[先天]あなたは問題児だ。 (赤坂 通)
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★≪冒険者の物語≫
第一話『第一部メインクエスト開始』


とりあえず、マニ信者の方は帰ってどうぞ。(この作品のポンコツへのヘイトが高い為)


 あなたは、ノースティリスの冒険者だ。

 

 神々には遥かに届かぬが、それでも常人より永い時を生き、間違いなくノースティリスの最強の一角だ。

 

 底も見えぬ暗き穴「すくつ」で暴れ回り。手慰み程度にハンマーを育て。脱税の為に強化されすぎた衛兵に追われ。妻となって久しい黒天使とその子供達と共に演奏虐殺パーティーを開催し。ノースティリスに訪れて以来信仰を捧げ続けた露出癖という次元を超越した格好の敬愛する女神様に手合わせを願った結果弓で射貫かれ。「ポンコツ!」を願って嘲笑い、その後実際にポンコツを降ろし完膚無きまでに叩き潰しミンチにしてポンコツの祭壇をポンコツの死体で乗っ取り嘲笑う。

 

 そうして飽きる事無く世界を遊び倒していある日、あなたの足元に不思議な手紙が転がってきた。

 

 

 ★≪箱庭への招待状≫

 

 

 見たこともないアーティファクトだ。

 

 妹の日記のようなものだろうかと拾い上げて鑑定してみる。詳細にはこう書いてあった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 それは *あなた* に向けて送られた手紙だ

 

 それは紙で作られている。

 

 それは読んだ者を箱庭に送る。

 

 

 一度開けば消滅するよくある手紙の一つ。この手紙が送られてくるという事は高名な冒険者という事だろう。読んだ者を楽しませる事は確かだが、読んだ者が帰ってきた事例はない。

 

                            ~よくある手紙名鑑~

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 躊躇いもなく中を開いた。見たことがない固定アーティファクトだ。なにが起こるか不思議でならない。

 箱庭というのが何かはわからない。送るとあるが、恐らくはネフィアか依頼の類いの移動した先だろう。もしくはムーンゲートの先のような世界かもしれない。

 どちらにせよ、暇つぶしにはちょうどいいだろう。

 

 あれこれ考えながら中身を読んで反省した。やはり未知のものにぶつかっていくのは間違いのようだ。

 死んだ方が遥かにマシだろう。死んだなら所持金と所持物の一部を落とすだけだ。

 家族、友人、財産、世界。その全てを捨てて箱庭に来いとは一体何なのだろう。

 あなたには悩み多き異才などない。少年少女という歳でもない。いや冒険者カード上は少年少女というべき歳だが。

 そもそも才能を試すなら「すくつ」で十分事足りている。何処までも深く潜れば敵はドンドンと強くなっていくのだ。

 大抵の場合、自作の魔法属性メテオで消し飛ばせるが。

 

 あなたは何処までいこうとただの冒険者で、ノースティリスに密航してきただけの平凡な生まれの凡人だ。

 膨大な時間を捧げ根性と努力で廃人へと至っただけだ。異才の悩みなどない。

 強いていうならエーテル病が悩みだが、これは異才ではなくただの病気だ。

 そもそも大事な妻の黒天使や子供達、同じ廃人の友人達、あなたの生涯を費やして集めたアーティファクトや神器、無駄に集めた剥製を飾った博物館を捨てるなどそれこそ「埋まる」事を選んだときしかありえないのだ。

 

 そんなあなたの怒りに反して体は上空4000mに放り出されていた。あなたの全く見知らぬ空の彼方へと。

 

 あなたの脳裏をふとよぎったのは、かつてムーンゲートの先の部屋一杯に居た幸運の女神様が一斉に「うみみゃあ!」と叫ぶ姿。つまりはまず間違いない死。

 階段から転落して死ぬ事もあるノースティリスの冒険者が上空4000mから落ちたらどうなってしまうのか。想像に難くないだろう。

 

 出来上がるのはあなたとあなたが敬愛する女神様の口癖と同じ「ミンチ」だ。

 

 落ちるあなたの周囲に三人ほど同じように叫んだり笑ったりしている少年少女がいるが、まぁ仕方がないだろう。

 駆け出しの頃だったらこの段階で冒険者になったこと、生まれてきた事を悲しんでいる事だろう。

 とはいえ幾度となく自身の屍を築いてきたあなたには死ぬことなど今さらなことで、どうせ死んだところで這い上がるだけだ。ステータスが多少落ちたところで動じはしない。多少面倒だが上げなおせばいい。

 あなたは周りが狂人を見る目で見てしまう程に几帳面で、廃人と呼ばれるようになった頃には潜在能力のポーションを量産して祝福して飲み続け、常に主能力は*Superb*。

 技能の潜在値も全て最大の400%を維持しているのだ。全てが上限の2000に到達して久しいし、使い道が無くなってプラチナ硬貨も溜まり続けているが。

 

 と、色々と考えていたら遂に死ぬときが来たようだ。

 ぶつかる前にダメ押しのテレポートでも唱えてみればよかったなと、もう少し死に抵抗すべきだったかもしれない。どうでもいいが。

 落下している途中で水の膜に数度ぶつかったが落下速度が全く落ちない。ダメージ判定が発生していて地味にどころか悲痛な叫びをあげるほど痛い。

 

 あなたは川に落ちた。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 最後の一瞬でせめてもの抵抗として契約の魔法を唱えておいて正解だったかもしれない。

 落ちている事が理解出来ている上に、落ちたら死ぬことが分かっていればどうとでもなるのだ。

 それにしても割合や%ダメージはどうにも好かない。防ぐ手段はあるが理由あって頼りたくないし、他の手段として耐性やらPVやらDVやらを上げることで防げたり回避できるというなら幾らの金でも時間でも積むことだろう。

 現実は残酷ではあるが。

 こんな召喚方法をした世界に一矢報いなければ腹の虫が収まらない。

 核がいいだろうか終末がいいだろうかメテオが良いだろうか。それともポンコツを血溜まりに沈めるか。

 ポンコツを殺すのはとりあえず確定でいいだろう。

 機械弓は弓とついているから弓の部類なのだ。異論は認めない。死ぬがいいポンコツめ。加速加速加速……。

 なんて馬鹿な事を考えていると、あなたと同じ様に落ちて何故か生きている、周りの少年少女達があなたに目を向けていることに気が付いた。どうやら自己紹介を求められているらしい。話を聞いていなかった。

 

 馬鹿正直に名乗るのもつまらないと、あなたの家のメイドが我が家に勝手に名付けた名前の「あえげ仁」と名乗ってみた。

 

 ……どうやら不評のようだ。普通に名乗るとしよう。

 

 しっかりと名乗り直したものの、彼らの目線が若干冷えたものになっている。それなら何故聞いたとミンチにしたくなった。

 ゴミみたいな弱さの少年少女を叩き潰すのは楽しい。もちろん勝てるかわからない強敵との死闘も楽しいのだが。

「目隠しして座っていても勝てる」少年少女らなど敵ではない。結局ミンチになればどれも一緒だ。

 

 というか、いい加減一体どういう状況なのかそろそろ説明がほしい。

 あのクソ緑ですら起きあがったあなたに即座に説明をしたというのにどれだけ放置するのだろう。

 説明をしないなら帰るだけなのだが。

 上空から呼び出されたという事は帰り道は同じく上空だろうか。ムーンゲートも見当たらないし、階段も、部屋の出口も見当たらない……。

 

 待ってほしい、これでは帰れないのだが。

 死ぬか帰還の魔法を唱えるか、あるいは脱出か、それらで帰れるのだろうか。

 しかし見たこともないアーティファクトの効果だ。帰れない可能性がある。

 周りの三人も同じ考えに至ったのかわからないが、茂みに隠れていた人……人? 

 ウサギの耳が生えているあたり野ウサギと遺伝子合成を行ったであろう人、そんな誰かのペットを捕まえていた。

 囲んでウサ耳人で遊び倒しているがふざけている場合ではないだろう。

 あなたは自分のいつもノースティリスで行っている、自覚のある問題行動の数々を棚に上げて対処に向かった。

 

 

 あなたはやるべき時にはやる人なのだ。

 

 

 助け出した、というよりは場を収めてとりあえずウサ耳人からいろいろと説明を受けた。

 爆殺した緑髪のエレアやチリンチリンと五月蠅かった妖精よりも丁寧な説明に感動を覚えつつ、あなたなりに噛み砕いた説明にしてみよう。

 

 まず、あなたは箱庭と呼ばれる異世界に来てしまっているようだ。

 ムーンゲートの先とはまた違うという事も理解できた。

 

 というのも、説明の途中でペット達につけていた紐を引っ張ってみたがあなたの仲間は姿を現さなかったし思えば聴診器の反応が無い。

 仲間がいなくなったのは少し悲しいが、割といつも死んだりなんだりでいなくなっているから今さらだという感じもする。

 それに、あなたの仲間たちはあなたがいない程度で堪える様な軟弱な者達ではない。

 この程度で動揺するなら、遥か昔から今まで一緒に旅などしてこれないだろう。

 運が良いのか悪いのか判らないが、ウサ耳人の説明通りならこの世界は≪神々の遊び場≫とのことだ。

 それならきっとノースティリスの神々もいるだろう。

 敬愛する女神様に会うことが出来ればあるいは帰還に関してはどうにかなるかもしれない。相談したら馬鹿なことを言うなとミンチにされそうな気もする。

 それよりもポンコツを殺せる可能性がある方が嬉しい。ポンコツがいることを喜んだような感じになってしまった。死んで敬愛する女神様に懺悔しなければ。だがポンコツの死体でポンコツの祭壇を乗っ取る方が懺悔になりそうだ。よし。

 とはいえ未知の神々と手合わせできるのかもしれないというのも喜ばしい事だ。

 見知らぬ神の剥製やカードが手に入る可能性があるし、何よりあなたの強さを確かめられる。

 そろそろ数万に届くかなと思っているすくつを潜るあなたはいい加減既知だらけの敵に退屈していたのだ。

 この世界ではどうやら桁数が低い程強い者が多いらしい。

 今あなたがいるのが7桁。最高が1桁。だが実質は2桁が最強らしい。

 他にも、箱庭内で行われているゲーム……依頼の様なものだろうか……に参加するのにコミュニティ……ノースティリスでいうギルドだろうか……というものに入る必要があるなどなどetc……正直どうでもいい。

 

 いい暇潰しになるな、と伝えたところウサ耳人がなにやらホッとした顔をしていたがどうしたのだろう。

 殺されるとでも思っていたのだろうか。それなら早く逃げた方がいいだろうに。この珍しい珍生物の剥製やカードが欲しいのだ。

 まだ道案内などに使えるから殺さないが。

 

 どうでもいい余談だが、金髪の少年がなにやら決め台詞らしきものを吐いていた。

 死亡フラグだと嘲笑ってミンチにしてみたくなった。やや世界を舐めている態度が見えるから這い上がった後いい感じに羞恥の顔をしてくれそうだ。

 

 

 

      *

 

 

 

 やや時間が経ち、あなた達は森の中を歩いていた。金髪の少年が早々に離脱を決めていた。

 あなたが単独行動をとるならまだしも、そこまで強くも無い少年が単独行動を始めるのは死亡フラグと言う物だろう。

 一体あの少年は幾つの死亡フラグを建てるのだろう。殺してみたくなってウズウズしてきた。

 駆け出し冒険者の様に身の程を教えて上げなければ。このままではきっと少年の黒歴史になってしまうだろう。それはそれで嘲笑えるが。

 

 箱庭はアクリ・テオラと形状が少し似ているかな、と少し思った。とはいえ規模が違うし、なによりポンコツの根城と比較しては箱庭が可哀想だ。

 ちょっと殺意が沸いたが気にするほどの事でもないだろう。

 門を通ると小さな子供が駆け寄ってきた。あなたは犯罪ではないにしても、雪玉を投げつけてこない限り子供を殺すつもりはない。雪玉を投げつけられるといちいち足を止められて面倒なのだ。

 農村の何処からだろうとあなたを見つけ出して付きまとってくる銀髪の子供は食料だから違うが。

 ウサ耳人がようやく少年が居なくなったことに気づいて、怒りながら探すために去っていった。

 早くウサ耳人は本名を教えてほしいところだ。呼びづらくてしょうがない。

 黒ウサギという自称は黒天使とやや語感が似ているし本名ではないはずだ。少なくともあなたはそう思っている。

 妻の黒天使だって、黒天使は種族名の様なもので本名は別にあるのだ。彼女もあるに決まっている。

 

 ジンと名乗った子供に付いていきながらキョロキョロと話も聞かずに辺りを見回していたら気が付いたら喫茶店に着いた。

 そこまで高いお店な気もしないがあなたの肥えた舌を満足させてくれるのだろうか。

 適当に注文を済ませたところで少女の片方、春日部と呼ばれた少女が猫と話せることが分かった。

 パルミアの北側にヤバい猫好きが居た気がしないでもないが『その類の人』なのだろうか。

 下らない事を考えていたらピチピチスーツの変人が遠くからこちらを見て、しばらくして近寄ってきた。あなたに変な格好で近寄ってくるとは怖いもの知らずなのだろうか、剥製にしたくなる。

 どうやらピチピチスーツの変人はあなた達を勧誘に来たらしい。それもジンという子供の所属するコミュニティを扱き下ろす説明で説得にかかってきている。

 状況が、名が、旗が。そのどれもが足りないのがジン少年のコミュニティの現状らしい。

 なんといえばいいのだろうか。ステータスも足りない、呼ばれる異名も無い、名声も無い。そんな状態で冒険者やっています。といえばいいのだろうか。

 

 冒険者とも言えない状態で冒険者やっています。の状態のコミュニティというかなんというかウンヌン。詳しいことはどうでもいい。頭が痛くなる。

 

 あなたの頭の中で駆け巡った謎の例えはさておき、どうやらピチピチスーツは嘘は言っていないようだ。嘘をいっていたらカードを回収しているところだが。

 そんなことよりピチピチスーツが致命的に似合っていない方が正直気になる。話が欠片も入ってきていない。

 服装似合ってませんよ。装備の更新時期では。とかなんとか適当に伝えて煽ったら青筋を浮かべて怒りだした。

 このピチピチスーツ、面白い。

 ミンチにするのは少しだけ待ってやろう。

 

 

 ──あなた自身は所属などどうでもいいと考えている。

 所属によって便利不便が変わったりはあるのだろうが、本質はほとんどかわらないのだろう。

 寝泊りに関しては霊布製重さ0.0sの幸せのベッドを持ち歩いてるし野営は数えられない程行ってきている。

 食糧だって一、二年は遊んでも暮らせる量を四次元に蓄えているし、最悪死ねばいい。それで治る。

 最低限の身分証明が出来ればあなたにとって他の大抵の事はどうでもいいのだ。

 身分証明ができなくても名声を高めればいいだけだが。

 弱小コミュニティがなんだというのだろうか。あなたが冒険者を始めた時は吐いて捨てる程いる雑魚共より弱かったのだ。

 弱小どころか蟻のフンだ。蟻のフン。今は巨人すら息を吹きかければミンチに出来るが。

 魔王がどうとか言っているが、ティリスの神々よりも強いのだろうか。すくつ万桁階層の主より強いのだろうか。

 どんな敵が来ようとあなたは簡単に負けるつもりはない。むしろかかって来いと叫ぶだろう。あなたは強敵をミンチにすることが好きなのだ。

 あなたがもし負けるのであれば、幾百、幾千、幾万回の死と這い上がりのトライ&エラーで勝ち筋を探し出すだけだ。

 それに弱小や雑魚と侮られていた方が倒したときに楽しそうだ。

 

 

 などなどの理由もあり、やんわりとピチピチスーツの申し出を断った所ピチピチスーツは何故か怒り出してしまった。

 飛鳥と呼ばれていたあなたと同じ様に落下していた少女の一人がピチピチスーツに命令形で話しかけたところ、ピチピチスーツが動けなくなっていたが何をしたのだろうか。

 呪いの言葉だろうか。だが行動停止の様な呪いの効果は見た事が無いが。

 飛鳥という少女が色々とピチピチスーツに問いただしたところ、あなたの眼から見てもピチピチスーツが犯罪者だということがわかった。

 子供を食い殺したことはどうでもいいしあなただってやってるが、一般女性を殺すことは犯罪だ。カルマがほんの少し下がる。それもかなりの数を殺っているようだ。

 一通り質問が終わったようで、再びピチピチスーツが動けるようになると、なんとあなた達に向けて襲いかかろうとしてきた。

 中立の生物なら心優しいあなたは気が向いたり弓が間違って向かない限り殺さないが、範囲攻撃に巻き込んできたり殴りかかってくるなら敵と見なして即ミンチだ。

 

 面白い格好だし、面白く殺してやろうと思ってどのようにミンチにするか顎に手を当てて悩んでいたら春日部という少女が取り押さえていた。

 良い仕事だ。ミンチにしやすい。

 と思っていたが……いや、待って欲しい。何故飛鳥少女はギフトゲームで決着をつけようなどと言っているのだろう。このピチピチスーツのカルマ値はあなたの目から言えば-50位だろうか。どう見ても全国指名手配だ。問答無用に殺して良いはずだ。あなただってガード達に問答無用に襲われる位なのだから。

 

 あなたとして思うところはあるものの。

 結局、あなたは彼女達の意思に従うことにした。

 郷に入っては郷に従えという言葉もある。

 この箱庭でどこまでやらかして良いのかがわからないというところもある。仕方が無いが今回は譲ろう。

 あなたは場の流れに合わせるのが得意なのだ。空気をちゃんと読む大人なのだ。

 

 

 その後、再び現れたウサ耳人は不思議な苗を携えていた。即座に鑑定の魔法をかけてあなたは興奮した。

 

 ★≪水樹≫

 

 使用できるアーティファクトだ。

 大気中の水分を集め、水を生み出す樹だ。

 そう、【水】だ。

 実際そこまで必要としているわけではないが、大量に手に入るというなら話は別だ。この水樹は何としても欲しい。

 必要なときに必要な量がなくて手に入れに出掛けるのが面倒とも言う。

 マテリアルを集めるのもしんどい。

 水樹に関しては後で回収するとしよう。

 ……また話を聞きそびれてしまった。どうやら移動するようだ。付いていこう。何をしに行くのだろうか。この先にも貴重なアイテムがたくさんありそうだ。

 

 あなた達がついたのは、ラーナという温泉街に存在する建築によく似た建物だった。川に落ちた体を温泉で暖めてくれようと考えてくれたのだろうか。

 勝手にご満悦になったあなたはくるしゅうないと、呟きながら店員によって下げられつつある暖簾を潜ろうとした。

 なぜか店員が仁王立ちして止めてきたが知ったことではない。

 敵意を向けてきているが割とどうでもいい。今、あなたはご満悦なのだ。多少の愚行は笑って許そう。

 あなたがやんわりと押し通ろうとしたところ店員から即座に攻撃が飛んで……きかけた。

 店員の攻撃は寸前で止まった。おそらく被我の力量差に気づいたのだろう。

「目隠しして座っていても勝てる」店員などあなたと戦って勝ち目などないのだ。

 ……まぁ、レベルが強さに直結するわけでは無いが、それでも廃人たちはレベルが上がれば上がる程に強さを増していくからレベルが高くなければ強くないのだろうとあなたは考える。

 万単位、それこそ十万単位などのレベルまで来ているから正直当てにはならないのは確かだが。どれも雑魚に見える。

 

 ──さて、ここまで箱庭という世界を歩いて見て来て思うのは、レベルが欠片も高くないということだ。

 具体的なレベルまではわからないが、それでも強い者はレベルが高いものだ。

 あなたのおふざけ全開の装備群でも赤子の手を捻るより簡単に倒せる。小指で軽く捻ればミンチだ。

 さて、そんなあなたの探知が現在この和風建築の中にちょっと強い雰囲気を感じ取っている。

「あなたを正面から殺せるかもしれない存在がいる」と。

 風呂屋に居るというのが驚きだが、あなたを殺せそうな雰囲気漂う超上存在といえども風呂には入るだろう。

 紳士であるあなたは風呂屋で戦う気は無いが、向こうがその気なら応じるつもりだし出てきたなら出てきたでこちらから戦う意思を向ける。

 

 あーだこーだと外野が五月蝿い中、あなたが改めて暖簾を潜ろうとした時にそれは向こうから飛び出してきた。

 これ幸いと殺意をぶつけて喧嘩しようと思ったが、相手が凄い笑顔だったので一瞬反応が遅れてしまった。

 とても騒がしい上になにより普通の人間でも反応目視できる程の鈍い動きなので遊んでいるのだろう。

 故に放置しておいたが、黒ウサギが絡まれたようだ。俗にいうダル絡みという奴だろうか。黒ウサギが *きもちいいこと* をされそうになった。

 特筆するほどの事では無い。あなたにとっては至って普通の事だ。

 伊達や酔狂で長年生きていない。あなたはその方面でも遊び倒しているのだ。金を貰う方だが。

 そのまま超上存在に招かれるまま建物の中に入った。

 どうにも戦うタイミングを逃してしまった。後でいいタイミングを見つけて殴りかかろう。

 どうやら彼女? はこの風呂屋のオーナーのようだ。これはきっと最上級の風呂に招かれるのだろう。

 ほくほくとした顔で中に入ったが、和風の部屋に通されただけだった。あなたとしては早く風呂に入りたいのだが。

 

 ──風呂は、と尋ねたところ笑われた。そういう事のために来たわけではなかったようだ。

 黒ウサギが戦々恐々としていた。

 なに、あなたはあなたの勘違いによって醜態を晒しただけだ。

 とりあえずこの怒りは発散させてもらおう。

 喧嘩を売るタイミングだろう。それにどうやら、目の前の超上存在は噂の魔王らしい。

 つまり全力で叩き潰して問題ないということだ。倒せるなら倒してみろ、と目の前の存在も言っている。

 

 ならば挑むのみ。なに、見たことの無い技で殺されたなら殺されたで面白いではないか。

 あなたの眼前に広がる世界が様相を変え、あなたは世界の変遷を目撃した。

 世界が変化を終えて、あなたの目の前に広がったのは太陽の沈まない白い大地だった。

 

 あなたは四次元ポケットから魔法威力向上方面に鍛え上げた生きている剣とすくつ用の全力時の装備を取り出した。

 太陽の沈まぬ白夜の地平。

 白く染まったその世界であなたはニコニコと優しい笑顔を携えて対峙する。

 

 

 超上存在の名は「白夜叉」

 相対する廃人は「あなた」

 

 相対する二人以外は全ての者が下がる。

 それが正しい。だが、それでも足りないというのが本音だ。

 あなたが加減も容赦も無く本気を出せば、あなたの意思とは裏腹に周囲の全てを消し飛ばし、悉くをミンチにする。

 ノースティリスの各地もそうして何度滅んだことだろう。

 

 あぁ、それでも知ったことか。

 今はただ、久方ぶりの強敵との出会いに。敬愛する女神様にただひたすらに感謝を捧げよう。

 

 開戦の鐘が鳴り響いた。

 あなたは、常人であれば瞬きひとつの間すら与えない速度で駆け寄る白夜叉を、かたつむりの鈍い這いずりを見るような目で眺めつつ、始めた。

 

 敬愛する女神様に祈りを捧げて力を授かる。一時とはいえ、女神様を自らの体に宿す。あとは簡単だ。加速の魔法を唱えるだけ。

 

 現在の白夜叉の速度は、あなたの目測ではおよそ1500だろうか。

 普通であれば相当の努力の果てに手に入る速度だ。一般人の通常の速度である70の20倍近い速度とは恐れ入る。

 大抵の普通の者達であればまず勝てないだろう。

 

 

 普通であれば、だ。

 

 

 忘れてはいけない。普通の人は廃人とは呼ばれない。

 ノースティリスにおいて廃人と呼ばれる者はまず間違いなく全員が全員、速度を含め悉くのステータスは最大の2000に到達しているのだ。

 そして、あなたもまた廃人と呼ばれる身。

 あなた自身はちょっとした技術で見えない様に翼と脚を隠してはいるが、狙って特定のエーテル病を発症している。

 

 そして、エーテル病は発症者のレベルがあがればあがるほど、エーテル病による効果は増加していく。

 醜い顔はより醜く、重い甲殻はより硬く、翼や蹄を持つものはより。速く。

 

 加速の魔法や憑依、装備諸々含めれば約70000にあなたの速度は到達する。

 

 常人のおおよそ1000倍だ。

 

 相手が1000秒をかけて、つまりは16分をかけて移動する距離を一秒で移動する速度。

 ノースティリスの廃人の間では『速度一万問題』なる問題があるそうだが、あなたにとってはどうでもいいことだ。

 

 速度の差、というものはどこまでも理不尽なもので恐ろしくついた速度差のある戦いというものはもはや勝負にすらなりはしない。あなたはポンコツを瞬殺するのが趣味なのだ。

 趣味が高じて、廃人に至った。

 最速とは、あなたの代名詞だ。これだけは誰にも渡しはしない。

 ……まぁ、黒天使曰く『平行世界のノースティリスの廃人達にはあなた以上の廃人は沢山いる』そうだが。

 少なくともあなたの世界ではあなたが最速だ。それでいい。それで十分だ。

 関わりを持つことすら出来そうにない平行世界の有象無象など知ったことか。可能性だけなら幾らでもある。考えていてはきりがない。

 

 

 さて、意識を戻そう。

 

 白夜叉との勝負は一瞬。

 瞬き一つすら許さぬ程に圧倒的な、歴然とした速度の次元の戦いの決着は……

 

 

 

 ……着こうとしたところで終わりを告げた。

 

 加速の魔法詠唱後に即座に四次元から持ち替えたあらゆる属性の追加ダメージを徹底的に付けた近接攻撃特化の生きている首狩り武器による連撃が彼女の首を切り飛ばすより先に、あなたの敬愛する女神様の声があなたの脳裏に響いたのだ。

 

 剣を振り抜こうとした体勢のままピタリと時がそこだけ止まったかのようにあなたは固まり、恍惚とした表情のまま固まったあなたの顔面に白夜叉の拳が見事に勢いよく突き刺さったが、あなたの体力は100も削れていない。

 あなたはそのまま剣を手放し、戦闘放棄を宣言して負けた。

 

 それでいい。それがベストだ。

 女神様があなたに戦うなと命じたのだから。

 女神様曰く、白夜叉は女神様のお茶飲み友達だったようだ。

 これは数百回死んであなたのミンチの山を捧げて詫びなければいけないだろう。

 知らなかったとはいえ、女神様の友人に手をかけようとしてしまったのだから。

 滂沱の涙を流して何処かに自身の首を吊ろうしているあなたを全員が止めているが止めないで欲しい。

 あなたは死んで詫びなければいけないのだ。

 白夜叉があなたに、それならば茶のお菓子をくれれば許すと言ってくれた。

 それで許してもらえるなら安いだろう。女神様もあなたにそれで白夜叉が納得するなら、とそうするように命じてきた。

 それならばと、向こう数百年くらい分のお菓子を今後捧げていくとしよう。

 

 それはそうと、急に通信が出来るようになったのは何故だろう。

 そう思い、装備を見直したところ箱庭に来たときは作業用の装備で、いつものすくつ用装備でなかったため【神が発する電波をキャッチする】エンチャントが外れていた。

 通りで声が届かないはずだ。最近あまりにも気が抜けていた上に付いているのが当然だった所為で忘れていた。

 女神様に謝罪しつつ、帰る方法を尋ねてみた。

 ……直接会いにくれば帰らせられる、とのことだった。

 聞いたところ、目の前の白夜叉は二桁との事。

 箱庭で女神様が何処にいるのかはわからないし、尋ねても教えてもらえなかったが白夜叉で2桁なら女神様はもうオーバーフローの果てにマイナスまで行ってるのではないだろうか。

 1桁が最高だというのはわかっているが、実際にあなた自身の目で見てみないと強さがわからない。

 それがどのくらいの高みなのかはわからないが、あなたが対処できない程の超級の存在など極一握りだろう。

 

 女神様を探すことに……探すことになるのだろうか? 今も電波が届いてはいるのだが。

 帰り道の心配はいらない気がする。

 とりあえずは、この世界を堪能してみよう。

 

 そうときまれば、Let's 異世界観光の時間だ。いつだって退屈を殺すのは未知なのだ。

 

 

 あなたは、いまや箱庭の冒険者だ。

 




どうも赤坂です。
elona作品でのクロスオーバーが少ないと思ったんですよ。ええ。
触発されたともいうのですが。
ぼちぼち書いてた作品を投稿していくスタイル。
誤字脱字は多分結構あるんじゃないですかね。
そこまでプロット練ったりしてないんで流れがおかしい所もあるでしょう。
もしかしたら直っていくかもしれない。
とりあえずこの作品は気分で書いてるので更新凄く遅いと思うのでご注意を。
ではでは。

2019/6/20
・★≪箱庭への招待状≫のアイテム説明を加筆。よりElonaらしく整形。


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第二話『固定アーティファクト、別名をコレクションアイテム』

 結局、あなたの敗北……敗北というよりなかったことにされた白夜叉との戦いの後、色々あったようだがあなたは女神様の御言葉を終わった後もなお、頂いており特に何も把握していないので適当になんやかんやあった、とだけ伝えておこうと思う。

 なんやかんやあってギフトの鑑定とやらを行うことになった、といえばいいのだろうか。

 長い話や、面倒な話は聞き流してしまうのはいけない癖だと思ってはいるのだが染みついた癖は直せないのだ。

 ひとまず、欠片も理解できていないのでギフトとはなんぞやから説明をしてもらった。

 なんでも、神から授かったりした超常現象を起こす力の事のようだ。

 おそらく、神々を信仰して神々の力を一時的に授かる神技の事……に近いのだろうか。

 まぁ、力を借りずともあなた自身の力で大抵はミンチにできるし、ミンチにすれば全部一緒だ。

 少しまえに女神様に力を貸してもらったが白夜叉と対峙したときは必要だと感じた。実際は間違いなくいらなかったが。

 とりあえず耐性や魔法、使用してくる特技の種類が増えたとでも考えればいいだろう。

 他の三人には素養が高いと判断がされ、あなたには鍛え上げられすぎてて詳しいことはよくわからない。とりあえずちょっと引く。という酷い評価を受けた。なぜだ。

 そして、白夜叉からなにやら変な四角いカードを貰った。

 いつもの癖で即座に鑑定の魔法をかけてみたところ。

 

 

 ★≪ラプラスの紙片≫

 

 

 ワァオー。この世界には固定アーティファクトが沢山あるようだ。

 この短時間で幾つも見つかったからにはそうに違いない。

 判明したのはこの★<<ラプラスの紙片>>、別名を<ギフトカード>という物は……まぁ有り体に言えば持ち運ぶ形の四次元ポケットだろう。

 中に色々詰め込めて、本人に重さは適用されない。ただし無くしたり消失したら一貫の終わり。

 四次元ポケットの魔法のストックは普段使いするということもあり結構な量を溜め込んでいるから余程無茶な使い方をしなければ尽きるとは思わないがそれはそれ。これはこれ。

 便利なものだからありがたく貰っておこう。

 さらに、自身の所持している<ギフト>とやらの名前が判明した。

 

 

≪称号保持者≫

≪Eternal League of a;eiglkancbv,mnaofheihgughxmclaqnbvqokfnafnab≫

 

 

 片方はまぁわかる。称号は確かに貰ってる。

 もう片方に至ってはバグっているのだが。ゴミを渡されたのだろうか。不良品だろうか。

 つまりはポンコツなのでは? もしくはポンコツに類する何かなのでは? 

 即座に剣を引き抜き粉々にすべく動こうとしたところ、表記がカタカタと治った。

 

≪Elona.omake.overhaul.modify.SukutuEdition.SouthTyris≫

 

 ちょっと何を言っているのかわからない。

 というかこの謎のギフトだとかにまったく身に覚えがない。何が何やらわからない。さっぱりだ。というかなんと読むのだろう。

 死亡フラグ少年は<<正体不明>>と出たらしい。<<死亡フラグ>>というギフトじゃないのか。

 一刻も早く女神様に会って帰りたくなってきた。爆弾を持たされたような、核のカウントダウン * 1 * の爆発直前のような気分というか。

 エイリアンに寄生され毒薬も染料も硫酸も無くて生まれる前にどうにかしたいと考えてウンウンと唸る駆け出し冒険者の様に唸りながら考え込んでいると元の和室に戻ってきていた。

 あなたのギフトとやらにはこれから知っていけばいいだろう。なぁに時間は幾らでもある。

 女神様に会いに行くのに時間がかかるのは確かだろう。

 そもそも、時間などあなたには有り余るほどあるのだ。

 あなたの家族の仲間達に長く会えないのはちょっとよりかなりずって心苦しいが。

 まぁ、ノースティリスに帰る頃にはわかっているだろうと思いつつギフトカードを懐にしまった。

 この後はウサ耳人の家に向かうようだ。

 いい加減本当の名前を聞いた方がいいのだろうか。呼びづらい。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 あなたがウサ耳人に連れられて着いた所はとても広くて風通しの良い心地のいい場所だった。

 見張らしもよく、景観を邪魔する高い建物もなく、風は遮られる物もなく異世界でも元気に吹いている。

 

 

 率直に言えば、からっ風の吹く廃虚群なのだが。

 

 

 なんでも、魔王に滅ぼされたとの事だ。焼け野原は嫌というほど見慣れているからこういったタイプの廃虚は珍しく感じる。

 誰も住んでいないなら綺麗に整地した方がいいだろうに。

 終末とメテオと核の三点コンボの整地ならいつでも請け負うつもりだ。

 終末によるタイタンとドラゴンの血による大地への栄養補給、メテオ連打による終末の残党の清掃、核による整地。完璧だ。文句の一つも起きないだろう。物理的な意味で。

 

 ずんずんと廃墟群を進んで抜けると廃墟ではないしっかりした屋敷があり、大量の子供が出迎えてきた。あなたがこれから所属するコミュニティの子供達との事だ。

 数が数で、例の緑のアレの群れを見ている気分だ。

 子供は殺しても労力の無駄な上に、雪玉を投げてきたりする厄介者だからあまり好まないのだが。

 とりあえず危害や邪魔がない限り手は出さないといっておこう。

 ……ウサ耳人が怒って子供が怖がっている。

 何故だろう? 当然のことを言っているうえに、邪魔をしなければ手を出さないという温厚かつ下手に出るという自由奔放なあなたの最大限の譲歩だというのに。

 子供たちの群れの中に行って轟音の波動を打ったら楽しそうだな、などと思いながら聞き流した。

 黒ウサギがもにょもにょした顔をしているがどうしたのだろう。

 

 その後もまぁなんやかんやあって★<<水樹>>が台座に設置されたので耐熱コーティングをこっそりと施しておいた。

 消失しない様に祈りながらノースティリスに帰る時に持ち帰ろうと思う。

 館の説明を受けたりしながらぶらぶらとしていたら、風呂の準備が整ったようだ。

 女性陣に混ざりながら風呂に向かう。

 そういえば性別上あなたは女だ。性転換も行ったことはない。

 

 この世界に住んでいるウサ耳人やら少年少女らと雑談していてよく分かる事だが、あなたはこの世界ではかなりおかしいようだ。そもそも廃人なんて皆おかしいから特に気にすることではないが。

 一度意見の擦り合わせも必要だろう。まぁ性根は変わらないから咄嗟の判断は何も変わらないとは思う。

 

 厄介なことだが、風呂に入ったら入ったであなたへの質問が絶えなかった。

 が、それらを押し退けてまず最初に聞いたのはウサ耳人の名前だ。

 ……聞いては見たがやはり黒ウサギが本名のようだ。珍しい人種もいたものだと感心した。

 まぁ人それぞれだろう。興味はあるが笑いの種にはならない。そもそも名前を笑うのはさすがに性根が腐り過ぎている。

 あなたはそこまで腐っているつもりはない。女神様に名前を好いてもらっている事もあり、名前がどれ程の価値と意味を持つかは十分理解している。

 普通に黒ウサギと呼ぶことにしよう。

 後の二人は身体的特徴において、* good *が飛鳥。* Hopeless *が耀。覚えた。

 

 さて、現在あなたが一番不思議なのはこの世界での『人々の強さ』だ。

 身体能力、レベルに関しては見る限り雑魚が多い。だが、ギフトが絡んだらどうなるかわからない。

 白夜叉との戦いにおいてはギフトを使われていなかった気がするが慢心かギフトの展開が間に合わなかったのか。あるいは手抜きか。

 少なくとも身体能力においては負けている気はしなかった。基準がわからないのを抜きにしても、2桁が箱庭世界の現状の最強だとしたら本当にあの程度なのだろうか。

 やはりギフトがこの世界においてかなり重要な要素を持っていると見ていい。

 力の一端でも見てみたいものだ。白夜叉の部屋の移動はノースティリスでも見飽きた光景だから除く。テレポートとの違いがわからない。

 もしギフトが異常なほどの強さを持つのだとしたら厄介なことこの上ない。

 廃人同士の戦いにはレベルはお飾りに等しいが、そうでないならレベルは多少は基準足り得る。基本的にレベルが高いということは経験を積んできているということだ。

 ギフトによってあなたの十八番の肉体言語が通じないとなった場合の対処法を模索しなければならないし、自身の持つギフトを知らなければ駆け出し同然の立場になってしまう。

 廃人廃人呼ばれている今、駆け出しを名乗るのも少し恥ずかしいし迷惑なことこの上ない。初心者詐欺も立派な詐欺だ。

 

 まずは、目下近づいているピチピチスーツ相手にどこまでやっていいか、どこまでやれるかを試そうと思う。

 どこまでやればこの世界の雑魚は死ぬのだろう。楽しみだ。

 ギフトが強力ならばきっと雑魚でもしぶとく生き残ってくれるだろう。

 この世界の剥製とカードのドロップはどうなのだろうか。それも明日試せばいいだろう。

 あなたは風呂から上がって三人と別れ、あなたにあてがわれた部屋に入ると即座に置いてあったベッドをしまってあなたのお気に入りの幸せのベッドに置き換えて就寝した。プチの革製だ。特別製である。

 あなたは眠り込んだ。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 夜が明けた。あなたはリフレッシュした。心地よい目覚めだ。

 

 前略。件のギフトゲームについて。

 あなたが把握した限りルールは簡単。あなたの目の前に広がる鬱蒼とした森……のような何かに潜むピチピチスーツを殺せばいい。簡単だ。ミンチを一つ作るだけなのだから。討伐依頼と考えればいい。

 どうにも指定武具でないと倒せず、さらに指定武具以外による攻撃は全て無効化されるらしいことはまぁどうでもいいだろう。

 要するにあれだ、特定属性しか通らないということだろう。その属性以外の耐性が完璧という風に考えるのが一番正しそうだ。

 というより、指定武具が破損した場合はどうなるのだろう。破損しないようになっているのだろうか。それとも残骸も攻撃に利用できるのか。

 とりあえず開幕の核、もしくはメテオはやめておこう。資材とストックの無駄だ。

 参加するのは、あなた、飛鳥、耀、それとジン。

 正直ジンは必要なのだろうか。ほとんどそこら辺の子供と同じ性能だから戦力外どころの騒ぎではないと思うのだが。

 参加してもゲームへの影響力はほとんどないだろう。

 参加しても足を引っ張るだけなら参加しないでもらいたい。

 守るものが多いのは面倒なのだ。一応、鼓舞だけはかけておくが。

 

 鬱蒼とした森……森らしきなにかに入ると同時にゲームが開始した。

 ひとまずは指定武具を探さなければならないが、まずは地形などを把握するのが先だろう。

 当然の権利の如く『魔法の地図』の魔法を使う。

 即座にあなたの脳裏にマップのほぼ全域が映し出された。

 

 どうやら森はそこそこ広く、少し先に館があるようだ。

 魔法の効果範囲から少し離れてしまっていた為か、館の構造がやや不鮮明だが木を全て引っこ抜いて採掘しながら全て平らにする方が指定武具ピチピチスーツを見つけるのは早いだろうか。

 更地にするのも面倒だから核かメテオを使いたい。やはり使ってしまおうか。

 資材ストックがもったいないとかのたまったが、些細な面倒事に手間取られるよりはマシだ。

 あなたが小さく消し炭に、と呟いたところ他三人に全力で止められた。

 まぁレベルが低い彼、彼女らは間違いなく一瞬で消し炭になるだろう。どうせ二~三日もすれば蘇るからいいのでは、と思いつつため息をついてあなたは館に向けて歩き始めた。

 こういう時、ボスがいるのは大抵特殊な形状の部屋や場所。

 そういう風に相場が決まっているのだ。

 混沌の城しかり、古城やレシマスしかり。

 

 

 

 ──さて、唐突なのだがピチピチスーツの頭が消し飛んだ。

 無残にも頭蓋は粉々に砕け、血の花が咲いている。

 ははは。無様。

 いや、説明というよりは弁明させて欲しい。

 原因は当然あなただ。むしろ他に誰がいるだろう。他にいたら握手したい。

 あなた達が館に入ると殺気を感じたので二階にあなたは駆け上がり、大きな扉を蹴り開けたら謎の虎が襲いかかってきて、それがピチピチスーツが姿を変えた獣の姿だと気づかずにあなたが全力で目障りだと顔面を蹴り飛ばしたのだ。

 

 結果、血の花が咲いた。

 

 その後すぐに黒ウサギが焦りながら跳んできた。なにやらおかしなところがあったようなのだ。

 ピチピチスーツが指定武具以外で討伐されたのがおかしい、と。

 確かにそうかもしれない。だが、指定武具がなにかなどわからないのだ。どうやら銀の剣だったようで壁にかかっているのがソレだと言われた。

 言われてみれば確かに壁に銀製の剣が飾ってある。気が付かなった。なにせとてもではないが実用性が無い代物だ。精々高品質程度の品質だろう。つまりゴミだ。

 あなたなら軽く握るだけで潰して壊せる。それでも持って叩けば数万回殺して余りあるダメージは出せるが。

 ほどなくして黒ウサギから報告がされた。

 箱庭側の解答曰く、『問題なし』。不備も不正もなく殺された、と。

 なので何も問題はない。弁明完了だ。

 きっとあなたの足も指定武具だったのだろう。

 殺すのに技術も何もいらないのだ。

 斬って叩いて射抜けば死ぬ。

 この世の摂理だ。

 ルール上問題がないということはあなたの足は高品質の銀の剣みたいなものだという扱いに不満を抱きつつあなたは屋敷を後にした。

 もうこの場に用はない。「目隠しして座っていても勝てる」雑魚はやはり雑魚止まりだったのだ。

 

 全員の視線が背中に突き刺さり痛いが、あなたは決して悪くないはずだ。たぶん。

 それに剥製もカードも落とさなかったのだ。

 せめて剥製だけでも手に入れば。報酬がしょぼすぎる。あなたはガッカリした。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 その後は、まぁ……なんやかんやあった。

 なんやかんや、は、なんやかんやだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 正直コミュニティの活動にあなたは興味はないし、横の繋がりや新しい友人を欲しているわけでもない。

 今あなたがいるこの箱庭という世界はあくまで、あなたが暇潰しに遊ぶための世界だ。友人を作ってもすぐに去るのだから作っても意味がない。

 そもそもに女神様に御言葉を遥か昔から戴いているのだ。

【私の子供達は風の声、何事にも縛られてはいけない。オマエもよ】と。

 ならばあなたは何にも、つまりは組織にも、コミュニティのルールにも縛られてはいけないのだ。

 

 自制はするが誰かに縛られるのは嫌なのだ。

 黒天使に紐で縛られるのは好きだが。

 

 結局、ピチピチ……ピチピチなんたらを殺した日は夜まで館の庭で魔法の試し打ちをしていた。

 使えない魔法や道具があるとイザというときに面倒だろう。

 例えば自作魔法の制約の判定はどうなっているのか、などなど。

 調べているなかで幾つか魔法の挙動がおかしいものがあったが、特におかしかったのは願いの魔法と神託の魔法だろう。

 どちらもあなたの敬愛する女神様に接続されたのだ。

 いきなり何の用かと問われたから、魔法のテストをしていたら繋がったと答えておいた。

 神託の魔法は、確か最も近くにいる神様が適当に答えてくれているだかなんだかというものだったはずだ。だからだろうか。

 神託の魔法の詠唱では少し雑談したが、願いの魔法の方では少し遊ばれてしまった。

 いつもの「何を願う?」ではなく「何を願うの子猫ちゃん?」と問いが変わっていたのだ。

 これ幸いと女神様を願ったら

【あらあら、定命の分際でそんなおねだりするの? ウフフ……今回は特別よ】

 と呼び出した時とは違う、女神様の像に祈りを捧げて天候を変更してもらうときのような返答があり手書きでラベルに付け足された女神様のサイン付きの加速のポーションが落ちてきた。

 それはもちろん当然、即座に永久保存が確定した。

 その後何度も願いを使っていたところ、いい加減五月蠅いと怒られた上に、何度願おうとも何を願おうとも落ちてきたのは女神様のサイン入りの加速のポーションだけだった。

 もれなく全部保存した。

 こちらの世界では願いの魔法は女神様と遊ぶための魔法に置き換わったようだ。最高だ。今夜は眠れないな! 

 ……いい加減天罰を受けそうだから唱えはしないが。

 

 そんなこんなして遊んでいたら空をお嬢様の様な姿の誰かがふわふわと飛んで移動し、館の窓に張り付いているのを見かけた。

 ノースティリスでは割と見かけ……割と……割と見かけない光景ではある。

 井戸からふよふよ浮いてくる黒天使はよく見たが。

 翼を装備したお嬢様だろうか。それにしては飛ぶ高さが高く見える。

 しばらくしたら死亡フラグ少年が、お嬢様が張り付いた窓から飛び出してきた。

 着地と共に少年があなたを見つけて、何をしているのかと問われたから遊んでいたと答えておいた。

 間違いではない。女神様と戯れて魔法の実験をついででしていただけだ。

 

 なにやらお嬢様と死亡フラグ少年が遊び始めた。

 どうやらお互いに槍を投げあうようだ。あまり面白くもない遊びだ。あなたは見ていることにした。

 槍よりも石を投げあった方が風情があるなと思いつつボーっと眺めていたら黒ウサギも交えてくんずほぐれつ変なことをし始めた。

 普通にどうでもいいのでかたつむりのエロ本を読んで暇を潰していたら空の彼方から変な人が群れをなして飛んでくるのがチラチラと視界の端に見えた。

 どうでもいいので伝える気は更々無い。

 よく空から来訪者が来るな、と思いつつスッキリした頭で見ていたら、飛んできていた変な人の群れが変な光を放った。

 

 状況についていけない。

 お嬢様が少年や黒ウサギと戯れて、変な群れが来て光を放ったのだ。

 おそらく今この状況に最も関係の無いあなたがわかる方が凄いと思う。

 謎の怪光線に当たったお嬢様が石になっていた。つまり像になったのだ。

 今なら物だろうから鑑定の魔法は適用されるのだろうか。

 氷像なら即座に砕けるが石なら物だろう。

 鑑定の魔法が通った。結果は、

 

 ★≪レティシア・ドラクレアの像≫

 

 ワァオー。殺してでも うばいとる。

 冗談はさておき、生物が光を浴びて固定アーティファクト化したということはあの光は固定アーティファクトを生み出す光だったりするのだろうか。

 だとするとそっちの方が気になる。量産型固定アーティファクト作成が効果だとしたら量産された方は割とどうでもいい。作り出す方が欲しい。

 なにせ、本来ランダムの剥製とは違いこちらは像だ。効果があったりするかもしれない。

 自宅の女神様の祭壇への道にずらっと並べたら綺麗そうだ。

 やはりこの世界は面白いかもしれない。

 珍入者達は像を回収すると空にまた飛び立った。

 謎の怪光線を放つ何かを奪うためにもあなたは四次元ポケットから風を纏う弓を取り出し矢を番えたところで、近くからバチバチと雷の音がしだした。ライトニングボルトの魔法だろうか? 

 ……黒ウサギが変な槍を構えていた。鑑定鑑定。

 

 

 ★≪疑似神格・梵釈槍≫

 

 

 名前からとても強そうな雰囲気が漂っている。

 とても欲しい。固定アーティファクトがザクザク出てくる。ここは天国だろうか。あなたのコレクションが潤う。

 固定アーティファクト自身、ノースティリスには多くは……割とあるが多くはない。

 とはいえ疑似とついてる辺り、本物も存在するのだろう。どちらも欲しい。そろそろ殺して奪ってもいい頃ではないだろうか。

 もし、二度と会えない人々だったら回収の機会を失うに等しい。

 ……などなど、あなたが思いつつ矢を放とうとしたところで珍入者達が懐から兜を取り出し、被って……透明になった。スッと姿が消えたのだ。

 

 初めて見た。透明化する装備だ。

 とても気になる。

 

 反射的にというか、即座に察して賢者の兜を被って透明視のエンチャントを用意した。問題なく姿が確認できる。

 この世界を訪れられた事を女神様に感謝しつつそのまま矢で射貫こうとしたら死亡フラグ少年に止められた。顔を向けると黒ウサギも槍を既にしまっている。

 久しぶりにキレそうになったから剣を抜いた所、理路整然と止めた理由を説明された。

 白夜叉と問題を起こしたくない。というより当事者の俺を差し置いて戦おうとするな部外者。

 まぁ、そういう事なら許そう。仕方がない。確かに獲物の横取りになってしまう。実は吐いて捨てる程どうでもいいが、あなたは寛容なのだ。廃人だなんだと言われているが思慮深いのだ。

 

 何故か死亡フラグ少年と黒ウサギの顔に胃に穴が開きそうな表情が浮かんでいる気がするが、どうしたのだろうか。

 回復なら一応出来るが。黒ウサギにしかかける気は無いが。

 

 そんなあなたを月が生暖かい光をだしながら見ていた。




どうも赤坂です。
知り合いにめっちゃ催促されるので続きがすぐに書きあがりました(徹夜して書いてる)
碌に考えて書いてないのできっと後で設定がめちゃくちゃになると思います。
そういえば、このElona主人公はElonaoomExの住人です。
通常の単体Elonaではないのでご注意を。
まぁ大した差異ではないとは思いますよ。多分。
ではでは。


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第三話『称号は気が付けば集まっている』

 さて、あなたが完全に蚊帳の外の状態で進んでいてあなたは欠片も話についていけていない謎の事態の詳細を知る場が設けられた。

 簡単に説明するなら、単純な拉致の事件現場だったようだ。

 あなただって、あなたの仲間に紐をくくりつけて連れていかれそうになったら連れていこうとした相手を物理的にブチブチに引き裂いて自我を持ってしまった事を後悔してもらうだろう。

 そんなことはさておき。白夜叉の元に先程の空飛ぶ怪光線珍入者達の親玉が来ているらしい。

 そこに皆で話し合いに向かうことになった。それがあなたが詳しい事態を知れる……かもしれない場だ。詳しく知ってもあなたは何かするわけではないが。

 あなたはレシマス攻略の時も裏で起きていた事件の蚊帳の外にされていたから今更、事件の蚊帳の外にいても特に何も感じない。またか、という程度だ。

 ヴィンデールの森の一件は後々詳しく知ったくらいだからなおさらだ。後々知っても、へぇ。程度にしか感じなかった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 頼むから、問題を起こさないでくれ。

 

 

 白夜叉の部屋に入る前に皆からそう命じられた。

 あなたとしても、その指示には今現在も従っているつもりだ。

 固定アーティファクトの回収はまたいつか後でゆっくり行えばいいから焦る必要はないし、問題行動を起こす必要もない。

 けれどだ。それはそれ。これはこれだ。

 話し合いが始まりしばらくして、あなたの前に死亡フラグ少年や黒ウサギ、飛鳥、耀、白夜叉が立ち塞がっている。

 それが現状ではあるが……とりあえずまた弁明させて欲しい。

 

 部屋に入ると7割金髪残り黒髪の変な優男がうだうだと白夜叉にだる絡みしていた。

 酒に酔って絡んでいるのだろうか。だとしたら優男をミンチにして助けるのだが。

 白夜叉にそう告げたところ、隣にいた死亡フラグ少年に頭を殴られた。

 そこまで痛くはないが何故殴ったのだと数十時間程度問い正したい。

 あなたは何も悪くないはずだ。絡まれてる女神様の大事な御友人を助けようという崇高な目的の為に、ミンチにしていいかどうか尋ねたのだ。問答無用でミンチにしてもし何か悪いことがあって白夜叉の気分を害してはいけないから尋ねたのだ。

 それとも、もしやこれも問題行動の内に入るのだろうか。

 そう尋ねたところ、白夜叉にも死亡フラグ少年にもそうだと言われた。納得がいかない。

 優男が冷や汗をコッソリと流しながら茶化してくる。余計ミンチにしたい。

 

 そうこうして黒ウサギやら死亡フラグ少年やらが優男と向かい合って話し合いを始めた。あなたはその後ろでクイックリングのレアチーズケーキを齧っている……いたのだ。

 

 そう。あなたは何も問題は起こしていない。問題とはなんだ。ハッキリ言ってなんのことかわからない。

 そもそもの問題行動の明確な基準が欲しい。殺人行為や窃盗はカルマが下がるからいけないことなのはわかる。この世界の常識とはなんぞや。

 

 そもそもあなたは自分の気の赴くままに自由に生きてはいるが、場合によっては譲歩したり、妥協したりと。限りなく人々に、この世界に、優しく対応しているつもりだ。

 あなたのただの気まぐれなのだが、それでもこの世界の法に従おうという廃人には有り得なさそうな超究極の優しさだ。

 例年積もる雪に埋もれる程の村の、父親がプチに食べられたという子供の病気の母親に、薬をかなりの頻度で届けて子供が涙を流して喜ぶ程の優しさをあなたは持っているのだ。

 まぁその後、なんとなく母親は売り飛ばしたのだが。あまりの仕打ちに崩れ落ちて絶望に歪んだ顔の少女は面白かった。

 

 それはさておき。

 そもそもに、この箱庭を訪れて未だにあなたの行動による被害者がピチピチスーツただ一人という時点で奇跡だ。

 なにせこの二日間の間での死傷者が一人。たった一人。

 そろそろミンチが恋しいのだ。

 だから、あなたが剣を抜いて、アーティファクト持ちのドヤ顔を晒して煽ってくるこのみじめなブタをミンチにするのを止めないで欲しい。そう思うのも仕方がないではないか。

 

 十分譲歩した。十分耐えた。

 ブラボー。あなたにしては本当によく耐えた。

 

 そろそろミンチを作らないと精神が持たない時間だ。だからこのミンチを求める心に身を委ねるのは問題ではないはずだ。

 固定アーティファクトが欲しいとかそんな生ぬるい理由ではなく。あなたはもっと別の、個人的な理由で……ルイオスといったか。彼を殺すのだ。

 ギチギチと久しぶりの獲物に嗤い喜ぶあなたの古い付き合いの剣が向けられた当の本人は何故だ、なんでだ、やれるものならやってみろと喚いているがどうでもいい。

 

 あなたを罵倒していいのは敬愛する女神か、あなたの妻の黒天使だけだ。

 それが罵倒としての効果を持たないとしても、その行為をあなたにしていいのは二人だけで、それ以外の悉くはミンチより酷い目に合わせるのだ。

 

 

 ───全て、あなたの満足の為に。

 

 

 堪忍袋の緒が切れた。絹の糸より細い糸が今までよく保った。

 本気でキレたあなたを真正面から物理的に止められるのはあなたの妻の黒天使一人だけだ。

 静止を振り切り勢いのままに制止を振り切って剣を振り下ろそうとしたところで。

 

 

 ───ふと、思い付いた。というより思い付いてしまった。

 

 

 いや、これは正に天啓というべきだろう。

 もしくは麗しき我が最愛の女神様のファインプレイだろうか。

 世界には奇跡も魔法もあるのだろう。魔法は実在しているか。少なくともこの一瞬。一人のゴミクズの命が救われたのだ。

 

 

『こんな愚物を殺すより、先にポンコツを殺せ』

 

 

 そう。確かにそうだ。

 こんな経験値の10も稼げそうにない雑魚を切り捨ててもむなしいだけだ。ほんの少しの満足感と一つのミンチが得られるだけなのだ。

 そんなことよりポンコツを殺した方がよっぽど胸がスッとする。正に悪魔的発想……! 

 ニコニコとしながらあなたは剣を納めた。

 あなたは、どうぞ先程の話し合いの続きを、と勧めた。

 そうと決まったら即断即決。この箱庭で最初に手にかけるのはポンコツだ。

 あのゴミ一つでいい。あれを殺す。ポンコツだ殺せ。

 そうだ。それならこうしておこう。

 ピチピチスーツは足が引っ掛かっただけだ。たまたま死んだに過ぎない。あれはカウントしなくていい。

 

 あなたは最大の感謝を女神様に捧げる。

 これからはみねうちで全て済ませよう。死んだら……まぁこの世界の責任だ。あなたの性じゃないだろう。

 殴りでも全て一撃ミンチ確定だから筋力も一時的に下げるべきだろうか。衰弱のエーテル病を引いておくべきだろうか。

 めんどくさいからやめておこう。

 

 

 あらゆる全てを棚に上げてあなたは誓った。

 

 Ye Not Guilty.

 汝に罪無し。

 

 罪があるのはポンコツだけだ。生きていることが、存在していることが罪だ。

 

 こちらをビシビシと鎌で叩いてきてる屑の馬鹿がいるがどうでもいい。

 今のあなたは女神への感謝と悪魔的発想への喜びでいっぱいなのだ。

 屑が馬鹿なことをしていても、仕方がない事じゃないか。

 とりあえず去り際にニーキックで蹴り飛ばして屑の足をへし折っておいた。純粋に五月蠅い。

 なにやら喚いているが心底どうでもいい。

 悲痛な叫びなど聞きなれている。子守唄に等しい。

 あなたは面倒になってきたし帰ろうと思い、ニコニコしながら帰還の巻物を読んだところで気が付いた。

 

 帰還の魔法はこの場合何処に設定されるのだろう、と。

 何処へ戻るかを選択するより早く、次元の扉が開いた。

 問題なくコミュニティに帰れるならまだしも、呼び出されたところに戻されるのだとしたら───……。

 

 あなたは夜の4000m上空に放り出された。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 仏頂面のあなたはコミュニティの屋敷に戻った。

 自分の部屋に入り、ベッドに寝転んでからこの世界では二度と帰還の魔法を使わないことを決めた。契約の魔法のストックがまた少し減った。

 契約による復活の成功率は100%にならないからいつか死にそうで怖い。この世界で這い上がれるとは限らない。

 死んだら元の世界に戻れるのかもしれないが、なにより最悪なのは死んだときに落としたアイテムの回収はこの世界に来れなければ不可能だし、それに再び訪れた時に世界が再生成された場合は貴重な武器だとかを落としたら目も当てられないと言う事だ。

 また数百、数千時間、あるいは年単位での手に入れ直しは……少し楽しいかもしれない気がしてきた。

 改めて装備の探し直しというのも一興かもしれない。

 少なくとも暇つぶしには最適だろう。そう考えると死んでもいいかもしれない。やらないが。

 

 とはいえ、少なくとも一度は死を試すべきだろう。無知が最も愚かな行為なのはどの世界でも共通だ。

 あなたは数万回に及ぶであろうあなた自身の死を思い出しながら苦笑した。

 

 とりあえず、今後は死んだときにどうなるか気にはなるが、出来る限り死なないように暮らそうかなと思う。

 今後のなんとなくの方針を決めた上でふと思う事があるとしたら、あなたのギフトはどういう効果なのだろう。ということだろうか。

 

 今一度考えなおしてみるがやはりまだよくわからない。

≪称号保持者≫は、まぁ称号の事だろう。

 膨大な時間と試行錯誤を繰り返し、ほぼ全てを網羅した称号。

 それらがギフトとして判定されているならば、称号を持つ事で発生している追加技能がギフトとしての判定を受けていると考えていいだろう。

 どういう効果か覚えてはいるものの、改めてもう一度称号一覧を確認してみる。

 ……一覧の名前に変化はなかった。では内容の方は、と。

 

 ───内容に変化が起きていた。効果が一文追加されていたり変化していたりされていなかったりしていなかったり。特に規則性というものは感じない気がする。

 追加・変更含め、効果が変わっていると考えるのがいいのだろうか。

 猫まっしぐらやら破壊兵器を破壊した女やら、浄化者やジョン・コナー、収穫者や地球割り、戦鬼から大富豪などなどetc……。

 称号リストの上から順に何も効果が無かった物が効果を持っている。

 

 称号の効果:猫の餌を作れるようになる

 称号の効果:あなたはあらゆる全てを破壊出来る

 称号の効果:呪いを解呪出来るようになる

 称号の効果:ポンコツを殺した際レベルが1上がる

 称号の効果:あらゆる作物が枯れなくなる

 称号の効果:あなたの一撃は地球を割れる

 

 などなど。それに伴って技能も地味に、というよりそこそこ増えている……気がする。よく使うもの以外はあまり覚えていないから不安だ。

 それこそ、解呪が魔法だけではなく技能で出来るようになっていたりしている。

 まぁ魔法でいいから使わないのだが。

 

 では、あなたのギフトのもう片方の≪Elona.omake.overhaul.modifyEX.SukutuEdition.SouthTyris≫はなんなのだろう。名前がひたすらに長い。

 このギフトがよくわからない。冒険者カードを全て見ても称号以上は特に何も変化はない。

 首を捻りながら暫く考えるも、面倒になってきたので女神様に祝福していただいたメロンパンを頬張ってから眠りにつこうとしたらおもむろに扉を蹴破られた。

 現れたのは白夜叉の部屋で別れた少年少女たち。何の用だろう。

 

 なんでも、あなたの所為で交渉が決裂したとの事だった。

 なんのことだろう。あなたの所為というのが特に理解できない。

 あなたは変なことはしていないはずだ。何度も鎌で叩かれた仕返しに精々一発蹴りを入れただけだ。

 その程度で怒って交渉が出来なくなるなら殺せばいいじゃないか。

 どうせ2-3日経てば生き返るのだから。

 ……人を蘇らせられるギフトは存在しない、などと言われた。

 少し落ち着こう。待ってほしい。いや、何を待って欲しいのだろう。よくわからなくなってきたがどうでもいい。つまり……これはあなたも死んだら蘇れないのだろうか。

 とすると契約の魔法を唱え続けるしかないのだろうか。いや、だが契約の魔法で復活は出来て……そもそも契約は復活ではなく致死量のダメージを食らったさいに体力回復だ。

 この世界がそういうだけであなたは例外で蘇れたりするのだろうか。

 外野があーだこーだ交渉がどうだと喚いているが本気でどうでもいい。あなたがピンチなのだ。

 

 もういい。試してみればわかる。

 

 まずはピチピチスーツが明後日に生き返っていれば復活はある……はずだ。

 ならあなたが死んだ場合はどうなのか。這い上がれるのか。

 どうなのだろうか……考えても答えなどでるはずもない。

 

 男は度胸。女は愛嬌。オカマは最強。

 

 そういうじゃないか。

 オカマはどういう存在なのだろう。

 

 皆をアザーテレポートの魔法でどこかに飛ばして壁生成で扉を埋めてあなたは頑丈なロープを取り出しておもむろに首を吊り始める。

 

 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を吊った。 あなたは首を……。

 

 さようなら……遺言は? 「女神様バンザイ!」

 あともう少しで埋葬される……。

 

 

 

 ……まぁいつも通りだ。

 あなたは這い上がった。

 あなたは腕を棺桶から突き出すような形で起き上がった。

 コミュニティの裏側の墓地に埋められそうになっていたようだ。

 周りの皆が驚いているが、あなたも驚いている。

 

 そう、蘇る場所があなたの自宅……つまりはノースティリスではない。この世界の、それもあなたの遺体が埋められそうになった場所で這い上がったのだ。

 簡単に言えば、ネフィアの死んだところに埋められそうになって、ネフィアの中で這い上がったような。

 ノースティリスに帰れないのはともかく、その場合また4000m上空かもしれないと思っていた分驚きだ。

 

 とりあえず、この世界でもつつがなく這い上がれることは分かった。それと、少し時間も経っていた。

 陽が昇っている。つまりは夜に首を吊って、朝になっていたのだ。

 夜の間に、つまりは死んでから即座に這い上がることが出来なかった。

 さらには装備のドロップやステータスの減少がない。

 これも不思議だ。たまたまだろうか。

 

 何度も死んで研究が必要だろうか。

 死の実験はまた後日行うとして、自分以外の復活はどうなのだろうか。ピチピチスーツの復活はまぁ明日かそこら辺になるだろう。

 あなたと同じ条件で復活するなら埋められた場所、あるいは死んだ場所になるだろう。

 そこも調査しなければ。

 

 面白くなってきたではないか。

 この世界でのあなたの行いや、あなたが生きていく上での調べ物が沢山出てきた。

 あなたニヤニヤと微笑みながら歩き始めた。

 周りの目線が若干どころか異物や化物を見る目になっているがいつものことだ。

 

 忘れないでほしい。あなたは『廃人』だ。

 廃人、そう。称号にも存在するアレだ。

 

 

 

      *

 

 

 

 昨日はずっと外野がワーワーと五月蠅かったがなんとかギリギリミンチにするのを耐え、次の日になってピチピチスーツの確認に向かった。

 

 不慮の事故で死んでしまったピチピチスーツの屋敷に向かったところ、不遇の事故で死んだトラが何食わぬ顔で居た。

 ボーッとしていた様子だが、あなたを見ると恐怖して逃げ出そうとして背中を見せてからビクンと震えた。

 直後、寝転んだかと思ったらそのまま泡を吹いて気絶してしまった。

 

 どうしたのだろう。あまりの恐怖に死に至ったのだろうか。

 なんとなく蹴り飛ばしたところ偶然にも死んでしまった。

 

 

 いやぁ。なんという偶然だろう。

 

 

 そしてわかったことがもう一つ。おそらく剥製やカードはこの世界の住人は落とさないようだ。

 死体はある。目の前に虎の死体が転がっている。それだけだ。

 何十回も殺しt……ゲフンゲフン。不慮の事故で死んで貰って試してもいいだろうが、おそらくこれはムーンゲートの先の見たことも無い人々と同じことだろう。

 ムーンゲートを通った先の世界の見たこともない人々が剥製やカードを落とさない。

 少なくともあなたは落とすところを見たこともない。

 つまりはそう言う事なのだろう。残念だがまぁ仕方ない。

 

 あなたはガッカリしながらコミュニティの屋敷に帰ることにした。

 そして、あなたはしばらく別段することもなく暇なことに気が付いた。いやまぁ色々と調べたいことはあるが本腰をいれるつもりは毛頭ない。めんどくさい。

 暇だし、黒ウサギで遊ぼう。

 具体的には * きもちいいこと * でもしてみたい。

 帰ったら酒でも渡してみよう。

 受け取ってもらえるだろうか。受け取ってもらえないなら投げつけるだけなのだが。

 

 そういえば。と、あなたは称号の『廃人』の欄を確認しなおした。

 

 

 

 

 称号の効果:あなたは壊れている。

 

 

 

 昨日も確認したが、これが一番理解しづらい内容だ。

 これはどういうことなのだろう。 だが不思議と、嫌な予感がする……。

 




どうも赤坂です。
しばらく(一か月以上)いなくなるのでその前に更新をと。
え、もう片方の番長?待ってて……(汗)
とりあえずぼちぼち続けていくのでお楽しみに。
ではでは。


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第四話『透明な敵への主な対処法・透明視、ポーション、一本道、メテオ』

 あなた自身が理解しようとしてないから結局よくわからないままの謎の拉致事件の後。

 数日してから死亡フラグ少年からあなたへの呼び出しがあった。

 なんでも、この間あなたが足を蹴り飛ばしたら無様に叫び散らしていた優男のところに殴り込みに行くから付いて来い。との事だ。

 付いて来いとはなんだ付いて来いとは。

 

 そう伝えたら、依頼という形式で願いを出された。

 期間は一日。報酬はこの依頼の途中で手に入るであろうアーティファクトの全てとの事だ。

 これはこれは太っ腹で三段腹な事だが、別に依頼でなくてもあなたが自分で赴いて奪えばいいのでは、と思ってそう伝えたところそれは犯罪だと言われた。

 犯罪と言われると、免罪符が手に入らず願いが機能するが普段とはまったく違う方向で機能する今、少し面倒で犯罪行為を躊躇ってしまうあなたがいる。

 

 ちなみに呼び掛けがあるまでの数日間で色々試したところカルマはノースティリスの頃のままの状態……というよりは仕様というべきだろうか……が引き継がれている模様で、先日あなたの懐から小銭をすれ違い様に盗もうとした子供を衝動的に殺……永遠に立ち上がらない様に転ばせたところ、周りが一瞬騒然としたが周りの人達全員が首を捻って悩みながらも普段の営みに即座に戻っていった。そういうことなのだろう。騒然としたところが不思議だった。

 その後に気になったのであなたが窃盗を死亡フラグ少年に行いわざと失敗したところいきなりキレだして死亡フラグ少年が全力であなたを殺しにかかってきた。

 しばらく遠くに行きぶらぶらした後に戻った所死亡フラグ少年は落ち着いていた。

 本人曰く、思い返せばかなりどうでもいい事なのに不思議と殺意が沸いた。体を止められなくなった。との事だ。

 まぁ割と当然の結果ではあるが、自制できない程とは情緒不安定なのだろうか。ユニコーンの角は多少ストックはあるが……いや、今すぐにでも建築したフラグで死にそうな死亡フラグ少年ごときに数に限りがある道具を使う必要性は無い。

 

 

 話が逸れた。

 とりあえず死亡フラグ少年からの依頼は受ける事にしよう。

 正当なルールに基づいて奪うなら何も問題は無いとの事だからだ。

 この箱庭のギフトゲームとやらは依頼とまた違った少し面倒な要素……ルールとか制約などがあるが、裏を返せばその範疇なら何をしてもいいうものだからありがたい。

 あなた自身でギフトゲームをこの世全体を対象に持ち掛けて、あなたの『いつも通りの生活』のルールを設定して世界を荒らして回りたい。

 しないのだが。

 

 依頼に関しては殴り込みの戦力になるだけとの事だ。ギフトゲームを相手に持ちかける手段は既に揃っているとの事だ。

 レシマスを攻略しろと言われ、魔石集めの為に西へ東へ南へ北へと奔走した時のように走り回る必要があるかもしれないと思っていた分拍子抜けである。

 

 ギフトゲーム開催の為の交渉の場にあなたは連れていかれなかったが、ギフトゲーム本番の場にしっかりと参加している。

 何はともあれ、殺人はするなと言われた。そもそもするつもりもないから安心してほしい。殺人はしない。事故は起きるかもしれないが。

 あなたは今、あなたの生き武器シリーズの一つの『生ものの生きている長棒』を装備している。

 もちろんしっかりキチンと育て切ってある。手慰みで作ったもので厳選したわけではないので強くはないが性別:女性の血だけを吸った長棒だ。わざわざ全力で殺す相手を絞ったのだ。

 手の中で蠢く長棒に飛鳥や耀、黒ウサギといった女性陣が悲鳴を上げていたが安心してほしい。害はおそらくない。

 

 軽く弁明しておくがこの長棒の製作理由にはあなたの趣味は含まれていない。

 妻の黒天使があまりに暇を持て余してい たあなたの暇潰しとして提案してきたのだ。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 さて。あなたは現在空中に浮遊する宮殿の前にいる。

 ふと、自作の魔法属性メテオですくつ同様に全て滅ぼしたくなった。二秒でゲームが終わる。そう呟いたところ無反応を返された。結局は戯言だ。

 いい加減慣れてきたのかあなたの戯言に少年少女達が反応しなくなってきた。

 試しに本気でメテオの詠唱を開始してみようか。反応が楽しみだ。

 準備して打たないとあなたもろとも皆殺しにしてしまうからやらないが。

 

 いい加減真面目にやろう。いつまでも遊んでいても楽しいが限度がある。

 正面の扉を蹴破ってゲーム開始の宣言を死亡フラグ少年がしただが、それは即落ち2コマのネタになるし、したくなるから止めてほしい。

 あなただったら今にでも即落ち2コマにする自信がある。

 もちろん落ちるのは首だ。

 

 ……今回、あなたが参加するギフトゲームの内容を纏めよう。

 簡単に言えば、敵陣営の人に見つからずに例の優男を倒せ。

 この場合見られたら終わりとの事なので見られなければ良い。

 だが透明化する方法はあなたは今のところ持ち合わせていないし、あなたには敵の位置は目で見る以外の把握方法をあいにく持ち合わせていない。

 透明な敵への対策は★≪賢者の兜≫があるから問題無いが見つかるのがNGな時点でどうしようもない。

 

 そう思って軽く相談してみたら不意打ちなら問題なさそうだということだ。

 相手の視界にさえ入らなければいい。

 つまり、視認されるより早くぶちのめして意識を失わせればいい。視界を暗闇に閉ざしてしまえばいい。

 ふと、あなたは遥か昔……まだ駆け出しもいい頃のあなた自身のことを思い出した。

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 あなたがまだ冒険者として初心者の頃。

 本当の本当に駆け出しの身であった頃。

 冒険者として生きていく上でのノウハウも知らず、右も左もわからぬままにただその日を暮らせるかどうかという食料を担いでノースティリスを練り歩いていた時の事。

 不思議な城をあなたは見つけた。不気味な城を見つけて不用心にもうろうろと彷徨い入り奥に進んだあなたは、大きな広間と床に広がる骸達を見た次の瞬間。

 にゃーにゃー言う何かに首を掻っ切られてあなたは臓物貪られたのだ。

 その時は敵の姿を見る事はおろか、あなたが死んだ時点であなた自身、死んだ事にすら気づけなかった。

 

 ……その数十年後にリベンジし、相手が瞬きするよりも早く襲い掛かってコマ切れの挽き肉にして調理して喰らってやったのだが。

 

 

 ──────────────

 

 

 

 とまぁ、ここまで言えばわかるだろう。

 速度差というものは開けば開くほどにそら恐ろしい性能差へと繋がる。速度を全開にすれば読んで字の如く『目にも止まらぬ速度で走れる』あなたは見つかりようがない。

 あなたの頭の中で繰り広げられた思い出で説明なんて面倒なことはせず、速度差にモノを言わせて全員潰す、とだけ軽く説明しつつ伝えてみたところ少年少女達が呆れ返った顔でご自由にどうぞ、と返してきた。ならば遠慮はいらないだろう。

 あなたを除く他の皆がすたすたと歩いて進みだしたのであなたはこの世界に合わせて落としていた速度を解放して駆け出した。

 ぶちのめすついでにアーティファクトも回収せねば。

 

 透明化した敵の透明を無効化するためにも賢者の兜を被りつつ全力疾走で屋敷の中を駆け巡り、透明なのか透明じゃないのかはわからないがおそらく透明になって警戒しているであろう兵士などの有象無象を手の中でうねうねと蠢く長棒を突き刺……ちょっと口に出せないことをしておいた。なぁに。数日すれば痛みはきっととれる。死ななければ安いの精神でいこう。

 あなたが有象無象達から奪い取った兜に鑑定の魔法をかけてみれば★≪ハデスの兜のレプリカ≫という名前だった。

 効果は「それは装備した者を透明にする。」というだけの簡潔な効果だった。それでも十分強いがこうなるとレプリカじゃない本物はどれほどの物なのだろう。

 エンチャントの強度が単に違うのだろうか。

 

 そうして兵士で遊んで居たところポケットから * ビー * と音がした。

 何事だろうと思い、ひとまず壁生成であなた自身を囲んでから音の原因をごそごそと探した。

 思い当たるものと言えばポケットに入れておいたギフトゲームの詳細が書かれた羊皮紙だが……なにやら×印が大きく出ていた。

 何処かで誰かに見られたのだろうか。あなたの視界に鎧の反射光が見えただけでも全て屠ったというのに。誰にもみられていないはずだ。あなたは背後だって見通せる。

 だからこそ悪態をつくしかない。ふざけるな。見つかっていないはずだ。と。

 そもそもあなたのいた世界では見つかったという判定なんて曖昧なのだ。

 攻撃していたとはいえ隠密2000のあなたが見つかるのはおかしい。

 ジーッと睨んでいたところ×印が空気を読んだように薄れて消えた。

 それでいいのだ。それで。

 ウンウンと頷いたあなたはしまって再び走り始めた。

 

 数分後、あなたの手には本物の★≪ハデスの兜≫があった。

 レプリカと強度に差は無かったが、こちらは濡れても姿が現れたりしないらしい。

 さらに追加で隠密の技能がちょっとありえないレベルで跳ね上がる。

 これはそこそこ良い物だ。仕舞っておこう。

 ちなみに耐性は何も付いてないうえに防具としては★≪賢者の兜≫より少し弱い位なので多分おそらく使用しないと思う。

 常用するには難がある。そもそも透明自体そこまで強い効果ではない。

 攻撃されたら攻撃してきた地点というのは察しが付くものだ。

 これはまぁ、コレクション倉庫行きだろう。

 

 それ以上にはアーティファクトは見つからなかった。

 そういえば神託の魔法を使えばわかるのではないのだろうか。

 いつもの癖で神託の魔法を使ったところ当然のように女神様に繋がった。

 そういえばそうだった。この間試したばかりだ。癖なのと、こちらの世界での変化しているという記憶の修正がまだ追い付いていない。

 試しに聞いてみたが、なんでも『多すぎるから羅列してもわからない』とのことだ。

 さすが女神様。あなたがあまりにも多いと聞き流すし、確認するのも面倒くさがる事をしっかりと理解して下さっている。

 しち面倒な質問に答えてくださったことに滂沱の涙を流しながらその御心使いに感謝し、五体投地しながらストックしてあるあなたのミンチを捧げておいた。

 

 うだうだと兵士を潰したりそこら辺の物品を窃盗したりとなんやかんやしているうちに最上階最奥、明らかにボスのいそうな大広間……部屋……天井のない円形闘技場? にいる優男の元に着いた。

 皆はまだ着いていないようだ。

 あなたを見た優男が何故か怒っているがどうでもいい。

 一息に近づいて窃盗を利用して装備や荷物を確認する。

 

 ★≪アルゴールの召喚石≫

 ★≪アダマスの鎌・レプリカ≫

 ★≪タラリア・レプリカ≫

 etc...

