴィーレへと放たれた暴風のドラゴンブレス。

 そして……

 

 

 「――フェイ!!」

 

 

 大きく息を吐きだした【嵐竜王】の姿を傍目に――――ヴィーレはフェイから飛び降りた(・・・・・)

 

 

 

 下から吹き上げる上昇気流がヴィーレの細い身体を打ち付ける。

 【嵐竜王】との戦闘で少し火照った身体。

 吹き荒れる冷たい風が籠った熱を冷ましていきほんの少し心地いい。

 同時に、吹き上げる風に落下速度がゆっくりと減衰していき……

 

 

 「――《喚起(コール)》―アロン!!」

 

 

 地面を覆いつくすほどの大きな影を落とし込んだ。

 

 

 ――ソレは山の様な凹凸の甲羅を背負う【リソスフェア・ドラゴン】。

 

 ――ソレは地面から突き上げるような大きな二本の牙と半径三十メテルを超す巨体を持つ。

 

 ――ソレは高い隠密能力を持つモンスターであり……ドラゴンとしての突然変異(・・・・)

 

 

 ヴィーレの二体目の従魔であるアロンは、その大きな巨体で瓦礫の街を踏み抜く。

 そして、

 

 

 「――《一騎当神》、《幻獣強化》。……お願い、アロン――

 

 

 

 

 

  ――《地盤超重(・・・・)》!!」

 

 

 

 

 

 『GAWUWUWUWUUUUUU~~!!』

 

 

 地を揺るがす咆哮と共に――――【嵐竜王 ドラグハリケーン】は暴風吹き荒れる瓦礫の街へと墜落したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇『とある文献・モンスターについて』

 

 

 

 

 

 この世界におけるモンスターの強さには様々な要因が関係する。

 

 

 ――一つは、先ほどまでも記した『ドラゴン』などのモンスターの種族。

 

 ――二つに、モンスターそれぞれの固有スキル。

 

 ――三つに、最も大事なステータス。

 

 

 モンスターはレベルが上がる度にそのステータスを上げていく。

 それはどんなモンスターでも――例え<UBM>だとしても変わらないルールであり法則。

 全てのモンスターはレベル1から始まり、レベルを上げて進化と強化を繰り返していくのだ。

 だが……一部、特例も存在する。

 

 

 例えばそれは<UBM>。

 <UBM>として生まれたモンスターは生まれた時より、決して低くないレベルを持っているのだ。

 【亜竜】などの比較的強いモンスターは、初めから『下級モンスター』を軽く倒せる程度の力を持っているのである。

 当たり前と言えばそうだ。

 どれだけ強いモンスターだとしても生まれてすぐに倒されてしまっては元も子もない。

 世界の原理的に言うならば――モンスターはそれぞれに応じたエネルギー(リソース)をレベルやスキルに変えているのだ。

 

 

 そして、これにもまた例外が生じる。

 

 

 ――『突然変異』

 

 

 そう呼ばれるモンスターが時折存在する。

 

 ――弱点属性に対する『耐性スキル』を生まれついて持って生まれてきた【ウォーター・スライム】

 ――地竜として生まれ、空を飛ぶスキルを持っていた【ヴァルカン・ドラゴン】

 ――特殊なスキルを持ち生まれなくとも、他のモンスターよりも強靭な身体で生まれてきた【ゴブリン】

 

 これらのモンスターは大抵、<UBM>として認定される。

 同時にエネルギー(リソース)が足りえず、レベルが1で生まれてきてしまい、すぐに倒されてしまうことも珍しくは無い。

 

 

 ――そして、これは忠告だ。

 

 『突然変異』、かつレベルの高いモンスターとの戦闘は細心の注意を払う事。

 そのモンスターは低いレベルでも生き残った強力なモンスターなのだから。

 『特殊なスキル』と『特異な身体』を持って生まれてきたモンスターなのだから。

 

 

 

 

                               著者:【生物学者】ルーブル

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ――【リソスフェア・ドラゴン】。

 

 別名『地盤竜』とも言うべき【純竜】の地竜種には二つの大きな特徴があった。

 

 

 一つは、その巨大さ。

 まさしく大陸と勘違いするほどの巨体に、陸中や海中を移動できるほどの適応力。

 人知れず、誰にも見つからずに移動を繰り返す。

 

 二つは、その隠密能力。

 陸中、海中への同化中にのみ効果が表れる高い隠密能力である。

 この能力で自身の巨体な身体を隠しているのだ。

 

 

 

 

 

 だが……ヴィーレの従魔であるアロンには、これらの能力以外に『固有スキル』とも言うべきモノが存在していた。

 それが明らかになったのはヴィーレがアロンとの初戦闘を行った日。

 アロンが『レベル2』へとレベルアップした際だった。

 

 ――その体が爆発的に大きくなり、ステータスも微々ながら上昇する。

 ――そんなアロンの様子にヴィーレが両手両足を地面に着け、何故か悲しそうな顔をする。

 

 

 『GAWUWUWU?』

 

 

 そんなヴィーレの姿にアロンは首を傾げた。

 突然、何かに嘆くヴィーレの感情が理解出来ず、夕焼けに染まりだした空を見上げる。

 黄金色の空には一匹の怪鳥(・・・・・)

 大空を舞う怪鳥型モンスターは悠々とその場を飛び去ろうと翼を動かし――

 

 

 『GAWUWUWU!?』

  

 「……え?」

 

 

 アロンの上空を通過した瞬間、凄まじい勢いで(・・・・・・・)墜落し(・・・)、強固な甲羅のような竜鱗に身体を打ち付け【全身骨折】の状態異常で倒れ付した。

 

 ほんの数秒の出来事でる。

 その様子を見て驚いていただろうヴィーレも、その驚きが抜けきらない様子で『ステータスウィンドウ』を確認する。

 そして……

 

 

 「《地盤超重》――『身体の上空or地下にあたる範囲の重力を超強化する』。……こんなスキル、魔王商店の店長は言ってなかった気がするけど」

 

 

 遥か昔、<厳冬山脈>付近で【騎神】カロン・ライダーに保護され約三百年間。

 初めて【リソスフェア・ドラゴン】――ことアロンの『固有スキル』が発動した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ◇<ブルターニュ> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「――よし、上手くいった……のかな?」

 

 

 アロンの大きな背に飛び移るように《騎乗》したヴィーレ。

 発動したアロンの《地盤超重》、その効果は辺りの景色を一目見ればわかるほどに明らかである。

 地面から瓦礫を巻き上げ、発生していた竜巻は消え失せていた。

 風を操り、嵐を引き起こす【嵐竜王】が墜落したからだろう。吹き荒れていた突風は無く、そよ風すら吹きはしない。

 《幻獣強化》によって《地盤超重》の効果が大幅に引き上げられ、【嵐竜王】を地面に墜落させることが出来た結果である。

 

 

 『真っすぐに進む力が大きい程、横からの力に弱い』という慣性の法則。

 

 

 何より、『重力』という予想外の攻撃が効いたのだろう。

 【嵐竜王】はその大きな身体をアロンの甲羅に打ち付けるように倒れ伏していた。

 

 

 成功率――三割。

 

 

 【嵐竜王】が重力をモノともしなかったら。

 《地盤超重》の範囲から外れてしまったら。

 アロンの《喚起》中に空から追撃されてしまったら。

 

 どれかが起きた時点で賭けは失敗してしまう。

 《地盤超重》の加重がどれほどかも分かっていない……それでも、アロンに賭けなければならないほどに切羽詰まった賭けだったのだ。

 そして……その大きな賭けにヴィーレは打ち勝った。

 では、これから起こることはある意味当然の出来事。

 

 

 「……まあ、そうなるよね……」

 

 

 ヴィーレは【嵐竜王】が飛翔していた空を見上げて呟いた。

 目に入るのは岩、岩、瓦礫、ガラス、大木――そして瓦礫。

 空を埋め尽くす瓦礫の数々。

 

 

 推定、死亡率――八割の賭け。

 

 

 『瓦礫の散弾の如き雨からの生存における賭け』である。

 

 

 『GAWUWUWUWUUU!?』

 

 

 心配そうな鳴き声を上げるアロン。

 恐らく、アロン自身は心配ないだろう。

 元々【リソスフェア・ドラゴン】はENDに特化した【純竜】、そんなアロンに《一騎当神》と《幻獣強化》を重ね合わせて使っているのだ。

 それこそSTR特化の“純粋戦闘型”<UBM>でもなければ傷すら与えることは叶わない。

 

 だが……【騎神】であるヴィーレは違う。

 ENDは1000にも達しておらず、救命系アイテムも持ち合わせてはいない。

 そして何より……

 

 

 「あ、あはは。……やっぱり動けないや」

 

 

 強化された《地盤超重》。 

 その効果は《騎乗》しているヴィーレも効果範囲であり、その重力の中で動けるほどのSTRもありはしなかった。

 《地盤超重》を解くには、あまりにもリスクが高すぎる。

 ――消去法だ。

 ヴィーレが取れる行動、それは……

 

 

 「――お願い、フェイ!!」

 

 『KWEEEEE!!』

 

 

 ――相棒に頼ることだけだ。

 

 不死鳥一匹。

 《地盤超重》の範囲に入らないように空へと飛び立ち、真紅の炎で空を染め上げる。

 遠くからでも目が眩み、肌を焼くような超火力。

 ヴィーレが触れてしまえば一瞬で消し炭になるのではないかと幻視するほどの炎だ。

 だが――足りない。

 

 

 「――ッ!」

 

 

 地面へと墜落する瓦礫、その速度が速すぎた。

 

 

 ――家の一部だっただろう瓦礫が。

 ――レジェンダリア特有の大樹が。

 ――炎によって融解したマグマのような赤い物体が。

 

 

 勢いよく炎の壁を突き抜け、地面へ――ヴィーレへと接近し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――助かったぜ、ヴィーレ!!」

 

 

 《地盤超重》をものともしない、一匹の鬼によって粉々に砕かれた。

 

 

 「……キミはほんとに不死身みたいだな」

 

 

 そんな岩を砕く『鬼』――ホオズキを見ながら、ルノーは呆れたように呟いた。

 ルノーに握られた長剣は振られるたびに真っ赤な溶岩をかき消していく。

  

 

 生存率――二割。

 

 

 その確率が九割、いや『生存確定』になった瞬間だった。

 これほど二人を心強く思ったことは無い。

 その大きな後ろ姿に、軽快な話し声に自然と笑ってしまうのを感じていた。

 

 

 現実では一人で立ち上がり、戦い、そして生きてきた。

 

 この世界にきてからは師匠から『自由への切っ掛け』をもらい、相棒と言うべきアレウスとフェイ、そしてアロンが傍にいてくれた。

 

 そして今、<ブルターニュ>の街を守ろうと互いに協力し、補い、共に戦える仲間ができた。

 

 

 「……パーティーって言うのはこんなに楽しいものなんだね」

 

 

 思わず苦笑しながら呟くヴィーレ。

 その言葉に二人は顔を見合わせ……

 

 

 「「(ボク)はパーティーを組んだことがねぇ(ない)から分からない()」」

 

 

 私に向かって残念そうに返事を返す。

 ……残念、三人とも独り(ソロ)だったらしい。

 

 

 「まぁ、でも悪くねぇ気分だ」

 

 「……本当にキミは……もう少し言葉遣いを直したらどうだ」

 

 

 ――悪くない。

 

 むしろどこか心地のよさすら感じるパーティーだ。

 ヴィーレは互いに言い合いを始める二人を見ながら微笑んだ。

 

 (この二人となら……何だか【嵐竜王】も倒せるような気がするなぁ)

 

 ヴィーレ自身は《地盤長重》の範囲から動けないので弓での援護になるだろう。

 だが……二人なら、きっと動きを制限されている【嵐竜王】を打ち倒してくれるはず。

 ヴィーレはそんな『希望』を抱き、未だに墜落のダメージから立ち直せない【嵐竜王】がいる方向へと顔を向ける。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「このまま行けば勝てル!! ……そう思っちまったカァ? 【騎神】のお嬢ちゃン」」」

 

 

 

 

 

 【嵐竜王】と私達、その間に立ちはだかる様に存在する男――三人の男の<マ(・・・・・・・・)スター>(・・・)に気が付いた。

 

 

 「「「それは楽観視が過ぎるってもんだゼ、ナァ?」」」

 

 

 服装は全く違う。

 しかしその顔は、声は、動作は全く同じ。

 そして何より――その三人の左手の甲には全く同じ、“白い仮面”の紋章を浮かべていた。

 

 

 「「「誰かって聞きたそうな顔してるナァー、誰かと聞かれれば『パレード』の主催者ってところカナ」」」

 

 

 その三人は全く同じ動作で、一つのものを大事そうに――大切そうに撫でた。

 ヴィーレはそれに見覚えがある。

 違和感があったからだろうか、鮮明に覚えている。

 それは卵――名も知らぬ【竜王】の卵だ。

 

 

 「――ッ!」

 

 

 そして目が合ってしまった。

 男たちの向こう側――卵に目を見開く【嵐竜王 ドラグハリケーン】の姿を。

 

 

 「「「そうそう、その顔だゼ。と言ってもオレの役目はこれで終わりなんだけどナァ」」」

 

 

 ―――笑う三人の男。

 男たちはニヤリと口元を緩め、拳を握って持ち上げる。

 まるで、卵を割ろうとでもしているかのように。

 

 

 「――止めっ!!」

 

 

 止めようと手を伸ばすが、その身体はピクリたりとも動かない。

 単純なSTR不足。

 そんな私の代わりにホオズキが舌打ちをしながら、卵へと向け走り出し……

 

 

 「「「さぁ、お楽しみはここからダ!!!」」」

 

 

 男たちによってその球体は小さな音を立て、壊された。

 そして……

 

 

 

 

 

 『――《絶望()の箱()、希()望の()箱よ()》』

 

 

 

 

 

 何処からか聞こえた声と共に――血を噴水の様に(・・・・・・・)上空へと吹き出す(・・・・・・・)腰より上が無い(・・・・・・・)ホオズキの下半(・・・・・・・)()を目にしたのだった

 

 

 

 

 

 




上手く書けん。
――あと三話。


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第24話 反逆する者達

多少のボロや無理矢理感は見逃してください……申し訳~

あと2話


 ■<ブルターニュ・地下酒場>

 

 

 

 

 

 既に瓦礫と化し、半壊してしまった“交易都市”<ブルターニュ>の街。

 そんな未だに形を保っている露店の隅に、地下へと続く階段があった。

 二度三度折り返しながら下へと伸びる階段。

 下へと続くほど暗くなる通路を壁に設置された【マジックランプ】が淡いオレンジ色で照らしていた。

 

 

 ――『カコンッ』

 

 

 そんな地下の階段が続く先の部屋。

 小さな酒場となったカウンターで一人の男が酒の入ったグラスを鳴らす。

 まるで酒場に似つかない。

 

 

 ――全身にピッチりと張り付いた全身タイツに、“箱を掲げる少女”の紋章。

 

 

 『HENTAI』と呼ばれる人種の<マスター>が勢いよくグラスに入れられたウイスキーを仰ぐ。

 ――酒、ウイスキー、そしてワイン。

 その男の周りには空になった酒瓶が散乱していた。

 男が全て飲み干したのか、もしくは先ほどから続く地鳴りで地面に叩きつけられたのか。

 どちらにせよ、酒場には男一人しかおらず、彼を注意する者も酒場を片す者も居なかった。

 

 ……いや、もう一人だけ居た。

 

 

 「あれ? “タイツさん”もさぼりっすか? あ、もしかしてオレッちと同じ火事場泥棒だったりして……いやぁ~、気が合うっすね!!」

 

 

 カウンターの奥。

 本来、店主である酒場のマスターしか入れない場所から、姿を見せたのはバックパックを背負った老人。

 老人は……いや、

 

 

 ――冒険家風の老人の頭の上で羽を休める青い鳥は休むことなくペラペラと喋る。

 

 

 喋っていたのは老人ではない。

 その頭の上で軽快に喋り続ける『青い鳥』の<マスター>だった。

 

 

 「……爺さん……火事場泥棒とかヤバすぎだろ。こんな状況で堂々と盗みを働くって……頭逝かれてるぜ」

 

 「あっはっは! タイツさんほどではないっすよ。それにこれは、埋もれてしまうだけのモノを有効利用しているだけっす!!」

 

 「イヒヒヒヒッ、なら俺は割られてしまうだけの酒を有効利用してんだよ」

 

 

 『ドサリッ』とカウンターの椅子に腰を下ろす老人。

 その間にもタイツの男と青い鳥はケラケラ笑い、気にすることなく喋り続ける。

 

 

 「……そのバックパック、爺さんどれだけ盗んで来たんだよ。そのうち【盗賊】系統の『超級職』にで目覚めちまうんじゃねぇかぁ~?」

 

 

 そんな軽口を叩きながらタイツの男が視線を向けたのは、老人の背負うバックパック。

 登山用の如き大きな背負い鞄だった。

 どれだけのアイテムを盗んで来たのだろう? そのバックパックはパンパンに膨れ上がっている。

 

 ――そう、『高性能であるバックパック型【アイテムボックス】』がパンパンに膨れ上がっているのだ。

 

 初期アイテムである【アイテムボックス】でも、その容量はクラス一個分ほどの量が入る。

 そして、そのバックパック型の【アイテムボックス】は考えるだけでも『体育館一つ分』は軽く入るだろうと思わせた。

 タイツの男はその中身に詰められた量を想像したのか、目を細めながらニヤニヤと嗤う。

 青い鳥はそんな男の顔に、慌てたように羽を動かした。

 

 

 「あ、これは全部オレッちのモノっすよ!! 例え、タイツさんとは言え一つたりとも上げないっす!」

 

 「まぁまぁ、どうだ? 酒でもやるから……な?」

 

 

 青い鳥に向かって酒を進める男。

 そんな男に向け、更に青い鳥は声を荒げて怒る。

 

 

 「オレッちは未成年っすーー!! そもそもそのお酒はタイツさんのものじゃないっすよ!」

 

 「ウヒヒヒ、でも爺さんもんでも無いだろ?」

 

 「まぁ、そおっすけどぉー。……それよりパンドラッっちはどうしたんすか? 姿が見えないようっすけど?」

 

 

 取られるのがよっぽど嫌なのだろう。

 青い鳥は露骨に話題を変え、何かを探すようにキョロキョロ見渡す。

 青い鳥が探しているのは一人の少女。

 今、隣で酒を仰ぐ男の相棒であり<エンブリオ>――【災厄母神 パンドーラ】である。

 しかし……その姿は影さえ見つける事は出来なかった。

 

 

 「あー、パンドラなぁー……家出し「――《聖杯探索》」――冷たい爺さんだなぁ。まぁ、すぐにわかるって」

 

 

 はぐらかしたのが気に入らなかったのか<エンブリオ>の『固有スキル』を使用する青い鳥。

 そんな青い鳥の様子にタイツの男は肩を竦める。

 その顔には薄い笑みが浮かべられていた。

 

 

 「――?」

 

 

 首を傾げる青い鳥。

 その疑問は二つの考えからくるものだった。

 

 

 一つは、自身の<エンブリオ>――【聖杯渇望 パーシヴァル】の固有スキル、《聖杯探索》から感知した【災厄母神 パンドーラ】の大まかな位置によるもの。

 【聖杯渇望 パーシヴァル】の《聖杯探索》は探索できるモノの範囲は広く、その大まかな位置を察知することが出来る。

 そんな【パーシヴァル】が示したのは<ブルターニュ>の中央。

 先ほどまで彼がいたオークション会場の屋上だった。

 そして――確か、あそこには<クレイジーパレード>の仲間と大きな卵が存在していたはずだ。

 

 

 二つは、隣で酒を仰ぐタイツの男。

 その男の何か企んでいるかのような笑みと、何かを思い出すかのような上を見上げる視線が気になった。

 

 ――煤けた天井。

 

 この<地下酒場>から見上げても何が見えるわけでもない。

 もしくは……天井、その更に奥に広がっているだろう地上でも見透かしているのだろうか?

 そんな事を青い鳥は考えて……

 

 

 「あっ、そういうことっすか!!」

 

 「ヒヒッ、やっと分かったか?」

 

 

 青い鳥は理解した――というよりも思い出した。

 タイツの男の<エンブリオ>――【災厄母神 パンドーラ】の『必殺スキル(・・・・・)』を。

 

 

 「Type:メイデンwithアドバンス・ワールド。【災厄母神 パンドーラ】」

 

 

 タイツの男は答え合わせでもするかのように上機嫌に語りだす。

 青い鳥はそんな男を見ながら、大人しく話を聞く。

 

 

 「メイデンっつぅーのは何でもジャイアントキリングに適した能力を持つらしいが……俺の【パンドーラ】は対人特化の<エンブリオ>だかんな」

 

 

 そうだ。

 何故、こんな男の<エンブリオ>がメイデンであるかは未だに謎だが、まごうこと無き『強者打破』のスキルを持つ。

 そして、そのジャイアントキリングとしての特性は簡単。

 

 ――『自分で敵を倒せないのなら、自分でない――他の誰かに倒してもらえばいいのだ』

 

 それが【災厄母神 パンドーラ】。

 そしてその『必殺スキル』とは……

 

 

 「《絶望の箱、希望の箱よ》……『密閉型のオブジェクトの破壊と共に、半径五十メテルの人型生物の全ステータスを半減。そして半径五百メテル内のモンスターの全ステータスを二倍し、その『ヘイト』を人型生物に押し付ける』……だったっすか」

 

 

 ――『人型生物に対するM(モンスター)P(プレイヤー)K(キル)』に特化したスキルである。

 

 

 

 

 

 ◇<ブルターニュ・地上> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――まさに一瞬の出来事だった。

 

 

 その上半身は消え失せ、血を噴き出すだけのオブジェとなったホオズキの身体。

 まるで赤い絵の具だ。

 アロンの甲羅の一部を真っ赤に染め、腰より上を無くした下半身が『パタン』とあっけなく倒れ伏した。

 

 

 「――ぇ」

 

 

 時が止まったかのような感覚。

 何が起こったのかも分からず、思考が無意識に停止する。

 そんな中、私はただ呆然と《地盤超重》をものともせず暴威を奮う【嵐竜王】を眺めていた。

 

 

 ――新緑だった竜鱗にはどこか黒い色が混じり、汚れたような色に変化していた。

 

 ――怒りの感情を灯していた竜の眼は理性を無くし、薄暗い感情だけが渦巻いていた。

 

 ――私達へと向けられた敵意、それはまるで息子でも殺され(・・・・・・・)た母親(・・・)の視線のように憎しみに溢れていた。

 

 

 赤いオーラを纏い、その身体を黒く染める……まるで【狂竜】のような【嵐竜王 ドラグハリケーン】がそこにはいた。

 そして……その姿が一瞬ブレて――

 

 

 『ガキンッ!!』

 

 

 金属同士を激しくぶつけあったような甲高い金属音が目の前で鳴り響いた。

 ワンテンポ遅れて、私の体を吹きつける暴風。

 余りの暴風に態勢を崩した私が見たのは銀の甲冑。

 大きく振りかざされた【嵐竜王】の破爪を長剣で受け止めるルノーの姿だった。

 

 

 「――! キミ、早くこの重力場を解除しろ!!」

 

 

 何かのスキルでダメージを防いでいるのだろう。

 STR二万程度の破爪が剣としのぎを削り火花を上げながら、ルノーは焦ったように私に叫んだ。

 

 

 「アロン、《地盤超重》を解除して! 《喚起》―アレウス!」

 

 

 同時に体を引っ張るようだった重力が消え、『陸戦特化』であるアレウスへと《騎乗》する。

 すると、弾かれたようにルノーの体がぶっ飛んだ。

 

 

 「――すまない、時間を稼いでくれ!」

 

 「任せて!」

 

 

 交わすのは最低限の言葉のみ。

 強弓を片手に疾走する。

 

 

 「ッフ!!」

 

 

 連続して放つ炎の弓が風をきりながら真っ直ぐに進み――【嵐竜王】の鱗に弾かれた。

 

 

 『GALUGAAAAAAAAAA!!』

 

 『HIHI~~N!!』

 

 

 振るわれた三本の竜尾が。

 アレウスの鋭い剛脚が、ぶつかり合って空気を大きく震わした。

 有り得ない光景。

 私はその光景に目を見開きながらも一つの事を確信した。

 

 (……やっぱり。私のステータスは半分まで減ってるけど、アレウス達のステータスまでは減ってない)

 

 

 今現在、アレウスの力と【嵐竜王】の力が拮抗しているのがいい証拠だ。

 元より<UBM>としては、『魔法が使えるAGI型』に近い。STRとENDはそれほど高くはないはずである。

 結果、ステータスの換わらない『STRとAGI型』のアレウスと釣り合っているのだ。

 逆に貫通に特化した私の矢はSTR不足か貫通はしなかった。

 そして……何より大切な事は。

 

 

 「……さっきまでみたいに完全には風を操れてない!」

 

 

 怒りに身を任せているからだろう。

 身体を渦巻く風の防壁は未だに健全なものの、下から吹き上げるような暴風も発生しない。

  

 (アレウスとフェイ、アロンの力があれば……いける!)

 

 低空を超音速起動で駆け抜けながら、アレウスと【嵐竜王】が激しくぶつかり合った。

 

 

 ――鋭い破爪、アレウスが迎撃。

 

 ――突然の竜巻と鎌鼬、フェイが打ち消す。

 

 ――辺りを消し飛ばすドラゴンブレス、アロンがその強固な甲羅で防御。

 

 

 三位一体……いや、四位一体。

 ――一瞬の判断も間違えられない。

 三体の相棒の背から背へ、数あるスキルから選択を繰返し、跳び移るように《騎乗》する。

 ……恐らくじり貧だろう。

 何時かは集中力か、それともSPか、何れは私にボロが出る筈だ。

 

 

 「……ウッ!」

 

 

 鎌鼬が肩をかする。

 僅かに残した痛覚が小さく痛みを訴え、その痛みに声を漏らす。

 

 (……どうしよう)

 

 私はチラリと視線を外し、見たのはルノー。

 【HP回復ポーション】で全回復したのか剣を構え、こちらの様子を伺っている。……いや違う、戦闘のスピードに追い付けずに参戦出来ずにいるんだ。

 何より【竜騎士】と言えども【嵐竜王】の一撃をもろに食らえば、即死は逃れられないだろう。

 

 

 ――決め手が欲しい。

 

 

 【嵐竜王】に致命打を与えられる一撃が。

 

 (《騎神に捧げる一撃》を当てられれば……でも、私に当てられるの? この鎌鼬が飛び交う中で)

 

 【魔樹妖花 アドーニア】のように物理攻撃な訳ではない。

 【殺戮熾天 アズラーイール】のように一方向への炎の攻撃な訳ではない。

 【嵐竜王 ドラグハリケーン】の鎌鼬は視認しにくく、全方位から飛び交ってくるのだ。フェイがいれば行けなくも無いが……

 

 

 そんな事を考えながら思考に耽る私。

 ――思考に耽ってしまった。

 

 

 「――油断するな!!」

 

 「……あっ」

 

 

 それは一瞬の隙だった。

 仮に理性を失っているとは言え、『古代伝説級』<UBM>である【嵐竜王 ドラグハリケーン】を相手に油断してしてしまったのだ。

 

 

 『GALUGAA !!』

 

 

 視線を再び前へ。

 そしてそこには居たのは――

 

 

 

 

 

 ――大きく息を吸い込んだ【嵐竜王】の姿だった。

 

 

 

 

 

 『詰み』

 正真正銘な詰みだ。

 《騎乗》中のアレウスから跳び移れる程のAGIも時間もない。

 

 (……あ、死んだかも……)

 

 思わず瞑りそうになる目蓋。

 だけど……このままではアレウスまで殺してしまう。

 せめて、アレウスとアロンだけでも《送還》しなければ!

 

 

 「――ッ! 《喚起》―アレウス、ア――」

 

 『GALUGAAAAAAAAAA !!』

 

 

 その口から吐き出される嵐のブレス。

 そのドラゴンブレスは鎌鼬を撒き散らしながら、真っ直ぐに私へと向かってくるが……

 

 (間に合わないっ!)

 

 まだアレウスもアロンも【ジュエル】へ送還しきれていない。

 

 本当に、ほんの一瞬の油断が生んだ隙。

 そこから繋がった……最悪の展開だ。

 

 

 (アレウス!!)

 

 

 私はその最悪の展開を予期し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【リリィーズ・ボナパルト、ニート、リンからパーティ加入申請が届きました】

 【パーティに加入を許可しますか? YES/NO】

 

 

 「……え?」

 

 

 突然のアナウンスと共に目の前に立ち塞がった、ソレに目を見開いた。

 

 

 ――ソレはまるで絵本から飛び出たようなゴーレム。

 

 ――ソレはまるで絵本から飛び出たようなオーガ。

 

 ――ソレは大きな盾を構えた騎士。

 

 

 目の前を埋め尽くすほどのモンスターのような生き物が立ち塞がり……ドラゴンブレスを防ぎきった。

 その光景に呆然とする私。

 そんな私の背後から、何処かで聞いたような声が掛けられる。

 

 

 「ニャッハッハッハ! ボーっとするニャ、早くパーティー加入を許可するニャ」

 

 

 そう言いながら彼女は――右腕を失いながらも軽快に笑う『天然温泉の女性』は私の肩に手を乗せる。

 何が起こっているのか。

 全く理解が追い付かない状況に目を白黒させながらも加入申請の『YES』を選択する。

 そして……

 

 

 「フハハハハハッ!! どうやら間に合ったようだな!」

 

 

 私の背後――遠くから響く女性の声を聞いた。

 

 

 「私が来たからにはもう大丈夫だ。この戦い我々の勝利を約束しよう!」

 

 

 背後へ振り返る。

 そこには居たのは二人の<マスター>、男性と女性のペアだった。

 

 

 「私が誰だって? いい質問だ!! ん~、ナポレオン……あぁ、間違いではない! 諸葛孔明? フハハハハハ、うん、もう正解だな!!」

 

 「いや、間違いですよ」

 

 

 先程から大きな声で叫ぶ女性。

 

 

 ――装飾品の付いた薄水色の軍服。

 ――肩からながれる長い金髪の髪。

 ――軍帽を目深く被り、豪快に笑う女性の<マスター>。

 

 

 そんな女性の横で男性が冷静に突っ込みを入れる。

 

 

 ――まるでサラリーマンのような黒いスーツ。

 ――茶色の短く切り揃えられた短髪。

 ――この世界では珍しい眼鏡と手に握られた本が印象的な男性の<マスター>。

 

 

 まるで秘書……隣の女性と相合わさり、参謀のような印象を与えてくる男性だ。

 そんな二人は呆ける私に目もくれず、堂々と名乗りを上げ続ける。

 

 

 「私の名前は……【司令官】リリィーズ・ボナパルト!! この名前、ようく頭に刻み付けろ」

 

 

 右手を前に、まるで昔の軍人のように叫ぶ女性の<マスター>。

 その横で男性の<マスター>はくたびれたようにため息を吐く。

 

 

 「……はぁ、【高位書記】ニート」

 

 

 そして……二人は宣言する。

 

 

 「《我は戦場の意(ハンニ)を変える者(バル)》!!」

 

 「《千夜一夜の物語(アラビアンナイト)》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮の、例えばの話をしよう。

 これより先、<エンブリオ>の到達形態を最大と言われるまで進化させ、『超級職』に就く<マスター>がいるかも知れない。

 そしてその<マスター>は『古代伝説級』<UBM>を簡単に……作業のように狩るかもしれない。

 そして、この戦場を見て言うだろう。

 

 

 『幼稚な戦いだ』……と。

 

 

 間違いではない。

 その<マスター>からみればしょうもない事は代わりないのだから。

 だが、今は違う。

 

 

 ――<UBM>を単独で倒しうる者。

 

 ――数多の<マスター>を打ち倒し、センススキルに恵まれた者。

 

 ――現状の<マスター>の中でもまだ数の少ない、『必殺スキル』を発現させた者。

 

 

 それぞれが現在における最前線。

 <ブルターニュ>を守るため集まった強者達。

 あぁ、はっきり言おう、

 

 集いし六人。

 成り行き任せのレイド戦。

 

 そして今現在、これが『最高』であり『最強』のパーティーであると。




【災厄母神 パンドーラ】
Type :メイデンwith アドバイス・ワールド
到達形態 Ⅳ
紋章:箱を掲げる女性。
スキル:《???》、《???》
必殺スキル:《絶望の箱、希望の箱よ》
      何かを密閉できるモノの破壊を条件に『半径五百メテル圏内の野性のモンスターの全ステータスを二倍』し、『半径五十メテル圏内の人間範疇生物の全ステータスを半減』する。
      モンスターのヘイトを自身以外の人間範疇生物ヘ集中させる。

備考:対人特化のジャイアントキリング

  『自分で敵を倒せないのなら、自分でない――他の誰かに倒してもらえばいい』と言うもの。

  基本に戦法はMPKによる物量戦。
  


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第24・5話 男と『夢』(読まなくてもおけ)

 □<???・とある病室> 【狂戦士】???

 

 

 

 

 

 「――何処だここは?」

 

 

 ――男は夢を見ていた。

 

 

 先ほどまでの【嵐竜王】との戦場の光景はどこにもない。

 胸高鳴る戦闘も。

 息が詰まるような緊張感も。

 その空間ではまるで夢のように――何処かぼんやりとした他人事のように感じられた。

 男はそんな不思議な空間に驚きながらも何かを探すように自身の周囲を見渡してみる。

 

 

 「ここは……俺の部屋(病室)、か……」

 

 

 ――病室らしく綺麗に磨かれた窓、そこから見渡せる……あまりにも見飽きた景色。

 

 ――生活感を滲ませる山積みにされた本と、腕に繋がれた点滴のチューブ。

 

 ――前方にはあの時と同じ……誰かが消し忘れたテレビが音声を垂れ流していた。

 

 

 男は長年過ごした、ここ数週間ぶりの光景に戸惑いながら頬を掻いた。

 ――『デスペナルティ』

 それが最後に見た【嵐竜王】の一撃とこの現状から導き出した答え。

 意外と終わりは呆気ないもんだ。

 彼の戦いはここで終わり。

 次にログインした時にはきっと全てが終わっているだろう、それがどんな結果だったとしても。

 

 

 「……糞っ。 俺はやっぱりこの程度……あいつらと共に戦うことも出来なかったのか……」

 

 

 握り込む拳。

 少し伸びた長い爪が深々と食い込み、枯れ枝のように細い腕をベッドの上に叩きつける。

 『ボフッ』と小さな音を立て、その跡を残すベッド。

 その腕の病弱さがより一層に彼の怒りを大きくさせた。

 

 ――『弱さ』

 

 それは強さを求め<Infinite Dendrogram>を始めた男にとって一番許しがたいものだった。

 そんな男は自身の弱さに対する怒りに、情けなさに歯を食いしばり顔を伏せた。

 再び男は怒りに任せ、拳を振り上げて……

 

 

 

 

 

 「……まだ間に合うよ」

 

 

 突如、隣から掛けられた声に動きを止めた。

 それはベッドに腰かけるように顔をそむける少女。

 

 

 「……どういうことだ? いや、なんでお前がここに居る――シュリ」

 

 

 男……ホオズキの隣に腰変えていたのは他でもない、彼の相棒であり<エンブリオ>のシュリだった。

 驚きに目を見開くホオズキ。

 シュリはそんな彼に目もくれず、何でもないようにぶっきらぼうに呟いた。

 

 

 「……ホオズキ、まだ死んでない。……ギリギリだけど生きてる」

 

 「だけどここは現実だぜ? ここもデンドロの世界だっていうのか?」

 

 「……うん、正確にはホオズキの深層の……夢の世界」

 

 

 そう言いながらシュリはゆっくりとテレビに向けて指を指す。

 ホオズキはその指さす方に釣られるように視線をテレビへと向け――先ほどまでノイズが走っていたような画面を見た。

 何も映ってなかったテレビ画面。

 それはとある光景を映し出している。

 

 

 ――真っ赤に染まった瓦礫の山と下半身を失った自分の身体。

 

 

 「これは、俺か」

 

 

 千切れた左腕に生々しい断面が見え隠れする腰。

 むしろ何故デスペナルティになっていないのか不思議なほどの重体を負った自身の姿が映し出されていた。

 

 

 「……よく生きてんな」

 

 「……私と【山岳隻腕 タロース・コア】のおかげ。……ほめてもいいよ」

 

 

 恐らく【到達鬼姫 シュテンドウジ】の再生能力。

 そして【山岳隻甲 タロース・コア】の《山岳装甲》で傷を塞ぎ、《鮮血循環》でHPを維持しているのだろう。

 そのおかげで【出血】を塞ぎ、刻々と回復を継続している……が。

 

 

 「シュリ……」

 

 「……到達率―300%。……これ以上は再生できなかった」

 

 

 その体は再生することなく、ただ今の現状を維持しているだけだった。

 《戦鬼到達》である限界値である300%。

 <エンブリオ>である『ステータス補正』が全ステータス+300%になってはいるが、これ以上再生することは叶わない。

 【嵐竜王】の戦闘での鎌鼬で再生をし続け、限界まで上がってしまったのだ。

 即ち、失った下半身は再生することは無く、戦闘不能であるという事実を示していた。

 

 

 「あぁ、そうか……で、どうすればこの夢とやらは覚めんだ? このままデスペナルティになるまで大人しくしてろってわけでもねぇだろ」

 

 

 しかしホオズキはまだ力尽きてはいない。

 この『夢』が覚めたならまたあの戦場に戻ることが出来るはずだ。そして足が無くとも、這いつくばってでも【嵐竜王】に噛みついてやる。

 そんな決意を抱きながら、彼はシュリへと視線を向け……

 

 

 「――<マスター>が望むなら……ね」

 

 

 その言葉に動きを止めた。

 相棒から返された言葉――それはまるで自身に向けた『挑発』のようだった。

 いつもならホオズキと呼ぶその言葉も、今は初めて会った時のように<マスター>と言う呼び方に戻っていた。

 ……相変わらず視線は合わない。

 小さな静寂がその場に舞い降り、重苦しい雰囲気を作り出す。

 

 

 「……何が言いたい」

 

 

 返された言葉に何処か苛つきながら聞き返すホオズキ。

 <Infinite Dendrogram>を始め、【到達鬼姫 シュテンドウジ】と出会って初めての出来事だ。

 軽口を叩くことはあっても、これほど邪険な雰囲気になることは無かったのだ。

 ホオズキはどこか苛立ちと不信感が入り混じった気持ちで、シュリの姿を睨みつける。

 そして、

 

 

 「……」

 

 

 ホオズキに帰ってきたのは言葉ではない。

 何かを言いたげな人差し指だった。

 示すのは――再びテレビ。

 何が言いたいのかは未だに分からない、だがそれでも相棒に従うように手元に置かれたリモコンでテレビのチャンネルを切り替えた。

 

 

 「――ッ」

 

 

 ――強靭な爪を振るい激昂する【嵐竜王】

 

 ――そんな巨大な相手に一人で立ち回り、勇猛果敢に立ち向かうヴィーレの姿。

 

 

 切り替えたチャンネルが映し出したのは一人と一体の激しい戦闘。

 先ほどまでホオズキが立っていた瓦礫のフィールドの戦場だった。

 そして……相棒であるシュリの言いたいことを理解した。

 

 

 ――『目が覚めたとしても、その先に待つのはデスペナルティだぞ』……と。

 

 

 余りにもレベルが違い過ぎた。

 

 ――目にもとまらぬ攻防の数々。

 ――一瞬の躊躇いもなく繰り出される攻撃と頬が掠るほどにギリギリの回避。

 ――高いステータスだけではない、そこには技術と駆け引きが込められていた。

 

 

 「……行っても、足手まといになるだけ。……私はこのまま全てが終わるのを待つ、のがいいと思うよ」

 

 

 余りにも正論過ぎた。

 アレウスほどのステータスも持たず、ヴィーレほどの技術を持たないホオズキ。

 そんな人物が参戦したからと言ってどうなるというのだろう。

 よくてヴィーレの盾になってデスペナルティになるぐらいであろう。そして……彼女はきっとそんなホオズキを見捨てようとはしない。

 彼がこの空間を脱し、再び戦場に舞い戻ったとしても足手まといになることは考えるよりも明らかだった。

 

 

 「だが、俺は――「……<マスター>」――」

 

 

 口から出かけた言葉は、シュリちゃんの一言に閉ざされた。

 

 

 「……この空間は<マスター>の深層意識。……【気絶】したからここに居るんじゃない、<マスター>が自分自身を守るために自分の意志でこの空間に逃げ込んだの」

 

 

 余りにも屈辱的な一言だった。

 仮に言ったのがシュリでなければ即座に掴み掛っていただろうと断言できるほどに、ホオズキの心をえぐった言葉だった。

 

 ――『逃げる』

 

 この言葉をシュリが使ったのはおそらくわざと。

 そして、そんなシュリの言葉に対する反論は――出てこなかった。

 心の奥底では分かっていたのだ……おそらく自身があの【嵐竜王】に勝てることは無いだろう、と。

 彼は怒りに任せるように、自身の腕を強く、強く握りしめた。

 僅かに震える腕を抑えるように。

 この場で反論できない自身を呪い殺すように。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 再び先ほどと変わらない静寂がその場を支配する。

 

 (……糞が! これじゃああの時と――デンドロを始める前の俺と何も変わっていねぇじゃねぇか!!)

 

 激しい戦闘音が。

 叫ぶヴィーレの声が。

 名も知らぬ、誰かの話し声が。

 全ての音が彼の耳には届かず、次第にその思考を一つの事を考えるのに費やしていた。

 

 

 「……俺は、この世界に来ても何も変われていなかったのか……?」

 

 

 隣に座るシュリは言葉を返さない。

 ただ、自分にとっての<Infinite Dendrogram>とは何か、それだけを思考する。

 

 

 ――自分を変えるためにこの世界に来た、だが変われないならばプレイする必要もないのではないか?

 

 ――自分に必要だったのは腕っぷしの力ではなく、心としての強さではなかったのではないだろうか?

 

 ――俺は……<Infinite Dendrogram>を続ける意味はあるのだろうか?

 

 

 頭の中でたくさんの疑問が浮かんでは弾け、消えていく。

 そして時間にして数分。

 体感にして数十秒が過ぎ去っていった時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ニャッハッハッハッハ……馬鹿なやつだニャー、ホオズキ』

 

 

 テレビから聞こえてきたその声に顔を上げた。 

 その画面に映るのは自身の身体。

 だが……声だけはハッキリと聞こえてくる。

 

 

 『ミャーを倒した男がこんな程度だなんて、ミャーをがっかりさせるんじゃないニャー。それとも何かニャ? ただ戦うのが怖くてこんなところで寝ているのかニャー?』

 

 

 舐めきったような声と言葉。

 「――違う!!」そう言い返そうとするが、テレビに映る身体は動かず声すら出なかった。

 

 

 『ミャーは弱い奴は嫌いだニャ。あいつらは直ぐに自分に言い訳をする、すぐに自分を正当化しようとするニャ。逆に強い奴は良いニャ~、なにがあっても折れないものを持っているからニャ』

 

 

 お喋りな猫は喋り続ける。

 まるでホオズキに言い聞かせるように。

 【気絶】中のホオズキが自分の言葉を聞いていることを確信しているかのように。

 

 

 『ホオズキ、おみゃーはどっちかなニャー? 強い奴か……それともただの糞ゴミか……二つにひとつニャー』

 

 「……」

 

 

 言葉は相変わらず出てこなかった。

 ただ、呆然とその声へと耳を傾ける。

 そして……

 

 

 『ミャーも暇じゃないから最後に一言だけ言っておくニャ~。

 

 

  ……戦士なら戦って死ね、それすら出来ないなら自害しろ。

  仲間の為なんて思っているならそれはただの言い訳だ。そんな風に考えてるやつは糞以下だ、そしてそんな糞に負けたのが私だと思うと腹立たしくてしょうがないよ』

 

 

 最後――猫の語尾が消えた言葉を残して、その声は聞こえなくなっていた。

 いや、声だけじゃない。

 戦場を映し出していたテレビはブラックアウトし、物音一つ聞こえない病室が返ってくる。

 それはまるで――何か選択を待っ(・・・・・・・)ている(・・・)かのような雰囲気を醸し出す。

 ホオズキはそんな病室の中、ぼんやりと宙を見つめていた。

 そして唐突に、幼少の頃に見ていたアニメのセリフが頭に過る。

 

 

 「――『負けることが恥なのでは無い。戦わぬことが恥なのだ』……だったかな」

 

 

 既に記憶は古ぼけ、なんのアニメだったのかも覚えていない。

 だが……そのセリフだけはしかっり覚えている。

 そんな自分に彼は自嘲的な苦笑を漏らす。

 そして……

 

 

 「……シュリ、俺は決めたぜ」

 

 

 呟く言葉。

 返事も相槌も無い。

 しかし彼は止まらない。

 

 

 「迷っていることが馬鹿らしくなった……それにあんなこと言われて黙っていたら、それこそ俺は後悔するからな」

 

 

 ――『ブチッ』

 

 そんな音を立てながら腕に張り付いた点滴の針を引きちぎる。

 力強く地面を踏む足。

 夢の世界だったからだろうか?

 弱弱しかった病人の身体は、彼の決意と共に一瞬にして姿を変えた。

 そしてホオズキは獰猛に笑う。

 

 

 「このまま行っても負けるだけ? ……上等!! どんな壁や試練も殴り壊し突破する、それが俺だ、ホオズキだ」

 

 

 臆病者。

 愚者。

 または阿保か無謀者か。

 どちらにせよ、彼はこの程度では止まらない。

 この程度では止められない。

 

 

 「ここから出るぞ、んでもって【嵐竜王】を討つ」

 

 

 その為には何がいる?

 高いステータスが。

 満足に動ける身体が。

 新たな可能性ともいえるスキルが要る。

 だから……

 

 

 「行くぞ、シュテンドウジ。そしてお前が<エンブリオ>なら……俺に『可能性』を力を寄こせ!」

 

 

 吼える『鬼』。

 そしてそれに『鬼姫(彼女)』も答える。

 

 

 

 

 

 

 「……うん、マイ マスター」

 

 

 【到達鬼姫 シュテンドウジ】は妖艶な笑みで微笑んだ。

 そして……

 

 

 

 【同調者(マスター)生命危機感知】

 【同調者生存意思感知】

 【<エンブリオ>TYPE:メイデン【到達鬼姫 シュテンドウジ】の蓄積経験値――グリーン】

 【■■■実行可能】

 【■■■起動準備中】

 【停止する場合はあと20秒以内に停止操作を行ってください】

 【停止しますか? Y/N】

 

 

 

 視界を埋め尽くすほどの――見知らぬ赤いウィンドウが広がった。

 

 

 



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第25話 最後の一人とレイド戦

【到達鬼姫 シュテンドウジ】
『Type:メイデンwithボディ』
      ↓
『Type:メイデンwithアームズ・テリトリー』
に変更しました~


 □<ブルターニュ> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「――え? 何あれ?」

 

 

 誰かが呟いた。

 “霊都”<アムニール>へと移動する竜車の中から、<ブルターニュ>を覆いつくさんとする影を見上げて。

 

 

 「……おいおい!! 誰だっ! こんな時だっていうのにモンスターを引き寄せてきた馬鹿野郎(<マスター>)は!!」

 

 

 一人の男が声を荒げた。

 かつて“交易都市”として栄えた街……今は瓦礫の街となった場所で、他の<マスター>の救助を行っていた<マスター>。

 その<マスター>は突然発生したモンスターに顔を引きつらせながら怒声を上げる。

 

 

 「あれは……Type:ガードナーか? いや、おそらくType:レギオンのはずだが……あの数。有り得るのか?」

 

 

 レジェンダリアの山より見下ろす女性が考察した。

 その視線の先に映るのは『古代伝説級』<UBM>、【嵐竜王 ドラグハリケーン】の大きな巨体。

 そして、それを覆いつくさんと増え続ける<エンブリオ>の召喚獣だった。

 その数は既に300を超え……今のなお、数を増やし続ける。

 上級<エンブリオ>のType:レギオンですら有り得ないような光景に女性は、興味深そうにその光景へと視線を落とした。

 そして……

 

 

 

 

 

 「……嘘」

 

 『BURUUUUUUU!?』

 

 

 その光景を間近で見ていた私は――【騎神】ヴィーレ・ラルテはその光景に目を見開いた。

 今なお、嵐を巻き起こし暴れ続ける【嵐竜王】にではない。

 二人の<マスター>。

 彼らが宣言し、巻き起こした『必殺スキル』の影響に、である。

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 苛立ったように。

 凄まじいまでの憎悪が籠った声で咆哮する【嵐竜王】。

 そんな巨体の周りをモンスターが取り囲み、噛みつき、振るわれた竜爪によって霧散する。

 

 

 ――まるでおとぎ話から飛び出たかのような【グリフォン】。

 

 ――どこかの絵本にでも出てきそうな、子供が憧れそうな姿をした【騎士】。

 

 ――怖い小説にでも描かれていそうな様々な武装を身に纏う【スケルトン】の軍団。

 

 

 『モンスターピード』、そう呼ばれる言葉がある。

 主に『自然型ダンジョン』などの内部でモンスターが増殖し、餌や経験値、また住む場所を追われ、モンスターの大群となって地上にあふれかえる現象だ。

 それはこの<Infinite Dendrogram>でも変わりはない。

 今でこそ<マスター>の増加によってその現象はほとんど起こりはしないものの、一時期は<マスター>によって一部のモンスターが全滅し、その他のモンスターが異常なほど増殖したなどと言う話もあるぐらいだ。 

 しかし、私の目の前で。

 それに近しい――まさしく『モンスターピード』と言ってもいいような光景が巻き起こっていた。

 そして、それを起こしたのは他でもない。

 

 

 「……はぁ、何で私がこんな事を。別に給料が出るわけでもあるまいし……」

 

 

 目の前で愚痴を零しながら手を動かし続ける少年。

 ――【高位書記】ニートによるものだった。

 カリカリカリッと目にも止まらぬ速さで動き続ける手に握ったペン。

 恐らく【書記】としてのスキルだろうと考察出来るスキルを行使したニートは、どこか疲れた様子でその腕を動かし続け……

 

 ……カリッ!

 

 その動きを止めた。

 出来上がったのは【高位書記】のスキルで『書き写した』と思われる一冊の本。

 ニートはその本を左手で掴みながら、前方へと突き出した。

 

 

 「《千夜一夜の物語(アラビアンナイト)》」

 

 

 同時に手に持っていた本が燃え、塵となって消えていく。

 そして……

 

 

 ……消えるほんと入れ替わるように二十体の【グリフ(・・・・・・・)ォン】が出現し(・・・・・・・)()

 

 

 これこそが他でもない、【高位書記】であるニートの<エンブリオ>。

 

 

 

 ――【幻想具現 アラビアンナイト】のスキルだった。

 

 

 

 「《千夜一夜の物語(アラビアンナイト)》」、その能力は簡単かつシンプルなものだ。

 それは本を代償とした登場人物の召喚。

 『本を代償として、そのページ数=秒数間に登場人物を召喚することが出来る』と言うモノ。

 出現する登場人物の強さはピンキリ。

 使用する本の登場人物が少なければより強く。

 使用する本の登場人物が活躍すればより強く。

 『下級モンスター』から『亜竜級モンスター』までランダムによって召喚することが出来る<エンブリオ>だった。

 これだけ見れば余りにも弱い……とても『必殺スキル』とは呼べないものである。

 しかし、

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 怒りを表すように【嵐竜王】がドラゴンブレスを吹き放つ。

 強力無比な致命技。

 例え、タンクだとしても一撃食らえばタダでは済まないだろう。

 ……だが、召喚された登場人物たちは違う。

 

 

 ――『召喚された登場人物は、制限時間が切れるまで倒れない』

 

 

 そう……例えどんな強力無比な攻撃を食らおうと、彼らが倒れることはあり得ない。

 そして……

 

 

 「《千夜一夜の物語(アラビアンナイト)》」

 

 

 その召喚できる数に制限は無い。

 ニートのジョブは【高位書記】。

 それこそ本があれば、ジョブスキルで複製し、召喚し続けることが可能だった。

 

 

 「――オミャー、何やっているニャ!! オミャーもさっさと攻撃するニャ!!」

 

 

 突然の声。

 その光景を呆然と眺めていた私は猫の獣人――リンの声に我に返った。

 見れば、リンは《アラビアンナイト》で召喚されたモンスターなどを足場に空中を移動し、その拳で強固な竜鱗を叩き割っている。

 恐らく振動系統の<エンブリオ>なのだろう。

 【嵐竜王】が身に纏う『赤いオーラ』の上から、直接内部へとダメージを与えている。

 

 (……そうだ、ボーっと見ているわけにはいかないんだ。私も参戦しないと!!)

 

 【嵐竜王】は未だに健在だ。

 その動きは鈍ることなく、超音速起動で動き回り、周囲に嵐を発生させている。

 召喚されたモンスターたちだけでは足止めは出来てもダメージを与えることは出来ないだろう。

 

 

 「……行こう! アレウス、フェイ、アロン!!」

 

 『HIHIIIIIIIIIN!!』

 

 

 大きく嘶くアレウス。

 その目はやる気に満ち溢れ、体はどこか躍動しているかのように絶好調だ。

 私は弓をつがえながら、アレウスの甲冑を蹴り……

 

 

 「――――――――――――ッ!」

 

 

 その速度に思わず瞼をギュッと閉じた。

 

 (……さっきまでより速い!!)

 

 その速度は互いに釣り合っていた【嵐竜王】を置き去りにして、その竜鱗を叩き蹴る。

 ――一撃。

 その一撃は『赤いオーラ』――『竜王気』と呼ばれる【竜王】のみが使える攻防一体のオーラを突き抜け、その体に赤い血を滲ませた。

 それだけではない。

 

 

 『KWEEEEEEE!!』

 

 

 羽ばたきと同時に放たれた《紅炎の炎舞》の炎が【嵐竜王】の身体を焼き、苦しそうな声を洩れさせる。

 私はそんな様子に目を見開き……そして理解した。

 

 

 「明らかに強化されてるし――リリィーズの<エンブリオ>かなっ!?」

 

 

 言葉と同時に放たれた矢。

 その矢は翻弄され、身動きの取れない【嵐竜王】の竜鱗を貫通する。

 先ほどまで弾かれていた矢が通る、これが他でもない証拠だ。

 そして……その考えは正しかった。

 

 

 「フッハッハッハッハハハーーー!!」

 

 

 軍服に身を包み、高らかに笑う金髪の少女。

 【指揮官】であるリリィーズ・ボナパルトの<エンブリオ>。

 

 

 

 ――【革命軍略 ハンニバル】のスキルである。

 

 

 

 その効果は他でもない。

 『一定範囲内に居る仲間のバフによる強化』

 そして……『状態異常の反転(・・・・・・・)である』。

 その銘通り、反逆とバフに特化した<エンブリオ>。

 

 

 ――敵の『デバフ』とモンスターの強化に特化した【災厄母神 パンドーラ】。

 

 ――仲間の『バフ』と状態異常の反転に特化した【革命軍略 ハンニバル】。

 

 

 奇しくも真逆な能力であり、同じ到達形態である二つの<エンブリオ>はそれぞれ打ち消し合う結果となっていた。

 だが……

 

 

 「見える! 見えるぞ!! 我々の勝利が!!」

 

 

 【革命軍略 ハンニバル】。

 その必殺スキルである「《我は戦場の意(ハンニ)を変える者(バル)》!!」の効果は『一定範囲(・・・・)内に居る仲間のバフによる強化』。

 

 そのバフは例え、何十人であろうと。

 ……それこそ召喚された数百体のモンスターであろうと変わらない。

 

 

 ――『亜竜級』だったモンスターが『純竜級』に。

 

 ――『下級』だったモンスターが『上級』に強化され【嵐竜王】へと雪崩となって襲い掛かる。

 

 

 総合的な戦闘力ではいまだに【嵐竜王】が上。

 しかしその差を数が埋め、『個人戦闘型』であるヴィーレがルノーが、そしてリンがいる。

 

 

 「……押し、きれる!!」

 

 

 まさしく戦場。

 激しい戦いがそこにはあった。

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 耳を劈くような――すでに聞きなれた【嵐竜王】の咆哮。

 同時に広範囲を吹き飛ばし、切り刻むドラゴンブレスが私へと迫る。

 

 (――アロン)

 

 先ほどまでならアロンに防いでもらう。

 もしくはフェイへと飛び移っていたほどの広範囲&必殺攻撃だが……

 

 

 「――ニート! 足を貸して!!」

 

 

 とっさに出た言葉。

 同時にアレウスの手綱を強く引き、上空へと高く跳躍する。

 

 

 『GAAAAA!!』

 

 

 ……まだだ。

 ヘイトが一番多いのだろうか?

 私を追尾するように向きを変え、放たれ続けるドラゴンブレス。

 だから……

 

 

 『GAAAAAAaaaa!?』

 

 「ニャッハッハッハッハ、無茶するニャァ~!?」

 

 

 だから……空中を疾走する(・・・・・・・)

 召喚され、ダメージを負おうとも消えないモンスターたち。

 それらを足場に、空中を跳躍したのだ。

 

 一歩でも距離を見誤れば、地面へと真っ逆さまとなり狙われるのは確実だろう。

 だが……私は――ヴィーレ・ラルテは《騎乗》術に関してミスをしない。

 

 

 「私は――【騎神】の弟子」

 

 

 ――そして、今代【騎神】。

 

 (そんな初歩的なミスは……修行の森で嫌と言うほど体験してるよ!)

 

 何度、空を飛ぶ怪鳥型モンスターと戦ったかは数えきれない。

 足の踏み場もない魔の森だ。

 既に身体が。

 経験が。

 そしてアレウスが。

 全てが技術となった身体に身についている。

 

 

 「フェイ、アロン!!」

 

 『KWEEEEEE~~』『GAWUUUUUUU!!』

 

 

 《魔物言語》と言った【従魔師】のスキルは持っていない。

 だが、その掛け声で私の心強い仲間たちは答えた。

 

 

 ――大きく引き絞った弓。その弓が紅炎を纏い、真紅に輝く。

 

 ――姿を見せなかったアロン。すでに地中を潜行し、【嵐竜王】の真下まで辿り着いていたアロンが《地盤超重》でその動きを鈍らせる。

 

 

 【嵐竜王】はブレスを止めようと必死になっているが……もう遅い。

 空中を駆け抜け、その傍まで辿り着いた私はその弓を構え、

 

 

 「《クリムズン・レンジゼロ》」

 

 

 【嵐竜王】の目へ向け、その矢を引き放った。

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 とっさに両の竜翼で防ごうとするが……

 所詮は翼。

 その矢は翼を貫通し、竜王気で減衰しながらも真っすぐと進み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――【嵐竜王】の右目を貫き、焼き払った。

 

 

 同時に今までにない程の大咆哮が宙を揺るがす。

 それは悲鳴。

 そして怒り。

 そして……

 

 

 

 

 

 「……え?」

 

 

 ……ほんの僅かな感謝が込められていた。

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 咆哮する【嵐竜王】。

 その左目は初めの時のよう(・・・・・・・)な理性を帯びた(・・・・・・・)()をしていた。

 

 (―――――――――――――――ッ!)

 

 突如頭の中で鳴り響きだした《危険察知》。

 アレウスも野生の勘として感じ取ったのだろう。

 全力でその場を離れ、【嵐竜王】から距離を取る……が。

 

 

 「何が……?」

 

 

 鳴りやまない。

 今までの過酷すぎる修行や<UBM>との戦闘で高いレベルまで育った《危険察知》は、休まることなく、その大警鐘を鳴らし続けていた。

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 吼える【嵐竜王】。

 同時にそれは起こった。

 

 

 ――下から隙間なく吹き上げる大規模な嵐。

 

 ――自然現象を無視し、横から薙ぎ払う用の吹き荒れる竜巻の束。

 

 ――そして上から押さえつけるような冷たい強風が――『タウンバースト』と呼ばれる現象が無理やり引き起こされ、空に大きな雲を作り出す。

 

 

 ――『ミキサー』。

 身動きは取れず、召喚されたモンスターたちはその嵐に巻き上げられていく。

 私はそんな中、辺りを見渡す。

 瓦礫は宙を舞う。

 地面はあまりにも大きな鎌鼬に大きな傷跡を残していた。

 そして……

 

 

 「……あれ? まさか……【嵐竜王】がいない?」

 

 

 先ほどまで見えていた、そのドラゴンの姿が見えないことに気が付いた。

 

 (まさか……逃げた?)

 

 そう考え、首を横に振る。

 いや、そんなことをあのドラゴンはしない。

 【竜王】としての誇りが、息子である卵を壊された怒りが【嵐竜王】を動かしているのだ。

 逃げるなんて選択肢はあり得ないだろう。

 なら……

 

 

 「―――――――――」

 

 

 言葉が出なかった。

 感情的な、驚き的な意味ではない。

 物理的に、自然現象的にその言葉は出てこなかった。

 

 

 ――『真空』

 

 

 とっさに浮かんだ考えはそれだった。

 そして……【嵐竜王 ドラグハリケーン】は容易くそれを成して見せるだろう。

 では、次に【嵐竜王】が取る手は?

 

 

 「――――――――――」

 

 

 上空を見上げる。

 するとそこには空を駆け、私へと急降下してくる【嵐竜王】の姿があった。

 

 

 ――真空による空気抵抗の減少。

 

 ――ジェット噴射のような加速。

 

 ――竜王気を帯びた体で放たれる、すべてを切り裂く竜の破爪。

 

 

 一瞬だが、《一騎当神》を使用したアレウスをも超える超音速機動で、私へと向け爪を振るう。

 

 (――避けっ!)

 

 避けられない。

 辺りは既に竜巻、嵐、強風吹きつけるミキサーである。

 そして……なにより気が付くのが遅すぎた。 

 いや、気が付いても間に合わなかったかもしれない。

 一撃でデスペナルティへと追い込むことが出来るその爪は、一瞬で私へと肉薄し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 「おいおい、随分ピンチになってるじゃねぇーか」

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 突然突き出された一本の腕によって握り潰された(・・・・・・)

 聞き覚えのある声。

 

 

 ――全身を纏う岩の鎧、その上から纏われた『血の武士の大鎧』と手に握られた『血の大太刀』

 

 ――額から伸びた二本の蒼い鬼の角

 

 ――少しスレンダーになった……まるで少女と大男が混じ(・・・・・・・)りあい(・・・)二で割ったよう(・・・・・・・)な中性的な身体(・・・・・・・)の<マスター>は獰猛に笑う

 

 

 何処か……声までも少し違って聞こえてきた。

 

 

 「……っ、ホオズキ……いや、シュリちゃん?」

 

 

 その姿を見て。

 少し高めの声を聞いて言葉を漏らす。

 そして……そんな呟きを聞いて、目の前の『鬼』は大きく笑った。

 

 

 「半分外れで半分辺りだ。オレはホオズキで、同時にシュリだ」

 

 

 掴んだ【嵐竜王】。

 『鬼』はそのまま、地面へと叩きつける。

 そして、

 

 

 「……到達率―400%。Type:メイデンwithアームズ・テリトリー」

 

 

 進化した自身の<エンブリオ>を名乗る。

 

 

 

 「《鬼神掌握》、《悪鬼羅刹》――シュテンドウジ。オレを殺したければ……」

 

 

 血の大太刀を肩に担いで彼は笑う。

 

 

 「伝説のように――首を撥ねて殺すことだ」

 

 

 

 

 




……なんか同じような展開ばっかで申し訳。



【到達鬼姫 シュテンドウジ】
Type:メイデンwithアームズ・テリトリー

新たな姿はホオズキとシュリちゃんを足して二で割ったような中性的な姿。
声も少し高く、一人称が『オレ』になっている。

詳細はおいおい~


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第26話 嵐は過ぎ去り

長くなった……てか、詰め込んだ。
色々省略したので読みにくいかもしれません


 □<ブルターニュ> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――空は不安を表すような曇天だった。

 

 

 【嵐竜王 ドラグハリケーン】の巻き起こす嵐は止むことなく、定期的に揺れる地響きが<ブルターニュ>の街に響き渡る。

 そんな瓦礫の街。

 縦横無尽の竜巻が鎌鼬を引きおこし、身動きの取れない程の強風が吹き荒れる戦場。

 そんな中に呆然と立ち尽くす私の前には一人の男――『鬼』が居た。

 

 

 ――身に纏うのは『血で出来た【大武者】の大鎧』。

 

 ――手に握るのは『血が凝血し出来上がった大太刀』。

 

 ――身体から立ち上らせるのは真っ赤な――『竜王気』にも似た赤い血煙。

 

 

 男は――鬼は――ホオズキは私を守るように仁王立ちでソレの前に立ちふさがっていた。

 今までのホオズキとは全く違う。

 先ほどまでのような荒々しさは無くなり、何か研ぎ澄まされた強い意志を感じさせる。

 声が少し高くなっていることもそれを感じさせる一つの要因になっているのだろう。

 そんなホオズキの足元には大きな巨体。

 半場地面に埋まるような形で【嵐竜王】が倒れていた。

 

 

 「えっと……ホオズキ? その姿って――――」

 

 

 私はそんな姿に戸惑いながら声を掛けようとして……

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 「――ッラ■■■■■■ァァァァアアア!!」

 

 

 突然、超音速機動(・・・・・)で戦いだしたホオズキと【嵐竜王】に目を見開いた。

 余りの事に途切れた言葉。

 【嵐竜王】が一歩叩くごとに強風が私の体を叩き、思わずアレウスから転げ落ちそうになる。

 

 (―――――っ!!)

 

 アレウスが後ろに下がるようにして私を支える。

 そんな中、私はその光景を――有り得ない戦闘に言葉を失っていた。

 

 

 

 

 

 ――『強い』

 

 

 

 

 

 それは【嵐竜王 ドラグハリケーン】に。

 そしてホオズキへと向けられた言葉だ。

 

 『戦鬼と嵐竜の激闘』

 

 ホオズキと【嵐竜王】がそれぞれ真正面から殴り(・・・・・・・・)合っていた(・・・・・)のだ。

  

 (……有り得ない)

 

 喉元まで出かかり、声に出さずに飲み込んだ言葉。

 それは【嵐竜王 ドラグハリケーン】に。

 そしてホオズキへと向けられた言葉にである。

 

 

 超広範囲で嵐を、竜巻を、そしてタウンバーストなどの自然災害を巻き起こしながら戦う【嵐竜王 ドラグハリケーン】。

 その姿はホオズキやヴィーレ、これまでの戦闘によってボロボロな姿となっている。

 

 

 ――片目を潰され、その強固な竜鱗は所々が砕き割られ赤い血が滲んでいた。

 

 ――私達と戦う前にも戦闘を繰り返していたのだろう、その体は少しふらついていた。

 

 ――大きく発達している鋭い破爪は握り潰され、立って戦うことに支障を来していることが見てとれた。

 

 

 だが……止まらない。

 【嵐竜王 ドラグハリケーン】――『古代伝説級』最上位であり、モンスターの一つの頂点とも言うべき<UBM>であり、嵐竜の一族の長たる【竜王】。

 体に纏う『竜王気』は消えていない。

 その縦に伸びた瞳孔は、未だに強い意志を持ち、『憎悪』の光を帯びていた。

 

 

 対して、【狂戦士】であるホオズキも限界を超え戦っている。

 

 繰り返されるギリギリの戦い。

 張りつめられた精神。

 傷はすでに数えきれない程食らい、【嵐竜王】には下半身から真っ二つに吹き飛ばされているのだから。

 

 

 『GAAAAAAAAAAAaaaaaAAAAA!!』

 

 「――ッ!! ガァ■■■■■■ァァァァアアア!!」

 

 

 【嵐竜王】の咆哮が空気を震わす。

 ホオズキの踏み込みが地面を叩き割る。

 例えるのなら『怪獣合戦』ともいえる戦闘が――【嵐竜王】とホオズキによる一対一(ワン・オン・ワン)が瓦礫の街で繰り広げられていた。

 そして……

 

 

 

 

 

 「―――――ッ、ホオズキッ!!」

 

 

 まさに一瞬。

 【嵐竜王】のすべてを切り裂き、破壊する竜の破爪がホオズキの身体を捉えた。

 風を操る特性を持つ鋭い一撃。

 『竜王気』を纏い、超音速機動で振るわれた即死の一撃(・・・・・)

 私はその一撃をまともに受けて吹き飛んだホオズキへと視線を向け、悲鳴のような声を漏らした。

 そして……

 

 

 「油断……してんじゃねぇ!!」

 

 

 ――瞬間。

 私の目の前には追撃するように振るわれた破爪とそれを止めるホオズキを映す。

 

 

 「え? 何で――」

 

 

 (何で無事なの!?)

 

 その言葉はやはり最後まで出ることは叶わなかった。

 私の声に被さる様に叫ばれた声。

 ホオズキの宣言と決意にかき消されたからだ。

 

 

 「――四分!!」

 

 

 声は出ない。

 

 

 「――四分間、オレが時間を稼ぐだから……

 

 

 

 

  お前らがこいつ(・・・・・・・)を倒せ(・・・)!!」

 

 

 それは宣言であり、ホオズキ自身の限界を知らせる叫びだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ――【到達鬼姫 シュテンドウジ】

 そんな【シュテンドウジ】が第四形態に進化する際、獲得したスキルが二つある。

 

 

 一つは、《鬼神掌握》。

 

 『《戦鬼到達》による『到達率』が最大値まで達し(・・・・・・・)た際に発動可能(・・・・・・・)

  自身の<エンブリオ>と一体化(・・・)することで「到達率÷100」分間、全ステータスを二倍する。

  時間経過後、《戦鬼到達》と《鬼神掌握》の強制解除。

  「到達率×100」分間の間、《戦鬼到達》と《鬼神掌握》の使用不可。

  アクティブスキル』

 

 それこそが新たに【シュテンドウジ】が獲得したスキルの一つ。

 

 

 ――『限界突破型(・・・・・)』、融合・強化スキルである。

 

 

 ホオズキを鬼へと到達(・・)させるのが《戦鬼到達》だとすれば、これはそれより先を目指すためのスキルだった。

 リスクは大きい。

 それでも戦わなければならない時の為の――『ジャイアントキリング』を突き詰めたようなスキル。

 その結果……

 

 

 「くっ……そがぁぁぁああああ!!」

 

 『GAAAAAAAAaaaaAAA!???』

 

 

 ホオズキは【嵐竜王】に拮抗。

 いや、それすら上回るステータスを手に入れることを可能としていた。

 

 ――振るわれた破爪を横から殴り反らす。

 ――超音速で振り抜かれた竜の尾を紙一重でかわす。

 

 まさに『鬼神』

 『古代伝説級』<UBM>をも上回るステータスを持つ、鬼の<マスター>がそこには居た。

 だが……戦いにおいて大切なのはステータスだけではない。

 それは<UBM>でも同じ。

 <UBM>の前提条件となるのは『高いステータス』、そして『強力無比な固有のスキル』である。

 

 

 

『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 思わず耳を塞ぐほどの大咆哮。

 同時に【嵐竜王 ドラグハリケーン】の固有スキル……風を操る能力が猛威を振るう。

 発生したのは凄まじい追撃

 ……まるで嵐のような……怒涛の攻撃だ。

 

 

 ――巻き上げられた建物ほどの瓦礫が。

 ――飲み込まれたら逃れられない竜巻が。

 ――地面に跡を残すほどの鎌鼬が。

 

 

 ただ一人――ホオズキへと向け放たれる。

 全方位からの音速攻撃。

 その猛攻を避けられる者は居らず、また耐えきれる者も存在しない。

 暴威の塊の如き猛攻は避けることを許さず、大鎧を身に纏うホオズキを飲み込んだ。

 そして……

 

 

 

 

 

 「……無駄だなぁ」

 

 

 そこには一切をダメージを負っていない……『血の大楯』を構えたホオズキが居た。

 

 

 これこそが二つ目のスキル――《悪鬼羅刹》。

 

 『自身の<エンブリオ>で防具と武器を形成する。

  防御力、攻撃力は自身のステータスに依存する。

  アクティブスキル』

 

 たった三行。

 しかしその長さに関係なく、強力かつ汎用性の高いスキルだった。

 

 

 本来、《戦鬼到達》を発動していないホオズキのステータスはティアンにも劣る。

 その状態で発動した《悪鬼羅刹》はまるで効果が無いに等しいものだ。

 形成した『血の武器』は敵の防御を突破することも叶わず、『血の鎧』は紙装甲同然に等しいだろう。

 ……今、この瞬間以外は。

 

 

 《悪鬼羅刹》を使用する『血の大鎧』は。

 体を覆い隠すほどの『血の大楯』は、【嵐竜王】の猛威を完全に防ぎきっていた。

 そして、

 

 

 「……今度は、こっちの番だぁ!!」

 

 

 ――『変形』

 瞬時に『血の大楯』が『血の大太刀』と変形し、超音速で振り抜かれる。

 この様子を見ていた人は「何をやっているんだ?」と思うだろう。

 何せ、ホオズキと【嵐竜王】の距離は二十メテル以上離れているのだから、だが……

 

 

 ――『伸びた』

 

 

 血の武器。

 故にその刀身の長さも大きさも自由。

 そして……その『血の大太刀』は油断していた【嵐竜王】の竜鱗を容易く切り裂き、

 

 

 「……《血の代償》―嵐竜王の俊脚」

 

 

 血の武器が敵を(・・・・・・・)傷つけた(・・・・)――敵の血に触れた(・・・・・・・)

 結果、《血の代償》が発動する。

 

 

 

 ――血の<エンブリオ>!!

 ――故に自由!!

 

 ――高いステータス!!

 ――故に強力!!

 

 ――鬼の特性!!

 ――故に倒すことは叶わず!!

 

 

 それらが示すのはただ一つ。

 

 

 

 

 

 『これより約三分間続く、ホオズキによる強者打破の時間(ジャイアントキリング・タイム)である』。

 

 

 

  

 

 ◇

 

 

 

 

 

  

 「……お前らが倒せ、か。無茶言うなぁ……」

 

 

 ――ホオズキの宣言。

 私はその言葉を呟き、困ったように苦笑した。

 私に――私達に向けて発せられたその言葉、それは『カウントダウン』だ。

 【嵐竜王 ドラグハリケーン】を討伐するラストチャンス。

 

 このままホオズキが倒れれば、先ほどまでと同じ。

 【嵐竜王】の暴風の結界に囚われ、全滅は必須である。

 

 

 ――残り、二分

 

 

 こうしている間にも刻一刻と時間だけが過ぎ去っていく。

 ホオズキと【嵐竜王】の激しい戦闘は終わることなく、より一層激化していく。

 

 

 「……」

 

 

 ……身動きが取れない。

 

 (アレウスだったら、あの戦闘に参加できるかもしれないけど……)

 

 それは賭けだ。

 先ほどまでのようにニートの【幻想具現 アラビアンナイト】の召喚も無い。

 下手を打てば、鎌鼬が直撃しデスペナルティである。

 

 

 ――残り、一分三十秒。

 

 

 沈黙が首を絞めていく。

 戦闘で披露した体が熱を帯び、背筋に冷たい汗が伝う。

 必要なもの――求めるモノはたった一つ、『確実に【嵐竜王】を討伐しうる一撃』である。

 

 

 「――ッ!」

 

 

 覚悟を決める。

 【騎神】の――オリジナルスキルで特攻する。

 アレウスと視線が交差し、ゆっくりと私は頷いた。

 そして……

 

 

 ――残り、一分。

 

 

 ……状況は動いた。

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 「――――っそが!!!」

 

 

 目に映ったのは地面に押し込まれる形で拘束されたホオズキ。

 そしてその上から鋭い破爪と風で抑え込む【嵐竜王】の姿だった。

 

 (――ここが勝敗の分かれ目っ!!)

 

 緊張で乾く口内。

 とっさにアレウスの馬鎧を蹴り、走り出そうと動き出し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――《邪竜に審判を》!!」

 

 

 その声が瓦礫の街に響き渡った。

 

 ――私ではない。

 ――リンでもない。

 ――ましてやリリィーズでも、ニートでもない。

 

 それは変に低く、籠ったような中世的な声。

 自身の<エンブリオ>を正面に、スキルの宣言を叫ぶ【竜騎士】ルノーの姿があった。

 みんなの視線が一点に――ルノーへと集中する。

 そして、

 

 

 ――『蒼銀の長槍』へと変化する彼女のロングソードを目にした。

 

 

 同時。

 私は……ホオズキとルノーを除く四人は一斉に走り出した。

 それぞれが一つの確信、『ルノーが一撃を持ちうる事』を理解して。

 

 

 

 ――剣の……特殊な<エンブリオ>。

 

 ――『邪竜』というキーワードと『槍』。

 

 ――【嵐竜王】の攻撃を防ぎうる防御スキル。

 

 

 

 その正体を、その真銘を私はおそらく知っている。

 リリィーズはその知識故に。

 ニートは<エンブリオ>の元にもなった本好き故に。

 リンは知識は持たずとも、三人の心音が跳ね上がった故に。

 

 私達は確信を持って走り出す。

 

 

 そしてルノーの<エンブリオ>。

 邪竜殺しの聖剣、魔剣は山ほどあれど槍が指すのは一つである。

 

 ――聖人ジョージ、そして彼が持つ邪竜殺しの武具。

 

 

 

 

 『Type:エルダーウェポン、【竜滅聖槍 アスカロン】』

 

 

 

 

 

 「……ここで決めるよ……《邪竜を討ち払う槍》!!」

 

 

 ――『必殺スキル』

 スキルの宣言と同時に輝きを増す【アスカロン】。

 私はその光景を見て確信し――ルノーへと向けて全速力で走り出した。

 

 恐らく【ドラゴン】特化の<エンブリオ>、【アスカロン】。

 では、何故初めからそのスキルを使わなかったかのか? 

 ……答えは一つ。

 

 (――『迎撃&一撃型(カウンター)』の<エンブリオ>!!)

 

 ならば必要なのはその一撃を当てるAGIだ。

 

 

 「ルノー!!」

 

 「――ッ! 頼む!」

 

 

 そして、私が取るべき行動はルノーを【嵐竜王】の元まで無事に届けることだ。

 疾走するアレウス。

 出来る限り伸ばした手がルノーの手を捉え、その重さが私の腕にのしかかる。

 だけど……この程度の重さではアレウスの速度は遅くはならないだろう。

 

 

 「……ルノー、しっかり掴まっててね」

 

 「――え?」

 

 「時間が無いから……全力で飛ばすよ!!」

 

 

 握っていた強弓を《瞬間装備》でアイテムボックスへとしまい込む。

 そして……一つのアイテムを腰のポーチから取り出した。

 

 

 「フェイ! 全力でサポートしてっ!」

 

 

 取り出したアイテム――【怨念のクリスタル】を【万死慈聖 アズラーイール】を斬り砕いた。

 瞬間、辺りを濃霧のような怨念が拡散する。

 同時に発動するのは『特典武具』である【アズラーイール】のスキル。

 

 ――《怨念燃焼》

 

 まるで怨念に発火するかのように青白い炎が辺りを包み込み、

 

 

 『KWEEEEEEEE!!』

 

 

 その炎を吸収したフェイの《紅炎の炎舞》によって、<ブルターニュ>の街は炎の渦に包まれた。

 

 

 

 

 

 ◇【高位書記】ニート

 

 

 

 

 

 視界が炎の渦に遮られる。

 数メテル先も見えないほどの真紅の炎壁だ。

 真紅から綺麗な蒼へ、蒼からオレンジへと変化する炎、見ているだけでもその熱量が伝わってくるほどだ。

 だけど……その炎は全く熱を感じない。

 そして、彼は――【高位書記】であるニートは理解した。

 

 

 「これは……ヴィーレの炎か」

 

 「フッ、そのようだな!!」

 

 

 隣に立つ幼馴染の少女――【司令官】であるリリィーズ。

 彼女は鼻で笑うように口端を吊り上げ……炎の先に居るだろう【嵐竜王】を睨みつけるように、視線を真っすぐと前へと向けた。

 

 (本当に……いつも振り回してくれるなぁ)

 

 ……本当ならこんなゲームしたくもない。

 無駄に人に関わって、無駄に精神をすり減らす。

 おまけに給料も出ないときた。

 こんなゲームしているくらいなら、家で本を読んでいる時間の方が幸せだろう。

 こうして巻き込んでくる幼馴染さえいなかったら、絶対にやっていないと断言できる。

 

 

 「……めんどくさいなぁ」

 

 

 だが……やらねばならないのだろう。

 こうして集った五人は本気で【嵐竜王】を討伐しようと……<ブルターニュ>を守ろうとしているのだから。 

 そして何より、リリィーズの目の前。

 かっこ悪いところは見せられない。

 

 (リンの奴は……もう行ったのか)

 

 時間ももうないのだろう。

 俺もすぐに動かなければならない。

 そんなことを考えながらアイテムボックスから一冊の本――古びた絵本を取り出した。

 

 

 「――《我は綴る》」

 

 

 それは【幻想具現 アラビアンナイト】のスキルの一つ。

 

 『召喚する登場人物を一人に絞り、その登場人物の持つスキルを一つ、完全ランダムで再現する』

 

 《千夜一夜の物語》が『広範囲制圧型』だとすれば、これは『個人戦闘型』にあたるスキル。

 そして……このスキルを使う本はこの一つしか存在しない。

 

 

 「――《千夜一夜の物語》―『【聖剣王】の冒険記(中)』」

 

 

 この世界で有名な【聖剣王】、その中でも【超闘士】との決闘にあたる物語。

 暴風の鎧を身に纏う【嵐竜王】に近づけるのは……ルノーの援護を出来るのはこれしかない。

 ――燃え尽きる絵本。

 ――代わりに現れる一人の【聖剣王】。

 そして、

 

 

 「――行け、彼女たちを援護してくれ」

 

 

 その言葉に頷くように【聖剣王】は鎧ズレによる金属音を鳴らし……

 

 

 

 

 ――超音速機動で掻き消えた。

 

 

 

 

 その後ろ姿を見て俺も笑う。

 

 

 「これは……当たりを引いたみたいだ……」

 

 

 

 

 

 ◇【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――《一騎当神》、《幻獣強化》。

 

 

 炎の壁が視界を封じる中、ルノーを後ろに乗せアレウスが疾走する。

 超音速機動で駆け抜けるアレウス。

 私はその手綱を握りしめ、【嵐竜王】の攻撃を避けることのみに集中する。

 

 

 「……【嵐竜王】も私達が見えないはず」

 

 

 願うようにこぼれた呟き。

 

 

 ――残り約三十秒。

 

 

 【嵐竜王】との距離を無くすのには十分すぎる距離だ。

 あと数秒程度あれば【嵐竜王】に肉薄することも可能だろう。

 もちろん、何もなければの話だが……

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 (……まぁ、そうだよね)

 

 

 宙を揺るがす大咆哮。

 同時に……視界を塞いでいた炎の壁、フェイの紅炎が(・・・・・・・)掻き消えた(・・・・・)

 

 

 ――『真空空間』

 

 

 先ほどまで私に使ったのと同じだ。

 真空により、【嵐竜王】を中心とする半径十メテルの炎が掻き消えたのだ。

 そして……目が合った。

 こちらをじっと――いや、正確には私の後ろに《騎乗》しているルノーの姿をその蛇のような瞳孔が捉えている。

 ではここから始まるのは……

 

 

 『GAAALUGAAAA!!』

 

 

 ――私の《騎乗》技術と【嵐竜王】の遠距離戦。

 ホオズキを捉えていた鋭い破爪が地面を叩き、辺り一帯の地面が割れる。

 同時に爆風によって瓦礫が散弾のように周囲に飛び散った。

 風を使った竜巻や鎌鼬を使用しなかったのは足元に押さえ込んでいるホオズキを警戒しているからだろうか?

 どちらにせよ私はその光景に頬をつり上げ、口許を歪めた。

 

 

 「……岩の攻撃か……【騎神】を舐めてるのかな?」

 

 

 見えない鎌鼬や、疾走するアレウスを妨げる竜巻は厄介極まりない。

 しかし、逆に言うのなら物体である瓦礫。

 加えて亜音速程度の速度しかない攻撃など……カモ(・・)以外の何でもない。

 何より私は今、両手で手綱を握っているのだ。

 この程度の障害は百回やってもミスなどしない。

 

 

 「アレウス!!」

 

 『BURURURUUUUUUU!!』

 

 

 ――跳躍。

 そして散弾のごとき瓦礫へと着陸、跳躍を繰り返す。

 小さな瓦礫は全て無視。

 アレウスの馬鎧で弾いていく。

 

 

 ――残り、二十秒。

 

 

 残り数メテル。

 全方位へと向けた瓦礫の散弾を切り抜けた私達。

 そして、開けた視界と同時に目に映り込んできたのは、

 

 

 ――『三本の竜の尾』

 

 

 上から。

 右から。

 左から。

 瓦礫を避け、着地するように疾走するアレウスに向けて巻き込むように振るわれた。

  

 (――ッ!! 避けられない? いや、避けてみせる!)

 

 リスクはあるがやるしかない。

 まるで時間が圧縮されたかのようなスローモーションに見える光景を見て覚悟を決める。

 握り混む手綱が汗で滑る。

 ギリギリで手綱を引こうと手を緩め……

 

 

 

 

 

 

 ――『ガチャン』  

 

 

 ほんの一メテルというアレウスと【嵐竜王】の尾の間。

 そこに一人の騎士が立っていた。

 

 (……え?)

 

 あまりに速すぎて――瞬間移動したかのようにも見える騎士、その甲冑の奥に隠れる目が一瞬合ったように感じた。

 そして、

 

 

 

 ――三本、振り抜かれていた【嵐竜王】の尾が宙を飛んだ。

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 叫び声を上げる【嵐竜王 ドラグハリケーン】。

 目の前にいたはずの騎士はまるで幻影だったように消え去っており、何が起こったのか分からない。

 だけど……

 

 

 「……行くしか、ない!!」

 

 

 ――残り、十秒。

 

 

 距離は既に五メテル。

 後はルノーがその一撃を【嵐竜王】に叩き込むだけ。

 私は視線を前へと向ける。

 そして……未だ強い光を灯す【嵐竜王】の目を見た。

 同時に勘が。

 《危険察知》が警鐘を鳴らす。

 思わず手綱を引こうと反応する体、だが……

 

 

 「構わない……行ってくれ!!」

 

 

 後ろに騎乗するルノーが叫ぶ。

 そして――それは解き放たれる。

 

 

 『――《サイクロン・ヴォーテックス》!!』

 

 

 ――ゼロ距離のドラゴンブレス。

 凄まじい暴風が。

 耳をつんざむような轟音が。

 思わず動きを止めてしまいそうなプレッシャーが。

 真っ正面から私達を襲う。

 だが……これでいい(・・・・・)

 

 

 【竜滅聖槍 アスカロン】は『【ドラゴン】特化の迎撃<エンブリオ>』なのだから。

 

 

 故に――

 

 

 「――《煌めく聖槍》!!」

 

 

 目と鼻の先まで迫っていたドラゴンブレス。

 それは一つの宣言と共に霧散した(・・・・)

 いや、それだけではない。

 【嵐竜王】が身に纏っていた赤いオーラ、『竜王気』までもが同時に消え失せていた。

 

 

 『GAAALUGAAAAAAAAAAA!!??』

 

 

 戸惑いの声を上げる【嵐竜王】。

 同時に【アスカロン】を構えるルノーから距離を取ろうと、上空へと飛翔しようとして……

 

 

 「ニャッハッハッハッハ!! もう少しここでゆっくりしていくニャ!!」

 

 「ガッハッハッハッハ! 珍しく気が合うな、糞猫!!」

 

 

 自慢の大きな竜翼が砕け散った。

 自慢の鋭い破爪がビクリとも動かなかった。

 

 ――背には猫が。

 ――足には鬼が取り付いていたのだ。

 

 身動きを封じられた【嵐竜王】。

 その頭――【嵐竜王 ドラグハリケーン】のコアへと【アスカロン】の長槍が向けられる。

 

 【反逆軍略 ハンニバル】と【司令官】のパッシブスキルで強化された槍。

 【ドラゴン】特化の<エンブリオ>。

 その一撃を防ぐすべはどこにもない。

 輝く長槍は真っすぐに【嵐竜王】に迫り……

 

 

 「――《竜牙一槍》」

 

 

 その頭を一本の槍が貫いたのだった。

 

 

 

 【<UBM>【嵐竜王 ドラグハリケーン】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【■■■■■■……

 

 

 

 光の塵へと還る【嵐竜王】を見送るように空を見る。

 嵐の止むことの無かった<ブルターニュ>の街並み。

 しかし……

 

 

 「……晴れたね」

 

 

 空は嵐の過ぎ去ったかのような晴天を浮かべていた。

 

 

 

 

 




【嵐竜王 ドラグハリケーン】
種族:ドラゴン系
能力:竜王気・空気操作
最終到達レベル:72
討伐MVP:【??】??????
MVP特典:【■■■■ ドラグハリケーン】
発生:認定型
作成者:――
備考:天竜種であり、能力、ステータスが最高レベルな<UBM>。
   息子(卵)が盗まれ、<ブルターニュ>に襲来するも<マスター>の迎撃に会い討伐される


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エピローグ1 ヴィーレの再挑戦

二章……めっちゃ延びた……

沢山の評価アリです、励みになりましたー





 □<旧・ハムレット平原> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――“交易都市”<ブルターニュ>での事件から二週間。

 

 

 

 <DIN>によってデンドロ内に発信されたビッグニュースが、デンドロ内で大きく話題になっていた。

 突如<ブルターニュ>に出現した二体の<UBM>による侵攻。

 

 

 ――『逸話級』<UBM>、【炬心岳胎 タロース・コア】

 ――『古代伝説級』<UBM>、【嵐竜王 ドラグハリケーン】

 

 

 <DIN>命名――通称、“妖精囲い”。

 国家事業とも言える『<UBM>の討伐』、その<UBM>が自ら街を襲うというのはとても珍しかったらしい。

 山奥の小さな村だと珍しくはないが、これほどの主要都市。

 更に<UBM>が二体(・・)と言うのは歴史に類を見ない出来事だったようだ。

 

 その“妖精囲い”はティアンに不安と焦燥感を。

 そして、<マスター>に興奮と期待感を与えた事件として、歴史に大きな傷跡を残すこととなった……らしい。

 

 ティアンと<マスター>。

 立場の違いが明確になった事件だとも報じられていたが――――私にはよく分からない事だ。

 

 

 

 「……二体、か」

 

 

 ため息交じりに呟かれた言葉。

 その声には何処か哀愁が混じっていた。

 報じられたのは【タロース・コア】と【ドラグハリケーン】の名前だけ。

 

 そこには<ローゼン村>でのティアンの死も、天然温泉の村での殺戮も――原因だった【殺戮熾天 アズラーイール】の名も。

 ……一文字も綴られてはいなかった。

 むしろ、<ブルターニュ>でのティアンの死者は居らず、『神様の奇跡だ』と喜ばれる記事ばかりが不思議と目に付いた。

 

 

 「……」

 

 

 『神様の奇跡』で死んだティアンが居た。

 最後まで祈り続け……微笑んで、涙を流し死んでいったアイラちゃんが居た。

 別にそのことを他の人にも知ってほしい、と言うわけではない。

 ただ、未だにあの夜の事を思い出すと胸が「チクリ」と痛みを訴える。

 何か大切なモノを失ったような――虚無感が心を満たしてくるのだ。

 

 

 ――『妖精囲い』

 

 

 ……二体の<UBM>に<ブルターニュ>が囲まれたわけではない。

 三体の<UBM(・・・・・・・)>が三方向同時(・・・・・・・)に現れた(・・・・)、だから『囲い』などと言う表現をしているのだ。

 

 

 「これで良かったんだよね……アイラちゃん」

 

 

 ――小さな声。

 その声に返事を返す者はいない。

 

 ――握るスティレット。

 その短剣は驚くほどに冷たかった。

 

 結果、事件は<マスター>に喜ばれ、死者がいないという記事はティアンを勇気づけている。

 半分以上が瓦礫と化した<ブルターニュ>も、急ピッチで復興を遂げている。

 だから……きっとこれでいい。

 そんな風に私自身の気持ちに区切りをつけ、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 「……うん、よし! 行こう――フェイ!!」

 

 

 地面にポッカリと空いた縦穴。

 底が見通せないほどに暗い――<トラーキアの試練>へと繋がるダンジョンの入口へと、体を宙に投げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇<トラーキアの試練>

 

 

 

 

 

 「――わぁっ! 何だか……懐かしい、かな?」

 

 

 前回とは違い、フェイに《騎乗》し地底湖に着水することなく降り立った私。

 目に映りこんできたのはあの時と変わらない――幻想的な風景。

 

 青白く光る苔。

 宙を飛び回ながら光る蛍。

 底が見える程に澄み渡り、光を反射する地底湖。

 

 あの時と全く変わらない、それほど時間は経っていないのに懐かしく感じてしまう光景である。

 自然と上がる頬。

 疲れていた気持ちが解けるように、自然と笑みが浮かんでくる。

 

 

 「確か、前来たときはフェイはまだ卵で、私もただの【騎兵】だったんだよねー」

 

 『KWEEEEEEE??』

 

 

 覚えてないのだろうか?

 首を傾げて不思議そうな声で鳴くフェイ。

 あの時のフェイは今以上に面倒臭がりだったから、覚えていないのかもしれない。

 しかし……そう思うと随分成長したものである。

 

 私は【騎兵】から【幻獣騎兵】、そして【騎神】に。

 フェイは第一形態から今では第三形態に。

 アレウスも今では『40レベル』近くまでレベルが上がっているし、新しいアロンという仲間も出来ている。

 

 

 「あの時はデスペナルティになりそうになりながら必死に踏破したけど……」

 

 

 第五階層での【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】。

 第十階層での【ハイ・スパイラル・ドラゴン】。

 

 たくさん戦って、逃げて、そして倒した。

 今でもよく覚えている修行時代の思い出だ。

 だから……今日ここに来たのは自分の力を試す為の『再挑戦』と、ある目的(・・・・)の為。

 

 

 「今度こそ完全踏破したいね、ね? フェイ」

 

 『KWEEEEEEEEEE~~!!』

 

 

 前回はアレウスと共に挑んだが……今日はフェイに《騎乗》してのチャレンジ。

 私は右手に強弓――【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】を握り、優しくフェイの燃える赤い羽根を撫でる。

 そして……

 

 

 「……行こう!!」

 

 『KWEEEEEE!!』

 

 

 大きな掛け声と共に、超音速機動で空中を飛翔しだしたのだった。

 <トラーキアの試練>への再チャレンジ。

 ――と言う名の『タイムアタック』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――<トラーキアの試練・第五階層>

 

 

 ――『三分』

 それがここまでに要した時間。 

 前回、数時間掛けて突破した道のりがまるで嘘のように感じられる攻略速度だ。

 ……もっとも、まともに戦闘をしていない、と言った要因もこの攻略速度の理由の一つではあるが。

 地下へと伸びる『自然型ダンジョン』。

 <トラーキアの試練>の内部は天井も高く、フェイに《騎乗》しての攻略も何の問題も起きなかったのだ。

 

 

 ――歌声を上げながら襲い掛かってくる【フォレスト・ハーピィー】の群れ。

 フェイの《紅炎の炎舞》で焼き払う。

 

 ――次の階層へと続く道に立ちふさがる【一重刃角巨猪(モノホーン・ワイルドボア)

 遠距離から強弓でその体を討ち貫く。

 

 

 ここまでくるともはや戦闘とは呼べない。

 一方的な通りすがりの虐殺である。

 結果、戦闘の内容はどうあれダンジョンの半分――かつて死にかけた因縁の場所まで踏破することが出来ていた。

 

 

 「……ここまで来たね」

 

 

 感慨深げに洩れた独り言。

 ――第五階層。

 ここも以前来た時と少しも変わらない、整った森が広がっていた。

 

 ――様々な種類の果物の樹木。

 ――草花は生え伸びながらも、休憩できそうな少し開けた森。

 ――その中央を横断するように流れる地底湖の河。

 

 だけど……私はここに潜む強敵を知っている。

 今日、ここに来た目的の一つでもあるのだ、忘れるはずも無い。

 

 

 「やっぱり居るね……【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】」

 

 

 師匠より長い――数百年の年月を生きる『純竜級』モンスターである。

 前は逃げるしか道は無かったけど……今日の私は一味違う。

 

 

 「……奇襲も分かってたら脅威じゃないからね。時間も勿体ないし、一撃で決着をつけよう」

 

 『KWEEE?』

 

 「うん、さっきまでと同じように河の……あの少し池みたいになっている上に飛んで、フェイ」

 

 

 【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】も既に私に気が付いているだろう。

 だから……敵の攻撃範囲のギリギリ外。

 第五階層の遥か上空へ飛ぶ、そして……

 

 

 

 

 

 ――腰のアイテムポーチから一つのアイテム……【鑑定士のモノクル】を取り出し。

 

 

 「……うん、見える」

 

 

 森を流れる河の丸池。

 その湖の底に埋まるような形で存在する【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】のコアを《透視》した。

 気配を消し、その姿を森へと同化させることが出来る【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】。

 しかし、コアを消すことが出来るわけではない。

 だから……

 

 

 「フェイ、炎を貸して?」

 

 『KWE、KWEEE』

 

 

 上空から真下へ……コアを狙い撃つように構えた強弓。

 その弓につがえる矢が真紅の炎帯びて燃えた。

 

 

 『――――――――――――――――ッ!!』

 

 

 攻撃の気配を感じ取ったのか動き出す森。

 同時に私の体を重力が襲い、自身のコアを守るようにドーム状に森が覆っていくが。

 

 (――遅い)

 

 自身の体を大きくする方向に『進化』をした結果か。

 それとも『植物系』モンスターだからか。

 その動きは欠伸が出る程に遅い。

 真下へ矢を射るだけなので手も震えはしない。

 私はゆっくりと、大きく弓を引き絞って、

 

 

 「……少し呆気なかったかな?」

 

 

 その手を引き放った。

 

 

 ――轟音。

 

 

 吹き上がる炎が消えると同時に見えたのは、少し大きくなった河の丸池。

 そして燃滅した森と代わりに残った【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】のドロップアイテムだった。

 私はフェイにお願いして、ドロップアイテムを回収する。

 そして……

 

 

 「……とりあえず、最下層まで一気に行っちゃおっか?」

 

 『KWEEEE!!』

 

 

 ――因縁の敵。

 あっさりと消滅した【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の居た第五層をあとにし、再びダンジョンを突き進み始めたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇<トラーキアの試練・第十階層>

 

 

 

 

 

 「……ボスも意外と呆気なかったね。前回攻略してからそんなに時間が経ってないからかな……?」

 

 『BURUUUUUUU~』

 

 

 <トラーキアの試練>の最下層。

 

 

 ――地上から十層分の階層を越えて流れ込む地底湖の澄んだ水。

 

 ――壁にびっしりと張り付いた光り苔が淡く光り、水面を照らす。

 

 ――そして湖の中央には蒼銀の金属で造られた祭壇と大きなクリスタルが浮かび上がっている。

 

 

 ダンジョンの入口の湖に引けを取らない程、綺麗な地底湖。

 私はそんな風景を鑑賞しながら、軽く首を傾けた。

 不思議に考える疑問。

 それは第九階層で待ち構えていた『ボスモンスター』の強さについてだ。

 <トラーキアの試練>の最下層のボスモンスター。

 

 それは大きな金属の身体を持つ――【ブロンズ・スプリガン】というモンスターだった。

 

 金属の身体を持つ【ブロンズ・スプリガン】と炎を操るフェイでは相性が少し悪い。

 最後だけはアレウスに《騎乗》して戦ったのだが……

 

 

 「――あれは『亜竜級』だったよね? てっきりもっとすごい強敵が待ち構えていると思ったんだけど……」

 

 

 ……呆気ない。

 私は予想以上の苦戦の無さに少し拍子抜けを感じていた。

 【ブロンズ・スプリガン】も決して弱くない。

 『亜竜級』の力を持ち、生半可な攻撃は通らない強固な岩肌。以前の私なら負ける確率もそれなりにあったはずだ。

 ……今回はアレウスの剛蹴りによって、一撃で砕け散ったが。

 

 (【ハイ・スパイラル・ドラゴン】が特別だったっていうことなのかな?)

 

 そんなことを考える。

 ここが『自然型ダンジョン』というのも理由かもしれない。

 

 

 「また、『神造ダンジョン』にも行ってみたいね、アレウス。そうすれば理由も分かるかもしれないし」

 

 『BURUUUU?』

 

 

 深く考えすぎてもしょうがない。

 そんな答えに納得するように考えるのを止めた。

 此処に来た目的は別にある。

 とりあえず、目的を達成しておかなければならないが……

 

 

 「……その前に開けてみよっ」

 

 

 私はそう言いながら【アイテムボックス】から二つの箱を取り出した。

 木で出来た手のひらサイズの四角い箱と金属製の四角い箱だ。

 

 ――【純重隠樹の宝櫃】

 

 ――【亜竜岩像の宝櫃】

 

 先ほどまで手に入れたドロップアイテムの【宝櫃】である。

 他の【宝櫃】はあまり良くなさそうなのでそのまま売るつもりだが、この二つは開けてみたい。

 

 (やっぱりこういうのってドキドキするね)

 

 リアルでのクラスメイトが『ガチャ』? でよく叫んだりしている気持ちが少しわかるような気がする。

 ――賭け事。

 そんなのリアルではやったことも無いが、このワクワク感は嫌いじゃない。

 私は期待に胸を膨らませながらゆっくりとその【宝櫃】に触れ。

 

 

 「【純重隠樹の宝櫃】、【亜竜岩像の宝櫃】をオープンしますか? YESっ」

 

 

 弾むような気持でそのウィンドウをタップする。

 

 

 

 【【純重隠樹の矢筒】を獲得しました】

 【【亜竜岩像の全身鎧・ネイティブ】を獲得しました】

 【【テレパシーカフス】を獲得しました】

 【【エメンテリウム】を獲得しました】

 

 

 

 「……当たり、かな?」

 

 

 少なくとも【純重隠樹の矢筒】と【テレパシーカフス】は使えそうである。

 私はそれぞれの詳細の乗ったウィンドウを開き、目を通す。

 

 

 

 

 

 【純重隠樹の矢筒】

 【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】のレアドロップ。

 重力を感じない程軽い矢筒、数百年生き続けた古代樹の木材で出来ている。

 

 ・装備補正

 なし

 

 ・装備スキル

 《自動装填》

 《重量軽減》Lv.3

 

 ※装備制限:合計レベル100以上

 

 

 

 【テレパシーカフス】

 同じアイテムを装備中のフレンドと念話出来る。

 

 ※装備制限:なし

 

 

 

 

 

 特に【純重隠樹の矢筒】は使えそうである。

 矢を入れておくだけで《自動装填》で勝手に弓に装填してくれるのだろう。

 

 ――簡単に持てるほど軽く、古びた黒い木材の矢筒

 

 私は【純重隠樹の矢筒】に目を輝かせながら、さっそく腰のベルトに装備する。

 

 (少し大きいけど……軽いし特に問題はないかな)

 

 【テレパシーカフス】の方は……ホオズキにでも渡しておけばいいだろう。

 すぐにモンスターを狩りに行ってしまうので、探すのに苦労していたのだ。

 これでその苦労が無くなると信じたい。

 

 

 「【亜竜岩像の全身鎧・ネイティブ】は……レズに作ってもらう新しい装備の材料にしよっ」

 

 

 こう考えれば、外れは無かったのだろう。

 私はその結果が嬉しく、自然と笑みを浮かべ……

 

 

 『BURUUUUU……?』

 

 「あ、うん、そうだね。ありがと、アレウス」

 

 

 心配そうに小さく嘶くアレウスへと視線を向けた。

 私が本来の目的を忘れているのではないかと心配してくれているのだろう。

 そんなアレウスに感謝を伝えながら、黒い毛並みを優しく撫でる。

 私が<トラーキアの試練>の最下層まで来た理由は一つ。

 

 

 「【転職診断カタログ】~」

 

 

 ――そう、『転職』である。

 

 私は既に【幻獣騎兵】と【騎兵】をカンストしている。

 【騎神】も『レベル15』までは上がっているが……出来れば別のジョブもカンストさせておきたい。

 師匠曰はく、【神】シリーズの『超級職』はステータスの上昇が低いらしい。特に【騎神】はその中でもステータスの上昇が全くない、『ピーキー』なジョブであるらしいからだ。

 一番の候補は【従魔師】と【女戦士】だけど。

 

 

 「……新しいジョブがあるかもしれないしね」

 

 

 取り出した【転職診断カタログ】を地面へと広げ、電子音声の質問に答えていく。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 ――五分後。

 

 

 

 

 

 

 私の目の前には【転職診断カタログ】から導き出されたジョブが映し出されていた。

 

 

 ――下級職であり、レアジョブである【女戦士】

 

 ――同じく下級職であり、従魔を強化できる【従魔師】

 

 ――上級職であり、ドラゴンへの騎乗に特化した【竜騎兵(ドラグーン)

 

 

 そして、

 

 

 「――【先駆者(パイオニア)】、かぁー」

 

 

 【先駆者】は初めて見るジョブだ。

 恐らく【斥候】の非戦闘職バージョンといったところだろう。

 ダンジョンなど探索に向いており、バフも使えるジョブ。

 私もダンジョンにはいつか潜ってみたいとは思っているし、基本スキルのバリエーションを増やしておきたいところである。

 だけど……

 

 

 「……うん、決めた」

 

 

 正確には決めていた。

 その為にこの<トラーキアの試練>の最下層まで来たのだから。

 蒼銀の金属で建てられた祭壇。

 私はそこに浮かぶ大きなクリスタルに片手で触れ、ウィンドウを操作する。

 そして――目の前に新たなウィンドウが出現し。

 

 

 

 【【女戦士】へと転職しますか?】

 

 

 

 私は迷うことなく『Yes』を選択した。

 すると同時にウィンドウが点滅し、私のジョブが【女戦士】へと変化する。

 

 

 「……【騎神】の時はキラキラしたエフェクトが出たけど」

 

 

 下級職だからだろう。

 エフェクトは一切なく、ただジョブが切り替わっただけのようだ。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ふぇ?」

 

 『BU、BURUUUUUU!!』

 

 

 次の瞬間、装備していた防具が――服が消えていた(・・・・・・・)

 レズに作ってもらった騎乗専用装備である【スカーレット act.1】。

 

 

 ――初期装備で付いてきたシンプルな下着。

 

 ――弓を引くための胸当てと腰ベルト、そして【花冠咲結 アドーニア】だけが未だに装備されている。

 

 ――逆にそれ以外の場所は……現実と同じ、女性らしいくびれと白い肌が露わになっていた。

 

 

 「―――――――――――ッ!!」

 

 

 そんな自身の格好に、思わず頬がリンゴのように真っ赤に染まる。

 ――恥ずかしいっ!!

 誰も居ないのは分かってはいるが、それとこれとはまた別の話だ。

 「自分から服を脱いだ」と「強制的に脱がされた」ではその意味は大きく異なる。

 

 (と、とりあえずもう一回【騎神】に……!!)

 

 凄まじい速さで脈打つ心臓の音。

 同時に全力で【クリスタル】を操作し、【騎神】に就くと同時に【スカーレット act.1】を《瞬間装備》する。

 そして――私は大きくため息を吐いた。

 

 

 「あ、焦ったぁ……危うく他の<マスター>と同じに――変態になっちゃうところだった」

 

 

 これが街中で起きた場合を想像するが……ゾッとしない。

 

 (ホオズキを連れてきてなくて良かった……)

 

 心の底からそう思う。

 シュリちゃんとここで一緒に泳ごうなんて考えていた自分が恐ろしい。

 鎮まりだした鼓動を聞きながら、ゆっくりと装備が解除された原因であろうウィンドウを指でスクロールしていく。

 

 

 

 

 《魔獣咆哮(ビースト・ロア)》Lv.1

  ・アクティブスキル

  スキルレベルに応じて、敵のENDを減少させる。

  自身の元々のSTRを従魔のAGIに加算し、従魔元々のAGIを自身のSTRに加算する。

  加算率はスキルレベルに依存。

 

 

 《女帝の刻印》

  ・パッシブスキル

  一部の装備品の装備不可。

  一部の装備品の性能向上。

 

 

 

 「……」

 

 

 ――絶句。

 言葉が出ない。

 《魔獣咆哮》は強力な上、少しだけ『従魔キャパシティー』も増えている。

 しかし……それ以上に目を引いてしまうのは……

 

 

 「《女帝の刻印》って」

 

 

 使い辛い。

 きっと【蛮戦士(バーバリアン・ファイター)】に近いジョブ制限なのだろうが……使い辛い、その一言に尽きる。

 思わず引くつく頬。

 今日何度目か分からないため息が無意識に零れた。

 

 (仕方がないかなぁー)

 

 既に【女戦士】を選んでしまったのだからしょうがない。 

 今からでもジョブの変更は出来るが……

 

 (――どうしてだろう?)

 

 不思議と【女戦士】をリセットする気にはなれなかった。

 思わぬアクシデントがあったからだろうか? 

 体が――指輪をはめた指(・・・・・・・)が熱を帯びている。

 私は顔を上げ、涼しげに澄んだ地底湖に視線を落とした。

 

 思った以上に<トラーキアの試練>の踏破や目的を達成してしまったからだろう。

 地上で待ち合わせているホオズキとの集合時間には、まだかなり余裕がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 ――そうなればやることは一つ。

 

 

 

 

 「アレウス、前みたいに水浴びしよっか! ……て、あれ?」

 

 

 笑顔で振り向いた先。

 そこには何かから目を反らすようにそっぽを向く、おどおどしたアレウスの姿があったのだった。

 

 

 

 




女戦士(アマゾネス)
【戦士】系統派生、下級職。


転職条件:
・《騎乗》Lv.5
・<トラーキアの試練>最下層の【クリスタル】での転職。


ステータス傾向:
・STR&HP特化型ジョブ


ジョブスキル:
魔獣咆哮(ビースト・ロア)》Lv.1
 ・アクティブスキル
 スキルレベルに応じて敵のENDを減算。
 自身の元々のSTRを従魔のAGIに加算し、従魔の元々のAGIを自身のSTRに加算する。
 加算率はスキルレベルに依存(Lv.1:10%)


《女帝の刻印》
 ・パッシブスキル
 特定の装備品の装備不可。
 特定の装備品の性能上昇。


備考:かつてレジェンダリアの<旧・ハムレット平原>に住んでいた『ヒュリア族』が習慣として就いていたジョブ。
   【樹霧浸食 アームンディム】の襲来と<トラーキアの試練・第五階層>を占領していた【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】。
   <トラーキアの試練・第九階層>のボスだった【ハイ・スパイラル・ドラゴン】の三つの要因が相合わさり、全滅した……と言われている。
   上位職、超級職ともにロストジョブとなった。


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エピローグ2 それ行け、アベンジャー!!

一部、時間軸が『第三章 アルター王国観光編の第一話』と入れ替わっているところがあります。
出来れば、そちらを先に読むことをお勧めします。


 ■<旧・ホムレット平原> 【■■■■■ ■■■■■■■】

 

 

 

 

 

 ――“魔樹の森”

 

 

 そう呼ばれる漆黒の樹林から一羽の怪鳥が飛び去っていく。

 全身を真紅と蒼の炎で構築された怪鳥。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】と呼ばれる<エンブリオ>と、その背に《騎乗》するヴィーレ達である。

 時間軸にしてヴィーレとホオズキが集合し飛び立った頃。

 ヴィーレが新たに【女戦士】専用の防具を作りに、<アムニール>目指して飛行し始めていた時だった。 

 

 

 『KWEEEEEE~~!!』

 

 

 パッシブスキルである《一騎当神》。

 恐らくその効果が空を飛行するフェイにも発動しているのだろう。

 その速度は当たり前のように超音速へと達し、身体から放たれている炎は《幻獣強化》によって空気を焦がす。

 まさにほんの数秒の出来事だ。

 その姿は、十秒も経たずに森の向こうへと消えていく。

 そして――

 

 

 

 ――その様子を“魔樹の森”からジッと見つめて(・・・・・・・)いるモノ(・・・・)がいた。

 

 

 

 ……本当ならば誰も居るはずがない。

 まず第一に、<旧・ホムレット平原>に行くには『亜竜級』の海獣がひしめく<アームンディムの円湖>を越えなければならない。

 しかし……陸と海中とは全く危険度が違う。

 水中ではまともに動く子も出来ず、敵は下から、上からと全方位から襲い掛かってくるのだから。

 

 そうなると空を飛び、辿り着く方法しかないのだが……これまた危険な道だ。

 空には『亜竜級』、または『純竜級』モンスターである怪鳥が飛び交う樹林。

 仮に辿り着いたとしても入り組んだ森の中を歩くことすら困難のだ、森に生息するモンスターに襲われて死んでしまうのがオチだろう。

 

 だからこそ……ソレはそこに居た。

 

 

 『MONNGAaaaaa~』

 

 

 ソレは空を飛ぶ手段を。

 ソレは怪鳥をなぎ倒し、森に生息するモンスターを倒しうる力を持っていたからだ。

 そんなソレは<アムニール>へと飛び立つヴィーレを憎悪の視線で睨(・・・・・・・)みつけた(・・・・)

 そして、

 

 

 (――あいつだ!!)

 

 

 怒りに身を焦がすように自身の毛並みを逆立て(・・・・・・・)()

 

 

 (――あの赤髪の女が、炎の鳥が我らが同胞を焼き払った宿敵!!)

 

 

 心の叫びに呼応するかのように、小さく丸い尻尾がブンブンと空気を切る。

 木の実しか砕けそうにない小さな爪は、深く木の枝に食い込んだ。

 

 

 ――ソレはクリクリとした丸い目を持つ小さな獣。

 

 ――ソレの背中の毛並みには“黒の丸と燃える炎”のマークが浮かんでいる。

 

 ――ソレは……軍帽を被った一匹のモモンガ(・・・・・・・)だった。

 

 

 ソレの正体は――不思議な格好をした小さなモモンガ型のモンスターだった。

 そんなモモンガが思い出すのは過去の悲劇。

 ほんの一か月前に起こった殺戮の記憶である。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 レジェンダリアの自然が豊富な大きな樹林。

 多くの種族のモンスターが棲みつき、互いに毎日の生死を糧に生きる自然の世界。

 

 飛び抜けた力で拾い縄張りを持つモンスター。

 特殊なスキルで隠れ潜むモンスター。

 大きな群れを作り、生息するモンスター。

 

 その生き方、種族は様々だ。

 そしてその中でソレは……ソレらはひっそりと暮らしていた。

 

 

 『MONGAaaa?』

 

 『MONGA、MON、MONGAaaa~~』

 

 

 ソレの種族名を【マグトリー・モモンガ】と言う。

 戦闘能力をほとんど持たない、風に乗って住処を点々とする渡り鳥のようなモンスターである。

 そんな【マグトリー・モモンガ】達は幸せの中にあった。

 理由は一つ。

 <マスター>の増加によって減った敵対生物の減少である。

 

 【マグトリー・モモンガ】は基本、無害なモンスターであり討伐対象となることはほとんど無い。

 木の実などを集めてひっそりと群れで暮らしているモンスターだ。

 空を飛ぶ【ウィング・ホーク】の羽を狙う者。

 森を支配する【フォレスト・ベアー】の毛皮を狙う者は居ても、小さな【マグトリー・モモンガ】を狙いに来る<マスター>は殆どいなかった。

 

 ――群れは今までが嘘のように大きなものとなった。

 ――資源は減ったが、敵対していた生物も減った。

 

 全体のプラスとマイナスから見ればおおきなプラス。

 ソレら――【マグトリー・モモンガ】から見れば幸せと言っても間違いないだろう。

 いや、事実幸せで平和な暮らしが続いていたのだ。

 

 

 

 ――彼女が現れるまでは。

 

 

 

 『地獄』だった。

 ソレの大きな瞳に映るのは爛々と燃える大火。

 一瞬の……一瞬の出来事だった。

 森を飲み込まんと包み込んだ真紅の炎。

 それは簡単に森を赤く染め上げ、森に住まうモンスター達を消し炭に変えていったのだ。

 

 『森は燃えてはいない。モンスターでもない、小さな虫や生き物は燃えていない。

 

 

  ……ただ、モンスターだけがごうごうと燃えていた』

 

 ――《紅炎の炎舞》。

 その炎はモンスターのみを敵対設定に放たれた炎だったのだ。

 そして……【マグトリー・モモンガ】はモンスターである。

 《紅炎の炎舞》に人のような意志があるわけでもない。

 

 

 『MON(モモスケ)MONGA(モモリー)MON(モモロー)!! MONGAaa(みんなぁぁ)ーーー!!』

 

 

 燃える森に響くのは群れの長たる……いや、群れの長だった【マグトリー・モモンガ】の悲痛な叫び。

 その鳴き声は忌々しい炎の音にかき消され、誰の耳にも届かない。

 

 そして……炎が消えた後に残っていたのは仲間たちの遺品――ドロップアイテムだけだった。

 

 生き残ったのはほんの少数。

 群れの中でも飛行に優れ、鋭敏な感覚を持っていた【マグトリー・モモンガ】の長。

 そして群れの若い仲間たちだけだった。

 群れの住処には何の襲撃後も無い。

 それが彼らをより一層、何処か不思議な悲しさを募らさせていた。

 

 

 『MO(なんで)MONGA(なんでこんなことを)……MONGA(我らが何を)MONGAaa(したというの)a!!(だ!!)

 

 

 仲間を失った悲しさ。

 これからへの焦燥。

 余りにも唐突な……夢のような不安。

 それらの感情はソレのなかで渦巻き、膨れ、そして一つの感情に収束していった。

 

 

 ――『MONGAaa(許さない……)

 

 

 ソレは自然と口から漏らしていた。

 同時にソレではない……周りに居た生き残りの仲間の一人が気が付いた。

 ソレの足元。

 仲間たちのドロップアイテムの中に一つ不思議な――不可思議な、理解も出来ない“何か”が転がっていることに。

 その仲間はそのことに首を傾げ、そして……

 

 

 

 【デザイン適合】

 【存在干渉】

 【エネルギー供与】

 【設計変更】

 【固有スキル《爆撃灯火》付与】

 【スキル《無敵飛行軍令》付与】

 【スキル《MP自動回復》付与】

 【死後特典化機能付与】

 【魂魄維持】

 【<逸話級UBM>認定】

 【命名【爆撃軍曹獣 ボム・モンガー】】

 

 

 

 直後、長だったソレの姿は一変したのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 『MONGA(強くならねば)

 

 

 魔樹の森の枝に止まり、宿敵を見送ったソレ。

 ソレ――【ボム・モンガー】はポツリとそんな言葉を漏らした。

 ……後ろを振り返る。

 そこに並んでいるのは三十体の同胞。

 【ボム・モンガー】と同じく、背中に“黒の丸と炎”のマークを背負っている同胞であり部下。

 

 

 (――今ならあの赤髪の女に勝てるだろうか?)

 

 

 つい先日、【ボム・モンガー】らは『純竜級』の怪鳥を打ち倒した。

 今でもレジェンダリアの魔境でも生きていく程度の力はあるだろう。

 そんなことを【ボム・モンガー】は思考し……

 

 

 『MON(いや)MONGAaa(もっと強くならねば)

 

 

 自身の考えを否定した。

 自分たちは強くなった。

 もう、無気力な……ただやられるだけの存在ではない。

 だがそれは赤髪の女も同じ、自分たちと同じく成長を遂げているだろう。

 先ほどの超音速機動がそれを確信へと塗り替えた。

 だからこそ【ボム・モンガー】は新たな決意を胸に刻み込む。

 

 

 『MONGAMO(あの赤髪の女を)MONNGAa(倒せるくらいま)aaaa(で強く)MONGAaa(我々は強く)aaa!(なる!)

 

 『『『『『MONGAーー(サー・イエッサー)!!』』』』』

 

 『MONGA(行くぞ)!! MON、MON(爆撃飛行)GAaa(形態)――!!』

 

 

 【ボム・モンガー】の号令。

 その掛け声と同時に一斉に木の枝から飛び跳ね、地面へと向け滑空する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『GOWAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 そんな【ボム・モンガー】達の滑空先に居たのは一体の『亜竜級』モンスター。

 先ほどのホオズキの焚火跡へと餌を探しに来た、“魔樹の森”で強さの最下層にいるモンスターだ。

 そんなモンスターは見つけた【ボム・モンガー】へと牙を剥き――

 

 

 ――『BOMM!!』

 

 

 【ボム・モンガー】たちの投下した爆弾によって消し飛んだ。

 そして、その爆風に乗るように【ボム・モンガー】たちは高く……高く舞い上がる。

 目指すは北。

 樹林がきれた先にある白亜の城の未だ見ぬ地。

 強さを求め、風に乗る。

 

 

 

 ソレの――彼の――【ボム・モンガー】の旅はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 




ネタ……だったはずなんだけど……なんかシリアス??

そしてヴィーレの悪者感ですww


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第三章:アルター王国観光編
第1話 目的地と成長


計五話くらいのほのぼのを書きたいと思います。
……適当に時々更新。


 □<レジェンダリア・アルター王国――国境地帯>【女戦士】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――“交易都市”<ブルターニュ>での“妖精囲い”から、一か月。

 

 

 私が【騎神】から新たに【女戦士】のジョブを取ってから既に、二週間の時が過ぎていた。

 楽しい時間ほど体感での時間は短く感じると言うが……あながち間違いでもないらしい。

 私こと、ヴィーレ・ラルテにとっての自由な時間。

 ……ホオズキやシュリちゃん達とパーティーを組んでクエストを受けるなどの、楽しい時間は想像以上に簡単に過ぎ去ってしまった。

 

 

 そんな楽しい時間の中。

 レジェンダリアとアルター王国を結ぶ国境付近の森林を、三人の人物がゆっくりとアルター王国へと進んでいた。

 

 

 「あぁ~、歩くだけなんてだりぃな。どうせならもっと強いモンスターが居るところを通れば刺激的だったんだがな。

  この際、<UBM>でも出てきてくれたら楽しいんだが……」

 

 

 愚痴を零しながら歩く大男。

 右腕に大きな手甲を装備した大男は暇そうに頭の後ろで手を組みながら、欠伸交じりに愚痴たれる。

 よほど暇だったのだろう。

 ……大きな手の平にはいつの間にか森で拾ったであろう齧りかけの【クリアベリー】が握られていた。

 そんな大男――ホオズキは再び大きく口を開け、【クリアベリー】を一口に齧ろうとし――

 

 

 「――ん」

 

 

 横から差し出された小さな手に動きを止めた。

 誰か? ――とは聞かずにも分かるだろう。

 額から小さな鬼角が生えた蒼髪の少女、シュリちゃんである。

 シュリちゃんはホオズキから渡された【クリアベリー】をその小さな口で一息に齧る。

 そして……

 

 

 「――味気ない」

 

 「お前、酒が入っていないといつもそう言うよな」

 

 

 ぶっきらぼうに呟かれた言葉にホオズキが突っ込みを入れた。

 

 

 「あはは……シュリちゃんはお酒大好きだもんね」

 

 

 そんな二人の後ろで私は小さく苦笑を漏らす。

 もう既に見慣れた会話と光景だ。

 この二週間、ホオズキ達とパーティーを組んで色々なクエストを受けたのだ。

 【嵐竜王 ドラグハリケーン】との戦闘の時よりも互いに戦闘スタイルや性格などもしっかりと把握している。

 私は二人の少し後ろをアレウスに《騎乗》して森を進む。

 しかし……その姿。ヴィーレ・ラルテである私の格好は依然と違い、大きく変わっていた。

 

 

 ――一括りに【花冠咲結 アドーニア】で纏められたポニーテール。

 

 ――ヘソと二の腕が露わになっている……まるで水着のような赤いチューブトップとその上に羽織るジャケット。

 

 ――灰色の革製のショートパンツと腰ベルトが、白く細い太股を目立たせる。

 

 

 ……正直、少し恥ずかしい。

 あえて例えるとしたら『浜辺に居るラフな格好な少女』と言ったところだろう。

 だけどこれが新たに【裁縫職人】であるレズに作ってもらった防具――【女戦士】専用装備である【スカーレット act.2】だ。

 見かけの可愛さはもちろん、その性能も折り紙つきである。

 

 

 

 

 

 【スカーレット act.2】

 【裁縫職人】レズと【皮鎧職人】プー、【高位靴職人】トーマスによって作られた合作防具。

 【潜変織蜘 アラクネー】によって織られた高性能な布で作られ、多くのスキルが織り込まれた高性能防具。

 

 ・装備補正

 防御力+280

 

 ・装備スキル

 《弓適正》Lv.5

 《自動修復》Lv.3

 《破損耐性》Lv.2

 《■■■■■(アラクネー)

 《■■()■■()■■()■■()■■()■■■》

 

 

 

 

 

 前回の【スカーレット act.1】に負けない性能の高さ。

 加えて、ここに《女帝の刻印》の効果が上乗せされるのでその性能は防具としては一級品である。

 

 (少し性格があれだけど……)

 

 この【スカーレット act.2】を作ってくれた三人とも性格は――あれだったが、その技術は他の<マスター>に引けを取らないものだった。

 <エンブリオ>だけではない……リアルな技術も相合わさっての合作武具である。

 そんな防具を身に包む私にホオズキが歩きながら振り返る。

 

 

 「なぁ、ヴィーレ。そういえば何でお前の(アレウス)、姿が変わってんだ? この前まで普通の馬じゃなかったか?」

 

 

 そう言いながらアレウスをじっと見つめるホオズキ。

 

 

 『BURUUUUUUUU……』

 

 

 そんな視線が嫌なのか、アレウスがその逞しい首を少し捻った。

 

 (アレウスは相変わらずの人嫌いだね……)

 

 そんなアレウスの首元を撫でながら私は少し微笑んだ。

 私が《騎乗》するときは嫌がることは無いが、他の人を乗せようとすると少し嫌がった素振りを見せるのだ。

 ……特に男に対しての素振りはあからさまである。

 こうして見られるのすら嫌がってしまうほどである。

 

 

 「アレウスの姿が変わったのは進化したからだよ」

 

 「あぁ? モンスターって進化するのか?」

 

 「うん、モンスターによって進化の回数なんかはその潜在能力によって変わるらしいけどね」

 

 

 モンスターについてはあまり興味が無かったのだろう。 

 眉を顰めるホオズキに私は苦笑いしながら説明する。

 

 

 「アレウスは【グランド・クリムズン・ウォーホース】っていう『亜竜級』モンスターだったんだけど、レベルが上がって【グランド・デミ・スレイプニル】になったの」

 

 

 『純竜級』モンスターである【グランド・デミ・スレイプニル】。

 それに進化したアレウスの姿も微々ながら成長を遂げていた。

 

 

 ――以前よりも大きく、力強くなった逞しい身体。

 

 ――硬い漆黒の毛並みに走る赤い稲妻のような文様。

 

 ――そして……アレウスの頭から生え伸びた二本の刃物のような角。

 

 

 ステータスは流石『純竜級』と言ったところでAGIとSTR共に8000近くまで伸びている。

 それに加えて新たなスキルも一つ増えた。

 ある意味、この頃で一番大きな変化ともいえる。

 今のアレウスなら『亜竜級』モンスター程度なら蹴り、そして鋭い刃角で突き殺してしまうだろう。

 私の【女戦士】も半分程度までレベルも上がったし、頼もしい限りである。

 そしてそんな私の説明にホオズキが納得した時だった。

 ――深かった森に眩しい光が差し込んだ。

 

 

 「……抜けた」

 

 「おう、ほんとに糞長かったな。やっと退屈しないで済みそうだぜ」

 

 

 開け始めた森を抜け、二人は目を細めながらそう呟いた。

 私もそんな二人を追いかけるようにアレウスと共に森を抜け……

 

 

 「……見えてきたね」

 

 

 その高いアレウスの背から見える光景に笑みを浮かべた。

 未だに遠く、小さくしか見えないものの特徴的な都市。

 円形の都市をピザのように分割し、それぞれの扇形に円形の――闘技場が数多く立ち並んでいる。

 <アムニール>にも闘技場はあったが、あれほど大規模なものはこの世界でもここを除いて他には無いだろう。

 アルター王国でも屈指の大都市であり“決闘都市”。

 

 

 「――“決闘都市”ギデオン」

 

 

 私は小さくその目的地の名を呟いた。

 そして約二週間前……<ギデオン>を目指すきっかけとなった時の事を思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 □<旧・ハムレット平原> 

 

 

 

 

 

 ――陽光が差し込まない暗闇の魔樹の森。

 

 

 可視化出来るほど濃い魔力を吸い上げ、巨大化した魔樹。

 黒い幹が複雑に絡まり合い、まともに歩くのも困難を極めていた。

 そして――『暑い』。

 まるで熱帯雨林のように湿気がこもり、周囲から休むことなくモンスターの鳴き声が響いてくる。

 気の休める暇もない……モンスターの楽園。

 それが<旧・ハムレット平原>、かつて【騎神】カロン・ライダーとヴィーレが修行をした場所であった。

 そんな中、

 

 

 「――糞暑いじゃねぇか、おい」

 

 「……干からびる」

 

 

 少し開けた魔樹の森。

 モンスターの鳴き声が響く空間に、少し間延びした声が小さく響く。

 かつて『ヒュリア族』が暮らしていた村跡で二人の人物が焚火を囲んで項垂れていた。

 

 

 苛立ったように吐き捨てる……二メテル越えの大きな体躯を持つ大男の<マスター>。

 

 その対面で暇そうにしている……額から小さな角が生えている蒼髪の少女。

 

 

 誰……とは聞かなくても分かるだろう。

 【闘士(グラディエーター)】へと転職を果たしたホオズキ。そしてその傍らで暇そうに【アビス・ラビー】で遊ぶシュリちゃんである。

 

 ――ツンツン。

 

 プルプルと震える【アビス・ラビー】。

 手の平サイズの緑色の幼虫である【アビス・ラビー】は動くことも叶わずシュリちゃんによって転がされていた。

 そんな焚火を中心として囲む二人と一匹、その周りにはたくさんのアイテムが散らばっている。

 

 ――【亜竜猛虎】の鉤爪。

 ――【エルダー・トレント】の木材。

 ――【ロックバード】の彩羽根。

 

 それらは全てモンスターのドロップアイテムであり、ホオズキ達を襲った末路だ。

 生き残っているのは魔樹の森に住み着いていた【アビス・ラビー】のみ。

 ホオズキ達の実力を測りきれず襲い掛かったモンスター達に巻き込まれるような形で掴まってしまったのだ。

 そして……

 

 

 「おまた……せ? どうしたの二人とも」

 

 

 そんな二人の目の前。

 村跡の空いた<トラーキアの試練>への入口の前に赤髪の少女――ヴィーレが現れた。

 <エレベータージェム>で脱出してきたのだろう。

 ジョブは【騎神】のままだが、その腰には新たに黒い木材で出来た矢筒が吊り下げられている。

 私は脱出早々、どこかげんなりした二人の顔に首を傾げ、

 

 

 「もしかして何か変なものでも食べた?」

 

 「ちげぇよ! こんな暑い中でお前を待ってたから疲れちまったんだろ!!」

 

 「……疲れた、すごい」

 

 「えっと……ごめん?」

 

 

 怒涛の反撃に苦笑いしながら謝る。

 時間通りに集まったけど……どうやら暇だったらしい。

 苛立ったように立ち上がり、早々に森を出ようとするホオズキに苦笑しながら二人を見つめる。

 

 

 「ホオズキ」

 

 「あぁ? 何だよ」

 

 「実は転職したんだけど装備制限があって……私はこれから新しい防具を作って貰いに行くけど、二人はどうする?」

 

 

 ――【女戦士】の《女帝の刻印》。

 詳しい装備制限は未だに分からないが、このままではレベル上げもままならない。

 もちろん<トラーキアの試練>で一撃も食らわずに、半裸で戦うというなら別だろうが……

 そんな私の質問に顔を見合わせるホオズキとシュリちゃん。

 そして、

 

 

 「シュリだけ行って来いよ、その服以外にもあった方がいいだろ」

 

 「……ホオズキは?」

 

 「俺は防具はいらねぇからな……適当にレベル上げでもしておくぜ」

 

 

 どうやらシュリちゃんだけついて来るようだ。

 あのレズの元にシュリちゃんを連れて行くのは不安が残るけど……まぁ、大丈夫だろう。

 私は二人の言葉に頷き、フェイに再び元の怪鳥型へと戻ってもらう。

 あの渓谷を超えるにはフェイで無ければ不可能だ。

 私は二人にフェイに乗るように促して……

 

 

 「……シュリちゃん?」

 

 

 シュリちゃんの手に持った【アビス・ラビー】に視線を向ける。

 

 

 「その……幼虫? はどうするの?」

 

 「……飼う」

 

 「あ、うん。そうなんだ――「……ヴィーレが」――って私!?」

 

 

 無言で頷き、腕に抱えた【アビス・ラビー】を差し出してくるシュリちゃん。

 

 (……少し、アレウスの時と似た『勘』みたいなのを感じるけど……)

 

 しかし、それには問題がある。

 私にとって大きな問題。

 

 

 「えっと、実は私、蟲はあまり好きじゃなくて……」

 

 「……じゃぁ、殺しちゃうの?」

 

 「うっ」

 

 

 その言葉に思わず呻き声を漏らす。

 シュリちゃんの腕の上で無抵抗に震える【アビス・ラビー】。

 倒すこと自体は簡単だろうけど。

 

 (……なんでだろう、心苦しいんだけど)

 

 モンスターとは言え、無抵抗な相手を倒すのはどこか気が引ける。

 

 

 「逃がすっていう選択肢は――「……ないよ? モンスターだから」――そ、そうなんだ……」

 

 

 どうやら意志は固いらしい。

 私はそんなシュリちゃんに大きなため息を吐き、

 

 

 「《騎乗》中はシュリちゃんが抱えててね」

 

 「……うん」

 

 

 笑顔のシュリちゃんに私も微笑んだ。

 そして、フェイに乗ったシュリちゃんと――訝しげに眉を顰めるホオズキへと視線を移した。

 

 

 「ホオズキ?」

 

 「……なぁ、この森にはエレメント系のモンスターはいるのか?」

 

 

 唐突な質問。

 私はその質問に首を傾げながら言葉を返す。

 

 

 「ううん、少なくとも私は見たこと無いけど」

 

 「……今さっき、お前の【アズラーイール】に光の玉が吸い込まれていったように見えたんだが」

 

 

 その言葉に釣られるようにウィンドウで確認する。

 しかし、【万死慈悲 アズラーイール】の詳細にはどこにも変化はない。

 

 

 「別に何も変化はないよ? ホオズキの見間違いじゃないの?」

 

 「……あぁ、そうかもな。お前が遅かったせいで幻覚でも見えてきたのかもしれねぇ」

 

 

 そんなことを呟きながらフェイへと乗るホオズキ。

 私はそんな呟きに顔を引きつるのを感じながら、乾いた笑いを小さく漏らした。

 そして……チラリと背後を振り返る。

 

 (……師匠、私を見守っていてください)

 

 視線の先にあるのは村跡にポツンと建った小さな墓。

 【騎神】だった師匠が眠るその地を傍目に、<アムニール>へと向け飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

 




【グランド・デミ・スレイプニル】/アレウス
レベル:58
種族:魔獣系
クラス:純竜級

保有スキル:
・《悪路走行》
・《物理攻撃耐性》
・《豪脚》
・《駿馬》
・《■■■■》

備考:
【グランド・ウォーホース】(上級)
     ↓
【グランド・クリムズン・ウォーホース】(亜竜級)
     ↓
【グランド・デミ・スレイプニル】(純竜級)

……足は四本である。





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第2話 <妖精の指先>

五話のほのぼの……と言っていましたが七話にすることにしました、はい。


 □<アムニール> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「……あれ?」

 

 

 フェイに《騎乗》し、真っ直ぐに<アムニール>へと戻ってから五分。

 私は目の前の建物に戸惑いを隠せないでいた。

 

 

 「……どうしたの、ヴィーレ」

 

 「え、あ、うん。別に何もない? ――んだけど……」

 

 

 突然、立ち止まり声を漏らした私。

 視線は真っすぐに目の前の建物へ注視し、何かを確認するかのように隅から隅まで確認する。

 そんな様子を心配してか、隣に立つシュリちゃんが心配そうに私を見上げた。

 どこか眠たげな細い目と交差する私の視線。

 ……可愛い。

 そんな私の胸ほどまでの身長しかないシュリちゃん、その周囲にはホオズキの姿は見当たらなかった。

 

 ――私とシュリちゃんは新たな防具を作って貰う為に。

 ――ホオズキは【山岳隻甲 タロース・コア】の性能確認がてらのクエストに。

 

 <アムニール>に到着すると同時に、その場で一時的にパーティーを解散したからだ。

 その後、レズのいる工房を目指して私達はここまで歩いてきたのだが……

 

 

 「……なんだか以前来た時とは、全然工房の外装が違っているんだよね」

 

 

 『マップ』を頼りに歩き、辿り着いた【裁縫職人】であるレズの工房。

 記憶に残っているのは『民家に紛れ込むようにポツンと建っている掘っ立て小屋』のような工房なのだが……私の視線の先に建つ建物は、記憶のモノとは全く別のモノだった。

 

 

 ――工房らしい……レンガ造りの煙突付きの一軒家。

 

 ――店先に立て掛けられた<妖精の指先>と書かれた看板。

 

 ――そして……店先に掘られた(・・・・・・・)変態用の墓穴(・・・・・・)

 

 

 ……一部よく分からないモノもあるが、その外見は以前とは比べ物にならない程、立派なものになっていた。

 私は再び『マップ』で場所を再確認するが、

 

 (うん、やっぱりここで間違いない)

 

 一度行ったことのある場所のみ書き込まれる『マップ』。

 その『マップ』は確かに目の前の工房がレズの……以前の工房であることを指し示していた。

 

 

 「……入らないの?」

 

 「入るんだけど……その、心の準備が、ね?」

 

 

 変わらず不思議そうに私を見上げるシュリちゃん。

 私はそんなシュリちゃんに苦笑しながら、こわばった声で返事を返した。

 大幅に変化した工房の外観。

 そして思い出すレズの性格。

 採寸――と嘘を吐かれ、身体をまさぐられた嫌な記憶が工房へ進むのを足に二の足を踏ませるだ。

 工房を前に佇む私。

 表の大通りから響く活気のある声が私たちのいる裏通りまで響いてくる。

 

 (……とは言っても、いつかは行かなきゃならないんだけど)

 

 いつまでもこうしているわけにはいかない。

 私は小さな決心を胸に、レズがいるだろう工房へと足を踏み出した。

 そして――

 

 

 

 

 

 ――ほぼ同時に独りでに開いた扉。

  その奥から覗き込むように姿を現せた小さな小人(・・・・・)と目が合った。

 

 

 

 

 

 「――ッ!?」

 

 『~~~?』

 

 

 思わず声にもならない声を上げる。

 出てきた小人はそんな私に首を傾け――何事も無かったかのように外に出てき始めた。

 それも一人だけではない。

 

 

 ――小人の身長ほどもある大きな縫い針をもった小人。

 

 ――小さな玩具のような金槌を肩に背負った小人。

 

 ――工作で使うようなキリを持った小人。

 

 

 一人目の後に続くように11人の小人がズラズラと続いて姿を現した。

 共通しているのは全員が片手に細い糸を握り、何かを引っぱって出てきているということ。

 何か大きいモノなのだろう。

 小人たちが引っ張るモノは一瞬、扉の角に引っ掛かり……強く引っ張った小人たちによって乱雑にその全様を表した。

 

 (――え?)

 

 姿を現したもの――――それは一人の<マスター>。

 抵抗できないように体中を糸で縫い合わされ、顔面をボコボコに腫れ上がらした一人の『変態』の姿だった。

 

 余りの驚きに口を開いたまま、シュリちゃんと顔を見合わせる私。

 しかし、そんなことは知らんとばかりに小人たちは変態を穴へと蹴り落とし、その上から土をかけていく。

 声を掛ける……なんて恐ろしいことは出来るわけもない。

 私とシュリちゃんは黙ってその作業――死体遺棄の現場を眺めていることしか出来なかった。

 

 

 

 ~~三分後。

 

 

 

 「……ヴィーレ」

 

 「……なに? シュリちゃん」

 

 

 小人たちが一仕事終えたとばかりに工房へと戻っていった瞬間。

 扉が閉められると同時に、隣に居たシュリちゃんが私へと声を掛けてきた。

 視線は合わない。

 ただ、呆然と二人で扉をずっと見つめ続ける。

 

 

 「……ここ、ほんとに防具屋さん?」

 

 「そう――だと私も思ってたよ、さっきまではだけど」

 

 

 先ほどだけ見れば完全に死体処理屋。

 暗殺ギルドが住まう建物である。

 

 

 「……帰る? 帰る?」

 

 「だ、駄目だよ。せっかくここまで来たんだから」

 

 「……ホオズキに付いていけば――「後でお酒買ってあげるから」――行こう」

 

 

 流石シュリちゃんだ。

 私達は扉に近づいていき、ゆっくりと扉を開ける。

 そして……その中の様子に、今日何度目か分からない驚きに目を見開いた。

 

 

 ――工房の隅、邪魔にならないように置かれた見覚えのある【潜変織蜘 アラクネー】。

 

 ――中では先ほど見た小人たちがチクチクと靴を縫い、数匹の小さな蜘蛛たちが大きな【アイテムボックス】からアイテムを【アラクネー】へと運び入れる。

 

 ――そして二人の男性の<マスター>がそれぞれ作業を続けていた。

 

 

 どうやら中はちゃんとした工房らしい。

 【アラクネー】があることからもレズの工房であることは間違いないだろう。

 吐き出す安堵のため息。

 私とシュリちゃんは工房の中へと足を踏み入れ……

 

 (――――ッ)

 

 突然、脳内で警鐘を鳴り響かせ始める《危険察知》。

 私はその警鐘に体を硬直させ、

 

 

 

 

 

 

 「――久しぶりじゃないか、ヴィーレーーー!!」

 

 「ひゃぁ!!」

 

 

 ――背後から唐突に抱きつかれたことに。

 ――細い指が一瞬で服の間をすり抜け、下着越しに触れられた胸の感覚に悲鳴を上げた。

 

 私の胸を掴んだ手は何かを確かめるように弄ってくる。

 耳元で聞こえる艶めかしい息遣いに背筋が凍る。

 こんなことしてくるのは一人だけしか――私の服の構造を知り尽くした人物しかいない。

 

 

 「フェ、フェイ!!」

 

 『KWEEEEEE~~!!』

 

 

 とっさに口から出た呼び声。

 その声に反応するように左手の紋章からフェイが飛び出し、《紅炎の炎舞》でレズを燃やした。

 薄い青――を通り越して白色見えるほどの高温の炎。 

 膨大なMPとSPを込められた最大出力の炎撃だ。

 『純竜級』モンスターでさえ、ものの数十秒で消し炭に変える攻撃。

 その炎は容赦なくレズの全身を覆い燃やしつくす――

 

 

 「え? あれ、ワタシ燃えてる? というか熱い? すっごく熱いんだけど!!」

 

 

 ――はずなのだが……

 その炎を浴びてなお燃え尽きず、炎を消そうと地面を転がり回るレズ。

 私はそんなレズから身を守るように身体を抱きしめながら距離を取った。

 

 ……と言うか何故デスペナルティになっていないのだろう?

