【悲報】俺氏、死体に慣れる。 (めんたんてん困難)
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Welcome To THE Conan World!!
生きるために〇〇を探せ!


「ふぅ……」

 

 ベランダに出て柵に寄りかかり、タバコに火をつける。肺いっぱいに煙を吸い込んで空を仰ぎ見るように吐き出す。小さな白い煙がゆらゆらと夜の闇の中に消えていった。気がつくと空には無数の星が光っていた。

 タバコの煙を吸い込んでいるうちに動揺していた俺の気持ちがだんだんと落ち着いていくのがわかる。緊張や焦りといった感情が吐き出される煙と共にスーッと夜空へと無くなっていく気がした。

 煙の動きをぼんやりと眺めていると、ふと下の階の広場から声が聞こえてきたのでそっちの方へ視線を移した。

 

「ほらお父さん起きて!こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうわよ」

「んぅ……よ、ヨーコちゃあーん……ムニャムニャ」

「今回もお手柄だったね」

「僕は言われた通りに手伝っただけだよ」

 

 視線の先には、ベンチの上で爆睡する父親の体を揺らす女子高生くらいの娘と若い細身の男の刑事と会話をする小学生の男の子。少し離れたところには茶色いコートとソフト帽を目深にかぶった肥満体型の刑事と短髪の若い女性の刑事。

 広場から目を離し道路の方へ目を向けるとそこには複数のパトカーの姿があった。

 

 俺はもう一度タバコに口をつけ深くゆっくりと息を吸い込む。煙が肺に入り込むことで頭がより鮮明になる気がするのは俺がニコチン中毒者だからだろうか。

 

 俺は視線をまた夜空いっぱいに光る星たちへと戻し、鮮明になった(気がする)頭で現状、何が起こっているのかを冷静かつ客観的に考え直すことにした。

 

 

———————————————————————————

 

 

 俺は生まれてから二十三年間ずっと今までこの世界で生きてきた。一度も死んだ記憶がないし神様に出会った覚えもない。何を言っているのかわからない? 大丈夫だ。俺もよくわかっていない。

 まあ、要は神様転生をした覚えが無いという事だ。神様転生が何かという事に関してはこの際置いておくとして、問題は今の俺の状況。

 

 たまたまテレビの温泉特集を見て行ってみたいなと思い、一人でこんな山奥の歴史ある旅館に泊まりに来た訳なんだが、ここで事件が起こった。

 俺も最初見たときは目を疑った。

 

 旅館のロビーに入った俺の目の前に映り込んだのは、毛利小五郎、毛利蘭、江戸川コナンの三人だったのだ。

 

 夢でも見てるのではないかと思い、テンプレ通り頰をつねってみたら普通に痛かった。

 

 もう訳がわからなかった。え、俺っていつ転生したの? などと思ったが、さっきも言った通り俺は死んでないし神様に出会ってない。

 気がついたら俺はコナンの世界の住人になっていたのである。

 

 もうこの時点で俺の思考回路は色々アレだったので、ここがコナンの世界だと知った途端に頭に浮かんだのは、このシチュエーション事件フラグめっちゃ立ってるじゃん!!! である。

 山奥の歴史ある旅館でコナンに遭遇? アホか。人が死ぬぞ。殺人が起こる匂いしかしない。

 本当に勘弁してほしかった。死体見るとかまじトラウマになりそうだし夢に出て来そうだし。まじですぐ帰ろうかと思った。

 

 しかしここで俺はさらに自分に降りかかる可能性を危惧した。そう、それは俺が事件の被害者になる可能性である。俺が最初に考えた危険としては死体の第一発見者となってしまう事。ぶっちゃけその線は限りなく高いし、俺のこれからの心の傷のことを考えるとそれを回避しなくてはならない。けどそれは俺がその事件の第三者として"この話"に組み込まれていた場合である。しかしそう断言してしまうのはあまりにも危険だ。もしかしたら俺は殺される側の人間である可能性もあるのだ。俺は今の今まで人から怨みを買うような事は一切してこなかったつもりだが、他人がいつどんな事を怨むのかなんてわからない。もしかしたら逆恨みをしているかもしれない。そんな奴がこの旅館で俺の事を殺そうとしている可能性も十分にあり得るのだ。

 

 やべぇ、まだ死にたくねえ。

 

 コナンに遭遇するモブキャラって毎回こんな恐怖心抱いてんのかな……。死神とか誰がつけたか知らねえけどその通りだよクソ。まさに死を運びに来てる。

 

「……………よし、帰るか」

 

 善は急げ。早速ロビーから出ようとクルッと体を百八十度回転させ出口を目指す。

 よし、とっとと帰るぞ。俺はここには来なかった。今日は一日家でゴロゴロしてた。オーケーオーケー、なんの問題もない。え? 当日キャンセル料? そんなものいくらでもくれてやる。心の傷や自分の命に比べれば安いもんだ。

 

 この死のオーラしか感じない不気味な旅館から一刻も早く出ようと出入り口の扉に手をかけたそのとき、ふと急に頭の中にある考えが浮かんだ。

 

 ここで帰ったら俺、めっちゃ怪しくね? と。

 

 もし仮にここで俺が帰り、この旅館で俺以外の誰かが殺されるとしよう。アリバイ的に俺は犯人から除外される。除外されるけども、俺めっちゃ怪しいやんけ。もし俺がコナンだったら旅館に到着してすぐキャンセルして帰る奴見たら犯人じゃないにしても何かしら事件に関わってるんじゃないかって疑う。本当に最悪の場合、あの例の犯罪組織、黒ずくめの奴らの仲間だと思われるかもしれない。

 コナンがいるって事はこの世界に奴らもいるんだろ? さらに勘違いに勘違いを重ねられて黒ずくめの組織の奴らから俺が組織の名を名乗ったとでも勘違いされてみろ。コナンから逃れられたとしても奴らに消される。

 

 まあでも黒の組織に間違えられてどうのこうのってことには流石にならないか。

 だってまず服装が——————————、

 

「あ」

 

 今日はバイクで来てるので上にはライダースーツを羽織っている。下はスキニー。しかも今日は日差しが強いって事でサングラス装着済み。

 

 顔、サングラス。

 上、黒のライダースーツ。

 下、黒スキニー。

 

 はい完全にアウトですどうもありがとうございました。

 まじフザケンナよ俺。よく考えたらバイクだとヘルメット被るからサングラス意味ねえじゃん。駐車場から旅館までの間くらい日差し我慢しろや! イキってんじゃねーよ!

 

 ヤバイヤバイヤバイ。前アニメで見た黒ずくめの奴らみたいな黒いスーツ姿ではないけど一見黒ずくめだから多分ヤバイ。サングラスとかまじヤバイ。

 

 つかよくよく考えるとこういう時に何かを察して逃げ出したやつって問答無用で死ぬよね。確実に死ぬ。もう死ぬ。こっから出た途端死ぬ。(錯乱)

 

 八方塞がりとはまさにこの事を言うのか。取り敢えず引き返して帰るのだけはやめよう。死にたくない。

 

 いや、それにしても……。

 

 このまま旅館に泊まると、『死体の第一発見者になって一生トラウマを抱えて生きていく』か『怨みを持った知人によって俺が殺害される』という可能性が出てくる。

 逆にこのまま家に帰ると、『変にコナンに怪しまれた挙げ句、服装のせいで黒ずくめの連中と勘違いされてしまう』ということが起こり、結果的に『黒ずくめの組織の奴らから組織の名を騙った男がいるという勘違いを受けて奴らに消される』という可能性が出てくる。

 

 俺めっちゃ死ぬじゃん。

 

 これはもう必然的に一生トラウマを背負って生きるしか選択肢が無い。死ぬのはごめんだ。むしろこっちから死体探してやる。

 

 そうと決まれば俺はまた体を百八十度回転させて女将の元へ行き、部屋の鍵をもらってエレベーターへ向かう。

 通りすがりにコナン御一行へガンを飛ばすのを忘れずに。

 

 もうこの旅館に俺の知人が泊まっていない事を祈るしか無い。まあ、もし見つけたらこっちから先に殺せにいけばいっか。(錯乱)

 

 俺はよくわからない決意を固めて全く楽しくない旅行生活一日目を迎えたのである。

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 結論から言おう。俺は心に深いトラウマを負いました。

 

 自分の部屋に荷物を置いてすぐ俺は死体を探し回った。旅館内のありとあらゆる場所を探し回った。事件で一番怪しいのは第一発見者だとよく言うがそんなものは知らん。疑うなら思う存分疑えばいい。コナン様なら真実にたどり着いてくれる。彼の関わった事件で冤罪が起こるなどあり得ないのだから。

 

 だから俺は探した。コナンに真実を見つけてもらうため必死になって探した。

 

 そして、見つけた。調理室で料理長と思わしき人物が心臓を包丁で一突きされて血を流して倒れていた。一目見て死んでいるとわかった。むしろ生きているわけがなかった。コナンのいる世界で主要人物以外が急所から血を流して倒れている。これすなわち死亡確定也。

 

 勿論俺自身に死体耐性があるわけもなく、むしろ俺はそう言ったグロい系が苦手な為、胃の中の消化されきっていない昼飯が口から出かかったが、遺体にぶちまけるわけにもいかないのでどうにか喉元までに治めた。

 自ら死体を探していたとはいえ見つけた時は得体の知れない恐怖感に襲われ、体は震えたし腰も抜けそうになった。

 ぶっちゃけ今すぐに逃げたくなった。俺が殺したわけでもないのにだ。恐怖に支配された頭が正常に働くわけもなく、俺はさっきまでの決意や計画を忘れて調理室から逃げたくなった。逃げれば救われると思った。

 

 だから俺は調理室を飛び出して走った。走って走ってそして。

 

「ひ、ひと……人がッ、た、助け……ッ!」

 

 俺は未だにロビーでたむろっていたコナン御一行の元へ助けを求めた。

 毛利小五郎とコナンは俺の声を聞くや否や急いで調理室へ飛んで行った。

 

 そこからはいつもの通り。目暮警部達やいつもの警視庁メンバーが毛利蘭の通報で旅館に到着し捜査開始。第一発見者という事で色々聞かれたし、一般人の俺が調理室にいた事を怪しまれ散々疑いの目を向けられた。勿論それは覚悟していたので予め考えていた完璧な弁明を披露した。

 

「ち、ちょっと、は、はは、腹が減ってただけなんです……」

 

 キョドリすぎか俺。しかも理由がわんぱく坊やかっ!

 

 このせいで滅茶苦茶怪しまれることになったし結局最後まで犯人候補のうちの一人だったのだが、俺は何の心配もしていなかった。何故なら名探偵である眠りの小五郎(コナン)様が事を正解に導いてくれると信じていたからだ。いや、信じていたというより確信していたという方が正しいか。

 

 無論俺の確信していた通り事件は真実にたどり着き無事真犯人が捕まり、毎度お馴染みの犯人による自白ショーが始まったわけである。

 

 これで俺が"この話"の中で誰かに殺される心配は無くなったわけだ。因みにこの旅館で知人に遭遇することも無かった。

 

 しかしやはり脳裏にはまだあの遺体が鮮明に映し出されている。殺人現場なんて一生のうちに一回も見ることはないと思ってたんだけどな。

 

 いかんいかんまた気持ち悪くなってきた。

 

 気持ちを落ち着かせる為に俺は煙を肺いっぱいに吸い込んでゆっくり吐き出した。この煙と一緒にこのトラウマも俺の体から出てってくれないかな。

 明日また詳しく事情聴取されるらしいのでもう一度あの殺人現場のことを思い出さなくてはいけないのだ。そう考えると今度は胃が痛くなってきた……。

 

 こんな体験二度としたくない。

 これから先殺人現場に遭遇しないように細心の注意を払わなければならない。巻き込まれないようにこれからなるべく外出は控えよう。もう部屋に引きこもってしまえば安全じゃないのか?

 

 ん、待てよ。引きこもる……?

 

「あー」

 

 俺の間延びした声はタバコの煙と一緒に夜空へと溶けて行った。

 今更気がついたのだが、わざわざ自ら進んで死体を探す必要などなかったではないか。自分の部屋に鍵かけて事が済むまで引きこもってれば死体を見ることも、万が一自分が被害者になることも無かったではないか。何でこんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。

 多分焦ってたんだろう。山奥の古い旅館で死神(コナン)に出会ったのだ。無理もない。誰があの時の自分の判断を責められようか。

 

 もう済んだことは仕方がない。俺はコナンの世界の住人になってしまったんだ。理由や過程が一切わからないがそんなもの考えても解決できるような気がしない。これはもう黙って素直に受け入れるしかない。

 

 これから先、今日みたいな事にならないように細心の注意を払って行動しないといけない。

 もうコナンの主要人物に一切関わらないように。俺はモブだ。ストーリーとは一切関係ないただのモブ。今まで通りの平凡で普通で平和な日常を送ろう。

 

「よし。取り敢えず温泉入るか」

 

 この旅館に来た本当の目的を果たして少しでも疲れを取ろう。タバコばかりふかしてるようじゃ心も体も弱って仕方がない。

 

 俺は部屋に戻って着替えと洗面具セットを持って軽い足取りで温泉へ向かった。

 

 ———————帰ったら新聞予約しとこ。

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 今回の事件も無事解決した。小五郎のおっちゃんを眠らせて、ネクタイ型変声機を使ってうまく俺の推理を皆んなに聞かせる事ができ、犯人逮捕につながった。他に犠牲者を出す事もなく一件落着。

 

 けど俺はこの事件の犯人とは別に、一人気になる人物を見つけた。その男からはどうも不安が拭えない。

 

 遺体第一発見者の男、小々波漣斗(さざなみれんと)だ。

 

 アイツ、俺が現場を嗅ぎまわってる間ずっとこっちを見ていた。本人と何度も目が合っていたから気のせいじゃない。

 殺人現場が珍しく色々見ちまうのは仕方がない。けど普通俺じゃなくて目暮警部や小五郎のおっちゃんを見ないか? たしかにこんなガキが現場をうろちょろしてたら目を引くかもしれないが、多分それとは別の理由で俺のことを見ていた気がする。

 

 それに調理室にいた理由。犯人じゃないから流しちまったけど、腹が減ったからって普通無断で調理室に忍び込むか? それに死体発見騒動の前に何度もロビーに顔を見せては何処かへ居なくなってたし……。キョロキョロ周りを見ながら歩くあの感じは何かを探してる雰囲気だったな。

 しかも最初旅館に入ってきた時、小五郎のおっちゃんの方を見て一度旅館から出ようとしてたな。何かやましい事があったから探偵として有名なおっちゃんを見て不味いと思って逃げようとしたのか……。

 

 いや、待てよ? まさかアイツ死体を探していた!? この旅館で誰かが死ぬのをもう知っていたのか? だから最初におっちゃんのことを見た時に咄嗟に逃げようとしたのか!?

 

 それにあの服装—————、

 

黒ずくめ(ヤツら)か!?」

 

 何でヤツらがこんな所に……ッ! 急いであの男を見つけ出さないと!

 

 ——————いや、待て。死体を発見して俺たちに知らせに来た時のあの動揺っぷりを見ただろ。あれは演技でできるレベルのものじゃない。あの目は本気で怯えていた。

 

「考えすぎか」

 

 良くないな。けど、どこか怪しいのは確かだ。用心するに越したことはねえだろ。

 

 —————小々波漣斗、要注意だな。

 




主人公イメージ
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※自分の中の主人公のイメージが崩れると思う方は閲覧非推奨です。


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迫り来るフラグを回避せよ〜米花町へようこそ!〜

「頭痛ぇー……」

 

 暖かな朝日は閉め切ったカーテンによって遮られ、部屋の中は薄暗い。灰皿の中にはまだ匂いの残る吸い殻が山のように積まれていた。部屋のあちこちにはタバコの空のケースと潰れたビール缶が散乱している。

 

 俺は割れるように痛む頭を抑えてケースから新しいタバコを一本取り出す。あれだけたくさん買いだめしていたタバコも残りこの一箱のみになってしまった。

 タバコが切れたらどうなるんだろうとどこか他人事のようにぼけーっと考えながら慣れた手つきで右手のタバコに火をつけ煙を吸い込む。

 

 足元の新聞にはでかでかと一面に『眠りの小五郎再び事件解決!』という見出しの記事が載っていた。

 

 あの事件から早三日。俺は毎晩眠れない夜を過ごした。

 思いの外俺の心に残った傷は大きく、眠ろうとして目を瞑るとどうしてもあの遺体の姿が目に浮かんでしまう。最近なんて寝不足とトラウマの身体的&心理的なストレスで日常的に遺体の幻覚まで見てしまう始末。

 どんどん体調は悪くなっていく一方でタバコと酒を飲んでは嘔吐しての繰り返しである。いつ意識を失って倒れてもおかしくない。

 

 大学にも一度も顔を出してないし、事件の後日行われた詳しい事情聴取以降一度も外に出ていない。カーテンを閉め切った部屋で一人、ただ時間が過ぎて記憶からあの事件のことが消えてくれるのを待つだけだ。

 

 このままでは非常に不味い事は分かっている。けどどうしようもないのだ。外に出るとコナンやコナンに関わる主要人物に会う確率が上がる。コナン達に会うと俺が犯罪に巻き込まれる確率が上がる。この世界での犯罪はすぐに人が死ぬ。そうするとまた死体を見なくてはいけなくなる。そうなるとトラウマが増えてしまう。

 

 精神科やどっかの大きな病院に行けば解決策を教えてくれるかもしれないが、どうせ病院に行ったら爆弾が仕掛けられているに違いない。確証もなにもないけどそんな気がする。勿論そんなのは御免だ。

 

 以上の事から俺はこの部屋から外へ出る事ができないのである。廃人と変わらない生活を送っている現状が一番マシな選択肢なのだ。絶望しかない。

 

 しかし俺もただ時間が過ぎるのをボケーっと待っていただけではない。自分なりにこの世界のことについて考えて見たのだ。

 

 が、さっぱりわからない。完全にお手上げ状態だ。

 俺が転生者じゃないのは、周りの友人達や住んでる家が変わってないことを考えると明白だ。けど『名探偵コナン』に関する情報がこの世界から消えているのだ。友達に確認したら「なにその漫画聞いたことないよ?」の一点張りだし自分でもネットで検索したり某週刊誌を買って読んでみたりしたけど見事にその部分だけが無くなっていた。

 

 ただ一つわかったことがあるとすれば俺はこの世界においてかなりイレギュラーな存在であるということだ。原作知識を持った人間は多分この世界に俺だけ。ネタバレサイトで見たから黒の組織のボスだって知ってるんだぜ?

 すごく嫌な匂いしかしない。モブキャラどころの騒ぎではなかった。本当にやめてほしい。

 

 更に絶望的なことに俺が住んでいるこの街、米花町と言うらしい。なぜ今まで気がつかなかったんだろう。気づいてたらこんな物騒な町に住んでない。一日に数件殺人事件や爆破テロ、強盗事件が起こるあの有名な米花町だぞ。犯罪都市や日本のヨハネスブルグとも言われるレベルで治安が悪いあの町だ。

 

 しかもこれまた最近になって気がついたんだが俺の家の前をひっきりなしに黄色のビートルが走っていくのだ。これは確実にご近所さんフラグですどうもありがとうございました。

 

 引っ越したい。いますぐにでも遠くの方のどこか小さな田舎に引っ越したい。

 

 これから先本当にどうするべきなんだろうか……。米花町に住むには命がいくつあっても足りない。

 

「嘘だろ……」

 

 ついにタバコが底をついてしまった。ケースを逆さにして上下に振っても中身は出てこない。

 この状態でタバコが無くなるのはきつい。心なしか頭痛も酷くなり始めた。

 確か歩いて数分でコンビニがあった筈だ。この距離なら流石にコナン達にエンカウントする心配もないだろ。パッと行ってパッと戻ってこよう。

 

 俺は急いで財布と家の鍵を持って上着を羽織り部屋の外に出る。

 

「うわっ眩しっ」

 

 朝の太陽の光ってこんなにキツイものだったか。三日も薄暗い部屋に引きこもってたので降りかかる白い光が眩しくてしょうがない。なかなか目も慣れないしサングラスでも取ってくるか。

 

「あれ?」

 

 サングラスを取りにもう一度部屋の中に戻ろうと扉の取手に手をかけた時、急に視界がぐにゃりと歪み、体の平衡感覚を保っていられなくなった俺はそのまま背中から地面に倒れこんだ。

 体は言うことを聞かず視界が霧がかかったようにぼんやりしてくる。

 

 あ、やべぇ。

 

 目の前に黒い幕が降りるように見えなくなり、俺はそのまま意識を深い闇の中に手放した。

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

「目が覚めたら知らない天井……?」

 

「おお、気がついたか」

 

 真っ白な壁に蛍光灯が数本取り付けてある。煙を感知して警報を鳴らす火災探知機も完備。この天井は知らんな。俺の家ではない。

 さらに俺の右手には管が繋がれている。管の先には透明な液体の入ったパックが繋がれ、俺の血管の中にその透明な液体が入っていくのがわかる。

 

 状況的にここは病院の入院施設かなんかだろう。病院特有の消毒液のような臭いが鼻をくすぐる。

 取り敢えず監禁された訳では無かったので一安心。

 

 それでさっきから俺の顔を覗き込んでいる御仁は一体?

 

「あのー、」

 

 視線を天井から横に動かせば、学者が着るような白い上着を羽織り、真っ白なヒゲを蓄えたビール腹の中年男性の姿が目に入った。この人は確実にアレだ。一時期ネット上で黒の組織のボスと噂されていたあの人だ。

 

「すまんすまん。自己紹介をしておこうかの」

 

 いや、名前は知ってるんですけどね。

 男はわざとらしく咳払いをして続ける。

 

「ワシは阿笠博士(あがさひろし)。君の家のすぐ近くに住んでる者じゃよ」

 

 うん知ってた。

 

 コナンや灰原哀の事情を知る数少ない人物でコナンを影から支える天才科学者。絶対ノーベル賞取れんだろってくらいの発明品の数々で小さい体になってしまったコナンを何度も助けた。寒いダジャレクイズが大好きで、面倒見もよく少年探偵団の引率者としてよく彼らと一緒に行動している。

 

 つかやっぱりご近所さんだったよ。阿笠邸の近所ってことは必然的に工藤邸の近所になるわけで。

 

 まさかこんなに早く主要キャラと関わることになるとは思わなかった。もっと他に人いないのかな。この世界狭すぎな。

 

「貴方が俺を病院に?」

「家の扉の前で倒れているところを見つけての。すぐにワシの愛車に乗せてこの米花中央病院に連れてきたってわけじゃ」

 

 米花中央病院……。よりによって中央かー。米花総合病院とかあっただろ。なんで中央。まあ助けてもらった分際で言えたものではないが。

 もう米花中央病院というだけでフラグが立った。なんてったってこの病院一度爆弾が仕掛けられているのだ。松田刑事が殉職した事件だったか。当時は彼の素晴らしい活躍により難を逃れたのだが、今回もし爆弾が仕掛けられたら誰が解除するのか。松田刑事は死んでしまっているしコナンに複雑な爆弾の処理はできない。あ、安室透がいるか。どこかの場面で昔松田刑事に爆弾処理の方法を教えてもらったとか言ってた気がする。これは安室透登場フラグ。

 

 けど俺が入院してる期間中にコナンがこの病院に来なければ事件が起こらず無事何事もなく退院できる可能性もある。ワンチャンあるぞ、俺!

 

「まあ実際君を見つけたのはワシじゃなくて別の子なんじゃが……はて、なかなか帰って来んのぉ」

 

 ちょっと今聞き捨てならない事言わなかったかなこの人。

 

「え、えっとその人って……」

「小学生の男の子なんじゃが、さっき急にトイレに行くと言ってここを出たっきり帰って来ないんじゃよ」

 

 バーロー、そいつはコナンだ! やっぱアイツ来てんのかよ! まじ勘弁してくれよ!

