ありふれた(?)自称ボッチは世界最強 (slime)
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プロローグ

初投稿です。
見切り発車ではありますが、よろしくお願いします。


呼び出しを食らった俺、比企谷八幡は放課後職員室に来ていた。

 

「さて、比企谷君。どうして私に呼び出されたか、わかりますか?」

「さあ。検討もつかないですね。」

 

どうやら生徒たちに"愛ちゃん先生"と呼ばれ愛されている畑山先生はお怒りのようだ。はて、俺は不良生徒ではなかったはずだが…

 

「むっ、こんな作文を出しておいてですか?」

「はぁ、高校生活を振り返って、でしたっけ?なぜ畑山先生がそれを?」

「国語の田中先生に頼まれたんです。何とかしてくれ、って。わかってるならどうしてこんな作文を書くんですか?まるで犯行声明みたいじゃないですか!」

「いやいや、ちゃんと振り返ってるじゃないですか。近頃の高校生なんてだいたいこんなもんですよ?」

「比企谷君の高校生活を振り返ってください!」

「だったらそう前置きしてくださいよ。そうしたらそう書きますから。つまり俺が悪いんじゃなくて現国の先生が悪いんです。」

「えぇっ…そ、そうなんですか?」

 

お、言いくるめそう。

 

「そうですよ。じゃあ、書き直してきますね。」

「わ、わかりました。明日中には提出するんですよ?」

「わかってます。では、さようなら。」

「はい。さようなら。」

 

ふっ、チョロ…んんっ、さて、帰るか。

 

 

 

翌朝。嫌々ながら学校へ来た俺はガラッと教室の扉を開けた。教室中の視線が今しがた開けた扉の方へ集中する。その視線はこちらに向いたままだ。別に俺がスーパーイケメンになってクラス中の視線を独り占め、というわけではない。侮蔑、嫌悪、憎悪、etc...。好意的な視線は皆無と言ってもいい。

ひぃ、八幡怖いよぉ。……うわぁ、キモい。

心の中で自滅しながらも、自分の席に着く。周囲からの視線を華麗に無視しつつ、小説を開く。すると、いつも絡んでくる檜山大介とその仲間たちが現れた。

 

「よお、ヒキタニ。なんだ?またラノベでも読んでんのか?」

「うわぁ、教室でラノベ読むとか。ちょーキモいんですけど。」

 

なに?君たち暇なの?俺に絡んでる暇があるんならお友達(笑)との交友を深めてればいいのに。

一応言っておくが、俺が今読んでいるのは純文学である。たしかに俺はオタクではあると思うが、オタクがラノベしか読まないわけではないのだ。俺はあらゆる権利を剥奪されているんだからせめて本くらい自由に読ませてほしい。

 

我々子供は自分の負けを認めるということが嫌いだ。いや、できないと言っても過言ではない。誰かに負けていたとしても、「あいつよりはましだ。」という言い訳じみた言葉を発する。いじめが最たる例だろう。クラスぐるみで誰かを最下位に仕立て上げ、全員が見下すことのできる者を作る。そうすることで最下位以外の全員が仲良く楽しく学校生活を送ることができるわけだ。しかし、それはあくまでランキングに入っている人間のみで行われる。

俺は自分が敗北者であることを認めている。つまり元からランキング外の絶対的敗北主義者なのだ。自分の負けを認められる俺まじ大人。高校生の枠を飛び越えすぎて視認不可能なまである。

だから、この高校で一番認識されていない男。それが俺であるはずだった。

だったのだが……

 

「比企谷くん、おはよう!いつも本読んでるね。今日はどんな本読んでるの?」

 

学校二大女神が一人、白崎香織。面倒見が良く、非常に優しいため、俺のようなボッチにも話しかけてくる。いや、授業中に堂々と居眠りを敢行するうえ、専業主夫を夢とする俺は彼女の目には不真面目な生徒に映るのだろう。彼女ほどのしっかり者はクラス内の不良児を改心させなければと思うのだろう。しかし、俺は数学が学年最下位クラスではあるものの、国語は学年三位なのだ。顔もそこそこ。目が腐っていることと友達がいないことを除けば超ハイスペックな男である。逃げる事は悪いことでは無い。変わることが絶対正義なわけではないのだ。

 

よって、彼女に何と言われようと俺は変わらない。変わろうとも思わない。すると、そんな俺はクラス中から非難を浴びることになるのだ。「なんであんな奴が白崎さんと話しているんだ。」だとか、「白崎さんの手を煩わせているくせに…」だとか、そんな身勝手な怒り。俺だって好きで白崎に構われているわけじゃないんだが……。そんなこんなで俺は彼女のことがあまり好きではない。もともと俺は優しい女の子は嫌いなのだ。しかし、それを表に出そうものなら大顰蹙を買うこと請け合いだ。かといって、「おはよう!白崎さん!」ヾ(๑╹◡╹)ノ"なんてやろうものなら放課後の集団リンチへの招待状をもらうことになるだろう。

 

「あ、あぁ。おはよう。白崎。」

 

本から目を上げ、白崎の方を見て挨拶する。この時大切なのが決して目を見ない事である。目を見てしまうと「テメェ、なに白崎さんと目ぇ合わせてんだよ。」といった視線を向けられる。かといって本の方を見ながら挨拶すると「テメェ、白崎さんに対して失礼なんだよ。」といった視線を頂戴するのだ。

……どうしろと?

 

「香織。今日もヒキタニなんかに話しかけているのか?まったく…どうして……あぁ、そうか香織は本当に優しいな。」

 

うげぇ。天之川……じゃなかった天之河……。

この茶髪の爽やかイケメンは天之河光輝。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人。モテてモテてモテまくる。この世で奴に惚れない女はいないのではないだろうか。ただ、ちょっと思い込みが激しいところがあり、ウザい。そして、俺はこいつが嫌いだ。N極とS極が反発するようにボッチとイケメンリア充もまた反発しあう。奴もさぞかし俺のことが嫌いだろう。あ、俺のことを嫌いじゃないやつなんていないか。ハハハハハハハハハ。……な、泣いてなんかないもん!

 

「比企谷君。おはよう。いつも悪いわね。」

「光輝の言う通りだぜ?香織。そんな目が腐った魚の死体みたいなヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ。」

 

八重樫雫。剣道で負けなしの最強系女子である。まさに猛者。

もう一人は坂上龍太郎。熊のような大男であるが、熊のように群れを作らないわけでなく、白崎、天之河、八重樫、坂上の四人で基本的にグループを作っている。このグループがこのクラス、いや、この学校のトップカーストというわけだ。

つまり、今、俺の周囲にはトップカースト揃い踏みという地獄の状況というわけなのだ。ライオンの群れの中に放り込まれた子キリン状態である。

…いや、毎日なんだけどね?ほら、マンネリ化は良くないって言うだろ?それに腐った目は余計だ。事実だけど。

……誰か助けてくれ…………いや、マジで。

 

 

 

昼休み。今日は小町が愛妹弁当を作ってくれた。やばい、嬉しくて泣きそう。そんな素晴らしいお弁当を素晴らしいベストプレイスで食べる。

あぁ、春風が沁みるぜ……

このベストプレイスはあまり人が来ない場所に位置しており、俺の学校での唯一の憩いの場だ。ここでしか落ち着けないとも言う。昼休みが終わるギリギリまでここで過ごし、教室へと帰るのだ。

 

教室へと帰りながら、ふと最近読んだラノベを思い出した。たしか、異世界に召喚されたボッチがチーレム作るみたいな話だったと思う。

異世界転移、ねぇ。

異世界に行くだけでボッチでなくなるようなボッチは真のボッチではない。キング・オブ・ボッチである俺なら異世界でもボッチを貫き通すことになるだろう。影が薄すぎて魔王軍にも無視されるまである。そうなると人類が負けても俺だけ生き残るのか?やだ、まじチートじゃね?やっぱりボッチは最強。

そんなくだらない事を考えながら歩いていたからだろうか。いつもより早く教室についてしまった。すでに畑山先生が来ており、生徒たちと談笑している。しかし、授業開始まであと四分。まだ充分時間がある。まずい、このままだと…

 

「あれっ?比企谷くんっ!今日は早いんだね!」

 

しまったァァァァァァ……俺としたことが、こんな単純なミスを犯すとは。くっ、やむを得ん、か。

 

「そ、そうだな。今日はいつもと違って弁当だったから…」

「へぇ、誰に作ってもらったの?お母さん?もしかして自分で?」

「え、あ、いや、妹が…」

「えぇ!妹さんいたの⁈ねぇねぇ、どんな子?」

 

やめて!皆睨まないで!

 

「あぁ、その、かわいい?」

「へぇぇ。会ってみたいなぁ。ねぇ、今度妹さん紹介してよ!今週の土曜なんてどう?」

 

やばい。本格的にやばい。何がやばいって、それはもう、いろいろだよ。視線とか、動悸とか。あらやだ、恋かしら?……白崎が好きではないと言ったな。だからといってドキドキしないというわけではないのだよ。実際可愛いし。

 

「いや、でも、ほら。あれがあれであれだから。」

「?あれって?もしかして、忙しいの?」

 

くはっ、う、上目遣い、だと……だ、だが。俺はそんなに甘い男では!

 

「暇です……」

 

はい、無理でーす。絶対無理でーす。

 

「ほんと!じゃあ十時に…」

「待ちなよ。香織。」

 

俺の土曜が潰れる覚悟をしたその時、かのイケメンがストップをかけた。

 

「そんな奴より土曜日は僕たちと一緒に遊ぼうよ。」

 

お、いいぞ。言い方はちょっと気になるがそのままお姫様を連れ帰ってくれるとありがたい。

 

「えぇ、でも…」

「ヒキタニと一緒に行っても楽しくないよ。それにヒキタニも嫌そうだし。嫌々香織と一緒に遊ぶなんて僕が許さないよ?」

 

王子ぃぃぃ!良いぞ!さぁ、そのままいけば白崎も俺の休日も守られて一石二鳥だ!さぁ、いけぇ!

 

「え?何で、光輝くんの許しがいるの?」

「ブフッ…」

 

や、やばい。笑うな。笑うなよ。俺。なんか約一名笑ってるなんとか樫さんがいるが、俺が笑うわけには…プッ…。王子様、惨敗ww…クッ、クククッ……

 

その後も天之河が説得を試みるも白崎はいっこうに聞く気配が無い。

やばい、このままでは俺の休日が潰れてしまう!…くっ、万事休すか……いや、そうだ。白崎たち四人が異世界に召喚されればいいんじゃね?そうすれば俺も静かな毎日が送れてこいつらも異世界で勇者様としてチヤホヤされる。おお、まさにウィン、ウィンな関係だ。……ん?異世界転移なんてあり得ない?馬鹿、ブレストでは意見を否定してはいけないんだぞ?

 

諦めてため息をつき、ふと床を見て、今までにない衝撃を受けた。

…なんか、光ってるんですけど。ん?あ、これ昔描いた魔法陣に似て……だめだ、忘れよう。全員忘れよう。

 

無駄なことを考えていると光は一層強まり、教室全体を覆う。クラスメイト全員がパニックに陥っており、悲鳴を上げている。「皆!教室から出て!」と畑山先生が叫ぶ。おお、こんな時まで生徒のことを心配するとは、まさに教師の鑑だな。あれで二十五歳とは思えん。しかし、先生の叫びももはや遅く、全員が光に覆われ、視界が真っ白になる。

 

その後、突如として教室には誰もいなくなった。たしかに生徒たちがいたという痕跡を残して。

この事は集団神隠し事件として大いに世間を騒がせるのだが、俺たちは知らない。



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異世界召喚

閉じていた目を開く。

周囲には困惑するクラスメイトたちと巨大な壁画。いかにも異世界といった感じの大理石でできた床と壁。まさか、本当に異世界に?それとも正男(まさお)弟に拉致られたのか?いや、カードゲーム的な名前のプレジデントが暴走したという可能性も……

流石にないな。うん。

しかし、ここはどこなんだ?

疑問に思っていると、下の方に人の気配があることに気づいた。

……ここは何かの上なのか?

それに、なんだ?この全てを見下すかのような視線は…。

…どこから見られているのかわからんな。暗殺者とかか?それとも常に向けられすぎて感覚が狂ったのか?

…まあ、今はいいか。

 

どうやら俺たちは台座のようなものの上にいるらしく、既に何人かの生徒は下の方を見つめている。その視線の先には法衣を着た三十人ばかりの人々が腕を組み、跪いている光景が広がっていた。

…え、なにこれ。リアル異世界?

すると、三十人の中でも最も偉いっぽい豪華な服を着た老人が歩み出て、こう言った。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

…我が最愛の妹、小町へ

どうしよう、お兄ちゃん、異世界来ちゃったかもしんない。

 

 

 

召喚された(仮)部屋から大広間のような場所へ移動した。

今のところ、恐らく、というか確実に勇者様な天之河がクラスの全員をまとめているためか、ヒステリックに叫んだり、泣き出したりするようなやつはいない。状況が飲み込めていないのと、すぐに説明があると告げられたことも影響しているだろう。ちなみに、教師としての出番を取られた畑山先生は少し涙目である。彼女は威厳ある教師を目指しているそうだが、そのように涙目になったりするから威厳が出ないのではなかろうか。涙目で威厳を出せるのは欠伸をした直後の魔王だけだ。

 

全員の着席を確認すると、メイドさんたちが部屋に入ってくる。綺麗どころばかり集めているようだ。まさに男の夢、欲望の形である。しかし、彼女たちの真価はそこではないのであろう。音も無く歩きつつ、最小限の音しかたてずにカートを押している。その洗練された動きを見るに、メイドとしての最高峰ばかりが集められているようだ。まさにVIP待遇。たかが十六、七の少年少女と女教師一人に対する歓迎の仕方ではない。

どういうことだ?他国との戦争に利用?いや、やはり魔王か?下手をするとここの国の王自体が魔王で人間相手に戦争ふっかける場合もあるな…

目を閉じ、じっと考えていると、ふと隣に人の気配を感じた。

メイドさんだ。どうやら飲み物を持ってきてくれたらしい。おぉ、これはこれは、眼ぷk……はっ、殺気⁈右の方から⁇

バッ、と正面を見ると、ニッコニコ笑いながらこちらを見ている白崎が視界の端に映る。

目に…目に光がない。折檻モードの姫路さんみたいになってる。背筋が凍る思いとはまさにこの事だろう。曲がっていた背骨がまっすぐ伸びる。直視はできまい。

しかし、なぜあんな風に?メイドさんのことを見ていたことに怒っているのなら、どうして俺だけなんだ?俺以外にも何人もいるのに。しかも凝視してるやつまでいるし…ふむ、わからん。

 

白崎の黒い眼差しを食らい、恐怖に怯えていると、イシュタルと名乗った老人が説明を始めた。

 

彼の説明によると、この世界はトータスと呼ばれているらしく、人間族、魔人族、亜人族の三種族がいるそうだ。

人間族と魔人族は何百年も戦争を続けていて、戦力が拮抗しているため、大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近魔人族が魔物を使役しだしたことによって、状況が変わったらしい。

魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだと言われており、それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣のことらしい。

そんな魔物たちを指揮下に置くことは極めて困難であり、これまで敵とも味方とも言えない位置の生き物であった。ところが、ただでさえ一匹一匹が強い魔人族に魔物なんて加わろうものならたまったものじゃない。

そして、そんな人類を救うために唯一神、エヒトが遣わした救いの勇者とその仲間たちが俺たちということだ。俺たちを召喚する少し前に救いを送る、との神託があったらしい。

 

随分身勝手な話だ。勝手に呼び出しておいて魔人族まで討伐しろなど横暴だ。しかも神託だか知らんがなんの疑いもなく信じるとは……

 

「ふざけないでください!」

 

おぉ、我らが畑山先生、通称愛ちゃん先生が立ち上がって抗議している。なんていい人なんだ。八幡ちょっと感動。生徒たちも心なしか期待した眼差しを……あ、違うな。あれだ。みんなの目が授業参観で発表する娘を見守る親の目だ。

 

生徒たちの気持ちと、恐らく彼女の気持ちが抗議として彼らへとぶつかる。

が、しかし。

イシュタルはそれを気にせず、今、一番残酷で、全員にショックを与えるにふさわしい一言を放った。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

なんということだろう。生徒たちも、わけがわからないよ、といった表情でイシュタルを見つめている。それもそうだろう。いきなり落とし穴に落とされ、絶対に外せない蓋をされたようなものだ。そのうえ穴の中にいる化け物まで倒せと言うのか。ほとんど誘拐のようなことをしておいて、それはないだろう。

イシュタルの言い分としては、召喚自体はそのエヒト様とやらが行ったらしく、人間にどうこうできる問題ではないらしい。

なんともまぁ、神頼りな世界だ。

 

突如として告げられた帰らないという現状。そのうえ、例え反抗期だったり、喧嘩中であったりしても、心のどこかで頼りにはしていた親や兄弟、家族がいないという不安感。そして、戦争に巻き込まれるという恐怖。あらゆる方向からの圧力に、ついに生徒たちはパニックを起こした。

そんな俺たちをじっと見つめるイシュタル。きっと「エヒト様に選ばれたというのに…」などと思っているのだろう。本人は隠せているつもりだろうが、俺にははっきりとわかる。

 

生徒たちが喚く中、天之河は、立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音に全員の注目が集まる。それを確認すると、勇者様(確信)がおもむろに話し始めた。

 

曰く、この世界の人類が滅亡の危機であることは事実だから、それを見捨てるなどできない。

曰く、魔人族を倒せば帰してくれるかもしれない。

曰く、自分たちは常人よりも強い力を持っているっぽいからそれを人々のために使おうではないか。

それに坂上、八重樫、白崎も賛同する。

 

さすがはリアル勇者様一行。

強きを挫き、弱きを助ける。まさに人間として完成している。しかし、危うい。これはそんなに簡単な話ではないのだ。例えば、誰かが死んだ時。寝返った時。寝返るまでなくとも裏切りが起きた時。そして、負けた時。あらゆる状況があり得るのだ。

 

しかし、そんな心配も虚しく、トップカースト四人が戦うと宣言したことにより、クラスは戦うムードへと一気に変えられた。彼らは戦争に参加することの意味をわかっているのだろうか?

実際、この中で唯一の大人である畑山先生は反対している。

俺はNOと言える日本人ではあるが、この世界から帰る方法も無く、実質的にイシュタルたちに頼るしかない以上、クラスの雰囲気に合わせる他なかった。

 

ふと、イシュタルの方へ視線を向けると、彼は満足そうに笑みを浮かべていた。彼はこの世界に来てからの彼のカリスマ性と、自分の説明の間の彼の正義感の強さからくる同情の念。そして、彼に影響される者が非常に多いということを見破っていたのだろう。

油断ならない男だ。

 

 

 

俺たちが召喚されたこの台座のような場所は【神山】なる場所の頂上にあるらしい。

山の頂上であるのにも関わらず、息苦しさはなく、寒さも無い。さすが異世界。魔法的な何かが影響しているのだろうか。

イシュタルについてぞろぞろと歩いていると、円形の大きな白い台座が見えてきた。

もしかして俺たちはアイドルとしてデビューを果たすのだろうか?