 とても【裁縫職人】で耐えられる威力ではないはずなのだが……

 

 

 「おい、店先で暴れるな。それに女性相手にいきなり抱き着くのは止めろって何度も言っているだろう?」

 

 「……」

 

 

 地面をのたうち回るレズの声が聞こえたのだろう。

 工房の奥から二人の<マスター>がカウンターへと顔を覗かせた。

 

 

 「だってぇぇーーー! ワタシの国ではハグとほっぺにチュウぐらいは普通なんだよー!! っていうか熱い!」

 

 「いや、それやってるのはお前だけだからな? イギリスでも見知らぬ相手にハグなんてしないからな?」

 

 「……」

 

 

 呆れたようにレズに言い聞かせる男性。

 もう一人は一言も喋らないが、二人とも常識的な知識を持っているように見える。

 肩に止まり、私を心配するように見つめてくるフェイ。

 そんなフェイに感謝を伝えつつ、その紅い頭を撫でた。

 そして、

 

 

 「うちのレズが変なことしてすまなかったな。だけどそろそろあの炎を消してやってくれないか?

  レズの奴も反省しているだろうし……」

 

 

 一向に消えない炎がフェイによる固有スキルだと察したのだろう。

 レズに対して一般常識について説いていた男性が私に困ったようにお願いしてくる男性。

 レジェンダリアでは珍しい普通の人だ。

 その男性はレズの手綱を握っている――保護者のような、苦労人の雰囲気を纏っている。

 なんとなくだが……この男性が言うなら問題ないのだろう。

 

 

 「フェイ」

 

 『KWEEEEーー』

 

 

 フェイが一鳴きすると同時に炎が消える。

 地面を転がりまくっていたレズ。

 その姿は何故か、【火傷】一つ負っていなかった。

 

 

 「フゥー、危なかったぁ。あと少し遅ければ危うくデスペナルティになっていた」

 

 「そうなったらお前の自業自得だな。別にあのまま大人しく死んでくれても良かったが……」

 

 「……」

 

 

 呆気らかんと笑うレズ。

 そんな彼女に向って二人の男性が呆れたようにため息を吐いた。

 まだ出会って数秒しか経ってはいないが、三人の仲の良さが分かるような光景である。

 私とシュリちゃんはその様子を呆然と眺め――

 

 

 「ん? あぁごめん。キミと……小さなお嬢さんにはまだ二人の事を紹介してなかったね」

 

 

 私達の様子に気が付いたレズが声を掛けてきた。

 

 

 「では改めて、キミとは久しぶり。お嬢さんとは初めましてだね。私は【裁縫職人】兼、この工房<妖精の指先>のオーナーをしているレズ。

  愛称でレーちゃんとでも呼んでくれ、そしてゆくゆくはより深い関係に――」

 

 

 調子よく話し始めたレズに食い込む様に、先ほどまで話しかけてきた男性が自己紹介する。

 

 

 「俺の名前はトーマス。主に防具の中でもブーツなんかの靴を作るのに適した【高位靴職人】に就いている。

  俺の<エンブリオ>……【コビトノクツヤ】って言うんだが、完全に靴の生産に特化した<エンブリオ>を持っている」

 

 

 職人らしいと言えばいいのだろうか?

 少し厳つい体つきに無精髭を生やしたトーマスは、後ろの小人たちを指すように自身の<エンブリオ>をもまとめて紹介する。

 そして……

 

 

 「……」

 

 「あぁ、こいつは極度の人見知りでな。【皮鎧職人】のプーだ。<エンブリオ>は……俺の口からは言えないが防具の修復なんかに秀でている。こんな奴だが仲良くしてやってくれ」

 

 「あ、はい」

 

 

 人見知りらしく一貫して一言も喋らない男性。

 ――ファンタジーにおける『ドワーフ』のような姿をしたプー。

 彼は視線が合うとすぐに目を反らし……ちょこんと小さく頭を下げる。

 

 (……悪い人じゃないみたい)

 

 そんな彼に私も小さく会釈する。

 しかしこうして改めて自己紹介されたなら、私も名乗り返した方がいいのだろう。

 私はトーマスとプーに向かい自己紹介しようと向き直り……

 

 

 「あぁ、別にあんたのことは知ってるから名乗らなくても良いぜ? 【幻獣騎兵】のヴィーレだろ?」

 

 「――え?」

 

 「あんたは生産職のなかでは結構有名だからな。俺達もある程度の事は知ってるんだよ」

 

 

 ――どういうことだろう?

 レズから聞かされている、と言うなら分かるのだが生産職の間で有名とは……よく分からない。

 そんな私の雰囲気を読み取ったのだろうか。

 レズが私に分かるように説明し始めた。

 

 

 「ワタシ達、生産職ってやっぱりいいモノを作るのが一番の目的なんだけど、名前を売るのも一つの目的でもあるんだよね。いいモノ作ってたら自然と名前が売れる――っていうほど生易しい世界でもないからさ」

 

 

 ……確かにそれもそうだ。

 いいモノを作るためにはお金や素材が大量に必要になる。

 そのためにも自身の名前を売り、より多くの客を得ることが一番の近道だろう。

 だけど、そこからどう私に繋がるかは分からない。

 既に何万人といるデンドロで私の存在なんて小さなものなのだから。

 

 

 「まぁ、それでワタシたちの名前を上手く売る方法っていうのは、名前の知られている<マスター>に自分の作ったモノを使ってもらうことなんだよね。

  まぁ、何が言いたいかと言えば……『ランカー』。

  掲示板に名前の載っている人たちに使ってもらうこと」

 

 

 ……?

 

 

 「遠回しな言い方になったけどヴィーレ。キミは『ランキング』――討伐ランキング(・・・・・・・)の第12位なんだよ」

 

 「――え」

 

 「何だ、もしかして知ってなかったのかい? まぁ、キミは私の――お・て・つ・き、だから他の生産職が手を出してきてないはずだけどね!!」

 

 

 言葉を失う私。

 そんな私をおいて、レズは嬉しそうに――そして何処か誇らしげに胸を張った。

 

 (ランキング……そっか、確か三か月に一回更新されるんだっけ)

 

 そのことをひねり出すように思い出す私。

 ここ最近、大きな事件ばかりに出くわして街に居ること自体が少なかったから確認を行っていたようだ。

 

 (思えば――初めはそこまで強くなるつもりも無かったけど……)

 

 いつの間にか師匠の【騎神】を継ぎ、こうしてランキングに名を連ねている。

 これも運命というものなのだろうか?

 世の中なにが起こるか分からないものだ。

 

 レズの説明に納得する私。

 そして説明を終えたレズはどこかワクワクとした顔で私の横、隣に立つシュリちゃんへと視線を向けた。

 

 

 「それで……お嬢さんは何て――「……シュリ、それ以上近寄らないで」――くぅ~~~!!」

 

 

 いつも以上に辛辣に話すシュリちゃん。

 その言葉にレズは恍惚とした表情で身じろぎした。

 ……完全な変態だ。

 

 

 「――まぁ、とりあえずこんなところで話さないで中に入らないか? ここに来たってことは依頼があってきたんだろうし」

 

 

 そんなレズを遠ざけるように常識人であるトーマスが提案する。

 やはりこの二人はレズとは違いまともなようだ。

 私はシュリちゃんと顔を見合わせ、その提案に頷いた。

 そして……

 

 

 

 身じろぎするレズ。

 そんな彼女を引きずるように奥へ連れていくトーマス、その顔に浮かんだニヤケきった顔と鼻から垂れた鼻血に今までにない程ドン引きしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇<アムニール・<妖精の指策>工房>

 

 

 

 

 

 「えっと……まとめるとキミの【スカーレット act.1】の修復。そして装備制限があった【女戦士】用の装備とシュリちゃんの私服の制作の依頼――っていうことでいいのかな?」

 

 

 <妖精の指先>の工房を訪れてから二十分。

 玄関でのいざこざを終えた私達は改めて依頼の内容を詰めるために全員で話し合っていた。

 ……こんな人たちでも一流の職人ということなのだろう。

 話し合いに入った瞬間に先ほどまでのふざけた雰囲気は消え失せ、プロとしての姿を見せていた。

 

 (初めは不安だったけど……これなら安心して任せられそう)

 

 私はそんな様子に安堵のため息を吐き、レズに確認に対して頷いた。

 

 

 「制作自体は問題ないよ、前に約束した契約通り素材を提供してくれれば無償でオーダーメイドだろうと承るかなね。シュリちゃんの服の方もついでだし一緒に作ってあげる」

 

 

 何だかんだで女性に対して優しいレズ。

 お金は何だかんだでたくさんあるが使わないことに越したことは無いのでありがたい。

 

 

 「ただ……どう思う? トーマス、プー」

 

 「……難しい作業になりそうだな、小さく見積もっても二週間。いや、一週間は必要だろう」

 

 「……」

 

 

 先ほどまでの様子とは真反対。

 そこには難しい顔を並べるレズたちの姿があった。

 

 

 「えっと……どうかしたの?」

 

 「いや~、ごめんね。実は私達も装備制限がある装備を作るのは全然経験が無いんだよね。【蛮戦士】の装備制限は有名だけど【女戦士】のほうは聞いたこともないし……」

 

 「とりあえずは装備制限の解明だな。素材と付けられるスキル、後は……【蛮戦士】と同じで防具の面積の制限もあるかもな」

 

 

 ……なるほど。

 どうやら思っていた以上に難しい依頼をしてしまったようだ。

 と言っても知り合いの生産職の<マスター>なんてレズたちしか知らないので、他に頼りようもないだが。

 

 

 「あっ、そうだ! ワタシ【女戦士】が装備できそうな防具持ってるかも!!」

 

 

 みんなが頭を抱え、考えをひねり出す中歓喜の声を上げるレズ。

 彼女は嬉しそうに工房の隅に設置された大容量の【アイテムボックス】へと駆け寄り……

 

 

 「前にヴィーレと会ってから暇なときに作ったモノがあるんだよー、アマゾネスと言ったらこれ!! 

  ジャジャーン! 水着アー――「水着アーマーとかだったら燃やすからね?」――っとーーー!! あれは売れちゃってたみたいだーーー!!」

 

 

 何処かションボリとした顔で戻ってくるレズ。

 ……本当に油断も隙もあったモノではない。

 

 

 「よし……とりあえずシュリたその私服を作るぞ。そして余った時間で装備制限の解明、試作品の制作だ。

  あんたには申し訳ないが時間と……おそらくかなりの量の素材が必要になると思うが、頼めるか?」

 

 「うん、私からお願いしたことだしね。必要なアイテム類は私が集めてくるよ」

 

 

 トーマスの確認する言葉に頷く私。

 【女戦士】のレベル上げが出来ないのは残念だが、他にも出来ることはたくさんある。

 私自身よりもアロン、そして【アビス・ラビー】のレベル上げを中心としてクエストを受けて素材を集めよう。

 

 

 「よし、じゃあ早速作業に取り掛かるぞ! レズ、プー」

 

 「……一応、私がオーナーだからね?」

 

 「……」

 

 

 三人がそれぞれ自身の作業に向かう。

 そして……

 

 

 「私は装備制限の解明かー、シュリちゃんはどうする?」

 

 「……ヴィーレがお酒、買ってくれるまでついてく」

 

 「……うん、先に買い物に行こっか?」

 

 

 こうして開始された【女戦士】専用装備の制作という難関クエスト。

 それらはそれぞれの一週間の頑張りによって一つの防具の完成――

 

 ――【スカーレット act.2】

 

 と言う形で成し遂げられた。

 そして……

 

 

 「――え?」

 

 

 騎兵ギルドに訪れた私。 

 そんな私へとジュシーネさんから【強制クエスト】が言い渡されたのだった。

 

 

 

 

 




【女戦士】の<女帝の刻印>による装備制限。
それは、

――皮製防具であること。
――『防具の面積<肌の露出面積』であること。


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第3話 狼の皮を被ったクマ

 □<“決闘都市”ギデオン> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――人の騒めきが途切れることのない都市。

  

 

 <ギデオン>を取り囲むようにグルリと張り巡らされた円形の防壁。

 その先に広がっていたのは……これまでに見たことが無い程に活気に満ちた都市だった。

 都市の中央にそびえる『決闘都市中央大(セントラルコロ)闘技場(セウム)』。

 ピザのように円錐形に分けられた区域では、今でも誰かが戦う雄たけびと観客の歓声が響いてくる。

 もしかしたら<アムニール>と同等。

 いや、もしかしたらそれ以上なのでは――そう思えるほどの賑わいと熱が<ギデオン>にはあった。

 

 そんな街並みを私とホオズキ、そしてシュリちゃんは感嘆の声を漏らしながら見渡し、街を歩いて回る。

 

 

 「うわぁーー、噂には聞いていたけど凄い活気だね。人の数も多いし……それに露店もほら、あんなに」

 

 「おう、これは思ったより楽しめそうだな」

 

 「……だな」

 

 

 まるで祭り――そう、何かの祭り(・・・・・)の様である。

 私の向く視線の先。

 そこには、明らかに通常の<ギデオン>ではないだろう光景が広がっていたからだ。

 

 ――レジェンダリアでも一度も見たことの無い様々な種族のティアンが。

 ――明らかに急遽、大通りに設置されたような出店が。

 ――本来はないであろう、辺りに飾られた綺麗な装飾が。

 

 色とりどりに街を彩り、その活気を引き立てる。

 息苦しい程の熱気と人込みが――街を包む雰囲気と活気が、まるで病気のように感染していく。

 街が一つの大きなうねりになっている。

 そんな印象を受ける――それが『“決闘都市”<ギデオン>』だった。

 

 

 「なぁ、それでこれからどうすんだ? お前は何か用事があるんだろ?」

 

 

 “決闘都市”と聞いたからだろうか?

 どこかソワソワした様子で私に話しかけてくるホオズキ。

 

 

 「うん、でも私の用事は正午からだから……それまでは適当に観光かな?」

 

 

 そんなホオズキに対して、私は『メニュー』から時間を確認しながら言葉を返す。

 約三日かけて歩いてきた<ギデオン>への道のり。

 半ばキャンプのような旅のおかげだろうか?

 本来の予定よりも大幅に早く<ギデオン>に到着することが出来ていた。

 

 (今は……午前十時ぐらいだね)

 

 時間を確認し、チラリと見上げる太陽。

 爛々と輝く太陽はまだ頂に到達しておらず、ゆっくりと南へと登っている。

 だいたい後三時間ほどは暇だろう。

 

 

 「よし! ならそこら辺の闘技場で野良試合しようぜ!! こんなに人が居んだ、数人くらいは戦ってんだろ」

 

 「……嫌。……私、お酒買いに行きたい」

 

 「アハハ……、二人とも見事に意見がバラバラだね」

 

 

 ――ほぼ同時。

 互いに被るように発した言葉。

 そしてホオズキとシュリちゃん――二人は互いを睨み合いながらその場に立ち止まった。

 

 

 「……」

 

 「はぁ? シュリの酒だっていつでも買えんだろ!? ここは“決闘都市”なんだから戦いに行くのが普通だろ!」

 

 

 互いに『メイデン』と<マスター>。

 ホオズキ……は分からないが、互いに念話で口論しているらしい。

 

 (――何だかこれも見慣れた光景になってきたなぁ~)

 

 私はそんな二人の様子に微笑みながら、同じく足を止めて見守ることにする。

 因みにいつも口論ではシュリちゃんが勝つ。

 ……流石シュリちゃんである。

 

 

 「……」

 

 「「私が居なくて戦えるの?」って卑怯だろ! お前だって酒は俺が払わなきゃ買えねえんだぞ?」

 

 

 にらみ合う二人。

 そして――チラリとシュリちゃんが私を覗き見た気がした。

 同時にシュリちゃんの意図を理解する。

 

 

 「酒を買うのは戦ってからでも――「お金なら少しは出すよ?」――あぁ!?」

 

 

 訝しげに眉を顰めるホオズキ。

 そんなホオズキに向け私は再び口を開く。

 

 

 「防具の素材集めも手づだってくれたからね。ちょっとしたお酒なら私が払おうかな?」

 

 「……フッ」

 

 

 まるで勝ち誇ったように小さな笑みを浮かべるシュリちゃん。

 そんなシュリちゃんを上からホオズキが鬼の形相で睨みつける。

 ……正直、怖いのでやめて欲しい。

 

 (実際に周りの通行人が私達の周りを避けて通ってるし……)

 

 そして、そんな睨み合いの時間が数秒経過し、

 

 

 「あー糞っ、酒買ったら闘技場に行くからな!」

 

 「アハハ、まぁ別に<ギデオン>に居るのが一日だけでもないし。ゆっくり観光しようよ」

 

 「……うん」

 

 

 どうやら上手くまとまったようだ。

 私はそんな二人の様子に苦笑しながら小さくため息を吐いた。

 

 

 「でもお酒か~、出店で売ってるかな?」

 

 「……売ってる、絶対」

 

 

 何かを確信するように頷くシュリちゃん。

 もしかしてお酒に対するセンサーのようなものでも持っているのだろうか?

 その場で辺りを見渡しながら飲み物を売っているだろう店を探し始める。

 そして……

 

 

 『KWEEEEEEEEE~~!!』

 

 「へ? う、うわぁぁぁあああ!!」

 

 

 突然、左手の“紋章”から飛び出したフェイ。

 空に舞ったフェイは大きく一鳴きすると同時に私の近くを通り掛かった男性。

 ――左手に紋章を持つ盗賊風の<マスター>が瞬時に燃え上がった。

 

 

 「な、何だこれ!? あちぃ!!」

 

 「フェ、フェイ? 何してるの!?」

 

 

 《紅炎の炎舞》の敵性判定は盗賊風の男だけ。

 炎の威力も男が即死していないことから手加減されているのだろうと予想出来た。

 しかし……

 

 

 「フェイ、止めて! ……フェイ!?」

 

 

 いつもは素直なフェイ。

 しかし今はどれだけお願いしても炎を止める気配が無い。

 ただ空中をホバリングしながらジッと男を睨み続けていた。

 

 

 ――騒ぎが騒ぎを呼び、人垣ができる大通り。

 

 ――いつもとは違うフェイ行動。

 

 

 その両方に頭が真っ白になり、戸惑いを隠しきれずに悲鳴まじりの声が漏れる。

 

 (何で?)

 

 頭を駆けまわるのはその言葉。

 常に一緒に居ただけにフェイの行動はあまりに衝撃的だった。

 必死に紋章に戻るように言っても、炎を止めるように言っても炎は消えない。

 それどころか少しづつその威力は強くなっているようにも感じられる。

 

 

 「おい! お前たち、何をやっている!!」

 

 

 きっと私達に向けられて発せられたであろう怒声が響く。

 それは人垣の向こう。

 集まったティアンが道を避けるようにして姿を見せたのは見回りの騎士だった。

 それもただの騎士ではない。

 <アルター王国>の主戦力でもあり、騎士の中の騎士――【聖騎士】の二人組だ。

 人垣を割って現れた【聖騎士】は空を飛ぶフェイと燃える男を一瞥し、その眉を大きく顰めた。

 

 

 「あちぃ、あちぃよ! 何だか知らねぇがその鳥にいきなり攻撃されてんだ!」

 

 

 状況は明らか。

 傍目から見ても悪いのはフェイだ。

 剣の柄に手を掛けながらこちらに迫ってくる【聖騎士】に私は焦りながら行く手を阻む。

 

 

 「待って、その子は私の<エンブリオ>何です。炎も敵にしか効かない固有スキルで……多分何かわけがあるんです! その、今すぐ炎を止めさせるのでっ」

 

 

 このままじゃ、フェイが斬られてしまう。

 その焦りからとっさに出た言葉。

 余りにもボロボロな……説得力の無い言葉だ。

 しかし多少は情に響いたのだろうか? ――【聖騎士】はその動きを少し止め……

 

 

 「このままじゃ死んじまうよぉ!!」

 

 

 声を荒げる男の泣き言を聞き、再び動き始めた。

 

 

 「だいたい俺が何をしたっていうんだよぉ! 悪いのはその鳥で俺は被害者だろ!? それとも俺が何かしたって確証があるって――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『《窃盗》ク、ワン』――は?」

 

 

 その少しくぐもった声は――それでいて騒めきの中でよく通る声は突然聞こえてきた。

 

 

 『さっきからその男がこの通りで《窃盗》を繰り返していたワン。おそらくそのフェイとやらが攻撃したのはそのせいワン』

 

 

 横やりを入れたのは露店の奥。

 マットにたくさんの【レムの実】や【ギャレルの実】が詰められたバスケットを並べ、売っていた一人の店主。

 

 

 『そいつの【アイテムボックス】を見れば分かる。それが確証だワン』

 

 

 ――一匹の狼の着ぐるみだった。

 

 誰――かは分からない。

 ただ私達を助けてくれたのだろう。

 狼の着ぐるみの<マスター>はどこか自信に満ちた声で言い切った。

 見た目はネタだが、その言葉にはどこか目に見えない説得力がある。

 

 その言葉を聞いた二人の【聖騎士】はフェイから盗賊風に男へ向き直り、

 

 

 「ん、何だ!? そんな誰とも知らないふざけた奴の言葉を信じて、俺の言葉を信じ――「私は《真偽判定》を持っている」――っ!」

 

 

 男の言葉は再び最後まで言い切ることなく遮られた。

 今度は剣に手を掛けていた【聖騎士】とは別の【聖騎士】。

 その鋭い視線は既にフェイを見ておらず、燃える男を突き刺すように睨んでいる。

 

 

 「そこの女性と狼の着ぐるみの男の言葉に嘘は無い。だが……お前の言葉だけに《真偽判定》が反応している」

 

 

 まるで何かの逆転劇みたいだ。

 先ほどまでの切られてしまいそうな状況。

 それは狼の着ぐるみの<マスター>の言葉によって一転し、真反対の立場になっている。

 

 

 「……フェイ、炎を解除して?」

 

 『KWEEE……』

 

 

 ……今度は言うことを聞いてくれた。

 小さなフェイの一鳴きと共に、男を炙っていた炎が掻き消える。

 そして――

 

 

 「中身を改めさせて貰うぞ」

 

 「――っ! 糞ぉーー!!」

 

 

 突然逃走を試みる男。

 しかし、今<ギデオン>は人に溢れ、私達の周りは人垣が囲っている。

 男は逃げることも叶わず【聖騎士】によって取り押さえられた。

 その腰から【アイテムボックス】を取り外し、【聖騎士】が私に盗品があるか尋ねて――

 

 

 「あっ、これです」

 

 

 結果、《窃盗》されていた【ヒヒイロカネの鑢】。

 アロンの牙砥ぎ用のアイテムが無事、私の手元に戻ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「あの、さっきはありがとうございました」

 

 『気にするなワン~。俺も店前であんな事されて商売上がったりだったワン、win・winワン』

 

 

 無事窃盗騒ぎが解決し、人集りが去っていった大通り。

 私達は先ほど助けてくれた狼の着ぐるみの<マスター>と一緒に話していた。

 出店で果物をお客さんに売りながらの雑談。

 【レムの実】を買っていった少女に向け「ばいばいワン~」と手を振って見送る。

 

 

 『ガッポガッポだワン』

 

 「……何でそんなにお金を必要としてるんですか?」

 

 

 密かに笑う狼の着ぐるみの<マスター>。

 私はそんな彼の様子を眺めながらたずねた。

 

 

 『弾代が火の車ワン~、この大祭りで一気に売り尽くすワン』

 

 

 ……弾代?

 もしかして銃や機械系の<エンブリオ>かジョブなのだろうか。

 狼の着ぐるみには似合わないけど<エンブリオ>とはそう言ったものなのかもしれない。

 

 

 『名前は何て言うワン? 俺は【破壊者】のシュウ・スターリングだ、シュウでいいワン』

 

 「あ、私は……ヴィーレ・ラルテです。それで――」

 

 「俺はホオズキ。んでこっちのちっさいのが相棒のシュリだ」

 

 「……よろしく」

 

 

 ぶっきらぼうに話すホオズキとシュリちゃん。

 そして……

 

 

 『ヴィーレとシュリ、ホオズキワン? 三人とも【レムの実】上げるワン』

 

 「え? あ、ありがとうございます」

 

 

 狼の爪の生えた手で器用に渡してくる。

 どんな着ぐるみの構造をしているのか……ただの着ぐるみではないのかもしれない。

 私はシュウさんからレムの実を受け取り、軽く齧った。

 

 (あ、美味しい)

 

 何だかんだであまり果実は食べたことが無かったけど思った以上に美味しかった。

 苺の甘酸っぱさにリンゴの触感と後味。

 これは人気なのも納得である。

 私は肩から顔を覗かせるフェイにも少し上げながら、貰った【レムの実】を食べつくした。

 そんな私――の肩に止まったフェイを見て、シュウさんが私達を一瞥する。

 

 

 『もしかしてヴィーレ達は今日のイベントに出るワン?』

 

 

 今日のイベント――それが指すのはあれだけだろう。

 私はその問いかけに小さく頷き、フェイが小さく一鳴きする。

 この<ギデオン>きっての一大イベントであり、私にとっての『緊急クエスト』。私の参加はレジェンダリアの『騎兵ギルド』の推薦で既に決まっていることだ。

 

 

 「俺たちは出ないぜ? 別に【騎兵】でも【操縦士】でもねぇからな。こいつの用事が終わるまで適当に決闘かなんかして時間を潰すわ」

 

 「……ホオズキ、それ初耳」

 

 

 何だかまた睨み合いが始まったけど……無視しよう。

 隣で始まったバトルを見ないようにしながらシュウさんとの雑談を再開する。

 

 

 『あのイベントか、ワン。俺のバルドルももう少し小さければ参加できたかもしれなかったのになワン』

 

 「シュウさんの<エンブリオ>も乗り物なんですか?」

 

 『そうだワン。俺のバルドルは――――チャリオッツだワン』

 

 

 銃の弾代が必要でチャリオッツの<エンブリオ>、そして【破壊者】。

 何だかよくわからないスタイルである。

 それにチャリオッツ。

 

 (……あれ? 何だかんだでType:チャリオッツは見たこと無いのかも)

 

 そんなことを考える。

 <ドライフ皇国>の<マスター>が<エンブリオ>の性格診断を作っている――というのを聞いたことがあるが、もしかしたらチャリオッツは少し珍しめの性格をしているのかもしれない。

 

 

 『しょうがないからヴィーレの勝ちに今日の儲け分、全部賭けるワン』

 

 「えっ」

 

 『35万リル一点張りの大穴ワン』

 

 「……結構稼いでるんですね」

 

 

 この狼の着ぐるみの効果か、どうやら子供連れのティアンに売れているようだ。

 ……以外と目ざといのだろうか。

 すると遠くから先ほどの【聖騎士】がシュウさんを見て、ひそひそと何かを話しているのが目に入る。

 私――を見てないから先ほどとは別件なのかもしれない。

 シュウさんもその二人組を見つけ、不思議そうに首を傾げた。

 

 

 『何か俺に用があるみたいだワン。ちょっくら行ってくるワン!』

 

 「あ、はい。ほんとに色々ありがとうございました」

 

 『お互い様ワン。俺の儲けはヴィーレに掛かってるワン』

 

 

 そう言い残すと商品を【アイテムボックス】へとしまい、【聖騎士】へと向け歩いて行った。

 何だか不思議と話しやすく……狼? っぽい人だった。

 

 (……フレンド登録しておけばよかったかな?)

 

 私はその狼の着ぐるみの後姿を見送る。

 そして睨み合い中の二人の元へと向かって歩き始めた。

 どうやら今回の喧嘩は早く終わったようだ。

 

 

 「喧嘩は終わった?」

 

 「おう、俺の勝ちだ。午後からはそこら辺の闘技場で野良試合だ」

 

 「……試合一回、お酒一本」

 

 

 それは……ホオズキが言いくるめられただけじゃないだろうか?

 【タロース・コア】の討伐報酬で懐はかなり潤っているはず。そのことを相棒であり<エンブリオ>のシュリちゃんが知らないわけが無い。

 近いうちにまた金策にはしる未来が見える。

 私は嬉しそうに「ガッハッハッハッハ」と笑うホオズキに苦笑しながら歩き出す。

 そして――貰った【レムの実】を食べずに持っているシュリちゃんを見て首を傾げた

 

 

 「シュリちゃんは【レムの実】を食べないの?」

 

 

 その言葉に自身の手に抱える【レムの実】に視線を落とすシュリちゃん。

 シュリちゃんは首を振りながら口を開き、

 

 

 「……お酒じゃないから」

 

 「……そうなんだ」

 

 

 要らないとばかりに手渡された【レムの実】を受け取った。

 ……私は一つ食べたから後でアレウスにでも上げよう。

 そして、

 

 

 「……ヴィーレはあの服(水着服)、着ないの?」

 

 「……あんな服(【スカーレット act.2】)を着て街中を歩くなんて――恥ずかしすぎて死んじゃうよ?」

 

 

 そんな会話を交わしながら、再び<ギデオン>の観光を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 『なになに? 露店を出すには許可証が必要なのかワン?』

 

 「はい、これほどの大規模な催しですから。それで念のため許可証の確認をして回っているので、許可証を確認させて貰っても?」

 

 『フムー、ワン』

 

 「……どうかしましたか?」

 

 『実は許可証が要るとは知らなかったワン』

 

 「……詰所まで同行願えますか?」

 

 『NOOOOOOOoooooooーーーワン!!』

 

 

 

 

 

 ――『次回、クマ脱走――“決闘都市”の逃避行』

 

 

 




初めての原作キャラだけど……違和感が。
原作キャラを出すのは気を使いますね……



最後のはネタです


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第4話 二人の決闘ランカー

 □<ギデオン> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 シュウさんと別れて数分。

 私達は<ギデオン>の丸い防壁に沿うように、反時計回りの歩いて回っていた。

 私は出店で買った【ホーンラビットの串焼き】を片手に。

 シュリちゃんは酒場で買ってきた【レム酒】をチビチビと飲みながら。

 自由気ままに、人の流れに乗るようにブラブラと歩いていく。

 

 しかし……それだけでも意外と楽しいものだ。

 

 

 ――レンガ造りの家、水が流れる用水路。

 

 ――白を基調とした綺麗に立ち並んだ建物群。

 

 ――人通りの多い大通りを、少し薄暗い裏路地を通り抜けるだけでもワクワクする。

 

 

 “決闘都市”<ギデオン>、その街並みはファンタジーながらも<レジェンダリア>とは大きく異なる。

 自然を最大限利用した『自然との共存』がレジェンダリアだとすれば、ギデオンは中世のヨーロッパをほうほつとさせる『白亜の都市』と言ったところだろう。

 

 

 「何度見ても飽きないね、何だか……ドキドキする」

 

 「そうか? 別に何とも思わねぇけどな」

 

 

 ポツリと呟いた感想。

 ホオズキはその言葉に何処か呆れたように言葉を返してきた。

 私とシュリちゃんの少し前を歩くホオズキ。

 その手は頭の後ろで組まれ、リズムなくズンズンと歩く足取りからどこか詰まらなさそうな様子が窺えた。

 そんなホオズキとは逆に、シュリちゃんはお酒に夢中である。

 

 (ほんとに似ても似つかないなぁ~)

 

 そんな二人の様子を微笑ましく眺めながら足を進める。

 

 

 ――目的地は無い。

 

 

 ただ歩き、何かに出会うまで流れに身を任せる。

 思えば私が<Infinite Dendrogram>を始めたのも何かに縛られることなく、自由に旅することが目的である。

 今でこそ、師匠との出会い。

 【魔樹妖花 アドーニア】との戦闘。

 “交易都市”<ブルターニュ>での“妖精囲い”。

 などと何かに巻き込まれることばかりだったが、こうして暇を持て余すのも悪くは無いような気がした。

 この『強制クエスト』を終えたら、しばらくレジェンダリアの辺境でのんびり過ごすのも悪くは無いかもしれない。

 そんなことを上の空で考えながらひたすら歩き、そして――

 

 

 「あぁ?」

 

 「どうしたの? ホオズキ」

 

 

 裏路地を抜け、少し眩しい表通り。

 そんな私達の目に飛び込んできたのは――こじんまりとした『闘技場』だった。

 

 『決闘都市中央大闘技場』と比べるとその大きさは八分の一も無い。

 心ばかりの薄い防壁と決闘用の結界のみ。

 観客様にか少し汚れたベンチがその周りを取り囲むように点々と置かれている。

 

 

 ――『路地裏の闘技場』

 

 

 そう呼ぶのが最もふさわしい気さえする。

 その周囲にはティアンでさえ誰一人と居らず、ポツンと内部の様子が見えない『闘技場』だけが建っている。

 

 

 「……誰か中で戦ってるな」

 

 

 不意にそんな言葉を漏らすホオズキ。

 私もその言葉に『闘技場』へと意識を集中させるが……

 

 (……駄目、音も匂いもしないし《危険察知》も反応しないね)

 

 不可視の結界。

 それ以外には感じられるものは何一つありはしなかった。

 

 

 「……中に二人、だね」

 

 

 続いて、ホオズキの言葉を補足するようにシュリちゃんが顔を上げた。

 シュリちゃんは『血』の<エンブリオ>。

 結界内だろうと、血という気配を感じられるようだ。

 

 

 「……」

 

 

 突然、中が見えない結界へと歩き出すホオズキ。

 そんな後姿に私とシュリちゃんは顔を見合わせ、後を追うように歩き出した。

 結界の元まで歩きよったホオズキはペタペタとその結界に触れる。

 

 

 「中には入れないよ? <アムニール>の闘技場と同じなら決闘が終わって結界が解かれるまでは誰も。……レベルが50以下ならすり抜けるらしいけど」

 

 

 そんなホオズキの様子に横から口を出す。

 そして――

 

 

 

 

 「――え?」

 

 

 

 

 ――次の瞬間、私は目を見開いた。

 ホオズキの手が結界をすり抜けたのだ。

 ……いや、違う。

 ただタイミングよく中での決闘が終わり、結界が解けただけだ。

 一瞬の戸惑いから我を取り戻し、結界が解かれた中へと視線を向ける。

 そして……そこには三人の人影があった。

 

 

 ――地面に腰を着くように座り込んだ一人の剣士。

 

 ――その隣に立たずむ赤髪の……私と同じか少し下であろう女の子。

 

 ――そして先の二人から少し距離を取り、向かい合うようにして立つ金髪と青いマントが特徴的な闘士。

 

 

 私はその三人に視線を送り、

 

 

 「……あ」

 

 

 再び驚きの声を漏らした。

 それは三人の中に見知った顔の<マスター>がいたから。

 正確には見知った顔、と言うわけではない。

 <Infinite Dendrogram>で初めて数度パーティーを組んだうちの一人がいたから。

 フレンド登録はしていたものの特に話すことも無く、<アクシデントサークル>で飛ばされたと聞いた人物。

 

 

 「フィガロ?」

 

 

 私はそのうっすらと見覚えのある顔に……何処か懐かしさすら感じる人物の名を口に出す。

 その小さな声は彼の耳にも届いたのだろう。

 ピクリと反応するようにこちらへ振り返り――数秒、視線が交差する。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ごめんなさい。誰でしたっけ?」

 

 「アハハ、まぁそうだよね」

 

 

 首を捻り疑問を上げる彼の声に頬を引きつらせながら苦笑を返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ――あの闘技場での再会から一時間。

 

 

 

 私達は何故だか、私とホオズキとシュリちゃん。

 そしてフィガロとフォルステラ、ネイに別れ、テーブルをまたいで向かい合っていた。

 

 “そろそろ昼近くであり、この<ギデオン>の人の多さでは飯屋が見つからない可能性がある”――という剣士の<マスター>。

 ――【剛剣士】である『フォルステラ』さんの提案。

 そしてその隣に立つ赤髪の女の子のである『ネイ』のお腹の音を聞いたからだ。

 その音を聞いて、流石にそのまま話し込むわけにも行かない。

 結局成り行きで、共に昼食を取ることになってしまった。

 

 (別に一緒に昼食をしたくないってわけじゃ無いけど……)

 

 ……なんとなく気まずい。

 まるで学校で大して仲の良くないクラスメイトとグループを組む様になったかのような……微妙な空気だ。

 

 (あれ? もしかして私ってそういう状況に慣れてる?)

 

 改めて考えると学校では常にこのような雰囲気な気がする。

 人と話さない無口な私。

 そしてそんな私に気を遣うクラスメイトの図だ。

 

 

 「改めて、俺は<アルター王国>で<バビロニア戦闘団>のオーナーを務めている【剛剣士】のフォルテスラだ。と言ってもできたばかりの小さなクランだが。そして――」

 

 「アタシが団長の<エンブリオ>。ネイだよ!」

 

 

 真面目な性格なのだろう。

 一番に名乗りを上げたのは先ほどまでフィガロと決闘をしていたフォルテスラさんだ。

 そして元気な女の子であり……おそらくシュリちゃんと同じ『メイデン』であるネイちゃん。

 

 

 「僕は【剛闘士】のフィガロ。フォルテスラとは……決闘仲間かな?」

 

 「あぁ、決闘ランキング一位の【猫神】を倒すための仲間でライバルだな」

 

 

 確かめるような言葉に頷くフォルテスラさん。

 その後に続くように私も自己紹介していく。

 

 

 「私は……ヴィーレ・ラルテです。一応フィガロとは一回、二回パーティーを組んだことがあるから知っているよ。いつもはレジェンダリアを拠点にしてるよ」

 

 「俺は【闘士】のホオズキだ。まぁ、こいつの付き添いだな。んでもって――」

 

 「……シュリ」

 

 

 相変わらず、誰であろうと話し方が変わらない二人。

 ……ある意味、その度胸に感心してしまうけど。

 

 

 「もしかして……そのシュリはType:メイデンなのか?」

 

 「……そのとーり」

 

 「あぁ……すまない。同じメイデンに会ったのはあの女以外、初めてでな」

 

 

 何処か気を使ったような言い方をするフォルテスラさん。

 メイデンの<エンブリオ>だと何か気を遣うことでもあるのだろうか。

 

 (……ホオズキ達は気にもしそうにないけど)

 

 横目でチラリと見えるご飯をがっつく二人。

 この二人が何かで落ち込む様子を全く想像できないのが不思議だ。

 むしろ落ち込んでいる様子なんか見たら……何か変なものでも食べたか、演技を疑ってしまうかもしれない。

 

 

 「ヴィーレは僕とパーティーを組んだんだ……なら迷惑を掛けてしまったんだろうね」

 

 「――?」

 

 

 突然申し訳なさそうに話し始めるフィガロ。

 そんな彼に私は目を見開きながら耳を傾ける。

 

 

 「リアルの影響か、集団行動が苦手でね……パーティーを組むと上手く動けないんだ。だからきっと迷惑を掛けてしまったんだと思って」

 

 「ん――あ、そういうことか」

 

 

 一瞬何のことかと考えてしまった。

 

 

 「別に私達が組んだのも皆パーティープレイが出来なくて組んだだけだから大丈夫だよ? 私なんて【騎兵】でまともに戦えなかったし……」

 

 

 その言葉を聞いて安心したのかホッと笑顔を浮かべるフィガロ。

 私もその笑顔を見て微笑みを漏らした。

 そして……

 

 

 「ヴィーレは【騎兵】何だよね? それなら今からは開催される大会――【戦車競走(・・・・)】に出るのかい?」

 

 「うん、一応推薦だからシードだけど」

 

 

 私のジョブを聞いて思い当たったのか、そう尋ねてくるフィガロ。

 その言葉に私はパンを齧りながら小さく頷いた。

 

 

 ――【戦車競走】

 

 

 それこそがこの“決闘都市”に多くの人が集まっている理由であり、今回の目玉である一大イベントだ。

 騎士の国――<アルター王国>。

 機械の国――<ドライフ皇国>。

 妖精の国――<レジェンダリア>。

 貿易の国――<カルディナ>。

 西洋四か国合同で開催される<マスター>にとっては目の離せない大イベント。

 

 三日間かけて行われる祭りであり、今日は二日目……【戦車競走】の本戦が行われる日である。

 それ故か<ギデオン>を行きかう人々の数も多く、いつも以上に賑わっていたのだ。

 

 

 「推薦は凄いね……僕も昨日少し覗いてきたけど、すごい迫力だったよ」

 

 「昨日は飛び入り参加アリの予選があったんだよね? やっぱり強い人が一いっぱいいるんだろうなぁ」

 

 「うん、強そうな騎獣が沢山いたよ」

 

 

 少し思い出すような様子を見せたフィガロ。

 私もまだ見ぬライバルを思い浮かべ、笑みを浮かべた。

 

 昨日は【戦車競走】の予選。

 今日の本戦への参加権を手に入れるためのレースがあったのだ。

 四か国合同ともなれば……かなりの人数になっただろう。

 

 

 「あぁ、今回のイベントの優勝賞品はかなりのモノだからな。【騎兵】や【操縦士】に限らず、【従魔師】や【闘士】なんかも出ていると聞いたぞ」

 

 

 隣から会話に参加してきたフォルステラさん。

 

 

 「うん、確かにあれは魅力的だね」

 

 

 ――優勝賞品。

 それは私でも目を疑うほどに豪華なアイテムばかりだった。

 

 ――レジェンダリアが出品した【快癒万能霊薬(エリクシル)

 ――アルター王国が出品した【墓標迷宮探索許可証】と他国所属の<マスター>でも【墓標迷宮】を探索可能にする許可証。

 ――ドライフ皇国が出品した【身代わり竜鱗】

 

 

 そして、カルディナが出品した【■■■■■■】

 

 

 優勝者の総取り……豪華すぎるアイテムに<マスター>達は血眼だ。

 

 

 「もうそろそろ始まるがヴィーレは大丈夫なのか? ただ速く走ればかてるわけでは無いんだろう?」

 

 

 そう……走るだけでは勝てない。

 【戦車競走】は『決闘都市中央大闘技場』で行われる攻撃・妨害アリ(・・・・・・・)の乱闘競争。

 最後まで生き残る。

 もしくは決められた回数を一位で走り抜けば勝ちである。

 ……おそらく走ることを捨てて、敵を倒すことだけに力を入れてくる参加者もいるだろう。

 

 私は「大丈夫か?」と言ったようすでこちらを見る二人に頷き、笑った。

 

 

 「大丈夫、問題ないよ」

 

 「おぅ、こいつの心配はするだけ無駄だぜ」

 

 「……だぜ」

 

 

 相変わらず戦い以外には興味が無いのか、ひたすら食べては飲んでを繰り返すホオズキとシュリちゃん。

 

 (……二人は信用してくれてる、ってことで良いんだよね?)

 

 信用か、それとも興味が無いのか。

 いまいち判断がつかない二人にため息を吐きながら私は席を立った。

 

 

 「そろそろ時間だからいくね。手続きもあるだろうし」

 

 「おう、頑張れよ。俺はフィガロとフォルテスラと適当に決闘でもしてるぜ」

 

 「……応援してる」

 

 

 軽く手を掲げる二人と手を振るフィガロたちに手を振り、その場を後にした。

 行く先は<ギデオン>の中央、『決闘都市中央大闘技場』。

 久々に感じるドキドキを胸を落ち着かせるように、ゆっくりと歩き出す。

 そして……

 

 

 「……絶対に勝とうね、フェイ、アレウス」

 

 

 声は聞こえぬとも心の通じる相棒たちに呟きを漏らした。

 これから始まるのは【戦車競走】の本戦、並びに決勝戦。

 騎兵ギルドより言い渡された『強制クエスト』が今、始まろうとしていたのだった。

 

 

 

 



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第5話 【戦車競走】―(上)

 □<ギデオン・決闘都市中央大闘技場> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 『会場の皆様ぁ! お待たせいたしましたァ!! これより本日のメインイベント、【戦車競走】を開始致しまァす!!』

 

 

 

 時刻は昼過ぎ――晴天の空に昇る太陽が天頂を過ぎ去った頃。

 私は選手用待合室にまで響き渡るような大きなアナウンスに瞼を上げた。

 闘技場内に流れるテンポの良い音楽。

 まるで観客を湧き立たせ、これから戦うであろう闘士達を鼓舞するような音楽が大音量で聞こえてくる。

 いや、それだけではない。

 

 

 『『『~~~~~~~ッ!!』』』

 

 

 待合室の壁に設置された大きな『ディスプレイ』。

 闘技場の様子を映すディスプレイから聞こえてくる観客の怒号が、応援が、意味を持たない叫びが音楽と混じりあい待合室に流れてた。

 

 

 「……」

 

 

 言葉は出ず、ただ膝の上のフェイをぎゅっと抱きしめる。

 

 (……体が熱い)

 

 久しぶりの緊張からか。

 ディスプレイ越しに伝わってくる熱気からか。

 それとも同じ待合室にいる闘士たちの気合からか。

 私は鼓動が高鳴り、体温が上がるのをハッキリと感じていた。

 そして……それは他の闘士も同じなのだろう。

 何十人とは入れるだろう大きな待合室のそれぞれの場所で、全員がギラギラとした眼光と笑みを浮かべディスプレイを見つめている。

 

 

 ――<マーシャル>を黙々と最終調整をし続ける【疾風操縦士(ゲイル・ドライバー)

 

 ――大きな獅子の騎獣を傍らに佇む【大騎兵】の<マスター>。

 

 ――戦闘経験豊富な歴戦の戦士のような雰囲気を纏う【高位従魔師(ハイ・テイマー)】の老齢のティアン。

 

 

 その全員が推薦されるほどの力量を証明した強者であり、何百人単位で行われた予選を勝ち抜いた猛者たちだ。

 その強さは【鑑定士のモノクル】を使わずとも雰囲気で分かるほどである。

 ……きっと激しい戦いになるだろう。

 私はそんな出場者たちの様子を一瞥し――彼らと同じように笑みを浮かべた。

 

 

 

 『この【戦車競走】は初めての試み! 決闘に馴染みのある方でも初めての方が殆どでしょうゥ!! なので僭越ながら、お先に【戦車競走】のルールについて説明させて頂きます!!』

 

 

 

 湧き立つ闘技場に響くアナウンス。

 初めに始まったのはこの【戦車競走】の主なルールについてだ。

 

 

 

 『この【戦車競走】のルールは基本的な決闘と同じ!! ダメージ減算系の消費アイテムの使用禁止、それ以外は【ジェム】あり、魔法あり武器ありの『なんでもあり』でございます!!

 

 

  ただし!! ……いつもの決闘とは違う点が二点』

 

 

 

 観客の歓声を手玉に取るように流れるアナウンス。

 “決闘都市”で築かれた技術なのか、それともそれ専用のジョブなのか。どちらにせよ人々の関心と注意を引き付けてくる上手な語り方だ。

 私自身も【戦車競走】は今日が初めて。

 ドキドキと高鳴る鼓動を抑えながらアナウンスの声へと耳を傾ける。

 

 

 

 『一つは、一レースにつき五人の闘士たちによるバトルロイヤル(・・・・・・・)形式(・・)であることですゥ!!

  これから行われる本戦では五人によるレースが五回行われ、それぞれの勝者が決勝で戦うこととなります!!』

 

 

 

 ――珍しい。

 この世界における決闘では、基本は一対一の形式である。

 しかし今回の【戦車競走】ではバトルロイヤル……最後に一人勝ち残った者の勝利となる。

 

 (……全員が敵。ううん、私は決闘自体が初めてだからあまり気にならないかな?)

 

 主に決闘をしている人はキツイルールだろう。

 今までのように目の前の敵に気を配るだけではなく、周囲一帯に気を張らなければならないのだから。

 私は早々にそう考え、特に気にすることなく受け入れる。

 そして……

 

 

 

 『そして二つ目!! 今回の【戦車競走】では戦いによる決着がつかない場合、一番最初にこのトラックを二十周駆け抜けた者が勝者となります!!』

 

 

 

 そのアナウンスに続くようにアップで移された闘技場。

 そこにはまるで競馬上――陸上などでよくみられる楕円形のコースが作りだされていた。

 

 

 「意外と大きいんだね……」

 

 

 そのトラックは予想以上に広く、そして長い。

 一周で約一キロメテルはあるではないだろうか?

 真ん中にはコースを無視できないように巨大な岩石による壁が出来ている。フェイに《騎乗》しひとっとびしてしまえば楽なんだけど……

 

 (駄目だろうなぁ~)

 

 流石に認めてはくれないだろう。

 やった瞬間に反則負けになるのは目に見えている。

 ルールについてのアナウンスはそれ以上流れない、本当に数個のルールさえ守れば何でもありの戦闘レースなのだ。

 

 

 ――戦闘を避け、一番先に走り抜けるのを狙うのも良し。

 ――レースを捨てて、敵の殲滅を狙うも良し。 

 ――ひっそりと走り、漁夫の利を狙うも良し。

 

 

 まさに何でもありの【戦車競走】である。

 

 

 『KWEEEEE?』

 

 「ううん、何でもないよ?」

 

 

 今までは森の中で……モンスターを相手に戦ってきた。

 しかし今回は闘技場で人を相手に戦うのだ。

 初めての事ばかり……その緊張が手に伝わったのかフェイが心配そうに私を見る。

 私もそんなフェイを撫でながら自分の心を落ち着かせていく。

 

 

 「……絶対に勝とうね」

 

 『KWE、KWEEEE~~!!』

 

 

 小さく漏らした呟き。

 その呟きに返事をするように膝の上のフェイが大きく一鳴きした。

 

 

 ――『勝ちたい』

 

 ――そして『勝たなければならない』

 

 

 好奇心とレースに対するドキドキが。

 『強制クエスト(・・・・・・)』という責任感に対するドキドキが。

 私のなかで入り混じるように増幅し、頬を上気させ、脈を早打つ。

 

 

 

 『それでは今回のメインイベントの目玉ァ!! 各国から出品された優勝賞品(・・・・)を紹介しましょうゥ!!』

 

 

 

 観客を焦らすように優勝賞品の紹介へと移るアナウンス。

 観客の怒号に乗るようにテンポよくそれぞれを紹介していく。

 

 

 ――<アルター王国>から出品された【墓標迷宮探索許可証】と迷宮探索の権利。

 

 ――<レジェンダリア>から出品された【快癒万能霊薬(エリクシル)】。

 

 ――<ドライフ皇国>から出品された【身代わり竜鱗】数枚。

 

 

 それら全てが数十万リルはくだらない豪華賞品の数々。

 その価値の大きさに比例するように観客たちの熱と歓声は徐々に大きく、ヒートアップしていく。

 そして……

 

 

 「……あれが」

 

 

 自然と漏らした言葉。

 私はディスプレイに映しだされたソレに目を細めた。

 

 ソレは大きな機械でありアイテム。

 ソレは大きな二つの車輪を持つ魔導兵器。

 ソレは――私の『強制クエスト(・・・・・・)の目的であるモ(・・・・・・・)()

 

 

 

 『そして、“貿易国家”<カルディナ>から出品されたのはコレ!! 先々期文明に製造され、かの【騎神】が遺跡探索の際に手に入れたというアーティファクトォ!!

 

 

 

 

 

 

  ――――【怒涛之迅雷(ラーズ・ライトニング)】だァ!!』

 

 

 

 私はそのアナウンスと共に、約三日前の騎兵ギルドでの出来事を思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇<アムニール・騎兵ギルド>

 

 

 

 

 

 「――え? 『強制クエスト』ですか?」

 

 

 新たな装備を<妖精の指先>で整えることが出きた私達。

 そんな私達は突然の騎兵ギルドからの呼び出しに応じ、騎兵ギルドの酒場のような広間で椅子に座っていた。

 

 

 「ああ、そうだ。ヴィーレに『強制クエスト』を受注してもらう。これは俺じゃない……騎兵ギルドとしての意志だ」

 

 「ごめんね? ヴィーレちゃん」

 

 

 そんな私の体面に座るのは二人の人物。

 私にとって数少ないティアンの知り合いであり、この騎兵ギルドに誘ってくれた恩人。

 

 ――この騎兵ギルドのギルド長であり、【大騎兵】であるファフザーさん。

 ――そして主に騎兵ギルドの財務や経理を担当している【疾風騎兵】のジュシーネさんである。

 

 私達、<マスター>が現れるまでこの騎兵ギルドを運営し、守ってきた二人の【騎兵】としての先輩だ。

 いつも騎兵ギルドを留守にし、最近姿を見ることがなかったファフザーさんは堂々と。

 そして皆に優しく、騎兵ギルドでの姉のような存在であるジュシーネさんは申し訳なさそうに私に言った。

 

 

 「えっと……別に受けますけど何なんですか? その『強制クエスト』って」

 

 

 少し戸惑いが混じった声。

 私のその言葉に二人はどこか安心したような様子で話し出す。

 

 

 「安心したぜ、仮に断られても正直どうしようも無かったからな。『強制クエスト』なんて騎兵ギルドの人数じゃ強制であってないようなもんだからなぁ」

 

 「そうね……でもそれより先に、ヴィーレちゃんに内容を説明するのが先でしょ? ファフザー」

 

 「あぁ、分かってるって」

 

 

 そこには騎兵ギルドに来た時に漂っていた物々しい雰囲気は欠片も感じられない。

 ……いつも通り、のらりくらりとした雰囲気の広間に戻っていた。

 

 (……何がどうなってるんだろ?)

 

 私は余りに唐突で何の情報も無い状況に首を傾げる。

 取りあえずはファフザーさんの説明を聞くしかないのだろう。

 私は大きな机の上でダラリと怠けるフェイを撫でながら、『強制クエスト』の説明が始まるのを待つ。

 そして……数秒後、何かの確認を終えたような二人はその口を開いた。

 

 

 「端的に言うぞ。ヴィーレにはこれから数日後に<アルター王国>の“決闘都市”で開かれるイベント――【戦車競走】に出場してもらう。もちろん騎兵ギルドのレジェンダリア支部を代表としてだ」

 

 「【戦車競走】、ですか?」

 

 

 私の確認するような声に頷く二人。

 そしてその経緯について話し始めた。

 

 

 「何でも<アルター王国>が<マスター>が急増して事を祝って大規模なイベントを催したいらしい。そしてそのイベントこそが【戦車競走】だ。

  【騎兵】やそれに類似するジョブについた人を対象としたレース、隣国である三カ国を巻き込んだ大規模なイベントでな。結果、俺達騎兵ギルドに真っ先にお達しが来たのさ」

 

 

 何処から――とは聞くまでも無いだろう。

 レジェンダリアの二つの頂点、【妖精女王】と実務を担っている首相の意志だ。

 しかし同時に分からないこともある。

 

 (何で規模の小さい騎兵ギルドなんかにお達しが来たんだろ?)

 

 ファフザーさんとジュシーネさん、二人だけだった時よりも大きく進歩を遂げた騎兵ギルド。

 今では数十人の<マスター>も参加したりと徐々にだけど大きくなりつつある。

 しかし……それでもまだまだ小さい。

 他のギルドと比べたら弱小以外の何でも無いだろう。

 そんな騎兵ギルドにわざわざレジェンダリアのトップからお達しが来るとは思えなかった。

 

 その不自然さに少し眉をよせる私。

 そんな様子にジュシーネさんがクスクスと笑いながら説明してくれる。

 

 

 「ヴィーレちゃんのおかげよ? 【魔樹妖花】や“妖精囲い”、そして『討伐ランカー』ですもの。騎兵ギルドも少しは有名になってきたってことよ?」

 

 「……すいません」

 

 

 ……私のせいだった。

 元から断るつもりは無かったけど、尚更受けなくてはならなくなった。

 

 

 「気にすることじゃない。元々、騎兵ギルドを立て直したいっていう俺達からしたら嬉しいことだしな」

 

 「そうよ」

 

 「むしろ申し訳ないのは俺達の方だぞ? 本当は俺たちが出るべきなんだが……この人数でな。<アルター王国>まで遠出すると騎兵ギルドが回らなくなってしまいそうでな」

 

 

 ……それもそうだ。

 私達<マスター>は組織の中核に関わるような依頼やクエストは受けられない。

 実力や信頼以前の問題。

 <マスター>は時々向こうの世界に戻らなければならない――『ログアウト』しなくてはならないからだ。

 なのでこう言った騎兵ギルドの経理などには関われないことが多いのだ。

 

 私もそのことは理解しているし、人手が足りていないことも分かっている。

 なので……目の前の二人に対して大きく頷いた。

 

 

 「大丈夫ですよ。その『強制クエスト』を受けます。私はその【戦車競走】に参加してくれば良いんですよね?」

 

 「あぁ、そうだ。参加も推薦と言う形での出場だから祭りの二日目までの<ギデオン>に行ってくれれば問題ない」

 

 

 私の確認に頷くファフザーさん。

 何にせよこれで『強制クエスト』については承った。

 後はレベルを上げながら……ホオズキ達に確認を取って出発するだけだ。

 私は早速、長旅に向けての準備を整えようと席を立つ。そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――そしてこれから頼むのは俺たちの……二人の個人的な頼みだ」

 

 

 唐突に――再び話し始めてたファフザーさんの言葉に動きを止めた。

 肌をピリピリと刺激するような小さな緊張感。

 真剣な表情。

 真面目な声で話す二人の姿に、私は再び椅子に座る。

 

 

 「ヴィーレ、お前には【戦車競走】で優勝してきてほしい。そして……とあるアイテムを持ち帰って欲しいんだ」

 

 

 ……とあるアイテム?

 『それは何か?』そう口に出そうとし――その声は妨げられた。

 

 

 「優勝賞品として<カルディナ>があるアイテム……かつてこの騎兵ギルドから持ち出されたものを出品するらしい。ヴィーレには優勝して、そのアイテムを取って欲しい」

 

 「あの事件、【樹霧浸食 アームンディム】の進行によって騎兵ギルドが縮小されるときだと思うんだけど……。

  騎兵ギルドの英雄である【騎神】が見つけて、騎兵ギルドのシンボルだったアイテムが持ち出されたの」

 

 

 ――騎兵ギルドの英雄。

 誰でもない――【騎神】カロン・ライダー。私の師匠その人だ。

 その師匠が見つけ出し、騎兵ギルドの象徴だったアイテム。

 そんなアイテム、師匠の口からもきいたことは無い。

 

 

 「……そのアイテムって――」

 

 「【怒涛之迅雷】――そう名を冠した魔導兵器」

 

 

 ファフザーさんは一息貯め、そして、

 

 

 

 

 「【騎兵】専用武装である――チャリオッツ(・・・・・・)だ」

 

 

 

 

 一息にそう言い切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇<“決闘都市”・ギデオン>

 

 

 

 

 

 ――【怒涛之迅雷】

 

 

 私は壁に設置されたディスプレイ越しに映るソレをじっと見つめる。

 観客の怒号にも似た歓声がより一層大きくなる。

 きっと皆理解したのだ、そのアイテムの凄さを。

 私のような素人目から見ても――一級品(・・・)、そう思わせるよなチャリオッツの姿がそこにはあった。

 

 

 ――【アダマンタイト】で形作られ、何かのモンスターの皮がふんだんに使われた無骨な戦車。

 

 ――騎獣に取り付けるための騎獣鎧と手綱がセットの『特殊装備品』

 

 ――真横に取り付けられたオレンジ色の魔法車輪は、風で動くたびに小さな電気を発生させる。

 

 

 私はその様子に、ファフザーさんとジュシーネさんの話を思い出した。

 師匠が見つけ、そしてただの一度も使われたことの無い魔導兵器。

 人馬種族の師匠が装備できなかったアイテム。

 

 

 曰く、それは『高いAGI補正』を持っている。

 曰く、それは地面の凹凸に関係なく走ることが出来、怪鳥類のモンスターで引けば空中すら走る。

 曰く、それは『走行スピードに比例し、迅雷の如く【雷魔法】で辺りを焼き払う』。

 

 

 騎兵専用装備だが、それ以外のジョブでも問題なく運用できるだろう。

 まさにこの【戦車競走】に出場する闘士、全員にとって涎もののアイテム。

 ……先々期文明の遺産である。

 

 

 「……すげぇな」

 

 「あぁ、絶対俺が手に入れるぜ」

 

 

 ポツリ、ポツリと広い待合室に響く呟き。 

 全員が【怒涛之迅雷】を狙っている。

 【戦車競走】を見に来た観客も、そして優勝を狙う出場者たちの熱気もピークに達している。

 体を滾らせる熱が。

 闘志を奮い立てる歓声が私の体を叩いていく。

 

 

 『KWEEEE……?』

 

 「うん、絶対に負けられないね」

 

 

 私を見上げるフェイ。

 そんなフェイに向け、私は自信に満ちた声で小さく頷いた。

 そして……

 

 

 

 『お待たせしましたァ!! それではこれより第一ブロック、五人の闘士たちの入場ですゥ!!』

 

 

 

 観客の熱気をこれでもかと煽るほどの上手いタイミングでのアナウンス。

 同時に闘技場の東門に、西門にスポットライトが当てられ選手たちが入場していく。

 

 ――歴戦【疾風騎兵(ゲイル・ライダー)】。

 ――最先端がつぎ込まれた<マーシャル>を操縦する【高位操縦士(ハイ・ドライバー)

 ――大きな魔狼を連れた【魔獣従魔師(ビースト・テイマー)

 ――無骨な軽装を身に纏う【闘獣闘士(ビースト・グラディエーター)

 

 全員が強いことは疑うまでも無い。

 だけど……そんな事は私には関係ない。

 

 

 「――行こう、フェイ、アレウス」

 

 

 言葉と同時に左手の【ジュエル】から一頭の半神馬が飛び出した。

 膝の上に載っていた炎鳥が【不死鳥の炎帯】となって腰に巻きついた。

 背後の待合室から驚きと戸惑いの声が聞こえてくるが――振り返ることは無い。

 

 ほんの少し狭く、そして薄暗い通路。

 その先は光が差し込み明るく照らし、闘技場からの熱気が漂ってきていた。

 

 

 「準備は良い? アレウス」

 

 『HIHIIIIIIIIN!!』

 

 

 隣を歩くアレウスの頬をそっと撫でると、アレウスは『もちろんだ』とでも言いたげに大きく嘶いた。

 私はそんなアレウスの様子に口端をつり上げる。

 どうやら高ぶっていたのは私だけではないみたいだ。

 アレウスも【ジュエル】の中で、私と同じく闘志を燃やしていた。

 

 

 

 『――それでは最後に東門からの登場だァ!! <アルター王国>の南、森林広がる<レジェンダリア>からの挑戦者ァァァアーー!!

 

 

  

 

  ぇ? …………し、失礼しましたァ!! 【騎神(ザ・ライダー)】!! ヴィーーーレッ!! ラルテェェェェエエエ!!』

 

 

 

 鳴り響くアナウンス。

 その音声と同時に、私はアレウスに《騎乗》しながらスポットライトの元へと出る。

 そして同時に歓声が――

 

 

 『『『『『……』』』』』

 

 

 ――ない。

 まるで水を打ったような静けさが闘技場を支配した。

 

 

 

 しかし……それも仕方がない。

 彼らは皆、その姿に見とれていたのだから。

 

 

 ――流れる赤髪、オレンジの瞳。

 

 ――跨る半神馬、腰からなびく炎の帯。

 

 ――まごうことの無い、一人の【騎神】が居たのだから。

 

 

 【騎神】という有名な名とは余りにも合わない、華奢な身体の少女。

 しかし……観客たちは疑わない。

 

 その少女が身に纏う自身に満ちた強い雰囲気を。

 一歩一歩から感じ取れる強者の予感を感じっていたからだ。

 

 

 

 

 

 ――――あぁ、今にして思えば似合っている。

 

 

 

 

 

 【グランド・デミ・スレイプ】――それは、神が騎乗する軍神の馬に片足を踏み込んだモンスター。

 そんな半神馬に【騎神】が《騎乗》するのだ。

 これを『似合っている』と言わずに何といえばいいのだろうか?

 

 

 『――――――――――あッ』

 

 

 誰が漏らした声かは分からない。

 しかし……その声を皮切りに、熱が、怒声が、歓喜が伝染する。

 

 

 『『『『『う、うおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおーー~ッ!!』』』』』

 

 

 地鳴りのような喝采が。

 雷鳴のような歓声が。

 嵐の如き強さで熱を持って、私の体を叩いて揺らす。

 そして――

 

 

 「―――――――――ッ!!」

 

 

 私はそんな歓声に応えるように右腕を上空へと突き上げた。

 

 ――ソレは自身への鼓舞。

 

 ――ソレはこれから戦うであろう敵への宣戦布告。

 

 

 闘技場内ではアイテムの消費も、スキルのクールタイムもMP&SPの消費も無い。

 だから……出し惜しみは無しにしよう。

 私は誰にも聞こえない――アレウスとフェイにだけ聞こえる声でハッキリと呟いた。

 

 

 

 

 

 「―――――今日は、とばすよ」

 

 



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第6話 【戦車競走】―(中)

かなり短いです。

……本戦Aブロックは飛ばして次、決勝戦です。
書けなかったw 申し訳~


 □<“決闘都市”・ギデオン> 

 

 

 

 

 

 ――――それは『圧倒的(・・・)』だった。

 

 

 

 誰にとっても予想外であろう【騎神】――ヴィーレの出場。

 予選を勝ち抜いてきた強者たち。

 観客は誰もが白熱した【戦車競走】を確信し、その試合に注目したのは言うまでもないだろう。

 『闘技場』に鳴り響くアナウンス。

 それぞれが一列に並び、走り出すスタートラインに並ぶヴィーレ達。

 そして……

 

 

 ……誰にも見えなか(・・・・・・・)った(・・)

 

 

 スタートから絶対時間にして約十秒。

 その闘技場に立っていたのはただ一人、ヴィーレを除いて誰一人として居なかったからだ。

 

 

 ――【騎神】の奥義でありパッシブスキルである《一騎当神》。

 

 ――【幻獣騎兵】による《幻獣強化》。

 

 ――【女戦士】による《魔獣咆哮》。

 

 

 AGIが8000を超えるアレウスは音速を超え――超音速機動に移行し、そして……超々音速(・・・・)へ至る寸前の速度で疾走していたからだ。

 それに対して他の出場者たちのAGIはせいぜいが5000。

 何らかの<エンブリオ>のスキルを使ったのか1万少しが最高である。

 結果的に言えば、最低でも十倍以上の絶対時間による差が出来てしまっていた。

 

 

 『……フム』

 

 

 そして闘技場に張られた結界――内部時間の設定もまた、それらの出場者の速度を元に設定されてしまっていた。

 故に見えない。

 闘技場に響くのは何かが地面を掛ける轟音のみ。

 微かに視界に映るのはヴィーレが纏う炎の鎧の残り火。

 目に見えて分かるのは、炎の残り火が一周するたびに――一人、また一人と消えていく出場者の光の粒の残滓のみ。

 

 もう一度言おう……圧倒的すぎたのだ。

 結果、第一ブロックのレースは盛り上がる暇もなく終わることとなってしまっていた。

 

 

 『……この結果は少し予想外だったな』

 

 

 そんなレースの詳細を認識できていた者がたった二人だけいる。

 

 一人は【戦車競走】が開かれる<ギデオン>へと護衛の任についていたもう一人の『超級職』、【天騎士】ラングレイ・グランドリア。

 

 そして、

 

 

 『まさか劣化化身がこれほど早く『超級職』を会得するとは……“冒涜の化身”め』

 

 

 二人目の『超級職』である人物。

 【大賢者】と呼ばれる老人は“王都”<アルテア>から遠距離投影魔法をを用いて、その【戦車競走】の様子を覗き見ていた。

 

 

 『……まさか作れらた体でも<アーキタイプ・システム>に反応するのか? ……いや、それはあり得ない。あの劣化化身のセンススキルによるものだろう』

 

 

 “王都”<アルテア>の地下深くに存在する工房。

 【大賢者】と数少ない者しか知らない秘密の部屋で【大賢者】は一人、ブツブツと呟きながら自身の考えをまとめ続ける。

 その様子は何処か機械のような。

 まるで人では無いかのような一面を覗かせていた。

 そんな【大賢者】の永遠に続くかと思われた思考は突然止まり、そのローブに隠れた顔を上げた。

 しかし……視線は【戦車競走】の映像を映していない。

 何か、遥か昔をを思い出すかのような懐かし気な(・・・・・)目を浮かべていた。

 

 

 『……それにしても懐かしいものだ。あの兵器がこの時になって日の目を浴びることになろうとは』

 

 

 思い浮かべたのは他でもない。

 

 

 

 ――【怒涛之迅雷(ラーズ・ライトニング)】。

 

 

 

 当時の名工、フラグマンが持ちうる最大の(・・・・・・・)技術(・・)を詰め込み、完成させた『失敗作(・・・)』である。

 

 ――性能としては、それこそ『煌玉馬』にすら劣らない。

 ――そして……決して誰にも使えない失敗作。

 

 『空を飛ぶモンスターとの戦闘における補助』を目的とした造られた兵器であり、誰にも使われることなく遺跡に取り残された彼の遺物。

 後の煌玉馬第一号である【黄金之雷霆(ゴルド・サンダー)】の前身となった印象深い兵器である。

 

 現実での歴史のように、その戦車としてのコストや耐久度、操縦の困難さから『特殊装備品』から『煌玉獣』へと移る切っ掛けとなった最後の兵器だ。

 

 

 『……当時は誰にも乗りこなせない駄作だったが、まさか乗りこなせる可能性があるのが劣化化身とは皮肉だな』

 

 

 【騎兵】専用――戦闘系超級職(・・・・・・)の戦車。

 それはフラグマンが想像した以上に癖のある、乗れない兵器であった。

 

 

 

 

 ――『AGIが1万程度の速度で、MP&SPを消費することなく魔法上級職の奥義に匹敵する《雷魔法》をまき散らす』蹂躙の戦車。

 

 ――『どんな地形であろと難なく走ることが出来る』、魔導車輪。

 

 ――『騎乗者の負担にならないように搭載された』、《慣性自在》と《重力軽減》スキル。

 

 

 

 

 これだけ見れば、確かに煌玉馬にも劣らない古代兵器。

 しかし……【怒涛之迅雷】には致命的な問題があった。

 

 

 『乗れるものが居ないとは……私にしては珍しい失敗だったな』

 

 

 【怒涛之迅雷】は戦闘系超級職用の戦車。

 

 

 ――では、誰が乗る(・・・・)

 

 

 まともな戦闘系超級職では【怒涛之迅雷】を《騎乗》し切れるほどのスキルを持ってはいなかった。

 【騎兵】系統の超級職――【超騎兵(オーヴァー・ライダー)】は十分な力を引き出せるほどの騎獣(・・)を保有しては居なかった。

 そして最も可能性のあった【騎神】。

 しかしそれは……扱うのすら難しい、ピーキーな【神】シリーズ超級職だった。

 

 

 数百年の時の間、遺跡の中で埃をかぶり続けた【怒涛之迅雷】。

 それを見つけ出したのが【騎神】としての天才と謳われた前任、【騎神】カロン・ライダーであり、戦車を装備できない人馬種族なのだから皮肉なものだ。

 名工、フラグマンの作品でありながら一度として乗られたことのない兵器。

 

 

 ――それが【怒涛之迅雷】と呼ばれるチャリオッツだった。

 

 

 『……喜ばしいが、それを扱えるのが劣化化身だというのは喜べんな』

 

 

 【大賢者】は能面のような無表情な顔で呟く。

 そして……

 

 

 『『『『『ワァァァァァアアアッッ!!』』』』』

 

 

 突然、工房に響き渡った大歓声に思考を中断する。

 ……男は再び【戦車競走】を移す映像へと、決勝戦(・・・)の始まった闘技場へと視線を移したのだった。

 

 

 

 




怒涛之迅雷(ラース・ライトニング)
戦闘系超級職用、『特殊装備品』―チャリオッツ。
名工、フラグマン作の魔導兵器。

アイテムとしては高性能だが色々な理由で使われなかった……使えなかった兵器。


――AGI、1万近くだせる『騎獣』。
――御しきれるほどの《騎乗》とジョブの持ち主。
――それらのジョブをとれるだけの高い才能。


その他もろもろの条件を満たした者しか扱えない、失敗作だった。
(師匠は人馬種族の為、装備不可)


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第7話 【戦車競走】ー(下)

 □<“決闘都市”・ギデオン> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 『――――おまたせしましたぁ!! それでは、これより【戦車競走】の最終決戦……決勝戦を行いたいとおもいますゥ!!』

 

 『『『『『うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーッ!!』』』』』

 

 

 闘技場内に響き渡るアナウンス。

 その声に呼応するかのように観客の怒声が響き渡った。

 ――まるで拍手と歓声の豪雨。

 この一大イベントの大トリなのだから当たり前と言えば当たり前だ。

 【戦車競走】の始まった際のような昂った熱意が、限界を超えて今なお上昇し続ける。

 そして――

 

 

 

 『まずは一人目、東の門より【戦車競走】に大波乱を巻き起こした者ォォ!! 【騎神】ヴィーーーーレ!! ラルテェェェェエエエ!!』

 

 

 

 ――アナウンスと共に響きわたる大歓声。

 私はそんな声に従うように、薄暗い通路からスポットライトの当たる闘技場へと歩み出る。

 第一ブロックと何も変わらない。

 アレウスに《騎乗》しながら、フェイが変化した【不死鳥の炎帯】が背後で仄かに揺らめいた。

 これが今の私に出来る最大限の装備。

 少し見慣れ始めたアレウスの黒馬鎧を撫でながら、ゆっくりスタートラインへと歩き出す。

 

 

 「……盛り上がってきたねっ!」

 

 『BURURURURUUUUUU-ーッ!!』

 

 『KWEEEE~~』

 

 

 決勝への出場権を真っ先に手に入れた私。 

 そんな私もまた、その熱に侵されたように身体を熱くさせていた。

 

 (一レース目は直ぐに終わっちゃったからね)

 

 余りに速く終わってしまった【戦車競走】。

 僅か四周ばかりで決着がついたことに対する消化不良が、より一層私の血を滾らせている。

 手綱を握る手が汗で滲む。

 (あぶみ)に掛けられた足に力が入る。

 普段は感じない経験に、ドキドキするような緊張感に私は薄っすらと笑みを浮かべた。

 

 

 「……不思議だね、今なら何でもできそうな気がする」

 

 

 ――負ける気はしない。 

 目指すは『優勝』

 手に入れるのは『勝者』の称号と【怒涛之迅雷】だけだ。

 私はそんな何処からか溢れてくるかも分からない自身に苦笑を漏らす。

 そして――歓声が鳴りやん(・・・・・・・)()闘技場に顔を上げた。

 

 

 ――出場者は全員出そろった。

 ――しかし、決勝戦が始まるには早すぎる時間だ。

 

 

 私はそんな状況に小さく首を傾げ……

 

 

 「……【騎神】っていうのは随分高みから見下ろすのがお好きなようだ」

 

 

 いつの間にか隣に居た男性の<マスター>。

 アレウスよりも一回り小さく、その毛並みは真っ白な魔馬に《騎乗》した【天馬騎兵】へと振り向いた。

 

 

 「……私が隣に居るのも気が付かなったと言った顔ですね。舐められたものだ」

 

 

 名も知らぬ男性。

 ――いや、私が聞き逃したであろう名前の<マスター>は、私を見ながら自嘲的な笑みを浮かべる。

 その目には何処か苛立たし気な。

 ……私に対する敵意が込められていた。

 

 (……見覚えが無いんだけど)

 

 これまで一度として言葉を交わしたことも無い<マスター>。

 そんな男性からの突然の敵視と皮肉に頭が困惑する。

 いや、違う。

 この<マスター>だけじゃない(・・・・・・)、決勝戦に出場を果たしたであろう私を除く四人の<マスター>。

 その全員の目には私に対する敵意が込められていたのだ。

 より一層、困惑する私。

 そんな私の疑問に答えをくれたのは隣の男性ではない――闘技場に響いたアナウンスだった。

 

 

 

 『これは意外な事となりましたァ!! 四か国それぞれからの猛者達。<レジェンダリア>からの出場である【騎神】を除いた出場者!! 

  その全員――四人ともが<カルディナ>からの出場した一つのクラン、<砂塵旅団>のメンバーだぁぁぁぁあああッ!!』

 

 

 

 そのアナウンスに再び四人へと視線を向ける。

 そして……全員が共通して装備のどこかに掘られているエンブレム、『砂嵐と牙』のマークを見た。

 

 

 「……全員同じクラン?」

 

 「……ようやく気が付いたのか。つくづく舐められたものだ」

 

 

 皮肉気な声。

 その言葉に反論しようとし……口を閉じる。

 

 (アナウンスを聞き逃したのはホントのことだし……)

 

 彼ら――<砂塵旅団>に気が付かなかったのは事実。

 私は無言で彼らを見ることしか出来なかった。

 そんな私の様子に尚更苛立ったかのように男性はその眉を歪ませた。

 

 

 「……『強制クエスト』」

 

 「え?」

 

 

 その言葉に。

 突然の驚きに私は目を見開いた。

 

 

 「実は私達も貴女と同じように【戦車競走】で優勝するようにと『強制クエスト』を受けてるんだよ。……最も、<カルディナ>からのクエストだがな」

 

 「なんで――」

 

 「「なんで」……なんて聞くなよ。そんな事、私達が知るわけもないだろ。――まぁ、あえて予想するなら【怒涛之迅雷】を出せるほどの資源の豊富さのアピールと【戦車競走】で優勝できるほどの力のアピールってところだろうけどな」

 

 

 ……きっとその言葉に嘘は無い。

 <砂塵旅団>はただ『強制クエスト』を受け、優勝するようにとしか言われてないのだろう。

 そして……もちろん不正もしていない。

 各国が推薦できるのは一人のみ。

 <アルター王国>だけは主催国ということで推薦枠は二つ持っているが、他国にはそれが無い。

 つまり……

 

 

 「……全員が予選から勝ち上がってきたの?」

 

 「当り前だ。私達はそんな小細工はしない……まぁ、多少は<カルディナ>からの支援を受けているがな」

 

 

 心外だとでも言いたげに目を吊り上げる男性。

 彼はそう言いながら、自身の跨る白馬(・・)の装備する馬具一式をポンッと叩いた。

 四人が揃えて装備する騎獣用の装備。

 それらは揃えたかのように同じような見た目をしており、見るからに高価そうなアイテムであることが窺えた。

 

 ――不正ではない。

 

 確かにそうだ。

 この程度は不正とも言えない。

 むしろこの程度は、この一大イベントである【戦車競走】へ出場する<マスター>への当たり前の支援とも捉えられた。

 

 (――うん、不正だったら観客が一番に反応してるもんね)

 

 仮にそんな不正を“決闘都市”に住まう<ギデオン>のティアンが。

 【戦車競走】を観戦しに来た他国からの観光客が見過ごすはずも無い。

 私は疑ってしまったことに対して、隣の男性に小さく頭を下げた。

 

 

 「その、疑ってすいません」

 

 「……謝るな。疑われることなんて初めっから承知の上だ」

 

 

 そんな私に向け、男性は小さく笑う。

 そして――再び敵意の籠った視線で私を貫いた。

 

 

 「それに…………これから全員でお前を潰すんだからな」

 

 

 男性は短くそう言い切った。

 そして一息つくと口を開く。

 

 

 「私達はこの【戦車競走】に感謝している。――【騎神】の座を早々に奪い取ったお前をここで倒せるんだからな」

 

 「……全員で、ですか?」

 

 「はなから『超級職』に『上級職』で叶うとも思っていない」

 

 

 ここまでの会話でようやく私は理解する。

 先ほどまでの私を見る目に込められた『敵意』、それは『強制クエスト』での敵同士だからと言うだけではない。

 

 (『超級職』を奪い合う者としての敵意だったんだね……)

 

 『超級職』――それはこの世界でしかただ一人しか就けないジョブにおける『玉座』。

 そんな『玉座』を早々に奪い取った私は、【騎兵】系統の<マスター>にとっては敵以外の誰でも無かったのだろう。

 その事実に小さくショックを受ける。

 だけど……

 

 

 「……【騎神】は譲らないよ」

 

 

 ――【騎神】は。

 師匠の意志を引き継ぐのは私だ。

 どれだけ敵視されようとも、【騎神】を譲れと言われたとしてもこれだけは譲れない。

 それが私の意志――この世界で貫き通す信念だ。

 

 

 「……」

 

 

 返答は無かった。

 代わりに響き渡ったのは闘技場へのアナウンス。

 ――試合開始を促すアナウンスだった。

 

 

 

 『皆様、準備はよろしいでしょうか!! これより結界を起動します!!』

 

 

 

 そのアナウンスに湧き上がる観客たちの歓声。

 そして――

 

 

 「――行くよ、アレウス、フェイ」

 

 

 もう男性のことは気にならなくなった。

 視線はただ前へ、これから駆け抜けるだろう闘技場の広大なトラックへと向ける。

 そんな私の手には強弓が――握られていなか(・・・・・・・)った(・・)

 

 

 ――両手で握りしめるのはただ一つ……アレウスの手綱。

 

 

 攻撃をしない――『完全な騎乗態勢』だ。

 空耳になりそうなほど響き渡っていた歓声が次第に耳から消えていく。

 『ゾーン』と言うらしい。

 極度の集中状態によって集中するもの事態に没頭し、それ以外の情報を脳内から遮断する現象。

 すでに体の感覚さえも不確かな感覚で私は視線の先だけを睨んだ。

 そして――不明瞭なアナウンスが響く。

 

 

 

 『それでは! メインイベント、【戦車競走】、決勝戦…………』

 

 

 

 手に汗で滲む感触がした。

 

 

 

 『……………………スターーーートォォォォオオオ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『ガチャ、コンッ!!』

 

 

 同時に隣から……隣の隣の隣、一番離れた出場者から“何か”の音が聞こえ。

 

 

 ――『ドンッ!!』

 

 

 走り出そうとするアレウスと《騎乗》する私。

 そんな私達に向け、高速で何かが飛(・・・・・・・)翔したのだった(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

 ――『加速度』

 

 

 それは加速する速度……などと言うわけではなく『加わる速度』。 

 単位秒あたりに対する変化する速度変化率を表しているベクトル量だ。

 工学系なら授業で、仕事で嫌と言うほど見ることになるもの。

 しかし……今ここで言いたいのはそんな『加速度』についてでもない。

 

 

 『0からの――静止状態からの加速度』

 

 

 その値は物体によって様々だ。

 

 ――道路を時速何十キロで走行する車。

 ――国と国を跨ぐように空を高速で飛ぶ飛行機。

 ――ましてや超音速(・・・)……マッハ2で飛ぶジェット機。

 

 そのどれもが初めから最高速度と言うわけではない。

 仮に爆破など何らかの形で加速しない限り、ほとんどの物体の0からの加速度はそれほど大きいものではないのだ。

 

 

 そして、それはこの<Infinite Dendrogram>も同じこと。

 

 

 同時にこれは『仮の話』、そうこれより先の仮定の話だ。

 

 0から超音速で黄金の義手を振るう【尸解仙(マスターキョンシー)】が。

 その超音速の攻撃を弾き返す【超闘士(オーヴァー・グラディエーター)】がいるかもしれない。

 

 しかし『走る』と言う動きはそれらとはわけが違う。

 

 これは腕を振る……といった動きよりも遥かに複雑で難しい動きだ。

 それ故に九万と言う破格の超音速機動で走る存在が居たとしても、その初速はせいぜいが亜音速だ。

 本来のスピードの十分の一にも届きえない。

 

 

 ――行動を起こす瞬(・・・・・・・)()

 

 ――行動を起こし終(・・・・・・・)えた瞬間(・・・・)

 

 ――そして息を吐く、吸うといった瞬間。

 

 

 それらは現実でも、そして例えゲームの世界だとしても隙になる。

 故にアレウスが、ヴィーレが疾走しようとする瞬間。

 動き出した瞬間は誰も疑いようがない……例え、亜音速であろうと攻撃が可能な致命的な隙(・・・・・)だった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 ――【砲撃騎兵(カノン・ライダー)】である<マスター>の【撃鉄瞬銃 ビリー・ザ・キッド】による抜き撃ち。

 

 

 ソレは――クラン<砂塵旅団>にとっての作戦であり、『先手必殺(・・・・)』の一手だった。

 【騎兵】系統ジョブに就いた者ならだれもが持ちうる弱点。

 

 ――広域攻撃に対する防御力の無さ。

 ――騎獣の駆けるスピードと自身のAGIによる速度の差。

 ――静止からの駆け始めの速度の無さ。

 

 それらを<砂塵旅団>は誰よりも良く、誰よりも分かっていた。

 彼らは“貿易国家”<カルディナ>に所属するクラン。

 砂漠や荒野地帯でこの三か月を過ごし、【騎兵】系統の<マスター>によって作られたクラン――それが<砂塵旅団>である。

 故に彼らは考えた。

 

 

 ――『例え【騎神】といえど、その弱点は無くならないのではないか?』

 

 

 そして……それは正しい。

 此処は闘技場、【救命のブローチ】は使えないのだから。

 そして『早撃ち』と『《騎乗》状態における射撃補正』が掛かる【撃鉄瞬銃 ビリー・ザ・キッド】、その一撃はヴィーレを一撃で戦闘不能に陥れることが出来るほどの威力を秘めていたのだから。

    

 

 まさに同時。

 アナウンスが響くと同時に放たれた一発の弾丸は宙を走る。

 

 

 ――仲間には当たらない。

 幸いなことにヴィーレが跨る騎獣。

 【グランド・デミ・スレイプニル】であるアレウスは他の騎獣よりも一回り大きかったからだ。

 頭一つ飛び出たヴィーレ。

 そしてその頭を狙うことなど、AGI型である【砲撃騎兵】の女性にとっては容易い。

 

 

 

 

 

 ――走り出す四人の騎兵。

 

 ――真っ直ぐにヴィーレの頭へと向けて飛翔する銃弾。

 

 

 観客たちはそのあまりに突然な出来事に歓声を上げる暇も無かった。

 走り出した三人の<砂塵旅団>の出場者は仲間を信じて駆けだしていた。

 『先手必殺』を打ち込んだ【砲撃騎兵】はその銃弾の弾道に確信した。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――《我は不死鳥の騎士為り》」

 

 「なァッ!?」

 

 

 それも、また一瞬。

 小さく呟かれたのその『スキル』。

 その言葉を耳にしたのはヴィーレの隣にいた男性だけだった。

 

 

 ――瞬間、ヴィーレの身体を覆うように構成された『真紅の炎の甲冑』

 

 

 その炎は銃弾を撃ち込んだ【砲撃騎兵】にも届くほどの熱量を持っている。

 近くに居れば【火傷】しそうなほどに劫火。

 唯一人、騎獣の足を止めていた【砲撃騎兵】はその熱に目を細め。

 そして――それを見た。

 

 

 「嘘でしょ?」

 

 

 目に映ったのは少し態勢を崩したヴィーレの姿。

 

 

 ――『当たる直前、宙で融解した一発の銃弾』だった。

 

 

 それは《我は不死鳥の騎士為り》の副次効果。

 任意で上げるステータスに込めたMP&SPに応(・・・・・・・)じた熱量を持っ(・・・・・・・)た甲冑(・・・)を形成するというもの。

 そして、今回ヴィーレがつぎ込んだのMP&SPは『全て(・・)』。

 

 

 結界が解ければ全てが元通りになる――だからこそヴィーレは躊躇わない。

 

 

 それは例えるのなら【炎王(キング・オブ・ブレイズ)】の《プロミネンス・オーラ》によく似ていた。

 高温の熱量は容易く放たれた銃弾を溶かしきるに至り、衝撃だけをヴィーレに伝えた。

 ……『先手必殺』の失敗。

 そして同時に『ヴィーレが攻撃された』。

 この事実に憤怒したモノがいた。

 

 

 『BURURURURUUUUUUッ!!』

 

 「まっ」

 

 

 次の瞬間、【砲撃騎兵】の<マスター>は光の残滓となって消えていた。

 そして、その場所には――何かを蹴り上げた格好のアレウスの姿。

 

 

 スタートの合図からほんの数秒。

 

 ――一人目の脱落者だった。

 

 

 『『『『『お、うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!??』』』』』

 

 

 観客は何が起きたかも理解しきれずに興奮の声を上げるのみ。

 

 

 「……」

 

 

 鼻息荒く地面を蹴り、走りたげなアレウス。

 ヴィーレはそんな中、無言で前を見据えていた。

 視線の先、そのオレンジ色の瞳が映すのは半周先を疾走する三人の騎兵の姿。

 

 

 「……舐めてないよ」

 

 

 ポツリと零されたのはその言葉。

 隣に立っていた男性の<マスター>から言われた皮肉への反論だった。

 

 

 「口酸っぱくして言われたからね、『戦場では油断はしてはいけません』って」

 

 

 ――『ガチャン』

 その言葉と同時に『炎の甲冑』のバイザー(目を守るための可動式の部分)を引き下ろす。

 

 

 ――バイザーに空いた隙間から覗き見えるオレンジ色の瞳。

 

 ――真紅の炎の甲冑と腰からなびく五本の炎帯。

 

 ――激しく嘶く半神の【スレイプニル】である軍馬。

 

 

 そして――ヴィーレは手に握り込んだ手綱を握り、その鐙を強く馬鎧に打ち付けた。

 

 

 「……全力で行くよ――アレウスッ!!」

 

 

 同時に真紅の軌跡だけを残し、アレウスは駆ける。

 彼我の距離は約半周。

 観客が、疾走する三人の出場者がその距離を見た。

 あまりにも大きく優位な『半周差という距離』――それがあまりにも頼りなさげに思えた瞬間だった。

 

 

 

 

 




――え、七話? ほのぼの話?


そんなもの、なかったんや……
この時点で全十話(予定)に伸びました。
 


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第8話 【戦車競走】ー(勝者)

暑さに負けてようやく修正~。
《限界突破》→《リミテッド・オーバー》に変更しました。


 □『とある修行時代の一幕』

 

 

 

 

 

 「【騎兵】の武器とは何だと思いますか? ヴィーレさん」

 

 「……いきなりですね、師匠」

 

 

 ――それは、夜の帳が落ちた夜の森での出来事。

 

 

 ここ二日、三日続いた激しい修行。

 そんな毎日のいつも通りの修行終わりのひと時だった。

 いつも通りの魔樹の森に作られた拠点――『少し開けた場所に焚火がポツンと置かれた場所』、そこでアレウスのケアをしていた私。

 焚火の面倒を見ていた師匠は背を向けていた私に唐突に問いかけてきた。

 こんな会話が一度も無かったというわけではない。

 ただ……いつもとは違う、少し悲し気(・・・・・)な師匠の声に私は【ブラシ】を握った手の動きを止めて振り返ったのだ。

 

 

 「【騎兵】の武器、ですか? ……私は弓を使ってますけどジョブによっても違うんじゃないんですか?」

 

 

 振り向いた先。

 そこには少し悲し気な声で、視線を焚火へと落とした師匠が居た。

 

 

 「……そうですね、少し質問を変えましょうか。【騎兵】にとっての大切なものとは何だと思いますか?」

 

 「それはAGIですけど」

 

 

 少し間を置いた師匠。

 私はその意図を理解しきれず即答する。

 【騎兵】はAGIとSTR、そしてHPに伸びるジョブ。正確に言えば、最も大切なのは騎獣のAGIだと私は考える。

 ――それをこの修行で実感していたから。

 速さでモンスターを翻弄し、弓で止めを刺す。それがあの時の私の戦闘スタイルだったからだ。

 しかし――師匠は私の答えに首を横に振った。

 

 

 「違います。【騎兵】にとって一番大切なのは自身の騎獣の力を引き出すこと、そしてそれを制御し指示を出すことです。……確かにAGIも大切ではありますが、それらが出来ていれば多少の差は埋められるのですよ」

 

 「――? 武器はいらないってことですか?」

 

 「いえ、武器もいらないわけではありませんよ? 騎獣の短所を補い、そして長所を補助する……それが武器です」

 

 

 私はその言葉を半分ほどしか理解できずに頷いた。

 ――私にとっての弓。

 それは遠距離攻撃の手段がないアレウスの補助でもあったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ただ……仮に、仮に騎獣の力の全てを。――限界以上を引き出せることが出来れば、武器は必要ないのです。騎獣そのものが【騎兵】にとって最強で最大の武器となるのですから」

 

 

 ――そう言い切った師匠の言葉は、悲しみに満ち溢れていた。

 まるで何かを後悔するかのような。

 何かを諦めてしまったかのような。

 そんな弱さが見え隠れしていたのだ。

 

 (……どうして)

 

 私は、そんな私自身よりも遥かに強く、そして自由な師匠の悲しみの原因を理解できなかった。

 ただ……戸惑うように、慰めるように勝手に口が動いていた。

 

 

 「――でも、それなら師匠は完璧ですね。師匠の《騎乗》判定は自身の身体なんですし……その力を最大限引き出せるんですから」

 

 

 自身のAGIと騎獣によるAGIの差すらも無い。

 騎獣に自身の指示を伝えるタイムラグも無い。

 『人馬種族』――それはまるで【騎神】に就くのに最も適した種族のように見えたからである。

 だからこそ――

 

 

 「――フフッ、ヴィーレさんにはそう見えますか?」

 

 

 師匠は初めて顔を上げ、自嘲的な笑みを浮かべ小さく笑った。

 

 

 「確かに『人馬種族』は【騎兵】としての、【騎神】としての弱点の半分以上を克服できる種族ではあります。……しかし、同時に可能性の無い種族でもあるんですよ」

 

 「――ぇ?」

 

 「自身の身体自体が騎獣。それ故にモンスターの豊富なスキルは無い。モンスター由来の様々なステータス、しかし私は人馬種族故にAGI型でしかないのですから」

 

 

 その言葉で……私はようやく師匠の言おうとしたことを理解した。

 師匠の声に紛れた悲しみの訳を。

 

 

 ――人馬種族。

 故に純粋な人族のように様々な騎獣に乗り換えることが出来ない。

 

 ――人馬と言う騎獣。

 故にモンスター由来のスキルは無く、持ちうるのは自身のジョブとしての――【騎神】で編み出したスキルのみ。

 

 

 いや、きっとそれだけではないだろう。

 様々な強力な装備品に対する装備制限。

 私には分からない幾つもの制限があるのかもしれないのだ。

 

 

 

 

 

 「――『呪われている(・・・・・・)』」

 

 「……」

 

 「それが私が自身の【騎兵】としての才能に気が付いた際に、真っ先に頭に浮かべた思いです」

 

 

 師匠は既に焚火も。

 私すら見ていなかった。

 

 ――見つめるのは空、上空を覆いつくす黒色の枝。その先に浮かんでいるだろう星を見つめているようだった。

 

 ……届かないのだ。

 空に輝く星が手に掴めないように……人馬種族である師匠には限界があった。

 私にとって強く、気高く、最強の【騎兵】である師匠。

 私は……そんな師匠の悲しそうな顔をただ見たくなくて、顔を背けることしか出来なかった。

 

 

 「時折考えるのです。こんな場所に隠居している私には馬鹿げた考えかもしれないですが……」

 

 

 聞こえてくる師匠の声。

 

 

 「もし……私が人馬種族でさえなければ。ただの人として【騎神】に就けたなら、この先にも行けたのではないかと。

 

 

  ――【騎兵】として(・・・・・・・)の頂に(・・・)

 

 

 同時に感じる師匠の視線。

 そんな視線に釣られるように私は師匠の居る方向へと顔を向ける。

 そして――顔を向けた先にあったのは、私を慈愛に満ちた視線でみる師匠の瞳だった。

 

 

 「ヴィーレさん……我が弟子、【騎兵】ヴィーレ。貴女が辿り着きなさい」

 

 「――ッ」

 

 

 自然と、無意識に息を飲む。

 

 

 「貴方にはたどり着けるだけの才能が、可能性がある」

 

 

 言葉は出なかった。

 出会って間もない、この<Infinite Dendrogram>に降り立った私にとって重たすぎる願い。

 その師匠の言葉に頷くことも。

 目を反らすことも出来ず、ただ固まることだけしかできなかったのだ。

 そんな私の様子に師匠は再び笑みを漏らす。

 

 

 「いえ、老害が出過ぎたことを言いました。先ほどの言葉は忘れてください。

 

  ――火にあたり過ぎました、少しそこら辺を散歩してきます」

 

 

 そう言いながら立ち上がり、森の闇へと消えていく師匠。

 私はただ茫然と、その後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇<“決闘都市”・ギデオン> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 

 「――ハァッ!!」

 

 『HIHIIIIIIIIN!!』

 

 

 両手に握り込み、強く引いた手綱。

 【騎兵】にとって基本的な――加速を意味する指示にアレウスが大きく嘶き、急激に加速する。

 そんなアレウスに合わせ、私も腰を浮かせて闘技場の先を睨み見た。

 

 ――周りの景色が線となって流れていく。

 

 この闘技場は一周が一キロメテル程度の大きなトラックだ。 

 私はそんなトラックを全力で駆け抜け……見えてきた三つの背中を視野に入れ、自然と上がった口端の感触を感じていた。

 

 

 「――捉えたよ」

 

 

 ポツリと呟いた。

 誰にも聞こえるはずの無い宙に消えていくだけの呟き。

 しかし、同時に前方を走っていた【天馬騎兵】の男性の引きつった瞳と目が合った。

 『炎の甲冑』のバイザー越しで一瞬に交錯する。

 

 

 ――『残り十八周』

 

 

 その背中に追いつくまでに、もう半周と掛からないだろう。

 追い抜けば、彼らが勝つ手段は限りなく低くなる。

 ――逃げ切りは不可能。

 故に、私は……視線の先の男性は一瞬の視線の交錯と同時に、瞬時に理解していた。

 

 

 

 

 

 「「――ここが勝負!!」」

 

 

 勝者は一人。

 戦いは避けられず、駆け抜けるべき道も一本しかない。

 ならば私にとって、<砂塵旅団>にとって『ここで決める・・・・・・』以外の選択肢は残されてはいなかった。

  

 

 「お前らァ!! いつものアレをやるぞ!!」

 

 「「――おうっ!!」」

 

 

 「――全部、真正面から打ち砕くッ!!」

 

 『BURURURURUUUUUUーー~ッ!!』

 

 

 闘技場内に響く互いの気迫。

 互いに騎兵……一撃一撃が致命傷に繋がり、戦いが長く続かないことも感じ取っている。

 故に――真っ先に彼ら・・は動いた。

 

 

 「《猿王の暴風咆哮(ハヌマーン)》!!」

 

 「《天候領域》、《ホワイト・フィールド》ォォ!!」

 

 「行くぞッ、《天馬疾走》!!」

 

 

 ほぼ同時に聞こえた三つの宣言スキル。

 その瞬間、闘技場の中――均衡を保っていると思われた状況が一転した。

 

 

 ――【殲滅騎兵】の<マスター>の《騎乗》する大猿の<エンブリオ>。

  地面を四肢で駆けるように走っていた大猿が瞬時に四体分裂・・・・し、その長い尾から闘技場を覆いつくすほどの竜巻を巻き起こした。

 

 ――大鷲型のモンスターに《騎乗》する【魔導騎兵】の<マスター>。

  その左手から小さな光が漏れ、【白氷術師】の奥義であるはずの《ホワイト・フィールド》が辺りを支配する。

 

 ――そして……【天馬騎兵】の男性が《騎乗》する白馬。

  男性の<エンブリオ>と思われる宣言と共に――白馬の姿が変化した。

 

 同時に、私はその変化した白馬――そのモンスターの姿に目を見開く。

 そして――知識だけのその存在に小さな呟きを漏らした。

 

 

 「……【ペガサス】」

 

 

 それは【スレイプニル】と同じ幻獣。

 雷鳴と雷光を運び、天を駆ける翼をもつ馬。

 男性のスキルによって本来の姿を取り戻したペガサスは飛翔しながら一鳴きする。

 その純白の身体に光のオーラを纏い、先ほどまでとは打って変わり、空中を駆けるように疾走する【ペガサス】。

 その戦闘力は優に『純竜級』モンスターに匹敵する。

 

 

 「【騎神】、お前はここで私達が叩き潰させてもらう!!」

 

 

 

 ――答え合わせをしよう。

 

 

 <砂塵旅団>のとった行動、それは彼らにとっての必殺の一手だった。

 いつもは砂漠が広がる国――<カルディナ>で活動するクラン。

 たくさんの【商人】や【大商人】が行き来する<カルディナ>、しかしそんなカルディナの周りには危険が幾つも潜んでいる。

 

 

 ――砂地獄のように砂漠の中に巣つくろう【ドラグワーム】の群れ。

 

 ――砂漠に蜃気楼を作り、敵をおびき出して一飲みにする【ミラージュ・モビーディック】

 

 ――灼熱の陽光降り注ぐ空に飛ぶ【ヴェノム・コンドル】

 

 

 空から、砂漠の向こう側から、砂中から。

 襲い掛かる全てが脅威の危険地帯。

 だからこそ<砂塵旅団>はこのコンボを――一度たりとも破られたことの無い、必殺の一手を心から信用していた。

 

 

 「これっ……アレウス、大丈夫!?」

 

 

 私はその状況に焦った声を飛ばす。

 視界を塞ぐように下ろされたバイザー、その向こう側に見えたのは――一面の銀世界だった。

 

 (足場が滑るっ!!)

 

 【ハヌマーン】の必殺スキルを受け、その威力と範囲を大幅に伸ばした《ホワイト・フェイ―ルド》。

 アレウスでなければ吹き飛ばされてしまいそうな猛威の吹雪。

 炎の甲冑を纏っていなければ身も凍り付いてしまいそうな冷気。

 地面さえもカチコチに凍り付いた様子に思わずスピードを緩める。

 

 

 これが<砂塵旅団>の一手目。

 地中からの敵の不意打ちを防ぎ、その熱を奪い去る絶対の吹雪。

 例え、砂漠であろうと。

 敵が『純竜級』モンスターであろうとものの数秒でその体を【凍結】させる氷の監獄。攻防一体の独壇場である。

 そして――もちろんこれだけでは終わらない。

 

 

 「――?」

 

 

 一瞬吹雪の向こう側で何かが揺らめく。

 地面ではない、空中に揺らいだ黒い影。

 私はその影へと視線を移す。

 そして――それは姿を現した。

 

 

 『HIHIIIIIII~~N!!』

 

 

 大ききな嘶き、しかしアレウスのものではない。

 それは猛威を奮う吹雪の中を、決闘場を逆走するように疾走する一本の矢。

 

 

 「《セイクリッド・ホーン》----ッ!!」

 

 

 白いオーラが吹雪を阻む。

 背後から加速するように後押しする【ハヌマーン】の竜巻。

 額から生え伸びた【ペガサス】の一本角。

 

 それは矢の如き超音速機動(・・・・・)で真っ直ぐに飛翔する【ペガサス】の姿だった。

 

 

 ――これが必殺、<砂塵旅団>の最大攻撃の一手。

 

  

 避けることは不可能。

 かつ、END型の『純竜級』モンスターだろうと貫く一撃!!

 

 二度目は無い。

 体感速度の追いつかない超音速機動故に目も開けられず、当たらなければデスペナルティになる決死の一撃!!

 

 

 あらゆるものを打ち破ってきた一撃は一瞬でヴィーレ達の目の前まで迫っていた。

 誰もが見ていた。

 固唾を飲んで見守っていた観客が。

 【戦車競走】を中継越しに見ていた【大賢者】が。

 警護の任に付き、闘技場を訪れていた【天騎士】が。

 仲間の決死の一撃を見送った<砂塵旅団>の二人が。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――次の瞬間、『光の残滓となり(・・・・・・・)消えていく(・・・・・)【ペガサス】と男性』を見た。

 

 

 

 

 

 「……師匠、今やっとあの時言っていた意味が分かった気がします」

 

 

 

 

 ――『竜王気』にも似た赤いオーラを身(・・・・・・・)に纏い(・・・)、額から生え伸びた二本の刃角を振り切った形で止まるアレウスを見た。

 

 

 

 

 

 歓声も、声もない。

 聞こえるのは竜巻が巻き起こす風切り音と大猿の【ハヌマーン】の駆ける音のみ。

 誰もが一点を……ヴィーレを見ていた。

 同時に理解した。

 

 

 一瞬の交錯。

 その瞬間に【騎神】が《騎乗》するアレウスの刃角によって切り裂かれたことを。

 そして、

 

 

 「……楽しくなってきたね」

 

 

 炎の甲冑の奥。

 その中で不敵に笑う彼女の口元を。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 <砂塵旅団>の<マスター>たちは三つ、大きな間違いを犯した。

 いや……間違いとも言えない。相手が【騎神】であるヴィーレだったからのみ発生した三つの間違い。

 常人相手なら間違いにはならない事。

 本来ならばミスにもならない要因だ。

 しかし……結果的にそれで彼らの決死の一撃は破られることとなったのだから何も言えない。

 

 

 

 ――一つ目、それはヴィーレにとって凍った地面も、吹き飛ばされそうになる竜巻も一切苦にならなかった点。

 

 彼らがとった行動は間違いではない。

 ただ、彼らは知らな過ぎたのだ……知る由も無かったのだ。

 

 ヴィーレが前任【騎神】、師匠と修行した地が“魔樹の森”と呼ばれる魔境であったことを。

 足の踏み場もない。

 黒葉の枝に塞がれた天井からは陽光は殆ど差し込まない暗闇の森。

 そしてそれだけではない。

 【嵐竜王 ドラグハリケーン】――ヴィーレはこれまでに過酷な竜巻の中で『古代伝説級』<UBM>と戦っていた。

 それに比べると……その竜巻はあまりに弱弱しすぎたのだ。

 結果、凍った足場も、そして迫りくる吹雪もさして苦にもならなかった。

 

 

 

 そして二つ目、超音速での攻撃。

 

 AGI型の<マスター>でも避けるのは難しい一撃だ。

 しかし……奇しくもヴィーレはその超音速での戦闘に慣れ過ぎていた。

 

 元より、《ザ・ライダー・デディケイテッド・ブロー》……一撃でも食らえばデスペナルティを避けられない技を『千のゾンビの中で』、『全方位から迫りくる鎌鼬の中で』特攻するヴィーレである。

 普通なら取り得ない行動を……奇人や狂人がとるような行動をとり、そして生き残ってきた天才だ。

 たった一撃。

 加えて超音速によって前も見えていない<マスター>の一撃を躱すなどあまりにも容易いことだった。

 

 

 

 そして三つ目――ヴィーレは武器を持ってい(・・・・・・・)()

 

 ――『アレウス』と言う、最も頼りがいのある武器(相棒)を。

 

 

 【グランド・デミ・スレイプニル】へと進化を果たしたアレウス。

 その進化に伴い額から生え伸びた二本の刃角。

 しかし、本来ならばその角で敵を真っ二つなどには出来ない。アレウスに武器はその強靭な身体での踏み付けや体当たりなのだから。

 刃角は副次攻撃手段に過ぎない。

 だが……アレウスの新たなスキル、進化と共に手に入れたスキルがそれを可能とする。

 

 

 そのスキルの名は――《リミテッド・オーバー》。

 それは【嵐竜王】との戦いで限界を超えて戦うホオズキの姿を見てアレウスが身に着けた、限界突破型(・・・・・)スキルである。

 効果は単純かつ、強力無比!!

 

 ――『MP継続消費による『全ステータス+100%』、使用後、『使った時間×2の全ステータス̠−30%』』

 

 素のステータス(・・・・・・・)を底上げする(・・・・・・)効果だ。

 STR&AGI型であるアレウスではほんの数分。

 一分か二分が限界の制限付きスキル。

 しかし……逆に言えばそれ(・・・・・・・)で充分(・・・)

 

 

 元のSTRが8000程度のアレウス。

 その攻撃力が《リミテッド・オーバー》によって二倍に。

 その攻撃力が更に《幻獣強化》によって+100%に!

 その攻撃力に合わせ、《リミテッド・オーバー》の攻撃力が《一騎当神》によって十倍に!!

 《魔獣咆哮》も合わせれば軽く10万を超えているSTRによる超攻撃。

 

 そして――ヴィーレにはそんなアレウスを操る技術が、スキルが、ステータスが――信頼があった。

 《我は不死鳥の騎士為り》によって全MP&SPが込められたAGI。

 限界まで上げられた《騎乗》スキル。

 限界まで上げられた《乗馬》スキル。

 万が一も外しはしない。

 

 

 

 それら三つの要因が合わさった結果。

 導き出された現象はたった一つ……闘技場に現れていたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 『『『『『う……うおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおーーーっ!!!!!』』』』』

 

 

 水を打ったような静けさは騒めきに。

 何が起こったか分からない混乱は熱気に。

 観客たちは何が起こったのかは見えもしなけれ分かりもしなかった。

 ただ、その結果に興奮の込められた歓声を上げる。

 そんな決闘場の中、観客たちの興奮とは真反対に焦り、そして背中に冷たい汗を流している者たちが居た。

 

 

 「何が……」

 

 「何がじゃないわよっ! 何か手を打たないと!!」

 

 

 声を荒げるのは残った出場者である<砂塵旅団>の<マスター>二人。

 大鷲に《騎乗》し、《ホワイト・フィールド》を継続して放ち続ける【魔導騎兵】。

 大猿に《騎乗》し、【ハヌマーン】の必殺スキルを行使した【殲滅騎兵】の二人だ。

 

 

 ――自分たちのリーダーがやられた。

 

 ――破られたことの無い、必殺の一手が容易く破られた。

 

 

 その衝撃は予想以上の混乱となって二人を襲っていたからだ。

 未知の状況。

 常に判断をリーダーたる男性の委ねてきた二人は咄嗟に動き出すことが出来ないでいた。

 ある意味しかたの無い。

 二人はいつも誰かに従い生きてきた人種の<マスター>だった。

 

 ――勝ち目はない。

 しかし棄権するのは躊躇われる。

 

 ――逃げ切る。

 ……絶対に無理。

 

 ――奇跡を願い特攻する。

 あの相手にか?

 

 判断の付かない考えが彼らを支配する。

 そんな状況で彼らがとった行動、それは……

 

 

 「と、とりあえずこのまま防壁を張り続けるわよ!!」

 

 

 ……現状維持である。

 取りあえずのその場しのぎ。

 時間稼ぎ。

 混乱しきった頭ではまともな考えも浮かぶはずも無かったのだ。

 【殲滅騎兵】の<マスター>はその言葉に頷く。

 

 

 「あ、ああ。わかっ――――――」

 

 

 その言葉は最後まで続かない。

 ――何が起こった?

 

 そう聞かれたとしたらこう答えるしかないだろう。

 

 

 『中から降ってきた黒馬に騎獣ごと頭を踏み抜かれた』、と。

 

 

 「――――ッヒ」

 

 

 悲鳴を上げる暇もない。

 【殲滅騎兵】の<マスター>がいた場所、そこには代わりとばかりに現れた【騎神】ヴィーレが居たのだから。

 猛威を奮っていた吹雪の向こう側に居た宿敵がいたのだから。

 

 鼻息荒く、赤いオーラを纏った軍馬が真紅の目で睨みつける。

 その背に《騎乗》する炎の騎士が――甲冑の奥で輝くオレンジ色の瞳が強い光を放つ。

 

 その目に見られた瞬間、【魔導騎兵】の女性はただ声を漏らすことしか出来なかった。

 うわ言のように、悪夢でも見たかのように。

 

 

 「……どうして」

 

 

 ……と。

 

 どうしてこの一瞬でここまで出来るのか?

 どうやって吹雪の壁を越えてきたのか?

 

 どんな意図が込められていたかは分からない。

 ただ、自然とそんな呟きがその場に響いた。

 そして――そのうわ言が聞こえたはずも無いヴィーレはただ一言言い放つ。

 

 

 「……喋り過ぎだよ」

 

 

 次の瞬間――大鷲に《騎乗》する【魔導騎兵】の身体は崩れ落ちる。

 何が起こったか?

 いつ攻撃されたのかも認識できない一撃。

 ただ……【魔導騎兵】の<マスター>は崩れ落ちる身体で、地面へと落下していく視界でそれを見た。

 

 

 ――大鷲ごと真っ二つに断ち切られた自身の身体を。

 

 ――遥か後方、足跡がヒビとな(・・・・・・・)って一筋に伸び(・・・・・・・)た結界の壁を(・・・・・・)

 

 ――落下していく自信を見下ろす軍馬と【騎神】の姿を。

 

 

 そして……

 

 

 「……これは不可能クエストだっ―――――」

 

 

 最後まで言い切れずに、その体を光の残滓へと変えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――闘技場を埋め尽くしていた竜巻は消えた。

 ――辺り一面を【凍結】させていた吹雪は止んだ。

 ――五人いたはずの出場者は僅か五周で一人のみになっていた。

 

 

 「……」

 

 

 その出場者は……優勝者は――【騎神】は何かをつかみ取ったように右手を上空へと突き上げた。

 そして……

 

 

 『『『『『う……うおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおーーーっ!!!!!』』』』』

 

 

 今宵の一大イベント、【戦車競走】。

 この場に一人の優勝者と後に語り継がれる伝説が誕生したのだった。

 




書くタイミングがありませんでしたが、ヴィーレはこれを機に『レース関係のイベント』には出禁になっています。
……二度とこんなことは起こらないのだ。


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第9話 ガチャ、それは引き返せない博打

先に九話の更新です~
八話の方を大幅修正するつもりですが……時間が掛かりそうなのでさきに第三章を終わらせてから修正しますー


 □<“決闘都市”・ギデオン> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 西へと傾き、空を茜色に染める夕焼け。

 雲一つない空は<ギデオン>の街並みも赤く染め、人々の賑わいを照らしていた。

 

 ――熱狂の赤。

 

 街を染め上げた赤は、まるで未だに【戦車競走】で盛り上がった人々の残熱を表しているようだった。

 様々な種族のティアンが、<マスター>が行きかう通り。

 三日間続く予定の一大イベントは、依然として<ギデオン>の賑わいを冷ます様な様子は見られない。

 そんなメインイベントである【戦車競走】を終えた二日目。

 私はそんな大通りをホオズキとシュリちゃんと共に歩いていた。

 

 

 「それで、どうだったんだよ? 【戦車競走】の方は」

 

 

 人込みの中を無言で突き進むシュリちゃん。

 そんな道中で話題を振ってきたのはシュリちゃん……ではない、意外な事にその横を歩くホオズキだった。

 

 (……ビックリしたー)

 

 まさかホオズキから聞かれるとは思ってもみなかった。

 何だかんだで心配してくれていたのだろうか?

 私は訝し気に私を見下ろすホオズキに驚きながらも返事を返す。

 

 

 「どうって……もちろん優勝したよ? 『強制クエスト』もバッチリ達成できたし」

 

 「そうじゃねぇよ、他の出場者の強さの事を聞いてんだ」

 

 「……聞いてんだ」

 

 

 ……なるほど、そっちか。

 やはり心配してなかったことにいつも通りの二人だと納得しながら苦笑する。

 

 

 「アハハ……みんな強かったかな~。決勝なんかは少しヒヤッてする場面もあったし」

 

 「……」

 

 「……こいつ嘘ついてんな。……ってホオズキ、思ってる」

 

 

 苦笑した私に無言で冷ややかな視線を寄こしてくるホオズキ。

 シュリちゃんがそんなホオズキの内心を代弁する。

 ……別に嘘を吐いているつもりは無いんだけど。

 

 

 「本当に皆強かったよ? だけど師匠と比べちゃうとね……負ける気もしなかったかな」

 

 

 やはり【騎神】はピーキーながらも『超級職』と言うことなのだろう、上級職とは一線を画していたようだ。

 【騎神】のパッシブスキル――《一騎当神》で蹴散らしてしまった感が凄まじい。……もちろん《一騎当神》を使わなくても負ける気はさらさら無いんだけど。

 そんな私の言葉に「フーン」と特に反応を返すこともなく聞くホオズキ。

 

 (……コイツ……言わせてきたのホオズキだよね)

 

 私はそんなホオズキとシュリちゃんを横目で覗き見る。

 

 

 「ホオズキ達はどうだったの? フォルステラさんやフィガロと決闘してたんだよね?」

 

 

 私は仕返しとばかりにそう尋ね……

 

 

 「……聞いてる?」

 

 

 何故か無視し、ガンガンと進み続ける二人の前に先回りして二人を見つめる。

 そんな私にシュリちゃんはホオズキに視線を送り……ホオズキはどこか遠くを眺めるように視線を逸らした。

 ……これは何かある!!

 

 

 「何でもねぇよ……それより早く行こうぜ! 飯屋が埋まっちまうぜ」

 

 「――で、何があったの? シュリちゃん」

 

 

 空元気に早足で歩き出すホオズキを無視してシュリちゃんに視線を移す。

 そんな私にシュリちゃんは肩を竦めるように溜め息を吐きながら何があったか……愚痴を零した。

 

 

 「……ホオズキが馬鹿なせい、全敗した」

 

 「おいっ! シュリ!!」

 

 「……事実、ホオズキが脳筋なせい」

 

 

 そんなに知られたくなかったのだろうか?

 大声を上げてシュリちゃんを睨むホオズキ。

 だけどシュリちゃんはその横で淡々と愚痴り続ける。

 

 

 「……フォルステラ。……ホオズキが油断したせいで、頭をかち割られた。

  ……フィガロ、普通に押し負けた」

 

 

 その愚痴に私は少し目を見開いた。

 

 (……以外だね)

 

 本心からそう思う。

 ホオズキの<エンブリオ>――【到達鬼姫 シュテンドウジ】は生物と言う大きな範囲に対するジャイアントキリングだ。

 今では『特典武具』も持っているので尚更である。

 そう考えると……ステータス以外の部分、武具の性能とリアルスキルの面で負けてしまったのかもしれない。

 そんな事を考える私。

 ホオズキはその横で小さくボヤいた。

 

 

 「チッ、しょうがねぇだろ。あいつ等も特典武具を持ってたんだぜ? それに俺の専門は空手なんだよ」

 

 「そ、そうだね……」

 

 

 流石は決闘ランカー、その実力はコケ脅しではないということのなのだろう。

 私は少し苛立ったような、拗ねたようなホオズキの様子に頬を引きつらせる。

 そして――

 

 

 「……んッ」

 

 「シュリちゃん?」

 

 

 突然、何かを見つけたように一点を見つめ、脚を止めたシュリちゃんに首を傾げた。

 見つけたのは小さな商店の横にあるカフェ。

 一組の<マスター>がちょうど食事を終え、席を立っている場面だった。

 

 

 「……行こ?」

 

 

 シュリちゃんはあそこが良いようだ。

 私とホオズキも特に何かこだわりがあるわけでもない。

 私達は少し視線を交わし……小さく頷くとそのカフェへと向け、歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「……なぁ」

 

 

 イベントの観光客で埋まってしまっただろうカフェの席。

 カフェを見つけてから食事を食べ終えていた私は、その声に顔を上げる。

 

 

 「どうかしたの?」

 

 

 目の前に座るのは豪快に肉を頬張るホオズキ。

 そして私の隣でチビチビと【アイテムボックス】から取り出した【レム酒】を舐めているシュリちゃんである。

 ……可愛い。

 私はそんなシュリちゃんに癒されながら、訝し気な目で私を――私の横でモゾモゾと動く物体を見ているホオズキに視線を移した。

 

 

 「どうかしたの?――じゃねえだろ。ソイツ、そんな姿だったか?」

 

 「……そんな事言われても、食事したら毎回姿が変わってるから」

 

 

 問い詰めるようなホオズキの疑問。

 私はその言葉に首を横に振りながらその物体を見る。

 ……ソレはつい最近従魔にしたモンスターであり、机の上でご飯を食べ続ける生き物。

 

 

 ――ソレは全身を黒く染め、ボーリング玉ほどの大きさの芋虫。

 

 ――ソレはドロップアイテムや機械に関わらず齧り、その度に目の色を赤や青、黄色にコロコロと変える。

 

 ――ソレは未だにレベル1(・・・・)であり、度々姿を変えるモノ。

 

 

 『【アビス・ラビー】のベグ(・・)

 

 私の三体目の従魔であり、一度も戦闘を行わずにいる従魔だった。

 私はひたすらモグモグと目の前に置かれたドロップアイテムなどを齧り続けるベグへと手を伸ばす。

 そして――

 

 

 ――『ツンッ』

 

 

 とその黒いふっくらとした体をつついた。

 すると、ひたすら食べることに夢中だったベグが見た目の似合わぬ俊敏な動きで動いた。

 その黒い体皮を硬い甲殻へと変化(・・・・・・・)させ(・・)、突然体の後ろ部分から生え伸びたサソ(・・・・・・・)リの尾(・・・)で私の手をペシッと払いのけたのだ。

 

 (……相変わらずよく分からないなぁ~)

 

 私はそんなベグの様子にため息を吐き、再びホオズキに視線を移す。

 

 

 「って、毎回こんな感じだよ」

 

 「……いや、こんな感じだよって――ソイツほんとに幼虫かよ!?」

 

 

 初めて見ただろうベグの様子に目を見開くホオズキ。

 私はそれに小さく頷きながらベグの様子を観察する。

 

 (さっきの甲殻と尻尾……私が前に食べさせてあげたドロップアイテムなんだよね……)

 

 先ほどチラリと見せた体を変化させた部分。

 それらは私が昔に【アビス・ラビー】であるベグが何を食べるのか確かめるために上げたドロップアイテムだった。

 

 ――【亜竜甲蟲(デミ・ドラグワーム)】の黒い甲殻。

 ――【ポイズン・スコーピオン】の毒の刺尾。

 

 色々と試した結果、分かったのは何でも食べる雑食であるということ。

 そして、何故か一部のドロップアイテムの特性を身体に付与できるということだけである。

 

 

 「……一応、幼虫だよ? ――それ以外は従魔屋の店長さんに聞いても何も分からなかったけど」

 

 

 そう……何も分からなかった。

 《テイム》と何のモンスターかを教えてもらうために訪れた『魔王商店 中央大陸支部』。

 そこでいつも通り、店長さんに《審獣眼》で見てもらったのだ。

 

 そして……何も分からない(・・・・・・・)、と言うことが分かった。

 

 

 ――モンスターの名称は【アビス・ラビー】

 

 ――持っているスキルは《穿齧》と《アビス・レービング》

 

 ――おそらく【樹霧浸食 アームンディム】によって変化した魔樹の森、そこに新たに発生したモンスターであろうこと。

 

 

 私の言うことは基本的に聞いてくれるがそれ以外は何も知らない。

 それが【アビス・ラビー】であるベグだった。

 

 

 「お前……よくそんな奴、従魔にしてんな」

 

 「……連れてきたのはホオズキとシュリちゃんだけどね。うん……でもまぁ、もう慣れたかなぁ~」

 

 

 そんなことを話す私達。

 

 

 『――――』

 

 

 すると全部食べ終え、お腹が膨れたのかベグが私の手にすり寄ってくる。

 ――《送還》しろって言っているのだろう。

 私は無言で右手の【ジュエル】へとベグを送還する。

 そんな時だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああーー~ッ!!」

 

 

 突然辺りに響き渡った男の叫び声。 

 何か大切なモノを失ったかのような嘆きの声だった。

 

 

 「あぁ? なんだ?」

 

 

 叫び声が聞こえてきた方角――カフェの向かい側へと視線を向けるホオズキ。

 私もそんなホオズキに釣られるように、騒めきが起こり始めた方向へと顔を向けた。

 

 

 ――『アレハンドロ商店』

 

 

 視線の先。

 そこに建っていたのは少し大きな商店。

 多くの【冒険者】だろう<マスター>やティアンが商店を行き来し、人の行き来が絶えない。

 少し中を覗くとたくさんのアイテムの売買やモンスター用の装備なども売っている。

 ……かなり品ぞろえが良くて人気な商店のようだ。

 そんな商店の一角――小さなボロボロの箱のようなものの前に、叫んだであろう男は居た。

 

 

 「……よく分からないけど失神してるね」

 

 

 その男は大粒の白目をむいた目で涙を流していた。

 何かに負けたかのように床に倒れ、その手には『F』と書かれた白いカプセルを握っている。

 いや……よく見れば違う。

 男の周りには数個の『F』や『E』、『D』と書かれたカプセルが転がってる。

 

 (もしかして……あれって)

 

 私はそれらを見て、一つのモノを思い浮かべる。

 

 

 「――【ガチャ(・・・)】?」

 

 

 私達の視線の先――そこに置かれたのは現実のものと変わらない、紛れもないガチャガチャだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 そこからは怒涛のように人の流れが続くこととなった。

 

 一番初めに叫んだ男は<マスター>だったらしい。

 男は目覚めると涙を流しながら何も言わずに『ログアウト』していった。

 その男の様子を見ていたのだろう……【ガチャ】に挑むチャレンジャーが続発することとなる。

 

 

 ――思い切って大金を注ぎ込み……涙を流した女性<マスター>。

 

 ――同じくガチャに挑み、その結果をみて店員さんに突っかかって、何かを言われ肩を落として店を出ていく者。

 

 ――ガチャを回し、『C』のカプセルに声を上げたと同時に《窃盗》で盗まれた者。

 

 

 【ガチャ】に挑んだ者のほとんどが涙を吞み、その場を去っていく。

 当たったとしても見た限り『C』が限界。

 かなりシビアなガチャのようだ。

 

 (……とはいっても、ガチャなんてしたこと無いんだけど)

 

 私とホオズキはその様子を何処か、ネタのような催しのように傍観していた。

 シュリちゃんもお酒が切れたのだろう。

 頬をテーブルにつけるようにしてグッタリとしている。

 そして――次第に辺りは暗くなり、人の数も減ってきた時だった。

 

 

 「……うしっ! 俺達も行くか!!」

 

 「――やっぱり行くんだ、分かってたけど」

 

 

 私は子供に戻ったように目を輝かせるホオズキにため息を吐く。

 

 

 「当り前だろ!? 目の前に【ガチャ】があるんだ、ここで引かなかったら男が廃るってもんだぜ!」

 

 

 ……随分安い上に廃りやすいものらしい。

 席を立つホオズキに続くようにして私も荷物をまとめ席を立つ。

 

 

 「なんだ、お前こそ引きたいんじゃねぇか」

 

 「……ヴィーレ?」

 

 「まぁね? 今までガチャなんて引いたことなかったから」

 

 

 今まで現実ではガチャガチャなんてしたことも無かった。

 いつも遠くでその様子を見ていた子供――それが私なのだから。

 

 (――お金も少し余裕があるし)

 

 【嵐竜王 ドラグハリケーン】の討伐報酬。

 それに加え【スカーレット act.2】の作成の為、闇雲に受けまくった『ジョブクエスト』のお金もそれなりにあった。

 それこそ、<ギデオン>でかなり贅沢しても余るだろうという程度には。

 ホオズキはそれに加え、【炬心岳胎 タロース・コア】の討伐報酬もあるので潤沢だろう。

 

 

 「よし、行くぜ」

 

 

 幸いなことに今は誰も【ガチャ】には並んでいない。

 私達は直ぐに【ガチャ】に挑戦することが出来た。

 

 

 「えっと……入れた金額によってガチャの出る価値も上下するらしいけど、ホオズキはどれくらい入れるの?」

 

 「決まってんだろ……十万リルだ!!」

 

 「……ホオズキ?」

 

 

 ――十万リル。

 ガチャに入れることが出来る最高金額だ。

 

 大声で言い切ったホオズキ。

 その横でシュリちゃんが眉間にしわを寄せ、下から見上げるようにホオズキを睨みつけた。

 ……だけどホオズキも譲らない。

 シュリちゃんの視線から逃げるように【ガチャ】へと突き進み、そして――十万リルという大金を一気に突っ込んだ。

 

 

 「……ハズレだったら、百万リルのお酒。……買ってもらう」

 

 

 ガチャの回す部分へと手を掛けたホオズキの後ろから、シュリちゃんがプレッシャーをかける。

 

 (百万リルのお酒……)

 

 聞いただけでも恐ろしい。

 それだけのお金があればどれだけ良い装備が買えるだろうか。

 そして……気のせいだろうか?

 ホオズキの手は小さく震えていた。

 そして――数度深呼吸すると、何かを決心したように手の震えは止まり。

 

 

 「――いっけえぇぇぇぇぇぇぇええ!!」

 

 

 一気にその持ち手を捻った。

 

 

 ――『ガラガラ』

 

 

 同時に【ガチャ】の中から聞こえてくる機械音。

 私達は謎な雰囲気に息を飲みながら、転がり出てくる穴を見つめる。

 そして――

 

 

 「……あ」

 

 

 穴の奥、転がりながら出てきたカプセルの色は白色だった。

 多分当たりではない。

 良くて『Cランク』の入れた金額と同価値のアイテム。

 悪くて『Fランク』の入れた金額の1/100の価値のアイテムだ。

 私達はドキドキとしながらそのカプセルを手に取ったホオズキをみる。

 そして、カプセルを見たホオズキは眉を顰め。

 

 

 「――『Bランク』だ」

 

 「え?」

 

 

 『B』と大きく描かれた白いカプセルを掲げるように見せてきた。

 

 

 ――『Bランク』は入れた金額の10倍の価値のアイテム。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 私達はその事実に、ひたすら無言でそれを見つめた。

 少しの静寂。

 するとホオズキは我慢できないと言ったように、はやる手つきで『Bランク』のカプセルを開け放った。

 

 

 

 【【鬼斬大刃】を手に入れた】

 

 

 

 私にも聞こえるアナウンス。

 そして、いつの間にかホオズキの両手に乗せられていた大太刀(・・・)

 真っ黒な鞘に納められ、少し刃を抜けば何でも一刀両断してしまいそうな妖美に光る刃が見える。

 見ただけで分かる――とてつもない値段の武具だ。

 私達はその【鬼斬大刃】を凝視し――そして。

 

 

 「……」

 

 「……プッ、ホオズキ」

 

 「……フフッ、アハハハハハッ!! フフ……ごめん、フッ」

 

 

 無言で固まるホオズキをよそに私達は大声を上げて笑った。

 ……失礼だけど、これは笑いを堪えきれなかった。

 出てきた武器、それがまさか――

 

 

 ――鬼系への特攻武(・・・・・・・)()……ホオズキにメタった武器なのだから。

 

 

 『鬼への追加ダメージ』。

 そして『鬼系統モンスター限定の再生妨害』。

 これで切られてしまってはホオズキでも再生できずにやられてしまうだろう。

 

 

 「アハハ……うん、でも大太刀でホオズキにも合ってるし当たりだと思うよ?」

 

 

 黙り込むホオズキ。

 そんなホオズキを励まそうとしたのだけど……何だか煽りみたいになってしまった。

 これ以上口を開いても、失敗してしまいそうだ。

 

 (少し大人しくしてよっ)

 

 そう考え、後ろに下がる。

 そうして、シュリちゃんと商店の中を見て回ろうとした時だった。

 

 

 

 

 「……次はお前の番だぞ、ヴィーレ」

 

 「え?」

 

 「あれだけ俺のこと笑ってんだ、お前も引いてこい」

 

 

 恨めしそうに。

 八つ当たりのようなぎらついた目で私を見るホオズキと視線が合った。

 ――絶対に引かせて笑ってやる。

 そんな何と言おうとも揺るがない、強情な意志が宿った目。

 

 

 「う、うん。別に良いけど」

 

 「……ヴィーレ、頑張って」

 

 

 私はそんな目にただ頷くことしか出来なかった。

 

 (もともと一回は引くつもりだったし良いんだけど……)

 

 私はホオズキに変わって、【ガチャ】へと手を伸ばしす。

 

 

 「……十万リルだからな」

 

 「分かってるよ」

 

 

 お金には少し余裕があるのだ。

 これで外れたとしても大した痛手でもない。

 先ほどのホオズキと同じ手順で【ガチャ】へと最高投入額――十万リルを込める。

 そして、

 

 

 「……えい」

 

 

 驚くほどにドクドクと脈打ち、震える手で一息にその持ち手を捻り切った。

 ガラガラと音を立てる【ガチャ】。

 

 (……お願いっ!)

 

 私はそのカプセルが出てくる穴両手を握り合わせ、目をぎゅっとつぶりながら願う。

 音の止んだ【ガチャ】。

 その中からは先程と別の、固くて軽いカプセルがぶつかりながら出てくる音が響く。

 そして――それは私達の目の前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ハッ、ガッハッハッハッハッハッハッハッハッ!! 人のこと笑えねぇなぁ、おい!!」

 

 「……ホオズキ、さいてー」

 

 

 姿を見せたカプセル。

 ホオズキと同じ白いカプセル――その表面には大きく『F』と書かれていたのだった。

 私はそのカプセルを凝視し――

 

 

 「……おかしい」

 

 

 小さくそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なぁ、俺が悪かったから。な? だからもう止めようぜ?」

 

 「……ヴィーレ、怖い」

 

 

 ――ガチャを回す。

 

 すると――今日三つ目(・・・)となる『F』の文字が書かれたカプセルが転がり出た。 

 ……特になんとも思わない。 

 私は既に慣れ始めた手つきでそのカプセルをこじ開けた。

 

 

 

 【【解毒薬】を手に入れた】

 

 

 

 【解毒薬】、私はフェイの《蒼炎の再生》があるので基本使う機会はなさそうだ。

 私は手に持った【解毒薬】を【アイテムボックス】へとしまい込む。

 

 

 「……いつまで回し続けるんだよ……回しても出ねぇもんはでねぇぜ?」

 

 

 次のガチャ――都合、六回目となるガ(・・・・・・・)チャ(・・)を回そうとした私。

 私はそんな途中に横から掛けられたホオズキの言葉に動きを止めた。

 ……何を言っているんだろう?

 私はホオズキが何を言っているのか理解できずに首を傾げる。

 

 

 「ほんとにそこらへんにしとけ。あまりやり過ぎると癖になって止められなくなるぞ……それにどんだけムキになったって出ねぇもんは出ねぇんだ」

 

 「……違うよ? 私はこのガチャの確立を求めてるんだよ。最初の男性から私達までで『Bランク』が一度。それに白色のカプセルからそれも確実に当たりって言うわけではないと推測できる。そう考えればそろそろ当たりがでても可笑しくはないと思うの。

  それに『Aランク』が当たれば投入金額――十万リルの100倍だよ? それさえ出ればこれまでの六十万リルはチャラになるよ。だからここで止まっちゃ駄目だと思うの。……最低でも後四回、四回以内に『Aランク』以上が出ればいいんだよ。ね? そう思えばここで止めるのは駄目だと思うでしょ?」

 

 「――? そう、なのか?」

 

 「……嘘」

 

 

 止めに掛かったホオズキの隙をついて再度、十万リルを投入する。

 残り僅かになってきた私のお金――ラスト一回の十万リルである。

 

 (……神様)

 

 私は神頼みするかのようにその持ち手を握った。

 これまでの結果は散々だった。

 

 ――『Fランク』が三回。

 ――『Eランク』が一回。

 ――『Dランク』が一回である。

 

 ついでにその中で一番の辺りは【【ジェム‐《クリムゾン・スフィア》】だ。

 それ以外は使いどころも無い日常用品や先ほどの【解毒薬】ばかり。

 正真正銘の最後の一回。

 

 

 「……【戦車競走】よりドキドキするかも」

 

 

 手が震え、喉が渇く。

 手は汗に滲み、視界がチカチカと眩しくなる。

 それでも……手に力を入れ取っ手をゆっくりと回し始めた。

 

 (――――お願いーー~~~ッ!!)

 

 ぎゅっと瞼を閉じ、心の中で叫びながら捻り切る取っ手。

 目を瞑って真っ暗な視界。

 ――そのせいだろうか?

 【ガチャ】から聞こえてくるガラガラという音がやけに鮮明に聞こえてくる。

 そして――

 

 

 ――『コロンッ!』

 

 

 その小さな音と共に私は目を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『金色に光るカプセル』

 

 

 

 

 「―――――ッ!!」

 

 「……まじか」

 

 「……まじ」

 

 

 ――金色。

 それが指す意味はたった一つ、『Aランク』の当たり(・・・)カプセルである!!

 嬉しすぎて視界が涙で滲む。

 私は何かに導かれるように、その金色のカプセルへと手を伸ばす。

 そして――そのカプセルを開け放った。

 

 

 

 【【【逆賊王(キング・オブ・レブル)】の手記】を手に入れました】

 

 

 

 いつの間にか手の中に納まっていた小さくボロボロな手記。

 それは丈夫そうなモンスターの皮に覆われていた。

 私はその不穏な名の『超級職』――その手記を破れないようにゆっくりと捲る。

 そして――

 

 

 「……これって」

 

 

 ソレを見た。

 

 

 ――この<Infinite Dendrogram>の世界と同じ形の地図。

 

 ――更にその中でも<黄河帝国>を拡大したような地図とそこにビッシリと書き込まれたメモ。

 

 ――そして……その地図の一部に小さくつけられたばってんの表記(・・・・・・・・)

 

 

 私はそれを見て、一度にすべてを理解した。

 これは先程のホオズキのような【鬼斬大刃】のような高価なアイテムではない。

 しかし……それ以上のアイテムを示すただ一つの道標。

 

 

 

 

 

 ――『宝の地図(・・・・)』であると。

 

 

 

 

 

 

 

 




【アビス・ラビー】/ベグ

レベル:1
種族:魔蟲系
クラス:下級
保有スキル:《穿齧》《アビス・レービング》
備考:謎多きヴィーレの三体目の従魔。
   何故か戦闘を嫌がり、ひたすらご飯だけを食べる食いしん坊な幼虫。
   嫌いなものは殺虫剤。


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第10話 エピローグ

後半に行くにつれ、適当になっていくスタイル。


 □<アルター王国・南西部> 【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 そこは“決闘都市”・<ギデオン>の南東部に位置する山岳地帯。

 <カルディナ>との国境地帯の山脈続きの山々が連なる場所であり、<アルター王国>では珍しい『亜竜級』モンスターが跋扈する危険地帯だ。

 少し離れたところには<カルディナ>との交易路近くの廃棄砦を根城とする凶悪な盗賊団。

 そしてその他、運び込まれるアイテムを狙う山賊たちが多く狩場にし、通るならば必ずといってよい程護衛が必要不可欠な<クルエラ山岳地帯>が広がる場所。

 しかし……それよりも遥かに危険な。

 『決闘ランカー』などの強者である<マスター>もレベル上げに来る、高レベル帯の山。

 

 

 ――そんな危険な山に三人の人物が訪れていた。

 

 

 

 

 

 『HIHIIIIIーー~N!!』

 

 

 人の足で登るには一苦労しそうな険しい山。

 ゴツゴツとした岩肌をものともしないで駆け走るアレウスの嘶きが広大な山に木霊した。

 ――それは威嚇。

 『亜竜級』のモンスター達の縄張りに踏み込んだアレウス。

 そんなアレウス……侵略者から山に棲みつくモンスター達への挑戦的な嘲りの嘶きだった。

 

 もちろん高い知能を持つモンスターならばそれが罠だと気付いただろう。

 元よりアレウスは『純竜級』モンスターである【グランド・デミ・スレイプニル】、特殊なスキルや特性を持つモンスター出ない限り天地がひっくり返ってたとしても『亜竜級』モンスターが敵うはずも無い。

 故に――その嘶きに煽られるように現れたのは知能の低い。

 この山岳地帯でもヒエラルキーの最下層に居るようなモンスター達だった。

 

 

 『GAWOOOOOOOOOOーー~!!』

 

 

 木々の奥。

 緑一色の草むらから飛び出してきたのは一匹の狼。

 【アーマード・ベイウルフ】という、固い鎧のような甲殻なような毛並みを持つモンスターだった。

 狼系モンスターでありながら群れを作らない一匹狼。

 【アーマード・ベイウルフ】はその魔獣系モンスター特有の素早いAGIで山を下るように加速する。

 そして一息にその凶悪な鋭い牙をアレウスの首に食い込ませようとして

 

 

 ――絶命した(・・・・)

 

 

 知能の低さ故か。

 それともヒエラルキーの最下層という焦り故か。

 【アーマード・ベイウルフ】は気が付けなかった。

 

 

 ――澄み渡るような晴天の空、そんな中響き渡る落雷の音(・・・・)に。

 

 ――なにかが焼き払われた(・・・・・・)ような焦げくさい臭いに。

 

 ――森の中に木霊するアレウスの嘶き、それに被せるように木霊した車輪の轟音(・・・・・)に。 

 

 

 そんないともたやすく【アーマード・ベイウルフ】を焼き払ったモノに《騎乗》する私。

 アレウスが引くソレに乗りながら一部始終をみていた私は小さく笑みを漏らした。

 それは少しの困惑。

 そしてそれ以上のワクワクの笑みだ。

 

 

 「……ほんとに凄い威力。『亜竜級』モンスターが殆ど一撃……【女戦士】のレベルも25をすぐに越えちゃうし、何だか少しだけ申し訳ない気持ちになってくるね」

 

 

 上級魔法職なみの《雷魔法》で辺りを焼き払いながら突き進むソレ――【怒涛之迅雷】。

 【怒涛之迅雷】に《騎乗》しながら手綱を握る私は小さく呟く。

 呟いた声は一瞬のうちに後方に置き去りになる。

 超音速機動で駆ける【怒涛之迅雷】への《騎乗》による激しい風圧が頬を吹きつけ、マッハを越えた事により発生した重力が身体を後ろへと引っ張った。

 しかし、それらの既に慣れ親しんだ負担をお腹に『グッ』と力を込めることで持ち応える。

 

 

 「今更だけど《風圧耐性》や《持久力強化》なんかのスキルレベルを上げていて良かったね」

 

 

 もしも、それらのスキルが無かったらと思うとゾッとする。

 自身でのステータスによる高速機動では自然の法則のようなものは無視することが出来るらしい。

 しかし……【騎兵】系統。

 そして【操縦士】系統なんかのジョブは違う。

 自身で走るわけではない以上、どの行動にも負荷が掛かってしまうのだ。

 

 (アレウスに《騎乗》して走り出したら頭が吹き飛ぶ……なんて冗談笑えもしないよ)

 

 逆に言えば、【騎兵】系統は《騎乗》による負荷に対する汎用スキルが、他のジョブより多いとも言えるだろう。

 

 

 「積極的に『騎兵ギルド』のジョブクエストを受けたかいがあったかな?」

 

 

 【怒涛之迅雷】へと繋がった手綱を片手に。

 フリーの手を空中で走らせ目的の『ウィンドウ』を開いた。

 

 

 

 

 

 『  ・

    ・

    ・

  《獅子勇心》Lv.5

  《風圧抵抗》Lv.10

  《持久力強化》Lv.9

  《筋力強化》Lv.10

    ・

    ・      』

 

  

 

 

 まさに努力の成果だ。

 幾つものジョブクエスト。そして師匠との修行の中でそのほとんどが、レベル限界まで上げられている。

 これらのおかげで無事にアレウスやフェイにも《騎乗》出来ていると言っても問題ない程だ。

 開いたままのメニューをそのままに。

 未だに慣れず、気の抜けない【怒涛之迅雷】の操作とアレウスへの《騎乗》に意識を集中させた。 

 同時に新たなモンスターが飛び出し――ひき潰されてドロップアイテムになる。

 

 『【女戦士】Lv.34』

 

 開いていた私の『ウィンドウ』。

 半透明な画面に表示されていたジョブレベルがまた一つ、その数値を変化した。

 

 

 「何でお前がモンスターの心配してんだよ。モンスターはモンスターだぜ? レベルが上がりやすいんだ、単純に喜んでればいいんだよ」

 

 「……歩かなくていいから、らく」

 

 

 【怒涛之迅雷】を操作する私。

 その後ろに座りこむ様にチョコンと相乗りしていたホオズキとシュリちゃんが私の呟きに反応した。

 かなり狭いからだろう、ホオズキの膝上に座るシュリちゃん。

 そのシュリちゃんに抱えられるようにして雛鳥形態のフェイがうたた寝する。

 ――二人と一匹。

 何もしていない(・・・・・・・)その姿を、私はチラリと傍目で一瞥した。

 

 ――そう、何もしていない。

 

 アレウスはただ全力で【怒涛之迅雷】を引いて走っているだけであり、私はそのチャリオッツが木などにぶつからないようにアレウスに指示を飛ばしているだけ。

   

 (……確かにこれは『兵器』だ)

 

 モンスターを焼き払う紫電も。

 険しい道をものともしないその性能も。

 【騎神】の《一騎当神》や《幻獣強化》を使わずとも超音速機動に至(・・・・・・・)ることが出来る(・・・・・・・)補正(・・)も。

 それらの全てを【怒涛之迅雷】が補っている。

 

 

 「デメリットもあるけど、これはやっぱり強すぎだよね……」

 

 

 私はそう独り言をしながら、【怒涛之迅雷】の詳細が記されたウインドウを片手で開いた。

 

 

 

 

 

 【怒涛之迅雷(ラーズ・ライトニング)

 『特殊装備品』(騎乗用)

 先々期文明の名工フラグマンが制作した『戦闘系超級職』専用騎乗チャリオッツ。

 『完成された失敗作』

 詳細不明。

 

 装備スキル

 ・《駆ける迅雷》

 ・《慣性操作》

 ・《重力軽減》

 

 

 

 

 

 その姿を近くで見れば、無骨ながらも緻密に作られたのがよく分かる。

 私よりも遥かに大きいオレンジ色の魔導車輪。

 【怒涛之迅雷】の本体部分は耐久力に秀でた【アダマンタイト】で形どられているが、実際に乗ってみると金属特有の硬さや冷たさは全く感じない。

 張り巡らされたモンスター皮が衝撃を完全に吸収しているようだ。

 内部からは機械音のようなものも聞こえてくる。

 見えはしないけど機械と魔法のハイブリットらしい。

 

 

 「問題は……スキルの方かな?」

 

 

 そう、スキルだ。

 【怒涛之迅雷】の装備スキル、それらはどれも『特典武具』についていても可笑しくないような強力なスキルばかりだった。

 私はウインドウに載せられたそのスキルをタップし、詳細を表示する。

 

 

 

 《駆ける迅雷》

 ・パッシブスキル

 装備者が《騎乗》することで発動するスキル。

 装備者の《騎乗》レベル×5%、騎獣のAGIを引き上げ、走行スピードに応じて《雷魔法》を纏う。もしくは放つことが出来る。

 

 

 《慣性操作》

 ・アクティブスキル

 急停止や急発進、直角に曲がるなど本来では有り得ない行動を可能とする。

 

 

 《重力軽減》

 ・パッシブスキル

 重さを軽減する。

 

 

 

 ……特に一つ目のスキル、《駆ける迅雷》が強力だ。

 

 (私の《騎乗》スキルのレベルは10)

 

 つまり、今この状態でもアレウスのAGIは50%引き上げられていることとなる。

 アレウスのAGIは素で8000程度なので……何のスキルを使わずとも超音速に達している計算だ。

 加えて、《雷魔法》は対物にも大きな効果を発揮する魔法属性。

 そんな雷が無差別に周囲に放たれるとなると……

 

 

 『KIIIEEEEEEEEEッ!!』

 

 『GA、GUGAWOOOOOOOOOO……』

 

 『---~~ッ!!』

 

 

 【怒涛之迅雷】から放射状に放たれた紫電が迸り、隠れていただろうモンスター達を焼き払っていく。

 例え、木の中だろうと岩陰だろうと関係ない。

 紫電はそれらを破壊し、融解し、簡単に『亜竜級』モンスターを倒していった。

 

 

 「……」

 

 

 チラリと駆けてきた道のりを覗き見る。

 そして――私は目を反らした。

 

 

 ――木々が生い茂る山に出来た一本の道。

 ――何故か地面がはっきりと見えるその道には地面が砕かれ、そして焼き溶けて就いただろう二つの車輪跡と一頭の馬の蹄がくっきりと残っているのを見て。

 

  

 ……きっと誰がやったかなんて分からないよね?

