ロクでなし魔術講師と戦闘民族 (カステラ巻き)
しおりを挟む

第零章 新しい世界で
元の世界にて


初めまして、カステラ巻きです!
初投稿なのでとんでもない駄文ですが見てくれると嬉しいです。


  

 

 

 

 

 

 

 

    ああ、油断したなぁ。

 

 

 大量の血を流しながら、俺はそんな事をぼんやりと考えた。既に出血多量のせいで手足は動かない。助けを呼ぼうにも声が出ないしそんな気力も無い。声を出せたとしても今は1月の深夜。こんなクソ寒い中、深夜に外出する奴はそうそういない。人通りも少ない道のため、どのみち助けは期待できない。

 

 どうしてこんな事に…と、俺は数分前の事を振り返った。

 

 事の始まりは俺が夜中に腹をすかせてカップラーメンをコンビニに買いに行った際に、表通りの道を通れば良かったのに、近道だからと裏通りを通ったことだ。

 

 スマホをいじっていた俺は、道の角を曲がってきた小柄な男とぶつかってしまった。

  

 ドンッと肩に衝撃が伝わる。

 

「あ、すみません」

 

「………」

 

 (あわ)てて謝り、道を空けるが、男は無言のまま動かない。

 

 深く被ったフードの奥から、男の暗く光る目が俺を射抜いた。

 

 その目を見てゾワリと鳥肌が立つ。上手くは言い表せないが、こいつはヤバイと本能が警鐘を鳴らした。

 

 さっと離れようとした俺に、男が素早く腕を突き出してきた。

 

「ぐあっ!?」

 

 真っ先に冷たい感触を腹に感じた。刺された、と理解すると同時に痛みが俺を(おそ)う。これまで感じた事の無い程の痛みに、(たま)らずその場に座り込んでしまう。

 

     !?」

 

 苦悶(くもん)の声を押し殺しながら、男を見上げるが、

 

「………」

 

 男は無言のまま俺を冷ややかに見下ろすだけだ。(しばら)く俺を眺めた後、男は足早にその場を去っていった。

 

 それが数分前の事だ。思ったより冷静な自分に少し驚いた。少し前までジンジンと(うず)いていた腹は、大量出血しているせいか痛みももう感じない。だんだんと暗くなっていく視界。17歳の男子高校生が死亡しました、というニュースが瞬間的に脳裏(のうり)に思い浮かんだ。

 

 ヒュー、ヒューという、まるで木枯(こが)らしの様な頼りない呼吸音に思わず苦笑しかけるが、こみ上げてきた自分の血に(むせ)てしまう。満足に笑う力すらもう残っていないみたいだ。

 

 仰向けに寝転がる俺の頬に、なにか冷たい物が触れた。いつしか閉じていた瞼をなんとか持ち上げると、視界に白い物が入ってきた。雪だ。

 

 チラチラと降り出した雪が周囲を白く染めていく。そんな風景を、俺は静かに眺める。

 

 ……こんなふうに、一人で死にたくはなかったなぁ。

 

 胸にポツリと浮かんできた思考を皮切りに、様々な思い出が頭をよぎっていく。

 

 それらの思い出達は、楽しかった事、嬉しかった事、(つら)かった事、悲しかった事。いい事ばかりじゃなかったし、後悔した事も沢山(たくさん)あったけど、それでも俺にとっては   

 

「………だ…」

 

 小さな、掠れた声が寒々しい空気を(わず)かに()らした。

 

「……いや…だ…!」

 

 しかし、俺の声は誰にも届かない。

 

「……忘れ…たく……な………い……」

 

 そんな、俺の願いはどうにも叶いそうになくて。

 

 一粒の涙をアスファルトに残し、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

    筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………?……意識がある…確か俺は通り魔に…助かった、のか?

 

 あれだけ血を失ったのに……。自分で言うのもアレだけど、俺って結構しぶといな。

 

 どうやら俺はベッドに寝かされているらしい。身体を動かそうとするが、(なまり)を付けたように手足が重く、(まぶた)も開かない。声を出そうとするが、(かす)れた呼吸音がするだけだ。

 

 ……多分、血が足りてないからかな。

 

 あれ程の出血だ、簡単には回復しないだろう。その証拠(しょうこ)に、さっきから強烈な眠気が来ている。大怪我を負った後だし当たり前かな、と思い返し体の力を抜く。何やら周囲が(さわ)がしいが、もう少し休もうと思い、俺は意識を手放した。

 

 次に目を覚ますと、目がかろうじて少し開くようになっていたが、何かがおかしい。

 

 え、この人達誰?

 

 俺の周りには見たことも無い格好(かっこう)をした人達が沢山いた。大体の人は小さな(くさり)で出来た鎧のような物を着ている。中でも(ほお)に傷がある若い男がニコニコ顔でしきりに何かを話しかけてくる。

 

「@%≮Ⅳ★▲±?」

 

 ……へ?今なんて?

 

 一瞬、血を失いすぎて自分の頭がおかしくなったと思い、とりあえず重い身体を起こそうと手を動かす。が、何度試しても起き上がれない。なんで!?

 

 それを見かねたのか、俺に話しかけていた男がこちらに手を伸ばしてきた。

 

 ちょ、え、待て、おい!なにすんだよ!!

 

 抵抗しようにも身体が動かしにくいため、どうにもならない。と、俺はおかしな事に気付いた。どう見ても男の手が大きすぎる。まるで巨人だ。

 

 まさか、俺を食うつもりなのか……?

 

 某巨人アニメを思い出し、必死に手足をばたつかせて抵抗するが、そのまま抱き上げられてしまった。嫌だああ、せっかく助かったのに、まだ死にたくないいぃ!!

 

 男はニコニコして俺を見ている。と、俺は視界に入った自分の手を初めて見た。

 

 ………え?

 

 ふっくらとしていて、むちむちしている。まるで、ハムの様だ。一瞬、誰の手か分からなかったが、俺が動かすと手も動く。何度動かしても変わらない。……入院してる間にこんなに太っちゃったのか、俺…。ちょっとショックだ。

 

 そんな事を考えながら正面の男の顔を呆然(ぼうぜん)と見つめると、男の目に映っていたのは、黒い髪と、青い瞳の赤ん坊だった。

 

 …………はい?

 

 

 

 

 




ちょこちょこ続きを出していこうと思います!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自覚

 
 第二話です!なかなか進みませんが頑張ります!

 


 

 

 

 俺が赤ん坊として目覚めてから1週間が経った。日付を確認する方法は、今のところ一応ある。俺が寝ている部屋の(すみ)に掛けてあるカレンダーみたいな物に、頬に傷がある黒い髪に赤い目のなかなかイケメンな男の人と、茶髪で、青い目をした綺麗な女の人が俺の顔を見に来た時に丸を書き込んでいるので確かだと思う。ちょうど7個の丸があるし、多分合ってるはず。

 

 あの二人はきっと俺の両親かな?ご飯もあの人達が持ってきてくれるし、おむつも()えてくれるし。

 

 精神がしっかりしている状態でおむつ交換されるのは地獄ですね、ええ。…恥ずかしさで死にそう。

 

 俺は基本泣かない様にしていたが、泣かなすぎる俺を心配し、両親がオロオロし始めたので、恥ずかしさを(おさ)えて素直に泣く事にした。

 

「う〜、あうあー!」

 

 俺の泣き声に反応し、両親が凄い速さで突進してくる。

 

 ひいぃ!!怖い!

 

「❛↔÷%∅★◐!」

 

「⚪♢△Ⅳ÷∃↟■!」

 

 相変わらず何を言ってるのか(まった)く分からない。俺が泣き出したので両親は安心しているようだが、今度は何をすればいいのか分からないらしい。オロオロと俺の周りを歩き回っている。

 

 おいおい…大丈夫か?この二人…。

 

 そうこうするうちに、なんだかんだで3ヶ月が過ぎ、何とかぼんやりと言葉が分かってきた。俺の名前は、ウィリアスと言うらしい。で、父さんがアレク、母さんはレティという名前だ。家名は今のところ分からない。

 

 名付けられたウィリアスと言う名前は結構気に入っているが、父さんは俺の事を「ウィル」と呼んで、母さんは「ウィリー」と呼んでくる。

 

 俺的には母さんが呼ぶ「ウィリー」は、今は赤ん坊だからいいけど大きくなってからもこの呼び方だと少し恥ずかしいかもしれない。

 

 

 

 生まれてから3年が過ぎた。言葉はもう自由に(しゃべ)れるし、簡単な本も読めるようになった。最近では家の外にも父さんと母さんに連れて行ってもらった。やっぱり子どもは外で遊ばないとね。

 

 外には、沢山のというほどでは無いけど、小さな家が並んでいた。どうやらここに住んでいるのはどこかの民族らしい。初めて見た外に、テンションが上がった俺は、集落を走り回った。

 

「こらこらウィル、そんなに走ったら転ぶぞ」

 

 そう言いつつ、父さんが俺を抱き上げ肩車してきた。母さんは横でニコニコしながらこちらを見ている。

 

「わぁああ」

 

 自分の精神年齢も忘れて、俺は無邪気に歓声を上げた。………後で恥ずかしくなって布団の中で転げ回るハメになった。

 

 

 

 5歳になった。俺たちが住んでいる集落は、どうやら戦闘民族が集まって暮らしているみたいだ。集落の人達は、(おも)に狩りや自己鍛錬(じこたんれん)、そして町に出て傭兵の仕事などをして毎日を過ごしている。

 

 何度か、父さんがほかの人と剣を使った模擬(もぎ)戦をしているのを母さんと見た。父さんは集落の中でも結構強いらしく、俺は父さんの剣技にみとれていた。俺の耳元で、母さんが

 

「父さんは凄く強いのよ」

 

 と、少し自慢げに言った。俺は、

 

「そうだね」

 

 とだけ言葉を返した。この時俺は、1つの決意をした。

 

 その日の夜。晩御飯を食べ終えた俺は、二人を自分の部屋に呼んだ。部屋に入ってきた二人は、俺の真剣な表情を見て、何事かと少し落ち着かない様子だ。

 

「ウィリー、どうしたの?もしかしておねしょ隠してたとか?」

 

「違うよ!」

 

「じゃあどうしたんだ?何処か具合が悪いとか?」

 

「それも違う」

 

 見当違いな事を言う二人に、俺は話を切り出した。

 

「実は…戦い方を教えて欲しいんだ! 父さんは凄く強いんでしょ? 俺も強くなって、父さんみたいになりたい!」

 

 俺がこんな事を言い出したのは、集落の外に行ってみたいと思ったからだ。この集落だけじゃなくて、いろんな所に行ってみたい。そのためには、この世界を生き抜く為の強い力がいる。5歳で集落から出るのは無理だろうけど、将来を考えて早めに鍛えておいて損は無い。

  

 話を聞いた二人は最初はポカンとしていたが、父さんの顔がだんだんとニヤけてきた。よほど自分の様になりたいと言われたのが嬉しかったのだろう。顔がゆるみきっている。母さんはそんな父さんに呆れた様にくすりと笑うと俺に言ってきた。

 

「ウィリー、戦い方は言われなくてもそのうち教えるつもりよ。だから、そんなに急がなくても大丈夫よ」

 

「俺は今から強くなりたい!」

 

「ウィル。いくら父さんみたいになりたいからってだな…」

 

 ニヤけながら何か言おうとした父さんに、

 

「あなた、少し静かにしてて」

 

 と、母さんが言う。途端(とたん)にいじけだした父さんを尻目に、母さんが俺の頭を()でながら言った。

 

「ウィリー、強くなりたいならまずはたくさんご飯を食べて、たくさん身体を鍛えないといけないわよ?鍛えるのは大変だけど、それでも強くなりたいの?」

 

 微笑(ほほえ)んではいるが、母さんの目は真剣だ。その目をみて、俺は強く答える。

 

「うん!」

 

「分かった!じゃあ、集落の皆にも伝えておくから皆に戦い方を教えてもらいなさい。母さん応援してる!」

 

 よし!俺は思わずガッツポーズを取る。だって嬉しかったんですもの。

 

「ありがとう母さん!俺頑張るよ!!」

 

「ほらあなた、ウィリーは明日から忙しいんだから、もう寝るわよ」

 

「ああ、じゃあ明日からは父さんも剣を教えてやる!ウィル用の剣を見繕っとくよ」

 

「うん!」

 

「じゃあ今日はもう寝ないとな、おやすみ」

 

「おやすみ!」

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 俺、アレクは今、息子の成長にとても感動していた。

 

「流石は俺達の息子だ。僅か5歳にして、戦い方を教えてなんて言った奴は他には居ないだろうな、将来が楽しみだ!」

 

 嬉しさのあまり、妻のレティの前で小躍りしてしまう。普段ならそんな俺を止めそうなレティも、今日は上機嫌で鼻歌を歌っていた。

 

「そうね、とりあえず(しばら)くは筋力トレーニングからしましょうか。あと、飛び道具なんかの扱い方も教えないといけないわね」

 

 嬉しそうに頬を緩めて微笑んでいる妻の顔を見て、幸せな気持ちになった。

 

「ああ、近、中、遠距離の戦い方も教えよう。集落の皆も喜ぶぞ、今は戦い方を教える相手がいなくて皆(ひま)だからな」

 

 ウィルはまだ幼いから、集落の皆もちゃんと手加減はしてくれるだろう。

 

「そうね。私達もそろそろ寝ましょう。明日は忙しくなるわよ」

 

「そうだな、じゃあ、おやすみなさい」

 

 

 

 

 〜〜次の日〜〜

 

 

 

 

 侮(あなど)っていた。まさかこんな事になるなんて…

 

 現在の俺は、集落の走り込みをしていた。今日から始まった地獄のトレーニングメニューによると、走り込みの後はひたすら腕立て伏せ、腹筋、スクワットその他もろもろの筋トレを繰り返し、次は投げナイフやブーメランなどの飛び道具の練習を昼までし、昼食を挟んだあとにまた筋トレをし、その後は槍、鎖鎌などの中距離武器の練習、そして最後に剣、斧などの近距離武器と素手で戦う練習となっていた。

 

 …いや、確かに強くなりたいとは言ったけどね!?

 

 おまけに集落の皆からの攻撃がたまにくる。投げナイフとか、投擲槍とかがとんでもない勢いでこちらに飛んでくる。いや、飛んできていた。

 

「ひゃああ  !?」

 

 流石は戦闘民族!(ねら)いが凄く正確だ!これは本気でヤバイ。ゼイゼイ言いながらも攻撃をギリギリで避けつつ、走っていると、遠くで父さんと母さんがにこにこしてこちらを見ている。

 

「ウィル〜がんばれ〜」

 

「母さん達応援してるわね〜」

 

 それを聞いた俺はたまらず素で叫んでいた。

 

「ちよっとスパルタにも程があるだろぉ!!」

 

 果たして俺は生き残れるのだろうか?

 

 

 

 




 もう少し文字数を増やせるよう頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出会い

 第三話です。やっとここまで来ました。小説書くのって凄く大変ですね!小説家の方々を尊敬します!
 
 最近はインフルエンザが流行っているので皆様お気を付けて。


 

 

 

 

 俺が転生してから10年が経った。つまり、あの地獄のトレーニングメニューを5年も耐え切ったと言う事だ。よく死ななかったな俺。

 

 あれから毎日トレーニングを繰り返し、何かと自分が強くなったのがわかる。俺にも戦闘民族の血が流れているからか、怪我の治りも速いし、視力も聴力も前世の俺とは比べ物にならないぐらい優秀だ。と言ってもまだ、集落の皆に比べたらペーペーだけどな。それでも今は集落から出て森に行く許可を(もら)った。

 

 俺は元からアウトドア派だったので、これはかなり嬉しい。嬉しすぎて、初めて森を一人で探検したときは危うく遭難(そうなん)しそうになったのは秘密だ。折角(せっかく)だからヘンゼルとグレーテルを試せば良かったかな?まあ、今はもう迷うことは無い。ここの森ははもはや俺の庭だと言ってもいいだろう。いぇい。

 

 そんな事を考えてついニヤニヤしてしまう。

 

 ここ最近は、夕方から夜にかけて森で狩りばかりしている。武器の扱いも上達したので獲物(えもの)は狩り放題だ。狩った獲物は集落の皆と分けて食べている。大抵は(うさぎ)や鹿、猪などだ。

 

 集落には小さな子どももいるので、狩りに出れない人達のためにも、なるべく大きな獲物を持ち帰る必要がある。重いけど、ちびっ子達の為だ!頑張れ、俺!

 

 今の俺の格好は薄いチェストアーマーを、動きやすい長袖の服の上にかさね、その上からマントのような外套(がいとう)羽織(はお)っている。ズボンも動きやすいゆったりとした物だ。手には指ぬきグローブを()めている。森の影に溶け込めるように全体的に黒っぽい色合いだ。

 

 武器は弓と矢を数十本と、投げナイフ、剣を持ってきている。まぁ剣と言っても大人からすれば短剣くらいの大きさだ。剣と投げナイフはベルトに付け、矢は矢筒(やづつ)に入れて腰に付けている。弓は矢筒に入らないので背負っている。

 

「さて、獲物はどこかな?」

 

 そうつぶやきながら俺は獲物を探すため近くの木に登った。木登りももはや大得意だ。鍛えた腕力に任せ、するすると木の(こずえ)まで登り、暗くなりかけた森を見渡す。かろうじて森を抜けた先にある小さな町が見えた。

 

 あの町は、父さんと何度か行ったことがある。町自体は小さいが、自然が豊かなので仕事の息抜きなどで都会から観光に来る人が多いらしい。

 

 こっちの世界の仕事もいろいろ大変そうだと町を見ながらぼんやり考えていると、ガサガサという草をかき分ける音とともに何かの足音が聞こえてきた。足音は何かを追いかけているかのように、結構なスピードで近づいてくる。俺は木を半ばまで降り、ちょうどいい太さの枝の上で弓を構えた。地面からは6メートル程の高さだ。

 

 耳を澄まし、足音を聞く。

 

 これは…鹿とかじゃないな。足音的に二足歩行…かな。そんな動物この辺りにいたっけ?

 

 疑問に思いながらも、いつでも矢を放てるように弓を引き絞り、そのまま待機していると、草むらから飛び出してきた兎と、それを追いかけて来たらしい一人の女の子が俺の視界に入った。女の子は、兎を触りたいのか、俺の視線の先で、ジリジリと兎に近づいている。

 

 ……あの子、集落の子…とかではないな。集落には銀髪の女の子なんていないし…迷い込んで来ちゃったのか?

 

 そう思いながらも、俺は女の子の綺麗な銀髪に少しの間見惚れていた。って危なっ! 弓引きっぱなしだったわ。

 

 慌てて構えを解き、矢を矢筒にしまう。

 

 女の子からあと1歩で触れるほどの距離にいた兎は、ジリジリと迫ってくる女の子から素早く離れ、そのまま何処かへ行ってしまった。

 

「あっ!」

  

 女の子は残念そうな声を上げた。兎が消えた方向を名残惜しげに見つめている。(しばら)くして、帰ろうとする素振りを見せたが、どうやら兎を追いかけるのに夢中で来た道を忘れてしまったらしい。不安げな表情で辺りを見渡している。

 

 とっくに夕日も沈み、かなり暗い森は女の子からすれば恐怖でしか無いだろう。俺は構えていた弓を仕舞い、女の子を怖がらせない様にゆっくりと木を降りた。あまり夜目が効かないのか、女の子は俺が立てた音に、ビクっと反応した。

 

「だ、誰!?」

 

 女の子が怯えた声を出した。俺は彼女を(おど)かさない様に、ゆっくりと近づいた。その時、雲に隠れていた月が俺を照らした。

 

 俺を見た女の子は、警戒心とほんの少しの怯えを(あら)わにした目で真っ直ぐに俺を(にら)みつける。俺はこんな時どんな言葉をかければ良いのか分からなかったが取りあえず話しかけてみた。

 

「えっと……君、迷子?」

 

 ヤバイ。俺ってこんなにコミュ力無かったっけ?

 

 自分のコミュ二ケーション能力に軽く絶望しそうになるが、今は女の子が優先だ。 

 

「違うわ!たまたまここに来ただけよ!!貴方だって迷子でしょ!」

 

 いや、それを迷子って言うんだよ。そう言い返したくなるのを堪える。

 

「俺はこの森に住んでるから、道がわかるし迷子じゃないよ」

 

 ツッコミたい衝動をなんとか堪えた俺は、頑固そうな女の子に少し意地悪な質問を返すことにした。

 

「君は、自分の家まで帰れる?」

 

「………」

 

 黙り込んだ女の子。わかりやすいなぁ。

 

「えっと…君は町の子だろ?送っていこうか?」

 

「!…貴方、道分かるの?」

 

「まぁ、一応は」

 

 女の子は(いぶか)しげに俺を見ている。ま、当たり前か。見知らぬ森の中で、自分と同い年ぐらいの武装した子どもがいたらそりゃ警戒するよな。でもこのままほっとくのもアレだし……。

 

「ついてきて」

 

 そう言って俺はゆっくりと町に向かって歩き出す。やむなく女の子も俺についてくる。お互いに初対面だったのもあり、会話は最低限だ。

 

「そこ、(くぼ)みがあるから気をつけて」

 

「あ、うん」

 

「あ、木の根っこがあるから(つまず)かないようにね」

 

「わ、わかった」

 

 俺は女の子がちゃんとついてきているか確認しつつ、女の子が転んだりしないように大きな石や枝をどかしながら歩いた。時折木に登り、町への方角と距離を確かめた。

 

 女の子が疲れた素振りを見せると少し休み、持ってきていた水を飲ませる。それを繰り返しているうちに、女の子の俺への警戒心は、徐々に薄れている様だった。

 

 だいぶ打ち解けたかな…?

 

 そう思っていた時、近くの木から大きな鳥が羽音を響かせて飛び立った。

 

「きゃっ!?」

 

 それに驚いた女の子が足元の落ち葉に足を取られ、よろめいた。

 

 咄嗟(とっさ)に女の子の手を(つか)み、転ばないように支える。女の子が体制を立て直した所で、サッと手を離す。手を握りっぱなしだと女の子も嫌だろうし。

 

「あ、ありがと」

 

「…どういたしまして」

 

 思わぬお礼に一瞬言葉が遅れる。そんな俺の顔を覗き込んだ女の子が小さく笑った。

 

「ふふっ、変な顔」

 

「そ、そう?」

 

 顔に手をやる俺を見て、女の子は再び笑い声を上げた。

 

 そうこうするうちに、町の門に着いた。女の子はだいぶ疲れていたが、町が見えると元気を取り戻したようだった。町では女の子の両親だろう、若い夫婦が女の子を探しまわっていた。俺は少し笑いながら女の子の背中を軽く押した。

 

「ほら、探されてるぞ」

 

「う、うん」

 

 女の子は俺に何かを言おうとした様だったが、先に夫婦に見つかり、抱き締められていた。俺といるときは我慢していたのだろう、安心したのかそのまま両親にしがみついて泣き始めた。俺はそれを見届けた後、自分の家に帰るべく森へ引き返した。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 あれ?あの男の子はどこにいったんだろう?

 

 お父様とお母様に抱き締められ、泣いてしまった後、お礼を言おうと、森から連れ出してくれた黒髪の男の子を探すが、彼の姿が見当たらない。そういえば彼は森に住んでいると言っていた。もう帰ってしまったのだろうか?

 

「ちゃんとお礼が言いたかったな…」

 

 今思えば、お互いに名前も名乗っていない。この町には旅行で来ていたので、明日には帰らないといけない。

 

 せめて名前ぐらい聞いておけば良かった…。彼とは、会話らしい会話は殆どしなかったけれど、握った手の暖かさは今も覚えている。

 

 またいつか会えたら、その時はちゃんと、助けてもらったお礼を言おう。

 

 私、システィーナ=フィーベルは、そう思った。

 

 

 

 

 




 ヒロインは悩んだ結果システィーナにしようと思います。ルミアは原作10巻を読んでからはグレンとくっつけてあげたいなと思ったので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変化

 なかなか進まない…


 

 

 時が流れるのは早いもので、気づけば俺は15歳になっていた。身長も伸び、175センチくらいになったし、筋トレも毎日欠かさずしてきたので、筋肉もしっかりついている。

 

 他に変わったことと言えば、最近の俺は、自分で考えてトレーニングメニューを組める様になった事。父さんが言うには、自分に足りていない所を自分で考える事が大事だそうだ。

 

 加えて、近くの町に出て、傭兵たちに混ざって魔物を討伐したり、商人の荷物の護衛などが出来るようになった。そんな時は泊りがけになったりする事が多いし、怪我をすることもある。

 

 今の俺の左眉には、3センチ程の傷が眉毛を断ち切るかのように残ってしまった。魔物と戦っている時についた傷だ。あと1センチずれていたら失明していたかもしれない。油断は禁物だ、と俺に教えてくれた傷でもある。この傷がついてから、俺はどんな相手でも気を抜くことは無くなった。

 

 何度か一緒に仕事をこなした傭兵たちは、最初は俺の事をあまり信用していなかったが、だんだんと打ち解けていった。今ではかなり仲が良い傭兵仲間でもある。

 

 俺は近、中、遠とどの距離でも戦えるオールラウンダーなので連携が取りやすいらしい。俺が顔を出すと、いつも酒盛りに誘われる。現に今日も誘われたが勿論断っている。そもそもまだ俺は未成年です。

 

 現在の俺は、夕方の暗くなりかけた集落の自分の家の庭で木から吊り下げた丸い的に、投げナイフを投擲(とうてき)している最中だ。的の中心にはナイフが綺麗に刺さっている。考え事をしながらも、手に持っていた3本のナイフをヒュッと的に投げる。

 

 カカカッと心地よい音を立てて的にナイフが刺さる。最初の頃は真っ直ぐに飛ばせなかったそれを今ではまとめて投げても的に当たるようになった。

 

 投げナイフだけじゃなく、今まで練習してきた武器は、殆ど(ほとんど)自由自在に扱えるようになった。素手での対人戦も、かなり上達した。それはいい。素直に喜んでも良いことだと思う。イェーイ!

 

 ただ、最近の俺は、できる事が増えた代わりに、する事が無くなりつつある。要するに、暇になったのである。勿論町に出れば仕事は幾らでもあるが、俺は  

 

    外の世界を知りたい。

 

 そう、新しく何かを学びたい。別に俺は勉強熱心とかそういう人種じゃない。ただ、毎日同じことを繰り返すだけの日常に飽きてしまった。起きて、日課の筋トレをこなし、仕事に行き、帰って寝る。このサイクルをこなす事が苦痛にすら感じてしまう。どこか新しい所に行ってみたい。新しい世界を見てみたい。

 

 そう考えた、その時。

 

 ドクン…

 

 俺の胸が(うず)いた。疼いたというより、何かの生き物の鼓動のようだった。

 

 そこに最近怪我をした覚えはないし、ましてや投げナイフが刺さっていたりとかもない。いや、逆にあったら怖すぎだろ。そして俺、鈍すぎだろ。

 

 少し前から、この現象は起きていた。あくまで勘だが、悪い物ではないと思う。これは何かは前々から気になっていた。明日あたり両親に聞いてみよう。

 

 そう決めた俺は、的に刺さったままのナイフを抜こうと歩き出した。投げるのは楽しいんだけど、抜くのが大変なんだよな、コレ。

 

 苦心してナイフを抜きながら、俺は大きくため息をついた。

 

 

 

 次の日。

 

 

 

 俺は早速、胸の疼きについて両親に話しかけた。

 

「父さん、母さん、ちょっと話があるんだけど」

 

「うん?どうしたウィル」

 

「話って?」

 

 二人とも寝起きなので寝癖がついている。母さんは台風が通り過ぎたかのような髪の乱れ、父さんは頭がニワトリのトサカのように髪が逆立っている。見ていて面白いけど、俺の頭は爆発したような有様になっているので笑えない。

 

「実は、最近胸が痛むんだよね……いや、痛むって言うよりは疼くっていうか……」

 

 そう言うと、二人はポカンと口を開けた。そして、矢継ぎ早に質問を投げつけてくる。

 

「ウィル、それはいつからだ?」

 

 父さんのいつになく真剣な表情に、少し驚きながらも、記憶を探るが、ハッキリとは思い出せなかったので、曖昧に答える。

 

「えーっと…少し前から気付いたら疼くようになった」

 

「どれくらいの頻度かわかる?」

 

 今度は母さんが尋ねてきた。えーと、確か……。

 

「……大体…1日か2日に1回くらいかな?」

 

 そう言うと二人は暫く呆然とした後に、ちょっと待ってて、とだけ言い残して、何も持たずに家から飛び出していった。

 

「え、ちょっと!」

 

 俺は訳がわからないまま、家に取り残された。もしかして、本格的にヤバイ病気…? かなり不安だが大人しく待機することに決めた。……この世界の医療レベルがどれくらいなのかはわからないのも不安だ。……詳しく調べておけばよかった。

 

 俺は家の中をグルグルと落ち着きなく歩き回った。

 

 椅子に座って、適当に本を読んで過ごしたり、ベッドの上に寝っ転がって本を読んだり、庭の芝生に寝っ転がって本を読んだりするが、本の内容がちっとも頭に入ってこない。

 

 駄目だ。本の文書が理解できない。

 

 読む手を止めて、パタリと閉じると、本が逆さまになっていることに気づいた。

 

 ……これじゃあ内容が理解できないのも当たり前だ。我ながら何やってんだか。

 

 ちょっとだけ笑って冷静になった俺は、大人しく家で両親を待つことにした。

 

 

 

 

 




 次の次くらいで本編に行けるよう頑張ります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二つの姿

 
 お気に入りありがとうございます!m(_ _)m
これからもちょこちょこ出していこうと思います。

 主人公に特殊能力をつけようと思いますが、それほど強い能力じゃ無いかも…あまり期待はしないでください。

 


 

 

 

 家に取り残された俺は、戸惑いながらも両親が帰ってくるのを待った。両親の反応から、俺は何かの病気なのかと不安だったが、帰ってきた両親の顔を見て、その不安は消えた。両親は、笑顔だった。それも最近稀に見るくらいのとびきりの笑顔だ。

 

 

「父さん、母さん、俺のこれは一体何なの?」

 

「それはね、ウィリー、貴方が大人になったってことよ!!」

 

「……は?」

 

 

 大人…?まぁ確かに精神年齢は大人だけど……。

 

 

「俺達集落の皆はある程度大きくなると、皆胸の疼きが始まるんだ。まぁ大体15~20歳頃に来る事が多いんだけどな。そういえばお前には話してなかったな…」

 

 

 母さんに続いて父さんが感慨深(かんがいぶか)げにウンウンと頷く。

 

 

「…で、疼きは何なの?特に意味はないの?」

 

「いやいや、ここからが凄いんだよ。話してなかったろ?俺達が戦闘民族だって言われてる 所以(ゆえん)を」

 

 

 所以?そりゃ普通に考えて  

 

 

「身体が普通より頑丈なのと、沢山の武器を扱うからじゃないの?」

 

「いや、それもあるが、俺達は……二つの姿を持っているんだ!」

 

 

 は?二つの姿?と、俺が疑問に思っていると、父さんが俺の肩をポンポン叩いた。

 

 

「お前には見せてなかったからな、今から見せてやるから庭に行こう」

 

 

 そう言われ、庭に出る。母さんが俺を庭の椅子に座らせた。何だ、何が始まるんだ?

 

 

「よく見とくんだぞ」

 

 

 そう言うと父さんは庭の中心に立った。そして、目を瞑る(つぶる)。すると、父さんの身体が光に包まれた。あまりの眩しさに、目を(つぶ)ってしまう。

 

 

 光が止み、恐る恐る目を開けた俺の前に、一頭の2,5メートル程の大きな熊がいた。その熊は黒い体毛に赤い目をしている。呆然と見上げていると、熊は俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。そして、俺の驚き様に満足したかのように、熊…いや、父さんは牙を剥き出して唸った。硬直したままの俺に母さんが言った。

 

 

「私達が戦闘民族と呼ばれているのは、単純に身体能力が高いからだけじゃなくて、人の姿と獣の姿、この二つの姿を使えるからなの。それぞれ変身できる動物は一人につき一体だけどね。そして、獣の姿でいるときは、何か一つの属性が使えるの。炎、水、氷、風、雷、地…この六つの属性もそれぞれ決まっているの」

 

 

 母さんがそう言うと、変身したままの父さんが俺の横に来て、毛でもじゃもじゃした手を近づけてきた。何だろう?と見ていると、突然、バキバキという音とともに氷が父さんの手を包み込んだ。

 

 

「うわっ!!」

 

 

 驚いた俺に、氷の篭手(こて)(まと)ったかのような手を自慢げに見せてくる父さん。

 

 

「つまり、父さんの属性は氷って事か」

 

 

 俺がそう言うと、父さんはホレホレ〜、とでも言いたげに、凍った手で俺の首に触ってくる。…何だかこっちの姿の父さんは子どもっぽいな。

 

 

「…いや、冷たいから」

 

 

 そう冷静に言いながら手を押し返すと、父さんはかまってくれない息子を悲しげに見つめると、大人しくなった。

 

 

 俺達のやり取りを見て笑っていた母さんが話を再開した。

 

 

「属性はそれぞれ身体に纏ったり、攻撃に使ったりと用途は様々よ。身体能力も普通の動物より優れているから、身体の動かし方と属性の使い方がわかればかなり強力な武器になるわ。そして、話は最初に戻るけど、胸の疼きは、もう一つの姿を使う資格を得た、と言う事。つまり、私達は獣の姿になる事ができて、初めて一人前って事」

 

 

 母さんは微笑みながらそう言った。俺は父さんに近づき、凍っていない方の手を触ってみた。以外にもふわふわしている。

 

 

 母さんは続けて言った。

 

 

「一つ忘れないでほしいのは、この力は凄く強力だけと、無敵じゃないって事。今まで、沢山の動物や魔物を狩ってきたでしょ?それは、いつか自分がどんな動物に変身しても、うまく動けるようにする為なの。相手の動きをよく見て、どう動けば相手を追い込めるか、逆に、どう動けば隙を見せてしまう事になるのか、その動物はどんな環境で戦うのが得意か、どこで戦うのが苦手、とかね」

 

 

 だからいろんな動物と戦わせたんだな。と感心していると、

 

 

「あと、この力はあまり人がいる所で使うのは辞めたほうがいいわ。私達は良いけど、何も知らない人からしたら、獣にいつでも変身できる人はかなり怖いはずよ。今まで貴方にこの話をしていなかったのは、この力を使わなくてもちゃんと戦える様にする為でもあるの」

 

 

 なるほど、確かにこの力に頼ってばかりいたら、変身する癖がついて人の姿では戦えなくなるかもしれないな。それは大変そうだ。

 

 

 メリットとデメリットで考えたら、人の姿の時は剣や槍、弓などの武器が使えて、属性が使えない。

 

 

 獣の姿の時は武器が使えないが、その動物特有の攻撃方法ができて、属性も使える。身体能力も大幅に上がる。

 

 

「う〜ん。獣の姿は聞いた感じかなり強力だけど…武器が使えないのは痛いなぁ」

 

 

 ところで、さっきから俺が一番気になっているのは、俺はどんな動物に変身出来て、どんな属性を持っているかだ。

 

 

 今まで狩ってきた数々の動物、魔物達を思い出していると、母さんが俺に言った。

 

 

「まあ、とりあえず変身してみたら?」

 

「え……どうすれば変身できんの?」

 

 

 そう質問すると、母さんはこめかみに指をあてた。

 

 

「えーっとね…自分の中から獣の身体を引っ張り出す感じ」

 

「引っ張り出す?」

 

「そう。まあとりあえず、やってみて!こう、グイーッと!」

 

 

 結構アバウトな説明だな。両手を縮めるような仕草をする母さんの横で、父さんも同じようなポーズを決めている。

 

 

「う〜ん、やってみるよ」

 

 

 ひとまずそう返し、同じように構えるが、何も起きない。母さんが言った。

 

 

「大事なのはイメージよ。心の中で引っ張る感じ」

 

「……イメージかぁ…」

 

 

 俺はその場に座り、意識を自分の中に集中させた。しばらく続けていると周りの音が聞こえなくなる。集中していると、あの疼きがきた。 

 

 

 ドクン…

 

 

 だんだんと大きくなっている何かの鼓動に意識を寄せていると、身体に違和感を感じた。

 

 

 目を開けると、母さんと、未だ熊の姿のままの父さんがいた。二人とも、俺の姿を見て驚いているようだ。

 

 

 ふと気づいて、自分の手を見てみると、真っ黒い猫のような手…いや、前脚があった。二人からしたらどんなふうに見えているのか気になった俺は、二人に声をかけた。

 

 

「グルァ」

 

 

 自分の声だと気づくのが遅れた。母さんが俺の声を聞いて、家から大きな鏡を持ってきた。俺はそれを覗く。

 

 

 鏡に映っていたのは、漆黒の身体に立派な漆黒の(たてがみ)をもつ、青い瞳のライオンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 次くらいにはセリカを登場させたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

きっかけと選択

 
 部屋で筋トレを始めましたが2日で辞めてしまいました。…3日坊主ですら無い……


 

 

 

 

 あれから一週間が経った。ライオンに変身した俺は、あの後庭を歩き回ることおよそ三時間。やっと自分の身体だと認識した。それから人の姿への戻り方が解らず、一日その姿で過ごした。

 

 

 両親(いわ)く、胸の疼きが来るきっかけは自立心が芽生えた時などらしい。恐らく俺の場合は外の世界を知りたいと思った事がきっかけだろう。

 

 

 一つ不思議なのが、獣化を解いた時、俺が着ていた服や、装備していた武器などに全く変化が見られないことだ。普通変身したら服は破け、装備していた武器などは地面に落ちてそのまま放置…という事になると思っていたが、何回試しても服は破けることもなく武器も装備したままだった。仕組みは分からないままだが、取り敢えずこの件に関しては保留にしておく。

 

 

 一週間経った今では、もう自由に変身できる。獣化(じゅうか)してとても便利なのは、やはり移動速度だろう。あれから森に行き、色々試しているが走るスピードがハンパじゃない。余りの速さに驚き、木に激突したのは一度だけでは無い。…たんこぶの数もハンパじゃない…

 

 

 身体能力もかなり上昇していて、7メートルくらいなら軽くジャンプできる。身体の大きさは、だいたい人を二人乗せれるほどだ。全長3.5メートルくらいか。俺の知っているライオンよりかなり大きい。

 

 

 そして属性だが、俺はどうやら炎のようだ。何回か変身して試した結果、身体に炎を(まと)う事に成功した。炎の温度は、好きに変えることが出来る。温度を上げると、赤い炎から青い炎に変わったが、自分が出している炎だからか、熱くは感じない。意識すれば、他の人が触っても熱くないようにも出来るし、爆発させる事も出来た。かなり自由度が高くて驚いた。

 

 

 戦う時は、基本は獣化せずに戦おうと思う。俺の属性は目立つし変身する所を見られたら面倒な事になりそうだからだ。

 

 

 現在の俺は獣化して森を歩いている。本物のライオンの嗅覚や聴力はどのくらいなのかは知らないが、俺の嗅覚や聴力はかなり良い。集落の方から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「ウィリー!珍しいお客さんが来たわよ!帰っておいで」

 

 

 それに対し、俺は吠えて返事をする。

 

 

「ガオオォ」

 

 

 獣化した時の難点は、喋れなくなる事だな。まぁ、集落以外では獣化するつもりは無いし、いいか

 

 

 そう考えながら、今はもうすっかり慣れた四本の脚で集落へと走る。集落の手前で獣化を解き、家に向かう。

 

 

 …それにしても、こんな所にお客さん?誰だろう?

 

 

 今は父さんは外出中だ。だとしたら母さんのお客さんかな?そう思いながらも家のドアを開け、中に入る。するとそこに居たのは一人の豪奢な金髪の女性だった。その人は黒いドレスローブを着ていて、かなり整った顔立ちをしている。俺はなんと言えばいいのか分からず、取り敢えず挨拶する。

 

 

「こんにちは」

 

 

 するとその女性は俺を見てニヤリと笑い、

 

 

「そんなに緊張しなくてもいいぞ。大きくなったな、ウィリアス」

 

 

 と言った。この人は俺を知っているのか?と疑問に思いつつ、椅子に座る。その間、女性は俺を面白そうに見つめていた。母さんがお茶を運んできて、女性に差し出しながら言う。

 

 

「セリカさん、前に手紙で話した息子のウィリアスです」

 

 

 え…何を話したんだ?

 

 

 と疑問に思っていると、向かいに座った女性…セリカさんが言った。

 

 

「ふむ…確かにこの子には…」

 

 

 と呟いた。え、何だ?なんの話をしているんだ?

 

 

「一度見せて貰えないだろうか?」

 

 

 とセリカさんが言うと、母さんは俺とセリカさんを庭に連れて行き、そして俺に獣化し、炎を適当に操ってみて、と言った。言われたとおりに俺は獣化し、炎の温度を上げ、赤い炎を出したり青い炎を出したり、爆発させたりした。勿論、母さんとセリカさんが火傷しないように二人には熱く感じない様に設定してある。俺が炎を操作している間、母さんとセリカさんは何かを話している様だった。

 

 

 一通り見せた後に獣化を解き、二人を見ると、静かに俺を見つめている。戸惑っていると、セリカさんが口を開いた。

 

 

「ウィリアス、お前…魔術に興味は無いか?」

 

「え……魔術?」

 

 

 初めて聞いた言葉に俺はポカンとした表情を浮かべた。セリカさんは続ける。

 

 

「お前には魔術の才能がある。自分では気づいていないようだがな。…ここから少し遠い都市に、魔術を学ぶための学園がある。その学園に通い、魔術を学んでみないか?」

 

 

 それに続けて母さんが言った。

 

 

「ウィリー、最近の貴方が他の世界を見てみたいって思ってるのは知ってるわ。私達の事を思って言い出せなかったのも知ってる。でもね、私もお父さんも貴方の事を思ってるの。貴方にはもっと沢山の経験をして欲しいと思ってる」

 

 

 知らなかった。俺の考えは全てお見通しだったのか。俺の呆けた顔を見て、母さんは優しい笑顔を浮かべた。セリカさんが再び俺に聞いてきた。

 

 

「どうだ?お前の母親はこう言っているが…」

 

「俺は…」

 

「ええい、まどろっこしいな。行きたいか、いきたくないか、どちらか選べ」

 

「……行きたいです!!」

 

 

 そう答えた俺に、母さんが嬉しそうな笑顔を浮かべた。セリカさんは、

 

 

「よし!そうと決まれば荷作りだ。お前の父親が色々と買い物に行ってくれているから、持っていく荷物を選べ」

 

「え、俺が行きたいって言わなかったらどうしてたんですか?」

 

「いや、その時はその時さ。現にお前は行くことに決めたしな」

 

 

 父さん……いや、もはや何もいうまい。俺は準備をするために自分の部屋へと向かった。

 

 

 

〜〜セリカサイド〜〜

 

 

 

 いやはや、この私が直々にスカウトする事になるとは…そう思いながら隣に立つウィリアスの母親…レティを見やると彼女はこちらに向き直り、深々と頭を下げてきた。

 

 

「セリカさん、本当にありがとうございました」

 

「いやいや、私は特に何もしてないぞ?せいぜい、後押しをしたくらいだ。」

 

 

 そう言う私に、レティは微笑みながらこう返してきた。

 

 

「家族二代にかけて、この御恩は必ずお返しします」

 

 

 昔、私はまだ幼かったアレクとレティを偶然助けた事があった。そのことを今でも恩義に感じているのだろう。少し気恥ずかしくなってきた私は、こう返した。

 

 

「まぁ、同じ母親同士だからな、お互い様って言うやつだよ」

 

 

 そう言った私にレティはただ黙って頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やっとセリカさん出せました。次はいよいよ本編ですね!頑張ります!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章 魔術講師、着任
学院へ


 お気に入りが少しずつ増えてきている事がとても嬉しいです!ありがとうございます!!


 今回は主人公の一族の能力が少し解明されます。


 

 

 

 

 

 セリカさんによると、どうやら俺には魔術操作の感覚がずば抜けているそうだ。昨日獣化した際に俺が見せた炎の温度調節や、爆発させた時の威力調節で見抜いたらしい。

 

 

 俺達集落の戦士が使うそれぞれの属性は、魔術師が言う、いわゆる、仕組みが解明されていない「魔法」に分類されていて、獣化した時の俺達は周囲の大気に無限に満ちる「魔力」を何故か使用出来る…と、セリカさんは話してくれた。この事は他の人には秘密だ、とも。俺にはあまりピンとこない話だったが魔術師からしたらこれはかなり凄い事だそうだ。

 

 

 普通、魔術師たちは自分自身の魔力を使って魔術を起動しているので、当然魔力容量にも限界がある。それが俺達に限っては獣化している時限定で、一つの属性に限るが、魔力容量を気にせずにバンバン魔術攻撃が出来る。

 

 

 この説明を受けて、やっと事の重大さに気づいた俺は、もし獣化してしまったとしても炎を出さないようにしようと誓った。大事(おおごと)になっても困るしな。

 

 

 もし変身してしまっても、獣化だけなら誤魔化す方法は何個かあるそうだ。それでも安心は出来ない。極力獣化しないように心がけよう。

 

 

 あれから準備を済ませた俺は、次の日の昼頃、両親と話していた。話題は、家名についてだ。俺は生まれてから一度も自分の家名を聞いたことがないし、聞かなかったので未だに自分の家名を知らない。学院で自己紹介する時に、

 

 

「ウィリアスです。家名は知りません」

 

 

 なんて言ったらクラスで浮いてしまうこと間違いなしだろう。そうならないよう、俺は両親に訪ねた。

 

 

「なぁ、俺達家族の家名って何?」

 

「家名?無いぞそんなの」

 

 

 離れて話を聞いていたセリカさんが堪らず飲んでいた紅茶を噴き出しているのが見えたが、それどころじゃ無い。

 

 

 家名が……無い…?

 

 

 と、俺が硬直していると、母さんが

 

 

「ほら貴方、ちゃんと説明しなくちゃ駄目じゃない」

 

 

 そう言い、俺に向き直り説明してくれた。

 

 

「えっとね、私達と集落の皆には家名は無いの。その代わりに、一族としての名前があって、私達はその一族名を名前の後に名乗る事になるわ」

 

 

 どうやらクラスで浮く事はなさそうだ。心底安心しつつ、気になる名前を聞いてみる。

 

 

「へぇ〜。で、俺達の一族名は?」

 

 

 母さんは答えた。

 

 

「私達の一族名は、ベスティア。だから、貴方が名乗るときの名前は、ウィリアス=ベスティアになるわね」

 

 

 ベスティア。 その名前は初めて聞いた筈なのに、俺の胸にすとんと収まった。

 

 

「ちなみに、誰かと結婚して、家名が付いた場合は、家名の後に一族名を付ける事になるわ。まぁ、大体は集落の誰かと結婚する事が多いから、皆家名が無いの」

 

 

 なるほど、仮に俺が集落の人以外の誰かと結婚した場合、ウィリアス=なんちゃら=ベスティアになるのか。…名前が長いってだけで格好良く感じるのって俺だけかな?

 

 

 名前を聞いていたら、出発時間になった為、集落の皆に出発前の挨拶をした。セリカさんは気を利かせて集落の出口で待ってくれている。俺は一人ひとりにこれまでの感謝の気持ちを伝えた。

 

 

 やがて出発の時間になり、俺は父さんと母さんに向き合った。伝えたいことは沢山あったが一言にまとめた。

 

 

「行ってくる!」

 

「おう!…いいかウィル、虐められたらちゃんと俺達に伝えるんだぞ?それと、彼女が出来たらちゃんと真っ先に母さんに教えなさい。いいな?あと…」

 

「ほら貴方ったら…行ってらっしゃい、ウィリー!」

 

 

 かなり心配げな父さんとしっかりした母さんの声に見送られて、俺は集落をでた。…隣でセリカさんがニヤニヤしながら俺に、ハンカチを差し出しながら言ってくる。

 

 

「ほら、涙は拭かなくて良いのか?ん〜?」

 

「いや、1ミリも涙なんて出てないですけどね」

 

 

 ハンカチを押し返しながらそう言い返す。…実際危なかった……いや、泣いてないぞ!!

 

 

「…ところで、ここからその…フェジテ?って所はどのくらいかかりますか?」

 

「馬車に乗り継いで…ざっと1ヶ月かな」

 

「遠っ!!」

 

 

 今の俺の格好は旅装束に大きなリュックサックだ。そして金属製の武器もかなり持ってきた為、これで一ヶ月はちょっとキツイ。俺の顔と荷物を見て、セリカさんは言った。

 

 

「安心しろ、あくまでも普通に行けば、だ」

 

「ってことはなんか簡単に行く方法があるんですか?」

 

 

 俺がそう聞くと、セリカさんはニヤリと笑い、聞いてきた。

 

 

「お前、魔術を見た事があるか?」

 

「何ですか突然…いや、無いですけど…」

 

「お前はラッキーだな。なんせ、初めて見る魔術がこの私の魔術なのだから!」

 

「え…セリカさんってもしかして凄い魔術師だったりするんですか?」

 

「まあな、これでも私はお前が通う学院の教授を務めているんだ」

 

 

 え、セリカさんが教授…?その学院大丈夫か?

 

 

 そう考え、少し不安になった俺を尻目にセリカさんは足元の地面に何かを物凄いスピードで書き始めた。魔術に関してはまだぼんやりとしか説明を受けていないが、それでもこれが凄そうなのだけは解る。何かを書き終えたセリカさんは、その陣?の中心に立った。そして手招きしてくる。

 

 

「私に掴まってろ」

 

「は、はい」

 

 

 緊張しつつ、セリカさんの肩を掴む。すると、まばゆい光が辺りを包み込んだ。思わず目を瞑る。次に目を開けたとき、俺の視界に入って来たのは何処かの森だった。近くに街の門が見える。

 

 

「よし、到着だ。あの門をくぐり抜ければ、そこはもうフェジテだ」

 

「……おお!ほんとに瞬間移動した!!」

 

 

 感動していると、セリカさんが言った。

 

 

「悪いが、私はこれからやる事があるからここまでだ。まぁ、後は真っ直ぐに進めばいいから道案内は要らないよな?」

 

「はい、多分大丈夫です」

 

「お前の家は地図に書いてるからそこに行け。じゃあな、また明日」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 

 セリカさんは俺に地図を渡すと何処かへ瞬間移動していった。俺は地図を片手にフェジテに向けて歩き出した。

 

 

 街に入ると、まず俺は人の多さに驚いた。都市だからか店も多く、色んな物を売っている様だった。取り敢えず俺は地図を見ながらこれから過ごす事になる家を探した。

 

 

 幸い、家はすぐに発見した。思ったより遥かに大きい。おまけに庭まである。ひとまず俺は家に荷物を運びこんだ。家は二階建てで、部屋が多い。二階に二部屋、一階に四部屋あり、なんと地下室まである。とりあえず二階の部屋の一つを寝室にし、地下室を武器庫にした。あとの部屋は追い追い埋めていこうと思う。

 

 

 ちなみに家賃は両親からの仕送りで払うことになっている。「傭兵の仕事で貯めた金があるから大丈夫」と断ろうとしたが、「勉学に集中して欲しいから」と押し切られてしまった。まぁ、両親は豪華な暮らしをしているわけでは無いが、父さんも傭兵の仕事をしているので金は沢山あるのだろう。有難く仕送りを受け取ることにした。

 

 

 荷解きを終えた俺は、街を散歩する事にした。明日から学生として過ごす事になるので、それまでに街の様子を見ておく事にしたのだ。

 

 

 楽な格好に着替え、俺は家を出た。もちろん家の戸締まりはキッチリと確認してある。

 

 

 特に目的も無いまま街をぶらついていると、色々な物が目に入ってくる。花崗岩(かこうがん)で綺麗に舗装(ほそう)された道路。俺の知らない食べ物や飲み物、初めて見る道具。人で賑わう商店街。全てが森で暮らしてきた俺にとっては新鮮に感じられた。

 

 

「俺、今日からここで暮らすんだなぁ」

 

 

 と感慨深く呟いたその時、俺の腹がなった。街の柱時計を見やると、いつの間にか夕方だった。結構な時間外をぶらついていたらしい。

 

 

 どこへ行っても正確な腹時計に苦笑しつつ、俺は帰路についた。その日の夕飯は商店街で買ってきた肉を加えた野菜シチューにした。美味しかった。

 

 

 次の日、(あらかじ)め家に届けられていたアルザーノ帝国魔術学院の制服に着替え、俺は家をかなり早めに出た。セリカさんから、「早めに来いよ」と言われていたからだ。昨日学院までの道も通ったので迷うことは無い。

 

 

 あっと言う間に学院に着いた。そのまま正門に向かうと、正門の側にある建物からこの学院の守衛らしき人が来た。

 

 

「おはよう!君が今日からここに編入して来る子だね?話は聞いてるよ。学院長室まで案内してあげよう。ついておいで」

 

 

 そう言うと守衛さんは俺を手招きした。そしてそのまま歩き始める。俺は慌てて守衛さんの後を追った。

 

 

 守衛さんの案内のお陰で無事学院長室に到着する事が出来た。

 

 

「親切にありがとうございました」

 

 

 俺が頭を下げてそう言うと、守衛さんは、

 

 

「ははは、どういたしまして。学院に慣れるまで大変かもしれないけど頑張って!」

 

 

 と、言い残して去っていった。親切でいい人だったな。

 

 

 さて… 俺は自分の前にある扉に手をかけた。少し緊張している。呼吸を整えると、コンコン、とノックした。

 

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 

 扉を開いた俺は奥の机に腰かけている初老のおじさんに名乗った。

 

 

「初めまして、俺はウィリアス=ベスティアです。今日からよろしくお願いします」

 

「ほっほっほ、セリカ君が言っていた通り、礼儀正しい子じゃの」

 

「だろ?流石はあの二人の息子だ」

 

 

 突然後ろから聞こえてきた声に思わず俺は大声を上げた。

 

 

「おわぁ!!」

 

「相変わらずお転婆(てんば)じゃのう、セリカ君」

 

「まあな、イタズラは私の生きがいでもある。それより、リック学院長」

 

 

 リック学院長と呼ばれた初老のおじさんはセリカさんに「おお、そうじゃった」と言うと、俺を見て。

 

 

「改めて、入学おめでとう。ウィリアス=ベスティア君、そして、ようこそ、アルザーノ帝国魔術学院へ。君を歓迎するよ」

 

 

 ニカッと破顔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 主人公の一族名であるベスティアの意味は、スペイン語で獣(けもの)という意味です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自己紹介

 お気に入りありがとうございます。わ〜い!!着々と増えつつあるお気に入りにテンションが上がります。このまま頑張りたいです。

 本編ですが、ウィリアスとシスティーナはお互いに会ったことを忘れています。その内思い出させたいと思います!