 

 レプリカばかり。

 価値無し。

 ★≪アルゴールの召喚石≫が少々気になる程度だろうか。

 とはいえ固定アーティファクトは盗めない。

 とりあえず殺……してはいけないのだった。ぶちのめしておこう。

 とりあえず口上だけは名乗らせてやろう。そうしたら潔く逝かせる。

 

 やんわりとそう伝えたら★≪アルゴールの召喚石≫を使ってきた。

 現れたのは拘束具に全身を巻かれた≪アルゴール≫という灰色の醜女。

 レベルの足りていない雑魚だ。これならすくつ深層の階層主達の方が余程恐ろしい。

 ギフトは侮れないというのはたしかだが、だがこれはどうなのだろう。普通に正面から顔面を殴ったら死ぬのではないだろうか。

 というか召喚されてからずっと無駄に騒がしい。わーわー騒ぐのもいいがもう少し美声で喚いて欲しい。これがわめく狂人だろうか。見方によっては暴れ狂っている様にも見える。

 醜女が暴れて振り回した手が優男にあたり、優男が殴り飛ばされた。

 これは間違いなく暴れ狂っている。

 それにバリバリと拘束具を破っている。筋肉の誇示だろうか。バブル工場で得た本物だが手抜きでもある偽りの筋肉で対抗してみようか。

 あなたの目には恐怖して「拘束具なんて付けてる場合じゃねぇ!」と騒いでいる様にも見えるが。

 拘束具が外れたらレベルの判断基準が上がった。

 目隠ししていても勝てそうだ。から、負ける気はしない。に上がった。

 一気にレベルが上がったところを見るにかなり本気なのだろう。

 拘束具がレベルを封じているのが気になったが、壊れてしまった今はもう知る術はない。

 ギャアギャアと喚いてあなたに向けて威嚇してきた。

 なるほど。

 そうかそうか。

 

 

 どうでもいい。

 

 

 長棒で横っ面を殴って吹っ飛ばしておいた。

 なんだか、コキャッという音と共に首が360度回転していたような気がするが気のせいだろう。

 

 壁に衝突するとほぼ同時に皆が到着した。

 道中の敵は全て排除したはずだから、ここまで遅れたのは皆がゆったりと移動してたからだろう。

 死亡フラグ少年が優男が壁にめり込んでぐったりしている姿と醜女の首が一周分捻れた姿をため息をつきながら確認してから優男へと足を向けた。

 あなたは石化させて固定アーティファクトを生み出すアーティファクトが欲しいのだが。

 そういえば見当たらなかったな、と誰に伝えるわけでもなく呟いて再び屋敷へと探しに向かった。

 仕事はこなしたはずだ。ならあとは報酬の時間のはずだ。

 宝物庫にでも隠しているのだろう。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 結局、手に入れた目ぼしい物は★≪ハデスの兜≫一つだった。優男は殺したわけでは無いし、件の召喚石も使用されたからなのかなくなってしまった。

 兜だけでも十分な収穫ではあるが……。

 そんなあなたの手慰みのアーティファクト回収事情はさておき。

 先日、なんやかんやで石にされてアーティファクト化していたレティシアというお嬢様がコミュニティに参入した。

 戦力として申し分ないとの事だったがやっぱり等しく雑魚なのは変わらなかった。

 レベル的にはあの醜女の方が高そうな感じはしたし、白夜叉の方が明らかに強い。

 お嬢様の歓迎会を開くとの事だったのであなたも差し迫ってすることもなく暇だから久しぶりに料理を振舞おうと思った。

 自分の家族以外に料理を振る舞うのはいつぶりだろうか。駆け出しが終わった頃あたり以来かもしれない。

 ひとまずBBQセットで作るプリンは如何だろうか。

 製作過程を確認された上で何もおかしい事はないのだが拒否された。

 ならばとフードプロセッサーで作るメロンパンを差し出してみた。

 カリカリモフモフで美味しいのだが。

 それも拒否された。

 得体が知れないと断られた。やれもっと産地を明確にしろだの、やれ作り方も作る道具もおかしいだのと。

 注文の多い奴らだ。そんな者にはこの称号:カビキラー取得の為に狩り続けて溜まったゴミクズと説明するとゴミクズという言葉に失礼してしまう、そんな奴のステーキを振舞ってやろう。(ニヤリ

 

 そうやって子供達や耀や飛鳥、お嬢様とわいわいと遊んでいるそんな傍らでまた死亡フラグ少年が新しい死亡フラグを建てていた。

 

 いつ殺そうか。殺す日が楽しみだ。




どうも赤坂です。
ご丁寧に最新話を喜ぶ感想貰って調子に乗った結果の連日投稿です。

余談ですが、この作品のキャラの元ネタの私のキャラのデータは現在破損しています。
この作品書き始めてしばらくして破損して消えたのできっと箱庭に旅立ったんでしょう。
今は二代目を育て始めているところです。
あー楽しい(血涙)
ではでは


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第五話『ノイエルのお祭りでお土産を買うのが夢だった』

 あなたは久しぶりに夢を見ていた。

 魔術師が現れてくるりと魔法を教えてくれたり、うみゃうみゃ言う女神に出会ったり、オマエハオレダ! と言う謎の怪物の夢なんかではない。

 あなた自身の体験した記憶の追想。

 あまりにも古い夢。

 何度でも思い出してしまう黒歴史ともいえるような夢。

 

 

 あなたが、古代より眠るネフィアが大量に生まれる事から沢山の冒険者が集う地であるノースティリスに憧れて冒険者を夢見て旅立った日の事。

 乗り込んだ船がエーテルの風に巻き込まれ難破し、死を覚悟して意識を失った事。

 

 重荷に潰されそうになりながら旅をしていて、『重量挙げ』を覚えて鍛えるのに四苦八苦した事。

 鍛えるために重荷を背負って速度が落ち、敵に追いつかれては殴り斬られ撃たれ殺された事。

 そうして不利な状況で立ち向かう術は少しづつ覚えた。

 

 少しでも長く生きる為にお金を稼ごうとノースティリス中を配達や護衛の依頼で駆け回り、冒険者らしく無い事に気づいた事。

 依頼の達成で溜まった荷物を置く場所が確保出来ず、金があっても速度差で殺された事。

 それでもノースティリスについて少しは詳しくなれた。

 

 幾度の死を経て変わらなければと覚悟してひたすらに文献を読み漁り、極まった速度が純然たる力となる事を知った事。

 幾度となく積み重ねた自分の死体の山からはっきりと理解した事。

 ステータスの伸ばし方を覚えてからは少しづつ強くなっていった。

 

 冒険者となってあらゆる艱難辛苦と高い壁があなたの前に立ちふさがり続け、あなたは数えられぬ程の死を繰り返して乗り越えていった。

 

 いつしか、あなたの隣には黒い翼をはためかせる微笑みを携える妻がいて。

 あなたの手を握る娘のような存在の白い子がいて。

 

 気が付けば、あなたは風より速く。疾く速く。

 時すらも置き去りにするほどに速くなった。

 あなたの歩む世界は緩慢になり、あなたが廃人と呼ばれるようになった夢。

 

 繰り返し、幾度でも振り返る。

 

 そんな、ただの夢だ。

 

 

 

 夢の世界から抜け出したあなたはいつものように目覚めた。

 夢のせいか、ここ最近になってようやく抜けてきていた癖であなたはベッドの脇を見た。

 いつもそこにいるはずのあなたの妻はそこにはいない。

 数十年か、数百年か。あるいは、数千年か。

 最後にノースティリスの現在の年数を見たのはどれほど前だっただろうか。

 数える事も億劫な程に長い時を過ごした。

 長い、永い時間を共に過ごした妻は今は居ない。

 あなたがいるのは完全無欠にノースティリスとは異なる世界で帰る手段は女神様に会うしかないのだ。

 

 

 あらためて異世界に来たのだなと再確認したあなたは苦笑しながらあなたにあてがわれた部屋を出た。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 ───優男と醜女を殴り飛ばしておよそ一月が経った。

 あなたは一月で様々なギフトゲームを荒らして回っていた。

 

 今や気が付けば東側の『最狂』やら『最凶』やら『最恐』やら『化物』やら『怪物』やら呼ばれているようだ。

 残念だが当然だろう。妥当ともいえる。

 あなたが冒険者となった当初は冒険者の名声のノースティリス1位なんてどう見積もっても化物であなたがその領域に到達する事など不可能だと思っていたのだから。

 超次元の存在に化物と思うのも致し方ない。

 時空から切り離されたネフィア、伝説の一つともされるネフィアである『すくつ』に潜る事など有り得ないと思っていたのだ。

 駆け出しの頃には夢のまた夢だと思っていた。

 気が付けばノースティリスの1位はあなたで、かの『すくつ』も到達階層は万桁階層まで至っている。

 かつてのあなたと比べれば遥かに遠い領域にまで来たものだ。

 

 結論としては、世界を代表するような冒険者が化物とか最恐の扱いを受けてもそこそこ仕方ない。ということだ。

 

 とはいえ、あなたの噂は精々東側のちょっとした地域だけだ。

 箱庭の東側から抜け出して、別の地域でゲームを受けられる程まだこの世界に詳しくはない。

 この世界では本来あなたは駆け出しもいい所なのだ。地道に知識を付けて難しい依頼……もといギフトゲームに挑んでいくべきだ。

 知識を争うギフトゲームは露骨に避けてはいるが。

 

 受けているのは主に力比べ系……という物なのだろうか。

 大体全部殴れば勝てるので、そのせいでついた異名だろう。

 

 ギフトゲームで手に入れたものは殆どを売り捌き、貯金箱代わりに使っているノーネームの屋敷の金庫にあなたは叩き込んでいる。

 黒ウサギもあなたが報酬を売り捌いた後の小さな袋を無造作に叩き込んでいることを知ってはいたが、先日黒ウサギが金庫の中身を確認し直した所膝から崩れ落ちながら嘘だろう。とずっと呟いていた。

 ざっとした計算ではあるが、精々gp換算で50万ぽっち稼いでおいただけなのだが。ノースティリスではサイバーハウスが買える程度。全然少ないだろう。

 

 あなたに纏わりついて黒ウサギがはしゃいだりしたが別段感謝されるような事をしたわけでもなしに、あなたは黒ウサギを放って現在は農園を作る、というより農園を再生するための作業に四苦八苦していた。

 

 この世界には土地や建物の権利書が売られていない。

 というよりまず、床や壁といったパネルの概念がないのだ。

 ハウスボードは一応使えたが、家の模様替えの機能が失われていた。

 ネフィアでは使えないし、当然と言えば当然なのだが……。

 あるいは権利書を利用して家を建てれば出来るのかもしれないが、さすがのあなたも滅多に使うこともない権利書を大量に持ち歩いてはいないし、そもそも使う機会が出来て必要になったら買う程度なのだ。

 収集癖はあるにはあるが、あらゆる全てを狂ったように集めるほどではない。流石にそこまでコレクター根性はもってない。

 そもそも建物などそこらに沢山置いてあっても無駄なだけだ。使わないなら無駄だ。

 交易路の為に東から西まですべての街を繋ぐ倉庫ロードは作ってあるがそれはそれこれはこれだ。立派に道として利用価値がある。盗賊共に襲われるのも癪だ。身のほど知らずの馬鹿達の相手も楽ではないのだ。

 

 などなどそういった理由もあり流石に使いもしない、あるいは使いきれない畑が大量にあっても普通に困るので権利書の持ち合わせは無い。

 願いの魔法も女神様印のポーションが手にはいるという素晴らしい効果になっている。

 

 畑パネルが無くても、称号:収穫者の効果を見るに植物の育成に関しては平気だとは思うし、栽培の技能だってカンストしているのだが……なんとなく畑パネルでないと植えたくない。身勝手な話ではあるが性分だ。

 そもそもどこまで称号の効果があるかもわからないというのもある。

 この世界はこの世界で法則が違うという点をつけば、畑パネルに等しい地面は作り出せそうというのもあってそこらへんの地面に植える気は余計になくなった。

 

 そんなこんなであなたは現在、ノーネームの敷地内の農園ゾーンの土壌改良の為の手段を探してコミュニティの地下書庫でここ最近は文献を読み漁っている。

 いつだって知識は武器なのだ。

 

 さて、近況報告を兼ねた長い前置きはここまでにしよう。

 

 日課の読み漁りをこなすあなたのいる書庫に飛鳥、耀の少女陣が慌ただしく入ってきた。どこぞには『図書館では静かに』などというルールがあるようだが辺りが五月蠅い図書館にあなたは慣れていて気にしないから咎めるつもりはない。

 魔法書の読書失敗によりマナを吸われ弾け、魔物が呼ばれそれを倒すか倒されるか。

 どちらにしろ鮮血の舞う阿鼻叫喚図書館など見慣れてる。ノーネームの地下書庫は割と静かだが。

 

 

 何事だと顔を飛鳥達に向けたところ、一枚の手紙を突きつけられた。

 

 ……ざっと読んだ感じでは、箱庭北側で行われる祭りへの招待状のようだ。

 

 北側と言うとノイエルのクリスマスを思い出す。

 この世界でも北側ではお祭りがよく催されるのだろうか。

 なにはともあれ、お祭りとあらば駆けつけない訳にはいかない。とりあえず箱庭の北側に向かうとしよう。

 

 シュパシュパと手際よく本を本棚にあなたが仕舞う中、飛鳥達が同じく地下書庫に籠っていた死亡フラグ少年に奇襲をかけたが上手く躱されていた。

 死亡フラグ少年も基本速度の70より多少は速度があるようだから、まぁ飛鳥達の攻撃程度は速度差的に当たらないだろう。

 ノースティリスでは回避値、DVが高くないと避けられないがこの世界の法則はかなり曖昧なおかげでとても助かる。

 速度が違えば攻撃が当たらなかったりするのだ。

 速度がそのままDVに大きな加算がされているようななんというか。

 詳しいことはよくわからないがひとつ言えることがある。

 

 やはり速度は偉大だ。

 

 

 

      *

 

 

 

 ぶらぶらとノーネームの屋敷を出たあなた達は今、白夜叉の私室にいる。

 

 少し時間を戻そう。

 ノーネームの屋敷を出てからカフェで飲み物を飲みつつ移動手段が無い、あるにはあるが高すぎて使えないという事態について話していた。

 いや、もとよりわかりきっている事ではある。

 この世界、箱庭は広い。途方もなく広い。あなたもちょっと旅立つのは遠慮したくなるくらい広い。

 具体的にはここから北に向かうのにあたって距離はおおよそ980,000kmほどある。

 あなたが走っても半年くらいはかかってしまうのではないだろうか。

 あなたが(さすがに乱用するのはちょっとつまらないな……)と思って四次元ポケットに封印して久しい『ぶっ壊れ性能のアレ』を使えば、まぁ全員を抱きかかえて走っても数日で着けるだろうが……。

 この世界に存在する境界門と呼ばれる超長距離移動手段を用いるのが一番だろう。金が異様にかかるアレを。

 ムーンゲートの様な移動方法ではあるが、確かあれは偉大な魔法使いが異世界に行くゲートを開いて閉じる前に存在しているという物だ。

 境界門は魔法使いが他人の為に移動手段としてゲートを開くというような物で……説明が面倒だ。

 

 遠くへの移動手段はこれしかないからこれを使うしかないぞ。ぼったくり価格だろうが金を出せ、金が無いなら歩くか諦めろ。

 要するにそういう事だ。

 

 ……正直、送り主の白夜叉を締め落として金を強奪するのが一番早いのではないだろうか。

 きっと金なら持っているはずだ。

 ついでといわんばかりに、屋敷を出る際に黒ウサギで遊ぼうかくれんぼ鬼ごっこ作戦も実行し始めたのだ。ここで呑気に時間をかけては遊びにもならない。

 そう思って、送り主の白夜叉をシめて金を奪おうと皆に告げてあなた達はカフェを後にした。

 

 そんなこんなで白夜叉の店を訪れたというわけだ。

 具体的に言うと白夜叉の店ではなく白夜叉のコミュニティの店なのだがまぁ誤差だろう。

 そもそも店がどこ所属だ、というのをあなたは気にしない。売買が出来るならどこでもいいのだ。

 無論、投資したりなどを考えるとアクセスの簡単な店が自然とお気に入りの店になっていくが。

 いい加減見慣れてきた店員に挨拶をして店に入った。いつも通り凄まじく嫌な顔をされるが手を出してこない限りはどうでもいい。

 好感度が間違いなく-10以上だが、攻撃してこない限りはどうでもいいのだ。

 あなたは他の皆が店員に足止めを喰らうのを背に店の中に入り白夜叉の私室を目指した。

 

 好感度が下がっていそうな心当たりが一つある。

 あなたはギフトゲームで手に入れた雑多なギフトや道具は基本ここで売っており、たまに入荷しているアーティファクト扱いのアイテムやギフトをあなたは鍛え抜かれた交渉技術でぼったk……。

 購入しているのだ。

 嫌われて当然だろう。基本的に売るだけでたま──────────に購入していくだけの客は。

 

 

 白夜叉の私室のふすまをスパーンッと開けた所、あなたの後ろから白夜叉が部屋に皆を連れて入ってきた。

 どうやら外に居た様だ。すれ違ったのだろうか。

 気にすることではない。とりあえず向かうために搾り取らねば。

 あなたはウィスキー+99を白夜叉に差し出しながら、金を寄越せと伝えてみた。

 

 ……そもそも北側にあなた達を送るつもりだったようだ。それならそうと手紙に書いて欲しい。

 とはいえタダで送るほどお人好しというわけでもないようで。何かあるらしい。

 まぁ間違いなく安くはない旅費を全て出してまで祭りに参加させる理由が白夜叉側にないというのも確かだ。

 とはいえ理由なんて後で聞けばいい。今はおそらく置き手紙にそろそろ気づいたであろう黒ウサギで遊ぶ為に速く逃げたい。

 

 妹猫が鬼ごっこをしかけてくるのはこういう楽しさがあるのだろうか。

 最近ではもはや鬼ごっこの体を成すことすらできない妹猫との鬼ごっこを思い出しつつ白夜叉を急かす。

 移動距離を稼げぬままに捕まりたくなど無い。

 やれやれといった感じに首を白夜叉が振って柏手を打つやいなや、これで北側に着いたなどと言った。

 いつもの瞬間移動だろう。

 何ら不思議な事ではない。

 あなた達は北側の街へと繰り出した。

 

 

 

 

      *

 

 

 

 箱庭北側の街。そこはあなたの予想とは違い雪国ではなかった。

 どちらかといえば……赤い。

 ひたすらに赤い。

 お祭り気分溢れる街中の道行く人に聞いてみたところ、北方の厳しい寒さに対抗するために様々な技術やギフトが用いられている、だそうだ。

 よく分からないからどうでもいい。

 とりあえず目ぼしいものを探して探索しよう。

 

 

 

 ─────────

 

 

 ──────

 

 

 ───

 

 

 ……目ぼしいものが何もない。

 いや、あるにはある。てこてこ歩くキャンドルスタンドをペットにして育てたら面白そうだとか、店で売っている食べ物も東側で見たことがないものが多くて面白い。

 だが、言ってしまえばそれだけなのだ。

 それを楽しむのが地方のお祭りなのだろうが……。

 見ていて面白いがそれ以上は何もない。

 お祭りという利点があるのかやや怪しい感じだ。何もないときに来ても食べられるし手に入るのでは、と感じてしまう。

 

 多少は時間を潰せたが、さて。

 

 街中でぶらぶらと屋台の食べ物をつまみつつ噂話を立ち聞きして手に入れた情報として、死亡フラグ少年が黒ウサギに捕まったようだ。

 先程特筆するほどのことではなかったので無視していたが、遠くで時計塔が爆発していたのもそれの余波だろう。

 死亡フラグ少年が捕まったのならまぁ飛鳥や耀の少女二人組も捕まったことだろう。

 後はおそらくあなただけだが、そんなあなたは全力で逃げる気はない。

 最近では加減して箱庭側で売っている適当なこれといって特筆すべき点もない普段着に身を包んでいるために自重しているノースティリスの冒険者としての装備を解放して『例のアレ』を使った速度全開ならコミュニティから数日でこの北側に到着できるのだ。素のステータス勝負でさえ黒ウサギは土俵に上がってこれるはずがない。

 黒ウサギがあなたを見つけた瞬間があなたが確保される瞬間だ。そう決めてある。

 なので、見つかるまでお祭りを楽しむつもりではあるが具体的にどういう催し物があるのか、何処で行われているか、土地勘の無い今のあなたではわからないので適当に歩き回りながら街の人の噂話や張り紙を見て調べる以上に出来ることがない。

 

 とはいえ二秒で見つかる様な恰好や行動では鬼ごっこになどならないわけで。

 一応、見つからないように対策はしてある。

 

 あなたは現在、隠密状態でさらに一月前の戦利品の★≪ハデスの兜≫を被って歩いている。

 使い道を一月ほど考えてあれこれ試した結果、これ位しかこの兜には使い道がないと思った。

 いざ兜を脱いで買い物をする際はイングニコートの魔法を使ってから脱いでいる。

 ぽっきり言ってバレる要素がない。しいて言えば兜を被る姿を見られたらもしかしたらバレるかもしれないといったところか。

 もし、これでバレるようならギフトか何かしら使われているのだろう。

 黒ウサギの耳は高性能らしいようだし。

 

 知識は力。それを嫌というほど身に染みて知っているからこそ無知がどれほど愚かで恐ろしいことかわかる。

 それは身内や仲間についてだってそうだ。仲間の能力がどれ程あるのか、何が出来るのか知らなければ戦い方を模索など出来ようはずもない。

 己を知り、敵を知れば百戦危うからず。

 どこかの凄い人がそう言っていた。

 とはいえそれでも無理なものは無理である。

 諸行無常。廃人が廃人と呼ばれる所以はどれだけ対策しても上をいかれるからなのだ。

 廃人の蹂躙への対抗手段などそれこそ疲労時の階段、モチ、呪い酒etc……割と沢山あった。

 意外と百戦危うからずかもしれない。心に刻んでおこう。

 そこらの屋台のクレープに舌鼓を打ちながらそう思った。

 

 ちなみに黒ウサギへの置き手紙には他の少年少女達の文の下側に『P.S. お祭り中に見つけられなかったら * きもちいいこと * をさせて貰う』と書いておいてある。

 死ぬ気で見つけて貰おう。

 

 明日は何をしようか。

 なんでも、造物主の決闘などといわれる催し物もあるようだから多少は暇が潰せそうだ。

 そういえば街中で噂になっていた展示場も巡っていない。

 あなたのガバガバ探索がここにきて発揮され始めていた。

 そろそろ採掘やらメテオやら核やらで全て真っ平にしてから見渡せば結局は全部一緒という考えも改めなければいけないのかもしれない。

 お祭りの所為か空きの少ない中で宿をなんとか見つけて、ベッドをいつも通り幸せのベッドに置き換えてあなたは眠りについた。

 

 

 ……何かを忘れている気がするが、なんだろう。覚えてないならどうでもいい事だろう。

 

 




どうも赤坂です
しばらくいないので予約投稿が続きます
急いで準備したが三話分しか書き溜め出来なかったのが悔やまれる
ではでは


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第六話『初めての固定ネフィアでのボス戦は血の味がした』

 隣の部屋からドンドンと壁を叩かれる音であなたは目覚め、叩かれた壁を殴りでぶち抜いて五月蠅いと伝えてからベッドをしまうなど準備してから展示場に向かった。

 ひたすらに寝言が五月蠅いとの文句だったが、あなたに自覚はないのだ。つまりあなたは悪くない。

 あなたの知りえないところで起きたあなたに纏わる不祥事で何故あなたが責められねばならない。

 主にペットが勝手に暴れて勝手にカルマが下がる事とか。

 そもそも人の眠りにケチをつけないで欲しい。そっちがその気なら相手を永眠させてからあなたもケチをつけていいはずなのだ。

 

 とりあえず今日は展示場とやらに行ってみよう。

 展示場には様々な創作物、美術品や技術の粋を凝らしたギフトの展示等があるようだ。

 剥製ではなく、ギフトを展示する博物館……とでもいえばいいだろうか。

 もしかしたらアーティファクトもあるかもしれない。

 盗む事は出来ないから制作したコミュニティに譲ってもらえるか『お願い』をしてみるつもりだ。

 そもそもはたしてあなたを満足させられる品物があるのか。

 他人の博物館に訪れる気分だ。

 どんな配置なのだろう。どんな剥製があるのだろう。

 

 ワクワクドキドキソワソワしながらウキウキと歩いていたあなただが……展示場に向かう道は本当にこっちであっているのだろうか。あまりにも人の気配が少ない。

 何度も道があっているか気になって辺りを見回したりしたが、張り紙はこちらだと告げている。

 お祭りで、さらに目を見張る展示物があると銘を打たれているのだ。人が少ないのは……いざ念願の店を開いたはいいものの閑古鳥が鳴いた時のあなたの様な気分に、主催者がなってしまうのではないだろうか。少し悲しくなってきた。

 そうこうしつついざ展示場に着いてみたら衛兵が数人見張っており、立て看板に張り紙が貼ってあった。

 

 ───なんでも、昨日ちょっとした事故・事件があったようで点検やら整備の為に一時的に封鎖しているとの事だった。

 

 今日の午後には再開予定との事。残念だが後で出直そう。

 なんとか見れないかと衛兵に詰め寄ってみたが展示物も一時撤去されているとの事で何処にあるかもわからなかった。

 ならば仕方なしと、道を引き返し途中で綿あめとやらを買ってモソモソと食べながら造物主の決闘を見に行くことにした。

 確かまだ開場の時間の前だがまぁ速い分にはいいだろう。遅いよりはマシだ。

 あなたは街中の、魔王が現れる等という妄言を吐いて暴れまわっている変人へ石を投げながら会場に向かった。

 妄言を言ってはいけない。魔王などこの世界に来て1度しか見たことがない。それも白夜叉だけだ。しかも元・魔王だ。

 最近ではあなたが魔王などではなどと言われている始末だ。

 

 

 誰が魔王だ。誰が。

 あなたは冒険者だと何度言えば理解してもらえるのだろう。

 

 

 綿あめが予想以上に腹に溜まらない事に舌打ちしながらクレープやパフェ等の甘いものをひたすら買い込んでおいた。

 果実の木を大量に畑に植えてあるお陰で、リンゴや苺を乱獲し、料理してつまみつつ旅をしている。簡単に言ってしまえばあなたは甘味が好きなのだ。

 妻やペットに甘味を渡すと涙を流しながら喜んで食べてくれるし、あなたのパーティーは甘味で生きているとも言える。

 あなたが作る料理はいつもほとんど変わらぬ味で変わらぬ食材の為やや飽きもするが気にするほどではない。こちらで色々買い込んで保管しておいてノースティリスの自宅に帰ったら皆と食べようと思う。

 

 

 ぶらぶらと屋台を荒らしつつ会場に着いて適当な座席にあなたは座った。

 ペットアリーナを見るような気分だな、と思いながらあなたはパフェを口に含みながら適当に見回していたら司会席にいる黒ウサギを見つけてしまった。目があった気がしないでもない。

 まぁイングニコートの魔法は解いていないし、この距離ならまだバレないだろう。

 それに人が溢れかえるほどいるのだ。この中から変装している一人を的確に見つけるのは至難の業だろう。

 

 あなたがぶらついていた昨日の時点で予選が行われていた様子で、対戦表には耀の名前があった。

 対戦相手のコミュニティの名前はウィル・オ・ウィスプ。周りから聞こえてくる声では六桁の最上位に位置するコミュニティとかなんとか。

 色白な少女が火の玉をだして耀を驚かせて笑っているが、まぁただの戯れだ。気にする程でもない。周りの観客はその様子を見てザワザワしているが。

 小声でひそひそと七桁所属の名無しでは勝ち目はないとかなんとか言われているが、同じ七桁のコミュニティに所属しているあなたの目で見る限り六桁の変な奴らも等しく雑魚だからそんな小声は気にする程ではないだろう。

 耀が本気も本気で命を懸けて戦えばまぁ99%勝てる試合だろう。そう思う。

 どうせ勝てるしパフェに集中しよう。溶けそうだ。

 味方が戦うのを安全圏から眺める。まさにペットアリーナだな、と思いながらあなたはパフェから目を外して改めて耀の対戦相手の姿を見て、

 

 ……訂正しよう。あれは駄目だ。許されない。勝てるのかわからないマッチアップになってきた。

 言ってしまえば南瓜の化物が居る。

 南瓜が透明になって一方的に耀が攻撃される未来が見える。それよりも死んでほしい。早急に。

 対戦表には※印でサポートが一人まで許されていると書いてあるし、耀にサポートが居ないならあなたが名乗りを上げたい。南瓜は殺さなければ。ノースティリスの冒険者の暗黙の了解だ。南瓜は殺し、緑のクズゴミは爆破する。

 殺せない方の緑は現れるより先に断りを入れて出させない。当然だ。自然の摂理ともいえるだろう。

 染みついた癖で南瓜を殺さんとほんの少し殺気を零しながら腰を浮かせて剣に手を掛けた所、司会席から諫めるような視線が飛んできた。

 十中八九白夜叉の物だろう。東側でギフトゲームをしていてもたまに視線を感じる時があるし、最近慣れてきた感覚の視線だ。まず間違いなくあなただと気づかれている。面倒なことになりそうだからあなたは舌打ちしながら席に着いた。

 

 ……周りの観客が一斉に押し黙った上に脂汗を掻いて硬直している。どうしたのだろう。

 

 白夜叉が前に出てきて挨拶をする前に耀に話しかけていた。

 さて、何を言っているのか。とりあえずあなたは膝を揺らしてカツカツと地面を叩いて鳴らしながら南瓜を睨んでおいた。

 ビクリビクリと、傍目にはわかりづらいが南瓜頭が動揺しているのがわかる。無様に死ね。疾く死ね。あなたの良性変異をひたすら消し去ったり酔っぱらわせてくるゴミ南瓜はこの世界から消え失せるがいい。

 耀との話を終えた様子の白夜叉が黒ウサギに何かを耳打ちすると突然、黒ウサギがあなたの名前を呼んだ。

 何事だろう。もしやサポーターとして選ばれたのだろうか。

 だとしたら僥倖だ。糞南瓜を殺せる。あなたは喜び勇んで飛び出そうと。

 

 

 などとするわけもなく。

 どう考えようと明らかに罠だ。確実に特定されて捕まる。

 あなたを釣るための罠だろう。白夜叉まで敵に回っていたようだ。

 流石にこれで喜び勇んで飛び出すほど馬鹿ではない。

 見つかりたくないのだ。黒ウサギの魅惑の肢体で *  きもちいいこと  * をさせろ。

 

 とはいえ無視するのもアレだなと考えたあなたがどうしようかと考えている内に、諦めたのかそのまま試合が進行され対戦者両者は場所を変えた。

 出てこないと判断するやいなや即座に進行する辺りあなたを探すのも本気と見た。祭りの司会に勝手に私情を挟まないで欲しい。

 あなた達観客に向けてモニタリングによる中継が行われている。

 

 試合のルールを簡単に纏めると、迷路を抜けるか、相手のギフトを破壊するか、降参も含め勝利条件を満たせなくなった場合。どちらかの敗北が決まって終わる。

 

 あなたならば迷わず相手のギフトを破壊しに行きそうだ。

 相手の武器を破壊するという目的なら火や氷属性でひたすら攻めるだけで済む。

 ノースティリスなら通じなくても、この世界は耐性を気にしてる人などいないから余裕で武器や装備を破壊できるだろう。もちろん持ち手も含めての破壊だが。

 

 さて、相手のサポーターの姿が見えないが、あの南瓜が創作物兼サポーターという事だろうか。

 それよりも、どうにもあの南瓜。正体を隠しているように見えるのだ。

 シェイドとはまた違うし、インコグニートでもないだろう。どちらかといえば……自宅に現れる乞食に扮した妹だろうか。

 これに関しては見抜くというよりは積んできた経験による勘だろう。

 見た目に騙されてはいけない。それは数多のムーンゲートの先の世界でも学んでいる。

 ムーンゲートの先に、農村の銀髪の少女を見かけてつまらない世界だと舌打ちして殺そうとして一歩を踏み出した瞬間消し飛ばされた嫌な記憶が過る。

 それにあなたのペットのプチはすくつのティラノサウルすらやろうと思えば殴り殺せるし、あなたの妻の黒天使にも引けを取らない戦いが出来る程なのだ。

 

 とりあえず、正体を隠したクソ南瓜という時点でまぁ勝ち目はほぼなくなっただろうか。即殺出来ればいいのだろうが。

 

 これ以上は言うまでも無いが、あなたの目から見ればこの対戦はクソ程面白くないマッチアップに成り下がった。

 まず間違いなく耀の勝ち目は無くなった。というより熱い展開の一つも起きないだろう。

 あなたや死亡フラグ少年がサポーターとしていれば勝てるだろうが……いや、死亡フラグ少年は駄目だ。あなたではなく彼がサポーターに選ばれたら不服を申し立ててあなたが殺す。

 

 ゴリゴリのマッチョvs触手スライムのくんずほぐれつの汗まみれの殴り合いの方が見どころがありそうだ。

 ハードゲイ(プレミアム)vs弱酸性スライム……自爆で双方消し飛んで酸が撒き散らされるいい試合だ。

 

 隣に座っている観客に同意を求めた所、マジかコイツ……というような顔をされた。解せぬ。

 結局この祭りで楽しめそうなのは未だ見ぬ展示場の展示物位しかないかもしれない。

 試合が始まるとほぼ同時に早々に席を立ち、会場を後にすることにした。

 午後まで時間がある。さてどこに向かおうか。

 そう歩き出そうとしたその時。

 

 

 ───ふと、空から落ちてくる黒い契約書類が目に入った。

 

 

 

 しばらくヒラヒラと舞いながら落ちてくるのを待ち、手に取るやいなやあなたが目を通すより早く会場から悲鳴が上がった。

 

 魔王が現れた。と。

 

 魔王。その言葉を聞いて即座に意識が遊びの思考から戦闘用の思考に切り替わる。

 変装はそのままに即座に武装を本気の物に替え、街全域に向けて喜びと共に本気の殺気を飛ばしておいた。

 ようやくだ。初めての魔王だ。あなたが本気でぶちのめしても誰も何も文句を言わない存在だ。

 白夜叉は論外だし魔王なんて言う座には似合わないだろう。女神様の御友人だそうだし。

 付近の建物の窓に罅が走り、地鳴りが町中から響いた。道行く人々が泡を吹きながら気絶していくが構う事では無い。

 

 あなたのちょっとした戯れの殺気程度で倒れる奴が悪い。

 

 バタバタ人が倒れていく音と共に悲鳴が鳴りやんでゆく会場内に、体を震わせるだけの反応が2……いや、3つ。

 少し遠くの外壁の上の方で3つ。一瞬遅れて反応が返ってきた。

 会場内の物は白夜叉と誰か2人。おそらく死亡フラグ少年と南瓜の怪物だろうか。

 だとするなら魔王は遠くの三人と断定。あなたは即座に情報の気配の方を睨み剣を強く握りしめた。

 生きている魔法威力向上の武器が嬉しそうに震える。

 

 ……そうだった。ポンコツをまだ殺していないから殺せないんだった。

 ふと思い直して武器を生きている生ものの長棒に変えておいた。

 握っているとじっとりと変にぬめぬめしだすから長くは使いたくないが、まぁ仕方ない。刃がついていない武器がこれ位しかないのだ。最も弱い武器という意味もあるが。

 あぁ、こんなことなら不殺の準備をしてから箱庭を訪れたかった。

 

 とりあえず絶対にポンコツは許さない。絶対にだ。

 早く見つけ出して血祭りに上げてミンチにして引き裂いて磨り潰してぐちゃぐちゃにしてあぁ──―殺したい。

 この世にあのような存在がいる事が許せない。

 

 

 境界壁と言われる赤い壁の上に立つ4つの影。

 4つの敵影。その姿は一つは露出痴女。一つは軍人。一つは斑ロリ。一つは白亜のゴーレム。

 一番強い気配がするのは斑ロリ。次点で軍人。痴女。ゴーレムは多分ペット枠だろう。 掃いて捨てれるほど強くなさそうだ。

 

 とりあえず全部ぶちのめしておこう、そうしよう。

 

 一歩で地面を割り砕き、二歩で音速を超え、三歩で力任せに跳躍する。

 いざ高い所から悠々と降り立ち、格好よく姿を現そうなどと考えているのかもしれないがそんな演出はノースティリスの冒険者、特に廃人には全く通じやしない。

 一本道があるなら壁を掘り回り込み。部屋が広いならドアや壁が部屋に溢れて道を狭め。障害がないなら呪われた酒が乱れ飛ぶ。

 特殊なネフィアのボスの殺し方なんて大体そんな感じなのだ。

 あなたは戦い方に拘りはない。あなたは廃人だが狭量ではない。

 相手がどんな戦い方をしようといいのだ。

 どんな戦い方だってあなたは認める。勝てば正義なのだ。

 

 恰好がつけたいなら、付けるといい。

 決め台詞が吐きたいなら、吐けばいい。

 舞台演出をしたいなら、すればいい。

 

 あぁ、すべて良い物だ。きっとそうだろう。相手が気持ちよく戦いたいというなら恰好を幾らでもつけるといい。

 あなたはその全てを否定しない。

 

 そのどれもに等しく価値などない。

 

 演出で生存率が高まるなら幾らでもしてやろうじゃないか。

 駆け引きもクソもない。命の奪い合いには必要無い。

 

 力 is パワー。

 

 あらゆる手段・方法を使っていいのだ。

 捻って擦って切って打って撃って叩いて潰して千切って刻んでそうして殺し、ミンチにする。

 最後に立っていればそれがあなたにとっての『勝利』だ。

 勝ち方に拘るつもりなどない。だからこそあらゆる戦い方をあなたは認める。

 あなたはわざわざご丁寧に勝ち方に拘る雑魚に付き合って名乗りを上げるつもりなどない。

 命のやり取りに無粋なものを混ぜ込む方が愚かだろう。

 

 愚かと言えば、そう。例えばポンコツとか。

 あぁ許せない。あなたの命の奪い合いに余計な横槍を刺してあなたにポンコツを殺すまでの不殺を植えこむなんて。

 

 現実に戻ろう。

 あなたが跳躍で一気に距離を詰めた所明らかに目線があったので、敵も逃げ出さない優しい微笑みを見せて長棒を振り回して全員を地面に直葬。……もとい直送しておいた。

 会場に全員が落ちていった。会場が爆発した様に遠くから見えた事だろう。モクモクと土煙が会場を覆った。

 割と洒落にならないくらいおぞましい高さの粉塵が上がっているが、何かが死んだ音はしないし生きているだろう。

 一番強い斑ロリの相手をしてみるか、とあなたは悠々と壁に足を突き刺して歩きながら地面に向けて進みだした。

 

 さて、元ではない魔王との初接触。はたしてあなたを楽しませてくれるだろうか。

 




どうも赤坂です。
まだ作者本体は帰ってきません。
ではでは


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第七話『主能力よりも、速度が高い方が強い』

 自由落下すると死ぬあなたはとても歯がゆい気分で降りていた。

 高い所に陣取る理由が分かった気がする。廃人を封じるのは高さだろう。この世界において落下は強敵だ。

 駆け降りようにも、階段のように足を滑らせた時点で膨大なダメージと契約の魔法のストックの減少、それを割り切って受け入れたとしても回復やら何やらで貴重な時間がそこそこ経過してしまう。

 結局あなたが開幕でしたのは一発屋の一撃程度だったということだ。

 一発屋の影響で会場が木端微塵に砕けているが気のせいだ。コラ……コラテなんとかだろう。

 

 あなたがやっとの事で地面に着いた頃にはギフトゲームは一時中断されてしまっていた。なんでもギフトゲームに不備がある可能性があるとか黒ウサギの声が響いていた。

 そんなのはどうでもいいから血みどろの殴り合いをしたい。

 あなたなら不備があろうと全て真正面から破って殺し……もとい殴り倒してみせる。

 不備など関係ないだろう。あったらあったで主催者側の失態だ。あなたは微塵も気にしないので続けて欲しい。

 

 あぁ、めんどくさくなってきた。ポンコツはどこだ。殺戮の渇望が止めど無く湧いてくる。一度ミンチにしてしまえばあとは楽になるというのに。

 

 ……さてはエーテル病だろうか。殺戮への飢えの症状だろうか。ずっと昔からちょこちょこ発症してはいるものの、いい加減付き合いが長いから気に留めていなかったのだが。悪化したのだろうか。

 ポンコツ限定での発症というのは気持ち悪いのでエーテル抗体を飲むかどうか少し悩んだ。

 今のままでは一緒に羽や蹄が治ってしまう。一度わざと何かを発症しなければ……。

 とはいえどうしても殺戮の飢えが収まらない。やはり一月以上もミンチをほとんど見ていないのが原因だろう。

 この一ヵ月程、本来なら数万単位のミンチを見るはずが見てないのだ。

 ギフトゲームが中断されたなら、と展示場に向かって歩きながら願いの魔法を唱えて麗しの女神様にお願いをしてみた。

 

 女神様……。ポンコツが殺したいです……。

 

 自分で見つけなさい。という端的で簡潔でとても有難い御言葉を頂いた。

 滂沱の涙を流しながら感謝しておいた。有難い御言葉だ。

 

 スッとした気分で展示場に辿り着いたあなたは立ち入り禁止の札や紐が切られているのを見つけた。

 アレだろうか。テープカットだろうか。展示場オープンしました。的な。

 

 いや、数日前から開かれてるはずだからそれはない。なぜ今更それが行われるのだろう。

 ふと冷静になりつつ。不思議だな、と首を傾げながらもあなたは入っていった。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 明かりが一切付いていないがあなたの眼では問題ない。いつも暗いネフィアの底で戦っているあなたには暗闇など敵ではない。

 盲目状態になったらなったでメテオを唱えるだけだ。

 展示物が撤去されているなどと言われていたがまぁ方便だろう。ちらほらと何かがあったような跡だけで何も置いていない展示スペースがあるにはあるが全て飾られたままだ。事件というのは泥棒だろうか。

 そのまま進むうちに広間に着いた。天井の高い広間になっており、なにか大きな展示物が置いてあったような跡がある。

 中央に一つでかでかと展示用のスペースが取られているから丸わかりだ。

 

 展示品の看板には『制作:ラッテンフェンガー 作名:ディーン』と書いてある。

 この大きさの展示物とはなんだったのだろう。抽象的な作品名でなくこの大きさを取るところを見るに像だろうか。

 この箱庭の著名な人物の像だったのかもしれない。だとしたら一目見てみたい気持ちもする。

 

 あなたがウロウロと歩き回りあらかた見尽くしたところで入口の方から数人の声が聞こえてきた。

 誰だろうか。ここは今おそらく立ち入り禁止区画だろう。衛兵かもしれない。

 とりあえず★≪ハデスの兜≫を被っておこう。透明ならバレないはずだ。

 この兜、意外と便利かもしれない。濡れたら即座にバレるだろうが。

 入ってきたのはあなたが殴り飛ばした魔王とおぼしき三人組だった。あのゴーレムはどうしたのだろう。

 入口が狭いから通れなかったのか。

 まぁどうでもいい。とりあえずまた殴り飛ばしておこう。

 そう思って長棒を取り出しつつ近づいていくと、斑ロリがぎゃあぎゃあとあなたの事を五月蠅く罵っていた。

 

 やれ開始前に殴りかかるな、やれ主催者として格好がつかない、やれ予定が狂った、やれ交渉すら上手く通らない。

 全部あなたの所為にされていた。

 

 最後の交渉に関してはあなたの知った事ではない。死亡フラグ少年があなたを交渉材料に使ったのだろうか。

 ……ここ最近、どうにも死亡フラグ少年。あなたを制御する方法がないか。制御することが不可能なら不可能なりに使い道がないのか。そういう事を小賢しくも考えているように思える。

 あなたはあの程度の雑魚に御されるほど落ちぶれてはいないのだが。今度お灸を物理的に据えておこうか。

 

 今度死ぬことが決定した死亡フラグ少年はともかく目の前の三人で遊ぼう。

 あなたは微笑みを湛えながら兜を脱いだ。

 三人が恐ろしい物を見る目であなたを見てきた。ははは。愉快愉快。

 長棒を握って手をぺしぺしと叩きながらさらに距離を詰めていく。ぬちゃぬちゃしていて気持ち悪い。なんでこんな物をあなたは作ってしまったのだろう。反省して今度は別の弱い武器を作っておこう。

 

 またしても斑ロリがぎゃあぎゃあと喚いている。

 やれ相互不可侵のはずだ、やれなんでここになんでいるだ、やれ手を出したら違反だ。そんな風に何か喚いているがあなたには関係ない。

 掃き掃除で床の目の端っこに残った塵程にどうでもいい。意外と気になる気がする。細かい所まで綺麗に掃除しなくては。

 

 

 ゴミがまた一つ消える事に喜ぶルミエスト北の清掃員を思い出しながらもあなたは長棒を振りかぶった。

 あなたはあなたのギフトの効果の一部を既に把握している。この一月で見つけた成果の一つだ。

 何の遠慮もせずに殴りかからせてもらう。あなたは遠慮をしなくてもいいのだ。そういうギフトとだけ説明しておこう。

 詳しい事はよくわからないが、あなたはルールだなんだというちんけなものに囚われる必要はない。

 

 

 斑ロリは頭の上から叩いて地面に突き刺しておいた。

 地面のじんわりとした温かさと共に雑草の気分を味わうといい。

 

 麗しき女神様よりも露出の少ない痴女はけしからん乳を横からはたいてから顔面を面白い感じに陥没させておいた。前が見えなさそうだ。

 どこかで聞いた歌の様に乳をもぎたかったが、もいだらそのまま殺してしまいそうだから止めておく。……バルンバルンしよる。ワァオー。

 

 軍人は……とりあえず足払いを掛けて平安京エイリアンの刑でいいだろう。

 意図せず足が地面から生えたような姿になったが……まぁ何の問題もない。どこかの有名な一族の足のようにも見える。気のせいだ。

 

 

 一連の作業を文字通り光速で終えてからあなたは死亡フラグ少年や白夜叉と話の擦り合わせに向かう事にした。

 さすがにここまで魔王達が弱いとは思わなかった。実質初めての魔王戦はとてもつまらなそうだ。

 今のあなたには殺しが出来ない以上これ以上する事もない。

 あなたはその場を後にした。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 以上の諸々を会場で黒い霧かなにかに覆われて動けない白夜叉に話しておいた。

 かなりドン引きされたうえに、状況を何も知らないまま絹糸の上を全速力で走る様な真似はやめてくれと伝えられた。

 あなたとしては全速力ではなくティラノサウルスに乗って走ってる気分なのだが。

 とりあえず安心してほしいと伝えておいた。あなたは何の問題も起きないと思ってやった行為なのだ。何か問題が起きても発覚する前に握りつぶすだけだが。

 

 それと、そもそも頼み事があってこの祭りに連れてきたはずなのだが、と愚痴をいわれた。

 そういえばそうだった。昨日の夜にふと思った忘れていたというのはこれだったか。

 依頼を受ける前だからすっかり忘れていた。ジャーナルにしっかりメモっておいてほしい。どうせ見ないが。

 あなたの予想ではきっと魔王が現れた時の対処要員だと思う。

 率直にそうなんだろう。と聞いたら返答に困っていた。図星のようだ。

 だったらあなたの先程までの行動は咎められる理由がないはずだ。魔王は叩き潰していい。それを叩き潰して遊んだ。

 文句を言われる筋合いがないではないか。あなたは悪くない。

 

 

 実際、あなたが本気で戦うなら二秒もいらない戦いだ。あなたが殺戮行為を是としていたらもう終わっている。最初の接敵時点で三人+1体の首を刈って終わりだ。

 あらゆる生物は首を刈れば死ぬ。全ての世界の共通のルールだ。おお諸行無常。

 あなたは自重するつもりはない。手加減するつもりもない。あらゆることに本気で取り掛かり全力で遊ぶだけだ。

 あなたがノースティリスでしていたことと何も変わりはない。

 白夜叉が腐った食べ物を食べてしまった時の様ななんともいえない渋い顔をしているがどうしたのだろうか。胃が痛いのだろうか。

 

 最近、よく渋い顔をあなたの周りの知り合いに見る。もしや何かの病気だろうか。

 ほ、ほぎー。とか言われたらちょっと本気で辺り一帯を灰燼に帰すまで滅ぼすのだが。

 祝福された聖なる癒し手ジュアのポーションが荷物の底に入っていたから飲ませておこう。病気退散。

 黒い霧に触ろうとするとなんかパリパリと地味に痛いし弾かれた。投げたら貫通しないかと思い投げたら邪魔な黒い霧にポーションが当たって砕けた。

 

 これも弾かれたようだ。むかつく。破壊したくなってきた。

 

 ちょっと全力を出してもいいだろうか。白夜叉なら大抵の攻撃では死なないと思うし、あなたが本気をだせばイけると思う。

 イの字が逝の気がする、と白夜叉が叫んでいるが、あなたでも苦戦しそうな相手だ。あなたの一撃程度ではきっと死なないだろう。多分。きっと。おそらく。

 

 

 ちょっと剣を抜いて、ワーッとやって、パパパッと斬って、終わりだ。その程度なら平気だろう。

 

 

 まぁその剣が本気と書いてマジと読むレベルの一発屋の剣なのだが。いい加減強化しようにも強くなりすぎてもはや一回血を吸われたら死ぬまで吸われるまで育てたあなたの古い剣の一本だ。

 ちょっとシャレにならないレベルで重くした大剣の全力振り一本、ポンコツを一撃で叩き斬る攻撃を見せて差し上げよう。

 魔法の方がダメージは出るが、あっちは本気で冗談では済まないので使わない。もし貫通したらついでの威力でも100000%以上の確率で殺してしまう。

 万が一にも地味にレベルを上げただけの魔法の矢などでは破ってもつまらない。この状況でのっぺりとした終わり方はしたくない。

 

 ニヤニヤした顔で仕方ないから物理でとか呟くな、と叫んでいるが……まぁきっと空耳だろう。

 口笛を吹いて誤魔化しておいた。

 神々も絶賛する演奏技術による無駄に上手な口笛でも誤魔化されないと叫んでも空耳は空耳だ。

 

 満面の笑みで全力であなたは剣を振り下ろした。

 

 カキンッと阻まれた。なるほど。欠片もダメージの入らないこの反応から察するにきっとすくつの階段のように不思議なバリアで塞がれているのだろう。

 そうかそうか。だったら仕方ない。あなたにはどうしようもない。全存在にダメージを通せるといってもあくまで敵対出来る存在だけだ。物やバリアは殺せない。

 白夜叉がマジでグッジョブ箱庭……と天を仰いでいるが破れないものは仕方ない。また今度白夜叉には直接事故を起こそう。おっと。口が滑った。

 あなたは、味方に敵がいると叫ぶ白夜叉を背にその場を立ち去った。

 

 あなたにとって味方として扱うのは妻とその子供達だけだ。

 女神様はもはや敵や味方といった次元の問題ではない。

 さて、白夜叉にとっての味方とは誰の事だろう。

 




どうも赤坂です
ではでは(即座)


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第八話『廃人の領域に立つ者に気軽に挑んではいけない』

 ───白夜叉に全力一本を振るった次の日。白夜叉の私室に潜り込み眠っていたあなたの耳にゲーム再開の鐘の音が響いた。

 あなたが喜び勇んで勢いよく外に飛び出すのとほぼ同時に世界がガラリと様相を変えた。

 見下ろす町並みはその配置も、並びも様相も全てを変えていた。あなたの見たことの無い街の光景だ。

 もしや、対魔王用とかの街で一粒で二度美味しいということだろうか。

 

 

 

 実にどうでもいい。

 

 

 

 祝福された魔法の地図の巻物を読んで全貌を把握しておいた。

 明らかにボスがいそうな部屋や空間が殆ど見当たらない。

 ということは昨日のつくし、乳お化け、地面から生えた足はどこかに潜んでいるのだろう。

 どんな格好をしていたか忘れてしまった。印象に残っているのがそれだけだ。

 脅威には成りえないから特に緊張感は無い。

 廃人になってからミノタウロスの巣に挑むようなものだ。駆け出しのころに頼まれるままに潜り込んだ時の事は忘れたい。

 

 

 曲がり角からこんにちは。死ね。

 

 

 ……あの光景は今思い出しても頭が痛くなる。一国の大臣が後先も考えずに駆け出しに頼む依頼ではないと思う。

 ミノタウロスが居なくならないのも冒険者という餌を撒いているからではないだろうか。

 数年後に再度挑み、同じ様な状況で曲がり角で出くわし、その瞬間に辻斬りで殺したのはあなたの方なのだが。

 

 

 思い出から現実に意識を戻そう。

 そういえば確認すら忘れていたギフトゲームの勝利条件だが、主催者をぶちのめす。もしくは、偽りの伝承を砕き~とかなんとか。

 どちらかを満たせばクリアだそうだ。

 

 あなたが選ぶのは主催者の打倒ただ一つ。

 徹頭徹尾、確実に捻り潰す。今度は一発屋の一撃などで終わらせるつもりはない。

 

 あなたにとってギフトゲームの裏に隠された真実だなんだは知った事ではない。

 箱庭のギフトゲームはチキュウなる星の歴史だとか物語だとかの発祥が多いからあなたは欠片も知らないし調べるつもりもない。

 そもそもノースティリスについての歴史だとか物語だとかにもあなたは疎いのだ。

 まぁティリス全土の歴史であればレシマス攻略の果てに手に入れ、解読まで終わらせた『アレ』があれば可能なのだが……。

 如何せん。持ち出すと効力を失う性質のせいであなたが手に入れた瞬間以降の歴史は残されていないし使い道など殆どない。

 精々黒天使のスリーサイズを調べるのに使った程度だ。

 全ての歴史ということもあり全力で隅々まで調べたら見つける事が出来てあなたも当時はニッコリしたものだ。

 まさか個々人の歴史まで残されているとは思わなんだ。黒天使はこれを手に入れたから記されたのではとかなんとか言っていたが詳しい事はよくわからない。

 役に立てばそれでいいのだ。黒天使のスリーサイズを調べるとか。黒天使の下着の色を調べるとか諸々。

 そのために三年もの歳月を費やして正解だった。

 

 話を戻そう。それといい加減に思い出に耽らずにしっかり現実に目を向けよう。

 ゲーム再開とほぼ同時に現れた黒ウサギに現在あなたは猛烈に警戒されている。

 白夜叉の私室から出る時にインコグニートを発動しておいて本当に良かった。バレてはいない。まだ負けていない。まだ * きもちいいこと *は出来るはずだ。

 見たことも無い顔と声に対してしきりに耳を動かして睨んできているがまだ負けていないはずだ。

 敵ではない、と伝えたもののやはり不審なのだろう。

 あなたは、ここにいても埒が明かないし他のところに行くと伝えて歩き出した。

 背中に黒ウサギの目線が突き刺さる。他人なのだから気にしないで欲しい。

 

 ともかく、まずはつくし……確か斑ロリだったはず……を探して叩き潰そう。

 ばるんばるんしてるけしからん乳持ちをもいでもいいのだが。

 地面から生えた足は割とどうでもいい。見かけたら全裸に剥いてまた埋めて足を地面から生やしておこう。

 あと何かいた記憶が……。

 そう思って歩いていたら白い陶器っぽい巨人に出くわした。

 ノースティリスの<ポーン>やら<キング>やらの<駒シリーズ>に似ているソレはあなたを見るや否や襲い掛かってきた。

 目障りだしとりあえず殴り飛ばしておこう。

 死んだらその時はその時だ。力量差も考えないこいつらの悪い頭が……。

 

 

 

 瞬間、あなたに電流走る。

 

 

 

 頭が悪い=ポンコツ=抹殺対象。

 この方程式が成り立つのでは。

 あぁまさに悪魔的発想……! 

 理由をこじつけている様にしか見えないのはきっと気のせいだ。そっとしておいてほしい。そっとしておけ。

 そうと決まれば我慢などできようはずもない。ミンチだ。

 

 思い直して襲い掛かり、裏拳で木っ端微塵に砕いておいた。

 手ごたえがない。残念だが当然だろう。巨人と蟻のフンくらいの力の差があるのだから。

 相手の体力が300程度だとしたらあなたの一撃で入ったのは60000かそのくらいだろうか。

 裏拳で殴ったとはいえ小突いた程度の威力でこれだからやる気が出ない。

 オーバーキルにも程がある。物理でこれなら魔法だとどうなってしまうのか。

 それに血肉が付いているわけでもなしに。壊してもそこまで気持ちよくない。

 たまに現れる陶器っぽい巨人を遠慮せずにぶち壊していく。

 特に何も考えずにぶち壊す快感に浸りながらテクテクと歩いていたら黒ウサギと、なんか赤い少女が斑ロリと戦っていた。

 ちょうどいいし混ぜてもらおう。

 

 斑ロリに奇声を上げながら後ろから襲い掛かった所、殴るより先に黒ウサギに思いっきり見つけたと叫ばれた。

 何故バレたのだろう。インコグニートは適宜かけ直してるからしっかり発動している。

 

 他の人と間違えているのでは、とまた言ってみたがそもそもに決められたメンバー以外は斑ロリとの戦いには参加しないという手筈だったらしい。

 ゲーム参加者全員に徹底したはずなのに無視して突っ込むとなると作戦について知らない上に、話が通してあっても問答無用に突っ込むあなたしかいない。

 というかお前の顔を見たことが無いし、あなたならきっと変装くらいなら余裕でこなすはずだと。

 そう完全に言い切られてしまった。

 面倒だし反論しなくていいだろう。

 

 

 バレてしまっては仕方ない。

 

 

 その慧眼を賞して、あなたを見つけ出した報酬に星の彼方への案内ツアーはいかがだろうか。

 ヌメヌメした長棒によるフルスイングぶっ飛び旅行案内ツアーなのだが。

 首がちぎれるのではないかというくらいの速度で首を振って拒否された。

 

 きっと楽しいはずなのだが。主にあなたが。

 そんな風に遊んでいたら斑ロリの袖口からわさわさと黒い煙が漂ってきてあなたに纏わりついてくるが……これはなんなのだろう。

 不審に思いながら喰らい続けていたら病気になった。

 ステータスが一時的にとはいえ下がるから止めて欲しいのだが。

 ダメージはないのでほぼ実害無しと判断して斑ロリの頭を叩いて昨日の様に地面に突き刺しておいた。

 つくしの気分を再び味わうがいい。

 

 気持ちのいい悲鳴と共に地面に突き刺さったまま下を向いて俯いてしまった。

 面白おかしい顔を見せて欲しいのだが。嘲笑うために。もしや頭を叩いたせいで首が折れてしまったのだろうか。

 そう思っていたら斑ロリがふわりと地面から出て浮かび上がった。

 物凄い怒っている。激怒だ。

 

 

 

 ははは。喚くな。

 

 

 

 長棒をぺしぺししながらにっこりとした微笑みでまた地面に植えようとしたところ、再び黒い煙……というより風だろうか。が漂ってあなたに纏わりついてくる。

 死を齎す風だ、とかなんとか言っているが9999ダメージを受けるだけだ。

 この程度ではあなたの体力を削り切るにはしばらくかかる。毒の様な継続ダメージとはいえそこまで痛くない。

 普通にスタスタと歩いて風を突破して殴り飛ばした。

 ギフトを無効化したのかとかなんとか黒ウサギが驚いているが決して無効化したわけじゃない。そもそも無効化の仕方がわからない。

 あらゆるダメ―ジの無効化の仕方はわかるが一身上の都合で単純作業以外で装備するつもりはない。

 

 無効化ではなく、余りある体力に物を言わせて無理やり突破しただけだ。

 

 駆け出しなら数千回か数万回は死ぬ合計ダメージ量だが、あなたの体力は数十秒喰らっただけでは半分も減らない。

 そうはいうものの、さすがにこの風の中では10分以上は耐えられないと思う。

 一応、回復魔法を唱えて回復しておいた。何度もずっと喰らうと正直不安というのもある。

 これがステータスに縛られないギフトの強さだろうか。魔法と何が違うのかという感じはするが。

 とはいえ、あらゆる耐性を貫通して固定ダメージを与えてくるという点を考えると強いのだろう。

 

 ギロチン台やアイアンメイデンと同等であり、かつ継続した火力。正に、ダメージ9999固定の毒という表現が一番伝わりやすいだろうか。実に欲しいギフトである。

 確かに9割くらいの敵は為す術もなく死ぬだろう。9割くらいの敵は。

 悲しい事だ。廃人のあなたには通用しない。残りの一割があなただ。それだけのこと。

 というか、武器として使えるなら物凄く欲しい。この効果はとても強い。

 

 風を突っ切って斑ロリをぶっ飛ばしてはみたものの、一向に倒れる様子もないし風が地味に痛い。

 体の節々に痛みが生じて、頭痛と悪寒が凄い感じだ。気持ちが悪い。

 打倒という話だがどう打倒すればいいのだろう。ギフトゲームのルール上で、打倒は長棒でシバくだけでは足りないのだろうか。

 もしや殺す必要があるのだろうか。だとしたらあなたでは殺せな、い……し……、

 

 瞬間、再びあなたに電流走る。

 

 電流が走り過ぎではないだろうか。同じネタを繰り返すのは三流のすることだ。

 

 とはいえ説明はさせてもらおう。

 先程の陶器っぽい巨人はポンコツという事で木っ端微塵にしていいとした。

 元締めのこいつらもポンコツの関係者という事で殺していいのではないだろうか。

 ふとそう思ったのだ。際限なくなるから止めておこう。

 

 流石に何度もポンコツをネタに乱用したら女神様がいい加減にしろと怒ってきそうだ。

 まぁあなたの自重や自制など、ノースティリスの各種ギルドの警備くらいガバガバだ。

 インコグニート一回で解かれる警備体制……。今にして思っても流石にザル過ぎるだろう。

 とりあえず、ポンコツを殺してからミンチ作成を行うとかなんとか言ってはいるものの、有事の際や茶目っ気を発揮したい時は普通に知った事かと暴力を振るう所存である。

 ムーンゲートの先の世界等ではむやみやたらに人々を殺して回ると世界観とか組まれた物語とかがよくわからないまま観光する事になる事があるからあまり殺すつもりはない。

 箱庭も同じだ。

 

 とまぁ、あなたの自分語りはここまででいいだろう。

 面倒になってきたと伝えてもう一回斑ロリを殴り飛ばして離してから黒ウサギに後は任せたと伝えてあなたは立ち去ることにした。

 後の事は現れた少年少女三人組に任せてあなたはこの見慣れない街をぶらり観光にでも行くことにしよう。

 どうせ斑ロリもあなたの度重なる攻撃で満身創痍だろう。体力が減っていないのだとしても精神面で死に体だろう。

 最後の後処理は任せるくらいでちょうどいい。

 あなたの手を煩わせるまでもない。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 全てが終わった後、闘技場の大幅な破損や一部死人が出たという話でお祭りは中止となってしまった。

 あなたとしてはもっと楽しみたかったのだが。

 やはり魔王が現れた瞬間に首を刈って殺しておくべきだったのだろう。反省しよう。次の機会に活かされるかは知った事では無いが。

 

 

 魔王は絶対に許さない。祭りの会場を破壊してあなたの娯楽を奪うとは許せない。

 

 

 破壊の原因の9割があなたという事実はさておき、ノイエルの祭りを開催日に核の炎で包み復興・再開と共に何度でも懲りずに毎年のように爆破しているのでお前が言うな状態だが知った事ではない。

 棚に上げて言わせてもらおう。祭りの邪魔をするやつが悪い。

 主にあなたやあなたの妻の黒天使に何を思ってか、改宗を提案した昔の他教の狂信者が悪い。もう数百か数千年前の話だが。あの腐れ信者共はポンコツの信者の次にあげられる抹殺対象だ。神は別に悪くないから変な事をしでかさない限り対象外だがその信者は殲滅させてもらおう。

 

 

 とにもかくにも、終わってしまったものはしょうがない。

 次回の開催を心待ちにしながら、あなたは白夜叉のパンツを強奪しに向かう事にした。

 突然の狂行と思うなかれ。あなたは崇高な考えの元動いているだけだ。

 

 

 

 祭りで遊べないなら、知り合いで遊べばいいじゃない。 byアナター・ワネット

 

 

 

 出来れば黒ウサギのパンツを奪ってみたいが、今回は司会進行に私情を挟んであなたを吊りだそうとした件や壁に阻まれた件と言い白夜叉への鬱憤の方が溜まっている。

 発散先は白夜叉で決定だ。

 

 パンツを奪ってからサンドバッグに高めに吊るして下から覗けるようにしてやろう。

 ついでにあなたが下で演奏でもすれば人も集まって更に楽しくなりそうだ。

 サンドバッグとストラディバリウスを四次元ポケットから取り出しつつあなた雪原を走り回る子犬の様な笑顔で白夜叉の元へと走った。

 

 

 

 

 ───数分後。白夜叉に全力でぶん殴られて空を舞うあなたの姿があった。

 まぁ完全に遊ぶ気分だったからこそ吹っ飛ばされたのだが。油断大敵。今度こそ真正面から奪って見せる。

 今度はあなたの全力の隠密窃盗で盗んでやろう。

 あなたは決意を抱きながら微笑んだ。

 

 

 あなたの箱庭での遊びはまだまだ始まったばかりだ。




どうも赤坂です
帰ってまいりました。
六話分程書き溜めてあるのでぼちぼち投稿していきます。
ではでは

追記:イン「コグニ」ート を イン「グニコ」ート と数年間か数十年間か呼んでた(驚愕)多分この二次を投稿してなかったら永遠に間違えてたと思う(報告に感謝)


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★≪冒険者の日常の一コマ≫『絶対に入ってはいけない予感はしていた』

 ───箱庭に訪れて以来、激しい喜びだとか心の底から楽しむような事もほとんどない日々を送っていたあなたの身に起きた出来事のちょっとした振り返りだ。

 そう。いつもと何も変わらない日々を過ごすあなたの身に起きた出来事だった。

 

 終わった後で考えてみると流石に自制期間が長すぎたのだな、と少し思った。

 今回の一件をしっかりと認識したうえで、ストレス発散をたまにしないといけない。

 まぁ、そのストレス発散が出来なかった結果がこれ、というだけなのだが。

 ゆったりと聞いてもらえればいい。何の変哲もないストレス発散の記録だ。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 始めは、大道芸人の一行『サーカス』と呼ばれる催し物を見る為に街に繰り出したのが始まりだった。

 黒ウサギと前日に交わした農園の手入れ作業をサボって食堂に『そうだ。町行こう』と書いた置手紙を置いて本拠を飛び出したのだ。

 それもこれも耀の嗅覚があなた達をふらふらと町へと導いたのが原因だ。

 いつもの少年少女達から少し離れて、様々な屋台をあなたは見回っている。

 そんなあなたに変なチンピラが、酔っているのか絡んできたので頭から叩いて道に突き刺してあなたの視界から消滅させた。

 不愉快に思ったわけでもないが、酔って絡んできたならそれ相応の覚悟をしてきているという事だろうし注意も何もいらないだろう。

 最近はうざったい相手を叩いて地面に突き刺す方法がマイブームだ。なんといっても頭が地面からつくしの様に生える姿が心地いい。

 やはりミンチにするのが一番だが、相手が手も足も出なくなって口だけで負け惜しみをするのが素晴らしい。

 

 

 

 無様な姿を大衆に晒して恥をかくがいい。

 

 

 

 町に出たのは間違いではなかったのだろう。気のせい程度にスッキリした感じもする。

 この屋台で買った謎のハンバー……ガー……? らしきものも美味しい。

 一口食べて疑問に思ったので何の肉が使われているのかを聞いた所、店主が材料を濁したのが特徴的だろう。やや怖いがノースティリスではよくある事だ。箱庭ではあまり見ないが。

 

 妹の弁当に似た感じだと思えばいい。本当に謎だ。

 

 あとハンバーガーの外側の梱包が特徴的だろう。特殊な紙に巻かれているのだ。

 手が汚れなくて便利なのだが、ゴミが出るのが少し難点だろうか。

 さて、ゴミ箱は、と。

 残ったソースを指で掬って舐めながら周りを見渡すと、ちょうど向こうに少女に手を出している男が見えた。少女が怒りながら叫んでいる。

 

 それ自体はどうでもいいのだが、あの少女はネームドだ。手を出したら犯罪だろう。

 男はカルマが下がっているのを理解していないのだろうか。

 箱庭の衛兵に代わってあなたが正義を執行してやろう。

 

 

 喰らえ。投擲2000の手加減投球一本。

 

 死亡フラグ少年も同じ様に、同じハンバー……ガー……? か何かで出たゴミを投げつけていた。

 食べ終わりが速かったあなたの方が着弾も速い。

 

 

 

 ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!! 