 モンスター同士の争いで付いた可能性もあるわけだし。

 

 

 「なぁ、そろそろ今回のターゲットは見つかったか?」

 

 「……【キング・バジリスク】」

 

 「うーん、それらしい痕跡(・・)はまだ見つからないかなぁ」

 

 

 そう、今回私達はただこの山を荒らしに……レベル上げに来たわけではない。

 私達が受けたクエスト、それは

 

 『<クルエラ山岳地帯付近の山で起こった異変の調査、そしてその原因の排除』

 

 である。

 クエスト発生の切っ掛けは<カルディナ>とを繋ぐ交易路の付近で見つかった腐り落ちた植物(・・・・・・・)の発見だった。毒を使うモンスター事態は<アルター王国>でも珍しくは無い。

 しかし……問題はその原因となる毒のレベルと範囲、そして辺りに残された戦闘恨だった。

 

 ――余りに広範囲、かつ地面から腐臭が上がるほどの猛毒。

 ――大型の『純竜』のモノであろう爪痕。

 

 それらから導き出されるモンスターはそう多くは無い。

 

 

 ――特級の危険生物に指定され、常に賞金がかけられているモンスター――すなわち【キング・バジリスク】。

 

 

 迅速かつ、確実に仕留めなければ山一つ腐り落ちるだろう被害が出る『緊急クエスト』。

 そしてそこに居合わせてのが私だ。

 【戦車競走】で見せた戦闘力に加え、状態異常の効かない<エンブリオ>。

 白羽の矢が立つのも頷ける。

 

 

 「ホオズキの方は見つけられないの?」

 

 「あー、俺達は『血』の感知に長けてるつってもあくまで流血してる血だけだ。怪我も何もしてない奴の血を感知できるほど万能でもねぇんだよ」

 

 「……半径20メテル、反応なし」

 

 

 【キング・バジリスク】がちょうど運よく怪我をしているとも思えない。

 そもそも敵は猛毒を操り、強固な竜鱗を持つモンスターだ。

 ホオズキ達が見つけられる可能性はあまり期待できないと考える方がいいだろう。

 

 (……と、なれば)

 

 と恵右行動はたった一つ。

 私は新たなスキル――五つ目のジョブ(・・・・・・・)のスキルを行使した。

 

 

 「――《ハンティング・フィールド》」

 

 

 私が【女戦士】と同時進行で取ったジョブ。

 それは【狩人】系統派生下級職――【弓狩人(ボウ・ハンター)】だった。

 対モンスター系統のスキルを多く覚えることができ、覚えられる汎用スキルの数も多い。

 

 ――弓での攻撃スキル。

 ――汎用的な《殺気感知》や《看破》などの汎用スキル。

 

 それらは現状の私にとって足りないものを全て補ってくれるジョブだったのだ。

 そして今回使用したのは《ハンティング・フィールド》。

 一定範囲内のモンスターの位置などを知ることが出来る感知系スキルである。

 私の【弓狩人】のレベルは1。

 もちろん【弓狩人】で覚えることのできるスキルのレベルも1であり、《ハンティング・フィールド》の効果範囲もごく狭い範囲でしかないのだが……

 

 

 「……見つけた」

 

 

 範囲のギリギリ内側。

 《ハンティング・フィールド》に引っ掛かった一際大きな反応を感知した。

 そして……私は冷たい汗を流す。

 

 

 「……ホオズキ」

 

 「あぁ?」

 

 「【キング・バジリスク】だと思ってたけど……もしかしたら違うかも。どちらかと言うとこれは――」

 

 

 (――<UBM>)

 

 これまで戦ってきた<UBM>との雰囲気に似ていた。

 何も可笑しいことなどではない、元々【キング・バジリスク】とは確定しては居なかったのだから。

 慣れない【怒涛之迅雷】での戦闘。

 微量な不安感が手に汗を滲ませた。

 

 

 「ヴィーレ、近づくと同時に降りる、援護たのんだぜ」

 

 「……戦闘しないで済むと、思ってたのに」

 

 

 背後でホオズキが立ち上がるような気配を感じ取る。

 狙いは一瞬。

 出会いがしらの首だ。

 【怒涛之迅雷】の紫電で怯ませ、ホオズキがその首を切り落とす。

 上手くいけばそれでお終いだ。

 

 

 「フェイ、アレウス、準備は良い?」

 

 『KUWEEEEEEEEEEE!!』

 

 『BURURURURURUUUッ』

 

 

 フェイが猛毒を打ち消す《蒼炎の再生》の準備を。

 アレウスが《幻獣強化》と《一騎当神》、《魔獣咆哮》と《限界突破》の発動準備をする。

 そして――

 

 

 「……行くよッ!!」

 

 

 ――私は手に握り込んだ手綱を引き、【怒涛之迅雷】が紫電を発しながらその場所へと駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――えッ?」

 

 

 そしてそれを見た。

 ……見てしまった。

 

 

 ――視界を奪った噴火かと思うほどの大爆発。

 

 ――チラリと見えた『緊急クエスト』の原因だろう<UBM>の名。

 

 ――爆発音に被さり掻き消された、その<UBM>の断末魔を。

 

 

 (ッ! とにかく一旦この場を離れなきゃっ!)

 

 急遽、アレウスに指示を出し、その場から離れるように離脱する。

 モクモクと視界を隠す土煙。

 少し離れた場所でそれを見ていた私達は土煙がおさまりだすとその光景を目にした。

 

 

 「こいつは……ただの戦闘じゃこうはならねぇな」

 

 「……血の反応、無かった。……たぶん一撃、かな?」

 

 

 砂煙がおさまりだした山面。

 そして大小無数のクレーターによって荒れ果てたその姿を。

 もちろんそこに<UBM>の姿など残っているわけもない。

 ただ分かったことは、<UBM>すら一撃で仕留めうる“何か”がその場にいたということだけ。

 

 

 「……《ハンティング・フィールド》」

 

 

 先ほどの爆発からそれほど時間も経ってはいない。

 まだ近くに潜んでいるのではないか?

 そんな考えから発動させた《ハンティング・フィールド》。

 そのスキルに反応は――

 

 

 

 

 

 ――あった。

 しかし、先ほどまでとは違う。

 一体の<UBM>とそれに付き従うような大量のモンスターの反応。

 《ハンティング・フィールド》の範囲ギリギリに捉えた、その反応を確認すべくそれらの方向へと振り返った。

 

 

 「……【爆撃大尉獣 ボム・モンガー】?」

 

 

 そして大空を滑空するように飛ぶ、それらの姿を。

 それを率いる<UBM>の名を呟いたのだった。

 



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第四章 義賊の流儀と命の値段
前話 砂漠横断


とりあえず更新です。
次の更新は8月予定ww


 □都市国家連合カルディナ・<ヴァレイラ大砂漠> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 果てしない砂の地面が続き、草木一本も見当たらない大砂漠。

 そよ風が吹けば地面に降り積もった黄色い砂が宙を舞い、視界を朧げに塞ぐ。

 上空を見上げれば灼熱の太陽が爛々と容赦なく照らし、熱しられた砂漠の奥で熱気によって出来た蜃気楼が揺らめいた。

 まともに地面を歩こうとすればその熱気と砂に体力を削られ、すぐに【脱水】に陥ってしまうだろう。

 そして――

 

 

 『GIGHWOOOOOOOOO!!』

 

 

 ――もちろんそれだけではない。

 砂漠を高速で疾走する蠍型モンスター。

 砂を飲み込み、地面に擬態するように砂中を悠々と泳ぐ大きな鯨型モンスター。

 見えるモンスター全てが強力なモンスターばかりだ。

 この過酷な環境に加え砂漠特有のモンスターである、まともに戦えずやられてしまうのは目に見えている。

 そんな大陸の大部分を占め、そのほとんどが砂漠で構成された国。

 

 ――幾つもの都市が合わさり出来た“貿易国家”であり連合国……<カルディナ>。

 

 

 

 

 

 「かれこれ二日くらいずっと砂漠しか見えないけど……本当にこっちで合ってるのかな……?」

 

 

 <カルディナ>の西部に位置する砂漠。

 <ヴァレイラ大砂漠>を私達はゆっくりと東に向かい移動していた。

 

 

 「おぃ、マジで頼むぜ……流石にこんなところに何日も居るのは飽きるぞ」

 

 「……暑い。……怠い。……死んじゃう」

 

 

 後ろから聞こえてくる……耳にタコが出来る程聞いた愚痴。

 今日だけでも何かい耳にしたか分からない声に深い溜息を吐く。

 

 ……これでも一番楽な方法で移動しているのだからあまり口は言わないで欲しいよ。

 

 私はそんな口元まで出かかったぼやきを飲み込み、呆れるような視線を背後に向けた。

 そして――二人の姿を見た。

 

 

 ――上裸になり、肌を焼くように寝転ぶホオズキ。

 

 ――いつもとは違う……薄着になりながら、冷たい場所を探すようにコロコロと転がるシュリちゃん。

 

 

 砂漠を渡るべき格好とはかけ離れた姿。

 私は予想を上回るその様子に目を見開き。

 

 

 「……怪鳥にでも連れ去られちゃえばいいのに」

 

 「戦闘すんのもだりぃ~、頼むから『隠蔽』は解かないでくれ~」

 

 「くれ~」

 

 

 私達三人揃ってグッタリとする。

 本来なら砂漠を横断するのも過酷であり、デスペナルティになることも珍しくもない<ヴァレイラ大砂漠>。

 徒歩なら地獄。

 騎獣でもその種類をかなり選ばれる。

 唯一、一番楽だろうセーブポイント付きの竜車だが……そんな高価なアイテムを持っている【商人】が簡単に見つかるはずも無い。

 そんな<マスター>にとっては鬼門の砂漠。しかし私達はその<ヴァレイラ大砂漠>を特に何もするわけでもなく、簡単に横断することが出来ていた。

 

 

 「本当にアロンが居てくれて助かったね……」

 

 『GUGWA、GUGWAAAAAAAAA~~!!』

 

 

 もしも移動するヴィーレ達の姿を第三者が見れば……驚きのあまり腰を抜かしてしまうかもしれない。

 少なくとも確実に驚く。

 ……それか認識できない(・・・・・・)の二択だ。

 ヴィーレ達の移動手段、それは傍から見れば動く山に乗っている(・・・・・・・・・)のと変わらないのだから。

 隠密能力とその大きさに秀でた【リソスフェア・ドラゴン】のアロン。

 その特異性故かレベルが上がりづらいアロンのレベルはこれまでの旅でゆったりながらも上がり、『レベル12』まで上がっていた。

 【嵐竜王】との戦いでも半径30メテルはあったアロンである。あれより倍以上にレベルの上がったアロン。

 その体長は既に2キロメテルを優に超え、まさに誰にも気づかれることなく移動する山。

 ……隠密の移動要塞と化していた。

 

 

 ――ゴゴゴゴゴォォォォォオオオ!!

 

 

 地鳴りのような音が鳴る。

 すると同時に巨大な上へと突き上げる二本の牙が、砂中から潜るようにさらい上げられた。

 アロンの下顎から生え伸びる二本の黒い牙。

 その牙は大量の砂と共に、一体の【亜竜甲蟲】を救い上げ……

 

 

 ――『ピロンッ!』

 

 

 私の手元に開かれたウインドウ。

 ……アロンのレベルやスキルなどの詳細が記されているレベルの欄が、12から13へと変化するアナウンスと共に食いちぎられた。

 その後もガジガジと歩きながら顎を鳴らすアロン。

 

 (……美味しいドロップアイテムでも出たのかな?)

 

 何かを齧りながら硬い甲殻に覆われた目を細めるアロン眺める。

 

 

 「美味しい?」

 

 『GAGWAAAAAー』

 

 

 頷き代わりに咆哮するアロン。

 

 

 「俺らはえれぇがそいつはやけに楽しそうだよな……何でかは知らねぇが」

 

 「……シュリも美味しいお酒、飲みたい」

 

 

 そんな感想を耳に、楽しそうに砂漠を突き進むアロンを見つめ続け。

 

 

 「うん……実際に楽しいと思うよ? 街中や<レジェンダリア>ではあまり外に出してあげられなかったし」

 

 

 そう返事を返した。

 アロンに全て任せきってしまい申し訳ない気持ち半分。

 そしていつもとは違い、伸び伸びとさせてあげられて嬉しい気分半分である。

 ひたすらゆっくりと歩きながら、《地盤超重》を一点に集中させた応用。

 自身の身体に纏った地盤を変化させて様々な形にしたりと色々試しているのを見ているのは、ずっと見ていて楽しい光景だ。

 

 (隠密能力で殆どモンスターにも見つからないし、暑いのを除いたら楽なんだけど)

 

 仮にアレウスやフェイに《騎乗》し、【怒涛之迅雷】で一気に駆け抜けるのが一番楽な選択肢なのかもしれないが……

 

 

 「……しょうがないよね?」

 

 

 私はアロンから目を離し、私達の後方――アロンの甲羅の後方へと視線を移した。

 まるでサッカーグラウンド。

 いや、それ以上に遥かに広く、ゴツゴツとした岩盤のような甲羅。

 そんな私の視線の先に映ったのは三つ並んだ大きな【簡易テント】、そしてその周辺にたむろう数人のティアンの姿があった。

 全身に《隠蔽》効果の付いた白いローブを纏った集団。

 そんな中の一人の青年が私の視線に気が付いたのか、手を振りながら私達に近づいてきた。

 

 

 「本当に助かりましたぁ~ヴィーレさん。あなた方が通りかからなければ荷物を全部失って、今頃野垂れ死かモンスターの腹のなかでしたぁ~」

 

 

 話しかけてきたのは白いローブを被った中でも一際若い青年だった。

 

 

 ――この世界ではあまり目立たないくせ毛のある茶髪。

 

 ――他のティアンの人々とは少し違い、ローブの各所に身に着けた軽装。

 

 ――腰に小さなナイフを装備した柔和で人懐こそうな顔の青年。

 

 

 私はニコニコと笑う青年――【大商人】である『シアン』さんの言葉に首を振り、笑いかけた。

 

 

 「いえ、ちょうど通りかかっただけだったので……それに私達も都市までの案内をしてもらっているのでお互い様ですよ」

 

 「……そう言って貰えると助かります~、こんな安全な旅に同行させて貰えるだけでも恩を返しきれる気はしませんがぁ~」

 

 

 私の言葉にシアンさんはににこやかに笑いながら頭を上げる。

 彼らは<愚者の石積み>と言う少人数で商会をしている<カルディナ>出身の商人たちらしい。

 つい一年前ほどに出来たティアンだけで構成された商会、そしてその商会長を務めているのが【大商人】兼、護衛であるシアンだ。

 

 (こんな温和そうで同い年に見えるシアンが商会長なんて以外だけど……)

 

 この世界の人々は私の知り合いの『騎兵ギルド』の皆も含め、逞しい人が多いようだ。

 

 

 「はぁ~、それにしても<アルター王国>を出て早々に砂嵐に巻き込まれるとは……。モンスター相手なら多少は何とかなりますが運の悪いものですね~」

 

 「アハハ……それは運が無かったとしか言いようが無いけど……。でも今更だけど、近くの街で『竜車』を調達する方があったんじゃないんですか?」

 

 

 今更ながら不思議に感じ、シアンに尋ねる私。

 そんな私に向け、彼は何処か残念そうに首を横に振った。

 

 

 「残念ながらそれは出来なかったんですよ~。実は私達<愚者の石積み>は全員、孤児出身の商人でして……お恥ずかしい限りですが、売り上げの一部を孤児院に入れてましてねぇ~。

  おかげさまでカツカツでして竜車を調達する資金さえなかったんですよ~、それに……」

 

 

 より一層、笑みを深めながら私。

 そして次にアロンの上でくたびれるホオズキへと顔を向けるシアンさん。

 

 

 

 「……これでも【大商人】ですからぁ~、人を見る目はあるつもりです。そしてヴィーレさん達についていけばいつも以上に安全に<ヴァレイラ大砂漠>を渡れると踏んだのですよ、例えヴィーレさん達が<マスター>だとしても、ね~」

 

 「……なるほど」

 

 「はぁ~……まぁ、商品を見る目はあまりないらしくこうして貧乏商店をやっているんですがね~」

 

 

 ケラケラと笑うシアンさん。

 一見、何を考えているかがよく分からない人ではあるが、本当は色々と考え込んでいるようだ。

 

 【商人】系統は非戦闘職であり、同時に覚えることのできる汎用スキルも多いジョブである。

 商人として必須な《鑑定眼》はもちろん。

 値切りをする《交渉術》や審議を見極める《審議判定》、《格納》など【アイテムボックス】内の容量を増やしたり管理するスキルが多彩に存在する。

 そして……その中に《看破》が合っても可笑しくはない。

 私とホオズキ、そしてシュリちゃんは《隠蔽》などの装備は一切つけてはいないのでほとんどのジョブなどを読み取られてしまったのだろう。

 

 

 「何ていうか……同い年に見えるのに商会の長を務めたり、色々考えたりって凄いですね!」

 

 「そうですか~? 少し照れますね~。まぁ、実を言ってしまえばこう見えてかなり年を取っているのでヴィーレさんよりは年上なんですけどね~?」

 

 

 そう笑いながら、チラリと自身の白いローブを捲るシアンさん。

 そのローブの奥。

 耳元には普通の人とは違う……エルフ特有の長い耳が見えていた。

 

 

 「ハーフエルフと言うやつです、これは秘密ですよ~?」

 

 

 どこか悪戯が成功したようにニヤリと笑みを見せるシアンさん。

 ……うん。

 

 (……もう、これから見た目で人を判断できないや)

 

 私の所属国が<レジェンダリア>だからだろうか?

 むしろまともな人族の方が少ないような気さえもする。案外、百年…二百年生きてる人の方が普通なのではないかと思えてくるほどに。

 

 

 「……あ、そう言えばシオンさん達の拠点のある都市はもうすぐなんですよね? 後どれくらいか分かったりしますか?」

 

 

 ついでにこれも聞いておかなければならない。

 私達の目的地。

 それは<カルディナ>――ではなく、その向こう側に在るだろう<黄河帝国>。

 【ガチャ】で当たった【【逆賊王】の手記】に記された宝物だ。

 そのためにも、配達などのクエストや食料の調達などを繰り返しながら<カルディナ>を渡らなければならない。

 そんな私達が一つ目の目的地に決めた都市。

 そこがシアン達、<愚者の石積み>の拠点ある街だった。

 

 

 「そうですね……このスピードなら明日の朝には着きますよ~」

 

 「……良かった~」

 

 

 アロンのAGIはギリギリ1000に届くか届かないかという程度。その速度は竜車と比べるとやはり亀の歩みだ。

 しかし、アロンの隠密性と休憩なく進み続けたおかげで意外と早く着きそうである。

 

 (流石にこの旅をあと数日続けるのは辛かったし……本当に良かったぁ~)

 

 これでホオズキ達の愚痴を聞かないで済む。

 

 

 「……はぁ~、あの、ヴィーレさんたちはどれくらい街に滞在する予定何ですかぁ~?」

 

 「――? 4日ぐらいだと思いますけど」

 

 

 そんな私の返事に突然、眉を顰めるシアンさん。

 その様子に不思議そうに首を傾げる私に向け、考え込みながら一言言い放った。

 

 

 「でしたら是非私達の商店へきてください、この旅手のお礼をさせていただきますよ~。そして……」

 

 

 顔を上げ、一瞬だけシュリちゃんを一瞥し、再び口を開いた。

 

 

 「出来れば直ぐに旅立った方が良いかもしれません~。今、街は……殺人と冤罪に溢れ、【義賊王】が暗躍する血にまみれた街になってますから」

 

 

 そう言うシアンさんの顔には先程の柔和な表情はいっさい見えず、細く開かれた目は真っ直ぐに砂漠の向こう側を見通していたのだった。

 

 




【リソスフィア・ドラゴン】/アロン
レベル:13
種族:竜系統(地竜種・変異種)
クラス:亜竜級

保有スキル:
・《地盤超重》
・《地盤操作》
・《隠密》

備考:
師匠が<カルディナ>の<極冬山脈>の麓で保護した小さな地竜。
通称、地盤竜であり様々な環境をものともせず生き抜く事が出来、その目撃例は凄まじく少ない。
高い隠密性、屈指の防御手段を持つ。
成長するほどその大きさを増していき、過去には<アムニール>に匹敵する程の大きさを誇った<UBM>も確認されている。

基本、食いしん坊で暴れん坊。
好きなものはヴィーレ、そして牙研ぎ。

『水陸両用の移動要塞』、砂漠も水中もどこでもごじゃれ。


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第1話 “氷冷都市”<グランドル>

久しぶりの投稿です~。
八月中に更新する詐欺を働き、だらだらと読専になって……なんか申し訳!!



リハビリしながらゆっくりと更新していく『予定』(保険)です~。
念のため、捏造設定多めです。


 □『カルディナ』 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 東の地平線が薄っすらと白く染まる。

 

 

 この<Infinite Dendrogram>の世界でも太陽は東から昇り、そして西に沈むらしい。

 <レジェンダリア>の森林では滅多に見れないだろう景色。辺り一面を砂漠に囲まれた<カルディナ>だからこそ見ることが出来る、一種の幻想的な景色である。

 時刻はまだ陽はその全貌の一部しか見せていない――夜明けの時間だ。

 

 ――数メテル先しか見渡すことのできない暗闇。

 ――ゆっくりと西に向け沈みだした月。

 ――砂漠の空に浮かぶ輝く星々。

 

 そんな中、私は昼夜に関わらず歩き続けるアロンの背の上で膝を抱え込み、じっと前方を眺めていた。

 

 (……寒い)

 

 昼間はまるでサウナのような蒸し焼き状態だった砂漠、しかし今はその姿を一転。真逆の世界へと変えていた。

 

 

 「砂漠の夜は寒いっていうけど――寒すぎだね」

 

 

 ため息と感嘆を混ぜた「ハァ」と吐き出された吐息は、一瞬で外の冷気に冷やされ白い靄となって空気中に消えていく。

 大規模な冷凍庫へと姿を変えた砂漠の夜、その気温は優に-40℃を下回っているだろう。

 ……いや、きっともっと低い。

 北にそびえた<厳冬山脈>に近いこの場所は他の場所よりも気温が低いはずだ。

 何の装備や準備も無く砂漠を横断しようとすれば【凍結】して死んでしまうことを想像するのはそう難しくもない。

 

 

 「私もフェイが居なくちゃ危なかったよー」

 

 

 そんな独り言を漏らした。

 同時に腕の中で寝息を立て、赤く燃える羽毛を持つフェイをギュッと抱きしめた。

 ――『Gwee‼』と何かが潰れるような音がした……が無視する。

 ご主人様を捨て置いて一匹、ぬくぬくと眠るなんて許されないのだ!

 二度寝に入ろうと身体を小さくし、丸くなるフェイを腕の中で弄り倒す。

 

 

 「いつもアレウスの上で寝てるんだから眠くないでしょ? ……起きてる時間の方が短い気すらするし――このままじゃ駄鳥になっちゃうよ?」

 

 『KWEEEEE~~』

 

 

 文句を言いたげな低い鳴き声。

 薄っすらと目を開け、翼を広げうつ伏せになるフェイの姿に私は思わず小さな苦笑を漏らした。

 

 

 「それに……」

 

 

 苦笑しながら空を見上げる。

 目に映るのは朝と夜の境界線。

 朝焼けの光が昇り、星が輝き、月が沈む。そして何も遮るものの無い自由の空に、彼方まで続く果て無き地平線である。

 

 

 「これは――一回ぐらいは飛んでおかないとね?」

 

 

 私はワクワクとした気持ちを落ち着かせながらニヤリと笑う。

 そんな私の様子に、フェイは面倒くさそうに小さく項垂れる。  

 それはきっと何をしても『空の散歩』からは逃げられないと分かってしまっているからだろう。

 

 

 「ほらっ、早くしないと完全に陽が昇っちゃう」

 

 『KWE、KWEEEE~』

 

 

 急かす私の声に炎の身体を巨大化させたフェイ。

 そして……

 

 

 「うん、それじゃあ行こう!」

 

 

 楽しそうに弾む声を掛け声に、朝の散歩へと不死鳥は空に飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ――酷い目にあった……」

 

 『KWEE、KWEEEEEEee』

 

 

 ヴィーレを乗せたフェイが朝焼けの空へと空中散歩に飛び立ってから数分。太陽がその姿を完全に表し、ジリジリと空気が熱くなってきた頃。

 何処か疲れた様子のヴィーレとフェイはアロンの堅殻の背の上には腰を落とし、荒くなった呼吸を鎮めるように深呼吸をしていた。

 

 (はぁ~、油断してた)

 

 背筋の冷や汗に眉を顰めながら空を見上げる。

 するとちょうど真上の青空には何羽ものモンスターが何かを探すように高速で飛び交っている。

 

 

 「【チャージコンドル】って、もしかして<カルディナ>特有のモンスター?」

 

 

 空を飛ぶモンスターの正体、それは小さなコンドルのようなモンスターだった。

 

 ――真っすぐな鋭い嘴。

 ――金属的な色みの白い翼。

 

 しかしリアルでのコンドルとは違い、ムクドリのように群体を作って飛んでいる。

 何十羽もの群体で飛ぶ姿は遠目に見ると高速で動く雲のようにも見えるだろう。

 一体一体はそれほど強くはない。

 おそらく【ゴブリンウォーリアー】よりは強い程度。

 せいぜいがギリギリ『上級』モンスターぐらいの強さのはずだ。

 しかし……その【チャージコンドル】こそがヴィーレの退散した理由でもあった。

 

 

 「まさか……捨て身で特攻してくるなんて」

 

 

 【チャージコンドル】の戦い方。

 それは捨て身の特攻。もしくは自爆のような攻撃方法だった。

 

 ――群れで飛翔し、上空から矢のような硬い嘴を下に向け、急加速しながら迫ってくる。

 

 それが雨のように降りかかってくるのだからたまらない。

 矢を使うのも勿体ないので《隠蔽》の掛かっているアロンの背へと逃げ帰ってきたのだ。

 

 (《紅炎の炎舞》なら防げたかもしれないけど……)

 

 

 「……なんだか嫌な予感がしたからやめたんだよね」

 

 

 そんなことを考え――首を振るように考えるのを止めた。

 戦闘を避けて逃げて帰ってきた今、考えてもしょうがないことである。

 腕に擦り寄るようにしてご褒美を強請るフェイに笑いながら【アイテムボックス】から《クリムゾン・スフィア》の込められた【ジェム】を手前に置いてあげる。

 するとフェイは目の前に置かれた【ジェム】から美味しそうに『炎』を吸収し始めた。

 因みにどうやって吸収しているかは謎だ。

 私はそんなフェイの様子をジーと眺め、そして……背後から聞こえてくる足音に振り返った。

 

 

 「おはようございます~」

 

 

 どこか楽しそうな間延びした声。

 少し低めの男の人の声だ。

 

 

 「おはようございます、シアンさん」

 

 

 そこに居たのは既に砂漠を渡るための装備に着替え、にこにこと笑うシアンさんだった。

 私も少し頭を下げながら挨拶を返す。

 そして同時にチラリと彼の背後の【商人】達のテントを覗き見た。

 視線の先にはシアンさんと同じく、すぐにでも動けるように準備を終えた商人たちの姿。そして彼らとは反対に【寝袋】と毛布にぐるぐる巻きになっていびきを立てているホオズキとシュリちゃんの姿があった。

 ……きっと声を掛けないと起きないだろう。

 ホオズキ達の姿に目を細め、シアンさんへと視線を戻す。

 

 

 「皆さん準備が早いんですね」

 

 「まぁ、これでも一応【商人】ですからね~。今日はヴィーレさん達にお世話に名ってますからね~、これでもいつもよりはかなり遅いんですよ~」

 

 

 シアンさんは笑いを含めた声で癖のある茶髪をポリポリと掻く。

 

 

 「それに……」

 

 

 シアンさんは何かを言いたげに、少し頬を引きつらせながら空を見上げた。

 

 

 「本来【チャージコンドル】が飛んでいる所なんかで寝たら、もうとっくにあの世行きですからね~」

 

 

 『今すぐにでも逃げ出したい』、そんな畏怖が込められた声でそう呟いた。

 私もその言葉に心の中で同意する。

 空を飛ぶモンスターが我が身をかえりみず、上空から突撃してくるなんて恐怖以外の何でもないだろう。

 群れで行動しているので避けるのも難しい。

 私もフェイが居なければ絶対に戦いたくないモンスターである。

 

 

 「すごい集団ですからね。<レジェンダリア>ではあんなモンスター居なかったから驚いちゃいました」

 

 「あぁ~、【チャージコンドル】は<カルディナ>固有のモンスターですからぁ~。……【チャージコンドル】は見たとおり群体で行動するモンスターなんですが本当に怖い点は別にあるんです~」

 

 

 ……?

 空を飛ぶだけでも強力なモンスターだ。

 私はシアンさんが言う『怖い点』に想像が付かず、小さく首を傾げ、空を見た。

 

 

 「実は【チャージコンドル】は結構硬い(・・)んですよ~」

 

 「硬い……ですか?」

 

 

 少し疑いを込めた声。

 その言葉を肯定するようにシアンさんはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

 「えぇ、硬いんです。それこそ『亜竜級』程度の地竜なら貫かれてしまう程に……レベルの低い【盾巨人】でも無事ではすみません~」

 

 「地竜を貫く……ですか」

 

 「あ、多分この地竜は大丈夫だと思いますよ~。私でも見たこと無いぐらい堅そうですし《隠蔽》もありますから~」

 

 

 その言葉を聞き安心する。

 そして熱くなってきたからだろうか? 背中を冷たい汗が伝った。

 

 (――もしあの時、炎の壁で防御しようとしていたら)

 

 硬い竜鱗が特徴的な地竜にもダメージが届く自滅突撃。

 きっと何体かは倒せたかもしれないが私はデスペナルティになってしまっていたに違いない。

 そうなればホオズキやシュリちゃん、そしてシアンさん達は砂漠の中に放り出されていただろう。

 ……危なかった。

 最悪の事態を思い浮かべ、チョロリと視線を泳がした。

 

 

 「この前も【チャージコンドル】の変異種のような<UBM>が<厳冬山脈>から現れて大変だったんですよ~、通りすがりの<マスター>が討伐してくれたので被害は少なくて済んだんですが」

 

 

 シアンさんはそんな私の様子に気づく様子もなく、のんびりと世間話をする。

 まさか<UBM>ではなく、普通の【チャージコンドル】の群れで全滅しかけたなど冗談でも言い出せるわけもない。

 端っこの方で【ジェム】からチビチビと炎を吸収しているフェイは我関せずを決め込んでいた。

 そのせいで私一人、気まずい気持ちになりながら乾いた声を漏らす。

 

 

 「あはは……あ、そう言えばシアンさん達の商店の拠点がある街はどんな所なんですか? 昨日は明朝には着くって言ってましたけど」

 

 

 話を変えるように投げかけた話題。

 するとシアンさんは『あぁそうだ、忘れてた』とでも言うようにポンッと手を打った。その様子を見るに元々その事について話をしに来たのかもしれない。

 シアンさんは視線をアロンの進んでいる進路の方へと移し、そして何かを見つけたように目を細めた。

 

 

 「いや~、すっかり忘れてました~。ですが丁度良かった、見えてきましたよ~」

 

 

 彼はそう言いながら指を指す。

 

 

 「あそこが僕たちの目的地であり<カルディナ>で最北端にある都市」

 

 

 ――白い何かに覆われた円形の街。

 ――太陽の光を反射して輝く薄氷の張ったオアシス。

 

 私はその光景に目を見張り、感嘆の声を漏らす。

 朝の砂漠では考えられない――吐き出した息が白く染まる。

 

 

 「少し早いですが……まぁいいかな? あの都市を拠点とする商人として、故郷とする町人として貴方たちを歓迎します~」

 

 

 ――『ハックションッ!!』

 何処からか聞こえるクシャミの音。

 そんなクシャミを背後にシアンさんは私に向かい、満面の笑みを浮かべ言う。

 

 

 

 

 

 「――ようこそ、<カルディナ>の第五の都市。“氷冷都市”<グランドル>へ~」

 

 

 

 

 

 ――砂塵の舞う砂漠。

 

 ――粉雪が舞う曇り空。

 

 

 “氷冷都市”<グランドル>――その都市には真っ白な雪が降(・・・・・・・)り積もっていた(・・・・・・・)

 

 

 




蒼白Ⅲ始まりましたね~


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第2話 幕開けの城門

 □“氷冷都市”<グランドル> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――此処に来るまでに沢山の幻想的な景色を見た。

 

 

 

 

 

 例えば、<レジェンダリア>で<マスター>達を驚かし、笑わせ、そして出迎えてくる魔法の家具。

 空を覆いつくさんとばかりにそびえ立つ大樹、<アムニール>(世界樹)

 【樹霧浸食 アームンディム】との戦闘による傷跡によって分かたれ、忘れ去られたダンジョンの底で煌めく地底湖と蒼銀の遺跡。

 

 どれもが衝撃的でこの世界でしかありえない。

 【魔法カメラ】で撮らずとも鮮明に思い出せるほどに印象深く、私の記憶に焼き付いている景色ばかりだ。

 現実(リアル)での色褪せた景色に比べれば、その全てが新鮮で美しく感じられるほどに。

 しかし……今、この瞬間。

 

 

 「――すごい」 

 

 

 その景色――今まで目にしてきた景色を上回るほどの不思議な光景(・・・・・・)が私達の目の前には広がっていた。

 

 ――旋風に舞い上がる砂塵。

 ――遠目に見えるオアシスに張った薄氷と辺りを白く染める霜。

 ――そして、大量のアイテムが出入れしている大きな岩の城門と砂漠の港(・・・・)

 

 目に映る景色。

 その全てが新しく、不思議。そして常軌を逸している光景だ。

 既にここまで《騎乗》してきたアロンを《送還》。

 慣れた手つきで商品(アイテム)を荷馬車に運び入れ、城門へと進み始めたシアンさん達の後に続きながら、『ハァ……』と感嘆を込めた溜息を吐きキョロキョロと辺りを見渡した。

 ザクザク――と今までとは違う、少し固まったような砂漠の砂。

 『フーッ』と息を吐けば、一瞬で白く染まり宙へと霧散し消えていく。

 <レジェンダリア>のような植物に溢れた景色とは全く違う。むしろ真反対の景色に胸のドキドキは鳴りやまず、じっと“氷冷都市”<グランドル>を眺めていた。

 

 

 「こんな景色初めて見たかも。砂漠自体、今回の旅で初めて見たけど……雪と砂ってこんなに綺麗なんだね」

 

 「い……や? むしろこんな光景あり得ないだろ。雪と砂漠なんて普通は真反対なもの同士だぜ? 現実ではぜってぇーありえねぇ。

 しかも何だ? あの船。もしかしてあれで砂漠を渡るのか!?」

 

 「……渡るのか?」

 

 

 思わず零した感想。

 そんな私の横からさっきまで寝ていたのが嘘のように興奮した様子でホオズキが突っ込みを入れる。

 普段は戦闘以外に興味を示さないホオズキだが――流石にこの光景には驚いたようだ。

 自然と荒くなる語尾。

 いつもの日常でさえ大きい声がより荒々しい口調で砂漠に響く。

 逆にホオズキの隣にちょこんと立つシュリちゃんは、驚いた様子で小さい口を開き、呆然と<グランドル>をグルリと取り囲んだ城壁を眺めていた。

 

 

 「あの船は……やっぱり砂漠の中を進むんだよね。どうやって進むんだろ?」

 

 「知らねぇよ。っつーか、あんな巨大な船で移動したら途中でモンスターに襲われて終わりそうな気もするけどな」

 

 「……けどな?」

 

 「うん、それに動力も必要だから。<ドライフ皇国>のマシンギアがMPで動くらしいけど――きっとあの船を動かすなら凄く膨大なMPが必要になるんじゃないかな?」

 

 

 フェイは《火炎増畜》で常に私のMPとSPの限界から溢れた部分。自然回復で回復するはずのMPとSPを数倍化して無尽蔵に貯め込んでいる。

 しかし、その貯めこんだMPを使っても数十分しか動かせる気がしない。

 きっと【魔術師(メイジ)】の上級職や【操縦士(ドライバー)】が数人がかりでやっと動かせる代物なのだろう。

 そんな考えを思い浮かべ……

 

 

 

 

 

 「その通りですよぉ~。

  あれはこれと言った名前はありませんが、砂上船と呼ばれ、MPを込めることによって砂漠を高速で渡ることが出来る船なんです」

 

 

 ……前方から掛けられた声に思考を止めた。

 

 

 「……と言っても、先ほどヴィーレさんが言っていた通り莫大なMPが必要ですが。しかもモンスターに襲われれば遠距離攻撃の手段をもつジョブに攻撃してもらうか、備え付けの大砲なんかでしか対抗できない不安もあります。

  実際には市長や裕福な貴族専用の観光船になっている――一種の豪華な娯楽施設のようなものですね~」

 

 

 姿を見せたのは癖のある茶髪の男性。

 そう、言わずもがな。――【大商人】シアンさんである。

 どこか申し訳無さそうに苦笑いし、小さく頭を下げるシアンさん。

 

 

 「どうも」、と私も軽く頭を下げる。

 「「――よっ」」、とホオズキとシュリちゃんが片手を上げた。

 

 

 突然現れた彼に、少し驚かされながらもそう返事する。

 すると、シアンさんは彼らの商会――<愚者の石積み>の荷馬車の後ろをついて歩く私達に、並行するように歩調を合わせて歩きだした。

 私、ホオズキ。そしてシュリちゃん。

 チラチラと私達を覗き見る細い糸目と青い瞳。

 そして何か言いたげに、薬指に指輪を填めた左手で軽く頬を掻いた。

 

 

 「その、申し訳ないです~。お世話になったのに勝手に置き捨ててしまって……商会長としての色々な手続きがあったもので。本来なら街を案内したいところなんですが……」

 

 

 申し訳なさそうな声で言うシアンさん。

 その言葉に、「――ホッ」っと私は小さな安堵の息を吐いた。

 

 (なんだ、深刻そうな顔で言うから何を言われるのかとドキドキしちゃったよ)

 

 そんな思いと共に小さな笑みを浮かべる。

 同時にシアンさんを見ながら口を開く。

 

 

 「別に大丈夫ですよ、偶然向かう先が同じ方向だっただけですし。

  ……むしろ私達だけだったら砂漠の真ん中で迷子になってデスペナルティになっちゃってたかもしれないし、むしろ私達の方が感謝してるぐらい――――「俺へのお礼は<UBM>の情報でいいぜ?」――――「……私は、お酒」――――あの、なんだか……すいません」

 

 「いえ、大丈夫ですよ? むしろもっと要求してくれてやっとヴィーレさん達の恩に釣り合うくらいです~」

 

 

 そう言いながら笑うシアンさん。

 私は、そんなシアンさんに釣られるように、引き攣った口端で乾いた笑みを浮かべる。そして……思いっきり、出来る限りの怒りを込めてホオズキを尻目で睨みつけた。

 ――こいつっ!!

 

 (――前から思っていたけどホオズキには『遠慮』や『自重』という言葉は存在しないのだろうか? いや、そもそもホオズキは寝てただけで具体的には何もしていない気がするけど!?)

 

 ホツホツと湧いてくる怒り。

 しかし、私の怒りはホオズキには届いていないようだ。

 

 ――気づいていないふりをするホオズキ。

 ――ホオズキの身体に隠れるように小さくなるシュリちゃん。

 

 ……。

 

 

 「ッフン!」

 

 「――!? イ、テェ! 何で俺だけ!?」

 

 

 良かった。

 私の全力のSTRを込めた脇腹パンチはしっかり届いたようだ。

 痛がるホオズキを横目に、心に陰っていたモヤモヤが晴れ、スッキリとした気持ちになる。

 ……ついでに何故ホオズキだけか?

 それはシュリちゃんがホオズキの<エンブリオ>であり、ホオズキの影響を強く受けているからだ。つまり、ホオズキが全て悪い!!

 

 

 「あ、アハハハハ……ヴィーレさんは何か必要なものはありますか? 私の商会で都合できるものであれはお渡ししますよ~」

 

 「ううん……じゃなくて。いぇ、私はいいです――」

 

 

 言い切りかけた言葉。

 その言葉は首を横に振ったシアンさんによって中断させられた。

 

 

 「そんなに遠慮しないでください~。

 あのままでは私だけじゃない、私の商会である仲間も死に、そして私達の帰りを待っていた子供たちも危険な目に会っていたでしょう。

 単純にお互いに救った人数の差額分のお礼です~」

 

 

 「それに……」と、彼は続ける。

 

 

 「これは【商人】としても、人としても当たり前の事ですから~。

 

 ――私は、筋は通さなけれ(・・・・・・・)ばならない(・・・・・)

 

 まぁ、また私達の商会に来るまでに考えておいて下さい~」

 

 

 ――ゾクリ。

 と、何か恐ろしいものでもって見たかのように背筋を寒気が襲った。

 シアンさんの笑みか。

 もしくはその言葉に込められた凄みか。

 いつの間にか私は気圧されるような形で無意識に頷いていた。

 

 

 「……俺達は?」

 

 「アハハ、忘れてませんよ~。酒の方はあまり量は有りませんが<グランドル>産の美味しいのがありますよ。すいませんが明日以降にまた商会にきてください」

 

 「……ありがと。楽しみ」

 

 「そして<UBM>の情報でしたね。今のところ僕が把握しているのは三体の<UBM>の情報です~」

 

 

 そう言いながら、シアンさんは記憶から捻り出すように遠くを見て話し出した。

 

 

 「1体は<厳冬山脈>の麓を根城にしている『逸話級<UBM>』――【撃墜吹鬼(ゲキツイフブキ) オストヴィンド】。

 

 体中に大量の銃口を生やし、遠距離から氷柱(つらら)を射出してくる大きな鬼のモンスターです」

 

 「遠距離か……俺には無理かもな」 

 

 

 考え込むようにボソリと呟くホオズキ。

 まともな【凍結】対策も無い今、突っ込んでしまえば【凍結】して動けない体に氷柱を撃ち込まれるだけだろう。

 加えて言うならホオズキは近接特化である。

 

 (私なら行けるかもしれないけど――)

 

 きっとそれではホオズキにとって意味はない。

 ホオズキは常にギリギリな、戦いの中で自分を高めてくれるような敵を求めているのだ。

 私はその話に口を出さず、黙ってじっと耳を傾ける。

 

 

 「2体目は<グランドル>と<黄河帝国>の間の砂漠を遊泳する『古代伝説級<UBM>』――【砂鉄滋竜 モノポール】。

 

 砂中を高速で泳ぎ、体質の磁力で砂上船を狂わして襲ってくるモンスターですね。

 個人的にはあれは『竜』と言うよりも『魚』に近い気がしますが~」

 

 「砂の地竜ね、ガノ○トスみたいなもんか?」

 

 

 ……私にはホオズキが何を言っているかは分からない。

 しかし、砂中を自在に移動するモンスター。加えて『竜種』だ。

 ホオズキの攻撃も届くだろうけど厳しい戦いになるに違いない。

 

 

 「そして3体目ですが……このモンスターは<グランドル>のすぐ近くで発見されてます」

 

 「街の近くだと? それはどういう意味だ?」

 

 

 モンスター、そして<UBM>は基本的に街の近くには近寄ってこない。

 もちろん、目的があって街を襲った【嵐竜王 ドラグハリケーン】や【炬心岳胎 タロース・コア】。

 街近くで生まれた【殺戮熾天 アズラーイール】などの例外もあるが、基本的にセーブポイントがある街の近くには近寄ってこないはずである。

 むしろ――近くに居るとしたら少なくない被害が出ているはずだ。

 

 

 「そのモンスターは推定『伝説級<UBM>』――【吸血清 オールドリーチ】。

 

 僕もあまり良くは知らないんですが何件か冒険者ギルドに報告が上がってるんですよ。

 ですが何故か姿も見えず、犠牲者も1人としていないらしいんです~」

 

 

 ――姿が見えない。

 おそらく《危険察知》や《看破》、《気配感知》などのスキルを使って調査したはずだ。

 しかし、それでも見つからない。

 つまり【吸血清 オールドリーチ】は何らかの特殊なスキルを持っている。もしくは物理的な要因で見ることが出来ない。

 そのどちらかに属しているはずだ。

 なら……

 

 

 「ねぇ、ホオズキ」

 

 「分かってる。シュリ、血の濃度が高いところを感知できるか?」

 

 

 シュリちゃんはホオズキの血を置換した<エンブリオ>。

 そして『Type:メイデン』の<エンブリオ>でもある。

 その結果、副次的に血を持つ生物の探査を行うことが出来るのだ。

 実際に【殺戮熾天 アズラーイール】の際にはその特性を利用して本体――アイラちゃんを特定していたこともよく覚えている。

 そして今回の【吸血清 オールドリーチ】。

 名前からして血を持つだろう<UBM>の探査も可能なはずだ。

 私とホオズキはシュリちゃんの方へと顔を向け……

 

 

 

 

 

 「……ダメ」

 

 

 ……首を横に振るシュリちゃんを見た。

 

 

 「どういうことだ?」

 

 「……臭すぎてダメ。……この街、全体が(・・・)凄く血生臭い(・・・・・・)

 

 

 何処か嫌そうな。気分が悪そうに眉を下げるシュリちゃん。

 

 

 

 

 

 「……多分、最近の内に400人は死ん(・・・・・・・)でる(・・)

 

 

 

 

 

 ――絶句する。

 

 誰も何も喋らない。沈黙がその場を支配した。

 数千人が過ごしているであろう“氷冷都市”<グランドル>。

 しかし400という数字は決して小さくない。

 

 ――有り得ない。

 ――どうやって。

 ――何で街中で。

 

 (……いや、問題はそこじゃない、そうじゃない。――血生臭いって)

 

 『血生臭い』、<マスター>がデスペナルティになると血も含め光の粒子へと変わるこの世界において、その言葉が指し示す言葉は建った二つ。

 

 

 ――モンスターか、そしてティアン(・・・・)か。

 

 

 私はシュリちゃんの言葉に衝撃を受け、ただ目を見開いていた。

 何も言えずにただ足だけを動かしていた。

 そして……

 

 

 「あ、もうすぐ城門を抜けますよ~」

 

 

 間延びした声が、私達を現実へと強制的に引き戻した。

 目に映るのは厚さ数メテルにも及ぶ、分厚い城門。

 石畳へと変わった地面と『ガラガラ』と音を立てる車輪の音。 

 たくさんのアイテムを片手に街を行きかう<グランドル>に住むティアン。

 

 既に立ち止まることは出来ない。

 私達は流れに乗るように、何かに誘われるように足を踏み入れる。

 

 

 

 静かに、そして緩やかに。

 血の気配が――殺人鬼と【義賊王】の暗躍する、一つの事件の幕が上がったのだった。

 




<現状装備>
【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

頭     :【花冠咲結 アドーニア】or【鑑定士のモノクル】
上半身/下半身/篭手/ブーツ:【スカーレット act.Ⅱ】
外套    :無し
右手武器  :【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】
左手武器  :【万死慈聖 アズラーイール】
アクセサリー:【アイテムボックス】
      :【アイテムボックス】(大切なモノ用)
      :【純重隠樹の矢筒】
      :【身代わり竜麟】
      :【【■■】の武の指輪】
特殊装備品 :【怒涛之迅雷】

 


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第3話 観光と地下道

 □“氷冷都市”<グランドル> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「――さて。んで、これからどうするつもりなんだ? ヴィーレ」

 

 「……んっ」

 

 

 

 

 

 堅牢な石門を抜けた私達。

 そこで待っていたのは、忙しなく行きかう【商人】達の竜車やアイテムを運ぶ人々の姿だった。

 

 ――『唖然』、とするのも束の間。

 

 やはり【商人】にとっては街に着いてからが忙しいのだろう。

 『――では』と小さな挨拶と共に仲間たちに指令を飛ばすシアンさん。

 そして事前に言われていた通り、シアンさんが率いる<愚者の石積み商会>も瞬く間に早足で人込みの中へと消え去っていったのだった。

 先ほどまでのこともあり、急な変化に思考が追い付かない。

 そんな私にホオズキが声を掛け、シュリちゃんが服の裾を引き、現状へと至っていた。

 

 

 「どうするって聞かれても……どうしよっか?」

 

 「俺達に聞くなよ。俺が決めて良いなら1日中モンスター狩りになるぜ?」

 

 「……なっても、私は行かない」

 

 

 隠す気も無く嫌そうな表情を浮かべるシュリちゃん。

 もちろん、私も嫌だ。

 そもそもリアルでの用事もある以上、1日中――リアルでの8時間をぶっ通しでゲームはログインは出来ないのだ。

 かく言う私も既に7時間以上ログインし続けている。

 

 (今日は習い事もあるし……もう直ぐログアウトしなきゃ)

 

 そんな事を思い浮かべ、そしてこれからの事を考える。

 

 

 「私もお金に不安があるしそれには賛成だけど……モンスター討伐は明日にしよ? そのついでにシアンさんを訪ねればいいし」

 

 「ん? あぁ、お前【ガチャ】に注ぎ込んだもんな」

 

 「……もんな?」

 

 「……違う。あれは必要投資なんだよ? 結果こうしてホオズキとシュリちゃんも<黄河帝国>への旅に付いてきてるんだから、共犯だよ」

 

 

 何が共犯なのかは私にも分からない。

 ただ、きっとホオズキはこれで誤魔化されてくれるに違いない。

 

 (だけど……)

 

 人差し指指を滑らせて開いた『ウィンドウ』。

 様々なステータスとフェイの状態などが載せられいる半透明な画面。

 そこにはすっかり寂しくなった『所持金』が映し出されていた。

 数十万リルあったお金。

 しかし、今はその影も形も見かけることも出来ない。

 【スカーレット act.2】と【ガチャ】ですっかり散財してしまったのだ。

 

 加えて【騎神】である私はアレウスとアロン、そしてベグの食料費もかかってくる。

 このまま<黄河帝国>を目指すにしても不安が残る所持金である。

 

 

 「それに、【怒涛之迅雷】を付けた《騎乗》の練習もしたいしね~」

 

 

 見渡しの良い砂漠の大地。

 一度、どこかで最高速度を出して起きたいと思っていたのだ。

 

 

 「ま、俺はいいけどよ。――今からどうするかが問題なんじゃねぇか?」

 

 「……それ」

 

 

 そうだ、いつの間にか思考が脱線してしまっていたらしい。

 ログアウト予定の時間まではまだ数時間ある。

 同時にやりたい事も数え切れないほどある。

 

 ――アレウスやベグ達のご飯。

 ――この旅で消費したアイテムの補給。

 ――カルディナに来る際に受けた冒険者ギルドのクエストの達成報告。

 

 私は拳を少し乾燥し始めた唇に当て。

 上、下、右――何かを思い出させるように辺りをキョロキョロと見渡した。

 そして……『ペロッ』とかさついた唇を舐め、顔を上げ口を開く。

 

 

 「取りあえず……移動する?」

 

 

 今更ながら辺りを見渡すと、幾つもの視線が私達を突き刺していた。

 この砂漠の街では珍しい姿。

 加えて此処はこの<グランドル>の入口、【商人】達が行き交う通りである。そんな通りで道端とは言え、突っ立っている私達は珍しい……もしくは邪魔でしか無いだろう。

 ホオズキもそれに気がついたようで、辺りをギョロリと見渡し、

 

 

 「――そうだな、取りあえず進むか」

 

 「……だね」

 

 「ついでに朝食が取れる場所も探そっか?」

 

 

 私達は人々に視線に突き動かされるように、ゆっくりと街の奥へと歩を進め始めだのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 広大な砂漠から見た<グランドル>。

 その外見は私がこれまで見てきた中でも1、2位を争うほどに不可思議な光景だったが……なる程、街の中を歩けば<アムニール>や<ギデオン>との違いがはっきりと見て取れた。

 ゆっくりと観光するように歩く私達。

 ザクザクと霜の降りた砂漠の地面を踏みしめながら、通りに沿うように真っすぐ歩く。

 街の形は円形だが、以外にも道は真っすぐなものが多い。

 

 

 「てっきり<ギデオン>みたいな真ん中の大闘技場から伸びてる道が多いのかと思ってたけど……<グランドル>は全然違うね。

  何て言うか――街が半分に別れているみたい」

 

 「あぁ、そうだな。――俺はこの街はあんまり好きになれねぇがな」

 

 「……血生臭いし、ね?」

 

 「そうだね……どちらかと言えば私もあんまり好きにはなれないかも」

 

 

 <グランドル>の街並み。

 それは一見、私の予想を超えるほど不思議で綺麗。人々の活気に溢れていた。

 出店や商店などの通りを歩く絶えない人込み。

 <ドライフ皇国>や<アルター王国>、<レジェンダリア>でしか見られないはずの特有のアイテムや初めて見るようなマジックアイテムの数々。

 

 (掲示板では<カルディナ>は特有のジョブも無くて人気も無さそうだったけど……)

 

 ……案外、<マスター>から見たら優しいスタート地点なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ――この光景を受け入れ(・・・・・・・)ることが出来る(・・・・・・・)ならば(・・・)

 

 

 

 

 

 視界に映ったのは一つの光景。

 

 

 ――あからさまに裕福そうなティアンが歩く綺麗な街と、その影に隠れるように存在する貧民街。 

 

 ――ジャラジャラと沢山の希少な【宝石】を身に着け、大声で笑う富豪。

  その横でボロボロの服を着て働く、奴隷の少年。

 

 ――薄暗い路地裏で痩せこけて横たわる二人の少女。

 

 

 「――胸糞悪い」

 

 

 気が付けば自然と唇から本音が漏れていた。

 ホオズキとシュリちゃんはこの光景にも、そして私の漏らした言葉にも何も反応しない。

 しかし、その顔はどこか苦々し気に。怒りを宿した目でジッと見ていた。

 そして……ずかずかと路地裏の少女たちの方向へと歩き出した。

 

 

 「ホオズキ? 何を――」

 

 「……大丈夫。心配いらないよ……ヴィーレ」

 

 

 声を上げた私。

 しかしそれは隣に立つシュリちゃんに妨げられた。

 その僅かな時間の間にもホオズキはどんどんと進み……そして少女たちの目の前まで辿り着く。

 

 

 「腹空いてんのか?」

 

 

 二人の少女はホオズキの声に薄っすらと目を開けた。 

 そしてホオズキと視線が交差し。『ギュルゥ~~』と、返事代わりの音が渇いた空気に小さく唸りを上げた。

 

 

 「……食え」

 

 

 そんな二人の様子を見て、ホオズキは【アイテムボックス】からこの旅の為に買い込んだ食料を地面に置く。

 飲み水と食べ物。

 合わせれば二人で食べても三日分はあるだろう。

 ……つまり、旅における六日分の食料だ。

 

 

 「――ありがとう」

 

 

 聞こえるか、聞こえないかと言った程度のか細い声。

 その言葉にホオズキは何も言わず、ぶっきらぼうに。子供が見たら泣いてしまうのではないかと思うほどのしかめっ面でこちらに戻って来る。

 その顔を見て、「フフッ」っと私も小さな笑みを漏らした。

 

 (相変わらずだ)

 

 巨男で、恩義背がましくて、強くなることに夢中な男。

 一部自己中で不躾なところもあるがけど……何かを守るためなら自分自身さえ投げ出してでも絶対にやり通す。

 それがホオズキと言う<マスター>だ。

 先ほども、きっと『ただ、見て見ぬふりは出来なかったから』ぐらいの気持ちで動いたのだろう。

 そんなホオズキは笑みを浮かべる私を見て、より一層深い皺を顔に作った。

 

 

 「……何だ? あれは俺の個人的な食料だぜ、文句はねぇだろ」

 

 「うぅん、別にー。ただ優しいなぁって思って。ほら、いつもはそんな事しないからさっ」

 

 「……似合わない」

 

 「あぁ? どういう意味だ?」

 

 

 眉を寄せるホオズキ。

 

 

 「何の意味もないよ。

  ただ、こういうのって『一部の人だけを助けたりするのはどうなんだろうか?』とか『少しだけ食料を渡しても、逆にその後が苦しくなっちゃうんじゃないか?』って迷うから。

  だから実直に思ったことを行動に移せるのは凄いなーって。――ね~、シュリちゃん?」

 

 「……そうそう、優しい、ね~?」

 

 「ッチ、うるせぇーよ。それよりさっさと行こうぜ、俺ももう腹が減った」

 

 

 舌打ち一つ。

 私とシュリちゃんの会話に拗ねた様子でそっぼを向くホオズキ。

 そんな様子を見て、私とシュリちゃんは再び顔を見合わ笑い声を漏らす。

 

 

 「アハハ、起こらないでよ。適当に歩いたら食事が取れる店につく前に迷子になっちゃうよ?」

 

 「……私、お酒が飲めるところがいい」

 

 「……朝からお酒は体に悪いよ?」

 

 

 なんだかんだでシュリちゃんがお酒以外を食べるところを片手で数えられるほどしか見たことがない。

 Type:メイデンの特性らしいけど――やはり、心配にはなってしまう私は小さな小言と共に、数メテル先に行ってしまったホオズキを2人で早足で追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「――ところでよ。どうすんだ? あっちの件は」

 

 

 私達の少し前を歩くホオズキ。

 気を抜けば流されてしまいそうな人混みの中を大きな体のホオズキを盾のようにし、シュリちゃん、そして私の順で一列になって歩く。

 私とシュリちゃんで目的の場所――食事が取れそうで、かつお酒が置いてありそうな店を探す。

 効率的な作戦だ。

 そんな中、突然話しかけてきたホオズキに首を捻る。

 

 

 「あっちの件って……何かあったっけ?」

 

 「忘れてんじゃねぇよ。この<グランドル>で起こっている事件、シュリが少なくとも400人は死んでるっつってただろ。そっちの件はどうすんだって聞いてんだ」

 

 「……今も、血生臭いよ」

 

 

 ――ビクリッ!

 と、私達の傍を歩いていたティアンが何かに反応したような様子を見せる。

 

 

 「……忘れてた。<エンブリオ>のシュリちゃんが勘違いするとも思えないし――やっぱり<UBM>の仕業かな?」

 

 「まぁ、普通に考えればそうだろうな」

 

 

 <グランドル>で巻き起きている殺人事件(・・・・)

 私達はその原因を半ば、<UBM>――『伝説級<UBM>』【吸血清 オールドリーチ】によるものだろうと当たりをつけていた。

 何故――と聞かれるまでもない。

 これまでにこの事件に似た事件に出くわしているからだ。

 

 

 「似てるもんね、【殺戮熾天 アズラーイール】の時と」

 

 

 あの事件では村二つ分。

 今回の被害者とおおよそ同じであろう、400人が斬り殺され。そして眷属である【ゾンビ】として召喚されていた。

 今回と似ているのは気のせいではないだろう。

 『セーブポイント』もモンスターが寄り付かない安全な場所とは言え、例外は存在する。

 

 

 「どうすんだ、探し出して俺達で討伐するか? 俺としてはどっちでもいいぜ? 先に急いでも、ここで<UBM>を探しても、どっちでも戦えそうだ」

 

 「……」

 

 

 変に含みのある言い方だ。

 まるで私を試しているみたいに聞こえてしまう。

 

 

 「――分かっていて聞かないでよ。急ぐ旅でもないし、それに…………シアンさん達が住んでるのに見て見ぬふりは出来ないしね?」

 

 「フハッ、ガッハッハッハッハ! まぁそうだよな!」

 

 「……煩い」

 

 

 大通りにも関わらず大声で笑うホオズキにシュリちゃんが煩そうにしかめっ面を浮かべる。

 ――本当に煩い。

 だけど、私も小さく笑い声をあげた。

 別に偽善的な感情になったわけでもなく、殺人事件なんて許せるわけもない。

 正直、ホオズキが言い出さなければ私が言い出していた。

 <グランドル>の街の様子を見て、複雑だった気持ち。

 それが何だか少しだけ軽くなったような気がした。

 そして……

 

 

 

 

 

 ――ドンッ!!

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと歩いていると後ろから走ってきた子供と身体がぶつかった。

 お互いに少しだけよろけ、そして堪える。

 ぶつからないように気を付けていたけど、気持ちが少し軽くなって気が緩んでしまったのかもしれない。

 

 

 「あ、ごめんなさい」

 

 

 私は【幻獣騎兵】などをカンストさせ、既に200レベルを超えている。

 

 ――AGIとHP、STRが満遍なく伸びる【騎兵】系統。

 ――STRだけが伸びる【女戦士】。

 ――DEXとAGIが伸びる【弓狩人】。

 

 基本AGIとHP、STRばかりが伸びているがENDも一般人の十倍程度には上がっているはずだ。

 私は無傷でもぶつかった相手は怪我してしまったかもしれない。

 私はぶつかった相手――私よりも頭一つ半程小さい子供へと向き直り声を掛けた。

 

 (――フェイ)

 

 念のため、《蒼炎の再生》が使えるフェイを『紋章』から呼び出しておく。

 

 

 「――ッ!!」

 

 「――え?」

 

 

 少し驚いた様子を見せる子供。

 しかしそれも一瞬のことだった。すぐさま何も無かったかのように人込みを掻き分け走り去っていく。

 そして……

 

 

 『KWEEEEEEEEーー!!』

 

 「……フェイ!?」

 

 

 紋章から姿を見せていたフェイが大きく嘶き、少年を追うように飛び立った。

 突然の出来事。

 何が起こったのか分からず混乱し、呆然とその様子を――――いや。

 

 (――なんだかこんな事、前もあった気が……)

 

 思い出そうと思考を巡らすが、その答えは導き出される。

 答えを導き出したのは私の前を歩いていた少女――シュリちゃんだった。

 

 

 「……ヴィーレ、何も盗まれてないよね?」

 

 

 その言葉に『ハッ』となり、腰裏に素早く手を動かす。

 手に触れたのは幾つかの感触。

 

 ――触れなくても分かる大きな矢筒、【純重隠樹の矢筒】。

 ――『戦車競走』での優勝賞品でもある希少アイテム、【身代わり竜麟】。

 ――日用品などを入れているポーチ、【アイテムボックス】。

 ――そして【怒涛之迅雷】などを収納している希少品の――

 

 

 「……ない」

 

 「ぁ?」

 

 「希少なアイテムを入れてるはずの【アイテムボックス】が無くなってる」

 

 「ッチ!! だから【ガチャ】よりも【アイテムボックス】に金を使えっつうーんだよ!!」

 

 

 まさに一瞬。

 ホオズキの言葉と共にシュリちゃんが光の粒子となってホオズキの身体に吸い込まれ、その巨体から真紅の血煙が舞起こる。

 そして――その場を大きく跳躍した。

 

 

 「俺が追う!! お前はフェイに追跡させながら跡を追ってこい!!」

 

 

 血の消費量に比例し、その身体能力を上げるホオズキ。

 ホオズキはそう叫びながら<グランドル>に乱雑と建ち並んだ石の屋根の上を疾走する。 

 跳躍では飛び越えられない距離を血の糸を使い器用に移動する。

 ――まさに立体機動だ!

 

 その間数秒。

 すぐにその後ろ姿は見えなくなっていた。

 

 

 「――ッ! 私も追わなきゃ!!」

 

 

 この歩くのも一苦労な人込みの中。

 3メテル強もの巨躯をほこるアレウスを《喚起》するわけにもいかない。

 ましてや、街一つ潰しかねないアロンや芋虫のベグなどは論外である。

 

 

 「う、運動神経はあまり良く無いんだけど!」

 

 

 私はこれまた久しぶりになる長距離走を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――走ること五分。

 

 

 私は久々に走り、疲れ気味の足を止めた。

 同時に目の前にポッカリと黒い口を開いたソレに困惑を浮かべる。

 目の前に開かれていたのは予想外のモノ。

 

 

 「――本当に此処で合ってるの? フェイ」

 

 『KWEEEEEE~~』

 

 

 『間違いない!!』とでも言うように炎の翼を広げ、その入り口にしっかりと鉤爪を立て止まっているフェイ。

 その様子に逆に少しだけ不安になる。

 

 

 「真っ先にフェイが追ってくれし間違いはないと思うけど……」

 

 

 再び視線を下へと向ける(・・・・・・)

 フェイに導かれるように必死に走り、辿り着いた場所。

 そこはまるで立体的な迷路のように入り組んだ貧民街を抜けた先のそのまた先。砂漠との外壁付近の地面にポッカリと空いた――まるでマンホールのような地下道だった。

 ……比喩などではない。

 見た目は殆どマンホールである。

 黒い穴には心ばかりの梯子が下へと伸び、フェイの足から伸びた赤い血の糸が穴の先へと伸びている。

 

 

 「……ホオズキは先に行ったんだよね?」

 

 『KWE、KWEE』

 

 

 ……どうやら間違いはないようだ。

 生理的に嫌悪感を感じてしまう地下道だけど――行くしかないらしい。

 

 (――弓も使えないよね?)

 

 【万死慈聖 アズラーイール】を片手にゆっくりと梯子へと足を掛ける。

 

 

 「行こう、フェイ」

 

 

 《暗視》に加え、フェイの炎。

 明るさは問題にはならないだろう。

 【弓狩人】の《ハンティング・フィールド》と《危険察知》に感覚を集中させながら、そして早足で血の糸を辿って突き進む。

 

 ――寒い。

 

 日常的に霜が降り、時には雪が降る<グランドル>。

 その地下は冷え切り、まるで冷凍庫のようになっていた。

 

 (――それに凄い分かれ道)

 

 迷路だ。

 一本道が二又に。

 その先が更に三又に。

 木の根から枝先に行くように細かく枝分かれしていく地下道。

 ホオズキが残していった道標が無ければ確実に迷って出ることすら叶わなかっただろう。

 

 

 「――ん」

 

 

 前方から吹いた冷風に赤髪が一房揺れた。

 同時に警鐘を鳴らす《危険察知》。

 《ハンティング・フィールド》が複数のモンスターの反応を感知する。

 【万死慈聖 アズラーイール】を構え、ゆっくりと前進する。

 そして、一本の地下道の先。

 少し開けた地下広場に出た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 『~~~~~~~~~ッ!!』

 

 

 声にならない悲鳴。

 高周波のような音が耳を劈き、浮かび上がった幾つもの瓦礫の破片が勢いよく目の前に迫ってきた。

 

 (……私の剣の技量では防ぎ切れない!)

 

 同時に私の背後からフェイが飛び出し、《紅炎の炎舞》を発動しようと翼を広げる。

 そして――

 

 

 

 

 

 「――おせぇえッ!!」

 

 

 赤い鎧を身に纏った巨体が瓦礫と私の間に立ちふさがり、その瓦礫を斬り飛ばす。

 

 

 「これでも全速力で来たよ!?」

 

 「それでもおせぇよ!! いや、それよりも早くこいつらをどうにかしてくれ! 俺の攻撃じゃ通らねぇ!!」

 

 

 ホオズキと私に襲い掛かってきたモンスター。

 それは複数体であり、半透明の身体を持つモンスター。

 《物理攻撃無効》のスキルを持ち、暗闇の中で生きるモノ。生者を憎み、貪り食うモノ。

 

 ――【カースド・ファントム】

 

 怨念で物体を操るアンデット系モンスターだ。

 何故こんな地下道にこんなにたくさんいるかは分からないけど、今の状態のホオズキが手間取るのも分かるモンスターだった。

 ……だけど、私には関係ない。

 

 

 「――《怨念燃炎》」

 

 

 宣言されたスキル。

 同時に【カースド・ファントム】の身体から青白い炎が空中発火し、スピリット系特有の身体が燃えて消えていく。

 そして発生した炎で【酸欠】になる心配もない。

 【カースド・ファントム】が燃え尽きた端から、フェイが《火炎増畜》で吸収していっているからだ。

 ――数秒後。

 一切戦闘らしい戦闘を行われることなく、その場にはドロップアイテムだけが転がってる光景が広がっていた。

 

 (……念の為に此処に溜まった怨念も全部炎に変えて吸収しておこっ)

 

 《怨念燃炎》と《火炎増畜》を高速で行い、全ての怨念を晴らしていく。

 そんな私を傍目に、ホオズキは何処か納得がいかないような顔で私の元へと近づいてくる。

 

 

 「……俺も魔法的な攻撃手段を確保しとくべきかもな」

 

 「うん、私はもう少し物理的な攻撃力が欲しい――じゃなくて、どうだった?」

 

 

 主語はない質問。

 だけどここまでの流れ的に察してくれたのだろう。

 ホオズキは目を閉じて首を横に振る。

 

 

 「無理だ。速さは俺の方が上回っていたけど地の利で逃げられちまった。

  この地下道まではお前んところのフェイが追ってくれたみたいだが、中ですぐに見失っちまった」

 

 

 入り組んだ地下道。

 おそらく此処で生まれ育ってようやく全体を把握できるかどうかの迷路だ。

 私達では到底追跡することは出来なかった。

 

 

 「血の方は追えない?」

 

 「無理だな。

  って言うよりもシュリが追えるのは一度血の気配を覚えた奴だけだ。【出血】してない奴は追えない。

  それに……」

 

 

 ホオズキは何かを言おうとして口を開き、そして少し躊躇いながら言う。

 

 

 「多分ここだ」

 

 「――?」

 

 

 首を傾げる私。

 ホオズキはゆっくりと繰り返した。

 

 

 「400人死んだって言ってたが……あれだ。感覚的な直観だが、全員この地下内で殺されてるぜ。少なくともこの地下道がつながってる何処かだ」

 

 

 その言葉に小さく息を飲む。

 良くか悪くか――殺人鬼への手掛かりをつかんでしまったようだ。

 

 

 「お前の方はどうなんだ? 【弓狩人】のスキルで追えないのか?」

 

 「……ううん、無理みたい。【弓狩人】はあくまでモンスターの狩り専用スキルばかりだし」

 

 

 それにまともにスキルレベルが上がっていない。

 ジョブクエストも受けていない以上、今私が保有しているスキルはほんの僅かな一部に違いない。

 【吸血清 オールドリーチ】は追えるかもしれない。

 だけど私の【アイテムボックス】を《スティール》して持ち去った犯人を追跡は出来ないだろう。

 

 

 「ッチ、お前の騎獣に索敵に特化した奴は居ないのかよ?」

 

 「……私は【従魔師】じゃないからね? 索敵に特化した従魔が居ても便利だと思うけど……とにかく居ないかな」

 

 

 完全な詰み。

 追跡は不可能であり、絶望的だ。

 私はその事実に小さなため息を吐く。

 

 

 「殺人事件を解決するって言ったが……前途多難だな」

 

 「……本当にホオズキは気遣いが皆無だよね」

 

 

 冷たい空気が頬を撫でる。

 さっきまでの少し上がった気分から反転、一気にテンションは最悪だ。

 

 

 「――ハァ」

 

 

 漏らしたため息は地下道へと響き、乾燥した空気に溶けて消えていったのだった。

 

 

 

 




<ステータス>

【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ


HP:5490 (6173)
MP:1267 (2283)
SP:1145 (2200)
STR:1106(+150% +α)
AGI:1735 
END:200 
DEX:360 
LCK:138 


※()は装備性能含めて。
※+αは《魔獣咆哮》の強化分。

……普通に弱いですww


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第4話 【義賊王】

独白多め


 ◆ 【義賊王(キング・オブ・シィーヴズ)】■■■■■■■

 

 

 

 

 

 ――男は絶望の淵に居た。

 

 

 

 

  

 “氷冷都市”<グランドル>と外を隔てる分厚い石壁。

 それは、セーブポイントがあるこの街では風除けと街の範囲を指し示す境界線だ。

 同時に<厳冬山脈>での生存闘争に負け、砂漠へと追いやられた強大なモンスターや、砂中を潜行するモンスターから街を護る最終防壁でもある。

 今となっては男と……そして一部のティアンしか知らない事だろう。

 

 ――この石壁がかつて起こった【地竜王】事件を踏まえ、見た目より遥かに強固に。

  【彗星神鳥 ツングースカ】率いる怪鳥型モンスター対策に、遥かに高く造られている事を。

 

 ――砂漠を潜行するモンスター対策に、石壁が地中深くまで続いている事を。

 

 昔の事を懐かしみながら見下ろすかつての故郷(冷砂の街)

 今ではもう何年も使われず、錆びついて動くことの無い何台もの【弩級バリスタ】が設置された壁上に男は腰を下ろし、チラチラと舞い落ちる雪を蹴るようにブラブラと足を揺らした。

 そして溜息を零す。

 白く曇った息は一瞬で風に吹かれて消えていく。

 

 

 「変わらないな……この街も。頭の腐った奴らが私腹を肥やして、その裏で小さな子供が凍え死ぬ。これだけは今も昔も変わらない。

  ……むしろ、いっそ腐り落ちてくれれば清々しいんだがな」

 

 

 氷冷都市を皮肉っているような発言。

 男は悲しそうな声色で。

 しかしどこか嬉しそうに口端を吊り上げながら呟いた。

 

 

 「不死身の化け物共は増え始めた、きっとここが歴史が変わる時代の分かれ目だ。なのにこの街はその流れに乗ろうともしない、何もしないから一人取り残されていく事になる」

 

 

 <マスター>(不死身の化け物)が増え、既にたくさんの変化で起き始めている。 

 

 ――国家単位での討伐も難しい『古代伝説級<UBM>』を僅か数人で倒す者たちが現れた。

 ――ジョブの頂点――限られた超級職(玉座)に<マスター>が座り始めた。

 ――<マスター>の為に国家が動き始めた。

 

 <カルディナ>にも既に数千にも及ぶ<マスター>が居るだろう。

 だが……それに対して、<グランドル>で活動する<マスター>の数は僅か数十人程度である。

 理由は簡単、『旨味』が無いからである。

 もともと<グランドル>はたくさんのアイテムを保存する『貯蔵庫』として発展した街だ。

 <カルディナ>の中央より北の部分に位置し、他の都市から来たアイテムを一時的に補完、そしてまた出荷する。その他にも氷を売るなどの事もしていたが既に昔の事だ。

 他にいい点を上げるとするならば……避暑地として最適だということぐらいだろう。

 

 

 逆に言えば、それ以外に利点が殆どない。

 

 

 北の<厳冬山脈>は<マスター>でさえ手も足もでない魔境。

 砂漠のモンスターも総じてレベルが高く、純竜級や亜竜級がうようよ生息している砂漠の海だ。

 レベル上げにしてももっと効率がよい狩場もあるだろう。

 先々期文明の遺跡も少ない。

 そのほとんどが探索しつくされ、今では『冷凍庫』になっている。

 

 <カルディナ>の都市の中で、最も<マスター>に人気の無い都市――それが“氷冷都市”<グランドル>だった。

 

 

 「こんな故郷……大っ嫌いだ」

 

 

 男は吐き捨てる。

 その鋭い双眸は憎悪の感情に彩られていた。

 まるで……この街に何かを奪われた(・・・・・・・)かのように(・・・・・)

 そして数秒。

 先ほどとは一転、頬を緩めた。

 

 

 「でも……君の愛した都市だからな」

 

 

 男の持ち上げた左手が陽光を浴び、薬指に嵌められた銀色の指輪が光を反射する。

 

 

 「――よしっ」

 

 

 小さく気合の込められた声。

 同時に男は城壁を勢いよく両腕で押し、まるで男の周りだけ重力が無いような動きでバク転し、城壁の上に着地した。

 フード付きの白いジャケットを着て、フードを深く目元まで被る。

 腰につけた【アイテムボックス】から真っ白な仮面を取り出し装備する。

 そして次の瞬間――白金の鎖付き(・・・・・・)の短剣(・・・)が男の右腕に巻き付いていた。

 

 

 「……サテ、久シブリノソウジ(盗み)ノ時間ダ」

 

 

 Lv.10の《変声》によって絞り出された機械じみた声。

 《気配遮断》などのスキルが男の存在感を掻き消していく。

 男は足場を蹴り、《空中跳躍》で空気を蹴り、街へと一直線に進んでいく。

 

 

 【義賊王】の存在に気が付いた者は誰一人としておらず、その姿は街の人込みへと消え去っていったのだった。

 

 

 

 

 

 □“氷冷都市”<グランドル> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 地下道での盗人の追跡を諦めたその後。

 私達は改めてこれからの事を具体的に決定することも兼ね、大通りのわきに立つ小さな酒場で朝食を摂っていた。

 忙しい朝だからだろう。

 数席しかない店内だが、人気が無いからかやけに広く感じられる。

 

 

 「……お酒」

 

 

 シュリちゃんは嬉しそうな様子で大量に頼んだお酒をチビチビと飲む。

 傍目から見れば仕事終わりのおやじの様だ。

 私はそんなシュリちゃんを目を細めるようにして見る。

 

 

 「盗まれて良かったって言うのもあれだけど……盗まれたのが『貴重品用』【アイテムボックス】で良かったよ。もしもう片方を盗まれたら生活もままならないし」

 

 

 ボヤキながらサンドイッチを片手に齧る。

 盗まれてしまった私だが、特に問題も無く朝食を注文することが出来ていた。

 幸いなことにリルや食料、【HP回復ポーション】などの日常的に使うアイテムは別の【アイテムボックス】に入れていたのだ。

 久しぶりに走って乾いた喉に冷たい冷水がすり抜ける。

 緊急事態だけど『ホッ』っと、思わず一息つく。

 すると向い席からジトッとした視線が飛んできた。

 

 

 「マジで……良かったじゃねぇぜ。どうすんだ? お前、このままじゃ戦闘も出来ねぇじゃねぇか」

 

 「う~ん、そうだね。頑張れば亜竜級モンスター程度だったら戦えるけど<UBM>に出くわしたら逃げ出すしかないかな。砂漠ではアレウスも足を取られて上手く戦えないだろうし」

 

 

 ――そうだ。日常生活には支障はない。

 しかし盗まれた【アイテムボックス】には【怒涛之迅雷】を含め、戦闘用の武具などをまとめて入れていた。

 そしてその中には使用していた強弓――【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】も含まれる。

 

 つまり私、ヴィーレ・ラルテは現状戦闘不可能(・・・・・)な状態だった。

 

 

 「初期装備の弓はあるんだけどねー」

 

 「まぁ、その弓じゃ亜竜級すら倒せねぇだろうな」

 

 

 弓は自身のSTRが関係しない。

 弓自身の攻撃力と放つ矢の攻撃力によってダメージが決まるのが、弓としての弱点である。

 詰まるところ、この初期装備の弓を力一杯引き絞り亜竜級モンスター狙い撃ってもまともなダメージが通らない可能性がある。

 加えて、地属性のモンスターが大半を占める<カルディナ>では戦えないと言っても過言ではない。

 

 (【アドーニア】で動きを止めてフェイに焼いてもらえば良いんだろうけど)

 

 戦おうと思えば手段はいくらでもある。

 だけど私の戦闘スタイル自体に大きな弱点があるのだ。

 

 

 「私は完全な騎乗戦闘型だから、まともに戦うとすぐにガス欠するし……」

 

 

 ――私の弱点。

 それは防御面での脆さ。

 そして戦闘持続力の低さである。

 

 元々【騎兵】系統はMPとSPの伸びがイマイチな上、ステータス補正もかなり低い。

 フェイの炎や《栄華の庭園》、その他スキルに使ってしまえば全力戦闘で30分持てば御の字と言ったところだ。

 まだ戦闘すると決まった訳では無いけど、街に潜んでいる【吸血清 オールドリーチ】等のことも考えると出来るだけ節約をしておきたい。

 

 

 「チッ、取り合えずば【アイテムボックス】を取り返すことからだな」

 

 「うん、顔は覚えてるからフェイに探してもらいつつ聞き取り調査かな」

 

 

 盗まれたアイテムがどこか遠くに売り払われてしまう前に回収しなければならない。

 時間は一刻を争うだろう。

 『早速、行動に移そう』、そう席を立った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 「もしかして君達、あの悪ガキ集団に何か大切な物でも盗まれたのかい?」

 

 

 オープンに開かれた厨房。

 その奥から少し高めの楽しげな声を掛けられた。

 

 

 「もしそうなら、僕なら少しは手助け出来ると思うよ?」

 

 

 一部、カウンターのような形になった場所。

 本来なら作った料理を厨房から受け渡す場所なのだろう。

 しかし、がらんどうな店内故に何も置かれてないカウンターに1人の男性が両肘を着きながらこちらを見ていた。

 

 

 「あんた誰だ? いや、それよりも手助け出来るってーのは本当か? 何で見ず知らずのあんたがそんな事してくれる??」

 

 「まぁまぁ、そんなまくし立てないでくれよ」

 

 

 早継ぎに疑問を口にするホオズキに男性は笑う。

 

 

 「僕はこの店で……アルバイト、かな? をさせて貰っている【料理人】さ。

  この時間は暇でね、聞き耳を立てていたら君達の会話が聞こえてきたんだよ。あ、それと手助け出来るのは本当さ」

 

 男性は何かを弄るように人差し指をクルクル回す。

 そして……何かを思い付いたかのように動きを止めた。

 

 

 「手助けしてあげる理由は同郷だから、かな?」

 

 

 言うが早いか手袋を捲り、“大きな包丁”の紋章を見せた。

 どうやら同じ<マスター>であるらしい。

 だけど、流石にそれを簡単に信じることは出来ない。

 これまで同じような手段で私達に偽の情報を渡し、特定の場所で待ち伏せて一斉に襲う。などと言うPKに出会ったことがあるからだ。

 ……ついでに、その時はホオズキがギリギリで気付き、私がアレウスに《騎乗》し、轢き殺した。

 

 (嘘をついてるようには見えないけど)

 

 横目でチラリとホオズキを見上げると互いに目が合った。

 そして小さく頷く。

 

 

 「あの、手助けは嬉しいですが何で<マスター>だからなんですか? <マスター>だからと助けるって言うのを疑うわけじゃ無いですけど……」

 

 

 念の為、追及する。

 すると男性は何かを不思議がるように頬を腕につけるように横倒しにし……そして頷いた。

 

 

 「――あぁ、君たちはまだ<グランドル>に来たばかりなのか」

 

 「え?」

 

 「……それはどういう意味だ」

 

 「どういう意味だと言うか……君たちも見ただろう? この街の状態を。人道的に受け入れられない<マスター>や街の周囲のモンスターが強すぎて拠点を移し替える<マスター>、寒さ対策が出来無くて立ち去る<マスター>。 

  <グランドル>に滞在している<マスター>は本当に少ないんだ。

  僕もこの街に三か月はいるけど、今じゃそのほとんどが顔なじみさ」

 

 

 男性はそう言いながら肩を竦めた。

 

 

 「それなら何であんたはこんなところに居るんだ? あんたも大して旨味は無いはずだろ」

 

 「僕はそうだね……この街は新鮮な獲物が手(・・・・・・・)に入りやすい(・・・・・・)からさ。それにほら、この街のティアンほど料理に喜んでくれる人も居ないんだ。

  あ、言っておくけど僕は珍しい方だよ?

  この街に滞在している<マスター>は【義賊王】狙い(・・・・・・・)の賞金稼ぎ(・・・・・)が殆どだからね。ほらっ、彼らもその内の一人さ」

 

 

 そう言いながら男性は見せ奥に座った一組の<マスター>を指さした。

 窓近くの日が良く当たる席。

 そこには唯一の私達以外の店の客である<マスター>達が座っていた。

 

 

 ――嬉しそうに紅茶に口をつける同い年ほどの女性。

  プラチナベージュのロングヘアを後ろへと流し、紫水晶の瞳に眼鏡をかけている。そして……何故かメイド服を着ている<マスター>。

 

 ――女性とは正反対に全身を灰色のローブで隠した……おそらく男性。

  ローブからチラリと見えた左腕は蒼色の羽毛に覆(・・・・・・・)われ(・・)、手の部分は鳥のような四本(・・・・・・・)の鉤爪(・・・)になっている<マスター>。

 

 

 だけどおかしな組み合わせだ。

 メイド服の女性が飲んでいる紅茶は真っ黒――ドン引きするほど濃い紅茶を美味しそうに飲む。

 そして正面の男性に話しかけるのだが、男性の方は一言も話さず、まるでメイド服の女性が一方的に話しかけるような状態になっている。

 

 (なんか、どこかで見たことのあるような気もするけど……)

 

 いくら思い出そうとしても記憶にない。

 もしかして気のせいなのだろうか?

 そんな事を思い、首を傾げていた時だった。

 隣に立つホオズキが口を開く。

 

 

 「……すまねぇな。ちょっとこっちもあんたの知っての通りアイテムを盗まれてピリピリしてたんだ」

 

 「いや、別に構わないさ。それに……実は君たちに手助けするのは個人的な事もあってね。

  実は僕も此処に来た当時、君たちから盗んだ悪ガキどもにアイテムを盗まれてるんだ。まっ、一種の意趣返しだね。別に感謝も礼も必要ないさ」

 

 

 ホオズキもその言葉を信用したのだろう。

 訝し気に顰めていた眉を緩め、『ガッハッハッハ』と笑った。

 

 

 「僕はジョニー、【料理人】として働いている――アルバイトさ」

 

 「俺はホオズキだ。んで、そこでチビチビ酒を飲んでるのがシュリ。ついでにこの街には立ち寄っただけだぜ」

 

 「……ン、シュリ」

 

 「あ、私はヴィーレ――ヴィーレ・ラルテです。と言うか盗まれたのは私なんですけど……その、よろしくお願いします」

 

 

 随分と遅くなった自己紹介。

 互いに<エンブリオ>の紹介はしない、<マスター>同士の暗黙の了解である。

 

 

 「えっと……握手は~~」

 

 

 ジョニーさんは料理用の手袋をつけた自身の手を見て言葉を途切れさせ。そしてニヘラと笑った。

 料理を作ってそのままだからだろう。

 パンくずなどが付いた手袋をはめた手をプラプラと揺らした。

 

 

 「別に構わないよね」

 

 「アハハ……そうですね」

 

 

 互いに微妙な雰囲気になって笑いあう。

 乾いた笑い声がただでさえ、がらんどうな店内に良く響いた。

 そしてジョニーさんは『パンッ』と、両手を叩き聞こえの良い音を鳴らした。

 

 

 「僕が知ってるのは盗んだ悪ガキ集団の名前の大まかな位置だけなんだ。

  あとは、盗まれたアイテムはすぐに売り払われてしまう訳じゃないって言う事かな。

  

  それで彼らの居場所は――――」

 

 

 盗人についての商材を話し始めたジョニーさんの話に私は耳を傾ける。

 いつも騒がしいホオズキもだ。

 チビチビとお酒を飲むシュリちゃんを傍目に、続きの言葉を待ち……

 

 

 

 

 

 ――『ガシャーーンッ!!』

 

 

 突然、背後の入口から扉を壊しながら転がり入ってきたその男に気がつけなかった。

 

 

 「イテテテ……久シブリスギテ、ヘマシチマッタ」

 

 

 扉を壊したであろう張本人は機械音のような声でぼやきながら、服に付いた埃を払う。

 そして、

 

 

 「ット」

 

 

 大通りから放たれただろう矢を。

 少なくとも避けられるとは思えないほどのスピードで宙をはしっていた矢を、何でもないかのように無造作に掴み取った。

 そして高めの笑い声を響かせた。

 

 

 「無理ダナ、コンナ攻撃ジャ俺ハ倒セナイ。諦メテ、サッサト退散シロ。

  ソレデモ攻撃スルヨウナラ――」

 

 

 両手を大きく広げ、腕に絡みついた『短剣付きの鎖』を宙に垂らす。

 

 

 「遠慮ナク盗マセテモラウゾ、オマエタチノ『心臓』ヲ。不死身ノ化ケ物……<マスター>カ何カハ知ラナイガ、『心臓』無クシテハ動ケナイダロウ?

  ソレデモ諦メナイノナラ、腕ヲ、脚ヲ。順番ニモイデヤル」

 

 

 左手に“紋章”は無い。確実にティアンだ。

 そして言葉から察するに、相手取っているのは恐らく<マスター>なのだろう。

 ティアンと<マスター>、その違いが決して小さく無いことは目の前のカタコトの男も知っているだろう。

 

 ……しかし、その言葉には絶対に出来るという自信と、師匠にも似た、どこか毅然とした強者としての風格が感じられた。

 そして、男は名乗る。

 

 

 「ソレデモ来ルト言ウナラ、死ヲ覚悟シロッ。

 

  ――コノ【義賊王】ガ相手ヲシテヤルゾ!」

 

 

 【義賊王】と。

 そう男は名乗ったのだった。

 

 

 

 

 




……ハッ!!
【冥騎兵】とか、なんか格好良さそう!

って思ったけど、ヴィーレの騎獣にアンデットもいないしもう一つの上級職は先約があるので止めた。
だけど、それでも出してみたいから<UBM>にして出してやろうかとか妄想したりしてみる。
……そこまで続けられる気がしないけどw


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第5話 アウトロー

長い!


 □■□ 『とある文献・【盗賊】系統超級職について』

 

 

 

 

 

 【義賊王(ギング・オブ・シィーヴズ)】:盗賊系統大義賊派生超級職。

 

 

 

 《転職条件》

 ・【大義賊】がレベル100である。

 ・盗賊行為に500回以上成功する。

 ・【盗賊】系統ジョブ以外に就いている200名以上の者に10万リルを分け与え、分け与えた者たちから貰った合計100以上のアイテムを手にした状態で、盗賊系統のクリスタルに触れる。

 

 

 《転職クエスト》

 ・詳細不明。

 

 

 《就職クリスタル》

 ・各国にある盗賊系統のクリスタル。

 

 

 【義賊王】は盗賊系統ジョブでも一際転職が難しく、かつ珍しいジョブである。

 歴史を顧みても【義賊王】に就くものが現れたという文献は極めて少なく、その転職の難しさと希少さが目立つ超級職だ。

 それ故だろう、転職クエストは未だ明らかになっていない。

 だが、何かを奪う――これに関する《転職クエスト》であることは間違いない。

 そして……【義賊王】にはもう一つ、面白い特徴を見ることが出来る。

 

 ――『【義賊王】現れ(・・・・・・・)るところ(・・・・)貧困あり(・・・・)

 

 文献を見ると【義賊王】が現れる街には、必ずと言っていい程に貧民街が存在しているのだ。

 その理由についてはある程度、推測が立てられるが……それは後ほど説明するとしよう。

 

 【義賊王】は盗賊系統ジョブに洩れず、AGIが伸びやすいジョブである。

 しかし、実際は【盗賊】よりも【強奪王】に近い。

 《気配操作》などの隠蔽スキルがあまり伸びることが無く、近接戦闘に長けたステータスになるのだ。

 

 

 

 

 

 そんな【義賊王】の固有スキルは三つ(・・)――アクティブスキルである《ライト・オーバースナッチ》と《レフト・フルアーンズ》。

 そして、パッシブスキルの《義賊の流儀》である。

 

 

 

 ・《ライト・オーバースナッチ》:アクティブスキル。

  【義賊王】の固有スキル。

  右手で(・・・)半径30メテル以内の視界に入った譲渡不可アイテム以外のアイテムを、一瞬で自身の手中へと奪い取る。

 

 ・《レフト・フルアーンズ》:アクティブスキル。

  【義賊王】の固有スキル。

  左手で(・・・)《ライト・オーバースナッチ》で盗ったアイテムをリルに変換し、分け与える。

 

 ・《義賊の流儀》:パッシブスキル。

  【義賊王】の固有スキル。

  全ステータスを『半径一キロメテル以内に居る《レフト・フルアーンズ》で10万リル以上分け与えた人数』×10する。

 

 

 

 ある意味『義賊』らしい。

 どれもそう言えるようなスキルばかりである。

 高いステータスに中距離でアイテムを簒奪する事が出来る《レフト・フルアーンズ》。

 

 ――【義賊王】が現れた街、その拠点では【義賊王】は無類の強さを誇るだろう。

 

 《転職条件》の厳しさに比例する、強いスキルを持つジョブだと言える。

 しかし、やはり目立つのはこの固有スキルだろう。

 ――《レフト・フルアーンズ》。

 盗賊系統ジョブであるはずなのに、リルを分け与えるスキル。

 ここで先ほどの話が持ち上がる。

 此処からは歴史的な記録ではない。あくまでもそれから導き出される推測だ。

 そう、行き着いた答えは一つである。

 

 

 ――【義賊王】、それは【盗賊】にならなければ生きられなかった者達が行き着く超級職だ。

 

 

 そして、ここで記す事が出来るのは一言。

 【義賊王】は自身の故郷――拠点においてステータス的に、そして人々の協力的に通常の超級職より秀でている。

 ・【神】シリーズ特有の『スキル特化型超級職』。

 ・【将軍】系統の『軍団指揮型超級職』。

 この文献にも書かれていないものを含めれば1000を優に超えるだろう数多の超級職。

 その上で、【義賊王】を細かく分類分けするとするならば――個人的に、こう記させてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 ――自陣条件特化型(・・・・・・・)超級職、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 【義賊王】を名乗る男――目の前で起きたその戦闘は圧倒的なものだった。

 多勢に無勢。

 <マスター>とティアン。

 両方、共にその間には大きな『差』と言う深い――深い溝があるはずなのだ。

 戦闘職のティアンと戦闘職の<マスター>が戦えば、いい勝負をしても最後にその場に立っているのは<マスター>なはずなのだ。

 

 しかし――その差を【義賊王】と言う名の『玉座』は埋めるどころか飛び越えた。

 

 あと数人<マスター>がいてもその結果は変わらない。

 そう断言出来るほどに、その戦闘は圧倒的であり一方的だった。

 

 

 「……凄い」

 

 

 放たれた矢や展開された銃弾の波。

 ――その全ては宙で消え失せ、運動力を無くした状態で右手の中に奪われていた。

 

 死角から飛び出す【疾風槍士】による《ストーム・スティンガー》。

 ――死角放たれはずの一撃は【盗賊】由来の知覚スキルで、経験で避けられ、その顔面に裏拳を叩き込まれて吹っ飛んだ。

 

 【紅蓮術士】が仲間ごと巻き添えにして唱えた《クリムゾン・スフィア》。

 

 

 「え? ぁ、うわぁぁああーー!!」

 

 

 ――『ジャラジャラッ!!』と、音を立て伸縮する白銀の鎖が近場の<マスター>を【拘束】し、盾代わりにぶつけられ火炎に吞まれて光の塵となって消えた。

 

 

 「私のような従魔頼りじゃない、師匠のような自身で戦う超級職ッ」

 「あぁ、恐ろしく強ぇえ」

 「……ホオズキじゃ、やられちゃう、ね」

 

 

 この僅かな会話の間でさえ、数人の<マスター>が吹き飛び、デスペナルティになり消えていく。

 きっと開けた場所ならギリギリ勝ちを拾える。

 だけど……街中では負けてしまうだろう。

 『ゴクリッ』と、無意識に唾を飲み込み。私はその戦闘を凝視する。

 そして戦闘開始から数分後、戦闘は終わりを迎えていた。

 勝者は1人。

 無人となった大通りに立つ。

 

 (――宣言通りだ)

 

 様々な方法で倒された<マスター>。しかし、その半分が宣言通り、心臓を盗み取られ死んでいたのだった。

 武器を奪い。

 防具を剥ぎ取り。

 <マスター>同士のコンビネーションを破壊する。

 

 

 「戦い慣れ過ぎてる」

 

 

 ただ単純に上手すぎるのだ。

 自身の拠点を知り尽くした場所での戦い方に、両の手から振るわれる簒奪スキルと鋭いナイフ。

 ジョニー曰く、賞金稼ぎとして戦い慣れているであろう<マスター>達が、赤子の手をひねるように簡単にやられてしまったのがしその証拠である。

 

 

 『……コレデ全員カ』

 

 

 派手に破壊され、開放的になったレストランの入口でジッとその様子を眺めていた私達。

 【義賊王】はそんな私達には目もくれず、大きく肩を回した。

 そして……

 

 

 『ット――マァマァダナ』

 

 

 腕を一振り。

 何かしらのスキルだろうか? 

 一瞬で地面に広がっていた<マスター>達が残したドロップアイテムが消え失せる。

 『ポンポンッ』とローブ下に装備しているだろう【アイテムボックス】を叩いていることから、それらのアイテムは既に回収されたようだ。

 

 (あんなスキルがあれば私もドロップアイテムの回収が楽なのに)

 

 そんな事を考える。

 そして――

 

 

 『「……」』

 

 

 不意に【義賊王】と視線が交錯した。

 

 ――ひたすら透き通るような鮮やかな青。

 

 見とれるような美しさに硬直する。

 綺麗……だけではない。

 その瞳に秘められた決意と自身、そして――悲しみ(・・・)の青に私は無防備に突っ立ていることしか出来なかった。

 同時に、その瞳から感じ取った既視感にスッと目を細めた。

 一瞬のうちに鮮明な記憶が頭を過り、そして思い出した。

 

 

 「……ぁ」

 

 

 そうだ。

 似ている――何か、昔を。

 いつか無くしてしまったものを懐かしみながら後悔し、そして無気力な少し陰った瞳の輝き。

 私は懐かしさと。そして何故、それを【義賊王】を見て思い出しているのかと言う疑問に困惑した。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 「あっ! 【義賊王】が逃げるぞッ、誰か捕まえろ!!」

 

 

 私達の後ろ、ジョニーが発した叫びに我に返った。

 自分で感じた以上に思い出に耽ってしまっていたようだ。

 店先から見渡すことが出来る大通りの先では、【義賊王】が何十層にもなった貧民街の石の屋根を跳躍し、鎖を上手く扱いながら逃げていく後姿が視界に入る。

 そのはるか後ろを衛兵だろうティアンが追いかけている。……が、追いつけないだろう。

 相手はAGI型に伸びた【義賊王】。

 双方の距離は差が開くばかりだ。

 

 

 「――おい、ヴィーレ」

 

 

 横からホオズキが視線を向けてくる。

 『追うのか?』――そう言いたいのだろう。

 

 

 「……」

 

 

 これがただの【盗賊】や【強盗】だったら間違いなく、迷うことも無く追っていただろう。

 だからこそ私は迷っていた。

 相手が【義賊王】と言う超級職だから『追う』、『追わない』という二択で迷っているわけではない。

 迷った理由、それはたった一つ。

 明白だ。

 

 ――私達はこの貧民街の惨状を知り、そしてそれを盗賊という手段で助ける【義賊王】をどうしても敵対視できなかったから。

 

 その手段こそ犯罪だけど、行動原理は正義の味方そのもの――それが【義賊王】。

 敵か味方か。

 悪か善か。

 判断をつけられない迷いが喧噪が響く大通りの中、私とホオズキだけを静寂が包んだ。

 追わなくても誰にも、何も言われないだろう。

 だけど……

 

 

 「――追いかけよう」

 

 

 だからこそ追いかける。

 私自身の中でハッキリと割り切ることが出来るように。そして納得がいくように。

 一言と共に走り出す。

 

 

 「ハッ! 俺は興味はねぇが付やってやるぜ!! ――シュリ」

 「……うん」

 

 

 瞬時に《戦鬼到達》を発動し、先行するホオズキ。

 私も別の方法で追いかける。

 

 

 「来て、フェイ!」

 『Kwee、Kweeee~~!!』

 

 

 運が良いことに、先程の戦闘騒ぎで大通りは人混みが断たれていた。

 無人の場所が出来た空白。

 怪鳥形態となったフェイに《騎乗》するには十分なスペースがそこにはある。

 空いたスペースに向け、走りだす私。

 そして炎で出来た体を膨張させながら超低空飛行するフェイに、《瞬間装備》で戦闘服を装備しながら飛び乗った。

 

 

 「さっきの【義賊王】を追いかけて!」

 

 

 同時に両手に握った手綱を強く引く。

 それと同時に冷たく、そして吹き飛ばされてしまいそうな程の凄まじい風圧が身体を吹きつけた。

 一瞬――一秒にも満たない。

 フェイに《騎乗》した私は既に<グランドル>の遥か上空へと舞い、【義賊王】を探すように宙でホバリングし停止していた。

 《一騎当神》や《幻獣強化》、《魔獣咆哮》の効果が乗ったフェイ。

 その速度は優に超音速を突破し、数十メテルの距離を無くしたのだった。

 

 

 「……まだ、そう遠くには行ってないはずだけど――」

 

 

 フェイから体を乗り出すようにして見下ろす街。

 <グランドル>の半分に屋根が付いたかのようにも見える入り組んだ貧民街の方面を【弓狩人】になって習得した《ホークアイ》を使用し、視線を彷徨わせる。

 こうしてみると本当に迷路だ。

 至る所に抜け道のような穴があり、入り組んだ路地は行き止まりは無く様々な場所に繋がっては分かれている。

 そんな光景を少し感動しながら見下ろし――数秒後。

 

 

 「――見つけた」

 

 

 屋根の上を超音速機動で移動する【義賊王】を発見し、ニヤリと口端を吊り上げた。

 そして、

 

 

 「フェイ」

 『kWEEEEーー!』

 

 

 その向かう先へと向けて、勢いよく急降下するのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 『アァ?』

 

 

 薄っすらと霜の降りた何層にも積み重なっている石の屋根。

 そんな平たい屋根の上へと、体長5メテルはあろうかというフェイに《騎乗》したままの状態でゆっくりと羽ばたきながら着陸した。

 羽ばたく炎の翼が宙を明るく照らし、霜を一瞬で溶かしていく。

 そんな状態で、私は脚を止めた【義賊王】と向かい合っていた。

 

 

 『――【騎神】カ……化ケ物ガ『超級職』ニ就クトハ、コレハ本当ニ手ニ負エンナ』

 「《看破》も持ってるんですね……」

 『マァナ、盗賊稼業ヤッテル奴ニハ汎用スキルハ必須デナ。

  ――ソレデサッキマデ傍観シテイタ【騎神】ト……後ロノ【吸血鬼】ハ俺ニ何ノ用ダ? モシカシテ、周リノ奴ラガ邪魔ダカラ、コンナトコロニ来ルマデ待ッテイタノカ?』

 

 

 向かいあい、睨み合う。

 そして片言な言葉遣いで後ろに視線を移す【義賊王】。

 すると、数秒遅れて屋根の上にホオズキが姿を現した。

 

 

 「まぁな、相方がお前を倒すかうじうじと迷ってるもんでな。こうしてとりあえず追ってきたわけだ」

 『フッ、【騎神】ト言ウノハ存外甘イラシイナ』

 

 

 鼻で笑うような仕草を見せた【義賊王】。

 口端を持ち上げるホオズキ。

 互いに笑ってはいるがそれぞれの目は険吞な光を帯び、今にも動き出しそうなほどギラギラ揺らめいていた。

 そんな中、私は小さく息を吐き出しながら【義賊王】を睨みつけた。

 

 

 「……貴方に質問があります」

 『……嫌ダト答タラ?――「この場でぶっ倒して憲兵に突き出すぜ」』

 

 

 2対1。

 互いの声や口調は比較的穏やかだが、交わされる言葉と雰囲気は『一触即発』と呼べるほど空気をピリピリとしていた。

 いや、言葉だけではない。

 それぞれが次の瞬間、戦いに入ることが出来る戦闘態勢だ。

 

 

 ――【義賊王】は左手に巻き付けた『鎖』をジャラジャラと揺らし、その右手をフリーにする。

 

 ――【吸血鬼】は左手に【鬼斬大刃】を。右手には血の大太刀を構え、身体を【タロース・コア】の全身鎧で包んでいた。

 

 ――【騎神】は【義賊王】の射程距離――30メテル以上離れ、今すぐにでも駆けだせるよう、両手で手綱を握り込んでいた。

 

 

 ……沈黙。

 三者三様に睨み合い――そして【義賊王】が『フッ』っと、肩の力を抜く。

 

 

 『ソレデ俺ニ何ヲ聞キタインダ? 

  オ前達ハ他ノ化ケ物共ヨリ、面倒クサソウダカラナ――特別ダ』

 

 

 【義賊王】が――仮面の奥の蒼い瞳がこちらを見る。

 その奥ではホオズキがどこか面倒くさそうに『早くしろ』と、視線を投げかけていた。

 それに応えるように小さく頷き、

 

 

 「何で……ううん、【義賊王】。――貴方は何をしようとしているの?」

 『――アァ?』

 

 

 私自身分からない。

 未だに纏まりきっていない考えを口にした。

 

 

 「私もこの<グランドル>の街を見た。どんな状況かも分かっているし、貴方のやっていることも正直……正しいと私は思ってしまった」

 

 

 だからこそ分からない。

 

 

 「でも、このままじゃ何も変わらないことは【義賊王】――そんなことは貴方が一番分かっているはずだ!

  <マスター>よりも強くて、これまで捕まることなく逃げ切っているぐらいに頭の回る。

  そんな貴方が、何の考えなしに義賊行為しかしていないようには思えない。

 

  ――【義賊王】、貴方は何を企んでいるの」

 

 

 考えの纏まらない言葉は宙に溶けて消える。

 そして――数秒の沈黙が降りた。

 同時に聞いていた【義賊王】の身体が小さく震え、

 

 

 『……ハッ』

 

 

 狂ったように。

 何かが弾けるように。

 そして……心底嬉しそうに。

 

 

 『フッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!』

 

 

 楽しそうに仮面を被った顔に手を当て、大声を上げて笑いだした。

 その声に驚き、固まる私とホオズキ。

 乾いた空に片言の高い笑い声は良く響き、そして次第に小さく収まるように止まっていった。

 そして蒼い瞳が私を刺す。

 

 

 『……ソレデ?』

 「――」

 『オ前ノ言ウ通リ、俺ガ何カヲ企ンデイルトシテ。ソレガ大勢ノ命ヲ奪ウコトトナッタトシテ――ソレヲ聞イテ【騎神】、貴様ハドウスル』

 

 

 そんなの一つに決まっている。

 私は食い込むほどに強く握り込んだ手綱を持って、目の前の【義賊王】を睨みつけた。

 

 

 「「絶対に止める()」」

 

 

 そんな私とホオズキ。

 二人の決意のような宣言を聞いてか、【義賊王】は空を仰いだ。

 その様子はまるで何か昔を懐かしむような――哀愁にも似た雰囲気を漂わせた仕草だった。

 『ハハッ』と笑う。

 同時に鎖に繋がり、宙に揺れていた短剣を曲芸の様に掴み。

 

 

 『俺ハ……【義賊王】ニハ『義賊としての流儀』ガアル』

 

 

 膝を屈め、腰を低くし。

 

 

 『悪ヲ滅ボシ、弱者ソ救ウ。ソノタメナラ手段ハ問ワナイ』

 

 

 左手に絡まった鎖が独りでに伸び。

 

 

 『人身売買ヲ見テ見ヌフリスル『市長』モ、当タリ前ノヨウニ人ノ命ヲ売リ買イスル【奴隷商(スレイプディーラー)】モ……ドイツモコイツモ死ンデ当然、俺ガ皆殺シテヤッタ』

 

 

 右手がボキボキと鳴り、遠くへ伸ばす。

 

 

 『ナァ、コンナ腐リ切ッタ街ナンテ、一旦滅ンデシマッタ方ガ良イト思ワナイカ?』

 

 

 蒼い瞳が一際強く光を帯びた。

 

 

 『命ヲ湯水ノ様ニ使イ、生キ返ル化ケ物共。

  オ前達ニハ、絶対ニ理解ハ出来ネェダロウガナ!!』

 

 

 ――風が吹いた。

 遮蔽物が無く、砂を巻き込み吹いた風は私達の態勢を揺らした。

 そして、【義賊王】の姿を覆い隠すローブが大きく揺れ、

 

 

 「「――ッ!!」」

 

 

 【義賊王】の姿が掻き消えた。

 

 盗賊系統、AGI型の【義賊王】に《義賊の流儀》によるステータス補正が加わり加速する。

 その動きは優に超音速機動に至っていた。

 短剣が付いた鎖が一直線に私に伸び、右手が霞む。

 【ブロンズソード】や【ミスリルの槍】、何本もの黒塗りの【ナイトペイン】がホオズキに向けて投擲されていた。

 憲兵のティアンでは視認するのも難しい。

 超級職にだけ許された領域の速攻攻撃だった。

 だが、それも憲兵なら。の話だが。

 

 

 「――フェイ!」

 『Kweeee!!』

 「――舐めるんじゃねぇ!!』

 

 

 私は、【騎神】は反応した。

 先ほどまで地下道で吸収した怨念を全変換した《紅炎の炎舞》――【紅蓮術師】の《クリムゾン・スフィア》を上回る大火炎。

 同時に上空へと飛翔し、どこまでも伸び追いかけてくる鎖付き短剣から距離を取った。

 既に【義賊王】との距離は100メテルを超え、相手の攻撃は届かない距離だ。

 

 

 ホオズキは、【吸血鬼】は走り出していた。

 ホオズキは黙ってヴィーレと【義賊王】の話を聞いていたわけではない。

 戦闘に備え、血液を某ゴム人間のように無理やり循環させた。

 そして――《戦鬼到達》が発動する。

 そのステータスは既に4000近くまで上昇し、【義賊王】の動きが捉えることを可能にしていた。

 自身の向かってくる剣を、槍を、ナイフを切り弾き、拳を握り接近する。

 

 

 ――背後からは【火傷】では済まない大火炎。

 ――前方からはステータスの上昇した『戦鬼』の重たい拳。

 

 

 どちらも【義賊王】のステータスではギリギリ耐えることのできるかどうか。当たれば戦闘不能に陥る攻撃だった。

 ……だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――《ライト・オーバースナッチ》』

 

 

 ――一瞬だった。

 

 

 「フェイッ!?」

 

 

 何か――遠くから轟音(・・)が響き、同時にフェイの身体を何かが貫いていた。

 本来ならなんともない攻撃。

 フェイには【身代わり竜鱗】を装備させてある。

 物理攻撃は十分の一へと半減されるはずだ。

 加えて、その体の大半を炎で構築しているフェイには物理攻撃はそれほど効かない――はずなのに。

 

 

 『kWE、KWEEEEE~~!!』

 

 

 まるでいきなり重力(・・・・・・)が増した(・・・・)かの様に石の屋根へと墜落した。

 

 

 

 ――一瞬だった。

 

 

 「……グホォ」

 

 

 ホオズキはその口から大量の血を吐き出していた。

 ……いや、口からだけではない。

 【タロース・コア】の全身鎧に覆われた心臓には太い両手剣が深々と刺さり、その身体を自在に動く鎖が拘束する。

 心臓は外へと刺し出され、血は止まることなく【出血】する。

 それに対し、ホオズキの攻撃は【義賊王】へと届いては居たが――まるで何も無かったかの様に【義賊王】は崩れ落ちたホオズキを見下ろしていた。

 

 

 『惜シカッタナァ』

 

 

 左手からは【身代わり竜鱗】が粉々になって砕けて落ちた。

 フェイの炎とホオズキの拳。

 本来なら二発としてカウントされる攻撃を、【義賊王】はタイミングを計ることで全く同時に受け、一撃としてカウントしたのだ。

 そしてそれは元々【義賊王】が身に着けていたものではない。

 ――《ライト・オーバースナッチ》でフェイから簒奪したものだった。

 

 (……何で!?)

 

 射程距離である30メテル以上は離れていたはずだ。

 それなのに【身代わり竜鱗】は奪われ、そして何者かに狙撃され戦闘不能に陥った。

 

 ――誰が?

 ――何で?

 ――何処から?

 

 疑問に染まる思考は纏まらない。

 アレウスを呼んで戦う? ――無理だ。

 この場所では屋根を突き破ってしまうだろう。

 仮に《喚起》したとしても【身代わり竜鱗】を奪われ、再び狙撃されてしまえばアレウスが危ない。

 ただ、このまま終わる私でもホオズキでもない!!

 フェイから飛び降りながら【アズラーイール】を構え、

 

 

 『――ヤメテオケ』

 

 

 その声に動きを止めた。

 

 

 『オ前達ガ動クヨリモ、俺達(・・)ノ方ガ速イ』

 

 

 同時に再び轟音が響き、隠れて動き出していたホオズキの左足が吹き飛んだ。

 ――狙撃だ。

 何処からかは遠すぎて判断もつかない、だけど間違いない。

 【義賊王】には仲間が居る(・・・・・)

 

 

 『コレハ忠告ダ。コレ以上首ヲ突ッ込ムな、ヴィーレ・ラルテ』

 

 

 白いローブがたなびき。

 蒼い瞳が揺らめき。

 片言の声を響かせる

 そして、【義賊王】は銀色の指輪を付けた左手で私を指した。

 

 

 『次会ッタ時ハ……ソノ心臓デ贖ッテ貰ウゾ』

 

 

 そう言い残し、【義賊王】身を翻して貧民街の迷路へと消えていったのだった。

 

 

 

 




……あとがきに書くことが無い。




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第6話 レベリング

今回も長い


 □『カルディナ北東部』・<レンソイス砂漠> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――<グランドル>の貧民街で【義賊王】と交戦してから一日。

 

 

 

 

 

 私達は一時的に街を出て、<グランドル>と<黄河帝国>との間に広がる砂漠へと訪れていた。

 真っ青な空にはたった一つ、ポツンと昇る真っ赤な太陽。

 すでに時刻は時計の長針が12時をさす時間帯である。

 太陽は天頂を超え、西へと傾き始める……一番暑くなる時間帯だ。

 

 

 「……暑い」

 

 

 遮蔽物の無い、地平線を見渡せるほどの砂漠を生温い北風が頬を吹き抜けた。

 巻き上げられた砂が汗ばんだ肌に張り付いた。

 

 

 「しょうがないよ、これでも此処は<カルディナ>でも1、2番目に涼しい砂漠らしいし」

 

 

 隣で気だるそうな足取りでぼやくシュリちゃん。

 帽子を深々と被り、『ヘニャリ』と眉を下げる彼女に、私は苦笑しながらそう微笑む。

 そんなシュリちゃんはコクリ、と頷く。

 そして【アイテムボックス】から飲み物(お酒)を取り出しチビチビと大切そうに飲みだした。

 私はシュリちゃんの様子を傍目に、顔を前方へと向ける。

 

 (シュリちゃんにはああ言ったけど――やっぱりそれでも暑いや)

 

 容赦ない陽光に目を細めながら向けた視線。

 その先にはづかづかと一人先に進むホオズキ。

 そして見渡す限り広がる白銀の砂漠(・・・・・)が存在していた。

 

 

 ――此処は<レンソイス砂漠>。

 <グランドル>と<黄河帝国>の間……<厳冬山脈>に沿うように広がる白い砂の砂漠(・・・・・・)である。

 <厳冬山脈>から吹く雪の影響だろうか?

 白い砂は容赦なく牙をむく陽光を反射し、下からも私達をギラギラと照り付ける。

 辺りはギラギラと光り、見ているだけで目が痛くなりそうな光景だ。

 

 熱を砂漠の砂が吸収しない分、それほど暑くはない砂漠だが……それでも長時間居れば【脱水症状】は免れることは出来ない砂漠であることは間違いない。

 足の取られる砂漠の砂。

 疲労も相まって汗が一滴首筋を伝った。

 

 

 「ホオズキ、だいたいこの辺りじゃない?」

 「あぁ、あいつの話が嘘じゃなかったら――な」

 

 

 私とホオズキ、そしてシュリちゃん。

 【義賊王】に負けた次の日にこの<レンソイス砂漠>に訪れたのは幾つかの理由があった。

 

 

 一つ、元々の予定通り……とは表向きな理由で実際は昨日の戦闘で【義賊王】に負け、ずっとイライラしっぱなしのホオズキのストレス発散である。

 何となくピリついた雰囲気だったのでその気分転換だ。

 

 二つ、【料理人】であるジョニーに私の【アイテムボックス】を盗んだ犯人達(・・・)の事を聞いたから。

 

 三つ、対【義賊王】に向けてのレベル上げによる戦闘力の強化である。

 そして、この<レンソイス砂漠>にはそれに持ってこいのモンスターがいる。

 

 

 かれこれ一時間ほど、途方もない広大な砂漠を歩いてきた私達。

 だけど移動するだけなら『怪鳥型』のフェイに《騎乗》すればたった十分。

 アロンの背に乗って移動しても、この半分の時間で此処まで来れていただろう。

 

 ――では、何故わざわざ徒歩でこの<レンソイス砂漠>の中腹辺りまで来たのか?

 

 それは一つの理由に収束される。

 そして、

 

 

 「――ッ!」

 「……ホオズキ、居た」

 

 

 【弓狩人】のスキルである《ハンティング・フィールド》とシュリちゃんの<エンブリオ>たる特性である『血』による生物の探知がソレを捉えたのは同時だった。

 地を響かせるよ(・・・・・・・)うな(・・)大きな咆哮。

 何かが白い砂漠に大きな影を作りながら、私達へと向け飛翔する。

 

 

 

 

 

 『KYUIiiii----ッ!!』

 

 

 少し可愛げのある。そして超音波のような高音の鳴き声。

 雲一つない砂漠の空を泳ぐように飛翔し、私達にその鋭く並んだ牙を剥き突撃してくるモンスター。

 体長3メテルもの大きな体で、空から強襲されたら戦うのは難しい――いや、逃げるのも困難だろう。

 

 

 「ぁ? 何だありゃ、(シャチ)か!?」

 

 

 ――『亜竜級』モンスター・【レイダーオルカ】。

 その名の通り、空飛ぶ鯱のようなモンスターだ。

 きっと遠くから私達の姿を捉え、襲い掛かってこようとしているのだろう。

 空中を水の中と変わらぬ速さで泳ぎ、そして大きな口を開き一直線に向かってくる【レイダーオルカ】。

 

 私達はそんな【レイダーオルカ】を前に、何の行動も取ら(・・・・・・・)なかった(・・・・)

 

 いや、正確に言えば少し違う。

 何の行動も取れなかった(・・・・・・)、のだ。

 私達から数十メテル先、【レイダーオルカ】が上空から急降下し始めた時だった。

 

 

 

 

 

 ――『ドンッ!!』

 

 

 何かが吹き上がるような破裂音が。

 突如、宙へと巻き上げられた白い砂が。

 白い砂に混じることなく浮かび上がり、【レイダーオル(・・・・・・・)カ】を一瞬でバ(・・・・・・・)ラバラに裂き殺(・・・・・・・)した(・・)黒く、そして電気を帯びた砂が。

 

 『此処は俺の縄張りだ』と、でも言うように強烈に。そして派手に。その姿を現した。

 ソレはそのまま砂中から飛び出し、【レイダーオルカ】からドロップした肉を一飲みにする。

 

 

 「……おい、あれで間違いねぇな?」

 

 

 息を殺すように小さな声で確認するホオズキ。

 そんな確認に同意するように頷きながら私は答える。

 

 

 「うん、間違いないよ。この<レンソイス砂漠>の主みたいな存在で、砂漠船や商団を襲う……魚竜型のモンスター。聞いてた通りだ。

  

  ――『古代伝説級<UBM>、【砂鉄滋竜 モノポール】」

 

 

 ――この白い砂漠では目立つ黒い竜鱗。

 ――すっかり衰退しただろう竜爪と竜翼。

 ――体の一部から漏れるように走る黄色い電気と『竜王気』。

 

 砂漠の中の砂鉄(・・)を支配し、それを遊泳手段や攻撃に転用する『地竜種』たる――【砂鉄滋竜 モノポール】がそこには居たのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「ホオズキ……本当にアレに挑むの? 流石にアレは――駄目だと思うけど……」

 「……シュリも、嫌」

 

 

 ヒソヒソと声を潜めて交わす会話。

 私とシュリちゃんは少し前方に居る――ジッと【砂鉄滋竜 モノポール】を睨みつけているホオズキにそう話しかけた。

 【砂鉄滋竜 モノポール】は砂漠に住んでいる地竜だからだろう。

 噂で聞いた情報では視覚が衰退し、ほとんど目が見えていないらしい。

 しかし、逆に聴覚(・・)。そして常に電磁波(・・・)を放ち、周囲の生物を察知しているだろう――と推測の範囲の情報だが<グランドル>では聞くことが出来た。

 

 (きっと今も私達の存在は知覚してるんだろうけど――)

 

 【砂鉄滋竜 モノポール】は食事を終えた直後。

 大声で話さない限りいきなり襲い掛かってくることはきっと無いだろう。

 そんな中、突如ホオズキは『グルッ』。

 上半身を曲げるように振り返りながら、これまたヒソヒソ声で口を開いた。

 

 

 「そんな事言うがアイツ(【義賊王】)に負けっぱなしでいいのかよっ!?(ボソッ) 丁度いいじゃねぇか、強い奴と戦えて『特典武具』を手に入れる。んでその『特典武具』で【義賊王】の野郎をぶっ飛ばすんだよ!!(ボソッ)」

 「そんな事言ったって、ね~? シュリちゃん」

 「……ンッ」

 

 

 どれだけ頑張ってもホオズキが勝つイメージが湧いてこない。

 砂中を自在に泳ぎ、電気と砂鉄を操る【モノポール】。

 対して、ホオズキは物理的な攻撃と『血』による攻撃だけ。

 まともに戦えば一撃も加えられず、砂漠の中へと引きずり込まれて【窒息】死するに違いない。

 

 

 「まぁ、止めはしないけど……」

 「……え? シュリは嫌だよ?」

 

 

 裏切られたような顔で私を見上げるシュリちゃん。

 ……ごめんね、シュリちゃん。シュリちゃんはホオズキの<エンブリオ>だから私に止めることは出来ないんだ。

 『プイッ』っと、顔を背ける。

 だから止めて欲しい。

 そんな涙目で袖を小さく引っ張るのは。

 

 

 「――おう、やってみなくちゃ分かんねぇからな。お前は適当に時間潰しといてくれ。

 

  ――うし! 行くぞ、シュリ!」

 『……ヴィーレ?』

 「……」

 

 

 【山岳隻甲 タロース・コア】の全身鎧を作り出し、身に纏いながら左手で【鬼斬大刃】を肩に担ぐ大男。

 そんな背後で、ジッと恨めし気に私を見上げる少女。

 私は――無言で巻き添えを避けた。

 

 だけど、何だかんだ言ってもホオズキがデスペナルティになることはそうそう無いはずだ。

 それこそ砂の中に引きずり込まれでもしなければ。

 本来の――もう一つの姿へと光の粒子になって変化するシュリちゃんを見送りながら、そんな事を考える。

 

 

 「それじゃぁ、言って来るぜ」

 「うん、何かあったら【テレパシーカフス】で連絡してね」

 

 

 襟元に着けられた【テレパシーカフス】を指さす。

 そんな様子に、『おう』と言いながらヒラヒラと手を振るホオズキ。

 そして、

 

 

 「ガッハッハッハッハッハーーー~~ッ! 行くぜ、オラァッ!!」

 

 

 大声を発し、【モノポール】に突撃するホオズキ。

 そして同時に鳴り響く戦闘音を背後から聞きながら、フェイに《騎乗》してその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて……私達はどうしよっか?」

 『Kweeee?』

 

 

 ホオズキと別れて数秒。

 私は身体を叩きつける風に目を細めながら、のんびりとそう呟いた。

 燦燦(さんさん)と照らす太陽と澄み渡った青空を超音速機動で飛翔するフェイ。

 かなり高度が高いからだろう。

 空気は少しだけヒンヤリと冷たく、汗ばんだ身体を吹き抜ける向かい風が気持ちいい。

 本当なら高レベルモンスターが多く生息し、ただでさえ厄介と言われる『飛行モンスター』が多い<カルディナ>の空だが、

 

 前方に待ち構えるようにして立ち塞がるモンスター。

 ――《紅炎の炎舞》で焼き殺す。

 

 フェイの後を追いかけてくるモンスター。

 ――超音速機動で一瞬で振り切る。

 

 【騎神】であり、フェイに《騎乗》した私に怖い(モンスター)は一匹たりもいない。

 【チャージコンドル】のような群れでの奇襲。

 もしくはドラゴンのような<UBM>にでも出くわさない限りは優雅な空の散歩である。

 

 

 「今は武器も【アイテムボックス】ごと盗まれちゃったからね~。私達はゆっくりとレベル上げでもしてよっか?」

 

 

 そんな事を言いつつ……私は昨日の昼。

 【義賊王】との交戦後のジョニーとの会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 「貧民街で盗みをしている【盗賊】の悪ガキ共だとぉ?」

 「えぇ、正確に言うなら……そうだね。【義賊王】に憧れて盗みをするしか生きている術が無かった悪ガキグループかな?」

 

 

 私達がレストランに戻ると、泣きながら呆然と半壊した入口を眺めていたジョニー。

 彼は私達が【義賊王】を捕まえられなかったことを話すとガックリと肩を落としていた。

 だけど彼は『遊戯派』だった。 

 『ま、僕はあくまでバイトだし』っと、すぐに開き直り。

 そして私の【アイテムボックス】を盗んだ犯人について教えてくれた。

 

 

 「貴方達も見ただろ? あの【義賊王】を。

  僕は<グランドル>に来てまだ3か月程度だけど、【義賊王】はこの貧民街のティアンに慕われてるのさ。

  それこそ、きっと何人かは【義賊王】の正体を知っているはずなのに秘密にしているぐらいだよ」

 

 

 ジョニーは少しつまらなさそうにフライパンを振るう。

 そして棚から数枚の皿をカウンターへと置き、話を続ける。

 私達はそんな話を少し離れた場所。

 朝食を食べたテーブルに座りながら静かに耳を立てていた。

 

 

 「……今、【義賊王】の話は聞きたくねぇ。それよりさっさと犯人の事について話せよ」

 「君はせっかちだな。とは言っても、僕もこれから忙しくなりそうだからそうしようか」

 

 

 『パツッ』と、フライパンから油が撥ねた音がした。

 

 

 「僕が話せるのはあまり多くはないし、つまらないことだけどね。

  貴女の【アイテムボックス】を盗んだ貧民街の子供。食べ物が無くて、だけど奴隷になるのは嫌だった五人組の子供たちさ。 

  彼らは【義賊王】に憧れていてね。こうして<グランドル>の入口付近で二日に一回、裕福そうな奴からアイテムを盗み売って暮らしている――らしい」

 「らしいってのはどういうことだ?」

 「フフ、僕は【料理人】だからね……アイテムを盗まれはしたけど諦めたのさ。この情報は店のお得意様の【商人】のティアンの話だよ」

 

 

 ジョニーは小さく笑う。

 そして【冷蔵庫】から食材を取り出し、何らかのスキルで一瞬でみじん切りする。

 美味しそうな匂いを漂わせ調味料を大雑把に振りかけた。

 

 

 「実際に盗んでいるのは【盗賊】のビーオという少年さ。ビーオがリーダーでアイテムを盗んで、他の四人がそれをサポートするんだ」

 

 

 ――【盗賊】ビーオ。

 私は《鑑定眼》を習得してないから分からなかった。

 だけどここまでジョニーが【商人】経由で仕入れた情報だ、ここら辺では有名らしいし間違いはないのだろう。

 ホオズキが追いきれなかったのも仲間の子供たちの妨害があったのかもしれない。

 

 

 「彼らは二日に一回、絶対に盗みを働くんだ。

  貴方達みたいな盗まれた被害者から逃げるためだろうね。逆に二日に一回は盗みをしなきゃ生活も困難になるのさ」

 「チッ、それなら捕まえるなら明後日か。だけどよ、盗まれたアイテムは大丈夫なのかよ。とっ捕まえても既に売り払っちゃった後でしたーじゃ、俺達は困るぜ?」

 「それについても心配知らないかな?貧民街の悪ガキからアイテムを買い取る【闇商人(ブラック・マーチャント)】も少ないからね。

  それに……」

 

 

 ジョニーは出来上がった料理を皿に盛りつけながら、肘をカウンターに。

 頬に手を付けながらニヤリと嗤った。

 

 

 「貴方達、その様子だとかなり高額なアイテムを盗まれたんじゃないか?」

 「……そうですけど」

 「なら、しばらくは心配いらないと思うよ。売りに出されることも気にしなくていい」

 「あぁ? 何でそんな事が断言できるんだ。 あんたも盗まれて取り返せなかったんだろ?」

 

 

 眉を吊り上げるホオズキ。

 ジョニーは少し間を開け――そして口を開いた。

 

 

 「盗んだ相手が死んでも死なない<マスター>で、盗品はかなり希少なアイテム。

  そんなモノを進んで買い取る【闇商人】は……命が惜しくない奴はこの<グランドル>には居ないからさ」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ジョニーのちょっとした親切心による手助け。

 あの話を聞いたからこそ、今<レンソイス砂漠>に来られているとも言っていいんだろう。

 私は再び、気を取り戻しながら砂漠を見下ろすように辺りを見渡した。

 《ホークアイ》による視力強化。

 旋風で波のような模様が出来た白い砂漠には何体ものモンスターが移動し、互いに戦闘を繰り返していた。

 

 

 「う~ん、ここら辺で降りよっか」

 

 

 レベル上げする分にはモンスターの数は心配いらないだろう。

 モンスターも見た限りでは『亜竜級モンスター』が数体いるだけで他には上級モンスターが居る程度。

 武器が無い私でも十分戦うことが出来そうである。

 

 

 『Kweeee~!!』

 

 

 フェイは返事をするように大きく嘶き――そして真っ逆さまに急降下し始めた。

 風を切り裂く音が耳元で鳴り、風が鋭く吹き抜ける。

 超音速機動で飛翔するフェイは一瞬で地面へと近づき、そして砂を巻き上げながら勢いを殺して急停止した。

 だが、それだけではない。

 

 

 『GAGYOUUUUUUUUUU!!』

 

 

 私達に気が付いたモンスターが一斉にこちらへ向けて走り出す。

 

 ――大きな棘を生やしたサボテンのようなモンスター。

 ――巨大な顎を鳴らし、走り寄ってくる二足歩行の恐竜型モンスター。

 ――群れで這い寄ってくる蠍型モンスターの集団。

 

 全てのモンスターが一斉に走り寄り、

 

 

 「――フェイ」

 『Kweeeee』

 

 

 真紅の炎の渦に包まれ、火葬された。

 炎が止んだ跡にはモンスターの姿はなく、幾つものドロップアイテムだけがポツポツと白い砂の上に残っているだけだった。

 まさに一瞬。

 《幻獣強化》と《一騎当神》によって強化された《紅炎の炎舞》は即座に敵を燃やし尽くしたのだ。

 私は《ハンティング・フィールド》を使用し、安全を確認しながら辺りを見渡す。

 そして小さく頷き、フェイの背から飛び降りた。

 

 

 「うん、大丈夫そうだね。お疲れ様、フェイ」

 『KWE、KWEEEEEE』

 

 

 近くのモンスターは一掃できたようだ。

 後は安全にアロンやベグのレベル上げを頑張るだけである。

 幸いなことにフェイは私の<エンブリオ>。

 そしてベグはキャパシティは低いし、アロンのキャパシティも範囲内に収まっている。

 同時に召喚することは十分可能だ。

 

 

 「……よし、《喚起》――アロン、ベグ!」

 

 

 言葉と同時に左手にはめ込まれた【ジュエル】が光り、溢れ出た光の粒子が二つの姿を象った。

 ――山のように見上げるほど巨大な堅殻を持った黒色の地竜。

 ――今では食べ過ぎたのか、大型犬程の大きさに成長した白色の芋虫。

 ドラゴンと芋虫。

 黒色と白色。

 同程度のレベルに対しての戦闘力。

 全てが正反対とも思えるような2体が私の前に現れた。

 (……アレウスは砂漠では上手く戦えないのと、一体だけずば抜けてレベルが高いので今日はお休みである)

 

 

 「おはよう、でいいかな? うん……今日はレベル上げをしよっかアロン、ベグ」

 『GAWUWUWU』

 『――――』

 

 

 地響きのような唸り声を上げるアロン。

 ベグも声を出せない代わりに、《アビス・レービング》で手に入れた何らかのスキルで体の色を赤や黄色にして返事をした。

 アロンもベグもやる気は十分らしい。

 どこかワクワクとした、止まってられないというような雰囲気に私は思わず笑みを浮かべた。

 

 

 「とは言ってもベグはまだ単独で戦闘は出来ないからね。アロンは自由に動いてもらって、私とフェイが弱らせたモンスターをベグがとどめを刺すって事になるのかな?」

 

 

 俗に言う、雛鳥に餌を与える形だ。

 しかし、ベグは何処か不満そうに芋虫の上半身……? を。持ち上げ抗議してくる。

 同時にその姿が一瞬で変態した。

 

 ――ENDに秀でたモンスターである【ドラグワーム】の強固な漆黒の甲殻。

 ――飛び抜けたAGIで空を飛び、鋭い薄羽で切り裂く【亜竜鬼蜻】の蒼銀の薄羽。

 ――【ポイズン・スコーピオン】の毒の刺尾と【亜竜痺蜂】の麻痺針。

 

 ゆっくりと地面から浮かび上がりながら、『自分が出来るぞ!』と訴えかけているようだ。

 傍から見れば、とても凶悪なモンスターである。

 だけど……やっぱり駄目。

 

 

 「《アビス・レービング》で手に入れてもまだ実践で使ったことは無いでしょ? それにステータスはまだ低いんだから無理しちゃ駄目だめ」

 

 

 私は宙に浮かぶベグを両手でガッチリと掴み――

 

 (……意外と重いっ)

 

 その重さに思わず落としそうになり、ギリギリで堪えた。

 そして腕の中で、元の姿に戻ったベグを抱えながらアロンを見上げる。

 

 

 「そういう訳だからアロンは今日は単独で動いて欲しいの。また別の日に一緒にレベル上げしようね」

 

 

 私の声に少しだけ不満そうな唸り声を漏らすアロン。

 しかし別の日に一緒にレベル上げするのを納得したのか、ゆっくりと白い砂漠に沈みながら移動し始めた。

 その姿を見送りながら、私もフェイに《騎乗》し準備をする。

 アロンは【リソスフェア・ドラゴン】の……おそらく幼竜にあたる。

 アレウスと比べるとまだまだ経験不足だし、レベルも低い。

 モンスターの分類分けに当てはめても――辛うじて『純竜級』モンスターに区別されるか、と言う程度だ。

 

 しかし、アロンには《地盤超重》が。

 そして最近手に入れた《地盤操作》がある。

 大抵の敵はアロンにダメージを与えることも出来ずに圧殺されてしまうだろう。

 

 

 「――よしっ! それじゃあ私達もレベル上げ頑張ろっか」

 『Kweeeee~』

 『――――』

 

 

 私も気合を入れ、《瞬間装着》で普段着から服を着替える。

 白い砂漠では目立つ、露出が多めの紅の装備。

 気合十分なベグを背後に乗せ、勢いよく空に飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――ヴィーレ達が気付く筈も無かった。

 彼女とその従魔達の様子を遥か遠くからジッと観察する三つの鋭い目(・・・・・・)を。

 

 

 <レンソイス砂漠>を遊泳する主が【砂鉄滋竜 モノポール】だと言うのなら、<レンソイス砂漠>の大空を支配する主が居るということに。

 知識を求めるその獣は、興味深そうに眼を細めたのだった。

 

 

 

 

 




予定では十五話ぐらいで終わるはずだった第四章。

だけど、またノリで書いたせいで話数が伸びそうです……。
――たまにはファンタジーらしいモンスターを出してみたいww



・<レンソイス砂漠>(捏造設定)
<グランドル>と<黄河帝国>の間に広がる白い砂漠。
比較的気温が低く、<厳冬山脈>の影響を強く受けている。
数体の特有のモンスターが生息しており、その中央を【砂鉄滋竜 モノポール】が。
そして空を【???? ■■■■■■】が支配している。


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第7話 砂漠闘争ー(上)

文字数が15000超えたので二つに分けます


□<レンソイス砂漠> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――炎よりも鮮やかな紅色。

 

 

 

 

 

 地上より遥か上空でホバリングするフェイに《騎乗》する。

 砂漠の猛暑のせいか、それとも既に数時間続けている戦闘のせいだろうか?

 火照った身体を冷たい旋風が冷やし、リアルの私とは違う――ヴィーレ・ラルテの真紅の髪が視界の端で靡いた。

 正直に言えば、赤は別に好きじゃない。

 だけどこの世界<Infinite Dendrogram>ではすっかり馴染んでしまった赤の。

 ――真紅の髪をそっと耳にかけた。

 同時に頬を持ち上げ、笑みを浮かべた。

 

 

 「――見つけた」

 

 

 《ホークアイ》で強化された目で白い砂漠で動く影を捉える。

 そして、

 

 

 「行くよっ、フェイ。 ――ハッ!!」

 『Kweeeee!!』

 

 

 両手に緩く握った手綱を強く引く。

 そんな私の動きに呼応するかのようにフェイが勢いよく地上の影に向けて急降下し始めた。

 

 ――吹きつける激しい風。

 ――自然と強く握り込む手綱。

 ――揺れるポニーテール。

 

 数秒でその速度は超音速を越え……まだまだ加速する。

 『怪鳥型』となり、身体の大部分を炎で構成したフェイが急降下して、その後が赤い奇跡となって宙に残った。

 ぐんぐんと近づいてくる白い砂の地上。

 風を切るようなこのスピードと次々と移り変わる周りの景色がとても心地いい。いつになっても飽きることのない心地いい感覚に、スッと目を細め、すっかりと身体が覚えた――いつも通りの動作をなぞった。

 

 『ドクッ、ドクッ』と心臓が早鐘をうつ。

 

 僅か1、2秒。

 《ホークアイ》でも影のようにしか見えなかったモンスターの姿は、既にハッキリと全貌を確認することが出来ていた。

 

 

 「1体、2体……3、4、5体。――と1。これなら問題ないかな」

 

 

 砂漠で戦う5体の人型モンスターと1匹のモンスター。

 白い砂漠で拮抗している戦闘の真っただ中だった。

 

 

 『SYAAaaaaaーーッ!!』

 『―――――~~ッ』

 

 

 ――黒みがかった茶色の鱗を持ち、一際大きな体で【岩石の大剣】を構えた【サンド・リザードマンジェネラル】。

  【サンド・リザードマンジェネラル】を中心に弓や盾を構えた【サンド・リザードマン】が円形に陣取り、激しく威嚇しながら敵を睨みつけた。

 

 ――5メテルはあろう骨で出来た長い体をくねらせ、砂漠に跡を残しながら【サンド・リザードマン】達の周りをグルグルと周る【スカル・ベノムサーペント】。

  声にならない――骨と骨を擦り合わせたような音を鳴らしながら、鎌首をもたげ【サンド・リザードマン】達を睥睨した。

 

 数では【サンド・リザードマンジェネラル】の群れの方が数では有利だけど……

 

 

 『――――ッ!』

 

 

 見れば闘争は一方的なものだった。

 ――勢いよく振り抜かれた尾骨を辛うじて槍で弾く。

 ――鋭い牙が並んだ顎を大剣で受け止める。

 いずれは【サンド・リザードマンジェネラル】逹の方が壊滅させられてしまうだろう。

 

 

 「フェイ!!」

 『Kwe、Kweeeeeーー!』

 

 『――――ッ!???』

 

 

 フェイにその骨の身体を鉤爪で引きちぎらなかったら……だが。

 

 

 決着は一瞬だった。

 超音速機動で急降下したフェイはそのスピードを緩めることなく鋭い鉤爪で【スカル・ベノムサーペント】をつかみ取り、その頭を炎で焦がしながら啄んで勝ち割ったのだ。

 ある意味、リアルでの弱肉強食と変わらない。

 猛禽類と蛇の宿命である。

 目の前でドロップアイテムを残し、光の粒となって消えていく【スカル・ベノムサーペント】。

 私はその光景に『フゥ……』と一息吐く。

 自然と力が入っていた手綱を握る両手を離し、

 

 

 ――『ボフッ』

 

 

 顔からフェイの炎の毛並みへと突っ伏した。

 

 

 「何でだろ……肩に力が入っちゃってる。【騎兵】は状況判断を瞬時にすることが大切で。その為にも常に冷静で力を抜いておかなきゃならない、って師匠に散々言われたのに。

  ――こんな戦い見せたら、また怒られちゃうよ~」

 

 

 <グランドル>に来てから体に無駄な力が籠ってしまっている。

 【義賊王】や貧民街を見て焦ってしまっているのだろうか?