 

 どうする? 死神(ヤツ)が俺の前に姿を見せる前に帰るか? 阿笠博士いるけどなんとか誤魔化してこの病院から抜け出せるか? この病院はもうダメだ。確実に事件が起こる。

 

「な、何をしておる。まだ動いたらいかんぞ」

 

 阿笠博士の制止の声を無視して俺は腕に繋がれている点滴を乱暴に引き抜く。意図せず外されたことで点滴に備え付けられてある機械からブザーが鳴り響くがそんなもん知らん。幸い病衣ではなくもとから自分が着ていた服のままだったので着替えで時間をロスする事なく、窓際に掛けてある上着を羽織るだけで準備は完了。

 

「助けていただいてありがとうございました」

 

 博士にしっかり頭を下げ感謝の言葉を送る。できればもう僕に関わらないでください。

 困惑した表情の博士を良心が痛むのを感じつつもガン無視し入り口の扉をスライドさせて俺は廊下へ出た。後ろでひっきりなしに耳障りなブザーが鳴っている。

 ここからが勝負だ。病室を出てからこの病院を出るまでの間にコナンに出会う可能性は極めて高い。奴は今トイレに行ってるらしいから俺がここから出口までのルートでトイレのありそうな場所をうまく避けながら進んでいけば勝機はある。いける、自信を持つんだ小々波漣斗!

 

「あ、もう目が覚めたんだね!」

 

 突然の背後からの声に俺は背筋を凍らせた。まさか。そんな馬鹿な。

 もう声をかけられた時点で俺の負けは確定した。ここで逃げようが逃げまいがこれから起こる事件には確実に巻き込まれるだろう。

 俺は恐怖に身を震わせながらも観念して恐る恐る後ろを振り向く。

 

「もう歩いて平気なの? 小々波さん」

 

 死神の再来である。

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

「あれ、俺はまた……?」

「お、おお目が覚めたぞコナンくん」

 

 さっきと同じように俺の顔を覗き込む阿笠博士。右手には再び点滴がつなぎ直されていた。

 

「小々波さん大丈夫? 僕のこと見た途端急に意識を失って倒れたんだよ」

 

 博士の隣からひょこっと顔を覗かせるコナン。

 俺はコナンの顔を見るなり、絶望のあまり再度気を失ってしまったらしい。

 

「詰んだ……」

「え? ていうか顔色悪いけど大丈夫?」

 

 君がいる限り俺の顔色は良くならないよ。なんて口が裂けても言えない。

 本気で心配してくれているし、家の前で気を失ってた俺を見つけて助けてくれたし感謝はしている。人の顔を見て絶望ばかりしていては失礼だな。ちゃんとお礼は言わなくては。

 

「君が俺を見つけてくれたんだってね。助かったよありがとう」

「気にしないで。無事で良かったよ」

 

 そんな風に年相応の笑顔で言われるとやっぱりいい子なんだなあと思う。

 そんな俺とコナンのやりとりを見ていた博士が口を開いた。

 

「ワシはちょっと先生を呼んでこようかの。コナンくん少し彼のことを見ててくれんか」

 

 え、ちょ。

 

「うんわかった!」

 

 コナンの元気のいい返事を聞いた博士は満足そうに頷き、病室から出て行ってしまった。

 

 待て待て待て待て。二人きりにするのだけはマジでやめて! 死神と二人きりとかヤダー!

 

「……………」

「……………」

 

 気まずい。

 博士が部屋を出てから急に室内が閑散としてしまった。俺もコナンも黙りこくっている。

 こういう時どうしたら良いんだ? 天気の話でもすればいいのか?

 

「い、いい天—————」

「さっき」

 

 俺が気を利かせて話を振ろうとしたら被せられた。どうしても天気の話がしたかったわけじゃないので俺は黙ってコナンの次の言葉を待つ。

 

「なんで病院から抜け出そうとしてたの?」

 

 やっぱその話題来ますよねー。

 

「家の、その、そう、洗面所の水が出しっ放しだったような気がして……。いてもたってもいられなくてつい急いで帰ろうとしちゃったんだよ」

 

 理由としてはかなり無難だ。無難すぎて逆に怪しまれるかもしれない。

 

「え、本当? なんなら博士に行って確認して来てもらおうか?」

「あ、いや大丈夫。多分俺の気のせいだよ。そこまで迷惑はかけられないし」

 

 嘘はバレなかったが危うく博士が俺の部屋に上り込む事になるところだった。今の俺の部屋は色々ヤバイからな。あんまり見られたくない。

 

「小々波さんがそう言うなら良いんだけど……」

 

 コナンはここの病室の備え付けのソファーに飛び乗り足をぶらぶらと動かす。視線は自分のつま先の方を見つめている。その姿はどっからどう見ても小学一年生の男の子にしか見えない。

 

 自分を子どもっぽく見せるための演技という事か。それとも小学一年生としてもう何年も過ごして来たから意図せずともそういう行動を取る癖がついたのだろうか。小学一年生として何年も過ごすとか日本語として最高におかしいな。

 

 うーむ、それにしてもそろそろつっこむべきか。

 

「えーっと、ところでさ」

「?」

「どうして俺の名前を?」

 

 俺自己紹介してないと思うんだけどな。

 

「え? やだなー、僕のこと覚えてない? この前旅館で会ったじゃない」

 

 コナンは心外だと言わんばかりにそう言った。

 

「え、あ、ああ。なるほど」

 

 俺のこと覚えてたのか? 一日に何件も同じような事件を解決してるからてっきり三日前の事件の第一発見者の男の名前なんてすっかり忘れてると思ったんだけどな。さすがは工藤新一、記憶力がいい。

 

 —————とか言ってる場合じゃないな。

 

 俺の立てた目標はなんだ? コナン達主要キャラと極力接触するのを避け一生モブキャラとして平凡で平和な人生を続行させる事だろ。主人公に名前覚えられてんじゃねえか! いよいよヤバイぞコレ。

 

 するとコナンは俺の顔を見て一瞬何か考えるような仕草を取り、ぴょんとソファから飛び降りて俺の寝ているベッドの近くまでやって来た。

 

「あんまり覚えてなさそうだから自己紹介しとくね」

「え、あ、コナンくんでしょ! 阿笠はか……さんから最初目が覚めた時に聞いたよ!」

 

 なんだかわからないけど彼に自己紹介をさせるといよいよまずい気がする。お互いに名を名乗り会った的な感じで彼の記憶の中にはっきりと俺がインプットされてしまう。もう遅いような気がするが。

 

 妙に慌てる俺を見て不思議そうな顔をするコナン。俺を見て不思議そうにするのは構わん。幾らでも不思議に思え。けど俺のことを見て怪しそうな顔をするのだけはやめろよ。心臓に悪いからな。

 

 俺が自己紹介を遮ってしまったから微妙な沈黙が流れる。気づけばコナンは俺の顔をじっと見つめている。だから心臓に悪いからやめろや。

 俺、なんか怪しいところあるのか……?

 

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が辛い。ここはやはり天気の話題でも振ってこの静寂をぶち破るべきなのかな。

 

「いい天き—————」

 

「こ、コナンくん!」

 

 すると博士が戻ってきた。うん、良いタイミングだ。

 

 そんなに思いっきりドアを開けなくてもいいと思いますけどね。

 息を切らしているところを見ると多分走って戻ってきたんだろう。病院内は走っちゃいけませんよ。あれ、先生呼びに行ったんじゃないの?

 

 どうにも博士は先生を連れてきたような様子ではない。途中で本来の目的を中断してまで戻って来なきゃいけない理由でもあったのだろうか。

 

 いや待て。嫌な予感がする。

 

「た、大変じゃよ」

「博士!? どうしたんだよ。取り敢えず落ち着けって」

 

 乱れる息を整えるように促すコナンに博士は手でジェスチャーをして心配ないことを示す。額には汗が滲んでいる。

 

「さっき病院の先生達の会話を耳に挟んだんじゃが……」

 

 マジで嫌な予感しかしない。それ以上先は聞きたくないな。

 

 コナンもただならぬ博士の雰囲気に顔がマジモードになっている。いつもの江戸川コナンフェイスではなく滲み出てくる工藤新一感。

 

 博士はコナンの目をはっきり見ながらゆっくりと続けた。

 

「この病院に爆破予告が届いたらしいんじゃよ」

 

「なッ!? ………って小々波さん!?」

 

 博士のその絶望的な言葉を聞いた途端、俺の意識はまた深い闇の中へと落ちて行った。



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目に見えた死

 目が覚めた。目の前には相変わらずの病院の天井。腕につながれている点滴のパックの量がさっきより一つ多い。

 今日だけで何回気を失わなくてはいけないんだろうか。確か人間は気絶しすぎると気絶しやすくなる癖がつくとかそんな噂を聞いたことある。気絶癖とかマジ勘弁。

 

 取り敢えず上半身だけを起こして病室内を見回す。さっきと違ってコナンと博士の姿は無い。時計を見る限り俺が気を失ってたのは一時間程といったところか。

 

 目が覚めた時には夜になってて例の爆破予告事件も解決してました、みたいな展開が良かったんだけど、そうは問屋が卸さないらしい。

 

 まさか本当にこの病院に爆弾が仕掛けられるとは。江戸川コナン恐るべし。

 あれだけ辛い思いを我慢して病院に行くのを渋ってたのに結局コレでは意味がない。俺のあの苦痛の三日間は何だったんだ。しかも理由がタバコを買いに行く途中に倒れて入院ってアホか。もうアレかな。神様が俺に禁煙しろって言ってるのかな。

 まあそもそもこの病院から生きて帰れるかわからないから禁煙云々の話なんてできるレベルじゃないんだけども。

 

 さっきから廊下の方が騒がしい。警察が総動員で爆弾でも探してるのか? それとも看護師や医者、患者が避難でも始めているのだろうか。でもこういうのって大体がパニックを避けるためにギリギリまで一般人には公開しないんじゃなかったか。そこらへんは曖昧だが、もし公開されていないとしても俺はこの病院に爆弾が仕掛けられていることを知っているんだ。

 

 —————ん? これはもはやチャンスなのでは?

 

 他の一般人がこのことを知ったら確実にこの病院の出入り口は混雑する。そうなると後ろの方とか逃げ遅れる。だからそうなる前にとっととこの場からトンズラすれば爆破事件に巻き込まれることなく華麗に自宅へ帰還することができる。

 

 完璧や。完璧やで小々波漣斗。

 

 そうと決まれば即行動。善は急げ。爆弾魔は待ってくれないぞ。

 

 さっきの失敗を生かし取り敢えず点滴は腕に刺したまま、病院を出るギリギリまで変な機械ごとガラガラと押していけばいい。入院費や医療費なんかは払わんでいいだろ。病院が爆発したら元も子もないしな。もし奇跡的に事件が無事解決したら大人しく病室に戻ってベッドに寝てれば良いし。

 

 今回のこの作戦、成功するかどうかは道中でコナンに会うか会わないかに掛かっている。見つかるとこの病室に強制送還される。つか今回"も"だな。ぶっちゃけ俺が生きるか死ぬかは日常生活でコナンに会うか会わないかで変わってくるとこあるしな。俺の運命背負ってるよアイツ。

 

 兎にも角にも気がついたら病院もろとも木っ端微塵に消し飛んでましたみたいなオチにはならないようにしよう。

 

「目標は自宅への帰還。敵(?)は江戸川コナン。小々波漣斗、行っきまーす」

 

 謎のノリと掛け声で無理やりテンションを上げ、俺は思い切りスライド式のドアを開け放ち周囲を警戒しながら廊下へ出た。

 

 よし。コナンに扉の前で出待ちされてはいないな。

 

 キョロキョロを周りを見回しながら病院の出口へ向かう。

 

 トイレの入り口に『採尿後はよく洗って戻しておいてください』と書いたラベルが貼ってあった。病院というところはやたらに何にでも貼り紙がしてある気がする。もう『丸メガネを掛けた小学一年生の男の子に注意』とか書いて貼り付けとけよマジで。

 

 それにしても思った以上に体が重い。頭はクラクラするし足元はおぼつかない。流石に点滴を打たなくてはいけないだけはあるようだ。

 例の事件以降の三日間特に何も食べてなかったってのもあるし倒れた原因は栄養失調ってところか? それとも寝不足かもしくはその両方か。酒の飲み過ぎってのもあるかもしれない。

 

 —————まあ多分一番の原因はタバコの吸い過ぎなんだろうけど。もう少し本数控えたほうがいいかな。早死にはしたくないし。

 

 自身の今後の健康について軽く考えつつ、廊下を歩く事数分。受付や待合室などがあるロビーまでたどり着いた。クーラーの効いたロビーは外来の患者でごった返している。

 多くの患者や看護婦が行き交う中、一部の医者達が随分慌てている様子だ。多分この病院に爆弾が仕掛けられていることを知っている人間と言ったところか。これは周りの人間に広まりパニックになるのも時間の問題か。大体こういうのは口止めしてても絶対に何処かから漏れてしまうものだ。現に博士も知った理由が立ち聞きだったし。

 

 医者の慌てふためく様子を見て、いずれこの病院に訪れる大惨事に俺は急いでここを出ようと改めて決意を固める。

 

 幸いなことに未だコナンの姿は見えないし、これは上手いこと脱出できるんじゃないかと俺の胸に希望が湧き上がる。

 

 しかし現実はうまくいかない。そんな俺の元に新たな災いが降りかかってくる。

 

 丁度角を曲がったところ。あと少しで出入り口というところ。向かい側から歩いてくる、褐色肌で明るい髪色が特徴の高身長のイケメンを見つけてしまった。その男はなにかを探しているらしくキョロキョロ周りを見回しながら俺の横を過ぎ去った。

 

「うげ……安室透」

「え?」

 

 やってしまった。ついうっかりボソッと呟いたのを褐色肌の男————安室透に聞かれてしまった。

 

「えっと、どこかでお会いしました?」

 

 俺の横を通り過ぎた後、案の定そのまま見逃してくれることはなく安室透は振り返り俺に言葉を投げかけた。

 

 まずいまずいまずい。完全なる自滅。あと少しでここから脱出できることに喜びを感じすぎて気が緩んでいた。コナンばかりに気を取られてギリギリまで安室透に気がつかなかったのもあるが、本来安室は俺のことを知らないのだから適当に流しとけば接触するなんて事には至らなかった筈だ。要するにこれは俺のただの凡ミス。

 

 あと少しだったのに! クソッタレが! 

 やっぱり安室透登場回だったよ今回の話。爆弾処理のためにコナンあたりに呼ばれたんだろうな……。

 

 一か八かこのまま適当に流せるか?

 

「あ、お構いなくー」

「僕のことはどこでお知りに?」

 

 無理でした(絶望)

 これは返答次第によってはめちゃくちゃ怪しまれる奴だわ。つかどんどん主要キャラと絡んでねーか俺。おかしいなあおかしいなあ。黒の組織に潜入捜査してる公安の知り合いとかいらねーからマジ。もう存在が地雷。

 このままいくといつかジンとかベルモットとかとメル友になれそうな勢いだぞ(白目)

 

「えっと、あのー、コナン……くんに少々お話を聞きまして」

「コナンくんとお知り合いなんですか?」

「違います」

 

 いや、なに言ってんだ俺。言ってることめちゃくちゃだぞ。咄嗟にすぐバレそうな嘘をついたにも関わらず、俺の中のナニカがコナンと知り合いであることを拒否してしまった。いやまあ知り合いなんかじゃ無いんだけどね。

 

「え……、知り合いでも無いのに僕の話を彼から聞いたんですか?」

 

 ほら安室さん滅茶苦茶不思議そうな顔しとるやん。ここはどうにかうまく誤魔化さないとマジで取り返しがつかないことになるな。

 

 俺は頭をフル回転させて思いつく限りの最高の言い訳を彼に披露した。

 

「いや、ポアロで働く安室さんを一目見てからすごい気になってて、どうしてもお名前を知りたかったんです。でも本人に聞くのはちょっと恥ずかしくってポアロの隣に住んでる小学生の子なら名前知ってるんじゃないかと思って彼に聞いたんですよ」

 

 ん、待てよ。なんかおかしいな。これよく考えるともしかして……。

 

「へ、へぇ。そうなんですか……」

 

 やべえめっちゃ引いてる。めっちゃ引いてるよ安室さん。俺も言ってて途中で変だと思ったよ。けど違うんです!

 

「いや、あのそういう奴じゃ……」

 

 俺の今後の名誉に関わる勘違いをしている安室さんから誤解を解くため、彼の両肩に手を置いてはっきりと彼の目を見る。

 

 しかし。

 

「すいません僕ノーマルなので!」

 

 そう言い残して彼は走ってどこかへ行ってしまった。

 

 オワタ。

 

 確実にナニカ大事なものを失った俺は完全に心が折れ、その場に膝から崩れ落ちた。

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 —————犯人の目的はなんだ? 何故この病院に爆弾を仕掛けた?

 

 俺は今、患者に使われていない空きの病室で目暮警部達の臨時会議にさりげなく参加していた。

 メンバーは目暮警部、高木刑事、佐藤刑事、白鳥刑事、千葉刑事の五人だ。後からおっちゃんも合流するらしい。

 

 爆破予告が届いたのは今からちょうど一時間程前。病院の郵便受けに一通の手紙が届いたのを受付の人が見つけ、不審に思いつつ中を開けて見たら、新聞の文字を切り抜いて作られたメッセージが封入されていた。

 

『この病院に爆弾を仕掛けた。解除して欲しければ私が後にする要求を受け入れろ。要求を拒否したり警察が探し回っている事が分かったら直ちに爆発させる』

 

 因みにまだ犯人からの要求はない。それにどのような方法で要求をしてくるかも書いていない。手紙なのか電話なのか、それともスイッチを持った犯人が直接病院に乗り込んでくるのか。可能性としては同じように手紙で要求を送ってくるのが一番高い。

 

 そうなるとやはり—————、

 

「名探偵毛利小五郎ただいま到着しました!」

「おお毛利君、やっときたか」

 

 バンッとスライド式のドアを思いきり開いておっちゃんが現れた。昼間っから麻雀をしていたらしいが目暮警部の召集でやむなく中断して駆けつけてきたらしい。凄くヤニ臭い。

 まだ酒を飲んでなかったのが救いだ。

 

「警部殿、現状は?」

 

 おっちゃんの参戦でより本格的な会議が始まる。俺はそれを一歩離れたところから聞いている。

 

 やっぱりまず犯人からの要求がこないと始まらない。爆弾を探すにも手がかりが少なすぎる。犯人像を絞るにも犯行予告の手紙一枚だけだとどうしても難しい。この病院に恨みがある人物を片っ端から上げていくてもあるがそれだとキリがないし、犯人がどこかで見ているかもしれないから迂闊に警察も動けない。

 

 どうする。何か手はないのか。こちらが有利になる手を先に打っておきたい。

 

「—————なるほど。それで避難の方は?」

「パニックの恐れがあるのでまだ病院内の一部の人にしか伝えていません」

「でも広まるのも時間の問題じゃないですかね」

「うーむ。やはり犯人から要求が来ないとなんとも……」

 

 やはりおっちゃん達も同じような考えらしい。患者達がパニックになるのだけは絶対避けなくてはならない。

 

「で? なんでオメーはまたこんなトコにいんだよ」

「へ?」

 

 むんずっと後ろの首元の襟を誰かに掴まれ、俺の体は宙に持ち上げられる。手足をバタバタさせて抵抗するも虚しく、俺を掴み上げた人物—————小五郎のおっちゃんは俺を病室の外へ連れ出そうとドアに手をかける。

 

「え、あ、ちょっとおじさん!」

「うるせぇ。ガキは引っ込んでろ!」

 

 ポイっと廊下に放り出された俺は重力に従ってそのまま地面に落ちる。思いっきりドアを閉められてしまった。これは戻ったらまた面倒な目に合うな……。

 

 もう少し情報を集めておきたかったが仕方がない。こうなりゃ俺が爆弾を見つけてやる。犯人も俺みたいなガキがまさか爆弾を探し嗅ぎ回ってるとは思わないだろう。だから途中で爆弾が爆破される心配もないはずだ。

 けど、もし爆弾の作りがかなり複雑だった場合、俺の技術力じゃ多分解除は不可能だ。だからさっきあの人を呼んでおいた。博士から爆弾を仕掛けられていると聞いた時に咄嗟に電話をしたからもうすぐ病院に着くだろう。

 

 するとタイミングよく俺のズボンの右ポケットが小刻みに震えた。病院内にいるためしっかりマナーモードにされているから音は出ない。

 

 駆け足で携帯使用可能エリアに移動し、画面をつけ流れるように通話ボタンを押す。スピーカーの向こうで特徴的な男性の声がした。

 

『もしもし』

 

 

 

「あ、もしもし。安室さん?」

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 空は抜けるように青く、細くかすれた雲がまるでペンキのためし塗りでもしたみたいに天頂にすうっと白くこびりついていた。

 

「無駄な抵抗はよせ! 人質を解放するんだ!」

 

 そんな空の下、怒号とは少し違う大きな声が響き渡った。

 緊張と焦り。その二つが混ざり合ったような顔をした高木刑事が俺の方へ銃口を向けている。

 

「うるせえ! こいつぶっ殺されたくなけりゃ大人しくしろ!」

 

 正確には俺の背後で俺の首元にナイフを突きつけている男に銃口を向けているのだが。

 米花中央病院の屋上、ニット帽とマスクとサングラスで顔を完全に隠している男に現在俺は人質に取られている。

 

 銃を構える高木刑事の背後には緊迫した表情のコナンと安室の姿もある。

 

 —————いや、どうしてこうなった。

 

 安室からひどい勘違いを受けた俺は思いの他心へのダメージが酷く、わりと長い時間ソファーで項垂れていた。そんなことしてないですぐにでも病院から出て家に帰ってれば良かったと今になって激しく後悔しているが、その時はそんな事など二の次で心のダメージのケアをする方が大事だったのだ。

 

 と、俺のやらかした話は取り敢えず置いておき。

 

 俺が安室と出逢った時、彼はコナンの元へ向かう最中だったらしい。なんでもコナンが病院内に仕掛けられている爆弾を見つけ、一応設置されていた場所からは引き剥がして待機していたのだ。そこで急いで安室がコナンのところへ向かい複雑な作りだった爆弾を見事に無事解除し、事件は八割方解決したかのように思えた。後は犯人を捕まえて一件落着。誰もがそう思っていたらしい。

 

 しかし犯人は爆弾が解除された事を元々爆弾に取り付けていたセンサーにより感知し逆上。自らの体に爆弾を巻き付け、この病院に乗り込んできたのだ。

 

 そこでたまたま出入り口に向かって歩いていた俺のことを人質に取り、高木刑事とコナンと安室の三人に見つかり屋上まで追い詰められ今に至るという訳だ。因みに単独犯。

 

 なんともまあついてない話だ。確かに病院でコナンに遭遇してこのまま無事に帰れるわけがないって心のどこかではわかってたんですけどね。いやけどまさか人質になるとは思ってもみなかったよ。人生何があるかわかんないよね。はっはっはー(ヤケクソ)

 

 つか、爆弾あるならわざわざ一人の人質を取る必要なくね? この病院内の人皆が人質みたいなもんじゃん。え、なんでわざわざナイフを俺の首元に突きつけてる訳? バカなの? アホなの?

 

 なんつーか、混乱しすぎて一周回ってむしろ冷静な俺がいる。

 

「そんな事をしてもムダだ! その人を離して大人しく降伏しろ!」

 

 俺の事を心配してくれるのはありがたいんだけどあんまり犯人を刺激するのはやめて下さい。犯人がキレてるの多分君のせいだから。いやコナンは頭いいからそんなことわかってるんだろうけどね。

 

「まさかガキを使って爆弾を集めるとは思わなかったナァ。ふざけた真似しやがって」

 

 どうせ警察が探してるのがわかったら爆弾を爆発させるとか予告文に書いてたんだろ? けど探し回ってたのはまさかの小学生でしたってオチ。そりゃあいくら病院内を監視してた犯人でも予測してなかっただろうし気がつかなかっただろうな。

 

「要求はなんだ? 爆弾を所持しているのに何故わざわざ人質を取る必要がある?」

「報復だよ。この病院に復讐してやるのさ。俺は用心深い性格でな、念には念を入れてだ」

 

 安室さんの問いに御丁寧にちゃんと答える犯人の男。

 

 それにしても復讐か。病院に爆弾仕掛けたくらいだしそんなもんだろうとは思ってたけど……。

 

「高木君!」

「な、人質!?」

 

 コナンの背後の階段からゾロゾロと人が上がってきた。目暮警部、千葉刑事、佐藤刑事、千葉刑事に毛利小五郎。ヘリのプロペラ音も聞こえてくるし特殊部隊も既に召集しているのだろう。

 

「それ以上近づくんじゃねえ! 人質がどうなっても良いのか!?」

 

 人が増えたことで犯人はより警戒心を強める。俺のことを押さえつける腕にも力が入り、ナイフの刃がより俺の首に近づいてくる。

 

「いてっ」

 

 スッとした痛みが首元に走り、ツーッと赤い鮮血が切り口から流れ出す。犯人は興奮しているのか刑事さんたちの方にばかり気を取られ俺の方を全く見ていない。

 

 こいつ俺の首に刃が当たっていることに気づいてない!?