…まあ、そんなわけもなく、白丸の上には巨大な魔法陣が記されている。恐らく乗り物的なものだろう。ジェットコースターみたいな。

生徒たちがなんだなんだと見守る中、イシュタルが中二くさい呪文を詠唱し始めた。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん、“天道”」

 

…こ、これは!俺の中に眠る記憶が呼び起こされる⁈もしかして魔法って毎回そんな呪文を詠唱するのん?マジで?クラスメイトが魔法使ってるのを聞いて爆笑する自信があるんだが。

明かされた真実に戦々恐々としていると、台座はゆっくりと動きだした。

 

雲海の中を通り抜けると、地上が見えてくる。

巨大な城が見えることから、ここは国の城下町なのだろう。

 

しかし、素晴らしい演出である。神より遣わされし使徒たちが教皇様達に率いられ、天より現れる。

神。信仰の上での絶対的な存在。

仮に我々の世界でも神がいるとして、地球では人間にもある程度の自由が与えられていた。人事を尽くして天命を待つ、ということわざの通り、神は見守っていてくれる存在だったのだ。

しかし、この世界ではどうだろう。この世界の神は本当の意味で絶対的だ。天啓を下し、この世界の全てを司る支配者だ。目に見えないものがそんな重要なポジションにいるということに不安を覚えつつ、俺たちは城へと吸い込まれていく。

 

あの時感じた見下すような視線は感じなくなっていた。

 



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ステータスプレート

城の中に入り、煌びやかに装飾された廊下を歩いて玉座の間へと向かう。城の中のメイドやら騎士やらがやたらキラキラした目でこちらを見ている。勇者が来るということは事前に知らされていたようだ。

や、やばい。もしかすると自己紹介とかしなきゃなんないんだろうか。それは勘弁願いたい。

でもまあ、俺のような下っ端は後ろの方でみてるだけでよさそうだ。

挨拶は勇者様御一行がしてくれるに違いない。

 

俺の予想は半分当たり、半分外れた。玉座の間では特にこれといったことは起こっていない。国王とその家族と、国の重要人物が自己紹介して、その後すぐに晩餐会に突入。

ただ、この顔見せイベントで一つわかったのは、教皇イシュタルの権力の強さだ。国王は終始イシュタルにへりくだっていた。

果たしてこれは教皇が強いのか、国王が弱いのか、あるいは両方か…

 

 

 

翌日。

俺たちは城の一室に集まると、薄い銀色の板を渡された。これから魔族と戦っていく以上、今のままの貧弱な高校生ではお話にならない。よって、訓練と座学を受けることになった。

せっかく学校に行かなくてもよくなったというのに……

ふぇぇ、働きたくないよぅ……

 

騎士団長のメルドさんによると、この板はステータスプレートというらしく、この板にステータスが表示されるそうだ。しかし、使うには針で指を刺して血を出さなければならないらしい。

痛そう……

 

意を決し、ちょん、と指先を一突き。

案外痛くないなぁ、と思いつつ、血を板に垂らす。

 

=======================

比企谷八幡 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・速読・言語理解

=======================

 

…………ふむ。なるほど。

今、はっきりとわかった。これは微妙だ。確実に微妙だ。錬金ではなく錬成な時点でお察しである。

 

天之河やら、白崎やらは思った通りチーター。

他もばらつきはあるものの、強そうだ。

 

対して俺の錬成師は十人に一人くらいが持っている天職で、ステータスも普通。

ステータスプレートを見せた時、メルドさんも思わず驚いていた。

檜山と愉快なDQNはここぞとばかりに俺を貶している。…暇だね。君たち。

畑山先生は

 

「先生も非戦闘職ですから!」

 

と慰めてようとはしてくれているが、魔力ステータスは勇者にも匹敵するうえ、作農師という珍しい職業であり、なんの慰めにもなっていない。むしろトドメを刺しに来たのではないかと思った。

 

 

 

 

俺の無能っぷりを全員に知らしめたあの日から二週間。

…え?元からみんな知ってる?わかってるっての。

俺は鍛錬の合間に図書室にて知識を詰め込んでいた。クラスメイト達は鍛錬以外の時間も鍛錬に当てているようだが、なにも肉体的な強さだけが力ではない。情報を集め、適切な場面で応用できるようにすること。それが大切である。幸いなことに、速読の技能のおかげで難なく読んでいける。

それに……いや、これはステータスを見た方が早いだろう。

 

========================

比企谷八幡 17歳 男 レベル:2

天職:錬成師

筋力:12

体力:12

耐性:12

敏捷:12

魔力:12

魔耐:12

技能:錬成・速読[+瞬読]・言語理解

========================

 

クラスで最初に派生スキルを覚えた。

瞬読とは、その名の通り、一瞬でページを読むことができるという力だ。それだけでなく、読んだ本を映像記憶として覚えておくことができる。なので、あらゆる方面の本を読んでみることにしている。

 

しかし、かといって戦闘訓練をサボっていたかというと、そうではない。訓練には毎回まじめに参加している。ただ、俺は所詮非戦闘職なのだ。

それに加え、俺には魔法の適性が皆無らしい。

 

さて、ここで俺に何ができるのかを確認してみよう。

近接はステータス的に無理。てゆうか怖いからしたくない。

魔法はてんでダメ。

なら、技能はどうか。

錬成は鉱物を加工するための技能だ。そもそも戦いに使うこと自体がおかしい。しかも、武器は錬成の魔法陣を刻んだ手袋をもらっただけ。それは仕方がない。錬成師が使うための武器があるなら逆に見てみたい。

まあ、落とし穴やちょっとした出っ張りくらいなら作れるが、それも直接地面に触れていなければ作れないので、自殺行為。

速読はどうだろう。……考えるまでもない。

 

つまり、俺は完全にいらない子なのだ。いてもいなくてもいい存在。むしろいない方がいい。足を引っ張るのは俺も御免だ。

なので、知識をしこたま溜め込んで、この世界を独りで旅してみることにしたのだ。決して誤字ではない。

それはメルドさんには既に言ってある。

彼は少し申し訳なさそうな顔をしながら、俺の言葉に頷いてくれた。

ただ、条件として言われたのが、明日からの実戦訓練、【オルクス大迷宮】での遠征が終了した後、誰にも何も言わずに旅に出てほしい、ということだ。旅の準備と資金はメルドさんが密かに用意しておいてくれるらしい。やはり士気に関わることなので、危険な遠征がおわった後にしてほしい、ということだろう。

 

読書を切り上げ、図書室を後にする。

いつのまにか日は傾いており、窓からは黄金色の光が差し込んでいる。遠征が終われば旅に出られる。

柄にもなく、俺はウキウキしながら部屋へ戻り、明日の準備を始めた。

 

 

 

 

【オルクス大迷宮】遠征、一日目。

この日は王都から【オルクス大迷宮】のある宿場町、ホルアドに向かい、えっちらおっちら歩いていく。

今日はこの町で宿泊し、明日の朝から攻略に挑むようだ。

自分にあてがわれた部屋へと行き、ベッドに飛び込み、一息。ちなみに、俺だけ一人部屋だった。まさにVIP対応。一人の方が気楽でいい。

ベッドに座り、借りてきた本を読む。事典系はあらかた読み終わったので、今はこの世界の文学作品を読んでいる。推理小説なんかは、毒殺事件がない代わりに、魔法での暗殺という地球ではあり得ない犯罪が起きて面白い。探偵は犯人が巧みに隠した魔力の後を見事にたどり、犯人を追い詰めるのだ。

 

夜も深くなり、そろそろ寝ようかと思っていると、トントン、と控えめなノックの音が聞こえた。ノックの仕方的に檜山ではない。メルドさんだろうか?

 

「比企谷くん。起きてる?」

 

白崎?彼女が俺に何の用だろうか。廊下で立たせておくのもなんなので、部屋に招き入れる。女子を部屋に招き入れるなど初めてのことだが、問題ない。この世界に来てからメイドさんとの会話もあるため、俺は成長したのだ。

 

「どうしたんだ、白崎………は?」

 

扉を開け、白崎の姿を確認し、硬直する。

白いネグリジェにカーディガンを羽織っている、以上。

俺のことを人畜無害な小動物だとでも思っているのだろうか。いや、俺の小悪党ぶりを信用してということかもしれない。

どちらにせよ、これは駄目だろう。

 

「?どうしたの?比企谷くん。」

「いや、なんでもない。それより、どうしたんだ?作戦に変更でもあったのか?」

「ううん。少し比企谷くんと話したいことがあって……やっぱり迷惑だったかな?」

 

……やっぱり可愛い女の子は卑怯だ。

ちょっと上目遣いをしながら不安そうな声を出されてしまっては、こちらとしては打つ手がなくなる。

 

仕方がないので。そう、仕方がないので白崎を部屋の中へ案内するとしよう。

女の子を部屋に招き入れるなんて初めてだが、冷静に、クールに対応する。

 

「まあ、とりあえじゅひゃいれよ。」

「うん!」

 

やだー、全然クールに対応できてないじゃないですかー。

白崎は噛んだことを気にしていないらしく、実に嬉しそうに部屋の中に入り、備え付けのテーブルセットに座る。

 

内心の動揺を悟られないよう、とりあえず紅茶の準備を始めた。

カップにティーバッグを放り込み、コポコポとお湯を入れる。

ちなみに、ティーバッグのことをティー()()()、と言う人がいるが、それは誤りである。

できた紅茶を白崎の前に差し出し、自分もその向かい側に座る。

 

「ありがとう。」

 

ニコニコと微笑みながら紅茶に口をつける白崎。

不覚にも、見とれてしまった。エロいとか、可愛いとかではなく、ただ、その姿が美しい、まさに女神と呼ばれるにふさわしい姿だ。

そんなことを考えながら紅茶に口をつける。

 

「アチッ!」

 

熱い紅茶に不用意に口をつければそうなって当然だ。

そんな俺を見て白崎はクスクスと笑っている。

は、恥ずかしい…

 

「そ、それで、話したいことってなんだ?」

 

そう促すと、今までの表情から一変して真面目で思いつめた表情になる。

 

「明日の迷宮だけど……比企谷くんには町で待っていてほしいの!教官達やクラスの皆は私が必ず説得する。だから! お願い!」

 

「ははあ、なるほど。つまり、俺は足手まといだからここでおとなしく待っていろ、ということか。」

「ち、違うよ!」

 

白崎は必死で弁明しようとわたわたと両手を動かす。

 

「くくっ、冗談だよ。お前はそういうことを言うようなやつじゃない。」

「へ?…う、うん。あ、ありがとう…」

 

えへへ、と嬉しそうにはにかむ白崎。

な、なんだこいつ。…めっちゃ可愛いんですけど。

 

「で?なんで待っていてほしいんだ?」

「あのね、何だか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢をみて……比企谷くんが居たんだけど……声を掛けても全然気がついてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……それで最後は……」

「最後は?」

「……消えてしまうの……」

「……そうか。」

 

なんとも不吉な夢だ。だが…

 

「はあ、まったく。何事かと思ったら…」

「え?」

「そんな夢を見ましたーって理由だけで攻略を休ませてもらえるわけないだろ?それで休めるなら俺はとっくにやってる。」

「でも!」

「でもも鴨もねえよ。それに、なんだ?消えてしまう?そんなのはいつものことだ。ようやくステルスヒッキーが力を取り戻してきたのかもしれんな。」

「……え、ええ?」

 

たかが夢だ。

 

「騎士団長のメルドさんとその部下が何人もついているんだ。死ぬ方が難しい。俺は足を最小限引っ張りながらついていくだけだしな。」

「足引っ張るのは確定なんだ…」

「当たり前だろ?そもそも、なんで生産職前線で戦わせようとしてんだよ。」

「……ふふっ、そうだね。」

「まあ、なんだ……頼りにしてるぜ?」

「え?」

「俺が楽できるようにどんどん魔物を倒していってくれよ?一匹たりとも逃さず。というか一匹でも抜けてきたら俺死んじゃうから。」

「あ、あははは…うん。任せて。」

 

よし。ミッションコンプリート。これで白崎も満足して帰るだろうし、俺も明日楽できる。完璧だな。俺ってばまじ諸葛孔明。

ところが、白崎は一向に帰る様子がない。

 

「どうしたんだ?」

「……ほんと、変わらないね。比企谷くんは。」

「は?」

 

は?変わらないね?

 

「私、中二の時の比企谷くん、知ってるんだ。」

 

な、なんだってー⁈




ちょっと中途半端なんですけど、長いので切ります。


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過去の出会いと攻略開始

八幡達が通っていた中学、高校は千葉にある設定です。


「私、中二の時の比企谷くん、知ってるんだ。」

 

突如明かされた真実…中二の時の俺…それはつまり……

 

「そ、そうなのか?それは、その、見苦しいもんを見せたな…」

「そんなことないよ!私、すっごくかっこいいって思ったもん!」

「えぇぇ!あれをか?あれをなのか⁈」

「え?う、うん。」

「な……なん、だと?」

 

ま、まさか……こ、こいつも、なのか?

女神な白崎さんには誰にも言えない過去の黒歴史があるのか?

……いいだろう。ならば、封印していたあの忌まわしき記憶を……

 

「私たちが中二の時の春、比企谷くんは覚えてないだろうけど、一回ナンパから助けてもらったことがあるんだ。」

「???……あ、あぁぁ。ちゅ、中二ね。中学二年生ね。はいはいはい。わかってたぞ?」

「え?」

 

あっっっぶねぇぇ…

思わずパンドラの箱を開けるとこだった…

中二、中学二年生の略の方だな。

OKOK。

いや、それでも身に覚えが……

 

「き、気にしないでくれ。」

「う、うん。私、その頃に一人でララポに行ったんだ。その時、知らない男の人に声をかけられて、腕も掴まれて、抵抗できなかった。でも、その時比企谷くんが助けてくれたの。」

 

…………あ、あぁぁぁぁ。思い出した!

あれはたしか……

 

—————————————————

——————————

—————

 

中二の時。あ、これは二つの意味でなんだが、俺はララポに来ていた。小町に、「お兄ちゃん!プリン買って来て!ララポで限定販売してるやつ!」と言われたからだ。

妹第一主義の俺は、素直にプリンを買いに行ったのだ。

そして、プリンを買い終え、いざ帰らんとした時…

 

「やめて!離してください!」

「まあまあ、ちょっと一緒に遊びに行くだけだよ。全部僕が払ってあげるからさ。」

「嫌です!何度も言ってるじゃないですか!」

「一緒にいれば楽しくなってくるから。ね?」

 

当時、まだ名前も知らない白崎(14)がいた。男に腕を掴まれ、逃げられずにいる。男の方は金髪のさわやかなイケメンだ。

不良というより勘違い男と言ったほうがいいだろう。自分はイケメンだから女はみんな自分に惚れると思ってるやつ。

 

今の俺ならスルーするところだが、丁度その当時、俺は中二だったのだ。かっこいいことをしてみたいと思う年頃である。

 

「おい、やめてやれよ。嫌がってるだろ。」

「ん?違うよ。ちょっと恥ずかしいだけだよね?本当は僕と一緒に遊びたいけど、心ないことを言っちゃってるだけだよね?もう、ツンデレさんなんだから。」

 

う、ウゼェェェ……

 

「あの!本当に嫌なんです!」

「それは違うよ!君の心に従うんだ!」

「いや、どう考えても嫌がってるじゃねぇか。」

「むっ、君がモテないからって僕に八つ当たりかい?」

「ちげぇよ……」

「もう!離してください!」

「恥ずかしがってちゃダメだ!もっと心の向くままに……」

「へえ、そうした結果が今の状況なんだ?」

 

金髪イケメンの右側から絶対零度の言の葉が降り注ぐ。

ギギギ、と声のする方を向いた彼には何が見えたのだろうか。彼の顔はただ、絶望に覆い尽くされている。

 

「ち、違うんだ!これは……」

「問答無用!とっととこっち来る!」

「うわぁぁぁ!!!」

 

……哀れ、金髪。

 

「あ、あの!助けていただいてありがとうございました!」

「え?あ、いや、俺は何もできてないし…」

「でも、助けようとしてくれたじゃないですか。私、本当に怖くて……。」

 

うん。あれはマジでウザ怖かった。

 

「まあ、なんだ。気をつけろよ?」

「うん。……でも、なんで助けてくれたの?」

「え?」

「みんな見て見ぬ振りばかりだったのに……」

 

さて、何度も言うようだが、俺はその時中二である。

素直に、それが人として当たり前だー、なんて無難なことを言えば良いものを、カッコつけたいという俺の心が邪魔をした。

脳内会議が始まり、どこでどう狂ったのか、

かっこいい=可愛いヒロインを守る=小町を守る=小町の言いつけを守る

という結論が出た。

…仕方ないだろ?女子とまともに会話をしたのはほぼ初めてなんだよ。俺の脳内は既に手遅れなまでに混乱していたのだ。

 

「小町に……」

「え?」

「ここで見て見ぬ振りをしたら、小町に顔向け出来ないからな。」

「小町?」

「俺の妹だ。」

「……ふふっ、そっか。シスコンだね。」

「シスコンで何が悪い。学校では誰とでも仲良くしなさいって習うだろ?それは妹でも同じだ。」

「そ、そうなの?」

「多分。」

「ねぇ、シスコンくん。」

「あのぉ、それはやめていただけませんかね?」

「じゃ、じゃあ、あの、名前、教えてほしいな?」

 

美少女の上目遣い!八幡には効果抜群だ!!

八幡は素直に名前を教えてしまった!

 

「え、あ、ああ。俺は比企谷八幡だ。」

「比企谷八幡、くん。」

「お、おう。」

「私は…「香織!」…光輝くん?」

 

丁度その美少女が自己紹介しようとした時、イケメン野郎、つまり天之河が現れた。

 

「ど、どうしてここに?」

「嫌な予感がしたんだ。何もされてないか?」

「え?あ、うん。されたけど、助けてもらったんだ。」

「何?それで、その助けてくれた人は?」

「へ?そこに……あれ、いない。」

 

あの時から俺はリア充が苦手だ。イケメンと美少女のツーショットに混ざれる気がしない。俺はその美少女の意識がイケメンに向いているうちにその場をサッと離れ、人混みに紛れて帰路に着いた。

 

—————————————————

——————————

—————

 

「思い出した?」

「あぁ、まさかあの時の美少女が白崎だったとは…」

 

偶然とはすごいものだ。

 

「び、びしょ…あ、ありがとう…」

 

顔をほのかに染めながらお礼を言う白崎。

ん?礼を言われるようなことしたか?

まあ、いいか。

 

「白崎。」

「ん?何?」

「そろそろ帰れ。相部屋のやつも心配してるだろ?」

「雫ちゃんだから大丈夫だよ!」

「何がだよ……」

「比企谷くんの部屋に泊まってきても良いって!」

「俺が良くねぇよ!」

「ふふっ、じょーだんだよ。」

「……勘弁してくれ…」

「じゃあ、また明日ね。」

「あぁ、また明日。」

「おやすみ。」

「おやすみ。」

 

白崎が帰り、部屋が静寂に包まれる。

さっきまではなんとも思わなかった部屋がやけに広く感じる。

明日も早い。早いところ寝てしまおう。

……けっして寂しさを紛らわせようとしているわけではない。

ないったらない。

 

 

 

【オルクス大迷宮】遠征、二日目。

迷宮攻略が始まった。

最初からチート全開の勇者様パーティーがどんどん敵を殲滅していくため、非常に暇だ。

一応、騎士団の人が弱らせた敵を一匹倒したが、他には何もしていない。というか着いていくのが精一杯だったりする。

 

何の苦もなく二十層に到達した俺たち。

ちなみに、二十層に到達すれば充分一流と呼ばれるらしい。訓練始めて二週間で一流とか…現地の冒険者涙目である。

 

ん?前の方が騒がしいな。なんだ?