 意識すればするほど体に力が籠ってしまう――そんな何処かスランプにも似た抜け出せない違和感に対する怒りをぶつけるように、フェイの首元をモフモフと撫でまくった。

 

 

 『Kwee~、Kwe、Kwee……』

 「うん、それは分かってはいるんだけど」

 

 

 慰めるようなフェイの声に返事を返す。

 モヤモヤした気持ちを吐き出すように大きく深呼吸し、そっと目を閉じた。

 

 

 「……少し休憩」

 

 

 そう、気を抜いた時だった。

 

 

 『SYAAaaaaaーーッ!!』

 

 

 コロコロと一転する状況について来れず、硬直していた【サンド・リザードマンジェネラル】が大きな声を上げた。

 『ザッ!』っと、砂を蹴る音。

 《ハンティング・フィールド》を使用し、一匹のモンスターが私に向けて突撃してきていることを感知する。

 自分たちを追い詰めていた強敵。

 その強敵を一瞬で倒してしまった私達を目の前に我武者羅になっているのだろう。

 

 

 「……」

 

 

 そんな《ハンティング・フィールド》の感知に私は顔をずらし、チラリと【サンド・リザードマンジェネラル】の様子を覗き見た。

 ――それ以外、私は何もしなか・・・・・・・った・・。

 そしてもう一つ、主の危険を知らせるはずの《危険察知》が反応していない。

 それは……ある意味すでに戦いの決着がついていることを暗に示していた。

 

 

 「そこは――もう半径5メテル以内だよ」

 

 

 言葉が早いか。

 事象が早いか。

 【サンド・リザードマンジェネラル】とその配下のリザードマンたちが苦しむ様に倒れ伏した。

 同時にリザードマン達の身体から、巨大な杭のような毒針が生え伸びた。

 しかし即死はしない。

 何が起こったのかも理解することが出来ないリザードマン達は動くことも叶わない。

 数秒後にHPが尽き、ドロップアイテムを残して消えていった。

 

 

 「ベグもお疲れ様。かなり頑張ったから……レベルが一気にあがったね」

 

 

 私は先ほどまでリザードマンたちがいた場所に向け、そう話しかけた。

 すると同時に、何も存在しなかった空間からベグが姿を現した。

 

 ――《光学迷彩》

 

 これもベグが《アビス・レービング》で獲得した特性の一つである。

 ベグはフェイの身体に【クィーンスパイダー】の剛糸でしがみ付き、リザードマン達の隙をついて毒針を打ち込んだのだ。

 ベグ自身の戦闘力は皆無。

 しかし《アビス・レービング》で獲得した特性は亜竜級モンスター相当のものばかりだ。

 【花冠咲結 アドーニア】の《栄華の庭園》による何十にも重ねられた状態異常は簡単にリザードマンたちを瀕死に追い込み、ベグの毒針は簡単にそのHPを全損させたのだった。

 

 

 ――『ピコンッ』

 

 

 数秒遅れて、レベルの上昇を告げるアナウンスが頭に響いた。

 身体を完全にフェイへと預けた……うつ伏せのような状態。そのまま私は指を動かし、『ウィンドウ』のステータスの欄を開いた。

 

 

 『【アビス・ラビー】/ベグ Lv.18』

 

  

 この数時間でレベルが12も上がっている。

 私は思わず、そのウィンドウに載っている数字に目を見開いた。

 

 (アロンは数時間粘ってもレベルが1上がるかどうかだったのに……)

 

 種族が『ドラゴン』と『魔蟲』による差なのかな?

 高レベル帯の狩場なことも踏まえても、『魔蟲』は比較的レベルの上がりやすい種族なのかもしれない。

 その代わりなのかスキルは殆ど増えていない。

 《アビス・レービング》で獲得した特性が何種類かあるといった程度である。

 

 

 「アレウスはレベル30ぐらいで進化したっけ。もしかしたらベグもそろそろ一回進化するかもね?」

 『~~~♪』

 

 

 進化に憧れているのだろうか。

 ベグは芋虫形態の身体から蠍の尻尾を作り出し、激しくブンブンと嬉しそうに振る。

 ……そしてバランスを崩し、コテンッとこけた。

 そんな様子に小さく笑い声を漏らした。

 それにしても、今回のレベリングは大成功と言えるだろう。

 フェイが<エンブリオ>の分、経験値が私とベグで山分けになっているのだ。今のベグなら上級モンスターと一対一で戦っても十分勝てるはずだ。

 

 

 「私の【弓狩人】のレベルも……もう少しでカンストかな。<グランドル>を出発するまでに次のジョブを考えておかなくちゃ」

 

 

 武器としてのスキルを増やす為【弓手(アーチャー)】系統に就くか。

 私自身のステータスを上げるために【女戦士】の上位職――【女傑】に就くか。

 それとも従魔を強化するために【従魔師】系統に就くか。

 

 (【娼妓(ハーロット)】っていうのもあったけど、恥ずかしすぎて絶対に無理)

 

 選択肢は星の数ほどあるけど、そこから一つに選ぶのは本当に難しい。

 私の<エンブリオ>――【炎廻怪鳥 フェニックス】はまだ第三形態、進化してから何に就くか選んでもいいかもしれない。

 そんな事を考え、そしてゆっくりと身体を起こした。

 

 

 『~~、~』

 「あ、ベグ。ありがと」

 

 

 器用に糸を使ってドロップアイテムを搔き集めてきてくれたベグ。

 その大半が【サンド・リザードマンジェネラル】の群れのものだが、念のため一つ一つ手に取り、確認する。

 ――【岩石の大剣】

 ――【サンド・リザードマンの岩鱗】

 使っていた武器と何かに使える素材アイテムばかり。

 一部はアロンが食べるおやつにはなりそうだけど……他は殆どシアンさんの商店で買い取ってもらうことになりそうだ。

 《鑑定眼》が使える【鑑定士のモノクル】を装備していないため、アイテムの詳細は分からない。

 しかし、それでもアイテム名を見れば一目で分かる――異彩を放つアイテムが目に映った。

 

 

 「【大骨蛇の腐毒牙】は【スカル・ベノムサーペント】のドロップアイテムだね」

 

 

 それは大きなダガーのような骨の大牙。

 牙の先が紫色に変色したどこか不気味なアイテムだ。

 

 (……あれ?)

 

 手に持った【大骨蛇の腐毒牙】を見つめていると後ろ髪を引かれ・・・・・・・るような感覚・・・・・・を感じた。

 暫し、呆然とし。そして、

 

 

 「《ドレイン》」

 

 

 スキルを宣言すると共に【大骨蛇の腐毒牙】が砕けて消えた。

 砕けると同時に洩れた光の粒子はフワフワと宙に浮かび、【アドーニア】へと吸い込まれていく。

 どうやら状態異常の特性を持ったドロップアイテムだったみたいだ。

 私は開かれたままのウィンドウから装備欄を開く。

 開いたのは【花冠咲結 アドーニア】の装備欄。

 そこには居前途は違い、《ドレイン》に成功し数の増えた状態異常がずらりと並んでいた。

 

 

 

 

 

 『《栄華の庭園》――使用可能:【毒】【猛毒】【衰弱】【麻痺】【魅了】……【死呪宣告】【腐食】』

 

 

 

 

 

 合計で既に一桁を超え、後半に差し掛かった十数個の状態異常。

 今回の《ドレイン》で手に入れたのは【腐食】の状態異常のようだ。

 

 

 「【腐食】は聞いたことはないし……掲示板で探すか、実際に使ってみなきゃね。どの程度の効果かも知っておきたいし」

 

 

 文字から危険そうな雰囲気が駄々洩れだけど、万が一というのもある。

 私は【腐食】と言う状態異常は聞いたことも受けたことも無い。

 しかし、確認せずに実戦で使う。

 そして結果、【腐食】は使えなかった。もしくは私にも影響がある状態異常だった、では大変だ。

 そろそろ切り上げようと思っていたレベリングだけど――

 

 

 「ちょうどいいし、あと一回だけモンスターを倒して終わろっか?」

 『Kweee~~』

 

 

 疲れの溜まり始めた体を動かし、フェイが装備する鐙へと足を掛けた。

 太股でしっかりと鞍を挟み込む。

 手綱を手に握り、そしてベグがフェイにしがみ付いたことを確認した。

 

 ――その時だった。

 

 

 「――ッ!?」

 

 

 唐突に脳内に鳴り響く《危険察知》の大警鐘。

 白い砂漠の地面に大きな、大きな影が差す。

 私は無意識に意識を戦闘のモノへと切り替え、敵の正体を確かめようと上空へと顔を上げるのと、

 

 

 『GALAOooooooooooOOOO!!』

 

 

 ソレが咆哮するのは同時だった。

 

 

 

 

 



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第8話 砂漠闘争ー(下) 

 □<レンソイス砂漠> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 この<Infinite Dendrogram>には所謂、ファンタジーなモンスターが多数存在する。

 架空の生物だけではない。

 それこそ初めて聞くようなオリジナルのモンスター。

 そしてその名の通り、世界に一体しかいない<UBM>など。

 種族が『妖怪』なんていうモンスターが居ると『掲示板』で見たときは私も流石に驚いて声を上げてしまったほどだ。

 しかし……私の視線の先。 

 白い砂漠、<レンソイス砂漠>の上空。

 青空に佇む様に飛んでいたのは一体のモンスターだった。

 

 

 ――ソレは架空のモンスター。

 ――ソレは砂漠の主。

 ――ソレは……神獣(・・)

 

 

 

 

 

 「……【スフィンクス】」

 

 

 人の顔を持ち、獅子の身体を漲らせ、鷲の翼を優雅に羽ばたかせ、蛇の尾を揺らす。

 獣の大咆哮を放ったのはリアルでの神獣。

 人頭獣であり、種族キメラ。

 そして『純竜級』モンスターに分類される【スフィンクス】だった。

 

 (嘘っ!)

 

 人の頭を持つ【スフィンクス】はジロリッと私を睥睨する。

 同時に鋭い牙が並んだ口が開き、そして私達の居る地上まで届くような直線状の炎のブレスが吹き放たれた。

 唯でさえ暑い砂漠の真ん中。

 空気をも焼き焦がすような音を。

 赤よりも赤い――紅蓮の炎が私に向けて迫りくる。だけど……

 

 

 「フェイ!!」

 『Kweeeeeーー!!』

 

 

 フェイも同じく、幻獣であり炎の神獣。

 迫りくる炎を《火炎増畜》で吸いこむ様に炎の身体に吸収し、自分の力に変換する。

 

 

 「倍返しにして返してあげる!!」

 

 

 同時にフェイが《紅炎の炎舞》で紅炎を【スフィンクス】へと向けて放つ。

 《クリムゾン・スフィア》以上の火力。

 《火炎増畜》によって五倍にして蓄えた炎の光線が《幻獣強化》で更に強化され、一直線に空へと昇った。

 普通の地竜ならば骨すら残らない。

 地面をも溶かし燃やす――大火力の反撃だ。

 仮に【嵐竜王】でも当たれば、大ダメージを与えられることは間違いない!

 

 

 「フェイのMPとSPを注ぎ込んだ火炎放射なのに――なんで……」

 

 

 一直線に向かう炎。

 

 

 「なんで倒れないの!?」

 

 

 【スフィンクス】へと近づいた炎は何かに護られるように減衰し、そして【スフィンクス】自体へと届く前に完全に霧散していた。

 何事も無いかの様に宙に佇む【スフィンクス】。

 赤い炎を煩わしそうに獅子の腕を振るう。

 そして、

 

 

 ――『GALAOOOOOOOoooooO!!』

 

 

 空中を走るように、一直線にこちらへ向けて急降下し始めた。

 

 (……速い!!)

 

 その速度はそこらの怪鳥よりも遥かに速く。

 その獅子の両脚には岩石程度ならバターのように切り裂けるだろう靱爪が光沢を帯びていた。

 

 

 「確かに速い。だけど、私達のほうがもっと速いんだから!!」

 『Kwe、Kweee!!』

 

 

 炎の翼が大きく羽ばたいた。風が吹き荒れ、白い砂が舞い散る。

 数秒間、炎の身体を小さく縮こませて作る小さな溜め。

 そして次の瞬間――フェイの姿が掻き消えた。

 もちろん突然消え去ったのではない、ただ単純に勢いよくその場を飛び立っただけだ。

 

 ――上空から向かってきている【スフィンクス】に向けて。

 

 

 「―――~~ッ!」

 

 

 弓から放たれた矢の如く。

 鋭く、減衰することなく全力で【スフィンクス】へと向けて突き進む。

 いつもとは違う急上昇に激しい空気圧に叩きつけられ、思わず苦悶の声を漏らしてしまうが――止まることはしない。目を閉じることはしない。

 真っすぐに前を見据え、全神経を指先へと集中させた。

 

 接触まであと三秒。

 ……二秒。

 ……一秒。

 

 

 「今っ!!」

 『Kweeee~!』

 『GALAOOOooOO!!』

 

 

 眼前ギリギリ、絶妙なタイミングで振るわれる【スフィンクス】の右足。

 私もそれに合わせて手綱を振るい――加速した。

 間一髪、紙一重、振り抜かれた腕が唸りを上げながら後ろ髪を掠めて通り過ぎていく。

 コンマ数秒――超音速機動での時間差。

 フェイの全力の加速による体当たりと鉤爪による切り裂きが【スフィンクス】の身体へと直撃した。

 

 

 「――ッと」

 

 

 追撃してくる蛇の尾を躱し、ベグがここぞとばかりに毒針を発射する。

 しかし、その毒針は【スフィンクス】を【毒】にすることは無い。

 

 (……思ったより硬いなぁ)

 

 【スフィンクス】の強固な剛毛。

 そしてENDによって深く貫通することなく表面で止まってしまったようだ。

 先ほどとは立ち位置が逆転した状態で《ホークアイ》を使用し【スフィンクス】の様子を確認する。

 

 

 「ダメージが軽いみたい、攻撃範囲が小さいから致命傷にはならないんだ。アレウスならそのまま力技で突き倒して踏み殺せるんだけど……フェイ」

 『Kwe、Kweweeeッ!!』

 

 

 尋ねるようにフェイを見ると、『そんなの絶対に嫌だっ!!』と言うように首をブンブンと左右に振った。

 フェイはそれほどステータスに優れているわけではない。

 だから、攻撃手段も《紅炎の炎舞》頼りな部分が大きいのだ。

 仮に鉤爪で掴み、無理やり地面に叩きつけることが出来たら大ダメージなのだろうけど――フェイよりも巨大な【スフィンクス】をなぎ倒せるとは思えなかった。

 

 

 「……せめて弓があれば打ち落とせるかもしれないんだけど」

 

 『GALULUUUaaAAA……』

 

 

 睨み合う【スフィンクス】と私達。

 ここに来て、空中戦における火力不足が明白になっていた。

 

 (《紅炎の炎舞》が通じないのは――《魔法耐性》と《火炎耐性》が飛び抜けて高いんだ)

 

 ――スフィンクス。

 それは神獣でもあり人智を越えた知恵の主。

 旅人に試練と言う名の問いかけをするのは有名な話だ。

 安直な考えだけど、【スフィンクス】が対魔法に特化したモンスターだと言われても、何も不思議に思えないような……そんな気がした。

 

 

 「まぁ……それでもやるしかないんだけど、ねっ!!」

 『Kweeeeee!!』

 

 

 同時に手綱を強く引き、【スフィンクス】に向け疾走した。

 それに呼応するように【スフィンクス】も咆哮する。

 咆哮は大音響し――戦闘は苛烈を極め始めた。

 

 

 ――空気を震わせ迫る、蛇の尾の薙ぎ払い。

 

 宙で旋回し、巨大な翼を一部引きちぎる。

 

 

 ――フェイの矢の如き鋭い嘴。

 

 【スフィンクス】が魔法を紡ぎ、宙に展開した岩の槍を避けきれずに私の横腹を切り裂かれた。

 

 

 ――ベグが【毒】の針で、【麻痺】の蠍尾で隙をついてで攻撃する。

 

 その全てが通じることなく表面で止まり、別の意志があるかのように動く蛇の尾に引き抜かれる。

 

 

 互いに一進一退。

 傷つきながらダメージを与えあう。

 時間だけが一刻、一刻と過ぎていっていた。

 

 

 「フッ!!」

 

 

 地面スレスレを超低空飛行し、砂を巻き上げ目くらましに使う。

 それに対して鬱陶しいとばかりに放たれた咆哮が砂を吹き飛ばし、視界が晴れる。

 ……だけど、晴れた砂の先に私は居ない。

 上空へと急降下したフェイは無防備な【スフィンクス】の背中に勢いよく突進し、その鋭い爪を叩き込んだ。

 倒れる人頭獣の巨体。

 その様子を傍目に、手綱を引いて距離を取った。

 

 

 「……決め手がない」

 

 

 チラリと視線を移した手元。 

 手の中には既に戦闘が三十分以上過ぎていることを示す、銀色の懐中時計が握られていた。

 

 

 「炎が通じないとこんなに苦労するなんてね」

 

 

 炎自体は微かにだが当たっている。

 しかし、そのほとんどが霧散した炎は全くと言っていい程ダメージを与えられていないのだ。

 強力な物理攻撃手段があれば問題は無いんだろうけど……今の私にはそれが無い。

 しかし、何時かは勝てるだろう。

 私自身も《蒼炎の再生》で実質無傷、SPかMPが尽きない限りは負けることは殆どない。

 集中力もとぎらすような気はしない。

 だけど……

 

 

 「私も、ただフェイの炎が通じないから勝てない――なんて、そんなままでこれから先ずっと旅するわけにはいかないから。私の弱点をいつまでも放置しておくわけにはいかないから。

 

  ……賭けに出てでも、ここで勝たせてもらうよ?」

 

 

 ――私は賭けに出る(・・・・・)

 勝てる確率は……多分私が思っている以上に低い。

 それでも、それでも私の中で思い浮かんだ一つの勝ち筋。それ以外にこの膠着状態を抜け出せる選択しは考えつかなかった。

 手綱を握り、前を見据え、不敵に笑う。

 鼓動の音がやけに鮮明に大きく聞こえ、闘志に呼応するように身体が熱くなり頬が紅潮した。

 

 

 「フェイ、ベグ……少し無茶するかも。だけど――ううん、絶対に勝とう」

 『Kweeee!!』

 『――――ッ!!』

 

 

 フェイとベグは『そんなの当たり前だ』とでも言うように、一際大きく鳴き声を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ――(【スフィンクス】)はこの<レンソイス砂漠>の大空においてトップ2(・・・・)だった。

 

 

 あらゆる魔法を減衰し、軽傷に抑えることが出来る高レベルの《魔法耐性》。

 加えて火属性に対する《火炎耐性》。

 そして、そこらの純竜とも張り合うことが出来るだろう、純粋に高いステータス。

 

 どんな敵にも負ける気がしない。

 事実、彼は以前にこの大空に侵入した飛竜すら完封し、倒したことがあるほどである。

 モンスターの中でも自分はとても優れている部類だという自覚があった。誰にも負けない自信があった。

 ……はずだったのに。

 

 

 『(――何故だ?)』

 

 

 彼は今、体中から血を流し、白い砂漠の砂を赤く染めるように倒れ伏していた。

 瀕死……ではない。

 むしろ傷はかすり傷程度、軽傷にすぎない。

 しかし――『空の王者である自身が地面に倒れ伏している』、その状況に困惑し。そしてそれ以上の、血も沸騰するかのような怒りを抱いていた。

 まだまだ四肢は動く。

 あの炎の鳥の、それに跨る女の攻撃は自分には効いていない。

 つまり、

 

 

 『GALURAAAaaaaaaAAAAAAAOOO!!!(必ず殺す!!!)』

 

 

 彼は怒りに身体を任せ、怒りの大咆哮を響かせながら立ち上がったのだった。

 宙を舞っていた白い砂。

 それはあまりにも大きな咆哮によって消し飛び、視界は薄っすらと晴れていく。

 そして、数百メテル先に――見下ろすように飛んでいるその不死鳥の女を鋭い眼光で睨みつけた。

 

 

 『(何だ? 何か覚悟を決めたような顔をしているが――)』

 

 

 そんな事は関係ない。

 彼はとっくの前に覚悟を決め、必ず殺すと心に強く決めている。

 むしろ次の一撃で必ず仕留めると、獅子の身体を奮い立たせていた。

 

 

 「――――」

 

 『――――』

 

 

 互いの視線が交錯する。

 殺気が込められた視線が敵の動きを幻視させ、今か今かと身体が疼くように張りつめた。

 先手を取れば勝てる――わけではない。

 しかし彼からすれば次の一手であの目障りな敵を叩きつぶす。そうでなければ怒りで気が狂ってしまいそうな程、敵意が溢れ、殺意の嵐となって心を吹き荒らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――砂塵が微かに舞った。

 

 

 予兆のような微風はより強い風を呼び、旋風を巻き起こす。

 そして、

 

 

 『「――――今ッ!」』

 

 

 巻き上げられた白い砂は薄いベールとなって視線を妨げ、再び開戦の幕となりを霧散した。

 

 

 『GALAOOOooOO!!』

 

 

 彼が不明慮な視界の中で捉えたのは紅蓮の疾矢。

 空気を焦がし。

 風を切り。

 超音速機動で自分へと向け疾走する不死鳥と女の姿だった。

 文字の如く、火炎を纏い突撃してくる(ヴィーレ)が自分へと着弾するまで3秒とない。

 【騎兵】系統の超級職――【騎神(ザ・ライダー)】にのみ許された神速の機動攻撃だ。

 【スフィンクス】はその事実を理解し、人頭の顔を大きく歪めた。

 

 

 

 

 

 ――『知っていたぞ』、と。

 

 

 嘲笑うかのように口端を大きく持ち上げ、歓喜に打ち震えるかのようにその口から大咆哮を鳴り響かせた。

 初歩的で、基本的で、そして驚くほどに単純な事である。

 【スフィンクス】にとって最も優れた感覚器官は『眼』ではない。

 

 では聴覚か? ――いや違う。

 なら痛覚か? ―それも違う。

 

 【スフィンクス】にとって最も発達した感覚器官。

 それは《魔力感知》と言う名の高レベルのスキルだった。

 故に彼はハッキリとそれを……フェイが炎を発しようとする瞬間を捉え、そして先手を打ってい(・・・・・・・)()

 

 

 『GALULUUUaaAAA----!!』

 

 

 神獣の方向に応じるように白い砂が持ち上がる。

 ――全方位。

 彼の身体を覆うように持ち上がった砂は瞬時に強固に固まり、そして鋭い砂の弾丸と化した。

 ヴィーレがどれだけ速くても避けられないよう、何もない空中すら狙い込まれた弾幕の濃い密度。

 無尽蔵な砂漠から魔法によって作られた砂の弾丸が巨大なドームのような弾幕を作り出す。

 

 

 『GALAAO(死ね)』

 

 

 振り下ろされた【スフィンクス】の右足。

 同じに全ての砂の弾丸が勢いよく全方位に向けて照射され、音もなく砂のベールをぶち破った。

 鼠一匹残さない。

 避けられる隙間もない、完全な砂の弾丸の弾幕である。

 

 

 派手な音を立て、舞い上がる砂煙。

 地面に無数な小さな穴が穿たれ、砂漠の砂がもとに戻るように穴へと流れ込む様子が微かに見えた。

 ……舞い上がる砂煙に変化はない。

 それは、彼の前方に動く生存者がいないということを示していた。

 

 

 『GALUaaaaa……』

 

 

 『フンッ』と。

 人頭の獣は鼻で笑うように高熱の息を漏らした。

 そして……

 

 

 『――?』

 

 

 ――何かが超音速で腹の下を通り抜けた。

 

 

 「全方位に発射される砂の弾丸……だけど地面スレスレは案外穴場だったりするよね? 

  それに抜けてしまえばお腹の下は攻撃されない」

 

 

 そんな声が背後から聞こえてくる。

 敗因は単純なミスであり、盲点だった。

 『純竜級』モンスターであり、その体長も5メテル以上もある【スフィンクス】は今まで空中戦を繰り広げていたが故に考えつかなかったのだ。

 何だってそうだ。

 

 ――空中戦では、上を取った者が勝つ。

 ――空中戦では、後ろを取った者が勝つ。

 

 そんな固定観念を持っていたが故に下に向け飛翔す(・・・・・・)()なんてことは彼にとって考えつかず、そして理解は出来ない事だった。

 だが、まだ戦闘は終わってはいない。

 

 

 『GA、GALAUuuuuU!??』

 

 

 痛みに対する咆哮ではない。

 怒りに対する咆哮でもない。

 それは――戸惑いに満ちた方向だった。

 彼の―背に何者かが降り立ち、『ジャラジャラ』と音を立てながら陽の光を反射し銀色に輝く鎖を彼の――【スフィンクス】の首に巻いたことに対する困惑である。

 心を渦巻く感情は『怒り』を超え、『焦り』を上回り、そして『困惑』と言う名の敵に対する理解不能な『謎』が支配した。

 

 

 『(――誰が?)』

 

 

 いや、それが出来るのはたった一人しかいない。

 あの不死鳥に乗っていた女だ。

 

 

 『(――何故?)』

 

 

 背に乗って何をするというのか?

 不死鳥に《騎乗》し、一人では何も出来なかった弱い女が何が出来るというのか?

 『首に巻き付けた鎖』で絞殺す。

 そんな事が出来るなら不死鳥になど《騎乗》せず、当の昔に直接乗り込んで攻撃してきていたはずだ。

 【スフィンクス】は人智を越えた叡智を持ち、砂漠を見下ろすモノ。

 ――だからこそ彼は溺れるように謎に困惑しする。

 そして、睨みつけるように自分の背へと首を捻った。

 

 

 

 

 

 

 ――紅の髪を風に揺らしながら両手で極太の鎖を握る――紅と蒼の炎の模(・・・・・・・)様が刺繍された(・・・・・・・)腰布(・・)を巻いた女。

 

 

 

 

 

 

 『(――あの不死鳥は何処に行った? ゴミの様に付いていた蟲も居ない)』

 

 

 視界に映ったのは先ほどまでは身に着けていなかった腰の紅帯。

 そこには不死鳥も芋虫も居ない。

 より一層、謎は深まるばかり。

 眉を顰め、鋭い眼光で睨みつける彼は――笑みを浮かべる(・・・・・・・)()を。

 突然何かを話し始めた女の顔をみた。

 

 

 「――私の【花冠咲結 アドーニア】って言う特典武具……って言ってもやっぱり分からないかな?

  うん、まぁ……そんな【アドーニア】の《栄華の庭園》って言うスキルがあるんだけど、意外とモンスターが相手だと弱点が多いんだよね」

 

 

 ――この女は何を言っている?

 わざわざ話を聞いてやる必要も彼にはない。

 その人頭の口から灼熱の炎を女へと吹き放ち……全てが腰に巻かれた紅帯に吸い込まれた。

 

 

 「焦らないで話を聞いてよ。

  それで《栄華の庭園》の弱点の話なんだけど……それは半径5メテルっていう短い射程。あとモンスターが相手だと効かないことが多いんだ。

  貴方みたいな『純竜級』モンスターならなおさら、ね。

  まだまだ状態異常の効果も弱いし付与するのに数十秒か……一分ぐらいかかっちゃうこともあるぐらい。AGI型のモンスターだったら意外と早く掛かるんだけど……そこは<マスター>と同じでEND換算なのかな?」

 

 

 跡形もなく吸収された炎に驚きながら話を聞く。

 ……いや、正確に言うなら少し違う。

 彼が――自分自身が噴き出した炎の威力に驚愕した。

 いつもよりも遥かに強力な炎、よくよく自身の身体に意識を向ければまるで力が十倍(・・・・・・・)になった(・・・・)かのように身体が良く動く。

 そして――

 

 

 

 

 

 『GALU、GARAaaaaaaaaOOOOA!??』

 

 

 いきなり発生した自身を蝕む【毒】に気が付いた。

 

 

 「……十秒で【毒】だけかぁ~。

  《獅子勇心》は使って無いのにこんなに遅いんだ……《一騎当神》と《幻獣強化》はパッシブスキルだからオフに出来ないけど」

 『(――この女は)』

 

 

 ――この女はなんだ?

 

 彼は再び笑みを浮かべる女を見た。

 先ほどまでは気にもならなかったその笑顔が、今は何故か悪魔の微笑みのように見えた。

 彼はようやく気が付いたのである。

 あの不死鳥が強いのではない。

 あの蟲が特別弱いわけではない。

 この女が《騎乗》したモンスターが強くなるのだ!

 一番警戒すべきはこの紅髪の女だったのだ――と!!

 

 

 『GALULUUUaaAAA!!』

 

 

 背に《騎乗》する女を振り放そうと激しく身体を動かした。

 身体を捻り。

 勢いよく空へと飛び。

 宙で一回転する。

 【スフィンクス】の動きは速く大きく、そして予想がつかない。

 唯の【騎兵】なら既にその身体を宙に躍らせている――はずなのに、彼女は笑みを絶やさずそこ(背の上)に居た。

 

 

 「その程度じゃ私は投げ出せないよ。慣れてるからね」

 

 

 あいにく、彼女は唯の【騎兵】では無かった。

 《騎乗》という技術においては右に出るモノはこの世に居ない。

 【騎神】の座に座る――『超級職』の<マスター>だ。

 

 

 

 

 

 ――例えしっかりとした手綱がなくとも。脚を掛け、座るべき鐙と鞍が無くとも。《騎乗》するモンスターが自身の騎獣ではなく唯のモンスターだとしても。

 

 それは【騎神】である彼女にとっては些細な問題にしかならない。

 

 

 

 

 

 『GALA……!!』

 

 

 体が痺れて鈍くなる。

 ――制限系状態異常の【麻痺】だ。

 鈍くなる身体を動かしながら、彼は聞いた。

 

 

 「貴方が動けなくなって力尽きるのが先か。

  それとも私がこの手を放しちゃうのが先か。

  何だか…………楽しくなってきたねっ!!」

 

 『GA、GALULUUUaaAAA――――――――――ッ!!』

 

 

 楽し気に笑う彼女に、彼は吼えた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 決着は二分後。

 緩やかに、そして静かに終わりを迎えたのだった。

 数十を超える状態異常を付与され、行動不可能となった【スフィンクス】の墜落――という形で。

 

 

 

 

 

 



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第9話 遭遇と変化

 □<レンソイス砂漠> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 【スフィンクス】との戦闘に勝利してから数分。

 私は身体を襲う疲労感に負け、白い砂漠のど真ん中で両手を広げ、大の字になって仰向けに寝転がっていた。

 まだまだ休まる気のない太陽がギラギラと照らしつけるが……今はそれが少し気持ちいい。

 砂で汚れることなんて気にしない。

 私は目をつむりながら……笑みを浮かべた。

 ゆっくりと右腕を持ち上げお腹辺りに手を伸ばす。

 すると私のお腹に重なるような形でグデンッと、伸びきっているベグのプニプニの身体に指が触れる。

 

 

 ……いや、少しだけ嘘。

 『プニプニ』というより『ブニブニ』だ。

 だけど初めは苦手だった幼虫も今はもう慣れてきたので気にならない。

 

 

 「かなり長引いちゃったけど……何とか勝てたね。

  危ないところもあったし、デスペナルティになっちゃうんじゃないかって本当にヒヤヒヤしたよ~」

 

 

 笑いながら安堵のため息を吐く。

 そんな独り言に、ベグがもぞもぞと動いて返事を返してくれた。

 まるで何か考えて込ん(・・・・・・・)でいる(・・・)かのようにダラダラとした動きだ。

 ――ベグは幼虫型の従魔。

 今日でレベルが一気に上がったとはいえ、幼虫形態で。加えて産地である森ではない砂漠での活動に、かなり体力を消耗しているのかもしれない。

 それかただ単純に動くのが面倒くさいか、だ。

 

 

 「かなりって言うか、薄氷の勝利だったし」

 

 

 寝ころんだまま視線を左へと移す。

 視線の先には大きな物体が――倒れ伏して動け(・・・・・・・)ない(・・)【スフィンクス】の巨体が目に映った。

 ――あと、炎が通じなくて怒っているのだろうか?

 『死体蹴り』ならぬ『死体突き』を繰り返すフェイの姿が目にはいる。

 

 (……カラスみたい)

 

 不死鳥なのにやっていることはカラス。

 そんな事実に思わず苦笑いする。

 いや、そもそもまだ【スフィンクス】は死んだわけではない。

 

 ――軽傷による【出血】が【大出血】に。

 ――【毒】と【猛毒】が二重に掛かりじわじわとHPを削る。

 ――【混乱】や【魅了】、【強制睡眠】に【麻痺】や【脱力】でまともに動けず。

 

 幾重にも掛かった状態異常によって【スフィンクス】は死んではいないものの戦闘不可能になっていた。

 既に指一本、尻尾すら動かせない。

 あと数分もすればHPは全損し、消えるぐらいの瀕死である。

 

 

 「こうして見ると【アドーニア】はやっぱりズルいなぁ~。どれだけ耐性やENDが高くっても【無効】じゃない限りは何回も判定を繰り返して、何時かは状態異常にしちゃうんだもん」

 

 

 どれだけ状態異常の耐性が高くとも【無効】ではない。

 それに対して《栄華の庭園》は範囲内に居る限り、何度も状態異常の付与の判定が発生する。もちろん軽減系のスキルに対してはどうしようもないけど……すべての状態異常に対策するなど実質的に不可能。

 【花冠咲結 アドーニア】改めてチートのような強さを持っていることを再確認した戦闘だった。

 ううん、それだけじゃない。

 勝てた要因は幾つも。

 運が良かったのだ。

 

 

 「本当に……あの鎖も普通のアイテムボックスに入れてあって助かったよ」

 

 

 元々はアロンようの手綱代わりに使えないかと買った鎖。

 実際は使えもしないし、アロンに指示するような場面が全くないので無駄な買い物になった。

 ――と思っていたんだけど、今回はそれに助けられた形になった。

 あれが無ければ、今回の作戦は取れなかっただろう。

 

 加えて運も良かった。

 仮に【スフィンクス】に《騎乗》中に、蛇の尾から攻撃を受ければあれほど簡単には行かなかった。

 少なくとも《我は不死鳥の騎士為り》を発動させたうえで、怪我も避けられなかったと断言できる。

 思い返すと改めて綱渡り。

 ガバガバな穴だらけの作戦だったのだと思う。

 

 

 「空中戦……ううん。私自身の攻撃力の不足が今後の課題かぁ~。

  ……師匠から騎乗槍の扱いも習っておくべきだったかも」

 

 

 そんな事を考えながら妄想する。

 すると想像上の私は騎乗槍を全くうまく使えず、モンスターと間違えて木に突き刺してしまっていた。

 ……運動神経が皆無なせいだ。

 動体視力には自信があるけど、何故か運動は弓術以外からきしなのだ。

 

 (……料理と歌と運動以外はほとんど出来るのに)

 

 改めて謎である。

 きっと師匠に習っていたら厳しすぎて泣いていただろう。

 

 

 「う~ん……」

 

 

 次のジョブ、そして課題に頭を悩ます。

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『----~~~~ッ!!』

 

 

 地面を揺るがすような低い咆哮。

 同時に私の寝転んでいた白い砂が微振動し、僅かに盛り上がった。

 揺れは収まる気配を見せない。

 むしろ、その揺れはどんどんと激しさを増し、

 

 

 ――『ドンッ!!!』

 

 

 砂漠の砂を空高く打ち上げながら、ソレは砂上へと踊りでた。

 

 

 

 

 

 「お帰り~、アロン」

 『GAWUWUWUUUU~~♪』

 

 

 打ち上げられた砂を【アイテムボックス】から取り出した適当なアイテムで防ぎ、私は砂中から勢いよく飛び出したアロンに苦笑いした。

 そんな私にアロンもご機嫌に唸りを上げる。

 <レンソイス砂漠>にはそれほどモンスターが多かったのか。

 それとも美味しい鉱石を発見してお腹いっぱい食べたのか。

 短いゴツゴツとした尻尾をブンブンと振り回すほど嬉し気なアロンの様子に私は笑う。

 

 (レベルはっと……)

 

 指を滑らし開くウィンドウ。

 ステータスから確認できるアロンの欄をタップし、その詳細を表示させた。

 

 

 『【リソスフェア・ドラゴン】/アロン Lv.15』

 

 

 上がったレベルは2。

 今までのレベルの上がり方を省みれば、2レベルも上がれば大成功である。

 ……なるほど。

 寝ころんでいると分かりずらかったが、身体の大きさもより一層巨大になっている気がした。

 

 

 「お疲れ様、街に戻ったらまたみんなでご飯にしようね」

 『Gawuuuuuuu~』

 

 

 アレウスも今頃、【ジュエル】の中で拗ねてしまっているかもしれない。

 私は『レベル上げはお終い』っと。

 お腹の上の乗っているベグをどかしながら身体を起こす。

 そして裾やお尻。髪の毛についた砂を払い落した。

 後は【スフィンクス】を倒しきり、おそらく【モノポール】との戦闘で戦闘不能になっているだろうホオズキを回収して<グランドル>に帰還するだけである。

 

 

 「……ンッ~~~~~-----!!」

 

 

 大きく身体を伸ばし、息を吸い込む。

 そしてアロンへと振り向き、

 

 

 「それじゃあ、手間だけどこのモンスターに止めを――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『それは困りますね』――ッ!」

 

 

 大きな、大きな女性の声。

 突然聞こえてきたその声に、思わず悲鳴を上げそうになりながら声の主へと振り返る。

 声の主……彼女はいつの間にか私の背後に現れていた(・・・・・)

 

 ――【スフィンクス】と同じ人頭獣、しかし【スフィンクス】より数倍巨大な身体。

 ――【スフィンクス】とは違う女性の頭、そしてその額に開かれた第三の目(・・・・)

 ――そして……【スフィンクス】とは違う、表示されたモンスターネーム。

 

 私は驚きに目を見開きながら呆然と呟く。

 

 

 

 

 

 「……<UBM>、【封儀神獣 ヒエログリフ】」

 

 

 明らかに【嵐竜王 ドラグハリケーン】と同等。

 もしくはそれ以上(・・・・)の強さを身体から発しているその<UBM>に身体をこわばらせた。

 いつの間に。

 いや、それよりもどうやって《ハンティング・フィールド》を潜り抜けたのか。

 頭は混乱し、心臓が掴まれたかのような感覚に背筋を凍らせる。

 私だけではない――アロンもフェイ、そしてベグ私と同様に身体をこわばらせ、ただ目の前に現れた【封儀神獣 ヒエログリフ】を睨みつけるしかできなかった。

 それは一目見て、分かってしまっていたからだ。

 

 (きっと、今の私じゃこの<UBM>には勝てない!!)

 

 っと。

 そんな私達に【ヒエログリフ】は優しく、愛おしそうに笑う。

 

 

 『……いい判断です。今の貴女では例え、奇跡を何度起こそうが私には勝てません。0には何を掛けても0ですが、今の貴女では何かを掛けることも、足すことも出来ませんから。

  そういう面では好ましいと捉えられますね』

 

 

 『ゴクリッ』と。

 自然と飲み込めなくなった唾を飲み込み、息を吐く。

 私は目の前の【ヒエログリフ】から目を離せないでいた。

 

 

  『ウフフ、そんなに警戒する必要はありません。

  私はこの【スフィンクス】……愚息を連れて帰りに来ただけですから。その証拠に……ほら、貴女の《危険察知》は反応していないでしょう?』

 

 

 【ヒエログリフ】はそんな私達の様子にクスクスと。

 獅子の手を器用に口へと持ち上げ目を細めて苦笑を漏らした。

 そして、そのまま持ち上げた手を地面へと倒れ伏している【スフィンクス】へと押し当てた。

 するとどうだろう。

 次の瞬間、【スフィンクス】に掛かっていた全ての状態異常は掻き消え、ただ、傷ついた身体から血を流す【スフィンクス】の姿がそこにはあった。

 

 ――――!

 

 その様子に声にならない声を漏らす。

 同時に今更ながら《危険察知》が反応していないことに気が付き、少し緊張が解けた。

 

 

 

 「――ぁ」

 

 

 口を開き、喉を震わせると小さいながら声が漏れた。

 どうやら体に異常はないらしい。

 ステータスには【恐怖】が発生しているが喋る分には問題はないようだ。

 私は言い間違えないように、刺激しないようにゆっくりと声を絞り出す。

 

 

 

 

 

 「……<UBM>も喋ることができるんですね」

 

 

 ……何言っているんだ、私-----ッ!!

 思わず思ってしまった疑問に、そして煽っているとも捉えられる言葉に思いっきり冷や汗を流した。

 

 

 『――? 当たりまえですよ? 貴女の従魔にも意志はあるのでしょう。

  それに貴女達と同じ頭と口を持っているのだから当たり前。別にモンスターの形や種族に関わらず喋ることが出来るモンスターは多いですし、『人化』できるモンスターも少数ですが居ますよ?』

 

 

 しかし【ヒエログリフ】はその程度の事は気にしないらしい。

 もしくはモンスターとしての感覚では特に気にならないのか。

 彼女は人の頭を捻りながら不思議そうに私を見下ろした。

 

 

 『――それで、質問はそれだけですか?』

 「――貴女の目的は何なんです……」

 『それはさっきも言ったと思いますが……この子を回収しに来たのです。

  と言いますか、私がこの子を貴女達に差し向けたんですけどね』

 

 

 私の質問に彼女は意地悪そうに。楽しそうに笑った。

 

 

 『実はですけどね、貴女達がこの砂漠に足を踏み入れてからずっと見ていたのです。それで貴女が丁度この愚息の調子に乗ってきた鼻っぱしらを折るのにちょうど良いと思ってしまった――って言うのも理由ですか。

  後は……退屈凌ぎと面白そうだったから。ですね』

 

 

 茶目っ気に片眼を瞑る彼女。

 

 

 「……それじゃあ、今この場で私達をどうしようとかそういう狙いではないんですね?」

 『えぇ、当り前です。その気ならば貴女達はとっくにやられているはずですから』

 「そう――だね」

 

 

 その通りだ。

 【ヒエログリフ】が言っている事はハッタリなんかじゃない、その気になれば一瞬で私達を殺せる。

 それにきっと彼女は嘘をつかない。

 私はそんな雰囲気を肌でピリピリと感じ取っていた。

 

 

 『それにしても……何だか運命を感じてしまうわね。あの子を倒したのも『焔の騎士』と『機械の男』だったもの。

  まぁ、あの子は魔法に特化し過ぎてたし、今回は『炎の騎兵』一人だけだっけけど』

 

 

 『焔の騎士』? 『機械の男』?

 この<UBM>は何の事を言って言っているのだろうか。

 

 

 「あの……用が無いなら早くその【スフィンクス】を連れて立ち去って欲しいんだけど」

 『……冷たいです』

 

 

 冷たい、冷たくない以前に正直、【恐怖】の状態異常がキツい。

 何時もなら直ぐにフェイの《蒼炎の再生》で治してもらうので、状態異常に長時間掛かると言う状態にあまり慣れていないのだ。

 特にベグはまだまだ弱い。

 【ヒエログリフ】を目の前に【恐怖】だけでは済んでいない可能性もあった。

 

 

 『いえ、そうですね。久しぶりに生きた人間との会話だったから柄にもなくはしゃいでしまいました。

  この子の傷も癒えた訳ではないし、もう帰らせてもらうとしましょう』

 

 

 彼女はそう言いながら倒れている【スフィンクス】を一瞥する。

 するとどうだろう。

 【スフィンクス】の倒れる砂が持ち上がり、音もなく宙に浮かび始めた。

 

 (【スフィンクス】には魔法が効きにくいんだと思ってたけど……砂を持ち上げているだけだからセーフなのかな?)

 

 そんな感想を抱いていると、空へと飛び始めていた彼女が再び視線を私へと向ける。

 

 

 『人間は嫌いだけど……貴女はそれほど嫌いでもないですね。この子も殺さないでおいてもらいましたし、【封儀神獣 ヒエログリフ】から感謝をしておきます』

 

 

 そう微笑むと同時に小さなピンポン玉ほどの球体が空から落ち、ストンと私の手の中に収まった。

 

 

 『持っておきなさい。それはこの砂漠における私の目の一つ。

  もし貴女がピンチになったときは礼代わりに一回だけ助けて上げる。もちろんこの砂漠内に限りますが』

 

 

 ソレは小さな『目の紋様』が刻まれた球だった。

 少し不気味で気持ち悪い。

 ……けど、きっと捨てたら【ヒエログリフ】にも分かってしまうのだろう。恐る恐る球を掴み、【アイテムボックス】へと放り込む。

 

 

 『貴女……。

  まぁ、いいです。それじゃあ私達は立ち去らせてもらいますので』

 

 

 どこか不満そうな声を漏らした【ヒエログリフ】。

 しかしその姿は言葉を言い切るが早いか、一瞬でその場から消えていた。

 思い返せば、唐突に背後に現れ、そして《ハンティングフィールド》にも反応しなかった。

 <UBM>としての固有スキルだろうか?

 何にしろ言葉を話し、楽しそうに笑い、何もせずに……むしろアイテムをくれて帰る。 

 初めて会うタイプの<UBM>だったことには間違い無かった。

 

  

 「【スフィンクス】のドロップアイテムは高く売れそうだったから残念だけど……生きて帰れるだけ儲けもの、かな?」

 

 

 そんな感想と共に消えた【恐怖】を確認し、肩の力を抜いた。

 そしてアロンやフェイ、ベグのいる方向へと振り返りながら、

 

 

 「それじゃあ、ホオズキと合流して<グランドル>に帰ろっか!

  フェイ、アロン、そして――ベグ?」

 

 

 視界に入った、見慣れた2体の従魔の姿。

 そして見慣れぬ――

 

 

 ――大きさ5メテル程の脈動する(・・・・)巨大な卵のような楕円球。

 

 

 その()に身を閉じ込めたベグの様子に、今日何度目か分からない驚きの声を上げだのだった。

 

 

 

 

 

 




実は、第7話から第9話を1話で収めるつもりでしたが、駄文に駄文を重ね、結果三話構成20000文字オーバー。

……ベグの変化を書くだけだったのに。

推敲はめんどくさいのでやらない主義だ!!


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第10話 商店一幕

 □“氷冷都市”<グランドル> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「あぁー糞っ! いやー惜しかったな、シュリ? 

  俺もアイツにかなりダメージを与えたんだがなー、やっぱ砂中に潜られると相性が悪いんだよなー!」

 

 

 

 

 

 レベリングを終え、<グランドル>へと帰還した私達。

 数時間かけて歩いて移動した道のりをフェイに《騎乗》し、たったの十分で<グランドル>の石門の前方へと辿り着いていた。

 昨日みたいに【商人】達が行列を作って並ぶ。

 既に時刻は夕暮れの時間である。

 砂漠の太陽も西へと傾き、遠目に見える<レンソイス砂漠>の白い砂漠が黄金に輝いて、砂金の砂漠の様に見えた。

 そんな時間だからだろう。

 昨日よりは少ない行列に並び、自分の番を待ちながら隣で大げさに声を上げるホオズキを眺めていた。

 

 

 「あー、うん。ほんとに惜しかったんだぜ!?

  多分、アイツ(【モノポール】)のHPも半分以上削れてたからなぁ。次やったら……(多分)俺が勝つぜ!」

 「アハハ、でも私が迎えに行ったときは首だけ出して埋められていたけど……?」

 「ち、違うぜ!? あれは……あれだ、名誉ある負傷の結果ってやつだ!」

 

 

 素でやっているのか、それともネタでやっているのだろうか?

 バレバレな棒読みな声。

 『うんうん』っと。腕を君ながら明後日の方向に目線を逸らし頷くホオズキを、ニヤニヤと笑みを浮かべながら見上げるように話していた。

 どうやら【モノポール】の討伐は散々な結果となったらしい。

 

 (フッ、フフッ……)

 

 今思い返しても笑ってしまう。

 【テレパシーカフス】からの《念話》を受け迎えに行った私。

 そこで見た者はまるで生首の様に、首から上だけを地上に出して埋まったホオズキの姿だった。

 

 

 「フッ、アハハハハ~ッ。

  うん、そうだね。名誉ある負傷……? で地面に埋まっちゃったんだもんね、うん。それはしょうがないよ」

 

 

 ――これはからかわずにはいられない。

 必死に吹き出すのを我慢しながら強がるホオズキと会話する。

 そして……

 

 

 「……それで、実際はどうだったの? シュリちゃん」

 

 

 明後日の方向を眩しそうに見るホオズキ。

 その後ろで――怒ったように眉を顰め、口を尖らせながらホオズキの脛を蹴るシュリちゃんを見た。

 ……うん、怒ったシュリちゃんも可愛い。

 私が聞くと同時に、シュリちゃんはいつもとは正反対に饒舌に愚痴りだした。

 

 

 「……最悪。……本当、最悪。

  ……何も考えずに突っ込んだせいで、電磁波を食らって【麻痺】。分けわかんないうちに砂鉄に捕まって、砂漠を引きずり回された」

 「へぇー、よく生きてたね」

 

 

 何も考えずに打つ相槌。

 するとそれが駄目だったのか、シュリちゃんは頬を『プゥー』っと膨らませた。

 

 

 「……無事、じゃない。

  ……おやつみたいに足から齧られて。再生で手一杯……せっかく貯め込んだ『血』、かなり使った。……全部、ホオズキが馬鹿なせい」

 「そ、そうなんだ」

 

 

 私の思っていた以上にご立腹なようだ。

 実際にこんなに喋るシュリちゃんは見たことも無い。加えて、ひたすらホオズキに蹴りを入れている所を見ればどれだけ怒っているかは明らかだ。

 『チラリッ』とホオズキを覗き見る。

 するとなんともないような顔をしているけど――なんとなくションボリとした雰囲気をしている。

 

 (そう言えば、Type:メイデンのシュリちゃんはホオズキと心の中で会話できるんだっけ)

 

 私の場合、【従魔師】の《魔物言語》を習得していなくても、フェイやアレウス達の考えがなんとなく分かる。

 だけど実際に心の中で会話をしたことは無い。

 このホオズキの様子を見る限り、既にかなり愚痴られたみたいだ。

 

 

 「ホオズキ……後で何かシュリちゃんの機嫌を取っておいた方がいいと思うよ」

 「……今、丁度酒を十本奢る約束をさせられたところだ。――1本1万リル以上の酒を、な」

 

 

 十万かぁ。

 今回の【モノポール】との戦闘で消費した『血』にお酒と、かなりの大出費だ。

 私は同情の視線を送ろうとして、止めた。

 よくよく考えればホオズキの自業自得、自己責任である。

 同情の余地は無い。

 

 

 「……ヴィーレに、見捨てられた、から。……シュリは――」

 

 

 (……私も後でお酒をプレゼントしておこう)

 

 そう、心の中で思ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇『<愚者の石積み商会>・大通り商店』

 

 

 

 

 

 【大商人】シアンさんが商会長を担う<愚者の石積み商会>の本店は、大通りの隅――貧民街と綺麗な側面の<グランドル>との境界線に存在した。

 他の商店のような華やかさは無いが、大きく、そしてしっかりとした印象を受ける硬派の店。

 私達は簡単にその商店を見つけ、入店する。

 そして、

 

 

 「……満足」

 

 

 今現在。

 私の目の前には嬉しそうに目を細め、大量のお酒を抱き抱えるシュリちゃんの姿があった、

 『エヘヘ』と、緩む赤く薄い唇。

 

 ――シアンさんからのお礼であるお酒、3本。

 ――ホオズキに奢らせ……買って貰ったお酒、10本。

 ――私の【アイテムボックス】に残っていたお酒、1本。

 

 計14本、シュリちゃんの身体よりも大きい樽や、ボトルを丁寧に。そして、すっごく嬉しそうに1本1本【アイテムボックス】にしまっていく。

 

 (酒蔵みたいな量……と言うか、あそこに入っているのもしかして全部お酒じゃ――)

 

 私は思わず引きつりそうな頬を堪えながらその様子を見守っていた。

 

 

 「いや~、ヴィーレさんのおかげで何とか数が足りそうです~。予想以上に貧民街の子供たちの食料が少なくなっていて……あ、これが買い取りしたドロップアイテムの売却金となりますぅ~」

 

 

 手渡される大量のリルが入れられたら袋。

 それを受け取ると【アイテムボックス】にしまい込む、そして『ウィンドウ』からキッチリと金額を確認した。

 

 

 「ありがとうございます。

  それにしても……かなり大きい商会なんてすね、働いている人数も多そうですし」

 「そうですね~、私に【商人】のイロハを教えてくれた人の商会を引き継いだので、<グランドル>でもかなり大規模な商会ですぅ~」

 「あ、そう言えばシアンさんも此処の出身だって言ってましたね」

 

 

 見渡す店内。

 武器や防具、回復アイテムから日常品まで品揃え豊富に並んだ商品棚。

 そこには冒険者らしいティアンから<マスター>まで様々な人達が行き交ってはアイテムを買っては店を出る。

 【商人】じゃない私が一目見ただけでも分かる。

 きっと<愚者の石積み商会>は此処、<グランドル>でも1、2を争うほど規模の大きい商会だ。  

 そして同時に、一つの異色な光景が目に映った。

 

 

 「――働いている子供が多いですね」

 

 

 店内で働いているティアン達。

 その殆どが砂漠で見た【商人】の大人ではなく、小さな子供たちだった。

 

 ――人族や黒狼族、ドワーフや小人族など。

 

 その種族に区切りなく、全員が同じ制服を着て店員として働いていた。

 

 

 「ええ、彼らは貧民街の孤児ですよ~。<愚者の石積み商会>は一部孤児院の運営なんかもしているので、働く子供たちの仕事を斡旋したりもしてるんですぅ~。

  ……同じ街の仲間が『奴隷』になって働くなんて見たく無いですしね」

 

 

 孤児である子供達に仕事を与えると同時に経験を積ませ、一部のジョブによっては経験値を稼がせる。

 結果、飢える子供達の数は減り、商会としての将来の働き手も確保できる。まるでインターンシップのような仕組みだ。 

 <愚者の石積み商会>はこうした活動で人々の信頼を勝ち取り、ここまで大規模な商会まで成長していったのだ。  

 

 (凄い……けど……)

 

 シアンさんの全てを救おうとする姿勢と実行力に対する尊敬と。

 そしてそれ程までに1日、また1日。明日を迎える事にさえ生死が掛かった現実の厳しさに、私はどんな顔をすればいいのがが分からなかった。

 

 

 「……ヴィーレ?」

 

 

 無意識に噛みしめていた唇が小さく切れて、僅かな鉄の味がした。

 

 

 「――あ、そう言えばヴィーレさん! 約束覚えてますか~?」

 

 

 少ししんみりとした雰囲気を切り替えようと元気な声を出すシアンさん。

 私は突然の声に驚きながら、何の約束かを思い出せず首を捻る。

 

 

 「<グランドル>までの護衛のお礼の件です。ヴィーレさんには何もお渡し出来てませんでしたからぁ~」

 

 

 ――思い出した。

 

 

 「あ、別に報酬は結構ですよ。偶々行き先が同じだっただけですし」

 「いえ~、それでもやっぱり商会長としてお礼をしておきたいんです。【大商人】として皆に『商人のイロハ』を教えている身としても、受け取ってもらわなければ示しがつかないので~』

 

 

 ……前から思ってたけどシアンさんも大概頑固な性格をしてる。

 きっと、私がお礼の物を受け取るまで納得せず、この会話が何度も続くのだろう。

 

 

 「面倒くせぇ。タダで貰えるんだ、そう言うのは礼言って貰っておけばいいんだぜ?」

 「……だぜ?」

 「……そんな事言われても――それにホオズキはもう受け取っちゃったから簡単に言えるんだよ」

 

 

 『ギクリッ!』、と。

 硬直するホオズキ。

 

 

 「お、俺の事は関係ねぇだろ? これは年上としての助言だぜ。

  それにお前、今はメイン武器が無くて全然戦えねぇんだろ? 【義賊王】との再戦もあるんだ、変わりの武器でもって見繕って貰えよ」

 「……貰え、よ?」

 

 

 その言葉に今度は私がギクリッと、する番だった。

 ――一理ある。

 事実、さっきまでのレベル上げで【スフィンクス】相手に苦戦したばかりだ。

 フェイの炎に頼らない物理攻撃手段……堅い甲殻を持つモンスターだろうと倒せるような武器が欲しい。

 

 

 「……」

 

 

 チラリッと横目に見るシアンさんの顔。

 

 

 「分かりましたぁ~! ヴィーレさんに合った武器、何でもプレゼントします~」

 

 

 そこにはとても嬉しそうな。いい笑顔で頷くシアンさんがいたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「さっそくですけどヴィーレさん。何か武器について要望はありますかぁ~?」

 

 

 大規模な――田舎のスーパーマーケット程の広さのある<愚者の石積み商会>の本店。

 更に『日用品』や『武器』、『回復アイテム』など細かく分けられた区域をシアンさんに案内されながら、どんな武器がいいのか話しかけられる。

 ――どんな武器か?

 そう聞かれるとやっぱり直ぐに頭を過ったのは、一つ。

 

 

 「出来れば弓がいいです」

 

 

 使い慣れた強弓。

 私が今まで使っていたメインウェポンである【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】に近い方が良いに違いない。

 

 

 「では、弓について何か細かい要望なんかはありませんかぁ~……とも言っても、実は弓の仕入れは少なくて種類もそれほど多くは無いんですが」

 

 

 (……種類かぁ~)

 

 細かい要望は思いつかないけど、出来れば強弓だったら嬉しいかもしれない。

 

 

 「そうですね、出来れば騎乗用の強弓で。【ドラグワーム】にダメージを与えられるくらい貫通力がある弓が良いんですけど……」

 「【ドラグワーム】にダメージですか……それは――かなり難しいかもしれませんねぇ~」

 「あ? それはこの店には良い弓がねぇって事か?」

 「……か?」

 

 

 ホオズキの疑問にシアンさんは後ろを見ずに頷いた。

 そして進めていた足を止め、目の前に広がる棚に指さすように振り返る。

 ずらりと並んだ武器棚。

 埋め尽くすように様々な種類の弓が並んではいたが……それは少し私の思ったものと違った武器だった。

 

 ――一際高価そうな、<墓標迷宮>から出土したアイテムらしい水の魔弓。

 ――幼いティアン用だろう、小さく、そして装備条件が無い【初心者の弓】。

 ――弓とは一味違う。歯車や滑車、引き金が付いたボウガン。

 

 その種類は豊富だが、私の求めるような強弓は何処にも置かれてはいなかった。

 

 

 「この通り弓の種類はそれなりにあるんですが、見ての通り強弓は仕入れては無いんですよ~」

 「それは……やっぱり弓を使う人が少ないからですか?」

 「うーん、どう言えばいいんですか分からないんですが~」

 

 

 困ったように頬をかくシアンさん。

 そして私をチラリッと一目見て、ゆっくりと説明し始めた。

 

 

 「実は強弓自体あまり見かけない、と言うほどでも無いですが比較的珍しめな武器なんです~」

 

 

 『何故だか分かりますか?』と視線で問いかけてくるシアンさん。

 私は少し悩み、『造るのが難しいから?』と答えた。しかし首を横に振られる。 

 ホオズキは……始めから興味が無いのか、他の武器を興味深そうに眺めている。シュリちゃんもお酒に夢中らしい。

 そんな様子に、シアンさんは答え合わせのように笑いながら口を開いた。

 

 

 「理由は簡単で、使えないからです。ヴィーレさんは強弓を手に入れたとき、何か問題にぶつかりませんでしたか?」

 

 

 【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】を手に入れた時にぶつかった問題……。

 既に懐かしく感じる記憶の引き出しを開け、何があったかを思い出していく。

 

 (【ハイ・スパイラル・ドラゴン】との戦い? じゃないよね。あれは強弓を手に入れる前だし)

 

 頭を捻り、絞り出す。

 ……強弓専用の矢? 

 ……騎乗状態での使いやすさだろうか?

 それとも――

 

 

 「――装備制限(・・・・)

 「当たりです~」

 

 

 ニヤリと、笑みを浮かべながらシアンさんは間延びした声で言った。

 

 

 「装備制限自体はある程度強い武具だと付いているんですが、強弓の場合はその装備制限が『STRの値』に関係することが多いんです。

  【弓手】は基本的にSTRはそれほど伸びません。スキルなんかで必要になるのはDEXやAGIですから~

  だから仮に更に良い弓を――強弓を使おうとするなら他のジョブに就く必要があるんです。ですが<マスター>とは違って私達にはジョブやレベルの限界がありますから……」

 

 

 なんとなく理由が分かってきた。

 仮に強弓があっても使える人が極端に少ない。

 ……その結果、弓を作るジョブの人も売れない強弓を作る必要はなく、作らなくなってしまうのだ。

 

 

 「ヴィーレさんの強弓――【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】ですが……あ、すいません。実は以前、少し目にして《鑑定眼》を使ってしまって~」

 「――あ、全然大丈夫ですよ?」

 「それは良かったですぅ~。……それで【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】ですが、あれは純竜級モンスターからのドロップアイテムですよね?」

 

 

 シアンさんの質問に私は頷く。

 

 

 「純竜級モンスターのドロップアイテムの強弓となると……おそらく、STR特化の下級職をとっても全然届きません。上級職に就かなければ使えない強弓。

  それほどの弓となると流石に市場には出回らなくて~。それこそ<墓標迷宮>から出土でもしない限りは……」

 

 

 確かにそうだ。

 <マスター>が増え始めているこれからは出回るようにもなるかもしれないけど、今手に入れるのはかなり困難としか言いようがない。

 シアンさんは申し訳なさそうな表情で私を見る。

 

 

 「《自動装填機能》付きボウガンなどでしたらありますけど……これではヴィーレさんの要望にはあいませんし~」

 

 

 射程も。

 連射速度も。

 威力も低い。

 扱いやすさは強弓を遥かに上回るだろうけど、それでもあまり使う気にならなかった。

 今更だけど、【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】はかなり貴重な武器だったのかもしれない。その大きさも威力も、射程も私にピッタリと合っていた。

 

 

 「うん、でもあくまで予備武器だからこの中から選ぶことにします。この商店で無いのなら<グランドル>のどの商店に行っても買えないと思うので」

 「そうですね……力に慣れず申し訳ないです~」

 

 

 ――またしても微妙な空気になってしまった。

 私はなんとなく目についた気になった弓を手に取り、その武器についてシアンさんが詳しく説明してくれる。

 手にとっては別の弓へ。

 そしてまた別の弓へ。

 手に握る度に何処か拭えない違和感を感じ、違う武器へと手を伸ばしてしまう。

 

 (――やっぱり、【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】に慣れちゃってるからなのかな……?)

 

 既に手に馴染み過ぎた強弓の感覚は身体が覚えてしまっていた。

 シアンさんもそのことが分かっていたのか。

 それとも【商人】としての意地か。

 次々と取り換える弓を手短に、そして正確に説明していく。

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――-ダー。でも、それなら新しい武器を買う必要は無いんじゃない? クランの経営の為にもお金は必要でしょ? たった一回のクエストの為に武器を新調なんて……」

 「だから言っているだろう。

  今回のクエストは高難易度の分、金になる。クエストを達成するためにも新しい装備は必要であり、達成できたなら新調しても十分黒字に………………なに?」

 

 

 背後から聞こえてくる複数人の足音。

 何処かのクランのリーダーと、その仲間の会話が聞こえてしまい思わず振り返ってしまう。

 チラリッ、と。

 振り返った私はリーダーの男と視線が合う。

 

 ――女性2人に男性4人の6人パーティー。

 ――何かの真似か、白を基調に揃えられた装備。

 ――全員の装備に刻印された『砂と牙』のエンブレム。

 

 私は何処かで見た覚えのあるそのパーティーの面々とエンブレムに眉を顰め……

 

 

 「……あっ」

 「……何故お前が此処にいる――――【騎神】」

 

 

 かつて【戦車競争】の決勝戦で戦った<砂塵旅団>の【天馬騎兵】の――リーダーの男は心底嫌そうに顔を歪めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




もう出すことは無いだろうと思っていたモブの皆さん。
まさかの(ノリで)再登場ですww


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第11話 予備武器・次ジョブ

 □<グランドル・愚者の石積み商会> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「なるほど……つまりメインウェポンが壊れた時に使える予備武器を探していたが、満足できるものが見つからず困っている。――と言うことか、【騎神】」

 

 

 

 

 

 私の事を『ヴィーレ』とは呼ばず【騎神】と呼ぶ男。

 男――白銀の重装備を身に着けた<砂塵旅団>のリーダーは、腕を組みながら嫌そうな声でそう私に確認した。

 嫌そうな……と言うよりは話すのも嫌(・・・・・)なんだろう。

 『超級職』である【騎神】。

 そして【戦車競争】での一件で随分と嫌われてしまったらしい。

 しかし、それでも互いに話すのは彼の後ろを塞ぐように並ぶ、他の<砂塵旅団>のメンバーが居るからに違いない。

 私は後ろで見守るシアンさんを他所に、愛想笑いを浮かべながら男の言葉に頷いた。

 

 

 「そうですけど……あの、別に用事があるなら相談に乗ってもらわなくても大丈夫ですよ……?」

 

 

 これほど嫌われていると流石に気まずい。

 と、言うよりも彼らに『予備武器を探している』と嘘を吐く罪悪感が、チクチクと胸に痛みを走らせる。

 私は嘘が嫌いだし、嘘を吐きたくも無い。

 ――でも、流石に『【怒涛之迅雷】や武器を入れた【アイテムボックス】を盗まれて、急遽予備武器を探してます』……とは絶対に言う訳にはいかなかった。

 正直に全てを話してしまったら。

 それに彼らが怒ったら。

 【戦車競争】のリベンジだと、突然戦闘になりデスペナルティになる可能性も『0%』では無いはずだ。

 今以上に嫌われることの無いように、恐る恐る言葉にする。

 ……が。

 

 

 「フンッ、それなら我々はここでお暇させてもらう。せいぜい悩み苦し――――「もうっ、だからリーダーはうじうじ昔の事を蒸し返し過ぎだって!!」――――むっ」

 

 

 すぐさま踵を返し、商店を後にしようとする男を背後に居た【殲滅騎兵】の女性が必死に引き留めた。

 それでも不満そうな顔を隠しもしない男に他のメンバーが困ったように。

 どこか楽しむ様に口を開らく。

 

 

 「そうだよ、せっかく【騎兵】系統の【騎神】、しかもまだ<マスター>でも数少ない『超級職』に会ったんだ。いがみ合わずに騎兵仲間として話しても良いんじゃないか?」

 「あぁ、僕も【騎神】のジョブについてや<レジェンダリア>での話についても聞きたいしね」

 

 

 口々に出る意見。

 その度に男の顔の皺が深くなっているだろうことが後ろからでもなんとなく分かった。

 

 

 「だが、こいつは我々の敵だ」

 「それは【戦車競争】での話でしょ? 昨日の敵は今日の今日の友――ってね。気にしてるのはリーダーだけだよ」

 

 

 名前は知らないけど……確かスタート同時に奇襲をてきた【砲撃騎兵】の人だ。

 改めて自分の仲間が全員反対意見と気が付いたのだろう。

 男とそのメンバー。そして私達の間に小さな静寂が訪れる。

 そして――『フンッ』と。

 荒い鼻息を吐くような口癖を吐きながら、再び私を睨む様に振り返った。

 

 

 「それで【騎神】、我々に何が聞きたい」

 

 

 (……あ、やっぱり名前では呼ばないんだ)

 

 そんな事を考え、

 

 (ううん、私も名前で呼んでないからお互い様か)

 

 頭の中で納得する。

 むしろ嫌いだから名前を呼ばない彼よりも、名前を知らない私の方が性格が悪い気がする。

 ……だけどこのタイミングで名前を聞いたらまずいよね?

 どうしようか少し思案し――『後でフレンド登録をお願いしてみよ』っと中々の名案を思い付いた。

 少しの間、考え込む私。

 そんな様子を怪しむように、男は訝し気に眉を傾けた。

 

 

 「何も言う気が無いのなら我々はもう行くぞ?」

 「……あ、ううん。ごめんなさい、少し考え込んでいて――実は予備武器に強弓を探していたんですけど何処か手に入りそうな場所は知りませんか?」

 

 

 どうせなら強弓に近い。

 【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】の強さに近い、強力な弓が欲しい。

 

 もし売っている場所を知っていたらシアンさんには申し訳ないが、ここでは購入せず日用品や回復アイテムをお礼として貰うことにしよう。

 少しの申し訳なさ。

 同時に少しの期待感を持ちながら<砂塵旅団>の返事を待つ。

 そして……

 

 

 「強弓か。――フム、見たことはあるな」

 

 

 帰ってきた言葉は私にとって喜ばしいものだった。

 

 

 「とは言ってもドラグノマドで見たぐらいだが。たしかあれは大規模なオークションでだったか? 天地産の剛弓とレジェンダリア産の強弓だったはずだ」

 「そうだね、僕も見た気がするよ。むしろドラグノマドに無いアイテムの方が珍しい気もするけどね」

 「……あ、確か<アルター王国>の<ギデオン>にもあった気がするわよ?」

 

 

 しかし、どれも<グランドル>での事ではなく遠い都市でのものばかり。

 少し期待していた分、ガクリッと肩を落としてしまった。

 きっと、<グランドル>では売っている商店は無いだろう。

 その事に影が差すように心が陰った。

 

 

 「もし強弓に拘るならドラグノマドまで貴様の騎獣を走らせるか、<厳冬山脈>の『神造ダンジョン』に潜ることだな。あそになら高レベルのモンスターも山程いるから目当ての武器も手に入る。

  ――もちろん<UBM>もうじゃうじゃ居るがな」

 「……『神造ダンジョン』ですか? 私も少し興味がありますけど」

 「あそこは止めた方が良いですよ~。『神造ダンジョン』自体は山の麓にありますが、そこに行くまででも命が幾つあっても足りませんからぁ~」

 

 

 男の意見に反対したのは他でも無いシアンさんだった。

 その表情はいつもの優しい顔だが目が据わり、どことなく雰囲気からも真剣さを感じる。

 

 ――この世界で生きるティアン。

 

 そこにはティアンである彼らからだからこそ言うことが出来る言葉に対する重みがあった。

 きっと私が挑んでも辿り着くことすら出来ない。

 シアンさんは私が『超級職』であることを知っている――その上での忠告なのだ。

 

 (そう言えば……『掲示板』でも<厳冬山脈>の『神造ダンジョン』に挑んだって人は見てないかも……)

 

 それほどの強さ。

 無策に挑めば無駄にアレウス達を殺してしまうことになるかもしれない。

 それだけは絶対に嫌だった。

 

 

 「そうですね……『神造ダンジョン』に潜るのは止めておきます。<グランドル>にそれほど長く滞在する予定も無かったので」

 「えぇ、それが良いですよ~」

 

 

 だけど話は振り出しに戻ってしまった。

 やはり強弓は諦めて、使えそうな武器を探すしかないのだろうか?

 ――そんな風に思い始めた時だった。

 

 

 「――【騎神】、そもそも気になっていたが何故貴様は弓を使っている?」

 

 

 眉を顰め、睨みつけるように見る此方をリーダーの男。

 私はその意味を理解できずに首を傾げる。

 そんな様子にまた苛つくように声を少し荒げて言う。

 

 

 「【騎神】は察するに騎獣のステータスを莫大に引き上げるジョブ……と我々は見ているがそれは間違ってはいないだろう。

  それならそのステータスを生かす……近接攻撃の武器が最適解のはず。

  そんな当たり前の事に【騎神】である貴様が気付かない訳が無いはずだ」

 「――あぁ、うん」

 

 

 言おうとしていることを理解し、納得する。

 そしてもちろん近接攻撃の武器が一番適していることも知っている。

 事実、師匠の武器は『突撃槍』。

 戦闘スタイルも人馬族として十倍化された自身のステータスを生かした、あらゆるものを置き去りにし、躱し、そして突破する。

 

 ――所謂、『突撃騎兵』のようなスタイルだった。

 

 逆に私の戦闘スタイルは不条理に満ちて(・・・・・・・)いる(・・)

 高いポテンシャルを発揮できるアレウスや遠距離攻撃が出来るフェイ達が居るのに、強弓での遠距離攻撃。

 当たり前だが、そこには風圧や騎獣とのスピードの感覚差も生じている。

 

 ――歪な戦闘スタイルを、持ち前の弓と騎乗技術でカバーする。

 

 それが私の現在の戦闘スタイルだった。

 

 

 「確かに弓は合っているとは思ってませんけど……でも、皆さんも遠距離攻撃が中心の方もいるじゃないですか」

 

 

 銃を使う【砲撃騎兵】。

 魔法を使う【魔導騎兵】。

 私が知っているだけでも二人だ。

 

 

 「フンッ、違うな。

  我々は基本的にパーティーで行動するから遠距離攻撃できる仲間がいるだけだ。そもそも貴様とは違って【騎神】ではないからな。遠距離攻撃でもそれほど差が出るわけではない。

  だが、貴様は違うだろ――【騎神】」

 

 

 合理的な考えである。

 私は少し思案し……彼らに正直な理由を言うことを決意した。

 彼らなら別に言いふらすような真似はしないだろう。

 親切に相談に乗ってくれている彼らを見ると、そんな風に思うことが出来た。

 

 

 「……実は――リアルで運動神経が壊滅的に悪いんです。弓以外、まともに使うことが出来ないぐらい。剣道も薙刀も何でか上手くいかなくって。

  それに私が【騎兵】になった頃はまだフェイも居なくて、アレウスだけでしたから」

 

 

 あの頃は<エンブリオ>も孵化しておらず、まともな攻撃手段が全くなかった。

 それこそアレウスの体当たりと踏みつけ。

 そして私の弓での攻撃。

 【騎兵】だったころの戦闘スタイルを【騎神】になってからも変えることはせず、そこにフェイの炎が加わった形である。

 これが私の行きついた戦闘スタイル――現在の私だった。

 そして、男は私の言葉を聞き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――フンッ、それは違うな」

 

 

 ……鼻笑いと共に一蹴された。

 

 

 「そもそも貴様は根本的に勘違いしている。

  ――『リアルで出来な(・・・・・・・)()』は『この世界でも出(・・・・・・・)来ない(・・・)』と言うことにはならない」

 

 

 今度こそ意味が分からない。

 私は男の言いたい意味が理解できず、大人しく黙って男の言葉の続きを待った。

 

 

 「現実で銃を撃ったことが無い<マスター>でもこの世界では【銃士】に就き、熟練の腕前のように撃つことが出来る。剣など使ったことが無い<マスター>でも【剣士】に就き、戦うことが出来る。

  かく言う俺も現実では朝の通勤で車に乗るぐらいで、空飛ぶ馬になど乗ったことなどあるわけが無い。

  ここまで言えば貴様も分かるはずだ」

 

 

 ……なんとなく言いたいことは分かってきた。

 つまり、彼はこう言いたいのだ。

 

 

 「――このゲーム(<Infinite Dendrogram>)では、リアルでの才能の有りなしは関係しない?」

 「……フンッ、あくまで我々の推測だがな。

  もちろん無関係なわけではないだろう。リアルで出来ることはジョブに就かずに再現することも可能……加えて、貴様の【騎神】のように才能が無ければ就けないジョブもあるからな」

 

 

 同時に思い出したのは<Infinite Dendrogram>の謳い文句。

 『誰にとってものオンリーワン、そして無限の可能性を提供するゲームである』――と。

 私はそれを<エンブリオ>やジョブの事だと思っていた。

 だけど――もしかしたら。

 それはこの身体に秘められたポテンシャル、才能の事も指していたのかもしれない。

 

 

 「そう言えば、<ドワイフ皇国>の【操縦士】の《操縦》スキルは持っているだけで感覚的に機械について理解できると小耳に聞いたことがありますね~」

 

 

 私の予感をシアンさんの言葉が確信に変える。

 <Infinite Dendrogram>におけるジョブ。

 そのジョブのスキルには大なり小なり、『センススキル』とも言えるだろう感覚に作用するスキルが存在するのだ。

 

 ――暗闇に差し込んだ一筋の光。

 

 今までの私なら想像もしなかった考えが頭の中で思い浮かび。

 そして現実味を帯びていく。

 

 

 ――フェイに《騎乗》した空中戦。

 ――通じない《紅炎の炎舞》。

 ――圧倒的に欠けている物理攻撃手段。

 

 

 「……うん」

 

 

 思わず嬉しくなり、閉じていた薄い唇は微かに弧を描いていた。

 頬も緩み、微笑を浮かべる。

 

 

 「あの、偶々会っただけなのにこんなに相談に乗って貰ってありがとうございます。

  ……でも、もう大丈夫です」

 

 

 本当に、凄く助かった。

 純粋に私だけではここまで思いつくことも、決断することも出来なかっただろう。

 私は目の前で相変わらず腕を組み、不満そうな顔をする男に勢いよく頭を下げた。

 ――数秒。

 互いの間に沈黙が流れ、そして。

 

 

 「――フンッ!」

 

 

 変わらぬ荒い鼻息を聞き顔を上げた。

 男の方向を向くが――目は合わない。

 男が既に身体を翻し、私に背中を向けていたからだ。

 

 

 「我々も暇ではない。これから大切なクエストもあるのでな、これでお暇させてもらうぞ」

 

 

 初めに聞きかけた言葉。

 しかしその声には最初程の刺々しさや嫌悪感はない。

 歩き出した男を止める者も居ない――<砂塵旅団>のメンバーは道を開け、ニヤニヤと自分たちのリーダーを見守っているだけだった。

 『カツカツ』っと。

 岩石の張られた床を歩く音を響かせ、店の奥へと消えていく男と<砂塵旅団>のメンバー。

 私はその後ろ姿を見送り……そしてシアンさんへと振り返った。

 

 

 「あの、実はもう一つ見てみたい武器があるんですけど――」

 「えぇ、もちろん大丈夫ですよぉ~。どんな武器をご覧になりますかぁ~?」

 

 

 これまで待たせてしまっていたシアンさんは、何も気にしないと言うような雰囲気で笑顔を見せる。

 乾燥する唇。

 暑さに関わらずに生温い空気を吸い込み、口を開き。

 私は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――槍。騎乗していても使えるような、硬くて鋭い。亜竜級モンスターの甲殻も貫ける。

 

  そんな『長槍』ってありますか?」

 

 

 ……理想を現実にするための一言を言い放った。

 そしてシアンさんは変わらない笑みを、よりいっそう深くしてゆっくりと頷き言う。

 

 

 「ありますよぉ~。ヴィーレさんにピッタリな、とっておきのモノ(長槍)が」

 

 

 カンスト寸前の【弓狩人】。

 私の中で次のジョブを【槍騎兵(スピア・ライダー)】に決めた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 




――余談~

この後、再び<砂塵旅団>と出くわし無事フレンド登録に成功!!
ヴィーレの友達が五増えた!!


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第12話 悲劇の爪痕

“要注意!!”
今話は超鬱展開です。食事前、何かをする前に読んで気分が悪くなった。
みたいなことになっても文句は無しです、感想で来たらブチギレます。

個人的には文章力的にそれほどではないとは思いますが、ゲームなのに生々しいのは無理な人はブラバ推奨です。


 □<愚者の石積み商会> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 私はステップするような足取りで歩いていた。

 

 

 ――久しぶり……と言う訳でもないが、まるでテストが終わった夜のような。

 ――家での習い事が一区切りつき、重圧から解放されたかのような。

 そんなちょっとした嬉しい、心弾むような気分で歩いていた。

 

 

 「~~♪」

 

 

 浮かれた気分。

 自然と無意識のうちに好きな歌の鼻歌を口ずさむ。

 何故、これほど気分がいいのかは明白だ。

 新たにシアンさんからお礼という形で貰った予備武器。そしてつい数時間前に明らかになった私の弱点を克服することが出来そうな考えが現実的になったからだ。

 

 そしてもちろん充実したのは、私の心だけではない、

 買い込んだアイテムや日用品、数が少なくなり始めていた回復ポーションなども十分すぎるほどに補充する事ができていた。

 軽い足取りで歩く店内、すると視線の先の角からホオズキとシュリちゃんが姿を現す。

 

 

 「よぉ、随分と機嫌が良いじゃねぇか。……その様子を見るにいい武器が見つかったみたいだな」

 「……だな?」

 

 

 何かで時間を潰していたのだろう。

 暇そうな――ぼんやりとした声に、私は満面の笑みを浮かべながら頷いた。

 

 

 「うんっ、まあね。シアンさんと、あと<砂塵旅団>の皆のおかげだよ」

 「<砂塵旅団>……? まぁいい、これでお前も【義賊王】と戦えるな」

 「……な?」

 

 

 満足そうな顔をするホオズキとムスッとしたシュリちゃん。

 すっかりいつも通りの調子に戻った二人。

 

 

 「うん、出来れば武器ならしとレベル上げの時間が少し欲しいけどね?」

 

 

 そんな、いきなり【義賊王】を探して倒そうとでも言い出しそうなホオズキ達に一応念押した。

 

 ――初めて扱う『長槍』。

 

 しかもまだ私は【弓狩人】である。

 あと数レベルでカンストなので頑張ってレベルを上げ切るか。

 もしくはこの後、近くの『冒険者ギルド』に立ち寄って『クリスタル』で【槍騎兵】に転職しなければならない。

 私にとっての6つ目のジョブ――そして4つ目の『下級職』だ。

 慣れ親しんだ【騎兵】系統の職業。

 上手くすれば、行動や条件をクリアしなければ習得できないジョブスキルも簡単に習得することが出来るだろう。

 

 

 (問題は――どうやって槍の扱いを身につけるかだけど)

 

 

 《騎乗》に関しては私にとっては十八番だ。

 だけど槍術。加えて、馬上槍となるとどう扱えばいいのか全く分からない。

 きっとアレウスやフェイそしてアロン達に合わせた槍の使い方も完全に身につけるとなれば、かなり時間が掛かってしまうはずだ。

 【義賊王】との再戦には……中途半端な状態での戦闘になるのは避けられない。

 

 

 「……せめて師匠が居てくれれば――。一から教えてもらえたんだけど」

 

 

 懐かしむ様に。

 なんとなくそう呟いた。

 

 

 「お前の師匠ってやつがどんな奴かは知らねぇが、死んじまった奴のことを言ってもしょうがねぇだろ」

 

 

 すると私の前を歩くホオズキから聞こえてくる声。

 その言葉に私は口を曲げる。

 

 

 「……ホオズキって本当にデレカシーが無いよね」

 「……ホオズキだから、しょうがない、よ。……ヴィーレ?」

 

 

 ホオズキの真後ろで。

 ホオズキの<エンブリオ>であるシュリちゃんと、ホオズキに聞こえる声で陰口をたたく。

 すると多少は聞いたのだろうか?

 ――『チッ』っと。

 小さな舌打ちと共に歩く速さが少し速くなった。

 そして、

 

 

 「馬鹿な事してねぇでさっさと行くぜ。この商会はかなり大きいんだろ?

  もしかしたら【義賊王】について知っている奴が何人かは居るかもしれねぇ」

 

 

 どうやら聞き取り調査をするらしい。

 その言葉に私は驚きを隠せず、目を見開き――思わずシュリちゃんと顔を見合わせた。 

 そして笑みを浮かべる。

 

 

 「ホオズキって敵に突っ込むだけじゃなかったんだね」

 「……驚愕」

 

 

 私達の言葉。

 その声がホオズキへと聞こえ、

 

 

 「長げぇよ!! いつまでその子芝居やってんだ!!」

 

 

 怒ったように更に速足になるホオズキ。

 その背中をシュリちゃんと笑いながら、小走りするように追いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 「――【義賊王】について知っていることを教えて欲しい……ですか~?」

 

 

 既に窓の外には夕暮れの茜色に染まる建物。

 あれほど暑かった陽光もなりをおさめ、空気は少しだけうすら寒くなり始めていた。

 

 ――肌を撫でる冷えた空気。

 

 寒さに耐性が無い私は、思わず手で身体を摩る。

 しかしそんな私の視線の先には店仕舞いの為、棚に並んだ商品を片付けたり、会計を計算に忙しくそうに動き回るティアン達の姿があった。

 そんな中、私達は先に商店のロビーへと戻り、働く部下たちの様子を見守っていたシアンさんに話しかけていた。

 

 

 「あぁ、この商会はかなり規模が大きいんだろ? それにあんたもこの街で産まれたなら、ここについて詳しいはずだぜ。

  少しくらいは【義賊王】について知っているんじゃねぇか?」

 

 

 ただでさえ、二メテルもの大男であるホオズキ。

 それに加えて、ぶっきらぼうな話し方と低めの声が混じり合わさり、まるで脅しているような光景に見える。

 ――子供なら十中八九、確実に泣く。

 ――大人でもリアルなら声が震えてしまうだろう。

 しかし、相手は既にホオズキの事を知っているシアンさん。

 加えて、見た目よりも遥かに長い人生を生き、モンスターや災害が跋扈するこの世界で【大商人】として生き抜いてきた強者である。

 

 

 「そうですねぇ~」

 

 

 っと、クルクルと癖のある焦げ茶色の髪を弄り、苦笑する。

 そして、

 

 

 「申し訳ないですが、それは出来ないです~」

 「あ? 何でだ」

 

 

 一言。

 【義賊王】に対する質問は、ばっさりと躊躇いなく断られた。

 

 

 「そもそも何故ホオズキさん達は【義賊王】の事を調べようとしているのです~? 確か、アイテムの補給のために立ち寄っただけで数日で<黄河帝国>に向け出発すると聞いてましたが……」

 「予定が変わってな。少し【義賊王】の奴に用ができたんだ」

 「……たんだ?」

 

 

 シアンさんの言葉や仕草。

 少し小さくなり、低くなった声。

 それはまるで『何かを隠している』、もしくは『【義賊王】についての質問を避けさせようとしている』かのようだった。

 きっとシアンさんは(・・・・・)【義賊王】の正(・・・・・・・)体を知っている(・・・・・・・)

 分かっている上でそれを隠そうとしているんだ。

 

 (当たり前と言えば……当たり前なのかも)

 

 シアンさんは『ハーフエルフ』。

 この<グランドル>で産まれ、数十年もの間【大商人】として働いているティアンだ。

 逆に言えば、知らないわけが無い。

 ホオズキもその事に気が付いているのか、問い詰めるようにシアンさんをジッと見る。

 

 

 「そう……ですか。私は何があったかは知りません。

  ですが――私としては<グランドル>の厄介ごとに首を突っ込まないで、無事にこの街を出発してほしかったのですがぁ~」

 「色々とごめんなさい、でも。

 

 

 

  ――やっぱり見て見ぬ振りは出来ないので」

 

 

 シアンさんの親切心。

 それを私は知ったうえで断った。

 知らなかったら私は既にこの街を旅立っていたかもしれない。だけど、知ってしまったからには無視する事は出来なかった。

 

 (――私が知らなくてもホオズキが気付いて、行動を起こしただろうけど)

 

 シアンさんに告げる私の言葉。

 その時だった。

 

 

 「……」

 「……」

 

 

 不意に視線が交差する。

 『本気ですか?』と、試すような。品定めするような鋭い視線。

 私はそのシアンさんの青い瞳を真正面から見つめ返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――沈黙。

 

 

 私達の間を静寂が落ちる。

 そして……

 

 

 「……はぁ~、分かりました。

  ――私がお話しできることはお話ししましょう、ですが」

 

 

 小さなため息と言葉と共に、シアンさんはチラリッと。

 商店内を見渡した。

 私とホオズキもそれに釣られるように辺りを見渡す。

 

 

 ――商店中から私達を突き刺す冷たい視線。

 

 

 いつの間にか此方をジッと見つめている、商店で働く貧民街のティアンの視線に気が付いた。

 『ゾワリッ』っと、寒気が走る背筋。

 恐怖を煽るような視線に私は思わず身動ぎ、私の服の裾を『ギュッ』っとシュリちゃんがひっそり握った。

 

 

 「――少し場所を変えましょうか~」

 

 

 シアンさんはそう言いながら、外へと続く扉を開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そよ風が吹き、通りに並ぶ、魔灯の明るい光の中に紅の髪が舞った。

 乱れた髪を手で押さえ、歩く。

 障害物が無く吹きさらしの裏路地。

 そんな中をホオズキとシアンさんが壁になるように歩いてくれる。

 

 (何処まで行くんだろう?)

 

 既に周りに人影は無い。

 貧民街の迷路のような道に入り、昇って、降りて、少し広めな道に抜ける。

 別に方向音痴と言うわけでも、逆に覚えが良いわけでもないけど既に来た道は分からない程入り組んでいた。

 『くしゅんっ』っと。

 シュリちゃんが小さくクシャミして、【アイテムボックス】からレズに作って貰った上着を羽織った。

 そんな様子を見て、【アイテムボックス】に入っているのがお酒だけじゃなくて安心する。

 

 

 「それで、何を教えてくれるんだ? つーよりも何処へ向かっているんだ?」

 

 

 暇なのが耐えられないと言うようにホオズキが口を開く。

 

 

 「向かっているのはこの街の『焼却所』ですよ。

  そして私が話せることは……【義賊王】の誕生の話、ですかね~」

 

 

 【義賊王】の誕生の話。

 それはきっと【義賊王】が産まれた話、ではない。【義賊王】が【義賊王】と呼ばれるようになった時の話だろう。

 私はその事に少し驚きながらも何かあるのだろうと、黙ってシアンさんの話を待った。

 

 

 「そうですね~、それが起きたのは今より……二十年ほど前の事だったと思います」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ――少年は、貧民街で毎日を辛うじて生きつなげる孤児だった。

 

 

 

 

 

 その当時は貧民街も今ほど恵まれた場所ではない。

 

 ――ボロボロの掘っ立て小屋のような家。

 ――ゴミが捨てられ、旋風の吹きこむ路地裏。

 ――道端に倒れ込む老人やお腹を空かせてなく子供。

 

 少年は毎朝、焼却炉へと運ばれる仲間を見て起きていた。

 日も昇らない朝早くに目覚め、街外に存在するオアシスから【氷】を街へと運ぶ。

 暑さに対し、氷は冷たい。

 一日中触れる氷と氷水に手はふやけ、萎んで直ぐにボロボロとなる。

 周りに巻き込まれるように就いていた【盗賊】のステータスも全く伸びず、盗賊行為に手を染めていなかった少年はレベルも全く上がらなかった。

 

 

 しかし、そんな少年には大切な人(・・・・)が居た。

 

 

 『――ただいま、■■■■■■』

 『……おかえり、■■■お兄ちゃん』

 

 

 ――血の繋がりが無い『妹』がいた。

 

 妹は病気(・・)だった。

 何時切ったか忘れてしまったほど伸ばしている淡い翠玉色の髪。そして、兄に少し似た(・・・・・・)深緑色の瞳をしていた。

 

 

 『足は――大丈夫か?』

 

 

 少年の視線の先には小さな、そして【石化・継続】状態の小さな脚。

 太ももまで【石化】し、一日。また一日とほんの少しづつ石化が進行し、広がっていく。

 病毒系とも呪怨系とも分からない病気。

 決して治らないわけでもないが、治らなければいつかは確実に死ぬ。

 そんな寝たきりの妹の為、少年は毎日生き抜くだけでも困難な貧民街でボロボロになりながら働いていた。

 

 

 『お兄ちゃん、私は――『大丈夫、きっと間に合う。僕が働いて【快癒万能霊薬(エリクシル)】を買って来るから』――うん』

 

 

 必死に働いて、人生と言う長い時間を全て費やし、ようやく買うことが出来るかと言うほどの法外な値段の【快癒万能霊薬】。

 しかし少年はいつかは必ず買うことが出来る。

 そんな確信と。

 そして希望をだけを生きがいに必死に働いていた。

 

 

 この後、少年は数年間。毎日が周りの死に溢れた生活の中、ひたすら働いて生活する事となる。

 

 

 

 

 

 ――そして、転機が訪れる(・・・・・・)

 

 

 とある街の有力者の目にその姿が止まったのだ。

 少年は本当に、本当に運が良かった。

 

 ――妹が何かしらの別の病気に掛かってしまったら。

 ――街に人間目当ての<UBM>が紛れ込んだら。

 ――何かしらの影響で街を寒波が襲ったら。

 

 ほんの些細なことで少年の心の支えは圧し折れ、その身体は物言わぬ骸になっていただろう。

 だけど奇跡は実在する。

 この世には神が存在する。

 結果、少年は生き延び、有力者の元で『弟子』として働くようになっていた。

 大出世も大出世。

 文字通り、彼の生活は一変した。

 

 

 

 

 

 有力者の手足となり大陸中を渡り歩き、時には【盗賊】としてモンスターと戦い、貪るように知識を身に着ける。

 

 

 少年はいつしか街の誰からも認められるような青年へと成長していた。

 そして悲劇は唐突に。

 少年が遂に【快癒万能霊薬】を買い、<グランドル>へと帰還した時に終わっていた(・・・・・・)

 

 

 『――ただいま、■■■■■■! やっと【快癒万能霊薬】を手に入れることが出来たんだ! これで…………■■■■■■?』

 

 

 帰ってきたボロボロの家。

 そこで待っているはずの妹は、聞こえてくるはずの『おかえり』の声は聞こえてはこなかった。

 歩けるはずの無い、血の繋がりの無い妹はその姿を消していた。

 そしてようやく気が付く。

 

 

 

 

 

 ――妹だけではない(・・・・・・・)、と。

 

 

 

 

  

 子供や老人まで、たくさんの人が暮らす貧民街。

 しかしその日、彼は貧民街で誰一人として見かけた事が無かったのだ。

 

 

 『――奴隷狩り』

 

 

 それはただの無力な一般人を攫い、『奴隷』として売り飛ばす【奴隷商(スレイプ・ディーラー)】の人間狩りである。

 もちろん自主的に『奴隷』となり、身を売ることで働き、生活を立てることも珍しくは無い。

 それは【契約書】で行うことが出来る、所謂合法の奴隷だ。

 しかし……これは違う。

 

 ――禁止された『一般人を攫い、奴隷として売る』という行為。

 

 もちろん西洋三カ国はもちろん、<カルディナ>でも禁止されている行為である。

 しかし<カルディナ>に限り、こう付け加えられる。

 

 ――『金が関わらなければ』っと。

 

 無力な一般人が大勢住む貧民街。

 仮に攫われたとしても毎日人が死ぬような場所だ、誰かが消えても誰も気が付くはずも無い。

 何より<グランドル>の人々は。

 貧民街ではなく店を持ち、毎日食事をとり、そして綺麗な手をしているような一般人は彼らが居なくなったことを衛兵にも訴えない。むしろ――『ゴミが消えて綺麗になった』と、笑って黙認するだろう。

 いくつかの要因が重なり、結果こうして起こってしまったのだ。

 『街単位での奴隷(・・・・・・・)狩り(・・)』と言う悲劇が。

 

 

 『――ッ!! ■■■■■■!!』

 

 

 少年は我に返り、走り出す。

 手に持った【快癒万能霊薬】が割れ、中身を地面へと撒き散らし、そのガラスの破片を深く握り込んで血が出ている事にも気が付かない。

 心臓を潰されるような。 

 今にも心が折れそうな不安感に襲われながら街中を。<カルディナ>中を探し回った。

 

 

 簡単な問題だ。足が【石化】し歩けない妹、彼女の未来に待つ結末は何か?

 

 

 『――あ、アァーーーーーーー』

 

 

 雨の降る<グランドル>の『焼却所』。

 数日後、妹はそこに居た。

 

 ――【石化】した脚を無残にも砕かれ。

 ――着ていた数枚の服は破り捨てられ、紫色に腫れた肌を晒した、凌辱された後の骸と化して。

 

 

 『――~~~~~ッ!!!!』

 

 

 声にならない慟哭が、雨の降る街に響く。

 爪先から血を流し、目を見開き、内臓がとび出る程に叫んだ。

 雨にうたれ、すっかり冷え切った妹を抱きしめ、涙を流した。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――誰だ』

 

 

 『悲しみ』は『憎悪』へと変化した。

 

 ――殺し尽くさなければ、妹を攫った【奴隷商】を。

 ――八つ裂きにしなければ、妹を弄んだ犯人を。

 

 少年の声は雨音の木霊する<グランドル>へと掻き消え、

 

 

 『――市長さ。お前さんの抱きかかえる娘を運んできた男が市長の従者だったからのぉ』

 

 

 答えは返ってきた。

 少年は声のする方向へと振り返った。

 そこに座り込んでいたのは、少年が貧民街で働いていた時から良く知る人物、この『焼却所』で【墓守】をしている老人だった。

 

 そして少年は知っている。

 【墓守】の老人は今まで一度も嘘を吐いたことが無いことを。

 

 少年の《真偽判定》は証明する。

 【墓守】の言葉が真実であることを。

 

 そして――

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 「――【義賊王】が誕生した、と私は聞きました~」

 

 

 シアンさんの話は終わると同時に、歩いていた足も止まった。

 目的地に着いたのだろう。

 私は商店に居た時とは一転、奈落の底のような悲しい気持ちになりながら顔をあげる。

 その視線の先に映ったのは真っ赤な炎。

 

 ――ゴォゴォと音を立て、燃やす『焼却所』。

 ――その傍らに建てられた小さな石の石碑。

 

 すっかり空を覆いつくした夜の闇だが、月明かりと炎に照らされ、石碑に何かが刻み込まれていることだけは分かった。

 

 

 「……ホオズキ。……気が付いて(・・・・・)()?」

 「気のせいかと思ったが、シュリが言うならそうなんだろ(・・・・・・)

 

 

 私の隣で、ホオズキとシュリちゃんが小声で話す。

 そんな中、私はジッと。

 炎に照らされ、赤い影を作った石碑を見つめていた。

 

 

 「私は……一人の貧民街の人間として【義賊王】の正体は言えません。ですからこれが私がお教え出来る精一杯ですぅ~。

  もし、ヴィーレさん達が【義賊王】を止めると言うのなら、これが少しはヒントになると思います~」

 

 

 シアンさんは目を伏せ、黙禱しながらそう言った。

 そして続けている。

 

 

 「あくまで<グランドル>における非劇は先程話した一回だけです。その言葉をよく理解して、それ相応の覚悟で動くことをお勧めしますよ。

  もし、その覚悟が無いのなら……」

 

 

 シアンさんは顔を上げ、何かを見透かすように私の目を見据えた。

 向かい合う、青い瞳の中で燃える炎。

 赤い劫火は青と混じって紫紺に揺らぐ。

 そんな瞳を通して私は、鏡のように反射する私自身の揺らいだ瞳を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 




多分、今章で一番鬱な話。
だけど何故だろう……深夜テンションも相合わさり、書ききった心地よい爽快感がぁー↑


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第13話 追跡! 人造地下迷宮

なんか、長くなった。
あとグダりましたww


 □“氷冷都市”<グランドル> 【槍騎兵(スピア・ライダー)】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――粉雪が上空に舞い散り、東の地平線が薄っすらと明らむ。

 

 

 

 

 

 <カルディナ>の夜の冷え切った空気が朝日に照らされ、宙に降りた霜がゆっくりと溶かされ消えていく。

 それでも少し寒いけど……夜の寒さよりはましだ。

 『ハァー』っと、白い息を吐きながら、胸に抱きしめるフェイの炎の羽毛。

 時刻は朝の6時。

 ――リアルでの午後4時頃である。

 

 『ピトリッ』っと、地面に着いた手に朝露が触れ、その冷たさに指をずらした。

 きっと宙に降りていた霜が溶かされ、朝露になったのだろう。そしてこれから容赦なく降り注ぐ陽光に温められ、蒸気になって空に。

 夜には冷やされ霜に――と、ずっと同じ循環を繰り返していくのだ。

 私はそんな朝早くの“氷冷都市”<グランドル>の。

 貧民街の大通りに面した屋根の上で座り込みながら、大通りを忙しなく行きかう【商人】達の様子を見下ろしていた。

 

 

 「何て言うか――うん、暇だね」

 

 

 大通りからは少し見えずらい位置。

 したから見上げでもしなければ気が付かないような場所で、私は少し気だるげに呟いた。

 

 

 「……仕方ねぇだろ。お前の【アイテムボックス】を盗んだ――【盗賊】のビーオだったか? そいつがいつ動き出すか分かんねぇんだからよぉ。

  そもそもお前が朝から見張ろうって言い出したんだぞ?」

 「……だぞぉ」

 

 

 突然、横から飛んでくる突っ込み。

 その指摘に何も言えずに、ただひっそりと冷や汗を流す。

 

 

 「それはそうなんだけどね……」

 

 

 そう、私達が朝から屋根の上で大通りを見張る理由。

 それは一日おきに盗賊行為を行う貧民街の盗賊グループ――そのリーダーであるビーオを捕まえるためだった。

 基本的にティアン専門である盗賊グループ。

 しかし<マスター>から盗んでしまった彼らは、今までにない程警戒していることだろう。

 もしかしたら暫くは何もせずに潜んでいるかもしれない。

 だけど……

 

 (……ジョニーが言うには、ビーオ達は盗みで毎日を生き抜いているって聞いた。それに盗品は直ぐにはお金に変えられない。

  5人グループなら食料もお金も5人分必要なはず。

  ――私の【アイテムボックス】にも食料は入ってなかったし、きっと近いうちに動くよね?)

 

 だけど、問題なのはいつ来るかは分からない事だ。

 結果、【商人】達が起きて仕事を行う早朝から、このような場所に居ることになったのである。

 しかし、ただただ時間だけが無意味に過ぎていき、既に一時間が経過しようとしていた。

 私も流石に我慢の限界。

 これ以上、何もせずに待つだけと言うのは耐えられそうになかった。

 

 

 「――アレウス達に朝ご飯でも上げてようかな?」

 『Kweee~?』

 

 

 腕の中で縮小化して丸くなっていたフェイ。

 だけど私の『朝ご飯』の言葉に反応したのか、ムクりと眠たげな顔を上げた。

 

 

 「ホオズキ、少しの間見張りを代わってって欲しいんだけど――」

 「おう、別にいいぜ。だけど早めに戻って来いよ? 奴が来たら俺一人でとっ捕まえちまうぜ」

 「……ン、お酒飲んで待ってる」

 

 

 【鬼斬大刃】を紙で拭き取って綺麗にしながら、ブラブラと私を追い払うように手を払うホオズキ。

 そして【アイテムボックス】から酒樽を取り出し、嬉しそうに頬を染めて、朝酒に走るシュリちゃん。

 ――相変わらず変わらない。

 どんな時でもマイペースな二人の様子に私は苦笑しながら頷いた。

 

 

 「うん、でも何かあったら【テレパシーカフス】で連絡してね?」

 

 

 返事は無い。

 だけどこれはいつもの事。

 ホオズキとシュリちゃんは分かっていることに対してはあまり返事をしなかったり、二人きりの時は心の中で会話――? しているらしい。

 特に蒼い髪以外似ているところが無い二人。

 だけど、こういう様子を見ると、やっぱり<マスター>と<エンブリオ>なんだと少しだけほっこりしてしまうのは私の秘密だ。

 並んで座り込むホオズキとシュリちゃん。

 二人の背中を少し眺め――

 

 

 「――よしっ! 私達もいこっか?」

 『KWe、KWeeee~!!』

 

 

 私はフェイを抱えて貧民街の奥。

 アレウスを出しても問題なさそうな場所を目指して歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「――《喚起》―アレウス、ベグ」

 

 

 何重にもなった貧民街の屋根の上。

 <グランドル>の大門から街を分断するように伸びる大通りから離れた、分厚い要塞壁に近い場所の……そんな少し開けた屋根の上で私は【ジュエル】から皆を《喚起》した。

 

 ――軽く叩くと鈍い音が鳴る硬い屋根。

 ――テニスコート程度の広さがある一続きの一枚岩。

 

 アレウス達を呼び出して、屋根を突き破る心配も無い。

 みんな(騎獣)の朝食と世話をするのに十分な環境だ。

 私は右手の【ジュエル】から形取られるアレウス達をジッと待ち、そして……

 

 

 『BURUUUUuuu~』

 「アハハ、くすぐったいよ。アレウス」

 

 

 呼び出すと同時に、私の首筋に鼻先を摺り寄せてくる巨大な黒馬。

 首筋に当たるくすぐったい感触に笑みを浮かべながら、その鉄のように硬い毛並みと筋骨隆々の身体を持つ、アレウスの頭をゴシゴシと撫でた。

 体長が3メテルを超え、体重は……おそらく1tを超えるだろう半神軍馬。

 昔は気軽に背伸びするだけで撫でることが出来た頭を、ここぞとばかりに撫でまくる。

 

 ――【グランド・デミ・スレイプニル】に進化してから生えた2本の刃角。

 

 何でも切り裂き、貫いてしまいそうな力強さを思わせる刃角へと手を添え、抱き着いていた首を放しながら目を合わせる。

 交差する紅玉色の双眼。

 そして、少しだけ不満そうな意志を帯びた色を見て、再び笑った。

 

 

 「フフッ、不満そうな顔してるけど毎日会ってるでしょ?」

 『BURu、BRURURUUuuuu』

 「――でも一緒に戦えてない? って、う~ん。<カルディナ>は殆どが砂漠だからね。アレウスはきっと足が砂に取られちゃうからしょうがないよ」

 

 

 例え、《悪路走行》を身に着けていたとしても<カルディナ>の砂漠では荷が重い。

 レベルが低い《悪路走行》だけでは、すぐに体力が尽きてしまうだろう。

 

 ――それでも拗ねている様子のアレウス。

 

 私はそんな姿を見ながら慰める。

 

 

 「大丈夫だよ。もし砂漠じゃない場所での戦闘になったらアレウスを真っ先に呼ぶから。

  それに……【義賊王】へのリベンジでは、きっと力を借りることになるからね」

 

 

 そこまで言うと、渋々納得したように首を縦に振るアレウス。

 私はアレウスの頭にポンッと手を置いたのだった。

 

 

 

 

 

 「それより朝ごはんにしよう? お金にもかなり余裕が出来たからね。お腹いっぱい食べて大丈夫だよ」

 

 

 腰に巻いた【アイテムボックス】から食料を取り出し、アレウスの目の前にドンッと置く。

 そんな私の横で、『まだかまだか』と爛々と目を輝かせるフェイ。

 フェイが食べるのは基本的に『炎』だ。

 いつもなら適当なアイテムに火をつければ済むんだけど……

 

 (屋根の上でボヤ騒ぎは怖いしね?)

 

 あくまで【盗賊】ビーオを待ち伏せしている私達。

 それなのにボヤだと騒ぎになって見つかってしまっては元も子もないだろう。

 ……仕方がない。

 私は少し――いや、かなり高価なアイテムである【ジェム―《クリムゾン・スフィア》】を取り出すとフェイへと手渡した。

 

 

 「……大切に食べてね?」

 『KWe!!』

 

 

 ――心配だ。

 嬉しそうに【ジェム】を咥え、嬉しそうにブンブンと首を振り回すフェイの動きを見ながら眉を顰める。

 

 

 「あとはベグだけど……」

 

 

 振り返る私。

 その先にあるのはアレウスの大きさにも負けない、大きな脈動する白い繭だった。

 先日のレベリングから変わらず閉じこもったままのベグ。

 私はそんな眉へと、売却せずにとっておいた『魔蟲系』モンスターのドロップアイテムを押し付けた。

 すると……どうだろう。

 

 ――器用にドロップアイテムを絡みとる白い糸。

 

 白い繭が少しづつドロップアイテムを飲み込んでいくではないか。

 どんな原理かも。

 そして何が起こっているかも分からない。

 ただベグにも何か考えがあってこうして閉じこもっているのだろう。

 ひたすらドロップアイテムを取り出しては押し付けるを繰り返す。そして満腹になると跳ねのけるような動きを始めた糸に、私も動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ふぅ」

 

 

 皆はまだ食事中、食べきるまでに暫くは時間がかかるだろう。

 私はフェイ達に並ぶように。足を宙に揺らすように腰を下ろした。

 同時に【アイテムボックス】から【サンドイッチ】を取り出し、リアルでのように人目気にすることなく勢いよく口いっぱいに頬張った。

 

 ――シンプルな味のハムと野菜。

 

 安くて無難な。

 それでいて、この世界で食べると一際美味しく感じる【サンドイッチ】である。

 ただ、リアルでの癖を抜けきらせる事は出来ないのか、食事中は何も喋らない。

 呆然と青い空を眺め、これからの事を考える。

 そしてなんとなく『ウィンドウ』のステータス欄を開いてみた。

 

 

 『【槍騎兵】Lv.1』

 

 

 私の6つ目のジョブであり、4つ目の下級職。

 近接戦における弱点を潰し、《騎乗》状態での槍を使うのに特化した【槍騎兵】だ。

 

 ――相変わらずのHPとSTR、そしてAGI型下級職。

 ――《騎乗》状態で槍を使うための《平衡感覚》と《騎乗槍》、《耐久力上昇》スキル。

 

 その他、幾つかの汎用スキルが盛りだくさんだ。

 【女戦士】のような『固有スキル』は有りはしないが、スキルレベルを上げていけば必ず役に立つに違いない。

 

 

 「……ムグ、ぷはぁ~。――ふぅ、槍も手に入ったし早めに手に馴染ませなきゃ」

 

 

 【サンドイッチ】を完食し、口内に残った不快感を水で流し込む。

 口端に付いた水滴。

 ソレを手の甲で拭うと同時に、【アイテムボックス】から一つのアイテム――シアンさんに貰った『長槍』を取り出した。

 取り出した『長槍』はその文字通り長く、手にずっしりとした重量を感じさせる。

 

 

 「シアンさんはああ言っていたし、私も嬉しくなっちゃって受け取ったけど……今更だけどちゃんと使えるか心配だなぁ~」

 

 

 困惑が混じった声で呟く小さな不安。

 両手の上に乗った『長槍』を見つめ、私は『ハァ……』っと、大きなため息を吐いた。

 だけど、そう感じてしまうのもしょうがない。

 その武器は下級職である【槍騎兵】にとってあまりに分不相応に思えてしまったからだ。

 

 

 ――黄色から深緑へ、持ち手から槍先にかけて変化していく色彩。

 ――私の手で握るには丁度良く、軸がズレることなく真っ直ぐに伸びた魔法金属(・・・・)製の柄。

 ――矛先には柄から一繋ぎになった――斬撃もできそうな少し長めの金属矛。

 

 

 シンプルな造形ではあるが、槍について詳しくない私でも一目見れば業物である。

 そう思えるような長槍だった。

 

 

 「性能も……多分強い、かな?」

 

 

 私にとって、近接武器を持つの初めての事だ。

 【万死慈聖 アズラーイール】も近接武器だけど、あれはスキルに特化した『特典武具』なので比較対象には出来ないだろう。

 ――開く『長槍』の詳細欄。

 そこには《鑑定眼》を持っていないので全てを見ることは出来ないものの、高い攻撃力とスキルが記されていた。

 

 

 

 

 

 【ミラーズ・ベイ】

 天地の名立たる刀匠によって打ち鍛えられた深緑の穿槍。

 かつては“天下五大槍”に数えられていたものの一度折れてしまい、本来の名を取り上げられた業物である。

 修復され、その特性は低下した――が、それでも優れた槍であることに変わりはない。

 

 装備補正:

 ・攻撃力+570

 

 装備スキル:

 《衝突反撃》Lv.4

 《破壊耐性》Lv.1

 《■■■■■■■(二度打ち叶わず)

 

 装備条件:

 合計レベル250以上

 

 

 

 

 

 シアンさん曰はく、

 

 

 ――『<マスター>が増加し、内乱が激化した<天地>から流れてきた名槍』

 

 ――『かの【花魁】が愛した【謀神(ザ・ストラテジー)】の武器だったモノ』

 

 ――『槍であり、ランスである――半壊した武器』

 

 

 それが私の新たに手にした武器――『新緑の穿槍』の正体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 「なぁ……」

 

 

 ――あれから何時間経っただろう?

 監視は始めた時には東から照らし始めていた朝日。

 しかし、その太陽はいつの間にか天頂を駆け抜け、砂漠の西へと沈み始めていた。

 時刻は夕暮れ。

 私達は<グランドル>での三日目を何もすることなくただ屋根の上で過ごしていたのだった。

 

 

 「……何? ホオズキ」

 「いつになったらビーオってのは現れるんだ。もう何時間ここで待ってると思ってんだ?」

 「……だ?」

 

 

 監視に飽きて、屋根の上で横になるホオズキ。

 そんなホオズキを枕にして寝転がるシュリちゃん。

 しかしそれも当たり前である。

 むしろ『一日中同じ場所に座って、犯人が現れるまで監視する』なんてリアルでも困難な事だ。何よりそれをやっているのが、ジッとしていたら死んでしまうのではないかと思える程の戦闘好き程であるホオズキだ。

 ここまで耐えていたのが奇跡である。

 

 

 「いつになったらって……分からないから待ってるんだけど……」

 

 

 かく言う私も我慢の限界。

 常に大通りへと凝らしていた目は疲れ果て、今にも閉じてしまいそうな程に重たくなってしまっている。

 必死に起きようと意識して、ギリギリ起きている。

 それでも既に私の顎は胸に抱えたフェイの頭へと乗せられ、視線だけが大通りに向けられている状態だ。

 

 

 「う~ん、……もしかしたらジョニーの言ってた通り、今日は警戒して何もしないのかも」

 

 

 流石にここまで現れないと、そう思えてくる。

 何故か戦闘するよりも疲れ果て、喋るのすら億劫な口を開き、呟いた。

 

 

 「あぁ? ならどうするっつうんだ? まさか明日もここで監視するのか?」

 「……それなら、シュリ。……<紋章>に戻ってる、よ?」

 

 

 あからさまに嫌そうな声を出す二人だけど……うん、私も嫌だ。

 流石に明日も今日と同じことをするのは回避したい。

 

 (かと言っても、あの【アイテムボックス】を諦める事は出来ないし……)

 

 あの【アイテムボックス】には本当に貴重なアイテムが。

 それこそ、この世界でも二つと無いものばかりが入れある。

 ――【【逆賊王】の手記】に従って宝さがしに行ったら、逆に大切なアイテムを盗られてしまった。……なんて事になっては笑えもしない。

 

 

 「う~ん……」

 

 

 視線は逸らさず、大通りへ。

 鈍くなり始めた頭だけを脳内でフル回転させて、これからの事を考える。

 そして――

 

 

 「――あ」

 

 「なんだ!! 見つけたのか!?」

 「……のか?」

 

 

 私の漏らした声に、ホオズキが勢いよく身体を起こしながら反応した。

 

 

 「ううん、違うよ。ただ、ほら……あれ」

 「チッ! 紛らわしい声を出すなよ。今俺達が探してんのは、ビーオとか言う糞ガキだ――――ぁ?」

 

 

 苛ついたように愚痴り始めようとしたホオズキ。

 しかしホオズキも私の指さす先に居た人物に視線を移し――言いかけていた愚痴を止めた。

 それもそのはず。

 視線の先に居た二人の人物(・・・・・)

 誰かを探すように辺りをキョロキョロと見渡し、私達を見つけると嬉しそうに目を輝かせる。

 

 

 

 

 

 ――<グランドル>に来た初日、ホオズキが助けた貧民街の二人の少女だった。

 

 

 「あ? 何してんだアイツら?」

 

 

 私達を見つけると、何かを伝えようと身振り手振りする少女達。

 声を出さないのは、私達がこうして隠れるようにしているのを察してくれているのだろうか?

 大通りの少し外れ。

 夕暮れも相合わさり薄暗い路地裏は数メテル先は暗闇だ。

 そんな路地裏から隠れるよう少女達はこちらを覗っていたのだった。

 しかし私達が気が付いただけで、いずれ他のティアンが少女達に気が付き。そして結果、私達にも気が付いてしまうかもしれない。

 そうなればビーオ達が現れる可能性もゼロになる。

 

 (――まだ、誰も気に止めて無いけど……)

 

 私はホオズキとシュリちゃん達の方へと振り返る。

 

 

 「どうする?」

 「どうするっつったてな……そもそもあいつらは何を言いてぇんだ」

 「……ここからじゃ、聞こえない」

 

 

 何の用か聞きに行ってもいいけど……流石にリスクが高いかな?

 

  

 「うん……あ、そうだっ。私が何を言ってるのか読み取ろうか?」

 「あぁ?」

 「私、少しだけなら雰囲気とか表情なんかで何が言いたいか読みとれるんだ~。《読唇術》に近いのかな?」

 

 

 そんな私の言葉にホオズキは怪訝そうに眉を顰め、シュリちゃんは無言でこちらを見る。

 どうやら疑っているらしい。

 もちろん私は《読唇術》スキルなんて習得していないし、それに準じたジョブにも就いていない。

 これは私のリアルでの特技。

 知らぬ間に出来るようになった処世術だ。

 

 

 「言葉で説明すると難しいから……実際にやってみるね」

 

 

 二人にそう告げると、路地裏の少女達へと集中する。

 

 ――少女達の表情。

 ――何かを示すような動き。

 ――その行動に滲み出る雰囲気。

 

 《暗視》を習得しているからだろう。

 暗闇に紛れ、見えずらい少女達の些細な動きや表情すら確実に捉えることが出来る。

 ジッと観察する事、10秒。

 どうやら同じ動きを何度も繰り返しているようだ。

 更に細かく、用心深く観察する。

 そして……

 

 

 「……『貴女達の探している人の居場所まで、私達が案内してあげます』――だって」

 「「……まじか」」

 

 

 言葉をかぶらせた二人を見て、私は笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ――迷路のような貧民街を歩く。

 

 

 既に此処まで来るのに二回階段を上り、四回下りた。

 左右に曲がった回数は優に二桁を超えている。

 入り組んだ道は方向感覚を狂わせ、歩いて来た道を分からなくさせてくる。

 仮に、此処で突然放置されてしまえば脱出するのは独りでは不可能だろう。

 しかし、私達はそんな貧民街を先頭を歩く少女達のおかげで迷うこともなく進む事が出来ていた。

 

 

 「でも本当に助かったね? あのままじゃ、また明日も一日中監視しなきゃならないところだったよ」

 「おぅ、そうだな。

  このガキ共ときっかけを作った俺に感謝しろ」

 「……傲慢、だ」

 

 

 二人の少女が先導し、その後ろをホオズキとシュリちゃん。そして私の順で並んで歩く。

 少女たちは一言も喋らない。

 ただ、時折後ろを振り返って私達が付いてきていることを確認しながら歩いていた。

 

 

 「もうかなり暗くなってきたね」

 

 

 空は既に夕焼けに染まり、路地裏は暗闇の世界だ。

 街灯は一つも無い。

 星も月明かりも屋根に妨げられ届かない。

 不気味な程に静寂が訪れ、暗闇の中をひたすら歩く。

 

 

 「「――――」」

 

 

 そんな時間が少しだけ過ぎた時だった。

 二人の少女は突然立ち止まった。

 

 

 「……あそこか?」

 

 

 そんな私達が立ち止まった場所の目と鼻の先。

 数十メテル先には周りにボロ小屋のような建物に紛れ込む様に、薄っすらと明かりの灯った家が建っていた。

 確認するホオズキ。

 そんなホオズキの視線を受け、二人の少女は無言で頷いた。

 

 

 「あの小屋に裏口はあるか?」 

 

 

 二人の少女は今度は顔を見合わせ、そして同時に首を傾げる。

 

 ――裏口があるかは分からない。

 

 入口があの扉一つだけだったなら確実だったけど……。

 私達はあの小屋の裏へと続く道を知らない。

 どうやら、このまま突入して無理やり制圧するしかないようだ。

 

 

 「……どうする?」

 「俺が先に突入する。お前は念の為に炎の壁の準備をしといてくれ。

  ――行くぞ、シュリっ」

 「……ン」

 

 

 作戦らしい作戦もない。

 ステータスにまかせて制圧する力技だ。

 しかし、それが最も昨日な作戦でもある。

 

 

 「よし、行くぞ――」

 

 

 作戦の合図も無い。

 ホオズキはその血煙の吹き上がる身体を盛り上がらせ、そして。

 

 

 

 

 

 ――一瞬で数メテルの距離を駆け抜け、小屋の扉を蹴り破った。

 

 

 「速いよっ!!」

 

 

 私もその後を追い、すぐさま小屋に向けて駆けだした。 

 《騎乗》しなくても辿り着くまでは数秒である。

 私は先行したホオズキに直ぐに追いつき、そして扉が無くなった小屋の中を覗き込み――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――え?」

 

 

 中を覗き込んだ私。

 その瞳に映ったのは夕暮れの暗闇の中でもハッキリと分かる――一面真っ赤に染(・・・・・・・)まった(・・・)床。

 血の海となった小屋を見た。

 

 

 

 

 

 ――元の石床が見えない程に血で溢れた床。

 

 ――壁には飛び散った血しぶきが辺り一面に吹きかかり、床には人だったモノが転がっていた。

 

 ――小屋の中央には破壊された【アイテムボックス】。

 

 

 目を疑うような。

 目を背けたくなるような光景がそこにはあった。

 

 

 「……何これ」

 

 

 問題なのは人だったモノ。

 それが一人ではないということだ。

 

 

 ――4等分に勝ち割られた頭。

 

 ――輪切りにされた足と腕。

 

 ――目についた心臓は7つ。頭は10。腕は25本を超えていた。

 

 

 「――~~ッ!」

 「おいっ!! ぼさっとしてんじゃねぇ!!」

 

 

 その光景に思考停止していた私はホオズキの声に我に返る。

 そうして、改めて小屋の中を覗いてソレに気が付いた。

 部屋の中央――壊れた【アイテムボックス】の上。

 その上に座り込む様に小さなソレは蹲っていた。

 

 

 『グチャ……ガリッボキッ。グチュグチュ』っと。

 

 

 ソレは床にまき散らされた内臓を齧り、引きちぎり、そして食べていた。

 

 

 「……【ゾンビ】?」

 

 

 いや、【ゾンビ】などのアンデット系モンスターではない。

 そもそもモンスターはセーブポイントには侵入できない仕様のはずである。なにより、ソレの頭の上にはモンスターネームは表示されなかった。

 

 

 「……おい」

 

 

 低く、警戒するような唸り声をかけた。

 ――『ビクリッ』っと。

 ホオズキの声にソレは反応し、動きを止める。

 そしてゆっくりと私達の方へとその顔を振り返った。

 

 

 ――恐怖に染まった死人の顔、それが4つ(・・)

 

 

 ボロボロになった腕は四本生え、取ってくっつけたような人間の部位があちらこちらから生え伸びていた。

 

 (……気持ち悪い)

 

 まるで人をバラバラに分解(・・・・・・・)し、捏ねてくっつけた様な。

 そんなおぞましい姿をソレはしていた。

 そして、

 

 

 『ーーーー~~~!!』

 

 

 声にならない奇声を上げて飛び掛かってくるその生物。

 

 

 「――チッ!! 人間じゃねぇなら容赦はしねぇぜ!!」

 

 

 まさに一瞬だ。

 《瞬間装備》でホオズキの手の中に握られた一本の大太刀。

 ホオズキは高いステータスで力任せに壁ごと、その生物を叩ききった。

 身体を二つに分断し、落下していく生物。

 だけど……まだである。

 

 

 『グギャギャ!!』

 「――なっ!?」

 

 

 身体を真っ二つにされながらこちらへ向かってくる生物。

 どんな生物でも、モンスターであろうと【即死】のはずだ。しかしその生物はこちらへ向かって這いずってくる。

 

 

 「どいてっ、ホオズキ! ――フェイ!!」

 

 

 身体を真っ二つにされても死なない生物。

 それなら、その身体一片も(・・・・・・・)残さず火葬して(・・・・・・・)やればいい(・・・・・)

 超高温で放たれる《紅炎の炎舞》。

 真紅の炎はその生物を飲み込み、火だるまに。そして真っ黒な灰へと変えていく。

 そして数秒後。

 元の形は跡形もなく、塵となった生物がそこには居た。

 

 

 「……もう動かないかな?」 

 「動けねぇどころか死んでんだろ。それよりどうなってんだ、これは――」

 

 

 【盗賊】ビーオが率いる盗賊グループを探しにここまで来た私達。

 しかし、そのアジトと思わしき小屋。

 そこに居たのは血だまりの中で食事をする謎の生物だった。

 

 (……あの子たちが嘘を吐くとも思えないし)

 

 チラリと視線を移す背後。

 そこには心配そうな、不安げな顔でこちらを見る二人の少女の姿があった。

 私の頭の中を疑問が次々と浮かび上がっては消えていく。

 

 

 ――何で、いや誰がこんなことをしたのか?

 ――ビーオ達は何処に行ってしまったのか?

 ――今すぐ、憲兵をここまで呼んでくるべきなのか?

 

 

 そんな疑問に無意識に考え込んでしまい……

 

 

 「――おい」

 

 

 突然、掛けられたホオズキの声に我に返った。

 

 

 「この血だまりの臭いであんま鼻が効かねぇが……多分、生き残りがいるぜ」

 「え?」

 「きっとビーオ達は此処に居た。そこで何か――おそらくこの【アイテムボックス】を開けてしまい、さっきの生物に襲われたんじゃねぇか?」

 

 

 なるほど、確かにそうだ。

 こんな壁に吹きかかるような血飛沫、どう頑張ってもこんな風にはならない。

 ビーオ達が無理やり【アイテムボックス】をこじ開けようとして、そして壊れた結果、中身が辺り一面に飛散したとみるのが妥当である。

 なら……

 

 

 「……ビーオ達は生きている?」

 「全員じゃねぇかもしれねぇがな」

 

 

 それなら取るべき行動はたった一つだ。

 

 

 「――ホオズキ。追跡することは出来る?」

 「……半々だ。もし、こんな血だまりが他にもあるようなら無理だが」

 

 

 どうする? っと、私を見下ろすホオズキの視線。

 そんなホオズキに対して私はただ頷いた。

 

 

 「追いかけよう」

 「……おう!! ――お前らは~、ここまで案内してくれたことには感謝しておくぜ。

  だけど今すぐ大通りまで引き返せ。んでもって、俺達が戻るまで人目に付く場所に居ろ。憲兵も呼んでこなくていい」

 

 

 後ろの案内してくれた少女たちは向けそう言うと、彼女たちは無言で小さく頷いた、

 そして、

 

 

 「臭いが消えるかもしれねぇ、全速力で追跡するぜ?」

 「うん、問題ないよ。私は《騎乗》して追いかけるから」

 

 

 蹴り破った扉とは反対。

 別の路地裏へと続いた裏口を飛び出した。

 既に真っ暗な、視界が潰れた路地裏を臭いと炎の明かりを頼りに疾走する。

 

 時には障害物を強行突破し。

 時には途切れてしまった血の臭いから、行先を予想する。

 

 そして、

 

 

 「……ここだ」

 

 

 辿り着いた場所。

 そこは前とは少し違うものの、地下道へと続く穴がポッカリと口を開けて広がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 【ミラーズ・ベイ】
 天地の名立たる刀匠によって打ち鍛えられた深緑の穿槍。
 かつては“天下五大槍”に数えられていたものの一度折れてしまい、本来の名を取り上げられた業物である。
 修復され、その特性は低下した――が、それでも優れた槍であることに変わりはない。

 装備補正:
 ・攻撃力+570

 装備スキル:
 《衝突反撃》Lv.4
 《破壊耐性》Lv.1
 《■■■■■■■(二度打ち叶わず)

 装備条件:
 合計レベル250以上



――三メテルを超える長い柄にほっそりとしたシンプルな矛先。
 巨大なランス、と言うよりは普通に歩兵が使うような槍に近い。


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第14話 【■■王】

多分、これで四章の半分はいったはず……


 □■□

 

 

 

 

 

 ――遥か昔、“三強時代”が終わりを迎え大陸中が無数の国々に分断した時代。

 

 

 今の<カルディナ>に位置する辺りに栄えた巨大国家の王が、不老長寿を求めて【地竜王 マザードラグランド】へと手を出した。

 確証の無い伝説。

 単なる願望混じりの噂事。

 王の命令に従い多くの兵が<厳冬山脈>に足を踏み入れた結果、それは今でも多くのティアンが知っている。

 

 

 【地竜王】事件である。

 

 

 そして、その災禍に真っ先に晒されたのが他でも無い。

 <厳冬山脈>の麓に最も近い位置に存在する都市――“氷冷都市”<グランドル>だった。

 しかし、ここで一つの疑問が生じてしまう。

 【地竜王】事件に巻き込まれ多くの国が<UBM>や純竜の地竜種の大群に滅ぼされた。

 国は滅び、何時しか<カルディナ>という一つの国に収束する。

 それなのに……。

 それなのに、何故<グランドル>は残っているのか?

 答えは簡単である。

 

 

 ――都市自体は跡形もなく滅びたが、その都市のティアンは殆どが無傷だったからだ。

 

 

 “氷冷都市”とは、食料やアイテムの冷凍と言う形で保存することに優れた都市。

 では、それらは何処で保存するか?

 

 ――冷凍庫か? 

 いや、違う。

 

 ――では、薄氷の張ったオアシスか?

 いや、違う。

 

 “氷冷都市”<グランドル>においてアイテムの保管に使われた場所。

 それは地下へと木の根のように広域に生え伸びた、地下道という“天然の冷凍庫”だった。

 <グランドル>のティアン達。

 彼らは【地竜王】事件を迷路のような地下へと逃げ込み、そして保存してあった食料によって生き延びることが出来たのだ。

 【砂鉄滋竜 モノポール】のような地中を潜行する地竜がいなかったのは幸運と言うべきか。

 もしくは<厳冬山脈>を越えられるはずも無いので当たり前と言うべきか。

 結果、彼らは生き延びて、再び強固な城壁と巨大バリスタを設置することとなる。

 

 

 

 

 

 しかし……今はもう、使用されることも無くなった過去の遺産。

 ――<グランドル>の地下へと根深く広がった、『人造地下迷宮』は今なお埋まることなく存在しているのだった。

 

 

 

 

 

 □<グランドル・地下道> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 数メテル先は全く視界が効かない暗黒の暗闇。

 既に日の沈み、空気が凍り付くほどの寒さである外気は地下道へと流れ込み、全てを凍り付かせる極寒の冷凍庫となっていた。

 また、臭いもきつい。

 辺りからは湿ったカビ臭さが漂い、モンスターの呻き声が地下道内を反響する。

 フェイの《紅炎の炎舞》の炎で恒常的に辺りを照らしているが……

  

 (……少し寒い)

 

 やはり極寒の地下道。

 視界は《暗視》も合わせて十分明るくなっているものの、露出した肌は寒気に鳥肌が立っていた。

 

 

 「かなり遠くまで逃げてるね」

 「あぁ、もしかしたら近道でもあったのかもしれねぇな。俺達は『血』の気配を頼りに愚直に追いかけるしかねぇが……」

 

 

 此処に来るまでに数え切れないほど出くわした分かれ道。

 入り組んだ迷路のような道や開けた空間を突破し、下へと続く階段も追覚えているだけでも三回は下ったはずだ。

 ダミーの壁を強行突破したりもした。

 だけど、それでも追いつけない。

 それだけでもこの地下道が<グランドル>中の地下に生え伸び、広大であることが察せられる。

 

 (私はフェイに《騎乗》してるし、ホオズキのスピードもだんだんと上がっているのに……)

 

 それなのに【盗賊】であるビーオ達に追いつけないというのはあり得ない。

 確実に何処かで裏道があったのだろう。

 しかし『血』の気配が充満し、ハッキリと感じ取れないホオズキ。

 そして【槍騎兵】へと転職し、察知系のスキルが使用できない私達はそれに気が付けなかったのだった。

 もちろん、今更そんな事を考えても後の祭りだ。

 思考を切り替え、出来る限り周囲の気配に気を配る。

 

 

 「問題ねぇよ、もうだいぶ『血』の気配には近づいてるぜ。もう一分も経たずに追いつけるはずだ」

 

 

 私の少し前を先行するホオズキ。

 片手に【鬼斬大刃】を握り、AGI型上級職顔負けの速度で走りながら話しかけてきた。

 

 

 「それよりも分かってるよな? アイツらは今逃げてるんだ、つまり……」

 「うん、もちろんだよ。敵がいる(・・・・)ってことだよね? ビーオを追いかけている」

 

 

 ビーオ達を追いかける敵。

 AGIはそれほどではないが、普通に戦えば彼らが殺されてしまうだろう強さを持った敵だ。

 私には心当たりがある。

 ……と言うよりは、追いかけるような敵は一つしか思いつかないだけだけど。

 

 (十中八九、さっきまで戦った死体みたいな生物だよね?)

 

 物理的な攻撃が効きにくい醜い生き物。

 

 

 「……ビーオ達を確認したら私が炎で焼き払うから」

 

 

 この地下道には【カースド・ファントム】と言った、アストラル体のモンスターも居る。

 物理的な攻撃手段しか持たないホオズキとは相性が悪すぎる。

 『おうっ』と返事を返すホオズキ。

 地下道内に反響するその声を聞きながら、私は【アイテムボックス】から【ミラーズ・ベイ】を《瞬間装備》した。

 手にはまだ馴染んでは無いけど、ここで使わない手は無いだろう。

 そして……

 

 

 

 

 

 『わっ、わあぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ~~~!!』

 

 「近いぞ!」

 「分かってるっ」

 

 

 前方から反響する悲鳴。

 確実に近い場所から聞こえるその声に、私達はスピードのギアを引き上げた。

 グングンと後ろへと流れていく同じ通路の壁。

 数秒間、真っ直ぐな地下道を疾走し、

 

 

 『グギョギョギャ! ギャーー!!』

 

 

 飛び出したのは少し開けた十字路だった。

 テニスコート程の広さの空間に四方向か真っ暗な地下道が繋がっている。

 そして、

 

 

 「く、来るなぁぁ!!」

 

 

 その中央に悲鳴の主は居た。

 

 ――ボロボロの服に擦り傷だらけの顔。

 ――小学生ほどの身体を恐怖に震わせ、両手に握り込んだ小さな【スチールナイフ】。

 ――周りには泣いて座り込む少女や頭から血を流す子供居た。

 

 おそらく【スチールナイフ】を振り回しているのが【盗賊】ビーオだ。

 その周りに居る子供も4人いる。

 どうやら此処まで誰一人欠けることなく、逃走出来ていたようだけど……

 

 

 『ァア、ヴォアァァアアア!!』

 

 

 その周囲を先ほどまで小屋で見た、死体生物が取り囲んでいた。

 二回りも高い死体生物。

 不自然に顔だけが集められた死体生物。

 泥団子のように体中から目玉と腕を生やす死体生物。

 そのおぞましさは口で言い表すことも憚られそうな程である。

 ゆっくりと。そして確実にその不死生物はビーオ達へとにじり寄っていく。

 

 

 

 

 

 「――フェイ! 《紅炎の炎舞》!!」

 『Kweeeee~!!』

 

 

 そして、死体生物たちは断末魔も上げることなく消え去った。

 塵一つ、一瞬の間すら与えることの無い最大火力。

 恐怖に囚われたビーオ達と死体生物から漏れだす怨念が《怨念燃炎》で私達の力へと変わる。

 フェイから放たれた真紅の炎はビーオ達ごと包み込み、辺りを炎の世界に変えたのだった。

 

 

 「――フッ!!」

 

 

 辛うじて逃れた不死生物。

 その醜い身体を、突進の威力を乗せた【ミラーズ・ベイ】が無慈悲に貫く。

 そして、

 

 

 「《シザーランス》!!」

 

 

 スキルの宣言。

 それと同時に貫いた死体生物の身体が大きなブロック状になって切れた。

 

 

 「今のうちに、ホオズキ!!」

 「おう!!」

 

 

 突然の炎に錯乱するビーオ達に近づくホオズキ。

 後は、彼らを保護して地上へ生還。そして【アイテムボックス】を取り返すだけだ。

 【スチールナイフ】をものともしないホオズキは、堂々と正面からビーオ達に近づいてく。

 

 

 「落ち着けっ。俺達はお前らを助けに来たんだぞ。

  取りあえずナイフを下ろせ、さっさとここを脱出するぜ!」

 「……た、助け?」

 

 

 ホオズキの声にビーオは手に食い込むほど強く握り込んだ【スチールナイフ】を下ろす。

 同時にホオズキの左手に浮かぶ《紋章》を一瞥しする。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「く、来るなぁぁぁ! 殺人鬼め(・・・・)!!」

 

 

 恐怖に血走った目で、握り込んだナイフを深々とホオズキの胸へと突き刺したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 「――ぁ? 何してんだ、お前? 助けに来たっつっただろ、ぶっ飛ばすぞ」

 

 

 ナイフの柄まで深々と、正確に突き刺された心臓。

 ホオズキは、そんな自身へと突き立ったものを見下ろしながら、苛ついたように吐き捨てた。

 ビーオの決死の一撃。

 ティアンなら。……いや、<マスター>でも【即死】の一撃。

 しかしそのナイフはホオズキの命を奪うことなく、まるで棘でも取るように簡単に抜きとられ、後ろへ向けて放り捨てられた。

 

 ――『カランッ』と、ナイフと石の通路が甲高い音を立てる。

 

 そんな一瞬の間。

 その間にホオズキの傷は跡形もなく塞がってしまっていた。

 

 

 「チッ! だいたい俺達が殺人鬼だとぉ? それならとっくの前にお前をぶっ殺してるぜ」

 「う、煩い!! 俺は知ってるんだぞ! 

  今、街を騒がせている殺人鬼。――それがお前たち<マスター>だってことは!!」

 

 

 半泣きになりながら叫ぶビーオ。

 問題なのは、その発言である。

 

 

 ――殺人鬼は<マス(・・・・・・・)ター>だ(・・・・)

 

 

 それは私達に予想以上に大きな衝撃を与える言葉だった。 

 

 ――バラバラに切り刻まれ、【アイテムボックス】に詰め込まれていただろう死体の山。

 ――ソレを開けた者へと襲い掛かる死体生物。

 ――<グランドル>中に充満するほどの『死』と『血』の気配。

 

 私達はそれが【吸血清 オールドリーチ】の仕業によるものだと思っていたけど、もしそれが違うとしたら。

 その犯人が<マスター>だとしたら。

 『そんなはずは無い』と言う否定したい気持ちと、『感じていた違和感が判明した』ような納得するような気持。

 まるで喉につかえていた小骨が取れた様な。

 そんな感覚が私を襲った。

 

 

 「……だけどっ!! 今はここから抜け出すことを優先して!!」

 「――ッ! あぁ、分かってる!」

 

 

 炎は絶えず辺りを焼却する。

 しかしそれでも死体生物の姿が消え去ることは無い。

 私達が進んできた方向を含め、4方向から絶え(・・・・・・・)()死体生物がなだ(・・・・・・・)れ込んできてい(・・・・・・・)るからだ(・・・・)

 ……何体居るのだろう?

 尽きることなく無限に湧き出る死体生物。

 そして生者を嫉む様に【カースド・ファントム】も釣られて寄ってくる。

 

 

 「もうっ! ――何体……居るの!!」

 

 

 倒しても倒してもキリがない。

 ただレベル1だった【槍騎兵】のレベルだけがどんどんと上がっていく。

 

 

 「ホオズキッ! まだなの!?」

 

 

 辺りから怨念を炎に置換しているとは言え、それも無限ではない。

 いつかは辺りを覆う炎も尽きてしまうだろう。

 私はすこし焦る内心を抑えながら、フェイの上で【ミラーズ・ベイ】を振るう。

 

 ――穿ち、切り払い、叩き払う。

 

 少しづつは慣れてきているが、やはり強弓よりも使い辛い。

 生存力の高い不死生物が相手だと尚更だ。

 

 

 「――分かってる! この糞ガキが暴れるんだ! 

  ちょっとま――「誰が糞ガキだ! この殺人鬼!!」――うっせぇよ!!」

 「――いいから! 早くして!」

 

 

 背後でギャアギャアと騒ぎ立てるホオズキとビーオ。

 ただでさえ最高速度が出しにくい地下道。

 加えて、4方向を私一人でカバーしているのだ。

 遊んでいないで早くして欲しい!!

 

 

 「これ……でもねぇ。何処にあるっつうんだ……いや、これか!!」

 

 

 背後から響いてくる大きな声。

 そして、

 

 

 「おいっ、見つけたぞ! 受け取れ!!」

 「――ッ!」

 

 

 ソレは勢いよく私の方向へと向け、放物線を描きながら飛んできた。

 視線は目の前の死体生物から離せない。

 ……だけど!!

 

 (――ここ!)

 

 後ろから飛んできたそれを。

 視界の端に映った微妙な炎の変化を捉え、それ――私の『貴重品用』【アイテムボックス】をつかみ取った。

 そして同時に、その中身へと手を伸ばす。

 

 (お願い! 入っていてっ――)

 

 願いにも似た賭け。

 あの血だまりの小屋では私の【アイテムボックス】は見つからなかった。それは何故か?

 

 ――私の【アイテムボックス】にはロックのようなものが掛かっていなかったからだ。

 

 逆にロックが掛かっていただろう【アイテムボックス】は無理やりこじ開けられ、壊されるのだろう。

 つまり、私の【アイテムボックス】は無事。

 現在進行形でビーオが持ち運んでいる可能性が高かった。

 そして……

 

 

 「――あった!!」

 

 

 賭けには勝った。

 私は既に懐かしいその形に笑みを思わず笑みを浮かべる。

 久々に手元の戻った、何だか安心するような。嬉しい気持ちだ。

 【アイテムボックス】から引っ張り出すように取り出したソレは、下に這いずっていた死体生物をひき潰す。そして落雷のような音(・・・・・・・)を鳴らした(・・・・・)

 

 

 「……うん。行けるよ、ホオズキ。ここから脱出するから――飛び乗って!」

 

 

 取り出したのは【怒涛之迅雷】。

 通路ギリギリ、目一杯の大きさを誇る【怒涛之迅雷】は走り出すとともに辺り一帯を焼き払った。

 フェイが飛翔し、車輪が唸る。

 ゆっくりとそのスピードを上げていき――

 

 

 「――乗ったぞ!」

 

 

 少し鈍くなった荷台の重さに、勢いよく手綱を引いた。

 

 

 「フェイ、全力で飛ばすよ!!」

 『KWe、kWEeeeeeee!!』

 

 

 迫りくる死体生物を轢き殺し、焼き払う。

 上へと昇る階段も、直角の曲がり角も関係ない。《慣性操作》と《重力軽減》があらゆる障害を無視し、破壊し突き進む。

 そして、

 

 

 「――――これは、気持ちいいかも!!」

 『Kweeee~~!』

 

 

 プチプチと言う感覚と全速力で走る感覚に酔いしれるように笑みを浮かべながら、地上へと駆け抜けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 迷路のような地下道を抜け、地上へと脱出した私達。

 そんな私達を迎えたのは満点の星空と、夜の帳の降りた暗闇の世界だった。

 相変わらず外は寒い。

 戦闘で火照った身体を冷ますようで、妙に風が心地よかった。

 

 

 「それで? てめぇ、さっきまで殺人鬼は<マスター>だっつってたな。その理由も含めてお前の知っていること全てゲロってもらうぜ。

  もちろん【義賊王】の正体もなぁ!?」

 「……ホオズキ、〇クザみたい」

 

 

 夜風に吹かれる私。

 その視界の端で先ほどまで死体生物から救い出したビーオ達を、ホオズキが脅すように尋問していた。

 もちろん、暴力を振るうわけでもない。

 顔面の凶悪さと口の悪さで脅す――チンピラのような脅しである。

 その証拠に、ビーオ達全員の身体には傷は無い。《蒼炎の再生》によって、全ての軽傷をフェイが治してしまったからだ。

 ――死体生物にやられた怪我より、脱出の際に掛かった風圧で折れた骨の方が重傷だったのはご愛敬である。

 

 

 「煩い! そんなの俺達の盗んだあの死体入りの【アイテムボックス】が<マスター>から盗んだものだったからに決まってるだろ!」

 「は? そんな事俺が知ってる訳ねぇだろ」

 

 

 ……子供相手に大人げない。

 だけど何も口を出さずに無言で見守る。

 

 

 「つまりこういうことだ。

  お前は俺達以外の<マスター>からも【アイテムボックス】を盗んだ。んでもって、その中に入っていたのが小屋に飛散していた臓物だった。これで合ってるな?」

 「……フンッ! 何だ? あんたら殺人鬼の事も知らずに捕まえようとしてたのかよっ。ばっかだなぁ~!」

 「……ホオズキ。……こいつ、黙らせ、る?」

 

 

 煽ってくるビーオに切れるシュリちゃん。

 ……シュリちゃんは――問題ないか。

 だけど、確かにそうだ。

 私達は【義賊王】に気を取られるあまり、殺人鬼に対して犯行は【吸血清 オールドリーチ】によるものだと思い込み疑いもしなかった。

 これは完全な私達のミスだ。

 

 

 「いいよ、助けてくれた礼だ。殺人鬼について教えてやるよ」

 

 

 ビーオはそう言うと、饒舌に話し始めた。

 

 

 「殺人鬼はな、三か月前に突然現れたんだ。

  そして夜な夜な、街の住人を捕まえては殺して、そして【アイテムボックス】に詰め込んで街に捨てていくんだ」

 

 

 ――醜悪な手段だ。

 それもあの遊ぶようにバラ(・・・・・・・)バラにされた死(・・・・・・・)()を見た今ならよく分かる。

 そして……それを行っているのが私達と同じ<マスター>だと聞いて、尚更怒りが込み上げる。

 

 

 「まぁ……それは良い。それよりてめぇはその殺人鬼から【アイテムボックス】を盗んだって言うなら、その正体もハッキリ見たんだろうな?」

 「当り前だろ! 俺だって【盗賊】だ、相手の様子をじっくり確認してから盗むか判断するよっ」

 

 

 ――ん?