 

 

 

 学院長はどうやら俺の能力を知っているらしい。何故かと言えば、一通り俺とセリカさん、学院長とで話をした後に学院長がこう言い出したからだ。

 

 

「ところで、ウィリアス君は、獣化すると何に変身するのかな?」

 

 

 心なしかそわそわするような、期待する様なキラキラした表情でこちらを見つめてくるリック学院長。獣化しても良いのかと、セリカさんに視線で尋ねる。セリカさんは目で大丈夫だと伝えてきた。

 

 

 許可を頂いた俺は、遠慮なく獣化する事にした。そもそも、獣化する時は魔力を使ったりしないので、感知される心配もないだろう。最初は獣化するのにも時間がかかっていたが今では一瞬で変身できる。

 

 

 光が学院長室を照らした、と思った時にはもう、俺の姿は黒いライオンになっていた。

 

 

「おお!!」

 

 

 学院長は俺の姿に感激したのかこちらにパタパタと走ってくる。そして、俺の立派な(たてがみ)や揺れる尻尾を近くで眺めた後、感極まったように言った。

 

 

「凄いな…これがかの有名な百獣の王、ライオンか…」

 

 

 え……まさか見た事無いの?と動揺していると、セリカさんが教えてくれた。

 

 

「この大陸にはライオンが全くと言っていい程いないんだ。だから、実物はかなり珍しい」

 

 

 そうだったのか…と思っていると、セリカさんが壁に掛けられている時計を見て、

 

 

「その姿をもう少し見ていたいのは解るが、もう獣化解いたほうがいいぞ。それに、もうすぐ授業も始まる。挨拶も終わったし教室へ行こうか」

 

 

 そう言うが早いがさっさと学院長室を出て行こうとする。慌てて俺は獣化を解き、名残惜しそうなリック学院長に会釈(えしゃく)し、揺れる豪奢な金髪を追った。

 

 

 コツコツコツ、と歩く音が静かな廊下に反響する。堂々とした足音と、少し遠慮しがちな足音。勿論、後者は俺の足音だ。今はホームルームの時間らしく、廊下には誰もいない。

 

 

 今、俺達が向かっている教室は二年二組の教室だ。そこで俺はこれから過ごす事になる。正直言ってめちゃくちゃ不安だ。表情に出ていたのか、そんな俺に

 

 

「オイオイ、そんなに緊張すんなよ。百獣の王だろ、もっと堂々としてろ」

 

 

 とニヤニヤしながら理不尽なアドバイス?らしき物をしてくる。

 

 

「いや、ここでそれは関係ないですよ。それに、緊張するのはしょうがないでしょう!だって俺、知り合いと言えば集落の皆か、傭兵仲間ぐらいしか居ないし…」

 

 

 不満げにそう呟く。…大体、集落には同年代の友達なんていなかったし…

 

 

 言い訳じみた事を考えているとセリカさんが笑いながら俺を見た。

 

 

「それだけペラペラ喋れるなら大丈夫だろ」

 

 

 どうやら俺の緊張をほぐそうとしてくれたらしい。この人はこういう所があるから憎めない。そうこうしている間に教室に着いた。心の準備をする暇もなく、セリカさんがドアを開けた。 

 

 

「え、ちょっとまっ…」

 

 

 小声でセリカさんに声をかけると、セリカさんは一言「ついて来い」とだけ言い、教室に入っていった。やむなく俺も後を追う。

 

 

 教室に入ると、俺は黒板の前に立つ。広めの教室の中には大体二十人程の生徒たちがいた。皆、珍しい物を見るかのように俺を見ている。セリカさんが俺を紹介し始めた。

 

 

「コイツは今日からこの学院に編入してくる事になった。魔術に関してはまだまだ知らない事が多いペーペーだから、色々と教えてやってくれ」

 

 

 そこまで言うと、隣に立つ俺を小突いた。挨拶しろって事だな。……噛まないようにしないと。

 

 

「初めまして、ウィリアス=ベスティアです。今日からよろしくお願いします」

 

 

 なんとか噛まずに名乗る事が出来た。挨拶の間、俺は教室の後ろにある壁を見つめていた。こういう場では、緊張しないように相手をジャガイモだと思うようにしているが、やっぱり少し緊張してしまう。煮っ転がしてやるぞおお!と脳内で叫んでいるとセリカさんの声が聞こえた。

 

 

「ウィリアス、後ろの空いている席に座るといい」

 

 

 座る許可を得て安心しつつ、後ろの席に向かう。と、ふと机の一番前の列に座る一人のジャガイモ  じゃなかった、女子生徒と目があった。その女子生徒は珍しい銀髪をしている。その髪を見て、何かを思い出しそうになったが、その子をずっと見ているわけにもいかない。

 

 

 まぁ、気のせいだろ。そう思いながら空いている席に着いた。

 

 

「それと、このクラスの担任教師についてだが、新しい教師が見つかるまではもう(しばら)く他の先生方に授業を受け持ってもらう。詳しくは、それぞれの教科の先生に聞くように」

 

 

 そう告げて、セリカさんは出ていった。途端に俺の周りに生徒たちが集まってくる。矢継ぎ早に投げかけられる質問に俺は戸惑いながらも、一つ一つなるべく丁寧に答えていった。

 

 

 〜〜システィーナ〜〜

 

 

 ヒューイ先生が突然仕事を辞めて一週間が経った。親友のルミアと共に学院に向かいながら私はため息をついた。

 

 

「ヒューイ先生なんで辞めちゃったんだろう?」

 

「しょうがないよ、先生にも都合があるし」

 

 

 学院へと綺麗に舗装された道をトボトボと歩きながら、私は諦め悪く呟いた。

 

 

「ああ、ヒューイ先生の授業は分かりやすかったのになぁ」

 

「まあ、確かに残念だよね。分からない所もちゃんと丁寧に教えてくれるいい先生だったし…」

 

 

 ルミアも少し残念そうだ。

 

 

 現在、私達二年二組の担任教師だったヒューイ先生が辞めてからは他の先生方が授業を交代でしてくれている。新しい教師が見つかるまではこのままらしい。

 

 

 ヒューイ先生みたいにいい先生が見つかるといいんだけど、と考えていると、ルミアが思い出したかのようにパチンと手を合わせた。

 

 

「それはそうと、今日は私達のクラスに編入生がくるらしいね!どんな人かなぁ?」

 

 

 そう、今日は編入生がくるらしい。今の時期にこの学院に編入生が来るのはとても珍しく、クラスの皆は最近はもっぱらこの話題に夢中だった。かく言う私も少し気になっている。どんな人が来るのかな?

 

 

 そうこうしている内に学院に着いた。階段を上がり、自分のクラスへと向かう。教室には、既に大半のクラスメイト達が集まり、騒いでいた。

 

 

「なあなあ、俺さっき編入生らしい男子を見たんだけどさ、かなりのイケメンだったぞ!」

 

「へぇ〜、君とは大違いだね、カッシュ」

 

「うっせーぞ!ギイブル!!」

 

「ちょっとそこ、今は仮にもホームルーム中でしょ。静かにしなさいよ!」

 

 

 騒がしい男子を注意していると、廊下から微かな足音が聞こえてきた。途端に静まり返る教室。

 

 

 やがて、教室のドアがいきおい良く開いた。そしてアルフォネア教授と一人の男子生徒が教室に入ってくる。

 

 

 私は男子生徒を見た。黒いつんつんした髪に、綺麗な青い目、整った顔立ち。そして何より特徴的なのが、左の眉を切り裂くように縦に残る3センチ程の傷だった。

 

 

 アルフォネア教授に紹介されている間、彼は緊張しているのか、教室の後ろの壁を見ている様だった。やがて、紹介が終わり、教授に小突かれた男子生徒が自己紹介を始める。

 

 

「初めまして、ウィリアス=ベスティアです。今日からよろしくお願いします」

 

 

 男子らしい、少し低めの声が教室に響いた。それにしても、珍しい家名だ。この辺りの出身ではないのかもしれない。

 

 自己紹介を終えた彼…ウィリアスは、教授に勧められた席に向かい歩き始めた。と、その時彼を見ていた私と偶然目があった。

 

 

 あれ?

 

 

 何故か、私を見た彼が少しだけ目を見開いた…ような気がしたが思い違いだろう。すぐに目をそらし、自分の席へと向かっていく。

 

 

 その後、教授から担任教師の話を少しして、ホームルームは終わった。

 

 

 教授が教室を出ていった途端に好奇心旺盛な男子たちが転入生  ウィリアスに質問を投げかけまくっている。いきなりの事で彼は戸惑っているようだ。

 

 

「こらー!いきなりそんなに質問したら困っちゃうでしょ!!」

 

 

 私はそう言いながら、席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ちなみに、獣化した状態でも傷は共有なので、ライオンの左目付近にも傷があります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弱気

 
 本日二話目ですが、今回は少し短めです。
 
 システィーナとルミアを書くのって大変ですね…少しキャラがおかしいかもしれませんが、暖かい目で見守っていただけると幸いです。


 

 

 

 あれから二週間が経ち、無事にクラスに馴れる事ができた。俺は同年代の人と話すことが少なかったので、どんなふうに話せば良いのか解らなかったが、幸いにも気の良い奴が多かったようで、今では特に仲のいい友人も出来た。ホントに良かった…

 

 

 俺はあの日、様々な質問攻めにあった。何処から来たのか?眉の傷はどうしたのか?魔術はどれくらい知っているのか?などなど…

 

 

 流石に集落の事は「田舎の小さい村」だとぼかして話し、傭兵の仕事をしていた事も黙っていたが他は普通に話した。眉の傷は魔物に襲われた時についた傷だと話すと皆驚いた様子だった。

 

 

 まぁ、こんな都市の周りには魔物なんて滅多に居ないだろうしな。魔術に関してはあまり知っている事は少ない事を伝えると、それにも驚いていた。編入して来るくらいだから、凄い奴が来ると思っていたらしい。…悪かったな、全然凄くなくて!

 

 

 このクラスは今、担任だったヒューイという人が突然仕事を辞めてしまったらしく、変わりの教師を探している。授業は他の先生方にそれぞれ教科を担当してもらっているらしい。学院側も大変だなあと考えながらも俺は手に持った朝飯であるパンを(かじ)る。

 

 

 現在は朝。ホームルームよりも随分早い時間帯だ。教室にいるのは俺一人。俺は朝から日課のランニングと筋トレをするので起きるのが早く、いつもシャワーを浴びて学院に来るが、それでもかなりの余裕がある。

 

 

 俺は暇つぶしに配布された自分の教科書をペラペラめくってみる。教科書には、魔術に関する説明や、魔術式などがびっしりと書かれていた。それを苦笑しつつ眺める。

 

 

 最近、俺には一つの悩みが出来た。その悩みとは、クラスの皆からすれば当たり前のように理解出来る事が、俺には理解できないのだ。

 

 

 例えば、まずこの教科書のおかしな内容を覚えて、変な言葉を口にすると魔術が完成する。この時点でもうギブアップだ。なんでこんな意味不明な事をするだけで魔術が発動するのかどれだけ考えても解らない。

 

 

 そしてその事を俺は何度か授業に来た先生に質問したが、俺の望んだ答えは貰えなかった。大抵の先生方は「術式が世界の法則に干渉して〜うんちゃらかんちゃら」といった答えばかり…これなら寝ている方が遥かにマシだ。

 

 

 ため息をつきながら教科書をカバンに仕舞うと机に突っ伏す。ひんやりとした机が気持ち良い。そのままめを閉じる。

 

 

「俺…やっぱ向いてないのかな…?」

 

 

 弱気になっていた俺はそう(つぶや)く。ふと、懐かしい家族と、集落の皆の顔が浮かんだ。…皆、元気かな。皆に鍛えて貰った辛く、苦しい、でも決してそれだけでは無かった日々を思い出して、少し元気が出た。……そうだ。俺は一族の名であるベスティアを名乗る以上、こんな事でへこたれている場合じゃない。一族の戦士としても、成果は必ず上げてやる。

 

 

 そのためには、セリカさんは、俺には魔術の才能があると言ってくれたが、才能どうこうの前にこの今の状態をどうにかしないといけない。こうなったら、とことん食らいついてやる。

 

 

 そう心に決めた俺は閉じていた目を開けた。と、目の前にクラスメイトであるフィーベルさんがいた。

 

 

「おわあ!!」

 

「きゃあ!!」

 

 

 驚いた俺は、思わず大声を上げて後ろに仰け反った。俺の大声に驚いたのか、フィーベルさんも驚いた表情で固まっている。

 

 

「ご、ごめんなさい。寝てるのかと思って…」

 

「いや、こっちこそ紛らわしい事してごめん…」

 

 

 お互いに謝罪していると、フィーベルさんと一緒に来ていたのだろう、ティンジェルさんがにこやかに笑って言った。

 

 

「も〜、ウィル君もシスティも二人して大きい声出すからびっくりしちゃったよ」

 

「う、ごめんルミア…」

 

「お騒がせしました…」

 

 

 かなり恥ずかしいが、幸いなことに教室には俺とフィーベルさん、ティンジェルさんしかいない。

 

 

「ところで、俺が言えた事じゃ無いけど、二人はなんでこんな早くに来たんだ?」

 

「ああ、それね。ウィル、貴方最近の授業についていけてないでしょ?もし良かったら、教えてあげようかなって思って」

 

 

 最近の俺はやる気が薄れていたのもあり、うたた寝をしてしまうことが多い。そのせいでクラスの中でも成績優秀なフィーベルさんに目をつけられ、注意される事が増えていた。俺の立場なら、注意しても直そうとしない奴なんて放っておくが、どうやらフィーベルさんはかなり面倒見がいいみたいだ。

 

 

 俺は残っていたパンを口に押し込み、もぐもぐゴクンと飲み込んだ後、改めてフィーベルさんとティンジェルさんに向き直った。

 

 

「教えてくれるのは有り難いけど、俺、わかんない所ばっかだから大変かもよ?」

 

「任せなさい!優等生として、きっちりバッチリ教えてあげるわ!」

 

「私も解らない所があるから、一緒に教えてくれないかな?システィ」

 

「勿論!」

 

 

 こうして、俺はティンジェルさんと共に、フィーベルさんに勉強を教えてもらう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 いよいよ次回はグレンが登場します!
 ……ここまで長かったなぁ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非常勤講師

  
 今回やっとグレン先生が登場します。


 

 俺とティンジェルさんがフィーベルさんに勉強を教えて貰いはじめてから、早くも一週間が経つ。俺は魔術の事を少しずつではあるが覚えていった。俺が抱いていた疑問は相変わらず分からずじまいだが、それとは別にここ最近わかった事が一つある。

 

 

 それは、この学院の生徒達や先生達は、生まれながらに魔術に触れてきた、つまり、この人達にとって、()()()()()()()()()()()の生活を送ってきたと言うことだ。これでは俺の質問に答えられない訳だと納得した。当たり前の出来事に対して疑問を持つことは難しいだろう。この事に関しては自分で地道に調べていこうと思う。

 

 

 物思いにふけっていると俺の側に座る一人の少年、カッシュが明るく声をかけてくる。

 

 

「なあなあ、今日から来る先生ってどんな人なんだろうな!」

 

 

 今は教室中がその話題でいっぱいだ。なんせ、わざわざ一から七まである魔術師の位階、その最高位の第七階梯(セプテンデ)であり、大陸屈指の魔術師であるセリカ=アルフォネア教授が直々にこのクラスに(おもむ)き、今日から新しい教師がこのクラスに来る事を発表した。

 

 

 その教師は、セリカさん曰く、「なかなか優秀」らしい。あの大陸最高の第七階梯(セプテンデ)がそう評価しているのだ。これで話題にならない方がおかしい。さっきは珍しくフィーベルさんも少しテンションが高かった。

 

 

 

「ああ、そう言えばさっきフィーベルさんもそんな事言ってたな…」

 

 

 俺がぼ〜っとしながらそう返すと、カッシュの横にいた小動物的な雰囲気を持つ少年セシルが、俺に訪ねてくる。

 

 

「どんな人なんだろうね?」

 

 

「さあ?もうそろそろ来るんじゃないか?」

 

 

 昨日は休暇だったため、俺は生活費を稼ぐため、かなりハードなバイトをしていた。両親が仕送りをしてくれてはいるが、それはあくまでも家賃だけだ。というか俺が自分で頼んだ。いざという時に自分でも金を稼ぐ事に慣れておいた方が良いと思ったからだ。

 

 

 一応傭兵の仕事で貯めた金がありはするがほとんど置いてきていた。

 

 

 そこらへんの事情があり、疲れていた俺は寝てしまった。

 

 

「ちょっとウィル、起きなさいよ!」

 

 

 俺を誰かが揺さぶっている。なんとか重い瞼を開けると、怒り顔のフィーベルさんがいた。もう少し寝かせてくれ…

 

 

「もうすぐ授業が始まるから起きなさい、最初から寝てたら今日から来る先生に失礼でしょ!」

 

 

 そう言いながら、フィーベルさんは俺の背中をバシバシ叩き始めた。…おおぅ…そんなに叩かないでくれ…

 

 

 そう思いつつなんとか顔を上げた俺を見て、フィーベルさんは言い放った。

 

 

「よし!今日から貴方が寝てたら叩き起こしに行くからね。ちゃんと起きてるのよ」

 

 

「了解であります」

 

 

 適当な返事を返した俺を最後にどつくと、フィーベルさんは自分の席である一番前の机に戻っていった。すると横にいたカッシュが声を掛けてくる。

 

 

「なぁ、前から気になってたんだけど、お前とシスティーナって仲良いよな?」

 

 

「そうか?まぁ確かに勉強教えて貰ったりはしてるけど、普通じゃないかな?」

 

 

 寝起きの頭でぼんやりしながら水筒のお茶を飲んでいた俺に、コイツは一応周りに気を使ったのか声を潜めながらも、とんでもない爆弾を落としてきた。

 

 

「お前って、システィーナの事好きなのか?」

 

 

「ぶふぉっ!?」

 

 

 堪らず口に含んだお茶を噴き出した俺に、教室中の生徒が注目している。

 

 

「げほっごほっ、……カッシュお前、いきなり何を…」

 

 

「大丈夫、大丈夫、俺は分かってるぞ」

 

 

 気色悪いニヤニヤ笑いを浮かべたまま、カッシュは俺の肩を叩いてくる。……うぜぇ。

 

 

 確かに他の女子に比べたらフィーベルさんとはよく話すけど、別にそういう感情があるわけじゃ無い…と思う。が、彼女には何故か既視感を覚えているのは感じる。何処かで会ったことでもあるのか、何故か放って置けない…というか…

 

 

 と、そこまで考えた俺は、一つの違和感に気づいた。今の時間はもうとっくに授業開始時間を過ぎている。それでも教師が来ないのは流石におかしい。フィーベルさんもそう思っていたのか、我慢ならないとばかりに叫んだ。

 

 

「…遅い!」

 

 

 ティンジェルさんがフィーベルさんを宥めているのを眺めつつ、俺はお茶を飲み直した。

 

 

 (何かしらの事情があって遅れてるのか?)

 

 

 周りも少し騒がしい。そりゃそうだ。授業時間はもう半分近く過ぎている。

 

 

 と、その時だ。

 

 

「あー、悪りぃ悪りぃ、遅れたわー」

 

 

 そんな声と共に、がちゃ、と教室前方の扉が開いた。

 

 

 すかさずフィーベルさんが食ってかかる。

 

 

「やっと来たわね!ちょっと貴方、一体どういう事よ!貴方にはこの学院の教師としての自覚は…」

 

 

 フィーベルさんの説教が途中で止まる。珍しいな、どうしたんだろ?

 

 

 そう思いつつ、様子を見守る。

 

 

「あ、あ、あああ、貴方はッ!?」

 

 

「…………違います。人違いです」

 

 

 その若い男は、何故か全身ずぶ濡れの上に、様々な汚れがついた服を着ていた。どうやらフィーベルさんとその男は知り合いらしい、やいやいと言い争っている。一段落ついたのか、男は自己紹介と挨拶を始めた。

 

 

「えー、グレン=レーダスです。本日から約一ヶ月間、生徒諸君の勉学の手助けをさせて頂くつもりです。短い間ですが、これから一生懸命頑張っていきま…」

 

 

「挨拶はいいから、早く授業始めて下さい」

 

 

 かなり苛立っているのだろう、フィーベルさんに言われた男…グレン先生は、途端に面倒くさそうに敬語をやめ、タメ口で喋りだした。そして、あくびをしながら教科書を開き、黒板に向き直る。

 

 

 その途端、皆は意識を切り替え集中し始めた。かく言う俺も真剣にグレン先生を見つめている。

 

 

 俺達が見つめる中、グレン先生は凄いスピードで黒板に文字を書いた。……そう、誰もが予想していなかった事を…

 

 

 黒板にデカデカと書かれた「自習」という文字を俺達は呆然と見つめた。

 

 

「え〜、今日の授業は自習にしま〜す。………眠いから…」

 

 

 そう言って教卓に突っ伏したグレン先生。

 

 

 

 教室を沈黙が支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回も頑張ります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術の闇

 祝!お気に入り50突破!!そして嬉しい感想ありがとうございます!!電車の中で思わず叫びました。周りには不審者だと思われてしまったようです。白い目で見られました。とほほ……

 とにかく、感想ありがとうございました!これからも頑張ります!!

 


 

 

 グレン先生にフィーベルさんが突撃し、叩き起こす光景を俺達は呆然と見つめた。……教師が生徒に叩き起こされるって…普通逆じゃね?

 

 

 頭に大きなたんこぶを乗せたグレン先生は、ぶつくさ言いながらも授業を始めた。が、それがまた酷かった。

 

 

 と言うのも、グレン先生はダラダラと間延びした声で教科書を読み、黒板にミミズがのたくったかの様なもはや解読不可能の文字を書き始めたからだ。もはや何の授業か解らない。あまつさえ、生徒の質問にすらマトモに答えない。俺の前世でもこんなに酷い授業は見たことも聞いたことも無かった。

 

 

 最悪な空気のまま、グレン先生の最初の授業は終わった。

 

 

 昼休みになり、俺は昨日稼いだバイト代を手に、魔術学院の食堂へと向かっていた。

 

 

 (今日は何を頼もうかな……こないだは魚のフライだったし、今日はがっつり肉料理を…うん、肉たっぷりのシチューにしよう。付け合せは…)

 

 

 俺が昼飯について思いを馳せていると、ボロボロになった何かが廊下の隅に落ちている。不思議に思いつつ、近寄ってみると、グレン先生だった。………全く動かないから、てっきり巨大なボロ雑巾かと思った。

 

 

「…………大丈夫ですか?」

 

 

 とりあえず声を掛けると、ボロ雑巾…もとい、グレン先生はのそのそと身体を起こし、俺を見上げた。見れば、全身に引っ掻き傷がある。

 

 

「…一体全体どうしたんですか?コレ?………」

 

 

「いや、ちょっとな………」

 

 

 俺はちらりとグレン先生が倒れていた廊下に近い部屋の扉を見た。

 

 

「……えーっと、俺の目がおかしくなかったら、ここ、女子更衣室ですよね……?まさか、入っちゃったんですか…??」

 

 

 そう言いつつ、グレン先生に手を貸し起き上がらせる。

 

 

「いや、昔ここは男子更衣室だったんだ。で、俺は間違えてここに入っちゃった訳だ」

 

 

 なるほど、つまりグレン先生は悪気は無かったのに女子からの一斉攻撃を受けたってことか……。少し哀れに感じた。

 

 

「……ご愁傷さまです。………昼飯奢りましょうか?」

 

 

「おお…。お前、良い奴だな。えっと……」

 

 

 どうやら俺の名前を知らないらしい。まぁ、自己紹介なんてする暇もなかったしな。

 

 

「先生のクラスのウィリアス=ベスティアです。ウィルでいいですよ」

 

 

「おう、よろしくなウィル。つっても俺は一ヶ月で辞めるけどな?」

 

 

「あ、そっか。非常勤講師でしたね。じゃあ一ヶ月間よろしくお願いします」

 

 

 会話をしつつ、食堂に入る。話した感じ、悪い人ではなさそうだ。それぞれの料理を注文し、二人分の代金は俺が払う。それにしても、グレン先生って結構食べる人なんだな。俺のバイト代が……

 

 

 表情に出したらかっこ悪いのでポーカーフェイスを意識する。幸いなことにグレン先生は気付かなかったらしく、何も言われなかった。

 

 

 食堂は沢山の生徒で賑わっていて、座る席が見当たらない。席を探していると丁度二人分空いている所を見つけた。…が、その席の向かい側に、説教女神ことフィーベルさんと、天使ことティンジェルさんを発見してしまった。グレン先生はそれに気づいていないらしい。

 

 

「お、丁度よく二席空いてんじゃねーか。あそこ座ろうぜ」

 

 

 咄嗟(とっさ)に俺は回避行動を取った。

 

 

「すいません、財布をさっきのとこに置いてきたみたいなんで取ってきます。先行ってて下さい」

 

 

 勿論嘘だ。グレン先生には悪いけど、今グレン先生とあそこに行く勇気は俺には無い。

 

 

 素早くその場を離れる。

 

 

 不思議そうにしながらも、グレン先生はそこに向かって行く。俺はそれを遠目に見ながら、丁度良く空いた別の席に座った。

 

 

 やがて恐れていた通り、フィーベルさんとグレン先生が言い争う声が聞こえてきた。……あ、危なかった。

 

 

 巻き込まれずに済んだことに安堵しつつ、俺は食事を始めた。

 

 

 

 二年二組の必修授業を全て受け持つことになったグレン先生だが、その全ての授業が適当に行われた。この学院では珍しく、グレン先生には魔術に対する情熱や探究心が全く無かった。だからだろう、生徒たちやその他の教師達とは深い溝が出来ていた。俺は魔術を学び始めてからまだ日が浅いし、そもそもグレン先生が悪い奴に思えなかったので普通に接していた。

 

 

「先生、ここはどうするんですか?」

 

 

「ん、ああ、俺もわかんねーわ。ははは、悪いな、ウィル」

 

 

 グレン先生は空笑いをした。俺もそれに空笑いで返す。

 

 

「ははは、しょうがないですね、自分で調べてみますよ」

 

 

「あははは」

 

 

「あはははは」

 

 

 ………どうも胡散臭(うさんくさ)い。この人、ワザと知らないフリしてるんじゃないか? 

 

 

 勘ではあるが、なんとなくそう思いながらもそこには触れない。まぁ、人には色々な事情があって当然だ。

 

 

 かれこれグレン先生が来てから一週間が過ぎた。その日、最後の授業でとうとうフィーベルさんの怒りが頂点に達した。

 

 

「いい加減にしてください!!」

 

 

 バンっと机を叩き、立ち上がったフィーベルさんの怒りの声を聞いても、グレン先生は飄々(ひょうひょう)としている。

 

 

「うん?だからいい加減にしてるだろ?」

 

 

 今のグレン先生は黒板に教科書をトンカチと釘で打ちつけていた。アイデアは斬新(ざんしん)で良いと思う。ただ、教師が教科書でそれをやっちゃうのは駄目だ。うん、75点!

 

 

 ボケッとしながら馬鹿な事を考えていると、教室がざわめきだした。

 

 

 見ると、グレン先生の足元にフィーベルさんの手袋が落ちている。ティンジェルさんが慌ててそれを拾うようにフィーベルさんに促しているが、フィーベルさんは動かない。じっとグレン先生を睨んでいる。

 

 

 落ちている手袋をグレン先生は珍しく真面目な顔で見ている。……なんだ、あの手袋に何の意味があるんだ?

 

 

 俺が頭にはてなマークを浮かべていると、黙っていたグレン先生が口を開いた。

 

 

「お前…マジか?」

 

 

「私は本気です」

 

 

 ……何?何が本気なんだ?少なくともこの場の空気でただ事じゃ無いって事はわかる。

 

 

「…お前、何が望みだ?」

 

 

「その態度を改めて、真面目に授業をして下さい」

 

 

「……辞表を書け、じゃないのか?」

 

 

「もし、貴方が本当に辞めたいのなら、そんな要求に意味はありません」

 

 

「そりゃ残念だよ。ただお前、忘れてないか?お前が要求できる以上、俺もお前になんでも要求できるんだぞ?」

 

 

「承知の上です」

 

 

 その後も(しばら)く話を聞いていたが、どうやら二人は魔術決闘と言うものを行うらしい。そして、魔術決闘の勝者は負けた方になんでも要求出来るらしい。グレン先生はフィーベルさんへの説教禁止、フィーベルさんはグレン先生に真面目に授業をするよう要求した。

 

 

 俺は初めて見る魔術師同士の決闘に、不謹慎だが少しわくわくしながら学院の中庭へ向かった。

 

 

 そして感想はと言うと、少し期待はずれだった。と言うか、グレン先生は真面目に戦う意思が無かったように感じる。俺の思い込みかは解らないが、頑なに魔術を使おうとしないようにも思える。一体、何が先生をそこまでさせているのか。

 

 

 何も解らないまま、時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 グレン先生がフィーベルさんの要求を無視してから何日か経った。相変わらずいい加減な授業をするグレン先生に、皆は諦めたのか自然と自習をするようになった。かく言う俺も、一応教科書を開いてはいるが、特に何かをしているわけでも無い。筋トレメニューを考えたり、バイトの事を考えたりと思考はあっちこっち行き来している。

 

 

 解らないままになっている魔術の仕組みに関しては、あれから色々と調べているが、何の進展も無い。

 

 

「あの、先生…今の説明に対して質問があるんですけど…」

 

 

 授業が30分程経ったとき、一人の女子生徒がおずおずと手を挙げた。リン=ティティスさんだ。 

 

 

「あー、なんだ?言ってみ?」

 

 

 そう言うグレン先生にティティスさんは呪文の訳を聞いていたが、グレン先生はルーン語辞書の引き方を教えだした。すると、我慢できなくなったのか、フィーベルさんがティティスさんに声をかけた。

 

 

「無駄よ、リン。その男に何を聞いたって無駄だわ」

 

 

「あ、システィ」

 

 

 グレン先生とフィーベルさんに挟まれたティティスさんはオロオロしている。こらこら、ティティスさん困ってるじゃんか。ああいうのって結構きついんだよな。

 

 

「その男は魔術の崇高さを何も理解していないわ。そんな男に何を聞いても無駄よ。大丈夫、私が教えてあげるから。一緒に頑張りましょう」

 

 

 そう言ってティティスさんにフィーベルさんが笑いかけたその時、いつもならそのまま放置しておく筈のグレン先生が口を開いた。

 

 

「魔術って、そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 

 フィーベルさんがその言葉に反応する。

 

 

「何を言うかと思えば。偉大で崇高な物に決まってるでしょ。最も、貴方には理解できないでしょうけど」

 

 

 刺々しく言い放ったフィーベルさん。そのまま会話は終了するかと思いきや、その日は違った。

 

 

「なにが偉大で崇高なんだ?」

 

 

 お?珍しいな。そう思いながらも黙って二人を見守る俺。グレン先生はフィーベルさんに淡々と(とい)を投げかけていく。が、フィーベルさんはうまく答えられない様だ。悔しそうに歯噛みしている。

 

 

 すると突然、手のひらを返すようにグレン先生は言った。

 

 

「悪かった、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立ってる」

 

 

 その返しに、フィーベルさんはおろか、皆戸惑っているようだ。

 

 

「ああ、魔術はすげぇ役に立ってるさ。……人殺しにな」

 

 

 その時のグレン先生の表情は、まるで何かに取り憑かれているかのようだった。それは、俺に警戒心を抱かせた。……この人、ただのロクでなしじゃ無い。

 

 

 周りの生徒たちも少し怯えている。そりゃそうだ。俺だって少し怖い。

 

 

「実際、魔術ほど人殺しに優れた術は他にないんだぜ?剣術が一人殺す間に魔術は何十人も殺せる。戦術なんてそれごと焼き尽くせる。な?立派に役に立つだろ?」

 

 

 流石に黙っていられなかったのか、フィーベルさんが叫んだ。

 

 

「魔術はそんなんじゃない!魔術は、」

 

 

 だが、グレン先生はフィーベルさんに次々と言葉を投げつける。

 

 

「お前、この国がなんで栄えているか解ってんのか?この国は魔術で発展してきた。なら、その魔術はどうやって発展した?……魔術は、人を殺す事で進化、発展してきたんだよ!!」

 

 

 それは極論だ。少なくとも俺はそう思う。確かに、考えてみれば殺しを目的に発展したのかも知れない。でも、それだけじゃないはずだ。そう考えつつ、二人を見守る。

 

 

「全く俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外に何の役にも立たん術をせこせこ勉学するなんてな。こんなくだ欄事に人生費やすなら他にもっとマシな…」

 

 

 そこまで言いかけたグレン先生の頬を、歩み寄ったフィーベルさんが叩いた。

 

 

 ぱぁん、と乾いた音が響いた。

 

 

「いっ……てめっ!?」

 

 

 グレン先生は非難めいた目でフィーベルさんを見た。そして、彼女の顔を見て、やっと自分が何を言っていたのか気づいたんだろう。

 

 

「違う…もの……魔術は……そんなんじゃ…ない…もの…」

 

 

 フィーベルさんはいつの間にか、泣いていた。

 

 

「なんで…そんなに……ひどいことばっかり言うの…?大嫌い、貴方なんか」

 

 

 そう言い捨てると、彼女はとめどなく溢れる涙を袖で(ぬぐ)いながら荒々しく教室を出ていった。

 

 

 教室を圧倒的な沈黙が支配した。グレン先生は、舌打ちした後に、「後は自習だ」と言い残し、教室を出ていった。

 

 

 気まずさが残る教室で、二人をどうしようか悩んでいると、ティンジェルさんが俺に近づいてきた。

 

 

「ウィル君、システィを頼んでもいいかな?」

 

 

「えっ、なんで俺?」

 

 

「いいから」

 

 

 ティンジェルさんは今までで一番真剣な顔で俺に頼んできた。

 

 

「探してきてあげて。グレン先生は私に任せて」

 

 

「……わかった」

 

 

 

 俺は教室を飛び出した!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 それはそうと、10話いきましたね。これも皆様の応援のお陰です。

 ただ、リアルが少し忙しくなるので、投稿が3日に1回になるかもしれません。申し訳ありません。個人的にはまだまだ書き続けていくつもりなので、これからもよろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

考え方

 
 皆さんこんにちは、カステラ巻きです。投稿が遅れて申し訳ありません!少しリアルが忙しかった物で…。
それはそうと、今日になって、私はとんでもない事に気づいてしまいました。
ウィルのお母さんの事です。もう気づいている方もいらっしゃるとは思います。ウィルのお母さん、彼女の名前はユリシアでした。……ほとんどルミアのお母さんと被りますね!ルミアのお母さんはアリシアです。

 気づくのが遅れて申し訳ありません。ウィルのお母さんの名前はレティに変更しました。


 

 

 あれから俺は、フィーベルさんを探して学院中を走り回った。どこにも彼女の姿は無い。やむなく俺は学院の外に出た。

 

 

 フィーベルさんは学院から少し離れた小さな公園のブランコに座って泣いていた。周りには誰もいない。俺がゆっくりとフィーベルさんに近づくと、彼女は泣き顔を見られたくなかったのか、俺から顔を背けた。

 

 

 公園に入る前に買っておいた飲み物の一つを、フィーベルさんの手に勝手に握らせ、隣のブランコに座る。走り回ったため、喉が乾いていた俺はすぐに自分の分の飲み物を飲み干してしまった。

 

 

 俺は彼女が落ち着くまで黙ったままブランコを漕ぐ。ブランコの鎖がキィキィと音をたてた。

 

 

「……ねぇ」

 

 

 落ち着いたのか、フィーベルさんが声をかけてきた。

 

 

「うん?」

 

 

「……魔術は、…やっぱり…人殺しの道具なのかな?……」

 

 

 こちらの顔を見ないまま、恐れるように、おずおずと問いかけてくるフィーベルさん。そんな彼女に俺は一言だけ返した。

 

 

「そうかもな」

 

 

「…………」

 

 

 黙り込んでしまった彼女に、今度は俺が声をかけた。

 

 

「ただ、それは魔術を使う人次第じゃないかな?」

 

 

「え……?」

 

 

 フィーベルさんが俺に顔を向けた。泣きはらしたのが見てとれる。少しぎこちなく自分のハンカチを渡しながら続けた。

 

 

「確かに、魔術を使って人を殺す奴もいるのかも知れない。でも、魔術を使って傷を治してくれる人もいるだろ?」

 

 

 フィーベルさんは無言で俺の考えを聞いている。

 

 

「そんなに難しく考える必要は無いんじゃないかな?魔術は一つの手段であって、使い方は自由だ。少なくとも俺は、そう思ってる。魔術が人を殺してるんじゃない、あくまでどんな手段であっても、人を殺しているのは人だろ?魔術じゃ無い。」

 

 

「そう、なのかな……?」

 

 

「そうだよ」

 

 

 俺は強く肯定する。風でフィーベルさんの綺麗な銀髪が揺れた。

 

 

「まぁ、魔術を知って一ヶ月も経ってない俺が言うのも何だけどね」

 

 

 苦笑しながら俺はなんとなく足元の石ころを蹴る。蹴り飛ばされた石は、コロコロと転がり、溝に落ちていった。

 

 

 フィーベルさんは、(しばら)く俺の顔を呆けたように見つめた後に、ふっと微笑んだ。その顔を見た俺は不覚にも、ドキッとしてしまった。

 

 

「何だ、そんなに簡単な事だったのね……」

 

 

 フィーベルさんは俺が握らせた飲み物をグイッと一気に飲み干した。

 

 

「……ありがとう。お陰でスッキリしたわ」

 

 

「まぁ、落ち込んだままで勉強教えて貰えなくなっても困るし…」

 

 

 どぎまぎしつつ、なんとかそう返した俺に、フィーベルさんは余裕の笑みを見せた。

 

 

「大丈夫。ちゃんとこれからも教えてあげるわよ」

 

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 

 そう言うと、俺達は顔を見合わせて笑った。

 

 

 すっかり暗くなった道を、フィーベルさんと並んで歩く。彼女を家まで送ることにしたのだ。と言っても俺はフィーベルさんの家を知らない。実際はついて行ってるだけだな。……かっこ悪い。ストーカーかよ。

 

 

 やがて目の前にデカイ屋敷が見えてきた。どうやらここがフィーベルさんの家。とんだ豪邸だな…

 

 

「凄いな、フィーベルさんの家」

 

 

 掃除とかどうしてるんだろ…?庭の手入れとか大変そうだな。そう思っていると、フィーベルさんは苦笑気味に言った。

 

 

「まぁ、大きいのは良いんだけど掃除が大変よ?」

 

 

「やっぱそうか」

 

 

 俺は一人暮らしだが、割りと大きい家に住んでいる。掃除って大変だよね…。庭の手入れとか全然してないなぁ。今度してみよう。案外俺には庭師の才能があるかもしれないし。……いや、きっと無いな。庭の木の枝を切り過ぎてデカイ爪楊枝(つまようじ)の様になった木が簡単に思い浮かぶ。

 

 

 くだらない想像をしていると、豪邸からティンジェルさんが飛び出してきた。ティンジェルさんはフィーベルさんの屋敷に住んでいるらしい。

 

 

「おかえり、システィ!ウィル君もありがとう」

 

 

 ティンジェルさんがニコニコして駆け寄ってきた。

 

 

「うん。探すのに苦労したよ」

 

 

 同じく笑顔で返した俺とは対象的に、フィーベルさんは少し申し訳なさそうな顔だ。

 

 

「う…ゴメン、ルミア。今日の放課後に方陣の練習をしようって言ってたのに……」

 

 

「ううん、いいの。練習はちゃんと出来たし…」

 

 

「え、そうなんだ。それなら良かった」

 

 

「そんな事よりほら、ちゃんとウィル君にお礼言わなきゃ」

 

 

 そう言うと、ティンジェルさんは離れたところに立つ俺の方にフィーベルさんを向かせた。

 

 

「うん。……その、今日は色々とありがと」

 

 

 最後の方は声が小さくなっていたが、耳が良い俺はしっかりと聞き取った。

 

 

「どういたしまして」

 

 

 時々こちらを振り返りながら家に入っていくフィーベルさんとティンジェルさんを見送り、俺も自分の家に帰るべく帰路についた。

 

 

 星が見えてきた空を見上げて、グレン先生は大丈夫かなぁ?と考えながらゆっくりと歩く。ティンジェルさんがフォローをしてくれてるみたいだから平気かな?でもあの人かなり捻くれてるしなぁ。

 

 

 考え事をしながらも足はしっかりと目的地へと向かう。

 

 

 もうすぐ家だと言う所でふと気付いた。

 ………あ、学院にカバン忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 今回は少し短めです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変化の兆し

 更新が大幅に遅れて申し訳ありません。ゼノブレイド2にどっぷりハマってしまいました。本当にすみませんでした!

 これからもちょこちょこ出していこうと思います。文字数も少しずつ増やす予定です。


 

 

 次の日、あれからカバンを忘れた俺は、学院に取りに行くのが面倒くさく、そのまま置いて帰った。まぁ、グレン先生の授業では教科書は使った試しが無いので大丈夫だろう。

 

 

 家で朝飯の目玉焼きをちびちび齧り、コーヒーで頭のネジを回す。既に日課である筋トレは終わっていて、後は登校するだけだ。勿論筋トレの後は必ずシャワーを浴びるようにしている。汗臭いまま登校したら大変な事になる。具体的には「きゃ〜なにこいつマジ臭いんですけど〜」とか言われるかもしれない。そして俺はイジメの対象に……。

 

 

 いや、飛躍し過ぎか。馬鹿なこと考えてないでサッサと行こう。唸りながらグリグリと肩を回し、俺はカップに残ったコーヒーをグイッと(あお)ると立ち上がった。

 

 

 食器を手早く片付け、制服を身に着けサイフをポケットに突っ込むと、俺は家を出た。冷えた朝の空気が風呂上りの火照った身体に気持ちいい。思わず「いい朝だなぁ〜」と声が漏れてしまう。誰かに聞かれたかな、と辺りを見回すが周りには誰も居なかったので良かった。

 

 

 一度、獣化して街を思い切り走り回ってみたいという衝動に駆られた事があったが流石にそれは我慢した。こんだけ広い街だ。トップスピードで走れば気分は爽快だろう。そう思ってしまうのはもうしょうがないんじゃないかな。結局、夜中に少し離れた森を駆け回るにとどめておいた。どうにも窮屈に感じてしまうがこればっかりはどうしようもない。

 

 

 ぶらぶら歩いていると学園に着き、ガラガラとドアを開けて教室に入る。まだ誰も来ていないようだ。静かな教室に俺の足音が響く。なんとなく「いっちば〜ん」などとつぶやきながら自分の机に座る。置きっぱなしのカバンに入っていた教科書をパラパラと(めく)り、ため息をつく。

 

 

 あれから色々と調べてはみたが、俺が知りたい事は何もわからないままだ。そのままにしておくのは何だか気持ち悪いし、本当どうしたもんかな……。

 

 

 思考を彷徨わせながら窓の外をぼんやりと眺める。綺麗な青空には城が浮いているのが見えた。あの城も不思議なんだよなぁ。なんで空中に浮いてるんだ?あの城   《メルガリウスの天空城》については未だにほとんど何もわかっていないらしい。フィーベルさんがいつも熱心に話してくれる。

 

 

 あの城の事を話す時のフィーベルさんはいつもキラキラした目をしていて、興味が無くてもつい話を聞いてしまう。なんでだろ?う〜ん…自分でもよくわからん。でも、あの城はホントに凄いよなぁ。綺麗だし見てて飽きないっていうか……。小さい頃に初めて見た時は前世のラピュタを思い出して大はしゃぎしたっけ……。

 

 

 懐かしい記憶を辿(たど)りながらしばらくボンヤリと空に浮かぶ城を見ていると、他の生徒達も登校し始めたようだ。段々と賑やかになっていく教室。朝から元気だなこいつら…と思いながら、俺は大きな欠伸(あくび)を漏らした。

 

 

 

 

 

 

    どうなってんの、コレ?

 

 

 

 

 

 

 今、俺の頭上には大量のクエスチョンマークが跳ね回っている。いや、俺だけじゃない、クラスメイト達の頭上にもだ。俺達がクエスチョンマーク製造機になってしまった原因は、今教壇の前に無言で立つグレン先生だ。

 

 

 時刻は少し前に(さかのぼ)る。

 

 

 俺達がいつものように授業(と言うよりは自習だが)を待っているとグレン先生が教室のドアを乱暴にあけ、入ってきた。この時間にグレン先生が来る事がもう既におかしい。

 

 

 いや、講師ならば当たり前の事だが、あのグレン先生だぞ?しつこい様だか重要な事なのでもう一度言うが、あのグレン先生だぞ?あの人が授業開始前に教室に来たのは正真正銘これが初めてだ。俺達が驚いたのはそれだけではない。

 

 

 グレン先生は目を見開くクラスメイト達の間をズカズカと歩き、一人の女子生徒の前で立ち止まった。その生徒   フィーベルさんは窓の外をぼんやりと眺めており、自分を見下ろす先生に気づいていないようだった。グレン先生はぶっきらぼうにフィーベルさんに声をかけた。

 

 

「おい、白猫」

 

 

 白猫?……なるほど確かにそれっぽいかも、うまく考えたなぁ、と思わず納得してしまう俺。のんびりとそう考える俺とは違い、クラスメイト達は昨日の事もあり、緊張した面持(おもも)ちで二人を見守る。

 

 

 フィーベルさんの背中かがびくりと震えた。が、顔は上げない。

 

 

 そんな彼女に再びグレン先生は口を開いた。今度は少し大きめなボリュームで。

 

 

「おい、聞いてんのか、白猫。返事しろ」

 

 

「し、白猫?白猫って私のこと…?な、何よそれ!?」

 

 

 肩を怒らせながら席を立つフィーベルさん。そのまま勢いよくグレン先生に(まく)し立てる。

 

 

「人を動物扱いしないで下さい!?私にはシスティーナっていう名前が  

 

 

「うるさい、話を聞け。昨日のことでお前に一言、言いたい事がある」

 

 

 それを聞いて身構えるフィーベルさん。おいおい、今度は何を言うつもりだ?眉をひそめながらも二人を見守る。クラスメイト達も固唾(かたず)を飲んで何が起こるか見守っている。

 

 

「そこまでして私を論破したいの!?魔術が下らないものだって決めつけたいの!?だったら私は  

 

 

「……昨日はすまんかった」

 

 

「え?」

 

 

 え、今なんて?クラス中が呆気に取られる中、気まずそうなしかめっ面で、目をそらしながらグレン先生はフィーベルさんにもにょもにょと謝罪らしきモノを言い、頭をちょこっと下げた。フィーベルさんも戸惑っているようだ。顔を上げたグレン先生は、話はこれで終わりだと言わんばかりにサッと踵を返し、教壇へと向かった。

 

 

 

 

 そして今現在。

 

 

 

 

 グレン先生は腕を組み、黒板にもたれかかっている。その目は閉じられており、先程の事について何も語る気は無いようだった。ざわざわと騒がしくなる教室。

 

 

「一体何が起きてるんだろう?」

 

 

「ウィル?ありゃ一体、どういう風の吹き回しなんだ?お前何か知らないのか?」

 

 

「そんなの俺に聞かれても…」

 

 

 隣に座っていたカッシュにそう聞かれるが俺も知らないので答えようがない。昨日の事を思い返しながらなんとなくフィーベルさんに目をやると、隣の席にニコニコしながら座るティンジェルさんと目が合った。彼女は俺の目を見てひとつウインク。……高威力なので控えた方がいいと思います。いやそうじゃなくて、彼女は何が言いたいのだろう?

 

 

 そういえば、昨日俺がフィーベルさんを追って教室を飛び出す前に「先生は私に任せて」とか言ってたな。ははあ、今のグレン先生のあの態度、あれはティンジェルさんが何か言ったな。にしてもあのグレン先生を……。凄いな、なんて言ったんだろ?感心しながらも時計に目をやる。と、丁度予鈴が鳴った。さて、我らが担当講師はどう動くかな…?

 

 

 黒板に背を預け、目を閉じていたグレン先生は目を開け、教壇に立った。教室をぐるりと見渡すと、一言。

 

 

「じゃ、授業を始める」

 

 

 ざわめく教室。それを無視し、グレン先生は昨日黒板に釘で打ち付けようとしていた教科書のページをパラパラと(めく)っていく。が、段々とその表情が苦いモノに変わっていき、しまいには教科書を窓の外に放り投げてしまった。たちまちクラス中に失望が広がっていく。今日も自習の時間が始まる、そんな空気だ。

 

 

「さて、授業を始める前にお前らに一言言っておく事がある」

 

 

 だが、皆の予想を裏切り、再びグレン先生は教壇に立った。動揺が走る生徒達をジロリと見ると、グレン先生はひと呼吸置いて   

 

 

「お前らって本当に馬鹿だよな」

 

 

 とんでもない爆弾を投下した。

 

 

「昨日までの十一日間、お前らの授業態度見ててわかったよ。お前らって、魔術のこと、なぁ〜んにもわかっちゃいねーんだな、わかってたら呪文の共通語訳を教えろなんて間抜けな質問出るわけないし、魔術の勉強だ〜とか言って魔術式の書き取りなんてするヤツがいるわけないもんな」

 

 

 そんなグレン先生に誰かが言った。

 

 

「【ショックボルト】程度の一節詠唱も出来ない三流魔術師に言われたくないね」

 

 

 しん…と静まり返る教室。そして、あちこちからクスクスと馬鹿にしたような笑い声が上がった。【ショックボルト】の一節詠唱がまだ出来ない俺からすれば他人事ではないので、あまりいい気はしない。ポーカーフェイスで場を見守る。

 

 

 笑われた当の本人であるグレン先生はふて腐れたかのようにそっぽを向き、耳をほじった。

 

 

「まあ、正直それを言われると耳が痛い。だが、今【ショックボルト】程度とか言った奴。お前やっぱり馬鹿だわ。ははっ、自分で証明してやんの」

 

 

 その物言いに段々とピリピリしてくる生徒達。場は完全にグレン先生のペースに乗せられている。

 

 

「まぁいい。じゃ、今日はその(くだん)の【ショックボルト】の呪文について話すとするか。お前らにはこれで十分だろ」

 

 

 その言葉に騒然となる教室。皆自分達が侮辱されたと怒っているようだ。うーん、魔術習いたての俺にはこれで丁度いいくらいなんだけどな。

 

 

「今さら初等呪文を説明されても…」

 

 

「やれやれ、僕たちはとっくの昔に【ショックボルト】なんて極めたんですが?」

 

 

 やいやい騒ぐ生徒達を無視し、グレン先生は教科書を掲げて呪文【ショックボルト】について簡単に説明した。そして、壁に指先を向け、呪文を唱える。

 

 

「【雷精よ・紫電の衝撃以て・打ち倒せ】」

 

 

 するとグレン先生が真っ直ぐに伸ばした指先から紫電が(ほとばし)り、壁を叩いた。この三節詠唱なら最近俺も出来るようになっていた。初めて使えるようになった時は感動して自分の家であちこちに撃ちまくった。そのせいで庭の木に被弾して火が着き、大慌てで水をぶっかけて消火したのはまだ記憶に新しい。

 

 

 魔術を知らなかった俺からすれば何度見ても感動する魔術だが、周りからすればグレン先生のそれは詠唱スピードの遅い、「出来損ない」に見えているようだ。価値観の違いってやつか。

 

 

 失笑が漏れる中、グレン先生はそれを気にする素振りを見せずに呪文を黒板に書き写していく。が、どこかおかしい。書かれている呪文は不自然に節を切られ、三節から四節になっている。怪訝な顔をする俺達を尻目に、移し終えたグレン先生はくるりとこちらに向き直ると、ひとつ質問した。

 

 

 

 

「さて、この呪文を唱えると一体何が起こる?当ててみな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




それはそうと、UAがいつの間にか5000を超えていたのに驚きました。見て下さった沢山の方々、ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グレン覚醒

 いよいよ次回はテロリストが登場します!

 突然ですが猫舌ってキツイですよね。私はラーメンやうどんが大好きなんですが猫舌なのでちょっとずつ冷ましてからじゃないと食べれないんですよね。猫舌を気にせずに思いっきり食べれるようになりたいです。

 それでは本編をどうぞ



 

 

 

 

 《雷精よ・紫電の・衝撃以て・打ち倒せ》

 

 

 

 

 俺達が無言で見つめる先の黒板には、不自然に四節に区切られた呪文。それをチョークでトントン突きながらグレン先生はニヤニヤと笑った。

 

 

「オイオイオーイ、まさかの全滅かぁ〜?」

 

 

 (あざけ)るように笑みを浮かべるグレン先生。悔しげにフィーベルさんが拳を握りしめるのが見えた。

 

 

「あれれ〜、おっかし〜な〜?魔術を学び始めたばかりのウィルはともかく、他の奴らはこの呪文はとっくの昔に極めたんじゃなかったのかな〜?」

 

 

 先程のグレン先生からの質問に、未だに誰も答えを返せていない。と、クラスの成績優秀な生徒の一人、ウェンディ=ナーブレスさんが声を張り上げ、机をバンと叩いて立ち上がった。

 

 

「そんな四節で区切った呪文なんてありませんわ!」

 

「ぎゃははははっ!?いや、なかったら聞かねーだろ!?よく考えろよ!」

 

 

 ナーブレスさんを下品に笑い飛ばすグレン先生。見た感じ完全に悪役だなぁ…。若干引き気味にグレン先生を見ていると、同じく成績優秀な男子生徒である、ギイブル=ウィズダンが負けじと眼鏡を押し上げながら言い返した。

 

 

「その呪文はマトモに起動しませんよ。必ず何らかの形で失敗します」

 

「あのなぁ、そんな事はわかってんだよ。質問ちゃんと聞いてたか?俺が聞いてんのは、その失敗がどんな形で現れるかって話だぞ?」

 

 

 呆れたような声を出し、グレン先生は教室を見回す。やはり、誰もわからないようだった。勿論(もちろん)俺もわからない。あからさまに大きなため息をついて見せるグレン先生。クラスのイライラは最高潮まで高まっていた。この人、煽るのめちゃくちゃ上手いな。俺は皆ほど魔術に誇りを持っているわけじゃないから苛つかないけどね。

 

 

「もういい。答えは右に曲がる、だ」

 

 

 グレン先生は四節になった呪文を唱えた。と、驚いたことに先生の宣言どおりになった。さらに呪文を区切ったり、節の一部を消したりしながら呪文を唱えていく。どれも宣言どおりになっていく。唖然としている生徒達を見ながら。

 

 

「ま、極めたっつーならこれくらいはできねーとな?」

 

 

 もの凄いドヤ顔でチョークを回すグレン先生に、思わず噴き出しそうになる俺。ちょっと、ドヤ顔似合いすぎだろ。今のこの空気で笑ってはいけない、我慢だ我慢、と無表情を装っていると、グレン先生が言った。

 

 

「そもそもさ、お前ら、なんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議現象が起こるかわかってんのか?だって常識で考えておかしいだろ?」

 

 

 それは俺がずっと疑問だった事だ。思わず、笑うのを(こら)えるために下を向いていた顔を勢いよく上げる。と、こちらの反応を見ていたらしい、グレン先生がニヤリと口角を持ち上げた。

 

 

「お?やっぱウィルは気づいてたか」

 

 

 その言葉に一斉に俺に集まる視線を感じる。……見られてると思うとなんだか喋りにくい。俺は苦笑しながら口を開いた。

 

 

「…まあ、俺は最近になって魔術の存在を知ったばっかですからね。ここ(しばらく)くそんな疑問ばっかでしたよ」

 

「だろうな、普通はそうなって当然だ」

 

 

 そう言うとグレン先生はニヤニヤ笑いを消し、打って変わって真剣な表情で生徒達を見る。

 

 

「お前らは、()()()()()()()()()()()()()()()、を前提に考えているから根本的なことを見落としている。そんな固定観念(こていかんねん)のせいで見落としてることにすら気づけていない」

 

 

 グレン先生は今度は自分の頭をトントン指で突きながら言った。その言葉に皆は戸惑ったようだった。誰も彼もが顔を見合わせる。そんな生徒達に言い聞かせるようにグレン先生は言葉を続ける。

 

 

「いいか、何かを学ぶ事において一番大事なのは、その現象が起こるにあたっての『過程』を知ることだ。今のこの現状のように曖昧に誤魔化すんじゃなく、ちゃんとそれを『理解』している事に意味はある」

 

 

 グレン先生は苦虫を噛み潰したような顔をしながら教壇の周りをぐるぐると歩きまわる。先程までざわめいていた教室は静かだ。俺も含め、皆耳を傾けているようだ。グレン先生は続けた。

 

 

「まぁ、それはお前らが悪いんじゃない。魔術を志す者の大半は魔術を使うことに固執(こしつ)して、根本的な理屈については『術式が世界の法則に干渉して〜』とか言ってスルーしてる事だからな。突き詰める奴の方が少ないだろう」

 

 

 一番前の席に座るフィーベルさんとティンジェルさんの机に乗っている教科書をチラリと一瞥(いちべつ)し、グレン先生はフンと鼻を鳴らす。

 

 

「ここの講師連中も、この教科書も『理屈はいいからとにかく覚えろ』っていう方式だからな。こんなんじゃわかるモンもわからなくなる」

 

 

 そこまで言うと、グレン先生は真面目な顔から一変、今度は不敵な笑顔を浮かべた。

 

 

 

「つーわけで、今日、俺はお前らに【ショックボルト】を使った呪文の術式構造と授業のド基礎を教えてやるよ」

 

 

 ま、興味ない奴は寝てな、と付け加え、グレン先生の初めてのまともな授業が始まった。

 

 

 

  〜数刻後〜

 

 

 

 授業時間を少しだけオーバーして続いたグレン先生の授業はとにかく凄い授業だった。他にももっと言い方はあるんだろうけど、残念ながら俺の語彙力(ごいりょく)はそこまで優秀じゃないので、とにかくスゴイとしか言えない。

 

 

 時間を過ぎてしまったことにブツクサ愚痴をこぼしながら教室を出ていくグレン先生。ガラガラ、と教室のドアが閉まった瞬間、それまで動きを止めていた生徒達がババッと動き出した。今まで黒板に書いていたあのミミズ文字は何だったんだと思うほどの小綺麗さで書かれた黒板を、一心不乱にノートに写し始める。俺は皆ほど必死ではないが、それでも真面目にペンを動かす。自然と頬が緩むのを自分でも感じた。

 

 

 グレン先生の授業には、俺がずっと知りたかった魔術に関する『謎』に対する答えが全部あると直感した。そう思わせる何かがある。何故呪文を唱えるだけで魔術が発動するのか?何故何もないところに稲妻や炎、風が巻き起こるのか?他にも様々な疑問を抱いていた俺にとってグレン先生の授業はまさに『目から鱗』だ。他の講師と違って、グレン先生はちゃんと納得できる答えを丁寧に教えてくれる。まさに『本物の授業』だ。

 

 

 写し終えたノートの上で手に持ったペンをくるくると回しながら、これからの授業は真面目に受けよう、と決めた俺だった。

 

 

 

 あれから数日が経った。

 

 

 

 グレン先生の授業の評判はすぐに学園中に広まり、俺達の教室はたちまち他クラスの生徒達ですし詰め状態になった。中には他の勤勉な講師もちらほらといるのが見える。立ち見をする生徒もいるくらいだ。俺は一番後ろの席なので立ち見をしている生徒と話す機会も多い。

 

 

 最近仲良くなった他クラスの友人(いわ)く、

 

 

「グレン先生は良いよなぁ〜、すげーわかりやすいし、他の講師に比べて話しかけやすいし!」

 

 

 との事。確かにグレン先生は歳が近いし喋り方も砕けた感じなので質問しやすいのだろう。それも人気の理由の一つだ。だが、以前からの魔術嫌いは相変わらずでところどころ魔術を馬鹿にしたような言動を取る事もあり、授業の手腕は認めてもグレン先生をよく思わない人がいるのも明らかだった。まぁ、そこはしょうがないよな。俺達二年二組の生徒は比較的仲がいいほうだろう。そんな事を考えながらも俺は忙しくナイフを動かした。

 

 

 今は昼食時。俺は食堂に来ていた。食堂の隅の方の机に座り、目の前でホカホカと湯気を上げる肉を切り分けている最中(さいちゅう)だ。突然だかここで一つ、俺の悩みを紹介しよう。……魔術についての悩みは解決済みだが、これはその少し前からの悩みだ。

 

 

 それ(すなわ)    食生活だ。

 

 

 突然何言ってんだコイツ?と思われるかもしれないが、俺にとっては重大な問題だ。主に懐具合(ふところぐあい)的に…。

 

 

 知っての通り、俺は獣に変身する戦闘民族の一員で、俺の場合は大型の肉食獣であるライオンに変身する。そう、()()獣だ。最近両親から届いた手紙でわかったのが、変身する獣によって食生活は大きく異なるという事。草食動物なら野菜、肉食動物なら肉、といったようにそれぞれで多めに摂取しなければいけないらしい。

 

 

 今思い出してみれば、集落にいた頃は家の食卓にはかなりの確率で肉料理が乗っていた。肉が多かったのは父さんは黒い毛並みの熊、母さんは茶色っぽい毛並みの狼と、両親共に肉食獣だったからだろう。あ、あと魚も多かったかな?魚は父さんの好物だったからだ。今更だが母さんの父さんへの愛を感じる。息子の俺が言うのも何だけど、いい嫁さんだなぁ…。

 

 

 脱線しかけた思考を頭をブンブン振って軌道修正する。

 

 

 とにかく、食卓事情については俺も肉は大好きなのでそれは全く気にならなかった。

 

 

 問題は、集落にいた時は森で適当に狩って来れば良かった肉だが、ここは文明都市フェジテ。田舎(いなか)ならそれで良かったのかもしれないがここでそんな野蛮な行動は出来ない。街中(まちなか)(いのしし)や鹿を担いで歩くとかなり目立つ。何度かやってみたが個人的に恥ずかしいのでホントにヤバイ時だけに限定する事にした。

 

 

 

 必然的に肉を手に入れるには肉屋で買うしかない。そうなれば当然お金がかかる。これがまたキツイ。家賃は両親からの仕送りでどうにかなっているが、いかんせん食費の消費が激しい。

 

 

 今はバイトで(まかな)えているがこれからどうなる事やら……。この街にも傭兵の仕事はあるのかな?そっちの方が稼げそうな気がする。一日で出来そうな仕事を探してみようかな。

 

 

 肉を頬張りながら金策を考えていると、上から聞き覚えのある声が降ってきた。

 

 

「ここ良いか?」

 

 

 見上げると、そこにはグレン先生がこれまた大量の料理をお盆に載せていた。特に断る理由もないので「どうぞ」と隣の席を勧める。

 

 

「よっこいしょ」

 

 

 席につくやいなや、食事にがっつき始めるグレン先生。おお、いい食いっぷりだなぁ。父さんと良い勝負ができそうだ。特に話したい事もないので黙々(もくもく)と肉を頬張り続ける。グレン先生は自分から話しかけるようなタイプじゃないらしく、黙ったまま食事を続ける。俺としてはこっちの方が楽でいい。気を使わなくていいしね。

 

 

 無言で食事を(むさぼ)る男二人。

 

 

 と、そこへクラスの花、フィーベルさんとティンジェルさんが仲良くお喋りしながらやってきた。どうやら他の席が空いていなかったらしい。フィーベルさんは最初料理にがっつくグレン先生を見て顔をしかめたが、何も言わずに俺の正面に腰を下ろした。反対に、グレン先生の正面に腰掛けたティンジェルさんはニコニコ顔だ。

 

 

「先生が沢山食べるのは知ってたけど、ウィル君もとは知らなかったなぁ」

 

 

 野菜シチューをスプーンで(すく)いながら左斜め前の席に座るティンジェルさんが話しかけてきた。その視線は俺の前の皿に載った大きな厚切りステーキに向いている。

 

 

「まぁ、男はこれぐらい食わないと腹いっぱいにならないし、それに俺にとっての食事は一日の楽しみっていうか…」

 

 

 フォークに刺した熱々の肉にふーふー息を吹きかけながらそう返す。温かい食べ物は好きだが、前世から重度の猫舌である俺はちゃんと冷まさないと火傷してしまう。

 

 

 俺の言葉を聞いたティンジェルさんとフィーベルさんはきょとんとした顔をして顔を見合わせる。……ん?何だその反応?