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

は?撤退?天之河が負けたのか?それとも……って、なんか床に魔方陣あるんですけど……

 

慌てて逃げようとするも、時すでに遅く、あの時のような激しい光に包まれる。

誰かが罠でも踏んだのか?それならとんだとばっちりだな……

 

 転移した先は巨大な石造りの橋の上だった。百メートルくらいだろうか?橋の下には真っ暗な闇が広がっている。

まさに深淵といった感じだ。

……どうやら橋の真ん中に送られたようだな。上の階に繋がるであろう階段と先に進むための通路が見える。

あ、檜山がちょっとバツが悪そうな顔してるぞ?なるほど、あいつのせいか。なんか納得だな。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

メルドさんが鬼気迫る表情と声で叫ぶ。

それを聞いた俺たちはばたばたと走り始めたが、絶対に通さないと言わんばかりに橋の両端に魔方陣が現れ、片方からは無数の魔物が、もう片方からは巨大な魔物が現れた。

 

メルドさんたち騎士団の表情が絶望に染まる。

そして、図鑑で調べていた俺も、その魔物がなんなのか一目でわかった。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物。

 

「ま、まさか……ベヒモス、なのか?」

 



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悪意の笑み

百年以上前。

この世界に並ぶ者無しとまで言われ、"最強"の名を欲しいままにしたとされる冒険者。

彼は迷宮を次々と攻略していった。人々は、ついに迷宮攻略者が出るか、と大いに期待していたそうだ。

ところが、ある日。迷宮から彼の仲間が血相を変えて逃げ出して来たのだ。

何事か、と問うと、彼はその"最強"が魔物に敗れた、と言うではないか。人々は驚愕した。あの男に勝てる物がこの世にあるのか、と。

最初は皆信じなかった。例え想像を絶するほどに強い生き物がいたとしても、彼なら大丈夫だ。きっとまたふらっと帰ってくるに決まっている、と。

しかし、男は帰らなかった。

そして、彼は人々の中で伝説となったのだ。

その帰還した男の証言から"最強"は六十五層に入ってすぐに敗れたことがわかり、人類の最高到達層が六十四層とされた。

そして、"最強"を屠りし"最恐"の魔物が明らかになったのだ。

体長は十メートルほどのトリケラトプスのような感じで、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を持つ。トリケラトプスで言う角の部分は灼熱の炎に包まれている。

人々は恐怖の念を込めてその魔物に名を送った。

 

"陸上の悪魔"ベヒモス、と……

 

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——————————

—————

 

死。

頭の中で鮮明に浮き上がった一つの漢字。

俺たちは誰一人として動けない。あの天之河でさえ硬直している。

だが、騎士団の団員は違った。まず、三人の団員が現在張れる最高の防壁を張り、攻撃に備える。

そして叫んだ。

逃げろ、お前達を死なせるわけにはいかない、と。

その必死の声を聞いて生徒達は動き出す。

しかし、ベヒモスと反対側にはおびただしい数の魔物が。見たところ三十八層に出現するトラウムソルジャーのようだ。

逃げようにも逃げられない状況にパニックに包まれる生徒達。頼みの勇者様はと言うと……

 

「メルドさん!あなた達を置いて逃げるなんてできません!俺も戦います!」

「馬鹿者!早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

「嫌です! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

天之河は目の前の敵しか見えていない。

誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。城で練習した連携などできるはずもなかった。

このままではまずい。

誰か一人でも、この場合俺も含まれるが、死んでしまえば立て直すことが不可能になり、最悪全滅もあり得る。

それだけは避けなければ。

雑魚を一掃できるだけの圧倒的な力。

道を照らし、切り開く勇者の光が必要なのだ。

 

「おい、天之河。」

「なんだい⁈今、忙しいんだ!」

「お前、馬鹿なのか?」

「……は?何を言って…」

「お前こそ何言ってんだよ!」

 

こんなに声を荒げたのは久しぶりだ。

白崎やメルドさんも目を丸くしている。

……いや、メルドさんはベヒモスに集中してくださいよ……

 

「いいか?みんながみんなお前みたいに優秀なわけじゃないんだ。俺みたいな落ちこぼれだっている。しっかり下まで見通せ。……お前がリーダーだろうが。」

「…………そう、だね。ごめん。僕が間違ってたよ。皆!すぐ行くから!」

 

天之河達勇者パーティがクラスメイト達の方へ走っていく。

 

「すまん。助かった。」

「いいですよ。そんなの。旅を認めてくれた借りを返したまでです。」

「……お前も早く逃げるんだ。最後の障壁ももうもたない。」

「今から逃げても一緒ですよ。……それより、提案なんですが。」

「ん?なんだ?」

「ベヒモスの主な攻撃方法は、跳躍してから、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下する。ですよね?」

「あ、ああ。よく勉強しているな。」

 

読んだからな。本で。

 

「多分なんですけど、その後、結構大きな隙ができます。その時に、俺が近づいて錬成で動きを封じる、というのはどうでしょう。」

「なっ…しかし、それではお前が……」

「メルドさん。これが一番、確実です。大丈夫ですよ。俺は死ぬつもりはありませんから。」

「……すまん。」

「いえ。」

 

最後の障壁が破れ、ベヒモスの咆哮が橋を震わせる。

俺では一撃さえ耐えられないので、メルドさんに挑発はお願いする。

 

ベヒモスは赤く燻る炎の兜を掲げ、跳躍。

メルド団長はギリギリまでそれを引き付け、バックステップで回避した。

……すげぇ…。

 

その巨体で高い位置からの落下。当然ながら角が橋にめり込む。

そこに走り寄り、ベヒモスが埋まっているすぐそこの地面に手をついた。

 

熱い熱い熱い熱い熱い!

あまりの熱さにに思わず手を引きそうになる。

だが、ここでミスすれば少なくとも俺の命はない。

なので、ヤケクソ気味に唯一使える呪文を叫ぶ。

 

「錬成ぇぇ!!!」

 

ベヒモスは周囲の地面を砕いて動こうとするが、その度に錬成し直し、絶対に動かないようにする。

いわゆるハメ技だ。

魔力が尽きるギリギリまで錬成し続け、無くなったと同時に走り出す。

怒りに包まれながら突撃してくるベヒモス。

ベヒモスが動き出すと同時にメルドさんの号令が聞こえた。

 

「今だ!発射ぁ!!」

 

ありとあらゆる属性の魔法がベヒモスに殺到する。

これならいける、そう思った。

だが、ふと悪寒を感じる。

ばっ、とその方向を見ると檜山がニタァ、と笑っていた。

その直後、奴が魔法を放つ。その炎の塊は、ベヒモスの方へ飛んでいったが、俺の目の前でぐっ、と曲がる。

咄嗟にブレーキをかけて回避しようと試みる。

しかし、檜山とは言え、チート集団の一員。

その魔法の威力は凄まじく、なんとか直撃は回避したものの、大きく吹き飛ばされる。

速やかに立ち上がり、走り出す。

その瞬間、橋がガラガラと崩壊した。

手を伸ばすが、届かない。

檜山がニヤニヤと笑っているのが見えるような気がした。

 

 

ああ、結局、裏切られるのか……

いや、違うな。あいつは裏切ってなんかいない。最初から味方じゃなかった。敵だった。

小町、ごめんな。お兄ちゃん、もうダメだ。

 

走馬灯のように今までの思い出が思い出される。

 

小町の笑顔。

俺のことを嘲笑うクラスメイト。

小町に怒られたこと。

小学校で隣の席だった小山さんの消しゴムを拾ったら「触んな!」と怒られたこと。

小町の「お兄ちゃーん。」と呼ぶ声。

「キモタニー!」「ヒキガエルー!」と呼ぶ級友達の声。

 

あれ?走馬灯の半分悪い思い出とかおかしくね?

あぁ、来世は貝になりたい……

 

心の中で遺言を残し、俺は意識を手放した。

 



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奈落の底の決意

小町は名前だけ、と感想の返信で言ったんですが、今回ちょっとだけ出てきます。


目を開く。

身体は水に浸かっているようで、非常に寒い。

 

助かった、のか?

 

未だ朦朧とする意識の中、必死で頭を回転させ、状況を把握しようと試みる。

まずは暖をとらなければ……

 

服を脱ぎ、絞って下着一枚のセクシーな姿へ。写真集を出せば女子高生がキャーキャー言うだろう。

…え?キャーキャーの使い方が違う?

気にしないでくれ。寒さで思考能力が低下してるんだよ…

 

錬成を使って岩に魔方陣を刻んでいく。

以前、俺は魔法の適性が皆無だ、という話をしたが、魔法を使うのに適性は無くても問題ないと言えば問題ない。普通の人ならば十センチくらいの魔方陣で良い魔法を一メートル以上の魔方陣じゃないと使えなかったり、いちいち仰々しい詠唱をしなければいけなかったりする程度なのだ。

戦闘では一切使えないが、今のような状況なら問題ない。

 

数分かけて魔方陣を描いた後、呪文を詠唱し、火を出す。

 

「あぁ、暖かぁ…」

 

二十分ほど暖をとり服もあらかた乾いたので出発することにする。

ここは何層なんだろうか。

ベヒモスがいた、ということはあの橋のある階層……じゃなくて、橋があった階層は六十五層。そこから落ちた、ということは……ん?やばくね?

 

 

 

移動を始めて数分。未だ魔物は出ていないが、いつ、どこから飛び出してくるかわからない。慎重に慎重を重ね、石橋を叩いて壊してからその瓦礫の上を渡るつもりで移動する。

すると、向こうの方で動いている生き物を発見した。

よく見るとウサギのような生き物だ。

じっ、と観察していると、その側に黒い狼が四匹現れた。

この世は弱肉強食。ウサギは狼達のご飯と化すのかと思われた。

が……

 

「キュー!」

 

跳躍して一閃。

某海賊のクルーのような華麗な脚技で次々と狼を屠っていく。

 

……助けて小町ぃ…

 

あのウサギもどきから少しずつ離れていこうとするも、ウサギもどきがキッ、とこちらを睨む。

 

あー、やっべぇー。まじべー。

 

ウサギもど…ウサギが跳躍しようと脚に力を込めると同時に全力で横に転がる。

次の瞬間、さっきまで頭があった場所の岩が砕け散った。

まずい、まずいまずいまずいまずいまずい。

次は避けられない!

 

咄嗟に左腕を前に出し、ガードする。

すると、凄まじい衝激が左腕を襲い、身体が宙に浮いた。

そのまま惨めに転がって、壁にぶつかって止まる。

ウサギはこちらを見下すような、軽蔑するような目で見ている。

あぁ、これまでか。

あの橋から落ちて助かったこと自体が幸運なのだ。

 

辞世の句でも読もうか、と思っていると、ウサギがブルブル震えていることに気がついた。

何事かと思い、ウサギの視線の先を見ると……

 

熊がいた。

足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えている。熊の化け物。

 

ウサギが逃げようと試みるも、あっさりと殺され、熊の晩御飯(?)になった。次は貴様だと言わんばかりの熊の瞳。

 

今まで、ありとあらゆる悪意にさらされてきた。

もうどんな目で見られようとも動じない。そう思っていた。

だが、これはダメだ。

これは、さっきのウサギのような見下す、といった視線ではない。ただただ、食事をせんとする、"捕食者"の視線だった。

 

「あ、あ、あ。」

「グルルルルゥ…」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

もはや何も考えず、逃げる。

そんなことは不可能だ、と頭が理解していても、身体が拒否した。

食糧になるのだけは嫌だ、と。

 

しかし、熊は無慈悲にも腕を振るい、俺はウサギとは比較にもならない勢いで壁に叩きつけられる。

 

「かはっ…。」

 

そこから先ははっきりとは覚えていない。

ただ、必死で錬成をしたことは覚えている。

我を取り戻した時には真っ暗な狭い空間にいた。

 

「ははっ、惨めだな……」

 

まあ、これはこれで、俺らしい……

ポチャリポチャリと頰に落ちる水滴が気持ち良かった、、、

 

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—————

 

「ううっ。」

 

意識が戻る。

どうやらまたもや死ななかったようだ。

 

「死ねない呪いでも付いてるのか?」

 

腕を上に伸ばそうとして、違和感を感じる。

あれ?左腕が軽い?

腕を振ろうとして気付いた。

左腕が無い……

さっきの熊にでも食われたのか?

左腕が無いことに気付くと同時に激しい痛みを感じる。

左腕が痛い。幻肢痛のようだ。

幻の痛みに耐えつつ、なんとか状況を把握しようと右腕を伸ばす。

どうやら天井の低い穴の中のようだ。

密閉されていることから、無意識のうちに錬成して逃げ込んだのだろう。

 

「だが、なんで死んでないんだ?左腕食われたとかだと出欠多量で死ぬだろ。傷も塞がってるし……」

 

なぜ死んでいないのか?

疑問に思う中、ピチャリと顔に垂れる水滴に気付く。

試しに舐めてみると、なんだか元気が湧いてくる気がする。

 

「これは…もしかして、神水か?」

 

神水。

神結晶という大地に流れる魔力を約千年という長い時をかけ直径三十センチから四十センチ位の大きさに結晶化した伝説の鉱石から溢れ出たとされる液体。

これを飲んだ者はどんな怪我も病も治ると言われ、不死の霊薬とも言われている。

 

「神話上の物だと思っていたが…これを辿っていけば神結晶が?」

 

水滴が流れてくる方へ錬成を繰り返し、進み続けること数分。

遂に水源にたどり着いた。

幻想的に光る青い鉱石。

 

「これが、神結晶……」

 

あまりの美しさに目を奪われる。

そして、それを見ながらずるずると壁を背に座り込んだ。

 

「もう、無理。限界だ……」

 

安全な場所に来たことで、再び死の恐怖が蘇る。

もう、俺は充分頑張ったんじゃないか?

紐なしバンジーだって生き延びたし、化け物どもからも逃げきった。

もう、戦った。

押してから、柄にも無く引いてみたんだ。

だから…これで……

 

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…………ん!……い…ちゃん!

 

「お兄ちゃん!」

「うえぁっ!」

「もう、どうしたの?変な声出して。」

「こ、まち?」

 

俺は家の玄関の前に制服を着て立っていた。目の前には小町がいる。

あぁ、そういえば転移した日は創立記念日とかで休みだって言ってたっけ……

 

「小町だよ?どったの、お兄ちゃん。体調悪いの?学校休む?」

「小町…こま、こ…こま……小町ぃぃぃぃ……」

 

久しく見ていなかった小町の姿。

それを見た途端、心の結界が完全に崩壊した。

 

「うえぁっ!どうしたの?お兄ちゃん⁈」

 

 

俺は全部ぶちまけた。今までの辛かったこと。今、辛いこと。

 

「お兄ちゃん……辛かったんだね。」

「俺は充分頑張ったよな?もう、諦めても……」

「駄目。」

「え?」

 

小町は真剣な表情でこちらを見つめている。

 

「小町、やだよ?お兄ちゃんが死んじゃうの。」

「でも……」

「でもじゃない。良い?例えお兄ちゃんがどうなっても、小町だけはお兄ちゃんの味方だよ?そんなお兄ちゃんの唯一の理解者を一人きりにするの?」

「小町……」

 

小町は俺の辛さを全て理解してなお、俺に生き続けろと、そう言った。帰ってこい、と。

 

「これは、小町のわがまま。聞くか聞かないかは、お兄ちゃん次第だよ。」

「……わぁったよ。ったく。わがままな妹だ。」

「にゃははっ、めんどくさい兄だ。」

「うっせ。」

 

くそぅ、可愛いなあ……

 

「ほら!行った行った!学校、遅刻しちゃうよ?」

「……ああ。そうだな。行ってくる。」

「行ってらっしゃい。」

「ちょっと、遅くなるかもしれん。」

「りょーかい。晩御飯作って待ってるから。」

「ありがとな。小町。」

「どういたしまして。……頑張ってね。お兄ちゃん。」

「あぁ。兄ちゃんに任せとけ。」

 

小町に見送られ、前へと進む。

後ろは振り返らない。きっと、小町はそれを望んでいないから。

だから、帰ろう。必ず。

まっすぐ、前を向いて、帰ってこよう。

例え何が俺を邪魔しようと、俺は必ず、小町に……

 

—————————————————

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—————

 

目を開くと、神結晶がある部屋だった。

 

「夢、か?」

 

それとも、俺の頭が狂って見せた妄想なのかもしれない。

だが、関係ない。

小町に帰ってこいと言われてしまった。

こんなところでくたばっていては兄として風上にも置けないだろう。

俺は、必ず、地球に帰る。

どれだけ時間がかかっても、どんなに辛いことにぶつかっても、乗り越えてみせる。

 

俺は確かな決意を胸に、この神結晶のある安全地帯からあの地獄へと戻るため、唯一使える呪文を唱えた。

 

「錬成!!!」

 



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比企谷、人間やめるってよ

地球に帰ると言っても、まずはこの迷宮から生きて脱出しなければならない。魔物はどうにかこうにか頑張るとして、目下の課題は……

 

「あぁ、腹減ったなぁ。」

 

空腹である。

 

「いっそのこと魔物の肉でも食うか?」

 

人間が魔物の肉を食べると、魔物の体内にある魔石によって変質した魔力が体内の細胞を内側から破壊され、死ぬ。

過去、何人か挑戦したチャレンジャー達はいたが、例に漏れず死んでしまったと言われている。

 

「神水あるから大丈夫じゃね?知らんけど。」

 

思い出すのはウサギによって殺されていたあの黒い狼だ。

 

「群れか。つまり、一匹一匹は弱い?なんとか分裂させて、奇襲をかければ……」

 

群れをなす生き物は個々の力が弱い場合が多い。

ウサギになすすべも無く殺されていたことから、この階層の中では最弱レベルなのかもしれない。

だが、群れをなす、ということは、自分たちの弱さを自覚しているということでもある。相手の慢心を逆手にとって、みたいな作戦は無理だと思われる。

 

「狼ってことは待ち伏せして協力して狩り、が濃厚だな。となると、潜むのは壁際?」

 

なら、錬成で捕らえられるんじゃないか?