 超! エキサイティン!! 

 

 

 * キッ *

 

 

 綺麗に決まった。最高だ。ブラボー。

 

 クズはきちんと屑籠に入れるべきだと思うのだ。

 変な男をクズ投げで倒したところ少女がなにやら礼を言ってきた。

 手を出した愚か者が悪い。

 ところでネームドならばクエストの一つでも貰えないだろうか。

 

 そう思い伝えてみたものの、先に黒ウサギが到着してしまった。

 ぐちぐちと怒られるが、あなたの耳には届かない。

 あなたの耳にお小言を届けさせたければあなたの妻の黒天使に言わせるといい。

 そしたら地面に埋まる程反省して謝る。

 決して死んで埋まるわけではないのであしからず。

 

 なんやかんやしていたら先程のクズが立ち上がった。

 よく起き上がれるなと少し思った。あなたの目ではあなたの投擲で200ダメージ入っていたのだが。

 そしてクズの体力は肉屋(?)の店主ということもあり300程度。

 残りが29なところを見るに71ダメージが死亡フラグ少年のもの。

 死亡フラグ少年が雑魚過ぎて殺り損ねたようだ。

 わざわざ手加減することでラストヒットを譲り、死亡フラグ少年の罪にしようと思ったのだが。

 そしてカルマが下がったところで正義執行。完璧な流れを断たれてしまった。

 

 満身創痍の状態でこちらに喧嘩を売ってきているが死ぬつもりだろうか。

 あなたのデコピン一発どころか、小指で突いたら死ぬ状態なのだが。

 いちゃもんを付けてきているのは安い挑発だろうか。

 そう思って冷めた目で見ていた所。助けた少女曰く、参加者に不利なルールでギフトゲームをいつも仕掛けてくるそうだ。

 

 

 なるほど。つまりぶちのめしていいということだろうか。

 黒ウサギがそんなギフトゲームは受けるべきではない、と言ってはいるが。

 

 そうか。確かに不利な条件で戦うのは下策だと思うしその勝負受けてたとう。

 

 いやぁ。受けるべきではないといわれると受けたくなってしまう。

 本能が抗えないから、思考途中で受けて立とうと思ってしまうのも致し方ないだろう。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 迷宮の様な迷路のような謎の空間に飛ばされた。これがこのゲームのゲーム盤だろう。

 迷路の謎を解き明かして迷路を突破すればいいようだ。

 

 

 

 なるほどなるほど。

 

 

 

 つまり核、またはメテオの出番だ。更地にすれば謎も全て溶ける。

 誤字ではない。解けるのではない。溶けるのだ。

 チップに黒ウサギの肉を贈与するとしたから負けるわけにはいかない。

 最初にその肉を食べるのはあなただ。

 明日など見据えなくていい。今を楽しみながら進む、を作戦にガンガンいこう。

 

 そう。わざわざ落とし穴に黒ウサギの様にハマる必要はない。

 

 ガンガン行こうぜ。

 そういえばメテオと核。皆にどちらがいいか聞いてみよう。

 

 

 どちらがいいだろうか。

 どっちもダメだそうだ。

 

 

 ならば採掘はいかがだろうか。全ての壁を手作業で破壊するだけなのだが。

 それならいいと言われた。何の違いも無いと思うのだが。

 

 といったところで落とし穴から這い上がってきた黒ウサギに全部ダメだと止められた。

 なんでも迷路を破壊しては謎を解く以前にゲーム敗北になると。

 

 

 黒ウサギ含めコミュニティの主力は全員あなたのギフトを把握しているはずなのだが。

 さては偽物だな。

 最近調子に乗ってきているのか、持ち手のぬるぬるを加速させてきている蠢く長棒をそのキュートなお尻にスロットインさせてもらおう。

 

 スロットイン。トランスミッション。

 

 全力で拒否られた。つまらない。

 とりあえずムカついたので顔面に蹴りを飛ばしておいた。

 加減しつつ、速度500程度の攻撃だ。普段の黒ウサギならなんとか回避して前髪を切り飛ばされるくらいで済む。当たっても精々アゴシッと言いながら愉快な顔をする程度だ。

 以前死亡フラグ少年に蹴りを飛ばして愉快な顔になるのは確認済みである。

 

 ギリギリで回避可能だというのに間に合わない辺り、やはり偽物だ。

 あと微妙にいつものアホ面の面影がない。なぜか真面目系の顔をしている。それも気にくわない。

 なんだその顔は。愉快な顔になるがいい。

 

 最悪黒ウサギの偽物だった場合、顎がサヨナラバイバイするかもしれない。

 暮らし続けていた街にサヨナラバイバイも言っておかなければならなくなるかもしれない。

 黄色い巨大なネズミと旅には出なくてもいいのだが。

 

 ……不思議と今日のあなたは電波が良く混じる気がする。

 楽しいからどうでもいいのだが。

 

 

 

 ───……ッ!! (ブチッ

 

 

 カットインが入った気がする。

 顎からサマーソルトキックで蹴り飛ばしたら黒ウサギが煙を吹きながら肉屋の店主になった。

 体力は残り3。かなり際どかった。

 ちょうどいい。敵が低体力でダウンした。

 

 

 来た。総攻撃チャンスだ。

 A はい

 B いいえ

 

 

 

 ……まぁしないのだが。なんなのだろう。電波というには異常だろう。

 何処かの神様があなたに何かしているのかもしれない。

 

 とりあえず、ギフトの報酬にとバーベキューセットを貰えた。

 店売りではそこそこ見かけない最高レベルの調理器具をポンとだしてくれるとは。

 有難くいただいておこう。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 前略。

 次の日になりサーカスを見に行った。今は帰り道である。

 

 詳しく言うと面倒なので簡単に説明だけすると、昨日助けた少女がチケットを持ってきてくれたのだ。あなたがバーベキューセットで子供や耀にたかられて減ったストックしてあったパフェを補充していた時の事である。

 サーカスはそこそこ面白かった。黒ウサギがドラゴンに変わる所など姿変えの技術を教えて貰いたいほどに鮮やかだった。あそこまで手馴れている人を見るのは初めてだ。

 

 黒ウサギ本人がどこかに消えてしまったのが悲しいところだが。

 

 まぁよくある事だ。よくあるよくある。

 奴隷商に間違えて売り飛ばしたとでも思っておこう。

 

 皆はそうはいかないようで探しているようだが。

 頼まれたので仕方がなくあなたも探すことにして、ぼちぼちと街中を歩いているがまぁそう簡単に見つかるはずもなく。

 核やメテオで消し飛ばしてから復活の魔法も交えて探したい衝動に襲われつつ、歩き回っていたところで丘の上にピエロがいるのを見つけた。

 とはいえ全速力で歩き回るあなたを見る一瞬すらピエロには与えられず、あなたが長棒で殴り飛ばしてしまったのだが。

 体力があと100は残っていたはずなのだがいきなり溶けてしまった。スライムだったのだろうか。

 悲しい。殺してしまったようだ。まぁ死んでしまったのなら仕方がない。

 勝手に死んだのならあなたの関与したところではない。

 地面に残ったシミが汚いので火炎瓶で燃やして処理しておいた。

 断末魔の叫びが聞こえる。気のせいだ。死んだ奴は声を上げないのだから。

 蜘蛛の巣を張り巡らして火を消したら先程まで無かった魔法陣が残った。

 と、そんな状況のあなたの下に死亡フラグ少年一行が来た。何故か白夜叉も増えている。

 

 

 一体どうしたのだろうか。

 

 

 そう思って聞いてみると白夜叉もサーカスに用事があるようだ。

 まぁいいだろう。とりあえず変なピエロは叩き潰しておいたと伝えておく。

 あるいはギフトゲームが始まった状況だったのかもしれない。

 このピエロは先陣。魔法陣の先にさらなる強敵。まぁこの路線だろう。

 

 先んじて一体倒してしまったが何、皆が遅すぎるというだけだ。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 魔方陣に乗ったらサーカスの会場に飛ばされた。テレポートの魔法が仕込んであったのだろうか。トラップに転移魔方陣の組み合わせ。面白い。

 やはり箱庭の世界はなんやかんや面白い。ムーンゲートの先の世界のよく組まれたショートストーリーくらい面白い。

 とりあえずいきなり転送先に幸運の女神達が敵対した状態で大量にいたりしないから安心だ。

 いつかはそんなトラップも出てくるのかもしれないが。

 

 

 む。何かが向こうからくるようだ。

 

 

 

 ……。

 

 ……───。

 

 …………──────。

 

 

 

 いや、何をしているのだろう。このウサギは。

 殺したくなってきた。何故玉乗りしている。

 飛鳥、耀、白夜叉に攻撃許可を尋ねる。

 殺さない程度を旨に許可を貰った。よし。

 

 全力のドロップキックで下の玉を蹴り飛ばした。

 観客席に玉が突き刺さり、黒ウサギが顔面から地面に落ちた。

 無様もクソも無い。されて当然だ。この人騒がせウサギが。

 おもむろに鎌を取り出し首を刈らなかったのを褒めて欲しい。

 

 だが、黒ウサギはサーカスの一員として扱うとかなんとか。返して欲しければ戦え、と。

 サーカス団員、というより団長の女性の言うにはそういう事らしい。

 

 なるほど。まぁいい暇つぶしになりそうだ。

 長棒でぺしぺしと肩を叩きながら面倒くさそうにため息をついて全員星の彼方への特急切符をプレゼントすることにした。

 そう思っていたら白夜叉に袖を引っ張られ、死亡フラグ少年達の強さを見たいから手を出すなと耳打ちで言われた。

 なるほど。では代わりに白夜叉のパンティーを貰えないだろうか。

 

 凄く嫌そうな顔だったが、許可を出された。流石のあなたも驚いた。ブラボー。

 頼むから固定アーティファクトのパンティーであって欲しい。

 パンティーという報酬も出るというならあなたが手を出す理由は無い。

 手を出したとしても面倒くさいだけだ。全員とりあえず半殺しにしてトドメを任せておしまいなのだから。

 

 一回戦は黒ウサギvs死亡フラグ少年。

 引き分けで終わった。次。

 

 二回戦。飛鳥vs変な猫っぽい少女

 開幕即座に相手が降参するという状況になったが、そのまま試合は続行されてその後は普通に戦っていた。

 降参を不意打ちに使うという姑息な手のようだ。ちょっと飛鳥がダメージを負っていた。

 近接戦は苦手なペット主体の戦い方の飛鳥には少々手厳しい局面になっていた。

 飛鳥のギフトが喋らなければ発動しないことを見抜かれていたのか、喋る隙を与えないように戦うのは相手の作戦勝ちだろう。

 とはいえ油断して飛鳥が自身にギフトを掛けるという行動を見逃したのが相手の敗因だろう。

 先日の魔王戦の折に手に入れたという赤い巨人の像を召喚して闘技場を投げて質量で勝利。

 そこそこ面白い戦いだった。

 

 そして三回戦。耀vs三匹のモフ+犬。

 モフ達。いや、そういう名前では無いのだがどう見てもモフモフなのだ。

 犬は凶悪な顔をしているが。まぁいいのではないだろうか。

 モフ達は全力であなたもモフりたいくらいかわいらしい。あなたの家族のプチくらいかわいい。いや、プチ程はかわいくないな。あなたの家族のプチが一番だ。

 プチは胡坐で抱くとプニプニモチモチしていて心地いいのだ。

 あの弾力と滑々な肌はいっそ暴力的だと思う。

 炬燵に入って冬に抱くと二秒で眠りにつける。

 いやだが黒天使の膝枕の方が……。

 終わらなくなりそうだからここまでにしよう。

 

 いやぁ。思い出したらとても抱きたくなってきた。

 あなたの家族のプチはプルプルモチモチのスベスベでモッチリしているのだ。

 流石魅力2000のプチ。最高の抱き心地を保証してくれる。

 枕にすると人をダメにする。間違いなくダメにする。それはあなたが保証する。

 なにせ枕にして寝たらだらだらと過ごし続けて二年程経っていた時があった。

 人がダメになっていた。請求書の滞納で犯罪者落ちもマッハだった。

 

 巷では『人をダメにする枕』なるものがあるがアレはプチの下位互換だ。

 プチを超える枕は存在しない。

 ただしあなたが枕にできるのはあなたの家族のプチ一人だけだ。

 それ以外のプチは弱すぎて潰れて死んでしまう。

 

 いけない。戻ったはずがまたトリップしていた。現実に戻らねば。

 

 とりあえず、あの三匹+一匹に全力で攻撃されている耀も幸せそうだ。

 終わったら後でちょっとあなたもモフらせてもらおう。

 そうだ。そうしよう。幾ら積んででもモフりたい。

 

 おお。合体をするとかなんとか。モフモフが三体と一匹……来るぞ白夜叉。

 残念ながら来ないそうだ。

 

 残念がり四肢を地面について悲しむあなたがいるがそれはどうでもいい。問題じゃない。

 

 三身合体する事で発せられた演出の煙が収まり、その先にはアルティミット・シイング・モフた

 




赤坂です。
番外編の『乙』編です。
時系列的には二巻終了後だと思ってここに挟みます。
あと、終わり方は間違っていません。
ではでは。


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>冒コ<者常・『つぇt』険 ★<の二日マ>

 ポンコツと機械と銃の三つだろう一部例外はあるとはいえこれら三つに対してあなたは異常なまでの反応を示し目に入る全ての人物や関連物品を殺戮・破壊対象として行動している理由は単純にして明確それはあなたの敵だからだ風を汚す呼吸がガスがそれらが世界を汚し濁しそして壊していくのだ機械機械機械キカいキかいきカイきかいキカい機械キカい機械機械キカイきカいきかい機かいきかイキ械機キカい機械機械キカイきカいきかい機かいきかイキ械械キカイきカいきかい機かいきかイキ機械機械キカい機械機械キカイきカいきかい機かいきかイキ械あぁふざけるなふざけるなふざけるなそのような物が生まれ作り上げられ動くことにより世界が穢れ壊れ狂っていくことが理解できないのかお前らの様な狂った効率だけを求めて世界の事を何ら気にも留めずにやれ科学だ技術だ最先端だ叫ぶ貴様らの浅はかな考えがイルヴァの地を汚しメシェーラを生み出しそれが世界を壊し崩し神の手を星の手を煩わせエーテルの風を生み出させたのだそれを理解せずに星を世界を治そうとするその力をそれすらも利用してさらに世界を最悪な方向へと導きあらゆる生物を命を殺し尽くし世界を死体で埋め生物を人々を星を殺していくのだあまつさえ世界を正す聖なる風を人々に絶望の象徴として扱わせるに至ったのは何故だ何故何故何故それを考えずに愚かな発想を続け思考を続けてお前らが作り上げた科学だ技術だ最先端だ叫ぶそれがそう扱わせたのだろうがお前らの生み出した機械あぁ機械だ機械機械キかいキカい機械機械キカイきカいきかい機かいきかイキ機械ァあ機械その機械が全てを壊していく原因なのだふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな何が義体だ何が生命の変換だ置き換えだ書き換えだ上位化だ生命を歪め壊して行く悪魔の所業がお前だお前の肥溜めを掻き集めて塗り固めたクソ以下のゴミの信者を名乗る愚かでみじめな低能のブタ共がいるせいで壊れていく生命と思考があるのを何故理解しない数え切れぬ程の命を潰し壊し殺し積み上げた死体の上でブタより酷い顔をこの世界に晒して神の座に居座りあたかも自身に功績がある様に扱われて良い気でもしているつもりか腐ったゴミの分際で星を世界を汚し壊してゆく原因を作っているのがお前の仕業だというのを理解している上で行っているというなら何故止めない何故信者を増やそうとするお前の垂れ流す妄言が一体どれ程の命と星の寿命を縮め壊し歴史を変えてきたと思っているのだ確かに世界を変える程の発見も生まれてきているあぁソレは認めようソレが世界を殺すという方法の変化だという事が最も忌むべきことである事は間違いないのだ美しい風を汚し透き通る青空を灰雲で覆い輝く海を濁しヘドロをぶち撒け花々の咲き乱れる草原を焼き払い彼方まで続く青き山々の緑を禿げ上がらせ平らにして鉄と轟音の響く城を築き上げ人々の笑顔を奪い壊しあアぁアアァ憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い救い難き人類の敵星の敵世界の敵壊し殺しミンチにしてこの世から消し去ってそれでも蠅の様にウジムシの様に所構わず生まれ這い出し世界をにやにやと嗤いながら端から崩して壊して歴史を歪めていくあぁ消え去れ消え失せろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね無様にミンチになってその血肉をぶち撒けて汚し壊した世界に贖うように何もかもを失い忘れ去られ人々の記憶という記憶から失われてあぁそうしてようやく世界に償えるというものだお前のその思想が消え失せ誰からも忘れ去られて世界が美しきかつての姿を取り戻すまであなたの敵であり続けるのだ神の座に腰掛け誰も殺せないというならあなたが殺す神だから誰も殺さないというならあなたが殺す速く速く速く速く疾く速く風より速く光より速くあなたが駆けそして殺す斬って殴って潰して壊して弾けさせて凍えさせて燃やして血溜まりに沈めてあぁ消え失せろその薄汚い考えと知恵が二度と生まれぬ様になるまで類する全てを殺し殺し殺し尽くして長い長い長い永い永い永い時を費やしてお前をお前の信者をその思想を思考を全てを消し去り壊し二度とこの世界に満たさせ壊し切らせない為に抗い抗い殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺してその全てを消し去ってやる誰かが止めなければ何時か遠い未来に世界は地獄の窯から零れる火に覆われるのだ人間というのは儚く脆くそして強き物に強き者に縋り頼るのだ知識の結晶などと呼ばれる反吐の出る考えが思想が思考に世界が愚かにも頼り再び滅びの一途を辿る未来が見えるあなたには見えるだからあなたは逆らう抗う戦い抜くその為の力をあなたは持っているあなたは得ている自然の力があなたの後押しをしてくれている世界が星が神があなたの行いの正しさを証明しているのだあなたもまた研ぎ澄まされた技術だとかいうものが生み出した何時の間にか世界を覆ったメシェーラに犯されている故に星の浄化作用たるエーテルの風の効果対象だがその二つの力があなたの中で暴れ狂う内は世界はまだ救われていないという証明になるのだ世界が未だに世界を守ろうとあなたと共に戦っているのだ美しい風が世界を覆い星を救わんと世界を救わんと狂気に染まった化物を殺す為に力を貸してくださっている女神様あぁ御力を女神様の司る風を守る為にあなたは戦い続けるのです草原を駆ける風を海に吹き船乗りを運ぶ風を空を駆ける雲を運び雨を運び世界を回す風を守る為にあなたは今目の前にある命を歪められ壊され汚された魂を解放し救う為に戦うのです全ては御身と世界と星の為に屑の狂行に犯されたこの悲しき生命を救うのです助けるのですあぁ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね見る者に笑顔を齎す三匹の生命を犯し歪めたあの狂神に裁きを許しがたき悪行に罰を罪をあぁ下してやろう殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺せ世界はこの箱庭の様に回るのだ回せるのだ自然の力をきちんと理解し寄り添い生きていく事が出来るのだ技術もまた間違った方向に動く事なく例えば北側で見たキャンドルスタンドなどは良い一例だろう自身で動き辺りに炎の柔らかな光を放つあれはとても良いものだあの光はあの見る者への心遣いを感じられる物はとてもではないが機械などでは生み出すことは出来ないいつか出来るなどと抜かすかもしれないがそれまでにどれ程世界が壊れていくのか理解してから口を開けこのゴミクズ共がこの世界が神の遊び場という事もあり技術の発展などが特殊といえどこの世界で出来ていることがイルヴァや他の世界で出来ない理由が無いつまりは世界を壊し汚す事など無く世界を正す事が出来るのだ水樹も素晴らしい物だ水を浄化し綺麗にしてくれるイルヴァのノースティリスも綺麗な水という物はとても少ないがそれはエーテルが混入している物を汚れている物などとして扱っているからだ本来は気にする必要はない星の浄化作用たるエーテルがそのような扱いを受ける原因はメシェーラにありメシェーラの生み出された経緯を考えるとやはり世界を汚しているのは機械であり世界を壊す原因も人々の認識を歪める原因も其処に在るあぁ許せない許せない汚らしい煙を吹き出し轟音を立て人々を脅かし誰でも扱えば人を殺せる銃などという危険な物体を生み出し命を弄ぶ凶行をあなたが生まれるまでに止める者が居なかったというのがさらに憎い星を掘り上げ効率の為に発展の為にとあらゆる命を資源を星の命を消し去っていく理解しろ自覚しろお前のお前らのその行いがあなたの家族の一人の命を歪めたのだあなたは愚かにもそれに気付かなかったが為に家族をその歯牙にかかるのを見過ごしてしまったのだあなたは永遠の時を尽くして家族を守ると叫んだのだこの世界の遍くに届かんと喉が引き裂けても叫び叫び叫び叫び慟哭したのだ贖罪の為にこの安い命を燃やすのだ誰かの絶叫が聞こえる誰かの張り叫ぶ泣き声が耳を突く誰かが止める為に上げる咆哮が聞こえる止まらない止められない留まる筈も無いあなたはただその命を救う為に如何すれば助けられるのかあらゆる手段を試し考え行使しそして救おうとしただけなのだ歪められそしてあなたが救おうとして壊れた命があったあなたは彼女を連れて世界を歩き彼女に謝り続けるのだ斯様なゴミを生み出しそしてその毒牙を世界に振るう被害者は幾らでもいる世界を覆いつくす程いるだからあなたがあの腐れポンコツの強硬を凶行を止める止めてみせる止めて止め押し止め止め止め全て全て全て全て全て殺してみせみせるみせるのだみせてみせるみせてあなたがそれをみせてあなたがみせてあなたがみせるあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたがあなたが

 

 

 あなたが。

 

 

 あなたが、全部。

 




つぇt


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★≪冒険者の日常の三コマ≫『やっぱりミンチ。それでもミンチ。全部ミンチ。アハハ!ミンチミンチィ!』

 ち……が? 

 

 

 ふと、気が付いたらあなたは地面に倒れていた。

 

 それと闘技場がちょっとボロボロになっていた。

 舞台は粉々に消えて無くなり、観客席も観客は一人もおらず、あなたを中心に消し飛んでいる。

 地面を見ると数千か数万回か斬り刻んだ斬撃の跡が残っており、綺麗なクレーターが完成していた。

 起き上がったあなたが倒れていた時にちょうど頭のあった所はサーカス会場のテントの中心部分で、そこを中心に大きく地面に罅が走っている感じだ。

 そして血溜まりが綺麗に出来ている。見慣れたそれはあなたの血だろうか。

 

 それより不思議なのはあなたは何故闘技場のモフ達がいたところにいるのだろう。

 とても不思議だ。

 

 あなたのモフりたい欲があなたが理解していないうちにあなたの体をつき動かしたのだろうか。

 そういえば何故か剣を握っていた。仕舞っておこう。

 各種強化魔法までかかっている。消しておこう。

 さて、特にあなたに不審な点はないがどうしたというのだろう。

 

 というかそれ以前に試合中だったはずだ。耀には申し訳ないことをした。

 ペットアリーナでは主人の乱入などもっての他だ。

 

 そそくさと端の方に移動しようとしたら、背に黒ウサギやらサーカスの団員やらの前に庇う様に立つボロボロの姿の白夜叉が恐ろしい物を見る目であなたを見ていた。

 

 モフ三匹に対して飛び込むあなたが余程変だったのだろうか。

 思い出そうにも額が割れるように痛い。というか実際に血が流れている。

 

 本当に一体何が起きたのやら。

 白夜叉に何が起きたのかと尋ねてみるが返答がない。他の全員も恐怖状態に陥っているようだ。

 もしや突然イス系の敵等が現れて狂気を振りまいてモフ三匹を食って去っていったのだろうか。

 だとすればあなたの額が割れているのにも白夜叉がボロボロなのにも説明が付く。

 

 すくつ産の化物が現れてあなたはいつもの様に撃退を開始。白夜叉は皆を守ろうとしてダメージを負い、あなたも一撃を受けて額が割れた。モフ達は残念ながら守り抜けなかったのだろう。

 あなたが怪我を負うなどそれこそすくつ深層の敵位しかないだろう。

 いやぁ、急にイス系のモンスターが現れるとは不運だ。ハハハ。

 そうだ、復活の魔法を使ってあげよう。可愛いは正義だ。

 

 モフ三匹と犬は蘇ると同時にあなたを見て泡を吹いて倒れてしまった。

 おおかわいそうに。サーカス団員に渡しておこう。もふもふ……。

 戦うあなたの姿が余程衝撃的だったと思える。

 仕方がない。廃人の戦いなど見たら発狂物だ。おぞましい超次元の物なのだから。見えたというだけで奇跡だが。

 それでもすくつ産ならば数十秒間は戦うだろうし

 

 さて、とりあえず次の試合に移行するという事でいいだろうか。

 モフ三匹と犬は戦闘続行は不可能の様子だが、こちらの勝ちでいいのだろうか。

 ユニコーンの角を二本三本と使って皆の狂気度を直しながらそう言うとサーカス団員が壊れたおもちゃの様に首をブンブンと揃えて振っていた。

 それどころか全試合こちらの勝ちでいいと。いや、ゲームはゲームだしっかりと戦うべきだろう。

 あなたが強すぎる故に手に入った棚ぼたの勝利など面白くない。

 あなたが手を出すつもりはないという事を念入りに押してみたが、反応が悪い。

 

 次の試合はサーカスの団長との戦いだと思うのだが。

 観客がいなくなってしまっているのがいけないのだろうか。それがよくないのだろうか。

 それがよくないそうだ。

 なら観客を増やせばいいのだろうか。

 それならひたすらイーク召喚と駒召喚を連打するのだが。

 というか、もう試合はいいそうだ。

 そう言って死んだ目であなた達なら……。とか言って消えていった。

 どうなっているのだろうか。一体何が……。

 一気にテントがボロボロになって、急に無駄にキラキラした気持ち悪い男が現れた。

 

 急展開すぎる。ウザイし捻じ切ってやろうか。

 

 死亡フラグ少年の声と被ってしまった。

 邪魔だ死亡フラグ少年。足払いをして転ばせておいた。

 というか遊んでいる場合ではないと思う。

 周囲を見渡せば、武器を持った人々に囲まれている。

 

 どうやらこのサーカスに巻き込まれた人々のようだ。

 まぁ揃いも揃って死亡フラグ少年よりも弱い者だらけだ。敵になどなりはしない。

 作戦はガンガンいこうぜ。で、統一しておこう。

 とりあえずあなたはボスであろう煌びやかなスカしたクソ男をぶちのめす。

 

 そうしてあなた達の乱闘が始まった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 数分後。数百回ほど殴り飛ばして星の彼方まで飛ばしたのだがどこからともなく沸いて出てくる。

 面倒くさくなったので鎌を取り出して首を数度刈ったが、それでも復活してきた。

 根本的に不死属性が付いているパターンだろうか。

 

 とりあえずこの件の主犯の一人の、実は正体が壊れた人形だったサーカスのチケットをくれた例のネームド少女は許さない。

 殴り飛ばすとカルマが下がるから倒さないが。

 

 それとこのキザったらしい男の攻略法を死亡フラグ少年が見つけ出したようだ。

 なるほど。それはいいのだが攻略法の発見が遅すぎる。今度殺す。

 あなたが二度殺すまでに見つけろ。それが役目だろう。

 

 とりあえず白夜叉が街全域に炎を撒き散らして燃やし尽くすようだ。

 あなたも協力しよう。普通のメテオの出番だ。魔法強化はいらないだろう。ついでで皆も殺してしまう。

 一応、白夜叉にカバーを頼みつつ、白夜叉と息を合わせていっせーのせ、で放った。

 

 

 

 白夜叉の出す炎が太陽のプロミネンスなら。

 あなたが落とすメテオの炎は太陽そのものと言えるのかもしれない。

 

 

 

 耐性さえなければあなたの自作のメテオは神すら消し飛ばす。

 普通のメテオであれば、暇だからと馬鹿かと笑われる程レベルは上げてあるもののそこまでの威力ではない。

 街が消し飛んだが、皆は生きているので問題なしだ。白夜叉の防御力を信じてよかった。

 皆まできちんと守ってくれた。

 

 

 

 とりあえず今回の最大の戦果であろう。

 

 

 ★≪人形の『フェルナ』≫

 

 

 新たなアーティファクト、ゲットだぜ。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 後日、再びバーベキューセットで料理をしているあなたの姿があった。

 久しぶりに沢山肉を仕入れる事が出来た。

 バブル以外の肉を大量に焼くのは本当に久しぶりだ。

 

 何の肉かの詳細は省かせてもらう。

 味は豚肉に似ている、とだけ伝えさせてもらおう。

 

 そういえば、後語りだが。

 

 例のネームド少女だったものである、★≪人形の『フェルナ』≫というアーティファクトだが、流石にアイテム化してしまってはペットには出来ないとのことであなたの部屋で腐らせてある。

 まぁ使い道も無い謎のアーティファクトなのだが。

 また動きだしたりなどしない様に、白夜叉が回収しようとしていたので、あなたは即座に懐に仕舞ってその場から走り去った。これはあなたの物だ。

 ちなみに四次元ポケットに入れようとしても弾かれる。おそらくまだ人形だが意識があるのだろう。

 一応あなたも家に使用する用の黒天使の人形を持っているのでそういう扱いでいいだろう。

 そもそも、壊れた小さな人形が動き出して悪魔と契約したというのだからさもあらん。

 

 もしも本格的に動き出したらペットにしようと思う。

 

 バーベキュー会場の端の方でまた死亡フラグ少年が変な妄言を吐き散らかしていた。

 いい加減にしたらどうだろうか。

 

 あなたは焼き上げた肉をクーラーボックスにスタックしながら仕舞いつつ、そう思った。

 

 




どうも赤坂です。
番外編終了です。
なんか二が抜けた気がしたんですが、なんだったんでしょうね。
思い出したら、なんだか旧支配者のキャロルが脳裏をよぎって頭痛がしてくるのですが。
ではでは。


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第九話『廃人にとって終末はおもちゃ』

 ───北側で斑ロリをぶちのめしてから、おおよそ一ヵ月。

 

 未だに出会えない家族の黒天使やプチの安否が不安になってきているが彼女等ならきっと上手く生きている事だろうと信じて日々を過ごすあなたがいた。

 最近不思議と手が震える事が多くなってきたが『黒天使欠乏症』だろうか。

 ここまで長く離れていた事が無いため不安になる。

 

 当然、冒険者になるまでは出会っていなかったから、多少の誤差はあるがそれでも間違いなくあなたの生涯において最も長い付き合いなのは妻の黒天使なのだ。

 緑の生ゴミを怒りに燃える心と共に『うおォン。まるであなたは生ごみ処理機だ』と叫びながら爆殺し、やったぜ。と呟いてからから始まったあなたの冒険の最初のペットは一人の少女なのだが、即座に旅に出したからノーカウントだ。

 

 

 

 ペット時間は実に6秒。ペットでは無かったに等しい。

 

 

 

 ちなみに会う度に手合わせした結果、件の少女はノースティリスでも上から片手で数えられる程の上位に食い込んでいる。

 何度でも病院から帰って来てはぶちのめしていたからさもあらん。

 埋まらなかったことやノースティリスを去らなかった事を称賛しておこう。

 

 

 ちなみにあなたの冒険が始まっておよそ一年ほどで黒天使はペット入りし、二年目に妻となりあなたの中ではペットというよりはもはや半身に等しい程の扱いをし、家族と称している。

 裏表も秘密も、黒天使とあなたの間にはありはしない。

 あなたの生涯で最も遠慮なく接する事が出来るのは彼女だけなのだ。

 

 そんな当然のことを思い出していたら手の震えが強くなってきた。

 そろそろ会いたい。会いたくて会いたくて手が震える。

 あの手入れを欠かしていないモフモフでさらさらの翼をモフってさすりながら顔を埋めて深呼吸したい。

 犬や猫に対する扱いのようにも見えるがノースティリスでは犬も猫も少女も黒天使も広義ではペット扱いだからまぁ間違いではない。

 あなたの中ではペットと家族の扱いは全く違うが。

 

 ……溜め息を付きながら食堂に向かう事にした。

 四次元ポケットに突っ込んである『黒天使に着せたらめっちゃ興奮出来そうな服装』シリーズから白いワンピースを取り出して着こむ。

 黒天使がいつか同じものを身にまとうと思うとそこはかとなく興奮してきて手の震えが収まってきた。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 食堂の隅でティーカップに誰にもバレない様にこっそりとラムネを注いで優雅にシュワワッと飲んでいたら突然、収穫祭という祭りに参加するのだと黒ウサギが叫んだ。

 

 最近あなたが何をしても自棄っぱちに流す事が出来るようになってきた黒ウサギは良い感じにあなたの扱いに慣れてきている気がする。

 死亡フラグ少年は相も変わらずそのちんけな脳みそであなたを利用しようとしている節がある。諦めてのたうち回ってミンチになるがいい。

 ちなみにラムネを飲んでいるのは最近飲んでいなくてたまたま飲みたくなったからだ。

 隠して飲んでいるのは黒天使がたまにやるからだ。優雅に紅茶を飲む姿がカッコいいと思っているようで、紅茶を飲んでるようにみせて実は乳を飲んでいる時などもある。

 

 黒天使の着る服を着ているから、行動も真似てみようというあなたの粋な考えだ。

 思い出したら手が震えてきた。

 やはり『黒天使欠乏症』か。

 

 話を戻そう。

 収穫祭だが、なんでも主催者から招待状が届いているという理由で参加するつもりだそうだ。

 だが、コミュニティ運営の為にも主力の一部は本拠に残しておきたいとの事。

 

 確かに、この箱庭という世界はノースティリスよりは平和だがそれでも何を考えてかトチ狂った下層の魔王が襲ってくる可能性はある。

 あなたの所属しているコミュニティに襲い掛かる愚かでみじめなクソ雑魚なめくじが居るとはあまり思えないが。

 黒ウサギも同じように思っており、あなたはしっかりとコミュニティの切り札兼特攻隊長として扱っている。当然だ。

 もはやあなたは巷で『東側の悪夢……? なんだか聞き覚えがある』と言われる始末だ。

 

 

 

 

 悪夢とはなんだ悪夢とは。何度でもいうがあなたは冒険者だ。

 それにあなたの二つ名は超越の精霊だ。東側の悪夢などではない。

 どちらも誰が名付けた二つ名なのかは知らないが。

 

 

 

 

 本拠に残るという話だがあなたはそもそも収穫祭とやらには参加出来ないという件は伝えておくべきだろうか。

 なにせ収穫祭の開催期間と白夜叉に個人的に出された依頼の期間がダダ被りしているのだ。

 せめて一人残す、と黒ウサギが言い切る前に少年少女三人組にお前が残れと指さされた。

 文句は無い。この程度で暴れる程あなたは狭量ではない。そもそも残る必要があるのだから。

 その依頼について伝えていないせいか、やや拍子抜けな反応をされた。あなたのことをなんだと思っているのだろう。

 少なくとも冒険者と思われているとは思えない。悲しい事だが。

 ラムネをシュワワッと飲み終えてから改めて説明した。

 

 白夜叉に個人的な依頼で東側の警備を頼まれた。故にあなたは参加できない。と。

 白夜叉がどうしても外せない用事で上層に向かうことになり、その間の警備を頼まれたのだ。と。

 

 報酬はそこそこの金額だ。

 何か問題が起きたら特別手当も出すと言われた。

 問題を起こしたら減給ともいわれた。

 

 あなたとしては断る理由もないし引き受けたのだが、早計だったようだ。

 祭りに参加したかった。

 

 まぁ精々楽しんでくるといい。参加出来ない恨みは後で晴らさせてもらおう。

 

 あなたはニヤリとした笑みを浮かべておいた。

 東側の警備にも位置的に含まれるから本拠の守りもついでにやっておけばいいのだろう。

 

 それとは別に、もう一人主力を一名残すと言いだした。あなた一人では不安との事だ。

 あなたが対応出来ない敵など白夜叉やあなたの信仰し敬愛する女神様クラスを超える者達だけだろう。すくつウン万階層クラスだ。箱庭では見たことが無い。

 何を不安がっているのだろうか。あなたの力を舐めているのならあなたの全力を教えてやるのだが。

 

 死亡フラグ少年が途中参加のつもりはあるか、と聞いてきたが依頼を途中で放棄するのはあなたの性分ではない。今回は残念だが辞退する。

 

 昔は収穫の依頼をわざと放棄してチマチマした名声下げなどしてきたが如何せん。依頼達成率に追いつくほど収穫の依頼の数が無く、時間と手間がかかるからやめた。

 ノイエル近郊にシェルターを作って、本でも読みながら籠っていれば勝手に名声など下がる。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 そして収穫祭への少年少女等の移動の日。

 あなたは前日の深夜に隠密全開、速度全開で全員に悪戯を決行した。

 久しぶりに本気で遊べてあなたもニッコリである。

 死亡フラグ少年が全力で警戒して罠を大量に設置していた為何もしなかったが。

 ここまで警戒している相手に悪戯を仕掛けても楽しくない。いや掻い潜って決行するのもいいのだが、死亡フラグ少年程度に時間も手間もかけたくない。

 一人寂しく何もされないという哀しみを背負うがいい。

 

 

 黒ウサギにはあなたの姿変えの技術をちょこっと利用して耳を引っこ抜いてベットの脇にウサ耳を置いておいた。

 抜いた後もぴくぴくと蠢いていて普通に気持ち悪かった。

 

 耀からはいつものホットパンツを奪っておいた。

 フリッフリでリボン大量のゴスロリスカートを代わりに置いておいた。

 

 飛鳥からはいつも頭に付けているリボンを奪っておいた。

 今は耀のゴスロリスカートの一部と化している。

 

 それとなんとなく気が向いたのでジンのローブをファンシーにしておいた。

 あなたでもちょっと引くくらいいい感じに気持ち悪いファンシーピンクが出来たと思う。

 

 それとは別件でどうも死亡フラグ少年のヘッドホンが消えた様だが知った事ではない。

 あなたは関係が全く無いのだから知らないのは当然だ。

 だというのにあなたの所為にされてしまった。腹が立つ。本当に消してやろうか。物理的に。

 ヘッドホンを探すとかなんとか言ってあなたとは別に死亡フラグ少年が残ることになったようだ。

 実にどうでもいい。

 

 そんなこんなで皆を見送ってから数日。激しくあなたは暇を持て余していた。

 することがない。というか何も起きない。

 境界門の虎のオブジェが気持ち悪かったからこの間コミュニティの皆と女神様、黒天使の彫像を彫って飾っておいたのだが、黒天使のフィギアや等身大の絵、彫像などを量産してこの街を黒天使に染めてみようか。

 白夜叉に怒られそうだ。

 やっぱりすることが無く暇で、白夜叉の私室に乗り込み縁側でお茶を啜るくらいしかすることがない。

 隠してあった茶葉で飲むお茶がとても美味しい。また奪いにこよう。

 

 

 

 

 ─────────……。

 

 

 

 ゆったりとした気分で茶を啜る。仄かに鼻腔を擽る甘い匂いは白夜叉がいつも私室で焚いているお香の残り香だろうか。

 

 

 

 ──────……。

 

 

 

 それにしても、久しぶりに穏やかな時間を過ごす気がする。ノースティリスではなんやかんや忙しく暮らしていた。箱庭に来てもいつも慌ただしかった感じがとてもする。

 

 

 

 ───……。

 

 

 

 それこそ魔王だなんだ、ギフトゲームだなんだ。そんな風に忙しい日々が続いていたのは確かだ。

 

 

 

 陽気な日差し。

 

 

 麗らかな風。

 

 

 弾け飛ぶ人体の音。

 

 

 あぁ。どれも日常に欠かせない、とてもいい雰囲気だ。

 縁側に出て受ける風に混ざる、鉄錆の様な匂いがとても心地いい。

 ひらりひらりと舞いながら敵を斬り刻む黒天使の姿を思い出すようだ。

 

 

 世は天下泰平。

 平穏無事。

 

 

 事も無し、だ。

 

 誰かが貪り食われる音も、血煙の様に弾け飛ぶ音も、空を舞うミンチも情緒あふれている。

 

 

 

 ─────────……。

 

 

 

 

 ──────……。

 

 

 

 ───……。

 

 お茶がおいしいとか言っている場合ではない。

 いけない。ここはノースティリスじゃなくて箱庭だった。

 

 そしてあなたの耳に入る様にミンチを作るとは何事だ。許せん。

 ミンチ作成の下手人を殺してや……ゲフンゲフン。はっ倒してやろう。

 何時まで経ってもやはり慣れないヌメヌメとした気持ちの悪い長棒でぺしぺしと肩を叩きながら欠伸を噛み殺しつつニヤニヤとこれから起こす惨劇に思いを馳せて外に出ると、景色はいつもの街並みとは変わっており其処では頭が二つある生物が五匹程暴れまわっていた。

 

 血しぶきを上げながら貪り喰われる人々の姿や、ド突かれて消し飛ぶ人体は懐かしい気分になる。とはいえ、あなたが姿を現すと同時にそれらの行為は収まった。

 キシャーとかグオーとかガオーとか、よくある感じの怖くもない叫び声を上げて双頭の化物が一斉にあなたを威嚇し始めたからだろう。

 直後、数匹がもたもたと走ってきてべしべしと尻尾や頭でどついたり噛みついたりしてくるがダメージはそこそこ程度だろうか。頭から齧りつかれるが唾液が臭いだけだから止めて欲しい。

 戦うとなるとほんの少しは強いだろうか。この長棒だと油断していたら一撃抹殺は難しいかもしれない。

 深層とまではいかないが、それこそ100-200層のすくつ産の終末のドラゴンやタイタンの殴りやブレス程度といったところだろう。

 ダメージは体感3000-4000程度。レシマスを攻略出来る程度の冒険者はまぁ間違いなく死ぬだろう。

 

 とはいえそれは駆け出しやらなにやらだ。それに難しいだけで無理なわけではない。あらゆる対策や準備を行えばきっと勝てるだろう。

 速度も足りなければ火力も足りないのだから。あなたとの実力差を図って逃げる程の頭も足りない。

 

 

 

 

 実にどうでもいい敵だ。

 

 

 

 

 全て長棒を振るって星に変えておいた。実際には箱庭の天蓋に突き刺さっているのだが。

 ちょっとフルスイングして吹っ飛ばしたらすぐにこれだ。この世界の生物は弱いというか脆いというか。

 ノースティリスではこうはいかないが、箱庭では殴れば吹き飛ばせるから処理もとても簡単だ。

 とりあえず問題はほとんど起きていませんよアピールの為に死んだ者たちには復活の魔法をかけておいた。全員無事に蘇ったようでなによりだ。

 

 

 この程度で * 言及 * されて、* 減給 * されたら少々もったいない。

 

 

 上手い事言えた気がする。

 全米があまりの面白さに捧腹絶倒で涙を流しながらあなたの言葉にひれ伏し呼吸が出来なくなり死に至る自信がある。

 

 

 全く関係ないが、全米が泣いた、とか全米が笑った、などの米とはなんなのだろう。

 たまに友人や神がこの言葉を使っているのを見る。極東の方でコメなる食べ物があるのは知っているのだが、食べ物である米が泣いたり笑ったりするのだろうか。

 ちなみに女神様は使っているところを見たことがない。なので先程の表現は様を付けない神で合っている。

 あなたにとっては女神様以外の神はただの神だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 ただしポンコツ。てめーはダメだ。許されない。

 

 

 先日、ポンコツの関係で少し暴れてしまったので多少自粛しているとはいえ、だ。この確執は永遠に溶ける事はないだろう

 やはり機械や銃といった類を見ると理性を失ってしまうのは直さなければならないだろうか。

 

 ……いや、無理だろう。これはもはや染みついた癖の様なものだ。千年単位で続いてきているこの憎悪を静める術などそれこそ女神様があの腐れポンコツを恋人や夫などという不敬な立場になんの因果か置いた時だけだろう。

 まぁあり得ない筈だ。ははは。ゲロゲロ……。想像しただけで吐き気が凄まじい。

 

 ───……無い筈だ。絶句するほどにありえない発想だが、どこかの世界線ではもしかしたらあるのかもしれない。ゲロゲロ。

 

 やはり許せん。女神様が許してもあなたが許さない。

 女神様に代わってお仕置きしなければ。ゲロゲロ。

 また話がそれた。箱庭に来てからというもの、ノースティリスを思い出して意識が飛ぶ癖も直したい。

 

 なにやら向こうの方から全力全開状態の白夜叉がわたわたと飛んできた。

 明らかに戦闘能力が高まっている。とはいえ速度はまだまだあなたに及んでいない。

 片手間で自身のゲロゲロを回収しているあなたを狂人を見る目で見てきているが、何の用だろうか。

 というかあなたの意外な趣味がばれてしまった。秘密を守る為に消そうか。

 黒天使のゲロゲロはあなたの宝物の一つだ。誰にも渡さないし飲ませない。あなたの飲み物だ。

 

 全力全開状態の白夜叉はいつもの姿からデカくなっている。白髪ロリから白髪おねぇさんという感じになっている。近所の美貌を湛えたおねぇさんといった雰囲気だ。アダルティである。

 とりあえず先程のクソ雑魚なめくじ双頭達がまた来る気配はない。問題なし。何も起きていないと伝えておく。

 

 地面が抉れてしまっているのを均して証拠隠滅すればもう白夜叉に言及される謂れは無くなるだろう。

 

 白夜叉に、後の事は私に任せて南の<アンダーウッド>を助けに行って欲しいと頼まれた。

 助けに行く。そうは言うものの、何か起きているというのだろうか。

 収穫祭の為に皆が向かった場所だ。助けに行く必要はあるだろうか。

 

 彼ら彼女らも多少は戦える。

 少なくとも下層ならまだマシな方だ。

 廃人と比べてしまえば総じてゴミみたいな強さではあるが。

 

 あなたの手を煩わす魔王が現れたという話だ。よし。向かおう。

 

 

 あなたの奥義・手のひらドリルだ。この技能はノースティリスで冒険者の頃から得意としている技だ。

 特にステータスに表記されているわけでは無いが。

 

 クルックルである。クルックル。

 お嬢様の金髪ドリルくらいクルックルだ。

 

 さて、期せずして訪れた再びの魔王戦。あなたをたのしませてくれるだろうか。

 

 




どうも。赤坂です。
本編に戻ります。
ところどころこの間みたいな番外がちょこちょこ挟まります。
時系列はめんどくさいのでわかりやすいのは挟んでいく程度なので、たまにおかしくなると思いますが気にしないでください。
この作品、どこまでも適当なのでね。
手を抜いている訳ではないんですが。
そこまで深く考えずに書いているものでして。
ではでは。(大雑把)


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第十話『家族はいいものだ。いつだって信頼できる』

 ───南側、<アンダーウッド>。

 

 具体的な話はそこまで聞いていないが、白夜叉から軽く話は聞けた。

 

 襲われている側の立て籠っているという大樹の先に合った光景はもう絶望の淵に落ちた様な、終末の日に挑戦してみようとか思って終末を起こした後の駆け出しの様な顔をしている。

 死んだ魚の様な目とはこのことだろうか。

 見ていて面白い。

 

 敵が誰かも味方が誰かもよくわからない今は特にする事も無く、見知った顔はないかとぶらぶらと大樹の中を歩きまわっていたら * 濡れ * 状態の斑ロリと飛鳥を小脇に抱えた死亡フラグ少年の後ろを黒ウサギがぽつぽつと歩いている光景に出くわした。

 女子供を二人小脇に抱えるのは面白いのだろうか。

 黒天使とプチを小脇に抱えながら核爆発から逃げる遊びを思い出した。そうだ面白いのだった。

 口でデンデンデン・デンデレレンデン♪ とか口ずさみながら星がメテオによって壊滅する時のテーマを口ずさむと余計楽しいのだった。

 

 なるほど、認めよう。面白い事をしていると。

 

 とりあえずなんとなく後ろに付いていくことにした。

 面白いことが起きないかと期待してニヤニヤしながら。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 そんなニヤニヤしつつ付いていったあなたは風呂場で頭をワシワシと洗っている。

 斑ロリ……本名をペストという少女をガシガシと、明らかに他者を洗いなれていない手で洗っている飛鳥の隣で洗っている。

 黒天使に土下座で頼み込んだり、普通にプチを洗ったりとしてきたおかげであなたは他者を洗い慣れている。

 慣れていないなら代わりに洗ってやろうか。

 そう声を掛けたら斑ロリがついでに首をへし折ってきそうなどと言ってきた。

 

 よくわかっているではないk……いや、別に折るつもりはない。

 

 というか気にしていなかったが斑ロリは一月くらい前に死亡フラグ少年・飛鳥・耀と黒ウサギが処理したのではなかったのだろうか。

 ……よくわからないが、条件が揃ったからとか何とかでノースティリスでいう、ペットの状態になっているようだ。

 なるほど。道行く他の冒険者も何度も雇用して親交を深めるとペットに出来ると聞くがそういうものだろう。

 

 

 条件を整えて、ペットにする。そこに何の違いもありはしない。

 割と違う気がするがきっと気のせいだろう。

 

 

 あなたとしては迷惑をかけてきたり、敵対してこない限り何もするつもりはない。

 そういえば、斑ロリはふわふわ浮けるし目つきが意外とキツいから黒天使の服装をしたら似合いそうだ。身長は全く違うが。

 そうと決まれば斑ロリの服を入れ替えておこう。

 黒天使の服は365着保管してあるのだ。綺麗に一年分である。

 着ている物も含めれば366着である。常にこれをキープしている。

 全部あなたのお手製だ。また一着作り直すだけだ。

 あらゆるパターンあらゆる種類の服装コレクション。

 もちろん、黒天使愛用……というより本人曰く制服の衣装も別として366着ある。

 そちらの制服を先に着せるとしよう。よく本に書かれている、よくある黒天使の服だ。

 

 そうなったら、黒い翼も装備してしまって黒天使の『ペスト』という名前に改名するのはどうだろうか。

 

 ……黒天使の話をしたら斑ロリが妙な反応をした気がした。

 尋問のお時間だ。 * きもちいいこと * をされたくなければチャキチャキと吐くがいい。

 そんな名前の人を見た記憶がある、というだけだった。何処で見たのか、と平らな胸に手を当てて鼻で笑いながら聞いたら999ダメの風を放出された。

 一桁減っている。弱体化されたのだろうか。

 頭を強めにチョップしたら「つくし」と叫びながら湯船に沈んだ。

 これから彼女の事はつくしと呼ぶことにしようか。

 いや、斑ロリで十分だろう。

 何の話をしていたのだっけか。

 

 いけない。のぼせているのかもしれない。

 頭がぽわぽわする。

 外に出ることにした。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 死亡フラグ少年含めての会議が開かれて、あなたへの状況説明が行われた。

 南側の現在の状況をあなたなりに把握しよう。

 

 巨人の群れが攻めて来て、巨龍が現れて、城が空に浮かんでいて、城が攻略のカギ。今は休戦中で再開は一週間程度後。ただ、一部人員が城に運ばれていて……。

 

 

 

 なるほど。わからん。

 

 

 

 とりあえず大樹周辺で終末の日が訪れているのは確かだろう。

 巨人と、竜。若干違うがまぁ合っている。

 ラグナロクを取り出して机の上にゴトリと置いて、相手が龍と巨人ならこちらも無差別殺戮兵器を使ってはいかがだろう。と伝えた。誰かに任せるつもりだ。

 この兵器をあなたは使う気は無い。

 

 剣を取り出したが、具体的になにが起こるのかと聞かれた。

 この剣を使っていると、世界が燃え上がり炎に包まれ、青白い燐光を放つ長く浴びていればドンドンとあらゆる生命体に異形化を引き起こすエーテルが世界中に吹き荒れ、裂けた大地からは数多の巨人が姿を現し無差別に殺戮を起こし、天が割れれば竜が舞い降り星を覆い吐息が全てを薙ぎ払う。

 

 俗にいう終末の日が訪れる。という事だ。この世の終わりが見れる。

 そう伝えたら絶対に使うなと言われた。そうだろう。間違いなく状況が悪化する。

 あなたにしてみれば面白そうとしか言えない。

 もしも邪魔な制約が無く、境界門を超えて即座に巨人の群れと出くわしたりなんてしていたら数が足りないと叫んで間違いなく抜いている自信がある。

 

 

 さて、ではどうしたものだろう。

 謎解きなどという面倒くさいことはあなたは苦手なのだ。だからここらへんは知能派(笑)な死亡フラグ少年等に任せてあなたは巨人を全て星屑に変えて、隙あらば巨龍を天に返せばいいのだろうか。

 お前はそれくらいでいいなどと死亡フラグ少年に適当に扱われた。

 

 

 ムカついた。

 そうだ。城に行こう。

 滅ぼせ。

 

 

 そう言い残して窓からおもむろに飛び出してテレポートの魔法を唱えまくった。

 唱える事数十回、城の上……というよりは城下町だろうか……に辿り着いた。

 空気が若干薄いし、明らかに景色が変わったし、向こうの方に大きな城も見える。ここが空に浮かぶ攻略のカギになるであろう城でまぁ間違いないだろう。

 よし、乗り込もう。

 

 途中何度も変な赤茶けた草の様な何かが襲ってきたが全て叩いて地面に刺してオブジェに仕立て上げておいた。

 歩き回って彼方に見える城に辿り着き、門を体当たりで消し飛ばして中に入った。

 妙に複雑な城をすたすたと歩き回る。暫らく歩き回ってみたが中には赤茶けた変な生物は見当たらなかった。

 

 それにしてもやけに静かだ。攻略のカギという事は敵の本陣だろうし、敵陣営の拠点というならもっと兵がいていいものだろう。

 これではつまらない。大義名分の名の下に全てを滅ぼすつもりが倒すべき相手すら見当たらない。

 テレポートで適当に侵入したのがいけないのだろうか。正規な手順を踏まずに空中の城に侵入したから敵が配置されていない可能性がある。

 だとしたらあなたの非ではある。だが自重する気は無い。

 敵がいないなら好都合。返り血で塗れない分気持ちよく動けると楽観的に考えておこう。

 

 あなたは殺気が城中を駆け巡って城を振るわせても、なんら気にしない程にご機嫌な気分になったつもりで歩いていた。

 

 城がビリビリ震えているがあなたには慣れ親しんだ些末な殺気だ。

 ガードの前でガードの肉をこれみよがしに食った時程度だ。

 あなたレベルの殺気には到底追いつかない。

 

 

 

 研ぎ澄まされ濁り落ちた気持ちの悪い、底の見えない黒い殺気。

 はっきりいって人間どころか、生物の出していい物じゃない。

 おい近づくな。パンティーを要求して却下されたからと言って殺気を出すな。

 この間あげただろうなんで二枚目を要求する。

 おい、帰れ。これ以上ふざけたら出禁にするぞ。

 

 

 白夜叉にそう判断を下される殺気を放つあなたにとっては気にするほどではないのだ。

 白夜叉に今まで向けたことのある殺気は精々本気の1~2割程度の物で、ポンコツに対して向ける殺気とは比べるまでも無いのは説明する必要すらない事実である。

 ポンコツに向けるのは純度10000%の1000割本気の殺気だ。

 女神様にその調子だ、と言わせる程の殺気である。

 ミンチにしろ。

 殺せ。

 

 思い出し殺気を出しつつ、ブツブツと黒い瘴気を背負い殺気を撒き散らしながら歩いていたら最奥部らしきところに辿り着いた。

 ぷるぷると頭を振って意識を取り戻す。先程のカスみたいな殺気の出所もここだろう。

 

 

 

 天井の高い大きな広間にあなたが姿を現したその時、ふと吹く筈の無い穏やかな風を感じて息を呑んだ。

 

 

 

 白髪の子供や黒髪の少女、なんか変なローブに、柱の陰に隠れている誰か。

 全員が全員驚いているが、あなたも驚いている。

 涙が止まらない。

 現在進行形で顔中のあらゆるところから液体が垂れ流れているレベルだ。

 

 震える足で一歩ずつ進んだ。視界の端で黒髪の少女がナイフを抜き、白髪の子供が止めているが些末な事だ。

 あぁ、そうだ。邪魔を、するな。

 

 

 あなたはただ、その場に薄く残る香りに突き動かされていた。

 どれ程の時が経とうと忘れる事など。消えることなど無い。脳に、魂に刻み込まれた懐かしい香りに涙が滂沱の様に流れて止まらない。

 あなたは時すらも置き去りにする程に速い。だからこそ、会えない時間はあまりにも長く感じてしまう。

 女神様に感謝を捧げる時の様に涙を流しながら両腕で何もない空間を、薄い匂いの残る空間を掻き抱いた。

 

 

 

 ───天高く、深い蒼を湛えた青空に。緑溢れる木々を駆け抜ける風。

 

 

 ───花々が咲き乱れる天の園の草原に吹く風。

 

 

 ───春に吹く、命溢れる風の中で目を閉じ、深く呼吸をした時の様に心地の良い、鼻腔を擽る薄く甘い香り。

 

 

 ……あぁ、懐かしい匂いだ。

 

 ここにいたのだ。

 確かに、ここに彼女は居た。

 

 あなたの妻の黒天使がここにいたはずだ。

 

 この広大な箱庭で出会える可能性は薄く。今の今まであなたはこの世界に彼女がいるかどうかすら怪しんでいたのだ。

 ノースティリスにいるままなのかもしれない。そう思っていた黒天使は間違いなくこの場にいた。今、あなたが暮らすこの世界で確かに彼女は生きている。

 両腕を回してあなたはあなたの体を抱き締めてただ泣き続けた。

 この世界にいるのなら、必ず彼女に会える筈だ。

 この世界にいなかったなら、この世界から帰れなかったら。会えなかったのかもしれないのだ。

 招待状に書かれていた通り、家族を捨てる事になってしまっていたなら。

 いつかきっと探し出して会える。おそらく、そう遠くない未来に。

 その事実に感謝し、薄い微笑みを湛えながら、ずっと、ずっと。

 

 

 あなたは涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 カツカツと地面を蹴る音が響きあなたの耳にその音が飛び込んできた。

 気が付けば、先程まで周りにいた白髪やら黒髪やらは消えていた。

 あなたは涙を拭いて立ち上がった。

 

 音を立てて走ってきたのは耀や老いた猫……猫? らしき二足歩行の生物と先日の祭りの南瓜頭だった。

 今は南瓜頭も猫っぽい生物もどうでもいい。もし敵対していたとしても欠片も気にするほどの事ではない。

 あなたは今、果てしなく心が満たされているのだ限りなくあらゆる全てがどうでもいいと言える。

 

 広間に来た皆が驚いていたが、あなたがいる事になのか、それとも泣いた跡のあるあなたに驚いていたのかよくわからない。

 耀に何故ここにいるのか、と聞かれて答えに詰まった。

 救援に来た、といえば聞こえはいいだろうが実際は死亡フラグ少年にぞんざいに扱われたのにムカついてテレポート連打で無理やり突破して城に遊びに来たところ黒天使の匂いがして泣いて……。

 

 

 うむ。説明が実にめんどくさい。

 

 

 あなたがウンウン唸りながらどう返事をしたものかと悩みだすのを見て、壁になにかをカチャカチャと嵌め込み始めた耀には適当に南側の救援に来たと伝えておいた。

 白夜叉に向かえと言われたと。

 それならここじゃなく大樹の防衛に向かって欲しい、と言われた。

 城では現状はそこそこ安全に謎解きを進める事が出来る。だとすれば戦力的には大樹の防衛に向かって欲しいとの事だ。

 なるほど、理由も明確だし何より死亡フラグ少年よりもしっかりと説得力がある。

 黒天使を探す以外には特にする事も現状では無くなったあなたは大樹防衛のための雑魚処理に向かう事にした。

 テレポートを再び唱えて下に降りた。

 

 ……思えば、前の斑ロリ戦の時も壁から降りるときにテレポートを使えばよかった。

 いやでもあそこで使ったら最悪箱庭の外に弾き出される可能性の方が高そうだ。

 

 数度のテレポートで降りた直後に叫び声を上げている巨人族に殴られ、黒い風を浴びて変な光を浴びなければ気分はよかっただろう。

 黒い風のダメージは低いから斑ロリの物だろう。テレポートで急に飛び出したあなたに非がある。

 後で黒天使の格好をしながらあなたの抱き枕になる事で許そう。

 黒天使の残り香だけで祝福ストマフィリアが数十個は食べれるあなただ。黒天使の格好をした斑ロリなど見たらモグモグしてしまいそうだ。物理的に。

 

 先程の一件もあり、弾みがついたあなたはもはや餓死中なほどに黒天使成分が欠乏しているのだ。

 香りを嗅いだおかげで余計に拍車がかかっている。

 とりあえず巨人共を処理するか、と剣を抜いたところでふと思い出せた。

 

 

 

 あぁ、そうだ。

 殺してはいけないのだった。

 

 

 実に、実に面倒だ。全部殺せば一番早く解決できるというのに。

 既に半死半生の叫び声を上げ続ける巨人達を長棒を振るい辺り一帯と共に吹き飛ばした瞬間に、巨龍が嘶いて大地に向けて突き進み始めた。

 

 でかくて強そうだ。

 

 それにあなたの判定ではそこそこの強さがあるようだ。

 久しぶりに、ほんの少しだけ全力を出しても耐えてくれるだろう。

 そんな淡い期待を持ちながら長棒をしまう。

 

 テレテテッテテー。★≪破壊の斧≫ー。

 

 ここに取り出したるは、あなたの斧装備時の愛用★<<破壊の斧>>。

 これで頭から唐竹割りにして叩き潰してミンチにすると気持ちがいいのだ。

 

 今は出来ないが。

 

 走って大樹に向かった。巨龍の鱗がポロポロと落ちて化物に変化しているが十把一絡げだ。

 どれもこれも大差ないし纏めてポイだ。

 斧の腹で化物共を叩き飛ばしながら巨龍に殺気をぶつけながら突っ込む。さっさと戦いを終わらせて黒天使を探したい。

 頭から突っ込んできた巨龍に向けて下から飛び掛かる。

 

 全力殴打一本。

 

 巨龍の顎を下から殴りつけた。

 それと同時に軽いな、と。あなたはそう思った。

 箱庭の最強種の1つだなんだと聞くがすくつ万桁階層の終末産の竜よりは弱そうだ。

 確かにこの巨躯と重量は凶器足り得るだろう。

 だが、それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 物量で押せる程度の能力ならあなたの敵ではない。

 DVを上げて出直して欲しい。

 ハッキリ言って店の中に吊るしてあるバブルよりも体重自体も軽い。あのバブル達は数万Kgあるから比べてはいけないが。

 

 巨龍の顎が跳ね上がったとはいえ殺したわけではない。怯ませた程度だ。大樹にぶつからせるわけにはいかない。

 

 龍にとっては予想外の一撃だったのか、やたらめったらに暴れ始めた。

 ……ノースティリスとはやや違うこの物理法則が本当に面倒だ。

 勢いが付いた状態で、身長や体重差が数百倍ある生物に殴られればあなたとて弾かれるもので。尻尾で殴られて吹き飛ばされてしまった。

 全力で踏ん張れば耐えられそうだったのだが、突然の事だったし吹き飛ばされた性で今は空中だ。

 ほとんど為す術もなくあなたは彼方に吹っ飛ばされた。

 

 風を裂きながら飛ぶ感覚は心地いいのだが、地面に足が付かない事にはどうしようもない。

 空を蹴る事も出来なくは無いが装備の切り替えもおぼつかないこの態勢ではどうにもならないのが現実だ。

 何より大気を蹴る所業は流石に下準備を沢山してようやく1~2歩程度だ。

 

 暴れていた巨龍が空中で再び態勢を立て直して大樹に向けて雄たけびを上げながら空を駆け出す。

 ……大樹ではなく、あなたに向けて、だろう。血走った瞳と殺気が物語っている。

 その道中に大樹が挟まれている、それだけだ。

 

 白夜叉には南側の救援を頼まれた。

 ジャーナルも南側の救援に変わっている。

 大樹が折れたらおそらく救援としては失敗になる気がする。あなた側……というより南側の陣営の拠点が崩壊させられるということなのだから。

 このままでは間違いなく依頼達成失敗だ。

 歯噛みしながら落ち込むしかない。

 

 あなたは目を細めて悲しんだ。

 悲しんでから、薄く微笑んだ。

 

 

 いいや違う失敗になどならないではないか。

 あぁそうだ。

 

 そうだった。

 

 

 

 ───彼女がいる。彼女達がいる。

 黒天使がいるのなら、もう一人の家族だって。

 

 

 

 

 

 

 ───彼方の大樹の下に、皆を守り抜くと叫ぶ白い服に白髪の少女が見えた。

 ───響く声に動かされる様に、一条の黒い翼が羽搏き。黒い羽根が大樹と龍の間に舞った。

 

 

 

 風が吹き荒れ空が斬り裂かれた。

 天に轟かせんと強く羽搏く音が大樹に向けて突き進む巨龍を包み、頭から尻尾までを一気に駆け抜けた。

 数瞬遅れて斬り刻まれた巨龍の全身が弾け血を吹き出し、勢いが弱まった所を急激に巨大化した飛鳥の持つ紅い巨人が再び押し返した。

 

 同時に、箱庭の大天幕が開かれる。突き抜ける斑ロリの出す風とまた違う、研ぎ澄まされた剣の如き黒い一迅の風は巨龍の体を裂き終わると同時に姿を消した。

 巨龍が天へと昇っていく。

 空に浮かぶ城から光が瞬きながら飛び出し空を駆け、巨龍に追いつき輝く心臓を貫き巨龍は天へと溶けるように消えていった。

 

 あなたは家族の以心伝心ぶりというよりは流石の働きに感謝しつつ、またしくじったな、とようやく地面に足を付けて呟いた。

 反省だ。ただひたすらに反省だ。

 やはり油断は大敵。美味しいところを持って行かれない為にも今度からは箱庭の物理に気を付けるとしよう。

 

 なんだかいつも反省している気がする。

 

 きっと気のせいだ。ぼちぼち大樹に戻るとしよう。

 

 

 なんとか、だが。

 

 [ジャーナルが更新された。]

 

 

 

 ───依頼は達成になったようだ。

 




どうも。赤坂です
そろそろ書き溜めてたストックが尽きてきました。
ストックが尽きたらどうなるのか。
答えは明確。読書しまく……書く時間が増えるんです。

あと、活動報告の方に【タイトル変更の相談】のお知らせがありますです。

ではでは。


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第十一話『Hello. My daughter』

 ───あなたが吹き飛ばされた場所から大樹へと戻っていく途中の事だ。

 

 

 

 あなたは懐かしい声に気付いて、ふと歩みを止めた。

 なんと、箱庭に飛ばされた時に居なくなったあなたのペット……。

 ではなく。

 あなたの『家族』が嬉しそうに走ってくる。

 あなたの家族は……。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 あなたの中でペットと家族は扱いが違う。以前にも少し上げた話だが今一度語らせてほしい。

 

 あなたがペットと称するのは、血の繋がっていない妹やその他雑多な納品用の材料や店番、暇つぶしに仲間にしてちょろっと強化したというだけの、それこそ本当に【仲間】というだけの存在だ。

 一方、あなたが家族と称するのはとても長い時間を共に歩み、あらゆる冒険を共に駆け抜けた者の事だ。

 

 

 ともすれば、あなたの家族は黒天使と、プチの二人だけだ。

 家族と称する程に長い、永い時を共に過ごしてきたのだ。

 

 

 黒天使に関しては常日頃から愛を叫んでいるから理解してもらえるだろう。

 が、このプチという『なんでお前が……』感あふれるたまに話題に取り上げる家族。

 レシマス攻略途中……だったかに気が付いたら仲間になっており、暇だからと全力で強化をし続け愛で続けた結果出来上がった準・廃人級のあなたからしても控えめに言って化物である。

 おそらくこのプチ単体でレシマスを攻略出来る程には色々な面で育て切ってある。

 

 本人の意思もあり戦闘能力は皆無で、ちょっとした理由もあって人間とまったく同じ身体構造になるように姿変えの技術で幼女の姿をしたプチ。

 あらゆる属性に耐性を持った装備群に鍛え上げた主能力。

 もはや並大抵の敵では攻撃は当たる事すらなく、当たったところで通じず、魔法を当てた所で耐性と圧倒的なHPでゴリ押せる。

 仮に体力が減ったところで本人が回復魔法を一回唱えればそれで攻撃などなかった事になる。

 あなたの家族のプチは魔法職、それも回復職だ。

 あなたがすくつで負う深い傷を治癒の雨と癒しの手で回復させ、敵に囲まれると涙目になってあなたに悲痛な叫びを上げさせる程の魔力制御など知った事かと言わんばかりに全方位を巻き込み消し飛ばす魔力の嵐を打つプチだ。

 戦闘能力はない。とはいうが、戦えないとも言っていない。

 戦う意思は本人には無いのだ。怖がって魔力を解き放ってしまうだけであって。

 そう育てたのもあなたなのだが。

 

 はっきりいってキワモノ感が凄い。

 

 

 

『広範囲超爆発魔法を解き放つ癖に、最弱と呼ばれる青いぷるぷるした化物』

 

 ……ついぞあなたは出会った事が無いが、攻撃方面の育て方のコンセプトはソレだ。

 

 それでもやっぱりプチなのだが。

 

 

 黒天使に半年程度の差があるだけの加入順二番目の最古参の一人だ。

 幾百・幾千年経ってもやっぱり頭が何処か足りなくて舌足らずな声の幼女だが。

 

 

 すくつ百桁階層ならソロ攻略も余裕ですといえるステータスを持っているプチなのだ。

 未だに一人でパンツが履けない幼女だが。

 

 

 

 誰にでも優しい幼女で、初めて会う人もいきなり友人認定する頭がぽわぽわしている幼女だ。

 年齢は……まぁ祝福鈍足で調整してるおかげで12歳だが、外見も口調も頭の出来も全部幼女だから幼女なのだ。異論は認めない。異論を唱えればあなたが異論をミンチにする。

 

 

 

 ……一応、一応だが。数千歳の幼女ではあるが語尾に「のじゃ」が付く口調などではない。

 そもそも狐でもないし、巫女でもない。

 そうだ。今度巫女服を着せてみよう。よし。

 

 

 とまぁ、ここまで説明すればわかるだろう。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 あなたの家族は……。

 

 a プチだ

 

「わーい! ごしゅじーん!!」

 