 

 やばいやばいやばい。どんどん刃が食い込んできてる。

 

「痛い痛い痛い痛い! 刃、当たってる! 食い込んでる! 死ぬ! 死ぬ!」

「あ!? うるせえぞお前、少し黙れ!」

 

 それだけ言い放って全く刃を遠ざける気配がない。

 

「だから刃食い込んでるっつってんだろ!」

「その人からいますぐ手を離せ!」

 

 高木刑事が拳銃をしっかりと構え直す。もう良いですよ撃っちゃって下さい。

 

「うるっせぇ! テメェは黙って大人しく俺の人質になってれば良いんだよ!」

 

 カッチーン。

 

「黙って人質になれだと……?」

「あぁ!?」

 

 俺の耳元でそう喚く男に対して、俺は心の底からものすごい怒りが湧き上がってくるのを感じた。自分でもこんな場面でキャラでもないのになんでこんなにキレそうなのかよく分からないが、俺は気がついたら声を上げていた。

 

「ふざけんのも良い加減にしろよコラ。あぁ!? テメェ人質になったことあんのか!? 人質に選ばれた奴の気持ちわかんのか!? 俺病人なんだよ! つかさっきから刃ァ食い込んでるっつってんだろボケカス野郎! 血ぃ出てんだよ痛ぇんだよ!」

 

 俺の溜まりに溜まった怒りはこんなんじゃ止まらない。刑事陣は俺の急な変貌っぷりに驚きを隠せていない。

 

「さ、小々波さん!?」

「復讐とかふざけてんのか? 関係ない人巻き込んでんじゃねえよ! 良い迷惑なんだよ! 身に覚えないのになんで命の危機にさらされなくちゃならんのじゃボケェ! 復讐なんか下らないこと考えてんじゃねぇよ!」

「なんだとテメェ!?」

 

 男がナイフを持っている手を大きく振り上げた。このまま俺の喉を搔っ捌くつもりだろう。けど俺はそれを見つつも怯まずに止まらない。

 

「お前みたいなやつはなぁ!」

 

 ナイフの刃が迫り来る。

 

「とっとと地獄に堕ちろやゴラァ!」

 

 言い切った。言い切ったぞ俺は。何もかもがスローモーションで見える。ゆっくりと俺の首に向かってナイフの刃が迫り来るのがよく見える。

 今更になって後悔した。なんでこんなこと言ったんだ俺。あれ、死ぬ? 死ぬよねこれ。やっぱコナンの世界で生き残るなんて無理な話だったんだ。まだやりたいこといっぱいあったのにな。死んだら化けてコナンに取り憑いてやろう。取り敢えずコナンにガンを飛ばす。

 あ、なんか走馬灯みたいなの見えそう。お父さんお母さん、俺も今からそっちに行くっぽいです。

 

 覚悟を決めて目を瞑ろうとする。が、しかしものすごい轟音とともにこちらに向かって飛んでくるサッカーボールが目に入り、俺は助かることを確信した。

 

 キック力増強シューズでコナンの放った異次元シュートが見事に犯人の顔面に直撃し、その体を数メートル先まで吹っ飛ばした。

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

「確保ぉぉぉ!」

 

 目暮警部の合図で高木刑事と千葉刑事が犯人の体を抑えにかかる。気絶してるはずだから特になんの問題もなく身柄を取り押さえられるはずだ。それに体に巻いてある爆弾、アレは偽物だ。誤爆する心配もない。

 

「コナンくん、お手柄でしたね」

 

 安堵した表情で安室さんが話しかけてくる。

 

 今回俺が犯人の顔面にボールを打ち込むことができたのは小々波さんのお陰だ。彼が急に喋り出してくれたお陰で犯人の注意が完全に彼に移り、隙が生まれた。

 

 まさかあの状況で物怖じせずに犯人に立ち向かうことが出来るなんてものすごいメンタルの持ち主だ。俺たちから犯人の注意をそらすために自分の身の危険を顧みずあのように行動をできるとは。

 それに絶妙なタイミングでのあのアイコンタクト。アイコンタクトを送った相手が俺だったのには少し疑問が残るが、まあ結果そのお陰で犯人逮捕に繋がることができた。

 

 目を回し気を失っている小々波さんをおっちゃんが担ぎ上げている。

 

「それにしても、よく気絶するなぁこの人」

 

 小々波漣斗、やはり只者ではないな。



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外出とフラグ

少し編集しました。


 俺が人質となったあの爆破予告事件から一週間が経とうとしていた。

 

 結局あの事件の最後に俺は気を失い、また目が覚めたら病院の天井だ状態だった。点滴のパックは三つに増えてたし、目が覚めたとき一番最初に目に入ったのはキレ顔の担当医の姿だった。先生曰く一日で三回も気を失う人は見たことがないとのことらしい。「俺も好きで気を失ってるわけじゃないんですけどね」って言ったら「二回も脱走したよなぁ?」と威圧的に返された。いや知ってたんかーい。

 

 んで、俺は大事をとって三日間入院する事になった。勿論酒もタバコも禁止。案の定、最初に気を失ったのはそれらの摂取のし過ぎが原因だった。口に何かを咥えてないと落ち着かないくらいに末期だった俺は医者に棒付きキャンディを勧められ、入院中はずっとそれを口に咥えていた。割といけた。

 

 勿論トラウマのせいで夜眠れない事も伝えた。そしたら点滴に睡眠作用のある薬を投与して無理やり俺を眠らせた。睡眠薬も処方された。てっきり俺は精神科とかに回されてエロいカウンセラーのお姉さんにカウンセリングしてもらうもんだとばかり思ってたんだけどそんな事は一切なかった。俺の担当医は強引というか大雑把というか適当というか……。「寝れない時は睡眠薬(コレ)を飲め。トラウマなんて直に良くなる」だそうです。ヤブ医者が! って思ってたけど睡眠薬飲んどきゃ全然寝れたんだよコレが。入院中なんて毎日十時間以上寝てた。

 

 そしてさらに入院中の三日間は主要キャラとの接触のオンパレードだった。奴らひっきりなしに俺の病室に現れてくるんだもん。初日は刑事さん達がやってきて事情聴取されたりして、次の日は博士やコナン、あと何故か毛利小五郎がお見舞いに来てくれた。最終日には安室透も来てくれたんだけどすごく距離を置かれているような気がした。確かに主要キャラである安室透本人から距離を置いてくれるなら、本来なら願ったり叶ったりなんだろうけど理由が理由だからマジで凹んだ。俺はホモじゃない。

 

 入院中嬉しかった事と言えば、それは事件に巻き込まれることが無かったことである。病室はめちゃくちゃ平和で飯を食うにも看護婦さんが運んで来てくれるから外に出ないで良かったし、欲しいものがあった時はそれを担当医に伝えれば、病院内のコンビニでそれを買って来てくれた(酒とタバコは除く)

 俺はこんなに平和な日常を過ごせた事に感激し入院期間をもっと伸ばしてもらおうと、体調を悪化させるために点滴を引っこ抜いてクーラーガンガンにつけてパンイチになっていたら担当医にガチギレされてしばかれた。結局三日で追い出されてしまった。先生、また来ますね。

 

 反対に入院中に悲しかった事と言えば、友人や知人が誰一人としてお見舞いに来てくれなかった事である。なんだかんだで棚にはたくさんのお見舞い品が有ったのだが、それらは全て原作の主要キャラ達からもらった物で、本来の俺の知人達から貰ったお見舞い品はゼロである。それに気がついた日の夜は枕を濡らしたものだ。薄情なやつらだよな本当。

 

 で、現在俺は今絶賛引きこもり生活中である。カーテンを締め切り部屋の電気を消し、目の前にはパソコンが一台。台所のシンクには洗われていない食器が山のように積まれ、ゴミ箱にはカップラーメンの空の入れ物が何個も捨ててある。畳部屋の方には通販でまとめ買いしたレトルト食品やカップ麺類の入った段ボールが山積みされている。

 

 入院中の健康的な日常も束の間、俺はまた入院する前のあのクソみたいな引きこもり生活に戻ったのだ。勿論、大学になんて行ってないしコンビニにすら行かなくなった。退院してからのこの四日間一度も外に出ていない。

 前と違うところがあるとすれば、それはタバコの量と酒の量が減り、ちゃんと飯を食うようになったところくらいである。あ、あと夜は睡眠薬を飲んでバッチリ寝ることができる。先生の言ってたようにトラウマもだんだん弱まってきて幻覚も見なくなったのでもう少しで睡眠薬を飲まなくても眠れるような気がする。

 まぁ前に比べれば随分健康的な引きこもり生活を送っているのである。もう栄養失調と睡眠不足で気を失うなんて事も無い。

 

 どうして俺がまた引きこもり生活に戻ったのかなんてそんなわかりきったことを聞くのはやめてくれ。そんなの原作の主要キャラに会いたく無いからに決まっているだろう。最近事件に巻き込まれすぎて奴らと接触しすぎた。コナンに関してはもう名前を覚えられてしまっただろう。マジで最悪だ。安室透に関しては、彼の記憶の中で俺は強烈なインパクトを残していることだろう。死にたい。

 

 ようやく遺体のトラウマも弱まって来たんだ。ここで外に出て、コナンに出会い事件に巻き込まれて新しい遺体を見てしまったら本当に立ち直れなくなる。それか一週間前の事件のように俺が標的になる可能性もあり得るのだ。あの時は奇跡的に助かって良かったが普通なら死ぬ。そんな事は絶対に回避しなくてはいけない。

 

 俺がこの世界で生き延びるには一生この家から出ない事に尽きるのだ。まあこの家に爆弾が投げ込まれたりしたら元も子もないんだけどね。その時はその時だ。

 

「本当にこの街はよく事件が起こるな……」

 

 俺は今パソコンでニュースサイトのチェック中である。口にはタバコの代わりに棒付きキャンディを咥えている。今日はもうすでに一箱分吸っているんだ。今日はもう棒付きキャンディで乗り越えなくてはならない。

 パソコンの画面には昨日の事件の事についての記事が表示されている。なんでも高級マンションの一部屋で殺人事件が起こったらしい。しかしたまたまそこに居合わせた毛利小五郎の名推理により事件は無事解決。要するにコナンの名推理が炸裂したって事だろう。逃走した犯人を小五郎の娘である毛利蘭がボッコボコにし無事逮捕に至ったらしい。よく見ると犯人、自衛隊学校卒業って書いてあるぞ。毛利蘭強すぎね? さすがKARATE使い。人間じゃねえなアイツ。

 

 因みに新聞も取っているんだけど、いかんせんこの街は事件が多すぎるので新聞だと情報が間に合わないのだ。治安悪すぎるだろ。警察は何やってんだ。しかも殺人事件が起きすぎて新聞なんかじゃ全部載り切らない。せっかく新聞取り始めたんだけどネットの方がいいね。読◯新聞には悪いけど来月からは契約解除させてもらおう。

 

 俺が適当にネットの記事を読み漁っていると、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。はて、誰だろう。確か通販でネット注文した奴は全部届いたし、夕刊だとしても新聞配達は一々チャイム鳴らさないし……。このパターンで行くと原作の主要キャラの確率が高いな。博士とかコナンとかが様子でも見に来たのか? 悪いけど居留守を使わせてもらうぞ。もうお前らには関わりたくないんだよ。

 

 俺が完全に居留守を決め込むと決意を固め、またネットサーフィンを再開すると、何度も何度もチャイムが鳴らされた。二分程なり続けていたがようやくチャイムは鳴り止み、諦めて帰ってくれたかと一安心しただが、今度は玄関の扉からガチャガチャと音が聞こえて来た。

 

 おいおいおいおい。無理やり扉開けようとしてねえか? 原作キャラの中でピッキング技術持ってる奴いたっけか。つか毛利蘭とかが一緒にいたら蹴りとかで普通に扉破られそうなんだけど。つかバリバリ不法侵入しようとしてくんなよ! 犯罪ですよ!

 

 ガチャリ、と鍵が開く音がして玄関の扉が開けられた。マジかよピッキングかよ。扉蹴破られなくて良かった。じゃないわ。

 

 恐る恐る玄関の方を見ると、そこには俺の見慣れた女性がご立腹の表情で突っ立っていた。

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

「小々波くん! どうしてチャイム鳴らしても出てくれなかったの!?」

「いや、その…………ごめん」

 

 カーテンが開け放たれ、俺の家に数日ぶりのオレンジ色の夕日が差し込む。

 

「連絡しても全然返事返してくれないし。それに何これ? 何で引きこもってるの?」

 

 そう言って目の前の女性は色んなところに散らかっているゴミを片付けていく。

 

 彼女の名前は江口美奈(えぐちみな)。俺が物心ついた時からの幼馴染で今は介護士の仕事をしている。髪型は昔からずっと変わらずの二つ結びでとても童顔。大学生時代もよく高校生に間違えられていた。未だに制服を着てもJKで通るだろう。

 因みに何かあった時のために彼女にはうちの合鍵を渡してある。だからすんなりうちに入ってこれたのだ。

 

「どれくらいこんな生活してるの?」

「四日……くらいです」

「てことは大学に行ってないの? 単位足りなくて"また"卒業できなくなっちゃうよ」

 

 俺と美奈は同い年だ。小、中学はさながら、高校も大学も一緒だった。高校では同じ仲のいいグループでよく遊んだし、大学では学部こそ違ったけど普通に仲も良く一緒にいる事も多かった。ぶっちゃけ、高校では俺は成績上位で美奈は下の方だったのに彼女が俺と同じ大学を受けると聞いた時は驚いた。けど今じゃ彼女は俺と同じ大学の介護学部をしっかり四年で卒業し立派な社会人をやっている。自分の力で稼いでちゃんとした暮らしを送っているのだ。

 しかし俺は美奈と同い年なのにまだ大学に通っている。別に大学受験の時に浪人した訳じゃない。彼女の言うように俺は単位が足りなくて留年してるのだ。

 

 小々波漣斗、二十三歳の大学五年生です(白目)

 

「留年もタダじゃないんだよ? 今はまだおばさんたちの遺産でお金に困ってないだろうけどそんな生活ダメだよ。ちゃんと大学卒業して自分で働いてお金稼がなきゃ」

「ま、前にバイトしてたし………」

 

 俺の両親は俺二十歳の時に交通事故で亡くなっている。うちの家族は親戚とは既に疎遠になっていたので、両親の遺産を使って俺は今まで一人で生きてきた。

 母親は臨床開発職で新薬の開発に携わっていて、父親は新しい薬品等の研究員だった。二人ともかなりの高学歴で俺もそんな二人が自慢だった。だから俺もめちゃくちゃ勉強を頑張り、大学もかの有名な天下の東都大学に合格した。俺も二人みたいな人の役に立つ職に就きたいと思っていた。

 

 けど両親が死んでからは両親の遺産を使って遊び呆け、大学もサボりまくり結局単位が足りなくなり卒業できずじまい。流石にまずいと思って五年になってからはちゃんと卒業できるように授業も出て勉強もしていた。けど今じゃこのザマである。

 

 どうせコナンの世界はサザエさん時空なのだからどうせ俺は何年経とうとも大学五年生を繰り返す事になるんだ。だから授業に出ようが出まいが卒業はできない。こればかりは仕方が無い。俺は悪くない。

 

「ちゃんと大学行き始めたと思ったのに……。こんなんでいいの? おばさん達もきっと悲しんでるよ」

 

 美奈の言葉がグサグサと俺の心に突き刺さる。けど今更そんなことを言われたところで俺にはどうすることもできない。外に出たらきっとコナン達(やつら)に出会ってしまう。どうしてもそれだけは勘弁してほしい。

 

「そんなことお前に言われなくても解ってるよ。けど俺外に出ると……多分……」

「多分?」

「死ぬ」

「……………何言ってんの?」

 

 そりゃそう言う反応になるよな。外に出ただけで死ぬとか普通なら考えられない。というか考えすぎだと思うだろう。けどここは普通じゃないんだ。お前だって知ってるだろ。この街でどれだけ殺人事件やテロや暴行事件が起こっているか。

 けど今までのパターンでいくとこういう認識なのって原作知識持ってる俺だけの可能性があるんだよな。

 

「はぁ。まあ百歩譲って引きこもってる理由は外に出ると死ぬからだとして、連絡しても一切返事してくれなかったのはどうしてなの?」

「連絡……?」

 

 そう言えば俺、旅館で事件に遭って以降一度も携帯を見た覚えがない。美奈に言われ一週間以上充電しっぱなしのスマホを充電器から引き抜き電源を入れる。するとメールやら電話やらの通知がすごい量溜まっていた。大学の友達からも心配な連絡が多数きている。一番多くきている連絡は美奈からのものだった。

 今思えば入院している事も誰にも言ってなかった。道理で見舞いに来ない訳だ。音信不通だったんだから。これで俺が入院しているのを知っていた奴はストーカーくらいだろう。

 

「いや、マジでごめん。全然携帯見てなかった」

 

 これは俺が悪い。すごい心配してくれたんだろう。毎日一日も欠かさず心配のメールが着ている。

 

「………まあ、無事ならそれでいいんだよ」

 

 素直に頭を下げ謝罪をすると美奈は思っていたより簡単に許してくれた。怒って口利いてくれなくなると思ったんだけどな。

 まあ無事かどうかは判断しかねるけどな。入院したり事件に巻き込まれたり人質になったりした事は黙っておこう。バレてはいけない気がすると俺の勘がそう告げている。

 

「ていうかお前、今日仕事は?」

「今日は午前中で上がらせてもらったんだよ。誰かさんがあんまりにも連絡つかないから」

「すんません」

 

 仕事を休んでまで俺のことを探そうとしてくれていたのか。いい奴だな美奈。

 

「取り敢えず夕飯の買い物しにいこっか。どーせ冷蔵庫の中も空なんでしょ?」

「え、買って来てくれんの?」

 

 至れり尽くせりって感じでなんか悪い気がする。流石介護士ってところか。俺は彼女の中で介護対象の一人なのかな。

 

「何言ってんの。一緒に行くんだよ。たまには外に出ないと」

「ゑ?」

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

「あと挽き肉と……コショウだね」

「なあ一週間分買い溜めしねぇ?」

 

 四日ぶりの外出は美奈とスーパーマーケットでのデートでした。

 家から徒歩十五分程でつく割と大きなスーパーマーケット。引きこもりじゃない頃はよくここで食材やら日用品やらを買っていた。駐車場も広く、夕方になるといつも主婦や家族連れのお客でいっぱいになっていた。

 

 半分以上無理やり外に連れ出され渋々スーパーまで夕飯の材料を買い物に来た訳なんだが、内心怖くてしょうがない。アイツらの接近にいち早く気がつけるように周りをめちゃくちゃ警戒しながら歩いてたら美奈にキモいと言われた。辛辣すぎワロタ。こっちは命かかっとんのじゃ。

 

「買い溜めなんてしたら食材尽きるまで外に出なくなるでしょ?」

 

 よくわかっていらっしゃる。まあどうせ今日一日分しか食材買わなくても家にたくさんレトルト食品があるから外に出ることはないんだけどね。美奈には悪いけど引きこもり生活を辞めるつもりはない。

 

「でもどうせ食材が尽きたら家にたくさんあったレトルト食品食べればいいやとか思ってるんでしょ?」

「そ、そんなこと思ってねーし?」

 

 なんだよこいつエスパーかよ。俺の心の中読むのやめてくれよ。

 俺がカートを押し美奈が商品棚から目当てのものを持ってくる。今日の夕飯のメニューはハンバーグだ。帰ったらわざわざ彼女が作ってくれるらしい。やったね。

 

「これからは小々波くんの大学がある日は毎朝迎えに行くからね。ちゃんとチャイム一回で出て来てよ?」

 

 半額シールの貼られた挽き肉を買い物かごに入れ美奈はそんなことを言って来た。どうにかして俺を引きこもり生活から脱却させたいらしい。

 

「いやお前も仕事あんだろ? 流石に毎朝来てもらうのは悪いからいいよ」

 

 ビールのつまみ用にさりげなくスモークチーズと生ハムを買い物かごに突っ込み、美奈の提案にやんわりと断りをいれる。外に出るのは今日だけで十分だ。

 

「そんなこと言って引きこもり生活続けたいだけでしょ? 迎えに行った後ちゃんと大学までついて行くからね」

 

 なんてこった。そこまでして俺を大学に通わせたいのか。たしかに友人が引きこもりのダメ人間なんかに陥ったら真っ当な人間の道に導き直すのが普通なのかもしれない。けど俺の場合引きこもりの理由が少し特殊だからな……。時間が解決してくれる系じゃないし。

 

 一応今日の夕飯の分の食材は全部カゴに入れ終わった。後は日用品で家に足りなかったものを少々とデザート用にアイスでも買おうかな。

 日用品売り場までたわいのない話をしながら並んで歩く。なんだかこの光景側から見れば新婚夫婦みたいだなと冗談で言ったらぶん殴られた。何故。

 

「あ、ごめん。私ちょっとお手洗い行ってくるね。その間にトイレットペーパーとか入れといてね」

「あーわかった。そこら辺で待ってる」

 

 彼女にに言われた通りトイレットペーパーをカゴの中に突っ込み、適当にブラブラと日用品売り場を物色する。

 

 俺が思っている以上に美奈は俺の事を心配してくれているのがわかった。俺が引きこもってる理由を美奈に打ち明けるべきかかなり迷う。俺がこの世界について知っている事やコナンたちの事も全てなにもかも話してしまった方が楽な気もする。彼女が事件に巻き込まれる可能性もあるのだ。それは俺自身が事件に巻き込まれるより嫌だ。もう二人でどっか遠くに逃げてしまおうか。

 

「コナンくん、今日の夕飯何がいい?」

「ぼくオムライスが食べたい!」

 

 ふと後ろの方からそんな声が聞こえて来てハッとした。まさかやっぱり奴らも来てたのか!? 某バーロー系小学生探偵とモノブロスヘッドの殺人空手使い。

 なんで俺が外出する度にその先々で現れるんだよクソが! だから外出なんてしたくないんだよ。俺が引きこもりなのお前らのせいだからね? そこら辺自覚ある?