 

 

「ふふっ、先生と同じようなこと言うんだね」

 

 

 ティンジェルさんの言葉に、え、そうなの?と思い、隣を見やると、グレン先生は俺に向けて無駄にいい笑顔でサムズアップ。

 

 

「…食事は心のオアシス。そう思わないか、ウィル?」

 

「…そうですね」

 

 

 あなたそんなキャラでしたっけ?と言いたくなるのを我慢し、付け合せのトマトをちびちび(かじ)る。何気なく皿から視線を上げると、俺の正面に座るフィーベルさんの皿が目に入った。彼女の皿にはスコーンが二つ、ちょこんと載っている。

 

 

 え、これだけ?たったこれだけであと半日過ごすつもりなの?唖然としてフィーベルさんの顔を凝視する。

 

 

「…何?」

 

「…えっと、ちょい待ち」

 

 

 机に置かれたカトラリーセットから新しいナイフとフォークを取り出し、手をつけていない方の肉を大きめに切り分けると、新しい皿に載せ、フィーベルさんの方に寄せて。

 

 

「それだけじゃ体に悪いし、」

 

 

 これ食べなよ。そう続けようとした俺の言葉を(さえぎ)るように    横から伸びた手が皿を()(さら)った。

 

 

「お、これもーらい」

 

 

 そんな声と共に。一瞬にして消滅した肉を見て、俺はグレン先生に食って掛かった。

 

 

「おのれグレン=レーダス!なんて事を!!」

 

「わりぃわりぃ、美味そうだったからつい…。っていうか、お前ハーベスト先輩にそっくりだな!」

 

 

 誰だよハーベストって!!悪びれる様子もなくそうほざいたグレン先生に、俺、フィーベルさんのジト目が集中する。その視線を見事にスルーしてグレン先生は食器を下げに行った。ティンジェルさんが苦笑しているのが視界に入る。グレン先生の背中を睨みながら、この野郎、覚えとけよ!食べ物の恨みは怖いぞ!具体的にはもうメシ(おご)ってやらん!!と心に誓っていると、フィーベルさんが声をかけてきた。

 

 

「あのお肉…私にくれようとしてたの?」

 

「あー、うん。それだけで足りるのかなって思って」

 

 

 結局グレン先生に食われちゃったけどね…。実に無念だ。

 

 

「私はそんなに食べる方じゃないからこれで大丈夫。それよりウィルは良かったの?自分の分減っちゃったけど…」

 

 

 そう言われ、自分の皿を見下ろす。そこには随分と小さくなった肉と、付け合わせの野菜がちょこちょこ散らばっていた。野菜達をフォークでつんつんしながら顔を上げる。

 

 

「まぁ、たまには良いかな。食いすぎると眠くなるし」

 

「そう?お腹減って不機嫌になったりしない?」

 

 

 フィーベルさんは俺を何だと思っているんだろう。猛獣かなにかだと思ってないか?いや、間違ってはいないけどさ!

 

 

「そこまで子どもじゃないよ」

 

 

 半眼になって抗議する俺を見てフィーベルさんとティンジェルさんはクスクスと笑った。

 

 

 二人の笑い声を聞きながら、ふと考える。この学院に来なかったら今のような充実した生活はなかったのかもしれない、と。

 

 

 俺は戦闘民族だ。今は考えられないが、いつかは何処かの戦場で戦士として死ぬのかもしれない。学院などに行かずにひたすらに自分を鍛え上げる方が賢いのかもしれない。

 

 

 それでも、

 

 

 今この時を後悔する事は、きっとないだろう。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 どこで切るか迷った結果長くなりました。

 カトラリーセットはレストランとかによくある箸とかフォーク、スプーンなどが入ってるヤツの事です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは突然に

 
 ウィルは基本的にクラスの誰とでも仲良しですが、特に仲がいいのはカッシュとセシルです。ちなみに女子は全員苗字(家名)呼びです。
 精神が日本原産である彼はシャイなのです。

 白竜王さん、高評価ありがとうございます!とても嬉しいです。これからも頑張ります!


 

 

 

       布団。

 

 

 

 

 それは俺にとってはどんな物にも勝る素晴らしい物だ。柔らかく、なおかつ暖かいそれに(くる)まれば、たちまち疲れた精神と身体を安眠の世界へと(いざな)ってくれる。そんな素晴らしき布団を生み出してくれた偉大な御方に、そして、布団が存在するこの世に生を受けることができた奇跡に万感(ばんかん)の感謝を。……つまり何が言いたいのかと言えば。

 

 

 (すなわ)   布団から出たくない。

 

 

 俺の朝は早い。毎日筋トレや走り込み、武器の素振りなどをするためだ。早起きは俺からすればそれ程苦痛ではない。そんな俺でも、たまにはゆっくりと惰眠(だみん)(むさぼ)りたくなる事だってある。

 

 

 本来なら、今日から五日間は魔術学会が行われる関係で休日となっていた。だがしかし、俺が所属するクラスである二年二組の生徒は登校日になっている。理由は(じつ)単純明快(たんじゅんめいかい)、授業が遅れているからだ。……くそったれがぁああ!!

 

 

 …別に学院が嫌いなわけじゃない。嫌いじゃないけど、何故か行きたくない。学生さんなら誰でも一度は思う事だろう。特に休み明けの月曜日の朝は絶望感がハンパない。

 

 

 ベッドの中で(うな)りながらも何とか体を起こす。行きたくはないが、自分で行くと決めて通い始めた学院だ、サボるのもなんだかなぁ…。

 

 

 俺はのそのそと安息の地  ベッドから()い出た。寝起きなので身体が上手く動かない。ビタン!と顔面で床に着地し、痛みに涙目になりながらも何とか立ち上がる。フラフラと部屋を横切り、洗面所で顔を洗い、好き勝手に跳ね回る寝癖(ねぐせ)を直しにかかった。

 

 

 もともと俺の髪はところどころぴょんぴょん跳ねているのに加えて、俺の寝癖はかなりたちが悪い。竜巻みたいな寝癖に苦戦しながらも、何とか「これならまぁ大丈夫」というレベルに整える事ができた。

 

 

 たしか、本日の授業開始予定時間は十時三十分と、いつもに比べればかなり遅めの時間になっていた。これだけはありがたいな、とつぶやきながら壁掛け時計に目をやる。現在時刻は七時三十分。普段は五時三十分頃に起きているので二時間程長く寝れた。それでもまだかなり時間的に余裕がある。

 

 

「………フム」

 

 

 (あご)に手をやり、二度寝をするか真剣に考えるが、どの道もう目は冴えてしまっているし、寝癖も直してしまった。二度寝して寝過ごしても困るしなぁ。と、すれば他にする事は……。

 

 

「…………フムム」

 

 

 ぐるりと部屋を見渡してみるが、生憎(あいにく)と暇を潰せそうな物は見当たらない。武器の手入れは昨日の夜に済ませてしまったし、部屋は片づいている。掃除もこまめにしているので目立ったホコリは無い。

 

 

 ……最近は忙しかったし、筋トレを済ませたら、久々にゆっくり読書でもしようかな。うん、そうしよう。

 

 

 と、静かだった部屋に、「きゅううう…」と控えめな音が響く。思わず俺は音の発信源である自分の腹をさする。

 

 

 

 ………とりあえず、朝飯にしよう。

 

 

 

 そう決め、俺は食料庫へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 〜数時間後〜

 

 

 

 あの後、学院に登校した俺。教室には既に全員集まっている。……グレン先生以外は。一番来ないといけない人がなんで来てないんだ?

 

 

 現在の時刻は十時五十五分。既に予定時間から二十五分が経過している。これはアレだな、あの人、きっと今日が休みだと勘違いしてるな?グレン先生らしいけど……。

 

 

 俺は深いため息を漏らしてしまう。

 

 

 一向に現れる気配のないグレン先生に、思わずといった様子でフィーベルさんが唸り声を上げた。

 

 

「…遅い!」

 

 

 隣に腰掛けるティンジェルさんに、何か(恐らく不満)を(まく)し立てるフィーベルさん。が、周りの生徒達は担当講師の遅刻にはもう慣れたものだ。それぞれで自習をしたり、お(しゃべ)りしたりしている。

 

 

「先生遅いな〜、このまま来なかったりして」

 

 

 右隣の席に座るカッシュが机にもたれかかり、眠たげに目を(こす)りながらぼやいた。コイツも俺と同じ様にアルバイトをしているらしく、朝は大体眠そうにしている。

 

 

「それはあり得る」

 

 

 頬杖をつきながら俺が真顔で肯定すると、カッシュの隣でセシルが呆れ笑いを浮かべ、俺の言葉を継いだ。

 

 

「あの先生だもんね…」

 

 

 もしグレン先生が本当に来なかったら俺達は待ちぼうけだな。それは時間が勿体無い。時は金なりって言うし、グレン先生が来ないんだから帰っちゃってもしょうがないよな。

 

 

 俺は席を勢い良く立ち、一言。

 

 

「よし、帰ろう」

 

 

 そして家でのんびり過ごすんだ。

 

 

 俺のやる気が欠落(けつらく)した帰宅宣言がバッチリ聞こえていたらしい、険しい表情を浮かべたフィーベルさんが素早(すばや)くこちらに振り返り、口を開きかけたのを見て、俺は慌てて訂正の言葉を放った。

 

 

「冗談!冗談です!やだなぁフィーベルさん、俺がそんなコトするわけないだろ?」

 

 

 幸い、彼女は黙って口を閉じたが、ジトっとした目をこちらに向けるのをやめない。これは何か言われる前に避難した方がいいかもしれない。

 

 

「…ちょっと様子見て来る」

 

 

 と言い残すと、俺は素早く教室を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 〜システィーナ〜

 

 

 

 

 

「…遅い!」

 

 

 私は思わず唸った。その原因は、未だに姿を見せないこのクラスの担当講師、グレン先生だ。

 

 

「あいつったら…最近は凄く良い授業をしてくれるから、ほんの少しだけ見直してやってたのに、どういうことなのよ、これ!!」

 

「先生、最近は遅刻せずに頑張ってたのに珍しいよね?どうしたんだろう?」

 

 

 隣でルミアも不思議そうにつぶやく。

 

 

 グレン先生は、あれ程魔術を嫌っていたのに、どういう心境の変化があったのかは知らないが、最近は真面目に授業をしてくれる様になっていた。…全く、最初から素直にそうしてくれればよかったのよ!………コホン、授業に遅刻する事もなくなり、生徒の質問にもちゃんと答えてくれるようにもなった。良い事ではあるのだが、突然の授業態度の変化に私は少しだけ戸惑ってもいた。

 

 

 振り返り、後ろを見やる。元々余裕があった(はず)の教室は今や生徒で一杯だ。中には立ち見をしてまで授業に参加しようとする生徒もいる。

 

 

「本当に人気になったわね、先生の授業…」

 

「そうだね。先生の授業は凄くわかりやすいから」

 

 

 休日にも関わらず様々なクラスから授業を見に来る真面目な生徒達に感心しつつ視線を動かしていく。

 

 

 と、一番後ろの席に腰かけるウィリアスが目に入ってきた。

 

 

 ウィリアスは頬杖をつき、隣の席のカッシュと何か話している。それを眺めながら、私はふと彼の事を考えた。

 

 

 変化が起きたと言えば、ウィリアスもそうだろう。彼は、他の講師の先生が来ていた頃の授業ではどことなくつまらなそうにしていたが、グレン先生が来てからはそんな態度はすっかり鳴りを潜めていた。根は真面目なのか、それまで以上に真剣に授業に取り組んでいる。

 

 

 ウィリアスの勉強を見ていた際に「魔術に関しては知らないことの方が多い」と言っていたのを思い出す。自分で言うのは何だけど、クラスでも成績トップである私から見ても彼はかなりのスピードで知識をメキメキと身に着けている。このまま勉強を続ければ成績もきっと上位に食い込むだろうと思う。

 

 

 ウィリアスは最初の自己紹介の後、皆に質問をぶつけられていた際に、「最近までは魔術を全く知らなかったから、魔術を初めて見た時は凄くびっくりした」と言っていた。彼はこれまでの生活を魔術無しで過ごしていたらしい。それを聞いて、私は小さくない衝撃を受けたのを覚えている。

 

 

 魔術を知らない生活ってどんな感じなのかしら?想像つかない……。

 

 

 魔術の名門であるフィーベル家に生まれた私にとって、魔術はとても身近なモノだ。怪我をすれば白魔術で傷をすぐに癒せるし、重たい物も身体強化の魔術を使えば楽に持ち上げられる。遠くの物は遠目の魔術を使えば見る事が出来るし、黒魔術が使えれば護身術になる。他にも数えだしたらきりが無いが、魔術を使う事で得られる恩恵は大きい。

 

 

 この学院に通う生徒達は、その(ほとん)どが生まれながらにして魔術と何かしらの関わりを持ち、それを認識している。そのため、学院内の生徒や講師の中にはウィリアスの事を、魔術をほんの少し知っているだけの一般人が何故この学院に…と快く思っていない者も残念だが少なからずいるのを知っている。中にはありもしない悪質な噂をばら撒いている者もいるらしい。

 

 

 が、そんなモノはどこ吹く風。ウィリアスはそれらを全く相手にしない。魔術を馬鹿にした態度や言動から、同じ様に針のむしろ状態にあるグレン先生と気が合うらしく、学院の食堂で一緒に食事をしているのをよく見かける。

 

 

 落ち着いた性格に、大勢に敵意を向けられても堂々と振る舞うその豪胆さ。とても同い年とは思えない。これまで彼は一体どんな生活を送ってきたのか……。気にならないと言えば嘘になる。かと言って初対面からそれほど時間が経っていないのに本人に聞くのも馴れ馴れしい気がするので結局聞けていない。

 

 

 ……それに。気になっているのはそれだけじゃない。どうもウィリアスを見ると、何か大事な事を忘れているような気がしてくるのだ。それは一向に思い出せず、彼を見るたびに悶々(もんもん)とした気持ちになる。

 

 

 何を忘れてるのかな…?

 

 

 胸の内でポツリとそうつぶやくと、ウィリアスを見ていた私は前を向き、机に広げてある教科書に視線を落とす。今そんな事を考えてもしょうがないか、それよりも今は先生が来ない事について考えなくちゃ。

 

 

「遅いね、グレン先生…何かあったのかな?」

 

 

 あまりに来るのが遅いグレン先生に、それまでノートを整理していたルミアが首を(かし)げながら言う。

 

 

「あいつの事だから、今日が休みだって思ってるのかも」

 

「ええ〜、そんな事は無いんじゃ…ないかな…?」

 

 

 流石のルミアも断言は出来ないようで、困った様に苦笑を浮かべる。

 

 

 と、その時。

 

 

 突然、教室の後方からガタンッという音が鳴り、先程まで考え事の中心にいた当の本人である、ウィリアスの毅然(きぜん)とした声が聞こえてきた。

 

 

「よし、帰ろう」

 

 

 ……何が「よし、帰ろう」よ!ダメに決まってるでしょ!

 

 

 脳内で思ったことを言葉にするべく、素早く振り返り、ウィリアスを見ると、彼は"しまった"という顔をして、私が何か言うよりも速く言葉を紡いだ。

 

 

「冗談!冗談です!やだなぁフィーベルさん、俺がそんなコトするわけないだろ?」

 

 

 ……ほっといたら絶対帰ってたでしょ。隣で苦笑しているルミアを尻目に、無言でジトっとした目を向けていると、ウィリアスは私から目を()らしながら。

 

 

「…ちょっと様子見て来る」

 

 

 と、言い残し、教室のドアから物凄いスピードで出ていった。……完全に逃げたわね、アレは。

 

 

 はぁあ〜、とため息をつき、私はルミアと同じ様に自分のノートを整理し始めた。ノートは普段からキレイに(まと)めてはいるが、ところどころ書けていない所がある。意地悪な担当講師が、授業が終わや(いな)や、皆が板書をしているにも関わらず、すぐに黒板を消してしまうからだ。そのため私とルミアはそれぞれ黒板の板書を半分ずつノートに写し、それを後から見せ合いっこしていた。

 

 

 しばらくその作業をせっせと続ける。

 

 

「システィ、ここはなんて書くんだっけ?」

 

「ちょっと待ってて。ええと、ここは  私も書いてないみたいね……」

 

 

 あちゃー、とこめかみを軽く抑える。私としたことが…

 

 

「あはは、二人共書いてなかったんだね。先生が来たら聞いてみよう?」

 

 

 ルミアがそう言ったその時。

 

 

 教室のドアがガラガラと音を立てて開いた。

 

 

 ウィリアスが帰ってきたのか、それともやっとグレン先生が来たのか   

 

 

 そちらに視線を向ける。が、教室に入ってきたのはウィリアスでも、グレン先生でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 すみません、今回は布団のくだりを長く書きすぎてテロリスト達が登場する所まで書けませんでした。最後ドアが開くだけという寸止め……。

 次回はちゃんと登場しますので、今しばらくお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒き獣

 
 何ということでしょう。とうとうお気に入りが100を越えました。わーい!!これも読んでくれている皆さんのお陰です。本当にありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いします!

 英雄王(ゝω・)さん、高評価ありがとうございます!とても励みになります!





 

 

 

 

 

 無人の校舎をぶらつき始めて数十分。俺は今、一階の講師玄関にいる。グレン先生が来ていないのはわかっているが「様子を見てくる」とフィーベルさんに言った以上、確認しない訳にもいかない。

 

 

 

 講師専用の靴を置く(たな)の名前を流し見ていく。

 

 

 

 グレン先生の名前はすぐに見つかった。ハーレイ?とかいう()(ぎわ)が危ない先生の横の棚だ。…あの人の頭を見るたびに切ない気持ちになるのは俺だけかな?

 

 

 そんな事を考えながら中を(のぞ)いてみるが、グレン先生の靴は入っていない。やっぱりまだ来てないよな…。

 

 

 ふぅ、と息を吐き、パタンと棚を閉める。そろそろ教室に戻った方がいい、あんまり遅いとまたフィーベルさんに何か言われるかも、と考えながら急ぎ足で歩を進める。窓から外の風景を眺めながら四階への階段を上っていたその時。俺はふと、一つの違和感に気づいた。

 

 

 

 

      静か過ぎる。

 

 

 

 

 ここから二年二組の教室までは少し距離があるが、俺の聴覚は(ぐん)を抜いて優秀だ。ましてや今はこの学院にいる生徒は二年二組だけ……。教室のざわめきぐらいは余裕で聞き取れる……(はず)なのだが、そのざわめきが全くと言っていい程聞こえてこない。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 妙な胸騒ぎを感じた俺は、自然と気配を殺し、息を(ひそ)めながら教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の予感は最悪な形で的中した。

 

 

 

 

 現在、俺が隠れているのは二年二組の隣である二年一組の教室だ。先刻(せんこく)から教室の一番後ろの壁に背中を預け、壁の向こうの会話を聞いていた。どうやら誰も死者はいないし、怪我をした者もいないようだ。これには心底安心したが、まだ気は抜けない。

 

 

 

 話を聞く限り、教室にいたのは俺が校舎をうろちょろしている間にどこかから侵入して来たらしいテロリストを名乗る二人組の男。そのうちの一人は軍用魔術【ライトニングピアス】の使い手らしい。俺はその魔術を知らないが、クラスメイト達の(おび)えた雰囲気と、『()()』という肩書きから、かなり危険な術だと推測(すいそく)出来る。もう一人の男に関しては、無口だということ以外は何も分かっていない。

 

 

 相手は二人、こちらは一人。戦うにしても、今の俺は何の武器もない上に、敵の情報も少なすぎるのに加えて、相手は生徒達がいる教室に陣取(じんど)っている。こちらから簡単には仕掛けられない。なんちゅーこっちゃ…

 

 

 そして一番の懸念(けねん)はというと、俺はこれまで魔術師と戦った事が無い。単純に武器での殴り合いなら星の数ほど経験しているが、魔術を行使(こうし)する敵との戦闘は、正真正銘これが初めてだ。素手で戦うにしろ獣化(じゅうか)するにしろ、俺の戦闘スタイルが通じるかわからない以上、慎重に行動しないといけない。

 

 

 ……きっついなぁ。傭兵時代にも難しい依頼はいくつかこなしてきたけど、こんなに動きにくい状況はあんまり無かった。

 

 

 

 思わずうめき声が()れそうになる。

 

 

 

 眉間(みけん)にシワが寄っているのが自分でもわかった。せめて魔術戦に()けたヤツがいれば…と思わずにはいられないが、無い物ねだりしても状況が変わる訳じゃない。今のところテロリスト達は大人しくしている様だが、それもいつまで続くかはわからない。犠牲者が出る前に、クラスメイト達を助けないと……。

 

 

 

 

 

 考え事に(ふけ)っていた俺の視界に、キラリと小さな光が(またた)いた。咄嗟(とっさ)にその場を飛び退く。

 

 

 

 

    ヒュッ

 

 

 

 

 顔のすぐ横で、静かな風切り音を立てて何かが通り過ぎた。見れば、先程まで俺が座っていた場所には、細く鋭い氷柱(つらら)が突き刺さっている。どうやらあちらさんはゆっくりと考え事をする時間もくれないらしい……。

 

 

 

 パチパチパチ、と控えめな拍手が響いた。そして誰かの落ち着いた声がそれに続く。

 

 

 

「凄いですね、今確実に当たったと思ったんですが…」

 

 

 

 物陰から現れたのは細めの優しげな顔をした男。ありゃりゃ、見つかってしまったか。そう思うが顔には出さない。こんな時こそポーカーフェイスだ。相手は俺と会話をするつもりなのか追撃してこない。ひとまずテキトーに言葉を返しておく。

 

 

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 

「面白い返しですね。褒めておきましょう」

 

 

「…敵であるアンタに褒められても嬉しくはないけどな」

 

 

 

 苦笑し、言葉遣いを改める。俺は、きっと自分でも気づかない内に(あせ)っていたのだろう。そのせいでこの男に気がつけなかった。穏やかな日常に慣れて気が抜けていたのもあるだろう。自分の注意力散漫に小さく舌打ちする。それと同時に、何故か既視感(きしかん)を感じる…この男、どこかで見たような…?

 

 

 

「さて、どうする?俺をここで殺すか?」

 

 

 

 心のモヤモヤを振り払い、ぶっきらぼうに放った俺のあまりにもストレートな質問に、相手は苦笑した様だった。

 

 

 

「残念ながらそうです。これは仕事なので」

 

 

「さいですか…」

 

 

 

 ……先程から気になっていたが、どうもこの男からは、言葉の割に全く殺気を感じない。一体何のつもりだ、と警戒心()()しで(にら)みつける。が、相手はどこ吹く風、といった様子で余裕の笑みを崩さない。

 

 

 

「…ところで少年、君は最近編入してきた生徒ですね?」

 

 

「……さぁね」

 

 

 

 素っ気なく言い捨てると、男は控えめに微笑した。

 

 

 

「…今からする質問は単純に私の興味本位です。答えなくても構いませんが、私は相手のことは知っておきたいので」

 

 

「………」

 

 

 

 何を知りたいかはわからないが……視線で続きを(うなが)す。

 

 

 

「…君のクラスメイト達は、……元気でしたか?」

 

 

 

 まるで生徒達を知っているかの様なこの口ぶり、そしてテロリストにしてはおかしな質問でピンときた。この男、アレだ、グレン先生が来る前の先生だ。前にセリカさんに学院を案内された時に、学院長室の前の廊下に講師紹介の写真が貼ってあったから間違いない。確か名前は    

 

 

 

「……ヒューイさん、だったかな?」

 

 

「………貴方とは初めてお会いしましたが…?」

 

 

 

 俺の(つぶや)きを聞いた男が、不思議そうな表情を浮かべた。   ビンゴォオッ!!と叫びたくなるのを我慢し、

 

 

 

「クラスメイト達から前任講師の事を散々聞いてたので」

 

 

 

 とだけ言う。それから俺は、教室側の壁を(あご)で示した。

 

 

 

「さっきの質問の答えだけど…少なくとも、アンタ達が来るまでは皆元気だったよ」

 

 

「…そうですか」

 

 

「…何でこんな事してるのかは知らないし、興味もないけど……教え子達が知ったら悲しむ  

 

 

 

 俺の言葉を(さえぎ)って、瞑目(めいもく)していたヒューイさんは、不意にユラリとこちらに左手の指を向けた。

 

 

 

 

   魔術を使う予備動作(モーション)!!

 

 

 

 

 素早くヒューイさんから距離を取り、教室の前方、教卓側で構える。二組と一組の教室の間は多少分厚いが、壁一枚なので背を預けて戦うのには心細い。万が一戦闘中に壁が(くず)れたりしたらテロリスト達とヒューイさんに(はさ)()ちにされてしまう為、あの壁を背に戦うのは愚策(ぐさく)だ。……向こうの二人はもうとっくに俺の存在には気付いてはいるんだろうけど。

 

 

 

「では……知りたい事も聞き終えたので、そろそろ君には消えてもらいましょうか」

 

 

「ホント唐突だなぁ」

 

 

 

 相変わらず物騒(ぶっそう)なセリフの割には、殺気の欠片(かけら)も、それどころか戦意も感じない。油断なく構えを取りながらも怪訝(けげん)な視線を向けるが、もう俺とおしゃべりするつもりは無いようで、静かに俺を見返すだけだ。ヒューイさんの目を見ていると、俺は遅まきながらある事に気付いた。

 

 

 この人もしかして    

 

 

 

「《炎獅子よ》」

 

 

 

 俺の思考を断ち切るように唱えられた何かの呪文が聞こえた  直後、咄嗟(とっさ)に回避行動を取ろうとする俺の視界いっぱいに爆炎が広がるのを感じると同時に背後の壁が、そして爆発に耐えきれなかった壁付近の天井が   崩落した。

 

 

 

 バゴォォンッ!ガラガラガラ  ッ!!

 

 

 

 瓦礫(がれき)と共に落ちていく俺が最後に見たのは、こちらを見下ろすヒューイさんの無表情な顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜システィーナ〜〜

 

 

 

 

 

 

 バゴォォンッ!ガラガラガラ  ッ!!

 

 

 

 突如(とつじょ)響いた轟音に、それまで静かにしていた生徒達がにわかに浮き足立つ。

 

 

 

「お、おいっ、どうなってんだよ!?」

 

 

「きゃあああああああっ!?」

 

 

「うわぁああっ!!」

 

 

 

 一瞬でパニックに(おちい)りそうになる生徒達。それは私も例外ではない。悲鳴こそ隣のルミアにしがみつくことでかろうじて上げはしなかったものの、内心バクバクだ。ルミアも顔が青ざめている。

 

 

 

(な、何なのこの爆発?しかもかなり近い!?)

 

 

 

 戦々恐々(せんせんきょうきょう)とする生徒達を尻目に、チンピラとダークコートの男は落ち着き払っている。

 

 

 

「……こりゃネズミがいたな?」

 

 

「そのようだが…私達が行くまでもないようだ」

 

 

 

 

  待って。じゃあさっきの爆発は……

 

 

 

 

 男達の会話を聞いて一斉に凍り付く生徒達。一変した空気に、チンピラが顔を上げた。その顔には笑みが貼り付いている。

 

 

「君らの他にも生徒がいたらしいけど…残念だったねぇ。ソイツは俺らの仲間が殺したみてーだわ!ケケケ!!」

 

 

「そ、そんな……」

 

 

 

   ウィルが、ウィリアスが、死んだ…?

 

 

 

 教室に、重たい沈黙が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜カッシュ〜〜

 

 

 

 

 現在、俺達の両手は背中側で強力な(なわ)(しば)られている。呪文も【スペル・シール】をかけられているため、完全に無力化されてしまった。生徒は全員教卓のそばに集められていて、見張りは一人、あのチンピラが教室に残っている。

 

 

 

 もう一人いたダークコートの男は、何故かルミアをどこかに連れていってしまった。

 

 

 

 生徒達の表情は暗い。無理もない、クラスの担任と友人を殺され、女子生徒も一人どこかへ連れて行かれ、あとの自分達はどうなるかわからない……。

 

 

 ほんのついさっきまで楽しく談笑していた友人は   ウィルは、もういない。そう考えると深い悲しみが(あふ)れてきた。

 

 

 せっかく仲良くなれたのに……もっといろいろ話したい事もあったってのに……(こら)えきれなかった一滴の涙が、俺の頬を静かに(つた)った。こんなんじゃ駄目だ、と思い直し、腕で涙を(ぬぐ)おうとするが、腕は縄で拘束されていることに気付き、やむなく肩で拭う。

 

 

 

 

 そうして過ごす事数十分。一度、階下から爆音が響いてきたが、それ以外には何もない。

 

 

 

 

 見張りをしているのが退屈になったらしい。チンピラが突然、生徒達の方へズカズカと歩み寄ってきた。そして、システィーナの腕を乱暴に(つか)み、ドアへと向かっていく。慌て声を上げるシスティーナ。

 

 

 

「ち、ちょっと!何するのよ!?」

 

 

「暇つぶしだよ、暇つぶし。ケケケッ!」

 

 

 

 やめろ、と叫ぼうとするが、かすれ声しか出ない。皆も何かを言おうとしているが、その小さな声は届かない。見せつけられた力の差が、圧倒的な恐怖が、男に立ち向かう事を拒否してしまっている。

 

 

 

 結局、何も言う事が出来ないまま、システィーナは連れて行かれてしまった。ドアに再びロックの魔術が掛けられたらしく、ガチャンッ!という音が教室に響き渡る。誰も何も言わない。ただ(うつむ)いているだけだ。

 

 

 一体何をされるのか、助かるかさえもわからないこの極限状態(きょくげんじょうたい)に置かれた俺達は、

 

 

 

 

 

 

    皆、もう精神的にボロボロだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に満ちた痛いほどの静寂(せいじゃく)を、突如ガラスの割れる大音響が破った。

 

 

 ガッシャアアア    ンッ!!

 

 

 びくりと体を震わせる生徒達。見れば、教室の後ろの大きな窓ガラスが割れ、丁度ウィリアスが座っていた場所の机に、黒く、大きな何かが(うずくま)っている。

 

 

「な、何ですの、アレ…?」

 

 

「……ここ四階だよね?一体どうやって入ってきたんだろう…?」

 

 

 ウィンディとセシルの呆然とした声が聞こえる。

 

 

 警戒し、教室の隅に固まる生徒達。皆の集中した視線の先で、ソレはゆっくりと立ち上がった。

 

 

 (たくま)しい四肢に、長い尾、揺れる(たてがみ)。それら全ては黒く染まっている。

 

 

 

 

 そして   

 

 

 

 

 

 

 

 呆気(あっけ)にとられる生徒達を、黒い獣の、強く輝く青い瞳が睥睨(へいげい)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 突然のカッシュ目線。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合流

 突撃ラブハートさん、高評価ありがとうございます!
これからもどうぞよろしくお願いします!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       困った事になった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ヴルル」

 

 

 自然と(うな)り声が漏れる。

 

 

 警戒と(おび)えが混ざった視線を向けてくるクラスメイト達を前にして、俺は数分前を振り返った。

 

 

 いや、途中までは良かったんだけどね……。

 

 

 俺が取った行動はこうだ。

 

 

 四階から落ち、地面に叩きつけられる寸前で咄嗟(とっさ)獣化(じゅうか)し、衝撃を吸収、そして着地。同時に降ってきた瓦礫に埋もれてしまうが、ここまではまだ良い。

 

 

 俺の上に積もっていた瓦礫(がれき)を、爆炎で吹っ飛ばし(すみ)やかに脱出。中庭が爆炎でメチャクチャになってしまったが、まぁここまでも良いだろう。……きっと。

 

 

 平らな壁に爪を引っ掛けて強引に登り、教室の窓のすぐ外まで辿(たど)り着いた。爪痕がくっきりと壁に残ってしまったが、ここまでも良い方だろう。……緊急事態だし、いいよね…?

 

 

 (すべ)って落ちそうになり大慌(おおあわ)てで窓を盛大にブチ破り、獣化したまま教室に侵入。はいアウト。

 

 

 

 窓からライオンが飛び込んできたらそりゃ誰だって怖いだろう。クラスメイト達は皆教室の(すみ)っこに小さく固まっている。すいません、(おど)かす気は全く無かったんです。どこか人がいない所で変身()かないとな…。

 

 

 そう思いながら身体のあちこちに着いたガラスの破片を振り落とす。ガラスってチクチクするから気になるんだよな。特にタテガミ付近はマジでヤバイ。……いや、今はそんな事してる場合じゃない、と思い返し生徒達の様子を確認する。

 

 

 全員後ろ手に(なわ)でガッチリ(しば)られているが、見た感じ怪我人はいないみたいだ。しかし、人数を数えてみると二人()りない。誰がいないのかは目立つ銀髪が見当たらなかったのですぐに分かった。フィーベルさんだ。彼女だけではなく、ティンジェルさんもいない。

 

 

 

 アイツらに連れて行かれたのか?だとしたらマズイ、すぐに二人を探しに行かないと!…いや、その前に  

 

 

 

 俺は一番近くにいた生徒   カッシュに飛び掛かり、前足で(おさ)えつけた。暴れられたらちょっと面倒だし。

 

 

「うわぁああっ!?」

 

 

 悲鳴を上げるカッシュに、ゴメン、マジで時間が無いからちょっと荒っぽいけどご了承(りょうしょう)下さい☆と脳内で語りかける。生憎(あいにく)とこの姿でいる時は会話が出来ない。これは獣化状態での最大の欠点だ。

 

 

 皆はこの生き物が俺だとは夢にも思っていないだろう。皆の認識では俺はさっきの爆発で死んだ事になってるからなぁ、少し寂しいけどしょうがないか。

 

 

 そんな事を考えながらも、俺の牙は頑丈(がんじょう)な縄を呆気(あっけ)なく切り裂いた。

 

 

 

    ぶちぶちっ!

 

 

 

 そして、怖がらせない為に(もう手遅れかもしれないが)サッと足を退()け、少し離れる。

 

 

 

「え…?」

 

 

 ポカン、とした様子で俺を見上げるカッシュ。

 

 

「アイツ……(なわ)だけ切ったぞ」

 

 

「…味方なのか?」

 

 

 

 カッシュの呆然とした声に続き、そんな疑問の声が聞こえてくる。味方ですよー、最初から。全員分の縄を千切っている時間はないのでカッシュに縄解(なわほど)きを(まか)せることにして、フィーベルさんとティンジェルさんを探さないと。

 

 

 俺はドアに駆け寄り、前足でドアを開けようとしたが鍵がかかっているらしく、開かない。

 

 

「…………」

 

 

 バキャッ

 

 

 ……鍵穴を爪で破壊し、もう一度ドアをスライドしようとするが、開かない。

 

 

「………ヴヴゥ」

 

 

 ……あああああもう!こーいう地味にウザい嫌がらせみたいなのやめろよ!!

 

 

 本気で叫びたくなるのを我慢し(この姿で本気で叫べば大変なことになる)やむなく後ろに下がり、軽く助走してドアへ思い切り突進した。

 

 

 バガァアアン!という耳をつんざく轟音を立てて吹き飛んだドアの残骸(ざんがい)を乗り越え、俺は廊下を疾駆(しっく)する。

 

 

 

 ……取り敢えず、どっかで獣化を解かないとフィーベルさん達と合流した時にパニックになりかねない。きっとフィーベルさんからは【ショックボルト】が飛んでくることだろう。いや、【ゲイルブロウ】かな?どちらにせよ喰らいたくはないな。

 

 

 すん、と空気中の匂いを()ぐ。

 

 

 俺は今、とある(にお)いを辿(たど)っている。教室に(わず)かに残り、(ただよ)っていたその匂いは、簡単に言えば『血』の匂いだ。実際に誰かが出血しているとかではなく、その人物に染み付いて簡単には離れない、言わば  

 

 

 

    幾人もの人間を殺してきた者だけが放つ独特の匂い。

 

 

 

 そんな匂いをここで嗅ぐ時が来るとは思ってもいなかったが、この姿でいる時の俺の嗅覚は鋭敏(えいびん)だ。間違い、という事は無いだろう。そう判断し、匂いを頼りに進んだ結果、どこかの教室に辿り着いた。

 

 

 教室の中から話し声が聞こえてくる。

 

 

「悪いがそりゃできねぇ相談だ……ここまで来ちゃ引っ込みつかねぇーよ」

 

 

 中にいるのはチンピラのようだ。そして  

 

 

「……やだ……やだぁ……お父様…お母様……助けて…誰か助けて……」

 

 

 

 そんな、とても弱々しい誰かの声。

 

 

 

「うけけ、お前、最っ高!てなわけでいただきまーす!」

 

 

「嫌……嫌ぁあああああ   ッ!!」

 

 

 

 気付けば俺は、目の前のドアを吹き飛ばしていた。

 

 

 

 〜〜システィーナ〜〜

 

 

 

 

 負けてたまるか。屈してたまるか。私は誇り高きフィーベル家の娘だ。魔術師にとって身体なんて所詮(しょせん)、ただの消耗品よ。

 

 

 そう、思っていたのに   

 

 

 駄目だった。どうしようもない嫌悪感が、恐怖が、私の涙腺(るいせん)を緩め、口を勝手に動かす。

 

 

「……あ、あの……」

 

 

「ん?何?」

 

 

「……やめて……ください…」

 

 

 涙が次々と(あふ)れ、頬を伝っていく。だが、そんな懇願(こんがん)を聞き入れてくれるような相手ではなく。

 

 

「悪いがそりゃできねぇ相談だ……ここまで来ちゃ引っ込みつかねぇーよ」

 

 

 心が悲鳴を上げる。

 

 

「……やだ……やだぁ……お父様…お母様…助けて…誰か助けて……」

 

 

「うけけ、お前、最っ高!てなわけでいただきまーす!」

 

 

「嫌……嫌ぁあああああ   ッ!!」

 

 

 

 チンピラの手が、必死に身じろぎする私に伸びてきた、その時  

 

 

 

 

 

 

 バコォォン!

 

 

 

 

 

 

   ドアが、吹き飛んだ。

 

 

 

「え…?」

 

 

「あ?」

 

 

 チンピラがドアの方に振り返ろうとした。(いな)()()()()()()()()

 

 

 黒く大きい、生き物が凄いスピードで近づいてきて、私の上からチンピラを叩き落としたからだ。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

「ぎゃあああ!?」

 

 

 床をバウンドしながら転がっていくチンピラには目もくれず、その黒い生き物は真っ直ぐに私を見た。黒い生き物を、私もマジマジと見返す。

 

 

 生き物は、首周りにふわふわしていそうな長い毛が生えていて、身体はどことなく猫に似ている。

 

 

 こんな生き物初めて見た……。

 

 

 この時、何故か私はその生き物の恐ろしげな牙や爪を見ても全く恐怖を感じなかった。その青い瞳に、優しい色を見た気がしたからだろう。

 

 

 というか…この目、どこかで………?

 

 

 

「………ヴゥ」

 

 

 

 至近距離で静かに私を見つめていた謎の生き物は、おもむろに私の腕の縄を爪で切ると、未だ立ち上がれない様子のチンピラへと向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜ウィリアス〜〜

 

 

 

 

 

 

   間に合って良かった。ホントに良かった。

 

 

 俺を見上げるフィーベルさんの顔を見て、素直にそう思った。素早く状態を確認するが、特に何かされたわけではなさそうだ。ふぅ、と安堵(あんど)のため息をつく。そして、この姿でのため息は威嚇(いかく)にしか聞こえないということを思い出し、慌てて口をつぐんだ。彼女もクラスメイト達と同様に腕を縛られていたので、チンピラに注意を払いながら爪で縄を切る。

 

 

 以外だったのは、俺の姿を見ても怖がる素振りを見せなかった事だ。怖がられると予想していたので、少し驚いた。

 

 

 

「な、なんなんだよソイツ!?」

 

 

 

 チンピラが若干ふらつきながら立ち上がった。先程の俺の前足叩きつけ(ねこパンチ)が顔にクリーンヒットしたらしく、その鼻は骨が折れたようで曲がっていた。

 

 

 フッ、ただのねこパンチだと(あなど)るなかれ。俺のねこパンチは通常の可愛らしい猫ちゃん達とは威力もスピードも段違いなのだよ…。近くにフィーベルさんがいたので、彼女を巻き込まないようかなり弱めに殴ったが、本気で殴ればチンピラの首の骨が粉砕されていただろう。

 

 

 

「グルルル…」

 

 

 

 フィーベルさんから離れ、チンピラと対峙(たいじ)する。俺はいつでも動けるように四肢に力を込め、大気中から魔力を集め始めた。できればフィーベルさんの前では炎を使いたくなかったが、相手は魔術師。そんなことも言ってられない。

 

 

「お、おい…なんだよそのふざけた魔力量はぁ!?」

 

 

 俺の魔力が急激に膨れ上がったのを感じたのか、チンピラが青い顔をした、その時。

 

 

 

 ふと、俺の耳が誰かの足音を捉えた。新手(あらて)を想定し、素直にフィーベルさんの側まで下がる。

 

 

 

「そこまでだ、この不届(ふとど)(もの)(ども)め!」

 

 

 そんな大声と共に教室に走り込んできた誰かが、見事な飛び蹴りをチンピラの側頭部に叩き込んだ。

 

 

「ぶべらぁっ!?」

 

 

 派手に吹き飛び、壁に激突したチンピラは、ピクリとも動かない。それを確認した乱入者  グレン先生は、今度はこちらに向けて拳闘の構えをとった。……ちょっと待って。俺、完全に敵だと思われてるよな。

 

 

 たじたじと後ずさっていると、その様子をおかしく思ったのかグレン先生は(いぶか)しむように眉をひそめた。それと同時に。

 

 

「先生待って!この子は私を助けてくれたの!」

 

 

 そう言いながら、フィーベルさんが(かば)うように俺の前に出た。その言葉に戸惑ったのか、グレン先生が上体を少し揺らした。

 

 

 

     と。

 

 

 

 そんなグレン先生に向けて、壁にもたれながらも左手を上けるチンピラの姿が目に入ってきた。人差し指が向けられているのは   グレン先生の、頭。

 

 

 

  っ!させるかっ!!

 

 

「オオオ!!」

 

 

 

 フィーベルさんの後ろから弾丸の様に飛び出し、大きく跳躍(ちょうやく)。目を見開くグレン先生の上から(おお)い被さるように床に伏せる。

 

 

「《ズドン》ッ!」

 

 

 直後、チンピラの呪文らしきモノが完成、指先に魔法陣が展開され、そして  カシャン、という(はかな)げな破砕音を残し、砕けた。

 

 

「……は?」

 

 

 チンピラがそんな声を出した。再び呪文を唱えるが、結果は同じ。

 

 

「《ズドン》ッ!クソ、どうなってやがる!?」

 

 

 何が起きたのか俺もさっぱりだが、ヤツが呆けている今がチャンスだ。

 

 

 思い立ったが吉日。俺は素早く立ち上がると、溜めに溜めていた魔力を開放、炎へ変換する。

 

 

「なっ!?」

 

 

「えっ!?」

 

 

 グレン先生とフィーベルさんの二人の驚く声を聞きながらも、赤い炎を身体に(まと)った俺は、一気にチンピラへと肉薄。ヤツめがけて思いっきり……訂正、少し手加減して前足を振り下ろした。

 

 

 バキバキッ!!

 

 

「ぐわああああっ!?」

 

 

 狙ったのは左肩。寸分(たが)わず命中した俺の右足は、チンピラの左肩の骨を砕いた。教室に響いた嫌な音に、グレン先生とフィーベルさんが顔をしかめたのが見えた。俺も顔をしかめそうになるが、その音を生み出したのは紛れもなく俺自身なので自重(じちょう)する。

 

 

 とにかく、これでもう当分チンピラの肩は上がらないだろう。

 

 

「ぐうっ…この化け物がぁ!」

 

 

 肩を抑え、立ち上がったチンピラは(ふところ)から刃渡り15センチ程のナイフを取り出そうとしたが、そのナイフをグレン先生が蹴り飛ばし、そのままチンピラを綺麗(きれい)に投げた。「お見事!」と言いたくなる衝動を堪える。

 

 

「ぎゃあああ!?」

 

 

 受け身を取る暇もなく床に頭をぶつけ、チンピラは呆気なく気絶した。グレン先生の投げる速度がハンパないから無理もないか。

 

 

 

 白目を()き、ブクブクと口から泡を出しているチンピラを放置し、グレン先生とフィーベルさんは同時に俺を見た。片や強い警戒、片や戸惑いが込められた視線を浴びる。

 

 

 

 ……どうしようこれから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

困惑

 
 ……お久しぶりです。

投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした!ゼルダにハマってしまって……。草原をバイクでブンブン走り回っていました…。もっと早く出せるように心がけます。

 本当に遅まきながら峰風さん、高評価ありがとうございます!こんな作品ですが、どうぞこれからもよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 やはり炎を使うのはマズかったか…。

 

 

 

 身体からユラユラと立ち上る炎を消しながらそんな後悔が押し寄せてくる。が、既に後の祭りだ。二人の視線がグサグサと俺に突き刺さる。特にグレン先生、普段のすっとぼけた表情からは想像出来ない程の眼力だ。授業もそれぐらい真面目な顔でして欲しい。

 

 

 そんなことを考えていると、グレン先生が何か手に持っているのに気付いた。

 

 

 …ん?グレン先生が手に持っているのは…カードか?なんでそんな物を?まさかカードでキャプターするつもり…なわけないよな。……カードスラッシュ!マトリックスエボリューション!!……でもないよな。いや、ほんとにふざけてる場合じゃない。

 

 

 頭を軽く振り、雑念を払う。ついでに、未だに頭に乗っかっていたガラスも払う。

 

 

「オイ白猫……こいつはどっから来たかわかるか?」

 

 

 こちらから目を離さずにフィーベルさんに問いかけるグレン先生。それに対し、フィーベルさんは戸惑い気味に首を傾げた。

 

 

「いえ……この子、突然この教室に飛び込んできて…」

 

 

「…………」

 

 

 無言で目を細めるグレン先生。そのまま緊迫した空気が周囲に漂った。

 

 

「………まぁいい。それより、状況を説明してくれ」

 

 

「は、はい」

 

 

 グレン先生は教室に現れたテロリスト達についての説明を聞きながら床に転がっているチンピラを手際よく拘束していく。その間も俺から目を離す様なことはしない。完全に警戒されている。

 

 

 そりゃそうか、敵か味方かも(さだ)かじゃない奴がいれば俺だって警戒するだろう。今俺が攻撃されていないのはこちらから敵意を向けていないからだ。勿論、向けるつもりはないけど。爪も引っ込めておこう。

 

 

    と。

 

 

「よし、大体わかった……」

 

 

 いつも無駄口を叩いてばかりのグレン先生が、珍しく突然尻切れトンボに黙り込んだ。そして、ポツリと小さな(とい)がフィーベルさんに投げかけられた。

 

 

「その、あれだ。生徒達に怪我をした奴は…?」

 

 

 普段は素っ気なくあしらうくせに、なんだかんだ言いながらも生徒達が気になるらしい。本人は何気なく聞いているつもりらしいが、気になって仕方がないんだろう、どことなくそわそわしている。素直じゃないなぁ。

 

 

 あの教室に俺が見た限り怪我人はいなかった。そもそも、フィーベルさんとティンジェルさん以外は全員教室にいた。フィーベルさんは幸い無事だったが、彼女はわからない。丁度ティンジェルさんについて話していたのか、グレン先生が声を上げた。

 

 

「ルミアが連れて行かれた?」

 

 

「……はい」

 

 

 フィーベルさんの声は暗い。

 

 

「なんでアイツが?」

 

 

「わかりません」

 

 

「そうか…しかし、となるとやっぱ早まったか?」

 

 

 うん?早まったってなんの事だろう。フィーベルさんも疑問に思ったのか訝しげにグレン先生を見ている。

 

 

「先生?」

 

 

「あー、いや、すまん。独り言だ。お前を助けられたんだ、判断は正しかったとしよう。それで、他の奴らは無事なのか?」

 

 

「………」

 

 

 黙り込んでしまったフィーベルさん。いや、他の生徒達は全員無事のはず。なら、彼女は何で黙っているんだろう?

 

 

 考え事をしていた俺の耳に、フィーベルさんの震え声が届いた。

 

 

「先生……ウィルが…ウィルが……」

 

 

 ああ、そうか。俺はテロリスト連中が来た時に教室にいなかったから心配してくれてるのかな?そう思うとちょっと申し訳なくなってくる。俺は無事ここにいるのだから。

 

 

「ウィルがどうした?」

 

 

 グレン先生が少し険しい顔をして尋ねる。それに対し、フィーベルさんはつっかえながらも答えた。

 

 

「私達が、まだ教室にいた時に……大きな爆発音がして、それで…ウィルが………………死んだって………!!」

 

 

 え?なんだって?

 

 

 しばし呆然としてしまう俺。フィーベルさんの放った言葉を何度も脳内再生し、理解すると同時に軽くパニックに(おちい)ってしまう。

 

 

 ちょっと待って俺、死んだ事になってんの!?嘘でしょ、マジで、なんで??どこから広がったんだよそんな話!?

 

 

 とんでもない急展開に衝撃を受ける俺を尻目に、フィーベルさんは話し続ける。彼女は泣いていた。

 

 

「あの時ウィルが教室から出ていくのを止めればよかった!そうしたらウィルは………!!」

 

 

「……白猫」

 

 

 グレン先生が静かな声を発した。

 

 

「ううっ……ひっく……」

 

 

「白猫!!」

 

 

 突然の大声に、フィーベルさんはビクリと身を震わせた。

 

 

「………今は、これからのことだけを考えろ。まだ俺も、お前も生きてるんだ。辛いとは思うが、今は我慢してくれ。(こく)な事言ってるのはわかってる。だが……頼む」

 

 

 ちょっと待って、心が、心が痛いぃい!!

 

 

「…それに、まだ死んだとは限らない。さっきの口振りからして、お前は現場を見てはいないんだな?」

 

 

「……はい」

 

 

「なら、向こうはお前たち生徒の心を折るためにそれっぽく演出しただけかもしれねぇ」

 

 

「そう…ですよね……」

 

 

 その可能性は低いと思っているのか、言った本人であるグレン先生とフィーベルさんの表情は暗いままだ。

 

 

 部屋に満ちる沈黙。

 

 

 この空気どうしよう。気まずい…。今更すぎる気もするけど変身解くか?ってこれ思ったの何回目だ?