 久しぶりに会えたあなたの数少ない家族の一人。舌足らずな口調の幼女のプチだ。

 赤いリボンのあしらわれた真っ白な服装に、白銀の透き通った髪。

 きめ細かなシルクの様な肌に、これまた透き通った美しい海の様な水色の瞳。

 手に持っているどこぞの魔法少女の装備してそうな杖がまたいい味を出している。

 身長は1mもなく、それこそそこら辺の子供と同じくらいの体重しかないけれど戦う相手全てに、ぅゎょぅじょっょぃ と思わせるプチ。

 

 名前を白天使という。あなたの家族の一人だ。あなたにとって掛け替えのない娘だ。

 

 名前の理由は即座にわかるだろう。

 黒天使はあなたの妻だし、プチは白いから白天使。

 回復魔法を使う系の職業は不思議と純白系の色が似あう気もするしこの名前が合っている。

 

 本名が『白天使』だ。白天使の『プチ』などではない。

 プチの『白天使』ならあっている。

 

 黒ウサギが本名と言い張るウサギもいるし今更だろう。

 過去に名前の件で色々言った気がするが、気のせいだ。過去は過去。今は今だ。

 今が良ければ過去などどうでもいいのだ。ただの通過点として通り過ぎよう。

 よし。そういうことにしておこう。

 

 それにしてもプチ……白天使はなぜ箱庭の南側にいたのだろう。

 それと黒天使は何処にいるのだろう。

 

「おねえちゃんは、でっかいのをずばーんってしてわーってしてぶわーって!」

 

 うむ。簡潔で明確だ。頭が足りたら天才になるだろう。

 

 つまりは白天使を守る為に巨龍を斬り刻んでからあなたを探す為、再び何処かへ去ってしまったのだ。

 

 まったく、おっちょこちょいな妻を持ったものだ。フフ……。

 死亡フラグ少年やら黒ウサギがなにやら声を掛けてきているがクソ程にどうでもいい。

 あなたの白天使との暖かな会話を遮るなゴミ共が。

 

「わたしは、ひゅーってなってぼよーんってなってぶわーって!」

 

 そうかそうか。とても簡単でサルにもわかる程わかりやすい説明を即座に出来る辺りやはり天才肌なのだろう。あとは頭が足りれば稀代の天才だ。世界が認めてくれるだろう。

 

 つまりは、あなた同様に箱庭に来た時に上空から落下し、大樹の天辺に落ちて跳ねて泣いて居た所を地元のコミュニティに助けられたのだろう。

 落ちた先がランダムで、あなたは東、白天使は南だったというわけだ。

 いやはや、いやはや。天才で可愛いく愛らしくこの世の奇跡ともいえる幾万の財宝よりも素晴らしい家族を持つと幸せだ。

 

 

 ───それに比べて水を差してくる外野と言ったら。

 あなたは家族と数ヵ月ぶりの再会を果たしているのだ。声を掛けないで欲しい。積もり積もった話が沢山あるのだ。

 どうして会話が成り立つんだ。ではないのだ。

 

 あなたと、あなたの家族の間だ。会話が成り立たない理由がない。

 たとえそれが擬音ばかりの言葉であっても全てを察して、全てを理解するのが親としての立場の務めだろう。

 1を聞いて2147483647を理解してなんぼだ。

 

 とりあえず、この数ヵ月間パンツはしっかり履き替えられただろうか白天使に尋ねてみよう。

 

「さらがはきかえさせてくれたー!」

 

 さら。サラ。皿……。

 皿が……。いや、無機物が履き替えさせてくれるはずがない。

 ということは白天使の全裸を見た不埒物がいるという事だろうか。

 出てこい。殺す。というか履き替えたパンツを強奪した罪は重い。

 あなたのコレクションに追加するから寄越せ。

 

 ころしてでも うばいとる。

 

 家族に甘すぎるなどと外野が喚いているが知った事か。

 あなたはあなたの家族の為になら幾万の命を捧げても惜しくない程の愛を捧げているのだ。

 この身は、間違いなく家族への愛で満ちている。

 

 5、いや6……だが家族への事も考えると4……いや半分以下というのは……ならやはり5……いや、5.5……うむむ……6……8は行き過ぎな気が……そうだ10割。

 10割でいいだろう。

 10割は女神様への愛で満ちている。家族へは同じく10割だ。

 

 10と10。

 足して20。

 

 だが家族と女神様への愛が相乗効果を起こして三回転半跳躍し、あなたは速度が足りているので10足す10で2000の愛だ。

 

 10倍だ10倍。比べ物になるはずもない。

 

 死亡フラグ少年などマイナスどころか丸めてポイだ。

 バキバキに折れて丸くなって死ぬがいい。

 

「しねー! ころせー! みんちだー! わーい!」

 

 いいぞ。その調子だ白天使。

 丁度、あなたの隣でぐちぐちと妄言を撒き散らして風を濁す糞ゴミ死亡フラグ少年がいるし殴ってミンチにしてしまおう。

 白天使の持っている杖で思いっきり死亡フラグ少年の頭を殴り飛ばして潰れたザクロの様に綺麗な血の花を咲かせるのだ。

 

 GO。白天使。死の天使となるのだ。

 

 そして、後ろで鼓舞したり補助魔法をかけたりするあなたと、杖を構えてニッコニコした笑顔で風の様に舞いながら襲い掛かる白天使と、死亡フラグ少年の攻防戦が繰り広げられた──―……。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 そんな事をしていたあなたの現在の態勢は土下座である。

 DO☆GE☆ZA。極東に伝わりし伝説の許しを請う態勢である。

 白天使に怒られたあなたは現在土下座を披露し大量のお菓子を白天使に献上している。

 明らかに立場が主従逆にしか見えない光景だがあなたの娘ともいえる白天使の機嫌を損ねたあなたが全面的に悪い。

 

「ごしゅじんがわるいー! わるい──!!!」

 

 キツい。正直すくつの敵と戦うより、先の巨龍なんかよりキツい。

 うみみゃぁ! なんか目ではない。1億回死んでもなお足りぬダメージが心に入っている。

 体の傷は薬や魔法が癒してくれる。だが心の傷は……いろんな方法でしか治せないのだ。

 治す方法が結構あった。ユニコーンの角とか温泉とか。変な女神像を起動するとか。

 白天使にあなたがわるいと言われる度にあなたの胃は穴が開き、あなたは血反吐を吐き、目から血が流れ全身が弾けるような痛みが走る。

 

 さらに心が痛い。

 

 ちくせう。死亡フラグ少年に上手く白天使を丸め込まれたのが敗北の原因だ……。

 当の本人の死亡フラグ少年は全力フルスイング一本を白天使によって脳天にキめられて現在気絶している。

 ザクロの様に飛び散る脳漿が見たかったのだが。

 

 

 それよりも、このままではあなたの寿命がストレスでマッハなんだが。

 

 

 白天使の罵倒の諸々で減ったあなたの体力は残り一桁である。

 冗談抜きに箱庭に来て以降、自身で選んだ死以外で起きる初めての瀕死である。

 白天使の言葉が物理的にあなたの命を削っている。ダメージを負う事などいつもの事だし死んでもどうにでもなるから白天使は口撃を止めない。

 かたつむりの廃人だって塩は弱点なのだ。あなたにとって白天使や黒天使の冗談抜きの説教はかたつむりにとっての塩と一緒だ。

 二度喰らえば即死である。

 

 地面に血だまりが出来て、その中心でミンチ一歩手前のあなたが倒れている姿は異様である。

 黒ウサギが白天使をなだめてくれているが、ご機嫌斜めな白天使は反抗期を疑う程に頑固だ。

 大抵の場合、一晩寝て甘いものを食べればニコニコしだすからそれまであなたが何十回死ぬかという戦いだろう。

 

「う、うおぉ……」

 

 突然、ミンチ寸前のあなたの頭上から呻く白天使の声が聞こえて目に殺意の炎を灯しながら即座に顔を上げた。黒ウサギが白天使の首でも絞めて怒るのを止めようとしたのだろうか。だとしたら即座に100億回はミンチにしてもなお足りぬ。

 そうして見上げた先にあった光景としては、白天使が黒ウサギの胸を揉んで目を輝かせる景色だった。幸せな光景である

 

「ご、ごしゅじん……これすごい……すごいよ……」

 

 そうか。それはなによりだ。あなたは殺意を消して微笑んだ。

 あなたにも黒天使にもほとんど胸はない。慎ましやかな家庭な為、白天使の驚きも納得だ。

 

 

 そういえば、白天使の言葉だけ生でお送りしているがこれには理由がある。

 

 そう。白天使の可憐でキュートな聞いた者全てを魅了し心酔させる圧倒的なまでの可愛さを持った天上の歌声の如き美しき川のせせらぎの様な透き通り脳の奥深くに刻み込まれる様な奇跡とも言えるこの声をあなた程度の言葉で置き換えてしまうのはこの世に失礼だ。

 皆、この白天使の声に聞き惚れるがいい。

 あなたの噛み砕いた説明口調などで汚してはいけない聖なる声だ。

 

 あぁ素晴らしき哉。

 

 それ以外の雑草共は全部あなたの置き換え行きだ。

 女神様の御言葉は気まぐれにお送りさせてもらう。

 あなたに向けて贈られたあらゆる御言葉をわざわざこんな場末に流すのはあまりにも無礼という物だ。

 だからあなたの言葉で仲介させてもらっている。

 女神様の扱いが適当だなんて言ってはいけない。女神様は気まぐれなのだ。

 だからあなたも気まぐれに御言葉を伝えさせてもらう。

 

 

 あと、一応改めて言っておく。

 

 女神様は女神様で、家族は家族だ。

 

 あなたの中では別枠である。

 どちらが上と言う事はない。

 どちらも最高なのだ。

 

 ドMおススメの信仰先などと言われているが、実際速度を極めるとなると女神様を信仰するのが一番早いのは確定的に明らかだから皆も信仰して速度を高めるといい。

 

 

 

 

 そwれwにwくwらwべwてwポwンwコwツwはwwwww

 

 

 

 

 おっと失礼。

 汚物を覆い隠すために麗らかな風吹く青空映える草原が萌える草花に覆われてしまった。

 本当に申し訳ない。

 自分でも驚くほど白天使との再会が嬉しいのが響いているようだ。

 凄くテンションが高まっているのを感じる。

 

 

 こんな調子では黒天使に会ったらどうなってしまうのか。

 

 

 

 ───ハスハスしながらハムハムしてモグモグしてしまいそうだ。

 

 

 ちなみに食べるのはパンティーである。当然だ。

 

 

 

 

 

 多方面から怪訝な目や気持ちの悪いものを見る目で見られている気がする。

 違うのだ。反論させてほしい。

 

 反論していいだろうか。耀少女。

 

 通りがかった耀に反論の許可を求める。

 何に反論するのかと聞かれたので黒天使に会ったら黒天使のパンティーをモグモグしてしまいそうだ、というあなたの発想と発言に対しての反論だ。と言ったらドン引きされた上に認められなかった。

 

 

 

 解せぬ。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 あなたはパンティーをモグモグする代わりに綿あめを食しながら街中を歩いている。四次元ポケットに以前の北の誕生祭だったか何かで買い込んだものだ。

 散歩していてわかるが、先の戦いで巨人たちに滅茶苦茶にされてしまった街は現在凄まじい勢いで復興し始めている。

 というより祭りの再開に勤しんでいるようだ。

 商人魂ここに極まれり。北側でも発揮してほしいところだった。

 

 それと。

 

 先程、白夜叉の伝言があなたに向けて届いた。ごちゃごちゃ色々書かれてたから抜粋してお送りする。

 

 

『東側の警護はしっかりしてくれたし、南側もなんとか守り抜けたからOK』

 

 

 だそうだ。ラッキーである。

 結構やらかしたというのにOKを出して貰えたのはとても嬉しい。報酬はどれほどになるだろうか。とりあえず当分は遊んで暮らせる金……あの炭鉱街で演奏家を殺し続けてきた奴が渡してきたはした金よりは貰えると信じておこう。

 とりあえず目先の依頼は達成したから勝手に祭りに参加することにしよう。そうしよう。

 

 途中参加はしないといったな。アレは嘘だ。

 

 というか依頼を途中放棄して祭りに行くのが嫌なだけで、依頼が達成できたのなら祭りに繰り出しても問題は無い筈だ。

 白天使の保護者役としての仕事もしなければいけないというのもあるのだが。

 とりあえずサラとかいうパンツ強奪クソ女とは一度拳を交えて叩き潰して記憶を削り取らねば。

 白天使の、我が最愛の娘の裸を見た罪は重い。

 だがパンツを履き替えさせてくれたという感謝もあるのだ。

 

 嗚呼、複雑な此の思い。どうすればいいのだろうか。白天使の意志はどうだろう。

 

 

「さらはいいひとだよ?」

 

 

 最大の感謝を以て、あなたの用意できる最高の感謝の品を用意しよう。世界最高のおみやげと共に贈り物をしておもてなしをしなくては。

 紙に必要な物を書いてくれとでも伝えよう。あなたなら大抵の物を用意できる自信がある。

 最悪、用意できそうにないなら白夜叉に交渉して今回の報酬で工面すればいい。

 

 白天使が良いというならいいのだ。

 あなた程度の意志はどうでもいい。その辺に落ちているクズくらいどうでもいい。

 

 それより祭りを楽しむ事にしよう。

 




どうも赤坂です。

タイトルが総票数1票で変更されました。
タイトルも気紛れなんで、なんかいい感じの出たらまた変更するかもしれません。
それとストック切れたんでしばらくストック溜め……はしないのですが投稿頻度落ちます。
最近4日に一度投稿したりなんだりしてたんでね!

それと、少し不思議なのが。
4月13日になんかお気に入りと閲覧数めっちゃ増えてたんです。
投稿とかしてないのにナゼフエタシ……。
どこかで宣伝でもされたんですかね?

ではでは。


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第十二話『廃人は意外に解説が得意だったりする』

 おおよそ一週間ほどで再開された箱庭南側<アンダーウッド>で開催される収穫祭。

 白天使が走り回って怪我人や重症の者達をひたすら回復させて回った結果、そこそこ早く復興が終わった。

 あなたも手伝いがてら病気になった者に祝福ポーションを投げつけまくっていたというのもある。

 本来であれば依頼の期間と被っていた為参加出来ない筈だったが、魔王の襲撃やなにやらで依頼が期間半ばで完了扱いとなりあなたは参加する事にした。

 

 

 

 

 ちなみにあなたが勝手に参加する事にしただけであり、黒ウサギその他に参加を許可されたわけでは無い。

 

 

 

 

 本拠の警護はまぁいいだろう。どうせ報酬も無ければ名声も上がらない。

 ついでで受けただけの依頼でもない『ただの頼み』だ。

 

 そんなことより家族であるプチの白天使と一緒に祭りを謳歌して笑顔にするのが一番大事だ。

 所々に壊れた跡などが見えるがそれでもお祭りは始まっている。

 

 白牛のチーズ焼きなどとても美味しい。

 くるみナッツの詰め合わせ、とかいうよくわからない物をポリポリと食べながら歩き回る。

 珍しい物が沢山売っているから祭りはやはり好きだ。

 白天使も太陽すら暗闇に見える程眩しい笑顔でもっちもっちとチーズ焼きを頬張っている事だし世界も平和だ。

 ここに黒天使もいたらあなたも今世紀最大最高の笑みでいられるのだが。

 

 なんやかんや色々が終わった後のお祭りの解放感は凄く好きだ。

 レシマス攻略が終わって当面のすることが無くなった時もよくノイエルのお祭りに顔を出したものだ。

 まぁ当初はお土産屋の物を買う程お金は無かったのだが。

 今でもあの値段設定は桁を一つ間違えているのを疑っている。

 

 ……ふと、収穫と言えば。最近収穫の魔法を唱えていなかったことを思い出した。

 

 魔術師の収穫。唱えれば空からお金やらいろいろ降ってくる魔法。

 

 様々な魔法を実験している際には戦闘に関係ないなら、となんとなく放っておいたがはたして。

 十中八九間違いなくノースティリスのお金が落ちてくると思う。ただの勘だが。

 神託やら願いやらが置き換わっているから万が一が有り得るが、九割近い魔法がそのままの効果なのだ。だとしたら魔法使いの収穫もと思うが考えるのが面倒くさくなった。

 

 

 

 

 

 唱えてみた。魔法強化の生き武器は抜かずに。

 

 

 

 

 

 箱庭のお金が降ってきた。

 

 

 

 

 

<サウザンドアイズ>発行の「金貨」が10,838枚。降ってくるのは一回だけのようだ。

 

 

 

 

 

 そんなことはどうでもいい。即座に仕舞った。これはダメだ。人をダメにする。大金とかいう単位ではない。

 

 東側では境界門の起動に1枚。

 あなたが無造作に金庫に報酬やら換金したお金を叩き込んでいるから蓄えはあるとはいえ。

 今の今まであなたがちょろちょろとギフトゲームや白夜叉やら様々なコミュニティから頼まれる依頼を色々こなしてギフトを売り捌いたりなんだり色々やりまくって半年で稼げて50枚ちょっと。

 それが一瞬で、たった一回唱えるだけでゴミの様に手に入る。魔法強化武器を持って唱えたら、おそらくさらに。

 

 今までの地味な苦労とは。

 そう思う事請け合いだし、なによりバレたら間違いなく多方面に怒られる。主に白夜叉。

 というか、なぜ<サウザンドアイズ>発行の金貨がピンポイントで落ちてきたのだろう。たまたまか。

 見なかったことにしておこう。四次元ポケットにでも突っ込んでおいて、たまに豪遊するくらいでちょうどいいじゃないか。

 

 うむ。そうしよう。

 考えるのが面倒くさいともいう。怒られるのも面倒くさい。

 

 棚からぼたもちだ。お祭りで豪遊しておこう。それでいい。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 白天使を伴って屋台をひたすら巡って荒らして回っていたらなんだか面白い催し物を見つけた。

 なんでも、斬る! 焼く! 齧る! の三工程の食事が取れる豪快な催し物だ。

 あなたは度重なる食べ歩きで満腹なのだが、白天使はいかがだろうか。

 

「まだすいてるー!」

 

 よし、GO。お金は気にしなくていい。

 そう思ったものの、先払い形式で以降食べ放題お手頃価格という親切設計。

 先に耀が飛び込みで喰い荒らしている姿があるのも特徴的だろうか。

 元々プチだったとはいえ、今では速度も余裕で2000に到達し装備でさらに強化されてるお陰で白天使は速度も足りている。

 つまり目にも止まらぬ速度で食べられるし、姿は幼女なれど中身はプチという特性もあり実質体全体が胃袋みたいなものだ。

 

 沢山食べて耀に勝ってもらいたいものである。

 勝者は白天使だ。それは間違いない。

 白天使が参加して食べ荒らしを始めたら料理人たちが悲鳴を上げ始めた。

 当然だ。耀と白天使のダブルコンボで速度は2倍どころか3倍以上だ。

 耀が負けじと更なる加速をかけている。

 加速の魔法が他者にかけられたら白天使にもかけるのだが。如何せん、あなたの自作の範囲加速魔法では耀まで加速させてしまう。

 

 料理人の速度が負け始めたからあなたも手伝う事にした。

 負けて来たからと言って手を抜くような人々には見えないが、それでも食事提供の速度を維持する為に白天使に渡される肉が手抜きにでもなろうものならあなたは料理人たちをシバキ倒してしまいそうだ。

 というか、ダブルコンボの影響で料理が出てくるのを白天使が待つ状況になるのが許せない。

 

 

 それなら、あなたも協力すればいい。

 

 

 ノースティリスの冒険者として有り得ないくらい穏やかな発想だ。

 もはやあなたではない誰かなのではないかと疑われる程だろう。

 

 あなたの料理技能は世界最高峰クラスだ。

 如何なる料理であろうと一回調理工程を見れば理解できるし、より上手く作る自信がある。

 家族に出す為の料理だ。久しぶりに本気を出させてもらおう。

 コミュニティのご飯に満足感を得られなかったときに手慰み程度に気を抜いてまったりと料理していたりしたが、今回はそんな気の抜けた料理など行わない。

 

 すべては愛する家族の為に。

 あなたの持てる全力を注ぐつもりだ。

 耀はどうでもいい。

 そんなことを考えていたら向こうからあなたの所属するコミュニティと食事をする耀を非難する声が聞こえた。

 意地汚いとか残飯を漁っていそうとか、貧相とか。

 

 駆け出し冒険者じゃあるまいしあなたは最近はそこら辺の展示物をつまみ食いなんてしていない。貧相……確かに耀も白天使も一部貧相な所はあるがそれはそれ、これはこれだ。

 つまるところ外野の発言は間違いだらけだが、まぁ白天使を罵倒しているわけではないし、実際どうでもいい。

 そう思っていたものの。

 

 

 突然だが報告させてもらう。

 急に現れた変な糞男の顎が弾けて空を飛んだ。

 流石のあなたも驚きである。

 

 気が付いたらあなた達を非難する男の顎があなたの見事なムーンサルトによって千切れ飛んだのだ。

 

 

 つい、ぶっ殺してしまったようだ。

 

 

 いや、絶望に近い叫び声をあげているからまだ死んでいないとは思うが。

 これが噂の「「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ! その時スデに行動は終わっているんだッ! 」と言う奴か。

 後で追撃であと二回ほど頭の側面に往復キックを叩きこんでやろう。四回やったら死んでしまうと思う。

 

 白天使に対してゴミクズが汚らしい吐息で気持ちの悪い事を言い放つからそうなるのだ。

 インガオホー。

 俳句とやらはいらない。率直に言おう。

 

 死ね。

 

 あなたがまだ律義に不殺を誓っているから助かった命だ。正直、白天使の為なら誓いを破るのもやぶさかでない。

 絶叫を上げているし、死んで無いだけマシだろう。声の出ない薄汚い口で永遠に懺悔し続けるといい。

 まぁ殺して後悔させてやってもいいのだが。

 

 ……なるほど。妙案だ。殺そう。

 

 そうだ。そうだろう。確かにそうだ。どうしようもないゴミ屑など生かしておく価値がないはずだ。

 ポンコツと同じレベルのみじめなブタなど生かしておく方が世界への冒涜というものだ。

 なにせこの南側の戦いで最も活躍し貢献したのは間違いなく白天使だ。あそこまで大混戦だった戦いで驚愕の死者0名という記録を叩き出したのも全ては白天使が走り回って治癒の雨をばら撒いたりしてくれたおかげだ。

 

 耀やあなたや、あなたの所属するコミュニティが罵られる分にはどうでもいい。その程度ならあとで反省するまでシバき倒すだけだ。

 

 死んでいなければ治してみせる。

 そう言って駆け回り、走り回り。

 回復魔法を幾度も幾度も唱えてあらゆる怪我を癒していった。

 命に関わる怪我であろうと立ち上がって野を駆ける犬のように走り回れるまで一瞬で回復させ。腕が千切れていようが足がもげていようが、取れた部位さえ其処にあればどれだけ時間が経っていても繋げて治してみせたのだ。千切れた部位が腐り落ちているとかそんなのも関係ない。繋がったなら元通りまで戻せる。

 お陰で、祭りの会場を歩いているだけで白天使に沢山の人が感謝の声をあげたりしていたのだ。

 

 そんな大活躍の白天使になんという口をきいているのだ。まったく。

 

「ほひたのー?」

 

 騒ぎなど何も感じていない様に肉を口一杯に頬張りリスの様にぱんぱんに膨らませた白天使があなたを見ていた。

 転がって声すら上げられなくなりピクピクと痙攣して蠢いているゴミをもう一度蹴り飛ばして彼方に吹っ飛ばしながらあなたはあなたの大事な家族に笑みを返した。

 

 

 

 何も気にする必要はない。ただゴミを処分しただけだ。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 ───その後何が起きたかと聞かれると色々あった。

 

 

 どちらに非があるかと聞かれたら相手だ。先に声をあげたのだから。

 面倒くさい絡みは激怒を招く。

 身をもって証明した彼に拍手を送る必要はないから石を投げよう。

 

 顎が粉砕され原型を無くすほどに顔が壊れ、最後に追い打ちの様に蹴り飛ばされて四肢がバキバキになり背骨もへし折れ満身創痍だった男はサラに治療を頼まれた白天使に回復された。

 あなたとしてはそのまま自然の法則として野垂れ死にして貰った方が心地いいのだが、他ならぬ白天使が認める良い人の頼みだ。指示には従っておこう。

 糞ゴミ男の従者含めあなたが再起不能なレベルの致命傷を与えたものの、回復したのだから喧嘩両成敗と言う事にして不問に処す。というあなたにとって当然の結果になった。

 相手の心にトラウマが刻み付けられたがどうでもいい。

 相手が本気でキレている。知った事ではない。本当に面倒くさい。

 

 

 こんなゴミに時間を取られたくない。

 

 

 めんどうになったあなたが決闘(一方的なリンチ)で決着をつけてはどうだろうか、といつもの蠢き謎の粘液が滴る長棒を取り出しながら伝えたところ。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 次の日、解説席に座るあなたの姿があった。

 

 あなたは今、黒いビキニ姿……白夜叉指定のもの……で座っているのだが、誰得だろうか。

 不思議と観客の一部が拝んでいるが、崇拝や信仰は女神様に送って欲しい。

 なんなら祭壇と女神様の像を出すから信仰はそちらでどうぞだ。

 

 それよりもあなたの膝に座り斑梨の氷菓子をシャリシャリと齧る白天使の、息が白く凍えるほど寒い朝、陽の昇る前に水上に咲く夜明けの花の様に可憐で美しい白いワンピース水着の姿を滂沱の涙を流しながら拝むといい。

 あまりの可愛らしさに姿を見たあなたが鼻血を垂れ流しながら白目を剥いて倒れた程だ。

 下着姿と何が違うのかという話だが、日の下で誰かに魅せるために仕立て上げられた服装というのが違いだろう。

 ノースティリスでは水着は見たことがなかったからまさかの相乗効果でノックアウトされてしまった。

 いや、何処かにはあるという話は聞いたことがあるがこれまで見たことはないから、あなたでは知覚できない次元にあるのだろう。

 

 あなたの着ている、というより着させられたこのビキニもあなたより黒天使の方が似合うだろう……。

 黒天使のあの肢体にこの黒ビキn……いけない。興奮してきた。出血を通り過ぎて大出血だ。鼻血が止まらぬ。

 

 話を戻そう。

 

 あなたが解説席にいる理由だが、結局ギフトゲームで決めるというなんともつまらない結果にされてしまったのだ。

 決闘は決闘だが、あなたは戦わない。

 あなたが参加したらロクな事にならないと判断した白夜叉に解説の仕事を請け負わされた。

 そもそも決闘を行う場もレースという話だし、あなたが参加したら二秒で終わる。

 いや、二秒もいらない。

 あなたが走れば速度全開なら0.1秒で終わる。

 騎馬が必要との事だが、ヘルメスの血なら数千本あるのだ。

 そこらの馬に投与すれば速度2000まで簡単に仕立てあげられる。

 まぁそういう諸々を防ぐ為だろう。

 

 解説の仕事開始だ。せめて解説で遊ぼう。

 さて、試合開始。

 まず挙げられる点としては、参加者の女性陣の中で一人だけ鎧姿の味気ない女性がいる。

 つまらない。とてもつまらない。

 参加者で騎馬を借りる者、女性限定だが、は水着着用が必須なのだ。

 

 そうでなくても着ていて欲しい。

 あなたも着せられているのだから。

 須らく水着を着るといい。あなたに向く観客の視線がウザイ。

 そのほんの少しでも別の人に向けられるならそれが一番だ……白天使に向けて邪な視線を向けている観客の目玉に氷菓子の一部を叩き込みながらそう思った。

 

 

 

 だから、これはただの八つ当たりだ。

 

 

 あなたはここに誓う。あなたはよからぬ事をたくらむ者なり。

 

 

 

 

 開始の合図と共にあなたは自身の速度を全開にし、加速の魔法を唱えて世界の流れる時間からズれた。

 あらゆる悪戯を全てを終えてから悠々と解説席に戻り、 いたずら完了! と小さく呟いてから魔法を解き速度を戻した。

 同時に参加者のかなりの数が叫び声を上げ、観客の男達の多くが悲鳴を上げ、ごく一部あなたの悪戯から生き残った男達と白夜叉が歓喜の叫び声をあげる。

 

 

 

 曰く、鎧姿のなんかすげぇ奴がすげぇ水着になって水着をすげぇ斬り裂いている、と。

 

 

 

 具体的には、鎧姿の女性が武器を取り出し他参加者の水着を斬り捨てたのだ。

 男女関係なく参加者のほぼ全ての水着を斬り捨てた。

 その直前にあなたがその鎧姿の女性の鎧を窃盗して、水着を代わりに着せたのだ。

 

 つまり、観客から見れば。

 

 

 

 

 鎧姿の女性が一瞬で水着に着替えて他の参加者の水着を斬り捨てたのだ。

 

 

 

 

 自己顕示欲の塊にしか見えない事だろう。水着を着る者は一人でいいと言わんばかりの行動だ。

 まぁ本人は仮面の下を真っ赤に染めている事だろうが。

 あなたもあなたで、自己顕示欲の塊ですかねー。と解説を入れて煽っておいた。

 

 余談だが、着せた水着は白夜叉があなたに昨晩着せようとしてきた過激なVである。

 黒天使に着せたいが、たぶん似合わないからここで使っておく。

 

 久々に気持ちのいい悪戯が出来たあなたは満足である。微笑みが絶えない。

 最近、魔法の効果が変わってきてるのか時間停止に近い行動が出来るようになってきているお陰だろうか。

 

 解説が参加者に手を出してはいけないなんていうルールはない。

 だから何の問題もない。

 あと、仮面は装備ではなかった。黒天使の翼の様な見た目の固定なのだろう。

 あなたの窃盗の及ぶ範囲ではない。そもそもアレを取ったらアイデンティティの喪失だ。

 

 

 飛鳥の騎馬が水着を斬り捨てられる事なく、そこそこの速度で駆け出した。

 死亡フラグ少年が一石を投じて防いだのだ。

 つまらないことはしないで欲しい。

 

 その後、なんか津波を起こしながら殴り込みをかけた変人などが現れたがなんやかんやあって飛鳥、つまりはあなたのコミュニティが一位でゴールした。

 

 スタート以降は特に何も面白みも無かったので、なんやかんやで〆させて欲しい。

 

 なにせ最初の悪戯以降、解説のあなたは速度が足りないと言うだけだったのだ。

 何か尋ねられても、すべて速度が足りない。

 亀がのっそりと歩く姿に対して同じ速度の次元の者が、右足の出し方が芸術的だ。何て言っても、あなたにとってはちんぷんかんぷんだ。

 本当に速度が足りなくて見ててつまらない。

 それこそまるで、アリの行進を見ている気分だ。

 とにかく速度が足りない。

 

 精進して欲しいものだ。

 

 斑梨のジュースをシャリシャリと飲みながらあなたはそう思った。

 

 

 

 




赤坂です。
少し遅れました。
とりあえず働かざる者食うべからずの回を次にやります。
また番外です。このタイミングが一番かな、と。
諸々の番外編はまた今度って感じで。
超高速で物語が進む事進む事……。
開始当初から打って変わって、
ここ最近はおおよそ1~2話で一巻分の内容がほぼ毎回終わるとは思わなんだ。

ではでは。


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白天使とリリの大冒険 前編

副題は

~働かなくても食っていけるけどそういう人を乞食という~

です。


 ───決闘の替えのレースから時は少し遡り。アンダーウッド、収穫祭。

 

 あるコミュニティの、とある二人によって怪我人病人全員が例外なく、報告に上がった全ての人が元の生活を何の支障も無く過ごせるようになるまで回復してまわってからの事。

 様々な資材や食料も壊滅的な被害を受けたが、近隣のコミュニティからの復興支援物資と素性不明の謎の人物が格安で仕入れたと言って持ちかけてきた大量の屋台の道具類が集まり。

 他にも、様々な人達が助力に駆けつけたおかげもあって、少しづつとは言えない速度で進んでいるアンダーウッドの復興。

 

 それにより、少し早めに再開が出来る見通しとなった収穫祭の始まる、三日前の出来事である。

 

 今回は、少し視点を変えてお送りしよう。

『あなた』の視点ではなく……愛らしくも強かなある幼女に焦点を当てた物語だ。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

(これって、どういう状況なんだろう……)

 ノーネームの年少組、リリはある少女に手を引かれながら祭りの設営会場を一緒に歩いていた。

 

「よーそろー! けがにんはいないかー?」

 

 大きな声を上げながら周りから微笑ましい顔で見られているその少女の名前は『白天使』。

 東の最終兵器と呼ばれていたりする『あの人』……年少組は怖くて名前で呼んでいない……の家族らしい。

 

 主催進行の手伝いをしている途中、十六夜と会話をしていた所を後ろから現れた白天使によって突然連れ去られたのだ。

 そもそも何故リリなのか。十六夜や、あるいはご主人と呼ぶ『あの人』では駄目だったのか。

 

 本人に聞いても

「なんとなくー! そこにいたからー!」

 と言われてしまう始末。

 

「あの、手伝いが……」

「へーき! ごしゅじんにまかせたー!」

 

 

 

 任された。

 

 

 

 アンダーウッドのどこからか、そう声が響いた。

 近くから聞こえず、木霊して響いているという事は一体どれ程遠くにいて、それでいて地獄耳なのだろうか。

 

 ほぼ同時に爆発音が響き渡ると共に、あらゆる所から悲鳴が立ち上り始めた。

 

 もしかせずとも厄介な人に絡まれてしまったのではないだろうか。

 というかこのままでは問題が起き続ける。

 

 

 

 少なくともこの少女相手に主導権を握らなくては振り回される。

 リリは覚悟した。

 この真っ白な少女を自由にさせてはならない、と。

 

 

 

「あ、あの!」

「んー? どうしたの?」

 

 幸いにも、この少女はおそらく話が通じる。……はずだ。まず会話が成り立っているのだからそうなのだろう。

 だとしたら、なんとか手綱を握って『あの人』を巻き込まないような状況にしなくては。

 ノーネーム年長組としての責任感を持って、子供同士なんとかしてみせる。

 ムンッと意気込んでから口を開いた。

 

「怪我してる人とかは見当たらないし別の事をしない?」

「たとえばー?」

「た、たとえば? ……うーん、その。あ、ほら贈り物を選ぶとか!」

 

 キョロキョロと辺りを見渡せば近くに小物売りの店があった。

 丁度、黒ウサギや皆への贈り物を選びたかったのもあるからつい口から贈り物を選ぶなんて言葉が飛び出してしまった。

 いきなり贈り物などと言っても困るだけだろうか。誰に? と聞かれてしまうのだろうか。それとも、お目に叶うものがないと叫ばれて『あの人』が突然現れて暴れないだろうか。

 瞬時に脳裏を過る様々な嫌な考え。

 変な汗がリリの背中にじっとりと気持ちの悪い感触を残していた。

 

「おくりもの……ごしゅじんとかおねえちゃんに……えらぶー!」

 

 乗り気になってもらえて一安心してほっと胸をなでおろす。

 

 だが、それがいけなかったのだろうか。

 それとも、白天使に絡まれた時点で色々な出来事に巻き込まれることが確定していたのだろうか。

 

 

 

 

「うわああああああああああああああああああああ暴れ、暴r……? なんだこれ!? なんか暴れてるぞおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 

 

 

 市場に繋がる街道から土煙と奇声を上げて走ってくる、緑と赤色の謎の軍勢の進行方向に立ち止まってしまっていた。

 誰かの声が上がるが、それが何かはその場の誰にもわからないようだった。

 

 ───僅か一名を除いて、だが。

 

 

 

「うわああああああああ! いもうとのむれだああああああ!?」

「ひゃ、ひゃあああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 

 白天使、リリ。二人そろって謎の軍勢に吹き飛ばされてしまった。

 微かに耳朶を打つ「キャラ被り」という言葉はなんなのだろうか。

 そんなことを考える事も出来ないまま視界が二転三転して変わり続ける。

 世界がぐるぐると回っている。

 

 

 

 跳ね飛ばされ転がり、辛うじて立ち上がったリリと何事もなかったかのように立ち上がる白天使。

 違いは単に吹き飛ばされることへの慣れだろう。

 

「だいじょーぶ?」

「う、うん……。ちょっと頭打っただけ、かな?」

 

 こぶになる程ではないが、星が見える程度には打っていた。

 

 さもありなん 。

 

 辺りを見渡せば薄暗く、おそらく地下都市の断崖の隙間に落ちたのだろう。

 多少の高さはあったが、大きな怪我になっていなくてなによりだ。

 

 

「いちおー、ほい」

「……? え、えぇと」

 

 そう思っていたら、白天使がリリの頭にペスッと手を乗せてきた。

 まさか、痛いの痛いの飛んでいけかな? と困惑していたらリリの頭に少し響いていた痛みが引いた。

 嘘のように痛みが引いたのだ。

 何が起きたのかと一瞬、リリは我が目を疑ったがすぐに答えは出た。

 

 至極当然の事だ。

 

 ここは箱庭である。

 

「えっ? ……て、あ。ギフト……」

「ぎふと? まほーだよ!  あ、あっちにへんなおみせがあるー! 」

 

 が、本人曰く違うようだ。

 ギフトも魔法も違いがよくわからないが本人がそういうにはそうなのだろう。

 それよりもまた勝手に突っ走っていった白天使を追わなくては。

 

(こんなに人通りの少ない……というか裏道にお店?)

 

「なんだこのみせー!? ごうかだー!」

 

「って、あっ……待ってよー! 白天使ちゃーん!」

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 しばらくしたら、白天使が……確か、リリとかいう子供……と一緒に帰って来た。

 とりあえず、怪我などはしてないだろうか。

 

「してない!  けど……」

 

 けど? 

 

 どうしたのだろうか。

 誰かにだるい絡みをされたなら言ってほしい。

 そいつに生まれてきた事と白天使に絡んだ事を末代まで後悔させてやる。

 その場合絡んだクズが末代になるが。

 

「うむー……けど、ごしゅじんにたよりたくないー!」

 

 ウガー! っと叫んでいる。

 あなたに頼らずに戦うべき戦いのようだ。

 ペットアリーナのようなものだろうか。

 だとしたらあなたはひっそりと鼓舞するだけだ。

 

 どうしようもなくなったら助けを呼ぶと良い。

 一万里を越えてでも助けにいく事を約束しよう。

 

 それも大事だが、飛鳥や耀、あなたが作った料理があるのだ。

 冷める前に食べると良い。

 

 死亡フラグ少年の料理は既に残った分は作った本人が食べてしまった。

 これはあなたが手伝いを白天使に頼まれて色々してたら、

 

 

 

 

 手伝いは……その、もう十分だぞ? 

 というかお前に任せてたら今にも祭りが始まりそうなレベルで復興が秒で進むんだが。

 少しは休んだr……。顔が真っ青だぞ休め休め! 何で限界まで働いてんだ! 

 過労で死にそうな顔してんぞ!? 

 

 

 

 

 と、白天使に頼まれたのだからと過労のまま働いていたら現場の皆に怒鳴られたので仕方がなくラムネをラッパ飲みしながら歩いていたところ、料理をしている耀たちに出くわして死亡フラグ少年をからかう為に精を出して作ったパンプキンキッシュだ。

 

 始めて見る料理だったので死亡フラグ少年の手順を軽く見てから、あなたが手ずから素材を選んで呪ってから祝福してあなたの料理技能全開で作り上げた物だ。

 もちろん祝福はあなたの女神様の物だ。

 

 他の何かの祝福などあり得ない。

 一度呪ってあなたの女神様の祝福に書き換えなければ。

 

 完成して実食してみれば死亡フラグ少年は見事にいじけたし、とてもよくからかえたのであなたも満足だ。

 当の本人は、リベンジだとかなんとか妄言を吐いて走っていったのだが。

 

 勝てるとでも思っているのだろうか。

 あなたですら認めた耀にも勝てないレベルの料理技能で。

 手慰みで上げた料理技能など、敵になるはずもない。

 耀は間違いなく、美味しい物を食べるための本気の鍛錬の結果だ。

 

 あなたが料理人として費やした膨大な時間には届かずとも。

 ただひたすらな。それも執念ともいえる努力によって磨き上げられた手腕と技量で作り上げられたポトフには、舌の肥えきったあなたですら唸ったのだ。

 旨い物を食いたい、それが耀の技術なら、あなたは家族に旨い物を食わせたいという執念で鍛え上げたのだ。

 どちらにせよ旨い物を作ろうという執念の賜物である。

 

 

 あれなら、黒天使や白天使に勧めて食べさせるのも吝かではない。そう思える一品だった。

 

 

 まぁ、あなたのパンプキンキッシュを食べた耀は目をギラギラさせてあなたに様々な質問を投げかけ続けているのだが。

 思えば耀にほぼ本気の手作りの料理を振舞ったのは初めてだっただろうか。

 これからも色々聞かれてしまいそうだ。

 

 もしくは耀の為の体の良い料理人にされるか。

 それは流石にお断りだ。

 あなたは誰にも縛られることなど無い。

 

 

 そもそもあなたの料理はあなたの家族の為にある。

 煽る為にちょろっと本気を出したが一品程度ならあなたにとってはただの暇潰しの様なものだ。

 

 フルコースを作ってこそなんぼ。

 

 あなたはそう思っている。

 

 

「おいしいー!」

 

 

 早速白天使がパンプキンキッシュを食べていた。

 初めて作る料理だったが、失敗する程あなたは下手くそではない。

 そもそも失敗していたら白天使の口になど入れさせない。

 あなたも初めて食べるパンプキンキッシュに舌鼓を打っていた。

 

 

 美味しいキッシュを食べても、白天使の顔から悩みの影は消えていなかったが。

 

 

 本当に、どうしたというのだろうか。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

「ねー、りりー」

「ん、なに?」

 

 リリがキッシュを頬張って舌鼓を打っていたところで白天使がこっそりと声をかけてきた。

「あのおみせー、またいこうよー」

「う、うぅん……相談した方が良いと思うけど……」

 

 というのも、白天使が『店だ』と叫んで走った先にあったのは店長不在の豪奢なお店。

 様々な豪華絢爛な小物や宝物。

 そして、一枚の貼り紙。

 

 そこにあったのはギフトゲームだった。

 

 祭りの場の中であれば問題などはない。

 ただの祭りの余興としてのゲームだと割りきれる。

 だが、今は祭りの準備期間。それも人混み外れた断崖の間にある人の気配の漂わぬ店だ。

 確かに、贈り物としてとても良い物があった。

 だが、謎を解かねば、ギフトゲームをクリアしなければ買うことはできない。

 そもそも、祭りがこれから行われるというのに客を選ぶようなギフトゲームがあるのは如何なものか。

 文面を詳しくは覚えていないが、ゲームとしてもそこそこ難易度が高そうだった。

 

 明らかに怪しげなギフトゲームだ。素人のリリが挑むようなものではない。

 

 

 危険に飛び込むのは如何なものか。

 リリの考えは実際はそこまでは至ってはいないが、それでも危ない事であることは理解していた。

 が、目の前の少女はそこまでも考えていないようだ。

 

「そうだんしたら、まけだよ!」

「何に対しての負けかわからないけど。その、怪我したら危ないし……」

「だいじょーぶ! わたしはつよいのだ!」

 

 こういう考え方はとても失礼な気がするのだが、良くも悪くも甘やかされて生きてきたのだろうなとリリは思った。

 というか、『あの人』の家族というのだからわかりきったことだった。

 

「そうときまれば、れっつごー!」

「えっ!? 何も決まってないと思うんだけど! ってひゃあああああああああ!!」

 

 手を取られたかと思えば景色が後ろへと吹っ飛んでいく様に勢いよく引っ張られた。

 そうしてそのまま、リリは誰にも相談することも出来ずにまた連れ去られたのだった。

 

 

 




赤坂です

お 久 し ぶ り で す

GWから、Rimworldの沼にどっぷり浸かっていたのと久しぶりの会話で苦戦していました。
とりあえずこの話が終わるまではこんな感じの書き方になると思います。

それと、イルヴァ資料館読んでたら設定がなんとなく今更固まりました。
それでも碌に考えていないんですがね!

前・中・後編の三部構成になる予定です。

ではでは。次は少し早くお会いできるといいですね(希望的観測)



乞食にお金を恵みましょう。
その後は床を彩るミンチになってもらって恩を返してもらいましょう。


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白天使とリリの大冒険 中編

 ───場所は変わり、再び断崖の店。

 

 やはりそこには変わらずに豪奢な店があった。

 白天使に手を引かれるがままスルスルと走られて辿り着くことができた。

 途中、幾度か見覚えのない道を走った気がするが最後に着いたのは例の店だった。

 何度も「まよったー! こっちだー! たぶん!」という声が聞こえたのは気のせいだろうか。

 

 ギフトゲームの紙と、椅子に座る人形。

 そして目を引く様々な品物。

 何も変わらず店は其処にあった。

 

 

 白天使はギフトゲームの用紙を手に取って、食いつくように睨み唸っていた。

 

「うぅむ……どうすればー……」

 

 リリの目からみても白天使はそこまでギフトゲーム、特に知識を問うゲームは苦手な様に見える。

 リリもギフトゲームの内容を見てみるが、やはり<ノーネーム>の主力陣に手伝いを頼むべきだろう。

 ギフトゲームに慣れていない二人にはあまりにも荷が重い。

 いや、白天使がギフトゲームに慣れているかどうかはわからないのだが。

 

「ねーねー、にんぎょうさん。こたえあわせってできるー?」

「白天使ちゃん、人形は答えな」

 

 

 

「……ミス・エンジェル。残念ですが私には答える事は出来ません」

 

 突然、椅子に座っていた人形に声をかける白天使。

 流石に人形が言葉を返す筈も無いと白天使に伝えようとしたリリの言葉を遮るように、目を閉じていた人形がヒョッコリと立ち上がった。

 

「えっ? えぇっ!?」

「どうしました? フォックス」

「そうだぞー? 生きてるのかわかんなかったのー?」

 

 わかるはずがない。

 というか、ゲームとしてはこの人形を直す……? といった感じの内容だったはず。生きているものを直せというのだろうか。いや、ありえるかもしれないが。

 とにかく、この人形がゲームマスターなのだろうか。

 

「え、えぇと。あなたがこのゲームの主催者……?」

「違います。私はこのゲームの進行役であり」

 

 

 

 

「えいえんにうごきつづけるゆめをたくされた、さんばんめのみかんせいのにんぎょうさん!」

 

 

 

「……ゲームの内容は理解できているようですね。エンジェル」

「し、白天使ちゃん理解できたの!?」

「ふふーん! わたしはてんさいなのだー!」

 

 ここに、『あの人』がいたら『失敬な。白天使は天才といったはずだ』とでも言ったのだろうか。

 少なくとも人形とリリには到底、そういう風には見えない。

 そんな風に白天使が指をさして答えた直後、白天使の背後の豪奢な扉が開かれた。

 

 そこから来たのは、耀や飛鳥、十六夜などだった。

 

「……へぇ。面白いなオマエ」

「何処に行くのかと思って付いてきたら、まさかギフトゲームに挑んでるとは思わなかったわ」

「これ、本当にクリア出来るの?」

 

 後を付けてきていたのか、ワラワラと入ってくる三人組に対して白天使は露骨に嫌そうな顔を向けていた。

 本人はこっそりと出てきたはずが当然の様にバレていたのだ。嫌がるのも仕方がない。

 

「……わたしひとりでとけたもん! くりあもよゆー!」

「白天使ちゃん、別に負けた勝ったとかはないと思うよ?」

 

 しかし、納得がいかないのかプイッとそっぽを向いた白天使は、

 

 

「「「ムキッ!」」」

「……? うわあああああああああああああああ!!??」

 

 

 

 いつの間にか忍び寄っていた謎のマッチョ人形とばっちり目が合ってしまった。

 白天使の叫びに反応した皆も一斉にそちらを向き、

 

「な、なんですこれ!?」

「えっきもい」

「き、気持ち悪いわ! 何よコレ!」

「……流石にコレはねぇだろ。なんで物音一つしねぇんだ」

「にげろ─────!!!!!!」

 

 

 三者三様の反応を見せた。

 ドドドドドドドドド!! と音を立てながら店の奥から無尽蔵に湧き出るマッチョ人形。

 人形さん、と白天使が呼んでいた彼女はリリの腕の中に納まり、皆一斉に駆け出した。

 

「ふ、フォックス! 私は置いていって下さい! 奴が来てしまいま」

「ふびゅっ!? うわああああああああああああああああああああああああああああんびええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 人形が何やら焦った声を上げたが、走っていた白天使がすっこけてマッチョ人形の群れに巻き込まれてあげた悲鳴と泣き声に掻き消された。

 

「ちょっ! 十六夜君! マズイわ! このままでは『例のアレ』が暴れるわよ!?」

「それは流石にマズい……! やっと再開できる祭りが南側が滅びる事で終わっちまう……!」

「……美味しい食べ物が。とりあえずリリはそのまま走って黒ウサギの所まで行って『例のアレ』を止める様に伝えて!」

 

 マッチョ人形の勢いが止まる。

 同時にノーネーム主力三人が振り返り、決死の救出劇に挑むことになる。

 

 家族と言って『例のアレ』が溺愛している娘(?)の白天使。その存在はかなり重要な意味を持つ。

『例のアレ』を止める最強の盾であり、『例のアレ』が理性を失って問答無用に破壊を撒き散らし暴れる地雷でもある。

 ただでさえ、以前一度発狂したおかげで『例のアレ』が一個人としてではなく、箱庭にとっての超特級の危険人物だと白夜叉すら認定しているのだ。

 家族をみすみす見捨てた、等と言う事になどなって『例のアレ』がそれを知ったら。

 

 

 

 

 地獄を見る、で済めばいいだろうか。

 

 本人の口癖通りにされるなら『後悔する事になる』。

 

 

 

 

「気持ち悪いとか言ってる場合じゃねぇ。この世を救う為にも

「うわああああああああああ【まりょくのあらし】───────!!!!!!!」

 

 そんな十六夜の意気込みも何処へやら。

 木端微塵という言葉すら相応しくない程に綺麗さっぱりマッチョ人形は消失した。

 悪寒すら漂う無色の風が吹き荒れ三人の頬を撫でた。

 

 

 

 叫び声と共に全て消し飛んだ。

 

 

 

「うわあああああああああああああああああん!」

 

 その風の発生源となった白天使は泣きながらそのまま何処かへと駆けて行ってしまった。

 そういえばそうだ。白天使は『例のアレ』の家族だ。戦闘能力は自衛程度しかないと言っているが、『例のアレ』が全力を出して戦う相手に対しての自衛手段だ。

 誰かが手を貸す必要もない。いざ戦うとなれば白天使もまた十六夜とトントンで戦える程度には強いのだろう。

 やるせない気持ちになりながらも、『例のアレ』の家族だし救うとか考える必要も無かったなと考えた三人は踵を返してその場から走り去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼らを遠くから眺める、鈍色の風の姿があった。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

「さて、何でコイツを連れてきちまったんだろうな」

「問題の種よ。説明が本当なら、かなりヤバいわ」

 

 黒ウサギを餌になんとか『例のアレ』に状況は知られていないが、このままでは南側が危ない。

 連れ帰った、というより連れ帰ってしまった人形の名前はコッペリア。

 軽く見た文面から解き明かされた本当の意味や軽い答え合わせを行って導き出されたのは『南側の危機』だった。

 

「本当にシャレにならねぇぞオイ……! 箱庭の天災と、異世界の化物がかカチ合わせたらどうなるかわかるだろうが……ッ!」

 

 箱庭に置いて最強にして最凶と名高い≪退廃の風≫。

 箱庭に置いて最強にして最恐と(一部で)名高い『例のアレ』。

 

 カチ合わせれば間違いなく殺し合いを始める。

 そうなればもう終わりだ。止められる者は下層にいるはずもない。

 白夜叉ならあるいは……そう思うがあいにく今ここに白夜叉はいない。

 

「答えはわかった。だが、達成する方法がないパラドックスゲーム。アレにバレないようにこのゲームを終わらせるしかないんだが……」

「不可能です。それはつまり、私を完成させると言う事。それが不可能なことはわかりきっているでしょう?」

 

 

 このゲームの最終目標は、このコッペリアという人形を完成させること。

 白天使の行っていた通りに、『永遠に動きつづけるようにする』必要がある。

 答えは簡単なのだ。知識のある者であればすぐにでも解き明かせる。

 このゲームへの答えとして、第三永久機関の完成を求められている。

 だが、答えがわかってもクリアは出来ない。それは人類の最終到達地点。数多の人々が望み、探し、そして諦めた夢なのだ。

 ただの妄想の産物と吐き捨てられた架空の技術。それを僅かな時間で完成させられるはずもない。

 

「だが、気になるのはコイツの言った言葉だ」

 

 バシンバシンと白天使の頭を叩く十六夜。

 叩かれてぶすっと膨れながらブツブツと呟く白天使。

 

「えいえんにうごくだけならよゆー……」

 

 不貞腐れたように呟くが、その言葉が本当だと信じることなど出来る筈も無い。

 食べ物があれば動き続けられる、なんていうことでもないのだ。

 

「第三永久機関はただの幻想だ。辿り着けない人類の到達地点。答えはわかっても完成させることはお前には出来ない」

 

 ただの子供の癇癪の様なものだろう。子供は元気というが永遠に元気でいられるというわけでもない。

『例のアレ』に鍛え上げられているのなら普通よりも長く動く事は出来るだろう。それこそ、次に休める瞬間まで全力で動き続ける事も出来るのだろう。

 

 だが永久機関はそんなものではないのだ。

 

 答えが分かったから後は簡単と考えるのは仕方がない。

 だが本人はそうは思っていない。

 

 

「できるもん! うが────!!!!」

 

 

 ぐるるると白天使が十六夜を威嚇し始めた。

 両手を構え

 そんな白天使にコッペリアは優しく声をかけた。

 

「一応、その。やり方を聞いてもよろしいでしょうか。エンジェル」

「むー……えいえんをいきる、かくごはあるのー?」

 

 少し怒ったような顔で白天使が尋ね返した。

 コッペリアの質問に対して返されたのは求めた答えではなかったが、少し悩んでから応えた。

 

「……完成することが私の夢。完成した後は、どうなるのかはわかりません。それでも私は完成を望んでいる」

 

 永久駆動と言う事は、いつかは独りになってしまう。

 永遠を生きれば、永遠を生きられない全てはいつか必ず滅び去る。

 自分だけが完成してしまえば、もはや孤独になる事は決まりきったことなのだ。

 白天使は永遠を生きる覚悟を聞いた。永遠を生きる苦しみを知った上で尋ねている。それでもコッペリアは完成しなくてはいけないのだ。完成する事は、叶わぬはずの悲願なのだから。

 

「じゃあ、やくそくー。あきらめないでね」

 

 

 諦めるな。

 そう言った白天使はコッペリアの手を取って小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「≪えたーなるりーぐおぶねふぃあ≫  きどー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




赤坂です。

三時間で次話が書き終わりました。
結果なんかすごい短いです。
そろそろ文章戻したいんで急ぎ足で行きましょう。

そういえば、死亡フラグ少年が遂に本来の名前を取り戻しましたね(白目)

ではでは。


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白天使とリリの大冒険 後編

 

 夜天の空を斬り裂き、声が響いた。

 

 

 

 

 いつだったか。何処かで誰かが叫んだ。

 此の世界には、全てがある。

 

 

 長い時の中で誰かが伝え続けた。

 此の世界は、何でも出来る。

 

 

 その世界に誰かが物語を作り上げた。

 此の世界は、私の物語だ。

 

 

 

 

 その世界は誰かの物語で、誰かの世界であり続けた。

 

 

 誰かが作り上げ、誰かの紡いだ物語。

 

 そして、今ここから新たな物語がまた一つ始まる。

 

 

 

 

 

「≪えたーなるりーぐおぶねふぃあ≫ きどー」

 

 

 

 

 

 コッペリアの手を握った白天使が、小さく呟いた。

 誰かに教えられた様な拙い声を確かに響かせた。

 

 

 

 

 

 ───そこは、誰もが何にでもなれる世界。

 

 

 

 

 

「めぐるせかいに、おわらぬたびを」

 

 

 

 

 アンダーウッドに静かに声が響く。

 白天使の声以外の音の全てが消え失せて、白天使の声だけがゆっくりと響いた。

 祭りの喧騒も、ざわめきも。何もかもが音を失う。

 

 

 ───望めば望むだけ、終わることの無い旅を楽しめる。

 

 

 

 

 

「とわのときをともにすごし」

 

 

 

 

 

 あるいは、歌のような。

 あるいは、詩のような。

 そんな声がゆっくりと、空に響き続ける。

 

 

 ───誰もが其処に、その世界に、終わらない旅に物語を作り出せた。

 

 ───物語を、産み出せた。

 

 

 

 

「えいえんをともにわかちあい」

 

 

 

 

 

 白天使の声色が少しづつ変わっていく。

 出会ってから短い間ではあるが、明らかに変わっていく。

 その姿と似合わぬ声音に変わっていく。その姿の後ろに、誰かの姿を浮かび上がらせながら。

 

 

 ───家族を作り、仲間と共に歩む波乱の日々が彼女達にはあった。

 

 

 

 

 

「ちぎり、契り、血契り」

 

 

 

 

 

 声が止まった。

 白天使が指先から一筋の血を流す。傷口のないはずの指先から赤い血を流す。

 滴り、地面に落ちた赤い血は染みを残すことはなく風に流れて消えていく。

 

 

 ───幾度でも死を迎えよう。

 ───あの世界に馴染むには幾度もの試行が必要だ。

 ──―止まらない思考が必要だ。死んでなお止まる事のない思考が。

 

 ───そうして諦め無い限り、世界は何度でも生き返ることを認めてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「手を取り合い、命を分かち合い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れ、滴る血をコッペリアに差し出す。

 それ以上の言葉はいらなかった。誰かに操られるように、あるいはその血に魅入られた様にコッペリアは唇を出し、血を啜った。

 

 

 ───望む全てを手に入れる為に、幾千万と積み上がる己の屍の上に立とう。

 

 

 

 

 

「新たな旅と、物語と、此の旅路に果てを望まぬあなたと契りを結び」

 

 

 

 

 

 コッペリアは、自身の体の中で何かが変わっていくのを明確に感じた。

 血を啜ったその口から、ほんの僅かな波紋が大きく広がるように体が変質していく。

 

 

 ───始めよう。ここから。今から。この場所で。

 ───出来ないことはない。誰にだって出来る。

 

 ───苦しくて辛いのは、最初の一歩。

 

 

 

 

 

 

「永遠を共に歩み、刻み、記して廻れ」

 

 

 

 

 

 

 ゲームに携わる身だからこそか、あるいは追い求めた答えがコッペリアの中にあるからなのか。

 コッペリアの体の中で暴れるのは、確かに永久機関と言える代物だと理解できた。

 だが、コレは違う。明らかな異物だ。

 

 コレは、誰もが追い求める永久機関である。だがコレは違う。

 夢だと吐き捨てられた『第三永久機関』ではないが、その性質に限りなく近い『別のナニカ』だ。

 

 

 

 

 

 ───ゴミ箱の底にある、くしゃくしゃの紙を拾い上げて旅をしよう。

 

 ───それは、幾千の時間を費やして綴り上げる宝の地図。

 

 

 

 

 

 

「≪Eternal League of ……?」

 

 

 短くも長い詠唱の最後を告げる前に、白天使の口が抑えられた。

 

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 そこまでだ。

 

 

 周りの音がいきなり消えて可憐な白天使の声が辺り一帯に響き出して驚いた。

 何が起きてるのかと思ってきたら、まったく。

 

 白天使の後ろに微かに麗しき女神様の御姿があるではないか。

 おそらく女神様の力の一端をお借りして変な事でもしていたのだろう。

 女神様の御意志ならまだしも、これは間違いなく白天使の仕業だ。

 

 流石に白天使と言えど女神様の御手を煩わせるのはちょっと、おいたが過ぎる。

 白天使の事だ。おそらく憑依を無意識化で行っていたのだろうが、それにしては『濃い』。間違いなく過剰だ。

 

 さて、どういう状況なのだろう。

 皆があなたの事をコイツ……という様な目で見てきているのだが。

 

「……ごしゅじんー、まがわるいー」

 

 間が悪い、と言う事は何かをしでかしたようだ。

 反省しておこう。

 さて、それよりもだ。

 あなたを一人蚊帳の外にしてウロチョロしていたようだが。

 その理由は何なのか、さて尋問の時間だ。

 

 

 

 

 ───────……。

 

 

 

 

 ────……。

 

 

 

 

 ──……。

 

 

 

 なるほどわからん。

 なんか人形が機関で永久で第三で退廃が風らしいがさっぱりだ。

 

 機関とはなんだろう。ギルドの様なものだろうか。

 とりあえず、白天使からは答え合わせは先程までので殆ど終わったらしいので現場に向かうとしよう。そうしよう。

 

 原因をまっすぐ行ってぶっ飛ばせば全部解決だ。

 

 とはいえ、今回の敵は強敵の気配がする。

 以前から白夜叉に釘を刺されていたのだ。

 

 ≪退廃の風≫には気を付けろ、と。

 

 あなたであっても問答無用で殺されるという話だが、殺される程度ならどうでもいい。

 どうせこの世界では主能力は下がらないし、死んでも這い上がれるのだ。

 今回の件で絡んでいるから声をかけなかったのだというのは死亡フラグ少年の遺言である。

 拳で顎をカチ上げて気絶させておいた。

 

 彼に喋る権利を与えた記憶はない。あったとしても気のせいだ。

 

 さて、件の豪奢な館が見えてきた。

 何故か人形が抜け出したときに襲ってこなかったようだが。

 

 

 形としてはギフトゲームはクリア出来るはず、と言う事だったので先にコッペリアが白天使同伴であなたの先を歩いている。

 何かあっても白天使ならどうにかできるし、何よりそこはあなたの認識範囲内だ。

 認識範囲内なら何が起きても助ける自信がある。

 

 最近言っていなかった気がするから、何度でも忘れないように伝えておく。

 

 

 

 

 

 あなたが最速だ。

 

 あなたこそが最速だ。

 

 

 

 

 

 これだけは譲らないし、譲れない。

 

 そんなことを思っていたら、断崖の向こうから風がゆったりと流れてきた。

 風は大好きなのだが温い殺意を纏った風は流石に好きと諸手を上げて叫ぶことは出来ない。

 

 人形が、ギフトゲームはクリアされたと伝えて立ち去るように伝えているが一向に動く気配が見えない。

 

 どうしたのだろう。警戒するような低い唸り声を上げているような風の音だが。

 

「……お、おらー! たちされー!」

 

 白天使が威嚇する様に声を上げる姿が可愛い……。フフ……。

 と、そんなことを考えている場合ではない。風が白天使に向けて突撃なんて言う真似をしてくれやがった。

 長棒で肩を叩きながらあなたは白天使の前に出た。

 どう始末してやろうか。

 

 

 そうあなたが呟くと同zffffffffffffffffffffffffffffffffff。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───おい、止めろ。死んだではないか。勢い余って昔の癖が出てしまったではないか。

 

 

 あなたは少し離れた所から腕を地面から突き出しながら風に向けて声をかけた。

 なるほど、全身を消し飛ばされるとほぼタイムラグなしで近くの地面から這い上がれるようだ。

 というか、持っていた長棒と着ていたこちらの世界の普段着が消し飛んだ。

 

 全裸で這い上がったあなたは、復活直後の体の不調を払うように首をコキコキと鳴らした。

 こちらの世界に来て不殺を掲げる事になって以来の愛用の長棒が消えた。どこにやったというのだろうか。

 盗んだのなら後悔させてやる。壊したのなら後悔させてやる。

 どちらにせよぶっ潰す。これだけは確定した。

 風がピタリと止まった。白天使は人形を連れて皆の後ろに走って逃げている所だった。

 

 おそらく振り返ったのであろう風は首を傾げているようだった。

 やはり常日頃から風を感じているからだろう。なんとなく動きの端々から感情らしきものが見え隠れしているように見える。

 

 少なくとも、コレには簡単な意思がある。

 精々、野を駆る獣程度だろうが。

 

 

 さて、今にもまた襲い掛かってきそうな気配がある。

 

 ならちょうど試したかったことを試してしまおう。

 

 

 

≪退廃の風≫。箱庭の数少ない判明している一桁ナンバーの魔王。

 

 この世の全てのあらゆる物質を退廃させ摩耗させ消し去る天災。

 色のついた風、という表現が正しく倒すのには多大な苦労が必要となる。

 黒が一番強く、白が最も弱い。

 

 

 

 さて、色のついた風という話だが。

『青色の風』と比べたら、どちらの方が強いのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたは四次元ポケットからエーテル製の生き武器をとりだした。

 

 シャラン、と甲高い音を立てて引き抜かれた蒼色の燐光が夜の帳を斬り裂き閃いた。

 輝く美しい蒼。星の浄化作用の結晶。

 天災とまで叫ばれる風をどういう技術か圧縮して作り上げた武器。

 

 

 

 あなたの中ではそこまで順位は高くない武器だ。長く使っているとエーテル病の発症が面倒くさい。

 普通にアダマンタイト製とかの生き武器を使う方がいい。

 さて、力比べといこう。

 

 ゴウ、と唸りながら突っ込んでくる風に対してあなたはいつも通りに剣を振るった。

 慣れ親しんだいつもの一撃は、寸分違わず鈍色の風を斬り裂いた。

 そしてそのまま風は無色になって溶ける様に消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 いや、つまらないのだが。あっけなさすぎるだろう。

 

 

 

 

 

 まさか一撃で終わるとは。耐久が紙の一発屋のバ火力存在、という奴だろうか。

 つまらない。実につまらない終わり方だ。

 

 全裸のあなたを全員が全員あんぐりとした顔で見ていたが。

 

「ごしゅじんー! おつかれー!」

 

 やはり、あなたの癒しは家族と女神様だけだ。他の誰にもあなたは理解してもらえないのだろう。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

「いっけんらくちゃくー!」

「全然落着していませんよエンジェル」

 

 全裸の……皆が言う『例のアレ』がつまらなそうに剣を虚空にしまっている姿を見ながらコッペリアはため息をついた。

 

 何なのだ、 これは。 どうすればいいのだ。

 ≪退廃の風≫を一撃で葬り去る下層のプレイヤーなど見たことがない。そもそも≪退廃の風≫を物理で正面から破るなど前例すらありはしない。

 それにギフトゲームはクリアされていない。ロジックとして組み込まれたはずの風が逆に滅ぼされてしまったしどうすればいいのだろう。

 

「……とりあえず、別のクリア手段を探すしかありませんね」

 

 コッペリアの中で今も巡るナニカ。

 これが何かはわからないが、少なくともこれはクリアには相応しくない様だ。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 その後、起き上がった死亡フラグ少年によってなんやかんやあって人形は一応ハッキリとした形でギフトゲームに決着をつけていた。

 

 なんやかんやはなんやかんやだ。

 

 あなたは関わっていないからよくわからない。

 向こうの世界とやらでは出来ないだけでこの箱庭ならうんたらかんたらとか言っていたが、よくわからないものはよくわからないのだ。

 黒天使ならばあるいは余裕で理解できるのかもしれないが、如何せんあなたは別に天才ではない。

 最後の最後で全部持って行ったあなたは死亡フラグ少年が、あなたに挑み直しで作った渾身のパンプキンキッシュを食べて20点と言いながら改善点などを鼻で笑いながら伝えて煽りつつ、白天使に貰った耳飾りの木彫りのブローチを優しく撫でていた。

 

 

 




赤坂です。

次回から本編戻ります。終わったのでね!