 つかどういう気持ちで外出歩いてんだコラ。もうそろそろ自分たちが外に出ると事件が起こるってことに気がつけよ。無駄に難解なトリックのネタとかにはすぐ気がつくのに何でそういうのには気がつかないんだよ。

 

 というわけで奴らをいち早く感知した俺は例の如くその場から逃げ出した。カートをその場に置きっぱにしてとりあえずアイツらがいない方に走り出す。

 

 美奈を連れてとっととこの場から出よう。最悪アイツらが帰るまで何処かに隠れてればいいか。

 

「え、小々波くんカートは?」

「そんなのはどうでもいい。ちょっとこっち来い。隠れるぞ」

 

 ちょうど女子トイレから出てきた美奈の手を取り、取り敢えず俺は商品の在庫がたくさん眠る、従業員専用の倉庫までやってきた。

 

「ちょっとまって小々波くん! 急にどうしたの!?」

「あそこにいるままだと事件に巻き込まれるんだよ。だから少しの間ここに隠れて奴らが居なくなるのを待たないと」

「奴ら? 事件? 何を言ってるの?」

 

 美奈は訳がわからないと言った顔で俺を見つめる。そりゃそうだ。何も詳しい事を話さずにこんな所まで来て隠れようだなんて怪しいどころか頭がおかしいと思われても仕方がない。

 けどこの状況でまたコナン達のいる売り場まで戻ると美奈まで危険にさらされる可能性もあるのだ。

 

 しかし俺はこの倉庫に美奈を連れて来た事をとても後悔した。

 

「え、あ、あれって……………」

 

 美奈は俺の後ろの"ナニカ"を見て顔を青ざめる。

 

 そんな、嘘だろ。彼女の表情を見て俺は大体何を目撃したのかが想像できた。しかしその信じがたい事実に俺の胸には激しい後悔が押し寄せる。

 

 やはり無理やりにでもスーパーに来るべきではなかったのだ。あそこで断っておけばこんなことにはならなかった。俺が出かければこうなることになるなんてわかりきってた筈なのに。

 

「きゃあああああああ!」

 

 彼女の悲鳴とともに後ろを振り返って見れば、そこにはここの店員と思われる女性が天井から垂れるヒモに首を吊って死んでいる姿があった。

 



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めんたるぶれいく!〜もやしメンタルには辛い世界〜

「さ、小々波くん、大丈夫……?」

「いや、まじ、だいじょ……ウッ……」

 

 おえええええ、と美奈に背中をさすられながら見事に口からキラキラをぶちまける俺。

 

「取り敢えずそこの段差に座って休憩したらどうですか?」

「ほら小々波くん蘭ちゃんの言うように休憩しよ、ね?」

 

 完全にグロッキー状態に陥ってる俺を介抱してくれている毛利蘭と美奈。右を美奈、左を毛利蘭に支えられて、腰を下ろすのにちょうど良い箱が積んである場所へ移動する。

 

「ちょっと私そこの自動販売機で飲み物買ってきますね」

「ありがとう。ごめんね蘭ちゃん」

 

 お金はこれを使ってね、と俺の尻ポケットから財布を抜き取り毛利蘭に手渡す美奈。うん、まぁうん。

 

「水分取ったら落ち着くと思うから」

「……申し訳ない」

 

 そう言って俺の隣に座る美奈から顔を逸らすように下を向く。

 

 情けない……!! なんて情けないんだ小々波漣斗ぉ! 自然と涙が頬を伝う。

 

 さっき首吊り自殺の死体を目撃してから俺はずっとこの調子だ。死体を見たショックで吐き、心身共に疲弊しきっている。

 そもそも最初に死体を見つけたのは美奈で、俺は彼女の悲鳴で死体に気がついたのだが、なんともまあ情けないことに俺の方が心に受けたダメージが大きかったっぽく今じゃ美奈に介抱されている。

 美奈も最初こそ大きな悲鳴をあげてかなり動揺していたが、自分より取り乱している俺を見たからか知らないが今じゃもうすっかり落ち着きを取り戻している。具体的に言えば他人の事を介抱できるほどに快復している。

 

「小々波さん、お水どうぞ」

「あ、りがと……」

 

 自動販売機から戻ってきた毛利蘭から財布とミネラルウォーターを受け取り力なくボソボソと御礼を口にする俺まじ情けない。美奈と毛利蘭からの心配そうな視線を受けながらペットボトルの中の冷たい水を一気に呷る。

 

「一気に飲んじゃダメだよっ」

 

 まるで子供を注意する母親のようなセリフを吐く美奈。急に水分を摂取したせいでゲホゲホ咳き込む俺を見て彼女は呆れたような表情を見せる。

 俺の情けなさがどんどん加速していく気がする。

 

 なんとなく美奈の方から顔をそらし、周りを見渡してみる。グロッキー状態だったから全然気がつかなかったが、随分と現場に人が集まっていた。

 

 毎度お馴染みの目暮警部御一行と店の従業員、鑑識の人達に勿論江戸川コナンの姿も。

 今回は邪魔をする毛利小五郎が居ないため、コナンは好き勝手に現場をうろついている。いろんなところを行ったり来たりしては周りの大人達に様々なことを聞いて回っている。

 そんなコナンに文句を言う人は一人もいなく、質問されれば聞かれたこと以上の事を答え、最悪コナンに意見を求めている者の姿も。

 

 いや止めろよ。

 

 毛利小五郎によってコナンを止めないとこんなにもカオスな状況になるのか現場は。

 おいそこの鑑識のおっさん、遺留品を平然と小一に見せるのをやめろ。

 

 まあコナンが嗅ぎ回らなければ事件は解決に導かれないのでこの方が良いっちゃ良いのだが。

 そういや今回は眠りの小五郎使えないけど推理ショーどうすんだろ。まあいいか。主人公補正でどうにかなんのか。

 

 このカオスな状況から目を離し次に目に入ったのは件の首吊りをした女性の遺体。サッと視線を外しすぐ足元のコンクリート製の床に視線を留める。

 

 首吊り死体って刺殺された死体にグロさは劣るような気もするのだが、何故か今回首吊り死体を見た俺はゲボッてしまった。死体を見るのが二回目だというのもあり、前回より心へのダメージは少ないと思ったのだが、そうはいかなかった。寧ろ前より酷い。まさか吐くとは。

 

 元々そういうのに耐性がなかったというのもあるが、それを踏まえても今回俺は自分の事について一つ理解したことがある。

 

 俺メンタル弱すぎ、と。

 

『この世界』の住人共のメンタルが強いのではなく俺のメンタルがめちゃくちゃ弱いのではないか。そんな疑問が頭に浮かび絶対それだろと即納得してしまった。死体を見たのに割とあっさり快復した美奈を見て確信したのだった。

 

「どう? 落ち着いてきた?」

「まあ、割と……」

 

 床をじぃっと見つめている俺の顔を覗き込んでくる美奈になんとも言えない曖昧な返事を返す。

 

「誰だって死体を見ちゃったら動揺しますよね」

 

 毛利蘭がそんなフォローを入れてくるがまったくもって説得力が無い。お前ら毎度毎度死体を見た瞬間は動揺するけど一回側から外れて次に画面に映った時にはもうすっかり快復してるじゃねえか。どんな鬼メンタルだよ。

 

 つうかこの二人は俺が死体を見たショックで今現在こんな風に項垂れているのだと思っているのだろう。しかしソレはあっているようで違う。今はどっちかというと、自分のメンタルの弱さに絶望しているところだ。

 

 だってそうだろう。お化けの類が苦手な美奈よりダメージを受け、挙げ句の果てに嘔吐して介抱してもらうという醜態を晒したのだ。立ち直れない。

 いかんいかんまた涙が出てきた。

 

「え、ちょっと泣かないでよ小々波くん」

「ごめんなさいメンタルがゴミで」

「だ、誰だって死体を見れば嘔吐の一回や二回するって!」

「そ、そうですよ! あんまり気にしないでください!」

「……お前らの優しさが辛い」

 

 なんだか面倒臭い人みたいになってるけど大丈夫かな俺。

 

 そんな俺たちの元にコツコツと一つの足音が近づいてきた。俺の目の前で止まり、わざとらしくゴホンと咳払いをするので俺はその人物の方へ顔を向けた。

 

「もう大分回復してきましたかな? 小々波さん」

 

 目暮警部が俺のことを見下ろして居た。

 

「少しお聞きしてもよろしいですかな?」

「待ってください目暮警部。小々波さんはまだショックから立ち直れて居ないので……」

 

 毛利蘭が俺のことを気遣ってそんなことを言ってくれるが、これ以上情けない姿を晒すわけにもいかないので(もう遅い気もするが)俺はスッと立ち上がり無理やり笑顔を作る。

 

「いえ、もう大丈夫ですのでなんでも聞いてください」

 

 後ろで美奈が怪訝な表情をしているが気にしないでおこう。目暮警部も微妙な表情を浮かべている。毛利蘭も苦笑いだ。俺が見栄を張ったのバレバレな気がする。

 

「え、えぇそうですか……。えー、それではまず最初に、何故こんな場所に?」

 

 なんでも聞いてくださいとか言っといてなんだがこれは一番聞いて欲しくなかった奴だ。いや、聞かれないわけが無かったのだが。

 

「えーっと、アレです。迷ったんです」

スーパー(ココ)で?」

「えぇ、まぁ、はぃ」

 

 めちゃくちゃ怪しんでそうな顔してるんですけど。流石にスーパーで道に迷ったは無理があったか? でもゴリ押しすればいけるかもしれない。

 

「道に迷って適当に歩いてたらここに来たんだよな、美奈?」

 

 急に話を振られた美奈は一瞬戸惑いながらも頷いてくれた。俺の介抱をしていたこともあり、美奈がまだ事情聴取をされていないことが幸いした。上手いこと美奈には俺の話に合わせてもらおう。

 

 訳のわからない理由でいきなり商品在庫保管倉庫にまで連れてこられ、挙げ句の果てには死体と遭遇し、更には連れてきた張本人が警察からの事情聴取で嘘を吐き、それに付き合わされる。よくもまあ何も言わずにここまで俺に合わせてくれてるなと思う。この事件から解放されたらなんか奢ってやろう。もう本当に申し訳ない。

 今回のことに関して後々質問攻めされるだろうが、それの言い訳も頭の片隅で考えておかなくては。

 

「……まぁあなた方を疑ってる訳ではないのであまり追及はしませんが……」

 

 なんと、もう既に容疑者から外されているらしい。

 

「それにしてもよく事件現場で遭遇しますな」

 

 と、目暮警部が同情の意を孕んだ目を俺に向けてくる。いや、同情してくれるのはありがたいのだがこれは一つまずい事が起こる予感。

 

「え、どういう事ですか?」

 

 案の定、美奈が食いついた。

 

「いやー、彼とは以前に二回程事件現場で遭遇してるんですよ」

「あ、最初の事件の時は私ともお会いしましたよね」

 

 おい、やめろ。

 

「ちょっと小々波くん、私そんなこと聞いてないんだけど?」

「え、あれぇおかしぃな。言ってなかったっけ……?」

 

 美奈からのジトーッという視線が俺の右頬に突き刺さる。冷や汗がダラリと流れてくる。これは隠していたことがバレると大変な事になるぞ。心配かけまいと思って黙ってたなんて言ったところで聞いちゃくれないだろう。

 

「私二回目の時は居合わせてなかったんですけど、大変だったらしいですよ?」

「おい、ちょっと待てぃ」

 

 このままだと毛利蘭か刑事陣の誰かが美奈に全部暴露する危険性がある。この会話をどうにか終わらせてそれを回避しなくては。

 

「ナニ、私に聞かれたらまずいことでもあるの?」

 

 ジロリと睨まれる。それはお前は黙ってろと言っている目だ。

 

 ちょっと目暮警部。苦笑いしてないで毛利蘭を止めるなりなんなりしてくださいよ。

 いや、というか毛利蘭さん? 察してくれませんかね。

 

 しかし俺のピンチは思いもよらない人物の登場によりひとまず救われることとなる。

 

「あれぇ小々波さん、もう大丈夫なの?」

 

 やけに甲高い声が背後から聞こえて来た。後ろを振り向くとそこには誰の姿も………視線を下に移せば俺の顔を見上げる死神の姿があった。

 

 全然話しかけて来ないから油断していた。というよりすっかり忘れていた。

 

「や、やぁコナンくん。久しぶり」

 

 無理矢理に笑顔を作り上げ爽やかお兄さんを演出する。

 

「前の爆破テロ事件の時以来だね」

「爆破テロ事件?」

 

 こいついきなりぶっ込んで来やがった! 美奈がすごい形相で俺を睨みつけてくる! 圧が、圧がすごいよ! どういうことか説明しろと全身から伝わってくる。

 

「あああ、いやあれだよ! 美奈、この子がコナンくんって言って小学生なのになかなか頭の切れるすごい子なんだよ! そちらの毛利蘭さんの家に居候してるんだ! で、コナンくん、こいつが美奈って言って俺の幼馴染ね!」

 

 もう無理矢理にでも話を変えるべく適当に自己紹介に持っていく。

 そんな俺を見て怪しそうな顔をする美奈と何かを察して苦笑いを浮かべるコナンは、互いに向き直り取り敢えず「よろしく」などと無難な挨拶を交わしている。

 

 そんな光景を横目で見ながら俺は一つ頭の中で考える。

 案の定コナンには既に俺の存在は認知されていたし、もっと言うならば目暮警部、毛利蘭もしっかり俺のことを覚えていた。この調子だと毛利小五郎や安室透なども俺の事を知人程度には認識しているかもしれない。

 これは非常によろしくない。モブキャラで無くなってしまった場合、俺に残されているのは準レギュラー、レギュラー、準主人公の三パターンのみだ。準レギュラー以上になれば死ぬ確率は極端に減るが、俺のSAN値がエグいことになるだろうな………。

 これはまた慎重に考えてルートを探し出さないと大変な目に合うだろう。取り敢えずはまだモブキャラを貫き通しつつ、今後の展開や俺に降りかかる境遇によって考えていけばいいか。

 

「それで、コナンくん。さっき言ってた爆破テロ事件の事なんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 いやまだ蒸し返すのかよその話!

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

 前回の爆破"予告"テロ事件について美奈さんという小々波さんの友達から色々聞かれたが、どうも小々波さんは彼女に事件に巻き込まれたことを知られたくないらしい。心配をかけたくないからか、詳しいことはわからないが、その気持ちはなんとなくわかる。だから俺は曖昧に返事をして誤魔化しておいた。

 

「ちびっこナイス!!」

 

 と小々波さんから耳打ちされたが、誰がちびっこだ誰が。

 

 それにしても今回の事件、少し困ったことがある。

 もう既にトリックは解けた。あの女性、自殺なんかじゃない。他殺だ。犯人にも目星がついているし証拠もあそこにあるはずだ。

 けど今回はおっちゃんがいない。何時もならここでおっちゃんを使って俺の推理を披露できるんだが、どうしたものか……。誰か別の人を眠らせて……高木刑事とか? いや、でもなぁ……。

 

「いやーそれより今回のこの事件って実際どうなんですかね!? もう夜だしそろそろ帰りたいなーなんて!」

「やだもうこんな時間。帰って夕飯の準備しないと」

 

 小々波さんがわざとらしく大きな声をあげ、蘭がそれにつられて腕時計を確認し、ハッとしたような表情になる。

 確かに時刻はもう二十時になろうとしていて遺体発見から既に二時間ほど経過している。

 

「今回の事件は自殺で片付きそうなので、もう帰ってもらってもかまいませんよ」

 

 警察側は不審ながらも今回の件を自殺で片付けようとしている。そうなるのはまずい。このままでは犯人の完全犯罪が成立してしまう。

 どうにかして俺の考えを周りに伝えないと……。

 

「いや、自殺なわけねーだろ」

 

 ぼそり、としかし周りにいた俺たちの元にハッキリと聞こえるように小々波さんがそんなことを零した。

 

 まさか小々波さんも気がついていた!? あの自殺に見せかけるトリックに? けど今の今までそんな素振りは一切見せていなかったしむしろ事件に関わりたくないような雰囲気ですらあったのに……どういう心境の変化だ? つーかあのグロッキー状態で今回の事件の真相に気がついたのか?

 

「そ、それはどう言うことですかな小々波さん?」

「どうしちゃったの小々波くん!?」

 

 目暮警部や美奈さん、蘭はかなり驚いた表情で彼の顔を見つめている。

 

「あ、いやーその、えーっと……」

 

 なぜか自分でも驚いている小々波さんを見て、俺は一か八か掛けてみることにした。

 

 小々波漣斗、この人なら使える———————ッ!

 

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 やっべぇぇ! ついつい零しちまったよ! 自分でもまさか口に出しちゃうとは思わなかった。

 尋常じゃない汗がダラダラと俺の背中を流れていく。

 

 毛利蘭や美奈、目暮警部達からの視線が集まる中、どうにかしてそれっぽい理由がないかを考える。

 

 ぶっちゃけると俺が自殺ではなく他殺だと思ったのはこれがコナンの世界であるからだ。もう何回言ってるかわからないがここはコナンの世界なのだ。そう、コナンの世界。ね、もう他殺じゃん? え、むしろ自殺である要素どこにある? 人目のつかないところで首吊り死体があり、そこに死神こと江戸川コナンがやってきて推理を始める。これだけでもう今回の事件が他殺であることが確定しているのだ。

 

 なんて事を言えるだろうか。言えない。言えるわけがない。言ったところで信じてもらえないだろうし、いよいよ頭のおかしい人認定されてしまう。

 

 だから俺は途中退出してあとは全部コナンに丸投げして真犯人捕まえてもらおうと思ったのに……まさかここで俺がミスを犯すとは思わなかった。気を緩めた途端口からぽろっと思っていたことが出てしまった。

 

 

 ————————あれ? この失敗なんか前にもやったような……。デジャヴ?

 

 

「あ、いやーその、えーっと……」

 

 なかなか上手い口実が見つからない。チクショーまじでまずったなぁ。助けてよコナンくん!

 

 と、コナンの方をチラリと盗み見る。するとコナンは顔の割に大きいメガネをキラリと光らせ、口の端を釣り上げてニヤリと怪しい笑みを浮かべた。

 

 あ、コレあかんやつや。何回かテレビで見たことある、何かを思いついた時の表情だ。

 

 俺の本能がこのコナンはとても危険だと警報を鳴らしている。まずい。逃げないと何かに巻き込まれる。

 

「ねぇ小々波くん、どういうこと? 自殺じゃないの?」

 

 美奈が俺の顔を覗き込んでくる。いや、今はそれどころじゃないんだ。テキトーに勘違いだったとか言ってとっととこの場からトンズラしないとまたわけのわからんことに巻き込まれる。

 

「いや、あれだ、ご——————」

 

 気のせいだったと伝えながらコナンのいた方に視線を戻す。しかしそこにはコナンの姿はない。

 

 いない!? どこ行きやがったよアイツ!

 

 全力で周りを見渡す。この状況でコナンを見失うのは危険だ。一刻も早くアイツがどこで何をしてどんな事を企んでいるのか把握しなくては。

 

 すると、スナック菓子が大量に保管されている棚の後ろ、ほとんどの人たちの死角になる位置でコナンが俺に向かって腕時計のようなナニカ(、、、、、、、、、、)を構えている姿をとらえた。

 

 俺はそれを見て全てを察し、同時に絶望した。

 

 コナンの構えたソレが一瞬光ると、パシュッという音と共に俺の首筋に蜂に刺されたような痛みが走る。

 

 平衡感覚を失った身体がぐらりと傾き、急に瞼が重くなってきた。

 

 あの野郎……ッ!

 

 だんだんと意識が朦朧としていく中、コナンが物陰で蝶ネクタイを取り出しているところを見た。

 

 あーもうこれは完全にモブキャラルート途絶えた奴だわ………。

 

 そんな考えが頭に浮かんだのを最後に、俺の意識は暗闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゴホン。えー皆さん、本日は眠りの小五郎がいらっしゃらないということなので、代わりに私が一つ推理ショーを披露いたしましょう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の運命が、狂い始めた。



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平穏な三日間? —————NO,波乱の三日間。
いちにちめ!①


 現在時刻は朝の10時30分。二限から授業を取っているのであと二十分後には大学の講義室にいなくてはならない。この家から大学までバイクで十五分程時間を要するのでそろそろ出発しないと遅刻する。しかし俺は未だに開ききっていない眠気まなこを擦りながら、新聞片手に本日一本目となるタバコを優雅に吹かしていた。

 

 

『スピード解決! 新たに大学生探偵の登場か!?』

 

 

 今日の朝刊には堂々と一面に昨日の事件のことについて記載されていた。写真には俺の顔もバッチリ写っている。未成年じゃないからってなんでもありかよ。

 

 自然とため息が漏れる。

 

 新聞の見出しにもなっているこの大学生探偵とは俺の事だ。昨日の首吊り自殺に見せかけた殺人事件は無事に解決されたらしい。それも俺の手によって。

『らしい』と言うのは、そもそも俺にその時の記憶が一切無いからである。なんてったって昨日は得意の気絶(強制)で現場から離脱した筈だったのだ。しかし目が覚めてみれば、周りから拍手喝采歓声の嵐。目暮警部からは感謝され、美奈からは信じられないものを見るような目を向けられた。

 

 

 

 —————まあ、原因はわかってるんですけどね!?

 

 

 

 年齢詐称なんちゃって小学生に腕時計型麻酔銃で眠らされ、俺の意思とは関係なくアイツのパペット人形にされたのだ。

 意識だけは現場から離脱したけど体だけは残ってましたってな。

 

 ぶっちゃけ自分では何もしてないのにここまで持ち上げられるとなんだかむず痒い。よくもまあ毛利小五郎や鈴木園子、あとあの山村? って警部もさぞ自分の手柄のように堂々としていられるなと思う。

 

 確かに自殺でないことはわかっていたが、それはこの世界がコナンワールドだからだって理由からだし、俺が昨日やったことといえば、死体見てゲロって自分の情けなさに涙してコナンに眠らされただけだ。それがどうして次の日の朝には一躍有名人にならなくてはならないのか。

 

 色々と考えたいことがありすぎてまとまらない。とりあえず落ち着こう。

 箱から二本目のタバコを取り出し火をつけた。

 

 新聞を床に放り投げ、テレビをつける。昨日東都スタジアムで行われたビッグ大阪対東京スピリッツの試合結果が気になるのでチャンネルをニュース番組に変えた。

 

 沖野ヨーコちゃんの特集が終わり、画面が切り替わり美人なニュースキャスターが次のニュースを読み上げる。

 

『昨夜の怪事件、見事に大学生探偵の活躍により—————プツッ』

 

 

 切った。

 

 

 すると今度は携帯電話が震えた。画面を見るとそこには『大学生探偵登場!?他三件のニュース』というY◯hoo!ニュースからの通知や友達からの『お前ニュースに出てるぞ!』や『いつから探偵始めたんだよwww』などと言ったメールが着ていた。

 

 取り敢えず携帯の電源も切った。

 

 

 

「………………………………………」

 

 うむ。これは非常にまずい。なんというかこう、まずい。

 

 まさかここまでメディアに露出する羽目になるとは思わなかった。すっかり現代の情報拡散力を舐めていた。これでは軽い有名人ではないか。

 何が目指せモブキャラ人生じゃ。コナンワールドに巻き込まれたことを自覚してから早数週間であっけなく崩れ去ってるじゃねえか。え? まだ望みはある? コナンのパペット人形になってそれ以降一度も出てこなくなったキャラがいましたか? いませんよねぇ。これはもうそういうことですよ。

 

 あ、でもこれで準レギュラー以上入り確定したからもう死ぬ心配は無いかな! やったね!(ヤケクソ)

 

 しかし、こうも有名になってしまうと事件に巻き込まれる可能性以外にも心配な事がある。

 言わずもがな、黒の組織だ。

 

 死なないために準レギュラー以上を維持する為、俺がコナン達に関わらなくてはいけないのはもうこの先決定している。しかし俺みたいな能無しがコナン達に関わって彼等のメリットになることと言えば奴のパペット人形になり続ける事のみだ。自分の力で推理したりKARATEが使えたりあらゆる方面に人脈があったり強い権力を有していたりすれば話は別だが、案の定俺には割と高学歴な事以外取り柄がない。高学歴っつっても留年してるんだけども。

 

 話を戻そう。

 俺が死なないために原作キャラに関わると、どうしても今回のように有名になっていってしまうのだ。怪事件を解決するのが一、二回程度ならまだしも、コナンのことだからその程度では終わらせてくれないだろう。

 そうなると黒の組織の奴らに俺の存在が目に止まる。もしも何かしらの事件に奴らが関わっていた時、意図せず(コナン)がその事件を解決してしまうかもしれない。そうすると確実に俺のことを消しにかかってくるだろう。奴らには今までの常識なんて通用しない。準レギュラー程度のキャラなど問答無用で殺される可能性も十二分にあり得るのだ。死にはしないかもしれないけど何かしらのデメリットが俺に降りかかるに違いない。

 

 

 今回の件でわかるように『名探偵コナン』のストーリーの中に俺という存在(キャラ)が組み込まれたのは確実だ。それがどういった立ち位置の存在になるのかはまだわからないが、これから先さまざまな事件に巻き込まれるのは確かだろう。

 

 一応は死なない事が確定した代わりに毎日のように事件に巻き込まれる事が確定しました。本当にありがとうございます。

 しかも確定してるのは"死なない"って事だけで怪我をしないとは言ってないんだよなぁ。死にそうになったりはするんだろうなぁ。痛いのやだなぁ。

 

 それに今になって気がついたのだが、なんだか死体に対する耐性が少し上がったような気がする。死体を見た直後の夜、睡眠薬を飲んだとはいえぐっすり眠れたし、昨日の出来事を振り返っている今もそんなに気持ち悪くはならない。

 これが慣れという奴なのだろうか。こうして毎日のように殺害された遺体を見続けるといずれは何も思わなくなってしまうのだろうか。死体を見てまず最初に「またかよ」とか思うようになったら末期なんだろうなぁ。辛い思いや苦労しといてなんだけど、これからも死体を見たら二、三日引きずるような純粋な心を持っていたいと思い始めた。

 尚、死体に慣れないと俺のSAN値がヤバいことになる。

 

 

 今後の俺の境遇に軽く絶望していると、ふいに家のインターフォンが鳴り響いた。時計を見てみれば長い針が既に8を回っていた。

 

 まずい。遅刻だ。というか美奈の奴本当に迎えに来たよ。

 

 でも、今日も大学行かなくていいかな。どうせ二限の授業は遅刻だし外に出たらどうせ面倒なことに巻き込まれるし。確かに原作に関わっていこうとは決めたけどそこまで積極的に関わる必要もないだろう。昨日の今日で事件に巻き込まれるのはごめんだ。三日に一回くらいのペースでいいわ。いやそれでも多いな。

 

 まだ起きてない(てい)で出ないことを決め込み、俺はカーテンを締め切り、三本目のタバコに火をつけた。

 まだチャイムは鳴り続けている。

 

 そういえば昨日美奈には散々迷惑を掛けたな。不可抗力とはいえ俺のせいで死体の第一発見者にしてしまったし訳の分からん狂言に付き合わせたり。あんなに俺の事を心配してくれてたし。

 

 なんだかそう考えるとこのまま大学に行かないのも気が引けて来た。確かに一方的にとはいえ今日は大学に行くと約束したんだ。それくらい守らないといい加減愛想を尽かされるかもしれん。事件の一つや二つに巻き込まれるのがなんだ。そんなもん俺の力(違う)でいくらでも解決すりゃあいい。

 

 そうと決まれば、急いで着替えを済ませ、携帯と財布、ノートと筆記用具をリュックに詰め込む。

 

 未だに鳴り響くチャイム音に「はいはい今行きますよー」と零し玄関のドアに手をかけた。

 

 しかしここで俺は何か違和感を感じた。ドアの鍵を開けるのを中断する。

 確か美奈は合鍵を持ってるはずだ。俺が家の中にいることはわかりきってる筈で一、二回のチャイムで出て来なければ鍵を開けて入ってくる筈だ。なのにどうして五分間も律儀にチャイムを押し続けているのだろう。鍵でもなくしたのか? まさか、あのしっかりしている美奈が?