 それはもしかして私はカモだと思われたということだろうか?

 そう考えると何だか怒りがポツポツと湧いてくるが……頭を振り、冷静になる。

 今一番に聞き出すのは殺人鬼の正体だ。

 【義賊王】もほってはおけないけど、それ以上に<マスター>の殺人鬼などほっておくことは許せない。

 私達は黙ってビーオの発言を待つ、そして。

 

 

 「もちろん知ってるぞ」

 

 

 その言葉に思わず息を飲んだ。

 身体はすっかり冷え切り、喉が不自然に乾く。

 

 

 「殺人鬼……そいつは頭からローブを被っていて、それで白い(・・)――――『お前たち! そこで何をしている!?』――あ?」

 

 

 肝心なところは、途中から割り込んできた大声にかき消された。

 姿を現したのは憲兵の服を着た男。

 

 (……<マスター>じゃない)

 

 その左手にももちろん“紋章”は見当たらない。

 完全なこの<グランドル>の憲兵のティアンである。

 【マジックランプ】を片手に、槍を握りながらこちらへと近づいてくる。

 

 

 「こんなところで何をやっている!? いや、それよりもそこのお前たち。たしか【盗賊】ビーオだな?

  街の【商人】達から『盗難』で指名手配されているぞ」

 「――あ、やべっ!」

 

 

 私達を無視してビーオ達を捕まえようと、足を進める憲兵の男。

 ニヤニヤと嬉しそうな顔を隠しもしない男は下品な笑みを浮かべ舌なめずりをする。

 

 

 「これであの賞金は俺のもんだ。全く感謝だぜ、寒い中こんな街外れまで来たかいがあったってもん――

 

 

 

 

 

 

  ――――ブヴェ?」

 

 

 その言葉は最後まで続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――え?」

 

 

 ――『ギラリッ』っと何かが月明かりに反射する。

 

 数秒差で、ボトリと何かが地面に落ちる。

 そして……雨が降った。

 

 

 ――男の頭が乗っていた場所を起点とし、ホースから水が噴き出るように雨が降った。

 

 

 「――~~?」

 

 

 呻き声のような、何かが萎んでいくような音。

 同時に雨は止み――『バタリッ』っと。

 憲兵の身体は地面へと倒れ込み、大きな水たまりを作る。

 そして、その憲兵の代わりと言わんばかりにその場には別の人物の影が差していた。

 

 

 

 

 

 ――黄色いレインコートに赤い水玉(・・・・)

 

 ――長い脚、獣人の腕、リザードマンの尾。釣り合わぬ歪な体格。

 

 ――『ポタッポタッ』と、地面に垂れる涎。そして月明かりが反射する両手に握られた肉断ち包丁(・・・・・)

 

 

 

 

 

 「……イヒ、イヒヒヒヒィ~~ッ!!」

 

 

 振り抜かれたベットリと血の付いた肉断ち包丁。

 レインコートの男はその肉断ち包丁を振り、包丁にこびり付いた血と油を振り落とす。

 

 

 ――男が一歩踏み込むと、『グチャリ』っと肉が嫌な音を奏でる。

 

 

 そしてその足元から、弾かれたように目玉が足元に転がってきた。

 余りの衝撃に動くことも、口を動かすことも出来ない私達。

 そんな私達に、顔の見えない(殺人鬼)は――――この世界で【解体王(キング・オブ・チョッパー)】と呼ばれる男は笑う。

 そしてボソリと呟いた。

 

 

 

 

 

 『――《人()()ラせ(タイ)()()だの(ショ)肉》』

 

 

 ……と。

 

 

 

 

 

 



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第15話 真夜中の襲撃者

 □<グランドル> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大通りを外れ、城壁近くの少し開けた裏通り。

 辺りは不気味なほど静まり返り、月光が照らし出した雲が地面に大きな影を落とした。

 ……息苦しい。

 今すぐ、吐き出してしまいたくなるほどの威圧感。

 その威圧感は目の前の――1人の異形の【解体王】を中心に私達を包み込んでいた。

 

 

 『……ィヒッ』

 

 

 両手に握った中華包丁(・・・・)から絶え間なく赤い血が滴り落ち。

 ――『ピチョリ』

 っと、波紋を生んで赤い水溜まりに初めて消えた。

 波紋が発生しては消えていく。

 その赤い鏡のような表面には銀色に反射する中華包丁の危うさと、三日月のように割れた殺人鬼の浮かべる――魔物性が映し出されていた。

 地面に転がった骸と化した憲兵のティアン。

 しかし【解体王】はそこに何も見えないかのように人肉を踏み抜き、耳障りな音を立てながらこちらにゆっくりと此方へ足を踏み出してくる。 

 

 (――~~ッ!!)

 

 そのティアンを人とも捉えず、ゴミとも思わない。

 【解体王】の人間性と残虐性に唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 「――てめぇ……何もんだ」

 

 

 震えの無い強い意志の籠った声。

 ホオズキのギラついた子供も泣いてしまいそうな眼光が【解体王】を貫く。

 

 

 『――ギ、ィヒヒヒ?』

 

 

 しかし言葉に返ってきたのは意味の無いくぐもった声。

 黄色いレインコートから言葉にならない奇声が漏れた。

 そして【解体王】の首が90度を超え、グルリと有り得ない角度に曲がり、三日月のような弧を描く赤い口がレインコートから覗き見えた。

 

 

 『―――――ッ~~~!!』

 

 

 そして――その毛の生えた獣人の腕が霞んで消えた。

 

 

 「このっ、糞野郎がっ!!」

 

 

 大振りに振り下ろされた中華包丁と薙ぎられた大太刀が煌めき、ぶつかり火花を散らす。

 突然始まった真夜中の戦闘。

 金属音が静寂の空間に鳴り響く。

 そして……私は目を見開いた。

 

 

 「ホオズキっ!」

 「ぐっがっ、殺人鬼如きがぁぁあああ!!」

 

 

 鍔迫り合い――刃と刃がぶつかり、拮抗していた互いの攻撃。

 その均衡は一瞬のうちに崩れ去り、振り下ろされた中華包丁はホオズキの大太刀を押し切り、その鬼のように逞し(・・・・・・・)い肩に刃を食い(・・・・・・・)込ませたのだ(・・・・・・)

 【狂戦士】、【吸血鬼】と高いステータス補正を持ち、《戦鬼到達》によってどんどんとステータスが上がっていくホオズキ。

 【解体王】はそのSTRを上回り、力勝負でホオズキに押し勝ったのだ。

 だが、ホオズキも負けてはいない。

 

 

 「てめぇなんぞに、殺される俺じゃねぇぜ!!」

 

 

 その身体からより一層激しく血煙を立ち昇らせながら、少しずつ中華包丁を押し返していく。

 そして、

 

 

 

 

 

 ――『《人()()ラせ(タイ)()()だの(ショ)肉》』

 

 

 「――あぁ?」

 

 

 発せられた初めての意味のある言葉。

 ――『必殺スキル』の発言と共に、細切れとなって(・・・・・・・)呆気なく(・・・・)地面に崩れ落ち(・・・・・・・)たのだった(・・・・・)

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 まず、始めに聞いたのはホオズキの逞しい腕が地面へと落(・・・・・・)ちる(・・)鈍く重たい音だった。

 そして腕に続くように様々な音。

 

 ――内臓が零れるみずみずしい音。

 ――地面で跳ねる硬い骨の音。

 ――大量にぶちまかれた血の音。

 

 宣言された『必殺スキル』

 【カイタイシンショ】と言うふうに聞こえたそのスキルが生み出した光景、それは。

 

 

 ――『骨』、『心臓』、『肝臓』、『爪』。

 

 

 その体の9割を細かく部位ごとに解体された(・・・・・)ホオズキの後ろ姿だった。

 ENDも、そしてその身体を覆っていた【タロース・コア】の全身鎧も関係ない。

 一瞬のうちにその身体は細かく《解体》され、既に人の形を保ってはいなかった。

 悍ましい雰囲気に痺れる脳内。 

 そんな硬直する私の神経を真っ先に駆け巡ったのは、悪寒にも似た寒気のする恐怖だった。

 【殺戮織天 アズラーイール】との戦闘以上の恐怖が身体を支配する。指先は凍ったように冷たく、足は地面に張り付いているかのように動かない。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――ヴィーレェェエ!! ガキ共を守れぇ!! 狙いは俺たちじゃねぇ、ガキ共の口封じだ!!」

 

 

 ――限界を超え(・・・・・)意識は戦闘モー(・・・・・・・)ドへと落ち変わ(・・・・・・・)った(・・)

 

 

 それは一種のブレーカーのようなものだ。

 電流が過剰に流れてしまうと安全の為、ブレーカーが落ち、電流を遮断する安全装置。

 同じく人間と言うのも、ある意味一種のブレーカーをかね備えている。

 

 恐怖による【気絶】。

 

 その精神が耐えきれないほどの恐怖を感じた瞬間、人間は自身の心を守るために自身の意識を飛ばすのだ。

 多くの人間がその安全装置を持っている。

 自然な、ごく当たり前の機構。

 だが、同時にその安全装置が変に壊れている(・・・・・・・)者がたまにいる。

 そして――紛れもなくヴィーレはその壊れた安全装置の持ち主だった。

 

 

 「――」

 『キヒ、キヒヒヒヒヒィーー!!』

 

 

 ホオズキは、身体の9割を《解体》され地面に倒れ伏していた。

 【解体王(殺人鬼)】はその中華包丁に滴るほどの鮮血を振りまきながら、ビーオに向け凶刃を振り下ろさんと大きく身体をしならせていた。

 そして、

 

 

 「……《喚起》―アレウス」

 『キ、ィヒ?』

 

 

 異形な姿をした【解体王】、その背後に大きな影が出来た。

 月光はその漆黒の毛並みに吸い込まれ、暗闇の空には爛々と輝く紅の双眼が浮かんでいた。

 二本の刃角だけが光を反射してキラキラと輝く。

 《喚起》によって召喚されたアレウスが大きく上半身を持ち上げ、【解体王】を背後から踏み殺そうとその豪脚を振り上げたのだ。

 

 

 『HIHIiiiiiiiiーー~~N!!』

 

 

 大きな嘶きと共に振り下ろされた豪脚。

 1トンに達するアレウスの踏み付けだ、仮に『下級職』なら体当たりで瀕死。タンク型の『上位職』でも無傷とはいかない攻撃力を持った攻撃である。

 

 

 

 

 

 

 だが――【解体王】には関係ない。

 

 

 『ヒヒ、イヒヒヒヒヒヒヒヒィィィィィイイイイイ!!!』

 

 

 中華包丁――【解体王】の第Ⅴ形態<エンブリオ>。

 『Type:アームズ・テリトリー』である【裁断包丁 カイタイシンショ】は二丁で一つの<エンブリオ>なのだから。

 

 ……故に、その三日月の如き弧をえがく笑みは歪まない。

 

 振り下ろした一本の【裁断包丁 カイタイシンショ】。

 そして、その背後から残りのもう一本が影から這い出るように勢いよくアレウスの首へと向け飛び出した。

 有り得ない角度。

 右手に握った中華包丁が左から飛び出してきたのだ。

 腕の長さも足りなければ、そこまで曲がるはずも無い。

 しかし、【解体王】の腕は届く。まるで海に生息する蛸のような吸盤の生えた触手の右腕だったからである。

 

 

 『BURUUUUUUUU!!』

 

 

 アレウスはその中華包丁を自身の二本の刃角で打ち払おうとするが――それは、最もしてはならない行為。

 【解体王】に【裁断包丁 カイタイシンショ】。

 その必殺スキルである《人はバラせばただの肉》。

 その能力は、『敵への接触状態(・・・・・・・)における(・・・・)ENDと防御力(・・・・・・・)無視の瞬間解体(・・・・・・・)なのだから(・・・・・)

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 【解体王(殺人鬼)】の<エンブリオ>、【裁断包丁 カイタイシンショ】はType:アームズ・テリトリー。

 その形も、二本の中華包丁と言う至極あっさりとした<エンブリオ>である。

 また保有するスキルもかなり少ない。

 

 ――ヴィーレの<エンブリオ>である【炎怪廻鳥 フェニックス】。

 ――ホオズキの<エンブリオ>である【到達鬼姫 シュテンドウジ】。

 

 それら前者の<エンブリオ>とは違う、とある二つの能力に特(・・・・・・・)化した(・・・)<エンブリオ>であった。

 忠実に<マスター>の欲望を実現した【裁断包丁 カイタイシンショ】。

 かつて江戸時代、医学が発達していなかった時代。

 杉田玄白がオランダの“解剖書”――『ターヘル・アナトミア』を日本語へと訳した、日本初の解剖書をモチーフとした<エンブリオ>。

 そんな【裁断包丁 カイタイシンショ】の『必殺スキル』。

 

 

 ――《人()()ラせ(タイ)()()だの(ショ)肉》。

 

 

 その能力とは、『刃の触れた生物の身体をENDと防御力を無視し、一瞬で解体する』と言ったものだった。

 強力な一撃(・・・・・)――ではないのだ(・・・・・・)

 その名の通り、『必殺スキル』。

 触れれば【即死】。

 ホオズキの場合は体の『血』が<エンブリオ>である置換型だったから一命を取り留めただけ。

 ただ単に、凄まじく運が良かっただけなのだ。

 

 故に、断言する。

 もし仮にその刃がアレウスの刃角に触れ、必殺スキルが発動したとする。

 その場合には慈悲は無い。

 

 

 

 

 

 ――必ず全身を数千と言うパーツに《解体》され、【即死】するだろうと。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 時は一秒、一秒と迫っていた。

 

 ――ビーオの口封じのために振り下ろされた、一本の中華包丁。

 ――アレウスに振るわれた迎撃であり【即死】の刃。

 

 救えるのは二つに一つ。

 助けられる人物はたった一人、ヴィーレだけ。

 死んでしまえばもう生き返ることの無い――師匠と同じこの世界に生きるティアン。

 片やこの世界で初めに出会い、此処に至るまで幾度の危機を共に乗り越えてきたアレウス。

 

 

 「――」

 

 

 私はその二つの刃を、スローモーショ(・・・・・・・)()で眺めていた。

 いつもなら浮かぶはずの笑みは浮かばず、心は驚く程に冷静だった。

 

 (きっと、何かが一線を越えてしまったんだ)

 

 いつもの私なら、きっとこの土壇場で迷っていただろう。

 そして、何だかんだ言って両方とも救うのだろう。

 まるで他人事のようにも思えるその光景が、ゆっくりと流れていく。

 だけど、

 

 (ううん。……冷静、だけど。先ほどから変わらないモノが私の中に感じる)

 

 思考は冷静に。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 「――アレウス、そのまま気にせずソイツを踏み殺して」

 

 『ィ、ィヒ?』

 

 

 私はそう言い放ちながら【解体王】の左腕を握り潰し(・・・・・・・)、アレウスへと迫っていた中華包丁を【ミラーズ・ベイ】を振るい、受け止めていた。

 振り下ろされていたはずの腕は、迎撃の中華包丁はビクともしない。

 ――ホオズキにさえ、押し勝った【解体王】のSTR。

 それなのに、1ミリたりともこれ以上先に食い込み、進むことは決してなかった。

 

 

 

 

 

 「私自身もこんな、変に感情が抜け落ちた様な状況は初めてだけど――それでも。やっぱり変わらないモノがある」

 

 

 目の前の――腕を掴むまでに接近している【解体王】。

 

 その異形の姿から、私はもう恐怖を感じることは無かった。

 そのレインコートから見える三日月の如き弧をえがく笑みは既に消え失せ、奇声が聞こえることは無かった。

 

 ただ、抜け落ちた感情に。

 消え失せた恐怖と奇声に比例するように、一つの使命の如き感情が私の中で劫火となって燃え上がった。

 

 

 「――殺人鬼。私は……貴様の存在を認(・・・・・・・)められない(・・・・・)

  例え、これが私の我儘だったとしても、その所業が許せない。

 

 

 

  だから――此処で、この世界から退場しろ【解体王】」

 

 

 心の中で劫火となって燃え上がった感情――それは『憤怒』。

 

 真紅の髪は怒りを体現するかのように炎に包まれ、ユラユラと揺れる。

 同時にヴィーレの身体を真紅の―STRとAGIに全てのMPとSPを注ぎ込んだ炎の甲冑が覆いつくした。

 暗闇に包まれた闇夜の裏路地。

 霜の降りる筈の砂漠の夜は、炎に溶かされ燃え尽きた。

 

 ――炎の紅帯だけが風に揺れる。

 

 今宵、始まるのは二つの『玉座』に座る<マスター>通しの殺し合い。

 対人特化型ビルドである【解体王】。

 初めて本気で怒りに身体を任せ、人を殺す【騎神】。

 “遊戯派”と“世界派”によるぶつかり合い。

 

 

 『ヒ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒィ!!!』

 「見せるぞ、私の全力」

 

 

 至近距離。

 殺意にまみれた視線だけが交錯する。

 

 

 

 

 

 月光が雲を抜け、二人の姿を照らし出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 




【裁断包丁 カイタイシンショ】
<マスター>;??????
Type:アームズ・テリトリー 到達形態:Ⅴ 
紋章:???
能力特性:《解体》&?????
スキル:《?????》《?????》
必殺スキル:《人はバラせばただの肉》
      刃の触れた生物のENDと防御力を無視し、その身体を瞬時に《解体》する。
モチーフ:昭和時代に杉田玄白が翻訳した解剖書“解体新書”
備考:<グランドル>で暗躍する【解体王】の<エンブリオ>。  
   シンプルな二本の中華包丁と特化した能力を保有している模様。<マスター>の欲望を忠実に表している。 


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第16話 憤怒の炎は消えることなく

なんか、一話でおさまらなかった。


 □<グランドル> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 ――戦いの合図は鳴り響かなかった。

 

 

 

 

 

 ただ、【解体王】の異形の姿を。

 【槍騎兵】であるヴィーレの炎の甲冑を月明かりが照らし出す。

 月明かりは荒れた裏路地の地面へと二つの影映し出し、ゆっくりとその影を縦に伸ばした。

 そして……

 

 

 「――燃え尽きろ」

 

 

 ヴィーレは、握り潰した【解体王】の左腕に思いっきり力を込めた。

 ゼロ動作からの奇襲。

 同時に炎の甲冑から凄まじい熱量を持った炎が発火する。

 

 

 『ィ?』

 

 

 ――まさに一瞬である。

 今までに貯め込んできたMPとSPを全て注ぎ込んだ大火力の炎鎧は、瞬時にその左腕を【炭化】させた。

 獣人のような【解体王】の左腕は半ばから消し炭となる。

 甲高い音を立て、地面へと突き刺さる【接断包丁 カイタイシンショ】。

 2本で一つの<エンブリオ>、その一つを真っ先に失ったのだった。

 だが……まだだ。

 

 

 「アレウス、そのまま踏み殺せ」

 『BURUUUUUUuuuuu!!』

 

 

 上半身を逸らし、高くその前脚を振り上げていたアレウス。

 薄い金属なら軽々と踏み壊し、【ミスリル】さえ変形させる豪脚。

 豪脚は、ヴィーレの合図と共に勢いよく【解体王】の頭蓋目掛けて踏み下ろされた。

 その威力は計り知れず、ヴィーレの騎獣の中でも最高の攻撃力を誇る。

 常時、一撃必殺。

 

 ――振り下ろされた躍動する筋肉。

 ――風を切る鋼鉄の蹄鉄。

 

 

 

 『ィヒ、ゥヒヒヒヒヒ』

 

 

 しかし、そんな中でも【解体王】は笑みを浮かべたままだった。

 

 ――【炭化】した左腕?

 ――【ミスリル】すら変形させる豪脚?

 

 そんな事、以前に身体をゆっくりと《解体》してやったティアンに。

 最後には泣きながら許してくれと懇願され、頭をかち割ってやった<マスター>にやられたことがある。

 そして、それが効かない(・・・・)から此処で笑っているのだ。

 【解体王】は笑う。

 

 

 『キヒヒッ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィィィイ!!』

 

 

 道化のように肩を震わし、レインコートで顔を隠しながら嘲笑うような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ィ――――!?』

 

 

 そして数秒後――その笑みは固まった。

 【腐食】し始め(・・・・・・・)た自身の指先(・・・・・・)に。

 アレウスの豪脚をかわそうとし……動かない、【石化】した自(・・・・・・・)身の両脚(・・・・)に気が付いたからだ。

 

 

 『――――ッ!!』

 「その見るからに本来のモノと違う腕と足。貴様が殺して、奪ったんだ。

  ――だから、直ぐに異変に気が付け(・・・・・・・)ない(・・)

 

 

 見開かれた【解体王】の目が。

 不意に上げた目が、怒りの炎を宿す紅瞳と交錯した。

 

 

 「もう――既に射程圏内だ」

 

 

 その言葉は、まるで宣告だ。

 

 ――既に手遅れであり、終わりであるという死刑宣告。

 

 ヴィーレの一括りにされた赤髪が風に靡く。

 月光を反射し、薄っすらとだが綺麗な艶のある髪が薄紅色に輝いた。

 そんな中、異色の輝きを見せる髪留め。

 

 ――銀色の輪のような髪留めと、そこから伸びる無数の小さな花。

 

 花の一輪、一輪が何かのスキルを発動しているように、薄っすらと発光していたのだった。

 そして……

 

 

 『BURUUUUU!!』

 

 

 次の瞬間、小さな血飛沫と共にアレウスの豪脚は踏み下ろされたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 

 

 城壁際の裏路地で発生した戦闘。

 【騎神】vs殺人鬼【解体王】。

 真夜中の人目の少ない場所――ではあるが、目撃者は少なくない人数いた。

 

 

 ――一人は他でも無い、ホオズキ。

 

 その身体の9割……首から下を殆ど解体され、寝返りすらうてない瀕死の状態である。

 何重にも重なった『傷痍系』状態異常である【〇〇切断】。

 『血』の置換型<エンブリオ>である【シュテンドウジ】のおかげで、切断されただけの臓器に血を循環させることで命を繋ぎ、徐々にだが体の再生を始めていた。

 

 

 ――そして他の目撃者は狙われたビーオを含む子供たちだ。

 

 殺人鬼のおぞましさに。

 余りにも強烈な恐怖に【恐怖】の状態異常に陥る身体。

 ビーオ達は直ぐ目と鼻の先で始まった戦闘を、互いを抱きしめながら祈るように見つめていた。

 

 

 そして、

 

 

 「――ひっ!」

 

 

 ビーオ達が目にしたもの。

 突然現れた巨大な黒馬が地面を踏み抜き、舞い散った瓦礫と粉塵。

 宙に舞い散った砂煙を歪ませ、転がり出るように飛び出した人影。

 

 ――【解体王】だ。

 

 なにより恐ろしいのは生きていることではない。

 その【解体王】の異様な姿だ。

 

 頭から顔を隠すように被る黄色いレインコート。

 半ばから焦げ落ちた左腕に、うねる触手の右腕と中華包丁。

 そして……

 

 

 「あ、足が……」

 

 

 その両足は太股から真っ二つに切り取られていた。

 身長は以前の3分の2程度。

 肉と骨の断面を地面に着け、器用に【解体王】は立っていた。

 それだけではない。

 脇腹は抉られるように潰れ、止めどなく血が地面へと噴き出て真っ赤に染めた。

 

 

 ……恐ろしい。

 ……何で生きているのかも分からない。

 

 

 ビーオ達はその様子を震えながら涙目で眺め。

 

 

 『ィ、ィヒ……ィヒヒヒ』

 「――ッ!?」

 

 

 自らの<エンブリオ>で脇腹を切り取っ(・・・・・・・)()殺人鬼を見た。

 ハッキリと見えてしまう肉の断面。

 本来ならあるはずの身体は無く、向こう側の景色が見て取れる。

 だけど……血だけは不思議と止まっていた。

 

 

 ――『ゴソリッ』

 

 

 と、殺人鬼は血がべっとりと付いた【アイテムボックス】へ触手を伸ばす。

 ほんの数秒。

 何かを探すような仕草を見せ、とあるアイテム(・・・・・・・)を取り出した。

 いや……違う。

 もはやアイテムですら無い。

 

 見間違いようが無い――首の無い獣人ティアンの死体だった。

 

 鹿のような姿をしたティアン。

 殺人鬼は当たり前のようにその身体を地面へと下ろし、中華包丁を振り(・・・・・・・)下ろす(・・・)

 

 右腕が飛ぶ。

 鹿の身体の後ろ脚が落ちる。

 脇腹を裂き、血が流れだす。

 

 

 『――ィヒッ』

 

 

 殺人鬼は躊躇いなく、そのバラした部位を自身の身体にくっ付けた。

 もちろんその切断された部位と殺人鬼の身体の大きさには違いがある……のだが、それは関係ない。

 『グチュグチュ』っと。

 肉が膨張し、骨が音を立て、断面が伸びるように張り付いた。

 

 

 『ヒッ、イッヒッヒッヒッヒッヒッヒィィィィィイイイイイ!!』

 「~~~~ッ!」

 

 

 夜の暗闇に響く咆哮のような奇声。

 ビーオ達はもう悲鳴すら出せない。

 耳を塞ぎ、顔を埋め、ガタガタと震えながら身を寄せ合う。

 ……絶望だ。

 顔は白を通り過ぎて蒼白になっていた。

 そして、殺人鬼のレインコートから覗かせた狂気的な視線がビーオを捉え――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――砂煙から凄まじいスピードで飛び出した3本の矢が、【解体王】の身体を抉り取った(・・・・・)

 

 

 

 

 

 「――外した(・・・・)

 

 

 砂煙から現れたのは【騎神】。

 

 ――アレウスに《騎乗》し、身に纏う炎鎧。

 ――手に握り込んだ強弓。

 ――意志を持って靡く【不死鳥の紅帯】が絡め持つ長槍。

 

 真の意味(・・・・)で【騎神】であるヴィーレ・ラルテがそこには居た。

 例えば、【操縦士】。

 【操縦士】は何かしらのマシンを《操縦》することで。

 【船員】は船に乗り込むことでようやく真価を発揮する。

 

 ――ならば、先ほどまでヴィーレはどうだろうか?

 

 そのビルドにおいて【弓狩人】以外が《騎乗》することでようやく真価を発揮する『騎乗特化型ビルド』のヴィーレ。

 加えて、先ほどまで振るっていたのは弓ではない。

 まだ、手に入れたばかりの。

 使うのは苦手な部類にカテゴリーされるだろう長槍である。

 故に……それらが指し示す結論は一つだ。

 

 

 「――次は、確実に殺しきる」

 

 

 先ほどの戦闘は、《騎乗》するまでの時間稼ぎ。

 

 

 

 

 

 ――これからが【騎神】の本気でだという事実だった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 『HIHIIiiiiiiiーー~N!!』

 

 

 <グランドル>中に鳴り響くような大きな破壊音が鳴り響いた。

 同時に罅割れて、弾き飛ぶ地面だった瓦礫。

 巻き上がった砂煙は一瞬で掻き消えた。

 なんてことはない。

 ただ、アレウスが疾走(・・・・・・・)しただけ(・・・・)である。

 

 そして……誰もその姿を視認できない。

 

 全力全霊、全力前進。

 例え、街中だろうが関係ない。本気で手綱を引いたヴィーレにアレウスもまた全力で答えた。

 

 

 「――《リミテッド・オーバー》!」

 

 

 それはほんの数分間、アレウスの素の全ステータスを2倍に引き上げるスキル。

 そして使用後、重いペナルティのある『諸刃の剣』。

 しかしヴィーレは、アレウスは躊躇わない。

 初手から切り札を切る。

 

 故に――――初速は音速を超えた(・・・・・・)

 

 ヴィーレ自身も未だに制御しきれない超々音速機動。

 走るだけで地面を踏み砕き、巻き起こした突風は瓦礫を散弾のように周囲に弾き飛ばした。

 

 

 『――ギィ……ィヒ?』

 

 

 殺人鬼はもちろんその動きを捉えきれない。

 【解体王】が捉えた景色――それは瞬間、その姿をかき消した【騎神】の姿。

 吹きつけた凄まじい風。

 そして、

 

 

 ――全方位から放た(・・・・・・・)れた数十の鋭矢(・・・・・・・)

 

 

 一本一本が炎を纏う。

 首を、足を、頭を。そして心臓を。

 避けきれないように濃密に張り巡らされた矢の結界だった。

 あぁ、なんてことはないのだ。

 ただ、超々音速機動が(・・・・・・・)矢の速度を超え(・・・・・・・)てしまった(・・・・・)だけである。

 路地裏と言う至近距離。

 炎を纏い、強弓で放たれた矢は猛威となり【解体王】に襲い掛かった。

 

 

 『ィ、ィヒヒヒヒヒ!!』

 

 

 微かに聞こえる小さな奇声。

 全方位から放たれた矢の結界? ――いや、一か所だけ出口が存在する!

 『ミシリ』っと。

 【解体王】が殺し、解体し、奪い取ったティアンの脚。

 かつて優れた脚力を誇っていただろう鹿の脚の筋肉が軋みを鳴らした。

 骸となり、奪われてなおその脚力は落ちることなく、【解体王】は大きく宙に跳躍する。

 

 ――ヴィーレの思い描く通り、跳躍した。

 

 

 『――――ッ!!!』

 

 

 跳躍した【解体王】。

 次の瞬間、その体がぶれていた。

 

 

 「――やっぱり、まだ慣れないか」

 

 

 まるで野球のように。

 勢いよく薙ぎ払われた【ミラーズ・ベイ】は【解体王】を深く捉えていた。

 息が抜けるような乾いた音。

 黄色いレインコートから真っ赤な血を振りまき、グルグルと回転しながら勢いよく弾き飛ぶ。

 そして、

 

 

 『――カヒュ』

 

 

 城壁の叩きつけられた【解体王】。

 その笑みが浮かべられていたはずの口からは少なくない量の血が飛び出た。

 きっと【出血】だけではない。

 叩きつけられた衝撃で肺は痙攣し、【酸欠】状態にもなっているだろう。

 城壁にぶつけられ、跳ねる身体。

 【解体王】の身体は力を失ったように倒れ込む……こともない。

 

 

 ――中華包丁を握った触手。

 

 

 その腕が三本の矢によって、城壁へと縫い留められてしまっていたからだ。

 

 

 『BURUUuuuuuuuッ!!』

 

 

 そんな身動きの取れない【解体王】へと落ちる大きな影。

 ガクガクの身体。

 息の出来ない呼吸。

 封じられた自身の<エンブリオ>。

 息も絶え絶え……いや、息すら出来ない【解体王】。

 その視界に映ったのはやはり上半身を反らし、前脚を持ち上げたアレウスの豪脚だった。

 

 

 

 

 

 ――【解体王】の何が悪かったのだろうか?

 

 

 

 

 

 もし、その質問があったなら。

 その質問に答えるとするならば、答えは一つ。

 

 ――ただ、相手が悪かったのだ。

 

 

 『ィ、イヒッ! イヒヒヒヒヒヒヒヒイイイ!!』

 

 

 狂ったように嗤う【解体王】は理解した。

 

 ――次元が違う(・・・・・)

 

 と。

 文字通り【騎神】は最速の騎兵であり、<マスター>として強すぎたのだ。

 所詮、生産職である【解体王】で立ち向かう方が間違っていたのだ。

 ……だが、それでも!

 振り上げられた豪脚を目の前に、【解体王】は自らの右腕を引きちぎった。

 『ダラリ』っと。

 意識を無くしたかのように垂れ下がり、【カイタイシンショ】を落とした触手。

 

 

 『ギィィィィィィイイイイーーーーー!!!!』

 

 

 地面に転がった中華包丁を握り、ヴィーレへと向け振るう。

 足でも、腕でもいい。

 条件で言うなら、例え爪先でもいいのだ。

 鎧を身につけず、真紅の衣装に身を包むヴィーレ。

 その体の何処かにさえ刃が届きさえすれば、刃は容易くその肌へと達するだろう。

 

 

 そして――言うのだ、《人はバラせばただの肉》と。

 

 

 それだけで【解体王】の勝ち、なのに。

 

 

 「――無駄」

 

 

 瞬間だった。

 その身体は炎に包まれ、ステータスにはいくつもの状態異常が表示されていた。

 続いて走る鈍い感触。

 振るわれた【ミラーズ・ベイ】、太股が抉られ、吹き飛ばされるように地面を転がった。

 

 

 

 

 

 ――遠すぎた。

 

 

 

 

 

 【接断包丁 カイタイシンショ】は届く距離にあるはずだ。

 それなのに――。

 【騎神】までの距離は数メテルと言う程度のはずだ。

 それなのに――。

 

 

 『ヒハッ! ィヒ、ィヒ……イヒヒヒヒィィィィィ……』

 

 

 変わらない奇声。

 その声は尻すぼみに小さくなり――消える。

 先ほどまでとは違う、右腕は千切れはしたがまだ身体は十分に動ける。

 しかし――【火傷】と【出血】。

 その他の状態異常の掛かった身体を地面へと投げ出し、【解体王】は動くのを止めた。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――大切な仲間を命を懸けて守り、それでも後悔し続けていた英雄が居た」

 

 

 ――中華包丁を握った右腕が根元から吹き飛んだ。

 

 無慈悲に打ち抜かれた矢。

 余りにも過剰な威力を持った矢は、ダメージを与えず、その左腕を千切り飛ばした。

 

 

 「――<UBM>に成り果て、それでも人を殺したくないと。……『殺してほしい』と涙を流した少女が居た」

 

 

 ――左足を矢が貫き、深々と地面へと縫い留めた。

 

 

 「――子供たちを、貧しい人々を助けたいと。危険な砂漠を渡る人がこの<グランドル>には居る」

 

 

 ――炎を纏った矢が右足を貫き、端から燃やし【炭化】させていく。

 

 

 【騎神】は容赦なく、慈悲を見せることなく馬上から矢を番えていた。

 真紅の炎は消えることなく。

 憤怒の目の輝きは収まることなく。

 『ギリ、ギリ』っと。

 強弓が軋むほど弦を引く。

 そして、

 

 

 

 

 

 「――何もしゃべるな。ただ黙って焼死しろ」

 

 

 

 

 

 最後の矢は引き放たれたのだった。

 

 

 

 

 

 



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第17話 悪あがき

長くなったので二話に分けました。
【解体王】のルビを《キング・オブ・カット》から《キング・オブ・チョッパー》に変更しました。


 □■□

 

 

 

 

 

 

 ――この<Infinite Dendrogram>には、所謂就いてはならな(・・・・・・・)いジョブ(・・・・)が存在する。

 

 

 

 

 

 この世界では、幾度となく時代が始まっては終え。文明が滅んでは生き延びたティアンが新たな文明を発達させてきた。

 しかし、そんな世界にはたった一つ変わることの無いモノが存在する。

 ソレは『世界システム』とでも呼ぶべきモノ。

 

 ――星の数ほども存在する『ジョブ』である。

 

 もちろん、とあるジョブが封印される。

 もしくは就くのに必要不可欠な血脈が途絶えるなど、ロストすることはあってもその殆どが今なお続くシステムとして<Infinite Dendrogram>には存在した。

 だが、この時代、ロストしていたジョブに――“空席”となっていた『玉座』に座る者が急増し始めた。

 そう……<マスター>だ。

 常に死に隣り合わせなティアンとは違う。

 <マスター>達は長年積み重ねてきた技術で、もしくは孵化させた<エンブリオ>の能力で。そして、突然の非日常で開花さ(・・・・・・・)せた才能(・・・・)で超級職へと辿り着く。

 確かに、そして着実に『超級職』に就く<マスター>は少しづつではあるが増加しつつあった。

 

 

 ――積み重ねた経験で数々の条件を突破し、辿り着く【(キング)】の玉座。

 

 ――<エンブリオ>で軽々と作り出し、手にした【将軍(ジェネラル)】の玉座。

 

 ――選ばれた天賦の才を世界に認められ、座る【(ザ・ワン)】の玉座。

 

 

 どんどんと『超級職』に就く<マスター>が増えていく。

 それが良い事なのか。

 それとも悪い事なのかは誰にも分からない。

 しかし……(ティアン)の視線から見て、確実に悪い事が存在した。

 

 不死身な身体で当たり前のように危険を冒し、<エンブリオ>で簡単に条件を満たす<マスター>。

 そんな<マスター>の一部が、就いてはならない――――忌避されるジョ(・・・・・・・)()へと手を伸ばしたのだ。

 『系統なし』、もしくは『犯罪者系統ジョブ』と呼ばれるジョブ。

 

 ――殺人を繰り返すことによって就ける【殺人王】。

 ――あらゆる犯罪を繰り返すことによって就ける【犯罪王】。

 

 就くこと自体が極めて困難であり、忌避される超級職を目指す者が現れてしまった。

 そして、既にそんな忌避されるジョブに無意識に就いてしまった<マスター>が居た。

 そのジョブは、先々期文明以降、『生産職』ながらも『犯罪者系統ジョブ』にカテゴリーされてしまったジョブ。

 現在の<カルディナ>の“氷冷都市”<グランドル>で猟奇殺人を繰り返す『玉座』。

 

 

 

 

 

 ――【解体王(キング・オブ・チョッパー)】は、紛れも無く就いてはいけないジョブの一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □■□<グランドル> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 強く、大きく弦を引き絞る。

 今にでも張りつめた強弓の弦は切れてしまうのではないか。

 傍から見ればそう思ってしまう程に引き絞られ、番えられた一本の矢。

 華奢な細い少女の腕では引けない弦は、全てを燃やし尽くしてしまいそうな程に赤い炎鎧に手助けされるように力強く。そして矢は一切ブレることは無い、強い意志で引かれていた。

 

 

 ――赤い、ただ赤い炎が纏う矢。

 

 

 人、1人の命を奪うには明らかな威力。

 直撃してしまえば死体すら消し飛ぶかもしれないオーバーキル気味な凄まじい威力の矢。

 しかし……それでいい。

 強弓を構えたヴィーレには【解体王】に対する同情も。ほんの少しの手加減すら残っていないのだから。

 炎鎧から覗く、劫火のような真紅の炎を燃やす瞳。

 そして、

 

 

 

 

 

 「――何もしゃべるな。ただ黙って焼死しろ」

 

 

 最後の矢は引き放たれた。 

 空気を疾走する炎だ。

 風を焦がし、一瞬だが夜を染め上げる紅だ。

 まるで流星のような……超高熱体のレーザーだ。

 

 

 「――後悔しながら燃え尽きろ」

 

 

 ヴィーレはその様子を馬上から、凍り付くような冷たい視線で見下ろしていた。

 未だに心の中で揺れる憤怒の炎。

 目の前で倒れ、ダルマとなった【解体王】を目にしても、その炎は全く収まる気配を見せない事を他でも無い。ヴィーレ自身が分かっていた。

 故に、その炎の矢は八つ当たり。

 【解体王】が起こしてきた殺人と。

 ヴィーレ自身の中で納まることの無い怒りの余熱が込められたとどめの一撃である。

 

 ――狙いはその『心臓』。

 

 当たれば心臓辺りを吹き飛ばし、その身体の一片をも残さず炎が全てを焼き尽くすだろう。

 炎の矢は真っすぐと狙い通りの飛んでいく。

 

 

 「……」

 

 

 ヴィーレは決着がついたことを。

 放った矢が【解体王】の心臓を穿つことを確信した。

 

 

 ――その時だった。

 

 

 

 

 

 『――――ィヒッ』

 

 

 その声を聞いた。

 

 

 「――ッ!!」

 

 

 嘲笑するかのような。

 まるで――計画通りに事が進(・・・・・・・)んだ(・・)とでも言いたげな奇声。

 そんな奇声を上げるのはこの場にはった一人。

 ――目の前で動くことも出来ず倒れ伏す、【解体王】の他に居るはずも無い。

 

 

 『ィヒ、ィヒヒヒヒヒーー~~ッ!!』

 

 

 【解体王】が取った行動。

 それは、

 

 

 ――『矢に地面へと縫(・・・・・・・)い留められた左(・・・・・・・)足を引き(・・・・)矢から逃れるよ(・・・・・・・)うに身体を丸め(・・・・・・・)()』。

 

 

 たったそれだけだった。

 いや、だがそれでいい!!

 【解体王】は、殺人鬼は馬鹿ではない。

 リアルではごく普通の暮らしを送ってはいるし、頭の方もむしろ平均以上に良く回る方である。

 

 故に、死体を詰めた【アイテムボックス】には念のために『死体生物』を忍ばすことを怠らなかった。

 故に、顔を見られたティアンには、こうして口止めの為に殺しに来た。

 

 そんな殺人鬼が。

 【解体王】が考えうる最善策、それが身体を丸める(・・・・・・)と言う行動だった。

 

 

 「……何を――?」

 

 

 その動きの意図を理解しきれず、ヴィーレはただ不思議に思った。

 炎の矢は先ほど【解体王】の心臓があった地面に突き刺さるだろう。

 だが、その程度で無傷で逃げ切れるわけはない。

 矢自体は外れたとしても、込められた炎が辺り一帯を焼き払う。身体を丸めた程度ではその範囲からは逃げきれずその身は炎に焼かれ【炭化】するはずだ。

 そもそも、身体を丸めた……と言っても猫のように完全に丸くなっているわけではない。

 せいぜいが腰を曲げ、前屈のように腰(・・・・・・・)をくの字に(・・・・・)――

 

 (――まって、腰をくの字に?)

 

 もし動きの真の目的が、矢から逃れることでは無かったら?

 それが……体より先に炎で(・・・・・・・)燃やしたいモノ(・・・・・・・)があり、それを燃やそうとしただけなら?

 

 

 「――ッ! まさかっ!!」

 

 

 【解体王】の目的に気が付き、瞬時に数本の矢を弓に番える。

 炎を付与する暇もない。

 ただ、その【解体王】の目的を阻止するべく反射的に何本もの矢を引き放ったのだった。

 

 

 しかし……既に放たれた。

 渾身の力と炎が込められた炎の矢に追いつけるはずも無い。

 

 

 耳に響いて聞こえたのは矢が地面へと着弾し、辺り一帯を吹き飛ばす破壊音。

 炎が辺りに広がる焼却音。

 そして、

 

 

 『ヒヒッ、ィ~~~ヒッヒッヒッヒッヒッヒィィィイイイイ!!』

 

 

 高らかな、嘲笑うかのような【解体王】の笑い声だった。

 炎は広がる。

 全てを飲み込む炎。

 千切れていた【解体王】の腕を飲み込み、一瞬で塵へと変える。

 砕けていた瓦礫を焼き溶かし、ドロドロの液体へと変える。

 そんな猛火は勢いよく広がり、そして……

 

 

 

 

 

 

 『ィヒヒッ! 第二ラウンドの始まりだァァァァァァアアアアアア~~ッ!!』

 

 

 ――【解体王】の腰、そこに装備されていた複数の【アイテムボックス】を飲み込んだ。

 

 

 燃やし尽くす炎。

 飲み込まれた【アイテムボックス】。

 それらが起こす現象はたった一つ。

 

 

 「――っ!」

 

 

 何かが連続するような破壊音(・・・)と共に、辺り一帯に【ティアンのバラバラ死体】と『死体生物』がはじけ飛んだのだった。

 

 

 

 

 

 




本当は【解体王】との戦いは一話で納まる予定だったのに……


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第18話 死肉の巨人

話を入れ替えました~。
……そして、一話伸びました。

――なんだかぐだるww


 □<グランドル> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――そこは地獄だった。

 

 

 

 

 

 空気を焦がし、固い地面を融解させてドロドロにする真っ赤な炎。

 ヴィーレが渾身の力を込めて射た炎の矢は、【解体王】の身体を燃やし尽くすことなく燃え広がった。

 引火したのは――『ティアンの骸』だ。先ほどまで、アレウスが駆けて捲れ上がった地面の土は見えない。

 

 ――それは何故か?

 まるで大雨が降った田んぼ道のように、血で真っ赤に泥(・・・・・・・)濘んだ地面(・・・・・)

 汚れた赤黒い水面は炎の明かりをユラユラと映していた。そんな血の湖へ浮かぶ死体の孤島。

 幾つもの【アイテムボックス】から飛び出した死体は炎に包まれ……『魔灯』(マジックランプ)のない路地裏をを明るく照らしつけていた。

 

 

 「……【解体王(キング・オブ・チョッパー)】ッ!!」

 

 

 ヴィーレの鋭い眼光がその地獄を突き刺した。

 マグマのように湧き上がる怒り。

 睨まれるだけで【気絶】してしましそうな程に濃密な殺気。

 直に直視してしまえば【恐怖】に掛かってしまう程の本気の殺意が込められた視線が【解体王】を突き刺す。

 

 

 

 

 

 『――ィヒッ? ィヒヒヒヒヒヒヒヒ~~ッ!!』

 

 

 しかし返ってきたのは嘲笑うような奇声だった。

 

 

 『ギィ、グギャギャギャ!!』

 『---~~~~ッ』

 

 

 続いて重なるように。

 辺りを一帯から聞こえてくる不気味な呻き声と悲鳴。

 声にもならないような低周波の音と耳を(つんざ)くような高周波な奇声が耳に残り、気持ちが悪い。

 しかし……それ以上におぞましい『死体生物』の姿。

 

 

 ――その体中に人間の目玉を生やし、ギョロギョロと黒目を動かす死体生物。

 ――何本もの腕を切って、そして繋げて出来ただろう蛇のような、手の死体生物。

 ――蜘蛛のように何本もの腕とモンスターが混ぜられたキメラな死体生物。

 

 

 弾け飛び、地面に叩きつけられてその身を弾けさせた『死体生物』や壁を這い動く『死体生物』の姿に、ヴィーレ思いっきり眉を顰めた。

 余りにも醜く、そして悍ましい。背筋が凍り、鳥肌が立ちそうになる白い肌……が、それ以上の怒りと炎でほんのり赤く紅朝した。

 

 

 「――口は開かなくていい。答えを聞きたいわけでもない。

  だが、貴様は、ティアンを……人の命を何だと思っているっ」

 

 

 ……吼えた言葉。

 無意識に噛み締めていた唇は小さく裂け、ほんのり紅に滲む口元。

 ジワリっと。

 口内にほんのり鉄の味が広がっては消えていく。

 

 

 「殺人鬼……当たり前のように人を殺す<マスター>。貴様は、何を思って人を殺すッ」

 

 

 遊びで作ったような『死体生物』の姿。人を人とも思わないような所業に、ヴィーレは握り込んでいた手綱を手の儀らへと食い込ませた。

 既に亡くなったティアンの亡骸の身の毛もよだつような仕打ち。

 【死霊術師(ネクロマンサー)】でもなく、ただ亡骸を弄ぶ。ただ醜悪な悪意によるその蛮行を改めて目の当たりにしたヴィーレ。

 その真紅の瞳の中で燃える憤怒の炎は、限界なく怒りを燃料にし燃え上がっていた。

 まるで何を求める苦悶の声のような大合唱が耳へと届き、心底不愉快だ。

 同時に、

 

 

 「――ハァッ!!」

 『HIHIIIIIiiiiiiiN!!』

 

 

 握り込んだ手綱を力強く引いた。

 飛び跳ねる赤黒い血飛沫。アレウスの豪脚に踏み潰され、蹂躙されていく『死体生物』の断末魔が響く。

 怒り……ではなく慈悲。

 《一騎当神》に《我は不死鳥の騎士為り》で付与された炎が進んだ道を焼き払い、一切の容赦なく『死体生物』を轢き殺していく。

 ――“最速の騎兵”

 目の前に広がっていた距離を踏み潰し、ゼロにする。

 そして……

 

 

 『ギャギギギギギギィィィ~~イ!!』

 「へぇ? あ、うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 

 互いに身体を抱き寄せ【恐怖】から顔を背けるビーオ達。

 そんな彼らの背後から忍び寄った『死体生物』が威嚇するように声を上げた。

 体中に生やした『人の口』。

 不規則にとってつけたような口からは黄色い粘液をまき散らし、生々しい――肉の異臭を吐き出した。

 悲鳴を上げるビーオ達。【盗賊】には《気配操作》など、《危険察知》などのスキルも習得しているはずだが……あまりに現実離れした地獄の光景に頭は【恐怖】に囚われ、身体は金縛りにあったかのように動くことが出来ないでいたのだ。

 【アイテムボックス】が破壊され、周囲一帯に『死体生物』が飛び散ってしまった。と、言うのも理由に一つだろう。 

 生々しい吐息を吐きながら噛みつこうとする何個もの口。

 折れて尖った歯が、一部が抜け落ちて歯並びの悪い口がビーオ達へと突き立てようと大きく開かれ。

 

 

 

 

 

 「――殺人鬼。この(<グランドル>)には貴様が奪っていい命など1人として居ない。貴様が弄んでいい命など一つも在りはしない」

 

  

 

 

 

 襲い掛かった『死体生物』の口を、一本の『深緑の穿槍』が貫いた。

 神速の突き。

 アレウスの速度が乗せられた長槍は容易に死体の身体を貫き――焼却する。その場には『死体生物』の姿形は一切ない。 

 ただ、地面には灰色の灰だけが積もっていた。

 ブレる長槍を握った右腕。

 すると次の瞬間、ビーオ達へとにじり寄っていた『死体生物』達が灰となって燃え尽きていた。

 灰だけが風に吹かれ、夜の空に舞っていく。空から差し込む月光は見送るように夜空に浮かんだ灰を見送り、ヴィーレの姿をハッキリと照らす。

 構えた長槍を炎が纏い、炎鎧の奥から覗き見える紅の瞳がやけに明るく輝いて見えた。

 そして……

 

 ――ヴィーレは長槍を【解体王】へと突きつけて言う。

 

 心に誓うように、決意するように。

 ヴィーレは憤怒の声で宣言した。

 

 

 

 

 

 「――これ以上、私が……誰一人として殺させない。血を流す行為を見過ごせない。

 

  ――――貴様は……ここで死ね」

 

 

 

 

 

 ニヤリ――と。

 黄色いレインコートの奥で、赤い三日月が弧を描いたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ヴィーレは『頭脳派』か。もしくは『感覚派』と聞かれれば……両方である。

 と言う答えが最も正しい表現だろう。

 

 

 ――この世界(<Infinite Dendrogram>)で、自身も知らなかった【騎兵】の天賦の才を開花させ座った【騎神】の座。

 

 ――リアルでは運動が全くできず、氷のように冷えた冷静な性格と学内ではトップレベルの頭脳。

 

 

 【騎神】ヴィーレ・ラルテと言う<マスター>は知略的に、そして感覚に優れた人間だったのだ。

 師匠と共に戦った【魔樹妖花 アドーニア】。

 助けるために戦った【殺戮熾天 アズラーイール】。

 彼女はこの世界では常に感覚を鍛え、戦闘経験を積んできた。<マスター>としてはかなり濃厚な戦いの日々を過ごした。……戦闘経験だけで言うならそれこそ一部の抜きんでた天災たちに近いレベルで経験し、積み重ねてきている。

 しかし、そんな彼女が“決闘都市”<ギデオン>へ訪れてから、毎日するようになった習慣があった。

 それは何か?

 

 

 ――『下級職のジョブ、一つ一つの特徴の暗記』

 

 

 であった。

 下級職だけでも軽く千は超える程存在するだろうが、それはヴィーレにとってさして苦でもない。まるで読書をするようにスラスラと目を通し、暗記していく。

 そして、そのきっかけは単純で簡潔。

 五つ目のジョブを選択する際に<アルター王国>の『固有ジョブ』について調べたことだった。

 『騎士の国』――<アルター王国>。

 その名の通り、西方3国では希少な回復職である【司祭(プリースト)】系統。

 誰もが憧れ、<アルター王国>を選ぶきっかけになるだろう【騎士(ナイト)】系統。

 特有のジョブは数多く、ヴィーレも結果的に【弓狩人】を選んだものの頭を悩ませたのである。

 

 

 「う~ん……【騎士】かぁ~」

 

 

 【騎兵】に合いそうなジョブが多い【騎士】系統。

 その時、ヴィーレは『掲示板』や<DIN>を利用して情報を集めた。

 生産職も戦闘職も関係ない。

 目につくものから頭に叩き込み、記憶する。そして自分に合いそうなジョブを吟味していったのだ。

 そして……一つのジョブが目についた。

 

 

 「ん……【解体屋(カットワーカー)】?

  転職条件は『【完全遺骸】の《解体》を5回以上』なんて、こんな難しい条件の『下級職』につける人なんているのかな?」

 

 

 目を通していたのは『掲示板』。

 思わず笑ってしまう程に難しい転職条件に目を奪われたのだ。

 

 【完全遺骸】、それはヴィーレでも片手で数え切れる程度しかドロップした覚えのない超激レアドロップアイテム。

 【死霊術師】のアンデット素材に。

 そして《解体》することでたくさんのアイテムが回収できる宝箱。

 この条件を満たすのに何か月。

 【解体屋】の上位職――【解体者(チョッパー)】に転職するまでに何年かかるかも分からない。就くとしてもよっぽどのモノ好きか。もしくは逆境に燃えるタイプの<マスター>だろう。

 『超級職』まで頑張ろうと思えば、まさに茨の道だ。

  

 

 「『超級職』までにはどれだけの【完全遺骸】を《解体》しなきゃならないんだろう。もしかし『100』ぐらいだったりして」

 

 

 そんなことを呟きながらヴィーレ次のジョブへと視線を移したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 真っ赤な炎が陽炎のように朧げに揺らめいた。

 

 

 「ハァッ!!」

 

 

 鋭い裂帛。

 一瞬だけ手綱から放れたヴィーレの左腕が霞み、『矢筒』から引き抜いた何本もの矢を弓に番えた。AGIが5000以上には《我は不死鳥の騎士為り》で引き上げられた早業である。

 布製の防具である【スカーレットact.1】を身に着けた上からでもわかるヴィーレの華奢なくびれ。

 上空へ。右へ。

 そして両前脚を持ち上げ急停止からの急旋回。

 狭く暗い路地裏で激しく体動するアレウスに《騎乗》していても、女の子特有の細い身体はブレること無く矢を番えては引き絞る。

 

 

 「アレウス、フェイッ!!」

 『BURUUUUUUUU~~!!』

 

 

 呼ばれた声に合わせるように。

 彼女の求めるままに従魔は動く。

 

 ――【不死鳥の紅帯】へと変化した【炎怪廻鳥 フェニックス】は、引き絞れらた矢へと炎を這わせた。

 同時に腰から靡く『炎の腰帯』がヴィーレの身体をアレウスへと固定する。

 

 ――迫りくる『死体生物』を轢き殺し、一切止まることなくかけ続けていた【グランド・デミ・スレイプニル】。

 ヴィーレの一番目の騎獣は、合図と共に騎射を補助するよう為に駆けていた身体を僅かに宙へ躍らせ振動を掻き消した。

 

 この間――絶対時間にして一秒以内(・・・・)!!

 景色が『点』から『線』へ。

 一秒ごとに移り変わり、流れていく超々音速機動の中でヴィーレ達は戦っていた。

 その姿を誰も捉えることは出来ない。

 当の本人……【騎神】であるヴィーレ自身も超々音速機動へ体感速度は追いつけていない。【解体王】の位置は一瞬で移り変わり、何処を走っているのか分かっているかも怪しい程だ。

 それもそう。当たり前と言えば当たり前。

 いくら《我は不死鳥の騎士為り》でAGIを引き上げても体感速度が《一騎当神》で強化されたアレウスのAGIに追いつくはずも無い。

 

 

 『ガッ、ガァあぁぁああああ!?』

 

 

 しかし、攻撃は正確無比。

 

 ――【解体王】へと一本も外すことなく撃ち穿つ炎の矢。

 ――【解体王】の身体を刺しては削る長槍の矛先。

 ――アレウスが踏み込めば、肉が弾け飛び赤い血が地面を染め上げた。

 

 それはもはや見る人が見れば、神業に等しいことが分かるほどの技量。

 今だに『人馬一体』とはいかないものの、ヴィーレが。アレウスが。そしてフェイが互いに最善な行動を取り続けることで成し遂げられる奇跡のような戦いだった。

  

 (……やっぱり――きついっ!!)

 

 許容限界を超えたスピード。

 そして、ステータスに表示された【肋骨骨折(・・・・)】。

 余りに速すぎた超々音速機動は徐々にヴィーレ自身の身体を病のように蝕む。小さな罅が。小さな負傷が。無理を通したリバウンドが重なるように、ヴィーレのHPを削り始めていた。

 そして……

 

 

 

 

 

 「うわぁぁぁぁぁあああああ~~~っ!!」

 

 

 背後から聞こえてきたビーオ達の悲鳴。

 この場において無力なビーオ達の命を奪おうと、大量の『死体生物』が群れるように(・・・・・・)殺到する。

 しかしその牙は、腕は彼らへは届かない。一瞬で矢を放ったヴィーレによって射られ、全身を塵へと姿を変えたからだ。

 

 

 「ハァッ、ハァッ……」

 『BURuuuu……』

 

 

 余りに速すぎた超々音速機動。

 それが引き起こしたのは身体への反動だけではない。

 

 

 (――息が吸えない(・・・・・・)

 

 

 音速を超えたジェット機よりも速いアレウス。

 その背に《騎乗》しているヴィーレはまともに酸素が吸い込めないでいたのだ。

 胸は締め付けられるように痛みを訴え、喉は焼けるように焼けただれる。

 そんな中、ヴィーレは咽喉の痛みを堪え、息も絶え絶えな口を開き。そして【解体王】を睨みつけながら叫んだ。

 

 

 「このっ――卑怯者めッ!!」

 

 

 怒りか?

 もしくは追い詰められて(・・・・・・・)いる焦りか(・・・・・)

 夜の闇空に良く通る声は路地裏に響き。

 

 

 『ィヒッ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒィッ!!!』

 

 

 路地裏を押しつ(・・・・・・・)ぶしながら膨張(・・・・・・・)する死体の巨人(・・・・・・・)

 ――【解体王】は嘲笑するような奇声を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【解体王】の<エンブリオ>――【接断包丁 カイタイシンショ】。

 

 

 『必殺スキル』はご存知の通り、『接触条件の防御無視の瞬間《解体》。

 では、『固有スキル』。【カイタイシンショ】の本来のスキルとは何だろうか?

 その能力特性は大きく分けて2つ(・・)

 

 ――『アイテム化』

 ――『接合』

 

 この2つだった。

 

 

 1つ目のスキル名は、《永久保存の切断遺(ホルマリン)骸》。

 ――『【カイタイシンショ】で切り取った部位は【アイテム化】し、時間経過による影響を受け付けないようになる』。

 

 一文で書かれた詳細欄。

 しかしその効果は第Ⅴ形態<エンブリオ>に見合う、強力なスキルだった。

 モンスターの身体を切り取れば【完全遺骸】と同じく、切り取った部位がアイテムとして残る。そして……その効果は<マスター>にすら影響した。

 不死身の<マスター>。本来ならデスペナルティと一緒に光の粒子となって消える筈の身体も、【カイタイシンショ】で切り取られてしまえばその場に残り続けるのだ。

 それこそ――――『ホルマリン漬け(・・・・・・・)』のように。

 

 

 2つ目のスキル名は、《完全接着(パーフェクト)()断面肉塊(スティッチ)》。

 ――『【カイタイシンショ】で断ち切った断面同士を繋ぎなおす』。

 

 それこそが【解体王】を殺人鬼へと至らせたスキル。

 自身の身体さえバラバラに《解体》し、繋ぎ直すスキルだった。《永久保存の切断遺骸》で殺し、奪い取った身体を自身のモノと入れ替え、どれだけの傷を負っても取り換えてきたのだ。

 しかし、何より恐ろしいことは何でも繋ぎ直す(・・・・・・・)ことが出来る――と言う点である。

 

 ――亜竜の強靭な足を。

 ――<マスター>の目玉を。

 ――ティアンの腕を。

 

 奪い、繋ぐ。

 明らかに大きさの合わない切断面同士も繋ぎ合わせ、結果的に殺人鬼としての『異形』な姿が産まれたのだ。

 もはや、元の身体は『頭』と『左手の甲』しか残っていないだろう。

 故に、

 

 

 

 

 

 『ィヒヒヒヒヒ、ヒヒ――楽しいっ、楽しいっ、楽しいナァァァァァアアアアアア~~!!?

  人間を《解体》して奪うって……ィヒ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒィ! なんだか興奮しちゃうナァァァァァァ!!』

 

 

 忌々しい声で笑う【解体王】。

 何十。何百という亡骸と『死体生物』と合体したような姿の【解体王】は、黄色いレインコートを半ば埋もれさせながら耳障りな声で叫んだ。

 

 

 「――ハァッ! アグッ……口を、閉じ、ろっ!」

 『ィヒヒ、苦しそうだなぁぁぁ、【騎神】ンンンン? ィヒヒヒヒヒイ~~、頑張らないと皆死んじゃうよぉ~~!!』

 

 

 【アイテムボックス】から飛び散ったティアンの亡骸と『死体生物』の合成巨人。

 四肢を撃ち飛ばされ、その体が【火傷】に覆われた【解体王】だが、周囲の『死体生物』の身体を自身の身体へと再接合することで生き延びていたのだ。

  

 醜い。

 

 その姿は醜悪を極めていた。

 

 ――ティアンの顔がずらりと並ぶ皮膚。

 ――身体から飛び出しているモンスターの脚。

 ――真っ赤な肉と臓器が噴き出しては接着される。

 

 体重を支え切れず、辺りの生きた人間すら(・・・・・・・)飲み込む(・・・・)足の無い死肉の巨人。

 どれだけの亡骸があれば、これだけの大きさになるのだろう?

 太ったような身体。

 今なお、《永久保存の切断遺骸》によって脈動し続ける身体は波打つように。

 あらゆるものを圧殺しながら《完全接着の断面肉塊》によって、その範囲を広げていく。

 

 

 『ィヒヒヒ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒィ~~~ッ!!』

 

 

 その巨大な死肉の身体に、何本もの矢が深々と刺さった。

 唯の矢ではない……渾身の炎が込められた炎の矢である。

 地面すらも溶解させる猛火は【解体王】の身体へと燃え移り、その醜い身体を塵に――――

 

 

 ――『ボトリッ』

 

 

 塵にする前に、周囲の肉ごと地面へと切り離された。

 同時に、無くなった肉を補完するように切り離された断面同士がくっついていく。

 

 

 「――~~ッ!! このっ!!」

 『ィヒヒヒヒヒ、何度やっても無駄だよぉぉぉ。イヒ、ィヒヒヒヒヒ!!』

 

 

 再生する死肉の身体。

 地面を溶解させるほどの炎でも殺しきれない巨人。

 それは、ヴィーレにとって途方もない山のような……倒しきれない敵のような。そんな感覚を抱かせていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 「――限界はっ、有る、はずっ」

 

 

 それでも。

 途方もない、倒れることの無い敵だとして駆けるのを止めはしない。

 何故なら彼女は知っているからだ。

 【解体王】の身体を包み込む死肉の壁――それは無限ではない(・・・・・)

 ティアンの亡骸が。モンスターの【完全遺骸】が原料だと言うのなら、必ずどこかに限界があるはずなのだ。

 少しでも死肉の壁が薄くなったのなら、神速をもって突撃し、【解体王】の首を取る。それを成し遂げられる自身が【騎神】であるヴィーレにはある。

 しかし……

 

 

 (――なんで)

 

 

 ――何で、死肉の壁に限界が見えないっ!??

 焼き払い、削り取っても終わり気配すら見えない死肉の壁。

 それがヴィーレの身を焦燥感に焦がす原因でもあった。

 だが、それもそのはず。

 ヴィーレは知らない、【解体王】への『転職条件』を。

 かつて彼女が想像した【完全遺骸】の『100』回以上の《解体》、その数字の桁が一つ足りない事に。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 【解体屋】系統超級職――【解体王(キング・オブ・チョッパー)】。

 『転職条件』

 ・【解体屋】、【解体者】のカンストした状態であること。

 ・ボスモンスターの【完全遺骸】を一回以上《解体》する。

 ・レベル50以上の【完全遺骸】の5000回以上(・・・・・・・)の《解体》成功。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 それこそが、【解体王】の『転職条件』であることを。

 

 

 

 

 

 



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第19話 信念の炎

一万文字超え……分けようかと思ったけどこれ以上話数を使うの嫌なので~。
多分スマホだと糞読み辛いです。
パソコン推奨です。


 □<グランドル・路地裏> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 吐いた息が喉を焼いた。

 弓を引いた腕が、矢を握った指先が――歪な音を立てて力が籠らなくなった。

 

 (……熱い)

 

 砂漠の夜は凍える程の寒い……はずなのに、私の体はまるで燃えているかのような熱を持っていた。

 突き、薙ぎ払う【ミラーズ・ベイ】がいつにも増して重たい。

 鈍く、重たい腕。

 しかし、それでも強弓を握る指は緩まず、一秒間の間に何十もの攻撃を重ねていく。

 超々音速機動での《騎乗》中の『騎射・騎乗槍・纏った炎での焼却』。常人では悲鳴を上げて倒れてしまいそうな無茶に、脳が鋭い痛みを発して警鐘を打ち鳴らした。

 ……痛い。

 頭の中で脳が溶けていくかのような熱持ち、今にも思考停止してしまいそうだ。

 

 

 「――ィッ!! ハァッ、ハァッ……」

 『ィヒッ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒヒ~~ッ!! 早くしないと後ろのガキ共が肉になっちゃうよォォォォオオオ!??』

 

 

 それでも足を止めることは出来ない。

 後ろには護るべきティアンの子供たちが居るのだから。

 目の前には殺さなければならない(殺人鬼)がいるのだから。

 

 

 『ィヒヒ――ヒッ!! ど―――て殺―――なァァ~!? 顔を見たガ――――玉をくり抜いて皮を剥ご――なァァ、他の奴は骨――――てこの死体共の――――うかなァァ~。

  ――ナァ、―――良いと思う【騎神】ンン――――――――――ゥゥゥゥウウウ~~ッ!!?』

 「……黙、れ」

 

 

 鼓膜が破れ【難聴】になり、音が遠くなる。

 戦闘においては最悪な状態異常……だけど、【解体王】の不快な声が聞こえづらくなったことに、安心した私がいた。

 肋骨が折れ、刺さったのだろう。

 【肋骨骨折】と鋭い痛みと共に、服の上から血が滲む。

 息を吸おうと開いた口からは血が垂れ、焼ける様だった喉を冷やしてくれた。

 

 (……終わりが見えない。このままじゃ私の負けて、たくさんのティアンが奴に殺される)

 

 体と心は、怒りと疲れにマグマのように煮えたぎっている。

 しかし『戦闘モード』へと落ち切り替わった思考だけは、警鐘を鳴らしながらも冷静に目の前の現実を捉えていた。

 

 

 

 長槍を纏う超高温の炎が、死肉を焦がしきり飛ばす。

 ――瞬時に死肉が接着し、辺りの死肉が補間する。

 

 『矢筒』から握り込む様に抜き取った十数本の炎矢で、広範囲を焼き穿つ。

 ――表面の死肉が切り離され、地面に落ちた死肉だけが炎で塵となった。

 

 アレウスがその二本の刃角で突進する。

 ――死肉の鎧を1メテル程貫き……周囲から圧殺しようとする死肉のから逃れるように身体を退く。

 

 

 

 『ィ、ィヒ―――ヒッツ!! 私の“死肉の――”は無敵だ―――――ァァァァアアア!!』

 

 

 足は無く、生々しい肉塊で形成された“死肉の巨人”。

 ひたすら膨張と拡大をする死肉の塊。

 半径10メテルにも及びそうなまでに膨張した【解体王】を、霞む視界に捉えながら血を吐き捨てる。

 有限ではあるが、5000という【完全遺骸】を《解体》し、際限なく膨張し続ける【解体王】は一時的とは言えまさに無敵(・・)な状態だった。

 いや……可能性はあったのだろう。

 

 

 「……あの時ッ」

 

 

 【怪鳥】形態のフェイなら《紅炎の炎舞》で全身ごと塵になるまで焼き殺せたはずだ。

 周りに影響も出ない。【解体王】だけを焼き尽くす最善の選択だっ(・・・・・・・)()はずである。

 

 ……だけど、もうそれは出来ない。

 

 その選択肢は、【解体王】との戦闘が始まって直ぐに放棄してしまったのだから。

 【不死鳥の紅帯】形態の《我は不死鳥の騎士為り》では、焼き尽くすことは出来ない。

 しかし……《火炎増畜》で貯めこんでいたMPとSPを全て注ぎ込んでしまった今、《紅炎の炎舞》では『亜竜級』モンスターの【完全遺骸】の混じった死肉の巨人を焼き尽くすことはもはや不可能となっていた。

 後の祭りの可能性。

 痛恨のミスだ。

 

 

 『―――――ヒヒッ!! 知ってる――――――ィィイイ? ティアンの動いたままの心臓は、案外コ――――て、血の味がして……ィヒッ!

  ――美――――――――ァァアアア~~ッ!?』

 

 

 響く奇声。

 そう言いながら、体中に脈動する心臓(・・・・・・)を埋め込まれたティアンの『死体生物』を死肉の巨人の口へと放り込む【解体王】。

 放物線をえがきながら骨の口へと吸い込まれ、そして。

 

 

 ――『グチュリ――』

 

 

 真っ赤な血が噴き出るのと同時に、肉がすり潰された音が響いた。

 

 

 「――ッ!!」

 

 

 同時に、食べかすのように死肉の巨人の足元に転げ落ちた1つの心臓。

 4分の3が消え去り、もはや元のどこのあたりだったかも分からない。それでも、千切れた血管へ血を送ろうと脈動し続ける心臓が視界に入った。

 

 (――落ち着け、ヴィーレ・ラルテ。これはブラフ。【解体王】が居場所を紛らわせるために張った罠だ)

 

 私はそう、自分自身に言い聞かせた。

 反射的に死肉の巨人の頭へ向かって炎矢を打ち込もうとした腕。

 骨が一部折れ、血が滲む左腕を必死に抑えた。

 

 (師匠から受け継いだオリジナルスキルなら、きっと打ち貫けるだろうけど……)

 

 それも出来ない。

 

 

 『ィヒヒヒヒヒッ!』

 「――フッ!!」

 

 

 宙を舞う『死体生物』の山。

 折れた指をフェイの炎鎧で無理やり動かし矢を打ち放ち、空中で『死体生物』を焼き穿つ。

 理由は明確。定期的に、私の隙をついて狙われるビーオ達への襲撃があるからだ。

 私は限界を超えた体を酷使する。

 幾つものデバフ(【骨折】)で発生したステータス低下を動かし、何とか【解体王】の攻撃をしのぎ切れている状態である。

 先の無い……負けの結末。

 

 (それでも……)

 

 それでも、私は迎撃から攻撃へ。

 再び、攻撃に反転しようとして、アレウスの手綱を退くように翻り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――なッ!」

 

 

 視界に頭上から降り注ぐ『死体生物』が移り込んだ。

 月明かりを遮り、地面に影を落とすその数は……先の襲撃よりも遥かに多い。

 ……単純な油断だ。

 

 ――このまま守ってさえいればいずれ私が力尽きて、そして勝つことが出来る【解体王】。

 ――死肉の守りを薄くすれば、一瞬で私に突破されるかもしれない【解体王】。

 

 そんな何度も繰り返された同じ襲撃から、突然混ぜ込まれた悪意。

 【解体王】にとってもある意味、賭けである。 私の隙を完璧に突いた、二重の襲撃(・・・・・)だった。

 

 

 『ィヒヒヒ――――――ヒッ!! ほらほらほらァァァァアアア!! 守ら――――――まうよォォ―――――――オ!???』

 

 

 耳障りな奇声が響く。

 しかし、私は加速した思考の中で月明かりを背後(・・・・・・・)に降り注ぐ『死体生物』の雨を、目を見開き眺めていた。

 ――数は16……いや、17体。

 降り注ぐ『死体生物』の数を数えるのが早いか、それもと『矢筒』から矢を引き抜く方が早いだろうか? 《自動装填》スキル持ちの【純重隠樹の矢筒】はしっかりと17本の矢を【アイテムボックス】から装填し、私の指へと握らせた。

 まとめて17本。

 全て一度に弓へと番え、何もかもを焼き焦がす炎矢と化した矢を一斉に引き放った。

 

 

 ――1本、そして2本。

 

 

 多少の時間差と共に、矢は外れることなく命中し『死体生物』を塵へと変えた。

 私は油断なく、気を張り巡らせながら最後まで命中したことを確認する。

 そして、

 

 

 「――ッ、逆光ッ」

 

 

 最後に燃え尽きた死体の影。

 その後ろから燃え尽きることなく現れた18体目の『死体生物』に目をに開いた。

 月明かりによって『黒い形』としか視認できなかった『死体生物』。それに加え、全てが異形であり、人型でない『死体生物』の姿が相合わさり正確に捉えきれなかったのだ。

 

 (だけど、まだ間に合う――)

 

 私は再び、『矢筒』から1本の矢を抜き取っては引き絞る。

 渾身の力を込めて引いた矢は、炎矢と化し、その矢先を真っすぐに宙から迫りくる『死体生物』へと向け……

 

 

 

 

 

 「――え?」

 

 

 ――炎矢は指からす(・・・・・・・)り落ちた(・・・・)

 

 

 何が起きたか? ――その答えは簡単。

 《我は不死鳥の騎士為り》、そのタイムリミットが来てしまったのだ。

 そして【骨折】で力の入らず、フェイの炎鎧でのごまかしも同時に掻き消え、折れていた指から炎矢は擦り落ちてしまったのだ。

 それだけではない……数多の【骨折】の傷痍系状態異常。

 ごまかしてきた違和感が一斉に私の体へと襲い掛かり。

 

 

 ――『―――レ』

 

 

 耳元で聞こえたその声と共に、私へと墜落した『死体生物』によってアレウスの背から地面へ。

 衝撃で薄らぐ意識と共に、転げ落ちるように投げ出されたのだった。

 

 

 

 

 

 □□□『4カ月前~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どんなモノでも……最終的にその価値を決める事となるのは、使い手次第なんですよ」

 

 

 赤い炎が夜の魔樹の森で揺らめいた。

 ――星の煌めきも。

 ――空から差し込む月光もない。

 本当の闇に包まれた不気味な森の中で炎の周りだけが明るく照らされていた。そして今此処が私にとって最も安全な場所(・・・・・・・)

 中心から橙、赤、真紅。そして青。一秒ごとの揺らめき、姿を変える炎は、心細い夜では驚く程の頼もしく輝いて見えた。

 手に持った木の枝で薪を押し込む。

 ――『グシャリ』。

 ギリギリ均等を保っていた炭が崩れ、新たに押し込んだ木の枝へと炎が燃え移り何かが弾けたような音が聞こえた。

 燃え上がる火の粉。私はじっと。ただ黙って焚火の奥で揺らめき、顔が見えない師匠を見た。

 

 

 「例えば、私の持つ【騎神】が今まで誰も就けないような危険な超級職だったように。【猛毒薬】が【薬剤王】によって【万能薬】に変わるように。

  全ての価値はモノ自体では無く、それを扱う私達によって決まるのです」

 

 

 突然始まった師匠の語り話。

 すでに毎晩のように始まるその独り事へと、私は耳を傾けながら見えない空を見ていた。

 

 

 「【騎兵】に関してもそうです。【騎兵】単体では何の役にも立てませんし、逆に騎獣だけでは真価を発揮することは出来ません。

  ヴィーレさん、貴女はアレウスと共に自分の信じる道を駆け抜けなさい」

 「――もちろんですけど、突然どうしたんですか?」

 

 

 師匠が口にしたのはいつも修行で口にする言葉。

 【騎兵】において基本的で、そして当たり前の事。

 私は師匠の真意が理解できず、炎で揺らめく師匠の顔を覗き見た。

 

 

 「フフッ、いえ、突然何故だか口に出したくなっただけですよ。……百年ほど誰とも話をしていませんでしたから。もしかしたら知らず知らずのうちに話し相手を求めていたのかもしれません」

 「そういうもの……なんですか?」

 「えぇ、そういうものです」

 

 

 リアルでは基本、何か用事が無ければ話すことの無い私は師匠の気持ちが分からなかった。

 百年と言う、規格外の年月もそうだ。

 少しだけ分かるような。だけどやっぱり分からないような。

 そんな不思議な感覚で師匠の言葉に首を傾げるだけだった。

 

 

 「貴方にもいつかきっとわかる。その時が来る――いえ、話が逸れましたね。

  私が言いたかったのは、ヴィーレさんにとって何か大切な“信念”を見つけなさいということです。――今の貴女は何処かフワフワしていて……運命に流されているだけのように見えましたから」

 「信念……?」

 「私の技を貴女に引き継いだ後、ヴィーレさんはきっとこの世界を旅してまわることになるでしょう。

  その途中で――大切な者を無くしたり。

  救おうと足掻き。

  そして、何かに怒る。

  嬉しい事よりも悲しいことや、道に迷うことが多いはずです」

 

 

 師匠はまるで予言するかのようにそう口にした。

 

 

 「その時に――ヴィーレさんが信じる“信念”が、きっと貴女を助けてくれる。危機に陥った貴女に、迷った貴女に道を示してくれる」

 

 

 ――『パチッ』

 

 

 「見つけなさい、貴女だけの“信念()”を。

  そして……自身の道を突き進め、我が弟子ヴィーレ・ラルテ」

 

 

 師匠の言葉が耳に残る。

 真っ赤な焚火から火の粉が舞い、夜の空へ上がって消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

 熱にうなされるように夢を見た。

 度々思い出してしまう……師匠との楽しかった修行の思い出。

 気を失っていたのはほんの一瞬だったようだ。全身が痛む身体を起こして見た視線の先には、アレウスに踏み殺され、肉塊とかした『死体生物』だったものがあった。

 

  

 「――デスペナルティにはなってない、か……」

 『BURUUUuuuu……?』

 

 

 【骨折】による『総HPの70%減少』。

 ギリギリ9000近くまで届いていたHPは見る影も無い。本来なら落馬しただけでデスペナルティになっても可笑しくはない程の重賞だった。

 真っ赤な血に濡れた地面に折れた手を突き、身体を支える。

 妙に生暖かく、『ヌルリ』っと。手に触れる気持ち悪い感触。生々しい血の匂いが鼻について思わず眉を顰めてしまう。

 そして……そんな手に何か硬い破片が降れた。

 

 

 「【身代わり竜鱗】……そう言えば付けてたんだった」

 

 

 振れたのは割れた【身代わり竜鱗】の破片。

 どうやら本当にデスペナルティになるギリギリだったらしい。

 

 

 「だけど……」

 

 

 ――私はまだ、生きている。それなら死ぬその最後の一瞬まで、目の前に敵を殺すすべを考え続けなければならない。

 

 

 『ィヒヒヒヒヒヒ―――――――――――!!』

 

 

 気を失ったのはほんの数秒。

 しかし、その隙を突くように“死肉の巨人”は膨張を続け辺りを飲み込み続けていた。

 辺りから時間差なく攻撃し続けていた私が居なくなったからだろう。その死肉の巨人の浸食速度は目を見開くほどに速い。

 まるで川から水が溢れるように。

 『死体生物』が地面を跳ねては飲み込まれていく。

 私が勝てる可能性は限りなく0になり、それは砂場から一粒の砂金を見つけるような可能性だけが目の前に広がっていた。

 

 

 『どう―――――神】ンンンンンンゥゥゥゥゥゥ―――――――――!!? ほらほらほらほらほらほら――――ァァァァアアア! 早くしないと皆死――――――?? 派手に暴れてしま―――――なァァァ……お前を殺―――――――中のティアンをバラバラに――して――の街にしてやろうかなァァァァアアア~~ッ!

 ィヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!! ――――楽しみだなァァァァアアア~~ッ!!』

 

 

 

 

 

 ――【解体王】の声はもう、頭には入らなかった。

 ただ、私は夢に見た師匠の言葉を反復するように思い出していたのだった。

 

 

 「……師匠、私にはまだ何の信念も出来てないよ」

 

 

 ホオズキはリアルでの闘病生活から。

 ――『何にも負けない強い男になる』と言う信念を持っていた。

 この世界に生きるティアンは毎日を必死に生き抜き、確固たる意志を持って地に足をつけて前へと歩き続けていた。

 だけど……私には何も無い。

 ただ、縛られたリアルから逃げこむように始めた存在――それが『ヴィーレ・ラルテ』。

 故に、目の前の絶望的な可能性に脚は竦み、指が震えてしまうこともある。

 だけど、

 

 

 「殺人鬼、貴様に……信念はあるか?」

 『――――?』

 「私にはない、だけど……一つ心に決めたことがあった」

 

 

 ――竦んで踏み出せない脚。

 そんな私に代わりに、アレウスが足を曲げて運ぶように背に《騎乗》させてくれた。

 

 ――【骨折】し、痺れるように力の入らない指。

 そんな私の代わりに、『怪鳥』形態となったフェイが地面に落としてしまった炎矢を運んできてくれた。

 

 

 「私はもう……立ち止まらない。立ち塞がる者は全部焼き尽くして(・・・・・・)、そして――我儘に、自由に生きる(・・・・・・)

 

 

 矢へと灯った真紅の炎はまだ消えていない。

 私の道標は、可能性は消え去っていないのだから。

 

 

 

 

 

 「――準備は?」 

 

 

 口に出した言葉。

 周囲には誰も居らず、聞こえる筈の無い良く通る声は夜空に響き、

 

 

 『……おう、何時でも行けるぜ』

 

 

 胸元につけた小さなアイテム。

 【テレパシースカフ】からその声は聞こえてきた。

 

 

 「――行こうッ!!」

 

 

 返事はしない。

 ただ喉が切れ、血が溢れる口で吼えた(・・・)

 折れた腕で、痛みを堪え手綱を引いた。

 

 ――《我は不死鳥の騎士為り》のタイムリミットは過ぎ、私の体を守る炎鎧はもうない。

 ――アレウスの《リミテッド・オーバー》は切れ、全ステータスが30%も低下している、

 

 そんな状態での“死肉の巨人”への特攻。

 本来ならたどり着くまでにデスペナルティになっても可笑しくはない無謀な突撃だ。

 炎は一つ――指に握った炎矢が一本。

 ステータスは低下し、先ほどまでよりも落ちた攻撃力で特攻などそれこそ最後の悪あがきに相違ない。

 事実、【解体王】は“死肉の巨人”の中で奇声を上げて嗤った。

 

 

 『ィヒヒヒヒヒッ!! 何をしようと無駄――――ッ!?』

 

 

 嗤い、そして目を見開いた。

 それはあり得ないはず(・・・・・・・)の現象(・・・)が目の前で巻き起こったから。

 

 

 ――ステータスが落ち、先ほどまでより遅いはずの【騎神】。

 捉えきることは出来ないものの、何度も身体を抉られた経験から分かる感覚が先ほどまでと変(・・・・・・・)わらないスピー(・・・・・・・)()で迫りくる【騎神】の姿を捉えていた。

 

 

 「――■■■■■■■■ァァァァアアアッ!!」

 『BURUUUuuuuu~~~ッ!!』

 

 

 ソレを成したのは2つのスキル(・・・・・・)

 1つは、【狂戦士(バーサーカー)】顔負けの雄叫びを上げることで発動する『アクティブスキル』。

 

 ――【女戦士】のスキル、《魔獣咆哮》。

 

 言葉にもならない雄叫びは、人に勇気を引き出し、蛮勇をその身に授ける。

 スキルレベルは5と言う、小さな割合。

 しかし、それでも風圧で折れた骨を無視し、真っ直ぐに加速し続ける。

 

 

 2つ目は、ヴィーレ自身も記憶の彼方に忘れ去っていた『アイテム』のスキル。

 

 ――【【■帝】の武の指輪】のスキル、《軍神咆哮》。

 

 それは【女戦士】のカンストと共に解禁され、使えるようになっていたスキル。 

 《魔獣咆哮》と同時に込められたその効果は隠れながらもしっかりと、そして予想以上の効果となってヴィーレに表れていた。

 はだけて露わになった白い左腕に走る『赤の刻印』。

 アレウスが突如纏った……竜王気のようにも見える『赤の闘気』。

 

 

 二つのスキルが重なり合うように相乗効果を発揮し、猛烈なスピードで“死肉の巨人”へと特攻してきていたのだ。

 

 

 そしてもう一つのあり得ることのない現象。

 それは【解体王】の身に纏う“死肉の巨人”、その動きが全て停止(・・・・)するという形で現れた。

 ――突如止まった膨張。

 ――発動しない《完全接着の断面肉塊》。

 “死肉の巨人”は何かに縛られたように動きを止め、停止していたのだ。

 原因はたった一つ。

 

 

 『巨人の心臓辺りを狙え』

 「――ッ!!」

 

 

 それは“死肉の巨人”の中に取り込んでしまった生きた人間(・・・・・)によるもの。

 死んでも死なないようなその男は、肉に埋もれながらも再生を繰り返し、自身の『血』を(・・・・・・・)巨人の前身へと(・・・・・・・)張り巡らしてい(・・・・・・・)()

 精密機械が不純物を取り込み、エラーを吐くように。

 “死肉”は生きた人間を取り込み、停止した。

 

 

 『――なぁ、一つ気になったんだが……てめぇの接着は間に何かがあっても可能なのか? ……そう、例えば『血』の<エンブリオ>とかなぁ?』

 

 

 自身の内部から聞こえる声に【解体王】は戦慄するも、どうすることも出来ない。

 その男は内部へと入り込んでいたのだから。

 “死肉の巨人”はピクリとも動かないのだから。

 

 

 『ィ、ィギギギギギギギギィィィィイイイイイイ~~ッ!! このっ、■■共がァァァァアアア!!』

 

 

 勝ちから負けへ。

 突然な立場の逆転に、殺人鬼は雄たけびを上げる。

 しかし、奇声は夜空に消えていくのみ。

 “死肉の巨人”の身体を抉り飛ばし、特攻するヴィーレは真っすぐに心臓へと。……確実に殺すことが出来る距離まで突き進んでいった。

 真っ赤な肉塊を抉り。

 人の形をした骨を蹴り砕く。

 ヴィーレは……私は、ただ“死肉の巨人”の心臓へと向かって走り続ける。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ッ!!」

 『ィ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒヒ~~~ッ!!』

 

 

 真っ赤な肉塊の壁。

 心臓へと向かう、その途中で突然現れた銀色の輝き(・・・・・)に息を飲んだ。

 決して忘れることの無い。

 なんども目にした忌々しい大きな一本の中華包丁。

 

 ――【接断包丁 カイタイシンショ】

 

 それは【解体王】が“死肉の巨人”を膨張させる途中で回収し、自身の近くへとしかけた最後の罠。

 “死肉の巨人”は【解体王】の身体と繋がっている。

 ……故に、宣言するだけで敵をバラバラに《解体》できる――『設置された解体罠』。

 

 (――避けきれない)

 

 幸いなことにアレウスには当たらないが……私には当たる。

 壁から突き出た中華包丁は、丁度私の右腕が降れる軌道にある。

 突き進む道は狭く、身を捩ることも難しい。

 猛進するアレウスも……直ぐには止まれない。

 

 

 『ヒッ、ヒッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~~ッ!! ざ~んね~んでしたァァァァアアア!!』

 

 

 加速する思考。

 右腕に触れる……冷たい金属の感触。

 そして、それは紡がれる。

 

 

 『――《人はバラせばただのに――――「……フェイ」――く?』

 

 

 次の瞬間、右腕がバラバラに《解体》されていた。

 ――折れた骨。

 ――そぎ落とされた二の腕の肉、

 ――血管一本一本に至るまで、完全な《解体》。

 そう、フェイによって寸前で焼き千切られた右腕だけが、バラバラに《解体》されて背後へと落ちていったのだ。

 

 

 「――別に、矢なんて腕一本で引ける」

 

 

 声を無くした【解体王】。

 そんな殺人鬼を前に、私は炎矢を噛み引いて限界まで引き絞った。

 ……私には、《騎乗》状態で使える『オリジナルスキル』が二つ存在する。

 一つは、師匠から受け継いだ捨て身の必殺。

 そして、もう一つは師匠を倒した弓の技。

 

 

 「――《………………(クリムズン・レンジゼロ)》」

 

 

 至近距離で放たれた矢は、必殺と化し【解体王】を焼き払ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 全てが終わった【解体王】との戦い。

 ギリギリながらも、私達の勝利で終わった路地裏の戦場は火の海となっていた。

  

 ――膨張と接合が途絶え、炎によって燃え続ける“死肉の巨人”。

 ――首と胸。そして左腕以外が燃え尽き、地面に倒れ伏した【解体王】。

 

 燃えながらも咄嗟に、自分の身体を切り離したのだろう。

 息も絶え絶え。これ以上出来ることも無いだろう。 

 焼けた喉で咳きこむ様に息をする、ギリギリで生きている殺人鬼の姿がそこにはあった。

 

 

 「……よぉ、ヴィーレ。無事か……って、聞くまでもねぇか?」

 「……」

 

 

 そして死に掛けの【解体王】以上に、反動のスリップダメージで死にかけていた私がいた。

 指先まで動かない身体。

 HPなど、ドット程度しか残っていない。

 我ながら、なんでいつもこんなにボロボロになりながらデスペナルティになっていないか不思議なほどの『死に体』である。

 そんな私に、何処からともなく歩み寄ってきたホオズキ。

 【HP回復ポーション】を私に振りかけながら、揶揄うような口調で『ニヤリ』っと。笑みを浮かべた。

 

 

 「……遅すぎない?」

 「んなこと言ったってしょうがねぇだろ。あそこまでバラされると生き繋ぐのでギリギリだったんだぞ? それに最後には間に合っただろ」

 

 

 ホオズキへと睨みつける視線。

 しかしこの男は悪びれる様子も無い。『ガッハッハッハッハ!!』っと。大きな笑い声を上げながら手渡してきた回復アイテム。

 私はそれを奪い取るように飲み干す。

 そして、

 

 

 「アレウスもお疲れ……うん――」

 『BURUUUUUUUUUU……』

 

 

 血が滲み、【出血】が絶えないアレウスに【HP回復ポーション】を振りかけ、飲ませるように口元から注ぎ込んだ。

 見る見る間に、回復していくHP。

 アレウスに関しては純粋な怪我が多いのでこのまま飲ませれば完全回復するはずである。

 ……よかった。

 肩に圧し掛かっていた不安が降り、思わず安堵のため息を吐く。

 

 

 「おい、ヴィーレ。馬の方は無事だけどよ、てめぇの方はどうすんだ?」

 「……うん、【骨折】は治るけど」

 

 

 軽傷と多少の傷痍系状態異常なら、フェイの《蒼炎の再生》で感知することが出来る。

 しかし……。

 私は自分の無くなった右腕を見下ろしながら眉を顰めた。

 とっさに焼き千切り、バラバラとなり消え失せた右腕。

 【右腕欠損】のような重症なダメージは回復アイテムでも、《蒼炎の再生》でも直せない。今の私では一度デスペナルティになるしか元通りにする方法は無いだろう。

 

 

 「せめて右腕が残ってりゃ、あの糞ったれの<エンブリオ>で繋げられたんだがな」

 

 

 そう呟くホオズキに私は首を振った。

 

 

 「残っていたとしてもアイツの力は絶対に借りないよ」

 

 

 やろうと思えば、私自身の右腕でなくても繋げられるはずだ。

 【接断包丁 カイタイシンショ】。

 その特性は傷痍系状態異常を完全に治療できる。

 しかし、他人の……殺されたティアンの腕を貰うことを他でも無い、私自身が受け入れられない。

 そんな私にホオズキは特に何も反応を見せることも無い。

 ただ、「そうか」っと。頷きニヤリと嗤った。

 

 

 「なら……あいつ(【解体王】)はさっさと始末して良いんだな?」

 

 

 ホオズキはゴミでも処分するように。

 何気なく倒れ伏した【解体王】へと視線を向けた。

 

 

 「うん、いいよ」

 

 

 一考の余地も無い。

 ……即答。

 私はただ、今に倒れてしまいそうな疲労感と終わった安心感に、無造作に頷いた。

 私の言葉を聞き、とどめを刺すべく歩いていくホオズキ。

 その後ろ姿を見ながら、私はその場に座り込んだ。

 

 

 「――疲れたね」

 『KWee、Kweee~~』

 

 

 背中をアレウスへと預け、すっかり小さくなってしまったフェイを胸に抱く。

 同時に薄れゆく視界。

 すぐさま襲い来る【睡眠】。

 私らしくない――『戦闘モード』での疲れが時間差で襲い掛かってきたようだ。

 私は燃える炎の音を聞きながら、目を閉じる。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ィヒ、ィヒヒヒヒッ!! この前さァァ、地竜種の純竜を自慢げに見せつけてた<マスター>を見かけたんだヨォォォォォオオオ~~』

 

 

 その声に目を見開いた。

 

 

 『金で買ったくせにヨォォォォォオオオ、嬉しそうに浮かべた顔に苛ついてヨォォォォォオオオ……ィヒッ!! ィヒヒヒヒッ!! 思わず《解体》してしまったんだァァァァアアア~~!!

  目の前で《解体》されて、『死体生物』になって自分の従魔に襲われた<マスター>の顔と言ったら……ィヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!! 

  今でも思い出すと笑ってしまってよォォォォオオオッ!!』

 

 

 ――『ドンッ!!』。

 っと、<グランドル>に響いた大きな爆発音。

 私がその音の方へ顔を向けるが早いか。街中に危険を知らせる『警鐘』が鳴り響き、人々の悲鳴が連鎖的に爆発した。

 

 

 『GHOOOOOOOOOOOOOO~~~ッ!!』

 

 

 耳にしたのはドラゴンの咆哮。

 

 

 『【接断包丁 カイタイシンショ】で《解体》した生き物をサァァァァァアアア~、繋げ直すとどうなる思うゥゥゥゥゥゥ~~?』

 

 

 悲鳴だけではない。

 爆発音だけではない。

 <グランドル>の町中、暗闇に包まれた街の彼方此方から悲鳴が上がる。

 

 

 『私の言うことに従う『死体生物』が出来上がるんだよォォォォオオオ。

  ――アァァァ~、そう言えば。顔を見たガキどもを殺すために地下道に大量の『死体生物』をぶち込んだなァァァァアアア~~ッ!! 『生きてる奴は殺せ』ってサァァァァァアアア。

 

  お前たちは全部殺し尽くしたかァァァァ? 地下道は<グランドル>中に張り巡らされてるからなァァァァアアア~~ッ、もしかしたら何処からか抜け出しちまってるかもなァァァァアアア~~ッ!!』

 

 

 地下道で出くわした際限なく溢れ出た『死体生物』。 

 確かに私達は戦った。

 しかし……すべてを倒し尽くした訳ではない、ビーオ達の救出を優先したからだ。

 

 

 「……ホオズキッ!!」

 「てめぇぇぇええっ!! 今すぐ町中の化け物を止めさせろ!!」

 

 

 上半身しか残っていない【解体王】。

 笑みを浮かべ続ける殺人鬼の首を握り潰しながら脅すホオズキ。

 そんなホオズキに私は再び叫んだ。

 ――脳内に響く《危険察知》の警鐘。

 そして、地面から伝わり、徐々に大きくなっていく振動に嫌な予感を感じ取り叫んだのだ。

 

 

 「――避けてッ!! 下から何か迫っ(・・・・・・・)てくる(・・・)!!」

 「――ッ!!」

 

 

 とっさに【解体王】を突き放し、その場から大きく後退するホオズキ。

 そして次の瞬間だった。

 ホオズキが居た場所を……【解体王】の身体を、地面を突き破り姿を現したソレ(・・)が飲み込んだ。

 

 

 ――『カバ』のように大きく開かれ、鋭い牙が並んだ口。

 ――全身を覆う、固そうな甲殻と光の宿ってない死体の目。

 ――そして、明らかにその生物のモノではない……とって付けられたモンスターの部位。

 

 

 「――【狂偶蹄獣改造生物 ヒポトヴォルグ】!!」

 

 

 視認すると同時に視界に表示された『モンスターネーム』。

 <UBM>由来の『死体生物』に声を荒げた。

 

 そうだ、ヴィーレもそしてホオズキも知らない事だが、【解体王】の『転職条件』。

 その中には含まれていたのだ。

 

 ――『ボスモンスターの【完全遺体】の《解体》』っと。

 

 ならば、それは必然であって偶然ではない。

 正真正銘、【解体王】の最後の切り札。

 カバのような<UBM>だったものは、地面ごと【解体王】を一飲みにする。そして、

 

 

 『《狂乱魔笛》ィィイイイ~!!』

 『BUOoooooooooooOOOOO~~ッ!!』

 

 

 耳を塞がすには居られない。

 まさに『魔笛』をその口から響きならした。

 遠くに居た私も、もちろん近くに居たホオズキも無防備な状態で食らったその魔笛に動くことすら叶わない。

 

 

 「う、ウワァァァァァァァアアアアアアーーッ!!」

 

 

 続いて声をあげたのは背後に居たビーオ達。

 【混乱】の上位状態異常である【狂乱】になりながら、自傷行為を繰り返し始めた。

 

 

 『ィヒ、ィヒヒヒヒヒヒヒィィィィィィーーッ!! 私の負けだ、【騎神】ン~。ガキ共の《解体》も諦めたァァァァァアアアア!!』

 

 

 塞いだ耳に微かに聞こえる奇声。

 

 

 『「貴様が奪っていい命など1人として居ない」って言っていたナァァァァァァァアアア! なら、守ってみろよ、街の全員をォォォォオオオ!!』

 

 

 【狂偶蹄獣改造生物 ヒポトヴォルグ】が再び地中へと戻っていく。

 その途中で私は確かに聞いた。

 

 

 

 

 

 『次会ったらその身体、バラバラに《解体》してやるぜぇぇぇぇぇ!!』

 

 

 ――と。

 

 

 




【魔狂蹄獣 ヒポトヴォルグ】
ランク:逸話級
種族:魔獣系
到達レベル:30
能力:狂乱魔笛
討伐MVP:【解体者】■■■■
MVP特典:【魔狂蹄獣完全遺骸 ヒポトヴォルグ】
備考:カバに堅い装甲と牙を組み合わせたような<UBM>。魔笛の如き咆哮は聴いた者を【狂乱】状態にし、最悪の場合死に至る。
   意識のない『死体生物』に襲われ、体内から攻撃。最後は『必殺スキル』でバラされて討伐された。


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第20話 冤罪

 □<グランドル> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 “氷冷都市”<グランドル>での五日目の朝。

 朝だというのに太陽は曇天に身を潜め、辺りは薄暗く肌寒い。

 ――まるで一昨日の深夜に起こった悲劇を嘆くような、町中に染み込んだ血を洗い流そうとしているようなシトシトと雨が降る雨空だった。

 

 

 

 

 

 「……ハァ」

 

 

 目を覚ますと視界に入ったのは灰色の天井だった。

 ……何だか――憂鬱だ。

 冷たい斑な灰色の石材の天井は、ログインしたばかりの私の気分を下げ、何処となく虚しい気持ちにさせた。

 仰向けに寝転んだベッド。

 頭を傾けて眺めた窓の外には、曇天の空と街に降り注ぐ容赦ない雨。

 『パラパラ』っと、石へとぶつかり弾ける雨音。

 二階建ての宿から見渡せた貧民街の大きな屋根では、貯まった雨水が一か所に纏まるように流れ、パイプを通して大きな容器に貯められている様子が遠くに見えた。

 

 

 「寒い……」

 

 

 降り続ける雨によって石材の屋根が冷やされ、冷気が伝わってきたのだろう。

 すっかり癒え傷一つ無くなった白い肌。

 私は鳥肌の立った腕を摩りながら、“紋章”からフェイを強制的に呼び出して抱きしめた。

 ――『GWeee……』っと。

 何かの潰れるような音と共にうつ伏せになる。

 シミ一つない純白のシーツが皺になって乱れ、【アドーニア】で纏められた紅色の髪を下敷きにするように顔を埋める。

 

 

 「……私は、守り切れなかった」

 

 

 掠れるほどにか細い声はシーツでぐもり、フェイだけに聞こえ消えていく。

 一昨日の夜の『死体生物』の<グランドル>襲撃。

 その結末は……やはりドラマのように。アニメのように上手くは行かず、今も痛々しい爪痕が街中に残っていた。

 

 

 ――爆発と火事で全焼した建物。

 ――半壊した民家と壊れたテーブル。

 ――大通りに倒れた『魔灯』と瓦礫。

 

 

 耳を打つ雨の音に、掻き消されるような大通りを忙しなく行き交う人々の足音が微かに聞こえた。

 

 

 「殺人鬼に大見えきった挙句に助けられなくって。街の被害も……全部私が仕留めそこなったからだ」

 

 

 何度も。何度も考える。

 

 地下道であのまま【怒涛之迅雷】で焼き殺して回れば。

 【解体王】を早々に倒し、奴の企みを暴けていれば。

 

 考える程に深みにはまり、憂鬱な気分になる――底なしの泥沼だ。

 過去の出来事は無かったことには出来ない、ただ前を向いて突き進むしかない。そうは理解して、考えるが……あまりに『死体生物』の襲撃の被害は大きものだった。

 それこそ、こうして私用で襲撃の夜から一日後にログインするほど。

 この世界に足を踏み入れるのを躊躇うほどに、だ。

 

 

 『死者、46名』

 

 

 言うまでもないが、<マスター>を除くティアンの数である。

 【解体王】に逃げられた私とホオズキも最善を尽くして、それでもこれだけの死者が出たのだ。

 おそらく偶然もあったのだろう。

 

 ――身体を切り飛ばしても、【カイタイシンショ】の影響で動き続ける『死体生物』。

 ――誰もが寝静まり、【商人】ばかりが起きていた夜。

 ――唯でさえ少ない<マスター>。【義賊王】へと挑み、デスペナルティになって少なくなった<マスター>の数。

 

 全てが悪い方向へと働いたのだ。

 噂では、知人の姿をした『死体生物』に抵抗出来ずに殺されてしまったティアンが居た。食い殺される寸前で【義賊王】に救われた貧民街の子供が居た、なんて噂も聞いた。

 一つ言えることは、<グランドル>の歴史に刻み込まれるほどに悲惨な。

 そして惨たらしい事件だったということだ。

 

 

 「……」

 『Kwe、Kweee~?』

 

 

 しばらく埋めていた顔。

 心の整理と、切り替えに短くない時間を掛ける。

 そうしてようやく私はフェイの鳴き声と共に身体を起こした。

 ベッドに手の平を突こうとして――バランスを崩しこけそうになる身体を左手で支えた。

 

 

 「そうだ、右腕は治ってないんだったね」

 

 

 小さな呟きと共に見下ろした自分の半身。

 数え切れないほど負い、HPを9割も減少させていた【骨折】は《蒼炎の再生》で完治している。

 歪な形になり紫色に腫れていた脚も、元通り私の良く知る脚へと戻っていた。  

 

 

 『KWeee……』

 「ううん、フェイのせいじゃないよ? 腕を治すなんて【司祭】系統の上級職でもないと出来ないんだから。

  フェイは十分頑張ってくれてるよ」

 

 

 落ち込む様に首を下げるフェイ。

 そんな様子に少しだけ笑い、炎の羽毛を撫でた。

 

 

 「右腕もなんとかしなきゃだけど、今は早くホオズキと約束した場所に向かわないと」

 

 

 ログアウト際に約束した落ちあう場所。

 <愚者の石積み商会>へは今から向かわなければ時間ギリギリだ。

 ベットから腰を浮かし《瞬間装着》で普段着へと着替える。

 そして、

 

 

 「……」

 

 

 窓から見えた景色。

 雨の中、絶えず立ち昇らせる『焼却所』の煙から視線を外した。

 

 (まだ、何にも終わってないんだ。――【解体王】も【義賊王】もきっと直ぐに動く。……だから、私は私の出来ることをしなくちゃいけないんだ)

 

 肩に止まったフェイ。

 私は少しの使命感と押し潰されそうな程の罪悪感、そして燃え滾るような勇気を抱き、宿の扉を開いて足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ヴィーレ。……ホオズキ、憲兵に捕まった」

 「……ごめん、意味が分からないんだけど。シュリちゃん……」

 

 

 ――いきなり全てが頓挫するとも思うこともせず。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「それで……一から何で捕まったのか話して欲しいんだけど」

 

 

 ほとんどの<商店>や出店が閉店し、街を行きかうティアンの姿も無い大通り。

 降りやむ気配を見せない雨だけが地面を打つ。

 砂の地面は際限なく雨水を飲み込む、冷え固まった地面に2人の足跡をクッキリと残していた。

 

 そんな中、唯一営業していた<愚者の石積み商店>。

 閑古鳥が鳴くきそうな程にがらんどうな店内で、私はテーブルを挟んでお酒をチビチビと飲むシュリちゃんに話を聞いていた。

 此処に来るまでに『拘留所』を訪れたが面会謝絶。

 着けているはずの【テレパシースカフ】も取り上げられているのか、何の反応も示さなかったからだ。

 

 

 「……昨日、街を歩いて。……それで、いきなり捕まった?」

 「もしかしてホオズキが捕まるようなことをしちゃった、とかじゃないよね?」

 

 

 ――コクリ。

 無言で頷き、肯定するシュリちゃん。

 

 

 「……『糞共が<グランドル>襲撃の主犯とか言って捕まえてきやがったッ!!』 ……って、ホオズキ、叫んでる」

 

 

 一瞬、口調が変わったシュリちゃんの様子に驚く私。

 そして時間差で理解した。

 

 

 「そう言えば、シュリちゃんはホオズキと念話出来るんだったね」

 「……うん。……五月蠅くて、頭、ガンガンする。……お酒、不味く、なる」

 

 

 嫌そうに眉を顰めて愚痴るシュリちゃん。

 私はその様子に苦笑する。

 <マスター>であるホオズキが捕まったのに何時も通りのマイペースだ。ホオズキは『拘留所』――? で、かなり怒っているみたいだが。

 

 (取りあえず、怒ったホオズキがティアンの憲兵に手を出さなかった事には安心したけど……)

 

 問題はそこではない。

 【解体王】の目撃者であるビーオ達がいて、かつ、『死体生物』の討伐に駆け走った私達。

 そもそも【解体王】の猟奇殺人が始まったのは私達が<グランドル>へ訪れるよりもっと前である。

 それらが指すのは一つ、明確な事実。

 

 

 「……冤罪、だよね?」

 

 

 そこまで考え、私は首を捻った。

 『冤罪』――それは、無実の罪で逮捕される事。もしくはぬれぎぬをきせられる事だ。

 リアルでもかなり少ないものの、起こりうる事だ。

 だけど……この世界では『冤罪』は起こりうるはずがない。

 

 

 ――《真偽判定》スキル。

 

 

 『人のついた嘘を見分け、真実を見極める』……汎用スキルであり、憲兵なら確実に習得しているだろう基本スキルだ。

 ホオズキを捕まえたのなら《真偽判定》を使用するはず。そして確実に犯人ではないということが分かるはずである。

 

 

 「――ううん、そもそも何でホオズキにぬれぎぬが被せられたんだろ」

 「……怖い、から?」

 

 

 そんな疑問を口にし、そして。

 

 

 

 

 

 「単純に都合が良かったからだと思います~」

 

 

 背後から掛けられたらその声に思考を止めた。

 

 

 「向こうの世界に飛ばされずに滞在している<マスター>。そして目撃例が少なく、1人で動いていたからですねぇ~」

 

   

 背後から現れた人物。 

 それは乱れた癖のある茶髪と雨に濡れた服を着て、慌ただしそうに駆け寄ってきた【大商人】シアンさんだった。

 ……何かを知っている。

 だからこそ、焦っているようにも見える表情。いつも糸目で笑い物臭そうな雰囲気で喋るシアンの目は、今はうっすらと見開かれ青い瞳が覗いて見えた。

 

 

 「……どういう事です?」

 「そのままの意味ですよ。ホオズキさんはおそらく、<グランドル>で起こった事件を擦り付けられる……所謂、人柱にされてしまったんですよぉ~」

 「人柱?」

 

 

 口に出された不気味な単語。

 私はそれを噛み砕き、理解するように脳内で反復した。

 シアンさんの言っている意味は分かる。ホオズキは【解体王】がしてきた罪を擦り付けられ、現在捕まってい待っているのだ。

 しかし何でこの<グランドル>の憲兵がそう言った行動に出たのかが分からないでいた。

 今するべきことは【解体王】を捕まえることだ。私が『冒険者ギルド』にも詳細は伝え、犯人が【解体王】に就く<マスター>だとハッキリ分かっているはず。

 

 

 「今回の指示はおそらく市長によるものですぅ~」

 

 

 シアンさんはそんな私の疑問を察しているように。

 そして順番に現在の状況について説明し始めた。

 

 

 「お恥ずかしい話ですが、<グランドル>では犯罪なんて日常的です~。誰かが殺された、もしくは攫われたなんて何度耳にしたかも分からないほどに。

  ……しかし、公には何も起こっていない事になっている。

  それらの不正を市長が自身の保身の為にもみ消しているからです。事実、『貧民街の奴隷狩り』の事件後も奴はのうのうと市長の椅子に座っていますから」

 

 

 つまりこう言いたいのだ。

 ――「現在の<グランドル>では何も起きておらず、仮に起きていたとしても既に犯人は捉えた」、と。 

 市長がそうもみ消そうとしていると。

 

 

 「でも……そんな事、可能なんですか?」

 「えぇ、可能です。実際に起こり得ない『冤罪』が起きてしまっていますからぁ~。

  簡単ですよ、この街に来るのは新たに商会を始めようとする新人の【商人】ぐらいです。商会を開くために護衛をケチり、途中でモンスターに襲われてしまった事にすればいいんですから。

  後は……いつもより多くの住民が死ぬだけです~」

 「そんなにことっ――」

 「起きますよ、この<グランドル>では。

  彼奴は自分の保身の為ならどれだけ人を殺したって構わない。そんな私欲に溺れた男ですから~」

 

 

 鋭い眼光を帯びた青い目。

 私は迷いなく断言したシアンさんの言葉に押し黙っていた。

 

 

 「……3日後、ドラグノマドから<マスター>を引き連れた<カルディナ>の調査団が来ます。私がヴィーレさんに助けられた旅でドラグノマドへと届け、受け取ってきた手紙に書かれていた事です~。

  消息を絶つ人が多い<グランドル>の調査を行う調査団と【義賊王】を捕らえる為に集められたら腕に自信のある<マスター>逹です。

  きっと、ホオズキさんはその調査団が来るまでに、不正の証拠隠滅と同じく<監獄>に送られてしまいます~」

 

 

 調査団に《真偽判定》を掛けられたら困るからだ。

 市長が必要としているとものは一つ。

 

 ――犯人は捕まえ、<監獄>に送った。

 

 という事実。

 消息不明は監獄に送った<マスター>の犯行でしたと言ってしまえばいい。そして後は【義賊王】が討伐されてしまうのを椅子に座って待っているだけでいいのだ。

 

 

 「私は……【解体王】を追うよ」

 

 

 <グランドル>の市長が成そうとしていると不正。

 シアンさんの話を聞いた私が取るべき行動はたった1つだった。

 

 

 「【解体王】をデスペナルティにして憲兵の《真偽判定》を受ければ、ホオズキは釈放されますよね?」

 「おそらくは、ですが~」

 

 

 ――なら、決まりだ。

 どちらにせよ【解体王】は見過ごせない。

 ホオズキを<監獄>送りにさせないためにも、取れる選択肢は1つだけなのだから。

 

 

 「シュリちゃんはどうする?」

 「……シュリは、ホオズキの近くに居る。……何か起きたら、力、貸さなきゃだから」

 「……そっか」

 

 

 私は俯くシュリちゃんに頷き、席を立った。

 そして……

 

 

 「止めた方がいいと思いますよ~」

 

 

 歩き出そうとした足を再びシアンさんが呼び止めた。

 

 

 「片腕を無くした状態で勝てる相手だとは思いません~。ホオズキさんと一緒に戦って、そして失ったんですよね?」

 

 

 片腕がない。

 戦闘にも多少だが支障をきたすだろう。

 そんな状態で【解体王】に勝てるのかと聞かれれば、分からないとしか言いようがない。

 だけど、

 

 

 「だけど……ここで指をくわえて待っているのは私らしく無い気がするから」

 

 

 立ち止まってしまっては駄目だから。

 

 

 「大丈夫――きっと勝てる。そんな気がするので」

 

 

 不安げなシアンさんを背後に、私は笑みを浮かべながら歩き出す。

 そして、雨の降り続ける<グランドル>の空へと飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 



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第21話 追跡=迷子

 □<グランドル・地下道> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 雨降る曇天の空を、一匹の不死鳥と騎兵が飛翔する。

 雨水は容赦なく不死鳥へと襲い掛かるが……不思議と赤い炎は消える様子が無い。

 むしろ触れた雨水を一瞬で蒸気へと蒸発させ、次第に火力を増しながら<グランドル>の上空を飛び回っていた。

 不死鳥に《騎乗》する騎兵。

 紅色の髪が特徴的な“最速の騎兵”は雨に打たれながら。

 雨がカーテンのように前を遮り、見通しの悪い視界に目を細めて、濡れて滑りやすい手綱を左手でしっかりと握りしめながら小さくぼやいた。

 

 

 「……結構溜まったけど、まだまだ足りないね」

 『KWeee』

 

 

 私達が<愚者の石積み商会>から飛び立り、真っ先に取った行動。

 それは<グランドル>に溜まった『怨念』の回収だった。

 

 

 「野生のモンスター相手なら足りるだろうけど……【解体王】が相手だと不安かも。全力で戦って一分ってところかな?」

 

 

 数か月前から始まった謎の猟奇殺人。

 目を反らそうとしても、嫌でも感じ取ってしまう<グランドル>に潜む殺人鬼の影。

 そしてつい一昨日起こってしまった『死体生物』の襲撃は、人々の不安や恐れを爆発させるには十分すぎる程の起爆剤だったのだ。

 決して少なくない。

 【殺戮熾天 アズラーイール】が起こした殺戮が起きた時と同じくらいの怨念の量。

 そんな大量の怨念を私は【万死慈悲 アズラーイール】の《怨念燃炎》スキルで、街中を飛び回り回収していたのだった。

 

 (やってることは殆ど【死霊術師】の領分だけど――)

 

 だけど、今回ばかりはありがたい。

 【解体王】との戦いで全て消費してしまったMPとSP。【骨折】の治療の為に使用した《蒼炎の再生》とログアウトしていたため空っぽな《火炎増畜(フレイム・アカラマティッド)》。

 フェイの『怪鳥』形態へ変化出来るかも怪しい、まともに戦闘で使えるだけのMPとSPが残っていなかった。

 

 

 ――【解体王】の追跡。

 

 

 それ以前の問題であるMPとSP不足に、私は頭を悩まし奔走していたのだった。

 

 

 

 

 

 「他の超級職なら、アレウスと単騎で挑んでも良いんだけど――【解体王】を討つには炎がいるし……」

 

 

 <グランドル>の近くにマグマ溜まりでもあれば、無理やり刺激して吸収で解決しただろう。

 だけどここは“氷冷都市”。

 極寒の<厳冬山脈>が近くに聳え立ち、地下深くまで『地下道』が伸びた場所である。

 そんな強引な手を取ることも出来ず、少しづつ集めることしか出来ない。

 

 【炎怪廻鳥 フェニックス】の弱点。

 スキル使用を完全に『外部リソース』に依存した欠点が、ここに来て私達の目の前に立ちふさがっていた。

 

 

 「ホオズキが指名手配されて<監獄>まで送られるまでのタイムリミットは二日……ううん、シアンさんの言うような市長ならもっと短いはず」

 

 

 【解体王】の追跡。

 そして何かしらの手段でのMPとSPの蓄積を急がねばならない。

 私は雨にうたれ、冷静な頭で思考を巡らしていた。

 

 (この雨は炎からの吸収は無理だ。……【ジェム】から吸収することも出来るけど)

 

 【ジェム】から吸収には限界がある。

 魔法はその【魔術師(メイジ)】の込めたMP量。その【魔術師】自身のMPの総量で威力が決まるのだ。

 フェイの《紅炎の炎舞》とは違い、《詠唱》で威力を引き上げることも出来るが……残念なことに【ジェム】に込められている魔法は一定の威力。

 《火炎増畜》の倍率で増幅させても決して多い量にはならないはずだ。

 何より、熱や火系統の【ジェム】は高価でそれほど量も無い。

 ――そうなれば、私が取れる手段は限られてくる。

 

 

 「――フェイ、一昨日の【解体王】と戦った場所まで飛んでくれる?」

 『KWeeee~?』

 

 

 雨で聞き取り辛い声。

 私はフェイを導くように手綱を緩め、進行方向側の鐙ニアーラ掛けた足でわき腹を小突く。

 

 

 「【解体王】がこの街に居るとしたらきっと地下道の何処か。あの大穴から地下道に潜って、怨念を回収しながら追跡しよう」

 『KWeee、KWe、KWeee~!』

 

 

 それは危険な行為だ。

 フェイの炎が無く、内部の構造が少しも分からない。【解体王】が潜んでいる可能性の高い地下道を突き進む。

 最悪の場合、突然【カイタイシンショ】を死角から当てられデスペナルティの可能性もあるだろう。

 片腕の私では入り組んだ地下道を《騎乗》することは出来ないかもしれない。

 だけど……きっとそれ以外ない。

 私の考える限りで大量のMPとSPが増畜できそうな場所で、【解体王】を捉えることの出来る最善策。

 

 

 「……」

 

 

 雨が降っている為に飛ぶ速度は亜音速。

 超音速機動なんかで飛んでしまえば、雨が散弾のように私に突き刺さり、すぐさまデスペナルティになるからだ。

 しかし、それでも数秒で辿り着く【狂偶蹄獣改造生物 ヒポトヴォルグ】が掘った大きな縦穴。

 貧民街の幾つもの小屋が踏み潰され、その中央に垂直に出来た縦穴を見下ろした。

 『死体生物』の襲撃を受け、全ての地下道へ続く穴が封じられた今。唯一地下道へ侵入出来る場所でもある。

 明かりを灯すマジックアイテムも無い。

 一寸先は完全な闇に包まれた縦穴は、まるで獲物が飛び込んでくるのをジッと待っているかのようだった。

 そんな穴を見下ろし……唾を飲み込んだ。

 

 何だか……凄く嫌な感じだ。

 穴の奥から溢れ出る空気に肌がピリつくような。寒気のするような。

 

 

 『KWeee?』

 「うん、大丈夫だよ」

 

 

 激しく跳ねだした心臓。体の中で大きな音を立てる心音と加速していく脈動。

 私は自信の胸へと手を当て、ゆっくりと深呼吸することで無理やり緊張を押し殺した。

 そして……

 

 

 「行こう、フェイ――」

 『KWeeeee!!』

 

 

 私達は地下道へと続く、暗闇の縦穴へと飛び込んだのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ヴィーレは強い。

 <マスター>の全体で見てももちろんだが、西洋三か国と<カルディナ>の【騎兵】や【操縦士(ドライバー)】が集った【戦車競争】で優勝したことからも明らかだ。

 強者が互いに競い、殺し合う“蟲毒の壺”と化した<天地>は除くが。

 しかしそれでも“騎兵最速”、もしくは“騎兵最強”と言っても間違いではない程にその実力は突き抜けていた。

 

 

 ――超々音速機動で動くヴィーレは現状、最速で。 

  そしてこの先にも捉えることが出来るのは一部だろう、突き抜けた機動力。

 

 ――遠距離から正確無比に撃ち貫く騎射に接近戦用の長槍。

  間合いを詰め、回復にも転用できる万能な不死鳥の炎。

 

 ――地上戦闘特化のアレウスに、空中戦が可能なフェイなど。

  それぞれの特性に抜き出た騎獣。

 

 

 加えて<アルター王国>の――どこぞの【剛闘士(ストロング・グラディエーター)】を除けば『特典武具』も二つと多い部類だ。

 接近戦殺しの【アドーニア】。

 《○○生命体》のスキルを持つモンスターだろうと殺す【アズラーイール】。

 どちらも強力な、そして尖った性能な『特典武具』。

 【解体王】との戦いでは片腕を失い、挙句の果てに闘争を許してしまったが……それは【解体王】もまた強かっただけ。

 ヴィーレは間違いなく、強い部類の戦闘系<マスター>だった。

 

 

 そして……また、頭のネジが外れた<マスター>だった。

 

 

 世間では“野伏所撃理論”に。<マスター>達が“ガードナー獣戦士理論”に夢中になっている時。

 ――ヴィーレは“《騎乗》特化型ビルド”を迷わず選んでいたのだから。

 全てが中途半端な【炎怪廻鳥 フェニックス】の。【騎神】である師匠に出会った影響と才能が開花した影響もあったのだろう。

 幾つもの要因が重なり、混じりあった結果――今代の【騎神】となったヴィーレが此処にいた。

 全てを置き去りにして、どの間合いからの攻撃も可能な『個人戦闘型』。

 

 

 ……故に、ヴィーレには現状大きな欠点が存在した。それは……

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 「……もしかして。ううん、もしかしなくても……」

 『BURURUuuuuu?』

 

 

 薄暗く入り組んだ“人工迷宮”である『地下道』。

 遥か昔は貯蔵庫として機能していたが何度もの拡張によって迷路と化し、一部のモンスターが棲みついた。

 言うならば一種の――『自然型ダンジョン』だ。

 浅い階層は<グランドル>の街中に広がり比較的安全だが、地下へと進むほどモンスターの数は比例するように多くなっていく。

 貧民街の子供たちは、何故か(・・・)ある程度内部の構造を知っているらしいが……仮に余所者が迷い込んでしまっては出ることも困難な巨大な迷路である。

 

 知る人も片手で数える程しかいないが……その階層数は30にも及ぶ。

 円形の<グランドル>から真下へと伸びた『円柱型地下迷宮』。

 侮って足を踏み入れてしまえば、脱出困難な迷宮に食料は尽き、昼夜関係なく襲い掛かるモンスターに気を狂わしてしまうだろう“初見殺しの迷宮”。

 ……それが、この地下道の真の姿だった。

 そして……何が良いたいかと言えば、

 

 

 「……迷った」

 『BU!? BURUUUU~!??』

 

 

 ヴィーレは現状、絶賛迷子中だった。

 

 

 「前回はビーオ達とホオズキが居たから出られたの忘れてたよ……」

 

 

 そう、一回目の地下道はホオズキの『血の糸』で。

 二回目はビーオ達の案内によって脱出できたのを忘れていたのだ。

 加えて言えば、現在は街へと出ることが出来る穴は全て封鎖され、脱出口は私達が侵入した縦穴だけだった。(縦穴と言っても比較的浅いところで途絶えていたので、脱出口は一つだけ)

 

 

 「……んっ」

 

 

 鳴り響く《危険察知》の警鐘。

 耳鳴り程度の弱弱しい警鐘だったが、私はすぐさま意識を研ぎ澄まし敵へと備えた。

 

 

 『――――――~~~~ッ!!』

 

 

 そんな次の瞬間、姿を現したのは半透明なモンスターの姿だった。

 悲鳴のような金切り声。

 《物理無効》と《物質透過》スキルを持ち、《ドレイン》を使用してくる下級モンスター――【レイダー・レイス】。

 【ゴブリン】よりも撃たれ弱い。しかし、その前衛殺しと脅かしてくる嫌らしさで<マスター>達から嫌われているモンスターだ。

 進行方向へと現れた【レイダー・レイス】はゆっくりとした動きで、私に《ドレイン》しようと半透明な骨の腕を伸ばす。

 

 

 『~~ッ……!?』

 

 

 そして……次の瞬間、その身体を雷光が消し飛ばした。

 ――響く、雷鳴の音。

 ――鳴る、車輪の音。

 アレウスが超音速機動で駆け抜け、あらゆるモンスターを【怒涛之迅雷】が迅雷で焼き払っていたのだ。

 【解体王】の奇襲も防ぐことが出来、フェイの炎がわりの迅雷である。

 

 (――本当は片手で制御しきれるようなものでも無いんだけど……)

 

 《騎乗》より遥かに制御が難しい【怒涛之迅雷】。

 【騎神】の《一騎当神》が合わさり、まさに片手運転、事故待ったなしの暴走戦車のはずなのだが……私は操作に集中することで何とか制御が出来ていた。

 【レイダー・レイス】がドロップしたアイテム。

 一瞬で遥か後方へと流されていくドロップアイテムは地面へと落下し……炎の帯がそれをつかみ取った。

 

 

 【不死鳥の紅帯】形態のフェイ。

 フェイが私の右腕代わりを。

 ドロップアイテムの回収を。

 《火炎増畜》での怨念からのMP&SPの蓄積を、全てを並行してこなしてくれていたのだ。

 結果、私は《怨念燃炎》を発動させながら《騎乗》に集中するだけで済んでいたのだった。

 

 

 「――この融解した車輪跡。間違いなく、迷子だねっ!」

 『BURUUUU……』

 

 

 私の声に、『知ってます』と相槌を打つようなアレウスの低い鳴き声。

 しかし……それも当たり前だ。かれこれ一時間は車輪跡のある――一度通った場所を走っていたのだから。

 単純に私が迷ったと認めるのが嫌で口に出さなかっただけである。

 しかし、誠に遺憾ながら。本当は認めたくはないが『迷子』ということを自覚しなければならない程の時間が経っていた。

 

 

 「唯でさえ時間が無いのに……迷子」

 

 

 正直、全く笑えない。

 というより、事態は想像以上に深刻であった。

 

 

 ――ヴィーレは“《騎乗》特化型ビルド”

 

 

 故に、探索系スキルを殆ど習得していなかったのだ。

 【弓狩人】はカンストしておらず、《気配探知》など生物に対してのモノが殆どである。

 そして此処は、街の広さの円が地下30階層分まで伸びた地下迷宮。

 迷えば……命を失う。

 しかし幸いな事に、濃い怨念が霧散していた地下道のおかげでMPとSPは十二分に溜まっていた。最後の手段だが、地上まで焼き溶かし脱出するという手段も取れないことは無い。

 もちろん出来る限り取りたくない手段だが。

 

 

 「取りあえず、上の階層への階段を見つけよう」

 

 

 そんな自己暗示にも似た言葉を紡ぎながら手綱を握る。が……

 

 ……見つからない。

 

 一度迷うと何故か抜け出せないように。

 底なし沼に嵌ってしまったように、駆ければ駆ける程に同じ場所をループする。

 迷っていると、錯覚が深刻化していくのだ。

 

 (――どうしよう?)

 

 より一層迷い込みながら、進み続ける。

 そんな時だった。

 

 

 「――んっ」

 『HIHIIIIiiiiiiN』

 

 

 大きく開けた空間。

 体育館ほどの開けた空間を駆け抜けようとした時だった。 

 

 ――いくつもの熱線が私を掠め、壁を融解させた。

 ――真っ赤な火炎が迫り、フェイが吸収する。

 

 私は今までとは違う。

 地下道で轢き殺し、焼き払ってきた攻撃とは違うモンスターを目の前に思わず手綱を引いて停止した。

 視線の先。

 真正面へと立ち塞がった二体のモンスターに思わず口を開く。

 

 

 「【オルトロス】に【ランドゲイザー】……」

 

 

 ファンタジー特有の架空のモンスターへの驚きで口を開けたのだ。

 そして自然と笑みを浮かべ、乾いた唇を舐めた。

 

 

 「火ってことは……もしかして利用できるのかな?」

 

 

 ジッと見つめた視線の先の【オルトロス】。

 何故かビクリッと身体を震わせた【オルトロス】に反応するように、僅かに動いた車輪から紫電が走ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




めっちゃ原作面白かったですね!!
<UBM>認定は予想外過ぎて武者震いしました~ww


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第22話 終幕の鐘が鳴る

安定の後半の集中力切れた感


 □【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「……これは門番、だね」

 

 

 『魔灯』の明かりも無く、暗闇の空間に二対一頭の四つの赤い眼光をギラつかせる【オルトロス】。

 牙の生えた二頭の口からは絶えず真っ赤な炎を吹き洩らす。

 黒い毛並みは闇に溶け込み、二メテルを超える巨体からはアレウス程でもないが強靭な肉体が微かに見えた。

 ……おそらく『亜竜級』モンスター上位。

 ステータスはティアンの【狂戦士】を軽く上回るだろう。

 

 そして【オルトロス】の背後で大きな一つ目玉を青く光らせる【ランドゲイザー】。

 血管のような筋を浮かび上がらせた生々しい球体と一つ目玉。

 加えて身体中からは触手を生やし、その触手の先からも小さな目玉が産まれてはギョロギョロと辺りを見渡していた。

 ……こちらは『純竜級』モンスターだろう。

 先ほどの熱線と言い、純粋に戦うのなら【オルトロス】よりも厄介そうだ。

 

 

 「前衛の【オルトロス】に後衛の【ランドゲイザー】かな?」

 『BRURURuuuu』

 

 

 かなりの深さの『地下迷路』で謎に開けた広い空間。

 そして、今まで一度も見なかった強力なモンスターが二匹……これは明らかにおかしい。

 アレウスが嘶きを上げ、威嚇。

 【怒涛之迅雷】がスパークを暗闇に弾けさせる。

 互いに睨み合うように動けない状況で、私だけがジッとその様子を観察していた。

 

 

 「動かないし……初手の奇襲も多分警告だね」

 

 

 動かないのか。

 それとも、後ろに守るべき(・・・・・・・)ものがあって動(・・・・・・・)けないのか(・・・・・)

 どちらにせよ、するべきことは変わらない。

 

 

 『GAWOOOOOOuuuuu~~ッ!!?』

 

 

 唸り声を上げ、驚いた様子を見せる【オルトロス】。

 そんな二匹の門番を目の前に……私は【怒涛之迅雷】を収納し、【ミラーズ・ベイ】を片手にアレウスへと飛び乗っていた。

 敵からすれば、わざわざ私が優位を無くした理由が分からない。

 故に、見るからに困惑した様子を見せているのだろう。

 しかし、

 

 

 「片腕なしの戦闘は初めてだからね。ここで調整させてもらうよ」

 

 

 右腕代わりに手綱へ巻きついた【不死鳥の紅帯】。

 左手に握った深緑の長槍が空気を切り裂き、薄っすらと朧げな金属徳烏有の光沢を光らせる。

 私は目の前の敵へと笑いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 『AOOOOOOoooo~~~~Nッ!!』

 

 

 長槍を構えたヴィーレを見て、真っ先に動き出したのは【オルトロス】。

 二頭の頭を持つ【オルトロス】の片割れ。左の犬頭が大きく息を吸い込み、そして放った《ハウリング》である。

 『地下迷宮』に反響する《ハウリング》は木霊し、相手へ【硬直】を付与し、聴覚を潰す。

 そして……更にもう片方の犬頭が空間を埋め尽くすほどの《火炎ブレス》を吹き放った。

 聴覚を潰し、そして視界を埋め尽くす炎。

 これが【オルトロス】の常套手段。

 門番を任された【オルトロス】の役目であり、そのまま【硬直】している敵へと向け駆けだした。

 

 

 『FAVOBIIiiiiiii――――』

 

 

 駆けだした【オルトロス】の動きに間髪入れず、動き出す【ランドゲイザー】。

 聴覚も、そして視界も塞がれてはいるが【ランドゲイザー】は構わず、全ての目玉へと力を凝縮させていく。

 

 視界が塞がれている。

 ――関係無い、【ゲイザー】とは《透視》に《熱源感知》、その他様々な視覚を持つモンスターなのだから。

 

 聴覚が機能しない。

 ――関係ない、そもそも【ランド・ゲイザー】に耳など有りはしないのだから。

 

 本体から生えた触手の目玉から撃ちだされる《光熱線》。

 大きな本体の目玉が黒一色に染まり、放とうとする《ダーク・レイ》。

 

 

 『GA、GAGIIIIIiiiiiiii――――!!』

 

 

 例え、敵が壁を作り《火炎ブレス》を。《光熱線》を防ごうとも無駄だ。

 『闇属性魔法』に該当する《ダーク・レイ》は全ての攻撃をすり抜け、生物に致命的なダメージを与えるだろう。そして……例え暗闇の中だろうと、視界を塞がれた中だろう【ランド・ゲイザー】は外さない。

 全てを見通す一つ目の巨眼は、炎の向こう側の敵の姿をハッキリと見通し、

 

 

 『GIi――――?』

 

 

 何かを放り投げようとする人馬を。

 アレウスに《騎乗》しながら、身体を弓のよう(・・・・・・・)にしならせる(・・・・・・)ヴィーレの姿を捉えていた。 

 それはまるで槍投げの選手が見せるような予備動作の様で――。

 

 

 

 

 

 「ハァッ!!」

 

 

 裂帛一投。

 次の瞬間、光線の如く投げられた【ミラーズ・ベイ】が【ランド・ゲイザー】の目玉を貫いた。

 

 

 『GARUUUuuuuuu!!?』

 

 

 一瞬で光の粒子となる【ランド・ゲイザー】。

 そんな相棒の様子に【オルトロス】も目を見開くが……そんな隙をヴィーレが見逃すはずも無い。

 

 

 「アアァ■■■■■■■ァ――ッ!!」

 『HIHIIIiiiiiii~~Nッ!』

 

 

 ――《魔獣咆哮》。

 《ハウリング》を無理やり掻き消し、《火炎ブレス》を吸収したヴィーレが炎の壁から踊り出た。

 《魔獣咆哮》に興奮し、赤い目を爛々と光らせるアレウス。

 スキルによって加速したアレウスは一瞬で数十メテルの距離を駆け抜けた。

 

 そして……超スピードで突撃してくるアレウスを【硬直】した【オルトロス】が躱せるはずも無い。

 

 その巨体の身体は簡単に宙を舞う。

 天井へ、そして地面へ。

 石の壁を破壊しながら何度もバウンドし、そのまま立ち上がることなく倒れ伏したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――お疲れ様、アレウス」

 

 

 予想以上に呆気なく着いた決着。

 時間にしてほんの二十秒も無い……片腕の身での『純竜級』モンスターとの交戦。

 最悪の場合には壁に激突し、この部屋自体を《紅炎の炎舞》で焼き払うことを考えていた私は、安心し緩んだ緊張を解すように息を吐いた。

 

 

 「フェイのカバーもあって助かったよー。多分、片腕だけだと出せるのは……7割程度かな?」

 

 

 風も無く、たなびく【紅帯】を見下ろしながら笑みを浮かべる。

 正直、予想以上だ。

 【騎神】に就いてからだいぶ戦闘を経験しているからか、速さに追いつかなくても感覚で制御出来てきている気がする。

 ――動く速度。

 ――自分と敵との距離。

 ――アレウス達の動けるタイミング。

 視覚が全く追いついていない私がけど……風をきる感触で、駆けるたびに伝わる反動で。手綱越しに分かるアレウスの息遣いで推し量れるようになってきている気がした。

 もちろん、今回に関してはアレウスの手加減と気遣いのおかげもあるけど……。

 きっと昔の私なら《騎乗》中に長槍を投擲するなんて言う芸当は出来なかったはずだ。

 少しだけだがハッキリと分かる、目に見えない――ステータスに表示されない成長に嬉しくなりながら、私はアレウスの硬い鬣をグシャグシャと掻き撫でた。

 

 

 『BURUUUU~』

 「――あ、【オルトロス】の方は倒さないでおいてくれたんだ」

 

 

 褒められて満更でも無さそうな唸り声を上げるアレウス。

 私は壁に刺さったままの【ミラーズ・ベイ】と【ランド・ゲイザー】のドロップアイテムを回収しながら、倒れたままの【オルトロス】へと近づく。

 ……もちろんアレウスからは居りないが。

 

 

 「――なんていうか……良く生きてたね? アレウスに撥ねられたら弾け飛んでも可笑しくないと思ったけど――」

 

 

 『STR&AGI』型のアレウスや『END』型のアロンと比べてステータスの並びが良いのかもしれない。

 《ハウリング》に《火炎ブレス》、ステータスと意外とバランスが良いみたいだ。

 『亜竜級』モンスターとは言え、【オルトロス】。

 相性が良かっただけで本来はもっと手強いモンスターだったのかも。

 そんな他愛もないことを考えながら、私達はゆっくりと【オルトロス】へとちかづく。

 そして……

 

 

 『GA、GAUUuuuuuuaaaaAAAAAA!!』

 

 

 突然見開かれた鋭い眼光。

 片割れの犬頭の口が私達へと開き、真っ赤な炎が噴き出した。

 

 

 「――フェイ」

 

 

 それに対して私が取るのは名前を呼ぶだけである。

 同時に放射状に吹き出された《火炎ブレス》が収束し、【紅帯】へと吸い込まれていった。

 私には炎は届かず、HPを減らすこともない。

 ただ《火炎増畜》で増強されたMPとSPが貯蓄され、【紅帯】が赤く輝いてく。

 30秒も続いた【オルトロス】の最後の抵抗。出し尽くした《火炎ブレス》は虚しく消え、【オルトロス】ガックリと目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 『BURUUUUッ!』

 

 

 死んだふりをした【オルトロス】をアレウスが小突く。

 

 

 『『KYUUuu~~N……』』

 

 

 瞬間、ビクリッと跳ね起きた【オルトロス】。

 傷ついた身体を仰向けに、お腹を私達へと差し出しながら子犬のような鳴き声を漏らした。

 ……なんだか思ったより元気そうだ。

 と、言うよりなんだか弱い者いじめをしているような気分になってくる。

 

 (――別にしたことも無いけど)

 

 

 「――獣がお腹を見せるのは服従の合図だっけ? ……番犬として良いのかは疑うところだけど」

 『BURUUUUU』

 

 

 潤んだ四つの目で私達を見上げてくる【オルトロス】。

 私はアレウスの上から見下ろしながら躊躇する。

 戦えない――降伏した敵を目の前にとどめを刺すべきなのだろうか?

 そもそも犬? ――相手に。

 人としてと言うか、戦士としてと言うか。……相手はモンスターなんだけど。

 

 

 「……凄くとどめを刺しにくい」

 

 

 無防備な【オルトロス】の頭に槍を突き刺すか、アレウスがそのお腹を踏み砕くか。もしくは見逃してあげるか。

 しばらく長考し、そして……

 

 

 「――うん、こうしよう」

 『『KYAUuu~~N!??』』

 

 

 【アドーニア】で出来る限りの拘束系状態異常を付与し、その場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 『地下迷宮』の開けた空間で門番のモンスターを倒した私。

 状況としては一切好転していないまま、私は【オルトロス】達が守っていた通路の先へとゆっくりと足を進めていた。

 暗闇で全く先が見通せなかった地下道。

 しかし、進むにつれて少しづつ明るくなり……目の前に現れた扉にたどり着くころには《暗視》も合わせれば、十分に見える程度には通路は明るく照らされていた。

 それも所々に設置された『魔灯』のおかげだ。

 脇道も無い――門番に守られた典型的な『秘密の部屋』。

 私はアレウスへと《騎乗》し、片手に【ミラーズ・ベイ】を握る。《危険察知》も合わせた最大限の警戒を払らう。

 

 

 「――【解体王】じゃない。……多分、あいつはこんなことはしない」

 

 

 これは【解体王】の隠れ家ではないだろう。

 あの気の狂った<マスター>なら【オルトロス】と【ランドゲイザー】は《解体》され、『死体生物』と成り果てていただろう。

 加えて、ここには血に塗れた骸が転がっているはずである。

 

 

 ――なら、誰か?

 

 

 可能性は無限大にある。

 だけど……この『地下迷路』に潜ることができ、隠れ家のような指名手配されているだろう人物は1人しか思いつかない。

 

 

 「――」

 

 

 その正体を確信するべく、私は扉の取っ手へと手をかけた。

 そして、

 

 (……? 鍵が掛かっていない?)