 

 

 頭を抱えたくなってきたその時、甲高い音が響いた。

 

 

 反射的に身を低くして構える俺と、ビクリと身をすくめるフィーベルさんを尻目に、グレン先生はポケットから半分に割れた様な形の宝石を取り出した。どうやら音はそこからしているらしい。

 

 

 一体その宝石をどうするつもりだろう、とガン見していると、グレン先生はそれを耳にあてた。

 

 

「……セリカか?」

 

 

『あー、遅れてゴメンな?ちょうど講演中だったんだよ。で、いきなりどうした?』

 

 

 どうやらあの宝石は電話が出来るみたいだ。聞こえてくる声からして相手はセリカさんだろう。俺はもちろんのこと、フィーベルさんも耳を傾けて二人の会話を聞いている。

 

 

「学院に侵入者だ」

 

 

『………マジでか?』

 

 

「マジだ」

 

 

 そんなやり取りを()わすとグレン先生は頭をガシガシとかいた。

 

 

「とにかく、短めに説明するぞ。下手人は天の智慧研究会。結界を掌握され、学院は完全に封鎖されちまってる。人質は五十人前後、教室に無力化されて閉じ込められてる。その内一人は保護、一人は黒幕の元に連れて行かれたらしい」

 

 

『アイツらか……また厄介なのが出てきたな』

 

 

 天の智慧研究会?初めて聞いたなそんな名前。でも、あのセリカさんが厄介だと言うんだから、タダの組織じゃなさそうだ。二人の会話に耳を傾け続ける。

 

 

「……それと、ウィルが消息不明だ」

 

 

『……何だと?』

 

 

「白猫が言うには、奴等がくる少し前に教室から出ていったらしい。敵さんが言うには、死んだ…とか…」

 

 

『………そうか…』

 

 

 すいません、生きてます。とは言い出せずに大人しく黙ったまま待機する。

 

 

 

「………敵戦力は確認済みなのが三人、まだ未確認なのが一人以上。確認済みの奴ら二人は無力化した。今俺は白猫と一緒に……いや」

 

 

 グレン先生が俺をチラリと見ながら続けた。

 

 

「……よくわからんやつも一匹、一緒にいる」

 

 

 それは……俺のことですねハイ。

 

 

『うん?一匹……。おいグレン、ソイツってもしかして、黒くて見た感じ首がふわふわしてるデカイ猫に似たヤツか?』

 

 

 ギョッと目を剥く先生。

 

 

「お、お前コイツの事知ってんのか!?俺の【愚者の世界】も効いてなかったっぽいんだが?」

 

 

 宝石に向かって早口に捲し立てるグレン先生。それはそうと、【愚者の世界】って何だ?なんか男子なら必ず発症する(やまい)っぽい。

 

 

 俺と同じく(彼女が中二病を知っているかは不明だが)疑問に思ったのか、フィーベルさんも首を傾げている。そんな俺達を尻目に、宝石を通じた会話は途切れる様子を見せない。

 

 

『ああ、それについても後で説明する。安心しろ、敵じゃない。その黒猫は信頼していいぞ』

 

 

「…本当だろうな?俺はコイツのエサにはなりたくないぞ?」

 

 

『大丈夫だって、噛みつきゃしないから』

 

 

「…信用ならねぇなぁ」

 

 

 ジロリと向けられる視線に対し、この姿だし、信用ないのはしょうがないな、と開き直る俺。

 

 

『こっちでもいろいろ探ってみる。お前は無理をせずに保護した生徒とその猫と一緒に行動しろ。安全第一だ、いいな?』

 

 

「ああ。わかった」

 

 

『本当にヤバイ時は出し惜しみするなよ』

 

 

「わぁーってるよ、んなもん」

 

 

 俺とグレン先生、二重の意味が込められた言葉を最後に通話は切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 カードスラッシュは私の好きなアニメで出てきます。懐かしい…。


 それはそうと、金色ライネルとエンカウントした時の絶望感は異常ですよね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷い

 
 きゃあああああ!!評価バーが赤色になってる!?

 沢山の評価、お気に入り、感想をありがとうございます!!いきなり増えたお気に入りの数に驚きました。まさかの300超え……!!



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いです!ルミアを…ルミアを、助けに行かせてください!!」

 

 

「駄目だ」

 

 

「そ、そんな……」

 

 

 あの通話のあと、ずっと考えていることがある。

 

 

「だって…あの子は私を庇って…!」

 

 

「よせ。無駄死にする気か?」

 

 

「ううっ……」

 

 

 それは、俺と先生、二人に向けられた言葉について。

 

 

『本当にヤバイ時は出し惜しみするなよ』

 

 

 セリカさんが先程、通信を切る直前に言ったセリフだ。俺は正体を隠してこの学院に来た。そんな俺の事情を知っているセリカさんが『うまく隠せ』ではなく『出し惜しみするなよ』と言ったのは、勿論異常事態だというのもあるだろうが、もう少し別の意味もある気がする。まぁ、隠す事に関しては、一度炎を使ってしまったので手遅れ感があるが、まだ変身を解いていないのでセーフだろう。……セーフだよね?

 

 

 とりあえずそう自分を納得させ、俺はいつしか(うつむ)いていた顔を上げた。

 

 

 先程からグレン先生とフィーベルさんは何やらごちゃごちゃ言い争っていたが、その争いは今も続いていた。

 

 

「それでも、私は……」

 

 

「お前一人に何が出来んだよ。自分でもわかってんだろ?大人しくしてろ」

 

 

 有無を言わさない、突き放すような言葉に、次第にフィーベルさんの肩が震え始めた。

 

 

「でも…私、悔しくて……だって…」

 

 

「お、おい……白猫?」

 

 

「うっ……ひっく……うわぁあああん……」

 

 

 言葉を失う俺達の前で、フィーベルさんが泣き出してしまった。

 

 

 グレン先生もこれは予想外だったのか、「え、あ、いや、えっと」なんて言いながらオロオロしている。一方の彼女は嗚咽混じりのガチ泣きだ。先程はすぐに泣き止んでくれたが、その時も本当は泣くのを我慢していたのかもしれない。色々と抑えてきた感情が爆発したのかもしれない。

 

 

 どちらかなのか両方なのか、他にも何かしらの理由があるのか俺には分からないけれど、とにかくフィーベルさんは目を()らして子供のように泣きじゃくっていた。

 

 

 女の子がこんなに無防備に泣くとは思ってなかったし、こんな状況に陥ったのも初めてだったのでどうすればいいのかわからない。俺は落ち着きなくウロウロとフィーベルさんの周りを歩き回った。

 

 

 と、とりあえずハンカチを…って今の俺変身してるんだった……。

 

 

 テレビでよく見る神対応、アレが出来る人なんて世界に何人いるんだろう?俺には無理だということが判明した。いざそういう時が来ると慌ててしまう。

 

 

 助けを求めて横を見れば、俺より年上の筈のグレン先生も俺と一緒に落ち着きなく歩き回っていた。

 

 

 オィイ!アンタが泣かしたんだろ!?

 

 

 そう内心で叫ぶも、グレン先生も泣いている女の子の対処法は知らないらしい。頼りにならない担任だ。俺も人の事言えないけどさ…

 

 

 その時、フィーベルさんが泣き声混じりに言った。

 

 

「先生の言う通りだった!魔術なんて、ロクな物じゃなかった!こんな物が……こんな物があるからウィルとルミアが……ひっく…うぅ……」

 

 

 その言葉を聞いて、冷水を被った気分になった。ズキリと胸が痛む。俺が死んだ、ということが彼女の心に少なからず負担を掛けてしまっていることに遅まきながらようやく気がついた。同時に、魔術が大好きな彼女にそう思わせてしまったことへの後悔が俺にのしかかった。

 

 

 この姿のままフィーベルさんの前に姿を現してしまったのは他でもない俺だ。なら、その責任は俺にある。でも……

 

 

 そっと二人を見る。

 

 

 …それでも、やっぱり正体を明かす事は出来ない。

 

 

 ポツリと胸の中で呟く。再び胸が痛むのを感じた。

 

 

 自身の気持ちとしては、とっとと変身を解いて二人の誤解を解きたい。でも、それをすればこの学院に居られなくなるかもしれないし、最悪の場合一族に迷惑をかけることになるかもしれない。セリカさんや学院長の様な親切な人の方が少数派だろう。別に二人を信用していない訳じゃないけど……とにかく、今はこれからのことを考えるべきだ。

 

 

 そこまで考えて、いつの間にか(うつむ)いていた顔を上げようとした    その時。

 

 

 突如、周囲に甲高い音が鳴り響いた。キィイイン、と鳴り続ける少し耳障りなその音は、どこか悲鳴のようにも俺には聞こえた。

 

 

「これは…魔術の共鳴音か!?」

 

 

「えっ!?」

 

 

 グレン先生の推測を聞いて身体を強張らせるフィーベルさん。

 

 

 すぐに変化は起きた。教室中に複雑な模様の魔法陣が出現したかと思うと、そこの空間から何かが出現する。

 

 

 それは二本の足で立ち、剣や盾といった物で武装した骸骨(がいこつ)だった。ただ、人骨ではないように見える。

 

 

 その数は十数体に見えたが、魔法陣から続々と後続がやって来ている。教室はすぐに骸骨で溢れかえり、俺達三人はあっと言う間に、教室の隅の方に追い詰められてしまった。

 

 

「せ、先生…これは  

 

 

「…これだけの数の多重起動(マルチタスク)。……どうやらあちらさんにはかなりの腕前の魔術師がいるみたいだな。見たところコイツ等はボーンゴーレムと呼ばれる使い魔だ。竜の牙を元に錬成されていて   っておわぁ!?」

 

 

 冷静に分析していたグレン先生に、待ちきれないとばかりに骸骨  ボーンゴーレムの一体が剣を振り下ろした。

 

 

 それを素早くステップを踏んで回避したグレン先生。カウンターで右ストレートを顔面にお見舞いするが、あまり効いてはいないようだった。ヒビの一つも入っていない。

 

 

「ち、硬てぇ!?」

 

 

 再び剣でグレン先生に斬りかかろうとするゴーレムに俺は思い切り体当たりをぶちかます。ひとたまりもなく吹き飛んだゴーレムは他のゴーレム達を巻き込んで倒れ込んだ。中には腕や足の骨が変な方向を向いていたり、首が落ちている奴までいた。

 

 

 なかなかに酷い光景だが、それに目もくれず、グレン先生は俺を見た。

 

 

「お前……手伝ってくれるのか?」

 

 

「グルル…」

 

 

 投げかけられた問に対し返事を唸り声で返すと、俺はグレン先生の隣に並んだ。そんな俺を見たグレン先生はニヤリと笑うと。

 

 

「よぉーし!ならお前は退路を作ってくれ。頼むぞ……。白猫!」

 

 

「は、はい!」

 

 

「お前は俺達の援護を頼む。…やれるか?」

 

 

「…はい!やってみます!」

 

 

「流石は優等生、いい返事だ」

 

 

 それだけ言葉を交わすと、俺達はそれぞれの役目を果たすべく動き始めた。

 

 

 突破力のある俺がゴーレムをなぎ倒し、教室の出口までの道を作り、卓越した格闘術を持つグレン先生がその道を広げる。そして、それを援護するフィーベルさん。

 

 

 俺達が教室から脱出するまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    廊下を走ってはいけません。

 

 

 

 

 誰だって一度は聞いたことがあるセリフだろう。聞いたことが無い人はいないんじゃないだろうか?少なくとも俺は聞いたことがある。幼い頃の俺はそのフレーズを聞くたびに疑問に思ってきた。「何で走っちゃだめなの?」と。

 

 

 答えは単純。危ないからだ。今となっては懐かしい、小学校の先生方のそんな答えを聞くたびに、俺は考えたものだ。なぜ危ないのか。これも簡単。滑ったり、階段などの段差で(つまづ)いたりして転ぶかもしれないから。だが、これらの怪我は自分が注意していればある程度は避けられるだろう。

 

 

 だが、廊下を走ることで生じる危険性には、あと一つ、大きな要因があると俺は思う。それは人にぶつかること。俺の前世の小学校時代の頃の怪我と言えばズバリこれだった。

 

 

 だが、今の俺が走っているのは人がいない校舎。クラスメイト達は教室にいるはずなので、誰かにぶつかることはあり得ない。なので、走ってよし!……よい子の皆はマネしないでね。

 

 

 

 

 

 

 

    今現在、俺はグレン先生とフィーベルさんを背に乗せて廊下を疾駆していた。

 

 

「走れ走れ走れ   !!」

 

 

 俺の背中に乗ったグレン先生がそんな激を飛ばしている。

 

 

「ヴォヴ!!」

 

 

 それに吠えて返事をする俺。グングン上がっていくスピードに、グレン先生の後ろに乗ったフィーベルさんが小さな悲鳴を上げた。

 

 

「きゃっ!ち、ちょっとスピード出し過ぎじゃない!?これじゃ急には止まれないわよ!?」

 

 

 と、廊下の曲がり角から五体のゴーレムが姿を現した。それを見たグレン先生が叫ぶ。

 

 

「止まる必要はねぇ!全部ふっとばしてやれ!!」

 

 

「ヴァオオオ!!」

 

 

 速度はそのままに、俺はゴーレムに突っ込んだ。背中に乗っている二人は身を伏せて衝撃に耐える。

 

 

 ガラガラガラという大きな音を立ててゴーレムの骨の身体は崩れた。彼らが武装していた剣や盾、弓などが地面に転がる。地味にボーリングのような爽快感を感じるのは何故だろう。したいなぁ、ボーリング。

 

 

 散らばった骨を踏み散らしながらも走り続ける。

 

 

「よーし、これで大体のゴーレムは()けた!でかしたぞ猫!!」

 

 

 グレン先生が俺の背中をバンバン叩いた。結構痛い。「ちょっと!痛いんでやめてもらえます?」と言いたくなるのを我慢して、尻尾をパタパタ揺らすに留めておいた。

 

 

 やがて、ボーンゴーレム達の足音が聞こえなくなり、俺はスピードをゆっくりと落とした。

 

 

 俺達が足を止めたのは二階の階段付近。周りに魔法陣が出現する気配は無い。俺の背中から降りたフィーベルさんがねぎらうように頭をそっと撫でてきた。

 

 

「ありがとね、助けてくれて」

 

 

 少し気恥ずかしい。というか、普段はもっとツンツンしている話し方が少し優しくなっている。俺が猫にみえるからかな…?図体はだいぶ大きいけど。

 

 

 大人しく撫でられているとフィーベルさんの手が俺の左目に触れた。反射的に目を閉じてしまう。

 

 

「あっ、ごめんね……?」

 

 

 慌てた様子でパッと手を離したフィーベルさんだったが、毛並みに違和感を感じたのか、(いぶか)しげに俺の顔をじっと見つめてきた。正確には、左目の傷がある辺りを。

 

 

    マズい。

 

 

 俺はフィーベルさんから顔を不自然じゃない程度に背けると、背中に乗ったままだったグレン先生を軽く揺さぶった。

 

 

 何やら考え事をしていたらしいグレン先生は「この毛皮を売り捌けば…」とか何とか洒落にならない事を呟いていたので、慌てて床に転がり落とす。

 

 

「あでっ!」

 

 

「ほら、ふざけた事言ったからですよ、先生」

 

 

 

 呆れたように見下ろすフィーベルさん。彼女の顔に先程までの訝しむ様子はなかった事に安堵する。

 

 一方のグレン先生は「冗談に決まってんだろ」と笑いながら立ち上がったが、その目は全く笑ってはいなかった。……次から先生には自分で走ってもらおうかな。

 

 

 窮地を脱した事から、二人には少し余裕が出来たらしく、先程より表情は少しだけ明るい。

 

 

 しかし、休憩時間をくれる程、敵は優しくはなかったらしい。

 

 

 突如飛来した二本の光線が、一本は俺の右後ろ足を掠め、もう一本は左肩の辺りを貫いた。パッと血が床に飛び散る。突然の痛みにたたらを踏んでしまった。

 

 

「ヴヴヴ……!?」

 

 

「猫ちゃん!?」

 

 

「ちぃっ   

 

 

 舌打ちしたグレン先生が懐から見覚えのあるカードを取り出し、構えながら誰何(すいか)の声を上げた。

 

 

「誰だ!もう魔術は使えねぇぞ。コソコソ隠れてねぇで出て来い!」

 

 

 その声に答える者はいない。代わりに聞こえてきたのは、ガシャガシャと騒がしい足音。撒いた筈のボーンゴーレムだ。

 

 

「くそっ、一旦引くぞ!こっちだ!」

 

 

 グレン先生が指し示した階段に向かう。肩を撃ち抜かれたせいで左前足に力が入らないので不格好にしか走れない。獣化している時の俺は四足歩行なので、足を怪我するとバランスが取れなくなり、移動速度がかなり落ちる。

 

 

 こういう時はやっぱり人型の方が便利だと強く思いながら、俺は階段をひょこひょこと駆け上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚悟

 祝!20000UA突破!!あと、20話!

 これも全て読んでくださった皆様のおかげです。お気に入りや、評価、感想など本当にありがとうございます!

 それはそうと、原作一巻だけで20話を超えるなんて…。我ながらどんだけペースが遅いんだよって思いました。

 こんなスローペースの作品ですが、今後とも読んで頂ければ幸いです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を駆け上り、再び廊下へと復帰した俺達。

 

 

 後ろから追いかけて来るボーンゴーレムの足音がはっきりと聞こえてくる。そんな中、息を切らしながらフィーベルさんが言う。

 

 

「先生!?この先は   

 

 

「あぁ、行き止まりだな」

 

 

 彼女が察したとおり、ここから先に一直線に続く廊下の先は袋小路だった。

 

 

 厳しい顔をしたグレン先生がフィーベルさんを見て言った。

 

 

「俺がここを食い止める。お前は先に奥まで行って……即興で呪文を改変しろ」

 

 

「え!?」

 

 

 戸惑いの声を上げるフィーベルさんを無視して、グレン先生は続ける。

 

 

「改変する魔術はお前の得意な【ゲイル・ブロウ】だ。威力を落として、広範囲に、そして持続時間を長くなるように改変しろ。節構成はなるべく三節以内だ。完成したら俺に合図しろ。後は俺がなんとかしてやる」

 

 

 うん、俺には難しそうだ。

 

 

「で、でも……」

 

 

 不安げな表情を浮かべたフィーベルさんが隣を走っているグレン先生の横顔を見上げた。

 

 

「わ、私にそんな高度なことができるかどうか………」

 

 

 言い(よど)んだフィーベルさんに、グレン先生は「大丈夫だ」と自信に満ちた声で答えた。

 

 

「お前は生意気だが、確かに優秀だ。生意気だがな」

 

 

「生意気を強調しないでください!」

 

 

「俺がここ最近で教えたことを理解しているなら、それくらいできるはずだ。てか、できれ。できないなら単位落としてやる」

 

 

 グレン先生は黒い笑みを浮かべている。

 

 

「いっひっひ、楽しみだなあ…?お前、もしかしたら進級出来ねぇかもなぁ?」

 

 

「ねぇちょっと!理不尽にも程があるでしょ!?……冗談ですよね?」

 

 

 講師にあるまじき発言に食ってかかるフィーベルさんを見て、こんな状況にも関わらず笑いそうになった。グレン先生がそれを狙ってやったのかは不明だが。

 

 

「……まぁ、わかりました。やってみます」

 

 

 フィーベルさんが頷いたのを確認し、今度は俺の目を覗き込みながらグレン先生は言った。

 

 

「お前も一緒に後ろに下がれ。その怪我じゃロクに動けないだろ?」

 

 

 悔しいが、その通りだ。今の俺は移動速度が極端に落ちているし、無理に足を動かしたせいで、肩から結構な量の血が流れていた。見れば、黒かった毛並みが赤く染まってしまっている。

 

 

「これが終わったらすぐに治療するから、もう少しだけ待っててくれ。それと……」

 

 

 今度は俺の耳に顔を寄せて。

 

 

「何かあったら、ソイツを守ってやってくれ。頼むぞ」

 

 

 そう、フィーベルさんにも聞き取れない程の小さな声で言った。

 

 

 やっぱりこの人は、生徒想いの優しい先生だと思った。同時に、信用できる人物だとも思う。だからこそ、その時はこう思えたのだろう。

 

 

 ………この人達になら、いいかな。

 

 

 ストンと胸に落ちた言葉。

 

 

 後になって気づいたが、俺はこの時、無意識に二人を試していたのかもしれない。普段の俺なら、絶対に実行しないことをした。一度見られていたということもあって、精神的にもその垣根は低かった。

 

 

「ヴルル……」

 

 

 喉を鳴らした俺は、大気中から魔力を集め、グレン先生にちょんと触れた。すると   

 

 

「うおっ!?」

 

 

 先生の全身に赤い炎が灯った。それはグレン先生を焼くことなく、身体を覆う様にして揺れている。

 

 

 そう、先程チンピラを倒した時に俺が(まと)っていた炎だ。

 

 

 グレン先生と、念の為フィーベルさんが触れても大丈夫なように温度も調節してあるので、触っても暖かく感じるだけだろう。仕組みは簡単だ。大気中の魔力を炎に変換し、先生に(まと)わせただけ。見た目的には燃えている様にも見えないことはない為、フィーベルさんが慌て声を出した。

 

 

「せ、先生!?」

 

 

 そして何故か大声を上げ始めるグレン先生。…あれ?温度調節、間違ってないよな?

 

 

「ひゃぁああっぢゃぁああああああ!!………あ?……熱くない。これって……」

 

 

 こっちが不安になってくるほどの凄い顔で叫んでいた先生は、熱さを感じないことに気づいたのか、自分の身体をあちこち触ったあと、こちらを不思議そうな顔をして見た。

 

 

「……お前の力か?」

 

 

 答える代わりに、俺も炎を身に(まと)ってみせた。

 

 

 この炎は、身体の好きな箇所に炎を移動、集中させることができる。集落にいた時から修練を重ねているうちに、これを他の人や物に付与できることがわかった。ちなみに、付与できるのは獣化している間だけだ。

 

 

 この炎は、腕に集中させれば攻撃した時に爆発させることが出来るし、背中に攻撃を受けそうになった時は、背中側を爆破して敵を吹き飛ばすことも可能。攻防共に優れている為、かなり使い勝手が良い便利な力だ。ただ、付与できる時間はそう長くはない。

 

 

 話すことができない為、使い方を直接グレン先生に教える事はできないが、まぁ、ないよりはマシだろう。……あ、今のうちにグレン先生の拳に炎を集中させとこうかな。

 

 

 それまでグレン先生の身体全体を覆っていた炎がユラユラと拳に集まっていくのを、グレン先生とフィーベルさんの二人は呆気にとられた様に見ていた。

 

 

「……これでアイツらを殴れってことか?」

 

 

「ヴァヴ」

 

 

「…何かよくわからんが、サンキューな」

 

 

 そう言って俺の背中をわしわしと撫でたグレン先生は、俺達に背を向けた。

 

 

「……よし、じゃあ、さっき言った通りに頼むぞ。さぁ行け!」

 

 

 その声を合図に、俺達は後ろへと走り始めた。反対に、グレン先生はボーンゴーレム達へと向かっていく。

 

 

 グレン先生が稼ぐ時間を無駄にしてはいけない。

 

 

 痛む足を引きずりながらも、俺は懸命に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜システィーナ〜〜

 

 

 

 

 

 

 廊下の最奥に到達した私は息を整えていた。この時間、一秒も無駄にはできない。

 

 

 廊下の向こうでグレン先生がゴーレム達を足止めしてくれているが、何しろ敵の数が多い。長時間はきっと持たないだろう。

 

 

 グレン先生に指示された通りに【ゲイル・ブロウ】の魔術式と呪文を思い浮かべながらも、私は視線を隣に向ける。

 

 

 隣にいる猫ちゃん(本当に猫かはわからないが)の怪我は酷い。肩から床に滴り落ちた血が、今なおその血は止まっていないことを表していた。

 

 

 一刻も速く治療しないと     !!

 

 

 焦りながらもグレン先生に教わってきたことを頼りに、必死に頭の中で演算しながら、黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文を少しずつ改変していく。

 

 

      怖い。

 

 

 ポツリと心に浮かんできた言葉を強引に打ち消す。しかしそれは、完全には打ち消せなかったみたいで。

 

 

       怖い、怖いよ  !!

 

 

 叫んでいる。

 

 

 強がりの仮面をつけて、これまでずっと隠していた、本当は誰よりも臆病で、弱い私が。

 

 

 私には実際の戦闘経験が全く無い。戦闘といえば、せいぜいが授業の模擬戦程度。そんな私が、本当の、ましてや命を賭けた戦いなんてできるわけがない    

 

 

 マイナスな思想ばかりが浮かんでは消えていく。そんな時   

 

 

      ふと、何か暖かい物が私に触れた。

 

 

「……?」

 

 

 見れば、隣にいた猫ちゃんが私に寄り添うようにして立っていた。その暖かみを感じて初めて、自分の身体が冷え切っていたことに気づく。

 

 

「…………」

 

 

 大怪我を負っているにも関わらず、猫ちゃんは静かに私を見つめている。

 

 

 私の不安を読み取ったのか、「大丈夫」と言う様にゆっくりと(まばた)いたその瞳を見て、不思議と心のモヤモヤが消えていくのを感じた。

 

 

 ……私が弱いことくらい、私が一番わかってる。でも、その弱さを理由にして逃げちゃだめだ。それをすれば、私は絶対に後悔する。

 

 

 震える膝を叱咤し、シャンと背筋を伸ばす。額の汗を拭い、一度大きく息を吐く。

 

 

「ふぅ     

 

 

 焦燥と恐怖、そして絶対に失敗できないというプレッシャーでパニック寸前だった(もろ)い心を何とか鎮め、私は中断していた呪文の改変を再開した。

 

 

 恐怖が消えたわけじゃない。

 

 

 それでも   

 

 

 前を見る。

 

 

 そこには、今なおゴーレムと戦っているグレン先生の姿がある。あの不退転の立ち回りは私を頑なに信じていなければ絶対にできないことだと、今見ていて気づく。その背中に強い勇気を感じた。

 

 

 横を見る。

 

 

 静かに自分を支えてくれた、不思議な力を使う猫ちゃん。大怪我を負っているにも関わらず、その瞳から知性が失われることは無い。どことなくウィルに似た雰囲気を(まと)ったこの子に何度助けられたことか。

 

 

 目を閉じる。

 

 

     ルミア。

 

 

 脳裏に浮かんだ、今は離れている大事な親友。

 

 

 彼女は恐ろしい敵を前にしても、一歩も怯まなかった。怖かった筈だ、戸惑いもあったろう。それでも、彼女は連れて行かれる最後まで毅然とした態度を崩さないままだった。

 

 

 今だけでいい……グレン先生や猫ちゃんみたいな……ルミアみたいな強さを……ッ!!

 

 

 私はルミアに、グレン先生に、そして猫ちゃんに救われた。

 

 

     だから、今度は私が助ける!

 

 

 カチリ、とパズルのピースが()まるように、最後のルーンを選び、呪文改変が完成した。

 

 

「先生、できた!」

 

 

 待ってましたとばかりに踵を返し、グレン先生が駆け寄ってくる。当然、ボーンゴーレム達も追ってくる。

 

 

「何節詠唱だ!?」

 

 

「三節です!」

 

 

 叫びながら発せられた問いかけに、私も叫んで返す。

 

 

「よし!俺の合図に合わせて唱え始めろ!奴らにぶちかましてやれぇ!」

 

 

「はい!」

 

 

 グレン先生がこちらを目掛けて走ってくる。その後ろを追いかけて来るボーンゴーレム。

 

 

「今だ、やれぇ!!」

 

 

「《拒み阻めよ・  

 

 

 合図と同時に開始した詠唱。

 

 

「《  ・嵐の壁よ  

 

 

 グレン先生が私の横をスライディングして通り抜けた瞬間。

 

 

「《その下肢に安らぎを》  ッ!!」

 

 

 呪文が完成。私の両手から、凄まじい暴風が吹き荒れた。

 

 

 風に足止めされたゴーレム達の進行速度は目に見えて落ちていた。

 

 

 いや、それだけではない。私が起こした風に乗って、猫ちゃんが生み出した炎がゴーレムに殺到していく。その様子はまるで炎の絨毯(じゅうたん)だ。ゴーレムにぶつかった炎は小さく爆発し、その動きを阻害している。

 

 

 だが、即興ゆえに威力が足りなかったのか、完全に足止めはできなかったようで。

 

 

 ゆっくりと、しかし確実にこちらに歩みを進める数体のゴーレムを見て、私は激しく(なび)く髪を抑えながら、スライディングした後の体勢のまましゃがんで息を整えていたグレン先生に声をかけた。

 

 

「ごめんなさい、先生……ッ!」

 

 

「いーや、上出来だ。よくやった、お前ら」

 

 

 荒い息をつきながら先生が立ち上がった。そして、ゴーレム達の前に向き直る。その手には何か小さな結晶のようなものが握られていた。

 

 

「こっからは   

 

 

 その結晶をぴん、と親指で頭上に弾き飛ばし、落ちてくるそれを横に()いだ手で掴み取る。

 

 

 そして、その結晶を握り込んだ左拳に右(てのひら)をぱん、と合わせると、グレン先生は不敵に笑った。

 

 

   今日だけの特別授業だ。しっかり見てろよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 




 ううぅ〜ん、システィーナ目線難しいな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣の正体

  

 

 

 

 

 

 

 廊下に朗々と響く詠唱。

 

 

「《我は神を斬獲せし者・  ……」

 

 

 その声は静かに、なおかつ力強く響く。

 

 

「《我は始原の祖と終を知る者・  ……」

 

 

 隣で詠唱を聞いていたフィーベルさんが、呆けたようにつぶやいた。

 

 

「…う…嘘……?」

 

 

 彼女はグレン先生が唱えようとしている呪文の正体がわかったらしい。詠唱が進むにつれて、グレン先生の左掌に魔法陣が浮かび上がっていく。

 

 

「そ、その術は……」

 

 

 ちなみに俺にはサッパリわからない。詠唱をちょっと聞いただけで何の魔術かわかるって凄いと思う今日この頃です。

 

 

「《其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離(かいり)すべし・いざ森羅の万象は(すべから)く此処に散滅せよ・  

 

 

 グレン先生はもうすぐ側まで迫ってきていたゴーレムを凛と見据えて。

 

 

  遥かな虚無の果てに》  ッ!」

 

 

 そう締めくくると、俺達二人の前になかなか酷いことを叫びながら躍り出た。

 

 

「いい加減にしやがれやああ!しつけーんだよこの、ストーカー共めらがあああ!!黒魔改【イクスティンクション・レイ】 ッ!!」

 

 

 グレン先生の左掌を中心に高速回転していた魔法陣が前方に拡大拡散しながら展開したと思った次の瞬間、魔法陣から巨大な光線が放たれた。

 

 

 廊下を駆け抜けたその光線は、直線上にいた無数のゴーレム達はおろか、天井や床まで粉みじんに消滅させていた。

 

 

「…え?」

 

 

 壁が消滅したことによって見えるようになった外の風景をためつすがめつ眺める。わー、いい天気だなぁ…。

 

 

 ……いや待て、なんじゃこりゃ!?

 

 

「す、凄い……こんな、高等呪文を……」

 

 

 混乱している俺と、賞賛半分驚愕半分な様子のフィーベルさん。

 

 俺達がポカンと破壊後(元廊下)を見つめていると、前に立っていたグレン先生が苦しげな呼吸音を漏らした。

 

 

「フン、ストーカーにはふさわしい末路だぜ……ご、ほ……っ!」

 

 

 そう言った直後に、その場に崩れ落ちようとしたグレン先生を俺は慌てて支えた。

 

 

「先生!?」

 

 

見れば、グレン先生は血を吐いている。顔色は悪く、今にも気絶しそうだ。

 

 

     内蔵にダメージを!?

 

 

 血を吐いていたのでそう考えたが、直ぐにそれは訂正された。

 

 

「これは……マナ欠乏症!?」

 

 

 フィーベルさんの鋭い声が響く。

 

 

 マナ欠乏症……それって魔力を使いすぎたら起きるあれか!?ちょっと前に教えてもらったやつだ!

 

 

「まぁ……分不相応な術を、無理矢理使ったからな……このザマだ…くそ、「特別授業だ」とか言ってカッコつけるんじゃなかった……」

 

 

 苦しそうに顔を歪めるグレン先生は、普段の軽口を叩く元気も無いようだった。そのマナ欠乏症を差し引いてもグレン先生の怪我は酷い。深い傷は見たところ無いが、結構な数の小さな傷がある。小さいといえども傷は傷。このまま血を流し続けるのはまずい。

 

 

「《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を》」

 

 

 フィーベルさんが唱えた…えーっと……た、たしか白魔【ライフ・アップ】の呪文がグレン先生の傷を少しずつ癒やしていく。

 

 

「馬鹿、やってる場合かってんだ…よ……ッ!」

 

 

 フィーベルさんの手を払い除け、無理矢理立ち上がった先生。しかし、その膝は震えている。相当キツイんだろう、早く安全な所で治療しないと………ん?

 

 

 今、何か音がしたような…?

 

 

 耳をぴんと立てて、音源を探る。風に揺れる木の葉の音、今だ小さな破片をこぼし続ける抉られた壁。それらの音を意識から排除する。そして、捉えたのは   

 

 

「すぐに、ここを離れるぞ……その猫の肩も治療してやらねぇと……とにかく、早くどこかに隠れ………?」

 

 

 グレン先生のセリフを遮って、俺は低く唸った。

 

 

「ヴルルルッ!!」

 

 

「おい、どうし    っ!」

 

 

 言いかけて、グレン先生は苦い顔をした。どうやらグレン先生も気づいたらしい。俺にもたれかかっていた身体をグイと起こし、少しふらつきながらも自力で立った。

 

 

「……おいおいおい…最っ悪なタイミングだなおい……くそったれ…」

 

 

 崩壊した廊下の反対側から、カツンという靴音が微細に空気を振動させた。同時に声。

 

 

「【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。少々見くびっていたようだ。それに、そこの獣………」

 

 

 姿を現したのは、ダークコートの男。その背後には五本の剣が浮いている。その刃の切っ先はこちらに向いている。

 

「あーもう、浮いてる剣ってだけで嫌な予感がするよなぁ……あれって絶対、術者の意識で自由に動いたり、達人の技を記憶していて自動で動くやつだろ」

 

 

 ぼやくようなグレン先生の呟きにコート男はゆっくりと足を止めた。

 

 

「グレン=レーダス。調査では第三階梯(トレデ)にしか過ぎない三流魔術師だと聞いていたが……評価を改めねばなるまい」

 

 

「わー、ありがとうございます。ついでに見逃してくれたりしちゃったりして……」

 

 

 その言葉に男は冷ややかな笑みを浮かべた。あかん、これ油断したら殺られるわ。

 

 

「それは無理な相談だ。貴様等にはここで死んでもらう」

 

 

「それは残念。で、なんだその剣は。俺対策か?」

 

 

「知れたことを。貴様は魔術の起動を封殺できる   そんな巫山戯(ふざけ)た術があるのだろう?」

 

 

 魔術を封殺?それってさっきのあのカードが関係してるのか?なんて言ってたっけ……えーと確か…愚者の   欠伸(あくび)

 

 

「あのジンが何もできずに一方的にやられるなどそれしか考えられん。加えて貴様はボーンゴーレムにはその妙な術を使わなかった………つまりは魔術起動のみを封じる特殊な術、ということだ。ならば、最初から術を起動しておけば問題はない」

 

 

 コート男がパチン、と指を鳴らした途端、背後に浮いていた剣が一斉にこちらに飛来してきた。

 

 

 ドンッ!

 

 

 それを見た俺はフィーベルさんを頭で強く押した。丁度グレン先生も同じことを考えていたらしく、手を突き出している。二人分の力で同時に押された彼女が大きくよろめいたその先に地面はない。

 

 

「えっ!?」

 

 

 中に浮くフィーベルさんは驚いたような顔をして、下に落ちていく。さっき外を眺めた時に、下に低木が密集しているところを発見していた。丁度そこに落ちるように調節したので大丈夫だろう。………高所恐怖症だったりとかしないよね……もしそうだったら申し訳ない。

 

 

 途中で大きな悲鳴と共に突風が吹くような音が聞こえてきた。きっとフィーベルさんの【ゲイル・ブロウ】だ。上手く着地できたかな?

 

 

 そう考えながらも迫ってきていた剣を睨み付ける。俺を狙っている剣は三本。身体を捻り、壁の残骸を蹴りつけ、直撃しそうな剣は爆風で軌道をずらしながら回避する。先生も上手く避けたようだ。

 

 

 状態は良くない。俺は機動力が落ちているし、グレン先生も体調が(かんば)しくない。それに引き換え相手が操っている剣は剣自体の速度も速い上に手で操っているわけではないので軌道が読みづらい。今の俺たちには正直キツイ相手だ。

 

 

 しかし、俺とグレン先生をなぜか男は追撃してこようとはしなかった。中に浮いた剣が廊下に(たたず)む男の元へと戻っていく。

 

 

 牙を剥き出して威嚇していると、男がおもむろに口を開いた。その口調はとても静かだ。

 

 

「……逃がしたか。まぁいい」

 

 

「……ぶっちゃけアイツを守りながらってのはしんどいしな」

 

 

 肩で息をしながらグレン先生が拳闘の構えをとった。俺も身を低く構える。こっちだって簡単に殺されるつもりは微塵もない。

 

 

 息を吸い、酸素を肺へ送る。同時に魔力も集めていく。

 

 

 魔力を元に変換された炎は身体に渦を巻いてゴウゴウと激しく燃え盛る。

 

 

「ふむ……やはり」

 

 

 その様子を見ていた男から発せられた、何かを確信したような言葉。

 

 

「まさかここで再び相見えることになるとはな……獣の一族よ」

 

 

    こいつ俺の、いや、()()()のことを知ってるのか!?

 

 

 驚愕している俺をグレン先生は横目で見てきた。

 

 

「獣の一族だぁ?」

 

 

 はいその話題ストップ。

 

 

 そんな心の声が届くことはもちろんなく。コート男はほんの少しの呆れを表情に載せて続ける。

 

 

「何だ、共に戦っている者の素性も知らんのか……その者は   

 

 

 待て待て待て!ちょっと待て!!

 

 

   人と獣、二つの姿を持つ者だ。最強の戦闘民族である彼らの名は  ベスティア」

 

 

 言っちゃった!言っちゃったよコイツ!!

 

 

「……は?ベスティア??」

 

 

 こちらを見る隣からの視線が痛い。

 

 

「彼らの存在自体を知る者は裏の世界でも少ない。名前を聞いても気づかなかったというのはそれも大きいだろうな」

 

 

 二人分の視線を受ける俺。

 

 

 ……流石にもう誤魔化せないか。

 

 

 纏ったままだった炎を空中に散らし、俺は変身を解いた。グレン先生の顔が驚きに染まった。コート男は少し意外そうな顔をしている。

 

 

「お前だったのか……」

 

 

「ほう……中々に威厳溢れる姿をしていたのもあり、壮年をイメージしていたのだが…」

 

 

 それぞれの感想を聞きながら、俺は最後の抵抗とばかりに一言。

 

 

「違います。【セルフ・ポーネグリフ】です」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……お前、それ言うなら【セルフ・ポリモルフ】な」

 

 

「…………あ」

 

 

 結論    やっぱり誤魔化せなかった。

 

 

 

 

 




 なるべく引っ張りたかったウィルの正体についてですが、ここでグレンにバレてしまいます。

ちなみに、【セリフ・ポリモルフ】は肉体の構造そのものを作り変えて変身する魔術です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

講師と生徒

 
 今更ですけどサブタイトル考えるのって凄く難しいですね。全く案が浮かばない……。いつも超絶テキトーです。

 今回ちょっと話の進め方が強引かもしれません。


 

 

 

 

 

 

 ……気まずい。とんでもなく気まずい。

 

 

 自然とグレン先生から目を逸らしてしまう。

 

 

 そんな俺を複雑な目で見ていたグレン先生は、大きなため息をつきながら言った。

 

 

「いろいろと言いたいことや聞きたいことはあるが……お前、白猫にちゃんと謝っとけよな。アイツお前が死んだと思い込んでめちゃくちゃ泣いてたぞ?」

 

 

「……はい」

 

 

 うん、それは本当に申し訳なく思っています。

 

 

「まあ、ひとまず今は    

 

 

 そう言ってグレン先生は目を動かした。その視線の先にいるのは、律儀にも会話が終わるのを待っていてくれたらしいコート男。

 

 

   コイツをなんとかしねぇとな」

 

 

「…そうですね」

 

 

 短く答えた俺とグレン先生の視線を受けて、腕を組んでいた男はゆるりと腕を解いた。その動きと同時に殺気が膨れ上がっていく。

 

 

「…話は終わったか?」

 

 

「ああ、おかげさまでな」

 

 

 俺の答えにフン、と鼻を鳴らしたコート男の周りを剣が漂う。その刀身は術者の心情を表したかのようにギラギラと輝いた。

 

 

「………では、行くぞッ!!」

 

 

 コート男の叫びを切っ掛けに、俺とグレン先生に剣が殺到した。ただ、俺は変身を解いたおかげで素早く動ける。相変わらず左肩は動かないし、武器もないが、機動力が死んでいたさっきよりは遥かにマシだ。

 

 

 俺は大きく踏み込むと、右拳で剣の腹を強く殴る。硬い金属の感触を拳に残してクルクルと宙を舞った剣は、ガギィン!という音を立ててグレン先生を狙っていた剣を巻き込み、かなり遠くへ弾き飛ばされていった。

 

 

 (ベスティア)の血を引く者は身体能力が元々高い。それは単純な腕力も(しか)り。

 

 

「助かったぜ、ウィル!」

 

 

 小刻みにステップを踏み、剣を(かわ)しながらグレン先生は叫んだ。

 

 

「どういたしましてぇえやあああ  ッ!!」

 

 

 飛んできた剣の柄頭に回し蹴りを放ちながら叫び返す。俺が蹴り飛ばした剣が床を削りながら滑っていく。これで今宙に浮いている剣は二本。

 

 

 そのうちの一本が斬り掛かってくるのを前転で回避しながら俺はコート男へと突進する。

 

 

「《炎獅子よ》   ッ!?」

 

 

 コート男は俺に指を向け、何かの呪文を唱えたが、魔術は発動しなかったらしい。グレン先生の仕業だろう。

 

 

「させねぇよ!!」

 

 

 案の定聞こえてきたグレン先生の言葉にコート男は一瞬だけ顔を歪めたが直ぐに無表情に戻り、手元に残っていた一本の剣を俺に向けた。周りから集まろうとする剣はグレン先生が相手をしてくれているようで、剣はなかなか戻って来ない。俺とコート男は一対一で向き合った。

 

 

 彼我の距離、約5メートル。

 

 

 俺は足元に積もっていた瓦礫やら砂やらを思い切りコート男の顔めがけて蹴り上げた。

 

 

「む…ッ!?」

 

 

 それを煩わしそうに手で払い除けたコート男。この一瞬だけ、砂と自分の手に阻まれて奴は俺を目視できない。

 

 

 前に飛び込みながら獣化し、転がるようにして伏せる。

 

 

 ビュゴオッ!

 

 

 頭上を風切り音を立てて剣が通り過ぎた。巻き起こった風が俺のたてがみを激しく揺らす。

 

 

 彼我の距離、僅か3メートル。

 

 

 瞬時に姿を変えた俺に驚愕の表情を浮かべたコート男。その周囲に剣はなく、頼りの魔術はグレン先生に封じられている。俺には、コート男の次の行動が簡単に予測できた。

 

 

  ッ!」

 

 

 俺から距離を取ろうとしたコート男の足を素早く爪で切り裂く。悪いけど、逃がすわけにはいかない。

 

 

「ヴオオオッ!」

 

 

 獰猛な唸り声を上げた俺はコート男に飛びかかり、男の右腕に噛み付いた。鋭い牙が腕に深く食い込む。

 

 

「ぐああッ!!」

 

 

 堪らず叫んだコート男を噛み付いたまま思い切り床に叩きつけた。炎を纏ってはいなかったが、それでも地面にめり込む程の力を込めたので、暫くはまともに起き上がれないだろう。コート男の顔を覗き込んでみれば、完全に意識を失っている。

 

 

 同時に後方から、ガシャガシャと何かが落ちたような音がした。振り返ると、コート男が操っていた剣が床に折り重なるようにして落ちている。術者の意識がなくなったので、制御できなくなったんだろう。

 

 

 俺は獣化を解いて、落ちていた布切れでコート男の腕をキツく縛っておいた。形ばかりだが、無いよりはマシだろう。何もしないで放置ってのもなんかアレだしね。

 

 

 その作業を終えた俺は仰向けに床に倒れ込む。そんな俺の隣にグレン先生もゴロンと寝転ぶ。外から吹いた風が前髪を優しく揺らした。

 

 

 先に静寂を破ったのはグレン先生だった。

 

 

「……なんとか助かったな…」

 

 

「……はい…」

 

 

「……お前のことは黙ってた方がいいのか?…」

 

 

「……皆にはなるべく黙っててもらえると助かります。とは言っても、既にセリカさんと学院長は知ってますけど…」

 

 

「……そうか…」

 

 

「……それはそうと、先生の…魔術を封殺する魔術?……すごい助かりました……ありがとうございます…」

 

 

「……ああ…」

 

 

 どちらも身体は満身創痍。幸いコート男との戦闘では大きな怪我をすることはなかったが、精神的な疲れが来ていたので、喋る体力も気力も尽きかけていたが、今の俺はなんとなく話したい気分で、それはグレン先生も同じようだった。

 

 

 お互いに間延びした声で会話を続ける。

 

 

「……つーかさぁ、お前って結構えげつねぇ攻撃すんだな。砂蹴り上げたり、噛みついたりとか…」

 

 

「……それだけ俺が必死だったってことです。魔術師と戦うのは今回が初めてでしたしね……」

 

 

 戦いに於いて、使えるものはなんでも使え。耳にタコができるぐらい聞いた父さんの口癖だ。

 

 

「それに、せっかくの牙ですよ?あそこで使わなくていつ使うんですか…」

 

 

「……まぁ、そりゃそうかぁ…」

 

 

 ポツリポツリと言葉のキャッチボールをしていると、床に反響して小さな足音が聞こえてきた。その音はどんどん大きくなっている。フィーベルさんが戻ってきたのかもしれない。

 

 

 ぼんやりと考えていると、グレン先生が寝転がったまま少し焦ったような声をかけてきた。

 

 

「…おおい、変身しなくていいのか!?もしかしたらその肩の傷でバレるかもしれねぇぞ?」

 

 

 ……あ、確かに。

 

 

 一度受けた傷は人と獣、どちらの姿であっても位置は共通だ。俺の左眉の傷跡と同じように。大体は毛で隠れはするが、これだけの大怪我だ。もしかしたら肩の部分だけ毛が抜けるかもしれない……。いや、今はそれは置いといて。

 

 

「やっば!」

 

 

 俺は飛び起き、大慌てで獣化、ライオンの姿になった。

 

 

 直後、角を曲がって廊下の向こう側からフィーベルさんが姿を表した。こちらに向かって一直線に駆け寄ってくる。

 

 

 あ、危なかった……。もう少し獣化するのが遅かったら見られていたかもしれない。……でも、彼女には炎まで見せてしまっている。どのみち直ぐに正体を明かすことになりそうだ。

 

 

「先生!猫ちゃん!」

 

 

 駆け寄ってきたフィーベルさんがグレン先生と俺を呼んだ   その時、なにが面白かったのか、突然グレン先生が吹き出した。何事かと耳を澄ましてみれば  

 

 

「ね、猫ちゃん…ぷっ……くくく…」

 

 

 (かす)かに聞こえてきたのはそんな押し殺したような笑い声。その笑い声を聞いたフィーベルさんは首を傾げている。

 

 

「……?猫ちゃんがどうかしましたか?」

 

 

「い、いや、なんでもねぇ。………な、猫ちゃん?」

 

 

 最後の言葉は俺に向けてだ。顔を真っ赤にして細かく震えながら笑いを堪えているグレン先生を見て。

 

 

     コイツぜってぇ後で泣かす。

 

 

 そう心に決めた。……いや、よく見ればもうすでに笑いすぎて涙出てるし!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室でフィーベルさんに手当てしてもらい、なんとかまともに動けるようになった俺とグレン先生。

 

 

 俺達の治療で魔力を使い、疲れて眠ってしまったフィーベルさんをベッドに寝かせ、グレン先生は俺を呼んだ。

 

 

「ウィル、もういいぞ」

 

 

 獣化を解き、ついさっき治療してもらったばかりの左肩を制服の上から撫でる。触れば引きつるようなピリッとした痛みが走るが、動かす分には問題ない。

 

 

 改めて、魔術の凄さを実感した。

 

 

「魔術って凄いですね……あれだけの怪我を治そうとすれば、普通はもっとかかりますよ…」

 

 

 呟きながら、医務室に備え付けられている丸椅子に腰掛ける。

 

 

「……そうだな」

 

 

 反応が少し悪いグレン先生を見て、この人は魔術が嫌いなんだった、と思い出した。

 

 

 現役の魔術講師であり、誰よりもわかりやすい授業をしてくれるグレン先生が魔術を嫌っているのにはなにかよっぽどの理由があるんだろう。別に聞こうとは思わないが、グレン先生の前ではあまり魔術の話はしない方がいいのかもしれない。

 

 

 そう考え、別の話題を口にしようとした俺を、他でもないグレン先生が遮った。

 

 

「俺は魔術が嫌いだが、魔術が凄いのは確かに認めてる。……というか、生徒が講師に気なんて使うんじゃねぇよ」

 

 

「ありゃ、バレてました?」

 

 

 壁に寄り掛かりながら、少し得意げに笑うグレン先生。

 

 

「これでも一応お前らの担任だからな、それくらいは顔見りゃ分かる。……まぁ、非常勤だけど」

 

 

「…御見逸(おみそ)れしました」

 

 

 俺の言葉にグレン先生は笑みを苦笑に変えた後、表情を引き締めた。

 

 

「ウィル、お前は白猫を教室まで運んで、そこにいる生徒達を守れ。恐らく敵はもう居ないとは思うが、念の為だ。俺は   お転婆娘(ルミア)を助けに行く」

 

 

 お転婆娘(てんばむすめ)?ティンジェルさんが??…よく分からないが、ひとまず頷く。

 

 

「了解」

 

 

 短く返事をした俺を、グレン先生は少し驚いたように見てくる。

 

 

「…なんですか?」

 

 

「いや、自分から言っておいてなんだか、反対されると思ってな…」

 

 

「反対しようにも、俺達二人しかいないんで多数決もできませんよ……それに」

 

 

 脳裏に優男  ヒューイ先生の顔が浮かんでくる。

 

 

「……多分、向こうはグレン先生が来るのを待ってます」 

 

 

「?…ああ」

 

 

 グレン先生はティンジェルさんのことだと思ってるみたいだった。確かに彼女も助けを待っているだろう。早く行ってあげてください、とグレン先生の肩を叩くと、俺は眠ったままのフィーベルさんを起こさないように背負った。所謂(いわゆる)おんぶだ。前世でも同年代の女の子をおんぶしたことなんてなかったので、かなり恥ずかしい。心臓が破裂しそうだ。

 

 

「よいしょっと」

 

 

 恥ずかしさと急上昇した心拍数を紛らわす為にわざとらしく声を出してみたが、あまり効果はなかった。……ちょっとそこ、ニヤニヤすんの辞めてもらえます?

 

 

 無言のジェスチャーで(はや)し立ててくるグレン先生を華麗に無視し、俺は医務室のドア(引き戸タイプのやつ)を足で開けた。ガラガラと響いた音が無人の廊下に反響する。

 

 

「じゃ、また後で」

 

 

「おう」

 

 

 最低限の言葉を交わし、俺は医務室から出た。グレン先生と話し合った結果、俺は獣化せずに教室に戻ることになった。理由は二つある。

 

 

 一つ目、獣化していると背中に乗せたフィーベルさんを落っことすかもしれないから。俺たちの傷を必死に治療してくれた彼女をそんなふうに目覚めさせるのは大変忍びないし、階段などで落っことしたら大怪我を負わせてしまうかもしれない。

 

 

 二つ目、これはグレン先生の意見だが、俺は教室の皆からすれば死んだことになっている。その辺の事情を手短に話し、その状況を良く思わなかったグレン先生から、「今頃クラスの連中はお葬式モードだから、早くそれを払拭(ふっしょく)してこい、それにお前、変身しなくても普通に強いだろ」と、出撃命令を受けた。

 

 

 背中ですぅすぅと寝息をたてているフィーベルさんに振動が伝わらないように、慎重に教室へと向かって歩く。長い銀髪が俺の首をこちょこちょくすぐった。

 

 

「………」

 

 

 眠っている相手に対してガチガチに緊張するのも馬鹿らしいので背中側は意識しないことにした。……普通、普通に振る舞うんだ、俺!

 

 

 深呼吸を繰り返し、なんとか落ち着くことができた。

 

 

 ……落ち着いて考えてみれば、集落にいた頃は子ども達をよくこうやっておんぶしてたなぁ。きゃあきゃあ騒ぎながら群がってくるもんだから、ホントに大変だった。旅立つ日はちびっこ達は全員大泣きしてたっけ……。

 

 

 自然と笑みが(こぼ)れる。

 

 

 ふと、自分がまだ幼かった頃を思い出した。この世界での記憶ではなく、前の世界の記憶だ。

 

 

 当時、幼かった俺は、なにか悲しいことや嫌なことがあればいつも両親におぶってもらっていた。その頃の俺にとってはその背中が一番落ち着ける場所であり、安心できる場所でもあった。もちろん今の両親であるアレク父さん、レティ母さんのことも大好きだけど、やっぱり親孝行くらいはしたかった。

 

 

「…元気かなぁ…二人とも……」

 

 

 今はもう会えない両親のことを思い、少しセンチメンタルな気分になったが、そんな気分を背中から聞こえてきた声が消し去ってくれた。

 

 

「…うぅん………」

 

 

 ドキッとして動きを止める。背中でもぞもぞとフィーベルさんが動いたが、目を覚ますには至らなかったらしい。そのまま動かなくなった。

 

 

 ……あっぶな。起こしてしまうところだった。小さく息を吐き、止めていた歩みを再開する。

 

 

 教室まであと少し。

 

 

 どのみち教室についたら起きてしまうだろう。でもそれまでは、このまま寝かせてあげたいと思った俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その後

 今回短め。これで1巻は終了です。次は2巻!頑張るぞ!

 短編のエピソードを書こうと思っています。何かリクエストがあればお知らせ下さい!


 

 

 

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件。今回の事件は、のちにそう呼ばれることになる。

 

 

 一人の非常勤講師の活躍により、最悪な結末を逃れたこの事件は、関わった敵組織のこともあり、社会的不安に対する影響を考慮されて内密に処理されたらしい。学院に刻まれた数々の破壊の傷跡も、魔術の実験の暴発ということで公式に発表された。……とある壁に刻まれた、なにかの大型動物の爪痕を誤魔化すのには大変苦労したらしいが。

 

 

 この事件に関して、帝国宮廷魔導士団が総力を上げて徹底的な情報統制を敷いた結果、学院内でこの事件の顛末を知る者はごく一部の講師、教授陣と当事者である生徒達しかいない。倒したチンピラと黒コート、ヒューイ先生の三人は帝国宮廷魔術師団が連行していった。

 

 

 事件解決後、当初は生徒達の間で様々な噂が飛び交っていたが、一ヶ月も経った今ではその噂は誰の話題にも上がらなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 朝、珍しく寝坊してしまった俺は登校中にグレン先生を発見。そのまま一緒に行くことに。

 

 

 

「しっかしまぁ、ルミアがあの病死したと言われていたエルミアナ王女だったとはな……」

 

「俺も驚きましたよ…でも、なんか納得しました。ほら、雰囲気とか王女様っぽいし」

 

「そりゃあ、王女様本人だからな!?」

 

 

 ポケットからわざわざ手を出し、ずびしっ!と鋭いツッコミを入れたグレン先生の隣を歩きながら俺は笑う。

 

 

 俺と別れた後、転移塔へと向かったグレン先生は、白魔儀【サクリファイス】という魔術を使い、学院全体を巻き込む自爆テロを(これがヒューイ先生にとっての目的だったらしい)実行しようとしていたヒューイ先生を止め、ティンジェルさんを救出することに成功。計画を潰されたにも関わらず、ヒューイ先生はどこか安心したような表情だったという。

 

 

 俺はヒューイ先生の授業を受けたことがない。俺が来た時には既に彼は失踪していたからだ。だから、彼について知っていることはとても少ない。

 

 

「……どんな人だったんだろう?」

 

 

 独り言のつもりで呟いたが、どうやら聞こえていたらしい。

 

 

「話を聞いた感じ、情に厚い、教育熱心な奴だったらしいぞ」

 

「………へえー」

 

 

 ……それ、まんまアンタやないかい。まあ、本人がそれを自覚しているかは別問題だけど。ったく、うちの担当講師は自己評価が低いのか高いのか……。

 

 

 わざとらしくため息をついた俺に「おい、なんだよそのため息!」と喚き立てる我らが担当講師を放置し、俺は少しだけ前を振り返った。

 

 

 事件が解決した後、グレン先生とフィーベルさんと俺の三人は、事件解決の功労者として帝国政府の上層部に呼び出され、ティンジェルさんの素性を聞かされた。異能者だったティンジェルさんが政治的な理由によって帝国王室から放逐されたということ。帝国の未来のために、彼女の素性は隠し通さなければならないということ。そして、俺達三人は、事情を知る側としてティンジェルさんの秘密を守るために協力することを要請された。

 

 

 そして、俺のことについても、フィーベルさん、ティンジェルさんの二人には話すことにした。その方が今後のことを考えて動きやすくなると学院長やセリカさんに強く言われたのと、俺自身も二人と同じことを考えていたからだ。学院長室に、俺、学院長、セリカさん、グレン先生、フィーベルさん、ティンジェルさんの六人で集まることになった。

 

 

 皆の前で獣化して見せると、学院長とセリカさん、グレン先生は予め知っていた為普通だったが、フィーベルさんとティンジェルさんはとても驚いていた。話の途中で、突然フィーベルさんが顔を赤くして(うつむ)きだし、心配した俺が声をかけても反応しなくなるということがあったが、それ以外は二人とも静かに話を聞いてくれた。

 

 

 俺は内心で彼女達がどんな反応をするか少し不安だった。もしかしたら怖がられるんじゃないか、なんて考えていたが、それは杞憂に終わったようで、俺が話し終えた後も普通に質問を投げ掛けてくるフィーベルさんとティンジェルさんに俺の方が戸惑うほどで。

 

 

 思い切って怖くないのかと尋ねてみれば、首を傾げたあと、小さく笑いながらフィーベルさんが答えてくれた。

 

 

   姿が変わっても、ウィルはウィルでしょ?