 

 すると今度は玄関の扉のちょうど対面、リビングの窓ガラスをドンドン叩く音が聞こえて来た。そっちは庭になってて侵入しようとすればいくらでも侵入できるが、泥棒でも入ったのか? けど泥棒ならわざわざガラスをドンドン叩くとは思えないし……。えぇ、まさかお化けとか? 昨日の遺体の亡霊とかだったり……。やめてくれ。

 

 取り敢えず鳴り続けるチャイム音を放置し、俺は怖いもの見たさでリビングに向かい、締め切ったカーテンの隙間からこっそりガラスの外を確認する。

 

「……………なにやってんの」

 

 ドンドンと窓ガラスを叩く亡霊の正体は、何故か焦った表情を浮かべている美奈だった。

 

 鍵を開けて窓を開けてやると美奈は靴を脱いで手に持ち俺に詰め寄った。

 

「なんで電話でないの!?」

「いや、電源切ってて………」

 

 なんでこんな事をやっていたのか彼女に問いただす前に俺が問いただされてしまった。

 

「いやそんな事より、今大変なことになってるよ!?」

「大変なこと?」

 

 そこで俺はまた違和感を感じた。美奈は目の前にいる。なら今もなお続いているチャイムを鳴らしているのは誰だ? というかなんで美奈はわざわざ庭から入ってきて………。大変なことになってる——?

 

「—————ってまさか」

 

 俺は急いで玄関に向かいドアについているのぞき穴から玄関の外を見る。するとそこには案の定というかなんというか、多くの取材班やテレビ局の人々、ニュースで見たことのあるキャスター達でごった返していた。

 

「どうしよう小々波くん!?」

 

 後ろでは美奈が心配そうな表情を浮かべている。どうしようってそりゃあもう。

 

「逃げるぞ」

 

 俺は靴箱の上に置いてあるバイクの鍵を取り、美奈の手を引いて彼女が入って来た窓から外に出た。玄関先で待機している報道陣にバレないようにガレージの中に入りこむ。

 

「これ被れ」

 

 フルフェイスヘルメットを一つ美奈に渡して、俺は長年乗り続けた愛車に跨り鍵を差し込む。

 

「乗ったよ!」

 

 美奈が乗ったのを確認してからエンジンをかける。

 

「いたぞ! 小々波漣斗だ!」

 

 報道陣の中の誰かが俺を見つけて叫び声をあげ、彼らの視線が一斉に俺達の方へ集まる。

 

「逃げられるぞ!」

「車を用意しろ!」

 

 まるで犯人を追いかける警察のような台詞を吐きながら報道陣は各々行動に移る。

 

「しっかり掴まってろよ!」

 

 地面から足を離し、フルスロットルでガレージから飛び出した。

 

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

 俺のドライビングテクニックに流石の報道陣もかなわなかったらしい。今じゃそれらしき人影や車の姿は見えない。伊達に趣味でツーリングはやってない。

 

「ごめんね、わざわざ送ってもらっちゃって」

「いやいやいや。謝るのは俺の方だよ」

 

 報道陣とのカーチェイス(?)に見事勝利した俺は今、美奈を職場に送り届けたところだ。

 

 それにしても、こんな面倒な事に巻き込んでしまってますます美奈には頭が上がらない。しかも最初に玄関先でなにが起こっていたのかを見ていたのだから、こんな行動をすれば自分も面倒な事な巻き込まれるとわかっていた筈なのに、それでもわざわざ俺のためにこうして危険を知らせてくれた。

 こんなダメ人間な俺のために。ホント、なんていい奴なんだろう。あれ、目から汗が。

 

「マジで助かったよ。ありがとな」

「気にしないで。………なんか凄いことにまきこまれちゃってるね」

 

 まさかもう住所まで割れてるとはなぁ。てことは大学もばれてるだろうなあ。

 恐ろしいったらありゃしねえ。

 

「このまま大学に行くの?」

「いや、自宅の住所が割れてるからどうせ大学付近にも張り込まれてるだろうからな。今日は……今日"も"大学休んでどこかに身を隠しとくよ」

「そっか。そうだね」

 

 流石にこの状況で大学に行けとは言わないか。

 

「あのさ、事情を話してうちの職場の休憩室で隠れてても———」

「いや、さっきはヘルメット被ってたから顔は割れてないだろうけど、あんまり俺と一緒にいるところ見られると美奈も面倒事に巻き込まれるかもしれないからな。それはすっごいありがたいけどこれ以上美奈に迷惑かけるわけにはいかないよ」

 

 職場の同僚が俺を見て情報をリークしないとも限らないし。

 

「じゃ、仕事頑張って。ホントに今日はありがとね」

「うん……………」

 

 すごく不安そうな目で俺を見る美奈。ホントにこいつはいつまでも優しいなぁ。

 

 このままこの場に居続けると報道陣に追いつかれるかもしれないので、俺はヘルメットを被り直しバイクに跨る。

 

「また連絡する」

 

 それだけ言い、俺はバイクのエンジンをかける。

 

「小々波くん!」

 

 発車しようとした時、美奈が後ろからエンジン音にも負けない声で俺を呼び止めた。

 

「事が(おさま)ったら————、ちゃんと話聞かせてね」

 

 俺は無言で頷き、スロットルを回してエンジン音を響かせながらバイクを発車させた。

 

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 毛利探偵事務所。

 

 俺の目の前の建物の二階のガラス窓にそう書いてある。

 

 まさか俺がこんな場所にくる羽目になるとは。ついこの前まで漫画やアニメの中でしか見た事がなかったあの毛利探偵事務所が俺の目と鼻の先にあるのだ。なんともまあ感慨深いものである。

 

 感傷に浸るのも程々に、俺はバイクを通行人の邪魔にならないところに止め、階段を上る。

 

「………………え?」

 

 階段を上った先、探偵事務所に続くドアには一つの張り紙が貼ってあった。

 

『本日から三日ほど家族旅行の為事務所はお休みといたします』

 

 はぁ!? 三度見くらいした後目をよーく擦って見直して見たが見間違いではなかったらしく同じ文面が目に入るだけだ。

 

 なんでこう肝心な時に限って居ないんだよ! いつもは願ってもないのに俺の前に現れる癖に! 毛利小五郎もしくはコナンならこの状況どうにかしてくれると思ったのに!

 

 俺はその場に膝から崩れ落ちた。

 

 ———いや、待てよ? コナン達がどっかに行ってる三日間なら少なくとも事件に巻き込まれることはないのでは? だってあいつらの旅行先で事件が起こるのは確定してるわけなんだし。これは久し振りに平穏な三日間を過ごせるんじゃないのか!? 旅行先でコナン達に出会っちゃう人々には申し訳ないが、俺の平穏な日常のための犠牲になってください。

 

 思いがけない出来事に若干ハイテンションになりつつも、ハッと我に帰る。

 

 今はそれどころじゃ無いのだ。どうにかして身を隠せる場所を探さないと……。阿笠博士の家に押しかけるか? でもまた家の近くに戻るのは危険な気がする。

 

「どうするか…………」

 

 警察に追い詰められた逃走中の犯人の心情がわかった気がする。いや、できれば一生わかりたくは無いのだが。

 

 唸りながら階段を降り、路駐しておいたバイクの元へ足を運んでいる時、とある建物が俺の目に入った。

 

「喫茶ポアロ………」

 

 そこは毛利探偵事務所の一階で経営している喫茶店。店員の榎本梓と降谷れ……安室透がバイトしているあの喫茶店だ。

 

『Open11:30〜』という看板が扉に下げてある。現在の時刻は11時ちょい過ぎ。まだ店の準備をしている榎本梓の姿がガラス越しに見える。安室透の姿はまだない。

 

 安室透なら事情を説明すればワンチャン助けてくれると思ったんだが、今日はシフトが入ってないのか? それとも時間ギリギリに来るタイプの人間なのか、はたまた得意のバックレか。

 流石に榎本梓に初対面で匿ってくれとは頼めないので安室透が来るのを期待して少し待つか—————。

 

「あの、うちの店になにかご用ですか?」

 

 ボーッと鏡に映るフルフェイスのヘルメットを被った自分の姿を眺めながら考えを巡らせていたため全然気がつかなかった。

 声をかけられた方を向くと若干警戒しながらも優しそうな笑顔を浮かべている榎本梓の姿があった。

 

 とりあえずヘルメットを取り俺も笑顔を作る。

 

「あーいえ、すいません怪しいものではないです。ただ、ちょっと安室透に……さんにお会いしたくて……」

「あら、貴方……安室さんのお知り合いの方でしたか」

「まぁ、はい。えーと、安室と……さんは今日ここに来ます?」

「一応シフトは11時30分からになってますよ?」

 

 なんと。奇跡的に安室透は今日シフトが入っていたらしい。

 というか榎本梓は俺の顔を見てなんとも思うところがないのか、至って普通の反応だ。ていうか俺が思っている以上に世間には俺の存在がまだ知れ渡ってないのか?

 

 しかし、周りがだんだんと騒がしくなってきたのを感じその希望を即捨てた。

 

「あれ、今朝のニュースの……」

「え、本物?」

「ちょっとタイプかも」

「写真撮っちまおうかな」

 

 やばい。まずい。つか最後の奴、盗撮は立派な犯罪ですよ。いやそんな事言ってる場合ではない。SNSにでも書き込まれてみろ。すぐに報道陣が飛んで来る。

 

 急に周りを気にし出しソワソワし始めた俺を見て何かを察したのか、榎本梓は、

 

「あの、安室さんちゃんと来るかわかりませんけど、一応中で待ちます?」

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

「テレビでお名前を拝見した時から思ってたんですけど、やっぱり貴方が安室さんのことを好きな………」

「いやそれ誤解ですから!」

 

 喫茶店ポアロ。入り口の扉にはcloseと書かれた看板が下げられ、店のシャッターは全て下ろされている。

 出されたコーヒーを飲みながら、俺はカウンターを挟んで向かいに座る榎本さんと会話に花を咲かせていた。

 

「別に隠さなくても良いんですよ? 私応援します!」

「だから違いますって!」

 

 安室の野郎俺のある事ない事榎本さんに喋ったらしく今はこうして誤解を解いている。

 

 榎本さんは最初俺の顔を見て直ぐに今話題の大学生探偵の人だと判ったらしいが、普通に接してくれて事情を察してくれて普通に匿ってくれた。

 確か俺と同い年な筈なのにやけにしっかりしている。これが留年して未だに大学生やってる奴と社会に出た人との違いなのか……。いや、俺が年齢の割にちゃらんぽらんなだけかもしれないが。

 

「あれ、もう11時30分過ぎてるのに安室さん来ませんね……」

「すいません、俺のせいで店閉めっぱなしにしてしまって」

 

 安室透が時間通りにやって来ないのは良くあることのようで榎本さんも特に心配はしていない。アイツ、バイトはしっかり時間通りに来ないとダメだろ。まあ公安の仕事とか組織のスパイとかで忙しいんだろうけども。

 

「あれ、今日って店やってませんでしたっけ?」

 

 すると丁度ガチャリ、と店の扉が開けられ、長身褐色肌のイケメンが入ってきた。

 

「あ、安室さん。今日はしっかり来てくれたんですね!」

「すいません遅れてしまって……」

 

 申し訳なさそうに榎本さんに頭を下げる安室。しかし店でくつろぐ俺の姿を見るなり形容しがたい表情を浮かべる。

 

「あ、梓さん? なんでこの人店にいるんですか!? まさかここで雇うんですか!?」

「あ、この人安室さんに用があったみたいで。外で待ってもらうのも悪いかなと思ったので………ダメでした?」

 

 ちょ、榎本さんわかっててやってるでしょ。つか安室よ、取り乱しすぎだろ。流石にそこまでアレだと俺泣くぞ?

 つか俺も梓さんって呼びたい。

 

「えーと、あの、安室さん」

「は、はい……?」

 

 物理的にも心情的にもめちゃくちゃ距離を開けられながら、安室は俺に対して警戒心むき出しだ。

 

 ———泣いて良いかな? じゃなくて。

 

 ゴホン、と俺はわざとらしく咳払いをして続ける。

 

「俺を、助けてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 パシャリ。予想外な出来事に随分間抜けな面を晒した安室を見事に写真に収めた榎本さんは、ものすごくご満悦な表情を浮かべていた。



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いちにちめ!②

「なるほど。それで僕のところに助けを求めに来たんですね?」

「はい…………」

 

 あいも変わらずの閉め切り状態の喫茶ポアロにて、テーブル席で向かい合わせに座る安室透に、俺は報道陣に追いかけ回されている事を話した。

 俺がコナンに眠らされて事件解決時の記憶が一切ない事は隠しつつ、事件解決には実はコナンの力が大きかった事を最大限にアピールした。

 

「上手い事彼に乗せられたってところですか」

 

 流石は安室透。コナンの鋭さやその他諸々小学生離れしたそのスペックに薄々気がついているだけの事はある。確か警察や毛利小五郎の事件解決の裏でコナンが糸を引いてるのを勘付いているとかなんとか。昨日の事件が本当は俺だけの力で解決したわけではないとすぐに理解してくれた。

 これで妙に頭のきれる大学生だと怪しまれたりしないで済むんじゃないだろうか。

 

「でも、どうして僕なんです?」

 

 純粋に疑問なのか、それともまだ何かを怪しんでいるのか。鋭い目を向けてくるあたり後者なのだろう。俺は一応安室透が私立探偵であるとは知らない事になってるからな。

 まあぶっちゃけこうなることは既に予想済みだったので対策は立ててある。

 

「俺、友達居ないんで……」

 

 途端、安室透の鋭かった視線が急に可哀想なものを見るような目に変わる。

 

「この前の事件で知り合った安室さんに取り敢えず相談しようかなぁなんて……」

「………なるほど」

 

 これで確実に怪しまれることは無くなった。しかし安室透の中での俺の印象がどんどんマイナスな方に行ってしまっている気がするのは気のせいでは無いだろう。

 

「本当は探偵である毛利さんの元へ行った方がいいんでしょうけど、生憎今日は事務所にいらっしゃらないようなので」

「そういえば旅行に行くとか……」

 

 本当になんで今日に限って居ないんだあの家族。俺の事を有名にした原因であるコナンには責任を取ってもらいたいところだ。

 

「まあ、取り敢えずはポアロ(ここ)で大人しくしてるってのが一番だと思います。梓さん、彼を奥の休憩室で匿ってもいいですか?」

「私は全然構いませんよー」

 

 おかわりのコーヒーを持って来てくれた梓さんは安室の提案に快く承諾してくれた。いや本当に申し訳ない。

 

「もしアレでしたら今日はお店閉めましょうか?」

「いや、それは本当に申し訳ないのでいつも通り営業してください」

 

 流石にそこまで厚かましいことはできない。一応梓さんとは初対面なのだしぶっちゃけ安室透ともそんなに仲がいいわけでも無い。

 ここは安室透の言うようにポアロの休憩所で大人しくするのが一番だろう。

 

「じゃあ取り敢えず休憩室でやり過ごすと言うことで。それでいいですか?」

「そうさせていただきますっ」

 

 と言うことで安室透に案内され、俺はポアロの休憩室で取り敢えずやり過ごすこととなった。

  休憩室と店の方はしっかり扉で仕切られているので、万が一店の中に報道陣が入って来ても俺を見つけることはできない。だから彼らは俺に気をつかうことなく店の営業に集中できるのだ。

 

 

 

 丁度昼時ということもあってか、平日の割には忙しそうな雰囲気が感じられる。さっき「席が空くまでお待ちくださーい!」という安室の声が届いて来たので、少なくとも店の席は全部埋まってるくらいには混んでいるのだろう。

 梓さんに聞いたのだが、今日のシフトは安室と梓さんの二人だけらしい。大丈夫なのだろうか。人手が足りないのか人件費削減のためにわざと二人体制にしてるのか。シフト人数の相場がよくわからんからなんともいえない。まあ俺なんかに心配されたところで余計なお世話だろう。

 

 誰も見てないのをいいことに、俺はソファーの上でふんぞり返りテレビをつけニュースを流し見しつつ、右手にスマホ、左手にタバコを装備し寛ぎまくっている。

 取り敢えずスマホを使ってネットで『大学生』『探偵』というワードで検索をかけてみた。するとブワーッと俺のことに関する情報がヒットした。

 色んなニュースサイトを開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。時々画像も載っているのだが、どう見てもこれ寝てるだけだよね? みたいな画像ばっかりなのにそれに突っ込んでいる記事が一つもない。流石は眠りの小五郎が受け入れられている世界なだけはあるようだ。変なところで感心してしまった。

 

 そして一つ、興味深いタイトルの俺のことに関する事が書いてあるサイトを見つけた。

 

『大学生探偵とか言うただの目立ちたがり屋なだけの奴wwwww』

 

 

 

 ————は?

 

 

 

『探偵の真似事とか痛すぎる』

『実は誰でも解ける簡単なトリックだったんだろ』

『警察からしたら実際迷惑じゃね?』

『俺も今から探偵目指そうかなww』

『写真見る限り頭悪そう』

 

 

 

 

 殺すぞ。

 

 

 

 

 

 怒りで震える指で画面をスライドしていき、このスレを見ていく。

 

『ワイ、コイツと大学同じなんだがwwww』

『kwsk』

『授業サボりすぎて卒業出来てない大学五年生』

『留年は草』

『探偵なんかやってないでまず大学卒業しろよwww』

 

 いや余計なお世話だわ。なんだよコイツら言いたい放題書きやがって。つか自称俺と同じ大学の奴、なに勝手に個人情報ばら撒こうとしてんだよ。

 

 こわー。ネットって怖いわー。

 一応この掲示板に俺の学部やサークル、プライベートな写真などは載ってなかった。けど本名や現場での写真なんかはテレビや新聞で取り上げられてるのでネットで書かれようが書かれまいがあんまり変わらない気がする。本当に成人済みだからってプライバシーもクソもねえな。

 

 ネットを閉じ、携帯を机の上に放り投げソファーに寝っ転がる。

 

 これではなんだか本当に芸能人になった気分だ。マスコミに追いかけられ、ニュースで報道され、ネットの一部のサイトでは叩かれて。別に悪い事をしたわけでもないのにどうして逃げ回らなければならないのか。俺だって好きで探偵になったわけじゃねえんだよ。気がついたら事件解決してたんだよ。こちとらモブキャラになるのが目標だったんだよ。

 

 クソッ。なんだかイライラして来たぞ。別にコナンに対してだとか掲示板に対してだとかマスコミに対してとかではなく。この世界そのものに対してイライラして来た。イライラのスケールがでかすぎる気もするが、一般人がこの世界に放り込まれたら誰だってこの理不尽さにイライラするだろう。よくもまあここまで耐えてると思うよ俺。

 

 理由はどうあれイライラするのは体に良くないしいざという時に正常な判断ができなくなるので、取り敢えずまたタバコを口に咥える。

 

 吐き出す煙と共にイライラした感情も体から抜けていく気がする。やっぱタバコってすげーわ。俺コイツなしじゃ生きられん(末期)

 入院中とか上手い事禁煙できてたんだけどな。最近じゃ普通に一日に二、三箱消費している。いや、俺も抑えようとは思ってるんだけどね? どうも最近は吸わざるを得ない状況に陥るというかなんというか。俺は悪くない。この世界が悪い。

 

 スパスパとタバコを吸っている事数分。どうもさっきから店の方が騒がしい。ドアを少し開け隙間から覗いて見ると、そこではせわしなく働き続ける安室と梓さんの姿があった。

 

「すいませーん」

「はーい、ただいま!」

「お水くださーい」

「少々お待ちください!」

「頼んだのまだですか?」

「すぐ持って来ます!」

 

 え、めっちゃ忙しそうやん。どうも梓さんが料理を作って安室が接客を担当しているようだが全く追いついていない。いや客来すぎだろ。どう考えても二人では無理だ。

 

 なんだかこのまま休憩室でダラダラ過ごすのも申し訳ないような。俺が店に出てしまうとマスコミに見つかる可能性は高くなる。けどマスクつけとけばなんとかなる気がする。ほら、俺って見た目だけならどこにでもいそうなモブキャラっぽさあるし。厨房に立ってれば接客をするより目立たないだろ。

 何度か飲食店でバイトしてたし多分大丈夫。

 

 

 気がつけば俺はマスクをつけて休憩室から店に飛び出していた。

 

「さ、小々波さん!? どうしたんですか?」

「大変そうだったんで手伝いに来ました。俺厨房手伝うんで安室さんはそのまま接客の方お願いします」

 

 あっけに取られている安室を放置しつつ俺は厨房に入り、壁に掛けてある予備用と思われるエプロンを身につけた。

 

「どれくらい料理できます?」

 

 何かの炒め物をしながら梓さんが聞いてくる。

 

「割となんでも作れますよっ!」

 

 一人暮らしで培って来た俺の料理スキルをここで発動する時が来たようだ。引きこもってる時インスタント飯しか食ってなかったって? 材料と器材と気力さえあれば俺は基本的に料理できるんだよ。

 

「いらっしゃいませー! 少々お待ちくださいっ!」

 

 客がドンドン入ってくる。さぁ、クッキングタイムだ!

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

「いやぁまさか小々波さんがここまで料理できるとは」

「本当に助かりましたっ! ありがとうございます小々波さん!」

 

 喫茶ポアロはピークの時間を終え、今じゃすっかり店内に客の姿は見えない。見事な料理スキルでこの場を救った俺は安室さんと梓さんからすごく感謝されている。

 

「お役に立てて何よりですよ」

「案外誰にも気がつかれないものなんですねー」

「もしマスコミやお客さんに正体がバレたらどうするつもりだったんですか?」

 

 いや正体ってどっかの指名手配犯みたいな言い方すんのやめて下さいよ。

 まあ確かに隠れてなくちゃいけなかったわけなんだが、幸いマスコミ関係者や俺に気がついたっぽい客もいなかったので良しとしよう。

 流石にあの状況で休憩室でグータラしているだけと言うのは気がひけるし、ちょっと人間性を疑う。

 

「ま、結果オーライって事で」

 

 ちょっと前の俺だったら面倒ごとに巻き込まれる可能性を少しでも減らしたいとか言って絶対店には出てこなかっただろう。成長したってことかな俺も。

 別に梓さんが可愛いから、ここでできる男をアピールしようとかそういう下心があったわけではない。決して。

 

「お客さんもいませんし休憩にしましょうか」

「そうですね。じゃあちょっと店の看板closeに変えてきます」

 

 あ、この店は休憩する時店も一旦閉めるのね。

 

 しかし、ここにいる全員がもう完全に休憩モードへと気持ちを切り替えた時、タイミングの悪いことに一人の客が店に入って来た。

 

「あー。いらっしゃいませ」

 

 空気の読めない客の来店にテンション低めのいらっしゃいませをかました安室さんによってテーブルに案内される。安室さんよ露骨すぎるぞ。

 

「あ、小々波さんはもう休憩室に戻ってもらって大丈夫ですよ。あとは二人で出来ますから」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 梓さんから御礼としてパフェを頂き、休憩室に戻ろうとする。梓さんの作ったパフェ。やったね。

 

「あ、ちょっとそこの茶髪の人」

 

 すると急に、さっき来店して来た客が誰かを呼んだ。安室さんはベージュのような金色のような髪だし梓さんは黒髪。

 呼ばれたのは俺かな?