 

 罠もなく。

 そして鍵が掛かっていることもない。

 頑丈そうなその扉は軋む音を立てながらゆっくりと開いていく。

 

 扉を開けた先――そこは何の家具も置いていない小さな部屋だった。

 

 ――1人用の質素なベッド。

 ――卓上に置かれた手帳と一枚の地図。

 ――防具も武器も無い……灰の入った瓶(・・・・・・)と湯気が立ち昇るマグカップ。

 

 

 「……【義賊王】」

 

 

 何も【義賊王】の手掛かりはない。

 しかし、それでも分かってしまった。

 私は口を紡ぎ、開かれたままの手帳へと手を伸ばす。

 

 

 「――『決行は満月の夜。アクシデントにより一日早める』」

 

 

 書き殴られたページは濡れ、文字が僅かに滲んでいる。

 きっと雨で濡れたのだろう湯気が上がったマグカップと言い、ついさっきまで此処に居たらしい。

 多分……30分前には此処に居た。

 私はそのまま手帳ページを左へ――今までより過去へと巻き戻す。

 それは三か月前、【解体王】の猟奇殺人が起こる前から始まっていた。

 

 

 

 ――『この“氷冷都市”では、腐った汚物はそれ以上腐らない。ただ、現状維持で連鎖的に他の物を腐らせる』

 

 だから手入れがいる。

 

 ――『皆殺しと言う汚物の処理が必要だ』

 

 何のことを言っているかが分かる。

 汚物とは<グランドル>に住み、人間を食い物にして豪遊しているティアンの事だ。

 貧民街で飢餓に苦しみ、寒さに身を凍らせ、病に怯え暮らす。

 手を差し伸べようともしない、ただ自分たちの生きる糧としかとらえない――『奴隷狩りで見て見ぬ振りをした人間』だ。

 

 ――『ただ、この街は既に半分腐っている。直ぐに処理することは出来なかった。だから……処理しても皆が生き残れるように私が育てた(・・・・・)

 

 顔の見えない【義賊王】。

 素顔を覆った靄が少しづつ私の中で晴れていく。

 

 ――『【義賊王】として街で騒ぎを起こせばドラグノマドの議会も動くはずだ。騒ぎを起こし、私自身が【義賊王(・・・・・・・)】の討伐願いを(・・・・・・・)嘆願しよう(・・・・・)

 

 「私が受け取ってきました」っと、聞きなれた声が頭に響いた。

 

 ――『腐りきった街は治らない。だから……私が壊し、私が作り直すのだ』

 

 そして、最後に一文。

 

 ――『これを我が妹に捧ぐ償いとし、私自身への罪とする』

 

 

 

 文字が途切れたページには一枚の写真が挟まっていた。

 ベッドに寝転ぶ脚が【石化】した少女。

 そして青い瞳の――今と姿の変わらないあの人の姿が。

 

 

 「……急ごう」

 

 

 私はその手帳を【アイテムボックス】へと仕舞い込み、出口を探す。

 これほどの『地下迷宮』だ。

 抜け道か、もしくは迷路の地図でも無ければ簡単に行き来が出来ない。

 私は部屋中を出口を探すように見渡し……天井に開いたマンホールのような一本道を見つけた。

 先は見えない。

 何処まで続いているかも分からない梯子の掛かった抜け道。人間1人が通るのには十分な縦穴を見つけて、

 

 

 「――《送還》―アレウス」

 

 

 後ろに控えていたアレウスが【ジュエル】へと吸い込まれていく。

 

 

 「フェイ、飛ばして」

 

 

 同時に【怪鳥】形態へと戻ったフェイの脚を片手で掴んだ。

 フェイは応える、<エンブリオ>として私の願いに沿うように。

 炎の矢の如く抜け穴を駆け抜け、穴を蓋していた木の扉を突き破り、地上へと私を運び出した。

 飛び出したのは小さな小屋の中。

 私はそのまま薄暗い小屋を飛び出し、外へと出る

 そして……

 

 

 「――ッ!」

 

 

 見た、雨が止んだ曇り空を。

 分厚い雲から顔を覗かせ、明るく照らす金の満月を。

 曇天の空は太陽を覆い尽くし、『地下迷宮』は時間感覚を狂わせたのだ。

 

 

 「今日が満月? ――なら、【義賊王】は……」

 

 

 漏らす独り言。

 あまりに急に進んでいく出来事に、私は呆然と立ち尽くしす。 

 私の声は夜に溶け、

 

 

 「あぁ……もう行きよったよ」

 

 

 1人の老人の耳へと届いていた。

 私は驚きながら声のする方へと振り返る。

 すると……私が気がつかなかっただけだろう、そこは以前シアンさんに案内され訪れた『焼却所』の近くだった。

 夜の中で真っ赤に燃え、人だった躯を燃やす。

 死者を追悼するように、朝から止まることなく夜空へ灰を散らしていた『焼却所』の前には1人の老人が座り込んでいたのだ。

 

 

 「……あなたは」

 「儂が誰かかは、今は関係無いんじゃないかのぉ。お前さんは……急いだ方が良い」

 

 

 全てを見通すように老人は呟く。

 その目は一度たりとも此方を見ることなく、ただジッと、躯を燃やす火を映していた。

 

 

 「――」

 

 

 私はその言葉に押し黙る。

 そうだ、今大切な事はこの老人が誰かではない。【義賊王】は既に動き出したと言う事実なのだから。

 街は争いの気配はない、まだ不気味な程静まり返った<グランドル>の街のままである。

 私は確認するために、再び口を開き――

 

 

 『ドォォオーー~ンッ!!』

 

 

 街に響いた爆発音と二度目の街に鳴り響く『警鐘』に口を閉じた。

 ……始まった。始まってしまった。 

 ――1度目の悲劇が『奴隷狩り』だと言うならば。

 ――2度目の悲劇が『死体生物』の襲撃と言うならば。

 これから起こるのは3度目の悲劇。

 全てを失った【義賊王】による怒りと、そして“氷冷都市”の『終幕』を告げる最後の悲劇だ。

 私は爆発に反応するように、とっさにフェイへと《騎乗》する、そして。

 

 

 「……頼みがあるんじゃ」

 

 

 背後から聞こえた老人の声に一瞬だけ動きを止めた。

 

 

 「もしお前さんが強いのなら、【義賊王】の正体を知ってると言うのなら……この老いぼれの最後の願いを聞いて欲しいんじゃ」

 

 

 言葉を最後まで聞く時間もない。

 フェイはその炎の翼を力一杯羽ばたかせ、ゆっくりと宙へと舞い上がる。

 そして、

 

 

 「叶うなら【義賊王】を……シアンを救ってやってくれんかのぉ」

 

 

 掠れるように聞こえたその声に私は何も言わず、ただ頷いた。 

 ……当たり前だ。

 元より【義賊王】の企みは阻止する、それはとうに決めたこと。そこに『【義賊王】を救う』と言う追加条件が加わったとしても私には何の問題もない。

 なんと言ったって彼女は、

 

 

 

 

 

 ――ヴィーレ・ラルテは最速の騎兵なのだから。

 

 

 

 

 

 【クエスト【【墓守(アンダーテイカァー)】の頼み事――【義賊王(キング・オブ・シィーウズ)】シアンディールを救え 難易度:五】が発生しました】

 

 【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

 

 

 



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第23話 譲れぬ意志

 □□□

 

 

 

 

 

 雨が止んだ曇天の夜の空。

 月明かりは<グランドル>を照らしては雲に隠れ、そしてまた照らしだすを繰り返していた。

 風もない、凍えるような真夜中は砂漠の街を極寒の氷の街へと変貌させる。

 ――砂漠へと染み込んだ雨が。

 ――濡れた建物が。

 冷やされた雨水は薄氷を張りながら白い霜を下ろし、民間や街門の扉を凍り付かせて、何人たりとも逃がさない氷の檻へと姿を変えさせたのだ。

 

 しかし、そんな氷の檻と化した<グランドル>で、唯一赤く染まっている建物があった。

 仕掛けられたら【ジェム-《エクスプロージョン》】の爆発によって薄氷ごと窓が吹き飛び、石材製の建物を爆炎が霜を一瞬で焼き溶かしながら燃やしていく。

 この街で一番大きな建物――半壊炎上した市(・・・・・・・)長の館(・・・)の姿がそこにはあった。

 

 

 「――雨ガ降ッタ割ニハ良ク燃エル」

 

 

 男は……【義賊王】はその火を見ながら呟いた。

 対面の民家へと腰を下ろし、頬杖を突きながらジッと燃えていく様子を眺めている。

 深く被ったローブの奥の瞳の『青』と炎の『赤』が混じりあい『紫』色に染まる。僅かに見えた口元は歪み、静かに嗤っていた。

 

 

 「アァ、楽シイナァ」

 

 

 燃える建物から聞こえてくる悲鳴も。

 泣きわめく助けの声も【義賊王】には【奏楽王(キング・オブ・オルケストゥ)】のオーケストラよりも、声を耳にするだけでも数十億リルはくだらないと言われる【歌姫(ディーヴァ)】よりも心地よい。

 それは【解体王】のような快楽殺人ではない。

 『妹』を……貧民街の家族同然の仲間たちを殺したことからの復讐によるものだ。

 もはや目の前で泣き喚く人間たちは人ではない……【義賊王】にとっては、家族を見殺しにした腐敗物であった。

 ……故に、嗤う。

 だからだろう、口元は歪みながらも目は一切笑っておらず、燃える建物を観察していたのだった。

 

 

 「……五月蠅イナ」

 

 

 ――鳴り響く『警鐘』へ煩わしそうに視線を向ける。

 そして、

 

 

 「「う、うわぁぁぁぁああああーーっ!!」」

 

 

 左手に巻き付いた鎖が伸び、危険を知らせる『危険警鐘(マジック・ワーニング)』を破壊した。

 瓦礫の砕ける音と悲鳴。

 『危険警鐘』が落ちる方向には目も向けない。

 

 仮に【義賊王】が本気で皆殺しにしようと思えば、既に<グランドル>は火の海と化していただろう。

 

 ――《ライト・オーバースナッチ》で火薬庫を破壊すれば良い。

 ――《義賊の流儀》で強化されたステータスで暴れ回れば良い。

 ――伸縮自在の鎖で、蹂躙すればいい。

 

 市長の館に仕込んだ【ジェム】一つにしてもそうだ。

 もっと大量に仕込めば、跡形もなく吹き飛ばすことも出来ただろう。火事を消化しようと目まぐるしく走る憲兵を殺せば、火事はもっと広がっただろう。

 しかし……【義賊王】はそれをしない。

 

 

 「奪ワレル痛ミッテ言ウノハ、死ヌヨリモ苦シイダロ? ダカラ俺モ奪イ取ッテヤルコトニシタンダ」

 

 

 それは全てを奪われた。

 裏切られた痛みを奴らにも分からせるため、そのため全てを破壊したうえで【義賊王】は市長を殺す。

 できうる限りの苦しみを。

 想像つく限りの絶望を与えて殺す。

 そう【義賊王】は心に決めていたのだから。

 

 

 「ローズマリー……モウ少シデ全部終ワルヨ。俺モモウスグ其方ニイク」

 

 

 【義賊王】は指に着けた銀色の指輪を炎にかざして呟く。

 それは『特典武具』でも……希少なレアアイテムでもない、【義賊王】の妹だったローズマリーの唯一残っていた遺品だった。

 炎を反射し、淡い赤に染まる。

 ローズマリーの名と同じピンク色の指輪を【義賊王】は懐かし気に眺める。

 混乱する街を背景に見た銀の指輪は【義賊王】を感傷に浸らせた。

 

 

 「……」

 

 

 

 

 

 長いような、短いような時間だけが過ぎていく。

 そして、

 

 

 『……【義賊王】』

 「――何ダ?」

 

 

 傍に置かれた無線――長距離用通信機である【サーチ・コンタクト】から聞こえる声。

 その物静かな機械声に我に返った。

 

 

 『……【騎神】を確認した』

 「アァ、多分来――――」

 

 

 【義賊王】が【サーチ・コンタクト】越しに返事を返そうとしたその時。

 言葉は最後まで続くことなく、声が途絶えた。

 それは、目の前で急速に収束し始めた炎を見たから。

 

 

 「……速イナ」

 

 

 既に複数の建物を飲み込み大火事と化していた炎は、一瞬の内にどこかへと吸収されたのだ。

 ……あの不死鳥の能力か。

 【義賊王】が【騎神】ヴィーレの騎獣で知っているのは三体。

 

 ――炎の不死鳥。

 ――地盤の地竜。

 ――半神の軍馬。

 

 直に見たのは不死鳥と地竜だけだが、おそらく間違いはないだろう。

 【義賊王】はそう予想を付け、鎖を鳴らしながら短剣を身がまえる。同時に右手を自由にし、《ライト・オーバースナッチ》を装填した。 

 意識を戦闘に切り替え、1万超えのAGIに相応しい超音速機動の世界に足を踏み入れた。

 ………張りつめた緊張の糸。

 全身の力を抜き、即座に動けるように準備をし、最大まで上げられた《気配察知》スキルを自身の周囲へと張り巡らせた。

 そして――

 

 

 

 

 

 「――ッ!!?」

 『KWEEeeeeeeーー!!』

 

 

 見えなかった。

 AGI型である【義賊王】。

 選ばれた者だけが到達することが出来る速度の次元、そこに足を踏み入れているはずの【義賊王】が反応も出来なかったのだ。

 全く反応できない3倍以上のAGI。

 ティアンの中では俊足の速さを誇る【義賊王】故に、自分よりも速い。予想以上の速さに反応が遅れてしまったのだ。

 

 

 「グッ!」

 

 

 超音速機動で駆ける不死鳥は、そのまま【義賊王】の腕を攫いながら空へと飛翔する。

 身体を襲う凄まじい冷気と風圧。

 爆風を食らったように不死鳥とは逆方向へ身体は引かれ、夜の寒さが手足の感覚を瞬時に奪っていく。遥か上空まで連れ出され、一瞬でピンチに陥った。

 しかし……【義賊王】は何度も死線を潜り抜け、生き抜いてきた者。

 瞬時に最善の行動を導き出し、実行する。

 

 

 「《ライト・オーバースナ――――」

 

 

 不死鳥に《騎乗》する【騎神】へと振るわれんとする右手。

 心臓を奪い取る《ライト・オーバースナッチ》の右手は、即死の技となりながら対象(【騎神】)へと伸ばされる。

 射程距離は十分。

 奪い取る右手は振り切られ………そして何もその手に掴めないまま空を切った。

 同時に【義賊王】の身体を襲い掛かる浮遊感。

 《ライト・オーバースナッチ》が放たれるより先に不死鳥が【義賊王】の腕を放し、その身体を遥か上空へと投げ出したのだ。

 

 ――『上空:800メテル』。

 

 放物線を描きながら自由落下する【義賊王】だが、その様子は慌てることも無く依然として冷静である。

 むしろこれこそが【義賊王】の真の狙い。

 乱回転する身体を、両手足を伸ばし安定させる。そして左腕に巻かれた鎖を伸ばし、まるでアンカーのように地面に突き刺した。

 伸縮自在、かつ自由に動かすことが出来る鎖。

 その特性を利用して、ゆっくりと減速。地面に叩きつけられることなく、無事に地上へと着地したのだ。

 

 

 「――カナリ運バレタカ」

 

 

 同時に【義賊王】はそこが既に<グランドル>の外であることを察した。

 夜の魔境と姿を変えた砂漠。

 街からはギリギリ1キロメテル以内ではあるが、《気配察知》は砂中で蠢くモンスターの気配を捉えていた。

 少なくとも直ぐには街へと戻れない。

 民家に閉じ込めていた糞共も、市長もどこかへ避難してしまうのは止められないだろう。

 そこまで考え、【義賊王】は自身の背後を睨みつけた。

 

 

 「……ヤッテクレタナ、【騎神】」

 「貴方に街を襲わせるわけにはいきませんから。【義賊王】――ううん、シアンさん」

 

 

 夜の砂漠。

 そこには太陽の如き炎を纏うフェイに《騎乗》したヴィーレが居たのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◆【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「そうです………か、正体がバレているならこの声や姿を隠すのは止めましょう」

 「……簡単に偽装を解くんですね」

 

 

 向き合った私と【義賊王】。

 真っ暗な夜の砂漠でフェイの炎だけが光源であり、私達を炎の明かりがオレンジ色に照らしていた。

 そんな中、何でも無さそうに正体を明かした【義賊王】。

 ――カタコトの高めの声が、聴きなれた………しかし、間延びしていない声に戻る。

 ――顔を隠していたフードを脱げ、癖のある茶髪と青い瞳が晒される。

 紛れも無い【大商人】シアンさん。

 全ての隠蔽スキルが解かれ、正体を明かした【義賊王】シアンディールの素顔がそこにはあった。

 

 

 「多分、『地下迷宮』の隠れ家で日記を見たんですよね? それとも【墓守】のじいが漏らしたのか。

  どちらにせよ、ばれた事を隠す意味もありませんし………隠す必要も無くなりましたから」

 「……」

 

 

 変わってしまった口調で話す声。

 それは驚く程に穏やかで落ち着いたものだった。

 ――【凍結】しても可笑しくない寒さ。

 ――蠢くモンスター。

 どちらも【義賊王】であり<グランドル>出身のシアンさんは当たり前のように対策済みの事なのだろう。しかし、それは決して先ほどまで市長の館を襲い、眺めていた男が出せる声では無かった。

 

 (……なんでだろう)

 

 私はそんなシアンさんが少しだけ恐ろしかった。

 間延びした声で穏やかで、子供たちの為に働く優しい【大商人】のシアンさん。

 冷静で頭が回り、街の人々を殺すことに対し何の感情も持たない冷酷な【義賊王】のシアンさん。

 激しい落差。そして矛盾しない二つの性格。

 どちらも同じシアンで、そして目の前にいる人物こそが本当の姿なんだと私はようやく理解できたのだ。

 

 

 

 

 ………だからこそ分からない。

 

 

 「何で………何でいきなりこんな事をしたんです」

 

 

 シアンさんならいつでも市長の館を襲撃することが出来た。市長を亡き者にする事も難しくなかったはずだ。

 なんども裕福な商人を襲撃して逃げ切っている【義賊王】。

 戦闘職のティアンが少ないこの街では、誰も【義賊王】を止められる者はいないはずである。

 しかし……シアンさんは実行しなかった。

 それは彼にとって貧民街の人々を。家族を守ることが最も大切だったからに違いない。

 結果、こうして少しづつだが状態は好転している。

 今回の襲撃はそれら全てを――シアンさんの数十年の努力を水の泡にする行為だ。

 

 

 「少なくとも………私の見てきたシアンさんはそんな選択をする人じゃなかったっ!!」

 

 

 声を荒げる。

 ……分かっている。

 【義賊王】であるシアンさんが体験した悲劇も、怒りも。

 それでも到底納得することが私には出来なかったのだ。

 

 

 「そうですね………」

 

 

 そんな私に、シアンさんは困ったように笑った。

 

 

 「別にそこまで難しいことでも無いんですよ。

  ………()は、元から街の住民全員皆殺しにするつもりだったんだから」

 

 

 事も無げにそう言い切った。

 

 

 「――昔話をしよう」

 

 

 少しづつ変わっていく口調。

 それはまるで笑みを浮かべるシアンさんが崩れていくような。【義賊王】であるシアンディールに戻っていくようでもあった。

 

 

 「昔々、ある貧民街に男が居た。男は無知で馬鹿で、どうしようも無い愚か者だった。

  だが、そんな男の人生は一転することになる。街の有力者………その当時、最も権力のあった【豪商(ウェルシー・マーチャント)】に拾われ弟子となったのだ。男は無我夢中に、がむしゃらに働き、いつの間にか街一番の【豪商】の右腕と言われるまでに成長していたのだ」

 

 

 また一筋、笑みの仮面に罅が走った。

 

 

 「しかし……そんな男に悲劇が起こる。男の唯一の妹が、家族が奴隷として売られて殺されたのだッ! 

  数日間、<カルディナ>中を駆け回りようやくわかった妹を殺した犯人。――<グランドル>の市長を殺すため、男は貧民街を飛び出そうとして………そして見てしまったんだ。

 

 

  ――恩人で、師匠と慕っていた【豪商】が貧民街の生き残りを捉え、奴隷として売ろうとしている所を」

 

 

 ■■

 

 ――『シアン………? お前、今までどこに行っていたんだっ? いや、それよりも早く手を貸しなさい。質が悪い奴隷だが、コレを売り払えばまた大量の金が手に入るぞ。

   全く、楽なもんだ。街のゴミがこんな言い値で売れるとはな。全部捕まえて売り払って、この辺りに新しい店を建てよう。――そうだ、娼館にしよう!! 捕まえた奴を死ぬまで働かせれば無限に金が手に入るぞ!』

   

 ■■

 

 

 仮面は完全に砕け散り、笑顔を憤怒の形相へと変えた。

 そのままシアンディールは語り続ける。

 

 

 「今まで慕っていた【豪商】は他でも無い………貧民街を襲った【奴隷商】だった。だけど男は愚かだ。

  その光景が信じられず、助けを求める家族(貧民街の仲間)の声にも耳を貸さずに聞いたんだ」

 

 

 ■■

 

 『――何? 足の石化した商品()? 

  あぁ、あの欠陥品か……売れないと思ってたんだがな、顔が良かったから市長が言い値で買い取ってくれたよ。何でも普通じゃないプレイが好きなんだそうだ。理解は出来んが大金を払ってくれた』

 

 ■■

 

 

 「頭が真っ白になって――気が付いたら俺はそいつ(【豪商】)を殺していたッ!!」

 

 

 吼えるシアンディール。

 その姿に私の知るシアンさんの姿は、もう少しも見つけることが出来なかった。

 私は、何も口にする事が出来なかった。

 ただ黙り、シアンディールの怒りを見る。

 

 ――『ドンッ!!』

 

 怒りのやり場のないシアンディールの脚が踏み下ろされ、砂が舞った。

 舞い散った砂は風に乗せられることも無い。凍り付いた砂はそのまま砂漠へと落ちる。

 そして……顔を伏せ、見えることの無かった【義賊王】の青い瞳が私を貫いた。

 

 

 「『奴隷狩り』が今まで無かったわけじゃ無い。だが、俺が貧民街を複雑に作ることで。地下道を拡張して張り巡らせることで避難所を作って防いでいた」

 

 

 それがあの『地下迷宮』。

 冷凍庫として使われていたころから大きく姿を変え、迷路のように入り組んだ地下道。

 

 

 「だが……それが仇となった。俺の設計図を奴らが盗み映したからだ」

 

 

 血走った眼でシアンディールは言う。

 血反吐を吐くように。

 噛み切った唇から血を流しながら言った。

 

 

 「――俺が、皆を。ローズマリーを殺したんだ」

 

 

 『奴隷狩り』から逃げ出し、避難した先。

 そこで【奴隷商】の待ち伏せにあい、一網打尽にされてしまったのだ。

 【義賊王】はそれを自分のせいだと言う。

 きっとそれは違う、しかし私が何を言っても耳を貸さないような気がした。

 

 

 「優しいシアン? 違うっ!! 俺はそうしなければ狂って死んでしまいそうだった!

  <グランドル>の街を回していた市長と【豪商】。その両方を殺してしまえば街は回らなくなる……そうすれば真っ先に死ぬのは生き延びた貧民街の仲間たちだ。

  だから俺は市長を殺せなかった……殺せない怒りで、気が狂ってしまいそうだったッ!!」

 

 

 【義賊王】の右拳から血が流れた。

 余りに強く握り込んだせいで爪が食い込み、肉が裂けたのだ。

 

 

 「思い知らせてやるのさ、奴らが奪った『命の価値』を。俺が教えてやるのさ、その命を対価にしてな。

  当たり前のように死んで蘇る――お前たち<マスター>には分からないかもしれないがな」

 

 

 そして……【義賊王】は左手に握ったナイフを私へと突きつけて言う。

 

 

 「――【騎神】、お前の視線の先には何がある?」

 

 

 何かを見極めるような。視線だけで人を殺せそうな目が私を見通した。

 

 

 

 

 

 「――あの街に、何に守る価値がある」

 

 

 押し黙る私に【義賊王】は言う。

 

 

  「……邪魔をするな【騎神】、お前たちはただ見ていればいい。【解体王】は糞共を皆殺しにしてから俺が殺す。それでも邪魔をすると言うなら……此処で殺す」

 

 

 吹き荒れる殺意の嵐。

 私の中で《危険察知》が頭の中で大警鐘を打ち鳴らす。

 手足は凍りついたように動かず、心臓は鷲掴みにされたように激しく心音をならした。

 それでも私は動かない口を開き、声を振り絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――確かに、市長に生きる価値は無いかもしれない」

 

 

 凍りついた指先を力強く握り込んだ。

 

 

 

 「――シアンさんの言うことは正しくて、間違っているのは私かもしれないけど……」

 

 

 ……だけどッ!!

 

 

 「――私は、貴方を此処で止めるッ!!」

 

 

 私は知っている……シアンさんは全てを終わらせ死ぬつもりだ。

 市長を含めた住民を皆殺しにした後始末のために、自分自身を生贄にして調査団を<グランドル>へと派遣させたのだから。

 ……それが、何故だか気に入らなかった。無性に腹が立った。

 <グランドル>に初めて訪れた日、私は痩せこけた貧民街の子供たちを見て怒りを覚えた。

 それは今にしてみれば、そのようにしか生きられない子供たちの境遇に怒りを覚えたのだ。全てを諦めたような、子供たちの目に怒りを覚えたのだ。 

 

 ……現実の私の目に似ていたから。

 

 そして今、私の目の前には頑固に縛られて生きている人がいる。

 長年の恨みに、子供たちを救わなければならない使命のようなものに縛られた。そして死のうとしている【義賊王】。

 私はそれが見過ごせない。

 

 (……私は<Infi()nite ()Dendr()ogram()>で我が儘に生きるって決めたんだっ!)

 

 私は、私の正しいと思ったことを貫き通す。

 【解体王】を倒し、シアンさんを救い、ホオズキの『冤罪』も解く。

 そんなハッピーエンドの未来を選んでみせる!

 例え、それが私のエゴだとしても。間違った正義だとしても関係ない。

 

 ――これが私の貫き通す信念。

 

 何度折れても諦めない、私の意志()

 決して消えない、私の決意()

 

 だから、私も譲れない。

 勇気を振り絞り、吼えるように言い放つ。

 

 

 

 

 

 「私は……私を全うするッ!!」

 「――なら、此処で死ね。【騎神】!」

 

 

 

 

 

 『【騎神】ヴィーレ・ラルテ vs 【義賊王】シアンディール』

 

 互いの譲れない意志を懸けた、長い夜が火蓋を切った。

 

 

 

 



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第24話 激突

 □【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「――フェイッ!!」

 『KWeeeeeーーッ!!』

 

 

 掛け声と共にフェイが真っ暗な夜空を飛翔する。 

 巨大な【怪鳥】形態へと変化したその身体は炎そのもの。赤い炎に僅かに混じった青い炎で出来た翼を大きく広げ、夜空に赤の軌跡を残しながら飛び回っていた。

 私はその背に《騎乗》しながら歯を食いしばる。

 左手だけで掴んだ手綱はフェイへと指令を飛ばす指示器でもあり、たった一本の私にとっての命綱である。

 ……苦しい、けど放しちゃだめだ。

 私へと牙を剥く慣性と風圧を気合で耐えながら、私は下から音も無く伸びてきた鎖から大きく距離を取る。

 そして――そのまま急降下し、【義賊王】へと突撃した。

 

 

 「《紅炎の炎舞》ッ!」

 『KWEeee!』

 

 

 眼前に迫るシアンディールの姿。

 超スピードで迫りくる光景に向け、フェイの嘴から真紅の炎が放たれ全てを赤一色へと塗り替える。

 

 ――《紅炎の炎舞》の攻撃対象は【義賊王】たった一人。

 

 避けきれない程の広範囲の炎。

 そして、その炎すらもカモフラージュにして私は【義賊王】へと接近し……

 

 

 

 

 

 「――無駄だ」

 

 

 炎を弾いて現れる、高速回転する大きな銀色の球体に緊急離脱した。

 

 

 「《ライト・オーバースナッチ》」

 

 

 同時に銀色の球体から聞こえるスキル名。

 【義賊王】の固有スキルである《ライト・オーバースナッチ》は、見えないはずの私へと正確に発動しする。

 そして、

 

 

 『KWee!?』

 

 

 緊急離脱したフェイ。

 そのスキルの範囲から逃げきれなかったフェイの尻尾の尾羽を炎ごと一部毟り取った。

 ……まさにギリギリ。

 尾羽は毟り取られたが軽傷である。《蒼炎の再生》で簡単に治る傷だ。

 しかし……【義賊王】の猛攻撃はそれだけでは終わらない。私の脳内では《危険察知》が途絶えずに鳴り続けているのだから・

 

 

 「――来るよっ!」

 

 

 フェイへと《騎乗》しながら、後方へと視線を向ける私。

 そこには、宙を走る(・・・・)【義賊王】の姿があった。

 

 (……本当にやり辛い!!)

 

 思わずそう心の中で叫ばずにはいられない。

 それほどに信じられない、馬鹿らしいような光景があったからだ。

 

 

 ――【義賊王】の左手に巻き付き、私へと伸び続ける鎖。そして鎖の上を走る【義賊王】。

 

 

 空を飛ぶことが出来ない【義賊王】の対空手段。

 まるでサーカスの【曲芸師】のような綱渡りである。

 夜の闇の中では《暗視》があっても完全に見通せるわけでもないのに、足を踏み外せば地面へと真っ逆さまな危険が付きまとうはずなのに……シアンディールは躊躇わない。

 伸縮する鎖を超音速機動で駆け抜け、私へと急接近した。

 しかし……【義賊王】が《一騎当神》で強化されたフェイにAGIで追いつけるはずも無い。

 

 『ハーフエルフ』であるシアンディールの【義賊王】。

 そのレベルは長年の商会での砂漠横断の護衛も務め、ティアンとしては異常な……『Lv.364』まで上がっている。AGIも限界なく上がり、軽く超音速に達しているだろう。

 

 しかし……フェイのAGIも《一騎当神》、《幻獣強化》。《魔獣咆哮》で強化し続け3万近いAGIを保ち続けていた。

 ――手加減無し。

 片手とは言え、本気の《騎乗》技術とフェイの速度が相合わされば追いつけ筈も無い。――そう考え、【義賊王】を振り切ろうとした瞬間だった。

 

 

 『KWee!??』

 「――ッ!! 危ないっ!」

 

 

 突然目の前に現れた【義賊王】に。

 

 

 「――《パラライズ・スロー》」

 

 

 その手から放たれた複数の黒塗りの【ナイトペイン】に、咄嗟に叫んだ。

 一切の金属らしい刃の反射を見せない短剣――【ナイトペイン】。【麻痺】が付与された【ナイトペイン】はその姿を夜の闇へと完全に溶け込ませ、私へと迫り来ていたのだ。

 炎の明かりで一部は見える、だけど。

 

 (……避けきれない!!)

 

 予想外な場所からの攻撃。

 直ぐ目の前から放たれた【ナイトペイン】を完全に避けきることは不可能だった。

 そして……流石【義賊王】。

 

 (――私以上に戦い慣れてるっ)

 

 《パラライズ・スロー》で放たれた【ナイトペイン】は一か所ではない。私が避けることも予想したうえで、避けた先でも当たるように放射状に投擲されていた。

 たしか【ナイトペイン】は安物ではない。

 それ自体がかなり頑丈なナイフだったはずである。故に《紅炎の炎舞》でも溶かしきるのは難しいだろう。

 眼前に迫る【ナイトペイン】。

 それをスローモーションのようにコマ送りにしながら、私は最適解を探し出す。

 そして――考え抜いた末に、勢いよく手綱を引いた。

 

 

 「――突っ込め、フェイッ!!」

 『――!? KWeeeeeeーーッ!』

 

 

 放射状に作り出されたナイフの弾幕。

 避けきる時間は無く、必ず当たる……それなら避けずに真っすぐ突っ込んでしまえばいい!

 私の指示に少し驚きながら、そして躊躇いなく突撃するフェイ。

 

 放たれた【ナイトペイン】がフェイの炎身体を透過する。

 避けきれない軌道の【ナイトペイン】が私の頬を掠め、一筋の赤い線をつくる。

 同時に肩にも激しい痛みと衝撃が走るが……関係ない。

 

 

 「フッ、<マスター>って言うのは随分いかれてる奴ばっからしいなッ!」

 

 

 その様子に瞠目する【義賊王】はそう私に向けて叫ぶが……その目は何処か楽し気に笑っていた。

 

 

 「貴方こそっ! ティアンだと思えない事をしますねっ!」

 

 

 私もそう返事をしながら【義賊王】を睨みつけた。

 

 ――先ほど、【義賊王】が突然私の目の前に現れたタネ。

 そのタネはなんてことはない……先ほどまで足場にしていた鎖を操り、自身の身体を私の進行方向へと放り投げたのだ。

 

 一つ間違えば、超音速機動で飛翔するフェイに激突し。

 そして地面へと落下し死んでしまうかもしれない博打のような荒業、それをシアンディールは躊躇いなく実行したのだ。

 死んでも三日経てば蘇る<マスター>の賭けではない。……【義賊王】としての、ティアンとしての命がけの技。

 今回の計画と言い、荒業と言い――まるで自分の命がどうなってもいいような行動。

 自殺志願者のような動きに私は笑うこともできず、目の前で笑みを浮かべるシアンディールを怒りを込めた視線で睨みつけた。

 

 

 「そういうヴィーレさん……いや【騎神】、お前こそ<マスター>らしくない事をする」

 

 

 【ナイトペイン】の投擲から僅かな時間。

 その僅かな時間で鎖の先を砂漠へと固定し、アンカーで引き寄せるように急降下し地面に着陸したシアンディールの声が聞こえてくる。

 不思議がるような。笑うような言葉に私は口を紡ぐんだ。

 そして一瞬だけ手綱から左手を放し、肩へと突き立った【ナイトペイン】を引き抜いた。

 

 

 「――フェイ、《蒼炎の再生》お願い」

 『KWeeee』

 

 

 返事をするような鳴き声。

 同時に肩の傷を蒼い炎が包み込み【麻痺】の状態異常ごと完治させた。

 

 

 「――《ライト・オーバースナッチ》」

 「――ッ!」

 

 

 そして、砂漠に降り立った【義賊王】から伸びてくる鎖と。

 微かに風に乗って聞こえてくるスキル名に、【義賊王】から大きく距離をとった。

 

 ……300……400……500メテル。

 

 際限なく伸び続けるようにも見える鎖。

 それが伸びるのを止めたのは【義賊王】の姿が闇に隠れ見えなくなる程の距離だった。

 500メテルもの距離を取り続け、ようやく縮み始めた鎖に私も距離を取るのを止めて宙に留まる。

 

 

 「――かなりきついね……」

 

 

 私は眉を顰め、無意識に呟く。

 それもしょうがない、【義賊王】シアンディールとの戦い。それは想像以上に苦戦を強いられていたからである。

 

 ――右腕を無くし、低下した私自身の攻撃手段。

 ――【義賊王】の伸縮自在の鎖。

 ――中距離で留まることを許さない《ライト・オーバースナッチ》。

 

 幾つもの要因が存在するが、一番の問題はそこではない。

 私が苦戦する一番の理由、それは……

 

 

 「――捕まえるって、かなり難しいんだね」

 

 

 『【義賊王】の捕縛(・・)

 敵を殺さずに捕まえるという条件が私を苦しめていたのだ。

 【義賊王】は三日経てば蘇る<マスター>である私を容赦なく殺そうと攻撃してくる中、私は捕縛しなければならない。

 加えて言うなら、私には捕縛に適した攻撃が存在しない。

 動けない程度に敵を焼き、半殺しにする。

 もしくは【アドーニア】の《栄華の庭園》で状態異常を何重にも付与し、動きを封じるしか無いのだ。

 

 (数秒。……ほんの数秒だけ接近できれば勝てるのに)

 

 『AGI型』の【義賊王】との高速戦闘。

 中、近距離での戦いに向いたシアンディールを相手に、それはほぼ不可能ではないかと思えるほどに困難な難題だった。

 私はフェイの手綱を引き、【義賊王】の周りを回るように飛翔する。

 

 

 「……あのまま逃げてくれれば俺も楽だったんだがな」

 「貴方を止めるまで絶対に逃げないよ」

 

 

 ギラついた目で笑うシアンディール。

 私はその様子を観察し……口を開いた。

 

 

 「――その鎖、『特典武具』ですよね? 《射程延長》と……きっとスキルの射程も(・・・・・・)伸ばす(・・・)スキルを持った」

 「……」

 「射程は500メテルか、さっきのがブラフなら600メテルは伸びる。……違いますか?」

 

 

 そう――これまでの戦闘で推測した鎖についての憶測を口にした。

 きっと間違っていない。そう確信しながら言葉にした。

 

 

 「ずいぶんと【騎神】っていうのは甘い<マスター>らしい。まさか目の前の敵に相手の得物の詳細を聞くとは……【盗賊】でもそんなことしない」

 「……別に教えて欲しいわけじゃ無いですよ。ただ気になっただけなので」

 

 

 先ほどまで私を殺そうと。

 【義賊王】を捕縛しようとしていた敵関係の私と【義賊王】。

 しかし何故だか今はのんびりとした、気の抜けた会話をしていた。

 【義賊王】は自身の周りに半球状の結界を作るように鎖を漂わせ、私はその隙を探るように飛び続ける。

 赤の他人が見れば、『何をしているんだ?』と首を傾げたくなるような光景。

 穏やかな会話をしつつ、かつ互いに隙を探る殺伐とした戦いが広がっていた。

 

 

 「……絶対に無いことだが……【騎神】、お前が俺に勝てたら教えてやるよ」

 

 

 自身の周りに漂わせていた鎖を縮小させ始めた【義賊王】。

 その様子に私は少しだけ笑みを浮かべ、手綱を握りしめ。

 

 

 「――その言葉、忘れないでくださいねッ! フェイッ!!」

 『KWeeeeーーッ!』

 

 

 同時に手綱を勢いよく引き、フェイは流星の如く真っすぐに【義賊王】へ向けて疾走した。

 私の推測を信じるのなら鎖の『特典武具』によって《ライト・オーバースナッチ》……、その他、全てのスキルが超広範囲で使用可能ということになる。

 鎖の先に付いたナイフにも触れるのは危ない。

 しかし、それ以上に近づくことすら危険だ。

 

 (生半可な攻撃じゃ届きすらしない)

 

 だから……私は左手に握った手綱を緩め、そして口に咥えた(・・・・・)

 そして、【ミラーズ・ベイ】をその手に握った。

 

 

 

 

 

 「――殺す気で行くッ!!」

 『KWe、KWEeeeeee~~!!』

 

 

 手加減も、油断も一切ない。

 私は長槍を前方に構え、ただ真っすぐに突貫した。

 

 

 「血迷ったか……? その長槍を薦めたのは俺だ!」

 

 

 その光景に【義賊王】は怒りに顔を歪めた。

 【ミラーズ・ベイ】、そのスキルである《衝突反撃》。

 それは【ミラーズ・ベイ】を用いた攻撃の際、自身へと伝わる衝撃を。敵の得物とぶつかり合った衝撃をそのまま【ミラーズ・ベイ】の攻撃力に反転し、叩き返すスキル。

 ――接近戦。

 加えて言うなら騎乗槍として真価を発揮するだろうスキルだ。

 それをまさか、長槍を売った本人に。こんな遠距離から堂々と晒して突撃するなど……

 

 

 「――【義賊王()】を、舐めるなッ!!」

 

 

 【義賊王】の怒りを買う――挑発に違いなかった。

 突撃する私に【義賊王】は鎖の先に付いた短剣を握る。

 そして、

 

 

 「《アクセル・シュート》ォッ!!」

 

 

 握り込んだ短剣を無動作で私へと発射した。

 『特典武具』である鎖はその特性として、使用者の『AGI』と同じ速度で自由自在に動かすことが出来る。

 そんな短剣付きの鎖が《アクセル・シュート》によって2倍に加速する。

 私へと音速――2万を超えた超音速で迫りくる短剣。

 ――その様子は……まさにミサイル。

 

 

 外すことは無い。

 その短剣の付いた鎖は『特典武具』であり、自由自在にうごかせるのだから。

 

 迎撃することも出来ない。

 触れたが最後……近づくだけでも《ライト・オーバースナッチ》の餌食なのだから。

 

 逃げる事は出来ない。

 そのミサイルは超音速。標的を500メテルまで追跡する。

 

 

 【義賊王】の怒りの一投は真っすぐ私へ。私を真正面から突き殺すように進路上へ放たれた。

 【義賊王】へと向けて突撃する私。

 私へと向けて放たれた短剣。

 どちらも超音速に達した一撃は相対速度によって遥かに速く接近する。

 このまま突き進めば【ミラーズ・ベイ】と短剣はぶつかり、私が打ち勝つ。そして《ライト・オーバースナッチ》で心臓を奪われるだろう。

 だから、

 

 

 「……舐めてなんかないよ」

 「――な!?」

 

 

 

 

 

 私はフェイの背から真夜中の闇へと――宙へとその身を躍らせ(・・・・・・・)()

 

 

 「――ッ」

 

 

 凍えるような夜の寒さ。

 その空気が吹き荒れるように私を打ち付ける。指先が瞬時に赤く霜焼けになり、先の見えない闇に背筋に寒気が走った。

 しかし、白くなる息を吐きながら……私は笑った。

 【ミラーズ・ベイ】を握った手は離さず、私はただ名前を呼んだ。

 

 

 「来てっ! フェイ、アロン――《喚起》―アレウス!!」

 

 

 叫ぶと同時に視界を炎が明るく照らし、炎が私の体を包む。

 【不死鳥の紅帯】となり、私を守ってくれたフェイがいた。

 

 

 『GWOOOOOOーーッ!!』

 

 

 地を鳴り響かせる方向と共に、闇が動いた。

 隠し続けていた《隠蔽》を解き、砂漠の砂を巻き上げながら《地盤操作》によって道が出来た。

 そして――同時に【義賊王】が地面へと膝を着き、その姿を霞ませる。

 ――アロンの《地盤超重》による重力空間。

 ――下から突き上げるように【義賊王】を持ち上げた《地盤操作》。

 下に引かれる重力と上へと突き上げられる慣性に、【義賊王】は耐えきれずに膝を着いたのだ。

 そして、

 

 

 「とばすよ、アレウスッ!!」

 『HIHIIIiiiiiii~~N!!』

 

 

 アロンが作り出した岩盤の道。

 曲がり角も無い一本道に蹄の音を鳴り響かせ、漆黒の黒馬が疾走する。

 それは初めからこうなることが分かっていたかのように。私の落下地点にピッタ合うようにに駆けだしていた。

 そして《騎乗》するアレウスの背。

 

 ――落下による衝撃は無い。

 

 落下の力をその場に置いてきぼりにするように。

 それすらも駆けだすための推進力にするように、アレウスが《一騎当神》によってそのスピードを上げたからだ。

 ――神速。

 一本道ならば片手でも関係ない。

 【義賊王】ですら目で追うのがやっとな超音速機動で真っ直ぐに駆け抜ける。

 その速度は500メテル以上あった私と【義賊王】の距離を一瞬で埋めた。

 

 

 「お、オオォォォォオオオオオオッ!! 俺は、此処で……倒れるわけにはいかないッ!!」

 「ううん、此処で止める――シアンディール!!」

 

 

 立ち上がるのも難しいはずの重力。

 【拘束】が身体をを襲う中、【義賊王】は立ち上がりながら吼えた。

 自身の長年の悲願を達するために。妹の、家族の仇を討つために。

 

 私も吼える。

 これ以上、目の前で起こる悲劇を防ぐために。

 目の前にいる……私にとって、そして<グランドル>中の人々から信頼される――怨念に囚われたシアンディールを救うために。

 

 

 

 

 

 【義賊王】が《瞬間装備》でその左手に一丁の拳銃を握りしめ、何かを掴む様に右手を前へ……前へと伸ばす。

 

 私は左手の【ミラーズ・ベイ】で【義賊王】の拳銃を狙い、一歩……たった一歩でも早く【アドーニア】の射程に入ろうと手綱を強く噛みしめた。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――《狂乱魔笛》ィィイイイッ!!」

 

 

 どこからか聞こえた奇声共に地面が割れ、足場の岩盤ごと突如発生した砂地獄へと落下したのだった。

 

 

 

 



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第25話 蒼い羽

 □“氷冷都市”<グランドル>

 

 

 

 

 

 「……狙撃、失敗」

 『だから<マスター>~、さっさと『必殺スキル』を使ってやっちゃえば良かったんだって!』

 

 

 

 

 

 【義賊王】による襲撃に未だ混乱の収まる様子のない夜の<グランドル>。

 裕福な住宅街からは今も立ち上り続ける煙。

 曇り空ではまともな光源もなく、おそらく上がっていることだろう事だけが分かった。

 焦げた臭いは消えることなく街中へと充満していたからだ。

 街の『魔灯』は何故か(・・・)全て破壊され、文字通り“暗闇の街”。

 

 月明かりも。

 街明かりも。

 そして、火事による明かりもない。

 

 完全な闇に包まれた<グランドル>……その城壁の上にその男は居た。

 

 

 「煩い」

 『あ~でたっ! そうやって嫌なこと言われると直ぐに「煩い」だぁ~! 私は<マスター>のそう言うところ直した方が良いと思うぞ?

  あと私に冷たい所と人使いが荒い所。あとは~、……金遣いに厳しい所とかも』

 「……煩い、そもそもお前は『人』じゃない」

 

 

 互いに……と言うより一方的な。

 1人(・・)の人影が、城壁上で元気が良さそうな女性の声と軽口を叩き合っていたのだ。

 

 ――そう、1人。

 

 城壁上にたった1人しかいない。

 それなのに互いに罵り合う会話はどこか滑稽に……いや、第三者から見ればただの変人である。仮にこの場にもう1人誰か居たとしても、女性の声は聞こ(・・・・・・・)えない(・・・)のだから。

 

 

 「――どちらにせよ失敗。恐らく【解体王】。あの縦穴は射程外」

 

 

 男は言う、「横槍が無ければ自分が狙撃出来ていた」と。

 そして……僅かに顔を出した満月。

 厚い雲からすり抜けた淡い月光が<グランドル>の城壁へと降り注ぎ、男の姿を微かに露わにした。

 

 

 ――男の左半身を纏う蒼銀色の鳥を模した軽装。

 ――鳥の鉤爪の3つの指で掴む……3メテル超えの(・・・・・・・)銃身を誇る黄色(・・・・・・・)のライフル(・・・・・)

 ――それは唯のライフルではない。対物――を超えた、『対巨大モンスターライフル』。

 

 

 ……異様だ。

 <Infinite Dendrogram>の世界では自身のアバターを動物よりに、もしくは自身の性別を変えることも――『無限の可能性』を謳うだけあって全てが自由である。

 ……もちろんそんな事するのはかなりの上級者。

 もしくは特殊な趣味を持った極少数に絞られるのだが。

 しかし男はそれらのような『半獣人アバター』ではない。意味は違うが体の中央線から左へ、腕は始祖鳥のような蒼銀の羽の生えた鉤爪であり、足は鳥の鉤脚だった。

 

 仮にその鳥に似せた軽装だけなら、独特な装備だと思うことも出来ただろう。

 

 だが、続いて男の見た目以上に気になるモノ――『対巨大モンスターライフル』が目を引いた。

 鳥の鉤爪が支える銃身は腕より太く、そして長い。

 それはもはや狙撃銃と言うよりも『空母』などに設置されている砲に近い。

 男はそんなライフルを重そうに支えながら、ゆっくりと城壁に沿って歩き出した。

 

 

 『それでこれからどうするのさ? <マスター>。私達もあの穴まで追いかけてもいいけど~』

 「――待機。このまま【解体王】と【騎神】の迎撃に専念。

  夜明けまで待機し、連絡が無ければ【義賊王】の救出に向かう」

 

 

 男は独り言にしか聞こえない会話を交わす。

 そして…

 

 

 「――ッ!」

 

 

 突如、微振動し始めた(・・・・・・・)男の左腕の軽装に付いた『蒼銀の羽根』に男はその足を止めた。

 次第に振動の激しさを増していく羽根。

 同時に男の纏っていた空気が変化する。

 警戒心の無い緩い雰囲気が一瞬のうちに、感覚を研ぎ澄ましているプロのスポーツ選手のように。 

 まるで獲物を仕留める狩人のように。

 『ピリリッ』っと――その空気を変質させた。

 

 

 「……」

 『――南西138度、上2メテル。5秒後……4……3……2……1……今ッ!』

 

 

 合図と共に引き金を引いた。

 宙の暗闇へと向けられたら大きな銃口からは、一瞬ではあるが辺りを眩しく照らす程のノルズフラッシュを光らせる。

 同時に銃身を黄色い雷が駆け巡った。

 長い銃身――その所々に刻み込まれた溝。

 まるで雨水が地面の溝に沿って流れ込むように、避雷針へと折れ曲がりながら落ちる落雷のように。

 溝を黄色い雷が駆け抜け、その銃口へと駆け巡ったのだ。

 

 

 「――シュート」

 

 

 同時に凄まじい轟音と共に、男へと飛んできたそれを撃ち砕け散らした。

 雷を纏わせ、規格外の長い銃身。そして落雷の音にも似た轟音。

 そのどれもが『対巨大モンスターライフル』と相い合わさり、とあるモノを彷彿とさせた。

 

 『レールガン(・・・・・)

 

 それは近代の技術では実現不可能な。

 いや、この規模での再現は不可能なはずの超科学の産物。

 男が支えるそのライフルはライフルではない――この世界だからこそ作り出せる電磁加速砲その物だった。

 

 

 「《次弾装填》」

 『命中!! ……したけどカウント無し(・・・・・・)、人じゃないよ?』

 

 

 銃口を下へ。

 溜まった熱を放熱するように銃口を赤く染めながら、男はボルトを勢いよく引く。

 

 ――『ガチャッ、コンッ!!』

 

 同時に小さな煙を上げながらその装填口から手の平サイズの空弾を吐き出し、宙で回転しながら地面で跳ねて甲高い音を鳴らした。

 《自動装填》が主流なこの世界では珍しい……と、言うよりも絶滅危惧種の手動装填。

 それでも――早い。

 瞬く間に次の弾を込め、男は油断なく銃口を闇へと向けた。

 それだけでも男が――謎の<マスター>がかなりの強者であることが直ぐに察せられた。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やっぱりよぉー、小さな部屋でジッと何もしないで待つってのは俺にはどうも性にあって無いみてぇだ」

 『……バカ、だから――ね?』

 「うっせぇーよっ!」

 

 

 声は遠い。

 恐らく対岸の城壁上から聞こえるだろう馬鹿みたいに大きな声が微かにだが男まで届いた。

 

 

 「いや、そもそも何で俺が捕まんなきゃいけねぇんだ? 何で大人しくしてなきゃいけねぇんだ? なぁ……そうだよなぁ?」

 『……訂正。……バカ、じゃなくて、チンパン』

 

 

 馬鹿みたいな。  

 ネタにも聞こえる会話だが――油断は出来なかった。  

 対岸にいる人物は2キロメテルも遠くからこちらへ向けて何かをぶん投げてきたのだから。ティアンの誰も城壁上に立つ男に気がつかない状況で、偶然かもしれないが発見してきたのだから。

 

 

 「だからよ……決めたんだ。精々好きなだけ俺のやりたいように暴れて、んでもって市長の奴をぶん殴ってから国際指名手配されようってな。

  どうせ<カルディナ>のセーブポイントが使えなくなっても俺には関係ないねぇしな。

  この街に着いてから負けてばっかりだったからな、憂さ晴らしだぜ」

 

 

 ――再び、微かにだが月光がさした。

 照らし出したのは対面の城壁上、ちょうど声の主のいる場所だった。

 

 

 「怪しい奴は全員ぶっ潰すつもりで岩投げてみたが……幸先良いぜ。その独特の銃声、聞き覚えがあるぞ」

 

 

 ――『鬼』

 それもどちらかと言えば悪鬼の類。

 巨大な引き締まった身体と額から見える青い角。半身を【タロース・コア】の岩鎧を隠しながら片手に大太刀、片手に槍を握って凶悪に男は笑った。

 

 

 「――【義賊王】の仲間の【狙撃手】だな? なにしてんのかはしらねぇが、ここでぶっ殺させてもらうぜ!」

 

 

 身体から立ち上らせる《戦鬼到達》による血煙。

 その敵を――ホオズキを視認し、男もライフルを構えた。

 

 

 「……敵、【襲撃者(レイダー)】ホオズキを確認。これより敵勢力の制圧に移る」

 『オーケー<マスター>! 全機能、フル開放で行こー!」

 

 

 男は――【魔導狙撃手(マジック・シューター)】アインはそう自身の<エンブリオ>へと合図をし、

 

 

 

 「《撃滅の蒼翼(スチュパリデス)》、《射撃補正・空》。――《紅雷暴走(オーバーロード)》、【トニトゥルス】」

 

 

 鋼鉄の蒼い軽装を広げる左翼。

 黄色から赤へと変化した雷光。

 2つの『特典武具』のスキルを同時開放したアインは『スコープ』を覗き込み、そっと引き金を引いたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 轟音が鳴り響き、超加速された弾丸が暗闇を撃ち抜く。

 『対巨大モンスターライフル』と言う名に負けない程、規格外の弾丸は低い音を鳴らしながら風を切り、真っ直ぐにホオズキへと直進していく。

 これほどの闇の中だと狙う精度も下がりそうなものだ。

 ……しかし、何故かアインは走るホオズキを正確無比に狙撃していた。

 

 ――『偏差撃ち』

 

 俗にFPSなどの銃を用いた対人ゲームや実際の軍人も用いる技術。

 動いているモノの行動を先読みし、その先へと狙撃する――簡単そうにも思えはするがかなり難しい技術である。

 アインはそんな『偏差撃ち』を動じることなく。

 闇の中だろうと関係なく、自身の元へと突撃してくるホオズキに狙撃し続けていた。

 

 

 「しゃらっ、くせぇっ!!」

 

 

 ホオズキはその銃弾に合わせるように血で出来た刀を振り抜く。

 そして、

 

 

 『――ヒット』

 

 

 ホオズキが身に纏う岩の鎧ごと、銃弾が当たった部位を大きく削り撃ち飛ばした。

 抉れた断面からは血が噴き出す。

 そして瞬時に身体の再生が始まった。

 体を大きく抉られバランスも取れずに走ることも困難な損傷を受けたホオズキ。

 しかし……それでも走ることは止めない。無理やり【タロース・コア】の全身鎧を叩き割った城壁の岩で復元し、義手義足のように四肢を生み出すことによって走っていた。

 しかし……

 

 

 「――どうなってやがる、こいつは……」

 

 

 体を襲う違和感に歯を食いしばった。

 ホオズキは自分が頭がそれほど良くないことも、面倒くさがりで戦略的な戦闘は出来ない事を知っている。

 だからこそ【シュテンドウジ】が。

 【血】形態になりながらも意識を持つシュリが、再生や『血』を使った強化など。戦闘中の小難しいことは全てこなしてくれているのだ。

 しかし今回に限り、ホオズキ自身も気が付くほどにその異変は大きなものだった。

 

 

 「……体が重い」

 『……弾、受けるたびに重たくなってる』

 

 

 敵の狙撃に被弾する度に、ホオズキの重さが増してい(・・・・・・・)()

 今は《戦鬼到達》によるステータス補正の上昇でそれほど影響が大きくはない。

 しかし……一歩進めた足が城壁を砕き、沈む。

 

 

 『……負けてる』

 

 

 シュリちゃんの言う通り。

 徐々にだがステータスの上昇より重力の増加の方が大きく、ホオズキの身体は重たくなり続けていた。

 

 (……敵の<エンブリオ>か)

 

 恐らく着弾した敵の重力を増やす<エンブリオ>。

 それならば対策は簡単だ。ただ、敵の狙撃を避ければ良い、それだけなのに……。

 再び轟音が鳴り響き、そして体が吹き飛んだ。

 

 ――避けられない。

 

 ステータスが徐々にだが上がっているホオズキのAGIは既に5000をオーバーしている。しかしそれ以上に増していく重さによって狙撃を躱すことが出来ないでいたのだ。

 いや……違う。

 おそらく重さが増していなくても同じだろう。

 敵の【魔導狙撃手】――アインの狙撃による銃弾、その弾速は優に音速を突破し超音速に達して(・・・・・・・)いる(・・)のだから。

 

 

 「――ヒット」 

 『何だろあの<マスター>? もうそろそろ体重が1トンを超える(・・・・・・・)筈なんだけど~。それなのに動けるし再生って……モンスターよりモンスターしてるよ」

 

 

 アインの動きは止まらない。

 ただ精密機器のように正確に、無駄な動作なく次弾を装填し――引き金を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【魔導狙撃手】アイン・シューター。

 

 <ドライフ皇国>出身であるアインは今では<カルディナ>を拠点にして『賞金稼ぎ』をしている<マスター>だ。

 何処のクランにも属さない一匹狼。

 受けるクエストは『討伐依頼』のみ。

 故に、その名は<カルディナ>の『掲示板』にも。<ドライフ皇国>の『掲示板』にも載ることは一度たりとも無かった。

 しかし……その名を多くの<マスター>が知っている。

 その強さと――敵に認識される前に殺す、暗殺にも似た超狙撃。

 一度狙われてしまえば決して逃げきることが出来ない<マスター>として知っていた。

 

 

 ――【狙撃名手(シャープシューター)】でも無いのに、【狙撃名手】を超えた十数キロメテルもの距離からの狙撃。

 ――『魔力式狙撃銃』でありながらその法則を超えた、超音速の弾丸。

 ――デスペナルティの間際に運が良ければ見ることが出来る蒼い翼。

 

 

 <マスター>達は彼に畏怖と、そして称賛を込めて。現実での有名な狙撃手の二つ名を真似て、彼をこう呼ぶ。

 

 

 

 

 

 ――“アジュ()ール・フ()ェザー()”……と。

 

 

 

 

 




【魔導狙撃手】アイン・シューター。

<エンブリオ>
・不明

『特典武具』
・【■■■■ スチュパリデス】
・【■■■■ トニトゥルス】

備考
ヴィーレが主人公に決まる前に、主人公となる予定だった<マスター>。


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第26話 【弾罪乙女 ■■■■】

 □□□

 

 

 

 

 

 それはヴィーレ達が“氷冷都市”<グランドル>を訪れる3ヶ月ほど前の事。

 

 

 

 

 

 【魔導狙撃手】に就いたばかりのアインは<ドライフ皇国>を旅立ち、<カルディナ>の砂漠を彷徨っていた。

 蒸し暑くない――乾ききった空気と灼熱の陽光が照らしつけ、全てを干からびさせる。

 水が生命線の無限の砂漠。

 徒歩で渡など愚の骨頂であり、自殺志願者とも言える大陸を両断する広大な砂漠。

 そんな中、彼は《念話》でひたすら愚痴垂れる<エンブリオ>の声を聞きながら脚を進めていた。

 

 

 「……想定外」

 『想定外じゃないってっ! 【脱水】でデスペナルティは流石の私も恥ずかしいからね!?』

 

 

 頭の中で騒ぎ立てる<エンブリオ>。

 唯でさえ水分不足な脳内は大声が直に響き、クラクラと意識が朦朧とさせる。

 アイン・シューターは『賞金稼ぎ』だ。

 毎日のように賞金の付いた『災害指定モンスター』や『盗賊クラン』の討伐を行っているアインは腕の立つ狙撃手である。

 しかしそれ以外の事には疎く、その度に相棒に文句を言われるのはよくあることだった。

 だけど……今回の事ばかりは流石に予想外。

 

 

 「――防塵対策が必要とは」

 

 

 ――《悪路走行》スキルが付いた大型バイク。

 

 彼が大金を叩いて購入した【二輪魔導車】は、砂漠の中腹付近で故障し動かなくなってしまったのだ。

 それは《防塵》カスタムをし忘れたツケ。

 バイクのマフラーに砂が入り込み、砂漠の暑さと機体の熱を逃がしきれなくなり煙を上げてしまったのである。

 その結果、【二輪魔導車】は『ガレージ』の中。

 目的地である<グランドル>まで徒歩で歩くことになったのだった。

 

 そして幸か不幸か、アインは運が良かった。

 【狙撃手(シューター)】、【整備士(メカニック)】、そして【斥候】に【魔導狙撃手】。

 <カルディナ>の高レベル帯のモンスターに襲われればひとたまりもないステータスを、数日前討伐した<UBM>――【紅雷暴狼 トニトゥルス】。

 <ドワイフ皇国>の地下に潜み、あらゆる機械を暴走させてしまう機械の狼だった<UBM>を討伐し、『特典武具』を手に入れていたのだから。

 

 

 ――名を【紅雷銃 トニトゥルス】

 

 

 『対巨大モンスターライフル』であり、雷エネルギーを帯びた威力重視の魔力式狙撃銃を手に入れていたのだから。

 襲い来るモンスターを撃ち殺し、ひたすら歩くアイン。

 そんな時間が何十と繰り返された時だった。

 

 

 『そもそも<マスター>は何でわざわざ<カルディナ>の……【義賊王】の討伐のクエストなんて受けたのさ?

  相手はティアンだし、超級職なんでしょ? 何より遠いし――珍しいね』

 「……」

 

 

 おそらく暇潰しと。

 そして後半の文句が一番言いたかった事だろう質問に、アインは口を噤んだ。

 

 ――アイン・シューターは賞金稼ぎだ。

 

 しかし、ティアンを殺したことは一度たりとも無い。

 人を殺せない賞(・・・・・・・)金稼ぎ(・・・)

 彼はそれが悪いことではないと理解しつつも、どこか喉に骨がつかえたような。いつかそれで後悔するような瞬間に出会うのではないかと気掛かりでは無かったのだ。

 そして……その迷いを払拭するために選んだ選択が『【義賊王】の討伐クエスト』。

 

 ――本当に悪い奴なら容赦なく引き金を引けるだろう。

 ――もし迷いながら戦うような自分であれば相手は超級職、自分を倒してくれるだろう。と。

 

 そんな迷いと共に此処まで歩いてきてのだ。

 幾つかの都市を中継し、目前にまで迫ってきている<グランドル>。

 アインは無言で歩き続け、そして……

 

 

 

 

 

 『……<マスター>』

 

 

 その光景を見た。

 

 

 ――暑さが少しましになった砂漠にそびえる石の城壁。

 ――粉雪が降り、一部分が白く化粧された街と<厳冬山脈>。 

 ――そして、その手前で戦う蒼い怪鳥型<UBM>と1人の男。

 

 

 アインはすぐさま【紅雷銃 トニトゥルス】を構え、スコープを覗き込んだ。

 そして……理解した。

 

 

 「【蒼鋼統一 スチュパリデス】と……対象、【義賊王】」

 

 

 それは鋼鉄の身体を持つ蒼い怪鳥。

 大空を舞い、【チャージコンドル】を率いて敵へと撃ち出す『古代伝説級』<UBM>――【蒼鋼統一 スチュパリデス】。 

 

 そして身体中に傷を作り、血を流す男。

 伸縮自在、自由自在に動く鎖を足場に、無謀にも1人で戦い続ける超級職のティアン――【義賊王】シアンディール。

 しかし、同時にその光景に首を傾げた。

 

 

 「……何故? 何故誰も加勢しない」

 

 

 <UBM>があんな街の直ぐ近くに出たならば、直ぐに兵を回して加勢すべきだ。

 幸いな事に城壁上に対怪鳥用の巨大バリスタが設置されている。

 あれであればレベルの低い兵でも加勢出来るはずなのに……戦っているのは【義賊王】たった1人。

 必死に街を守ろうとしていたのは、街で暗躍するはずの【義賊王】だったのだ。

 

 ――守るべき義務があるはずの兵は怯えて街に閉じこもる。

 ――暗躍する敵が何かを守るように、傷付きながら戦う。

 

 アインはその矛盾に疑問を持った……持ってしまった。

 それは、超級職の有無ではない。

 ただ、悪でありながら正義を成す姿に。正義を成さず、腐るその正義に違和感を持ってしまったのだ。

 故に……

 

 

 「――■■■■」

 『もちろんっ、<マスター>の望みが私の望みだからねっ!』

 

 

 彼はスコープを覗き込み、狙いを定め――引き金を引いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇ 【襲撃者】ホオズキ

 

 

 

 

 

 

 「《次弾装填》-炸裂弾」

 『待ちくたびれたよ、<マスター>!』

 

 「――■■■■■■ォォォォオオオオッ!!」

 『……《血の代償》-『地竜の豪脚』』

 

 

 赤いオーラを纏い裂帛する。

 瞳の白目を黒く染め、その身体の奥底から湧き上がる狂気に任せて爆走させる《フィジカルバーサーク》。

 1トンまで増加し、歩くのも困難になってきたホオズキの体重。

 アインとの距離まで残り1キロメテルを切ったホオズキは、元々少ないSPを消費し勝負に出たのだ。

 

 

 ――加速する。

 城壁を踏み砕き猛進する狂鬼と化して。

 

 ――変態する。

 岩石の鎧と『血』の鎧を二重に重ね……戦鎧と化して。

 

 ――大太刀を構える。

 大太刀である【鬼斬大刃】の上からコーティングするように凝血した『血』。《悪鬼羅刹》で武装化できる『血』はその大きさ、そして性能を強化し、狂化しているホオズキに相応しい武器へとその姿を変えて。

 

 

 城壁を砕き割りながら爆走するホオズキの姿は、もはや人とは呼べるものでは無かった。

 その牙の生えた口からは、空気を震わす咆哮を響かせる。

 踏み砕き、散乱した瓦礫を絶えず吸収し、【タロース・コア】の岩石鎧を巨大化させ続けていた。

 目の前の敵を倒すことだけを考えて走るホオズキの裏で、その補助をし続けるシュリちゃん。

 『地竜の脚力』を。

 『猛牛の腕力』を。

 『怪鳥の鋭爪』を。

 《血の代償(ディール・ブラッド)》で投下し続け、そのステータスを際限なく上昇させ続けていた。

 ……それだけではない。

 血と岩石鎧の二重鎧が本来は無い部位を――棘の生えた尾や鋭い爪を。目の覗き穴だけを残し、強靭な顎を再現させる。

 ホオズキは姿を人から戦鬼へ。

 そしてそれ以上の何かへと姿を変え続けながら二本の鬼角と、そして牙が生えた口で咆哮した。

 

 ――『伝説級モンスタ(・・・・・・・)()

 

 AGIとSTRは18000オーバー。

 ENDも5000を超えるモンスターと化したホオズキ。

 有限ではあるが《戦鬼到達》による『再生』と【タロース・コア】の《山岳装甲》による復元し続ける『岩石鎧』。

 出し惜しみなしの全力。

 動きを制限していた重力の重りを無視し、戦鬼(ホオズキ)はアインへと向け走り出したのだ。

 

 

 『うわぁ~~ッ! もう、完全にモンスターだよ、<マスター>!! 昔倒した【トニトゥルス】より全然強そう。――凄い速さで突撃してくるし……』

 「――セットだ」

 

 

 しかし、そんな眼前に迫りくるホオズキにもアインは一切取り乱さない。

 その砲口をホオズキの頭があった場所へと正確に狙い。

 

 

 「シュート、《一撃必殺(ワンショットワンキル)》」

 『来ないで~~!』

 

 

 轟音と共に赤い雷光を纏い放たれた弾丸。

 魔力式狙撃銃による高殺傷力な炸裂断が、【狙撃手】の基本スキル――確率で【即死】を引き起こす《一撃必殺》と共に放たれた。

 超音速機動で爆走するホオズキだが、その道のりはほぼ一直線。

 弾丸は威力を落とすこと無く……むしろ加速し続けなが(・・・・・・・)()頭への軌道にそって飛んでいく。

 そして……

 

 

 「無駄だァ!!」

 

 

 振り抜かれた凝血の【鬼斬大刃】。

 真っ二つに叩き切られた炸裂断は辺りで爆発を引き起こし、ホオズキの二重鎧を一部弾け飛ばしただけで終わった。

 対巨大モンスターライフルである【紅雷銃 トニトゥルス】で放たれた巨大な銃弾をホオズキは力技で叩き切ったのである。

 

 

 「――不発、化け物か?」

 「ハッ! イモリ狙撃野郎なんかに言われたくねぇぜッ!!」

 

 

 僅かな時間。

 その間にも二人の動きは止まらない。

 ホオズキはその距離を詰め続け、アインは冷静にボルトを引いて空薬莢を飛ばし、リロードし直した。

 構えた【トニトゥルス】の狙いを定め直す必要も無い。

 ホオズキは既に500メテルまで近づき、『スコープ』を除いて狙いを定める必要も無い程に近づいていたからだ。

 指は常にトリガーへ。

 もう狙いは澄まされている。

 

 

 「セット――特殊弾」

 『アイアイ・サー、<マスター>!』

 

 

 ホオズキとアインの戦闘が始まり、丁度10発目の銃弾。

 それは先ほど放たれた炸裂弾とは違う――唯の普通の弾丸だった。

 もちろん当たれば亜竜の装甲など軽く貫通するぐらいの威力を誇る規格外の銃弾ではあるが、今のホオズキにはあまりに弱い。

 効果が無いだろう銃弾である。

 

 (……)

 

 その事に一瞬、疑問が頭を過ったホオズキだが。

 ……直ぐに考えるのを止め、【鬼斬大刃】を構え爆走し続ける。

 

 

 「……何を考えてるかは知らねぇが、取り合えず叩き切るッ!!」

 

 

 先ほどと変わらない頭を狙った軌道。

 叩き切るのは遥かに簡単であり、あまり技量がないホオズキでも間違いなく叩き切れる。

 ホオズキは勢いよく【鬼斬大刃】を振りかぶり、切り下ろそうとして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『KIIIiiiiiiiii!!』

 

 「――ッ!!」

 『……ホオズキッ!?』

 

 

 眼前に迫りくる魔法弾。

 

 ――目の前で瞬時に『鋼鉄の鳥』へと姿を変えた弾丸に目を見開いた。

 

 『鋼鉄の鳥』型の弾丸。

 その姿は【チャージ・コンドル】の姿によく酷似している。

 鳴き声を上げながら空中で進路を変え、ホオズキの脚を貫通した鋼鉄の鳥はそのまま背後へと飛び去り……そしてUターンした。

 いや……それだけではない。

 本来ならばその威力を失い、地面へと落下するはずの銃弾。

 『鋼鉄の鳥』と化した銃弾は、地面へと落ちる気配を微塵も感じさせずに先ほどまでと同じように加速し続けているのだ。

 Uターンした『鋼鉄の鳥』は再びホオズキへと襲い掛かり、

 

 

 「――シュート」

 

 

 アインが正面から放った弾丸。

 再び『鋼鉄の鳥』と化した弾丸がホオズキへ襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 【魔導狙撃手】アイン・シューターの<エンブリオ>はその効果を見せつけながらも、正体をほとんどの<マスター>が知ることも無い。

 ただ、狙撃された本人が。

 狙撃する場面を見た<マスター>が知っているのは大きく分けて二つの能力があるということ。

 

 ――着弾すると対象の重力を増やす効果。

 ――法則を無視し、音速を突破する弾丸。

 

 たったそれだけ。

 それだけしか情報は無い。

 <マスター>にとって<エンブリオ>は虎の子ではあるが、アインの<エンブリオ>ほど詳細が不明な<エンブリオ>も珍しかった。

 では、その詳細不明の<エンブリオ>とはなんだ。

 

 ライフル自体が『特典武具』と言うことはType:テリトリーの<エンブリオ>だろうか?

 それともアインが身に着けている何らかの装備のType:アームズの<エンブリオ>だろうか?

 

 ……いいや、違う。

 アインの<エンブリオ>の正体、それは……

 

 

 

 

 

 ――Type:メイデンwithエンジェルカリキュレーター、【弾罪乙女 ヘカテー】。

 

 

 

 

 

 到達形態、Ⅴの『スコープ型(・・・・・)』の<エンブリオ>だった。

 保有スキルは三つ。

 

 

 ・《視界射程》:パッシブスキル

  【ヘカテー】の固有スキル。

  『スコープ』越しに見えた距離、全てが射撃の射程範囲となる。

  《ホークアイ》などのスキルを重ねて見えた場合は無効。

 

 

 そしてもう一つ。

 

 

 ・《彼方まで力を届ける者》:アクティブスキル

  【ヘカテー】の固有スキル。

  <エンブリオ>を装備時、放った弾丸があらゆる自然法則を無視し、標的に着弾するまでその銃弾のエネルギ(・・・・・・・)ーを増幅し続け(・・・・・・・)()

 

 

 それらは【ヘカテー】……太陽神アポロンの女神名である【ヘカテー】の名の意味から生まれたスキル。

 視界に敵を捕らえたならば、狙撃した銃弾は重力に引かれて地面に落ちることも無い。

 音速を超えた影響で自壊することも無い。

 ――銃弾はその威力を。

 ――その弾速を。

 ――魔力式で込められたMPを。

 全てを増幅し続けながら敵へと飛翔する。

 それはヴィーレのオリジナルスキル、《ザ・ラ()イダー()・デ()ディ()ケイ()テッ()ド・()ブロー()》の『疾走距離に比例する矢の攻撃自体の強化』に類似している。

 敵との距離に比例する銃弾の強化。

 アインが【魔導狙撃手】でありながら【狙撃名手】顔負けの遠距離射撃を可能にするスキルだ。

 そして……

 

 

 ・《贖罪は重さで払われる》:アクティブスキル

  【ヘカテー】の固有スキル。

  <エンブリオ>を装備時、放った弾丸が着弾して相手の体重を『敵との距離÷10』キロ分加算する。

  対象が生物である場合に限る。

 

 

 これも同じく【ヘカテー】にまつわるスキルだった。

 ヘカテーが司るものは数多く存在する。

 例えば、『月と魔術』や『豊穣』、『出産』。そして『浄めと贖罪』。

 様々な形でまつわれ、司るヘカテーだが……そんな中に一説としてこう推測されることがある。

 

 ――ヘカテーとは、遠くから働きかけるモノ。

 ――月や出産を司る冥府神。

 ――天界、地上、冥界で名を響かせる神。

 

 故に、こう推測された。

 

 

 

 

 

 ヘカテーとは、『月が地上に及ぼす力』……『重力(・・)』を司る神ではないかと。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 【蒼甲銃翼 スチュパリデス】によって魔弾とかした銃弾は意志を持つゴーレムと化す。

 故に、着弾後も落ちることは無い。

 砕けるまで敵を狙い《彼方まで力を届ける者》によって加速し続ける。

 これこそアインにとっての切り札。

 

 ――初めて<マスター>相手に使うコンボであった。

 

 突然の出来事にホオズキは翻弄されていく。

 巨大モンスターをも撃ち貫く銃弾が何度も襲い掛かり、そして着弾と同時に敵の重力を加算させていくのだ。

 例え<UBM>だろうと対応できない。

 むしろ、超遠距離狙撃からの不意打ちの初弾で【即死】する。

 これこそ“蒼い羽”と呼ばれる所以。

 

 

 「――シュート」

 

 

 リロードしては引き絞る引き金。

 彼が逃した獲物はこれまでにたった一匹……一人たりとも居ない。

 ここから先はただの一方的な戦いだ。

 ホオズキも数羽だが切り落とし、何とか絶えてはいるが――遅い。

 既に『鋼鉄の鳥』は十数羽まで増え続け、ホオズキを襲っているのだから。

 アインは何にも動じず、心を動かさず、ただ引き金を引き続ける。

 そして……

 

 

 「――クッソガァァァア!! しゃらくせぇ!!」

 

 

 ホオズキが城壁を乱打し、瓦礫を砕く。

 同時に夜の闇に合わさるように砂煙が発生するが……関係ない。放たれた弾丸はすでに自分の意思を持ってホオズキを狙っているのだから。

 

 

 

 

 

 メイデンが『格上殺し(ジャイアントキリング)』の能力を持ちやすいと言うのなら、【弾罪乙女 ヘカテー】のジャイアントキリングは、

 

 

 ――『敵が認識できない程遠くから、敵が認識できない程の弾速で吹き飛ばせば勝てる』

 

 

 というもの。

 ……あぁ、そうだ。

 改めて言おう、【弾罪乙女 ヘカテー】――それは超遠距離狙撃特化型<エンブリオ>であると。

 

 

 「――セット」

 

 

 故に、その銃口は微動だにせずに砂煙内のホオズキと向き続け……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――動くな」

 

 

 銃口を砂煙へと向け続けるアイン。

 その背後に突然姿を現したホオズキによって、【鬼斬大刃】が付きつけられたのだった。

 

 

 

 

 




【紅雷暴狼 トニトゥルス】
紅の雷を纏い、機械を暴走させる荒れ狂う機狼の概念を具現化した狙撃銃。
紅雷によって銃器を暴走させ、限界を超えた力を引き出す。
形状:対巨大モンスターライフル。
装備攻撃力:1500
装備防御力:0
装備補正:DEX-50
装備スキル:《紅雷暴走(オーバーロード)
所有者:【魔導狙撃手】アイン・シューター
備考:伝説級<UBM>【紅雷暴狼 トニトゥルス】の特典武具
   機械を狂わし、暴走させるためマジンギアなどが主流の<ドライフ皇国>では手を出せないでいたがアインによって討伐された。
   使っていた狙撃銃が機械で暴走する機構が無かったため、比較的簡単だった模様。



【蒼甲銃翼 スチュパリデス】
鋼鉄の鋼羽をもって狙撃する鉄の怪鳥を具現化した武具。
鋼鉄の如き硬さを与え、狙撃に必要なスキルの補助をする能力を与える。
形状:頭・左腕・左足を保護する蒼銀の半身軽装。
装備補正:装備防御力+100、DEX+30%
装備スキル:《射撃補正・空》《撃滅の蒼翼(スチュパリデス)
所有者:【魔導狙撃手】アイン・シューター
備考:古代伝説級<UBM>【蒼鋼統一 スチュパリデス】の特典武具。
   <グランドル>の上空付近に現れた<UBM>。
   【義賊王】が戦っている場面に出くわし、【義賊王】との共闘の末に何とか討伐成功。 
   【チャージ・コンドル】の指揮官的<UBM>であり、上空から【チャージ・コンドル】を銃弾のように撃ちだしてきた。


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第27話 Type:メイデン

 □“氷冷都市”<グランドル>

 

 

 

 

 

 「動くな」

 『……動けば、殺す……よ?』

 

 

 夜の<グランドル>に鳴り響いていた雷鳴が止んだ。

 紅雷を走らせていた【トニトゥルス】の《紅雷暴走》が収まり、元の黄色い『対巨大モンスターライフル』へと戻りながら銃身の余熱を残してほんのりと夜を赤く照らす。

 ……激しさ戦闘。

 互いに一瞬の気も抜けない戦闘は見る影も無い。

 ただ先程までの戦闘の余熱を凍える寒さが攫い、少しの沈黙がその場に流れる。

 【トニトゥルス】を構えるアインとその背後に立つホオズキ、二人は互いに目を合わせずに一触即発の空気を纏いながら動きを止めていた。

 

 

 「――理解」

 『私は理解してないよっ!? <マスター>!! 何が起こったかよく分かんないし……すごっく怖いんだけどッ!』

 

 

 沈黙を破るようにアインが口を開き……。

 

 

 「口を開くな、銃も放せ。そうしねぇと首を跳ねるぜ」

 

 

 ――同時に首から真っ赤な鮮血が伝って滴らせた。

 

 『血』でコーティングされ、赤い刃を見せつける【鬼斬大刃】は簡単にアインの薄皮を切り裂き、その首へと刃を食い込ませたのだ。

 アインのビルドは『SP&MPとDEX』型。

 典型的な『狙撃手』のビルドである。

 その気になれば今のホオズキならば首を切り落とすのに一秒も掛からないだろう。

 今はホオズキの私用で撥ねられていないだけ――アインの命は現在、ホオズキの手中にあった。

 

 

 『怖っ! 凄く怖い!?』

 「……」

 『えっ、黙れって……ハッ――』

 

 

 一秒ごとに食い込んでいく刃。

 その鈍い感覚にアインもすぐさま手を放し、両手を上げた。

 動きを阻害する重力もこれほど近づかれてしまえば何の意味もない。

 ――指一本。

 引き金に力を込めた瞬間すらもこの男は見逃さず、そして躊躇なく首を跳ねるだろう。

 《念話》で騒ぎ立てる【ヘカテー】とは裏腹に【魔導狙撃手】であるアインはどこまでも冷静で、そして的確に判断していた。

 

 

 「……(予想外)」

 

 

 同時に首に添えられたら刃すら気にせず、この状況に至った原因を考察する。

 『スコープ』から離した目は今なお、視線の先で空を飛ぶ『鋼鉄の鳥』と化した銃弾を捉えている。

 合計11羽にも及ぶ特殊弾――【蒼甲銃翼 スチュパリデス】の《撃滅の蒼翼》は健在だ。

 鳴き声を上げながら飛翔する鳥たち。

 砂煙へと超スピードで突撃しては何かを破壊する(・・・・・・・)ような音(・・・・)と共に突き抜ける。

 アインはその音へと眉を顰める。

 そして……次第に晴れていく砂煙から姿を現したソレへと目を見開き、そして全てを理解した。

 

 

 「(やられた……全てが囮か)」

 『えっ? どういう事?』

 

 

 砂煙から姿を現した闇に溶け込む大きな影。

 

 ――それは他でも無い……ホオズキ自身(・・・・・・)だった。

 

 いや、ホオズキがこの世界に二人いるわけは無い。

 『自身の分身を作り出す<エンブリオ>』と言う可能性も、先ほどまでの完全な近接特化な戦い方からみれば限りなく薄いだろう。

 その正体は、ホオズキだったモノ。

 【タロース・コア】の《山岳装甲》によって形成されたモンスターのような外見の『岩石鎧』だったのだ。

 中身のない、攻防一体の戦鎧。

 ホオズキはその場に全身鎧だけを脱ぎ捨て、軽くなった体の重量分だけ加速し、アインの背後へと周り込んだのだ。

 ホオズキの【到達鬼姫 シュテンドウジ】は『血』の<エンブリオ>。

 その気になればスリンガーのように糸状に変形させ、壁に突き刺して移動。

 その気になれば高いステータスで強引に壁へと足を突き刺し、背後に回り込む程度は簡単に実行して見せるだろう。

 

 

 「糞がッ、身体が重ぇ……おい、シュリ。こいつはなんとかなんねぇのか?」

 『……無理。……血が、勿体ない。……再生優先?』

 

 

 背後から聞こえてくる独り言。

 身体を一切動かすことなく視線だけを動かし、『スコープ』の反射で覗き見たホオズキの姿。

 そこには右腕が半ば消え去り、ゆっくり再生していく様子が見て取れた。

 

 

 「(特典武具。……右腕ごとあの場に)」

 『……え? あの鎧に右腕ごと置いてきたってこと? ――気持ち悪っ!?』

 

 

 【タロース・コア】は右腕を起点に全身鎧を形成する『特典武具』。

 右腕ごと引き抜けば《山岳装甲》スキルが発動せずに全身鎧が崩れ去る――故に、ホオズキは右腕を切り落とし、あの場に放置してきたのだ。

 

 ……馬鹿らしい。

 余りに馬鹿らしい。

 普通の<マスター>なら、そんな行動取りはしない。

 右腕を失えば戦闘に支障をきたすのは確実であり、繋ぎ直すことも【司祭】系統の上級職でなければ難しい。

 リターンよりリスクが勝る。

 余りに馬鹿らしい行動だ――が、背後に立つホオズキは迷わずその選択をした。

 だからこそアインはまんまと罠に嵌り、危機に陥ったのだが……。

 

 

 「(対象について、認識修正)」

 

 

 ホオズキの行動――それはもはや人の真っ先に考えることではない。

 どちらかと言えば人外。

 モンスターよりの思考回路に近かった。

 そして……

 

 

 

 

 

 「おい、イモリ狙撃野郎。てめぇに聞きてぇことがある」

 

 

 ひたすら現在の状況観察に思考を回すアイン。

 そんなアインへとホオズキは背後から声を掛けた。

 

 

 「……」

 「お前、何で【義賊王】なんかに手を貸しやがった。お前も【義賊王】がこの街の奴らを殺そうとしていることは分かっていたはずだぜ? それなのに何で――」

 

 

 咎めるようなホオズキの問いかけ。

 声は極めて穏やかだが、その声に込められた殺意が『下手な言葉を返せば即座に殺す』――そう物語っていた。

 ――首を伝うヌルリとした生暖かい血。

 ――触れた【鬼斬大刃】の冷たさ。

 ――背後から感じる突き刺すような視線の鋭さ。

 普通の<マスター>なら歯が震えて、泣いてしまいそうな恐ろしさだ……そう、普通な<マスター(・・・・・・・)()なら。

 

 

 「――『何故、メイデンの<マスター>が手を貸すか』……と、質問か?」

 『――? マスター?』

 

 

 アインは嘲笑うように笑みを浮かべながら、ホオズキの言葉へと途中で割り込んだ。

 それどころかホオズキが言いかけた言葉の先を言い当てた。

 そのアインの行動に少し動揺し、首に食い込ませた【鬼斬大刃】へと力を込めるホオズキ。

 何処までも冷静で表情を崩すことの無いアイン。

 それは敵であるアインの初めて見せた表情だった。

 

 

 「――愚問」

 「……あぁ?」

 「愚問と言っている。――狂鬼」

 

 

 状況は一目で分かるほどにホオズキの優勢。

 次の瞬間、アインの首が地面へと落ち、デスペナルティになっても可笑しくはない程に一方的な戦況である。

 それなのに。

 ……それなのに、その会話はまるでアインが優勢なような。

 どこか苛ついたホオズキの口調に対して、余裕と勝利の確信に満ち溢れた様な声だった。

 

 

 「てめぇ、状況が分かってんのか?」

 

 

 脅すようにジワジワとその首に刃を食い込ませていくホオズキ。

 【鬼斬大刃】の赤い刀身が半分ほど首へと埋まり、真っ赤な血が【出血】の状態異常を引き起こし、滴り落ちる。

 しかし――

 

 

 「何度でも言う。――愚問だ、狂鬼」

 

 

 アインの口調は変わらない。

 顔の見えないアインは何処か不気味で凄味があり……ホオズキに焦りを与えてくる。

 

 

 「狂鬼、迷ったな?」

 『……耳貸しちゃ、ダメ。……ホオズキ』

 

 

 ――耳から聞こえるアインの薄ら笑いの声。

 ――脳内に直接響くシュリの警告の声。

 しかしホオズキが動きを取る、取らないに関係なくアインは口を開くのを止めることはない。

 ……あざ笑うように。

 説得するような穏やかな声でホオズキへと話し続けていた。

 

 

 「迷って――お前は判断した。【義賊王】、その存在は悪では無い(・・・・・)

  そして――それ以降の行動を【騎神】に任せた。違うか?」

 「……違ぇよ」

 

 

 アインの言葉にホオズキの声は一段低くなる。

 それは怒りか……それとも図星だからか。

 しかし、アインはホオズキから見えない角度で口端を上げた。

 

 

 「――それが答え……私とお前は同じ判断を下した。そして違う行動を取った。

  私は自分の意志で動き、お前は他人に自身の行動を預けた。

 

  これで満足か――――根性無し(ホオズキ)?」

 『ちょっ!? <マスター>!? 何だかいつもと違くない!??』

 

 

 アインの言葉に押し黙るホオズキ。

 ピリピリと肌がチリつくような沈黙が二人の間に落ちる。

 しかしこの状況に一番驚いていたのは他でも無い、それぞれの<エンブリオ>である【シュテンドウジ】と【ヘカテー】である。

 

 ――シュリちゃんはホオズキを通じて流れ込む、嵐のように渦巻く様々な感情に。

 ――ヘカテーはいつもは無口で、殆ど喋らないアインの饒舌な皮肉に。

 

 二人の<エンブリオ>は起こってしまったこの状況を緊迫した様子で見守る。

 そして数秒後。

 

 

 

 

 

 ……沈黙が弾けた。

 

 

 「ハッ、ガッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 『……頭、可笑しく……なった?』

 

 

 突然、大声で笑い声を上げだしたホオズキ。

 そんなホオズキの様子にシュリちゃんは心配そうに見守り、そして――

 

 

 「ハッハッハッハァ――。あぁ、満足だぜ。加えて言うならお前の言う通りだ、俺は【義賊王】が間違っているとは思わねぇ。その上でどうするかはヴィーレの奴に預けた。

  だけどよぉ~、俺は馬鹿だからよ。直ぐには判断つかねぇんだ。

  だから……」

 

 

 先ほどまでの雰囲気が嘘のように、低い声で。

 全ての疑問が吹っ切れたように言いきった。

 

 

 「……てめぇら全員ぶん殴って、縛り上げてから考えることにするぜ――イモリ狙撃野郎」

 

 

 考えを全て放棄して殴り倒した後に考えると。

 ホオズキらしい……単純思考で、そして最も正しいかもしれない方針を口にした。

 そして、その言葉と同時に止まっていた戦闘が熱を帯び始めた。

 首へと食い込んでいた【鬼斬大刃】の刃へと力が込められ……。

 

 

 「シュテンドウジ!!」――『……ぅい』

 

 「切り札、ヘカテー」――『もうっ! ほんとに何なのさ!?』

 

 

 互いに全く同じタイミング動き出す。

 ホオズキの【鬼斬大刃】がアインの首を切り落とし……何も起きていなかったとばかりに【身代わりブローチ】が音を立てて砕けて城壁上の転がった。

 アインの指が【紅雷銃 トニトゥルス】の引き金へと触れ、『スコープ』型である【ヘカテー】をホオズキへと照準を合わせた。

 

 

 「――死にやがれぇ!!」

 「……セット」

 

 

 あと一秒。

 互いに互いの間合い。

 腕を振れば、【ヘカテー】の名を呼べば決着がつく。

 それはまるで中世の早打ちのガンマンのように、敵より速くその一撃を叩き込もうと何十秒にも加速しスローモーションのように感じる一秒で動きだす。

 どちらが勝っても可笑しくない。

 今のホオズキのステータスは『伝説級モンスター』並み。スキルも合わせれば間違いなく<UBM>相当な化け物だ。 

 対してアインの【弾罪乙女 ヘカテー】も“ジャイアントキリング”の<エンブリオ>である『Type:メイデン』。必殺スキルさえ発動させてしまえば確実に殺す。

 それだけの自身がアインにはあった。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なッ!?」

 『……ン』

 

 『<マスター>! なんか……まずいよ!?』

 「……把握してる」

 

 

 突然、<グランドル>の街全体を揺らした大きな揺れ。

 同時にその地響きに耐え切れなかったとばかりに、半壊していた二人が立っていた城壁が砂漠方向へ音を立てて崩れ始めた。

 ――真っ暗な極寒な夜の空。

 視界が開けない闇へと巨大な瓦礫が崩れ落ちる。

 ホオズキとアインは二人とも宙へと身体を投げ出され、地上さえ見えない空中で自由落下を開始する。

 城壁の高さはおよそ200メテル。

 アインはもちろん、ホオズキも頭から落ちてしまえば致命傷は免れないだろう。

 だが、この二人においてそれは落下死は絶対に起こり得ない。

 

 

 「シュテンドウジ!!」

 『……煩い』

 

 

 声と同時にホオズキの血が糸状のスリンガーとなって落下する瓦礫へと照射。

 ホオズキがその糸を伸縮させ、瓦礫を踏み台に。

 瓦礫から瓦礫へと飛び移りながらその落下の速度を軽減させていく。

 

 

 「――セット、炸裂弾」

 『北西方向、距離137! ――今だよ!』 

 「――シュート」

 

 

 空中で【トニトゥルス】を無理やり構え、スコープを覗き込んだアイン。

 同時にヘカテーの《念話》に従い、冷静に引き金を引き絞った。

 紅い雷光と共に放たれたのは一発の炸裂弾。

 その弾は真っすぐに地上へと突き進み――そして空中で炸裂、爆風で辺りを吹き飛ばした。

 『魔力式狙撃銃』特有の不発弾。

 魔力を込めすぎた結果による暴発だが……これでいい。

 

 

 「……《次弾装填》、シュート」

 

 

 爆風にアインの体が浮いた。

 同時に早業で次弾を装填し、再び引き金を引く。

 放たれた炸裂弾はまたして暴発し……また次の弾が放たれた。

 あまりに馬鹿らしい。

 しかし……この【魔導狙撃手】アイン・シューターは実行する。

 炸裂弾の暴発による爆風を利用した緊急着陸を。

 

 それぞれが傷一つ負うことなく地上へと着地を成功させた。

 そして……同時にそれに気が付いた。

 

 

 「何だ? 砂が溶けて――ガラスみたいになってやがる」

 

 

 余りの寒さに凍り付いたわけではない。

 むしろ……地上は常夏の太陽の下に居るような凄まじい熱を帯びていた。そのあまりの熱量に砂が融解し、ガラスのような状態に溶け固まってしまったのだ。

 どれほどの温度があれば砂が融解するのかは知らない。

 しかしそれが起きたのはおそらく先ほどまでの地鳴りと同時に起きたものであること。

 そして、

 

 

 『……ホオズキ』

 「あぁ、ヴィーレの奴だな」

 

 

 それを引き起こしたのはヴィーレだという確信にも似た感覚がホオズキと【シュテンドウジ】にはあった。

 しかし、それだけではない。

 ガラスのような地面が再び大きく揺れ始め、罅が走り、バラバラに砕け散る。

 硝子同士が微振動を繰り返し、地面が波打つ。

 まるで地震の予兆のような。

 火山活動が起きる前兆のような地響き。

 そして――先ほどまでヴィーレと【義賊王】を巻き込んで空いた縦穴。砂中の奥まで繋がった穴から、火山のような爆風と共に巨大な火柱が立ち昇った。

 遅れて火傷するほどの熱と爆風がホオズキとアインへと襲い掛かる。

 

 

 「……【義賊王】」

 

 

 その爆風を真正面から浴びながらアインが呟く。

 声は爆風の音にかき消され、一瞬で後方へと流されていった。

 真っ暗な夜を真っ赤に染めなおす火柱。

 ホオズキとアインはその瞬間だけは互いに戦闘の途中であったことを忘れ、呆然のその火柱を見つめる。

 そして……地面から這いずるように浮かび上がった影をみた。

 

 

 『ィヒャッ、イッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒイィィィィイイイイ!! ……本当に死ぬかと思ったよぉ~。

  何だったんだ(・・・・・・)……アレは(・・・・・)

 

 

 ホオズキは見た。

 ――影が持つ、火柱を反射して真っ赤に染まる二本の中華包丁を。

 

 アインは見た。

 ――影の右手、銀色の指輪が嵌められた【義賊王】の右腕だった右腕を。

 

 

 

 

 

 そして――その姿を見てしまったなら二人にこれ以上言葉はいらなかった。

 

 互いについ先ほどまで殺し合っていた二人。

 ――踏み出した右足が硝子の地面を砕き割った。

 

 

 【義賊王】について同じ判断を下し、別々の行動を選択した二人。

 ――構えた銃口とスコープが影を捉えた。

 

 

 そんな二人に、共通の敵が現れてしまったのだから取るべき選択はたった一つ。

 

 

 

 

 

 

 彼らは――『メイデン』の<マスター>なのだから。 

 

 

 

 

 

 




安定の後半のてきとうクオリティー。

またコイツか……ってなったらすいません。
だけどこれで最後です。


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第28話 猟奇殺人は止まらない

 □<【■■騎】地下墳墓> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――《狂乱魔笛》が反響する奈落の闇。

 

 

 

 

 

 砂漠の砂塵がまるで滝のように底の見えない奈落へと流れ込み、アレウスへ《騎乗》中の私を飲み込んだ。

 人の大きさ程もある岩盤が。

 アロンが《地盤操作》で作り出した床が、音を立てながら崩れていく。

 当たればひとたまりもない……【即死】級の岩石の雨。

 《狂乱魔笛》を響かせ私達が落ちてくるのをずっと待っている奈落。それはモンスターよりも恐ろしい姿をした『モンスター』()である。

 【解体王】が私と、【義賊王】を殺すために仕掛けてきた『罠』。

 誰が予想することが出来ただろう? 砂漠の地盤ごと破壊し、地下深くへと標的を誘い落すなど。

 

 (……あのカバみたいな『特典武具』の仕業かな)

 

 恐らく<グランドル>の『地下迷宮』を噛み砕いて大穴を開けた【解体王】の切り札――【狂偶蹄獣改造生物 ヒポトヴォルグ】の仕業だ。

 あの『特典武具』が使用された『死体生物』が砂漠を支えていた岩盤を噛み砕き、割ったのである。

 ……いや、それだけではない。

 それだけでこれほど深い縦穴が出来るわけもない。

 元々、私と【義賊王】が戦っていた砂漠の地下に大きな空洞(・・・・・)があったのだろう。

 

 

 「――ッ」

 『HIHIIIiiiiiiiii~~N!!』

 

 

 アレウスごと私達は穴を落下し続ける。

 浮遊感が身体を襲い、【義賊王】との戦いどころではない。

 何より奈落(地下)の先には【解体王】がいる……それが分かってしまった以上――私は直ぐ近くで縦穴を落下中の【義賊王】へと、ふと顔を向けた。

 

 

 「――【義賊王】」

 「敵が誰だろうと俺は奴を殺すまで死ぬわけにはいかない。俺の邪魔をする奴は全員心臓を抉り取ってやる。……【解体王】はもちろん、お前もだ――ヴィーレ・ラルテ」

 

 

 同時に、一瞬ではあるが交わった視線。

 ――勘違いするな。

 とでも言うように、シアンディールは低い声で私へと向け警告した。

 【解体王】を倒すために協力する気はない。

 シアンディールにとって、私は彼の悲願を阻止しようとする敵であることには変わりなく、何処まで行っても協力することは出来ない。

 

 

 「アハハハ……そうだね」

 

 

 だけど……私はそんなシアンディールの言葉に小さく笑い声を漏らした。

 全てを奪い取る右腕は真っすぐに奈落の闇へ。

 この暗闇の中でも光を失わない青い瞳。

 左手に握った『拳銃』と鎖は私へは向けられず、下へ。

 その言葉とは裏腹に、全ての矛先は未だに姿の見えない【解体王】へと向けられていたからだ。そこには先ほどまでとは違い、私へと向けられた敵意は一切感じられなかった。

 だから……。

 

 

 「私も【解体王】を倒して、必ず貴方を止めるよ」

 

 

 ……私はそう言い放ち、思わず笑みを浮かべた。

 私は片腕で手綱を握り、鐙へと足をしっかりと掛ける。

 そして【義賊王】に倣うように、奈落の底へと意識を集中させながら睨みつけた。

 ヴィーレの茜色の鋭い双眸もまた、より一層強い光をその目に宿す。

 

 

 「私が……此処で全ての決着をつけるッ!」

 『BURUUUUUuuuu』

 『KWeeee~~!!』

 

 

 裂帛と共に吐き出す白い吐息。

 外気の寒さとは反対に、身体中に滾り熱を上げていく闘志と炎。

 私は空中で暴れる手綱を左手一本で抑え込み、鐙へと掛けた足に力を込めて無理やり《騎乗》を自らの支配下に置いた。

 

 

 「――ハァッ!!」

 

 

 手綱を勢いよく引く。

 同時にアレウスが凄まじい勢いで加速。

 私を強さを増した浮遊感が襲い、流れる線のような景色が視界を埋め尽くした。

 

 ――『駆け下る(・・・・)

 

 雪崩のように崩れ落ちる瓦礫の雨の中でアレウスは瓦礫から瓦礫へ、その豪脚をもって踏み砕きながら駆けだしていた。

 それは【嵐竜王 ドラグハリケーン】との戦闘の最後で見せた技巧……一歩間違えば先の見えぬ奈落へ真っ逆さまである騎乗技術。瓦礫の中を潜り抜け、敵へと急接近する荒業を真下へ。

 ……奈落の底へと実行する。

 しかし、絶対にミスはしない。

 瓦礫を踏み外すことはしない。

 

 

 『KWe、KWEEeeeee~~!』

 

 

 フェイのマグマよりも赤い《紅炎の炎舞》の紅の炎が奈落の闇を照らす。

 私へと当たりそうな小さな瓦礫を焼き溶かし、消失。【解体王】が待ち伏せているだろう地底へと向けて炎で私を導いてくれていたのだから。

 今のヴィーレにとって地上へと脱出することは簡単だ。

 ただフェイへと飛び移り、瓦礫の雨を潜り抜けて飛翔すればいい。

 それこそ現在進行形で実行している『瓦礫下り』に比べれば、実に簡単であり確実に成し遂げるだろう。

 しかし、ヴィーレの選択肢にはその選択は存在しない。

 

 ――ただ前へ。

 

 身の毛もよだつような、<グランドル>に潜む悪意に向けて突き進み、そして倒す。

 ヴィーレに貧民街の子供たちの飢えを満たすようなことが出来る<エンブリオ>もない……ただ、敵を倒すことしか出来ないのだから。

 

 

 「――」

 

 

 頬を瓦礫が掠め、《狂乱魔笛》がどんどんと大きくなる。

 だけど手元は狂わない。

 目を、耳を塞ぐことは無い。

 《蒼炎の再生》の青い炎が私の体を包み込み、傷を癒し、【狂乱】の状態異常を瞬時に治癒し続けた。

 

 (……これだけ駆けているのにまだ底が見えない。かなり深いみたい)

 

 どれだけ深い縦穴なのだろう? 

 既に『地下迷宮』の深さを軽く超え、地盤のマグマが見えてくるのではないかと思ってしまう程の深さである。

 私は些細な違和感に眉を顰める。

 ……そして。

 

 

 『――《人()()ラせ(タイ)()()だの(ショ)肉》』

 

 

 ついに視界に捉えた奈落の底。

 壁が見えない程に張り付き、蠢く蟲にも見える『死体生物』の大群と《狂乱魔笛》の魔笛を発する【ヒポトヴォルグ】の大きな全貌。

 同時に背後から聞こえたその『必殺スキル』に――私の左手は手綱から(・・・・・・・)離れた(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――同じ(スキル)を何度も食らう私じゃないよ」

 『――ガァッ!?』

 

 

 そして……私の声と共に、【解体王】の体が炎に燃えて半ば抉れ飛んだ。

 

 ――猛火を纏う何本もの矢。

 

 【スチィール・メイル】程度の防具なら遠くからの騎射でも。

 近距離で射れば、【ミスリル】にもダメージを与えることが出来る剛射があらゆるものを燃やし尽くす《紅炎の炎舞》を纏い、【解体王】の身体を捉えたのである。

 【不死鳥の紅帯】形態へと瞬時に変身したフェイが補助腕のように強弓を固定、左手を放した私は宙で『矢筒』から矢をまとめて引き抜いて番えたのだ。

 炎矢は【解体王】に刺さらない。

 鏃が触れると同時にその周囲を弾け飛ばし、紅炎が身体を焼き尽くしていく。

 

 

 「一昨日みたいに上手くいくなんて思わないで。――今日の私は……前の私より強いから」

 

 

 回転する銀色の飛翔物。

 腕ごと抉れ飛んだ銀の円盤は私の赤髪を一房切り裂き、後方へと抜けていく。

 ガキンッ――と。

 空を切り、私へと届かなかった【カイタイシンショ】が赤い炎の揺らめきを反射しながら硬い音を立て、『死体生物』を切り裂きながら地面へと突き刺さった。

 

 

 『ギッ、ィギギギギィィィィィィイイイイイイ~~!!』

 

 

 空中で半身を吹き飛ばされ、燃え続ける【解体王】。

 その炎は地底の空間を明るく照らす――二重の意味で“風前の灯火”だ。

 例え<マスター>だとしてもデスペナルティになっていないのが不思議なほどの『傷痍系状態異常』。このまま【火傷】と【出血】の継続ダメージでも十分。

 上空から降り注ぐ瓦礫がその体を押しつぶしてもHPは全損する。

 モンスターや戦闘職のティアンから身体を切り奪い取れる【解体王】だからこそギリギリ死なずに済んでいるのだ。

 ――それほどの火力の集中砲火。

 そして……【解体王】はやはり<マスター>であり、猟奇殺人鬼(・・・・・)だった。

 

 

 『ィヒ、【騎神】ンンンン~~ッ!』

 

 

 奇声と共に空中分解する【解体王】の身体。

 炎で燃え、【炭化】し始めた部位を切り離す。

 そして、その体の内部から自分の血で真っ赤に濡れたもう一本の中華包丁を取り出した。

 一昨日と同じ、防御兼、私の突撃を予期して仕込んでいた罠。いや……もしかしたらこの手段も視野に入れていたのかもしれない。

 【解体王】は人間から大きくかけ離れた異形な姿――腰から生やした人間の腕を伸ばした。

 それは【ラバーリザード】と言う、ゴムのような特性を持ったモンスターの部位と人間の腕を合わせた不気味な尻尾である。

 本来ならデスペナルティの危機に撤退する場面で、【解体王】は追撃に出た。

 

 

 『手足をバラバラに切り取ってェェェェェ、泣き喚くお前の目の前で従魔を《解体》してあげェェェェェェッ!!?』

 

 

 迫りくる人間の手と中華包丁。

 空中で落下中の私へとその赤い刃は伸び――。

 

 

 「――煩い」

 

 

 次の瞬間、【解体王】の体が霞んで消えた。

 ヴィーレの上空に居たはずのその姿は何処にもない。ただ、強弓を放した代わりに握った長槍と【ミラーズ・ベイ】を振り抜いた態勢のヴィーレの姿がそこにはあった。

 

 

 「前にも言ったと思うけど……私は貴方を許すつもりもないから。此処は街でもないし巻き込むティアンも居ない、だから……」

 

 

 私は振り抜いた勢いで【ミラーズ・ベイ】の矛先を地面へ。

 そして《衝撃反転》で着地の衝撃を無くしながら、壁へと叩きつけられた【義賊王】を射抜くように視線を向けた。

 

 

 「……今度こそ、肉片一片も残さず火葬してやる」 

 

 

 真紅の炎が私を中心として燃え広がった。

 

 

 『ギィィィィィィィィィイイイイイイ~~ッ!!』

 

 

 それは――炎の竜巻(・・・・)

 奈落の底を埋め尽くしていた『死体生物』の大群を一瞬で焼き殺して塵にし、死に体の【解体王】を飲み込んだ。

 炎は勢いよく【解体王】を燃やし、吹き上がる炎の音と共に奇声にも似た金切り声が洞窟内に木霊する。

 ……耳障りな、聞くに堪えない奇声。

 だけど――まだ足りない。

 

 

 「フェイ」

 『KWEEeeeee』

 

 

 フェイが鳴き声を上げると同時に《紅炎の炎舞》の火力が上がる。 

 赤が紅に、紅が深紅に。

 その火力は徐々に地面を溶かし始める――が。

 

 (……あの身体、かなり高い《火炎耐性》を持ったモンスターの身体を奪ってる?)

 

 尾のような気味の悪い腕を【炭化】させ、身体中に【火傷】を負いながらも燃え尽きず、絶叫を上げ続ける【解体王】。

 その様子に私は眉をしかめた。

 ……絶叫は止まらない。

 黒焦げの焼死体になりながら、その口からは呪いのような怨念を吐き続ける。

 

 

 『イギャ、ギャァァァァアアアアア~ッ! 後先考えず燃やしてくれて――絶対に殺してやる。指先からバラバラにしてぇ――――?』

 

 

 そして……止んだ。

 

 

 「――惨いな」

 

 

 声と同時に私の隣に姿を現したのは遅れて降り立った【義賊王】。

 鎖の『特典武具』を壁へと突き立て、ゆっくりと着地。引き金を引くと上空へと銃口が向けられた『拳銃』が降り注ぐ瓦礫を撃ち砕いた。

 

 なら右手――《ライト・オーバースナッチ》はどうしたのか?

 

 チラリと覗き見た【義賊王】の右手。

 その手中は真っ赤な血に濡れた一握りの肉塊が見え……直ぐに投げ捨てながら、気持ち悪そうに手を振るった。

 地面に転がった管のようなものが付いた肉塊。

 それは【解体王】の喉だったもの(・・・・・・)だ。

 

 

 「……何で喉なんです」

 「あの様子では心臓を抉り取っても死ぬとも思えない、【酸欠】を狙った方が確実だ。それに……俺のスキルにも限度はある」

 「なら次は頭をお願いします。流石に頭を潰せば確実にデスペナルティになるはずですから」

 

 

 このままでも長く待たずにデスペナルティになるだろう。

 しかし……この【解体王】は油断できない。

 わざわざ私と【義賊王】が戦っているところを狙ってきたのだ。

 奴は私と【義賊王】が顔見知りだったことは知らない。

 故に、標的が二人とも自身の討伐を優先したのは驚いているだろう……が、それでも私達を殺すことができるだろう手段を持っていたから襲ったことは確実だろう。

 

 ――私と【義賊王】の相討ちを狙う。

 

 そんな希望的観測を奴はしない。

 

 

 「……油断は出来ない」

 

 

 『矢筒』から矢を引き抜き、強弓につがえる。

 そして――

 

 

 『――~~ッ!!』

 『GWAWOOOOoooooo~~!!』

 

 

 矢を放つと同時に【ヒポトヴォルグ】が【解体王】の身体を飲み込んだ。

 【ヒポトヴォルグ】は元々【亜竜偶蹄】。

 地属性の堅い皮膚を持つ【ヒポトヴォルグ】はかなり高い《火炎耐性》を獲得している。『特典武具』となってもその特性は失うどころか【解体王】のスキルによって強化されている。

 故に【解体王】の身体を燃やし続ける紅炎を消化すると同時に、飲み込むことで矢を防ぎ、《ライト・オーバースナッチ》の射程圏内から逃れたのだ。

 そのまま遺跡ような墳墓(・・・・・・・)の奥へと空いた穴に退散していく。

 

 

 「……【義賊王】」

 「何だ」

 「あの先が何処なのか貴方なら知っているんじゃないかと思ったんだけど――」

 

 

 警戒しながら手綱を引きながらアレウスが脚を進め、馬上から私は【義賊王】へ尋ねた。

 

 

 「知らん。俺もこの遺跡――と言うよりは<地下墳墓>か……此処の存在は今初めて知った。この<地下墳墓>事態が最高レベルの隠蔽工作がされている。

  俺の――【義賊王】の《隠蔽操作》や《気配察知》もカンストしているがそれ以上だ。<グランドル>の『地下迷宮』の深さを上回っていることも考えれば、確実に前々期文明の『ロストテクノロジー』になる」

 「ロストテクノロジー……か」

 

 

 私の保有している【怒涛之迅雷】もある意味、先々期文明の遺物。

 加えて、この外見から見て『墓』であることには間違いない。

 

 (……先々期文明の何らかの兵器――なんてものは勘弁してほしいなぁ~)

 

 墓に埋めるのは何も遺骨だけではない。

 それこそ、その墓で眠る遺骨の所有物だったアイテムや墓を守る何らかの番兵など。

 むしろ此処まで私達をおびき寄せた以上、【解体王】が何かを見つけてしまったと見る方が筋が通ってしまう。

 【即死】級の『必殺スキル』を持つ【解体王】に近づきたくはないが、それでも先ほどのチャンスで仕留めきれなかったのが痛い。

 だけど……。

 

 

 「――私が先陣を伐る」

 「奴を警戒するのは賛成だが……背後にも気をつけるんだな。【解体王】を倒した瞬間にお前も殺す」

 

 

 【ミラーズ・ベイ】を片手に、前へ出る私に【義賊王】が言う。

 しかし一々忠告する辺り、シアンディールに限ってそんな真似はしないと確信できる。

 私は背後から聞こえてくる声に笑みを漏らし、そして。

 

 

 

 

 

 「――罠だろうと、全部踏み壊すよッ!!」

 『BURUUUuuuuuuu!!』

 

 

 《一騎当神》。

 《幻獣強化》。

 《魔獣咆哮》。

 

 全ての強化スキルを出し惜しみすることなく駆け出した。

 ――たった数十メテル。

 その距離を一瞬で無くし、<地下墳墓>へと空いた穴を駆け抜ける。

 

 

 『グギャギャ、ギャー!』

 

 

 飛び込むと同時に、進行方向に立ちふさがった『死体生物』の身体を【ミラーズ・ベイ】で突き穿つ。

 同時に発動する《衝撃反転》。

 アレウスの駆ける威力が乗った刺突は簡単に『死体生物』の身体を突き抜けた。

 そして――。

 

 

 「――ッ!?」

 

 

 ――警鐘がなった。

 《危険察知》が脳内で打ち鳴らす危険を知らせる大警鐘。

 何らかの奇襲か。

 もしくはやはり罠か。

 警鐘が何を知らせようとしているのかは分からない。

 ただ、その場を全速で駆け抜けようと鐙に力を込めるようとして――同時にソレを見た。

 

 

 ――【ミラーズ・ベイ】によって突き穿たれた『死体生物』。

 ――その心臓から水を勢いよく流し込んだように膨れ、膨張した姿。

 ――凄まじい熱量を発しながら、皮膚の内部から赤く膨れ上がるその光景を。

 

 

 『――ィヒ、イヒヒヒヒヒヒッ! 殺すのはもちろん、火気厳禁ダヨォォォオオオ!?』

 

 

 それは一度見たことがある。

 【義賊王】も領主の館を襲うのに使っていたアイテム――いや、それよりも遥かに強力なモノ。

 

 

 

 

 

 

 「――《クリムゾン・スフィア》と《エクスプロージョン》の【ジェム】ッ!!」

 

 

 限界まで膨れ上がり、『死体生物』の身体を突き破って発火した爆弾。

 とっさに薙ぎ払い、振り払おうとするが――離れない。

 

 

 『ギィ……』

 

 

 それはもはや人間でも、モンスターでもない。

 痛みや恐怖も覚えることの無い『死体生物』なのだから。

 身体を引き裂かれても動き続ける『死体生物』は振り払われんとばかりに【ミラーズ・ベイ】にしがみ付き。

  

 ――『人間爆弾』……いや、『死体爆弾』。

 

 辺り一帯を軽く吹き飛ばし、『純竜級』モンスターすら仕留める火力と爆風の『死体爆弾』に、超至近距離で巻き込まれたのだった。

 

 

 

 

 



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第29話 冥府の棺桶

少し無理やり感があります。
……すいません。


 □<【■■騎】地下墳墓> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 ――一部の『魔灯』が薄暗く照らす<地下墳墓>。

 

 

 

 

 

 ヴィーレを巻き込む様に大爆発を巻き起こした『死体爆弾』は、視界を一瞬で赤く、手で覆ってしまう程の閃光を放ち吹き飛んだ。

 洞窟内で耳を劈く爆発音が響き、反響する。

 それにコンマ差で続く、吹き荒れる爆風。

 大爆発がもたらした爆風は、<地下墳墓>で自然と崩れた瓦礫や縦穴から落下してきた岩を軽々と吹き飛ばし、その周囲に居たものを壁へと叩きつけた。

 

 ……凄まじい威力の『死体爆弾』だ。

 

 爆発地――【ミラーズ・ベイ】に貫かれた『死体生物』を中心として、その半径5メテル内の範囲には何一つ元も形を保っていたものは存在しない。

 先々期文明の『ロストテクノロジー』を用いて造られた、謎の素材である頑強な床と壁。

 砦の門や城壁などのオブジェクトを破壊することに長けたジョブ――【破壊屋(クラッシャー)】でようやく破壊できるような頑丈さを誇る<地下墳墓>。

 大爆発はそんな壁や床すらも跡形もなく吹き飛ばしていた。

 

 ――爆発地から立ち昇る黒煙と砂煙。

 ――<地下墳墓>にたちこめる火薬と肉の焼けた臭い。

 

 そして……不気味な程に静まり返った空間に、荒い息遣いが木霊した。

 

 

 

 

 

 「ハァ……ハァ……今のは、本当に。……危なかった」

 

 

 爆発地から距離を取った縦穴の底。

 そこには危機一髪で『死体爆弾』から抜け出し、デスペナルティを回避したヴィーレの姿があった。

 

 ……なんてことはない。

 『死体爆弾』が大爆発を巻き起こすその瞬間、フェイが全力で《紅炎の炎舞》と《火炎増畜》をフル稼働したのである。

 『死体生物』を一瞬で塵に返し、【ジェム―《クリムゾン・スフィア》】を完全吸収する。

 同時に《エクスプロージョン》の爆発を《紅炎の炎舞》で軽減し、最大限まで軽減したのだ。

 とっさに取った選択。

 その行動が正しかったかは分からない……が、結果的にヴィーレは軽傷。【ミラーズ・ベイ】も破壊されることなく手元に残すことが出来ていた。

 

 

 「なんだ? 死ななかったのか……」

 「敵同士だし、別に協力してるわけじゃ無いのは分かってますけど……残念そうに言わないでください」

 

 

 前方から何事も無かったように、鎖の球体に守られながらこちらを見る【義賊王】。

 あからさまに残念感を込められた声に私は文句を言う。

 

 (……だけど、やっぱり無傷とはいかなかったみたいだね)

 

 凄まじい速さで早鐘を打つ心臓。

 脳内ではいまだに『キーン』と、爆発音が木霊し続ける。チラリとステータスを確認すれば状態異常である【鼓膜欠損】が確認できた。

 大爆発に巻き込まれたヴィーレ。

 軽減してなお、『死体爆弾』は少なくないダメージをヴィーレに与えていたのだ。

 

 【スカーレット act.1】が破れ、白い素肌と赤い擦り傷が露出した二の腕。

 地面に転がる、破壊された(・・・・・)【身代わり竜鱗】。

 あまりの閃光に霞んだ視界と失われた平衡感覚。

 

 やはり建物も破壊することが出来る程の《エクスプロージョン》。

 【身代わり竜鱗】を破壊してなお、微かな傷と治せない影響を残している。

 しかし……問題ない。

 

 

 「フェイ、傷を治してくれる?」 

 『KWE、KWeee』

 

 

 かすり傷や軽い状態異常程度なら瞬時に完治させることが出来る《蒼炎の再生》――【炎怪廻鳥 フェニックス】がいるのだから。

 蒼炎が私とアレウスを包み込み、一瞬でHPも含めすべての傷が完治する。

 

 

 「うん、ありがと。――アレウスもまだいけるよね」

 『HIHIIiiiiii~~Nッ!!』

 

 

 完全回復したアレウスもまた、大きく嘶きを上げて立ち上がる。

 私もそれに続くように。

 鐙へと足を、左手で手綱を握り、軽々とアレウスへと《騎乗》し【ミラーズ・ベイ】を片手に握った。

 

 

 「……自己回復も出来るのか。<マスター>ってのはどいつもこいつも化け物じみているな」

 「変な事言わないで。化け物って言うのはホオズキや……【解体王】みたいな<マスター>の事を言うんだから」

 「俺達ティアンから見れば、死なないだけで全員十分化け物だ」

 

 

 軽口を叩きながらゆっくりと前進し、【義賊王】の横に並ぶ。

 

 

 「それで、どうするんです?」

 「お前が俺に何を期待しているのかは知らないが、何度も言うが協力する気はない。俺は俺、お前はお前で【解体王】を殺す。

  ――それだけだ」

 

 

 ……頑固者だ。

 あれだけの罠があっても変わらず協力する気は無いらしい。

 一人前を歩き<地下墳墓>内へと足を踏み入れよとしている【義賊王】の背中をジト目で睨み――大きくため息を吐いた。

 

 

 「私達も行こう。アレウス、フェイ」

 

 

 既に<地下墳墓>内に足を踏む入れた【義賊王】を追うように手綱を引く。

 警戒はもうこれ以上ない程に、瞬時に反撃に移れる体勢で進む。

 そして、<地下墳墓>内の【義賊王】へと襲いかかる複数の『死体生物』――『死体爆弾』の姿を見た。

 

 (――複数の『死体爆弾』はまずい)

 

 瞬時に《瞬間装備》で手元に強弓を装備し、複数の矢を番える。

 限界まで引き絞り、『死体爆弾』の頭へと狙い定め――。

 

 

 「……?」

 

 

 私は、片手を横へと向け制してきた【義賊王】に、眉を顰めながら強弓を下ろした。

 左手には『拳銃』と自在に動く鎖を。

 右手は横へと広げながら何かを掴むような掌を。

 奇声を上げ、転がるように走り迫る『死体爆弾』を目の前に、【義賊王】は焦る様子も見せずに散歩するかのようにゆったりと歩いていた。

 ――『俺一人で十分だ』

 そう【義賊王】の背中が、動きの一つ一つが物語っていたのだ。

 

 

 『ギュアリャリャリャーーッ!』

 「――《ライト・オーバースナッチ》」

 

 

 真っ先に【義賊王】へと掴み掛った『死体爆弾』。

 自意識も無い『死体生物』は恐怖も躊躇いも無く、自爆を決行し――【義賊王】に殴り飛ばされた。

 しかし……自爆しない(・・・・・)

 何の変化も無く沈黙する。

 そんな【義賊王】の右手――殴り飛ばした手の中には二つの【ジェム】が納められていた。

 ……だが、まだだ。

 まだ3体の『死体爆弾』が【義賊王】へと襲い掛かる。

 

 

 「フッ!」

 

 

 次に動いたのは左手。

 『拳銃』の掛けられた引き金が引かれると同時に一発の弾丸が1体の『死体爆弾』の頭を撃ち抜き、その背後から襲い掛かった2体目の頭を鎖の先に繋がれた短剣が破壊した。

 

 

 『ギィ――』

 

 

 3体目は《投擲》された【ジェム】が直撃し、身体に埋め込まれた爆弾と共に誘爆した。

 まさに瞬殺。

 これこそが【義賊王】の本来の戦闘スタイル。

 敵の武具を奪い取り、その武具で敵を倒す。あらゆるものを使いこなす【剣闘士】にも似た『オールラウンダ(・・・・・・・)()』だった。

 そして、合計4体の『死体爆弾』を倒して見せた【義賊王】の戦闘を見て、私も気が付いた。

 

 (――『死体生物』全ての身体に【ジェム】の爆弾が埋め込まれているわけじゃ無いんだ)

 

 それもそうである。

 【ジェム―《クリムゾン・スフィア》】だけでもかなり高価なアイテム。《エクスプロージョン》も合わせれば数を用意することは困難を極めるだろう。

 例え、それがこの<地下墳墓>で見つけたアイテムだとしても……だ。

 

 

 「でもどうやって判断を――」

 

 

 自問自答のように疑問を口にし、気が付く。

 シアンディールは【大商人】にも就いている、それ故に持っていても可笑しくない汎用スキルを。

 

 

 「――《透視》。《透視》で『死体爆弾』を見極めて体の中に埋め込まれた【ジェム】の位置を正確に察知したんだ」

 

 

 <レジェンダリア>では何故か当たり前のように殆どの<マスター>が持っているスキル。

 ダンジョンでも罠の感知などに使われる《透視》。

 これを使えば、敵の体内を覗き見ることも出来るスキルである。

 私は汎用スキルである《透視》は習得はしていない……だけど。

 

 

 「《瞬間装着》」

 

 

 スキル名を呟くと共に【鑑定士のモノクル】を片目に装着した。

 同時に先ほどまで引いていた複数の矢を強弓に番え、力強く引き放った。

 一本一本が亜竜級モンスターすら撃ち抜く剛射。

 まとめて射られた矢は標的から外れることも無く、真っ直ぐに【ジェム】持ちの『死体生物』へと突き刺さり、周囲の身体ごと爆弾を吹き飛ばした。

 更に『矢筒』から引き抜き、射抜く。

 撃つごとに数え切れないほど多くの『死体生物』から【ジェム】を持ったものだけが倒れ伏していく。

 

 (……いける)

 

 全てが順調に進んでいる。このまま行けば直ぐに【解体王】まで追いつけるだろう。

 そう思った瞬間だった。

 

 

 ――爆発音と暴風が背後で巻き起こった。

 

 

 続くように何かが崩れるような重たい音と地響きがアレウスを通して伝わってくる。

 反射的に背後へと移す視線。

 そして私が見た光景、それは外へと繋がる<地下墳墓>の横穴が、爆発の瓦礫によって塞がれた状態だった。

 同時に僅かな物音に上空を見上げる。

 石材で建てられた高い天井、そこには張り付くようにゆっくりと移動する『蜘蛛型・死体生物』の姿。

 反応を示すよりも。

 声を漏らすよりも早く、私は反射的に矢を放ち排除する。

 そして……。

 

 

 

 

 

 『ィヒ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒィ~~ッ! 怖いなァ~、本当に同じ人間なのか疑ってしまうヨォォォォォオオオ~~!!』

 

 

 塞がれた<地下墳墓>の横穴。

 その光景に唖然とする私の右方向――おそらく正規の通路であろう強固な鉄の扉に背中を預けた【解体王】が、此方をニヤニヤと嗤って見ていたのだった。 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

 ――身体が動く。

 

 

 アレウスが戦意のボルテージを一気に引き上げた躍動が。

 今にの走り出しそうな興奮と苛烈さを増して頬を撫でる炎に、私の体は無意識に動いていた。

 <Infi()nite ()Dendro()gram>()で何度も死線を潜り抜け、そして生き延びてきたからだろう。

 身体に染み込んだ経験と危機感が反応したのだ。

 ……反射、と言うにはあまりに洗練されている。

 予備動作無しに。

 脳を介さず身体がものを考えて動かしたように矢を番え、炎が矢を纏い、引き放つという一連の攻撃が無拍子で終わっていた。

 

 そして放たれた炎矢に誰も反応できなかった。

 戦闘に専念している【義賊王】も、【解体王】とその傍に控える【ヒポトヴォルグ】も。もちろん意識を自我を持たない『死体生物』達も反応できるわけもない。

 空気を燃やし、鉄をも貫通。焼き溶かすことが出来る炎矢。

 複数の炎矢はまるで吸い込まれるように【解体王】の身体へと吸い込まれていき――。

 

 

 『――ィ!? グギャァァァァァアアアアアアアアッ!??』

 

 

 その体を抉り焼いた。

 【解体王】すらも一瞬理解するのが遅れ、数秒後に絶叫を上げた。

 火が燃え移った身体を分離し、再び逃走しようと這いつくばって移動するが……それも叶わない。

 

 ――ジャラジャラッ、と。

 

 擦れ合うような幾つもの金属音。

 

 ――ゴンッ、と。

 

 金属が重たい何かに刺さったような低重音。

 地面を這う【解体王】は自身の耳元で聞(・・・・・・・)こえた(・・・)その音に顔を上げ、鉄扉に刺さった短剣付きの鎖を見上げた。

 そして発射源を探すように鎖の根元へと遡る。

 曲がりくねり、途中で『死体生物』を絞め殺しながら鉄扉に刺さっていた鎖。

 その根元には、1人の男。

 

 

 「――《ライト・オーバースナッチ》」

 『ォ、私を守れェェェェ~~ッ! 【ヒポトヴォルグ】ゥゥゥゥウウウウウ!!』

 

 

 ――右手を伸ばす【義賊王】。

 ――【解体王】を隠すように前へと躍り出る【ヒポトヴォルグ】。

 

 急激に加速した戦闘を収束させるように【義賊王】の右掌は勢いよく握り閉じられた。

 突如、世界が止まってしまったかのように静けさを取り戻す空間。

 <地下墳墓>内に沈黙が流れ、私も【義賊王】も。そして【解体王】も『死体生物』も動きを完全に静止させた。

 そして……。

 

 

 「――仕留めそこなった」

 

 

 【義賊王】の右手が開かれ、硬い甲殻のような【ヒポトヴォルグ】の皮膚が音を立てて落ちた。

 

 

 『ィヒ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒィ! 本当に怖いナァ! もうお前たちを見るだけデェェェェェ、恐ろしくって震えてしまうヨォォォォォ~ッ!?』

 

 

 同時に【解体王】の奇声が反響する。

 【アイテムボックス】から別のティアンの骸を取り出し、自分に身体にくっ付けながら【解体王】は泣きべそを浮かべていた。

 

 

 『せっかく新調した体を躊躇いなく燃やしやがって……ィヒ、ィヒヒヒヒヒッ! 【騎神】ンンンン、お前は人じゃないなァァァァ~~ッ。

  化け物メェェ……。こんな事して心が痛まないのかァァァァア!!?』

 「……」

 

 

 何も言葉は返さない。

 ただ強弓を構え、出来る限りの殺気を込めて睨みつける。

 一秒でも早く奴の口を黙らせるようにひたすら次の隙を伺いながら。

 

 

 『ィヒ、ィヒヒヒヒヒッ!? それよりも受け取ってくれたかァァァ~、私のプレェェェゼントををサァァァァアア!!』

 「……」

 『何だダンマリカァァァ~ッ!? ィヒッ! ィヒヒヒヒヒヒヒヒィ~~ッ! ――『人間(・・)を殺した感触(・・・・・・)はどうだってキイテイルンダヨォォォォォオオオ!!』

 

 

 ……どういうことだ?

 私は無視していた【解体王】の声に眉を顰め、その意味を考える。

 『私が人間を殺した』、そんな事はした覚えがない。 

 だけど……【解体王】の嘲笑うような三日月の口端が。その暗い眼が嘘ではないと――今言った事は全て真実だと物語っていた。

 

 

 『ィヒヒヒヒヒヒヒヒィ~~ッ! こいつは滑稽だなァァ、まさか何も気づかないでコロシタノカァァァァ~~ハッハッハッハッハッハ!!

  なぁ、【義賊王】ゥゥ~。教えてやれよォォォォオオオ、お前が知っていることをォォォォ~~』

 「……」

 「シアンディール、もし何か知っていることがあるなら教えて」

 

 

 私は目を伏せていた【義賊王】へと視線を移す。

 そんな私の言葉に顔を上げるが――その青い瞳は何を迷うように宙を泳いでいた。

 その【義賊王】の仕草を見て確信する。

 【解体王】が言ったことは真実であり、【義賊王】は何かを知っていると。

 

 

 「……教えて」

 「お前が気にする必要はない。……これは避けられなかったことだ」

 「子供扱いしないで。私はもう――アイラちゃんをこの手で殺した時から決意は出来てるから。

  ただ、知っておくべきことから目は背けたくないの……」

 

 

 宙を彷徨っていた青い瞳。

 その視線が不意に私の朱色の瞳と交錯し、少しの時間互いに見つめ合った。

 そして――【義賊王】はたった一言。

 ボソリと小さな声で呟いた。

 

 

 「――爆弾が仕掛け(・・・・・・・)られた奴は死体(・・・・・・・)じゃない(・・・・)

 

 

 そう、確かに呟いた。

 同時に私は《透視》しながら『死体生物』の大群へと視線を向ける。

 数え切れないほどいる『死体生物』だが、その中から身体の中に【ジェム】を埋め込まれた者は案外簡単に見つかり……そして。

 

 

 『――ッ』

 「~~ッ!」

 

 

 目が合った。

 絶望の淵に落とされたような光の無い、虚ろな瞳。

 そのティアンは既に『人間』だった頃の面影は一切残しておらず、【砂蟲】と合体したような歪で。異形な姿をしてる。

 しかし……そのティアンには確かに自我があった。

 視線が合うと同時に、震えながら目を反らす。

 喋ることが出来ないように切り奪われた咽喉のせいで、口を動かしても空気が震えるだけ。

 だけどその動いた口がハッキリと言ったのだ『――殺してくれ』と。

 私達を襲うように命令され、自爆攻撃を仕掛けてきた『死体爆弾』――その正体は他でも無い『人間』だった。

 

 

 「ウッ……」

 

 

 喉の奥から込み上げてくる何かを口を押え、堪える。

 

 

 「目を合わせるな。俺達が出来るのは、出来るだけ痛みを与えることなく殺してやることだけだ」

 『ィヒヒヒヒ、気が付かなかったのかァァァ!?? 傷を負ったら簡単に死んだだろォォォォ~~? それでッ、どうだッ、無垢な人間を殺した感触はァァァァァ~~~ッ!!?』

 

 

 嘲笑うような、最高に最悪な奇声。

 これこそが【解体王】にとっての奇策――純粋な戦闘では決して勝てないと分かっているからこそ取った策略だ。

 ……【騎神】はティアンを人だ(・・・・・・・)と捉えている(・・・・・・)

 所謂、“世界派”の<マスター>。

 それが前回の奇襲で分かったが故の、ヴィーレだけの為に作り出した惨劇である。

 【解体王】は顔を伏せ、何も喋ることも出来ないヴィーレの様子に、高らかに奇声を上げる。

 

 

 「……それでも」

 『――ィヒ?』

 「それでも、私の取るべき選択は変わらない。私の心に決めた信念を折るわけにはいかないんだ」

 

 

 聞こえてきた声。

 それと同時に引き絞られた強弓から矢が放たれ、『死体爆弾』となってしまったティアンを撃ち抜き、跡形もなく燃やし尽くした。

 ヴィーレの頬を伝った涙が炎の熱で蒸発する。

 ――心痛める行為だ。

 ――非人道的な行為だ。

 矢を射るたびにナイフで刺されたような痛みが走る。

 だけど、これ以外に道は無い。もはや人間に戻ることが叶わないティアン達にとって、人として殺してやる――それがヴィーレに出来る唯一の救いだった。

 そして同時に改めて決意する。

 この惨劇を作り出した【解体王】を絶対に逃がさないと。必ず地獄に送ってやると。

 

 

 「覚悟は良いか――【解体王】」

 

 

 【ミラーズ・ベイ】が真紅の炎を纏う。 

 軽く振るうと同時に灼熱の炎が吹き荒れ、周囲の『死体生物』を灰にした。

 

 

 『ィ、いいわけあるかァァァァァアア! 何なんだお前たちはァァァァァアア、お前ら敵同士なんじゃないのかよォォォォオオ~~ッ!! 

  さっきまで殺し合ってたんじゃないのかよォォォォオオ!

  何でそう、私の――俺の邪魔ばかりするんだァぁぁぁぁ~~~ッ!!』

 「――お前が人を殺したからだろ」

 

 

 【義賊王】が小さく呟きながら左手の『拳銃』の銃口を【解体王】へと向ける。

 

 

 『――――ヒ。ィヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒッヒッヒッヒッヒ~~~ッ! あぁ、もう、何でもイィィィィィィなァァァ!!』

 

 

 気が狂ったようにひたすら笑い声を上げる【解体王】。

 それは他人から見れば全てを諦めた自暴自棄な笑い。

 しかし、その目には決して諦めの色は無く、狂気に満ちたドス黒い悪意が籠っていた。

 

 

 

 

 

 『街のNPCも、こいつらも――全部吹き飛ばせェェェェッ、【ヒポトヴォルグ】ゥゥゥゥウウウウウ!!』

 

 

 叫び声を上げる【解体王】。

 その声と同時に、傍らに仕えていた【ヒポトヴォルグ】の体が赤く膨れ上がりながら膨張し始めた。

 【解体王】も【義賊王】も。そしてヴィーレも。

 【ヒポトヴォルグ】の中に埋め込まれたソレが【ジェム】ではない事を察していた。

 【ジェム】とは比較にならない巨大な砲弾を。

 

 ――先々期文明のロストテクノロジーである【超重砲弾】と呼ばれるとある兵器の砲弾を。

 

 <地下墳墓>で【解体王】が見つけたのは大量の【ジェム】だけではない。

 唯一、厳重に保管されていた【超重砲弾】を【解体王】は見つけ出し、最後の切り札として保管していたのだ。

 それが爆発すれば辺り一帯を消し去る。

 爆発の範囲は誰も分からないが……それでも街の地盤は消し飛び、大量のティアンが死に絶えることは誰の目から見ても明白だった。

 

 

 全てを消し去ろうと高笑いを響かせ【解体王】。

 

 全力の《紅炎の炎舞》で【ヒポトヴォルグ】ごと消滅させようとする【騎神】。

 

 右手を伸ばし、《ライト・オーバースナッチ》で奪い出そうとする【義賊王】。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……誰も気が付けなかった。 

 <地下墳墓>の最奥に納められた『黄金の棺』に。

 

 ――【冥償蘇生 コローネ】。

 

 <地下墳墓>に組み込まれた高い隠蔽に察知スキルが働かず、誰も気が付けなかったのである。

 度重なる爆発によって、棺の蓋が僅かに開いてしまったことにも。

 

 『逸話級』<UBM>である【冥償蘇生 コローネ】の能力はたった一つ。

 

 その名の通り、何かを代償に死者を配下として蘇生するというものだった。

 蓋が開けられ目を覚ました【冥償蘇生 コローネ】の感覚に入ったのは、幾つもの『リソース』の塊。

 故に、【コローネ】は起動する。

 自身を中心としてすべての『リソース』を巻き込む様に、魔法陣内の全ての『リソース』を代償に死者を蘇生させるスキルを展開した。

 

 

 『「「――ッ!?」」』

 

 

 とっさにその魔法陣の外へと退避できたのはたった三人。

 逆にそれ以外のモノは――爆発寸前だった【ヒポトヴォルグ】や『死体生物』はその姿を光の塵へと変え、【コローネ】の中へと吸い込まれていく。

 黒い光を発する魔法陣。

 収束していく光。

 眩しい光を漏らす【コローネ】の棺桶。

 そして……

 

 

 

 

 

 【(<UBM(ユニーク・ボス・モンスター)>認定条件をクリアしたモンスターが発生)】

 【(履歴に類似個体なしと確認。<UBM>担当管理AIに通知)】

 【(<UBM>担当管理AIより承諾通知)】

 【(対象を<UBM>に認定)】

 【(対象に能力増強・死後特典化機能を付与)】

 

 

 【(対象を逸話級――

 

 

 

 

 棺桶から姿を現した人型のソレ

 ソレは何も発することなく、次の瞬間――【冥償蘇生 コローネ】を叩き壊した。

 

 

 

 

 ――修正。

 対象を古代伝説級――【冥魂騎 ペイルライダー】と命名します)】

 

 

 

 

 

 地獄に冥界の天災が蘇った。

 

 

 

 

 

 




――そして狂い始めた更新者の大まかなプロット。


ノリで書くのは止めようと思ったけど……無理だ。


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第29.5話 【冥魂騎 ペイルライダー】

 □“先々期文明時代”・<カルディナ>周辺

 

 

 

 

 

 「――こんな戦場でも星は見えるのね」

 

 

 そこは現在の<カルディナ>の一面砂漠の乾ききった景色とは違う。

 緑の植物や点々と廃墟のような建物が立ち並ぶ――これから生命を一切感じられないような砂漠へと滅ぼされるとは誰も想像できないような豊かな場所だった。

 遠く離れた街ではたくさんの人々が今も過ごしている。

 地下では昼夜を問わず、“名工”フラグマンの工房が稼働し続ける……大陸の中央地点。

 

 それは、突如、海の向こう側から進行してきた“異大陸船”と13体の『化身』によって滅びる前の時代。

 後に、先々期文明と呼ばれる時代。

 彼女は複数の小さな焚火がポツポツとあるだけの野営地で、星が輝く夜空を眺めていた。

 篝火は焚かれることなく、辺りは数メテル先は見えない程に暗い。

 しかし彼女はそんな暗闇の中でも辺りの景色がハッキリ見えているように見渡しながら、背中を預けた騎獣――巨大な黒狼である【ハイパシーン・ハイウルフ】の顎を撫でた。

 

 

 「……何だか寒いわ」

 『GURUUUUuuuuuuu……』

 

 

 寒くはないはずだ。

 彼女は【アダマンタイト】で作られた全身を纏ったフルプレートアーマーを身に着けているのだから。加えて外気も夜だが肌寒くはない。

 そもそも彼女は就いているジョブの特性上、寒さなどなんともない。

 だが、それでも黒狼に身体を寄せ合いながら……そう、不安そうに口にした。

 そして――。

 

 

 

 

 

 「何じゃ? 武勇に絶えぬ【冥骸騎(イモータル・デスライダー)】ともあろうお主でも怖がることはあるんじゃのぅ。

  それともただ寒いのなら余が温めてやろうか? もちろん――夜伽で……じゃがな」

 「……結構よ。私にはこの子がいるもの」

 「カハハハッ! まさか余が獣程度に負けて振られるとはッ、決戦前に一夜ともに過ごせないかと密かに狙っていたのじゃがな――それともそういう趣味なのか」

 

 

 彼女――『騎兵系統派生超級職』である【冥骸騎】に就く彼女へと、背後から声を掛けたのは一人の少女であった。

 見た目的には中学生に上がった程度の年齢だろうか?