 

 

 よく考えてみれば、魔術に触れたことが無い人達からすれば獣に姿を変える者がいれば恐怖を感じるだろうだろうが、魔術に日常的に触れている彼女ら魔術師からすれば、姿を変える方法なんて沢山ある。それ故の慣れもあったんだろう。

 

 

 そうとわかっていても、胸がじんわりと暖かくなったのを鮮明に覚えている。彼女からすれば何気なく放った言葉だったかもしれない。でも俺にとってはその言葉はとても嬉しかった。

 

 

 思い出してほんわかした気分になっていると、グレン先生が声を掛けてきた。

 

 

「それはそうとウィル」

 

「? はい」

 

「今の時間わかるか?俺の時計壊れちまって使えねぇんだ」

 

「なにやってんですか、ちゃんと替えの時計くらい持っといて…下さ…い……?」

 

 

 懐中時計をちらりと見て、なんとなく違和感を覚えたのでもう一度見る。時計は、止まっていた。

 

 

「……ッ!」

 

 

 慌てて辺りを見渡す。確か、この通りには柱時計があった筈……。

 

 

 程なくして柱時計を発見。直ぐに時間を確認する。

 

 

「…………」

 

「で、何時だった?」

 

「……は、ははは、大丈夫ですよ先生。(まった)くもってノープロブレム。ゆっくり歩いてて下さい。俺はちょっとした急ぎの用事ができたんで、それじゃ」

 

 

 走り出そうとした俺の肩をグレン先生がガッシリと掴んだ。

 

 

「まぁ、待てよ」

 

 

 彼はとても爽やかな笑顔を浮かべていた。まるで、同士を見つけたと言わんばかりに。そんな表情とは裏腹に、掴まれた俺の肩はミシミシと嫌な音を立てている。

 

 

「ほら、空を見てみろ。こんなにも綺麗に晴れ渡っている。そして、そこに浮かぶは天空城。…折角だし、この雄大な空を眺めながらゆっくり歩こうじゃないか」

 

「はは、生憎と俺は夜空観察の方が好きなので今回は遠慮しときますよ」

 

 

 俺も穏やかな笑みを浮かべ、肩を掴んでいる手をさり気なく、全力で外しにかかる。

 

 

「ははは、まぁそう言うな。大人しく歩こうぜ、なぁ? ……さもないと、夜空ではなくお前の頭上にお星様が舞うことになる」

 

「朝から冴えたジョークですね、流石です先生……ただ、この手を離してくれませんか? うっかり先生の目を潰してしまいそうだ」

 

 

 朗らかな笑い声を響かせる俺とグレン先生。だか、俺もグレン先生も顔は恐ろしい程の真顔だ。

 

 

「「………」」

 

 

 無言で睨み合う。

 

 

 先手を打ったのは俺だった。

 

 

 バシィッ!(肩を掴む手を振り払った音)

 

 ガシィッ ミシミシミシィ!(再び肩を掴まれた音)

 

 ドゴゴッ!(膝蹴りをガードされた音)

 

 

「……おい、離してくれ。遅刻、欠席ゼロが目標な俺としては、これ以上時間を潰している暇はない」

 

 

 敬語すら忘れてタメ口で放った言葉に、俺の肩を掴んでいるグレン先生は慈愛の笑みを浮かべ、言った。

 

 

「オイオイ冷てえな。俺達、唯一無二の親友だろ?親友なら……互いの苦しみを分かち合うのは当然だよな?

 

 

   コイツ、俺を生贄(いけにえ)にする気だ!

 

 

 手を引き剥がし、俺はその場から逃げ出した。全速力で学院への道を駆け抜ける。

 

 

「待ちやがれぇえええ!!」

 

「誰が待つか! そもそもアンタ、説教仲間が欲しいだけだろ!?」

 

「ああそうだ、それがどうした! いいか、よく聞けウィル!……人はな、決して一人では生きていけないんだ!……お前なら、この言葉の意味がわかるだろうッ!?」

 

「わかりますけど、その言葉の使い方は完全に間違ってますよ!?」

 

「隙ありぃいいい!」

 

「ぐあっ! おい卑怯だぞ!アンタそれでも講師か!?」

 

「フハハハハ! 卑怯?何それ美味しいの? 狡猾(こうかつ)だと言い(たま)えよウィリアス君〜?」

 

「上等だこの野郎!もう手加減なんてしてやるか!!」

 

 

 ぎゃあぎゃあ言い争いながら学院へ向かって爆走する俺達。足払いを掛け、相手の足を引っ張って転ばせながらも前へと進む。

 

 

 いつしか説教を逃れるという目的は俺の頭から綺麗サッパリ消え、どちらが早く学院に辿り着くかしか考えていなかった。きっとそれはグレン先生も同じだろう。

 

 

 結局、学院には二人とも同着。お互いの健闘を(たた)え合い握手し、いい笑顔で自分達の教室のドアを開け   フィーベルさんのお説教を受けた。

 

 

 勿論、遅刻していた。

 

 

 

 

 

 




 遅刻してきたグレンとウィリアスに白猫の説教が炸裂。グレンはしばらくぶすくれていたが、ウィリアスが昼ご飯を奢ったところ、機嫌が治った。ちょろい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第ニ章 魔術のお祭り
ひと悶着


 こんにちは、カステラ巻きです。

 長い間更新できず、誠に申し訳ありませんでした! そして待ってくれていた皆さん、ありがとうございます!! 就職活動が一段落ついたので投稿します。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

      朝。

 

 

 日の光がカーテンの隙間をすり抜けて顔を照らす。今日もゆっくりと寝ることができた。

 

「……ふぁあ〜あぁああ………」

 

 欠伸を噛み殺しながらベッドからのそりと起き上がり、伸びをしてから、洗面台で顔を洗う。冷たい水を手で受け止め、顔に大量にかける。冷水を浴びて、ゆっくりと覚醒していく意識の中で、さて朝食だ…いやその前にいつもの鍛錬を…と寝ぼけ(まなこ)で考えながら、タオルで顔を拭いていた時、ふと、いつもは小鳥の(さえず)りが聞こえてくる筈が、今日は何故か全く聞こえないことに気づいた。

 

「……?」

 

 不思議に思い、カーテンを開けるが、庭に異常は見られない。タオルを肩に引っ掛けながら、う〜ん?と首を捻り、ひとまず家の周囲を見て回ろうと玄関に向かう。カチャリ、と鍵を開け、適当な外履きをつっかけてドアを開けると、玄関から少し離れた庭の薪割り用の切り株の上に、見覚えのある一羽の白い(タカ)がちょこんと佇んでいた。片足には小さな荷物が鷲掴みにされている。荷物の中には恐らく両親からの手紙も入っている筈。

 

「ああ…長旅お疲れさん」

 

「ピィー!」

 

 俺が(ねぎら)いの声を掛けたその鷹は、返事をするかのように元気な鳴き声を上げた。

 

 この鷹   古雪(こゆき)は父さんの相棒だ。俺が生まれる前からいたので俺よりも年上。少しくすんだ様な白い羽根は、朝の霧を受けて飛んで来たからか少し湿っている。

 

 腕を真っ直ぐに伸ばすとその鷹は掴んでいた荷物をポトリとその場に落とし、嬉しそうにクチバシを鳴らしながら腕に飛び乗ってきた。かわいい。何よりサイズが丁度いいよね。(ワシ)はもっと大きいだろうから、腕が直ぐに疲れそうだ。

 

 腕に乗せ、荷物を拾いながら家に入り、古雪の朝露に濡れていた身体を、肩に引っ掛けていたタオルで軽く拭いてやる。その後戸棚から小皿と深皿を出し、小皿に肉の欠片を、深皿に水を入れて机に置くと、机に飛び移った古雪がちょんちょんと肉を(ついば)み始めた。かわいい。

 

「さて、と」

 

 古雪が肉を突いている間に荷物を開く。中から出てきたのは、手のひら程の大きさの小さな薄茶色のポーチと、封筒に入った一通の手紙。ポーチも気になるが、先に手紙を取り出して読む。えーっと、なになに……

 

  ウィリー、元気にしていますか? 私達は元気です。貴方はちゃんと毎日ぐっすり眠れていますか? 怪我や病気はしていませんか? 食事はきちんと摂っていますか? 友人は出来ましたか?

 

 心配性なのは父さんだと思っていたが、どうやら母さんもらしい。苦笑しながら続きを目で辿(たど)る。

 

送ったポーチは、貴方への入学祝いのプレゼントです。遅くなってしまってごめんね。本当は何か武器を送ろうと思っていたけれど、大きすぎて古雪が持てなくて……それで、このポーチにしました。これは昔、お父さんと遺跡を探検している時に見つけたもので、便利な魔法が掛かっているの。使い方を書いた紙をこの封筒の中に入れておくから、読んでね。

 

 へぇ〜、このちっちゃいポーチに魔法がねぇ。……え、魔法? これってもしかして魔法遺物(アーティファクト)とか言うやつか! 

 

 仰天しながら、手に乗せた小さなポーチをためつすがめつ眺めるが、見た目はただのポーチにしか見えない。

 

 ひとまず使い方を書いてある紙を読んでみる。…あったあった、これだな。

 

 『〜不思議なポーチの使い方〜

 

 ポーチには生物以外の物体なら、何でも幾らでも収納可能! 食べ物を入れても腐らないよ! 物を出したい時はポーチに手を入れて、欲しいものを思い浮かべると手に収まるから超出しやすい! 物を仕舞いたい時はポーチに近づけると小さくなるから仕舞いやすい! とっても便利なこのポーチ、ぜひ使ってみてね!!

 

 誰だよこれ書いたの。絶対母さんじゃないだろ。

 

 ツッコミたくなるのを堪え、字をよく見てみれば、その筆跡は父さんのものだった。ウケを狙ったらしい。……コレについてはノーコメントで。いい歳の大人が何やってんだよ…。

 

 時計をちらりと見る。余裕はまだあるが、かといってのんびりし過ぎも良くない。それに鍛錬もまだしていないし、朝飯もまだだ。

 

 俺は寝間着を動きやすい服に着替え、武器庫から剣と槍、弓と矢を数本、取り出した。ふと思いつき、ポーチにそれらを近づけると、近づけた箇所(かしょ)から小さくなって、スルリとポーチに収まった。取り出してもみたが、ポーチから剣を出した瞬間に実物大に戻った。中に何が入っているのかが脳内に浮かんできた為、入れた物を忘れるということもなさそうだ。

 

 おお、持ち運びに便利だな。これならポーチを身に着けている限り、何処(どこ)へでも武器を持ち歩ける。いいなコレ。森とかの人目につかない所ならともかく、学院に剣とか弓とか引っさげてくのは目立つからなぁ…。いや、それ以前に学院に持ち込んでも使う場面は限りなくゼロに近いだろうけども。

 

 新たに武器庫から取り出した、鍛錬で使う武器を何本かポーチに仕舞い、俺は庭へと向かった。

 

 

 〜数時間後〜

 

 

 ポーチの性能に満足した俺は、早速そのポーチを腰のベルトに着けて学院に来ていた。もちろん、ポーチには武器を何本か入れてきている。これまで学院には無手で来ていたが、やはり自分の馴れ親しんだ武器(あいぼう)達がすぐ側にあるというのはとても安心する。戦士の(さが)だよね! ちなみに、教科書やノートの類は普通にカバンに入れて来た。

 

 脳内で数々の武器達を想像していると、一人の講師とすれ違った。名前は…ハ、ハ……バンデッド先生? だったかな。彼は何故か、こちらをギョッとした顔で見ながら通り過ぎていく。……そんなに酷い顔をしていたのか、俺は。

 

 朝から緩みそうになる(既に緩んでいた)顔を引き締め、シャキッと真顔を意識する。……よし、完璧だ。

 

 教室のドアを開ける。と   

 

「おはよう、ウィル……何だよニヤニヤして。何かあったのか?」

 

 丁度同じくらいのタイミングで登校してきたらしいカッシュが声をかけてきた。彼には俺の真顔が見えていなかったらしい。机にカバンを放り投げ、カッシュの隣に座りながら、おはようの挨拶も程々に語りかける。

 

「誰がニヤニヤしてるって? お前には見えないのか? この俺の完璧な真顔が」

 

「いや完全にニヤけてんじゃんかよ」

 

 笑ってないし、いや笑ってたろ、と言い争っているとセシルがやってきて、ストンと俺の隣に座った。

 

「おはよう、二人とも。朝から元気だね……」

 

「おはようさん、セシル。眠そうだな」

 

 珍しく目をショボショボさせているセシルは「僕だって眠たい時くらいあるよ」と言いながら机に突っ伏した……本当に珍しい。

 

「……教科書を枕にすれば寝やすいぞ」

 

「……お前は何のアドバイスをしてるんだ」

 

「……? 快適な睡眠を得るためのアドバイスだけど? おやすみ、先生が来たら起こすよ」

 

 よほど眠かったらしく、セシルは無言で俺のアドバイス通りに教科書を枕にして夢の世界へ旅立って行った。

 

 教室にチラホラとやってくる生徒達を横目に見ながら、羽ペンでセシルのほっぺたにホクロを増やしていく。…よし、北斗七星の完成だ。次はオリオン座を……。

 

「おやすみとか優しげに言っておきながらイタズラするとかお前鬼かよ」

 

「わかってないなぁ、カッシュは。いいか、寝ている人……これすなわちキャンパスだ。らくが……アートを描かないと失礼だろう」

 

「おい、今らくがきって言いかけたよな?」

 

 なんだかんだ言いながら、カッシュも楽しげに俺の筆捌きを見ている。俺は前世では友人とこんなふうにふざけた事が殆どなかったので、今がとても新鮮に感じる。

 

「気のせい気のせい。……よし、できた。我ながら素晴らしい出来だ。将来は画家にでもなろうかな」

 

 適当にカッシュの言葉を誤魔化す。完成した美しいアートに満足していると、羽ペンがくすぐったかったのか、グレン先生が来る前にセシルは起きてしまった。慌てて羽ペンをカバンに押し込み、そっぽを向く。セシルはほっぺたをごしごしと擦り、手についたインクをこれ見よがしに俺に見せてきた。

 

「ねぇ、ちょっと。僕の頬にインクがついてるんだけど」

 

「カッシュの仕業です」

 

「おいい!? 俺じゃねーよ! セシル、犯人はウィルだ!!」

 

 秒で指差した俺に食って掛かるカッシュ。セシルはこれまた珍しく、ニヤリと笑みを浮かべて羽ペンを二本構え、俺達の顔に素早く突き出してきた。

 

「やぁっ!」

 

「うわっぷ」

 

「ちょ! なんで俺までぇっぶ!?」

 

 しばらく顔をこちょこちょされた後、お互いの顔を見ての第一声は   

 

「「これは酷い」」

 

「二人とも、すごく似合ってぶふっ」

 

 猫のひげらしきものをほっぺたに書かれた俺と、インクで極太眉毛になったカッシュをホクロだらけのセシルが笑う。

 

 結局三人とも、先生やフィーベルさんが来る前に急いで顔を洗いに行った。

 

 

 

 時は早くも放課後。

 

 

 『魔術競技祭』という学院行事を来週行うらしく、その種目決めということで生徒達は教室に残っていた。司会はフィーベルさん、書記がティンジェルさんだ。

 

「はーい、『飛行競技』の種目に出たい人、いませんかー?」

 

 壇上に立ったフィーベルさんがクラス中に呼びかけるが、誰も応じない。クラスメイト達は皆(うつむ)き、葬式の様に静かだ。いつも明るいこのクラスらしくもない。

 

 隣を見れば、朝はあれ程元気だったカッシュとセシルも静かに(うつむ)いている。『魔術競技祭』と聞いた俺は、前世での体育祭を思い出していたので、もっと盛り上がるモノだと思っていた。

 

「…じゃあ、『変身』の種目に出たい人ー?」

 

 フィーベルさんが声を上げるが、誰も何のアクションも取らない。俺としては種目全てが気になるし、魔術の使える数が少ない俺でも、一つくらいは何らかの種目に参加してみたいとも思うが、周りがこの調子では挙手しにくい事この上ない。

 

 というか、年に一度の行事だというのにこんなに盛り下がるとか、そんなに酷い行事なのか? ちょっと不安になってきた。

 

 困った様に眉を下げたフィーベルさんは、書記を務めていたティンジェルさんに目配せした。それに一つ頷いたティンジェルさんがクラスの皆に明るく呼びかけた。

 

「ねえ、皆。せっかくグレン先生が今回の競技祭は『お前達の好きにしろ』って言ってくれたんだし、思い切って皆で頑張ってみない? それにほら、去年競技祭に参加出来なかった人には絶好の機会だよ?」

 

 穏やかだが、意外とよく通るティンジェルさんの声が静かな教室に響く。だが、それでも皆が顔を上げる気配はない。教室に気まずげな空気が充満していく。

 

「……無駄だよ、二人とも」

 

 その時、この膠着状態に飽きたのか、一人の眼鏡をかけた男子生徒が声を上げた。確か彼の名前は…ギイブル=ヴィズダンだ。まだ直接話したことはないが、ちょくちょくカッシュが絡んでいるのを見たことがある。俺の抱いた第一印象は、知的なメガネボーイ。…うん、見た目そのままだな。

 

 メガネボーイ   ギイブルは、淡々と言った。

 

「皆気後れしてるんだよ。そりゃそうさ、他のクラスは例年通り、成績優秀な生徒()()を出場させるに決まってるんだから。……誰だって、負けることが分かっている勝負なんてしたくない…。そうだろ?」

 

「それは、そうだけど…でも、せっかくの機会なんだし…」

 

 フィーベルさんがムッとした様に言いかけるが、それを無視してギイブルが続ける。

 

「それに、今年は女王陛下が直々に賓客(ひんかく)として御尊来(ごそんらい)になるんだ。陛下の前で無様を晒したくないのさ、皆は」

 

 ほー、国のトップが来るのか。そりゃあ確かに参加しづらいだらうな。

 

 俺は正直、王室に対しての忠誠心とかはあまりない。俺たちの一族は、大昔には王室に仕えていたらしいが、その王室からの『異能』扱いで迫害された事があったそうな。酷い時には何度も討伐隊が組まれた事もあったと集落の長老から聞いた。そのせいで随分と同胞たちは数を減らしたらしい。今はあちこちに隠れ住むことで存在自体が忘れられつつあるが、そういった『異能』に対する差別意識は完全に無くなったとは言えないだろう。特にこの国は『異能』に対して厳しいしな。

 

 俺は直接差別されたりした経験は無いし、女王陛下と会うこともないだろうが、なんとなく気まずいと言うかなんというか…。ううーん、難しいな。言葉に出来ないモヤモヤ感がある。こういう時ボキャブラリーに乏しい自分が嫌になるな。もっとこう、知的な言葉と振る舞い方を勉強するべきか。

 

 すっきりしないまま、ふと前の方に視線をやると、少し表情が暗いティンジェルさんの様子が目に入った。彼女の母親は女王陛下だったよな……。やっぱり、寂しく感じたりするんだろうか。

 

 俺が少し痛ましい気持ちで見ていると、ティンジェルさんの表情が少し暗いのに気づいたフィーベルさんが、さり気なく自身の肩をティンジェルさんの肩にほんの少し触れさせた。それだけでティンジェルさんには何かしら伝わったようで、上げた顔にはもう陰りは見られなかった。

 

 ……友情って素晴らしいね。感動しちゃったよ。

 

 尊敬の念をまたギイブルと話し始めたフィーベルさんに送る。ぶっちゃけ話は聞いていなかったけど、まあいいよね。

 

 段々とヒートアップしていく熱弁を、わーよく噛まないよねーと思いながら眺めていると、俺が過去に吹き飛ばしたせいで新しくなっていた教室のドアが、ばあぁぁあんっ!! とやかましい音を立てて空いた。

 

 そして教室中に響く大声。

 

「話は聞いたッ! ここは俺に任せろ、このグレン=レーダス大先生様にな  ッ!!」

 

     我らが担当講師のお出ましである。

 

 

 

 

 




 まだリアルがごたごたしてるので投稿ペースはかなり落ちますが、途中でほっぽり出すつもりはないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

種目決め

 冬のこたつで食べるミカンは最強。
誰かと握手する時はその人の指に注目してみて下さい。同志であれば、きっと爪がミカンの果汁で黄色くなっているでしょう…。




 

 

 謎の決めポーズを決めて、教室の生徒達の視線を一身に浴びていたグレン先生は、教卓をバンと叩き、大声で宣言した。

 

「いいかお前ら! 今回の魔術競技祭だが、出場選手はスーパーカリスマエリートゴッドティーチャーである俺が決める。異論は認めん」

 

 なんという横暴。

 

 ざわざわと生徒たちが動揺した様にざわめくのを見ていた先生が、再び鋭い叫び声を上げた。

 

「静まれぇえい! 今回、俺が選手を決めるからには、目指すものはただ一つ   優勝だ」

 

 先生がチョークをゴリゴリと削りながら黒板に書いた文字は、筆圧が強すぎたのか潰れていて読めない。恐らくは『優勝』と書いたのだろう。その文字からはちょっと狂気を感じた。見れば、先生の目はまるで飢えた獣の様にギラギラと光っている。うん、普通に怖い。夜中に見たら泣いちゃうかも。

 

 先生は手から粉々になったチョークを払い落とすと、

 

「俺がお前らを優勝させてやる。いいか、やるからには全力で勝ちに行くぞ。遊びは無しだ。心しろ」

 

 そう言って先生は、フィーベルさんから競技名とそのルールが書かれたリストをひったくり、食い入る様に読み始めた。

 

 うーん、先生はどうするつもりなんだろうか? あの様子を見る限り「勝ちに行く」と言った気持ちは本物だろう。……何があそこまで先生を駆り立てるのかは分からないが、成績優秀者だけを出場させるのであれば、俺は今回は応援に回るだろうな。まあ、それはそれで楽しそうだし、応援は全力でするつもりだけど   

 

 周りをさり気なく見回す。

 

 いつもは元気いっぱいのクラスメイトたちは、今は揃って俯いている。成績優秀な生徒も、どこかぎこちない表情を浮かべていた。

 

    こんなんじゃ、楽しめないよなぁ。

 

 小さく嘆息する。

 

 勝つ為に。楽しむ為に。

 

 前世でもこんな空気を味わったことは何度もある。それは体育祭だったり、部活動だったり。勿論、優勝も出来て、皆で楽しめるのが一番良い。しかし、両方達成するのはそんなに簡単なことじゃない。勝つことにこだわりすぎて仲が瓦解したり、あるいは楽しむことを追求し過ぎて結果が出ずにメンバーと仲がギスギスしたりするのなんかはよく聞く話だ。

 

 難しい問題だと思う。人はそれぞれ楽しいと感じる定義が違うし、その人にとっては楽しくても、他の人からすれば不快に感じる様なことだって沢山ある。

 

 先生はどうするつもりなんだろうか…?

 

 むーん、と小さく唸りながら顎を撫でていると、リストを見つめていた先生が顔を上げた。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「よし、ルミア。これから俺が言う名前と競技名を黒板に書いてってくれ」

 

「は、はい」

 

 自然と注目が先生に集まる中、先生は口を開いた。

 

「えー、まず一番配点が高い『決闘戦』だが、これは白猫、ギイブル、そして……カッシュ、お前ら三人が出ろ」

 

「……え?」

 

 呆けた様な声を上げたカッシュ。クラス中の誰もが首を傾げている中、俺は拍手を送ろうとしたが、流石にこの空気の中では止めておく。

 

 そもそも俺は競技祭に参加した事が無いので各種目のルールすら知らない。でも、一番配点が高いというのだから、それに選ばれたのは凄いことなんだろう。カッシュには後でお祝いに何か奢る事にしよう。本人は戸惑っているみたいだったが。

 

 次々と発表される参加メンバー。その中に何度も使い回されている生徒は一人もいない。どうやら先生は、クラスの生徒全員を、何らかの種目に出場させるつもりらしかった。ふざけている様子は一切見られないし、本気だろう。

 

 しかも、指名された生徒たちは得意分野を生かし、得意分野でなくても、得意分野の応用で対応できる種目に編成されている……らしい。まだクラスメイトたちの得手不得手を把握しきれていない俺に、席が近いセシルが丁寧に教えてくれた。

 

「先生って僕たちのこと、ちゃんと見てくれてるんだね」

 

「ああ…ちょっとびっくりしたよ」

 

 俺たちの視線の先で、生徒から上がった質問に対しても、先生はきちんと筋の通った、納得のいく答えを返し続ける。

 

 ……これで俺だけなんもなし、とかないよね? もしそうだったら流石に泣いてしまうかもしれない。

 

 「お前の出番ねぇから!」なんて言われるかもしれない、と内心バクバクしていると、先生が俺の名前を呼んだ。

 

「ウィル、お前は『ハイド・ラン』だ。やれるな?」

 

「ひゃほう!」

 

 内容は知らないが、俺でも参加できそうな競技があったことにひと安心。嬉しさのあまりおかしな声を上げた俺を見て、先生が苦笑した。

 

「テンション高ぇなおい」

 

「そりゃそうですよ。だって、普段はやる気なさげな講師が、実は生徒たちのことをちゃんと見てくれている……やりますね、先生。これは生徒たちのポイント高いですよ」

 

「やかましいわ」

 

 いい加減なことを言って誤魔化したが、俺がおかしな返事をしてしまったのは、自分が競技祭に参加できることでついテンションがあがってしまったのもある。が、なによりも、全員で競技祭に参加できるのが、俺は嬉しかったんだ。

 

 勝つにせよ負けるにせよ、全力で。

 

 一人静かに決意を固めていると、一人の生徒がゆらりと立ち上がった。

 

「やれやれ……先生、いい加減にしてくださいませんかね?」

 

 ギイブルだ。メガネをくいっと押し上げながら、彼は言う。

 

「なにが全力で勝ちに行く、ですか。そんな編成で勝てるわけないじゃないですか」

 

「ほう、俺的には完璧な編成なんだが……これ以上の編成があるなら言ってみろ」

 

「それ…本気で言ってるんですか?」

 

 あやや、結構イラついてますねギイブル君。

 

「そんなの決まってるじゃないですか! 成績上位者だけで全種目を固めるんです! 毎年恒例で、全クラスやってることじゃないですか!」

 

「………え?」

 

 ん? 先生のこの反応は…なんだろうな、そこはかとなく嫌な予感が。いや、流石に先生も生徒たちを喜ばせた後に落とすような外道ではないはず……。

 

 先生の表情をつぶさに観察する。

 

 最初は呆けた顔をしていた先生の表情。観察していた俺だからこそ分かったようなものだろう、その顔は次第に、ゆっくりゆっくりと歪んでいく。ああっそんな……。

 

「うむ、そういうことなら……」

 

   悲報、担当講師が外道だった件について。

 

 俺の脳内でそんなスレが立ち、外道(先生)がギイブルの意見に首肯しようとした、その時。

 

     救世主が現れた。

 

「何を言ってるの、ギイブル! せっかく先生が考えてくれた編成にケチつける気!?」

 

 ギイブルに真っ向から反論する救世主の名は、システィーナ=フィーベル。

 

 彼女はクラス一同に向き直ると、真摯な表情で訴えかける。

 

「皆、見て! 先生の考えてくれたこの編成を! 皆の得手不得手をきちんと考えて、皆が活躍できるようにしてくれているのよ!?」

 

 よく言った! 流石はフィーベルさん!!

 

「先生がここまで考えてくれたのに、皆、まだ尻込みするの!? 女王陛下の前で無様な姿を見せたくないとか、そんな情けない理由で参加しないの!? それこそ無様じゃない! 陛下に顔向けできないじゃない!」

 

「そうだそうだ!」

 

 俺も教室の後ろから吠える様に叫び、追随する。一瞬驚いた様に俺を見たフィーベルさんが、小さく笑い、声のボリュームを少し上げた。

 

   そのフィーベルさんの後ろには「余計なことすんな!」と言わんばかりの顔をした先生。

 

 悪いね、先生。でも、上げておいて今にも落とされそうな級友たちを黙って見ていることなんて俺にはできないんだっ!

 

「大体、成績上位者だけに競わせての勝利なんて、なんの意味があるの!? 先生は全力で勝ちに行く、俺がこのクラスを優勝に導いてやるって言ってくれたわ! それは、皆でやるからこそ意味があるのよ!」

 

 ブラボー! 素晴らしい!! 

 

 フィーベルさんの演説に、生徒たちの心はガッチリ掴まれたようだ。明るい声があちこちから聞こえてくる。

 

「ですよね、先生!?」

 

 そして、フィーベルさんのトドメの一撃に、流石の先生も、「お、おう……」と頷いた。

 

「ふん、やれやれ。君は相変わらずだね、システィーナ。…まあいい。それがクラスの総意なら、好きにすればいいさ」

 

 そして、ギイブルも皮肉げに冷笑して、着席した。もっと噛み付いてくると思っていたが、意外と押しが弱かったな。……さては彼、シャイボーイだな。

 

 ふぅー、とひと息ついた俺。

 

 とにかく、これでこのクラスは全員参加で決定だろう。俺がこの世界に誕生してからの15年の中でも、かなりのビッグイベントだ。わくわくしてないと言えば嘘になる。

 

 とりあえず、皆の足を引っ張らないようにしよう。…あれ、でも俺が出る『ハイド・ラン』って……。

 

「先生、思ったんですけど『ハイド・ラン』ってどんな競技なんですか?」

 

「あん? ちょっと待ってろ。内容は……『生き残れば勝ち』としか書かれてないな。今年初登場の競技らしい。発案者は…………ま、お前なら平気だろ」

 

「ちょっと待って!? 内容おかしくないですか? そして発案者は誰ですか??」

 

 なんかぼかされたんですけど。めっちゃ嫌な予感がするんですけど。大体なんだ、『生き残れば勝ち』って。死者が出るのか、この学院の競技祭は!?

 

 待ったを掛けて、発案者の名前を尋ねると、先生は渋々教えてくれた。

 

「…セリカだ」

 

 ジーザス! なんてこったい!

 

 この場では一番聞きたくなかった名前に、自然と顔が引き攣る。いや、あのセリカさんでもそこまで危険な競技を生徒にさせたりはしないはずだ。

 

「……ん? 注意事項があるな。なになに……『法医呪文(ヒーラースペル)の準備をしておいて下さい』……」

 

 誰か! 誰でもいいから助けてえ!!

 

 一瞬でサァッと血の気が引いた俺に、先生が憐憫(れんびん)の眼差しを向けてくる。

 

「あー、その…選んだ俺が言うのもなんだが、お前は頑丈そうだし…大丈夫だろ。ちゃんと治療の準備もしといてやるから、な?」

 

「それ、全然フォローになってませんよ!?」

 

「まあ待て。アイツ(セリカ)のことだ、どうせ長々とルールを書くのが面倒くさくて、色々と端折(はしょ)ってるんだろ」

 

 この時ほど、女性が面倒くさがりであることを強く願ったのは、前世でも今世でも初めてだよ、ちくしょう。

 

 『ハイド・ラン』。この競技の名前からして、なにかから逃げ回ることになるのは間違いないだろう。問題はフィールドだ。森なら逃げ回る自信はあるが、慣れていない環境がフィールドになる可能性もある。そこらへんも想定しておかないとな。

 

 とにかく、明日からの鍛錬メニューは決まった。持久力、隠密性を集中して鍛えよう。そうしよう。

 

 俺はそう決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

賭け

 か、かろうじて間に合った……!!

今日はクリスマスイブですね。でもそんなリア充イベントなんて知ったことか。

 そんなことよりも! 今日!
 12月24日は、システィーナの誕生日です!

わああああシスティーナあああああああああああ! 誕生日おめでとおおおおおおおおおおおおお!!! 可愛いよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!






 

 

 

 

 

 俺の出場種目である『ハイド・ラン』。

 

 これを無事に乗り切る為、俺は対策を練った。とは言っても、持久力や隠密性を高める為の訓練くらいしかまだ考えていないが。まあそれは今から考えるしいいや。

 

 勝利条件は『生き残る』こと。実にシンプルだ。

 

 言葉の通りに生き残るだけなら簡単だ。なんせ、ここはアルザーノ帝国魔術学院。流石のセリカさんでも、本気で死人が出るほどの危険な競技を発案する筈がないし、そんな案が出ても学院側から即座に却下されるだろう。

 

 なので、重要になってくるのは、競技の際に、()()()()()()()()()()()()()()されるのかだ。

 

 競技名から考えれば、隠れている時に誰かに見つかれば死亡、とはならないだろう、多分。見つかるだけで死亡判定なら競技名は『ハイド』だけで済む。『ラン』とあるからには、見つかった後に走って逃げることも可能なはず…多分。

 

 この競技は、前世でいう鬼ごっこに近いものだと俺は勝手に想定しているが、鬼は生徒なのか、また別の誰かがゴーレムなんかを召喚してするのか、考え出したらきりが無い。

 

「ゔああー」

 

 唸りながら、座っていたベンチの上にゴロンと寝っ転がった。木の葉の隙間から差し込むお日様の光が眩しい。俺は急いで目を閉じた。

 

 今は放課後。針葉樹が囲み、敷き詰められた芝生(しばふ)が広がる学院中庭で、俺たち二組はグレン先生の監督の下、来たる競技祭に向けて、それぞれの出場種目の練習をしている。

 

「うむむむ…」

 

 寝っ転がったまま目を閉じていると、不意に風を感じた。見れば、俺の近くに宙に浮かんだカイとロッドがやって来ていた。

 

「よっ、ウィル。…苦戦してるな」

 

「カイ…俺もう駄目かもしれん」

 

「お前の種目、情報が少ないからなぁ……」

 

 ベンチから起き上がり、伸びをしながら二人の進捗(しんちょく)状況を尋ねる。

 

「二人はどんな感じ?」

 

「俺たちは、グレン先生が言ってたペース配分を意識して練習してるよ」

 

「そっか…」

 

 二人が出場する種目は『飛行競争』。二人で一チームを作り、広大な学院敷地内に設定されたコースを、一周ごとにバトンタッチしながら何十周も飛ぶ競技だ。

 

 短距離ならともかく、長距離なら確かにペース配分が大事になってくるだろうな。

 

 考え込んでいる俺に、ロッドがふわふわと宙返りしながら提案してきた。

 

「先生にさ、お前もアドバイス聞いてきたらどうだ? なんか思い浮かぶかもよ?」

 

「そうだなあ…」

 

 一人で考えるのにも限界がある。俺もなんかいい感じの助言を求めた方がいいかもしれない。気晴らしにもなるだろう……多分。

 

「ありがとう、二人とも。俺、ちょっと行ってくるよ。練習頑張れよ!」

 

「おお、お前もな!」

 

 手を振りながら飛び去っていく二人を見送り、俺は先生を探した。…お、いたいた。

 

 少し離れた木の下の芝生に、先生が寝っ転がっているのを発見した俺は、小走りに先生の下へ向かった。

 

 先生はなんかどんよりした空気を全身から醸し出しているが、それをスルーして声をかける。

 

「先生」

 

「…おお? ウィルか…どーした?」

 

「ちょっとアドバイスを聞きに来ました。……先生、大丈夫ですか、意識あります? 生きてますか?」

 

 俺を見る目があまりにも虚ろだったので、本気で心配になった。先生の目の前で手を上下に振る。

 

「いや、生きとるわ! …で、アドバイスだったか…」

 

 良かった、ちゃんとしたツッコミを入れる元気はあるらしい。ホッとしつつ、先生の横に座る。

 

「俺の種目『ハイド・ラン』についてですよ。なんか助言とかあったら聞かせて下さい」

 

「あー…正直、助言といっても、あんまり俺の言えることは無いぞ?」

 

 先生はガリガリ頭を掻いて、表情を改めた。

 

「……勝利条件は『生き残る』ことで、競技時間やフィールド、配点は一切不明。『生き残れば勝ち』とは書いてあるが、恐らく何らかの死亡判定が設定されている筈だ。競技名的には、何かから逃げ回ることになる。そうなると大事なのは、長い間走り回れる体力と持久力、くらいか。隠密性もあればなお良い」

 

 ふむふむ、大体俺と同じ意見だ。やっぱりその辺の強化をしておこう。うんうんと頷く俺をちらりと見て、先生は声のトーンを不意に変えた。

 

  ただ、この種目を発案したのは()()セリカだ。何が起こるか分からん。油断はするなよ」

 

 このひと言で一瞬で不安になった。そうだった。セリカさん発案の種目で、何か起きない方がおかしい。

 

「……俺がお前をこの競技に選んだのは、お前が環境適応能力と状況判断に長けた奴だと判断したからだ。他のもやしっ子と比べれば、圧倒的にな。自信持って良いぞ」

 

「はぁ…」

 

「……悪いな、あんまアドバイスらしいこと言えんで。取り敢えずお前は、体力とかの強化と、イメージトレーニングをしろ。どんな状況になっても素早く動けるようにな」

 

 やっぱり先生に意見を聞いて良かった。俺と似たような意見ではあったが、身になる助言を聞けた。競技中は「何か起きるかも」ではなく、「何か起こるぞ」の心構えでいこう。

 

 先生にありがとうございます、と言おうとしたところで、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。この声は   

 

 パッと立ち上がり、その方向に目を向けると、マイフレンドであるカッシュが、他のクラスの男子生徒たちと言い争っているのが見えた。

 

「あれま」

 

「何やってんだ……ったく」

 

 ため息をつきながら、先生は気だるげに起き上がるとその場所へ向かった。俺も特にすることがなかったので着いていく。

 

「……おーい、何があったんだ?」

 

「あ、先生!? こいつら、後から来たくせに勝手なことばっか言って   

 

 カッシュが興奮気味にまくし立てる。かなり怒ってる様子で、顔が真っ赤だ。

 

「うるさい! お前ら二組の連中、大勢でごちゃごちゃ群れて目障りなんだよ! これから俺たちが練習するんだからどっか行けよ!」

 

 他のクラスの男子も、やはり興奮気味に言葉を吐き捨てる。

 

「なんだと   ッ!?」

 

「はーいはい、ストップ〜」

 

 取っ組み合いを始めた二人を、先生が首根っこを掴んで、左右へ強引に引き離した。見かけによらず豪腕だ。

 

「あがが……く、首が…」

 

「い、息が……苦し……」

 

「ったく、くだんねーことで喧嘩すんなよ……お前ら沸点低過ぎだろ」

 

 二人が大人しくなったのを確認して、先生は手を離した。解放された二人は苦しそうにむせながら地面に膝をつく。カッシュの背中をさすってやると、掠れた声で「わりぃ…」と聞こえてきた。ちょっとは落ち着いたかな?

 

「えーと? そっちのお前ら…その襟章(えりしょう)は一組の連中だな。お前らも今から練習か?」

 

「え……あ、はい。そうです……その…ハーレイ先生の指示で場所を……」

 

 へー! あの先生、ハーレイって名前なんだ。今まではっきりしてなかったからな。ちゃんと覚えとこ。

 

 会話の合間に聞こえてきた名前に、一人得心する。

 

「ふーん、そう……確かに俺たち、場所取り過ぎか……悪かったな、全体的にもちっと端に寄らせるからさ、それで手打ちにしてくんねーか?」

 

「ば、場所を空けてくれるなら、それで……」

 

 先生と男子生徒の会話も丸く収まりかけ、見守っていた生徒たちが安堵の息をついた、その時。

 

「何をしている、クライス! さっさと場所を取っておけと言ったろう! まだ空かないのか!?」

 

 そんな怒鳴り声が聞こえた。見れば、こちらに向かってハーゲイ、じゃなかったハーレイ先生が足早に歩いてくる。

 

「あ、ユーレイ先輩、ちーっす」

 

「ハーレイだ! ハーレイ! ユーレイでもハーレムでもないッ! ハーレイ=アストレイだッ! グレン=レーダス、貴様、何度人の名前を間違えれば気が済むのだ!? というか貴様ッ!私の名前を覚える気、全ッ然ないだろ!?」

 

 そんなにカッカしてると剥げますよ、と言いそうになるのを堪える。いや、もう既に    よそう。心が痛くなる。

 

 先生たちを見守る生徒たち。会話を聞いている感じ、グレン先生のことをハーレイ先生はとても嫌っているらしい。露骨に舌打ちなんかしている。教育者としてはどうなのかと思わずにはいられないが……先生も煽ったりしてるから何も言えない。

 

「まあ良い。それよりもグレン=レーダス。聞いたぞ、貴様は今回の競技祭、クラス全員を何らかの競技に出場させるつもりだとな?」

 

「え? ああ、うん、はい、まぁ、そうなっちゃったみたいですね……不本意ですけど

 

 おいこら、なんか聞こえたぞ。

 

「はっ! 戦う前から勝負を捨てたか? 負けた時の言い訳作りか? それとも私が指導するクラスに恐れをなしたか?」

 

「いやあ、そうかも知れませんねー、なにせ、先輩のとこは学年でも優秀な奴の集まりですからねー、いやー、もう優勝は先輩のとこで決まりかもしれないっすねー、あー、女王陛下の勲章羨ましいなー」

 

 へらへらした態度であしらう先生に苛立ったのか、ギリギリと歯噛みするハーレイ先生。

 

「ちっ……腑抜けが。まあいい。さっさと練習場所を空けろ」

 

「はいはい、今すぐ。えーと…あの木の辺りまで空ければ充分(じゅうぶん)ですかね?」

 

「何を言っている? お前たち二組のクラスは全員、とっとと中庭から出ていけと言っているんだ」

 

 ………マジかよ。ちょっと横暴過ぎだろ。

 

 ハーレイ先生の先程からの先生に対する侮辱行為に、正当性のない練習場所の主張は目に余る。

 

 同じことを思ったのか、先生が渋面を手で押さえた。

 

「先輩……いくらなんでもそりゃー通らんでしょ…横暴が過ぎますよ」

 

「何が横暴なものか」

 

 フン、と鼻を鳴らし、ハーレイ先生は吐き捨てるように言い放った。

 

「本当にやる気があるのなら、練習場所も公平に分けてやってもいいだろう。だが、貴様には全くやる気が感じられん。なにしろ……そのような成績下位者を使うくらいだからな!」

 

   っ!?」

 

「勝つ気のないクラスが、雑魚同士で群れ集まって場所を占領するなど、迷惑千万だ! わかったならとっとと失せろ!」

 

 その言葉を聞いたクラスメイトたちが、シュンとした様子で俯いた。皆の表情は暗い。

 

「あぁ……ったく、もう、今日は本当に次から次へと思い出したくねーことを……あー、やだやだ……」

 

 いきなり、先生が何やら小さな声でブツブツと呟き、頭を乱暴に掻いた。競技祭になにか嫌な思い出でもあるのだろうか?

 

 困惑する周囲の生徒たちをよそに、先生は、いきなりハーレイ先生の鼻先へと、びしりと指を突きつけた。

 

「お言葉ですがね、先輩。うちのクラス、これはこれで最強の布陣なんですよ。さっきから聞いてりゃ、やる気がないだの勝負を捨てただのと……ふっ、馬鹿言わんといてくれませんかね? 無論、俺達は狙ってますよ…優勝をね。まあ、せいぜいウチに寝首を掻かれないことっすね」

 

 不敵な笑みを浮かべた先生の、謎の威圧感に気圧されたのか、ハーレイ先生が脂汗を浮かべた。

 

「く、口ではなんとでも言えるだろう。事実、貴様のクラスは優秀な生徒たちを遊ばせているではないか……っ!」

 

「ほう? なるほど……つまり先輩は、あくまでウチの布陣を伊達や酔狂の(たぐい)だとおっしゃりたいわけですね……?」

 

 やたらとお口が強気なグレン先生が、グイグイとハーレイ先生を押していく。大丈夫なのか、アレ…? 自滅とかしないだろうか?

 

 俺の心配をよそに、会話は続く。

 

「成績上位者を使い回す? ……くっくっく……どうやら先輩だけでなく、学院の講師共は皆、ボンクラの無能だったようだ……まーさかまさか、そんな布陣で勝てると思っていらっしゃったとは……ふはーっはっはっは! 笑止!」

 

 ひとしきり笑った先生は、真剣な声と表情で、堂々と宣言した。

 

「いいっすか、先輩。俺たちは全員で勝ちに行く。全員でな。誰が足手まといだとか、そんなもんは関係ない。チームの一体感こそが、何よりも最強の戦術なんですよ。わかりませんかね?」

 

「そっ…そんな  

 

 ハーレイ先生が何かを言いかけようとした、その刹那。

 

「給料三ヶ月分だ」

 

「な、何ぃ……ッ!?」

 

「俺のクラスが優勝する、に俺の給料三ヶ月分だ」

 

 ……マジかよ、先生。いや、最高にカッコいいけど、マジかよ……。

 

 その宣言に、その場にいた全員がどよめいた。二組の生徒たちが、ポカンとした顔でグレン先生を見つめている。

 

「し、正気か、貴様……!?」

 

「俺は正気ですよ、どうします? 先輩…。この賭け、乗りますか? よほど、自信がないと乗れないでしょうけどねぇ?」

 

 煽るような挑発だが、これを言えばハーレイ先生が逃げられなくなるとグレン先生もわかっているのだろう。顔が本気だ。

 

「ぐっ……良いだろう! 私も、私のクラスが優勝する、に給料三ヶ月分だ!」

 

 賭けは成立。

 

「ふっ……良い度胸ですね、流石は先輩。気に入りましたよ……いやあ、ごっつあんです」

 

「ちぃっ……この私に楯突いたこと、必ず後悔させてやるぞ……ッ!」

 

 そんな二人をハラハラと見守る生徒たち。

 

「おのれ、グレン=レーダス……貴様という男は……ッ! 魔術師としての誇りも挟持もない、たかが第三階梯(トレデ)の三流魔術師がこの私を愚弄するなど……ッ!! それに   

 

 ハーレイ先生の視線が、不意に俺へと向けられた。

 

「崇高な魔術を扱うに値しない(やから)を、何故未だにこの(ほま)れ高き学院で学ばせている? 魔術はそう簡単に誰彼構わずにひけらかす様なものではないぞ!」

 

 そう強く言い放ったハーレイ先生。

 

「…ええ、確かにそうでしょうね」

 

 静かに俺はそう返した。ハーレイ先生に納得できる部分も、確かにあるからなあ。

 

「ふん…珍しく物分りのいい奴だ。わかったなら  

 

「ただ、俺には、貴方の方が珍しく見えます」

 

 遮るように発言した俺に、少し苛立ったような表情を浮かべかけたハーレイ先生は、俺の珍しいという言葉に、打って変わって笑みを浮かべた。

 

「それはそうだろう。何せこの私は   

 

    思いやりに欠ける」

 

「……は?」

 

 俺が無造作に放った言葉に、唖然とした顔で固まるハーレイ先生と、周囲の生徒たち。あのグレン先生ですら、動きを止めて、唖然とした顔で俺を見ている。

 

 ちょっと皆、そんなに見ないでくれ。緊張しちゃうから。

 

「魔術の存在を知らない、俺たち()()()()()()()の中でも、そうそうお目にかかれるものじゃない。貴方の様な人は」

 

「なっ! ど、どういう意味だ!?」

 

「言葉通りの意味ですよ、ハーレイ先生。貴方は、思いやりに欠けている。生徒たちを戦力や駒としか見ていない」

 

 魔術師からすれば、そっちの考え方の方が正しいんだろうけど。

 

「別に貴方が誰をどう見ていようが勝手ですが、俺たち生徒は人間です。俺達にだって感情があります。魔術師だろうが魔術師でなかろうが、()()は変わりません」

 

 気づけば、周囲は静まり返っている。

 

「教育者であるのなら、もっと生徒のことを考えて下さい。生徒は、良くも悪くも、手本となる教育者を見て成長するんですから」

 

 最後にそう締めくくり、俺は「生意気言ってすみません」とハーレイ先生に頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 




 
それはそうと、皆さんはサンタさんに何を頼みましたか? 私の友人は、こんな物をサンタさんに頼んでいました。

友人「私、プレゼントには恋人が欲しいな! サンタさんならきっと持って来てくれるよね!」

友よ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祭りの始まり

 


 

 

 

 

 

 今日はいよいよ魔術競技祭の開催日。

 

 日課やシャワー、朝食などの朝の準備を済ませた俺は、ちゃっちゃか普段の制服に着替えていた。しかし、途中で手が止まる。

 

 俺の視線の先には、綺麗に装飾された細い剣。

 

 これは細剣(レイピア)と呼ばれる、突き主体の剣だ。学院の制服と一緒に支給されたその剣を、使い慣れた剣帯に()けば、魔術師の伝統的な決闘礼装の完成。

 

 昨日のホームルームで女子たちが「重たいからちょっと…」なんて言ってたが、俺はやはり剣の重さを感じると安心するし、無意識に左腰の柄を触るのが癖になってたりする。ま、今日この剣を実際に使うことは無いだろうけど。

 

 ……よろしくな。

 

 脳内でそう語りかけ、ポンポン、と剣を軽く叩いてから俺は家を出た。

 

 昼飯の準備はしていない。今日は贅沢に新鮮な肉を食べたいので、学院の周囲の森に生息している鹿を狩り、贅沢に鉄板で焼いて食べる予定だ。

 

 学院の学食を作っているおばちゃん達には既に話は通してあり、鉄板を借りる段取りは出来ている。後は調味料を準備するだけ。今日の食事のテーマは『現地調達』なので、森でハーブか何かを調達してこようと思っている。なければそのまま食べても良いかもしれない。

 

「おっと」

 

 考えただけでもヨダレが出てくる。いかんいかん、今日のメインは魔術競技祭だ。しっかりしろよ、俺。

 

 今日の天気は快晴。気温は暑くもなく寒くもない、丁度良い塩梅だ。

 

 よし! 頑張るぞ!

 

 気合を入れて、俺は学院へ向かった。

 

 

 

 

 

「……ほんとに今日、女王陛下来んのか?」

 

「え? 来ないんですか?」

 

「ちょっと先生! ウィルも! いまさら何馬鹿なこと言ってるのよ!?」

 

 魔術学院の正門前で、女王陛下を出迎えるために学院関係者がうじゃうじゃと集まっているのを眺めながらボケっとしていると、だんだん退屈になってきた。これならまだアリンコを眺めている方が楽しいと思う。

 

 しかし、退屈に感じているのはどうやら先生と俺だけらしい。……先程から、先生のお腹が狂った様に音を立てているのが聞こえてくる。正直、そっちの音に集中してしまって女王陛下どころじゃないのが本音だ。

 

 先生は最近少し肉が落ちた様に見える。元々細身だったが、今はガリガリで、金欠気味なのが丸わかりだった。

 

 栄養不足で倒れられたらアレだし…アドバイス貰った恩もあるし…肉はちょっと減るけど…しょうがないかあ。

 

 俺は先生に声をかけた。

 

「…先生」

 

「ん…?」

 

「腹、減ってますよね。凄く」

 

「ああ…聞こえちまったか。わりぃな…ここ最近、シロッテの枝ばっかだったからなあ…」

 

「…肉が、食いたくないですか?」

 

 そう言うと、先生はハッと顔を上げた。

 

 働かざる者食うべからず。恩人とはいえタダで肉を提供するのは俺的にNGだ。だから  

 

「いいですか? 俺が肉を準備します。その間に先生は調味料を準備してください。それと既に学食のおばちゃん達には話をつけてあるので、昼頃に鉄板を受け取りに行って   

 

「オッケー把握わかった任せとけ。最高の調味料を準備させてもらうし、何なら鉄板を置くための石組みもやらせてもらおうか」

 

「よろしい」

 

 フィーベルさんの説教を恐れて声のボリュームは最小限。殆ど口の動きで会話をする俺達だったが、お互いの言いたい事はしっかり伝わった。

 

 無言で握手を交わした俺達を、フィーベルさんとティンジェルさんが不思議そうに見ていたが、その視線はすぐに別の方向に向いた。

 

「女王陛下の御成〜っ!」

 

 馬に騎乗した衛兵が、空いた人垣の中央を駆け抜けていき、その後から護衛の親衛隊に囲まれた豪奢な馬車がやってきた。

 

 わああ、と観衆達から盛大な拍手と歓声が上がり、瞬く間に人垣を埋め尽くす。

 

「ヤバイな、これ」

 

 うるさすぎて、自分の声もロクに聞こえない。横で先生はしかめっ面をして耳を押さえている。中々に不敬な行動だが、それを咎める人は誰もいなかった。皆、陛下に夢中だ。

 

 鳴り響くパレードマーチと盛大な拍手を受けて、馬車から女王陛下らしき人物が顔を出し、観衆に笑顔で手を振った。

 

 一層騒がしくなった。何やってくれてんだ女王陛下。

 

 辟易して一歩下がった時、ティンジェルさんの顔が目に入った。彼女はどこかボンヤリと、首にかけてあったロケットを握っている。

 

 …ティンジェルさんの実の母親は、あそこにいる女王陛下だ。もしも彼女が異能者として生まれていなかったら、あの馬車に一緒に乗っていたのかもしれない……いや、よそう。そんな想像に意味は無い。現に彼女が今いるのは『ここ』だ。

 

 騒ぐパリピと化したクラスメイトを何とか掻き分けて、俺はティンジェルさんの側に行くと声をかけた。

 

「大丈夫か?」

 

「! あ、うん、平気だよ」

 

「ならいいけど…」

 

 ティンジェルさんは女王陛下に似ている。いや、母娘なんだから当たり前か。その辺の事情は聞いてはいたが、いざ何か言おうとすると言葉が出てこない。

 

 側にいたフィーベルさんと顔を見合わせる。彼女も何と言えば良いのか分からない様だった。二人して微妙な顔をして口をもにゅもにゅさせていると、ティンジェルさんが言った。

 

「心配してくれてありがとう、システィ、ウィル君。でも、うん。大丈夫だよ。私の両親はシスティのお父様とお母様だもの」

 

「ルミア…」

 

 フィーベルさんはチラリと馬車を見やり、気遣わしげにティンジェルさんに言った。

 

「それじゃあ…ルミアはもう、本当のお母様には…その…何の未練も…?」

 

「うん。私、今凄く幸せなんだよ? システィと、システィのお父様やお母様と一緒に居られて」

 

「そう…」

 

 儚く笑ったティンジェルさんに、心が痛む。自分の母親に捨てられて、そう簡単に割り切ることなんて出来るわけがない。

 

 でも、本人が幸せだと言っているのだから、俺もフィーベルさんも何も言えなかった。そもそも、今何か俺達が言ったところで彼女の傷を抉ってしまうだけだろう。

 

 だんだんと遠くなっていく馬車を見る。

 

 ……自分の娘を捨ててまで、陛下が守りたかったものって何なんだろう?