壁の中に取り込んでしまえば後は煮るなり焼くなり好きにできる。

だが……

 

「今のままじゃ無理か……」

 

一回で錬成できるのはせいぜいちょっとしたへっこみ程度だ。

それではお話にならない。

 

「……修行、かな。」

 

神水は魔力を回復する効果もある。

いざという時にも便利だし、あの部屋を拠点にあまり離れないようにしながら修行しよう。自分の手足のように地形を動かせるくらいにならないと、この迷宮を生き抜くのはきつい。

神水もいっぱい持っていかないといけないし。

エリクサー詰め放題みたいなもんだしな。

 

—————————————————

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—————

 

あれから一週間。

空腹と幻肢痛に耐えながら修行を完成させた。

 

「やばい……そろそろ何か食わないと、死ぬ。心が死ぬ。」

 

うろうろと歩きまわり、狼を探す。

ウサギならまだしも、あの化け物熊に会わないよう、慎重に、耳を澄ませて歩く。

しばらくして、狼の群れを見つけた。

群れと言っても四頭。なんとかなるだろう。

狼を尾行し、チャンスをうかがう。

 

四頭が獲物を待ち伏せするために離れた瞬間を狙い、一頭ずつ壁の中に引きずり込んでいく。

一頭目はなんの抵抗も許さず、一瞬で取り込めた。

二頭目は悲鳴を上げられたものの、なんとか壁の中に入った。

三、四頭目は混乱しているところを一気に捕まえる。

 

あっという間に不自然に歪んだ壁に顔を突っ込む狼達の図が出来上がった。

 

「さてと、どうするかね?焼いた方が良いか?……いや、生でいけるだろ。こんなとこに寄生虫とかいるとは思えんし、何より焼く時間がもったいない。」

 

狼の毛皮を適当に剥いで、その肉にかぶりつく。

 

「うげぇ!マズ!!」

 

不味い。この世の物とは思えないほど不味い。

ホームセンターで売ってる木炭の方がうまいんじゃねぇの?

食ったことないから知らんけど。

しかし、今のところ食べられるものはこれの他なく、空腹で倒れそうなのも事実。我慢して食べることにしよう。

 

 

 

不味い狼の肉を神水で流し込み、バクバクとかぶりつく。

慣れてくると不味さも気にならなくなり、代わりに腹が満たされていく充実感を感じるようになった。

食事ができるということがこんなに素晴らしいことだなんて……

日本に生まれたことの幸せを実感する。

地球に帰ったらお袋と小町と、ついでに親父にも礼を言おう。

 

一頭をだいたい食べ終わり、ふう、と一息つこうとしたその時、凄まじい激痛が身体中を襲った。

 

「っっっ?……あ…ぐがぁぁぁぁぁ!」

 

あまりの痛さに床をのたうちまわりながらも、なんとか神水を口に含む。

一瞬痛みが引くものの、すぐに痛みが戻ってくる。

 

「はっ⁈なんでっ!」

 

激痛とともに、身体中からミシミシという音が聞こえてきた。

人間から出て良い音じゃねぇ……

神水の治癒力が強すぎて気絶さえもできず、悶え、苦しむ。

 

しばらくして、唐突に痛みが消えた。

 

「やっぱ魔物はダメだったか……」

 

立ち上がり、服の埃を払おうとして、絶句した。

腕や身体が太くなり、肌の内側に何本か薄っすらと赤黒い筋が通っている。

 

「これは……」

 

さて、これまで出てきた魔物達。狼、ウサギ、化け物熊。

この連中の特徴を述べていこう。

 

まず狼。

尻尾が二本あり、電気を纏うことができる。

身体は毛皮は黒く、皮膚には赤黒い線が何本か走っている。

二尾狼と名付けよう。

 

次に、ウサギ。

凄まじい蹴りを放ち、体長はあまり大きくない。

白い皮膚に赤黒い線が何本か走っている。

二尾狼より強い。

蹴りウサギと名付けよう。

 

そして最後、熊。

長い腕に鋭い牙と爪、巨大な身体と、化け物の要素をこれでもかと詰め込んだ怪物。

皮膚には赤黒い線が何本か走っている。

蹴りウサギより強い。

爪熊と名付けよう。

 

これら三種類の魔物と俺の共通点は、皆一様に"皮膚に赤黒い線が何本か走っている"ことだ。

 

「おいおいおい…つまり俺、魔物化したのか?リアルキモタニになっちまったのか?……おお、そうだ。ステータスプレートは?」

 

ごそごそと服からステータスプレートを出すと、ステータスの裏の面に自分の顔が映った。

うん?

 

「髪が、白い?」

 

……え。なにこれ。聞いてないんですけど。

ストレスか?あまりの痛さで白髪になったのか?

…まあ、禿げなかっただけましか…

ステータスプレートをひっくり返してステータスを確認する。

 

=======================

比企谷八幡 17歳 男 レベル:8

天職:錬成師

筋力:100

体力:300

耐性:100

敏捷:200

魔力:300

魔耐:300

技能:錬成・速読[+瞬読]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・言語理解

=======================

 

……ふぁっ⁈

え、なにこれ。聞いてないんですけど。(二回目)

二つも聞いてないことがあるとかホウレンソウがなってないんじゃないの?

 

「纏雷は二尾狼の力っぽいよな。魔力操作は……魔物特有の技能だったか…。…魔物の力が使えて、魔物のような姿の男……。うん、魔物だな。」

 

悲報。

俺氏、童○の前に人間を卒業する。

 

……まぁ、この際俺が魔物か魔物じゃないかはどうでも良い。

これがもしここから脱出するのに使えるようなら、ガンガン使っていこう。

 

新しい力を手に入れ、意気揚々と拠点へと引き上げる。

うん。今日はもう寝よう。疲れた。

明日からまた頑張ろう。

 



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強者への挑戦「前哨戦」

人間を卒業してしまったあの日から約一週間。

一週間と言っても、寝て起きたら一日、と計算しているので、多少誤差はあるが。

新たに得た魔物技能も大分使い慣れてきたころ、"錬成"の派生技能の"鉱物鑑定"を獲得した。

 

鉱物鑑定とは、その名の通り鑑定した鉱物の名前や特徴などを知ることができる。

地上にあったり、上の方の階層にあったりするような鉱物なら図鑑で読んだから知っているが、こんなに下の方の階層にもなると図鑑に載っている鉱物の方が少ない。

 

魔力を吸って光を放つ"緑光石"。

火薬のような特性のある"燃焼石"。

熱や衝撃にめっぽう強い"タウル鉱石"。

 

魅力的な鉱石ばかりだ。

特に燃焼石とタウル鉱石。

これがあれば……

 

 

 

そこからまたまた約一週間。

数々の試行錯誤を繰り返し、ついに俺は夢の武器を作り上げた。

 

「おおおっ!これだ!これだよ!銃剣!」

 

柄にもなくテンションが上がっているが、気にしないでほしい。

全長五十二センチ。スリムなボディには刃がついている。

剣としては短い気もするが、これ以上長くすると壁とかにぶつけそうなのでやめた。

弾は十二発詰めることができる。

威力はそこそこ。

そこそこと言っても、二尾狼の皮膚を貫通するだけの威力はある。

 

纏雷の技能を使ってレールガンにもできるが、あまり使わないことにしている。

理由としては、牽制で使うのに反動が大きいと本末転倒だからだ。

ここぞというところで使おう。

代わりと言ってはなんだが、剣身を電気メスのような感じにしてみた。

電気メスとは、切りながら切ったところを焼いて止血できるメスだ。

切ったところを高電圧で同時に焼いてやれば、大ダメージを与えられること間違いなしだ。

 

ただの銃でも良いかな、とも思ったが、それでは接近された時に対処できない。

それに、今も少し残る恐怖心を克服できない。

遠くから銃で撃って殺すだけでは、俺は現実に戻るための強さを手に入れることができないと思う。

俺はまだまだ身も心も弱い。

だから、銃としての機能はしばらく封印だ。

いつか、もっと強くなれた時。

少なくとも、"あいつ"を倒すまでは……

 

 

 

武器を手に入れ、テンションを大きく上げた俺は、これまで避けてきた敵、二尾狼より強い"蹴りウサギ"に勝負を挑むことにした。

二尾狼を食うことで無限に強くなれれば良かったのだが、あれ以降、何度食ってもステータスは上がらなかった。

同じ種類からは一度しか上昇しないのか、それとも自分より強い魔物の肉でないと上がらないのか。

おそらく後者だが、どちらにせよ、蹴りウサギはいずれ挑むべき敵だ。もう一つ狙う理由があるのだが、まあ、それは後でいいだろう。

 

蹴りウサギの注意点は何と言ってもあの脚だ。あれを喰らったらひとたまりもない。

しかし、これは強くなるために自分に課した試練なのだ。

だから、いつもの俺とは打って変わって、堂々と正面から突破してやる。

 

迷宮を歩き回り、蹴りウサギを探す。

普段ならちょくちょく出会って必死で隠れるのだが、こんな日に限ってぜんぜん出てこない。

物欲センサー、というやつだろうか。

 

今日は諦めようかなぁ、と思いつつ、あとちょっと、あと十個角を曲がったら……などと粘り続け、ついに見つけた。

こちらには気づいていない様子だったが、じっと見つめていると、ピクッと耳を立ててこちらを向いた。

 

「キュ?」

「よお。ウサギさん。ちょっとどちらが強いか力比べしねぇか?」

「……キュゥ…」

 

ウサギが俺の言葉を理解したとは思えないが、挑発されたと思ったのだろう。苛立ったような鳴き声を上げた後、足に力を溜め、蹴りを放ってきた。

必殺の一撃。

しかし、その分大振りだし、冷静に行動すれば避けられる範囲内。

このウサギの蹴りの本当の怖さは一撃目が外れた時にある。

 

「キュァァ!」

 

外して宙に浮かんでいる状態で、空を蹴り、突然方向転換して追撃してくるのだ。一撃目をギリギリ避けるなど話にならない。余裕を持って躱し、二撃目に備えることが必要なのだ。

 

「それは知ってる、よ!!」

「キュゥ⁈」

 

しかし、それをしっかり守ることで、蹴りウサギ攻略の難易度はぐっと下がる。

まさか二発目を避けられるとは思わなかったのだろう。蹴りウサギは驚愕で一瞬動きを止めた。

それは一瞬ではあったが、剣を振るには充分な時間。

超硬度を誇るタウル鉱石でできた刃は、蹴りウサギを真っ二つにした。切ると同時に纏雷の技能で高電圧を発生させ、切断面を焼く。

蹴りウサギはびっくりした表情のまま、動かなくなった。

 

「あぁぁ。油断してるから(ひと)にさえ負けるんだよ。」

 

これでこいつの肉を食うことで俺はまた強くなれるだろう。

 

さて、突然だが、何故ウサギは一羽、二羽と数えるかご存じだろうか?

諸説あるが、耳が鳥のようだ、とか、獣を食えない僧侶が二本足で立つこともあるウサギを鳥だとこじつけた、とか、なんとも胡散臭い話だが、言ってしまえばウサギはもともと食えば美味いということだ。

 

二尾狼には悪いが、奴らの肉は悲劇的にまずい。

しかし、それも狼なら当然。

もともと食えるウサギなら焼いて食えばうまいまではいかなくてもマシなはず!!

 

こんがりと焼き目がつくまで火で焼く。

上手に焼けましたー!

……やめろ、こっちを見るな!

 

ガツガツとこんがりウサギ肉を食べる。

 

「…………まっっず!!」

 

うぇぇ……なんでウサギなのに不味いの?

魔物はみんな不味いのか?

なにそれ、俺辛い。マッカン飲みたい……マッカン……

 

…はっ!

いかんいかん。

帰ればいくらでも飲めるんだ。今は攻略に集中しよう。

 

二尾狼はもう余裕。

蹴りウサギも倒した。

 

後は……"あいつ"だけ……

 



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強者への挑戦「本戦」

蹴りウサギを倒してから三日。

俺はいくつかの装備を製作してから"あいつ"の捜索を開始した。

 

ここに落ちた日以降、"あいつ"は見ていない。

それはただ単に運が良かったのか、それとも何か理由があるのか…

まあ、そんなことはどうでもいい。

なぜかはわからないが、探していれば絶対に会える。

そんな気がしたのだ。

 

「ほぉら。いた。」

 

そして、見つけた。

あの一瞬で味わった恐怖は他のどの魔物より、大きかった。

この階層最強にして、この階層の頂点に君臨する化け物。

 

「爪熊ぁぁ!!」

「………グァ?」

 

それに、俺は、勝負を挑む。

壁を、恐怖を越えるために。

 

 

 

本来、自分より強い格上を相手にする時は奇襲をかけるのがセオリーだ。

しかし、それでは自分が爪熊より格下だと認めているようなものだ。

それではいけない。

俺は奇襲をかけずとも爪熊と戦える、と自分に証明したいのだ。

 

正々堂々と一騎打ち。

こっちはいくつか道具を持っているが、それは仕方がない。相手だって爪やら牙やらがあるんだからおあいこだ。

 

爪熊はこちらをダルそうにチラッと見た後、表情を切り替え、こちらを睨みながら警戒態勢に入った。

さすがは爪熊。

俺が舐めてかかるべきではない相手だと認識したようだ。

出だしは上々。

 

「先手は貰う、ぞ!」

 

魔物を食べることにより上昇したステータスと、製作した装備その一、スピードブーツの効果で視認不可なまでのスピードに達した一撃で爪熊を斬りつける。

 

説明しよう。

スピードブーツとは、踏み込みんだ瞬間に靴底につけた燃焼石が爆発し、凄まじい勢いで移動できる超兵器なのだ。

燃焼石の上にはタウル鉱石を付けているため、衝撃で足にダメージが入るようなこともない。

ウサギの真似がしたいと思って開発した。

欠点は直線運動しかできないことである。

 

首を狙って放ったのだが、避けられたらしい。

えぇ……今の避けんの?

しかし、躱しきれなかったらしく、爪熊の雄々しい左腕は地面に落ちている。

 

「グァァァッ!!」

「これでフェアだな。爪熊。」

 

スピードブーツはすごく強いのだが、今のところ一回しか使えない使い捨ての道具なのだ。

もうこの戦闘では使えない。

ここからは完全に力比べ。

実力は…互角か?

 

俺は剣を構え、斬りかかる。

爪熊はそれを避けつつ、その豪腕を振るった。

ギリギリで避けてカウンターを……

 

「ガハァッ……」

 

吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。

何が起こった⁈

爪は完全に避けた。

どこにも掠りさえしていないはず……

なのにどうして?

見えない爪でも伸びているのか?

 

爪熊は不思議そうにこちらを見ている。なぜ生きているんだ?とでも思っているのだろうか。

それもそうだろう。

本来ならあそこで俺が真っ二つになって試合終了だった。

しかし、こんなこともあろうかと製作していた装備その二、タウル鉱石の鎖帷子、が活躍したのだ。

超硬度のタウル鉱石によって作られた鎖帷子は爪熊の見えざる爪(仮)を防ぎ、ただの打撃へと変換したのだ。

 

「グガァァァ!!」

 

見えざる爪(仮)は脅威だが、所詮初見殺し。

わかってしまえばどうとでもなる。

爪は余裕を持って避け、懐に潜って斬りつける。

普段の爪熊もならまだまだ倒すには至らないような攻撃だが、左腕からの出血もあり、ついにどうっ、と倒れた。

 

「グ…ガァァ……」

「ありがとな、爪熊。俺はお前のおかげで強くなれた。左腕は授業料だとでも思っておくよ。」

 

銃剣を大きく振りかぶり、首に思いっきり叩きつける。

爪熊は潔く、微動だにせずに刃を受け入れた。

まさに強者の最期。

孤高の王者の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

倒した爪熊をモグモグと食べ、新たな技能の習得とステータス上昇をした俺は拠点で明日からの準備をしていた。

爪熊を倒した今、この階層に留まる必要はない。

ちなみに今のステータスは…

 

=======================

比企谷八幡 17歳 男 レベル:17

天職:錬成師

筋力:300

体力:400

耐性:300

敏捷:450

魔力:400

魔耐:400

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・速読[+瞬読]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解

=======================

 

"天歩"とその派生技能は蹴りウサギから手に入れた。

"空力"が空を走る、"縮地"がすごい速さで移動、という能力だ。

縮地をうまく使うことができればスピードブーツはいらないのだが、いかんせん上手く使えない。

練習中の技能だ。

空力も同様。

 

後は"風爪"…これが爪熊の見えざる爪の正体のようだ。

見えない刃を伸ばす…といったところだろう。近接戦闘において非常に心強い技能だ。

 

あと、銃剣の名前を決めた。

いつまでも銃剣銃剣言うのもなんだしな。

その名は「アルクダ」。

ギリシャ語で"熊"という意味だ。

爪熊に敬意を表し、この名前にした。

 

この階層の探索はだいたい終わったが、下りの階段はあったものの、上りの階段は無かった。

どうやら下にしか行けないようだ。

 

下に行って完全攻略すればきっとここから出れるはず。

これからは相棒のアルクダと共にこの迷宮の攻略を目指す。

そして、地球に帰る方法を探すのだ。

これまで何でも一人でやってきた。

必ずできるはずだ。

 

「必ず地球に帰ってみせる!そしてマッカンを飲みながら小町を愛でるんだ!!」

 



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謎の扉の中には…

迷宮の攻略を始めてから長い時間が過ぎた。

一応起きたら今日が何日目か記録しているのだが、それによると今日は奈落に落ちた日から七十三日目。

爪熊階層からは五十ちょっとくらい降りてきた。

その間、数々の魔物と死闘を繰り広げた俺は大幅に強くなった。

 

=======================

比企谷八幡 17歳 男 レベル:53

天職:錬成師

筋力:920

体力:980

耐性:890

敏捷:1060

魔力:790

魔耐:790

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・速読[+瞬読]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・高速思考・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

=======================

 

色々と技能が増え、賑やかになってきた。

様々な魔物と戦ってきたが、一際厄介だったのが”高速思考”を持っていた敵だ。

こいつは蝙蝠のような魔物だったのだが、こっちが攻撃しようとしてもすごい反応速度で避けられるため、ぜんぜん攻撃が当たらないのだ。

ムカついたので、風爪を全力で展開して真っ二つにしてやった。

迷宮の壁にガリガリっと引っかかって間抜けな感じになったが…

 

高速思考の技能は敵が強かった分こちらの技能になってからはとても役に立っている。

一秒間に十秒分考えられるようなものなので、そこからの迷宮探索を急ピッチで進めることができた。

 

そして、今現在。

俺は巨大な扉の前に立っている。

 

ここは脇道の突き当りにある空けた場所にある。

高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座しており、門番のようにも見える。

 

実はここに来るのは今日で二度目だ。

この階層に来て間も無い頃、一度ここに来たのだが、ヤバイ臭いがプンプンするので、とりあえず後回しにしたのだ。

 

そして、階層の探索も粗方終わって、装備を整えてここに来た、というわけだ。

 

「いやー。どう見てもヤバイやつだよなぁ。中には何があるんだ?財宝?すごい武器?それとも悪魔が封印されてるとか?」

 

扉の中央には、二つの窪みがある魔法陣が描かれている。

 

「ん?こんな魔法陣、見たことないな。現存する魔法の魔方陣なら全部一瞬で見抜く自身があるが…相当古いな……」

 

とりあえず触ってみようと手を近づけると、バチィっと弾かれた。

手から煙が吹き上げている。大分痛かったので、神水を飲んで回復する。

と、同時に横の石像がゴゴゴと動き出した。

灰色の壁を破り、暗緑色の巨大な一つ目巨人が出現する。

 

二体は大剣を構えつつ、「グオオオオー!」と雄叫びを上げている。

なので、とりあえず右の一体に縮地で近付き、弱点っぽい目を切り裂いた。

ドーンと倒れ、右の奴はピクリとも動かない。

 

左の一体は一瞬ポカーンとしてから、信じられない、とでも言いたそうな目をこちらに向けた。

 

えー。

登場時の決めポーズを待ってくれるのは勇者様だけだよ?