 

「あ、はい何ですか?」

 

「君———————、小々波漣斗君だよね?」

 

 

 

 

 俺はパフェを手に持ったまま急いでポアロを飛び出した!

 

 

 

 

 やばいやばいやばい! ちょっと調子に乗ったらこれだよ! 人助けしたんだからこのままうまく片付いてくれよ! なんで最後の最後でめちゃくちゃにしてくれんだよ神様はよぉ!

 

 後ろを振り向く事なくただひたすらに突っ走る。

 

 全力で走りながら片手にパフェ、片手にスマホでSNSを開くという器用な技を披露する。検索ワードは『大学生探偵』と『発見』だ。

 

『今話題の大学生探偵の佐々波漣斗君、喫茶ポアロでバイトしてるの発見した!(画像あり)』

 

 クッソッ! バリバリ映ってんじゃん俺! 盗撮されてんの全然気がつかなかった! まあ確かにやけに携帯ばっかいじってる女性いるなとか思ったけどまさか投稿してたとは思わんかった。マスクしてたしバレないと思ってたのに…………。この子俺のファンなのかな?

 

 —————じゃなくて。

 

 テンパりすぎてバイクを店に置きっぱなしで来てしまった。流石に歩きだと逃げられる範囲は限られてくるし、自慢じゃないが体力のなさには自信がある。伊達にタバコ吹かしとらんわ。財布も休憩室に置きっぱなしだからタクシーにも乗れない。

 

 この状況はかなりまずい。周りの人間がいつどこで俺のことを見てるかわからないし、気がついたら画像と位置情報がSNSに載せられているなんてことも考えておかなくてはいけない。

 

 ポアロを飛び出してから十分程走っただろうか。

 

 俺は人目の少ない路地裏に入り込んだ。取り敢えず走って走ってドンドン奥の方に入っていく。薄暗くもう完全に周りには人がいないところまで来てようやく俺は足を止めた。

 

 取り敢えず体力が回復するまでこの路地裏で休憩しよう。

 俺はその場に座り込んだ。

 

 それにしても息切れと汗がやばい。ずーっとタバコ吸ってたからか息を吸い込むと変な音が鳴るし。今まで交通手段と言ったらバイクだけだったから確実に体が退化している。

 

 こりゃ少し体鍛えた方がいいな。今の体の状態でコナンワールドを生き抜くのにはちょっと無理がある。

 ジムにでも通って体力と筋力を戻さないと。大学入ってから本当に運動しなくなったしな。今後の体の健康や護身的なものも含めて鍛えるに越したことはない。ある程度筋力がついたら空手やら柔道やら格闘技やらを習得しよう。あわよくば殺人KARATEを覚えたいところだ。いつか毛利蘭に教えてもらお。いつどこで凶器を持った犯人と取っ組み合いになるかわからんからな。ついでにタバコも控えよう。

 

 このまま路地裏にずっといるわけにもいかないので、反対側の通りに出ようと重い腰を上げる。

 

 しかしここで俺の耳元に誰かがこちらに走ってくる足音が聞こえて来た。

 

 え、もう来たの!? ちょっと待ってよ! 俺もう一歩も歩けないんだけど!?

 

 足音はドンドン近づいてくる。やばいやばいやばい。この状況だと流石に逃げ切れん。最近のマスコミは有る事無い事書きまくるっていうからあんまり良い印象持ってないし、やっぱり有名人になんてなりたくない。もうここはきっちりつきまとわないでくださいって言うべきか。うん、それしかねえな。しっかり話せば相手の人もこっちの意を汲んでくれるよな。

 

 

 俺は強く意志を固めて、後ろから走ってくる人物めがけてパフェを全力で投げつけた。

 

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

 

「一人で飛び出してどうするつもりだったんですか?」

「いやぁ面目無い」

 

 俺は今、安室さんの運転する車の助手席に乗っている。心なしか若干語尾が荒いような少し怒っているような気がする。

 やっぱパフェ投げつけられた事怒ってるのかな。

 

「よく俺のいる場所がわかりましたね」

「人探しは得意なんですよ」

 

 安室さんは呆れたようにため息混じりにそんなことを言った。俺が飛び出した後すぐに追いかけて来たのだろうか。それともプロファイリングとか言うやつで俺の行き先を調べ上げたのだろうか。もしかしたら体のどこかにGPS忍ばされてる……?

 まあ詳しくはよくわからんが、流石は毛利小五郎の弟子兼私立探偵兼黒の組織の一員兼公安のエースなだけはある。どんだけいろんな肩書き持ってるんだこの人は。

 

「それで、これからどこに行くんです?」

 

 わざわざ車で来たと言うことはかなり遠くの方に逃がしてくれるとかそう言う感じなのだろうか。

 

「家まで送り届けますよ」

「え、安室さんの家っすか?」

「……………、小々波さんの家ですよ」

 

 いや冗談だよ。そんな目で見ないでよ。こいつやっぱり俺のこと狙ってる!? みたいな顔すんなよ。

 

 それにしても————、

 

「俺の家にはマスコミが張り込みしてるんじゃないんですか?」

「その事なんですけど、小々波さんをポアロで見かけたと言うSNSが投稿されてからは、ほとんどの局が小々波さんの家から離れてポアロ周辺を探し始めたんですよ」

 

 成る程。でも一局に一人くらい残していかないか? いや、この世界ではあらゆる事件が起こりすぎてそっちの方にも人材を回さなきゃならないから、俺なんかのために裂けられる人材の数は限られてるのか。だから贅沢に自宅張り込みながら目撃地周辺を探すなんて事はやらないのかな。これはコナンワールド様様だな。

 

「まあ一つの局だけはそこに留まり続けたんですけど、たまたまそこの局のキャスターに知り合いがいたもので、その方に頼んで今回は手を引いてもらいました」

 

 水無玲奈(キール)さんですねわかります。

 

「何から何まで…………なんとお礼を言って良いのやら」

 

 知り合って間もないのにこんなに俺のために協力してくれて。安室透ってこんな良い奴(キャラ)だったっけ? ちょっとまあ怪しいというか、ここまで優しくされると何か裏があるんじゃないかと変な勘ぐりをしてしまう。安室さんにマークされてたり? いやそんな訳ないよな。自意識過剰はよくない。こんな使えん大学生をマークするほど彼は暇じゃないだろ。

 

 それにしても安室さんって長身だしイケメンだしなんでもできるしこんなに優しいし。後お金持ってそうだしイケメンだし。あらやだ惚れそう。

 

「気にしないでください。自宅に帰ったら数日は外に出ないほうがいいですよ。流石に家の中に無理やり入ってくることは無いと思うんで」

 

 どうやら神はどうしても俺を引きこもりにしたいらしい。ま、良いんだけどね。でもこの調子で大学卒業出来んのかな…………。

 

 

 マスコミに付けられていた場合の為、一応回り道をして俺の家に向かっているらしい。車窓から東都タワーがはっきり見える。やっぱでけーな。

 

 

 

 

 適当に数十分米花町を車で走り回り、そろそろ良いだろうと俺の家へ向かう道に入った時、渋滞に巻き込まれた。

 

「あれ? 何ですかねあれ」

 

 安室さんの指し示す方を見ると、そこには複数のパトカーが止まっており、警察が一回一回通過する車を止めては車内を点検している。

 

「え、検問?」

「みたいですね」

 

「何かあったんですかね」と言う安室さんの呟きに「さぁ?」と適当に返す。まあ事件なんだろう。関わりたくない。マジで。

 

 数分して俺たちの番がやって来た。制服を着た警官の方に車を一時的に停めるように指示される。指示通りに道路の脇へ車を停め少し待つように言われた。

 

「車内点検ってあの警官がやるんじゃないんですね」

「刑事がやるんじゃないですか?」

 

 え? 刑事……、だと?

 

「すいません車内の方を——————って安室さんじゃないですか!」

「あ、高木刑事。お疲れ様です」

「小々波さんも!」

 

 よし帰ろう。すぐ帰ろう。今帰ろう。

 

「あ、それじゃあ高木刑事、お仕事がんばってください。行きましょう安室さん」

「この検問は何で敷いてるんですか?」

 

 おおおおおおぉぉぉい! その質問だけはやめて! 興味を示さないで!

 誠に遺憾ながら、案の定俺たちの元へ車内点検をしにきた刑事は目暮警部御一行の一人、高木刑事だった。そしてさらに案の定安室さんはこの事件に首を突っ込もうとしている。

 

「ここだけの話、誘拐事件があったんですよ」

 

 ちょ、言うなよ。警察の探偵に対するその謎の信頼は何なの!? え、守秘義務的なのガバガバじゃね? そう言うの一応一般人である俺たちには言っちゃいけないんじゃないの? あ、もしかして探偵が一般人に分類されるのって俺のいた世界限定の話なの?

 

「それは大変ですね…………。因みにその誘拐された子の身元は?」

「ちょっと待っててください! 今資料持ってきます!」

 

 おい高木。やめろ高木。

 

「すいません小々波さん。どうもこれは見逃せない事件なので……」

 

 なのでなんだよ? えぇ? 自分も協力したいってか? ダメです。

 

「たしかに見逃せないっちゃ見逃せないですけど、ここは本業の警察の方達に任せて、我々はマスコミに追いつかれないうちにとっととズラかると行きましょうや」

「高木くん、本当に彼らがいるのか? —————おお、本当に小々波くんに安室くんじゃないか」

 

 高木刑事によって目暮警部が召喚されました。ありがとうございます完全に詰みました。

 

「ちょっと資料の方を見せてもらっても良いですか?」

 

 安室さんはそう言ってエンジンを止めキーを抜き、車から降りる。

 完全に協力する気満々だ。どうやら彼は当初の目的を忘れてしまったらしい。

 

「できれば昨日の怪事件を見事に解決したという貴方の力も拝見してみたいんですけどね」

 

 降りる際に助手席の方を振り向き、俺にそんなことを言ってきやがった。お前それは卑怯だぞ。コナンの影響が大きいってことは気がついてる筈だろ!? 直接俺が言ったわけではないけども。

 

「それに警察の沢山いるここにいれば、少なくともマスコミは入ってこれませんし、一番安全かもしれませんよ?」

 

 うるせーよ。事件に巻き込まれるくらいならまだマスコミと追いかけっこしてる方がマシだわ。

 つかなんでコナンいないのに事件に巻き込まれそうになってんの俺。おかしくね。奴らが旅行に行ってる三日間は平穏な日々を送れるんじゃないの?

 

「ここで事件解決なんてしたらまたマスコミに追いかけ回されるじゃないですか」

「今回はマスコミに嗅ぎ付けられる前に帰るんですよ。そうすれば警察の手柄と言うことでニュースになります。また新しいニュースが入れば小々波さんのニュースもだんだん人々の記憶から薄れて行きますよ」

 

 まあ確かに安室さんの言うことも一理ある。

 それに何だかんだ誘拐事件を見過ごすのも気がひける。これは俺の力で解決できるどうこうの話ではなく、安室さんがこの場にいれば事件が解決できるのに、俺のせいで安室さんをこの場に残すことができなくなり事件が迷宮入りになるなんて事になりかねないと言う事だ。

 それは俺がキツイ。間接的にとはいえ事件を迷宮入りに追い込んでしまう事になるのだ。そうなるとまたトラウマが増える。しかも事件が解決しなかったら誘拐された子はどうなる。俺が少し我慢すれば救えたかもしれない命を見捨てた事になる。

 

 俺のせいで誰かが不幸になるのは嫌だ。

 

「俺なんかに何が出来るかわかりませんけどね」

「すいません。ありがとうございます」

 

 この事件が警察だけで解決できるとは思えない。それにコナンのいない今、俺みたいな素人一般人に何が出来るのかもわからない。けど安室透がいればこの事件は解決する。それは絶対だ。

 俺が安室さんに助けを求めた時点でこうなることは決定していたのだろう。そう思って諦めるしかない。

 

 それに、今回の事件解決後に安室さんを使えばマスコミの興味を俺から別へと完全に移すことができるかもしれない。

 安室さんは事件解決の手柄を警察に譲り自分たちは目立たず早々に退散すればいいと言っていたが、それだとニュースのインパクトに欠ける。

 もし警察や冴えない大学生じゃなくてイケメン私立探偵が事件を解決したとなったら? どう考えてもソレが一番美味しい筈だ。

 

 俺を事件に巻き込んだんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————安室さん、それくらいの責任はとってもらいますよ。



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いちにちめ!③

大変お久しぶりです。


 自称唯の大学生、小々波漣斗。彼は突然僕の元へ現れた。

 

 最初に出会ったのは確か、米花中央病院ですれ違い様に名前を呼ばれた時だったか。その時の彼はまさに満身創痍と言った感じで、点滴を打たれている腕は骨張っていたし顔には生気が全く感じられないような状態で足元もおぼつかない感じだった。

 当時こちらは全く彼のことを認識していなかったのに彼は僕のことを知っていたようだった。理由を聞いてみれば、度々ポアロでバイトしている僕を見かけていたらしく、気になった彼は丁度隣に住んでいる共通の知人であるコナン君に僕のことを聞いたらしい。何故僕に興味を示していたのか尋ねてみれば、どうも彼はちょっとアッチの趣味をお持ちの方らしく、僕は自らの身の危険を感じて(決してそういう人たちに対して偏見があるというわけではない)彼から距離を置いた。

 

 そしてそこで事件が起こった。

 米花中央病院に爆弾が仕掛けられていたのだ。僕とコナン君で仕掛けられている爆弾は全て無事解除したのだが、それを知った犯人が直接病院内に乗り込んできたのだ。

 そして入院中自室から出てたまたま病院内を歩いていた彼は、逆上した犯人の人質にたまたま選ばれてしまった。

 

 全く関係のない一般人の、しかも病人の彼を人質に取った犯人へ怒りを感じながらも、余計な刺激を与えて人質の彼へ無駄な被害が及ばないようにと慎重に交渉を始めるつもりだった。

 

 しかし僕はとんでもない勘違いをしていた。小々波漣斗はただ(、、)の一般人では無かったのだ。

 

 あろうかとか彼は急に、風が強くヘリコプターのプロペラが回る音など周りが喧騒としている中、その場にいた全員に聞こえるほどのよく通る声量で犯人に対する不満を叫び出したのだ。

 

 勿論そんなことをすれば犯人の敵意(ヘイト)は彼へ向かうし、自分の命が惜しいのなら間違ってもこんなことをするべきではなかった。

 しかし彼のお陰で犯人の注意は完全にこちらから逸れたのだ。そしてそれを見計らったかのように彼はコナン君(、、、、)にアイコンタクトを送ったのだ。周りにいる刑事や毛利小五郎ではなく小学一年生であるコナン君にだ。まるでコナン君ならこの状況を打破できる、自分が隙を作ったのだからここで犯人を仕留めろと言わんばかりに。

 彼はコナン君が唯の小学生でないことをすでに見抜いていたのだろう。これに関しては以前から二人は交友があったらしいので別段疑問に思うこともない。

 

 結果、コナン君とその場でたまたま人質になった小々波漣斗の活躍で誰一人として犠牲者が出ることなくこの事件は幕を閉じた。

 

 しかし僕はこの事件をきっかけに彼に少し興味が湧いた。(決してアッチの意味ではない)

 自分が人質となり、命の危険にさらされている場面で、全く臆することなく堂々と犯人から敵意(ヘイト)を集め隙を作ることが果たしてただの一般人にできるのだろうか。

 正義感の強い者なら出来るのかも知れない。彼は正義感に駆られ自分の命の危険を顧みず犯人に喧嘩を売った一般人。確かにそれで片付ける事は出来る。

 しかし僕は思い出したのだ。病院のロビーですれ違う前、彼が焦ったように病院内で誰かを探していた事を。

 

 多分彼は知っていたのだろう。病院内に犯人が紛れ込んでいた事を。そして病人でありながら、他の一般人を助けるべく、体に鞭を打って犯人を捜していたのだろう。

 そして犯人を見つけた彼は自ら人質になったのだ。こちらが付け入る隙を作るために。

 

 流石にここまで動ける一般人は居ないだろう。彼は警察関係者か、もしくはそれに順ずる組織に属している者なのだろう。最悪犯罪組織に関わっていてこういった場面には慣れているという線もある。

 

 しかしそうなると彼がコナン君に僕のことを訪ねていたという事が引っかかる。スパイとは言え例の組織に所属している僕の情報を何処からか入手したのか、それとも公安警察としての僕に接触したかったのか……。犯罪組織に関わっている線を考えるとなるといずれ脅威になるかも知れない僕をマークしていたという可能性も捨てきれない。

 

 この事件を機に僕は彼を警戒するようになり、少し距離を置いて様子を見ることにした。

 

 

 

 すると今朝、ニュースで彼の名前を観た。それもちょっとではない。ご丁寧に顔写真までついて大々的に報道されていたのだ。

 

 なんでも、警察ですら見破れなかった自殺に見せかけた殺人トリックを見事に解決に導いたらしいのだ。まだ大学生という事もあり、例の工藤新一による学生探偵ブームのような物も後押しして彼は一夜にして世間やマスコミの間で大学生探偵として有名人となった。

 

 —————とのことらしい。

 

 やはり彼は唯の一般人ではなかったようだ。大胆な行動力に加えて頭もキレるらしい。

 ますます彼の素性が気になる。部下に調べさせるか。

 

 

 見事に事件を無事解決し、大学生探偵という肩書きを貰った彼だったが、どうも注目されるのは好まないらしく、あの量の報道陣の追跡を振り切って一人でこの喫茶ポアロに逃げ込んできたのだ。

 バイクに乗ってきたらしいが、なるほど。逃走ルートの見極めやドライビングテクニックもかなり優秀らしい。

 

 最初のうちは警戒していることを彼にもわかるようにあからさまな態度を取ってみたのだが、それでも彼には全く意味がなかったらしく、そんな態度の僕をみても彼がこちらに対して態度を変える事はなかった。

 

 彼の素性が全くの不明であり、ここまで優秀な人材が一体何処の組織に所属しているのかわからないまま接触し続けるのは危険な気がするが、どうも彼は本当に困っていたので取り敢えず話だけは聞いてみることにした。

 

 話を聞く限り、彼は事件を解決したのは自分の力ではなく一緒に居合わせたコナン君の力だと言う。確かにコナン君は優秀だし彼の発見や発想には何度も驚かされてきた。しかしそれと同様に小々波漣斗がかなり優秀である事もここ数日でわかっている。それに彼はコナン君が優秀な子であることを気がついているような素振りをしていたし、それを利用して手柄を擦りつけようとしたかったようだ。

 

 自分が優秀である事実が世間へ出回る事を嫌い、それを回避する為ならば自分の敵対する組織に所属しているかもしれない僕の元へ助けを求めに来る(————いや、利用すると言ったほうが正しいか)彼の肝の座り具合はなかなかのものだ。

 

『安室さん、俺を助けてください』

 

 こちらを真っ直ぐ見つめながらそう言った彼の目は、『お前ならこの状況をどう打破する?』と言っているようだった。

 

 面白い。ならば逆にこちらが利用してやろう。アッチ系だと偽って僕に近づいてきた本当の理由、彼の能力、真の目的全て暴いてやる。

 

 覚悟しろよ小々波漣斗!

 

 

 

 

 助手席から降りた彼はニヤリと口元を歪ませボソリと零した。

 

 

 

 

 

「責任は取ってもらいますよ、安室さん」

 

 

 

 

 

 

 ——————え?

 

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 という事で安室さんのせいで俺まで誘拐事件の捜査に協力しなくてはいけないことになってしまった。

 場所は変わらず、俺たちが検問された大通り。周りにはパトカーが数台と白バイが一台。俺の目の前では相変らず交通整理がされていて、一台ずつ車を止めては検問をしている。ここの他に五箇所ほど検問を敷いているらしいがなかなか成果は得られていないようだ。

 

 今回の事件は安室さんがチャチャっと解決してくれるかなと思って適当にボケーっとしていたら、何故か刑事さんたちが俺の周りで意見交換を始めた。

 刑事さんたち平然と事件の詳細を教えてくるし、なんなら俺にめちゃくちゃ意見を聞いてくる。勿論俺自身に謎解きをする力や推理力があるわけないので、適当な事を言えば「なるほど」や「そう言う考えもありますね……」などと言う始末。一般人に頼りすぎだし素人の俺の適当な意見をなんの疑問も持たずに取り入れるなよ……。米花町からなかなか事件が減らない理由を垣間見た気がする。

 

 というか安室さんがめちゃくちゃこっちを見てくる……。

 

 安室さんからの視線に気づかないふりをしつつ、何だかんだで刑事さんたちの意見交換に参加していたせいで今回の事件の大まかな情報が分かってしまった。

 

 誘拐されたのは帝丹小学校に通う一年生の東尾マリアという女の子。友達の家に遊びに行くと言って家を出たがそれきり行方がわからなくなったとのこと。約束の時間になっても中々家に来ない彼女を心配したその友達が東尾マリアの家に電話をかけたところ、もう何時間も前に家を出たと言う。その電話を受けた東尾マリアの母親が不審に思い警察に連絡。それを受けた警察が聞き込みや防犯カメラを調べたところ、黒のワンボックスカーに無理やり連れ込まれている東尾マリアが防犯カメラに映っていたため、誘拐事件として捜査を始めたらしい。

 

 ……なるほど、東尾マリアとな?

 ツインテールに眼鏡をかけた関西弁が特徴の大人しめの少女とな? 帝丹小学校1年B組とな?

 

 はいアウト。原作キャラです。どうもありがとうございました。

 

 刑事さん達の話を聞いている途中で察してはいたけど、この子原作の漫画やアニメに何回か出たことある子じゃないか。確か大阪かどっかの関西圏から転校して来たせいで関西弁が抜けずクラスに馴染めてなかったらしいけど、家に遊びに行くような友達が出来てることを考えると、原作の五十何巻あたりの怪人二十面相の話は終わってるって事?

 

 てかなんで誘拐されてんのよ。この子が誘拐される話なんて無かっただろ。それともあれか。もう俺の原作知識の範囲外のストーリーが進んでるのか?

 確かに今まで俺が巻き込まれてきた事件も原作では無い話だったけど、今回みたいにほぼモブキャラとはいえ原作のキャラクターが被害者になってしまうケースは無かった筈だ。

 原作に無い話で原作のキャラクターが危険な状態になる可能性があるって事なのか……?

 

「どうなってんだよ、全く」

 

 なんだかよくわからなくなってきたので、とりあえずタバコを咥えて火をつける。肺いっぱいに吸い込んで深々と煙を吐くと、頭も心もスッキリしたような気がする。やっぱタバコは体に良いね。

 スパスパしている俺を見て佐藤刑事が嫌そうに顔を歪めていたので俺は一旦刑事陣から距離を取ることにした。やっぱタバコは体に悪いからね。

 

「どうもすみませんね、昨日の今日で捜査に協力してもらって」

 

 一人タバコを吸っている俺の元に目暮警部がやってくる。

 もう安室さんは良いんですか? できればもう少し安室さんと喋ってて欲しいんですけどね。ほら警部が会話切り上げてこっち来ちゃったから安室さんめっちゃ俺のこと見てくるじゃん。目合っちゃったよ。気まず。取り敢えずウィンクでもしとこうかな。あ、おい露骨に目を逸らすなよ!