 

 

 

 

 

 魔術競技祭は例年、学院の北東部にある魔術競技場で主に行われている。見た目は円形の闘技場で、三段構造の観客席があって、上から見たら深皿に見えると聞いた。前世で言うコロッセオみたいな感じだろうか。

 

 魔術競技祭は学年ごとのクラス対抗戦で、年に分けて三回行われており、今回開催されるのは二年次生の部だ。四段年次生は卒業研究で忙しいとの理由で開催されない。

 

 一回だけ、頭を掻きむしりながら奇声を上げて廊下を走り回っている人を見かけたが、きっとその人は四年次生なんだろう。あそこまで目を血走らせた人を初めて見たので、鮮明に覚えてしまっている。

 

 二年二組の席へとカッシュ、セシルと一緒に移動しながら俺はため息をついた。

 

「卒業研究かあ…」

 

 前世の俺はレポートとか書類作成とかが大の苦手だった。ちゃんと卒業出来るのだろうか。今悩んでも仕方がないが、将来を考えると少し不安になった。

 

「? 何言ってんだ、ウィル? それより見ろよ! すげー人だぜ!」

 

 観客席には既に人で溢れかえっている。魔術を公の場で使用することを法的に禁じられているこの国では、魔術師達の娯楽は少なく、この魔術競技祭が行われる時はいつもこうやって人が集まってくるらしい。

 

「見ろ! 人がゴミの様だ!」

 

 思わず口走った伝説のセリフを聞いたカッシュが首を傾げる。

 

「お前病んでるの? なんか今日おかしいぞ?」

 

「言いたくなっただけだ。てかお前って結構失礼だよな? このカシューナッツめ!」

 

「……」

 

「……」

 

「二人とも、遊んでないでこっち来てよ! もうすぐ休み時間終わっちゃうよ?」

 

 無言で殴り合いを始めた俺とカシューナッツを見て、セシルが呆れた様に首を振った。

 

「はいストップ! ほら、行くよ」

 

「目が、目があああ!!」

 

「はいはい」

 

 適当にあしらわれながら移動する。セシルのヤツ、前まではいちいちリアクションを返してくる可愛いヤツだったのに、最近は適当にスルーしてくるようになってしまった。

 

「ったくどこのどいつだよ。ウチのセシルに悪影響を及ぼしたのは!」

 

「どう考えてもウィルだろ」

 

「え、俺? いやそれは違うぞ」

 

「じゃあ誰のせいか教えて」

 

 二年二組の空いた席に座りながら、両隣から飛んできた厳しいお言葉に、俺は黙って肩を竦めた。

 

 今は競技と競技の間の休憩時間が丁度終わったところだ。

 

 急ぎ目で戻ってきたが、今回の競技には二組は出場しないらしい。買ってきた飲み物を口に含みながら、競技場の隅にある得点版を見る。

 

 現在二組は10クラス中3位。1位はハーレイ先生率いる一組だ。点数自体はそれほど離れていない。

 

 皆が頑張ったお陰で何とかこの順位まで登り詰めることが出来たが、午後からは配点が大きい集団競技が多いので、油断は出来ない。

 

「ううーむ」

 

 唸っていると、セシルが少し心配そうな表情で顔を覗き込んできた。

 

「ウィル、もうすぐ出番だけど…大丈夫?」

 

「…? 何がだ?」

 

「ほら、次の競技だよ。『ハイド・ラン』」

 

「ああ…」

 

 体力づくりは怠っていないし、イメージトレーニングはしっかり積んできた。万が一に備えて防御用の魔術【トライ・レジスト】も一節詠唱出来るように仕上げてある。

 

 しかし、俺が一節詠唱出来るのは今のところ【ショック・ボルト】と合わせて二つだけなので、もし生徒同士の魔術戦になった場合はちょっと厳しい。ちまちま【ショック・ボルト】を撃って粘ることになるだろう。

 

 いざとなれば素手で相手を殴り倒すことも視野に入れているが、これはあくまでも最終手段だ。反則負けになったりしたら目も当てられないからな。

 

「…あんまり自信があるわけじゃないけど、まあ、頑張るよ」

 

 競技が終わりかけているのを見て、俺は立ち上がった。

 

 既にセシルは『魔術狙撃』で高得点を獲得している。友達が奮戦したんだ。俺が足を引っ張るわけにはいかない。

 

 とはいっても、我ながら結構緊張しているし、不安でもある。俺は上手くやれるだろうか?

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

 モヤモヤしたまま歩き出そうとした俺の背中を、いきなりカッシュがバンと叩いた。

 

「おい、先生も言ってたけど…これはあくまで『祭』だからな。もし危険だったらあんまり無理すんなよ」

 

「そうだよ。怪我とかには注意してね」

 

「お前らは俺の母親か!」

 

「違うよ。でも、友達でしょ」

 

 俺は驚いて、セシルを見つめた。当の本人は恥ずかしくなったのかそっぽを向いている。

 

「……」

 

「何だよ。違うのか?」

 

 ポカンと大口を開けて固まる俺を少し不満そうに見るカッシュに、慌てて俺はブンブン頭を振った。

 

「いや、違わない! けど…直接そういうの言われたこと、あんまりないからさ…」

 

 正直、かなり嬉しい。緊張と不安に覆われていた心が晴れたのを感じる。よーし……

 

「ありがとな、元気出た。頑張ってくる」

 

 笑顔でそう言うと、二人とも無言で頷いた。

 

 

 

 

 




 基本的に何年何組とかは漢数字
 10位とかの順位は数字でいきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

競技、開始。

 
 お久しぶりです。今年からめでたく社畜(絶望)になりました、カステラ巻きです。

 投稿も挨拶も遅くなってしまいましたが、令和もよろしくお願いします!



 

 

「さあ、いよいよ今回初登場の種目が始まります! 競技時間、配点はおろか、ルールすらもほとんど明らかにされていなかったこの『ハイド・ラン』! 一体どのような種目なのでしょうか!」

 

 魔術の拡声音響術式による実況担当者が、興奮気味にそう叫ぶのを聞きながら、出場者である俺達選手は、それぞれ自分のクラスの応援席を背にしてフィールドに立っていた。

 

 どの選手も顔を緊張で強張らせている。ああ、分かるよ。セリカさんが作った競技だもんなぁ。怖いよなぁ。

 

 かく言う俺も怖い。でも、この競技に向けてやれる事は全てやってきたつもりだ。今更悪あがきはしない。ここはもう、どっしり構えておこう。

 

 しかつめらしい顔をしながら腕を組んで仁王立ちした俺を、右隣にいた出場選手の男子がマジマジと見てきた。確か、一組の生徒だ。名前は知らないけど。一組君と呼ぶことにする。

 

「……お前、怖くねぇの?」

 

「怖いよ」

 

 そんな風に話しかけてきた一組君に視線を向けて、即答した。

 

「怖いに決まってんだろ。あのアルフォネア教授が考えた種目だぞ? 怖くないわけがない」

 

「………」

 

「でも、怖いからってこれまで頑張ってくれた皆に情けないところは見せられないし、見せたくない。だから、こうして強がってるんだよ」

 

「…ふーん」

 

 それきり、お互いに黙り込む。このフィールドに立つ全員が同志で、ライバルだ。怖くても、不安でも、選手一人ひとりの目には、確かに闘争心が宿っていた。

 

「ここで実況を変わり、この種目の考案者であるアルフォネア教授にルール説明をしていただきます! では、どうぞ!!」

 

「あ、あー、テステス。ぶっちゃけ、長々話すのはめんどいから、ちゃっちゃか言うぞ。選手諸君はよーく聞く様に」

 

 ルールを聞き逃すまいと、静かになっていく競技場。どの選手も、緊張した面持ちでセリカさんの声に耳を傾けている。

 

「まず、生き残れば勝ち、と種目決めのリストには書いたが、実際に死ぬことは無い。これは当たり前だな。もし死者とか出したら、私クビになっちゃうし。ははは!」

 

 ははは、じゃねぇよ!

 

 思わずそう脳内で突っ込む。セリカさんが何気なくリストに書いた言葉に、この種目に選ばれた(選ばれてしまった)俺達選手がどれだけ恐怖と不安を煽られたのか…きっとこの人は理解できないんだろう。

 

 競技場全体を、僅かに弛緩(しかん)した空気が流れる。そんな空気を引き締めるように、セリカさんがパンパンと強く手を叩いた。

 

「では、本題に移ろうか。諸君らはこれから   

 

 ゴゴゴゴ…

 

 途中でセリカさんの言葉が切れ、フィールドが物凄い地響きと共に揺れ始めた。

 

「!?」

 

 みるみるうちに、目の前の真っ平らだったフィールドが変貌していく。石ころ一つ無かったフィールドには、物凄い勢いで草が生い茂り、あっと言う間に草原に変わった。俺の額辺りまで届きそうな高さの草が、風でそよそよと揺れている。これは草原…と言っていいのだろうか?

 

「…へあっしょいいっ!」

 

 鼻先にこちょ、と触れた草に、思わずくしゃみをしていると、セリカさんのいたずらっぽい声が聞こえた。

 

    このフィールドで、1時間鬼ごっこをしてもらう!!」

 

 ざわざわ、ざわざわと。

 

 会場全体がにわかに騒がしくなった。

 

 ちなみに鬼ごっこは、こっちの世界でも知らない人は居ないと断言出来るほどにポピュラーな遊びだ。ルールは前世と同じで、鬼になった人が他の人を追いかけて、鬼に触られた人が次の鬼になる。

 

 正直言って、この学院の生徒達はさほど体力がある様には見えない。仮に他の生徒が魔術で身体能力を強化して走る速度を上げていても、捕まりはしないだろう。というかモヤシっ子に捕まったら戦闘民族の一員としてちょっと恥ずかしい。

 

 ちらりと応援席を見上げると、我が担任講師は腹黒い笑みを浮かべ、俺に向けてサムズアップした。ついで口パクで何かを伝えてくる。なになに…

 

『鬼のフリして追いかけ回せ。誘導先はもちろん…分かるな?』

 

 ……いや駄目でしょそれ。バレたら失格にされるんじゃないか…? 本物の鬼に誘導するとか考える事がえげつないな。流石はグレン先生。……違うよ。俺は別にそんな考えなんて、これっぽっちも浮かんでたりなんかしてなかったし。本当だし。

 

「スタート位置は、ランダムに転移させてもらう。それと、先に言っておくが鬼は生徒ではなく、ゴーレムが担当する。つまり諸君は逃げることだけ考えればいいわけだな!」

 

 何だよそれじゃさっきの作戦使えないじゃん。

 

 そんな残念そうな顔をした先生が無念そうに顔を伏せた。ねえちょっと。何でもうすでに諦めてんですか。

 

「鬼に直接触られた時点でその生徒は失格。選手用の控え室に転移するようになっている。1時間捕まらなかった生徒のクラスは得点ゲットだ。そして競技中は魔術の使用を許可する。身体能力を強化するなりして、何とか逃げ切れ」

 

「鬼ごっこなら、まあ…」

 

 左隣の女子…(多分この人は四組…多分)四組さんがそう呟いたのが聞こえた。それに右隣の一組君が鼻を鳴らす。

 

「…何よ」

 

 聞こえていたのか、ジロリと一組君を睨む四組さん。どうでもいいけど俺を挟んで睨み合うのはやめろよ。

 

 睨み合いの邪魔をしないようにジリジリと後ろに下がっていると、セリカさんがなにやら嬉しそうに声を上げた。

 

「時間経過で起こるちょっとした仕掛けをしてあるからな! 頑張れよ!」

 

 し、仕掛けだと!? やめてえええ! これ以上余計な不安要素を増やさないでええ!?

 

「うむぐ…」

 

 そう叫ぶ代わりに、顔を思い切り歪めて低いうめき声を漏らすと、それまで俺を挟んで睨み合っていた一組君と四組さん(ライバル達)が睨み合いを中断して、それぞれ俺から少し距離を取った。ちょっと君達。やめてよね、その反応。結構傷つくんですが。

 

 センチメンタルな気分を紛らわす為、ゴホンと咳払いを一つ。……何だかんだ言って、今の俺は想像以上に落ち着いている。やはり先程の友人達の励ましのお陰か。

 

 再び観客席を見上げて友人の姿を探すと、セシルはギイブルと談笑中。そしてカッシュは……どこから買ってきたのか、ポップコーンを先生と奪い合っていた。

 

 ……おい。

 

 思わず目元をピクピクさせていると、キラリと何かが光るのが見えた。見れば、そこにはフィーベルさんがティンジェルさんと一緒に座っていた。ポップコーン争奪戦を呆れたように眺めている。さっきの光は、どうやらフィーベルさんの髪に反射したらしい。

 

 ぽけーっと見つめていると、俺に気づいたらしいフィーベルさんが、小さく握りこぶしを作り、グッと構えてみせた。

 

 それに小さく頷いて応えると、フィールドに向き直る。

 

 鬼ごっこの舞台は、草原。山育ちの俺には不慣れな場所だが、それは出場選手、皆同じだろう。でも、慣れていないほうがこういうのはきっと楽しいし、面白い。

 

 転移の光が視界を包む中、俺は意識を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目を開いた時、視界に飛び込んできたのは、黄土色に塗られたゴーレムだった。

 

 ……ふむ。

 

 とりあえず、観察してみました。

 

 授業で使うゴーレムより少し小さめで、俺と同じくらいの背丈。特徴的なのは、全体的に華奢な体格と、少し長めの耳だろうか。耳には複雑な魔術式がビッシリと書き込まれている。目は一つで、今は閉じられていた。

 

 確信した。コイツが、きっとこの競技の鬼ゴーレムだ。

 

「よおし! 全員スタート位置に転移したな」

 

 セリカさんの声で我に返った。

 

 目の前には鬼ゴーレム。そしてその正面に立つ俺。脳裏に、開始早々に捕まる俺の姿が浮かんだ。

 

 え? ちょちょちょっと待って!?

 

 俺は慌てて鬼から離れようとするが、周囲は自分と同じくらい草丈が高い草ばかり。少し苦戦しながらも、草をかき分ける様にして何とか前に進む。

 

「では……競技、開始だ!」

 

「〜っ!!」

 

 無慈悲な声が競技開始を告げたその瞬間、俺はその場にしゃがみ込んだ。あの鬼ゴーレムの魔術式ごちゃ詰めの長い耳からして、音に敏感なのは間違いない。

 

 こちらからは草で邪魔をされて鬼ゴーレムが見えない。なので、息を殺して耳に意識を集中する。

 

 がさっ……がさがさ……がさ……

 

 鬼ゴーレムの足音が聞こえる。音は徐々に小さくなっていく。完全に音が聞こえなくなってから、俺は深いため息をついた。

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エンカウント

 短めです。
 いやあああああ誰か休みをくれえええええ


 

 

 

 

 

 

 

 隠れることに徹した方がいいな。

 

 しゃがみ込み、辺りの草や地面を一通り観察した俺は、そう結論付けた。

 

 情報収集もしたいが、下手に動いて見つかるのは怖い。

 

 逃げるにしても、こんなに草が生い茂っている場所では獣化しているのならまだしも、人の姿ではまともに走れない。

 

 草を燃やすことも思い浮かんだが、鬼ゴーレムや他の選手達がどこに潜んでいるかも分からないし、この草は結構な水分を含んでいる。きっと思うようには燃えないだろう。変に鬼ゴーレムの注意を引いて捕まるのも嫌だし。

 

 

 

 周囲の音に耳を傾ける。

 

 聞こえてくるのは、そよそよと風に揺れる草の音だけ。

 

 競技前まではやかましいくらいに聞こえていた実況の声も観客席の声も、いつの間にか聞こえなくなっている。上を見ると、透明な膜のようなものが。きっと競技の邪魔にならないように、何かの魔術でフィールドには声が届かない様にしているのだろう。

 

「………」

 

 他の選手達はどうしているだろうか。移動か、待機か、もしくは   

 

「あっははははは!!」

 

 考え事をしていたその時、誰かのやたら馬鹿でかい笑い声が耳に飛び込んできた。

 

 いや誰だよ!? 馬鹿じゃねぇの!? 馬鹿じゃねえの!?

 

 語彙力ゼロな叫びを脳内で上げつつ、声が聞こえた方向  上を見る。

 

 フィールドの上空を、一人の選手が飛んでいた。

 

「鬼ごっこ? ハッ! そんなの、この僕にかかれば余裕だよね!!」

 

 浮遊魔術を使ったのだろう。地上から、大体10メートル程の高さをふわふわと飛んでいる。どうやら頭もぶっ飛んでいるらしかった。

 

 触らぬ神に祟りなし。

 

 俺は可及的速やかにぶっ飛び野郎から離れるべく、なるべく音を立てないように注意しながら移動を開始した。

 

 鬼ゴーレムが音に反応するのであれば、ぶっ飛び野郎のすんばらしい活躍(皮肉)によって、間違いなくここへ集まって来るだろう。鬼ゴーレムが何体いるのかも分かっていないこの状況でそれはマズイ。とんでもなくマズイ。

 

 後方では、楽しげに高度を上げたり下げたりしているぶっ飛び野郎の姿が。その反応から、今のところは鬼ゴーレムの姿は無いらしい。

 

「〜っ!!」

 

   あのなあ、アンタは飛んでるからいいかもしれないけど、こちとら徒歩なんだよ! 飛んでるアンタと違って、素早く動けねぇんだよ!

 

 俺は鬼ゴーレムが来ない事を強くつよく祈った。

 

 天にまします我らが神よ! もしくは偉大なるご先祖様! 誰でもいいからお助けぇ!!

 

 ちなみに我らが一族ベスティアでは、一族のご先祖様に祈ることが多かったりする。まあそれは今はさておいて。

 

 

 果たして。

 

 

 

 

「……ん? んぎゃあっ!?」

 

 

 

 

 俺の願いは、届かなかった。

 

 聞こえてきた悲鳴に、思わず振り返ると、そこには空中でぶっ飛び野郎を鷲掴みにしている鬼ゴーレムの姿が。

 

「なんてこった、こんなところで僕は   

 

 最後まで騒がしく転移されていったぶっ飛び野郎を見送り、鬼ゴーレムは空中で着地体勢を取った。

 

 なんてこった、どうやらあのゴーレムには跳躍機能があるらしい。

 

 ズシンッ!

 

 最悪な事に、そいつは俺の正面に着地しやがりました。マジかよ。あと一歩前に出ていたらぺちゃんこになっていたかもしれない。

 

 着地の衝撃でグラグラと地面が揺れ、まともに立てない。もうもうと立ち込める土煙の中で、紅い一つ目が妖しく輝いた。

 

 まずい。

 

 びゅお! と土煙を切り裂いて突き出された鬼ゴーレムの腕が、視界いっぱいに広がった。

 

 

 

      魔術じゃ間に合わない。

 

 

 

   カチャリ、と。

 

 一瞬、硬直した俺の耳に小さな音が届いた。

 

 咄嗟に右手が動いていた。流れる様に、左腰のレイピアを握る。

 

「ぬああッ!」

 

 抜刀の勢いを乗せたまま、レイピアの腹を滑らせる様にして何とか腕の軌道を逸らす。ギャリィンン、と不協和音を奏でながら、鬼ゴーレムの腕は俺の顔から数センチ離れたところを通り過ぎた。

 

「あっぶねえ!」

 

 すたんっ! とバックステップを踏んで鬼ゴーレムから距離を取り、走る。

 

 レイピアは刺突武器。華麗に相手を穿ち、華麗に攻撃を避けるのが主流の剣だ。その刀身は細く、受け流しには向いていない。そのうえこの剣は実戦用ではなく、儀式用だ。無理に受け流したせいで、刀身に小さなヒビが入ってしまった。

 

    ごめん。ありがとう。

 

 納刀したレイピアの柄頭を撫でて、俺はチラリと後ろを振り返った。

 

 鬼ゴーレムは、草を放射線状に踏み倒しながら追いかけてくる。速い。

 

「《雷精の紫電よ》!!」

 

 最近習得した【ショック・ボルト】の一節詠唱で、鬼ゴーレムの一つ目を狙う。が、命中はしたものの、効果はあまり無さそうだった。

 

「く  !」

 

 とにかく差を広げて隠れるつもりだったが、草が邪魔で思う様に走れない。少しずつ縮まっていく距離に、じわじわと焦りが芽生え始める。

 

 こんにゃろーめ! このまま捕まってたまるか!

 

 前に向き直り、必死に足を動かし続ける。しかし。

 

   がくん、と。

 

 足を何かに引っ張られるような感覚。俺は体制を崩し、受け身を取ることも出来ずにその場に倒れ込んだ。

 

「がっ!!」

 

 全力疾走からのいきなりの転倒に、身体に衝撃が走る。痛みを堪えて素早く足元を見ると、他の草で隠れて見にくいが、そこには何本か束ねられ、草同士を結んだもの  草結びが。

 

あ"あ"あ"あ"あ"あ"(誰だよおおおお)!?!?」

 

 明らかに人が結んだであろう草結びに、思わず怒りの咆哮を上げる俺。

 

 立ち上がろうとするが、焦っている時ほど、こういう物は外れない。後ろからは鬼ゴーレムが迫る。

 

 万事休すか。

 

 捕まる事を覚悟した俺の目の前で、鬼ゴーレムはその腕を伸ばし   転んだ。

 

「……!?」

 

 見れば、俺の周囲には似たような草結びが何本か仕掛けられていた。

 

「……えーと?」

 

「ごがが…」

 

 鬼ゴーレムはどこか悲しげな音を立てながら、両腕を俺に伸ばしてわちゃわちゃさせている。しかし、俺までは1メートル程の距離があるので、届きそうにない。

 

 とにかく、これはチャンスだ。

 

 足に絡みついた草を強引に引き千切り、俺は大急ぎでその場を離れた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その頃の観客席

「会社潰れねぇかな」が口癖になってきた今日この頃。もう立派な社畜ですね。学生時代が懐かしい……。

 あ、今回ちょっと三人称視点を試してみますね。「ここおかしいぞ!」という部分があれば教えて頂けると幸いです。



 

 

 

 わあわあと盛り上がりを見せる二組の観客席を尻目に、グレンは一人、目を瞑っていた。

 

 ぐうううううう……。

 

 空腹に耐える為だ。唸りを上げる自身の腹を悲しげに見下ろし、ため息を吐くグレンを、二組の大天使ルミアが心配そうに見つめた。

 

「せ、先生、大丈夫ですか…? その…さっきから凄い音が……」

 

「ああ……天使がついにお迎えに来ちまったか。おい白猫、後頼むわ。適当に指揮っといて」

 

「ふざけてないでちゃんと観戦してください! ウィルが今頑張ってるんですよ?」

 

「んあー…?」

 

 そうだった。天に召されている場合じゃない。グレンは草原と化したフィールドの上空に浮かぶ、魔術で展開されたモニターを見た。

 

 そこには、選手たちの姿がアップで映っている。様子を見る限りではウィリアスも含め、どの選手もまだまだ余裕そうだ。

 

「と言うか……彼は何をしているんですの?」

 

 グレンの近くに座っていたウェンディが、不思議そうな声を上げた。それは応援している二組の生徒たちの共通の疑問だったようで、自然と視線がグレンに集まってくる。

 

 他の選手たちが落ち着きなくフィールドを動き回る中、先程までウィリアスは周囲の草を何やらこちょこちょと(いじ)っていたが、今は地面に腹這いになり、目を閉じたまま動かない。

 

 ピクリともしないウィリアスの様子を見て、不安げな表情を浮かべるシスティーナ。

 

「あれじゃ、見つかっちゃうんじゃ…?」

 

「………」

 

 グレンが無言で目を細めた、その時。

 

 突然、ウィリアスがむくりと身を起こした。そのまま素早く移動を始める。その足取りに迷いは見られない。唐突なその行動に、逆に見守る生徒たちが戸惑った。

 

「? いったい何を…?」

 

「…まあ見てろ」

 

 そのまま見守ること数十秒後。先程までウィリアスがいた場所に、鬼ゴーレムが姿を表した。

 

 鬼ゴーレムはキョロキョロと周囲を見回すと、おもむろに足を前に踏み出し    転んだ。

 

 そこには、先程ウィリアスが仕掛けていた草結びが。

 

「すごい…これって」

 

 モニターが再びウィリアスを映す。彼は周囲の草を手早く弄ると、再度地面に腹這いになり、目を閉じた。

 

「もう分かっただろ?」

 

 ニヤリ、といつもの笑みを浮かべたグレン。

 

「あのゴーレムはおそらく()を頼りにターゲットを捕捉している。その代わりに、ちょっち視力が弱い。んで、」

 

 グレンは自分の耳を軽く摘んでみせた。

 

「ウィルは音と振動を頼りにして、ゴーレムの位置を探ってる。元々ゴーレムの方が身体は重いし、足音も大きいからな。先に居場所を把握出来れば、その場で音を立てずにやり過ごすも良し、距離を取るも良し。仮に逃げている最中に追いつかれたとしても、事前に周囲に罠を仕掛けておけば十分逃げる時間も稼げる」

 

 グレンの説明に、

 

「待ってくださいよ、ウィリアスはゴーレムとたった一回対峙しただけで、それに気づいたって言うんですか?」

 

 ギイブルがどこか疑わしげに言う。それをグレンは肯定した。

 

「まあ、そうなるな」

 

「…ッ!」

 

 自然と下に見ていた相手が、自分では気付けなかったことに気付いていることに、ギイブルはどうしようもない苛立たしさを感じた。

 

「まあ、お前らとウィルはそもそも場数が違うからな。魔術じゃお前らの方がまだまだ上だが、観察目や状況判断に関しちゃ、傭兵やってたウィルのが上だ」

 

 とは言っても、ウィリアスの魔術のセンス  特に魔力操作には目を見張るものがある。獣化状態での炎のコントロールが魔力操作に影響を及ぼしているのだろう。

 

 考え込んでいたグレンの耳に、何やら戸惑ったような声が届いた。

 

「……え? 傭兵?」

 

「あん?」

 

 顔を上げると、どこかポケッとした顔で、生徒たち(主に男子)がグレンに注目している。システィーナとルミアが二人揃って「あちゃあ…」といった風な表情をしているのが目に入った。

 

 これ、もしかしなくても話しちゃ駄目だったやつだ。

 

 グレンは確信し、咄嗟(とっさ)に口走っていた。

 

「あー………葉柄(ようへい)? なにお前ら葉っぱの柄に興味があるのかそうなのかー!! 葉っぱの葉脈ってキレイだよなあははははァ!!」

 

「ちょっと無理があり過ぎるでしょ……」

 

「あ、あはは……」

 

 そんなグレンの誤魔化しも虚しく。

 

「ま、マジかよおおお!!」

 

 目をやたらキラキラさせたカッシュが、大声を上げた。彼だけではない。他の男子たちも「かっけぇ!」「剣とか鎧とか持ってんのかな?」「後で見せてもらおうぜ!」と、興奮気味に騒ぐ。

 

 魔術学院の生徒たちは殆どが冒険とは無縁だ。冒険に対して憧れを抱いている者も少なくない。そんな思春期真っ只中な彼らが「傭兵」という言葉に反応しないわけがなかった。

 

(やべえ! 俺の昼飯があ!)

 

 勝手にバラしたことがウィリアスに知られれば、最悪今日の昼食の話がパーになりかねない。それだけは何とかして回避しなければならない。ここ最近はずっとシロッテの枝で耐え凌いできたので、グレンとしてはここで栄養補給をしたい。何より、もう今日は肉の腹になっている。ここまで来て昼食がシロッテは精神的にも肉体的にもキツ過ぎる。

 

 グレンは騒ぐ男子生徒を完全に無視することに決めた。

 

「……………それに、競技開始前にウィルが転移された時、あいつの目の前には起動前のゴーレムがいた。ここからじゃ見えにくいが、ゴーレムの耳にはびっしり魔術式が書き込まれてる。その時に軽く観察して、予測を立てていたんだろう」

 

「完全に無かったことにするつもりね…」

 

「まあ、わざとじゃないみたいだし…ウィル君も許してくれるんじゃ…ない、かな?」

 

 傭兵について好き勝手にわちゃわちゃ騒ぐ男子生徒たちから話題を逸らそうと必死になっているグレンの様子に、ルミアがにこにこと嬉しそうに笑みを浮かべて隣のシスティーナに囁いた。

 

「ね、やっぱり先生って、生徒のことをよく見ているよね」

 

「………そうね。まあそこは、ちょっとだけ認めてあげてもいいけど……」

 

 実際、この競技祭でここまで二組が活躍出来ているのは、グレンのお陰だと、システィーナもわかっている。

 

 普段はおちゃらけてはいるが、いざとなればグレンはとても頼りになるということを、システィーナとルミアは知っている。……普段の態度がいろいろと残念過ぎて呆れることも多いが、確かに講師としては認めているのだ。

 

「それにしても…なかなか捕まらないね、ほかの選手。結構時間経ってるけど……」

 

「……先生、今捕まってるのって何人くらいでしたっけ?」

 

「んー…四人だ」

 

 何とか別の話題に逸らすことに成功したらしく、疲れた顔をしたグレンは、懐の懐中時計をごそごそと取り出す。競技が始まってから、かれこれ30分が経過しようとしていた。

 

 脱落者は、十人のうち四人。グレンが最初に想定していたよりも脱落者は少ない。ほかの選手たちも多少は慣れてきたのか、上手く鬼ゴーレムをやり過ごしているようだ。

 

 残り時間は30分。時間的にも、丁度折り返し地点だ。フィールドにもあまり動きがなくなってきている。セリカが言っていた通りなら、そろそろ『時間経過で起こるちょっとした仕掛け』とやらが発動してもおかしくない。

 

 問題は、どんな仕掛けが起こるかだが、これについては全く予測出来ない。セリカとはまだグレンが子供の頃からの長い付き合いだが、ヤツのぶっ飛んだ思考回路はグレンでさえ読めない。……まあ、何とかウィリアスに頑張ってもらうしかないだろう。

 

「さて、どう来るかねぇ…」

 

「あ! そういえば先生!」

 

 ため息交じりに呟いた声は、すぐ後に響いたカッシュの声にかき消された。

 

「んー? 何だどうした?」

 

「その…テロの時の話なんですけど」

 

「あん?」

 

 グレンはどことなく嫌な予感がしたが、そのまま続きを促した。

 

「俺たちが教室にいた時に、なんかこう、でかい黒い猫みたいなのが助けてくれたんです。で、前から気になってたんですけど、あの猫って先生の使い魔かなんかですか?」

 

 「あ、それ俺も気になってた!」「じ、実は私も…」等の声が次々と上がる。

 

 ここで不味い返答をすれば、本当に昼飯が無くなる。いや昼飯どころじゃなくなる。グレンの脳はかつてないほどにフル回転した。そして、この件についてはテロの直後に事前にウィリアスと打ち合わせをしていたことを奇跡的に思い出した。

 

「ああ。あいつは紛れもなく俺の使い魔だ」

 

「マジすか!」

 

「あいつは『ライオン』っていう生き物でな。ほら、攻性呪文(アサルトスペル)に【ブレイズ・バースト】ってあるだろ? その詠唱に出てくる『獅子』ってのはライオンのことだ」

 

「へえ、そうだったんすね。それはそうと、えっと、今日会えたりとかは……」

 

「あー…、あいつは気まぐれだから、呼んでも滅多に来ないぞ」

 

「ああー、そうかあ。会いたかったんだけどなぁ…」

 

 どこか残念そうな生徒たちに背を向けて、グレンはこっそり額の汗を拭った。

 

 何気に、今日で一番ハラハラした。グレンを見守っていたルミアとシスティーナも冷や汗を浮かべている。事前に設定について打ち合わせておいて本当に良かった。

 

 この使い魔の件については後でウィリアスに報告しないといけないだろう。今後、何か事情がありウィリアスが獣化した場合、彼は使い魔という設定で動くことになる。詳しく口裏合わせをしておかないと、いざという時にボロが出ても困る。

 

 小さくため息をついたグレンは、何気なくフィールドに目をやった。

 

「……ん?」

 

 視界のどこかに何か違和感を感じて、もう一度フィールドを見る。じっと目を凝らしてやっと分かった。

 

 フィールドの周囲を、細い何かの魔術式が円を描くように取り囲んでいる。

 

「? 先生、何を……」

 

 システィーナもやや遅れてそれに気づいたようだ。

 

「あの魔術式は…!」

 

 

「さあーて、そろそろ、変化が欲しいよなぁ!」

 

 競技場全体に音が響いた。

 

 実況席に座っていたセリカ=アルフォネアが、拡声音響術式を使い、高らかに声を上げたのだ。

 

「草原での鬼ごっこに慣れてきてた選手諸君には大変申し訳ないが、変化の時間だ。さあ      

 

 パァンと一つ、柏手(かしわで)が打たれた。

 

 フィールドが大きく揺れる。周囲の魔術式が、強い光を放ち始める。

 

     第二ラウンド、開始といこうか!!」

 

 

 

 

 

 




 次回予告

 セリカ「第二ラウンドは…そうだな。早口言葉で『生麦生米生卵』を300回、一度も噛まずに言えた奴の勝利だ!」

 選手一同「!?!?!?」

 ウィリアス「生麦生米なみゃああああ嚙んだあああああ!!!」

 嘘です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二ラウンド

ああああ寒いですね! 皆さん風邪などにお気をつけて!


 

 

 眩しい光が止んだ時。真っ先に目に入ってきたのは茶色い壁だった。

 

 何度かぱちぱちと目を瞬いてから、ぐるりと周囲を見渡してみる。どうやら小さな部屋のようなところにいるらしい。ほかの選手たちも同じ部屋にいる。全員合わせて六人いるので少し狭い。

 

 部屋に窓はなく、明かりは壁に掛けられた二本の小さな松明のみ。出入り口らしきものは一つだけあり、のぞき込んでみると通路が先に続いている。この小部屋に比べて通路の天井はかなり高い。

 

 頭を引っ込めて、腕を伸ばして部屋の壁をぺたぺた触ってみるが、何のへこみもなく、つるつるしている。ふーむ……。

 

 顎を撫でているとどこからかセリカさんの声が聞こえてくる。

 

「先程と同じように魔術の使用は自由。鬼ゴーレムの数は全部で三体だ。残り30分間、引き続き頑張ってくれ……おっと」

 

 ……おっと??

 

 部屋にいた選手全員が疑問符を頭上に浮かべた。

 

「アドバイスだ。ここにある仕掛けは、むやみに触らないことをお勧めする」

 

 そんな一言を残して、セリカさんの声は聞こえなくなった。

 

 ――――――ねえええ! 待って!! 何でまたそんな不安要素を残していくのおお!?

 

 戦慄したのはきっと俺だけじゃないはず。

 

 鬼ゴーレムの数は増え、怪しい仕掛けもある。果たして30分も生き残れるのだろうか。

 

「なあ。鬼ゴーレムがもう動き出してるとしたら、ここにいるのは不味くないか?」

 

 選手の一人が言った。確かに、今ここに鬼ゴーレムが来れば皆一網打尽だろう。皆その意見にはっとして、小部屋の入り口に移動する。通路の向こうに鬼ゴーレムは見られない。少し進むとすぐに分かれ道があったので、俺はなんとなく左に進むことにした。……と、その前に。

 

 つるつるした壁に、レイピアで小さく傷をつけておいた。ここが迷路のようになっていたとしたら、迷うと厄介だしな。魔術の使用許可は出てるし、傷ついて不味いものなら、競技際には使わないだろうから大丈夫だ。多分。

 

 皆無言で二手に分かれ、通路を黙々と歩く。俺と同じ通路を歩いているのは三人。俺とあと名前を知らない男子二人(この人たちに至っては組も知らない)だ。その二人とも途中で現れた三本の分かれ道で分かれた。

 

 コツコツ、と通路に自分の足音が響く。とても静かだ。観客席の声も聞こえない。草原にいた時も聞こえなかったけど。どうやらこの場所に行き止まりはないらしかった。どこを通っても道がつながっている。鬼ゴーレムとは一向に鉢合わせない。

 

 歩き続けるうちに、広い場所に出た。同時に、人の気配。

 

「あれっ?」

 

「えっ?」

 

 最初の分かれ道で分かれたはずの一組君がいた。たどり着いた先が同じだったらしい。顔に少し疲労の色が見えるが、まだ余力がありそうだ。

 

「なあ。お前、ゴーレム見たか?」

 

「いや、まだ。……そっちも?」

 

「ああ」

 

 そのまま道なりに二人で歩いていると、今度は四組さんと会った。会うなり、質問が飛んでくる。

 

「貴方たち、鬼は見た?」

 

「いんや、見てない。そっちも?」

 

「うん……まだ一回も見てないよ」

 

 一組君も四組さんも、まだ鬼ゴーレムを一回も見ていないそうだ。二人とも嘘をついているようには見えない。鬼ゴーレムの数は増えているはずだが、何故だろうか。

 

 俺たちが思っていたよりも、ずっとここは広いのかもしれない。それとも俺たちの運がよかっただけか。分からないが気は抜けない。セリカさんが言っていた仕掛けらしいものもまだ見つけられていない。

 

 言いようのない不安がこみ上げる。お互いに言葉はなかったが、自然と三人で死角を補い合うようにして通路を進む。

 

 前を歩いていた一組君が、曲がり角を曲がろうとした矢先。

 

 何かが軋む音が聞こえた。

 

「―――っ!」

 

 一組君の襟首を咄嗟に掴み、強引に引っ張る。「うわ」とびっくりした様子の一組君の眼前を、太い腕が通り過ぎる。

 

 間違いない、鬼ゴーレムだ。

 

「逃げるぞ!」

 

 踵を返して、もと来た道を一目散に駆けだした。二人分の足音が俺に続く。

 

「急げ!」

 

「わかったから、手ぇ放せって!!」

 

「あ、ごめん」

 

 一組君を引きずったまま走り出していたことに気づいて、慌てて放す。ちらりと後ろを見れば、身体が大きめのゴツいゴーレムが目に入った。走る速度はそれほど早くはない。これなら撒けそうか?

 

 そう考えたのがいけなかったのか。

 

「きゃあああああああ!!」

 

 やたらと綺麗な響きをもつ悲鳴が聞こえた。隣を走る四組さんの声ではない。もちろん俺でもないし一組君のものでもない。後方から聞こえたその声は、紛れもなく鬼ゴーレムが発したものだった。

 

 待って、今の悲鳴ってゴーレムのなの? 立場的にも悲鳴上げたいのは追われてる俺たちなんですけど。

 

 ツッコミたい衝動を我慢出来たのは俺だけだったらしい。

 

 我慢出来なかったらしい二人が同時に叫んだ。

 

「声と体の厳つさが1ミリも合ってねぇよ! せめて統一しろよおおお!!」

 

「何よ「きゃあ」って! 乙女か!!」

 

「ツッコミがキレッキレだな二人とも!? ってそんなこと言ってる場合じゃない!」

 

 今の悲鳴? に集まってきたのか、前方からもう一体の鬼ゴーレムがこちらに迫っていた。左右に素早く視線を走らせるが、不幸なことに分かれ道はなく、真っ直ぐ一本道だ。このままでは三人とも仲良くお陀仏だ。

 

「《雷精の紫電よ》っ!!」

 

 【ショック・ボルト】を唱えるが、効果は見られない。近まる距離に、心臓が嫌な音を立てる。これが、恋……? いや待って本当にふざけてる場合じゃない。

 

「くっ……」

 

 ぎりり、と歯を噛み締めて、頭を回転させる。

 

 普通ならここで諦めるだろう。だが、あいにくと俺たちは普通じゃない。まだまだひよっこだが、れっきとした魔術師だ。普通の手段が駄目なら、普通じゃない手段で突破するのみ。

 

 俺は二人を振り返って、声を張り上げた。

 

「どっちか! あれ! 空飛ぶ系の魔術使えませんか!?」

 

 そこの君。散々偉そうなこと言っといて結局は他人頼りかよ、確かに普通じゃないな(笑)とか言っちゃあいけない。

 

 一組君は息も絶え絶えと言った様子で俺に叫び返す。

 

「【レビテート・フライ】な!? 悪いけど、魔力がもうすぐ底を尽きる。俺は無理だ」

 

 くああ、まじか。ならば四組さんは……?

 

 四組さんの方に視線を寄越すと、かえって来たのは爽やかな笑顔。

 

「ごめん、私も無理!」

 

 

 

 ――――――詰んだ☆

 

 

 

 鬼ゴーレムはもはや目前だ。背後の二人からも、絶望の空気が漂う。

 

 前方には鬼ゴーレム。後方にも鬼ゴーレム。左右は壁。逃げ場などどこにもない。

 

「でええいえああああ!?!?」

 

 もはや自分でも何をしているのか定かではなかったが、その時の俺は何をトチ狂ったのか、右肩に一組君を、左肩に四組さんを担いだ。その間僅か二秒。

 

 ―――いや、本当に俺は何をしているのか。この状況で担いでどうする? 「わっしょい!」とでも言うつもりか??

 

 捕まる、そう思ったが故の反射行動とでも呼べばいいのか。身体が勝手に動いている。過ぎる時間がスローモーションに感じる中で、俺の意思から離れた身体は淀みなく動き続ける。

 

 一歩踏み出した俺の右足は、正面でもなく、後方でもなく――――――壁を蹴った。

 

 だんっ!! と音を立て、身体が僅かに宙に浮く。だが、自分の体重に加えて、他の二人の体重も乗っているからだろう、続けて壁を蹴る前に、身体がゆるりと沈んでいく。駄目だ、落ちる―――!!

 

 自然と、口が言葉を紡いだ。

 

「……《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》」

 

 それが自分の声だと、最初気づかなかった。先程から、意思とは関係なく動く身体に途方もない違和感を覚える。

 

 ――――――何より、()()()()()()()()()()()()

 

 ゾワリと総毛だつ俺の意識を置いて、身体が急に軽くなった。何らかの魔術が発動したのだろう。異常な身軽さで壁を蹴り上がり、前方から来ていた鬼ゴーレムを飛び越える。

 

 着地したところで、身体に二人分の体重の反動がやってきた。ズン、という衝撃に呻きそうになるが、俺が勝手に担いだのだ。そのうちの一人は女の子だし、流石にそれは失礼だ。

 

 同時に身体が意思通り動くようになったので、二人を肩から下ろしながら、再び通路を走る。少し気分が悪かった。

 

「わるい、助かった! お前、すげえな!」

 

「ありがとう!」

 

「いいから早く!」

 

 さっきのは一体何だったのか。気になるが、今は逃げることに専念しないと。

 

 自分にそうやって言い聞かせて、俺はひたすらに足を動かし続けた。

 

 

 

 




おや? 主人公の様子が……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼ごっこの終わり

お久しぶりです。最近はコロナが本当に怖いですね。私は帰宅してから真っ先に手洗いうがいをしています。こんな時でも働かなくちゃいけない社会人って本当に大変。


 

 

 

 勝手に動いた身体は気になるものの、いつまでもそのことばかり考えてはいられない。

 

 3人でとにかく通路を走る。行き止まりにぶち当たったら普通に詰むので、壁にレイピアでちょこちょこつけておいた傷を頼りに行き止まりを避ける。

 

 段々とゴーレムの足音が遠ざかっていく。走る速度を緩めながら、詰めていた息を吐き出していると、一組君が後ろを見ながら早口に呟きかけた。

 

「撒い――!?」

 

「バカ野郎!!」

 

 悲鳴の様に叫ぶと、一組君は顔を青ざめさせ、あっと口を開けたまま黙り込んだ。フラグを立てそうになったことに気がついたのだろう。俺の言いたいことがハッキリ伝わったようで何より。

 

「? どうしたのよ」

 

「四組さん! 鬼ゴーレムが俺たちの近くに現れるかもしれないから、一応注意しといてくれ」

 

「わかっ……ちょっと待って、四組さんって私!?」

 

「イエス。ちなみに一組の君は一組君」

 

「ライバルの名前くらい覚えろよお前」

 

「暗記は苦手なんだ。そう言う君らは俺の名前を知ってるかい?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて問い掛けると、二人とも微妙そうな顔をした。ほーら、お互い様だ……。いや待て、そもそもお互い自己紹介なんてしてないから当たり前か。

 

 鬼ゴーレムを警戒していたが、現れる様子はない。セーフだったらしい。胸をなでおろしていると、まだ俺が一度も通った事のない通路に出た。目の前には三本の分かれ道。どの道を進むか少し迷う。

 

「うーん……」

 

 ちなみに、俺は獣化していなくてもある程度は鼻が効くが、鬼ゴーレムはこの会場の土で出来ている様で匂いがしなかった。その為、匂いを頼りにすることは出来ない。草原の時も鬼ゴーレムの出す音と振動を頼りにするしかなかったしな……。

 

 懐中時計を取り出し、時間を確認する。セリカさんの言っていた仕掛けとやらを探すのもいいかもしれないとは思ったが、残り時間は15分。このまま時間まで逃げ回るのが俺的には楽だ。第一セリカさんも「仕掛けには触らない方がいい」的なこと言っていたので、ノータッチでいいだろう。

 

「じゃあ、俺は右に行くよ。二人はどうする?」

 

「じゃ、俺は真ん中で」

 

「なら、私は左かな」

 

 それぞれ別れることになった。まあ、俺たちは元々ライバル同士だし、お(あつら)え向きに三本の道があるんだ。無難な選択だろう。適当に選んだ右の道に足を向ける。

 

「じゃ」

 

 ひらりと手を振ると、一組君と四組さんからそれぞれ一言ずつ投げ掛けられた。

 

「色々助かったよ」

 

「ありがとね、ベスティア」

 

「おーう。お互い頑張ろ……ん? え、何で?」

 

 不意に呼ばれた名前に戸惑う。記憶を探るが、名乗った覚えはない。俺の顔がよほど面白かったのか、二人は楽しそうに笑っている。

 

「ウィリアス=ベスティア。何も俺たちは、お前の名前を知らないとは言ってないぞ」

 

「えっ?」

 

「同じ競技に出場する選手のことを調べるのは当たり前よ。あなた、少し前に転入してきてるから結構有名だし。その様子じゃ、自覚は無かったみたいだけど」

 

「……」

 

 ……なるほど。俺はこれまで前世の運動会的な感じで考えていたが、これは()()祭だもんな。スポーツの大会なんかでは対戦相手のことを詳しく分析したりするし、感覚的にはそれに近いと思う。これは俺が迂闊(うかつ)だった。確かに、前もって調べておくべきだった。ひたすら自己鍛錬とかやってる場合じゃなかったなあ。

 

「それじゃ、私行くから」

 

「俺も。じゃあな」

 

 俺が呆けている間に、一組君と四組さんはそれぞれ別の道へと行ってしまった。二人の名前を聞き忘れてしまったことに気づくが、俺は割と今の呼び方が気に入っている。これはこれでいい気がした。

 

 とりあえず、捕まらないことを第一に考えよう。あと! 怪しいものには触らない方向で!

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまで!!」

 

 セリカさんの声が響く。

 

 あれから一回鬼ゴーレムに追いかけられはしたが、捕まることなく無事に生き残ることが出来た。いやあ、焦った。最後曲がり角で鉢合わせた時はもう駄目かと……。

 

 ラストスパートだと言わんばかりにスピードを上げた鬼ゴーレム。甲高い奇声を発しながら追いかけてくるもんだから精神的にも疲れた。クソ疲れた。

 

 服の袖で額の汗を拭っていると、何かの光が周囲を包み込んだ。あっと言う間に周りの土壁が消えて、普通のフィールドに戻る。途端、これまで聞こえなかった歓声が耳に飛び込んできた。反射的に耳を抑えていると、少し離れた所に一人、俺と同じ様に耳を抑えている生徒を発見。怪しがりて寄りて見るに、何のことはない、一組君だった。

 

「お疲れ」

 

「お前もな」

 

 生き残ったのは俺たち二人だけらしく、他の選手たちは隅っこの方でやたらと可愛くデフォルメされた牢屋に収監されていた。O★NA★WA★と書かれた牢屋の中に、悔しげな四組さんの顔が見える。

 

「さあ、見事生き残った二人のクラスには生存点をプレゼントだ!」

 

 皆が食い入る様に得点板を見つめる中、一組は相変わらず1位だ。そして、二組が2位に。ツートップと他のクラスを引き離す形で、差が生まれた。その途端、観客席がドッと湧いた。その方向を見ると、二組の皆がワーキャー騒ぎながら観客席から手を振っている。もみくちゃになりながら無邪気な顔で手を振りたくっている様子はちょっと可愛い。あそこが天国かな?

 

 俺も嬉しくなったので手を振り返した。どうだ! やったぞ俺! それと先生、アンタが手に持ってる紙切れについては詳しく聞かせて貰う。ここからでもバッチリ見えてますよ?

 

 いつの間に賭け事でもしていたのか、先生が一番はしゃいでいる。普通生徒で賭けなんてするか? この野郎……嬉しそうにしやがって。しょうがないから許してやろう。

 

 ちらりと一組の方を見ると、なんとハーレイ先生までもがその紙を握りしめていた。メガネの位置がズレているので、きっとハズレたんだろう。あららー……。賭けの内容が気になるところですね。

 

「『ハイド・ラン』! これにて終了だ!」

 歓声に包まれながら、俺たち選手はフィールドから退場した。

 

 

 

 二組の観客席へと続く通路をのんびり歩く。

 

 とにかく疲れた。が、これで俺の出番はおしまい。ちゃんと生き残るっていう目標は達成できたし、後は応援するだけだ。気楽でいいね。

 

 肩をぐりぐり回していると、進行方向からティンジェルさんがこちらに歩いて来るのが見えた。向こうも俺に気づいたのか、小走りに駆け寄ってくる。

 

「お疲れ様、ウィル君。凄かったね!」

 

「ありがとう。ティンジェルさんは今からだったよね?」

 

「うん。やっぱり緊張するね……」

 

「えっと、そういう時は周りの観客は全員じゃがいもだって思えばいいよ」

 

 俺がそう言うと、ティンジェルさんは少し考え込むような素振りで「じゃがいも……」と呟いた。「玉ねぎとかピーマンでも可」と付け足すと、ティンジェルさんは大きく頷いた。

 

「わかった! やってみるね」

 

「うん。じゃあ、頑張ってね」

 

 彼女が何を想像したのか気になるところだが、きっと可愛らしい物だろう。リンゴとか、イチゴ辺りの果物かもしれない。いや、イチゴは野菜だったな。

 

 そうこうしているうちに観客席に着いたので、特に理由はないが、真っ先に目に入った黒いしっぽ結びの頭を鷲掴みした。

 

「蒸かし芋を御所望か?」

 

「いやいきなりだな!? 蒸かし芋って何だよ怖えよ!?」

 

 尻尾を握っていると、フィーベルさんが水筒と紙コップを持ってちょこちょこ走ってくる。

 

「ウィル! はいこれお水」

 

「え? あ、え?」

 

 フィーベルさんが紙コップに水を注いでくれたので、掴んでいたじゃがいもから手を離す。コップに入った水を見た途端、猛烈に喉が渇いてきて、一気に飲み干した。空になったコップに二杯目を注がれたので、それも大人しく飲む。

 

 あちこち走り回った身体を慮ってくれたのだろう。正直物凄く助かる。そのまま三杯目を貰って、ようやく喉の渇きは収まった。

 

「……ん、ありがとう」

 

「どういたしまして。それよりウィル」

 

 その様子を見届けて満足したのか、フィーベルさんが穏やかに笑って、コツンと肩に拳をぶつけてきた。

 

「お疲れ様。頑張ったわね」

 

 その直後、全俺に激震が走った。

 

 ―――待って。この人これ無自覚でやってるの?

 

 あまりの破壊力にフィーベルさんを直視出来ない。それでも何とか「う、うん」と蚊のなく様な声で告げて、自分の席に足早に向かう。

 

 ちょっと俺の許容範囲を超えている。ビックバンがチャッカマンでソニックブラスト。もう俺は次元の彼方へ消し飛ぶしか無い。過ぎ去りし時を求めて。いやまておちゅちゅけ。こんな時は羊を数えるんだ。

 

 彼女はもっと警戒心を抱いた方がいいと思う。俺が同じクラスだから信用してくれてはいるのかもしれないが、だとしてもちょっと無防備過ぎやしないだろうか。あの笑みは誰彼構わず向けていいものではない。ボディータッチも禁止!!

 

 端的に言おう。心臓に悪いから控えて!!

 

「お疲れ……って、おい。おーい!」

 

「羊が一匹、羊が二匹…三匹、四匹、五匹ィ!!」

 

「……こいつパンクしたぞ。どうする?」

 

「うーん……ウィルには刺激が強すぎたのかもね。とりあえず、そっとしておこう」

 

 椅子に座り込んだ俺を、カッシュとセシルがそれぞれ両側から覗き込んで何か言っている。

 

「それもそうだな。こいつ、可哀想なくらいピュアだ」

 

「そうだね……まあ、それは置いておいて。お疲れ様、ウィル。皆で見てたよ、頑張ってたね」

 

 カッシュがご満悦そうに俺の頭をかき混ぜた。ええい、こらやめんか。俺は羊を数えるので忙しいんだ。セシルはにこにこしながら俺の服に着いていた草を払ってくれている。ありがとう。お礼にこの二十匹の羊は君に進呈しよう。

 

 俺が心の落ち着きを取り戻してからも、カッシュやセシルにされるがままになっていると、ふと疑問が湧いた。

 

「……そう言えば、アルフォネア教授が言ってた仕掛けって何だったの?」

 

「あー……えっとね、それっぽいやつはあったんだけど……」

 

「それがさ、誰も触らなかったんだ」

 

「触らなかったって、誰も仕掛けを発見出来なかった的な?」

 

「いや、それっぽいのはあったんだが……皆警戒してな。ちょっと迷ったやつもいたみたいだったが、結局ノータッチ」

 

「触らぬ神に祟りなし……やっぱり考えることは皆同じだなぁ……」

 

 わざわざ仕掛けを施した意味。まあ競技が終わった今になっちゃどうでもいい事だが。

 

 フィールドを見ると、午前の部最後の競技が始まろうとしていた。この競技にはティンジェルさんが出場する。しっかり応援せねば。……というか、女子の出場選手がティンジェルさんしかいないんだが。大丈夫だろうか……?

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お昼。

くっそ暑い! 皆さん熱中症とかには気をつけて!


 

 

 

 え、えー…ティンジェルさんメンタル強すぎでは……?

 

 只今午前の部最後の競技『精神防御』が行われているのだが、もうね、ティンジェルさん一人で無双してる。いや、もう一人強面の男子がいるけど、その二人で競い合ってる、のかな?

 

 この競技は、魔術師の必須技能である精神汚染攻撃への対処能力を競うもので、具体的には精神作用系の呪文を自己精神強化の術を用いて耐えるという形で競うという。そして、最後まで正常な精神状態を保っていられた者が勝者となる敗者脱落形式の耐久勝負だ。正直俺の出た競技よりも過酷な競技だと思う。最初は皆ティンジェルさんの心配をしていた。何しろ、他のクラスの出場選手は全員男子で、女の子はティンジェルさんただ一人。

 

 それがどうだ。今フィールドに死屍累々と転がっているのは、競技開始前にティンジェルさんを侮るように見ていた男子生徒ばかり。眠ってしまうのはまだいい方で、白目を剥いたり泡を吹いたり踊り狂ったり服を脱いだりともう大惨事。この光景が、この競技の過酷さを物語っている。そんな中、平然と立っているティンジェルさん。正直俺のアドバイスなんて要らなかったなこれは。じゃがいもとか言っちゃったけど。どうしよ、今になって恥ずかしくなってきた。

 

 恥ずかしさに悶えているうちに、ティンジェルさんが先生の指示によって棄権してしまった。と思ったら勝利した。どうやら相手の男子生徒が、ティンジェルさんが棄権したターンで気絶していたらしく、棄権しはしたが正気を保っていたティンジェルさんが勝者となった。この結果によって二組はさらに一組に近づくことが出来た。

 

 

 

 

「よし……」

 

 待ちに待った昼休み。俺は食堂の裏にある、空き地に来ていた。ここは日当たりも風通しもいい。肉を焼くにはピッタリだろう。もうとっくに獲物は狩ってきた。石組みも終わらせた。鉄板も学食のおばちゃんたちから借りてきた。あとは先生が調味料を持ってくるのを待つ。

 

 狩ってきた獲物である鹿を捌いていると、もの凄い勢いで誰かが走ってくる足音が。

 

「遅いですよ、せんせ……あれ?」

 

 振り返ると、そこにいたのはティンジェルさんだった。その後ろからはクラスメイトのリン=ティティスさんがちょこちょこ走ってくる。

 

「えっと。お二人さん、先生見てない? 今日一緒に食べる予定なんだけど……んん? あれ、先生?」

 

「肉…肉…」

 

 ティンジェルさん、もといティンジェルさんの姿形をしたグレン先生が、俺がさっき捌き終えた肉をきらきらした目で見ている。確証が欲しかったので、こっそりティティスさんに問いかけてみた。

 

「ティティスさん、あれってグレン先生だよね?」

 

「え、凄い…よく分かったね」

 

「んん、まあね。あんな肉食獣みたいな目するの、先生くらいだし」

 

 はい、嘘ですごめんなさい。見て気づいたと言うより、匂いで気付きました。匂いなんて言ったら女の子は嫌だろうし、黙っておくのが吉。

 

 ……というか先生は何故ティンジェルさんの姿に? ちょっと気になるけど、本人は全く気にしてないみたいなので放っておくことにした。もしかしたら、何か理由があるのかもしれないし。

 

 女性陣とお昼を過ごすらしいティティスさんを見送って、俺はティンジェルさん(偽)に向き直った。

 

「ティ……じゃなくて、お疲れ様です先生。肉は準備万端、あとは焼くだけです。それで、調味料は――」

 

「ここに」

 

 すっと差し出されたのは岩塩と、数種類のハーブ。完璧だ。

 

 顔を見合わせて無言で頷き合った俺達は、早速火を起こして、贅沢に大きく切った肉を焼いていく。

 

「お、いいもの見っけ!」

 

 ポーチをゴソゴソしていると、何やら底の方に芋が転がっていたのでそれも適当にスライスして焼いた。(いつだったか休日に森でキャンプした時の残りだろう。片付けはちゃんとしないとね!)じゅうじゅうと肉が焼け、ハーブの香ばしい匂いが漂ってくる。真剣に焼き加減を吟味して、数分後……。

 

「これくらいだな」

 

 こんがりと焼き上がった肉。その身からは湯気が立ち昇り、香ばしい香りを周囲へと運んでゆく。焼いた芋はほのかに甘い香りが。堪らずといった様子で先生が喉を鳴らした。

 

「もういいですよね? 僕我慢の限界……」

 

「はいはい。ってか目やべーけど大丈夫ですか? あとティンジェルさんが可哀想なのでそろそろ元に戻って下さい」

 

 ティンジェルさんの顔と声のまま、危ないクスリをキメた人みたいな目をした先生が怖かったので、素早く肉を切り分ける。あ、皿を忘れた。やむなし、鉄板から直接フォークでぶっ刺して食べることにする。これはこれで趣きがあっていい。洗い物も少なくて済むしね。

 

「うん、美味い!」

 

「うみゃあ―――いっっ!!!」

 

「ちょっ、それ何語ですか!? 言いたいことは何となく分かったけど、もはや言語として成り立ってませんよ!?」

 

 どんだけ酷い食生活を送ってたんだ。号泣しながら肉を頬張るこの人、一応教師なんだけど。給料はそれなりに貰えてると思うんだけどなあ。

 

「ストップストップ! ちょ、早く元の姿に戻って! 視線、視線が怖いからさ!!」

 

 尚、今も先生はティンジェルさんの姿である。先程の競技で活躍した、学院でも人気の美少女が涙を流しながら一心不乱に肉を頬張っているとなると、そりゃもう近くを通りがかった人達から視線が飛んでくる。主に男子生徒の。 

 

 やめて下さい、そんな犯罪者を見るような目で見ないで。俺は何もしてないんです。というか、俺別に何も悪いことしてないし。もういいや、堂々しとこ。

 

 開き直って先生と一緒に肉を貪り食う。多少目は死んでいるかもしれないけどいいや。あー、肉うま。

 

「あ、ルミア! もう、やっと見つけた!」

 

 肉、肉、ポテト、肉、肉、ポテトを繰り返していると、後ろから声。いつの間にか肉に夢中だったからか、全く気付けなかった。

 

 隣にいた先生も胃に食べ物を入れて少し冷静になったのか、その声にビクリと肩を震わせた。振り返ると、そこにいたのは案の定フィーベルさん。

 

 俺の頭が過去最高速度で回転した。この場にいるのは俺、ティンジェルさん(偽)、フィーベルさん。

 

 ―――この状況、ひょっとしなくても、先生的にはマズイのでは。先生は今、口いっぱいに肉を頬張っているので、フィーベルさんが納得できる説明が出来ない。俺はそもそもどうして先生がティンジェルさんの姿になっているのか知らないので、説明もクソもない。

 

 知らんぷりしてもいいが、もう俺はこの人の中身が先生だってことを知っている。そして、先生も俺がティンジェルさん(偽)の中身に気付いていることくらいわかってる筈。「先生」って呼んじゃったしね、俺。

 

 よって知らんぷりは不可能。そんなことをすれば、先生は俺を容赦なく道連れにするだろう。なら、取る選択肢は一つしかない。

 

 俺は全力で誤魔化そうとした。さあ、いくぞ俺。冷静に、スマートに……!!