世間は厳しいんだ。

はい!ここテストに出るから!

ノートに取るな!!心に刻めぇ!!

 

左の……あー、一つ目巨人Bは、Aの敵!とばかりにこちらに飛びかかってくる。

しかし、飛びかかろうとして、前のめりにドーンと倒れてしまう。

手榴弾シリーズ作品NO.2、”麻痺手榴弾”の効果だ。

手榴弾シリーズとは、その名の通り、俺が制作した様々な手榴弾の総称だ。NO.1から、”手榴弾”、”麻痺手榴弾”、”毒手榴弾”、”閃光手榴弾”の四種類がある。

 

麻痺効果のある粉を詰めた手榴弾を破裂させ、敵を麻痺させるのだ。

もっと早くに効くと思っていたのだが、やたらと図体がでかいため、効くのが遅れた。

 

「いやー、悪いな。魔石、もらうぜ?」

 

アルクダを振りかぶり、振り下ろす。

しかし、アルクダはガキンッと跳ね返されてしまった。

思わぬ展開に尻餅をつく。

 

よく見ると一つ目巨人の身体は淡い光を放っており、ニタァと馬鹿にするように笑っている。

 

……カッチーン。

温厚な人柄で有名な俺でもこれはちょっと許せないなぁ。

え?温厚はともかく有名ではない?

……言葉の綾だ。

 

大きく足を引き、渾身の蹴り上げを一つ目巨人に放つ。

蹴りは美しい軌跡を描きながら頭部に命中し、一つ目巨人を仰向けにひっくり返した。

弱点の目が露わになっている。

 

すかさずアルクダに風爪を纏わせ、目に向かって斬撃を放つ。

ちょっと待って?とでも言いたげだが、待てと言われて待つ馬鹿はいない。ザクッと目を斬ると、数秒痙攣した後、動かなくなった。

 

二体の一つ目巨人から魔石を取り出し、扉の窪みにはめる。

 

「さてと。出てくるのは救世の武器か、滅世の悪魔か……」

 

不安半分、期待半分で扉を開く。

 

中を覗くと、立方体に身体や腕を埋め、長い金髪を垂れ下げている少女がいた。

暗くてわかりずらいが、年は十二、三くらいだろうか。

いや、こんなところに閉じ込められているのだから、見た目通りの年齢ということはあるまい。

エルフとか、そういう系だろう。

 

「……だれ?」

 

そう俺に問いかけたその少女は、まるで月のように儚げで、美しかった。

 



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月の少女

じっとこちらを見つめてくる少女。

俺はその少女から目を離さず、話しかけた。

 

「お前はなんだ?どうしてこんなところに?」

「……裏切られた。」

「………なに?」

 

少女によると、彼女はすごい力を持った先祖返りの吸血鬼であり、国を治める王だったそうだ。

ところがある日。家臣達がクーデターを起こし、彼女の叔父が王になると言い出したのだ。

彼女はそれでも良いと言ったそうだが、お前の力は危険だ、などと言われ、ここに封印されたらしい。

殺されなかったのは、殺すことができなかったからだそうだ。

 

「そりゃ酷い話だが…殺せないってなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……うわぁ、チーターだ……」

「……チー、ター?」

「あぁ、反則級だ、ってこと。それがすごい力ってわけか。」

「それもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

なるほど。それは凄い。

俺は魔物を食べることで無理矢理魔力操作を獲得したが、本来なら所持しているはずのない技能だ。

俺は魔法適性が壊滅的なため、巨大な陣が必要になるが、魔法適性があるならそれはもう勝負になるまい。

周りがチンタラチンタラ詠唱している間にポンポン魔法が打てるのだ。

勇者様ご一行もボコボコにできるだろう。

 

「……たすけて、私、悪くない……!」

 

少女の懇願を聞きながら、俺は小さい頃の自分を思い出した。

何も悪いことはしていない。

ただ、癇に障るから、気に入らないから。

そんな理由でいつもいじめられていた。

そんな中。幾度となく思った。

 

『俺は悪くないのに……』

 

その少女が本当の事を言っているかはわからない。

性格の悪いこの迷宮のことだ。

同情させて油断したところに噛み付いてくる可能性だってある。

でも、放っておけなかった。

 

少女を拘束する立方体に手を置き、魔力を流し込む。

思いのほか抵抗が大きく、なかなか動かせない。

流し込む魔力をどんどん増やしていく。

もうほぼ限界、というところまで来たところで、立方体がドロッと溶けて、少女はついに長い拘束から解放された。

ぺたんと座り込んでこちらをぼーっと見ている。

魔力を使い切ったせいで酷い倦怠感に襲われている。

 

神水を飲んで回復しようと手を伸ばしたところで、その手をぎゅっと握られた。

小さく、弱々しい手だ。

 

「……ありがとう。」

 

この言葉にはどれだけの気持ちが込められていたのだろう。

これまでの会話の中で少女の表情は一度たりとも変わらなかった。

きっと感情の出し方を忘れてしまったのだろう。

吸血鬼は数百年前に滅んだ。

つまり、少なくとも数百年の間一人きりでこんなところに閉じ込められていたのだ。

俺には小町がいた。

お袋もいたし、親父もいたっちゃいた。

だが、この少女には誰もいなかったのだ。

ましてや肉親に裏切られてここに閉じ込められた。

そんな少女の気持ちを理解しようなど、傲慢にもほどがある。

 

そんな胸中に渦巻く思いから、思わずぎゅっとその小さな手を握り返した。

少女はピクッと反応してから、一層強く握りしめてくる。

 

「……名前、なに?」

「…比企谷八幡だ。」

「はち、まん?変な名前。」

「ははっ、だろ?……で、そういうお前は?」

 

少女はじっと考える素振りを見せてから、こう答えた。

 

「名前、つけて?」

「は?なんだ、名前忘れたのか?」

 

頭をふるふると揺らす。

 

「そうじゃない。前の名前、いらない。八幡がつけて?」

 

過去との決別、というわけだろうか。

 

「あー、そうだな。」

 

名前の候補をいくつも出しながらいい感じのを探す。

考えに考えた末、一つ、これしかないと思える名前を見つけた。

 

「ユエ、ってのはどうだ?俺の故郷の言葉で、月っていう意味なんだ。気に入らないなら別のにするが…」

「ユエ?……ユエ…うん。私は今日からユエ。よろしくね?八幡。」

「あぁ、まぁ、よろしく。」

 

相変わらず表情は死んでいるが、どことなく嬉しそうな感じがする。

 

「なぁ。」

「何?」

「とりあえず、これ着とけよ。」

 

そう言って着ていた外套を差し出す。

ユエが自分の姿を見下ろして、ぼっ、と顔を赤く染める。

ユエは素っ裸だった。

 

「……八幡のエッチ。」

「……」

 

何も言わず立ち上がり、神水を飲んで魔力を回復する。

そして、何気なく”気配感知”を使ってみて、思わず顔が引きつった。

上の方からとてつもない魔物の気配を感じる。

これは、やばい。

 

咄嗟にユエを抱き抱え、その場を飛び退く。

と、その数瞬後さっきまで呑気に座っていたところに巨大なサソリのような魔物が降ってきた。

 

入った時には何もいなかったはず。

つまり、ユエの封印が解かれたことに反応して出現したということだ。

ユエを逃がすくらいなら協力者諸共殺してしまえ、ということだろうか。

あれほどの封印を強引に解けば魔力は大きく消費するし、ユエ自身も衰弱しきっている。

殺すならこのタイミングがベストだ。

 

ユエはこちらをじっと見つめている。

ユエを殺すための魔物であることは明白なため、ユエを置いて逃げ出せば、俺はほぼ確実に助かる。

そのことを理解しているのだろう。

 

一度手酷く裏切られたというのに、自分のことを他人に委ねることができるとは……

俺にはできなかった。

だが、任せると言われて、ここで置いて行っては人として、男として腐っている。俺は目と性根以外を腐らせるつもりは毛頭無い。

 

「安心しろ、ユエ。絶対、守ってやる。」

「八幡……」

「とりあえず、これ飲んどけ。」

 

試験管の中の神水をユエの口に流し込む。

突然力がみなぎってくる感覚に驚いたのだろう。

驚愕で目を見開いている。

ユエを背中側へグルリと回し、叫ぶ。

 

「しっかり掴まってろよ!」

 

手足を使ってギュッと抱きついてくるユエ。

それを確認してから目の前の化け物を見据え、アルクダを構える。

その魔物は今までの魔物とは別格の化け物。

勝てるかどうか微妙だが……

 

「……これは…ついに解放か?」

 

丁度いい。

少しずつ練習していたあれをここで使う。

 

「アルクダ、本気でいくぞ。」

 

見せてやるよ。銃剣士の本気を……!

 



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激闘、”巨大サソリ”

巨大サソリは普通のサソリと違い、二本の尻尾を持っている。

体長は五メートルほど。

にもかかわらず、早いのなんの……

尻尾で突きを放ってきたと思ったら、もう片方の尻尾の先から毒針を放ってくる。

 

別格だとはわかっていたが、まさかここまでとは……

俺の剣術だけでは絶対に勝てない。

それだけは確実だろう。

 

「まあ、剣術だけじゃないんだが…」

 

まだ早い。

相手はまだ何かあるのではないかと警戒している。

こちらの切り札が完全に尽きたと思わせなければ勝てない。

直接戦闘の中での奇襲。

 

毒針を避け、手榴弾を投げ込み、尻尾や鋏の攻撃を避け、そこに斬撃を叩き込む。

叩き込んでも固すぎて刃が通らない。

タウル鉱石を遥かに上回る硬度。

これまでのどの魔物よりも絶望感が漂う。

その上、背中のユエを庇いながらの戦闘。

高速思考があるおかげで、なんとか避けることができているが、さすがにそろそろキツイ。

 

そう思っていると、サソリは何やら大技でも始めるらしく、尻尾やら鋏やらを地面に突き刺して力を込め始めた。

 

「ここだ!!」

 

それは絶体絶命のピンチであり、千載一遇のチャンスでもある。

今まで邪魔だった尻尾やら鋏やらが射線から消え去ったのだ。

これなら射てる……!

 

俺は瞬時にアルクダの引き金を引いた。

銃弾には雷を纏わせ、紅く光る弾は真っ直ぐ突き進んでいく。

まさか飛び道具があるとは思ってもみなかったのだろう。

サソリは咄嗟に尻尾や鋏でガードしようとするが、反応するのが遅すぎて間に合わない。

銃弾は寸分違わずサソリの顔へと吸い込まれ、右眼を破壊した。

 

「ギキャァァァァァ!!!」

 

サソリは激痛に悶えている。

大ダメージを与えることはできたようだ。

 

……だが、状況は最悪だ。

こちらは全ての切り札を使い切った。

一方、あちらにはまだ何か切り札があると見える。

相手はこちらへの警戒をさらに強めるだろう。

実際、サソリは眼を鋏で守りながら悶えている。

ここで確実に仕留めなければならなかった。

 

「くっ……万事休すか?」

 

あれこれ考えていると、不意に後ろから声がかかった。

 

「…どうして?」

「ん?なんだ?ユエ。」

「どうして、逃げないの?」

 

このサソリはあくまでユエを狙っている。

ユエを置いて逃げれば助かる。

 

だが、それはダメだ。

何故かはわからない。

小町に顔向けできない、っていうのも違う気がする。

 

「なんでだろうな。俺にもわからん。」

「え?」

「まぁ、強いて言うなら、一回助けてその後見捨てるような無責任な真似はしたくないから、だな。俺は目と性根は腐っているが、それ以外は腐ってないんだ。」

「……」

 

後ろのユエは少しの間沈黙し、決意のこもった声でこう言った。

 

「八幡、信じて……」

「は?どういう………!」

 

首に、噛み付かれた。

ユエは吸血鬼。

吸血するのは当たり前だ。

血がどんどん抜けていく感覚がする。

信じて、というのは、血を吸っても振り払わないで、ということだろうか。

 

サソリが徐々に落ち着きを取り戻し、こちらに尻尾を構えた頃、ユエは首筋から頭を離した。

 

「…ごちそうさま。」

 

そのまま流れるようにユエは立ち上がり、片手を前に突き出す。

その直後、凄まじい量の魔力が辺りに溢れ出した。

その魔力は黄金色に輝き、部屋を神々しく照らしている。

そして、ユエは静かに呟いた。

 

「”蒼天”」

 

サソリの頭上に青白く輝く巨大な炎球が出現する。

サソリはギョッとして逃げ出そうとするが、炎球はそれを追いかけ、その背中に直撃した。

 

「グゥギアァァァァァァァ!!!!」

 

サソリの外殻はドロリと溶けだし、周囲の地面は赤く染まっている。

 

……うそだろ…可愛い顔してなんてえげつない魔法放つんだよ……

久しぶりに魔法を撃って疲れたのか、ユエはふらふらとしている。

 

「おっと…大丈夫か?」

「はぁ……最上級魔法……疲れた…」

「あぁ、頑張ったな。マジで助かった。」

「ん。後はお願い。」

「おう。任せろ。」

 

硬い外殻さえ無ければサソリはそこまで強くない。

ユエを地面に座らせ、ギャーギャー騒いでいるサソリの方に向き直る。

縮地で近付き、まず尻尾と鋏を切り落とす。

その後、頭部を切り裂き、中に手榴弾を入れて離脱。

ドゴン、と鈍い音がして、サソリはついに力無く倒れた。

 

「……勝った…」

 

 

パタリと座っているユエの方をチラリと見ると、相変わらず無表情なものの、どこか嬉しそうにこちらを見ている。

もう二度とこんな戦闘はしたくないが、ユエという心強い仲間ができたことは大きなプラスだろう。

そして、この迷宮の謎の法則、地球でのゲテモノはうまい、という法則に従えば、このサソリは美味いはずだ。一つ目巨人の肉もあるし、ステータスの大幅上昇が見込める。

 

あの扉を開けて正解だった。

そう思いながら、ユエと二人、この層の拠点へと帰還した。

 



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今までと、これから

「さて、ユエさんや。」

「……なに?」

「これからの方針について話し合おう。」

「…方針?」

「そうそう。」

 

ここは封印部屋のある層に作った拠点で、壁の中にある。

壁をグニャっとへこませて入った時はユエもびっくりしていた。

神結晶の一部も持ってきているので、神水飲み放題である。

窪みにはチャプチャプと神水が溜まっていっており、見ていて楽しい。

 

「……?これからずっと一緒。」

「いや、そりゃ迷宮出るまではそうだが……」

 

さっきのサソリ戦で、一人でこの迷宮を出るのは非常に困難であることは痛感した。この迷宮を出るまでは、ユエと一緒にいるべきだろう。

久しぶりの話し相手だし、一緒にいたいというのもある。

だが、この迷宮を出てからはユエにはユエの道を歩む権利がある。

俺の馬鹿げた計画に付き合う必要もない。

 

「……??出てからもずっと一緒。」

「え、いや、だから……」

「一緒に……いてくれない、の?」

「……一緒にいます。」

 

上目遣いには勝てなかったよ……

 

「でもな、ユエ。俺はこの迷宮を出てからは故郷に帰るための方法を探すつもりなんだ。」

「……故郷に帰る、方法?」

「ああ。俺は異世界から来た異世界人なんだ。」

「……!こんなところに、召喚された、の?」

「いや、ここには落ちてきた。」

「……え?」

「あぁ、まぁ、なんだ。簡潔に言えば裏切られた、というか……」

「…………」

「あぁ!俺は別に気にしてないからな?日常茶飯事だし。そもそもあいつは俺の味方でさえなかったから、裏切りとも言えないし。」

「…………」

「…あのぉ、ユエさん?」

「…教えて?」

「え?」

「八幡の、今までのこと。教えて?」

「今までのこと、って……」

「教えて?」

「……聞いてて面白いもんじゃないぞ?」

「うん。」

「………はぁ、そうだな。まずは……」

 

それから、俺は今まであった辛かったことや、たまにあった楽しかったことを全部話した。

誰にも言えず、自覚のないまま溜め込んでいたのだろう。

話し出したら止まらなくて。

小町の話をした時、ちょっとユエの機嫌が悪くなって。

たまに詰まってユエに心配されて。

それでもユエはずっと頷きながら聞いてくれて。

全部話し終わった時には、窪みは神水でまんたんになっていた。

 

「……うぅ……ぐすっ…ひぅ…」

「え、ちょっ、ユエ⁈」

 

ユエはぐすぐすと泣いていた。

 

「八幡、つらかった。…私も、つらい。」

「ユエ……」

「これからは、私が、一緒にいるから………ずっと、一緒だから……」

「……そうだな。」

「……うん。」

「そうだ、ユエも地球に来ないか?」

「……え?」

「帰るあて、無いだろ?」

「……でも……」

「大丈夫だ。小町なら許してくれる。」

「……ご両親は?」

「お袋は説得する。親父は知らん。」

「……わかった。一緒に、地球、行こう。」

「あぁ。だから、ずっと一緒だ。」

「……うん。」

 

相変わらず硬い表情筋が、微かに緩んだ気がした。

 

—————————————————

——————————

—————

 

「そういえば、ユエは飯とかどうなんだ?」

「…ご飯?」

 

ずっと一緒宣言の後、気まずい沈黙が流れた。

あの時は話の余熱で喋っていたが、すぐに正気に戻り、羞恥に悶えることとなったのだ。もちろん顔には出さず、心の中でだが。

それを打ち消すべく、とりあえず話しかける。

 

「魔物の肉は食えないだろ?」

「…普通無理。…それに、食べ物なら、ある。」

「え?」

「八幡の血。」

「………パードゥン?」

「…?八幡の血。私、吸血鬼。」

「あぁ、そうか。そういうことね。」

 

たしかに吸血鬼なら血を飲むのも納得だが…

 

「八幡の血、美味。」

「いや、美味って……」

「…濃厚なスープみたいで美味しい。」

 

ユエはペロリと舌を覗かせる。

 

「俺の血なんて魔物の血と似たようなもんなんじゃねぇの?魔物ばっかり食ったんだから。」

「……苦い野菜ばかり食べても、血は苦くならない。それと同じ。」

「そ、そうなのか?」

「美味。」

 

こんな時、どこか妖艶な雰囲気を醸し出せるのはやはり年上だからだろうか。

……?そうか、つまりユエはロリバb……

 

「八幡?」

「ひゃひ?!」

「今、変なこと、考えてた?」

「め、滅相もごじゃいましぇん。」

「……ジトー」

「口に出して言うなよ…」

 

こ、こぇぇぇ……

何?なんでわかるの?