 年寄りのような口調に対して年齢が見合わない年端もいかない少女。

 『超級職』である【冥骸騎】に対しての口調といい、この野営地に似合わぬ年齢といい不思議な少女。

 そしてその少女の見た目もまた、特徴的だった。

 

 ――金糸を編んだような腰まで伸びた髪と少し焼けた小麦色の肌。

 ――水着のような胸と腰を覆う僅かな布と指に嵌めた『赤』と『青』の指輪。

 ――片手で引きずる大きな酒瓶と背後に従える【赤虎】。

 

 少女だが……少女ではない。

 その歳で『超級職』に就く少女は、【冥骸騎】の隣へと腰を下ろしながら酒瓶の蓋を片手で簡単にこ(・・・・・・・)じ開ける(・・・・)

 

 

 「……貴女はいつもそんな下品な事を言ってるの? それとも【女戦士(アマゾネス)】って言うのはそういうものなのかしら――【女帝(エンプレス・レグナント)】」

 「カハハハ、手厳しいのぉ。なに、今回の“進化の化身”が相手となれば余も死を覚悟するものよ。人間としても生存本能がうずくというものじゃ」

 「――そう」

 

 

 【女帝】と呼ばれた少女は、そう笑いながら静かに酒をあおいだ。

 野営地に居る十数人の男や獣人、エルフや吸血鬼。

 そんな中で二人も『超級職』がいるのは不思議な事――というわけでは無い。

 十数人のティアン……彼らは【総司令官(コマンダー・イン・チーフ)】を中心とした超級職のみで構(・・・・・・・)成された(・・・・)“進化の化身”討伐隊なのだから。

 

 ――一人一人がその名を轟かせる英雄。

 

 無限に進化を続けて微塵も倒せる気配もない“進化の化身”を、進化も追いつかない程に個に長けた『超級職』の隊で倒す。

 各地で戦う大勢いた同胞は、その半分以上が既に身体を地に伏せた。

 “名工”フラグマンの兵器もその殆どが破られ、再び造り直すのにも時間が足りない。……そもそも造り直せたとしても13体の化身を倒せるかは分からない。 

 それほどに追い込まれが故に、集い、そして決行した討伐隊であった。

 

 

 「貴方は――勝てると思うの?」

 「そうよな……まぁ、勝てんじゃろう。余らが集まるにはあまりにも遅すぎたからのぉ。良くて時間稼ぎじゃ」

 

 

 どこか不安そうに言う【冥骸騎】に対し、腹を決めたように大人びた仕草で事もなげ言う【女帝】。

 見た目とは正反対に二人は夜空を言葉を交わす。

 今から死地に向かう者同士だからか。

 それとも互いに『騎兵』に似た戦い方をする『超級職』同士だから、大して仲が良いわけでもない二人は何も言わない。

 

 

 「貴方は怖くは無いの? ……私は……少し怖いわ。何よりこの子と離れ離れになるのが嫌なの」

 

 

 【冥骸騎】である女性はそう言いながら騎獣を撫でていた腕を――鎧の中で震えていた腕をもう片手で掴み抱える。

 彼女は怖がりだった。

 本当なら戦うのも止め、どこかでのんびりと暮らしたいと心の底から思っているほどに。

 『超級職』へと辿り着いたのは、死ぬのが怖くて我武者羅に戦ってきただけ。

 【冥骸騎】に就いたのも一重に死ぬのが怖かったから。

 その身体を覆い隠すフルプレートアーマーは、外の世界から自分の世界を守るため。

 

 ――武勇に名をはせた英雄。

 

 そう聞けば聴こえは良いが、【冥骸騎】はただの怖がりな一人の女性だった。

 そんな【冥骸騎】は気が付けば、死を目前に弱り切った心が本音を吐き出していた。彼女自身も何故そんな事を【女帝】に漏らしたかは分からない……もしかしたら何か勇気が出るような言葉をかけて鼓舞してくれるのではないかという一抹の期待もあったのかもしれない。

 

 

 「……そうよな。余も死ぬのは怖いのぉ」

 

 

 しかし、返ってきたのは励ましには程遠い。

 同意する言葉だった。

 

 

 「【女戦士】は死も恐れん――と言うがのぅ、あれは違う。余も生まれた瞬間から【女戦士】でも【女傑】でも……まして【女帝】だったわけじゃない。

  ただそうとしか生きられなかったんじゃ。強さを求め、敵を滅ぼす。余らはその道しか知らん」

 

 

 まだ人生の半分も生きていないだろう【女帝】。

 少女は酒を飲みほしながら語る。

 

 

 「ン、カハハハッ。勘違いはするでないぞ? 別に余は余の事を悲しいとなぞ思ったことは無いし、別の道に生きたかった訳じゃないのでな。むしろ誇りの思うておるぐらいじゃ。

  ――だから、示さねばならぬ(・・・・・・・)

  余を【女帝】と認め、慕ってくれた従僕達の為にも。この道を選んだ余自身為にものぉ」

 

 

 そして……笑う。

 

 

 「人生とは証明じゃ。人が人としての軌跡を残す、己自身の証明よ。故に、余は怖くても逃げぬ。逃げれば自分を自分自身で否定することになるからのぉ……だから、死ぬとしても戦うのじゃ」

 

 

 ――誇りを証明すると。

 その為なら、死も恐れぬと。【女帝】である少女はそう口にした。

 【冥骸騎】はそんな姿がどこか眩しく、苦笑した。

 

 

 「――凄いわね。私は怖がってばかりだから。……私にもそんな誇れるものがあったら良かったのだけれど」

 「カハハハッ、何を言う。そちのその生存願望も一種の立派な誇りのようなものよ。余も、此処に集ったあやつらも誰もがソレは知っているんじゃから間違いないぞ?」

 「そう……なのかしら」

 「うむ、余が保証するぞ」

 

 

 話しているうちに【冥骸騎】は、自身の腕の震えが治まっていることに気が付いた。

 今でも死に対する恐れはある。

 しかし……不思議と先ほどまでの不安は無く、気持ちは軽かった。

 

 

 「のぅ、【冥骸騎】。一つ賭けをせぬか?」

 「……賭け?」

 

 

 そんな【冥骸騎】へと再び話しかける【女帝】。

 カハハハッ――と。

 軽快に笑い声を上げる少女は【冥骸騎】へと笑みを浮かべながら賭けを持ちかけた。

 

 

 「そうじゃ。もし明日の戦いでお互いに生き残れたなら――そちの一晩を余にくれはせんか?」

 「――私が死んだら?」

 「馬鹿を言うでない。【冥骸騎】には『最終奥義(ファイナル・ブロウ)』があるじゃろう」

 

 

 よく知っていると【冥骸騎】は笑う。

 『超級職』の中でもほんの一握りの『超級職』が持っているとされる『最終奥義』。その殆どが使用者の命と引き換えに発動する――命を懸けた技。

 

 曰く、敵を倒すまで自我を失い暴走し、飲まず食わずで戦い続ける『最終奥義』。

 曰く、身に着けた強大な力で空間を叩き割り、その反動で死ぬ『最終奥義』。

 曰く、自身へのダメージを配下へと肩代わりさせ、自爆させる『最終奥義』。

 

 それらは、命がけのモノが殆どであり効果もまた強大である――まさに奥義を超えた『最終奥義』。

 それが【冥骸騎】にも存在する。

 

 

 ――《黄泉帰り(蘇り)》。

 

 それは自身が死ぬと同時に発動するパッシブスキル。

 自身が死ぬと同時にしばらくの間眠りにつき、自身と騎獣の混じりあった『アンデット』へと蘇ると言うもの。

 蘇った瞬間、【冥骸騎】は離れていってしまうが、ステータスも強化される。

 死んでもなお、戦い続けるためのスキル。

 

 

 彼女自身も発動したこともなければ、発動すればどうなるかは詳しくは分からない。

 しかし“進化の化身”と戦いで戦死しても、彼女は必ず蘇る。

 この【女帝】はどういう訳か、【冥骸騎】の『最終奥義』の事を知っていたのだ。

 

 

 「分からないわ。仮に発動しても“冒涜の化身”に人形みたいに量産されるかもしれないし、“天秤の化身”に塵にされるかもしれないんだもの」

 「つまらない事を言うのぅ」

 「当り前でしょう? でも、そうね……」

 

 

 【冥骸騎】はとることの無かった冑を外しながら。

 邪魔になるため、冑の中へと押し込んでいた白銀の髪を振りほどき――夜空の星のように煌めかせ、この野営地に来てから初めて笑った。

 

 

 「――今の貴女なら良いって。そう思っちゃったわ」

 

 

 誰もが振り返るような綺麗な整った顔で微笑んだ。

 

 ……女神のような美しさ。

 

 と、言うのはチープではあるが……その言葉が最も似合うような美人。

 この暗闇で【女帝】以外には見えることは無かったが、仮に見た者がいればその美しさに見とれていただろう。

 甲冑で全身を纏った【冥骸騎】はそれほどに美しかった。

 ――事実、【女帝】は見惚れた。

 そして【女帝】もまた笑う。

 

 

 「……約束じゃぞ?」

 「――えぇ、もちろん」

 

 

 星空は輝き続け、二人は空を見上げる。

 夜は次第にその深さを増していく。

 彼女たちは夜が明ければ“進化の化身”へと決戦を挑む、これは変わることの無い決定事項だった。

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――次の夜を迎えられた者は誰一人として存在しない。

 それもまた、終わってしまった事実だった。

 

 

 

 

 

 □■

 

 

 

 

 

 【<UBM(ユニーク・ボス・モンスター)>認定条件をクリアしたモンスターが発生】

 【履歴に類似個体なしと確認。<UBM>担当管理AIに通知】

 【<UBM>担当管理AIより承諾通知】

 【対象を<UBM>に認定】

 【対象に能力増強・死後特典化機能を付与】

 【対象を逸話級――訂正】

 【対象を古代伝説級――【冥魂騎 ペイルライダー】と命名します】

 

 

 

 「……」

 

 

 闇の中で決められた作業を繰り返すソレは。

 かつて多くの英雄を葬った“進化の化身”――管理AI4号ジャバウォックは絶えず流れるログの中で少しだけ動きを止め、そのログを注視する。

 

 一日十数という討伐ログと作成をこなすジャバウォックにとっては珍しい。

 

 特定の<UBM>に興味を示した瞬間だった。

 そしてその<UBM>としての特性に目を向けて――。

 

 

 「フム」

 

 

 頷いた。

 【冥骸騎 ペイルライダー】がどこまで辿り着けるかはまだ未知数である。

 <UBM>としての頂点、<SUBM(スペリオル・ユニーク・ボス・モンスター)>まで到達するかは分からない。 

 しかし、同時に確信した。

 

 

 「神話級までは確実に到達する(・・・・・・・)か」

 

 

 幾つもの要因が絡まり合ってしまい、不死身と化した<UBM>を見てそう呟いたのだった。

 同時にジャバウォックは気が付かなかった。

 その<UBM>の元が、かつて自身が倒したティアンの果てだとは。

 

 

 

 

 

 

 




・【冥騎兵】→【冥界騎兵】→【冥骸騎】
・【女戦士】→【女傑】→【女帝】



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第30話 一騎打ち

 □<【冥骸騎】地下墳墓> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――『古代伝説級』<UBM>――【冥魂騎 ペイルライダー】。

 

 

 その正体は、黒い甲冑に身を纏う一体のアンデットだった。

 突然、私達へと牙を剥いた【冥償蘇生 コローネ】のスキルによって蘇ったモンスター。 

 おそらく何もない空間から一から造り出された訳ではない……【冥償蘇生 コローネ】の本体である『黄金の棺』で眠っていた骸の魂が蘇生され、<UBM>として認定された存在。

 私はその姿に――悍ましい程の恐怖に身体を震えさせた。

 

 

 「――ッ」

 

 

 ……勝てない(・・・・)

 一目見てそう思ったのは今日が、【ペイルライダー】が初めてかもしれない。

 それはただの感覚でない。

 これまで幾度となく厳しい戦いを潜り抜け、生き延びてきた戦士(騎兵)としての経験と感覚が確信(・・)として本能に訴えていたのである。

 それほどに、視線の先で何もせずただ立ち尽くす黒騎士――誕生すると同時に【コローネ】を叩き殺し、自身の『リソース』として吸収して見せた【ペイルライダー】は恐ろしかったのだ。

 

 ――狼を象った【アダマンタイト】の黒甲冑に、赤白い朧げな光を宿す目。

 ――姿を隠すように身に纏う黒い靄(・・・)に首から背後へと流れる髪のような青白い炎。

 ――その篭手には紫紺の光沢の刃が特徴的な長剣を握り、もう片手には目には見えない(・・・・・・・)何か(・・)を掴んでいるようにも見える。

 

 ただ視界に入れるだけで身の毛がよだつ。

 鐙に掛けた足が震える。

 そして……口を開けていたことに感謝した。

 口を開けていなければ余りの恐怖に歯が鳴ってしまっただろう。息を吸うのも忘れ、そのまま心臓を止めてしまっていただろう。

 出来るなら今すぐこの場を離れ、【冥魂騎 ペイルライダー】が見えない場所まで逃げ出してしまいたい。

 そう思わせる程に、まるで心臓を鷲掴みにされたような『死』への恐怖が私を襲っていた。

 

 

 「――【義賊王】」

 

 

 呼吸が止まりそうな口から絞り出す、擦れて消えてしまいそうなか細い声。

 

 

 「大丈夫だ……」

 

 

 帰ってきた小さな声。

 それは何の意味も持たない、ただの生存確認である。

 私と【義賊王】は【ペイルライダー】から目を離すことも出来ずに互いに生きているかを確認していた。

 同時にこのままでは思考停止してしまいそうな脳を、何かに突き動かされるように【ペイルライダー】の観察に回す。

 

 (……確実に【嵐竜王】よりは上。……ううん、もしかしたら【封儀神獣 ヒエログリフ】よりも強い)

 

 『古代伝説級』<UBM>最上位の強さを誇っていた【嵐竜王 ドラグハリケーン】を上回る強さを持つと確信する第六感的な勘。

 加えて言えば、その恐ろしさは【ヒエログリフ】を遥かに上回っていた。

 一瞬でも気を抜けば殺されてしまう。

 生存本能をチリチリと刺すような危険信号だ。

 そしてそんな危険信号が脳を刺激し、呼び起こした記憶はずっと昔――【魔樹妖花 アドーニア】を倒し、『特典武具』を手にした際の思い出。

 私は『ヘルプ』に追加されていた“MVP特典のランク”という項目に目を通したのだ。

 

 <UBM>にはそれぞれ強さや保有スキルに応じたランクが付けられる。

 例えば、私が討伐した【アドーニア】や【アズラーイール】は<伝説級(レジェンダリー)>。ホオズキが討伐した【タロース・コア】は<逸話級(エピソード)>だった。

 <逸話級>の上位が<伝説級>、更にその上位が<古代伝説級(エンシェントレジェンダリー)>が存在する。

 そして……もちろんその更に上も……。

 

 

 「……<神話級(マイソロジー)>」

 

 

 気が付けば私はその言葉を口にしていた。

 私は《看破》のような敵のステータスを覗き見るスキルは保有していない。

 装備している【鑑定士のモノクル】でもスキルレベルが低すぎるのだろう……《看破》を使用してもそのステータスは名前以外が全て黒く塗りつぶされて見える。

 しかし……それでも見えてしまった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 【冥魂騎 ペイルライダー】

 種族:アンデット

 レベル:■■

 HP:■■■■■■■

 MP:■■■■

 SP:■■■■

 STR:■■■■■

 AGI:■■■■■

 END:■■■■■

 DEX:■■■

 LUC:■■■

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ――7桁の超えたH(・・・・・・)P()5桁のSTRと(・・・・・・・)AGI(・・・)END(・・・)を見てしまった。

 ステータスに特化した<UBM>ならその数字も有り得たかもしれない。

 <古代伝説級>以上の<UBM>なのだから、それが当たり前なのかもしれない。

 しかし……【ペイルライダー】は違う。

 その右手に握った『紫紺の長剣』と左手に握った『何か』。身体に纏った何らかのスキルであろう黒い靄。

 明らかにそれらは私に見せつけるように、『ステータス』特化型ではない――と訴えかけていたのだから。

 そして……。

 

 

 

 

 

 『―――――』

 

 「構えろ【騎神】ッ、何か来るぞッ!!」

 「――分かってる!」

 

 

 ゆっくりと左手を(・・・)持ち上げた【ペイルライダー】に私達は武器を構えた。

 何かが来ようとも瞬時に反応できる――今できる限界まで研ぎ澄まされた感覚。

 【ペイルライダー】の一挙手一投足に、指先が、目が、息遣いが連動するように反応する。

 そんな私達は見た。

 

 ――振り下ろされた見えない何か(・・・・・・)を握った左手を。

 

 

 『WAHOOOOOOO~~~Nッ!!』

 

 

 ――【ペイルライダー】の身体を纏う黒い靄から現れた、アストラル体の『巨狼』を。

 ――いつの間にか、その左手に握られていた半透明な手綱を。

 

 目を見開き、驚愕を露わにする私達。

 そんなヴィーレ達を他所に、【ペイルライダー】は実体の無いはずの『巨狼』へと優雅に飛び乗り、《騎乗》した。

 

 (……そうだ)

 

 同時に、私はずっと勘違いしていた大きな間違いに気が付いた。

 ……【冥魂騎 ペイルライダー】。

 その名前に付いた『騎』と言う文字から、自然と『騎士』のアンデットだと思い込んでいたことに。

 『騎』が表すのは何も騎士だけではない。他でも無い、私が就いている【騎神】もそう――『騎兵』も指す文字であることに。

 いや……そうじゃない。

 私が気が付いたのは、【ペイルライダー】のアンデットとしての種族。

 その見た目……首が付いていた(・・・・・・・)ので直ぐには察することが出来なかった正体。

 

 

 「――もしかして【ペイルライダー】の正体は……」

 

 

 【ペイルライダー】の首の蒼白い炎が揺らめき、霊体の巨狼が牙を剥きだして唸り、その爪を地面へと食い込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――【デュラハン】ッ!!」

 

 

 そして次の瞬間、その姿は掻き消え――。

 

 

 「――なッ!!」

 

 

 袈裟斬りに【義賊王】の身体から真っ赤な血が噴き出し……右腕が宙を飛ん(・・・・・・・)()のだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「シアンさんッ!?」

 

 

 薄暗いキャンパスに舞い散る鮮やかな赤。

 スローモーションのような私の視界には、肩から脇腹にかけて真っすぐに伸びた傷口から勢いよく血が噴き出し、【義賊王】と【ペイルライダー】の間に右腕が舞う光景が映っていた。 

 誰もが反応できない速度で始まった戦闘。

 

 ――重傷を負い、身体が傾く【義賊王】。

 ――既に次の攻撃へと紫紺の長剣を振り上げる【ペイルライダー】。

 

 余りの驚きに、【義賊王】を前の名称で呼んでしまうが……それすら気にしている暇もない。

 次の瞬間【義賊王】が殺されていても可笑しくないその状況に、私は瞠目しながらアレウスを駆る。

 そして……。

 

 (――速すぎるッ!!)

 

 心の中でそう叫んだ。

 私も【義賊王】も動きを見せない【ペイルライダー】に油断していたわけではない。むしろ警戒は最大まで引き上げ、何にでも反応できる構えでいた。

 しかし……反応出来ない。

 

 ――単純に速すぎる(・・・・)

 

 5桁に達したAGIによる超音速起動。

 しかし【ペイルライダー】のAGIはギリギリ5桁に達しているわけではなくむしろ逆、ギリギリ5桁に(・・・・・・・)収まっていた(・・・・・・)

 8万以上にも及ぶ極まったAGI――0からの超加速攻撃に意識は追い付いていても、身体が反応しなかったのだ。

 故に、この状況は警戒していた賜物。

 警戒していたからこそ【義賊王】は殺される寸前で体を引き、危機一髪で命を取り留めることが出来た……幸運が重なった結果と言えた。

 

 

 「――ハァ!」

 『――』

 

 

 ブレーキを掛けることなく全速力で身体ごと【ペイルライダー】へと突貫するアレウス。

 『純竜』級モンスターすら簡単に踏み潰し、なぎ倒す体当たりを決行し――アストラル体の騎獣である巨狼をすり抜け、勢いよく【ペイルライダー】本体へと激突した。

 同時に【ミラーズ・ベイ】を振るい、振り上げられた紫紺の長剣を受け止める。

 しかしそれもほんの僅かな時間だけ。

 

 

 「ッ! ……STRも化け物みたいに高い!」

 

 

 まるで巨大なこん棒を振り下ろされたような全身に響く重たい衝撃。

 【キング・トロール】と戦った時も《騎乗》での肉弾戦へと発展したことがあったが、確実にそれ以上。

 これほどの衝撃は体験したことも無い。

 突き出した【ミラーズ・ベイ】は押し返そうにもビクともせず、あまりのSTRに弾かれた【ミラーズ・ベイ】と擦れ、火花を上げながら紫紺の長剣が軌道をずらしながら地面へと落ちた。

 倒れた【義賊王】の脇を掠めた紫紺の長剣。

 頑丈な床を叩き割り、瓦礫を弾け飛ばした長剣を見て私は思わず頬を引きつらせた。

 

 (――まともに戦うのはまずいッ)

 

 重たい衝撃に半身が後方へと流れる。

 しかし……そんな事を考えている暇もない!!

 

 

 「――アレウス!!」

 『HIHIIIIIiiiiiii~~N!!』

 

 

 掛け声とともにアレウスが激しく嘶く。

 そしてぶつかり合った【ペイルライダー】を無理やり押し込み、後方へと押し込んでいく。

 互いに『AGIとSTR型』――押し相撲の状態でつり合い……膠着する。

 そして……一歩、また一歩。

 地面へとめり込んだアレウスの剛脚が前へと進み、加速するように押し込み。

 

 

 『――?』

 『BURUUUUUUuuuuu!!』

 

 

 【ペイルライダー】の身体を黄金の棺があった祭壇へと、その身体を吹き飛ばした。

 ステータスはHPとMP、SP以外はアレウスが上回っている。

 複数のスキルを重ね掛けや重さの優位性もあったのだろう。

 

 

 「フェイッ、《紅炎の炎舞》で焼き払って!」

 

 

 【超重砲弾】を焼き溶かそうとした紅炎をそのまま【ペイルライダー】へ。

 床の特殊な石材ごと溶かしながら周囲一帯を焼き払い、私はアレウスから飛び降り、血だまりを作りながらうつ伏せに倒れ伏した【義賊王】へと走り寄った。

 骨の見えた脇腹と白を通り過ぎ、青白い顔の【義賊王】を抱き起こす。

 ……傷が酷い。

 【義賊王】の血で赤く染まる服にぬめりと生暖かい血。

 血の止まる様子を見せない切られた右腕に咽喉が音を鳴らし、息を飲む。

 

 (……ティアンは死んだら――蘇らないんだっ)

 

 【アイテムボックス】から取り出した【高位回復ポーション】の栓を勢いよく抜き、傷口へと振りかけた。

 しかし……回復する様子が見られない。

 一太刀の袈裟斬りによってできた深い傷。

 その傷口から黒く歪んだ不形のオーラのようなものが辺りを浸食していたのだ。

 

 ――【呪い】。

 

 たった一撃で付与された【回復阻害】……モンスターの自己再生すら阻害する高レベルな【呪い】が【義賊王】の身体を少しずつ浸食し続けている。

 

 

 「【ペイルライダー】の固有スキルか、紫紺の長剣のスキルか分からないけど……厄介だね」

 

 

 私は【アイテムボックス】から【高位霊水】を取り出し【義賊王】に服用する。

 <レジェンダリア>で買い込んでおいた3本の内の1本。

 時折、アンデット系の高レベルモンスターが使ってくる【呪い】だが、フェイや特典武具である【万死慈聖 アズラーイール】の相性上、それほど数をストックしていない。

 使う予定の無かった【高位霊水】の1本である。

 

 

 「残りは2本……これで一命は取り留めたと思うけど……」

 

 

 私は再び【高位回復ポーション】を振り掛け、【出血】が止まった【義賊王】を<地下墳墓>の隅へと運ぶ。

 私が出来るのはあくまでも応急処置。

 【出血】で失った血や右腕は、【司祭】系統上級職の治療を受けなければ完治しない……戦闘不能になった【義賊王】を見下ろしながら溜息を吐いた。

 

 (……【ペイルライダー】のまだ討伐アナウンスは流れていない。【義賊王】は戦闘不能で、あいつ(【解体王】)はもうどこかに逃げ出したみたいだし……)

 

 【ミラーズ・ベイ】を片手に再びアレウスへ《騎乗》し、私は未だに轟々と燃え続ける紅炎へ視線を移しながら考える。

 

 

 「――私だけで【ペイルライダー】を討伐しなきゃならないんだ……。炎でダメージは受けてるはずだけど……片腕であれを倒せるかどうか」

 

 

 アンデット系である【ペイルライダー】と相性は悪くは無いはずだ。

 弱点である炎に、【アズラーイール】で無制限に《怨念燃炎》でフェイのエネルギー補給が出来る。

 ただの<UBM>のアンデットならおそらく苦戦する事はあっても負けることは無い……が。

 

 

 『――ッ』

 「……何で効いてないの」

 

 

 鎮火する気配もない紅炎の猛火の中、陽炎のように揺らめく黒い人影。

 赤黒く焼け溶けた床がマグマの如く空気を歪ませながら……【ペイルライダー】の踏み出した足によって飛散し、黒い塊となって床に転がった。

 アンデットは火と光が弱点のはず。

 それなのに――【ペイルライダー】は何事も無かったかのように劫火の中を散歩し、姿を現したのだ。 

 黒狼の鎧は熱で所々が変形しているがそれ以外にダメージを受けたような痕跡がない。

 いや、それだけではない。

 紅炎を抜けると同時に、アストラル体だった巨狼が黒い靄の中から再び姿を現したではないか。

 

 

 「――『神話級』<UBM>……【冥魂騎 ペイルライダー】。……あれだけのステータスで炎も効かないデュラハンかぁ~」

 

 

 その禍々しい雰囲気に。

 圧倒的な強さに、私は一周回って笑みを浮かべながら苦笑を漏らした。

 

 

 「左手だけで。炎も、きっと弓も通じない上にソロ討伐って……」

 

 

 無茶な、無謀な戦いだ。

 それこそ、一撃貰えば私も良くて【義賊王】のように戦闘不能か。悪ければ【即死】してデスペナルティになり、【ペイルライダー】はシアンディールだけではなく<グランドル>を壊滅させ、誰も手がつけられない『天災』と化す。

 ホオズキもアンデット相手には相性が悪い。

 きっと死者は数千人はくだらない……しかし。

 

 

 「……何でかな、少しワクワクするかも」

 

 

 追い詰められたら状況に。

 同じ騎兵の<UBM>に。

 私以上の速度の敵に、心のどこかで戦いを楽しみにしている私が居た。

 故に、再び巨狼へと騎乗する【ペイルライダー】に、私は【ミラーズ・ベイ】を構えながら名乗りを上げる。

 

 

 「我が名は【騎神】――ヴィーレ・ラルテ。

  師匠から受け継いだ誇りのため、<グランドル>のみんなを救うため。そして……私自身の貫き通す信念のため」

 『――~』

 

 

 全身に炎鎧を纏い、手綱を炎の篭手で握り込みながら兜のバイザーを左手で下ろした。

 

 

 「【冥魂騎 ペイルライダー】、貴女を此処で討伐させてもらうッ!!」

 

 

 騎兵は2人。

 太古の先々月文明より《黄泉返り》し屍騎兵と、今世最速の騎兵は手綱を引き、互いに騎獣を駆ったのだった。

 

 

 

 

 




【冥魂騎 ペイルライダー】
種族:アンデット系
レベル:■■
能力:???
発生:自然発生
作成者:【冥償蘇生 コローネ】
備考:生前の超級職―【冥骸騎】が最終奥義《黄泉返り》で眠っていたところを【コローネ】がリソースを注ぎ込み、<UBM>と化したアンデット。
生前の武具である【アダマンタイト】のフルメイルが騎獣である【ハイパシーン・ハイウルフ】と混じりあい、黒狼の騎士となっている。
武装は紫紺の長剣と『何か』、黒い靄。


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第31話 黒死の捕食者

 □<【冥骸騎】地下墳墓> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 点滅する『魔灯』が薄暗く仄かに照らす<地下墳墓>の闇。

 月光は差し込まず星明りも無い、砂塵が密閉した空間内に巻き上がる視界の通らない閉じられた戦場だった。

 それは――正しく<地下墳墓>。

 ――脱出不可能な棺桶。

 ――まごうことなき地獄。

 そして、そんな暗闇の地獄と化した<地下墳墓>の中を一体の『冥府の騎兵』が疾走していた。

 

 

 『WAHOoooooooo~~Nッ!!』

 

 

 アストラル体の巨狼が空気を震わし、肌をビリつかせる咆哮が<地下墳墓>内に木霊する。

 それは【ヒポトヴォルグ】の《狂乱魔笛》にも劣らない、何の力も持たない一般人のティアンが耳にすれば【気絶】は免れない。

 例え、<マスター>だとしても【恐怖】に陥らせるだろう大咆哮が<地下墳墓>内へと響き渡る。

 そんな聞けば震えあがってしまうような咆哮に『紅炎の騎兵』は一瞬だが動きを止め――。

 

 

 『――!』

 

 

 次の瞬間、【冥魂騎 ペイルライダー】はヴィーレへと紫紺の長剣を振り下ろした。

 超々音速に限りなく近いスピードで駆ける【ペイルライダー】にとって、ヴィーレの一瞬の硬直すらも大きな隙となる。

 もはや距離と言う概念すら存在しない。

 数メテル、数十メテルと言う距離は超音速機動で駆けまわる二人の騎兵にとって無いに等しいからである。

 また、紫紺の長剣も先々期文明時代に作られた一振りの名刀。長年の時の間で『呪いの武具』と化し、《回復阻害》の効果が付いた紫紺の長剣だ。

 ――と、言ってもその効果はまともに発揮する事は殆どないだろう。

 

 五桁に達した化け物のような……『神話級』相当のSTR。

 

 とっさに身を引き、重傷で済んだ【義賊王】の方が稀だ。

 本来まともに直撃すれば確実に即死を免れない【ペイルライダー】の剛腕による攻撃なのだから。

 

 

 『――』

 

 

 声も無い、無音の一振り。

 喋ることが出来ない【デュラハン】である【ペイルライダー】の紫紺の長剣は容赦なくヴィーレへと迫る。

 余りの力で振るわれ、風を切る轟音。

 ヴィーレの炎鎧の揺らめく紅炎を反射させ、揺らめかせる紫紺の刃。

 紫紺の刃は真っすぐに硬直しているヴィーレの頭へと吸い込まれていき……。

 

 

 

 

 

 『――?』

 「――やっぱりもうアンデットだから意志が無いんだね。……動きが単純だよ」

 

 

 その刃は、冑から流れる赤い髪を掠め空を切った。

 

 

 「生前はきっと凄い騎兵だったのかもしれないけど、意志を無くしてしまったら……それは唯のステータスだけの鎧人形だね」

 

 

 同時に紅炎の冑から覗かせる、強い眼光を帯びた橙色の瞳が【ペイルライダー】を突き刺した。

 続けて躍動するアレウスの屈強な身体。

 まるで先ほどまでの硬直は嘘だと言うように。アクセルが壊れ、猛スピードしか出せないレーシングカーのように。

 黒い毛並みの豪脚が地面を踏み砕き、アレウスが超音速機動で【ペイルライダー】へと突貫する。

 

 

 「――《チャージスパイク》ッ」

 

 

 その動きに重ねるように突き出された【ミラーズ・ベイ】。

 いや……正確に言えば、ヴィーレの動きを察知したアレウスが合わせたのだろう。 

 阿吽の呼吸で繰り出された《騎乗槍》スキルは一番初めに取得できる基本スキルだ。

 本来ならばせいぜい下級モンスターを倒せる程度の基礎スキル。

 しかし紅炎を纏った【ミラーズ・ベイ】は使用者への衝撃を全て反射し、攻撃に上乗せする特性を持つ――全てを打ち貫く長槍と化した。

 

 ――暗闇に描かれる赤の軌道。

 

 狙いは紫紺の長剣を空振り、バランスを崩した【ペイルライダー】。

 アンデットの……例え【デュラハン】だろうと変わることの無い弱点である『()』である。

 ヴィーレは全ての威力を矛先へと乗せた一撃をブレることなく、真っ直ぐに突き出した。

 ――そして。

 

 

 

 

 

 『――~~ッ!!』

 「――ッ! 無茶苦茶なッ!!」

 

 

 瞬時に『何か』を握っていた左手を放し、兜へ放たれた【ミラーズ・ベイ】を掴み取った(・・・・・)【ペイルライダー】に、ヴィーレは思わず声を荒げた。

 だけど……遅い、もう手遅れだ。

 

 (騎兵は真後ろには進めない……それは身体のない巨狼の騎獣だって変わらないはず)

 

 ――通る!

 私はその様子に驚愕しながら同時に確信する。 

 後退出来ない騎獣に《騎乗》した状態。それはある意味、背後に対してブレーキを掛けているのと同じだ。

 加えてバランスを崩している【ペイルライダー】は完全に避けるタイミングを逃していた。

 掴まれた【ミラーズ・ベイ】から炎が巻き上がる。

 それはまるで【アダマンタイト】の籠手と【ミラーズ・ベイ】が擦れ合い、火花を散らしているよう。しかし、深緑の矛先は捕まれながらも少しずつ兜との距離を縮めていく。

 30センチメテルが20センチメテルへ。

 20センチメテルが10センチメテルへ。

 そして……。

 

 

 『BURURUuuuuuu!?』

 「なッ!?」

 

 

 ……突き出した長槍の手応えが消えた。

 《チャージストライク》が躱された訳ではない。

 もちろん突き出した【ミラーズ・ベイ】が消え去った訳もない。

 ――消えたのは“ブレーキ”。

 左手の『何か』を手放すと同時にその姿を消した――アストラル体の巨狼である。

 私はその光景に目を見開くが、走り出したアレウスと《チャージストライク》は止まらない。

 引き絞り、全てを貫く矢の如く【ペイルライダー】ごと突き進み、<地下墳墓>の壁を大きく削り飛ばした。

 

 

 「……」

 

 

 ――特殊な石材で造られた壁が音を立て崩れる。

 

 ――砂埃が舞い上がり、互いの姿を多い隠す。

 

 ――そして。

 

 

 「――アレウスッ!!」

 『HIHiiii~~Nッ!』

 

 

 何も貫くことなく壁へに深々と突き穿った【ミラーズ・ベイ】を砂埃から伸びた籠手が掴んだ光景に。

 砂塵に紛れ、私を包み込んだ黒い靄(・・・)とその中で揺らめく白い炎に、私は声を大きくして叫んだ。

 その場から逃げるように駆け出そうとするアレウス。

 私も【ミラーズ・ベイ】を引き抜こうと柄に力を込め……。

 

 

 「――抜けないッ」

 

 

 離さんとばかりに【ペイルライダー】にがっしりと掴まれ、ビクともしない長槍に躊躇した。

 

 (【ペイルライダー】にまともにダメージを与えられるのは槍かしない……だけどっ)

 

 ほんの一瞬。

 1秒未満のたった数コンマ。

 私は僅かな時間だけど、確かに武器を手放す事に迷ってしまった。

 そして次の瞬間……警鐘が脳内へと鳴り響いた。

 

 

 「――ッ」

 

 

 同時に視界内で小さな違和感。

 私と【ペイルライダー】を包み込んだ砂塵の一部が不自然に揺れ、何かが迫りくるような風切り音が聞こえた気がした。

 意識も出来ない――視界の端。

 何が起こっているのかも私には知る由も無い……だけど。

 背筋を凍り付かせるような不気味な、恐ろしい気配が肌を撫で、咄嗟に【ミラーズ・ベイ】から手を放しながら体を伏せた。

 

 

 「――危ない……危機一髪だね」

 

 

 次の瞬間、頭上を何かが高速で振り抜かれたような風圧。

 再び砂塵へとその姿を隠した紫紺の刀身を見て、私は嫌な冷や汗を背筋に感じながらそう呟やく。

 

 (結果的に【ミラーズ・ベイ】は手放してしまったけど)

 

 それでも背に腹は代えられない。

 一撃でも貰えば【救命ブローチ】を装備していない私は、【身代わり竜鱗】の効果も発揮したとしてもデスペナルティは免れない。

 そうなれば【冥魂騎 ペイルライダー】を止める者は誰も居ない。

 相性的にも討伐は出来ず、<グランドル>のティアン達を皆殺しにし、正真正銘、誰も手が付けられない化け物となる。

 

 

 「《瞬間装備》」

 

 

 私は紫紺の長剣を避けた勢いのままアレウスを駆けさせながら、せめてもの思いで強弓を【アイテムボックス】から取り出した。

 瞬時に紅炎が強弓へ纏い、炎と化した炎弓。

 矢を番え油断なく視線は砂塵の中へと向けながら、私は止まることなく移動し続ける。

 

 

 「……少しづつだけど【ペイルライダー】――貴女の能力、少しだけ分かってきた気がする」

 

 

 そして、突如発生した強風に晴れた砂塵。

 霧が晴れるように。

 分厚い雲から月光が差し込みように、浮かび上がる白い炎と黒狼の鎧を見ながら私は小さく呟いた。

 

 ――【ミラーズ・ベイ】を掴んでいた左手を放し、『何か』を振るい巨狼を呼び出す【ペイルライダー】。

 

 その様子を見て、私は更に推測を確信に変える。

 

 

 「信じられないくらい高いステータスと莫大なHP。魔法に……たぶん炎に対しての高い《魔法軽減》の特性を持った魔鎧に《回復阻害》の【呪い】の紫紺の長剣。

  あとは……霊体の巨狼を呼び出す『不可視の(・・・・)魔法の手綱(・・・・・)』――かな」

 

 

 自分で口にしながら、その有り得ない程の強さに思わず苦笑してしまう。

 ……馬鹿馬鹿しい。

 思わず諦めたくなるような強さだ。

 更に言うならば、普通のアンデットとは違い<UBM>としての『コア』が無く、弱点は頭しかなない。アンデットとしての特性も持っているに違いない。

 確実に以前戦った【嵐竜王 ドラグハリケーン】よりも格上。

 そして……。

 

 

 「……こんな敵にソロで立ち向かう――私はきっと大馬鹿なんだろうな」

 

 

 馬鹿馬鹿しい敵に、無謀と無茶を承知で戦う私は大馬鹿者だと。

 そんな事を思考の片隅でチラリと考え、私は内心笑った。

 

 

 『――』

 『BURURURUUUUuuuuu……』

 「……分かってるよアレウス。――時間ももうそれほど残されてないって事は」

 

 

 視線の先でゆっくりとした動きで巨狼に《騎乗》する【ペイルライダー】。

 私はその様子を炎弓を構えた左手越しに警戒し……炎鎧で形成された篭手。

 その奥の私の素肌に浮かんだ(・・・・・・・)黒い斑点(・・・・)を。緊張からではない不自然で嫌な汗と、小刻みに震える指先を見た。

 際限なく低下し続けるステータスの値。

 ウィンドウの『状態異常』には元々の傷である【右腕欠損】以外には、何の状態異常も表示されていない。

 

 

 

 

 

 ――《ソウル()・ド()ミネ()ータ()ー》。

 

 

 

 

 

 それは【呪い】でも(・・・・・・)ましてや状態異(・・・・・・・)常でもない(・・・・・)

 【冥魂騎 ペイルライダー】のパッシブスキルであり、広域殺戮スキル。

 その身体に常に纏い、周囲に振りまき続ける『黒い靄』であり――『夜のみに発動可能』な条件特化型スキルでもあった。

 私はうすら寒い身体を奮い立たせながら力が抜け、鈍くなっていく思考を無理やり稼働させる。

 

 (……この感覚、現実で体験した気がする)

 

 真っ先に思ったのは強い既視感。

 そう――現実で病気に掛かった際の感覚に、それは酷く似ていたのだ。

 症状も遥かにこの『黒い斑点』の方が強く、重たく。そして進行が速いが間違いない。

 

 

 「――病気……だね。ううん、正確に言うなら『神話級』<UBM>の固有スキルに値する――凶悪な疫病(戦死病)ッ!」

 『BURUUUU……』

 

 

 今こうして睨み合っている間にも容赦なく前進へと進行してる黒い斑点を見ながら私は確信する。

 このままではステータスは下がり続ける。

 【呪い】でも状態異常でもないため治療は不可能なのに加え、この進行速度から見て急性なタイプだろう。残り10分も持たずに全身に発病、おそらくデスペナルティは免れない。

 ……まずい。

 流石『神話級』――と言う余裕すら無い、凶悪すぎる固有スキル。

 しかし、何よりまずいのは今の私には治療できないということ。

 そして黒毛に隠れて見えないもののアレウスもこの『疫病』に、倒れ伏している【義賊王】も掛かってしまっているということだ。

 私はその事実に、唇を噛みしめながら眉を顰める。

 そして……。

 

 

 『……BURUU?』

 「――5分……いや、3分で倒す。この疫病の発生源が【ペイルライダー】なら、もしかしたら討伐すれば進行している疫病も完治するかもしれない」

 

 

 もしくは、完治できる何かしらの『特典武具』が手に入るはずだ。

 どちらにせよ、私が取ることが出来る選択肢もたった一つ。

 私が成すべき選択肢はたった一つ。

 今眼前に立ちふさがる【ペイルライダー】を討伐する、それだけなのだから。

 

 

 「アレウス――《リミテッド・オーバー》を使おう」

 『HIHIiiiiii~~Nッ!』

 

 

 赤の闘志のオーラを身に纏い、力強く床を踏み砕くアレウス。

 私はその仕草に薄っすらとほほ笑み――。

 

 

 「――行こうッ!!」

 

 

 炎弓の力の限り引き絞られた弦から放った複数の炎矢と共に、駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 夜空を駆ける流星の如く飛翔する複数の炎矢。

 本来ならば亜竜級モンスター程度なら即死。もしくは致命傷は免れない強力な広範囲攻撃は風を切り、空気を焼き焦がしながら【ペイルライダー】へと向かって飛んでいく。

 急接近する炎矢と【ペイルライダー】。

 

 

 『――ッ』

 

 

 しかし炎矢が【ペイルライダー】を。

 『不可視の魔法の手綱』で召喚した巨狼を打ち貫くことは無かった。

 【ペイルライダー】にとっては飛んでくる炎矢など、欠伸が出るような遅さだろう。

 何より受けたとしてもその魔鎧を貫くことは無い。

 紅炎も【デュラハン】としての特性と魔鎧としてのスキルでダメージを食らうことなく掻き消してしまうだろう。

 故に……避けることすらしない。

 

 ――紫紺一閃。

 

 右手に握る紫紺の長剣によるたった一振りで、自身へと当たるはずだった炎矢を斬り飛ばしてしまったのだ。

 斬られた炎矢が宙で掻き消え、当たらなかった炎矢が背後の壁を穿ち、花火のように瓦礫を弾け飛ばす。

 そして――。

 

 

 『――』

 『WHAHOOOOOoooooo~~~Nッ!!』

 

 

 巨狼の遠吠えと共に、疾走するヴィーレ目掛けて駆け出した。

 

 

 (……やっぱりそうだ)

 

 

 私はそんな【ペイルライダー】の行動に改めて確認する。

 更に確認するように再び番えた矢を射り、先ほどと同じ行動を取った様子を観察した。

 絶え間なく射続けながら迫りくる【ペイルライダー】を睨みつける。

 

 

 「【ペイルライダー】はアンデットの<UBM>、だから知能がかなり低くて単純な動作しか取ることが出来ないんだ。だからさっきまでの【ミラーズ・ベイ】でのブラフにも引っ掛かったのかも」

 

 

 たった数撃。

 時間にしたら1分と少し程度の短い時間の戦闘。

 しかし一撃食らえば即死という緊張が抜けない攻防の中で、ヴィーレは一つの考えに思い当っていた。

 それこそが【ペイルライダー】としての意志の希薄さ。

 

 ――息子の仇を取ろうと戦った【嵐竜王 ドラグハリケーン】

 ――殺してくれる者を探していた【殺戮熾天 アズラーイール】

 

 モンスターにはもちろん、<UBM>も同じく確固たる意志を持って行動する。

 しかし、それがこの【冥魂騎 ペイルライダー】には感じられないかったのだ。

 アンデットと言う種族の特性。

 もしくは【冥償蘇生 コローネ】の、『死体生物』などを代償とした蘇生によって変質――精密機械に不純物が混じったような動作不良が起こったのか。

私は戦いの中で【ペイルライダー】の意志の欠落を強く感じ取っていた。

 だから簡単な駆け引きである――硬直したフリ、などと言う罠にもああも簡単に引っ掛かった。

 そして今のようにダメージを与えられない攻撃にも過剰に反応し、迎撃してしまう。

 

 

 「――本当にステータスお化け。それでも強すぎるから困るんだけど……」

 

 

 全てのステータスにおいてヴィーレを、アレウスを超える【ペイルライダー】。

 加えて、その他の固有スキルや武装も強力無比である。

 しかし……一点においてヴィーレが【ペイルライダー】を上回るものが存在した。

 

 ――“騎乗戦闘技術”

 

 【騎神】の十八番ともいえる点。

 それこそがヴィーレが【ペイルライダー】に勝てる可能性そのものだった。

 

 

 

 

 

 「うん……こちらから仕掛けるよっ、アレウス!!」

 『HIHIIiiiiii~~N!!』

 

 

 そして……確認から反撃へ。

 私は手綱を引き、後ろから迫りくる【ペイルライダー】へと振り返った。

 

 

 『――ッ!』

 

 

 交差するオレンジ色の瞳と虚ろな白い炎が燃える眼光。

 私の行動の変化に反応するように、【ペイルライダー】が自身の身に纏っていた『黒い靄』――《ソウル・ドミネーター》が暴流となって私を飲み込んだ。

 黒い斑点の浸食が進み、指先が震える。

 黒一色に染まった世界の中で、不安が私を襲う……が。

 

 

 「――ハァッ!!」

 

 

 恐怖を蹴散らすように、全力で手綱を引いた。

 

 ――速く、より速く。加速する。

 

 私を覆う炎鎧が黒い靄を焼き消し、ひたすら敵へと目掛けて突き進ませた。

 視界の中で黒が流れ、背後へと吸い込まれていく。

 そして……何かが砕ける音(・・・・・・・)と、僅かに揺らいだ黒い靄を見た。

 

 

 「ッ!」

 

 

 それは瓦礫。

 【ペイルライダー】が紫紺の長剣で床を砕き、私へと斬り飛ばした瓦礫の散弾。

 大小様々な瓦礫が黒い靄に姿を隠しながら此方へと向け飛んできたのだ。

 ……避けきれない範囲。

 乱暴に砕き飛ばされた瓦礫は広範囲に散乱している。加えてこのスピードでぶつかればENDの高くないアレウスと私は蜂の巣となるだろう。

 その攻撃に私は目を見開いた。

 同時に右手を即座に炎弓へと番えた。

 

 

 「――私を、なめるなッ!!」

 

 

 何本もの矢が引き絞られ、炎を収束させる。

 放たれた光線の如き炎矢。

 貫通に特化した炎矢は私へと飛んできた瓦礫を打ち砕き、さらにその黒い靄の先へと消えていく。

 

 

 『――!』

 

 

 そして瓦礫の中で紫紺の何かが揺らめいた。

 それはアレウスに《騎乗》したヴィーレにとっての完全な死角からの一撃。

 呪いを纏い、一撃で全てを斬り殺す紫紺の長剣。

 死神の鎌は今、下段からヴィーレへ。黒い靄に紛れ込みながら切り上げられ……。

 

 

 「見えてるよ」

 『BURUUUUUuuuuu!!』

 

 

 紫紺の刀身をアレウスの剛脚が踏み潰した。

 こんな至近距離で瓦礫を斬り飛ばすなんて攻撃を仕掛けてきたのだ、むしろ予想できない訳が無い。

 床へ深々と突き立った紫紺の長剣。

 無防備となった【ペイルライダー】。

 私は一切手綱を緩めることなく、そのまま勢いよくアレウスは【ペイルライダー】へと突進した。

 

 (――ここでっ、決める!!)

 

 それは今宵、二度目の押し相撲。

 

 

 『――ッ!!』

 

 「アレウスッ」

 『BURUUUUUUUuuuuuu~~!!』

 

 

 ――火花散らし合うアレウスの刃角と【ペイルライダー】の黒狼の爪。

 ――床を踏み割る霊体の巨狼。

 ――大きく嘶きを上げるアレウス。

 

 そして……その決着は着いた。

 

 

 「――ッ!? 本当に化け物だね!」

 

 

 アレウスが投げ(・・・・・・・)飛ばされる(・・・・・)……と、言う形で決着は着いた。

 世界がグルグルと回転する。

 身体を強烈な浮遊感が襲う。

 

 

 「《送還》―アレウス。来てっ、フェイ!!」

 

 

 しかし今の私には一秒の迷いも無い。

 瞬時にアレウスを【ジュエル】へと《送還》し、私の体を覆っていた炎鎧が光の塵になると同時に不死鳥へと変化した。

 ……痛い。

 思わず身体に走った鋭い痛みを我慢するように唇を噛む。

 なんてことはない……《我は不死鳥の騎士為り》で上がっていたステータスが消え、身体を襲う強烈な風圧に何処かの骨が折れたのだ。

 だけどもう慣れてしまった、何度も体験した痛みだ。

 私は痛みに動きを止めることなく、フェイへと《騎乗》し地面へと着地する。

 

 

 「フェイ、《紅炎の炎舞》」

 『KWEEEEee』

 

 

 同時に展開した紅炎の目くらまし。

 再び私び向かって走り出した【ペイルライダー】。

 炎の壁によって隠れたその姿に……私は笑った。

 

 

 「――フェイのステータスじゃ、貴女とはとてもじゃないけど戦えない」

 

 

 フェイのステータスは《一騎当神》で強化されても、【ペイルライダー】のステータスの半分にも届きはしない。

 加えて、この閉ざされた空間の<地下墳墓>では、空の利もまともに有効に使えないだろう。

 攻撃も【ミラーズ・ベイ】だけ。

 炎は効かないのに、彼方の攻撃は全て致命傷など……やっていられない。

 

 

 「だから……正々堂々、小手先で勝負させてもらうよ?」

 

 

 元より、私に有意な点など騎乗技術しかないのだから。

 どんどんと大きくなりながら迫りくる巨狼の駆ける音。

 そんな【ペイルライダー】の音を背後から耳にしながら、私は壁へと突き刺さっていた【ミラーズ・ベイ】を引き抜いた。

 

 

 「――これで終わり」

 

 

 【ミラーズ・ベイ】の深緑の矛先を紅炎の先へ。

 そして……。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 『――ッ!!』

 

 

 目の前に展開された紅炎の壁。

 ただのモンスターなら近づくことにすら躊躇し、立ち止まるだろう猛火。

 しかし【冥魂騎 ペイルライダー】はアンデットだった。

 意志が希薄な<UBM>だった。

 その紅炎の壁の先に居るだろう敵に向けて、躊躇うことなく炎へと身体を突っ込もうとし……その炎の僅かな変化(・・・・・・・)に気が付いた。

 

 ――その先に何かが潜んでいるような――黒い部分。

 

 【ペイルライダー】に感情は無い。

 ただそれを認識すると同時に紅炎の壁へと突貫しながら、その右手に握り込んだ紫紺の長剣を振り下ろす。

 ……感触は無い。

 【ペイルライダー】に感触は無い。 

 ただその黒い影のようなものが消えた様子を確認し、

 

 

 「――さようなら」

 

 

 【ペイルライダー】は自身の冑を、何かが貫く瞬間を幻視したのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 「――ハァ……ハァ……」

 

 

 壁に背を預け、ずり落ちるように床に腰を下ろす。

 荒い息は緊張と……そして安堵の息だ。

 私は少しの間だけ目を閉じて上空を仰ぎ、そして再び現前に広がるその光景を見た。

 

 

 ――紫紺の長剣を振り落とした状態のまま固まる【ペイルライダー】。

 

 ――ほんの数センチメテル、目の前で動きを止めた霊体の巨狼。

 

 ――そして……【ペイルライダー】の冑を貫いた【ミラーズ・ベイ】。

 

 

 【ミラーズ・ベイ】は壁に柄を深々と食い込ませながら、完璧に冑を貫き通していたのだ。

 それはまるで壁に刺さっていた長槍に自ら突き刺さったような。

 自滅を彷彿させる光景だった。

 ……ううん。事実、自滅が最も正しい表現なのだろう。

 

 紅炎の壁で私達を視認できなかった【ペイルライダー】は黒い影――囮となったフェイを私だと思って切りかかった。

 その瞬間、フェイは身体を小さく縮小させ退避。

 振り下ろした紫紺の長剣によって居場所が分かった【ペイルライダー】に向け、私が【ミラーズ・ベイ】を突き穿ったのである。

 あとはこの状況の通り。

 壁を背後に、つっかえ棒のようになった【ミラーズ・ベイ】に突っ込み、【ペイルライダー】は自滅したのだった。

 

 

 「……騎兵としては邪道――っと言うか【罠師】みたいな戦い方だけど、全てを出し尽くさずに負けるのは一番いやだから」

 

 

 負ければたくさんのティアンが死ぬ。

 そんな戦いで出し尽くすことはしたくない。

 

 

 「――終わった、でいいんだよね?」

 

 

 そう呟き、重たくなった身体を少しだけずらした。

 精神的な疲れだろうか?

 身体は鈍く、考えるのを止めてしまいたいほどに頭痛が酷い。

 しかしこれから【義賊王】の治療と【解体王】の追跡をしなければならないのだろう、フェイの《火炎増蓄》の残りもあと僅か。

 むしろこれからの方が苦戦するかもしれない。

 小さき吐息を零す。

 私は壁を支えに、ゆっくりと身体を起こし。

 

 

 「――あれ?」

 

 

 指先などの肌に浮かんだ黒い斑点が消えていない事に気が付いた。

 そして――。

 

 

 『――』

 「――ッ! 何で動――」

 

 

 突如動き始めた【ペイルライダー】によって、ヴィーレの身体は真っ二つに斬り飛ばされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ヴィーレと【冥魂騎 ペイルライダー】の熾烈を極めた攻防。

 時間にすればほんの5分程度でありながら、超音速に足を踏み入れた者達から見れば十分すぎるほどに長い。

 『紅炎の騎兵』と『冥府の騎兵』の戦闘を見ていた……いや、視認することが出来た者が<地下墳墓>内にただ一人居た。

 

 それは戦闘不可能に陥った【義賊王】。

 

 右腕は斬り飛ばされ、【出血】による貧血と【呪い】の後遺症によってボロボロな身体。

 本来なら死んでいても可笑しくない。

 まさに半死半生。

 薄れゆく意識を必死に保ち、戦いの行く末を見守ろうと戦いを見ていたのだ。

 

 

 「……やはりか」

 

 

 そして、ヴィーレが胴体を真っ二つにされる瞬間を。

 頭を【ミラーズ・ベイ】に貫かれながらも動き続ける【冥魂騎 ペイルライダー】を見て、そう呟いた。

 

 

 「そんな事は有り得ないと思っていたが。いや、違うな……俺がそうあってくれと願っていたんだ」

 

 

 それは初めは小さな違和感だった。

 【ペイルライダー】との戦闘を観察し、思考の何処かでずっと感じていた小さな、小さな異変。

 【義賊王】自身も、自分が異変を感じていることにさえ気が付かない程の些細な事。

 

 ――何かが可笑しかった。

 

 ……なんてことはない、ただ長年の勘からくる違和感。

 <UBM>と幾度となく戦ってきた【義賊王】の感覚によるものだった。

 

 

 「……【冥魂騎 ペイルライダー】、あれはただの【デュラハン】(・・・・・・・)じゃ無いな(・・・・・)

 

 

 【デュラハン】の弱点である火と光属性、そして頭。

 【デュラハン】自体が高い《物理攻撃耐性》と《魔法攻撃耐性》を持つモンスターなので、<UBM>にまでなった【ペイルライダー】に魔法が殆ど通じないのは理解できる。

 しかし……頭への攻撃すらも効かない。

 そんな事はあり得るはずがない、そうなれば残った答えは二択。

 

 ――頭を潰されても死なない、特殊な固有スキル持ち。

 

 <UBM>なら十分あり得る、考えうることである。

 しかし、【義賊王】はもう一つの可能性を考えた。

 

 ――【デュラハン】と何かのモンスターのハイブリッド。

 

 いや、正確に言うのならば【デュラハン】の性質を持った違う種族のモンスター。

 

 

 「どちらにせよヴィーレはやられ、俺は戦闘不能。……状況は絶望的だな」

 

 

 【義賊王】はそう小さく独り言を漏らしながら、自身の冑から【ミラーズ・ベイ】を引き抜いた【ペイルライダー】を見ていた。

 そして……その変貌を見た。

 

 

 『――』

 

 

 床に大きな血溜まりを作り、うつ伏せに倒れ伏したヴィーレ。

 本来一つの身体は二つに別れ、《回復阻害》によって傷の手当ても出来ずにデスペナルティを待っている状態。

 ほんの僅かな蘇生可能時間である。

 【ペイルライダー】はそんな血溜まりへ向けて【ミラーズ・ベイ】を放り捨て、虚ろに歩き出した。

 それと同時に、変化は起こっていた。

 

 

 『――ァァ』

 

 

 狼の頭を模した冑。

 【ミラーズ・ベイ】によって口から後頭部にかけて貫かれ、出来た小さな穴。

 その穴から周りへと亀裂が走り、狼が口を開くように冑に狼口が出来たではないか。

 ギザギザに亀裂が入って出来た裂け目はまるで牙。

 黒狼の騎兵はその口を大きく開き、天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 『――ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア~~ッ!!』

 

 

 そして声を響かせた。

 金属を擦り合わせたような耳障りな金切り音。

 しかしそれは唯の声ではない、【ペイルライダー】の固有スキルである。

 声を響かせてから数秒。

 その変化は目に見える形で現れた。

 

 ――何処からか飛んできた【レイス】や『何か』が<地下墳墓>へと収束し、【ペイルライダー】の口へと吸い込まれていく。

 

 

 「あぁ、糞っ。最悪だ。――考えた中で最悪のケースだ」

 

 

 そんな【ペイルライダー】の様子を見て、その正体に気が付いた【義賊王】は絶望的な事実に舌を鳴らした。

 もしくは――違ってくれと。

 自分の考えが間違ってくれるように、生まれて初めて神に祈った。

 しかし、目の前で起こった事実は変わることは無い。

 

 

 

 

 

 ※プレイヤー非通知アナウンス

 【(【冥魂騎 ペイルライダー】の脅威度が上昇、規定値を大幅に超越)】

 【(対象のランク及び、名称を上方修正)】

 

 【(修正。対象を神話級――【冥神騎 ペイルライダー】の修正しました)】

 

 

 

 

 

 【冥神騎 ペイルライダー】の魔鎧が膨れ上がる。

 狼を模していた黒鎧は更に凶悪で悍ましい姿へと変化していく。

 

 ――腰から黒刃で出来た狼の尾が唸りを上げ、床を消し飛ばした。

 ――篭手や脚甲が見て分かるほどに強固になる。

 ――周りに漂っていた黒い靄が収束し、外套のようにして身に纏う。

 

 【冥神騎 ペイルライダー】だけではない、その騎獣である巨狼さえも大きさを増して黒いオーラを身に纏っていた。

 

 

 ――《魂食い》。

 

 それは【冥神騎 ペイルライダー】の種族としてのス(・・・・・・・)キル(・・)であり、その声を聞いた生物から魂を抜き取り、吸収するというスキル。

 そして此処は“氷冷都市”<グランドル>。

 地下には【レイス】などが多く生息し、無念のうちに死んだ魂など数え切れないほど存在するのだから。

 少なくとも400人のティアンが【解体王】に殺されてしまっているのだから。

 

 

 ――《死屍累々》。

 

 それは【冥神騎 ペイルライダー】の固有スキル。

 《魂食い》で魂を吸収するほど、自身を強化する――シンプルかつ強力無比なスキル。

 

 

 ――そして《物理攻撃無効》。

 

 レイスなど、実体の持たないアストラル体のアンデットが持つスキル。

 あらゆる物理攻撃をすり抜け、無効化するスキル。

 

 

 

 

 

 「――まさか【ソウルイーター】の<UBM>なのか……?」

 

 

 アンデット系モンスター、純竜級モンスターであり『特級の危険生物』――【ソウルイーター】。

 

 【義賊王】の声に肯定する返事は無い。

 しかし、その不気味な静けさこそがまさに【義賊王】の言葉を肯定しているようでもあった。

 そして――それは正しい。

 【冥神騎 ペイルライダー】は【デュラハン】の<UBM>ではない。

 【冥骸騎】の死体が『最終奥義』の《黄泉返り》によって変化した【デュラハン】の身体。その魂が【冥償蘇生 コローネ】によって【ソウルイーター】へと変化した。

 

 ――【デュラハン】と【ソウルイーター】のハイブリット。

 

 無効化に近い《魔法攻撃耐性》と《物理攻撃無効》スキルを合わせ持つ不死身の<UBM>。

 

 

 

 

 

 『ァァァァァァアアアアアアアアアアア~~ッ!!』

 

 

 それが神話級<UBM>――【冥神騎 ペイルライダー】の正体だった。

 

 

 

 

 




祝! デンドロアニメ化~。
――普通に嬉しい。





神話級<UBM>――【冥神騎 ペイルライダー】

・【冥骸騎】の最終奥義で【デュラハン】となった身体。
 (高い魔法攻撃耐性と火炎耐性、高いステータス)
・呪いの武具
・《ソウル・ドミネーター》(夜限定)
・《魂食い》
・《死屍累々》
・《物理攻撃無効》

イメージ的には、
外:【デュラハン】
内:【ソウルイーター】
加えて【冥償蘇生 コローネ】の《蘇生再現》によって生前のスキルが再現されてしまい、高すぎるステータスになってしまった<UBM>。


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第32話 不死身の騎兵

 □□□<【冥骸騎】地下墳墓> 【■■廻鳥 フェニックス】

 

 

 

 

 

 ――この世には、“英雄(ヒーロー)”と呼ばれる者がいるらしい。

 

 

 

 

 

 それはきっと、人々にとって希望の光のような存在なのだろう。

 絶望的状況を土壇場でひっくり返し、あらゆる絶望を退けてパッピーエンドを掴み取る者なのだろう。

 全てを諦めない……困難に立ち向かい、打ち壊していく事なのだろう。

 

 ――【勇者(ヒーロー)】とは違う。

 

 正真正銘、人の為に勇気を振り絞り戦うことが出来る者の事だ。

 そんな御伽噺のような。

 架空のゲーム限定のような人物が不思議なことに、この<Infinite ()Dendrogram>()には多数存在するのだからおかしな話である。

 他でも無い、ホオズキもおそらくこの部類。『強さを証明するためだ』っと、表面上は装いながら敵わぬ強敵に立ち向かうのだろう。

 

 

 

 

 

 そして……ヴィーレ・ラルテは決して“英雄”では無かった。

 

 

 

 

 ヴィーレはいつも手遅れだった。

 幾度も強敵と激しいを繰り広げたが守れたものは片手で数えられる程度しかいないのだから。

 ただただ、いつも巻き込まれるだけ、自由を求めた彼女を襲う現実と言う名の敵に立ち向かってきただけなのだ。

 今回だってそう……ヴィーレは自身の信念の為に。

 これから先、見て見ぬ振りをしてきた正義と悪に後悔しないように、悩み、苦しみながら立ち上がったのだから。

 

 ――【魔樹妖花 アドーニア】との戦いで、進むべき道と自由への翼を得た。

 ――【殺戮熾天 アズラーイール】を救いたいと、それを成すだけの力を得た。

 ――【解体王】の猟奇殺人。【義賊王】の義憤を見て、正義とは何かの答えを今、得ようとしている。

 

 決して英雄などではない。

 ヴィーレは自分自身の為に、自由を謳歌するために戦う。

 その度に傷つき、涙を流しながら乗り越えてきた……が、現実は非常だ。

 

 

 『――ァ、ァァァアアアアアアア~~!!』

 

 

 神話級<UBM>――【冥神騎 ペイルライダー】は今もこうして悲鳴のような絶叫を上げ、<地下墳墓>の地獄を地上にまで広げんとしている。

 その高すぎるステータスを持ちながらゆっくりと<グランドル>の『地下迷宮』への歩みは、これから死に行く者への死神の足音(カウントダウン)

 ……断言しよう。

 【ペイルライダー】が地上に出てしまえば、<グランドル>のティアンは死に絶えると。

 まだまだ夜は更けたばかりだ。

 《ソウル・ドミネーター》の疫病は地上を汚染し、【ペイルライダー】は簡単に<カルディナ>を蹂躙して見せるだろう。

 

 

 そして、唯一止めることが出来るかもしれない可能性を持つ<マスター>――ヴィーレは【ペイルライダー】の足元で血溜まりに身体を沈め、二つに切り裂かれた身体を横たえていたのだった。

 

 

 何度でも言おう。

 ……これが現実。

 起こりえない可能性を言おう。

 ……ヴィーレが“英雄”ならば何かしらの大逆転が起こったかもしれない、と。

 三度(みたび)断言しよう。

 ……ヴィーレは“英雄”ではない――唯の少女だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (――殺させない)

 

 

 

 

 

 ……しかし、その地獄(<地下墳墓>)には『可能性(<エンブリオ>)』があった。

 

 

 (――絶対に、絶対に死なせない。僕が<マスター>(ヴィーレ)を救って見せるっ)

 

 

 ほんの僅かな時間。

 蘇生可能時間になり、半死したヴィーレを見つめる【炎怪廻鳥 フェニックス】が居た。

 ヴィーレのHPは『0』になっている。

 しかし完全にデスペナルティになっていない為、ヴィーレの<エンブリオ>であるフェイも消え去ることなくその場で飛び続けていたのである。

 《火炎増畜》の貯蓄を殆ど使い果たし、余力も無く【怪鳥】形態にさえなれない雛鳥状態であるフェイ。

 だが、今のフェイに出来ることは何一つない。

 《紅炎の炎舞》では【ペイルライダー】にはダメージを与えることは出来ない。

 《蒼炎の再生》ではヴィーレの重傷を、《ソウル・ドミネーター》を治癒することは出来ない。

 ただデスペナルティになるヴィーレを見守ることしか出来ないのだ。

 しかし……。

 

 

 (まだ終わっていないっ。<マスター>の炎は、僕の炎翼は折れてないんだ!)

 

 

 ヴィーレの<エンブリオ>である【炎怪廻鳥 フェニックス】は分かっていた。

 まだヴィーレが諦めていない事を。

 戦う意志を無くしていない事を。

 フェイに『Type:メイデン』のような<マスター>との念話が使えるわけではない……しかし、常にヴィーレの姿を一番近くで見守ってきたフェイにはハッキリと感じ取れた。

 それは感覚ではない。

 それは確信だ。

 ならばこそ、フェイにはその願いに応える使命がある。意志がある。

 

 

 (僕は<エンブリオ>だ。<マスター>の願いに応え、叶える『可能性』。だから僕がヴィーレの道標に、飛翔するための翼となる)

 

 

 小さな雛鳥の不死鳥が炎翼を広げた。 

 その炎は消えかけのマッチの火のようなちっぽけな炎、何かを燃やすことも癒すことも出来はしないだろう。

 しかし……その炎は神々しかった。 

 地獄と化したこの暗闇の<地下墳墓>ではあまりにも温かく、そして希望のような炎だった。 

 羽ばたく炎翼からは火の粉が飛び散り、キラキラとヴィーレの身体へと降り注ぐ。

 

 

 (――初めは空っぽで、生まれた瞬間のような<マスター>)

 

 

 この<Infinite ()Dendrogram>()に降り立ったヴィーレ・ラルテはあまりにも不安定で、そして空っぽな女の子だった。

 フェイはそんな<マスター>の様子を“紋章”の中でずっと観察していたのでよく覚えている。

 

 ……迷った。

 

 <マスター>はあまりにも空っぽで、自分が何になれば良いのか分からなかったからである。

 その結果が『卵』。

 どんなヴィーレの願いにだって応えられるように、可能性として【炎怪廻鳥 フェニックス】は孵化した。

 

 

 (――師匠にあって少しづつ変わりだして。<マスター>は僕に翼と炎を求めたんだ)

 

 

 【炎怪廻鳥 フェニックス】は倒れ伏すヴィーレを慈しみの目で見下ろしながら、そんな昔の事を思い出す。

 『Type:ガードナー』として孵化したのは師匠のような力強く、頼れる存在に守られていたいという思いも汲み取ったからだろう。

 結果、フェイは不死鳥として目覚めた。

 ――師匠の『死』を(・・・・・・・)否定する(・・・・)《蒼炎の再生》。

 ――ヴィーレの固い意志を示す《紅炎の炎舞》。

 二つの炎を操り、空を舞う不死鳥として。

 

 

 (――アイラに出会って<マスター>は初めて力を欲したよね。つい先日までは弱くて泣き虫だったのに……ぐんぐん成長する。僕が寝てばっかりなのも十分働いた対価としては当たり前だと思うんだけど……)

 

 

 『困ったものだよ』っと、呆れたように鳴き声を発する。

 しかし、それでも<エンブリオ>として応える。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】は新たに《我は不死鳥の騎士為り》のスキルと【不死鳥の紅帯】の形態を手に入れた。

 余りに願いが多すぎる分。

 叶えなければならない分、MPとSPがヴィーレ頼りになってしまったのはしょうがない事だろう。

 しかし……そんな道のりさえ、今こうして考えれば此処に至るための過程だったのだろう。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】は不思議とそう思えた。

 

 

 (……行こう、<マスター>)

 

 

 フェイの紅炎が眩しく輝き――《紅炎の炎舞》から《紅焔の神舞》へと変化する。

 僅かに混じっていた蒼炎が――《蒼炎の再生》から《蒼焔の誕生》へと変化する。

 その姿はより逞しく、一対の炎翼は二対の焔翼(・・・・・)へ。鉤爪は鋭さを増し、靡くフェニックスの尾がその数を増やしていった。

 そして……。

 

 

 

 

 

 ――【焔神廻鳥 フェニックス】はその身体を光の塵へと霧散(・・・・・・・)させた(・・・)のだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 『神話級』<UBM>――【冥神騎 ペイルライダー】の中には、もはや自意識というものが存在していなかった。

 【ペイルライダー】は【冥骸騎】の魂が【冥償蘇生 コローネ】の固有スキルによって生まれた<UBM>。

 言わば【ソウルイーター】の変異体である。

 しかし、この世には完璧な《蘇生》など存在しない。それこそ死者を復活させようとし、失敗した【殺戮熾天 アズラーイール】が良い例である。

 

 【冥償蘇生 コローネ】の蘇生――その一番の欠陥は、『代償に生き物の魂が混じっていると、蘇生する魂の意識が不安定になる』という点にあった。

 

 本来なら【コローネ】がアンデットを指揮する能力を持っているので問題はない。

 だが既に【コローネ】は【ペイルライダー】の手によって討伐され、此処には【ペイルライダー】たった1体。

 加えて《魂食い》によって、僅かに遺っていた自意識も完璧に消え失せ、その存在は地獄を作り出す『冥府の騎兵』と成り果てていたのだ。

 

 

 『――ァ~~~』

 

 

 意志の無い【ペイルライダー】に有るのは、【解体王】によって殺されていった者達の悲痛な慟哭のみ。

 

 

 『GARURURUUuuuuuu……』

 

 

 アストラル体の黒狼は【ペイルライダー】に従うように、ゆっくりと<グランドル>へ。

 <グランドル>の地下に広がる『地下迷宮』に続く鉄扉へと向け、歩き出した。

 その歩みを阻む者はこの<地下墳墓>にはもう居ない。

 『紅炎の騎兵(ヴィーレ)』は完璧に死に、【義賊王】は満身創痍で動くことすら困難なのだから。

 ……一歩進む。 

 ……二歩進む。

 ……三歩進み。

 

 

 

 

 

 『――ァァァアアアアアアア……ァ?』

 「……【騎神】?」

 

 

 【ペイルライダー】は背後で膨れ上がった生(・・・・・・・)者の気配(・・・・)に振り返った。

 完全に消滅していた気配。

 その気配が突然、何の前触れもなく膨れ上がったのだ。

 そして、【ペイルライダー】はその瞬間(・・・・)を目にした。

 

 

 ――光の塵となり、消えていくヴィーレの身体。

 

 

 至極同然。

 <UBM>の元となった【冥骸騎】や【ペイルライダー】にとっては衝撃的な光景ではあるが、<マスター>がデスペナルティになれば光の塵となって消える。

 それはティアンにとっても既に当たり前。

 この世界では常識になりつつある一種の自然現象ともいえるものだ。

 しかし……次の瞬間【ペイルライダー】は再び初めての瞬間を、ティアンや<マスター>すら初めて目にするだろう現象を目にした。

 

 

 ――宙に漂う光の塵(・・・・・・・)が突然発火し(・・・・・・)、収束して出来た『炎の繭(・・・)』を。

 

 

 『何だアレは?』っと、仮に【ペイルライダー】に意志があれば叫んでいただろう。

 実際にその光景を目にした【義賊王】は目を見開いていたのだから、その衝撃は大きいもののはずである。

 同時に【ペイルライダー】は戦慄した。

 

 

 『――ァ~ッ』

 『WHAWOOOoooooooo~~Nッ!!』

 

 

 何かまずい――と。

 意志も無いはずの【ペイルライダー】は咄嗟に紫紺の長剣を振り上げた。

 おそらくアンデットとして忌み嫌う属性か。

 もしくは膨れ上がった生者の気配に危機感を感じ取ったのかもしれない。

 

 

 ……まだ間に合う。

 

 

 今あの『炎の繭』を攻撃すればこの身体を襲う嫌な予感を消し去れる。

 そう<UBM>としての、アンデットとしての本能が訴えかけているっ!!

 

 

 『――ッ!!』

 

 

 迷いなく、容赦なく、躊躇いなく。

 【ペイルライダー】は紫紺の長剣を『炎の繭』へと振り下ろし――――。

 

 

 『GARURUURUUUUUUUUッ!!?』

 

 

 ――次の瞬間、鎖付きのナイフが【ペイルライダー】の冑を掠め、壁へと突き刺さった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――いいんだな?」

 

 

 宙でピタリッと止まった振り下ろした紫紺の長剣。

 突然のその出来事に動きを止めた【ペイルライダー】は、ナイフの発射源。眼前で伸びた鎖の根元を辿るように背後へと振り返った。

 そして……フラフラとよろめきながらも左手を伸ばし、何者にも負けない力強い眼光で此方を睨みつける隻腕の『超級職』を見た。

 

 

 「……まだ戦える。この化け物を止める手段がまだ残っている、そう受け取っていいんだな――【騎神(ザ・ライダー)】」

 

 

 【義賊王】――シアンディールはそう問いかける。

 しかし、その問いかけに返事は求めていない。

 言葉として声にしたが、既にヴィーレがまだ戦う気だと。勝てる手段があるということを感じ取っていたからである。

 素晴らしい勇気だ。

 一目で奮い立つような雄姿だ。

 

 

 『――ァ』

 

 

 しかし……哀れだ。

 今の【義賊王】に何が出来ると言うのだろう?

 【冥神騎 ペイルライダー】は【義賊王】の姿に対して何も感じることなく、思うことなく、ただその様子を見ていた。

 何を言おうと、【ペイルライダー】は見ていたのだから。

 

 ――右腕を失い、【貧血】で蒼白になった顔を。

 ――《ソウル・ドミネーター》に侵され、身体の半分以上が黒く染まった肌を。

 ――既に立っていることも困難な、鎖を支えに立っている事がやっとな姿を。

 

 そして【ペイルライダー】には見えてしまっているのだから。

 

 ――微風が吹けば消えてしまいそうな、風前の灯火である【義賊王】の生命力が。

 

 きっと【義賊王】のステータスはAGIですら3000も無い。

 HPなど四桁を切り、まともに戦える状態ではないだろう。

 それでも【義賊王】は戦うことを辞めず、勝てないと分かっている【ペイルライダー】に対して立ち向かう。

 

 

 「――俺が時間を稼ぐ」

 

 

 <グランドル>への復讐と、貧民街の家族(ティアン)の命。

 二つの重りを乗せた天秤は釣り合うことも無く、【義賊王】にとって大切なモノを指し示していた。

 そして……僅かでも可能性があるのなら。

 元より捨てるつもりの自分の命で、助けられる可能性があるのならっ!!

 

 

 「……来い、【ペイルライダー】。この【義賊王】が相手になってやる」

 

 

 シアンディールが立ち上がるのに、何の不思議も在りはしなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□【義賊王】シアンディール

 

 

 

 

 

 声を張り上げ、宣言したは良いが何分……いや何秒稼げるだろうか?

 

 

 「ハァ……ハァ……。――糞っ」

 

 

 身体に数十キロと言う重りを付けられたように重たく、思うように動かない。

 吐いた息が喉を焼き、吸った空気が肺を刺激する。

 たった一つの動作をするだけでも連鎖的な負荷が身体へと返ってくるのが何故だかハッキリと感じられる。

 ……左腕一つ。

 指一本動かすだけでも、気を失ってしまいそうな眩暈と痛み。

 

 (……もう助からない。実感は無いが、俺はもうすぐ死ぬんだろう……)

 

 身体に走る痛みが嫌味なほどに、その事実を訴えかけている。

 だが、それがどうしたと言うのだろう?

 シアンディールにとっては既に自分自身の命などゴミも同然、むしろ痛みがまだ生きている実感を。意識をハッキリとさせてくれた事に感謝すらしていた。

 

 

 『GARURURURUUUUU~~ッ』

 「――来い」

 

 

 互いに睨みある【義賊王】と【ペイルライダー】。

 何のスキルでもない――殺意を込めた視線で挑発する。

 しかし、実際に【ペイルライダー】が【義賊王】に向かってくれば数秒も無く、その身体は切り裂かれ地面に転がることになるだろう。

 本当に数秒稼げるかも分からない。

 だが、それでも時間を稼ぐすべはそれしかないから――シアンディールは躊躇いなく決行した。

 そして……。

 

 

 『――ァ、ァァァアアアアアアア~~!!』

 「――ッ! そう簡単には行かないかっ!!」

 

 

 シアンディールは自身を無視し、『炎の繭』へと振り返った【ペイルライダー】に思わず舌打ちをした。

 ――合理的だ。

 死に掛けの人間より、何かへと変化しようとしている『炎の繭』を優先するのは当たり前だ。……【ペイルライダー】の場合は本能で動いただけなのだろうが。

 生前の自我を持たないアンデットだからこその行動原理。

 しかし今の【義賊王】にとって、それは最悪に近い行動である。

 目の前で無防備な背中を見せた【ペイルライダー】に、シアンディールは歯を食いしばり、

 

 

 「――フッ!!」

 

 

 ……左手に巻き付いた鎖を全力で手繰り寄せた。

 同時に地面を揺るがすような重低音が<地下墳墓>に響き渡り、大きな揺れがシアンディールと【ペイルライダー】を襲う。

 ――『ガァッン!!』。

 っと、壁へと照射された鎖同士が擦れ合うような甲高い金属音を鳴らし、張りつめた糸のように縮小する。

 壁と伸縮自在な鎖の一本相撲だ。

 そして、鎖が徐々にだがシアンディールの側へと引き寄せられ、

 

 ――崩れかかっていた石壁が倒壊した。

 

 【ペイルライダー】程度なら簡単に押しつぶせてしまえそうな巨大な瓦礫。

 『炎の繭』に照らされた<地下墳墓>に出来た巨大な黒い影、影はそのまま【ペイルライダー】に向けて傾き出した。

 

 

 「オオォォォォォッ!!」

 

 

 咽喉を焼き尽くす咆哮。

 最後の力を振り絞るシアンディールに応えるように、鎖は更に勢いをつけて巨大な瓦礫を【ペイルライダー】へと叩きつけた。

 轟音と粉塵をまき散らす瓦礫。

 例え、純竜だとしても軽傷では済まないような質量攻撃、これならば【ペイルライダー】を多少は時間稼ぎできるかもしれない。

 だが……。

 

 

 「……まだだッ!!」

 

 

 粉塵に包まれ、砕けた瓦礫の中で浮かび上がる黒い影。

 シアンディールは瞬時に左手を――その手に握った『魔力式リボルバー』の銃口を向ける。

 

 

 「――ッ」

 

 

 ――6回。

 連続して引き絞られたトリガーに呼応するように、銃口からは目を背けてしまう程のマズルフラッシュを発光させた。

 放たれた6発の魔力弾。

 弾丸はそれぞれが少しづつ軌道を変えながら、粉塵の舞い上がる煙の中へと吸い込まれていく。

 例え、《ソウル・ドミネーター》によって全ステータスが下がろうと、この距離を外すことはしない。

 全ての弾丸は【ペイルライダー】へと撃ち込まれ……粉塵爆発を引き(・・・・・・・)起こし(・・・)ながら、その周囲一帯を吹き飛ばした。

 爆風に吹き飛ばされる粉塵。

 空気に少しだけ混じった火薬の臭い。

 閉じられた空間で起こった爆風は容赦なくシアンディールの身体を強烈に叩きつけて揺らした。

 

 

 「――――ハァッ、……ハァ……ハァ……」

 

 

 同時にシアンディールは荒い呼吸で膝を着いた。

 たった数度の攻撃。

 しかし、既に助からない状態にまで《ソウル・ドミネーター》に蝕まれた【義賊王】にとって、それは命を削りながらの――言葉通り“命懸けの攻撃”。

 指先の感覚すら既に無い。

 膝に力は入らず、意識は朧げに揺らぐ。

 そんな中、シアンディールはフラフラになりながらも左手のリボルバーだけは離さずにいた。

 

 ――【弾痕マリア】

 

 それはかつて<アルター王国>の<墓標迷宮>で見つかり、<グランドル>まで流れてきた魔力式拳銃。

 『特典武具』ではない。

 それは今の時代では造る事ができるジョブがロストし、貴重品とかした『マジックウェポン』である。

 特筆するようなスキルは無い。

 ただ先ほど【ペイルライダー】を瓦礫ごと吹き飛ばしたように、『事前に込めた魔力弾』を撃ちだすだけのリボルバーだった。

 【義賊王】の妹――ローズマリーの名に似た拳銃。

 たったそれだけの、【義賊王】にとって大切な武器。

 故に……。

 

 

 

 

 

 『――』

 『WHAHOOOOOooooooooo~~~Nッ!!』

 「――10秒ぐらいは、稼げた、か……?」

 

 

 轟音と共に頬を掠めた瓦礫屑。

 爆散し、周囲を吹き飛ばしながら傷一つ。HPが『1』すらも削れていない【ペイルライダー】の姿を見て、シアンディールは苦々しい表情で笑った。

 

 

 「化け物だ、な……今ので――純竜ぐらいはやれると。……思ったんだが」

 

 

 命を削った攻撃は尽く効かず、【ペイルライダー】はピンピンしている。

 その事に頭では理解はしていても心の何処かでへこんでいる――そんな自分自身の能天気さに笑ったのだ。

 そして――。

 

 

 

 

 

 「――」

 『――ァア』

 

 

 次の瞬間、シアンディールの身体は霞み、闇の中へと消し飛んだ。

 ブラックアウトした視界と……今に眠ってしまいそうな程の凄まじい眠気。

 指先一つ、身体中がまるでMP切れを起こした【マジンギア】のように全く動かない。加えて、腹部から下は真昼の砂漠に直接触れたように、熱く……感覚が消えうせ(・・・・・・・)ていた(・・・)

 ――あぁ、眠い。

 頭を使おうと試みるが思考すらままならない。

 

 (……俺は、死んだのか)

 

 ただ、感じなくなった痛みに。身体を包む心地よい温かさにそう理解した。

 

 ――何が起きたかは分からない。

 ――時間稼ぎが出来たかすら分からない。

 

 しかし、そんな事すらもどうでもいいと思える。

 それほどに心地良い気持ちなのだから。

 下半身が千切れ飛び、血に伏せたシアンディールはそんな思いと共に意識を手放そうと、自然のままに身を委ねた。

 閉じていく青い瞳。

 鈍く重たい瞼はゆっくりと閉じられていき、

 

 (……まて、俺はまだ生きているのか?)

 

 正真正銘、『神話級』に至った【冥神騎 ペイルライダー】の10万ものSTR。

 その攻撃を受けて、今なお生きていると言う事実に気がついた。

 ……それは可笑しい。

 普通なら紫紺の長剣で頭を柘榴のように斬り裂かれ、即死しているはずである。そしてこの【ペイルライダー】は間違いなくその選択肢を取る。

 では、何故自分が生きているか?

 答えは簡単だ。

 

 ――『紫紺の長剣』以外で直接攻撃された。

 

 同時にそれはシアンディールの最後の抵抗が間(・・・・・・・)に合った(・・・・)と言う事を指し示していた。

 

 

 『――?』

 

 

 【ペイルライダー】も何が起こったのかを理解できていない。

 ただ空を握りしめた右手を。

 紫紺の長剣を握っていたはずの自身の掌を凝視していた。

 そして自我を持たないアンドット故に一つの可能性に辿り着くことは無い――“盗まれた(・・・・)”という可能性に。

 

 ――数十回という絶望的なまでの失敗の中で成功した、1回の《スティール》。

 

 ステータスが超低下した状態での『神話級』<UBM>への基礎スキルである《スティール》の成功。

 ……ただ盗む。

 そんな一言で表せ切れない程の天文学的確率をシアンディールは土壇場で引き寄せたのだ。

 誰がなんと言おうと、それは奇跡に違いない。

 自身の命を投げうってでも家族を守ろうとした、【義賊王】の勇気が引き寄せた――必然の奇跡に違いない。

 そして……シアンディールの攻撃は盗んだだけでは終わらない。

 

 

 「…………ュ―ト》」

 

 

 誰も聞き取れないような掠れ声。

 同時にソレは放たれる。

 

 ――スキルの射程を延長し、シアンディールの意志に沿って自在に動く『特典武具』の鎖。

 ――【ペイルライダー】から盗み取った紫紺の長剣。

 ――ヴィーレとの戦いでも使用した威力に秀でた《投擲》スキルである《アクセル・シュート》。

 

 シアンディールの最後の……決死の一撃は遥か遠方より放たれた。

 『炎の繭』の揺らめく火をその紫紺の刀身に反射させ、呪いの武具は風を切って進む。

 馬鹿らしい――長剣の投擲。

 “武装の化身”のような超常の攻撃でもあるまい。

 しかし、【ペイルライダー】自身の《死屍累々》によって強化された一撃――『神話級』<UBM>が奮っても壊れない武具による一撃だ。

 

 それは全てを打ち砕く紫紺の投擲だ。

 シアンディールの命を乗せた抵抗だ。

 絶望を反転し、希望に変える攻撃だ。

 

 放たれた紫紺の長剣は鎖によって更に加速しながら【ペイルライダー】の無防備な背中へと迫り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――ァァァ』

 

 

 振り返ることすらせず、背後へと右手を伸ばした【ペイルライダー】によって掴み取られた。

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアアアア~~ッ!!』

 

 

 耳を劈くような甲高い絶叫。

 【ペイルライダー】に握られた『特典武具』の鎖が鉄屑のように歪にひしゃげ、強引に振り払われた力に耐え切れずにバラバラになって砕け散った。

 木端微塵。

 千切れ飛んだ幾つもの鉄の輪が雨が打つような音を立てながら床に撥ねる。

 

 

 「……あぁ」

 

 

 あぁ、呆気ない。惨めな最後だ。

 床に響きわたる明瞭な、雨音のような金属音にシアンディールは今度こそ瞼を閉じる。

 

 ――愚かな【義賊王】()には相応しい最後だ。

 

 義妹を救おうと奔走した結果、全てを失い。

 貧民街を変えようと何十年もの時を費やし。

 復讐に走り、無様に死ぬ。

 

 (……分かっていたさ)

 

 結局、何だかんだと怒りながら、自分もあの糞ったれの市長と同じ穴の狢だったのだろう。

 ――犯罪者は犯罪者。

 正義と口にしながら犯罪に手を染めてしまった……それが全ての間違いだったのだ。

 当時はそれ以外には選択肢が無かったと言うのはきっと言い訳で。

 何処まで行っても【義賊王】は真の正義の前に倒れる運命で。

 ……いや、違う。

 ヴィーレをどこかで暗殺していれば【ペイルライダー】は生まれず、今頃復讐を果たし笑い泣いてた自分が居る――そんな可能性もあったのかもしれない。

 それをしなかったのは、心のどこかで『自分を止めて欲しい』。そんな思いがあったからだ。

 

 (お前が正しかった、ヴィーレ・ラルテ)

 

 その結果が今、此処にある。

 ……皮肉ではない。

 きっと【騎神】はこの状況を覆す――そう確信し、全てを彼女に掛けたのだから。

 シアンディールの目には【義賊王】は死に、【ペイルライダー】は討伐され、<グランドル>が守られた景色がまざまざと浮かんでいたのだから。

 

 (ただ一つ、奴らを地獄へ道連れに出来なかったことは悔やまれるが……今はどうでもいい)

 

 シアンディールは薄れゆく意識の中で小さく願う、『もう一度、君に会いたかった』と。

 もう叶うことの無い――親愛なる少女の笑顔を夢見て。

 

 

 「――ローズマリー……」

 

 

 倒れた血溜まりに涙が一滴、零れて波紋を広げた。

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――――』

 

 

 意識を失ったシアンディールのすぐ近くで【ペイルライダー】は立ち尽くしていた。

 一歩踏み出せば。

 握る紫紺の長剣を振り下ろせば【義賊王】は死に、《魂食い》と《死屍累々》で大幅な強化が出来るだろう。超級職の魂はリソースとしても格別なはずである。

 しかし、【ペイルライダー】はそんなちょっとした……ほんの些細な動きをすらしなかった。

 いや、違う。

 正確に言えば、動けなかった(・・・・・・)

 足元の風前の灯火の命。

 それよりも遥かに強大で、太陽のように熱く眩しい生命力に目を背けることが出来なかったから。

 

 

 「――まだ終わらせないよ」

 

 

 その姿から目を背けることが出来なかったから。

 

 

 ――自身の放つ凄まじい焔に揺れ、たなびいた紅の炎の髪。

 

 ――確認するように開き、握りしめた、失っていたはずの右手。

 

 ――光を帯びた金色の瞳。

 

 

 一度死んだ【騎神】は、確かにそこに立っていた。

 それは『Type:ガードナー系統』の<エンブリオ>が良く発現する合体スキル。

 それは《我は不死鳥の騎士為り》が変質した――所謂、発展形スキル。

 それは世にも珍しい《蘇生》……を超えた、不死鳥だけが持つ転生スキル。

 

 

 

 

 

 「――《(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)》」

 

 

 

 

 二対の炎翼を持つ不死鳥の魔人となった【騎神】がそこに居た。

 

 

 

 

 




Type:ガーディアン・アームズ。
第Ⅳ形態――【焔神廻鳥 フェニックス】

長かった・やっと上級・エンブリオ。


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第33話 成り上がり、成り下がった者

二週間ぶりの更新だけど、文字数は二話分だから実質セーフ


 □フェニックスについて

 

 

 

 フェニックスとは架空の幻獣だ。

 身体を炎で構成し、死んでも蘇ることで永遠の時を生きると言われる伝説上の鳥。

 鷲の姿にも似た炎の鳥である。

 寿命を迎えると自ら炎へと飛び込むことで焼死し、朝日と共に蘇る。

 不死身の伝説故に神話などにも良く登場する――幻獣、というよりは神獣(・・)に近い存在だろう。

 

 それこそが【焔神廻鳥 フェニックス】のモチーフだ。

 

 巨大な怪鳥形態のフェニックス。

 全てを焼き尽くす《紅焔の神舞》。

 超速再生で傷を癒す《蒼焔の誕生》。

 中途半端な(・・・・・)<エンブリオ>として孵化した【フェニックス】。

 それらはある意味、下級<エンブリオ>という名のフェニックスにとって本当の姿になるまでの下積み期間だったのだろう。

 こうして改めて見ると、初めから一つの最終形態を見据えていたのかもしれないと思えるほどに。

 何はともあれ、【焔神廻鳥 フェニックス】は第Ⅳ形態へと進化を果たしたことで、伝説に準じた姿を現し始めていた。

 

 ――では、フェニックスのモチーフの特徴とは何だろうか?

 

 一つは聖なる鳥、生と死を象徴する不死鳥である炎の神鳥。

 挫折と克服。

 折れない翼と炎の意志。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】として下級<エンブリオ>の時から持っていた特徴である。

 今もヴィーレの心と共に成長し続ける、Type:ガー(・・・・・・・)ディアンとして(・・・・・・・)の側面(・・・)だ。

 そしてもう一つの特徴。

 それは今まで存在していなかった。

 そう……なかった(・・・・)、だ。

 

 今は――ある。

 

 二つ目は、フェニックスの悪魔落ち――“ソロモンの悪魔”としてのフェネクス。

 第Ⅳ形態へと進化を果たした【焔神廻鳥 フェニックス】。

 その『融合スキル』と『自身の死(デスペナルティ)』をコストに現すもう一つの姿。

 沈まぬ暁星の如く、ヴィーレの瞳が金色に染まる。

 二対の炎翼が敵を撃ち滅ぼさんと劫火と化す。

 

 悪魔――フェネクスの話す言葉は優れた詩に。

 人間――フェネクスの声は耳を塞ぎたくなる程聞き苦しいものになると言う。

 しかし……問題は何一つない。

 ……もう、詩も声も聞く必要はない。

 

 

 

 

 

 「――《(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)》」

 

 

 

 

 

 不死鳥の魔人は今、終わりの『(スキル)』を告げたのだから。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 □■<【冥骸騎】地下墳墓>

 

 

 

 

 

 『炎の繭』――その中から転生した不死鳥の魔人。

 【焔神廻鳥 フェニックス】と融合したヴィーレはただ静かにそこへ佇んでいた。

 全ての『魔灯』が砕け散り、暗闇の中で金色の瞳と紅焔が揺れる。

 大きく薙いだ【ミラーズ・ベイ】の深緑の矛先が怪しく光り……切っ先が触れた地面がドロドロ(・・・・・・・)になって溶け崩(・・・・・・・)れる(・・)

 そんな姿を。

 不死鳥の魔人となったヴィーレの姿を。

 何が起きているのかを理解も出来ず、考える思考も無い【冥神騎 ペイルライダー】はただ見ていた。

 

 

 『……ァ、アァ』

 

 

 【ペイルライダー】は知らない。

 確実にHPが全損し、身体が真っ二つになった状態から蘇る人間を。

 以前より強大な生命力(HP)を持ち、魔人へと変身する騎兵を。

 

 

 『GARURURURUUUUuuuuu……』

 

 

 アストラル体の黒狼が警戒を露わに低く唸る。

 それは【ペイルライダー】には見えているから。

 アンデットという種族の特性上からか、生者の生命力(HP)が燃える炎のように可視化することができる。

 故に、足元で死に体の【義賊王】は“風前の灯火”に。

 そして、目の前に立つヴィーレは太陽の極光の如き猛火のように見えているからだ。

 ――だからこそッ!!

 

 

 『――ァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 

 次の瞬間【ペイルライダー】の姿は掻き消え、床が瓦礫となって吹き飛んだ。

 

 ――だからこそ許せない! 

 《魂食い》で取り込んだ、【解体王】に殺された怨念に染まった魂が【ペイルライダー】の中で生者を殺せと。

 自分たちと同じ目に合わせろと叫泣を上げて血の涙を流しているのだから。

 【ペイルライダー】は怨念の集合体に突き動かされるように、紫紺の長剣を振り上げた。

 

 固有スキル――《死屍累々》によって死者の魂(リソース)を取り込み、真の意味で<神話級>へと至った【ペイルライダー】。

 《死屍累々》の強化は【ペイルライダー】の魔鎧や武装だけでなく、ステータスにも強く影響を及ぼしている。

 故に……突破する。

 ギリギリ五桁に収まっていたAGIとSTR。

 ヴィーレには……いや、もはや《看破》のスキルレベルがカンストした一握りの者でも無ければ見ることが出来ない二つの値は六桁に達し(・・・・)、そのスピードは超々音速へと片足を踏み入れていた。

 

 ――駆け出したアストラル体の黒狼の脚に触れた地面が、黒い靄に染まり崩れ落ちる。

 ――振るった紫紺の長剣の風圧に、<地下墳墓>の壁が砕けて落ちた。

 

 【ペイルライダー】の姿を追える者は居ない。

 《ソウル・ドミネーター》である黒い靄が【ペイルライダー】の姿を闇に隠し、破壊の権現となって暴走する。

 息を飲む時間も無い。

 一秒未満の数コンマ。

 

 振り上げられた『紫紺の長剣』は即死の【呪い】となって、ヴィーレへと振り下ろされ、

 

 

 

 

 

 ――紫紺の長剣の腹を叩くように薙がれた長槍によって逸らされた(・・・・・)

 

 

 

 

 

 『……』

 『GARURURURURUuuuuu……!?』

 

 

 その事実に自我の無いはずの【ペイルライダー】が。

 騎獣であるアストラル体の巨黒狼が代弁するかのように、動揺が混じった唸り声を上げた。

 それもそのはず。

 本来のヴィーレでは止めることはおろか、視認することも不可能な一撃のはずだったのだから。

 ヴィーレのステータス自体はかなり低い。

 いや……騎兵系統ジョブに就く<マスター>と比べれば平均的、低すぎるわけも無く高すぎるわけでもないのだろう。

 しかしそれでも【ペイルライダー】と比べれば“天地の差”。

 <神話級>に相応しい圧倒的なステータスの前ではちっぽけな値である。

 

 だが……今こうして目の前で、ヴィーレは超々音速機動の一撃を。

 大地を砕き、神話級金属さえ変形させる怪力の一閃を逸らして見せた。

 

 それが指し示すのはたった一つ――ヴィーレが【ペイルライダー】に迫るステータスを保持している、という事実確認だ。

 そして……。

 

 

 「――《チャージスパイク》」

 

 

 瞬時に超音速機動で突き出された【ミラーズ・ベイ】。

 深緑の矛先はブレることなく【ペイルライダー】の心臓へを穿とうと真っすぐに突き進み、

 

 

 『……ァ、ァァァッ』

 

 

 距離を取った【ペイルライダー】によって躱された。

 ――いや、無傷では無い。

 あまりにもENDが高過ぎて崩落や粉塵爆発でも傷一つ残らなかった黒狼の魔鎧――その表面には本当に小さいが、【ミラーズ・ベイ】によって付けられた切り傷が残っていたのだ。

 貫通し、本体である霊体には届いていないのでHPは欠片も減ってはいない。

 しかし……それは確実にヴィーレの攻撃が【ペイルライダー】に届くことを。

 その刃が命を奪うことが出来ることを指し示していた。

 

 

 「……来て(喚起)、アレウス」

 

 

 ヴィーレは右手を伸ばす。

 一度死に、《天つ暁星の転生者》によって再生した新たな右腕。

 

 

 『HIHIIIiiiiiii~~ッ!!』

 

 

 次の瞬間、その右手の横には半神軍馬のアレウスが。

 左掌には手綱が握られていた。

 ヴィーレが求める限り何度でも立ち上がる――そう言うように興奮するように荒い鼻息を鳴らし、嘶きを響かせるアレウス。

 そんな相棒に応えるように、ヴィーレは一息にアレウスへと駆け乗った。

 そして……そっとアレウスの黒く硬い毛並みを撫でる。

 金色の瞳は【ペイルライダー】から離すことなく捉え続けて。

 

 

 「……シアンさん」

 

 

 同時に視界に入ったボロボロとなったシアンディールの姿。

 それは目にするのも痛ましい。

 半身が千切れ飛んで出来た血溜まりに出血が流れ、赤い波紋を広げた。

 《ソウル・ドミネーター》の黒い靄によって侵された黒い肌が崩れ出す。

 ……助からない。

 いや、一目見れば死んでいると勘違いしても可笑しくは無いだろう――だけど。

 

 

 「……まだ間に合う、シアンさんは死んでいない」

 

 

 フェイと融合し、広がった知覚能力が。

 回収され、消えることなく地面に千切れ転がる鎖の『特典武具』が、【義賊王】がまだ死んでいない事を証明していた。

 そして死んでいないならば。

 第Ⅳ形態へと進化した【焔神廻鳥 フェニックス】の《蒼焔の誕生》ならば、まだ助けられる可能性が残っている。

 故に……ヴィーレの取るべき行動はたった一つだ。

 

 ――力が入り、握った【ミラーズ・ベイ】の矛先から紅焔が勢いよく洩れ噴き出した。

 ――ヴィーレの背から生え伸びていた二対の焔翼が『赤い金属の鎖(・・・・・・)』となってそれぞれ四肢に巻き付い(・・・・・・・)()

 

 【騎神】であり、不死鳥の魔人であり、“人馬一体”。

 制限時間付き(・・・・・・)の《天つ暁星の転生者》によって転生したヴィーレは炎の髪を靡かせ、言う。

 それは宣戦布告であり宣言。

 

 

 「――2分。……ううん、1分以内に貴方を倒して全員救うッ!!」

 

 

 そして……手綱を力強く引いた。

 

 

 「行こう、アレウス、フェイ!!」

 『HIHIIIiiiiiiii~~Nッ!』

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアアアアーーッ』

 『WHAOOOOOoooooooo~~N!』

 

 

 二つの咆哮が<地下墳墓>に響き渡る。

 同時に2騎の騎兵の姿はその場から掻き消え、

 

 ――僅かに残っていた<地下墳墓>を残壁が消し飛ばしながら、紅と黒がぶつかり火花を散らしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 

 

 暗闇の中で紅い閃光が走っては消える。

 このまま<地下墳墓>が崩壊してしまうのではないかと思えるほどの轟音が密室の空間に木霊し、崩れた瓦礫が散弾の如く弾け飛ぶ。

 もしも唯のティアン……いや、<マスター>でもいい。

 常識で考えられる<マスター>が足を踏み入れれば、次の瞬間死んでいても可笑しくない、と。

 そう確信してしまう程の戦場がそこにはあった。

 事実、その確信は正しい。間違ってはいない。

 

 紅焔が暗闇の中を駆け抜けて瓦礫ごと壁を融解、蒸発させる。

 『紫紺の長剣』が床を叩き割り、捲り上げながら切り飛ばす。

 

 閉じられた空間である<地下墳墓>。

 その内部は今、ミキサーにかけられたように人が生存できる戦場ではなくなっているのだから。

 激しすぎる戦闘によって<地下墳墓>を破壊し、広げながら二騎は互いに駆け走っていた。

 

 一騎は、【騎兵】系統ジョブの最高峰とも言える【騎神(ザ・ライダー)】。

 一騎は、神話級<UBM>である【冥神騎 ペイルライダー】。

 

 それは文字通り“神話の戦い”。

 高すぎるステータスを持つヴィーレと【ペイルライダー】は、それこそ市街地の細道でレーシングカーが勝負するように。

 コースを破壊しながら互いに激しい戦闘を繰り広げていた。

 

 

 「――ハァッ!!」

 

 

 空を斬り、地面を叩き割られて弾け飛ぶ瓦礫。

 その一部を焔弓で打ち砕き、融解させながら強行突破。

 ヴィーレは瞬時に【ミラーズ・ベイ】を《瞬間装備》しながら、無防備な【ペイルライダー】へと叩き込む。

 その長槍は一目で分かるような紅焔を纏ってはいない。

 ……しかし。

 

 ――焼き溶けた(・・・・・)

 

 【ミラーズ・ベイ】の高い攻撃力。

 そして第Ⅳ形態に至り、《紅焔の神舞》と変化したことによって純粋な火力の上昇と焔の圧縮(・・・・)によって、【ペイルライダー】の高過ぎた《火炎耐性》と《魔法攻撃耐性》を僅かに上回ったのだ。

 本来なら武器自体が焼け落ちる。

 しかし、対象を選択できる《紅焔の神舞》だから出来る芸当。

 全てを焼き焦がし、貫通する焔の長槍である。

 攻撃し終えた【ペイルライダー】は避けることも叶わない。突き出された【ミラーズ・ベイ】は真っすぐにその魔鎧へと迫り、

 

 

 『ァァァァアアアアアアアアッ!!』

 「――ッ!」

 

 

 【ミラーズ・ベイ】は絶叫と共に、【ペイルライダー】の右手に掴み取られた。

 今まで一度たりとも手放すことの無かった紫紺の長剣。

 地面に食い込んだままの武器を手放し、その右手で長槍を防いだのだ。

 そして……

 

 

 『GARURURURUUUuuuuuuu~~ッ!』

 

 

 ……上空へと振り上げられた。

 同時に身体を襲う浮遊感。

 握っていた手綱から手が離れ、ヴィーレの身体が宙に舞った。

 

 ……道理だ。

 

 六桁にも及ぶSTRに、ヴィーレよりも重たい魔鎧の重量。

 互いに力比べをすれば【ペイルライダー】に利があるのは明白である。

 そして騎獣に《騎乗》していない【騎兵】など、剣を持たぬ【剣士】と変わらない。

 【ペイルライダー】はそのまま【ミラーズ・ベイ】から手を離し、その圧倒的なステータスでヴィーレを握り殺そうと手を伸ばし、

 

 

 『BURURURURUUUUU!!?』

 

 

 次の瞬間【ペイルライダー】は冑を(・・)殴り飛ばされ(・・・・・・)岩壁へと叩きつ(・・・・・・・)けられていた(・・・・・・)

 

 

 殴り飛ばされた【ペイルライダー】や消えた巨黒狼は黙って。

 アレウスは目を見開き、驚きの鳴き声を響かせる。

 

 ――ヴィーレが空中で【ペイルライダー】を殴り飛ばす。

 

 っと、本来有り得るはずの無い光景に。

 

 

 「――ウグッ」

 

 

 同時に空中で【ペイルライダー】を殴り、背中から落下したヴィーレは呻き声を漏らした。

 【騎神】の奥義である《一騎当神》による体感速度の差。

 その制御を可能にする為に、一部の痛覚などを『ON』にしている結果生じた弊害だ。

 ヴィーレは背中を襲う痛みに涙目になりながら立ち上がり……鋭い痛みが走った右腕へと視線を移す。

 

 ――4つの赤い金属(・・・・・・・)の鎖が巻きつい(・・・・・・・)()、【骨折】している腕。

 

 内出血で赤黒く滲み、うっすらと白い骨が覗かせた肌。

 目にする事でより鮮明に感じ取り始める痛みにヴィーレは少しだけ眉を顰めた。

 そして……。

 

 

 「……《蒼焔の誕生》」

 

 

 スキル名を呟くと同時に、蒼い焔が右腕を包み込んだ。

 その様子はまるでリプレイ。

 物が燃えて炭になっていく過程をビデオで録画し、逆再生したかのように腕が再生されていく。

 その再生速度は以前の《蒼炎の再生》を遥かに上回っている。恐らく治癒出来る怪我の範囲も広がって《欠損》でも大量のMP&SPを注ぎ込めば完治出来るだろう。

 【骨折】程度なら数秒も掛からない。

 ――瞬き一つ。

 既に【骨折】していた右腕は完治し、いつもの白い肌へと戻っていた。

 ヴィーレはそんな変化したスキルの効果を確かめるように掌を握っては開き、また握った。

 

 

 「……生まれて初めて殴ったかも。――殴るって、こんなに痛いんだね」

 

 

 以前までとは明らかに違う。

 新たなスキルとパワーアップした既存スキル。

 《天つ暁星の転生者》によってより鮮明に感じ取ることが出来る違いに、思わず自分自身で驚きの声を漏らした。

 それほどまでに《天つ暁星の転生者》は。

 強化された固有スキルは強くなっていたのだ。

 

 ――スキルレベルが上がり、増蓄倍率が『×7』まで上昇した《火焔増蓄(フレイム・アカラマティッド)》。

 ――純粋火力とMP&SP変換率が良くなった《紅焔の神舞》。

 ――必要なMP&SPは多くなったものの【欠損】まで治癒出来る《蒼焔の誕生》。

 

 僅かな変化。

 しかしその影響は計り知れない。

 【焔神廻鳥 フェニックス】のステータスとヴィーレのステータス補正を犠牲にした固有スキルが全体的な強化。

 克服される事無く残った、ヴィーレにMP&SPの供給源が依存していると言う弱点もあるが……今はそれさえもさして気にならない、どれもが上級<エンブリオ>の名に負けない強力な固有スキルだった。

 そして《我は不死鳥の騎士為り》の変化した新たなスキル。

 ――《天つ暁星の転生者》もまた、強力なスキルだった。

 

 

 

 『保有スキル』

 《(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)》:

 デスペナルティ判定と共に一定のMP&SPを消費し、<エンブリオ>と融合、転生する。

 尚、種族を“悪魔”へと変化。

 一回の戦闘で消費したSP&MPの値÷10、一部の素のステータスを引き上げる焔翼。もしくは紅鉄の鎖を生成する。

 融合可能リミットは5分。

 アクティブ・パッシブスキル。

 

 

 

 それはヴィーレのデスペナルティを前提とした『条件』。

 デスペナルティ前に莫大なMP&SPを消費することを前提とした、大幅な強化値を得るための下準備。

 加えて、融合スキルなどに生じる融合時間など。

 何重にも張り巡らされた縛りの中で使用可能の強力な『不死鳥の魔人』へと転生スキルだった。

 

 

 「――少し使い辛くはなったけど……」

 

 

 ヴィーレ自身、デスペナルティになったことが少ない点。

 そして唯一、騎獣で空を飛ぶことが出来るフェイが居なくなることを踏まえればデメリットもかなり大きい、まさにデスペナルティになるまで使うことは無いだろう切り札(スキル)だと言えた。

 

 今回の《天つ暁星の転生者》に関して言えば――消費したMP&SPは『50万』。

 

 【冥神騎 ペイルライダー】との戦闘での《紅炎の炎舞》と《我は不死鳥の騎士為り》、【義賊王】の治療に使用した《蒼炎の再生》分である。

 故に、強化値は5万。

 二対の焔翼によって、ヴィーレは好きなステータスを強化することが出来る。

 しかし以前の《我は不死鳥の騎士為り》とは違うところが一点。

 

 

 ――焔翼の火力を調整することで、加算する強化値をいつでも好きなステータスへ自在に変更する(・・・・・・・)ことが出来る(・・・・・・)

 

 

 厳しい条件に縛られた欠点を打ち消すほどの利点。

 『不死鳥の魔人』と化したヴィーレは焔翼による飛行能力を。5万と言う決して小さくない強化値を好きなステータスに振り分けて戦うことが出来る。

 そしてそれは騎乗状態での紅鉄の鎖も同じ。

 ヴィーレは加算できる値を四本の紅鉄の鎖――焔翼と同じ数に割り当て、決めた部位に巻き付けることでステータスを強化するように決めていた。

 

 ――右腕に巻けば、STRを。

 ――左腕に巻けば、ENDを。

 ――両足に巻けば、AGIを。

 

 紅鉄の鎖を一本巻くごとに、そのステータスは『12500』加算される。

 消費したMP&SPにも影響するが、貧弱なヴィーレ自身を強化できる……まさに融合スキルに相応しいスキルだ。

 しかし、同時に疑問も浮かぶ。

 四本の紅鉄の鎖を右腕に――STRを5万加算したとして、はたして【ペイルライダー】を殴り飛ばせるのか?

 と言う疑問だ。

 その疑問に関してはたった一言、この回答で答えが導き出すことが出来る。

 

 ――前代【騎神】、カロン・ライダーと同じ現象が起きている。

 

 と。

 融合スキルによって種族が悪魔に変化してしまったヴィーレ。

 《騎乗》した際は騎獣へと掛かる《一騎当神》の判定が、独りの時はヴィーレ自身へと掛かってしまったのだ。

 それはまるでバグ。

 同時に正しく【騎神】の奥義の効果。

 《騎乗》していないヴィーレの全ステータスは10倍化される。

 

 故に、《騎乗》中は超音速機動で駆けまわる神速の騎兵に。

 独りの時は莫大なステータスを持つ不死鳥の魔人になっていた。

 

 それこそ今ならば単騎で『伝説級』<UBM>と戦ったとしても遅れは取らないだろう。

 しかし――【ペイルライダー】を相手に油断は出来ない。

 感慨に耽る暇も無くすぐさまアレウスへと駆け寄り、再びその背に駆け乗った。

 視線は殴り飛ばした【ペイルライダー】へ。

 糸を張りつめるように全神経を研ぎ澄ましていく。

 そして……。

 

 

 「――さっきので倒せるとも思ってないけど……流石にそんなにピンピンされると傷つくね」

 

 

 物理ダメージが効かない事は分かっていた。

 だが、何事も無かったように立ち上がった【ペイルライダー】の姿に。

 低くないSTRの拳を受け、僅かに冑を歪ませた程度しか外傷の無い姿に顔を顰めた。

 いや、その僅かな歪みさえ消えていく。

 アンデット特有の《自己再生》能力で、次第に魔鎧の歪みも復元されていき、

 

 

 『BURUUUUUuuuuッ!!』

 「――ッ」

 

 

 背後から回転しながら飛翔してきた紫紺の長剣がヴィーレの横を通り、【ペイルライダー】の右手へと吸い込まれていった。

 紫紺の長剣も含め、超級職素体のアンデットの【デュラハン】。

 長剣は武具であり、【冥神騎 ペイルライダー】の意志で程度自由に操ることが出来るのだろう。

 先ほど初めて見せた《再生能力》。

 念力にも似た《ポルターガイスト》。

 

 ……底が見えない。

 

 ヴィーレが一度、仮死(デスペナルティ)状態に陥ってから『神話級』の等級(ランク)へと至った【冥神騎 ペイルライダー】はもはやアンデットとしては最強格のモンスターだ。

 《魂食い》と《死屍累々》の強化によって辿り着く。

 <UBM>としての等級の頂。

 誰も止めることも、倒すことも叶わない程強くなった【ペイルライダー】を一目見てヴィーレは既に理解していた。

 

 

 「……もう今の私でも勝てない」

 

 

 ……と。

 元よりヴィーレは短期決戦のジョブである【騎兵】。

 日頃から貯めこんだリソースを吐き出して戦う。

 持久戦には向いていない、強力な火力の一撃で倒すスタイルだ。

 故に、5分というタイムリミットがある《天つ暁星の転生者》を発動した以上、一撃で【ペイルライダー】の桁違いのHPを削ることが出来ないヴィーレに勝ち目は消えていた。

 それが例え、対等に戦えるステータスを手に入れたとしても。

 

 

 『……ァ、ァァァア』

 『GARURURURUuuuuuuu~~ッ!!』

 

 

 故に、動かなかった。

 瓦礫から這い出る【ペイルライダー】の動きは大きな隙そのもの。

 『不可視の手綱』でアストラル体の巨黒狼を召喚するまでならヴィーレのほうが優位に立てるはずなのに……だ。

 

 

 「貴方が【冥魂騎】のままだったら……強化する前だったら、本当に打つ手がなかった」

 

 

 しかしヴィーレは落ち着いた様子そのものだった。

 そして、その言葉はまるで【ペイルライダー】に対して打つ手があると言うような。最後の手段があるような言い方だった。

 

 

 「【ペイルライダー】、私は貴方には“勝てない”――だけど“殺す”手札は持ってるよ(・・・・・)

 

 

 十万以上のSTRの拳を受けて僅かに凹む程度の防御力と硬さ、《物理攻撃耐性》や《魔法攻撃耐性》、《火炎耐性》等の堅硬な魔鎧。

 その魔鎧に守られた《物理攻撃無効》を持つアストラル体。

 一撃でも食らえば触れた部位から消し飛び、仮にダメージを与えたとしても《自己再生》で回復する。

 そんな【冥神騎 ペイルライダー】を。

 不死身の化け物を“殺せる”と、ヴィーレはそう言い切った。

 

 腰ベルトに装備されたソレ(・・)……に触れながら。

 

 

 「――貴方が唯の不死者(【冥骸騎】)ではなく、怨念を身に纏い、生者を殺すだけの怪物(アンデット)に成り果てたと言うのなら…………私は貴方を殺して見せる」

 

 

 ――【万死慈聖 アズラーイール】を握りながら、そう断言した。

 

 ソレはかつて<レジェンダリア>でヴィーレが倒した(救った)『伝説級』<UBM>。

 全てを殺す――【殺戮熾天 アズラーイール】の特典武具である。

 黒い鞘に収まった純白のスティレットを左手に、眼前に構え、

 

 

 「神に成り上がり(・・・・・・・)アンデットに成(・・・・・・・)り下がった(・・・・・)……それが貴方の敗因だよ――【冥神騎 ペイルライダー】」

 

 

 《魂食い》で大量の怨念に染まった魂を吸収しなければ、この手は使えなかった……と。

 ヴィーレはそう告げ、【アズラーイール】の切っ先を【ペイルライダー】へと向けた。

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアアアアッ!!』

 『WHAOOOoooooooo~~~Nッ!!』

 

 

 そして、ソレに一番反応を示したのは他でも無い――【ペイルライダー】だった。

 当たり前だ。

 必然の摂理だ。

 【冥神騎 ペイルライダー】は直観的に、本能的にソレが何か知っている。

 

 唯一、自身を殺しうる――完全にメタっている武器なのだから。

 

 【アズラーイール】の性質そのものが【ペイルライダー】と真逆に位置するものなのだ。

 誰が決めたかも分からないが<UBM>には“テーマ”が存在する。

 例えば、『成長』がテーマとされた【魔樹妖花 アドーニア】。

 『暴風』がテーマとされた【嵐竜王 ドラグハリケーン】。

 さまざまなテーマや性質、姿などの<UBM>は今この瞬間も討伐され、そして生まれている。

 それこそ星の数ほど存在する<UBM>の中で、【アズラーイール】と【ペイルライダー】のテーマの立ち位置は奇妙な運命のようにも感じられた。

 

 ――『殺戮』がテーマとされた『天使』の【殺戮熾天 アズラーイール】。

 

 ――『不死』がテーマとされた『アンデット』の【冥神騎 ペイルライダー】。

 

 全てに『死』を与える<UBM>。

 死を拒否し黄泉返った<UBM>。

 結果的にとった行動は同じだが、過程は真逆。

 もし仮に、【ペイルライダー】に自我があったのならば、何故ヴィーレに不思議な程の危機感を感じていたのか腑に落ちたことだろう。

 ……故に。

 

 

 『――~~~~~~~アッ』

 

 

 【ペイルライダー】は何かに突き動かされるようにヴィーレへと駆けだしていた。

 その速度は今までで一番速い。

 『目の前の生者を今すぐ殺す』――【ペイルライダー】の中で渦巻く怨念が一つの目的に一致した故に全力だ。

 床が割れる。

 巨黒狼が咆哮する。

 紫紺の長剣が唸りを上げる。

 

 しかし……その刃がヴィーレへ届くよりも速く、そのスキルは告げられた。

 

 

 

 

 

 「――《怨念燃炎》」

 

 

 その瞬間、【ペイルライダー】は怨念の炎に包まれた。

 黒く、そして禍々しい紫紺の劫火。

 怨念の炎は魔鎧の《火炎耐性》に引っ掛からない。

 魔鎧の内部の本体から発火し、その膨大なHPを焼き尽くす勢いで減らしていく。

 

 【解体王】に無惨に《解体》されて殺された400名以上の怨念。

 その怨念の炎はまるで報われなかった魂達を。

 悲しみに鳴き、怒号を響かせる無念を功能(くのう)するように、火葬の劫火となって焼き尽くしたのだった。

 

 そして――魔鎧の隙間から噴き出した炎は何かに導かれるようにヴィーレへと集まり、《火炎増畜》によって吸収されていく。

 

 

 「……これで、終わり」

 

 

 声にもならない悲鳴を響かせる【ペイルライダー】。

 

 アストラル体の巨黒狼は炎に焼かれ掻き消え。

 黒狼の騎士は動くことも出来ずに倒れ伏し。

 振り上げられていた紫紺の長剣は力を失い、見当違いの方向へと飛んでいく。

 

 アンデットにとって炎は聖属性に次ぐ大きな弱点だ。

 それは『神話級』<UBM>である【ペイルライダー】だろうと変わりはしない。

 これ以上、もう何も出来ないだろう――炎に焼かれる姿を見降ろしながらヴィーレはポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――【冥神騎 ペイルライダー】の虚ろな眼孔に、消えることなく揺らめいた青白い炎に気が付かずに。

 飛んで行った紫(・・・・・・・)紺の長剣(・・・・)

 その行方をヴィーレが知る由も無く。

 そして……。

 

 

 「――え?」

 

 

 “風前の灯火”が掻き消えた。

 同時にその死を祝福するかのように、黒狼の騎士はその牙を開き大咆哮を響かせた。

 

 

 『――ァァァァァアアアアアアアア~~~ッ!!』

 

 

 それはポルターガイストによる最後の抵抗。

 それは《魂食い》による強化。

 それは《死屍累々》による逆転に次ぐ逆転。

 

 それは――。

 

 

 「シアン、さん?」

 

 

 死を否定する、復活と憤怒の咆哮である。

 

 

 

 

 




予想以上に長くなったので二話に分けます~。


(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)》:
 デスペナルティ判定と共に一定のMP&SPを消費し、<エンブリオ>と融合、転生する。
 尚、種族を“悪魔”へと変化。
 一回の戦闘で消費したSP&MPの値÷10、一部の素のステータスを引き上げる焔翼。もしくは紅鉄の鎖を生成する。
 融合可能リミットは5分。
 アクティブ・パッシブスキル。

 ステータスの引き上げは自由に変更可能で紅鉄の鎖の数は四本。
 
 


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第34話 義行は死して道を示す

 □【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 凄まじい大咆哮に鼓膜が破れ、咄嗟に塞いだ耳から血が滴り落ちた。

 音爆弾とも言って過言ではない。

 大咆哮の衝撃波は周囲の瓦礫を砕き割り、【ペイルライダー】を中心に空気ごと砂塵を吹き飛ばす。

 ヴィーレはそんな突如、《魂食い》を。

 《死屍累々》を発動させ、今も怨念の炎に焼かれ続けながら強化されていく【ペイルライダー】を、身体を丸めるように防御の態勢を取りながら見ていた。

 

 ――炎に焼かれ、ボロボロになった黒狼の魔鎧。

 ――かなりのダメージを受けたのか、地面に着いたままの膝。

 ――そして……そんな【ペイルライダー】へと収束していく黒い靄。

 

 ヴィーレはそんな完全に致死ダメージを受けたはずの【ペイルライダー】に、【義賊王】の死に言葉を紡ぐことも出来ずに口を閉じ……声にもならない声を漏らした。

 

 

 「~~ッ」

 

 

 決して油断があった訳ではない。

 むしろヴィーレはこれまでに此処まで警戒したことが無い程に、緊張の糸を張り巡らせていたのだから。

 だが……それ以上に予測不可能。

 阻止不可能だったのだ。

 

 誰が予想出来ただろう?

 一度は【義賊王】にとどめを刺すことを放棄し、ヴィーレとの戦闘を優先した【ペイルライダー】が今この状況でシアンディールを殺そうと動くと。

 

 誰が想像出来ただろう?

 怨念の劫火に焼かれ、今に討伐されても可笑しくない瀕死の状態で紫紺の長剣を操って攻撃するなど。

 

 【ペイルライダー】の討伐より【義賊王】の治癒を優先すればこんな事にはならなかったかもしれないが……それもまた叶わない。

 後の祭りだ。

 密室である<地下墳墓>から【義賊王】を連れ出すことも出来ない。

 同時に《ソウル・ドミネーター》の浸食も既に時間の問題、助けるためには出来るだけ早く【ペイルライダー】を討伐し、《怨念燃炎》から回収したMP&SPで治療するしかなかったのだから。

 ヴィーレの取った行動は絶対に最善の策だった。

 シアンディールを助けられる最速の策だった。 

 だが……それでもっ!!

 

 

 「――何でッ!!」

 

 

 ヴィーレは鋭い裂帛と共に手綱を引いた。

 

 

 「私は……シアンさんを助けたかったッ! 生きていて欲しかったんだッ!!」

 

 

 ヴィーレの姿が霞んで消える。

 正真正銘、全身全霊、全速力。

 《天つ暁星の転生者》によって“不死鳥の魔人”へと転生を果たしたヴィーレにとって初めての全力だ。

 まさに最速。

 右腕に巻かれた四本の紅鉄の鎖はヴィーレのSTRに5万も加算。

 更に裂帛と共に発動した《魔獣咆哮》によって、アレウスのスピードも加速していく。

 

 

 「――ハァッ!!」

 

 

 ――神速の一撃だ。

 

 一瞬で最大速度まで達したアレウスのスピード。

 その突進を、騎獣を召喚することが出来ずに膝を着いていた【ペイルライダー】は避けられない。

 紫紺の長剣を手放し、無手の状態では【ミラーズ・ベイ】の一撃を防げない。

 息を飲む間もない。

 次の瞬間、【ペイルライダー】に大きな影が落ち、

 

 

 『BURUUUUUUuuuuuーーッ!!』

 

 

 【ミスリル】をも踏み砕く、アレウスの剛脚が振り下ろされた。

 

 

 『――ァ、ア~~~~ッ』

 

 

 しかし両腕を掲げ、防御の態勢に入っていた【ペイルライダー】によって防がれる。

 轟音と共に地面が陥没し、深々としたクレーターを作った。

 元々【アダマンタイト】で作られ、<UBM>となって神話級金属にまで強化され黒狼の魔鎧を踏み砕くことは出来ない。

 ……だが無傷では無い。

 《一騎当神》諸々によって強化された踏み付けは、その表装を僅かに凹ませた。

 そして……地面にめり込み身動きの取れない【ペイルライダー】。

 黒狼の魔鎧が居た場所を深緑の残像が通過し、その姿は舞い上がった砂塵の中から一瞬で消え去った。

 なんて事はない。

 

 ――ステータス任せに薙ぎ払われた【ミラーズ・ベイ】によって弾け飛んだのだ。

 

 ぐるぐる、と、乱回転しながら勢いよく飛ぶ黒い塊。

 【ペイルライダー】は自身の回転を止めようと当てずっぽうに何かへ手を伸ばすが……掴めない。高過ぎたステータスは触れた瓦礫を簡単に粉砕してしまったのだから。

 止まることも出来ず、なすすべなく【ペイルライダー】はそのまま岩盤の壁へと叩きつけられた。

 だが……。

 

 

 「――まだっ!!」

 

 

 だが、ヴィーレの猛攻は止まらない。

 【ペイルライダー】が壁へと叩きつけられた、次の瞬間に見たもの。

 それは――砂煙を突き破って迫りくる紅の雨(焔矢)だった。

 5本や6本ではない。

 それこそ視界を埋め尽くすほどの凄まじい数の焔の鋭矢が。

 強弓で放たれたその焔矢は、進行上にあった瓦礫を穿ち……止まることなく瓦礫を焼き溶かしながら突き進んでいく。

 もはや障害物など関係ない。

 紅の流星群は闇を突き破り、切り裂き、【ペイルライダー】へと迫り、

 

 

 『――ァァァァアアアアアアアーーッ!!』

 

 

 絶叫と共に渦巻いた宙に漂っていた黒い靄によって、全ての焔矢が弾き落とされた。

 それは小さな暴嵐。

 ヴィーレの大量のMPを注ぎ込み、放った焔矢の脅威を感じ取った【ペイルライダー】の本能的な行動だった。

 半分以上のHPを削られ、怨念の炎に内側から焼却された黒狼の魔鎧。

 その防御力は未だ健全だが、万が一の可能性もある。

 自我の無い【ペイルライダー】が偶然にも取った最善の選択肢である。

 そして……。

 

 

 『ァァァァアア、ア――――?』

 

 

 ヴィーレの怒涛の攻撃によって取らされた、最悪の選択肢(・・・・・・)でもある。

 

 アンデット故に痛みを感じない【ペイルライダー】は少し遅れてソレに気が付いた。

 《ソウル・ドミネーター》の黒い靄による暴嵐壁。

 その壁を突き破り、自身の魔鎧を貫き刺さった一本の深緑の長槍に。

 僅かに暴嵐壁越しに見えた――“蛍火(ほたるび)”に。

 それは弾き落とされた焔矢から発生した、超極小に圧縮された紅焔の塊だ。

 辺りを明るく照らすほどの大量の蛍火は、渦巻く黒い靄に吹き飛ばされながらも【ミラーズ・ベイ】が穿った穴から【ペイルライダー】の元へと吸い込まれていく。

 

 

 『――~~~~ッ!!?』

 

 

 ――戦慄。

 

 もし仮に、【ペイルライダー】に感情というものがあったなら、今まさにそれを感じていることだろう。

 しかし、本能に従うままに。

 【ペイルライダー】は危機感に突き動かされるように、自身に突き刺さった【ミラーズ・ベイ】を抜こうとし、

 

 

 「――咲け」

 

 

 小さく発せられた言葉。

 誰にも聞こえることは無いヴィーレの声と共に――――爆ぜた(・・・)

 

 それはまるで……“紅蓮の薔薇”。

 

 深緑の【ミラーズ・ベイ】を伝い、漂っていた蛍火が解放され、圧縮されていた紅焔が黒い靄ごと【ペイルライダー】を焼き払ったのだ。

 凄まじい火力。

 一目見れば確信できる……上位純竜だろうと確実に致命傷になる劫火が一瞬で辺りをマグマに変え、【ペイルライダー】を襲った。

 

 閉鎖された<地下墳墓>だからより強烈になっただろう爆風。

 大量のMPを込められた劫火が周囲の岩壁を融解させ、発生した熱風が吹き付けヴィーレの頬を撫でる。

 砂塵も、黒い靄すらも蒸発して消える。

 そして吹き荒れた爆風が容赦なくヴィーレを叩き、炎の紅の髪をなびかせた。

 

 

 「……」

 『BURURURURUUUUuuuuu……』

 

 

 そんな様子をヴィーレはジッと見つめていた。

 思わず目を瞑りたくなるほどの熱風に動じもしない。

 最高潮にまで張りつめられた警戒を解くこと無く、真っ赤になって焼け溶けた一角をただひたすら睨みつける。

 それは分かっているからだ。

 先程の劫火で【ペイルライダー】を倒しきれていない、と。

 

 ――<UBM>討伐アナウンスが無いから……ではない。

 

 積み重ねられた経験は、勘を確信に変えるように。

 不死鳥の魔人と化したヴィーレはより鮮明に感じ取れる焔撃の手ごたえから倒しきれていない事を感じ取っていた、そして――。

 

 

 『WHAOOoooooooooo~~Nッ!!』

 

 

 その勘を肯定するかのように、巨黒狼の遠吠えが<地下墳墓>に響き渡った。

 同時に燃え盛っていた焔が陽炎のように揺らめき、

 

 

 「――ッ、アレウス!!」

 『BURURUUッ!!』

 

 

 光線の如きスピードと威力を秘めた【ミラーズ・ベイ】が投擲された。

 唯の投槍。

 しかし、それも【ペイルライダー】の怪力をかえせば必殺の一撃となる。

 【ミラーズ・ベイ】は咄嗟に右へと避けたヴィーレの頭を掠め、焔の髪のポニーテールを半ばから裁断した。

 斬り飛ばされた一房の髪が宙で火の粉となって燃え尽きる。

 短くなった髪に【アドーニア】の髪留めが外れ、風にショートヘアが乱れる。

 髪は女の命とはよく言うが…………今はそれすらも気に止める余裕はない。

 

 (……さっきまでよりも速いっ!)

 

 目の前には、既にアストラル体の巨黒狼に騎乗した【ペイルライダー】が迫っていたのだから。

 大きく真横へと伸ばした右腕。

 しかし、その右手には何も握られていない。

 

 ――それはまるでラリアットのような。

 ――まるで見えない剣でも握っているような。

 

 一瞬だが疑問を抱いてしまう程度には不思議な構えだった。

 だが、ヴィーレのするべきことに変わりはない。

 

 

 「合わせて、アレウス」

 

 

 握っていた手綱を放し、焔弓を番えた。

 《紅焔の神舞》で圧縮された焔を纏わせた複数の矢。

 そして《騎乗》状態で使用可能な《クリムゾン・レンジゼロ》なら、おそらく【ペイルライダー】の黒狼の魔鎧も撃ち抜けるだろう。

 最大火力は触れる程近づいた瞬間。

 ヴィーレは照準を【ペイルライダー】の頭へ、力の限り弦を引き絞り――。

 

 

 

 

 

 「――ッ!?」

 

 

 《危険察知》が脳内で大警鐘を打ち鳴(・・・・・・・)らした(・・・)

 

 同時にヴィーレの思考も死ぬ間際のように。

 走馬燈を見るように超加速する。

 【ペイルライダー】は目の前。

 ただ弾丸のように迫りくるだけで、特に可笑しな攻撃を仕掛けようとしているようにも見えない。

 

 つまり……それが答えだ。

 

 

 「――伏せてッ!!」

 『BURUッ!??』

 

 

 声を荒げ、投げ捨てるように放った複数の焔の矢。

 同時にアレウスの頭を無理やり下へと抑え込み、ヴィーレ自身もアレウスにピッタリとくっつくように身体を伏せる。

 その選択と行動、そしてソレが頭上を通過したのは僅かな時間差だった。

  

 ――焔の明かりを反射した紫紺の光。

 

 右腕に巻いた紅鉄の鎖に、回転しながら飛翔した紫紺の長剣が映り込んだのは同時だったのだ。

 【ペイルライダー】は《ポルターガイスト》のように紫紺の長剣を操ることが出来る。

 故に、視角外から。

 前方から【ペイルライダー】自身が。

 背後からは紫紺の長剣を引き寄せることで作り出された不意打ちであり、二段攻撃を仕掛けてきたのである。

 

 気が付けたことが。避けられたことが奇跡。

 つい先ほど、【義賊王】の命を絶ったのと同じ攻撃だったからこそ避けられた奇跡だ。

 だが……気を抜くのはまだ早い。

 これは二段攻撃。

 

 

 

 

 

 ――先ほど、見えない剣を握(・・・・・・・)ったような態勢(・・・・・・・)で迫り来た【ペイルライダー】の真意を汲み取ったならば。

 

 

 

 

 

 『GARURURUUuuuuGAAAaaa!!』

 『――ッ!』

 

 

 ぐるぐると回転し飛翔した紫紺の長剣。

 ソレはまるで決定事項のように……当たり前にように【ペイルライダー】の右手へと吸い込まれ、ピタリと収まった。

 そして……。

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアアアーーッ!!』

 

 

 ――――紫紺の長剣は水平に、真っ直ぐとヴィーレへと目掛けて振り払われた。

 

 

 「――」

 

 

 加速する。

 見開かれたヴィーレの金色の瞳に映った紫紺の刀身。

 【ミラーズ・ベイ】は傍には無く、避けることも叶わない。

 触れれば即死の破剣を防ぐすべはヴィーレには無い。

 吸い込まれるように迫る『死』を目の前にヴィーレはただ見つめることしか出来ず、何かを諦めるようにそっと瞼を閉じ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『BURURURUUUUUUUUuuuuu~~ッ!!』

 

 

 ――視界に映り込んだ激しい火花に目を見開いた。

 

 激しい躍動。

 酷使しした身体に走る痛み。

 吐き出した息。

 

 それら全てがヴィーレが生きていることを証明する。

 そして、そんなヴィーレを救ったのは他でも無い、アレウスの二本の刃角だった。

 振り払われた破剣へと真正面からぶつかり合った刃角が、紫紺の長剣を受け止めて見せたのだ。

 

 それは今宵、三度目の押し相撲。

 

 互いの命を懸けた、決死の力比べ。

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアッ!!』

 『BURUuuuuuuuuuッ!!』

 

 

 互いがぶつかり合った衝撃波で地面が割れた。

 形ある物体が塵芥に消え、漆黒と紫紺が拮抗する。

 手を出し、触れてしまえばそれだけで消し飛んでしまいそうな……あまりにも激しい衝撃に、周囲の物体が引き寄せられては砕ける不思議な力場を発生させる程の二体の力比べがそこにあった。

 そして……数秒後、その拮抗は破られた。

 

 

 『BURURURUuuuu!??』

 

 

 アレウスの刃角の一本に罅が入る(・・・・)

 と、いう形で拮抗は破られた。

 勝敗の分け目はたった一つ――『END(硬さ)』の差。

 【ペイルライダー】の一部として《死屍累々》で強化された紫紺の長剣が、アレウスの《一騎当神》による硬さを上回ったのだ。

 

 ピキ、パキリ――と。

 走った罅はより大きく、深くなる。

 

 バキンッ!! と。

 片方の刃角が砕け、粉々となって地面に落ちる。

 

 一本目が折れてしまえば二本目も速い。

 直ぐに二本目の刃角にも、白い罅が走り。

 

 

 

 ――砕け散った(・・・・・)

 

 

 

 『――ァ、ア?』

 「――私はッ、負けるわけにはいかないんだァッ!!」

 

 

 下から巻き上げるように叩き込まれたヴィーレの拳の追撃によって、紫紺の刀身が砕(・・・・・・・)け散った(・・・・)

 これは【ペイルライダー】とアレウスの戦いではない。

 アレウスとヴィーレ、1体と1人……人馬一体の戦い。

 ヴィーレの力も含めて全力を出し切ったと言える押し相撲。

 

 勝敗の結果は、もはや語るまでも無い。

 

 

 「ハァァァァアアアアアアッ!!」

 『BURUUUUUUUUUuuuuuuuuuッ!!』

 

 

 次の瞬間、【冥神騎 ペイルライダー】の身体は吹き飛んでいた。

 決して1人では。

 1体では1勝ちをつかみ取ることは出来なかった押し相撲。

 しかし、ぶつかり合う直前にヴィーレの放った焔の矢によって【ペイルライダー】の勢いが減速したことによって。アレウスの怪力によってつかみ取ったヴィーレとアレウスの勝利だ。

 

 

 「――――ッハ、ハァ……ハァ……」

 

 

 吐き出した熱のこもった呼吸。

 ヴィーレは少しの安堵と、そしてそれ以上の危機感に、荒い息を吐きながら吹き飛んでいった【ペイルライダー】を見た。

 一つ一つの戦闘が、一瞬でも気を抜けば死ぬ修羅場だ。

 そんな戦場で【ペイルライダー】を相手に戦えているヴィーレは流石【騎神】に就くことだけはある、と、褒めるべきなのだろう。

 しかし……たった一撃、数度の攻防。

 その戦闘でヴィーレが失うモノはあまりにも大きく多く、そして【ペイルライダー】が失うモノはあまりにも少なすぎた。

 

 押し相撲には勝った。

 焔の矢で多少のダメージは与えた。

 

 しかし……その結果は【ペイルライダー】の膨大なHPを少しだけ削っただけ。

 対してヴィーレとアレウスは生きている故に際限なく疲労が溜まり、アレウスに関しては大切な刃角を一本失っている。

 あまりにも結果に見合わない。

 あまりにも遠すぎる【ペイルライダー】討伐への勝ち筋。

 

 

 「……はぁ……、本当にいつもだけど無謀な戦いだね」

 

 

 思わずそう呟いては苦笑するほどに。

 絶望的なほどに勝利への道は細く、薄く、今にも途切れてしまいそうな勝ち筋だった。

 

 ――タイムリミットまで、残り約3分。

 

 ――今にも気を失ってしまいそうな程に連続の戦闘で積み重なった疲労。

 

 ――残りのMPとSPを全て紅焔に変え、全て本体へぶつけることで勝てるだろう敵のHP。

 

 どんな無理ゲーか。

 糞ゲーと言っても間違いではない戦い。

 しかし……。

 

 

 「――勝つよ、アレウス」

 『BURUuu……』

 

 

 絶対に諦めるわけにはいかない。

 ヴィーレは壁に突き刺さった【ミラーズ・ベイ】を抜き、右手に持ちながら【ペイルライダー】へと向き直った。

 ここで戦うことを諦める。

 それはヴィーレ自身の信念を。

 ヴィーレに全てを託し、命を削り死んでいったシアンディールへの冒涜になるから。

 

 

 『――』

 「……」

 

 

 睨み合う【ペイルライダー】とヴィーレ。

 二騎の騎兵は今、決着を付けようと互いに駆けだし――――そして、

 

 

 

 

 

 『――ァ』

 「――え?」

 

 

 ――<地下墳墓>へと濁流の如く流れ込んだ『怨念の塊(・・・・)』に飲み込まれたのだった。

 

 

 

 

 

 □【技纏伸縮(ぎてんしんしゅく) ユルング】について

 

 

 【技纏伸縮 ユルング】はかつて【義賊王】が討伐した【招召骨蛇 ユルング】の『逸話級』<UBM>の特典武具だ。 

 それは昔、“氷冷都市”<グランドル>近くの砂漠で猛威を――天災と言う名の自然災害を呼び込む能力を持った【ボーンサーペント】の変異種。

 ステータスでは【リトルゴブリン】にすら劣る、固有スキルに特化したモンスターだった。

 

 冗談などでは無く、あまりにも弱い。

 下級職をカンストしてないなティアンですら勝つことが出来る程、【ユルング】は貧弱だった。

 加えて保有スキルはたった一つ。

 唯一のスキルであり、【ユルング】を<UBM>足らしめたスキル。

 

 ――《カラミティー・ダイス》。

 

 空中の『魔力』に干渉し、自然災害を巻き起こす固有スキルを持っていた。

 雷雨を。

 砂嵐を。

 熱波を。

 ランダムに自身を中心として様々な災害を引き起こす強力無比なスキル。

 結果的に、被害が大きくなる前に決死の覚悟で討伐に乗り出した【義賊王】によって討伐されたものの、【ユルング】はその特徴を特典武具にも影濃く影響を残した。

 

 

 その影響の結果こそが、スキルの射程を延長する鎖型特典武具。

 

 

 ――『【技纏伸縮 ユルング】の鎖の先を起点として登録したスキルを使用可能』。

 ――『【技纏伸縮 ユルング】に最大、6つまでのスキルを登録可能。そして600メテル÷登録したスキルの数、鎖の伸縮を可能にする』。

 

 

 六つの面を持つダイスに因んだスキル。

 武器としての性能はそれほどでも無い……【ユルング】と同じく強力なスキルを持つ『特典武具』である。

 これこそが【義賊王】が遠距離から《ライト・オーバースナッチ》を使用できたタネ(絡繰り)

 【義賊王】は登録スキルを一つに絞ることで600メテルもの射程を延長していたのだ。

 

 

 

 

 

 ……しかし、【技纏伸縮 ユルング】の優れた点はそこではない。

 最良の点――それは登録可能なスキルが自身のスキルに(・・・・・・・)限らない点(・・・・・)

 

 【技纏伸縮 ユルング】は【義賊王】の同意さえあれば、他人のスキルの射程も延長することが可能だった。

 それは《カラミティ・ダイス》の災害が決して悪影響だけでは無い――時に氷を溶かし、<グランドル>に好天をもたらしたから。

 それは全てを敵に回しながら、住民から高い信頼を受けていた【義賊王】にアジャストした結果。

 MVP討伐者だけではない、その他の人物にも影響を与える特異な『特典武具』だった。

 

 【義賊王】自身はその特性を殆ど利用したことは無い。

 シアンディールが心を許した――信頼した相手はこれまでに全く居なかったから。

 唯一の共犯者である【魔導狙撃手】アインは元々遠距離狙撃特化、使用する必要も無かったから。

 

 

 そして――既に【義賊王】は死に、【技纏伸縮 ユルング】も管理AIの手によって回収された。

 【義賊王】の腕に巻き付いていた鎖は、既に影も形も無い。

 しかし……最初で最後。

 その特性は発揮されていたのだった。

 

 

 

 

 

 □■

 

 

 

 

 

 ソレ(怨念の塊)はシアンディールが死の間際にうった正真正銘、最後の一手だった。

 いや……正確に言えば少し違う。

 偶然、奇跡的に起こった現象。

 

 ――最後に願った、義妹(ローズマリー)へ会いたいと言う願い。

 ――全てをヴィーレに託す程の信頼と命を投げうってでも時間を稼ぎ、ヴィーレへ繋げるという決心。

 

 既に【気絶】と《ソウル・ドミネーター》によって気を失っていた【義賊王】の願い(・・)が成した必然。

 そして【技纏伸縮 ユルング】のシアンディールの意志によって操ることが出来るという特性と、破壊されながらも固有スキルを発動した結果だった。

 

 ――【技纏伸縮 ユルング】は忠実に【義賊王】の願いに応える。

 

 引き千切られ、地面に転がった小さな鎖の破片。

 その一片、一片が転がり、不思議な力に引っ張られるようにとある場所を目指したのだ。

 それはまるで死後もしばらく動き続ける蛇の如く。

 ゆっくりとその鎖を伸ばし、鎖の先を<地下墳墓>の崩れた瓦礫の下を潜らせ『地下迷宮』へと向かっていく。

 だが、目指しているのは『地下迷宮』ではない。

 目指すのは地上に建つ一つのモノ――――骸を焼却する『焼却所』とその傍らに建つ石の石碑だった。

 

 

 『ローズマリーに会いたい』――その願いによって【ユルング】は遺骨が入った瓶(・・・・・・・)がある隠れ家を辿り、魂が眠る(・・・・)石碑へと鎖を伸ばしたのだ。

 

 

 そして……二つ目の決意。

 命を投げ出し、全てをヴィーレに託す。

 

 ――【技纏伸縮 ユルング】は機能的に【義賊王】の思いに応えた。

 

 スキルの射程を延長することが出来る固有スキルを持つ【ユルング】。

 しかし……たった一つのスキル。

 唯一、登録されていた《ライト・オーバースナッチ》は、【義賊王】が右腕を失うと同時に登録も消え去っていた。

 もちろん新たにスキルを登録すれば、射程を延長する効果を発揮する。

 ……【義賊王】の意(・・・・・・・)識があれば(・・・・・)、だが。

 故に、【技纏伸縮 ユルング】は【義賊王】の最後の思いに従う。

 

 

 『ヴィーレを信頼し、全てを託す』――その思いからヴィーレの使用した《怨念燃炎》を登録し、600メテルもの距離分スキルの射程を延長した。

 

 

 そして……その奇跡の結果が今、此処にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――これはッ……シアンさん?」

 

 

 ヴィーレは突然、流れ込んできた膨大な怨念の塊に。

 【冥神騎 ペイルライダー】と自身を飲み込んだ濁流のような怨念に目を見開いていた。

 ヴィーレ自身は何もしていない。

 ましてや【ペイルライダー】もこんなことはしないだろうと断言できる。

 これほどの怨念を搔き集めても、先ほどのように《怨念燃炎》で【ペイルライダー】自身が大ダメージを受ける可能性が大きくなるだけなのだから。

 何が起きているのか、何が起こったのかも分からない謎の現象。

 

 しかし……消去法で誰が起こしたのかだけは分かった。

 どうやってこんな怨念を搔き集めたのか? 