 

「フィーベルさん! ど、どうしたの? 肉? 肉食べる!? あっ水飲む!?!」

 

「だ、大丈夫。どうしたのウィル、ちょっと落ち着いたら?」

 

 ―――くそっ、失敗だ。いやでも、注意を引きつける事には成功した。さ、先生、今のうちにここを離れるんだ! 

 

 眼力込めて先生をギッと見つめた先には、肉を新たに頬いっぱいに詰め直した美少女(偽)が、儚げな笑みを浮かべていた。(たとえこの後が地獄だろうと、今目の前の肉を捨て置くことなんて、俺には出来ない……)その目はそう物語っていた。

 

 いや笑ってんなっ! 馬鹿やろっっ! 肉なんて後でいいだろ、アンタは早くここから逃げるんだよォ!! もしくは自分でちゃんとフィーベルさんに説明しろよなっ!!

 

「え、ルミ――」

 

「フィーベルさぁん!! 見て! 芋もあるけど!!!」

 

 ええいままよとヤケクソ気味に叫んだその時。

 

「あ、システィ。ここにいたんだね。探したよ?」

 

 ―――もうどうにでもなれっ☆

 

 

 

 結論から言えば、俺と先生は助かった。途中で様子を見に来てくれたリン=ティティスさんが、口いっぱいに肉を詰めた先生と、事情を何も知らなかった俺の代わりにフィーベルさん達に懇切丁寧に説明してくれたからだ。

 

 それによると、何も先生はやましい気持ちでティンジェルさんに変身していた訳ではなく、出場競技『変身』への不安を抱えていたティティスさんへのアドバイスをする際に、変身してみせたそうだ。そして、あまりの空腹に変身を解くのを忘れたまま、俺の所までやって来た、と言うことらしい。

 

「ふーん、そうだったのね」

 

「リン様。貴方様のお陰で私の首は繋がりました。感謝します……」

 

「いえ、アドバイスを貰って助かったのは私なので……」

 

「どうぞティティス様。焼き立ての鹿ステーキでございます。付け合せの芋と一緒にお召し上がり下さい」

 

「えっと、ありがとうウィル君。でも私お腹いっぱいだから……」

 

 ティティスさんは、肉をひと切れだけ食べてから戻っていった。た、助かった……。

 

「ふふっ…」

 

 安堵のため息を吐いていると、フィーベルさんが不意に笑い出した。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、だってウィル、凄い焦ってたじゃない。思い出したら可笑しくて」

 

「えー、そんなことないでしょ」

 

 割と冷静だった筈……いや、確かに焦ってたわ。めっちゃフィーベルさんに食べ物勧めてた気がする。うわ恥っず。

 

「焦ってたぞ、顔がまじだったもんな、お前」

 

「一体誰のせいだと……!」

 

 こちとら事情なんて何一つ知らなかったし、焦って当然だと思いますけど。びっくりしたよ、いきなりティンジェルさんが来たと思ったら先生でしたーって。

 

 そのまま俺と先生、ティンジェルさん、フィーベルさんは一緒に昼休みを過ごすことになり、互いの昼ご飯を交換しあったりした。フィーベルさん達に貰ったサンドイッチ、めちゃくちゃ美味しかったです。

 

 

 

 




ウィリアスの鼻は、人の姿の時はかなり近くでないと匂いを嗅ぎ分けたりは出来ませんし、匂いを辿ったりとかは出来ません。ちゃんと獣化すればかなり遠くの匂いも嗅ぎ分けることが出来ます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

午後の部

 この季節、虫が増えるから嫌だなあ。
 先日私は遭遇したんですが、やけど虫って皆さんご存知でしょうか? 細長くて、黒とオレンジ色のやつです。見かけても絶対に素手で触らないようにしてくださいね。


 

 

「うわ、今持ち上げてるのって300キロの袋だぞ。凄いなテレサ!」

 

「僕だったら、多分1メートルも持ち上げきれないよ」

 

午後の部が始まった。現在行われている競技は、念動系の物体操作術による『遠隔重量上げ』。白魔【サイ・テレキネシス】の呪文で鉛が詰まった袋を空中に持ち上げて競う競技だ。より重い袋を持ち上げた選手に多くの得点が入るルールだ。ウチのクラスからはテレサ=レイディさんが出場している。おしとやかなお嬢様といった雰囲気の彼女がどんどん重たい袋を持ち上げていくので観客席は大盛り上がりで、クラスメイト達のテンションは天井知らずに上がっていた。

 

 そんな中、クラスメイト達とは打って変わって、ティンジェルさんと先生の様子が少しおかしい。何というか、ティンジェルさんは少し表情に影があるし、グレン先生はどこか上の空。一緒に昼ご飯を食べていた時は二人とも普通だったから、俺が二人と別れた後に何かあったのかもしれない。

 

(ま、まさか二人とも、昼の肉があたったとかじゃないよな?)

 

 だとしたら俺はとんでもないことを。いやでも待て。同じ肉を食べたフィーベルさんは何ともないみたいだし、別のことか…?

 

 うんうん頭を捻って考えていると、カッシュが大声を出した。見ると、レイディさんがこれまた大きな袋を空中に持ち上げたところだった。わ、すごい。あれ5メートルくらい行くんじゃないか…?

 

「おおお!! 500いったあ! こりゃもう一位確定だろ!! なあ、お前もそう思うだろ、ウィル?」

 

 しかもあの袋、重さ500キロらしい。それを持ち上げるってとんでもないな。

 

「ああ、さすが500の女は違うね」

 

「そのあだ名、本人嫌がるんじゃないかな?」

 

「えー、かっこよくない?」

 

 500の女の何がいけないというのか。貫禄があっていいじゃないか。そんな風に説明したが、セシルからは「うーん……女の子って、貫禄あるって言われてもそんなに嬉しくないと思うよ」と真顔で言われてしまった。まあ確かにそうかも。男はかっこいいって言われたら嬉しいけど、女の子はかっこいいよりも可愛いって言葉の方が嬉しいって昔父さんに聞いたことがあるのを思い出して納得した。

 

 そのまま見事1位を勝ち取ったレイディさんを見届けてから、喉が渇いたので水を飲んでいると、不意にカッシュがこちらを見て言った。

 

「お、そうだそうだ! ウィル、お前傭兵やってたんだって?」

 

「ぶっふお!!」

 

 いきなりすぎて噎せてしまった。そうだった、先生がバラしちゃったんだった!

 

 昼ご飯中に先生が「すまん。お前が傭兵やってたってこと、うっかり話しちまった」と言った時には思わず「はあん!?!」と叫んでしまったが、わざとではなかったらしいので許した。まあ傭兵やってるのを秘密にしてた理由は特にないからね。何となく秘密にしてただけで、別に知られても特に困るようなことはない。

 

 というか、傭兵()()()()って。カッシュ達は過去形として認識してるみたいだけど、俺は今もバイトと称して時々仕事を貰っている。俺はこの街の新入りだからそんなに大きい仕事はまだ入ってこないけど。最近は貯金が溜まりつつあるが、お金はいくらあっても困らないからね。

 

「家がそういう家系だったから……」

 

「な、剣とか持ってるなら見せてくんないか? 頼む、この通りだ!」

 

「うーん、別にいいけど。あ、じゃあ今度ウチ来る?」

 

 今も剣はポーチに入れて持ってきているけど、流石にこの場で出すわけにはいかないので家に誘ってみた。実は少し緊張してたりする。だって俺、まだ今世で友達と遊んだことないからね。

 

「まじで! 行きます。飲み物とお菓子持って行くわ」

 

 イエス! やったぜ。父さん、母さん。俺は今日初めて、友達を遊びに誘いましたよ。記念すべき日だ。これは手紙に書かなくては。

 

「えっと、僕も行っていいかな? ほら、僕たち仲良くなったのは早かったけど、まだウィルと遊んだことないし……」

 

「ウェルカム。実は俺、身近に同年代のやつがいなかったから、友達と遊ぶの初めてだったりする」

 

「え! そうなんだ!」

 

 わちゃわちゃ三人で盛り上がっていると、ふと顔を上げたところで二組に割り当てられた観客席の隅っこに座るギイブルと目が合った。と思ったらふいっと逸らされてしまう。そう言えば、彼とはあまり話したことがなかったな……。

 

 俺がギイブルを見ていたことに気づいたセシルが、

 

「ギイブルも誘ってみる?」

 

 と言った。するとカッシュが少し難しそうな顔をして唸る。

 

「あいつは気難しいやつだからな。誘いに乗ってくるかどうか……」

 

 ほう。気難しいのか彼は。だかしかし俺はなるべく沢山友達が欲しいぞ。

 

「ちょっと友人関係を広げてくる」

 

 そう二人に言い残して俺は席を立ち、にぎわうクラスメイト達の間を縫って歩いて、空席だったギイブルの隣に座った。たちまち隣から飛んでくる胡乱(うろん)げな視線を気にせず声を掛ける。

 

「ね。俺ウィリアス。よろしく」

 

「君の名前くらい知ってるけど?」

 

 おっと手厳しい。これはツン100%ですね。ぶっちゃけもうくじけそう。視界の隅でカッシュとセシルが頑張れとジェスチャーしてくれている。そうだ、まだ俺はくじけないぞ。

 

「見てこれ。何の変哲もないただのコインですね。それを握ると……あら不思議! コインが消えました! 一体どこに行ったのでしょうか?」

 

「ふん。子供だましだな。服の袖に落としたんだろう。……?…………??」

 

 うーん、思ってたよりも反応が素直だ。リアクションも面白い。ギイブルは、俺の服の袖をあちこち引っ張ったり覗き込んだりしてコインを探している。

 

「あ、次の競技が始まるね。応援しないと」

 

「待て、コインは何処に行ったんだ」

 

「一緒に応援しないか?」

 

「僕の話を聞け」

 

「えー、いいの? ありがとう!」

 

「勝手に話を進めるな」

 

 ガン無視とかされなくてよかった。ギイブルは話しかけられたらちゃんと答えるタイプの人らしい。俺たちの様子を見ていたカッシュとセシルがニコニコしながら近くに寄ってきたので「見て。新しい友達できたぜ」と報告したら「よかったなあ」「おめでとう、ウィル」と二人とも温かい言葉を返してくれる。

 

「ね、今度俺の家で遊ぶ予定を立ててるんだ。ギイブルも来ない?」

 

「僕には君の家に行く利点がない」

 

「本が沢山あるよ。学院の図書室には無さそうなやつとか」

 

 医学とか、科学についてとか。魔術と関わりのない専門書が、うちには何冊か置いてある。まあ勿論、前世のものよりは遅れているけど、それでも読んでいて為になることは多い。特に俺がお世話になってるのは医学書だ。怪我とかしょっちゅうしてたし、傭兵やってるとどうしても必要になってくるし。あ、あと食べられる野草図鑑。

 

 いくつかめぼしい本のタイトルを挙げていくと、興味を惹かれたのか、ギイブルはちょっぴり迷うような素振りを見せた。よしよし、もう少しだ。

 

「気に入ったのがあれば貸すけど」

 

「……………………行くよ」

 

 やったぜ。俺はガッツポーズを決めた。

 

「わかった! 後で詳しい日付決めよう!!」

 

「ああ」

 

 三人も友達が家にやってくるぞ。手紙に書いたら父さん母さん大喜びだなこれは。ちゃんと家掃除しとこ。お菓子とかも買い込んどかないと。

 

 

 

 

 

 

 どういうことだろうか。混乱している俺の目線の先にいるのは、長髪で鷹のような目つきの鋭い青年と、珍しい青い髪の少女。二人とも黒を基調としたスーツにクラバット、白い手袋をしている。

 

 現在、順位は上がったり下がったりを繰り返して4位。優勝を狙うのが少し厳しい状況だ。皆頑張ってはいるけれど、優秀な生徒を使いまわしているクラスとの地力の差が出始めている。司令塔である先生も、どこかに行ってしまったティンジェルさんを探しに行ったきり、帰ってこない。士気が下がり、皆どこか弛緩した空気が流れ始めている。

 

 そんな時に現れたのが、この二人組だった。

 

「お前たちが二組の連中だな?」

 

「そ、そうですけど……貴方たちは一体……?」

 

「俺はグレン=レーダスの昔の友人、アルベルト。同じくこの女はリィエル」

 

 アルベルト、という青年の話によれば、彼らは今日、グレン先生からこの学院に招待を受けていたそうだ。二人で楽しく競技祭を観戦していたところ、先生から連絡が来たという。それによると先生は急な用事が入ってしまったらしく、暫く手が離せないとのこと。動けない先生の代わりに、このクラスの指揮を執り、優勝させてほしいと頼まれたのだとか。

 

 会話を黙って聞きながら、目を細める。先程から何度も確かめているが……間違いない。アルベルトと名乗ったこの青年はグレン先生。そしてリィエルという少女はティンジェルさんだ。(ごめんねティンジェルさん。下心があって嗅いだわけじゃないから許してください)何故他人の姿をしているのかはわからないが、そうせざるを得ない理由があるんだと思う。

 

 どう判断していいのかわからないんだろう。クラスを代表してアルベルトさんの話を聞いていたフィーベルさんは困惑気味だった。匂いでわかる俺とは違い、フィーベルさんは二人のことを完全に他人だと認識している筈だ。困惑するのも無理はない。

 

 と、不意にリィエルさんが一歩前に踏み出して、フィーベルさんの手を握った。 

 

「……お願い。信じて」

 

「貴方たちは……」

 

 姿は違えど二人は親友同士。何か通じるものがあったのかもしれない。フィーベルさんは暫くの間押し黙り、そして言った。

 

「………わかったわ。うちのクラスの指揮監督をお願いするわ、アルベルトさん」

 

 不安げな表情を浮かべるクラスメイト達に、明るく声を掛ける。

 

「大丈夫よ。この人達は多分、信用できるわ。それに誰が総指揮を執ろうが、私達のすることは変わらないでしょ? 皆で優勝するんだって」

 

 一瞬、フィーベルさんが意味ありげな視線をアルベルトさんに向けた。………もしかして彼女、二人の正体がわかってるのかも。すごいな、俺は鼻が利かなかったら全然わからなかったと思う。

 

「せっかくだから、皆で勝とう! 先生のおかげで皆、ここまで来れたのよ!? 後もう少しじゃない! 諦めるにはまだ早いわ! それに、先生がいない時に私達が勝手に負けたら、アイツ、何て言うと思う?」

 

 俺もフィーベルさんに便乗するように言った。

 

「きっと先生のことだし、こう言うんじゃないか? あ、あー、ゴホン…………『え~、何? 負けちゃったの!? ぎゃっはははは! やーっぱお前らって、俺がいなきゃなーんも出来ねえんだなあ? あっごめんねぇ、キミ達ぃ。ボク途中で抜けちゃって~、てへぺろおっ』っつあ! 何すんだよ急に!」

 

「い、いや悪い。あまりにも似すぎててつい………」

 

 ビンタが飛んできたよ。ひどい、やめてよ。もう二度と物まねなんてしません。ともかく、皆やる気になったようで、鎮火しかけていた雰囲気に再び熱気が戻ってくる。

 

「……ありがとうウィル」

 

「どういたしまして。……頑張ろうね」

 

「ええ!」

 

 フィーベルさんはもう一度、意味ありげな視線をアルベルトさんとリィエルさんに向けてから離れていった。

 

 クラスメイト達の士気も上がった。焚きつけるのはこれで十分だろう。………さて。

 

 少し離れて静かに成り行きを見ていた二人にそろりと近寄った。きっと今、裏では何か公には出来ないことが起こっている。じゃないとこんな風に姿を変える必要、ないもんな。

 

「……俺、普通の人より鼻が利くんですよね」

 

「………!」

 

 彼らの正面に向き直る。ほんの少し困った笑みを浮かべてそう言えば、リィエルさんがわかりやすく反応した。本当にごめんなさい。女の子は嫌だよね。後で土下座します。……土下座で許してもらえるだろうか?

 

「…………」

 

 笑みを消して、アルベルトさんの目を見た。その内面は全く窺えない。見事なポーカーフェイスだ。……普段はあんなにわかりやすい人なのに、こういう時は何にも悟らせないんだもんなあ。大人ってずるい。まあ、俺も精神年齢で言えばもう大人だけど。

 

「何か俺に手伝えること、ありますか」

 

 暫く、アルベルトさんは無言だった。

 

「………正直、こういった事にはあまり慣れていなくてな。猫の手も借りたいところだが……今は大丈夫だ。グレンも表彰式が始まる頃には用事を終わらせて帰ってくる」

 

「………」

 

「それまでは、最善の指揮を出せるよう努めるつもりだ」

 

「……今からグレン先生に優勝の報告するのが楽しみですね、アルベルトさん」

 

「ああ」

 

 

 ふむん。表彰式ね、オーケー。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祭りの終わり

これからは視点切替に■を使っていきます。


 

 とうとう競技祭も終盤に差し掛かっていた。

 

 競技祭最後の競技『決闘戦』決勝。先鋒戦を務めたカッシュが惜しくも惜敗。続く中堅戦のギイブルは相手を抑え込み勝利。残るは大将戦のみ。この試合で勝てば、二組の優勝が決まる。

 

 会場はかつてないほどの盛り上がりを見せていた。

 

「………ふうー」

 

 深呼吸一つ。今、システィーナはクラスの期待を背負って決闘場に立っていた。システィーナの目の前に立つ大将戦の相手であるハインケルが、その表情に僅かに緊張を浮かばせている。彼はシスティーナに負けず劣らず優秀な生徒だ。正直、勝率は五分五分といったところか。良くも悪くも、システィーナの選択一つで勝敗は簡単に決する。だというのに、緊張は全く感じられない。不思議とシスティーナの心は凪いでいた。

 

 ―――優勝してくれ、頼む。

 

 ―――信じて、お願い。

 

 アルベルトとリィエル、二人の言葉が浮かぶ。

 

「全く、回りくどい………まあ、いいわ。ひとつ、やってやりますか!」

 

 左手の手袋を外し、魔術師の伝統的な決闘礼式に従い、互いに一礼。

 

『それでは、大将戦―――始めっ!!』

 

 試合開始合図とともに、二人は同時に動いた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 フィーベルさんと一組のハインケル君の戦いは熾烈(しれつ)を極めた。息つく暇もなく飛び交う攻性呪文(アサルト・スペル)に、対抗呪文(カウンター・スペル)。場に響く詠唱。クラスメイト達の声援やハーレイ先生の怒声。二人の戦いぶりに会場のボルテージも際限なく上がってゆく。物凄い迫力だ。

 

「《大いなる風よ》―――ッ!」

 

 荒れ狂う突風がハインケル君に殺到するも、横っ飛びに回避する。

 

「《雷精の紫電よ》!」

 

「《災禍霧散せり》ッ!」

 

 お返しとばかりに飛んだ一筋の紫電は、フィーベルさんが唱えた【トライ・バニッシュ】の呪文で打ち消される。

 

 両者一歩も引かず、呪文の応酬は果てしなく続く。【ショック・ボルト】と【トライ・レジスト】くらいしかまだちゃんと使えない俺からすれば、とんでもなくハイレベルなやり取り。

 

「《白き冬の嵐よ》―――ッ!」

 

 冷風が吹き荒び、空間を白く染め上げる。

 

「《大気の壁よ》―――ッ!」

 

 放たれた暴風がそれを迎え撃ち、互いに放った風が霧散する。散った冷気がキラキラと光を反射した。

 

 この光景を見ていて、自然と鳥肌が立っていた。

 

 一体どれだけの修練を積めば、あそこまで届くのだろうか。魔術師の世界に足を踏み入れたばかりの俺には想像もつかない。

 

 魔術に関して、クラスの皆が立っている場所と今の俺がいる場所には天と地ほどの大きな差がある。皆と俺は育ってきた環境が違うのはわかってるから今は特に悔しいとは思わないけれど、いつかは追いつきたいな、と思う。まあでも、俺が追いかけても、皆だって成長していくわけで。きっと簡単にはいかない。

 

「……遠いなあ」

 

 まあ、今すぐどうこう出来ることではないし、ないものねだりしてもしょうがないんだけどね。魔術はこれから頑張って勉強していくしかない。

 

 二人の戦いは長く続いた。目まぐるしく攻防が入れ替わり、いくつもの閃光が弾ける。互いに呪文をぶつけ合い、出来た数秒の間隙に、フィーベルさんが叫ぶ。

 

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》―――ッ!」

 

 いつかの俺と先生を救った呪文が唱えられた。フィーベルさんが死地で編み出した、教科書にだって載ってない、彼女だけの呪文。

 

「な―――っ!? なんだこの呪文は!?」

 

 聞き覚えのない詠唱に同様したのか、ハインケル君は咄嗟に打ち消そうとしたのか風で壁を張った。【エア・スクリーン】という呪文だ。

 

「そこッ! 《大いなる風よ》―――ッ!」

 

 そこにフィーベルさんが駄目出しとばかりに得意の【ゲイル・ブロウ】を放った。吹き荒れた新たな風は、フィーベルさんオリジナルの黒魔改【ストーム・ウォール】の風を上乗せし、ついにハインケル君に届いて―――

 

「う、うわああああっ!!」

 

 とうとう、その体を場外へと吹き飛ばした。

 

 一瞬の静寂。そして、割れんばかりの大歓声が会場全体を包んだ。歓声が大きすぎて、もはや実況放送が聞こえないレベル。

 

「やったああ!! 二組が優勝だよ!!」

 

「やりましたわ!!!」

 

「よっしゃああああああ―――!!!」

 

「いええええす!! わああああああい!!」

 

 皆が叫びながら観客席を飛び出していくので、俺は隣で動こうとしなかったギイブルの手を引っ張った。

 

「なっ!?」

 

「ヘイカモン! シャイボーイ!!」

 

 そのまま、意外とすんなりついて来たギイブルや皆と一緒に、その場に片膝をついたフィーベルさんに殺到する。

 

「胴上げじゃあああああ!!!」

 

「え!? その、きゃあッ!!」

 

「それわーっしょい!! わーっしょい!!」

 

「ちょ、ちょっと皆! …もう、しょうがないわね」

 

 胴上げされて目を白黒させて慌てていたフィーベルさんだったが、途中からは声を上げて笑っていた。実況がそんな俺達二組に労いの言葉を掛け、競技祭全日程の終了と、閉会式と表彰式の予定時刻を告げる。

 

 さて。

 

 観客席に残ったままのアルベルトさんとリィエルさんを見上げると、アルベルトさんが僅かに頷いた。

 

「……」

 

 黙って視線を向けた貴賓席は、興奮冷めやらぬ競技場とは反対に、異様な程に静かだ。そして、あの破天荒極まりないセリカさんが恐ろしいほどの真顔なのである。何か大変なことが起きているのは間違いない。

 

 さっきアルベルトさんが言っていた言葉によれば、まず二組が優勝する必要がある。これは何度も強調していたから間違いない。さらに俺は表彰式に獣の姿で、グレン先生の手助けをしなければならない。何を手助けすればいいのかは謎だが、まあその時になればわかるだろう。

 

「よし……」

 

 俺は一人気合を入れた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 魔術競技祭閉会式は、例年通り粛々と進んだ。ただ、例年と違うのは未だ生徒が興奮気味であることと、今日は女王陛下がこの式に立ち会っていること。

 

 生徒や講師達の羨望の眼差しの中、いよいよ女王陛下が表彰台に立ち、優勝クラスの講師に勲章を下賜する段階になる。拍手とともに現れる人物は二組のあの担当講師だろう。良くも悪くも有名なその講師を、学院に所属している者は誰もが知っていた。

 

 と、その時。不意に拍手がまばらになっていき、次第に会場がざわめき始める。

 

「……あら? 貴方達は……?」

 

 表彰台に立ったこの国の女王、アリシアは自分の前に現れた二人を、目を瞬いて見つめた。本来ならばここにはグレンが来るはず。見知った顔の二人、アルベルトとリィエルは静かにアリシアを見つめている。

 

 アリシアの傍らに立つゼーロスが不審に思い、この者が二組の担当講師なのかとアリシアに耳打ちする。アリシアは戸惑いながらも、否と答える。

 

 と、その時。これまで黙っていたアルベルトが口を開いた。

 

「なあおっさん。いい加減、馬鹿騒ぎも終いにしようぜ」

 

「なん、だと……!?」

 

 ぼそりとアルベルトが呪文を唱え、一瞬アルベルトとリィエルの周辺がぐにゃりと歪む。そして現れたのは、二組の担当講師、グレン=レーダス。そしてもう一人はルミア=ティンジェル。

 

「な―――ッ!? 馬鹿な、ルミア嬢、貴方は魔術講師と街中にいる筈では!?」

 

「バーカ。途中で仲間と入れ替わったのさ、魔術を使ってな。それも見抜けねーなんて、間抜けもいいとこだぜ」

 

「くっ! 何をしている親衛隊! 賊共を取り押さえろ!!」

 

 ゼーロスの号令に我に返った衛士達が一斉に抜剣し、グレンとルミアに殺到する。

 

 と、その時。

 

「う、うわああああ!?」

 

「な、こいつ、一体どこから!? ぐああ!!」

 

 どこからともなく現れた黒い巨大な何かが衛士達を蹴散らし、グレンとルミアを守る様に立ちはだかった。

 

 そのタイミングで、表彰台を中心に結界が構築された。七人の衛士とグレン、ルミア、アリシア、ゼーロス、セリカ、そして黒い獣以外は全て外に締め出されてしまう。

 

 結界を外に締め出された衛士達が叩き、何かをしきりに言っているが何も聞こえない。どうやらこの結界には音声遮断の効果もあるらしい。

 

「獅子……だと!?」

 

 アリシアを背に庇うゼーロスの視界の先では、黒き獅子が縦横無尽に暴れまわる。(たてがみ)を振り乱し、牙を剥き出した口からは低い唸り声が結界内に響き渡る。

 

 衛士達は必死に剣を振るうも、獅子はそれを歯牙にも掛けず。七人いた衛士達は、グレンとルミアを守る黒き獅子を突破出来ずにあっという間に倒されてしまった。

 

「どーうどう、ストップだ」

 

 間の抜けた様な声でグレンが獅子の背を叩く。獅子は一度唸ると静かになった。従順なその様子に、グレンが使役している使い魔なのだろうとゼーロスは判断した。

 

「くそ、なんてことだ……」

 

「さて、邪魔者も減ったところで……おっさん。何故ルミアを狙った? 陛下の名を不当に語って、罪もないこのルミアを手にかけようとした理由はなんだ?」

 

「ぐっ……」

 

「まあいい。陛下、安心してくれ。ルミアはこうして保護したし、陛下を押さえつける不埒な連中も結界の外だ。そこのおっさんが強いのは知ってるが、俺とセリカとこの猫をいっぺんに相手することは出来ねーだろ」

 

 顔を歪めるゼーロスに、やれやれと言わんばかりにグレンが続けた。

 

「さ、後は陛下が命じれば終わりだ。流石におっさんも、この状況で陛下直々の勅命なら聞かないわけにゃいかねぇだろ」

 

 命令を待つだけとなったグレン。正直何がどうしてこうなったのか、グレンにはわからないことだらけだが、それを調べるのは己ではない。とにかく、これで終わりだろう。

 

 そう考えていたグレンは、アリシアをじっと見つめ、命令を待った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 競技場の隅で、俺は柱の影に隠れて様子を伺っていたが、飛び込むタイミングがもう少し遅かったら結界から弾き出されていたかもしれない。ちょっと焦ったよね。

 

 警備の人達は強めにどついたから、暫く目覚めることはないだろう。取り敢えず蹴散らしたけど、良かったかな?

 

 とにかく、これで解決すればいいけど。

 

 グレン先生の隣で陛下からの命令を大人しく待っていると、陛下が口を開いた。

 

「ゼーロス。その娘を……ルミア=ティンジェルを打ち果たしなさい。その娘は、私にとって存在してはならない者です」

 

「は……?」

 

 冷酷に言い放たれた予想外の言葉に、誰もが固まった。

 

「ちょ、陛下、何を言って……?」

 

「いなければ良かった。愛したことなど一度もなかった。どうして、その子がこの世に存在してしまっているのか……我が身の過ち、悔やむに悔やみきれません」

 

 ……妙だな。だったら今日まで陛下がティンジェルさんを生かしてきた理由は何だ。国のトップがその気になれば、あっという間にティンジェルさんを無き者に出来た筈だ。

 

 異能が原因でティンジェルさんは王家から追放されたと話を聞いた。冷たいことを言うけれど、異能に厳しいこの国の王家から異能が出たとなれば、殺されていてもおかしくない。そもそも生かしておく理由が無い。それでもティンジェルさんが今こうして生きているのは、本来ならば死刑のところを誰かが捻じ曲げて追放に済ませたからで……

 

 ――――――違う。

 

 ゾワリと、全身の毛が逆立った。

 

 誰かじゃない。それが出来る人なんて、陛下しかいないじゃないか。

 

 自分の娘を捨ててまで、陛下が守りたかったもの。そんな風に考えていたけど、きっとそれは前提から間違っていた。陛下がティンジェルさんを捨てたのは、守るためだ。

 

 国から。権力から。国の王たる自分から。それらから遠ざけることで処刑されることがないように。

 

 娘を捨てることで、守ることを選んだんだ。

 

「そ、そんな……」

 

 でも、実の母親から言われた冷たい言葉は、ティンジェルさんを傷つけるのには充分過ぎた。

 

「ほ、本当にそう思っていたの……? それが、あなたの本音だったの……? あの優しさは……? あのぬくもりは……?」

 

「ええ、全部、嘘です。政務に疲れた時、気分転換に興じた戯れですよ? だから、私に逆らった愚かさを悔いて死になさい」

 

 肩を震わせ、俯いたティンジェルさんの目に涙が光る。

 

 違う、こんなのは陛下の本心じゃない。どんな生き物だって、俺だって知っている。母は我が子を慈しむものだ。だから、こんな風に陛下がわざとティンジェルさんを傷つけるようなことを言うのは何か理由がある筈だ。何か、理由が…………。

 

「ま、待ってくれよ、陛下! 何でそんな、心にもないことを…………?」

 

「ふ、ふはははっ! やっとわかってくれましたか、陛下! どうだ下郎! これが陛下の心理だ! 大義は我等にあり!」

 

「―――ッ!? おいセリカ! 何がどうなっている!? なんか言えよ!!」

 

「……」

 

 無言を貫くセリカさんに、先生が大きく舌打ちする。セリカさんでもどうにもならないってことか。くそ、情報が圧倒的に足りない。陛下がティンジェルさんを大切に思っていることと、この状況が陛下にとっては不本意であること、セリカさんじゃどうにもならないってことくらいしか俺にはわからんぞ。

 

「さて、後は逆賊共の始末だ……私が直々に引導を渡してくれよう!」

 

 ゼーロスと言うらしいおっさんが、全身に殺気を漲らせ、音高く抜剣した。おっさんが握っているのは左右どちらも細剣(レイピア)。突き特化のスタイルなんだろう。さっき相手した人たちとは明らかに気配が違う。相当な手練れだ。

 

「くっ……」

 

 先生が脂汗を流しながらも、打ちひしがれ、涙を流すティンジェルさんと俺を後ろに庇い、拳闘の構えを取った。

 

 ………こういうね、さらっと生徒を庇うところがね、本当にこの人は。

 

「っ! オイ待て! 黒猫!」

 

 先生の後ろから飛び出した俺に、先生が焦ったような声を上げる。一方おっさんは片眉を上げると、レイピアを矢のごとく引き絞り、その先端をピタリと俺に向けた。瞬間、おっさんの姿が掻き消えた。そう思わせるほどの踏み込み。

 

 ごおお、と音が鳴るほどに息を吸い、周囲の魔力を集めていく。俺がただ突進しているように見えたんだろう。おっさんは、獰猛な笑みを浮かべて叫んだ。 

 

「ペットのしつけがなっていないようだな! このまま串刺しにしてやろう!!」

 

 ―――誰がペットだひき肉にするぞジジイ!!!

 

 集めた魔力を喉に圧縮。吸い込んだ空気と共に、解放した。

 

「――――グゥルルァアアッッ!!!」

 

 びりびりと空間が振動する程の衝撃波が、目前に迫っていたおっさんを吹き飛ばした。

 

 この咆哮に魔力を乗せて放つ技は、最近届いた父さんからの手紙で知った、シャウトと呼ばれる技術だ。技術とか言っちゃってるが、魔力を集めて咆哮と同時に放つだけなので、ぶっちゃけ炎に変換するよりも簡単だ。しかし、簡単な割には威力、範囲共に高い為、敵を一網打尽に出来るし、遠くまで届く。何より魔力をぶつけるだけなので()()()()()()。とても使い勝手のいい便利な技でもある。はい、そんなシャウトの唯一のデメリット。―――超うるさい。

 

 咆哮と衝撃波をもろに受け、宙を凄いスピードで舞ったおっさんは、セリカさんが張った結界に叩きつけられて地面に落ちる。そのまま、動かなくなった。

 

「……はい?」

 

 間の抜けた先生の声が聞こえる。俺はいそいそと、ティンジェルさんの耳をふさいでいた先生と、目を白黒させたティンジェルさんの傍に戻った。

 

「えええ、一撃……? お前、何やったの………??」

 

 先生とティンジェルさんだけじゃなく、先程まで感情の欠片も感じさせなかった陛下までもが唖然として俺を見ていて少し落ち着かない。

 

 あのおっさんはぴくりとも動かないが、気絶しているだけだ、心配ない。あのおっさんが俺をただの獣だと油断していてくれて助かった。あのシャウトで一撃で決めることが出来なければ、勝つことは難しかったと思う。レイピアとこの大きな身体はただでさえ相性が悪い。

 

「なんつーか、うん………もういいや。これで安全だし。………陛下! その首飾り、もう外してもらって構いませんよ」

 

「!」

 

 いつの間にか、先生が一枚のカードを手に持っていた。あれは確か、先生の固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】を発動するための魔道具だった筈。

 

 即座に陛下が投げ捨てたのは、緑色の宝石が嵌ったネックレス。もしかして、あれになんかの呪いが掛けられてたってことか? 魔術って、凄い便利だと思うし面白いとも思うけど、怖い面もやっぱりあるんだな。身に着けるタイプのやつとか、えげつねえ……。

 

 戦々恐々としながらも、周りの様子を見る。未だ結界は張られていて、外にいる人達からすればわけワカメな状態だと思う。

 

 ……これ、何て説明するんだろうなあ。ちゃんと収拾つくのかしら?

 

 

 

 




二巻は次で最後です。長かった!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お酒は程々に

 

 

 

 結論から言えば、今回の騒ぎは大事なく収まった。

 

 帝国政府に敵対するテロ組織の卑怯な罠に陥ったこと。そして、勇敢な魔術講師と学院生徒の活躍により事なきを得たこと。陛下は、国難に関わるところは隠しながらも、華々しい部分をあえて強調した。あれだけ大勢の人の意識を話術だけで誘導するってとんでもないね。流石は世界を相手取る一国の女王。

 

「すごいよなあ……」

 

「何がだ? あ、ほら肉来たぞ」

 

「待ってたぜェ!! この瞬間(とき)をよォ!!」

 

 給仕さんが運んできたステーキをちょっとフーフーしてから頬張る。うん、美味い。やはりお店で焼いたステーキに外れはないな。これもう一回頼も。

 

 今俺達がいるのは学生街の飲食店だ。事情聴取でティンジェルさんと残ることになったグレン先生から「俺が奢ってやるから好きに打ち上げパーティーでもやれ」との通達があったので、皆で急遽この店を貸し切りにした次第である。俺は初めて来たけど、この店は皆知ってるみたいで、楽しく飲み食いしながら伸び伸びと過ごしていた。

 

 俺も普段自分で作らない料理を食べたり飲んだり出来たので満足だ。この店、家に近いしこれから通おうかな。

 

「あ、すいません。このステーキもう一皿追加でお願いします。焼き加減はミディアム。付け合わせはブロッコリーで」 

 

「あ、俺もグラタン追加で!」

 

 追加のステーキがくるまで時間がある。俺はテーブルに備え付けられている籠の中から硬めのパンをチョイスして齧った。これも歯ごたえがあって美味しい。シチューに浸して食べたら絶対美味いやつだ。

 

 ワイワイと盛り上がるクラスメイト達。誰もかれもがニコニコと笑みを浮かべていて、見ていた俺にも皆の気持ちが伝わってくる。皆が嬉しいとさ、こう、なんだろうな。何か頬っぺたがムズムズしてくる。

 

 多分、成績上位者だけ出場して優勝したとしても、ここまで喜ぶことはなかったと思う。今こうやって皆が一緒になって喜んでいるのは、やっぱりクラス全員で挑んだ競技祭で優勝出来たからじゃないかな。…………頑張ってよかったな。

 

 感動が蘇ってきたのか、少し身体が熱い気がする。俺はコップを傾けた。……うん、やっぱこのジュース美味しい。

 

 ジュースをごくごく飲んでいると、カッシュが口元を紙ナプキンで拭いながら立ち上がった。

 

「俺飲み物貰ってくるわ」

 

「あ、僕も行くよ。ウィルは?」

 

「あー、俺はこれあるからいいや。いってらっしゃい」

 

 カッシュとセシルにジュースの瓶を振って見せた。…………それにしてもこれ、誰が注文したんだろう? なんか置いてあったからさっきから飲んでるんだけど、よかったかな。まあいいや、誰かのだったらまた頼めばいいしね!

 

 届いたステーキをぱくつきながら、俺は新しくコップに注いだ葡萄(ぶどう)ジュースを飲んだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 がやがやと賑わう店内で、システィーナは一人でテーブルに突っ伏しているウィリアスを見つけた。もしかして、気分が悪いのだろうか。心配になり、システィーナはウィリアスに声を掛けた。

 

「ねえちょっと、大丈夫?」

 

「んー……大丈夫。急にどうしたの?」

 

 むくりと起き上がったウィリアスは、普段と変わらない調子でそう言った。だが、その顔は真っ赤で、目はどこかトロンとしている。明らかに普通じゃない。

 

「大丈夫って…………え? これってお酒じゃない!?」

 

 テーブルの上に転がっている瓶は、酒に疎いシスティーナですら知っている有名な酒だ。確か値段も相当な物だった筈。その瓶が数本、ウィルの足元に無造作に転がっていた。

 

「待って、ねえウィル。これ全部一人で飲んだの?」

 

「飲んだよ? あれ、フィーベルさん何で分裂してるの?」

 

 システィーナは絶句した。

 

 これだけの量をいっぺんに飲むなんて、急性アルコール中毒にでもなったら大変だ。システィーナは我に返ると大慌てでカウンターに走った。コップに水を貰い、ウィリアスに手渡す。

 

「ほらお水。飲んで」

 

「んー……」

 

 酔いが回ってきたのか、静かになったウィリアスにコップで水を何杯か飲ませたその時。

 

 みょん。音にするならば、きっとそんな効果音が付くだろう。

 

「え? これって……」

 

 ウィリアスの頭に、何の前触れもなく二つのとんがりが生えていた。色は彼の髪と同じ黒。他のクラスメイト達はお喋りに夢中で、誰も気づいていない様だ。

 

 恐る恐る触ってみると、短い黒い毛に覆われたそれはふわふわしていて、なおかつ柔らかい。

 

「耳……?」

 

 ぽそりと呟くと、触っていた耳らしきものがピクリと動く。飾りなどではない、本物だ。紛れもなく、これは耳であることが判明した。では元の耳は?

 

「ちょっとごめんね」

 

 手のひらでウィリアスの頬からもみあげの辺りを探ってみるが、そこにあるべき感触は無かった。

 

(ええっと……元の人の耳が動物の耳になった…ってことでいいのかしら?)

 

 システィーナは、意外と落ち着いている自分自身に少し驚く。いや、状況を飲み込めていないだけかもしれないが。

 

 にょん。音にするならば、きっとそんな効果音が付くだろう。

 

 今度はウィリアスのお尻部分のズボンとベルト、その隙間から細長い黒いものが飛び出していた。これはもう確かめなくとも分かる。尻尾だ。尻尾には耳と同じ様に黒い短い毛が生えている。

 

 尾の先端は毛が長くなっており、どこか筆の様に見える。ただ、筆としては失格だろう。なにせその先端付近の毛は、爆発したかのようにポワポワとしていた。これではマトモな字は書けまい。いや、字を書く云々(うんぬん)は今は置いておいて。

 

(これ、皆に見られたらマズイわよね? か、隠さないと!)

 

 何か隠せそうなものはないか。帽子でもタオルでもいい。周囲をキョロキョロ見回すが、目ぼしいものは見当たらない。システィーナはやむなく、ウィリアスの頭に生えた耳を両手で軽く押さえることにした。

 

(く、くすぐったい…!)

 

 痛くないよう優しく手のひらで覆う様にして押さえているが、耳には細かな柔らかい毛が生えていて、おまけに動く。

 

 目線を下に落とせば、黒い尻尾が目に入る。こちらは時折ぱたり、ぱたりと尻尾の先が左右に揺れる。ズボンの色が黒なので、こっちはあまり目立ってはいないのが幸いか。ただ、この先尻尾がどんな動きをするかは分からない。依然として危険な状態だ。

 

(どうしよう、私一人じゃ耳しか隠せない。でもずっとこの体制だと怪しまれるし、このままじゃウィルの秘密が皆にばれちゃう!)

 

 そもそもこの状態は何なのだろうか。もしかしたら、ウィリアスの一族特有の病気……? 焦り始めたその時、店のドアベルがカランと鳴った。システィーナはばっと顔を上げる。

 

「おー、やってんな、お前ら」

 

「ふふ、賑わってますね」

 

(せ、先生、ルミア〜!)

 

 ウィリアスの秘密を知る二人の登場に、システィーナの目尻に安堵の涙が滲んだ。きょろきょろと周囲を見渡していた親友が気付き、少し早足で近づいてくる。

 

「システィ! どうしたの?」

 

「ルミア! ウィルがね……」

 

 声を押さえてルミアにウィリアスの状態を説明し、耳と尻尾を見せたが、こればかりはやはりルミアもどうすれば良いのか分からない。二人は頃合いを見て、グレンを呼んだ。

 

「うーん? なんだ白猫、ウィルの頭に手ぇ置いて。そいつ熱でもあんのか?」

 

「違います。もしかしたら、熱よりもっと酷いのかも……とにかく、こんなの私見たことがなくて……」

 

 お酒を飲んだらしいこと、そして耳と尻尾がいきなり生えたことを真剣に伝えると、グレンも顔を引き締めた。

 

「そのまま見てろ。ちょっとセリカに聞いてくるから」

 

 足早に店の外へ出ていくグレンを見送り、システィーナとルミアは人目を気遣いながらもウィリアスを店の出入り口付近にある椅子まで移動させた。店の出入り口と店内の間には壁があるので、これでひとまず誰かに見られる可能性は減った。ウィリアス本人は、未だかつて見たことがないほどに気の抜けた表情でぼんやりとしていて、時折うつらうつらと眠たげに船を漕いでいる。

 

「うーん……こんな症状、今まで聞いたことも見たこともないよ」

 

 システィーナよりも白魔術が得意なルミアがそう言いながら、ウィリアスの耳や尻尾を観察している。耳は音に反応しているようで、システィーナが喋るとシスティーナの方を向き、ルミアが喋るとルミアの方を向く。

 

「……」

 

 ほんの少し好奇心が芽生えたシスティーナは、ウィリアスの両耳を軽く押さえて、すぐに手を放してみた。耳は少しの間垂れたままだったが、店内でひときわ大きな笑い声が上がると、その音を拾おうとしたのかピン! と真っ直ぐになった。尻尾はゆっくりと左右に揺れている。

 

 最近のウィリアスは、編入した当時よりも多少おちゃらけることが増えた。しかし元来の性格なのか、彼はあまり自分のことを話さないタイプだ。なんというか、誰に対しても一線を引いているような、そんな空気をごく稀に感じる。

 

 そんな彼だが、今は耳と尻尾の動きがある。彼の心の動きをそれらが素直に教えてくれている様で。こんな状況ではあるが、二人はそれが少し嬉しく感じた。

 

「ちょっと、かわいいかも……」

 

「うん……」

 

「何やってんだ、お前ら?」

 

「「!?」」

 

 急に背後から聞こえた声に、飛び上がったシスティーナとルミア。慌てて振り返れば、いつの間に戻ってきたのか呆れ顔のグレンが立っていた。後ろには面白がるような顔をしたセリカもいる。

 

「で、セリカ。どうなってんだこれ? こいつは大丈夫なのか?」

 

「心配しなくても大丈夫だ。これは別に病気とかじゃない。しかし……ふふん、ウィリアスもまだまだ未熟者だな」

 

「未熟者?」

 

 それは一体どういうことだろう。セリカ以外の三人が首をひねる。

 

「外で話そう。グレン、背負ってやれ」

 

「はいはい……」

 

 うつらうつらと船を漕ぐウィリアスを背負い、グレン達は店を出た。街はすっかり日が落ちていたが、街灯がある為視界には困らない。人がいないことを確認したセリカは、ウィリアスの獣の耳をつまんだ。

 

「これはこいつの一族特有のものだ。今のウィリアスは極限まで警戒心が薄れている。よく言えばリラックス。悪く言えば無防備な状態だな」

 

 グレン、システィーナ、ルミアの視線が一斉にウィリアスに集まった。セリカにつままれたままのウィリアスの耳がへにゃりと動く。

 

「そうなった時、無意識の緩みでだろうな。人と獣の境目が曖昧になり、獣の一部分が身体に現れることがあるんだ。大抵の者はその特徴が耳に現れることから、その状態のことを『耳つき』と言う」 

 

「耳つき……」

 

「獣化に慣れてからは、気が緩んでいても耳が出ることは無くなるが……耳が出るってことは、まだ完全に馴染んでない証拠だ。まあ、こいつが獣化出来るようになったのは数か月前だからな。酒を飲んだこと、周りに大勢の仲間がいたこともあって緩んだんだろう」

 

「……」

 

「……」

 

「……えっとつまり、ウィル君に耳と尻尾が生えたのは、二組の皆と一緒にいてとっても安心したからってことですか?」

 

 ルミア=ティンジェル。またの名を大天使とも呼ばれる彼女は、とても素直だった。グレンとシスティーナが思っても聞けなかったことに対して、彼女は真っ向からストレートに切り込んだ。

 

「そうなるな。ラッキーだぞお前達。耳つきなんて、本来なら家族ぐらいしか見る機会はない。逆に言うと、見れたやつはそれだけ信頼されてるってことだ」

 

 からからと笑うセリカだったが、三人ともそれどころではない。

 

(へえ〜、じゃあ二組の皆といる時は安心してるってことなんだな)なのね)なんだね)

 

 グレンはによによと、システィーナとルミアはにこにこと頬が動く。これは良いことを知ってしまった。内容が内容なので誰かに話したりするつもりは一切ないが、少し得した気分。誰だって、信頼されていることに不快感を覚えたりはしないだろう。

 

「そんじゃまあ、コイツは俺が家まで送るとするか」

 

 グレンがやれやれと言わんばかりにウィリアスを背負い直す。その顔はまるで新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりにニヤけていた。

 




次話から三巻に突入します。ウィリアスとシスティーナはまだあまり進展がありませんが、ゆっくりゆっくり進めていこうと思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 波乱の編入生
Past Dreams


三巻突入! 頑張るぞ!


 

 ―――ゆらゆら、ゆらゆらと。

 

 松明に灯った炎が揺れている。洞窟の壁に映る影。無造作に剣を振る。上がる血飛沫、飛んだ首。

 

「いち、に、さん、し」

 

 ドカドカと洞窟内に反響する足音。闇にぎょろりと輝く目。手元の投斧(トマホーク)を投げる。悲鳴と共に転がったのは、誰の腕か。

 

「ご、ろく、しち、はち」

 

 飛来した矢を斬り捨てる。突き出た槍を横に薙ぐ。構えられた盾を割る。振り下ろされた剣を折る。

 

「きゅう、じゅう、じゅういち、じゅうに……ああ」

 

 静かになった洞窟内。地に落ちた十ニの首。血の海の真ん中で、彼はぽつりと呟いた。

 

「まだ、足りない」

 

 ―――どこかで、鷹が鳴いている。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 枕元の振動と、甲高い声がダイレクトに頭に響いた。

 

「ピィー!」

 

「……ああ、おはよう」

 

 強張り、強く握りこんでいた右拳を解く。掌には血が滲んでいた。汗でシャツが肌に張り付く不愉快な感覚。

 

 朝から嫌な夢を見てしまった。枕元で飛び跳ねて起こしてくれた古雪を左手で撫でてから、洗面台で顔を洗って口をゆすぐ。

 

 ……最近は、見なくなったと思ったんだけどなぁ。

 

 あんな夢を見た後なので、流石に食欲は湧かない。古雪に餌をあげてから、軽くシャワーを浴びた。どうせこの後も鍛錬をする。汗をかくのはわかってはいたけれど、サッパリしたい気分だった。

 

 

 

 

 

 ぺち、ぺちぺちぺち。

 

 自然公園の辺りをランニングしていたら、微かにそんな音が聞こえてきた。夜明け前の薄暗いこの時間帯、出歩いてる人なんて殆どいない。

 

 日も昇りきらない時間帯。薄暗い公園から聞こえる小さな謎の音、周囲に人気はない。一体この音は何なのか。わたし、気になります!

 

 というわけで、音の発生源目指して公園に足を踏み入れる。……不審者とかだったらどうしようかね。交番はこの近くにあったかな?

 

 ちょっと警戒しながら音のなる方へ。果たして、進んだ先で俺が見つけたのはなんの事はない。グレン先生とフィーベルさんだった。先生はタンクトップ、フィーベルさんは髪を結い上げ、ポニーテールにしていた。彼女もTシャツと二人ともかなり軽装だ。まあ、俺も人の事は言えんけど。

 

 どうやら二人は組手をしている真っ最中らしく、ぺちぺち音は先生がフィーベルさんを軽く小突いた時に鳴っていた。なるほど、あの音だったのか。先生は寸止めでやってるらしい。そしてフィーベルさんの大振りパンチを見るに、彼女は本気で当てようとしてるみたいだった。全部避けられてるけど。

 

 何故こんな時間から二人が組手をしているのかわからないが、取り敢えず不審者じゃなかったことに安堵していると、先生と目が合った。適当に手を振ってから、元来た道に戻る。

 

「おおい待て!」

 

「ちょっと、誰に言ってるんですか! 当てますよ!?」

 

「はん。子猫め、十年早いわ。……じゃなくて! おい、ウィル! ウィリアス!」

 

「え、ウィル!?」

 

 ……ううーん、公園なんて来るんじゃなかった。先生に名を呼ばれ、渋々振り向く。満面の笑みを浮かべた先生と、驚いた顔をしたフィーベルさんが目に入る。

 

「……おはようございます。えーと、二人はこんな時間に何を?」

 

「白猫の魔術戦の訓練だ。白猫、次はコイツと組手な」

 

「お、おはようウィル……って、え? ウィルとですか!?」

 

「相手が俺だけだとつまらんだろ。おかしな癖ついても困るしな。ほれ、構えい! あ、ウィルは勿論寸止めな」

 

「急すぎません? 俺に拒否権はないの?」

 

 爽やかな笑顔で「ない!」と断言される。直後に飛んでくるのは革製の手袋。怪我防止用だろう。基本は雑な先生だが、こういうところはちゃんとしてるんだよなぁ。

 

「そういえば、お前は何をしてたんだ?」

 

「ランニングですよ。日課なので」

 

 グーパーと両手を握ったり開いたり。ふむ。サイズが少し大きいけど、まあ許容範囲だな。

 

「それにしても、魔術戦の訓練で拳闘ですか?」

 

「白猫の攻守の感覚を磨く為だ。別に対人武術なら何でもいいんだが……ま、俺は拳闘の方が得意だし」

 

「なるほど」

 

 俺は拳闘より剣の方が得意だけど、拳闘も出来ないわけじゃない。少し緊張気味のフィーベルさんに向き合う。待って何か俺も緊張してきた。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 互いに向き合って礼。先生の「始め!」の声が響いた。

 

 さっと構えたフィーベルさんが飛び込んでくる。基本のフォームはちょっと固いけど出来てる。ジャブが放たれた。あ、腰が回ってない。脇も開いてるね。スルリと躱してガラ空きの胴にワンツー。ぺちぺちり、と音が鳴った。

 

「――っ!」

 

 付かず離れずの距離を保つ。フィーベルさんがちょこちょこ打ってくるパンチや蹴りの合間に隙を見せればそこをぺちり。俺は自主的に攻撃してない。これまでのぺちり、は全てカウンターなんだけど、フィーベルさんはそれに気づいているだろうか。……気づいてるな。めっちゃ悔しそうな顔してる。

 

 そのまま数分。躱してぺちり、躱してぺちりを繰り返していると、先生から「そこまで」と声が掛かった。へにゃり、と近くの木に凭れたフィーベルさん。何か言う気力もないのか、水筒を両手で持ったまま、無言で肩を上下させている。……ちょっと厳しくし過ぎたかな。

 

 塩飴を渡していると、先生が俺の肩をポンポン叩く。

 

「お疲れさん。そのまま休め……ああいや、次は俺とウィルでするか。白猫、よく見とけ」

 

「え゛っ?」

 

「お互い寸止めで。はいスタート!」

 

 ごおっ! と唸りをあげる拳が眼前に迫る。叩き落とすも、間髪入れずに蹴りが来る。ステップで避け、ワンツー。肘で迎撃される。飛んできた拳を受け流す。前蹴りをバックステップで回避。わかってはいたけど、先生めっちゃ強い。攻撃は全て狙いが的確で、隙なんて見当たらない。

 

 ―――だったら、作るまでだ!