以降の番外はまぁ、折を見てって感じで。

ではでは。


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第十三話『激怒』

 ───南側で白天使と再会するついでになんやかんやしてから早数ヵ月。

 あなたは日々、黒天使欠乏症に悩みながら過ごしていた。

 白天使と遊びながら、たまに街中で開催されているギフトゲームを淡々と処理する日々。

 はっきりいってする事がないのだ。

 専ら駄弁りながらたまに遊んで居た白夜叉が居なくなって暇なのだ。

 なんでも東側であなたが星に変えた変な怪物達の件絡みで箱庭の上層に旅立たれてしまって暇なのだ。

 白天使が色々しでかした例の一件の後だとかに軽く会う機会もあったし、最後にと手合わせもさせてもらえたがやっぱり殺していけないとなると本気も出せやしない。

 消化不良、不完全燃焼。そんな気分がずっとあなたに付きまとっているのだ。

 

 そんなあなたの下に舞い込んだ……わけではないのだが、あなたを抜いて勝手に北側でなにやら面白い事が起きそうな話があると先日、白天使が伝えてきた。

 あなたが知らぬ間に妻の黒天使に教え込まれたという何やらよくわからない技術が白天使にはあるらしいだが、それで知ったとのことだ。

 白天使七不思議の一つである。『知らぬ間に変な情報を仕入れている』。

 

 箱庭に来る以前から持っていた技術の様なのだが、白天使の冒険者カードには何も追記されていないしずっと疑問なのだ。

 確かにカードに乗らないちょっとした技術というものは幾らでもある。だからこそ考えても仕方がないだろうと思って放置しているが。

 とりあえず、出立の日に勝手にあなたもついていくことにした。

 当日に冷や汗を流している黒ウサギの姿があったからまぁ事前に知って多少の準備を出来たという事だけ喜ばしく思っておこう。

 おそらく、適当に理由を付けてちょっと遠くの地味なギフトゲームに行くから本拠で待っていてください的な事でも言って置いていくつもりだったのだろう。

 

 白天使のファインプレーだ。

 

 詳しい事は何もわからないが、まぁ久々の遠出だ。楽しむことにしよう。

 いざ出ようとした時には皆から全力で、居残っていてくれと頼まれたがあなたに何も伝えずにハブいた皆が悪い。

 

 それに南で奇しくも手に入れてしまった大金がある。

 残されたとしても付いていくことは容易い。

 

 そんなこんなあって、今あなたは北側の五四五四五外門の煌焔の都という街を暖かく照らす、ペンダントランプとやらの上でプチ状態になっている白天使をもちもちぷにぷにぷるぷるしている。

 キチンと人間の姿になる様に姿変えの技術を使ってリうはずなのに何故かはわからないが白天使はたまにプチの姿に戻るのだ。本人の意思で出来るらしいがどうやっているのかはまったくわからない。

 

 

 これまた白天使の七不思議の一つである。『知らぬ間にプチの姿になる』

 

 

 ここに来ていきなり七不思議が出てきたが、これ以上七不思議はないと思う。

 思うだけであるかもしれない。これから増えていくつもりだ。

 それよりも不思議なことがあったから聞いてほしい。

 この煌焔の都に来る際に境界門を使ったのだが、その境界門から出てきて一歩を踏み入れた時にあなたは……。

 

 

 

 

 

 運命の鼓動を感じたのだ。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 ───ある冒険者が箱庭に訪れたのと同時刻。冷たい風の吹き荒ぶ雪原。

 

 

「……ここは、どこなのかしらね」

 

 横で二つにまとめた薄紫色の髪を持ち、朝焼け空のような緋色の瞳をした一人の少女が背中から生える黒い翼をはためかせて遥か上空からゆっくりと箱庭の世界へと降り立っていた。

 何処にも生命の気配を感じないほどの極寒の大地。辺り一面が純白に染まり吹雪が絶えず吹き続けている。

 だが、少女にとっては吹雪など些末な事であった。実際に、少女は身震いの一つも起こす様子はない。

 

「はぁ。ご主人が変な手紙を読んだから……」

 

 服装は軽装もいい所。この極寒の地で生きられるような装備には見えない。

 武装も精々淡い青色の風を纏う短剣一つだけだ。

 

 意に介する事もなく、一つ嘆息を零して肩を竦めながら少女は少し辺りを見渡して少し遠くにある、吹雪に隠れて見えない筈の箱庭をその目に見据えながら歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ───赤い壁のトンネルを抜けた先。

 

「……ここの人たちは弱いのね。まぁ全員強い世界の方が珍しいのだけれど」

 

 見えた赤いレンガの街並みを眺めた少女は一人呟いた。

 迷いなく歩く姿はとてもではないが数分前にこの世界に来たとは思えない足取りだった。

 色々な店先を冷やかすように歩き、辺りの男共がその少女に目を奪われていく。

 可憐、というよりは美貌というべき美しさを兼ね備えた少女はつまらなそうに目を細めながら歩き続ける。

 

 誰かを探すように辺りを見回しながら歩いた少女は、暫らくして黒髪の少女に声をかけられた。

 

 

 

 ───……。

 

 

 

 ──……。

 

 

 

 ─……。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 運命の鼓動。

 というと、レシマスの時の様な何かが起こるのだろうか。

 もう遥か昔の事であまり覚えていないが、 まぁ今更何が起ころうとあなたの障害にはほぼならないだろう。

 それこそ、神々が一斉にあなたに襲い掛かる事態でも起こらない限り。

 襲い掛かってきても大体返り討ちにできるのだが。あなたの愛しの女神様を除いて。

 

 思い返してもレシマス攻略は楽しかった。……はずだ。

 吐きそうな程に自身の強化に勤しんだはずだが、今となっては懐かしいとしか思えない。

 当時は……どうしていたのかあまり思い出せない。

 妻の黒天使も白天使もいなかったはずだからまぁどうでもいい思い出もちもち……。

 プチ状態の白天使のモチモチ加減は最高でおじゃるな。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 まぁきっとどうでもいい思い出だろう。あぁそうに決まっている。

 レシマス……それこそ忘れていた時にふと攻略するようなネフィアだ。きっとどこかの誰かはレストランか何かと間違えるくらいには皆も忘れているだろう。

 胡坐をかいたあなたの足の間でだるんと伸び切って垂れた目をしたプチ状態の可愛い白天使のもちもちすべすべ……。

 

 

 

 

 

 

 ぷにぷに……。

 

 

 

 

 

 この……この、すべすべ加減。

 ……やはりプチは最高だと思うのだ。

 全員、家族に一匹プチを入れるべきだろう。たまに人間を食い殺したりするが。

 

 黒ウサギがハリセンで叩いて何処に登っているのだと怒ってきているが割とどうでもいい。

 黒ウサギもぷにぷにすべすべもちもちしてはいかがだろうか。

 

 おそるおそる手を出したら秒で黒ウサギも落ちた。髪が桜色に染まって興奮状態だ。

 

 流石だ。ちょっと怒っている黒ウサギ程度なら秒で陥落できる流石の魅力だ。

 あなたも同じだけの魅力がある筈なのだが何故だろう。

 考えると悲しくなりそうだから止めておこう。まぁあなた程度では白天使や妻の黒天使の美しさに勝てる気は到底ないのだが。

 

 さて、白天使もぼちぼち元の姿に戻りたいだろうし街の散策に出かけよう。

 ぴょんとペンダントランプから飛び降りて白天使のクッションになって一回死───……、

 

 

 

 

 

 

 ───……んでから散策に出かけようと思ったのだがあなたが這い上がるまでの数十秒の間に白天使がどこかに行ってしまったようだ。

 契約の魔法をつい使い忘れてしまった。最近この世界でも死が当然の様になってきた気がする。

 主能力も下がらなければ装備を失う事も無く、最近は這い上がるというよりは立ち上がる程度には時間の経過も無く蘇れるようになってきた。

 もしかしたら死んでその次の瞬間には蘇って戦闘続行なんて言う、契約の魔法がいらないレベルの復活が出来るようになるかもしれない。

 この世界で培った這い上がり技術の向上だろうか。何故今更起きたのかは定かではないが。

 

 ひとまず、白天使の放浪癖は昔からの癖だからまぁいいとしよう。何かあればあなたは秒で駆け付けるだけだ。

 あなたは飛鳥や耀、黒ウサギに付いていくことにしよう。

 とりあえずこの北側で黒ウサギたちが何をするつもりなのかまったくわからない。

 だからこそ楽しいのだが。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 ───時を遡ること、半年以上。箱庭北側。ある宿屋の一室。

 

 

「それで? 私に用ってなにかしら」

「警戒しないでって言おうと思ったけど、警戒しないのかー。私はリン。あなたは?」

 

 黒髪の少女───リンとやらに声をかけられ付いていった部屋には彼女の、リンの姿しか見えない。

 リンからは殺気や警戒心も感じないが、はたして何の用なのか。

 見た限りでは、武装はベルトのナイフのみ。

 

 

「……まぁいいわ。気にする程ではないわね。私は      よ。それで?」

「      ちゃんねー。話をせかさないでよー。もっと友好関係をね? ね?」

 

 

 リンの口調は軽いが目は笑っていない。黒い翼の少女を値踏みする目だ。

 実力差を図っているのか、それとも。

 少女にとっては相手にする程の存在ではない。彼我の実力差は明らかに少女に軍配が上がる。

 

 

「下らない用なら私は優先すべき事があるからここでサヨナラよ」

「あっ、そう。じゃあ本題に入っちゃうね。私たちに付いてこない? 三食宿付きお風呂あり着替えありスリルあり。どう?」

「……やけに好待遇ね。ハジメマシテの私に何故かしら?」

 

 

 警戒の目をやや強め、腰の短剣に手を添えつつ少女は尋ねた。

 

「ちょ、ストップストップ! 警戒しないでよ。単に      ちゃんが強い上にコミュニティに所属していないみたいだから、戦力としていいかなー? なんて思っただけ!」

「ふぅん。……コミュニティ、所属。戦力……」

 

 リンの言葉の端々を切り取り、リンの仕草や部屋の窓を見て壁を見て目を閉じ、記憶を辿り答えを出す。

 

 

 

「この街を襲う上での戦力収集……いえ、違うわね。襲う事は確定していて別戦力だから、今後の為の戦力収集って所かしら? お断りよ。あなた達に構っている時間はないもの」

 

 

 

 肩を竦め。ため息を一つ吐いて至極つまらなそうな顔でほとんど完璧な答えに至った。

 僅かな言葉の端々だけで思惑のほとんどが当てられたリンが一瞬戸惑うのも仕方がないだろう。

 全くと言っていい程、答えに至れる情報なんて出していないのだ。

 

「……ぉ、ぉおぅ。えぇと、その。それってどういう思考回路で?」

「風が教えてくれたわよ。この宿の周り、50-100m圏内に伏兵が3人……。仕草と、薄い警戒。私を値踏みする様な目に、この街で行っていた事。あとは私が見た街の光景から考えて、って所かしら?」

「……う、うーん、その。正直お手上げ、かな。全部忘れて立ち去るか、味方になるか。どっちにする?」

「あら、面白い言い方ね。まるでそっちに主導権がある様な物言い。ふざけないで頂戴」

 

 同時に、互いにナイフと短剣に手を掛け、一迅の風が迸る。

 

「───ッッ!?」

「そういった言葉が言えるのは、私の方なのよ」

 

 リンのベルトに刺さっているはずのナイフは全て床に転がり、蒼く輝く刀身に風を纏った短剣が首筋に突き付けられる。

 まったくと言っていい程見切れなかった。刹那より、更に短い時間。

 全ての武装を外され、ギフトの発動すら封じ込まれた。

 

「え、えぇと」

「ま、お遊びはここまでにしましょう。そっちを手伝うのは吝かではないわ。代わりに私の方も手伝いなさい」

 

 ほぼ見えない仕草で短剣を仕舞ってぶっきらぼうに言い放った。

 まだこの世界に付いてよくわからない現状、宿と飯が保証されるなら十分だろう。

 

 

 

 

 ───……。

 

 

 

 ──……。

 

 

 

 ─……。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 で、この男はミンチにしていいのだろうか。

 黒ウサギたちをてくてくと歩いていたら突然現れた五月蠅い男が口汚くあなたを罵ってきたのだ。

 あなたは懐から片手斧を取り出しながら、ミンチにしていいか飛鳥に尋ねた。

 また例の南瓜 of 糞野郎と再開してしまったのも相まって殺意がビンビンだ。

 南瓜はまぁ話が分かる奴だから多少は溜飲が収まるが、それでも南瓜というだけであなたにとってはミンチにするに値する。

 

 

 とりあえず、ミンチにするのは駄目らしい。

 あぁ、こんな時にあの長棒があれば……。

 

 

 以前、退廃の風に呑まれた際に長棒が折れた剣に変換されてしまったのだ。とても悲しい。

 いつかまた作り直さなくてはいけなくなってしまったのだ。俄然やる気が出てきた。

 暇つぶしがまた一つ増えたのだ。喜ばしい事として受け取っておく。

 

 いざ使ってみれば不殺武器としてはとてもいいアイテムだったが故に、今となっては斧や剣を使うしかなくなっているのが現状だ。

 不殺と言ってもたまにコラテラルダメージが入ってしまったりするのだが。

 コラテラルなのであなたの所為ではない。ノースティリスならきっと平気だったはずだ。

 

 なのであなたは悪くない。あなたに罪はない。

 遠い記憶の彼方から抗議の声が聞こえるが聞こえない。口煩い男はとりあえずローキックをかまして転ばせておいた。

 二度と立てないようにしてやりたかったが、もっと口煩くなりそうだから止めておこう。あぁ殺せれば黙らせられるのに。

 

 この後、飛鳥がなんでも造物主の決闘───遥か以前に行われていたのはペストによって中断されたお祭り───に参加するらしい。

 前は耀が参加していたが、今回はどうなるのだろう。

 とりあえず行く気はない。前回のを見た限り、あなたの欲求を満たすような展開は起こりえないだろう。

 

 南瓜に暇なら展示回廊に行くといいと言われたからそこら辺のカフェで時間を潰すことにした。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 カフェを探して歩いていたら展示回廊に辿り着いてしまった。だが展示回廊の前に丁度良くカフェがあった。

 これが運命力というものだろうか。

 

 

 ……カフェの奥の方にペストの姿が見える。ちら、とあなたの姿を確認して嫌なものを見たようにパチリと目を閉じていた。

 そこはかとなく妻の黒天使の動きと似せるのを止めて欲しい。あなたの精神衛生上よくない。動悸が激しくなってきた。

 

 ペストが端っこに陣取っていたので出来る限り反対側に行くように席を取ってから人気商品らしいタルトを口に含んで、自分で作った方が美味しいな……などと思いつつ、出先の料理だしこんなものかと諦めてもそもそと食べて調理法を考えておく。

 

 こちらの世界の料理はあなたも知らない料理が多くてレシピが増えてとてもありがたい。

 帰ったら色々と再現してみようと思う。

 モリモリと色々な食べ物を注文しては食べていると、何処からか薄く歓声が聞こえた。

 

 もしや、造物主の決闘だろうか。

 始まっているとは思わなんだ。まぁどうでもいい。

 

 あらかた注文し終え、食べ終えたあなたが席を立つと同時に街中に破砕音が響き、地鳴りがした。

 

 

 タイタンだろうか? タイタンが暴れているのだろうか? 

 ワクワクしてきたが日常だからどうでもいい事だ。放っておこう。

 違う。ここはノースティリスではない。

 

 

 ため息をしてから剣を取り出し、震源地であろう闘技場に向かうことにした。

 震源地の方に向かおうにも騒ぎが大きすぎて人がごった返していて面倒だ。本当に行く先々で面倒事を起こさないでほしい。

 ノイエルの祭りを堪能しようと思った矢先に巨人が解放された様な気分だ。ムカつく。

 

 面倒くさいからとのそのそと歩いていたら一層大きい地鳴りが響いて闘技場を中心に街中に罅が走っていく。

 近くの展示回廊も潰れていくし、建物も軒並み崩れていった。

 

 

 …………。

 

 

 帰っていいだろうか。行ったら間違いなく面倒くさい未来しか見えない。これか。これが運命の鼓動の原因か。

 こんなものに運命の鼓動を感じなくていいのだが。良心から言わせてもらう。

 

 クルリと反転して立ち去ろうとしたその時。

 

 あなたはいつも浮かべている笑みを、浮かべていた面倒くさそうな苦笑に似た笑みを消して牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 聞き覚えのあるどころの騒ぎではない大きな大きな泣き声が。

 

 

 

 

 数えるほどしか聞き覚えの無い、本当の泣き声が聞こえた。

 

 

 

 

 予定変更だ。速度全開・本気装備全開で行かせてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白天使を泣かせたウジムシは誰だ───……! 

 

 




赤坂です。
急 展 開 。
はい。いつかサイド側も描かれると思います。
一人の主観だと秒で物語が進むんだよね、それ一番言われてるから。

というか遅れたな……17日ぶりの投稿でしたね……。
最近お絵描きに目覚めたのが原因でしてね……
あ、白天使置いておきます(白目)


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第十四話『レシマスを攻略しているときに何度も脳裏を過ったアレはなんだったのだろう』

 ───およそ一時間後、椅子に座りカツカツと地面を足で叩きながら不機嫌に明確な殺意を垂れ流しながらぶつぶつと呪詛を口から溢すあなたの姿があった。

 白天使に手を上げたなら3000倍の力で叩き返して、それでは足りないから追加で5000倍は凄惨な目に会わせる。そういう強い意志があなたを突き動かしている。

 

 

 そもそも白天使はほとんど泣かない強い子だ。

 

 

 白天使が泣くということはそれ相応の事が起きた、あるいはされたという事になり家族に手をあげる=問答無用で抹殺と伝えてあるあなたのコミュニティの奴等の仕業の可能性も出てくる。

 信じてたり、友人に裏切られたりすれば流石のあなたも少しは怒る。

 白天使と妻の黒天使に、悪ふざけで下半身を埋められて顔に落書きをされた時などあなたですら少し怒ったのだから。

 一時間程度前に現場に着いた時には白天使に怪我はほとんどなかったが服のお尻の所が汚れていた。汚れの付着具合から見て間違いなく尻餅をついた形であり、いくら白天使が元々プチで幼女気質な所があるとはいえ白天使のステータスは準・廃人級でありバランスを崩して転ぶことはほとんどないのだ。いやまぁ、速度がつきすぎて躓いて転ぶことはあるのだが。自分の行動により、あるいは不注意により尻餅をつくようなことはここ数百年見たことがない。

 敵におどかされてつくことはあったし、それで泣くこともあった。つまりは、そういうことだろう。

 

 

 

 あなたはここに宣言する。

 犯人は、絶対に後悔させてやる。

 

 

 

 

 絶対に、犯人は埋まるまで許すつもりはない。

 ぶちぶちにしてあらゆる絶望と恐怖のパーティーを開いてやろう。

 ……絶対にだ! 

 白天使に手を上げた愚か者は絶対にブチブチにして八つ裂きにしてやる……。

 いつだったかに建てた、ポンコツを殺すまで殺さないなどという誓いなどもはや知ったことではない。

 そもそも、あなた程度の建てた勝手な誓いのために白天使に対して行われた蛮行を何故見過ごさなければならないのか。

 何故手を抜いて殺さないなどという行動にでなくてはならないのか。

 あなたの建てた糞みたいな何の価値も意味もないゴミの様な誓いなど丸めてポイだ。

 

 あなた自身の事で家族より優先することなど存在しないのだ。

 女神様関連であればかなり悩むことになるのだが。

 

 ……そういえば、最近女神様の御声を頂戴していない気がする。

 気紛れな女神様だから、まぁ今はあなた以外のなにかに傾倒していらっしゃるのだろう。

 あなた程度の為に今まではわざわざ時間を割いて下さっているのだから、まぁ求めるものでもないだろう。

 女神様の寵愛を最も授かっていると自負するあなただからこその安心だ。

 

 さて、そんなあなたの心情などどうでもいいのだ。

 今、行われているのは魔王連盟とかいうよくわからない連中の対処についての話し合いだ。

 犯人は連中の中にいるようだが……。

 ペストがかつて参加していたらしく、あなた以外殆ど戦力外と言い放っていた。

 あなたとしては、犯人さえ叩き潰せればそれでいいから犯人以外に興味は欠片もない。

 

 極論、白天使や妻の黒天使、敬愛する女神様に不貞な事や蛮行を働かない限り犯人以外にあなたは現状では何もするつもりはない。

 

 

 攻撃してきたら無論、反撃するが。

 

 

 

 現場に居合わせた者からの証言として、赤と青の服を着て、任意の位置に無詠唱でテレポートする変態が犯人ということは判明している。

 あとはぶちのめすだけだ。

 あなたはいつも浮かべている笑みを消して、その時をただ待ち続ける。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 ───北側。いつかの展示回廊。

 

 

「あら、やっぱりやられてるわね」

 

 薄暗い展示回廊に気配の一つもなく現れた黒い翼をその背から生やした少女は薄く笑いを浮かべて当然の結果を見るように呟いた。

 

 凄惨な。あるいは、弄ばれたというべきか。

 

 背骨から下半身にかけて、骨が砕け地面に突き刺さった状態の斑模様の服の少女。ペストが。

 顔面が見る影もないほどに潰され、あり得ない角度まで首が曲がり上半身が捻れた姿で倒れる美女だったもの。ラッテンが。

 幾度か顔面を地面に叩きつけられた跡の横に折れ曲がった足だけを出して地面に埋まっている男。ヴェーザーが。

 

 それぞれ、呻き声をあげながら動けずにいた。

 黒い翼の少女が、小さな声で癒しの魔法を掛けながらそれぞれを助け起こしていく。

 首もとを掴まれ地面から引き抜かれ、体の傷を治されたペストは愚痴を漏らすように呟く。

 

「……やっぱりっていうなら最初から教えなさい」

「あら。私は伝えたわよ。『もし私のご主人に出会ったら諦めなさい』って」

「対処法がないじゃない。あの化物」

 

 一度目は気持ちの悪い、おぞましい狂喜を孕んだ笑顔で殴り飛ばされた。

 二度目の今回は、『おもちゃを見つけた目』で見られ笑顔で遊ばれた。

 

 そのどちらもが、気が付いた時には終わった後で、終わった後にされたと理解が出来たのだ。

 時を止められたと考えてもいい程の一瞬の出来事なのだ。

 脳裏に浮かぶのは一瞬だけ見えた貼り付けたような笑みだ。

 

 何より、先日試した時点で判明していた事として、この少女にはペストの死の風が通用しないのだ。

 それはつまり彼女がご主人と呼ぶ、この少女よりも強いというその人物も風が通用しないという事。

 

 

「……そうね。対処法、というわけでもないけれど。試してみたいことはあるわ。ご主人に、あなたの風が通用するようにする為の手段が」

 

 

 

 本人曰く「病気になるだけ。死にはしない。ご主人もこの様子なら効かないんじゃないかしら」との事。

 触れただけで死をもたらす風を如何にして防いでいるのか。

 少女は推測ながらも答えを持っているようだが、それは教えてもらえなかった。

 

「ご主人は強敵の方が燃えるの。あなたを強くする事はご主人の暇つぶしにちょうど良いわ」

 

「……捨て駒扱いね」

 

「どれだけ強くなろうとご主人には勝てないもの。さっ、始めましょう?」

 

 

 勝ち目がないからこそ、1%でも可能性に賭けるしかないのだ。

 そもそもに、現れるとは思っていない化物との遭遇なのだから。

 

 

 

 

 

 ───……。

 

 

 

 

 

 ──……。

 

 

 

 

 

 ─……。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 あなたの、あなたによる、あなたの為の、犯人捜しの会議が終わった。

 対策も糞も無い。速度全開で首を刈って終わりだ。

 テレポートという事もあり、ベルや洗礼者系と戦うことを思えばいいだろう。

 逃げられる前に血祭りに上げる。逃げられたら逃げられたで探して追い詰めて血祭りに上げる。

 

 今回の戦いはかなり大規模な戦いになるとかなんとか。

 様々なコミュニティが動員され、対魔王での戦いに挑む様だが。

 まぁどうでもいい。白天使を泣かせた犯人をぶちのめして血祭りに上げて後悔させられたらそれでもうあなたは満足だ。

 全身を対すくつ用装備で固め、サンドバッグ、復活の書を筆頭とした様々な遊び道……拷問器具を用意しておいた。

 

 決戦前のステータス確認をしておこう。

 いつも通りの基礎の2000並びに装備や各種バフのブーストによる桁越えの数値。

 おや、速度が若干上がっている。いつの間に上がったのだろうか。

 各種技能値の所は……変化なし。

 最近確認していなかったが称号は増えているのだろうか。というか通知すら起きていない気がする。

 ……変化なし。効果欄にも箱庭に来てからの変化以降は何も起きていなかった。

 これくらいだろうか。速度が上がっていることがうれしい。

 

 あと何か確認し忘れがあるだろうか……ジャーナルを確認しておこう。

 日記を開いて確認してみるも何も変化なし。

 まぁ後はどうでもいいだろう。多分もう何も忘れていることはない筈だ。

 

 女神様と交信でもしておこうか。

 いや、お手を煩わせるのも億劫だ。止めておこう。

 

 ちなみに、当の本人の白天使はもにょもにょしたような悲し気な顔で、現れるであろう怪我人の対処に回るようだ。

 白天使が落ち込んでいる。継続しているという事はかなり心に傷が残っているようだ。

 

 

 報復をさらに50000倍しておこう……。

 

 

 丁度、死亡フラグ少年と黒ウサギの所に見慣れない白髪の子供が来ているし、そろそろ開戦だろう。

 

 そう思って剣の柄を強く握った所、あなたは吐き気を催す邪悪の気配を感じて首を気配の方に向けた。

 

 あぁ。感謝すべきか、あるいは当然と思うべきか。

 妻の黒天使も、白天使の為に動いてくれたようだ。

 

 

 あなたはこの世界について殆ど何も調べてはいない。あるがままに今まで通り動いて違いがあったら適宜覚えている程度だ。

 気にせずにいつも通り過ごすことも多いが、あなたがはっちゃけて遊ぶ裏で妻の黒天使が色々と便宜を図って動き回ってくれるのだ。

 本当にありがたく思う反面、それに報いることが出来るようあなたも妻の黒天使の期待には応えるのだ。

 おそらく妻の黒天使の事だ。この世界の法則やらルールやら。ノースティリス、ひいてはイルヴァの大地とこの箱庭世界との差を調べたり箱庭世界独特のルールなどにも精通したのだろう。

 今の今まで感じる事の無かったこの憎い気配。数百年数千年と続く憎悪があなたの心の奥深くから湧き上がるのを感じる。

 あぁ久しぶりの感覚だ。一体何ヵ月ぶりの感覚だろういつもいつもいつもいつもいつも毎年必ず殺して殺して殺して殺してそうやって過ごしてなおゴキブリの様に湧いて出るクズ共の親玉の気配を強く強く感じるこの世界は女神様や他の神共の気配がとても強い世界だ神々の遊び場たる箱庭という世界なのだから当然というのもあるがやはりゴミクズの気配もずっと薄く感じていたのだそれはかなり遠い気配でありノースティリスでも感じる似た気配だからと常日頃から意識するなどという意味不明な行為に出る事無く過ごしていたというのに今強く感じるという事は要するに妻の黒天使が何かをしたのだろうおそらくはあなたが狙う対象を絞りやすくする為あるいは白天使を泣かせた不届き者を間違えるなという合図あるいは不届き者にポンコツと同程度の殺戮の嵐を吹かせろという合図そういうことか白天使に手を上げたソイツはかつてあなたの白天使を傷つけたポンコツに類する何かなのだろうだとすればあなたが手を抜く理由はないそもそもにあなたの愛する家族に手を出すという事自体が手を抜いて戦う理由を消し去るのださらに理由が増えるというならばあなたはあなたの全力を以て叩き潰す事にするのだあぁ憎い憎い憎いあのクズ共がいなければあなたもあなたの家族ももっともっとずっと穏やかな旅路をしていた筈なのだあらゆる旅路の中にクズ共が現れてあなた達の道を阻むのだこの箱庭世界を見渡して殆ど存在することのない機械という存在をかつてのあのモフ達の様に手を出して生命を歪めるに飽き足らず遥か昔にあなたの家族にまで手を出してあなたはあなたの技術を磨いてその憎き傷跡を残らない様に本人の姿にも残らない様にと治す事が叶わなかったからせめて見えない様にと涙を流して謝って謝ってそれがあなたを終わらせない理由の一つになっていつまでもいつまでもあなたとあなたの家族をこの生に縛り付ける楔になってあぁふざけるなあなたは縛られる事などあってはならないのだあなたは風の声あなたは風なのだ妻の黒天使が長い長いあなたの意識の眠りを起きるまでずっと見守ってずっとずっとあなたを守る為に戦い続ける羽目になってあなた如きの為に妻の黒天使を縛り付ける羽目になって白天使をあなたという存在に縛り付ける事になってポンコツさえあのクズさえ存在しなければあなた達はあなた達はあなた達はずっとずっとあぁならばあなたは応えよう妻の黒天使の意思に応えようポンコツに類する存在は血祭りに上げてこの世から消し去って見せるだからあなたは牙を剥いて憎悪を垂れ流し周囲の人々が意識を手放す程の殺意を世界に解き放ってこう叫ぶのだ。

 

 

 

 

 

 ───ミツケタ。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 ───南側。いつかの大樹。

 

「……あら、白天使じゃない」

「んー? あ!      おねえちゃん! みつけたー!」

 

 ズビシッ! と少女に向けて指をさす幼女の姿。

 少女としてはみつけたと言いたいのはこちら側だと言いたげな顔で苦笑した。

 北側の騒動の後、南側に移動して怪我を直して回る白い天使の様な幼女。というよりまさに白天使の名前を聞いて探し回ったのだ。

 

「こんなところにいたのかー!」

「こっちのセリフよ白天使。なんでこんなところに来てるのよ。危ないじゃない」

 

 白天使特有の放浪癖の性で探すのに手間取り、大樹の天辺の葉の上にいるところを見つけたのだ。

 本当に何故こんなところにいるのか。というよりどうやって上がったのか。

 白天使に翼はない。確かに浮遊装備を付けているものの、精々井戸に落ちたりしないための装備だ。

 こんな高さまで上がれる能力はない。

 

「おりれなくなったー!」

「……。まぁいいわ」

 

 白天使の腋に手を通して抱き上げて翼をはためかせながらゆっくりと下へ降りる。

 

「ごしゅじんはー?」

「……まだ合流できないわ。少なくとも私は。もう少し調べたいことがあるの」

「しらべものー?」

「えぇ。調べものよ。それと、ちょっとした約束もあってあまり自由には動けないのよ」

「やくそくはだいじー! いえー!」

 

 腕の中でもぞもぞと暴れる白天使を抑えながらふわりと地面に降り立ち、白天使に耳打ちする。

 再開できたとは言え、これ以上自由行動の時間はない。

 

「私は、もしもの時は助けるつもりだけど。何でも助ける事は出来ないわ。だから、自分で自分を守ったり誰かを守る術を教えておくからなんとかしなさい。便利な世界ねこの箱庭は。ギフトが本当に便利」

 

「まもるー! じこぼうえいだー!」

「……どこまで何が可能かはまだ分からないわ。でも私たちは間違いなく同じギフトを持っていて使えるはずよ。だから、もしも『何かをしたいと思って力が足りない』そう思った時は使いなさい。後はギフトが何とかしてくれるわ。──ーこう言うのよ」

 

 

 

 

≪Eternal League of Nefia 起動≫と。

 

 

 

 ───……。

 

 

 

 

 

 ──……。

 

 

 

 

 

 ─……。

 

 

 

 

 




赤坂です。
実質ダブル主人公みたいな状況に……。
終わりが見えてきたけれど、まだまだ終わるつもりはないのでね。

ではでは


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第十五話『第一部メインクエスト完了』

 ───これは夢だろうか? 

 

 

 

 

 あまりにも長い、長い夢だった。

 

 

 

 

 あなたは薄ぼんやりとした意識の中で何処かを彷徨い歩いていた。

 誰だっただろうか。誰かとあなたは戦っていた筈だ。

 とても強い憎しみを抱いていた相手。誰だったのだろう。

 あらゆる景色があなたの前から消えていく。

 あなたが手を伸ばし、空を切ると消えていく。バラバラになって。

 

 

 世界が燃え上がる景色が見えた。

 

 幾度も見続けた数千年。 いつも通りの光景だ。

 

 世界が滅びゆく景色を見た。誰もが皆死んでいく。あなたを残して逝く。

 

 幾度も見続けた数千年。 いつも通りの光景だ。 忘れるはずもない。

 

 

 いつからだろうか。この世界で親しくしていた人達があなたの手の中で死んでいく。

 この世界で出会った誰もが命を散らしていく。

 あなたの生涯の中では短い時間の邂逅だ。記憶の片隅にいる程度の存在が死んであなたにとって何になるだろう。

 

 あなたは今、火山の噴火と共に現れた白亜の龍を前に対峙している。

 あなたが雄叫びを上げれば相手もこちらに敵意を返す。

 ホワイトドラゴンよりもずっと白い体をした三つ首の龍だ。

 

 とても強い気配を感じる。

 あなたも苦戦してしまうかもしれない。

 

 

 けれど。

 

 

 

 

 ……けれど。あなたは負けるはずがないのだ。

 

 

 

 あなたの愛する二人の家族は、今あなたと手を繋いでいるのだから。

 

 愛する家族が、あなたの背中を押してくれる。

 

 

 一迅の風が走り、あなたは家族の二人の手を名残惜しそうに離した。

 離した言い訳をするように、あなたは目の前の龍をミンチにした。

 

 戦いは終わらない。白亜の龍は幾度もあなたの前に蘇り立ち塞がった。

 

 静かに微笑みを湛え、あなたの体が光り輝き、輝きを増し続ける。

 そうして交わす拳、剣。幾千、幾万、億、兆……。

 どれだけの数斬り裂いただろう。

 どれだけの数斬り裂かれたのだろう。

 

 どちらも倒れる事無く幾数日。数える事すら億劫な程に長い時間、戦いは続いた。

 

 

 

 太陽が輝き、世界を照らし。

 

 

 あなたの目が一瞬眩んだ瞬間、家族の二人があなたに声をかけ……。

 

 

 それで、終わった。

 

 あなたの箱庭での冒険は終わった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 あまりにも全てが遅かった。

 あらゆる歴史が、物語が、正しく紡がれること無く歪められ、ねじ曲がり、運命の糸は絡まりほどけない程に一つになって固まった。

 

 

 

 白亜の龍に挑む筈の一人の少年は、黒い翼の生えた少女に行く手を阻まれた。

 力を振り絞り無力を嘆く筈の一人の少女は、戦いの余波に巻き込まれ動けなくなった。

 同士の一人と危難に合い、力を取り戻させる筈の一人の少女は、星の彼方より来る竜や巨人を押し止める為に、居るべき場所にはいられなかった。

 大事なものを失い、更には力まで失った一人の少女は、その力を取り戻すこと無くただ逃げ回ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 その時が訪れ、地獄の窯が開かれ、業火を巻き上げ。

 世界が物憂げに嘶いたその時、既に世界は青白く輝き天は雷により砕け終わりを告げていた。

 

 最古の魔王がその姿を現し、世界を滅亡に導かんと動き出したその時には既に全てがほとんど終わりを迎えていたのだ。

 

 滅ぼす筈の都市は姿形も無く消え去り、木々の息吹の全てが消え、大地の鳴動すら無くなり、ただ風だけが激しく吹き荒れ、喰らい潰す生命は僅かに1つ。

 

 

 黒い翼を生やした少女は、この光景を生み出さない為に動き続けた。

 『この世界』と『あの世界』の法則の違いを。あらゆる神々の知見を漁り続けた。

 そうして辿り着いた『答え』をこの世に顕現させぬ為に動き始めていた。

 まだ時間があると思っていた。だから少年を叩き、叩き、叩き。間違いなく起こるであろう最悪の時間に対抗する為の駒の一つを作ろうとした。

 

 

 致命的に、遅かった。あまりにも遅すぎた。

 

 

 最悪の時間は少女の予想よりも早く訪れた。

 光が瞬き、同時に世界が壊れた。物語が壊れてしまった。

 筋書きすらもはや存在しない。運命すら最早意味を為す事はない。

 悪の御旗を掲げた魔王が醜悪な姿だというなら。

 

 

 

 今、最古の魔王に相対する化け物はなんと表現すればいいだろう。

 

 

 肥大し、崩れた顔に四つの血に濡れてもなお瞬き一つしない輝く瞳。

 丸太の様に太い首をもたげ、殺戮の意思を口汚く誰に向けてでもなく叫び散らし。

 全身に黒ずんだ重苦しい甲殻を纏い、背からは禍々しい赤黒い翼を生やし。

 獣の様に体毛に覆れた体、地面を駆る蹄の足。

 地面を灼き煙を巻き上げる毒を滴らせる、鎌のような剛爪の生えた手。

 その身が重いのか、あるいは重力がねじ曲がっているのか。

 1歩を踏み出す毎に踏みつけられた地面は叩き潰れてゆく。

 

 

 

 

 人というには化け物に近く。

 化け物と呼ぶには人に近い。

 獣と呼ぶには異形に近く。

 異形と呼ぶには獣に近い。

 

 無惨な命の末路がそこにあった。

 

 

 

 

 炎熱は意味を為さず。

 寒冷をはね除け。

 紫電を通さず。

 闇に閉じ込めても意思は絶えず。

 幻惑を見せても惑わず。

 毒の全てを弾き

 地獄の劫火は効かず。

 高音は掻き消され。

 神経は鎮まり続け。

 混沌の渦はソレの周りで渦巻き。

 触れた刃は折れ、殴った鈍器が潰れ、突いた槍の穂先は砕ける。

 

 

 

 

 幾千、幾万振りかざされた打突は通用せず。

 幾千、幾万振りかざされた恩恵は通用せず。

 

 神々の生み出したあらゆる悉くを無為に笑って消し去る。

 薄い笑みを浮かべ、楽し気に吼え、嬌声をあげながら命を貪り、全てを喰らい潰したソレは片手に肘から先が無い幼子の腕を。もう片手に頭の無い黒い翼の少女を引きずり最古の魔王と対峙した。

 ソレは握った両手を名残惜しそうに離して、邪魔なゴミを退かそうとするような気軽さで最古の魔王を屠り始めた。

 

 

 三日三晩の間、二つの影が合い争った。

 

 

 天蓋が壊れ、太陽が照ると同時に戦いが終わった。

 二つの影が彼方から立ち上がりソレを連れて何処かへと消えていった。

 

 そうして冒険者の物語はあっけなく終わりを告げた。勝敗が決する事無く戦いは終わった。

 最古の魔王が再び世界を見渡したその時、全ては何事も無かったように元に戻っていた。

 

 全ては地獄の窯が開かれる前に戻っていた。

 潰えた命が蘇っている。壊れた街がその様相を取り戻している。

 

 魔王は、再び歩み正しい歴史を紡ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 これで、≪冒険者の物語≫は終わり。

 

 

 

 

 終わり、そして───再び始まる。

 

 

 




どうも赤坂です。


これにて★≪冒険者の物語≫は、おしまい。

文字数にして十万字、話数にして十五話、あるいは二十一話でおしまいです。


ではでは。


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★≪ある冒険者の物語≫
第一話『強くなりたいなら牛乳と廃人に相談だ』


とりあえず、マニ信者の方は帰ってどうぞ。(確固たる意志)


 『あなた』は、ノースティリスの冒険者だ。

 

 神々には遥かに届かぬが、それでも常人より永い時を生き、間違いなくノースティリスの最強の一角。

 

 底も見えぬ暗き穴「すくつ」で暴れ回り。脱税の為に強化されすぎた衛兵に追われ。妻となって久しい黒天使とその子供達と共に演奏虐殺パーティーを開催し。ノースティリスに訪れて以来信仰を捧げ続けた露出癖とかいう次元を超越した格好の敬愛する女神様に手合わせを願った結果弓で射貫かれ。「ポンコツ!」を願って嘲笑い、その後実際にポンコツを降ろし完膚無きまでに叩き潰しミンチにしてポンコツの祭壇をポンコツの死体で乗っ取り嘲笑う。

 

 そうして飽きる事無く世界を遊び倒していたあなたの足元にある日、不思議な手紙が転がってきた。

 

 

 

 

 

 

「 おかえりなさいまし~ 。手紙が届いてるでおじゃるよ。ご主人様」

 

 

 

 

 

 

「……………………???」

 

 

 

 

 そんな手紙の前で、『あなた』はメイドの一言で思考を停止させフリーズしていた。

 小さな一軒家……回りに倉庫やアーティファクト展示場や店が乱立している……に、帰って来た『あなた』にメイドがいつものような文句で出迎えて手紙が届いていると伝えたのだ。

 手紙など『あなた』に届くのは……初めてだろうか。それとも遠い過去に体験したことのある懐かしい出来事だろうか。

 少なくとも、あまりにも突然の出来事だったといえたのは確かだ。

 久しぶりのフリーズである。

 

「……ご主人がフリーズしたわね。白天使。殴って直しなさい」

「わーい! なぐるー!」

 

 隣でその光景を見ている黒い翼の大人びた少女と白い髪の少女はいつも通りに対処に移る。

 白い髪の少女によって振りかざされた白い翼の生えた綺麗な杖がフルスイングで、ゴキャッ! っといい音を鳴らしながらフリーズしている『あなた』の首をへし折った。

 いつもの出来事である。どこからどうみても主に対する仕打ちではない。だがこの世界では当然の様にあり得る。

 日常茶飯事だからこそ、気にするほどの事でもない。首が折れて薄く叫び声をあげているのは気のせいだろう。

 

 そんな首の折れ曲がった『あなた』は二人に返事をする事無く、おずおずと手紙を拾い鑑定の魔法をかけ、一切の躊躇いもなく手紙を開いた。

 

 

 

 手紙を読み上げた『あなた』は嫌な顔をした。

 

 

 

 ほぼ同時に、世界の境界が曖昧になり。

 悲鳴を上げる暇などなく、準備をする一瞬すら与えられず。

 転移とはかくも恐ろしきものだ。それだけはずっとずっと、遥か昔から学んでいたことだ。

 

 

 

 そうして、三人は大空へと放り出された。

 

 

 

 

 

 

 ───黒い翼の少女は北側の極寒の大地の上空へ。

 

 

 

 

 

 

 

 ───白い髪の少女は南側の大樹の上空へ。

 

 

 

 

 

 

 

 ───そして『あなた』は……。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ───東側、箱庭の外。4000m上空。

 

 『あなた』は自由落下に身を任せながらこうなっては仕方ないとまったりしつつ契約の魔法をとりあえず唱えた。

 周りに3人ほど追加でいるが、彼ら彼女らもまた同じように落ちているからそもそもにこの転移は突然の事なのだろう。

 幾度か水の膜の様な物にぶつかったが、『あなた』は減速することなどなかった。

 むしろ何度か悲鳴を上げていそうな表情をしていた。

 

 そしてそのまま4人は川に落下し、三人は悲鳴を上げながらも濡れるだけで済んだが、『あなた』はそうもいかない。

 水面に叩きつけられ、自身の全身から響き渡った人体の弾ける心地の良い音にうっとりとしながら契約の魔法は発動した。

 薄い光の柱が降り立ち『あなた』はズタボロの様子で立ち上がった。

 

 本当に契約の魔法様様である。

 

 

「し、信じられないわ! まさか問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

「右に同じだクソったれ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ」

 

「此処……どこだろう」

 

 同じ様に落とされたが死ぬことは無かった三人がそれぞれ自由気ままに動き、ついでというように自己紹介をする傍らでぶつぶつと笑顔を浮かべながら『あなた』は愚痴を吐いていた。

 

 手紙の内容も糞なら転移直後にうみみゃぁ! を喰らったようなものなのだから愚痴の一つを吐いても仕方ないだろう。

 

 

 

 

「で、そっちで毒づいてるお前は?」

 

 

 

 

 ……さて、そろそろ『あなた』が何者なのか伝える時間が来た。

 

 

 

 何時だって名前は、本当は最初に明かすものだ。

 例に倣って『あなた』も応えようとして頬に人差し指を当てて応えようとして少し悩んだ。

 

「私は…………」 (長考)

「私は?」

 

 

 語尾を切り、『あなた』は悩みだした。

 

 

 

「 …………………………」(熟考)

「私は何なのかしら?」

 

 

 

 お嬢様みたいな喋り方の何者かが話しかけてきているが、何も耳に入ってなどいない。

 先程から笑顔で頬に人差し指をあてたまま『あなた』は固まっている。

 

 

 

「 ……………………………… 」(黙考)

「……ねぇ。これ応える気がないんじゃ」

 

 

 

 

 猫を抱えた薄ぼんやりした少女が諦め始めてしまった。

 当然だろう。

『あなた』が悩み始めて既に2分は経過している。

 

 

 川のせせらぎの音が心地いい。

 

 

 そう思ってしまっても仕方がない程に場は静まり返っていた。

 

 

「……………………………………………………!」(閃き)

「お、帰ってきたな」

 

 

 金髪の男がニヤニヤしながら

 きっちり三分経過して意識を取り戻したように首を跳ね上げたようやく『あなた』は口を開いた。

 

 

「『あえげ仁』よぉ」

「「「いや、それは違う」」」

 

 

 

 即答だった。

 それは無い。流石に無いというように綺麗に三人が否定した。

 溜めに溜めて発言したあまり面白くも無いネタに底冷えした空気に対してため息を一つ吐いた『あなた』は、気を取り直したように笑顔を浮かべて『あなた』は名乗る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はぁ、ヴェルニスっていうのぉ。呼ぶ時はヴェルニスって呼んでぇ。大事な大事な、神様に呼んで戴いている名前だからぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やや間延びしたような語尾でおっとりとした喋り方で話す、ノースティリスの冒険者が箱庭に訪れた。

 

 

 閉じられた目からは何も伺う事は出来ない。

 白銀の様な髪で170cmよりもやや高い身長。

 緑色のフード付きのマントを羽織り、無地の紺色のシャツに黒いズボン。

 紫色という濃い色合いのブーツを履いた、やや色味が強い格好。

 腰には重厚そうな長剣を携えていて、武装らしき武装はただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 そして……その顔には「悪い人物ではない」と彼女を見た誰もがそう言う程の優し気な、慈愛に満ちた笑顔を湛えていた。

 

 

 

 

 

 

 これにてようやくスタートライン。

 ここから始まる。

 

 

 

 

 ここから『あなた』の冒険が始まる。

 

 

 

 

 

 




どうも。赤坂です。
前回で<<冒険者の物語>>が終わりました。えぇ。
あと数話かかると思ったんですが秒で終わりましたね……。

ここからは喋りが解禁されます。

『あなた』も……ヴェルニスも私のTRPGのキャラの一人なので、普通に喋れます。


ので、普通に喋れます。喋るんです。喋ります(断固たる意思)

半年かそこら「」での発言をほとんどしない書き方をしてたら喋りでの文章に困ってました。はい。
そういえば白天使の冒険も苦労してましたね。
次話を早めに上げ……れるといいですね!(希望的観測)

ではでは。


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第二話『麻痺ハメ、罵倒ハメ、餅ハメ etc...』

 ヴェルニスが改めて名乗りなおしてすぐの事。

 いい加減特に何も起こらない空気に痺れを切らしたように堰を切って皆が喋り出した。

 

「私の名前についてはもういいとしてぇ、そろそろ説明が欲しいわよねぇ」

「確かに。呼び出されたはいいけどなんで誰もいねえんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねぇのか?」

「そうね。何の説明もないままでは動きようがないもの」

「……。この状況に対して落ち着きすぎているのもどうかと思うけど」

(全くです)

 

 黒ウサギはこっそりツッコミを入れた。

 もっとパニックになってくれていれば飛び出しやすいのだが、場が落ち着きすぎているので出るタイミングを計れないのだ。

 タイミングを計りつつ、観察していると……。

 

「仕方ねぇ、そこに隠れてる奴でも捕まえて話でも聞くか……ってまた考え込んでるコイツはなんなんだ」

「さぁ? とりあえず、皆気づいていたなら捕まえておきましょう」

「レッツ・ハンティング」

 

 黒ウサギが狩られることになったようだ。

 

 突然の事ではあるが気付かれていたのなら仕方なし。格好も付けられないが黒ウサギは恐る恐る草むらから姿を現した。

 

「や、やだなぁ皆様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ? ええ、ええ、古来より孤独と狼は黒ウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いて頂けたら嬉しいでございますヨ?」

 

「断る」

「却下」

「お断りします」

 

 そして数十秒後、ウサ耳をむんずと左右から掴まれて叫び声をあげる黒ウサギの姿があった。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 あなた……ヴェルニスが現実に戻ってきて場を取り直さなければ小一時間は説明開始までかかっていたかもしれない。

 せっかく説明するために出てきたのだからふざけている場合ではないだろうとヴェルニスが声をかけた時、黒ウサギの目は救世主を見るようにキラキラと輝いていた。

 そうしてようやく行われた黒ウサギによる定例文らしい挨拶や説明が行われ……。

 

「要するにぃ、箱庭って場所でゲームとか依頼をこなして過ごせとぉ?」

「ざっくりと言ってしまえばまさにそうです!」

「ざっくりしすぎじゃねぇか。もうちょい色々あんだろ」

「でも間違ってはいないわよね?」

「聞いた限りでは間違ってないと思う」

「まぁ……面白そうには面白そうねぇ。暇潰しにはなりそうだわぁ」

 

 ひとまず説明を終えて納得を得られて黒ウサギはほっと胸を撫で下ろした。

 

 ヴェルニスとしてはとりあえずこの世界でちょっと遊んでみようという程度の認識ではあるがそれでもいきなり全部破壊して帰るなどという発想は今の所はしていない。

 黒ウサギからの大まかな説明は終わり、質問を行うにも外で濡れたまま行うのもなんだと黒ウサギの家に向かう事になった。

 

 が、その行動を止める様に十六夜が文句を垂れてこの世界はうんたらかんたらと言ったのを、ヴェルニスは面白くもなさそうに聞き流しておいた。

 これから移動するというのに足を止めないで欲しいという程度の軽い認識だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───そうこうしてしばらく後。十六夜が移動する列から抜け出したり、黒ウサギが探しに行ったりジンと名乗る少年と会ったりなど諸々が終わった後。

 

 喫茶店での出来事である。

 

 

「───そ、その……私があなたに何か無礼を働きましたでしょうか……?」

 

「そのピッチピチのスーツで私の前に姿を現したことかしらぁ。一回体を小さくしてから出直してきた方が良いかもしれないわねぇ。あと魅力が致命的に足りないから顔も見てて不愉快だしぃ、なによりピッチピチのスーツが本当に似合ってないわぁ」

 

 

 喫茶店で軽くお茶していた所、急に現れたピチピチのタキシード姿のガルドと名乗るエセ紳士っぽい姿と立ち振る舞いの変人がジンの事やらコミュニティの事やらを貶しつつ自己アピールをしてきていた。

 ジンのコミュニティは名無しの旗無しの弱小コミュニティだから私の所に入ったらどうだやら、そんな状況のコミュニティでは何も出来ないやら。

 

 本来はもっとガルドが飛鳥や耀、ヴェルニスを利用してジンを陥れる形で話の主導権を握ろうという魂胆だったのだろう。

 

 それをガルドが現れると同時に「変人が近寄ってきた気持ち悪いわぁ」だの「急に来て説明してくれる演出なんて依頼したのぉジン?」だとか「ピチピチのその服買い替えるお金もないのぉ」だのとヴェルニスが盛大に煽り散らかし続けているのが現状である。

 突然の煽り行為にガルドも怒るというよりは何か非があったのではと軽く考えてしまうほどには延々と煽られていた。

 より良い箱庭ライフの環境の提案をガルドはしているつもりだが如何せん、相手が悪いとしか言いようがない。

 ノースティリスではそれこそ今は自宅を構えてはいるものの、かつては風来坊の根無し草。いかに住みやすい環境を用意されても自活できるヴェルニスにとっては些細な違いにしか感じられないので提案を受ける必要すら感じていない。

 

 というよりは反応が面白いから後先考えずに煽り散らかしているだけかもしれない。

 

「とりあえず、如何でしょうかレディ達。この名無し旗無しの弱小コミュニティよりも私達<フォレス・ガロ>のコミュニティを視察し……」

「薄汚い口を閉じなさぁいエセ紳士。他人を罵倒しながらする提案じゃないでしょぉ? 三回回ってワンって言ってから死んで出直しなさぁい」

「……えぇまぁそこまでは言わないけれど彼女に賛成ね。それに私はジン君のコミュニティで間に合っているし」

「私も。友達を作りに来ただけだし別に所属はどこでもいい」

 

 飛鳥がやや引きながらもヴェルニスの発言に乗っていく。ガルドは顔を引きつらせて薄目になりながら青筋を立てて怒りながらヴェルニスを睨んだ。

 終始、ケラケラとした意地の悪い笑みを浮かべながら紅茶を啜りながら煽るヴェルニスに流石に限界のようだ。

 ヴェルニスとしては特に何も考えずに煽るだけ煽って反応を見て楽しんでいるだけなので、飛鳥がガルドとやらに何かしているのも、問いただしている内容にも興味はない。

 言いなりに出来る状態であるものの、自分の意思で罵倒を我慢している姿が楽しいといった考えなのだろうか。

 やれコミュニティを潰して吸収するために女子供を攫っただ。その子供は既に殺しただ。そんな物騒な内容の話を聞きながらも笑顔を一つも崩していない。

 ただニコニコとした優しい笑顔で足を組んで紅茶を優雅に飲みながら暇をしているだけだ。

 ニコニコしながら、敵意を向けてくる雑魚をどうミンチにしたものかと小声でぶつくさと呟いているだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミンチにしてから岩とぐちゃぐちゃに混ぜて復活させる……首を斬り飛ばして延命措置しつつ目の前で首から下をミンチにしながらダンス……輪切りにして部位別にホルマリン漬けにして家に送り付ける……ミンチにして瓶に押し込んでプレゼント……呪縛加速ポーションで老人にして老衰……何をされたのかわからないまま臓物をぶち抜いてミンチに……いっそ純粋に爆殺っていうのも良いわねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 蚊も殺さないような優しい笑顔の裏でどんな事を考えているのだろうか。

 小声で静かに呟かれる凄惨な内容を耳にした耀は少し焦りながらガルドを抑え込んで飛鳥に声をかけた。

 

「飛鳥。このままだとこのガルドって人が凄惨な目に合うからなんとかしよう」

「どうかしたのかしら? それより、皆に提案なのだけれど、ギフトゲームで決着をつけてはどうかしら? こんな外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ」

 

 飛鳥のその言葉にピクリと体をヴェルニスは動かしていたが、少し首を傾げた後に同意する様に頷いてから口を開いた。

 

「……そうねぇ。後悔させてやらないといけないわねぇ」

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 それからまた暫らくして日が傾き始めた頃の事。

 

 噴水広場十六夜と黒ウサギの二人と合流し、絶賛怒られているヴェルニスたちの姿があった。

 

「な、なんで<フォレス・ガロ>のリーダーと接触して、喧嘩を売る状況になるのですか!?」

「向こうがいきなり喧嘩を吹っかけてきたのよぉ。処理した方がよかったかしらぁ?」

 

「しかもゲームの日取りは明日!?」

「今日でもよかったんだけどぉ、向こうも準備があるからってそんなこと言ってきたのよぉ」

 

「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」

「勝負は不利な程燃えるじゃなぁい?」

 

「準備している時間もお金もありません!」

「準備なんてあの雑魚にいるかしらぁ」

 

「一体どういう心算つもりがあってのことです!」

「勝算しかないから喧嘩を売ったのよぉ?」

 

 ぜぇぜぇと黒ウサギが息を切らしているが、ヴェルニスはニコニコしながら全ての怒声に反論していた。

 

 とはいえその目……目は薄く閉じられているからどうなのかわからないが、意識はここにあらずといった雰囲気を感じなくもない。

 

「……見事に全部『私が強いから問題ない』的な雰囲気で返事するわね彼女」

「……あそこまで自信満々に言い切れるのは凄いと思う」

「その、ごめん黒ウサギ」

「はぁ~……。仕方がない人達です。まあいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。<フォレス・ガロ>程度なら十六夜さん一人いれば楽勝でしょう」

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

「当り前よ。貴方なんて参加させないわ」

「だ、駄目ですよ! 御二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと……」

「喧嘩を売ったのは向こうでぇ、買ったのは私達よぉ。そこの死亡フラグをばら撒く少年は参加する権利なんてないわぁ」

「……まぁ、俺が手を出すのが無粋ってもんだから別にいいんだが、死亡フラグとやらはどういうことだコラ」

 

 ヴェルニスは上の空状態で火に油を注ぐような発言を行い、耀は猫と戯れて無関心だ。

 これは面倒なことになってきたと黒ウサギは振り回された疲労もあり諫める気力も残っていない。

 

 

 どうせ失うものはないゲーム、もうどうにでもなればいいと呟いて肩を落とすのだった。

 

 

 




どうも赤坂です。
これが投稿された時にはこの作品を投稿し始めて一年と二日がおおよそ経っていますね……。
投稿までかなりの期間が空きましたが、それもこれもElonaのヴァリアントを変えてプレイしなおしてたからだったりなんだりしますハイ。

とりあえず、お伝えしておくこととして


作者のElonaプレイ環境が変わり、
「Elona.omake.overhaul.modifyEX_SukutuEdition_Southtyris」
となりました。
つまりは「Elona.oomSEST」になっています

それに伴って、★≪冒険者の物語≫を全編に渡って手直しを加えました。

大まかな筋に変更はありません。細かな表現だったり読み直してみて伝わりにくい部分などを簡単に直したなど変更です。
話の流れはほぼ、というより全く変わっていないので特に変更を気にする必要はございません。

あとは、単純に第一話とかよりもそれぞれタイトルがあった方が読み返しやすいと作者自身が理解したので付けておきましたハイ。

長々と失礼しました。

ではでは。


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第三話『捧げ物はこまめに。でないとイザという時、神は神頼みすらさせてくれない』

 ガルドとのギフトゲームについてはこれ以上考えても仕方がないと、黒ウサギは溜息をつきながら諦めてひとまず次の予定を済ませに行くことにした。

 

 本来考えていたもてなしの席は十六夜の独断行動やガルドに喧嘩を売ったりなど色々あって流れてしまったがそれはひとまず置いておくことにする。

 まずはこの箱庭に来たばかりの四人のギフトの鑑定が必要だろう。明日に控えたガルドとの戦いの前にせめてギフトに付いてだけでも把握しておくに越した事は無いしなにより、四人を呼び出すのに手伝ってもらった彼女に報告しつつ挨拶もしてもらうべきだろう。

 などなど色々考えつつジンには帰ってもらうように伝えて移動し始めようとし、黒ウサギは手の中に抱えた水樹の苗……ガルド云々の先程のいざこざの前に十六夜が紆余曲折あって手に入れた……を抱え直したところで動こうとしないヴェルニスに気が付いた。

 

「……あの、あの聞いていますでしょうかヴェルニス様」

「───……あー、その。なんだったかしらぁ?」

「ですから、ギフトの鑑定に向かうのですが……」

「鑑定ぃ? 鑑定なら出来るわよぉ。ほら、鑑定してほしい物をだしてみなさぁい鑑定するわぁ」

「お、おそらくヴェルニス様の考えているような鑑定ではないかと思うので……とりあえず付いて来て頂けますでしょうか」

 

 少し首を傾げたものの、特にそれ以上反論するわけでもなく大人しく歩き出すヴェルニスをみてひとまず黒ウサギはほっとした。

 

 十六夜はどちらかというと楽しそうなことに対して直進していくタイプだろう。まだ理解がしやすい。

 飛鳥と耀の女性陣二人もそこそこ自由人ではあるがまだ話は通じるしわかりやすい。

 

 だがこのヴェルニスという人物がよくわからない。人の話を聞いていそうで聞いていなかったり、反発せずに従ってくれるかと思えば反論をしてくることもある。

 自由かと思えば素直だったり。素直かと思えば先程の様に反論してくる。そもそもに彼女の意識はここにあるのだろうかと疑問に思う程度には常に湛えた笑顔の所為で表情からは何も感じられない。

 常に湛える優しい笑顔の裏に本当に笑顔があるのかどうか怪しい。何を考えているのかよくわからない。底が見えない感じと言えばいいのだろうか。

 

 前途多難な雰囲気をひしひしと感じ、ウサ耳をへにょりと垂らしながら改めて歩き出した。

 とはいえ、言動はなんとなく大人びているし慣れればきっと他の三人よりは話が通じるだろう。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 そんな前言を全力で撤回しながら黒ウサギは冷や汗を流していた。

 日も暮れ始めていた為に少し不安ながらも大手コミュニティである<サウザンドアイズ>の支店に着いたまではよかったのだ。

 しかしながら営業時間ギリギリ。滑り込めば平気だと考えていたのが甘かった。

 目の前で店員によって無情にも降ろされる暖簾を前に、何も気にせずに店に入ろうとして店員に止められて喧嘩を始めたのだ。

 

「いいじゃなぁい。店主が寝てるわけでもなしにぃ」

「ですから、営業時間外です! というよりなんですかその謎の理由は! もう閉めると何度も言っているでしょう!」

 

 ヴェルニスが店員を押しのけて店に入ろうとし、店員が懐に手を入れた瞬間に両者の動きが止まった。

 黒ウサギ側からはヴェルニスの表情は見えないが、どうなっているのだろうか。

 一切、全く。店員もヴェルニスも微動だにしていない。この勝負、先に動いた方が勝つだろう。

 黒ウサギはマズい事になったと思いつつ、下手に手を出すこともできない状況を見守る事しかできない。

 

「二人とも止まったわね。どうしたのかしら?」

「さぁな。とはいえ、状況的にはヴェルニスが悪いのは確かだ」

「押し入ろうとするのは流石にダメだと思う」

 

 西部劇なるものでは、銃の早撃ち勝負で静かなせめぎ合いがあると聞いたことがあるが、二人とも出方を窺がっているのだろう。

 何かが起こりそうで特に何も起こらない。時間にしては数秒足らずの沈黙。

 しびれを切らしたようにヴェルニスが再び一歩を踏み出そうとした

 そんな状況で黒ウサギが一人だけ手に汗を握っていると、

 

「いぃぃぃぃぃぃやっほおおおぉぉぉぉぉぉぉ! 久しぶりだ黒ウサギィィィィィィィィィ!」

 

 店の入り口で立ち塞がる二人の隙間を縫うように着物風の服を着た真っ白い髪の少女が飛び出して黒ウサギに突撃していった。

 虚を突かれた黒ウサギは少女と共にクルクルクルクルクと空中四回転半ひねりして街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛んだ。

 店員はとても痛そうな頭を抱え、ヴェルニスはわずかに笑顔を崩して驚いたような表情でその光景を見つめていた。

 

「このお店にはドッキリサービスなんてのがあるのねぇ」

「ありません」

「有料でもいいなら俺も別バージョンで是非」

「やりません」 

 

 十六夜が真剣な表情で店員に聞いていたが、店員も真剣な表情でキッパリと返していた。二人共マジである。

 

「し、白夜叉様が何故こんな下層に!?」

「そろそろ黒ウサギが来る予感がして負ったからに決まっておるだろうに! と、言いたいところだがの。ちと問題があったというのも……フフ、フホホフホホ! そんなことどうでもいいくらい触り心地がいいのう! ほれ、ここが良いかここが良いか!」

 

 白夜叉、と呼ばれた少女が黒ウサギの体を卑猥な手付きで撫で回す光景を横にヴェルニスがつまらなそうに小さくため息をついていた。

 ひとしきり遊び終えたのか、水路から黒ウサギが濡れた服を絞りながら上がってきた。

「うう……まさか私まで濡れる事になるなんて思わなかったのデスヨ……」

「いやぁ、ひとしきり揉んだの! ひとまず、話があるなら店内で聞こう。それと、身元は私が保証するし、ボスに睨まれたとしても責任は私が取るでな。気にせず閉店作業を続けてくれ」

 反対に濡れてもまったく気にしていない白夜叉は笑いながら不服な顔をした店員を下がらせて皆を店内へと招き入れた。

 

 暖簾をくぐった先には店の外観からは考えられない程に不自然に広い中庭に出た。

 正面玄関を見れば、ショーウィンドに展示された様々な珍品名品が並んでいる。

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私室で勘弁してくれ」

 

 和風の中庭を抜け、縁側で足を止める。

 障子を開けて招かれた所は香の様な物が焚かれており、風と共に皆の鼻をくすぐり……そこまでしてからヴェルニスが黒ウサギに尋ねた。

 

 

 

「……お風呂はどこかしらぁ?」

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

「いえ、私が悪かったわぁ。聞き落としてたんだものぉ」

「こちらこそ申し訳ございません……確かにそうですよね。川に落ちてからというもの体を温めたりなどはしていませんでしたし、こちらの不手際です……」

 

 黒ウサギが戦々恐々としながらヴェルニスの勘違いを正し、自己紹介を終えた所で十六夜や白夜叉が笑いながら話し始めた。

 

「いやぁ、まさか銭湯と間違えられているとは思わなんだ! 箱庭に来たばかりというのもあるだろうがの」

「ここに来る前に黒ウサギが思いっきり鑑定って言ってたと思うんだがな」

 

 ヴェルニスが二人に顔を向けて「えー」とでも言いたげな露骨に怒ったような気配を発している。気がする。笑顔の所為でその場の誰も本当に怒っているのか理解できていないが。

 

「さて、改めて自己紹介しておこう。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている<サウザンドアイズ>幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

「その外門、って何?」

 

 耀が小首をかしげて問う。

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、強大な力を持つ者達が住んでいるのです」

 

 外壁から数えて七桁の外門、六桁の外門、と内側に行くほど数字は若くなり、同時に強大な力を持つ。箱庭で四桁の外門ともなれば、名のある修羅神仏が割拠する完全な人外魔境だ。

 黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分かれている。

 その図を見て口を揃え、

 

「……超巨大タマネギ?」

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

「ばーむくーへん、ってなにかしらぁ?」

 

 うん、と頷き合う三人。一人は理解できていないようだが、身も蓋もない感想にガクリと黒ウサギは肩を落とす。

 白夜叉は呵々と哄笑を上げて二度三度と頷いた。

 

「要するに層状になっているということなのだが、その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮、外側の部分に当たる。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側に当たり、世界の果てと向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持つもの達が住んでいるぞ。───その水樹の持ち主などな」

 

「ばーむくーへん……皮……外側……? 食べ物かしらぁ」

 

 ヴェルニスがブツブツと首を傾げながら悩むのを横に、白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹に視線を向けた。

 

「十六夜さんがここに来る前に素手で叩きのめしまして。この水樹は蛇神様から戴いただいたのですよ」

 

 自慢げに黒ウサギが言うと白夜叉は声を上げて驚いた。

 

「なんと!? 試練ではなく拳で倒したとな!? ではその童は神格持ちの神童か?」

「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見ればわかるはずですし」

 

 神格とは生来の神様そのものではなく、種の最高ランクに体を変幻させるギフトを指す。

 

 ───蛇に神格を与えれば巨躯の蛇神に。

 

 ───人に神格を与えれば現人神や神童に。

 

 ───鬼に神格を与えれば天地を揺るがす鬼神と化す。

 

 更に他のギフトも強化されるため、箱庭にあるコミュニティの多くは各々の目的のため神格を手に入れることを第一目標とし、彼らは上層を目指して力を付けているのだ。

 

「ふむ、しかし神格を倒すには同じように神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがない限り不可能なはず」

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

「んむ? 知り合いも何も、あれに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

 その言葉に十六夜は物騒に瞳を光らせて問いただす。

 

「へえ? じゃあオマエはあのヘビより強いのか?」

「ふふん、当然だ。私は東側の<階層支配者フロアマスター>だぞ。この東側にあるコミュニティでは並ぶ者が居ない、最強の主催者なのだからの」

 

<最強の主催者>───その言葉に十六夜・飛鳥・耀の三人は一斉に瞳を輝かせる。ヴェルニスも心なしか嬉しそうな笑顔に変わった。

 

「最強、最強ねぇ……いつだって最強の称号は良い物よぉ」

「そう……ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私たちのコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

「無論、そうなるの」

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

 四人は剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。白夜叉はその視線に高らかと笑い声をあげた。

 

「抜け目のない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと?」

「え? ちょ、ちょっと御四人様!?」

 

 突然の展開に慌てる黒ウサギを右手で制す白夜叉。

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

「ノリがいいわね。そういうの好きよ」

「ふふ、そうか。───しかし、ゲーム前に一つ確認しておくことがある」

 

 白夜叉は着物の裾から<サウザンドアイズ>の旗印───向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し一言、

 

 

「おんしらが望むのは<挑戦>か───もしくは<決闘>か?」

 

 

 

 ───刹那、四人の視界に爆発的な変化が起きた。

 視界は意味を無くし、様々な情景が脳裏で回転し始める。

 脳裏を掠めるのは、黄金色の穂波が揺れる草原。白い地平線を覗く丘。雪原に佇む墓と館。緑色の髪の少女が妖艶に微笑み……、

 

「なんじゃ!? なにか変なものが紛れておるぞ!?」

 

 白夜叉が叫んでいる気がしたが、その瞬間には白い雪原と凍る湖畔、水平に太陽が廻る世界に全員が投げ出されていた。

 

「ムーンゲートというよりは懐かしいルーンかしらぁ……?」

「あら、ヴェルニスさんは何か思い当たる節が?」

「あるといえば、あるのだけどぉ……それより、白夜叉と早く戦いたいわぁ」

 

 そう言ってヴェルニスは腰の剣に手を添えて白夜叉に向き直った。

 

「うぅむ……まぁよいかの。今一度名乗り直し、問おう。私は≪白き夜の魔王≫太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への挑戦か? それとも対等な決闘か?」

 

 逡巡する様子が見えたがそれでも威厳と絶対の自信の下に名乗りをあげる。少女の笑みとは思えない凄味があった。

 十六夜は背中に心地いい冷や汗を感じ取りながら、白夜叉を睨んで笑った。

 

「水平に廻る太陽と……そうか、白夜と夜叉。この土地は、オマエを表現してるって事か」

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ。して、おんしらの返答は? 挑戦であるならば手慰み程度に遊んでやろう。だが、決闘を望むなら───」

 

 

 

 

「何をいってるのぉ? 決闘なんて面倒な事せずに仲良く殺しあうのが一番じゃなぁい?」

 

 

 

 十六夜も、飛鳥も耀も。勝ち目が無い事が一目瞭然だからこそ即答できずに返事を躊躇っていた。

 だが、状況を理解できていないのかそれとも勝ち目があるからなのか。ヴェルニスだけは即答した。

 気が付けば、ヴェルニスの服装が先程とは一変し、腰に下げた剣が一本増えている。

 

「……やはりというか、おぬしはそう言うか」

「あらぁ? 予想通りだったかしらぁ。まぁいいわぁ」

 

 ヴェルニスが笑いながら剣を抜いた。

 次の瞬間、誰もが自身の首元に死神の鎌をかけられたのを幻視した。

 

 

 どれだけの命を啜り屠ったのか。刀身の輝きも見えぬ程に赤黒く染まった剣が二本。不気味な笑い声に似た金属音を響かせながら鞘から解き放たれた。

 箱庭に呼び出される名だたる剣豪や魔王も似たような魔剣や妖刀を持っている。

 時代の趨勢に現れ、数多の人々の命を喰らい血を啜る。白夜叉も幾本か見た事がある。

 だが、これは違う。今抜かれた剣は喰らってきた命が、啜ってきた血の量が。

 その何もかもの桁が違う。

 名だたる剣豪や、戦士といえど一人の人間が殺せる命には限りがある。それでも300か500か。それだけの数斬って、殺せば魔剣や妖刀と呼ばれる程の一振りになる。

 

 

 鑑定眼があるわけではない。専門の知識が備わっているわけでもない。だがこの剣は、間違いなく幾千・幾万、あるいは億にすら届くほどの血と命を啜ったのであろう。

 

 

「そうじゃな。……せめて、せめて終わり方を決めようではないか」

「終わり方ぁ? 死んだら負けでいいじゃなぁい」

「それでもいいのだがの。始めるのは簡単だが終わらせるのには苦労を伴う。おぬしを見るにおぬしは決闘というよりは挑戦といった気分にも見えるしの。違うか?」

「よくわからないわぁ。決めるならご自由にどうぞぉ」

「……まぁよい。望むのであれば武装を解除し、諸手をあげて降参と言ったら少なくとも私からの攻撃は中止して終わらせようではないか」

「し、白夜叉様……その……」

 

 顔から笑みを消して離す白夜叉に対して黒ウサギが不安そうに声をかける。

 

「心配せんでもよい。挑戦とも、決闘とも決めぬ、ほとんどゲームですらない戦いで命までは取らん」

 

 黒ウサギにそう返しながら白夜叉は手元に現れた輝く二枚の羊皮紙の片方をヴェルニスへと投げて渡した。

 受け取らず、地面に落ちた羊皮紙をヴェルニスは読むことも無く拾い、そのままポケットへと仕舞う。

 

 

 

「……皆、下がっておれ」

 

 

 

 恍惚な表情を浮かべてゆらゆらと体を揺らし始めたヴェルニスを睨みながら白夜叉は黒ウサギたちに下がる様に伝える。

 

「あぁ……あぁいいわねぇ……久しぶりよぉこの感じぃ。気持ちがいいわぁ」

 

 ヴェルニスが薄く口を開き、一層大きな笑顔を、湛えた笑顔とは違う感激ともいうべき笑顔を浮かべると地平の彼方から遠く、鐘の音が響いた。

 

 

 それが開戦の合図だった。聞こえた瞬間に白夜叉の姿が掻き消え───……。

 

 

 

 

 

 

「───あぁ、女神様。今一度、愚かな此の私に貴女の恩恵を」

 

 

 

 

 

 もう一つの太陽が生まれたのかと錯覚するほどに眩い光が世界を包み、即座に光が収まった。

 ヴェルニスが両手から剣を落として膝から崩れ落ち、白夜叉が片手をヴェルニスの腹に叩き込んでいる姿があった。

 

「わかったわぁ女神様ぁ……降参よぉ。ごめんなさいねぇ白夜叉。本当にごめんなさぁい……知らなかったのよぉ」

「え、いやいやいや……え、いや誰じゃおぬし!? 女神……ではなかろう? いやだがこの気配……?」

 

 ひたすらに申し訳なさそうに白夜叉に縋りながら謝るヴェルニスに、降参宣言を受けるわけでもなく、片耳に手を当てながら誰かに話しかけるように空を見始める白夜叉。

 光の中で一体何があったのか。離れた所で見ていた黒ウサギ達には何もわからない。

 困惑したように状況に置き去りにされた四人がが小さく声を漏らした。

 

 

 

 

「何が起きてるのかしら?」

「さぁ……? 白夜叉様も誰と話してるのでしょうか?」

「……とりあえず、決着?」

「なのかね? ヴェルニスが降参してるしな」

 

 




どうも赤坂です。

新元号の発表の日の前に投稿しようと思ったら30分間に合わなかったので諦めて普通に投稿です

またしても遅くなりました
白天使が現れると筆が乗るんですが、白天使がいないと筆が乗らないんですよね最近
白天使が出せるようになる所まで早く進めたい(希望的観測)

ではでは。



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第四話『なんだこのギフトは…?』

「とりあえず、おんしは……その、()()と知り合いと?」

「知り合いじゃなくて、女神様と信者の関係よぉ」

「いや、この先におるのは女神じゃ……今はそういう事でいい? まぁよいが……縋り付くのをやめい!」

 

 先程まで握っていた無骨な剣を地面に無造作に放り捨て、白夜叉の腰に縋り付くヴェルニスを振り払おうとしながら片耳に手を当てたまま誰かと会話する白夜叉。

 先程の太陽と見紛うばかりの閃光と言い、自信満々だったヴェルニスの即座降参と言い。外野は全くと言って状況に付いていけていないが、十六夜がひとつ溜息をついて白夜叉へと歩みよりヴェルニスの首を掴んで引き剥がしながら声をかけた。

 

「で? この不毛な戦いはこいつの降参による負けでいいとして俺らのゲームはどうなるんだ?」

「ん? ああそうじゃった……ん、あやつがおったはず」

 

 耳から手を放した白夜叉が二度手を叩いて鳴らした。同時に彼方の山脈から甲高い叫び声が響く。

 

「試練に丁度いい奴がおるでな。そやつに任せよう。私はヴェルニスとやらとこの謎の声の先の相手を……」

「謎の声じゃなくて女神様の御声よぉ?」

「その()()()()()とやらが何者なのかも含めて話をするからとりあえず付いて来いといっておろう! えぇい腰に縋り付くでない!」

「だめよぉ白夜叉に許してもらわないと女神様に怒られるものぉ。呆れられるのはいいけど怒られるのは嫌よぉ敵対するかもしれないものぉ」

「話の通じん奴だの。腰に縋り付くなといっておろう! とりあえずおんしらは試練をクリアしたらまた声をかけい!」

 

 ズルズルと腰に縋りつくヴェルニスを引きずりながら大股で白夜叉は離れていき、入れ違いに鷲と獅子を掛け合わせたような鳥が現れる。

 

 引きずられる光景と鷲獅子を横目にやや頭の痛そうな顔をしながら十六夜は皆の方へ体を向けた。

 自由奔放に生きている故に頭を痛ませる事自体、十六夜には最近は無かった気とするが体は慣れた調子で頭を痛ませてきた。

 ストレス性の頭痛だろうか。それにしてはあまりにも慣れきった痛みにも感じる。

 原因は分からずとも十中八九、あの地球住みとは思えないヴェルニスが原因だろう。それならば深く悩む必要もない。

 そもそもに十六夜は慣れ親しんだ地球を離れ。新たな世界、未知の生物。おおよそ地球では理解出来ないような物が溢れかえる箱庭に来ているのだ。

 頭痛の一つもあってしかるべきかもしれない。

 

(……妙な既視感がある気もするが気のせいって事にしとくか)

 

 謎の頭痛は放っておけばいいだろう。少しずつ痛みも引いてきた。

 それよりも、ぞんざいに与えられた試練についての白夜叉への文句を考えておくべきだろう。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

「突然届いた手紙を()()が読んだら箱庭に一緒に飛ばされ、はぐれたと。召喚方法が『巻き込まれ』ではぐれるというのもおかしい話だの」

『そうは言っても仕方ないじゃない? はぐれたものははぐれたのよ。私がいるのは箱庭の外は寒くて、中は赤い街。壁も建物も赤が基調ね。どこらへんかわかる?』

「外が寒くて赤いなら、まず間違いなく北側の何処かじゃな。こっちのコレが落ちたのは箱庭の東側の端も端。二一〇五三八〇外門というところじゃ」

『そう。そっちには歩いていける距離なのかしら? それとも移動手段が別に何かあるのかしら』

「そうじゃな、こっちに来るにしてもそちらに行くにしても境界門を使うしかないかの。こちらは東側でも北側よりの場所ではあるが距離が距離での。980,000kmといったところかの」

 

 声の先にいる彼女は北側の街に落ちたようだった。現在の場所さえ特定できてしまえば白夜叉ならばすぐにでもヴェルニスを連れいていく事も出来る。

 外門の桁を調べてもらえばそれで終わりだ。

 とはいえ聞きたい事は尽きない。どうやって声を飛ばしているのか、そもそも地球から来たのかどうかすら怪しい。

 そう思うものの、腰に縋りつくヴェルニスがあまりにも鬱陶しい事この上ない。

 

「女神様と何を話してるのぉ? 箱庭の北側に女神様がいるの? 帰り方知ってるかしらぁ」

『980,000km……そこそこ面倒な距離ね。そこの馬鹿ご主人の質問への答えは誤魔化しておいてちょうだい。そうね『直接会いに来れば帰れる』とかなんとか』

「……直接会いに来れば元の世界に帰れるかもしれないそうじゃ。いや実際は帰る手段はもっと」

『黙ってなさい。真実なんて語っても無意味よ。ご主人に理解なんて出来ないから。この世界に居もしないルルウィ神を探させてウロウロさせておけばいいわ』

 

 この声の主は、ヴェルニスをご主人と呼ぶ割にはあまりにも扱いが酷い気がした。

 

「白夜叉ってどれくらい強いのかしらぁ?」

「私か? 私は箱庭4桁のコミュニティの〈サウザンド・アイズ〉の幹部。箱庭四桁の実力者じゃな」

「コミュニティじゃなくってぇ、白夜叉自身のぉ」

「……二桁。箱庭席次第十番」

「女神様の桁はマイナス突入してるわねぇ……オーバーフローしてないとおかしいわぁ。女神様は元気そうかしらぁ?」

『驚いたわ。ご主人がランク付けを理解できてるなんて。とりあえず、私にそこまでの力は無いのは確かよ。ご主人の言う女神様、ルルウィ神なら有り得たかもしれないけれど』

「……………………うむ。元気そうじゃ」

 

 ヴェルニスが何を考えているのか全くこれっぽっちも理解出来ない。言動が本能と直結しているタイプの馬鹿なら箱庭にもごまんといるがそれともまた違うタイプの馬鹿だ。

 遥かに厄介な問題児に絡まれた気しかしない。確かに白夜叉も箱庭三大問題児などという不名誉な通り名をつけられていたりするものの他の問題児よりはマシな方だと自負している。

 根本的に話が通じないヴェルニスに、女神と呼ばれている神ではないはずの声の主。下手に力を持っている分放置すると言うのも怖い。

 神ではないと本人も言っているこの      とやらはヴェルニスの召喚に巻き込まれて召喚され、主人と呼ぶヴェルニスと……ヴェルニスとどうなったのだったろうか。

 

「んむ……?」

 

 ふと、気がつく。この謎の声は確かに先ほどの戦闘後に名乗ってくれた。だというのに名前を呼べない。頭に名前が思い浮かぶこともなかった。

 名を奪われ、名前の所有権を持つ者にしか呼べないのとも違う。

 霊格が不安定な者は()()()事はあるが、声をゲーム盤の中の一人にだけ限定して飛ばせる存在の霊格が不安定とは思えない。

 そもそも、箱庭に来たばかりの者が既に名を奪われたとも思えない。

 召還直後に魔王の手でギフトゲームに引きずり込まれ、名をピンポイントで奪われた可能性は無くはないがありえない。

 それならそれで少しは何か堪えているはず。

 色々な考えが頭を過り、そして消えていく。

 

 

 

(いや、違うの。そもそも私は耳なんぞに手を当てて()()()()()()()()()……?)