……ユエはロリお姉さんなんだな。うん。そうに違いない。

 

「わかればいい。」

「心を読まないでもらえますかね。」

 

ユエの食糧問題がひとまず解決(?)したので、今度は武器の製造や整備、開発をしていく。

 

実は、拠点でサソリの素材を整理していた時に、あのサソリの外殻が実は鉱物であったということがわかった。

”シュタル鉱石”という鉱物で、魔力との親和性が高く、魔力を込めれば込めるほど硬度が増す特殊な性質を持つらしい。

 

これを使えばアルクダの大幅な強化も可能だ。

それに、これからアルクダには”銃”剣としてガンガン活躍してもらうつもりなので、銃弾も作らなければならない。

 

今回のサソリ戦でわりとヤバかったのは、圧倒的な火力不足が原因だ。

なので、アルクダの強化に加えて、高威力の武器の開発も平行して行う。

 

高威力の武器といえば……ライフル。

それも個人で扱える最高クラスの威力を誇る対戦車ライフル。

某三世の仲間の銃使いが使ったことでも有名だ。

 

纏雷の技能のおかげで、スピードは充分すぎるくらいに出る。

そのため、わりと簡単に作ることができた。

弾は消耗品なので、今まで通り、タウル鉱石を使う。

 

こうして出来上がったのが従来の対戦車ライフルより若干太めで、しかも少し大きめのもの。

名付けて”モノケロス”。

ギリシャ語で、一角獣という意味だ。

 

これで威力問題は解決した。

ならば、この階層には用はない。

神水を容器に詰め、予備の弾もろともリュックに背負う。

 

さて、次の階層に行くとするか……

 



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最奥の守護者 (ガーディアン)

ユエの魔法は非常に強力で、攻略は急ピッチで進んだ。

魔物が現れる度にユエの魔法が炸裂し、こちらを威嚇することもままならない。

しかも、最近は俺が後で食べることも配慮して炎系の魔法は使わないようにしてくれている。

それはいいのだが、それと同時に露骨に甘えてくるようにもなった。

俺は基本歳下には激甘なので、それを受け入れてしまっている。

だいたいはそのまま頭を撫でてごろごろと喉を鳴らして終了なのだが、時たま見せる三百年の鱗片。

それがまずい。

見た目がなまじ幼いので、背徳感も合わさって、こちらの理性をゴリゴリ削ってくる。

しかし、ここで手を出すのは愚か者のやることだ。

ここは危険な迷宮の中。

常に気を引き締めて行動しなければならない。

迷宮の中にいる限り、俺の鋼の理性はまだまだ耐えられる範囲だと言っている。

ユエが甘えてくるのも壁の中でのちょっとした休憩中なので、時間も少なく、理性へのダメージも小さい。

 

えっちらおっちら降りること約一ヶ月。

奈落に落ちた地点から数えて百層目の階層で、俺たちはいかにもボスがいそうな感じの荘厳な通路を見つけた。

歩いて進んでいくと、脇にある柱が次々と光っていく。

まるでこの道を進むことを歓迎するような、ここまで来たことを褒め称えるような、そんな気がした。

 

通路の最奥には扉があった。

ユエが封印されていた部屋の扉などとは比べものにならないほど大きく、煌びやかな装飾に包まれている。

 

「ボス、だな。」

「……うん。やっと、ついた。」

「ここを抜ければゴールか。」

「反逆者の、住処に着く、はず。」

「神に逆らった反逆者達、だっけ?」

「……七人の反逆者たち、神に敗北した後、七代迷宮を作った。」

「反逆者ってのは、俺の味方かそれとも敵か……」

「……?八幡、神の味方じゃない?」

「ん?いやいや、そうじゃなくて、どっちでもない。今のところ神ってのは俺にほとんど何もしてくれてないからな。はっきり言ってどうでもいい。」

「……八幡、それ、外で言っちゃ、めっ、だよ?」

「お、おう。」

 

あらやだ可愛い。

 

ボス部屋の前でのお約束、回復アイテム (神水)による回復をすませ、ステータスの確認や武器の整備を行う。

 

=======================

比企谷八幡 17歳 男 レベル:82

天職:錬成師

筋力:2040

体力:2130

耐性:2080

敏捷:2610

魔力:1790

魔耐:1790

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・速読[+瞬読]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・高速思考[+多重思考II]・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

=======================

 

ステータスは万全。

武器も完璧に整備したし、ユエの方をチラリと見ると、こちらをじっと見つめている。

早く開けろ、ということだろう。

 

意を決して扉を開けると、中には大きな広間があり、神殿のような雰囲気だった。

今のところ俺の感知系技能には何も引っかかっていないが、何かがやばい、と俺の本能が語りかけてくる。

引き返せ、と。

こいつには勝てないぞ、と。

今なら間に合う。

引き返せる。

そんな甘っちょろい考えを切り捨てながら広間へと一歩踏み入れる。

 

その瞬間、巨大な魔方陣が現れ、赤黒い光を放ちながら脈打ち始めた。

その魔法陣は、ベヒモスを召喚したものと同じような感じだ。

だが、大きさがあの時の三倍近くあるうえ、複雑で、精密な術式が編まれている。

 

「この術式は……」

「八幡、わかるの?」

「いや、ぜんぜん違うが、根底となる部分は同じだと思う。」

 

「これは……ドラゴンの召喚陣だ……!」

「「「「「「クルァァァァン…!!」」」」」」

光がはじけ、凄まじい光の中から現れたのは、六つの頭を持った多頭龍(ヒュドラ)。本物の、化け物だった。

六つの頭は赤、青、緑、黄、白、黒の六色に色分けされている。

 

「……うわぁ、これは……」

「…大丈夫。私達、負けない。」

 

ギッ、とヒュドラを睨みながらも、俺の腕を離さないユエ。

そんな姿に苦笑しつつ、目線をヒュドラへと向ける。

 

ここで死ぬわけにはいかない。

小町に会うために、地球に帰る。

ユエと、二人で。

 

「先手は貰うぜっ!」

 

アルクダが火を吹き、紅雷を纏う銃弾がヒュドラの赤い頭を消しとばす。

ところが、消し飛んだ瞬間、白い頭が傷口に近付き、一瞬で回復させてしまった。

白頭を狙おうとユエが魔法を放つも、黄色の頭が盾となり、防がれてしまう。

黄頭は頑丈なのか、どれだけ攻撃しても消しとばせない。

 

黄頭に攻撃を仕掛けつつ、チャンスを伺いながら、多重化した思考の中、考える。

 

なるほど。攻撃役、盾役、回復役、綺麗に役分けされている。赤、青、緑は攻撃。黄色が盾。白が回復。

まさに完璧な布陣。

 

……なら、黒は?今、奥の方に引っ込んで何もしていない黒は、何をするんだ?

余ってる役は……援護?

援護で、黒……デバフ……妨害?

近づいて来ないことから考えると……精神干渉っ⁈

 

……!しまった…!

 

「ユエっ!!!」

「……!八幡!!」

 

ユエの方へと飛び出し、安否を確認する。

その瞳はどこか不安に揺らいでいるような気がした。

 

「八幡……」

「何か、あっただろ?」

「……うん。八幡が、私を……見捨てて……」

 

ユエによると、突如強烈な不安に襲われて、突然俺に捨てられた後、気がつくとまた封印されていた、という光景が頭の中に広がったらしい。

 

「人のトラウマつくとか一番やっちゃダメなやつだろ……ソースは俺。トラウマスイッチって案外手前にあるんだよなぁ……」

「……八幡…」

「……大丈夫だ。俺はお前を捨てたりしない。」

「…でも……」

「俺は、お前とずっと一緒にいる。お前が愛想を尽かさない限り、な。」

「……!そんなこと、絶対無い。私は、八幡とずっと一緒。」

「……そうか。……ならさ、こいつを倒したらなんでも一つ、命令できる、ってことでどうだ?」

「……え!?」

「俺はユエに、ユエは俺に、なんでも一つ。どうだ?」

「…………どいて、あいつ殺せない…」

「ちょっ、怖っ!?」

 

ユエはゆらりと立ち上がり、血走った目でヒュドラを見ている。

 

「……はぁ、現金なやつめ……モノケロスで撃ち抜く。援護、頼むぞ。」

「……ん。任せて。でも、別に倒してしまっても…」

「待て……それは死亡フラグだ……」

 

ユエの凄まじい魔法の乱舞がいくつもの首へと同時に襲いかかり、首を確実に減らしていく。

黒頭はもう必要ないと思ったのか、一度潰してからは放置されている。

首が減るということは、隙ができるということだ。

モノケロスを背中から抜き、白頭の方に構える。

黄頭は何かを感じ取ったのか、白頭の前で待ち構えている。

黄頭などは気にもかけず、モノケロスのトリガーを引いた。

その銃弾は黄頭の方へ吸い込まれ、黄頭を跡形も無く消しとばした後、後ろの白頭に直撃した。

盾役と回復役を潰したので、後は残った攻撃役の頭三つのみ。

しかし……

 

"ユエ"

"…ん?どうしたの?"

"最上級はやめといた方がいい。"

"……どうして?"

"たしかに強かったが、ラスボスとしてはどうも物足りない気がする。何かあるぞ、多分。"

"……なるほど…"

"後は楽な殲滅戦だ。わざわざオーバーキルする必要もない。"

"…ん。わかった。"

 

性格の悪いこの迷宮のことだ。

勝ったと見せかけて裏を突いてくる可能性がある。

そのことを念話で伝え、注意を促す。

ユエは最上級の一つ下、上級魔法を放ち、俺はアルクダで狙撃して、残った頭を潰した。

 

しかし、何も起こる様子はない。

 

"……思い過ごしか?"

"……多分。"

"まぁ、それならそれでいいんだが……"

 

警戒を解き、ヒュドラだったものから背を向けてユエの方へと歩み寄ろうとした時、ふと、疑問に思った。

 

————なぜ、何も起こらないんだ?

「八幡っ!!!」

 

その考えに至ったのと、ユエの悲鳴が聞こえるのはほぼ同時だった。

咄嗟に振り返り、ヒュドラだった物の方を向く。

すると、銀色に輝く頭がギロッとこちらを睨んでいた。

その頭はユエの方を向くと、カッと口から太い光線を吐き出した。

ユエは驚愕に目を見開いている。

その光は目にも止まらぬ速さでユエの方へと進む。

 

「ユエっ!!!!」

 

ユエは、死なせたくない。

嫌だ。あの子が死ぬのは、嫌だ。

 

ユエの前に立ち塞がり、モノケロスを前に出し、衝撃に備える。

モノケロスを構えると同時に光線が突き刺さり、凄まじい衝激を受けた。

モノケロスはドロリと融解し、俺自身もばたりと倒れる。

ユエが駆け寄ってくる気配がしたが、声をかけてやることさえできない。

少しすると、ユエが立ち上がり、ダッと駆け出していった。

朦朧とする意識の中、ユエが未だに戦おうとしている姿が見える。

 

俺は、何をやってるんだ?

なんで寝っ転がってるんだよ……

まだ、やらなきゃならないことがあるだろ?

くたばってたまるかよ……

 

「ユエ…………!」

 

 

 

 

八幡が倒れるのが見えた。

今まで考えもしなかった光景に、一瞬真っ白になりそうになるも、八幡が言っていた言葉を思い出す。

 

——いいか?俺はお前が思ってるほど強くないんだ。お前の前で倒れる時があるかもしれない。その時、ユエにできることは二つだ。——

 

「尻尾を巻いて逃げるか……戦って勝つか……!」

 

八幡にありったけの神水を振りかけ、ひとまずその場を離脱する。

自分が八幡の近くにいることで八幡に追い打ちをかけることになっては目も当てられない。

 

混乱している暇も、泣いている暇もない。

戦わないと……

 

銀頭は光線をこちらに向かって吐き出し、こちらを攻撃してくる。

身体強化の魔法を使い、必死で逃げながら、最上級魔法を放つ機会を伺う。

あの時、八幡が止めてくれたから、魔力にはまだ余裕がある。

最上級魔法で、確実に仕留める……!

 

しかし、そんなに簡単にはいかないもので。

銀頭は光線でこちらの回避ルートを制限してから、こちらに二射目の光線を放とうと口を開いた。

まずい……このままでは……

打開策を見つけようと頭をフル回転させていると、突如、銀頭に銃弾が命中した。

 

「ユエ…………!」

 

……!!

 

「八幡っ!!」

 

 

 

 

 

アルクダのトリガーを引いて、とりあえず一撃食らわす。

あまり効いているようには見えないが、攻撃を中断させることはできたようだ。

 

「大丈夫か?ユエ。」

「……うんっ!よかった……無事で……。」

「後少しだ。俺が気を引くから、最上級、頼むぞ。」

「……任せて。」

 

挑発するようにパンパンと銃弾を放ち、銀頭の意識をこちらに逸らす。

銀頭は鬱陶しい攻撃にユエへの警戒を薄め、ユエから少し離れた場所にいる俺の方に頭を向けた。

 

「今だ!!やれっ!!!」

 

「”蒼天”っ!!!」

 

青白く光る業火が銀頭の頭上に現れた。

銀頭はギョッとすると、ユエの方へと向き直り、光線を放とうとするが、それはもはや遅く、ユエの圧倒的な魔法は銀頭を跡形も無く消しとばした。

 

「……やっ、た……」

「あぁ……もう無理……」

「……!八幡?!」

 

ユエが慌ててこちらに駆け寄ってくる姿を最後に、意識は完全に闇に飲まれた。

 



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反逆者の住処

ふかふかとした、懐かしい感触に包まれている気がする。

忘れるはずもない。

俺が愛してやまない物。

布団である。

 

なぜ、こんなところに?

そう思いながらもぞもぞしてみると、なにやら柔らかい物が手に当たる。

とりあえずむにむにと揉んでみると、手のひらにすっぽり収まり、なんとも言えない気持ち良さが……

 

「……ぁん……」

 

…………

手をゆっくりと離して体を起こす。腕に何か引っ付いているような気がしなくもないが、気にしないったらしない。

目を開いてみる。

高級そうな部屋だ。

……あの世か?

いやいや、まさかな……

そして、視界が狭いことに気付き、左目を瞑ってみる。

……何も見えなくなった。

右目を瞑ってみる。

……何も変わらなかった。

 

…………そうか。あの時の光線で右目をやられたのか…

まぁ、仕方ない。不便だが、片目で済んだことに感謝しよう。

 

周囲の状況の確認、と言う名の現実逃避を終え、すぐそこにある問題を見つめてみる。

 

「ん……ぁ、んぅ…はち、まん……」

 

素っ裸だ。

ちなみに、俺も素っ裸だ。

どうして裸なのかはともかく、とりあえずユエを起こそうと試みる。

 

「おーい、ユエー。ユエさーん?起きて下さーい。」

「……んぅ…」

「ユエー?起きろー?」

「……んっ、んぅ……」

 

腕を引き抜こうともがく度にユエは艶めかしく喘ぐ。

あぁ、もう……やばい。

あえて何がとは言わないが、やばい。

しかし、安心してほしい。

俺はロリコンではないので、決して間違った行動など取らないと誓える。

 

「んうぅ……はち、まぁん……」

 

・・・

 

「纏雷。」

「アババババババババ」

 

少し可哀想に思ったが、やむを得ない。

危うく俺の八幡が暴走するところだった……

 

「起きたか?ユエ。」

「……はち、まん?」

「おう。八幡だぞ?」

「…!八幡っ!」

「のわっ!」

 

ぽふっと飛び付いてくるユエ。

 

「ずっと、寝たきりで……心配、した。」

「……あの後、何があったんだ?」

「……色々。」

 

ユエ曰く、ヒュドラを倒した後、突然広間にあった扉がひとりでに開いたので、敵かどうか確認するため、覗いてみたところ、ここにつながっていたらしい。

 

ここが安全な場所であるという確認が取れた後、俺をベッドへ運び、看病してくれていたそうだ。

 

「ふーむ。なるほど。それは助かった。サンキュな、ユエ。」

「ん。どういたしまして。」

 

素っ気なく返したつもりだろうが、瞳がキラキラと輝き、とても嬉しいのであろうことがすぐわかる。

まったく……愛い奴め……

わしゃわしゃっ、と髪を撫でてから、とりあえず服を着てこの場所を探索することにした。

 

この場所でまず一番最初に驚いたのはその明るさだ。

まるで太陽のような光り輝く球体が浮いており、白い壁が反射して非常に明るい。ユエによると、夜になると月のようになるらしい。

 

途中には風呂場を見つけた。

日本人にとっては欠かせないスポットなので、正直ありがたい。

後で入ってみよう。

 

住居は三階建てになっていた。

その他にも、台所やら、リビングやら、人が生活するための用意がしっかり整っている。

開かない扉はいくつかあるものの、長い間放置されたような様子も無い。

 

「反逆者ってのは、まだ生きてるのか?」

「……まさか。何百年も前の話。まだ私が生まれる前。」

「だよな……」

 

辺りを警戒しながら探索していると、三階の奥に怪しげな部屋を見つけた。

 

「これは……ガイコツ?」

「反逆者のか?」

「…わからない。……けど、多分そう。」

 

部屋の奥にある椅子には骸骨が座っている。

大層立派なローブを羽織っており、骸骨なのにもかかわらず、汚れた印象を受けない。

 

骸骨の足元には直径八メートルほどの魔方陣が描かれている。

繊細で緻密な魔方陣だ。

しかも、こんな魔方陣は見たことがない。

 

「……どうする?」

「そうだな……この魔方陣を踏めば何が起こるか……まぁ、大丈夫じゃね?」

「……八幡が言うなら……」

「じゃあ、ここで待っててくれ。なんかあったら頼む。」

「……ん。気をつけて。」

 

探知系技能を全力で展開させつつ、魔方陣に足を踏み入れる。

その瞬間、視界が凄まじい光に包まれ、思わず目を瞑る。

 

そして、目を開くと、そこには骸骨と同じローブを羽織った青年が立っていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

ほほう。つまり、この【オルクス大迷宮】を創った張本人だ、と?

 

「ああ、質問は許して欲しい。これは唯の記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

その青年は、俺が神教会の連中や、ユエから聞いた話とは大きく異なるものであった。

 

簡潔にまとめると……

その昔、神はわんさかいたそうな。

その神々は人々を導くふりをして、裏では人間を駒にして陣取りゲームをしていた。

それに気付いたオスカー達が神を討とうと仲間を集めて立ち上がるも、神に計画がばれ、そそのかされた人間達の手によって阻止されてしまう。

その後、最後まで生き残った最強の七人がそれぞれ試練を用意し、強者を炙り出すことによって、自分達の夢を託すことにした、といったところだ。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

彼は最後にそう願って、消えていった。

頭の中に何かを無理矢理押し込まれているような感じがするが、オスカーが力をくれているのだろうと我慢する。

 

魔方陣の光が収まり、痛みも消えたところで、とりあえず溜息。

 

「はぁ……こりゃまた、えらいこと聞いちまったな……」

「うん……どうするの?」

「……そうだな…まぁ、多分戦うことにはなると思うぞ?」

「……神と?…どうして?」

「俺達は神からすれば駒なわけだが、その駒が奴にとって面白くない方向に向かって勝手に進んで行ってるんだ。このまま地球に帰るまで放置してくれる、なんてのはあり得んな。」

「……なるほど。…神、勝てる?」

「おいおい、お前が言ったんだろ?」

「……?何を?」

「俺達は負けない、ってな。」

「…!……うん。何にだって勝てる。」

 

 

 

新しく覚えた魔法は神代魔法というらしい。

神代に使われていたが、現在では失われてしまった魔法。

おそらくあと六つの迷宮にも神代魔法が眠っていると思われる。

 

今回手に入れたのは”生成魔法”。

魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法。アーティファクトを創れる魔法だ。

 

なんとなく俺のゲーム脳がユエも覚えた方が良いと言っているので、ユエにも促し、覚えてもらう。

 

「あいつ、どうする?」

「……ん。畑の肥料。」

「え……ユエさん?!」

「……冗談…」

 

骨を埋め、墓を建てて手を合わせておいた。

仏さんは大事にしないとな。

 

オスカーの骸骨が嵌めていた指輪には、開かずの扉に刻まれていた紋様と同じものが刻まれており、この指輪で解放することができそうだ。

閉まっているのは恐らく書斎と工房。

 

さて……がっつり有効活用させてもらおうか……?