 

 迫るストレートの勢いを殺さぬまま手の甲を当て、後ろへ受け流す。ほんの少し目を見開いた先生の懐に入り、胴を狙お――うとして、下から迫る膝を後ろへ身体を倒して回避。

 

 とんでもない反応速度だ。バク転しながら先生に蹴りを見舞うも、かすりもしない。そのまま突っ込んできた先生の右拳を左手でバシリと払い、すかさず右のジャブ。が、体捌きだけで躱された。

 

 ―――楽しい。

 

 こんなふうに手合わせしていて、何よりも先にそう感じてしまうのは、やはり戦闘民族としての血を引く故か。

 

 不意に、今朝見た夢が頭を過ぎる。

 

 ……ああ、そっか。

 

 違う。血なんて関係ない。今が楽しいと思えるのは、これが力比べだから。殺し合いじゃないからだ。そりゃあ楽しいよな。

 

 目まぐるしく入れ替わる攻守。互いに有効打はまだない。さあ、これから回転数を上げるぞ! と意気込んだ直後、先生が俺から距離を取り、構えを解いた。ポカンと口を開けた俺を置いて、先生はフィーベルさんに声を掛ける。

 

「と、まあ。攻守の入れ替わりは見てて大体わかったろ。白猫、さっきお前がウィルにカウンターばかり貰ってたのは何でかわかるか?」

 

「…私の攻撃の隙が大きいから、ですよね?」

 

「そうだ。わかってるならいい」

 

 先生は真面目モードに入ってしまったので、もう続きはないだろう。ちょっと残念なような。でも、今の手合わせはフィーベルさんに攻守の入れ替わりを見せるためだから、仕方ないかぁ。

 

「そもそも、対人武術で初心者が躓くのがそこだ。そうなるとムキになって雑な攻撃を仕掛ける奴や、カウンターを怖がって、防御に頼りきりになる奴が出てきたりするが、そんなんじゃ駄目だ」

 

 フィーベルさんは先生の話を真剣に聞いている。

 

「理想は無駄なく、隙を最小限に留めた攻撃が出来るようになること。攻撃は最大の防御とも言うしな。基礎中の基礎だが、大切な事だ。暫くは攻撃動作による隙を無くすよう、身体の動きを意識してみろ」

 

「はい!」

 

「よし。今日はこれで終わり! あぁー……疲れた……眠みい」

 

 ちょっと真面目にやってるなと思ったらすぐこれだよ。ぐでん、と芝生に寝っ転がった先生を苦笑しつつ眺めていると、パチリと先生が閉じていた目を開いた。

 

「ウィル、お前ランニングが日課っつってたな。毎日走ってんのか?」

 

「ええ、まあ……」

 

「ならお前、明日からランニングついでにノート持ってここに来い。お前の勉強も一緒に面倒見てやる」

 

「マジすか! 毎日行きます」

 

 思わぬ申し出に心底驚いた。このまま皆と同じ授業を受けてても追いつけないし、そもそもの基礎が出来てないので先生に補習を頼もうと思っていた俺にとっては願ってもない話だ。

 

「どのみちお前には補習を組む予定だったからな。二人いっぺんに面倒見ちまう方が早いし……白猫の組手相手も増える。良い事づくしだ。白猫もそれで構わねえか?」

 

 のそりと立ち上がった先生がフィーベルさんを見やると、彼女はチラリと俺を見て言った。

 

「私はいいと思いますけど。……やられっぱなしも悔しいし」

 

 ……うーん。こういう場合、なんて返すのが正解なんだろ? 俺と君ではそもそもの土俵が違う、なんて言ったら多分怒るよな。

 

 何と言えばいいのか分からずに曖昧に笑ってみせると、対抗意識を燃やしているらしいフィーベルさんはプイっとそっぽを向いてしまった。

 

 ……女子ってわかんねぇわ。二度目の人生歩んでても全くわかんないもん。永遠の謎だよね。誰が全世界の男子の為に女子の詳しい取扱説明書作ってよ、俺買うからさ。絶対売れると思うよ。

 

「おいおい、初心な少年をあんまりいじめるなよ、可哀想だろうが」

 

「い、いじめてませんよ!」

 

「急に反応に困ること言うのやめてもらえます?」

 

「はーいはいはい解散!! おら猫達、帰れー!」

 

「ちょ、何度も言いましたけど、ウィルはともかく私は猫じゃありません!」

 

「おーっと? 聞き捨てならないな。普段俺より猫っぽいのはどこのどなたでしょうね?」

 

 俺ってばフィーベルさんに猫認定されてるみたいですね。確かにライオンはネコ科だからね。そう言われても仕方ないかもしれない。でもフィーベルさんって俺より猫っぽいよね。普段のツンケンしてる態度とか。

 

「「………」」

 

 そう思って放った一言だったが、何故か二人とも無言で目配せした後、俺の頭をジロジロ見て微妙そうな顔をしている。

 

「えっ? 何、どうしたの? 何かついてます?」

 

「いや、何もないぞ」

 

「何にもないわよ」

 

「うーん? ……まあいいや。じゃ、帰ります。また学院で」

 

 ……そういえば最近、先生とフィーベルさんとティンジェルさんの三人が、何故か俺を暖かい目で見ていることがあるけど、一体あれは何なんだろう。特に心当たりもないし、謎だ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

編入生

ゴーストオブツシマ楽しいですね。万死モード最高。


 

「グレンはわたしの全て。わたしはグレンのために生きると決めた」

 

 そんなことを真顔で(のたま)ったリィエル=レイフォードと名乗った青い髪の美少女編入生を見て、浮かんできたのは「この子やべー」という感想と、「競技祭で見た事あるな」という驚きだった。

 

 確かティンジェルさんが競技祭で変身してたのってレイフォードさんだったな。あの青い髪に無気力な表情、間違いない。一応先生からレイフォードさんの素性は聞いているけど、彼女は帝国宮廷魔導士団に所属する魔導士で、ティンジェルさんの護衛をするためにこの学院に編入生としてやってきたんだとか。

 

 もう自己紹介から色々と不安なんだけど、大丈夫なんだろうか。今のところ全然大丈夫じゃない。

 

「きゃあ―――! 先生と生徒の禁断の関係ですわぁあああ! きゃああー!!」

 

「屋上へ行こうぜ……久しぶりに………きれちまったよ…」

 

「……先生と生徒がデキているというのは、倫理的な問題としていかがなものかと」

 

「誰か鈍器持ってない?」

 

「ウィル手伝って! このままじゃカッシュが逮捕されちゃう!」

 

 男子の悲鳴と女子の黄色い声が飛び交う教室。慌てふためく先生と、それを見てほんの少し首を傾げるレイフォードさん。カッシュは鈍器を探すのに夢中だし、癒やしのセシルは荒ぶるカッシュを宥めるのに苦心している。黄色い声を発する女子の群れの中に入るのは論外。よって唯一普段通り冷静な反応を示したギイブルの傍が一番安全だな。

 

 瞬時に状況を把握した俺は、セシルに笑顔で手を振ってから可及的速やかにギイブルの隣に移動した。この間約2秒。我ながら素晴らしい危機回避能力である。隣に座った俺を見て、ギイブルはその顔を顰めた。ひどい。

 

「……僕を避難所にするな。それと放置していいのか、あれは。君を呼んでいるようだが」

 

 遠くでセシルが俺の名を叫んでいるような気がしなくもないが、きっと幻聴だろう。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 この教室の机と椅子は固定してあるタイプだし、他に鈍器になり得る物はない。しいて言えば辞書とか? いつだったかフィーベルさんが辞書を投擲物として使用して、先生の頭にたんこぶを作ることに成功していたから鈍器として使えばいけるか……?

 

「これでは授業にならないな…」

 

「そのうち落ち着くさ。ね、それはそうとここ教えてくれませんか?」

 

 行き詰っている錬金術の問題集をいそいそと広げながら俺がそう言うと、ギイブルは露骨に嫌そうな顔をした。そ、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですか…。

 

「なんで僕に聞くんだ。君はシスティーナと親しいんだから彼女に教えてもらえばいいだろう」

 

「いやー、この状況では無理だろ」

 

 今や教室内はカオスと化した。フィーベルさんも先生に詰め寄るので忙しそうだし、何よりあの騒ぎに巻き込まれて先生からとばっちりを喰らう可能性がある以上は近づかない方がいい。それに、ギイブルは何でもそつなくこなす優等生だ。フィーベルさんも成績優秀だし、わかりやすく教えてくれるけれどやはり同性の方が気楽ではあるよね。……あ。ハーレイ先生がキレ散らかしながら教室に入ってきた。こりゃ長くなりそうだ。

 

「ギイブル、錬金術得意だったよな? ちょっと今回わからないところが多くてさ…」

 

「はぁ……どこだ?」

 

 クラスの中での一匹狼的存在のギイブルだが、彼は話しかけるときちんと言葉を返してくれるので、素直になれないだけで根は優しいやつだと俺は思っている。何だかんだ言いながら今もこうして教えてくれようとしてるしね。

 

「えっと…これと、これとこれとこれ。あ、あとそっちのも……まあ、うん。このページ全部ですね!」

 

「満面の笑みを浮かべて言う事じゃないと思う」

 

 まっさらな問題集を広げて笑いかけると、ギイブルは大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 予定では座学授業だったらしいが、先程の騒ぎのせいで思わぬ時間を浪費したため急遽魔術の実践授業に変更になった。

 

「よし、これで最後だ。やれ」

 

 学院の魔術競技場。先生の声を背に受けて、俺は二百メトラ(こっちの世界ではメートルをメトラと言うらしい)離れた先の的に、左手の人差し指を向けて叫ぶ。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》ェええええ!! ふう゛う゛う゛う゛う゛当たれ当たれ当たれ―――あぁ」

 

 残念無念。俺の全てを込めた【ショック・ボルト】は二百メトラ先に設置された的から大きく離れたところに命中した。パチパチと霧散していく音が虚しい。通算五回目のハズレである。一節詠唱よりも三節詠唱の方が安定した呪文が放てるとアドバイスしてくれた先生が俺の肩を慰めるように叩く。

 

「六発中一発は当たってんだから、初心者にしちゃ上出来だ。そうめげるな。後はブレない様に狙いを定めることに集中しろ」

 

「んんん……精進します」

 

 すごすご皆の待機している場所まで戻る。カッシュがニヤニヤしながら肩を叩いてきたので肘でどつき返していると、先生がレイフォードさんを呼ぶ声が聞こえた。

 

「次は……よし、お前だリィエル。やれ」

 

「……ん」

 

「いいか、同じ的は狙っちゃダメだぞ? 一つの的につき、狙っていいのは一回だけ。今回はこういうルールだからな?」

 

「わかってる」

 

 レイフォードさんが所定の位置に着いた。その様子を、さっきまで騒いでいたクラスメイト達が静かに見守っている。やはり転入生の実力が気になっているのだろう。彼女は帝国軍への入隊を目指している(という設定)ので、それが拍車をかけているのもあるだろう。かく言う俺も気になっている。 

 

 皆が注目する中、【ショック・ボルト】を三節詠唱したレイフォードさんの指先から紫電が走る。放たれた紫電は、的を取り付けられたゴーレムを大きく外れて競技場の彼方へと飛んで行った。

 

「…………」

 

 沈黙に包まれる競技場。いや待ってほしい。レイフォードさんは顔には全く出してないけど、ひどく緊張しているのかもしれない。俺も初めてクラスメイトの前で魔術を使った時はすごく緊張したから。

 

 次いで放たれた二射目。これもゴーレムを掠りもせずに飛んで行く。途端に、クラスメイト達の値踏みするような視線が、小さな子供を見守るような優しい視線に変わった。応援の声があちこちから上がる。

 

「リラックスリラックス! いけるよー!」

 

「固くなりすぎですわよ。もっとこう、しなやかに腕を伸ばして……」

 

「はは、よかったね、カッシュ、ウィリアス。君らとタメを張れるのが出るかもよ?」

 

「オイこらやめろ、俺達と一緒にするなよ。レイフォードさんが可哀想でしょうが」

 

「自嘲が過ぎないか!?」

 

「そうだぞギイブル。リィエルちゃんに失礼だろう」

 

「カッシュ、君もか……」

 

 前世の俺が通っていた学校なら、必ず一人は人の失敗を貶すような意地悪な生徒がいたものだが、この二年二組にはそんな奴は一人も……約一名ひねくれてはいるが……意地悪なやつは一人もいない。皆純粋でいい奴ばかりだ。やさしい世界。

 

 ……しかし、レイフォードさんはティンジェルさんの護衛に来たれっきとした魔術師なんだよな? 見てる限りじゃまぐれで的に一回当たった俺とどっこいどっこいなんだけど。遠距離魔術が苦手なのかな? 魔術師の戦い方に俺はそれほど詳しくないが、レイフォードさんはもしかして近距離型だったりして。

 

 的に当たらないまま最後の一回を迎えたレイフォードさんが、グレン先生を仰ぎ見た。何か先生と話しているのは分かるが、内容までは聞こえない。

 

「頑張れー!」

 

「諦めないで!」

 

 声援が響く中、レイフォードさんは(おもむろ)に地面に両手をつく。いったい何を、と思っている間に地面に紫電が走り、次の瞬間、レイフォードさんの両手には大きな十字形の剣が握られていた。

 

「「「な、何だぁあああ――!?」」」

 

 彼女の足元には十字形の窪みがあった。まるで何かをそこからくり抜いた様に。

 

 素早く剣に視線をやる。…いや、ただくり抜いたなんてもんじゃない。原理は全くわからないが、あれは恐らく錬金術だ。彼女が握っている剣の輝きは、紛れもなくその刀身が鋼であることを示している。どうやら地面の土から鋼の大剣を作り出したらしい。ハガレンかな??

 

「いいいいやぁああああ―――っっ!!!」

 

 唖然としたまま俺が見つめる先で、レイフォードさんは握っている大剣を振りかぶると、跳躍しながら的へ向けてぶん投げた。

 

 ごおっ! と空気を裂く音が聞こえた。200メトラの距離を正確無比に飛んだ大剣が、ゴーレムごと的を全て粉砕する。あの子もしかしてスーパーサイヤ人か何かなの? というかあの小柄な身体のどこにそんな力を秘めていたのか。思わず人体の神秘について真剣に考えそうになった。それはそうと、さっきまで騒がしかったのに今はやけに静かな生徒達が気になる。

 

「「「………………」」」

 

 ああ…皆、レイフォードさんが発揮した超パワーに怯えてしまっている。まあ、うん、そうだね。小柄な女の子がいきなりバカでかい剣を無表情でぶん投げてたら普通は怖いよね。しかし編入早々にこれはちょっとまずいんじゃ……。

 

 先生も流石にこれはフォローできそうにないらしく、天を仰いでいるのが見えた。

 

 

 

 

 

 昼休み。座学の授業が終わるや否や、俺は先生に呼び出しを受けて廊下に出た。真顔の先生が言う。

 

「お前は傭兵の中でも何でも屋で通ってるんだったな、雇うからリィエルのフォローをしてくれ」

 

「料金は前払いでお願いします」

 

「なん…だと……」

 

「払えねぇならけぇんな! 文無しに用はねぇ!」

 

 払える保証がある人の依頼しか受けないよ、俺は。第一、ここには生徒の一人として来てる。制服を着てる間は依頼は受け付けません。

 

「まあ、冗談はこの辺にしといて……どうするんですか?」

 

 廊下からちらりと教室を窺う。レイフォードさんがポツンと一人、椅子に座っているのを生徒達はチラチラ見ているが、話しかけようとする者はいない。

 

 先生が難しい顔をした。

 

「教師の俺が出張るのもなんか違うだろ。お前がリィエルと一緒に……こう、何かこう……愉快なトークで場を盛り上げでこい」

 

「難易度ルナティック! というか愉快なトークって何だよ。俺はレイフォードさんのこと何も知らないんですが。どんな話題振ればいいんですか?」

 

 …まあ、ティンジェルさんとレイフォードさん。この二人の事情を知ってる俺が先生的には頼みやすいんだろう。しかしそもそもの話、俺はそんなにコミュ力は高くない。男子でもよく話すのはカッシュとセシルぐらいだし…最近はギイブルもか。女子に至ってはフィーベルさんとティンジェルさんの二人ぐらいしかマトモに話さない…あれ、待って。五人も話す人がいるって中々凄いことじゃない? …え、そうでもない?

 

 二人して色々と考え込んでいると、不意に顎に手を当てていた先生が顔を上げた。

 

「そうだな…ここは無難に昼飯にでも誘ってみろよ」

 

「いや、初対面の奴にいきなり誘われたら嫌でしょ」

 

「大丈夫だ。リィエルはそんなやつじゃない」

 

 いかにも名案だぜ! みたいな笑みを浮かべてる先生。クラスメイトと言えども、初対面の女の子にいきなり声をかけるのは俺には少しハードルが高い。……でも、もうそれぐらいしかないよなぁ。レイフォードさんも編入して早々一人ぼっちは寂しいだろう。

 

 切っ掛けさえ作れば皆なんやかんや仲良く出来ると思うし、ここは頑張ろうか。……問題は、俺がちゃんと彼女と話せるかどうかだけど……。

 

「逝ってきます」

 

「お、おお。頼むぞ!」

 

 意を決して俺はレイフォードさんの側まで歩み寄った。途端にクラス中から視線が飛んでくる。

 

「………?」

 

 レイフォードさんも俺に気づいたのか、目だけで見上げてきた。睨まれてる気がしないでもない。

 

「や。俺、ウィリアス。よろしく」

 

 挨拶大事。俺はこの挨拶のお陰でギイブルとも仲良くなれたんだ。大丈夫、自信を持て。

 

「…………」

 

「………えっと」

 

 遠くから先生の視線を感じる。やめろよ気配で笑ってんのわかってるからなコノヤロー。

 

 まだだ。まだ諦めんぞ。せめて皆が彼女との会話の糸口を掴めるように……! 息を呑む生徒達の視線を浴びたまま、俺は何とか話題を考える。

 

「レイフォードさん、さっきの凄かったね。あの剣、どうやって作ったの?」

 

「…………」

 

 依然としてレイフォードさんは無言だった。視線はこっちを向いてはいるが、どうなんだろう。ウザがられているのかもしれない。やばい挫けそう。どう考えても食事に誘える空気ではないよね。

 

 暫し無言の状況が続き、真面目に撤退を検討しだしたその時。

 

「………錬金術」

 

「えっ」

 

「……錬金術で作った」

 

 ……これは、さっきの質問に答えてくれたということだよな。も、もう少し話してみよう。

 

「…あの剣の形って、自分で考えてるの?」

 

「………ん。適当」

 

「そうなんだ……えっと、もしレイフォードさんがよければさ、今度もう一回やって見せてくれないかな」

 

「………ん。わかった」

 

 ……どうやらレイフォードさんは、話しかけられたらちゃんと返事をしてくれる人みたいだ。ちらりと先生を見れば、満面の笑みでグーサインを作っている。いつの間にかレイフォードさんは俺のことを目だけで見るのをやめていて、ちゃんと首を動かしてこっちを見ている。ウザがられているわけではない…のかな。

 

「ふふ、ご機嫌よう。リィエル、ウィル君」

 

 そのままレイフォードさんと会話を続けていると、ティンジェルさんがやってきた。後ろにはフィーベルさんも一緒だ。

 

「どうしたの?」

 

「二人とも、お昼ご飯まだ食べてないみたいだし、学食に行くなら一緒にどうかなって」

 

 お昼ご飯。そう言えば忘れてたわ。危ない、食べそびれるところだった。

 

「じゃあ、ご一緒させてもらおうかな」

 

「必要ない。わたしは三日間、食べなくても平気」

 

「えっ? だ、駄目だよ、それじゃ……身体に良くないよ? ちゃんと食べなきゃ。ほら、リィエルのお仕事にも差し障っちゃうよ?」

 

「……一理ある。でも、何を食べたらいいかわからない。今回の任務、食料が支給されなかったから。今までの支給分はここに来る時に全部食べたし」

 

 ………。

 

 黙って先生と見つめ合う。この子、一体どういう過ごし方をしてきたんですか? まさか、野戦食料しか食べたことないとか言いませんよね? もしそうなら俺のおやつ袋が火を吹くぞ。取り敢えず今日は……これでいいかな。

 

「はい、これあげる」

 

 ポーチの中に武器類とは分けて収納しているおやつ袋から、チョコレートバーを取り出してレイフォードさんの手に乗せる。彼女は手の上のチョコレートバーをまじまじと見つめた。

 

「……くれるの?」

 

「うん。ってそうだった、今からお昼ご飯だから、後で食べてね」

 

「……ん」

 

 そっとチョコレートバーを握ったレイフォードさん。その仕草がどこか小動物じみていて、素直に可愛いと思う。妹がいたらこんな感じなんだろうか。

 

 ティンジェルさんとフィーベルさん、レイフォードさんと一緒に学食に向かいながら、おやつのストックを増やしておこうと俺は心に決めた。

 

 

 




今年の夏は一度も花火を見ないまま終わりそうです。コロナェ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その距離は遠く

 生存報告も兼ねての投稿です。


 

 

 

 

 ―――白地に、細かい刺繍が成された一枚の布。

 

 この布の意味を彼は良く知っていた。何をすべきかも知っている。

 

 蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れ動く。

 

 地下室の暗がりで武器を研ぎ、外套の解れを繕い、矢を補充する。これまで何度も繰り返した作業だ。手間取ることなく、すぐに準備は終わる。

 

 地下室の奥の奥。壁に掛けられた木彫りの仮面。捻れた角、鋭い牙を持つ獣を模した仮面。その暗い眼窩が、ウィリアスをじっと見つめている。

 

「……」

 

 仮面の角に届いたばかりの布を巻き付け、無言でそれをポーチの奥に押し込んだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 レイフォードさんが編入してから数日後。

 

 木々に朝露が光る、風が少し肌寒いまだ日も昇りきらない早朝。

 

 俺は魔術学院の中庭に来ていた。周りには二組の生徒がチラホラ。皆ソワソワしていてどこか落ち着きがない。持ってきた旅行鞄を弄ったり、それぞれ仲のいい者同士でおしゃべりをしたり。

 

 それも無理はないと思う。なんせ今日から『遠征学修』が始まるのだ。

 

 遠征学修とは、アルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に趣き、研究所の見学と最新の魔術研究に関する講義を受講することを目的とした、アルザーノ帝国魔術学院の必修単位の一つだ。研修先や時期は各クラスの授業進行状況や、受け入れ先となる魔導研究所の業務予定、受け入れ先の受け入れ可能人数などの調整の都合などによりクラスごとに異なっている。

 

 今回俺たちが行く場所は、リゾートビーチとしても有名なサイネリア島の、白金魔道研究所。白魔術と錬金術を利用して生命神秘についての研究をしている研究所だ。そこで七日間を過ごすことになっているが、学修とか言いながらも自由時間が結構多い。前世で言うならば修学旅行に近いだろうか。クラスメイト達はあまりこの街から出たことがないのか、皆期待で目をキラキラさせていた。

 

 ぼんやりベンチに座って皆の様子を眺めていると、首に腕が回された。相手は見なくてもわかるので、大人しくされるがままになる。

 

「よ! なんだ、ボーっとして」

 

「あはは、朝から元気だねカッシュは。おはようウィル!」

 

 背後から肩を組んでくるカッシュと、正面から微笑みながら歩いてくるセシル。どちらも朝早くだというのにテンションが何時もより高い。

 

「おー、おはよう」

 

 ひらひらと手を振ると、俺の顔を見たセシルが怪訝そうな顔をした。ちょんちょんと自分の目の下をつついて見せる。

 

「その目の隈どうしたの、ウィル」

 

「えっ」

 

 慌てて近くの水溜まりを覗き込むと、映った俺の顔、目の下に確かに薄っすらと隈が出来ていた。遠征学修のこのタイミングでとか、これじゃまるで遠征が楽しみで寝れなかった子みたいじゃないか。

 

 案の定カッシュがニヤリと笑みを浮かべてからかってきた。

 

「ほー、そうかそうなのか。楽しみで眠れなかったんだな~?」

 

 寝ていない理由は別にある。なので『楽しみで眠れなかった』は不正解。しかし、この遠征を楽しみにしていたのは本当だ。

 

「はい残念ちがいまーす! …まあうん。遠征自体は楽しみだけどね」

 

 ……なんだその顔は。ええいやめろ、ニヤニヤすんな。

 

 ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべるカッシュから遠ざかると、目に入ってくるのはセシルの心配そうな顔。見事な困り眉だ。

 

「せっかくの遠征なのに体調を崩したら大変だよ。馬車で少し眠ったら? ご飯の時は僕がちゃんと起こすから」

 

「ありがとうママ」

 

「ママ!? え、それ僕のこと!?」

 

「セシルママ、ご飯まだー?」

 

「カッシュ(怒)」

 

 二人と戯れつつ目元を揉み解していると、グレン先生のだるそうな声が聞こえてきた。点呼を取るらしい。

 

 それぞれ旅行鞄を持って先生の近くに集まる。皆大荷物で少し大変そうだ。きっとカードゲームやら何やらを詰め込んできてるんだろうな、と考えて微笑ましい気持ちになった。俺の荷物は旅行鞄が一つだけと少ない方。腰にポーチもあるけど、中身は普段と変わらない。……少しおやつ袋の中身が増えたけど、それだけだ。

 

 これから俺達は馬車に乗り、一日掛けてフェジテの南西にある港町シーホークへ。そこからまた更に船に乗りかえてサイネリア島へと向かう。今夜は馬車で夜を過ごすことになるし、移動時間中は特にすることもない。休める時間もあるだろう。

 

 俺はこみ上げてきた欠伸を噛み殺した。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 港町シーホークのとある裏路地。グレンは軽薄な青年を装って接触してきた帝国宮廷魔導士団時代の戦友、アルベルトと共にいた。

 

「ウィリアス=ベスティアをよく見ておけ」

 

「はぁ?」

 

 グレンは怪訝そうな顔をして、アルベルトに聞き返した。

 

「見とけって…」

 

 ウィリアス=ベスティア。人と獣、ふたつの身体を持つ戦闘民族の一人。傭兵を生業とする彼らの一員であるウィリアスとは、少し前に起こった学院での事件の際に共闘している。それ以来、グレンとシスティーナ、ウィリアスの三人はルミアの秘密を共有する仲だ。そのため何かと共に過ごす時間が増えた、生徒の一人。

 

 その名が他でもないアルベルトから出たことに、グレンは動揺した。長い間、相棒として共に戦ってきたので知っている。アルベルトは無駄なことや根拠の無いことは言わない。なら、ウィリアスには何かあるのだろう。こうして人目につかない場所でしか話せないような、そんな何かが。

 

 極秘任務であるルミア=ティンジェルの護衛についているのがリィエルとアルベルトであること。そのリィエルの危険性についての話がひと段落着いたと思えばこれだ。

 

 ため息が漏れる。

 

「どうして俺のクラスにはこうも問題児が集まるんだよ、おかしいだろ」

 

 ついでに本音も漏れた。

 

 脳裏に浮かぶ黄色いのと、白いのと、黒いの、そして青いの。いい加減にしろ。最もそのうちの一人は、一般的には優等生と呼ばれる類の生徒だが、グレンには問答無用で問題児にカテゴライズされている。哀れ白いの。

 

 アルベルトが一つ、咳払いした。

 

「逃避は済んだか。俺も暇ではないのだが」

 

「ああ……」 

 

 

 

 

「―――ここ最近、街から人が消えている」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 海の匂い特有の風が吹く甲板の上を、クラスメイト達がはしゃぎながら走っているのを、俺は船内の窓から眺めた。

 

「うお、あそこイルカいるぞ!」

 

「どこ? …ホントだ! うわあ、俺イルカって初めて見た!」

 

「船の隣を泳いでるよ! 可愛い~!!」

 

 あまり船に乗った経験がないのか、皆船べりの手すりに張り付いて海を眺めていた。…グレン先生は少し離れたところで船べりから身を乗り出している。あんまり得意じゃないらしいですね、船が。時折聞こえてくるえずくような音が哀愁を誘う。

 

 今現在俺たちがいるこの船は、サイネリア島へと向かう定期船だ。天候にも恵まれ、甲板からは綺麗に晴れた空と、どこまでも続く大海原が望める。絶好のロケーションと言えるだろうが、俺は海がちょっと苦手なので、大人しく船内に引っ込んでいるというわけだ。

 

「……」

 

 馬車で一日を過ごしてゆっくり休めたこともあり、俺の目元の隈は船に乗る頃には薄れていた。流石に熟睡までは出来なかったが、目を閉じているだけでも大分違う。気を使ってくれたセシルとカッシュには感謝しかない。やはり持つべきものは友だな。

 

「……」

 

 船内にはクラスメイトの姿はないが、この船には一般客も乗船しているので船内もそこそこ賑わっていた。

 

 俺は船内に(しつら)えてあるソファに座って、のんびりと小説を読む。今読んでいる本は家から持ってきたもので、とある冒険家が実際に訪れた場所について事細かに書かれている。昔から俺はこの本が好きで、もう何度も繰り返し読んでいる。特に好きなのは雪山でサバイバルをすることになった時の話で―――

 

「――ん?」

 

 読んでいる本に影が落ちたことに気づき、顔を上げると目の前に水色の髪が。というか、レイフォードさんがいた。相変わらず無表情だが、その目は俺をじっと見つめている。

 

「や。どうしたの?」

 

 少し前から船内に入ってきたことには気づいていたが、一体どうしたのだろう。最近はフィーベルさんとティンジェルさんと一緒にいることが多い彼女だが、珍しく今は一人だ。もしかして、小腹でも空いたのだろうか。俺はポーチの中のおやつ袋を探って幾つかのキャラメルを掴み出した。

 

「ほれ、キャラメルだよ。食べる?」

 

「…ん」

 

 レイフォードさんの掌にコロンと転がる大振りのキャラメルが五つ。ほんの少しだけ、彼女の目が和らいだように見えたのは、俺の気のせいか。

 

「何個かあるから、仲がいい子と分けておいで」

 

「…ん」

 

 こうしてお菓子をあげているからか、最近、レイフォードさんの表情の違いが少しだけわかってきた気がする。いちごタルトを食べている時ほどではないが、制服のポケットにキャラメルをしまった彼女は、どこか満足気に見えた。

 

「グレンにもあげる」

 

「あー……先生は、今はやめた方がいいかも」

 

「……?」

 

 彼は今胃の中を空っぽにする作業で忙しそうだ。窓の外、先生を介抱するティンジェルさんと、肩を竦めるフィーベルさんが見える。

 

 視線を戻すと、レイフォードさんがじっと俺を見ていた。何やら口元をムニムニさせている……ような気がしなくもないような。何か言いたいことがあるのかもしれない。

 

 言葉を遮ってしまわないように黙って待つ。やがて彼女はポツリと言った。

 

「……仲がいいって、なに?」

 

 予想外のことを聞かれたが、表情は崩さない。

 

 ……本当に、この子はこれまでどんな生き方をしてきたんだろう。少し気になりはする。でもまあ、生き方なんて人それぞれだよな。

 

 質問に対して何と返すか多少悩んだが、俺の思う答えを口にする。

 

「……仲がいいってのは、気が合うってこと…だと思うな」

 

「……気が合う?」

 

「そう。えっと……近くにいてほっとする、一緒にいて楽しいと思う…気が合うとか、仲がいいってのはそういうこと…だと、俺は思ってる。だから、仲のいい人ってのはつまり、友達のこと」

 

 多少苦労してひねり出した俺の言葉を、レイフォードさんは黙って聞いていた。

 

 どちらかと言えば俺は、こういう自分の思いを口に出すのが苦手なほうだ。上手く伝えたい言葉を束ねられているか、相手にちゃんと伝えられているか、不安になるから。

 

 普段の会話なんかは何も考えずに喋れるんだけどな、と思いながらレイフォードさんの反応を待つ。この相手の反応を待つ間の無言が最初は少し気まずく感じることもあったが、今では全く気にならない。意外と俺達は気が合うのかもしれない、なんて。

 

「…難しい」

 

 彼女はポケットから先程渡したばかりのキャラメルを取り出した。ずい、とキャラメルの乗った手を突き出される。

 

「……わたし、誰と仲がいい?」

 

「そ……それは、自分で決めないと。でも、そうだな」

 

 俺は手のひらに乗ったキャラメルを一粒摘んだ。自分であげたものを貰うのもなんだけど。

 

「レイフォードさんが嫌じゃなければ、だけど。俺はもう、レイフォードさんの友達のつもり」

 

 出会ってからそう時間が経っていない、しかも異性相手に随分思い切ったことを言っている自覚はあったが、不思議と緊張しなかった。

 

「……そう。わたしにはよくわからないけど」

 

 返ってきた言葉は素っ気ないが、嫌がっている感じはしない。どこか戸惑うような、そんな声色。

 

「大丈夫。わかるようになるよ」

 

 遠くからレイフォードさんを呼ぶ声が聞こえる。この声はフィーベルさん達だろう。行っといで、と言うと、レイフォードさんは静かに頷いて甲板へ歩いていった。

 

 

 

 

 窓から見上げた青い空。そこには一羽の鷹が飛んでいる。

 

 

 

 

 




ヒロインはシスティ(断言)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行き違い

社会人になってから、時の流れがやたらと早く感じます。人間って、こうやって年を重ねていくんですね。
……すみません、誤魔化しました。更新遅くなってごめんなさい!許して!!


 

 揺らめく水面に、照らす太陽。白い砂浜、響く笑い声。

 

 サイネリア島のビーチにて、俺は木に背中を預けてのんびりとそれらを眺めていた。視界いっぱいに広がる海から反射した光が眩しくて、思わず目を背ける。

 

「いくよー、システィ!」

 

「え、ちょ、わっきゃああ!」

 

「……システィーナ、ずぶ濡れ」

 

「ル、ルミア~!!……そりゃ!」

 

「ふふっ、当たってません~」

 

 ……ごめんなさい嘘です。眩しいのは光じゃなくて、女子生徒の水着です。普段の制服姿とは違い、彼女たちが身に纏っているのは水着。肌の露出なんて普段の比じゃ……いや、普段も結構露出してるか。おへそ丸見えだし。

 

 海水を飛ばし合い、はしゃぐ女子の姿に自然と目を惹き付けられそうになって、慌てて逸した。そのまま持ってきていた本に目線を落としたけど、内容が頭に入ってこない。なんで他の男子は平気な顔してガン見してんのさ。恥ずかしがってる俺がおかしいの? 

 

 本を眺めながら飲み物として持ってきていた果物ジュースをちびちび飲んでいると、隣にいたギイブルがメガネを押し上げながら言った。

 

「君は泳がないのか」

 

「あー…」

 

 黙って自分の恰好を見下ろす。薄手のシャツにハーフパンツ、足元はサンダル。服装こそラフなものだけれど、泳ぐ気はない。隣のギイブルはまさかの制服姿で、その手には教本を持っていた。彼は普通の革靴を履いている。砂浜を歩くのは地味に大変そうだ。とはいえ、ギイブルも長袖シャツは流石に暑いらしく、シャツの袖を折り曲げているのが何だか笑える。

 

「俺、あんまり海好きじゃないから」

 

「……泳げないのか?」

 

「いや、普通に泳げるよ」

 

 そう、泳げはするんだ。海も川も湖も、体力が保つ限りは泳げる。ただ、昔から海は少し苦手だった。塩水を浴びた髪がガビガビするのも嫌だけど、一番嫌なのは、ある程度深いところまで行ったら底が見えなくなるところ。自分の足元、そこに何かが潜んでいそうで怖い。川も湖も深いところだと底は見えないのは一緒なのに、何故か海だけ怖いんだよね。何でかは知らないけど。

 

「でも水着忘れちゃったし、今回は泳がなくてもいいや」

 

 これはわざとだ。理由は、あんまり自分の身体を見られたくないから。俺の身体はあちこちに大小様々な傷跡があるので、皆が折角楽しんでいる場所で晒すと楽しい空気をぶち壊してしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

 

 しかしまあ、手足に大きい傷が無いのはラッキーだった。流石にこの気温の中、長袖長ズボンはきついだろうし。

 

「まあ俺のことはいいとして、ギイブルは泳がないの?」

 

「フン。遊びに来たわけじゃないんだ。馬鹿馬鹿しい」

 

「……もしかして、泳げな」

 

「勘違いするな。僕は泳げないんじゃなくて、泳がないだけだ」

 

 じろりと睨まれながら言われたら、それ以上の追求は出来ない。機嫌悪くなりそうだし。砂の城でも作ろうかと考えながらなんとはなしに足元の砂を蹴り散らしていると、頭上に影が差した。

 

「よお、お前らは泳がないのか」

 

 先生だった。あくびを漏らしながら、俺達の近くにゆっくりと腰を下ろしてため息一つ。何やらお疲れの様子の先生もいつもの格好だ。

 

「先生こそ、泳がないんですか?」

 

 言いながら、波を避けるように俺の側へちょこちょこと歩いてきた蟹をつつく。威嚇の為だろう、鋏を振り上げている蟹がかわいい。膝の上に乗せて観察することにする。他の蟹と喧嘩でもしたのか、甲羅には細かな傷がある。優しく撫でていると、蟹は俺の足の上で大人しくなった。俺のズボンを鋏でつついている。どうしよう、だんだん愛着が湧いてきた。この蟹につける名前を考えるとしようか。うーん……。

 

「昨日、散々魔術撃たれた俺にそんな体力は残ってねぇよ。ちくしょう、あいつら本気で狙いやがって」

 

「あー……お疲れ様です。でも、言ってる割には先生も随分楽しそうでしたけど?」

 

「俺が? 寝言は寝て言え。つーか、見てたんなら止めろよ!」

 

「いやー、ははは」

 

 ダルい、という感情を隠そうともせずに肩を揉みながらぼやく先生に、思わず苦笑する。昨日の夜の騒ぎは知っている。男子生徒数名が女子生徒の部屋に行こうとしたところ、先生に妨害され、あえなく失敗したんだと。俺は参加してないけど、部屋の窓からその様子を見ていた。確かにあれだけの魔術をぶつけられたら、動くのはキツそうだ。

 

「ほら、行きな」

 

 落ち着きなくもぞもぞと動き出した蟹を砂浜の上にそっと放してやる。蟹はちょこまかと足を動かして、砂浜を横歩きで歩いていった。かわいい。

 

「このへんは人が多くて危険だからな、もう戻ってくるんじゃないぞ。ばいばい岩虎」

 

「ちょっと待て。それはその蟹の名前か?」

 

 ギイブルが視線を教本から上げていた。どうやら俺が蟹に付けた「岩虎」という名前は、ギイブルの意識を教本から逸らすことに成功する程度には衝撃だったらしい。

 

「そう、あの蟹の名前。……あ、もうどっか行っちゃったか。いい健脚だ。自然界は厳しいからね、強く生きろよ」

 

「……お前、ネーミングセンス渋いのな。まあそんなことより、だ。お前ら、あれどう思う?」

 

 先生が真剣な顔つきを浮かべているもんだから、その視線の先を追うと……そこには波と戯れる女子の姿が。ギイブルが冷めた目で先生を一瞥して、遠くの木陰へと歩いていった。

 

「あーあ。先生のせいでマイフレンドが移動しちゃったよ」

 

「俺の百戦錬磨の勘が言ってるぞ。ああいう反応をするのは100%むっつりスケベだってな」

 

「ギイブルがむっつりかは置いといて。あんまり不躾に見ないほうがいいんじゃないですか? 女性は視線に敏感だって、知り合いも言ってましたよ」

 

「なんだよ、そんなこと言ってお前も見てんだろ? ほら、黙っといてやるから教えろよ。誰がいいんだ?」

 

「それはもういいでしょう。それより、何か俺に聞きたいことがあるんですよね?」

 

「……っ」

 

 先生が中々本題を切り出してこないので海を眺めながら切り込むと、先生の雰囲気が僅かに固くなった。わかるよ先生。歩き方、話し方、距離の詰め方。染み付いた動作って中々消えないよな。

 

 だから嫌でも気づいた。先生の俺への態度に、ごく僅かな警戒心が滲んでいたことに。

 

 場に沈黙が落ちる。

 

 波の音がする。波打ち際で上がる、クラスメイトたちの楽しげな笑い声。それらが遠いと感じる。いや、違う。もうずっと感じてた。暮らしも考え方も、生き方も。なにもかもが遠くて、俺とは違う。

 

 先生の静かな声がした。

 

「フェジテの街から人が消えてる。違法な人身売買をしていた商人、闇医者、果ては外道魔術師まで……こいつらを消したのはお前だな?」

 

「はい」

 

「……それは、傭兵としての仕事か?」

 

「まあ、そうですね」

 

 厳密に言えば少し違うけれど、ここで否定する必要はない。海を眺めたまま首肯した。多分、宮廷魔道士団の誰かから聞いたんだろうな。俺があちこち動いてる時、いつも見張りがついて来てたし。

 

「……っ、制服着てる間は依頼は受け付けないんじゃなかったのかよ」

 

 押し殺した声。思わず先生を見る。俯いていてその表情は見えなかったけれど、生徒思いのこの人が今どういう思いをしているのかは分かったから。

 

「……そうでしたね。ごめんなさい」

 

 謝ってほしいわけじゃないのは分かってる。でも、俺はこれしか言えなかった。こうやって生きてきたし、これからも俺の生き方はきっと変わらないから。

 

 短い謝罪に込めた意味はきちんと先生に伝わっていたようで、先生の顔はどことなく暗かった。

 

「そんなに凹まないでくださいよ。こういう道を生きるって、俺は自分で決めてるんですから」

 

 両親や集落の皆は、俺に生き方を選ばせてくれた。「貴方のなりたいものになりなさい」と、いつだって後押しして、見守ってくれてた。選択肢は沢山あって、それでも俺はこの生き方を選んだ。

 

「別に凹んでなんかねぇよ。お前が傭兵やってるってことは知ってたし、そういう仕事があることも知ってる。ただ、少し驚いてただけだ」

 

 そりゃそうだ。教え子の中に人殺しが混じっていたら、誰だって驚くだろう。少しの間、場に沈黙が満ちる。先生は何を言うかを迷っているみたいだった。

 

 いずれにせよ、この先を先生に言わせるのは違うと思ったから。

 

「心配しなくても、大丈夫ですよ。学院に来たのは単純に魔術を学びたかったからで、他に理由はありません」

 

「――!」

 

 たった数カ月の関係だ。口先だけの言葉に安心なんて出来ないだろうけど、俺が言えるのはこれだけだった。

 

 ゆっくりとその場に立ち上がった俺は、座ったままの先生を見下ろす形になる。真摯な表情で伝えたつもりだったけれど、もしかしたら逆光で見えてなかったかもしれない。

 

「誓って、生徒を傷つけたりはしません。ただ、申し訳ないんですけどお姫様(ティンジェルさん)を守ることに協力すると言った以上、今すぐ学院を辞めるのは無理ですけどね」

 

「おい待て、俺は」

 

 先生は何かを言いかけて、その口を閉じる。丁度近くにいつもの女子三人が来ていたからだ。

 

 フィーベルさんとレイフォードさんを伴って、ぱたぱたと先頭を走ってきたティンジェルさんの足が止まる。何か感じたのか、彼女は楽しげだった表情を少し気づかわしげなものに変えて、俺と先生を見た。

 

「ごめんなさい、お話し中でしたか?」

 

「いや、丁度終わったから大丈夫。三人とも水着かわいいね、似合ってるよ」

 

「べっ、別に貴方に見せるためじゃ――ウィル?」

 

「ん?」

 

「……いえ、何でもないわ」

 

 フィーベルさんは何かを言いかけてやめた。ティンジェルさんと無言で目を合わせている。

 

「水着無いから泳げないけど、折角の海だしちょっと散歩してくるよ」

 

 言い残してその場を後にする。先生達の視線が、俺には少し痛かった。

 

 

 

 




こんな感じで、ちょっぴり暗めの展開が続くかも。

余談ですが、ティンジェルさんのところを全部ティガレックスさんって書いてたのに投稿直前に気づきました。予測変換ェ……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

守るための

気づいたら40話超えてた。いつも読んでくださる皆さん、本当にありがとうございます。


 

 あれから夜になり、俺は旅籠の宿泊客向けに解放されている応接間で、先生に数日前に出された早朝補習の課題をせっせと片付けていた。俺が泊まる別館の部屋は今、カッシュとセシルによるギイブルを巻き込んだ枕投げ戦争が行われていたので避難してきた。後で混ざろ。

 

「えーっと、ここは……」

 

 応接間のふかふかしたソファに座り、テーブルに広げた課題を見下ろしていると誰かの影が差した。見上げれば、俺の正面にいたのはフィーベルさん。彼女は俺が詰まっていた問題を覗き込んだ。応接間の明かりが彼女の銀髪に反射して眩しい。

 

「……ここの問題は、この式をこっちに持っていって計算するの」

 

「な、なるほど」

 

 一度分かれば簡単で、すらすら解くことが出来た。何でもレイフォードさんとティンジェルさんはグレン先生のところに用事があるらしく、彼女達が帰ってくるまでフィーベルさんは暇を持て余しているらしかった。テーブルに両手をついて問題を覗き込んでいるのを見るに、手伝ってくれるらしい。

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「別にいいわよ、このくらい……この前も、ルミアを助けてくれてたし」

 

 ぽしょりとそんな呟きが聞こえて、俺はそれとなく周囲の様子を窺った。フィーベルさんが言っているのは、この前の魔術競技祭の時のことだろう。旅籠の応接間には数名の生徒しかいないが、その話をするのであれば多少声を潜めなければならない。

 

「……そんな大したもんじゃないよ。最後に少しちょっかい出しただけ」

 

 実際俺がいなくても何とかなったと思う。先生が俺を呼んだのはあくまでも保険みたいなものだ。そんな風に伝えると、フィーベルさんは小さく笑った。

 

「それでもよ。言うのが遅れたけど、ルミアを守ってくれてありがとう」

 

 その笑顔に一瞬見惚れてから我に返る。「うん」と短く返事をしてそれとなくフィーベルさんから視線を逸らした。美少女の笑顔は心臓に悪い。ざわついた心を落ち着けて、課題に意識を集中させる。

 

 課題があらかた終わりかけたところで、フィーベルさんのほんのり気まずげな声がした。

 

「……あの、さ。先生と喧嘩でもしたの?」

 

「えっ? してないよ」

 

 びっくりして顔を上げた。確かに、先生とは昼間のこともあって少し気まずいけど、表には出してない筈だ。いや待て、表に出してるのは先生か。最近分かってきたけど、どうもあの人は意外とポーカーフェイスが下手くそだ。

 

「んー…、喧嘩はしてないけど、ちょっとね。大したことじゃないからあんまり気にしなくていいよ」

 

「そう? なら、いいんだけど」

 

「ごめんね、気を使わせて」

 

「いいわよ、別に。………そこの問題はこうして、こう」

 

「あっ、なるほど……」

 

 その後ちょっとつまずいた箇所をフィーベルさんが教えてくれたこともあり、それほど時間をかけることなく課題を終えることが出来た。お礼を言って手早く課題を片付ける。いざゆかん、枕投げの戦地へと。誰が頂点かをこの俺が教えてやる。

 

「そう言えば、聞いたことなかったけど」

 

「ん?」

 

 意気込みながら帰り支度を進める俺に、フィーベルさんはそう切り出した。俺の背中に掛けられた声が固いことから、彼女が少し緊張しているのがわかる。枕で遊んでる場合じゃないや。背後のフィーベルさんに意識を向ける。

 

「ウィルって、今も傭兵として働いてるの?」

 

「んー……たまにね。どうして?」

 

 これまで個人的な質問はそれとなく避けてきた。俺があまり自分のことを話したがらないことは、察しのいい彼女も知っている筈。にも関わらず、何故。先程とはまた違った意味で心がざわつく。背を向けたまま問いを投げると、少し彼女は迷ったようだった。

 

「……私、ルミアを守れるようになりたい。そのために先生に早朝補習をしてもらえるように頼んだわ。今はまだ体力と勝負勘を鍛えてるところだけど……」

 

 脳裏に自分の動作だけで疲れて力尽きるフィーベルさんの姿が浮かんだ。とはいえ、徐々に動きが良くなってきているし、暴れる時間が伸びてきているのも確かだ。

 

「うん、頑張ってるよね。一人で転ぶことも減ってきたし」

 

 俺が一緒に早朝補習に参加したばかりの頃は、フィーベルさんは自分の足に躓いて転んだりしてたけど最近はそれも殆どしなくなってきた。課題を詰めた鞄をテーブルに置いてソファに腰掛けながらそう言うと、フィーベルさんは向かいのソファに座りながらちょっと顔を赤くした。

 

「そういうのいいから」

 

「本心だけどなあ……ごめんごめん、ちゃんと聞いてるよ」

 

 フィーベルさんはどうやら真剣に悩んでいるらしいので、俺も笑みを消して真剣に聞く姿勢を取る。

 

 彼女が話してくれたのは、レイフォードさんの編入初日の朝の出来事。レイフォードさんが出合い頭に先生に斬りかかったことについてだった。レイフォードさん挨拶代わりに先生に斬りかかるとかとんでもねえな。初見殺しじゃないか……いや、今大事なのはそこじゃなくて。

 

「剣を持ったレイフォードさんが迫ってきた時、怖くて身体が動かなかった、か…………フィーベルさんはいざという時に、ちゃんと自分が戦えるか不安なんだ?」

 

「……うん。今回だけじゃない。あのテロ事件の時も、私は怯えてばっかりで、まともに戦えなかったから……ちゃんと戦えるようになりたい。そのために、恐い時はどうすればいいのかを教えてほしい」

 

「そっか……俺は傭兵だから、恐怖を乗り越える方法を知ってると思ったんだな……結論から言うと、恐怖を完全に無くすことは出来ない」

 

「……そう、なんだ」

 

 フィーベルさんの翡翠の目が落胆したように揺れる。俯いてしまった彼女を俺はじっと見ていた。

 

「……別に、無理して戦おうとしなくてもいいんじゃないか?」

 

「え?」

 

 顔を上げたフィーベルさん。その表情に浮かぶのは驚きと戸惑いだ。

 

「先生も、レイフォードさんもいる。帝国宮廷魔導師団さえもがティンジェルさんを守る為に動いている」

 

 怖いならそのままでいい。戦えないなら任せてしまえ。何か出来ると思っているなら大間違いだ。学院の成績は通用しない。君は何もしなくていい。()()()()()()()()()()()。だから───

 

「フィーベルさん、君は戦わなくてもいい」

 

「……」

 

 フィーベルさんは人の心に寄り添える優しい人だ。誰かを傷つけるには向いていないくらいに。俺が彼女に訓練をつけているのは死んでほしくないからだ。傷ついてほしくないからだ。身を守れるようになってほしいからだ。戦ってほしいからじゃない。

 

 早朝補習はフィーベルさんがティンジェルさんを守って戦えるようになりたいと先生に申し出て始まった。なら後から参加した俺があれこれ言ってフィーベルさんの気持ちを無碍にするのは違うと思ったし、だからこれまで黙っていた。でも、今言わずにはいられなかった。

 

 俺がじっと見つめる先で、少し黙っていたフィーベルさんが口を開く。

 

「──私が出来ることなんて、ないのかもしれない。またルミアが危ない目にあっても、何も出来ないかもしれない。でも……」

 

 ゆっくりと顔を上げた。彼女の翡翠の目が、真っ直ぐに俺を見返している。

 

「でもね、もしあの子に何かあった時、何も出来ないのはもう嫌なの。だから、」

 

「君は殺されそうになったんじゃないのか」

 

 遮るように放った声に、フィーベルさんがビクリと肩を震わせる。

 

「まだ怖いんだろ。初めて向けられた殺気はそう簡単に忘れられるもんじゃない。戦うのなら、君はこの先もっと怖い思いをすることだってあるだろう。耐えられるのか」

 

「……わからない」

 

「なら、」

 

「───テロの時、私は連れて行かれるルミアを見ていることしか出来なかった。連れて行かれる直前のあの子、どんな顔してたと思う?」

 

 その質問に対する答えを、俺は持ってない。俺はあの日、その場所にはいなかったから。視線でフィーベルさんに続きを促した。

 

「あの子……ルミアはね、私を安心させるみたいに笑ってた。あの時一番怖かったのはルミアだったはずなのに、何でもないって顔をしてたの。これから自分が死ぬかもしれないのに、怖いとか、不安とかを一切感じさせない表情だった。そうするのが当たり前みたいな顔をしてた。多分、いつ自分がどうなってもいいように覚悟をしてたんだと思う」

 

 彼女の生い立ちを考えれば、無理もないと思う。ティンジェルさんは元王女で、異能者だ。自分が危うい立場にいることを自覚していたからこそ、覚悟を決めていたんだろう。

 

「私はもうルミアにあんな顔をさせたくない。あの子が助けてほしい時には「助けて」って言ってくれるように、怖い時には「怖い」って言ってくれるぐらいに強くなりたい。もう二度と、私の隣で死ぬ覚悟なんか決めさせない」

 

 翡翠の澄んだ目の奥が、強い光を帯びて燃えている。その光から目が離せなくなる。

 

「……強いね、フィーベルさんは」

 

「親友を守りたいって思うのは当然でしょ?」

 

「そうだね。……そうだった」

 

「……ウィル?」

 

 他者に与えられる恐怖と絶望、殺意を、彼女はもうその身を持って知っている。けれど、それでも親友を守れるようにと足掻くフィーベルさんのその姿が、いつかの誰かと重なった。脳裏に跳ねた茶髪がちらついて、胸の何処かが鈍く痛みを訴える。

 

 ……君なら、フィーベルさんに何を言ったかな。

 

 ポロリと、気づけば言葉が転がり落ちていた。

 

「よく見ること」

 

「え?」

 

「大切なのは、まず相手をよく見て考えること。自分が相手の何を恐れているのか、その本質をよく見て知ること。………恐怖は生き物にとって必要なものだから、完全に無くすことは出来ない。それでも、抑えることは出来る」

 

 経験を、記憶を(なぞ)る。俺はこれまでどうしてきた?  

 

「頭の中で、自分にとっての脅威を数える。例えばレイフォードさんなら、錬金術を使った剣の高速錬成に、重たく速い剣技……とかね。それに対して自分ならどう対処するかを考える。今自分が取れる手段、注意を払うべきものをしっかり知覚し、思考をやめないこと。これだけで冷静になれるし、視野は少し広くなる」

 

「見て、考えること……」

 

 正直、今言ったことはある程度実戦経験を積んで、戦いの場でも冷静さと余裕を保てるようになってからじゃないと難しいかもしれない。

 

「最初は少し難しいかもしれない。時間もかかると思う。でも、出来るようになるまでは地道に経験を積み重ねるしかない。少なくとも俺は、これまでずっとそうしてきたから」

 

「わかったわ。頑張ってみる……ありがとね」

 

「うん……ごめん。色々きついことを言った」

 

 俺はフィーベルさんに頭を下げた。トラウマになっていてもおかしくないのに、わざわざそれを俺のエゴで掘り起こすなんて最低な行いだ。

 

「いいわよ、別に。私を心配して言ってくれたんでしょ? それはわかってるから」

 

「……そう言ってくれると助かる」

 

「うん。見て、考えることね。……私、戦闘中に出来るかしら。考えてる事と身体の動きがごっちゃになっちゃいそう」

 

「気負わなくていい。もしフィーベルさんが動けない時は、」

 

 今後も何も起きないという確証は持てない。でも、もしもこの先フィーベルさん達が危険な目にあって、動けなくなったとしても、彼女達の側にはきっと先生がいる。なら―――

 

「───大丈夫。その時はきっと、グレン先生がいるから」

 

 そう言うと、フィーベルさんは少しだけ動きを止めて、それから苦笑した。

 

「……そうね。普段はちょっと、いやかなりダメダメだけど」

 

「まあ、普段は……アレだけどさ。いざという時は頼りになる人だから。勉強見てくれてありがとう。それじゃ、また明日」

 

 俺達は結構長い間話し込んでいたようで、応接間の壁掛け時計を見ると就寝時間が近い。ここに一人フィーベルさんを残すのはどうかと考えていたら、丁度応接間と繋がっている廊下をティンジェルさんとレイフォードさんがやってくるのが見えた。二人と一緒なら大丈夫だろう。俺はソファから立ち上がる。

 

「こっちこそ相談に乗ってくれてありがとう。……ねえウィル」

 

「ん?」

 

 俺を見上げたフィーベルさんは、少しの間黙っていた。何かを言おうとして、それを迷っているようにも見える。やがて彼女はそっと頭を振った。

 

「いえ、何でもないわ」

 

「いいの? 何か気になることあるなら答えるけど」

 

「いいの。これを言うのはちょっと……恥ずかしいし。……ああほら、就寝時間よ、別館は少し遠いから急いで! おやすみなさい!」

 

「? うん、おやすみ」

 

 少し早口になった彼女が何を言いたかったのかは分からない。何となく聞いてはいけない気がしたから、俺はそのまま男子が宿泊している旅籠の別館へと向かった。……小声で恥ずかしいって言ってたな、フィーベルさん。何を言おうとしたんだろう。謎だ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。