 

 

 

 今いるここは白夜叉の持つゲーム盤の中だ。隔絶された世界に干渉出来る存在など限られている。

 先程まで誰かと、何かを話していた気はする。だがそれが誰かがわからない。少なくとも知り合いではないはずだ。

 誰だったのだろうか。疑問だけが白夜叉の頭を埋め尽くす。

 何かしらの干渉を受けている。あるいはギフトによるものか。だが今この場で白夜叉に対して何かしらの攻撃を行える者などヴェルニス位の物だ。

 明らかに異常事態だ。警鐘が白夜叉の中で鳴り響いている。

 ヴェルニスが無意識化でギフトを行使している可能性もある。

 それが縋り付く、というよりは『体に触れる事』で起こるのではとも思いつくが、半ば本能的に『ソレは違う』と頭が叫んでいる。

 

『      』

「……のぅ、ヴェルニス。女神様の名前をお主の口から教えてもらえんかの」

「女神様と友達じゃなかったのかしらぁ?」

「いや……友人の信者のお主の口から改めて聞きたくての」

「わかったわぁ愛する女神様の名前を広めるのは信者の役目だものねぇ。女神様の名前は『ルルウィ様』よぉ」

『              』

 

 見知らぬ女神の名前。何処かで聞いた覚えもない。

 白夜叉の記憶の片隅にすら引っ掛かる事はなかった。

 

「……なんじゃろうなこの妙な違和感は」

「何ぶつぶつ言ってるのぉ?」

「いや、名前についてではないのだがの……なんといえばよいか。ひとまず私がわかる事と言えば、ひたッッッッッッッッッすらに面倒くさい事が起きているかもしれないという事じゃな!」

『           』

「面倒なのはいやねぇ」

 

 気にする程の事でもないのだろう。記憶に残らない程度の事だったということ。

 ちょうど向こうの少年少女ら三人の試練も終わったようだ。

 ヴェルニスとのいざこざは置いておこう。ルルウィとかいう女神とは知り合いということにしておけば何かと便利に使えるだろう。

 

『                   』

 

 騙すようで悪いが、下手に力を持った馬鹿に度々襲われるのは流石に堪える。

 というより、元々離れてヴェルニスに女神について聞くだけだったというのになぜこんなにも時間がかかったのだろうと僅かに思いつつもヴェルニスを引きずって白夜叉は皆の元へと戻っていく。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 戻ってきた白夜叉は鷲獅子と二言、三言話し合った後に皆と向き直した。

「よりによってギフトの鑑定とはの……専門外の上に無関係もいいところのなのだが仕方あるまい」

 ううむ、と唸り困ったように白髪を掻き上げる。

 ちら、とヴェルニスの顔を見た後に三人の顔を見つめた。

「ヴェルニスに関しては素養とかいう次元の話じゃないし、ちょっと引く位鍛え上げられておるのはわかる。自分でもそれは把握しておるだろう? 他の三人も素養は高いが……何とも言えんの。自身のギフトについてはどれくらい把握しておる?」

 

「企業秘密」

「右に同じ」

「以下同文」

「ギフトってなぁに?」

 

「うおおおおおい? 確かにおいそれと語ってよいものでもないが、それでは話が進まぬではないか! それと黒ウサギ、ヴェルニスにもキチンと箱庭については説明したのだろうな!?」

「ヴェルニスさん、皆さんと一緒に説明しましたよね!? 頷いて返事もしてくれてましたよね!?」

 黒ウサギがヴェルニスに向けて問うが本人はニコニコしたまま返事すらしない。上の空で返事をしていたということだろう。

 困り果てたように白夜叉は頭を掻く。

「そうじゃなぁ……改めて説明するなら、ギフトは神や悪魔等の修羅神仏や星から与えられる一種の”能力”とでも思ってもらえればよい。鑑定はより詳しく自身に宿るギフトについて知る為にやるで……そうじゃな。新人祝いも兼ねてコレを贈ろう」

 白夜叉が手を二度叩くと四人の前に様々な色をしたカードが現れた。

 逆廻十六夜の前にはコバルトブルーのカードが。

 久藤飛鳥の前にはワインレッドのカードが。

 春日部耀の前にはパールエメラルドのカードが。

 ヴェルニスの前にはアメジストバイオレットのカードが。

 

 そのカードを見て黒ウサギは興奮したように叫んだ。

 

「ギフトカード!」

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「冒険者カード?」

 

 

「違います! というかなんで皆さんそんなに息が合ってるのです!? このギフトカードは顕現している恩恵を収納できる超高価なカードですよ! 他にも───」

「収納用のアイテムってところかしらぁ?」

「ざっくり簡単に言ってしまえばそんな所です! 超素敵アイテムなんです!」

「見ればわかるが、お主らに宿るギフトの名がそこに刻まれておる。そのカードの正式名称は<ラプラスの紙片>。全知の一端を秘めたカードじゃ。鑑定は出来ずとも名前から正体を推測するのは簡単じゃろう。本来はそこにコミュニティの名と旗印も刻まれるはずだが<ノーネーム>じゃからの。味気ないのは許せ。文句は黒ウサギに言うがよい」

 

 ギフト名が刻まれた簡素なカードを各々が見つめる。

 そんな中、どことなく怪訝な顔をしたヴェルニスが白夜叉に声をかけた。

 

「ねぇ白夜叉ぁ? これ壊していぃ?」

「壊れておったか?  流石に不良品は無いとは思うが……というか今お主何といった? "壊していい"? もしや"壊していい? "と言ったの か!?」

「別に壊れてなかったからやっぱりいいわぁ」

「……ギフト名に心当たりが一切無い。もしくは何かエラーでも吐いたのかの?」

 

 やや疲れ気味の様子でヴェルニスのギフトカードを見せてもらう。

 ギフト名を見た白夜叉もまた怪訝な顔をする事になった。

 驚くというわけでもなく、ただ単に不思議なギフト名がそこには表記されていた。

 

「<称号保持者>に……なんじゃこれは? <えろな>?」

「称号に関してはわかるからどうでもいいんだけどぉ。その<えろな>? っていうのがよくわからなくてぇ」

「ふぅむ。英語名での表記は珍しい物でもないが、大抵の場合対応言語に翻訳されると思うしの。この<えろな>……<Elona>なんたらかんたら、という言葉が略称という可能性は?」

「うぅん……どうかしらぁ。えいご? が何か知らないけどぉ、昔聞いたことあるものだとぉ」

 

 

 

 

 

 

 

「≪Eternal League of Nefia≫とかかしらぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ!」

 特に何を言うわけでもなくやや怪訝な面持ちで自身のギフトカードを見ていた十六夜の頭に、鈍い痛みが走った。

 額が破裂するのではと思わず錯覚する程の激痛に思わず手を当て、頭を振る。

 

「……どうかしたの?」

「あら、頭痛かしら」

「……───いや、なんでもねぇ。大丈夫だ」

 

 衝撃に耐えかね足元がふらついた十六夜にやや心配そうに二人が声をかけてくる。

 二人には特に何も異常は起きていない様子だった。だとすればやはりこの痛みは十六夜にだけ起きているのだろう。

 ギリギリと脳を締め付ける様な痛みは残っているが二、三度頭を振って無理やり立ち直る。

 

(ヴェルニスが言った瞬間……そのタイミングで痛みが来た。ってことは)

「箱庭に来て色々と起きましたから、きっと疲れによるものかもしれません。白夜叉様! そろそろよろしいでしょうか?」

「んむ? そうじゃな。まだ聞きたい事も尽きぬが……また後日でよかろう。時間はあるしの」

 

 痛む頭を回転させて働かせるが、結論が出るよりも早く黒ウサギが白夜叉へと声をかけた。

 白夜叉が二度手を叩くと同時に世界は再び白夜叉の私室である和室へと変わっていた。

 

「ひとまずおんしらのコミュニティの本拠に戻って休むとよい。小耳に挟んだが<フォレス・ガロ>に喧嘩も売っておるようだしの」

「うっ……申し訳ないのデス……」

「よいよい。あやつの言動。いい加減目に余っておった。存分に戦うとよい。箱庭のルールに慣れる上でも妥当じゃろうて」

「……白夜叉も気付いてたの?」

「おんしらがやらねば、数日以内にでも私自ら手を下してやろうかと考えてはおったが何分、証拠が足らんくての」

「ちょうど良いタイミングだった感じかしら」

「余程の事がない限り、地元の問題は地元で解決した方がコミュニティの成長にも繋がるからの……余程の事だったからこそいい加減手を下そうと考えていたがの」

「じゃあ、なおさら捻り潰して後悔させてやらないといけないわねぇ」

 

 ワイワイと話しながら白夜叉の私室を離れ、暖簾の下げられた店先に移動した。

 別れの言葉を告げる前に、白夜叉は真剣な顔で黒ウサギ達を見た。

 

「……ところで。今さらだが一つ聞かせてくれ、おんしらは自分達のコミュニティがどういう状況にあるか、よく理解しているか?」

「名前とか旗の事か? それなら聞いたぜ」

「それを取り戻す為には<魔王>と戦わねばならんことも?」

「聞いてるわよ」

「……それで良いのだな? 全て承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?」

「魔王って捻り潰してミンチにしてもいいんでしょぉ? 楽しそうじゃなぁい」

「楽しそう、で済む話ではないのだがの……そこの娘二人はもう少し力をつけておくがよい。魔王と戦うとなればおんしら二人はまだまだ力不足じゃ。小僧も、ヴェルニスも。言われずともわかっておるだろうがギフトゲームに慣れておかねば、簡単に()()()()()()()()からの」

 

 力不足と言われた飛鳥と耀の二人はムッとするが反論する事は出来なかった。

 白夜叉の助言は物を言わせぬ威圧感があった。

 知は力なり。いつの世も、力があるだけの馬鹿は知恵ある者に利用される。

 四人はまだ箱庭に来て一日と経っていない。だというのに明日には既に初戦が控えているのだ。

 

「……ご忠告ありがと。肝に銘じておくわ。次はあなたの本気のゲームに挑みに行くから、覚悟しておきなさい」

「私は三三四五外門に本拠を構えておる。いつでも遊びに来い」

「今度、さっきのお詫びにお菓子持っていくわぁ」

「そうじゃなぁ、黒ウサギのチョコレートがけが食べたいの」

 

 

「「「「よしわかった作ろう」」」」

 

 

「嫌です! というか黒ウサギは食べ物じゃないですし食べ物を粗末に扱わないでください!」

「馬鹿なことを言うでない黒ウサギ! 私が黒ウサギの体から滴るチョコレートを一滴でも溢すとでも!?」

 

 怒る黒ウサギ、笑う白夜叉と問題児達。

 店を出た五人は無愛想な女性店員に見送られて<サウザンドアイズ>二一〇五三八〇外門支店を後にした。

 

 

 

 

 




どうも赤坂です。

令 和 初 投 稿
改めて色々と設定を練りに練ってたら一月経ってました
とりあえず当面必要そうな設定を、超今更練り終わりました
今後の私の執筆速度が速くなるといいですね(希望的観測)

ではでは。


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第五話『[フィート]あなたの攻撃は敵を恐怖させない……かもしれない』

「風が気持ちよく吹きそうな場所ねぇ。私は好きよこういうのぉ」

 

<サウザンド・アイズ>の支店から<ノーネーム>の本拠へと戻り、黒ウサギが一拍置いて門を開いた時にヴェルニスが一番最初に言った。

 もう少し驚かれたり、あるいは落胆されても仕方がないと思っていた分黒ウサギとしては少しだけ安堵した。

 他の三人はどうだろうか。そう思ってチラ、と顔色を窺った。

 飛鳥と耀はやや驚いた様子があったが気の抜けるようなヴェルニスの一言で僅かに苦笑を漏らす程度の反応をしていた。

 

「確かに。変に空気が澱んでるよりはいいかも」

「思い通りにいかない程、こういうのは盛り上がるものよね」

 

 最後に十六夜を見ると十六夜は木造の廃墟に歩み寄って家屋の残骸を手に取っていた。

 軽く握られた手から、木材が乾いた音を立てて崩れて零れていく。

 風に攫われて消えていく木屑を訝しげに見つめてから黒ウサギに向き直って声をかける。

 

「……行こうぜ。子供達が待ってんだろ?」

「え、あ! ハイ!」

 

 黒ウサギの予想ではコミュニティを襲った魔王について尋ねられると思っていた。

 だが、実際にはあまりにも薄い反応だった。まるで、大方予想通りとでも言う様な僅かでも理解のある反応だった。

 白夜叉のゲーム盤があるならこういった景色も作り出される可能性があると思ったのだろうか。

 分かる人が見ればこの景色は人が消えて数百年が経ったと思われてもおかしくない光景なのだ。

 

 美しく整備されていたはずの白地の街路は砂に埋もれ、木造の建築物は軒並み腐って倒れ落ち。

 要所で使われていた鉄筋や針金は錆に蝕まれて折れ曲がり、街路樹は石碑のように薄白く枯れて放置されている。

 そして、なによりもこの光景が生み出されたのは三年前なのだ。

 

「黒ウサギぃ? 置いていかれてるわよぉ紐付けるぅ?」

「へ? あ、いえ紐は特にいらないです……」

 

 ブツブツと考えていたら先にどんどん進まれてしまった。

 悩んでも仕方がないと考えなおして走って四人の背を追いかけた。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 ───<ノーネーム>・居住区画、水門前。

 

 廃墟を抜けて進んでいくと徐々に外観が整った空き家が立ち並ぶ場所に出る。

 五人はそのまま居住区を素通りし、水樹を貯水池に設置するのを見に行く。

 その貯水池には先客がいた。

 

「あ、みなさん! 水路と貯水池の準備は整っています!」

「ご苦労様ですジン坊ちゃん♪ 皆も掃除は手伝いましたか?」

 

 先客はワイワイと黒ウサギの元に群がる子供たちだった。

 

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

「眠たいけどお掃除手伝ったよー」

「ねえねえ、新しい人たちって誰!? 」

「強いの!? カッコイイ!?」

「YES! とても強くて可愛い人たちですよ! みんなに紹介するから一列に並んでくださいね」

 

 パチン、と黒ウサギが指を鳴らす。すると子供たちは一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。

 数は二十人前後だろう。中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。

 

「多いわねぇ。"轟音の波動"とかで薙ぎ倒したら楽しそうだわぁ」

「じょ……冗談ですよね? というか冗談でもそんな事言わないでくださいッッ!!」

 

 思ったことが口から零れたのであろうヴェルニスの小さな独り言に黒ウサギは即座に怒る。

 冗談でも笑えはしない。同士が同士を手にかけるなど以ての外だ。

 小さな声ではあったが聞こえてしまった一部の子供も怯えている。

 しかし怒られた当の本人はケロッとした顔で『怒られた意味が分からない』という風に言葉を返した。

 

「……? 別に雪玉を悪ふざけで投げつけてきたり、いきなり殴りかかって敵対してこない限り別に何もしないわよぉ?」

「ヴェルニス、そういう問題じゃなくてだな。黒ウサギは『()()()()()()()()()()()()()()()』って意味で怒ってんだ。これならわかるだろ」

「あー……なるほどねぇ。そういう事なら悪かったわぁ。家族に手を上げる、なんて言われたら、確かに殺されても文句は言えないわねぇ。ごめんなさいねぇ黒ウサギぃ」

 

 十六夜がため息混じりにした黒ウサギが怒った理由の説明を聞いたヴェルニスは深々と頭を下げて謝罪する。

 ヴェルニスの反応はこの子供は家族では無いと思った上での言葉のようにも感じられた。

 説明されていなければおそらく本当に子供達に手をあげていた可能性もある。

 物分かりが良いのはいいことだが、そもそも言わなければいいだけの事だ。

 子供達を見た十六夜や耀、飛鳥も思うことはあった。

 だが実際に口にしていい事と悪いことがある。

 

 子供があまりにも多い事に驚くにしろ、子供が苦手にせよ何にせよ。

 これから彼らと生活していくのなら不和を生まない程度に付き合っていかねばならないのだ。

 

 仕切り直すようにコホン、と仰々しく咳き込んだ黒ウサギは四人を紹介する。

 

「改めまして。右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、ヴェルニスさんです。みんなも知っている通り、コミュニティを支えるのは力のあるギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加できない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」

「あら、別にそんなのは必要ないわよ? もっとフランクにしてくれても」

「駄目です。それでは組織は成り立ちません」

 

 飛鳥の申し出を、黒ウサギはこれ以上ない厳しい声音で断る。

 今日一日の中で一番真剣な表情と声だった。

 

「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で始めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きていく以上、避ける事ができない掟。子供の内から甘やかせばこの子たちの将来の為になりません」

「……そう」

 

 黒ウサギは有無を言わせない気迫だけで飛鳥を黙らせる。今日までたった一人でコミュニティを支えていた者だけが知る厳しさからだろう。

 

「此処にいるのは子供達の年長組です。ゲームには出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言いつけるときはこの子達を使ってくださいな。みんなも、それでいいですね?」

 

「「「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」」」」

 

 キーン、と耳鳴りがするほどの大声で二十人前後の子供たちが叫ぶ。

 

「ハハ、元気がいいじゃねえか」

「そ、そうね」

(……。本当にやっていけるかな、私)

「元気なのはいいことよねぇ」

 

 ヤハハと笑う十六夜、飛鳥の困惑する表情、耀の戸惑う表情、ヴェルニスの何処か懐かしそうな優しい笑顔。

 四人はそれぞれの反応をする。

 

 

「簡単ではありますが、紹介も終わりましたし! それでは水樹を植えましょう! 黒ウサギが台座に根を張らせるので十六夜さんは屋敷への水門を開けてくださいな!」

「あいよ」

 

 十六夜が貯水池に下り黒ウサギは貯水池の中心の柱にピョン、と大きく跳躍する。

 十六夜が水門を開き、黒ウサギが水樹を台座に据える。

 溢れだし水路を満たしていく清らかな水を眺めながら、ヴェルニスは後ろ手に空き瓶を携えていた。

 

「……耐熱コーティングは出来たしぃ、ノースティリスに帰る時に持ってこうかしらねぇ」

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 水樹の設置が終わった後、黒ウサギが浴場を見てから焦りながら清掃を始めたので残された四人は本拠を少し見回ってから各自に割り当てられた部屋を見てから貴賓室に集まっていた。

 

「なぁ、結局ヴェルニスって何者なんだ?」

「私も少し気になる。服装も私達と違うし」

「なんていえばいいのかしら。中世の冒険者とかでいそうよね」

「突然ねぇ」

 

 現状、おそらく最も気になる事についての質問だった。

 十六夜・耀・飛鳥の三人が近現代付近の時代から来たというのはわかりやすい。多少の時代の誤差はあるだろうが予想出来る程度の誤差だ。

 ヴェルニスはといえば名前の違いや服装、そもそも帯剣しているという点や知識の違いなど。ほぼ全てにおいて文化圏が明らかに違う。

 

「まず、お前は地球の出身……でいいのか? それともそこからして違うのか?」

「私が住んでたのはちきゅう? じゃなくてぇ『イルヴァ』っていう世界の『ノースティリス』っていう所よぉ」

「イルヴァに、ノースティリス……聞いたことない」

「遥か昔の、どこか端の方の独特な地域の可能性はないかしら?」

「歴史に名前すら残っていない地域か。その可能性もあるにはあるが……多分全く別の世界だと俺は思ってる」

「ちきゅう? ってどういう所なのかしらぁ」

「地球……地球についての説明ってなるとまた時間がかかるな。ヴェルニス側から違いを見つけた方がたぶん早そうだ。この箱庭に来て明らかに自分の世界と違うっていう何かあげられるか?」

速い(・・)なら面倒がなくていいわねぇ。そうねぇ……明らかにって言えば、空気が違うかしらぁ。風が薄いというかぁ」

「森と街だと空気が違う、とかに似てる感じ?」

「そうなると息苦しいって事かしら?」

「息苦しいのも違うわねぇ。何て言えばいいのかしらぁ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 耀と飛鳥の質問にヴェルニスは手で虚空をなでるように動かしながら答える。

 愛おし気な、それでいて一抹の寂しさを感じる動きでゆっくりと手を動かしてから手を机の上に戻した。

 まるで風を撫でていたようなその動きに疑問を抱いた耀が尋ねる。

 

「ヴェルニスってもしかして、()()()()()()?」

「んー、見えるわけじゃないわぁ。目に頼らないようにして暮らしてたらわかるようになっただけねぇ」

「……ん? 待て、お前目を細めてるんじゃなくて本当に閉じてるのか?」

 

 目を細めて笑顔を常に浮かべているヴェルニスだが、目を細めているだけで実際には薄目で見ていると十六夜は思っていた。

『目は口程に物を言う』ともいうからこそ目を細めて笑顔の裏に様々な感情の全てを隠しているのでは、と思っていたのだ。

 だがヴェルニスは()()()()()()()()()()()()()()と。明らかにそういう意図で答えている。

 目が見えないというわけでもないだろう。見知らぬ土地で全く足取りもぶれず、召喚された森から箱庭へと移動する時もやや荒れた道を当然のように歩いてついてきていた。

 風が見えるのではなく、風の流れから物や動き等を見ているのだろうか。目を使わない分、他の感覚が優れているのかもしれない。

 十六夜の口をついて出た質問にヴェルニスが答えるよりも早く廊下の奥から黒ウサギの声が廊下から聞こえ、中断されてしまった。

 

「ゆ、湯殿の用意ができました! 女性様方からどうぞ!」

「あら、掃除が終わったのかしらぁ」

「……仕方ねぇ。また今度だな。先に入ってこいよ」

 

 女性陣三人に向けて風呂に行くようにと手を振る十六夜もまた腰を上げる。

 また館内を探索するのだろう。三人は黒ウサギと共に浴場に向かった。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

「ヴェルニスさんはずっとニコニコしていらっしゃいますが疲れないのですか?」

「確かに。ずっと笑顔は普通に疲れないかしら?」

 

 着衣のまま浴場に入ろうとしたヴェルニスを黒ウサギが制して、キチンと体を洗ってから湯船に浸かってから黒ウサギが気になったことをふと口に出した。

 召喚後、出会った時からヴェルニスは笑顔を一度も崩していない。

 ほんの僅かな眉の動きや口の動きでなんとなくどう思っているのかなどはわかるが、笑顔を浮かべ続けるというのは存外につらいもののはずだ。

 先程から質問攻めにされているヴェルニスはわずかにため息をつく。

 

「それは後にしてぇ、黒ウサギって『黒ウサギ』が本名なのかしらぁ?」

 

 質問攻めにされる前に自分の疑問を晴らしたいのか、黒ウサギに質問を返す。

 黒ウサギは僅かに悩んでから答える。

 

「諸事情ありまして、黒ウサギは『黒ウサギ』が本名の様なものです。もしやずっと気になっていたので?」

「本名はなにかしらぁ? ってずっと思ってたわぁ。そう。いい名前ねぇ」

「あ、ありがとうございます?」

 

 お世辞として褒めたのではなく、心の底からいい名前だという風に伝えられて少し黒ウサギは反応に困った。

 

「それで、笑顔についてだっけぇ? 疲れはしないわよぉ。冒険者になって、結婚してぇ……それからかしらぁ。もう何百年笑顔のままか覚えてないものぉ」

「え、何百年?」

「もしかして凄い年上だったりするのかしら?」

「もしかしなくても実は最年長だったりするのです!?」

 

 傍目から見れば、というより黒ウサギ達から見てヴェルニスは二十代前半くらいにしか見えていない。

 それが比喩表現であればいいのだが、ヴェルニスは貴賓室で行った先程の会話からも地球の外から来た本物の異世界人の可能性がある。

 箱庭でも数百歳・数千歳の神々など珍しくはない。かくいう黒ウサギも見た目とは裏腹に200歳前後だ。

 

「さぁ……?」

「『さぁ……?』? 自分の年齢は把握していないのです?」

 

 そんな質問に本人はよくわからないと言う様な反応を返す。

 長命ゆえに数えるのを止めてしまったのだろうか。

 どこか上の空な雰囲気のヴェルニスは何を考えているのだろうか。

 

「何か理由があったりするの?」

「よほどの事でもないと、同じ表情をずっと続けるなんて辛いものね」

「そうねぇ……」

 

 昔を思い出すようにヴェルニスは夜空を見上げて話し出した。

 

 

「昔、もう何百年と昔の事。ずっと、ずぅっと……私は何もかもに怒ってて。目に入る全部を殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して。殺して、そうやって全部ミンチにして。屍山血河を築いても、ちっとも満足出来なくてねぇ」

 

 

 手を夜空に向けて上げる。開かぬ目にはその手に何が映るのか。

 

 

「ある時、二人が私の手を握ってくれて。あぁ……忘れられないわ。その時にねぇ。忘れてた幸せと、『笑顔』を思い出したのよぉ」

 

 

 掲げた手を下ろして、胸の前で手を組んでこの世の何よりも愛しく思う言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「『ずっと笑顔でいて欲しい。怒っているより、泣いているより、悩んでいるより、哀しんでいるより。笑って、笑って、笑って。そうすればきっと世界は変わって見えるから』」

 

 

 

 

 

「二人が笑っていてくれるなら私も一緒に笑っていられる」

 

 静かに語り終えたヴェルニスの頭がふらふらと揺れている。どこか楽しげに揺らしているようにも見えた。

 

「ヴェルニスさんはそれからずっと笑顔のままなんですね」

「もう少し軽い理由だと思ってたら意外と重い理由だったわね……」

「まぁ、心の平穏のためにも定期的にミンチは作りたいけどねぇ……。この笑顔を無くしたら。笑顔をまた忘れてしまったら。私はまた、きっと『修羅』に堕ちるしぃ」

 

 さらっとミンチ作成宣言や修羅に堕ちるなどとヤバイ発言をしているが聞き流しておくべきだろう。

 気を付ければいいだけ……と思っておきたい。

 

「そういえば、結婚してるって言ってたけどその二人のどっちかなの?」

「そうね。ヴェルニスさんを笑顔で満たして心を射止めたのがどんな殿方か気になるわ」

 

 それよりも気になる事があるといわんばかりの二人がヴェルニスに近づく。

 浴場に入る時、黒ウサギに止められて服を脱いでいったヴェルニスはたしか指輪も外していた。

 指輪は二つ付けていたが、そのどちらかが結婚指輪なのだろう。

 そう思いやや鼻息荒く尋ねる二人へのヴェルニスの答えは至って簡潔だった。

 

 

 

「殿方っていうと、男ぉ? 男となんで結婚しないといけないのぉ?」

 

「「「……え?」」」

 

 

 

 ほぼ即答で返ってきた答えにより明かされる衝撃の事実。

 近づいた二人はその意味を悟ると同時にゆっくりと距離を取り始めた。

 黒ウサギも若干だが体を隠す。

 

 なるほどソッチの人だったか。

 ソッチが趣味の方だったか。

 

「どうしたのぉ?」

「ううん。なんでもない。結婚相手って女性だったんだ」

「いえ、その……悪いとは思わないんだけど、なんでなのかしら?」

「黒ウサギも少し驚いたのデス……白夜叉様もそのような気配はありますが本当にそういうわけじゃないですし」

「??? なんでってぇ……男って気持ち悪いじゃなぁい。肌触りも悪ければ頭は性欲に直結してる人が多いし筋肉は硬いし、それに何より可愛くないしねぇ」

「えぇと。その、十六夜様についてはどうお思いで……?」

 

 このヴェルニスの反応だとあまり良い返答は来ないだろう。

 蛇蝎の如く嫌っているのであればもっと突き放すように対応するか、これまでの言動からもっと殺しにかかっていてもおかしくない。

 

「なんで死亡フラグ少年についてぇ? まぁ、よく死亡フラグを吐く弱い男だなぁって程度だけどぉ……本当にぃどうしたのぉ?」

「……その、私たちについては?」

「*Superb*が黒ウサギでぇ、*Good*が飛鳥、*Hopeless*が耀。かしらねぇ。楽しそうだわぁ」

「何がです!? 何が楽しみなのです!? もしかして貞操の危機……は同性ですしないです、よ、ね?」

「…………………………*見事*、*良い*、*絶望的*」

「春日部さん……」

 

 好意度の順ではないだろう。開かれていない筈の目から、放たれる筈の無い視線が明らかに三人の胸部を襲っているのがわかる。

 耀は自身の胸に手を当てる。

 絶望的と言われたがヴェルニスも黒ウサギに下した*Superb*ではないのだ。

 飛鳥と耀の間。いうなら、*Bad*あたりではないだろうか。

 まだまだこれからだろう。これからであって欲しい。

 そう思う耀に音もなく湯も揺らさずに近づいてきたヴェルニスが肩を叩いてわかっているとでもいいたげに首を縦に振りながら励ましの声をかける。

 

 

「可能性はゼロじゃないわぁ」

「……ついても邪魔なだけだけだから別にいい」

 

 

 

 

 

 




どうも赤坂です。
次の展開がパッと思いついたのと忙殺されかけてて書くのが現実逃……ゲフンゲフン
癒しになっているのと更新頑張ろうという気力が沸きだしたので早めの更新になりました。ハイ。

虫も殺さぬ優しい笑顔(敵は須らくミンチ主義者)

ではでは


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第六話『あなたはひどい頭痛におそわれた』

 ──―箱庭二一〇五三八〇外門。<フォレス・ガロ>居住区前。

 

 ガルドとのギフトゲームは既に始まり、黒ウサギと十六夜だけが外で待機していた。

 件のギフトゲームの内容は至って簡単。指定された武具を利用してガルドを討伐する。ただそれだけだ。

 問題があるとすれば二つ。

 一つは『指定武具以外でガルドを攻撃することが出来ない』という点。

 ガルドは自身の命をクリア条件に組み込む事で、その身を契約(ギアス)によって守った。

 ルールなどを詳しく決めずにゲームを行うことだけを決定したためにこのような事態になったとジンが謝罪していたが、始まってしまったからにはどうしようもない。少なくとも黒ウサギが審判役を務める以上このゲームにおいて不正は許されない。

 

 二つ目は一晩にして様変わりした<フォレス・ガロ>の本拠だ。

 脈動する木々の根に覆われた門。その中にはジャングルを彷彿とさせる鬱蒼とした木々が繁っている。

 いくらリーダーのガルドが虎とはいえ<フォレス・ガロ>の本拠はこのような光景ではなかった。

 黒ウサギが吸血鬼によって鬼化されている木々である、と分かりはしたが確証があるわけでもない。

 もし、ガルドもまた鬼化しているのであれば相当に強くなっているだろう。

 とはいえ、白夜叉に鍛え上げているとまで言われるヴェルニスがいる限りは負ける事はないだろうと思いつつ、黒ウサギは自慢のウサ耳を立てて状況を聞き続けていた。

 

 その黒ウサギに気味の悪い木々を弄っていた十六夜が話しかける。

 

「なぁ黒ウサギ。ただ待ってるって言うのもなんだし、一つ質問良いか」

「なんでございましょう? 今なら何でもお答えしますよ! 審判といえど聞くだけなので黒ウサギもぶっちゃけ暇なのです」

「中に入らずともお前には分かるからな……っと、まぁ質問って言うほどでもないんだがな。ヴェルニスについて今のところ黒ウサギはどう感じてる?」

 

 ヴェルニスについて、と尋ねられるも答えられることは少ない。

 昨日に風呂場でしこたま雑談したが反応もそこそこ程度で正直マトモに聞いているのかどうかすら怪しかった。

 黒ウサギはほんの少し悩んでから口を開いた。

 

「そうですね……ヴェルニスさんは不思議な御方かと」

「不思議? そこそこ分かりやすい奴だと思うが?」

「いえ、確かに分かりにくい人ではありません。まだ理解はしきれていませんが、話はギリギリ通じますし……」

 

 うーん、とさらに少し悩んでから口を開く。

 

「立ち振舞いが、おかしいのかと」

「へぇ。それはどういう風に」

「あまりにも、覇気がありません。白夜叉様をして鍛え上げている、と。そう言われても黒ウサギにはそうは見えないのです。足捌きも、立ち振舞いも、その全てに修練によって鍛え上げた者の厳格さというべきものが見られません。何も鍛えていないただの一般人といわれても不思議ではないくらいに何も感じ取れないのです」

「実際にヴェルニスが戦う姿は見えてねぇもんな」

「それもあるのですが……」

 

 唯一、ヴェルニスが力を振るうのを見れたのは白夜叉との手合わせだが目も眩む閃光に包まれて何も見れていない。

 とはいえ、だ。

 黒ウサギも様々な実力者達を見てきている。だからこそ不思議に思うのだ。白夜叉が認めるヴェルニスの歪さが。

 ヴェルニスは寝起きだろうが常にベルトで巻いて腰に重厚な剣を下げていた。

 素人が剣を下げて歩いているというわけでもない。剣の重みに身体を振られることもなく、それでいて剣の重さを理解して歩いているようにも見えない。

 腰に下げるのならば常に片側に重心が寄る。それを考えれば歩き方は自ずと剣を下げる為の歩き方に変わるのだ。

 その歩き方が染み付いた者から剣を取り上げれば、真っ直ぐに歩けなくなるほどに。

 傍目から見ても分かりづらいものではあるが、あまりにもヴェルニスの歩き方にはそういった()()()()

 まるで剣に重さが無いのではと感じてしまうほどに。

 黒ウサギがまず最初にヴェルニスにある違和感をあげるのならばこれだろう。

 

「ヴェルニスさんは……ヴェルニスさんが力を隠すのだとしたら何故なのでしょう?」

「逆に俺に質問ってか。……ん、どうだろうな。もしかしたら、わざわざ常に構えている必要すら感じてないかも知れねぇな」

 

 見てから臨戦態勢を取ったとて遅れは取らない。わざわざ構えている必要すらない。

 そう取るのであれば、相当の自信があるのか、あるいは本当に実力者なのか。

 

 あれやこれやと思考を巡らせていたその時、黒ウサギの耳に異様な音が響いた。

 

 

「…………え?」

 

 

 肉の弾ける音が響いた。壁に叩きつけられた肉塊が潰れる音だ。

 誰かが殺されたのだとしても、絶命の声すら、恐怖の声すら響いていない。

 森の向こうから鳥が数匹ほど飛び立つ。

 決して耳障りの良くない、このゲームにおいて聞くはずの無い音を聞いた瞬間に黒ウサギは駆け出していた。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

<フォレス・ガロ>本拠の館。蔦や木々に覆われた館の中の執務室であろう場所の前に耀が背中を擦っているジンが膝をついてしゃがみこみ、飛鳥は気味が悪そうに腕を組んで立っていた。

 黒ウサギは開け放たれた物音が響く執務室であろう場所へと飛び込む。

 

「……こ、れは」

 

 執務室の中の正面の壁に、おそらくガルドであった物がこびりついていた。

 証拠があるわけではない。もはやそれが肉と血であるということ以外判別すら出来ないのだ。

 だが今現在、この状況でガルド以外に該当する人物は他にいない。

 何か強烈な力で壁に叩きつけられて衝撃に耐えきれずに弾けたのだろう。

 壁からいまだにぽたりぽたりと血と肉片が垂れている中、ヴェルニスがどことなくつまらなそうな笑顔で様々な物を拾っては投げて物色していた。

 

「これは、ヴェルニスさんが?」

「そうよぉ。変な虎がいたから邪魔だなぁって思って蹴り飛ばしたら死んじゃってぇ。お宝もなにも落とさなくてつまんないわぁ。あの……なんかぁ……なんだったかしらぁ。ピチピチしたのはどこにいるのぉ?」

「ヴェルニスさんが、その、蹴ったのがガルドです。いえ、そもそもヴェルニスさんの攻撃が何故通じて……?」

 

 自分でそう言い、不思議に思う。

 言ったはずだ。ギフトゲーム中ガルドは契約(ギアス)によって守られていると。

 指定された武具でなければあらゆる神器を用いたところで傷一つつけられないはずなのだ。

 ヴェルニスは蹴ったらこうなったと言った。その言葉は事実なのだろう。

 だが、壁に掛かったままの鈍く銀色に輝く剣が本来、使うべき武具ではないのか。

 

「私の足がその指定された武器だったとかぁ?」

「いえ、おそらく壁に掛かっているあの剣が指定武具かと思いますが……」

 

 ハッとした顔でヴェルニスが壁を見るが手を出そうとすらしていない。

 先程から物色している所を見るにあの剣に価値をなんら感じていないのだろうか。

 外で蹲っていたジンが壁に手をつきながら執務室へと入ってきて焦ったように黒ウサギの顔を見て尋ねる。

 

「はぁ……はぁ……く、黒ウサギ。判定は? ()()()()()()()()!?」

「ジン坊っちゃん……少々お待ち下さい。そろそろ送られてくると思います」

 

 箱庭においてギフトゲームのルールを犯す事は神魔問わず何人にも許されない。

 契約によって為されたルールを破れるのならそれは契約足り得ない。

 ガルドは死亡したが、それでも契約違反が箱庭から認められれば違反者には厳しい罰が与えられる。

 それを箱庭に長く住む二人は痛いほどに理解している。

 

 

 果たして。箱庭から下された判定は。

 

 

「………………───()()()()!? ガルドはルールに沿って討伐された!?」

「あ、ありえない! ルール違反は明確なはず! 本当に箱庭は問題はないと!?」

「確かに。確かに問題は無いと。返ってきた答えに間違いはありません。このギフトゲームは……ノーネームの勝利に、判定は下りました」

「……つまらないわね。ヴェルニスさんが適当に蹴って終わりとは流石に思わなかったわ」

「南無三」

 

 ジンと黒ウサギに取っては今は勝利など二の次だ。この箱庭の中においてルールを破るということがどれほどの意味を持つのかを理解していない飛鳥と耀だからこその発言だろう。

 何よりも、何よりも不味いこととして箱庭は異常を認めていない。

 現場に居合わせた黒ウサギ自身がルール違反だと認識しているにもかかわらず、だ。

 焦る表情の二人に向けて、何も理解していない呑気な顔でヴェルニスが笑いながら言い放つ。

 

「そんな難しい顔しないでいいじゃなぁい。『ミンチが出来て気持ちよかった』それで良いでしょぉ?」

 

 物色も飽きたのか執務室を出たヴェルニスはそう言葉を残しながら階段を下りていく。

 掛ける言葉も見当たらない。問いただそうにも何を聞けばいいのか。何がどうしてこうなったのか誰にもわからず、去っていく背を見つめることしか出来なかった。

 そのヴェルニスと入れ替わるように、十六夜が階段を上って現れた。二人は言葉も目も合わせることなくすれ違って通り過ぎる。

 十六夜は執務室の中をチラと覗き込んでから独り言のように呟く。

 

「門が勝手に開いたから来たが……へぇ、これをヴェルニスがねぇ」

「あまり驚かないのですね」

「予想通りって所だ。何はともあれ、ゲームは勝ったのか?」

「……はい。どう見てもルール違反が起きていますが箱庭の判断からは問題はないと」

「ならこれで終わりだろうが。難しい顔してここに突っ立っていたって何も始まらないだろ」

「十六夜君に言われなくてもそのつもりよ。帰りましょう」

 

 立ち尽くしていても仕方がない。そう言ってまたすぐに十六夜は階段を下り始める。

 納得はいかないが、話し合うべき相手はもう生きていない。

 この後にすべきことはまだまだある。<フォレス・ガロ>によって奪われてきた様々なコミュニティ達に”名”と”旗”を返さねばならない。

<ノーネーム>としては自身のコミュニティの存在を、リーダーの名を広めるにはまたとない機会でもあるのだ。

 

 釈然としないまま、このギフトゲームは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 その後。日も落ちた後の談話室。

 ギフトゲームを終え、諸々の作業も終えて本拠に戻った時には日は傾いてしまっていた。

 その折、自室に戻ろうとした十六夜を黒ウサギが呼び止め談話室に誘ったのだ。

 十六夜は窓から中庭を眺め、黒ウサギは静かに紅茶を飲んでいる。

 

「で? 話ってなんだよ黒ウサギ」

「以前、といっても昨日ですが。コミュニティが魔王に襲われ、昔の仲間達は散り散りになってしまいました。このお話はしたと思うのですが、その仲間が景品として出されているゲームを見つけたのです」

「そりゃあよかったな。取り戻すチャンスってわけだ。───それで? ゲームに勝つために協力して欲しい、とかってことか?」

「いえ、その話自体は流れてしまっているのです。ゲームを取り下げても良いと思える程の買い手がついたのでしょう。ですが、その件に関わる事で気になる事があるのです」

「今日<フォレス・ガロ>の本拠で見たあの妙な木、それが吸血鬼によるもので。そしてそれが出来るのはお前の昔の仲間。そういうことか?」

「……Yes。その通りです」

「どうした黒ウサギ。神妙な顔して。似合ってねぇぞ?」

 

 仏頂面で外を眺めていた十六夜が薄い笑みを浮かべて振り返ってどうしたのかと尋ねる。

 黒ウサギは口を開いて、思いとどまるようにまた口を閉じた。

 幾つもの疑問が浮かび、消えていく。

 十六夜がそっと窓の錠を外して窓を開け放った。

 

「……何かいろいろ考え事してるみたいなところ悪いがよ黒ウサギ。件の吸血鬼サマのご登場だ」

 

 ほぼ同時に、窓に金色の髪を持つ少女がふわりと足をかけて部屋へと入ってきた。

 

「気づかれていたか。こんな場所からの入室で済まない。ジンに見つからずに黒ウサギと会いたかったんだ」

「え、レティシア様!?」

「様はよせ。今の私は他人に所有される身分だ。〝箱庭の貴族〟ともあろうものが、モノに敬意を払っていては笑われるぞ」

「いえいえ、そんな! それより、どのようなご用件でしょうか?」

 

 この場に現れたレティシアは現在、他人に所有される身分。簡単にはここに来ることは叶わない。

 主の命もなく来て、そのうえジンに見つかりたくないと言っている。ならばただ会いに来たという話ではないだろう。

 

「用件というほどのものじゃない。新生コミュニティがどの程度の力を持っているのか、それを見に来たんだ。黒ウサギ達が〝ノーネーム〟としてコミュニティの再建を掲げたと聞いた時、なんと愚かな真似をと憤っていた。それがどれだけ茨の道か、お前が分かっていないとは思えなかったからな」

「……………………」

「だが、ようやく接触するチャンスを得た時に、看過できぬ話…………神格級ギフト保持者が、黒ウサギの同士としてコミュニティに参加したと耳にした。そこで一つ試してみたくなった。ガルドに手を加えたのは私だよ」

「あれは、その」

「なに。ガルドでは当て馬にもならなかった。一撃とは流石に思いもしなかったがな。白夜叉にもヴェルニスという笑顔の女が一番ヤバい、などと変な事も聞いてはいたが……まさかあのような光景を作って涼しい顔をしているとは」

「ヴェルニスさんについては……以前住んでいた世界との違いが強いようですのでこれから直していきます。あるいは私達にすら、危険が及ぶ可能性がありますから」

「それがいい。死生観についての意識が全く違うのだろう。箱庭に来たばかりの者ではよくあることだ……こうして足を運んだはいいが、私はお前達に何と言葉をかければいいのか」

「アンタは言葉をかけたくて古巣に足を運んだんじゃない。古巣の仲間が、自立した組織としてやっていける姿を見て安心したかっただけだろ?」

 

 苦笑するレティシアに十六夜は感情を押し殺したような声をかける。

 

「……ふっ。そうかもしれないな」

 

 自嘲気味に笑いながら首肯するレティシア。

 そのレティシアに十六夜は何かを言いたげに顔を向けるも、痛そうな表情を浮かべて両目を閉じ、おぼつかない足取りでソファに座り込んだ。

 

「また頭痛ですか? 十六夜さん」

「……なんでもねぇよ。何はともあれ涙の再会だろ。()()()()()()()()()()()()()()

「ふむ。意外だな。てっきり『今の<ノーネーム>が魔王と戦えるのか不安なら、その不安を晴らすために俺と戦って試せばいい』などと言われると思ったが」

 

 痛いところを突かれたようにそっぽを向いた十六夜は吐き捨てるように呟く。

 

「変な事言ってんじゃねぇよ。外に出れば例のヴェルニスが一人で遊んでんだ。厄介事に関わりたくない。それだけだ」

「『厄介』か。なるほど、それならその厄介者が危険かどうか、ガルドなんかに任せずに私自身で試した方がいいのかもしれないな」

「っ……やめておいた方がいいぜ。十中八九殺される。元・魔王といえどな。今のあいつは……あいつは、まだ……いや」

「十六夜さん?」

 

 尻すぼみに言い淀む十六夜に黒ウサギが不安そうに声をかける。

 窓際にいる為に背を向ける形のレティシアには見えないだろうが、黒ウサギには苦しげに額に皺を寄せる十六夜の顔が映っている。

 なんでもない、と言い張っているが流石にこれは、ここまで続くようなら平気ではないだろう。

 

「なに。試してみなければわからないだろう?」

 

 そう言って外に出ようと窓に足を掛けたレティシアの腕を十六夜が身を乗り出して咄嗟に掴んで止める。

 

「……そんなにヴェルニスという人物は危険なのか?」

「いや、いいや。違うんだ。俺にも何が何だかわかっちゃいない。だが、()()()()()()()()()()()()()()。そう感じるんだ」

 

 言い様のない焦燥感を含んだ声でレティシアの動きを止める。

 レティシアに思い当たる節はある。だがそれに十六夜が気付いているとは思えない。

 不思議には思うものの引き留めるということは、と思いレティシアは尋ねる。

 

「それは、<ペルセウス>が私を捕まえに来ているということか?」

「レティシア様、もしや抜け出してここに来ているのですか!?」

「もちろん対価は支払ったさ。了承の上でここに来ている。少々手痛い出費だが仕方あるまい。その上で捕まえに来るというのなら……」

 

 ───さしずめ<ノーネーム>を潰す為の罠ではないか。

 そこまで言葉を紡ぐことは叶わなかった。

 

 

 開け放たれた窓の端から、褐色の光が差し込む。

 

 

「ゴーゴンの威光……。本当に来たか」

「十六夜さん! 確か外にはヴェルニスさんが居るとおっしゃっていましたよね!?」

「アイツなら平気だ! 黒ウサギとレティシアはこのまま……」

 

 そう言った矢先、黒ウサギの方へ向けて十六夜が振り返った一瞬の隙を突かれ、掴む手をスルリとすり抜けてレティシアが窓の外へと飛び出した。

 

「レティシア様!?」

「大人しく私が捕まった方が事は穏便に運ぶはずだ。……迷惑をかけるな。すまない」

 

 黒ウサギの叫びもむなしくレティシアは空へと飛び出す。

 再び褐色の光が差し込み、瞬く間にレティシアの体が石に変わった。

 地面へと落ちる前に翼の生えた靴を履いた騎士風の男達が数人滑り込むように受け止める。

 

「吸血鬼は石化させた! すぐにでも帰還するぞ!」

「例の〝ノーネーム〟共もいるようだがどうする!?」

「邪魔するようなら斬り捨てろ!」

 

 男達がそう叫ぶのとほぼ同時に、十六夜が窓に身を乗り出し目線を下へと下げて叫ぶ。

 

 

()()()()()()()()()()! 俺の獲物だ横取りすんじゃねぇ!」

 

 

 レティシアに向けて怒るでもなく、騎士風の男たちに声を荒げるでもない。

 庭に居るはずのヴェルニスに向けて邪魔をするなと叫ぶ。

 その十六夜の頬を掠めて一本の矢が窓枠に突き刺さる。

 

「仕方ないわねぇ。横取りはしないでおくわぁ。説明はしてもらうわよぉ」

 

 矢が突き刺さったその後にのっぺりとした声が下から聞こえてきた。

 空を見れば既に男達の姿は既に忽然と消えていた。

 

 あまりにも、あまりにも突然の事態。

 黒ウサギが声を出す暇さえなくレティシアは連れ去られてしまった。

 窓枠を悔し気に拳で叩き、頬に薄く流れる血を拭った十六夜は黒ウサギの方へ振り返った。

 

「お嬢様と春日部を呼べ。白夜叉の所に行くぞ。そこで説明してもらえるはずだ」

 

 有無を言わせぬ声でそう言って足早に談話室から出ていく十六夜。

 その背に黒ウサギは声をかけられず、出掛けた言葉を胸の内にしまって二人を呼びに走った。

 黒ウサギの胸の内でずっと引っかかり続ける言葉が巡る。

 そんな筈はない。それはあり得ない。

 そう思うも、しかしそうでなければありえないと何処かで感じるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───『十六夜さんは、もしや未来を知っているのですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも赤坂です。

突然ですが、目次のところにあらすじを追加しました。
今までのは『あらすじ』じゃあないです。(気付き)
PC版を基準に作成したので「読みにくい!」ってなったらスマホならPC版の画面にすると読めるかと。
奥ゆかしさ重点で書きました。◆ジッサイ ヨメナイ◆

6/1、ラストエンブリオとミリオンクラウンの最新刊の発売日ですね!
私は用事があって当日買えないのでワクワクドキドキソワソワしながら買える瞬間を待ちます

ではでは。


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第七話『速度一万問題』

 あの時、彼女は何と言っていただろうか。

 

 

 

 

 

「うわお、ウサギじゃん! うわー実物始めて見た! 噂には聞いてたけど、本当に東側にウサギがいるなんて思わなかった!」

 

 

 

 

『何か』を言われたことだけは覚えている。

 その『何か』は、この箱庭で何よりも大事で、何よりも、忘れてはいけない言葉だったはずで。

 

 

 

 

 

「つーかミニスカにガーターソックスって随分エロいな! ねー君、うちのコミュニティに来いよ。三食首輪付きで毎晩可愛がるぜ?」

 

 

 

 

 

 頭痛が走り続ける。

 鈍い痛みが『思い出せ』と急かす。

 

 

 

 

 

「これはまた分かりやすい外道ね。先に断っておくけど、この美脚は私たちのものよ!」

「黒ウサギの脚は<ノーネーム>の所有物」

「そうですよ! 黒ウサギの脚は、って違いますよ飛鳥さん! 耀さん! 」

 

 

 

 

 

 間に合わなくなる。

 このままでは手遅れになる。

 その前に思い出さなければ。

 

 

 

 

 

「うさぎのしっぽは食べると運が上がるレアアイテムよぉ? あげるわけないじゃなぁい」

「そうですそうですこのキュートな尻尾は、ってもう黙らっしゃい!!!」

「よかろう、ならば黒ウサギの脚と尻尾を言い値で」

「売・り・ま・せ・ん! あーもう、真面目なお話をしに来たのですからいい加減にしてください! 黒ウサギも本気で怒りますよ! 十六夜さんも黙ってないで助けてください!」

 

 

 

 

 

 与えられた、今ここにあるはずの無い恩恵の正体を。

 

 力の使い方を。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 座敷で<サウザンドアイズ>の傘下のコミュニティの一つ、<ペルセウス>のリーダーであるルイオスと向かい合って話し合いが始まった。

 だが、この話し合いで最高の結果を得ることはかなり難しいだろうと黒ウサギは感じていた。

 

「<ペルセウス>の所有するヴァンパイアが我々<ノーネーム>の本拠に現れ、それを捕まえる為に現れた<ペルセウス>に所属する方々が、我々<ノーネーム>の同士であるヴェルニスさんに手を上げました。幸いにもヴェルニスさんは怪我を負うことはありませんでしたがそれでも攻撃されたことは確かです」

「ふむ、急に現れ。その上で被害に遭わされかけた、と。ヴェルニス、事実か?」

「えぇ。そうねぇ。女神様とのお話を遮られた上に、変な光線魔法を私に撃ったあげく謝罪の一つもなしにそのまま逃げられたから無性に腹が立ってるわぁ」

「なにそれ。その程度のことで文句言いに来たの? 傷一つないんでしょ。そのメガミサマとやらの話を邪魔された程度じゃん。むしろこっちの方が迷惑被ってるんだけど。せっかくの商品の吸血鬼に逃げられかけたんだよ? 君達のところに居たってことは君達が盗んだんじゃないの?」

「何を言い出すのですか! そんな証拠がいったい何処に!」

「事実、あの吸血鬼は君達の所に居たじゃん?」

「うぅん……その程度、ねぇ……」

 

 レティシアを現在所有しているのは<ペルセウス>であり、<ノーネーム>の魔王に奪われた仲間の一人であるレティシアを取り返すには<ペルセウス>にレティシアを賭けてのギフトゲームにまで持ち込むしかない。だがこちらが受けた実害はほとんど無いのだ。

 レティシアとは少し会話をしただけで、外にいたヴェルニスも石化しているわけでもない。

 そのヴェルニスにはほとんど何も説明出来ていないのだ。手伝って貰うのも難しい。呼ばれた飛鳥と耀も簡単な説明しか出来ていない。

 故に、この場でギフトゲームにまで持ち込めるほどの交渉が出来る可能性があるのは状況をほとんど理解している黒ウサギと十六夜しかいない。

 

 その肝心の十六夜は屋敷からここまで来てもなお、今もまだ黙り込み何かを考え続けている。

 今のままではお手上げだ。黒ウサギには何も言い返すことが出来ない。

 

「まぁどうだっていいや。さっさと帰ってあの吸血鬼を売り払うか。愛想無い女って嫌いなんだよね、僕。特にアイツは体もほとんどガキだし───だけど見た目はいいからさ、その手の愛好家には堪らないだろ? 気の強い女を鎖で繋いで組み伏せて啼かす、ってのが好きな奴もいるし? 太陽の光っていう天然の牢獄の下、永遠に玩具にされる美女っていのもエロくない?」

 

 ルイオスは挑発半分で相手の人物像を口にする。

 挑発に乗せられ案の定黒ウサギは耳を逆立て叫んだ。

 

「あ、貴方という人は……!」

「しかし可哀想な奴だよねアイツも。箱庭から売り払われるだけじゃなく、恥知らずな仲間の所為でギフトまでも魔王に譲り渡すことになっちゃったんだもの」

「……なんですって?」

 

 声を上げたのは飛鳥だ。彼女はレティシアの状態を知らなかったから驚きも大きい。

 黒ウサギは声を上げなかったものの、その表情にははっきりと動揺が浮かんでいる。

 ルイオスはそれを見逃さなかった。

 

「報われない奴だよ。ギフトはこの世界で生きていくのに必要不可欠な生命線。魂の一部だ。それを馬鹿で無能な仲間の無茶を止めるために捨てて、ようやく手に入れた自由も仮初めのもの。他人の所有物っていう極めつけの屈辱に耐えてまで駆けつけたっていうのに、その仲間はあっさりと自分を見捨てやがる! あの女、目を覚ましたらどんな気分になるだろうね?」

「……え、な」

 

 黒ウサギは絶句する。そして見る見るうちに顔が蒼白に変わっていく。

 同時にいくつかの謎も解けた。

 魔王に奪われていたはずの彼女がこの東側に居る理由も、彼女が言っていた『手痛い出費』とは何かも。

 

 

 

 

 魂を砕いてまで───彼女は仲間の下へ駆けつけようとしてくれていたのだ。

 

 

 

 

 ルイオスはにこやかに笑って動揺する黒ウサギに向けて手を差し出し、

 

「ねぇ、やっぱりおかしいとおもわないかしらぁ?」

 

 その手を、ヴェルニスに踏みつけられた。

 

「よーく考えたんだけどぉ。やっぱり許せないわぁ」

 

 いつの間に立ち上がったのか。

 黒ウサギにも、白夜叉にも。その場の誰もその動きに気づくことは出来なかった。

 ルイオスの手首が踏みつけられ畳に押し付けられるている。

 吸血鬼を餌に黒ウサギを手に入れようと考えていたがそれどころではない。

 現在進行形で手首の骨が軋み、パキパキと音をあげる。

 

「な、なんだよ! 何踏んでんだ! どけろよこの足ッッ!!」

「さっきのぉ、女神様とのお話を邪魔したのを『その程度』っていうの女神様のお言葉を些末な物とでも思っての発言みたいじゃなぁい? 本当にそれって酷いと思うのよぉ。えぇ、人が楽しく会話してるのを邪魔して信仰を深めるのを邪魔して『その程度』って認識で吐き捨てるって本当に酷いことだと私は思うしそれをヘラヘラ笑いながら私や女神様をどうでもいいって思考の片隅に追いやって他の人と話すって、ねぇ?」

「ヴェルニスさん、なにを!?」

「ヴェルニス。その足をどけよ、この場は話し合いの場だ」

 

 ルイオスはヴェルニスの足を掴むが微動だにしない。

 踏みつけられた足が少しずつ床に沈み込みルイオスの手首からミシリ、と嫌な音が響きルイオスが呻く。

 

「本当にそう思わないかしらぁ。誰にだって話し相手や友達や家族や信じる神様や、あるいは無神論者だとしても信頼を寄せる誰かは存在するはずで、その誰かと話せばきっと楽しくて心が暖かくなる瞬間があるし、その誰かとの会話はきっと邪魔されればそれはそれは腹の底から怒りが湧き出る感情に繋がるはずで。私はそれをあなたに腹が立ったとしっかり伝えてあなたはそれを聞いて理解して認識してわかった上で私の女神様とのお話を邪魔された事を『その程度』って判断して道端のクズみたいに扱ったのよねぇ?」

 

 黒ウサギの声も、白夜叉の声も届いている様子ではない。

 ヴェルニスが腰に下げた剣をゆっくりと引き抜く。

 

「ねぇ、それって凄く酷い事じゃないかしらぁ。敬愛する女神様との大事な時間を他人の感情で計られてその程度のものって扱われてゴミが吐いて捨てる様に糞みたいに扱ってその上女神様を女神様とも扱わずにあまつさえメガミサマとやら? とやらってなによとやらってもしかしてその他扱いかしら? 他の神なんかと一緒の扱いをしているつもりかしら? 女神様は女神様でキチンと大事なお名前もあって、けどそれを全く女神様を知らない変な人に話せば何度も何度も何度も何度も何度もその程度のものとか思って思い上がったお前のようなゲロゲロが人の形を取ったような汚物が敬称すら無視して呼び捨てにして些末なものとして扱われかねないから言わないだけでちゃんと名前もあるただ一人の変えようのない大事な大事な大事な私の信じる心のあり場所で祈りを捧げる相手で私の生きる全ての時間を信仰に捧げるべき神様なの。私は女神様の暇潰しのための些末な存在だから女神様が死ねと言えば死ぬし髪型が気にくわないというなら幾らでも髪型なんて変えるし退屈だから椅子になれっていうなら喜んで椅子になるしポンコツを殺せと言われれば殺すしその名前を口にするゴミクズどもは私が女神様のお教え通りに私が殺すから私自身はどう扱われてもいいけれど女神様をぞんざいに扱う奴がいるなら私は断固としてその存在をミンチにしてミンチに、ミンチに。あぁそうよそうじゃないもっともっともっともっともっと世界はやることは簡単でいいじゃないあなたを殺して女神様を馬鹿にするようなその態度を正さないといけない、正すのが私の役目であの糞みたいなポンコツの腐れた反吐の出る風を汚す道端の飲み捨てられた空っぽの瓶みたいな世界の端くれのゴミクズ的存在が、的って言うのは違うわねゴミクズ存在が女神様を踏みつけて神の末席を汚して女神様を裏切った時みたいに、人の叡知によるものだとか妄言を吐き散らかして魂を利用するとか非人道的な事を我が物顔で言って人々を、命を塵芥みたいにぞんざいに扱うカスが女神様を侮辱して痰を吐きかけたみたいに浅ましくヘラヘラ笑って女神様とやらとか呼んだあなたを殺してミンチにして徹頭徹尾ぶち殺すのが、私の様な敬虔な信者の仕事よね?」

 

 笑顔で、誰に聞かせるわけでもなく自分に言い聞かせるように息をつく暇すら無く喋り倒す。

 憎悪の混じった声は、色がもし付いているのならばその声は黒く、黒く。闇よりなお深く染まっているのだろうか。

 

 得体の知れない青い風がゆっくりと部屋の中に薄く吹く。

 

 誰もが、白夜叉すらも一歩も動くことを許されない。

 誰一人、ヴェルニスの中に眠る憎悪に、憤怒に、殺意に気付いていなかった。

 浮かべる笑顔の裏に隠した心の内を知らなかった。

 

 

 

 

        ───三千世界に憎悪あれ。

            歯止め無き憤怒あれ。

             抑え止まぬ殺意あれ。

 

 

 

 

 

 ヴェルニスは掲げた剣を逆手に構え、ルイオスの首に向けてにこやかな笑顔と共に突き下ろす。その手はもはや止められる筈もない。

 今から動いたとて首元に突きつけられた剣を止められるのは光より速く動ける者だけだ。

 何千、何万年という時の果てにして至る、研ぎ澄まされた殺意。

 ただ漏れだしただけのそれで、この場にいる者の呼吸すら封じる。

 下ろされる切っ先を止める為に動ける者は居ない。死の恐怖を知らぬ者は意識を手放すことでしかこの殺意から逃れる術を持たない。

 

 それでも、大気を震わせる殺意を受けても。

 動けるものがあるのならばそれは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───……『忘れないで。一秒を、打ち砕きなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾度となく間近でその殺意を味わい続け、向けられた者しか居ないだろう。

 

「……その手を、どけなさい?」

「口調変わってるぜヴェルニス」

 

 白夜叉は体を震わせるも僅かに一歩を踏み出せた、黒ウサギは腰を抜かして動けず、飛鳥と耀の二人は意識を手放し倒れている。ルイオスはとうの昔に気絶していた。

 時が止まったように制止する五人を前に、十六夜だけが振り下ろさんとするヴェルニスの腕を掴み止めていた。

 十六夜は空いた片方の手の指で自身の口元を指さす。ヴェルニスの口角は普段よりも落ちて笑顔は薄くなっている。それも含めての指摘だ。

 

「自殺願望でも、あるのかしら?」

「それでいいのか。殺意を込めて殺すべきクズはポンコツとやらよりもこいつなのか?」

 

 力ずくで抑えこんで止める事は出来ないと十六夜は確信している。

 体勢と、力の掛け具合。絶妙な加減でなんとか手を押さえつけるので限界だ。

 今はまだ十六夜ではヴェルニスには勝てない。

 天と地よりなお差がある。刃も通さぬ巨人の足元で這う蟻が、どうして打ち勝てようか。

 ならば、代わりに言葉を使おう。人類の手に入れた言語という力を使おう。

 

 殺意の矛先を問う。殺すべき存在を問う。その切っ先を濡らす血の存在を問う。

 

 力で押し通すことが叶わないなら、言葉に賭けるしかない。

 

「…………………………」

「どうなんだよ。お前の信じる女神様はそれを望んでんのか?」

 

 ヴェルニスは怒りの混じった笑顔を固め口をつぐむ。

 部屋のなかで渦巻く青い風はなおも溢れる殺意に呼応するように十六夜とヴェルニスを取り囲む。

 互いに言葉を失う。それ以上の言葉も説明も何も要らない。

 ただ、ヴェルニスがその言葉をどう受けとり、どう判断するのか。

 異常に長い一秒の半分が終わると同時にヴェルニスの腕から力が抜けた。

 

「それも、そうねぇ」

 

 十六夜の掴む腕を振り払ったヴェルニスは音もたてずに静かに剣を仕舞う。

 十六夜は離れると同時に自身の胸を掴み抑え、苦しげに息をついた。

 その様子に目をやる事もなく、触れられていないなら興味もないといわんばかりに背を向けた。

 

「興が覚めたし帰るわぁ」

「……帰還の魔法とやらで、帰ったらどうだ。手っ取り早いだろ」

「なんであなた如きに指図されないといけないのよぉ。歩いて帰るわぁ」

 

 ヴェルニスが面倒くさそうに返事をして振り返ることもなく部屋を出る。

 チン、という軽い金属音と同時に青い風は姿を消していた。

 行き場を失った二歩目をそっと戻した白夜叉が十六夜に向けて警戒の意思を向ける。

 十六夜は息を整えて去り行く背中を睨んでいた。

 

「……小僧。()()()?」

「粗野で狂悪で快楽主義者と三拍子そろった駄目人間の逆廻十六夜様で間違いねぇ。俺は俺だ……ちょっと色々思い出したってだけでな」

「クソッ! クソッッ!! お前ら覚えておけよ!」

 

 あらゆる意味を込めて白夜叉は問う。その言葉にまともに答える気の無い十六夜が適当に答えるのと同時に片手でなんとか起き上がったルイオスが折れた手首を庇いながら捨て台詞を吐いて部屋から飛び出していった。

 白夜叉は一瞥だけしてそのまま十六夜に向き直る。

 

「思い出す? 何を」

「歯に挟まった物が取れたみたいな爽やかな気分……って感じでもないか。後味は最悪だな。帰るぞ黒ウサギ、立てるか?」

「え、あ、ハイ!」

 

 飛鳥と耀の二人を両肩に担ぎ上げながら黒ウサギに声をかける。

 部屋を出ようとする背中に向けて白夜叉は声をかける。

 眉間に寄った皺は起きたすべてに対する面倒な気持ちなのかもしれない。

 

「まぁよい。一応とはいえ同じコミュニティの傘下の者に手を上げられたとあれば私は何も出来ん。勝手にせい」

「わかってるさ。手を借りるつもりも、必要もない。やるべき事は()()()()。後は勝手にやるさ」

 

 先程までと人が変わったように悩んだ表情が消え失せ、軽薄な笑みを浮かべた十六夜はそう言うと襖を足で開けて部屋を去る。

 黒ウサギも一度頭を下げてからその背を追った。

 見送り、ため息を一つついた白夜叉は足の形にへこんだ畳を見つめながら先程の光景を思い出す。

 

(あの殺気、尋常の物ではない。幾星霜の時を晴れぬ憎悪で満たしてようやく辿り着く類いの物。魔王に堕ちた者に似ているが桁が違うの。まさか隠し通されておるとは。流石に、一瞬動けんかった)

 

 ヴェルニスが立ち上がった瞬間は見えなかった。が、剣を振りかざした瞬間は見えた。白夜叉でも腕がぶれて見えるほどの速度で構えられ流石にと思い止めようと一歩を踏み出し……。

 

(にしてもあの小僧もヴェルニスも。いつ動いた?)