 

 

 

 

書斎を漁っていると、この住居の設計図のようなものを見つけた。

ちなみに、俺がばんばん読んでいった方が明らかに早いのでユエは俺が読み終わった本を手持ち無沙汰に読んでいる。

 

「おーい、ユエ!」

「……!あった?」

「あったあった!これでいつでも帰れるぞ!」

「……どこから帰れるの?」

「さっきのオスカーの部屋の魔方陣が地上に繋がってるらしい。この指輪が無いと発動しない仕組みだったらしいな。」

「これで地上に帰れる?」

「あぁ。それと、地球に帰るためのメドも立った。」

「……?!そうなの?」

「オスカー含めて七人が生き残ってそれぞれ試練を用意した。その全てで一つずつ神代魔法が用意されているらしい。」

「……ふむふむ。」

「俺たちが呼ばれた国の書庫で読んだんだが、俺達は神代魔法である”召喚魔法”で呼ばれたらしいんだ。」

「……!つまり、迷宮を全部攻略すれば……!」

「地球に帰るための魔法が獲得できる可能性が高い。」

 

今後の目的はほぼ決まったと言っても過言ではない。

 

とりあえず書斎にあった本を全部読んでから書斎を後にし、工房へと向かった。

 

そこにはありとあらゆる鉱物や道具が所狭しと並べられており、練成士にとっては楽園のような場所であった。

 

「なぁ、ユエ。」

「……ん?」

「ここに少しの間留まらないか?」

「……いいけど、どうして?」

「ここは工房としての機能が充実してるし、生活環境もだいぶ整ってるだろ?だから、他の迷宮に挑戦する前にここで色々道具とかを作っておきたいんだよ。」

「……ん。わかった。」

「すまんな。早く地上に帰りたいだろうに……」

「…構わない。八幡の側が、私の居場所。」

 

……不意打ちは卑怯じゃないですかね?

 



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探しに行こう

世界中の迷宮を攻略することを決めた日の夜。

俺はお風呂に入っていた。

 

「んぁーー……やっぱ日本人には風呂がないとなぁ……」

 

手足をうんと伸ばして、肩までじゃぷんと浸かる。

長い間お風呂に入っていなかったので、体中に垢が溜まっているような気がしてならなかったのだ。

一応水で洗い流すくらいはしていたが、やっぱりなんとなく気になるものだ。

 

「はーー…風呂は良いなぁ……」

「……八幡、飲み物持ってきた。」

「おぉ、サンキュー、ユ…エ……。…………おい。なんでここにいる?」

「……?一緒にお風呂。」

 

不思議そうに首を傾げるユエ。

不思議なのはこっちの方なのだが……

 

「いやいや、鍵掛けてたよな?」

「……魔法で開けた。」

「まじっ!?魔法ヤベェ……」

 

しかし、この状況はまずい。

何がまずいって、ユエは見た目は子供なのに中身は三百年以上を生きるロリバb……失礼、ロリお姉さんなのだ。

 

何も身に纏わずに俺の隣に座るユエ。

 

「待て、待て待て待て。」

「……?」

「……わかった。じゃあ俺は上がって……」

「……”凍雨”。」

 

冷気の雨が俺に直撃した。

 

「冷たぁぁ!!」

「それは大変。さぁ、八幡。湯船に浸かって。」

「おまっ、卑怯者め……」

「浸かって……?」

「……オーケー。了解。」

 

ユエから少し離れたところに再び浸かる。

 

「ふぅ……で?何の用だ?」

「…え?」

「何か、言いたいことがあるんだろ?」

「……?違う。一緒にお風呂入りたかっただけ。」

「え……」

「一緒にお風呂。朝までコース……」

「待て、早まるな。落ち着け、話せばわかる……!」

「……問答無用。」

「な、なぜそれを?!」

 

ジリジリと間を詰めてくるユエ。

 

「ちょっ、待てって!」

「待てと言われて待つ人はいない。それに、八幡も気付いてるはず。」

「…………何に?」

「……私の気持ち。」

 

詰め寄るのをやめ、じっとこちらを見つめるユエ。

 

ユエとは、迷宮の中で長い時を共に過ごしてきた。

たしかに、その気持ちに気付いていないと言えば嘘になる。

俺の中でユエが特別な存在になりつつあるのも事実だ。

 

「……やめろ。それはユエの勘違いだ。俺がたまたまお前を助けたからだ。俺じゃなくても助けてくれただろうし、ユエじゃなくても俺は助けた。……たまたま俺達だっただけなんだよ。俺じゃなくても良かった。」

「…………」

「な?だから……」

「…声、震えてる。」

「……!…」

 

知らぬ間に声が震えていたらしい。

湯船に映った俺の顔は、酷く歪んでいた。

 

「ねぇ、八幡。……ヒュドラのところでの約束、覚えてる?」

「……なんでも言うこと聞くってやつか?」

「…ん。だから、命令。」

 

ユエは凛とした表情でこちらに視線をぶつける。

 

「八幡が、欲しいものを、教えて?」

「……は?」

「本当に、欲しいもの。心の底から、欲しい、って叫べるもの。」

「………………」

 

……欲しいものなら、ある。

これを得るためなら、なんだってできると、思えるものが。

 

「欲しいもの、か。そうだな…………ユエは、”本物”ってあると思うか?」

「……本物?」

「そう。本物。手の届かない所にあるのに、とても酸っぱくて、甘くない。……なのに、欲しくてたまらない。」

「……。」

 

知らないふりをしていただけで、ずっと望んでいたのかもしれない。

一人で大丈夫だと、一人でできると無理矢理思い込んで、思いを引っ込めて。

心の引き出しの奥の方で潰れて、クシャクシャに丸まっていたもの。

忘れようとしても忘れられないもの。

何度も探してみて、絶望したもの。

 

……でも、この少女となら。

強くて、甘えん坊で、無表情で、優しくて。

そして、他の何より愛おしい、ユエとなら。

 

「そんな物はこの世に無いかもしれない。探してみるだけ無駄かもしれない。…………でも、それでも…俺は…………!」

 

「”本物”が欲しい…!」

 

見つけられる気がする。

 

「……わかった。”本物”、一緒に探す。」

「…無いかも、しれないんだぞ?」

「……私も探してみたくなった。」

「無駄かもしれない。」

「私の居場所は、八幡の側だから…八幡と一緒にいれるなら、意味なんていらない。」

「…………」

「大丈夫。私と八幡なら、絶対見つけられる。私達は、何にだって勝てるから。」

「…………そうだな。」

 

無意識のうちにユエとの間隔は無くなり、すぐそばにユエの顔がある。

 

「いつまでも。」

「どんな時も。」

「どこでだろうと。」

「なにがあろうと。」

「「二人、一緒で。」」

 

どちらからともなく距離がどんどん縮まって、そして……

 

 

 

 

—————————————————

——————————

—————

 

あれから二ヶ月が経った。

あの後のことはご想像にお任せする。

次の朝、大いに悶えながら、日本じゃなくて良かった…と思ったとだけ言っておこう。

 

そんなこんなで色々充実した二ヶ月だった。

鍛錬も欠かさず続けていたのだが、ついにステータスがバグった。

 

=======================

比企谷八幡 17歳 男 レベル:???

天職:錬成師

筋力:11020

体力:13240

耐性:10620

敏捷:13760

魔力:14690

魔耐:14690

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・速読[+瞬読][+先読]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・高速思考[+多重思考Ⅲ]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

=======================

 

レベルが表示されなくなってしまったのだ。

完全に人間をやめてしまったようだが、問題無いだろう。

多分、きっと……

 

気を取り直して、この二ヶ月で創ったものをいくつか紹介しよう。

 

まず、失った左腕と右目の代わりとなる義腕や魔眼石。

これは擬似神経を通して、そこに魔力を媒介として使用することによって、元の腕や目と同じように使うことができるという優れものだ。

ただ、魔眼石は魔力を使って辺りを見ているため、普通では見えないものが見えたり、視界を覆われても周囲の様子がわかったりするのだが、後々機会があれば触れよう。

 

ちなみに、この魔眼石には神結晶を使用している。

今まで神水を出し続けていた神結晶は、ついに魔力を枯渇させてしまい、何も出なくなってしまったのだ。

試験管容器十二本分残っているが、大事に使わなければならない。

話が逸れたが、神結晶は常に淡く光を放っているのだ。

それだと目立って仕方ないので、眼帯をつけることにした。

 

義腕、義眼、白髪に眼帯と、完全なる中二病キャラの誕生だ。

鏡の前で思わずポーズを決めたところをユエに見られて二、三日部屋に引きこもって悶えたのは最新の黒歴史である。

 

次にアルクダと対をなす銃剣、”ドラーク”。

義腕を創ったことにより、両手で武器を操ることができるようになったので、両手で持っちゃえ、と思って作った。

二刀流は、迂闊に手を出すとかえって弱体化するのでやるな、とかの騎士団長は言っていたが、それなら猛特訓して使いこなせばいい話。

それはもうめっちゃ練習した。

 

それから、”宝物庫”。

これは俺が作ったのではなく、オスカーが保管していた指輪型アーティファクトで、指輪に取り付けられている一センチ程の紅い宝石の中に創られた空間に物を保管して置けるというものだ。

これによって他に作った様々な道具を簡単に持ち運びできるようになったので、嬉々としてどんどん製造した結果、二ヶ月が過ぎていた、ということなのだ。

 

他にも自動車もどきやバイクもどき。”モノケロス改”にミサイル、ロケットなど、ありとあらゆる物を作ったが、長くなるので割愛する。

 

それらを全て宝物庫に詰め込み、ついに旅立つことにしたのだ。

 

二人で魔方陣の上に立ちながらユエに話しかける。

 

「ユエ。俺たちは二人で一人だ。俺がユエを守るし、ユエが俺を守る。」

「一緒なら、私達は最強。」

 

どんな敵が立ちはだかろうとなぎ倒してみせよう。

どんなに高い壁に出会っても突き破ってみせよう。

きっと、俺達ならできる。

 

「さぁ、探しに行こうか。世界の果てまで。」

「んっ!」

 

 




第一章完結です。


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ライセン大峡谷

投稿が遅れてすいません…




足下の魔方陣から放たれる光に視界が包まれ、独特の浮遊感を味わった後、俺達の目に飛び込んで来たのは、青い空と白い雲…………ではなく、ゴツゴツとした岩の壁だった。

 

「いや、なんでだよ……」

「隠れ家の入り口、普通隠す…」

「……そりゃそうか……」

 

そんな簡単なことも失念するほど、俺は浮き足立っていたらしい。

気を取り直して真っ暗な通路を警戒しながら進む。

ところどころ罠やら封印された扉やらがあったが、オスカーから拝借した指輪に反応して勝手に解除されていくため、どんどん進んでいき、ついに光を見つけた。

待ちに待った太陽の光。

俺たちは示し合わせたわけでもないのに同時に走り出し、そのまま光の中に飛び込んだ。

 

光の先には赤茶けた大地に覆われた深い深い谷がある。

なぜかはわからないが、魔法は使えず、凶悪な魔物が多数存在するというまさに死の渓谷。

【グリューエン大砂漠】から【ハルツィナ樹海】まで大陸を真っ二つに分ける処刑場。

【ライセン大峡谷】……!

 

大きく息を吸って……吐いて……

 

「あぁぁ……外の空気は美味いなぁ……」

「三百年ぶりの感動……」

 

やっと外に出れた、という感動に浸っていると、周囲にわらわらと魔物が集まってきているのに気付いた。

 

「ん?……魔物だ…」

「倒す?」

「まぁ、そうなるわな。今回は下がってろよ?ユエ。」

「??私も戦う。」

「魔法は使えないんだろ?」

「……魔力いっぱい込めれば使える……」

「…どれくらい?」

「………十倍くらい?」

 

……それ使えないと同義じゃね?

 

「まあ、ここは俺に任せとけ、な?」

「……むぅ…わかった。頑張って……」

「了解。」

 

集まってきていたのは小型の恐竜のような魔物で、ギィギィ言いながら俺たちを囲っていく。

 

とりあえずアルクダのトリガーを引き、牽制してみようと試みる。

ところが……

 

「ギャァ?」

 

恐竜は避けるそぶりを一切見せず、銃弾は頭に命中し、そのまま頭を吹き飛ばした。

 

「……ふぁっ?」

「……地上の魔物、弱い。」

「えぇー……にしても弱くね?ライセン大峡谷の魔物は強いって聞いてたんだが……」

「迷宮のと比べたら、可哀想。」

「まぁ、そりゃそうか。……これならドラーク使うまでも無いな…」

「……貸して?」

「ダメ。」

「…………むむぅ…」

 

呑気に喋っている俺達を油断していると思ったのか、ギャーと襲いかかってくる魔物達。

 

「うわっ、なんか躊躇なく来た……」

「……八幡、見た目あんまり強そうじゃないから……」

「うそん!?」

「威圧感皆無。」

「……そういえば迷宮でやたら狙われたような…」

「弱そうな方から倒す…自然の常識。」

「……わりとショックなんだが……」

「もっと凶悪そうな顔をするべき…」

「ほう?……こうか?」

「……ダメ。それじゃただの不審者…」

「え、ひどい。」

 

一応言っておくが、この間にも恐竜達は飛びかかってきている。

もう弱すぎて弱すぎて……

 

「あっ、やべっ…逃げやがった!」

「あぁー……油断するから…」

「逃げんなよ!逃げるのが許されるのはメタル系だけだろ?!」

「……??メタル系?」

「あぁ、わりぃ。こっちの話。」

 

予想外の展開により、一匹逃したものの、他は逃げる前に殲滅。

はっきり言って拍子抜けだな…

こんなに弱いとは……

 

「まぁ、楽で良いが……」

「……楽?」

「俺は本来怠け者なんだよ……」

 

最近働き過ぎな気もするが、今はまだまだやるべきことがあるので仕方ない。地球に帰ったらダラダラするとしよう。

 

宝物庫から”魔力駆動二輪”を取り出す。

これは魔力を注ぎ込むことで動かすことができるバイクもどきで、地球に帰るための方法を探すためにはこの世界を素早く動き回れる足が必要だと思ったので作った。

シリーズ作品として”魔力駆動四輪”がある。

 

風を切って進みながら途中に現れた魔物を俺が両手に持ったアルクダとドラークで撃ち抜いていく。

最初はユエがドラークを持って、頑張って狙っていたが、一向に当たらず、諦めてしまった。

 

強い敵はほとんどいないのだが、大分先から強力な魔物の気配を感じる。

この峡谷のボスの一角だろうか?

 

「ユエー。あと数十秒で結構強いのと遭遇するぞー。」

「…ん。どうするの?…轢く?」

「……それが楽かな。うん。そうしよう。身構えとけよー。」

「…ん。了解。」

 

すると、巨大な二つ頭を持った恐竜が泣き叫びながら逃げるうさ耳の少女を発見した。

なんだか面倒な気がするので、とりあえず止まる。

 

「ユエ、あれはなんだ?」

「…多分兎人族。」

「へぇ。兎人族はこんなところに住んでるのか?…にしては弱そうだが……」

「……獣人はハルツィナ樹海に住んでいるはず。こんなところに普通いない。」

「ほほう。つまり、面倒事ということだな?」

「…多分。」

「よし、見つかる前に逃げよう。」

「……大いに賛成。」

 

先程の光景を見なかったことにし、バイクを後退させながら徐々に遠ざかっていく。

 

「おっ、いけたか?」

「…八幡、それ、フラグ…」

「はっ…しまった……、ってなんで知ってんの?」

 

フラグ通り、遠ざかっていく俺たちの方にうさ耳少女は近付いてくる。

 

「だずげでぐだざいぃ〜〜!!死んじゃいまず〜!!」

 

「見つかったら仕方ないか……」

「……助けるの?」

「……ここで見捨てるはなんかなぁ…」

「…八幡は優しい。」

「いやいや、見つかったのに見捨てれるって相当だぞ?」

 

人生諦めが肝心なのだ。

ここで見捨てようとしても、一生懸命追いかけてくるに違いない。

それならここで迎え撃った方が楽だ。

 

ユエを残してバイクから降り、うさ耳少女の方へ歩いていく。

 

「うみゃぁぁぁーーー!!!!」

「おーい!こっちだー。」

「ありがどうございまず〜!!」

 

俺の方に走ってきて後ろに隠れるうさ耳。

恐竜はグギャァーー!!と言いながらこちらに向かって突っ込んでくる。

 

「ちょっ、危ないですよ!!逃げないと!!」

「…んー……やっぱ弱そうなのかねぇ……あいつも止まる気配無いし…」

「な、何を言ってるんです?」

 

うさ耳も俺のことをあまり強くないと思っているのだろうか?

……それなら、少し。

ほんの少しだが……

 

「…不愉快だな。」

「へ?…ひっ……」

 

後ろのうさ耳が小さな悲鳴をあげている。

恐竜が近付いてきているからだろうか?

 

恐竜は大口を開けて突っ込んできているので、とりあえず片方の頭に銃弾をお見舞いする。

見事に口の中に入った銃弾は、そのまま恐竜の後頭部を突き抜け、その頭はズドーンと地面に落ちてしまった。

 

「あー…やっぱ弱いなぁ……楽で良いが。」

 

スタスタと近付いていき、もう片方の頭にアルクダを向ける。

恐竜の目は完全に怯えているが、知ったこっちゃない。

遠慮なくやらせてもらおう。

トリガーを引いて、ズドン、と一発。

 

「ふう、終わり終わり。」

 

いやぁ……しかし…弱いなぁ…

 




あとがき

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今回もですが、これからは投稿がゆっくりになります。
理由はこのままのペースで投稿していると確実にエタるな、と思ったからです。

これからもよろしくお願いしますm(_ _)m


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うさ耳少女参上

長い間放ったらかしにしてすいませんでした……
これからはこんなに遅くならないはずですので!



「助けていただき、ありがとうございます!」

 

長い耳をブンッと揺らして頭を下げるうさ耳。

 

「あぁ、気にするな。食糧調達にもなったしな。」

「食糧…?」

「……そんなの食べるの、八幡だけ…」

「まぁ、そりゃ食えるなら普通の飯を食いたいぞ?不味いし。」

 

そういえば久しぶりにサイゼにも行きたいなぁ。

懐かしのサイゼリヤに思いを馳せていると、唐突にうさ耳が叫び出した。

 

「…はっ!……私ですか?!」

「……?…何が?」

「食糧!!」

「違うわ!!!」

 

失礼な。

たしかにゾンビのような目をしているが、人肉…じゃなくて、うさ耳肉を食べるなどあり得ない。

 

「そ、そうなんですか?魔物のような目をしているので、もしかしたらと思いまして……」

「喧嘩売ってんのか?」

「ち、違います!ただ、ちょっと特徴的な目をされているなぁ、なんて…あ、あははは……」

「よし、その喧嘩買った。」

「ごめんなさい。許してください。」

 

こ、こいつ……

流れるような土下座、だと…

 

「……プライドとか、無いの?」

「プライドより命の方が大事なのですよ。」

「いやお前、俺達のことなんだと思っ、て……」

 

……いや、待てよ?