 

「少し小々波さんにお聞きしたいことがありまして。ちょっとよろしいですかな?」

「? まぁはい。全然良いっすよ」

 

 急に改まって何だろうか。捜査の助言とか頼まれても困るんですけど。今回はマジで何の役にも立たなそうなんで。原作の話にあれば犯人も動機も全部わかるんですけどね。いやまあ仮にそうだとしても教えたりはしないんですけど! 目立っちゃうから!

 

 俺は取り敢えず、断腸の思いで半分は残る吸いかけのタバコの火を消し、携帯灰皿に捨てる。目暮警部はスーツの懐を弄り、———タバコでも出すのか? 俺が途中で火を消したのに? ————メモとペンを取り出した。

 

「誘拐された被害者の子とはどこかで会ったことがお有りで?」

「いや別に会ったことは無いですけど?」

 

 まあ容姿も出身も性格も喋り方も声も知ってるけどな。何故なら原作知識があるからです。こんな事目暮警部には口が裂けても言えないけど。

 

「なるほど……会ったことは無いと。確か小々波さんはコナンくんとも仲良くしていますよね?」

「仲良いかはわからないですけど、まあ顔馴染み程度じゃないですかね?」

 

 不本意だけどな! てかなんで急にコナンの話? せっかく死神が居ないんだからわざわざ話に出さなくても良いでしょうに。どこからともなく本人現れちゃいますよ、話題に出すと。

 

「……。他に帝丹小学校の生徒で知ってる子はいます?」

 

 え? 何なの急に? それこの事件に関係あるの? 

 ……まあ知ってる子は結構いるけど、それは原作知識あっての事だからなぁ。ここは知らないって言っておいた方が無難な気がするな。一方的に俺が知ってるってだけだし。

 

「……いやぁー居ないと、思いますけどねぇ」

「なるほど、他にもいると」

「ん? ちょっと? 話聞いてました警部さん?」

 

 警部はさっきから意味のわからない質問をしながら、俺がその質問に答える度に神妙な面持ちでメモに何かを記していく。

 え? 何? マジでなんなの? この会話のメモる要素どこ? 事件に全く関係なくない?

 てか警部さんのその目は何なんです? 何でそんなジト目で俺を見るんですか? 中年のジト目とかどこにも需要無いんでやめた方がいいですよ!

 もしかして俺が嘘ついてるのバレた? 確かに少年探偵団や同じクラスのB組メンバーは話に出てくるから知ってるけどそれ言ったところで何て説明すればいいの? こっちが一方的に知ってるだけだし。こっちは知ってるけどあの子らはこっちのこと知らないなんて説明したらいよいよヤバい人認定されるだろ。

 

「小々波さん……「目暮警部!」……高木君?」

 

 しかし俺と警部の全く生産性の無いやりとりは、焦った様子の高木刑事がやって来たことにより幕を閉じた。

 

「警部! 例の犯人のものだと思われる車が検問に引っかかりました!」

「なにぃ? すぐに行く!」

 

 どうやら例の犯人が検問に引っかかったらしい。高木刑事からの報告を聞いた目暮警部が形相を変えて現場に向かって行く。

 

「小々波さん、取り敢えずこの話は事件が片付いたらということで」

 

 訂正、幕は閉じてなかった。

 

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 高木刑事に案内されて検問の現場に来てみれば、そこには話に聞いていた通りの黒のワンボックスカーが。ナンバーも一致してるし、運転手も……うん、見るからに怪しいな。

 

 マスク、サングラス、ニット帽装備の全身黒コーデ。さらに手袋までつけている。

 

 —————まさか、黒の組織!?

 

 ってそんなわけあるか。アホか。見るからに挙動不審だし。検問って結構手前で気付くのに怪しい格好したまんま来るし。ナンバープレートも偽造してないし。防犯カメラに映ってたし。

 どう見ても素人の犯行なんだよなあ。あの極悪犯罪組織にこんなのいてたまるか。

 

 全身黒尽くめの男————これだと変に誤解しそうなので言い方を変えよう、もう犯人で良いか————は佐藤刑事に車内を確認させて欲しいと迫られているが一向にそれを受け付けない。プライバシーの侵害だなどと喚いているが、それで突破できると思っているのだろうか。

 車から降りることすら拒否しているが、警察側が強行して拘束するのも時間の問題か。

 

 犯人はアホなのだろう。検問敷いただけであっさりと逮捕できてしまいそうだ。これなら安室さん居なくてもよかったじゃん。やっぱ帰ればよかった。

 安室さんの方を見てみれば、キリッとした表情で犯人の車を観察している。次に運転手本人に視線を移し、数秒観察した後に目黒警部に耳打ちをしている。

 このほぼ勝利が確定している様な状況でも一切気を抜かずに仕事を全うしようとする姿は流石プロだと言えよう。俺なんかもう気緩みまくってるからな。気持ちが既に事件から帰宅のことにシフトしている。

 

 でも安室さんは何をそんなに気にしてるわけ? ずっと怪訝そうな顔してるし。いやまあ被害者の安否はまだ確認できてないけども。多分無事でしょ。だってコナンって基本ハッピーエンドだし。 正義が勝ち、悪は滅びるのだ。

 

 確かに外から見た限りでは東尾マリアちゃんの姿は確認できていない。大方トランクに乗せられているんだろう。車内がやけに静かな気もするが、きっと眠らされているか、ロープかなんかで拘束されていて口もガムテープでふさがれて声が出せない状態なのだろう。

 流石に殺されては……ない、よね? トランク開けたら死体が入ってましたなんて事にはならないよな?

 ねぇ、安室さん……? 何でそんな怖い顔してんの? ねぇおい嘘だろ?

 安室さんは表情をこわばらせたまま、また目暮警部に耳打ちをした。ウンウン頷いていた目暮警部が今度は安室さんに耳打ちをした。なんだか二人でコソコソしている。

 それ気になるなぁ! 何で普通の声量で話してくれないかな! 目暮警部もどんどん表情険しくなってるし! そして時々二人してチラチラ俺の方を見てくるのは何なん?

 あ、安室さんがこっち来た。

 

「小々波さん」

「はい?」

「もうご存じかと思いますが、奴が犯人です。外から見てもわかる様に攫われた女の子も無事でしょう。トランクで眠らされているんだと思います」

「あ、そう……っスよね!」

 

 良かった。女の子無事らしい。てか外から見ただけで解るものなの? さっき犯人の事めちゃくちゃ観察してたけどあれってプロファイリングしてたのかな。犯人の言動を見て、攫った女の子に危害を加える様なタイプではないと判断したんだろうか。流石はZERO所属の公安刑事。

 

「そこで、今から犯人を拘束して女の子を救出するんですが……その、」

「?」

 

 なんだろう。安室さんの歯切れが悪い。

 

「小々波さんには、なるべく離れた場所にいて欲しいんです。端的に言えば救出や犯人拘束に参加しないで欲しいなと……」

「え……?」

 

 いやしねーよ!? なんで俺が進んで参加すると思ってんの? 俺ただの一般人だからね? 参加しそうな雰囲気出てたかな俺。心外だなあ。さっきコソコソ話してたのってコレのこと? んな無駄な時間使ってないでとっとと犯人捕まえなさいよ! それと安室さんは当たり前のように参加するのね。あなた一応ここでは私立探偵だから、ただの一般人扱いなんじゃないの? まあ安室さんがいれば100%犯人拘束できるから、刑事さん達が認めたんなら全然それで良いんだけどね。この世界の警察に意地とかプライドってものは無いのかな。

 

「参加すると危ないですから(少女が)」

「まぁ、そりゃ危ないですからね(俺が)」

「?」

「?」

 

 なんか話が噛み合ってなくないか? そりゃ元々参加する気は無かったけど、なんだこの違和感は。わざわざ念を押してまで俺の事を遠ざけようとする理由があるのか? さっきの安室さんの険しい表情と言い、何か引っかかるんだよな……。ちょっと探ってみるか。

 

「いや、やっぱり俺も参加しようかなーなんて……」

「ダメです! 絶対に参加しないでください! 貴方はまだ間に合う!」

 

 メチャクチャ拒否られてしまった。え、何? 俺ならまだ間に合うって。この拒否の仕方、俺に何か見られたら困るもんでもあんの?

 

 ……待てよ。とてつもない最悪の可能性が脳裏によぎる。

 

 俺が死体に耐性が無いのは警部も安室さんも知っている筈。そして急に俺を現場から遠ざけようとする安室さん。参加すると危ないから、貴方はまだ間に合うという発言。

 

 —————まさか、そんなまさか。少女はもう……!!

 

 あの安室さんの、見ての通り少女は無事だと言う発言は嘘だったのか? 俺を安心させるための? いや、でも……。

 

 ダメだ。やっぱり自分の目で確認してみないと。この様子だと安室さん、俺に少女の安否を確認させる気無いぞ。

 

「安室さん、やっぱ俺も—————、」

 

 突然、耳をつんざく様な音があたりに鳴り響いた。その後「待てぇ!」と言う叫び声が耳に入る。さっきの音が、車が急発進した際に起きた音だと理解した時には、既に犯人の車はスピードに乗って逃走を開始していた。

 

「クソ、逃げられる! 追え! 追うんだ!」

 

 急発進の衝撃で倒れていた佐藤刑事がすぐに立ち上がり、高木刑事とともにパトカーに乗り込む。サイレンを鳴らし逃走車を追跡し始めた。

 

 けど多分そのパトカーじゃ追いつかないぞ!? 現に逃走車がどんどん離れていっている。

 安室さんが自分の車で追いかけようとしてるが、あの人がカーチェイス参加して大丈夫か? 余計な被害出ない?

 

 ———どうする、俺。多分最終的には安室さんが警察が犯人を捕まえるのだろう。でも安室さんや警察が犯人を捕まえても俺が少女の安否を確認できるとは思えない。それにカーチェイスを始めたら余計な被害も出かねないし、もし少女が生きていたとして、彼女が余計な怪我を負うことになるかもしれない。

 けど俺なら、俺なら被害を出さずにあの車に追いつくことができる。その術を俺は持っている。

 でもこれ以上目立つのは……ッ。

 

 チラリと白バイを見る。鍵はついてる。

 俺が一番に逃走車に追いつけば、刑事や安室さんに邪魔されることなく少女の安否を確認することができる。この機会を逃して少女が生きてたか死んでたか分からないままこの先悶々と過ごすのか? それに犯人確保の指示を出すのに時間が掛かったのは、目暮警部と安室さんが俺に気を使ってくれていたからでは? だとしたら犯人が逃走したのは間接的に俺のせいだ。

 

 

 

 イレギュラーな存在のせいでイレギュラーが起きたのなら、その責任は誰が取る?

 

 

 

 

 ———————俺が取るしかねぇだろうがッ!

 

 

 

 ゴチャゴチャと考えるのは後だ。

 白バイに跨りエンジンをかける。白バイは運転したことないが、見た感じベースはCB1300SFだから多分大丈夫だ。そのバイクならなら何度か乗ったことがある。

 アクセルを捻ってエンジンを唸らせる。よし、いける。

 

「ちょっと!? 何やってるんですか!?」

 

 白バイ隊員が気付いて止めようとしてくるがもう遅い。

 唖然とする目暮警部や物凄い顔でこっちを見てくる安室さんを尻目に、俺は白バイを発車させた。

 

 流石に白バイに起用されることだけあって速い。もう既に高木刑事の運転するパトカーを追い越してしまった。

 

「さ、小々波さん!?」

「うっそぉ!?」

 

 ヘルメットをしてなかった事を後悔するが、死ぬ事はないから多分大丈夫。この世界(ストーリー)は都合の良い様に出来ている……筈だ。だから途中でコケて大事故になる事なんて無いと思う。多分、きっと、恐らく。

 

 若干不安になりながらもスピードを落とす事なく、完璧なシフトチェンジでドンドンと加速させていく。体勢を低く保ち空気抵抗を極限まで減らす。奇跡的にスピードリミッターが無いタイプだった。時速はそろそろ200キロを越えようとしている。

 

 勿論サイレンの鳴らし方なんてわかるわけがない。

 

 ノーヘル私服の男が白バイに跨り、サイレンも鳴らさず、爆速で車と車の間をすり抜け、赤信号を突っ切って、時には逆走するその姿は、側から見れば暴走運転以外の何物でもなかった。あたり一面クラクションの大合唱である。

 

 アレ? 俺これもしかして後で普通に捕まるのでは?

 

 チラリとミラーを見ると、俺のすぐ後ろを安室さんが同じように暴走運転して追いかけて来ているので、俺がもし捕まる様なことがあれば安室さんも道連れにしよう。

 

 そんなこんなで気づけば逃走車は目と鼻の先だ。そのまま横に並び運転席を見れば犯人と目が合う。その表情は焦りと驚愕で染められていた。

 俺はそのまま逃走車を追い抜く。俺が今からやろうとしてる事は相当危険だしかなりの賭けだ。この世界のルールが俺の想像通りであればこの作戦は成功する。もし外れていればきっと大惨事になるだろう。俺はおろか、犯人も誘拐された少女も死ぬかもしれない。無責任かもしれない、頭がおかしいと言われるかもしれない。けど俺が今取れる最善の選択肢はこれしか無いんだ。

 

 逃走車の走行ルートの直線上数百メートル前でバイクを急停車させる。道は一本しかないしあの車幅では避ける事は不可能だ。

 俺は自分の体を壁にしてあの車を止める。

 

 何度も言うがこれは俺が死なない前提で組んだ作戦だ。この世界で俺がただのモブキャラでなく物語の主要キャラの一人として存在していると諦め(信じ)切って行動している。

 

 しかし、猛スピードで近づいてくる車を目の前に、段々と不安になってくる。

 これで死んだら相当アホだな。美奈は悲しむよな。いや、怒るのかな。やり残した事いっぱいあるんだけどな。でも死んだら父さんと母さんに会えるかな。などと考えてしまう。

 

 いや、いかんいかん悲観的になるな! きっと大丈夫! あの車はきっと手前で止まる!

 このストーリー上に俺と言う存在が組み込まれているので有れば俺は、

 

 —————死なないッ!

 

 

 鳴り響く急ブレーキの音。たまらず目を瞑る。車が止まりきれずにこっちに向かって来ているのが気配でわかる。死の恐怖に今更激しく後悔する。今から避ければ間に合うか? しかし足がすくんで動かない。あぁ、もうダメだ。

 

 

 

 

 ……。

 ……………。

 

 

 しかしいつまで経っても身体に衝撃が来ない。死ぬってこんなに一瞬なのか? 痛みとか感じない物なのだろうか? そんな馬鹿みたいな考えが頭に浮かぶ。

 

 まさかとは思い、恐る恐る目を開けてみると、目の前にはコンマ数センチ、文字通り目と鼻の先に黒のワンボックスカーが止まっており、横では追いついた安室さんによってボコボコにされている犯人の姿があった。

 

 あの子は? 誘拐された少女は!?

 自分の身の心配よりも先に少女の事が頭に浮かぶ。俺の足は勝手に動いていた。

 死体があるかもしれない、そんな可能性がある事はすっかり頭から抜け落ちていた俺は、トランクを開け中を確認する。

 

 そこには、今まで自分の身に起きていた事なんて全く知らないといった様子で寝息を立て、ぐっすりと眠る東尾マリアの姿が。

 その小さな身体を抱き抱えれば、当たり前のように暖かく、俺に生を実感させてくれた。

 

「ハ、ハハ……良かった……生きてた……ッ!!」

 

 俺のこの言葉が己に向けられたモノなのか少女に向けられたモノなのか、自分でもよく分からなかった。

 

 ただこれだけはわかる。こんな俺でも誰かを救う事ができるんだと。ぐだぐだと理屈を並べて行動しないより、なりふり構わず諦めないで立ち向かえばこんな素晴らしい結末もあり得るんだと。

 そう思うと柄にもなく目頭が熱くなった。

 少女の髪を撫でる。俺はさぞ慈愛に満ちた笑みを浮かべている事だろう。

 

 

「確保ぉぉぉぉっ!」

 

 やっと追いついた刑事陣が目暮警部の一声で、安室さんにボコボコにされた犯人を数人係で取り押さえていた。

 

 もう何もかもが最高だった。俺の活躍で全てが上手くいったのだ。もうマスコミに取り上げられても良いのでは? そんな考えまで浮かぶ。素晴らしい実績を残した者を世間が知る権利はあるわけだし。

 あ、まずは安室さんにお礼を言わなくちゃな。俺をこの事件の捜査に関わらせてくれてありがとうってね。貴方のその選択で尊い命を助ける事ができましたよって伝えなきゃな。

 

 俺は盛大な達成感に包まれながらそんな光景を見ていると、複数の刑事さんがこっちにも向かって来た。

 

「フッ……。この子のこと、よろしくお願いします。あんまり煩くすると起きちゃいますから」

 

 超絶爽やかなスマイルを浮かべウィンクをしながら佐藤刑事にマリアちゃんを託す。

 

 すると次の瞬間、

 

 

 

 

 

「か、確保ぉぉぉぉっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は確保された。



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ふつかめ!①

【前回のあらすじ】
盗んだバイク(白バイ)で走り出したら逮捕された。


 

 カーテンの隙間からは朝の光が洩れ、外からは一日が始まったと感じさせる音が聞こえる。小学生達の元気な話し声やパトカーのサイレン、上司に電話で平謝りする会社員の声やパトカーのサイレン、立ち話でもしているのか近所に住む主婦達の笑い声やパトカーのサイレン、朝刊を投函する音にパトカーのサイレン、さらにはパトカーのサイレンが聞こえる。

 

 俺はマグカップになみなみと入ったインスタントコーヒーを片手に、最近の日課になりつつあるニュースチェックを始める。テレビにはニュースを流し、卓上のノートPCではニュースサイトを開く。カフェインで眠気を飛ばしつつ、朝から元気な声で原稿を読み上げる美人アナウンサーの声を聞き流しながら、マウスのホイールを人差し指でなぞる。

 

『誘拐犯逮捕。警察とカーチェイスか【動画有り】』

 

 目当ての見出しにカーソルを合わせてクリックするとPCの画面全体に記事が表示される。

 

『昨日、都内の小学校に通う女子児童を誘拐した無職の男(34)が逮捕された。男は女児を車に無理矢理連れ込み、睡眠薬で眠らせた後そのまま車で逃走。通報を受けた警察が検問を敷き、一時は犯人の車を捉えたが、犯人に一瞬の隙を突かれ逃走される。その後数分にわたる警察とのカーチェイスが行われたが、白バイに追いつかれた犯人はそのまま逮捕された。【動画】

激しいカーチェイスの中、女児は車にいたが怪我は無く特にこれと言った被害は見受けられていない。』

 

 記事内に添付されている動画をクリックすると、画質の荒い縦長サイズの15秒の動画が再生された。百二十キロ程で走る黒いワンボックスカーを追いかけるサイレンを鳴らしたパトカーを追い抜くノーヘル私服姿の男の乗った白バイが映っている。

 動画はやけに不自然なところで切られており、元の動画を無理やり15秒に切り抜いたかのような印象を受けた。これ多分白バイの後ろを走ってる白のRX-7が映らないようにするために編集したな。

 やってくれたなオイ。ふざけやがって。自身がアナウンサーでもあり、報道関係者と強い繋がりのある水無玲奈(キール)に手伝ってもらったのかわからんが、ものの見事に安室透の部分だけ全カット。おかげでノーヘル白バイ隊員だけが世間の注目を集めてしまっている。

 

 記事の下の方にはユーザーのコメントが書かれている。『三万件』と表示されているがこれはこの記事に寄せられたコメントの数である。多い。多すぎる。この事件がいかに注目されているかという事がわかる。

 

『白バイに乗ってる奴警察なの?』

『俺この時あそこ運転してたけど白バイサイレン鳴らして無いから全然気づかなくて引きそうになった』

『警察がノーヘルってw』

『いくら犯人追いかけてるからっていっても危なすぎる』

『せめてサイレン鳴らせよ。ノーヘルもどうなん? てかなんで私服?』

『おいコイツも逮捕しろよwww』

 

 

 犯人や事件について触れているコメントはごく少数で、大半が動画に出ている謎の白バイ隊員についてだった。

 

 テレビで流しているニュースでも、美人アナウンサーこと水無玲奈を映していた画面から切り替わり、同じように縦長で画質の荒い15秒の動画が流されていた。

 

 件の白バイ隊員はマグカップ内の液体を一気に飲み干し、タバコを咥え火をつけた。煙を肺一杯に吸い込み、長いため息と共に吐き出していく。

 

 またやってしまった。大学生探偵の次は謎の白バイ隊員か。二日連続ニュースデビューである。あっという間に有名人になってしまった。最高だ。ちっとも嬉しくない。何が『眠り姫を助ける白バイに跨った王子様』だ。好き勝手書きやがって。ぶっ飛ばすぞ。

 

 テレビを見る。例の動画は終わり、また画面には水無玲奈が映っていた。動画について一言ほどコメントを述べた後、すぐに別の事件の記事に移り変わった。

 米花町で起こった殺人事件について話す水無玲奈を画面越しにぼーっと眺めながら、俺は昨日起こったことについて思考を巡らしていた。

 

 白バイをパクって犯人の車を足止めして逮捕&無事被害者救出にまで持っていく事が出来たのは良い。趣味のツーリング、サーキット通いがこんなとこで役に立つとは思わなかった。カーチェイスが野次馬に撮られていてニュースに取り上げられたのは全然良くないが、今はそれは置いておくとしよう。問題はそこからだった。

 

 警察は事件解決の救世主とも言える俺の事を逮捕しやがったのだ。普通に手錠かけられてパトカーに押し込まれて警察署まで連行された。パトカーに乗るなんて小学校の職場体験の時以来だった。ちょっと懐かしい感じがした。じゃねーよ。

 なんで俺が逮捕されなきゃいけねーんだよ! 確かに白バイパクって道交法ガン無視して暴走運転したけど、それは犯人を捕まえるためにした事であって、今回は見逃してくれても良くない? それになんで同じようなことした安室透はノータッチなんだよ! え? 安室透は白バイ盗んでない? 確かに。

 と、パトカー内でいろいろ考えていたが、その時の俺はどうやら少し勘違いをしていたらしい。

 端的にいうと別に逮捕でもなんでも無かった。留置所にも入れられてないし勿論前科もつかない。警察署に着いたら普通に手錠外されて佐藤刑事に怒られただけだった。

 なんでも、一応逮捕の形だけでも取る必要があったらしい。もしあのまま俺を帰していたらマスコミどもに捕まって晒し上げられ、有る事無い事書かれて大変なことになっていたかもしれないとのこと。確かにニュースでは謎の白バイ隊員で完結してる。私服ノーヘルノーサイレンという怪しさ満点だが警察関係者ということで処理してもらっている。動画でも画質が悪かったりブレてたりで上手いこと顔はわからず、俺だと特定されていない。よって俺の個人情報が漏れたり晒されたりしていることも無い。

 逮捕というより保護してもらったという方が正しいだろう。

 

 佐藤刑事には無茶をするなと怒られた後、犯人逮捕に協力してくれてありがとうとめちゃくちゃ感謝されたし、形だけとはいえ手荒な真似をしてすまなかったとも謝られた。白鳥刑事には尊敬の目で見られたし、高木刑事からはめっちゃ称賛された。

 まあでもこれは俺が悪いな。あの時は切羽詰まってたからあんな行動を取ってしまったけど、後々考えてみれば俺がバイクで追いかけなくても安室透に全部任せれば解決してたし。誘拐された少女の安否をどうしても確認したいという自分勝手な考えで色んな人に迷惑をかけてしまった。結局少女は無事だったから、死体を見て気を失うなんてことにもならなかったし。

 

 —————アレ? じゃあなんであの時安室さんは俺を少女に近づけさせないようにしたんだ?