 

 その次の瞬間には十六夜がその手を止めていた。動きの初動すら見えずに姿が掻き消えたかと思えば既に立ち上がっていた。

 そしてまた一瞬二人の姿が掻き消え、

 

(その約一秒後。()()()()()()ヴェルニスが戸を開け出ていった)

 

 その途中の動作は一切見えなかった。

 確かに、その姿は存在しなかったように見えた。

『速い』。ただそれだけならば白夜叉でも目で追えるはずなのだ。

 ならば間違いなくこれは常識の範疇で考えるべき類いの物ではない。十中八九間違いなく恩恵の力だ。

 十六夜は『思い出した』と言っていた。それがあの動きの原因なのだろう。

 

「うぅむ、気になるの。あやつは一体何者だ?」

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

<サウザンドアイズ>の店を出て本拠へと向かう道。

 急ぐ足で進む十六夜の背を追いながら黒ウサギが焦った様子で話しかける。

 

「これからどうするのですか十六夜さん?」

「どうもこうもねぇよ。先方はぶちギレててこっちは現状では交渉材料はなし。交渉の場すら設けられないとなれば<ペルセウス>が用意したまま、ボンボン坊ちゃんには忘れられてるであろうゲームを利用して、ルールに沿って戦いを挑むだけだ」

「……それは、<ペルセウス>が常に開催している二つの試練をクリアして挑戦権を得ると?」

「大正解。正解した黒ウサギへのプレゼントとして俺が明後日までにかき集めておく。黒ウサギは明日<ペルセウス>を訪ねて明後日に『謝罪の場』兼『挑戦の宣言の場』をセッティングしてくれ。謝罪の場ならまだなんとかなんだろ」

 

 段取りは既に済んでいると言外に伝える。最初からこうなる事を予想して全てを仕組んでいたのだろうか。だとしても疑問が残る。

 そもそも何故<ペルセウス>のギフトゲームの事を十六夜が知っているのか。

<ペルセウス>について十六夜に話したのは2時間も経たぬ前の事だ。

 調べる、あるいは予測したにしても情報は全くといっていいほど十六夜には無いはずなのだ。

 レティシアが現れる事。<ペルセウス>のコミュニティ所属の者が現れて捕まえに来ること。交渉の場が壊れる事。

 全てを予測していなければここまで即答で案を立てられるとは思えない。

 

「……黒ウサギ。聞きたいことはあるだろうがまだ少し待っていてくれ。俺自身、今の俺に答えが出せていない」

 

 十六夜は小さな声でそう伝える。

 そうだ。聞きたいことは山ほどある。

 先程の一件も、あのヴェルニスの撒き散らした殺意の中で平然と動けていた事も。何もかも。

 

「わかりました。十六夜さんが話せるようになるその時が来るまで待ちましょう。黒ウサギに何か手伝えるのなら手も貸します。挑戦権を得る為のゲームに関してはお任せしてしまっていいのですね?」

 

 待って欲しいと望まれるのなら。いつか話してくれると約束してくれるなら待ってみよう。

 少なくとも十六夜は<ペルセウス>に戦いを挑むつもりなのだ。だとすれば乗らない理由も無い。

 レティシアを取り戻す方が重要だ。レティシアを取り戻して全てが終わってから聞けばいい、時はもう幾らもないだろう。

 

「あぁ。そっちは任せろ。お嬢様と春日部の二人を多少なりとも鍛えておいて欲しい所だが三日、いや実際は二日かそこらか。となればそれも難しい……そうだな。ヴェルニスが勝手に<ペルセウス>にお礼参りに行かないようにだけ気をつけてもらえればそれでいい」

「わかりました。それより、今は何を急いでいるので?」

 

 そうなれば今日の時点ではそこまですることも無いだろう。急ぎ足で本拠に向かう理由もないはずだと黒ウサギは思いながら付いていく。

 

「ん? あーいや……ちょっと気になる事があってな。確認しないといけないんだ。もし失敗してたら……いや、アイツの思考回路的には多分成功してるはずなんだが……」

「何がです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……HA?」

 

 

 

 

 

 

 




どうも赤坂です。

最新刊発売に合わせて更新したら前話が弾けてランキング47位くらいにまであがってて吐き気を催しました。緊張で肉体が弾けそうになるのがキツかったです。実際に伸びてるの見てから二日くらい胃腸壊しましたし。

まぁ作者の胃腸の調子なぞ些細な事です。
更新が早いのはこの後の展開が決まってて現在は書きやすいだけです。
白天使を早く書きたいから私は急いでいるんです。止めないでください。うおォン。
ただ<ペルセウス>戦は少し時間がかかると思います。まだ悩んでる感じです。

ではでは。


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第八話『*ハタハタ*』

「ヴェルニス! ヴェルニスッ!」

 

 十六夜が扉を叩きながら声をかける。

 夜も遅く、子供達は眠っていたが一人だけ起きていたジンが出迎えてくれた。ヴェルニスは自室に戻ったとジンから聞き、二人はヴェルニスに割り当てられた部屋に来ていた。

 なので中に居るはずだがしかし、扉の先から返事はない。

 

「ヴェルニスさん! いらっしゃいますか!?」

「なんの用かしら黒ウサギぃ?」

 

 見かねた黒ウサギが声を掛けると即座に返事があった。

 扉の鍵は空いていたらしく、一言断ってから扉を開ける。

 中には至って普通の剣から斧、槌に弓矢などあらゆる種類の大量の武器が床に広げられており、ヴェルニスの手には血濡れた様に赤い戦斧が握られていた。

 白夜叉との戦いで取り出していた、『おぞましい気配を放つ剣』とは違い、特に際立った異常は感じないのでひとまず置いておくことにする。

 

「よかった……! 十六夜さんが物騒な事を仰っていたので、もしやと思い」

「物騒ぅ? ポンコツが辺りをふらついてて物騒って言うなら、諸悪の根源を徹底的に完膚なきまでに叩き潰して断つけれどぉ?」

「いえ、そういうわけでもなく……本人には言いづらい内容ですしお気になさらず」

「というかお前は何をしてるんだ? これ以上物出すなよ。床が抜ける」

「どういうわけかしらぁ? まぁなんでもいいけれどぉ。ポンコツ絡みじゃないならなんだっていいわぁ」

「…………あー、その。ヴェルニス? 何を、してるんだ」

「あ、違うわねぇ。神様の事なら腐れポンコツなんていう反吐が出るクズより大事だしぃ、二人の事なら神様と……そういえば気絶した飛鳥と耀……だったかしらぁ? 二人はどうしたのかしらぁ?」

「徹頭徹尾無視かコノヤロウ……!」

「い、十六夜様……御二人は目を覚まさないままでしたのでそれぞれのお部屋で寝かせています。ヴェルニスさんの 殺気がその……少々堪えたようで」

「悪いことしたわねぇ。狂気度が上がってるようならユニコーンの角……いえ、お風呂があるからいらないかしらねぇ。もしよかったら殺さない為の武器選びを手伝ってもらえないかしらぁ」

「……確かお前、生きている蠢く長棒持ってるし使うならそれだろ?」

「殺さない為の武器なんて初めて選ぶからわからないのよぉ」

 

 完全無欠に眼中になく、発言の悉くを存在していない様に扱われ無視され続ける。

 声が届かない……というよりは十六夜に興味がそもそも無いのかもしれない。

 まるで雑踏の声の一つ。道行く少女が呟く「ざっつあぷりちーふらわー」と宿屋や店の店主と話すときのような聞こえの違いを感じる。

 そもそも会話相手にすら思われていないだろう。成り立っていないのなら返事があるはずもない。

 目の前で話しかけてなお成り立たないのならお手上げだ。黒ウサギとは会話をするようなので黒ウサギに任せてしまうのがいいだろう。

 

「黒ウサギ。頼む。代わりに伝えてくれ」

「興味がなくて、聞くつもりもない感じですよね……『生きている蠢く長棒』? でしたっけ。武器なのですかそれは?」

「あー、あれねぇ……」

 

 ごそごそと外套の内側を漁ったヴェルニスがしばらくして一本の長い棒を取り出した。

 しかし、それは武器というには……明らかに猥褻な、武器にすら見えない気色の悪い長い棒だった。

 

 長さは1m足らず。桃色に染まった棒。

 枝を切り出し、手で握りやすい円柱状に仕立てあげて色付けしたら出来るのだろう。

 本来であればただそれだけの武器だ。武器と言えるのかどうかすらわからないがそれでもそれだけの物であったはずなのだ。

 

 だが、その武器は生きていた。

 

 取り出したヴェルニスの腕に絡み付くように身を捩らせ、脈動し。

 その端から透明な粘性の液体が染み出し、糸を引いて謎の液体が滴り。

 極めつけに『おぞましい気配を放つ剣』に似た、けれど全く方向性の異なる『絡み付くようにねっとりとした気色の悪い気配』を漂わせている。

 触手、というべき絶妙に気色の悪いうねうねとした蠢き方をしている。

 その棒から薄く漂う命の気配は黒ウサギの胸部や太ももに照射されている気がする。

 

 

 完璧にイケない事に使うようのアイテムだ。是非もない。

 なぜ十六夜はコレをチョイスしたのか。というよりもヴェルニスは何故持っている。

 

「の、ノゥ! Noですヴェルニスさんッッ!!」

「刃もついてないしいいわねぇ」

「何も良くありませんッッ! というか十六夜さんは何故こんな卑猥な武器を知って!?」

「印象深かったからっていうのが正直な答えだな。気色悪い武器だなホント。いやマジで」

 

 やや楽し気な十六夜とは裏腹に、頭の上で×マークを作った黒ウサギは部屋から飛び出し扉の陰から耳だけを出して声をかける。

 

 アレは駄目だ。絶対に駄目だ。

 

 ナニがダメなのかは説明したくないがダメだ。

 人に振るえば、殴られた者の尊厳は間違いなく踏みにじられる。

 というかあの長棒はナニを目的としているのか。

 ナニであるのは確かだろう。

 

「というかなんなんですかそれはッ!?」

「生きている生ものの長棒よぉ。銘は《快楽にふける恐怖》。よく知ってたわねぇ黒ウサギ。興味あるのかしらぁ?」

「シラナイデス……キョウミナイデス……」

 

 黒ウサギが片言で返事をする。

 知っていたら絶対に取り出させなかった。トラウマものだ。詐欺罪と黒ウサギのハート損壊罪で訴えたい。

 考えても見てほしい。つい先日出来た実力ある同士が自身の外套の下から生々しく蠢き、気色の悪い液体を撒き散らして黒ウサギにむけて気配をビンビンに向けてくる棒を取り出したら……。

 

「と、とととととりあえず、何事もなさそうでよかったのです! いえ、<ノーネーム>の貞操が危機的状況な気はしますがそれはさておきよかったのですでは私はこれで!」

 

 それ以上の思考を止めて場を締め括り黒ウサギは駆け出した。これ以上ここに居たくない。壁の向こうから剣とはまた違う方向でおぞましい気配がする。

 ちょっと色々と常識外れなただの人かと思っていたら、ちょっと所ではなくかなり常識外れな変な人だった事に薄く涙を流す。

 それでも悪い人ではないのだ。おそらくだが。いや、せめて犯罪を犯さない程度には良い人であってほしい。

 切実にそう思う黒ウサギだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 翌日、陽が登り始めるより早く十六夜は本拠を後にしていた。

 朝食の場に集まった飛鳥や耀にただ一人動向を知る黒ウサギが昨晩起きた事を一部を除いて伝える。

 

「――といったわけで、十六夜さんは現在<ペルセウス>への挑戦権を得る為に奔走しております。交渉が決裂し、<ペルセウス>に敵意まで持たれてしまった以上一刻の猶予もありません」

「とりあえず昨日起きた事はわかったわ。後で十六夜君にも説教ね。わかってたなら止めなさい、というのと抜け駆けして勝手に楽しいことを独り占めしてるという二つ。許せないわ」

「黒ウサギが会合の場を作る交渉に行くとして、私達は何をすればいいの?」

「十六夜さんは『多少なりとも二人を鍛えておいて欲しい』と言っていましたが、今日中に挑戦権を集め終える予定だそうなので明日か、明後日にはギフトゲームが行われる可能性が高いです。となると今お二人に出来る『力をつける』という事なら『ギフトの把握と、ギフトの使い方を学ぶ』事が一番重要かと」

「「ギフトの把握と使い方?」」

 

 飛鳥と耀の声が重なる。ギフトの把握、と言っても白夜叉からギフトカードを貰っている。

 ギフトの名前から効果は推測出来ると言っていたし、何より二人は元の世界でもギフトをたびたび使ってきている。

 把握や使い方を学ぶといっても本人が一番知っているはずだ。

 その疑問に対してジンが答える。

 

「御二人は箱庭に来て日も浅いです。ギフトとは知らずにギフトを使ってきていたでしょうが、ギフトを『ギフトと知った上で使う』事はまだ出来ていないはずです」

「YES! 細かな効果や範囲、あるいは最大でどれほどの出力があるのか。といった所まで調べれば実際に使う上で、どう使えば最も効果が出るのかもわかるはずです! もしかしたら、ギフトの上澄み部分だけを使っていて本来の効果を引き出せていないかもしれません!」

「それなら私のギフトも調べたいわねぇ。何が何だかわからないものぉ」

 

 端でお茶をゆっくりと啜りながら話を聞いていたヴェルニスも声を上げる。

 

「『敵を知り、己を知れば百戦ミンチが出来る』なんて言うしねぇ? 実はもっと違う使い方があったりすることもあるわよぉ」

「……色々と違う気がするけれど、ヴェルニスさんの言う通り全く違う使い方があるかもしれないわね」

「私は、どうなんだろう。使い方も何もない気がするけど」

「そういった疑問を晴らす為に調べてみましょう! そうと決まれば中庭で色々と試してみましょうか!」

 

 

 

 ……───。

 

 

 

 ……──。

 

 

 

 ……-。

 

 

 

「何してるんだお前ら」

 

 陽が少し傾き始めた頃。黒ウサギが<ペルセウス>の本拠へと向かい、入れ違うように大きな風呂敷を持った十六夜が姿を見せた。

 

「へっ? い、十六夜さんっ!? <ペルセウス>への挑戦権を手に入れに行ったのでは……まさか、もう集め終わったのですか!?」

 

 予想外のタイミングでの帰還にジンが驚愕の声を上げる。それもそのはず。

 黒ウサギの話なら挑戦権を手に入れにギフトゲームの攻略に出たのは今朝のはずで、まだ半日と少ししか経っていないのだ。

 

「ギフトゲームの細部はともかくとして、何処に行けばいいのかはわかってるからな。パパッとひとっ走りして集めてきた。黒ウサギは行ったか?」

「さっき<ペルセウス>の本拠に向かったわ。それで? 私達を差し置いて楽しそうな事を勝手に一人で色々としてくれた十六夜君は次はどうするつもりなのかしら?」

「抜け駆け厳禁。次からは起こして欲しい」

「ヤハハ! 悪い悪い。あのボンボン坊ちゃんとのゲームが『楽しい事』とは思えないし、お前らを起こすまでもないって思ってな。今度からは蟻の行進が出来ても叩き起こしてやるから覚悟しとけ。……とりあえず、挑戦権は集めた。後は黒ウサギにボンボン坊っちゃんを呼び出させて、喧嘩吹っかけて叩き潰すだけだ」

「十六夜さん、簡単に言いますが相手は五桁に本拠を構える<ペルセウス>ですよ!? 箱庭に来て日も浅い皆さんで勝てるかどうか……」

「なんだなんだ? <ノーネーム>のリーダー様は随分臆病だな。世襲で成り上がった実力もねぇただの坊ちゃんにそこまで警戒する必要はねぇよ。警戒に値するヤバい敵はそれこそ、ヴェルニスのあの殺気の前で立ってられる様な奴らだけだ」

 

 会話に参加せず一人、地面を盛り上げて壁を生み出しては素手で堀って破壊し、出てきた石を拾うヴェルニスに指を向ける。

 

「……というかアイツは何してるんだ?」

「二時間ほど前からずっと壁を出しては壊すのを繰り返しています……僕たち三人は、飛鳥さんと耀さん。お二人のギフトを試していました」

「私に関しては方針が決まったから実際にどう使うのか試している所よ。耀さんのギフトに関してもヴェルニスさんが色々とアドバイスをくれて挑戦中って所かしら」

「……へぇ。あのヴェルニスがアドバイス、ねぇ」

 

 眉を(ひそ)めてヴェルニスを睨むように見た十六夜は、しばらく見つめた後に肩を竦めて風呂敷を担ぎ直した。

 

「まぁいいか。どうなるかはさておき、明日か明後日にはゲームが行われるはずだ。……そうだ、お嬢様でも春日部でもいいんだがヴェルニスに聞いておいてくれ『つまらないギフトゲームに参加するか?』って」

「ヴェルニスさんに? それくらい自分で聞きなさい十六夜君。何で私たちに頼むのかしら。今日はこの後十六夜君は特に何もしないんでしょう」

「話が通じねぇんだよアイツ。会話すら成り立たない相手にどうやって聞けって言うんだ。幸いにも同性の話は聞いてくれるっぽいから二人に、な……?」

「呼んだかしらぁ?」

 

 気色悪い長棒で手をぬちゃぬちゃと叩きながらヴェルニスが気が付けば近付いてきていた。

 女性陣二人が即座に猛烈に距離を取り、ジンも目を丸くしている。この長棒が危険物だと初見でもわかったのだろう。

 頼んだぞ、と改めて言い残してヤハハと笑いながら十六夜はその場を後にした。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 二日後、<ペルセウス>本拠前。

 結論から言ってしまえば、挑戦権を揃えられてしまえば<ペルセウス>にギフトゲームへの拒否権は無い。その為、ギフトゲームは行われることになった。だが、ヴェルニスが本人の意思もあり不参加。

 至極面倒そうに飛鳥がヴェルニスに「十六夜君が言うには『つまらないギフトゲーム』らしいけれど参加するわよね?」と伝えた所、

 

「いざ……? まぁ、面白くないなら参加しないわぁ。あなた達二人でもきっと勝てるだろうしぃ」

 

 と答えた。その後、参加しない代わりにと、飛鳥・耀の二人のギフトの研究にヴェルニスは尽力していた。

 二人の為というよりも、おもちゃを見つけて遊んでいるだけ、というのが正しいだろう。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ギフトゲーム名 “FAIRYTALE in PERSEUS”

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

 

 ・“ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

 ・“ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

 ・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒。

 ・敗北条件  プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。

 プレイヤー側のゲームマスターの失格。

 プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・舞台詳細・ルール

 *ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。

 *ホスト側の参加者は最奥に入ってはならない。

 *姿を見られたプレイヤーは失格となり、ゲームマスターへの挑戦資格を失う。

 *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行する事はできる。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトネームに参加します。

 

                               “ペルセウス”印

 

────────────────────────────────────────────

 

 そして、白亜の宮殿の門の外に貼られた契約書類(ギアスロール)を前に、作戦会議が開かれていた。

 

「むむ……かなり厳しい戦いになりそうですね」

「姿を見られると、ゲ ームマスターのボンボン坊っちゃんへの挑戦権を失うゲームってだけだ。誰かが囮と」

「その前にいいかしら? まず、そのボンボン坊っちゃん? のルイオスとやらはどの位強いのかしら」

 

 十六夜の声を切って飛鳥が疑問を投げ掛ける。黒ウサギを一瞬見て目配せした十六夜がその疑問に答えた。

 

「俺以外じゃ、まずあのボンボン坊ちゃんにはまず勝てねぇ。俺抜きでの勝率で言うなら……それこそ20%もあればいいところじゃねぇか?」

「……十六夜さんの言う通り、昨日の感じではまだ御二人には荷が重いでしょう」

「あら、じゃあ私と耀さんは囮かしら?」

 

 むっ、と不満そうな声を漏らす飛鳥。

 しかし、わかりきっている事でもある。ヴェルニスが出発前に二人に伝えたのだが、二人の能力は色々と使い道がありそうだ、と。

 二人はまだその使い道は見つけ出せていない。

 

「悪いな。勝負は勝たなきゃ意味がねぇ。囮と、露払いを頼む。<ペルセウス>の兵士共から透明化のギフトを奪ってくれ。本物の一つは確実にうちのリーダーの坊っちゃんに持たせたい。リーダーが見つかればそれでゲームオーバーだしな。最奥まで辿り着ければ俺が後は……まぁ実際、最奥に着いて息をつく暇もなく瞬殺出来るなら俺でなくても勝ち目はあるんだが」

「……どういうこと?」

「このゲームで本当にヤバイのは隷属されてる元・魔王だ。そいつを呼び出されなければ二人の勝率は99%に跳ね上がる」

「十六夜さん、どこでそれを」

「ん? そりゃ……あぁ、そうか。いや、挑戦権を手に入れるときにチラッとな。とはいえ、レティシアを石化出来て<ペルセウス>の名前の関係者ってなるとそれくらいしかねぇだろ」

 

 黒ウサギの疑問に当然のように答えようとし、何かに気づいた十六夜はぶっきらぼうに言い放つ。

 その様子は、端から見ればあまりにも露骨に情報元の話を避けているように見えた。

 十六夜のその様子を見た耀が声をかける。

 

「十六夜。()()()()()()()?」

「別に。何も知らねぇよ。俺自身分からないことだらけで何がなんだか」

「とぼけないで頂戴。春日部さんの言うとおりよ。十六夜君、流石にこの三日間だけで知りすぎじゃないかしら?」

「……今は、それを気にする時間じゃねぇだろ。早く始めるぞ。二人は露払いと囮。俺はジンと二人で」

「十六夜君!」

「十六夜」

 

 話を避け、早口にゲームを始めようとする十六夜に声を荒げる。

 腹立たしげに頭を掻いた十六夜は懐からコバルトブルーの色に輝くギフトカードを取り出す。

 カードを皆に向け突き出した。そこに記されているギフト名を見せた十六夜は吐き捨てるように呟く。

 

「……これは?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あのルイオスとの一件、ヴェルニスを止めた時からギフト名が変わった。これの前に記載されていたのは《正体不明(コード・アンノウン)》だった」

「ギフト名が変わった……!?」

「だから、今は気にするな。俺が色々と知っている、いや()()()()()()()()()のもおそらく全てこのギフトのせいだ。それで片付けておいてくれ」

 

 まだゲームが始まっているわけではない。だが、このままズルズルと時間をかけるわけにもいかない。

 

「いい加減始めるぞ。<ペルセウス>の連中が待ちくたびれて干からびちまうっ! っと」

 

 ポケットに手を突っ込み、白亜の宮殿の門を蹴り開く。

 蹴り壊す、とでも言う様な馬鹿げた一撃が辺りに土煙を立ち込めさせる。

 バッと十六夜が腕を振るい土煙を晴らし、改めて皆に作戦を伝えた。

 

「お嬢様と春日部の二人は兵士を蹴散らしてくれ。透明化の兜が手に入ったなら俺たちに渡して欲しいが、まぁ最悪どうとでもなる。命大事に、かつガンガン行こうぜ?」

 

 

 

 

 

 その数分後、入口では飛鳥が持ち込んだ水樹を使って大立回りをし兵士をなるべく引き寄せ、それに釣られず宮殿内に残る透明化した敵を耀が探しだし各個撃破していく姿があった。

 少し遅れて、十六夜とジンが宮殿内へと侵入し、その時に耀が奪った透明化のギフトを受け取り、兵士の少ない道を先へ先へと進み続けた。

 

 白亜の宮殿の最奥へと続く広間。大扉の前に辿り着く。

 最奥に続く大扉が見えた時、十六夜が足を止めジンを制した。

 誰もいない空間を前にジンは十六夜に向けて小さな声をかける。

 

「……どうかしたのですか?」

「誰かが居る……間違いねぇ、本物のハデスの兜の所持者だ」

 

 姿も形も、気配すらも感じない。

 だが、十六夜には確信があった。

 最速で透明化の兜を取られ、息を殺して進まれた時に、こちらを見つけ出すのなら、参加者が必ず目指すことになる道に立ち塞がればいい。

 そして、微かに耳に響く戦闘の音は二人が未だ健在で倒されていないことを示す。

 で、あれば。確実にここに居る。間違いなく、ここにレプリカなどではない本物のハデスの兜を持つ近衛兵、それも実質的にコミュニティを仕切っているであろう者が居るはず。

 

(さて、どう見つけたものか。透明化で、透過ではないギフト。春日部がいれば簡単に見つけ出せるんだが……俺一人だと少し骨が折れる)

 

 あまり頼りたい手段ではないが、今この状況なら頼ってしまっていいだろう。何より、本人はこの場には居ないのだから。

 

(ヴェルニス……ヴェルニスが言ってた。『透明な敵の倒し方』はおおよそ四つ……!)

 

 一つ目、透明な敵を見る力、却下だ。この場にはない。

 二つ目、ポーション、あるいは水で周囲を覆ってしまう。水樹を携えた飛鳥がいれば出来るが居ないので却下。

 飛ばして四つ目のメテオ、論外。

 いっそのこと床を踏み抜いて崩落させてしまいその隙に駆け込むのも手の一つだが、階下の二人を巻き込みかねないのでこれもまた却下。

 

 となれば、残されるのは。

 

「この広間を、一本の道に仕立てあげちまえばいい」

 

 透明な姿の十六夜の姿が見える者が居たのならば、その姿すらまた掻き消えたように見えただろう。

 姿が掻き消えた十六夜が再び現れたのは瞬き一つ後。一秒以下の時間だけ十六夜は姿を消した。

 そして十六夜が現れた瞬間、音もなく大扉まで続く、天井まで届かんとする白亜の壁が出来上がっていた。

 

「『壁生成』が一番手軽ってな。来るなら来いよ。それとも壁の外側に弾かれたか?」

 

 一人分の幅の一直線の道に向けて、足元を踏み砕き出来た小石を一つ手に取り投擲する。

 ほぼ同時に十六夜は全力で駆け出し……少し先で小石が不自然に弾かれたのを見て拳を構える。

 一直線、軽い投擲、その上小石と言えど弾かねば致命傷足り得る速度に威力。だが、弾けば第二の矢として十六夜が牙を剥く。

 渾身の威力で空間に拳を叩き込む。 手応えがあった。何かが大扉に向けて左右の壁の一部を抉りながら突き進む。

 

 直撃。大扉は壊され、そして開かれた。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「ぐっ……ルイオス様……申し訳ありませ……ん」

「あーいいよいいよそんな平謝りなんて。下の奴等といい、僕がいないと名無しにすら勝てない。終わったら纏めて処罰するから」

 

 砕けたハデスの兜が効力を失い兵士が姿を現す。近衛の、側近の彼は意識を失いながらも謝るがルイオスは受け入れるつもりは無い。

 名無し如きに負ける側近などいらない。そんな様子のルイオスに向けてハデスの兜のレプリカを外し、姿を同じく現した十六夜が声をかける。

 

「ハッ! 不敵に素敵にゲスいボンボン坊っちゃんの姿も懐かしいなオイ。なぁ、()()()()()()よ?」

「変な呼び方するのやめてくれないかな? 運良く辿り着いたからって調子にのってると後悔することになるよ?」

 

 ルイオスは踵を2回地面に打ち付けて鳴らし、空を舞った。

 ギフトカードを掲げ、炎を纏う弓を取り出して告げる。

 

「まあいい。ようこそ白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう。……この台詞を言うの、初めてだな」

「後悔……いやまぁ殺すつもりはないが、最初で最後の見せ場だから気張ってくれよ。ゲームマスター」

「まぁ、メインで戦うのは僕じゃないけどね。目覚めろ。"アルゴールの魔王"」

「ra…GYAAAAAAaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 次の瞬間、蛇の髪を持ち、拘束具によって体を拘束されている、巨大な女の化物が現れる。

 おぞましい叫び声を上げ、明確な殺意を十六夜に向け吼え猛る。

 十六夜はさして驚く様子もなく、右手と左手をぐっぱぐっぱと開いては閉じる。

 

「ヴェルニスに比べりゃ、そこらのガキと魔王くらい差があるな。いやマジで」

「アルゴール、魔王!?」

「ジン。一応下がっとけ。黒ウサギが下の二人を見てるからお前を守るのは俺の役目だ……すぐ終わらせる。巻き込まれないようにだけ気を付けてろ」

「いつまでその虚勢が張れるのか見ものだね。押さえつけろッ! アルゴールッ!」

 

 アルゴールが十六夜に向けて駆け出そうと一歩目を踏み出し。

 

「ヴェルニスがやれ速さが足りない、やれ速度が足りない。そう言うのもわかるな。『この程度か』って呆れちまう。マジで呼ばなくて正解だった」

 

 その瞬間、目の前に現れた十六夜に無造作に顔面を蹴り飛ばされた。

 吹き飛ばされたアルゴールは顔を抑えて呻く。

 

「GYAAaAAaaaa!?」

「なっ、何をしてるアルゴール!」

「石化のギフトは使わせねぇ、宮殿の悪魔化もさせねぇ。先を知ってるってのも便利っちゃ便利だが……あぁ、つまんねぇな」

 

 怒りを込めた声で、つまらないと吐き捨てる。

 ザリ、と構えた十六夜は反撃を許そうとは、思ってなどいない。

 最速で決着をつけてしまおう。

 

 

 

 越えるべき存在は、ここにはいないのだから。

 

 

 

「『加速』」

 

 トリガーとなる言葉を小さく唱え、コマ落ちの様に十六夜の姿が()()()

 バンッ、と大気が弾ける音が響きルイオスとアルゴールの魔王が同時に地面にクレーターを作り叩きつけられる。

 

「ガッッ!!??」

「Gya……」

 

 一撃。一秒の誤差も無く同時に、宙に浮くルイオスさえも地面へと叩き落とす一撃で意識を刈り取る。

 パンパンと手を払った十六夜はため息をついてルイオスに近づいていく。

 

 旗を奪い、そして名をも奪う。その事実を伝えなければいけない。

 十六夜がしたい、したくないは別としてしなければいけないのだ。

<ペルセウス>というコミュニティを徹底的に貶め、そしてどん底から()()()()()()()必要がある。そのために。

 

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」

「え?」

「え?」

「え? じゃねぇよ。所有権は、挑戦権を持ってきた俺、透明化のギフトを奪った春日部、露払いに尽力してくれたお嬢様、会合を設ける為に走った黒ウサギで所有権は4:2.5:2.5:1で話し合いは終わってる」

「何を言っちゃてんでございますかこの人達!? って、黒ウサギにも所有権が!?」

「私に所有権はないのねぇ。残念だわぁ」

「……帰れないと思っていたコミュニティに帰れた事に、感謝している。ならばその恩義に報いなければなるまい。親しき中にも礼儀ありと言うしな。家政婦をしろというなら喜んでやろうじゃないか」

 

 ツッコミが追い付かないが何はともあれ。レティシアの所有権は<ノーネーム>へと移った。

 メイドさん、と呼ばれたレティシアに対して黒ウサギとジンが困惑の声を上げるが、レティシアはやや乗り気であった。

 金髪の使用人が欲しかっただの、メイドならおじゃる口調がいいだの口々に要求し、黒ウサギの口調を真似てみて似合わないと笑い。

 <ノーネーム>に四人が加わって初めて一段落がついた瞬間だった。

 

 

 

 ……──そして、<ペルセウス>とのギフトゲームから三日後の夜。

 子供たちを含めた<ノーネーム>一同は水樹の貯水池付近に集まっていた。

 

「えーそれでは! 新たな同士を迎えた<ノーネーム>の歓迎会を始めます!」

 ワッと子供達の歓声が上がる。周囲には運んできた長机の上にささやかながら料理が並んでいる。

 本当に子供だらけの歓迎会だったが、それでも悪い気はしていなかった。

 

「だけどどうして屋外なのかしら?」

「うん。私も思った」

「黒ウサギなりのサプライズってところじゃねえか?」

 

 実を言えば、〝ノーネーム〟の財政は想像以上に悪い。あと数日で金蔵が底をつくほどには。

 こうして敷地内で騒ぎながらお腹いっぱい飲み食いする、というのもちょっとした贅沢だ。そういった惨状を知っている飛鳥は、苦笑しながらため息を吐いた。

 

「無理しなくていいって言ったのに……馬鹿な子ね」

「そうだね」

 

 耀も苦笑で返す。二人がそんな風に話していると、黒ウサギが大きな声を上げて注目を促す。

 

「それでは本日の大イベントが始まります! みなさん、箱庭の天幕に注目してください!」

 

 その夜も満天の星空だった。空に輝く星々は今日も燦然と輝きを放っている。

 そんな星空に異変が起きたのは、注目を促してから数秒後の事だった。

 

「……あっ」

 

 星を見上げているコミュニティの誰かが、声を上げた。

 それから、一つ二つと連続して星が流れていく。すぐに流星群だと気が付き、歓声を上げる。

 

「この流星群を起こしたのは他でもありません。新たな同士、異世界からの四人がこの流星群のきっかけを作ったのです」

 

 子供達の歓声が響く中、黒ウサギは話を続ける。

 

「箱庭の世界は天動説のように、全てのルールが箱庭の都市を中心に回っております。先日、同士が倒した<ペルセウス>のコミュニティは、敗北のために<サウザンドアイズ>の傘下から追放されました。そして彼らは、あの空からも旗を降ろすことになりました」

「———……なっ……まさか、あの星空から星座を無くすというの……!?」

 

 ついさっきまで空に存在していたはずの星座が、流星群と共に消滅していく。

 ここ数日で様々な奇跡を目の当たりにした彼らだが、今度の奇跡は規模が違う。

 

「今夜の流星群は〝サウザンドアイズ〟から〝ノーネーム〟への、コミュニティ再出発に対する祝福も兼ねております。なので、今日は一杯騒ぎましょう♪」

 

 嬉々として杯を掲げる黒ウサギと子供達。だが二人はそれどころではない。

 

「星座の存在さえ思うがままなんて……あの星々、その全てが、箱庭を盛り上げる為の舞台装置という事なの?」

「そういうこと……かな?」

 

 絶大ともいえる力を見上げ、二人は茫然としている。

 

「……壮観だな」

「ふっふーん。驚きました? って、そういえば十六夜さんはご存知で……」

 

 十六夜が流星群を見ながら感慨深くため息を吐いていると、そこに尻すぼみではあるが元気な声がかけられた。

 その声に、十六夜は小さな声でこれまた感慨深そうに呟く。

 

「例え知ってたって、感動ってものは何度味わっても心地いいもんだろ?」

「YES♪ そうですね!」

 

 知ってるからつまらないなんて無粋な事を言うつもりはない。何度見ようとこの景色はあまりにも、美しい景色だ。

 そうしてしばらく無言で空を眺めていた十六夜は、ポツリポツリと声を漏らすように黒ウサギに話しかける。

 

「……この間、わかってる事は多少は伝えられたが細かい事はまだよくわからねぇ。色々な所で俺の知っている情報が食い違ってきてる」

「十六夜さんは、『バタフライ効果』というのはご存知でしょうか」

「カオス理論で扱う、カオス運動の予測困難性。初期値鋭敏性を意味する標語的、寓意(ぐうい)的な表現……だったか? 詳しい事はさておき、わずかな変化が大きな変動を生み出すって事か」

「十六夜さんは未来を、どの程度かは十六夜さんにしかわかりませんが知っているようです。それを知った上で十六夜さんが動いた結果、未来が僅かに変わってしまっているのでしょう」

「このギフトが、謎を解く鍵になってくれればいいんだがな」

 

そういって、ギフトカードを取り出して空にかざす。

かつて十六夜に宿っていた《正体不明(コード・アンノウン)》という名前は失われた。

今、十六夜に宿るギフトの名は一つ。

 

 

 

 

《Eternal League of The Little Garden》。

 

 

 

 

 

「白夜叉様にも……お金が溜まったら正式に調査の依頼を出しましょう。ギフト名が勝手に変わるというのも、《正体不明》というギフト名も少々おかしな話です」

「だな。ったく、原因であろう本人は呑気なもんだ」

 

 この場で最も恐ろしい力を秘め、その力を見せる事もなく燃え盛るバーベキューセットで作ったプリンを子供達に配るヴェルニスの姿を見つめて呟いた。

 

 世界が、少しづつ。少しづつ。ズレ始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとしきりブドウ製のプリンを配り終えたヴェルニスは一人、自分の為に作った苺のパフェを片手に水路に腰を掛けて涼んでいた。

 子供達にたかられ熱気にあてられた、というのもあるがここ、箱庭の風は無性に心地いいのだ。

 清浄な風が吹く。子供たちの歓声が綺麗に響く。星々の光が、一層輝く。

 綺麗な景色が美しい風と共に見れたと、鼻歌交じりにパフェを食べながら空を見上げる。

 

 流星群は、未だ降り続ける。

 

「ここに二人がいれば楽しいのにねぇ」

 

 イルヴァの世界でも綺麗に星々は輝く。だがここまでの流星群はほとんど見かけないのだ。

 夜空を見上げる二人の目に映る流星群はどれほど綺麗だったのだろうか。

 ヴェルニスは、少し悲しい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、早く会いたいわぁ。白天使。()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、赤坂です。
しばらく空いた理由は……まぁ本編を見ていただければわかるでしょう。
というかこの話の文字数が一万二千六百字です。時間かかるわけですよ。
ながぁい!説明不要!

次から二巻です。少し駆け足で進行してしましました。
ルイルイ南無三。いつかまた会う日まで。

アンケート結果に従ってちょっとElona要素増やしておきました。
が、アンケートはとりあえず二巻内容第一話を更新するまで残しておきます。

次話から、少しづつ。けれど大きく物語は動いていくでしょう。

ではでは。


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第九話『北の祭りはいつだって大波乱』

 あの時から───この世の終わりの夢を見るようになった。

 其れは、決して比喩ではない。

 

 世界を灼き尽くす炎熱が天を焦がし、世界は蒼い風に閉ざされた。

 居合わせた者達はあらゆる手を尽くして世界を救おうと立ち向かった。

 

 その全てがただの余波に潰され、消えていった。

 

 たった一体でも世界を壊しうる化物の影が二つ。絢爛な都はその姿を失い粉々になって消えた。

 揺れる視界の裏に凄惨な景色が広がる。ただ無為に命が潰れていく。その影で、血溜まりの上で無力を嘆く"彼"がただ一人。死ぬ事すら許されぬ体で悲嘆に暮れる。

 

 『正義』を叫ぶ醜悪な化物が彼方で暴れ狂い。

 『絶対悪』を掲げた白亜の龍の姿をした魔王が抗う。

 

 世界を灼き付くす閃熱を魔王が放ち、都を飲み干す。

 化物が腕を一つ振れば世界は半分に削り落ちた。

 地獄の底からあらゆる命が嘆く声が響き続ける。

 

 誰かの声が薄く響く。

『……謎を解きなさい』

 

 

 

 

 

 "彼"は無駄だと知っていても手を伸ばし、助けを乞う手を取ろうとした。

 届かない手を伸ばし、誰の手も握れないで、”彼”の手は空を切った。

 瓦礫の山の上から彼方に燃える空を見た。遥か彼方に輝く星空を見た。

 怨嗟の声に、咽ぶ人々の声が乾いた空に響いている。癒しの雨を求める人々が泣き叫ぶ。

 雨は、当の昔に止んでしまった。

 誰一人として助けられない"彼"はあらゆる命を見捨てる事しか許されなかった。

 

 "彼"を嘲笑う、誰かの声が響く。

 繰り返し、何度も、何度でも声が響く。

 

『……"エーテル"の謎を解きなさい』

 

 

 

 

 

 紅く濡れた短剣を手の中で転がして遊ぶ誰かが"彼"に語りかけてきていた。

 その誰かは、助けようと伸ばされる"彼"の手を踏み嘲笑っている。

 立ち上がろうとする意思を踏みにじり、立ち上がれない"彼"にため息をつく。

 勇者になれない、愚者を踏み潰す。

 終わりへと近づく世界に、歴史に、物語に、否を叫ぶただ一人、生き残らされた愚者を。

 

 目の前に立つ、誰かの声が響く。

 繰り返し、繰り返し、何度でも。何度でも。

 燃える世界に壊れ逝く命達の怨嗟の声の中でなおその声は響く。

 何度でも声が響く。

 

『"メシェーラ"と、"エーテル"の謎を解きなさい』

 

 

 

 

 

 蒼い風が吹き星の表面を押し流した。三つの太陽と蒼い巨大な月が空を巡り嗤い始める。

 星が巡る、星を廻る。

 時の果てに世界の全てが崩れ落ちて砂に変わった。

 共に歩んだ仲間の骨も、大地も、世界の果てすらも。

 永遠に続く白い砂漠に、黄金に輝く羊皮紙が舞う。

 その羊皮紙を誰かが手に取った。

 黄金の波に全てが覆われ、拐われ、消えていく。

 

 空に、落ちていく。

 

 掠れて消える、誰かの声が響く。

 

『忘れないで。一秒を、打ち砕きなさい 。既存の術では私達には勝てない。この世界が一丸となって初めて、スタートライン。後は”あなた”が何処まで、速くなれるか』

 

 再び、旅の始まりから全てを取り戻すために。廻された時の旅路を歩み始めるために、空に落ちていく”彼”の中に木霊の様に声が響き続ける。

 

『蝶が羽ばたき、嵐が吹く。……”メシェーラ”と”エーテル”の謎を解きなさい』

 

 さもなくば、"あなた"は幾度でも旅を繰り返す事になるのだと。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

<ノーネーム>地下書庫、積み重なった本の山の中。

 不安定な本の山が崩れ落ち十六夜を覆う。数冊の本が顔面に命中して十六夜は目を覚ました。

 

「…………っう…………」

 

 悪夢にうなされた、という恐怖や焦燥は特に無い。最近は連日あの夢ばかり見ている。うたた寝にすら現れたのは予想外だが、それだけだ。

 身を捩って覆い被さる本を払い除ける、すぐ側でジンもまた微睡みの中に居た。

 十六夜のペースに合わせて同じく本を読み漁っていたのだから仕方がないだろう。

 光の射し込まない地下書庫では今が何時かよくわからないが、まぁそれはどうでもいいだろう。この穏やかな微睡みを当然の権利の下にまた十六夜も享受しようと再び目を閉じた。古びた本が放つ独特の落ち着く香りに、本の為にと調整された涼やかで薄暗い書庫、外で子供達が遊んでいようと音は地下にまでは響かず、さらには前日の夕方から明け方までの長時間の読書というのも相まって疲れた瞳はその疲れを癒そうと瞼を重くし処理に苦しむ脳も情報を整理するた為に云々。

 以下劇的に省略。

 

 御託などどうでもいい。惰眠を貪るのに理由などいらないのだ。

 

「起きなさい!」

「させるか!」

 

 そんな惰眠に対して、膝と否を同時に脳天に叩きつけるべく必殺のシャイニングウィザード・(かい)を構えて飛鳥が強襲してきた。

 ドタバタと足音だけは耳にしていたがどうせヴェルニスが暴れてるだけだと無視し、ウトウトと閉じようとした目を見開くと即座に近くにあった都合のいい(ジン)を構えた。

 

「ンゲフッ───!?」

 

 気持ちのいいくらい綺麗にジンが吹き飛んで転がっていった。そのまま本棚にぶつかり落ちてきた本に埋もれる。

 

「ジ、ジン君がグルグル回って吹き飛びました!?」

「ナイスよぉ飛鳥。磨きがかかってきたわねぇ。もう少し速度を高めて威力向上を図りたいわねぇ」

「……南無」

 

 少し遅れて狐耳に割烹着の少女、<ノーネーム>の子供達の年長組の一人であるリリが吹き飛んだジンに驚く。

 その後ろでウンウンと威力に頷くヴェルニスと、顔色一つ変えずに静かに合掌する耀の姿があった。

 

「オイオイお嬢様。俺やヴェルニスはともかくジンにはシャイニングウィザード・悔はキツイ。使うならせめてシャイニングウィザードにしとけ」

「どちらにせよ致命傷です……ッ!」

「死んでないなら平気よぉ。致命傷程度なら唾つけておけば治るわぁ」

「ヴェルニスさんの言う通り生きてるなら平気よ! それよりこれを見なさい!」

 

 吹き飛んだジンをチラと見つつ、十六夜はため息交じりに飛鳥に文句を言う。

 頭を抑えながら起き上がったジンはデッドオアアライブ!? と驚いているが、今はそれより差し出された手紙について考えるのが先だろう。五月蝿いので手ごろな辞書をジンめがけて投げつけて物理的に黙らせる。

 これを見ろ、というが読まずとも封蝋とこの場というだけで十六夜には見覚えがある。

 

「双女神の封蝋……。火龍誕生祭のか。展覧会もあればギフトゲームも開かれて、さらにさらに階層支配者主催の大祭まで行われるって話だったしなにより古き日に祭りあるところに逆廻十六夜ありとまで恐れられ『縁日荒らし』の二つ名を勝ち取った俺が祭りの招待状を前に行かないわけ無いだろってか火龍誕生祭はいつだったかもあんまり楽しめてない気がするから行くぞコラ♪」

「ノリノリね。知ってるならいいわ! それで、十六夜君なら知ってるでしょう。どうやって北側に行くのかしら?」

「現状、一人当たり金貨一枚とかいう価格設定の外門を繋げる金もなければ、クソ遠い北側には物理的に向かえない。ってのはいいとして、双女神の封蝋って所でわかる通り白夜叉の所にいけば送ってもらえるはずだ」

「ままま、待ってください! 北側に行くとしてもせめて黒ウサギのお姉ちゃんに相談してから……ほ、ほら! ジン君も起きて! 皆さんが北側に行っちゃうよ!?」

「……北……北側!?」

 

 物理的に黙らせられ失神していたジンは「北側に行く」の言葉で跳び起きる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください皆さん! 北側に行くって、本気ですか!?」

「ああ、そうだが?」

「何処にそんな蓄えがあるというのですか!? 此処から境界壁までどれだけの距離があると思ってるんです!? リリも、大祭のことは秘密にと──―」

「「「秘密?」」」

 

 重なる三人の疑問符。ギクリと硬直するジン。失言に気づいた時にはもう既に手遅れだった。振り返ると、邪悪な笑みと怒りのオーラを放つ耀・飛鳥・ヴェルニスの問題児女性陣。

 唯一驚きもしない問題児男性陣の十六夜は一人肩を竦める。

 この一ヶ月の間ジンと共に書庫に籠る事が多かった為、話す機会は多かった。その上で隠し事はしない方が身の為だと十六夜はそれとなく伝えてきていた。

 つまりは自業自得。隠して伝えなかったジンが悪い。

 

「……そっか。こんな面白そうなお祭りを秘密にされてたんだ、私達。ぐすん」

「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張っているのに、とっても残念だわ。ぐすん」

「楽しそうな事を秘密にして隠すなんて人のする事かしらぁ。ぐすん」

 

 泣き真似をするその裏側で、物騒に笑う問題児達。

 哀れな少年、ジン=ラッセルは問答無用で拉致され、一同は東と北の境界壁を目指すのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 リリに黒ウサギ達宛の手紙を渡し、一同は白夜叉が待っているであろう<サウザンドアイズ>の支店へ向かう。

 支店へと向かう途中、なんとか足止めをしようとするジンはヴェルニスに紐で縛られズルズルと引っ張られている。

 

「黒ウサギに追われる以上そこまで長く祭りは楽しめないと考えた方がいい。直行してるから多少は普通に遊べるとしてもよくて二時間かそこらと俺は踏んでる」

「パンフレットはある?」

「白夜叉に頼めばあるんじゃねぇか? 適当にぶらぶら歩いてても面白かった記憶があるから無くても平気だとは思うが。主催者公認のギフトゲームも開催されてるし、まぁ雑に回っても多少は楽しめると思うぞ。雑に回ると楽しめなさそうなヴェルニスには俺達の代わりに黒ウサギと鬼ごっこをしてもらう」

「相変わらずヴェルニスさんの扱いが雑ね。気持ちはわかるけれど」

「よくわからんが、何故か同性へのセクハラ魔人になりつつあるからな」

「別に雑に扱っていいわよぉ飛鳥。前は普段も結構雑に扱われてたしぃ。雑だけれど実はツンデレだったり、雑だけれど自由奔放なだけの二人についてのお話しするぅ?」

「……いいえ、いらないわ。十分よ」

「……聞き飽きた。耳にタコが出来る」

 

 げんなりと飛鳥と耀の顔が歪む。箱庭にきて一ヶ月と少し、飛鳥と耀の二人はひたすらにヴェルニスに付きまとわれていた。

 なぜ、どうして、というのは聞いても無駄だろう。なんにせよスキンシップ過多だった。

 

「そう。ならまた今度にするわぁ。白夜叉と会うなら女神様について語り合いたいわねぇ。白夜叉のパンティーも欲しいしぃ」

「本当に何が原因でこうなってるんだコイツは」

「「十六夜(君)が原因だと思う」」

 

 ほぼ同時に原因認定された十六夜はヤハハ! と笑っているが正直あまり笑えない。

 十六夜に一応心当たりはある。<ペルセウス>のギフトゲームに連れていかなかったせいか、飛鳥と耀、二人のギフトについてヴェルニスが前向きに研究を行っているのだ。

 やれこんな使い方はないか、やれこういう応用法はないか。

 ヴェルニスが適当に思い付いた事は徹底的に試されていた。

 お陰で、明らかに二人のギフトの扱いが上達しているというのと、その過程で新たに判明したことも多々ある。

 

(お嬢様に関しては問題ない。扱えるギフトが揃わない内はそこまで大幅な狂いは生じないはず。問題は……)

 

 問題は、もう一人の耀なのだ。

 

「変な生物をひたすら合成させようとしてくるし本当に何とかして欲しい」

「いいじゃなぁい。腐れポンコツの糞がやってた魂の合成なんていう吐き気のする所業が、父親から貰ったキカイなんて糞ゴミとかけ離れた自然の恵みを一心に受けた手作りの木彫りのブローチで出来るなんてどれだけ素晴らしい事かまた語るぅ?」

「いい。いらない。聞き飽きた」

 

 耳に手を当てて十六夜の後ろに逃げる耀の持つギフト、<生命の目録(ゲノム・ツリー)>の使い方を既にヴェルニスが見つけている。()()()()()()()()()()

 戦力が増強された、だとか早い分には問題ない、という楽観的な見立てでいられるとは思えない。

 考え込んでいる内に<サウザンドアイズ>の店が見え、いつもの店員が店先を掃除していた。

 

「……お帰り下さい」

「流石に顔見てそれはねぇだろ。実は通りかかっただけだったらどうするんだ」

「これはこれは大変失礼致しました。あなた達の足先が明らかにこの店に向き、目線がこちらに向いていたので。では」

「まぁ白夜叉に用事があるから来ているのだけれど。白夜叉はいるかしら?」

「……………………オーナーは不在です。お帰り下さ

「やっふぉおおおおおおお! ようやく来おったか小僧どもおおおぉぉおおおお!?」

「丁度いい所に来たわねぇパンティーを寄越しなさぁい」

 

 額に青い筋を浮かべた店員が凄まじく長い間の後に不在だと答えた矢先、どこから叫んだのか、和装で白髪の少女が空の彼方から降ってきた。

 嬉しそうな声を上げ、空中でスーパーアクセルを見せつけつつ着地しようとして落下地点で変態(ヴェルニス)に狩られていた。

 

「ええい何故おんしがここにおる!? 1ヶ月の間出禁と言ったであろう!」

「ここはお店の外よぉ。チガイなんとかの外側ねぇ」

「治外法権! なにより使い方が違かろう! よほどあの女神に言いつけられたいようじゃな!」

「女神様から直々にお叱り頂けるなんてそれなんてご褒美ぃ?」

「やはりというか話が通じんの! おんしらも見てないで助けい!」

 

 ヴェルニスによる明らかに白夜叉が黒ウサギなどにするよりも遥かにタチの悪いセクハラに苦しむ白夜叉の助けを無視して耀が声をかける。

 

「白夜叉、招待ありが」

「白夜叉様! 皆さんを止めてくださ」

「てい」

「ゲフッッ!!!??」

「……白夜叉、招待ありがとう」

「そもそもおんしは───む?」

 

 紐で全身を縛られたままのジンが暴走する問題児達を止めるために白夜叉に助けを求めようとした矢先に十六夜の手で脳天にキツイ一撃を受けて昏倒した。

 出鼻を挫かれたものの耀が白夜叉に改めて声をかけると白夜叉はモゾモゾとヴェルニスの腕の中で動いて肩車の形に収まる。

 

「北側に行きたいけど、お金がなくて」

「よいよい。全部わかっておる。まぁまずは店の中に入るとよい。条件次第では、負担は私が持って北側に送ってやろう。……秘密裏に話しておきたいこともあるしな」

 

 太ももを堪能出来て心なしかいつもより輝いた笑顔のヴェルニスの頭を白夜叉が叩き店の中に移動し始めたその背中に十六夜が声をかける。

 

「白夜叉、秘密も糞もなく事情をほぼ知ってる俺がここにいる訳だが、このまますぐに送って貰う事は出来るか」

「そういえばそうじゃったな。他の者もこの件については把握しておるのかの?」

「いいや。だが……いや、やっぱり中の方が良さそうか。止めて悪かった。入ろうぜ」

 

 そのまま話そうと思ったがオーナーに対する過剰なセクハラを前に立ち尽くす店員を見て促す。

 

 店内ではなく中庭を通り直接白夜叉の私室に向かい、ヴェルニスの肩から降りた白夜叉は厳しい表情を浮かべ、カン! と煙管で紅塗りの灰吹きを叩いて問う。

 

「さて、本題の前にまず、一つ問いたい。<フォレス・ガロ>の一件以降、おんしら魔王に関するトラブルを引き受けるとの噂があるそうだが…………真か?」

「ああ、その話? それなら本当よ」

 

 飛鳥が正座したまま首肯する。白夜叉が小さく頷くと、視線をジンに移す。

 

「コミュニティのトップの方針か? ジンは了承しておるのだろうな」

「うん。名前も旗もないコミュニティの存在を広めるならこれが一番早いからってジンが」 

 

 "名"と"旗印"の代わりに"打倒魔王"という特色を持ち、広めることでコミュニティの存在を認知してもらおうというのだ。

 昏倒したままのジンの代わりに答えた耀の言葉に、白夜叉は鋭い視線を返す。

 

「リスクは承知の上なのだな? そのような噂は、同時に魔王を引きつける事にもなるぞ」

「覚悟の上だ。それに敵の魔王からシンボルを取り戻そうにも、今の組織力では上層に行けねぇ。決闘に出向くことが出来ないなら、誘き出して迎え撃つしかねぇだろ?」

「無関係な魔王と敵対するやもしれんぞ?」

「───敵対するゴミは全部ミンチよぉ。二人の主能力上げにも強敵はちょうどいいし沢山来て欲しいところねぇ。まぁ、最悪私がいればどうとでもなるわぁ」

「……おんしは、信じる女神に誓って皆を守れるか?」

「えぇ。流石に家族程にとまでは言えないけれどぉ、二人は手放すには惜しいわぁ。どこまで強くなるかこの目で見てみたいものぉ。ほどほどに守るわぁ」

「あら、守られる事前提かしら」

「これでも少しは強くなってるはず」

「ミノタウロスの戦士に、一人で被害無く勝てるようになったら認めるわぁ」

「……ふむ」

 

 ヴェルニスはいつもの調子で言ってはいるが的外れというわけでもない。なにより二人の為、という所に関して嘘は間違いなく言っていない。

 白夜叉はしばし瞑想した後、呆れた笑みを唇に浮かべた。

 

「こやつがそこまで言うのならばよい。小僧もおるし、これ以上の世話は老婆心というものだろう」

「ま、そういうことだな。時間がない。一つだけ確認したら北側に送ってくれ。依頼に関しては引き受ける。内容に関しては後で構わねぇ。その方が面白い」

「構わぬが、何をそこまで急いでおるのだ?」

「黒ウサギと鬼ごっこしてるのよ」

 

 飛鳥の端的な説明に少し困った顔を浮かべた白夜叉は少しだけ戸惑う。

 

「……いや、まぁよいがの? 娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからよいがの? 先日、悲痛な顔でおんしらの行動について相談されておる。黒ウサギの胃の事情も少しは考えてやれ?」

「知ったことじゃないわぁ」

「あれは弄られて煽られてなんぼだろ。で、だ。白夜叉───()()()()()()()()()()

「なんの……あぁ、あの件か。しっかりと記載しておいたぞ。確かに、あれは間違いない。"ルールの穴"であった」

 

 白夜叉がピッと指を振ると光り輝く羊皮紙が現れる。

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

                 § 火龍誕生祭 §

 

 

 ・参加に際する諸事項欄

 

 一、一般参加は祭典区画内でコミュニティ間のギフトゲーム開催を禁ず。

 

 二、"主催者権限"を所持する全ての存在は、祭典のホストの許可無く祭典へ参加する事を禁ず。

 

 三、祭典区画内で祭典のホストの許可の無い"主催者権限"の使用を禁ず。

 

 四、祭典区域にある舞台区画・自由区画・展示区画内に参加者以外の侵入を禁ず。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

                               〝サウザンドアイズ〟印

                                 〝サラマンドラ〟印

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 それは火龍誕生祭の契約書類(ギアスロール)だった。

 十六夜は、展示物に主催者権限が付与されている場合に気を付けろ、という事を伝えた。

 それに対して白夜叉が取った対処は区画内の全ての『者』でなく、全ての『存在』を対象とした"主催者権限"の監視と、全ての"主催者権限"の行使の管理であった。

 これで<サラマンドラ>と<サウザンドアイズ>に気付かれずに"主催者権限"持ち込む事も、行使することも、全て不可能に近いはずだ。

 

「よし。まぁ内で小細工する奴がいたら意味はないが……それに関しては白夜叉が防ぐだろ?」

「うむ。私の目が黒い内は魔王なぞの手引きなどさせん」

「これって十六夜は何をしたの?」

「ルールの穴を少しでも埋めてくれた、といったところだ。これでも防げぬならそういうものとして諦めて立ち向かうしかなかろう」

「あら、魔王でも現れるというの?」

「うむ。正解じゃ」

「「え?」」

「あらぁ、いいわねぇ」

 

 冗談で聞いた飛鳥の言葉に白夜叉が即答する。

 言葉を無くした飛鳥と耀を置いて十六夜が話を進める。

 

「とりあえず詳しいことは後だ。これで防げるとは思うが、それでも黒ウサギ含めそこまで時間はねぇ。送ってくれ白夜叉」

「よかろう。ジンと黒ウサギの二人には後でしっかり謝るのだぞ?」

 

 そう言うと白夜叉は両手を前に出し、パンパンと柏手を打つ。

 

「───ふむ。よし、北側に着いたぞ」

「「HA?」」

 

 素っ頓狂な声を上げる二人の手を掴んだヴェルニスが待ってましたと言わんばかりに部屋を飛び出した。

 その背中を見送った十六夜も膝を叩いて立ち上がり外へ出る。熱い風が十六夜の頬を撫でる。

 赤壁と炎、ガラスの溢れた街並みを眼下に十六夜は思考を巡らせる。

 

(さて、鬼が出るか蛇が出るか。春日部のギフトも含め、ここまで大きく動かせば必ず()()()()()()()───"歴史の修正力"がどれ程の物か見るにはちょうどいい)

 

 いつかの記憶を取り戻したあの時から考え込むことが多くなったように感じる。

 頭を振り、遊びへと意識を変えた十六夜は展望台から飛び降り、街へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 




どうも赤坂です。
おおよそ一ヵ月ぶりです。
色々と練ってたのと用事が立て込んで書く時間がまったくなかったという苦しみの中ようやく取れた時間で書き上げておきました。
たまに来る感想通知が私の執筆意欲の背中を押してくれる……
サブタイトルいつも一日悩むんですけど毎回「これ!」ってならないんですよね
思いついたらサブタイトルはちょこちょこ変えます


さて、話が変わりますがアンケートを〆切りました。
結果としてですが、Elona要素マシマシとか気にせずに自由にやりはします。
が、そこまで差が開いてるわけでもなしに。Elona要素も増やす様に少しだけ展開や設定を練り直しておきました。

というかそんな展開に付いてなんてこれからの私に任せればいいんです。
それよりも遥かに大事なこととして

な ぜ ル ル ウ ィ 様 が 負 け る ! ! ! (14票差)

啓蒙活動マシマシ案件(方向性決定)
まぁ……Elonaといえばうみみゃぁ! な所あるし多少はね? って思わなくもないです
けど黒天使とルルウィ様の罵倒で朦朧としたいじゃないですか。
朦朧としながら黒天使の手に頬ずりして、心を落ち着かせるんだ……
こんな時どうするか……
2…… 3 5…… 7……
落ち着くんだ…『素数』を数えて落ち着くんだ……

ではでは。

2019/7/26 12:45
サブタイトルにかまけてたらアンケ締め切り忘れてました。(痴呆)
今度こそ締め切りました。
締め切り忘れでアンケ結果と後書きに誤差が……


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第十話『スウォーム!』

 北側三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門境界壁近く。

 火龍誕生祭の展示回廊前に問題児女性陣三人組の姿があった。

 

「博物館前に屋台があるのねぇ。お菓子をつまむためかしらぁ?」

「展示回廊、じゃなかったっけ」

「えぇ。そもそも展示回廊と博物館は違う物のはずよ」

「よくわからないからどうでもいいわぁ。あ、あれ美味しそうだわぁ」

 

 二人の手を引いて外へと飛び出したヴェルニスは一直線に展示回廊へと来ていた。

 楽しい事、が最優先らしいヴェルニスにとっては珍しいものを見るのも楽しい事の一つなのだろう。

 ぶらぶらと展示回廊に入る前に屋台を回るヴェルニスの後ろに付いて二人は歩いていた。

 屋台で買ったクレープを片手にどう食べたものかと飛鳥は苦戦し、耀は口の回りをクリームまみれにしながら現在三つ目に突入している。

 

「…………? ねぇ飛鳥。肩のそれ何」

「肩? ……なにかしら。いえ、誰かしら?」

 

 耀がふと気がついて指差した飛鳥の肩にはとんがり帽子を被った小さな少女の様な誰かが膝を付いて飛鳥のクレープを覗いていた。

 

「あらぁ、妖精じゃなぁい。属性耐性が軒並み高くてすばしっこくて手癖が悪い奴よぉ。初期速度が普通の人の二倍近い種族ねぇ。耐久はカスだから速度を高めて遠距離から魔法で殴るって感じの種族だしよく女神様の信者に引きずり込んだわぁ」

「か、解説ありがとう」

「その、食べる?」

 

 実際は妖精ではなく精霊であり、ヴェルニスは外見が似てるというだけで間違った答えをしているのだが二人とも気づいてはいない。

 肩に膝を付いてクレープを欲しげに指を咥えている小さな闖入者にクレープを差し出すと喜びながら齧り付き始めた。

 

「……可愛いわ! これ可愛いわ!」

「妖精は初期魅力も高いから魅力を上げるフィートや歌唱を取ってパーティーに繰り出すのもいいわよねぇ。まぁまずミンチになるのだけれどぉ。けどパーティーにしろ速度は欲しいわよねぇ? 速度高めたいわよねぇ? 速度はいいわよぉ。速度があれば投石されるより速く演奏できるものぉ。えぇ。速度をあげるなら今がチャンスよぉ。風を司る愛しき女神様の祭壇が丁度ここにあるのよぉ。入信するぅ?」

「ヴェルニス、黒ウサギに宗教勧誘はしないようにって言われてるでしょ。はい祭壇を取り出さない」

 

 何処からともなく豪奢な祭壇を道の中央に取り出し始めたヴェルニスを耀が止める。以前も<ノーネーム>本拠内や街中で唐突に宗教勧誘を始めた事があり黒ウサギや白夜叉にヴェルニスは叱られているのだ。

 少し残念そうに祭壇を仕舞っているが、間違いなく隙を見てはまた勧誘を始めるだろうから止めなければならない。

 

「まぁいいわぁ。入信者はいつでも受け入れるからぁ。去る者には女神様と私からキツい天罰を下すけれどぉ」

「それって入信する人皆に言ってるの?」

「えぇ。嘘を吐くのはよくないわぁ」

 

 来るもの拒まず、去る者()()()

 こういった言葉を呟く限りは箱庭でヴェルニスの勧誘が成功して信者が増える未来は訪れないだろう。

 そんな信者を増やす気があるのかないのかわからないヴェルニスはすたすたと展示回廊へと入り始めたので耀はクレープを差し出し続ける飛鳥の手を引いて後を追いかけた。

 展示回廊の中の人混みでヴェルニスの姿は見失ってしまったが耀の鼻は人混みの中でもヴェルニスの匂いは捉えていた。元の世界でも、箱庭で暮らしていく上でも、誰からも嗅いだ事のない独特な匂いがヴェルニスからはしている。故にヴェルニスの匂いを間違えることはまず無い。

 匂いはほぼ立ち止まらず真っ直ぐと進み続けているようで耀の足は人混みの中でも止まらない。

 耀に手を引かれながらも飛鳥は妖精(?)と会話を続けていた。

 

「私は飛鳥。久遠飛鳥よ。あなたの名前は何かしら、妖精さん?」

「らってんふぇんがー!」

「らってん……ラッテンフェンガー? それがあなたの名前かしら?」

「んー、こみゅ!」

「コミュニティの名前? じゃあ貴女の名前は?」

「?」

 

 微妙に会話が成り立っていない二人を尻目に耀は匂いを追い続ける。しばらく足早に進んだ先で大きな空洞に出た。が、そこで耀の足が止まる。

 

「飛鳥、奥に着いた……でも、匂いが消えた? いや……けど、この匂い」

「どうかしたの? って、あら! 紅い……紅い鋼の巨人?」

「おっき!」

 

 大空洞に出るのとほぼ同時にヴェルニスの匂いが何処かへ消えたのだ。耀はしきりにあたりを見回しているが飛鳥の視線は大空洞の中心に飾られた紅い鋼で作られた巨人に向けられていた。

 視線を奪われるのも仕方がないだろう。紅と金で彩られた華美な装飾に加えて、目測でも身の丈三十尺はあろう体躯。太陽の光をモチーフにしたと思われる抽象画を装甲に描いたその姿は圧巻の一言であった。

 ヴェルニスが忽然と居なくなるのはいつもの事という事もあり、とりあえず何かあったら自分達を追ってこの街に来ているであろう黒ウサギに任せようと耀は諦めて飛鳥と同じく巨人に目を向ける。

 

「それにしても大きいね。どうやって持ってきたんだろう?」

「気になるわよね。それにしても一体どこのコミュニティが……?」

「あすかー! らってんふぇんがー!」

 

 とんがり帽子の妖精が飛鳥の肩から飛び降り、展示品の看板の前で目を輝かせる。

 展示品の看板には確かに『制作・ラッテンフェンガー 作名・ディーン』と記されていた。

 

「まさか、あなたのコミュニティが作ったの?」

「らってんふぇんがー! つくった!」

 

 えっへん! と胸を貼るとんがり帽子の妖精。

 改めて『ディーン』と名付けられた鉄人形を見上げようと顔を上げる。

 

 

 ───異変は、その時起こった。

 

 

 ヒュゥ、と風が吹き全ての灯りが消えた。

 展示回廊が暗闇に閉ざされ、人々の間に混乱が浸透する。

 

「なんだ!? 灯りが消えたぞ!」

「気を付けろ! 悪鬼の類いかも知れん!」

「身近にある灯りをつけるんだ!」

 

 僅かにざわめきが広がるもパニックにはならず、即座にポツポツと灯りがつけ直されていく。

 

「飛鳥、離れないで。何か来る……!」

 

 飛鳥も咄嗟に近くにあった燭台を手に取ろうとしたその時、耀に制される。

 耀の目は薄い暗闇の中で猫のように光り、大空洞の奥を睨む。

 

『ミツケタ……ヨウヤクミツケタ……!』

 

 大空洞の最奥に不気味な紅い光が瞬き、怨嗟と妄執を交えた声が大空洞に反響する。

 ザワザワと洞穴の細部から何千何万という紅い瞳の、大量の群れが姿を現し地面を覆い尽くして波打つ。

 

「ね、ねず……ネズミだ!? ネズミの群れだ!!」

 

 ネズミ達の紅く光る怪しい瞳の全てがこちらを睨んでいる。

 その光景を見た誰かの絶叫が響き、その声に弾かれたようにネズミの群れは()()()()()()襲いかかってきた。

 

「このッ……!」

 

 四方から湧き出て、他の人々には目もくれずに牙を剥いて駆け寄るネズミに対して耀が風を巻き起こしネズミを弾き飛ばす。

 僅かに出来た安全圏の中で飛鳥が声を上げる。

 

()()()()()()()()()()()!」

 

 支配力を含めた声が空洞内に響き渡るが、ネズミ達は動きを止めずに近づいてくる。

 

「え、な、なんで!?」

「ひゃー!?」

 

 支配することが出来ずに焦りの声を発する。ネズミの群れが再び飛鳥に向けて飛びかかろうとし妖精が悲鳴を上げる。耀が飛びかかったネズミを素手で叩き落し足元へと駆け寄るネズミは再び風で吹き飛ばし二人を守る。

 四方から人々の隙間を縫って襲い掛かるネズミの群れに対して唯一の逃げ道である出口は人々によって塞がれている。まずは退路の確保をしなければならないと耀は飛鳥に顔を向けずにすべきことを伝える。

 

「飛鳥! まずは他の人達をここから逃がして! このままだといつか巻き込んじゃう!」

「でも、ギフトが!」

「それは……飛鳥より強い支配のギフトを使われてるんだと思う! この人達になら使えるはず!」

「ッ……! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「「「「「わかりました!」」」」」

 

 ギフトが通じない、その理由に関してわずかに悩むがギフトの力がなくなったわけではないと思い直しひとまず結論に至る。

 一つしかない出口に向けて我先にと逃げようとしてひしめく衆人に向けて一喝し、混乱は一瞬にして鎮まる。

 飛鳥に向けて混乱していた群衆は一斉に敬礼すると共に一糸乱れぬ動きで駆け出す。

 ギフトが失われている訳ではない。ネズミ達がヴェルニスレベルの強さを秘めているというのなら効かないのも理解できるがその様な事はない。

 飛鳥のギフトによる支配よりも上位の支配の力がネズミ達に及んでいるのは確かだろう。

 再び耀は強い風を巻き起こして一時的にネズミを遠ざける。人々が消えたからか出力は少し強めだが展示品を壊すわけにはいかない故にネズミ達を殺すまでは至っていない。

 度々弾き飛ばされるネズミ達はわずかに距離を取って耀の出方を窺い始めた。

 

「それで、どうするの?」

「狙いは飛鳥……いや、妖精さんかな。とりあえず、外に出れば被害が広がる。ここで全部追い払うしかない」

「ぜ、全部!? この数よ、どうやって!?」

 

 ギフトが通じない上に武器の類を持っていない飛鳥にはネズミ達に対してほとんど打つ手はない。

 耀が、狙いは今も飛鳥の肩にしがみ付き震えている妖精だと言う。振り落として逃げてしまえば追われる事はないのかもしれない。

 だが、怖がり震える小さな妖精を振り払う事など、出来る訳がない。

 たった一つだけ対処する方法がない訳では無い。ヴェルニスが二人に伝えた方法が一つだけある。だがそれだけは使わないと、その方法だけはしたくないと飛鳥が固く拒否したのだ。

 

「風だけ起こしていればって思ったけど……。操られてるだけだし、可哀そうだけど……うぅん、迷ってる場合じゃない!」

 

 隙を狙って天井から落ちて来たネズミに対して耀は上段の回し蹴りを勢いよく放つ。

 

『ギッ!?』

 

 小さな悲鳴と共に吹き飛んだネズミが潰れて絶命する。小さな体のネズミに対しては致命傷だろう。

 

 

 

 ───()悲鳴(・・)絶命(・・)、そして()

 

 

 

 

「『スウォーム』」

 

 

 

 二人を囲んでいたネズミ達が一瞬にして壁のシミへと変化する。何千・何万匹居た全てのネズミの全てが一秒の誤差も無く肉片すら残さずに細切れになって消しとんだ。

 

「懐かしい匂いがしたから追ってたら、ミンチが出来た音がして戻ってきてみたけれどぉ……どういう状況かしらぁ?」

 

 悲鳴があり、ミンチが出来、風が起きる場所に彼女が現れない理由があるだろうか。

 何処かへと消えてしまっていたがそれでもこの街にはいるはず。条件さえ整えてしまえば必ず現れると踏んで試した耀の予想は的中した。

 

「ヴェルニス、おs」

「もしかして『遅い』? 『遅い』って言おうとしてないかしらぁ? 私が『遅い』んじゃないわぁ、あなた達の助けを呼ぶ声が『遅い』だけじゃなぁい。もっと『速く』、助けを私に求めればいいだけじゃないかしらぁ? そう、もっと、『速く』。『速く』ねぇ?」

「……えっと」

 

 耀の小声の抗議を聞いたヴェルニスが耀に対してズイと顔を近づけて詰め寄る。

 詰め寄られた耀は鼻をつまんでそっぽを向いている。肝心なときに居なかったヴェルニスが悪い。

 鼻をつまむのも仕方がないだろう。むせ返る様な獣達の血の匂いが空洞に充満しているのだ。

 酷く匂う、間違えることの無い気味の悪い匂い。染みついた血の匂い。

 ヴェルニスから薄く漂う物と限りなく、似た匂い。

 

「まぁいいわぁ。ガードも来たみたいだしぃ。耀が守ってくれたおかげねぇ……飛鳥には何か武装があった方がよさそうだわぁ」

 

 空洞の出入口から明かりを持った衛兵達が走ってくる。わずかに見えたヴェルニスはどこか貼り付けた様な冷たい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻。大通りから一本裏手に回った道。

 表の屋台を荒らした後、裏道に開かれた小物屋を冷やかして回る十六夜の姿があった。

 その背中に目掛けて遠くから大声を上げながら飛来する兎が一匹。

 

「見ィつけた──―のですよおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「お、黒ウサギか。遅かったな」

 

 視界の外から飛んできた黒ウサギのドロップキックをひょい、と僅かな足取りで避ける。

 ズドォン!!とドップラー効果の効いた絶叫と共に、爆撃のような着地音が響く。

 大きな土埃を起こしながら着地した黒ウサギはいつでも飛びかかれるように構えながら十六夜の前へと姿を現す。

 