 何処からこれほどの量を持ってきたのかは分からない――だが、これがシアンさんの死ぬ間際に起こしただろうことは理解できていた。

 ――そして。

 

 

 「――ッ!!」

 

 

 突然発火した怨念の塊に言葉にならない声を上げた。

 それは――青白い炎。

 まるで連鎖的に発火するようにヴィーレと【ペイルライダー】を飲み込んだ炎は【アズラーイール】の《怨念燃炎》と同じ、怨念の炎だったのだ。

 《怨念燃炎》は【アズラーイール】固有の装備スキル。

 【技纏伸縮 ユルング】のスキルの効果を知らないヴィーレに、何故勝手に《怨念燃炎》が発動したのかは分からない。

 だが……。

 

 

 

 

 

 ――背中を押された(・・・・・・・)ような気がした(・・・・・・・)

 

 

 背中を押した手は一つではない。

 何十、何百という手がヴィーレの小さな背中を押す。

 勇気を出せ、力を振り絞れと激励するように。

 

 

 ――『大丈夫、あと少しだよ』、と。

 

 

 ヴィーレの知らない、幼い少女の声。

 もしその声が、この怨念を発していた魂なのだとしたら、なんて綺麗な声なのだろうと。なんて温かい()なのだろう――と、ヴィーレは不思議とそんな事を思った。

 そして、背中を押す手の主たちは言うのだ。

 

 

 ――『お兄ちゃん(あいつ)を救ってあげて(やってくれ)』、と。

 

 

 幻聴などではない、ハッキリとヴィーレは確かに聞いた。

 そして……ヴィーレはその声の主たちに決して言葉を返したりはしなかった。

 言葉とは思いを伝える一つの手段だ。

 しかし、今ここで言葉を返すのは間違い以外の何でもない。

 正しき思いには、正しき思いの返し方がある。

 行動で示す、決意と思いがヴィーレにはある。

 

 

 

 

 

 「――勝負は今、此処で決めるッ!!」

 『HIHIIIiiiiiiii~~Nッ!!』

 

 

 ヴィーレが吼えた。

 同時に、周囲を漂っていた青白い炎が急速にヴィーレへと収束していく。

 スキルレベルの上がった《火焔増蓄》。

 大量の怨念による炎は、更に7倍に増加されてヴィーレの力になる。

 凄まじい程の膨大なMPだ。

 今まででもこれ程溜まったことは無いだろう。

 《紅焔の神舞》に転用すれば、それこそ【ペイルライダー】の黒狼の魔鎧など軽く焼き溶かせる火力が手には居るだろう…………が、ヴィーレは膨大なMPを《紅焔の神舞》に使用しなかった。

 その代わりにポトリ、と、黒い鞘が地面に(・・・・・・・)落ち(・・・)

 

 ――純白の刀身のスティレット(【アズラーイール】)を口に咥えた。

 

 

 

 

 

 『――ッ!!』

 

 

 その動きに一番反応したのはやはり【ペイルライダー】だった。

 【ペイルライダー】を襲った凄まじいまでの危機感。

 それは大量の怨念が流れ込んできた時よりも。

 《怨念燃炎》で討伐されかけた時よりも遥かに大きな衝撃だったのだ。

 だからだろう、【ペイルライダー】は再び同じ行動をとる。

 

 

 『――ァ、ァァァァァアアアアアアアアーー~~ッ!!』

 

 

 ――《魂食い》と《死屍累々》。

  

 幸か不幸か、ピンチとチャンスは裏表と言うべきなのか。

 【ペイルライダー】にとっての、自身を襲う危機感をかき消す一手は目の前にあった。

 

 流れ込んだ大量の怨念。

 その中に混じった数百人と言うティアンの魂。

 

 取り込めば【ペイルライダー】はこの危機を脱するほどの力を。

 もしかすれば<神話級>のその先(・・・)に辿り着くかもしれないほどの力を手にしようと、黒狼の兜の口を開け、大絶叫を<地下墳墓>へと響かせた。

 そして大量の魂は震え、【ペイルライダー】の狼口へと吸い込まれ――

 

 

 『――ァ、ア?』

 

 

 ――無かった(・・・・)

 《魂食い》どころか【冥神騎 ペイルライダー】の固有スキルである《死屍累々》すら発動しない(・・・・・)

 その代わりにとあるモノ(・・・・・)がヴィーレと【ペイルライダー】の間の地面に転がっていた。

 

 

 

 

 ――『目玉の紋様が刻まれた球体』が転がっていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇<レンソイス砂漠・上空>

 

 

 

 

 

 『これで借りは返しました、ヴィーレ・ラルテ』

 

 

 雪が降る極寒の砂漠の空。 

 いつもならば月光が<レンソイス砂漠>の白い砂へ降り注ぎ、幻想的な白銀の砂の海を作り出す……筈だが、今日はその輝きを一切失っていた。

 空を覆う厚い雲に月光が遮られているのだ。

 しかし……たった一体だけ、欠けの無い満月を眺めるモノが居た。

 カーペットのような厚い雲の上に座り、小さく独り言を漏らす<UBM>の頂点。

 

 ソレは<レンソイス砂漠>の空の主。

 ソレは空から砂漠の全てを見通す者。

 ソレは獅子の身体に大きな翼、女性の頭を持つ<UBM>。

 

 

 『神話級』<UBM>――【封儀神獣 ヒエログリフ】は空を見上げていた。

 

 

 『フフ、ですがやっぱり私の目に間違いはなかったようです』

 

 

 【封儀神獣 ヒエログリフ】は楽しそうに目を細め笑う。

 その目は真っすぐに夜空の満月へ。

 しかし、同時に別の光景を映していた。

 

 

 ――《ライジーズ・サンド》。

 

 

 それは【ヒエログリフ】の固有スキルの一つ。

 砂から自身の義眼を作り出し、操ることが出来る固有スキル。

 【ヒエログリフ】はヴィーレへと渡した『砂の義眼』から、一連の戦闘を全て眺めていたのだ。

 しかし……それだけではない。

 【ヒエログリフ】はもう一つの固有スキルも同時に発動していた。

 

 

 ――《封儀神眼》。

 

 

 【ヒエログリフ】を<神話級>足らしめた強力なスキル。

 視界に捉えた敵(・・・・・・・)のスキルを一時(・・・・・・・)的に封印する(・・・・・・)固有スキルを発動していたのだ。

 仮に<エンブリオ>のスキルだろうと。

 <UBM>の固有スキルだろうと封印できる――常識外れのスキル。

 それこそ、唯のモンスターや<マスター>程度なら、全てのスキルを封印出来る強力過ぎるスキルである。

 

 

 『これほどの化け物となると私のスキルでも一つ、二つが限界ですか……』

 

 

 それでも十分だろう、と。

 【ヒエログリフ】は夜空の星を見つめ続ける。

 スフィンクスは全てを知る――全知全能の神獣。

 【封儀神獣 ヒエログリフ】ならば、何処を根城にしようと討伐されることも無く簡単に生き抜くことが出来るだろう。

 しかし彼女は、この<レンソイス砂漠>が好きだ。

 この空から見上げる美しい星が、白銀の砂漠の光景が好きなのだ。

 故に、知性なき<UBM>によって地上が殺戮の地獄となることを【封儀神獣 ヒエログリフ】は望まない。

 だから……、

 

 

 『――これはサービスですよ?』

 

 

 【封儀神獣 ヒエログリフ】はヴィーレの雄姿を見ながら微かに微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 



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第35話 さようなら

 □■<【冥骸騎】地下墳墓>

 

 

 

 

 

 『――~ッ!』

 

 

 それは驚愕と困惑、そして焦燥の絶叫だった。

 自我も思考すらも無い、【冥神騎 ペイルライダー】にとってスキルが使用できないのは未知の出来事。

 

 何故か発動しないスキル。

 吸収できない大量の魂。

 自身を殺すことが出来る武器。

 

 それら全ての未知が【ペイルライダー】の中で激流となって渦巻いた。

 吸収された魂が呪いのような泣き声を上げ、阿鼻叫喚のオーケストラとなって共鳴する。

 生者が耳を傾ければ気が狂ってしまうだろう絶叫。

 【ペイルライダー】はそんな悲鳴を聞き…………そして、本能が訴える衝動のままに憤怒した。

 

 ――生者だ。

 

 生者の灯火(いのち)を全て消し去らなければ、【ペイルライダー】の中の叫喚は消えはしない。

 この死への恐怖は、危機感は消えはしない。

 目の前の騎兵(ヴィーレ)を殺さなくては消えはしない。

 

 

 『――ァ、ァァァァァァァァァァアアアアアアアッ!!』

 

 

 轟く絶叫。

 そして【ペイルライダー】は目の前に立つ強大な猛焔(ヴィーレ)へと走り出した。

 憤怒のままに。

 衝動のままに。

 あまりの激しい怒りの衝動に、【ペイルライダー】は怨念の炎でアストラル体の巨黒狼は消えている事にも気が付かない。

 右手に握った刃折れの紫紺の長剣をヴィーレ目掛けて勢いよく振り上げ――、

 

 

 『――ァ?』

 

 

 次の瞬間、何かが横を駆け抜けるのと同時に焼失した右手(・・・・・・)を見た。

 ――ガキィーン、と。

 握っていた筈の紫紺の長剣が後方の地面に落ち、奏でた硬い金属音に気が付いた。 

 【ペイルライダー】はそんな音に反応するように。自らの武器を追うように背後へと振り返り、

 

 ――深緑の一閃に兜(・・・・・・・)の頬を焼き切ら(・・・・・・・)れた(・・)

 

 ……おかしい。

 騎兵と言うのはその機動力が、スピードが速いほど連続した攻撃や急なUターンが出来なくなるものだ。

 それが超音速。

 超々音速機動に達したならなおさらである。

 どうしても連続攻撃をしたいのならスピードを減速する、もしくは『Type:キャッスル』や『Type:テリトリー』などの<エンブリオ>のスキルで【騎兵】の全力が出せる戦場を作り出すしかない。

 

 しかし……やはりそれでも有り得ない。

 《一騎当神》によって加速したアレウスよりも高いAGIを持つ【ペイルライダー】が視認できな程の超速の攻撃。

 加えて、駆け抜けた方向からの連続攻撃。

 それこそ【騎兵】の常識を逸脱している。

 普通ならば……そう、普通ならば駆け抜けた後は大きく迂回し、再び攻撃するはずなのだ。

 それなのにヴィーレは――【騎神(ザ・ライダー)】は、

 

 

 

 

 

 ――『超々音速機動で駆け抜け、間髪を入れずに駆け抜けた方向から攻撃してきた』

 

 

 

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアア!!』

 『WHAOOOOOoooooo~~Nッ!』

 

 

 気が付けば【ペイルライダー】はヴィーレから逃げるように、巨黒狼を召喚し、<地下墳墓>内を駆けていた。

 互いに同程度のAGI。

 鋼鉄をも踏み砕くSTR。

 二騎の騎兵が駆ける度に、地面を揺るがすような轟音と振動と共に<地下墳墓>が瓦解していく。

 【ペイルライダー】は疾走中に刃折れの紫紺の長剣を《ポルターガイスト》で操り、黒い靄を竜巻のように纏わせて飛ばす。

 ヴィーレは片手に握った深緑の長槍を片手に、卓越した騎乗技術で立ち回る。 

 

 ――紫紺の長剣、【ミラーズ・ベイ】で迎撃。

 ――吹き荒れる紅焔、黒い靄で防御と回避。

 ――そして……超々音速機動でぶつかり合う。

 

 一撃でも正面から食らえば即、デスペナルティ。

 打ち合っては駆け、そしてまたぶつかり合う。

 ヴィーレと【ペイルライダー】の戦いは時間が経過するごとに、熱を帯びるように加速していく。

 ――そして。

 

 

 『――ッ』

 

 

 【ペイルライダー】の左足が焼け落ち(・・・・・・・)()

 突然、超々音速機動で直角に曲がり、【ミラーズ・ベイ】を薙ぎ払ったヴィーレによって斬り落とされたのだ。

 そして、同時に見た。

 馬鹿らしい。

 信じられない。

 理屈は理解できても、絶対に実行しようとも思えない行為を実行している【騎神】の姿を。

 

 

 ――二本の紅鉄の鎖を地面へと突き立て、ブレーキをかけて急旋回した姿を。

 

 

 言葉で表すのは容易いが……それはあまりにも非常識な行為だ。

 少しでも間違えば身体がバラバラに引き千切られ、即デスペナルティになっても可笑しくない絶技だ。

 それは例えるのなら、数百キロで走行中のバイクから地面に足を突き出し、無理やりブレーキをかけながら曲がるようなもの。

 列車を足で止めようとするものである。

 いや……少しでも間違えばと言ったが、それも違う。

 

 ――実行不可能。

 

 実行すれば、間違いなくヴィーレの身体は反動に耐え切れず引きちぎれる。

 騎獣であるアレウスもその負荷に耐え切れず、【部位骨折】になるだろう。

 そもそもそんな事をすれば《騎乗》状態を維持できずに、ヴィーレは宙へと投げ出されてしまうはずだ。

 ……だがっ!!

 

 

 「――《紅鎖の翼(タラリア)》」

 ヴィーレは成した。

 

 

 そして、止まらない。

 ヴィーレは更に切り返(反転)し、超加速しながら振るった深緑の長槍が【ペイルライダー】の魔鎧を掠める。

 AGIで勝っているはずの【ペイルライダー】も何故かその攻撃を避けられない。

 【騎兵】にあるまじき怒涛の連続攻撃。

 あれほど絶望的なまでな強さを誇っていた【冥神騎 ペイルライダー】を圧倒する。

 強力な固有スキルを封じ、黒死の疫病を焼き尽くし、圧倒的なステータスに並んだヴィーレ。

 こうなってしまえば、卓越した技量を持つヴィーレが。

 ただの衝動ではない、覚悟と使命。決して曲げられぬ信念を心に宿すヴィーレに負ける要素は何一つとして有りはしなかった。

 そう……戦場はもはや、ヴィーレの独壇場と化していた。

 

 ――この土壇場で、【騎神】としての新たなオリジナル《騎乗》スキルを生み出すほどに。

 

 

 「――フッ!!」

 『HIHIIIIiiiiii~~Nッ!!』

 

 

 掛け声と共に、勢いよく引いた手綱。

 左手に握った手綱から伝わってくるのは、手綱の先が岩盤に繋がっているのではないかと思わせる程の重たく、そしてビクともしない硬い感触。

 しかし、その手綱を介してヴィーレの意志はアレウスへと伝わる。

 

 ――『加速しろ』、と。

 

 大きな嘶き。

 鼻から荒い鼻息を噴き出し、アレウスは背後に引かれた手綱に逆らうように。

 前へ、前へと猛進するように、その豪脚で地面を踏みしめた。

 そして……、

 

 

 「――」

 

 

 ……ヴィーレはほんの僅か。

 ほんの一瞬、《騎乗》スキルの判定が切れる程度その身体を宙に浮かせた。

 

 同時に、身体を襲う凄まじい程の衝撃。

 ヴィーレの四肢にそれぞれ一本ずづ巻かれた『紅鉄の鎖』。

 その足に巻かれた二本の鎖が地面へと突き立てられ、まるでブレーキのようにヴィーレの身体を背後へと引き留めていたのだ。

 

 それは、まさしく先ほど例に出した「走行中のバイクを足で止める」ような行為。

 

 ――左手には、猛進するアレウスと連結した手綱(アクセル)

 ――両足には、ガッチリと地面に繋がれた二本の紅鉄の鎖(ブレーキ)

 

 次の瞬間、貧弱なヴィーレの身体は千切れ飛ぶ光景を幻視してしまうが……そんな事は起こりえない。

 《騎乗》中の騎獣の全ステータスを十倍化する《一騎当神》やその他諸々のスキル。その全てが『不死鳥の魔人』であるヴィーレに掛かっているのだから。

 両足が圧し折れ、左腕が外れる。

 しかし次の瞬間、アレウスは確かに静止していた。

 そして…………静止しているの(・・・・・・・)ならば(・・・)方向転換は容易(・・・・・・・)()

 

 

 「アレウスッ」

 『BURURUUUuuu』

 

 

 その方向転換は直角――を超え、鋭角へ。

 普通の【騎兵】では取ることは不可能な機動変更を可能にする。

 

 同時に再びアレウスへと《騎乗》し、本来取りえない機動変更で【ペイルライダー】へと連続攻撃を仕掛けた。

 攻撃を仕掛けるヴィーレとアレウスには既に先ほどの負荷による負傷は見られない。

 何故か……と、問うのは愚問だ。

 ヴィーレには【焔神廻鳥 フェニックス】のスキルである《蒼焔の誕生》があるのだから。

 【部位骨折】程度一秒も掛からない。

 不死鳥の蒼い焔は全て再生し、完治させる。

 しかし何より驚くべきことは、これらの複雑な工程をヴィーレは一秒未満で同時にこなしている事だ。

 

 

 ――アレウスが『アクセル』としての機能を。

 ――紅鉄の鎖が『ブレーキ』としての機能を。

 ――ヴィーレが『制御装置』としての機能を果たす。

 

 

 簡単そうに見えるが……その実、即死しても可笑しくない荒業。

 ブレーキをかけるタイミングを間違えば。

 身体を僅かに浮かせたヴィーレが態勢を崩せば。

 そして、それらの状態を保った状態での機動変更や《蒼焔の誕生》を僅かにでも間違えれば――――全てが終わる。

 

 このスキルを成す肝であり、中核――それは他でも無い、ヴィーレの騎乗技術だった

 

 一つでも欠けてしまえばこのスキルは発動しない。

 《天つ暁星の転生者》を使用した上で、使用可能なヴィーレのオリジナルスキル。

 

 

 ――《紅鎖の翼(タラリア)》。

 

 

 それは【騎兵】としての不可能化を可能にする、“超機動&超加速スキル”だった。

 

 

 

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアアアアアーーッ!!』

 『WHAOOOOOOOoooooo~~Nッ!』

 

 

 だからこそ、【ペイルライダー】はそんなヴィーレへ真正面から突っ(・・・・・・・・)込んだ(・・・)

 

 ――文字通りの“正面突破”。

 

 このまま戦えば、機動力に分があるヴィーレが勝つのは必然。

 それなら正面から小細工無しでぶつかり合った方がチャンスはある。

 《紅鎖の翼》はヴィーレの騎乗技術によって成り立っているオリジナルスキル……そこに大きな弱点があ(・・・・・・・)()

 決して克服できない、弱点があるッ!

 

 

 「――」

 『――』

 

 

 超々音速機動で駆ける二騎の騎兵。

 ヴィーレは真正面から突っ込んでくる【ペイルライダー】の姿に少しだけ眉を寄せ、そして――勝負に乗った。

 ヴィーレ自身も短期決戦は望むところ。

 《天つ暁星の転生者》のタイムリミットが存在する以上、時間を稼がれることが一番嫌な事だからだ。

 

 ――黒い靄をマントのように纏い、刃折れの紫紺の長剣を浮かせて疾走する【ペイルライダー】。

 ――紅鉄の鎖を四肢に巻き付け、【ミラーズ・ベイ】を片手に加速するヴィーレ。

 

 互いとの距離などもはや関係ない。

 次の瞬間、その距離は消えさっていた。

 残り一歩。

 数コンマ秒。

 二騎は互いの攻撃射程に入る――その瞬間だった。

 

 

 「――ッ!?」

 

 

 二騎を囲む、黒の帳が降りた。

 それは互いの退路を阻む様に展開された“半球の檻”、《ソウル・ドミネーター》による黒い靄の乱気流だった。

 一見すれば無意味な行為。

 《ソウル・ドミネーター》の進行をヴィーレは《蒼焔の誕生》で無効化している。

 黒い靄事態にも攻撃力は一切ないのだから。

 

 しかし……焔矢をはじく程度には強力な乱気流。

 もし仮に、《紅鎖の翼》を発動中にその黒死の靄に触れてしまえば。ほんの僅かでも態勢を崩せば反動をもろに受け、身体が引きちぎれて自滅する……ぐらいの事は起こり得るだろう。

 

 

 ――そう……《紅鎖の翼》の弱点とは、周囲の影響を強く受けるという点。

 

 

 例え、心地良いそよ風だろうと。

 戦闘中に気になるはずも無い微風だろうと吹いてしまえば、それはヴィーレにとっての大きな障害。

 ましてや乱気流ともなれば……今のヴィーレでは確実に自滅するに違いない。

 左右を塞がれ、進めるのは前方のみ。

 そして……。

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアア!!』

 

 

 【ペイルライダー】の黒狼の魔鎧。

 その腰から伸びた『黒刃の尾(・・・・)』が唸りを上げた。

 黒刃の尾は、超々音速で【ペイルライダー】の周囲を切り刻む斬断の刃の結界と化す。

 

 ――それはまるで、【剣王(キング・オブ・ソード)】の奥義である《ソード・アヴァランチ》。

 

 六桁のステータスを持つ黒刃の尾だ。

 生半可な攻撃では武器ごと叩き切られ、身体を斬断されてしまうだろう。

 成長するのはヴィーレだけではない。

 

 【ペイルライダー】の窮地に立たされた危機感が。

 ヴィーレと言う強敵が、この土壇場で【ペイルライダー】を急成長させたのだ。

 

 敢えて名付けるのなら……《ソードテール・アヴァランチ》、と言ったところだろう。

 左右、背後には黒い靄の乱気流の結界。

 前方には全てを切り刻む《ソードテール・アヴァランチ》。

 既に《紅鎖の翼(タラリア)》以外では回避不可能な至近距離、ヴィーレは絶体絶命の窮地に立たされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――《紅鎖の翼》」

 『HIHIIIIiiiii~~Nッ!!』

 

 

 そして――【ペイルライダー】は判断を誤った。

 ヴィーレのオリジナルスキル、《紅鎖の翼》は超機動を可能にするアクティブスキル。

 しかし……同時に超加速スキル(・・・・・・)でもある。

 

 例えるのなら、それは“デコピン”だ。

 人差し指だけで物体を弾こうとしても案外その力は弱い。

 だが、親指を用いて力の貯め(・・・・)を作ることで、その力は数倍に。衝撃も遥かに大きくなる。

 

 その現象が同じく《紅鎖の翼》でも起きていた。

 ブレーキと言う名の『力の貯め』に、アレウスと言う名のアクセルが全力で力を込め――――

 

 

 「《チャージ・スパイク》」

 『――ァ?』

 

 

 ――――駆けていたヴィーレの姿が霞んで消えた。

 

 【ペイルライダー】でさえも反応できない。

 その姿を追うことも出来ない、一瞬の超加速。

 《チャージ・スパイク》と共に突き出された【ミラーズ・ベイ】は、《ソードテール・アヴァランチ》を突破し、【ペイルライダー】の黒狼の魔鎧を穿ち貫いた。

 凄まじい威力。 

 有り余る勢い。 

 【ミラーズ・ベイ】は使用者への反動も反転し、その矛先の攻撃力に変える。

 故に……。

 

 

 「――突き、抜けろォッ!!」

 『――ッ!??』

 

 

 その一撃は全てを穿ち、<地下墳墓>の壁をも突き抜け、岩壁まで貫き通した。

 音を立て、崩れる瓦礫。

 舞い上がる砂塵に映し出す二つに影。

 そして……その粉塵が晴れた時、そこにあったのは一つの光景。

 

 

 

 

 

 ――胸甲を大破させ、大穴から本体である霊体を晒した【冥神騎 ペイルライダー】の姿だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ――決着は付いた。

 

 

 絶望的が蔓延する<地下墳墓>で目を覚ました“冥府の騎兵(【ペイルライダー】)”。

 “不死身”の神話級<UBM>が地上に放たれる。

 その脅威は、<カルディア>のカルディナ議会(ラ・プラス・ファン)議長(タズマ)ですら推し量ることはきっと出来ない……<超級(スペリオル)>と呼ばれる者たちがまだ存在しない世界において、それは一国が滅びても可笑しくない『厄災』だ。

 しかし……勝った。

 それは“英雄譚(ヒロイック)”のような輝かしい物語ではない。

 

 【義賊王】は死んだ。

 多くの魂が飲み込まれた。

 黒死の疫病が蔓延した。

 

 泥に塗れ、血を流しながら掴み取った可能性だ。

 

 義行が残した最後の一手。

 【ヒエログリフ】への貸。

 そして……貫き通す覚悟。

 

 どれか一つでも欠けていては、勝利は掴むのは不可能だっただろう。

 唯の“少女”では勝てない。

 英雄にはなれない。

 しかし……“不死鳥の魔人”は、少なくとも【冥神騎 ペイルライダー】に勝つことが出来る存在へ堕ち上がる(・・・・・)ことが出来たのだ。

 

 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテの勝利。

 それは積み重ねてきたモノを貫き通したが上の奇跡だった。

 

 そして、同時にヴィーレは知っている。

 ――勝負には勝った。

 だが……まだ、【ペイルライダー】は倒せていない(・・・・・・)事を。

 

 

 

 

 

 『――ァ、ガァァァアアアア~~ッ!!』

 

 

 それは獣の雄叫びのような。

 金属が擦れ合っているかのような怨念の絶叫が轟き渡った。

 

 騎獣であるアストラル体の巨黒狼が消え、宙に浮くような形で【ミラーズ・ベイ】によって岩壁へと縫い留められた【冥神騎 ペイルライダー】。

 その左篭手が空気を叩き、瓦礫を粉砕する。

 その右脚甲が黒狼の魔鎧を揺らし、深緑の長槍を軋ませる。

 超紅炎を纏った【ミラーズ・ベイ】に苦しむ様に。その身一つで地上を地獄に変える【ペイルライダー】は手負いの獣のように暴れ始めた。

 

 

 「――ッ」

 『BURUUUuuu!』

 

 

 砕けた瓦礫が五月雨式に。

 叩かれた空気が衝撃波となってヴィーレとアレウスを襲う。

 

 

 ――分かっていた(・・・・・・)

 

 

 【ペイルライダー】に物理攻撃が効かない事は。

 致命ダメージを負いながらも【義賊王】の魂を取り込み、《自己再生》などによって回復した膨大な『HP』を削りきれない事は。

 ヴィーレは嫌と言う程に良く理解している。

 その身をもって嫌と言う程に体験している。

 ……もはや、まともな攻撃(紅焔の神舞)では倒すことは不可能である、と。

 事実、渾身の一撃すら膨大なHPのほんの一部しか削れておらず、【ペイルライダー】の強化された《自己再生》によって致命ダメージ……と呼べるほどのダメージは与えられていない。

 

 (――必要なのは、【ペイルライダー】のHPを一撃で葬り去ることが出来る程の攻撃ッ)

 

 故に、やるべきことはたった一つ。

 

 

 

 

 「――アレウス、これが最後の命令だよ。だから……残していた余力も全部、ここで絞り出せッ!!」

 『――! BURUUUUUuuUUUUUUU~~ッ!!』

 

 『――~~ッ!??』

 

 

 【ミラーズ・ベイ】を叩き折ろうと左手を振り下ろした【ペイルライダー】。

 しかし……その拳は己を貫く長槍に当たらずに空をきる。

 突如、上空へと上昇し(・・・・・・・)始めた(・・・)アレウスによって空をきったのだ。

 そして……気が付いた。

 

 天井が無い……今この場所は、<地下墳墓>内ではないと。

 

 そう、そこは【解体王】がヴィーレ達を強襲するために掘った、唯一の<地下墳墓>から地上への一本道。

 先ほどの《チャージ・スパイク》によって、ヴィーレは縦穴と<地下墳墓>を塞いでいた落石を突き破り、【ペイルライダー】ごと縦穴の底へと躍り出ていたのだ。

 上を仰げば視界を遮るものは何も無い。

 

 ――見えるのは月明りの無い夜空。

 ――顔を吹きつけるのは冷たい夜の砂漠の寒風。

 

 ヴィーレとアレウスは一塵の風となり、紅焔を纏い駆け上がる。

 アレウスの剛脚が壁を割り、馬脚を食い込ませながら加速していく。

 

 

 『――ァ、ァアッ』

 

 

 しかし……【ペイルライダー】もそんな行動をまざまざ見逃すはずも無い。

 自身の命を脅かそうとするその行為を、受け入れるわけにはいかない。

 ……逃れる手段は簡単だ。

 再び、その拳を振り下ろし【ミラーズ・ベイ】を叩き折ればいい。

 幸い【冥神騎 ペイルライダー】には物理攻撃は効かない。

 もちろんソレが落下ダメージであろうと――だ。

 そうなれば余力を振り絞ったアレウスが。態勢を崩したヴィーレが地面へと叩きつけられ死亡する。

 

 ……たったそれだけ。

 ほんのひと動作。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――――』

 

 

 しかし、【ペイルライダー】はその動作を取ることが出来なかった。

 何があった訳でもない。

 ただ、その虚ろな眼孔に映り込んだ光景に見とれていた。

 

 ――アレウスの纏う、赤のオーラに。

 ヴィーレの白肌を侵食して広がる不思議な黒い紋(・・・・・・・)()に。

 

 

 「――ッ!」

 『~~ッ』

 

 

 見覚えがあった。

 【冥神騎 ペイルライダー】は知らない。

 ……それは【ペイルライダー】の元となった『超級職』――――【冥骸騎】だったころの記憶。

 今、目の前のヴィーレの姿が――かつて命を落とした戦場で共に戦った少女の姿と重なった。

 

 

 『HIHIIIIIiiiiiii~~Nッ!!』

 

 

 

  ――《軍神咆哮(ゴッド・オブ・ウォー)》。

 

 ヴィーレ自身も初めて使った日――あの【解体王】との戦いでは、その詳細を知らなかった謎のスキル。

 《軍神咆哮》、それは本来【女帝(エンプレス・レグナント)】の固有スキル。

 初代であり最後の【女帝】――かつて世界を襲った“進化の化身”討伐へ参加し、無念の内に死んだ。今はロストジョブとなった【女帝】の――『複数指定のバフスキル』だ。

 もちろんがヴィーレは【騎神】であって【女帝】ではない。【【女帝】の武の指輪】によって再現された、本来の《軍神咆哮》の劣化スキル(・・・・・)である。

 そして今、ヴィーレはそのスキルの意味を理解して使用した。

 

 『使用時に1秒間に【女戦士(アマゾネス)】系統ジョブレベルを1消費する。スキルレベル×対象に『消費したジョブレベル×100』のステータス増加を与える』

 

 その白肌を侵食する紋様は、軍神に認められた紋様だ。

 従魔が纏うその赤のオーラは、決して消えぬ闘志の表れだ。

 

 

 「――ァァァァァァアアアアアア~~ッ!!」

 

 

 ――『……どうした? まだ諦めるのは早かろう――■■■■■■■』

 

 

 フラッシュバックする誰とも知らぬ人顔。

 リプレイされる【ペイルライダー】を激励する凛々しい少女の声。

 

 たった今。

 ほんの一瞬、数秒程度。

 自我を持たない【冥神騎 ペイルライダー】は意識が芽生え、ハッキリとその声を聞いた。

 目の前で命を投げうち、戦うヴィーレの姿にかつての英雄(仲間)の姿を重ねた。

 そして……その一瞬が命運を分けた。

 

 

 「――聞こえてるなら、力を貸してッ! ――アロンッ!!」

 

 

 ()へと駆け上る紅蓮の一矢となって加速する。

 そのスピードは縦穴の底へと落下した時よりも遥かに速い。

 数秒の内に数キロメテル言う距離を駆け抜け、月明かりの無い、暗闇の地上へと飛び出たが――。

 

  

 『GWAWOOOOOOOOOOoooo--~~~ッ!!』

 

 

 ヴィーレの疾走は止まらない。

 

 肌をヒリつかせ、辺りに響き渡る轟く咆哮。

 アレウス越しに伝わってくる地面の大きな揺れ。

 そして…………道が現れた。

 

 ――それは、天へと伸び続ける岩盤の()

 

 ヴィーレが<地下墳墓>へと落ちた後も地上で待機していたアロンがヴィーレの意志に応え、《地盤操作》によってアレウスの駆ける道を造り出したのである。

 【ペイルライダー】も知らない、三体目の騎獣。

 遠く離れた戦場で、互いに意志の疎通も取れないヴィーレとアロン。

 いつ来るかも分からないヴィーレからの指令。

 しかし……今こうして、アロンは即座にヴィーレの声に。願いに応えて見せた。

 

 

 『――~~!??』

 

 

 戸惑う【ペイルライダー】を。

 全てを地平線の彼方へ置き去りにして、超々音速機動のヴィーレは加速していく。

 

 

 「ハァァァァアアアアアアッツ!!」

 

 

 ヴィーレの声に呼応するように。

 あまりの凄まじい加速に、宙に置き去りにされるように(ほど)けた4本の『紅鉄の鎖』。

 紅鉄の鎖は紅焔へ。

 紅焔は焔翼へ。

 二対の焔翼はヴィーレの背を押し、夜空に向けて加速する。

 

 

 

 吹きつける風圧に身体へと掛かるG(重力)が、容赦なくENDの下がったヴィーレを襲った。

 嫌な音が脳内に響き、内出血で肌が赤紫に腫れ上がる。

 

 ――しかし、それは決して折れない不死鳥の焔翼。

 

 

 アレウスのSTRや障害物の無い突風が、《地盤操作》の岩盤の塔に罅を走らせた。

 足場は不安定。駆ける程に細く、脆くなっている。

 

 ――しかし、それは決して崩れぬ不屈の義行が繋いだ道。

 

 

 アレウスを。ヴィーレの身体を極寒の砂漠が冷やし、【凍結】させて感覚を奪っていった。

 《火焔増蓄》の貯めこんだ火力は全てとあるスキルに回している。

 故に、ヴィーレを外気から守る紅焔はほんの僅か。

 

 ――しかし、その瞳の奥の炎は決して消えぬ……何百年の時を超えた意志が繋ぐ不滅の炎だ。

 

 

 

 「――ッ」

 『――ァ、ァァァアアア』

 

 

 そして今……それら全てを持って、ヴィーレは【冥神騎 ペイルライダー】を超えてみせた。

 天へと伸びる塔を駆け上り、夜空を覆う分厚い雲を突き抜ける。

 同時に、ヴィーレは見た。

 

 ――雲を抜けた別世界。

 ――月光が雲に映し出すヴィーレと【ペイルライダー】の影。

 

 金色の瞳に映ったのは、彼方まで続く雲の海原。

 天から顔を覗かせる、欠け一つない満月。

 硝子を砕いたような星々が散りばめられ、眩しい程に辺りを照らす。

 そして…………。

 

 

 

 

 

 ――【万死慈聖 アズラーイール】の純白の刀身が淡(・・・・・・・)く輝いた(・・・・)

 

 

 

 

 

 月明かりを吸い込む様に。

 あの日の(アイラちゃんと出会った)夜を懐かしむ様に。

 静かに、そのスキル(・・・)の使用条件を満たしたことをヴィーレに告げる。

 

 一つ、『黒い鞘から抜いた状態である事』。

 二つ、『使用相手が少女で無い事』。

 

 そして、三つ目。

 

 ――『月が完全に目視できる夜である事』。

 

 厳しい使用条件。

 加えて、【焔神廻鳥 フェニックス】の《火焔増蓄》による膨大なMPが手にはいる――と言うヴィーレにアジャストした『固有スキル』。

 だが、そのスキルは確実に厳しい条件に十分に見合うだけの効果を持つ。

 そして…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ペイルライダー」

 『――』

 

 

 その戦いの終わりは呆気なく。

 静かに、そして穏やかにヴィーレと【ペイルライダー】のもとに訪れた。

  

 右手で固定するように【ペイルライダー】を貫き持ち上げていた【ミラーズ・ベイ】。

 摩擦に擦り向けた少女の手の平。

 滴る赤い血が腕を伝い、【ミラーズ・ベイ】の柄を伝い、遥か下の地上へ雫となって落ちていく。

 そんな血に濡れた【ミラーズ・ベイ】を――――ヴィーレは捨て(・・・・・・・)()

 

 

 ――空中に置き去りにするように手放した深緑の長槍。

 ――代わりにその手に握り込んだ、光を帯びる【アズラーイール】。

 

 

 故に【ペイルライダー】を宙に支えていたモノはもう無い。

 同時に、その黒狼の魔鎧は地上へと向けて自由落下を開始し、

 

 

 「……」

 『BURUUUUUUUuuuu……』

 

 

 【冥神騎 ペイルライダー】はまるで、夢に浸るように。

 自らその白刃を受け入れ(・・・・・・・)るように(・・・・)、【アズラーイール】の刀身を自身の本体であるアストラル体へ。

 猛威を奮っていた『神話級』<UBM>【冥神騎 ペイルライダー】。

 その身は何一つ抵抗することなく、ただ静かにヴィーレに寄りかかった。

 あれほど恐ろしかった雰囲気は何処にもない。

 【ペイルライダー】のその姿はまるでどこか満足したような…………何か、大切なモノ()を見つけ出したかのような穏やかな雰囲気だった。

 そして、ヴィーレは小さく。誰にも聞こえないような擦れた声で呟くのだ。

 

 

 

 

 

 「――――さようなら」

 ――と。

 

 

 【万死慈聖 アズラーイール】の第二の装備スキル。

 それは、殺せないモノを殺す為のスキル。

 

 ――雲の上の幻想と、地上の下の地獄。

 ――光と闇。

 ――生と死。

 

 二つの境界線を貫き、曖昧にする短剣型特典武具。

 それは、スキル名通り……『神』だって殺して見せるスキル。

 

 

 

 

 

 「《万神殺し》」

 

 

 

 

 

 <カルディナ>最北端都市――――“氷冷都市”<グランドル>。

 その日の天気、雨。

 後――曇天、また細雪(ささめゆき)

 

 そして…………快晴。

 

 《万神殺し》に込められた、【ペイルライダー】をも殺す膨大なMP。

 そのMPは、天地を貫く巨大な炎の十字架となって【冥神騎 ペイルライダー】を貫いた。 

 地表に降りた霜を溶かし。

 空を覆う曇天を蒸発させ。

 長い間、“怨念と復讐”と言う名の鎖に時間を止めていた都市……“氷冷都市”<グランドル>の時を動かし始める。

 

 ヴィーレの金色の瞳の中で、長きに渡る怨念を一身に抱えた【冥神騎 ペイルライダー】が光の塵となって夜空に溶けて消えた。

 

 

 「……」

 『BURUUUUuuuッ!??』

 

 

 同時に、ヴィーレの左手も手綱から放れ、力尽きたようにその身体を宙へとよろめき落ちた。

 傷だらけの身体を襲う浮遊感も。

 驚き、焦るアレウスの嘶きもヴィーレの耳には届かない。

 ただその瞳は満月の浮かぶ夜空を。

 タイムリミットを迎え、空中に霧散していく《天つ暁星の転生者》の焔翼を映していた。

 そして……。

 

 

 

 「――さようなら……」

 

 

 

 薄れゆく意識は、誰に向けたとも分からない別れの言葉と共に完全に消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【<UBM>【冥神騎 ペイルライダー】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ヴィーレ・ラルテ】がMVPに選出されました】

 【【ヴィーレ・ラルテ】にMVP特典【冥克騎脚 ペイルライダー】を贈与します】

 

  

 

 【クエスト【【墓守(アンダーテイカァー)】の頼み事――【義賊王(キング・オブ・シィーウズ)】シアンディールを救え 難易度:五】】

 

 

 

 ――クエスト失敗(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 




【解体王】vs.Type:メイデン。

――もう、いいんじゃないかと思えるほどに達成感ww





【冥神騎 ペイルライダー】(神話級<UBM>)
種族:アンデット
主な能力:《死屍累々》《魂食い》《高速再生》《ソウル・ドミネーター》《ポルターガイスト》等。
最終到達レベル:84
討伐MVP:【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ
MVP特典:【冥克騎脚 ペイルライダー】
発生:認定型
作成者:【冥償蘇生 コローネ】
備考:備考:生前の超級職―【冥骸騎】が最終奥義《黄泉返り》で眠っていたところを【コローネ】がリソースを注ぎ込み、<UBM>と化したアンデット。
生前の武具である【アダマンタイト】のフルメイルが騎獣である【ハイパシーン・ハイウルフ】と混じりあい、黒狼の騎士となっている。
武装は紫紺の長剣と『不可視の手綱』、黒い靄。

最終的に、【解体王】の殺した数百の魂と怨念。
【義賊王】の魂を吸収し、誰も手が付けられないモンスターとなった。
しかし様々な可能性がヴィーレに力を貸し、討伐された。


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第36話 死世の住人

 □【義賊王】シアンディール

 

 

 

 

 

 ――地獄……とは、案外生温いモノらしい。

 

 

 

 

 夜空には、眩く光る星の煌めきと仄かに照らす月光。

 遥か向こう……視線の先には限りない砂漠の大地と地平線。

 それが彼にとっての当たり前だった。

 死にたいほどの衝動に駆られた快晴の日だろうと、幸せな出来事があった粉雪の日だろうと変わらずにあった【義賊王】の世界である。

 しかし今、その世界は失われていた。

 

 

 ――空も地平線も見えず、その蒼い瞳が映すのはただの際限なき暗闇。

 

 ――足を動かせば、水溜りに立っているような水音と泥が纏わりつくような嫌な感触が残る。

 

 ――音は聞こえ無い……が、噎せ返すような色濃い血と死の臭い(・・・・・・)が鼻を突く。

 

 

 男は……【義賊王】シアンディールは、そんな不気味な空間に一人立っていた。

 何処か、身体の奥底から底冷えするような。

 長く留まれば、気が狂ってしまいそうな、そんな空間。

 シアンディールはそんな空間に驚いたように目を見開いて数度瞬き、そして…………笑った。

 

 

 「……俺は――死んでしまったのか」

 

 

 小さく呟かれた声。

 その言葉を裏付けするように、シアンディールは【ペイルライダー】に切り落とされたはずの右腕を目の前まで持ち上げる。

 そして、

 

 

 「――フッ」

 

 

 自虐的な笑いを漏らし、ダラリと、右腕を力無く垂らした。

 気が付けば装備していた武器や、左腕に巻き付いていた【技纏伸縮 ユルング】も消えている。

 ……恐らく死んでしまったからだろう。

 商談で各地を回っている最中に、『特典武具』は持ち主の死と共に消えてしまうと聞いたことがある。

 「【気絶】して夢を見ている」、なんて展開も期待は出来ないようだ。

 しかし……何故だろうか?

 

 

 「思っていたより悲しくないな……俺は自分で考えていた以上に自分の命がどうでも良かったらしい。心配なのはアイツ(ヴィーレ)が無事【ペイルライダー】を討伐出来たかぐらい、か……」

 

 

 元より捨てるつもりだった命だ。

 自分が死亡したことには大して悲しみや後悔は感じない。

 ……むしろ逆。

 本来ならば野垂れ死んで、石を投げられて死んでも可笑しくないような非道も犯してきたのだ。

 そんな自分の人生を。

 価値の無い命を、最後の最後で守りたいモノの為に使い切る。人の役に立って死ねるのならば、それは彼にとって悪くない……幸せな死に方だと思えた。

 同時に心の隅で思う。

 

 (俺のような咎人にはもったいないな)

 

 そして……。

 

 

 「案外、地獄と言うのも大したものでは無いらしい」

 

 

 シアンディールはゆっくりとその『地獄(暗闇の空間)』の中を歩み始めた。

 

 一歩、足を進めれば、怨霊が歩みを止めようと泥の中から足を掴む。

 二歩、腕を振れば、漂っていた死の臭いがより一層色濃くなる。

 三歩、息を吐けば、地獄の冷気が身体の芯から熱を奪い去っていくように冷えていく。

 

 しかし……それでも【義賊王】シアンディールは歩みを止めること無い。

 ――此処が地獄?

 ふざけるな、と、鼻で笑ってやった。

 地獄など、この何十年もの間ずっと味わってきた。

 此処より過酷な戦場(地下墳墓)で、つい先ほどまで死闘を繰り返してきた。

 この身など、義妹(ローズマリー)を見殺しにしてしまった自責の念の劫火で何度も焼き尽くしている。

 

 

 「……なんて、ことは無いさ。この程度」

 

 

 行先は暗闇。

 何かを探し求めるようにひたすら真っすぐに歩き続けた。

 

 

 

 

 

 数百歩、進み続けて足の感覚を失った。

 

 

 

 

 

 数千歩、進み続けて意識が朦朧とし始めた。

 

 

 

 

 

 数万歩、進み続けて身体は冷え切り、熱を失った。

 

 

 

 

 

 そして――どれだけの時間が経過しただろうか?

 シアンディールは気が付けば身体を横に、血の水溜りへと倒れ伏していた。

 

 

 「……」

 

 

 足も腕も。

 指一本さえ、既に自分の意志では動かせない。

 自然では有り得ない程に冷たい血の水溜りは、際限なくシアンディールの身体の熱を奪い去っていく。

 それはまるで夜の砂漠の寒さだ。

 瞼を閉じた死者の命を静かに刈り取っていく……本当の意味での『死』。

 今のシアンディールの状態を魂だけの精神(アストラル)体だとすれば、この地獄で意識を失う事は魂の消失を意味する事に他ならないだろう。

 

 (――だ、――――い)

 

 しかし、それは自然の摂理。

 装備も『特典武具』も失った、生きる目的も無い。

 【義賊王】は寒さにゆっくりと瞼を閉じていく。

 シアンディールの魂は、完全にこの世から消え去ろうと陽炎のように揺らめき…………そして。

 

 

 

 

 

 ――世界が割れた(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 稲妻の如く暗闇の天地を裂いた閃光。

 轟音と共に、『黒い霞(・・・)』が晴れていくように地獄が崩れ去っていく。

 何処までも広がる血の水溜まりは次の瞬間、蒸発して消え、辺りを夜空のような眩い光が照らし出した。

 ……それだけではない。

 身体の芯まで冷え切り、今にも消滅してしまいそうだったシアンディールの魂を仄かな温かさが包み込んだ。

 シアンディールの閉じそうだった瞼はゆっくりと開き、意識が鮮明になっていく。

 

  

 「……何が――」

 

 

 シアンディールはそんな突然の変化に戸惑うように身体を起こし、顔を上げ――――そして見た。

 

 

 天から地獄へと突き立てられたら巨大な『炎の十字剣(・・・・・)』を。

 その突き立てられたら炎の十字剣の麓で、自分へ向け花の咲いたような微笑みを浮かべる少女(ローズマリー)の姿を。

 

 

 ――『……お兄ちゃん』

 

 「――――――リー」

 

 

 少女だけではない。

 その背後にはかつてシアンディールと貧民街で苦楽を共にした仲間たちが揃って手を振っていた。 

 ……有り得ない。

 ローズマリーもかつての仲間も死んでしまったのだから。

 故に、それはもう二度と見ることは叶わない、遥か昔の朧気な記憶の光景。

 

 そして――【義賊王】が追い求め続けた光景でもあった。

 

 

 「――ーズマリー、皆……」

 

 

 発した声は擦れ、その蒼瞳は涙に濡れる。

 【義賊王】はかつて全てを失った惨劇の日から一度も涙を流したことは無い。シアンディール自身、涙が涸れ果ててしまったのだろう――と、考えるのを止めてしまったほどだ。

 そんな涸れ果てたはずの涙が、大粒の雫となって地面を濡らす。

 ……が、そんな事さえ今のシアンディールにとってはどうでもいい。

 

 頬を流れる涙を拭うこともせず。

 吐き出した息を吸い込むことも忘れて。

 ただ、最後の力を振り絞るようによろよろ、と、ローズマリーの元まで駆け寄り――。

 

 ――――そして、力の限り抱きしめた。

 

 

 「ローズマリー……」

 『うん、ここにいるよ……シアンお兄ちゃん……』

 

 

 人間の少女とハーフエルフの【義賊王】。

 変わったのは、ほんの少しだけ差の出来た身長と肩書だけ。

 それ以外は、あの惨劇までの日常と何も変わらない――兄妹の姿。

 仲間たちに見守られる中、二人は互いの肩に顔を埋め涙を流した。

 

 

 「――ごめん。ごめん、俺のせいでお前を……皆を殺してしまった……」

 『……ううん、違うよ。

  私達は知ってるから、シアンお兄ちゃんが皆のために必死に働いていた姿を。だからシアンお兄ちゃんのせいじゃない』

 「だけどッ! ――俺はッ、皆を救えなかった……」

 『……うん。そして私達を救えずに自分を責めた。苦しみながら貧民街の皆を救う為に休むことなく働き続けていたよね』

 

 

 罪を告白するように体を震わすシアンディール。

 ローズマリーはそんな姿に。

 触れ合った身体から伝わる震えに、涙を流し笑いながらな抱き締めた腕をシアンディールの頭へと伸ばし……一瞬だけ動きを止め、優しく癖のある茶髪を撫でた。

 

 

 『――夢だったの。こうやって自分の脚で立って、シアンお兄ちゃんの髪を撫でるのが』 

 「……」

 

 

 懐かしむように。

 嬉しそうに、ローズマリーは何度も何度も癖のある髪をとかす。

 そして……、

 

 

 『――だから私は満足だよ?』

 「……ローズマリー」

 『私も、ここに居る皆も誰一人シアンお兄ちゃんの事を恨んでないんだから』

 

 

 言葉と共にローズマリーが背後へと振り返り、つられるようにシアンディールも顔を上げる。

 すると、視線の先に映ったのは私怨を帯びた顔ではない。

 情愛と親愛に満ち溢れた、仲間たちの優しい笑顔だった。

 

 

 「――~~ッ!!」

 

  

 その笑顔にシアンディールは言葉にならない声を漏らす。

 子供のように涙で濡れた顔をクシャリ、と、歪めた。

 あまりの激しく大きな感情に嗚咽を堪えることも出来ずに、仮初めの地獄に大きな泣き声を響かせた。

 シアンディールが久しく見せた――【義賊王】に就く前の本心。

 そんな【義賊王】をローズマリー達は何も言わずに、ただ静かに見守っていたのだった。

 

 ――仲間を見殺しにした“氷冷都市”<グランドル>を憎み、己自身を何十年もの間、責め続けた【義賊王】シアンディール。

 

 シアンディール自身にも。

 そして今現在、貧民街で生活する仲間の誰も解くことが出来なかった見えない呪いの(・・・・・・・)()

 その呪いの鎖を壊したのは、【義賊王】を慕う仲間の説得ではない。

 

 呪いの鎖を壊したモノ……それは『かつてのシアンディールの仲間(家族)の笑顔』。

 そして、

 

 

 『――私達はシアンお兄ちゃんを恨んでなんかいない……皆今もあの頃と変わらない――仲間(家族)だよ』

 

 

 だった一人の義妹(ローズマリー)からの、たった一言の言葉だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 『――だから……此処でお別れ』

 

 

 悲劇の先に辿り着いた――シアンディールとローズマリーとの感動の再開。 

 炎の十字剣が突き立つ白い世界の静寂に、響いては消えていく嗚咽の声。

 

 ……「この瞬間が永遠に続けば良いのに」、と。

 

 シアンディールがそう思ってしまえほどの幸せな時間に終わりを告げたのは他でもない……ローズマリーだった。

 

   

 「何で……」

 

 

 その言葉を嫌がるようにシアンディールは首を振った。 

 大切なモノが自身の手から零れ落ちていく。

 それは……何事にも代えがたい程に悲しい出来事だ。

 シアンディールが他の誰よりも知っている。身をもって体験している悲劇である。

 故に……もう二度と離れ離れにはなりたくないと、ローズマリーを抱きしめる腕に力を込めた。

 

 

 『――』

 

 

 そんな義兄の姿にローズマリーも悲しそうな。

 名残惜しそうに眉を垂らし、慰めるような微笑みを浮かべた。

 小さな手がシアンディールを放す。

 白い子供の手はそのまま涙に濡れた頬に触れ――――直ぐに引っ込める。

 そしてシアンディールの胸を押し離した。

 力の込められていたシアンディールの腕は、非力なはずのローズマリーの一押しに従うように不思議と離されてしまった。

 

 

 『私達はシアンお兄ちゃんが造ってくれた石碑に憑りついていた怨念体。だけど今、あの人(ヴィーレ)に手を貸しちゃったから……私達にはもうこの世に留まることは出来ないの。

  ――未練も今、叶っちゃったから』

 

 

 《怨念燃炎》は怨念を炎に変えるスキル。

 『怨念』というエネルギーを失い、未練が断ち切られた魂が浄化され消えていく――それはこの世の理だ。

 

 

 「……なら、俺も一緒に行く。もうお前と……みんなと離れ離れになるのは嫌なんだ」

 

 

 縋りつくようなシアンディールの言葉に、ローズマリーは黙って首を横に振る。

 

 

 『シアンお兄ちゃんは死んじゃったけど死んでない(・・・・・)んだよ。

  殺されると同時にこの世界(【ペイルライダー】)に吸収されたから……だから、もう一つだけ選択肢があるの。それは――――』

 

 

 それは、ローズマリー達と共に消えていく以外の第二の選択肢。

 【冥神騎 ペイルライダー】がアンデットであり、討伐者がヴィーレだったからこそ生まれた可能性。

 シアンディールはその選択肢についてローズマリーから説明され……逡巡した。

 第二の選択肢がシアンディールにとって取りたくない選択だったわけではない。

 むしろ逆……その選択は彼にとっても悪くはないものだった。

 だが……、

 

 

 「……その選択はきっと……また長い別れになる」

 『……うん、4年。もしかしたら10年ぐらいのお別れになるかも』

 

 

 それは再びローズマリー達との長い別れを。

 果てしない、過酷な旅を意味した。

 

 

 「……」

 『私達は故郷を救ってくれたあの人に、こうして再会させてくれたお礼をしたいの。シアンお兄ちゃんもそれは同じ気持ちでしょ?』

 「――あぁ、俺もアイツには借りがある」

 

 

 シアンディールはローズマリーの言葉に静かに頷く。

 だが、それでもシアンディールはどこか躊躇する素振りを見せた。  

 別れと言う言葉が決断を鈍らせるのだ。

 何十年と言う時間、この瞬間を求め、願い続けた彼にとって幸せを自ら手放すようなもの。

 ……数秒の沈黙。

 シアンディールは顔を俯かせ、蒼瞳に影が差し――。

 

 

 「……!」

 

 

 背中を押すように。

 決断の一歩を手助けするように、シアンディールの胸をローズマリーの力の入っていないパンチが触れた。

 

 

 『……大丈夫。私達は何十年も叶うはずの無いこの瞬間を待ち続けたんだもん。あと数年延びても――それはほんのちょっとのお別れだよ。

  それに……なんだかあの人にはいつかシアンお兄ちゃんの力が必要になるときが来る、そんな気がするの』

 「――ローズマリー……」

 『私達は先に逝っちゃうけど、だけどずっと見てるから。シアンお兄ちゃんを見守ってるから』

 

 

 ローズマリーは。

 かつての仲間達はそう言って笑った。

 そのまま笑顔を見て、シアンディールは驚いたように目を見開き……やっぱり笑った。

 

 

 「……強くなったな、ローズマリー。俺の方が長い時間生きてきたはずなのになんだかおいていかれた気持ちだ」

 『……』

 「――決めたよ。

  俺ももう少しだけこの偽善の正義を貫いてみることにする。アイツの正義の、信念の行く先を見守ることにしようと思う。

 

  だから…………もう少しだけ待っていてくれるか?」

 

 

 ――返事は戻ってこなかった。

 

 魂だけであるローズマリー達にとってこの世に留まることができる時間が来てしまったのだろう。

 蒼い瞳に映ったのは笑顔で光の塵へとなっていく愛おしい者達の姿。

 ローズマリー達の声はもう、シアンディールに届くことは無かった。

 だが、聞こえた気がした。

 

 ――『待っている』、と。

 

 故に、シアンディールのその心に。決意には一切の濁りは無い。

 

 

 「……長旅になりそうだ」

 

 

 たった一言。

 誰に届くわけでもない言葉を紡ぎ、【義賊王】は歩き出す。

 その背中に今までとは違う、誇りに宿した後ろ姿。

 足取りは軽く。

 その眼差しは尊く。

 真っ直ぐに寄り道することなく進み続ける。

 

 そして――その姿は『炎の十字剣』の中へと消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 




死んでしまった【義賊王】シアンディールのその後、でした~。



残り、エピローグを2話分。
【ボム・モンガー】の小話、一話で第四章は完結です。



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第37話 次なる明日へ

【修正】エピローグ3話→第36,37話、エピローグへ


 □【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 ――――蒼い流星が夜空を駆け、軌跡を残して燃え尽きた。

 

 

 

 

 

 私は――ヴィーレ・ラルテはその光景を。

 蒼い流星が残した軌跡を、ただジッと。目を反らすことなく眺め続けていた。

 

 ……これは『夢』だ。

 

 リアルの私である『碓氷八雲(うすい やくも)』は夢を見ない。

 ひたすら無感情で冷静で、氷のように冷たい女だから。夢などと言う幻想は一度たりとも見たことがない。

 だから――これはヴィーレ・ラルテの夢。

 

 おそらく【冥神騎 ペイルライダー】との激戦の末に【気絶】してしまったのだろう。

 格好も先ほどまでの戦いで千切れ、修復不可能な程にボロボロになった【スカーレット act.1】の防具のまま。長かった赤髪は肩の辺りで切り落とされてから戻っていない。

 

 (初めての体験だけど……何だか不思議な感じ……。凄気持ち悪いぐらい頭が回る)

 

 視線は夜空から離していない筈なのに自分や周りの状況が鮮明に感じ取れた。

 夢とは、こういうものなのか。

 もしくは、激しい戦闘で加速された頭の熱が夢によってクールダウンされているのだろうか?

 私はそんな他愛もない事を考えながら、ひたすら夜空の流星を眺めていた。

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――貴女はあの流星がそんなに気になるの?』

 

 

 背後から聞こえてきたその声に私は振り返った。

 オレンジ色の瞳が映した影。

 そこに居たのは、小さな焚き火を囲んで腰を下ろす見覚えのある一人と一匹の背中だった。 

 

 

 ――【アダマンタイト】で造られた紫紺のフルプレートアーマーに、流れる銀糸のような髪の女性。

 

 ――女性の傍らで寄り添うように伏せる、鉱石のような硬そうな獣毛を持った巨大な黒狼。

 

 

 普通に見れば、その姿は背景の夜空も相まって美しい一枚の絵画のように見えるのだろう……が。

 ――ゾクリッ、と。

 雷に撃たれたような衝撃が。

 身の毛もよだつような寒気が、私の背筋を通り抜けた。

 しかし同時に、私の体は硬直することなく既に動き出していた。

 

 

 「――ッ!!」

 

 

 バックステップで数歩ほど距離をとる。

 そして左手の“紋章”からフェイを。

 右手で腰ベルトに付けた【アイテムボックス】から武具を取り出そうとし……戦慄する。

 

 (武器が無いっ!)

 

 いや、武具だけではない。

 “紋章”からはフェイの反応は返ってこず、【ジュエル】は不思議と煌めきを失ったようにくすんでしまっていた。

 思わず息を呑む。

 とっさに動いた私の身体が、今度こそ硬直するのが自分で分かった。

 

 

 『……安心して、そんなに怯える必要は無いわ。此処は貴女の夢――だから私もこの子も危害は加えることは出来ないもの。

  私達は貴方の敵じゃないわ』

 

 

 銀髪の女性はこちらに振り返ることなく、柔らかな口調でそう語り掛けてきた。

 透き通るような、落ち着く綺麗な声。

 何故だが銀髪の女性は今、微笑んでいるだろうと。そう思えるような声だった。

 そして……同時に気が付いた。

 敵と対面した時に感じるような私を刺す雰囲気を感じない事に。

 むしろ逆、友好的な好意を感じる声に。

 『夢』――だからだろうか?

 私はその声をすんなりと信じて警戒を解き、銀髪の女性へと声を投げかけていた。

 

 

 「貴女は、【ペイルライダー】じゃ無いんですか? それに此処が私の夢なら、何故貴女は此処に居るんです?」

 

 

 銀髪の女性は私の問いかけに応えなかった。

 ただ、無言で焚火の近くの小岩を指さす。

 

 「話は座ってから」、と。

 彼女はそう言いたいのだろう。

 私はそんな指示に従うように銀髪の女性の近くへと歩きより、女性を横目で見ながら腰を下ろす。

 そして――綺麗だ、と。

 焚火を管理する女性の横顔を見て、率直にそう思った。

 

 

 『――私が誰かって聞いたわね? 私達はかつて“進化の化身”――今のこの世界の管理者に敗北した【冥骸騎】。貴方が討伐してくれた【冥神騎 ペイルライダー】の核になった魂、って言えばいいのかしら。

  質問に答えるのなら『YES』であり『NO』よ』

 

 

 その言葉に私は無言で頷く。

 聞いたことも無い超級職だが、きっと嘘ではないのだろう。

 【ペイルライダー】の姿と酷似した魔鎧に巨狼の騎獣が何よりの証拠だ。

 実際に私が先ほど目にした時、思わず戦闘態勢を取ってしまったのもその為だ。

 あの『黄金の棺』――【冥償蘇生 コローネ】の中で眠っていたティアンこそが、今目の前に居る彼女なのだろう。

 

 

 『私が貴女の夢の中にいる理由は、私が【冥魂騎 ペイルライダー】で、貴女のそのスティレット(【アズラーイール】)が魂に関する何らかのスキルを持っているのが原因よ。

  後は……私のジョブが【冥骸騎】だったことも関係あるのかな?』

 「……魂に関するスキル?」

 『そう、今は知ることは出来ないかもしれないけど』

 

 

 ――魂に関するスキル。

 

 【アズラーイール】の保有スキルである《怨念燃炎》と《万神殺し》は魂に関係しているとは思えない。

 おそらく彼女が言っているのは三つ目のスキル。

 私も未だにスキル名すら見ることが出来ていない黒塗りのスキルの事だろう。 

 何故、【ペイルライダー】だった女性がその事を知っているかは謎だ。

 警戒は既に解いた。

 しかし……信用はしていない。

 私は傍目で訝し気に女性を観察しながら、次の言葉を待った。

 

 

 『――ありがとう』

 「――」

 

 

 そして、唐突にぶつけられた感謝の言葉に面食らった。

 

 

 「……何にがです」

 『“進化の化身”の手に落ち、暴走した私は止めてくれた事。あとは………彼女(【女帝】)との約束を叶えてくれたことにたいしてよ」

 「約束?」

 『そう、私達が全滅する前日に交わした――叶わなかった約束』

 

 

 そう彼女は言いながら、銀髪の髪を揺らし私を見る。

 パチリッ、と。

 焚火の火花が弾けて、彼女の琥珀色の瞳に映り込んで、宙に溶けて消えた。

 

 

 『――それ』

 「……?」

 『その指輪、【【女帝】の武の指輪】よね?』

 

 

 指さされながら聞かれた問いかけに私は小さく頷く。

 

 

 『あのスキルを使っている所を見た時、なんだか久しぶりに彼女と再び会えた気がしたの。記憶ではあの決戦ですら前日のように感じているはずなのに。……フフッ、なんだか可笑しいわね』

 

 

 クスリ、と笑い、耳に掛かった銀髪をかき上げる。

 その仕草はどこか妖艶で。

 私は自然と見とれていた。

 

 

 『――貴女にお願いがあるの、いいかしら?』

 

 

 だからだろうか?

 私は自分でも気が付かないうちに。お願いの内容すらも聞かないうちに、頷いてしまっていた。

 

 

 『もし彼女に――【女帝】に出会うことがあったら謝っておいて欲しいの。――「貴女との一晩、叶えられなくてごめんなさい。……あと、ありがとう」、って』

 

 

 サラリと、とんでもない事を言っていた気がするが敢えて無視した。

 しかし、それ以上に疑問が頭を過る。

 彼女は先ほど、「決戦で全滅した」と、そう言ったのだ。

 言伝はいい、<DIN>を活用すれば顔の知らぬ相手でも居場所ぐらいは突き止める事は出来るかもしれない。

 もしくは『探索系』<エンブリオ>の<マスター>に依頼することもできるはずだ。

 だが――。

 

 

 「よく分からないんですけど……その【女帝】の女性は死んだんじゃ無いんですか?」

 『えぇ、彼女は…………私の目の前で死んだわ』

 「それなら……それなら無理です。私は【騎兵】です。【死霊術師】でも【祈祷師(シャーマン)】でもありません」

 

 

 完全な分野(ジョブ)違い。

 例え、【アズラーイール】の第三のスキルが魂に関係したものだとしても、いつ読めるように。使えるようになるかも分からないスキルを当てにして簡単に依頼を受ける。

 そんな大切なことを、適当に私が受けることが出来るはずも無い。

 ――なのに、彼女は確信を持っているように言った。

 

 

 『いいえ、きっと会える。もし貴女が空席となった【女帝】の座を目指すのなら、何時かきっと会う時が来るわ。それまでの道は……その指輪が示してくれるはずよ』

 「これが……?」

 『【女帝】は――と言っても彼女が初代で先代だけど、常に二つの指輪を身に着けるの。その一つが貴女の持つ【【女帝】の武の指輪】。私も詳しく聞く機会も無かったけれど【女帝】の転職条件にも関わっていたはずよ』

 

 

 その言葉を聞き、目を見開く。

 <トラーキアの試練>の最下層の蒼銀の神殿で、私の知らぬ間に表れていた不思議な【アイテムボックス】。

 その中に入っていたコレがそんな希少なアイテムだとは思いもよらなかった。

 私は今更ながら、指に嵌められた指輪をまじまじと見る。

 

 ――装飾を施された金色のシンプルな指輪。

 

 正直、それほど貴重品には見えない。

 《鑑定眼》等のスキルを持っていれば、このアイテムの価値や詳細が分かるのだろうか?

 <ギデオン>の市場でも普通に売っていそうな小物に見える。

 ただ、『特典武具』にも負けない強力なSTR補正。

 それを確認すると、なんだか納得…………出来るようにも思えた。

 

 

 『貴女がソレを何処で手に入れたかは分からない。だけど、【女帝】を目指す資格が貴女にはある』

 「……でも、それでも私が【女帝】を目指すかは分かりませんし、貴女の言う先代の【女帝】に会えるかも分かりませんよ?」

 

 

 例え、銀髪の女性の言うことが真実だとして。

 それでも私が【女帝】を目指すかは分からない。

 何より、先代の【女帝】に会えるかは分からないはずだ。

 

 

 『――えぇ、それでもお願いするわ。

  ――何でかしら? 貴女はきっと彼女(【女帝】)に会う、そんな気がするの。それに……』

 

 

 銀糸のような髪が揺れ、女性は微笑む。

 

 

 『貴女は誰もが匙を投げて逃げ出すようなモンスターの【冥神騎 ペイルライダー】を倒して見せた。だから、貴女なら絶対に出来ると信じてるって、そう私達は信頼しているの』

 『――GAU』

 

 

 女性に同意するように、目を閉じて伏せていた巨黒狼が小さく吠えた。

 きっとその信頼は間違っている。

 【ペイルライダー】を討伐出来たのは私だけの力ではない、他の皆が命を投げうって、転がり込んだ勝利。

 ……身に余る。

 過剰な信頼な気がした。

 

 (だけど……)

 

 私は微笑む女性の目を見て、小さく頷いてその依頼を受けることにした。

 私は……縛られない。

 自由に各地を駆け巡って、そして思いのままに動くのだ。

 だから、その途中で寄り道程度に【女帝】を目指してみるのもいいかもしれない、と。

 そんな事を考えた。

 

 

 『――ありがとう。何か報酬を先払いした方が良いのだろうけど……今私が払えるのは【冥骸騎】への転職条件ぐらい。でも、【騎神】に【冥骸騎】は必要なさそうだしね。だから『特典武具』として力を貸す形になるのかしら』

 

 

 何かを渡せるかと考え込む仕草を見せる銀髪の女性。

 私はそんな彼女へ口を開き――。

 

 

 「――え?」

 『……時間が来たみたいね』

 

 

 渦巻くように揺らぐ視界。

 朧げに遠のいていく意識に声を漏らした。

 そして、

 

 

 『――走り抜けなさい……騎兵の頂のその先まで』

 

 

 その言葉を耳にすると同時に私の意識は途絶え、長いようで短い夢から目を覚ましたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇<グランドル・周辺>

 

 

 

 

 

 「――い。おい、起きろヴィーレ」

 

 

 誰かが私を呼ぶ声がする。

 <Infi()nite ()Dendro()gram>()でもう聞き慣れてしまったほどに馴染み深い大きくがさつな声。

 私が夢から覚めるのとその声が聞こえたのは同時だ。

 まるで冷たい湖の底から、身体が浮上するようのに。

 意識がハッキリと覚醒していくのが私自身も感じ取れる。

 そして激しい連戦に疲れ、重たくなった瞼を開き、

 

 

 「おう、やっと目ぇ覚ましたか」

 「……たか?」

 「……欲を言えば、もう少しだけ寝させてもらいたかったけどね……」

 

 

 見下ろすように覗き込むホオズキと膝を抱えて座り込んでいるシュリちゃんの顔を見た。

 

 『確か拘留所に居たはずじゃ?』

 ――――なんて事は特に思うことも無い。

 

 どうせホオズキの性格の事だ、街での騒ぎに乗じて強行突破してきたのだろう。

 ホオズキ達との旅ももう一か月以上になる。

 ホオズキの思考や突拍子の無い行動に慣れてしまったのか。もしくは私も知らず知らずに感化されているのか、全く疑問に思うことも無くなってしまったようだ。

 

 (……何だか、二人の顔を見るのも久しぶりな気がするなぁ)

 

 顔を見れば子供も泣き出すだろう巨体と凶悪な顔。

 蒼い髪と鬼角、眠たげなジト目が特徴的な無表情な顔。

 小さく安堵の息を吐く。

 二人の顔を見て安心してしまったのだろう、私は起き上がろうと腕を着き、

 

 

 「――ッ」

 

 

 身体に走った焼けるような痛みに眉を顰めた。

 改めてステータスを見れば、【出血】によるHPの減少。

 《ソウル・ドミネーター》による黒死の疫病は消え去っていたが、【骨折】等の傷痍系状態異常は治っていなかった。

 

 

 「外傷は治しておいたけど他はまだ治ってねぇぜ? 【HP回復ポーション】で傷は治せるが【骨折】を治せるもんは持ってないからな。後は自分で回復してくれ」

 「……突撃バカ、だから」

 「ガッハッハッハッハ!! 俺には必要ねぇからな!」

 

 

 私はホオズキとシュリちゃんの軽口を聞きながら回復アイテムを服用する。

 いつもならフェイに治してもらう……けど、今は出来ない。

 《蒼焔の誕生》でも治せるけど今は貯めこんでいたMP&SPを使い切ってしまったからだ。

 【アイテムボックス】の肥やしになりかけていたアイテムだけど、その効果は時間が経っても劣化することなく発揮してくれた。

 徐々に消えていく【骨折】。

 そして痛みの消えた体を確かめるようにゆっくりと立ち上がった。

 

 

 「……うん、でもおかげで助かったよ。多分、あのまま【気絶】していたらデスペナルティになっていたから」

 

 

 余所余所しくするような仲でも無い。

 ホオズキも気にしていないだろうし、軽くお礼を言う。

 

 

 「おう、俺は【HP回復ポーション】を振り掛けただけだけどな。他はお前の騎獣と……アイツが助けたんだ」

 『……不思議、だね』

 「アイツ?」

 

 

 私の疑問に、ホオズキは顎でソレを指す。

 地上ではない。

 それは私の後方斜め上。

 私は満月の夜空を見上げ――遥か彼方で飛翔する小さな影を見た。

 

 ――獣の四肢に、大きな翼。そして月光に照らされた人の頭。

 

 汎用スキルである《暗視》と《ホークアイ》を用いた瞳が映した【スフィンクス】のモンスター名。

 数日前に戦い、見逃すことになった【スフィンクス】に少しだけ驚き、口を呆けた。

 そして……目を細めた。

  

 (――ありがとう)

 

 と、心の中で呟いておく。

 【スフィンクス】自身の意志か。

 それとも【封儀神獣 ヒエログリフ】の命令か、どちらにせよ遥か上空から落下した私とアレウスを助けてくれたのは彼なのだろう。

 

 

 「――アレウスとフェイ、アロンもありがと。皆がいなきゃ【ペイルライダー】には勝てなかったから」

 『BURURUuuuuuuu』

 『KUWEeeeeee~』

 『GAWUuu……』

 

 

 アレウスが嘶きながら頭を下げ、フェイが雛鳥サイズになって肩に止まり、今現在も《隠蔽》を発動し続けるアロンが足元で唸り声を上げた。

 

 

 「それにしても……」

 

 

 私は改めてホオズキとシュリちゃんの格好を下から上へ、観察するように見直していく。

 座り込み、どこか疲れたように眉を垂らすシュリちゃん。

 上半身の装備が千切れ破れ、逞しい筋肉を隠しもせずさらけ出しているホオズキ。

 

 

 「もしかしてホオズキ達も誰かと戦ってたの?」

 「おうッ! 【義賊王】の仲間の<マスター>(アイン)とちょっとな。――それとついでに【解体王】の奴もぶっ殺しておいてやったぜ」

 『――連戦、頑張った』

 

 

 ……【解体王】。

 忘れていた――訳ではないけど、完全に【ペイルライダー】との戦いで燃え尽きてしまっていた。

 加えて連戦による精神的疲労。

 《火焔増蓄》に貯まったMP&SPも完全に底を尽きている。

 仮に【解体王】と戦闘になっても勝ててはいたと思うけど……アレウス達が無事で済まなかったかもしれない。

 そう考えるとホオズキが倒してくれた事に心の底から安心した。

 

 

 「そっか……ありがと。流石ホオズキだね」

 『ハッ! 当たり前だろ、『必殺スキル』(切り札)も既に食らってんだぜ? ネタが割れた貧弱野郎に負けることはぜってーねぇよ」

 『……倒したの、ホオズキじゃ、無いけどね?』

 「うっせぇーよ! 実質俺が倒したようなもんだろうがっ! だから俺の勝ちで良いんだよ!」

 

 

 焦ったように声を荒げるホオズキを受け流すシュリちゃん。

 そんな2人を見て私は首を傾げる。

 

 

 「もしかしてシアンさんの仲間の<マスター>のこと?」

 『……うん。……私と同じ、メイデン』

 

 

 そう言えば私達が<グランドル>に到着した際、シアンさんが世間話で『Type:メイデン』の<マスター>をホオズキ以外に見たことがある、と言っていた気がする。

 こうして聞くとその<マスター>が仲間だったのだろう。

 ……『Type:メイデン』。

 私も今まででホオズキ以外に見たことが無い気がする。

 ほんの少し、もし仮に会えるのなら少し会ってみたいような気もした。

 

 

 「それよりもッ、だ! お前もその様子だと勝ったんだろ? ――レジェンダリアの奴らみてぇなひでぇ格好してるけどよ……」

 『……えっち?』

 

 

 ホオズキにしては珍しい。

 いつもとは違い、少し躊躇うような声。

 ホオズキの言葉に誘導されるように改めて自分の姿を確認する。

 そして――半裸に近い自分の姿を見た。

 

 ――【ペイルライダー】に斬り飛ばされ、白い肌が露わになったへそ。

 ――重ねるように負った傷によって破れた赤のロングスカート。

 ――咄嗟に実行したオリジナルスキル、《紅鎖の翼》にの負荷に耐えきれず燃え尽きたブーツ。

 

 半裸……と、言うよりも下着姿に近かった。

 砂漠の夜の極寒のそよ風。

 寒風吹き抜け肌を撫でた。

 ……寒い。

 冷たい感覚がより一層、私の状態を認識させてくる。

 多分、【女戦士】専用装備である【スカーレット act.2】と布面積は大して変わらないのだろうけど……。

 

 

 「――ッ!」

 

 

 声も出ない。

 即座に《瞬間装着》で【遮雨の外套】を頭から被り、思いっきりホオズキを睨み付けた。

 

 

 「そう言う事は始めに言ってよ。……私が元気だったら今すぐ全力で蹴り上げてたよ……」

 『……これだから、ホオズキ。……わ』

 

 

 遠慮はしない。

 シュリちゃんと共に言葉で殴打する。

 しかし、ホオズキは悪びれる様子も。気にするような仕草もない。

 

 

 「んな事言われてもしらねーよ。そもそもレジェンダリアじゃお前よりも酷い奴の方が多いだろ? 無罪放免。今更だ、今更」

 「…‥確かに?」

 

 

 何故だかすんなりと納得してしまった。

 ……多分、レジェンダリアと比べてしまったから。

 他のレジェン()ダリアン()と比べてしまうと全てがましに感じてしまうのは私だけじゃ無いはずだ。

 

 

 「……まぁ、そんだけ口きける余裕があんなら勝ったんだな。その『特典武具』を見りゃぁ分かるが」

 『…‥るが?』

 

 

 ホオズキの視線の先は私の足元へ。

 正確に言えば、足元に置かれていた【冥克騎脚 ペイルライダー】へと向いていた。

 

 (今まで手に入れてきた『特典武具』とは違う)

 

 一目見て、そう分かってしまう強力な武具。

 加えて呪われた武具(・・・・・・)のような異様な雰囲気も纏っている。

 そして、特典武具は<UBM>の討伐証明になるように、勝利の証明でもある。

 きっとホオズキはこの【冥克騎脚 ペイルライダー】を確認して私の勝利だと言ったのだろう。

 だけど……、

 

 

 「うん、だけど――「あいつ(【義賊王】)を助けられなかった、何て言葉は絶対に口に出すなよ」……」

 

 

 続けようとした声は、ホオズキの言葉に重なり消えた。

 同時に今度は先程とは逆に、鋭い視線が私を刺す。

 重みのある声だ。

 その声には、絶対にそれを言うなという有無を言わさぬ重みがある。

 

 

 「お前達がどんな<UBM>と戦ったかは知らねぇが、きっとそれはお前が死にかけるほど……勝てないほど強敵だったんだろうぜ。そして【義賊王】は命を投げ打ってお前が生き残った。それだけだ。

  助けられなかった、なんて後悔するのは完全な筋違いだぞ」

 『……だぞ』

 「――シアンさんが戦って死んだ事、分かってたの?」

 「当たり前だ。血の臭いでわかる。あいつが簡単に死ぬとは思えねぇからな……予想はつく」

 『……致死量を、越えた。……血の臭い?』

 

 

 シュリちゃんは血置換型の<エンブリオ>。

 例え、私の身体に染み付いた血の臭いから、生死を判断できてもおかしくない。

 そして……ホオズキの言うとおりのような気がした。

 【義賊王】は守りたいモノの為に。自身で心に決めた筋を貫き通して戦いの中で死んでいった。

 

 (――師匠も確かそうだった)

 

 己の信念や守りたいモノのために彼らは迷わず立ち向かって死んでいく。

 そんな【義賊王】に「助けたかった」。

 それは今となってはシアンさんの意志の冒涜に他ならないのだろう。

 だから、きっとこれで良かったのだ。

 私は足元の【冥克騎脚 ペイルライダー】を【アイテムボックス】にしまい込み、アロン達を《送還》する。

 そして、

 

 

 「……<グランドル>に帰ろう、ホオズキ」

 

 

 未だに闇に包まれている静寂の街へと私達は歩き出した。

 

 

 ――終わったのではない。始まったのだ。

 

 

 凍りつき、止まっていた時間は動き出した。

 人々を脅かしていた【解体王】は監獄に送られ、【義賊王】は人々の進むべき道を示して死に、そして腐敗した市長らは【ドラグノマド】からの派遣団によって取り除かれるだろう。

 そう、終わるのではない。

 <グランドル>の人々はこれから変わりは始めるのだ。

 

 【義賊王】の躯の回収。

 殺人鬼の討伐&監獄送りの説明。

 <地下墳墓>発見の報告。

 

 やらなければならない事は山ほどある。

 だから……私も止まれない。

 ひたすら前へ進み、駆け続ける――それが私にできる『正義(信念)』の証明なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 凍った砂漠の砂を進む、3人の歩いた足跡(軌跡)は消え去ることは無い。

 【義賊王】の成した偽善もそう。道となって残り続けるのだろう。

 そして当たり前の事だが、明日の無い夜など無い。

 満月と星の煌めきが照らす“氷冷都市”<グランドル>にも明日は来る。

 ――雪解けの街。

 新たな一歩を踏み出した街を祝福するように、東の地平線からは明日の光が上り始めていたのだった。

 

 

 

 

 




ちょっとクドいけど……終わりはこんな感じです。





次話は【冥克騎脚 ペイルライダー】の詳細。
その後談、的な話です。
正真正銘、エピローグですね~。


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エピローグ1 後始末の3体目

エピローグを2話に分けました~


 □

 

 

 

 

 

 ――その日、朝を迎えた“氷冷都市”<グランドル>だった都市(・・・・・)に一筋の白煙が立ち昇った。

 

 

 

 

 

 街で唯一の『焼却所』。

 毎日のように幾つもの骸とゴミが一緒になって燃やされるのがこの街での常識だ。

 しかし……今日だけは違う。

 中で燃えるティアンの骸は一つだけ。

 一緒に燃えるモノはゴミでは無く、貧民街の住人達が彼に送る別れ(感謝)の品。

 いつもならば貧民街の人々は『焼却所』に決して近寄らない。

 それは死んでいった仲間の姿を、かつてこの街で起こってしまった悲劇を思い出してしまうからである。 

 『焼却所』に居座るのは<グランドル>で最古参の住人である【墓守】のお爺さんぐらいだろう。

 しかし……今日だけは違う。

 『焼却所』の周りには人々が溢れかえり、黙禱を捧げては無言で立ち去っていく。

 

 

 「…………」

 

 

 そんなティアン達の中に混じり、ヴィーレは黙って天に昇っていく白煙を眺めていた。

 

 ――全てが終わったあの夜から、<グランドル>には大きな変化が訪れた。

 

 長々と語るのは難しい。

 だから、結末と結果だけを簡潔に書き連ねよう。

 

 

 まず、【ドラグノマド】からの調査団によって裏で犯罪に手を出していた市長らの一部のティアンが捕まったことだろう。

 なんでも【義賊王】による夜間の襲撃による証拠隠蔽の失敗。

 そして犯罪を裏付ける証拠となる書類が盗み出され、信頼できる商店にばらまかれていたことが大きかったらしい。

 摘発と連行。

 そして新たな市長の派遣。

 それらはあらかじめ決まっていたかの如く、数日のうちに行われた。

 カルディナ議長の方針なのか、これから貧民街は取り壊され、<マスター>の受け入れに力を入れた都市へと生まれ変わるようだ。

 

 

 あとは――――街の名前が変わった。

 

 市長も変わり、“心機一転”と言う事なのだろうか?

 

 ――“氷冷都市”は“北端都市”へ。

 ――<グランドル>は<ウィンターオーブ>へ。

 

 “氷冷都市”<グランドル>は“北端都市”<ウィンターオーブ>へと生まれ変わったのだ。

 ……正直、実感がない。と言うのが本音。

 ヴィーレ――私にとってはいつまでたっても<グランドル>なのだ。

 忘れたいような嫌な記憶の方が多きけれど、それでもその街の名を忘れたくないと思ったのは心からの思いである。

 他にも、街に近づいてきたモンスターや<UBM>対策に【氷王(キング・オブ・グレイシャー)】に就いている『超級職』のティアンが住み着いてくれると聞いたけど……名前は忘れた。

 

 

 「……何だか、少しだけ感傷的になっちゃうなぁ」

 

 

 私は独り言ともに小さくため息を吐く。

 何はともあれ、今この街は遅れてしまった時間を取り戻すように。【義賊王】シアンディールの意志を引き継ぎ、急激な変化を遂げ始めていた。

 自分の知っているモノが消えていく。

 それを少し悲しく思ってしまうのは、きっと当たり前の事なのだろう。

 ただ……頭では理解していたも、どうしようもなく悲しくなってしまうのも事実だ。

 私はたった一人、無言でその場に立ち尽くし――。

 

 

 

 

 

 「――なにボッチで立ち尽くしてんだ?」

 

 

 背後から放たれた不躾な声に。

 私が良く知る二人の足音に、再び大きなため息を吐いた。

 

 

 「……本当にホオズキって“気遣い”の『き』の字も知らないよね」

 『……シュリも。……そう、思う』

 

 

 私は小言ともに振り返る。

 自分で思っていた以上に長い時間、この場に立ち尽くしていたらしい。

 振り返った先にはホオズキとシュリちゃん以外の姿は一人として見られなかった。

 

 

 「んなもん実際にそうなんだからしょうがねぇじゃねぇか。逆にどう話しかけろっつーんだよ?」

 『……アホ、だ』

 「……話しかける選択肢自体が間違ってるんだよ。普通は少し遠くで黙って見守るとか――――もう今更だけど」

 「ハッ!! 俺には全然分かんねぇ事だな!」

 

 

 開き直るように胸を張るホオズキ。

 こうなるとこれ以上文句を言っても無駄だ。

 ただ、ムカつくので不満を込めた視線で睨んでおく。

 そして数秒間睨みつけ、私はシュリちゃんへと視線を移した。

 

 

 「――そう言えばシュリちゃんは何をしてたの? 全然姿を見なかったけど」

 

 

 するとキョロキョロと(・・・・・・・)周囲に視線を忙(・・・・・・・)しなく動かして(・・・・・・・)いた(・・)小さな蒼いジト目の視線が交差する。

 

 

 『……探してたの』

 「探してた? ……何を?」

 『……シュリの、同類のメイデン』

 

 

 Type:メイデンの<エンブリオ>。

 確かホオズキが城壁上で戦った【魔導狙撃手】の<マスター>の<エンブリオ>だったはずだ。

 「探してた」っと、言うことは何か聞きたいことでもあったのだろうか?

 私は何故探していたかを聞こうと口を開き……野暮な気がして止めた。

 <エンブリオ>は<マスター>にとっての切り札。

 仲間同士でも詳細を共有することは少ない、と、どこかで聞いた覚えがある。

 

 

 「そっか。会うことは出来たの?」

 

 

 私の質問にシュリちゃんは首を横に振る。

 そしてシュリちゃんの代わりにホオズキが口を開いた。

 

 

 「何でも朝早くに大きな犬のモンスターと一緒に街を出てく姿を見た奴が居たらしい。だから諦めて帰ってきたんだ」

 「……犬のモンスター?」

 「おう、首が二つある黒い巨大な犬だったらしいぜ?」

 

 

 首が二つ。

 黒い犬のモンスター。

 ……もしかして『地下迷宮』で番犬をしていた【オルトロス】だろうか?

 今の今まで完全に忘れていたけど、どうやら狙撃手の<マスター>が連れていったということなのだろう。

 あのまま放置されていたら、いずれ<マスター>に討伐されていたかもしれない。

 忘れていてなんだが、内心安堵の息を吐く。

 

 

 「それよりも……ほらよ。<愚者の石積み商会>の奴らからお前に渡してくれだってよ」

 『……てよ?』

 「――?」

 

 

 突然ホオズキから投げ渡されたモノ。

 空中で小さな放物線を描きながら落ちてくるソレを私は慌てて受け止める。

 そして……ソレを見た。

 

 

 「……これって」

 『よく分かんねぇが、自分たちには使えないからヴィーレが持っていてくれだってよ。その方がアイツも喜ぶや何やら言ってたぜ?」

 

 

 私の両手に収まったソレ。

 ソレはホルダーに納められた、一丁の『魔力式リボルバ(【弾痕マリア】)ー』だった。

 ……忘れることも無い。

 シアンさんが【ペイルライダー】に対して命懸けで時間稼ぎを行ったあの時、使った大切な武器。

 私が<地下墳墓>から骸と一緒に回収してきたアイテムである。

 

 

 「だけどこれはッ――――「おい、俺に言うなよ。返して来いっつってもあの雰囲気じゃぜってぇ受け取って貰えねぇぜ?」――――」

 

 

 言おうとした言葉は、ホオズキに重ねられて止められる。

 

 

 「それに『魔力式』っつーんだからお前が持ってても無駄にはならねぇだろ」

 『……だろ?』

 「……でも、私銃なんて握ったこと無いんだけど」

 「そんなん知らねぇーーよッ!! とにかく俺に言わずに商会の奴らに言って来いよ。もうすぐ街を出るらしいが今なら間に合うだろうぜ」

 

 

 ……それもそうだ。

 それに返品云々は関係なく、別れの挨拶も無しにこのまま互いに街を出るのは何だかさみしい気持ちもしてきた。

 だから……。

 

 

 「……うん」

 

 

 私は顔を上げ、【弾痕マリア】を胸に抱きかかえながら一歩踏み出した。

 

 

 「――私、商会の皆に会いに行ってくる」

 「おう、ゆっくりで良いぜ? 俺もちょっとした野暮用(・・・)があるからな」

 『……からな?』

 

 

 ホオズキとシュリちゃんの声を背後に。

 私は迷路のように入り組んだ貧民街の中を走り出す。

 この<グランドル>に訪れた時はあれほど迷子になりかけ、一人では決して歩けなかった貧民街。

 しかし、今は『焼却所』から<愚者の石積み商会>までの道が分かる。

 これからこの道も取り壊され、跡形もなくなくなってしまうのだろう。

 だけど……今は、この瞬間は。

 なんでもないようなその事実が、<グランドル>に住むティアンに近づけた気がして少しだけ嬉しかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 「――行ったか?」

 『……うん』

 

 

 ヴィーレが『焼却所』から貧民街へと走り去った数秒後、ホオズキとシュリは何かを待つように黙ってその場に(とど)まっていた。

 別にわざとヴィーレをこの場から遠ざけた訳ではない。

 ただあえていうなら、これから行うのは“後始末”。

 そして【砂鉄滋竜 モノポール】と【魔導狙撃手】アインとの決着つかずによる不完全燃焼の憂さ晴らしだ。

 

 

 「此処に居るんだな?」

 『……うん。……何処か分かんないけど、居る』

 

 

 視線は逸らさずそのまま。 

 互いに顔を合わせることなく、メイデン特有の念話を使うことなく会話する。

 それは挑発(・・)

 ホオズキとシュリ以外に居るはずの無い、第三者に聞かせるようにわざと話す。

 ――そして。

 

 

 「――ハッ! それが分かりゃ十分だぜ!!」

 『……うる、さい』

 「るせぇっ! ――行くぜ、シュテンドウジッ!!」

 

 

 大きな、耳を塞ぎたくなるような掛け声。

 同時にシュリは、【到達鬼姫 シュテンドウジ】は<エンブリオ>として<マスター>の思いに呼応する。

 

 ――『少女』が『光の塵』に。

 ――『光の塵』は『血』へ。

 

 一瞬のうちに、シュテンドウジはホオズキの体内へと吸い込まれるように消えて去り、そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 『チュ、チュチチチチチチチチッ!!』

 「――あ?」

 

 

 地面から生え伸びた不可視の『針』。

 注射針のようなモノが、奇妙な鳴き声と共にホオズキの身体を深々と貫いていた。

 

 ホオズキは何が起こったのかも分からず、驚きの声を漏らした。

 ……それもそうだ。

 その注射針は不可視の針。

 完全な予想外な場所から放たれ、防御不可能な不意打ちなのだから。

 訝しげに顰められた鋭い眼孔は針の突き出る地面へ。

 同時にその存在を認識し、視界にはモンスターの固有名称(・・・・)が浮かび上がる。

 

 

 

 ――【吸血清 オールドリーチ】、と。

 

 

 

 それはヴィーレ達がこの<グランドル>へ到着した際にシアンさんから教えられた<UBM>の一体。

 『伝説級』<UBM>――【吸血清 オールドリーチ】だった。

 その正体は、高度な擬態能力を持った『吸血蛭(キュウケツヒル)』。

 【オールドリーチ】は擬態能力に加え地面に潜行し、誰にも気が付かれないように『死体』から血を吸い生きていたのである。

 ホオズキの挑発と戦闘態勢に姿を現したが――関係ない。

 ――既に決着はつい(・・・・・・・)ているのだから(・・・・・・・)()

 

 

 『チュチチチチチチチチッ!!』

 「――グッ!」

 

 

 注射針のような【オールドリーチ】の吸血口。

 硬質化した針はホオズキの心臓を正確無比に貫いてた。

 

 そして……ホオズキの全身の血を吸い尽くすのに3秒もかからない。

 

 無慈悲にして速攻。

 不可視の一撃。

 改めて断言しよう――『既に決着は付いている』、と。

 

 

 「……もしかしてこれだけか?」

 『チ、チチチ……!?』

 

 

 そして【吸血清 オールドリーチ】は今になって気が付いた。

 ――『何故この生物は心臓を貫かれても生きているのか』、と。

 本当ならば直ぐにでも気がつく出来事。

 気がつかなかったのは文字通り、ホオズキの挑発で“頭に血が上って(・・・・・・・)いた(・・)”のか。

 

 

 「シュリ」

 『……大丈夫。……あと7割、ぐらい?』

 

 

 ホオズキとシュテンドウジの意味の分からない会話。

 しかし【オールドリーチ】はその会話が指す意味が分かってしまった。

 では、7割とは何か?

 それはきっと【シュテンドウジ】の保有する血の残(・・・・・・・)()

 【吸血清 オールドリーチ】は『一秒で一リットルの血を吸血する』。

 成人した男性で、全身の血の量は『4L~5L』と言ったところだろう。

 殺すだけなら、もっと少なくても大丈夫かもしれないが。

 

 ――今、何秒経過しただろうか?

 

 おそらくは十数秒程度。

 1人の人間の致死量の3倍以上の血を吸っている計算だが……それでも残り7割以上残っていると言うのは【オールドリーチ】にとっては絶望的な数字だった。

 

 

 『チュ、チュチチチチチチチチッ!!』

 

 

 【オールドリーチ】は自分の置かれた状況を理解し、吸血を止め、吸血口を引き抜こうとするが……。

 

 

 『――チ、チチチッ!?』

 

 

 ……抜けない。

 それはまるで『筋肉で締め付けられ、針を抜けない蚊』のよう。

 《血の代償(ディール・ブラッド)》による再生するホオズキの筋肉が。

 【吸血鬼】の《血液操作》による凝血した血の拘束が、吸血口を絡め取ったのだ。

 元々、【オールドリーチ】は非力な<UBM>。

 ステータス特化のホオズキと【到達鬼姫 シュテンドウジ】を振り切る事も出来るはずもない。 

 【オールドリーチ】は必死にホオズキから逃れようと、砂色の血が貯められたら袋のような体を蠢かせ――――次の瞬間、その身体を膨れ上が(・・・・・・・)らせた(・・・)

 

 

 「……ヴィーレの奴は騎兵の<UBM>相手にギリギリの戦いを繰り広げたらしいが……。まぁ、相性差ってやつか」

 

 『――~~~ッ!!』

 

 

 肥大化する【オールドリーチ】の身体は、【オールドリーチ】自身にも止められない。

 まるで限界まで水を流し込んだ水風船。

 今にも破裂して中身をまき散らしそうな状態である。

 しかし、構わず<エンブリオ>の『血』は【オールドリーチ】の許容量を超えて流れ込む。

 

 そう……ホオズキの<エンブリオ>であるType:メイデンwithアームズ、【到達鬼姫 シュテンドウジ】。

 

 それは【吸血清 オールドリーチ】を完全にメタった。

 星の数ほどある<エンブリオ>の中で最も天敵である存在。

 

 

 「てめぇに気づいたのは【義賊王】の野郎と此処に来た時だったんだけどな。……てめぇが血を吸ってたからか? 街に染みついた血の気配に対して此処だけその気配が薄すぎる(・・・・・・・)

 

 

 【シュテンドウジ】は血の<エンブリオ>。

 生物の血を感じ取ることが出来る程の、特殊な索敵手段を持っている。

 それもこの<グランドル>では、【解体王】の『死体生物』の影響で役に立つ機会は限りなく少なかったが……逆に血の気配の濃い街で、一部だけ薄すぎるのが仇となった。

 ある意味不幸な【吸血清 オールドリーチ】。

 ホオズキが居なければ、それこそ索敵に特化した<エンブリオ>でも来なければ見つかることは無かっただろう。

 

 

 「――まっ、【解体王】が<監獄>送りになった以上、死体の量が少なくなっていずれてめぇは街のティアンを襲う。そうなりゃぁ、何時かは討伐されてただろうがな」

 『……気付いたの、シュリ。……だけどね』

 

 『―――――チ、チチッ』

 

 

 饒舌に語るホオズキとツッコミを入れるシュテンドウジ。

 【吸血清 オールドリーチ】はその会話を、何も出来ずに聞いている事しか出来なかった。

 限界以上に肥大化した体は動かせず。

 血に押しつぶされた内臓は機能せず。

 ただ死を待つように、擦れた鳴き声を上げた。

 

 そんな【吸血清 オールドリーチ】をホオズキは鋭い視線で見下ろす。

 

 

 「結論を言いやぁ、てめぇは詰んでたってことだ」

 

 

 最後の言葉と共に、街に残っていた『一抹の不安(【吸血清 オールドリーチ】)』は地面に赤いシミを残し、

 

 

 

 【<UBM>【吸血清 オールドリーチ】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ホオズキ】がMVPに選出されました】

 【【ホオズキ】にMVP特典【血清精製円筒噐 オールドリーチ】を贈与します】

 

 

 

 ――身体の内側から破れ、跡形もなくはじけ死んだのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 【襲撃者】ホオズキと【吸血清 オールドリーチ】の静かな戦いの決着。

 絶対時間にして一分にも満たないは、ホオズキ自身も驚くほどに呆気ないものだった。

 『焼却所』から絶え間なく立ち昇っていた躯を火葬する白煙はいつの間にか止み、地面にできた血溜まりを砂漠の砂が見る見るうちに吸い取っていく。

 ――勝者は1人。

 心底つまらないと言いたげに、不機嫌に眉をしかめ口をへの字に曲げる。

 

 

「……伝説級<UBM>っつーからどんだけ強えぇのかと期待してたけど――糞雑魚じゃねぇか」

 

 

 以前戦った『逸話級』<UBM>――【炬心岳胎 タロース・コア】の方がよっぽど強敵だった。

 自分が強くなったと言ってしまえばそれだけだが……不完全燃焼の闘争心を晴らしにきたホオズキから見れば納得のいかない結果である。

 そして……

 

 

 『……最悪』

 

 

 つまらなさそうなホオズキよりも更に不機嫌そうな声と共に、ホオズキの傍らに小さな鬼っ子のシュリが現れた。

 長さの違う小さな二本の鬼角。

 纏めて束ねてある蒼いロングヘア。

 ホオズキにとって既に親の顔より見慣れた相棒だ。

 

 

 「なに怒ってんだよ。……もしかして血を大量に使った事気にしてんのか? 戦闘なんだぜ? 血を使うのはお前も分かってんだろ」

 『……違う』

 「はぁ? じゃぁ、何で怒ってんだよ?」

 『……血を使う。……血を、無駄にする。……似てるけど、全然違う』

 

 

 ……どうやら、『血を大量に送り込んで破裂させる』という戦い方が気に入らなかったらしい。

 正確に言えば、無駄にした事に。だろう。

 ホオズキの<エンブリオ>である【シュテンドウジ】は、血に関しては少し厳しい。

 『血』の置換型故の性格か。

 ホオズキはそんなシュリの言葉に、呆れたようにため息を吐いた。

 

 

 「んな事よりソレ(特典武具)拾っておいてくれ。血に関してはお前の方が詳しいだろ」

 『……んっ』

 

 

 しぶしぶと言った様子で指示に従うように、シュリは地面から『特典武具』を拾い上げる。

 小さな腕に抱え込まれた【オールドリーチ】の『特典武具』――ソレは『小さなポーチ』に入った『二本の硝子製の円筒形の筒(シリンジ)』だった。

 大きさ、形は車に取り付けてある発煙筒に近いだろう。

 上円部を押し込むことで注射針が飛び出し、採決。投与が可能なシンプルな構造だ。

 シュリは【血清精製円筒噐 オールドリーチ】の詳細にまじまじとジト目を通し……。

 

 

 『……ん。……かなり使える、かも?』

 

 

 不機嫌だった声が、少しだけいつもの声に戻った。

 

 

 『……状態異常攻撃持ちの、モンスターから……血を採る。……そしたら【血清】が、できる?』

 「なんだそりゃ。全然使えなくねぇか?」

 

 

 簡潔にまとめられた【血清精製円筒噐 オールドリーチ】の説明。

 しかし、ホオズキはそんなシュリの説明を聞き、鼻で笑うように一蹴した。

 端から聞けば傲慢な言葉。

 状態異常の回復アイテム精製噐など、どの<マスター>から見ても喉から手がでるほど欲しいアイテムに違いない。

 だが、ホオズキに限ってはこう言ってしまってもしょうがなかった。

 

 ――【シュテンドウジ】は強化と再生の<エンブリオ>。

 

 肉体やHPのダメージは血がある限り即座に完治可能である。

 加えて、【タロース・コア】の割合回復パッシブスキル。

 【毒】になったとしても、ちまちまと血を採血し、【血清】が完成するまで待っているより先に敵を殴り殺した方が早いのだ。

 ある意味、ヴィーレがそばに居ることも必要性を感じなかった要因の一つだろう。

 ホオズキは【オールドリーチ】を使えないと判断し、そして……

 

 

 『……違う、よ?』

 

 

 シュリは首を横に振った。

 

 

 『……【血清】は、状態異常の回復じゃ、ない。……一定時間の無効化? 

  ……それに、特殊な状態異常にも、対応できる? ……みたい?』

 「おぅ……よくわかんねぇなッ!!」

 『……あと、増血も出来る。……強いモンスターから、採血して、血を増やすことも出来る――はず?』

 

 

 ――増血できる。

 それはホオズキにとってもありがたい効果である。

 加えて、シュテンドウジは『血』のスタックをため込むことができる。上手くいけば増血した『血』を移し、理論上では無限に精製出来るだろう。

 ホオズキもその事を理解したのか、何度も大きく頷き。

 

 

 「――まっ、俺は壊しそうだしお前が持っとけよ。俺達もさっさとヴィーレを追いかけようぜ」

 『……絶対、分かってない』

 

 

 相棒(シュリ)へと丸投げした。

 そんなホオズキの姿に今度はシュリが呆れたようにため息を吐き、半開きのジト目を向ける。

 そして、

 

 

 『……別れの挨拶は、いいの?』

 

 

 『焼却所』に背中を向け、歩き出したホオズキにシュリは首を傾げた。

 しかしホオズキはそんな言葉に反応する事は無く、足を緩める気配もない。

 

 

 「いらねぇよ。あいつも俺に言われても嬉しくねぇだろ。冤罪の貸しも――コレでチャラだ、チャラ」

 

 

 どこかふざけるように笑って言う。

 

 

 「それに……」

 『……それ、に?』

 

 

 ホオズキは一瞬だけ足を止め、凶悪な表情を浮かべて笑った。

 

 

 「俺にもよくわかんねぇが、あいつとはまたどこかで会う。そんな気がするぜ?」

 

 

 そう言い切って再び歩き始めた

 

 

 『――?』

 

 

 シュリはそんな<マスター>の言葉により一層首を傾げ、そして。

 

 

 『……ホオズキ』

 「ぁ? 何だよ?」

 『……お酒買って。……高いやつ』

 「はぁっ!?? 何でだよ!? 自分で買えよ! そもそも俺には金がねぇ!!」

 『……問題ない。……討伐賞金が、ある』

 

 

 理解するのを諦めたように、ホオズキの背中を追いかけて走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 



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エピローグ2 夜明けの旅路

 □<カルディナ・レンソイス砂漠> 

 

 

 

 

 

 ――“氷冷都市”<グランドル>と<黄河帝国>の中腹に広がる白い砂漠。

 

 そこは<レンソイス砂漠>と呼ばれる、ティアンが決して足を踏み入れない場所。

 天空を『神話級』<UBM>、【封儀神獣 ヒエログリフ】が。

 砂中を『古代伝説級』<UBM>、【砂鉄滋竜 モノポール】が徘徊する<カルディナ>でも類を見ない危険地帯である。

 そして同時に、夜には満天の星空と白銀に輝く海原が見る事が出来る『幻想郷』だ。

 

 そんな二体の<UBM>が徘徊する<レンソイス砂漠>。

 蟻地獄のような巣を持つ【サンドホール・ワーム】のようなモンスターならば避けて通るのも簡単だが、それぞれの<UBM>としての特性上、広域に察知能力を持っているので避けることも逃げることも難しい。

 討伐に乗り出そうにも大空を自由自在に飛び回り、片や砂中に潜航し攻撃を当てるのもままならない。

 居場所は分かっても倒せない。

 

 ……所謂“触れるな危険!”、なモンスターである。

 

 その為、砂漠を渡る【旅商人】も【冒険者】すら近寄らないのが常識になってしなっていた。

 しかしその日、朝日が地平線に顔を出し始めた早朝。

 山のように大き(・・・・・・・)()一つに影が<レンソイス砂漠>を横断していた。

 

 

 

 

 

 「――ふぁ~~~~……」

 

 

 黒色の巨大な体躯の地竜だ。

 『地亀』のような四肢と尾を動かし、砂漠の中を突き進む。

 そんな……おそらく総合的な戦闘力は『純竜』に匹敵するだろう地竜の背、硬い岩盤のような堅殻の上で1人の少女が大きな欠伸を漏らし――固まった肩を大きく伸ばした。

 

 

 『GAWUWUUUUuu~?』

 「ううん、何でもないよアロン。久しぶりののんびりした旅だからちょっと眠くなっちゃったみたい」

 

 

 地響きのような唸り声を上げたアロンに、少女はのんびりとした声で呟く。

 たった一言。

 たった一動作。

 それだけで見る人が見れば、少女が只者ではない事が分かるだろう。

 普通なら巨大な地竜に乗って移動など、空を飛べるモンスターにとって絶好のカモにしかならない。

 しかし……今実際にこうして少女は怪鳥型のモンスターに狙われることも無く、のんびりとした旅をしている。

 それが指し示す事実は三つ。

 

 一つ、少女自身がモンスターから見れば敵わないと分かってしまう程の強者である可能性。

 二つ、少女の《騎乗》する地竜が何らかの特異なスキルを持つ強力な騎獣である可能性。

 そして三つ……前述の二つともを満たしている可能性。

 

 いずれにせよ、少女らが只者ではない事は《看破》を使用しなくても一目瞭然だった。

 そんな只者ではない少女は落ち着いた様子で。

 穏やかな雰囲気で、彼方まで広がる地平線を眺めながら独り言を漏らした。

 

 

 「……今日中に<レンソイス砂漠>を抜けて、予定通り<不冷の溶岩洞>で数日休憩かなぁ」

 

 

 少女は頭からすっぽりと薄水色の【遮雨の外套】を被り、オレンジ色の瞳に紺碧の快晴の空を映した。

 【遮雨の外套】なので、通気性もある程度有るのだろう。

 ジリジリと照らす灼熱の太陽を遮るように、外套は少女の全身を隠している。

 只者ではない少女。

 しかしやはり女の子と言うことなのだろう。

 太陽を気にする点や、その仕草からは女性らしさが垣間見えていた。

 そんな少女を砂漠特有の突風が吹き付け、【遮雨の外套】が風に吹かれて激しくはだけて姿が見え。

 ――――訂正。

 先程、陽光を気にしている。

 女の子らしい、と言ったが少し違ったらしい。

 

 

 「ガァァァーー~~ッ!! <カルディナ>は寒くなったり暑くなったり忙しいなぁ!! ――お前もそんな外套被って暑くねぇのかよ」

 『……暑い。……溶け、る』

 「もう……五月蠅いなぁ~。しょうがないでしょ、こんな格好なんだから」

 

 

 背後で上裸で寝転ぶ男とぐったりとした鬼っ子の言葉に、拗ねたような口調で返事をする少女。

 ……なるほど。

 確かに突風によって【遮雨の外套】がはだけた少女の格好は、少し露出が多く、そして――不思議と歪な服装だった。

 

 

 ――赤髪のショートヘアと、『花の彫()刻が()入っ()たリ()ング()型の()髪留()め』に結われた耳の前方を流れる肩に掛からない程度の一房の横髪。

 

 ――胸を隠したチューブトップに短いショートパンツ、そして腰ベルトに装備された『黒と白の十字剣(【アズラーイール】)』。

 

 ――少女のその白い脚を覆い隠すようにショートパンツの下から伸びた『()のガ()ータ()ース()トッ()キン( )グと()【ア()ダマ()ンタ()イト()】の()騎乗()()』。

 

 

 赤髪の少女――【女戦士(アマゾネス)】ヴィーレ・ラルテは恥ずかしがっているのか。

 もしくはこの暑さによるものか、頬を赤く染めながら【遮雨の外套】を引き寄せた。

 【女戦士】専用装備の露出の多い服装。

 そして、三つの特典武具が歪さを生み出していた。

 

 

 「んだったら前の防具に着替えればいいだろ。どうせ【ジョブクリスタル】買い込んでんだしよぉ」

 『……だしよ』

 「……それが出来たら既に着替えてるよ……。【ペイルライダー】との戦闘で【スカーレット act.1】とブーツが修復不可能になっちゃったから」

 「ガッハッハッハッハ!! そりゃぁ大変だな!! 俺の防具は『特典武具』だからかんけぇねぇぜ!」

 『……使う前に、突っ込むけど……ね』

 「……良いんだよ、勝ちさえしりゃぁな!」

 

 

 後方で唐突に始める軽口の叩き合い。

 2人とも寝転びながらの言い合いという、シュールな状況にヴィーレは熱の籠もった吐息を漏らした。

 

 (――まぁ、【女戦士】のレベル上げもしなきゃいけないからいずれは着なきゃ駄目だったんだけど……)

 

 既に一度カンストした【女戦士】。

 しかし【ペイルライダー】との戦闘で使用した《軍神咆哮》のデメリットによって、そのレベルは1まで下がってしまっていた。

 レベル上げ自体は上手く行けば《黄河帝国》に到着するまでにはカンストまで持っていけるだろう。

 そう考えると、遅かれ早かれ《女帝の刻印》の装備制限で布地の少ない【スカーレット act.2】を着るの必須だった。

 この装備を着る度にレジェンダリアの変態に近づいていく気がして常識と羞恥心がゴリゴリと削られていくけど。

 ……きっと、我慢するしか無いのだろう。

 

 (レジェンダリアに帰ったらレズに新しい防具を作って貰おう)

 

 ヴィーレは心の中でそう決意しながら、再び大きく溜め息を吐いた。

 

 

 「……うん、でもまぁ、【女戦士】の装備制限中でもコレ(【冥克騎脚 ペイルライダー】)が装備出来て助かったよ。脚装備はあのブーツしか持ってなかったから。――【女戦士】のジョブにもアジャストしたってことなのかな?」

 

 

 ヴィーレはそう呟きながら【冥克騎脚 ペイルライダー】に触れ、その詳細を確認する。

 詳細は以下の通り。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 【冥克騎脚 ペイルライダー】

 <神話級武具(マイソロジーアームズ)

 黒死の疫病を振り撒き、魂を食い続けた黒狼の冥神騎の概念を具現化した神話の神器。

 使用者を呪い、騎獣と騎兵に冥神の力を分け与える力を持つ。

 ※譲渡・売却不可アイテム

 ※装備レベル制限なし

 

 ・装備補正

 HP+50%

 AGI+30%

 防御力+170

 

 ・装備スキル

 《冥道の克服者(ペイルライダー)

 

 ・呪い

 【装備変更不可】【ダメージ負担】

 

 

 

 ◆

 

 

 

 【冥克騎脚 ペイルライダー】は『黒いガーターストッキング』と『騎乗靴』。

 二つで一式の『特典武具』だった。

 ヴィーレの膝上まで覆ったストッキングは薄く、そして驚く程に硬い。

 脚を動かしても全く阻害感を感じないが、外から軽く叩いてみると硬い金属の音と感触がする。

 

 ――【冥神騎】の魔鎧の【アダマンタイト】。

 ――騎獣の巨黒狼の毛皮を鞣した布。

 

 二つを足して2で割ったような、そんな性質を持っているストッキングだった。

 下着とストッキングを固定するガーターベルトは《騎乗》中でも脱げたりズレたりしないようにするための親切心だろうか?

 ……正直に言うと、少し恥ずかしい。

 スカートだったら隠れて目立たなかったはずだけど――――ショートパンツなので逆に目立ってしまっている。

 恥ずかしい。本当に恥ずかしい。

 きっと戦闘でも役立つし便利だが、今はその『特典武具』のアジャストが何処か恨めしく感じた。

 

 騎乗靴もストッキングと同じ。

 どちらかと言えば『布』よりも『金属』に近い素材で出来た黒のブーツ。

 しかし、ただ真っ黒な騎乗靴と言うわけではない。

 『紫紺の長剣』を連想させる"紫紺の徹甲”がつま先に取り付けられ、近接戦闘にも耐えられる仕様に。

 夢で会った【冥骸騎】の女性の銀髪を彷彿とさせる“銀糸”の紐で、騎乗靴のきつさを調節できるように。

 パッと見てもあまり目立たない。

 よく見れば気が付けるような素朴な装飾が所々に施されていた。

 ヴィーレはそんな【冥克騎脚 ペイルライダー】を改めて見て……眉を垂らす。

 

 

 「ステータス補正も高いし……【呪い】が無ければ本当に強力な武具なんだけど……」

 

 

 そう…………【呪い】。

 <神話級武具>【冥克騎脚 ペイルライダー】。

 

 【冥克騎脚 ペイルライダー】は強力な武具であると共に、呪われた武具(・・・・・・)だった。

 

 一度装備してしまえば、もう脱ぐことも叶わない【装備変更不可】。

 そして騎獣へのダメージをヴィーレが負担する【ダメージ負担】。

 『特典武具』としては異例のデメリット。

 それはある意味、《天つ暁星の転生者》を用いて倒したヴィーレに対するアジャストだとも言えるだろう。

 

 (――どう、なるのかな……?)

 

 その【呪い】がこれから先、巻き込まれ、自分から首を突っ込んでいくだろう戦いの中で“吉”と出るか“凶”と出るかはヴィーレ自身にも分からなかった。

 

 

 「《冥道の克服者(ペイルライダー)》もこれから使って検証しなきゃね」

 

 

 《冥道の克服者》の効果は分かっているが、実際に使ってみなければ詳しいところまでは分からないだろう。

 ヴィーレはふと視線を【ペイルライダー】から外す。

 そして太腿の上で寝息を立てるフェイへと向けた。

 どれほどの効果があるかは知らない。

 だけど……きっとソレ(冥道の克服者)はこれから先、私達の大きな力になってくれる。なんとなくだけど不思議とそんな気がした。

 

 

 

 

 

 「――それよりもよぉ、これからどうすんだヴィーレ? このまま元々の目的地だった《黄河帝国》を目指すのか?」

 『……のか?』

 

 

 背中越しに聞こえてくる気だるげな声。

 ヴィーレはそんなホオズキの疑問に考え事を中断する。

 

 

 「ううん、このまま何も無ければ到着予定の<不冷の溶岩洞>で数日休憩しようかな~って。急ぐような旅でもないし。それに【ペイルライダー】との戦いで《火焔増畜》の貯蓄を空になるまで使いきっちゃったから、その補給がしたいの」

 

 

 <不冷の溶岩洞>は砂漠の中にポツンと出来た『自然型ダンジョン』だ。

 出入り口の洞窟に入ると一面の溶岩湖が入り組み、地下へと流れ込む。

 生息するモンスターも火に関係したモノばかり。

 フェイの《火焔増畜》を貯めなおすのには絶好の場所である。

 

 

 「……強い(モンスター)はいるのか?」

 「私も人伝でしか聞いてないけど……火竜が居たらしいよ?」

 「ハッ!! そりゃぁ良いな! 俺が根こそぎぶっ倒して――――『……嫌だ』――――あ?」

 『……絶対、熱い』

 「文句言ってんじゃねーよッ! そもそもお前は『血』に戻るんだから熱いのは俺だけじゃねぇーか!!」

 『……ホオズキは、足滑らせて、マグマに落ちるから。…………や』

 

 

 唐突に始まる喧騒。

 聞きなれた二人の声を背中に、ヴィーレは遥か彼方の地平線へと目を向けた。

 そして……、

 

 

 

 

 「――まだまだ()は長そうだね」

 

 

 

 

 少し楽しそうな。

 鼻歌まじりの独り言は太腿の上で眠るフェイにだけ聞こえ、雲一つない青空へと溶けて消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 □■

 

 

 

 【雷霆艇雲 ヴィマナ】

 最終到達レベル:50

 討伐MVP:【大空賊(グレイト・スカイパイレーツ)】スバル Lv73(合計レベル:373)

 <エンブリオ>:【失翼天海 イカロス・ダイダロス】

 MVP特典:古代伝説級【霹靂飛空艇 ヴィマナ】

 

 【冥神騎 ペイルライダー】

 最終到達レベル:84

 討伐MVP:【槍騎兵(スピア・ライダー)】ヴィーレ・ラルテ Lv48(合計レベル:267)

 <エンブリオ>:【焔神廻鳥 フェニックス】

 MVP特典:神話級【冥克騎脚 ペイルライダー】

 

 【功夫拳獣 ワンパン・ダー】

 最終到達レベル:79

 討伐MVP:【功夫仙(クンフーマスター)翠嵐(スイラン) Lv109(合計レベル:359)

 <エンブリオ>:【反転式 タイキョクズ】

 MVP特典:逸話級【すーぱーきぐるみしりーず わんぱん・だー】

 

 【迅竜王 ドラグスピード】

 最終到達レベル:41

 討伐MVP:【獣戦鬼(ビーストオーガ)】ベヘモット Lv53(合計レベル:253)

 <エンブリオ>:【怪獣女王 レヴィアタン】

 MVP特典:伝説級【奮迅竜甲 ドラグスピード】

 

 【十刀絡繰 ゼロセン】

 最終到達レベル:22

 討伐MVP:【剛爪士(ストリング・クロウ)碓氷二狼(うすいじろう) Lv34(合計レベル:334)

 <エンブリオ>:【天月狼人 ジェヴォーダン】

 MVP特典:逸話級【残刀(なまくら) ゼロセン】

 

 【吸血清 オールドリーチ】

 最終到達レベル:62

 討伐MVP:【襲撃者(レイダー)】ホオズキ Lv28(合計レベル:278)

 <エンブリオ>:【到達鬼姫 シュテンドウジ】

 MVP特典:伝説級【血清精製円筒器 オールドリーチ】

 

 



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エピローグ3 それ行け、アヴェンジャー!!(上)

 ■<ヴァレイラ大砂漠>

 

 

 

 

 

 それはヴィーレ達一行が、広大な<カルディナ>の砂漠へと足を踏み入れようとしている頃。

 

 

 

 

 

 “氷冷都市”<グランドル>の付近の山々——<厳冬山脈>は今日も平和だった。

 神話級<UBM>最強にして、<厳冬山脈>の空の王である【彗星神鳥 ツングースカ】やイレギュラーの<UBM>である最強の地竜種、【地竜王 マザードラグランド】などの強力なモンスターがひしめき合う超危険地帯。

 例え、今のトップレベルの<マスター>(『超級職』保有&第五形態<エンブリオ>持ち)であろうと山脈の麓でデスペナルティになるのは確実だろう。

 

 そんな前人未踏な<厳冬山脈>は、仮に今日新たな<UBM>が産まれようがその日常が変わることは無い。

 

 ――ギラギラと容赦なく照らしつける太陽に青い空。

 ――砂漠から立ち昇る熱気と山頂から流れ込む冷気が混じり合う、澄んだ空気。

 ――何処までも続く、果ての無い円を描く地平線。

 

 そして……、

 

 

 

 

 

 『MON(赤髪)MON(赤い鳥)MO~MONGAaa~(み~つけたら~)

 『『『『『MON()MONGA(爆撃)!!』』』』』

 

 『――MONGA(忘れるな)MONGAMOMONGAaa(我らの燃えた安寧の森を)MONGAaaaaa(死んだ仲間を)!!!』

 『『『『『MONGAーー(サー・イエッサー)!!』』』』』

 

 

 

 その日、<厳冬山脈>の麓には絶えることの無い爆撃の雨が降り注いでいた。

 規則正しく、そして無造作にばら撒かれる爆撃の通り雨。

 その威力は語るまでもない。

 <厳冬山脈>の麓で隠れるように生息していたモンスター達は無情な爆撃に木端微塵に吹き飛んでいく。

 同時に山脈に被害者(モンスター)達の断末魔が木霊する――が、その声は大きな爆発音に吹き飛ばされ、地上に影を映して大空を滑空するモンスターの軍隊(レギオン)には届かない。

 ……いや、届いたとしても彼らの可愛らしい鳴き声の軍歌(復讐と怨念の歌)の伴奏程度にしかならないだろう。

 爆撃を繰り返すモンスターの軍隊は――――伝説級<UBM>、【爆撃大尉獣 ボム・モンガー】率いるモンスター達は爆撃の爆風に乗り、更に大空へと飛翔することを繰り返していた。

 

 

 その姿には、もはや<UBM>では無かった頃の面影。

 【マグトリー・モモンガ】だった頃の弱い姿は全く想像することは出来ないだろう。

 

 【爆撃大尉獣 ボム・モンガー】は<アルター王国>での【バジリスク】が変化した<UBM>との戦いでの勝利。

 そして『伝説級』への進化を経て、新たな力を手に入れる為に<アルター王国>や<ドワイフ皇国>と<カルディナ>の国境に沿うように(修行)を続け、【ボム・モンガー】は伝説級の肩書の名に恥じない程の力を付けていたのだ。

 

 

 クリクリとした大粒の丸い目やふさふさの短毛。

 【マグトリー・モモンガ】だった頃から変わらない身体の大きさは未だに小さく、ティッシュ箱にすっぽりと入る程度しかない。

 しかし、伝説級への進化を経て少しだけその姿は変化していた。

 

 一つは、頭に被っていた軍帽に加えて、身に纏った『赤と黒を基調とした軍服』。

 

 もう一つは、前まで【ボム・モンガー】の背にあった“黒い丸と燃える炎”の毛並みが消え、背負った軍服に新たに“黒い丸と燃える炎”。そして“笑う髑髏”が炎の紋様に重なる形で刺繍されていた。

 

 いや……よくよく見れば【ボム・モンガー】だけではない。

 

 

 『『『『『MON、MONGAー!』』』』』

 

 

 軍隊(レギオン)の【マグトリー・モモンガ】は全員毛並みのどこかに“黒い丸と燃える炎と笑う髑髏”の紋様をもっていた。

 加えてその中でも【爆撃大尉獣 ボム・モンガー】の直ぐ後ろを滑空する五匹は他の【マグトリー・モモンガ】よりも体が少しだけ大きく、そして……()()()()()()()()

 その軍帽は、姿形は【爆撃大尉獣 ボム・モンガー】がまだ逸話級だった頃、【爆撃軍曹獣】の肩書きだった時と瓜二つである。

 五匹のモンスター名に変化は無い。

 しかし……《看破》で見ればそのステータスの差は二倍どころではない。

 

 

 ――そう、軍帽を被った五匹は『大尉』を支える()()()()()()()

 

 

 与えられた《無敵飛行軍令》の《指揮権限-Ⅱ》によって『軍曹』へのパワーアップ(昇進)を果たしたのだ。

 《指揮権限-Ⅱ》を持つ五匹の『軍曹』。

 《指揮権限-Ⅰ》を持つ千匹程の『爆撃兵』。

 そしてそれらをまとめ、指揮する《指揮権限-III》を持つ【爆撃大尉獣 ボム・モンガー】。

 

 

 

 ――<厳冬山脈>を覆う固い氷の地表を吹き飛ばす程の威力を誇る 無差別爆撃(爆撃灯火)

 ――《無敵飛行軍令》による軍隊の全体強化。

 

 

 

 それだけならば<伝説級>に当てはまる強さだっただろう。

 だが『群れが大きくなるほど指揮能力が強化されていく』というデザインだった故に、その強さは管理AI4号ジャバウォックの予想を遥に超えるものとなっていた。

 

 そして……<伝説級>へと変化した際に新たに生まれた固有スキル。

 その効果によって【爆撃大尉獣 ボム・モンガー】が率いる軍隊(レギオン)単位で規格外(イレギュラー)に片足を突っ込み始めていることにまだ誰も気がつかない。

 

 

 また、その事実を知る由もないモノがこの《厳冬山脈》の麓にも一体。

 体長二メテルを超える大きな巨躯を誇り、身体中から大小長短の様々な筒を生やすモノは自身の縄張りを荒らし、上空を滑空する【ボム・モンガー】の群れに青筋をたてる。

 そして……

 

 

 

 

 

 『GooooooGAAAAAAAAAAA!!!』

 

 

 薄氷を揺るがし罅を入れる大咆哮。 

 何かが燃えるような硝煙の臭い。 

 ソレは全身から生え伸びた対空砲と機関銃から、怪鳥すら撃ち落とす程の凄まじい威力を持つ氷弾を空へと向け無差別に撃ちはなった。

 撃ちだされた氷弾はソレの近くを飛翔していた鳥型モンスターを撃ち落とし、【ボム・モンガー】の軍団が投下した爆弾を撃ち抜き、暴発させる。

 突然の地上からの不意打ちに対して軍団が仮に機敏に進路を変更し、攻撃から逃れようとしても……関係ない。その氷弾の乱射は一切弾切れを起こすことなく軍団を追撃し続ける。

 

 

 その銃撃を起こしているのは、たった一体のモンスターによる攻撃。

 

 ()()()()のワンマンアーミー。

 

 そのモノは“氷冷都市”<グランドル>の近隣に存在する三体の<UBM>の一角。

 

 

 『GaGOOOOOOOOOOOO!!!』

 

 

 ――『逸話級<UBM>』、【撃墜吹鬼(ゲキツイフブキ) オストヴィンド】だった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 大空を悠々と滑空する【ボム・モンガー】達を襲った対空砲による奇襲。

 たった一体のモンスターによって張られた小さなモンスター一匹――――それこそ【マグトリー・モモンガ】がギリギリ抜けられるかといった高密度な弾幕。

 『爆撃兵』vs.『対空砲』という互いに互いが天敵な関係。

 それは一歩間違えれば軍隊が壊滅しても何ら不思議ではない状況であった。

 いや……普通の人ならば「八割がた戦いの決着は見えた」、そう考え、興味を無くして目を反らしても可笑しくない。それほどに【オストヴィンド】の攻撃は唐突であり致命打になりうる攻撃力を秘めていた。

 しかし現実は物語のように上手くは行かず、そしてこれはモンスター同士の戦い。

 黒煙が立ち込める空。

 その中から聞こえてきたのは可愛らしく、どこか勇ましさを感じる鳴き声だった。

 

 

 『MON(大尉殿)‼ MONMONGAaa(左下後方から奇襲です)‼』

 『MONGA(狼狽えるな)MON、GA-MONGAMO-MONGA(各分隊、空爆で壁を張りつつ右方に上昇)‼』

 

 

 同時に黒煙を突き抜け、姿を現した【ボム・モンガー】達。

 そして不思議な事が一つ。

 

 

 『MONGA(死亡兵は)?』

 『MON(0です)‼』

 『MONMON(負傷兵は)?』

 『MOMON(数は12名)MO-MONGAMO-MONGA(いずれも軽傷で飛行には問題ありません)‼』

 

 

 総数1000近い【ボム・モンガー】の軍隊。

 驚くことに倒された【マグトリー・モモンガ】は居らず、その殆どが軽い【出血】程度の軽傷だったのだ。

 

 

 (――運は我らに味方したらしい)

 

 

 先頭を飛び、軍隊を率いる【ボム・モンガー】はモフモフの丸い尻尾を振った。

 【ボム・モンガー】達がほぼ無傷で済んだ理由。

 それはまさに幸運としか言いようがない。

 

 【オストヴィンド】による奇襲と【ボム・モンガー】達の爆撃投下、二つのタイミングがピッタリと重なったのだ。

 小さな木の実型の爆弾は偶然にも対空砲を遮る形になったのである。

 そして小さいながらも地表の薄氷を吹き飛ばすほどの威力を持っている。

 意識したわけではない。

 だが結果的に爆撃は氷弾を吹き飛ばし、同時に爆風は【ボム・モンガー】達の離脱に一役買ったのだった。

 軽傷というのも氷弾による負傷……と言うよりは至近距離で爆発した爆撃による負傷だろう。

 だが、何より死者が出なかった理由。それは――

 

 

 『――MON(総員)MONGAMONGA(このまま戦線を離脱せよ)。 ……MOMONGAMONGAMO(我らではまだコイツを倒せない)‼』

 

 

 愛らしく和んでしまうような見た目の【爆撃大尉獣 ボム・モンガー】。

 【ボム・モンガー】はそのクリクリとした真ん丸の瞳の奥に強い意志と冷静な光を宿し、仲間たちに言った。

 

 

 無傷で済んだ一番の理由。

 それは一か月にも及ぶ(修行)の中で培われた経験と冷静な判断だった。

 

 ――奇襲にも決して動じず、下した冷静な判断。

 ――咄嗟に【オストヴィンド】から黒煙を挟んだ対角方向に脱出した機転。

 ――彼我(ひが)の戦力差から勝敗を見極める経験。

 

 始めはただ空回りしていた《無敵飛行軍令》と言う名の歯車。

 それが経験の上に成り立った冷静な判断と言う名の補助歯車によって大きな音を立てかみ合い始めていたのだ。

 

 

 (……我々とは相性が悪すぎる)

 

 

 そんな自身の成長には気が付いていない【ボム・モンガー】は苦虫を嚙み潰したように毛を逆立て、逃走を開始しようとしていた。

 

 敵は無尽蔵に、加えてほぼクールタイム無しに対空砲を乱射することが出来るのに対して【ボム・モンガー】達の《爆撃灯火》はおおよそ三十秒に一つの爆弾を作り出して爆撃するのが精いっぱいだ。

 更に爆撃を食らわせるには敵の真上にまで移動しなければならない。

 たった一体の敵。

 それはある意味、攻撃を一か所に集中させなければならない事を示している。だが【オストヴィンド】は地表の氷を、空気中の水分を氷弾に変えて無尽蔵に乱射することができる<UBM>。

 一点集中の爆撃を打ち落とすことは容易であり、逆に上空を通る【ボム・モンガー】達は格好の餌食になること間違いない。

 

 故に、【ボム・モンガー】の判断は正しかったのだろう。

 そして爆風で滑空する【ボム・モンガー】の軍隊であれば離脱はそれほど難しい事では無かった。

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()、だが。

 

 

 

 

 

 ……何だ? この尻尾ががチリつくような感覚は。

 先頭を飛翔する【ボム・モンガー】が真っ先に感じ取ったのは自身の尾の違和感だった。

 

 

 (――我の立派な毛が逆なでされてるような……)

 

 

 まるで何かを知らせるような奇妙な違和感。

 恐らくそれはスキルでもない。

 例えば、地震が起こる前に犬が吠える。鳥が群れをなして飛ぶ、といった比較的力の弱い生き物が持つ危険察知に近いものだろう。

 今は『伝説級』<UBM>、【ボム・モンガー】も力の弱いモンスターではないが【マグトリー・モモンガ】の長をしていたことがあり、危険を察知する本能が染みついていた。

 そして……。

 

 

 (いや、この感覚には覚えがある……。これはアイツに我らの同胞が燃やし殺された時の――‼)

 

 

 【ボム・モンガー】は不安に駆られ、滑空中にも関わらず思わず後ろを振り返った。

 あの時のように――「自身の同胞に何かがあったのではないか」、と。

 

 

 『MONGA(大尉殿)?』

 

 

 【ボム・モンガー】の瞳に映ったのは一匹の同胞。

 『軍曹』の五匹とはまた別に自分を支える故郷の森(レジェンダリア)でアイツの炎から逃れた家族の姿であった。

 その姿に【ボム・モンガー】はホッと息を吐き。

 

 

 『――!!?』

 

 

 次の瞬間、軍隊の進行方向。

 【ボム・モンガー】が背後を振り返らず、進行速度が遅れてなかっただろう場所を高速で何かが通過したのを感じ取った。

 【ボム・モンガー】はすぐさま振り返る……が、やはり既にその姿は無い。

 

 

 (此処まで敵の攻撃が届くのか!? しかし先程の攻撃、下からでは無かったような……)

 

 

 先頭にまで届くような対空砲ならば軍隊の被害はもっと甚大になっているはずである。

 角度的にも此処までの攻撃は難しい。

 それらの推測から導き出される答えは一つ。

 

 

 『――MON(総員)MONーMONGA(散開しろ―上だ)!!』

 

 

 空を滑空する【ボム・モンガー】。

 そんな【ボム・モンガー】が見上げた遥か上空には沢山の影――とあるモンスターの群れがあった。

 

 ――鋭く、直線的な嘴。

 ――自分達のモフモフの毛とは違う、白く鋼鉄を思わせる硬い羽毛。

 

 【爆撃大尉獣 ボム・モンガー】は知らない。

 数週間前、この付近の大空を縄張りとしている怪鳥型の<UBM>がいた事を。

 その<UBM>が自身と同じ群れを率いるタイプであり、とあるティアンと<マスター>に討伐された為に率いていた配下のモンスターが文字通り“()()()()”と化してさ迷っていた事を。

 ソレは“氷冷都市”<グランドル>でも恐れられているモンスターでいる事を。

 

 

 『KWEeeeaaaaaaaー!!』

 

 

 ――名を、【チャージコンドル】。

 

 そして今、下級モンスターでありながらティアン達に恐れられるミサイルのような突貫攻撃が【ボム・モンガー】達へと降り注いだのだった。

 

 

 

 

 




ほぼ半年ぶりに書いたので文章がおかしいかもです。


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一日目 エスケープ・バカンス

前回が結構な戦闘ばかり。
+以前、感想でフェイがマグマなどからのリソースの貯蓄をする裏話を読みたい。

といったものがあったのでちょっとした休憩話です。


 □ 

 

 

 

 

 

 ――『ダンジョン』

 

 

 それは『未知』の代名詞であり、冒険を志す者が一度は訪れる場所。

 ある者は自身の腕試しの為。

 ある者は遥か太古の財宝を手にする為。

 またある者は【冒険者(アドベンチャー)】系統の上位職や()()()()()()に就くためにダンジョンへと足を踏み入れる。

 その中でも、“商業都市国家”<カルディナ>には他国よりも数多くの『ダンジョン』が点在していた。

 

 

 ――世界に数個しか存在しない『神造ダンジョン』であり、超高難易度の<貧富の墳墓>。

 

 ――一度入れば踏破するまで出られない異空間ダンジョンとなっている迷宮、<蜃気楼の砂塔>。

 

 ――様々な砂中生息の純竜級モンスターが巣つくり、底の無い地割れへと周囲の砂ごと生物を吸い込む砂の魔境、<赤砂の蠱毒穴>。

 

 

 国土面積が最大な巨大国家に対して、人口の割合が少ないからだろうか?

 ……もしくは“三強時代”の激闘の爪痕がモンスターにとって住みやすい地形と化してしまっているからか。いや……きっと<マスター>が現れるまで『超級職』が居らず、互いに権力と富を奪い合うように“共食い”を繰り返していたことも理由の一端だろう。

 現在の<カルディナ>は最も多くのダンジョンを保有し、最も多くの『未踏破ダンジョン』が存在している国だった。

 そして……、

 

 

 

 

 

 「――――熱い……」

 

 

 今、ヴィーレ達が歩いている『自然型ダンジョン』である<不冷(イグニス)の溶岩洞>もまた『未踏破ダンジョン』の内の一つだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ――頬を伝う汗が肌を濡らして滴り落ち、マグマの中に溶けて消えた。

 

 

 沸々とマグマから湧き上がる気泡が空気を焦がし、熱気によって歪んだ空気が(ヴィーレ)を襲う。

 ……まるでサウナだ。

 あまりの熱さに火照った身体から流れる汗は限界を知らない。

 背中から流れ落ちた汗が下着に伝い、不快感が。

 滲んだ汗が胸元のチューブトップを濡らし、羞恥心が沸き上がってくる。

 

 (――これは失敗したなぁ……)

 

 私は首筋に張り付いた赤い髪を手で引き離し、乱れた呼吸を整えながらマグマが滝のように上から下へと流れ落ちる黒い岩盤の天井を見上げ、内心自分の準備不足を呪ったのだった。 

 

 

 

 

 

 ――<グランドル>を後にし、<黄河帝国>を目指して旅をすること4日。

 

 

 

 

 私とホオズキは砂漠横断で溜まった疲労とフェイの《火焔増蓄》の回復のため、<不冷の溶岩洞>と呼ばれる自然型ダンジョンへ訪れていた。

 

 『<不冷(イグニス)の溶岩洞>』

 

 命名の由来は“炎”を意味するイグニスか。

 もしくは<カルディナ>の北東部という、比較的涼しい砂漠の中で冷え固まることなく溶けて流れ続けるマグマから名前を取ったのか。

 ――もしくはそれ以外に理由があるのか……。

 ただ、地上にポッカリと突き出した洞穴型の<不冷の溶岩洞>。

 その内部へと足を踏み入れた私とホオズキにもたった一つだけ分かった事があった。

 

 

 「……これは……誰も踏破出来ていなわけだね」

 「――おう、この地形じゃぁ一歩でも足を踏み外せば即死だぜ。【救命のブローチ】も装備しても意味がねぇ」

 

 

 頬を伝う汗を片手で拭いながらぼやいた私。

 そんな声に前を歩くホオズキが相槌をうつ。

 

 

 「ホオズキは大丈夫でしょ。マグマに落っこちてもすぐに新しい手足が生えてくるんだし」

 「お前……俺をトカゲかなんかだと勘違いしてねぇか……?」

 「全然そんな事思ってないよ? トカゲだって生えてくるのは尻尾だけだからね。ホオズキみたいににょきにょき生えてこないって」

 「……何だかお前、最近あたりが強くねぇか?」

 

 

 互いに軽口を叩きながら進み続ける<不冷の溶岩洞>の内部。

 そこには視界いっぱいに何故<不冷の溶岩洞>が『未踏破ダンジョン』なのか。その理由が広がっていた。

 

 ――赤褐色の壁にマグマが冷え固まって出来た黒曜石の床。

 ――壁から流れ出た真っ赤なマグマが大小多数のマグマ溜まりを形成し、暗い洞窟内を壁に埋まった幻想鉱石がマグマの赤色の光を反射して仄暗く照らしだす。

 ――マグマの湖からは『ボコボコ』と、気泡とともにマグマが雫となって飛び散り辺りを溶かした。

 

 まともに人が歩ける場所じゃない。

 <不冷の溶岩洞>は迷宮型ダンジョンではない。

 ……所謂(いわゆる)、自然要塞型とでも言えばいいのだろうか?

 普通のダンジョンのように罠が存在しない代わりに、即死の原因となりそうなものが踏み出した足のすぐ横を流れていた。

 加えて棲みついているモンスターも並ではない。

 <不冷の溶岩洞>・地下5階。

 地下何階層まで存在するのかは誰も知らない事だが、既に出てきたモンスターは亜竜級モンスターが半分を占め始めていた。

 いや……。

 

 (……まだ誰も踏破出来てない理由はモンスターって言うよりも環境の過酷さのせいかな?)

 

 私は片手で手慣れた動作――自分のウィンドウを開く。

 

 

 『【脱水】【火傷】』

 

 

 そこに映っていたのは二つの状態異常。

 今はたった二つの状態異常で済んでいるけどこれ以上潜ると【脱水】は【脱力】に。

 【火傷】は【炭化】に悪化してしまうのだろう。

 多分、そこまで悪化するまでに【酸欠】によって【気絶】し、マグマに落ちてデスペナルティになると思うけど。

 

 

 「――おい、ヴィーレ。そこあぶねぇぞ?」

 「――っと、危ない。ありがと」

 

 

 踏み出した足が床に触れると同時に、岩盤に入っていた罅から超高熱の蒸気が噴き出した。

 それをホオズキの声に反応して咄嗟に避ける。

 ……どうやらあまりの熱さにボーっとしてしまっていたみたいだ。

 

 (まぁ、この装備(【冥克騎脚 ペイルライダー】)ならダメージを負うことは無いだろうけどね)

 

 もっとも、半鉄半皮のため、熱さは倍増しているのだが。

 

 

 「それにしてホオズキは全然平気そうだけど……」

 「あ? 俺はコイツで【血清】を作ってっからなぁ。全然熱くはねぇぜ?」

 

 

 そう言ってホオズキが取り出して見せたのは二つの円柱型の筒——【血清精製円筒器 オールドリーチ】である。

 いつの間に獲得したのかは知らないけど随分応用が利く『特典武具』らしい。

 だけど私達の中で一番元気なのはホオズキではないだろう。

 私は視界の端。

 元気よくマグマの湖の上を飛び回っている相棒(フェイ)に視線をやった。

 

 

 『KWEEEeeeee~~!!』

 

 

 そこには炎の身体を巨大化させ、楽しそうに鳴き声を上げながら炎のエレメント系モンスターを追い回している【焔神廻鳥 フェニックス】の姿があった。

 フェイは元々身体のほとんどを炎で構築した<エンブリオ>。

 この蒸し返すような熱さの中でも問題なく《火焔増蓄》は行えているらしい。

 私達の中で一番元気なのがフェイ。

 続いてホオズキで私だろう。(シュリちゃんはあまりの熱さで地下一階で“紋章”の中に引きこもってしまった)

 

 

 「……なぁ」

 

 

 そんな他愛も無い事を考えていると不意にホオズキが話しかけてくる。

 

 

 「ん?」

 「こういうダンジョン見てるとあれ思い出さねぇか? ほら、あれだ。『ポケ〇ン不思議のダンジョン』」

 

 

 ……よく分からない。

 

 

 「分かんないよ。私はこの<Infinite Dendrogram>以外のゲームはやったことは無いからね~」

 「そうか? あれだぜ? こういうダンジョンだと――」

 

 

 ホオズキの言葉は最後まで聞こえなかった。

 その言葉を最後まで聞き取る前に、私の歩いていた横のマグマの湖が大きく膨れ上がり、ソレが姿を現したから。

 

 

 『IttNuuuUUUUUUUUUU~~!!』

 

 

 マグマから姿を現したのは巨大な炎の猫だった。

 炎をコートのように纏った毛皮、縦に割れた真ん丸な目。

 猫には似合わない不思議な鳴き声を上げながら鋭い爪の伸びた肉球を振り上げ、私を斬り殺さんと勢いよく振り下ろされ――。

 

 

 『――パチンッ』

 

 

 次の瞬間、私は無意識に手を猫型モンスターの方へ伸ばし、指を擦り鳴らしていた。

 同時に横髪をまとめていた花の髪留めが僅かに光り、猫型のモンスターは動きを止める。

 そして、

 

 

 「――こういう風にマグマとか水の中を敵が進んできて攻撃してくんだよ。懐かしぃなぁ~」

 

 

 体の捻りを加えた鋭い一撃。

 時間差で放たれたホオズキの裏拳が猫型モンスターの鼻先に突き刺さった。

 

 

 『I、INuuuuuuu~~』

 

 

 比較的弱いモンスターだったのだろう。

 一撃で光の塵になって消えていく猫型モンスターを視界の端に、小さくため息を吐く。

 

 

 「そう言うことは早めに言ってよ……」

 「ガッハッハッハッハッハッハッハッハッ!! まぁ良いじゃねぇか! なんか、こう……知らない方がワクワクすんだろ?」

 「私はホオズキと違ってステータスは低いんだから。ここじゃ《騎乗》も出来ないし一撃でも貰えば瀕死だよ」

 「ガッハッハ! そう言うわりに余裕そうだったけどな!」

 

 

 大声を上げて笑い、前を歩くホオズキ。

 私はそんな背中を出来る限りの不満を込めて睨みつけた。

 ……冗談なんかではない。

 私の戦闘スタイル上、生身での戦闘力は上級職を一つカンストしたティアンといい勝負である。むしろ《騎乗》出来ない以上劣っていると言ってもいいだろう。

 加えて<不冷の溶岩洞>のモンスターは火属性のモンスターばかりだ。

 逆に言えば、ほとんどのモンスターが《火炎耐性》を持っている。

 敵に致命傷を与えられるのは【花冠咲結 アドーニア】による状態異常、あとは――。

 

 

 「……」

 

 

 腰のベルトに吊り下げられた『拳銃ホルダー』にそっと触れる。

 ――魔力式リボルバー【弾痕マリア】。

 あらかじめ弾倉に込めたMPによって威力の変化するコレならば敵にもダメージを与えられるはずである。

 

 (……とは言っても、私が潜れる限界は此処までかな)

 

 

 「ホオズキ」

 「あ? 何だ?」

 「私はこれ以上潜れそうにないし地上でゆっくり待ってることにするよ」

 

 

 一切歩みを止めることなくズカズカと突き進んでいくホオズキに私は話しかけた。

 これ以上熱い環境での対策装備的にも。

 精神的な疲れ的にも。

 そして攻撃手段的にも私はここが限界である。

 何より……、

 

 (せっかくの旅の休息なのに、わざわざ強い敵と戦いたくもないしね)

 

 私はホオズキとは違い、戦闘狂ではない。

 むしろのんびりと旅やクエストを楽しみたい派である。

 そんな私の思いとは裏腹に、不思議とこの頃は強敵との激戦や事件に巻き込まれてばっかりだったけど……身体を休めるにはいい機会だ。

 逆に言えば、戦闘狂であるホオズキは――

 

 

 「おう。俺はこのままダンジョン踏破を目指すぜ!!」

 

 

 ……だと思った。

 そしてどことなくデスペナルティになりそうな雰囲気がするのは気のせいだろうか?

 

 

 「……まぁいっか。三日ぐらい<不冷の溶岩洞>付近にいるからデスペナルティになったら急いで戻ってきてね」

 「死なねぇよ!」

 

 

 ホオズキは怒ったようにドスドスと足音を立てながら進んでいく。

 そのスピードが先ほどまでより速いのは本当に怒っているからか。もしくは私の歩くスピードに合わせてくれていたのか。

 どちらなのかホオズキに聞いてみたい気持ちが湧き上がるが、聞いたら聞いたで怒るのは確実だろう。

 私は【アイテムボックス】から【エレベータージェム】を取り出し、そして。

 

 

 『KWEeeee?』

 「ううん、フェイは私と一緒に戻らなくても大丈夫だよ。地上にアロンも待たせちゃってるしね。フェイはホオズキを助けてあげて。

  《物理攻撃無効》の炎のエレメント系のモンスターが出たら簡単にデスペナルティになっちゃいそうだし」

 

 

 どうせホオズキの事だ。魔法対策はしていないのだろう。

 デスペナルティになると迎えに行くのは私になるだろうし、時間的に大きなロスになってしまう。

 フェイも物理攻撃に特化したホオズキが居れば安心して《火焔増蓄》に専念できるだろう。

 私はフェイの温かい炎の羽毛の頭を撫でる。

 するとフェイは気持ちよさそうに目を細めて頭をすり寄ってきた。

 

 

 「……<UBM>に出くわしたら逃げるんだよ?」

 『KWEeee!!』

 「――不安だなぁ~」

 

 

 私はホオズキの背中を追って羽ばたいたフェイを見送りながら少しだけ笑みを浮かべる。

 そして、

 

 

 「よしっ、アロンも待たせちゃってるし私も戻ろう!」

 

 

 手に握った【エレベータージェム】を発動させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして地上に脱出して私が見たもの、それは。

 

 

 「……え?」

 

 

 私の思っていた以上に時間が経過していたのだろう。

 雲一つ無い快晴だった空はプラネタリウムよりも眩い満点の星を映し出し、まん丸な月が視界に映る。

 夜の砂漠の冷風は火照っていた体の熱を急速に奪い去っていき――――手足が凍りつき【凍結】の状態異常が発生した。

 いや、それだけではない。

 急速に重たくなる(まぶた)に力が抜け、傾いていく体の感覚。

 

 

 「――これって、【強制睡……ん……」

 

 

 途切れていく意識の中で最後に見たもの、それは<不冷の溶岩洞>の入り口近くで竜麟の甲羅に霜を下ろし、熟睡している【リソスフィア・ドラゴン】――アロンの姿。

 そして突然現れた私に驚いたように目を丸くし、慌てたように逃走を図るモコモコな巨大な羊のモンスター。

 

 

 

 

 

 ――【冷羊安眠 コールドシリープ】の姿だった。

 

 

 

 

 



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