俺は魔物の肉を食いまくったせいでもはや人間と呼べるか曖昧だし、ユエに至っては先祖返りの吸血姫だし……

 

「俺って、なんだ?」

「え、自分でもわかってないんですか?」

 

魔物食いまくった人間ってなんて言うんだっけ?

 

「……ニンゲンカッコカリ?」

「おっと、思わぬところからの精神攻撃…!」

「名状しがたい人間のようなものとかどうです?」

「お前は命が惜しいのか惜しくないのかどっちなんだ…」

 

その後、ユエとうさ耳は「比企谷八幡とは一体何者なんだ論争」を展開。

二十分ほどあーだこーだと話した後、満足そうな表情で結果を報告してきた。

 

「八幡。」

「おっ、結論は出たのか?」

「もうバッチリですよ!」

「ほほう。…で?俺は結局何者なんだ?」

「…八幡は……」

「…俺は?」

 

ゴクリ……

 

「…人型汎用生物兵器、ハチマン……!」

「なんでそうなった!?」

「議論の結果です!」

「いや、どういう議論交わしたらそうなんの?」

 

くっ……

さっきのこいつらの会話を完全に聞き流していたさっきの俺を殴りたい……!

 

「そもそも俺に汎用と付くこと自体がおかしいぞ?俺は戦闘と家事以外のあらゆる局面においてあまり役に立たない自信がある。」

「なぜドヤ顔……それに、その二つで活躍できれば充分だと思いますよ?」

 

…あれ?…確かに……

俺は目さえ除けば顔は良い方だし、その目も片方が義眼になったことによって大分緩和されている……

もしかして俺、今相当スペックが高いのでは?

 

……無いな。うん、自分でも無いなって思いました。

 

「とにかく、お互い無事で良かった。な?」

「そうですね。本当にありがとうございました。」

「気にするな。じゃあ、達者でな。」

「…達者でな。」

「あ、はい。お元気で〜〜」

 

いやぁ、元気なうさ耳だったなぁ。

バイクに乗り込み、さぁ、いざ出発…「あぁ!ちょ、ちょっと待ってくださいー!」

 

「なんだよ人がいい感じに出発しようとしてるのに…」

「えぇ…その、ごめんなさい?」

「まぁ、別に良いけど…で?どした?」

「その、じ、実はですね。折り入ってご相談g「やだ。」……食い気味のやだ?!」

 

俺の今までの十七年の人生における経験が告げている。

これは面倒事だ、と…!

 

「いや、そんなこと言わずに〜聞くだけでも〜」

「それ、聞くだけで済まないフラグなんだが。」

「まあまあ。そう言わずに。」

「やだ。絶対やだ。なんと言われようとやだ。」

「子供ですか?!」

「俺はまだ17歳だからな。俺の故郷ならまだ後二年は子供だ。」

「え、えぇー……」

「と、いうわけで、じゃあな。まあ、強く生きろよ!」

「…生きろよ。」

「あっ、ちょっと!」

 

まったく…

面倒の臭いがプンプンすることに首を突っ込むような馬鹿な真似をいったい誰がするというのか……

……勇者様(笑)なら突っ込みそうだな。

仕方ない、連絡先でも教えて……あ、俺天之河の連絡先知らねぇわ。

 

「待ってくださいよ!」

「…あぁもう!なんだよ…」

「は、お願いを聞いてくれたら…な、なんでも言うこと聞きますよ?」

「え、今なんでもって…」

「“天誅“」

「あばばばばばばばば」

 

……ユエよ…

魔法の使いどころ考えた方がいいんじゃないかと八幡思うなぁ…

 

「…消費魔力を最低限に抑えて、八幡にも効くように調整したお仕置き魔法。魔力の心配はいらない……」

「それ以外に大いに心配な点がある件。」

「…そんなことより……浮気はめっ!」

「いや、浮気じゃないだろ…」

「…………八幡?」

「ご、ごめんなさい……」

 

…仕方ないだろ?男の子なんだから!

うさ耳美少女にそんなこと言われたら反応せざるを得ない。

……しかもあれが大きいし。

何とは言わないよ?

 

「……もう一発、いっとく?」

「心の底からごめんなさい。」

 

あんなの何発もくらってたまるかっ!

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

うん、心配してくれてありがとう。でも、原因は君だよ?うさ耳君。

 

「あぁ、問題ない。まあ、とにかく、話くらいなら…」

「聞いてくれるんですか?!」

「お、おう……」

 

近い近い近い…!

やめてっ!ユエに怒られるからっ!

 

「えっと、そういえば自己紹介してませんでしたね。私はハウリア族の族長の娘、シアといいます。お二人は八幡さんと、ユエさんですよね。改めてまして、よろしくお願いします!」

 

そう自己紹介したシアはどこか悲しげな表情で事情を話し始めた。

 

 



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ハウリア族の事情

「なるほど。なんで兎人族のお前がこんなところにいるのかと思っていたが……亜人の中では異端者だったお前を匿ったことによりハウリア一族は樹海に住む他の亜人達の顰蹙を買って樹海にはいれなくなり、樹海から逃げてきた。こういうことだな?」

「はい……私は亜人族なのに生まれつき魔力を持ってたので…容姿も他の家族とは違いますし……」

「なるほどね……」

 

異端な者は嫌われる。

みんなと違うと疎まれる。

どこの世界でもそれは変わらないんだな。

シアにしろ、ユエにしろ……俺にしろ。

 

「…それで、樹海から逃げ出したかと思えば獣人を奴隷としか見ていない帝国の人間に捕まりかけ、渋々【ライセン大渓谷】まで逃げてきた、と。」

「ここまで来れば魔物がとても強いですから、追ってこないと思ったんですが……」

「案外しつこかったんだな。」

「そうなんです………」

 

ここの魔物は普通の人からすれば強いらしいので、まさにハウリア一族全滅の危機。

そんな時、この目の前のうさ耳、シアが固有魔法である“未来視”を使ったところ、俺がハウリア一族を救う姿が見えたらしく、俺を探して渓谷をうろついていたらしい。

 

「救う、ねぇ……」

「?…どうされたんですか?」

「………俺が帝国の連中と同じことをするとは考えなかったのか?」

「え!………で、でも私達家族を守る姿が見えたんですよ!」

「いや、それが現実になったとして、その後俺が裏切って売り飛ばすかもしれないだろ?」

「……はっ!そ、そこまで考えてなかったですぅ……」

 

馬鹿なのかしらん?

 

「でも、八幡さんはそんなことしないですよね?」

「………五分考えさせてくれ。」

「えぇっ!悩まないでくださいよ!」

「いや、だって、なぁ……」

「……兎人族を一人売り飛ばせば、一年は何もしなくても暮らせる……」

「ほう……」

「ほう、じゃないですよ!そこは「安心しろ。俺が守ってやるから!キラン!」ってカッコ良く言うところでしょう!!」

 

いや、なんだよそれ、誰だよ……

あれか?天之川か?天之川なのか?

 

…それに、救うとか、守るとか、そういうことは俺の領分じゃないんだよなぁ……

 

「……俺にそんなに期待されても困るぞ?」

「いやいやいや、あれだけお強いのに何言ってるんですか!」

「そもそもこれは強いだけで解決できるようなことなのか?もっと根本的なとこから変えないと意味ないだろ?」

「それはそうなんですけど……」

「俺が帝国の連中を追い払って、樹海の他の亜人族を脅して言うこと聞かせたとしても、俺がいなくなったたらまた前に逆戻りだぞ?」

「うっ………じゃ、じゃあ、いっそのこと一族みんなで八幡さんについて行きます!」

「……お前ら一族は何人くらいいるんだ?」

「…えーっと……今は四十人くらい?」

「ふざけんなっ!」

「も、元は六十人いたんですよ!」

「なお悪いわ!」

 

どうして足手まといのうさ耳四十匹も引き連れて旅しなきゃなんねぇんだよ……

 

「じゃあどうすればいいんですかぁ……」

 

どうすればいいって聞かれてもなぁ……

 

「……八幡。」

「ん?どうした?ユエ。」

「……名案が、ある。」

 

 

 

—————————————————

——————————

—————

 

 

「は、速い!速すぎですぅ!」

「しっかり掴まっとけよー。落ちたら死ぬぞー。」

「ひゃぁぁぁあ!!」

 

”魔力駆動二輪”の最高時速は100km/hを優に超える。

陸上でのほほんと生きていた兎人族では体験したことも想像したこともない速さだろう。

原始人をジェットコースターに乗せたらこうなるんだろうか?

 

「ユエも大丈夫か?」

「……ん。問題無い。」

 

シアに会う前、ユエは俺の背中の方に乗っていたのだが、今は俺の前に乗っている。

ユエは「…め、メロンが……」と呻いていた。

うん。わかるよ、その気持ち。

これはあれだ。あれ。

夢と希望があれしてるんだな、うん。

 

「あっ!八幡さん!」

「ん?どうした?」

「あ、あそこです!あそこにみんなが!」

 

シアが指差した方を見るとたしかに長い耳をユラユラと揺らす集団が見える。

 

「父様ー!みんな〜!」

 

シアの声に反応したのか、耳が一斉にぴくっと動き、キョロキョロと辺りを見回してからこちらに振り向く。

 

「みんな〜!助けを呼んできましたよー!」

 

うさ耳集団の前で停止するとわらわらと周りに集まってきて、真っ先に来た男がシアに声をかける。

 

「シア!無事だったか!」

「父様!」

 

目の前で感動の再会を果たす二人。

他の兎人族の連中も思い思いの言葉をシアにかけている。

 

数分間の間ワイワイと無事を確かめ合った後、シアは誇らしげな表情で俺達の紹介を始めた。

 

「みんな!この方々が私達を助けてくださる八幡さんとユエさんです!」

「おう。」

「……おう。」

「あなた方が……ありがとうございます。私はハウリアの族長、カム。聞けばシアのことを助けてくださったうえ、我々にご助力くださるとか。なんとお礼を申せば良いか……」

「あー、シアのことは気にするな。飛びかかる火の粉を振り払っただけだ。それに、お前らに手を貸す件については、きっちり報酬をもらうつもりだしな。」

「ありがとうございます……我々にできることであれば何なりと。」

 

感謝感激、といった表情で頭を下げるカム。

 

「お前達にはハルツィナ樹海を案内してもらう。と、いうことでまず樹海に帰ろうか。」

「え?…そ、それは娘から聞きましたが……し、しかし、我々は他の亜人族の者たちに…」

「あぁ、知ってるぞ?…だから、お前たちのことを必要だと奴らに思わせれば良いんだよ。」

「必要…ですか?」

「そうだ。俺はお前達を守るだけのつもりはさらさらない。」

 

それだとずっと守り続けることになる。

そんなのは御免だ。

……だから。

 

「お前達には他のどの亜人族よりも強くなってもらおうか。」

 

ユエの名案とはこうだ。

 

そもそも、兎人族が帝国の人間にやたら狙われるのは兎人族が弱っちいからだ。それに、他の亜人族に守ってもらっている状況ではどうしてもそいつらより立場が下になってしまう。

ならば、ハウリア族が単独で帝国兵を追い返せるぐらいに強くなればいいじゃないか、というわけだ。

そして、その見返りとして樹海の案内を頼み、俺たちは楽に樹海を探索できるようになる。

まさにwin-winな関係。

 

と、いうわけで。

 

「今、ここに!ハウリア族強化合宿の開始を!宣言する!!!」

 



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ハウリア族大型アップデート

ハウリア族との会合を果たした翌日。

俺は朝早くにハウリア族の連中を集め、俺お手製のライセン大渓谷の岩でできた素朴な槍を配った。

 

ちなみに、シアの訓練についてはユエに任せているため、ここにはいない。

 

「良いか?まず、お前達は身体能力自体は悪くない。亜人族だからな。……ただ、そのメリットを全て台無しにするそのお花畑な脳みそがあることが難儀なんだよ。」

「お、お花畑……」

 

兎人族は温厚で争い事を嫌う種族として有名だ。

アリ一匹殺さないどころか、その辺に生えている野花を踏むことさえもないらしい。

この世界でそれは致命的過ぎる。

 

「そのままじゃお前達はいつまでたっても弱者のままだ。仲間達がやられていくのを黙って見ていることしかできない。…そんなのはもう嫌だろ?」

「………」

 

シアによれば、元いたハウリア族はだいたい六十人。今のハウリア族は四十人ほど。つまり、もう既に二十人近い同胞を失っていることになる。同じ一族を家族のように大事にすると言われている兎人族だけに、仲間達を次々と失う辛さは大きいだろう。

失った仲間達を思い出したのかカム達は涙ぐみ、ぺたんと長い耳を畳む。

 

「なら、強くなれば良い。」

「強く、ですか……」

「あぁ。」

 

カム達は顔を上げ、真っ直ぐな瞳で俺を見返し、覚悟と決意の篭った表情で叫ぶ。

 

「八幡殿。我々に、力をお貸しください!」

「自分の家族は自分で守りたいんです!」

「そのための力が欲しいんです!」

「……良し。…なら、付いて来いよ?途中で嫌だなんて言っても聞かないからな?」

「「「「「「はい!!!」」」」」」

 

 

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—————

 

兎人族は曲がりなりにも亜人族であるため、戦闘は苦手であっても不得手ではない。

なので、手頃な魔物をあてがえば、倒すことはできる。

できるのだが……

 

「あぁ!罪深い私を許してくれ!」

「ごめんなさい!ごめんなさい!!」

「あぁ……僕はなんてことを……」

「…君の命、無駄にはしないっ!」

 

魔物を殺すたびに罪がどうだの命がどうだのと言っていちいち謝るのだ。

頑張っているということはこちらにも伝わってくるし、真面目にやってることは分かる。分かるんだが……

 

「うわあっ危なかった…お花さんを踏むところだったよ……」

「ちょっ、いきなり出てこないでよバッタ君!」

 

……真面目にやってんのかこいつら?

 

「……おい、お前ら。」

「はい?なんですか?」

「仲間を守りたいんだよな?」

「もちろんです!」

「強くなりたいんだよな?」

「「もちろんですよ!」」

「……あぁ、そう…」

 

お花畑?

…いや、そんな生ぬるいもんじゃない。

こいつらの脳みそはマシュマロでできているんだ。

人生が常にふわふわ時間なのだ。

…いや、ちょっと何言ってるのか自分でもわからないが……

 

「……その謝るやつは、どうしてもやらなきゃならんのか?」

「……はい。魔物といえど、殺すのは可哀想ですし…」

「そうかそうか。」

「「「そうなんです!」」」

 

わかっていただけますか?!とばかりに目を輝かせるカム達。

………正直、ちょっと頭にきた。

 

「今日、全員で合計百匹魔物狩れるまで飯抜きな。」

「「「な、なんと?!」」」

 

人は追い込まれると強くなる。

そんなことを昔の偉い人が言っていたような気がする。

ライオンは子供を崖から突き落とす、というのはあまりにも有名な話だ。

実際俺もそうだしな。

 

「殺すたび殺すたびにそんな安いドラマみたいなことしてたらこの先絶対生きていけないんだよ。それくらいわかるだろ?」

「で、ですが!」

「あぁ、魔物は絶対食うなよ?死ぬから、俺以外。」

「あ、ちょっ、えぇ!!?」

「ほれ、とりあえずガンガン狩ってみろ。頑張れば今日中には終わるだろ。」

「えっ!待って!待ってくださいよぉ!」

「やだ。ほら、早く狩れって。そうしないと餓死するぞ?」

 

餓死は嫌だと、カム達はベソをかきながら魔物を探しにトテトテと走り始める。

俺はそれに適当について行き、危なくなったら手を貸す。

結局カム達が食事にありつけたのは、日が暮れてから随分経ってからだった。

 

 

 

—————————————————

——————————

—————

 

あれから二週間の月日が流れ、カム達の強化もほぼ完了、といった時にシアとユエが帰ってきた。

 

「八幡さーん!」

「おお、ユエ!それにシアも。」

「溢れんばかりのおまけ感?!」

 

……こいつは相変わらずだな。

 

「で、どうなんだ?成果は。」

「ふふん。私は今までとは比べものにならないくらい強くなったのですよ。」

「で、どうなんだ?ユエ。」

「あれぇ?無視?」

 

どうせシアが騒いでいるだけだろうと思っていると、予想外の反応が返ってくる。

 

「………思ってたより強くなった。」

「……え、マジで?」

「…マジ。」

「へぇー。今世紀最大級の驚きだな。」

「さっきから酷いですぅ!!」

 

 

 

「まあ、すごいじゃないか。」

「えへへー。これでみんなを守れます!」

 

……ん?守る?

………あれを?

 

「…みんな、優しいですから……今まで守ってもらった分、これからは私が守っていかないと!」

 

…あー。

こいつはあの惨状を知らないのか……

 

「……その必要は……無いと思うぞ?」

「へ?」

「ほれ、帰ってきた。」

 

俺が指差す先には近づいて来るカム達の姿が。

その右手には各々の得物を持ち、腰にはパンパンに膨らんだ袋をぶら下げている。

 

「ボス、ただ今帰りました。」

「ぼ、ボス?!」

「ん?おぉ、シア。いたのか。」

「い、いたのかって……」

「それよりボス。課題の五百、きっちり狩ってきました。」

「…え、こんなに早くか?」

「えぇ、殺った奴の欠片を置いておけばわらわら寄ってくるもので…」

「あぁ、だから最近早かったのか。」

「えぇ。まぁ、五百を優に超えて殺ったんですけどね。ねぇ、みんな。」

「そうなんですよ。俺達も、最初は五百で終わろうとしたんですよ?」

「でも、馬鹿みたいにわらわら死にに寄ってくるのを殺ってたら面白くなってきちゃって……」

「つい、ね……」

 

自分達が魔物を殺す様子でも思い出しているのか、赤茶色の槍を持ちながら不敵な笑みを浮かべるカム達(?)。

 

「…………誰ですか?」

「いや、ほんと俺もそう思う。」

「父様達にいったい何をしたんですか?!」

「何って……訓練?」

「いやいや、人格変わっちゃってるじゃないですか!」

「…まあまあ、落ち着けって。」

「これが落ち着いていられますか!何がどうなったらこうなるんです?!」

「俺だってわかんねぇよ!なんなの?こいつら丁度良い塩梅ってのを知らねぇんじゃねぇの?なんで“魔物を殺すことを躊躇するな”って言ったのが“嬉々として魔物狩ってこい”に変換されるんだよ?!」

「知りませんよそんなの!!」

 

はぁ、はぁ……

 

「………やめよう。俺達が言い争っても仕方ない。」

「…ですね。虚しいだけです。」

「「…………」」

 

不毛な言い争いの後の気まずい雰囲気の中、カム達が槍を研ぐ音だけが響いていた……



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