「ふ、ふふ、フフフフ…………! ようぉぉぉやく見つけたのですよ、えぇ本当にッッ!! やっと、やっと見つけたのですよ十六夜さんッッ!!!」

「そんなに怒るなよ。ほら、昔から言うだろ? 短気は損気とかなんとか」

「こんな書き置きを残して行く問題児様方がいけないのでしょうが! 今度と言う今度は許しません……!」

「捕まえられなかったらコミュニティ脱退、とか書かなかった分優しいと思って欲しいけどな」

「それは本当に冗談にならないのでぜっっっっっったいに止めてください!!」

 

 ズイ、と黒ウサギが十六夜に向けて突きつける四人の書き置き。黒ウサギが怒る内容というのは、

 

『黒ウサギへ。

 北側の四〇〇〇〇〇〇外門と東側の三九九九九九九外門で開催する祭典に参加してきます。黒ウサギも、レティシアも来ること。

 祭りの事を意図的に黙っていた罰として、今日中に全員を捕まえられなかったら黒ウサギに()()()()をします。

 P/S ジンはうるさいので連れていきます』

 

 名指しで、しかも内容が明記されていない『()()()()』とは一体何かと黒ウサギは恐怖で震えることになったのだ。

 

「しかし、問題児様方の中で最も手強いであろう十六夜様を捕まえてさえしまえば……!」

「ん? ちょっと待て黒ウサギ。俺よりヴェルニスの方が捕まえるのは面倒じゃないのか?」

「いえ。確かに身体能力的に考えれば99.9%無理です。ですが物や、それこそ()()()()レベルで……だからこそ最終手段として、その、嫌ですが最悪の場合は『体』で釣れると思うので」

「理解出来るのが悔しいぜオイ」

 

 確かにヴェルニスなら釣れる。間違いなく釣れる。確率で言うなら99.9%といったところだろう。普段からワキワキと手を蠢かせながら黒ウサギのいる風呂場に突撃して黒ウサギの悲鳴が聞こえる。<ノーネーム>本拠内で連日見る光景だ。

 

「そして他のお二人に関しては黒ウサギの身体能力をもってすれば捕まえるのは容易いのデス」

「言ってやるな。あれでも間違いなく強くなってきてる」

「そうですね。あと一年か、二年もすればきっと箱庭中に名が轟くプレイヤーに……そしてもっと黒ウサギは苦労することになるのですヨヨヨ……」

 

 黒ウサギが苦労サギと書きそうな程に白く煤けた背で遠い目をし始めた。

 現状ですら厄介な問題児達が力を付けて黒ウサギに対抗してきたらどうすればいいのだろうか。

 が、十六夜に()()()()を慰める気はさらさら無い。

 

「で? 捕まえるってなら俺は普通に捕まるが。 変に逃げ回って残りの屋台を回れないのも癪だしな」

「えぇ、そう仰ると思ってました。全力で追わせて貰い……は?」

「HA? じゃなくてだな。別に俺は逃げる気はねぇぞ?」

 

 そもそも追うなら死力を尽くして知力を尽くしてそれでもなお追い付けないであろう最も厄介なヴェルニスか、比較的捕まえやすいであろう飛鳥・耀が先と思っていただけで十六夜はこちらに来てからは逃げも隠れもしていないのだ。

 ただ、黒ウサギがヴェルニスを追うなら間違いなくヴェルニスによって街中に被害が発生するであろうからその前に祭りを楽しみたいと思って来るのを急いでいただけである。

 

「他の三人全員捕まえる算段がついてるなら一緒に屋台でも回るか?」

「え、えぇ? 逃げないのですか……? 本当に? 本当の本当に逃げないのです?」

「現に逃げてないだろ?」

 

 自らのウサ耳と目が信じられないという風に何度も念を押すが十六夜は既に小物屋に向き直っている。

 

「な、なんと言えばいいのか……」

「何とでも言えばいいんじゃねぇか? ……っと、何だ?」

 

 困惑する黒ウサギを背に小物を手に取っては戻す作業をしていた十六夜は表の大通りにやけに慌てた様子の大声が響いたのに反応する。

 

「衛兵の方が走っていきました……何か起きたのでしょうか」

「魔王が現れたとか?」

「さ、流石にそこまでの事態では無いと思われます。<サウザンドアイズ>と<サラマンドラ>のコミュニティが携わる祭典の上に、白夜叉様もいらっしゃる状況で殴り込んでくる魔王がいるとはあまり思えませ」

 

 黒ウサギの言葉を切って、ズドガァァァァンッ!! と、突如爆発音が響き渡る。

 

「ん………………な、何が起きて?」

「時計塔が爆発したな。この状況でそんなことをやる奴がいるとしたら常識を元の世界に忘れてきた一人だけだ」

「ヴ、ヴェルニスさん……!」

 

 少し離れた時計塔の頂上が爆発したように抉れている。

 幸い瓦礫が広範囲に撒かれる、といった事は起きていないものの抉れて支えを失い揺れる搭の先端が地面に落下すれば間違いなく危惧していた被害が生まれる。

 

「黒ウサギに追われなくてもアイツは被害を生むのか……『歩く災害』って通り名は伊達じゃねぇ。もっと広めないと危なそうだ」

「感心してる場合じゃないですよ! 十六夜さん、何とかしないと!」

「幸い逃げる猶予はあるわけだし、あれだけの爆発音だ。避難はもう済んでるだろ。こっちの衛兵に任せるべきだと思うぜ?」

「私達の同士がした事態に対して知らぬ存ぜぬ、は通りませんッ!」

 

 また小物屋に向き直ろうとした十六夜の服の襟首をむんずと掴んだ黒ウサギは近くの建物の屋根へと飛び上がり、今にも崩れ落ちそうな時計塔へと駆け出した。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 約数時間後。日も暮れて来た頃。

 “火龍誕生祭”運営本営陣・謁見の間。

 そこにはジン、黒ウサギ、十六夜、ヴェルニスの三人が呼び出されていた。

 

「随分と派手にやったようじゃの、おんしら」

「『ら』ってなによぉ。お祭りを盛り上げたのもミンチを作ったのも全部私よぉ?」

「自白を求めるまでもなく自供したの。だが、現場に居合わせた者達からの話通り暴れていたネズミを……手段はともかく、怪我人を出さずに撃退してくれた事にはひとまず私から感謝しよう」

「怪我人がいないのは耀と飛鳥、二人のお陰だけれどねぇ。女神様に白夜叉からも言って貰えると嬉しいわぁ。感謝なんて要らないからぁ」

「ほう? 時計塔の爆破に関しても報告してよいと? 危うく怪我人が出るところだったあの件も?」

「えぇ。事故(・・)でミンチが出来ることはなかったけれどぉ、お祭りが盛り上がったしねぇ?」

「胸を張って言わないで下さいこのお馬鹿様!!」

 

 スパァーン! と黒ウサギのハリセンが奔りヴェルニスを叩くがニコニコしたまま微動だにしない。後ろにはコミュニティのリーダーとして呼び出された、昏倒したまま白夜叉の私室に放置されていたジンも居て、頭を抱えている。

 白夜叉は苦笑し、その彼女の側には玉座に座る色彩豊かな衣装を纏った幼い少女が居る。

 彼女が<サラマンドラ>のリーダー、サンドラなのだろう。誕生祭の主賓の前であるから、何とか取り繕っているらしい。

 サンドラの側近らしき軍服姿の男が鋭い目つきで前に出て、ヴェルニス達を高圧的に見下す。

 

「ふん! <ノーネーム>の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな! 相応の厳罰は覚悟しているか!?」

「これマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろう?」

 

 白夜叉がマンドラと呼ばれた男を窘める。

 サンドラは玉座から立ち上がると、ヴェルニスに声を掛けた。

 

「貴方が破壊した建造物の一件ですが、白夜叉様のご厚意で修繕してくださいました。負傷者は奇跡的に無かったようなので、この件に関しては不問にさせて頂きます」

 

 チッ、と舌打ちするマンドラ。意外そうに声を上げる十六夜。

 

「へえ? 太っ腹なことだな」

「おんしらは私が直々に招待状を送ったしの。まぁこやつが関わってこの程度で済んで良かったといったところか。……ふむ。いい機会だから、昼の続きを話しておこうかの」

 

 白夜叉が連れの者達に目配せをする。サンドラも同士を下がらせ、側近のマンドラだけが残る。

 サンドラは人がいなくなると玉座を飛び出してジンに駆け寄り、少女っぽく愛らしい笑顔を向けた。

 

「ジン、久しぶり! コミュニティが襲われたって聞いて心配してた!」

「ありがとう。サンドラも元気そうで良かった」

 

 同じく笑顔で接するジン。<ノーネーム>となる前から元々親交があったのだろう、仲が良さそうな雰囲気だ。

 

「本当はすぐ会いに行きたかったんだ。けどお父様の急病や継承式のことでずっと会いに行けなくて」

「それは仕方ないよ。だけどサンドラがフロアマスターになっていたなんて───」

「その様に気安く呼ぶな、名無しの小僧!!」

 

 ジンとサンドラが親しく話していると、マンドラが獰猛な牙を剥き出しにし、帯刀していた剣をジンに向かって抜く。

 その刃がジンの首筋に触れるより早く、十六夜が足の裏で受け止める。

 

「おい、止める気なかっただろ」

「当然だ! サンドラは既に北のフロアマスター! 名無し風情に恩情を掛けた挙句、馴れ馴れしく接されたのでは<サラマンドラ>の威厳に関わるわ! この<名無し>のクズが!」

「あぁ、これはいけないわぁ。名無しの、そこらへんに転がってるクズ同然として扱われる存在の些細な言葉使いにすら怒る程に短気な人が頭首側近のコミュニティってお祭り中で言いふらさないといけないわねぇ」

「これヴェルニス。そこまでにせい。不問にして貰っておるのだ、下がれ。マンドラもだ」

 

 言いたいことが沢山ありそうなヴェルニスを黒ウサギが手を引いて無理やり下がらせる。このままでは売り言葉に買い言葉でそれこそヴェルニスがこの祭りを癇癪で終わらせかねない。

 

「話を戻そう。まずは、おんしらにこれを」

 

 そう言ってジンに二枚(・・)の封書を手渡す。

 

「拝見します」

「うむ。おんしらに招待状を送った理由がそこにある。まずは上の一枚を見るがよい」

 

 ジンが渡された二枚の上、一枚目の封書を開く。

 其処には只一文、こう書かれていた。

 

『火龍誕生祭にて、"魔王襲来"の兆しあり』

 

「…………なっ」

「あらぁ。魔王が現れるのぉ?」

 

 黒ウサギが絶句した後に呻き声のような声を上げる。ジンは呻き声すらあげられていない。顔を覗き込ませたヴェルニスは何一つ笑顔を崩さずにほんのりと楽しそうな口調で呟くだけだ。

 十六夜は一人、白夜叉にむけて鋭い瞳を向けて問い返す。

 

「この封書が来たのは何時だ? 俺が白夜叉に例の件を伝えてルールに手を加える前か?」

「いや、おんしの助言の直後だ。一日も空いておらんな。そして、その翌日に来たのが渡したもう一枚。逆廻十六夜。()()()()だ」

「……俺宛にか?」

 

 ジンの手の中のもう一枚の封書を十六夜が受け取り中を開く。

 中を見た十六夜の目が二度、三度と手紙の左右を行き来し、怪訝な顔を浮かべる。

 

「…………そうか、あれで防げない。その上で、いや……だが、これは何が目的だ?」

「何と書いてあった?」

「見てみろよ。ヒントになるかもわからねぇ」

 

 そういって白夜叉に手紙を渡す。

 其処にもまた、同じ様に一文のみ書かれていた。

 

『"星の位置"に気を付けろ』

 

「星の、位置?」

「星座絡み。何処ぞの神群でも関わってるのかあるいは……どちらにせよ厄介な内容だの」

「この内容の示す意味がなんにせよ、魔王が現れるのは確定事項だ。そうだろ、白夜叉」

「うむ。封書の片方は<サウザンドアイズ>の幹部の一人が未来予知した代物だ。信憑性としては『上に投げれば、下に落ちる』といった程度。間違いはない」

「……どういう事だ。上に投げれば下に落ちるのは道理だろう! この程度の内容で予言と言えるのか!」

 

 白夜叉の例えに対してマンドラが疑わしそうに眉を吊り上げて怒りだす。

 

「"誰が投げた"、"どう投げた"、"何故投げた"。その全てが解っている者が"何処に落ちるのか"というのを予言としてここに記したのだ。間違いなくこれは確定した未来に対する予言だ。マンドラよ」

「ふ、ふざけるな!! そこまでわかっていながら魔王の襲来と、その魔王に対する僅かな助言だけだと!? 戯言で我々を翻弄しようとする狂言だ!!」

「マンドラ兄様……! これにはきっと事情があるのです……!」

 

 犯人も、犯行も、動機も。そしてその対処法すら判明しているのに未然に防げない。むしろ防ごうとすらしていないと取れる内容であった。

 

「犯人がわかっていて、犯行内容もわかっていて。対処法も解る。その上で防げない。いや、()()()()()()()()。……いや、待てよ白夜叉。お前今、さっき何て言っていた?」

「む? 予言の信憑性についてか?」

 

 予言の信憑性に関しては白夜叉が語った通りだろう。そもそも二枚目の内容を見るに魔王襲来は防ぐ事は出来ない、あるいはしてはいけない。

 それがわかっているからこそ、十六夜は聞き捨てならない言葉について問い詰める。

 

「いや、その前だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? だとするともう片方は誰からだ」

「うむ。おんし宛のもう片方は……む? いや、んん??」

「どうした。誰からなんだ」

 

 送り主を告げようとしたまま首を捻り白夜叉が悩み始める。

 白夜叉が手の中の手紙の封蝋を眺めて考え込み始めた。

 

「封蝋は間違いなく同じ幹部の物……。誰かから確か……そうだ、誰かから……誰だ?」

「身元不明の誰かから渡された、と?」

「渡……されたのではないな。受け取った後に……いや、二枚ともその幹部からの物のはず、だが……うむ、同じ幹部からの物だ。先程の発言は言い間違いだと思ってもらって構わぬ。すまない」

 

 腕を組み首を捻ったまま釈然としない答えを下すが、その答えに納得など出来るはずがない。

『封蝋は間違いなく一枚目の物と同じで、同じ者から送られている。だが受け取った時に、誰かからその手紙が別の人物からの物であると伝えられた』。

 それはわかっている。それはわかるというのに、確かにその誰かから伝えられたのにそれが誰かがわからなくなっている。

 

「白夜叉様、何かしらのギフトの効力では?」

「いや、そういった類いの力は何も感じぬが……ぐぬぬ、何故だ。何故思い出せん……? 封蝋からして同じ送り主なのはわかるのだが」

「まぁわからないならわからないでいいか。手紙の送り主に関しては思い出せたらでいい。魔王を倒した後でも構わねぇ。それよりやる事があるだろ?」

 

 手紙を白夜叉の手から取りヒラヒラと振りながらチラ、と白夜叉に視線を送る。

 

「ふぅむ、わかった。後でまた本人に確認を取ってみるとしよう。さて、改めて───ジン=ラッセル率いる<ノーネーム>は魔王に関するトラブルを引き受ける、との事だったなジン殿?」

「……! はい。間違いありません。我々<ノーネーム>はあらゆる魔王の打倒を掲げています」

「ジン!?」

 

 サンドラ自身は初耳だったのだろう。旧知の友が<ノーネーム>となった事は知っていても、魔王に自ら関わりに行くと掲げるコミュニティへと変わっていることを。

 思わず、という風に一歩前に出たサンドラを手で制した白夜叉はジンの目を見たまま続ける。

 

「うむ。では招待状を送った理由を答えよう。此度の魔王襲来の予言の通りに魔王が現れた際はその対処に協力を依頼したいのだ。よいだろうか、サンドラ殿」

「………………はい。構いません。魔王への対処の協力を依頼します」

 

 白夜叉がサンドラへと視線を移す。

 サンドラはチラと見返すとジンを見て長考の末にサンドラは頷いた。

 頭首として、コミュニティ再興の為に覚悟を決めた友人の姿は、果たしてサンドラにどう映ったのか。

 即答ではないとはいえ、サンドラもまたジン達への協力に賛同した。

 

「し、正気か!? 魔王に破れて名無しになったこいつらに魔王の対処を依頼すると!?」

「控えよマンドラ。頭首の決定だ」

「ぐっ……いや、だが!」

「マンドラ兄様。下がってください」

 

 マンドラの考えも仕方がない。かつて魔王に破れたコミュニティに助力を求めるなど正気の沙汰とは思えないだろう。

 だが、東と北のフロアマスターによる直々の決定だ。幾ら血の繋がりがあろうと一側近が口を出せる内容ではない。

 

「わかりました。その依頼、<ノーネーム>を代表して引き受けさせて頂きます」

 

 ジンとしては予想外ではあるものの実績を求める<ノーネーム>としては願ったり叶ったりの展開だ。

 白夜叉も居る状況、戦力に関しては問題はないであろう。

 会話が終わったタイミングでヴェルニスが腰の剣に手を添えて白夜叉に声をかけた。

 

「それでぇ? 魔王の首はちょん切っていいのよねぇ?」

「……よかろう。私が許す。魔王の首、獲れるのであれば隙あらば狙うがよい」

 

これにて交渉が成立。

魔王襲来に向け、段取りを決めて夜まで時間を過ごす事になった。

 

 

 

 

 




どうも赤坂です。

あんな絵(水着絵)とかこんな絵(次回辺りに多分上げる挿絵)とか描いてたら一月経ってました。
最近サバイバルゲームで黙々と採掘してるのが楽しい……
気が付くと11000字近く書いててびっくりしました。(小並感)

お気に入りが500件(2019/8/24 20:00時点)になってました。多分この話が上がった日のお気に入りは500を下回っているでしょう(投稿するとお気に入りが減る人)
ジワジワ上がっていくのをいつもほんのり眺めてます。

狂信者がワサワサしてるだけのelona要素がほんのり過ぎてelonaの味がしない気がする作品を色んな人が読んでくれてるんだなぁって。
まぁ自由気ままにやり続けます。

せっかく挿絵(?)を描いたので早めに更新出来たらなぁとか考えてます。

ではでは。

2019/8/30
ElonaMobile(中国語版)が出たそうです。
詳しくは活動報告にまとめてあります。

2019/10/03
読み直し、後半の二枚目の手紙に関する会話を手直ししました。
会話が省略され、伝わりにくい感じがしましたので。


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第十一話『それは生きている [Lv:17 Exp:21%]』

<サラマンドラ>、<サウザンドアイズ>、<ノーネーム>の三コミュニティによる魔王への対策についての話し合いが終わり、白夜叉と十六夜は<サウザンドアイズ>の北側支店へと向かっていた。

 同じく話し合いの場に居たヴェルニスとジンと黒ウサギの三人だが、話し合いが終わるとヴェルニスがふらりと何処かへ消え、黒ウサギはまたヴェルニスが何か仕出かすのではないかとジンを連れて後を追って飛び出していった。

 

「魔王自体よりも、むしろ敵がどうやってゲームを仕掛けてくるのかが疑問だな。あそこまで予防線を張って、それでもなお現れるって言うなら、どうやって現れる事が出来る?」

「気になるところだの。おんしに宛てて送られた予言に記された"星の位置"とは何か。ひとまず星がよく見える時間帯、夜間の警備は増やしておくべきであろうな。展示回廊での事件もあるしの。"星の位置"……ふむ、戻ったらちと調べてみるかの」

「展示回廊といえば、ヴェルニスは今度は一体何をしでかしたんだ?」

「昼頃に様々な展示品が飾られたこの大祭の目玉の一つである展示回廊で大規模なネズミの群れが発生しての。おんしらの所の小娘二人が観光客達を守り、殿(しんがり)を務めて時間を稼いだ所にあやつが登場。ネズミの群れを皆殺しにして撃退した、と。そんなところだ。清掃と、展示品を出品したコミュニティへの連絡・破損等確認の都合でかなり手間取っておる。小娘二人の対処のお陰で怪我人が一人も出ていないがな。壊れた時計塔に関しては壊された理由すら雑だの。本人曰く『懐かしい風が吹いていたから追っていたら、血の匂いがして急いで移動したらなんか壊れた』、らしい。理由からしてよくわからん」

「やっぱり『歩く災害』だなアイツは。怪我人が出なかった分まだマシか。それで? 明日までに展示回廊は再開出来そうなのか」

「うぅむ、どうだろうな。一部の展示品が紛失したりといった報告もあるというのもあるが、血を洗い流したとて大空洞に残り、籠る『匂い』だからの。しかもネズミ、それも血となると病原菌なぞも……どうしても難しそうというのが私の見立てだ」

「そいつは残念。明日辺りにでも見に行こうと思ってたんだが。そういや、あっちのゲームはどうなってるんだ?」

「あっち、というと『造物主の決闘』か? 今日の昼過ぎから予選が開始しておったのだが展示回廊での事件もあって警備と安全の都合上、予選自体が途中までしか行われておらん。明日の早朝から再び予選を再開し、昼過ぎに決勝……まで行けるといいの。夕方まで食い込むかもしれん」

「へぇ。春日部とお嬢様は今からでも参加出来たりするか?」

「飛び込み枠が空いておる。時間の都合上、一組か二組程度までしか無理だが……。参加させるつもりか?」

「そろそろしっかりと戦い方を学ばねぇと魔王との戦いに二人が着いてこれなくなる。俺が動かずとも大会の存在を知っていればヴェルニスの奴が勝手に二人を突っ込ませるとは思うが……いや、俺から動いた方が確実か」

「祭りが盛り上がるのは主催者としては嬉しい限りだからの。招待状を送った者として楽しませるのも務めだろう。私からも誘うとしよう」

 

 あいにく、展示回廊は解放されなさそうだが致し方あるまい。

 飛び込み枠が空いているなら自分も飛び込んでしまおうか、などと十六夜は頭の片隅で考えてみる。それこそ今も着けたままの壊れたヘッドホンをギフトだとか何とか偽ればいけそうだ。

 そう考えた瞬間に白夜叉が釘を刺すように半目になって十六夜を睨んだ。

 

「……小僧、おんしとヴェルニスは絶対に参加させんぞ?」

「頭の中を覗くんじゃねぇよ。出たところで『速度』差がある以上、決闘どころかマトモな戦いにすらならねぇのはわかってる」

 

 誰でも歓迎と銘打つ大会だが、ヴェルニスと十六夜は参加拒否らしい。

 とはいえ、ヴェルニスが度々口にする『速い』ということがどういう事を示すのか。それを理解出来るのならばこの扱いには納得せざるをえない。

 地を這う一匹の蟻が天を貫く巨人に勝てぬように。一秒を超えられない者は十六夜とヴェルニスの二人の横に並び立つ事すら許されないのだ。

 

「わかっておるならよい。なに、大会に出れずとも魔王との戦いが控えておるのだ。魔王と呼ばれる者共はいずれも強敵。きっとおんしも満足出来るだろう」

「ヴェルニスがいるだろ。俺が出る幕もなく一秒で終わらせられる可能性があるんじゃないか?」

「いや、それはない」

「……へぇ。断言できるのか」

「あぁ。間違いなく。そもそもそれならばおんし宛に二枚目の予言を送る必要がなくなるだろう? 数瞬で終わるというのにゲーム攻略のヒントを贈る必要はない。例えヴェルニスがあまりにも予想外の存在だとしても予言はそれも含めて送られてきておる」

「それだ。その二枚目の予言。この手紙、この予言が魔王を()()()()()()()()だとしたら?」

 

 魔王戦後に当てた予言ではないのか。そう訊ねる。ありえない話ではないだろう。魔王は即座に倒される、だが魔王戦後にこそ気を付けるべきであるとする手紙の可能性があるのではないか。

 そう十六夜が伝えると、白夜叉は腕を組んで悩み始めるがやはり答えは同じだった。

 

「うむ。それもない」

「というと? 魔王との戦いが終わった後にこの予言の気を付けるべき事が訪れる時が来ることはないと」

「予言は此度の大祭の開催に際し贈られたもの。十六夜、おんし宛の手紙も同様だ。そこは変わらぬ」

「だが、それなら何故俺宛なんだ。大祭への贈り物だろ? 北側のフロアマスターの襲名祝い、共同主催者が東側の白夜叉とはいえ北側じゃなく東側の、それも招待されていたとはいえ<ノーネーム>宛ての上に一個人宛て。ってのはどう考えてもおかしいだろ。同じ東側繋がりとはいえよ」

「わざわざ祭りにほぼ無関係の一個人に宛てるだけの理由があるということだろうな。あるいは小僧。おんしが必ず読まねばならない、つまりは()()()()()()()()()()()という事か。真意は今はわからぬがな。考えるだけ無駄と受け取ってよいかもしれん。予言の通りに魔王は現れるであろうし、星の位置には気をつけねばなるまい。逆に言えば()()()()なのだ」

「なんだ、やけに楽観的すぎやしないか?」

 

<サウザンドアイズ>北側支店の入り口の暖簾を潜りながら十六夜は訝しげに訊ねる。

 魔王が現れるというのに白夜叉はあまりにも楽観的すぎではないか。如何に白夜叉が東側最強と謳われていたとしてもだ。

 十六夜も後を追って暖簾を潜り、店内へと入ると外では聞こえなかった騒がしい声が響いていた。

 

「待つのですよヴェルニス様ぁああああああああああああああああああ!!! 今度という今度はもうッ! もう許さないのですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

 

 響き渡る黒ウサギの絶叫。ドタバタと走り回る音と共に飛鳥と耀の声も響いてきた。

 

「どこにいったのかしら!? 捕まえて縛り上げるわよ!」

「玄関に行った! 店外に逃がさないように気を付けて!」

「待つわけないじゃなぁい。あ、白夜叉。黒ウサギのパンティーあげるわぁ」

「うむ。ありがたく貰おう。いくら欲しい?」

「好感度稼ぎだから別にいらないわぁ」

 

 平坦な声と共に小走りで突如として玄関口に現れた浴衣姿のヴェルニスが颯爽と白夜叉に黒い物体を手渡し嵐のように去っていく。

<ノーネーム>女性陣三人組の姦しい叫び声が店内に響き渡っているが店外に声が漏れていないのは盗聴の類を防いでいるなにがしかのギフトによるものだろう。超大手コミュニティならではの防音性能だった。

 ドタドタと走り回る音が延々と響く中、やけに説得力のある声音で白夜叉が十六夜の先程の問いに答える。

 

「とまぁ、このように魔王というものは嵐のように現れて全てを奪って去っていく。此度は予言されている分、準備が出来る。おんしらを呼び出したようにの。なにより私もおるから多少楽観的 でもよいだろうて」

「ナチュラルにヴェルニスを魔王呼びするんだな」

「似たようなものじゃろ?」

「下着を盗んだだけのただの下着泥棒だろ。あれで魔王って呼ばれるなら……いや、白夜叉もセクハラして魔王って呼ばれてたっけか」

「いや、それは違うぞ? 流石に箱庭広しといえどセクハラで魔王と呼ばれるものはおらんからな? というより私がセクハラを始めたのは魔王と名乗らなくなってからだからな?」

 

 まぁよいか、と呵呵と笑って白夜叉は手に持った黒い物体を懐に仕舞って私室へと戻っていく。十六夜は肩を竦めて風呂場へと向かう事にした。

 風呂場へと向かう途中で何かがハリセンで全力で叩かれたような小気味いい音が響き、店を揺らす振動が十六夜に伝わってきた。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 貴賓室に皆が集まっている、十六夜が風呂から出ると女店員にそう伝えられる。遅れて入室するも正座したヴェルニスへの罵倒の場になっており大した話しはしていなさそうだった。

 

「悪い、遅れた。……あー、もう始まってたか?」

「ん、来たか。見ればわかる通り何も始まっておらんから安心せい。ほれ、小僧も来たしそこまでにして本題に入るぞ」

 

 パンパンと手を叩き、楽しげにニコニコと笑顔を浮かべたヴェルニスをハリセンで殴打する三人に声をかける。全員が席についたのを確認すると白夜叉は来賓室の席の中心に陣取り、両肘をテーブルに載せこの上なく真剣な声音で話始める。

 

「それでは皆の者。今から第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」

「始めません」

「始めます」

「始めませんっ!」

「ミニスカから覗くガーターの太ももへの食い込みも好きだけれど、ここはいっそロングブーツ、ロングスカート、上も長袖にしてより一層素肌を見え難くする事で見えないからこそ萌える、あるいは滲み出るエロを清楚で押し隠す感じに仕立て上げるのはどうかしらぁ。デニム生地のむっちりした感じも好きなのよねぇ。スラッとした体形にも似合うしムチッとした体形にも似合うしオイオイその太ももで審判は無理だろ。って思われるような格好もいいと思うのだけれどぉ。案の一つにどうかしらぁ?」

「それもいいの! だが本題である"エロ可愛く"という趣旨から外れてしまう。うぅむ悩ましい!」

「というかヴェルニスの居た世界にデニム生地とかあるのか」

「普通に始めないでくださいっ!」

 

 白夜叉の提案に悪乗りする十六夜。速攻で両断する黒ウサギだが、ヴェルニスが意に介さず普通に話し始める。黒ウサギとしてはミニスカよりはヴェルニスの挙げるような服装の方が好みであり嫌な提案ではないもののこのままでは話が脱線し続ける。白夜叉は笑いなが本題へと入る。

 

「衣装の事は横に置いておいてだな、明日の『造物主の決闘』の審判役を黒ウサギに頼みたいのだ」

「審判役をですか? 唐突ですね。構いませんが、何故でしょう?」

「ヴェルニスに壊された時計塔の避難の折に黒ウサギを……というより"月の兎"を見かけた、審判として出るのかと運営に問いかけが殺到しての。知っての通り"箱庭の貴族"が審判を務めるゲームには箔が付く。皆の期待も高まっておるし依頼させて欲しい。別途金銭も当然用意する」

 

 同士の仕出かした事だ、と色々と手伝いに走った影響によるもののようだ。なるほど、と一同は納得する。

 

「分かりました。明日のゲーム審判・進行はこの黒ウサギが承ります」

「うむ、感謝するぞ。……それで審判衣装だが、例のレースで編んだシースルーの黒いビスチェスカートを」

「着ません」

「ここに女神様の衣装を意識して仕立てた服があるのだけれどぉ。どうかしらぁ」

「シースルーな布!? その透き通った布一枚でどうしろと!?」

「さ、流石にそれは僕からもストップをかけないといけないです……」

「ヴェルニス! それはエロ可愛いではなくただエロいだけであろう!」

「そうだぞヴェルニス。エロ可愛いってのはだな……」

「談義を始めないで下さい! いい加減本気で怒りますよ!?」

 

 ヴェルニスが懐から反対側が透けるほどに薄い生地の白布を取り出し始めて流石に焦るがこれを服と言い張ってはいけない。これを服と言い張れるのは全裸が普段着の人だけだ。ジンも流石にストップをかけるレベルのアウトだ。流石の十六夜と白夜叉も踏みとどまる。  

 そこでふと思い出したように十六夜が飛鳥と耀に声をかける。

 

「あぁそうだ、『造物主の決闘』なんだが飛び込み枠が空いてるらしい。お嬢様と春日部に明日飛び込み参戦して貰いたいんだが、いいか?」

「これもまた突然ね。私たち二人っていうのに何か理由はあるのかしら。十六夜君やヴェルニスさんなら優勝間違いなしでしょう?」

「俺とヴェルニスは大会主催者の一人、ここにいる白夜叉から参加拒否された。だからお嬢様と春日部の二人で大会を荒らして白夜叉に一泡吹かせてやってほしい」

「これこれ。先程と言ってることが違うではないか。理由をでっちあげるでない。……私からも参戦して欲しいというのは正直なところでの。なにせ今日の事件のせいで明日に試合が回されておるのだ。盛り上げねば観客にも失礼だし、なによりおんしらの雄姿を見た者もおる。<ノーネーム>の名を売るのにもうってつけだろうて」

「でも『造物主の決闘』っていうからには何か作らないと」

「おんしにはその『生命の目録』があろう。その恩恵は技術・美術共にかなり優れておる。力試しのギフトゲームにはなるが問題なかろう?」

「飛鳥は? 飛鳥にはそういった物はないけど」

「二人で参加、というよりは参加者とサポーター枠じゃな。サポーターは特に創作物系の恩恵等は必要とはしておらん」

「それなら問題はないわね。この辺りで一回どこまで通用するのか試してみるのも面白そうだわ。私は参加でいいわよ」

「うん。それなら参加してみようかな」

 

<ノーネーム>として名前を売る、というにはこの大祭の目玉の大会に参加するのは現状では最高の選択肢といえるだろう。

 名を売るのが目的であるのなら、出来ることならばジンを参加者として、サポーターに二人のどちらかをつけるのがいいのだろうがあいにくジンは創作系のギフトを持っていない。優勝出来たならその時に改めて名前を売ればいいだろう。

 

「そうねぇ……参加するにしても飛鳥はせめて自衛用の武器と防具は欲しいわぁ。危ないものぉ」

「そういえば展示回廊でも言ってたわね。何か貸してもらえるのかしら?」

「貸すというよりあげるわぁ。指輪と短剣でいいかしらぁ? それとも長剣のほうがいい?」

「短剣のほうが取り回しが楽だと思うから短剣を貰えるかしら」

 

 ごそごそと懐を漁ったヴェルニスは一本の短剣と指輪を取り出す。柄まで紅い刃渡り30㎝程度の刃が剥き出しの短剣と、同じく紅い指輪だ。パッと見では何の変哲もない武器に見える。机に置くとヴェルニスは武器がどのようなものか説明を始めた。

 

「こっちの短剣が全属性追加ダメージ発生と神経ブレス、生命力があがるルビナス製の生き武器、こっちの指輪が全主能力上昇の同じくルビナス製の指輪よぉ。どっちも手慰みに作った奴だから性能は低いし飛鳥にはちょうどいいわぁ」

「生き武器……生きてる、ってことかしら?」

「そうよぉ。この長b」

「ストップですヴェルニスさんっ!」

「止まりなさい! 流石にそれは出さなくて良いわ!」

「ストップ。ヴェルニス、ストップ。出さなくていい」

「うむ。それは出さんで良い。生きている武器についてはよーくわかっておる」

「そう? ならいいけれどぉ……」

 

 参考に、と例の蠢く長棒を取り出そうとしたヴェルニスを女性陣が止める。精神衛生上よろしくない物をおいそれと取り出されては困る。未だに<ペルセウス>戦でのトラウマが根強く黒ウサギの中に残っており、他の女性陣も長棒に何度か襲われかけている。

 

「生きている武器……といっても今取り出されようとしていた例の棒みたいに蠢いてはいないのね」

「待て。ヴェルニス、一つ聞きたい事がある」

「なにかしらぁ?」

 

 飛鳥が出された短剣に手を伸ばすも、その手を白夜叉が止めてヴェルニスに尋ねる。

 この短剣は生きている、と言って同じ生きている武器の長棒を取り出そうとしていた。だが、だとすればこの短剣はおかしい事になる。

 取り出されただけでおぞましい気配が漂う剣や気色の悪い視線を放つ長棒、であれば似たような気配がしてもおかしくはないはずだ。

 いくら手慰み程度といえど本質が同じであればこの短剣からも何かしらの気配を感じてもおかしくはない。

 その気配が一切、存在しないのだ。取り出された段階でそれが生きていると言われなければおそらく生きている武器であると知らぬまま使っていたであろう程には。

 

「生きているというが、それは真か? 意思を持つ武具なぞ箱庭では珍しくはないがあの長棒と違って、この短剣は違うであろう」

「生き武器に意思なんてないわぁ。ただ敵を殺して血を吸って、吸えば吸うほどに強くなっていくってだけの武器よぉ。ほかの武器にはない性質だから生きている武器って呼ばれてるわねぇ」

「吸血武具か……いや、確かに見た事はあるがどれもこれも箱庭では妖刀や魔剣と呼ばれる類の物だ。というか長棒も意思は特にない……? いや、これは今は良いか」

「吸血って、それがどうしたのかしらぁ? 一応血吸いを回避する~とかなんとかいう方法を試したかっただけの武器なのよねぇこの短剣」

 

 血を吸い強くなる、つまりは他者を傷つけて強くなる武器。殺しが完全に御法度な世界であるとは言い切れないからこそ存在が認められる武器の類ではあるが、それでも忌み嫌われる武器でもある。血吸いを回避した、というが回避していなければ所有者の血すらも吸い上げるというのだろうか。

 

「つまりだな。その武具、呪われたりしておらんだろうな」

「呪いなんてそんなのないわよぉ。むしろ祝福されてるわぁ。一応祝福出来ない、というよりしてはいけない邪悪生き武器って呼ばれるものもあるけれど戦士ギルドに加入してないと面倒だから使ってないけどねぇ」

「なんにせよ、実力に見合わぬ過ぎた代物ではないのか? おんしが手掛けたというなら質が最高でなくとも相当の物であろう」

「だからぁ、ただの手慰みで作っただけだから実用性はほとんどないのよぉ。もっと強い武器はごまんとあるし、追加ダメージって言っても効果を重ねて強度あげてないから弱いしぃ、指輪の主能力上昇って言っても二桁程度よぉ? 駆け出し冒険者が中堅冒険者一歩手前になる程度だしぃ、なにより三桁四桁主能力が上がるなら既に私が装備してるわぁ」

「駆け出しが中堅になる、って相当じゃないかな?」

「1年くらい片手間に体を鍛えれば同じくらいにはなれるわよぉ? 不眠不休なら3日もかからずこの指輪を装備するより強くなれるしぃ」

 

 廃人が手慰みに作った装備、それもいつも見る長棒を考えると超特級の危険物の可能性すらあるのだ。そんな白夜叉の警戒を意に介さずヴェルニスは取り出した二つの装備は弱いと言い切る。

 不眠不休で体を鍛えれば指輪を装備するより強くなれるというが一体どのような修練をする羽目になるのか。だが、今はそれに関してはどうでもいい事だ。実際に使ってみなければ性能がどうかはわからないが、それでも警戒するに越したことはない。そんな警戒をよそに飛鳥は肩を竦めて机から両方とも手に取った。

 

「まぁいいわ。ありがたく貰うわよ。何も考えがないわけじゃないでしょうし。それで、追加だめーじ? はどうやって発動させるのかしら」  

 

 手にやけにしっくりと収まる短剣を光にかざす。飛鳥が持つと同時に僅かに短剣が震えたが、飛鳥が首を傾げた瞬間には震えは収まっていた。

 

「刃を当てればそれだけで発動するわぁ。どれかが発動じゃなくて追加ダメージは全部が一気に発動するからぁ。神経ブレスに関しては神経属性のブレスが出るのだけれどぉ、これは確率で発動ねぇ」

「発動確率はどのくらいなのかしら?」

「さぁ? 発動しなくても変わらないしぃ。攻撃が当たれば相手はミンチになるわよぉ?」

「それは武器の性能というより使い手の性能ではないでしょうか……?」

 

 当たれば死ぬ、というかヴェルニスが何かをふるえば全部当たれば死ぬ一撃に出来るのだろう。何の参考にもならない発言だった。確率で発動というがその確率も把握していない様で実際に使ってみないことには何もわからない状態は変わらなかった。

 

「慣れない武器を振り回すのも危ないし、最終手段として使うことにするわ。耀さん、明日は頑張りましょう?」

「うん。目指せ、優勝」

「白夜叉、強敵になりそうな奴はいるのか?」

「おんしは知っておるのではないのか?」

「いや、そこまで細かい所までは流石に覚えてねぇよ。お前だって一年近く前の夕食の細かなメニューを聞かれてもわからねぇだろ? 大きなイベント事ならまだしも」

「それもそうか。ふむ、六桁のコミュニティから参戦しておる者もいる。対戦相手になる可能性もあるので詳細は伏せるが、相手にとって不足はないであろうな。なに、命までは取られん。存分に戦うとよい」

 

 意気込む二人を見つつ十六夜は白夜叉に尋ねる。

 <ペルセウス>との戦いの決戦は十六夜に任せきりだったとはいえ五桁の相手と戦った事もあるのだ。<ペルセウス>も六桁に落ちたとの噂を聞くが、それでも六桁。勝てない事はないだろう。

 コクリ、と飛鳥と耀は頷いた。

 

 『造物主の決闘』、来る魔王との戦い、意図のわからぬ二つ目の予言。

 "歴史の修正力"があるのだとすれば間違いない。もうすぐ揺り戻しが来る。

 十六夜は静かに拳を握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ───何処かの空で、葵色の髪が空に靡いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




赤坂です。

前回あとがきで話してた挿絵云々まで到達しませんでした。
サブタイトルと挿絵とシーンが既に決まっているので、そこまで今話に入れるとなると話が冗長になるし、何より最も書きたいシーンが薄れそうだったし、というかたぶん1万か2万か、そのくらいの文字数までいって投稿がもっと遅れそうだったので……

さて、そんな無駄ァ!な言い訳はさておき。

前話のあとがきに追記はしていたのですが、しばらく前にモバイル版Elona、『伊洛纳』(通称:ElonaMobile)がリリースされています。
ネット記事とかでも取り上げられてたし知ってる人は多そう?
詳細は私の活動報告にあるのでそちらをご参照ください。……って8月ぅ!? 時が経つのが早すぎる(驚愕)

改めて。
どうも、ElonaMobile黒天使降臨速度日本一位の赤坂です。
(DiscordのElona鯖並びにTwitter調べ。おそらく日本一位)
8/29にリリース、20時頃に情報を知りインストール。
翌日、8/30の22時に黒天使降臨。日本一位……のはず!
皆がいつもの通りにロミ爆する中、一人黙々と黒天使降臨を目指して頑張ってました。

最近ではPC版の方で、初期キャラ作成後どの位効率的に黒天使を降臨させられるかのRTAをしてみたり(現在最高記録『13分59秒』)
全ては黒天使への愛ゆえに……。

ではでは。


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第十二話『永遠の盟約』

 ───境界壁・舞台区画。”火龍誕生祭”。『造物主の決闘』会場。

 

 舞台上では春日部 耀と久遠 飛鳥の二人が巨大な白い体躯の巨像と戦っていた。

 飛び込み選手は通常の対戦票とは違い、<サラマンドラ>と<サウザンドアイズ>が協力のもと作り上げたという巨像との試合を求められていた。たった一戦、たった一勝で準決勝に進めるという対戦票の表示が魅力的に映ったのか飛び込みでの参加が多かったがそれを狙っての事だろう。巨像は強かった。いや、()()()()。少しでも楽に優勝を目指そうなどと考える不埒者は通さない、とでも言いたげなゴーレムは北側でも名の売れたコミュニティですら軒並み跳ね除けて圧勝を繰り返し、観客としては「下層の力を過信し過ぎじゃないか」といった空気も流れたがそれでもやはり「<サラマンドラ>と<サウザンドアイズ>協力のもと制作したのに楽勝なんてありえない」という声が大半を占めた。そして華奢な少女が二人、巨大なゴーレムに対して生身で舞台上に上がるのを見て可哀そうに、と皆が最初は思い。

 わずか10分後。全員が全員目を剥くことになった。

 

()()()()()()!」

「───ここッ!」

 

 わずかな一瞬、飛鳥の威光がゴーレムの動きを止める。

 その隙を狙って耀が鷲獅子から受け取ったギフトで旋風を操り飛び上がり、最後に残った右腕の関節に勢いよく蹴りを見舞った。

 その一撃が決め手となりゴーレムの右腕が壊れ崩れ落ちた。両手両足を失ったゴーレムは最後に胴体へもう一度耀の蹴りを見舞われ、そのまま場外へと倒れていく。

 舞台の脇でハラハラと試合を実況していた黒ウサギがぴょん、と会場の舞台へと飛び乗りマイクを握りしめて高らかに声を上げる。

 

「数々の飛び込み参加者を打ち破ってきたゴーレムを打ち倒し勝利! <ノーネーム>、これにて準決勝出場決定です!」

 

 黒ウサギのアナウンスが入り会場から割れるような歓声と拍手が起こる。耀と飛鳥の準決勝への出場が無事確定した。

 

「ふぅ、流石に強かった」

「えぇ。こう連日ギフトが通じない、通じにくい敵が出てくると嫌になるわ」

 

 オリハルコン等の稀少な鉱物を混ぜ込んで作り上げられたというゴーレムは飛鳥の威光によって意のままに操られる様な事は無く、耀の打撃を幾度となく弾いた。

 とはいえ、それでも流石に限界はある。全身がオリハルコン製であればまだしも、混ぜ込んだだけの装甲では関節部まで完璧に守り切れているわけではなかったのだ。

 それ自体が強い自我を持っているわけではなかったがそれでも飛鳥の威光は動きを僅かに止める程度まで抑え込まれているのを見た上で耀が数度拳を打ち込み、真正面からの完全破壊は厳しいと判断し関節部を破壊して再起不能にする方針へと固めたのが功を奏したといえよう。

 イエイ、と二人でハイタッチしていると舞台袖から白夜叉が舞台に上がってきて黒ウサギに渡されたマイクを握る。

 

「予想は出来るであろうが、何を隠そう<サラマンドラ>が用意したゴーレムに霊格を付与したのは私での。素材から動きから何から何までかなりの期間をかけて策を弄し、並大抵のプレイヤーでは倒せぬようにと作り上げたが……うむ。見事であった!」

 

<サラマンドラ>が素体を用意し、白夜叉が霊格を付与したゴーレム。そう説明されれば飛鳥の威光が簡単には通じなかったのにも納得がいく。

 決して白夜叉自身の招待だからと身内贔屓がある様な事はなかった。作られたゴーレムは下層であれば歴戦の猛者と呼ばれる程に強くなくては倒せぬ程度に手は加えてあった。

 だからこそ手放しに誉められるべき勝利であるとやや悔しそうに声高に伝える。

 

 もう一度盛大な拍手が起こり、耀と飛鳥は舞台から降りた。

 予選終了、さらに丁度昼頃になったという事もあり観客達が立ち上がって去ろうとしていく。黒ウサギは慌ててマイクを白夜叉から受け取りアナウンスを再開する。

 

「選手の皆様は試合前に改めて紹介を行いますので休憩時間終了前に舞台上にお越しください!  さて、会場にお越しの皆様! 休憩時間前ではありますがもう少々お待ち下さい!」

 

 チラ、と黒ウサギが白夜叉を見る。白夜叉は大きく頷いてパンパン、と柏手を叩く。同時に会場内の人々の手に対戦表が現れた。

 黒ウサギも同様の対戦票を手に持ち、読み上げていく。

 

「お手元に渡りました対戦表をご覧下さい! 休憩後に行われます『造物主の決闘』、準決勝試合のコミュニティ紹介を行います! 第一試合! 『華麗なる笛の音に酔う』<ラッテンフェンガー>と、『欠けた月夜に蒼き風』<ラクリナ>による試合!」

 

 ひと際大きな拍手が起こる。黒ウサギは前日の対戦は見れていないが、おそらくはかなりの実力者達なのだろう。観客たちの楽しみ気な歓声と拍手の音からそう想像がついた。

 

「続きまして『優勝くれなきゃ悪戯するぞ♪』<ウィル・オ・ウィスプ>と、『黒ウサギの膝枕一時間、金貨一ま……い……って、なんですかこれは!?」

 

 そして続く<ノーネーム>の対戦票には黒ウサギを売りに出す()()()が記載されていた。仕事という事もあり反応したくなかったが流石にこうも堂々と書かれては反応せざる負えない。  

 

「言質は取った! 黒ウサギの膝枕は誰にも譲らん! 黒ウサギ、10時間ほど頼めるか!?」 

「白夜叉様も乗らないでくださいっ! そもそもなんでこんな紹介文が通っているのですか!?」

 

 金貨を握りしめた手を振りながら黒ウサギに詰め寄る白夜叉は胸を張って答える。

 

「無論、私が通したッ!!!」

「冗談も大概にしてくださいッ!!!」

 

 スパーンッ! と振り抜かれたハリセンによる気持ちのいい音が会場に響く。同時に会場内に笑いが溢れた。

 通した、ということはこの文面を考えた人物がいるわけだが、そこに関しては後で問い正せばいいだろう。

 

「コホン! 改めまして、第二試合は<ウィル・オ・ウィスプ>と、先程の飛び込み試合に出場していた新進気鋭の<ノーネーム>の試合となっております! アナウンスは以上となります! 只今より一時間ほどの休憩時間となります!」

 

 ひとまず、アナウンスは終わり観客達は改めて会場を後にしていった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 休憩時間中の『造物主の決闘』会場、主催者席。

 サンドラやその周囲を囲む衛兵。マンドラなどの<サラマンドラ>の兵達の隣に<ノーネーム>に用意された座席があり、そこにやや不機嫌そうに足を組み試合を眺めていた十六夜の姿があった。

 今の試合が始まる前に、サンドラの座るはずの席に十六夜が勝手に居座っていた為に引きずり下ろして元の座席に戻させたというちょっとした事件もあったが些細な事だろう。

 同じく問題を起こしそうなヴェルニスに関しては同様に座席を用意し、試合開始前までは居たはずなのだが気が付いた時にはどこかに消えていた。

 一般の観客席の一部から絶対に関わってはいけない気配がするため居ることだけはわかるのだが、何故か居場所が突き止められていない。

 何か起きる前に見つけ出しておくべきなのだろうが、現状では特段突き止める理由もないので放ってある。

 居心地の良い席を強奪して試合を眺めようとしていた十六夜に白夜叉が声をかける。

 

「小僧。二人の試合だが、どうだった?」

「ギフトを露骨に使いすぎだ。あの調子だと決勝では対策されるだろうな」

 

 十六夜は焦りも何もない平坦な声で返事をする。二人が勝ったとしても負けたとしても特段、興味はなさそうだ。

 

「わかっておるなら注意しに行ったらどうだ?」

「注意して、それがわかったとしても今はまだどうしようもねぇ。それなら注意なんかして変に意識させるべきじゃない。そうだろ?」

 

 白夜叉は隣の席に座りつつ、苦笑しながら注意すると一応それなりに考えている事がわかってひとまず安心した。

 

「それもそうだの。ふむ、()()()()、か」

「……磨けば光る原石二人。どう磨くのか、どうやって磨いていくのか。それを探る段階ってのはわかりきってる事だろうが。まだ基礎が固まってねぇ上に、その力を活かそうにも舞台と設備が整っちゃいない。何より自身の力にアイツらの知識が追い付いていない」

「そうではあるが。いかに磨けば光る原石とはいえ磨き方を間違えてしまっては意味がない。舞台と設備に関してはこれから整っていく。問題としては知識だが、こういったギフトゲームで鍛えればよい。此度の飛び込み参戦もその一環であろう?」

 

 ここは修羅神仏の蔓延る世界。

 磨き方を間違えれば輝く事すらできず、砕けてしまう可能性だってあるのだ。

 今はまだ彼女達がそういった存在に出会っていないというだけで。あるいは周囲の者達が守ってくれているだけで。砕ける切欠などいくらでも転がっている。

 それよりも早く、二人を鍛え上げなければならない。

 力をつける場は用意すればいい。足りない知識はこれから補っていけばいい。

 だがそれには時間がいる。金貨などよりも遥かに価値がある、時間が。そして、そんな事は二人だってわかっているのだ。

 

「二人の次以降の試合だが、白夜叉的に二人の勝率はどれくらいと見てる?」

「そうだの、高くても1割……いや、ほぼ無いだろうな。あのゴーレムを倒せるのは最低限のラインだ。準決勝に残ってきた三コミュニティであればもっと早く気づき、もっと早く手を打って倒せておる」

「まぁ妥当か。一桁上の六桁相手となるとまだ二人には荷が……待てよ、<ウィル・オ・ウィスプ>と<ラッテンフェンガー>に関しちゃわかるんだが、<ラクリナ>ってのはどこのコミュニティだ?」

 

 対戦相手を思い浮かべつつ話している間にふと対戦相手として思い浮かべないコミュニティの名前を挙げる。

 一度も見たことも聞いたこともないコミュニティだ。十六夜には色々な出来事の余波で『造物主の決闘』に突然現れた存在なのは確信出来る。

 準決勝まで進んでいる、という点から他の面々に引けを取らない力を持っているのは確かだが紹介文以上に情報が一切ない。得体のしれない存在だ。

 

「そういえば聞いたことがないの。北側の新興のコミュニティであろうか。サンドラ殿は何か知っておるか?」

「いえ、私もあまり詳しくは。運営の都合上全ての試合を見る訳にもいきませんので」

「……知っておる者はおるか?」

 

 そう言って近くの衛兵たちに尋ねるが、衛兵たちも顔を見合わせるだけで誰も声を上げない。

 この場には知っている者は誰もいない様子だ。

 

「ふむ、調べておくかの。参加者の名前は……ん、なんだ?」

 

 懐から対戦票を取り出して眺め首を傾げる。

 その様子を見て十六夜が茶化しに入る。

 

「どうした白夜叉。もしかして老眼か?」

「戯け。そんなはずがあるまい。なぜ名前が記載されておらん?」

 

 対戦票を穴が開きそうなほど睨む白夜叉の手元を不思議そうに覗き込む。が、そこに<ラクリナ>の選手の名前はない。

 記載漏れの可能性を一瞬考えたがそれは無い。そうでなくては黒ウサギが最初に不審に思うはずなのだ。

 確かにコミュニティの紹介だけで選手名は読み上げなかった。だから気が付かなかった、という可能性も無きにしも非ずだが、それでも一人だけ名前がないというのもおかしい。

 サンドラが衛兵に目配せすると即座に数名が裏に去り確認に走った。

 睨めど睨めど名前が浮かび上がってくるような事はない。静かに目を閉じて十六夜は記憶を漁り、今までにあった幾つもの疑問を思い返しながら白夜叉に語り掛ける。

 

「名前が消える……忘れていく。これと……似たような、似たようなことがあったはずだ。思い当たる節はあるか。白夜叉」

「似たような事と……?」

 

 首を捻り白夜叉がぬぬぬ、と悩む。

 しばらく待ってみても答えが出てくる様子はない。

 その様子を見た十六夜が学ランのポケットから一通の手紙を取り出した。<サウザンドアイズ>の封蝋の押された手紙だ。

 中身を取り出して白夜叉に手渡す。ただ一言、『星の位置に気をつけろ』とだけ書かれた手紙だ。

 

「この手紙。見覚えは? 先に言っておくが白夜叉から送られた招待状でも、この誕生祭開催に際して祭りに送られた手紙でもない。今回の件について俺宛に送られた手紙だ。昨日、ジンに正式に依頼を出したときに俺に白夜叉から渡されたものだ」

「…………? <サウザンドアイズ>からの手紙ではあろうが……()()()()()()()

 白夜叉は中身を読んだ上で知らないと断言した。白夜叉の手から手紙を奪い取るようにしてサンドラに渡す。

「サンドラは」

「貴様、呼び捨てなぞッ……!」

「そもそも手紙は、一通のはずでは? 白夜叉様はあなたに手紙などは渡していなかったと思いますが」

 

 傍のマンドラが牙を剥いて十六夜を睨むが、サンドラは読む事はなくそれを抑えて答えた。どちらも嘘などついているとは思えない表情であり、二人揃って知らないと言い放つ。確かにあの場にいて、中身を読んだはずの二人が知らない。いや、()()()()()()。十六夜の中で疑いが確信に変わり、舌打ちをして焦ったように立ち上がる。

 

「間違いねぇ。送り主が不明瞭のこの手紙は<ラクリナ>から俺に送られた手紙で、今回の件の首謀者も<ラクリナ>……いや、まず間違いなく俺の見知った人物だ。クソッ。あいつがもう現れるのか」

「なぜ確信が持てる? それは何者なのだ?」

「本来この場に現れる魔王より遥かに質の悪い相手だ。さて、どこから説明すりゃいい……! いや、なんにせよ一から説明してる時間はねぇ。俺が気付いたってことは遅かれ早かれ行動を起こされる。まずは黒ウサギとジンを呼び出してくれ。即座に審判権限(ジャッジマスター)を使えるように備えたい」

 

 慌てた様子の十六夜の言葉を聞き、白夜叉が傍にいる者に黒ウサギを呼び出すように伝える。

 十六夜は手紙を握りつぶして白夜叉に向き直る。

 気付くのが遅すぎた。いや、あるいは今気づけたのが幸いだったのか。それがどちらかはわからない。

 それでもこれだけは伝えておかねばならない。そう決意して口を開く

 

「いいか白夜叉。魔王という存在がそういうものだとはわかってる。だが、俺の予想が当たっているならアイツに契約(ギアス)は通用しねぇ。どうやって現れるのか、何が起こるのかも。いいか、アイツは……」

 

 

 

 

 

 

 

「えぇそうね。『どう』も。『何が』も。あなたには、あなた達には解らないわよね」

 

 

 

 

 

 

 

 敵意など一欠片も含まれていない。いや、それどころかこちらへ話しかけているとも思えない声音。

 まるで独り言のように楽しげな声が会話に割って入る。

 

「───ッ!?」

「何者だッ!?」

 

 その場にいた全員が声のした方向へと振り返ると、葵色の髪を二つ結びにした女が一人、運営席の手すりの端に腰掛けていた。

 ヴェルニスの纏う外套と似た、色違いの紫色をした外套を羽織っている女は手に持った本をパラパラと捲りながら独り言の様な呟きを続ける。

 

「何もわからないなら、あなた達はどうするのかしら? もし私が何も起こさなければ最後まで警戒して準備して、吹くはずの嵐が吹かなかったら胸を撫で下ろして『ハイ、サヨウナラ』。それもそれで良いかもしれないわね。呑気に過ごしていれば良いのよ」

 

 半ば臨戦態勢に移っていた十六夜を含め誰一人としてその声の主が声を出すまで現れたことにすら気が付けなかった。

 女は悪戯な笑みを孕んだ声音で語る。

 

「出来れば手紙なんかじゃなくこっちで思い出してほしかったわね。『欠けた月夜に蒼き風』。風、それも、『蒼色の風』。聞き覚えも、見覚えもなかったのかしら? ()()()()()()()?」

「……いつからそこに居た?」

「風はいつだって、どこにだって吹いているものよ? 会話に関しては全部聞いていたけれど来たのは今、ってところかしら」

 

 女はパタリと本を閉じ、腰かけた手すりに本を置くとこちらに向き直り足を組む。

 切れ長の目に端正な顔立ち。いやに出来過ぎたような顔。

 神が手掛けたような、あまりにも完璧な顔立ち。

 

「……何者、いやどこの()()()()だ。名乗れ」

「別に名乗る必要はないでしょう白夜叉。私とあなたの仲じゃない。まぁまだ忘れられてるとは思うけれどね。こちらから干渉しても時間経過と共に相手の中から記憶が消えていくっていうのも気分が悪いわね。文面からすら消えるとは思わなかったっていうのもあるけれど」

 

 少年だけは別だけれど、と小さく付け加えると外套を外しながらどうやって隠していたのか。白夜叉の問いに答える事もなく、黒い翼を広げて空に舞う。

 

「一人の男が、冒険者となってかつての世界の記憶を継いだ。それによってペストという魔王は現れる手段を無くして現れなくなった。けれど、魔王の襲来は予言された」

 

 

 

 夜空よりなお黒い漆黒の翼を一度強くはためかせると同時に妖艶な笑みを浮かべ手を空に差し伸ばした。

 

 

 

 

「予言に間違いはないわ。私は魔王ではない、けれど間違いなく魔王は現れる。それが一体誰なのかは───あなた達が考えるしかないのだけれど」

 

 

 

 辺り一帯の全ての光が差し伸ばした手の中へと収束し、世界が急速に輝きを失っていく。

 明滅する光の合間に夜空が浮かぶ。星が凄まじい速さで流れ、地平の彼方へ消えていく。

 収束してゆく光に惹かれるように空気が激しく渦を巻く。

 

 

 

 

 

「───”Eternal League of Nefia”起動」

 

 

 

 

 

 ───ひとつ、強く光が瞬き空に月が昇った。

 

 

 

 

 

 天を貫かんとする光が世界の輪郭をずらしていく。

 その光には、あまりにも見覚えがあった。

 

疑似創星図(アナザーコスモロジー)……!? まさか、ありえん! なぜこんな下層で!?」

 

 思い当たる何かがあるのか白夜叉が叫び声をあげる。

 夜空の光すら奪い尽くされ、世界が闇に飲まれていく中でただ一人。真実を知る十六夜だけが歯噛みする。

 

 

 

 

 

「……違う。違うんだ。白夜叉、これは───」

 

 

 

 

 

 この輝きはあってはならないのだ。

 この世界に。箱庭という世界に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「永遠の旅路、改編して廻れ。───"原型異本創星図(プロトヴァリアント・コスモロジー)" 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      

 

 

 

 

 

 

誰かが目を覚ます。

 

 

 

 

 

 

水面を空に見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水面の果てに星空を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い砂が空から降り、水面に波紋を残す。

 

 

 

 

 

 

 

欠落と共に、はじまり。

 

 実験を行い、喪失し。

 

調和を経て、闘争があり。

 

 光明が見え、凋落を迎え。

 

追憶の果て、災厄が訪れ。

 

 再生があり、忘却があり。

 

混乱を来し、黙示録が紡がれた。

 

 

 

 

 

そうして迎えた。

 

 

 

 

 

超越の時代。

 

 

 

 

 

 

 

歩むは、一人の冒険者。

 

 

 

 

 

 

 

あなたは、静かに目を閉じた…

 

 

 

 

 

 

                      

 

 

 

 

 

 

 

 頭を強く蹴られる感覚と共に目が覚めた。

 辺りは妙に薄暗く、目が暗さになれてくる頃には少しずつ耳も音を捉えはじめ、喧騒、というよりは悲鳴と怒号の渦巻く戦場の只中であると理解した。

 が、少なくとも目の前に立つ和服の少女はやっと起きた事を喜んではおらず、起きてから数秒間辺りを見回していた十六夜の顔面に草履の裏が迫ってきた事が答えだろう。

 

「寝ボケとらんで戦え小僧ッ!」

「───ボケてねぇ。現況は?」

 

 いつもよりも明らかに覇気の無い白夜叉の蹴りを受け止め、跳ね起きながら改めて状況把握を始める。

 周囲では”サラマンドラ”の同士の火蜥蜴や一般人達が血走った瞳で素手や武器を掲げて同士討ちを行っているようにしか見えず、その同士討ちを止めようとしている者もいれば向こうの角では白亜の巨像に複数人で対処している者もいる。

 かなりの大混戦だ。これでは統率も糞もない。

 

「ギフトゲームが始まったがおんしは気絶! 現れた四柱の神の化身共をヴェルニス! 斑服の魔王をサンドラ! 軍服の男は飛鳥、耀! 今ここで私が笛吹の女、巨像共と交戦中! 他参加者は見ればわかる通りだッ!!」

 

「OK。把握した。つまりこいつらは暴徒ってことだな。こっちは寝てたんだ近所迷惑考えろ馬鹿共」

「「「ぐぁああああああああああああああああッ!?」」」

 

 十六夜が一歩足を踏み出し拳を振るい、勢いよく混沌と化した戦場を戦場ごと吹き飛ばした。

 比喩抜きに混沌と化した戦場全てを吹き飛ばす一撃だった。

 交戦していた普通の参加者であろう者たち含めて全て吹き飛ばされていったが大丈夫なのだろうか。

 そんな配慮や遠慮など存在しないような顔色で片付いたぞ、と白夜叉の顔を見ると呆れた顔で白夜叉が呟く。

 

「……あー、一応弁明しておくが、今おんしに吹き飛ばされた者達は笛吹の女に操られておっただけだからの?」

「オイオイオイ、そういうのは先に言ってくれよ。そしたらもっと懇切丁寧に操られてるな馬鹿共って気分で殴り飛ばすところだってのによ……チッ。ジンはどこだ。明らかに指揮系統が足りてねぇ。あと白夜叉はなんでこんなところで手をこまねいてるんだ」

「初めから殴り飛ばすのは確定事項なのだな……。私がここにいるのは気絶して起きぬおんしを守るためだ」

「らしくねぇな。東側最強の元・魔王様は暴徒から俺を守る事しか出来ねぇってのは。……何かあるんだな?」

「力が徐々に封じられてきておる。何処に行こうと足手纏いになるなら、起きたら戦力になる者を守った方がよかろう」

「お心遣い痛み入るぜホント。暴徒に襲われずに済んで白夜叉様様だな。蹴りを見るに、適当だが力の9割位は封じられてるってところか。存在は保ててるが、って感じでファイナルアンサー?」

「存在を保てるギリギリという程ではないが、まぁファイナルアンサーだの。そこらの女子供とそう変わらん。流石に素の飛鳥よりは強いとは思うがの」

 

 シュッシュッと拳を突き出す白夜叉に強さは欠片も感じない。

 普段の装いから漂う覇気という物がこれほどまでに消え失せるのかと思う程に覇気がない。それほど力を奪われているのだろう。

 そんな白夜叉を脇に抱えて稀にふらっと現れる正気を失った参加者の鳩尾に拳を叩き込み意識を刈り取りつつ人気のない路地裏に駆け込み、 本格的に確認を始める。

 何を始めるにしても十六夜には現状の情報が足りなさすぎる。

 

「それでゲームは。どんな文面だ」

「ほれ。目を通せ。意図的に情報を隠されている可能性もあるが、黒ウサギが何処におるかわからん内はゲームが止められん。今は戦闘が始まっておよそ一時間。審判権限(ジャッジマスター)でゲームを一時、止めてくれると思ったが……」

「現在進行形で止まっていない、つまりは俺と同じ状態か、あるいは……」

 

 白夜叉に渡された黄金に輝く契約書類(ギアスロール)に首を傾げつつ目を通す。

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 ギフトゲーム名 “『Setting Sun and Falling Moon』”

 

 ・プレイヤー一覧

 ・現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の全区画に存在する全生命体。

 

 ・プレイヤー側 ホスト指定ゲームマスター

 ・太陽の運行者・星霊 白夜叉

 ・月の兎の末裔・黒ウサギ

 

 ・ホストマスター側 勝利条件

 ・逆廻十六夜、ヴェルニス、フレアハーツを除く全生命体の死亡。

 

 ・プレイヤー側 勝利条件

 一、偽りの伝承を打ち倒せ。

 二、真実の伝承を掲げよ。

 三、砕かれた月をあるべき姿に正し、夜空に浮かべよ。

 

 ・プレイヤー側 特殊勝利条件

 ・ゲームマスター・”フレアハーツ”の殺害。

 

 ・ゲーム終了方法

 

 *注意事項*

 ・ゲーム終了方法は、プレイヤー側 勝利条件が全て満たされた時、記載されます。

 

 ・ゲーム終了条件

 一、夜明け前にプレイヤー側 勝利条件が全て満たされなかった場合。

 二、プレイヤー側 勝利条件を全て満たした状態で、提示されたゲーム終了方法を実行する。

 三、特殊勝利条件を満たす。

 

 宣誓 上記を尊重し、”The PIED PIPER of HAMELIN”のギフトゲームを改編し開催します。

 "フレアハーツ" 印

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 読み終えて息を呑む。十六夜が記憶を漁る限りではハーメルンの笛吹道化達を主題としたゲームとは別のゲームに変わったと考えるのが正解だろう。

 最後の宣誓に改編、とある通りに根底にあるものはは同じなのかもしれないがそれでも別物と考えて取り掛かるべきだと判断する。

 

「俺の知ってるゲームからかなり変わってる。もはや別物だ」

「クリアは? どれくらいかかる」

「勝利条件一、二に関しては多分そう時間はかからない。うちの坊ちゃんが見つかれば以前のゲームがどうだったかを伝えれば後は任せても解けるはずだ。あとは俺が三番目をどれだけ早く解けるかにかかってるってとこか」

「特殊勝利条件はどうする?」

「それは放っておけ。どうせ俺達が束になってもこのフレアハーツ……ゲームマスターと戦えば勝ち目はない」

「勝算はゼロだと?」

「あぁゼロだ。完全無欠にゼロだ。説明はいるか?」

「う、うむ。一応欲しい」

 

 ほぼ即答で答えた十六夜に対して流石に疑念が隠せない。

 いつもであれば「ちょい苦労する程度だな。ヤハハ!」とでも笑い飛ばしてくれそうなものだが、眉間に皺を寄せて悩む姿に説明を求める。

 答えを求められた十六夜は辟易とした様な表情で答え始めた。

 

「正直、嘘でも勝てるって言いたいところだが。このゲームマスターと戦い始めるとヴェルニスはゲームマスター側に、つまりは敵に回る。そうなればもう戦いが成立すらしねぇ。やろうと思えば二人でプレイヤー皆殺しにするのに1分もかからねぇんだ」

「……つまり、このゲームマスター・フレアハーツとやらは」

「ヴェルニスの仲間……いや、"家族"の一人だ。強さで言えばヴェルニスとトントンかそれ以下。まぁ以下って言っても大差は無いと思うがな」

 

 それが勝てない理由。と締めくくる。

 ヴェルニスに勝てるだけの戦力を二つ用意しなければ勝ち目は無いのだ。そして現状その戦力はこの場には無い。

 白夜叉の力の封印が無ければあるいはあり得たかもしれないがその力の解放条件もわからない。

 

「兎にも角にも人手が必要だ。作戦会議をしようにもこの場にいるのは白夜叉と俺と正気を失った参加者だけじゃあ意味がねぇ。まずはあいつらを操ってる」

「はぁい、そこまでよ♪」

 

 ハッと二人は頭上を見上げる。

 其処には白装束の女が二匹の火蜥蜴を連れ立っていた。

 片手に持った笛をくるくると回しながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。

 十六夜は白夜叉を背に押しやり、その姿を見上げながら同じように笑みを浮かべた。

 

「あら、本当に霊格が弱まってるじゃない♪ これじゃ最強のフロアマスターも形無しねえ!」

「噂をすれば飛んで火にいるなんとやら。一つだけ聞きたいんだがいいか? エロい服着たラッテンさんよ」

「やっぱり私の名前も知ってるのね。あなたが一番気をつけないといけないって彼女が言うのも」

「お前らは、フレアハーツに味方したのか? それとも、体よく使われてるだけか?」

 

 今の十六夜に冗談や長話をするつもりはない。単刀直入に聞いた質問はゲームマスターとの関係だった。

 本来、このタイミングで開催されているはずの”The PIED PIPER of HAMELIN”のギフトゲームの主役であるはずの一人。

 自身が携わるギフトゲームを黙って改編されるような事はないはずだと踏んで尋ねる。

 ラッテンと呼ばれた女はニヤニヤとした笑顔を消して何かを語ろうと口を一瞬だけ開き、それを閉じて十六夜を睨むと笛を構えた。

 

「……行きなさい”シュトロム”ッ!」

「BRUUUUUUUUUUM!」

 

 これが質問に対する答えなのだろう。

 ラッテンが指揮者の様に腕を振るうと地盤がせりあがり陶器のような色をした巨像が現れ、十六夜たちのいる路地裏に向けて拳を振るう。

 その拳に向けて十六夜も打ち返し、巨像は木端微塵に砕け散った。

 

「白夜叉。やる事は変わらねぇ。黒ウサギとジンを見つけておいてくれ」

 

 白夜叉は一つ頷いて背を向けて走り出す。

 その後ろ姿を見送る事無く一足飛びにラッテンへと近づいた十六夜は拳を構えた。

 十六夜は十六夜で情報を目の前の元・主役の一人から絞り出さなければならない。

 

「沈黙は是也、だな。色々聞かせてもらうぜ?」

 

 

 

 

 

 改編された、ギフトゲームが始まる。

 

 

 

 




どうも赤坂です。

お待たせしました……(n回目)(10/11から177日ぶり)

本当に、本当に思いつかなかったんです……
書き出しが完成するとかける人間なので書き出しだけ作ってたんですけど気に食わない気に食わないの連発で書き出しだけで2個くらい出来上がって
それでも納得いかなくって仕方なく途中の部分だけ思いついたから書き出して

一昨日くらいに深夜テンションで書き出しを全部くっつけたらいい感じになったのでようやく出来上がりました

これ一週間前までは2000字あるかないかだったんですよ(本文11,195文字を眺めつつ)

続きは……早く出るといいですね……(燃え尽き症候群)

挿絵云々、以前のあとがきで語ってましたが半年ぶりに見返すと「あれ……なんか微妙……?」ってなったのでお蔵入り!
いつか画力が上がったら上げるかもしれません。
描いてないので全然あがりませんが。

ではでは


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