 

 解放された後、目暮警部から変なこと言われたし。何? 君ならまだ間に合うぞって。君のそばには素敵な女性がいるんだから子供だけは辞めなさいって。私も君を逮捕なんてしたくないって。何を言ってるんですか警部は。

 

 閑話休題。

 

 誘拐された少女の事なども考え、この事件には情報規制が掛けられた。少女の名前は勿論、年齢や小学校名、学年も伏せられ、俺の情報も公開されることは無かった。安室透に関しては、メディアの悪質な編集により事件解決に関わった事すら報道されていない。

 動画は撮られてしまったが、先も言った通り、個人を特定できるものでもないし、規制をかけたところで一般人やネットでは簡単に出回ってしまうため放置。警察からの公式発表で、件の白バイ隊員は警察関係者という事にしてもらった。

 

 しかし逆に今回のこの事件のお陰で助かった事がある。マスコミや世間の興味が大学生探偵から謎の白バイ隊員に移ったのである。

 

 ……まあどっちも俺なんだが。

 

 昨日まではあんなに大学生探偵で盛り上がっていた世間も今では謎の白バイ隊員の話で持ちきりだ。大学生探偵なんてたった一日しか経ってないのに、はるか昔の存在扱いだ。米花町は事件が多すぎるせいで、似たようなニュースが次々と出るから、一つの記事なんてすぐに人々の記憶からは薄れていくのだろう。米花町サマサマすぎる。この世界で有名になるの相当難しいのでは? 今だに世間から忘れられてない眠りの小五郎ってやっぱすげーわ。主に事件遭遇率が。

 

 そんなこんなで、昔の人扱いになってしまって世間からの関心が一切無くなってしまった大学生探偵の俺は、元通りただの一般人に戻った。家に報道陣が押し掛けてくることは無いし、道を歩けば盗撮されることも無いし、個人情報をばら撒かれることもない。

 安室透に事件を解決させて世間の注目の的を彼に押し付けようとしていた当初の目的とはかなり違った物になってしまったが、結果オーライである。警察署で再会した安室透からの視線は相変わらずキツかったが。

 そう言えばあの後警察署内で誘拐から保護された東尾マリアちゃんに会い、ありがとうと言われ抱き付かれた。彼女との微笑ましいやり取りの間、何故か安室透と目暮警部からガン見されていたが。

 

 さて、タバコも吸い終わり目当ての記事もチェックし終えたのでそろそろ外出の準備をしなくては。

 今日は両親の命日なので墓参りに行くつもりだ。ここ最近事件に巻き込まれるせいで俺のスケジュールはめちゃくちゃだった。だから、ちゃんと命日に墓参りが行けるとは思ってなかったので、今日は何も起こらなくてラッキーだった。

 

 コナンも居ないしマスコミも押しかけて来なくなったのでやっと気軽に外出する事ができる。久しぶりに訪れた平穏な日常、最高だ。

 

 テレビとパソコンの電源を切り、外出用の服に着替え、ヘルメットとバイクのキーを取ろうとし……。

 

 

「やべ、ポアロにバイク置きっぱだ」

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 自分のデスクに座り、部下に入れて貰ったコーヒーを飲み、カフェインで朝の眠気を飛ばす。程よい苦味と微かな酸味を感じたところで、目の前の書類に意識を向けた。昨日の事件の報告書であり、上に提出するための最終チェックをするところだ。

 

 ———————うむ、特に問題はないな。

 

 しっかり目を通し、記入漏れやミス等がないことを確認し、警部と書かれた欄に「目暮」の印鑑を押す。

 

 これで昨日の事件についてはあらかた片付いただろう。

 

「……ふぅ」

 

 自然とため息が漏れる。勿論理由は昨日の出来事、目の前の報告書にある事件の事であり、その中心人物に対してだった。

 

 ——————小々波漣斗くん、か。

 

 脳裏に浮かぶのはあの青年の姿。線が細く色白で目の下の隈が目立つやけに不健康そうな見た目の男の事だ。

 最近事件現場で良く遭遇するが、実に不思議な男だ。初めて出会った時は殺人事件の第一発見者としてだった。最初の印象はごく普通の男。多少挙動不審な所はあるが、刑事というフィルターを外して関わってみれば、物腰の柔らかい今時の好青年だった。しかし普通、悪い言い方をすれば凡人。そんな印象だった。少なくとも安室さんや沖谷昴さんのような曲者達が纏うあの独特なオーラや鋭い雰囲気は感じられなかったし、事件や荒事に慣れているようにも見えなかった。なんならそう言った事を避けているような印象を感じたほどだ。

 

 しかし米花中央病院では敢えて人質となり、命の危険をものともせず犯人の隙を作って逮捕に協力。スーパーでは我々警察でも気が付かなかったトリックを見破り事件解決。挙げ句の果てには昨日、本来の白バイ隊員ですら絶賛するほどの運転技術で白バイを操り犯人の逃走を阻止する始末。ここ数日で三件も事件解決に協力してくれている。

 まさかここまで優秀な人間だとは思ってもみなかった。

 

 正直、自分の人を見る目やそういった勘には自信があった方なのだが……。彼に会ってからはその自信も無くなってきている。

 

 そんな彼だが、最近妙な一面を見せる時があるのだ。

 

 昨日の事件の被害者である東尾マリアちゃん。彼女は帝丹小学校に通う一年生なのだが、勿論小々波君とは事件当時まで面識は無い。これは彼女本人にも確認している。しかし小々波君は、誘拐されたのが東尾マリアであると知った時、激しく動揺したのだ。あれは東尾マリアという少女を元から知っているといった反応だった。

 さらに「コナンくんの他に帝丹小学校に知っている子はいるか」と言うこちらの質問に対し、彼は明らかに動揺しながら「知らない」と答えた。あの反応はどう考えても嘘をついている者の反応だった。帝丹小に顔と名前を知っている子が他にもいるだろうことは明らかだった。

 なぜ彼はそれを隠そうとするのか。別に知っているなら知っていると正直に言えば良いだけのこと。コナンくんと関わっているのだから他の少年探偵団の子達と関わりがあっても何も不自然ではない。

 しかし彼は隠した。自分が知っているという事を他の人に知られたくなかったのだ。

 理由として考えられるのは、自分は一方的に知っているが、相手は自分のことを知らないから。なぜ一方的に知っているのか。それは帝丹小を時折覗いているからではないだろうか。

 だから一方的にしか知らなくて、その事を警察の私に知られたくなかったために嘘をついた。

 

 あまり信じたくはないが、そういうことなのだろう。だから東尾マリアを救出することに異常な執着心を見せ、無茶な方法を取ったと思えば昨日の彼の行動にも合点がいく。

 

 流石に知り合いから犯罪者を出すわけにはいかないので、昨日署で彼を説得したがどこまで響いていたかはわからない。すぐ隣に目を向ければ素晴らしい女性がいるだろうと何度も言ったのだが……あの反応はあまり伝わっていなかったんだろうなぁ。

 

 江口さん、どうか小々波くんを正しい道に戻してあげてくれ!

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 

 バイクを取りに歩いてポアロに行くと、ちょうど梓さんがいたので少々話し込んでしまった。俺のバイクを見た梓さんが「カッコいいバイクですね!」なんて言うもんだから、嬉しくなってしまった俺はそれはもう水を得た魚のようにペチャクチャとこのバイクについて語ってしまったのである。

 

 専門用語とか使っちゃって早口で語り尽くしたわけなんだが、梓さんは絶対わかんないはずなのに笑顔で最後まで俺の話を聞いてくれていた。なんて優しいんだろう。そして俺はなんて恥ずかしい事をしてしまったんだろう。

 

「キモいとか思われてたらどうしよう……」

 

 いや、梓さんはそんなこと思わない。何故なら優しい天使だから。うん、きっと、大丈夫。

 しかし俺のこのおしゃべり癖は治した方が良い気がする。テンションが上がるといらんことベラベラ喋ったり、うっかり思ったことそのまま口から出しちゃったり。後者に関してはそのせいで二回も事件に巻き込まれている。良くない。これは実に良くない。

 

 よし、これからは口数少ないクールキャラでいくか。

 

 これからの自分の立ち位置について真剣に考えている内に、気がつけば目的地付近まで来ていた。取り敢えず思考を一時中断し、目的地———月参寺の近くの駐車場にバイクを停める。

 

 この寺に来るのも一年振りか。両親が亡くなった年は毎月欠かさず来ていたが、だんだんその頻度も減り、留年とか色々あって顔向けできないとか思いっていたら、気がつけば命日にしか墓参りに来なくなっていた。

 家から近いんだし、もう少し墓参りの頻度上げよようかな。

 

 小々波家の墓に向かう道中、一年ぶりにお坊さんに会い「お久しぶりです」と声をかけたら、「お、小々波さんとこの。いつもありがとうね」と言われた。はて、誰かと勘違いしているのだろうか。俺の他に親族なんて居ないから墓参りする奴なんて俺くらいだろうし、他と間違えるなんて事は無いと思うけど。それとも墓参りのサイクルは一年おきが「いつも」なのだろうか。

 

 —————アレ? 誰かがうちの墓で参拝してる?

 

 見間違いかとも思ったが、しっかり「小々波家之墓」と書かれた墓石の前で手を合わせている。黒髪の女性で、年齢は30歳くらいだろうか。わざわざ喪服で来てくれたのか、上下共に真っ黒だ。

 俺は今まで俺以外の人間が両親の墓参りをしているところを見たことも聞いたこともなかった。まあ、美奈ともう一人の幼馴染は俺と一緒に何回か墓参りに来てくれたことがあったが、それくらいだ。それこそ両親の友人だとか同僚だとかが墓参りに来ているのを俺は見たことがなかった。

 

「あら、あなたもしかして漣斗君?」

 

 参拝の終わった女性が振り返り、俺のことを見てどこか懐かしそうな表情を浮かべる。

 いや、この人どっかで見たことあるような……。

 

「はい、小々波漣斗です。あの、うちの両親のお知り合いの方で……?」

「ええそうよ。昔、貴方のご両親に少しお世話になってね。お線香あげさせてもらったわ」

「あ、そうだったんですか。ありがとうございます」

「それにしても大きくなったわねぇ。昔あなたにも会ったことあるのよ、私」

「すいません、あまり覚えてなくて」

「良いのよ。ずいぶん昔だもの。覚えてなくて当たり前だわ」

 

 なるほど。だからどこかで見たことあるような気がしたのか。それにしてもこの人、見た目上品で綺麗な人ではあるんだけど、なんか目が怖い。いや、ほぼ初対面の人にこんなこと思うのは失礼なのはわかってるんだけども。今も笑顔なんだけど、目は笑って無いというか、なんだか不気味な雰囲気を感じる。

 

「あら、ごめんなさいね。立ち話させてしまって。早くご両親とお話ししたいでしょうに」

 

 気を遣ったのか、早々に話を切り上げる女性。最後に俺の顔を一瞥してフッと微笑み、「それじゃあね」とだけ言い踵を返す。

 しまった、せっかく両親の知人を見つけたんだ。何かもうちょっと情報を……。

 

「あの、お名前を聞いても?」

「そういえばまだ名乗ってなかったわね」

 

 その真っ黒な瞳が、また俺の顔を捉える。

 

「弁崎素江よ。よろしくね——————小々波漣斗君」

 

 彼女の微笑みは、何故か俺の背筋を凍らせた。



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ふつかめ!②

話は全然進まないし、短いし、この回いらないかなとも思いつつ、なんだかんだキリのいいところまで書き終えたので投稿します。


 

 

 二本の線香の煙が宙に吸い込まれていくように、薄らいで消えてゆく。一本はまだ火をつけて間もないので長く、もう一本は短く、もう少しで燃え尽きそうだ。「小々波家之墓」と書かれた墓石の前で目を瞑り、両手を合わせる。頭に浮かぶのは最近の出来事。思いつく限り、片っ端から報告しようと思う。

 

 まず墓参りが久しぶりになってしまったことを謝るところから始め、次に大学を留年したことを謝り、そして俺が今置かれているこの状況について。

 

 気がついたら「名探偵コナン」の世界になっており、自分の周りにはその主要キャラクター達が沢山現れる事。なぜか自分の住んでいる街の住所が米花町になっていたこと。多分この事を知っているのはこの世界で自分だけだということ。そして世界が変わった事に気がついてから今日までの間に沢山の事件に巻き込まれたこと。あと、多分自分も主要キャラクターの中の一人になってしまったこと。

 

 ここ最近の出来事を全て包み隠さず、墓の中に眠る両親に報告した。

 

 —————なぁ父さん、母さん。俺、どうしたらいいと思う?

 

 勿論両親からの返事はない。いくらトンデモ世界に入り込んだからと言って、死者の声が聞こえるという演出は無いらしい。

 死者との対話、ちょっと期待したんだけどな。まあでもコナン達も作中で死者と話してるシーンなんて無かったしな。元々そういう世界観じゃないし、まぁ無理か。

 

 さて、長々と報告してる間に俺のあげた線香の火も消えて灰になったので、そろそろお暇しようか。

 

 そう言えばさっき気が付いたことなんだが、俺が来る前に誰かが来て花を添えてくれていたらしい。さっきの弁崎さんかとも思ったけど、花の枯れ具合を見る限り、昨日から一昨日あたりに添えられた物のようだ。

 

 きっとアイツが供えてってくれたのだろう。一昨日東京(コッチ)で試合があったし、その時にわざわざ来てくれたんだと思う。全く律儀な奴だ。メールかなんかで言ってくれれば良かったのに。まあ良い。後でこっちからお礼のメールでも送っておこう。

 

 で、そう、弁崎さん。さっきまでここでウチの墓に手を合わせてくれていた女性。彼女どっかで見たことあるし名前も聞いたことあるような気がするんだけど、全然思い出せない。彼女は俺が小さい頃に会ってると言っていたけど、なんかそれも引っかかるんだよな。俺の印象的に小さい頃に会ったっていう感じじゃないんだよなぁ。けど上手いこと思い出せないので何とも言えない。貴重な両親の生前の知り合いなのだからそこら辺はしっかりしときたかったのだが……。

 まあでも連絡先も交換したし、これからちょくちょく会って親交深めていくうちに思い出すだろう。

 

 さて、変な事件に巻き込まれる前にさっさと帰ろうとしたところで、俺の携帯に着信が入った。

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

「まさか貴方が彼に接触するとは思いませんでしたよ」

「別に良いでしょ。それに貴方もかなり彼の事気にしてたじゃない」

 

 月参寺付近駐車場、白いスポーツカー、RX-7に乗っている男女二名。運転席に男、助手席に女。

 

「それで、彼に接触してみてどうでしたか?」

「そうね。懐かしかった……かしらね」

「懐かしかった?」

 

 女は車の窓から、墓石に向かって両手を合わせている青年の姿を見つめ、目を細めて微笑む。

 あまり見ない彼女のそんな表情に、男は興味深そうに笑う。

 

「なるほど。ということは、あの墓石前での彼との会話は作り話でもなんでもなく、事実だったと言うことですか」

「ええ、そうよ。私が彼の両親と関わりがあったっていうのは本当。ま、彼は全然そんなこと知らないでしょうけどね」

「あぁ、そう言えば彼の両親って……」

 

 男の言葉を遮るように、女は人差し指を彼の口の前に立てる。

 

「もういいでしょう。早く車出してちょうだい。この車彼に見られたらマズイんでしょ?」

「そうですね。わかりました」

 

 男は女に言われるがままに、アクセルを踏んで車を走らせ、この場を後にした。

 

 

 

 

———————————————————————————

 

 

 

 

 午後の光がいくらか薄れ、あたりに夕暮れの気配が混じり始めた頃、俺は米花駅前の繁華街に足を踏み入れていた。居酒屋やバー、キャバクラ等、成人済みの大人が利用するための店が並んでいる。賑わうにはまだ早い時間のため、周りにはスーツを着た大人がちらほら、駄弁っているキャッチが数人程見られる。

 

 こちらに気がついたキャッチが近づいてきて居酒屋を勧めてくるが、もう決まっている店があるからと、断りを入れると素直に引き下がった。

 キャッチを上手く断る常套句ではあるが、別に嘘を吐いたわけではない。今日は久しぶりに店で酒を飲むのだ。

 

 両親の墓参りが終わった後、俺の携帯に着信があった。出てみると相手は高校の時俺がよくつるんでいた後輩だった。話を聞いてみると、どうも俺に相談したいことがあるとの事で、飲みに付き合ってくれないかとの事だった。

 マスコミから解放され、コナン達御一行が居ない今、気軽に外出できるようになった俺は迷う事なくノータイムでOKの返事を出した。

 

 ここ最近は飲みに行く機会が作れずご無沙汰だったが、俺は本来酒を飲むのは好きな方だ。去年とかはしょっちゅう飲み歩き、酔い潰れて路上で朝を迎えていた。酒は俺が留年した理由の一角を担っていると言っても過言ではない。留年以外にも酒で失敗した事は多々あるが、俺は酒をやめるつもりは一切無かった。

 勿論、前回入院した時に医者から酒を控えろと忠告を受けた事は覚えている。俺だってあれ以降は健康に気をつけようという気持ちも芽生えてきた。だから今日は飲みすぎない程度に嗜むつもりだ。本当だよ?

 

 三人目のキャッチを断ったところで目的地の居酒屋に到着した。時刻は待ち合わせ時間ぴったり。携帯には「先に中入って待ってます」という後輩からのメールが一件、五分前に届いている。

 待ち合わせ場所に先輩より早く来ておくとは、流石はできた後輩だ。

 他にも数件、別の人からメールやら不在着信が着ているのが目に入ったが、返事は後で良いだろう。

 

 店内に入り、対応してきた店員に合流だと伝えると奥の個室の席に案内された。

 

「よ、久しぶり」

「お久しぶりです先輩」

 

 席にはスーツを脱いだワイシャツ姿の大柄な男が一人、タバコを片手に座っていた。手元の灰皿には吸い殻が既に二本。コイツ、俺にメール送ってきた時間よりももっと前から店に来てたな? 律儀な奴め。

 

「ごめん、待たせたな」

「いえ、時間通りなので全然」

「てかお前ちょっと太った?」

「先輩はなんかやつれましたね」

 

 高校の頃のサッカー部の後輩。コイツに会うのは三、四年ぶりだろうか。メールや電話でちょくちょくやり取りはしていたが、実際面と向かって会うのは久しぶりだった。太った? なんて聞いたが、元からこいつは体格のでかい方だったし、最後に会った時からあんまり変わったという印象はなかった。一丁前に顎鬚を生やしてはいたが。

 

「すいません、呼び出しちゃって」

「いや良いよ別に暇だったし」

 

 上着を脱ぎ、席に座る。まだ客入りの激しい時間ではないのと、全席個室と言うのもあり、店内は静かで落ち着いた雰囲気を醸し出していた。店員からお絞りと自分用の灰皿をもらい、そのまま流れるような手際でタバコに火をつけ煙を吸い、吐き出す。

 

「暇って……。先輩、留年したらしいじゃないですか」

「いや、まぁ……」

「なんかだかすいません……。先輩も大変なのに相談乗って欲しいだなんて言ってしまって……。逆に相談乗りましょうか……?」

「うっせー! 俺のことはいいんだよ!!」

 

 相談に乗って欲しいなんて言うもんだから、元気が無かったり落ち込んでたりしてんのかと思ってたけど、結構元気じゃないかコイツ。少なくとも会って数分で俺のことを弄れるくらいには元気なのだろう。まったく。

 

「あぁすいません。まあ今日は俺が奢るんで好きなもん注文してください」

「いや後輩に奢られる先輩がいるかっての」

「でも先輩まだ学生でしょ? 俺もう働いてるんで」

 

 まぁ、確かに……。コイツは高校を卒業後すぐに角紅商事に就職したので、確実に今の俺よりは金を持っているだろう。

 コイツもこう言ってることだし……。

 

 ——————————うん、奢ってもらおう。

 

 先輩としてのプライド? 威厳? そんなもんが金になりますか? それで酒が飲めるんですか?

 

 あ、店員さーん。

 

「えっと、これとこれとこれとこれで。飲み物は生二つで」

「………」

 

 なんだよ! お前がなんでも好きなもん頼めって言ったんだろ! そんな顔でこっち見んなよ!

 

 

 

 

 

 

 

 先輩としての威厳を完全に失うというハプニングが起きたが、乾杯も済ませ、俺は久しぶりの飲み会(人の金)を楽しんだ。

 

 最初のうちは互いの近況について話し合った。コイツは最初から本題には入ろうとしなかったし、俺もこっちからその話を振るつもりはなかった。もう少し酒が入ってから、コイツが話し始めたいタイミングまで待つつもりだ。

 

 まあ近況を話し合うという事は必然的に俺の留年、ここ最近のダメ生活の話になってくわけで……。

 

「まさかあの小々波漣斗がねぇ……」

「な、なんだよ」

「いや高校の奴らみんな言ってましたよ? あの頃の見る影もない、落ちぶれたって」

「いや、そんなことないだろうよ……。最近だってほら、色々やってるし……」

 

 俺後輩達からそんなふうに言われてんの?

 まさかの事実に俺は精神的ダメージを受けた。

 

「色々やってるって、パチンコと競馬と麻雀でしょ? 友達がよく見るって言ってましたよ。あの人は酒、タバコ、ギャンブルのダメ人間三種の神器を揃えたって」

 

 なんだよダメ人間三種の神器って。つーかこの話って俺がコナン達に会う前の頃のだろ? 俺コナンたちに会ってから引きこもりのダメ人間になったと思ってたけど、俺が普通だと思ってたあの頃って側から見たらダメ人間だったの?

 まさかの事実に俺は精神的ダメージを受けた。

 

「あ、でもこの前、なんかの事件解決したんでしたっけ? 殺人トリック見破った大学生探偵〜みたいなの見ましたよ」

「あぁ、あれな……」

「探偵になるんすか?」

「いやなんねえよ。あん時はたまたまいろんなことが重なって結果的にああなっちゃったってだけで……」

 

 そう、たまたまである。間違っても自ら進んで事件に首を突っ込んだわけではないし、探偵になろうだなんてこれっぽっちも思っていない。全てはあの悪魔のような小学一年生が悪い。

 

「ふーん、まあ先輩昔から巻き込まれ体質みたいなとこありましたもんね」

「ほんとにな。この前も白バイに……」

「白バイ?」

 

 あ、やっべ。

 

「あぁ白バイといえば、謎の白バイ隊員っての今話題ですよね。あ、先輩まさか」

「え、あ、いや、違くて……」

「あの現場周辺にいたんじゃないですか? んであのカーチェイスに巻き込まれて轢かれそうになった! とか?」

「そ、そうそう! いやー危なかったわー。マジで死を覚悟したなーあん時は」

 

 あ、あっぶねー! うまいこと勘違いしてくれて助かった。

 しかしまあ普通に考えたら、顔の映ってないあの白バイ隊員と俺は結びつかないよな。あの低画質で尚且つ映りの悪い動画を見て、さらに背格好だけで俺だと特定できる奴は、洞察力がイカれてる一部の原作キャラか、相当俺のことが好きで常に俺のことを見てるような奴かの二択だろう。

 

 後者なんかいるわけないので、アレが俺だと一般人にバレるわけ無いのである。

 

 

 

 

 

 

 互いの灰皿が吸い殻でいっぱいになってきた頃、コイツも俺もいい感じに酔ってきた。店員が机の端な溜まっていた空いたジョッキと皿を回収していく。店内も客が増えてきたのか、少し騒がしくなり始めてきた。

 さて、そろそろ本題に入ってくんねえかな。話題が現状報告だと俺も色々とボロを出しそうで気をつけるの大変なんだよ。元々ポロリやすいというのもあるし、何よりアルコールのせいでいつにも増して口が緩くなっている。

 

 もう何杯目になるかわからない、ハイボールの入ったジョッキを空にし、目の前に座る後輩は表情を真剣なものへと変え、こう切り出した。

 

「それで先輩は今、江口先輩とどうなんですか?」

「美奈? まあ今も普通に仲良いよ」

「そうですか……いいですね……」

 

 なんでこのタイミングで美奈の話を持ち出したのかはわからないが、コイツのこの表情からして、そろそろ本題に入りそうな雰囲気だ。

 

「…………」

 

 しかしそこから先の話は出てこない。そのまま数分経過しても黙ったままだ。

 俯きながら片手でライターをいじっている。

 

 ふむ。少し促してみるか。

 

「相談、あるんだろ?」

「えぇ、まぁ」

「話してみろよ。俺でよければいくらでも力になるからさ」

「……ありがとう、ございます。そうですね、呼び出しといてこのままやっぱりなんでもありませんでしたは違いますよね」

 

 そう言って、俺の高校の後輩———————藤江明義(ふじえあきよし)は意を決したように話し始めた。

 

「あの、相談の内容なんですけど……」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨーコの、沖野ヨーコのことで……」

 

 

 ———————————ま、そうだろうな。

 

 タバコを一本取り出そうとしたが、箱の中身は空っぽだった。

 




※1/25主人公のイメージ図を第一話の後書きに追加しました。


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